TSロリエルフの稲作事情 (タヌキ(福岡県産))
しおりを挟む

米狂い邂逅編
目指せ米の街、オラリオ


米ディッ!!


 米が食べたい。

 リリアは、この世界に生を受けてから数え切れないほど抱いたその願いを今日もまた、心の中で呟いていた。彼女がその眠たげな瞳で見つめるのは、風光明媚な新緑の森。魔力に満ちた空気は木々によって浄化され、心地よい森の香りを孕んでいる。

 そんな彼女の前に並べられているのは色とりどりの野菜達。サラダをメインに数々の料理が並べられたそれにちらりと視線をやり、リリアは表情を変えることなく、人知れず心の中でため息をついた。

 

(ああ……米が食べたい。いや、別にサラダ美味しいけどね。文句があるわけじゃないんだけどね。でもね、でもね……米が食べたい)

 

 とは言え、ここで米が食べたいのだと近くに控えている()()()に言っても意味のないことである。……というより、彼女は既にそれを試していた。結果は空振り。「コメ……とは、なんでしょう?」という付き人の言葉に落胆を覚えただけであった。味は文句なしに美味しいため、リリアは願望を隠しつつ、もしゃもしゃとサラダを食べ始めた。

 自分たちに食べられるためだけに専用の畑で育てられた野菜達は、この森の清浄な空気と豊富な栄養をたっぷりと吸って育っており、瑞々しい葉のシャキシャキとした食感や、果実の程よい酸味が舌を刺激して心地よい満足感をリリアに伝える。メニューはどうしても野菜中心になりがちなためにボリューム不足が否めないが、そこはまあ、慣れだ。

 これまた自分たちのために栽培された紅茶を飲み、ふう、と1つ満足げなため息をつくリリア。そう、満足はできるのだ。というより、ここまで自分のために作られた料理に文句をつけるなど余程の傍若無人な者でなければ出来ないであろう。なにせ、彼女は日頃の()()の一環として自らの食事やその材料を作っている者たちの様子を見て回っているのだ。彼ら彼女らの、自らの作った食材や仕事に対する誇りを見れば、余程食べられないものが出てこない限り文句を言う気にはなれないというもの。

 しかし、それとこれとは別なのだ。

 食事を終え、下げられていく食器達を静かに見つめながら、リリアはゆったりとしたローブの裾の中でぐっと小さな手を握った。この世界に生を受けて早10年。自我の芽生えていなかった3歳ごろまでならまだしも、それからの7年間は忍耐の日々であった。

 野菜中心の食生活に不満を抱き(その後の視察で考えを改めた)。

 米が存在するかを確かめれば近辺では存在すら見受けられず(付き人を困らせるだけであったのでしばらくして止めた)。

 かと言って日本人の魂である米を食べる事を諦めきれる訳もなく。……そう、何を隠そうこのリリア、転生者である。それも、現代日本から異世界に転生するという今流行りの「なろう系」の。転生先は《ウィーシェの森》というエルフが作っている集落の王族(ハイエルフ)。いわゆる「勝ち組転生」という奴である。美男美女溢れるエルフ達に傅かれ、()()()()と大切に育てられる日々。少し窮屈すぎるきらいもするが、それ自体に不満はなかった。それよりも「こんないい暮らしをしてたら後が怖いな」と思えるくらいには現在の生活に満足していた。

 ただ2点「転生前との性別が違う」という点と、「この世界に米が見当たらない」という点を除けば。

 性別が違うのは、まあいい。ようは慣れと覚悟の問題だ。7年も時間があれば自分の性別が女である事を理解はできる。王族ということもあって、将来は政治的な結婚をするのであろうこともまあ、覚悟はできる。

 ただ、米よ。お前の姿が見当たらない事だけは物申したい。一体なんなんだ、この日本人に優しくない異世界は。というか植物全般を食べるエルフであれば稲作文化の1つや2つ持っていてもおかしくはないだろう。そこんところどうなんだ自称《森の人》。

 何故だ、なぜ稲がないのだ。稲があれば、即座に輸入して稲作文化を王族特権で根付かせて見せるというのに。

 リリアは前世では米を大層好いていた。それこそ、稲刈り体験などのイベントに参加し、収穫したての米を口いっぱいに頬張って至福のひと時を過ごすくらいには。しかし、彼女の前世は一介の学生。米農家ではないから稲を輸入しても田んぼを作るにはどうすればいいのか、まず苗を作るにはどうすればいいのか、といった稲作の基本知識がまるでなかった。米の品種は言えるがそれがどんな生育条件で、どんな特徴を持っているかなどはさっぱりわからないし、唯一ある知識は昔某農家アイドル番組で見た良い種籾の識別方法(塩水につけるやつ)だけだ。

 

 要するに「食べ専」であったのだ。リリアは。

 

「……むう」

 

 コツコツと、磨き抜かれた大理石で出来た廊下を歩きながら、リリアは米について思いを馳せる。今の彼女は、米への愛はあるもののそれを形にできるだけの技術や知識が欠けている、そんな状態だった。

 どうしようかな。でももう米は無いっぽいしな。諦めるかな。いやいやでも日本人としてそれは……うーん、お米食べたい。

 最近のリリアは常にそんな事を考えていた。そのため、日頃から眠たげに細められた瞳は更に考えが読みづらくなり、周囲の者達からは「自分たちには考えの及ばない崇高な事を考えていらっしゃるのだろう」と何やら勘違いをされていた。そんな事はない。彼女の頭の中にあるのはこの世界ではまだ見ぬ米と数々の米料理のことだけである。

 

 そんな事を考えながら日々の活動を終え、部屋に戻ってきたリリア。ぽすんとその小さな体を豪奢な天蓋付きのベッドに預け、黄金色の稲穂溢れる思考の海へと沈んでいく。内容はいつもの如く「お腹いっぱいお米を食べるためには」である。

 異世界転生という胸躍る体験をしたリリアであるが、米が無いのならば彼女にとってその魅力は半減する。彼女にとって米とは魂そのものであり、それがない世界というのはライスのないカレーの様なものだ。それはただの美味しい茶色いスパイシーなシチューだ。それはそれでありなのかもしれないが、というか一回厨房でそれを作ってみたことがあるのだが、彼女にとっては米の欲求をただひたすらに高める自殺行為にしかならなかった。

 などと、意味のない思考がぐるぐると頭の中を回っていく。そうやって時間が過ぎること暫く。

 

「リリア様?リフィーです、入ってもよろしいでしょうか」

「……ん、はいっていいよ」

 

 そんな声とノックが聞こえ、リリアが許可を出すとガチャリと開いたドアから1人の少女がリリアの自室へとやってきた。美形揃いのエルフの例に漏れず、かなりの美少女であった。1つに纏められた亜麻色の髪は艶やかな光を帯び、大きめの翡翠のような澄んだ緑色の瞳は愛嬌のある表情を顔に与えている。体つきはスレンダーながらも、全体を見れば文句なしの美少女エルフであった。彼女の名前はリフィーリア・ウィリディス。リリアの付き人を務めるエルフの1人にして、リリアが生まれた時からの付き合いである幼馴染でもある。もっとも、彼女の年齢は15歳で、10歳のリリアに比べたら遥かにお姉さんなのだが。

 

「……あー、また着替えずにベッドに潜り込んで。衣装がシワになるからやめて下さいって言ってるじゃないですか」

「ごめん、つい」

「ほら、立って下さいリリア様。水浴びに行きましょう」

「うん」

 

 リフィーの小言に謝罪を返しつつ、リリアは彼女に連れられて水場に来ていた。リリアが住まう屋敷は丁度片仮名の「ロ」の字を描くような形であり、その中心には霊樹を中心に数々の木々が植えられた小さな森が作られている。その更に中心に位置しているのが、この王族専用の水場である。そこでは微精霊達が集い、夜になると仄かに光を放ち幻想的な空間を作り上げている。

 リリアは、高価な絹の布をふんだんに使った高級なローブをリフィーの手を借りて脱ぎ、生まれたままの姿になると、何度か水を体にかけた後、ぱしゃぱしゃと音と水飛沫を少したてながら水場へと入っていった。物心ついたばかりの頃は慣れなかったこの水浴びも、今では慣れたものだ。霊樹や微精霊の魔力、もしくは木々の生命力に影響されているのか、仄かに温かい水に浸かって身を清めるリリア。

 水音を立てて掬われた水が彼女の真っ白な肌を濡らし、滑り落ちる。見る者によっては良からぬ事を考えそうな程に、その光景は艶やかであり、神秘的であった。

 

(やっぱり、王族の方は何をやっても絵になるなあ……)

 

 リフィーは、まるで絵画の一枚をそのまま切り取って来たかのような目の前の光景を見て、ほうっとこれまでで累計何回になるかもわからないため息を漏らした。見目美しいと言われるエルフ、その中でも、リリアの美しさは(中身の残念さとは裏腹に)際立ったものであった。

 少し癖のある豊かな銀髪は、まるで魔導銀(ミスリル)を溶かし込んだかのように淡い蒼色を帯び、この世に存在するありとあらゆる宝石にも遅れを取らないであろう瞳は美しい瑠璃色に煌めいている。その肌は身を包む絹よりも白く滑らかな手触りであり、神が理想の人形を作り上げたらこうなるのであろう、と思ってしまうほどに整った顔立ちであった。要するに、リリアはこのウィーシェの森において一番の美人であるのだ。今はまだ幼い年頃ということもあって、美しさよりもあどけなさや可愛らしさが優っているが、今のリフィーと同じ年頃になれば、きっと神ですらも放っておかないほどの美女となること間違いなしだと彼女の姿を知る皆が噂しているのをリフィーは知っていた。

 学区を卒業し、里に戻って王族の付き人という職についたリフィーは、最初こそ親に言われるがままに道を選んだ自分とは違う道に進んだ妹のことを羨んだものの、リリアと過ごす日々のうちに、そんな想いは消えていた。元々幼い頃から面識があったことに加え、久しぶりに会った彼女の美しさに心奪われたのもある。

 

「リリア様、そろそろ上がって下さい。就寝の時間ですよ」

「……ん、いまあがる」

 

 ちゃぽん、と小さな音を立てて水場から上がって来たリリアの体を、リフィーが手に持った布で優しく拭いていく。そして僅かに湿り気を残すのみとなった髪を布で包むと、リリアに夜着を着せていく。無抵抗に、まるで人形のようにリフィーの指示に従って着替えていくリリア。周囲の者からは深い叡智を湛えていると評されるその瞳の奥では、

 

(やっぱ東だよ。極東の国とか探せば絶対米は見つかるはずなんだよなあ……でもなあ、水田作るスペースが無いし、そもそも里の金は自分が好き勝手するための金じゃ無いし……そもそも、極東がどこらへんに存在するのかも知らない状態で行動するのは危険だよなあ)

 

 相変わらず米の事しか考えていなかった。

 そして、元来た道を戻り、大理石の廊下を進み、自室に戻ったリリア。「お休みなさいませ」と綺麗なお辞儀を見せていたリフィーにおやすみと返すと、扉が閉まると同時にリリアはベッドの側に魔石灯を置き、ベッドに横たわってとある本を開いた。題名は「迷宮都市オラリオについて」。先日、極東の国について調べようと屋敷の書庫を探している時に見つけたものだ。エルフの基本に違わず他種族嫌いらしい彼らが持っていた、エルフの里以外のことが載っている本、という事でリリアはこっそりと書庫から持ち出していた。……手法はここでは秘密としておく。

 日々王族の義務としてエルフの講師から英才教育を受けているリリアだが、どうにもこの世界の地理については教えて貰えなかった。どうやら地理についての知識を知った挙句、里を出奔してしまった王族が過去に存在するらしい。その王族の出身地はこの里では無いらしいものの、それから王族の出奔を防ぐために地理の知識は大雑把にしか与えられず、政治的に付き合いが必要な国の名前や特産品、国家元首の名前などを教えられるのみであった。この事を教えてくれたのは他でも無いリフィーで、彼女の妹の知り合いがまさにその「出奔した王族」の方であるらしい。

 とはいえ、米以外の事はだいたい「へー」で済ませるリリア。自らを縛っているというエルフの教育事情については特に不満を抱いてはいなかった。そもそもこの里を出るつもりが彼女には無く、ここでの生活を彼女なりに気に入っているのも理由の1つにあった。しかし、外の情報が知れるのであれば知りたいと思うのがヒトの性というもの。書庫でこの本を見つけたリリアは、毎晩ワクワクしながらこのエルフの里以外の詳細な知識を吸収していった。

 

「ふむふむ……あまたのかみのおりたつまち、おらりお、ね」

 

 その本には、作者がこの本を書いたきっかけをはじめとする前書きののちに、オラリオの大まかな概要が書いてあった。

 

 —————その街は、世界で唯一「迷宮」が存在する円形の都市。大陸の最西端に位置し、都市は堅牢かつ巨大な市壁に囲まれており、外周ほど高層の建築物が多く、中心ほど低層となり、中心部にはバベルが聳える。また、神が下界に姿を見せ始めた後、神々の多くがこの地に居を構えたことで神の恩恵により人が成長する絶好の場となり、世界中を見回しても他に類を見ないほど高みに到達する者が多く、武力においても世界最高峰の大都市である。

 

「へー……なんか、ライトノベルのぶたいみたい」

 

 概要を読んだリリアはそう呟いたが、実際その通りである。

 

 —————都市内は、その中央から8方位に放射状のメインストリートが伸びており、東のメインストリートには闘技場、西には多数の飲食店、南には大劇場や大賭博場などの施設がある。南東のメインストリートに沿って歓楽街が栄え、北西のメインストリートは冒険者通りと呼ばれ、ギルドの本部をはじめとして武具屋などの冒険者関連の店が軒を連ねている。また、都市内はメインストリートで分けられた八つの区画で構成されている。都市外は、その東部方向に草原が広がっており、セオロ密林の先にアルル山脈が連なり、その先は大陸中央に繋がる。北部方向には天然の山城であるベオル山地がそびえ、南西方向に港町メレンが位置し、南東にはカイオス砂漠が広がる。

 

「……名前もきいたことのない地名がいっぱいだ……」

 

 おおう、と頭を抱えるリリア。ここに来てエルフの教育方針の弊害が出ていた。地名が分かっても自分の現在地や目的地の方向が分からなければそれはその場所を知らない事と同義である。

 しかし、そうやって頭を抱えた瞬間。彼女の脳裏に、凄まじい勢いで1つの仮説がたてられていった。

 

「神様がいっぱい、神様はなんでもできる、つまりお米のさいばいほうほうを知ってる神様がいるかもしれない……?」

 

 ぺたん、とベッドの上に座り込むリリア。コツコツという見回りの衛兵の足音を聞き、魔石灯の灯りを消して、急いでベッドのシーツの中に潜り込むリリア。見回りの衛兵が部屋の前を過ぎ去っていったのを静かに確認してから、リリアはベッドから抜け出し、ポツリと呟いた。

 

 

 

「よし、里をぬけだそう」

 

 

 

 エルフの英才教育、完全敗北の瞬間である。

 思い立ったが吉日。こういう時に無駄な行動力を発揮するリリアは、ブツブツと何事かを呟くと、ガチャリとドアを開けて館の廊下へと出ていった。

 

 

 

 

 

「リリア様?……リリア様?入りますよー?」

 

 そして、翌日。

 いつもの如くリリアを起こしに行ったリフィーは、いつもなら返事が返ってくるはずが返事が返ってこなかったことに違和感を感じた。しかし、珍しく寝過ごしたのだろうと思ったリフィーは、特に何を思うでも無く扉を開け、リリアの部屋へと入っていった。そして、予想通りベッドにできた膨らみを見て微笑み、ゆっくりと近づくと激しくはないものの一気にかけられていた布団を剥ぎ取った。

 

「ほら、起きてくださいリリア様。いい朝です、よ……?」

 

 そして、ピタリとその動きを止めた。

 彼女の視線の先にあったのは、リリアと同じくらいの大きさに丸められた布の塊。何処から持って来たのか分からないその布の上には、「迷宮都市オラリオについて」と題された本と共に、羊皮紙に共通語(コイネー)で書かれた置き手紙が1つ。

 

《オラリオに行ってきます。暫くしたら戻ります。—————リリア》

 

 その端的な文面が指し示す事実は、つまり、つまるところ。

 

「…………きゅぅ」

 

 ばたん、とリフィーがうつ伏せに倒れこむ。運良くベッドの上に倒れ、頭を床で強打するという事態は避けられたが「王族が里を出奔する」というとんでもない事態を理解しきれなかったリフィーには少しの救いにもならないことであった。やがて、不審に思った衛兵が目を回してベッドに倒れこむリフィーリアと姿の見えない部屋の主人に非常事態だと察し、館がにわかに騒がしくなるのであった。

 

 

 

 

 

 そして、そんな里のてんやわんやなど知る由もないリリア(ゲスロリ)は。

 

「……すぴー」

「……オレは、こういう時どうすればいいんだ……?」

 

 ガタゴトと割と激しめに揺れるオラリオ行きの乗合馬車の中、新緑に染め抜かれた高級そうなローブに身を包み、恐れ多くも見知らぬ強面の男に思いっきり寄りかかりながら健やかな寝息を立てていた。寄りかかられた男はその強面を困った様子で歪め、周囲を見回すが、彼に有用な助言をくれる者はついぞ現れなかった。

 

 

 

 

 

 これは、少年が歩み、女神が記す眷属の物語(ファミリア・ミィス)、ではない。

 強さを求め続ける少女と、その眷属の物語、でもない。

 迷宮に挑む冒険者たちの、輝かしい栄光の物語、でもなく。

 それを支える者たちの、隠された過去や事情の物語、でもない。

 

 

 

 ただ米が食べたくて、ただそれだけの為に世間を騒がせる事となった、傍迷惑な幼女の物語だ。

 

 




読了ありがとうございました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

リリア、オラリオに立つ

米ディッ!!


「では、行ってきます」

「ああ、よろしく頼む」

「お任せください」

 

 力強く頷いたリフィーリアに、王族の1人であり、またリリアの父であるレオナルドが安堵した様に表情を緩ませる。その後ろでは、リフィーリアの家族や彼女と同じく屋敷に勤める付き人たち、そして議会の上方の者たちがこちらをじっと見つめていた。

 ウィーシェの森。そこは、見目麗しいエルフが住まう風光明媚な《エルフの里》の1つ。魔法技術に優れたエルフが育つと言われ、澄んだ空気と清水、そして新緑に包まれた森によって住まう者の心が癒されるとされるその里は、現在重苦しい空気に包まれていた。

 その原因はもちろん、先日発作的にこの里を出奔した馬鹿娘(リリア)だ。緊急会議が開かれ、「あの子が自分の意思で物事を行うなんて……」と若干ズレた事で感涙するリリアの母ライザリアを宥めるレオナルドの号令の下、今日という日を迎えた。

 すなわち「リリア回収大作戦」である。

 何故リリアがこの里を出奔してしまったのか。その理由は(彼らにとっては幸運な事に)解らないが、幸いなことにリリアの残した置き手紙には「オラリオに行く」という文言が書かれてあり、目的地を特定することは容易であった。

 しかし彼女はエルフの教育方針によって地理的な知識がほとんど与えられておらず、更には日頃箱入りな生活を送っていたために貨幣の価値や使い方を理解しているのかすら怪しい。そのため、リリアが本当にオラリオにたどり着けるのかどうかは怪しく、道中に(たむろ)する魔獣たちに襲われでもした日には戦闘力のない()()()彼女など立ち所に食われてしまう事間違いなしだ。

 その為、一通りの護身用の技術を身につけ、更には語学にも堪能なリフィーリアをオラリオに護衛兼迎えの使者として派遣し、道中におけるリリアの痕跡の探索、また道中かオラリオにてリリアを発見した場合の説得、回収を行うという作戦だ。

 近隣に出没する魔獣の革でできた軽装の鎧を纏い、ウィーシェの森の者である事を示す紋章付きのローブを羽織ったリフィーリアは、真剣な顔つきで、王家や議会、そして家族たちの見送りを受けていた。彼女が跨るのは、この森で一番の名馬。半日で千里を走破するという駿馬であり、この度の探索において重要な役割を果たす事となった。

 

「……ハッ!!」

 

 リフィーリアが手綱を引き、馬が走り出す。ドドドッ、ドドドッというリズミカルな馬の脚音とともに瞬く間に小さくなっていく彼女の背を見つめながら、レオナルドは何度抱いたのかもわからない疑問を、重苦しく呟いた。

 

「何故だ……何故、我が娘はこの里を出奔したのだ」

 

 ……思えば、あの子が笑っている姿を自分は見たことがあったのだろうか?あの子はいつもあの美しい顔に表情を浮かべることなく日々をどこかつまらなさそうに過ごしていた節がある。あの子が何を感じ、何を考えてこの様な暴挙に出たのか。自分には一つもわからない。そうレオナルドは考えていた。

 リリアが何を考えているのかと言えば、米のことである。

 

「私は……あの子に無理をさせ過ぎてしまったのだろうか」

 

 確かに米を我慢するという無理はしていたが、それ以外は特に何の問題もなかったし、寧ろ彼女はこの生活を気に入っていた。

 それに彼がリリアに命じて行わせていた勉学の量はかつての彼女の前世(がくせい)の時に比べれば半分ほどの量でしかなく、また内容も歴史系以外の教科は彼女が前世で一度学んだ内容がほとんどであったために大した負担にはなっていなかった。

 要するに米のために彼女はこの里を出奔したのだ。

 

「娘の気持ち一つ理解できない私は、父親として失格なのかもしれんな……」

 

 あんな米キチ(リリア)の思考回路など理解できなくて当然である。寧ろあの米キチが見かけ上まともな王族(ハイエルフ)として振舞えていただけ、彼の采配の手腕は見事だったというしかない。

 

「神よ、どうか、我が娘の安全を守ってください……」

 

 そう言ってレオナルドは静かに目を閉じ、祈った。

 その姿は、事情を知っている者からすれば控えめに言って聖人であった。

 

 

 

 

 

「ついた」

 

 所変わって、迷宮都市オラリオ。

 乗合馬車に乗ること2日。この世界で唯一の存在である《迷宮(ダンジョン)》が存在する、活気溢れるこの街に米キチ(リリア)は辿り着いた。……無事に辿り着いてしまった。

 その身に纏うのは鮮やかな緑色に染め抜かれた王家の紋章付きのローブ。金の縁取りがされたフードを深く被り、キョロキョロと忙しなく視線を行ったり来たりとさせる彼女は、側から見れば完全な()()()()()()であった。

 てくてくと、メインストリートを歩いていくリリア。様々な人種が老若男女関係なく歩いている光景は、ウィーシェの森では見られなかったものだ。

 店先で客引きをするガタイのいい店主達、品物を冷やかす冒険者達、そして「ペロ……この匂いは、ロリ!!」「エルフっ子じゃねアレ」「ロリエルフ……だと……!?」などと世迷言をほざく変態(かみ)共。

 オラリオでしか見られない光景の物珍しさに感動していたリリアは「おーい、そこのローブのキミ!」とよく通る高い声をかけられ、その声がした方へと振り向いた。

 すると、その視線の先には何やら前世でいう縁日などで軽食を売る屋台の様なものがあり、長い黒髪を二つに結わえた少女がこちらに向けて手を振っていた。

 どうやら先程の声の主は彼女であり、リリアは彼女から呼ばれていたらしい。リリアがその売店の前へと向かうと、その少女がその愛らしい顔に笑顔を浮かべ、嬉々として声をかけてきた。

 

「そこのキミ、小腹が空いていないかい?」

「……えっと」

「小腹が空いているなら、この《じゃが丸くん》とかどうだい?蜂蜜クリーム味とか小豆クリーム味とか塩味とかあるよ!」

 

 なんだ、その妙なクリーム推しは。リリアは首を傾げるが、見る感じコロッケと思わしき目の前の食べ物と、少女の纏う不思議な雰囲気に唆されてそのじゃが丸くんなる食べ物を買うことにした。買うのは……まずはシンプルに、塩味。こういう食べ物は、変に冒険すると痛い目を見ると相場が決まっている。冒険はしないことが一番なのだ。

 

「……えっと、じゃあ塩味を下さい」

「まいどあり!」

 

 そう言いながら塩味らしいじゃが丸くんを差し出してきた手のひらに、入れ替えで袋から取り出した金貨を置く。単位は《ヴァリス》と言うらしいこの金貨は、どうやら日本円換算で1ヴァリス=10円程の価値らしい。リリアは乗合馬車でとなりに座った親切なドワーフのおじさんから色々と教えてもらっていた。要介護生物(リリア)に絡まれた彼には合掌である。

 そうやって支払いを終えたリリアの耳に、少女がそっと口を寄せた。そして、リリアに向けて囁く。

 

「キミ、見たところここに来たばかりみたいだし、身なりからして結構いい所の子なんだろうけどさ。……もう少し堂々と歩いた方がいいぜ?何たってここは《神の街》だ。自由気ままな神にちょっかいをかけられたく無ければ、どこかの神の子になるべきだ。そう……ヘスティア・ファミリアとかね!」

 

 そう言ってバッ!と両手をあげる少女。その勢いで外見年齢の割に豊満な胸が押し上げられ、制服らしいエプロンを押し上げていた。おおっと元男としての残滓により胸を注視してしまうリリア。そして、こてんと首を傾げて口を開く。

 

「……その、ファミリアって、何ですか?」

「そこからかい!?」

 

 ギョッとした顔でリリアを見やるツインテールの少女。彼女の驚きを示すかの様にツインテールも心なしかみょんみょんと動いている。しかし、当のリリアは相変わらずののほほんとした雰囲気のままじゃが丸くんを見つめていた。そんなリリアの浮世離れした様子に、少女は頭を抱えて唸りだす。

 

「う〜〜〜ん……まずい、まずいぞぉ、オラリオの知識のないままこの子をこの街に放したら絶対面倒ごとに巻き込まれる、そんな女神(おんな)の勘がビンビンと反応している……でもなあ、ボクはまだバイトの時間中だし、休憩には少し時間があるし、そもそもこの後はへファイストスの所でバイトだしなぁ……そうだ!」

 

 少女は何がしかを思いついた様で、ポンと手を打った。その前では、まだ自分の他に客のいない事をいいことにじゃが丸くんをぱくぱくと食べるリリアの姿があった。少女はリリアの手を取ると、眠たげな彼女の瞳をじっと見てこう言った。

 

「いいかい、キミはこれから《バベル》に行くんだ。ほら……あのでっかい白い塔。分かるかい?」

「……あ、はい。あのでっかい塔」

「そうだ。そこでここオラリオに関するレクチャーを受けるといい。……多分お金は取られないと思うから、安心して受けて来たまえよ。受付の人に《エイナ・チュール》というハーフエルフの子を呼び出してもらって、ボクの名前を出せば邪険にはされないはずだから」

「エイナさん、ですか」

「そう!」

 

 こくん、と小さく頷いたリリアに笑いかける。なぜだろうか、目の前の要介護生物(リリア)を見ていると庇護欲が湧いてくる。……何というかこう、目を離しているとすぐに死んでしまう赤ん坊を見ている様な気分だ。そんな印象をツインテールの少女はリリアに抱いていた。

 あながち間違ってはいないのがこのリリアの恐ろしい所である。

 

「……分かりました。えっと、教えてくださってありがとうございます」

「なーに、困っている子を見つけたら導いてあげるのがボク達《神》の下界での仕事さ!この道をあっちにまっすぐ歩いていけば着くから、迷う様な事はないと思うけど。いざとなったら大声を上げて誰かに助けを求めるんだよ、いいね?」

「はい……え、神様?」

「それじゃあ、もし会うことがあればまた今度!ボクの名前はヘスティアさ!ボクのファミリアに入りたければいつでも大歓迎だぜ!!」

 

 そこで新たな客がやって来たため、2人は別れることとなった。「まいどあり!」という神ヘスティアの声を背に、リリアは彼女から貰った情報に従って白亜の塔へと向かうことにした。行儀悪くもじゃが丸くんを食べながら歩き、オラリオのメインストリートを進んでいく。

 じゃが丸くん(塩味)は、中々に美味しかった。コロッケの様に見えたが、実際は「じゃがいもに衣をつけて揚げたもの」の様な感覚であり、中はよく火が通ってほろほろで、じゃがいも本来の甘みがじんわりと口の中に広がっていく。少し粉っぽいため、水が飲みたくなるのが玉に瑕ではあるが、我慢できないほどではない。少し味がもの足りなくなって来たと感じたら、付け合わせの塩をパラパラと振りかければ良い。程よい塩味がじゃがいもの薄味に丁度いいアクセントとなって、飽きを感じさせない美味しさとなる。……味を例えるならアレだ、マク○ナルドのフライドポテト。

 ヘスティア、ヘスティア神かぁ……

 リリアは、先ほど出会った「ヘスティア」と名乗った少女の事を考える。彼女がヘスティアの名を騙っている可能性もないとは言えないが、あの人間離れした美貌と抜群のプロポーションは女神と名乗っても違和感のないものであった。何より、彼女の纏う雰囲気はどことなく清浄なものであったように感じる。

 ヘスティア。竈の神。元はギリシャ神話のゼウスの姉であり、彼の前で生涯純潔を誓った処女神でもある。正直蛮族の集まりと言っても過言ではないギリシャ神話の神達の中ではハデスと並ぶ神格者(じんかくしゃ)で、自らの権威は大切ではなく人の家庭と生活の礎となる炉の火を見守れればそれで良いと、オリュンポス十二神の座を神デュオニソスに譲ったともされる程。彼女はその生まれた経緯から最も若く美しい見た目であるとされ、その為あの見た目(ロリ巨乳)であると言われれば納得せざるを得ない。

 因みに、なぜリリアがヘスティアの事を知っていたかというと、彼女が「竈の神」だからである。コイツの知識は基本的に米にしか結びついていない。

 

「……む?」

 

 そんな考え事をしていたリリアは、ふと懐かしい気配を感じた様な気がして、周囲を見回した。

 そして。

 

「あ、あれは……」

 

 彼女は見つけた。見つけてしまった。

 

「はーい!パエリア一人前お待ちニャ!!」

「……パエリア、だと……!?」

 

 獣人と思われる店員の女性が運ぶのは、パエジェーラと呼ばれる一風変わった形をしたフライパンに盛り付けられた()()()()。スペイン発祥の()()()。そう、米である。苦節約7年。エルフの里では手がかりすら見つける事ができなかった米料理が、今目の前にあった。感動に打ち震え、残りのじゃが丸くんを一息に腹へと押し込むリリア。もう彼女の頭の中にはバベルの塔の事や神ヘスティアの事など欠片も残っていなかった。彼女の頭の中にあるのは、目の前の米の事だけである。

 食べなくては。

 リリアはそんな使命感に襲われ、迷う事なく先ほどパエリアを提供していた飲食店《豊饒の女主人》へとふらふらと入っていった。

 

 

 

 

 

「いらっしゃい……ニャ……?」

 

 豊饒の女主人。迷宮都市オラリオにおいて冒険者達からの絶大な人気を誇るこの酒場で働くクロエ・ロロは、稼ぎ時である夜の営業よりはのんびりしている昼の営業中にやって来た1人の客を見て、思わず眉根を寄せた。ギギ、と扉を開けて入って来たのは、フードを深く被った小柄な者だった。フードのシルエット的にはエルフなのだろうか。だとすると、年齢と外見が釣り合わない小人族(パルゥム)とは違い、ある程度育つまでは人間等と同じ様に成長するエルフの子供だという事になるが。

 

(たーまにいるんだよニャあ……度胸試しだかなんだかわかんないけど、ウチを冷やかしに来るガキンチョ……)

 

 冒険者が集まる酒場という性質のせいだろうか。たまに何か勘違いした悪ガキ共が度胸試しの様な感覚で店内へと入って来ることがあった。他の客の迷惑にしかならないので、武闘派の店員達やボスのミアが脅して出て行かせているのが現状だが、それでも来る者は来るのだ。

 少し脅して追い返すか。

 クロエはそう決めると、スタスタとそのフードの人物に向かって歩き出した。キョロキョロと興味深そうな様子を見せるそのガキの様子に、冷やかしであるという確信を深くするクロエ。そして、近づいて来たクロエに気がついたのか、彼女の方を向いたフードのガキに、クロエは比較的絞った殺気を向ける。

 

「あー、そこのガキンチョ。ここはお前の来る様なところじゃな」

「パエリア」

「……ニャ?」

「パエリアを下さい。……あそこの、男の人が頼んでいる様な」

「……ニャ?」

 

 が、フードのガキンチョは自分が向けた殺気など気にも留めず、そんな事を言ってのけた。客……か?クロエは咄嗟にそう考えて漏らしていた殺気を引っ込めた。料理を食べて金を払うのなら、たとえガキでも立派なお客様だ。

 クロエは「んー……」と少し唸ると、まあいいや、と思考を放棄してフードのガキを席へ案内する事にした。とりあえず、なにが起きても大丈夫な様に厨房に近い場所へと座らせる。

 自慢ではないが、生粋の裏世界の住人であった自分の殺気を受けて動じないのだ。ならば目の前のガキンチョも自分と同類である可能性が高い。

 そう考えたクロエは、いつも通りの様子で、しかし注意はフードのガキから離さない様にして厨房へと注文を伝えに行った。

 

 そして、出来上がったパエリアをテーブルに持っていくと。

 

「申し訳ありませんでした……!」

「あ、あの、頭を上げて下さい……」

「え、えっと、リュー?」

 

 端的に言ってカオスな光景が広がっていた。

 

 

 

 

 

 目の前で土下座しかねないほどに申し訳なさそうに頭を下げている同族(エルフ)のつむじを見つめながら、リリアは困惑していた。

 時間は少し前に遡る。米を食べる為に喜び勇んで入店したリリアは、猫耳を生やした黒髪の女性店員に連れられて席へと座り、今か今かと米料理の登場を待ちわびていた。ちなみに、彼女は米を食べられるという興奮でクロエの殺気に気がついていない。彼女にとっては自らの命の危機すらも米の前には霞んでしまう。

 ……率直に言って馬鹿である。

 そんな、今にも歌い出しそうなほどに幸せそうなフードのガキ(リリア)に待ったをかける人物がいた。豊饒の女主人で働く店員の1人、リュー・リオン。

 夜の営業に向けた買い出しから帰ってきた彼女は、一緒に買い出しに行っていたシルと共に接客へと向かい、そしてリリアを発見した。

 見目麗しいエルフである彼女は、手に持った銀の盆をフードを被ったままのリリアの首筋あたりにひたりと添えると、底冷えのする声で彼女に声をかけた。その後ろでは、シルが焦った様な声を上げている。

 

「失礼、そのローブはどちらで?」

「ちょ、ちょっとリュー!?」

「え?……普通に家から持ち出したものですけど」

 

「抜かせ」

 

 ギチッ、と盆を握る手に力が篭る。リューはその瞳に怒りを湛えながら静かに目の前のリリアに告げる。

 

「そのローブ、その紋章は我らが同族(エルフ)の王族のみが身に纏うのを許されるもの。里から出ることの無いそれを所持している貴女は一体何者ですか」

「……いや、えっと、その。王族(ハイエルフ)なんですけど……」

 

 パサリ、とフードを下ろし、その人間離れした美貌を露わにするリリア。

 ……まさか思うはずもないだろう。この街で有名なハイエルフであるリヴェリアという例外を除き、基本エルフの里から出ることの無い彼らが、お供の1人も付けずにこんな酒場にやって来ているなど。それも、米料理を食べにやって来ているなど。普通の人間ならリューの様にローブの盗難を疑う。

 これはひどいという他ない状況で、リューが取った行動は迅速かつ明快だった。フードを取った彼女の美貌、そしてハイエルフ特有の気品のある雰囲気に、目の前の彼女が王族であると理解したリューは、自分の冒険者としてのステイタスを全開にした速度で頭を深く下げた。

 そして、クロエが見たカオスが広がるのであった。

 

「……あー、なんかあったのかニャ?一応頼まれた料理、持ってきたんニャけど……」

「あ、ありがとうございます……えっと、その。あまり気にしないで下さいね」

「ほ、ほら、リュー。この方もそう言ってくださっていることだし、顔を上げないと」

「いえ、顔を上げるなど滅相も無い……!!」

「マジでなにがあったんだニャ」

 

 困惑した様子でそう呟くクロエ、なんとも言えない表情で謝罪し続けるリューをなだめようとするシル。そんな彼女達を苦笑いで見つめるリリアの脳内は、

 

(あー……パエリアが目の前にあるのに食べられない……つらい……)

 

 相変わらず米の事しか考えていなかった。




信じられるか、ヘスティア様の出番これで終わりなんだぜ……?
現在の時間軸としてはリューさんが超倫理リリルカサッカーをしていた後の事です。
気が立っていたからね、しょうがないね(適当)

エルフの里に関する情報が少ないのでオリ設定マシマシとなります。ハイエルフとエルフの違いも王族かそうで無いかの違いでしか無いみたいですし、フードを被っていればエルフっぽいという印象しか受けないと思うんです(ガバ弁護)

読んでくれてありがとうございます、感想誤字報告嬉しいです。
では、また。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

オラリオの郊外で愛を叫ぶ

米ディ!!!(挨拶)


今回はオリファミリアが登場します。あと米に関するオリ設定マシマシです。ガバもな。
それではどうぞ。


「しっかし、変な奴だニャあ……」

 

 クロエは目の前でモグモグと口を動かす幼女を見つめ、そんな感想を漏らした。

 あのカオスな光景からしばらくして。クロエの予想通り、厨房からのっそりと姿を現したミアからこってりと絞られたリューは落ち込んだ様子ながらも接客に戻っていた。

 それでも時々チラリとパエリアを食べるリリアを確認しているため未だに振りきれた様子は見えない。まあ当然だろう。

 いくらリリアが米に関すること以外は基本的に気にしない米キチであるとはいえ、王族に対して不敬極まりない態度をとってしまったことに変わりはないのだ。むしろ気にする様子もなく「……えっと、私は大丈夫ですので」とだけ言ってからパエリアを食べ始めたリリアが異常なのだ。

 小さな顔に見合った小さな口を開けてパエリアをパクつくリリア。その動作は流石王族と言ったところか。スプーンの扱いから水を飲む動作まで全てが絵になり、気品に満ち溢れていた。

 リリア自身も久しぶりの米料理と言うことで厳かに食べていることで、より一層気品のある食事風景となっていた。パエリアを厳かに食べるというギャグかと言いたくなるような状況ではあったが、リリアの外見とその身に纏う真剣なオーラがその手のからかいをするのを躊躇わせていた。

 こうして勘違いは加速していくのだ。罪な馬鹿娘である。

 

(これが、この世界でのパエリア……うん、おいしい。味が少し濃い目な気がするけど、地域の特色ということなら気にならない程度だし)

 

 リリアはそんなことを考えながら黙々とパエリアを食べ進めていく。子供用に量が少し減らされているとはいえ、冒険者向けの店ということもあって基本的にこの店の料理はボリューム満点なのだが、リリアは久しぶりの米ということもあって構うことなく食べ進めていく。

 そして。

 

「……ごちそうさまでした」

 

 リリアは遂にパエリアを完食した。ぱち、と手を合わせ、食後の祈りを捧げる。

 海が近いのか、それとも海産物をどこからか輸入しているのか。通常よりも大きめの海老がパエリアを彩っており、プリプリとした食感と旨味の染み込んだ芳醇な香りが共にリリアを楽しませる。

 主役の米も、上に乗った蓋代わりの具材から託された旨味をしっかりと吸い上げて米本来の甘味と見事な調和を醸し出している。パプリカと思わしき黄色い野菜などの他の具材も、その少しの苦みや酸味で米と海老だけでは単調になりがちな食感にアクセントを加え、量が多いことを感じさせない飽きの来ない仕上がりとなっていた。

 総じて言えば、三ツ星である。

 リリアは満足げに微笑み、食後の水を飲みながらこの店のパエリアにそう評価を下していた。

 かなりの上から目線である。

 

「美味しかったです」

「ん、それはよかったニャ。ミア母ちゃんのご飯はオラリオ1だニャ」

 

 そして、傍らにいたクロエにそれを告げる。クロエもまんざらではない様子で、そう言ってパエジェーラを下げる。そしてリリアのもとへ戻ってくると、手のひらをリリアに差し出して言った。

 

「さ、金を払うニャ。合計550ヴァリスニャ」

 

 さて、どう出る?クロエは差し出した手のひらを見つめるリリアの顔を注視しながらそう心の中で呟いた。

 ここで金を払うのを渋るようであれば、このガキは冷やかしよりも悪質な無銭飲食をしたのであり、ミアからのキツい折檻の後に働いて飲み食いした代金を返すことになる。

 ちょうど今厨房で皿洗いをしている冒険者のように。たとえ彼女が暴れて抵抗したとしても、この店の店員は殆どがランクアップ済みの元冒険者である。速攻で取り押さえられ、折檻の度合いが酷くなるだけだ。

 いや、まじで死ぬ目に遭うから暴れるとか蛮勇の極みだニャ。

 クロエはかつて一度だけ見たことがあるミアの本気の折檻の様子を思い出してぶるりと震えた。

 あの冒険者、ホントに生きてるかニャ。そう考えてしまうほどの折檻……いや、暴力であった。

 

「はい、どうぞ。……あの、金額合ってますか?」

「ん、ああ。ぴったりだニャ。安心するニャ。おみゃーは折檻を免れたニャ」

「はい?」

 

 ジャラ、と重たそうな音をならす袋からヴァリス金貨を取り出すリリア。駆け出し冒険者の一日の稼ぎ、その約半分ほどの値段を躊躇うことなく支払える辺り、王族らしく金は持っているらしい。

 ピン、と受け取ったヴァリス金貨をエプロンのポケットにしまうと、クロエはこちらを心なしかキラキラとした目で見つめるリリアに気がついた。何かまだ用があるのだろうか、と首をかしげるクロエに、リリアはワクワクした表情でクロエに問いかける。

 

「あの、質問があるんですけど」

「ん?なんニャ?シルのスリーサイズなら本人に聞いた方が早いニャ」

「……クロエ?」

「じょ、冗談に決まってるニャ!?だからその振り上げたお盆を下ろすのニャ、シル!?」

「この店の食材をどこで仕入れているのか、教えてもらってもいいですか?」

 

 わたわたと怖い笑みを浮かべるシルに弁解するクロエの様子などお構いなしに告げられた米キチからの質問に、クロエとシルは顔を見合せ、そしてリリアの方を見た。

 

「……それを聞いてどうするのニャ?まさかおみゃーが飲食店やる訳じゃなさそうニャし」

「まあ、答えるとするなら《デメテル・ファミリア》の直営店ですけど……」

「デメテル……豊穣の女神ですか。なるほど。ありがとうございます」

「え、あ、ちょっと。質問に答えるニャ!」

 

 ガタ、と音を立てて立ち上がり、再びローブのフードを被って店の外へ出ようとするリリア。クロエが彼女にそう声をかけると、彼女は一度だけこちらを振り向いて、無駄にキリッとした表情で一言だけ、

 

「私には、やらなくちゃいけないことがあるんです」

 

 と言い、そのまま店を出て行った。

 ちなみに、やらなくちゃいけないこととは当然、稲作の為の知識を学習することである。しかしそんなことは知る由もない豊饒の女主人の店員たち。シルとクロエは一様に首を傾げ、リリアの言葉の意味を考えていた。……無駄な努力である。

 

「やらなくちゃいけないこと……?」

「なんか、すっごい変な客だったニャ」

「シル、クロエ。立ち止まっているとまたミア母さんから叱られますよ」

「叱られてたのはリューの方だニャ」

 

 うーん、と唸っていた2人に注意しに来たリュー。しかしクロエからの反論を受けて、心なしか憮然とした表情を浮かべる。そしてチラリと周囲に視線を向け、リリアが店内にいない事を確認すると、少し焦った表情で2人に質問した。

 

「……ところで、あの王族(ハイエルフ)の方はどちらに?」

「さっき店を出て行ったニャ。なんかウチの食材の仕入れ先とか聞いてきたのニャ」

「あれ、でもあの子……直営店までの道、知ってるのかな?」

 

 クロエとシルからの返答を聞いてますますその顔に焦りを浮かべるリュー。リリアは曲がりなりにも王族、貴い身分の者だ。見目麗しい事この上ない王族(ハイエルフ)が1人で無事にこの店に着いた事自体が既に奇跡に近い幸運な事であると言うのに、護衛の一人もつけずに再び街へ繰り出した……?それでもしあの悪名高いアポロン・ファミリアや、イシュタル・ファミリアなどに目をつけられた日には……

 まずい。非常にまずい。

 リューは脳裏に最悪の事態を思い描き、背中に走った悪寒に思わず身震いした。そしてすぐさま厨房で料理を作っていたミアの下へ向かうと、少しの会話の後にシル達の方へと早足で戻ってきた。

 

「すみません、少し抜けます」

「ニャ!?突然何があったのニャ、リュー!?」

「リュー、追いかけるなら急いだ方がいいよ。あの子、多分道に迷うと思うから」

「はい」

 

 そして、暫く店の仕事を抜ける事を伝えると、なるべく音を立てないように、しかし素早くドアを開けて外へ飛び出した。ギィ、と軋みをあげながら揺れるドアを見つめ、顔を見合わせてからシルとクロエは未だ店内で食事を楽しむ家族連れの客の下へと笑顔で向かって行った。

 そして、その後は特に変わった事もなく、豊饒の女主人はリューが抜けたまま昼の営業を終えた。

 

 

 

 

 

「……ハッ」

 

 てかりかりーん。

 そんなSE(サウンドエフェクト)がしそうな程、なにかを感じ取った表情をフードの下で浮かべるリリア。豊饒の女主人で久しぶりの米を食べ、気力も体力も空腹も満タンな彼女は今……絶賛迷子になっていた。

 店を出てから僅か数分の出来事である。だが、自分が迷子になったという自覚は無いリリアは、自分の直感の赴くままに歩みを進め始める。

 デメテル・ファミリアの直営店とやらに行けば米の生産者の事が分かるかもしれない。そう考えた彼女は、ひとまずその直営店に向かおうとして、そして自分がその店へ向かうための道筋を聞き忘れていた事を思い出した。……どうしようか。そう考えた彼女は、思考の果てに凄まじい方法を思いついた。

 

(感じる……これは、米の気配ッ!)

 

 ンな訳ねえよ。

 思わずそう突っ込んでしまいそうな事を考えながら明らかに裏道と思わしき道を進んでいくリリア。

 ……そう、彼女が思いついた方法というのは「米の気配を辿っていく」というスピリチュアルなものであった。下手すると、いや、下手しなくてもオラリオでの破滅ルートを最速最短で突っ切るような暴挙。

 今の彼女は久しぶりの米の摂取により浮かれきっており、オラリオの治安の事など頭の中から吹き飛んでいた。目を離すとこのように自分から死へと突っ込んでいく要介護生物(リリア)は、エルフの里から出てはいけない人物ナンバー1であった。

 自分を見る浮浪者の視線など物ともせず、ただ自分の米レーダーに感知された気配に向かって一直線に進んでいくリリア。その足取りは堂々としており、道に迷った果ての所業だとは思えない程に洗練された歩みであった。

 そして。

 

「……おおぅ」

 

 リリアの目の前に、一軒の家屋が現れた。

 複雑な裏道を抜け、大通りを横切り、路地を更に行った先。恐らくこのオラリオの端に位置するのであろう壁の近くに建っていたその家屋は、リリアにとっては懐かしくも見慣れない純和風の建物であった。

 藁葺きの屋根はその積み重ねて来た年月によってか日に焼け、黒く染まり、しかし雨風をしっかりと凌げるのであろう重量感を見る者に伝える。

 そしてその屋根を支えるのは白い壁と木枠で出来た壁。窓はなく、木枠に取り付けられた障子が採光の役割を果たしている。庭は広く、鯉と思わしき魚の泳ぐ小さな池の側にはリリアと同じ背丈ほどの小さめの石灯篭が置かれている。

 まさに日本人が想像する「田舎の日本家屋」が、リリアの目の前に広がっていた。

 

「……おや、こんな辺鄙なところまで来るなど珍しいな。エルフの子よ」

「……貴方は」

 

 思わずぼうっと目の前の家屋を見つめていると、彼女の背後から低い男性のものと思わしき声がした。振り返ると、そこには黒々とした豊かな髪と髭を蓄えた1人の男の姿があった。

 首には翡翠の色をした勾玉や石が連なった首飾りをしており、服装は質素な白い無地の貫頭衣の様なもの。その手には折りたたまれた荷台のようなものが握られていた。一言で言えば、日本神話に出て来る男神のような見た目である。

 しかし、リリアはその服装ではなく、彼の全身から発せられる気配に畏れを抱いていた。

 

(この人……全身から、溢れんばかりの米の気配を感じる……!!)

 

 米キチ、ここに極まれり。リリアは自分の米レーダーにビンビンと反応する目の前の男性に本能的に跪いた。王族(ハイエルフ)としての威厳など糞食らえだとでも言うような見事な跪き方に、目の前の男性は驚いたように声を上げる。

 

「よい、よい。別にそこまで堅苦しくなる必要などないぞ、エルフの子よ。私はここではしがない神の1人。そして神としての力は粗方封じ込めている。それほどの敬意を向けられるほどの存在ではない」

「いえ、貴方のその全身から溢れ出る清浄な米の気配。敬意を払わないなど私にバチが当たります」

「……ふむ?」

 

 小首を傾げる男神。そんな彼の様子など御構い無しに、リリアは跪いた姿勢のまま畏れ多くも、と前置きして言葉を発する。

 

「貴方の御名をお教えいただけないでしょうか、神よ。我が名はリリア・ウィーシェ・シェスカ。エルフの里の1つ、ウィーシェの森出身のしがないエルフの1人にございます」

 

 この王族、ごますりに全力である。

 この世界に生まれてから初めてであろう全力の敬語を用いたその言葉に、男神は1つ頷くと厳かに口を開いた。

 

「む、そうだな。名乗られたのならば名乗り返さねばなるまい。……我が名はアマツヒコヒコホノニニギ。長い為、我が眷属をはじめとする者たちにはニニギと呼ばれている」

「貴方が神かッ!!」

「突然何をしている!?」

 

 男神の名を聞いた瞬間。リリアはそう叫び、同時に地面に倒れ伏した。膝を畳み、腕を伸ばし、額を地面に擦り付ける。

 極東の国に伝わる最上級の敬意・謝意を示す動作DOGEZAである。このロリエルフ、王族としての自覚やプライドはウィーシェの森に置いてきてしまったらしい。

 それはそれは見事なDOGEZAを見たニニギは、驚愕の声を上げながら目の前で唐突に五体投地を始めたリリアを助け起こした。それでまた「助け起こされるなど畏れ多い!!」と叫び勢いよくDOGEZAに移行しようとする馬鹿(リリア)

 しかし、彼女がこのような態度をとるのにはある理由があった。

 彼女が最大級の敬意を向けるニニギ、アマツヒコヒコホノニニギは、日本神話における《天孫降臨》において日本に降り立ったとされる神の1柱である。

 武神や相撲の神と名高いタケミカヅチらが、国津神であるオオクニヌシらに働きかけて行った《国譲り》を受けて降臨した彼は、祖母であるアマテラスの神勅の1つによって、神の住まう高天原から稲を現世に持ち込んだという。

 ……つまるところ、彼は「米の始祖」である。米キチが敬意を抱くのは必然と言える。

 

「と、とりあえず中に入れ、何か私か、私の眷属に用があってきたのだろう?それならば話を聞こ」

「神の在わす場所に立ち入るなど畏れ多いッ!!」

「絶妙に面倒臭いな!?」

「あら、ニニギ様?どうされました?」

「ああ、千穂!良いところに。この子を中に入れてやってくれ。何か用があるようでな」

 

 その後、ニニギと彼の眷属の1人であるミシマ・千穂が協力してぎゃーぎゃーと喚く馬鹿を家の中にかなり強引に家の中に連れ込み、事態は事なきを得た。

 

 

 

 一方、その裏では。

 

「……ふう」

「ぐ、あ……」

「畜生、バケモノめ……」

 

 リリアが通っていた裏道、そこに屯していたガラの悪い連中を一掃し、連戦に次ぐ連戦で息を吐くリューの姿があった。

 すぐに追いついたリューだったが、先ほどの失態を気にしすぎた結果声をかけるタイミングを見失い、結果このようなシークレットサービスじみた事を行うことになった。

 そして、すぐさまリリアが向かった道の先へと向かうリュー。その先で彼女が見たのは、ニニギ・ファミリアの拠点に入って行くリリアとニニギ、そして千穂の姿であった。

 オラリオではあまりその名を知られていないファミリアの一つだが、ニニギ自身は善神として名高い。彼らの下で保護されるのであれば少しは安心出来るだろうか。

 いや、やはり自分もしばらくは見張りについていたほうがいいだろう。王族を守る戦力は多ければ多いだけ良い。リリアは何かしらのトラブルに巻き込まれているのだと考えられる、ならば元アストレア・ファミリアの冒険者として、陰ながらであっても彼女を守りきらねばなるまい。

 ……ミアからのお叱り(あとのこと)は、後で考える。

 頑張れ、リュー・リオン。

 強く生きるのだ、リュー・リオン。

 彼女の戦いは、まだ始まったばかりだ。

 

 

 

 

 

「……んで、だ」

「ニニギ様、まーた犬猫拾う感覚で子供連れてきたんですか?しかも今度はエルフだし」

「いや、この子は少し違うのだが……」

「とりあえず、頭を上げたら?リリアちゃん」

「いえ、畏れ多いです」

 

 そして、しばらく経って、夜。

 ニニギ・ファミリアに保護され、オラリオに放り出されることがなさそうなことを確認したリューは去り、それと入れ替わるようにニニギ・ファミリアの冒険者たちが帰ってきた。齢15から17ほどの2人の少年と1人の少女からなるそのパーティは、玄関を開けるといつものメンバーに追加で見事なDOGEZAを披露するリリアを見て、そんな感想を漏らした。

 リリアの隣では彼女と同じ年頃の千穂が困った表情でDOGEZAし続ける彼女に声をかけていた。そんな千穂を見かねてか、ニニギは少しだけ神威を解放してリリアに話しかけた。

 

「……リリアよ」

「はいッ!!」

「顔を上げよ、でなければ話ができないであろう?」

「承知しましたッ!!」

 

 その言葉を受け、ガバッと勢いよく顔を上げるリリア。「ひゃあ!?」と驚いた千穂を同情の目で見つめ、ニニギは神威を収めてからリリアに再び声をかけた。その後ろでは、リリアの容姿の端麗さに驚いた眷属達が息を呑んでいる。

 

「それで、用は何だ?随分と私に敬意を持ってくれているようだが、私は特にエルフに語られるような神話はなかったはずなのだが……」

「米を愛する者として、ニニギ様を敬わないなどということは出来ませぬ」

「……あー、うん。なるほどね」

「エルフって米好きなのか……」

 

 誤解である。

 リリアの言葉に納得の声を上げるニニギの眷属達。何を隠そう、ニニギ・ファミリアはオラリオの外にて田地を拓いており、オラリオ唯一の稲作を行なっているファミリアである。ニニギ・ファミリアの米と言えば知る人ぞ知る名米で、農作物関係の商業系ファミリアとして名高いデメテル・ファミリアに卸しているほどの品質だ。

 ならば、他の極東系ファミリアの構成員のようにニニギに対して敬意を持ってもおかしくはない……のか?ニニギ・ファミリアの眷属達は揃って首を傾げた。

 

「それで、用というのはですね。……私めに、稲作について教えて頂きたく存じます」

「……ほう、米を作りたいと?」

「はい」

 

 しっかりと頷いたリリアの目を見て、ニニギは1つ溜め息をついた。

 この小娘、嘘は言っていない。米が好きだという言葉は嘘ではないし、その言葉には米への愛がこもっていた。

 しかしこの小さな体で米作りという重労働をこなせるとは思えない。それを理由にここで教えられないというのは簡単だが、そうすればこの小娘がどう行動するかが読めない。

 ……ならばいっそのこと自分のファミリアに入れて面倒を見るのが一番か……?何か、放っておくとすぐに死んでしまいそうな小鳥のような印象を彼女からは受ける。

 実際には小鳥のように繊細なのではなく、その米にしか興味を示さない性質から地雷を踏み抜いても気が付かずに地雷原を突っ切りだすだけなのだが、そうとは気が付かないニニギであった。

 そして。

 

「……では、私のファミリアに入るか?」

「……えっと、その。ファミリアとはなんでしょうか?」

「知らずにここに来たのか!?」

「端的に言うと神の眷属、または家族だ」

「なります」

 

 リリアの言葉に驚いたように声を上げる眷属を他所に、ニニギとリリアの会話は進んでいく。ニニギの眷属というフレーズを聞いて一瞬でファミリア加入を決めたリリアは、ふと思い出したように懐を探ると、ジャラリと重たい音を立てる皮袋を畳の上へと置いた。

 

「えっと、入会金です。お納めください」

「いや、別に金はいらん。……と言うより、ファミリアに入ると言うのなら、私への過剰な敬意はやめなさい」

「……分かりました」

 

 少ししょんぼりとした表情で金の入った袋をローブの中にしまうリリア。そんな彼女に、ニニギは手を差し出した。

 

「ほら、握手だ」

「……はい?」

「これから私達は家族となるのだ。この場にいる者達は皆、お前の仲間だ」

「……なかま」

「そうだ」

 

 そう呟いたリリアは、すっと立ち上が……ろうとして、畳の上に崩れ落ちた。長時間のDOGEZAで足が痺れたのだ。焦った様子でリリアの肩を支える千穂に「ありがとうございます」と告げてから、リリアはその場で頭を下げた。

 

 

 

「今日から、よろしくお願いします」

 

 

 

 その挨拶に、眷属達は皆困惑気味ながらもパチパチと拍手を送る。

 ニニギはリリアのこれからについて思いを馳せ、遠い目をしながらも新たな眷属の誕生に笑顔を浮かべていた。

 こうして、エルフ達の心配を他所に世にも珍しい稲作エルフの生活がスタートした。




【リリア・ウィーシェ・シェスカ】
所属 : 【ニニギ・ファミリア】
種族 : エルフ
職業(ジョブ) : 第一王女(現在は出奔中)
到達階層 : 無し
武器 : 《霊樹の枝》
所持金 : 101450ヴァリス

【ステイタス】
Lv.1
力 : I0
耐久 : I0
器用 : I0
敏捷 : I0
魔力 : I0

《魔法》
【スピリット・サモン】
召喚魔法(サモン・バースト)
・自由詠唱。
・精霊との友好度によって効果向上。
・指示の具体性により精密性上昇。

《スキル》
妖精寵児(フェアリー・ヴィラブド)
・消費魔力(マインド)の軽減。
・精霊から好感を持たれやすくなる。




【装備】
《王家の紋章付きローブ》
・最高級品。
・ウィーシェの森の最上級機織が作成。
・防御力は無いに等しい。

《霊樹の枝》
・最高級品。
・ウィーシェの森、王族の屋敷中央にある霊樹が自然と落とした枝の中で最も大きな枝。大きさは15センチ程で純白。
・魔力との親和性が高く、精霊にとっても心地の良い居住地。
・現在は彼女の出奔に力を貸した《火の微精霊》《風の微精霊》《土の微精霊》《水の微精霊》が宿る。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

エルフ従者は稲作の夢をみるか?

米ディッ!!(迫真)

日刊ランキング一位達成しました!!
これも皆様のおかげです、ありがとうございます!!

というわけで第4話です(唐突)

感想、誤字指摘ありがとうございます!!返信はあまりできませんがいつも励みにさせていただいてます!!
それでは、感謝の第4話をどうぞ!!


「くは……が、ふ……」

「……こんなものですか。冒険者というものも、案外大したことがないですね」

「な、ぜだ。ここには、レベル2の冒険者が大勢いたはずなのっ、ガハァ!?」

「口を開くな、下衆が」

 

 夜。端の欠けた月が大地を照らす中、ある建物の中では一つの蹂躙劇が終わりを告げようとしていた。

 呻き声をあげるのは、この建物を拠点とし各地に支部が存在する裏組織のトップ。……もっとも、その組織も現在はここの本部を残すのみとなり、壊滅状態となっているのだが。

 人身売買、違法薬物の輸出入、暴力の販売など、ありとあらゆる裏稼業を総括するこの組織は、僅か1週間で壊滅する運びとなった。その原因は、いま彼の目の前で木刀を振り抜いた姿勢のまま道端に落ちているゴミを見るような視線を彼へと向けている1人の女エルフ。

 返り血を浴びた緑色のローブに身を包み、窓から差し込む月光を浴びるその姿は妖しく、そして美しい。しかし彼女の身に纏う気配は殺気や怒りに溢れており、迂闊な事をすればすぐさま隣に転がる柘榴(ひとだったもの)の様に砕け散ることになるのは目に見えていた。

 

「さて、いい加減に答えてもらいましょうか」

「だ……だから、知らないって言っているだろう!?俺だって、まだ探している途中だったんだ!!」

「またそれですか。それこそあり得ない」

「ガッ……あ、あ、あああああああ!?」

 

 男は必死に叫ぶが、エルフは取り合わずに彼の足に木刀を突き刺した。ごりゅ、という骨に硬いものが当たる感触と共に、言葉に出来ないほどの激痛が男の全身に走る。

 言語として成り立っていない泣き声をあげながら呻く男を冷めた目で見下ろしながら、エルフは聞き分けのない子供に諭すようにいやに優しい声で語りかける。その手に携られているのは—————美しい、絹糸のような青みを帯びた銀髪。

 

「いいですか。我々エルフは自分が認めた者以外に身体を触れさせる事はありません。あり得ません。それが貴い身分である王族ならば尚の事。……ましてや『髪を売る』などという事はあり得ないんですよ、絶対に」

「ぎ、あぁ……だ、だずげ」

「吐け。あの方は何処にいる」

「じ、じらない!!ほんどうにじらないんだぁッ!!」

「……そうですか」

 

 必死の表情で叫ぶ男に無表情でそう呟いたエルフ……リフィーリアは、無言で手に持った木刀を振り上げ。

 

「なら、もういいです」

 

 振り下ろした。

 ばきゃ、という硬いモノが砕け散った音と共に、男の声が止まる。月光に照らされた床には赤い染みが広がっていき、既に充満していた鉄の匂いがさらにその濃度を増す。その様を無表情で見つめていたリフィーリアは、興味を無くしたようにくるりと踵を返すと、この建物の地下へと向かった。

 饐えた匂いが充満する地下の惨状に、形の整った眉を顰めるリフィーリア。しかし歩みを止める事なく地下の廊下を進み続けると、そこには中身の無い他の牢屋とは違い、厳重に封をされた鉄格子の牢屋があった。

 中にいるのは—————疲れ切った表情を浮かべ、死んだ目をした、同族(エルフ)の少女。職業柄里のエルフの顔を全て覚えているリフィーリアの記憶にはない顔のため、恐らくはウィーシェの森以外の里の出身だろう。

 牢屋の鍵を手に持った木刀《霊樹の大枝》で粉砕すると、リフィーリアはその音で漸くこちらを認識した様子を見せた少女に歩み寄った。

 

「助けに来ました。私は貴女の同族です」

「……うそ」

「嘘ではありません。この紋章は我らの里《ウィーシェの森》のもの。私は王族より命を受け、あるお方の捜索を行っています」

 

 リフィーリアの言葉に、漸くこれが夢などではないと思えたのか、若干だが目に光が戻ったエルフの少女。彼女は、掠れた声でリフィーリアに問いかける。

 

「……ここの、人達は?」

「殺しました。皆森の魔獣にも劣る畜生ばかりでしたので」

「……そう」

 

 殺した、死んだ、と言われても、自らを蹂躙した男たちの末路に実感が持てないのか未だに虚ろな表情のままの少女。その様子にリフィーリアは痛ましいものを見る表情になると「失礼」と一言断ってから、彼女の手足を戒める鉄の拘束具を砕いた。そして、彼女を丁寧にローブで包み抱え上げ、地上を目指す。

 

「ところで、この組織に王族(ハイエルフ)が捕まった、という情報を聴いた事はありませんか?なにか手がかりになりそうな情報があれば、教えていただけると嬉しいのですが」

「私は……ずっと、あの牢屋にいたから……い、いやっ」

「無理をしなくても結構です。……そうですか。ありがとうございます。貴女の里にすぐに返す事はできませんが、我々の里に招待します。信頼できる仲間達なので、安心してください」

 

 道中でリフィーリアは少女から情報を得ようとしたが、彼女の精神状態が危うかったためにすぐに断念した。……念の為、守り人の中でも女性の者を手配しておいて良かった。リフィーリアは信頼できる里の守り人として長年勤めている女性のエルフに少女を預け、同時に里へと向かった彼女に「裏組織に捕まったという可能性は低い」と言伝を頼んだ。

 守り人のエルフから手渡された換えのローブを羽織りながら、リフィーリアは欠けた月を見上げる。青白い光を浴びたそれは、まるで彼女の探し人であるリリアの髪の色のようだった。

 

「リリア様……」

 

 思わず、そう呟いてしまう。

 一人で心細い思いをされてないだろうか。ひもじい思いをされていないだろうか。他者から髪を切られた事を気に病み、泣いてはいないだろうか。まさか泥に塗れ、その美しい顔に傷がついたりなどしていないだろうか。次々とそういった心配が胸中に浮かんでは彼女の心を締め付けていく。

 

「……探せる所は全て探した。裏組織も潰した。後考えられるのはやはり……」

 

 そう独りごちたリフィーリアが指笛を吹くと、すぐに嘶く声と共にドドドド、という脚音を鳴らして駿馬が傍らに侍る。約2週間を共に過ごした今、リフィーリアとこの駿馬の間には強い絆が生まれていた。それこそ、人馬一体とも言える程に。直ぐにその背中に飛び乗り、見据えた道の先には。

 

「迷宮都市オラリオ」

 

 天を突く程の高さを誇る白亜の塔。

 はるか遠くのため、白い線にしか見えないその塔を囲むように高い壁が聳える、都市の威容があった。

 

 

 

 

 

 さて、ところ変わってオラリオ郊外。

 ニニギ・ファミリアの拠点では、当の本人(リリア)がスヤスヤと眠っていた。隣では、彼女と同じ年頃の見た目をした少女《ミシマ・千穂》が同じように穏やかな寝息を立てていた。

 それからしばらくして、時刻は午前5時。未だ草木も眠っている時間帯に、しかし千穂はパッチリと目を覚ました。何度か瞬きをして眠気を払うと、布団の中から這い出て、夜の寒さに震えつつも可愛らしく伸びをした。

 そして夜着から普段着である小袖に着替え、未だ布団でスヤスヤと寝ているリリアの身体をゆさゆさと揺さぶった。

 

「ほら、リリアちゃん。起きて、ご飯の用意しなきゃ」

「ご飯」

 

 その一言でパチリと目を覚ますリリア。すっと立ち上がると、千穂とお揃いだった夜着を躊躇いなく脱ぎ、これまた千穂と同じような柄の小袖を着る。そしてその上から王家の紋章が入ったローブを羽織ると、キリッとした表情で千穂の方を向いた。

 

「今日のご飯は何でしょう」

「どうしよっか。うーん、昨日いい鯖を買ったから、朝は塩鯖かな?」

「素晴らしい」

 

 トントンと軽い足音を立てながら土間へと向かうリリアと千穂。今日の朝の献立を喋りながら決めたら、台所の床下に設置された氷室兼倉庫から今日の食材を取り出す。

 んしょ、と小さい体で大量の食材を取り出した彼女達は、ここで役割分担を始めた。虫除けの乾燥させた唐辛子が入った米櫃から朝ごはんの分の米を取り出す千穂。

 成長期の少年少女が揃うニニギ・ファミリアでは、一回に5合ほど炊くのがデフォルトとなっている。升で米を掬い、米とぎ用の鉢へと移す。その後に、傍らでキラキラと目を輝かせるリリアにその鉢を渡す。

 

「はい、よろしくねリリアちゃん。……言わなくてももうわかってると思うけど、後で使うことになるから」

「とぎ汁は捨てない。分かってる」

「そう、なら大丈夫。私はお味噌汁と塩鯖の準備してるから、米とぎが終わったら炊いてね」

「任せて!」

 

 トン、と薄い胸を叩いたリリアは、意気揚々と水瓶へと向かう。そして、夜の間に冷えた水を少しだけ注ぐと、米の中に手を突っ込んでシャカシャカと米をとぎ始めた。

 前世で米を食べる為に何度も米をといできたリリア。今、彼女のその経験が輝いていた。

 前世では精米技術が発達していた為に強くゴシゴシと研ぐ必要は無かったが、ここは中世にほど近い技術体系のオラリオ。未だ完全な精米とはいかず、前世でといだ時よりも少し強い力を込める必要がある。

 シャカシャカと少し水を含んだ米をかき混ぜると、親指の付け根の辺りで優しく擦るようにしてシャッシャと米を押し、それを数回繰り返した後に水瓶から水を注ぐ。

 二、三杯ほど注げば、白く白濁したとぎ汁が出来上がるので、中身の米が出て行かないように気をつけながら傍に置いてある桶の中にとぎ汁を入れる。そして、水を切った米を再びシャカシャカとといでは、水を注いでとぎ汁を捨てるを繰り返す。

 米を炊く時に、水をケチってはならない。リリアが前世で学んだことの一つである。

 そして、水を注いだ時にうっすらと米粒が見えるようになればそこで米とぎは終了だ。あまりとぎ過ぎて透明度が強いとそれでも美味しい米は炊けないのである。リリアは前世でそれを嫌という程学んだ。

 といだ米を釜に移し、水に浸して吸水させる。米はとぐ時とこの時に水を吸い、旨味を生み出す。ここで水につけ置きしなければ、食べられはするが美味しいとは言えない。

 その間は時間があるので、八面六臂の活躍をしている千穂の手伝いをする。手早く火にかけた鍋をかき混ぜ、味噌を溶かし、具材を投入する彼女にやる事を尋ねると「大根おろし作って、庭からかぼすを取ってきて」と言われた。

 ふむ、かぼす。リリアは大人しく倉庫の隣に設置されている食器入れの中からおろし金を取ると、丼の上にそれを設置して大根をおろし始めた。小さな手では片手で押さえることが難しいので、板の間に上がり、行儀が悪いが胡座をかいて足で丼を固定して大根をする。

 円を描くようにゴシゴシとおろしていけば、ものの3分程度で半分ほどあった太めの大根は全て大根おろしへと姿を変えた。

 だんだんと味噌汁のいい匂いを漂わせ始めた土間の台の上にその丼を置き、千穂にその事を告げるとガラガラと音を立てて引き戸を開け、いまだ薄暗い庭へと出た。

 うっすらと太陽が出始めているのか、白み始めた空をほうと白い息を吐きながら見つめたリリアは、いけないいけないと庭へ向かう。

 小さな池の側に、緑色の小さな実をならせていたのを見つけたリリアは、かぼすの実を一つもぎ取ると、何とはなしにかぼすの木に手を合わせ「いただきます」と呟いてから千穂の下へと戻った。

 

「かぼす取ってきたよ」

「それじゃあ6等分して、そこの皿に大根おろしと一緒に盛り付けて」

「がってん承知」

 

 帰ってくると、魚の焼ける香ばしい匂いが味噌汁の匂いと共に広がっていた。リリアはニコニコと自分の顔に笑顔が浮かんでくるのを感じながらも千穂からの指示に従って大根おろしのそばに千穂から拝借した包丁で切ったかぼすを添える。そして吸水を終えた米の入った釜に分厚い木蓋をすると、かまどにセットして懐から白い枝を取り出し、ボソッと呟いた。

 

「火の精霊様、強めの火をくださいな」

 

 すると次の瞬間、彼女が枝を向けていた先に真っ赤な炎が勢いよく現れた。燃料となる薪も置いていないのに出現したその炎は、消える様子もなくメラメラとかまどの中から米の入った釜を熱している。ここからは自分の忍耐力との勝負だ。しゃがみ込み、かまどの火をじっと見つめながら同時に温められている釜の様子も確認する。

 そして、5分ほど経った後。

 

「お、来た」

 

 カタカタと蓋が動き出し、そのできた隙間から水が溢れ出す。釜の縁に作られた受け皿にその水が受け止められるのを見たリリアは、再び枝をかまどの火に向けて構えると、もう一度ボソボソと呟く。

 

「火の精霊様、火の精霊様。火の勢いを弱めてください」

 

 すると、先ほどまで煌々と燃え上がっていた炎が勢いを弱め、パチパチと音を立てながらも淡く揺れる弱火へと変化した。そして吹きこぼれも収まった後もじっとかまどと釜の様子を見ていると、徐々にかまどから芳醇な米の香りが漂って来た。しばらくして再び一瞬だけ強火に戻し、水気を飛ばした後にかまどの側に置いてある団扇で弱火を消し、米の蓋を取らないまま蒸らしに入る。

 蒸らす米の香りが漂う、至福のひと時である。

 

「おーう、朝からありがとな」

「うまそうな匂い……今日は魚か」

「おはよー……」

「うむ。リリア、千穂。毎朝ありがとう」

 

 すると、この時間帯あたりからご飯の匂いにつられてニニギ達が起きてくる。

 手を上げ、軽くリリアたちに礼を言いながら入って来たのはニニギ・ファミリアの団長にして最年長の17歳である青年、ミスミ・伊奈帆。

 その後ろで今日の献立の予想をしているのは伊奈帆の弟であり16歳のミスミ・穂高。

 そして朝に弱いのか、未だ目をしょぼしょぼとさせながら板の間にやって来たのがニニギ・ファミリアにおいて最年長の女性であり、ミスミ兄弟の幼馴染でもあるミシマ・千恵。

 寝ぼけ眼の彼女は、のっそりとした動きのままとぎ汁の入った桶へと向かい、そのままとぎ汁で顔を洗い始めた。

 

「っ、あーーー!!冷たい!目ぇ覚めた!!おはよう皆!」

「寝坊助」

「なんだとう!?」

 

 キンキンに冷えたとぎ汁で顔を洗い目を覚ました千恵は、ボソリと呟いた伊奈帆に摑みかかる。それを呆れた様子で見守る穂高とニニギ。この光景は毎朝見られる日常のものであった。

 

「今日のご飯は味噌汁と塩鯖とご飯ですよー」

「おうリリア。サンキュー」

「美味しそう!千穂ちゃん愛してるー!」

「あはは……」

 

 そして焼きあがった塩鯖などを配膳している間に、リリアは蒸らし終えた米を釜から茶碗についで皆の前に置いていく。精霊と王族(ハイエルフ)の炊いた米という、霊験あらたかに聞こえる米を前にして、しかしそんなことは露知らずの彼らは嬉しそうに手を合わせた。

 

「よし、それじゃあ食うか!今日の朝食を作ってくれた2人に感謝をして、いただきます!!」

「「「「「いただきます」」」」」

 

 そして伊奈帆の元気な号令の下、朝の食事が始まる。

 今日の献立は、かぼすと大根おろしが添えられた塩鯖と、小さく角切りにされた大根とわかめなどが入った味噌汁。そしてリリアが全身全霊をかけて炊いた白ごはんだ。純和風の食事を前に、リリアは感動で胸がいっぱいになった。

 そう、これだよ。これが食べたかったんだよ。

 心の中でそう呟きながら手を合わせてから箸を握り、他の者達と大差ない箸の使いっぷりで朝ごはんを食べるリリア。

 まずは米。つやつやと光り、粒だった米がリリアの操る箸によって取られ、彼女の口へと運ばれる。そして。

 

「—————んんっ!!」

「ホントにリリアは米が好きだな」

「エルフって米を炊くのも上手いんだな、別に千穂の腕を馬鹿にしているわけじゃないが、美味い」

「分かってますよ。私も最初は驚きましたから」

「やっぱ米には焼き魚だよねー!」

「……美味い」

 

 感動。

 リリアは目を閉じ、会心の笑みを浮かべる。噛みしめるたびに口の中に広がる優しい甘味。食感はしっかりとしつつも柔らかく、他の味をサポートしつつも自分の主張も忘れないしっかりとした味わいだ。更にリリアが箸を伸ばすのは、千恵が食べているのと同じ塩鯖。皮の上から箸を入れると、脂が乗っているのかホロホロとした身が簡単に崩れ、その上にカボスを絞った汁をかけた大根おろしを乗せていただく。

 

「おいしいっ」

「この鯖美味しいな。かぼすもいい味出してる」

「ありがとうございます」

 

 口の中に入れれば、すぐさまかぼすの爽やかな酸味とともに、脂の乗った鯖の身が芳醇な旨味を舌に伝える。

 大根おろしは単体だけだと少し脂っこいかと思われる鯖の脂を程よく中和し、かつ食感のアクセントにもなる。

 それと同時に米を頬張れば、もうそこは極楽だ。

 鯖の脂を吸い込んだ米はまたその顔を変え、噛み締めれば噛みしめるほどにその美味さをリリアの舌に刻みつけていく。

 これは麻薬だ。

 和食と言う名の麻薬だ。これの快楽を知ってしまえば最後、もうこの食事から逃れることはできない。

 そしてご飯と塩鯖の調和に少しの飽きを感じれば、すぐそこにスタンバイしているのが味噌汁だ。

 

「あ゛〜……」

「リリア、凄い声出てるぞ」

「エルフも俺たちと変わんねえんだなー」

「いや、多分リリアちゃんが特殊例なだけかと……」

 

 美味い。

 感想としてはそんな陳腐なものしか浮かんでこない程の味わいだ。

 味噌の塩味がよく効いた濃い目の味付けである味噌汁は、昆布やいりこで出汁を取っているのだろうか、複雑ながらも芳醇な旨味をリリアに与え、これまでの米と塩鯖とは違った美味しさに包まれる。

 そしてワカメの食感やよく煮えた角切りの大根を頬張れば、熱さの中にもしっかりと味の染み込んだ美味さで食の素晴らしさをリリアに再認識させる。

 そして味の変化を楽しんだ後に、再び米を食べる。塩鯖を頬張り、米を食う。味噌汁を飲んで、米、塩鯖、米。

 まさに至福。これぞ食の道楽と言わんばかりの幸せを感じたリリアは、他の皆が食べ終わるのと同時に手を合わせた。

 

「今日もご飯、美味しかったです!ごちそうさま!」

「「「ごちそうさま」」」

「「お粗末様でした」」

 

 そして他4人からの感謝の挨拶に、そう返してから少しの余韻に浸り、食器を下げる。

 

「リリアちゃん、とぎ汁ちょうだい」

「はーい」

「リリア。今日からお前も農作業の方に入ってもらうから、こっち来てくれ」

「はいはーい」

 

 それから慌ただしく、ニニギ・ファミリアの1日は始まっていく。

 

 

 

 ファミリアに加入してから約2週間。

 リリアの日常は、とても平和なものであった。




※今回の米とぎ描写は筆者の体験を基にしています。その為米とぎガチ勢の方からすれば噴飯ものの描写となっている可能性もございますので、ご注意ください(事後承諾)。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

世界の合言葉は米

米ディッ!!(迫真)


なんか日刊1位になったり2位になったりと忙しいですが、これも皆様のおかげですありがとうございます。
感想とか誤字指摘は励みになります。だからもっとくだせえ。


それではガバリティ増し増しの第5話を、どうぞ。





 ピイィィ、と甲高い笛のような鳴き声が早朝のオラリオの空に響き渡った。

 白み始めた空を悠々と飛んでいるのは、子供が手を広げた程の大きさを誇る巨大な鳶。ともすれば怪物(モンスター)とも間違われかねない程に大きな鳶はロキ・ファミリアの拠点である《黄昏の館》、その正門前に迷う事なく降り立った。

 

「うおっ!?」

「なんだこの鳥!?」

 

 主神であるロキが「せんでいいっちゅーに」と言っているにも関わらず生真面目に門番をしていたロキ・ファミリアの団員が、驚愕の声を上げてその手に持っていた長槍をその鷲に向ける。

 しかし、自分の命を奪うかもしれない凶器を向けられてもなお、大鷲はそれがなんだか分かっていないかのように首を傾げるのみであった。

 その鳶の様子にまた驚いた門番は、その鳥が首にスカーフのような物を巻いているのを見つけた。深緑に、金糸で刺繍が施された豪奢なスカーフ。特徴的なその色合いに見覚えのあった獣人とヒューマンの門番は、互いに顔を見合わせてこう呟いた。

 

「これって……もしかして」

「リヴェリア様の……?」

 

 

 

 

 

「……ふむ、これは私宛の鳥ではないな」

「そうでしたか、これはとんだ失礼を」

 

 女子塔の玄関にて、リヴェリアから発せられたその言葉に門番の1人は素直に頭を下げた。早朝とはいえ、もうすぐ皆が眼を覚ます時間帯だ。

 既に起きて身支度を済ませていたリヴェリアは首を緩く横に振ると、止まり木の代わりに布を巻いた自分の腕を差し出していた門番に向けて口を開いた。

 

「いや、構わない。確かにこの色は我らが同族(エルフ)が好んで使うものだからな。それにこの鳶がエルフの里からの使者であるのは間違いない、私たちの里でもよく用いていた」

 

 そう言って鳶の足にくくりつけられていた小さな袋を取り出すリヴェリア。その口をためらいなく開け、中からサラサラと何かの籾のような物を取り出すと、手の平に乗せると躊躇うことなく鳶へと差し出した。

 それを喜び勇んで啄む鳶。手の平に走る擽ったい感触に懐かしい気分になりながらも、リヴェリアは物言いたげな門番に視線を向ける。

 

「では、この鳥は一体誰の……?」

「それは、これを見ればわかるさ」

 

 門番の疑問にうっすらと笑みを浮かべて鳶が身につけていたスカーフを外すリヴェリア。広げると、結んでいた影響できちんと確認することが出来なかった刺繍の全貌が見えた。そして、それをみたリヴェリアはむ、とその形の良い眉を顰めた。

 

「これは……ウィーシェの森の紋章か」

「ウィーシェの森、ですか」

「そうだ」

 

 そう言うと、リヴェリアは「ここで少し待っていてくれ」と門番に言い残すと女子塔へと戻っていった。手持ち無沙汰にピイィィ、と鳴く鳶に「静かにしろよ」と声をかける。

 そうして待つこと数分。

 戻ってきたリヴェリアの傍らには、しっかりと結わえた山吹色の髪を揺らす美しい少女の姿があった。

 レフィーヤ・ウィリディス。

 ロキ・ファミリアに所属するレベル3の第二級冒険者で、リヴェリアと同じエルフの少女。

 魔法技術に優れるという種族特性の通りに、彼女はリヴェリアが自らの後継として指導している将来有望な魔法使いの1人だ。そんな彼女はリヴェリアから差し示された先にいた鳶を見ると、あっ、と驚きの声を上げた。

 

「すみません、それ私の里の鳥です!……でも、なんでこんな手段で?」

「何か緊急の用事が出来たのではないか?コイツは早馬なんかよりもよっぽど早く着く」

「……ちょっと不安になってきました」

 

 ううう、と唸りながら恐る恐る鳶の足に括り付けられた書簡を手に取るレフィーヤ。

 立ち話もなんだから、と3人で黄昏の館本館にある談話室へと向かう。

 暖炉によって温められた室内には都合の良いことにまだ誰も来ていなかった。飛んできた間に冷えたのだろう、ひんやりとした羊皮紙をパラリと広げたレフィーヤは、リヴェリアと門番に一つ頷くと、そのまま書かれた内容を読み進め。

 

「……きゅう」

「れ、レフィーヤ!?」

 

 卒倒した。

 

 

 

 

 

「……なあ、穂高」

「なんだい兄さん」

 

 ところ変わって、ニニギ・ファミリア。日課である農作業をしにオラリオの外へとやって来ていた彼らは、目の前に広がる非現実的な光景に茫然自失となっていた。

 

「土の精霊様、土の精霊様。目の前の田んぼの土を綺麗に平らにして下さいな」

「もうアイツ一人でいいんじゃないかな?」

「それ、僕も思ったけど言っちゃダメでしょ」

「リリアちゃんすごいねー!」

 

 彼らの目の前にいるのは、両手を田んぼへと向け厳かに祈るように目を閉じ、何事かを呟くリリアがいた。

 そして、彼女が手を向けた先の田んぼは、今まさに劇的な変化を迎えようとしていた。

 ざああ、と風が吹く音が聞こえたと思ったら、土が意思を持ったかの如くひとりでに動き始める。

 張った水がその土の動きによって微かに波を立てること数秒程。ふんす、とやりきった顔で腰に手を当てたリリアの前には、見事な真っ平らに整地された水田の姿があった。

 鋤を手に泥に塗れ、せっせと代掻きに精を出していた伊奈帆達は遠い眼をしてその光景を眺めている。

 

「長時間労働の筈の代掻きを数秒で終わらせやがった……」

「ていうか、魔法の無駄遣いだよね、あれ」

「エルフって農作業も魔法でやるのか……」

 

 エルフへの誤解が深まっていく。

 実際に働いたのはリリアではなく《霊樹の枝》に宿る土の微精霊なのだが、それを知らない彼らにとってはリリアが魔法によって代掻きを済ませたように見えた。

 ……あながち間違ってもいないし、魔法の無駄遣いよりも遥かに罪深いことをやっているような気もするが、あの米キチ(リリア)には何を言っても無駄だ。

 そして、じっと自分を見る視線に気がついたのか、リリアは伊奈帆達の方を見ると、嬉々とした様子で地面に突き立てていた鋤を手に取り、こちらへと歩いて来た。

 ばしゃん、と躊躇うことなく水田の泥の中に足を突っ込み、小袖の裾をたくし上げてこちらへと歩いてくる。

 

「早く終わったんで、お手伝いします!」

「魔法は使わないのか?」

「できますけど、予想以上に魔力(マインド)を結構使いますし、手作業も大事ですので!」

 

 伊奈帆の問いにそう笑顔で言い切ったリリアは、んしょんしょ、と慣れない手つきで大きな鋤を操る。

 小さな体では重労働な筈のそれを笑顔でやる様子に、米を好きな事は間違い無いんだよなー、と伊奈帆は考えていた。リリアのへっぴり腰が見てられなかったのか、千恵が田んぼでの歩き方と鋤の扱い方をリリアに叩き込んでいる。

 ……まあ、魔法に頼りっぱなしなのもバチが当たりそうだしな、と隣にいた穂高と苦笑を交わし合うと、そのまま4人で田んぼの代掻きをこなしていった。

 そして。

 

「っだぁー!疲れた!!」

「リリア、帰ったらちゃんと休めよ。この後は本番の田植えだからな」

「田植え……!なんて素敵な響き!」

「あー、タケミカヅチ様のとことかにも声かけなきゃ……」

「そこんとこはニニギ様がやってくれるだろ」

 

 夕方になるまでに広大な範囲の水田の代掻きを終えた彼らは、泥に塗れた姿のままある場所を目指していた。

 鋤を肩に担ぎ、わいわいと向かった先にあったのは、真っ白な湯気を煙突から出し続ける、一軒の民家であった。「ちーっす」と雑な挨拶を言いながら引き戸を開けた伊奈帆の顔に、濡れたタオルが勢い良く叩きつけられる。

 

「ぶほっ」

「その汚い格好で来るなと何度も言っているだろう。せめて泥を落としてから来い」

「いいじゃんかよー、結局ここで全部洗うんだしよー」

「くっつこうとするな汚いっ!!」

「がぶほぉ!?」

 

 そのまま大通りへ吹き飛ぶ伊奈帆。呆気にとられたリリアが引き戸の先を見ると、そこには思いっきり顔を顰めた小柄な少女が立っていた。服装はリリア達と同じ小袖だが、上からもう一枚赤い上着を羽織っている。そして彼女はこちらを覗くリリアの姿に気がつくと、驚いた顔で穂高へと問いかけた。

 

「あれ?新入りの子?」

「そう、リリアって言うんだ。……ほら、リリア。この子はこの銭湯の番台さん。結愛っていうんだ」

「よ、よろしくお願いします」

「可愛いでしょ!」

 

 何故か自分のことのように胸を張る千恵は放っておいて「よろしくね」と結愛はリリアに向かって微笑んだ。そしてその場にいた全員に濡れたタオルを渡すと、中へと招き入れた。その後にガラガラと荒く引き戸を開けて入ってきた伊奈帆が、憮然とした表情で入場料を徴収している結愛に向かって口を開く。

 

「なんか俺に対する態度と違くねえ?」

「アンタは毎回躊躇なく入ってこようとするからでしょうが」

 

 ギリ、と伊奈帆を睨む結愛の眼光にうっと気まずそうな表情を浮かべる伊奈帆。そんな彼らの毎度のやり取りを呆れた表情で見ていた穂高は、伊奈帆の背を押すようにして男湯へと向かう。それを見た千恵も、リリアの手を引いて女湯の脱衣所へと向かい始めた。

 いってらっしゃいと手を振る結愛に手を振り返しながらも、ここはいったい何なのだろうと疑問の表情を浮かべるリリアに、千恵は笑みを浮かべて説明し始めた。

 

「ここはね、銭湯って言う場所なんだ」

「銭湯……まあ、見れば分かりますけど」

「あれ、知ってた?……まあいいや。ほら、農作業の後って少なからず汚れたり汗かいたりするからさ。そういう時はいつもみたいに水浴びで済ますんじゃなくて、銭湯でゆっくりしようって伊奈帆が言い出したのがここに来るようになったきっかけかな」

 

 そう言いながら、脱衣所の籠に泥のついた小袖を入れ、その肢体を惜しげも無く晒す千恵。少女から女性へと変化する途中であるその未成熟な身体は、しかしそうであるからこその魅力を備えている。

 そして、その隣ではリリアが同じように躊躇うことなく服を脱ぎ、すっぽんぽんになっていた。

 こちらは見事な真っ平ら。小ぶりとはいえ立派な丘が出来上がっている千恵とは違い、リリアの胸は悲しいほどに真っ平らであった。

 しかし彼女はまだ10歳。子供もいいところである。全身つるつるのぺったぺたな彼女は、千恵に手を引かれて浴室へと入った。

 

「……おおー」

「凄いでしょ?これ、私達の故郷の国にある山なんだけどね?」

「でかい富士山……」

「よく知ってるねー!」

 

 そして壁面にでかでかと書かれた富士山に圧倒されつつも、かけ湯と蛇口から出るお湯で体を清める。「洗ってあげるー」と千恵から髪を洗われ、お返しにリリアも千恵の背中を流すなど、互いを洗いっこする、男子諸君の桃源郷がそこには広がっていた。

 そして、十分に体を清め終えた後に、なみなみとお湯が注がれた湯船に疲れた体を沈める2人。じんわりと温かい湯の熱が体に染み込み、揺蕩う水の感触が2人の疲れを癒していく。

 はふう。満足げなため息がつい漏れたリリアに、くすくすと千恵が笑いかける。

 

「リリアちゃん、おじさんみたいだよ」

「別におじさんでいいですよー。……いやー、お風呂っていいものですよねー」

「だねー」

 

 間延びする声で千恵の言葉にそう返すと、他に客がいないのをいい事にだるーんと体を伸ばして湯船に浮かぶリリア。縁に頭を引っ掛けているために流されるような事はなく、ふわふわとお湯に包まれる素敵体験を堪能していた。

 そんな見るからにお風呂に入り慣れているリリアの様子に不思議そうな顔をした千恵。伸びをして体をほぐしていた彼女がリリアに質問しようと彼女の方を向くと、

 

「……ありゃ」

「ぅにゅ……」

 

 そこには今にも閉じてしまいそうな瞼で微睡むリリアの姿があった。疲れがやって来たのだろうか、千恵はうとうととし始めたリリアを慌てて抱きかかえると、ざば、と湯船から上がって脱衣所へと向かった。

 脱衣所に着くと、そこには彼女達が着ていた服はなく、代わりに白地に藍色で染められた柄のついた浴衣が2人分置いてあった。千恵は戸惑う事なくリリアと自分の体を手早く布で拭うと、小さめの浴衣を眠たそうなリリアに着せ、自分も慣れた手つきで身に纏うとリリアを背中に負ってから番台の結愛の下へと向かった。

 まだ男衆は上がっていないらしい。

 伊奈帆は男にしては珍しく長風呂を好む質だ、きっとまだ時間はかかる事だろう。

 結愛は千恵の背中に負われたリリアを見てくすっと笑うと、千恵にまだ洗濯には時間がかかることを告げた。

 それに手を振って応えた千恵は、玄関に設置されていた長イスに座り、リリアを横たえると彼女の頭を自分の膝の上に乗せた。するとすぐにリリアの瞼は落ち切り、規則正しい寝息をたて始める。まだあどけないその寝顔をみて微笑んだ千恵は、さらさらと手触りの良い彼女の髪を手櫛で梳き始めた。

 

「その子、いつ頃から来たの?」

「うーん、2週間くらい前、かな?迷宮(ダンジョン)探索から帰ってきたら千穂ちゃんの隣に座っててね。今じゃ立派なファミリアの一員だよ」

「……エルフなのに、銭湯に入れるのね」

 

 客が来ないからか、番台から降りて千恵たちに話しかける結愛。彼女の視線は、時折ぴくぴくと動くリリアの長い耳に向けられていた。スクナビコナ・ファミリアの一員として迷宮(ダンジョン)に潜る事もある結愛は、当然他の派閥に所属するエルフを見たことがあるし、エルフの噂話なども聞いたことがある。

 曰く、自分が認めた者にしか触れる事はおろか、その肌を見せることすら許さない。

 曰く、勝手にその肌を見れば烈火の如く怒り、魔法を以てその者を攻撃しだす。

 などなど、とかくエルフというものはとっつきにくい種族として知られているのだ。それなのに、目の前で美しい寝顔を躊躇いもなく見せている幼子はそんな忌避感が強く働くはずの銭湯に入ってみせた。……まあ、他に客がいればまた違った結果になったかもしれないが、少なくとも同じファミリアの同性の者であれば裸体を晒す事を厭わないのか。

 

「変わった子なんだよー。お米大好きだし」

「へー。まあ森に住んでいるくらいだし、稲作とかしてるんじゃない?」

 

 それが無かったからこの馬鹿(リリア)はエルフの里を出奔したのである。

 しかし、そのツッコミができる存在はこの場にはいなかった。

 

「エルフが稲作かー。……うーん、似合わないねぇ」

「むしろ野菜ばっか食べてそうなイメージだけどね」

 

 その通りである。

 しかし、その言葉を言える存在はこの場にはいなかった。

 

「あ、そう言えば明々後日くらいに田植えをやるから、手伝いに来てくれれば嬉しいな」

「うん、大丈夫。ニニギの米を食べているものとしては手伝わないという選択肢は無いからね」

「極東出身のファミリアが毎年合同でやるからねー、田植え。ああ、ちゃんとおにぎりとか用意してあるから、昼ごはんはいらないよ」

「それは楽しみだね」

 

 と、そこでにわかに男湯の脱衣所が騒がしくなった。どうやら伊奈帆達が上がって来たらしい。そして千恵とリリアが身に纏っているものと同じ浴衣に身を包んだ伊奈帆達が番台へやってくると、そこに座る結愛に向かってヴァリス金貨を2枚ピンと弾いて渡した。

 

「牛乳一本くれや」

「僕はコーヒー牛乳で」

「はいはい、いつものね」

 

 そう言いながら番台の側にあるビン入れの中から目当てのものを取り出す2人。そしてコルクの栓を抜くと、一息に中身をごくごくと飲み干した。ぷはぁ、という息継ぎとともに、満足げな声を出すミスミ兄弟。そんな彼らは、千恵の膝枕で寝息を立てるリリアに気付くと優しい笑みを浮かべた。

 

「あー、寝ちゃったか」

「まだ小さいからね、疲れちゃったんだな」

 

 すると、銭湯の入り口から1人の老人が入って来た。ともすれば小人族(パルゥム)とも見間違いそうなほど小柄なその人は、両手に洗濯物の入った籠を抱え、よたよたとしながらこちらに向かって歩いてくる。どっこいしょ、と籠を置くその姿は見るからに弱々しい老人であったが、彼を見た途端にニニギ・ファミリアの面々は背筋を伸ばしてかしこまった態度をとった。

 

「ほれ、お前さん達。洗い物を乾かし終わったぞ」

「す、スクナビコナ様!ありがとうございます!」

「よいよい、いつも洗ってくれるマキタが今日は迷宮に篭っておるからの。丁度儂も服を洗うところでな、ついでじゃついで」

「スクナ様、コイツらには自分で洗わせればいいんですよ」

「ほほ、そう言うで無い結愛よ」

「……ハアッ!米の気配ッ!!」

 

 そう、彼こそはこの銭湯を経営するスクナビコナ・ファミリアの主神にして、医療や農業、(まじな)いから建築までありとあらゆる分野に精通する知識(じん)であるスクナビコナであった。

 彼がそう言いながら中に入ってくると同時に、リリアが本能的に目を覚ます。リリアの寝ぼけ眼がスクナビコナを捉えると、もはや天晴と言いようがないほどの素早さでスクナビコナの前に跪いた。

 

「その豊饒なる米の気配、貴方様はまさしく米の神……!」

「いや、儂は稲作の方法を教えただけで別に米の神ではないぞ、エルフの子よ」

「いや突っ込むとこそこじゃないです、スクナ様」

 

 天然(スクナビコナ)米キチ(リリア)。2人が化学反応を起こした結果、瞬時に混沌とした空間が形成される。皆が呆気にとられる中、それに穂高が冷静に突っ込むがそれで止まる2人ではない。なにせリリアにとってはニニギに並び正しく「神」と呼ぶべき神物(じんぶつ)であったからだ。

 

 スクナビコナ。又の名を、スクナビコナノミコト。極東の国々に伝えられる「一寸法師」のモデルともされる神であり、ニニギノミコトが降臨する前に相棒のオオクニヌシノミコトと共にその知識を活かして国の基礎を築き上げた、いわゆる「国造りの神」の1柱。

 先ほども言った通り、医療や農業、(まじな)いや建築などありとあらゆる物事に精通しており、ニニギノミコトが「米の神」であるとすれば、スクナビコナノミコトは「稲作の神」といっても(リリアの中では)過言ではない。

 

 まあつまり、彼女の米レーダーがびんびんに反応する神物(じんぶつ)である、という事だ。

 

「ほほ、面白い子じゃのう」

「ありがたき幸せ—————ッ!!」

「なんでお前はそう神様に会うとオーバーリアクションを取るんだよ!?」

 

 厳密には米に関する神に出会ったら、である。

 わいわいと騒がしくなった銭湯《スクナの湯》。

 落ち着いたのは、ひとしきり騒いだリリアが疲れで眠った後であった。

 

 

 

 

 

 そして、黄昏の館にて。

 

「みんなー!こっち見てなー!!」

 

 皆が食堂に集まり、わいわいと食事をする中、主神であるロキがパンパンと手を打ち鳴らしていた。必然的に、全団員の注目がロキに集まる。その隣では、何故かどんよりと死んだ目で微笑むレフィーヤの姿があった。

 

「今日から新しく家族になる子を紹介するでー!って言っても、長居することになるのかどうかはまだ分からんのやけどな!」

「……ロキ様?それってどういう……」

「まあまあ見てもらえば分かるって。ほな入って来てー」

 

 思わず疑問の声を上げる団員に雑にそういうと、ロキはその「新しい家族」に食堂の中に入るように言った。

 そして、そこに姿を現したのは。

 

 

 

「リフィーリア・ウィリディスです。まだまだ若輩者ですが、よろしくお願いします」

 

 

 

 レフィーヤによく似た、山吹色の髪を結わえた1人の少女だった。

 

 今、ここに。

 

 約一年の期間をもって続いた、悲惨なすれ違いの連続が幕を開ける。

 

 

 




リフィーリア「リリア様……一体どこへ」(ダンジョンへ)
リリア「リフィー達元気かなー」(田んぼへ)
リュー「いつになったら護衛は来るのですか……?」(陰ながら護衛)
レフィーヤ「胃が……」(医務室へ)

うーんこの()



【リフィーリア・ウィリディス】
所属 : 【ロキ・ファミリア】(仮)
種族 : エルフ
職業(ジョブ) : 第一王女付き筆頭侍女(現在は出奔中のリリアの捜索中)
到達階層 : 無し
武器 : 《霊樹の大枝》
所持金 : 5060ヴァリス

【ステイタス】
Lv.1
力 : I0
耐久 : I0
器用 : I0
敏捷 : I0
魔力 : I0

《魔法》
【ツヴァイ・バースト】
・強化魔法。
・指定したステイタスの一定時間向上。
・重ね掛け不可。
・詠唱連結により指定項目増加。
・詠唱式【母なる森に請い願う。私の護りたいものを守れるだけの()を与え給え】()部に指定項目を挿入。
・連結式【重ねて請い願う】

《スキル》
妖精斉唱(フェアリー・コーラス)
・魔法効果の増幅。
・他者との同時詠唱で効果向上。




【装備】
《ウィーシェの森の紋章付きローブ》
・高級品。
・ウィーシェの森の上級機織が作成。
・防御力は無いに等しい。

《霊樹の大枝》
・最高級品。
・ウィーシェの森、王族の屋敷中央にある霊樹が自然と落とした枝をエルフの里の細工師が特殊な加工によって束ね、1つにした木刀。刃渡り約70センチ程で純白。
・魔力との親和性が高く、精霊にとっても心地の良い居住地。
・非常に強度に優れ、耐腐食性も高い。大昔は王家の家宝であったが、ウィリディス家に下賜された。
・ウィリディス家の家宝。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

米の海に沈む果実

米ディ!!!!(ヤケクソ)


どうも。福岡の深い闇です。

この二次創作はいかに作者が糞シリアスを打ち込むのを我慢できるかが鍵となっています。
だから感想と誤字指摘くだしあ(五体投地)


それでは、ガバリティ5倍増し(当社比)の第6話をどうぞ。


「精霊の愛し子、か……」

 

 迷宮都市オラリオ最大派閥、ロキ・ファミリアの拠点(ホーム)である【黄昏の館】、その中央塔最上階にある主神ロキの神室(しんしつ)にて、ロキはいつになく真面目な表情でそう呟いた。その呟きを聞き、傍にいたロキ・ファミリア団長のフィンが視線を彼女に向ける。その気配を察したのか、ロキは手に持った酒の入ったグラスを見つめながら、言葉を続けた。

 

「リフィーたんが探してる王族(ハイエルフ)の子、精霊の愛し子っちゅう体質なんはリフィーたんから聞いたやろ?」

「ああ、それは確かに聞いたね。……複数の精霊に見初められ、複数の加護を得たまさしく【寵児】。僕も結構この世界で生きてきたつもりだけど初めて聞いたよ」

「そりゃそうやろ。精霊なんてものが超激レアな存在になってから何年経ったと思っとる。最後の精霊の愛し子なんてもうお伽話の中の存在やで?」

 

 ロキが仮入団となったリフィーリアを自らの子達に紹介してからしばらくして。

 当事者であるリフィーリア、彼女の身内であるレフィーヤ、そしてロキ・ファミリアの首脳陣であるリヴェリアとガレスを含めた6人で行われた情報共有の場で、リフィーリアが言ったのが「出奔した王族、リリア・ウィーシェ・シェスカは精霊の愛し子である」という驚きの情報であった。

 

「……ガチロリハイエルフの精霊の愛し子。そんな属性特盛りの超激レアな存在が、この愉快犯(かみ)だらけのオラリオに来て話題にならない筈がない。うちの耳に入らない筈がない。それなのに、リフィーたんから事情を説明されるまでうちはそんな面白……凄い存在がこの街にいるかもしれないっちゅーことに気付きもせんかった」

「その言葉、間違ってもリヴェリアや他のエルフの前で言わないでくれよロキ。烈火の如く怒り出す様が見えるから」

「分かっとる。……それで、つまりうちの耳に届かんっちゅーことはや。少なくとも()()()()()()にその存在を確保されてて、その神はそのリリアっちゅー子の『価値』を分かって情報を統制しとる可能性が高い」

「穢れた精霊のいるこの街に、精霊の愛し子がやって来た……まさか、ロキ」

 

 穢れた精霊と交戦し、勝利を収めた当事者であるフィンのその言葉に、真剣な表情で頷くロキは呟いた。

 

「……これは、最悪の事態を想像せないかんかもしれんな」

 

『神と迷宮の都市』に潜む穢れた精霊、そしてそこに飛び込んできた消息不明の『精霊の愛し子』の情報。

 これらを無関係と断じるには、些か無理があり過ぎる。

 

 重苦しい雰囲気に包まれた神室で行われたその推理は……悲しいかな、とても筋道が立ち、かつ矛盾が存在しないものでありながら、真実とは正反対の方向に突き進んでいた。

 

 

 

 

 

 さて、そんな凄まじい誤解をロキ・ファミリアにもたらしている我らが米キチ(リリア)はというと。

 

「うぬぬぬ……」

「り、リリアちゃん、機嫌直して……?」

 

 何故か不機嫌になっていた。

 ぷっくー、と不満を表すようにその頬は膨れ、ジトッとした目でパチパチと火花を上げる炎を見つめている。彼女を隣で宥めようとしているのは、リリアと似た小袖に身を包む千穂。彼女達がいるのはオラリオ市外。ニニギ・ファミリアが所有する田園の側に、リリアが土の微精霊の力を借りて作り上げた()()()で昼食用の米を炊くその先では、干し草で編まれた笠を被り、独特な装束に身を包んだ男女がおおっと鬨の声を上げていた。その集団の先頭に立って声を張り上げているのは、ニニギ・ファミリアの団長である伊奈帆だ。

 

「皆!今日は田植えの手伝いに集まってくれてありがとう!感謝している!!」

「あったりめーよ!」

「ニニギの米が無けりゃ生きる気力も湧いて来ねえ!!」

 

 今日は、待ちに待った田植えの日。命の源、魂の源である稲を植えるとあって、リリアは遠足を前にした幼児のように楽しみで眠れなかった……のだが、朝になって彼女が千穂とともに主神(ニニギ)から言い渡されたのは「昼食の用意」という実質の待機命令。田植えは女の仕事じゃなかったのかぁ!!と叫んだリリアは、まあまあと宥める千穂と共に、こうして不機嫌ながらも昼食の準備を行なっているところであった。

 ちらりとリリアが視線を向けた先には、伊奈帆達と同じ格好をした千恵の姿が。その手には千穂が毎日せっせと育苗していた稲の苗が握られており、その顔はやる気に満ち溢れていた。その他にも、彼女の周囲には同じような格好をした他の極東系ファミリアの女性団員達の姿もあり、その中には先日銭湯でお世話になった結愛の姿もあった。

 稲作専門の半生産系ファミリアであるニニギ・ファミリアとは言え、ずっと中腰で広大な範囲の田んぼに苗を植えなければならない田植えは結構な重労働であり、神の恩寵(ファルナ)によって常人よりも強靭な肉体を持つ冒険者でも伊奈帆、穂高、千恵の3人だけでニニギ・ファミリアの所有する全ての水田に田植えをするのは無理・無茶・無謀であった。

 その為、ニニギ・ファミリアの生産する米の主顧客層である極東系ファミリアの団員達総出で田植えを行うのが風物詩となっていた。

 その様子は彼らの故郷である極東の国々で見られる風景となんら変わりなく、他のファミリアの団員達からもまるで故郷に戻ったかのような雰囲気が味わえるということで人気の行事であった。

 

「人手が足りないなら、私達も田植えに参加させるべき」

「体格が違い過ぎるから、私達じゃ足手まといになっちゃうよ?」

「私1人でも田植えは出来る!」

「無茶だよリリアちゃん……」

 

 1人気炎を吐くリリアを他所に、田植えはどんどんと進んでいく。流石は常日頃から死線を潜り続け、常人を遥かに超える能力を持った冒険者達といったところか。

 そのポテンシャルを遺憾なく発揮し、まるで田植え機で植えたかのような美しく並んだ苗が陽光を浴びて水田に立っていた。この調子であれば、昼を少し過ぎた頃にはほぼ全ての田んぼに苗を植え終わるだろう。

 目の前の光景からそう予測した千穂は、未だ唸り続けるリリアの頭をスパーンと叩くと、腰に手を当ててリリアを叱った。

 

「リリアちゃん!」

「う、はい」

「私たちの仕事は何ですか!」

「昼食の準備です……」

「そうです!だからいつまでもヘソを曲げてないで、ちゃんとお米を炊いてください!そうじゃないと、お米が美味しく無くなりますよ!」

「それは困る」

 

 同い年の幼女から叱られる第一王女(精神年齢は既に成人済み)。千穂の言葉にキリッとした表情を見せたリリアは、いつも通りの真剣な様子でかまどと向き合い始めた。その様子を見てもう大丈夫かと思った千穂は、昼食のおかずを作ろうと行動を始める。

 

「えっと、あんまりしっかりしたのを作っても食べにくいだけだから……お味噌汁、かな?」

「豚汁とかどう?」

「え、リリアちゃん豚汁食べれるの?エルフなのに?」

「がんばる」

 

 そう言って、ぐっ!と親指を立てるリリア。彼女は日本食を味わうために全力であった。肉を食べることを好まない筈のエルフからの提案に、千穂は悩むが、最終的には豚汁を作ることに決めた。外で手軽に食べられかつボリュームもあるメニューと言えば、やはり豚汁とおにぎりだろう。

 となると、豚肉が無いために買いに行かなければならないか。懐からがま口を取り出し、十分な豚肉を買えるだけのヴァリスがある事を確かめた千穂は、リリアに「豚肉を買ってくるから、かまどの事よろしくね」と言い残してオラリオへと向かっていった。そんな彼女の方を見ていたリリアは、かまどの火へと向けていた純白の枝にこっそりと声をかける。

 

「……風の精霊様。千穂ちゃんが少し心配なので、付いていってもらってもいいですか?」

《縺?>繧》

「ありがとうございます」

 

 精霊からの返答を受け、リリアが礼を言う。と、枝からふわりと風が起こったかと思うと、千穂が向かった方向へと追いかけるように風が吹いていった。その様子を確認し、安心した様子を見せたリリアは、気を取り直して会心の炊き具合を見定めるのであった。

 

 

 

 

 

 ……どうするべきか。

 リューは苦悩していた。今日は豊饒の女主人の非番の日であったため、軽食用のじゃが丸くんを買った後に一日中張り込む予定でオラリオ市壁の上からこっそりとリリアの様子を窺っていたリュー。レベル4のステイタスと自身の魔法を用いれば、市壁の上に登ることなど容易い。

 見回りのガネーシャ・ファミリアの団員に見つかった時が怖いが、見つかるようなヘマをしなければ大丈夫だろう。

 そんな彼女が悩んでいるのは、現在かまどの前で何やら火の様子を見ている護衛対象(リリア)とは別の人物、先ほどリリアと別れ、オラリオへと向かった1人の少女の事だった。

 もちろん、彼女がこれまで1人で食材を購入しているところは見ているし、自分の身を守れるだけの危機管理意識があることもこの護衛の日々で把握している。

 しかし何が起きるか分からないのがここオラリオだ。

 特に今日は行き帰りの場所が違うため、何が起きるかの予測が一層しづらくなっている。……護衛対象では無いが、一応様子だけは確認しておくべきか。リューを悩ませているのは、概ねそのようなことであった。

 そして、悩みに悩んだリューは、最終的に少女を追うことに決めたようだ。リリアの周囲には危険となりそうな影はなく、強いて言えばリリアが火によって火傷しないかどうかが気がかりではあるが大丈夫だろう。リューはこれまでにも彼女が意外なほどに料理ができる様子を見てきている。さらに言えば周囲には彼女に好意的な冒険者が多くいたので、万が一の場合も大丈夫と見た。

 とてとてとオラリオの大通りを歩く少女の背中を見つめながら、リューは感慨深い思いでここ数週間影ながら護衛し続けてきたリリアの事を思う。

 変わった方だ。

 リューの抱く印象はそんなものだった。

 しかし、それは決して悪印象などではなく、リューの中では好感に近いものであった。他種族に排他的、侮蔑的なエルフの種族的性格に嫌気がさして里を出たリューにとって、他種族しかいないはずのニニギ・ファミリアにうまく溶け込み、生活できているリリアは驚くべき王族(ハイエルフ)であった。

 幼いこともあって自らの感情に素直な所は見受けられるものの、その感情も他種族に対する嫌悪ではなく、同じ共同体に住まうものへの敬意や愛情、友情であった。他者との触れ合いを拒むエルフの性をどうしても克服しきれなかったリューとは違い、リリアはそれすらも躊躇うことなく行えている。

 それは、《九魔姫(ナイン・ヘル)》などの例外を除き、典型的なエルフしか見たことのなかったリューにとってはまさに理想的とも言えるエルフの振る舞いであった。

 

 なお、実際のところはリリアが米キチであまり他種族の事を気にしない質であるというまさしく例外中の例外である事は、言わずとも知れたことである。

 

 私も、あのように振舞えていれば――――と、そこまで考えて首を振るリュー。過ぎてしまった日々を思い返しても、その時に帰れるわけではないのだ。見ると、少女は無事に肉を買い終え、帰路についていた。どうやら何事もなく買い物を終えたようだ。リューは安堵の息を吐き、元の市壁の上(ポジション)へと戻っていった。

 

 

 

 

 

 そして、昼過ぎ。

 無事に殆どの田んぼに苗を植え終えた極東系ファミリアの冒険者たちは、リリアが土の精霊の力を借りて作り上げた特設の調理場で料理を受け取り、地面に腰を下ろしてわいわいと昼食を食べていた。

 献立は、携帯しやすいように葉に包まれた炊きたての米で作られたおにぎりと、簡素な木彫りの椀に注がれた出来立ての豚汁。肉体労働の心地よい疲労感を癒す簡素ながらも絶品の昼食に、冒険者たちは喜びの声を上げていた。

 

「ほ、本当に食べれるの、リリアちゃん……?」

「だいじょぶ」

「エルフってお肉食べれたっけ……?」

 

 ぐっと拳を握り、よそわれた豚汁をずずっと啜るリリア。その横では、首を傾げながら泥に汚れた装束で腰を下ろす千恵と、彼女の流す汗を手ぬぐいで拭ってやりながらもリリアを心配そうに見つめる千穂の姿があった。

 そして、具材である豚肉をもぐもぐと頬張ったリリアは、くわっと目を見開くと豚肉をすぐさま呑み込んでこう叫んだ。

 

「美味いっ!!」

「あ、食べれたんだ」

「よかった……」

 

 味噌の味と出汁がよく利いた汁に、その汁をしっかりと吸い込んだ豚肉。豚肉は良く血抜きがされてあったのか臭みはなく、しっかりとした食感でリリアの舌を楽しませる。そして肉の脂で少しこってりとした口の中にほかほかのおにぎりを放り込めば、まさに至福。

 脂を吸い取った米はその味に深みを増し、また少量つけられた塩の味がよいアクセントとなって更に食欲を引き立てる。その次に一緒に豚汁に投入されていたごぼうやキャベツを食べれば、少しくてっとした食感ながらも肉や米とは違うシャキシャキ感と共に、豚肉からも染み出した旨味が口の中に広がる。

 美味い。

 満足げな笑みを浮かべるリリアに、心配が杞憂であった事を感じ取った千穂たちは笑顔を交わし、自分達の分の料理に箸をつける。

 

「うん、美味しい!」

「上手くできてよかったです」

 

 そして、その出来栄えに感嘆の声を上げた千恵と、安堵の声を漏らした千穂。2人が黙々と食べ進めるその側に、腰を下ろした人影がいた。

 と、同時にリリアが顔を上げ、その顔に驚愕を浮かべる。

 

「君が、ニニギの言っていた《風変わりな眷属》、か。……なるほど、確かに変わっている」

「あ、貴方様は……」

 

 わなわな、と震えるリリア。その様子と、自分達の隣に座った人物……いや、神物(じんぶつ)を見て、千穂と千恵は同時に思った。

 あっ、やばい。と。

 

「このように美味い握り飯を作ってもらった礼を言おうと思ってな。少し失礼するぞ」

「……こ、米の神様……!」

「だぁからすぐに土下座しようとするのやめようってリリアちゃん!」

「ああ、いつものですね……」

 

 米レーダーにびんびんと反応する目の前の神は、タケミカヅチ。日本神話随一の武神にして、名前の通り雷を司る雷神でもある。

 雷は、別の言い方で言えば稲妻となり、稲は雷に感光することによってその実をつけるという信仰から(リリアにとって)米に関係が深い現象である。つまり、雷神としての側面を持つタケミカヅチはリリアにとって米の神様。うん、跪くのもしょうがないよね。

 もう諦めた様子で遠い目をする千穂と、それは見事なDOGEZAを披露するリリアを止めようとする千恵。そしてその様子を見て困惑するタケミカヅチという、ある意味いつもの光景(カオス)が広がっていた。

 

 

 

 

 

「ハァッ!!」

 

 一閃。

 純白の木刀が振るわれ、ゴブリンの胴を薙ぎ払った。魔石を潰されたゴブリンは断末魔を上げることさえままならず、直ちに灰となり消え失せていく。その様子をみて尻込みしたのか、ジリジリと後ずさるゴブリンに容赦なく木刀は振るわれ、怪物(モンスター)達を容赦なく灰へと変えていった。

 ものの1分程で7匹のゴブリンが灰になった光景を見たレフィーヤは、そんな姉の狂戦士(バーサーカー)っぷりに引きつった笑いを漏らした。……おかしい、明らかに彼女の周りだけ世界観が違う。自分と似た見た目なだけに、細身のエルフがバリバリの近接戦をこなしているという絵面に非現実感が湧いてしまう。と、そう考えている端からボコボコと壁が隆起し、新たな怪物の産声が上がる。

 

「……【母なる森に請い願う。私の護りたいものを、護れるだけの力を与え給え】」

 

 それを見た姉……リフィーリアは、静かに玉音の音色を迷宮に響かせ始めた。ギギ、ギギ、と唸り声を上げるゴブリンやコボルトの群れが襲いかかるものの、その玉音の音色が止む気配はなく。

 

「【重ねて請い願う】」

 

 逆に、コボルト達の数が減っていく。

《並行詠唱》。全魔法使いが目指し、レフィーヤ自身もフィルヴィスとのスパルタ特訓を経てようやくものにした高等技術を自然と使い出す姉に顔の引き攣りが止まらないのをレフィーヤは感じていた。そして、第2波を難なく捌ききり、続く第3波。すると、ここまで怪物を送り込んでも倒れないエルフに嫌気がさしたか、迷宮の壁のひび割れは特別大きくなっていた。

 それを見たレフィーヤが思わず目を見開く。

 

「まずい……お姉ちゃん!?」

「【護れるだけの、魔力を与え給え】」

 

 そして、静かに詠唱を(うたい)続けるリフィーリアに向かって先輩冒険者として後退の指示を出そうとしたが。

 

 

 

「――――散れ」

 

 

 

 ド……ンッ!!!と、迷宮内の空気が震えた。

 レベル1とは思えない程の速度で振るわれた木刀が、生まれた大量の怪物達を薙ぎ払ったのだ。

 

(デタラメすぎる……えぇ……?)

 

 レフィーヤは、声をかけきるよりも早く生まれた怪物達を一掃した姉にドン引きする。いや、カラクリは分かってはいるのだ。姉の持つ強化魔法【ツヴァイ・バースト】によるステイタスの底上げ。

 「森に対するカツアゲ」とロキが称したその魔法の効果は、一度模擬戦を行ったリヴェリア曰く「完全に詠唱し終えたならば、体感では殆ど階位上昇(レベルアップ)に等しい」とのこと。

 詠唱も効果も把握しているため、レフィーヤもその魔法を使おうと思えば使えるのだが、その無茶苦茶加減には呆れるしかない。しかも、まだステイタスの低いこの状態でこれなのだ。いったいレベルが上がった時に使用すればどれ程までになるのか――――

 先輩冒険者としてすぐに追い抜かれそうな実力差にレフィーヤが遠い目をしていると、ハッとした表情で辺りを見回したリフィーリアが焦った様子でレフィーヤに話しかけてきた。

 

「えっと、その、こんな感じで大丈夫かな」

「うん、大丈夫だとオモウヨ」

 

 思わず片言になりながらもなんとか気力を奮い立たせて姉に答えるレフィーヤ。

 そう、レフィーヤが遠い目をする理由の一つには姉の性格もあった。姉は何故か戦闘になるとスイッチが入り、人格が変わる。

 いや、別人格というわけではないから、ロキの言葉を借りれば「キャラが変わる」という感じか。キレると本性が現れるティオネの様な感じだが、あちらは完全に怒りで行動するのに対して、こちらは冷静沈着な殺戮者へと変貌する。このギャップの激しさにレフィーヤは毎度胃がキリキリするような感覚を覚えるのだ。

 まさか、自分の姉がそんな属性特盛りだとは思わなかったレフィーヤは、この久し振りに会った姉の扱いにも悩んでいた。

 

「もっと強くならないと……リリア様を、護りきれるように」

「うん、そうだね……護らないとね……ハハ」

 

 レフィーヤは、今は何処にいるのか分からない幼馴染の王族に向けて心の中で呟いた。

 

 

 

 リリア様……早く、早く見つかってください……!!





次回、TSロリエルフが稲作をするのは間違っているだろうか
第7話『割と暇な第一王女の一日』
たぶん明日更新!!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

わりと暇な第一王女の一日(前編)

こ、米ディ!?(困惑)


感想とか誤字報告とかじゃんじゃんください(DOGEZA)。
あと、ティオナとティオネを間違えてすいません。でもややこしいあの子達にも責任があると思うの。え?無い?……あ、そう。

ロキ・ファミリアが優秀すぎて辛い……
コイツら優秀すぎるが故に空回ってんじゃんかよいいぞもっと空回れ(ゲス顔)

それでは色々と高ガバリティーな第7話、どうぞ。


【黄昏の館】、主神ロキの神室にて。

 ロキとフィン・ディムナ、そしてロキ・ファミリア副団長のリヴェリア・リヨス・アールヴ の3人は話し合いを行っていた。議題はもちろん我らが米キチ(リリア)である。

 

「駄目だ、エルフのコミュニティを当たってみたが全くと言っていいほどに情報が無い。オラリオの門を通行した者の情報を調べてみても他のエルフの出入りに紛れ込んでいるようで絞り込めなかった」

「話に聞くと幼い子供じゃないか。ちゃんとそれを考慮に入れたかい、リヴェリア」

「当たり前だ。しかし、不思議なことに()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。乗合馬車や商人の連隊(キャラバン)の情報も調べたが、同様だ」

「精霊の力でも使ったんか?どうやったんかは知らんけど、透明になったりとか幻覚を見せたりだとか」

 

 ロキの言葉に、リヴェリアは「あり得る」とだけ返すと疲れた様子で1つため息を吐いた。当初はやって来たリフィーリアのみに調査をさせておけば良いというスタンスだったロキ・ファミリアだったが、リフィーリアから「リリアが精霊の愛し子である」という情報が入った今、そのリリアという名の王族(ハイエルフ)を放って置くわけにはいかない。

 なにせこのダンジョンの地下には怪物からの捕食によって存在の反転した精霊—————穢れた精霊がまだ潜んでいるのだから。交戦時のアイズへの態度からして、穢れた精霊は他の精霊を取り込もうとしている可能性が高い。そこに複数の精霊を引き連れたリリアという存在が現れた。

 精霊がもしあの穢れた精霊に取り込まれた場合、どうなるのかの詳細を予想する事は難しいが、ろくな結果にならないのは目に見えている。

 都市の破壊者(エニュオ)側の勢力と通じている、しぶとく生存していることが分かった闇派閥(イヴィルス)の残党などに彼女が捕まっていれば目も当てられない。

 オラリオの存亡という面で見ても、1人の少女の尊厳という面で見てもだ。

 すると、ロキは「うちは1個情報仕入れて来たで」と言った。その言葉に、フィンは思考を働かせた状態のまま、片目をロキに向けることで促した。勇者(ブレイバー)のその様子にニヤリと笑みを浮かべたロキは、そのまま言葉を続ける。

 

「とりあえず手当たり次第に他の神にそれとなーく探りを入れてみたんよ、うち。ああ、精霊の愛し子やとか王族やとかそんな余計な情報は漏らしてへんで?まあそれは当たり前か。んで、しばらく聞いてたらな、今から1ヶ月前くらいに『ロリエルフの姿を見た』っちゅう神が何柱(なんにん)かおってな?それを追って行ったらあのどチビんトコにたどり着いてなー」

「過程はいい。結論だけ話してくれ、ロキ」

「なんや、つれないなー、フィン」

 

 フィンの言葉に不満げな声を上げながらも、表情は面白がっているロキ。そして、続けられた言葉にフィンとリヴェリアは目を見開いた。

 

「……そのロリエルフ、神の塔(バベル)に向かったらしいで?」

「な……!?」

「馬鹿な、あり得ない。それなら……!」

 

 もう既に見つかっているはず。

 そう言おうとしたフィン達のその言葉は正しい。なにせ、彼らが話を聞いた時に真っ先に網を張ったのがそこなのだ。しかし、王族(ハイエルフ)はもちろんのこと、精霊や子供のエルフといった些細な情報すら手に入らなかったのだ。

 つまり、その事実が指し示している事は。

 

「もう捕まっているかもしれない、と?」

「あり得んこっちゃないやろ。大通りと直結しとるバベルを目的地にして迷うことなんてあり得へん。それこそ上を向きすぎてダイダロス通りに行ったとかやったら別やけどな?」

「そんな、手が早すぎる!それなら、まるで……」

 

 リリアがオラリオに来ることが分かっていたようではないか。

 そう言いかけたリヴェリアは、ある一つの想像にたどり着いた。たどり着いてしまった。

 

「まさか……馬鹿な」

「……ウィーシェの森に、内通者がいる、と?」

「……うちは、そんな事起こって欲しゅう無いと思うとる。それやったら、リフィーたんやレフィーヤたんが可哀そすぎるやろ」

「しかし、この状況は……」

 

 誤解のないように言っておくが、真の状況は『リリアが勝手に里を抜け出し』『ヘスティアの忠告をパエリアによって忘れてバベルの事が頭から吹き飛び』『デメテル・ファミリアの直営店に向かう途中で道に迷い』『適当に道を進んだ結果オラリオ郊外のニニギ・ファミリアの拠点へとたどり着いた』である。

 ……流石に切れ者のフィンと言えど、これを推理しようとするのは不可能である。まずロキ・ファミリアやウィーシェの森の住人達の想像と事実の間では前提条件からして違うのだ。ノーヒントのウミガメのスープ問題よりも悪辣である。

 そして、この状況をロキ・ファミリア側から見てみればどうだ。

『突然、滅多に里を離れない王族、それも幼子で精霊の愛し子という貴重な存在が里を出奔し』『精霊を取り込もうとしている穢れた精霊の活動するオラリオにやってきて』『バベルに向かう途中で足取りが途絶えている』のだ。

 控えめに言って詰みである。何かしらのヤバい事態に巻き込まれていると考えるのが普通だろう。リリアの存在が激レア中の激レアであるのも、また不運な事に勘違いに拍車をかけている。

 

「取り敢えず、大通り沿いの店に片っ端から聴き込むしか無さそうやなぁ……」

「早く見つけ出さなければ、大変な事態に陥るかもしれん」

「けれど、他の団員達に知らせるかい?どこから情報が漏れるか分かったものじゃないが」

「そこはまあ、心苦しいけど情報統制するしかないやろなぁ……。前回の情報共有で集まったメンバー以外にこの事は内緒やで?リヴェリアママもそうリフィーたん達に伝えといてやー」

「その呼び名は止めろと……ハァ、分かった」

 

 こうして、勘違いしか起こってない話し合いは斜め上に進んでいくのである。

 

 

 

 

 

 そして、我らが米キチ(リリア)はと言うと。

 

「……変な夢みた」

 

 寝坊していた。

 時刻は午前6時頃。空は青く染まり、薄くかかった雲が淡いコントラストを描いている。自分が寝坊していることに気がついた瞬間、リリアは「うわっ」と声を上げてどたどたと土間へと向かった。すると、そこには既に食卓を囲みリリアを待っていたファミリアの皆が。

 

「あら、おはようリリアちゃん。そろそろ起こしに行こうかと思ってたところなの」

「ご、ごめんなさい」

「大丈夫だって。誰も気にしちゃいねーよ」

「昨日まで具合悪そうだったからな」

 

 千穂の言葉に急いで謝ると、伊奈帆や穂高から気にするなと声がかかる。そう、先日の田植えで、昼食に豚汁を食べたリリアはあの後見事に胸焼けを起こしていた。

 長年植物性のものしか食べてこなかったリリアの胃にとって、魚のあっさりした脂はギリギリ許容範囲内だったようだが、肉は流石にアウトだったらしい。ムカムカとする胃の感触にやられ、リリアは昨日一日中ダウンしきっていたのだ。

 それでもしょんぼりとしたリリアに「今日も朝はお粥にしましょうか」と千穂が別に作ってくれていた粥をよそってくれる。その優しさが沁みたリリアは、ぐすんと鼻を鳴らしつつもいただきますと手を合わせ、匙で黙々と粥を食べ始めた。

 その様子を見て苦笑を交わし合うニニギ・ファミリアのメンバー達。なんだかんだ言って、元気の良くて器量好しのリリアはニニギ・ファミリアのマスコット的存在となっていた。

 薄く塩味の効いたお粥に、すり潰されて混ぜ込まれた梅干しが良い酸味を出し、食欲を増進してくれる。ぱくぱくと食べ進めるうちに、だんだんとリリアの元気は戻っていった。

 

「今日は俺たち迷宮(ダンジョン)に潜ってくるから」

「田植えも終わったし、暫くは仕事も少ないからな」

「いっぱい稼いでくるから楽しみにしててね!」

「はい、お気をつけて」

「私も行く」

「「駄目だ」」

「うぅ……」

 

 伊奈帆とニニギ、2人から却下されてリリアはバツの悪い顔を見せる。「危ないからついて来ちゃ駄目だぞ」と伊奈帆が言い、「まあ、そもそも冒険者登録してないからバベルで弾かれるのだがな」とニニギが頷く。はぁい、と返事を返したリリアをあやす様に、ぽんぽんと千恵が彼女の頭を撫でた。

 そして、暫くして。皿洗いを済ませたリリアと千穂は、ニニギと共に物々しい格好で拠点を出て行く伊奈帆達を見送った。この時ばかりはどれだけ仕事があったとしても一旦放置だ。……今日この瞬間が、永遠の別れの時になるかもしれないのだから。

 そして、ニニギも田んぼの管理やバイトの為に家を出て、リリアは千穂と2人っきりになる。主な仕事は洗濯や拠点の掃除なのだが、リリアと千穂の2人で分担してしまえば、昼前には終わってしまう。そうなると、その後は割と暇なのだ。

 昼ごはんに米と味噌汁、そしてほうれん草やもやしのおひたしといった簡単な料理を食べた2人は、これから何をしようかと話し合う。

 

「私は前に買いためていた本があるからそれを読もうと思うんだけど、リリアちゃんは?」

「うーん、オラリオ探検?」

「……危ないとこ行っちゃ駄目だよ?ダイダロス通りとか」

「分かってる」

「ちゃんと帰ってこないと、ニニギ様も私たちも、皆怒るからね?」

「う……ちゃんと帰ってきます」

「はい、分かりました」

 

 千穂はもはやリリアの母親である。したり顔で頷いた千穂は、少し待ってて、というと曲げ物で作られた小さめの箱をひとつ持ってきた。

 中を見ると、手頃なサイズのおにぎりが2つ詰め込まれている。

 

「はいこれ、歩いてたらお腹空くと思うから、おやつ代わりのお弁当」

「……お母さん」

「ふえっ!?」

 

 思わずそう呟いたリリアは、驚く千穂を他所に懐から取り出した布でその弁当箱を丁寧に包み始めた。鮮やかな新緑に染め抜かれた生地に、金糸で刺繍が施された豪奢な絹の織物。

 ……言うまでもなく、ウィーシェの森の王族のみが着用を許される最高級のローブである。哀れなローブは、リリアによって多少の改造を施され、今では彼女専用の風呂敷として活躍していた。ウィーシェの森の機織りは泣いていい。

 

「それじゃあ、行ってきます」

「夕食前には帰ってきてくださいね」

「がってんしょうち」

 

 ばいばーい、と元気に手を振るリリアに千穂は苦笑いを浮かべつつ、手を振り返した。

 そして、ふむん、と気合を入れると、この間古書店で見つけた分厚いハードカバーである『自伝・鏡よ鏡、世界で一番美しい魔法少女は私ッ 〜第1章 マジックマスターの目覚め〜』を読み進めるのであった。

 

 

 

 

 

 そして、まあ、いつもの如くと言うべきか。

 

「ここ……どこ……?」

 

 リリアは道に迷っていた。左右をみても壁、壁。前を見ても壁。後ろを見れば、少しの道はあるものの、すぐそこに壁。

 どこをどうやったらこんな摩訶不思議な地形にたどり着くのやら、リリアは現在、迷宮街と名高いダイダロス通りにて絶賛迷子となっていた。初見の者はまず間違い無く遭難し、慣れた者も気を抜けば遭難すると言われるオラリオの「第2の迷宮」ダイダロス通り。ふらふらとオラリオの街を出歩いていたリリアは、気がつけばこの通りに迷い込んでいた。馬鹿である。

 

「……困った」

 

 リリアが首を傾げると、さらりと肩口に切り揃えられた()()()()()が揺れる。その髪から覗く耳は、ヒューマンよりは長いものの、エルフと比べると半分程に()()()()()()()。彼女が動くと、まるで蜃気楼のように彼女の周りの空間が揺らめく。

 まるでハーフエルフのような外見となったリリア、その周囲をふわふわと漂うのは、光の塊のような不思議な物体。……微精霊だ。

 火と水、そして風の微精霊は、現在自分達が振るえる権能を最大限に行使して、リリアの外見を周囲の人間に誤認させる現象を引き起こしていた。そこにリリアの指示はなく、精霊達が自分からやり始めたことである。

 理由?……その方が精霊達が()()()と感じたからだ。神といい精霊といい、基本愉快人だらけなのは超越存在(デウスデア)の性質なのだろうか。しかし何事にも例外はあるもので、土の微精霊のみはふよふよと漂いながらも他の微精霊達を非難するような光を出していた。

 そして、しばらくうんうんと唸ったリリアは、なにかを思いついた様子でポン、と手を叩いた。それと同時に、カサリと肩に掛けるように結ばれた弁当が音を立てる。

 

「道がないなら作ればいい!!」

 

 馬鹿だった。

 単純明快かつ強引の極みである解決策を思いついたリリアは、懐から《霊樹の枝》を取り出すと、自らが立つ地面に向けて口を開く。

 

「土の精霊様、土の精霊様。ここを貫く感じで道を作ってください!」

 

 そして、躊躇なくそう言った。えぇ……流石にそれはまずいでしょ、だって()()()()だよ?とでも言うようにちかちかと点滅しあう火、水、風の微精霊。そして土の微精霊はというと。

 

《〜〜〜〜〜〜ッ!!》

 

 やる気に満ち溢れていた。

 うわぁ……と若干引き気味にゆっくりと明滅する微精霊達。実際のところ、愛し子のおねだりに一番甘いのは土の微精霊だったりする。

 やる気満々でリリアの構える枝に入った土の微精霊は、自らの権能を振るいに振るって彼女が指し示した方向に一直線のトンネルを作り上げた。

 ……より具体的に言えば、奇人ダイダロスの執念の塊である人造迷宮(クノッソス)の上層から最下層を貫き、ダンジョン20階層へとつながるトンネルを。

 しかもご丁寧にも内部に人造迷宮(クノッソス)を構成する最硬精製金属(アダマンタイト)を使用した超強靭な最高品質のトンネルを。

 

《〜〜〜!》

 

 枝から出て、やりきった!とでも言わんばかりにひときわ大きく点滅する土の微精霊。その微精霊のやらかした事態をなんとなく察知した他の微精霊達は、あいつやばくね?うん、わりとやばい、などと話しているかのようにこそこそと集まってうっすらと点滅する。

 

「ありがとうございます、それでは、とう!」

 

 そしてそれに躊躇なく身を投げ出すリリア。彼女も彼女で精霊への信頼度が高かったため、まさか土の微精霊が神ですらも顔を引きつらせそうなやらかしをしているとは思わない。

 ぴゅーんと迷宮に向かってゴーイングマイウェイな愛し子(リリア)がトンネルとの摩擦で火傷を負わないように急いで風で補助しながら、風の微精霊は「どうしてこうなったーーー!?」とでも叫んでいるかの様な激しい明滅を繰り返した。

 

 

 

 

 

()()は、生まれながらにして餓えていた。

 無数の同族を殺し、無数の闘争に身を委ねてもなお収まることのない強烈な餓え。

 素手で撲殺し、足で圧殺し、肉体で粉砕する。そのような激しい闘争に皮が裂かれ、骨が砕けた。

 無限に現れる外敵に肉を溶かされ、腐り落ち、それでもなお彼は同族を殺し、闘争を続けた。

 しかし何事にも限界はある。

 もはや数えることすら出来ないほどに繰り返した闘争の末に、彼はようやく膝を折った。

 力尽き、いつしか芽生えていた自我で届くことのなかった憧憬(ゆめ)の事を思った。

 その時だった。同族ではなく、『同胞』が現れたのは。

 彼らは同族から彼を守りきり、死地から救い出した。更に自分達の家に運び、彼の体を癒してくれた。同胞とは、彼らとの暖かいやり取りは、生まれ落ちたその時から無限に続く闘争に身を置いていた彼にとって、餓え以外の何かを芽生えさせる程度には、良いもので、よい存在であった。

 そして、彼らは彼に、自分の持つ餓えの正体を教えてくれた。

 

『強烈な()()』。

 

 同胞の戦士は言った。それはお前の『願い』なのだと。

 彼は願いとはどう言うものなのかはいまいち理解しきれなかった。しかし、それが己の『願望』であることは理解した。

 ……片時も見ないことのない『夢』の中では、音は無く、臭いも無く、ただ光があった。身を震わせるほどの意志が、空っぽの体に満たされていく歓喜が、己の存在を肯定する『何か』が。

 彼は同胞から他にも様々なものを教わった。知恵を、強さを、そして武器を。

 そして今、彼は自ら同胞達の家を出て、自らが生まれた場所へ、深い深い黒鉛の迷宮へと戻ろうとしていた。同胞の家はその場所から遥か遠く、そして暖かい場所であった。しかし、駄目だ。このままではいけない。このままでは、あの憧憬に手を伸ばすことはままならない。

 もう行くのか、と同胞の戦士は言った。

 まあお前なら大丈夫だろうとは思うが、と戦士は彼への信頼を見せた。自らの肉体を使った戦い方しか知らなかった彼に、武器の使い方を教えてくれた戦士は良き練習相手であった。……だが、それでは満足することはできなかった。

 もう少しゆっくりしていっても良いのだぞ、と黒き同胞は言った。

 彼に数々の知恵を、そして強さというものの本質を教えてくれた智慧者の同胞は、まあ言っても止まらないのだろうな、と若干の諦観を滲ませながら彼にそう言った。

 そうだ。

 自分はこんな所では止まらない。

 止まれない。

 森の様になっている迷宮を歩く。狩人に見つからぬ様に、大きすぎる己の気配を殺して。

 時折壁が割れ、同族達が生まれてくるが、それは武器を用いた戦いの丁度良い練習台となった。彼らから貰った両刃斧(ラビュリス)を振るい、切断し、鏖殺する。

 すぐさま灰になっていく同族達を見ながら、彼は不満げな鼻息を漏らした。……これではない。これでは手応えが余りにも無さすぎる。しかし、黒鉛の迷宮に潜っても、同じことではないか……?

 彼の思考がそう弾き出し、動きを止めていたその時。

 

「ぺぐぅ!?」

 

 ドサリ、と彼の目の前に1人の狩人が姿を現した。……いや、狩人と言うには、目の前の生き物は幼すぎた。

 彼の腕よりも細い枝の様な体、手のひらで包めばすぐに砕け散ってしまいそうな程の小さな顔。そして、さらりと流れる蒼銀の髪。その色合いを見た瞬間、彼の脳裏にいつも見ていた『夢』の景色が広がった。あの夢で見た、真っ白な光が。

 

「いったたた……おー?トンネルを抜けたら、森でした?……って」

「……」

 

 小さな狩人が、彼に気付く。彼は目の前の小さな雌が取る行動によって、どう動くか決めようかと思った。様子見に徹するのには、別にどうと言う理由はない。強いて言うならば、目の前の雌が纏うその『色』だった。

 そして、小さな狩人が動き出す。

 

「……ええっと……」

「……」

 

 

 

 

 

「牛の獣人さん、おにぎり食べますか?」

「……何?」

 

 それが、彼—————雷光(アステリオス)と、愛し子(リリア)の出会いであった。




次回予告が……次回予告が役に立っていない……だと……!?

フィン「精霊の愛し子で街がやべえ」(シリアル)
リュー「まずいまずいまずいはぐれた……!?」(胃がピンチ)
千穂「私にとっての魔法とは……」(寝落ち)
伊奈帆「リリア、大人しくしてるといいけど」(フラグ)
雷光「なんだコイツ」(困惑)
リリア「牛の獣人って初めて見た」(全ての元凶)



あと、次の話は筆者が戦闘描写の練習に使いますのでご留意くだせえ。
戦闘描写苦手なんじゃあ……


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

わりと暇な第一王女の一日(後編)

米ディッ!!(いつもの)

さて、後編ですよ。
ここからはしばらくの間米キチの米キチによる米キチのための和食ライフが始まる予定。
あ、そういえば。

「魔銃使いは異界の夢を見る」
https://syosetu.org/novel/214037/

ダンまちTSロリジャンルの大御所である魔法少女()様とコラボした小説でございまする。
べ、別にオイラそこまでバイタリティ溢れてる訳じゃないから……

内容?
米キチがいつもの如くその言動でミリアちゃんを困惑させてるだけだよこの野郎。

面白いからぜひコラボ先の「魔銃使いは迷宮を駆ける」も読んでね。
向こうは全然米出てこないけど。……当たり前か。

それでは、告知も済んだ事ですので予告詐欺をやっちゃった後編をどうぞ!!




……因みにリリアの名前の由来はリリアーヌ・アイカシア・コラソン・ウィッティングトン・シュルツさんです(小声)。元ネタが分からない?ばっかやろう配信者の原作の作者様(あとがきの神)をよく調べるんだよ。


 迷宮都市オラリオ。

 世界の中心とも呼ばれる大都市、その象徴である存在の迷宮(ダンジョン)。その20階層にて。

 やる気を出しすぎた土の微精霊によって人造迷宮(クノッソス)さえも貫いて出来たトンネルを通って無自覚のままに迷宮へと足を踏み入れたリリアは、現在奇妙な人物と共に早めの軽食をとっていた。彼女の手にあるのは、真っ白な米を三角形に固め、持ちやすいように草で包んだおにぎり。ぱくりと一口頬張れば、程よく効いた塩と米の甘味が絶妙なハーモニーを作り上げてリリアに米の素晴らしさを訴える。

 日本人であるならば食べたことの無い者はいないであろうこの超基本的な料理(おにぎり)は、基本であるからこそ真に美味しく作るのは難しい。

 米の炊き具合、塩加減、握る強さ。

 料理というものは単純であればあるほど、少ない要素で味の全てが決定されるからだ。

 その点、このおにぎりはどうだ。昼前に精霊とリリアが丹精込めて炊き上げた米は一粒一粒が綺麗に粒立ち、艶々と白く光り輝いている。

 そして十分に蒸らされた米はその優しい甘味を存分に引き出され、千穂が絶妙な力加減で握ることにより、米の食感を損なうことなく綺麗な三角形を形作っている。

 ひとつ間違えるとその自己主張の強さから全体の調和を乱しがちな塩も、米の甘味を引き立てつつも自身の旨味も伝える良い塩梅だ。

 更にもう少し深くかじりつけば、おにぎりの中央に宝玉のごとく埋め込まれていた梅干しがその酸味で舌を心地よく刺激する。

 ニニギ・ファミリアの漬け物担当である千恵が丹精込めて作り上げたこの梅干しは、隠し味に蜂蜜が使われておりほんのりと優しい甘味がする。この梅干しの柔らかい酸味がしばらく歩き続けていたリリアの疲れを癒し、同時に食欲を沸き立てる。

 しばし無言でおにぎりを食べ進めたリリアは、自分の隣に座る人物が手の中にあるおにぎりをじっと見つめていることに気がつき、自分の分のおにぎりを食べ終わると隣に座る「彼」に話しかけた。

 

「……おにぎり、食べないんですか?」

「……いや、戴こう」

 

 こてん、と首を傾げながら問い掛けたリリアにそう言って、彼女のとなりに座っていた人物―――――雷光(アステリオス)は己の手の平にちょこんと乗っていたおにぎりを一口に頬張った。

 とは言え、そのおにぎりは人間よりも遥かに大きい怪物(モンスター)の一種、牛人(ミノタウロス)である彼にとっては小腹にも満たないようなささやかな量であった。

 

「お味はどうですか?」

「……分からない」

「……はい?分からない?」

 

 そして、わくわくしながらアステリオスへとおにぎりの味の感想を尋ねたリリアに、彼はそう返した。

 量が彼にとって少なすぎたと言うのもあるが、それ以上に彼が生まれて初めて食べた味でどう判断したらいいのか分からないという困惑もあった。

 それに、怪物である自分にこうも屈託なく笑いかけてくる目の前の小さな狩り人(リリア)の存在にも、アステリオスは戸惑っていた。

 

「吐き出したくなるような感じはしない。むしろ食べたいと思うから、たぶん美味しい……のだと思う」

「……ほー。不思議な人ですね」

 

 ある意味リリアにだけは言われたくない台詞で評されたアステリオスは、ふんすと返事の代わりに鼻息を吹くと、椅子の代わりに座っていた倒木から立ち上がり、立て掛けていた両刃斧(ラビュリス)を手に取った。両刃斧を構えた彼の目の前では、ビキビキと壁にひび割れが入り、今まさに迷宮が力なき者の命を奪う尖兵を産み出そうとしていた。

 自分に続いて立ち上がろうとしていたリリアを視線で制したアステリオスは「耳を塞いでおけ」とだけ言うと、壁からズルズルと這い出てきた怪物たちを相手取る。数は合計10体。その全てが巨大な蜂型のモンスターであり、肥大した針をこれ見よがしにアステリオスへと向けていた。

 キチキチ……とリリアなど直ぐに噛み裂いてしまえそうな大きな顎から威嚇音を鳴らす蜂の様子を油断無く伺いつつも、アステリオスは後ろのリリアが大人しく耳を塞いだのを確認した後、

 

「フンッ!!」

「ガ、ギッ!?」

 

 凄まじい勢いで、蜂の群れへと強襲した。

 迷宮の地面が陥没するほどの強力な踏み込みで、その巨体に似合わない俊足を見せたアステリオスは、驚いたような鳴き声をあげる蜂の横面に両刃斧を叩き込んだ。

 轟音が鳴り響き、迷宮が微かに揺れる。

 踏み込みの勢いをそのまま乗せられた両刃斧は蜂の大顎を割り砕き、周囲に蜂の体液を撒き散らす。当然、彼の周りにいた蜂から攻撃を受けるが、そんなものでは彼は止まらない。

 次の瞬間にはアステリオスの腕が閃き、銀の閃光と凄まじい衝撃音と共に蜂のスクラップがその数を増やす。

 咆哮(ハウル)で敵の動きを止めたいところだが、彼は今深層に向かう道中。下手に目立つ真似をして他の狩人をおびき寄せては敵わない。負けるつもりは微塵もないが、もし自分と同等かそれ以上の強い相手とぶつかれば手加減をすることは出来ない。

 そうなれば同胞たちとの約束が守れない。

 しかし、それがどうした。

 咆哮が封じられたところで、敵の動く前に屠ればよい。蜂の攻撃を受けても傷ひとつ付かない己の体を奮わせ、アステリオスは壊滅状態の蜂の群れへと躍りかかる。

 斧で蜂を真っ二つにし、背後のリリアへと襲い掛かろうとした蜂を蹴りで粉砕し、集団で飛び掛かってきた蜂の集団を鍛えられた全身で轢き殺す。

 

 正に蹂躙。

 正に無双。

 

 一騎当千の活躍で瞬く間に迷宮によって産み出された蜂の群れを鏖殺したアステリオスは、不満げに鼻を鳴らしながらリリアの方を振り返り―――――そうしようとして、ぴくりと肩を揺らして動きを止めた。

 アステリオスは恐れたのだ。

 振り向いたとき、あの小さな狩人が自分にどういった目を向けるのか。

 強さを恐れられるのはまだ良い。それは闘争に身を置く者にとって数え切れないほどの回数浴びせられた感情だから。

 

 しかし、もし。

 

 もし、彼女から「醜い怪物を見るような目」を向けられれば―――――それは、少し堪えるかもしれない。

 闘争のみに明け暮れていた頃ならばまだしも、今は他の存在に気を向けるだけの余裕があった。……他者とのふれあいというものを知ってしまった。

 そこまで考えて、アステリオスはなぜここまで自分は彼女からの印象を気にしているのかを自問した。他の狩人には、例え醜い怪物と蔑まれようとも、恐ろしい化け物と怖がられようとも気にすることはなかったというのに。

 ……彼女からは、同胞と同じ気配がしたからであろうか。

 アステリオスはそう自答した。自分に闘争以外のものに関心を抱かせた大切な存在。彼女からは、彼らと同じように敵意を感じなかった。むしろ、こちらに好意的な感情をもっていたかのように感じた。まるで、アステリオスが彼女と同じ存在であるかのように。

 そんなはずはない。

 彼女はヒトで、自分は怪物。決して交わることはない存在、その筈なのに。

 

「えっと、獣人さん?」

「……ああ」

 

 彼女は真っ直ぐにこちらを見ていた。その目に、力への恐れも、怪物への嫌悪も宿す事なく。

 ヒトは、自分達を嫌っている。そう同胞達から教えられていたアステリオスは困惑した。今目の前で起きた蹂躙劇の主役がアステリオスである事を分かっているはずなのに、その目で見たはずなのに、むしろキラキラとした目で自分を見ている。

 

「ありがとうございました。助けてくれて」

「……いや、問題ない」

 

 リリアは、良くも悪くもヘスティア以上に差別、偏見を持たない存在だ。

 その判断基準は彼女らしく「米」。彼女は、本気の本気で一緒に米を食べれば皆友達、と考えていた。

 そして、彼女がこの世界に生を受けてから一度も怪物を見たことがないのも幸いした。彼女からしてみれば、アステリオスは「一緒におにぎりを食べたやけに牛っぽい獣人の男性」だ。

 つまりはソウルフレンドだ。心の友よ。

 そんな彼女がアステリオスの暴れっぷりを見ても特に何を思うこともなく、強いて言えば「この人超つえー」といった感心の類だった。その為、躊躇なくアステリオスに近づけるし、その手を握ることだって出来た。

 ピクリ、とアステリオスの手が震える。それに気付く様子もなく、リリアは彼に笑いかけた。

 

「そう言えば自己紹介がまだでした。……私の名前はリリア。リリア・ウィーシェ・シェスカです。リリアと呼んでください、獣人さん」

「……あ、アステリオス」

「アステリオス……雷光ですか!素敵な名前ですね!特に『雷』の部分が!とっても強そうです!」

 

 リリアはそう言うと、ちらっと後ろの壁を見た。そこには、また新たに亀裂が走り、怪物が産み落とされようとしていた。それに気がついたアステリオスは、リリアを片手で制したまま、彼女の前に出る。

 何故自分が、こうして自らを倒す存在であるはずのヒトを守る様な真似をしているのかは分からない。

 だが、彼女を見捨てる事は今、出来なくなった。

 

「アステリオス……牛っぽいから、あだ名は『モーさん』でいいですか?」

「ああ、好きに呼べ」

「ありがとうございます、モーさん」

 

 彼の名前にかすりもしないあだ名で呼び始めるリリアを尻目に、両刃斧を再び構える。

 壁から生み出される魔獣の他にも、何やら巨大な花のようなモンスターもやってきている。まるで、()()()()()()()()()()()()かのように蠢く巨大な花々を見ても、アステリオスの心は少しも揺らぐことは無かった。

 体はどことなく軽く、今なら同族をいくらでも殺せるような気がした。飽くなき闘争、それをリリアの笑みに肯定されたような気がしたから。

 

「……リリア、ここは任せろ」

「分かりました。……怪我はしないで下さいね」

「大丈夫だ」

「……よーし、一度言ってみたかったんですよ、この台詞」

 

 地面を踏み締め、力を溜める。ぎちぎちと、全身の筋肉が軋む音を心地よく聞きながら、アステリオスは目の前に広がる地獄絵図を見た。

 前方の敵の数、およそ30。小さな広間(ルーム)でリリアと話していたため、後方の事を気にする必要は無い。踏み締めた地面が悲鳴をあげ、敵が今にも突撃して来ようとする。

 ここから先に、進めると思うなよ。

 アステリオスのその心の声を感じ取ったのか、巨大な花のモンスターが飛び掛かろうとした瞬間。

 

「――――やっちゃえ、モーさんッ!!」

『ヴオオオオオオオオオオッ!!!』

 

 アステリオスの姿が()()()()()

 ゴッッッ!!!!と音を超えた衝撃波がリリアの号令とほぼ同時に広間に発生し、アステリオスが足をつけていた場所がまるで鍬で抉り取ったかのように捲れている。

 牛人(ミノタウロス)が己の最大の武器である角を用いて行う必殺の攻撃。何者も止めることの出来ない、あらゆるものを粉砕する怒涛の突撃(チャージ)

 第1級冒険者でさえも『地獄』と言い切る深層にてその能力(ちから)を磨き続けたアステリオスのその一撃は、進路上にいた不運な巨大な花の怪物や蜂の怪物、その全てを一瞬で残骸へと変えた。

 悲鳴をあげる暇すらない。

 己を守る事すら許さない()()()()()

 ここまで派手に暴れてしまえば、他の狩人の事など気にする事に意味は無い。枷を外したアステリオスは、己の気配を隠す事なく敵の群れの中に突撃し、両刃斧を目にも止まらぬ速さで振り回す。

 常人には構える事すらままならない超重量の銀塊が、瞬く間に怪物の体を引き裂き、砕いていく。防御の為に甲殻を構えれば、その上からうち砕き、カウンターを狙って放たれた触手の攻撃はそれごと()()()()()

 10秒と経たない間に怪物達の群れの約半数を屠ったアステリオスは、討ち漏らした怪物達の群れの中からリリアを襲おうと躍り掛かる巨大な花々を感知した。

 彼我の距離は5mも無い。恐らく1秒後には、リリアの体に怪物の触手が打ち付けられ、彼女は息絶えるだろう。20階層の適正レベルである第3級冒険者の平均的な能力であれば、まず救うことの出来ない絶望的な状況。

 しかし、ここにいるのはアステリオスだ。

 

『ヴァァァアアアッ!!!』

 

 ズンッ!!!

 己の両刃斧(えもの)を躊躇無く投げ飛ばすアステリオス。その刃は違う事なく花の触手へと突き刺さり、衝撃に引っ張られた怪物ごと迷宮の壁に縫い止める。リリアまでの直線距離が拓けたアステリオスは、そこで彼をじっと見つめたまま怯えた様子も見せないリリアを見た。

 それは、アステリオスが絶対に自分を助けるという信頼の表れでもあるようで。

 

『オオオオオオオオオオッ!!!!』

 

 轟音。

 広間が大きく揺れる程の突撃。矢のような鋭い蹴りにより体を貫かれた怪物は、次の瞬間その体を灰へと変えた。それを見て優先度を変えたのか、リリアへと向かっていた怪物達は一斉に進路をアステリオスへと変えた。得物は壁に深くめり込み、直ぐに引き抜いて応戦する事は出来そうに無い。

 となれば、後の武器は己の肉体のみか。

 アステリオスがそう考え、拳を構えたその時。

 

「モーさん、これ使って!!」

「ッ!!」

 

 リリアの叫び声と共に、一本の巨大な大剣が迷宮の天井から生えてきた。

 原理など気にする事なく、躊躇いもせずにその大剣を引き抜いたアステリオスは、怪物達に向かって全力でその剣を振るった。

 壁からの光を反射して白銀に輝くその大剣は、リリアが土の微精霊に頼んで急造させた特注の代物。最硬精製金属(アダマンタイト)を弄ったことによりその構成を覚えた大地を司る者だからこそ出来る、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。怪物に叩きつけられた大剣は、その斬れ味を遺憾無く発揮して怪物達を両断した。

 パラパラと灰に変わる怪物。それを尻目に、アステリオスは残る怪物達の掃討に向かった。

 

 

 

 

 

 そして、5分後。

 追加で現れた第2波も苦労する事なく殲滅したアステリオスは、リリアと共に彼女が「降って」きた穴の下に来ていた。どうやら彼女を守護する存在から帰った方が良いと言われたらしい。寂しそうな様子のリリアに、アステリオスは静かに語りかける。

 

「リリア」

「はい」

「また会おう」

「……はい!」

 

 怪物である自分から、ヒトに再会を望むとは。それも、自分の憧憬(ゆめ)でもない者に向かって。

 アステリオスはそう思いながらも、どこか良い気持ちであった。

 リリアも、元気よくそう答えると何かを思いついたようにごそごそと懐を漁り……鮮やかな緑色に染め抜かれた、一枚の布を取り出した。

 

「お近づきの印に、これをあげましょう。エルフの里で作られた布です!」

「……それは、どうすれば良いのだ?」

「少ししゃがんでくれますか?こう、私が貴方の角に触れるくらいに」

 

 そのリリアの指示に従ってアステリオスはしゃがみこみ、頭を下げた。すると、リリアは彼の角にその布を被せると、くるくると巻きつけてまるでリボンの様に端を縛り付けた。

 

「はい、出来ました!……えっと、嫌だったら別に取ってもらっても良いですよ?」

「……いや、いい。……感謝する」

「はい!」

 

 そっとアステリオスが触ると、そこには確かに布の感触がした。

 銀の大剣に、緑の布。二つの贈り物をリリアから貰ったアステリオスは、しゃがみ込んだ体勢から、彼女に跪き、こう告げた。

 

「リリア。我が身は憧憬を追う者。それ故にいつも貴女の力になるというわけにはいかない」

「はい。モーさんも頑張って夢を追いかけてください」

「だが、もし貴女と再び相見えることがあれば。……その時は、この身に出来ることならば何事であっても力を貸そう」

「……本当ですか」

「約束しよう」

「じゃあ、私も。……その時は、私に出来ることであれば、微力ながらお手伝いさせてください」

「ありがたい」

 

 こうして、牛人(アステリオス)愛し子(リリア)の間に、一つの約束が交わされた。

 ……後に、この約束がオラリオ最大の異常因子(イレギュラー)となり、ロキ・ファミリア首脳陣や関係者各員の胃を的確に破壊していくものになるなどとは、まだこの時は誰も考えていなかった。

 

「それじゃあ、また」

「……ああ、また」

 

 そして、リリアは地上へと帰還した。「えっ、あのちょっと、風の精霊様急ぎすぎではああああぁぁぁぁぁ!?」という悲鳴が聞こえた気がしなくもないが、ひとりでに穴の埋まった天井をしばらく見つめたアステリオスはフッと笑うと、再び深層へと潜り始めた。

 心配していた狩人が現れる様子はない。

 この隙に一気に潜ってしまいたいものだと考えながら、彼の手はそっと、角に巻かれた緑の布に触れていた。

 ……そして。

 

「ウラノス、大変だ」

「……どうした、フェルズ」

 

 ギルド本部地下、『祈祷の間』。四距の松明に照らされる地下神殿の中で、大神ウラノスと賢者の成れの果てである愚者(フェルズ)は話していた。ウラノスに相対するフェルズの顔はフードで隠れ見えないが、声音は彼の驚愕を表しているかの様に震えていた。

 

「……『精霊の愛し子』だ。精霊の愛し子が、アステリオスと接触した」

「……なんと」

 

 彼の言葉を聞き、さしものウラノスもその泰然とした表情の中に少しの驚愕を浮かべる。

 精霊がこの世からほとんど姿を消してはや数百年。もはやお伽話の中にしか存在しないはずの存在が現れたと聞き、ウラノスは静かにフェルズに続きを話す様に促した。

 

「確認できたところでは火、風、土の精霊から加護を得ている様だ。……いや、あれはもしかするとまだ微精霊なのかもしれないが」

「どちらにせよ変わらぬ。精霊と微精霊は名が付いているかいないかの違いでしか無いのだから」

 

 精霊とは、冒険者とは真逆の存在である、と昔誰かが言った。

 冒険者は、その力を高め、器を昇華させる事で名を得るが、精霊はその逆。

()()()()()()()()()()()()()のだ。

 

「それで、どうであった」

「極めて友好的な関係を築いている様だった。……若干愛し子の態度が不自然ではあったが、少なくとも彼に嫌悪感を抱いている様子はなかった」

「なるほど。……フェルズ」

「ああ」

 

 ウラノスの言葉に頷き、フェルズは踵を返すと祈祷の間から出て行った。愛し子が今どこにいるのか、どこのファミリアに所属しているのかを確認する為だ。未だこのオラリオで話題になっていないということは、どこかの零細ファミリアに所属している可能性が高い。

 ならば。

 

「……今は、まだ。表舞台に出て来てもらっては困る」

 

 その存在を限りなく隠蔽する。他の神に、他の都市に仇なす存在に見つからぬ様に。

 来たるべき時に、その存在を有効に活用できる様に。

 

 

 

 こうして、ロキ・ファミリアとエルフの胃痛の種がもう一つ増えることとなった。

 頑張れ、強く生きろ。




【アステリオス】
装備
両刃斧(ラビュリス)
・第1級冒険者装備。

《銘無し》
・特大剣。最硬精製金属(アダマンタイト)製。
・斬れ味、耐久性は折り紙つき。
・へファイストス・ファミリア作成の武具には劣るものの、第1級冒険者装備。

《王家の紋章付き元ローブ》
・高級品。
・エルフの里の最上級機織が作成。
・防御力は無いに等しい。
・アステリオスはこれを庇いながら戦闘を続けている。本人曰く「ちょうど良いハンデ」。
・防ぎきれなかった返り血などで若干汚れている。



次回予告

無自覚ながら迷宮から帰ってきたリリア!!
そして魔法が発現した千穂!!(唐突)

「なんで!?」
「こちらが聞きたい……!」

そんなゴタゴタを他所にニニギ・ファミリアに吹き荒れる嵐の予感!!

「ここで決着をつけておこうと思うんだわ」
「奇遇だな、俺もそう思っていた」
「負けられねぇ……この戦いには!!」

神をも巻き込み、極東系ファミリアで突如勃発した戦争を前に、リリアが取る決断とは!!

「争いは何も生まない。武を捨てよ、話はそれからだ」
「リリアちゃん!?」



次回、TSロリエルフが稲作をするのは間違っているだろうか。
『冷や奴定食、絹ごしで食うか?木綿で食うか?』


-追記-
感想欄にて豆腐の好みを報告していただけるのはありがたいのですが、出来れば二次創作の中身にふれた感想も付けていただければと思います。そうしなければ完全に規約違反らしいので……



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

冷や奴定食、絹ごしで食うか?木綿で食うか?(前編)

米ディ……(諦め)


またやっちゃったぜ。
1話完結って難しいなぁ……


今回は皆さん気になっていたあの人が登場します。
ほんのちょこっとだけ。


え?この人が本編に絡むか?そんな事ありませんよ。ええ、はい。

それでは史上最大ガバリティの第……何話目だ?
どうぞ!!





 はじまりは、些細な事であった。

 迷宮(ダンジョン)の探索を終え、怪物(モンスター)の魔石やドロップアイテムを換金したニニギ・ファミリアの団員達、伊奈帆、穂高、千恵の3人は、自分達の拠点(ホーム)である日本家屋を目指して大通りを歩いていた。今日は運良く換金性の高いドロップアイテムがよく落ちたため、その懐は暖かい。3人ともほくほくとした表情で威勢の良い声を張り上げる出店を冷やかしながら帰路を行く。

 

「あ、エルフだ」

 

 と、穂高が呟き、他の2人がそちらを見ると、そこには背格好の似た2人のエルフの少女が肩を並べて歩いているところであった。どうやら食材を買った帰りらしく、肩からは様々な野菜やパンがはみ出して見えていた。同じ長い山吹色の髪を結った2人のエルフを見た彼らは、拠点(ホーム)で米をにこにこしながら炊いて自分達を待っているであろう自分達の家族(ファミリア)のエルフを思い浮かべた。

 

「リリア、ちゃんと待ってるかな」

「この時間帯だし、米炊いて待ってるよ」

「あの子達姉妹なのかなー、やっぱりエルフって良い顔してるよねー」

 

 オラリオ最大派閥のロキ・ファミリア、その拠点である【黄昏の館】へと向かう2人のエルフの姉妹を見送りながら、3人ともが思い思いの言葉を呟きながら歩く。

 大通りをある程度進んでいると、徐々に店の趣が変わり始めた。大陸系の食材や衣服などが売られていた出店から、様々な国や地域の食材や衣服、果てには武器防具まで売られている露店へと。

 これが伊奈帆達がいるオラリオが世界の中心とも呼ばれる原因の一つ。交易エリアだ。

 様々な地方からオラリオの経済力を目当てにやってくる行商人達が軒を連ねる、いわば商売の激戦区。日々安定した商売を行なっている大通りの出店達とは違い、行商人達は皆博打のような日々を送っている。仕入れた品物が客の目に留まれば儲けは出るが、留まらなかった時は悲惨なことになる。特に、極東や極寒の北方から来た者達など、ここに来るまでに少なくない路銀を使っている者なら特にだ。

 そのため、ここでは客足が衰え始める夕方になっても未だ商売の芽を諦めきれない者達が必死に物を売ろうと画策して来る。それを次々に躱しながら、伊奈帆達はお目当ての行商人の下へと辿り着いた。

 

「お婆ちゃん、来たよー」

 

 千恵がそう声を掛けたのは、齢60を超えようかという1人の老婆。千恵の声を聞き、ひえっひえっひえっと独特の笑い声をあげながら振り向いたその老婆は「待ってたよ」と言い、その目を細めた。

 彼女の名はリンカ。行商人を始めて40年以上の大ベテランであり、主に極東の品物を扱う事から伊奈帆達極東系ファミリアに贔屓されている行商人だ。彼女から極東由来の味噌や漢方、干物などを購入していた彼らは彼女の背後にある一つの大きな袋を見つけた。麻で作られたその袋は、先ほどリンカがごそごそと弄っていたものだ。

 

「お婆ちゃん、あれ何?」

「ああ、これの事かい?」

 

 その人当たりの良さからリンカとの交渉相手となっている千恵が彼女にそう問いかけると、リンカはずずっと重たそうな音を立てるその袋を抱え、千恵の前に持ってきた。袋の口を開け、千恵が覗き込むとそこには数え切れないほどの粒が入っていた。

 

「……豆?」

「大豆だよ。極東の方でしか作られてない珍しい豆らしくてね。今回は予算に結構な余裕があったから仕入れてみたんだ」

「へー、そっか大豆か!実物は久しぶりに見たから忘れてたよ、よく仕入れ出来たね!……伊奈帆、これどうする?」

「うーん大豆か……リリアはともかく、千穂なら何か作れはするだろうけどなあ……俺、豆そこまで好きじゃないんだよ」

 

 珍しい食材を見つけ、団長である伊奈帆に買うかどうかの確認をする千恵。一方伊奈帆は、自分達の予算とにらめっこしながら、それを自分達の厨房担当がどう使うのかを考えていた。幸い予算には余裕がある。いつもの食材を調達したのに追加してある程度の大豆を買っても余裕はあるだろうが、買って使わないとなればそれは大きな損になる。

 それと、伊奈帆は大豆がそこまで好きじゃない。

 微妙な顔で大豆を見やる伊奈帆の言葉に、リンカはピクリと眉を片方持ち上げると千恵に話しかけた。

 

「リリア……っていうのは、お前さん達のとこの新入りかい?」

「え?うん、そうだよ。ちっちゃいエルフの子。お米が大好きなんだよ。ね、穂高」

「ああ。米を炊くのも上手い。今では立派な千穂の補佐役だ」

「……そうかいそうかい。なるほどねぇ……」

 

 千恵と穂高の言葉に、何故か納得した様子を見せたリンカは、未だにうんうんと唸っている伊奈帆にため息を吐くと後ろの籠から小さめの麻袋を一つ出し、中に大豆をザラザラと入れ始めた。

 そして袋の半分ほどまで大豆を流し込んだリンカはその袋を伊奈帆にずいっと突き出すとニヤリと笑いながら口を開いた。

 

「ほれ、これはおまけだ」

「……え?おまけ?」

「いいの、お婆ちゃん?」

「アンタらにはいつも世話になってるからね。その駄賃だよ。代わりと言ってはなんだけど、大豆をもうちょっとだけ買ってくれればいい」

 

 それに、その子(リリア)には少しばかり助けられたからね。

 リンカはそう心の中で呟きながらも大豆の袋を押し付けた。そして、それならと大豆を追加で購入する伊奈帆達にきちんと適正な値段で売り捌き、交渉を終えてから立ち去ろうとする彼らに声を掛けた。

 

「ああ、そうだ。嬢ちゃん」

「ん?なに、お婆ちゃん」

「そのリリアって子に伝えといてくれないかい」

 

 ……また髪が伸びたら声を掛けとくれ、とね。

 そう言ってひえっひえっ、と何かを思い出したように笑うリンカに首を傾げながらも頷いた千恵。

 その時のリンカの顔は、一世一代の大商いを成功させた商人の顔そのものであった。

 

 

 

 

 

 そして、彼らが拠点へと帰宅して。

 予想通り良い香りを辺りに漂わせていた拠点へと転がり込み、庭で水を浴び探索でついた汚れや汗を落とした伊奈帆達は夕食を食べていた。

 今日の献立は味噌汁に白ご飯、出汁巻き卵に根菜の煮付けだ。あまじょっぱい煮付けに舌鼓を打った伊奈帆達は、探索に赴いた日の恒例となっているステイタスの更新を行なっていた。

 上衣を脱ぎ、背中を晒した眷属の体に自らの血を垂らすニニギ。彼が手を動かすと、眷属の背中に刻まれた神の恩寵(ファルナ)がじわりと変化して彼らの成長を目に見える形で表す。それを用紙に写して手渡し、ステイタスの更新は終了だ。

 

「やっぱこう劇的に伸びはしないよな」

「まあ冒険とかしてないしね。というかあんな体験はもうこりごり」

「まあ今の稼ぎでも十分に生活できてるし、大丈夫だろ」

 

 自分の更新されたステイタスを見ながら感想を述べあう眷属達。その様子を微笑みながら見つめていたニニギは、ふと土間で洗い物をしているはずの小さな眷属達を思い出した。少し前に神の恩寵を与えたリリアはともかく、千穂は随分と長い間更新をしていなかった気がする。

 

「……ふむ。そう言えば、千穂のステイタスを更新していないな」

「え?……あー、そっか。そう言えば千穂のステイタス更新って一年前くらいでしたっけ?」

「あの子、自分は迷宮に潜ってないからって遠慮しちゃってるからね。……ニニギ様、久しぶりにやってあげて下さい」

「とは言え、家事でステイタスって伸びるものなのか?いや、別に反対してるわけじゃないんだが」

「それはどうか分かんないじゃん!ニニギ様、千穂ちゃんとリリアちゃん呼んできますね!」

「ああ、頼んだ」

 

 そして少し時間が経って。

 千恵に連れられてやってきた千穂とリリアは、なんのこっちゃという顔をしながらニニギからステイタスの更新を受けていた。特にリリアに至ってはステイタスは更新するものだということを知らなかったらしく驚いていた。

 光がぼんやりと浮かび上がる部屋の隣で、伊奈帆達は買ってきた大豆の処遇について話し合う。

 というのも、大豆を見た千穂が一言こう言ったのだ。「ああ、豆腐が作れますね」と。

 

「豆腐、豆腐かぁ……」

「そういえば随分と長い間食べていないな」

「私冷や奴がいい!醤油はお婆ちゃんとこで買ってるからあるし、美味しいし!」

「……ま、そうだな。まずは冷や奴にするか」

 

 とりあえず、どう作るかは置いておいてどう食べるかを話し合う。そんな彼らの姿は正しく食への探究心溢れる極東の民であった。

 彼らの間でそう結論が出たその時。ステイタスを更新していた部屋から「なんで!?」という千穂の大きな声が聞こえた。何事かと急いで部屋を仕切っていた襖を開けた伊奈帆達は、更新されたステイタスが書いているのであろう羊皮紙を握りしめ、ぷるぷると震えている千穂の姿を見た。その隣には、興味無さそうに自分のステイタスをぼーっと眺めるリリアの姿もあった。

 

「ど、どうしたの千穂ちゃん……?」

「……千穂に、魔法が発現した」

 

 慄きながらもそう問いかけた千恵に答えたのは、驚愕でいっぱいの千穂に代わってニニギ。

 自らの主神から告げられた千穂の驚愕の事実に、伊奈帆達は思わず「ええええぇぇ!?」と口を揃えて叫んだ。

 

「魔法!?なんで!?」

「こちらが聞きたい……!」

「おめでとう!千穂ちゃん!」

「……あ、はい」

「そういえばリリアは?」

「なんかスキルが増えてました」

「「ファッ!?」」

 

 自分達よりも劇的な変化を見せた2人の幼女に、思わず自分達のステイタスを思い浮かべる伊奈帆達。

 しばらくその混沌とした状態は続き、ニニギが「もう遅いから寝ろ」と言うまでその騒ぎは続いていた。

 

 

 

 

 

 そして、後日。

 ステイタス更新時の騒ぎは無かった事にされた(無かった事にしたとも言う)。他人のステイタスは例え同じファミリアの団員であっても絶対不可侵。そのマナーにのっとった形だ。

 迷宮の探索を行った次の日は休息日に当てるという団の規則に従って、家にいた彼らが向かったのは代掻きや田植えの後にお世話になった銭湯「スクナの湯」。朝からほかほかと煙突から湯気を出す銭湯を訪れた伊奈帆達は、番台にいつもの如く座っていた結愛と話していた。内容はもちろん、昨日手に入れた大豆についてだ。

 

「はあ?豆腐箱ぉ?」

「そう。スクナビコナ様なら持ってないかなって」

「あのねえ伊奈帆。アンタ達は大豆を買えたから豆腐を作ろうなんて思えたのかもしれないけど、普通オラリオ(ここ)で豆腐を作ろうなんて考えないからね?そもそもの大豆が無いのに豆腐を作る設備だけ整えるなんて、そんなこと」

「ふぉっふぉ。豆腐箱ならあるぞい」

「スクナ様ぁ!?」

 

 がらっと引き戸を開けて入って来たのは、リリアよりも背丈の低い1人の老人。結愛が所属し、銭湯スクナの湯を経営するスクナビコナ・ファミリアの主神、スクナビコナだ。見ると一体いつから彼らの話を聞いていたのか、それは見事な豆腐箱がその手に携えられている。いつか大豆が手に入るかもしれない、そんなこともあろうかと、と言いたげなスクナビコナは満面の笑みだ。

 結愛の驚く声を他所に、わいわいと騒ぐ伊奈帆達。ちなみに最初はあまり興味無さげだったリリアは千穂の「豆腐丼なんかも美味しいですよね」の一言で豆腐を求める狂戦士(バーサーカー)へと変貌している。

 

「仕込みはどうなっとる」

「水を吸わせる所までは昨日済ませてます」

「よしよし、じゃあウチの拠点に来なさい。豆腐を作ろう」

「やったぜ!流石スクナ様!!困った時はスクナ様に聞けと言われるだけのことはある!!」

「ほっほ、そう褒めるでない。では結愛よ、番台の仕事を頼んだぞい」

「え、ちょ!?」

 

 唐突に現れて唐突に姿を消すニニギ・ファミリアの面々(+スクナビコナ)。閉められた引き戸に思わず手を伸ばしながら、結愛は如何ともしがたい怒りで肩を震わせた。

 

「アイツら……今度来た時は覚えてなさいよ……!!」

 

 こうして、結愛の伊奈帆に対する感情は悪化していくのであった。

 

 

 

 

 

「うおおおおぉぉぉぉぉ!!!」

「頑張れー」

「頑張れ、頑張れ」

 

 粉砕する。

 すり鉢に入れた吸水の終わった大豆とそれよりも少し多いくらいの水を入れ、棒を持って磨り潰す。雄叫びをあげながらごりごりと大豆を粉砕していく伊奈帆達ニニギ・ファミリア男子陣の奮闘に、千恵や千穂、リリア達はお気楽な声援を送っていた。美味しい豆腐が待っていると全身全霊をかけて大豆を粉砕した後に出来上がったのは、粉物の生地のようにどろりとした大豆の汁。

 

「これは生呉(なまご)って言うんだよ」

「へー」

 

 ぜえはあ、と肩で息をする男子陣を他所に、出来上がった生呉を受け取ったリリア達は、スクナビコナ・ファミリアの拠点である古民家に備え付けられていた土間のかまどで生呉を煮込み始めた。

 底の浅い鍋に生呉を注ぎながら、焦げ付かないようにしゃもじでよくかき混ぜる。そしてぐつぐつと沸騰し始めたら、薪の量を調節して弱火にする事10分。

 スクナビコナが持ってきたザルにこし布を敷き、大きい丼に被せた後にその上から煮込んだ生呉を投入する。沸騰したてで熱いため、最初はしゃもじなどを使いながらこし布で生呉を絞っていく。若干冷めて手で触れても大丈夫な温度になれば、両手を使ってしっかりと生呉を絞りあげる。この時に分離する液がいわゆる「豆乳」で、こし布に残る繊維質が「おから」だ。

 

「お昼はこのおからで何か作ろうか」

「おからハンバーグ」

「……リリアちゃん、お肉食べれなかったのがそんなに堪えたんだね……」

「でもおからハンバーグは別におからだけで出来ている訳じゃないですよ?豚のひき肉も使いますし」

「……なん、だと……!?」

 

 そんな会話を交わしながら、出来上がった豆乳を再び鍋の中に入れ、今度は弱火でゆっくりと温めていく。上に手をかざして十分に温まったと感じたら、ぬるま湯で溶いた()()()を加えていく。

 このにがりは港町メレンで売っているもので、海水を長時間煮込み塩分を濃縮したものだ。交易エリアでわりと簡単に手に入る品で、千穂はこれを煮付けなどの灰汁取りに使用している。

 

「おー、固まって来た」

 

 ゆっくりとにがりを加えた後、数回かき混ぜてから鍋に蓋をして蒸す。時々鍋の蓋を少し開けて隙間から覗いてみれば、上部に透き通った液体の溜まった白い沈殿物が出来上がっていた。この状態からザルなどに出したものがいわゆる寄せ豆腐というやつだ。

 スクナビコナから借り受けた豆腐箱を水洗いした後にさらし布を敷き、水を受け止めるための大皿と豆腐箱の間に棒を数本敷いて、箱が大皿から少し離れた状態を作る。その後に固まって来た豆腐を豆腐箱の中に流し入れていく。

 

「フ○ーチェみたい」

「なにそれ」

「うーん、お菓子?」

「へー、エルフの里ってそんな名前のお菓子があるんだね」

 

 プルンプルンと震える白い塊をみたリリアがそう呟き、エルフへの勘違いがまた増えていく。

 そんなこんなで豆腐箱の中に作った量の半分ほどの豆腐を入れた後に、蓋をして軽めの重石を乗せ、重量で水をきっていく。この後は程よく豆腐が固まるまで放置だ。半分ほど残った豆腐はどうするのか、とリリアが不思議そうに見ていると、千恵が「これはこれで美味しいのです」と言いながら匙をリリアに手渡した。

 

「あっちで水を切っているのが木綿豆腐。こっちのぷるんぷるんの奴は寄せ豆腐ね」

「絹ごし豆腐は?」

「あれ、絹ごし豆腐知ってるんだ。あれはちょっと別の作り方だからまた今度。……というか、これが半分絹ごし豆腐みたいなものだしね」

「へー」

 

 そんな会話を交わしながら匙で少し寄せ豆腐を掬い、一口いただく。

 

「美味しい」

「でしょ?」

 

 すると、口の中に米とはまた違った大豆の優しい甘みが広がり、良い匂いが広がる。まだ温かい豆腐は舌に乗せた時点でほろほろと解け、噛む必要などないほどに柔らかい食感であった。小皿に少し取り分け、持って来ていた醤油をかけて食べる。

 

「あ!何勝手に食ってんだよ、俺たちにもちょっと分けろ!」

「スクナ様、こちらをどうぞ。兄さん、結愛の所にも持って行ってくるよ」

「よろしく」

「ほっほ、すまんの」

 

 一足先に寄せ豆腐を味わっていた女性陣に気づき、抗議の声をあげる伊奈帆達。穂高は手際よく豆腐をいくつかに取り分けると、扉を開けて外へと向かった。番台で今も働いている結愛に寄せ豆腐を持って行ったのだ。

 そうしてしばらくの間、皆でもぐもぐと寄せ豆腐をつつく。そうして食べているうちにお腹が空いてきたため、今回はスクナビコナ・ファミリアの拠点で昼食を摂ることになった。主神であるニニギを呼びに伊奈帆が戻っている間に、スクナビコナの許可を得て千穂とリリアが厨房に立つ。千恵は庭で燃料の薪割りを手伝っていた。

 

「お米は大事」

「豆腐が出来上がるまではしばらくかかるし、豆腐に合う料理って言ったら……うーん、やっぱり焼き魚?」

 

 勝手が違う台所ながらテキパキと動く2人の幼女の様子に目を細めながら、スクナビコナはほっほっと笑う。やがて自分達の拠点からいくつかの食材を持って来た伊奈帆と共に姿を見せたニニギと歓談しながら、二柱(ふたり)の神は眷属が昼食を作るのを待った。

 やがて昼の休憩時間となった結愛も彼らに合流して、いつもより人数の多い昼食が始まった。

 伊奈帆が持って来た鯵の焼ける香ばしい匂いを感じながら、それぞれが食前の祈りを済ませて箸をつける。リリアは真っ先に米を頬張るとそれは嬉しそうににこにこと笑い、続いて今日の献立に追加されていた豆腐に手をつけた。

 

「ん、美味しい!」

「やっぱ作りたてだから風味も豊かだな」

「……美味しいじゃない」

 

 そのまま醤油をつけて食べても十分に美味しく、薬味として添えられていた摩り下ろした生姜や細かく刻んだ細ねぎを上に乗せれば、また違った味を楽しめる。何故か若干悔しそうな結愛も、この時は大人しく箸を進めていた。

 ニニギとスクナビコナも、穏やかな笑顔を浮かべて自分達の眷属と共に昼食を味わっている。こうしたファミリアの垣根を越えた付き合いは極東系のファミリアの間では珍しくない。そもそもが一部を除いて穏やかな神が多い極東系のファミリアは、同郷という事もあって横のつながりが強固なコミュニティであった。

 

 

 

 

 

 この場にいた全員が昼食を食べ終わるこの時、この瞬間までは。

 

 

 




【リリア・ウィーシェ・シェスカ】
所属 : 【ニニギ・ファミリア】
種族 : エルフ
職業ジョブ : 第一王女(現在は出奔中)
到達階層 : 第20階層(非公式)
武器 : 《霊樹の枝》
所持金 : 100000ヴァリス

【ステイタス】
Lv.1
力 : I10
耐久 : I3
器用 : I3
敏捷 : I2
魔力 : E434

《魔法》
【スピリット・サモン】
召喚魔法(サモン・バースト)
・自由詠唱。
・精霊との友好度によって効果向上。
・指示の具体性により精密性上昇。

《スキル》
妖精寵児(フェアリー・ヴィラブド)
・消費精神力(マインド)の軽減。
・精霊から好感を持たれやすくなる。

妖精祝福(フェアリー・ギフト)
・精霊への命名実行権。
・魔力に補正。




【装備】
《小袖》
・千穂のお下がり。サイズはぴったり。
・千穂と衣服は共有している。
・防御力は無いに等しい。

《霊樹の枝》
・最高級品。
・ウィーシェの森、王族の屋敷中央にある霊樹が自然と落とした枝の中で最も大きな枝。大きさは15センチ程で純白。
・魔力との親和性が高く、精霊にとっても心地の良い居住地。
・現在は彼女の出奔に力を貸した《火の微精霊》《風の微精霊》《土の微精霊》《水の微精霊》が宿る。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

冷や奴定食、絹ごしで食うか、木綿で食うか?(後編)

アアアアアアアアアアアアッ!!!!!(カピバラ感)
飯食ってる暇もねぇッ!!!!!
プレスベッドメイク食事着こなし入室要領その他諸々学生舎生活に必要な事項全てッ!!!!
やる事がッ!!!!考える事がッ!!!!多すぎるッ!!!!

ほら見ろ完成した話は何が何だかわからない駄文と化した!!!
ふざけるなバーカバーカバァァアァアアアアカッ!!!!!!
(語彙力消失)



はい、どうも。
福岡の深い闇です。生きてました(報告してた)。
いやー死にますねェ!死んでますねェ!!現在進行形で死んでますねェ!!心が!!!!コロナァ!!!!!(殺意の叫び)

と言う訳で謎のノリで書いた高ガバリティ文をどうぞ!!!
リリアが和食代用に気づいていない理由!!??
んなもん書く暇無いわ!!!!
次の話で書く!!!
ファァァァァァアアアアアアッ!!!!!(発狂)


 木刀を振るう。灰が飛び散る。

 カラン、と微かな音が反響し、やがて消えていく。

 迷宮(ダンジョン)の壁より生まれ出た怪物(モンスター)達を屠ったリフィーリアは、一つ息をつくと周囲を見回した。

 燐光を発する壁に飛び散る血は、既に凝固しきって赤茶けた色へと変色している。人の手が入っていないとは思えないほどに整った壁面を見せ始めた。

 

「これでレベル1だって言うんだから、これはもうレベル詐欺よね」

「いやー、凄いよリフィー!私たちだってレベル1の時はそこまで動けなかったよ!」

 

 残心しつつ振りぬいた木刀を納刀するリフィーリアに話しかけたのは、彼女と同じ派閥(ファミリア)に所属する冒険者にして、姉妹ともに一流の証であるレベル5に到達しているヒリュテ姉妹だ。

 アマゾネスらしい露出の多い軽装に身を包んだ彼女たちは、新しい家族となったリフィーリアの付き添い兼ストッパーとして現在リフィーリアと共に迷宮へと潜っていた。

 そんな彼女たちの声を聴き、一つ深呼吸をして息を整えたリフィーリアは困ったような表情を浮かべた。

 

「あはは、ありがとうございます。……それでも、ティオナさんやティオネさんを始めとした第一級冒険者の方々には勝負の土台にすら立たせてもらえないので、もっと強くならないと」

 

 そんな彼女の言葉に不快そうな態度を示したのはティオネだった。腕を組み、半眼でリフィーリアを睨みつけた彼女は「思いあがらないでよ」と言い、言葉を続けた。

 

「まだ迷宮に潜りはじめてから1カ月ちょっとのペーペーが、団長やあたし達とまともに戦えると思ってんの? ……あんまりナメ利いてるとレフィーヤの姉とはいえぶっ飛ばすわよ」

「ちょちょ、ティオネ、落ち着きなって!別にそんなつもりで言ったわけじゃないだろうしさぁ!ね、リフィーリア?」

「は、はい!勘違いさせてしまったのなら、申し訳ありません……」

「……そう。次からは言葉に気をつけなさいよ」

「はい」

 

 即座にティオナが仲裁に入ってくれたため大事には及ばなかったが、もしも彼女がいなかったらティオネは宣言通りにリフィーリアを殴り飛ばしていただろう。奴はやる。絶対やる。そういう目をしてた。

 恐怖で少しプルプルと震えるリフィーリアを眺めながら、ティオナは不思議そうに首を傾げた。……まだ【ロキ・ファミリア】に入団して間もないこのエルフは、どうにもその行動に違和感を覚えるのだ。

 例えば、入団したその目的。彼女自身は「故郷の家族に仕送りをするため」と言っていたが、それは明らかな嘘だ。仕送りならレフィーヤが毎月送っているのを見ているし、仮にも第二級冒険者であるレフィーヤの稼ぎだ。

 彼女が仕送りの額をケチっているというならまだ分かるが、レフィーヤはそういった事をする娘ではない事をティオナは知っている。もし仕送りの額がそれでも足りないというのなら、それは家族が浪費しているということであり、もはや家族の縁を切ったほうがいいのでは?とティオナは考える。

 さらに不思議なのはレフィーヤの態度だ。

 リフィーリアと再会した時の彼女は「長い間会えていなかった姉との再会に喜ぶ妹」といった表情ではなく、なにか大変な事態に直面してしまった事に困惑……というよりも放心しているような表情だった。

 加えて、今さっきのようなリフィーリアの態度だ。まるで早く強くならなければ取り返しのつかない事態が起こるとでもいうかのように自分を追い詰める彼女の姿は、間違っても「仕送りがしたい」などと言って入団した新入りが見せる態度ではない。

 現にリフィーリアは彼女が習得した特殊な魔法込みであればレベル3相手に5分ほど粘れる程までに成長しており、ランクアップこそしていないものの、その技術と成長の凄まじさはティオナがファンを自称するあの「英雄願望(アルゴノゥト)君」にも劣らない程だ。

 何かある。絶対に、ウィリディス姉妹は何かを隠している。

 レフィーヤは姉のことを「王族が住まう館で働いている」と前に言っていたし、もしかしてリヴェリアみたいに脱走したはた迷惑な王族(ハイエルフ)を探しに来たのかも……。

 

「あはは、ないない」

 

 自分の荒唐無稽な想像に思わず笑ってしまうティオナ。エルフは基本的に里から出たがらないと聞いているし、王族(ハイエルフ)ならなおさらだろう。それにリヴェリアのような例外ならばまだしも、他の王族に里を出奔するような理由があるとも思えない。

 

 

 

 ……悲しいかな、この世界には「米が食いたい」という理由だけで里を出奔する馬鹿王族(リリア)がいるのである。

 

 

 

「……?どうかしましたか?」

「ううん、何でもないよー。ほら、構えないと、怪物(モンスター)が来るよ?」

「はい!」

 

 ティオナの注意喚起に応えたリフィーリアは即座に木刀を抜刀。両手で握り周囲を見渡すと、ピシピシという高音を立てながらひび割れる壁から新たな怪物が多数生み出されるところであった。

 怪物の宴(モンスターパーティー)。迷宮第10階層から発生する、悪辣なギミックの一つだ。しかし、リフィーリアは目の前に雪崩のごとく出現する怪物たちを見ても眉一つ動かすことはなかった。その眼光は鋭く、構えた木刀はその切っ先をゆらゆらと油断なく揺らめかせていた。

 

「……行きます!!」

「やっちゃえー!」

「まあ頑張りなさいな」

 

 ヒリュテ姉妹の声援を受け、リフィーリアは弾かれたように突貫する。

 

(リリア様……必ず、必ず探し出してみせます……!!)

 

 ロキ・ファミリアの首脳陣から告げられた「リリアが闇派閥に攫われている可能性」。それを知った時からリフィーリアは全力で鍛錬に挑み続けた。しかし、足りない。今の自分の実力では彼らについていく事など出来やしない。

 

 ならば、もっと高みへ。

 

 ベクトル的に正反対のほうへと突き進んでいくリフィーリアとロキ・ファミリア。そんな彼女たちが血眼になって探している我らが米キチは─────

 

 

 

 

 

 

「いらっしゃいませー」

「いらっしゃあああああああいッ!!!!!」

「おいしいおいしい絹ごし豆腐だよぉぉぉおおおお!!!!!」

「そこのお姉さんッ!!!あなたにはこの木綿豆腐が似合う!!!!!そう、この味の良く沁みる木綿豆腐がねッ!!!!!!」

「何が木綿豆腐だ!!!冷奴は絹ごしに生姜と葱をのっけて醤油で頂くのが至高であり絶対だろうがッ!!!!木綿は鍋だ鍋!!!!!」

「はぁッ!!!???何言ってんのお前口当たりのいい絹ごしの方こそ鍋に合うじゃねえかそれよりも醤油の味が良く沁みる木綿の方が冷奴に最適なんだよ馬鹿かお前はッ!!??」

「「よく言ったテメェ表出ろやァ!!!!!!!」」

「「「「「「「HUUUUUUUUUU!!!!!!!!祭りだァッ!!!!!!!!」」」」」」」

 

 ─────豆腐を売っていた。

 世界有数の都市として栄え、唯一街の中に迷宮を保有する「迷宮都市」オラリオ。その南西に位置する第六区画。交易所と呼ばれるそこでは、阿鼻叫喚の地獄絵図が広がっていた。

 筋骨隆々の男たちは皆鉢巻を締め「豆腐」とでかでかと書かれた前掛けを身に着けている。そんな彼らはどうやら二つの陣営に分かれているようで、よく似た2種類の食物と思わしきものを道行く人々に売り捌いていた。

 どちらも白く、四角い形状をしているのだが、片方はプルプルと柔らかく、もう一方は少し固そうな印象を受ける。

 二つの陣営にいるのは皆極東出身の者ばかり。黒髪黒目のヒューマンの集団の中でちょこちょこと動き回るリリア(変装済み)の姿はよく目立っていた。

 

「ハーフエルフロリは最高だぜ!!」

「くそぉ!!誰だ!!茶髪ハーフエルフボブカットロリなんて属性もりもりの眷属()をゲットした羨ま死刑な奴は!!」

「極東系ファミリアの騒ぎって何回目だっけ?」

「さあ、でも一つだけ確かなことがある」

「「「アイツらが作る飯は全部うまい」」」

 

 娯楽に飢えた神々はその騒ぎに全力で乗っかり、都市の警備を受け持っている【ガネーシャ・ファミリア】の面々はどうにかしてこの騒ぎを収束させようとするが、うまくいかずに四苦八苦している。

 ……そもそも、どうしてここまでの騒ぎになったのか。答えは、極東系ファミリアの歴史を紐解いていく必要がある。

 さて、ここで一つ皆に思い出してもらいたいことがある。それは「極東系ファミリアがなぜ結成されているのか」その主な理由だ。

 彼らは基本「故郷への仕送り」のためにこの迷宮都市まで赴き、日々死の危険と隣り合わせの危険地帯へと突貫している。冒険者家業というのは危険がつきものであるが、同時に得られる報酬も大きい。なにせ駆け出しの冒険者でも自分と主神が協力すれば衣食住を満たせるだけの収入が得られるのだ。それも日払いで。

 しかし、稼ぎが安定しているかと言われるとそうとも言い切れない。なにせ冒険者家業というものは体が資本。腕の一本でも失えば即座に復帰できなくなり、それまで稼げていた収入は零となる。

 また、日々消耗する傷薬や武器の補充・整備費にも金がかかるし、拠点(ホーム)を購入することができていない場合は賃料もかかる。

 その負荷は派閥の人数が増えれば軽くなるということではなく、安定した派閥運営を続けながらも一大派閥としてオラリオに名を馳せているロキ・ファミリアやフレイヤ・ファミリア、ガネーシャ・ファミリアといった超巨大派閥はまさしく「神の所業」と言える。

 

 閑話休題(それはさておき)

 

 では、極東系ファミリアの懐事情はどうか?……答えは当然のことながら「寒いの一択」だ。

 派閥として活動する費用に追加して故郷への仕送りが加算されるのだ。しかもこれは各個人が送る仕送りではなく派閥自体が送るものである。

 当然日々の収入の大きな割合を占めているし、この費用のせいで彼らは貧乏を強いられているといっても過言ではない。

 だが、それを理由に仕送りをやめるなどといったことは絶対にしないのが彼らである。むしろ仕送り分の確保を最優先にして自分たちのことを後回しにする悪癖が出てしまうほどにお人好しな彼らは、ただ一つだけ不満点があった。

 それが食事である。

 元々、極東という遠い場所からこのオラリオにやってきた彼ら。当然道中の路銀に余裕はなく、自分たちの地域に根付いていた食物を持ってくるだけの余力は残されていなかった。

 そしてオラリオにやってきて、そこでの食生活に絶望した。

 頑丈な体を持つ冒険者であっても死んでしまうほどの猛毒を持つ魚の調理法を神に頼ることなく確立させてしまうほどに食い意地のはった連中である。そんな彼らが米味噌その他もろもろが存在しないオラリオにやってきたらどうなるか?

 答えは精神的な死だ。

 特に米。これが無いのがまずかった。当時からオラリオでの食料生産を一手に引き受けていたデメテル・ファミリアも極東のマイナーな穀物は取り扱っておらず、あっても適した調理法の違う長粒種のみ。大豆など以ての外で、それを前提とした味噌や醤油の存在は言わずもがな。彼らはパンや洋風のスープでの生活を余儀なくされた。

 そして、彼らは激怒した。

 必ずこの地獄のような状況をなんとかせねばならぬと誓ったのだ。

 まず動いたのが、我らが米キチ(リリア)が所属する【ニニギ・ファミリア】の主神ニニギノミコトだ。彼はデメテル・ファミリアの拠点(ホーム)にほぼ殴り込みの勢いで突貫し、喧々諤々の議論を交わした後に米の栽培権を勝ち取った。続いてスクナビコナが極東式の銭湯を、タケミカヅチが資金集めを─────と、様々な神々が三大欲求やその他を満たすために動いた。

 その結果、彼らは現在のような独自のコミュニティを築き上げるまでに至った。

 

 しかし、そんな彼らもある程度の妥協はせざるを得なかった。その一つが「大豆などのほかの作物の栽培」だ。

 ニニギがもぎ取ってこられたのは米の生産・販売の権利のみで、大々的に大豆やその他極東由来の野菜を栽培しそれを販売することはデメテル・ファミリアから禁止されてしまった。かといってデメテル・ファミリアが、オラリオでの市場がどれくらいであるのかが不明なそれらを栽培して販売するかと言えばもちろんそんなことはなく。

 結果、彼らは米という最終防衛ラインは守れたが、それ以外の食物に対しては基本的に諦めざるを得なかったのだ。

 それでも、ニニギ・ファミリアは少ない資金をうまくやりくりすることによって代用の味噌(に似た何か)を作ったり、醤油代わりの魚醤や出汁をとるための昆布をオラリオ周辺の港町メレンから調達してきたりと色々と頑張ってきたのだ。

 そんな彼らが予算や土地の都合上オラリオ(こちら)へと持ってくることを諦めていた大豆を目にすればどうなるか。

 

 答えは暴走である。

 

 まず、ニニギ・ファミリアがリンカから購入した大豆を用いて豆腐を作った。そしてスクナビコナ・ファミリアの者達と一緒に冷奴にして食べた。その噂を聞きつけた極東系ファミリアの皆が集まって……ついに論争が始まった。

 

 曰く「絹ごしが冷奴に一番ふさわしい」。

 曰く「木綿の方こそ冷奴にふさわしい」。

 

 みそ汁の出汁は白か赤か、具にはキャベツを入れるか入れないか。鯛焼きは頭から食べるか尾から食べるか、白あんか漉し餡か、はたまた粒餡か。はたまたきのこかたけのこか。

 極東出身の者ならば一度はしたことがあるであろうこの論争。それが遠く離れたこのオラリオでも勃発してしまったのだ。

 ここで不幸だったのが、迷宮都市オラリオには、無駄に技術だけはある神々と不満を日々蓄積し続け、神の恩寵によって身体能力や体力が人間離れしている冒険者たちがいたことだった。

 彼らは派閥の枠を越え、即座に臨時の派閥を結成。【絹ごし派】【木綿派】の主な2大派閥が中心となって呑気に大豆を売り捌いていたリンカのいる交易所で販売対決を行うことになった。

 

 

 

 そんな深夜テンションとしか思えないどうでもいい競争に巻き込まれたリリアはというと、「幼子にはこの論争はまだ早い」というファミリアの団員たちの総意により、豆腐の入ったカートをがらがらと押しながら交易所内で豆腐を売り歩く売り子となっていた。ちなみに千穂は腹ごなしの賄い作りだ。

 献立はおにぎり。

 リリアは飛び上がって喜んだ。

 

「とうふー。おいしいおとうふはいりませんかー?」

「……トウフ?」

 

 はやくおにぎり食べたい。

 正直なところ、極東出身者たちの絹ごし木綿論争などにはかけらも興味がないリリアは、いつも通りにそんなことを考えながらカートを押していた。すると、隣から鈴が鳴るような声でそう聞こえ、思考をいったん中断したリリアはにこっと営業スマイルを浮かべて隣にいる人物を見やった。

 これでもこの世界に生まれてこの方王族として礼儀作法その他を叩き込まれていた身である。即座に営業用の笑顔を貼り付けて対応する事などリリアには造作もない。……率直に言って技術の無駄遣いである。

 

「はい!きょくとう由来のおいしいおとうふです!お米と合います!!」

「……その、オコメというものが良く分からないけど。一つ買ってもいいかな」

「よろこんで!!絹ごしと木綿、どっちがいいですか?」

「じゃあ、二つとも」

 

 リリアの隣にいたのは、白銀の鎧を身にまとった冒険者と思わしき一人の少女だった。稲穂を思わせる美しい金色の髪に、黄金の瞳。顔はまるで女神のように端正に整っており、腰に一振りの細身の剣を佩いたその姿はまさに戦乙女と言っても過言ではない出で立ちであった。

 そんな少女に物怖じすることなく応対するリリアは、少女から代金を受け取るとカートから木綿豆腐と絹ごし豆腐を一つずつ取り出し、彼女へと手渡した。ちなみに豆腐は木でできた小さめの枡に入っており、側面には分かりやすく「絹」「木綿」と書かれていた。

 この枡を用意していたのはスクナビコナである。「こんなこともあろうかとぉ!!」とノリノリで叫ぶ主神を見た結愛がどのような反応を示したかは……まあ、想像にお任せする。

 

「どうぞ!!あと、お米は食べたほうがいいですよ!!お米を食べてない人生なんて人生ではありません!!」

「そ、そう……?」

 

 豆腐を渡すついでに米のダイレクトマーケティングも済ませてしまう米キチ。そんな彼女の謎の覇気に押され、少女は思わず頷いてしまっていた。

 

「それじゃあ、これで」

「はい、ありがとうございました!」

 

 そして、豆腐を購入した少女とリリアは別れた。

 元気な声で豆腐を売るためにてくてくと歩くリリア。メインストリートは人の往来も多く、先ほどの少女はすぐに見えなくなった。

 そして。

 

「……なんだろう、あの子」

 

 メインストリートを歩き、北へと足を進める少女は、手に持った二つの白い物体を見つめながらそう呟いた。本来なら気にも留めないはずの客引き。それに興味を惹かれたのは、ひとえにあのハーフエルフの少女から発せられる不思議な感覚が原因だった。

 泣きたくなるほどに懐かしい、もう今でははっきりと思い出せないあの感覚。

 まるで抱きしめられているかのような、彼女のそばの居心地の良さ。

 あれは自分に悪影響を及ぼすようなものではない。むしろ逆だと少女は直感的に悟っていた。一瞬彼女も自分と()()なのではないかと思ったが、それは違うと即座に否定した。同類だからと言って、あんな感覚を覚えたりはしない。

 

「……よく分かんないけど、不思議な子だった」

 

 そう呟いた少女は、やがて自らの()へと帰還する。まるで燃え盛る炎のような尖塔の集合で形作られたその拠点(ホーム)の名は─────【黄昏の館】。

 

 リリア、通算何度目になるかも分からないニアミスであった。

 

 

 

 

 

 

「……えー。それでは、結果発表に参ります」

「「「「「「……ッ!!」」」」」」

 

 ゴゴゴゴゴゴゴ。

 そのような擬音が聞こえてきそうなほど、ニニギ・ファミリアの拠点、その庭は緊張に包まれていた。全体的に懐事情が厳しい極東系ファミリアの中で一番余裕のあるニニギ・ファミリアの拠点は、極東系以外の神々を応対する際やこうして極東系ファミリアの者たちで寄合を行うために広い敷地を誇っている。

 固唾を呑んで集計・判定係を務める千穂を見つめる神々と団員達。それは伊奈帆や穂高たちも例外ではなく、リリアだけは呑気におにぎりを頬張って至福の笑みを浮かべていた。

 

「現在オラリオにリンカさんが持ち込んだ大豆の3分の2を使用して販売用の絹ごし豆腐と木綿豆腐を生産、売上高によってどちらが人気かを図るという今回の企画ですが……」

「早く結果を」

「「「「「「そうだ」」」」」」

「うぅ……」

 

 千穂は緊張で胃が痛かった。どうして自分が結果発表役となっているのかは分からなかったし、リリアはおにぎりを食べていて助けにはならなさそうだし、まさに踏んだり蹴ったりといった具合だった。が、それでも与えられたお役目は果たすのが団員というもの。ぐっと握りこぶしを作って気合を込めると、顔を上げて結果発表を続けた。

 

「その、結果は……絹ごし豆腐派の勝ち?です……」

「「「「「「「「うぉぉぉぉぉぉおおおおおおおッ!!!!!!!」」」」」」」」

「「「「「「「「ちくしょぉぉぉぉおおおおおおッ!!!!!!!」」」」」」」」

「おにぎりおいひい」

 

 これは勝負なのか?と若干不安になりながらも千穂が結果を告げると、絹ごし豆腐派の者たちは喝采を、木綿豆腐派の者たちは慟哭をそれぞれ上げた。

 

「やはり冷奴は絹ごしでなければな!!」

「まあ、木綿が好きな奴に絹ごしを食えと強制するつもりはないが、これで決着はついたな!絹ごし万歳!!」

「ふええぇ……木綿、美味しいのに……」

「「「「「「サワメが泣いたぞォ!!!!!奴を叩きのめせェ!!!!!」」」」」」

「待てェ!!??それはまずい送還される!?」

「でも木綿も美味しいのは認める」

「というか豆腐は何でも美味しい。合う食べ方が種類で違うだけで」

「「「「それな」」」」

「むぐ……今日のよるご飯はとうふどんもいいかもしれない」

 

 

 

 ひとしきり騒いだ後、思い思いに歓談する極東出身者たちの姿や何故か一人の男神を叩きのめす神々の姿を見ながら、千穂は苦笑いを浮かべていた。

 

 こうして、極東出身者による豆腐騒動はひとまずの収束を得たのだった。

 




あーほのぼのとした話が書きたいんじゃあ。
ほのぼーの。
ぼーの。
まるぼーろ。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

リリア王女のちっちゃな野望

米ディッ!!!

色々とやらかして上から毎回殺されてますが私は元気です。
けど今回はちょっと短め。
ゆるちて。

その割に高ガバリティだから投稿毎にお気に入り減るんだよなぁ……文才ください(土下座)

ほのぼの書きたかったから今回は話が進んでないよ!
忙しいから仕方ないね!ホント過労でぶっ倒れそうだぜ!

では、どうぞぉ!!(ヤケクソ)


「……お、おおぉ」

 

 ある日。鳥のさえずりが響き心地よい日差しが差し込む午前に、リリアは震えていた。彼女が手に持っているのは一冊の本。その本を読んでいたリリアは、あるページを穴が開きそうなほどに見つめながら愕然とした表情を浮かべていた。

 

「私としたことが……こんな大事なものを忘れていたなんて……」

 

 深い後悔の表情を見せるリリア。今の彼女は、外見だけならば見事なまでの「悲劇に嘆くお姫様」であった。

 

「いそがなきゃ。今なら、今ならまだ間に合う……!」

 

 そして勢いよく顔を上げ、部屋を飛び出したリリア。ニニギ・ファミリアの拠点(ホーム)である広い武家屋敷の廊下をその小さな身体でとてとてと駆けていく。その表情は必死の一言であり、某エルフの付き人が見たら「おいたわしや……!」と膝を地面につき嘆くこと間違いなしのものであった。

 いったい何があったのか。

 その答えは、彼女がその手に抱えている本にあった。彼女が後生大事にその薄い胸に抱えている和綴じの本。かなり上等な和紙で作られたその本には「極東の料理とその製法」という題名が書かれていた。

 

 ……リフィーリアは泣いていい。

 

 

 

 

 

 鶏卵。

 それは数多くのビタミンを始めとした栄養素を含み、完全栄養食とも呼ばれることがある素晴らしい食材である。

 栄養価が豊富な上に生産性が高いこの食材は、当然のことながら迷宮都市オラリオでも【デメテル・ファミリア】の手によって量産・販売されていた。豊饒の女主人でも卵料理としてオムライスやオムレツ、スクランブルエッグ等があり、多くの人の舌を楽しませている。

 

 閑話休題(それはさておき)

 

「うーん……」

 

 千穂は悩んでいた。原因は、彼女の目の前に鎮座する乳白色の球体である。

 正体は、今朝食材の調達に市場へと赴いたところかなり手ごろな価格で売られていた鶏の卵である。中に詰め物をされた形跡もなく、良い感じの重みもある中々に良質な卵であり千穂自身も「良い買い物ができた」とは思ったのだが、卵を消費するためのいい献立を思いつくことができなかったのだ。

 普段なら卵焼きにしてしまうところだが、この前の木綿・絹ごし合戦のことを思うと、今度は出汁巻き・砂糖・塩合戦などが起こってしまう危険性がないとは言えない。

 むむん……と難しい表情で悩んでいる千穂の耳に、とたとたと足音が聞こえてきた。

 そして。

 

「ち、千穂ちゃん!!」

「うわ!?リリアちゃん!?」

 

 千穂は、突然本を抱えて駆け込んできたリリアに驚いた。ぜえ、はあ、と肩で息をするリリアは、バッ!!と勢いよくその本のあるページを開き、千穂へと見せながら叫んだ。

 

「今日は!おやこどんが!いいです!!」

「……はい?」

 

 きょとんとした表情で首を傾げた千穂にリリアはずい、と身を乗り出すようにして詰め寄ると、もう一度「おやこどん!!」と言いながら開いたページを彼女に見せつける。そのページの一番上には、とても達筆な字で「親子丼」と書かれ、その下には必要な材料とともに丁寧に描かれた多色刷りの絵が載っていた。

 どんぶりによそわれた米の上にとろりと半熟の状態で乗せられた卵。その卵によって、鶏肉と薄くスライスされた玉ねぎがとじられ、さらにその上にいろどりを添えるためのミツバが置かれている。

 親子丼である。完全に親子丼である。

 日本在住の日本人であれば誰しも一度は見たことがあるであろう料理、親子丼の姿がそこにはあった。

 

「親子丼ですか……?そうですね、ちょうど卵を消費する方法を考えていたところですし今日のお昼は親子丼にしましょうか」

「やったぜい」

 

 ぐっ、と宙に拳を突き上げる動作とともに勝ち誇った表情を浮かべるリリア。その顔は実に晴れやかであり、長年の宿願が叶ったかのような様子であった。

 

「それじゃあ、私は上の卵とじを作るので、リリアちゃんはいつも通りお米を炊いてください。……えっと、材料はー、っと」

「がってん承知」

 

 とてもイイ笑顔で頷いたリリアはここ一カ月で慣れ親しんできた動作で流れるように米櫃から米を移し、井戸から汲んできた水でしゃかしゃかと米を研ぎ始めた。その手つきはまさに熟練のものであり、米のことを知らない者が見ても「ああ、この人はこの食材の調理法をよく分かっているのだな」と察するほどの自信に満ちていた。

 手のひらを使い、やさしく米を擦っていく。力を籠めすぎず、しかし弱すぎず。絶妙なさじ加減で振るわれる小さな手はまるで魔法のように米を研いでいった。

 

「準備完了」

「よーし、じゃあ水を吸わせている間はこっちの手伝いをしてもらおうかな」

「だいじょぶ」

 

 そして、リリアと千穂の二人による料理が始まった。

 まず千穂が手に取ったのは玉ねぎ。眉根をよせて嫌そうな表情を見せつつも手早く包丁を駆使して薄くスライスしていく。手慣れた手つきながらも玉ねぎを切った際の目への刺激はどうにもならなかったらしく、千穂は涙目になりながら玉ねぎを切っていく。

 

「うう、これだから玉ねぎは嫌いなんですよ……」

「目が、目があああぁぁ……」

 

 3分間待ってやる某大佐のように呻くリリアは放置して、千穂は包丁を動かし続ける。その後、千穂の前にはきれいに切りそろえられた玉ねぎの群れと干ししいたけがあった。

 

「はい、リリアちゃん。気持ちはわかりますけど呻いてないで鶏肉を切ってください。私たちが一口で食べられるくらいのサイズでお願いします」

「うう……あいあいさー」

「どこでそんな言葉覚えてくるんですかね……?」

 

 エルフの子ってみんなこんな感じなのかな。涙目で鶏肉を躊躇いなく切り刻む、周りからちょっとズレた様子を見せる米キチ(リリア)を横目に見ながら、千穂はそんなことを考えていた。

 酷い風評被害である。全エルフはリリアに怒ってもいい。

 鶏肉を切っているリリアの横で、千穂は鍋を使って割り下の材料となる出汁をとっていた。鍋の中にうま味の素である昆布を投入し、かまどを覗いて火加減を見ると同時に薪の量を調節し、火にかけていく。そしてぷつぷつと気泡が出てきて鍋の中身が沸騰してきたと感じたら昆布を取り出す。

 鍋の中身が完全に沸騰しきったら、差し水を少し。それで沸騰を鎮めたら、リリアが全力でかんなを使い削った鰹節を鍋に投入する。徐々に出汁の良い香りが土間に広がっていき、リリアのおなかが小さくクゥ、と鳴った。

 互いに見合って、リリアは若干の羞恥を交えながらも笑みを交わす。

 鰹節を投入したのちにもう一度沸騰させ、火を消す。灰汁を取りつつ投入した鰹節が鍋の底に沈むのを待って、やけどをしないように手拭いを巻いた手で鍋を持ち、もう一つの鍋の上にリリアが設置したザル目掛けて出汁を流し込み濾していく。

 そして出来上がったのが綺麗に透き通ったこの出汁だ。

 

「おおー」

「まだまだ調理は続くからね」

「うい」

 

 完成した出汁の出来具合に感嘆の息を漏らし一息ついたリリアを窘めながら、千穂は次の調理へと向かう。出汁を確保した今、次に作るのは当然割り下、そして具だ。

 

「そろそろ吸水が終わる頃合いじゃないかな」

「お米炊いてきます」

 

 ここで一旦リリアと別れ、千穂一人となる。

 地上では全知()()の神に並ぶ超越存在(デウスギア)である精霊の力を無駄に行使して米を炊き始めたリリアの様子をちらちらと確認しながら、千穂はむん、と気合を入れて浅い平鍋に出汁を流し込んだ。

 丼の具は米が炊けるタイミングに合わせなければいけないため、おかず代わりの漬物を床下から取り出したりリリアの持ってきた本で材料の不足がないかどうかを確認したりして時間を使い、リリアが蒸らしに入った段階で動き出す。

 かまどに火を入れて、次いで出汁に水とデメテル・ファミリア印の砂糖を少し入れ、大豆ベースの醤油はまだ製作が間に合っていないため魚醤で代用、そしてみりんを投入する。これで一部代用品を使ってはいるが、立派な割り下の完成だ。

 

「うん、いい感じに切れてるね。……結構躊躇なく切ってたなぁ、リリアちゃん。まあ精肉を見るのは初めてじゃないからだろうけど」

 

 そんなことを呟きながら、千穂はぐつぐつと煮えたぎる割り下に鶏肉と玉ねぎを投入。しばらくそのまま焦げ付かないように菜箸を使い煮た後、木彫りの椀に入れた溶き卵をぐるりと円を描くように注ぎ込んだ。

 

「ここからが難しいんだよね。まあ若干卵が固めになってもいいでしょう、と。リリアちゃん、丼の準備お願い」

「はーい」

 

 薪を火ばさみで取り出して火加減を調節し、卵が程よく固まるのを待ってから平鍋をかまどから取り上げる。手拭いを巻いた左手で大量の具が入った平鍋を軽々と持ち上げた千穂は振り返ると、きちんと指示通りに用意されていた米入りの丼におたまで掬い入れていく。

 ちょうど半熟と完熟の間のような固まり具合に調整された具はほかほかと温かい湯気を立て、出汁の豊潤な香りが厨房である土間に広がり幼女二人の食欲を掻き立てる。

 

「おお、丁度良い頃合いだったな。今帰ったぞ」

「おかえりなさい、ニニギ様」

「おかえりなさい」

 

 すると、カラカラという音とともに玄関が開き、リリア達が所属する極東系唯一の農作系ファミリア【ニニギ・ファミリア】の主神であるニニギノミコトが入ってきた。

 前回の豆腐騒動の際にガネーシャ・ファミリア(というよりはガネーシャ本神(ほんにん))からこってりと絞られた極東系ファミリアの主神達。しかし最終的には「まあ(見世物としては面白かったし)反省してるようだから許してやれよ」というその他の神々からのありがたい援護射撃を受け、晴れて無罪放免となった。

 そんな紆余曲折を辿りつつも今日も今日とて田んぼの世話を行っていたニニギ。日課である雑草の処理と水量の管理を終えた彼は、団員である二人の幼女からの挨拶を受けつつ居間のちゃぶ台前へと座り込んだ。

 すかさずリリアが彼の前に置いた冷えた水を美味そうに飲み干し、リリアが注いだ二杯目をちびちびと啜りつつ彼女たちに話しかける。

 

「今日の昼食は親子丼か。久しぶりだな」

「市場で良い卵が手に入ったので作ってみました。あとはリリアちゃんの希望ですね」

「ほう、リリアが」

「美味しそうだったからです!!」

 

 ぴょんぴょんと嬉しそうに飛び跳ねて謎のアピールをするリリア。七年間という長い年月を和食から離れ、王族としての教育を受け続ける状態で過ごしていたリリア。そんな彼女の前世での(食べ物関係の)思い出は少しずつだがあやふやになっていた。

 そのため、彼女は現在ニニギ・ファミリアが所有している料理関係の本やオラリオを散歩した際に見つけた本を読みこんで和食、ここでいう極東料理についての知識を順調に復活させていた。

 今回の親子丼もその一環というわけである。

 

「それじゃあ、食べようか。……いただきます」

「「いただきます」」

 

 配膳を済ませ、三人で食卓を囲む。食欲を掻き立てる香りをまき散らす黄金色の親子丼にリリアの視線は釘付けだった。そんな彼女の様子を見た千穂とニニギは笑みを交わす。

 三人で同時に手を合わせ、食膳の挨拶を済ませたらリリア念願の実食タイムだ。

 木製の匙を使って卵でとじられた具とその下にある米を掬い、口の中へと放り込む。配膳する間に程よい熱さへとなっていたために口の中を焼くこともなく、もぐもぐと口を動かすリリア。

 

「………おいしい!」

「よかったね」

 

 へにゃりとした至福の笑みを浮かべたリリアにつられて笑顔になる千穂。ニニギは、そんな和やかな二人の様子を慈愛の目で見つめていた。

 

(そうだ、こんな感じの味だった!うおおおおお、めっちゃおいしい!!)

 

 リリアは心の中で歓喜のあまり絶叫していた。

 口に放り込めば、まず広がるのは具のベースとなる割り下の豊潤な香り。昆布と鰹節、二種類のうま味成分が染み出した出汁を基に作られた割り下は、たしかな甘みを舌に伝えつつも豊潤なうま味を損なうことなく内包している。

 砂糖だけでは絶対に出すことのできない複雑な甘みを相棒に、触感という観点からリリアを楽しませるのが具材である鶏肉と玉ねぎだ。

 幼子でも食べやすいサイズに刻まれた一口サイズの鶏肉は、その特徴である脂っこさの無い肉に割り下を滲み込ませ心地よい弾力でリリアの歯を押し返す。そのささやかな抵抗を無視して顎を閉じれば、じゅわりと流れ出る肉汁交じりの割り下が口の中に潤沢なうま味を提供する。

 鶏肉自体のうま味は割り下のものに比べればややあっさりめであるものの、割り下に負けない確固たる立場で自らの味を主張する。玉ねぎも生の状態からは少し柔らかくなってはいるものの、それがちょうどよい塩梅となったシャキシャキとした触感と玉ねぎ自体の持つ甘みで味と触感、両方から舌を楽しませてくれる。それでいてそれぞれの味が喧嘩することなく見事に調和しているのだから、最初にこの料理を考案した先人の叡智には脱帽するしかない。

 そして、この料理の主役は何といってもこの米だ。

 具材の味ばかりが目を引きがちだが、この「親子丼」という料理は米なくしては成立しない。

 確かに具は美味しい。米の上に乗る具だけでも一つの料理と言ってもよいだろう。しかしここに土台として具を支える米の存在が加わることによって、この親子丼はさらに一つ上の存在へと昇華する。

 元々、米はなんにでも合うことのできるオールラウンダーだ。牛丼然り、かつ丼然り、カレーライス然り。変わり種で言えばミルク粥というものも存在するくらいに、「米の上に何かをかけて食べる料理」というものはそれこそ世界中に存在する。

 そしてここで注目してもらいたいのは、基本的にこれらの料理は「米が主役である」という点だ。

 つまり米は全てを受け入れ、かつそれらをまとめ上げるだけの度量と味を兼ね備えた完璧な食材であり、かつ極東出身者にとっては無くてはならないものだと言える。

 親子丼の具とともにリリアの口に入った米は程よく割り下を吸い、米が持つやさしい甘みを割り下のうま味でさらに進化させる。人によっては濃く感じがちな具の甘みを程よく中和し、触感の異なる具材たちをやさしく包み込む。

 これによって親子丼という料理はその潜在能力(ポテンシャル)を完全に発揮し、自身が持つ魅力をダイレクトにリリアへと叩きつけてくる。

 完璧だ。

 この魅力に抗うことが出来る者はきっと前世で悪逆非道の限りを尽くした非人間的な者のみに違いない。リリアは顔を緩ませながらそう考えていた。

 

 完全に狂信者の発想である。

 

 三人はその後無言で匙を進め、気が付けば三人の前にあった丼の中身は完全に姿を消していた。

 ほう、と満足げなため息を吐き食後の余韻に浸るリリア達。割り下を始めとした具の材料はまだファミリアの全団員分あるため、伊奈帆達が迷宮(ダンジョン)探索から帰ってきた際にはまたふるまう予定だ。

 

「いやー、美味しかったですねー」

「ああ。とても美味であった。ありがとう二人とも」

「満足満足……」

 

 三者三様に至福の言葉を漏らす。

 暖かな日差しが木枠の窓から差し込み、満腹感に眠気を誘われた二人と一柱はそのまますやすやと穏やかな寝息を立て始める。

 

 

 

 こうして、ニニギ・ファミリアの一日は平和に過ぎていくのであった。

 




「なあ、リフィーたん」
「……なんでしょうか、ロキ様」











「……自分、その探しとるリリアっちゅー王女サマ、見つけたとしても里に返す気無いやろ?」





目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

胎動する闇は米になんか負けない(フラグ)

米ディッ!!!!!!(ヤケクソ)



今回は米ディではなくシリアルです。
次の本編から徐々に話を進めていこうと思います。

あ、次の話はオリキャラの紹介(ちゃんとしたやつ)にしようと思っています。べ、別に作者が把握しきれなくなったとかそういうのじゃないんだからね!!



疲れしゅごい。短めです。
評価と感想ありがとうございます、なるべくエタりはしないように頑張りたいですそれではどうぞ!



……そろそろうどん、出すか。


 蒼然とした闇が広がっている。

 黒のキャンバスに光を塗したような星空が広がる迷宮都市。月はその身を惜しげもなく晒し、このオラリオを明るく照らしていた。

 大通り沿いを始めとした歓楽街や繁華街は未だにその喧騒を治める気配を見せず、しかしそんな華やかな場所からは一歩離れた場所に彼らはいた。

 迷宮都市オラリオの守りの要である巨大な市壁が見下ろす、都市外周の路地裏。騒いだ帰りなのだろうか、赤らんだ顔で放置された樽や木箱の上に座り込む冒険者たちに交ざって、とある男神が手持ち無沙汰に羽根付き帽子を弄っている。

 月が見下ろす雲が次々とその形を変えながら夜空を流れていく。それから暫くして、酔いの醒めた周囲の冒険者たちが自らの拠点(ホーム)に帰る中、水色(アクアブルー)の髪を揺らしながら一人の妙齢の美女が現れた。彼女の背後には、数人の亜人(デミヒューマン)が付き従っている。

 

「ヘルメス様、ローリエ達が帰還しました」

 

 純白のマントで薄闇を払う彼女は、アスフィ・アル・アンドロメダ。

 羽根付き帽子を弄っていた男神ヘルメスの眷属の一人であり、彼が率いる派閥【ヘルメス・ファミリア】の団長でもある彼女の声に、座っていた樽から立ち上がったヘルメスは優男の笑みを浮かべた。

 

「長旅ご苦労!ローリエ、お前たちも。待っていたぞ」

 

 旅装のフードを下したのは、3人のエルフの男女。ヘルメスから名前を呼ばれた少女を中心に並んだ彼らは、続くヘルメスの言葉に長旅の疲れを感じさせないしっかりとした声で返答する。

 

「それで、どうだった?」

「はい……ご指示の通りに一旦都市から出回っている密輸品に関する調査を取りやめ、ウィーシェの森へと向かいました。そこで調べてきた情報がこちらです」

「おう、ありがとう」

 

 3人を代表して話すローリエは、懐から巻いた羊皮紙を取り出すとヘルメスに手渡した。その羊皮紙を一度広げ、さっと目を通してから満足げに頷いたヘルメスは腰に巻いていたポーチの中へとその羊皮紙をしまい込んだ。

 その様子を見ながら、エルフの団員は硬い表情で口を開く。

 

「ウィーシェの森は、私の記憶にある通りの変わらない様子でした。……本当に、ヘルメス様から見せていただいたような事態が起こっているとは到底思えません」

「そう思うのも無理はないだろう。現にオレもいまだに迷っている。この情報は確かなものなのか?ってね」

 

 団員の言葉に軽く頷き同意するヘルメス。しかし「ですが……」と言葉を続けた団員に無言で続けるように促した。

 

「絶対にありえない、と言えないのも確かです。……王族(ハイエルフ)をめぐっては争いが絶えませんから……」

「我らが九魔姫(ナインヘル)もその関係でオラリオに来たと聞くしね。君たちは大変そうだねえ、同情するよ」

 

 そう言いながらヘルメスは団員達を拠点(ホーム)へと帰還させた。彼らにはまた調査を進めてもらわなければならない。それまではゆっくり休んで英気を養ってもらいたいというのが、主神としての彼の意見だった。

 

「……いやあ、全く、馬鹿な事を考えるものだね」

 

 団長であるアスフィを除く団員達が拠点へと戻ったのを確認した後、ヘルメスが徐にポーチから取り出したのは、一枚の羊皮紙だった。耐久性に優れるように、しかし有事の際はすぐに焼却できるように加工が施されたその紙には、ウィーシェの森の王族(ハイエルフ)が用いる紋章と共にこのような文面が端的に書かれていた。

 

《ウィーシェの森を出奔した第一王女を殺してほしい。王女は既にそちらに着いているはずだ。報酬は100万ヴァリスと王女の死体》

 

 この手紙、もとい()()()を見つけたのは、彼の眷属が怪物(モンスター)の販売ルートの一つを掴んだ時。闇派閥(イヴィルス)の拠点だったと思わしき地下道の広間で他の書類たちに埋もれるようにしてこの手紙が存在していた。

 どうやら彼らが捜索した闇派閥以外の複数の派閥にこの手紙は流れ込んでいるらしく、ヘルメスが会ったこともないエルフの王女は命の危機を迎えていた。

 

「エルフってのは、子供は大切にする種族だと聞いていたんだけど……オレの調査ミスだったかな?」

「それで、どうするのですか、ヘルメス様?まさかこの件にも首を突っ込もうなんて考えているわけじゃ……」

「まさか。王族(ハイエルフ)の継承権問題なんて首を突っ込めばこちらが破滅する。そうでなくても必ず()()()()()にはつかなくちゃあいけない。それは駄目だ、オレの美学に反する。念のためにローリエ達には調査に赴いてもらったが、基本的には見捨てる方針で動くさ」

「……承知しました」

 

 そう言って傍から見れば残酷にも見えるほどにまだ見ぬエルフの王女を切り捨てるヘルメス。とはいえ、一般的な視点から見ればそれは賢明な判断だ。

 なにせ相手は継承権第一位のエルフの里の王族、何か相手の気に障るようなことがあれば即座にこちらの責任となる上に、身内から暗殺計画まで持ち上がっている人物だ、関われば最後彼らが現在行っている任務などに構っている暇がないほどの苦労を押し付けられることになるだろう。

 それこそ、彼らの現在の目標である破壊者(エニュオ)による迷宮都市オラリオ崩壊のシナリオを防ぐという事態に彼女が関わってこなければ─────

 

「……そういえば、報告書を確認していなかったな。アスフィ、近くに人影は?」

「ありません。こちらに向かってきている人影もなし。暫くは大丈夫でしょう」

「ならここでさっさと確認してしまうか」

 

 面倒ごとは早めに片付けるに限る、と側にあった樽に再び座り込みポーチからウィーシェの里に関する報告書を取り出すヘルメス。それを見届けたアスフィは、周囲の警戒にあたるため飛翔靴(タラリア)漆黒兜(ハデス・ヘッド)を用いて空中から周囲を注意深く観察する。

 夜の狩人である梟が空を舞っていた。

 上空は風が強く、アスフィが身にまとっていた外套がバサバサと風に揺れるが、梟はそんな風など意にも介さずに悠々と空を飛び、やがてヘルメスの背後に建っていた家の屋根に舞い降りた。

 その自由かつ堂々とした所作にアスフィが微かな憧憬を感じていると、下で報告書を確認していたヘルメスから「アスフィ、すぐに来てくれ」という呼び出しがかかった。

 静かに、しかし焦りが含まれたいつにない主神のその声音に緊急性を感じたアスフィは空中からすぐさま舞い降りた。

 

「どうかなさいましたか」

「……まずい事態になった。ああ、くそっ!!そうか、()()()()()()()!?いや、この手紙の時期からすればこの王女が出奔したのは……くっ、情報が足りない!!!」

「へ、ヘルメス様!?」

 

 がり、と自らの頭をひっかき、付き合いの長いアスフィでも見たことがないほどの狼狽ぶりを見せるヘルメス。

 しかし、続く彼の言葉で彼女も動揺させられることになる。

 

「精霊の愛し子、それも()()6()()!?冗談にしても質が悪いぞこれは!!なんで里から出したんだこんな爆弾、このままいけば()()()()()()()()()()()()()!?」

「なっ─────」

「悪い、アスフィ。怪物売買の調査とは別口ですぐにこのエルフの王女の調査を行ってほしい。無事にオラリオに着いているかどうかも分からないが一先ずの捜索範囲はこの街だ。オレも他の神々に探りを入れてみる」

「ヘルメス様、ヘルメス様!?……行ってしまった……」

 

 指示をする時間すら惜しいとばかりに駆け出して行ったヘルメス。すぐに路地裏の闇夜に隠れてしまったその方向を呆気にとられた表情で暫く見つめたアスフィは、はっと我に返ると直ぐに派閥の者たちに追加の指示を出すために拠点(ホーム)へと急いだ。

 

 

 

 斜め上の方向に駆けずり回ることになった被害者が増えた、その瞬間であった。

 

 

 

「……さて、話がしたいと言っていたね。聞こうか」

「感謝する、神ニニギノミコト」

 

 夜空を梟が翔る。

 ニニギの目の前に佇む影のような謎の人物の腕から飛び立ち、何処かへと飛んでいく一羽の梟を見送りながら神とヒトは密かに対峙していた。

 場所はオラリオ郊外。ニニギ・ファミリアがデメテル・ファミリアを相手に交渉を重ねた末に手に入れた水田が広がるその場所で、ニニギは静かに口を開いた。

 

「貴殿が()()()()()()()、などと聞きたいことは尽きぬが、今はまあ、いいだろう。それよりも優先すべきことがある。─────単刀直入に聞こう、貴殿は、いや()殿()()()()()()()()の狙いはリリアだな?」

「……ご名答、と言いたいところだが、流石にこれは分かりやすすぎたかな」

「こんなもの、聞けば赤子でも答えられる」

 

 元より、ニニギ・ファミリアの拠点の周囲にこちらを観察する者がいたことは把握していた。最初は他派閥からの回し者かと警戒していたが、数日程様子をうかがっていればどうもリリアを観察しているようだということは理解できた。

 彼女に危害を加える様子を見せなかったために放置していたが、ある時を境にその見張りがどうも変わったような気配をニニギは感じていた。簡単に言えば「気配が極限まで薄くなった」のだ。

 まるでそこに穴が開いてしまったかのような完全な隠蔽。ニニギに逆に違和感を抱かせたその見張りもリリアを観察しはするものの危害を加える様子を見せなかった。そして今日、日課である田んぼの面倒を見終わり拠点へと戻ろうとしたニニギにこの黒の外套で全身を包んだ人物が接触してきたのだ。

 夜に話がしたい。

 それだけを言い残し消え去ったその人物がこれまでリリアを観察していた人物であると直感したニニギは、自らが天界に送還される危険性を顧みずにこうして単身彼(もしくは彼女)と接触を図っていた。

 

「─────そうだな。ここは正直に話させて頂こう」

 

 そう言って外套のフードを上げる謎の人物。そのフードの下に隠れていたのは、()()

 肉と皮の存在しない、正真正銘の髑髏であった。

 

「私はフェルズ。ギルドの、いや天空神(ウラノス)の使い走りさ」

「……ほう、彼の老神(ろうじん)が」

 

 肉の無い伽藍洞の姿を見ても、ニニギは特に驚いた様子を見せなかった。そのことにフェルズは若干の驚きを抱きながらも目の前の神にこちらの目的を告げる。

 

「私たちの目的は、迷宮都市オラリオの存続。─────そのために、貴方のファミリアの団員であるリリア・ウィーシェ・シェスカの身柄を預からせてほしい」

 

 

 

「怪しいって思ったんは最近や。リフィーたんの行動を見てたら、どうも()()()を感じてな」

「……」

 

 重苦しい空気が広がる。

 恨むで、フィン。

 緊張した表情でこちらを見つめる眷属(リフィーリア)の様子にロキは内心溜め息と共にファンを自称する自らの眷属に向けて悪態を吐いた。

 リフィーリア・ウィリディスが自らの目的を偽っている可能性がある、とロキに言い出したのは他でもない【ロキ・ファミリア団長】フィン・ディムナであった。最初はそんな馬鹿なと笑い飛ばしていたロキだが、彼の推測を聞いているうちに段々とあり得ると思えてきたのだ。

 自らの眷属を疑う。それはロキにとって一番したくないことの一つであり、かつそれが()()()であったことに悲しみを覚えた。

 

「自分、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?普通、人を探すときに迷宮都市オラリオって言ったら治安の悪さに目が行くもんや。なのに最近、リフィーたんは自分を強くするために迷宮(ダンジョン)に潜り続けとる。表立っては言わんけど他の団員()達も訝しがっとるで?」

「……それは」

「それに、本気でその子を探してないよな、自分」

「……」

 

 淡々と、機械的にリフィーリアを追い詰めていく。彼女の顔が歪むたびに、ロキも悲しくなる。天界にいた頃とは比べ物にならないほどに丸くなったロキは、たった数カ月とはいえ自らの眷属となったリフィーリアを自らの手で問い詰めなければならないことに悲しんでいた。

 しかし、これも派閥を率いる神としての義務である。真偽を完璧に判別できる神だからこそこういった尋問には最適だ。

 

「まるで()()()()()()()()()()()()()()()()()()みたいやで、自分。今何をしているのかを心配はするくせに、命の心配はしてないよな。それどころか、まるで何かと戦う準備を進めているみたいに迷宮に潜っとる。……なあ、リフィーたん」

「私、は……」

「自分、()()()()()()?うちらは家族や、何かがあるんやったら喜んで協力する。でも、自分から言ってくれんと何も分からんのや」

「……信じても、いいんですか」

「ああ、何があっても、うちらはリフィーたんの味方や」

 

 実は─────。何かを覚悟した顔でロキを見つめたリフィーリア。

 そして、彼女から語られた内容に、ロキは目を見開いた。

 

 

 

 

 

 





 歓喜の声が響く。
 暗い広間の中央で、一人の神が狂喜のあまり踊り狂っていた。

「っはは、あっははははははははははははははははははははははははははははははははははッ!!!!!!いいわいいわ、素敵だわッ!!!!!!精霊の愛し子!!それも6人から愛されているなんて!!!!!なんて、なんて、()()()()()なのかしら!!!!!」

 涎を垂らし、衣服は乱れ。
 常人には見るに堪えない有様の神はおかしなことに()()()()()()

「これなら簡単に穴を開けられる、死が大地を覆いつくす!!!!大切なものを失った精霊が壊れていく様が見られるなんて、ああ、とても素敵!!!!」

 こうして、事態は静かに進行する。
 ただ一つの異分子(イレギュラー)を顧みる事無く。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

登場人物紹介(ニニギ・ファミリア編)

米ディ!!!(挨拶)


どうも、福岡の深い闇です。
今回はそろそろ登場人物が増えてきたのでニニギ・ファミリアの登場人物紹介回です。
次は本編にいくのでご安心を。


いやー、評価や感想ありがとうございます。とても励みになっています。
それで、感想を読んでいたら思ったんですけどね、皆さん微精霊達がリリアを見初めて愛し子にしているって思っていらっしゃる様なんですよね、はい。






()()()()()()()()()()()()()()()






コホン。
まあ、それでは登場人物紹介です。ステイタスは前話時点での数値やスキル構成となっています。

興味がなかったら飛ばして下さい!


【ニニギ・ファミリア】

 …今作でオリ主が所属しているファミリア。オラリオにやってきて4年程の半商業系派閥であり、オラリオで唯一米を栽培している。

 作者が「オリ主どこに突っ込もうかな……うーん北欧神話は何処も米と関係ないし、女主人はフレイヤでアウトだし、かと言ってタケミカヅチのところは根拠が弱いからなぁ……せや!」というガバ理論で投入したオリジナルファミリア。

 他の極東系ファミリアとは違い、ある目的の為にオラリオにやって来た。リリアがオラリオにやって来た理由の5分の5を占める。

 

 

 

 

 

【リリア・ウィーシェ・シェスカ】

 所属 : 【ニニギ・ファミリア】

 種族 : エルフ

 職業(ジョブ) : 第一王女(現在は出奔中)

 到達階層 : 第20階層(非公式)

 武器 : 《霊樹の枝》

 所持金 : 2100000ヴァリス

 

【ステイタス】

 Lv.1

 力 : I10

 耐久 : I3

 器用 : I6

 敏捷 : I5

 魔力 : SS1035

 

《魔法》

【スピリット・サモン】

 ・召喚魔法(サモン・バースト)

 ・自由詠唱。

 ・精霊との友好度によって効果向上。

 ・指示の具体性により精密性上昇。

 

《スキル》

妖精寵児(フェアリー・ヴィラブド)

 ・消費精神力(マインド)の軽減。

 ・精霊から好感を持たれやすくなる。

 

妖精祝福(フェアリー・ギフト)

 ・精霊への命名実行権。

 ・魔力に補正。

 

 

 

【装備】

《小袖》

 ・千穂のお下がり。サイズはぴったり。

 ・千穂と衣服は共有している。

 ・防御力は無いに等しい。

 

《霊樹の枝》

 ・最高級品。

 ・ウィーシェの森、王族の屋敷中央にある霊樹が自然と落とした枝の中で最も大きな枝。大きさは15センチ程で純白。

 ・魔力との親和性が高く、精霊にとっても心地の良い居住地。

 ・現在は彼女の出奔に力を貸した《火の微精霊》《風の微精霊》《土の微精霊》《水の微精霊》が宿る。

 

 

 今作のオリ主。我らが米キチ。全ての元凶かつ大体コイツのせい。行動基準はすべて米。米が食べたい一心で単身オラリオへとやって来た行動力の化身。

 元日本人の転生者で米は食べ専だった為に栽培方法はからっきし。某4人組農家番組のお陰で種籾の見分け方(塩に漬けるやつ)は知ってる。

 第一王女かつ複数の精霊に見初められた「精霊の愛し子」という一般庶民からしてみれば爆弾も良い所な危険物。彼女が寿命以外で死ねば国一個簡単に滅ぶ。

 その気になれば()()()()()1()()()()()()()()()()スペックで、作者も設定を決めてからその余りのデウス・エクス・マキナ加減に頭を悩ませている。

 精霊の加護と日頃の生活により、魔力が異常なレベルで成長しているが、本人にその自覚はない。

 エルフの体質により脂っこいものが苦手。鶏肉と魚は塩焼きまでなら大丈夫だが、揚げ物になった瞬間に胃が凭れる。

 目下の目標はニニギ・ファミリアで稲作の知識を学び、ウィーシェの森で悠々自適な稲作ライフを送る事。なお、周囲の環境はそれどころでは無い模様。

 冷奴はどちらかと言うと絹ごし派だが木綿もいける。

 

 

 

【火の微精霊】

 故郷を出奔したリリアについて来た微精霊の一人。性格は陽気であまり物事を深く考えないタイプ。最近リリアの指示が無くても米を炊けるようになった。自分達の力を日常の些細なことにしか利用しないリリアに好感を抱いている。

 

【水の微精霊】

 故郷を出奔したリリアについて来た微精霊の一人。性格はおとなしめで言うなれば大和撫子。暴走しがちな土と火の微精霊をあらあらといった感じでいつも見守っている(止めはしない)。

 

【土の微精霊】

 故郷を出奔したリリアについて来た微精霊の一人。性格は常識人の皮を被ったやべーヤツ。普段はマトモなのだがリリアからのお願いは何としてでも叶えようとする。最近迷宮を20層ぶち抜くという偉業を達成した。

 

【風の微精霊】

 故郷を出奔したリリアについて来た微精霊の一人。性格はお人好しで、リリアの突拍子も無い行動に(常人には聞こえない声だが)ツッコミを入れている。土のやらかしをフォローする役割を他の3人から毎回押し付けられている苦労人。アイズの事が少し気になる。

 

【光の微精霊】

 故郷を出奔したリリアについて来なかった微精霊の一人。性格は常識人で、出奔は不味いだろうとリリア達を止めようとしてついに止めることが出来なかった可愛そうな子。一向にリリアに呼ばれない事に不安を感じながらも、寝てたら置いて行かれてた闇の微精霊と一緒にメリュジーネに甘えている。

 

【闇の微精霊】

 故郷を出奔したリリアについて来なかった微精霊の一人。性格はマイペースで、リリア出奔時には霊樹の根本で寝ていて気が付かなかった。起きたらリリアが居なかったので半泣きになりながら寝ていたメリュジーネに突撃する。現在はリリアに呼ばれないなーと考えながらへそを曲げる光の微精霊の面倒を見ている。

 

【メリュジーネ】

 かつて異類婚姻譚としてそのエピソードが描かれた光の精霊。微精霊達の保護者役であり、ウィーシェの森の霊樹に宿る火の精霊エルフリート、水の精霊ウンディーネ、土の精霊ドライアルド、風の精霊イズナ、闇の精霊シェイドのまとめ役でもある。

 恋愛経験豊富(一人だけなのに)を自称しており、話の中に自然とかつて契りを交わした英雄との惚気話を混ぜてくる。その為他の精霊達からは「いいやつだけど面倒臭い」との評価を受けている。

 リリアに寵愛を授けた精霊の一人。

 精霊は基本メリュジーネのみが霊樹に常駐し、その他の精霊は各地に散らばっている。

 

 

 

 

【ニニギノミコト】

 ニニギ・ファミリアの主神。リリア曰く「米の神」。アマテラスから稲を授かり地上へと齎したとされる天孫であり、三種の神器の持ち主でもある。

 ただ嫁を娶った時に一緒について来た嫁の姉(ブ○イク)を追い返して天皇家の寿命を(概念的に)縮めたり、嫁さんとの子供を「俺との子供じゃねぇ!」と言い張って嫁さんブチ切れさせたりしている割とだらしない所もある神様。

 タケミカヅチとは天孫降臨からの付き合いであり、オオクニヌシやスクナビコナとは国譲りで色々とあったものの現在は友好的な関係を築けている。

 とある目的の為にニニギ・ファミリアを創設し、タケミカヅチ達と共にオラリオへとやって来た。

 やがてリリアが加入した為にオラリオの中でもトップレベルでやべー奴を2人も面倒みる事になった。

 冷奴は絹ごし派。

 

 

 

 

 

【ミシマ・千穂】

 所属 : 【ニニギ・ファミリア】

 種族 : 不明

 職業(ジョブ) : 冒険者

 到達階層 : 第2階層

 武器 : 無し

 所持金 : 1500ヴァリス

 

【ステイタス】

 Lv.1

 力 : I6

 耐久 : I5

 器用 : I13

 敏捷 : I5

 魔力 : I0

 

《魔法》

星に願いを(ウィッシュ・アポン・アスター)

 ・系統不明(アンノウン)

 ・詠唱【星よ、星よ、星よ。我らが友よ。どうか力を貸してほしい。非力な私の願いに、無力な私の声に、どうか耳を傾けてほしい。世界を覆う天蓋に宿りし御身の輝きは曇る事なく、またその光は我らを照らす。その希望の一欠片を、どうか私に恵んでほしい。神の稚児の名に於いて希う。星に願いを(ウィッシュ・アポン・アスター)

 ・願いの具体化により効力上昇。

 

《スキル》

神ノ稚児(ゴッズ・インファント)

 ・効果消失。

 

 

 

【装備】

《小袖》

 ・自分で買ったのもいくつかあるが、千恵からのお下がりも多い。

 ・リリアと衣服は共有している。

 ・防御力は無いに等しい。

 

 

 ニニギ・ファミリアの炊事家事担当。リリアと同い年の10歳であり、ミシマ・千恵の義理の妹。性格はしっかり者で常識人。食べ物の事となると暴走しがちな極東系ファミリアのツッコミ役になる事が多い。

 ニニギ・ファミリアの皆からは猫可愛がりされており、若干の子供扱いにも似たそれに感謝してはいるが辟易としてもいた。

 自分よりも幼い雰囲気のリリアがやってきた事によって、彼女の面倒見の良さが発揮。初めての妹分が出来たことによって張り切っている。

 ニニギに連れられてオラリオにやってきた際、友達が欲しいとよく星に願っていた。その為同年代のリリアにとても好意的であり今では千恵と同じくらいに仲が良い。

 冷奴は絹ごし派。

 

 

 

 

 

【ミスミ・伊奈帆】

 所属 : 【ニニギ・ファミリア】

 種族 : ヒューマン

 二つ名 : 【瞬刃(ライトニングエッジ)

 職業 : 冒険者

 到達階層 : 第18階層

 武器 : 《蛍丸》

 所持金 : 50000ヴァリス

 

【ステイタス】

 Lv.2

 力 : G263

 耐久 : F315

 器用 : F377

 敏捷 : G290

 魔力 : I0

 

《発展アビリティ》

 耐異常 : H

 

《魔法》

【】

 

《スキル》

【】

 

 

 

【装備】

《軽装具【韋駄天】》

 ・値段132000ヴァリス。3組セットで売られていた為即決で購入。

 ・ヘファイストス・ファミリア作製。

 ・少量の最硬精製金属(アダマンタイト)を混ぜ、白銀兎(シルバーラビット)の毛皮を裏地に用いることによって強度と軽量化を両立させた軽装具。

 ・製作者が素材を張り切って確保しすぎたせいで一気に3つ量産できた為、セット価格で売ることになった。

 

《蛍丸》

 ・値段不明。

 ・伊奈帆が極東の地を出る際に実家から持ち出してきた刀。

 ・通常の鍛冶師には付与不可能な特殊な付与効果(エンチャント)が施されており、刃溢れ等で傷ついた刀身が自動で修復されていく。その際に出る光が蛍の光に似ているため蛍丸の名が付いたそう。

 ・ヘファイストス・ファミリアの椿・コルブランドに見つかれば即座に奪われること間違いなしの逸品。

 

 

 

 ニニギ・ファミリア団長。年齢は19歳でファミリアの中でも最年長。武芸に秀でた青年で、故郷では一番の腕を持つ若侍であった。

 天井知らずの猛者達が集まるオラリオにやって来て若干プライドが折れたものの、腐る事なく毎日鍛錬に励んでいる。

 ニニギの目的を理解している者の一人であり、迷宮(ダンジョン)に潜る目的も履き違えることなく毎日コンスタントに稼ぎを持って帰る理想的な団員である。

 同じ団員であるミスミ・穂高とは兄弟であり、ミシマ・千恵とは幼馴染。ただ家族同然に暮らしてきた為、色恋沙汰に発展する度合いは限りなく低い。

 生活能力は普通であり、その気になれば料理もできるがガッツリした男飯になりがち。

 冷奴は絹ごし派である。

 

 

 

 

 

【ミスミ・穂高】

 所属 : 【ニニギ・ファミリア】

 種族 : ヒューマン

 二つ名 : 【一番槍(ハイ・ランサー)

 職業 : 冒険者

 到達階層 : 第18階層

 武器 : 《瓶通し》

 所持金 : 63000ヴァリス

 

【ステイタス】

 Lv.2

 力 : G251

 耐久 : H120

 器用 : F350

 敏捷 : F321

 魔力 : I0

 

《発展アビリティ》

 耐異常 : I

 

《魔法》

【】

 

《スキル》

鷹の目(ホークアイ)

 ・視力に高補正。

 ・投擲や射撃時の命中判定にボーナス。

 

 

 

【装備】

《軽装具【韋駄天】》

 ・伊奈帆と同じ物。

 

《瓶通し》

 ・値段不明。

 ・穂高が実家から持ち出してきた槍。

 ・蛍丸の様に自動修復能力こそ無いものの、瓶を割る事なく貫く程の圧倒的な切れ味と不壊属性(デュランダル)を持つ名槍。

 ・いざという時は投げて攻撃する。

 

 

 ニニギ・ファミリアの副団長。ニニギを祀る社の宮司を担ってきたミスミ家の跡取りと目される兄に若干のコンプレックスを抱いている。

 兄弟仲はそこまで険悪なものでは無いが、しょっちゅう喧嘩しては千恵に仲裁されている。剣の腕では圧倒的な技量を誇る兄に敵わないが、槍を始めとした中距離から遠距離での戦いには穂高に軍配が上がる。

 スキルの恩恵によって得た高い視力を活かした斥候役が迷宮内での彼の役割であり、必要に応じては槍の投擲で先手を打つこともある。

 ニニギの目的を理解している者の一人であり、新しい家族となった千穂には複雑な感情を抱いている。追加で来たリリアにはその突拍子も無い行動に変な生き物を見る目を向けている。

 リリアのせいでエルフの事を誤解しまくっている。

 食の好みが綺麗に兄と真逆で、食に煩い極東出身者という事もあって兄との論争が絶えない。最近では卵焼きは出汁巻きか塩かで喧嘩したが、千穂の「そんな事するなら作りませんよ」という言葉に鎮圧された。ケンカ、良くない。

 傍から見ているともどかしい伊奈帆と千恵の関係にやきもきしている。

 冷奴は木綿派。

 

 

 

 

 

【ミシマ・千恵】

 所属 : 【ニニギ・ファミリア】

 種族 : ヒューマン

 職業ジョブ : 冒険者

 到達階層 : 第18階層

 武器 : 《無銘》

 所持金 : 46000ヴァリス

 

【ステイタス】

 Lv.1

 力 : F357

 耐久 : G216

 器用 : E454

 敏捷 : D576

 魔力 : E420

 

《魔法》

転身(リプレイス)

 ・転移魔法。

 ・詠唱【互いを繋げ、(えにし)の糸】

 ・指定した2対象の置換。

 ・置換可能距離は消費精神力(マインド)によって延長。

 

《スキル》

道標(ミチシルベ)

 ・1度歩いた道の完全把握。

 ・地図作成(マッピング)技能に補正。

 

 

 

【装備】

《軽装具【韋駄天】》

 ・伊奈帆達と同じ物。

 

《無銘》

 ・値段32000ヴァリス。

 ・玉鋼を鍛造して作られた短刀。迷宮の環境に合わせて刀身は黒くしてあり、投擲武器としても扱える。

 ・小型で収納性に優れている為、贔屓の鍛冶師に複数作ってもらい全身に暗器として仕込んでいる。

 ・使い捨てとするには値が張っているため、投擲した後はちゃんと回収して手入れを欠かさない。

 

 

 ニニギ・ファミリアの団員。女性陣のリーダー的存在でもある(というか彼女以外にリーダーに向いている者がいない)。

 ミスミ家とは家ぐるみの付き合いであり、伊奈帆とは生まれた時からの幼馴染。伊奈帆に仄かな好意を抱いてはいるが、幼馴染としてのフィルターがかかっている為恋愛沙汰に発展するかどうかは不明。

 ニニギの目的は知らないが、彼から突然義理の妹として紹介された千穂をすぐさま受け入れる程に懐が広い人格者であり、喧嘩の絶えないミスミ兄弟の仲を取り持っている縁の下の力持ち。

 迷宮ではその特殊なステイタス構成を活かした遊撃手であり、投擲した短刀と自分の位置を置換して強襲するといったトリッキーな戦法を得意とする。

 身内だけでコミュニティが関係する極東出身者には珍しく顔が広く、極東系ファミリアだけで無くミアハ・ファミリアやガネーシャ・ファミリアなど、様々なファミリアに知り合いがいる。

 リリアがやって来て妹分が二人になったためとても喜んでいる。

 冷奴は木綿も絹ごしもどっちも好き。

 

 




《次 回 予 告》
「へーぇ、私との子供には目もくれずに貴方は拾った子供の子育てですか。へーぇ、ほーん」

「誠に申し訳ありませんでしたッ!!!」

「ニニギ様ぁ!?」

「コシのないうどんなんてうどんじゃねぇ!!!!」

「ごぼ天いっちょう!!」

「てーんどん!!てーんどん!!」

「メレンからの産地直送、天然黒虎海老だ!!!」





次回、「炭水化物×炭水化物(うどんと丼物)は神の食べ物」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

異端児動乱編
うどん×丼物は神の食べ物 (調理編)


米ディ!!!!(挨拶)


食レポまでたどり着けなかったよドチクショウ!!!
それもこれもうどんが悪いんだ!!!いやうどんに罪はないな、うん。

不穏な影などなんのその。
今日もニニギ・ファミリアは美味しくご飯を食べるんですね、はい。
ところでみなさんうどんと丼のセットって食べたことあります?筆者は毎回うどん屋に行くたびに食べてました。海老天丼とかかつ丼とか。
うどん屋さんの丼ってやたら美味しいんですよねえ……思い出したらお腹がすいてきました。


たくさんの評価・感想ありがとうございます!おかげでモチベが保たれる……!
それでは本編を、どうぞ!



「─────リド、本当ニフェルズカラノ提案ヲ受ケ入レルノカ?」

「またそれか、グロス。さっきも言ってたじゃねえか、前にも話した通りだよ」

「納得ガイカナイ。フェルズハ何ヲ考エテイル……」

「何って、オレっち達の事だろうよ」

 

 声が響く。

 深い緑色の光に包まれた広間(ルーム)、そこは異様な空間であった。人知の及ばぬ迷宮(ダンジョン)、そこで生まれた怪物(モンスター)達がいるのはまだ分かる。しかし、ここにいる怪物達は迷宮内で見かける怪物達とは決定的に違う点があった。

 

「ドウセマタ失敗スルニ決マッテイル!何度裏切ラレレバ気ガ済ム!?」

「そう言いたくなる気持ちもわかるけどよ、今回は少しいつもとは違ったじゃねえか」

 

 少し片言じみたぎこちない発音で相手に詰め寄るのは、岩石のように硬質な皮膚をもち、見る者全てに恐怖を刻み込むかのような恐ろしい形相をした石竜(ガーゴイル)であった。そしてそれにうんざりとした声色で返すのは、赤緋の鱗に覆われた体を胸甲(ブレストプレート)で覆い、手甲や腰具、肩当てから膝当てまで完全に装備した蜥蜴人(リザードマン)

 彼らの目には迷宮に巣食う怪物特有の理性の無い暴力に満ちた光は無く、まるで人であるかのような理性に満ちた光を湛えている。

 人の言葉を介する怪物。

 その存在が地上の冒険者達に知れ渡れば間違いなく大混乱を巻き起こすであろう怪物達が、この広間に集まっていた。

 

「フェルズだって、今までの失敗を忘れたわけじゃねぇ。それに、今までもアイツはオレっち達に良くしてくれてるじゃねえか」

「ソレトコレトハ話ガ別ダロウ!シカモ何ダ、今回ハ子供ヲ連レテクルダト!?フザケルナ!!足手マトイ以外ノ何モノデモナイ!!」

「おい、それは新しく来る子に失礼だろ」

 

 グロスと呼ばれた石竜の、余りの言い草にリドと呼ばれた蜥蜴人は窘めるようにそう言いながら、しかし心の奥底ではそういった思いが自分にもあることを否定しきれなかった。

 周りを見ると、一角獣(ユニコーン)人蜘蛛(アラクネ)などの人間に対してあまり良い感情を抱いていない─────いや、むしろ憎んですらいる怪物(モンスター)達もこちらをじっと見つめていた。

 

(本当に大丈夫なんだろうな、フェルズ……)

 

 胸中の不信感を拭えぬまま、リドは自らを生み出した存在(ははおや)でもある迷宮の天井を見上げ、元賢者の骸骨に心の中で問いかけたのであった。

 

 

 

 

 

「……一体、何が……」

 

 昼。

 太陽が空を登り切り、その青いキャンバスの頂点から殺人的な光を浴びせかける。熱が籠りやすい大通りの石畳に陽炎が出来ているのを見て、ここだけは不死となった利点だと熱を感じない己の体に感謝しながらニニギ・ファミリアのホームへとやってきたフェルズ。

 そんな彼は今、目の前で繰り広げられている光景に言葉を失っていた。

 

「へーぇ、私との子供には目もくれずに貴方は拾った子供の子育てですか。へーぇ、ほーん」

「誠に申し訳ありませんでしたッ!!」

 

 彼の目の前には、二人の神がいた。

 一人は長すぎる時間の中で人間的な感覚が擦り切れ始めているフェルズであっても思わず息を呑んでしまうような女神(じょせい)であった。しかし、その形の良い眉根は歪められ、優しげな印象を相手に与えるのであろう射干玉(ぬばたま)色の瞳はきつく吊り上がっている。

 対するもう一人の顔は見えない。女神の視線に頭を押さえつけられているかのように額を地面に擦り付けているからだ。DOGEZAだ……と久しぶりに見た極東由来の最上級の誠意を示す謝罪法に慄いていたフェルズは、何とか自分の目的を思い出した。

 

「……その、神ニニギノミコト?今は大じょう」

「すまない、今は生きるか死ぬかの瀬戸際なんだ、後にしてく」

「あら、貴方この期に及んで生き残るつもりだったんですか」

「……あっ、ちょっとサクヤ待って曲がらない、(ひと)の体ってそっちには曲がらないぎああぁぁぁぁ!!!!!」

「ニニギ様ぁ!?」

 

 すぱーん、と気持ちのいい快音を響かせて入り口の引き戸を開けたのは、フェルズの目的であったリリア。良い子には見せられない感じになったニニギの残骸(自分の主神)を見て悲鳴を上げるリリア。

 その悲鳴につられて出てきた他のニニギ・ファミリアの面々も含めて、彼らの拠点(ホーム)は早々にカオスに包まれたのだった。

 

 

 

「……んで、あんたがウチに用があるっていう客人か」

「ああ、そうだ。名はフェルズという。よろしく頼む」

「よろしく。まあ、ニニギ様は暫く死んでると思うからゆっくりしていってくれ」

「ありがたい。……いや、あれは、その、大丈夫なのか……?明らかに死にかけなのだが」

「大丈夫大丈夫、社でも時々ああなってたし、あの夫婦なりの愛情表現だよ」

「……愛情表現……?」

 

 かたかた、と骨だけの身が震えるのを感じながら、フェルズは魂の抜けた表情で虚空を見つめ畳の上に倒れ伏すニニギノミコトを見つめた。庭から拠点の中へと慣れた手つきで運搬されたニニギは、あきれた表情の穂高から小言を言われている最中であった。

 

「ニニギ様、まだ謝ってないんですか」

「……いや、謝ったのだ。その時にきちんと今はここにいるという文も出した。でなければここに来られないからな」

「……まさか、出ていくときに置いていったあの手紙で謝罪が済んだと思ってるんじゃ」

「違うのか?」

「駄目だこの神!!!!伊奈帆、助けてくれ!!!!!」

「俺に助けを求めるな!!」

 

 スパン!と小気味良い快音と共に主神の頭を叩く穂高。びくん、と水に打ち上げられた魚のように跳ねた主神は放置でこちらへと振り返り、兄へと助けを求める穂高とそれをすげなく断る伊奈帆。それを見てヤバいな……と神の間で良く用いられていたスラングが出てしまうフェルズ。

 そんな男衆のドタバタの隣では、目の保養としか言いようがない女性陣の戯れが行われていた。

 

「まぁ!こんなに可愛らしい眷属(こども)達を私に隠れて育てていたなんて、あの(ひと)は相変わらずね!お名前は?甘酒のむ?」

「ふえ、え、えと、ミシマ・千穂です……いただきます」

「リリア・シェスカです!いただきます、コノハナサクヤヒメ様!」

 

 極東では安産や育児を司る女神として知られているコノハナサクヤヒメ。桜がその美しさにあやかり、今の流麗な花を咲かせたという逸話を持つほどの美神(びじょ)である彼女は日頃から備え付けてある甘酒の入った竹筒を取り出すとはいはいと幼女達に配っていく。その姿はまさしく「母」であり、その姿に千恵は思わず見惚れていた。

 甘酒の原料は米!と持ち前の米キチ度合いを発揮したリリア。元気よく挨拶をしてサクヤヒメから甘酒を受け取ると、何の躊躇もなく竹筒に口をつけ、こくこくと飲み始めた。それを見て満足そうに笑顔を浮かべるサクヤヒメ。彼女たちの様子を見て、同じように甘酒を渡されていたミシマ姉妹はおずおずと飲み始めた。

 

「あ、美味しい」

「米麹から作った甘酒よ、栄養満点でしかも美味しい。私たちの主力商品でもあるの」

「お米の甘さ……!」

 

 口当たりはトロっとしていて、意外なほどに甘い。しかしそれは砂糖をいっぱいに突っ込んだ紅茶のような無理やりの甘さではなく、麹によって発酵させる事で生み出された優しい米本来の甘みであった。

 竹筒を手に取り、甘酒の解説をしているサクヤヒメの言葉に思わず引き込まれるミシマ姉妹。その横では、リリアが甘酒の味に感動してぷるぷると震えていた。

 そして竹筒に入っていた甘酒を飲み干した三人は、ここで自分たちが何をしていたのかを思い出した。

 

「あ、そうだ。お昼ご飯作らないと」

「サクヤヒメ様もどうぞ召し上がってください。……何がいいですかね?」

 

 そう言って、土間からニニギが倒れ伏す畳の間にサクヤヒメを案内する千穂。そんな彼女の声が聞こえたのか、生まれたての小鹿のようにプルプルと震えながらニニギが手を挙げた。

 

「胃に……なにか胃に優しいものを作ってくれ……」

「あら、貴方の意見は聞いていなくてよ、旦那様」

「おッ、かふ……」

「サクヤヒメ様、それ以上は不味いです!!こんなでも私たちの主神ですので!!」

「サクヤヒメ様の気持ちも分かりますけど、どうかこの場は納めてください!!」

「極東の神々は皆してこうなのか……?」

 

 そんなニニギの腹に躊躇なく足裏を叩き込むサクヤヒメ。鬼神の如きその気迫に、成人間近であるはずの男二人が怯えながら必死に主神の命乞いをする光景から目を逸らしながら千穂は土間へと戻った。

 

「ただいま戻りました……」

「はいよー、で、何がいいって?」

「胃に優しいものだそうです」

「……そっか」

 

 千穂の端的な返答から察する千恵。思わず優しい表情でそう呟いてから、甘酒を呑んでからぼうっとした様子のリリアの肩を叩いた。

 

「ほい、リリアちゃん。お昼ご飯つくるよー」

「ごはん!」

 

 魔法の言葉で即座に覚醒するリリア。がばっと勢い良く立ち上がった彼女の頬が若干赤くなっている事に気が付いた千穂だったが、それを指摘する間もなく女性陣のリーダーである千恵の指示が飛んだ。

 

「お腹に優しい食べ物なら、小麦が安かったからうどんにしようか」

「おうどん!!!コシのないうどんなんてうどんじゃねぇ!!」

「り、リリアちゃん……?」

「よっし、千穂ちゃん、リリアちゃんと一緒にうどんの生地作ってね」

「あ、はい……大丈夫かなぁ」

 

 いつになくハイテンションなリリアの様子に不信感を覚えた千穂。まさか甘酒で酔っ払ったんじゃあ、と思ったが流石に甘酒如きで酔っ払うなどはありえないと自分で否定した。そもそも甘酒は酒と名前に入ってはいるが実際の酒とは違いいくら飲んでも酔っぱらうことはない飲み物なのだ。

 単純にうどんに興奮しているだけだろう。

 その考えに至っている時点でかなりリリアに毒されてきているのだが、それは置いておく。

 

 

 

 季節は春。徐々に暖かくなってくる頃合いだ。

 まずうどんの生地を作るにあたってリリア達が用意したのは水だ。リリアが庭で汲んできた(精霊にお願いした)水に、港町であるメレンでいつも買っている食塩を投入する。この時、水が暖かくては駄目なのだが、冷たすぎてもいけない。さらに塩の量も重要で、季節によってここをうまく調整するのがうどんを作るコツでもある。

 次に行うのは、俗に言う「水まわし」。いつもはゴマをするときなどに使う鉢に、デメテル・ファミリアの直営店で購入した良質な小麦を惜しげもなく投入。リリアが先ほど作った塩水を三分の二ほど回し入れると、千穂は小さな手で勢いよくかき混ぜ始めた。

 

「がんばれ!がんばれ!」

「ぬん、うん、しょっ!」

 

 小麦がダマにならないように、素早くかつ丁寧に。技術と体力を共に要求されるこの工程を、千穂はリリアと交代でこなしていく。時折粉が固まってしまうところがあるので、そこは手でつまんでほぐす。

 元気にうどん作りを進める幼女達の様子にうんうんと頷いた千恵は、自分の役割である具材作りに取り掛かっていた。

 

「男どもはいつも通りきつねと肉で良いとして……私と千穂ちゃんはわかめときつね、リリアちゃん何が食べたい?」

「ごぼ天いっちょう!!」

「あいよー」

 

 ……渋いとこ攻めてきたな。

 千恵はリリアの返答に意外なものを感じながら調理を進めていく。元々厨房を担っていたのは千恵だった。そのため、特に迷うことなく調理道具を取り出し、鼻歌交じりに肉を炒め始めた。

 

「うっ、結構重たい……」

「いっぱい人が来たからね」

 

 ずっしりとした生地の重さにそう呻いたリリアに、千穂は苦笑いでそう答える。ニニギとサクヤヒメの喧嘩のせいで印象が薄いが、黒いローブに身を包んだ人(フェルズ)もこちらに来ているのだ。いつもの団員の六人に加えて二人、八人分のうどん生地はかなりの重量となっている。

 水まわしを終え、生地をひとまとめにした後は鉢から()()()へと舞台が移る。

 土間の床に敷かれたのし台の上に清潔な風呂敷を広げ、さらにその上に生地を置くと、二人はそれを手早く生地を風呂敷で包んだ。そして作業に慣れている千穂が先陣を切り、うどんの生地をぎゅっと踏みつけた。

 

「ほい、ほい、ほい」

「よいしょ」

「はい、はい、はい」

「よいしょ」

 

 風呂敷に包んだ生地を踏み、生地が平たくなったら上から退き、風呂敷を開いて生地を三つ折りにする。そして再び折った生地を風呂敷で包むと、足で踏んで生地を平たくしていく。

 むにむにとした独特の感触にこそばゆい感覚を覚えながらも、二人は仲良く生地をこねていく。最初は生地もひび割れが目立ち、まとまりに欠ける印象であったものの、30分ほどこね続けると生地がしっかりと固くなり、表面のひび割れも少なく滑らかになっていった。

 こうなれば生地は半分ほど完成だ。

 せっかくの生地が乾燥しないように少しだけ湿らせた風呂敷に包み、直射日光を避けて1時間ほどねかせる。その間にリリアは休むことなく米を炊きに行った。

 いつもよりも多めの米に嬉しそうな表情を浮かべるリリアを見送り、千穂は千恵と共におかずを作り始める。千恵は既に肉の調理を終えており、斜め薄切りにされたごぼうに卵と小麦粉で作った衣をつけてごぼう天を作ろうとしているところであった。

 

「お姉ちゃん、何か手伝うことはある?」

「んー、じゃあ南瓜(かぼちゃ)を薄切りにして衣つけててくれる?」

「分かった」

 

 血の繋がった姉妹ではないものの、長い付き合いだからこそできる連携で瞬く間に天ぷらを仕上げていく二人。そうこうしているうちにリリアも米を蒸らしの段階まで仕上げ、うどんの生地作りを再開することとなった。

 指で押し込むと跡が残るほどに熟成できた生地を風呂敷から取り出し、土間の調理台の上に移動させた()()()の上に置き、こねなおす。生地の端を折り込み、少し回してから再び折る。これを繰り返してきれいな球体にしたら、今度は7分ほどの短い時間ねかせて生地を伸ばしていく。

 

「てい!」

「あっ、ちょっと多いかな……まあいいか」

 

 のし台と生地の上に「打ち粉」と呼ばれる粉を振りかける。打ち粉が生地になじむのを防ぐため、小麦粉ではなく片栗粉を使う。張りきったリリアが力士の土俵入りの要領で打ち粉を撒くというハプニングがあったものの、おおむね問題なく作業は進んでいった。

 

「ふっ……ふっ……」

 

 生地を麺棒で伸ばし、円形に形を整えていく。生地の中心に棒を押し当て、手前と奥側にぐっぐっと押し込む。ある程度伸びて楕円状になったら、生地を90度回転させて同じことを繰り返す。

 そうして円状になったら、今度は生地全体に打ち粉を振りかけて麺棒に生地を巻き付ける。この状態で生地を伸ばすと四角形に生地が伸びていくのだ。

 そうして四角になった生地を屏風折りにして、包丁で麺を切り分けていく。流石にリリアにはまだ早い作業であったので、ここは千穂が全て切り分けた。流石は現ニニギ・ファミリアの厨房担当といったところか、等間隔に切りそろえられた麺を前にして、リリアはその瑠璃色の瞳をきらきらと輝かせる。

 

「よし、後はゆでるだけだね」

「うどん!!」

「出汁の方はもうできてるから、後はちゃちゃっとゆでちゃってー」

「はーい」

 

 麺を切る前にあらかじめ沸騰させておいたお湯に麺を投入し、一度沈んだ麺が浮き上がってくるのを待ってから火加減を調節する。菜箸で麺が切れないように注意しながらゆでていくと、徐々に透明感が出てくるため、そのタイミングを見計らって手早くざるにあげる。

 

「リリアちゃん、お願い」

「がってん承知」

 

 ザルいっぱいに入ったうどんの麺を受け取ったリリアは、うきうきとした表情でしゃばしゃばと麺を水洗いする。こうすることによって麺を締め、食感をよくするのだ。

 

「完成!」

「よーし、後はご飯の炊きあがりを待つだけだね」

 

 じゃーん、と千恵と千穂に出来上がったうどんを見せつけるリリア。それに律義に拍手を返しながら千恵が口を開くと、玄関の戸が叩かれる音がした。客だろうか、と千恵が小首を傾げながら応対すると、そこにいたのはタケミカヅチであった。

 

「あら、タケミカヅチ様。どうかしましたか?」

「あー、いやなに、サクヤヒメ殿がこちらに来ていると風の噂で聞いたのでな、ニニギの見舞いにと思って」

「なるほど。会っていかれますか?」

「……いや、良い。あの夫婦に首を突っ込むと碌な目に合わないからな」

「そうですか……」

 

 あはは、と苦笑いを浮かべるしかない千恵。

 ニニギノミコトと付き合いの長い伊奈帆達から彼らの間に何があったのかは聞いているが、まさかそこまで仲が拗れているとは思いもしていなかった。

 とその時、タケミカヅチは何かを思い出したかのように後ろを振り返ると、「そうだそうだ」と呟きながら中くらいの木箱を取り出し、彼女へと手渡した。

 

「会わない代わりといっては何だが、運よく手に入ったのでな、おすそわけだ」

「これは……海老ですか?随分と立派ですね」

「そうだ、しかもメレンからの産地直送、天然黒虎海老だ!!」

「黒虎海老ですか!良く手に入りましたね!?」

「塩の調達にメレンに赴いた際、懸賞に応募していてな。その結果が今さっき現物で届いたところだ」

 

 そうしてわいわいと少し話をした後、タケミカヅチは自らの拠点(ホーム)へと帰っていった。

 からからと音を立てながら思わぬ収穫を得た千恵が振り返ると、そこには目をギラギラと光らせながら衣液と鍋を準備するリリアの姿があった。

 

「……えーっと、聞かなくても大体察せるけどさ。何をしているのかな?」

「てんどん!!えびてんどん!!」

「あっ、はい」

「ごめんなさい、私じゃ止められませんでした……」

「うん、まあアレは止められないよね」

「てーんどん!!てーんどん!!」

 

 ぶんぶんと腕を振り、謎の天丼コールをするリリア。明らかに素面ではないそのテンションは異様というしかない。ぐるぐると目が渦を巻いている気がする幼女を見ながら千恵はしょうがないなぁ……と海老天を作り始めた。それなりに高級な海老が腐るのももったいないので、丁度良い機会でもあった。天丼ならニニギ様も食べられるかなー、と考えを巡らせながらくるりと体を丸めた海老の天ぷらをザルの上にあげていく。

 

「やったぜぃ!!」

「リリアちゃん、ごはんの準備お願い」

「まかせて!!」

 

 天ぷらの上がる小気味良いぱちぱちとした音を聞き、テンションの上がったリリアはそのまま全員分の丼を用意して蒸らしの終わった米をついでいく。その間に千穂はうどんの出汁を少し拝借し、みりんや代用醤油などと混ぜ合わせて即興のたれを作っていた。

 そして。

 

「完成!各人お好みのうどんと海老天丼だよ!」

「おー、美味しそう!」

「……ッ!!!」

 

 ほかほかと湯気を上げ、出汁の良い香りが広がる。

 完成したうどんと天丼の黄金コンビを見たリリアは、感激のあまり無言でぐっと手を振り上げていた。リリア、感激の男泣きである。

 

 お前、今は女なんだけどな。

 

 

 




「リリア様……リリア様……ううっ、リリア様成分が足りない……」

「お姉ちゃん……」

「すぅぅぅぅぅぅぅ……はぁぁぁぁぁぁぁ……うっ、やっぱり徐々に香りが薄くなってきてる」

「いやお姉ちゃん、何吸ってるのそれ」

「何って、リリア様の御髪よ」

「そっか、変な薬とかじゃないんだ、なら安心し……いやアウトだよ!?完全にアウトだよお姉ちゃん!?」

「煩いわね!!あなただってアイズさんの髪の毛があったら嗅ぐでしょう!?」

「当り前じゃん!!!」

「それと一緒よ!!!」

「そっか!!!なら仕方ないね!!!!」

「そうよ!!!仕方ないのよ!!!!!」




次回「うどん×丼物は神の食べ物(実食編)」


なるたけ早く更新する予定。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

うどん×丼物は神の食べ物 (実食編)

米ディ!!

お久しぶりです、福岡の深い闇です。
自粛期間が終わり、悪夢の様な忙しさが戻ってきましたね。いつも通り今日も死んでます。

と言うわけでお待たせしました、遅筆過ぎましたが続きをばどうぞ!!


 合わせ出汁の芳醇な香りがふわりと広がる。

 具のタレの匂いと混ざり合い仄かに甘さを含んだその香りを胸いっぱいに吸い込んだリリアの視界には、もはやうどんしか映っていなかった。

 

「では、いただきます」

「「「「「いただきます」」」」」

「いただきますっ!!」

 

 リリア達が献立を配膳し終わった後。

 ボロ雑巾からなんとか回復したニニギの合図に合わせて、少し遅めの昼食が始まる。パン、と勢い良く手を合わせたリリアは、箸を手に持つと慣れた手つきで麺を掬いつるつると啜った。

 

「美味しい!」

「……本当に私達と同じ様に食べるのね」

「エルフですから」

「いや、それはなんか違うと思う」

 

 毎度の事であり慣れたニニギ・ファミリアの面々。

 もはや彼らの中で名誉極東出身者となりつつあるリリアに驚いた様子を見せたサクヤヒメだが、生暖かい目をした他の面々を見て気にしたら負けだと言葉を飲み込んだ。

 そんな他の者達など知ったことかとばかりにうどんを啜るリリアは、久方ぶりのうどんに心震わせ感激していた。

 つるりとした食感の麺を啜れば、麺と共にやってくるのは黄金色の出汁だ。鰹節と昆布から取れた芳醇な旨味が舌を刺激し、麺のコシのある食感と見事な調和を魅せる。

 リリアと千穂の二人がかりで作り上げた麺は半透明であり、噛めば噛むほどしっかりとしたコシで心地良く歯を押し返してくる。

 それでいて麺がのびない程度にはしっかりと出汁を吸い込んでおり、完成品として申し分ないものであった。

 もっちもっちと麺を噛みながら恍惚とした表情で目を細めるリリア。彼女はそのまま丼の上にデン、と存在感を放つ大きなごぼう天の攻略を始めた。

 千恵の手によって作られたそのごぼう天は、斜め切りにされたごぼうをかき揚げの要領で揚げた天ぷらで、まるで丼に蓋をするかのように面積の半分を占拠していた。

 そのごぼう天に箸をつけたリリア。

 まず手始めに彼女はなんら躊躇することなくごぼう天を出汁の中へと沈めた。そして、衣が出汁を吸い込むまでしばらくそのまま待ち、頃合いを見計らってざばっと出汁から取り上げる。

 衣が出汁でひたひたになり、薄い黄色から白へと変色したそれを勢い良く頬張った。出汁を吸った衣の柔らかい食感にしゃくしゃくとしたごぼうが良いアクセントとなりリリアを楽しませる。

 その後に海老天丼の米を頬張れば、口の中に少し残った衣の油分と出汁の後味を吸い込んで完璧な調和を醸し出す。んんん!と声にならない感激の叫びを漏らしたリリアは、再びつるつるとうどんを啜った後に天丼攻略を開始した。

 箸を器用に用いて海老を掴み、口の中に差し込むリリア。小さな口を精一杯大きく開けて噛みつけば、プリッとした海老の身の心地よい食感と共に、衣に染み込んだ甘味がかった天つゆの味がいっぱいに広がる。

 

「流石は高級品……味は中々ね」

「これだけ上等な海老、今のメレンでは相当な貴重品のはずだが……タケミカヅチめ、どんな豪運を使った?」

「うーん、美味しい!!」

「美味しいです!」

「いくらでもいけるな、これ」

「……」

 

 サクヤヒメやファミリアの皆も、口々に海老天の味を讃えながら食べ進める。穂高にいたっては感想を言う暇も惜しいとばかりに黙々と食べ進めていた。

 海老天自体の味を楽しんだ後は、お待ちかねの米とのコラボレーションだ。

 海老天を齧り、続いて米を口の中に放り込む。そのまま一緒に咀嚼すればそこはまさに天国であった。

 天つゆが染み込んだご飯はその優しい甘さを変化させ、濃縮された旨味をダイレクトに舌に伝える。そこに追い打ちをかけるのが海老天だ。

 揚げたてサクサクの衣が粒立ちながらも柔らかい米の食感との見事なコントラストとなり、衣に包まれていた海老がプリッとした身とそこに溜め込んでいた海老自体の味と香りを口いっぱいに広げる。

 至福の表情で飲み込み、口の中を空にした後ですうっと鼻から息を吸えば、海老と天つゆの残り香が更なる食欲を掻き立てる。

 もっと、もっとと胃が身体をせっつき、それに引っ張られるようにして箸を進める。天つゆの味に少し飽きてきたら今度はうどんの出番だ。甘味でいっぱいとなった口の中を少しの酸味を感じる程に効かせた出汁が中和していく。

 そしてつるつるとやってきたうどんの麺でフィニッシュだ。

 天丼、うどん、天丼、うどん。

 完璧なコンビネーション。

 至高のコラボレーション。

 うどんと丼物という一種のテンプレート的献立は、和食、ひいては日本食に飢えていたリリアの欲求を十二分に満たすものであった。

 

「うまうま……ごちそうさまでした」

「お粗末様でした」

 

 けぷ、と満足そうに一息ついたリリア。そんな彼女を優しい眼差しで見る千穂は、食卓を囲む一人である黒いローブに身を包んだ人物─────フェルズが食事に手を付けていないことに気がついた。

 

「えっと、お口に合いませんでしたか……?」

「……いや、そうではない。実に美味しそうだとは思う」

 

 千穂の言葉にそう返し首を振るフェルズ。そんな彼女達のやり取りを見て、ニニギが声をかけた。

 

「ああ、誤解はしないでくれ、千穂。伝え忘れていたが彼は体質的に食事を摂ることが出来なくてね」

「そ、そうなんですか!?」

「……ああ。神ニニギの言う通り、私は食事が出来ない」

「そ、それは……大変な失礼を……」

「いや、大丈夫だ。伝え忘れていたこちらに非がある。むしろ突然押しかけた私にも食事を用意してくれてありがたい」

「じゃあ、アンタの分は俺たちで食うけどいいか?」

「ああ、構わない」

「「貰ったぁ!!」」

「させるかッ!!」

 

 食事が出来ない者の前に、まるで見せつけるかのように膳を用意してしまった。その事実に慌てて謝罪をする千穂に、フェルズは気にするなと手を振った。

 実際、フェルズは自分の分の食事を出されたことに対しては感謝こそすれ怒りはしていない。ただ自分の事情をどう説明しようかと悩みはしていたのだが。

 残されたフェルズの海老天丼とうどんを巡って成長期の伊奈帆たちが戦争を始める。暫く睨み合う3人であったが、やがて部屋の隅に移動して仁義なきじゃんけんで決着をつけることになった。

 じゃんけんほいッ!あいこでしょッ!!と熾烈な戦いの声が聞こえる横で、ニニギとフェルズは話を進める。

 

「それで、彼女の事だが……」

「ああ、問題無い。準備が必要な為に少し時間がかかるが、それでも大丈夫か?」

「ありがたい。配慮に感謝する、神ニニギ」

「……何の話ですか?」

 

 サクヤヒメから食後の甘酒を勧められ、わーいと彼女の下へと駆け寄るリリア。彼女を見ながら言葉を交わす二人の姿に嫌なものを感じ取ったのか、千穂は若干顔を強張らせながら質問を投げかけた。

 ただ事ではない雰囲気を感じ取ったのか、先程まで高らかに勝利の雄叫びを上げていた伊奈帆や悔しがる穂高達も静かになり、二人を見つめていた。

 眷属達の視線に、ニニギは一つため息をつくとフェルズに目配せをした。それに頷いたフェルズは、ひと呼吸置くと静かに話し始めた。

 

「改めて自己紹介をさせてもらおう。私の名前は愚者(フェルズ)。迷宮都市オラリオの創設神であるウラノスの使い走りをさせられている」

「か、神ウラノスの……?」

「てことは、アンタギルドの人間って事か」

「厳密に言えば私はギルドの者ではなくウラノスの私兵とも言うべき立場だが……まあ、そうだな。ギルドの人間と言っても差し支えはないだろう」

 

 黒ローブを揺らしながら頷いたフェルズに、伊奈帆達は緊張した様子を見せた。

 なにせこの都市を維持・管理しているギルド側の人間が直接ファミリアの拠点(ホーム)を訪ねてきたのだ。何かしら自分達に問題があったと考えるのも無理はない。

 

「それで……要件は?」

「そこの彼女……リリアの事だ」

「リリアちゃん、ですか?」

 

 緊張した面持ちでフェルズにそう尋ねた穂高に、ローブの奥から視線を向けることで彼は答えた。

 フェルズの視線の先でニコニコと笑うサクヤヒメに見守られながらくぴくぴと甘酒を飲むリリアの姿に、千穂は疑問の声を上げる。

 彼女のその問いかけに答えたのはフェルズではなくニニギであった。

 

「そうだ。今日からしばらくの間、リリアの身柄はギルド……いや、ウラノスの預かりになる」

「なっ……」

「そんな!?」

「こちらにも少々事情があってね。彼女の意思に関係なく身柄は確保させてもらう。こちらの事が済めば彼女を返すつもりではあるが、それまではギルド本部……万神殿(パンテオン)で過ごす事になるはずだ」

「り、リリアちゃんは、どう思ってるの!?」

「んえ!?」

 

 強引にも程がある二人の通達に、思わず千穂はリリアにそう問いかけた。我関せずとでも言うかの様にのほほんと甘酒を飲んでいたリリアは、突然会話の槍玉に挙げられて驚いた。

 そんないつも通りのリリアの様子に呆れたようなため息をつくニニギ・ファミリア一同。リリアはいまいち状況が掴めない様子であったものの、ニニギから説明を受けると、

 

「なるほど、了解」

 

 とだけ言い、また甘酒をくぴくぴと飲み始めた。

 そんな彼女の反応に突っ込む千穂。自分の事であるのに余りにも無関心が過ぎるリリアに声を荒げる。

 

「リリアちゃん!ギルドに行くって事は、ここで暮らせないんだよ!?離れ離れだよ!?」

「う……それは、ちょっと寂しいけど、でもそのギルド?とニニギ様が話し合って決めたんでしょ?だったら何も意味が無く私がそこに行くわけじゃないだろうし……」

「ぐぬ……そ、そうかもしれないけど!……あ、お米!お米食べられないよ!!」

「それは困る、ニニギ様、やっぱ無しで」

「リリアが食べる分の米は定期的に送ろう。フェルズ、それくらいは引き受けてくれるのだろう?」

「ああ、彼女が大人しくこちらに付いてくれるのなら、それくらいはお安いご用だ」

「だ、そうだ」

「じゃあだいじょぶです」

「リリアちゃーん!?」

 

 リリアを引き止める最強の武器である筈の米も封じられ、千穂は頭を抱えた。

 横を見てみるも、元より部外者のサクヤヒメはさておき、伊奈帆や穂高、そして千恵までもが「神様達の決めたことだしなぁ……?」といった雰囲気で納得しかけていた。

 ううう、と涙目になりながら必死にリリアを引き止める手段を模索する千穂。初めてできた妹分、もとい友達と離れ離れになりたくない一心で次々にフェルズとニニギに反論するも、彼女よりも遥かに長い時を生きる神と愚者にことごとく論破されていく。

 最終的にリリアの身柄がギルド預かりになる事で決定した時、千穂は涙目を通り越して半泣きであった。

 

「ち、千穂ちゃん……?大丈夫?甘酒飲む?」

「う、うううぅぅぅぅぅ!!リリアちゃんの馬鹿!お馬鹿!すかぽんたん!!」

「すかぽ……!?」

「もう知らない!!ばかぁぁぁぁあああ!!」

「あっ、千穂ちゃん!!千穂ちゃん!?」

 

 とうとう感情が爆発し、おろおろとしながら甘酒を勧めに来たリリアに当たり散らして部屋を出ていった千穂。千穂の悪口の語彙が少なすぎたせいで今日日聞かない「すかぽんたん」という罵りを頂戴したリリアは、半ば呆然とした表情で「すかぽ……すかぽんたん……?」と呟いていた。

 千恵が慌てて千穂を追おうとするが、すっと横から入ってきた手に止められた。千恵が視線を向けると、そこには困った様な顔で微笑むサクヤヒメの姿が。

 

「よく分からないけど、あの子は私に任せてちょうだい?幼子をあやすのには慣れているから……どこかの誰かさんのせいで」

「すいませんでした」

「え……と、お、お願いします」

「ええ、任せて」

 

 流れるように土下座するニニギ。そんな彼の様子など気にもとめずに柔らかく微笑んだサクヤヒメは、千恵が教えた千穂の部屋へと向かった。

 そして、彼女の姿が部屋から消えたすぐ後に、ニニギは鋭い目つきで身を起こすと千恵に視線を向け口を開いた。

 

「……千恵、お前もサクヤについて行け」

「えっ、ニニギ様、でも」

「サクヤを一人にするな。特に千穂と一緒にさせるのは不味い。バレない様に注意してサクヤを追ってくれ」

 

 いつにない主神の張り詰めた様子に、千恵は反論することなく彼に従った。足音を立てずに千穂の部屋へと向かう彼女を見送った後、ニニギは大きな溜息をついてリリアを見た。

 未だにショックから抜けきれていないリリアであったが、ニニギから見つめられ自然とその背筋を伸ばしていた。

 

「すまない、リリア。そう言う訳だ、しばらく離れ離れにはなるが達者でな」

「ギルドでは絶対に問題を起こすんじゃないぞ、リリア」

「米に釣られて変な人についていくなよ、リリア」

「がってん承知」

 

 ポン、と薄い胸を叩いて任せろと言うリリアに一抹の不安を隠せないニニギ達。とはいえギルドに彼女を預けるのは決定事項かつ最優先事項であるため、早速男衆+リリアのメンバーは準備を始めた。

 

「着替えとかはどうする?多分、千穂が部屋に引きこもってるから取り出しづらいと思うけど……」

「構わない。衣食住の必要なものはこちらで用意できる。……むしろ、下手にここの私物を持ち出してニニギ・ファミリアの関与を疑われた方が遥かに不味い。リリアの必要最低限の私物だけを持っていく」

「……なぁ、ニニギ様。ほんとに大丈夫なのか、これ」

「詳しい事情を説明することは出来ないが、少なくともここに置いておくよりは安全が確保できるのは間違いない」

「……リリア、一体何者なんだよ……?」

 

 米キチ王女(ハイ)エルフです。

 などと言えるはずもなく、粛々と準備を進めていく。最終的にリリアが持っていくものは、彼女が里を出奔する際に持ち出してきた霊樹の枝とお小遣いのヴァリス金貨(約20万ヴァリス)が入った袋だけであった。

 じゃら……と重たい金属音を立てる袋を見た目の割に力持ちであったフェルズが持ち、枝を懐にしまったリリアに一枚のローブを被せる。

 それは元「賢者」であるフェルズが作成した魔道具(マジックアイテム)、【リバース・ヴェール】。

 表裏を変えることによって可視状態と不可視状態(インビジビリティ)を切り替える事ができるという破格の魔道具なのだが、そんな事など知る由もないリリア達は凝ったデザインであるそれに、おおー、と歓声を上げていた。

 

「それでは、行こうか」

「……その、フェルズさん。千穂ちゃんたちが……」

「構わない、今の千穂には頭を冷やす時間が必要だ。……それに、今生の別れという訳でもない。フェルズに頼めばここに連れてきてくれるさ。なあ、フェルズ?」

「……君達神は私の事を便利屋かなにかだと勘違いしていないかね……?まあ、連れてくるくらいならば構わないが」

「……分かりました」

 

 不承不承ながら頷くリリア。

 喧嘩別れの形になってしまった友の事を思い、不安げな表情を浮かべるリリアは、フェルズのグローブに包まれた手に引かれオラリオの街へと足を踏み出した。

 

 

 

 

 

「……お友達、行ったみたいよ」

「……知りません」

「……もう、仕方の無い子ね」

 

 優しい手が、私の頭を撫でる。

 突っ伏していた顔を上げると、そこにはお母さんの様な優しい表情で私の頭を撫でているサクヤヒメ様がいた。

 あまりにも性急すぎる別れ。

 再び会えると分かっていても、私はリリアちゃんと離れたくなかった。……いや、違う。リリアちゃんと離れる事に()()()()()()()()()()()()()という漠然とした不安を感じたのだ。

 だから反対した。

 私が思いつくだけの反対意見を叩きつけた。でも、あの人たちは聞き分けのない子供に言い聞かせる様に私の拙い反論を崩していった。

 最後には心配してくれたリリアちゃんにも当たってしまった。……最低だ。

 自己嫌悪が胸の奥で渦を巻く。けれど、サクヤヒメ様に頭を撫でてもらっていると、徐々に気持ちが落ち着いてくるのが分かった。

 

「でも、あなたは偉いわ。自分が嫌なことはきちんと嫌だと言って、立ち向かってみせた。……本当に、あの頃とは見違えたわ」

 

 その優しい手にもう少し触れてほしいと、私が何も言わずにいると、サクヤヒメ様は静かにそう語りだした。

 サクヤヒメ様は、まるで自分自身にも語りかけているかのような声音で語っていた。

 

「ねえ、千穂ちゃん。あなたはあの人達に立ち向かって、リリアちゃんと別れたくないと言い張って後悔した?」

「……してないです。するはずがないです」

「……うん。そうね、本当に見違えたわ」

 

 さらさらと、私の髪の間をサクヤヒメ様の指が通り抜けていく。

 

「人形のようだったあなたがここまで変わるなんて、あの人は眷属()を育てる才能があったのかしら。……だとしたら、なんて憎らしい」

「サクヤヒメ様……?」

「……さあ、もう落ち着いたでしょう?しゃんとしなさいな」

 

 ぽんぽん、と優しく背を叩かれ、私はのろのろと立ち上がった。決まりの悪そうな表情を浮かべる私に、サクヤヒメ様は困った様な笑みを浮かべていた。

 

「さて、私は帰るわ。あの人の顔を拝まないでいいように今のうちに帰っちゃいましょう」

「……その、サクヤヒメ様。どうしてそこまでニニギ様を嫌うのですか……?」

 

 ぽんと手を打ちそう言ったサクヤヒメ様に、私は思わずそう問いかけていた。私は、お二人の間にあった出来事はざっとした概要だけをお姉ちゃんから聞いているだけ。

 確かにニニギ様のやった事は許されないことだと思う。思うけれど、ここまで嫌われる様な、それこそ親の仇でも見るかのような目つきをされる程に嫌われる様なことではないと思ったのだ。

 特にニニギ様のサクヤヒメ様に対する優しい、それでいて悲しそうな眼差しを見ている分、余計に。

 

「……あの人には、私の気持ちなんて分からないわ。人間(こども)であるあなた達にもね」

「……サクヤヒメ様……」

「お昼ごはんありがとう、美味しかったわ」

 

 けれど、私の問いに返ってきたのは、そのような冷たい返事だった。

 きゅっと胸が締めつけられるような感覚に陥る。そんな私の様子を見てか、少しだけ苦しそうな表情を見せたサクヤヒメ様は、昼餉の礼を述べた後、まるで思いを振り切るように私の部屋を出ていった。

 

 

 

「さようなら、ニニギ・ファミリア。……次に会うときは、きっと敵同士ね」

 

 

 

 不吉な言葉を、私に残して。

 

 

 




「やれやれ……愛に狂った女神ほど怖いものは無いね。そう思わないかい、オオクニヌシ?」
「はっはっ、女神であるお前が言うか、ツクヨミ。それは面白い冗談だ……と言いたい所だが、その意見には同意させてもらおう。女神(おんな)というのは時に怪物よりも恐ろしい」

 極東のとある島国にて。
 月明かりに照らされた寂れた社にて、そのような会話が交わされていた。一人は紺碧の髪を下ろした、美しい女神。もう一人は、優男の様な顔に恐怖で引きつった笑みを浮かべる男神。

「全く……ニニギの奴、こんな面倒くさい代物を置いていってくれちゃって。僕が三貴子の一人だったから良かったものの、他の神の手に渡っていたら大惨事なんてものじゃ済まなかったよ」

 そう言って女神がぺしぺしと叩くのは、金属特有の鈍い光沢を放つ鏡。縁に豪奢な装飾が為されたそれに映し出されているのは、鏡の前にある光景では無く、ここではないどこかを俯瞰して見たような光景であった。

「しかし、これのお陰で随分と神をこちら側に引き込めた。……未だにこちら側に付かない神もいるがな」
「はぁ、全くニニギ。自分の妻のご機嫌取りくらいちゃんとしてくれよー、苦労するのは僕たちなんだからなー!」

 ここにはいない神に文句を垂れる女神。ぶーぶーと罵るその姿はまるで子供のようであり、神の威厳とやらも方なしであった。

「しっかし、意外だねー。君こそあっち側に付くと思っていたのに(やり直したい過去がいっぱいあるだろうに)
「バカを言え、俺に恥ずべき過去などない。それに過去をやり直すなど、これまで出会い契りを交わしてきた()()に失礼だろう。つい先日も新しい女子(おなご)と文通を始められたばかりなのだ、世界は出会いに満ちている!!」
「……そっかー、そうだね、君はそういう奴だったね、うん。……それで一つ忠告なんだけどさ、そろそろ学習したほうがいいと思うぜ、なあスセリヒメ?」
「─────ええ、ホントにそう。初めて聞いたわ、そんな文通の話なんて」
「……き、奇遇だなぁスセリ。ご機嫌麗し」
「死ねバカ夫」
「あがぁッ!!スセリ、スセリヒメさん!?人の首はそこまで柔軟性がないというぎぁぁぁぁぁああああ!!!???」
「……ホント、男神(おとこ)ってこんなのばっかりでウンザリするよ」

 ゴリ、ゴキッ!!メリメリメリッ!!と神から出て良い音じゃない凄惨な音楽が社に響く。野太い男の断末魔に両手で耳を塞ぎながら、女神は鏡の中の光景を悲しげに見つめる。



「……これは僕達神の責任だ。だから僕達が責任を持って解決する。()()はそっちで仲良くしていてくれよ」



 そんな呟きが、夜の空に消えた。





【リリア・ウィーシェ・シェスカ】
所属 : 無所属
種族 : エルフ
職業(ジョブ) : 第一王女
到達階層 : 無し
武器 : 《魔杖ガンバンテイン》
所持金 : 0ヴァリス

【ステイタス】
無し

《魔法》
【】

《スキル》
【】



【■■■■■・■】
所属 : 【イザナギ・ファミリア】
種族 : 不明
職業(ジョブ) : 巫女
到達階層 : 無し
武器 : 無し
所持金 : 0ヴァリス

【ステイタス】
Lv.1
力 : I0
耐久 : I0
器用 : I0
敏捷 : I0
魔力 : I0

《魔法》
【】

《スキル》
神ノ稚児(ゴッズ・インファント)
・捧げられた全願望の無差別成就。
・願望の具体性により効力上昇。
・自身の願望の成就により効果消失。




次回「異端児は稲作の夢を見るか?」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

異端児は稲作の夢を見るか?

米ディッ!!

筆が乗ったので初投稿です。
ゼノスはメンバー毎に片言具合が違うから若干面倒くさい……面倒くさくない?

今回の空白の一ヶ月は尺が余ったら書きます(怠惰宣言)。

感想・誤字報告ありがとうございます、徐々に勘付いてくれている人が増えてワタシ、ウレシイ。
それでは慣れない描写をしたせいでガバリティがマックスな続きをどうぞ!


 フェルズは期待していた。

 幼いエルフの王女、リリア・ウィーシェ・シェスカに。

 もちろん、彼女が現在故郷であるウィーシェの森や闇派閥(イヴィルス)から命を狙われている立場だという事は理解している。それでも彼はリリアが自らの、そして彼が主と仰ぐ神の目的の鍵となる事を望んでいた。

 神意を超えた存在、()()()()()()()。フェルズ達から異端児(ゼノス)と呼ばれる彼等と、人類の共存。普通ならば絶望的と考えるその夢想も、あの規格外の牛人(アステリオス)と絆を結んだ彼女ならばあるいは、と思わせてくれた。

 そう、思わせてくれたのだ。

 だから。

 

「お前たち!!クワは持ったかぁっ!!」

『ウオオオォォォォォオオオオ!!!!』

「米が食べたいかぁっ!!!!」

『ウオオオォォォォォオオオオ!!!!』

「空が見たいかぁっ!!!!」

『ウォォォォォォォォオオオオオオオッ!!!!!』

「行くぞぉ!!耕せぇぇぇえええっ!!!!」

『ウォォォォォォォォオオオオオオオッ!!!!!』

 

「……どうしてこうなった……!?」

 

 フェルズは目の前に広がる光景に頭を抱えていた。

 迷宮都市オラリオ。

 世界でも唯一であろう【迷宮(ダンジョン)】を地下に有するこの都市には、迷宮に眠る怪物達のドロップアイテムや財宝を狙って数々の冒険者(命知らず)達が生活している。

 そして、そんな彼らが実際に血反吐を吐きながらも培ってきた迷宮の情報、迷宮の地図(ぼうけんのあかし)。それにはまだ記されていない【未開拓領域】の一つは、異端の怪物達とそれを指揮する小さな妖精によって()()()()()()()()()

 蜥蜴人(リザードマン)曲刀(シミター)の代わりに振るうのは、迷宮の発する燐光を受け鈍く反射する鍬。ドッ、と勢い良く突き立てられた鍬は、迷宮の地面を容赦なく蹂躙し、硬い土を抉り、石を砕き、下層の土と混ぜ合わせ、柔らかな農作地へと変えていく。

 半ば趣味の領域でとある魔道具(ゴーレム)を作成したフェルズには分かる。あの鍬は最硬精製金属(アダマンタイト)製だ。鍛冶師が見れば泡を吹いて卒倒しそうな、まさに「無駄遣いの極み」である。

 そんな農作業には明らかにオーバースペックの代物が、この場にいる約30体程の異端児全員に配られている事実にフェルズは骨だけの身でありながら目眩がする心地に襲われた。

 大地を司り、金属や宝石などを容易く掘り起こす土精霊(ノーム)だからこそ可能な所業だ。人の手によってこの光景を再現しようと思えば、大手派閥(ファミリア)の年間予算一年分程の(ヴァリス)が吹き飛ぶ事だろう。

 異端児は皆、理知無き怪物(モンスター)の魔石を食らった言わば【強化種】だ。故にその力は並の冒険者を遥かに凌ぎ、怪物の名に相応しいものとなっている。

 そんな彼らが鍬を振るえばどうなるか?

 答えは、ものの数分で面積の半分を耕し尽くされた未開拓領域が物語っていた。

 

「……」

 

 フェルズは耕された土の前に佇むと、そっとしゃがみ込み土を手にとって感触を確かめた。

 石は完全に砕き取り除かれ、薄っすらと赤味がかった土と表面の黒い土が混ざり、水分を幾らか含んでいるのかしっとりとした粘土質の土であった。

 分かりやすく言えば、これ以上ない程に理想的な土が出来ていた。

 

「よーし、皆一旦離れて!……うん、それじゃあお願いします、土の精霊様、水の精霊様!!」

 

 そして、はしゃいだ様なリリアの声が未開拓領域に響く。

『応ッ!!!』とそれに答える異端児達の声は、フェルズがこれまでに聞いたことがない程に生き生きとしていて、楽しそうであった。

 リリアが懐から取り出したのは、象牙を削り出して作ったような純白の指揮棒(タクト)。彼女が里から持ち出していた霊樹の枝を芯材に、久々の特級素材に魔道具製作者としての心を刺激されたフェルズが設計・制作・監修を手掛けたフルオーダーメイドの第一級冒険者装備だ。

 次の瞬間、元【賢者】であるフェルズも震撼する程の莫大な魔力が解放された。ザアアアア、と地上に降る雨の様に大量の水が耕された迷宮の土に染み渡り、その周囲を囲うように大地が盛り上がり、簡単な(あぜ)が出来ていく。

 

「よーし、行くよ、モーさん!!」

「承知した」

 

 水が染み渡った後に出来たのは、水が染み、泥状になったトロ土だ。次いでそこに現れたのは規格外の牛人(アステリオス)とその肩にちょこんと乗ったリリア。

 自分達の制止も聞かずに深層へと単身武者修行へと向かった筈のアステリオスがさも当然の様に下層の「里」にいる事実に、フェルズは自らの目が死んでいくのを感じた。

 そんな愚者の悩みなど知る由もなく、リリアの指示に従い、一言呟いて頷いたアステリオスは、手に持った土の微精霊特注の巨大な鍬で土を畦に押し付け、塗りたくっていく。

 巨大なその身からは想像もできない程に繊細な力加減で塗られた畦を、残りの異端児達がせっせと形を整えて綺麗にしていく。

 水漏れを防ぐために精密さを要求される作業ゆえ、ゆっくりと進行していくその作業が終わると、後にはピカピカと光沢を放つ完璧な処理を施された畦が出来上がっていた。

 

「これで完成!!」

 

 アステリオスの肩から降り、最後にもう一押しとばかりに水を注ぎ込んだリリアが満足げに両手を腰に当てた先には、薄っすらと水が張った見事な田んぼが出来上がっていた。

 時間にして約ニ時間。

 人外の力をふんだんに使った、まさに力押しの作業だった。

 

「後は代掻きだけど……これは明日でいいね」

「明日でいいね、じゃないぞリリア」

「あ、ししょー」

 

 普段着代わりとなっているリバース・ヴェールの袖で顔に付いた泥を拭い、満足げに笑うリリアにフェルズは呆れた声を投げかける。

 周囲では集まった異端児達が互いを労っており、その光景は彼らの姿に目を瞑ればただの農作業をしている共同体(コミュニティー)であった。

 

「あまり大っぴらに動かないでくれと言った筈だ。特に最初の掛け声、あれでここの所在が冒険者たちにバレたらどうするんだ」

「風の精霊様に壁際の空気を固定してもらってるので大丈夫です!完全防音ですよ!」

「そういう問題ではない!!」

「あだっ!?」

 

 スパーン!と小気味の良い音を立ててリリアの頭を叩くフェルズ。魔力の無駄遣い、精霊の無駄遣いとも言える米キチ(リリア)の蛮行に頭を悩ませるフェルズにゲラゲラと笑いかけたのは蜥蜴人(リザードマン)であり異端児の長を担っているリドだ。

 

「そう責めてやるなよフェルズ!リリアだってちゃんとバレない様に考えてやってるし、何よりコイツが来てから毎日退屈しねえんだわ!」

「だからそういう問題ではないと言っているだろう、リド……いいか、もし隠蔽工作が完全じゃなくて、他の冒険者がこの光景を目にしたとする。そしたらどうなると思う?」

「一緒に稲作をしたくなる!」

「君は黙っててくれリリア」

 

 しゅばっ!と手を上げながら即答する米キチ(リリア)グローブ型の魔道具(マジック・イーター)の砲撃を食らわせてやりたい衝動に駆られるフェルズだったが、それをやったが最後()()()()()()()ので断念せざるを得なかった。

 くっ……この米狂いめ……!と心の中で神々に対して吐き捨てるような罵りを気休めに呟きつつも、異端児唯一の良心(ストッパー)である筈の石竜(ガーゴイル)に非難の声を上げた。

 

「グロス!君が手綱を握っておいてくれなければこうなる事は分かっていただろう!?」

「ソウヤッテ俺ニ責任ヲ被セルノハ止メテ貰オウ……ナラバオ前ハ興ガ乗ッタコイツラヲ止メラレルノカ……!?」

「ぐっ……し、しかしだな……!?」

 

 フェルズの非難、もとい八つ当たりにガッッ!!と目を見開いて反論するグロス。その反論にぐうの音も出ないフェルズの耳に、更に追い打ちをかけるようにリリア達の話し声が聞こえてくる。

 

「キュ、キュウ!!」

「ん、アルル、ご飯炊けたの?」

「キュー!」

「火加減は覚えましタ。後はご飯が美味しく炊けていればいいのですガ……」

「だいじょぶ。結局は心がこもってるかどうかだから」

「リリア!?彼らに一体何を教えている!?」

「炊飯!」

「レイッ!?」

「わ、私の()デ、美味しいご飯が作れるのが嬉しくてつイ……」

「クッ、絶妙に責め立てにくい理由をッ!」

 

 もはや地上で纏っているミステリアスな雰囲気など彼方へと吹き飛び、ただ自分の手に負えない事態へと陥っている事をひしひしと感じるフェルズ。

 そんな彼の哀愁溢れる姿に、達観した様な表情で頷き同意するグロス。

 出会った当初こそリリアに対しても人間への悪感情を隠そうともしなかった彼も、今ではすっかり斜め80度にカッ飛んだ行動をするリリアに胃を痛める苦労人枠へと収まっていた。

 

 闇派閥(イヴィルス)、ウィーシェの森双方から命を狙われているリリア。

 そんな彼女を保護、管理するついでに異端児と引き合わせたフェルズは、自分のした行いが正しかったのか間違っていたのか、イマイチ自信を持てなくなっていた。

 

 異端児と上手く馴染めないかも知れないという不安?

 この光景を見てみろ、下手をすれば自分(フェルズ)よりも彼らに馴染んでいるぞ。

 異形の姿をした異端児への拒絶反応?

 リリアの目を見てみろ、彼らに対する悪感情など無い、むしろ同じ釜の飯を食べた仲間だと言いたげな目をしているぞ。

 人への悪感情を抱いた異端児達から排斥される?

 グロスを見てみろ、最初こそ敵対視していたものの、今ではすっかり彼女を仲間として扱っている。彼と同じくらいに悪感情を抱いていた人蜘蛛(アラクネ)のラーニェでさえほら、

 

「はい、ラーニェ。おにぎり」

「……あ、ああ。頂こう」

 

 誰だお前。

 頬を赤らめながら若干気恥しげにリリアから握り飯を受け取るラーニェ。そんな彼女にフェルズはいつもの口調など彼方に投げ飛ばしてそう心の中で呟いた。

 神意から外れた、まさに異端の存在【異端児(ゼノス)】。

 地上への進出を渇望し、遥か頭上の空を仰ぐ事を夢見る彼らは現在、立派な稲作集団へと斜め上の変化を遂げていた。

 

「うん、美味しい!」

「うまく炊けテ安心しましタ……美味しイ」

「やっぱり米は美味えなあ!なあ、グロス?」

「……フン、マア他ノ食物ニ比ベレバ味ガ良イノハ認メルガ」

「素直じゃないなあ、グロス!」

「煩イ!」

 

 和気藹々と自分達で炊いた米で作ったおにぎりを頬張る異端児とリリア達。アステリオスやフォーといった大型の者達には特大サイズのおにぎりが配られ、表情こそ変えないものの彼らは黙々と食べ進めていた。

 あまりにも彼らが美味しそうにご飯を頬張っているため、フェルズは食事の摂れない己の身体とこの様な身体になる原因ともなった自分の元主神を若干恨めしく思った。

 

 

 

 春の終わり。大陸の季節は暑い夏へと準備を進めており、オラリオの気温も徐々に高まっている。

 リリアがギルドに保護されて、約1ヶ月が経っていた。

 

 

 

「戻ったか、フェルズ」

「ああ、ウラノス。只今帰還した……」

 

 異端児達との定時連絡を終え、ギルド内部【祈祷の間】へと帰還したフェルズ。彼のいつに無く疲れた様子に、ウラノスは微かに片眉を上げて彼を見た。

 

「疲れているな、フェルズ」

「……ああ、疲れているとも。ウラノス、彼女を異端児達に引き合わせたのは失敗だったかもしれない」

「上手く溶け込めていなかったのか?」

「いや、逆だ。馴染みすぎだ」

「ならば良い。人と怪物の共生、その第一人者となるやも知れん」

 

 元賢者としての威厳も何もかも投げ捨てて良くねえよッ!と叫びたい気持ちになったフェルズだったが、呪いに蝕まれ、不死となっても絶望から獣に堕ちることの無かった強靭な理性でどうにか保ちこたえる。

 あの米狂い、行動に悪意や害意が無い事は確かなのだが、その代わりに今日の突発的稲作の如く、やる事なす事が全て突拍子も無い事ばかりなのだ。

 常人からして見れば恐怖の塊とも言える異端児達とすぐに打ち解ける、ギルド支部の不正を捜査しに港町(メレン)へと赴けば古代の大精霊と鉢合わせする、その他にも挙げだしたらきりが無いほどのドタバタに、挙げ句の果てに今日の稲作騒ぎだ。

 正直、胃が保たないとフェルズは嘆いた。とっくの昔に肉と共に腐り落ちたはずの胃がキリキリと痛む。

 きっと今なら、彼はフィンやヘルメスと良い酒が飲めるだろう。

 

「……それで、フェルズ。闇派閥の動きは?」

「未だ無し。使い魔達を街中に放って監視を続けてはいるが、今の所は尻尾すら掴めていない。……やはりダンジョンのもう一つの入り口を見つけない限りは厳しいだろう」

「そうか。では他の派閥(ファミリア)はどうだ?」

「港町でロキ・ファミリアとイシュタル・ファミリアがやり合ったそうだが……あの美神を追求するのは難しいだろう」

「然り。かの女神は都市の暗部に食い込んでしまっている。迂闊に手を出せば噛み付かれるだけでは済まないだろう」

「全く、厄介なものだ……」

 

 ふぅ、と溜息を吐くフェルズ。リリアに振り回されるのとは別のベクトルでこちらを煩わせる神々に、ウラノスもいつも以上に厳しい表情で空中に視線を走らせる。

 

「せめてもの救いとしては、闇派閥に先んじて精霊の愛し子(リリア)を確保できた事か。彼女が我々の手の中にいるうちは、都市壊滅のシナリオを実質1つ潰せているようなものだからな」

「精霊の愛し子は、その力故に昔から多くの者に狙われてきた……」

 

 ウラノスは重々しくそう言うと、静かに目を閉じた。続いて彼の口から発せられた言葉に、フェルズは驚きを顕にする。

 

「しかし……あの王女にはある種の作為的なものを感じる」

「作為……?まさか、彼女が人工的に作られた愛し子だと?」

()()()()()()。彼女が迷宮都市(ここ)に来た事実だ」

「……どういう事だ、ウラノス」

 

 フェルズからの問いに、老神はふぅと息を吐きながら静かに「勘と神々(われわれ)の目だ」と呟いた。

 

「あの王女には、神の力(アルカナム)に等しい何らかの力が働いている。……しかしそれが善意であれ悪意であれ、今回のエニュオとはどうも無関係である、そんな気はする。言うなればそう……『子供の我侭』だ」

「神の力だと?それに、子供の我侭……?」

「うむ……道理を知らぬ子供の、幼稚な我侭だ」

「……とりあえず、今はその事については後回しにしよう、ウラノス。これからの対策だが─────」

 

 ウラノスの抽象的な発言に思案しながらも、一先ずは都市の崩壊を防ぐ手立てを提案するフェルズ。

 石造りの部屋に二人の声が響き、松明の炎が静かに揺れた。

 ぶっ飛んだ行動をするリリアに頭を悩ませられながらも、愚者(フェルズ)都市の創設神(ウラノス)は今日も今日とて都市とそこに住まう無辜の民草を守るためにせっせと知恵を絞るのであった。

 

 

 

 そして、ところ変わってニニギ・ファミリア。

 春の終わりを迎え、季節が夏へと変わり始めた中での彼らはと言うと─────ジメッとしていた。

 より具体的に言うと、千穂がジメッとした雰囲気を纏い続けていた。

 

「……おい穂高。なんとかしろよ、あのジメッとした生き物」

「なんで俺がそんな事を……千恵、お前あれの姉だろう」

「私だってどうしたらいいか分からないよ〜!?ここは主神として、ニニギ様、お願いします!」

「天界では全知全能の私とて、下界では全知無能。できないことというものは存在する」

「こんな時に威厳なんて出さなくていいから!というかそれかなり情けない事言ってますけど!?」

「……うるさいですよ、そこ」

「「「「すいませんでした」」」」

 

 ざっと息のあった土下座を披露する四人。

 自分よりも遥かに強い冒険者と超越存在(デウスエア)を跪かせた千穂は、ポコポコっとキノコが生えそうな程にジメジメした空気を纏いながら手に握ったままの手紙に視線を落とす。

 リリアと喧嘩別れの様になり、お互いが離れて暮らす事1ヶ月。

 フェルズの使い魔であるという片目が義眼の梟から手紙が届いたとき、千穂の胸中を占めていたのは喜びと罪悪感だった。

 勝手な事を言って見送りもしなかった自分を、リリアはまだ思ってくれているのだと感じ、機嫌を損ねていた自分がいかにも子供っぽく思えたのだ。

 梟の脚に括りつけられていた羊皮紙を外し、逸る心を抑えつつもぱらりと紙を捲った千穂の目に飛び込んできたのは、楽しそうに沢山の友達が出来たと報告する文であった。

 千穂の目は死んだ。

 

「……私が一番の友達だもん」

 

 ぼそっと呟いたその言葉は、しかし迷宮でせっせと田んぼを作るリリアには届かない。

 仲の良かった友達に別の友達が出来たという話を聞いた時の独占欲にも似た嫉妬心を覗かせる千穂は、それからしばらくジメッとした生き物へと変貌したのであった。

 

 




怪物(モンスター)……ヴィーヴル?」


そして、《英雄》は零落し、新たな《愚者》が生まれる。



異形稲作集団(ゼノス)編》、開幕。






【リリア・ウィーシェ・シェスカ】
所属 : 【ニニギ・ファミリア】
種族 : エルフ
職業(ジョブ) : 第一王女(現在は出奔中)
到達階層 : 第39階層(非公式)
武器 : 《リバース・ヴェール》、《森の指揮棒(タクト)》、《雷霆の剣》
所持金 : 2100000ヴァリス

【ステイタス】
Lv.1
力 : I11
耐久 : I5
器用 : I10
敏捷 : I16
魔力 : ■2147

《魔法》
【スピリット・サモン】
召喚魔法(サモン・バースト)
・自由詠唱。
・精霊との友好度によって効果向上。
・指示の具体性により精密性上昇。

《スキル》
妖精寵児(フェアリー・ヴィラブド)
・消費精神力(マインド)の軽減。
・精霊から好感を持たれやすくなる。

妖精祝福(フェアリー・ギフト)
・精霊への命名実行権。
・魔力に補正。



【装備】
《リバース・ヴェール》
・フェルズ謹製のローブ型の魔道具。
両面仕様(リバーシブル)になっており、表裏を使い分けることによって可視状態と不可視状態(インビジビリティ)を切り替えられる。
・リリアはこれとフェルズから支給された小人族(パルゥム)用の戦闘衣(バトルクロス)を普段着として用いている。

《森の指揮棒(タクト)
・第一級冒険者装備。
・ウィーシェの森、王族の屋敷中央にある霊樹が自然と落とした枝の中で最も大きな枝を芯材として、フェルズが設計・制作・監修を手掛けた特製の杖。
・名前の通り、指揮棒型の小さな杖であり、先端には小振りながらも最高品質の魔宝石が3つあしらわれている。魔宝石の調達、調整などの役目はリヴェリアやレフィーヤの杖などの調整も行っている魔女のレノアが担う。
・霊樹の枝を始めとして、異端児(ゼノス)の全面協力のもと《一角獣(ユニコーン)の角》、《木竜(グリーンドラゴン)の爪》、《人蜘蛛(アラクネ)の縦糸》などの貴重素材をふんだんに使用した為、魔力との親和性が非常に高く、精霊からすれば豪邸のように感じる程の超好環境。
・世界三大詩人の一人、ウィーシェによりもたらされ、現在ではウィーシェの森の長が代々受け継いでいる古代の遺物(アーティファクト)、《魔杖ガンバンテイン》に勝らずとも劣らずの高性能を誇る。
・現在は彼女の出奔に力を貸した《火の微精霊》《風の微精霊》《土の微精霊》《水の微精霊》が宿る。

《雷霆の剣》
・リリアがフェルズと共に港町(メレン)に赴いた際に出会った大精霊が姿を変えたもの。
・手に持った者に神の恩恵の如き力を与え、雷霆の様な速さで駆ける素早さを与えるが、精霊の性格によりその効果は自らが認めた契約者か見目麗しい女性にしか発揮されない。
・精霊本人曰く「大勢の水着美女の気配に釣られて東からはるばるやってきたら珍しい美幼女(ロリエルフ)と出会えた。これもまあ運命じゃろ」とのこと。「ロリエルフのちっちゃい手に握られて振るわれるのも悪くない。むしろアリよりのアリ」とも。
・リリアは「かっちょいい」との事で、ブンブンと振り回してはバチバチと雷光を散らす剣に歓声を上げている。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

上を向いて歩こう!

米ディッ!!!!!

お久しぶりです。
今回は迷宮の中という事で、迷宮の食材にもチャレンジしてみました。
具体的に言うとリリアも安心のアレですね(具体的とは)。

感想、誤字報告ありがとうございます。いつも助かっています。
感想のおかげで今日も生きていける。
それでは、稲作事情の続きをどうぞ!




 パチパチと薪が弾ける音がする。

 迷宮都市オラリオの地下に広がる迷宮(ダンジョン)、その第20階層に存在する未開拓領域にて。

 下界の住民たる人間はおろか、全知()()の神でさえも知らない「未知」の存在である()()()()()()()()異端児(ゼノス)

 人間との共生を望みつつ、人間と怪物の長過ぎる闘争の歴史にその願いを否定され続けている彼らは現在、料理と開墾に精を出していた。

 

「リド、お酒とって」

「おいおい、子供に酒はまだ早いぜリリア?」

「リドはご飯いらないんだね」

「ごめんなさい」

 

 グツグツと煮え立つ鍋に、赤緋の鱗に包まれた蜥蜴人(リザードマン)から手渡された酒を注ぎ込むのは我らが米キチ(リリア)

 ギルドの主神であり、迷宮都市の創設神でもあるウラノスとその使い走りであるフェルズによって保護された彼女は、持ち前の平等(フラット)さを遺憾なく発揮してすぐに異端児との共生関係を構築していた。

 彼らとは15年の付き合いがあるフェルズですら追抜こうとする程のスピードで異端児との仲を深める彼女は、火にかけられ即座に酒精が飛び、独特の香りを振りまき始めた鍋の様子に相好を崩した。

 

「うん、いい感じ」

「不思議な香りですネ……なんと言うカ、癖になル匂いでス」

「甘いようなツンとするような複雑な匂いだな。まあオレっちは美味ければ何でもいいけどな!」

「レイ、隣の火をもうちょっと強くしてもらってもいい?リドは代掻き手伝ってきて」

「分かりましタ」

「……オレっち、ゼノスのリーダーのはずなんだけどなぁ……」

 

 一番の新入りに顎で使われ、哀愁漂う背中で田んぼの方へと向かうリド。とはいえ、その遠慮のないやり取りに嬉しさを感じているのも事実であった。

 リリアの言葉に頷いた歌人鳥(セイレーン)のレイは、人間の手の代わりに生えている翼を小刻みに動かしてかまどの下にある薪火に風を送り込んだ。

 優しい風を受け、勢いを増した火を見つめるレイ。

 自らの翼が、このように「何かを作る」事に役立つなど思いもしなかった彼女にとって、その火は特別で、とても暖かなものとなっていた。

 一方、グツグツと音を立てる鍋の隣には、牛脂が塗られた鉄板が置かれていた。レイが強めた火に熱せられたその鉄板からは、パチパチと言う音と共に香ばしい香りが漂っていた。

 その上にリリアが投入するのは、真っ赤な赤身が美味しそうな薄切り肉。現在オラリオの市街地に出る事を禁じられているリリアが、フェルズに頼んで購入してもらった牛肉だ。

 いいお肉が食べたいというリリアの願望、もとい駄々に根負けしたフェルズがポケットマネーから購入する羽目になったその肉は、精肉店の中でも上位に入る物ばかりであり、かつ大量に購入したためしばらくの間彼の財布は寂しいものとなっている。

 そんな肉を遠慮なく鉄板の上に投入していくリリア。肉の脂が弾ける音と共に、肉の焼ける良い匂いが未開拓領域に広がっていく。

 その匂いに気がついたのか、先日作り上げた田んぼで代掻きをしていた他の異端児たちの間から歓声が上がった。リリアが来るまでは迷宮産の食材ばかりを食べていた異端児たちだったが、彼女が来てからは米を始めとして港町(メレン)で仕入れてきた魚など様々な地上の食材を食べている。

 駄目押しとばかりに、ニニギ・ファミリアでの生活により料理の腕前を上げたリリアが調理したそれらは、異端児たちの胃袋をがっちりと掴んで離さない。

 彼らは完全にリリアに餌付けされていた。

 

「モーさーん、代掻き終わりそう?」

「ああ」

 

 リリアの質問に静かに答えたのは、土の精霊によって作られた特大サイズの馬鍬(最硬精製金属(アダマンタイト)製)を引く一人の牛人(ミノタウロス)

 その身体は鋼よりも硬い筋肉で覆われており、オラリオの最上級冒険者にも届こうかというほどの圧倒的潜在能力(ポテンシャル)を遺憾なく発揮した彼は田んぼの代掻きの主力となっていた。

 彼の他にも水馬(ケルピー)一角獣(ユニコーン)が同じ様に馬鍬を引いてはいるが、その速度は段違いであった。

 人力では考えられないスピードで田んぼが整地されていく様子に満足げな笑みを浮かべながら、リリア達食料班は料理を進めていく。

 

「そういえバ、これは何ヲ作っているのですカ、リリア?」

「すき焼き」

「スキヤキ」

 

 グツグツと煮え立つ鍋に焼き色がつく程度に軽く焼いた肉をポンポンと投入していく。他にも迷宮産の葉物野菜や、ニニギ・ファミリアから差し入れられた椎茸等を入れると、蓋を被せて煮込み始めた。

 

「レイ、ここの鍋は弱火にしてね」

「分かりましタ。横の鉄板ハどうしますカ?」

「まだ使うよ、後はお米をよろしく」

「お任せヲ。レット、手伝って下さイ」

 

 レイの質問にそう答えたリリアは、アルルが手を伸ばして差し出していた果実を手に取った。その隣ではリリアの指示を受けたレイと彼女から要請を受けた小鬼(ゴブリン)のレットが米を炊き始める。

 赤い皮に包まれたその果実は名前を肉果実(ミルーツ)と言い、地上では高値で取引される程の高級食材(レアアイテム)だ。

 現在彼女たちのいる里がある第20層「大樹の迷宮」で採れる果実で、上質な肉を思わせるジューシーな果肉と果汁が特徴である。

 ナイフとしても使える森の指揮棒(タクト)で肉果実の皮を剥くと、黄色がかった果肉から透明な果汁が滴り、鉄板に落ちては音を立てた。

 ほっ、ほっ、と皮を剥き薄切りにした肉果実を鉄板の上に並べていくリリア。ジュワッという快音と共に、果肉の焼ける良い匂いが広がる。

「肉」果実というだけあって、美味しい食べ方はほとんど肉と一緒だ。唯一の違いといえば、生で食べても食(あた)りを起こす心配が無いことか。

 しかも果実である為その果汁で胸焼けするといったことは無く、リリアが安心して食べられる肉の代用品となっていた。

 

「塩焼きこそ至高」

 

 ふふん、と得意げな表情で削った岩塩を鉄板の上の肉果実にまぶすリリア。菜箸で焼き加減を見極めると、裏返してはまた岩塩をまぶしていく。

 

 

 

 そうして料理を始めてから30分ほど。

 代掻きと料理を終えた異端児(ゼノス)たちは、皆で集まって食事を摂っていた。

 彼らの前に並べられたのは、器代わりの大きな葉に乗せられた肉果実の塩焼きとここにいる全員分を賄うために超大型となった特製の鍋に入ったすき焼きだ。メインディッシュの米はもちろん、全員分の茶碗型の器に盛られている。

 

「フム、今日モ美味ソウダ」

「それじゃあいただくか!」

「いただきまーす!」

「いただきまス」

 

 リーダーであるリドの号令により、全員が食べ始める。

 鍋に入ったすき焼きを鍋奉行と化したレットがそれぞれの器によそっていき、人型でない一角獣たちはガツガツと器に顔を突っ込んで食べていく。

 

「おお、美味ぇ!酒を入れた時には想像もできない味になったなぁ、これ!おいグロス、食ってるか!?」

「……美味イ、コレハ、美味イ……」

「肉に鍋の汁ガ染みテ、とても美味しいでス。野菜モ素材自体の甘さに加えテ汁の甘味が加わっテ、良イ……」

「うん、美味しい!」

 

 呵々大笑し、酒と一緒にガツガツとすき焼きを食べるリド。持ち前の潜在能力(ポテンシャル)を遺憾なく発揮し、器用に箸を使って食事をするその姿は、冒険者が見れば自らの目がおかしくなったのだと無条件で思う程に珍妙な光景であった。

 その隣では、石竜(ガーゴイル)のグロスがブツブツと呟きながら無言ですき焼きを食べ進めていた。主に肉を主体に食べているリドとは違い、肉と野菜をバランス良く食べている彼の食事のスピードは早く、すき焼きを気に入っていることが容易に伺えた。

 すっかり料理の楽しさに目覚めたレイは、細かく味を評しながらも笑顔で食べ進めており、リリアは相変わらずの蕩けた笑顔で米とすき焼きと肉果実を食べていた。

 

「モーさん、どう?美味しい?」

「ああ。美味い」

「良かった!」

 

 アステリオスもその巨体にとっては小さすぎるように見える器を持ちながら、黙々と食べ進めている。リリアの声に美味であることを告げると、同時にニヤリと笑みを浮かべた。

 自他ともに認める戦闘中毒者(バトルジャンキー)であるアステリオスが戦い以外で初めて笑みを浮かべたところを見たリドたちは、驚愕を顔に浮かべる。

 その笑顔に同じく笑顔で返答したリリアは、とても嬉しそうな顔でご飯を食べる。

 

「ん〜、おいひい」

 

 肉果実の塩焼きを噛み締めれば、即座に溢れ出すのは極上の果汁だ。ほのかに甘く、それでいて旨味に満ちたその味は正に()()と呼ぶべきものであり、鶏、牛、豚のどれにも当てはまらない特徴的な味わいに頬が蕩け落ちそうになるリリア。

 更にそこに塩の味が加わり、旨味の暴力をしっかりと引き締める。最上級の霜降り肉にも近い食感の果肉は、口の中でホロホロと崩れていくような柔らかな肉質であり、果汁と塩をしっかりとその実に詰め込んでいた。

 その果汁を飲み込みきる前に米を口に頬張る。

 まだ炊飯に不慣れなレイ達が炊いたため、少し水が多く柔らかい気がするが、そこを気にするリリアではない。きちんと心がこもったご飯であれば、余程食べられないものでは無い限り「美味しい」判定となるリリアである。むしろ味わいのスパイスとばかりに柔らかい米を噛み締める。

 塩焼きのいささか強過ぎるとも感じる味が、米の無限の包容力に抱き締められて収まっていく。それもただ頭ごなしに抑えつけるのではなく、米自らの味と見事な調和を奏でつつ。

 米の第一陣を胃に送りこめば、次にすかさず第二陣を放り込む。口の中の果汁を殆ど吸収した第一陣とは違い、今度の第二陣は「後味」とのコラボレーションだ。

 口腔内から鼻腔へと通り抜ける肉果実の芳醇な残り香。それをおかずに優しい甘さの米を頬張る。もきゅもきゅと口を動かせば、満腹中枢を存分に刺激する幸せの味が口いっぱいに広がった。

 

「えっへへぇ……おいしい……」

 

 美味しいご飯を皆で食べる幸せでふにゃふにゃと笑顔を浮かべるリリアを見て、リドたちも釣られて笑みを浮かべた。

 

「本当に美味しそうに食べるよなぁ、リリア」

「本当に美味しいから」

「ふふ、ご飯ヲ食べていル時のリリアはとても魅力的でス」

「……肉ト米、コレハ中々……」

 

 日々を彩る美味しい食事に、自然と賑やかになる異端児たち。

 一角獣が口の端に米粒をつけたまま、茶碗にがっついていた事実を隠そうと格好つけ、即座にアルルに茶化されて彼女を追いかけ回す。それを見たフィアやラーニェが笑い、リドが面白がって囃し立てる。

 静かに、しかしガツガツと豪快に食べ進めるグロスを見ながら食事の用意を手伝っていたレイとレットが笑みを交わし、チラリと視線を交わした金属獣(メタルガゼル)銀毛猿(シルバーバック)が互いの好物を交換し合う。

 異種族しかいないものの、他のどの共同体よりも暖かく賑やかな時間。

 皆で食卓を囲むという、地上では当たり前の光景。

 そんな「当たり前」がいつまでも続く事を、欲を言えば、この暖かい輪にあと何人か、いや、何人もの()()が加わってくれる事を願う異端児達。

 

 

 

 そんな彼らの下に希望の白い光がやって来るまで、あと少しであった。

 

 

 

「フェルズ、その『ベル・クラネル』って冒険者が来るのは明日辺りで合ってるんだな?」

「ああ。彼の派閥(ファミリア)には今日ウラノスから直々に緊急任務(ミッション)を出した。今ごろは派閥総出で緊急任務の準備に勤しんでいることだろう」

 

 そう言って肩をすくめるフェルズ。

 食事が終わった後、後片付けに勤しむ彼らの下へ姿を表したフェルズに呼び出されたリドは、数日前から知らされていた「同胞を匿った風変わりな冒険者」を試す日が近づいている事を彼から知らされた。

 外界では厳しい扱いを受ける異端児(じぶんたち)を匿っていた事を見透かされ、更には謎の任務を課せられる。

 今ごろ驚天動地で大騒ぎであろうまだ見ぬヘスティア・ファミリアの冒険者たちに、リドは心底同情した。

 

「……原因のオレっち達が言えた義理じゃないが、その冒険者たちに同情するぜ……」

「それで、リド。グロス達はやはり……」

「ああ。『どうしても信用できない、試させてもらう』だそうだ。オレっち達も付き合う。もちろん、実戦形式でな」

 

 フェルズの懸念にそう答えたリド。

 彼らが案じていたのは、いわゆるグロスを始めとした人間に非好意的な異端児たちの事であった。米キチ(リリア)に対してはすっかり心を開いている彼らも、流石に他の人間に対してとなると未だに心を閉ざしたままだ。

 15年の付き合いの中で、彼らの心情も痛いほど分かる様になったフェルズは、さもありなんと頷いた。むしろここですんなり受け入れるようなら、流石にそれはリリアに絆され過ぎだろうと逆に心配するところであった。

 

「致し方ない。付き合いの中で君達の事情もその感情も理解できるつもりだ。ただし、くれぐれも」

「分かってる。お互い怪我人が出ないようにとは行かないだろうが、きちんと死人は出ないようにするぜ。丁度手加減の出来そうにないアステリオスは深層に行ったしな」

「うむ、頼んだぞ」

 

 リドの笑顔にしっかりとした頷きで信頼を表すフェルズ。

 異端児の長とウラノスの使い走り兼彼らとの連絡係という間柄、長い付き合いである彼らは人間で言うところの親友のような関係となっていた。

 そして、そんな彼らだからこそ話せる事もある。

 

「ところで」

 

 そう前置きしたフェルズは、和気あいあいと隠れ里の入り口にある水場で食器や鍋を洗うリリアたちを見た。

 姿形が完全に違うもの同士でありながら、見た目など関係ないと言わんばかりに親密な様子を見せる彼女たちを見てフェルズはリドに問いかける。

 

「リリアは、彼女の何が君たちの琴線に触れたんだい?」

「あん?どういう事だフェルズ」

「いやなに、純粋な疑問というやつさ。確かに彼女は君たちの外見に怯えない、ある意味()()()()とも言える平等(フラット)さを持っている。しかしそれだけでは君たちがここまで心を許す事はないはずだ。だから気になったのさ、何が君たちの琴線に触れたのか、とね」

「なんだ、そういう事か」

 

 フェルズの言葉を聞いて、リドは短くそう答えると彼と同じくリリアを見やった。

 その横顔は遠い目をしており、ここではないどこか遠くへ、かつての光景を思い出すように細められていた。

 

「……んー、そうだな。やっぱりオレっち達の見た目に怯えなかったってのはでかいぜ?」

「それは分かっている。私だって最初は君たちの事を恐れていたのだからな」

「ハッハッ、懐かしいなぁあの時のフェルズの顔。いやフェルズの表情わかんないけどよ。骨だから変わんねえし」

「悪かったな、骨で」

「許してくれよフェルズ!そんで何だったか?ああ、リリアの話だ。……なあ、フェルズ。お前の言うとおりなんだよ」

 

 ムスッとした雰囲気を醸し出し始めた骸骨(フェルズ)に平謝りしながら、リドは神妙な顔つきで彼に手を差し出した。

 

「フェルズは今じゃオレっちと握手できるけど、最初は無理だっただろ?」

「……ああ、そうだな。悪いとは思っているが、あの時は君の手にどうしようもない嫌悪感を抱いていた」

「いいんだって、オレっち達も理解してる。……オレっち達は人間とは違う。武器を持ち、威圧して初めて他者に恐怖を感じさせる人間(アイツら)とは違う。オレっち達は、()()()()()()()()()()()()()()()

 

 赤緋の鱗に包まれた手を見つめる。

 人間とは完全に違う、異形の体。

 これまでに人間に手を差し伸べた事はあっても、彼らから差し伸べられた事はない。

 そして、差し伸べた手を取ってくれたことも。

 それは当然だ。

 だって自分たちは《怪物》だ。

 鋭い爪を持ち、鋭い牙を持ち。

 醜い形相で恐ろしい咆哮を上げ、その肉体だけで他者を殺し得る凶悪な潜在能力(ポテンシャル)を持つ。

 生まれ持った異形、人類の天敵。

 それが自分達であると、異端児たちは長い年月の中で悟ってしまっていた。

 

「それがさ、握ったんだ」

「……なるほど」

「なんの躊躇も無く、なんの怯えもなく。まるでオレっち達がリリアと同じ人間であるみたいに」

 

 今でも思い出せる。

 

 あの時の感触を、暖かさを。

 

 初めて触った人間の手のひらはひどく暖かくて、柔らかくて、何より小さかった。

 

 自分の大きすぎる手の平では、うっかり握り潰してしまいそうなほどに小さく、儚かった。

 

「ビックリするだろ?オレっちもその時はビックリしちまってさぁ、なんて言ったか聞きたいか?『お前、オレっちの事が怖くないのか?』だぜ?」

「それはまた……なんとも定番(ベタ)な……」

 

 くっくっ、と笑いをこらえながら当時の台詞を迫真の演技で再現するリドに、語尾を笑いで震わせながらそう指摘するフェルズ。

 

「笑えるだろ?でもよ、ここからがもっと笑えるんだぜ?リリアがそんなオレっちになんて言ったと思う?」

「さあ……アレの事だから『ご飯を食べればみんな友達!』とかかな?」

「アッハッハッ!確かに言いそうだな!でも違うぜ、正解は『……何で?』だ!!どうだ、笑えるだろ!?めちゃくちゃ不思議そうな表情で、何で?って、こっちが聞きたいぜ!!」

「それは……凄いな」

「そこからは早い早い。まず真っ先にアルルが懐いたな。後はレイとかフィアとか。グロスとかラーニェ達はまだ警戒してたけど、次の日には毒気を抜かれたような表情になってたな!アレは今でも笑えるぜ!?」

「ははは、それは見てみたい気もするが、今でも見れる気もするな?」

「確かにな!ハッハッ!!」

 

 ゲラゲラと笑うリドに釣られて、フェルズも笑う。

 そして彼は理解した。何故リリアが彼らに即座に受け入れられたのかを。

 彼女を異端児(ゼノス)と引き合わせた直後にウラノスから緊急の指示が下ったため、急遽その場に彼女を置いて行ったためにフェルズはその瞬間を見る事はできなかったが、その光景が目の前に浮かぶようであった。

「彼女の本質は竈の女神(ヘスティア)に近い」と言うのはウラノスの談だ。

 良くも悪くも他者を差別しない平等(フラット)さ。神とは違う目線で他者の本質を見るその姿勢に、彼らは本能で感じ取ったのだろう。彼女は自分達をきちんと「見て」くれているのだと。

 外見に怯えずとも上辺だけを取り繕った友好ではなく、きちんと彼らの事を理解し、友情を育もうとしていた彼女の真意を。

 

「なるほど、それは君たちが気に入る訳だ」

「そういう事だ!……だからさ、少し期待しているんだ、今度の冒険者には」

「……ああ、そうだな」

 

 その瞳に切望を浮かべる蜥蜴人に、愚者は万感の思いを込めた声でそう答える。

 

 

 

 迷宮は、そんな彼らを優しく包み込み、淡く光っていた。

 

 

 




「やっほ、雛ちゃん来たよー」
「久しぶり、リリアちゃん。1年ぶりだね」
「お久しぶり〜」
「うわわ、リリアちゃん!?」
「……この着物越しでも伝わる柔らかな双丘の感触。これが合法、ビバ女体、ビバ王族(ハイエルフ)
「……リリアちゃん?」
「うぬん、何でもないよ」
「そ、そう。……それで、今年もやっぱり?」
「当然。今年こそ完璧に学んでみせる。そしてウィーシェの森の特産品に米を入れるのだ」
「苦節18年、だっけ……頑張るねぇ……」
「米は我が命、我が人生。雛ちゃんと会えたのもこれまた運命。これからも末永くよろしくね」
「……う、うん!こちらこそよろしくね、リリアちゃん!」
「それで、今日のお昼ご飯だけど」
「うん、前に約束した通り、屋敷の人にお願いして厨房を貸してもらってるから」
「流石は極東で5番目のお嬢様!よっ、ゴジョウノ家!どんな厨房なのかわくわくだよ!」
「そ、そんな、恥ずかしいよリリアちゃん。さ、さあ行こう!お米が逃げちゃうよ?」
「お米は逃げないよ雛ちゃん、何言ってるの?」
「そこは冗談が通じないんだね」
「何作ろうかな〜、親子丼かな〜、うどんかな〜」
「ノリノリだね、リリアちゃん……」
「極東の地で、わしょ……極東の料理を食べる。これはお、私の野望であり悲願……!!」
「もう何回も食べてると思うけど……」
「何回だって一緒だよ!それに今日は雛ちゃんと一緒に作るんだし!」
「……そうだね、じゃあ行こうか!」
「がってん承知!!」



次回「米と女神と白兎」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

米と女神と白兎

米ディッ!!!(挨拶)


もうそろそろお気に入り件数9000件も目前という事で、拙作を気に入ってくださり本当にありがとうございます。完結に向けて頑張っていきますので何卒よろしくお願いいたします。

感想と誤字報告助かってます。ありがとうございます。

それでは、原作主人公との邂逅()編、どうぞ。



 火花が散る。

 甲高い金属音が、耳障りな咆哮が絶えず響き、僕の耳元を掠めていく。

 迷宮都市オラリオの地下に広がる迷宮(ダンジョン)、その第20階層。

 周囲に分からないように匿っていたはずのウィーネの事をいつの間にか把握していたギルドから下された強制任務(ミッション)によりやって来た僕たちを待っていたのは、未だ先人が辿り着いたことのない《未開拓領域》と無数の《武装したモンスター》達だった。

 

『シャアアアアアアッ!!!』

「ぐっ、このぉッ!?」

 

 神様のナイフと直剣(ブロードソード)が真正面からぶつかり合い、拮抗する。……いや、神様のナイフが押されている。

 ギリリッ、という金属が擦れる嫌な音を響かせて、鍔迫り合いは終了した。

 僕の力負けという結果で。

 

(このモンスター達……やっぱり、強い……!)

 

 首筋を刺すような悪寒に襲われながらも、僕は《牛若丸弐式》で側面を叩き、どうにか直剣の一撃を逸らすことに成功する。

 側頭部を掠め、髪の毛を数本切り裂いたその剣を振るうのは、赤緋の鱗にその身を包み雄黄の眼を血走らせる蜥蜴人(リザードマン)

 直剣と曲刀(シミター)の二刀流で切りかかってくる相手に、僕は神様のナイフと《牛若丸弐式》の短剣二刀流(ダブルナイフ)で迎え撃つ。

 銀の閃光が視界を切り裂き、時折瞬く火花が残像を残す。

 ビリビリと電流のように手に流れる痺れが敵の能力(ちから)の強さを物語っていた。

 恐らく相手は同族の魔石を食らった《強化種》。

 レベルで換算すれば、自分よりも─────

 

「ッッッ!!」

『ッ!?……ルォォッ!!』

 

 そんな事関係ない!!

 レベル差は言い訳にならない。相手が自分よりもレベルが高いから諦めていいなど世迷い言も良い所だ。

 レベル差があるからなんだ、だったら全力を出し切るまで。

 何より、武装したモンスター達は執拗にウィーネの事を狙っている。

 何故か()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()が、皆は他の武装したモンスターの全てから狙われていた。

 

「リリ助ェ!!魔剣を使えッ!!」

「で、でも……!」

「いいからやれぇッ!!!」

 

 離れた場所からヴェルフとリリの声が聞こえる。魔剣を使えというヴェルフの叫び声の後、覚悟を決めたリリの「撃ちます!」という合図が聞こえた。

 そして、その合図が聞こえた瞬間、僕はナイフを持った手を閃かせて相手に斬りかかった。

 当然リザードマンも反応して剣で防御してくるが、構わずに剣の横腹に神様のナイフを叩きつける。

 

「吹き、飛べッ!!」

『グ、ルァッ!?』

 

 そして、相手の体勢がほんの僅かに(かし)いだ瞬間。

 接触している互いの武器を軸にして全力の蹴りを放った。

 突撃の勢いを全て乗せた宙返り蹴り(ムーンサルト)

 リザードマンの顔面に直撃した僕の蹴りは、狙い通りに相手を後ろへと吹き飛ばした。

 魔剣を振り上げる、リリの射線上へと。

 

『グッ、オ、ォォォォオオオオオッ!!!』

「なっ、くッ!!」

 

 しかし、ヴェルフの打った魔剣がその力を開放する直前。

 リザードマンは自らの長い尾を地面に叩きつけ、吹き飛ばされた方向へと自ら()()()()。勢い良く背後へと吹き飛んだリザードマンの眼前を、魔剣から放たれた炎塊が突き抜けていく。

 モンスターに、利用された……!!

 その時の僕の驚きは、なんと言ったら良いのだろうか。

 未だに地面を燃やす炎の膜を突っ切ってこちらへと突撃してくるリザードマンに、僕は頬から冷や汗が滴り落ちるのを感じた。

 能力(ちから)も上、技術(わざ)も上、そして駆け引き(けいけん)もあちらが上……!

 完全に格上の存在であるリザードマンに、しかし僕は諦める事なく突撃する。

 もはや魔法の使用を躊躇ってはいられない。ヴェルフ達との距離は開いているから、巻き込む恐れは無い!!

 砲身の様に神様のナイフを持った右手を突き出し、咆哮する。

 

「【ファイアボルト】ォ!!」

『……ッ!!』

 

 速攻。

 炎雷の魔法を連発する。こちらへと突撃していたリザードマンは己の勢いも相まって回避する事は不可能。

 決まった。

 そう思い込んだ僕の目は、次の瞬間見開かれる事になる。

 

『グゥオオオァッ!!!』

「な……がっっっ!!?」

 

 なんと、回避が不可能と悟ったリザードマンは両手に携えた剣で()()()()()()()()。レベル3の動体視力でも追えない程の戦慄する速度で放たれた無数の斬撃が、僕の放った炎雷を蹴散らしてしまう。

 本来なら魔法の威力にやられて使い物にならなくなるはずの武器は、相手の技量によるものなのか、相手の武器が特殊なのか見事なまでに原型を保ったまま僕へと襲いかかる。

 驚愕で出遅れた初動を咄嗟に2本のナイフで庇ったものの、2連続で叩き込まれた剣のものとは別種の衝撃が体勢を崩した僕の胸を貫いた。

 見れば、リザードマンの腰あたりから赤緋の槍が、リザードマンの特徴である長い尾が僕の装備していた胸鎧(ブレストプレート)を強かに打ち据えていた。

 衝撃で肺から酸素が無くなる。

 息が一瞬止まる。

 動きが止まる。その一瞬が、勝負の明暗を分けた。

 

『シャアアアアッ!!ガァッ!!!』

「がっ、はっ!!?」

 

 リザードマンは尾を打ち出した勢いのまま、その凶悪なまでに発達した足で回し蹴りを放った。追い打ちをかけるように胸鎧に吸い込まれたその一撃に、僕の肋骨から嫌な音を立てて軋むのを感じた。

 轟音。

 人の体から出てはいけないような音と共に僕は面白いほど吹き飛ばされた。地面に叩きつけられ、バウンドし、バシャンと水飛沫を立ててようやく止まる。

 ……水飛沫?

 リリが撒き散らしたアカリゴケが付着しなかったのか、主戦場から離れた薄暗い周囲を良く見ると、未開拓領域の奥側は薄い沼地の様になっていた。膝が埋まるくらいの深さの泥に、数C(セルチ)ほどの水が張っている。

 僕が吹き飛ばされた跡がくっきりと残った沼地の奥では、何故かリザードマンが目を見開いたままあんぐりと口を開けていた。

 見れば、他の武装したモンスター達もそのリザードマンの事を見ていて、その……こんな事を言うのはおかしいけど、どこかリザードマンの事を責めているような視線を向けていた。

 

「や、やべ……グ、ォ、オォォォォオオオオッ!!!!』

「なっ……、不味い、ウィーネッ!!!」

 

 まるで何かを取り繕う様に咆哮を上げるリザードマン。周囲のモンスターの視線を追い払うように大げさな動作で剣を振り払うと、一直線にリリと春姫さんに庇われていたウィーネの下へと突撃した。

 僕も背筋が凍る様な気持ちになりつつも必死に足を動かすけど、沼地に足を取られた僕の身体は思う様に前に進まない。

 

『シャアアアアアアッ!!!』

「駄目っ!!」

「っっ!!」

 

 ウィーネに斬りかかるリザードマン。

 燐光を反射して光るその凶刃の前に、躊躇うことなく春姫さんが身を投げだした。

 リリはウィーネを抱き締め、自分が盾になるように彼女に覆いかぶさった。

 ウィーネを守る、ただその為に。

 計2枚の肉壁。

 怪物を救う為に命すらも投げ出した愚者たち。

 けれど、その二人の行動を見た瞬間、周囲の武装したモンスターたちから驚いたようなざわめきが聞こえた気がした。

 

「やらすかぁッ!!」

「させない!!」

 

 そのまま二人を切裂こうとした長剣を、命さんとヴェルフが二人がかりで止めに入る。

 最初にぶつかった時は力の差から生まれた衝撃でガクンと下がった二人の得物だったけど……気合で持ちこたえ、なんとか春姫さんの眼前でその刃の進行を食い止めていた。

 そして。

 

 鐘の音が鳴る。

 

「ぅ、お……ッ」

 

 鐘の音がなる。

 

「お、お………ッ!」

 

 僕の全力の踏み込みに、沼地が爆発したように周囲に泥を撒き散らし、その泥波を突き破って最短を駆け抜ける。

 思い描く憧憬は、英雄リオン。光精霊(ルクス)を助け、愛を育み、様々な障害に二人で立ち向かった愛の英雄。

 異種族婚姻譚(メリュジーネ)の英雄を─────!!

 

 白光の拳弾。

 5秒分のチャージ。

 

「おおぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおッ!!!!!!」

『ゴオォッ!?』

 

 リザードマンの頬骨を抉る一撃。

 直撃だ。

 ウィーネの、そして仲間の危機により激発した感情と意志が全力疾走中での【英雄願望(アルゴノゥト)】の並行使用を無理矢理に実現させた。

 先程のお返しとばかりに吹き飛び、地面にぶつかり跳ねては転がったリザードマンは遥か後方の土を盛って作った山の様な物に頭から突っ込んだ。

 他のモンスター達は完全に動きを止め、僕たちの方を見つめている。……いや、半分くらいは吹き飛んだリザードマンの方を見てる?

 満身創痍、体力も精神力(マインド)も使い切った僕は肩で息をするけれど、それでもウィーネを背後に庇う。倒したと言ってもまだ一体だけだ。むしろここからが本番。

 ヴェルフ達も隠しきれない疲れを顔に出しつつも、毅然とした表情で己の武器を構え、武装したモンスター達に相対した。

 

『ゲェ─────』

 

 爪の生えた手を地面につき、上体を起こしたリザードマンは土の山に寄りかかる。……何というか、その姿はまるで()()()()()()()()()をしている様に思えた。

 そして喉を震わせたかと思うと─────顔を振り上げて、鳴いた。

 

『ゲギャギャギャギャギャギャギャギャ!!』

 

 鳴いて。

 

『ギャギャギャギャ!!ゲギャ、ギ、ギャギャ─────』

 

 鳴いて。

 

『ギャギャギャギャギャ─────』

 

 鳴き続けた怪物の鳴き声は、

 

 

 

「─────ァははははははははは!!!……やべぇこれどうしよう」

 

 

 

 人の言葉を話す笑声へと成り変わった。

 ……いや、笑声、なのかな……?

 

 

 

 

 

 

 ヘルンは困惑していた。

 今は奇人と称される神代の建築家ダイダロス。

 冒険者の一人としても名高かった彼の最高傑作とも言われる神の塔(バベル)、その最上階に彼女はいた。

 迷宮都市の中で最も実力のある派閥、その主神のみが住まうことのできるこの部屋の主は美と愛の神(フレイヤ)。彼女の敬愛する主神であり、また都市最強派閥の異名を持つ【フレイヤ・ファミリア】の主神である。

 そして、そのフレイヤが座るのは、ここ迷宮都市の最上級職人が丹精込めて作り上げた上等な椅子。

 余計な装飾を省き、素材の美しさと必要最低限の彫刻、そして最上級との印を押された革と綿を用いて作られたその椅子の美しさは、しかし彼女の前では引き立て役にもならない。

 そんなこの世の美を体現したようなフレイヤの膝の上に座っているのは。

 

「─────で、リドはお酒が好き」

「うふふ、そう。素敵な仲間たちね」

 

 我らが米キチ(リリア)であった。

 いつも以上にぼーっとしたようなその表情は、完全にフレイヤに魅了されていることの証左。対するフレイヤの表情は、ようやくお気に入りの玩具を手に入れた幼児のような笑顔であった。

 

「うふふ、うふふふふ。ようやく見つけたわ。ここ最近姿を見ないんだから心配しちゃった」

「リド達のとこにいたよ」

「ええ、ええ。仕方のない子ね、許すわ」

 

 サラサラとリリアの蒼銀の髪を梳くフレイヤは慈愛に満ちた笑みを浮かべ、リリアも満更ではないように目を細め笑顔を浮かべる。

 そんな二人の後ろでは、まるで女王に付き従う騎士のように猪人(ボアズ)の青年が侍っていた。

 ヘルンがその小さなエルフを初めて目にしたのはつい先程。珍しくオラリオへと繰り出していたフレイヤが上機嫌で帰ってきたと思ったら、彼女の腕の中にコレ(リリア)がいたのだ。

 もしこの光景をフェルズが目にしたら「悪いことは言わないからすぐに捨ててきなさい!早く!ハリィ!!」と叫ぶこと間違いなしである。

 腕の中に核爆弾よりも酷い爆弾娘(米狂い)を抱えているとは思いもしていないフレイヤは、ニコニコ笑顔でリリアの頭を撫で続ける。

 エルフの性として、また元日本人として風呂とは行かずもと水浴びだけは欠かさずに行っているリリアの髪は、汗や埃に汚れることも無く完璧な色艶を保っていた。

 もちろん、その後の精霊のケアがあってこそではあるのだが。

 

「あのぉ、フレイヤ様、そちらのエルフは……」

「ああ、ヘルン。この子は結構前に見つけて目をつけていた子なんだけれど、暫く姿が見えなかったの。今日ようやく見つけたから魅了(おねがい)して連れてきちゃった」

 

 連れてきちゃった、じゃねぇよ。ヘルンはいつも通りの魅了拉致を披露した主神に思わずチベットスナギツネのような顔を向ける。

 団長(オッタル)にジッ、と視線を向けられ即座に顔を逸らしたヘルンだが、その胸中は「これで私の苦労の種がぁぁぁぁあああ!!!」と叫び散らしていた。

 一歩間違えばオラリオ壊滅の憂き目に会いつつも、そんな事を知る由もないフレイヤは上機嫌である。

 彼女がリリアに目をつけたのは、なんとリリアがオラリオに到着した日である。無色透明、無垢の光を放つ(ベル)とは違い、眩いばかりの白い(米の)光を放つリリアにフレイヤは思わず目を奪われた。

 

 見た目も及第点以上、性格はまだ分からないが、あの魂の光だ。きっと悪い子ではないのだろう。

 

 その様に考えたフレイヤは、早速彼女を捕獲(ゲット)しようと思ったのだが、その時には既にリリアはニニギの眷属となっていた。

 ベル・クラネルのときに続き、また出遅れた。その事実に悔しそうな様子を見せたフレイヤだったが、他の神の眷属になってしまったことは仕方がないので静観の構えとなった。無所属(フリー)ならば自分から行くことも吝かではないフレイヤだが、他の派閥の団員を引き抜く時は自分から仕掛ける事はない。

 乙女心としては自分から来てほしいのだ。その為にチラチラとアピールはするが。

 そんなこんなで、最愛の冒険者(ベル・クラネル)の観察の傍らに暇つぶしの要領で彼女の事も観察していたフレイヤは、見れば見るほど彼女に惹かれていった。

 主に、一緒にいれば退屈する事がなさそうなそのトラブル体質に。

 そして今日、暫く姿が見えずにフラストレーションが溜まっていたフレイヤが偶々バベルの塔を移動していたリリアを見つけ、連れてきたと言う訳である。

 透明化(インビジビリティ)していた彼女を迷う事なく捕まえられた辺り、フレイヤの眼は本物であった。

 

「あーん、ほっぺたもモチモチ。可愛いわ、愛らしいわ。このままうちの子にしちゃいたいくらい」

「あ、それは勘弁で」

「……あら、それはなんでかしら?」

「女神さまのとこだと、お米作れないから」

「お米……ああ、あの妙な畑でとれる作物ね……いいわ、それくらいなら作っても。許可しましょう」

「ううん、お米はみんなで協力して作るものだもの」

「なら、私が団員達に言ってあげるわ。協力しなさいって」

「駄目。それは()()から」

「……どういうことかしら」

 

 フレイヤの勧誘に、すげなく断りを入れるリリア。まさか魅了した人間(こども)に断られるとは思っていなかったフレイヤは、どうしてかと理由を聞いた。

 その後も次々と待遇を列挙していくものの、リリアは中々首を縦に振らない。

 その強情さに少し苛立った様子のフレイヤが尋ねると、リリアはしっかりとした意思を湛えた瑠璃色の瞳で、彼女の顔を見た。

 そして、語る。

 

「お米は、みんなで作るもの。……みんなで、力を合わせて作るもの。私だって、田んぼを作ることはできるけど、苗をうえたり、育てたりするのは一人じゃむり。どうしてもみんなの力がいる。お米でみんなは一つになれる。だから私はお米が好きなの」

 

 米への愛を。

 彼女の根源、その一欠片を。

 

「だから私は、私は……あ、あれ?」

「……そう」

「私は……なにをしようとしたんだっけ」

 

 ザザッ、と思考ノイズが走る。

 思わず額に手を当てるリリアを、フレイヤは抱きしめた。

 フレイヤはもう、リリアに無理強いをする気にはならなかった。彼女の思いを、愛を聞いた今、それを頭ごなしに否定する事は自らが司る「愛」を否定することと一緒。

 ならば自分は見守ろう。

 彼女の愛の行く末が、どのような結末を迎えるのかを。

 

「……なら仕方がないわね。貴方は愛しているもの、そのお米を作る人たちとやらを。ええ、ええ。仕方が無いわ。少し妬けちゃうけど」

「……うにゅ、ぬん……」

「うーん、もう用事は済んだし、()()()()()()()。貴方をあの変な子の所に返してあげてもいいんだけれど……」

 

 ぎゅっ、と抱きしめれば、彼女の完成された肉体が作り上げる峡谷にリリアの顔が埋まった。前世であれば泣いて喜んだであろうその天上の感触に、リリアは変な声を漏らし、オッタルは目を見開き、ヘルンは硬直した。

 

「そうね、じゃあ、私にもそのお米の美味しさを教えてくれないかしら。おにぎり、だったかし」

「がってんしょうち」

「……本当に好きなのね、貴方……」

「いっしょにおにぎりを作りましょう!女神さま!」

 

 ブルン、と凄まじい速度で首を回し、フレイヤの目を覗き込みながら命令(オーダー)を受諾するリリア。

 しゅたっ、とフレイヤの膝から飛び降り、側に控えていたヘルンに調理場の場所を聞いたリリアは、一緒に行こうとフレイヤの手を不遜にも引っ張った。

 恐れ知らずの蛮行にヘルンは心の中で絶叫を上げるも、なんとか気絶だけは耐えた。耐えてみせた。が、キリキリと胃が痛む音がした。

 

 てくてくと高級な絨毯を踏みしめ、自分の手を引く幼女を見つめながら、フレイヤは思わず笑みを浮かべる。

 ああ、やはり彼女といると退屈しなさそうだ、と。

 それと同時に、そんな彼女を自分よりも早く眷属にしたニニギという神に若干の苛立ちを覚える。少し、いやかなり理不尽な怒りだが、神というものは往々にしてそういうものだ。

 

「オッタル、悪いけれど、街でオコメ?米?を買って来てくれないかしら。多分、デメテルの所で買えるわ」

「……承知いたしました」

「ヘルン、豊穣の酒場に行ってあの子(シル)を呼んできて頂戴。せっかくだもの、あの子にも料理のレパートリーを増やさせてあげましょう?」

「え゛っ……その、ミア様にはなんと……?」

「後で私から言っておくわ。お願いね、ヘルン」

「……うう、はい……」

 

 背後に控えていた二人にテキパキと指示を出しながら、フレイヤは笑顔で部屋を後にする。

 そして従者たちも指示を完遂するために姿を消し、人の消えた女神の部屋は、しかしいつもとは違って未だ暖かさを保っている、そんな気がした。

 

 

 




 やめて!怒りに任せて振るった雷霆の剣で辺り一面を焼き払われたら、リドの魔石まで燃え尽きちゃう!

 お願い、死なないでリド!あんたが今ここで倒れたら、レイやグロスとの約束はどうなっちゃうの?希望はたぶん残ってる。ここを凌ぎきれば、人間との友好に一歩近づくんだから!

次回、「蜥蜴人(リザードマン)死す」。稲作スタンバイ!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

米と女神とその後の話

米ディ!!!(謝罪)


予想以上にフレイヤ様が暴れてくれたので初投稿です。
まさか予定を大幅に超えてこうなるとは思いませんでした。


と言うわけで田んぼを荒らした彼らへのお仕置きは次回となります。予告詐欺になっちゃってすいません。
それではフレイヤ・ファミリアの団員のキャラがいまいち掴めていないおなはしをどうぞ。





 【フレイヤ・ファミリア】拠点(ホーム)、『戦いの野(フォールクヴァング)』。オラリオの南方、第5区画に存在するその要塞は、静かな闘気に満ちていた。

 

「……」

「何故お前たちがここにいる」

「何故とは、不思議なことを言う」

「我々がここにいる理由などただ一つ」

「我々をあの御方が召集されたからだ」

「お前もそれが理由でここに来たのではないのか」

「……ケッ」

 

 同じ派閥(ファミリア)同士とは思えない程の険悪な雰囲気の中、火花を散らすのは第一級冒険者の【炎金の四戦士(ブリンガル)】ことアルフリッグ・ガリバー、ドヴァリン、ベーリング、グレールの4兄弟と、【女神の戦車(ヴァナ・フレイヤ)】ことアレン・フローメル。

 その後ろで我関せずと高みの見物に勤しんでいるのは【黒妖の魔剣(ダインスレイヴ)】ことヘグニ・ラグナールと【白妖の魔杖(ヒルドスレイヴ)】ことへディン・セルランドの二人のエルフ。

 そして、そんな彼らをジッと見つめているのは、フレイヤ・ファミリア団長の【猛者(おうじゃ)】オッタル。巌のような鋼の肉体に、岩から削り出したような無骨な大剣を背負ったその姿は、正に古の英雄と呼ぶべき雄々しき姿であった。

 そう、『戦いの野』には現在、フレイヤ・ファミリアの中核を担う幹部達が一同に集っていたのだ。

 他の一般的なファミリアとは違い、フレイヤ・ファミリアは団員同士の競争が激しい。それこそ、団員同士で半ば殺し合いのような鍛錬を繰り広げる程に。

 それも全ては、彼らが敬愛する女神(フレイヤ)の目に留まるため。その為ならば、例え同じ派閥の人間だとしても躊躇(ためらい)無く切り捨てる。

 そんな弱肉強食の世界の住人、それも頂点に近い者たちが集結しているのだ。隙あらば互いに潰し合おうと牽制するのは当然の成り行きであった。

 そのギスギス度合いは、しがない一般団員であるヘルンがゔっ、と胃を押さえて蹲るレベル。なぜ彼女がここに居るのかと言われれば、彼女がフレイヤの侍女兼護衛であるからとしか言いようがない。

 つまりは貧乏くじだ。

 強く生きろ、ヘルン。

 さて、そんなギスギスの極みとも言える最悪の空気の中に、躊躇なく割って入る神物(じんぶつ)がいた。フレイヤだ。

 パンパン、と自分に注目を向けるように手を叩きながら彼らの下へとやって来たフレイヤの手には、一つの藤籠(バスケット)が携えられていた。

 

「ありがとう、貴方達。急な呼び出しだったのに集まってくれて」

「いえ。私達は貴女の眷属。貴女の命令に従う事こそが私達の喜びであり、意義であります」

「そう。そう言ってくれると嬉しいわ」

 

 フレイヤの労いに、その場にいた誰よりも早く跪き、謙遜の言葉を口に出すアレン。女神に心酔し、女神のために生きるその狂信者じみた態度に、フレイヤは何も言うことなくただその言葉を受け取った。

 ただ、アレンだけがここまで彼女に心酔しているという訳ではない。フレイヤ・ファミリアの団員たちは、その全てが彼女に()()()()()()()()()この派閥に入団している。

 つまり、魅了に唆された傀儡では無く、自らの意思でこの派閥に入っているのだ。皆程度の差は多少あるとはいえ、彼女を崇拝し、心酔しているという点は同じであった。アレンの言葉を否定することもなく沈黙する他の団員たちがその事実を何よりも雄弁に物語っている。

 自らに忠実な眷属達の様子に満足げな笑みを浮かべたフレイヤは、無邪気な微笑みを浮かべて彼らに宣言した。

 

「今日集まってもらったのは他でもない。貴方達に一つの【試練】を与えようと思ったからなの」

「……【試練】、ですか」

 

 フレイヤのその言葉にピクリと反応したのはオッタル。まさか、と言いたげな表情で目を少し見開いた。

 次の瞬間、戦いの野には濃密な戦意が立ち昇った。

 敬愛する女神から授かる試練。それは、彼らが自らを高みへと登らせる絶好の機会であり、確実に自らの力を誇示できる貴重な機会であった。

 その大半がそこらの冒険者では命がいくつあっても足りないような内容であるものの、彼らにとっては女神のために働けるという、むしろ()()()の様なものであった。

 ……率直に言って変態だと思う。

 

「試練、試練だぞ」

「ああ、久しぶりの試練だ」

「しかし我ら全員を招集したのはどんな意図がお有りで?」

「まさか……我ら全員力を合わせて、などという試練なのですか?」

 

 そう口々に言葉を交わすのはガリバー四兄弟。フレイヤの決定には絶対に従う忠実な戦士ではあるものの、ここにいる幹部達と力を合わせるという仮定には嫌悪感を隠しきれていなかった。

 

「いいえ、いいえ。違うわ。私が貴方達を呼んだのはそんな事じゃない。……これを見てちょうだい?」

「これは……食物、でしょうか」

「ええ、おにぎり、と言うそうよ」

「……やはり」

 

 そんな彼らの言葉を軽く否定したフレイヤ。彼女がおもむろに籠の蓋を開き、中を彼らに見せると、そこには白く三角形に形を整えられた謎の穀物の塊と思しき物体が8つ、敷き詰められていた。

 それを見た瞬間、女神の意図を悟った猛者(おうじゃ)は若干表情を引き釣らせながら冷や汗を流した。

 これは死地だ。自らの判断を少しでも誤れば、即座に命を落とす、圧倒的死地……!

 彼のその考えは正しかった。

 

「これはね、私ともう二人……一人は私が捕まえて、もう逃してあげた子なんだけど、三人で作ったおにぎりなの。この8個のおにぎりのうち、1つは私が作ったものよ。日頃頑張ってくれている貴方達に、私からの差し入れ」

「……ッ!フレイヤ様の、手作り、おにぎり……!?」

「……なんと」

 

 敬愛する女神の手作り。

 なんと甘美な響きだろうか。

 ヘグニとへディンが驚きの声を上げる中、その場にいた全員はまるで迷宮の奥深くに入っている時のような高速思考を働かせる。

 フレイヤ作おにぎりは1個、つまり8個のうち1個が()()()

 それ以外は無価値のハズレだ。

 つまりは()()()()()だろうと、アレンたちは互いに悟られないように周囲に視線を走らせた。

 

 この中から当たりを選び、女神への愛を証明する……!

 

 まるで本当に空間に火花が散っているかのような鮮烈な闘気が湧き上がる。この瞬間、幹部たちの中にあったなけなしの仲間意識は消滅した。こいつらは全員敵だ。

 しかし、そんな中でもオッタルだけは様子が違った。むしろダラダラと冷や汗を流し続け、その目はキョロキョロと忙しなく動いている。まるでこの場から逃げようとして、しかし逃げることはどうしても出来ないジレンマに放り込まれたような表情だ。

 第一級冒険者である幹部たちは、団長(オッタル)のその不審な様子に気がついたものの、咎めることはしなかった。むしろ競争相手が一人減ったと心の中でほくそ笑んでいた。

 

「そう言えば─────」

 

 これまでの前提がぐるりと裏返る、

 

「─────そのおにぎりの製作者、一人はそのどこぞの馬の骨とも知らない奴だとは分かりましたが、もう一人は?」

「ああ、そうね。言ってなかったわね……」

 

 

 

シルよ

 

 

 

 その瞬間まで。

 

「さらばッ!!!」

「すまないフレイヤ様、急な冒険者依頼(クエスト)を思い出した─────」

「ウォォォォオオオオオッ!!!!逃さんッ!!!!」

「貴様、オッタルッ!!!」

「我らの邪魔をするつもりかッ!?」

 

 アレンの何気ない質問にフレイヤが答えたその瞬間。

 即座に逃走を図ったのはガリバー四兄弟。「四人揃えばどんな第一級冒険者も敵わない」とされる驚異のコンビネーションでこの場を離脱しようとするが、その目論見は頭上に降り注いだ黒鉄の大剣により粉砕された。

 その大剣の主は他でもないオッタル。その目を光らせ、明らかに全力稼働状態(ほんき)な彼はその場にいた幹部全員の逃走を咆哮一つで封じ込めた。

 まるで怪物(モンスター)咆哮(ハウル)にも似たその大音声に、戦いの野がビリビリと震える。対するフレイヤは慣れたもので、彼が吠える前に耳栓を着けて事無きを得ていた。

 

「ちなみに内訳としては、リリア……捕まえた子のおにぎりが3個、シルのおにぎりが4個、私のおにぎりが1個ね。頑張って私の愛を受け取ってちょうだい」

「う、嘘だ……嘘だッ!!?」

「8個のうち、約半分は外れでもなく、死、だと……?」

「ヘルンだ、ヘルンを呼べ!!あの娘は慣れているはずだ、この毒の味に!!」

「ヘルンッ!!……クソッ、逃げやがったぞあの小娘ッ!!」

 

 逃走にも失敗し、恐慌に陥るガリバー四兄弟。見れば、アレンもへディンもヘグニも、ガタガタと武者震いではない類の震えを止められないでいる。

 ちなみに、生物の本能的な危機察知能力を働かせたヘルンは即座に撤退。他の比較的常識人な団員達と共に迷宮(ダンジョン)探索へと向かっていた。機転の勝利である。

 

「クッ、馬鹿な……この俺が、気圧されている、だと!?」

「……あの食物が、一気に劇薬に見えてきましたよ……!」

「……これが、久しく感じなかった、死地……!」

 

 あの第一級冒険者さえも恐怖で体を震わせるシルの手料理。

 あの気に食わない冒険者(ベル・クラネル)に渡す為の弁当の試食を毎日しているヘルンが、シルのいない場所で密かに泡を吹き吐瀉し藻掻き苦しむ様を見てきた彼らにとって、彼女の手料理は毒妖蛆(ポイズン・ウェルミス)の毒にも等しい劇物となっていた。

 彼らのまとう気配が、互いを敵視する闘気からどうにかしてこの場を生き残らねばならないという悲壮な覚悟へと変わっていく。

 それはまるで階層主(モンスター・レックス)に挑む冒険者の様でもあり、絶対に敵わないと分かっている敵に挑む古代の英雄のようであった。

 

「それじゃあ、選んでちょうだい?」

「……おい、オッタル。お前が団長なんだ、お前が一番先に選べ」

「アレン」

「まさか、お前はフレイヤ様の愛を見間違えるから心配だ、とか抜かすわけじゃないよなぁ?」

「……いいだろう」

 

 アレンの必死の挑発に乗るオッタル。一番手と言うことで、確実に当たりが選択肢の中に含まれているものの、当然ながら外れや《死》の数も多い。

 フレイヤがイイ笑顔で差し出した籠の中を覗き込むオッタルは、ある一つの作戦を思いついていた。

 

(……フレイヤ様は失礼ながら料理があまりお上手ではない。ならばこのおにぎりとやらも若干形が崩れているものがあるはず……ッ!?馬鹿なァ!?)

 

 が、それは即座に瓦解した。

 確かに、フレイヤは料理がそこまで上手ではない。質が悪いことに()()()()()()()()()()()()()()シルの手料理とは違い純粋に見た目も良くはなく、味も少し微妙なのだ。

 そこが残念でもあり、可愛らしい所でもあるとオッタルは思っているのだが、今回はそれが裏目に出た形となる。

 おにぎりは、8()()()5()()の形が悪かった。

 

「シル……ッ!!」

 

 思わずそう恨み言を呟いてしまうオッタル。

 初めて作ったおにぎりに、色々と要領の良いシルも苦戦してしまったのだ。いずれは練習してリリアが作ったおにぎりのような綺麗な三角形を作れるようになるのだろうが、この状況でそれは最悪の要素となりフレイヤ・ファミリア最強の冒険者に牙を向く。

 どれだ。どれが当たりでどれが《死》だ。

 沸騰しそうになる頭の中で、オッタルは生まれてきた中で一番だろうと考える猛スピードで思考を続ける。

 色など外見から判断─────不可。

 特有の匂いから判断─────不可。

 握り方などから判断─────不可。

 駄目だ、終わった。

 これは運だ。

 オッタルは心の中で静かに涙を流した。そして形の悪いおにぎりの中から一つを無造作に選ぶと、哀愁漂う背中で幹部達の作る輪の中へと戻っていった。

 あの兎ならば確実にフレイヤお手製おにぎりを取ってくるのだろうか、とありえない仮定を思わず夢想しながら、他の幹部達が選び終わり、審判の時がやってくるのを静かに待った。

 

「はい、全員選び終わったわね」

「……クッ」

「残りものには福があると極東では言うらしい」

「そうか、ならば我々の誰かが当たるかもしれない」

「四つ子だから幸福も四等分。つまり当たりは分けてくれ」

「まて、不幸も四等分だ。残念ながらほぼ確実にこの中の一人は外れを引いている。つまり外れも分け合うべきだ」

「「「全員死ねと?」」」

 

 フレイヤの宣言に、幹部たちは己の命運が決まるときが来たと悟った。

 四つ子も、アレンも、オッタルでさえも震える恐怖の瞬間。

 

「へディン、なんかこのおにぎり、持ったところからピリピリ痺れるんだが」

「奇遇だなヘグニ。俺もだ」

 

 黒白の妖精は死んだ目で自らの末路を悟り、南無三と合掌する。都市最速の冒険者は頬を流れ落ちる汗を気にかけることもできず、ただ手に持ったおにぎりをジッと見つめていた。

 

「じゃあ、実食タイム、ね。さあ食べてちょうだい、そして感想を聞かせて?私の愛を受け取れた、愛しい眷属()?」

「……う、ウォォォォオオオオオ!!!」

 

 まず先陣を切ったのはオッタル。食事に似つかわしくない絶叫を上げながら、おにぎりに食らいついた。

 そして。

 

「……ッ!!」

 

()()()()()()

 米という穀物の味なのだろう、まるでフレイヤの慈悲のような優しい甘さが口の中に広がる。粒だったそれを歯で噛み締めれば、その甘美な味は凄まじい勢いで行軍する軍隊のように口内を蹂躙し、多幸感を彼に与える。

 旨味の暴力。

 ともすれば食傷気味にすらなりかねないその甘露を引き締めるのは、絶妙な塩梅で振りかけられた塩と、心地の良い酸味を舌に伝える具材の梅干し。

 食べる者のことを思った気配りなのだろう、種の抜かれた梅干しはその柔らかい果肉によって米の食感の中に自然と混ざり込み、目が覚めるような酸味をオッタルに感じさせる。

 しかしそれは決して味の調和を損なうものではなく、むしろ甘さと塩味とのコントラストとしておにぎりの味を1段階上のものへと引き上げる代物であった。

 

(これを……フレイヤ様が……!?)

 

 オッタルの頭の中にはその驚愕でいっぱいになった。

 そして彼の脳裏に浮かぶのは、蒼銀の髪を揺らしながらニコニコとした笑顔でフレイヤと共に米を握っていた小さきエルフの姿。

 彼女の指導のおかげで、オッタルの想い(びと)の美味しい手料理が食べられたのだと、唯一この中で彼女たちの触れ合いを見ていた彼は悟った。

 

(()()()()()()()……私から、感謝を贈ろう)

 

 オッタルは、さすらいの幼女にそう念を送った。

 自室の棚に飾っておきたいほどには勿体無いものの、食べるのを躊躇ってしまい腐らせるのは馬鹿の所業だと理解しているオッタルは、黙々とその握り飯を食べ進め、ついに完食した。

 満足げな息を吐きながら、周囲に視線をやったオッタルは気がついた。

 

「……ガッ、ぎ、ぃぃい……?」

「馬鹿な……かふ、私は、レベル6だぞ……!?」

「我らは四つ子。死ぬ時は一緒だ……!」

「悪いがそれはごめん被る、死ぬなら自分で死ね……!」

「当たりではないようだが、このおにぎりとやらは普通にイケるな」

「フレイヤ様のおにぎりでないのは非常に、とても非常に残念なことだが、これはこれでアリだ」

 

 地獄絵図だった。

 ヘグニとへディンは半ば白目を剥き、ビクビクと痙攣している。

《耐異常》の発展アビリティを発現させ、長い冒険の中で世界の中心であるこのオラリオでも上位に位置する程には鍛えていた筈の、第一級冒険者の能力(アビリティ)さえも貫通するその猛毒(メシマズ)

 オッタルはその戦慄の光景を見て、あれを食べた時、自分でも無事で済むかは分からないと冷や汗を流した。そして、自分の隣でプルプルと震えるアレンに気がついた。

 

「おい、アレン。お前も外れを引いたのだろう、大丈夫か」

「……は、はは、流石は団長サマだな、こんな時でも他人の心配かよ……!俺は、俺はピンピンしてるぞォ!!」

「だったらその片手に持っているエリクサーはなんだ」

「ぐ、の……喉が渇いたんだよ!!」

「見たところかなりのダメージを負っているようだが」

「うるせぇ!!」

 

 思わず普通に心配してアレンに手を差し出すオッタルに、彼はそう吠え立てると震える足を叱咤しながら何処かへと駆け出した。

「美味しかったです、フレイヤ様!」と去り際に叫んでいたのは、少し泣けてくるほどの忠()ぶりであった。

 

「あらあら、アレンったら叫んで駆け出す程に美味しかったのね。シルに追加のおにぎりを頼んであげなくちゃ」

「フレイヤ様、貴重な戦力が一つ消えますのでそのようなお戯れは止めてください」

「あら、つれないのねオッタル。私はただ、嬉しがる眷属に追加のご褒美をあげようとしただけよ?」

「トドメになります」

 

 あのオッタル以上に苛烈にフレイヤの事を盲信しているアレンの事だ。きっと震えながらも完食するのだろう。

 そして死ぬ。間違いなく。

 

「でも少しつまらない結果になったわねぇ……オッタルが私の愛を受け取るなんて、いつもの事じゃない」

「……それでは、私はアレを食べたほうがよろしかったのでしょうか?」

「いいえ、いいえ。そんな事はないわ。貴方に受け取ってもらえたのは、それはそれで嬉しい事だもの。あの子(リリア)にも美味しいと言ってもらえてたから、結構自信作だったのよね、あのおにぎり」

「なるほど、それで……」

 

 あの握り飯の美味を思い返し、オッタルは納得したように頷いた。あの小娘の料理の腕がどれ程のものかは分からないが、ベーリングとグレールの二人が「アリ」と言うのならばそれはかなりの腕前なのだろう。

 少し気になる気もしたが、オッタルは敬愛する女神の手作りおにぎりを食べられたという事実に満足し、それ以上考えるのを止めることにした。

 

「……そこの団員。治療師(ヒーラー)を呼べ。出来れば迷宮に潜っているであろうヘルンを呼び戻せ」

「は、はい!!」

 

 オッタルの指示を受け、周囲で様子をうかがっていた一般団員が動き出す。慌ただしく動き始める団員たちを背に、オッタルはなかなか上手く行かない派閥の運営に頭を悩ませるのであった。

 

 

 




「ねぇ、リリア?」
「何ですか?女神様。ああ、形はそれでだいじょぶです。後は渡せば男の人はめろめろですよ!」
「ええ、ありがとう。……あなたのお名前、教えてくれる?」
「……私の名前、ですか?はい、別にいいですよ。私の名前は()()()()()()()()。しがないエルフです」
「……ふふ、そう。素敵な名前ね」
「ありがとうございます!」
「ああ、お名前を聞かせてくれたお礼、と言ってはなんだけれど。可愛い貴方に一つだけアドバイスよ」
「はい?アドバイス、ですか?」
()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()は貴方への愛の証だもの。私は否定する事はできないし、貴方が否定しちゃ、()()()()()()()()()()
「……はい?んと、はぁ……」
「ごめんなさい、少し唐突過ぎたわね。……ほら、あの変な子が貴方を探してるわ。行きなさい」
「はい、女神様。おにぎり、頑張ってください!」
「ふふ、ありがとう。迷子のエルフちゃん。……また、ね」





「あの子は嘘をついていない……ええ、嘘ではないわね。悪意も感じなかった、だとすれば、アレは……()()()()()かしら?……うっふふ、ええ、ええ。面白い子ね、あの子は。(ベル)程ではないけれど、退屈を殺せそう」



「……お友達を大切にね、リリア・ウィーシェ・シェスカ」





目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

蜥蜴人、死す

米ディッ!!!!(ヤケクソ)

なんか全然筆が進まなかったのでむりやり初投稿です。
難産……これからの展開は考えつくのにこの場面が非常に難産だった……これも全部リリアって奴が悪いんだ。

さて、ここで一つ宣言をしたいと思うのですが、これからしばらくは原作あとがきでも「書いてて一番しんどかった」と言われる例の場面に突入します。当然リリアも巻き込まれる、というかこれに乗じてこの作品の稲作裏事情も少しぶっちゃける予定なのでしばらくシリアス()展開が続きます。

後でいっぱい和食食べるから勘弁しておくれ……


 コツ、コツ、と石畳の上を歩く音がする。

 とある用事を済ませたフェルズと美の女神の気まぐれから解放されたリリアは、リバース・ヴェールを被って不可視化(インビジビリティ)しながら迷宮(ダンジョン)の下層を目指して潜っていた。

 異端児(ゼノス)の隠れ里を目指して進むその道中、リリアは嫌気がさすほどにフェルズから小言を頂戴していた。

 

「全く、君は一時たりとも目が離せないな!闇派閥(イヴィルス)やロキ・ファミリア、極東勢力だけに飽き足らず神フレイヤ直々に目を付けられるなんて、何か呪われてるんじゃないか?」

「ぬーん……めんぼくない」

「大体神フレイヤも神フレイヤだ。わざわざ私が見つからないように君をギルドのボックスに入れて待たせていたというのに、あろうことか魅了と神の目を使ってボックスの場所を突き止めて攫うなど!帰ってきたら君がいなかった私の気持ちが分かるか!?数百年ぶりに全身から血の気が引くという感覚を思い出したよ!」

「……めんぼくない」

「他の派閥(ファミリア)に感知される危険を犯してまで《目》を全力稼働させてようやく探し出したと思えば、君はなんだ、神フレイヤと一緒に料理をしていたと?君を探していた時間に済ませようと思っていた用事もパーになったんだぞ?お?随分と余裕だったようだな、リリア?あん?」

「ししょー、キャラ変わってる……」

「キャラも変えずにやっていられるか!!君が起こす騒ぎは何故かいつも大事になるんだ!!今回だってフレイヤ・ファミリアに顔と名前がバレただろう!?彼女たちが君の命を狙いに来た時、私達では君を守りきれないぞ!?」

「それは大丈夫」

「どこが!?」

「だって、女神様とは一緒にご飯を作った仲。いわゆるマブダチ」

「君の頭の中では一緒にご飯を食べればみんな友達か!?同じ釜の飯を食べればみんな仲良く手を取り合って笑顔で輪を作ると!?……いや、そうだな、そうだったな。君はそういう奴だったな、ハハハ……つらい」

「……その、元気出して、ししょー?」

「君が!原因だ!」

「うみゃぁぁぁ……ごめんなさいぃぃ……」

 

 俗に言う《未開拓領域》を存分に使ったルートを通っているため周りに人がいないことをいいことに、フェルズはここぞとばかりに愚痴を言い募っていた。

 大神とはいえやはり本質的には神なウラノスやトラブルの星の下に生まれたとしか言いようがない騒動の種(トラブルメーカー)のリリア、そしてその他の神々に振り回されるストレスがここに来て爆発している。

 そんなストレスの種の一つは、普段とは違うフェルズの様子にオロオロとしながらも彼を励まそうとして反対に彼から怒りのアイアンクローを食らっていた。

 流石に怒りで我を忘れるという事はなく、ちゃんと手加減されているとはいえレベル4のアイアンクローである。みちみちと音を立てて頭に食い込む黒革のグローブにか細い悲鳴を上げるリリア。

 助けて!と《森の指揮棒(タクト)》に宿る微精霊たちに助けを求めるも、これは流石に自業自得としか言いようがないのか微精霊たちがフェルズに何かをすることは無かった。

 

「まあ、君が無事で良かった。若干あの女神に魅了されていたような節は見受けられるが、その後に変な暗示をかけられた跡も無いし、まあ大丈夫だろう」

「あ、頭が……割れるぅ……」

「自業自得だ、我慢したまえ」

 

 目をぐるぐると回しながら千鳥足で歩くリリア。と、彼女が迷宮の壁に近づいたその時、バキバキという音と共に壁に大量の亀裂が走り、卵の殻を突き破るようにして何体もの怪物(モンスター)が生まれ落ちた。

 怪物の宴(モンスターパーティー)

 自らの内部における人の生存を許さない迷宮の生み出した悪意の一つだ。悍しい叫喚を響かせながら未だふらつくリリアへと殺到する怪物たち。

 他の冒険者たちが見れば、次の瞬間に広がるであろう凄惨な光景に目を逸らすそんな状況で、フェルズは少しも心配した様子を見せることなく先へと歩みを進めていた。

 

『『『ガァァァァアアアアアアッ!!!!』』』

「……襲いかかる相手を間違えたな、意志無き怪物たちよ」

 

 獣性を宿した眼でリリアに襲いかかる怪物たちの末路を考え、思わずそう呟いたフェルズ。

 ちゃっかりとリバース・ヴェールに追加して消臭剤や消音の魔道具を使用し、怪物の群れをリリアに押し付けた元賢者の呟きは、理性無き怪物達に届くことはついぞ無かった。

 

「ぴゃあ!?」

『『『ギ─────』』』

 

 彼が呟いたその時には、既に怪物達はその短すぎる生を終えていたからである。

 まず怪物の群れと、それに驚いて悲鳴を上げるリリアを隔てる様に分厚い土の壁が出現した。その壁に怪物達が動きを阻まれた次の瞬間、彼らに情け容赦の無い爆炎が襲いかかった。

 紅を通り越して青白く光る超高温の爆炎。

 悲鳴を上げることすら許されず、魔石やドロップアイテムごと灰燼へと還された怪物達の残骸を、どこからか流れてきた水が押し流していく。

 しかしそれは決して慈悲などではなく、愛し子(リリア)の視界を汚す物を放置しておけないというある意味では最も残酷な意思の発露であった。

 

「ふぅ……君といると怪物達に注意を割かなくて良いからその点は楽だな」

「ひ、ひどい、ししょー!弟子をほうちして自分は隠れてるなんて!」

「適材適所と言ってくれ。第一、急いでいるのだから私よりも君と精霊たちに任せた方が得策だろう」

「むん……確かにそうですけど」

 

 リバース・ヴェールのフードをパサリと落とし、首だけ骸骨となったフェルズに、ぷくっ、とむくれて不満を露わにするリリア。

 彼女の周囲ではいかにも「やってやったぜ!」と言いたげに点滅する色鮮やかな光点達がふわふわと浮かんでいた。先程、明らかに過剰な報復攻撃を怪物達に叩き込んでいた微精霊たちである。

 

「さて、ここを降りればリド達の隠れ里はもうすぐだ。今日は客人が来ているからな、くれぐれも失礼の無いように」

「あいあいさー!」

「……本当にどこからそんな言葉を覚えてくるんだ、君は」

 

 20層へと続く階段を降りながら、フェルズとリリアは緊張感の無い会話を交わす。

 湧き出した怪物達は精霊達によって即座に消滅され、彼女たちに危害はおろか恐怖すら与えられない。

 そんな反則級の力を存分に振るいながら、フェルズとリリアは異端児(ゼノス)の隠れ里兼リリアの疎開先へと到着した。

 

 

 

 

 

「げっ、リリア、早い……!?」

「……あ?」

 

 

 

 

 

 そして、考えうる限り最悪の光景を目にする事となった。

 

 

 

 

 

 グロスをはじめとする人間に非友好的な異端児たちが提案した、ヘスティア・ファミリアへの実戦形式の《試験》。

 彼らが匿っているという同胞にあえて襲いかかり、彼らがその同胞を守るのか、それとも見捨てるのか、はたまた自分たちと同じように殺そうとするのか。

 それによって彼らが信用に足る人物であるのかどうかを試すという試みは、ある一点を除いて成功と言える結果を彼らにもたらしていた。

 ヘスティア・ファミリアは自分達の攻撃に対して徹底抗戦を選択。ならばこちらも、と一番の潜在能力(ポテンシャル)を秘めているであろう白髪頭の冒険者にこちらの最大戦力であるリドをぶつけて即座にパーティを分断。殺しはしないとはいえ、戦術としては完全に潰しにかかるつもりであった。

 ……今思えば、それが馬鹿な選択だったと異端児達は反省する。農業に明け暮れていたため、久々の戦闘である。テンションが上がり、悪ノリしたリドやグロス達はヘスティア・ファミリアの全力を引き出してしまった。

 結果、放たれた《クロッゾの魔剣》によって田んぼの水はそのほとんどが蒸発。魔剣が着弾した地面は半ばガラス状に融解しており、迷宮が自己修復を始めている。

 更に、白髪頭の冒険者─────ベル・クラネルとリドの高速戦闘により、田んぼの中央にまるで隕石が落ちたかのようなそこそこのクレーターが出来てしまった。

 それが決定打だったのだろう。ただでさえ迷宮の自己修復判定でグレーゾーンだった田んぼは、今回の戦闘によって完全に(アウト)となった。

 それによって生み出されたのが、この「田んぼも何も無い未開拓領域」である。よりにもよって、迷宮は田んぼごと今回の戦闘痕を無かったことにしてくれたのだ。

 それを見た異端児達の顔といったら、先程まで軽く敵対していたはずのヘスティア・ファミリアの面々が思わず彼らに心配の声を掛けてしまうほどの絶望感であった。

 

 そして今、その所業が他でもない米キチにバレてしまった。

 

「リド」

「はい」

「正座」

「はい」

 

 バチィッ!!!といつの間にかリリアの手に握られていた雷霆の剣が激しくスパークする。

 有無を言わさぬその迫力に思わず素直に従ってしまう異端児のリーダー。

 

「何か言い残すことは?」

「もう一度チャンスをください」

「灰って良い肥料になるらしいよ」

「アッハイ」

 

 情け容赦の無いリリアの裁定に、つつつ、と雄黄の眼から涙を流すリド。これまでに感じたことの無い死の気配を肌に感じ、来世では地上に出られますように……と既に生存を諦めた彼の前に、一人の勇者が現れた。

 

「ま、待ってください!!」

 

 ベル・クラネルだ。

 いきなり始まった断罪劇(?)に戸惑っていたベルだったが、このままでは分かりあえたリドの命が危ないと感じ取り咄嗟に彼を庇うように歩み出たのだ。

 

「ぼ、僕が悪いんです!あの時、僕がもう少し周りのことを考えて戦えてたら……」

「お前もギルティ」

「アッハイ」

 

 ズバヂィッ!!!!と出力を増して雷を放つ雷霆の剣。リリアの有無を言わさぬ迫力に、続きを言う事すらできずにリドの隣に正座するベル。

 初めて《冒険》をした、ミノタウロスと対峙した時。決死行の果てに辿り着いた18階層でレフィーヤに追われた時。ついでにリフィーリアに追われた時。

 それらを遥かに超す濃密な死の気配。

 紅玉(ルベライト)の瞳と全身を小刻みにぷるぷると震わせるベル。そんな彼の様子に見ていられないと言わんばかりに肩を竦めたフェルズは、監獄の看守のように片手で雷霆の剣の刀身をぺちぺちと叩くリリアに歩み寄った。

 

「リリア、そこまでにしておけ。それに丁度よいタイミングだと思えばいい」

「ちょうどいい、タイミング?」

「ああ、田んぼが消えたのは残念だろうが、今後のことを考えれば非常に都合が良い」

「……は?」

「……《リリア》?」

 

 ズズッ……と謎の圧力を纏いながらフェルズへと振り向くリリア。彼女の怒りに呼応してか、雷霆の剣のスパークが更に出力を増す中、ベルは思わずそう呟いた。目の前の幼女のものと思わしき名前に聞き覚えがあったのだ。

 そう、それは忘れもしないアポロン・ファミリアとの戦争遊戯(ウォーゲーム)に勝利するためにロキ・ファミリアの上級冒険者達に稽古をつけてもらっていた時のこと。

 いつも通りにボロボロになって、アイズから膝枕をされていたベルの様子を見に来たウィリディス姉妹との会話の中で聞いた覚えがあったのだ。

 思案にふけるベルの前で、もはや殺気とも呼べる鋭い剣気をフェルズへと向けるリリア。そんな彼女を前にして、フェルズは懐から一つの包みを取り出した。

 

「ししょー、どういう事か説明を。じゃないと斬る」

「落ち着けと言っているだろう。全く……ほら、神ニニギから預かっていたおにぎりだ」

「ししょー大好き」

「私は彼らとしばらく話をしないといけないから、少し隣で待つんだ」

「りょうかい」

 

 包みから取り出されたキラキラと白く輝く三角の握り飯を前に、スン、と一瞬で鎮火するリリア。小躍りしながらおにぎりを掲げる馬鹿の姿にため息を吐きながら、フェルズは唖然としているベルとリドに手を差し出した。

 

「災難だったな、リド、そしてベル・クラネル。アレには私からキツく言っておくから許してやってくれ」

「今回ばかりは本気で死ぬかと思ったぜ……」

「あ、いえ、大丈夫です。僕も悪かったですし……というか、僕の名前……」

「……ああ、知っているとも。君たちをしばらく監視させてもらっていたからね」

 

 一旦仕切り直したフェルズとヘスティア・ファミリアの面々が会話をする横で、リリアは笑顔でおにぎりを頬張る。

 ニニギからフェルズに渡されたおにぎりは既に冷めており、ひんやりとした感触をリリアの手に伝える。千穂が炊いたのだろう、米が一粒一粒つぶ立ったおにぎりには食べやすいように海苔が巻かれているが、それも米の水分によってすっかりふやけてしまっている。

 

「おお……これぞ《遠足のおにぎり》……!」

 

 通常ならば減点対象となりそうなポイント。しかし、リリアにとってはなんら問題のない事柄であった。

 とりあえず小躍りするのをやめ、土の微精霊が作り出した石作りの丸椅子に座っておにぎりを頬張る。なお、その隣では詠唱も無しに地形を変化させたリリアの所業にベル達が目を剥いていた。

 

「いただきます」

 

 そう言って、おにぎりを一口ぱくり。

 具材の入っていないシンプルな白おにぎり。しかしそれは米に飢えたリリアにとってはこれ以上ないごちそうであった。

 ひんやりと冷めた米は、温かいときとは異なる食感となる。冷える過程で炊き立ての時よりも水分を多く含んだ米は柔らかく、それでいて甘味を損なうことなくむしろ増していると感じるほど。

 粒立った米粒がリリアの口の中でほろほろと崩れ、噛みしめる度に優しい甘さが広がる。そしてその甘味を引き締めて味のメリハリを出すのが、千穂の手によって最適な量を見極めて加えられた塩だ。

 冷めたときのことも考えられているのだろう、少し控え目に加えられた塩の味が甘さのなかにコントラストを生み出しておにぎりという料理の美味しさを更に引き出していく。

 そしてリリアがおにぎりをもう一口とパクつけば、次にやってくるのはしっとりとふやけた海苔だ。

 焼き海苔はパリッとした食感こそが至高、という人は数多く、リリアも基本的にはパリッとした焼き海苔が好きな人間(エルフ)だ。

 しかし、何事にも例外というものは存在する。

 その最たる例がこの《冷めたおにぎりに巻かれたふやけた焼き海苔》だ。

 基本的にあまり美味しくないという評価を得がちなふやけた焼き海苔であるが、冷めたおにぎりと共に登場するこの瞬間だけは、彼らに称賛の声が掛けられる。

 海苔が巻かれた箇所をリリアが口にすれば、口内に広がるのは潮の香りにも似た海苔の風味。ふやけた海苔は米粒をしっかりと保持する保護膜の代わりとなってリリアの小さな歯に米だけの時とはまた違った食感を楽しませる。

 おにぎりの塩味、そして米の甘味だけでは少し飽きが来るであろうタイミングで投入される海苔という新たなファクター。それは2つの要素だけであったおにぎりの味に更なる化学反応をもたらし、おにぎりをもう一段階高次の料理へと昇華させる。

 また、冷えている、という点もここではプラスに働く。暑さに弱い人間は、温かいものを食べている時には、どんなに美味しいものでも一旦の休憩を挟むときが来る。口の中を快適な温度に冷やすため、飲み物を飲むこともあるだろう。

 それによって味わう動作が一時中断されてしまい、先程まで口の中に広がっていた味の残滓が飲み物の味や時間経過によって薄れてしまうことがある。

 しかし、冷えていれば話は別だ。温かさに不快感を感じることも無ければ食が一時止まることもなく、喉の乾き以外で味わいが中断されることは無い。

 それによっておにぎりの美味しさを余すことなく一度に受け取れ、リリアの満足感と満腹感を一度に刺激する。

 

「冷えたおにぎりもおつなもの。……うまうま」

 

 リリアのその感想が、このおにぎりの全てを物語っていた。

 温かくても美味しく、また冷めてしまっても美味さを損なう事はない。

 このおにぎりという料理は、単純かつ明快な料理でありながらも無限の可能性を秘めた料理なのであった。

 

「ごちそうさまでした」

 

 おにぎりを食べ終わり、満足げに手を合わせたリリア。その表情は菩薩の様に穏やかであり、彼女は今ならどんな所業でも許せる心持ちであった。

 すたっ、と椅子から立ち上がりフェルズの方を振り返ると、彼らの話は終わったらしく、レイのコーラスをBGMに異端児(ゼノス)の皆と楽しそうに踊っていた。なお、リリルカ・アーデやヴェルフ・クロッゾなどの一部のメンバーの表情が引きつっているのは見ないものとする。

 

「落ち着いたか」

「む、ししょー」

 

 おにぎりに夢中で周囲の様子に気がついていなかったリリアが少しショックを受けていると、彼女の隣に音も無く現れたフェルズが声を掛けた。

 

「先程の言葉の説明をしようと思ってな。……後で彼らにはちゃんと謝っておくように」

「ぬん……わかりました」

「よろしい」

 

 冷静になってみれば、いきなり現れて突然キレたリリアは危険人物そのものだ。……普段から割とその傾向はあるのだが、今回はそれに輪をかけて酷かった。

 あの白髪頭の人にはちゃんと謝ろう、と心に決めたリリアであった。

 

「それで、《都合が良い》と言った理由だがな。異端児は近々この隠れ里を離れ、別階層の隠れ里へと移動する。理由はまあ色々あるのだが……その時にあの田んぼをどうするかは悩みの種であったのでな」

「うっ……もしかして、田んぼを作らないほうがよかった?」

「私としては。……だが、彼らには良い経験になっただろう」

 

 バツが悪そうな表情のリリアにフェルズはそう答え、戸惑う冒険者たちの手を引く異端児たちへと視線を向けた。

 他者を傷つけ、怖がらせるためだけに作られた身体を持ち、その異形の手が何かを生み出せるという事を知らなかった彼らにとって、リリアと共に行った農業は忘れられない思い出となったはずだ。

 それに、望外の事態ではあったが、異端児たちが農業を行えるようになることはフェルズ達ギルド陣営にとっても都合が良かった。

 彼らがどうやっても解決の筋道を見つけ出す事ができなかった「異端児たちの存在意義」。それの糸口となり得るかもしれない可能性を、リリアは無意識とはいえ示したのだ。

 

「次の隠れ里に移動すれば、今度は長い期間そこに留まる予定だ。一回位は農作物の収穫を行えるだけの時間となるだろう、そこでもう一度作れば良い」

「なるほど」

「君の暴走には頭を悩まされることが殆どだが、たまには役に立つ事もある。しばらくは彼らと力を合わせて農業に励んでくれたまえ」

「いえっさー!おぅいえーい!」

「……そろそろその妙な知識の源泉を尋ねるべきか?」

 

 正式な「ダンジョンで農業をやりなさい宣言」を受け、ぴょんこぴょんこと飛び跳ねるリリア。神が度々使う言葉に似た響きを持つそのフレーズに言いようのない少しの苛立ちを覚えるフェルズであったが、ここで言い合っても仕方がないかと考え、彼女と共にヘスティア・ファミリアと異端児たちの輪へと加わりに行った。

 

 

 

 

 

 変なエルフの子。

 それが、ベルが抱いたリリアへの第一印象であった。

 

「白髪頭の人、ごめんなさい」

「えっ、あっ、はい。……ああ、いやいや、僕の方も悪かったですから!」

「なあ、リリア。俺っちへの謝罪は?」

「……え?」

「そんな不思議そうな顔で首を傾げるなよ!?」

 

 突然始まった異端児たちとの踊りも一段落した頃。ベルはリリアから謝罪を受けていた。

 彼女が頭を下げた拍子に、美術の心得など一切ないベルでも「美しい」と感じる蒼銀の髪がサラリと揺れる。謝罪を求めるリドの抗議に可愛らしく小首を傾げるその顔は女神だと言っても信じてしまいそうな程に整っており、眠たげに細められた瞳には神秘的な光が宿っている。

 完成された未完成の美貌。

 そんな矛盾した感想がベルの脳裏に思い浮かんだ。

 このまま成長すれば、いずれ傾国の美女と呼ばれるほどの女性になるのだろうと容易に想像できる幼女の姿を見て、ベルは「やはり」と己の胸中にあった疑念が確信へと変わった。

 

『─────(前略)以上の様に、知識も教養も何もかもを兼ね備えた完璧オブ完璧なリリア様ですが、その本領と言えばやはりその神秘的な美貌!ぷにぷにで仄かに赤みの差した頬はもう全力で頬ずりしたいほどの素晴らしさでさらに寝ているリリア様の首筋に顔を埋めればもう最の高。深呼吸をした時にくすぐったかったのか身をよじるリリア様の寝顔といえばもうそれだけで季節の野菜サラダを何杯でも食べられる至高の光景ですよね思わずキャンバスを持ち込んで寝ずに一枚絵を描いてしまうほどでしたから─────(中略)─────ええもうあの時間は私の人生の中でも一、二を争う至福の時間でしたねだからそんな完璧なリリア様への誹謗中傷を行っていたあの元老たちはいつか闇討ちをしてやると決意していて……ってそれはいいや。サラサラで蒼銀の美しい長髪は日々の水浴びと私の全身全霊の手入れによって清潔な状態に保たれ、ウィーシェの森の香りを纏ったその髪は一度吸えばまさに天国へと誘われるような最高の一時を、なっ、何をするのレフィーヤ!?まだリリア様の魅力をこのヒューマンに伝えられていないの!ちょっと待ってあと1時間だけ!1時間だけだからお願いレフィーヤだってアイズさんの事を語り始めれば止まらないでしょアッごめんなさいリリア様の髪で作った匂い袋(ポプリ)は取らないでください分かったから!クッ、覚えていなさいベル・クラネル!!』

 

 戦争遊戯の特訓中の一コマが思い出される。顔を耳まで真っ赤にした(レフィーヤ)に首根っこを掴まれてズルズルと引きずられながらベルに対して呪詛(?)を唱えていたリフィーリアの姿まで思い出して、ベルは微妙な気持ちになった。

 彼女の怨念の結果か、ベルの記憶に強烈に刷り込まれた《リリア・ウィーシェ・シェスカ》という少女の外見情報。目の前にいるリリアと呼ばれた幼女の見た目は、それと完全に一致していた。

 

「って、リリア殿!?どうしてここに……」

「あ、えと、タケミカヅチ様のところの……命さん?」

「はい。今は色々あってヘスティア様のファミリアに身を寄せていますが」

「命ちゃん、お知り合い?」

「はい、春姫殿。……そうだ、リリア殿。こちらはサンジョウノ・春姫殿。私の故郷である極東からの知り合いで、しばらく音信不通となっていたのですが、つい最近やっと再会できたのです。春姫殿、こちらはリリア・シェスカ殿。ニニギ様の下で米作りの修行をしている方です」

「さ、サンジョウノ・春姫と申します……」

「リリア・シェスカです」

 

 何故か命と知り合いであったらしいリリアが春姫と挨拶を交わしているのを横目に、ベルは異端児たちと何やら話し合っているフェルズの下へとやって来た。

 どうやらヘスティア・ファミリアの団員たちの中でも最初に異端児と握手を交わしたベルの好感度は中々に高いようで、あっという間に種類も様々な異端児たちから囲まれる。そんな怪物の輪を割りながらベルと合流したフェルズは、ベルの表情から何かを感じ取ったのか「場所を移そうか」と言って異端児たちから少し離れた場所へとベルを誘導してくれた。

 

「それで、どうしたんだいベル・クラネル。そんな喉の奥に小骨がつっかえたような顔をして」

「えっと、その。……勘違いだったらすみませんけど……」

 

 そう言って、ベルはリリアを見た。短時間ですっかり打ち解けたのか、仲良さげに命や春姫、ヴェルフ達と会話をするリリアの姿からはロキ・ファミリアの第一級冒険者の一人である【九魔姫(ナインヘル)】リヴェリア・リヨス・アールヴと同じ王族(ハイエルフ)だとは思えない。

 それでも、胸の内に浮かんだ疑問を解消すべく、彼はそう前置きしてから元賢者へと尋ねた。

 

「……リリアさんって、ハイエルフだったりしませんか?」

「何?」

 

 対するフェルズの反応は劇的だった。

 ベルの質問を聞いた瞬間、ガッ、と音がする程に彼の肩を掴んだフェルズは、表情が出ないはずの()()()()()の眼窩に驚愕を滲ませながらベルに確認する。

 

「……ベル・クラネル。君は()()()()()()()()()()()()()()のか?」

「違和感……?いえ、その。知り合いのエルフの方に《リリア・ウィーシェ・シェスカ》って名前のハイエルフを探している人がいまして。……その人から聞いた特徴と、リリアさんの特徴が随分と似通っていたから、つい」

「……一体何が原因だ?失礼、ベル・クラネル。部外者である私に話せることでは無いことは分かっているのだが、君の発現させている発展アビリティやスキルに何かしらの《加護》を持つものはあるかい?」

「ええっ、加護……ですか?」

 

 フェルズの謎の言動に疑問を抱きながらも、彼の必死な様子に素直に答えてしまうベル。現状、彼が自分でも認識している発展アビリティやスキルは《幸運》《耐異常》《英雄願望(アルゴノゥト)》の3つだけ。そのどれにも加護に類する効果はないはずだ。

 

「うーん、と、僕の記憶が確かなら無いはず、ですけど……」

「無い、だと……?いや、気にはなるが今はいい」

 

 ゆらりと鎌首をもたげた好奇心を振り切るように首を振ったフェルズは、ベルに言い含めるように自らの言葉を伝える。

 

「いいか、ベル・クラネル。結論から言えば、君のその疑問への返答はイエスだ。あそこにいる米狂い……もとい、リリアと名乗る幼女は他でもないウィーシェの森の第一王女リリア・ウィーシェ・シェスカその人だ」

「それなら!」

「ただし、それを他者に漏らしてはならない」

「……なんで、ですか」

 

 リフィーリアやレフィーヤの真剣な表情が脳裏に浮かぶ。

 彼女たちは、今も必死にリリアのことを探しているはずだ。それなのに何故その情報を漏らしてはいけないのか。

 そして、静かに目の前の骸骨からの説明を待つベルに告げられた言葉は、彼の予想を遥かに上回るものであった。

 

「理由は複数ある。彼女の故郷であるウィーシェの森から彼女の暗殺依頼が出ているのも大きな理由の一つでもあるが、それと同じ位に重要な理由がもう一つ」

 

 

 

 

 

「─────最大の理由は、現在このオラリオに住まう人間は、リリア自身も含めて()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()からだ。下手に刺激して彼女が下手な反応を起こしたら()()だからな」

 

 




ちなみに、割と原作通りなヘスティア誘拐シーンとか異端児についての説明シーンとか握手のシーン、ウィーネとのお別れシーンは改めて書くのもアレ(めんどくさい)ので全カットします。
ゆるちて。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

サンゲキの始まり

注意事項
・今回の話は割とグロテスクな表現があります。そういった話が苦手な方は頑張って読んでください(おい)。


だいじょーぶ、後でちゃんと米ディやるから。
後でね(異端児騒動収束後)。



それでは、シリアスがアップをし始めた第21話をどうぞ。


 深緑の葉の上を、透明な雫が滑り落ちていく。

 葉の縁で一瞬躊躇うように立ち止まった雫は、覚悟を決めたようにポロリと縁から飛び降りた。

 それを受け止めるのは、地面を絨毯の様に覆っている薄い青色の燐光を放つ苔。

 迷宮(ダンジョン)第20階層から広がる《大樹の迷宮》。燐光を放つ苔に覆われ、全体がうっすらと光っている神秘的な森の中を進むのは、計7つの影であった。

 

「おい、ウィーネ。あの人間の事を考えるのは後にしろ。今はただでさえ危険地帯なんだ、気を引き締めろ」

「あぅ、ご、ごめんね、ラーニェ……」

 

 自らの庇護者であったヘスティア・ファミリアの冒険者たちと引き離され、寂しさからかジッと迷宮の天井を見つめていた《ヴィーヴル》の少女ウィーネにいささかキツめの声で注意したのは、人蜘蛛(アラクネ)のラーニェ。

 蜘蛛そのものの下半身に、美しい女体の上半身を持つ異形の彼女は、次に呆れたような溜め息を吐いて行儀悪くも歩きながらおにぎりを頬張っているリリアを見た。

 

「リリア、おにぎりを仕舞え。今は遠足じゃないんだ、いつ壁から同族たちが生まれ落ちて戦闘になるか分からん」

「むぐっ、けほっ……りょうかい、隊長」

「全く……おい、お前たちも。リリアから受け取ったおにぎりは後で食え、後で」

 

 ラーニェの指摘に米粒が気管に入って咳き込むリリア。

 指摘はもっともであったために大人しく従い、手に持っていたおにぎりを素早く頬張り残りを肩から下げた小型の鞄に仕舞う彼女を尻目に、ラーニェは素早く視線を周囲に走らせて口をもごもごさせている同胞たちにも厳しい声を放った。

 嘴の端に米粒が付いた馬鷲(ヒッポグリフ)のクリフや身に纏った鎧の頭部を小刻みに動かしていた戦影(ウォーシャドウ)のオード、堂々とおにぎりを片手に周囲を警戒していた獣蛮族(フォモール)のフォーや満足げに腹を撫でていた半人半鳥(ハーピィ)のフィアがバツが悪そうな表情で顔を逸らす。

 ……というか、ラーニェとウィーネ以外の全員がおにぎりを食べながら迷宮を歩いていた。

 

「緊張感が無さ過ぎる。周囲の警戒を怠ってはいなかったフォーはともかく、フィアはなんだ、その油断しきった顔は」

「うっ……ご、ごめんねラーニェ」

「次からは移動の際におにぎりを持ってくるのは禁止にするべきか……?」

「「それだけはご勘弁を」」

 

 ラーニェのその言葉に真顔でそう返す米キチとフィア。

 上手く言葉を話せないフォーやオードまでもが懇願するような視線を向けてくるので、ラーニェは疲れた様子を隠すこともなく大きな溜め息を吐いた。

 

「恨むぞ、リド」

 

 ラーニェは口ではそう言うが、実際のところ何故このような組み合わせで自分達が迷宮の中を移動する事になっているのかは理解していた。

 手違いとハプニングから誤って地上へと出てしまった同胞のウィーネを無事に確保することができた異端児(ゼノス)。彼らは、ヘスティア・ファミリアたちが20階層の《隠れ里》にやって来たことで、万が一彼らを見かけた他のファミリアがいた場合にこの居場所が露見してしまう事を避ける為、ここから更に下層に存在する別の隠れ里へと向かう事を決めていた。

 かと言って、隠れ里にいる総勢40名を少し越すくらいの規模である異端児たちが皆一斉に移動すれば、即座に他の冒険者たちに捕捉されて戦闘となるだろう。

 よって、彼らは現在複数の部隊に別れて各々が下層の隠れ里を目指すという、冒険者達が行う《遠征》のような事を行っていた。

 ラーニェ達はその部隊の一つ。新入りであるウィーネと、異端児と友好を結んだ重要人物であるリリアを護送する最重要部隊である。

 その為、集められた異端児達はどれも現在の最大戦力であるリドやグロスに次ぐ実力者や武闘派揃い。単体の力ではリドたちに劣るものの、部隊全体の総合力で言えば彼らが率いている非戦闘系種族(アルミラージやユニコーン)が固まった部隊とは雲泥の差であった。

 

「ウォーゥ、オウ」

「……フォー、ありがと」

 

 ラーニェたちのやり取りをキョトンとした表情で眺めていたウィーネだが、彼女の目尻に溜まっていた涙を大きな手でそっと拭ってくれたフォーに優しく微笑んでお礼を言う。

 どれだけ戦闘力は高くとも、どれだけ恐ろしく悍しい異形であったとしても、その心は優しく、そして温かい。

 異端児とリリアたちは、そうやって互いが互いを支えながら歩みを進めていった。

 

 

 

 そして、しばらく歩みを進めること1時間ほど。

 冒険者や同族たちに見つからないように慎重に進んでいるため、余り行程は進んでいないもののそれなりの距離を進んでいた彼らの中で、ウィーネだけがその声に気が付いた。

 迷宮が生み出す怪物(モンスター)の中でもトップクラスの潜在能力(ポテンシャル)を誇る竜種の聴力を用いて捕捉した声は、悲痛な叫び声のようであった。

 

「聞こえる」

「なに?どうした、ウィーネ」

「……何か、声が聞こえるよ……悲しい、叫び声」

「……なんだと?」

 

 ウィーネからの報告を受けたラーニェは、形の整った眉を顰めながらも手首に括り付けていた赤い水晶に向かって「こちらラーニェ。気になるものを発見した為確認にむかう」と呟いた。

 水晶が淡い光を宿したかと思うと、水晶から彼女が呟いたのと同じくらいの音量の呟きが返ってきた。

 

『……グロスダ。了解シタ、タダシ確認シタラ即座ニ元ノルートニ戻レ。時間ハ無駄ニデキナイ』

「ああ、分かっている。……オード、斥候を頼む。フォーとフィアは警戒を怠るな。リリア、ウィーネ、邪魔にならないように私達の後ろにいるんだ」

「りょーかい」

「わ、分かった」

 

 不詳不精、といったグロスの返答を聞いたラーニェは、即座に指示を飛ばして陣形を変更。全身をリリアが土の微精霊に頼んで作り上げた全身鎧(フルプレート)(もちろんアダマンタイト製)で包んだオードは、このメンバーの中で一番戦闘力と人間に近い外見を合わせ持っている。

 ちなみに世界最大戦力だがVIPのリリアは当然戦力外だ。

 

「……これは」

 

 オードが先行して曲がり角などの死角がある場所を確認し、安全が確保できたらジェスチャーで他の者たちを呼ぶ。そうして万全に万全を期した状態で進むリリアたちの耳にも、ウィーネが聞いたと思われる音が聞こえてきた。

 

「ウ、ウオォ……」

「悲鳴……?」

「泣いてる……『たすけて』って、苦しんでる……!」

『……コレハ……マズイ、何カガオカシイ、罠ダ、ラーニェ戻レ!戻ルンダッ!!』

「……すまない、グロス。どうやら戻れそうにない。この悲痛な同胞の声を聞いて、戻るという選択肢は選べない……!」

 

 体から無理矢理に絞り出したようなか細い悲鳴。必死に苦痛から逃れようと藻掻く姿が鮮明にリリアたちの脳裏に浮かぶ程に悲痛な叫びは、彼らから冷静さを奪ってしまった。

 それこそ、餌を前にした獣の様に。

 

「人間の仕業だとしたら……見過ごせない……!」

『待テ!!セメテ私達ガ行クマデ……!!』

 

 グロスの必死の言葉も届かない。もはや隠密行動などしている余裕はなく、彼らは緑の迷路を駆け抜けていく。遭遇した魔物は一刀の内に切伏せられ、ウィーネの案内に導かれ迷う事なく進んでいく。

 地を蹴り、宙を羽ばたき、全速力で進んでいた彼らの足はやがて止まった。

 

「……なっ」

「嘘……」

 

 ラーニェが目を見開き、リリアが愕然とした表情で固まる。それは他の異端児たちも同様で、長い間悲鳴を聞き続けていたウィーネなど、カタカタと身体を震わせてしまっていた。

 縦に裂けた樹皮の巨大な隙間を抜けた先。通路と接続する広間(ルーム)の中央に《それ》はあった。

 

 舞い落ちる羽毛と共に滴る、真っ赤な鮮血。

 苔の光に照らされるのは、床や壁を染め上げる血飛沫。

 広間の中央に一本だけ生えている大樹には、細く華奢な体躯が鎖に括りつけられた。

 

 百舌鳥(もず)の早贄。

 

 そんな言葉が浮かんでしまうような惨状で、《彼女》はそこにいた。

 全身に刻まれているのは「痛々しい」などという言葉では生温いほどの歪な傷跡。刺し傷、切り傷、擦り傷に打撲痕……目に見える範囲だけでも傷の種類を全制覇する勢いの惨状だ。

 自らの血でその身を紅く染めるその姿は、まるで真紅の衣を身に纏っているようだった。広げられた翼の両腕と伸ばされた脚は十字を描き、頭は力無く垂れ下がっている。

 

 美しかったのであろう顔を血に染めた、一体の歌人鳥(セイレーン)

 その両腕は、鋼鉄の杭で貫かれ強引に「固定」されていた。

 

 その惨いと言うには悲惨過ぎる光景に、その場にいた全員の思考が止まる。

 目の前に広がっている光景が理解出来ない。

 いや、理解したくない。

 

()()()()()

 

 知性無き怪物が蔓延る迷宮では絶対に自然発生しないであろう状況。それが指し示すことと言えば火を見るよりも明らかであった。

 

「クリフ、フィアッ!!!」

「「ッ!!」」

 

 ラーニェの絶叫が広間に響くや否や、ヒッポグリフとハーピィは全力で宙を駆けた。彼女の周囲に群がっていた同族たちを問答無用で蹴散らし、腕を貫き戒めていた杭を強引にでも引き抜く。

 ボタボタ、と夥しい量の血が落ちるが、血が残るという事は()()()()()()()という事だ。

 

「リリアッ!!万能薬(エリクサー)をッ!!」

「うん!」

 

 広間にいた怪物の殲滅に動くラーニェたちとは別に、リリアとウィーネは二人がかりで拷問を受けたであろうセイレーンを治療していく。

 予めフェルズからリリアに渡されていた虎の子のエリクサーをウィーネが支えるセイレーンにだばだばとかけていく。

 元賢者でありオラリオ最高峰の魔道具製作者(マジックメイカー)であるフェルズ謹製のエリクサーは、かけた箇所から夥しい治癒の蒸気を吹き上げながら傷を癒やす。しかし絶対数の少なかった、傷に掛けられた呪いでさえも打ち消す万能の霊薬は、彼女を癒やし終わった所で尽きてしまった。

 

「おいっ、おいっ!何があった!?返事をしろっ!!」

 

 癒えたセイレーンの肩を叩き、動揺を無くせない様子で声をかけるラーニェ。彼女の脳裏には「罠」という単語が何度も何度も明滅している。

 エリクサーによって命の危機は去ったものの、それでこれまでに受けたダメージが全て癒えるという訳ではない。体に残る激しい痛みに呻きながらも、セイレーンはラーニェとリリアにだけ聞こえるようなか細い声で忠告を発した。

 

「……逃げ、テ」

 

 しかし─────

 

 

 

「本当に、泣けるじゃねぇか、怪物(モンスター)ってのはよぉ」

 

 

 

 ─────その忠告は、一歩、いや致命的に遅かった。

 男の軽薄な声が響き渡る。それと同時に、広間の奥の近くで20に迫ろうかという冒険者の集団が姿を表した。

 大樹の迷宮の壁と同化するような隠蔽布(カムフラージュ)を脱ぎ捨てながら現れた男たちは、匂い消しの袋を用済みとばかりに追加で打ち捨て、異端児とリリアを取り囲んだ。

 そして広間の連絡路側、入り口前に陣取っている眼装(ゴーグル)の男が、先程聞こえたものと同じ声で軽薄な笑みとともに口を開く。

 

冒険者(おれたち)よりよっぽど仲間思いだ。……あぁ、全く─────ちょろいぜ」

「冒険者ァ……!!」

 

 怒りに顔を歪め、恐ろしい眼光で男を睨み付けるラーニェ。彼女は自分達がこの悍しい男たちの罠にかかってしまったことを理解した。庇護対象を2つ……いや、現在は3つ抱えている彼らが目の前の男たちとの戦闘を避けてここを抜け出すのはかなり厳しい。

 

「『下層』に行かせないように24階層に陣取っていたが……上手く行っちまったなぁ、オイ」

 

 性根が腐りきっていると容易に察せてしまう歪んだ笑みを浮かべて異端児たちを見る眼装の男。その笑いに釣られるように、周囲の冒険者たちからも下卑た笑い声が上がる。

 その耳障り極まりない声に触発されたのか、ガタガタと怒りで肩を震わせたオードは地面が軽く砕ける程の踏み込みで目の前の男に飛びかかった。

 鎧のスリットから飛び出た鋭い指爪が、燐光を反射して鈍く光る。第2級冒険者にも匹敵する程の速度で迫り来るオードを見ても、男は眉一つ変えることはなかった。

 そして。

 

 槍も構えずに棒立ちだった男の影から現れた大剣が、オードの鎧に包まれた胴体を強打して吹き飛ばした。

 

 耳を塞ぎたくなるような打撃音が響き、オードが広間の壁に激突する。

 鎧ごと胴体を両断される、という最悪の事態は防がれたものの、鎧は無惨にもへしゃげており、ぴくりともしないオードが生きているのか死んでいるのか、リリア達には分からなかった。

 

「えっ?」

 

 ウィーネが状況を理解できないとでもいうように唇から呟きを漏らす。

 そんな竜の少女に一瞥をくれてやることも無く、眼装の男は彼の背後から現れた大剣の主であるスキンヘッドの大男を睨みつけた。

 

「……おい、グラン。もし中身が売れる種類(やつ)だったらどうするんだ。もう死にかけじゃねえか」

「わ、わりぃ、ディックス……」

 

 オードをその大剣を以て切り伏せた大男は、グランと呼ばれた。その顔面には黒い入れ墨(タトゥー)が彫り込まれ、典型的な悪人面をしている。

 そんな男でさえ、目の前のディックスと呼ばれた男の悪態一つで萎縮してしまっている。

 

「思ったより少ねぇなぁ……これは使う必要はないか」

 

 凍りつく異端児とリリアを睥睨し、ディックスは軽薄に笑う。

 そして、残虐極まりない狩人たちの長は、無感情に告げた。

 

 

 

「よし─────狩れ」

 

 

 

「お前らァ!?」

 

 ラーニェの叫びと共に、異端児たちの怒りの咆哮が解き放たれる。

 日頃はその理性の裏に閉じ込めている獣性を遺憾なく発揮させた彼らは、冒険者たちに決して劣らぬ速さを以て襲いかかった。

 

「ぁ、あ……」

 

 ウィーネの口から掠れた声が漏れる。

 さっきまであれ程優しかった彼らが、今では「人」としての顔を捨て、凶暴な怪物としての顔を覗かせる。

 血飛沫が舞い、悲鳴が散る。

 アラクネの放出した蜘蛛の糸に囚われた一人のヒューマンが、上空から強襲するヒッポグリフに頭を砕かれ絶命する。

 ハーピィの撃ち出す羽根に装備を弾かれたアマゾネスが、フォモールの振り回す棍棒(メイス)に吹き飛ばされ、仲間を巻き込みながら首を折った。

 非戦闘員を抱えており、負傷した仲間が出たとはいえ、彼らは怪物の戦士。精霊の作った装備も相まって、数の多寡に押される事はなく敵を蹴散らしていく。

 

「あぁ?……ったく、何手間取ってんだアイツら、使えねぇ」

「ガッ!?」

 

 ディックスが参戦するまでは。

 腕が霞む程の速度で打ち出された槍が、皆を庇うように暴れ回っていたフォーの胴を貫いた。ごぶ、と口から血を流して動きを止めるフォー。

 その隙を見逃す冒険者達ではなかった。

 

「ガァァァアアア!!?」

 

 剣が、槍が、次々と彼の巨体に突き刺さっていく。貫けない鎧は彼の魔石だけは守り抜いているが、その鎧が存在しない箇所を埋め尽くす様に得物が突き刺さる。

 全身から血を流すフォモールから槍を引き抜いたディックスは、汚らわしい物でも見る目をしながら残酷に宣言する。

 

「コイツは売れねぇなぁ。リスクもデケェし、殺すか」

「……ッ!!」

 

 そう言って、槍を振り上げた瞬間。

 壁に叩きつけられていたオードを介抱していたリリアが、閃光のような速度で《森の指揮棒(タクト)》を振り抜いた。

 もう彼女の中からは、相手が自分と同じ人間だという認識と躊躇いは消え去っている。

 

「精霊様、お願いっ!!」

「おッ!?……オイオイ、危ねえ事するじゃねえかクソガキ」

 

 愛し子の呼び声に応え、逆巻く炎が顕現する。

 彼女の怒りに呼応するかの様に青白く燃え上がる爆炎は、血を流し倒れるフォーを避ける様にディックスへと突き進み彼を包み込んだ。

 が、ディックスが槍を振るうと、炎が藻掻き苦しむ様に淡く揺らめき、消え去ってしまった。

 

「せ、精霊様っ!?」

 

 リリアのいつになく焦った声が広間に響き渡る。

 それもそのはず、炎が揺らめき消えた瞬間に、リリアが常日頃から感じていた精霊との繋がりの一つがほとんど無くなったと言っても過言ではないほどに薄まってしまったのだ。

 それが示す所はつまり、精霊がその存在を薄めてしまう程に甚大な損傷(ダメージ)を受けてしまったということ。

 通常の武器では痛痒も与えられない筈の精霊が消え掛けたという事実に、これまで片時も離れることが無かった半身の存在の危機に、リリアの顔から血の気が引く。

 そしてその思考停止は、この男の前では致命的であった。

 

「魔法か……それともレアスキルか……持って帰るのも面倒くせぇな、死ね」

「うぁっ、ぎっ!?」

「リリアッ!!」

 

 一瞬でリリアの目の前に移動したディックスが、目を見開いたリリアに向けて無造作に槍を振るう。それを阻止しようと残された他の水や土、風の精霊が己の権能を駆使するが、生み出された土や風、水が彼の槍に触れた瞬間に、全ての精霊がまるで導線を切られた様に消えていく。

 目前に迫った死の恐怖に反応してか、リリアの手がなんとか森の指揮棒を盾代わりにするものの、ぶつかったのは上位存在の振るう槍。盾にした森の指揮棒は真っ二つに粉砕され、砲弾のような勢いで吹き飛ばされる。

 ラーニェが必死の表情で叫ぶものの、彼女の周囲を分断するように冒険者たちが取り囲んでおり救援に向かうことは出来そうになかった。

 

「あ、がっ、ぎ」

「みっともなく喚くなガキが」

 

 槍に打ち据えられ、追加で壁に叩きつけられた衝撃で、人体の構造上曲げることが不可能な方向に折れた腕を必死に抱き震えるリリアに、ディックスは冷徹にそう告げて頭を踏み砕こうと足を上げた。

 断頭台のように、真っ直ぐに足が振り下ろされる。

 

「ゥ、ォ、オォォォオオオオッ!!!」

「やめろぉぉぉぉおおおおッ!!!!」

 

 が、そこにラーニェが割り込んだ。

 自らの血を周囲に振りまきながらも、渾身の力でディックスと、その後ろにいたラーニェを取り巻く冒険者の群れに棍棒を投げつけたフォー。

 死に体とはいえ人外の膂力で投げ飛ばされたそれは、容易く避けたディックスの直線上にいた複数の冒険者を挽き肉に変え、ラーニェが包囲を突破できるだけの隙間を生み出した。

 そこを無理矢理に突破したラーニェが、体勢を崩したディックスを吹き飛ばしたのだ。

 捨て身の突撃により、その体に無数の傷を刻まれたラーニェだったが、痛みに呻くリリアの前ではそんなことは些事であった。

 

「リリア、リリアッ!!大丈夫か!?」

「ら、にぇ」

「喋るな、すぐに逃して─────」

「痛えじゃねぇか、オイ」

「ッ!!」

 

 醜い自分の手を取り、笑いかけてくれた幼子。

 人と違いすぎる見た目を持つ自分たちを「人間だ」と言ってくれた幼子を、異端児たちは絶対に見捨てない。

 自らの命をも捨てて、彼女だけは守りきってみせる。

 隠せない苛立ちを滲ませてディックスが振るう槍を、ラーニェは吐き出した糸と手甲で弾いてみせた。糸である程度殺したはずの槍が誇るその威力に手が痺れるも、気合で持ちこたえてみせる。

 しかし、異端児たちと冒険者たちの間では、もう取り返しのつかない程に形勢が傾いてしまっていた。

 翼を切り落とされたクリフが、複数の冒険者に袋叩きにされているのが見える。

 それを助けようと割って入ろうとしたフィアが、翼を貫かれて地に落とされ、頭を強打されて気絶した。

 気絶したセイレーンに縋りつき怯えるウィーネは、そのセイレーンと共に抵抗する事すら出来ずに冒険者たちに捕らえられてしまった。

 

「他の奴よりはやるが……弱ぇ」

「ガッ、ぐっ、かはっ!?」

 

 そしてラーニェも、背後にリリアを庇っているせいで常に防御を選択するしかなく、ディックスの操る槍によって次々に体に傷を増やしていった。

 下半身の多脚はその半分以上が折れ、または吹き飛び、真っ赤な体液を絶えず流している。槍で切り裂かれた傷跡は焼けるような激痛を発し、彼女の意識をガリガリと音を立てて削り取っていた。

 体力が削られるにしたがって動きが甘くなり、そこをディックスに容赦無く攻め立てられる悪循環。

 1分もしない内に、ラーニェはフォーと変わらぬ満身創痍となってしまった。

 膝を折り、肩を震わせ荒く息をするラーニェに、ディックスは嗜虐的な笑みを見せる。

 

「どうした、もう終わりか?オイ、ガキを庇って人間ごっこするならもっと頑張れや怪物さんよ?」

「ぐ、き、さまァ……!」

「そんな反抗的な目だけされてもなぁ……興醒めなんだよ」

「ガッ……!」

 

 最後まで戦意を衰えさせる事のないその意志は見ものだが、実力の伴わないそれには反吐が出る。ディックスは自分がもう冷めてしまっていることにうんざりした様子で、つまらなさそうにラーニェを《処分》し始めた。

 槍の一閃により腕が斬り飛ばされる。

 宙を舞ったラーニェの腕を目で追うこともなく、ディックスはがら空きとなったラーニェの胴に槍を突きこもうとした。

 直撃すれば、確実に彼女の命を刈り取る一撃。

 ラーニェがそれを恐れる事なく、死に際に一矢報いようと口に含んだ酸の毒を吹き出そうとしていた、その時。

 

 

 

「かっっっ」

 

 

 

 彼女の前に、小さな体が割り込んだ。

 ラーニェの視界に、蒼銀の髪が揺れる。

 

「……ぁ、え……?」

「……ら、に」

 

 目の前の光景を理解することが出来ず、呆けた顔を晒すラーニェの方を見て。

 

 

 

 その腹を貫かれたリリアは、ごぷりと血を吐き出した。

 

 

 

「……ハッ、なんだよ、お涙頂戴ってか?そん─────」

 

 横から割り込んできたリリアによって軌道を逸らされ、ラーニェを殺す事ができなかったディックスは嫌悪感に満ちた表情でそう呟き、槍を振り抜いて致命傷を負った子供を打ち捨てようとした。

 その時。

 

 

 

 

 

世界が彼に牙を剥いた。

 

 

 

 

 

「……あ?」

 

 まず初めに感じたのは違和感。

 槍を握っているはずの腕の感覚が無くなった。

 思わず凍りついているラーニェから視線を外し、血を流して死を待つだけの子供が転がっているはずの方を向くと。

 

()()()()()()

 

 正確に言えば、彼が槍を握っていた右腕が、燐光を鈍く反射する炭となっていた。

 リリアと槍の重量を支える事が出来なかったその「炭」は、ボロボロと崩れ落ちてディックスの視界から消えていく。

 

「……あ?」

 

 訳が分からない。

 呆然としたディックスの首筋に、直接氷を突き立てたような鋭い悪寒が走った。

 理性や感情なんかではない、本能的な「死の気配」。

 冒険者の経験から何も考えることなくその場から飛び退ったディックス。その選択は、彼の命を救ってしまった。

 

 爆炎が広間を埋め尽くした。

 

 リリアが最初に使った精霊の力とは比べ物にならないほどの、形振り構わぬ()()。微精霊たちが、自らが負った損傷など気にも止めずに、一番殺傷能力の高い炎の微精霊に力を注いで愛し子を傷付けられた怒りを糧に暴走しているのだ。

 しかし、彼の持つ呪いの槍によって致命傷にも近い損傷を受けていた精霊たち。その暴走は長くは続かず、咄嗟に防御体勢をとったお陰で槍と全身、そして顔面の半分を焼き払われただけで済んだディックスと、爆炎の中心地から距離が離れていた一部以外の全ての冒険者を焼き尽くしたところで止まる。

 

「ガッ、アッ、オオオオオアアアアッ!!!あの、クソガキィ!!!よくもやってくれやがったなァ!!!」

「おい、ディックス!!マズイぞ、どうするッ!?」

「ずらかるぞッ!!《商品》だけでも回収しろ!!」

 

 しかし、追撃を警戒したディックス達は足早に逃走した。

 彼らが捕らえていた、ウィーネたち「売れる」異端児を連れ去ったまま。

 

「リリア?リリア……リリア、リリアァッ!!!」

「…………」

「嘘だ、嘘だッ!!グロス、グロスゥ!!!ニコを、いやマリィを連れて来てくれッ!!早く、血が、血がぁぁぁぁあああ!!!?」

 

 全力を使い果たした精霊たちが、真っ二つに折れた森の指揮棒へと吸い込まれていく。

 ラーニェの絶叫が、彼女以外に動く者のいなくなった広間に響き渡る。

 

 

 

 こうして、一つの惨劇が騒がしくも幕を上げた。

 

 

 




「……オッタル」
「は」

神の塔(バベル)、その最上階。
この世の美を体現したかのような美しい体躯と容貌を備えた女神が、彼女の側に控えていた一人の男を呼んだ。

「あの子につけていた《目印》が消えたわ」
「……ッ!原因は」
「色合い的に……呪いね。怪物に殺された、という線は無いわ」
「……なんだと」

美の神は、自らが身に着けていた指輪を見つめる。
指輪に嵌め込まれた宝石の色は、無色透明だった頃から変色し、美の神を穢すようにどす黒く濁っていた。
女神は目を細めて指輪を投げ捨てる。黒く染まった指輪は、側に控えていた男の手によって高級な絨毯が敷かれた床に落ちる前に粉々に砕かれ、回収された。

「駄目ねぇ……それは駄目よ。……許さないわ、絶対に」

女神の体から、無意識の内に神威が漏れる。
それは、女神の抱く怒りの凄まじさを物語っていた。

「オッタル。ダンジョンに行ってあの子を探しなさい。……喋る怪物を見つけても、殺しては駄目よ?あの子が悲しむわ」
「は」
「ダンジョンにいないようだったら、オラリオをお願いね」
「承知いたしました」





「─────私のお気に入りの子よ?手を出したこと、絶対に後悔させてやるわ」







次回「逆鱗に触れた」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

逆鱗に触れた

いやー、予定よりも文章が多くなって話が進まないっす(白目)

どうもお待たせしました、この先の展開を考えた結果、リリアが目覚めた瞬間せっかく活躍の機会(?)を得たシリアスくんが瞬殺されるという未来を垣間見た福岡の深い闇です。

お気に入り9000件突破しました!!多分この更新で9000件割り込むけど!!
うれしいです!!
皆さん拙作を読んでいただいてありがとうございます!!

というわけで、9000件突破を記念して特別編を現在制作中です。
仮の題名はずばり「私立迷宮都市(オラリオ)学園稲作部」。
うん!!米ディッ!!(ヤケクソな笑顔)

もし書きあがっていればこのお話の次に、書きあがっていなければ今週中に更新する予定ですので楽しみにしていただければ幸いです。
続きも頑張って書くよ!さっさと状況動かして米ディに入りたい!それもこれも異端児と関わる以上ついて回るイケロスってやつが悪いんだ。


感想、誤字報告ありがとうございます。
いつも作者の栄養になってます。



それでは、まだ生きていられるシリアスくんの最後の雄姿を、どうぞ!





 怒りの咆哮が迷宮(ダンジョン)に響いた。

 第23層《大樹の迷宮》。

 様々な木々が迷路を構成しており、地面を覆う苔から放たれている燐光が青白く周囲を照らしている。そんな幻想的な光景をぶち壊しにするような恐ろしい絶叫が響いていた。

 

半人半鳥(フィア)竜娘(ウィーネ)が連レ去ラレタ!!人蜘蛛(ラーニェ)モ、戦影(オード)鷲馬(クリフ)獣蛮族(フォー)モヤラレタ!!リリアダッテ!!」

 

 石でできた眼を見開き、今にも襲い掛かりそうな勢いで叫んでいるのは石竜(ガーゴイル)のグロスだった。

 絶叫する彼の周囲にいるのは、種族も様々な怪物(モンスター)達。迷宮で生まれた存在でありながら理知を宿した異端の存在、異端児(ゼノス)だ。

 地上で暮らすことを夢見て、基本温厚な性格を持つ彼らは、現在は正しく「怪物」と呼べるであろう恐ろしい形相を浮かべている。その原因は、彼らが守るように囲んでいる輪の中にあった。

 背から生えていた立派な翼を失い、力尽きたように倒れ込むヒッポグリフ。

 全身を包み込んでいた鎧を脱装して荒く息を吐いているウォーシャドウ。

 全身を傷だらけにしたフォモールはぐったりと倒れて動くことはなく、時折苦しそうに呻き声をあげるだけであった。

 

 そして、極めつけは彼女たちだ。

 

 地面にへたり込むように座り込んでいる傷だらけのアラクネ。

 折られた多脚が痛々しく、切り飛ばされた肩口からは思わず目を逸らしてしまうほどの凄惨な傷口が覗いている。最低限の治療は済まされたのか、出血は止まっているが、それでも満身創痍であることに変わりはなかった。

 そんな彼女が片腕だけで、しかし宝物を扱うように丁寧にかき抱いている腕の中。

 美しかった蒼銀の髪は血と土に汚れ見る影もない。その顔からは血の気が失せ、青白いを通り越して土気色とも呼べる色に変わっていた。彼女の纏う血まみれの戦闘衣(バトルクロス)の胴には大きな穴が開いており、その穴からは中途半端に塞がったような痛々しい歪な傷跡が覗いている。

 ラーニェに抱かれたリリアは、その命を刻一刻と削っていた。

 本来ならば治癒の奇跡を起こし、どんな状態であれど彼女を賦活させるはずの精霊は何も行動を起こすことなく、彼女が使っていた森の指揮棒(タクト)、その残骸に宿っていた。その光は弱弱しく、今にも消えてしまいそうなほどに衰弱している。

 数時間前、彼らが遭遇した闇派閥(イヴィルス)の冒険者たち。その頭領であったディックス・ペルディクスが所持していた呪いの武器(カースド・ウェポン)にやられ、致命傷を負わされてしまったのだ。

 通常の武器であれば傷一つ負わすことの出来ない超常の存在である精霊だが、反面魔法や呪術といった非実在系の攻撃には滅法弱い。雷の大精霊である雷霆の剣(ジュピター)が微精霊たちの呪いをある程度肩代わりしなければ、瀕死を通り越して即死であったくらいには。

 ラーニェを庇って腹を貫かれたリリア。

 直ぐに救援に駆けつけたグロスたちによって応急手当が行われ、なんとか即死は免れる事ができたものの、経過は良好とは言い難い。

 リリアの側で荒い息を吐く一角獣(ユニコーン)のニコの角は、元の白色を忘れてしまう程に黒く染まっている。

 彼女たちの傷にかかっていた呪いを一手に引き受け浄化しているのだ。ドロップアイテムでは無い正真正銘の《一角獣の角》は、毒や呪いを始めとした害を取り除く言わば「解害剤」のような役割を果たす。

 その角と、後から合流したリドが下層から連れてきた人魚(マーメイド)のマリィの血を最大限に利用して彼らの治療に当たったものの、ご覧の有様であった。

 彼らの想定以上に、ディックスの所持していた武器に宿る呪いが強かったのだ。お陰でニコは体力を使い果たし、それでも完全には祓いきれなかった呪いが通常のマーメイドの生き血よりも効果の高いマリィの血の回復力を削ってしまう。

 万事休すといった状態の彼女たちを見て、他の異端児(ゼノス)たちは危機感を覚えると同時に激しい怒りを抱いた。

 これまでにも、同胞たちが殺され、連れ去られるといった事態は発生していた。その度に彼らはやるせない思いを胸の内に澱のように溜めては怒りを燃やしていた。

 そこで起こってしまったのが、今回の事件だ。

 新入りであったウィーネと、異端児の中でもムードメイカーとして周囲を和ませていたフィア、そしてまだ見ぬ同胞の歌人鳥(セイレーン)が攫われ、極めつけは彼らと本物の友好を築いたリリアの窮地だ。

 人類との友好の象徴であったリリアが傷付けられた事により、既に異端児たちは怒髪天を衝いていた。彼らの希望とも言える存在であったリリアを、他でもない人間が襲った事。これは異端児たちの人間に対する悪感情を激化させるのに十分な事態であった。

 既に広間(ルーム)にいる異端児の大半が怒りで我を忘れており、唯一理性を保っているのはリドやレイ、そしてラーニェの側で心配そうにリリアを見つめているアルルとヘルガだけであった。

 

「奴ラヲ皆殺シニシテ、連レ去ラレタ同胞タチヲ取リ返ス!邪魔スル者も皆殺シダ!!」

「待ってくれよグロス、それじゃあ、それじゃあウィーネ達を連れ去った奴らと同じじゃないか……!!」

 

 目を血走らせ、怒りに身を任せて大地を砕くグロスに、自らも憤怒の炎に焼かれながらリドは悲痛な叫びを上げる。

 しかし、彼の言葉はグロスには届くことはなく、逆に怒りのボルテージを上げる結果となった。

 

「構ウモノカッ!!先ニ我々ニ手ヲ出シタノハ奴ラダ!!ヤラレタコトヲヤリ返シテ何ガ悪イッ!!!」

 

 グロスの怒りに呼応する様に、周囲の異端児からも賛同の叫び声が上がる。相棒であったヒッポグリフを傷付けられた獅子馬(グリフォン)が蹄を鳴らし、ウォーシャドウの友であった金属獣(メタルガゼル)が角を振り回す。

 リドには彼らの気持ちが痛いほど分かる。リドだって、彼の隣で肩を抱き自分を落ち着かせようとしているレイだって、本当は怒りに身を任せて、同胞やリリアを傷つけた奴らに報復したい。けれどもそんな彼らを最後の一線に踏み留まらせているのは、一人の冒険者の存在があったからだった。

 

「そんな事したって、リリアはきっと喜ばない!悲しむだけだ……!それにグロスだって知っているだろう!!冒険者は悪い奴らだけじゃない、良い奴だっている!!ベルっち達みたいな奴らが、絶対にいるんだ!!」

 

 けれど。

 

 

 

「オ前ハ何度裏切ラレレバ気ガ済ムンダ、リド!!」

 

 

 

 彼らはもう止まれない。

 リドの必死の説得は、即座にグロスに反論された。

 

「ソウヤッテ冒険者ヲ信ジテ、差シ出サレタ手ニ愚カニモ喜ビ勇ンデ信ジ込ンデ!!何度奴ラニ裏切ラレタ!?奴ラハ結局何処ヘイッタ!?アノ白髪頭ダッテ結局ハ冒険者ダ!!信ジルダケ無駄ダ!!イイ加減ニ現実ヲ見ロ、リドォッ!!」

 

 グロスは唾を飛ばしながらそう叫び、瀕死の同胞達を見た。

 

「悪辣ナ冒険者ニ殺サレタ同胞ガイタッ!!」

 

 グロスは今にも消えてしまいそうなリリアを見た。

 

「奴ラハ同ジ人間ダッテ襲ッタッ!!」

 

 最後に、リドへと向き直り、叫んだ。

 

 

 

「コレデドウヤッテ人ヲ信ジロト言ウ!?無理ダロウ!?出来ナイダロウ!!?我々ノ通ッテキタ道ハ、ソンナオ気楽ナモノデハ無カッタハズダ、リドォォッ!!!」

「……」

 

 

 

 その通りだった。

 涙を流せない石の身体で、それでも泣きそうな声で自分へと叫ぶ同胞を見て、リドはその言葉を否定する事は出来なかった。

 今まで、ベル・クラネルの様に自分たちに慈悲をかける冒険者はいる事にはいたのだ。……全員、最終的には人間側へとついたのだが。

 結局、人間と怪物(じぶんたち)は分かり合えないのか。

 そんな悲しい結論が、泣きたくなる程の説得力をもってリドの脳裏に浮かぶ。リリアのような人間が特例中の特例であることは、異端児たちも気が付いていた。それでも、自分たちの前に現れた希望の光を、もしかしたら多くの人間と分かり合えるのかもしれないという希望を、諦めることはできなかったのだ。

 そして、どうやらそれももう潮時の様だった。

 何も話さないリドを苛立たし気に見ていたグロスは、とうとう他の怒れる異端児たちを連れて18階層へと向かってしまった。その勢いは止まることを知らず、正しく怒涛の勢いで母なる迷宮を駆けあがっていく。

 

「駄目ダ、リド。モウ、止マラナイ……」

「ちくしょう……」

 

 レイの悲痛な宣告に、リドは自らの歯を噛み砕かんばかりに噛み締めた。握りしめていた手のひらには血が滲み、彼が抱いている激情の凄まじさを物語っている。

 賽は投げられてしまった。このまま進むしかない。

 もう後戻りできなくなっても─────必ず同胞だけは取り返す。

 リドは覚悟した。瞳を閉じ、自らの胸の内に渦巻いていた激情を認め、受け入れる。

 一度吹き荒れる憤怒に身を任せてしまえば、後はもう進むだけであった。

 目を開いたとき、そこにはもう温厚で気前のいい蜥蜴人(リザードマン)はいなかった。そこにいたのは、抑えきれない憤怒の炎を瞳に宿した一人の戦士であった。

 地面に突き立てていた曲刀(シミター)長直剣(ロングソード)を引き抜く。雰囲気を豹変させたリドは、ラーニェの側にいたアルルとヘルガに近づくと、静かに声をかけた。

 

「アルル、お前はあいつを……アステリオスを迎えに行け。合流する予定の里にもう帰ってきているはずだ。訳を話して連れてこい」

「……キュウ」

 

 静かにリドの言葉を聞いていた兎のモンスターは、小さく鳴いて一つ頷くと側に控えていた黒犬(ヘルハウンド)の背に飛び乗った。そのままぶかぶかの戦闘着(バトルジャケット)を翻して下層へと向かう一角兎(アルミラージ)を見送ったリドは、残っていたモンスターたちに指示を下す。

 

「レット、マリィ。ここで他の連中を守ってくれ。そして皆が復活したら、すぐに合流予定の里に向かってくれ。マリィは余裕があれば皆に血を分けてくれないか」

「……了解しました、リド」

「分カッタ!頑張ッテ!!」

「レイ、ついてこい。グロス達を追う」

「分かりましタ」

 

 あっという間に陣形を整えたリドは、最後にリリアを見た。彼らの最も大切な存在であった少女は、今も呪いに侵され苦しんでいる。それを見るのと同時に、リドの胸中に真っ黒な炎が吹き荒れる。

 

「行くぞ」

 

 その静かな宣言を経て、蜥蜴人(リザードマン)歌人鳥(セイレーン)は稲妻のような速さで疾走した。向かう先はグロス達が向かった場所。

 第18階層、《迷宮の楽園(アンダーリゾート)》。

 

 

 

 数時間後、楽園が蹂躙され怪物の侵攻が始まったことを知らせる鐘が、迷宮都市に響き渡った。

 

 

 

 

 

「そこのモンスター、貴様がその手に抱いている小娘……こちらに渡してもらおう」

「……キシャァァアアッ!!」

 

 鐘が鳴り響く数分前。

 傷ついた異端児たちが身を休めていた広間に、一人の武人の姿があった。

 巌のような体躯が懸架するのは、漆黒の鉄塊ともいうべき巨大な直剣。防具を纏わぬ戦闘衣(バトルクロス)の姿であれど、その体に傷を負っている想像(イメージ)は一つも湧くことはなく、むしろこちらが蹂躙されている想像のみが脳裏に浮かぶ。

 圧倒的な強者。

 傷ついた異端児など、ものの数秒で制圧してしまうであろう絶望を前に、しかし気丈にもラーニェやレットを始めとした意識を保っている異端児たちは彼を威嚇してみせた。怪物そのものといった恐ろしい形相を見せ、これ以上彼女を傷つけさせてたまるかという意地を見せる怪物達に、男は眉を上げ、いささか驚いた様子を見せた。

 

「お前たちが人語を介するということは既に知っている。下手な演技はよせ、異端の怪物ども」

「……貴方は、何者ですか」

 

 異端児(ゼノス)の事情を知っていると話す男に、冷や汗を垂らしながらも誰何するレット。残ったメンバーの中でも一番の人語の使い手である彼の質問に、男は忌避するでも嫌悪を抱くでもなく、ただ淡々と答えた。

 

「【フレイヤ・ファミリア】団長、オッタル」

「……フレイヤ、ファミリア……ッ!?」

 

 そして、男の─────オッタルの返答に、レットは今度こそ度肝を抜かれた。

 フレイヤ・ファミリア。異端児に地上の事情を教えていたフェルズから「奴らとだけは絶対に、何があっても対立してはならない」と何度も教え込まれた存在の一つであった。

 この迷宮の上に存在する都市、オラリオにて最強の座を冠する派閥の一つ。

 アステリオスを始めとしたフルメンバーの異端児が相手であっても、一日と保たずに壊滅させることが出来ると言われる「化け物」の集まりだ。

 

「この子を、リリアを狙って……何が、目的だ……オッタルとやら……ッ!」

 

 未だ体を蝕む呪いの痛みに呻きながらも、ラーニェはオッタルを睨みつける。リリアをマリィに預けた彼女は既に戦闘態勢に突入しており、いつでも彼に襲い掛かる準備は出来ていた。

 そんなラーニェを見て、しかし特に何を言う様子も見せなかったオッタルは─────

 

「惰弱だな」

 

 ─────瞬きもできぬ一瞬のうちに、戦闘態勢を取っていたラーニェの背後、リリアを抱くマリィの前へと移動していた。

 驚愕のあまり目を見開くことしかできないマリィを意に介した様子も見せず、腰に装着していた小袋(ポーチ)に手を突っ込んだオッタルは、取り出したそれの中身をばしゃばしゃとリリアへとかけた。

 

「ッ、何をする貴様ァ!!」

「黙れ、弱者。守りたいものすら守れなかったお前にとやかく言われる筋合いはない」

「がっ、く、は……ッ!?」

 

 すかさずオッタルに襲い掛かるラーニェ。振り向きざまに叩き込まれた拳を、オッタルは視界に入れる事無く片手で弾き、さらにその腕をつかんで投げ飛ばした。

 地面に叩きつけられ、のたうち回るラーニェだが、無理やりに痛みをねじ伏せると気力を振り絞って立ち上がる。しかしその動作は錆びついた人形のような動きであり、彼女の体に限界が迫っているのを如実に示していた。

 自らが死のうとも自分を排除しようとする人蜘蛛(アラクネ)にため息を吐いたオッタルは、もう一つ小袋から小瓶を取り出すと、蓋を開けて彼女へと振りかけた。リリアに使ったものと同じものであるそれは、ラーニェの体に当たった途端に激しく煙を上げ、彼女の体を包み込む。

 そして、煙が晴れた瞬間、そこにいたのは失った片腕を除いて大方の傷が癒えたラーニェの姿であった。

 冒険者が怪物にポーションを使った。

 実際にはそれよりも高価な万能薬(エリクサー)であったものの、その事実に驚いたラーニェに、オッタルは淡々とした様子で告げる。

 

「我が主神の命により、この幼子を救いに来た。この幼子を守ろうとしていたお前たちとは目的が一緒だと思ったが……違ったのか?」

「……一体、何を」

「フン、答えなど求めてはいない。この幼子はこちらで預かる。その方が安全だからな」

「なっ、待て!リリアは私たちが─────」

「守り切れなかった身で何を言う、アラクネ?」

「─────ッ!!」

「周囲には満身創痍の荷物を抱え、その上彼女を守り抜く、と?隻腕のその身で?……うぬぼれるなよ怪物(モンスター)。そんな温い覚悟で守れるほど、この迷宮は甘くない」

 

 ただ淡々と事実を突きつけるオッタルに、ラーニェはくしゃりと顔を顰めた。

 反論することすら許さず、マリィの腕からリリアを奪い取るオッタル。しかしその動作は優しいものであり、治癒の煙に身を包まれながらも傷の治りが遅いリリアを案じていることが一目でわかった。

 

「貴方は……いや、貴方にとって、リリアは何なのですか……?ただの冒険者が、そこまで彼女に尽くす理由が、私には分からない」

 

 と、ここまでの急展開に口をはさむことが出来なかったレットがようやく口を開く。彼の質問に、気遣わしげに腕の中のリリアを見ていたオッタルは、少し悩むような様子を見せたのちに彼に返答した。

 

「……彼女は、私の命の恩人だ」

「命の、恩人……?」

「ああ。私は彼女のおかげである死線を潜り抜けることが出来た。そして寵愛を受け取ることが出来た。その恩は返す、これもその一環だ」

 

 生真面目な表情でそう告げるオッタル。

 レットは、自分たちと友好を結んでいた少女の知らない一面を見た気がして思わず息をのんだ。そんな彼の様子を見ることなく、オッタルは踵を返し広間を出ていこうとする。

 自分の想像以上にリリアの傷の治りが悪い。行きがけに寄った【ディアンケヒト・ファミリア】から無理やりに買い取った《解呪のポーション》と万能薬の合わせ技でも、リリアの傷を完全に癒すことは出来なかった。これは異常事態だ、何らかのイレギュラーが発生している可能性がある。

 彼女が死ねば、フレイヤが悲しむ。それ以上に、こんな幼子が、それも自分の命の恩人ともいえる存在が命を落とすことは絶対に避けたいことであった。

 

「……オッタルッ!!」

「なんだ」

 

 先を急ごうとしたオッタルに、ラーニェから声がかかる。苛立たし気に振り向いたオッタルに、ラーニェは悔しそうな表情で頭を下げた。

 

「その子を……リリアを、頼む」

「……言われなくとも」

 

 ラーニェの懇願に、オッタルは小さくそう返すと、今度こそ広間を後にした。

 都市最高位のレベル7の能力を最大限に発揮して、18階層に攻め込んだグロスやリド達以上のスピードで迷宮を踏破していく。時折遭遇(エンカウント)するモンスターたちは片手間と言わんばかりに足蹴にされ、粉砕される。

 相手から見つかりはしなかったものの、途中武装したモンスターの討伐隊ともすれ違い、彼が迷宮から神の塔(バベル)へと到着したころには周囲は完全な混乱(パニック)状態であった。18階層の《リヴィラの街》が武装したモンスターの襲撃を受け壊滅、更には地上に有翼のモンスターが出現したというのだ。

 悲鳴の上がる18階層を完全にスルーして戻ってきたオッタルは、彼の放つオーラにあてられて周囲の人垣が割れるのに構うことなく、自らの拠点(ホーム)を目指した。

 

 

 

「ヘルン!!来い!!」

「お、オッタル様!?それに、そのエルフは……」

「お前は確か解呪の魔法が使えたな?この幼子は強力な呪いに侵されている。すぐに治療を」

「呪い!?わ、分かりました、こちらへ!」

 

 フレイヤ・ファミリアの拠点である【戦いの野(フォールンヴァング)】に到着するや否や、派閥の中でも一、二を争う腕を持つ治療師(ヒーラー)であるヘルンを呼び、すぐにリリアの治療へと取り掛かる。

 突然の呼び出しに面食らったヘルンであったが、意識を失ったリリアを見てすぐに事態を把握すると、オッタルを先導して派閥の治療室へと案内する。

 ぐったりと力の抜けたリリアの体を寝台に寝かせ、出来るだけ楽な体勢を取らせるヘルン。身にまとっていた邪魔な戦闘衣を脱がせ、すぐに患部の状態を把握すると、詠唱と同時に必要な薬品の確保へと動く。己の役割を忠実にこなす少女の様子を見て、これならば安心かと一息ついたオッタルは、部屋を出てフレイヤへ報告しに向かった。

 

「フレイヤ様、不肖オッタル、ただいま帰還しました」

「あら、結構早かったわね、オッタル。それで、あの子は?」

「は。未だ呪いに侵されたままでしたので、ヘルンに預け治療にあたらせています」

「……呪いに?おかしいわね、目印には解呪の力も込められていたはずなのだけれど……アルテナに偽物でも掴まされたかしら?」

「いえ、複数回にわたって強力な解呪の力が働いた形跡は見受けられたので、それだけ強力な呪いであったのかと」

「……そう、まあいいわ。ヘルンには後でお礼を言わなくちゃね」

「は」

 

 己の前に跪くオッタルを通り過ぎ、神室を出ようとするフレイヤ。どこに行こうとするのかと問いかけるオッタルの視線に、フレイヤは簡潔に答えた。

 

「調査に出していたアルフリッグ達が今回の事態を引き起こした(げんいん)を見つけたから、逃げられないうちに殺っちゃおうと思って」

「……送還するのですか」

「いいえ。一思いに楽にしてあげるんじゃあ、制裁にならないじゃない?」

 

 そういって、美しくも凄絶な笑みを見せるフレイヤ。「だからついてきてね、オッタル」という主神の命に従うオッタルは、垣間見える女神の怒りの深さに震えると同時に、いったいどうやって相手の神に制裁を与えるつもりなのかと疑問を抱いた。

 カツ、カツと(ヒール)を鳴らしながら、愛、豊穣、そして戦を司る女神は行進する。

 

 

 

「二度と私のお気に入りに手を出そうなんて思えなくしてあげるわ」

 

 

 

 そんな物騒なことを呟きながら。

 

 

 




「……これは」

ヘルンは、リリアに治療を施しながらその形の整った眉根を寄せ、顰め面を作っていた。

「傷の治りが遅い、ううん、呪いが傷口に深く沁みついちゃってるんだ」

それでも、自分に治せないレベルのものではない。ヘルンは冷静に分析しながらも、心の中に溢れてくる疑問を抑えることは出来なかった。

「こんなに呪いが解けないなんて、おかしい、いくら何でも()()()()()()()()()()。これじゃあ、まるで─────」



「─────()()()()()()()()()()、とでも言いたいのかね、お嬢さん」
「ッ!?」
「おお、驚かせてすまんかった、続けてくれ続けてくれ。儂もリリアに死なれては困るからの」
「そう言われて続けられると思いますか!?」
「そこはほれ、頑張ってくれ」
「ッ、ぬぅぅうう!!」

今は患者が最優先、今は患者が最優先、そう自分に言い聞かせ、ヘルンは突然現れた老人を放置してリリアの治療を進める。
老人の言葉に大人しく従った自分に驚くヘルンであったが、すぐに自分の背後にいる老人からは不思議なほどに敵意や悪意といったマイナスの感情を感じないからだと気が付いた。



目の前で懸命にリリアの─────自分の愛し子の治療にあたる少女を見ながら、土の精霊王(ドライアルド)は目を細める。

「さぁて……どうするかのぅ……」

己の分身たる微精霊、そしてすこし離れたところに感じる()()の気配を察知しながら、ドライアルドは深い思考の海に身を沈めていった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

猛牛、斯く怒れり

いやクソ長いなッ!!!!


どうも皆さん。
アステリオスとフレイヤ様の怒りが思った以上に凄いことになってて今回の話が過去最長の長さになった福岡の深い闇です。

補足としましては、相変わらず原作とあまり変わらない場面に関しましてはいつも通りバッサリとカットしてますので、そこはご了承ください。
原作と外伝、双方10巻にあたるお話ですので、詳しいことの経緯が知りたい人はGA文庫「ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか」・「ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか外伝 ソード・オラトリア」を買って読もう!!!(ダイマ)
面白いし泣けるのでぜひ読んでダンまちをすこれ、よ!!


あっ、この二次創作もすこってくれたらうれしいな。


シリアス……君はいい奴だったよ。
それじゃあこれからよろしくね、シリアル君!!(手の平ドリル)


感想・誤字報告ありがとうございます!!
そろそろ放置してたGGOも書く予定なのでソチラモ……ソチラモ……


それでは、過去最長の第23話を、どうぞ!




 アステリオスは、狭い通路の中を驀進していた。

 巌のような巨体を誇る彼が一歩足を踏み出すたびに、《オブシディアン・ソルジャーの体石》で作られた石畳は砕け、ズシンと通路を振動させる。

 鼻息も荒く加速し続ける彼が追っているのは、一人の矮小な存在であった。

 

「ふざけんなッ!!ふざけんなふざけんなふざけんなァッ!!?」

 

 醜くも辺りに叫び散らしながら逃げるのは、片腕を失くしたディックス・ペルディクス。リリア達を襲った【イケロス・ファミリア】の団長であり、つい先程まで異端児たちと愚者(フェルズ)、そして【リトル・ルーキー】ことベル・クラネルと激しい戦闘を繰り広げていた男であった。

 顔を腫らした彼の全身には傷跡が刻まれ、そこからはとめどなく血が流れ落ちている。ベルと蜥蜴人(リド)のコンビに負わされた傷跡だ。

 たかが怪物とレベル3と侮った代償は大きく、微精霊たちに片腕を持っていかれていた事も災いし、手酷く痛めつけられた彼の体はボロボロになった。今も動く度に彼の全身に激痛が走るが、そんなことは背後から迫りくる《死》の前には些事だ。

 ディックスはもう確定した死の運命を前に、1秒でも長く生存するために足掻いている最中であった。

 ダイダロスの系譜として受け継がされ、完成を強いられてきた人造迷宮クノッソスの内部を出鱈目に走り回り、どうにかしてあの牛人(ミノタウロス)を振り切ろうと躍起になるディックス。

 

『ヴァァァァァアアアアアアアッ!!!!』

「ぎっ、いぃッ!!?」

 

 しかし、彼の血の匂いを覚え、尚且つ仲間から人造迷宮の鍵(ダイダロス・オーブ)を受け取っているアステリオスから逃れる術はない。

 もともとそこまで離れていなかった距離はすぐに零になり、文字通り牛人に轢かれたディックスは行き止まりとなっていた道の壁に叩きつけられる。

 何とか立ち上がるものの、紅の双角に残された左腕を強打され骨をへし折られたディックスの姿は、奇しくも彼に重傷を負わされる前のリリアの姿に酷似していた。

 しかしそんなことなど知る由もないアステリオスは、憤怒の炎を瞳に宿し、背中に懸架していた大剣を断頭台(ギロチン)のように掲げた。

 数えきれないほどの獲物の返り血を浴びてすっかり紅に染まってしまった白銀の大剣は、それを作り上げた精霊の怒りを共有しているかの如く凛と音を鳴らし、自分を握る主の号令を今か今かと待つ。

 瞳を焼く刃の反射光を涙でぼやけさせながら、ディックスは目を見開きながら不満を叫ぶ。

 

「きっ、聞いてねえぞ、こんな化け物ぉぉぉぉおおおおおおッ!!!!!?」

 

 絶叫じみた罵声をかけられても表情を一切変えることはなく、アステリオスは大剣を彼に向かって振り下ろした。

 空気を切り裂きながら発進した最硬精製金属(アダマンタイト)製の刃は、恐怖と怒りでぐちゃぐちゃに顔を歪ませているディックスの体を綺麗に両断した。

 頭から股座まで唐竹割りにされたディックスは、切り口から夥しい量の血を吹き出しながらどちゃりと湿った音を立てて床に崩れ落ちる。

 

『ヴァァァァアアアアアアアアアアッ!!オォォォォオオオオオオッ!!!!』

 

 しかし、アステリオスはそれだけでは止まらない。

 一度振り下ろした大剣を再び振り上げると、2度、3度と何度も何度もディックスだったものに向かって振り下ろしていく。

 大剣が肉塊を両断する度に血飛沫が上がり、アステリオスの顔を、体を、腕を、角を、紅に染め上げていく。石畳はとうの昔に砕け散り、露出したアダマンタイトの床は、大剣の一撃に耐え切れずに大きく陥没してしまっていた。

 大きなくぼみに、大きな挽き肉と血だまりが溜まっていく。

 やがてアステリオスが動きを止めた頃には、ディックスだった残骸が惨たらしい末路を見せていた。

 初見殺しの『呪詛(カース)』の使用など許されるはずもなく、一矢報いることもなくただ無様に蹂躙された男の、無様な末路であった。

 抵抗など許さぬ圧倒的な蹂躙。

 それを見せつけたアステリオスは、しかし満足した様子を見せる事無く、その瞳から憤怒の炎を消すことはなかった。

 アステリオスは怒っていた。

 生まれてからこの方感じたことがないほどの激情に全身を支配されていた。

 その矛先は今しがた叩き潰した、彼の大切な存在を傷つけた冒険者でもあったし、彼女(リリア)を守り切ることが出来なかった不甲斐ない自分自身でもあった。

 

「修行にかまけ、彼女を守れなかったこの惰弱……許されるものか……!」

 

 そう呟き、ギチギチと音を立てて大剣の柄を握りしめるアステリオスの姿は、迷宮都市最強の名を冠する猪人(ボアズ)に似ていた。

 そして、しばらくその場に佇んでいたアステリオスは、鼻息も荒く同胞たちの匂いを追い、走り始めた。

 彼らの手を取ったという冒険者、それを助けるために地上へと向かった彼らの下へと馳せ参じるために。

 その先に待つ闘争。それにより自らを更に高め、二度と彼女に傷を負わせぬために。

 

 

 

 

 

「……なんだ、この感覚は……」

 

【ロキ・ファミリア】団長、フィン・ディムナは先ほどから自分を襲う悪寒に眉をひそめていた。

 ダイダロス通りに出現した《有翼のモンスター(ヴィーヴル)》の情報。

 それを受けて急行した先で見たベル・クラネルの奇行。

 そして極めつけは、逃げ出したヴィーヴルを追って駆け出したベル・クラネルを庇うように、ダイダロス通りに姿を現した《武装したモンスター》。

 ヴィーヴルとベル・クラネルは見失ってしまったものの、目の前では団員たちの手によって武装したモンスターたちが次々に制圧されている。

 気になることがあり、なるべく生け捕りにするように指示していたため、制圧された《武装したモンスター》にはまだ息が残っているが、戦闘続行が出来る者はいないだろう。

 終結しつつある戦場。

 だというのに、フィンの背筋は凍えるような悪寒に襲われており、なおかつそれを裏付けるかのように親指が引きつるほどに疼いている。

 フィンの直感は親指に直結している。

 この直感によって幾度もの危機を乗り越えてきたフィンにとって、今の状態は歓迎できるものではなかった。

 周囲を見渡すものの、特に彼に危機感を覚えさせるようなものは存在しない。

 強いて言えば《武装したモンスター》を使役する何者かが潜んでいるであろう場所に出撃させたガレスの帰りが遅いことくらいだが、もし彼がやられるような存在が出現していればこれ以上の騒ぎになっていることは想像に難くない。

 それでは、この悪寒はなんだ?

 泰然とした態度を崩さないまま、しかし内心では冷や汗を流すフィン。彼のその様子に気がついたのは、彼の近くで待機していたアイズと、付き合いの長いリヴェリアだけであった。

 嫌な予感がする、一度戦線を引き下げるか?

 フィンの脳裏にそのような選択肢が浮かぶ。守るべき民衆を背後に背負っている今、この戦況がひっくり返されるようなイレギュラーは歓迎できない。

 ならば、多少の非難を浴びようとも最善の策を使う。

 そこまで考え、最前線で戦うヒリュテ姉妹やベート達に合図を送ろうとしたフィン。

 

 だが、その判断の遅さは致命的であった。

 

 

 

「─────ォ!!!!!」

 

 

 

 雄叫びが轟いた。

 

 アイズ、フィン、リヴェリア、ティオナ、ティオネ、そしてベート。この戦闘域にいた全ての第一級冒険者がそれぞれの行動を中止し、同じ方角を見やった。

 確かに震えた空に、血を流し地面に倒れ伏す異端児たちを助けようと行動していたリリルカ、ヴェルフ、命や春姫たちも同様に動きを止める。

 

「今の、は……?」

 

 地上に現れた恐ろしい《武装したモンスター》。それを鎮圧する冒険者たちに歓声を上げていた民衆たちも、ぴたりとその動きを止めていた。

 交戦中の【ロキ・ファミリア】の団員たちも静止する他方、戦闘における機微など分からないはずの非戦闘員の春姫でさえ立ち尽くし、まるで本能そのものが怯えるかのように獣の尾が絶えず微動している。女神であるヘスティアも、その瞳を見張っていた。

 やがて……どんっ……どんっ……と。

 自己の存在を主張するように、地を揺らし、不穏な重音が響き渡ってくる。

 確かめずとも分かる何かの足音。徐々に近づいてくる音響が聞こえてくるのは、竜女(ヴィーヴル)が現れる際に破壊した壁面跡、その先からだ。

 今もまだ煙が立ち上るそこへ、全ての者の視線が集まる。

 多くの異端児たちが倒れ伏し、通りから一切の音が消えた。

 間もなく。

 煙の奥に浮かんだ影は、瓦礫を踏み砕く音を放ち、とうとうその姿を表した。

 

「─────なっ」

 

 呟きを漏らしたのは、冒険者の一人だった。

 

 迷宮の闇の奥から生まれたかのような漆黒の体皮。これまでに屠った獲物の返り血だろうか、所々を紅く染め鉄の匂いを身に纏うその姿は、正しく人々が想像する「死神」そのもの。

 2M(メドル)を上回る巨躯は岩のような筋肉で覆われており、更にその上から纏うのは無骨な鈍い銀色の鎧だ。

 重厚で威圧感のある胸鎧(ブレストアーマー)、肩当て、手甲、腰具、脚装。

 そのはち切れんばかりの巨体を覆うのは、重戦士と呼ぶに相応しい巨大な全身型鎧(フルプレート)だ。返り血を浴びて鈍い紅色に染まるそれに包まれた片手は、巨大な両刃斧(ラビュリス)を提げており、逆の手には大地から直接削り出したのかと思わせる程に武骨な大剣が。やはりどちらの武器も返り血に紅く染まっている。

 それに加えて腰具に異なった大斧を懸架するその姿は、周囲にいた冒険者たちに歴戦の戦士を思わせる。

 その想像(イメージ)を覆すのは、頭部から生えた双角。まるで吹き荒れる炎の様に鮮やかな紅色を宿すその角は、装飾なのだろうか、片方が深緑の布に包まれていた。

 強靭な四肢と、頭に生える角。

 その威容から連想される単語は、猛牛。

 ギルドの資料に載ってもいなければ、あの【ロキ・ファミリア】でさえ遭遇したことのない『未知』の『怪物』がそこにはいた。

 常に泰然としていたフィンは、この時ばかりは被っていた化けの皮を脱ぎ捨て、顔色を変えて身を乗り出す。

 彼の親指は、既に引き攣り痙攣を起こしていた。

 

『─────ォ』

 

 フッ、フッ、と荒い鼻息を吐き出す『怪物』─────アステリオスは、ぐるりとその太い首を巡らせる。

 赤緋の鱗を砕かれ、力無く横たわる蜥蜴人(リド)

 口から血を流しながら、陥没した地面に倒れ伏す歌人鳥(レイ)

 石の翼を半ば砕かれ、全身に罅を入れて気絶している石竜(グロス)

 他にも、彼の周囲には倒れる異端児(モンスター)と、彼らに武器と敵意を向ける冒険者の姿があった。

 

 

 

 ─────沸騰する。

 

 

 

 今、アステリオスの視界には、既に倒すべき《敵》しか映っていなかった。

 血を流し、地に伏せる仲間たち。それは、彼の最新の心傷(トラウマ)にして怒りの源泉である傷付いたリリアを彼に思い出させた。

 幸いにして、仲間は一応死んではいない。

 ……なら、こちらも()()()()()()

 だが、手加減はしない。

 勝手に生きろ。

 

『─────』

 

 口を開く。

 怒りという炎に傷付いた仲間という薪を焚べ、全身に力を送り出す。

 

 

 

 

 

『ォォォォォォォォォォォォォォォォォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!!!!!!』

 

 

 

 

 

 雄叫びを上げる。

 静寂をぶち破る、弩級の咆哮。

 砂塵を舞い上げるほどの音塊が響き渡った直後、『ダイダロス通り』の住民たちは白目を剥き、一斉にばたばたと倒れ込んだ。

 

「─────ぁ」

「サポーター君、春姫君!?」

 

 民衆に続いてレベル1であるリリルカ、そして春姫までもが両膝を折り、蒼白となって地に座り込んでしまう。

 自らの眷属を襲った異変にヘスティアが叫ぶ中、春姫の妖術の恩恵を受けたヴェルフと命、更には【ロキ・ファミリア】の団員たちもその身を一杯にのけぞらせる。

 尋常ではない『咆哮(ハウル)』。

 生物の心身を原始的恐怖で縛り上げる怪物の恐嚇(うた)

 己と戦う資格のない者を行動不能─────強制停止(リストレイト)に追い込む雄叫びだ。

 ヴェルフと命が片膝をつく。彼らが見下ろす自身の手の平は震え、階位(レベル)を1段階昇華させた身であっても満足に動けない。【ロキ・ファミリア】でも戦意が折れかける者が続出し、咄嗟に得物を地面に突き立てる事で踏み止まった。

 

『ッッッ!!』

 

 資格ある者だけが戦場に残る中、『怪物』は発走する。

 アステリオスが驀進する先にいるのは─────ティオネ。

 

「なっ、この─────」

 

 波濤の如く押し寄せる怪物に、ティオネは眦を吊り上げる。

 二刀の湾短刀(ククリナイフ)を構え、迎撃の構えを取った。

 それが、致命的に間違っているとも気が付かずに。

 

「避けろ、ティオネッ!!」

 

 フィンの激声は空を切り裂く大剣にかき消され、銀の大刃はそのまま─────ティオネの僅か1M手前、地面へと振り下ろされる。

 爆砕と衝撃、そして浮遊感。

 ティオネの双眸が驚愕に染まった。

 舞い上がる石と土砂で視界が塞がれる中、地から足が離れ一切の回避行動を奪われる。すかさず彼女の下へ、狙い澄ましていたかのように左腕に握られた両刃斧の剛撃が繰り出された。

 咄嗟に湾短刀を交差させ防御するが、圧倒的質量の前にはそんな華奢な武器など紙切れ同然。

 

 破砕される。

 

「─────がっっっっ」

 

 武器による防御を貫通した両刃斧の一撃は、ティオネの身体を()()。夥しい量の血飛沫を撒き散らしながらティオネは民家の一角を吹き飛ばした。

 

「…………ぇ?」

 

 この間、僅か数瞬。

 圧倒的戦力を持つ筈の第一級冒険者が、()()

 その衝撃的事実は、他の冒険者たちに致命的なまでの隙を生み出した。

 大双刃(ウルガ)を構える事も出来ず、ただ呆けた顔で姉が吹き飛んだ方向を見つめるティオナの前で、アステリオスは同じように棒立ちとなっている他団員に向けて猛威を振るう。

 

『ゥオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!』

 

 地を圧砕する踏み込みと同時に、縦に握られた大剣の腹が他の冒険者たちを面白いほどに薙ぎ払う。

 圧倒的質量に轢かれた彼らは、例外なく骨を砕かれ、血を吐き、範囲外にいた他団員たちとも衝突し、絶叫する。

 

「うぁぁぁぁぁぁああああああああ!!!?」

 

 男性団員の叫びが空に木霊し、そのまま蹂躙される【ロキ・ファミリア】の大半が戦場から一掃された。

 そして、そこまでの被害を経て、ようやくアマゾネスが再起動を果たす。胸の内に憤怒を燃やし、大双刃を構えて猛牛へと吶喊する。それに続く(ベート)が、被害を受ける弱者を減らす為に全力で罵声を浴びせ、周囲へと避難させる。

 

「にゃろぉぉぉおおおおおおおッ!!!」

「クルス、退け!!てめえ等は邪魔だッ!!!!」

 

咆哮(ハウル)』の影響下から脱せない冒険者ともども怪我人を引きずり他団員たちが退避していく中、荒ぶる猛牛と第一級冒険者たちは衝突した。

 全力で打ち込まれる大双刃。両刃斧に負けず劣らずの唸りを上げながら自らへと襲い掛かる刃を見つめるアステリオスは、次の瞬間、右手に握っていた大剣を閃かせて大双刃の刃へと沿うように動かした。そして、そのまま絡みつくような動きで大剣を振り上げる。

 

 大双刃が跳ね上げられた。

 

 超質量を持つ武装を扱う者として絶対に避けられない大きな隙。

 重心が崩れ、常人とは比べ物にならないほどに強靭なはずの第一級冒険者の体幹が揺るがされる。目を見開くティオナに向かってニィ、と凄絶な笑みを見せたアステリオスは、そのまま地面を割る強烈な踏み込みと共に、彼女に向かって回し蹴りを放った。

 アマゾネスの十八番である体術を、他でもないアマゾネスに向けて振るう。

 意図されたことではなかったとはいえ、それは彼女たちにとってとてつもなく侮辱的な行為であった。想定外の攻撃に驚くも、怒りに歯を食いしばるティオナは防御のために大双刃を捨て、同じく蹴りで迎撃することでなんとか猛牛の一撃を防ごうと藻掻く。

 

『オォォッ!!!』

「ぎぃっ!!?」

 

 骨の砕け散る音が響いた。

 ティオナが苦し紛れに打ち出した蹴り。体勢が崩れていたとはいえ、生半可な怪物であれば吹き飛んでも可笑しくはない威力を内包したその全力の蹴りを、アステリオスはあざ笑うかのように()()()()()()()()()()

 衝突したティオナの足に()()()()()。関節を無視してへし折れる自らの足を唖然とした表情で見つめたティオナは、一瞬遅れて脳へと到達した激痛に悲鳴を上げる暇もないままにあばらを強かに打ち付けられ、姉と同じように民家を爆散させた。

 肋骨全損。

 肺も半ば潰れ、地上にいるはずなのに水中で溺れているかのような窒息感に襲われる。

 たった一撃で大熱闘(インテンスヒート)が起動するまでに追い詰められたティオナは、一度に負った損傷(ダメージ)の凄まじさに戦場に復帰することが出来ずただ血を吐き出すことしかできない。

 一方、その一瞬の攻防と決着を見たベートは、戦慄で顔を歪めた。

 

(こい、つ─────)

 

 圧倒的なまでの技術(わざ)

 両手に大型の武器を持ち、それによって先鋒を倒すことによって注意を武器へと向けさせ、本命の蹴りを選択肢から外させる駆け引き。

 そして、第一級冒険者の肉体を真正面から破壊できるだけの図抜けた潜在能力(ちから)

 間違いない、目の前の『怪物』は紛れもなく強者だ。

 それも、ベートよりも遥かに格上の。

 

「─────怖気付いてたまるかァッ!!行くぞ、化け物ォッ!!!!!」

『ヴオオオォォォォォォォオオオッ!!!!!!!』

「るぅぅぅぅぅぅぅぅぁぁぁぁぁああああああああッ!!!!!」

 

 しかし、ベートは吠えた。

 己を待ち受ける強者に、久しく立たされることのなかった「弱者」の立場に、彼は凄絶な笑みを浮かべて「強者」の咆哮を放つ。恐れを見せる事無く自分に立ち向かってきた敵に、アステリオスはこの時ばかりは怒りを忘れ、歓迎の笑みを浮かべた。

 両刃斧の剛撃と、狼の蹴りが交錯する。

 結果は狼の敗北。人の身ではどう足掻いても身に着けることのできない埒外の肉体強度に、ベートの体が押し負けたのだ。

 たった一回の衝突で、彼の足を守る銀靴(フロスヴィルト)に罅が入る。

 自らの骨にも軽い罅を入れられながらも、ベートはその程度の損傷は問題ではないと吠え、自らに猛牛の注目が集まるように全力で攻め立てる。

 加減は出来ない。

 したらこちらが死ぬ。

 ベートは腰に装着していた短剣型の魔剣すらも駆使して、猛牛相手に一歩も引かずに暴れ回る。

 そんなベートの狙いを理解したフィンは、彼の稼ぐ時間を一秒たりとも無駄にしてはいけないと退却してきた団員たちに指示を下す。

 

「エルフィ、倒れた住民たちを全員避難させろ!急げ!!」

「は、はいっ!?」

 

 魔導士たち後衛に声を放ち、立ち竦むだけであった彼らに行動の指針を与える。首領の指示に肩を跳ね上げる少女たちは気絶した住民を抱え、避難行動を加速させた。

 

「フィン、『魔法』の援護は!?」

「駄目だ、詠唱の時点で敵の注意が住民側(こちら)に向く。君の結界でもあれの突撃は防げない」

 

 地上から振り仰いでくるリヴェリアに、少なくとも避難が終わるまでは待機しろ、とフィンは告げる。

 魔法円(マジックサークル)を広げ、既に完成させた『魔法』を待機状態に移行させているハイエルフは、今にも舌打ちをつきそうな表情で前方の戦場を睨みつけた。

 規格外の化け物と一人渡り合うベートの体には、既に無数の傷跡が刻まれていた。対する猛牛の体はほぼ無傷。ベートが長年の経験を総動員してようやく貫いた防御の先に待っていたのは、無尽蔵ともいえる化け物の強靭(タフネス)であった。

 巌のような筋肉がベートの蹴り(きば)を弾き、お返しと言わんばかりに繰り出される斧と大剣の一撃が、彼の体を掠めるだけで血飛沫を飛ばす。

 フロスヴィルトの出力も全開で戦うベートは、着実に劣勢に立たされていた。

 それでも、傷だらけの狼は吠えるのを止めない。

 戦えない弱者が、強者(じぶん)が倒れることで蹂躙されるのを防ぐためだ。

 狙い通りに相手の注目を一手に引き受けたベートは、その身と引き換えに住民の避難を完了させる時間を稼いでいた。

 

「黒い、ミノタウロス……?」

「いや……深層種(ブラックライノス)の亜種だろう」

 

 ベートの攻撃など意にも介さずに暴れ続ける『怪物』を、アイズはじっと注視する。

 今にも飛び出していきそうな彼女を視線で制しながら、フィンは『深層』から発生した『異常事態(イレギュラー)』だと考察した。

 あれも、他の武装したモンスターと同じ『強化種』でもあると。

 

「……ア、アステリオス……」

 

 地面に倒れている異端児(ゼノス)たちが、漆黒の影に顔を上げる。

 傷ついたリドは、その最後の同胞の名を呟いた。

 

「おぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおッ!!!!!」

『ヴァァァァァアアアアアアアアアアッ!!!!!』

 

 零距離からの超接近戦(インファイト)

 肉と肉がぶつかり合う壮絶な大音声が通りを席巻し、同時にベートの体が崩壊を始める。一撃を相手に打ち込めば、損傷を負うのはベート(こちら)側。その上相手の一撃が直撃すれば即死ときた。

 神に言わせれば「オワタ式」。

「ハイクソゲー」の声と共に操作用子機(コントローラー)を投げ捨てる絶望的状況に、しかしベートは歯を食いしばって食らいつく。

 諦める様子を見せない狼に、猛牛は猛々しく笑い、攻撃の勢いを強める。さらに密度を増した剣劇の嵐に、ベートの体が体裁をかなぐり捨てた悲鳴を上げる。

 それでも、その悲鳴を彼は気合で捻じ伏せ、体を動かす原動力へと変える。

 それと同時に、唸る狼の咆哮に刺激された姉妹(アマゾネス)が、再起の炎を燃やす。

 

「……ふざけやがって」

「……まだ、まだ……っ!!」

 

 立ち上がる。

 激痛に顔を顰め、体から血を流し、血塊を口から吐き出しながらも、二人の女戦士は立ち上がった。

 一人で絶望へと立ち向かう、憎たらしい(ベート)に負けないように。

 

「調子に乗ってんじゃねえぞッ、牛野郎ッッ!!」

「ッ、らぁぁぁああああああああああッッ!!」

 

 半断された肉体にも構わず、莫大な怒声が放たれる。

 およそ人の肉声とは思えない大音声に、アステリオスは思わず注意を引き付けられた。

 

 そして出来上がった、一瞬の隙。

 

 それは、彼らが己の牙を相手に叩き込むには十分すぎる時間であった。

 地面を割り発進した二人のアマゾネスは、赤く染まる気炎を上げ、再び猛牛へと突貫する。

 その身に纏うは陽炎のように空気を揺らがせる闘気。

 大反攻(バックドラフト)大熱闘(インテンスヒート)、二つのスキルが最大出力で唸りを上げ、彼女たちの一撃に必殺の威力を与える。

 それに気が付いたベートも笑みを浮かべ、奥の手と用意していた雷撃の魔剣を銀靴(フロスヴィルト)の宝玉に宛がい、魔力を吸収させる。極上の餌を得た狼の牙が歓喜の声を上げ、その身から電流を迸らせる。

 

『ヴ、オォオオオオオオオ!!?』

「消し、飛べッ!!!!!」

「あああああああああッッ!!!」

「お、オォッ!!!!」

 

 ベート、ティオナ、ティオネ。三人の必殺が『怪物』の体を貫く。

 咄嗟に両刃斧と大剣で防ごうとするアステリオスだが、遅い。

 先ほどのお返しとばかりに砕かれた両刃斧を貫通して、彼らの一撃が着弾した。

 

 

 

 

 

「……」

 

 オッタルは、戦場と化した通りから少し離れた場所にある建物の屋上にて、その黒い牛人(ミノタウロス)と【ロキ・ファミリア】の戦闘を眺めていた。

 彼の視界の隅では、盾をへこませ、全身の鎧に傷をつけたガレスが荒い息を吐きながら膝をついている。

 

「何を……考えている、【フレイヤ・ファミリア】……ッ!!」

 

 忌々しいと言わんばかりにオッタルを睨みつけるガレスであったが、人一人殺せそうなほどに鋭いその眼光も都市最強の冒険者の前では無意味だ。

 向けられた敵意を特に意に介したそぶりも見せずに、オッタルはただ迷宮街の一戦を眺めるばかり。そんな彼の横では、二人の神が笑みを交わしながらにこやかに会話をしていた。

 

「オイオイオイ、なんだよなんだよ。フレイヤ様よぉ……オレを助けに来てくれたってかぁ?」

「うっふふ……そうね。貴方をそこの彼に連れていかれたら、少しだけ、ほんの少しだけ困っちゃうもの」

「アッハハハ……愛されてるなぁ、オイ」

 

 神イケロスと神フレイヤ。

 自ら望んで陥ったとはいえ、女神に窮地を助け出され嫌らしいニヤケ顔を浮かべる男神に、愛と豊穣、そして戦を司る美神は見る者全てを魅了する笑みを浮かべた。

 そして、慈愛に満ちた表情で口を開く。

 

「ええ。だって─────貴方を痛めつけるのに、丁度いい機会が無くなってしまうもの」

「……は?」

 

 ピシリ。

 そう音が聞こえてくるほどに、イケロスの顔が固まる。

 そんな男神の様子など知らないとばかりに、フレイヤは追撃を仕掛ける。

 

「今日、私のお気に入りの子が一人、貴方の眷属に大けがを負わされてしまってねぇ?危うく死ぬところだったの。……そしたら私、とてもとても悲しくって……ねえ、イケロス?眷属(こども)のしたことは、主神(おや)が責任を取らなきゃ。そうでしょう?」

「……ま、待ってくれよ、フレイヤ様。まさか、オレを送還するって?」

「送還……?いいえ、いいえ。そんなことしたって、貴方が楽になるだけじゃない。また退屈なだけのあの天界(せかい)に戻ってのうのうと暮らさせるなんて、私の気が済まないわ」

「……一体、何を……!」

()()()()()()()()

 

 フレイヤがそう言ってほほ笑むと。

 ピタッと、イケロスの動きが止まる。

 神ですら魅了してしまう、人外の美。彼女の「お願い」に抗える者など、純真無垢な思いで英雄の階段をひた走る愚者(ベル)か、純真無垢な思いで米を作り続ける米キチ(リリア)くらいしかいない。

 美しい笑みに目を奪われ、動けなくなった男神にフレイヤは近づくと─────その体を屋上に押し倒した。

 どさ、と音を立てて尻もちをついたイケロスに、フレイヤの影が覆いかぶさる。

 

「私のお気に入りの子を傷つけた罪─────」

 

 美神に魅了されながら恐怖で体を震わせる哀れな男神に、フレイヤは冷徹な笑みをくれてやる。

 そして、羚羊(かもしか)のように細く美しい、鋭い(ヒール)を持つ靴を履いたおみ足を振り上げ。

 

「─────その身で贖いなさい」

「ぃひぐっ」

 

 イケロスの股間に振り下ろした。

 ぐち、とナニカが潰れる湿った水音と、どこから出しているのか分からないイケロスの短い断末魔がガレスの耳にまで届く。

 男であれば一生に一度は経験するであろう想像を絶する激痛を思い出し、その場にいた男性は思わず前かがみになった。

 イケロスのイケロス君がリル・ラファーガされ、彼は悲鳴すら上げることが出来ずに水揚げされた魚のように屋上をのたうち回る。白目を剥き、口から汚くも涎を垂れ流すその姿に神としての威厳は無い。

 男としては限りなく致命傷な一撃。

 だが悲しいかな、人も神も、逸物を潰された程度では死なないのだ。

 神の力(アルカナム)は主の命を守り、致命傷を回復させるために働くが、今回は命にかかわる系統の致命傷ではない。

 ……いや、イケロスの様子を見れば普通に命にかかわりそうではあるが。

 ビクン、ビクン、と汚い痙攣を繰り返すイケロスを、フレイヤは満足げな笑みを浮かべて見下ろしている。

 彼女のいる屋上の下、建物と建物の間にある裏通りでは、もう一人の男神が脂汗を流し前かがみになりながら、「フレイヤには絶対に逆らわないでおこう、うん」と一人必死に頷いていた。

 

「リリア・ウィーシェ・シェスカ。この名前……貴方は聞き覚えがない、イケロス?」

「ぃぐあっ、り、リリアぁ……?……ぁ、あ……」

「─────何、リリア?」

 

 フレイヤは気絶したイケロスの腹に強烈な踏みつけ(ストンプ)をお見舞いし、強制的に叩き起こすと、激痛に呻くイケロスにそう尋ねた。

 その背後では、ガレスが思いもよらない単語に驚愕の表情を浮かべる。

()()()()()()()()()によって人間(こども)たちが使い物にならない今、彼女(リリア)について調べるならば闇派閥の主神と推定されるイケロスに話を聞くのが一番手っ取り早い。

 

「……ぅぐ、ぞ、そう言えば、最近そんな名前のエルフの餓鬼を殺してくれって依頼が来てるって、ディックスが言って」

「……それは私も知っているわ。きっと、それ以外に、貴方は知っていることがあるでしょう?」

「ひぃっ!?わ、わがっだ!!話す、話すがら!!」

 

 何かを隠すような視線の動きを見せたイケロスに、フレイヤは足を少し上げながら尋問を加える。普通であれば露出を増やした女神の生足に唾を飲み込むところが、今のイケロスにはそれが恐怖の対象でしかない。

 

「で、でも、なんでそんな餓鬼の事を……」

「私のお気に入り。あの子について調べたいのだけれど、今はうちの眷属()が使えないから、ちょっと……ね」

「……あ?お気に入り?『アレ』を?……ハ、ハハッ」

 

 だが、続くフレイヤの言葉で、イケロスの瞳はあらんばかりに見開かれた。

 その瞳に宿るのは、隠しようのない恐怖と、驚愕。そして……昏い()()だった。

 

「お、オイオイ……フレイヤ様、アレをお気に入りだなんていうのは、やめといた方が良い。っぐ、う……冗談じゃねえ。色々と人間(こども)たちの薄暗い所を見てきたオレからの助言だ」

「……ふぅん、どういうことか、一応聞いておこうかしら」

 

 恐怖で顔を引き攣らせながらも、口の端を吊り上げて笑うイケロスのぐちゃぐちゃな表情にただならぬものを感じ、フレイヤは冷たい表情を崩さないままにイケロスに続きを言うように促す。

 それを受けて、笑みになっていない崩れた笑みを浮かべたイケロスは、うわごとのように喋り始める。

 

「あ、アレは……オレが知ってる中でも一番の馬鹿な人間(ガキ)の夢の果て。馬鹿げた夢の『完成形』。知ったのは密輸で外に出た時だったかな……アレは、あ、アレは、()()()()()()()……は、は。ぃ、がっ……この街にいるってんなら、きっと、ヤバいことになるぜぇ、フレイヤ様ぁ……ぅぐ」

「……そう。ありがとう、もう用は済んだわ」

「ぃぎゃっ」

 

 そこまで聞いたフレイヤは、最後にゲシッ、とイケロスのイケロス君にとどめを刺してオッタルの下へと向かう。

 と、その時。

 彼女たちがいる場所からでも分かるほどに強大な威力を持った雷霆が、先ほどから【ロキ・ファミリア】が戦闘を続ける戦場から空へと突き立ったのが見えた。

 迷宮都市の中でも有数の魔法使いであるリヴェリアの全力砲撃にも劣らない凄まじい砲撃は、周囲に爆音をばら撒き、衝撃波をまき散らす。咄嗟にオッタルから庇われ、事なきを得たフレイヤは、背後で息を呑むガレスへと流し目を送った。

 

「行かなくていいの?貴方の仲間がピンチのようだけれど……」

「……クッ、そこの神(イケロス)は連れて行かせてもらう!!」

「ええ、構わないわ。……気を付けて」

 

 そうフレイヤが返した瞬間、屋上を爆砕する勢いで宙へと身を繰り出したガレス。襟を掴まれてがくがくと揺れながら一緒に宙を駆けるイケロスを無感動な目で追いながら、フレイヤはオッタルとは別に周囲で陰ながら護衛を続けていた【炎金の四戦士(ブリンガル)】ことガリバー兄弟に声をかけた。

 

「アルフリッグ、ドヴァリン、ベーリング、グレール。あの武装したモンスターが逃げるのをそれとなく手助けしてあげて」

「……よろしいのですか」

「ええ。目が覚めた時に仲間が減っていたら、あの子が悲しむでしょう?」

「……フレイヤ様、先ほどの神イケロスの言葉を鑑みるに、あのエルフとは、もう」

「駄目よ。それは駄目。私にあの子を諦めろと言うの、オッタル?」

「……僭越ながら」

「嫌。私はあの子を諦めないわ。あの子といると退屈が殺せる(まぎれる)もの。……それに、もしあの子が本当に私を殺す者だとしても」

 

 そう言って、オッタルとガリバー兄弟たちに目を向ける。

 

「─────貴方たちが私を守ってくれるでしょう?」

「……貴女がそれを望むなら」

「「「「御意」」」」

 

 自らの眷属に対する絶対的な信頼。

 その一端を見せつけられたオッタルたちは、その体を歓喜に震わせ、彼らの主神の命令(オーダー)を遂行せんと迷宮街を駆ける。

 

「うっふふ……さぁ、面白くなってきたじゃない」

 

 神の本質である娯楽への飢餓。それを覗かせる笑みを浮かべたフレイヤは、舞台女優のように大仰に両手を広げながら空を仰ぐ。

 

 

 

「せいぜい私を楽しませて頂戴、ね?」

 

 

 

 その声に応えるが如く、猛牛の咆哮が迷宮都市を貫いた。

 

 

 




【ロキ・ファミリア】拠点(ホーム)、【黄昏の館】。
尖塔の集合である複雑怪奇なこの建築物、その女子寮の一室にて。
緑を基調とした部屋の中に、二人の人影があった。

『……あの子が泣いているわ、私』
『ええ、あの子が傷ついているわ、私』

互いを「私」と呼び合う二人は─────そう呼び合ってもおかしくはないほどにその姿が似通っていた。
黄金の瞳に、長い金色の髪。人ではありえない程に整った相貌は、無機質な表情で固定されている。
もし彼女たちを【ロキ・ファミリア】の団員たちが見たのであれば、「アイズと瓜二つ、いや瓜三つだ」と言うであろう容姿をした彼女たちは、ふわふわとした口調で互いの意思を統一していく。

『ドライアルドが側にいるみたい』
『なら安心ね。でも、不安ね』
『ええ。あのお爺さんは少しやりすぎてしまうわ』
『でも、止めるのも少し面倒くさいわね』
『ええ、面倒くさいわ』

ゆらゆらと、まるで風のように不安定な様子で言葉を交わす彼女たちは、しばらくすると共通の結論にたどり着いた。

『それじゃあ、とりあえずあの子の所に行きましょうか』
『ええ。とりあえずあの子の所に行くわ』
『この子と遊ぶのは楽しかったけれど』
『ええ。この子と遊ぶのは楽しかったけれど』
『私はやっぱりあの子の側が落ち着くもの』
『ええ、私の言う通りよ。あの子の側が落ち着くわ』
『うざったいエルフリートは今はいない』
『ちょっとめんどくさいメリュジーネだっていないわ』
『何を考えてるのか分からないシェイドは……相変わらずどこにいるのか分からないけれど』
『ウンディーネがいないのは寂しいわ』
『今からでもドライアルドと交換できないかしら』
『私の言うとおりね。交換したいわ』

『『まあ、それじゃあ。リリアに会いに行きましょうか』』

そう言うや否や、彼女たちの姿は風となってかき消えた。
あとに残されたのは、専用の台に立てかけられた《霊樹の大枝》のみ。
神ロキも気づかぬ間に、リフィーリアと共にオラリオへとやってきていた風の精霊王イズナは、三位一体ならぬ二位一体の体を風へと変換して、愛し子の下へと文字通り疾走した。






目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

神々は微笑み、幼子達は吼える


誤字報告、感想ありがとうございます。
シリアスくんの最後の雄姿を、どうぞご覧ください。





 

「そう、やっぱり貴女は、自分から危険に飛び込んでしまうのね」

 

 悲しげな声が聞こえる。

 瞼が重い。鉛の様だ。

 それでも、その悲しげな声の主を見つけたくて瞼を持ち上げようとするけれど、誰かの手によって遮られてしまった。

 声の主の手なのだろうか。ひんやりとしたその手の平は気持ちよくて、それでいて泣きたくなるくらいに懐かしい。

 分からない。分かれない。でも、私はこの人を知っている。

 不思議な時間が流れる中、懐かしい声はしゃべり続けた。

 

「いつだってそうだった。私のため、民のためと言って、貴女は常に誰かのために動いていた。貴女の願いを叶えるためとはいえ、その根幹も結局は他人のため。……私は、それが嫌だった。嫌だったんだよ」

 

 頭を撫でられる。

 優しいその手つきには、まるで母親のような慈愛が満ちていた。

 身体から力が抜けてしまう。

 頭の奥が痺れるように、思考が纏まらなくなっていく。

 ぼんやりとした頭の中を、とりとめのない思考が川の流れのように急速に流れていく。

 ああ、私はこのまま眠ろうとしているのだと、本能的に察知した。

 

「その結果が()()だなんて。……そんなの、許せないよ。許せるわけがない、認められるわけがない。()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 頬に、雫が落ちる感触がした。

 泣いているのだろうか。

 だとしたら……それは、嫌だ。

 

「貴女と私が出会わなければよかった。そうすれば、貴女が私の『薪』になることもなかった。でも、駄目だよ……もう私は、貴女が隣にいない世界なんて考えられない」

 

 がち、がち、と時計の針が巡る音がする。

 がち、がち、がち。

 でも、その音は掠れていて、まるで壊れかけた時計を無理くりに動かしているような印象を受けた。

 手を伸ばそうとしても、体は動かない。……いや、視界が塞がれている今、私には本当に体があるのかも怪しい。そんな感覚に陥っていた。

 

「もう死なないで。無事でいて。貴女が元気に笑ってくれれば、私はそれだけでまだ頑張れる。約束のために、まだ進めるから」

 

 五感がざあっと遠ざかる。

 もう音が聞こえているのか、私の幻聴なのかも分からない。

 それでも、このまま終わっていいはずがないと、私は回らない頭で考えた。

 だから、必死に顔を動かして笑って見せた。

 たぶん、口元しか見えていないと思うけど。

 今の私には、こんなことしかできないから。

 

「……だい、じょうぶ」

 

 もう、失敗しない。

 貴女を泣かせたりなんか、するもんか。

 

「だから……待ってて」

 

 懐かしいとは少し違う感覚。

 けれど、泣きそうなまでに鮮烈なその感覚は、覚えている。

 絶対に、忘れない。

 

「もう一度、いっしょ、に……」

 

 意識が薄れる。もう限界だ。

 でも、もう少しだけ。

 全身全霊で、目を開く。少ししか持ち上がらない瞼だったけれど、手が外されたおかげで相手の姿を確認することが出来た。

 新雪のように真っ白な髪。その顔を彩るのは、宝石よりも鮮やかな紅の瞳。

 きらきらと輝く涙を湛えたその瞳は驚愕を宿し、そこには大人と子供の中間のような、少しだけ子供じみた私の顔が映っていて。

 神性を宿したその(かんばせ)に、私は不細工な笑顔を向けた。

 

「一緒に、ごはん、食べよう─────」

 

 

 

「─────雛ちゃん」

 

 そして、私の意識は途切れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 瑠璃色の瞳が開いた。

 視界に映るのは、見慣れない、そして知らない天井。

 何か夢を見ていた気がする。けれど、その記憶は霞のように薄れてどこかへと消えてしまう。後に残ったのは、ただ何かを約束したような気がする、という曖昧な印象のみ。

 ここはどこだろうか。

 過去の記憶を漁ってみるものの、直近の記憶があやふやで、ただ腹に凄まじい熱を感じたような感触だけが嫌に残っていた。

 リリアは自分の腹に触れてみたものの、そこには傷跡一つ無い真っ白な肌があるだけだった。

 ……うん、腹?

 お腹に手を当てた状態でこてん、と小首をかしげるリリア。腹筋に力を入れ、足を振り上げ勢いをつけてから起き上がると、彼女の肩からするりと真っ白なシーツが滑り落ちた。

 シーツの感触がやけに鮮明に伝わる。くすぐったさに身をよじったリリアは、そこで自らの格好を認識した。

 全裸であった。

 一糸纏わぬ生まれたままの姿。採光のために天井に設けられた天窓から差し込む光を、蒼銀の髪が反射してきらきらと光っていた。

 

「な……なぜ!?」

「あ、起きましたか!良かったぁ……」

 

 くわっ、と目を見開いて驚愕するすっぽんぽん。そんな彼女の声が聞こえたのか、リリアが横たわっていた寝台がある部屋の隣から、扉を開けて一人の少女が入ってきた。

 年頃は千恵と同じくらいか。美しい髪は編み込まれる事無く流されており、少女の自信を窺わせる。顔立ちはヒューマンとしては最高峰と言えるほどに整っており、見目麗しいものに目がない神々からの求婚が絶えないであろう美しさだ。

 驚きを露わにする全裸を見て、何故か涙目になった少女にリリアは見覚えがあった。より具体的に言えば、彼女が覚えている最新の記憶から一日ほど前に出会ったことのある少女であった。

 

「えっと……ヘルン、さん?」

「はい、ヘルンです。状況を説明しておきますと、ここは私たち【フレイヤ・ファミリア】の拠点(ホーム)である『戦いの野(フォールクヴァング)』。貴女は何者かに瀕死の重傷を負わされて、オッタル様からここに運び込まれました」

「重傷……え、オッタルさんがここまで?」

「はい。フレイヤ様のご指示で」

「女神さまの……」

 

 呆然とした表情でヘルンの言葉を繰り返すリリア。

 いったいどうしてそのような事態になっているのか分からないリリアは、ヘルンが入ってきた扉から現れた人物を見て次こそ状況の理解を手放した。

 

「リリアちゃんが目覚めたって、本当ですか!?」

「えっ、千穂ちゃん!!?」

「良かった……!!」

「ぎゃあああ」

 

 リリア達がいる部屋に息を切らして入ってきたのは、【ニニギ・ファミリア】団員のはずの千穂であった。全裸で自分を見つめるリリアに気が付いた千穂は、その瞳に涙を浮かべるとリリアに全力で抱きつきにかかった。

 幼子とはいえ、その身に神の血(ファルナ)を得た冒険者の端くれ。ステイタスが最弱であれど常人よりも強い力で胴を圧迫され、リリアは再会を喜ぶ余裕もなく悲鳴を上げた。

 そんなリリアの様子に気づいた様子のない千穂に、ヘルンは慌てて声をかける。

 

「ち、千穂さん、落ち着いてください!リリアさんがその、今にも気絶しそうな……」

「……きゅう……」

「り、リリアちゃーん!!?」

 

 再び夢の世界へと旅立ったリリアに、焦る千穂。

『戦いの野』の診療室は、瞬く間に混沌とした(カオスな)空間へと変貌した。

 

 

 

 

 

「はい、リリアちゃん。あーん」

「ぬん、千穂ちゃん、私、一人で食べれる……」

「あーん」

「……あ、あーん……」

 

 数分後。

 再度目が覚めたリリアは、ヘルンによって用意された衣装に着替え、千穂が厨房を借りて作ったという卵雑炊を手ずから食べさせられていた。

 ニコニコ笑顔で匙をリリアの口に近づける千穂の圧力に屈し、大人しく口を開けるリリア。一体どうしてここにと質問する暇もなく、千穂は雛鳥に餌を与える親鳥の如くせっせと世話を焼く。

 仕方がない、久しぶりの千穂の手作りご飯だ、大人しく食べよう。

 諦めたリリアは口の中に差し込まれた匙をはむっ、と咥え、卵雑炊を味わう。

 

「どう、リリアちゃん?」

「ん、おいしい」

「よかった!」

 

 リリアの返答に笑顔を見せる千穂。うお眩しっ、とその笑顔の輝きに目を細めたリリアは、もぐもぐと口を動かして誤魔化すように食事を進める。

 お邪魔虫は退散しますね、とばかりに診療室から出ていったヘルンが言う事には、リリアは迷宮(ダンジョン)の中で他の冒険者から呪われた武器(カースド・ウェポン)の槍で腹を刺され、瀕死の重傷を負ったらしい。

 自分が襲われたということは、他の異端児も襲われたということ。そのことを聞きたい衝動にかられたものの、愚者(フェルズ)からの異端児の事は一般人に漏らしてはいけないという注意喚起を思い出して聞けずじまいとなっていた。

 状況が気になりはするものの、リリアの頭の中は徐々に口に運ばれる卵雑炊の事でいっぱいになっていった。

 回復したてのリリアの事を考えてか、消化に良い雑炊として運ばれてきた米は丁寧に取られた出汁を吸い込み、その旨味をリリアに伝えてくれる。

 鶏ガラをベースにしているのだろうか。いつもとはまた一味違った風味を持つ出汁は、あっさりとしておりながら深い旨味を内包しており、水分を含んだことで柔らかく、また甘みを増した米との見事なハーモニーを奏でている。

 その調和を下から支えているのが、ふわふわとした触感の溶き卵だ。

 料理上手な千穂の手によってきれいに流し入れられた溶き卵は、その触感をまるで絹のように滑らかなものへと変貌させていた。舌で押し切れる程に柔らかいその卵は米と出汁の味を邪魔することなく、しかし彼らの主張をある程度中和してまとめ上げる(かすがい)のような役割となっていた。

 卵と米と出汁。

 おにぎりと同じく素材の少ない単純な料理ではあるが、だからこそ料理を作る者の腕の差が顕著に表れるといってもよい。

 千穂の作った卵雑炊は、若干薄味ではあるものの、薄味であるからこその優しい味と思いに包まれている。

 はむはむと餌を与えられる雛鳥の如く千穂から雑炊を食べさせられるリリア。いつしかその表情は柔らかくなり、他派閥の拠点内でありながらすっかりリラックスしてしまっていた。

 

「ごちそうさまでした」

「はい、お粗末様でした。……食器洗って返してくるから、そこで大人しく待っててね」

「はーい」

 

 千穂の言葉に手をあげて返事をするリリア。何か違和感を覚えるものの、それももうどうでもよくなっていた。ぱたんと音を立ててしまった扉を見つめ、寝台の上に無造作に倒れ込むリリア。

 幼い体を柔らかく受け止める寝台の感触に、うとうととし始める。

 もう一度寝てしまおうか、ヘルンさんもゆっくり休んでと言ってたし。

 そう考えながら瞼を閉じたり開いたりと繰り返すリリア。ぼうっとした意識の中で、千穂が部屋に入ってきた気配を感じた。診療室の中は静かで、ただリリアに注がれる日差しの温かさだけが気持ちよい。

 くす、とほほ笑む吐息が聞こえ、頭をゆっくりと撫でられた。その手つきに懐かしいものを感じながら、リリアは眠りに落ちようとして─────

 

「……いや、なんで千穂ちゃんがここにいるのぉ!?」

「ひやぁ!?」

 

 寸前で正気に戻った。

 

 

 

 

 

「おお、目覚めたかリリア。心配したぞ」

「うわああああん、リリアちゃん、良かった良かった!!」

「んむぎゅ」

「おい、千恵、リリアが潰れてる」

「はぁ……なんでお前はいつもこう、やることなすこと全部大事なんだ……」

 

 再び診療室を訪れたヘルンと共に部屋を出て、【フレイヤ・ファミリア】の主神であるフレイヤの神室へと向かう。部屋の主の許可を得て入室した部屋には、何故か他派閥の人間であるはずの【ニニギ・ファミリア】の面々が勢ぞろいしていた。

 半泣きでリリアに抱きつく千恵と、そんな彼女を諫める伊奈帆。都市最強派閥に保護されていたリリアに苦い表情を隠せない穂高や、素直に安堵の表情を見せるニニギなどいつものメンバーに囲まれ、目を白黒させるリリア。

 千恵の抱擁から抜け出した後、どうしてここに、と彼らに疑問をぶつけようとした時、リリアの背後からパンパン、と手を叩く音が聞こえた。

 振り向くと、そこには銀の髪を無造作に流す『美の化身』がいた。

 下界に生きるどの美術家であれ再現することは不可能な、恐ろしいほどに整った相貌に浮かぶのは、無邪気かつ嗜虐的な笑み。無造作に流された銀髪がその体にまとわりつくものの、それすらも彼女のだらしなさではなく美しさを際立たせる装飾となる。

 その身に纏う黒いドレスは、彼女の司る愛と情欲を示すかのように蠱惑的な魅力を周囲に振りまいていた。

 美神、フレイヤ。

 天界において最も美しいと言われる美の神の筆頭であり、全てを茶番に変えることのできるほどの魔性の「美」を持つ超越存在(デウスデア)だ。

 その証拠に、彼女の姿を視界に入れた伊奈帆や穂高、同性である千恵までもがその美しさに生唾を飲み込み、立ち竦んでしまっていた。

 

「無事に回復できたみたいで何よりだわ、リリア」

「ありがとうございます、女神様」

「あら、お礼はヘルンとオッタルに言って頂戴。私はただあの子たちにお願いしただけ。助けたのはあくまでもあの子たち、よ」

「はい、分かりました」

 

 しかし、そんなむせ返るほどの「美」にも一切動じない馬鹿が一人。

 米キチ(リリア)だ。

 笑顔でフレイヤにお礼を述べたリリアは、彼女の言葉に頷くと後でお礼を述べることを心のメモ帳に書き込んだ。なお、このメモ帳は米を見るたびにちょくちょく紛失する。

 リリアの返事に気をよくしたのか、満足げに頷いたフレイヤは、続いてリリアの隣で身を固くしている千穂へとその銀の視線を降らせた。

 遠慮というものを知らない容赦のないその視線に、千穂は居心地が悪そうに身じろぎする。

 自身の美に魅了された様子を見せないその行動に面白そうな表情を浮かべたフレイヤは、表面上柔らかく見えるほほえみを浮かべながら、千穂へと話しかけた。

 

「それで、貴女は満足?……びっくりしちゃったわ、誰にも伝えてないし、漏れるはずのない彼女(リリア)の居場所を突き止めて、無謀にもここに突撃してくるんですもの」

「うっ、そ、それは……」

「ふふ、別に怒ってはいないわ。貴女の行動は全て彼女を思っての事ですもの。愛でこそすれ、大人げなく叱責することはないわ」

「……ありがとう、ございます」

 

 フレイヤの微笑みに、引き攣った笑いを浮かべる千穂。

 虫の知らせと言うほかない感覚に後押しされ、居ても立ってもいられずに『戦いの野(フォールクヴァング)』に突撃した千穂。門番から槍と殺気を向けられるものの、それを怖がる余裕もない彼女を拠点へと招き入れたのは他でもないフレイヤだった。

 直後に彼女を追ってきた【ニニギ・ファミリア】の団員や主神もまとめて自陣内へと招き入れるその大胆な行動は、都市最強の名を冠する派閥(ファミリア)だからこその行動でもあった。

 獲物を前にした蛇のような光を宿す瞳に見つめられ、冷や汗を流す千穂。そんな彼女を庇うように前に出たリリアは、フレイヤに気になっていたことを質問することにした。

 

「あの、女神様。今、この街で何が起こっているんですか?」

「……それは、どちらの事を聞きたいのかしら。地上の事?それとも……」

 

 地下(ダンジョン)のこと?と首を傾げるフレイヤに、リリアは一瞬迷った様子を見せたものの、地上の事です、と答えた。

 彼女の答えに微笑みを返したフレイヤは、質問に応えるべく口を開く。

 

「現在、オラリオには『武装したモンスター』と呼ばれている怪物(モンスター)たちが現れ、混乱を振りまいているわ」

「……っ、それって……!」

「はじめは紅石(いし)を失くした竜女(ヴィーヴル)が、それを追うようにして蜥蜴人(リザードマン)を筆頭にした様々な種類のモンスターたちが。当然、冒険者たちがそれらを排除するべく動き始めた。……【フレイヤ・ファミリア】(わたしたち)と同じ、都市最大派閥の一つ【ロキ・ファミリア】が、ね」

「そんな、それじゃあ……!」

「安心して。まだ彼らは全滅してはいないわ」

「え……?」

 

 女神の言葉に翻弄されるリリア。そんな幼子の様子を、笑みを浮かべて見守るフレイヤは、可愛らしいものを見る目で話を続ける。

 

「黒い牛人(ミノタウロス)。彼がロキ・ファミリアの幹部たちと大立ち回りを演じてくれたおかげで、他の仲間たちはみな彼らから逃げおおせることが出来た」

「モーさんが……じゃ、じゃあ、モーさんは、アステリオスは……!?」

「さぁ?【勇者(ブレイバー)】や【剣姫】、【重傑(エルガルム)】たちを一手に相手取って片腕を切り落とされていたところまでは見たのだけれど……まあ、彼らがあの牛人を打ち取ったっていう情報が流れてきてはいないから、大丈夫じゃないかしら?」

「腕を……そんな」

「そのことについて、補足だ」

 

 愕然とした様子を見せるリリアに、後ろからニニギが声をかけた。振り向いたリリアの目に飛び込んできたのは、男神が手に持っている一つの水晶玉。

 独特の色合いを放つそれは、元賢者の生み出した叡智の結晶、眼晶(オラクル)であった。

 

「ニニギ様、それは!」

「異端児たちとは連絡を取った。あの骸骨をはじめ、異端児側に欠員は無し。アステリオスも逃げおおせたようでな、後はお前の回復待ちだったという」

「……よ、よかった」

「あら、私の前でその話をしてもよかったの?」

「……お前には隠し事をしても無駄だと悟った。それに、お前はリリアが悲しむことはしないであろう?」

「……不本意だけど、その通りね」

 

 ニニギの言葉に、不承不承と言った様子で頷くフレイヤ。実際、リリアに付けた目印のおかげで、彼女を取り巻く事情や都市の創設神であるウラノスの秘事も大体把握できている。

 迷宮都市を、そして冒険者の在り方を揺るがしかねないその存在を知り、なお眷属を使って滅ぼさないのは、ひとえにそれが自らを蝕む退屈の毒を殺せそうであること、そしてお気に入りの子(リリア)が悲しむからであった。

 自らの行動原理を、会って間もない男神(おとこ)に把握されていることに面白くないものを感じながらも、フレイヤはそれを不問に処した。

 和やかな空気がフレイヤの神室に流れる。

 仲間の無事を確認できたリリアは胸を撫で下ろし、今はただ純粋に家族(ファミリア)との再会を喜んでいた。

 

 

 

『グオオオオォォォォォ──────────』

『アアアアアァァァァァ──────────』

 

 

 

 恐ろしい怪物の咆哮が都市に木霊する、その時までは。

 時が止まる。

 短い間ではあったが、密度の濃い付き合いを続けていたリリアは分かった。

 あの叫び声は、ただの怪物なんかではない。

 あの叫び声の主は─────他でもない異端児(ゼノス)のものだ。

 

「……ニニギ様」

「……なんだ、リリア?」

 

 リリアは自らの主神を仰ぎ見た。彼女が信仰する主神は慈悲深く、自らの眷属に向けられるその瞳には優しい光が宿っている。─────()()()()()()()()()()()()()

 リリアの背筋が凍る。

 短い付き合いではあるが、派閥の仲間として、血を受けた眷属として理解した。

 彼は、ニニギは─────()()()()()()()()()()()()()()()

 

異端児(ゼノス)の皆は、ししょー……フェルズさんは……無事、なんです、よね?」

「ああ、無事だ。……無事に【ロキ・ファミリア】の団員達から逃げおおせ、現在迷宮に帰還するために彼らと戦っている」

「ッ、どうして!!?」

 

 叫ぶ。

 目を見開き、信じられないという心情を痛いほどに宿した瞳で主神に問いかける。何故、どうして─────幼い眷属からの糾弾に、彼の神は眉一つ動かすことなく返答した。

 自らの眷属に対する慈悲に溢れ、かつ他の者には情け容赦の無い『戦の神』としての側面を見せながら。

 

「彼らにお前を預けたのは、彼らがお前を外敵の危険から守り抜くと誓ったからだ」

「そ、れは」

「今回の件でお前は死にかけ、かつあの異形どもは暴走し街に混乱をもたらした。創設神(ウラノス)もその立場から事態解決のために満足に動けず、挙句の果てには迷宮への帰還のために別の派閥(ファミリア)の手を借りる始末。何も自分たちで出来やしない……彼らは私の期待を裏切った」

「でも!!それは、仲間が傷つけられたから!!」

「仲間のため。ご立派な志なことだ。……それで、彼らは自分の首を絞めたのだがな」

「っ、うっ」

「今回の事態は防ごうと思えば防げたはずだ。不測の事態が起ころうとも対処できるだけの戦力、想定、装備や道具の準備。お前を傷つけないためのそれらを行って初めて彼らはお前を預かる準備ができたと言えた。それが出来るはずの力が彼らにはあった。……だが、リリア、現にお前は傷ついた」

 

 いっそ冷酷なまでに異端児を切り捨てる理論を述べるニニギ。リリアはそれに対し反論しようとするが、余りにも隙が無いその正論に全ての反論を封殺される。

 今、この瞬間。

 リリアは選択の時を迫られていた。

 

「お前が精霊の力を振るって助けるか?ああ、出来るだろう、出来るだろうさ。そうあれかしと願われ、()()()()お前にはそれが出来るだけの力がある。呪いを受け、死にかけたその身であっても。ただ、お前の関与が分かった瞬間、私たち【ニニギ・ファミリア】にも都市の非難が集中するぞ」

 

 突然転がり込んだ自分を受け入れてくれた家族(ファミリア)を見捨てるか。

 千穂を見る。

 泣きそうな顔でリリアを見つめ返す彼女の手は、小刻みに震えていた。

 

「お前が派閥を抜けると言っても無駄だ。関係が疑われた時点でもうこの都市に我々の居場所はなくなる。お前は知らないだろうが、現在【ヘスティア・ファミリア】が陥っている状況がそれだ。……勘違いはしないでほしい。私も伊奈帆達も、悪として世間から扱われるのには()()()()()()()

 

 短い間とはいえ、共に過ごし強い絆を育んだ怪物(とも)を見捨てるか。

 ニニギが最後の通告を告げる。

 その瞳に甘さは無い。その声に慈悲は無い。

 ただ厳格に、選んだ先を教えた後に、一人の眷属の決断を迫った。

 

「選べ、リリア。……家族か、怪物か」

「……私は」

 

 声が震える。

 背後にいる女神は何も喋らない。

 ただ、目の前の幼子が下すであろう決断を、無邪気な笑みを浮かべて、銀の瞳を輝かせながら見守っていた。

 既に自らが蒔いた「種」と交わり、これから始まるであろう、退屈を殺す最高の「喜劇」に心を震わせながら。

 

 

 

 

 

「私は─────ッ!!!」

 

 

 

 

 

 そして。

 悩みぬいた末に幼子が至った結論は。

 

「っ、ふふふ!!いいわ、面白そうじゃない!!」

「……やはり、お前(リリア)はそうする、か……」

 

 銀の女神を愉しませ。

 男神に諦めの表情を浮かばせた。

 

「伊奈帆、穂高、千恵。()()()()を頼んだ。千穂、リリア、こちらに来い。フレイヤ、場所を借りるぞ」

「「「了解」」」

「ええ、別に構わないわ。ただ、少しでも私や私の眷属()に危害を加えるようであれば」

「思ってもいないことをよく言う。安心しろ、お前たちに害はない」

 

 幼子たちは手を取りあう。

 そこに正義は無い。そこに道理は無い。

 ただあるのは、子供じみた我儘のみ。

 

「リリア、主神である私の前で大見得を切ったんだ、結果は出せ」

「……はい、ニニギ様!!」

 

 

 

 

 

「澄ました顔をした神々(やつら)に、本物の『反則』というものを見せてやれ!」

 

 

 

 

 

 神の号令が下る。

 こうして、常識人(神)全ての胃を破壊する存在が、迷宮都市に降臨した。

 

 

 





※大精霊たちは創設神の下にカチコミに行っています。



次回「『神伐兵器』」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

『神伐兵器』

(たぶん)米ディッ!!!!!


リアルが修羅場です。
あとスランプでござる。


第2話『リリア、オラリオに立つ』
第12話『胎動する闇は米なんかに負けない(フラグ)』
第16話『異端児は稲作の夢を見るか?』

等で仕込んでいた伏線を回収してます。
……できてたらいいな。

追記:なんかルビが上手くいってませんでしたので修正。
  誤字報告ありがとうございました……気を付けよう。




「なっ、なんやこれ……!?」

 

 ロキは、目の前に広がる光景に開いた口が塞がらなかった。

 迷宮(ダンジョン)を抜け出し、突如都市に現れた『武装したモンスター』の騒動から一夜明け。

 衆目の前で希少な怪物(モンスター)の討伐に執着する意地汚さを見せた大型新人(ベル・クラネル)。一人の英雄候補が零落したその日を境にして、ロキの可愛い最初の眷属であるフィンはなにやら悩み始めた様子だった。

 主神として、長きに渡って彼を見守り続けてきたファンの一人として、その悩みは喜ばしいものであった。

 彼は今、長年被り続けてきた自分の殻を、他でもない自分自身の力で脱ぎ捨てようとしているのだ。

 眷属の成長を目の当たりにしたロキは、彼への助言ついでに老婆心を働かせ、神の強権発動(よけいなこと)をしそうな創設神(ウラノス)を牽制しにギルド本部へとやって来た。

 ……やって来たのだが、そこに広がっていた光景に頭の中が真っ白になってしまった。

 

 ギルド本部が、()()()()()()()()()()

 

 比喩では無い。

 文字通り物理的に、ギルド本部の建造物であり、かつウラノスの神殿でもある荘厳な万神殿(パンテオン)が見るも無残に分断されているのだ。

 本部に集まっている一般人や冒険者たちは驚きのあまり腰を抜かして硬直しており、職員たちも事態の把握が上手く出来ていないような状態であった。

 いつになく焦燥感を顔に浮かべたロキは、混乱する人間(こども)たちの脇を通り抜け、本部の奥へと続く通路へ飛び込んだ。ギルド本部は床までバッサリと切断されており、地割れを起こしたような深い亀裂を見せていた。

 その亀裂の奥に見えた松明の明かり。

 ウラノスが襲撃を受けているのだ。

 

「あんのジジィ、ウチが殺す前にくたばったら承知せんからなぁ……!」

 

 苦い表情を浮かべながら、ウラノスに対して憎まれ口を叩くロキ。しかしその胸中は、彼の大神への心配で溢れていた。

 別にロキはウラノスの事が気に入っているというわけではない。しかし、彼がこの迷宮都市の運営に文字通り身を捧げ、絶大な神威を用いた祈祷によってあの迷宮を抑えてくれているのは知っている。

 彼に何かが起こった時。何かの間違いによって彼が天界に送還された時。

 それは、この都市、ひいては世界の滅亡が始まったに等しい。

 重厚な扉を非力な神の腕でひいひいと息を荒げながら開け、先にあらわれた階段を一足飛ばしに駆け下りる。だんっ、だんっ、だんっ、と音を立ててギルド地下の床を踏みしめたロキ。肩で息をしながらも、祈祷の間へと続く扉を普段は収めている神威を全開にしながら蹴破った。

 

「ジジィ!!まだ生きとるか!?」

「……ロキ、か?」

「いったい何があったんや!待ってろ、癪やけど今助けたる─────」

 

 しかし、神威によって下手人を威圧し、最悪の展開を防ごうとしたロキの目論見はあっけなく崩れ落ちた。

 

 ふわり、と一陣の風がロキの頬を撫でる。

 

 なんや、とロキが疑問に思った瞬間、彼女の頬からぶしっ、と大量の血が飛び散った。ぱたた、と音を立てて自分の腕にかかった赤色を呆然とした顔で見下ろすロキ。一瞬遅れてやってきた激痛に、彼女はたまらずのたうち回った。

 

「いっ、ぎいいいぁぁぁああああああ!!?」

『煩い羽虫が入り込んできたわ、私』

『ええ。ぎゃあぎゃあと煩い羽虫だわ』

「がっ、い、ったい……お前ら、精霊(ニンフ)か!!?」

 

 普段、突っ込み代わりの寝技や殴打なら食らうものの、傷一つ負わされることのない生活を送っていたために、慣れない痛みの感覚に呻くロキ。そんな彼女を冷めた目で見つめているのは、黄金を延ばしたかのような美しい金髪をもつ、二人の少女であった。

 その身に纏う風、人間ではありえないほど以上に整った美しい相貌。何より、()()()()()()()を感じ取ったロキは、一瞬でその正体を看破した。血の滴る頬を手で押さえながら、ぎりりと音が鳴るほどに歯を食いしばり目の前の敵を睨みつけるロキ。

 都市の要であるウラノスを狙った、精霊の襲撃。

 これまで『穢れた精霊』や闇派閥(イヴィルス)の襲撃を受けてきたロキは、彼女たちの背後に都市の破壊者(エニュオ)の影を見た。

 

「精霊風情が神を傷つけるたぁ、ジブンのやった事分かっとるんやろうなァ、ワレェ!!」

『どうしましょう、あの羽虫』

『煩いし、醜いし、胸ないし。どうしましょうか、私』

「っておいゴラァ!!?胸の話は今は関係ないやろがい!!!」

 

 そこそこ豊かな双丘を揺らし、とうとう下級の存在である精霊からも煽られるロキ。

 天界のトリックスターと呼ばれていた頃に戻ったかのような殺気と鋭い視線を精霊たちにぶつけながらも、彼女の脳内は冷静に現在の状況を把握しようとしていた。

 

(……おそらくギルド本部を()()()のはこいつらやない。十中八九、後ろでウチに目もくれずにジジイの方を向いとる生意気な精霊の方や。となるとこっちの二人組はその護衛……いや、違うな。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()感じか。……エニュオか?いや、それにしては動きが性急すぎる。そもそも、こんな規則破り(ルール違反)やるんやったら最初からやっとればそれで目的はあっさり達成)

『面倒くさいし、殺しましょうか』

『ええ。殺しましょう』

「……って、ちょっと待てやァ!!」

 

 やたらとあっさり目に神殺しを決行しようとする精霊二人に、思わず全力のツッコみを入れてしまうロキ。そんな彼女の様子に構うことなく、精霊たちは詠唱を始めた。

 

『『【風よ、来たれ】』』

「─────」

 

 その瞬間、ロキは自らの死を確信した。

 詠唱が始まった瞬間、空間そのものが()()()ほどの大瀑布の如き魔力が祈祷の間を埋め尽くした。

 魔力の扱いに長けたエルフであれば、堪らず呻き膝をつくであろう程の魔力濃度。それに伴って出現した魔法円(マジックサークル)は、笑ってしまうほどにあっさりと祈祷の間を貫通し、視認が不可能なレベルにまで展開される。

 無理だ。

 彼女たちは自分たちの神威では止まらない。理由は分からないが、彼女たちに神の威光は効かない。ルール違反覚悟で神の力(アルカナム)を使えば切り抜けられはするだろうが、それはロキの眷属(こども)たちを見捨てることと等しい。

 

『『【唸れ唸れ唸れ暴風の籠よ翡翠の渦よ疾風の咆哮よ風の力を以て世界を荒らせ空を駆けよ雲を散らせ大地を剥ぎ取る矢を放て】』』

 

 リヴェリアからの報告にあった通り、精霊の詠唱は絶望的なまでのスピードで魔法(ほうとう)を組み上げ、魔力(だんやく)を詰め込んでいく。

 

『『【精霊王の名において命じる与えられし我が名はイズナ風の化身風の女王(おう)─────】』』

「……イズナ、止まれ」

『『【スー】……ドライアルド』』

 

 絶望的な状況を前にしても、諦める事無く精霊を睨みつけていたロキ。

 彼女の思いが天に通じたのか、ウラノスを尋問していた精霊が、破壊をまき散らそうとしていた精霊たちを止めに入った。

 不満げな声音でもう一人の精霊の名と思わしき言葉を発する2人。彼女たちの足元に広がっていた魔法円が収束するのを見て、ひとまず命が助かったことを理解したロキは、どっと腰を抜かして床に座り込んだ。

 

「儂らは神殺しをしに来たのではない。抑えろ」

『けれど、この羽虫はなんだか気に食わないわ』

『ええ。女好きの下種よ』

『胸もないし、酒に溺れるし』

『自分の眷属にはいやらしいことばかりしているわ』

「……ちょっと待てや、ジブンら何でそんなこと知って」

『『黙りなさい羽虫』』

「アッハイ黙ります羽虫黙らせていただきますぅ」

 

 いっそ見事なまでに下手に出るロキ。今の彼女に神としてのプライドは無い。かろうじて命を拾った今、眷属(かぞく)のためにもここは泥水を啜ってでも生き残る心積もりであった。

 いつか絶対地べたはいずり回したるからなァ……!!

 心の中で復讐の炎を燃やしているロキをよそに、精霊たちは話を進める。

 

「こやつには十分に言い聞かせた。それにリリアが呼んでいる、行かねば」

『あら、本当だわ。あの子が呼んでいる』

『行かなくてはいけないわね。この羽虫は置いていきましょう』

『ええ。時間がもったいないわ』

 

 そして、二人の精霊が天井を見上げた次の瞬間。祈祷の間に激しい風が吹き荒れ、ロキたちの視界をふさぐ。腕で顔を庇ったロキが恐る恐る腕を退けると、そこに精霊の姿は無かった。

 助かった。

 その事実にホッとする暇もなく、ロキは神座に腰かけるウラノスの下へと向かう。先ほどの襲撃者、その出所を聞き出すために。

 

「……おい、ジジイ。さっきの奴らはなんや」

「……他に用事があったのではないか、ロキ」

「ンなもんさっきの出来事で吹き飛んだわ。さっさと吐け。じゃないと今ここでウチが自分殺したるぞ、あ?」

 

 出血は止まったものの、未だ鈍い痛みを放ち続ける頬の傷口に手を当て、あーいて、と愚痴をこぼすロキ。割られた祈祷の間の天井は元通りになることなく割れたままであり、風に吹き消された松明の代わりに、差し込んだ月光が彼女たちを照らしていた。

 八つ当たりも兼ねているのか、自分が話すまでは一歩も引かないとばかりに老神を睨みつけるロキに、ウラノスは何かを諦めるように暫く瞑目すると重々しく口を開いた。

 

「あれは精霊王。……我々の意思を受け、地上に降り立ち数々の英雄たちに力を貸した他の精霊たちとは異なり、我々の代わりに下界を管理する役割を与えられた、いわば『最下級の神』だ」

「精霊王だぁ?……そんなもんに、何で襲われとったんや、自分」

「彼らの逆鱗に触れた。()()()()()傷つけてはならぬと彼らが定めた宝を、他ならぬ我々が傷つけてしまった」

「……何やっとんのや自分……いや、待て。もしかしてそれ、今回の異端児(ゼノス)っちゅう奴らにも関わりがあるんか?」

「……なぜ知っている」

「ドチビから全部聞いた。……この都市を揺るがしかねない『爆弾』。自分が隠蔽したがったのも頷ける。んで?ウチの推理は当たっとるんか、どうなんや?」

 

 老神最大の秘事である異端児の事も知られており、とうとう隠す意味がなくなったウラノスは大きなため息を一つ吐くと、疲れ果てたように目を細めて話し始めた。

 

「……お前の推理は当たっている。我々ギルド上層部、そしてニニギ・ファミリアが秘密裏に保護していた()()()()リリア・ウィーシェ・シェスカ。あの幼子が傷ついたことによる異端児と精霊王の暴走。それが今回の騒動の発端だ」

「リリア……ちょい待ち、そのリリアって、ウィーシェの森の王族っちゅーエルフロリっ娘の事やないんか!!?精霊の愛し子の!!それが何、兵器やと!!?」

「……ああ、そちらにはあの幼子の従者が所属したのだったか?……なるほど、その者であってもアレに対する認識はそんなものか」

「何一人で納得しとるんや自分!?ウチにも分かるように説明せえや!!」

 

 唐突に与えられた、異端児以上の爆弾発言。それによって混乱のさなかへと突き落とされたロキは、緊張から解放された直後でうまく働かない頭を無理やりに動かしにかかる。

 神伐兵器。精霊の愛し子。ウィーシェの森の王族。精霊王。そして、『最下級の神』。

 ウラノスから与えられた手がかり(たんご)を組み合わせ、並び替え、自分が眷属(リフィーリア)から聞き出した情報も手札に入れて、そこから読み取れる本質を看破しようと全知である神の頭脳を全力で稼働させる。

 そして、ロキはとある真実に手をかけた。

 

「─────おい、待て。……待てよ、ちょっと待て!?6体の精霊から愛される精霊の愛し子って、そういう事なんか!!?精霊から好かれる体質やったとか、そんなんじゃなくて、単純に─────」

 

 

 

 ロキは震えた。

 人という存在が生み出す、闇の深さに。

 健気に忠義を尽くそうと励むリフィーリアが敬う主。その悍ましい正体に。

 

 

 

「─────無理やりに、精霊6体を宿らせたんか。ちっちゃいガキ相手に」

「……ああ。その通りだ。正確に言えば、()()が捕らえることのできた精霊王4体。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()宿()()()()。……誤解を恐れずに言えば、あれは正確にはエルフではない。『限りなく精霊に近いなにか』だ」

「……嘘やろ」

「……アレは人の罪の象徴。事の発端は我々神ではあるが、生み出したのは確実に人という生き物の負の側面といえる。……元賢者(フェルズ)が覚えていないのも無理はない。私も報告を聞くまでは、奴が闇に葬ったはずのあれが復活するとは思いもしなかったからな」

 

 ウラノスがそう締めくくる。

 可愛がっている眷属には間違っても知らせることのできない情報、残酷な下界の真実に打ちのめされるロキ。

 重苦しい雰囲気が祈祷の間を包み込む。

 ようやくギルド本部が機能を取り戻したのか、主神の安全を確認しようとする職員たちの声が廊下の奥から響いてきた。混乱に乗じて勝手に祈祷の間へとやって来た身であるロキはピクリと肩を揺らし、ウラノスが帰るなら使えと隠し通路の入り口がある壁を指さした。

 老神の厚意に甘え、隠し通路から祈祷の間を後にしようと、ロキは壁に偽装された扉に手をかける。

 

 ─────しかし、【ロキ・ファミリア】を筆頭に、闇派閥(イヴィルス)や異端児、【ヘスティア・ファミリア】などの様々な集団の思惑が複雑に絡み合うこの状況。

 世界は、彼らに休息を許さなかった。

 

「「─────ッ!!?」」

 

 ロキが隠し通路の扉を開けた瞬間、オラリオの街に、一つの力の高まりが現れた。

 その力の気配に、ロキやウラノス、いや、迷宮都市の全ての神が反応する。

 

「……馬鹿な」

「おい、いったい誰や。……ジジイ」

「……我々の陣営にこのような真似ができる存在などいない」

「チッ、やろうなぁ。生憎とウチも知らんわ」

「ロキ、情報収集を頼めるか」

「却下って言いたいところやけど仕方ない、やったるわ!」

「頼む」

 

 ウラノスの頼みに「自分はしっかり祈祷でダンジョン抑えとき!」と返し、祈祷の間に職員が入ってくる前に隠し通路から脱出するロキ。

 雨が降っていたからか、気持ち悪い湿気を帯びた空気の中を走り抜けながら、ロキは我慢することが出来ずに思わず叫び声をあげた。

 

 

 

「いったい誰や!!神の力(アルカナム)使いよったんはぁ!!!」

 

 

 

 勢いよく隠し通路の終端である扉を開け、裏通りに出る。

 混迷を極める状況の中、空に輝く月だけが真っ白に輝いていた。

 

 

 

 

 

「【星よ、星よ、星よ】」

 

 世界が軋む。

 がち、がち、がち、と歯車の音を響かせるのは、【フレイヤ・ファミリア】の拠点(ホーム)である『戦いの野(フォールクヴァング)』、その内部に設置されている巨大な演習場。普段は団員たちが血で血を洗う女神の寵愛を掛けた死闘を繰り広げるその広場に広がった巨大かつ異常な魔法円(マジックサークル)であった。

 中心に位置する魔法円を囲むように大小様々な魔法円がまるで歯車の様に噛み合い、時に遅く、時に速く、様々な速度で回転している。更にその魔法円は空中にまで浮かんでおり、まるで光のドームのような様相を呈していた。

 

「リリア、今回の目的は分かっているな?」

「うい。……【ロキ・ファミリア】を、ぶっ潰す!」

「……違うぞリリア。()()()()で、【ロキ・ファミリア】の本陣を強襲。団長であるフィン・ディムナを叩けば異端児を追う彼らの動きも鈍るだろうから、そこだけを狙うんだ。……ロキ・ファミリアを壊滅させると後が怖いから本気でやめてくれ」

「がってん承知!」

「【我らが友よ、どうか力を貸してほしい】」

 

 光のドームの中心にいるのは、我らが米キチ(リリア)と千穂。瞳を閉じ、静かに詠唱を続ける千穂とは逆に、リリアは魔法円の外から作戦の説明を続けるニニギと会話を続けていた。その手には何やら怪しげな仮面が携えられており、身に纏う衣装もフレイヤが選んだ純白のバトルドレスへと変貌している。

 身体の各所に保護用の軽装を取り付けたドレスを纏う彼女の姿は、言動にさえ目を瞑ればまるで一枚の絵画の様であった。

 と、会話を続けるリリア達の下へ、三人の人影が現れる。

 ウラノスの下へカチコミに行っていた精霊王トリオだ。

 

「あ、ドライアルド。イズナも久しぶり。……えっ、いや、なんでここにいるの?」

「愛の力じゃよ、リリア」

『そこの変態の発言には耳を貸さないで良いわ、リリア』

『そこの頭のねじが外れた老体の発言は無視していいわ、リリア』

「お前ら儂に喧嘩売っとるじゃろ?お?」

『『別に?』』

「は、はは……」

 

()()()()()()()()()()に苦笑を漏らすリリア。そんな彼女を取り巻いた精霊王たちは、彼女が身に纏うドレスを見て「ここの強度が足りん」やら「風でひらひら動くと可愛らしいわ」やら勝手なことを言ってはドレスや軽装に何かしらの加護を加えていく。

 瞬く間にフレイヤの気まぐれによって購入されていた普通のドレスが、2人の精霊王の加護を得た第1級冒険者装備へと姿を変える。

 価値が数百倍、数万倍にも跳ね上がったドレスに、ニニギは頭痛をこらえるように額に手を当てた。

 

「【非力な私の願いに、無力な私の声に、どうか耳を傾けてほしい】」

「そういえば、ニニギ様、どうしてドライアルドたちの力は借りられないのですか?」

「……ドライアルド、答えてやれ」

「儂らに任せてくれるのじゃったら、こんな都市すぐにでも更地にしてやるぞい。リリアは更地がお望みかの?」

『違うわドライアルド。歯向かった虫共を皆殺しにするのよ』

『あの羽虫も処分出来て一石二鳥よ』

「なるほど。3人とも、ステイ」

「『『えー』』」

 

 不満を漏らしながらも大人しく殺気をしまう精霊王たち。

 こいつらはやる。絶対やる。そういう目をしている。

 ナイス判断です、ニニギ様。リリアは心の中で主神に盛大な拍手を送った。

 

「【世界を覆う天蓋に宿りし御身の輝きは曇る事なく、またその光は我らを照らす】」

 

 そうこうしているうちに、千穂の詠唱は最終段階へと移行した。

 魔法円の回転が速くなり、同時に強大な力の奔流が魔法円を駆け巡る。

 それと同時に、千穂の外見にも大きな変化が表れていた。

 肩口で切りそろえられていた髪の色が、まるで新雪のような純白へと変わっていく。うっすらと開いた瞳から覗くのは、まるで神の血(イコル)のような鮮やかな紅。

 その身に宿す()()()()()だ。

 己の体に流れる血がざわめくのを感じながら、ニニギは静かに目を閉じた。

 そこにやって来たのは、いつになく固い顔をしたフレイヤ。護衛として後ろに控えていたヘルンに人払いの指示を出した彼女は、精霊王とリリア、そして千穂と神々しかいなくなった演習場でニニギに質問した。

 

「ねえ、一つ聞かせて頂戴。……アレは、何?」

「……」

「【その希望の一欠片を、どうか私に恵んでほしい】」

「あら、答えないの?……まあいいわ」

 

 今、フレイヤがその瞳に映しているのは、千穂であった。

 固く口を閉ざしたニニギに構わず、フレイヤは言葉を続ける。

 

「初めて見た時も感じたのだけれど、やっぱり気になるもの。……貴方たち、あの子に()()()()()()()?」

「……」

「それも大勢。そうね……千は下らないのではないかしら。貴方たちの領地での生活がどうなっていたのかは知らないけれど、凄まじい執念ね。ええ、悍ましいわ」

「……ッ」

 

 フレイヤの直接的な罵倒にも返す言葉がないニニギ。その眉は苦渋に耐えるかの如く顰められ、その手は固く握りしめられている。ぎりっ、と歯を噛み締めた男神を見て、フレイヤはつまらなさそうに鼻を鳴らした。

 彼女たちが見つめる視線の先。そこで渦巻いているのは、彼女たちになじみの深い力であった。

 千穂の魔法が使うのは、魔力ではない。

 生まれた時から背負わされた宿命。

 神々によって創られた神の稚児(かのじょ)が操る力は、神の力(アルカナム)

 神々の前で、一つの『反則(まほう)』が産声を上げる。

 強制的に()()()()()()()()、最悪の反則が。

 

「【神の稚児の名に於いて希う】─────」

 

 

 

 

 

「【星に願いを(ウィッシュ・アポン・アスター)】」

 

 

 

 

 

 がぎり。

 歯車が回転する。

 世界の軋みが頂点に達し、空間が悲鳴を上げる。魔法円からは眩い光が立ち上り、目を閉じるのが遅れたリリアは「目が、目がぁぁぁぁあああああ!!?」と瞳を押さえてのたうち回った。

 そんな彼女の様子が見えているのかいないのか、白髪のままの千穂は懇願するような声音でリリアに願い(こえ)を掛ける。

 

「傷つかないで。死なないで。……絶対に、何事もなく帰ってきて」

「う……りょ、了解……」

 

 そうして、少女たちの運命は定まった。

 千穂の魔法による極光で目を焼かれ、早々に何事もなくとは言えない状態となったリリア。気合で立ち上がった彼女は、いまだ霞む目をしぱしぱさせながら、その場にいた全員に一度手を振った。

 

「……行ってきます!!」

「……ああ、頑張ってくれ」

「いってらっしゃい」

「何かあったら更地にする準備は出来とるからの、頑張れ」

『『皆殺しにする準備もできているわ』』

「絶対に成功させてきます」

 

 精霊王たちの心温まる声援に退路を断たれ、空へと勢いよく飛び立つリリア。

 その身に宿した風の権能により、まるで宙を泳ぐように空を駆けたリリアは、一直線に今回の騒動の主戦場である『ダイダロス通り』へと向かった。

 今も悲鳴を上げ続ける、異端児たちを救うために。

 

 

 

 

 

「……何か、何か、嫌な予感がする」

 

 ダイダロス通りの中央地帯。

 古城を思わせる巨大な建造物の屋上に本陣を張ったフィンは、先ほどから疼いている親指に嫌な感覚を覚えていた。

『武装したモンスター』の捕獲、および討伐に、闇派閥の釣り出し。作戦の2面展開という無茶を行っているフィンたちに、これ以上他の勢力からの襲撃を受け止めきれる余力は残っていなかった。

 それだというのに、先ほどから疼きを止めない親指の直感。

 ベル・クラネルの動向を聞いた時も、アイズが突破されたと聞いた時も、さらには異端児たちが出現したと聞いた時ですら疼くことはなかった親指の直感が、今になって仕事をしている。

 何かが起こる。

 当たってほしくはないが、と前置きしたものの、フィンは半ばそう確信していた。

 ダイダロス通りを見下ろすものの、周囲には脅威が現れたような痕跡はない。

 モンスターたちと接触したガレス達が暴れているのか、遠くで土煙や吹雪と思わしき白い風が吹いているが、それだけだ。

 他の者たちから送られてくる魔石灯を介した信号も異常なしと言っている。

 ダイダロス通りに直感を動かすものは存在しない。

 だとすれば─────

 そこまで考えたフィンの耳に、一つの音が届いた。

 屋上であるがゆえに風が強く、音が聞こえにくい状態ではあるが、レベル6として高位の器へと己を昇華させたフィンには聞こえた。

 この音は、何かがこちらへと飛んできている音だ。

 それも、凄まじい速度で。

 

「─────ッ、全員、退避ィィィィイイイイイイ!!!!」

「「「「「ッ!!!?」」」」」

 

 突然の団長の命令。

 条件反射で体が動こうとするものの、突然の号令についていけない者が複数出た。彼らを庇おうとして動き出す他の団員。

 それが、致命的な隙となった。

 

 黒く染まる夜空をキャンバスに星が瞬く中、ひときわ強く輝く星が一つあった。

 

「─────ぉぉぉぉぉおおおおお」

 

 いや、それは星ではない。

 

「おおおおおおおおおおお」

 

 その身に纏うのは、美しい純白のバトルドレス。

 それと、月光を反射する、鈍色の()。そして謎ののっぺりとした仮面。

 あれは何だ。

 いや、誰だ。

 

「おおおおおおおおおおおおおおお!!!!」

 

 Q : 空中から謎の人物が飛来してきました。これは何者でしょうか。

 

 

 

「ちぇすとぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおッ!!!!!!!!」

 

 

 

 A : 米キチです。

 完全なる奇襲。空を飛び、風を裂きながら現れた人間砲弾(リリア)は、そのまま【ロキ・ファミリア】本陣に()()した。

 粉砕される建造物。

 舞い散る土埃。

 何故か発生しない瓦礫の山。

 突然の一撃により、全ての破片が「良く耕された土」へと姿を変える中、他の団員達と共に本陣から脱出したフィンは見た。

 

「あっ」

「ぎゃあああぁぁぁぁあああああああ!!!!!?」

「「「「ラ、ラウルゥゥゥウウウ!!!!!?」」」」

 

 襲撃者の一撃を避けきれず、ラウルが犠牲になるのを。

 顔面に四角い打撃痕を赤々とつけ、ずべしゃあっ、と人間がやってはいけない体勢で地面に突っ込んだラウルはピクリとも動かない。

 ……いや、ぴくぴくと痙攣してはいた。

 そんなラウルの上に、鍬を突き出した打突の構えで降り立ったのは、端的に言えば「めちゃくちゃ怪しい人」であった。

 のっぺりとした面に隠された顔は伺えず、その体は【デュオニソス・ファミリア】のフィルヴィス・シャリアを思わせる純白のバトルドレスに身を包んでいる。その服装や背格好から女児かと推測されるが、建物を粉砕したその能力は間違っても子供が持って良いものではない。

 何故か手に持っているのは鈍色の鍬。

 ラウルの鼻血と思わしき返り血を一度鍬を振りぬくことで払った謎の襲撃者は、彼女(?)を遠くから睨みつけるロキ・ファミリア団員たちの視線に気が付き、その先頭に立っていたフィンを見て、今度は自分の足元で気絶しているラウルを見ると、ぷるぷると震えながらこう言った。

 

「ご、誤ちぇすとにごわす……」

 

 こうして、謎の襲撃者VSロキ・ファミリア本陣という奇妙な対戦カードが幕を開けた。

 

 

 




次回『稲作仮面、惨状!』(誤字にあらず)



【リリア・ウィーシェ・シェスカ】
所属 : 【ニニギ・ファミリア】
種族 : 邊セ髴
職業(ジョブ) : 逾樔シ仙?蝎ィ
到達階層 : 第23階層(非公式)
武器 : 《DXミスリル鍬》
所持金 : 2100000ヴァリス

【ステイタス】
Lv.1(+4)
力 : I11(+988)
耐久 : I5(+994)
器用 : I10(+989)
敏捷 : I16(+983)
魔力 : ■2147(+30620)

《魔法》
【スピリット・サモン】
召喚魔法(サモン・バースト)
・自由詠唱。
・精霊との友好度によって効果向上。
・指示の具体性により精密性上昇。

《スキル》
妖精寵児(フェアリー・ヴィラブド)
・消費精神力(マインド)の軽減。
・精霊から好感を持たれやすくなる。

妖精祝福(フェアリー・ギフト)
・精霊への命名実行権。
・魔力に補正。

稚児ノ加護(ウィッシュ・アポン・アスター)
・限定発現。
・発現者の死亡禁止。
・発現者の負傷禁止。
・発現者の未帰還禁止。
・他者による発現者の識別禁止。



【装備】
《純白のバトルドレス》
・【フレイヤ・ファミリア】が何故か所有していた女性小人族(パルゥム)用バトルドレス。ちなみに現在フレイヤ・ファミリアの団員に女性の小人族はいない。
・本来であればそこそこの性能しかない筈であったが、千穂の願いと精霊王のお節介により、第1級冒険者装備と同等かそれ以上の性能を誇っている。
・擬似的な精霊布であるため、土と風の精霊の力を封殺する。具体例を挙げれば、アイズの風が消える。

《米のお面》
・米を象ったのっぺりとしたお面。セラミック製。
・土の権能で作られた為にそこそこ硬い。
・リリアの米への愛と手抜き感溢れる一品。

《DXミスリル鍬》
・【フレイヤ・ファミリア】が所有していた小人族用の戦槌を、リリアが土の権能で再構築したもの。
・ミスリル製であり、魔力伝導率も高い魔法の鍬。
・《モード・ビッチュウ》、《モード・ヒラ》、《モード・カラ》の3形態が存在し、リリアのノリと掛け声で変形する。なお、その際には風の権能によりなんか良さげな効果音が鳴る。
・通常形態は《モード・ヒラ》。畝立てに便利な形態であり、ラウルに誤ちぇすとしたのはこれ。ちなみにラウルは死んでない。
・必殺技は、DXミスリル鍬を導線に莫大な量の魔力を用いて土の権能、風の権能を全力稼働させることで放つ《米ッキングバースト》。威力は復讐姫(アヴェンジャー)稼働時のリル・ラファーガとほぼ同等。叫び声の力強さだったりその場のノリで威力が変化する。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

稲作仮面、惨状!

こ、米ディッ!!(ヤケクソ)


一体どうしてこうなった……?





「ご、誤ちぇすとでごわす……」

 

 リリアは焦った。

 異端児(ゼノス)を襲う【ロキ・ファミリア】の団長であるフィン・ディムナに先手必勝とちぇすとしたのだが、誤っていまいち冴えない顔をしている一般団員と思わしき青年にちぇすとしてしまったのだ。

 誤ちぇすとである。女々しか。

 どうしよう、死んでないよね?と足元のラウルを鍬でつんつん突くリリア。

 ぴくぴくと動くラウルの様子が面白く、ついつい突く手が止まらなくなってしまう。そんな呑気な様子の彼女に痺れを切らしたのか、フィン・ディムナが槍の穂先をこちらに向けながら厳しい表情で誰何した。

 

「……君は、いったいどちら様かな?闇派閥(イヴィルス)か、それとも『武装したモンスター』の一味か……」

「え、イヴィルス?『武装したモンスター』?……ああ、異端児のことか」

「……ゼノス?」

 

 イヴィルスとやらが何者かは知らないが、今のリリアは彼の言葉でいう所の「『武装したモンスター』の一味」だ。とはいえ、ここで素直に肯定するのも何か違う気がするので、リリアはここに飛んでくる際に考えていたカムフラージュ用の名乗りを上げることにした。

 精霊たちから「お前の体が耐えられないからやめろ」と言われていた加護の全力稼働。しかし現在千穂の力により世界から保護されているリリアは、反動により体が自壊することなく人知を超えた力を振るうことが出来る。

 身の丈よりも少し短い程度の小ぶりな鍬をぐるりと回し、ラウルの上から降りたリリアはそれを勢いよく地面へと叩きつけた。ドンッ、という鈍い音と共にまき散らされた土が押し固められる。

 すわ開戦か、と身構える【ロキ・ファミリア】の団員達に、仮面越しではあるが不敵な笑みを浮かべながらリリアは口を開いた。

 

「誰だ何だと聞かれたら!答えてあげるが世の情け!!」

 

 風の権能により声を増幅しながら、某喋る猫を連れた三人組を真似た台詞を発するリリア。面白そうなことが始まったと、物陰から見守る野次馬(かみがみ)から「おおおっ!!」という歓声が上がり、戦場に神がいたという事実にロキ・ファミリアが驚き、観客(かみがみ)の好意的なリアクションにリリアのテンションが上がる。

 鍬を土の権能により平鍬から唐鍬、備中鍬へと三段階に変形させながら、魔法少女が持つバトンの要領でくるくると回す。

 

「世界がお米を求めてる!耕し植えろと大地(ガイア)が叫ぶっ!!」

 

 リリア、ここで一回転。

 ぽかんと口を開け間抜け面を晒すロキ・ファミリアと、対照的にボルテージが一気に上がり続ける野次馬たちの差が激しくなる中、リリアは止まることなく名乗り続ける。

 なんだかんだで、若干楽しくなっていた。

 

「パンより米派、お米が主食!米を愛し、米を食べる米の伝道師っ!!」

 

 ビシッ!と呆然とするロキ・ファミリアに向けて鍬を向ける。備中鍬の歯の間から覗くフィン・ディムナの顔は、何か頭痛をこらえるような渋い顔であった。

 

「稲作仮面、参上!!!」

「「「「「うおおおおおお、祭りじゃあああああああッ!!!!!!」」」」」

 

 ドォン、と爆発音が鳴る。

 同時に周囲に風をまき散らし、痛々しくもド派手な名乗りを終えたリリアに、野次馬たちのボルテージは最高潮。ロキ・ファミリアの団員達は、どこかで見たことがあるような(ロキっぽい)ノリに頭痛がする心持ちであった。

 元パルゥム仮面(フィン・ディムナ)は、若気の至りを垣間見るような苦々しい表情で稲作仮面(リリア)を見つめた。親指の疼きは止まったものの、今度は背筋がむずむずと不快な感覚を覚えている。

 これが共感性羞恥というやつか。

 フィンは努めて冷静にそう分析した。

 出会いがしらから強烈なボディーブローを食らい、機能を停止したロキ・ファミリアに、リリアは容赦なく襲い掛かる。

 

「まずは、その連携をっ!」

「ッ、不味い、全員伏せろ!!」

 

 フィンの指示に今度は一、二もなく従う団員達。しかしリリアの狙いは団員達ではなかった。

 世界を構成する四大元素、それらを司る精霊王の分け身として自らの権能をフルに使い、()()()()()()()()()()()()()()

 奇人と評されるほどにまで狂ってしまった神代の建築家ダイダロス。彼によって造られた複雑怪奇な迷宮街、その忘れ去られた隠し通路から広大な地下水路の隅々までを一瞬で掌握したリリアは、続いて指揮棒代わりの鍬を振るい、攻撃を指示する。

 王の名代からの指示を受け首を垂れた世界が襲うのは、ロキ・ファミリアの団員達が所有している魔石灯。ここに飛んでくる際にちかちかと点滅する明かりを見つけていたリリアは、モールス信号のように明かりを用いて通信を行っているのだろうと推測したのだ。

 風が吹き、大地が盛り上がり、ダイダロス通りを構成する建物の屋上に立つロキ・ファミリアの団員達が持つ魔石灯を粉々に砕いていく。道を挟む建物の屋上から、視界に入る光の点滅が姿を消したことに焦るフィン。詠唱もなしに魔法と思わしき力を振るった稲作仮面にも危機感を覚えたが、それ以上に貴重な情報伝達手段であった魔石灯が封じられたことが痛い。

 ただでさえ本陣が消し飛んだことで指揮が遅れているというのに、このままでは味方に壊滅的な被害が出ようとも自分が把握することが出来なくなる。

 即時撤退。

 余力のない彼らにはそれしか方法が残されていなかった。フィンのハンドサインを受け、合図と共に反転し逃げ出す準備を整える団員達。

 しかし、そんなことを許す稲作仮面ではない。

 

「にがさない!」

「クッ、退路が!!」

 

 稲作仮面が鍵を回すように鍬をぐりっと回転させると、【ロキ・ファミリア】の退路を塞ぐように巨大な土の壁が現れた。厚さも相当なものの様で、即座に反応したレベル3の団員が壁を蹴り砕こうとするも、罅が少し入る程度で微動だにしなかった。

 恐らくフィンが壊そうと思えば一瞬で壊せるが、あちらも壁を一瞬で作り上げている。いたちごっことなるのは目に見えていた。

 断たれた退路。

 かつてない窮地。

 元から難易度の高い作戦であったために、このような異常事態(イレギュラー)は間違っても歓迎できない状態だ。思わず遊戯盤をひっくり返したい衝動に駆られるフィン。これが『武装したモンスター』と繋がっているであろう【ヘスティア・ファミリア】の秘策であるとするならば、よくぞこの策を思いついたという賞賛とよくもやってくれたなという拳を同時に進呈してやりたいくらいだ。

 突然自らを襲った悪寒に背筋をぶるりと震わせた白髪の冒険者を他所に、フィンは覚悟を決めて槍を構えた。

 撤退は不可能。であれば、障害を速攻で片づけるまで。

 

「行くぞ、稲作仮面!」

「ふはは!こい、フィン・ディムナ!」

 

 石畳に罅が入るほどの全力の踏み込み。迷宮都市最強の一角を担う冒険者は、一瞬でトップスピードへと加速しきると常人には追うことの出来ない速度で槍を振るった。敵の正体が不明であるため、容赦は出来ない。槍を扱うものであれば思わず感嘆の溜め息を吐いてしまうほどの技量で放たれた一撃。

 

「ぴぁっ、危なっ!?」

「何ッ!?」

「っ、隙あり!!ちぇすとぉ!!!」

「……クッ」

 

 しかし、稲作仮面が振るった鍬に弾き返された。

 驚いた拍子に反射で振るったとしか思えない体勢で放たれたその一撃は、まるで吸い込まれるようにフィンの振るう『フォルティス・スピア』の側面に当たり、攻撃のベクトルをあらぬ方向へと捻じ曲げてしまう。

 まさか防がれるとは思っていなかったフィンは、体勢を崩してたたらを踏んでしまう。

 すかさず、そこに稲作仮面の鍬が打ち込まれた。完全に不意を突かれたものの、そこは迷宮(ダンジョン)攻略の最前線で武器を振るう戦士。一瞬で槍を引き戻すと、石突きのある方で突きこまれた鍬を絡め、弾き飛ばす。

 

「─────えっ」

「お返しだ」

 

 稲作仮面の腕がかちあげられ、すっぽ抜けた鍬が宙を舞う。ひっ、と息を呑んだ稲作仮面に冷徹な視線を向けながら、フィンは崩れた姿勢を利用して回し蹴りを放った。

 だんっ、だんっとリズムよく踏みしめられる石畳。

 がら空きの胴に直撃すると思われた一撃は、しかし稲作仮面の脇腹を掠めるだけに留まった。

 ……フィンが先ほど踏んだ石畳。直前までは頼もしい感触でフィンを支えていたその土台が、彼が蹴りを放った瞬間にもろく崩れてしまったのだ。予期せぬ事態に再び体勢が崩れるフィン。軸がぶれたその一撃は脳裏に描かれていた軌道とは全く違う場所を貫く。

 その隙に全力で背後へと飛び退る稲作仮面。お互いの一撃が決まることのないまま、最初の攻防は終了した。

 

「がっっっっ」

「「「「ラウルゥゥゥゥゥゥ!!!!?」」」」

 

 ちなみに、跳ね上げられた鍬は勢い良く回転しながら放物線を描き、ラウルの顔面に着弾した。運が良かったのか悪かったのか、鍬の刃が顔面に突き刺さることはなく、平たく伸ばされた面で顔面を強打する形となっている。

 ……普通に重傷だ。

 フィンが謎の仮面を相手にしているうちに、ラウルの回収へと向かっていた他の団員達は、冴えない上級冒険者に更なる不運が舞い降りる前に、と全力で彼の下へと駆け寄った。

 だらだらと鼻血を流し、鼻の骨が曲がっている凄まじい形相となったラウルは、ぷるぷると震える手を自らにハイ・ポーションをだばだばと掛ける他の団員達に伸ばし、口を開く。

 

「あ……アキに、伝え、て」

「喋るなラウル!お前の顔、今割と酷い状態だから!」

「借りてた10万ヴァリス、返せなくて、ごめん、って」

「……なに死に際の言葉みたいに世迷言ほざいてんだオラてめぇ起きろォッ!!」

「んぎゃああああッス!!?」

「アナキティさんに10万借りてるとか……」

「ヒモ……?」

「し、心外ッスね!ただちょっと、今月の歓楽街のお支払いが」

「「死ねッ!!」」

「ぎゃああああああ!!!」

 

 仲間であるはずの女性団員達からとどめの一撃を貰い地に沈むラウル。雑に肩に担がれ、がくんがくんと揺れながらフィンの背後へと運ばれていく彼の姿は、ある種の憐れみを稲作仮面(リリア)の胸に抱かせた。

 無手となったリリアに、フィンは降参を促すように槍を向ける。その視線は先ほどラウルを強襲した鍬にも向けられており、彼女が武器を回収しないように、いつでも動ける準備をしていた。

 

「……さて、武器も失ったみたいだし、君にできることはもう無い。大人しく投降してくれると嬉しいんだけど……」

「ふしゃーっ!」

「……うん、無理みたいだね」

 

 徒手空拳の構えでフィンを威嚇するリリア。

 やれやれ、と聞き分けの無い子供を相手にするような苦笑いで、フィンは槍をくるりと一回転させ、石突きを地面に突けた。ドン、と音が鳴り、その音を聞いた団員達が一斉に走り出す。向かう先は前方、リリアの背後に続く道だ。

 一斉に動き出したロキ・ファミリアに、思わず手間取るリリア。とりあえず土の壁を出現させて動きを封じようとした瞬間、させまいとフィンが躍りかかる。横殴りに振るわれる槍。長い柄で打ち付ける狙いのその攻撃を、リリアは()()()()()()ことで回避した。

 

「わぁっ!?」

「クッ、またか!?」

 

 ずるっ、と滑ったリリアは尻もちをついたものの、彼女の頭上をフィンの槍が通り抜ける。戦闘用ということでしっかりと編み込まれた髪に風が当たる。今は無い股の玉三郎が縮み上がる幻覚を覚えながらも、リリアは風に後押しされるように宙を舞い、再び距離を取った。

 一方、二度ならず三度まで謎の不運に襲われ攻撃を妨げられたフィンは、思わず舌打ちをこぼしながらもリリアが落とした鍬を回収。更に、近くにあった壁に刃を突き立て固定した。

 他の団員達はフィンが稲作仮面(リリア)の注意を引いたおかげで妨害を受けず、退却に成功した。今は本陣が崩壊したことや、各自の自己判断に任せての行動を許可することを伝令しに迷宮街を走っているはずだ。

 未だに攻撃を決められないものの、状況的に遥かに優位に立ったフィン。しかし、次の瞬間に彼の優位性はもろく崩れ去ることとなる。

 ぐっ、と顎を引いたリリアが、何かを覚悟したように拳を握る。

 そして。

 

「【ト〇ース・オン】!!」

 

 その詠唱は(作品的に)不味いですよ!!

 そんな突っ込みが入りそうな掛け声とともに、リリアは両手を合わせ、地面にたたきつけた。なんかもう色々と混ざってるリリアの突拍子もない行動に、何をするのかと警戒した様子を見せたフィン。

 そして、彼の瞳は次の瞬間、かっと見開かれた。

 手を地面につけたリリアの前に、同じような鍬がもう一本、出現したのだ。

 魔力の残滓なのか、バチバチと光が走るそれを勢いよく抜き放ったリリアは、大上段に鍬を構えると一つ叫ぶ。

 

「【モードチェンジ・ビッチュウ】!!」

「へ、変形だー!!」

「あの謎の仮面、分かってるぜ……!」

「ああ、しかも丁寧に効果音とライトエフェクトまで付けている……文句の付け所がないな」

 

 シュイン、ガチャガチャガチャ、バシュゥッ!!!

 神々の興奮した声と共に、擬音にすればそんな感じの音がリリアの持つ鍬の何処かから鳴った。何故かチープな音質で流れたそれと同時に、こちらもどこか安っぽい光と共に柄や刃が点滅する。そして無駄にガチャガチャと全体のシルエットが動いた後に彼女の手に握られていたのは、刃先の形が三又になった備中鍬であった。

 荒れた田園を深く掘り起こす、開墾の強い味方である。

 平鍬の時と比べて先ほどの無駄な動作は何だったんだと言いたくなる変形箇所であったが、娯楽に飢えた神からは大絶賛の嵐。ビッチュウコールが通りを席巻するほどであった。

 

「【耕せ、大地!実るぜ稲穂!!】」

「大地の力、お借りします!!」

「行けぇ!!【勇者(ブレイバー)】なんざ吹っ飛ばせぇ!!」

「いなさくかめんがんばえー」

 

 続く詠唱、そして神の声援と共にリリアが鍬を振り下ろせば、その直線状の地面が材質に関係なくことごとく耕されていく。自らの視界がふかふかできれいな茶色の土に変わっていくシュールな恐怖。フィンは色々とツッコむことすら出来ずに回避を強いられた。

 ドドドドドドッ!!!!!!

 凄まじい轟音と共に、ダイダロス通りの一角が立派な農耕地へと変わる。

 直線状に存在した家屋すら巻き込み石ころの一つもなく完璧に耕された大地は、デメテル・ファミリアの者であれば狂喜乱舞し畝を作り、さっそく種を植え始めるであろう完成度だ。

 精霊の力によって作り上げられた豊作間違いなしの大地を踏みしめながら、フィンは戦慄に身を焦がす。

 

(出鱈目だ……出鱈目すぎる!!)

 

 ロキがこの場にいれば「そうはならんやろォ!!!」と全力のツッコみを入れること請け合いの惨状に、フィンは冷や汗が止まらなかった。

 今の一撃、巻き込まれていれば自分もあの土の成分の一つになっていた……

 恐怖である。

 普通に恐怖である。

 つつつ、と顎を伝う汗にすら気を割けない状態のまま、フィンが固まっていると。

 

「……なぜ」

 

 稲作仮面(リリア)が口を開いた。

 これまでろくなコンタクトを図れていなかったために、フィンは武力による制圧を一時中断し、目の前の不審者から情報を引き出すことにした。

 

「なぜ、貴方たちはあの異端児……『武装したモンスター』を襲うの?」

「……君は、あのモンスターたちの陣営か」

 

 闇派閥ではない。

 最悪のシナリオは避けられそうなその事実に、フィンは表情こそ変えなかったものの内心安堵していた。仮に闇派閥であった場合、フィンは死すら覚悟して目の前の人物を討つつもりであったためにこの情報は千金にも値する。

 

「私たちは、彼らと分かり合える。……一緒に笑い合って、ご飯を食べて、田んぼを作って。通じ合える手段なんていっぱいあるのに、どうして貴方たちは」

「……君は本気で分かり合えると?僕たち冒険者、ひいては人類と、怪物が」

「思う」

「……」

 

 そして、続く稲作仮面の言葉に、フィンは自分の眉根が寄ってしまうのを止められなかった。

 怪物(モンスター)と人間の融和。

 確定だ。

 創設神(ウラノス)の秘事はあの()()()宿()()()モンスターたち。その終着点は人類と彼らの「共生」。そして、目の前の彼女や先日暴走するヴィーヴルを庇ったベル・クラネルはその神意の賛同者、という所か。

 

 ─────くだらない。

 

 フィンは胸中でそう吐き捨てた。

 人類と怪物の融和?彼らは自分たちと分かり合える?

()鹿()()()()()

 いったい人類がどれだけの時代を怪物の恐怖に怯えながら過ごしてきたと思っている。

 迷宮都市(オラリオ)の設立によって迷宮(ダンジョン)に蓋がされ、怪物の地上への侵攻が抑えられた現在であっても人類の怪物に対する本能的な恐怖感、嫌悪感は留まるところを知らないというのに。

 以前起こった「有翼のモンスター」の事件がそれの象徴だ。

 ギルド長であるロイマンにそのような思想を知っていたような節は無い。つまりこれはウラノスの独断ということになる。……もしかすると、「怪物との友好(モンスターフィリア)」とも取れる名のあの祭りも、ギルド主催ではなくウラノスの手引きによるものなのかもしれない。

 だが無駄だ。

 そんな()()()なもので埋まるほど、人間と怪物の溝は浅くない。

 

「……怪物には恐ろしい牙がある。爪がある。その咆哮は僕たちに恐怖と嫌悪感を与え、そこに存在するだけで恐怖と狂乱をまき散らす」

「それは私たちも一緒。彼らの爪や牙と同じように、武器を持てば私たちは人や怪物だって殺せる。怒りや殺気に満ちた叫び声は他者に恐怖をもたらす」

「彼らに家族や親族、身内を殺された人間は大勢いる。……その者たちの心情を考えたことは無いのか」

「貴方たちはドワーフに家族を殺されればドワーフ全てを憎むの?……確かに、普通の怪物は怖いよ。でも、だからと言って彼らの手を拒むのは違う。一緒にご飯を食べられる可能性があるのに、笑い合える可能性があるのに、種族への憎しみだけでその手を振り払うのは、違うはず」

「話にならないな」

 

 会話は平行線を辿る。

 目の前の人物……声や体型から、幼い少女だろうか。彼女と話しているうちに、フィンはこの会話に覚える不快感の正体に気が付いた。

 視点が違うのだ。

 目の前の彼女は、恐らく怪物に襲われた経験がない。

 自らの目の前で、大切な人を、家族を、怪物に奪われ血に染められる恐怖を知らない。

 彼女は()()()()()()()()()()

 だから、このような考え方が出来る。

 

「……その考え方は、強者の視点だ」

「……それは、いったい」

「感情に呑まれる事無く、ただひたすらに論理に従って動ける強者。……この際だからはっきり言おうか。君がどんなに理屈をこねたところで、()()()()()()()()()。はいそうですかと頷いて、みんなで仲良く手をつなぐなんてことはありえない。絶対に」

 

 いいかい、一度しか言わないよ。

 フィンはそう言うと、静かに槍を構えた。

 情報は得られた。【ヘスティア・ファミリア】、ひいてはベル・クラネルが何故あのような奇行に走ったのか、うっすらと組み立てていた推論が確信へと変わった。

 ─────彼は、目の前の彼女は、自分よりもよっぽど「英雄」じゃないか。

 ─────誰かに求められ、誰かの涙を受けて動く、英雄。

 ─────彼らの場合、その涙を流した「誰か」が、怪物であっただけで……

 

 黙れ。

 

 自らの頭にノイズのように走った思考を叩き潰す。

 フィンが英雄(フィン)になると決めたあの日の情景を思い出す。

 血に濡れた同胞、動かない両親。そして、血濡れた爪を振り上げ咆哮する、醜い怪物。

 理性的ではいられない。

 論理的ではいられない。

 人類、そして冒険者にとって、この問題は()()()()()()()()

 

勇者(ぼく)は、怪物を殺す。……これは、僕と、僕の家族(ファミリア)の総意だ」

 

 全身から闘気が立ち上る。

 これまでに彼が歩んできた道程。積み上げてきた犠牲が、彼に叫び続ける。

 怪物を殺せと。

 それが正しいのだと、それが自分の「英雄」としての属性なのだと、フィンはとっくの昔に定めてしまっていた。

 一人の愚者によって小さな罅の入ったその仮面は、しかし未だ確固たる強度でフィンの心を覆っている。

 

 人工の英雄。その立場を良しとする男は、少女の手を振り払った。

 

「……そう、ですか」

 

 リリアは本当に落胆した声音で一言、そう呟いた。

 怪物と人類。その溝が深いことは、異端児と暮らす中で嫌というほど理解していた。

 そして、彼らが本当に人類との共生を望んでいることも。

 リリアには、異端児を嫌う人の心が分からない。怪物への恐怖と、異端児への好意。二つの感情を既に確立させてしまった彼女は、もう彼らと同じ場所に立つことは叶わない。

 だから。

 

「……なら、力づくで分からせます」

「……やってみなよ」

 

()()()()()()

 リリアの心は定まった。この分からず屋を無理やりにでも異端児との食卓に引っ張り出して、一緒にご飯を食べてやると。一緒に田んぼを作り、稲を植え、収穫し、「米?僕パンしか食べていませんがなにか?」とでも言いたげなインテリ風の気配をまとういけ好かないこの男を米一色に染め、食を通して異端児と人類は分かり合えるということを一から教えてやろうと。

 リリアにできるのは、それだけだ。

 米が好きで、異端児とも米で分かり合ったリリアには、それしかできないから。

 

「行くぞ……パン男」

「パ……え、今なんて?」

 

 精霊の加護、体中を流れるその力のギアを、一段階上げる。

 コウ、と風が渦を巻き、リリアの周囲を踊るようにうっすらと覆う。大地は歓喜に震え、リリアの足元からゆっくりと、豊潤な栄養を含んだ最上級の土へと昇華を果たす。

 

「【モードチェンジ・カラ】」

 

 静かなその宣言と共に、鍬は姿を変えた。

 三又の刃から、丸みを帯びた、しかし重厚感のある刃へと。

 唐鍬。

 邪魔な木の根や土を砕く、力強い刃は、目の前の障害を耕すのにはうってつけのものであった。

 神々も、この真剣な雰囲気の中茶化すのはやめたのか、固唾を呑んで見守っている。

 いなさくかめんがんばえー、という声が、風の吹き抜けるダイダロス通りに小さく響いた。

 

「米を……食わせるッ!!!!」

「どうしてそうなったッ!!?」

 

 そして、最後の攻防が幕を開けた。

 鍬が振るわれるたびに、大地は耕され、土の香りが広がっていく。フィンの足は取られ、速度が低下するものの、最上級冒険者の意地でリリアの猛()を防ぎきる。対するフィンの攻撃は度重なる不運によってリリアに傷一つ負わせることすら出来ない。

 両者一歩も引かぬ熱戦。

 神々の声援に惹かれたのか、見晴らしの良くなった通りの周囲を取り囲むようにして、観客が増えていた。

 フィンが吹き飛ばされるたびに叫喚が響き渡り、稲作仮面がずっこけるたびに歓声が上がる。

 やがて周囲には他の冒険者までもが集まるものの、神々が時に神威すら利用して無粋な介入を阻止していく。

 

「おおおおおおおぉぉぉぉぉぉっ!!!!!」

「だぁぁぁぁああああああああッ!!!!!」

 

 槍と鍬がぶつかり合い、風が土を巻き上げる。

 常人が追えるぎりぎりのスピードでぶつかり合う二人は、勝負の決め手となる一手を欠いたまま、衝突し続けた。

 

 そして、先に限界が来たのはリリアであった。

 

「っ!?あぶっ、な!?」

 

 足から力が抜け、突撃の勢いのまま頭から農地へと突っ込む。土の心地よい温かさと懐かしさを感じる匂いに包まれたリリアの体は、既に限界を超えていた。

 怪我こそしていないものの、スタミナはとっくの昔に切れている。体を動かそうとするものの、彼女の意思に反して腕はぴくりとも動かない。

 

「勝負あった、かな」

「……」

 

 叫び続けた喉は枯れ、言語の体をなさない掠れた声が出るのみ。

 最前線で戦い続けた戦士と、ただの幼子。

 体力に天と地ほどの差が存在するのは、自明の理であった。

 ここで終わるのか。

 あのいけ好かないパン男に、米の美味しさを伝えられずに終わるのか。

 この戦いに勝ってどうやって米の美味しさが伝わるのかは謎だが、リリアの頭にはそんな弱気な考えが浮かんでいた。

 土塗れの体から、力が抜ける。

 パン男が近づいて、リリアの被っているお面を剥がそうとする気配がした。

 これで終わるのか。

 いったい何が終わるのかは謎だが、リリアがそう心の中で諦めかけた、その時。

 

 ─────諦めないで。

 

 脳裏に、誰かの声がした。

 はっ、と目を見開くリリア。

 そうだ。

 自分は、千穂と約束したではないか。

 必ず帰ってくると。

 怪我をせず、死ぬ事無く、このパン男に勝って帰ってくると!!

 若干内容に変化が見受けられたものの、千穂との約束を思い出し、リリアの心に火が点いた。

 ぴくり、とリリアの指が動いた。

 それに気づいたフィンは警戒し、勢いよく飛び退り、稲作仮面を応援していた神々は子供のような歓声を上げる。

 ダンッ!

 最後の力を振り絞り、リリアは力強く立ち上がった。

 限界以上の疲労をため込んだその足は震え、土に塗れたその体は今にも重力に屈しそうなほどに弱弱しい。

 しかし、その瞳に宿る闘気は、少しも衰えてはいなかった。

 

「……【燃えよ、()魂】……っ!」

 

 (うた)う。

 手放していた鍬をもう一度手に取り、構える。

 させまいとフィンが突撃するが、これまでとは比べ物にならないほどの風が彼を阻んだ。土が彼の足を取り、まるで大地の腕のように彼を空中へと放り投げる。

 

「【風と、土】……【豊穣の、ちから】……っ!!」

 

 魔力を回す。

 リリアが精霊の権能を使うなかで、初めて魔法円(マジックサークル)が出現する。

 湧き上がる魔力の量と質、二つに魔法職の冒険者が息を呑み、エルフたちは本能的に畏怖を抱いた。目の前のあの存在は、自分たちが尊ぶ存在、王族(ハイエルフ)であると。

 その正体までは気付くことは無いものの、エルフたちは皆一様に跪き、首を垂れた。

 

 

 

「【わが敵を、たおせ】!!」

 

 

 

 ─────発動する。

 目標は空中。余りの威力に都市を破壊しかねないその力の矛先を、他に被害を出すことのない空へと向ける。

 

『レベル6以上は化け物だからなぁ……まあ、俺たちが何しても死なないよあいつらは』

 

 そう言ってにかっと笑ったいつかの伊奈帆の言葉を信じ、現時点で切れる自らの最強の手札を発動させる。

 フィンは自分に向けられた砲撃(まほう)の規模、威力を悟り、引き攣った笑みを浮かべた。

 これは、直撃すれば死ぬ。

 冒険者としての直感と親指の訴えから、そう感じ取ったフィンは、自らが出来る最大の迎撃を行う。

『フォルティス・スピア』を逆手に、腕を一気に引き伸ばす。

 口ずさむのは、これから放つ一撃の名。

 全てを貫いてきた、フィンの文字通り「全力の一撃」だ。

 

 

 

「【米ッキングバーストォォォオオオッ!!!!】」

「【ティル・ナ・ノーグッ!!!!!!】」

 

 

 

 そして。

 

 世界から音が消えた。

 

 

 




……あれ?リフィーリアはどこにいるんでしょう?(すっとぼけ)



次回「猛牛と兎、斯く戦えり」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

猛牛、斯く戦えり

今回の話で「異端児動乱編」は終了です。
この後に更新予定の登場人物紹介(最新版)を経て、新章「収穫と休息と布教編」に突入します。
いつもの米ディに戻るよ!


 ダイダロス通りを揺るがすほどの大衝突。

 異常を察知したロキ・ファミリアの団員達が今は無き本陣の方を見やるも、すぐに自分たちの仕事へと戻っていった。捕らえた【ヘスティア・ファミリア】の団員の小人族(パルゥム)を餌にして闇派閥から『ダイダロス・オーブ』を奪ったアナキティ・オータムを筆頭に、他の団員達も次々と戦果を挙げていく。

 そんな彼らの奮闘の甲斐もあって、とうとう【ロキ・ファミリア】は敵の牙城である『人造迷宮クノッソス』へと突入を果たした。【九魔姫(ナインヘル)】リヴェリア・リヨス・アールヴを筆頭にエルフのみで構成された遊撃部隊、通称『妖精部隊(フェアリーフォース)』の放つ魔法が奇人の妄執が生み出した規格外の魔城を食い荒らしていく。

 ガレスを始めとした対闇派閥地上部隊も、長きに渡る板挟みの状況から抜け出したこともあり、ようやく一息つけるといった心境であった。

 指示系統が乱れに乱れたため、主に『武装したモンスター』や【ヘスティア・ファミリア】を相手取ったアイズやティオナ、そして一部の団員達には()()()()()が発生したものの、おおむねはフィンが立てた作戦通りに事が運んでいた。

 ……その作戦立案者であるフィンと稲作仮面(リリア)との激戦が発生したこと以外は。

 

「はぁ……はぁ、はっ……!」

「む、むねん……」

 

 音を超え、もはや衝撃波と言った方が正しいであろう轟音と大衝突の後、ダイダロス通りに立っていたのは、フィンの方であった。

 しかし、彼の身に纏う黄を基調とした戦闘衣(バトルクロス)は見る影もなくズタボロとなり、かなり深く切れた頬からは今も絶えず血が流れている。

 全力の攻撃を放った彼は肩で息をするほどに消耗しており、傍から見てもギリギリの勝利であったことが見て取れた。

 ……いや、実際には彼の敗北であったのだ。

 鍛え上げた自らのステイタス。その全数値を威力に加算して槍を放つ投槍魔法【ティル・ナ・ノーグ】。文字通り全力の一撃を以てリリアの砲撃を迎撃しようとしたフィンであったが、その行為はあまりにも無謀であった。

 都市最強の一角であるはずの自らの攻撃が、魔力同士がぶつかり合う強烈な閃光を放ちながらじりじりと押し返される。

 否、そのような生易しいものではない。がりがりと音を立てるようにして、敵の砲撃がフィンの一撃を食らいつくしてこちらへと迫ってきているのだ。反動で今も若干の上昇を続けているはずのフィンを食らおうとする光の奔流は、彼に死の恐怖を与えるのに十分な光景であった。

 10秒。

 それが、都市最強の一角が砲撃を食い止めることを許された時間であった。

 悲鳴を上げ続けていた槍が弾かれる。

 弾き返された自らの愛槍、その穂先に頬を切りさかれながらも、フィンは諦める事無く最大防御姿勢をとった。無駄だと悟りながらも、もしかしたらという奇跡に縋って生きることを諦めないフィン。

 そして、運命の女神は彼に微笑んだ。

 

「グッ、あぁぁぁッ!!?」

 

 凄まじい熱と衝撃に襲われるフィン。ジッ、と皮膚が焼けこげる音と、ズブズブと体を切り割かれる痛みが彼の脳を貫いた。

 予想をはるかに超える激痛に、フィンは恥も外聞もなく悲鳴を上げる。しかし、彼が死に絶えるまで続くかと思われたその地獄は一瞬で終了した。

 落下する。

 死の間近に迫ったことによる意識の断絶。すぐに目覚めたものの、痛みとダメージで朦朧とする状態で、彼はまともな受け身を取ることが出来なかった。

 地面に叩きつけられる。

 5度も器を昇華させた身は高所からの落下程度では小動(こゆるぎ)もしなかったものの、強かに背を打ち付けた衝撃で肺から空気は抜け、砲撃によって負った傷跡は目も覚めるような激痛をフィンにプレゼントした。

 強すぎる痛みにそのまま意識が飛びかけたが、そこは最上級冒険者。ぎりりと歯を食いしばってすぐに立ち上がり、彼の落下地点から少し離れた場所に突き立っていた愛槍を回収する。

 そして槍の穂先を稲作仮面─────リリアの方へと向けた。

 自分はまだ戦えるという意思表示、そして目の前の不審者に怯える民衆に安心感を与えるため。フィンは自らに与えられた【勇者】としての役割を全うする。

 即座に湧き上がる歓声。一部神の嘆く声も聞こえるが、奴らはそういう物なので仕方がない。

 対する稲作仮面(リリア)は、先ほどの砲撃で既に限界を超えていたようで、鍬を立てかけ片膝をつき、荒い息を吐いていた。

 ここまでか。

 諦めたように仮面の奥で目を閉じ、パン男に米の布教が出来なかったことを悔やむリリア。しかし彼女は捕まるつもりなど毛頭ない。千穂と約束したのだ「必ず帰る」と。

 動かない体は無視して、未だ体中に激流のように巡る魔力を操作する。風の権能を用いて無理やりに空を飛び、フレイヤ・ファミリアの拠点へと突っ込もうという算段だ。

 女神さまには怒られてしまうだろうが、それは仕方がない。ニニギさまと一緒に謝ろう。

 ナチュラルにニニギを巻き込むリリア。徐々に出力を増していく風に直感が働いたのか、フィンが怪しい行動をさせまいとこちらに飛びかかってくる。

 間に合わない。

 リリアは苦い表情を浮かべた。

 最悪、捕まった後に牢屋ごと()()()脱出すればいいかなどという考えが彼女の頭に浮かんだ、その時。

 

 咆哮が轟き、銀光が閃いた。

 

 常人では気付くことすら不可能な速度で振るわれた一閃を、フィンは反射的に地面に転がることで回避した。放たれた剣戟によって巻き上げられた土を被り、彼の金髪が土に塗れる。

 何者だ。

 突然のことに混乱した様子の民衆を、ここまでだと判断したのか神々が避難させ始める。たとえ娯楽に飢えたろくでもない存在であれど、超越存在(デウスデア)は超越存在。神の指示に従いその場を離れ始める民衆の姿に、フィンは感謝した。

 もしここからさらに戦うとなれば、周囲の被害を考えて戦うことはほぼ不可能だったからだ。

 

「……いったい、何のつもりかな、オッタル」

「……」

「オッタル、さん」

 

 鋭い目つきで己を睨む小人族(パルゥム)を見ても、眉根一つ動かさない猪人(ボアズ)の武人。

 無骨極まりない漆黒の大剣をただ一つ背負うのみの都市最強(オッタル)は、背後に庇ったリリアに一度視線を向けると、フィンに一言だけ答えた。

 

「我が主神(かみ)の意志のままに」

「……【フレイヤ・ファミリア】(きみたち)がそちら側にいるとは思わなかった。が、その子を連れていくのは少し待ってもらえるかな。聞きたいことが山ほどあるんだ」

「諦めろ」

 

 フィンの言葉を切り捨て、目にもとまらぬ速さで抜剣するオッタル。風圧がフィンの体を叩き、その歩みを止めた。

 都市最強の名を戴く派閥、その長がぶつかり合う一触即発の状態。

 何かがあれば両派閥同士の大抗争へと発展しかねない状態の中、オッタルは冷静にダイダロス通りのある方角を指さした。

 

「行かなくていいのか、【勇者(ブレイバー)】。民衆の危機だぞ」

「……ッ、君は、そこまで……」

「勘違いするな。俺とアレは無関係だ。……あくまで、俺が守るのはこの小娘のみ」

「団長!北西区に、突如有翼のモンスター達が現れて……って、【猛者(おうじゃ)】ッ!?」

「…………クッ、皆ついてこい!至急北西区へと向かう!【猛者】は無視しろ!!」

 

 オッタルがそう言うと同時に、通りの奥から他の団員達へ伝令に走っていた本陣の団員がフィンを呼びに来た。オッタルの姿に驚いた様子を見せる団員を視界の端に入れながら、フィンの頭は高速で計算を始める。

 そして、数瞬のうちに最善の結論を打ち立てたフィンは、苦渋の表情で反転を命じた。

 敵意の無いオッタルを信じ、背中を見せて北西区へと向かう。住民の避難所として利用していた外縁部のそこには、今まさに怪物に怯える民衆が集まっていた。

 彼らを殺させはしない。しかし、『武装したモンスター』が突如民衆を襲い始めたこの状況には大きな違和感を覚える。それは迷宮街を軽装で歩いていたベル・クラネルへの信頼の表れでもあったし、これまでの怪物たちの動きとの矛盾に対するものでもあった。

 第三者の介入。そんな言葉が彼の脳裏に浮かぶ。たとえどのような陰謀が渦を巻いていたとしても、民衆は守らねばならない。フォルティス・スピアを握りしめ、誰よりも早く駆け抜けるフィンは、ロキの言葉を思い出していた。

 

「自分の目で見極めろ、か……全く、少し求める事柄が難しすぎやしないかい、ロキ」

 

 苦々しい表情を浮かべたフィンを筆頭に、【ロキ・ファミリア】の一部隊は徐々に北西区へと近づいていた。

 

 そして、フィンはそこで『英雄(ぐしゃ)』を目撃する。

 

 

 

 

 

「……万能薬(エリクサー)だ」

「ありがとうございます」

 

 フィンが去った後、オッタルは動けなくなったリリアを抱えてフィンたちとは別ルートで北西区へと向かっていた。

 視界の端でちらちらと映り込む光。主神の願いを叶えようと文字通り奔走していたガリバー兄弟からの伝達だ。『目標』はどうやら北西区の周辺を歩き回っているらしい。

 やはり、本能的に察知しているのだろうか。オッタルはふとそんなことを考えたが、今はそんな場合ではないと頭を振ってその考えを追い出した。

 くぴくぴとエリクサーを飲むリリア。疲労から肉体の損傷までほぼ全てを癒す魔法の薬によって、リリアの体は再び動けるようになった。無事に戦闘を終えた幼子の姿に、主神が悲しむことが無くて良かったと安堵するオッタル。あくまでもリリアではなくフレイヤが安堵の基準であるところが、彼がフレイヤ・ファミリアの団長であることを如実に物語っていた。

 

「……着いたか」

「……オォォ」

 

 とん、とその巨体からは考えられないほどの軽い足音で着地するオッタル。

 北西区にほど近い裏路地。今も怪物たちの鳴き声と住人の悲鳴が木霊するその路地には、ある一人の怪物がいた。

 血に濡れた黒い体皮。切り落とされた左腕からは今も血がぼたぼたと流れ落ちている。

 傷がついていないところを探す方が難しいほどに傷だらけの体。それと対照的に傷一つなくその鮮やかな赤緋を晒す巨大な角。右角に巻かれた布は今や見る影もなく薄汚れ、所々が焦げ付き、黒ずんでいた。

 北西区で暴れる石竜(グロス)の姿に気を取られていたリリアは、()に気が付くと、その惨状を目にして息を呑んだ。

 

「…………モー、さん……?」

「……リリア」

 

 傷だらけの猛牛、アステリオスは、泣きそうな表情で自分を見つめる少女にフッと笑いかけた。

 ああ、良かった。最期に、貴女に出会えた。

 アステリオスはそう心の中に呟くと、リリアの頭にそっと自分の手をのせる。もはや自分のものなのか、これまでに捻り潰してきた狩人たちのものなのか判別のつかないほどに血に塗れた手が彼女の髪を汚すも、リリアはそんなことを気にすることもなく泣き笑いのような表情でアステリオスに話かける。

 

「……モーさん。こんなに、怪我、して。痛いでしょ?」

「……いや、大丈夫だ」

「うそ。私よりぼろぼろだよ」

 

 リリアの背後にいる武人は、こちらに戦意を向けていない。

 隻腕のこの身では敵う事はない、いや、隻腕でなくとも敵うかどうかは怪しい強者を前に、しかしアステリオスの心は凪いだままであった。

 何故だろうか。

 彼女が、目の前にいるからだろうか。

 アステリオスの自問に、答えは出なかった。

 

「ねえ、モーさん。帰ろう?だいじょうぶ、道なら、私が作れるから」

「……」

 

 地面が鳴動する。

 号令を受けたダイダロス通り、そしてクノッソスが、母なる迷宮(ダンジョン)へと通ずる道を作り上げる。彼女たちの側にぽっかりと空いた穴にオッタルが目を見開き驚愕するも、それに構うことなくアステリオスは首を振った。

 

「出来ない」

 

 彼の言葉に、リリアは一瞬目を見開いた。

 しかし、すぐに何かを悟った様子を見せて、目を閉じる。

 涙が一筋、頬を伝った。

 

「夢を」

「……夢を、ここで探してるんだね」

「……ああ。もう少しで、見つかりそうなんだ」

「……そっか」

 

 知っていた。

 アステリオスの夢を。

 彼の存在意義を。

 そして、彼が辿るであろう結末を。

 再戦を望む彼の夢。田を耕す際に聞いた、彼の持つ憧憬。

 知っていた。

 彼がいずれ自分の前から消えることは知っていた。

 それでも、ここまで早い別れになるとは、思ってもいなかった。

 いかないで。一緒に帰ろう。まだ一緒にいたい。死なないで。いやだ。

 そんな言葉がリリアの口から飛び出そうとする。けれど、リリアは口を閉ざした。その言葉を言っても彼はきっと止まらない。止まれない。そう悟っていたから。

 

「すまない」

 

 アステリオスは頭を下げた。

 同胞からも時には恐れられるほどに凶悪な自分を、恐れる事無く受け入れてくれたリリア。しかし、彼女を悲しませる結果となったとしても、アステリオスは再戦へと突き進む。それが彼の生まれた意味であり、彼が望む憧憬(ゆめ)であるからだ。

 ついぞ感じることのなかった、不快な感情。

 それが罪悪感という名であることを彼は知らない。

 そして、頭を下げたまま目を閉じた彼に、きっと眦を吊り上げたリリアは叫んだ。

 

「ゆるさない!!」

「……ッ」

 

 幼子の糾弾に、アステリオスは身を固くする。

 覚悟していたとはいえ、やはり自らが好んでいた者から拒絶されるのは辛いことであった。

 

「絶対にゆるさない!!傷もなおしてあげないし、武器だって作ってあげないから!!」

「……」

「おにぎりだってあげないし……えっと、えっと、ばか!!」

「……」

 

 瞳を閉じて、リリアの叫びを甘んじて受け止めるアステリオス。

 それが、彼女への贖罪であると考えていたのだ。

 思いつく限り罵倒してやろうと思っていたが、思いのほか罵倒の語彙(ボキャブラリー)がすぐに尽きたリリアは、仕方がないのでそのまま言葉を続けることにした。

 

「だから!!」

「……?」

「勝って!!その再戦相手に勝って、絶対に帰ってくること!!」

「……!」

 

 ハッと顔を上げるアステリオス。彼の目に映ったのは、ぽろぽろと涙を零しながらも、気丈にこちらを睨みつけるリリアの姿であった。

 それは、たった一つの激励。

 民衆からは恐れられ、英雄からは敵視され、やがては討ち取られる運命にあった怪物に向けられた、小さな激励。

 

「モーさんがいないと畔塗りが早く終わらないし、代掻きだって大変なんだから!!帰ってきて、ちゃんとししょーに傷を治してもらって、田んぼ作りを手伝うの!!だから─────」

 

 幼稚で、自分勝手で、支離滅裂なその激励は、しかしアステリオスの心に火を点けた。

 力が抜けていた体に活力が戻る。

 その瞳には尽きることのない闘志が宿る。

 主の思いに応えるように、猛牛の角が淡く輝きを帯びた。

 傷がどうした、隻腕がなんだ。

 その障害を踏みつけ壊し、乗り越えてこそが我が再戦の始まり(スタートライン)

 

 

 

「だから、全部ぶっ飛ばせ!!アステリオスッ!!!!」

「ォォォォォォォォォォオオオオオオオオッ!!!!!!!!」

 

 

 

 幼子の声を受け、猛牛は奮い立った。

 未だその身に刻まれた傷は癒えず、しかしその身に宿る闘気は万全の状態を遥かに凌ぐ。

 文字通り気炎を上げるアステリオスに、今まで傍観に徹していたオッタルが声を掛けた。

 通りの先、小さく見える広場の中心にいる、「白」を指さす。

 

「─────この先に、お前の求める者がいるぞ」

「……ッ!!」

 

 彼の言葉を受け、アステリオスはニィ、と笑みを浮かべた。

 血に塗れた凄絶な笑み。瀕死の身とは思えないほどの軽やかさで建物の屋上へと跳躍したアステリオスは、そこで瞳に歓喜を宿した。

 楕円の大広場、数々の異種族、その中で戦う─────白い少年。

 あぁ─────嗚呼!!

 あれだ、あれなのだ!自分の夢は、願望は、憧憬は!!!

 追い求めていた答えは!!!

 彼はとうとうソレを見つけ出し、ソレを取り巻く全てを見据えた。

 周囲には多くの狩人、対峙するは一匹の同胞。

 駄目だ、許さない、それだけは認めない。

 誰にも渡してなるものか。誰にも譲ってなるものか。あれこそが絶対、唯一無二の()()()

 

 再戦を。再戦を。再戦を。

 

 この身は─────そのためだけに生まれてきた。

 けれども。

 アステリオスは、驚愕を浮かべてこちらを見る他の狩人たちに目もくれず、一度だけリリアの方を振り返った。

 彼女は涙の跡を残しながらも、こちらをしっかりと見据えていた。

 彼女の想いに応えるために。

 彼女の願いに応えるために。

 彼女の憧憬(ゆめ)を、共に叶えるために。

 

()()()()()()()()()()()

 

 アステリオスは不敵に笑う。屋上を蹴り砕き、稲妻のように発進したアステリオスは、全てを置き去りにして驀進する。

 唸る血潮、猛る肉体。

 これまでにない『飢え』すら凌ぐ圧倒的な高揚が、アステリオスに無限の力を与える。

 迸る歓喜、そしてそれ以上の戦意に満ち溢れ、彼は雄たけびを放った。

 

『ォォォォォォォオオオオオオオオオオオオッ!!!!!!!』

 

 迷いも悲しみも、神の姦計すら打ち砕く大咆哮が、打ちあがった。

 

 

 

 

 

「……いいのか。俺が言えた義理ではないが……アレは、死ぬかもしれんぞ」

「だいじょうぶ」

 

 オッタルは不思議であった。

 瀕死の猛牛。亜種の牛人(ミノタウロス)とはいえ、あの体では長くはもつまい。それなのに、死地に送り出した彼女はなぜそんなに晴れやかな表情で笑えるのだろう。

 そう考えていたオッタルは、次のリリアの言葉に衝撃を受けた。

 

「私のアステリオスは、最強だから」

 

 何という傲慢。何という不遜。

 あの傷を負いながら、しかしあの牛人が自らの下へと帰ってくることを信じて疑わないリリアの姿に、オッタルは自らの主神を見た。

 己に向けられた絶対の信頼。

 それが、彼女とあの牛人の間でも結ばれていたというのだ。

 恐らくはあの牛人も彼女の下へと帰れるという自信を持っている。

 これが、怪物と人間の関係だというのか。オッタルは自らの常識が音を立てて崩れるのを感じた。それと同時に、ある欲求が彼の胸に芽生えた。

 

 ─────彼女らのように。

 ─────彼女らのように、互いに信頼し合える関係に、俺たちもなれたなら。

 

 女神の寵愛を奪い合い、日々出し抜き合いいがみ合う家族(ファミリア)の事を思い浮かべるオッタル。

 彼は知らぬうちに、リリアに向かって口を開いていた。

 

「一つ、質問がある」

「なんですか?オッタルさん。……モーさんをけしかけたことは、まあ、微妙な気持ちですけど……やっぱり許せません」

「それは、すまなかった。だが、それではない。俺が聞きたいのは─────」

 

 

「─────」

 

 

 その質問は、オッタルにとってある種の契機となる。

 少女の答えを聞いた猛者(おうじゃ)は、そうか、と一つ頷くと戦場となった広場へと向かった。

 リリアはもう用はないと、家族(ファミリア)の待つ場所へと飛び去っていく。

 黒い猛牛と白い少年。そして人々や神々の怒号、歓声、悲鳴が飛び交う中、ここに一つの戦いが終結した。

 

 

 

 

 

「リリアちゃん!!おかえりなさい!!ああ、もう、こんなに泥んこになって!!」

「わぷ、千穂ちゃん、く、くるしい……」

 

 そして、【ニニギ・ファミリア】の拠点(ホーム)へと帰ってきたリリア。途中で地下にもぐったりと相手を撒くように動いてきたため、彼女がこのファミリアの団員だとばれることはなかった。

 怪我こそなかったものの、血や泥で汚れまくったリリアに躊躇なく抱きつく千穂。神性を発現させた反動か、未だに少し色の抜けた髪と瞳の千穂に締め上げられ、リリアは苦しそうな声を上げた。

 

「うい、お疲れさん、リリア」

「……千穂を使うのに気が付いたタケミカヅチ様たちの相手、大変だったんだからな」

「まーまー、うまくいったっぽいんだからいいじゃない!終わり良ければ全て良し、だよ!」

「千恵みたいに皆が皆お気楽じゃないんだよ」

「なんだとぅ!?」

「はっはっは、落ち着け皆。……ほら、千穂も少し離れろ。汚れが付くしリリアが苦しんでいるぞ」

「あっ、ご、ごめんねリリアちゃん」

「も、もーまんたい」

 

 そんな千穂を皮切りにわいわいと集まってくるニニギ・ファミリアの面々。

 気前のいい笑みを浮かべてリリアをねぎらう伊奈帆や、心なしかげっそりとやつれた様子の穂高。そして能天気に笑う千恵を見て、リリアはようやく帰ってきたのだという実感を持てた。

 今も憧憬と戦い続けているのであろうアステリオスの心配はしない。

 必ず帰ってくると、そう信じているから。

 

「よっし、それじゃあリリアも泥んこだし、いっちょ結愛んとこに風呂に行くか!千穂、お前も来いよ、もう隠す必要もないしな!」

「わ、初めて銭湯にいきます!」

「ニニギ様もどうですか?」

「そうだな。スクナビコナ達に謝罪行脚する前にひとつ行っておくか」

「お疲れ様です……」

 

 わいわいと、迷宮都市を覆う熱気を他所に、ニニギ・ファミリアは歩き出す。

 明日の朝ご飯は何にするのか、全員揃うのは久しぶりだから豪勢に行くか、などと話す家族(ファミリア)の中で、リリアは幸せそうに微笑む。

 

 夜空に、猛牛の勝利の咆哮が響き渡った。

 

 

 

 

 

 その後、伊奈帆が『スクナの湯』到着直後に「こんな状況で風呂に入りに来る奴がいるかッ!!」と結愛から殴り飛ばされたのは、まあ当然の話であった。

 





※裏では地上での動きが少しやりやすくなった、ほぼ原作通りの流れが進んでいます。気になる人はダンまち11巻とダンまち外伝SO10巻を買おう!(ダイマ)


TSロリエルフの稲作事情「異端児動乱編」、完。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

登場人物紹介(ニニギ・ファミリア編最新版)

米ディ!!!

これは登場人物紹介なので飛ばしてもらっても構わない!!
ただ、これだけは言わせてもらいたい!!

この作品の精霊関連はほぼオリジナル設定です!!すみません!!

本編には精霊王とか出てこないし、ましてや精霊の愛し子なんて存在はかけらも出てきません!!
長らくオリジナル設定タグを忘れて「え?これ原作設定ですよ?」みたいな顔しててすみませんでした!!(五体投地)

ちゃんと米ディするんでゆるちて。


【ニニギ・ファミリア】

 …今作でオリ主が所属しているファミリア。オラリオにやってきて4年程の半商業系派閥であり、オラリオで唯一米を栽培している。

 地元である極東では「貴人を(かどわか)し国に混乱を齎した極悪ファミリア」として指名手配されている。彼らに協力的な一部の神々によって極東を離れ、とある目的のために遠いここ迷宮都市オラリオへとやって来た。

 

 

 

 

 

【リリア・ウィーシェ・シェスカ】

 所属 : 【ニニギ・ファミリア】

 種族 : エルフ

 職業(ジョブ) : 第一王女(現在は出奔中)

 到達階層 : 第23階層(非公式)

 武器 : 《森の指揮棒(タクト)》(現在破損中)、《雷霆の剣》(現在破損中)、《DXミスリル鍬》

 所持金 : 50000ヴァリス

 

【ステイタス】

 Lv.2(非公式)

 力 : I0

 耐久 : I0

 器用 : I0

 敏捷 : I0

 魔力 : I0

 

《魔法》

【スピリット・サモン】

 ・召喚魔法(サモン・バースト)

 ・自由詠唱。

 ・精霊との友好度によって効果向上。

 ・指示の具体性により精密性上昇。

 

《スキル》

妖精寵児(フェアリー・ヴィラブド)

 ・消費精神力(マインド)の軽減。

 ・精霊から好感を持たれやすくなる。

 

妖精祝福(フェアリー・ギフト)

 ・精霊への命名実行権。

 ・魔力に補正。

 

 

 

【装備】

《純白のバトルドレス》

 ・使うことはなさそうなのでリリアが派閥資金の足しに売ろうとしたが、周囲の人間が必死になって止めたために防がれたという後日譚がある。

 ・後に衣装棚を覗いたアルフリッグが何かが減っていると首を捻ったとかなんとか。

 

《DXミスリル鍬》

 ・量産も可能で、伊奈帆達は現在これを使って農作業にいそしんでいる。デメテル・ファミリアがこの鍬に目を付けているとかなんとか。

 

《森の指揮棒(タクト)

 ・先の異端児動乱でディックス・ペルディクスに折られ、更には精霊たちが呪いに侵されてしまったため、風の精霊王イズナがウィーシェの森に常駐する光の大精霊メリュジーネに解呪を依頼しに行っている。

 

《雷霆の剣》

 ・微精霊たちの呪いを肩代わりし、現在グロッキーとなり使えなくなっている。ちなみにドライアルドたちからは「いい気味じゃ」『『女の尻ばっかり追いかけていた罰』』と厳しい意見が寄せられている。

 

 

 

 今作のオリ主。我らが米キチ。全ての元凶かつ大体コイツのせい。行動基準はすべて米。米が食べたい一心で単身オラリオへとやって来た行動力の化身。

 その正体はとある魔導国家によって秘密裏に作られていた「神伐兵器」。

 元は神と同じ超越存在(デウスデア)である精霊を無理やりに体に宿し、肉体の限界を超えて成長し続ける魔力によって引き起こされる魔力爆発で神の力(アルカナム)発動前に神を消し去るという代物。

 だったのだが、魔導国家が長年の研究によりさらにそれを洗練させた形にしてしまったため更に危険度が増した。

 どうやって捕獲したのか分からない精霊王たちの存在に、とある元最強の派閥の関与が疑われているが定かではない。

 卵焼きは塩、砂糖、出汁巻きどれでもいける派。

 

【ドライアルド】

 土の精霊王。

 リリアに最初に血を分けた精霊であり、その後最初に加護を授けた精霊でもある。

 リリアのおじいちゃんポジションを狙い続けており、彼女の保護者の中でもトップクラスにやべー奴。こいつがいる時点でオラリオは崩壊一歩手前の日々を送っているといっても過言ではない。

 その気になればオラリオ表層の都市部から地下のクノッソスまですべてを掌握することが可能であり、もし彼と敵対すれば即座にオラリオの蓋が外され、大地に魔物があふれ出る。

 定例会議(と彼らは呼んでいる)のためにウィーシェの森へと向かう際に、リリアの波動を感じオラリオへとやって来た。

 ウラノスの一番の胃痛の元。

 

【イズナ】

 風の精霊王。

 ドライアルドの次に血を分けた精霊であり、3番目に加護を与えた精霊。

 二位一体の精霊であり、どちらもがイズナそのものであるという少し特殊な存在。風の出力は通常のアイズの倍以上であり、その気になれば竜巻を起こしてオラリオを更地にできる。

 何処かへと出かけるリリアに気が付き、追いかけることとなったリフィーリアの持つ《霊樹の大枝》に密かに宿っていた。

 ステイタスを得る前のリフィーリアがレベル2の冒険者を瞬殺出来ていたのは彼女の恩恵が大きい。

 アイズの事を見て一瞬で「アリアの娘」と見抜いたものの、特に彼女と親しいわけでもなかったので話しかけることはしなかった。

 炎の精霊王エルフリートからの求婚に飽き飽きしている。

 

 

 

 

 

【ニニギノミコト】

 ニニギ・ファミリアの主神。リリア曰く「米の神」。アマテラスから稲を授かり地上へと齎したとされる天孫であり、三種の神器の持ち主でもある。

 色々と謎が多い神でもあり、その目的は未だはっきりとしていない。

 千穂の真実についても何かを知っている風であり、それを悔やんでいる様子も見せた。

 現在は勝手に千穂の権能を使ったことを極東系ファミリアの主神達に頭を下げて回っている。

 卵焼きは出汁巻き派。

 

 

 

 

 

【ミシマ・千穂(■■■■■・■)】

 所属 : 【ニニギ・ファミリア】(元【イザナギ・ファミリア】所属)

 種族 : 不明

 職業(ジョブ) : 冒険者

 到達階層 : 第2階層

 武器 : 無し

 所持金 : 1500ヴァリス

 

【ステイタス】

 Lv.1

 力 : I6

 耐久 : I5

 器用 : I13

 敏捷 : I5

 魔力 : I0

 

《魔法》

星に願いを(ウィッシュ・アポン・アスター)

 ・系統不明(アンノウン)

 ・詠唱【星よ、星よ、星よ。我らが友よ。どうか力を貸してほしい。非力な私の願いに、無力な私の声に、どうか耳を傾けてほしい。世界を覆う天蓋に宿りし御身の輝きは曇る事なく、またその光は我らを照らす。その希望の一欠片を、どうか私に恵んでほしい。神の稚児の名に於いて希う。星に願いを(ウィッシュ・アポン・アスター)

 ・願いの具体化により効力上昇。

 

《スキル》

神ノ稚児(ゴッズ・インファント)

 ・効果消失。

 

 

 

 ニニギ・ファミリアの炊事家事担当。リリアと同い年の10歳であり、ミシマ・千恵の義理の妹。性格はしっかり者で常識人。食べ物の事となると暴走しがちな極東系ファミリアのツッコミ役になる事が多い。

 異端児動乱の際にリリアの願いを叶えるため、【星に願いを】を用いて神の力(アルカナム)を振るった。その権能は「運命の決定」「世界の■■■」に特化している。

 この力を使う際は神性が発露して髪や瞳から色が抜け落ち、アルビノのような色彩になる。

 その経歴は謎であり、ニニギ・ファミリアに入団した経緯も、ミシマ・千恵の義理の妹になった理由も不明である。

 ぶっちゃけ、この二次創作の世界における鍵そのもの。

 卵焼きは砂糖派。

 

 

 

 

 

【ミスミ・伊奈帆】

 ニニギ・ファミリア団長。年齢は19歳でファミリアの中でも最年長。武芸に秀でた青年で、故郷では一番の腕を持つ若侍であった。

 卵焼きは出汁巻き派である。

 

 

 

 

 

【ミスミ・穂高】

 ニニギ・ファミリアの副団長。ニニギを祀る社の宮司を担ってきたミスミ家の跡取りと目される兄に若干のコンプレックスを抱いている。

 卵焼きは砂糖派。ただ子供っぽいと思っていてあまり主張したがらない。

 

 

 

 

 

【ミシマ・千恵】

 ニニギ・ファミリアの団員。女性陣のリーダー的存在でもある(というか彼女以外にリーダーに向いている者がいない)。

 卵焼きは砂糖派。でも出汁巻きもたまに食べるくらいには好き。

 

 

 





【次 回 予 告】

 ウラノスの主導により本格的に立ち上がった「人類と怪物の共存」に向けた施策の研究会!
 優れたアイデアを募集するその研究会で、リリアはとある秘策を打ち立てる!!


「炊飯ならお任せ!熱い炎の稲作レッド、リド!!」
「火加減湯加減オ任せあレ!!風を操る稲作イエロー、レイ!!」
「は、はいぜん?を、頑張ります!稲作ブルー、ウィーネ!」
「盛り付け調理なんでもござれ!稲作グリーン、レット!!」
「寡黙な食材調達員。稲作ブラック、アステリオス」


「「「「「今日も今日とて田んぼを耕す!!大地が僕らに叫んでる!!」」」」」
「行くぞっ!!」
「「「「応っ!!」」」」
「五人そろって─────」


「米レンジャー!!」
「稲作ファイブ!!」
「ライスフィーバーJ!!」
「ライスマン!!」
「炊飯ジャー!!」


「少シハ名前ヲ揃エル努力ヲシタラドウダッ!!!?」



次回「稲作戦隊米レンジャー第1話『真っ赤なかまど!無敵米レンジャー』」
新章「収穫と休息と布教」編、開墾!!



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

収穫と休息と布教編
稲作戦隊米レンジャー第1話『真っ赤なかまど!無敵米レンジャー』


米ディッ!!!!

夕飯の時間帯になったので初投稿です。
始まりと言うことで若干短めだけど許して。

それでは。



 大きな悲鳴が、迷宮(ダンジョン)に響いた。

 続いて聞こえてくるのは、どどどっ、どどどっ、というリズミカルな足音と、大きな鳥が羽ばたくようなばっさばっさという音。

 暫くは音のみが聞こえるだけだった()()を、何かが横切った。

 

『ヒヒィィィィィ!!』

『ガァァァァァアアアッ!!』

 

 それは、二体の怪物(モンスター)であった。

 一体は青い鬣が美しい白馬。しかし、その下半身は途中から馬のものから魚類のひれへと変化しており、何とも言えない不気味さを演出している。

 水馬(ケルピー)

 迷宮の下層、『水の迷都(みやこ)』周辺に生息する水棲モンスターの一種だ。

 その白馬を追うのは、灰色の岩石で形作られた悪魔の石像とでもいうべき怪物であった。まるで怒り狂ったような歪んだ表情のそれの名は石竜(ガーゴイル)。空から敵を追い詰める、獰猛な捕食者だ。

 逃げるケルピーと、追うガーゴイル。しばらく続いたそのデッドヒートは、頭上から強襲したガーゴイルにケルピーが抑え込まれるという最悪の形で決着がついた。

 藻掻くケルピー。必死に暴れることでどうにか抜け出そうとしているが、強靭な石の体をもつガーゴイルは痛痒を感じない様子でケルピーを何処かへと引きずっていく。

 そして彼らがたどり着いた場所は、かまどや調理台などが立ち並ぶ、厨房の様な場所であった。埃一つ無くきれいに整頓された清潔感のある壁には、傍から見ても上等だと分かる包丁や鍋などがフックに吊るされていた。

 解体用の包丁を見て自らが辿る運命を悟ったのかカタカタと震えだすケルピーに、ガーゴイルは醜悪な笑みを浮かべて詰め寄る。そして愉悦を隠せない表情のまま、ゆっくりと口を開いた。

 

『ヒッ……』

「グハハハハハ……美味ソウナ馬ダ。寝過ゴシテ朝ゴハンモマダダッタカラナ。余スコトナク肉ヲ削ギ落トシ、ステーキニシテバターヲタップリト塗ッタバゲットト一緒ニ貪リ食ッテヤロウ……ジュルリ、涎ガ止マラナイ」

 

 どことなく棒読みで、まるで文を読み上げているかのような口調で話すガーゴイル。彼の言葉を聞いたケルピーは哀れなほどにカタカタと震え、その瞳には涙すら浮かんでいた。

 まさに絶体絶命。

 助けに来てくれる存在にも心当たりはなく、このまま恐ろしいガーゴイルに昼食兼朝食(ブランチ)としてお洒落にいただかれてしまうのか……そう悟ったケルピーが諦めと共に瞳を閉じ、己が運命を受け入れようとしたその時。

 

「「「「「待てッ!!」」」」」

 

 救いの声が聞こえた。

 

「何者ダッ!?」

『ヒヒン!?』

 

 即座に反応し、厨房の入り口を振り返るガーゴイル。ケルピーは希望に目を輝かせ、自分を救いに来てくれた存在を潤んだ眼で見つけようと辺りを見回した。

 そして、厨房の入り口。

 何故か強い逆光となっているその場所には、五人の影があった。

 いや、五人というのは間違いか。その影はそれぞれ人ではありえないほどに歪んでおり、まさに「異形」と呼ぶべき存在達の集団であったからだ。

 彼らは、それぞれが鮮やかな「色」を纏っていた。ある者は炎のような赤緋の鱗を。ある者は湖のように澄んだ蒼い鱗を。またある者は美しい黄金の羽毛を。ある者は森のような深い緑の体皮を。そして、ある者は闇よりも深い黒い毛皮を。

 正に「五人五色」。謎のカラフル集団は、綺麗に揃った「とうっ!」という掛け声を上げると、無駄に洗練されたフォームでその場から飛び上がり、ガーゴイルたちの前へと着地した。黒の異形が着地するとその重量からか、ずん、と迷宮が揺れ、ガーゴイルが少し体勢を崩す。

 

「わ、きゃっ」

「お、おい、アステリオス。ちゃんと軽く着地しろって言われただろ」

「……すまない」

 

 ガーゴイルと同じように青の異形が転びかけ、赤の異形から黒の異形が小声で注意された。しょんぼりと肩を落とす黒の異形。妙に締まらない初登場に終わった彼らは、気を取り直して陣形を組みなおし、ガーゴイルとケルピーに向き直った。

 そして、バババッと謎のポージングを決めながら高らかに名乗りを上げた。

 

「炊飯ならお任せ!熱い炎の稲作レッド、リド!!」

 

 その言葉と共に、赤の異形、蜥蜴人(リド)が自らの筋肉を強調するように両腕を上げる。ニィ、と口の端を持ち上げ笑った彼に合わせて、彼の背後でゴウ、と赤色の炎が上がった。

 

「火加減湯加減オ任せあレ!!風を操る稲作イエロー、レイ!!」

 

 黄の異形、歌人鳥(レイ)がそう言って、人間であれば腕が付いているであろう場所に生えている翼を広げれば、彼女を取り巻くようにコオオ、と風が吹きすさぶ。

 

「は、はいぜん?を、頑張ります!稲作ブルー、ウィーネ!」

 

 青の異形、竜娘(ウィーネ)は若干戸惑いながらそう言うと、むん、とやる気を示すように胸の前で手を握った。

 可愛い。

 そして、彼女の足元からしゅばばっ、と勢いよく水が噴射し、驚いたウィーネは「ひゃん!?」と悲鳴を上げてその場から飛びのいた。

 可愛い(2回目)。

 

「盛り付け調理なんでもござれ!稲作グリーン、レット!!」

 

 緑の異形である赤帽子(レット)がそう言いながら手に持った得物である鎌を振ると、彼の足元からもさっ……と草が生える。「もうちょっと私の演出どうにかならなかったんですかね……?」と言いたげな微妙な表情で、レットは次のメンバーに出番を譲った。

 

「寡黙な食材調達員。稲作ブラック、アステリオス」

 

 そう言って手に持った白銀の大剣を地面に突き立てる黒の異形は、先日迷宮都市を熱狂の渦に叩き込んだ激闘の立役者、アステリオスだ。

 自らの憧憬に打ち勝ち更なる再戦を確約して隠れ里へと帰還したアステリオスは、愚者(フェルズ)からの治療を受け、切り落とされた腕もしっかりと元に戻っていた。

 そうして名乗りを終えた5人は、更にポージングを変えて口上を続けた。

 

「「「「「今日も今日とて田んぼを耕す!!大地が僕らに叫んでる!!」」」」」

「行くぞっ!!」

「「「「応っ!!」」」」

 

 リドの合図に、他の4人が頷いた。

 何が起こるのかと警戒した様子を見せるガーゴイルを他所に、5人は綺麗な横一列に並び、一斉に片手を突き出す。

 そして─────

 

「五人そろって─────」

 

 

 

「米レンジャー!!」

「稲作ファイブ!!」

「ライスフィーバーJ!!」

「ライスマン!!」

「炊飯ジャー!!」

 

 

 

「少シハ名前ヲ揃エル努力ヲシタラドウダッ!!!?」

 

 ─────全員がバラバラの名前を叫んだ。

 思わず突っ込んでしまうガーゴイル。しかし、そんな彼の叫びを意に介すこともなく、米レンジャー(暫定)隊長のリドは満足げな様子で頷いた。

 そして、歯ぎしりでもしそうなほどに苛ついた様子のガーゴイルに声を掛ける。

 

「やい、そこのグロ……パン派ガーゴイル!!お前は何か勘違いをしているぞ!!」

「勘違イ?イッタイ何ノコトダ!!」

 

 リドの言葉に顔を顰めながらそう返答するガーゴイル、もといグロス。リドは彼の言葉にフン、と鼻を鳴らすと、グロスの背後でうるうるとこちらを見つめているケルピーを見た。

 そして、物事を知らない子供に自慢げに話すような口ぶりで口を開いた。

 

「お前は馬肉をパンで食べようとしていたようだが、それは大きな間違いだ。いいか、グロ……パン派ガーゴイル。馬肉はな─────

 

 

 

 ─────米に合うんだ」

『ヒィィンッ!?(お前ら助けに来てくれたんじゃないの!!?)』

 

 まさかの展開に嘶くケルピー。自らを助けに来たのだと思っていたら、まさかの敵だったという救いのないオチである。これはひどい。

 哀れ食材となることがほぼほぼ確定してしまったケルピーを他所に、グロスとリドは互いに熾烈な宗教戦争(プレゼン)を繰り広げていた。

 

「ソレハ違ウ!!ソレハ違ウゾリドォ!!焼イタ馬肉ノアッサリトシタ風味ハ、コッテリトシタバターヲ塗ッタバゲットニコソ相応シイ!!アッサリ目デアルモノノシッカリトシタ脂モノッテイル馬肉ト甘辛ノタレヲカケタ野菜ヲ挟ンダ特製サンドウィッチの美味サト言ッタラ……アア、モウ我慢ナラン!!」

「うぐっ、結構美味そうだなって思っちまったじゃねえか……けどよ、パン派ガーゴイル!……めんどくさいからグロスでいいや。グロス!馬肉は焼くよりも生で食べたほうが美味いと、そして米と酒と一緒に飲み食いした方が一番美味いと、俺っちは思うぜ!!」

「……ナンダト?」

「アステリオス!!」

「……承知した」

『ヒィン!?』

 

 ぐわしっ、と首根っこを掴まれ、引き攣った悲鳴を漏らすケルピー。カタカタと高速で振動するケルピーを、アステリオスは何処かへと引きずっていく。引きずられ、地面に跡を残す大剣がケルピーの未来を暗示していた。

 そして、哀れなケルピーがアステリオスと厨房の入り口から外に出て、しばらく。

 

『ヴォォォォオオオオオッ!!!』

『ヒィィィン!!!』

 

 ドッ!!!!という鈍い音が厨房まで届き、ケルピーの断末魔が迷宮を貫いた。

 ウィーネとレットが端っこの方で静かに目を閉じ、これから自分たちの血肉となる食材(ケルピー)に合掌していた。

 

 

 

「グロス!とりあえず俺っちたちの料理を食ってから文句は聞くぜ!!」

「ホウ、面白イ……ヤッテミロ!」

「おうともよ!レット!!」

「了解です!」

 

 リドに呼ばれたレットが、ずずいと前に進み出る。斧を手放した彼が持っているのは、黒い液体の入った瓶。中くらいの鉢にその液体を惜しげもなく投入したレットは、続いてみりんや魚醤、迷宮(ダンジョン)中層『大樹の迷宮』で採れる樹液などを少しずつ加えていく。

 その工程をみたグロスは、彼が馬刺しのたれを作っているのだと理解した。

 最後に添加されるのは、迷宮に住まう怪物たちがひと時の休息を得る『食糧庫(バントリー)』にて採取された岩塩。

 人が作り上げた食の結晶と、迷宮で生み出された神秘のコラボレーション。地上や第18階層の『リヴェラの街』で売り捌けば間違いなく高値が付く秘伝のたれが、レットの手により生み出された。

 ごくり。

 グロスの喉がそのたれの香りに反応し、自然と鳴った。怪物の鋭敏な嗅覚は、そのたれが内包する高純度な旨味をしっかりと察知していた。それを舌の上に乗せた時、どのような味が口の中に広がるのか。

 想像するだけで、彼の食欲は否応なしに引き立てられていく。

 

「お米、炊けましタ。蒸らしテおきまス」

「ナイスだ、レイ!よし、俺っちもかまどに火を点ける以外に仕事しなくちゃな」

 

 レイからこの献立の主役である米が炊けたことの報告を受け、リドは笑顔で包丁を取る。彼の目の前には赤々とした大きな肉塊が。

 馬肉だ。

 アステリオスと共に血抜きから解体まで行ったこの肉は、馬刺しにおいては定番の部位である赤身。油の少ないヘルシーな味わいが特徴の、馬肉の代表選手ともいえる部位だ。

 2キロほどの大きな肉塊を、リドは「まあこんな感じか?」と言いながらざっくり二等分にする。そして片方をどこからか取り出した牛刀でスライスし、とれたて新鮮な馬刺しへと変貌させる。まだ腐敗の始まっていない新鮮な肉だからか、獣特有のにおいは少なく、食べる際に不快感を覚えることはないだろう。

 

「よし、んでこっちは、と」

 

 半分になったものの、それでもなお重量感のある塊であることには変わりない馬肉塊を前に、リドは大きくのどを膨らませた。更に半分にした肉塊を、バターをよく塗った二つの金属製スキレットに乗せ、手ごろな岩の上に乗せたならば、少し距離を取る。

 そして、リドは喉の奥にため込んでいた火を勢いよく吹きかけた。

 

『ガァ!!』

 

 ジュウウウ、と肉の焼ける音と香ばしい匂いが周囲に充満する。しかし、リドはそのまま肉の内部にまで火を通すのではなく、裏返してまた焼いてを繰り返し、表面だけを焼いたのだ。

 

「よっし、いい具合だな。いやー、俺っちも料理上手になったもんだ!」

 

 かっかっか、と満足げに笑いながら、リドは若干焦げた岩の上からスキレットを回収し、調理台の所へと戻る。そして、鱗に保護された手で未だ熱を持つ肉を持つと、板の上において牛刀でスライスし始めた。

 それをたれを作り終わったレットが皿の上に盛り付ければ、そこに姿を現したのは怪物ならではの工程が入った「馬肉のたたき」だ。

 スライスされた玉ねぎや、大樹の迷宮で採れた薬草などの薬味も一緒に盛り付けられたたたきに付け合わされるのは、魚醤に昆布、鰹節や柑橘類を加えて作ったお手製のポン酢。さっぱりとした酸味が、肉の旨味を引き立てること間違いなしの組み合わせだ。

 

「米に馬刺し、馬肉のたたき……完成だぜ、グロス」

「……コ、コレガ……」

 

 ウィーネがいつの間にか用意されていたテーブルに出来上がった献立を並べていく。その後ろでは、リドが自信満々の表情でグロスに笑いかけていた。

 どこか上の空でテーブルの前に用意されていたスツールに腰かけるグロス。側に置かれたコップにウィーネが水を注ぐ。それを静かに飲み干したグロスは、手を合わせると静かに箸を取った。

 まずは馬刺し。

 器用に二本の棒を用いて馬刺しを取るグロスは、そのまま用意されていたたれにそれを漬け、ぱくりと一口に放り込んだ。

 そしてしばらく無言で咀嚼すると、かっと目を見開き一言。

 

「美味イ」

 

 たれの味はさることながら、馬刺し自体もなかなかに美味だ。

 新鮮な肉だからだろう、匂いもほぼせずほんのりと甘みを感じる馬肉の味が豊潤な旨味を含んだたれと合わさり、まさに至福ともいえる味わいを口の中に広げる。

 しいて言えば触感が少し柔らかめに感じるのがグロスにとっては残念な所ではあったが、それも気に障るほどではないために問題ない。

 赤身と言うだけあって脂身も少なく、あっさりとした肉にすこしこってりとしたたれがマッチしていた。

 そしてここに投入するは我らが主食のKOME。すべてを受け入れ全てを慈愛で包み込む我らが主食は、馬肉の肉汁とたれを吸い込み、普段の優しい甘さとはまた違った一面をグロスに見せる。

 赤身の柔らかさとはまたちがうもっちりとした触感の米は、一粒一粒が粒だっており、蒸らしを経て旨味を増したその炊き具合からは、炊飯担当であるレイの日頃の努力が見てとれた。

 これはいくらでも食べられるな。

 ちゃっかりと自分たちの分も用意していた稲作戦隊の方を見ながら、グロスはコップとは別に置かれていた湯飲みに手を伸ばした。ほんのりと温かさを感じるそれをのぞき込むと、無色透明な、しかし特有の匂いを発する液体が注がれていた。

【スクナビコナ・ファミリア】特製の米焼酎『大迷宮』(税込み6500ヴァリス)だ。

 こくり、と湯飲みを傾けて一口。すると広がるのは、米の甘さと豊潤な香り。すっきりとした味わいの酒は、彼の五臓六腑に染み渡り更なる食欲を連れてくる。

 そうして次に手を伸ばすのは、リドが作っていた「馬肉のたたき」だ。

 程よく外側に焼き目のついた肉を、ポン酢に漬けて薬味と一緒にいただく。

 

「……アア、美味イ」

 

 口の中に広がるのは、強めの酸味。けれども、それはたたきの味を損なうものではなく、むしろ脂身の少ない赤身にマッチしたさっぱりとした味わいへと変わる。

 薬味によって、たたきはただ肉の味と食感を楽しむだけにはとどまらず、シャキシャキとした玉ねぎの食感やほんのりとした苦みを加える薬草などが味のアクセントとなって飽きを来させない。

 なかなかどうして、よく出来た料理だ。

 グロスは米と一緒にたたきを頬張り、馬刺しに手を付けては焼酎を飲むという完璧な日本食ムーブを決めていた。

 

 

 

「……美味カッタ」

「そうか、そりゃあよかった!」

 

 しばらくして。

 グロスとリドはにやりと笑みを浮かべ、固い握手を交わしていた。

 

「米モ良イモノダ。イヤ、米コソガ私ノ探シテイタ究極ノ食材ナノカモシレナイ」

「そうだな。米は最強の食べ物だ!」

 

 狂信者じみた恐ろしい会話を、さわやかな笑顔でかわす二人。二人を祝福するように、迷宮の壁が淡く光を放ち、2人を照らす。

 こうして、パンを主食としていた怪物がまた一人、米の素晴らしさに目覚めたのであった。

 

 めでたし、めでたし。

 

 

 

 

 

「「「「「「いや、どこがッ!!?」」」」」」

 

【ヘスティア・ファミリア】拠点(ホーム)である『竈火(かまど)の館』に、ベルたちの盛大なツッコみの声が響いた。

 

「……そうだな。やはりそうだよな、うん。良かった、私の頭がおかしくなったわけではないよな」

 

 ベルたちの絶叫にうんうんと安心したように頷いているのは、この迷宮都市オラリオの創設神であるウラノスの使い走り、もとい腹心にしてかつて『賢者の石』と呼ばれ使用者に無限の命を与えると言われた伝説の魔道具(マジックアイテム)を発明した元「賢者」のフェルズ。

 彼らが見ていたのは、拠点の壁に投影された30分ほどの映像であった。

「安全保安上の理由で作らざるを得なくなった」とフェルズが述べた「記録した映像を投影する魔道具」によって記録されたその長めの寸劇は、ウラノスが異端児たちに「人類との共生を推進する新たな取り組み、案を出してくれ」と言われた際に提出したものであった。

 ちなみに今も妙に熱血な音楽(歌:レイ)と共にスタッフロールが流れており、「脚本:リリア・シェスカ」という字幕がびーっと上に流れていた。そうだろうと思ったよ。

 

「ただの米の布教劇じゃないですか!?なんですかパンよりも米が美味いっていうだけの劇って!!パン舐めてるんですか!?というか途中でケルピーさん殺されてませんでした!?」

「安心しろ、リリルカ・アーデ。あのケルピーは死んでいないし、何よりあの馬肉はオラリオで買った市販品だ。新鮮な上級品であることに変わりはないがな」

「む、リリ殿、それは自分見過ごせません!米はパンより美味しいのは自明の理、そういった観点から見たら、この劇は素晴らしいものだと思われますが!?」

「命様はちょっと黙っててください!」

「あのー、皆さま、そういった荒事は……はうぅ」

「け、喧嘩はやめてよ二人とも!……ヴェルフもちょっとは手伝って……」

「……馬刺しか、いいな」

「ヴェルフさぁん!?」

 

 ツッコみどころ満載、というか突っ込みどころしかない劇に噴火寸前のリリルカ。へんな所で突っかかっていく命に、おろおろとしてばかりの春姫。ベルが何とか事態の収拾を図ろうとするも、彼一人には荷が重すぎる事態であった。

 

「……ゴッフ、ケホ、おえっ……あっはははははははは!!!!!稲作戦隊って何さ!!あー面白!!ふふ、ははっ、ひっ、あ、ヤバい駄目だお腹攣りそう」

「神様も笑いすぎですって!!」

 

 ヘスティアはリドたちが登場したあたりから笑い上戸となってフェードアウト。今ではソファーの上でぴくぴくと痙攣する笑い袋となってしまっていた。神のツボを存分に押してしまったようだ。

 

「……そもそも、これで民衆と怪物の間にある溝が埋まるわけないじゃないですか。何を考えているんですかあの方たちは!」

「これでも当人たちは大真面目なんだ……」

「マジですか」

「マジなんだ」

 

 フェルズの返答に呆然としてしまうリリルカ。

 リリアの洗脳……もとい布教を受け、今や立派な米の狂信者となったリドたち異端児(ゼノス)。今ではほぼ全員が何らかの方法で米が炊けるまでに道を踏み外(せいちょう)してしまっている。

 リリア様、恐ろしい子……!

 リリルカの中で、脅威度ランキングの上位層が塗り替わった瞬間であった。

 

「ちなみに、これは第一話。他にも兎鍋を食べる第二話や24層産の鮮魚の刺身を食べる第三話をはじめとした全24話構成となっている」

「この狂った劇が!?あとにじゅうさんわも!!?」

「流石に君たちにこれを全部見(マラソン)させるわけには行かないが、一般人からの意見も欲しかったわけさ。……何故かウラノスは絶賛していたからね……」

「ウラノス様も、結構『神様』なんですね……」

 

 背後にどんよりとした空気を背負うフェルズ。

 骨だけの身でありながらやつれた様子を見せる愚者に、若干引き気味のベルであった。

 

 

 





「よし、ようやく道程の半分と言ったところでしょうか。……スゥ、はぁ。やはり新鮮なリリア様成分はイイですね。心が洗われるような心持ちです。これであと数日は戦えます」

 リフィーリアは現在、迷宮都市の外へと出ていた。
 大きめの鞄には、ロキがウラノスを強請って手に入れた外出許可証が入っている。
 オラリオに訪れる際にもお世話になった駿馬を駆り、リフィーリアは目的地に向けて一直線に進行していた。

「レオナルド様……ライザリア様……いったい、どういうお考えで、あのような依頼を……?」

 目指す場所は、ウィーシェの森。
 己や妹、そして親愛なる王族(リリア)が育った故郷の森。

「……急ごう、嫌な予感がする」



 エルフの従者は、自らの故郷へと突き進んでいった。
 旅先で目にした、不可解な状況を問いただすために。



 ─────そして、リフィーリアからの連絡が途絶えたのは、彼女がウィーシェの森に到着してから一週間が経った頃であった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ゼリー寄せは悪魔の所業

米ディッ!!!!!!

料理するところまでは行くけど食べるところまでは一話で行きつかないことでおなじみの福岡の深い闇です。

はい、ごめんなさい(流れるような土下座)

ということで次回は実食編です。長らく出ていなかったあの人たちが再登場。
もしかしたら炉の派閥も来るかもしれない(命さん関係で)。
それでは新章第2話、どうぞ!


「結論から言おう。僕たちは『武装したモンスター』と結託することにした」

 

 迷宮都市オラリオを騒がせた『武装したモンスター』の騒動からしばらくして。

 オラリオ北区に位置する【ロキ・ファミリア】拠点(ホーム)『黄昏の館』。団員全員が集まり朝食を共にするその食堂で、フィンはそう切り出した。

 突然の爆弾発言。奇行と言われてもおかしくはないその言葉を聞いた団員達から上がったのは、混乱と非難の渦だ。

 人類の敵であり、神時代が始まる遥か昔から争ってきた歴史を持つ怪物と手を組もうと言うのだ。他ならぬ、怪物を屠り続けた【勇者(ブレイバー)】その人が。

 普段であればフィンの下で、個の力に優れた【フレイヤ・ファミリア】すら凌ぐ強い結束力を発揮する彼らが、この時ばかりは彼に反旗を翻した。

 団内で荒れていないのは先日の騒動の中で決定的な瞬間を目撃した妖精部隊(フェアリーフォース)のメンバーや、既に事情を知っていたガレスやリヴェリア、主神であるロキを始めとした派閥の根幹を担う者たち。

 あとはアマゾネスのヒリュテ姉妹と、意外にもベート・ローガであった。

 上級冒険者から下級冒険者問わず、フィンに非難交じりの質問が飛ぶ。しかし、フィンはそれらに動ずることなく、冷静に彼らの意見を真摯に受け止め、そして「説得」していった。

 あの夜でリリアが用いた「他種族の一人に殺された時に、その種族全体を憎むのか」といった詭弁は使わない。あくまでも一人間として、団員達のもつ不満や困惑、怒りや失望と言った感情に向き合っていく。

 『正論』などいらない。揚げ足を取るなど以ての外だ。

 これは、彼が背負った【勇者】の名、その重さを示すものであった。そして、彼らが前へと進むため、意志を一つにするための『儀式』であった。フィンが見せる『覚悟』の下に、団員達がついてきてくれるかを確認する、大事な儀式。

 

「勝利するためだ」

 

 フィンは揺るがない。

 あの夜、あの場所で。

 神の作り上げた脚本に逆らい、怪物との確かな「信頼」を見せつけた一人の愚者に、勇者(フィン)は動かされた。彼の作り上げた盤面を破壊し、怪物との強固な「絆」を見せつけた無垢な子供の我儘に、勇者は揺らがされた。

 

「あの魔窟にひそむ闇の住人達に打ち勝ち、オラリオに平和をもたらすため。そのためなら、僕は『罪人』にもなろう」

 

 そして、彼は選んだ。自らの殻を、望んで被り続けていた【勇者】の仮面を壊すことを。

 かつて交わした約束を、「勇者であり続ける」という約束を裏切る。

 しかし、それは「英雄」としての道を諦めるということではなく。

 彼が「本当の英雄」としての一歩を踏み出すために、必要な裏切りであった。

 

「他に意見がある者はいないか?僕は全て答える。君たちの疑問に、感情に、偽りを用いず応じよう」

 

 長い時間、全ての者の声に、理路整然とフィンは答え続けた。

 万の言葉を紡ぎ、団員達を丸め込もうとするのではない。

 一の意志を以て、団員達と真っ向からぶつかり合い、互いの意志を共有し合ったのだ。

 そして、団員達の代弁者として立ち上がったアナキティ・オータムも彼に恭順を示し。

 

 

 

 

 

【ロキ・ファミリア】は、異端児(ゼノス)との結託を正式に決定した。

 

 

 

 

 

「……ふぅ、流石に少し疲れたかな」

「お疲れさまやでー、フィン。いやー、ムスコの成長が見れて、お母さん嬉しいわー」

「ハハハ、やめてくれよロキ。流石にこの年にもなって子供扱いされるのは気恥ずかしい」

「遠慮するな、フィン。内容が内容だったからこういうのもアレじゃが……あの時のお前さんは、立派じゃったぞ」

「ありがとう、ガレス。……リヴェリアは、アイズの所に行ったか」

 

 団全体を巻き込んだ「儀式」から暫くして。

 フィンとガレス、そしてロキは、黄昏の館の執務室でこれからの事を話し合っていた。リヴェリアは、あの後すぐに自室へと帰っていったアイズのフォローへと向かっている。

 無理もない。アイズの怪物に対する憎しみは、その事情も相まってフィンたちですら目を背けてしまいそうになるほどに悲愴なものだ。

 そんな彼女に「怪物との結託」などという爆弾を投げ込めばどうなるか─────最悪、食堂での戦闘も覚悟していただけに、この結末は最良と言ってもよいものであった。

 

「ま、あんまり背負いすぎん方がいいで、フィン。アイズたんになんかあったら、リヴェリアママが何とかしてくれるやろ!」

 

 ロキがあっけらかんとそう言い、フィンの肩を叩く。そんな主神からの気遣いに礼を述べながら、フィンは真剣な目でこれからの事を話し出した。組んだ手を人差し指でトントンと叩きながら虚空に視線を浮かべ、その頭脳を最大稼働させる。

 

「これからの事だが……まず、あの人造迷宮(クノッソス)の攻略についての作戦を立て直したい。異端児(ゼノス)という頼れる(ピース)が手に入った今、仕掛けるならば彼らの力を存分に使わない手はない」

「……結託するだのなんだの言うておきながら、早速相手を駒扱い……流石はフィンやで、そこに痺れる憧れるぅ!」

「茶化すのはよしてくれ、ロキ。……そして、異端児の中でも最大の鍵になりそうなのが」

 

 フィンはそういうと、執務机の引き出しから二枚の羊皮紙を取り出すと、ロキたちの前に広げた。彼女たちがそれをのぞき込むと、そこには二つの絵が描かれてあった。

 一つは『黒いミノタウロス』。

 そしてもう一つは『のっぺりとした特徴的な仮面』。

 

「今朝、ギルドから発表された賞金首(バウンティ)にして推奨レベル7の怪物、『アステリオス』。そして、僕のいた本陣に奇襲を行い、危うく死ぬ目にあった()()()()()()()()()()()……そう、稲作仮面だ」

「「…………は?稲作仮面??」」

 

 間抜けな声が、二人の口から飛び出る。

 ガレスとロキの目が、点になった。

 

 

 

 

 

「くちんっ!!」

「大丈夫、リリアちゃん?」

「すぴぴ……だいじょぶ」

 

 ところ変わって、迷宮(ダンジョン)第25階層『水の迷都(みやこ)』。階層全体が美しいエメラルドブルーの水を湛え、神秘的な淡い光と巨大な滝が地上では見ることの出来ない絶景を生み出していた。

 しかし、ここは人間の存在を許さない迷宮の中。当然この美しい光景の中にも恐ろしい怪物たちが潜んでおり、水中には魚型の怪物であるレイダーフィッシュを始めとした水棲モンスターが、空中には燕型のイグアスなど、多種多様かつ強力な怪物たちが闊歩していた。

 そんな恐ろしい迷宮の中、のほほんとしたやり取りをする幼女が二人。

 リリアと()()の【ニニギ・ファミリア】コンビだ。

 彼女たちが持っているのは、『大樹の迷宮』で採れた上質な木材を手先が器用な赤帽子(レット)が加工してできた釣竿。おもりを針の上に付けた独特の仕掛けを施した竿で、彼女たちはのんびりと釣りを楽しんでいたのであった。

 

「誰かがリリアちゃんの事を噂しているのかも」

「きっとお米のおいしさにめざめた同志」

「うーん、それはどうなんだろう……」

 

 ギャーギャーと怪物の声が響く中、呑気なやり取りを続けるリリア達。そんな彼女たちの背後では、腕を組みイイ笑顔を浮かべた土の精霊王(ドライアルド)が近づく怪物たちを一方的に鏖殺していた。

 魔石を粉砕され、舞い散る灰。飛び交う断末魔。しかし、それらは風の精霊王(イズナ)の張った風の結界によってかき消され、幼子たちを怯えさせるようなことにはならない。

 ぽろぽろと零れた魔石の破片は、野良のモンスターに食べられて『強化種』を生み出されてもアレなので、と付き添いで来た異端児(ゼノス)たちがパクパクと処理している。

 

「たまには俺っちたちもこうしてのんびりするのも一興だな!……まあ」

『ドッダヴォオオオオオオオオオオ!!!』

「……あいつ(アステリオス)みたいな楽しみ方は絶対にごめんだが。っと、ヒットだ。またドドバスか」

「トイウカ、最近ノアステリオス、ハッチャケスギデハナイカ?……来タ。ドドバス」

「それだケ余裕が生まれたトいうことでしょウ。喜ばしいことでス。私モ来ましタ。ドドバスでス」

 

 おやつ代わりに魔石のかけらをコリコリと齧りながら、釣竿を構えるリドたち。動きの鈍る水中に大剣一本で潜り、マーマンを始めとした水棲モンスターの群れと互角以上に渡り合っているアステリオスから必死に目を逸らす彼らの竿に、確かな手ごたえが来た。

 吊り上げたのは、その身を強固かつ歪な鱗で身に包んだ巨黒魚(ドドバス)だ。鱗の処理が大変だが、淡白な白身が美味いと評判の魚だ。迷宮で釣りをしようとしたものがいなかったからだろうか、モンスターの脅威から身を守るために進化を遂げた彼らは正しく入れ食い状態で、ドライアルドの用意したボックスに収まりきらないほどの大漁である。

 言葉こそ少ないものの、それなりに釣りを楽しんでいるリドたち。そんな彼らの前で水中から顔を出し、マーマンが突き刺さった大剣を掲げ勝利の雄たけびを上げるアステリオス。放っておけばこの下の階層にいる階層主(アンフィス・バエナ)に喧嘩を売りに行きそうな勢いだ。

 というか今売りに行った。アステリオスは滝へと身を躍らせ、下の階層でのんびりとくつろいでいた双頭竜(アンフィス・バエナ)の脳天に、挨拶代わりの白銀の大剣をぶち込んだ。

 凄まじい咆哮と雄たけびが迷宮を震わせるのを、リドたちは若干死んだ目で聞いていた。大瀑布(グレートフォール)を駆けあがるように青白い炎が走り、ずんっ、ずんっ、と迷宮が振動する。流石に音を聞こえないように保護されていても振動は感じたのか、リリアと千穂が不安げにこちらを見てきたので、リドたちは心配するなと手を振った。

 それに安心したのか再び釣りに戻ったリリア達を見て、リドは微笑むとともにいくつか下の階層にいるであろうアステリオスに呆れた表情を浮かべた。

 声音からして、恐らくアステリオスが勝っているのだろう。双頭竜の強者の咆哮が、だんだんと弱者の悲鳴に変わっていくのを、リドは手に負えなくなった事態に目を瞑るように釣りに没頭することで無視した。

 

 そして、猛牛の勝利の雄たけびが轟いた。

 

 

 

 

 

「いっぱい釣れた!」

「おう、そうだな。……うん、いっぱい釣れたからそれでいいや」

「リドさん、どうかしましたか?」

「い、いや、何でもないぜ千穂っち。うん、何でもない」

 

 そして、数時間ほど釣りを楽しんだ後。

 全身傷だらけの火傷まみれという満身創痍なアステリオスにリリアがびっくりする一幕こそあったものの、おおむね問題はなくリリア達は異端児の新たな隠れ里へと帰ってきていた。怪我の療養であまり激しい動きは出来ないラーニェ達に出迎えられ、リリア達は今日の釣果を発表する。

 

「たくさん釣れたな」

「ああ、ドドバスばっかりなのが少し残念だが、まあ焼けば美味いからいいだろう」

「ふっふっふ」

「……?リリア、どうした?」

「じつは、私と千穂ちゃんはドドバスいがいも釣っていたのです!じゃーん!」

 

 ボックスをのぞき込み、素直な意見を述べるラーニェと、それに頷くリド。

 ダンジョンの中で生き延びることが出来たのはドドバスだけだったのか、リドとグロス、そしてレイは他の魚が一匹も釣れず、大量のドドバスだけが釣果となっていた。

 里の全員に一匹ずつ配れる程の大漁に、周囲の異端児たちが喝采の声を上げる。そんな中、リリアは不敵な笑みを浮かべ、自分のボックスの中から一匹の魚を取り出した。

 人差し指と中指、そして薬指で鳥のかぎ爪のような奇妙な持ち方で持っているその魚を見たリドたちは、うげっと声を上げて一斉に後ずさった。

 リリアの手から逃れようとうねうねと動くその魚は、鱗が見当たらず、その代わりにネトネトとした粘液に塗れており、細長く黒いいかにも「食べるとヤバいです」といった見た目をしていた。

 

「り、リリア……それ、本当に食えるのか?」

「ネトネトシテイルガ……ソレハ確カ、毒魚ダッタハズデハ?」

「むう、うなぎ美味しいのに」

「ウナギ……?」

「は、はい。蒲焼にして食べると美味しいですよ?」

 

 困惑と驚愕のあまり怪物の形相になってしまっている異端児たちに、千穂は恐る恐る説明する。

 彼女の説明を受けた彼らは、しかし未だに信じられないといった面持ちで遠巻きにねとねと動くうなぎを見つめていた。

 

「一体何の騒ぎだ……うおっ、アステリオス!?どうして君はそんなにボロボロなんだ!?」

「……双頭の竜を倒してきた」

「アンフィス・バエナを……!?嘘だろう、その情報をギルドにどうやって報告すればいいんだ……!?」

「あ、ししょー」

「フェルズさん」

 

 と、そこにやって来たのは、全身を黒のローブで覆い隠した怪しい人影。フェルズと呼ばれたその人影の正体は、かつて無限の命を手に入れることの出来る『賢者の石』を作り上げた賢者の成れの果てであり、現在は都市の創設神であるウラノスの使い走りや日々騒動を起こすリリアに胃を痛める日々を送っている苦労人だ。

 不死の禁呪の影響で骨だけの体になってしまったものの、アステリオスからの報告を受けたフェルズは胃があったはずの場所がきりきりと痛むのをしっかりと感じ取った。

 アンフィス・バエナの単独討伐。あの【猛者(おうじゃ)】オッタルでさえも成し遂げていない(とはいえあの武人はそれより格上の階層主を半殺しにしているのだが)偉業だ。それをまさか同じ怪物であるアステリオスが成し遂げたということもあって、恐らくはまた秘密裏に処理されることになるのだろうと、フェルズは痛む幻想の胃を抱えてそう考えた。

 と、そこまで考えたフェルズは、全癒魔法でアステリオスの傷を癒した後、気を取り直してリリア達の方へと向かう。そして、リリアが手に持っているうなぎを見て眉を顰めたような雰囲気を纏った。

 

「……ヌタウオじゃないか」

「うなぎだよ」

「ああ、極東ではそう呼ぶのだな。……かつて私のいた所では、その魚はヌタウオと呼ばれ、恐れられていた」

「なんで!?」

 

 苦々しい声音でうなぎの事を「ヌタウオ」と呼ぶフェルズ。詳しく話を聞くと、どうやら食べると死ぬ毒魚としてフェルズのいた国では認知されていたらしく、魔法薬の材料として用いたり、解毒薬のゼリーに包んだゲテモノ料理くらいだったりと散々な扱いを受けていたらしい。

 口々に美味しいと言い募るリリアと千穂を胡散臭いものを見る目(雰囲気)で見るフェルズ。信じてもらえないことに若干腹を立て始めたリリアであったが、彼女が懐に忍ばせていた魔道具が音を立て始めたために、一旦やり取りは中止となった。

 

「あっ、時間だ」

「ふむ。丁度良かったみたいだな、間に合ってよかった」

「ししょー、うなぎとドドバス、何匹か持って帰っていい?」

「ふむ。私は別に構わないが……」

「ああ、俺っちたちも別に。というか、うなぎは全部持って帰ってくれ」

「美味しいのに……」

「じゃあ明日にでも作ってくれよ、その美味しい料理ってやつ」

「了解!おねがい、千穂ちゃん!」

「えっ、私!?」

 

 わいわいと帰りの準備を始めるリリア達。

 持って帰るお土産をある程度選別すると、リリアと千穂は隠れ里の奥に設置してある「杭」へと歩いていった。

 魔力を帯びた木材を加工して作られたその杭には、一目で何かしらの超技術が使われていると分かるような緻密な魔法陣が彫り込まれていた。更に、その杭が刺さっている台座にも同じような魔法陣が二重三重にも重なって彫り込まれており、神々の作り上げた遺物(アーティファクト)を思わせる出で立ちとなっていた。

 うなぎとドドバスの入ったボックスを持ち、異端児たちに手を振るリリアたち。異端児たちもにっこりと笑いながら皆好意的にそれを見送っていた。

 

「よし、こちらフェルズ。準備を終えた。そちらで()()()()()()()

『こちら伊奈帆了解。……千恵、よろしく』

『はいよー。えっと、これに手をかざすだけでいいんだよね?……【互いを繋げ、縁の糸】』

 

 その横で、フェルズは眼晶(オラクル)を用いて地上にいる【ニニギ・ファミリア】の団長であるミスミ・伊奈帆と連絡を取っていた。フェルズの指示に従って、伊奈帆が千恵に合図を出す。

 オラクルの向こう側で千恵が詠唱を始める気配を感じながら、フェルズはじっとりと汗をかく感覚を覚えた。こんなに緊張したのは、ウィーネを死から取り戻すべく【蘇生魔法】を使った時以来だ。

 千恵の詠唱が完了すると同時に、隠れ里の「杭」に変化が起こった。

 まるで詠唱を待機する魔導士のように、杭の台座周辺に魔法円(マジックサークル)が出現したのだ。

 薄紅色の魔力光を放つ魔法円に、幼女二人はおおー、と歓声を上げる。

 

『【転身】!』

 

 そして、千恵が魔法を発動させた瞬間。

 シュン、という微かな音と共に、千穂とリリアの姿が消えた。()()()()()()()()()()とはいえ、なかなかにショッキングな光景に少し異端児たちがざわつく。そして、フェルズの緊張が最高潮に達した数秒後。

 

『帰ってこれましたー』

『ただいま、お姉ちゃん』

『おおー!ほんとに帰ってきた!お帰りー』

 

 オラクルの向こう側から、リリアと千穂の声が聞こえてきた。

 成功だ。

 どっと疲れが押し寄せてくるような感覚に、堪らずフェルズは崩れ落ちる。無事にリリアたちが帰り着いたということもあって、異端児たちの間でも喜びの声が上がる。

 

『それじゃあ、また明日』

「……ああ、また明日。良い夢を、リリア」

『はい!』

 

 オラクルの交信が途切れる。

 自らの()()がまた一つ成功した事実に、フェルズは疲労困憊ながらも喜びを隠しきれなかった。

 道標の杭(アリアドネ・ハーケン)

 怪物と人類の共生、その鍵となる存在となったリリアが騒動の後も異端児たちと交流するためにニニギが出した課題の一つ「リリアの安全かつ高速の移動手段」の答えとなる大型の魔道具(マジックアイテム)だ。

【ニニギ・ファミリア】団員であるミシマ・千恵の魔法【転身(リプレイス)】の効果を最大限に増幅・拡張する魔道具で、彼女がこの杭に向かって魔法を行使することで、地上にもう一基設置されている番の杭とこの隠れ里に設置されている杭とその周辺にあるものを置換する。

 言うなれば限定的な「ワープポータル」のようなものだ。燃費が極悪なのが欠点だが、そこは体質的に「無限の魔力」と呼んでも差し支えないほどの規格外の魔力を持つ米キチ(リリア)にお任せだ。

 超長距離の転移という、神の所業にも等しい絶技。それを可能にしたフェルズの技術力は、やはり人類の中でも一、二を争うものであった。

 

「よかった……殺されずに済んだ……」

「お疲れ様、フェルズ。ドドバス食ってくか?」

「いや、私は物を食べることが出来ないと言っているだろうリド」

「なっはは、冗談だって!」

 

 隠れ里に残ったフェルズは、緊張感から解放された反動か、しばらく異端児たちと和やかなやり取りを続ける。

 そして、ある程度場が落ち着いた後。

 調子を取り戻した彼は本題を切り出した。

 

「……さて、リリア達もいなくなったところで、ここからは真面目な話だ」

「話トハナンダ、フェルズ。マサカ、マタ我々ヲ襲オウトシテイル陣営ガ現レタトデモ言ウノカ?」

「いや、まあ、君たちは常時人類から狙われていると言っても過言ではなんだが……今回は別の話─────」

 

 フェルズは懐から羊皮紙を取り出すと、ペラ、という音と共にリドたちにその内容を見せた。

 とはいえ、基本的に共通語(コイネー)の読めない彼らには内容を読み取ることは出来ないため、フェルズは彼らに口頭で説明する。

 

 

 

「─────【ロキ・ファミリア】からの、共闘のお誘いだ」

 

 

 

 

 

 さて、再び場面は変わって、地上。

 迷宮都市オラリオの郊外に位置する【ニニギ・ファミリア】の拠点には、現在美味しそうな香りが漂っていた。

 

「うなぎは中央式の開き方の方が美味いと思う」

「開き方で味なんて変わるか?」

「ほら、いいからちゃっちゃと捌く!」

「「へいへーい」」

 

 厨房でぱたぱたと動き回っているのは、千穂と千恵のミシマ姉妹。うなぎを捌いている伊奈帆達の尻を叩きつつ、自分たちもたれやおかずを作るために八面六臂の働きを見せていた。

 ちなみにリリアはいつも通りの米炊き要員である。

 

「……ぬう、火加減の調節が難しい……」

 

 が、今回のリリアは少し違っていた。

 異端児騒動の際、リリアと微精霊たちはディックス・ペルディクスの使う呪いの槍によって重傷を負っていた。そしてリリアの傷は【フレイヤ・ファミリア】の手によって完璧に治療されたのだが、問題は微精霊たちである。

 雷の大精霊であるジュピターが呪いを肩代わりしてくれていたために微精霊たちが即死する、といった最悪の事態は免れたものの、それでも瀕死の状態であることに変わりはないのだ。

 さしものフェルズも精霊を癒した経験はなく、どうしたものかと頭を悩ませているうちに、イズナがこう述べた。

 

『私に彼らを癒せる心当たりがある。……私』

『ええ、分かっているわ、私。私がこの子たちが宿ったこの杖をあそこまで持っていけばいいのね』

『そう。私たちは二位一体。私たちなら、リリアの側にいながら彼らを癒せる者のところまでこれを運べる』

『正直、ジュピターに呪いをすべて移して抹殺した方がリリアのためになるのだけれど』

『ええ。こいつはリリアが成長する前に殺しておくべき爺なのだけれど』

『しょうがないから助けるわ』

『ええ、助けましょう』

 

 なぜかジュピターに対して当たりの強かったイズナは、片方がリリアの側に、もう片方が折れた《森の指揮棒(タクト)》を持ってその「心当たり」の場所へと向かったのだ。

 つまるところ、現在リリアの側には米炊きを手伝ってくれる火の微精霊はいない。自らの手で火をおこし、米を炊くのは初めての経験であったリリア。しかし、米への愛で生きているリリアはそんな障害で挫けたりはしない。団扇と火ばさみを両手に持って、リリアは初の人力炊飯に挑戦しようとしていた。

 

「おーう、活きがいいな、このうなぎ。氷水から出してもまだ少し動いてやがる」

「それにしても、いったい何匹釣って来たんだリリア達。全然底が見えないぞ……」

 

 湯をかけ、包丁の背でぬめりを取った後、目打ちをうなぎの顎に刺して固定しながら手際よくうなぎを解体していく伊奈帆と穂高。団員達がそれぞれの作業に集中する中、主神であるニニギノミコトがガラガラと拠点の扉を開けて、田んぼの手入れや【デメテル・ファミリア】との交渉事を終えて帰ってきた。

 なにやら考え事をしているようで、入り口に突っ立ってうんうんと唸っているニニギに、千恵が声を掛ける。

 

「あっ、ニニギ様。もしよかったら他の極東系派閥の人たちを呼んできてくれませんか?」

「……デメテル、いったい何が……ん?ああ、千恵か。それは構わんが、何故だ?」

「見ての通り、うなぎが大漁にあってですね。まだ暑いし、腐らせてもアレなのでこの際皆でうなぎ祭りとしゃれこもうかと」

「なるほど。いい考えだな、よし!タケミカヅチたちに声を掛けてくる」

「よろしくおねがいしまーす」

 

 眷属の頼みに、快く頷くニニギ。再びがらがらと扉を開けて出ていく主神に手を振る千恵は、「よし!」と自らに気合を入れて、今夜の献立のために動き続けた。

 

「じょうずに炊けました!」

「リリアちゃん、あと10合ほど追加で炊いといてー」

「10合!!!イェア!!がってんしょうち!!」

 

 

 

 米の大量追加にテンションマックスのリリア。

 そんな彼女たちのうなぎの宴が、徐々に近づいていた。

 

 

 




【経過報告】

 霊樹を中心とした結界は未だ解けず。現在呪いの武器(カースド・ウエポン)をオラリオに発注中。
 被験体1158023の適合実験は良好。救世主(メシア)の代替機となる潜在能力(ポテンシャル)を十分に有していると思われます。
 レオナルド・リヨス・アールヴに与する勢力の排除に成功。
 ライザリア・シェスカの逃亡を許したものの、王族としての機能は彼一人で十分でしょう。仮にライザリアが突貫してきたとしても、現在調整中の被験体1158023を使用すれば迎撃は可能であると思われます。むしろ、良い運用試験になるかと。
 名簿と人員を照会したところ、使用人の一人リフィーリア・ウィリディスが行方不明。現在捜索中、優先度は低。








「全く、余計なことをしてくれる。ウィーシェ王家?第一王女?……ハッ、確かによくできたカムフラージュだ。お蔭で我々が探し出すのに時間がかかってしまった……」

 男は【経過報告】と書かれた羊皮紙を、くしゃりと握りつぶした。

「アレは我々の希望、我々の夢だというのに……『人道』だの『誇り』だのと、余計なものに縛られた無能な輩はこれだから始末に困るのだ」

 男が忌々しそうに睨むのは、「ウィーシェ王家」と呼ばれた家の館、その中央に張られた巨大な結界であった。
 大精霊の力により、こちらの干渉を拒む結界の中に、あの忌々しい男(レオナルド)は立てこもっている。
 お蔭で王証の偽造などの工作は捗ったが、それを用いてオラリオに出した()()()()も未だに達成されたとの報告を受けない。
 使えない。
 使えない使えない使えない。



「─────神の無い時代をここに。偉大なる賢者の願いを、他ならぬ我々(アルテナ)が叶えるのだ」



 ギリリと歯を食いしばった男のその呟きは、誰に聞こえるでもなく宙に消えていった。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

蒲焼き?白焼き?それとも……う・な・重?

米ディ!!!!

取り敢えず叫んどけば何とかなると思ってます。
お久しぶりです、福岡の深い闇です。

リアルで色々とありましてモチベが消失してたけど復活しました。
抗うつ剤と安定剤は美味しいゾ!

今週からちょこちょこと更新再開するので、待ってくれてた読者の方々は楽しみにして頂ければ幸いです。

では、久しぶりすぎて作者自身もどんな話か忘れていたうなぎ回、どうぞ。


 

「蒲焼きじゃあッ!!!」

「ひつまぶしに決まってんだろ!!?」

「白焼き!!」「う巻き!!」「柳川風!!」

「「「「「お前はどうなんだリトルルーキーッ!?」」」」」

「ひぃぃいい!?」

 

 どうして僕はここにいるんだろう。

 ベル・クラネルは引きつった顔で悲鳴を上げながら、そんな事を考えた。現在は夕暮れ。真っ赤に染まった太陽がオラリオの市壁の先、地平線に沈もうとしていた。

 魔石灯も点き始め、夜の迷宮街へと姿を変えようとするオラリオの郊外にいくつもの怒号と、腹を空かせる香ばしい香りが広がる。

 彼がいるのは【ニニギ・ファミリア】の拠点(ホー厶)である日本家屋の庭。白地にやたら達筆な文字で「うなぎ試食会」と書かれた横断幕が掛けられ、あちらこちらに極東出身者と思わしき人たちが屯している。

 最初の試食が終わり、次の料理を探す中で知り合いの【タケミカヅチ・ファミリア】団長である桜花がいた集団に入らせてもらったベルなのだが、そこで起こった論争が前述のアレだ。

 桜花たちの威圧と視線にすぐさま逃げ出したいという気持ちになりながら、ベルは自分の主神(ヘスティア)に助けを求める……のだが、彼女は先程から様々なうなぎ料理を食べ歩くので忙しくベルの窮状に気付いていない。

 ヴェルフやリリルカは早々に自分の好きな料理を見つけて定住しているが、ベルはその持ち前の優柔不断さから未だにどの料理が一番好きかを決められずに自派閥の人数を増やしたい極東出身者達から詰め寄られていた。

 神々は面白がって囃立て、むしろ自分達もこの料理がいいだのあの料理が一番だのと言い合っている始末だ。

 

「「「「どれがいいんだ!リトル・ルーキー!?」」」」

「ご、ごめんなさいぃぃぃぃぃぃ!!」

 

 美女や美少女ではなくむさ苦しい男達に詰め寄られ、ベルの悲痛な声が【ニニギ・ファミリア】の拠点(ホーム)に響いた。

 

 

 

 時間は少し遡る。 

 「ニニギから誘われて命たちだけハブっていうのも悪いからな」と言いながら【ヘスティア・ファミリア】の団員たちに夕食のお誘いが来たのは、ベルたちの主神であるヘスティアと親交が深いタケミカヅチであった。

 うなぎを食べに来ないか、というタケミカヅチの言葉にピンと来た様子のないベルたちであったが、極東出身者である命と春姫は違った。

 

「う、うなぎですか!?いったいどこで!?」

「まあ、本当にご相伴に預かってもよろしいのですか?」

「ああ、食材調理費全部ニニギ持ちのタダ飯だ。どうも迷宮(ダンジョン)でうなぎが釣れすぎたらしくてな」

「迷宮で釣りを!?それはまた豪胆な……」

 

 四六時中死の危険に囲まれていると言っても過言ではないほどの危険地帯で釣りをしたというニニギ・ファミリアの豪胆さに舌を巻く命。

 実際には我らが米キチ(リリア)と彼女の「新しい友達(ゼノス)」にライバル意識を燃やしてついて来た千穂がのんびりぽやぽやと釣り上げただけなのだが、事情をよく知らない第三者から見ればそう取られるのも無理はない。

 もし来るならいつもの場所に来い、とだけ言い残して元来た道を引き返していくタケミカヅチ。

 そんな彼の背中を見送りながら、命と春姫はベルにその試食会に行きたいと申し出た。

 

「ベル殿。この機会を逃す手はありません!ヘスティア様がバイトから戻り次第すぐに向かいましょう!」

「ええっ!?でも、そんな、タケミカヅチ・ファミリアだけじゃなくて他の派閥の人たちもいるんですよね?極東出身者でもない僕たちが行けば迷惑なんじゃ……命さんと春姫さんたちだけでも行ってきてください」

「そんなこと言わずに!据え膳食わぬは武士の恥です!ベル殿にもうなぎの美味しさをとくと味わって頂きたいのです!そして是非米派に!」

「何をやっているんだい、キミたち……?」

 

 拠点の入り口で大声で話していたからか、いつも通り工房に籠もっていたヴェルフやリリルカも集まってきた所で、彼らの主神であるヘスティアがバイト先から帰ってきた。

 困惑した表情で艷やかなツインテールを揺らす彼女に春姫が簡単な経緯を説明すると「極東ファミリアのお食事会だってぇ!?すぐに行くぜベルくん!!」と言ってぴゅうっと拠点に荷物を置きに行ってしまった。

 ちょっと神様!?と困惑するベルを他所に、手早く身支度を済ませたヘスティアはリリルカやヴェルフ達を引き連れてホームを出る。

 意気揚々とタダ飯にありつきに行く強かな主神の姿になんとも言えない引きつった笑いを浮かべながらも、ベルは後を追うのであった。

 

「極東系ファミリアと言ったらなんと言ってもご飯が美味しいことで(ボク)たちの間では有名でね。極東の神(かれら)が開く食事会はめちゃくちゃ美味い飯が出るって結構有名なんだぜ?」

「そうだったのですか……自分の元いた場所ながら気が付きませんでした……ああ、そこの角を右に曲がってください」

「了解だぜ命くん。……ま、ボクなんかはタケ以外の極東の神と接点無かったし、そもそもキミ達極東系ファミリアはキミ達だけの独自のコミュニティを作り上げてたからね。ボクも他の神々も、伝聞でしかキミ達の食事会を知らないというわけさ」

「確かに、これまでの寄合では顔馴染みの神々以外とは会ったことがありませんでしたね……なるほど。あ、次の角は左です」

「そんな噂のお食事会にお呼ばれしたとあっちゃあ出席しない訳にはいかないね!お腹いっぱい食べ尽くしてやるっ!待ってろ美食ぅ!!」

 

 命の案内に誘導されつつ、未だにこの食事会の価値を飲み込めていないベルや、自分達の食事がどれだけ他の神に注目されているのかに気がついていない命に説明するヘスティア。

 彼女のツインテールはこれから出会うであろう美食に機嫌が良さそうにうねうねと動いており、本(にん)も今にもスキップしそうなほどのイイ笑顔だ。

 そんな彼女たちの後ろでは、ヴェルフとベルにリリルカが発破をかけているところであった。そこそこの所帯となったことで中々馬鹿に出来ない額となった食費を少しでも浮かせるまたとないチャンス。しかも美食で有名な極東系ファミリアの食事会と来た。

 リリルカの頭の中では今も計算機がかちかちと音を立てて動き続け、この浮いた分の食費をどこに使うか、料理のレシピを知る事ができるのかなどと多彩な打算を働かせ続けていた。

 

「ベル様、ヴェルフ様!またとないチャンスです、お腹いっぱい食べて食費を浮かせましょう!!」

「リリ、それはちょっと意地汚いがすぎるんじゃないかな……」

「そうだぜリリ助。まあ呼ばれるんだったら腹一杯食うのが礼儀ってもんだがな」

 

 ニッ、と歯を見せて笑い、ヴェルフがそう言うとベルも苦笑いを浮かべて確かに、と賛同する。

 少なくとも相手方はこちらを歓待する為に食事を用意してくれているのだ。意地汚く食べ過ぎるのは論外とはいえ、出されたものを食べ残すのも失礼な事だ。

 それに、ヘスティアや命、春姫までもが浮かれた様子を見せる程の「極東の料理」というものにベルも少し興味が湧いていたのだ。あんまり考えすぎるのも良くないかな、とベルは思い、こちらに手を振るヘスティア達に追いつくために歩くスピードを少し早めるのであった。

 

 

 

「着きました。ここがタケミカヅチ様の言っていた食事会の会場……と言いますか、我々極東出身者が何かある度によく集まっている寄合の会場【ニニギ・ファミリア】の拠点(ホーム)です」

「ほ、ほえー……」

「凄い……ですね」

 

 そして【ヘスティア・ファミリア】の面々が到着したのは、オラリオの中とは思えない程に風情に溢れた一軒の屋敷であった。

 一風変わった木製と思わしき柵で庭と外界を区切るように囲まれ、瓦が特徴的な木造2階建ての屋敷が1つ。屋敷自体はこぢんまりと収まっているのだが、それを取り囲む庭がまた流麗だ。

 極東風と言うのだろうか。石で出来た灯籠が等間隔に配置されている異国情緒に溢れた庭には小さな池を囲むように数本の木が植えられており、鮮やかに紅く色付いた赤子の手の平のような形をした葉が生い茂っている。

 全体的に見れば豪奢な所はない。【ロキ・ファミリア】の拠点である『黄昏の館』や、【フレイヤ・ファミリア】の拠点『戦いの野(フォールクヴァング)』などの方が見た目としては派手かつ豪華だろう。

 しかし、この屋敷にはどこか落ち着く雰囲気が漂っていた。都市の喧騒から切り離された様な、それこそまるでここだけが()()()()()()()()かのような─────

 

「おう、来たかヘスティア!」

「おう、来たぜタケ!」

 

 と【ニニギ・ファミリア】の屋敷を見てぼんやりと考え込んでいたベルは、主神達の声によって現実に引き戻された。

 見ると、パンと手を合わせたヘスティアとタケミカヅチの横にもう一柱(ひとり)、角髪姿の男神の姿が見えた。きっと彼がタケミカヅチの言う神ニニギだろう。

 ファミリアの団長として挨拶をしなければ。そう義務感にかられたベルは、急いでヘスティアの下へと向かう。

 

「ほう、この神がタケミカヅチの言っていた神ヘスティアか。お前が(みこと)を預けているのだろう?」

「ああ。ヘスティアにはかなりの恩があってな。それを返すために少々……おい、まさかお前見てないのか?あの戦争遊戯(ウォーゲーム)

「その時期は少し忙しくてな……(アルカナム)の実況で大体は把握しているのだが」

「まあまあ、別にボクは気にしないし大丈夫さ!キミの言う通り、ボクが神ヘスティアさ。よろしく頼むぜ、ニニギ!」

「ああ、よろしく。今日は良いうなぎを眷属達が釣ってきてくれたのでな、たんと食べていってくれ」

「ひゃっほい!キミは良い神だ!!」

「し、失礼します……」

 

 先に断りを入れ、ぴょんこぴょんこと飛び跳ねる子供のようなヘスティアの隣に並んだベルを見たニニギは、一瞬目を細めた。

 彼の神の視線に気が付いたベルは何か粗相をしてしまったかと肩を震わせたものの、ニニギは本当に一瞬だけ鋭い視線をベルに向けると次の瞬間には柔和な笑みを浮かべて彼に手を差し出していた。

 

「君がヘスティアの派閥の団長か。私がニニギだ、よろしく頼むよ」

「はっ、はい、よろしくお願いします……!」

「ハッハ、そんなに緊張しなくてもいいぞベル。確かにコイツは俺たち極東系ファミリアの取りまとめをやってるが、根は俺たちに近いからな。なにしろ嫁を含め女関係がズボラで」

「ほう、タケミカヅチは生のうなぎが食いたいと?」

 

 先程の視線の意味は何だったのか。神の前では嘘はつけず、どうにも緊張が交じる引きつった笑顔で握手を交わしたベルにタケミカヅチが笑いながら肩を叩く。

 と、ニニギの失敗談……というよりも汚点をベルに教えようとしたタケミカヅチの肩を掴み、迫力のある笑顔で彼の顔を覗き込むニニギ。ヒッ、と顔を引つらせ息を呑んだタケミカヅチはそのまま有無を言わさぬ勢いでずるずると屋敷へと引きずられていく。

 そんな中でも2柱(ふたり)ともが「ゆっくりしていってくれ」とベル達に言い残すのは流石と言うべきか。

 

「だ、駄目だニニギそれは死ぬ!俺の尻が天界(タカマガハラ)に送還されるから駄目だってアッ─────!!」

 

 1柱(ひとり)の神が天に召された声を聞きながら冷や汗を流すヘスティアたちのもとに、いつもの事だと慣れた様子で集まってきたのは彼らとも親交の深い【タケミカヅチ・ファミリア】の面々。

 自分たちの主神が酷い目に遭っているというのに華麗にスルーするその姿は、主神への団員たちによる折檻が頻繁に執行されている【ロキ・ファミリア】を彷彿とさせる。

 

「いらっしゃい、ヘスティア・ファミリア。今日の集まりは無礼講みたいなものだから、まあ適当な机と椅子に腰掛けて待っていてくれ。うなぎが焼け次第伊奈帆……ニニギ・ファミリアの団員たちが運んできてくれる」

「テーブル毎に出される料理が違うから、食べ終わったら違うところに行くのも良いかもしれないです……」

「ん、ありがとう。それじゃあボクは……あそこのテーブルかな!ベルくん、キミはどうするんだい?」

 

 団長の桜花とその隣にいた千草の言葉に頷いたヘスティアは隣にいるベルを見た。他の眷属たちはすでに皆思い思いの場所に散らばっている。

 特に命と春姫はちらちらとこちらを伺いつつも自分たちのお気に入りのメニューがあるらしく、素早い身のこなしで席を確保していた。

 ヘスティアの疑問にベルがどのテーブルにしようかと辺りを見回すものの、どれがどの料理なのかがさっぱり分からない。どうしようか迷ったベルは「神様と同じテーブルにします」と答え、ご機嫌なヘスティアの後ろをついて行った。

 

「お、ベルとヘスティア様もここに来たか」

「ヴェルフ」

 

 そして彼らが向かった先のテーブルには、先客としてヴェルフがいた。彼の隣に座ったベルとその隣に座ったヘスティアに、周囲の極東出身者たちがざわめく。

 

「おい、どうする。このままだとうな重派の人間が増える事に……!」

「いや、彼らはうなぎ料理は初めてらしい。幸い今回の料理は一品の量が控えめだからうな重で腹一杯になるとは考え難い。次の料理でうちの陣営に引きずり込むぞ」

「「了解」」

 

 なにやら不穏な空気と視線を感じ取ったベル。ここ、実は結構やばい所なんじゃ……と密かに考え始めた時、彼の思考を中断させる匂いが鼻腔を擽った。

 ほんのりと甘く、それでいて香ばしい匂い。嗅ぐだけで腹が鳴ってしまいそうな程に強烈な空腹感を与えるその香りに、ベル達はハッと目が覚めるような感覚を覚えた。

 匂いの元を辿ると、屋敷の中からどうやら漂ってきているらしい。見れば周囲の極東出身者たちは皆目をギラつかせ、まだかまだかと獲物を待つ黒犬(ヘルハウンド)の様な鋭い眼光を放っていた。

 やがてカラカラと音を立てて屋敷の扉が開き、中から料理の乗った盆を持つ和装姿の人影が見えた。歓声を上げる極東出身者たちの間を通り抜け、ベル達のいるテーブルへと料理を運んできたのは、まだ年端もいかないであろう少女であった。

 質素な落ち着いた柄の装いであっても華やかに映える整った顔立ち。肩口程に伸びた髪は無造作に一つに纏められているものの、その蒼銀の美しさは損なわれる事はなく、夕日を反射して綺麗に輝いている。

 今は幼いため綺麗というよりは可愛さの印象が勝っているが、時が経ち少女が成長すれば傾国の美女とでも呼ぶべき存在になる事は間違いなしの美少女であった。

 エルフの証拠である長い耳を隠す事なく顕わにしたその少女を見たベルは、驚きで息を呑んだ。隣にいたヴェルフも同様だ。

 なぜなら、彼らは以前その少女に出会ったことがあるからだ。それも迷宮(ダンジョン)の奥地、【ヘスティア・ファミリア】最大の秘事である異端児(ゼノス)の隠れ里の未開拓領域で。

 

「り、リリアさん……?」

「……ん?あっ……」

「お?なんだいなんだいベルくん、そこの女の子と知り合いなのかい?ってあれ、キミは……」

 

 リリア・ウィーシェ・シェスカ。

 愚者(フェルズ)からそう教えられた名の彼女は、ベルの言葉に反応して一瞬目を見開いたものの、すぐに元の眠たげな表情に戻り料理を配膳し始めた。

 彼女が持ってきた料理は、重箱と言うのだったか、四角く黒塗りの重厚感溢れる容器に入っていた。蓋の隙間から漂う匂いに、ヘスティアとベル、そしてヴェルフはごくりと生唾を飲み込んだ。

 何かに気付きかけたヘスティアもそんな事が頭から吹き飛んでしまう程の吸引力をその料理は持っていた。

 

「うな重です、どうぞごゆっくり」

「う、うな重……」

 

 リリアがそう言って盆を携え屋敷へと消えていく。周囲のテーブルでも同様に感嘆の声が上がっていることから、完成した他の料理も配膳されたのだろう。

 ベルがお重を開けると、ふわりと広がる湯気と共にその料理は姿を表した。

 狐色と言えばよいのだろうか。少しの焦げ目がついたそれは少し赤みがかった茶色であり、掛けられたタレのものと思わしきほんのりと甘い香りが食欲をそそる。

 うなぎの身を調理したのであろうその焼き身の下には、その純白の身をタレで汚した米の姿が。しかしその汚れと言うのは米の魅力を損なうものでは無く、むしろタレが付いたことによってどんな味になっているのかという期待と想像力を膨らませてくれる。

 いただきます、とベル達は食前の祈りももどかしく箸を手に取ってうなぎの身へと沈ませた。

 一体どのように調理したのだろうか。うなぎの焼き身はふっくらとした感触で、神様のナイフ(ヘスティア・ナイフ)を用いているかの如くなんの抵抗も無くするりと箸が通る。

 ベルはそのまま少し身をほぐして箸で取り、大振りなそれを一息に頬張った。

 そして目を見開く。

 

 美味しい。

 

 ベルが今まで食べたどんな魚料理よりも美味しかった。命や春姫が作ってくれる料理も美味しいのだが、確かにこれはレベルが違う。彼女たちが喜び勇んで食べたくなる訳だ。

 口の中でほろほろと解けたうなぎの身は、その熱さの中に含んでいた脂とタレが組み合わさり深い味わいをベルに伝える。

 焼き身に掛けられたタレは確かに甘いのだが、甘いものが苦手なベルでも食べられる程度の甘さであり、あのかつ彼が苦手とする方向の甘さでは無かった。更にタレの少しの辛味がアクセントとなり食べる手が止まらなくなる。

 ベルにとっては少々味が濃い目なのが玉に瑕だが、それもこの食欲の前では些細な事だ。

 と、そこまで食べ進めていたベルはふとお重の下に敷き詰められている米に気が付いた。

 最初はおかずと米を一緒に出す料理なのだろうと思っていたのだが、ベルはふと考えた。これを焼き身と一緒に食べればどんな味がするのだろう?と。

 極東出身者である命が厨房を預かる事がある為、ベルも何回か米を食べた事はある。彼らが箸を使えているのもそれが由来だ。

 しかし、生まれた時からパンを主食としてきたベルとしては米は少々食べ辛く、美味しくはあるのだがパンに比べるとやや下のポジションに値する食材であった。

 リリアが聞けば即座に彼を拉致して教育(おはなし)しそうな考えである。危ない。米キチのせいで原作主人公が危ない。

 ベルの頭に浮かんだ考えは、即座に行動に移された。身を取ると、下にあった米と一緒に箸で取り、口へと放り込む。

 ゆっくりと味わう様に咀嚼したベルは「んん!」と感嘆の声を上げた。

 まず変わったのは食感。

 柔らかいうなぎの身の食感だけであった時とは違い、今回は米のもちもちとした食感がプラスされている。噛んでいくと、うなぎの食感を包むように米のうなぎの身とは別の柔らかさが広がり、ベルは迷宮で未開拓領域を発見したような心地になった。

 更に変わったのは味だ。

 先程は少し濃い目だったうなぎの味が、ご飯の優しい甘さと合わさる事によって丁度よい塩梅へと調整されているのだ。

 噛めば噛むほどに甘みを増す米と相まって、うなぎの味は一回りも二回りも違って感じられる。

 そうか、このうなぎの味はご飯と一緒に食べる為に作られた味だったんだ。ベルがそう気が付くのにさほど時間はいらなかった。

 優しい甘さと柔らかい食感、2つの特徴を持つご飯という最高の相棒がいて初めて、濃い味を持つうなぎの身はその実力を出せる。

 それはまるで、互いに協力する事によって自分達よりも強大な怪物(モンスター)に立ち向かう冒険者のようではないか。

 ベルは感動した。

 こんな料理に出会えた事に心から感謝した。

 そして、彼の中で米への印象ががらりと変わった。少し食べ辛さのある食材から、他の食材とぴったりと息を合わせる事のできる優秀な冒険者(しょくざい)へと。

 

 原作主人公、米堕ちの瞬間である。

 

 その感動のままうな重を食べ終えたベル。見ると、両隣のヘスティアとヴェルフも呆然としたような、陶然としたような安らかな表情で腹に手を当てていた。

 しかし、足りない。

 ベル達は物足りなさを感じていた。それもそのはず、彼らに配膳された料理は通常のものに比べて二回りほど小さいものであった。

 何故ならこれは「試食会」。様々な料理を食べ歩き、うなぎの美味しさを再確認する為の催しだからだ。

 うなぎ料理の美味しさを知ったベル達からは既に遠慮など吹き飛んでいた。食べ尽くす。自分達が食べられる量の限界までうなぎを詰め込んでやろうと、彼らの闘志は燃え上がっていた。

 そして当然、自陣営の人数を増やそうと画策していた極東出身者(きょうしんしゃ)達がそれを歓迎しない訳がない。

 彼らが新たな仲間となるか、はたまた敵となるか。

 うな重に限らず、うなぎの料理はまだまだ沢山ある。わさびを付けて極東の清酒と一緒に頂くと最高に美味い白焼き。うな重とはまた違った魅力を持つひつまぶし。あるいはオーソドックスな味わいながらも根強い人気を誇り、他陣営であってもその美味しさは認めざるを得ない蒲焼き。

 他にも柳川風やら()巻きやら、とにかくうなぎ料理というものは奥が深い。

 そのスタートラインに立ったベル達【ヘスティア・ファミリア】の面々を引き込もうと、今極東出身者達の仁義なき戦いが幕を開けた。

 ちなみにリリアは開幕「うなぎ料理は全部米に合って美味しいよね」と言い放ち、極東系ファミリアメンバーの中でも特殊な立ち位置にいる。

 

「リリ殿、こちらでう巻きを食べませんか?」

「へ、ヘスティア様。こちらのお料理も美味しゅうございますよ……?」

「おい、鍛冶師。お前確か俺と一緒でなめろうが好きだっただろ。お前好みの料理がこっちにある、ベルも一緒にどうだ?」

 

 命に春姫、そして【タケミカヅチ・ファミリア】の団員たち。今この場所ではかつて同じ場所で過ごした仲間という意識は捨てる。全員敵だ。

 周囲の空気の変化を敏感に感じ取ったベルが肩をピクリと跳ねさせて逃げようとするものの、逃がすようなヘマをする彼らではない。

 やがて料理を担当していた【ニニギ・ファミリア】の面々も加わり、宗教戦争は激しさを増す。

 

 

 

 そして冒頭のような大乱闘へと発展し、ベルの悲鳴が響くのであった。

 

 

 

 ところで、我らが米キチ(リリア)はと言うと。

 

「うま……うま……うな重、ひつまぶし、どっちも捨て難い……白焼きに米の質素ながらも風味のある深い味わいも蒲焼きの米とタレとの超絶合体を楽しむのもまた一興……うまうま」

「リリアちゃん、次は何がいい?」

「う巻き!」

「はーい」

 

 庭の喧騒を他所に、居間にて千穂お手製のうなぎ料理を楽しんでいた。にこにこ笑顔でうなぎ料理を食べるリリアの姿に、千穂もつられて笑顔になる。

 保温されているうなぎの蒲焼きの中から自分の分を取り分け、う巻きを作る準備を整える。卵焼きとほぼ同じ要領なので、出来上がりは割とすぐだ。

 鼻歌交じりに料理を始める千穂。その後ろでは白目を向いて尻を抑え、ビクンビクンと痙攣するタケミカヅチが無造作に転がされていた。

 

 夜の帳が下りる中、収穫の季節を迎える彼女たちはいつも通りの平常運転であった。

 

 





 ウィーシェの森、王族の館。
 派手な豪華さは無いものの、壁面に施された繊細な彫刻などが美術品の様な美しさで彩っているその館の一室。
 少し前まで「リリア・ウィーシェ・シェスカ」と名付けられた少女が使っていた部屋に、一人の姿があった。
 エルフの中でも際立って整った顔立ち。まるで絹糸の様に滑らかな蒼銀の長髪に、宝石の様な瑠璃色の瞳。白磁のような白い肌には傷一つなく、まるで人形のような印象を見るものに与える。
 ()()()()()()()()()()()()
 彼女を見た者は皆間違いなく彼女の事をそう呼ぶであろう外見を持つ少女は、その部屋の真ん中である本を読んでいた。
 小口が擦り切れ、ページの端にも草臥れた様子の見えるその本には極東で使われている文字で「稲作計画書(秘)」と書かれていた。
 どうやらメモ書きのノートの様で、所々に誤字脱字があるものの如何にしてウィーシェの森で稲作をするかが詳細に記されていた。
 少々悪筆さの目立つその本を読み進めていたその少女は、最後のページまで読み終わると、一つ息を吐いてからパタンと本を閉じ、元あった場所─────精霊の力によって隠されていた壁の中─────に戻した。
 そしてベッドの上にポスンと身を預けた少女は呟く。

「おいしそう……おこめ、たべたい……」

 新たな米キチが、今ここに産声をあげようとしていた。




次回「闇鍋 in ニニギ・ファミリア」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

闇鍋パーティーinニニギ・ファミリア!

米ディ!!!!

続きさんに水を上げたら生えたので初投稿です。

ちなみに、今回出てくる食材の一つは自分のオリジナル設定ですのであまり気にしないで下さい。

-追記-
過去30話を改稿しました。
以前と比べて幾分か読みやすくなったはずです。



「一つ、質問がある」

「なんですか?オッタルさん。……モーさんをけしかけたことは、まあ、微妙な気持ちですけど……やっぱり許せません」

「それは、すまなかった。だが、それではない。俺が聞きたいのは─────」

 

 

 

「─────家族(ファミリア)同士の関係を円滑にするには、どうしたら良いだろうか」

「……そうですね……一緒に食卓を囲むというのはどうでしょうか?女神様も含めた皆で楽しめるイベント性を兼ね備えた献立。例えば、闇鍋とか」

 

 

 

 ─────闇鍋。

 それは、暗い部屋の中皆で食材を持ち寄って鍋を作るというある種のイベント的鍋料理である。

 自分以外は何を持ってきているのか分からず、かつ大体は鍋に使う具材じゃないだろそれ、と言いたくなるようなトンデモ食材を選ぶのが常。

 かと言って投入した食材を無駄には出来ないため、一度手に取った具材は必ず食べなければいけないという絶対遵守のルールが制定されている。

 

 そして現在【ニニギ・ファミリア】の拠点ではその闇鍋が行われていた。

 

「よし、では鍋に食材を投入しようか」

 

 司会進行役であるニニギの言葉に、ちゃぶ台を囲む伊奈帆達が頷く気配がする。彼らがいる部屋は襖を締め切っており、鍋に火をかける魔道具の灯りが唯一の光源となっていた。

 薄ぼんやりとしか互いの姿が見えない中、ニニギ・ファミリアの団員たちは緊張した面持ちで厳かに自分達が用意した食材を鍋の中に投入していく。

 一番手は団長である伊奈帆。彼の用意した食材がポトポトと音を立てて鍋の中に入ると、シュッ、シュッと湯気の立つ鋭い音が鳴った。

 水を注ぐような音ではない為、固形物である事は確か。更にグツグツと鍋に入っている出汁の煮える音に大きな変化が無い事からそこまでの体積がない事までは推測できる。

 

 恐らくは、葉物野菜。

 

 穂高、千恵、千穂の三人は即座にそう判断した。ちなみにリリアは何も考えていないワクワクした顔で鍋を見つめている。

 二番手として食材を投入するのは、副団長である穂高。

 緊張した面持ちで自らが用意した食材を手に取った穂高は、一枚一枚を丁寧に、鍋の中で重ならない様に投入していく。

 そして、自らの過ちを悟った。

 

「穂高、お前……」

「バレバレだよ、これ」

「クッ……しまった……!」

 

 伊奈帆と千恵が呆れた様子で自分を見ている気配を感じながら、穂高は羞恥で顔を赤くした。

 しばらくすると出汁の匂いが変化したのだ。いや、更に香りに旨味が増したとでも言うべきか。予め用意されていた昆布出汁とはまた違った方向性の旨味の香り。

 そして、この匂いを厨房に立ち料理を作ることもある団員たちはよく知っていた。昆布と豚肉などを共に煮込んだ時の合わせ出汁の匂いだ。

 ここに味噌を投入すれば豚汁になるだろう。そう確信できるほどの香ばしい匂いに部屋が包まれ、皆の食欲を促していく。

 

 穂高の投入具材は、十中八九豚肉。

 

 一瞬で具材がバレたことに穂高は悔しそうにするものの、この流れは鍋としては好ましいものだとほくそ笑む。

 続いては千恵。彼女が用意した具材を投入すると、ボトボトという重たい音と共に鍋の煮える音がクツクツと少し変化した。鍋自体の匂いに変化は無く、その為食材自体の体積が大きかったのだと伊奈帆達は判断する。

 そして、千恵は更にここからある行動を起こす。

 

「ふんふんふーん」

「おい、何かき混ぜてんだ千恵」

「いや、こうしないと後で食べにくくなるからさ」

 

 伊奈帆の疑問にそう軽く答え、箸で鍋の中身をかき混ぜる千恵。その動作を見て、千穂は何かを悟ったように目を見開き、勝利を確信したような笑みを浮かべた。

 リリアは相変わらず鍋の完成を心待ちにしたにこにこ笑顔である。

 千恵の投入した具材を男性陣が判断する事が出来ないでいるうちに千穂の番になった。手元に置いていた食材を掴んだ千穂は、鍋の上に均等に広がるようにサラサラと広げていく。

 鍋に食材が入った音が聞こえず、怪訝そうな顔をする伊奈帆たちを他所に、千穂も義姉と同じく鍋の中を箸でゆっくりとかき混ぜて具材投入を終えた。

 

「んー……何だろう……?」

「ふふ、秘密です」

 

 千恵の困惑した声を聞きながら、千穂はしてやったりと笑みを浮かべた。そしてこの鍋の完成がもうすぐである事に心を踊らせた。

 予想通り大騒ぎになったうなぎ試食会の後。どうやら極東系ファミリアだけでは無く他のファミリアが一つ参加していたらしく、勧誘合戦となったらしい会場(せんじょう)を片付けている最中にリリアが闇鍋をやりたいと言い出したのだ。

 それを聞いたニニギが乗り気になり企画された今回の闇鍋を、千穂は密かに楽しみにしていたのだ。

 皆はどのような食材を選ぶのだろうか。完成形の鍋を予想し、そこに投入できる食材を選別。さらにどんな食材が来ようとも味を邪魔しないように特作成した昆布出汁など、千穂は今回の闇鍋に多大な労力を掛けている。

 もしかするとリリア以上に闇鍋を楽しんでいる千穂は、続いて食材を投入しようとしたリリアの手を直感で掴み止めた。

 ビクッ、と肩を揺らして動きを止めたリリアの手には大きな丼が。ホカホカと湯気を立てるその丼の中にあるものは、まあリリアを知る者ならばおおよそ予想がつく。

 

「お米はお鍋の最後です」

「そんなぁ……」

「リリアちゃん……」

「知ってた」

「まあそうだよな」

 

 千穂の言葉にしょんぼりとした表情をするリリア。〆でもないのに雑炊にしようとする彼女にもはや呆れることすらなくなった伊奈帆たち。

 そうだよね、リリアだもんね、と優しい表情でリリアのいる方向を見つめていた。

 と言う訳でリリアの食材投入は鍋の〆となり、最後に食材を鍋に放り込んだのは主神であるニニギだ。ポチャポチャと軽い音が鳴った後に、食材全てに火を通すためしばらく煮込む。

 そうして待っている間、クツクツと鍋から湯気が立つ度に部屋に美味しそうな匂いが広がる。鍋の完成を待つ間、千穂とリリアは手分けして今回の鍋につけるものを用意していた。

 

「それじゃあリリアちゃん、大根おろしよろしくね」

「がってんしょうち」

 

 今回団員たちが用意した具材。それらを予想した結果、千穂が作ろうと手に取ったのは「酢」であった。続いておろし金でガシガシと円を描くような軌道で大根をおろすリリアを尻目に庭に出て、かぼすをいくつか収穫する。

 そして厨房に戻ってくると、床下収納の中から少し前の豆腐制作の時に渡していた大豆を使用して作られたスクナビコナ謹製の大豆醤油が入った容器を取り出した。

 

 これから作る付け合わせとはそう、ポン酢である。

 

 ポン酢と大根おろし、これであの鍋をいただこうというのだ。なんとも悪魔的な組み合わせである。

 使うのは伊奈帆たちが迷宮(ダンジョン)探索の時に使用したポーションの空き瓶。その中にお酢と醤油、そしてかぼすの果汁をだいたい2:3:1の比率で混ぜ合わせる。

 そして瓶に蓋をして、手で抑えた後にシャカシャカと勢いよく混ぜ合わせるのだ。しばらく振ったら瓶の中の様子を見て、皆がよく見るポン酢と同じ感じになっていたら完成だ。

 出来上がった手作りポン酢を深皿に注ぎ、リリアがおろした大根おろしを均等になるように取り分けていく。それに薬味代わりのネギを少し乗せれば漬けタレの完成だ。

 

「出来ました〜」

「わーい」

 

 二人でパチパチと小さく拍手をした後で、蒸らしていたご飯を茶碗によそい元の部屋に戻る。時間的に丁度よい頃合いだったらしく、部屋では伊奈帆たちが鍋の様子を見ている所であった。

 

「はい、ポン酢と大根おろしの漬けタレです」

「そしてご飯です」

「はいよ、ありがとう」

 

 二人が配膳を済ませ、元いた場所に戻れば闇鍋再開だ。

 全員で手を合わせ、今日の食事に感謝を捧げる。そして箸を取っていざ実食タイムだ。

 

「それじゃあ、一番手は前と一緒で伊奈帆だな」

「おう」

 

 ニニギの言葉に軽く頷いた伊奈帆は恐れる様子を見せずに鍋に箸を突っ込み、適当な具材を引き上げた。

 柔らかい。

 自分が入れた食材─────丁度よい大きさに刻んだ白菜だった─────ではない事に安堵とも落胆ともつかない微妙な感情を抱きつつ、味の沁みやすさを警戒してポン酢には軽く漬けるだけで口の中に放り込む。

 想像以上に具材が長かった為にずぞぞ、と啜った伊奈帆は満足そうな声を上げた。そのまま何回か咀嚼し、しっかりと飲み込んだ伊奈帆は千恵が座っていた方に声をかける。

 

「うどんか!」

「正解!」

 

 暗いちゃぶ台の向こうからパチパチと拍手の音が飛んでくる。千恵が用意した食材、それはうどんであった。それもこの鍋のためにあえて湯がいた後に冷水で〆ず、柔らかい食感に仕上げた一品だ。

 煮込むことによって更に柔らかくなったうどんはポン酢の味をよく吸い込み、煮込む過程で吸収していた出汁の旨味と合わせて味わい深い風味を伊奈帆に与えた。

 ポン酢を吸いやすいため、伊奈帆がポン酢に漬ける時間をあと少しでも長くしていれば些か酸っぱすぎる味に変わっていただろう。そういう意味では伊奈帆の食べ方はナイスプレイだと言えた。

 舌で切れるほどに柔らかく煮込まれたうどんは、コシのあるうどんを食べる伊奈帆たちにとっては新鮮なものでありつつも、鍋という料理に合っているのはこのコシのない柔らかいうどんの方であると理解した。

 もちろん、コシのあるうどんを鍋に投入し、釜揚げうどんのような扱いで食べるというのも乙なものだろう。

 しかし、この柔らかいうどんにたっぷりと出汁を吸わせ、そこにポン酢の酸味をアクセントとしていただくというのもそれはそれで良いものだ。

 ほう、と満足げな息を吐いた伊奈帆の隣で次に箸を取ったのは穂高だ。

 今回の鍋は食べる度に吐き気を催すような劇物にはなっていないらしい。……まあ、そうならない様に自分も普通の食材を選んでいたから妥当な結果なのではあるが。

 そんな訳で鍋の具材に対する警戒心が薄れた穂高は躊躇なく鍋に箸を入れて具材を取った。ポン酢に漬けて口に放り込むと、シャクッという柔らかくも歯ごたえのある食感が。

 

「……白菜?」

「当たりだ」

 

 穂高の呟きに伊奈帆が回答する。

 程よく煮込まれたことで出汁の味が染みこんだ白菜は、白菜本来の甘さと出汁の旨味が合わさって中々に美味な仕上がりとなっている。

 白菜だけでも美味ではあるが、そこに味のアクセントとしてポン酢の酸味が加わることによって、そのままでは味に飽きやすい野菜でありながらもすぐには食べ飽きることのない見事な一品となっていた。

 農業系ファミリアとして有名な【デメテル・ファミリア】がオラリオ市壁外の畑で育てた産地直送の新鮮野菜ということもあって芯まで美味しく、煮込んだ事によって少し柔らかくなった歯ごたえも鍋料理の野菜としては申し分ない。

 成長期で食べ盛りの男子としても非常に満足の行く野菜であった。

 

「うん、美味しいな」

「穂高の入れた肉で更に出汁が取れてるからな」

「クッ……バレてるか」

「そりゃあな……って、千恵どうした」

「か……辛ぁ……」

 

 苦笑いで穂高にそう言った伊奈帆は、続く千恵が「ゴフッ!?」と咳き込んだのを見て眉を上げた。そのまま千恵に声をかけると、彼女は口元を抑えたままそう呟いて湯呑みに注がれていた水を一気に飲み干した。

 そしてダンッ、と勢いよくちゃぶ台に湯呑みを置くとニニギが座っている方をジト目で睨みつけた。

 

「唐辛子ですか……?」

「いや、外れだな。正解は炎茄子(フラムエッグ)だ。鍋の味を壊さずにハズレを仕込むにはコレがうってつけだったのでな」

「ダンジョン産の食材……!」

「うわ、闇鍋ガチ勢だよこの神……!」

 

 炎茄子。別名地獄の実とも呼ばれるこの実は迷宮第19階層から広がる《大樹の迷宮》で取れる食材であり、歯で容易に噛みきれるビニル質の皮に包まれた中の果肉が凄まじい辛さであると有名な迷宮産果実(ダンジョンフルーツ)だ。

 下手に唐辛子を投入すれば辛味が出汁に流出してしまうので味を壊すが、この特殊な果実であれば鍋で煮込んでも辛味が流れ出ることはない。

 結構な希少食材であるそれをわざわざ市場で購入したというニニギの闇鍋に対する姿勢にドン引きの眷属たち。眷属たちが普通に美味しい鍋を完成させると予想してそれに配慮した食材を選ぶあたり「本物」だ。

 伊奈帆と穂高の呆れ声にニヤッとイイ笑顔を浮かべるニニギ。

 普通の鍋になるはずがまさかのハズレが仕込まれていると知らされた千穂は少し警戒しながら、しかしこれもまた闇鍋の楽しみなのだろうとほんの少しのワクワク感を懐きながら鍋に箸を入れた。

 そして引き上げた具材をポン酢に入れ、むん、と覚悟を決めてから一息に頬張った。

 しばらく咀嚼して、飲み込んで一言。

 

「美味しいです!豚肉ですね!」

「はい正解。まあバレバレだったけどね」

 

 よく火の通った豚肉はポン酢の酸味と抜群の相性であり、脂身の多さから少し食傷気味になりそうだが、そこに大根おろしを加える事によってさっぱりとした後味になっている。

 千穂が予想した通り、この鍋にはポン酢と大根おろしが合っていたのだ。自分の予想が的中した嬉しさもあり、千穂は思わず笑みを浮かべた。

 豚肉の後味が残る口でご飯を頬張れば、米の柔らかな甘みと豚肉の味、そして出汁とポン酢が合わさった酸っぱくも芳醇な旨味を含んだ汁が合わさり正に至福の味わいと言える味が千穂の口内に広がった。

 これはご飯が進む。

 食べ過ぎは良くないとは理解しているものの、千穂はこの鍋なら自分も伊奈帆や穂高、そしてリリアといった沢山の米を食べるライスイーター達と同じ量のご飯が食べられそうだと思った。

 

「ぬん、豚肉……たべたい……うぅ……」

「……あ、そうか。リリアちゃんエルフだから……」

「しまったな……」

 

 とそこで隣からリリアの悔しそうな唸り声が聞こえ、彼女の体質を思い出した千穂。他の団員たちもハッとした表情で、幼いエルフのいる方を見つめていた。

 基本植物のみを食べて生活しているエルフは、揚げ物などの油物はおろか、豚肉や牛肉といった脂身の多い肉を食べる事が難しいのだ。

  幸い鶏肉や魚肉といったさっぱり目の肉は食べられるのだが、無理に他の肉を食べようとすると酷い胸焼けに悩まされる事になる。

 そんな少女のことをすっかり忘れていた伊奈帆たち。まあいつもエルフとは思えない食生活を送っているため忘れてしまったとしても無理のない事だ。

 とはいえリリアには少々酷なことをしてしまったのは事実。バツの悪そうな表情を浮かべた穂高に、リリアは気にしないでと声をかける。そして気を取り直すように深呼吸をすると、一息に鍋に箸を入れ具材を掴み取った。

 

「……あれ?」

 

 が、リリアは思わず疑問の声を上げてしまった。確かにリリアの操る箸は食材を掴んでいる。しかし、その感触がやたらと軽いのだ。

 胸焼けで二日ほどダウンする事になるが、豚肉が来た時は躊躇なく食べるつもりであったリリアは首を傾げつつも大人しくその食材をポン酢につけ、口の中に入れた。

 どうやら麺類だったらしく、うどんとは違うツルツルとした感触の麺を啜る。

 しばらく食感を確かめ、目を閉じ静かに味わったリリアはすっと目を開くと解答を口に出した。

 

「……はるさめ?」

「すごい、正解だよリリアちゃん!」

 

 リリアの呟きにパチパチと拍手を送る千穂。

 彼女が投入した具材は春雨(太麺)であった。保存が効く食材であった為、乾燥した状態で倉庫の奥の方に眠っていたのを千穂が引っ張り出したのだ。

 もちろん食べても大丈夫な状態なのかは検証済みで、少し変わってはいるが鍋の具材としても普通に使えるものであったため今回の闇鍋で使用する事を決めたのだ。

 ツルツルとした食感に、独特の歯ごたえ。そして乾燥して保存するという面から味の染み込みやすさも折り紙つきであり、昆布と豚肉の旨味が存分に発揮された出汁をたっぷりと含んでいる春雨は非常に美味であった。

 なるほど、これはこれでアリ。

 リリアは納得したような動作でゆっくりと頷き、鍋に視線を向けた。

 リリアの隣ではニニギが自分の投入した炎茄子を引き当てて激しく咳き込んでいるがスルーだ。これで全員が投入した食材が出揃った。

・伊奈帆……白菜

・穂高……豚肉

・千恵……うどん

・千穂……春雨

・ニニギ……炎茄子

 なお、リリアの米は〆の雑炊になることが決定されているため対象外とする。

 取り敢えず闇鍋としてのイベントは終わったため襖を開けて部屋を明るくする。気になる部屋の中央、湯気を立てる鍋の見た目はと言うと─────

 

「普通だな」

「普通だね」

「普通の鍋だね」

 

 伊奈帆、穂高、千恵が口を揃えてそう評した。ほんのりと湯気が立つ鍋は色が赤くもなく青くもなく、普通に白く透き通った色であった。

 炎茄子の赤色が目立ちはするものの、それ以外は特筆することも無い「普通の鍋」が完成していたのだ。

 

「まあ好き好んでゲテモノ作るやつとかいないけどな」

「普通に食材が勿体ないし」

「ひとまず美味しく仕上がって良かったです」

「じゃあ食べるか」

「見た目も美味しそう」

 

 各人思い思いのことを口に出しながら鍋をつつきだす。

 炎茄子は全てニニギの皿行きだ。何か文句を言おうとして開いたニニギの口に強引に炎茄子を叩き込む伊奈帆。

 穂高と千恵が悶絶するニニギを抑え、身動きの取れない状態で次々と放り込んでは咀嚼、飲み込ませ(しょりさせ)ていく。

 

「ガッ……かホッ、じ、じぬ……げぶっ」

「はーいニニギ様口開けてー」

「自業自得だ馬鹿神」

「流石に擁護できないかな」

「リリアちゃん、うどんはどう?」

「おいしい。白菜もなかなか」

 

 その淡々とした処刑風景を意に介することなくリリアと千穂は鍋を食べ進める。

 リリアの口には少々大きめなサイズの白菜を口いっぱいに頬張り、染み込んだ出汁とポン酢のハーモニーを存分に堪能する。

 その後にご飯を食べ、後味をご飯の甘味でリセット。柔らかくなったうどんをズルズルと啜る。

 流石に自殺行為と分かっていて豚肉を食べる訳にはいかないので、豚肉は避け野菜とうどん、春雨を中心に食べていく。

 炎茄子の処理(ニニギの処刑)を終えた伊奈帆たちも食べ始め、食べ盛りの5人で食べ進めた鍋はあっという間に具材が底をつき、少し遅めの昼食は終わりを告げた。

 

「ふう……腹一杯だ」

「〆の雑炊、どうする?」

「それなら今から作って夜ご飯にしましょうか」

「そうだね」

 

 というやり取りを経て、リリアが画策した雑炊は夜ご飯の献立となった。

 鍋の底等に残った具材をみじん切りにし、醤油や塩で味を整えながら炊いた米を惜しげもなく投入していく。

 出来上がった雑炊はよく取れた出汁と卵、そしてご飯が薄味ながらも確かな旨味をもっており、非常に美味しく胃にも優しい献立となって炎茄子を食べ続けボロボロとなったニニギの胃袋を癒やしたのはまた別の話である。

 

 

 

 こうして【ニニギ・ファミリア】で行われた闇鍋の催しは概ね大成功に終わった。

 しかし、この鍋パーティーの裏では見るも無惨かつ凄惨な蹂躙劇……もとい悲劇が起こっていたのであった。

 

「かっ……ぁふ」

 

 カラン、と金属音を立ててスプーンが床に転がる。その食器と同じように床に倒れ臥すのは迷宮都市オラリオにおいて最強と噂される大派閥【フレイヤ・ファミリア】の幹部である【女神の戦車(ヴァナ・フレイヤ)】ことアレン・フローメル。

 普段であれば床に突っ伏すなど死よりも屈辱的な事として嫌がるであろう彼は、そんな様子を見せる余裕もなくただ己の身に降りかかる苦痛に耐えきれずビクビクと無様にも痙攣している。

 しかしその体たらくを笑う者はいない。むしろ彼に向けられた視線は英雄や勇者へと向けられる様な尊敬の籠もった視線であった。

 

 彼らの前にあったのは、一つの鍋。

 灯りを点けているはずの部屋の中であっても深淵の闇の様にどす黒く染まり、ミノタウロスを煮込んだような凄まじい悪臭を放っている劇物だ。

 

 その鍋の向こうでにこやかに微笑むのは一人の少女。

 己が神、更にはその信者達までもを恐れさせる物体Xを作り上げた張本人である彼女は困ったような表情で「あらあら、アレンさんったら調子が悪いのでしょうか」などと嘯いている。

 彼女が手を広げると、怪物達を慈悲も無く屠り続けるだけの実力を持つ筈のフレイヤ・ファミリア幹部、その全員が怯えたようにビクリと震えた。

 

「さあ、どうぞ召し上がれ?」

 

 迷宮都市最強派閥【フレイヤ・ファミリア】。

 今、彼らの最凶の(てき)との戦い、その火蓋が切られた。

 

 




次回「闇鍋戦争(パーティー)inフレイヤ・ファミリア!」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

闇鍋パーティーinフレイヤ・ファミリア!

米ディ!!!!!(今回米は出てこないけど)

芽を出した続きさんが実をつけたので初投稿です。

これまでの全32話を改稿しました。
以前に比べて格段に読みやすくなったはず(ココ重要)です。

それでは、闇鍋(ガチ)な第33話、どうぞ!




 

 豊饒の女主人。

 迷宮都市オラリオに店を構える居酒屋であり、見目麗しい少女たちとそこらの冒険者よりも強いと評判の店長が切り盛りするそこそこの有名店だ。

 都市最大派閥と名高い【ロキ・ファミリア】も遠征帰りの宴会場に利用することすらあるその店は常に活気に満ち溢れており、店員である少女たちは増え続ける客足に悲鳴を上げつつも日々接客に励んでいる。

 だが、今日の豊饒の女主人はいつもとは少し変わった雰囲気となっていた。店と大通りを隔てるウエスタンドアには「本日貸し切り」と張り紙が出され、店内はしんと静まり返っている。

 

「ニャ、ニャ〜……なんでミャーがこんな事をしなくちゃいけないんだニャ……?」

 

 そんな中、店の中で一人ぽつねんと佇んでいたのはアーニャ。一人で大きな鍋を持ち込み、店の中で一番大きいテーブルの中央に魔道具を設置したりと作業を進める猫人(キャットピープル)は困惑した表情でそう呟いた。

 かと言ってこの作業をサボる訳にはいかない。サボった先に待っているのは豊饒の女主人の店長であるミアの折檻よりも厳しく激しい蹂躙(もの)だからだ。

 マジで死ぬかも。己が末路を想像し、恐怖でぶるりと体を震わせたアーニャは作業のペースを上げた。

 

(どうしてこんな事になったんだっけ……?)

 

 これからこの店に来る()()()()の事を思い惨憺たる心情になりながらも、アーニャは現実逃避に掃除をしながらこれまでの経緯を思い出していた─────

 

 

 

「ニャ?ニャんだこれ?」

「アーニャ、どうしたのさ」

「ミャーの制服のポッケに手紙みたいなのが入ってたニャ」

「ふーん」

 

 迷宮都市に怪物が出現するという騒動からしばらく経った後。

 すっかり元の様子に戻ってきた都市の活気にげんなりとした表情を浮かべ、しかしやって来る客には営業用の笑顔を向け続ける日々を送っていたアーニャは、仕事も終わり着替える際に、制服のポケットに何かが入っているのに気が付いた。

 隣で着替えていたルノアが不審そうな声を上げるも、アーニャが答えると納得したようなしていないような雰囲気で着替えへと戻った。

 曲がりなりにもレベル4である自分が着替えるまで気が付かなかったということにただならぬ空気を感じつつも、どこか抜けている所のあるアーニャはあまり気にせずにピリピリと封を破り捨て、中身を取り出した。

 興味を無くしたのか、着替えを終えたルノアが部屋から出ていく中ふんふんと上機嫌に尾を振りながら手紙に目を通したアーニャは、次の瞬間驚きのあまり絶句した。

 送り主の名前は無い。

 ただ、手紙の右上には静かに存在感を放つ一つのエンブレムが印刷されていた。戦乙女の側面像(プロフィール)が示すのは、世界広しと言えども一つしかない。

 群雄割拠のオラリオにおいて都市最強の名を冠する大派閥【フレイヤ・ファミリア】だ。

 そして、アーニャの触れられたくない「過去」の権化でもある。

 

「な、なんで……」

「……どうしましたか、アーニャ」

 

 目を見開き、ハッハ、と荒い息を吐くアーニャにただならぬ様子を感じ取ったリューが彼女に声をかける。だが、自分の事情に()()を巻き込みたくなかったアーニャは「なんでもないニャ」と嘘をついた。

 

「……そうですか」

 

 確実に何かがあると理解しつつも、こちらの事情には踏み込まずそっとしてくれるリューに感謝しながら、アーニャは手早く着替えを済ませると周囲の気配を確認してそっと手紙を読み進めた。

 

『明後日の正午より「闇鍋パーティー」を行う。

 参加者はフレイヤ・ファミリアの幹部、そしてフレイヤ様だ。金に糸目はつけない。豊饒の女主人をその日一日貸し切るため、ミアにこの手紙を見せるように。

 追伸:その日の店員は元団員であるお前だけにするように』

「………………は?」

 

 そして困惑した。

 少し荒い悪筆な文字は恐らく団長であるオッタルのものだろう。

 ただ文面が謎すぎる。なんだ「闇鍋パーティー」って。

 オラリオどころか世界に名を轟かせる【猛者(おうじゃ)】からパーティーなどという浮ついた単語が出てきた事に困惑を隠しきれなかったアーニャは、ついその手紙を火に翳して炙り出しが無いかを確認してみたり、透かしで隠れたメッセージが入っているのではないかと確かめてみたりした。

 結果は白。変な仕掛け(ギミック)は何も無く、ただ文面通りに【フレイヤ・ファミリア】幹部達が総出で闇鍋パーティーなるものを開くらしい。

 何故?

 古巣からの手紙という事で胸がはち切れそうな程の不安や恐怖、そして少しの期待を抱いていたアーニャの頭はクエスチョンマークで一杯になった。

 ついでとばかりにその日の労働が自分一人に指定されているのも訳がわからない。貸し切りということなら比較的楽な方ではあると思うが、それでもあの店を一人で切り盛りするのは無理・無茶・無謀の三拍子が揃っている。

 怖っ……え、怖っ……。

 最終的にそんな事しか考えられなくなったアーニャは、とりあえず指示どおりにこの手紙をミアへと見せに行くのであった。

 

 

 

「上出来だ」

「は、はいぃ……」

 

 ─────そして当日。

 あの後追加でミアから渡された手紙の指示通りに準備を終え、一番最初にやって来たオッタルの第一声がそれであった。

 武器を持たず、簡素な戦装束(バトルクロス)を身に纏っただけの出で立ちである彼は、しかしその身から溢れる存在感を衰える事なく噴出させている。

 名実共に都市最強の名を思うままにしている第一級冒険者のオーラに当てられ、アーニャは借りてきた猫のように大人しくなっていた。

 普段のニャーニャー煩い喋り方は鳴りを潜め、普通の人と変わらない常識的な話し方へと()()()いる。ピシッと尾を立てて周囲に気を張る彼女の様子は、正しく猫であった。

 

「窓は閉められるな……入り口も光を防ぐための布がある。よし、第一関門はクリアか。……おい、【戦車の片割れ(ヴァナ・アルフィ)】」

「は、はい!」

 

 緊張しきっていたアーニャは、オッタルから忌み嫌っていたかつての名を呼ばれても気にしない。気にする余裕が無い。

 オッタルはそんなアーニャの様子に不審な顔をする事もなく、ただ淡々と「ここの食料庫を見せろ」と彼女に命令した。通常、部外者は食料庫に入ってはいけないし入れてはいけないのだが、誰がそれを彼に言えようか。

 大人しく案内したアーニャに連れられ、豊饒の女主人の心臓部である食料庫へとやって来たオッタルは、静かに歩みを進めると一つ一つ食材を吟味するように棚の中身を確認し始めた。

 まるで本職の料理人の様に鋭い目つきで食材を睨んでいたオッタルは、ふと緊張しきった様子のアーニャを見ると彼女に声をかけた。

 

「おい」

「はい!?」

 

 ビクッ、と肩を揺らして反応した彼女に、オッタルはド真剣(シリアス)な表情で問いかける。

 

 

 

「この中で劇物になり得る食材というものはあるのか?」

「………………は?」

 

 

 

 何言ってるのこの人。

 アーニャの心の声が分かったのか、眉根を寄せたオッタルに彼女は慌てて言い募る。

 

「あ、え、えーっと!食材自体は私達やミアお母さんが市場で選んで来た新鮮な食材だから、悪いものはありません!はい!そこは信じてもらって大丈夫です!!」

「しかし……あー、なんだ。特定の組み合わせでレベル6の冒険者が卒倒する様な料理の材料になり得るものがあるかも知れないだろう?」

「そんな便利なモノあったら汗水垂らしてレベルを上げる必要はないニャ」

 

 真顔でオッタルにそう言い放つアーニャ。なんだ、レベル6の冒険者が卒倒する料理って。シルのチョコや手料理じゃあるまいし、誰もが作るだけで簡単に上級冒険者を毒殺できるような料理はもはや料理とは言わない。

 それはただの劇物だ。

 アーニャの言葉に自分でも思う所があったのか「そうか、ああ、そうだよな……警戒し過ぎか」とオッタルは遠い目で呟いた。

 いったい彼に何があったのだろうか。

 凄く気になったアーニャだが「好奇心は猫を殺す」という言葉に従って我慢することにした。というよりも、オッタルの秘密を探るなどただの自殺行為でしかないと理解しているからだ。

 この時のアーニャはまだ知らなかった。

 この後、彼が何故これほどまでに警戒しているのか、いったい何を恐れていたのか。

 彼女はその身を以て知ることとなる。

 

 

 

「どうして愚図がここにいる」

「に……兄、様」

 

 開口一番、店の掃除や細かな準備などで動き回っていたアーニャを見て不機嫌極まりない声でそう言ったのは【フレイヤ・ファミリア】幹部であり、都市最速の名を戴く【女神の戦車(ヴァナ・フレイヤ)】ことアレン・フローメル。

 フレイヤの為に動き、フレイヤの為に全てを捧げる女神の信者であり、団員同士の衝突が絶えないフレイヤ・ファミリアの団員たちの中でも一番過激な性質を持つ。

 ……そして、アーニャの実の兄でもあった。

 

「俺が呼んだ」

「あ?」

「店員がいなければ貸し切る意味が無いだろう。かと言って、()()()()()()()()()()()()()()()()以上ここに置く人員は限られる」

「だったらあのババアでも良かったじゃねぇか」

「ミアは駄目だ。色々と後が怖い」

「怖いだぁ?ハッ、派閥の団長が聞いて呆れるな」

 

 正しく一触即発。二人の間で火花が散っていると錯覚してしまいそうな程の闘気が二人から立ち上る。互いに武器は持っていないが、上級冒険者ともなれば自らの体がそこらの剣よりも立派な武器となる。

 戦闘となればこの店が悲惨な状態になる事は確定であり、アーニャの頭はアレンの事と店の未来がこんがらがってすっかりパニックになっていた。

 口から言葉にならない声が漏れるアーニャを他所に、オッタルとアレンのボルテージはどんどんと上がっていく。

 元々水と油の様に相性の悪い二人なのだ。どちらか一人の気が立ってしまえばこの様にヒートアップしていくのは必然とも言える。

 だが、そんな二人は─────

 

「あら、どうしたんですか?二人とも」

 

─────その声でピタリと動きを止めた。

 錆びついたからくり人形の様に入り口へと顔を向けた二人が見たのは、最悪の状況─────オッタルが最も恐れていた事態、その元凶だった。

 

「し、シル!?どうしてここに……」

「ミア母さんから手伝ってあげてって言われてね」

「シル、様……」

 

 驚きに目を見開くアーニャに笑顔でそう答えるシル。そんな彼女がオッタルとアレンには迷宮(ダンジョン)の怪物よりも恐ろしいナニカに見えた。

 自然な流れでアーニャを厨房の方へと行かせたシルは、その穏やかな笑顔のままオッタル達の方へと向き、アイコンタクトを取る。

 

『代打です♡』

『『アッハイ』』

 

 大の大人、それも第一級冒険者が口を揃えてそうとしか言えなかった。先日の惨劇の被害者であるアレンに至ってはこれから起こるであろう地獄絵図に思いを馳せ、恐怖で体を震わせている。

 だがそれも致し方ない。誰がその無様を笑えようか。現にオッタルでさえ少し気を抜けば膝が笑いそうなほどの重圧(プレッシャー)を目の前の少女から(勝手に)感じているのだから。

 オッタルは腰のポーチに触れる。

 この日、この状況に陥った時の為に用意した【ディアンケヒト・ファミリア】謹製の万能薬(エリクサー)10本。

 オッタルが深層に潜り稼いだ金額の6割が吹き飛んだが、命に金額は付けられない。自分が出来る最高の準備と対策を終えて彼はここに来ていた。

 と、己の準備が万全である事を再度確認し自分を落ち着かせているオッタルに、シルが歩み寄って一枚の紙を渡した。乱雑に折り畳まれたそれは、見た目の汚さに比べて紙の上質さが際立っていた。

 

()()()()()からのお手紙でーす」

「…………はい」

 

 にこやかな笑顔で渡してきたシルになんとも言えない表情でそう返すと、オッタルはペラリとその手紙を捲り視線を走らせた。

 

「………………」

 

 オッタルは無言で手紙を折り畳むとズボンのポケットの奥深くに無理矢理ねじ込んだ。元々そこまで明るくは無かった彼の目が急速に死んでいく。

 ヘルンよ、安らかに眠れ。薄っすらとフェードアウトする笑顔のヘルンがこちらにサムズアップする幻覚を見ながら、オッタルは彼女の成仏を願って黙祷した。

 遺書を書いてくるべきだったか。そうオッタルが思い直していると、豊饒の女主人の扉が押し開かれる音がした。本日貸し切りと書かれている扉を開くのはよっぽどの命知らずか、オッタルが招待したフレイヤ・ファミリアの幹部に限られる。今回は後者であった。

 普通ならばいがみ合うオッタルの誘いなど無下に断るのが常だろうが、今回ばかりは別だ。彼はアーニャに向けたものとは別に、文面にフレイヤが来ると書いていたのだ。

 彼らフレイヤ・ファミリアの団員にとって自らの存在価値と言っても過言ではない美神が来る。それはいかに憎き相手の誘いであっても断れるものではなかった。

 そうして、彼らはノコノコとやって来てしまったのだ。

 この死の領域(デスゾーン)に。

 

「オッタル、来たぞ……」

「猪野郎、今度は何を企んで……」

「どうしたアルフリッグ、いったい何が……」

「なんだ、まるで死神でも見たような……」

「ククク、今日の狂風(かぜ)は暴れ狂い、碧空(そら)は荒れ闇に閉ざされる……我が身に宿る魔性が……」

「どうしたヘグニ、とうとう世迷い事すら言えなく……」

 

 何故か仲良く一斉にやって来た幹部たちはこれまた仲良く入り口で静止する。より正確に言えば、彼らににこやかな笑顔を向けるシルを見て固まっていた。

 あらあら、仲がよろしい事で。

 そう言いたげな、まるで彼らの母親の様な慈しみに満ちた微笑みを浮かべるシルは、その聖母のような表情のまま彼らに一言こう告げた。

 

「いらっしゃい♪」

「「「「「「図ったなオッタルゥ!?」」」」」」

「アレン!!」

「逃がすか……!」

 

 即座に反転、逃走を開始する幹部たち。しかしこのパーティーの幹事である都市最強のオッタルと女神の信者である都市最速のアレンからは逃げられない。

 都市最速の敏捷(あし)を活かし、幹部達の逃げ道を塞いだアレンと即座に追いついたオッタルによって彼らは即座に取り押さえられた。

 ジタバタと藻掻く彼らを、オッタルならまだしもステイタスでは互角とも言えるアレンが抑え込んでいるのはこの一言に尽きた。

 

「「お前らも道連れだ……!!」」

「「「「「「クソォォォオオオオ!!!!」」」」」」

「な、なんニャなんニャ!?いったい何が起こってるのニャ、シル!?」

「ふふっ、みんな元気ね!」

 

 こうして、色んな意味でドキドキの闇鍋戦争(パーティー)が始まった。

 

 

 

「では、今回のルールを説明する」

 

 オッタルは己に向けられる殺意を無視しながら淡々と言葉を口にした。

 逃げ出そうとした幹部をアレンと協力して全て取り押さえてからしばらく。アーニャの用意したテーブルについた彼らの間には早くも暗雲が立ち込めていた。

 テーブルの中央にはそこそこ大きな金属製の鍋が一つ。中型の魔道具の上に置かれたそれが、今の彼らには地獄の窯か魔女の煮込む大鍋のような禍々しい物に見えている。

 

「今回作る料理は『闇鍋』と言う。各人がそれぞれ一つの食材を持ち寄って鍋に入れ、それを完食するというものだ」

「……オッタル、質問だ」

「なんだ、へディン」

 

 オッタルの説明に手を上げたのは、先程逃げ出そうとした幹部の中の一人だった。

 へディン・セルランド。

 【白妖の魔杖(ヒルドスレイヴ)】の二つ名を持つ白妖精(ホワイトエルフ)で、隣に座る【黒妖の魔剣(ダインスレイヴ)】ことヘグニ・ラグナールと対として扱われる事の多いレベル6の第一級冒険者だ。

 真剣(シリアス)な表情で手を上げたへディンは、オッタルに続きを促された事によって慎重に口を開いた。

 

「今回鍋に入れるのは、食材だけなんだな?」

「ああ、食材だけだ」

「それ以外に料理は無いんだな?」

「ああ、料理はこの鍋だけだ」

「……ここの食材に、劇物は無いんだな?」

「ああ、俺がそこの【戦車の片割れ(ヴァナ・アルフィ)】と共に確認した」

「あ?愚図……テメェ……」

「ヒッ」

 

 何度も念を押すように尋ねるへディンに、オッタルは力強く頷く。その時のアーニャに対する呼び名で一悶着起きそうな気配があったが、シルがニッコリとアレンに対して微笑むと彼は顔色を悪くして黙り込んでしまった。

 兄様を笑顔一つで黙らせるとか、シル、いったい何者なんだニャ……?怖っ……。

 アーニャの中で一番怒らせてはいけない人物のトップにシルが君臨した瞬間であった。

 

「そ、そうか、食材だけか……」

「なら大丈夫そうだな……」

「あの惨劇をもう一度目にする事は無さそうだ……」

「ああ、フレイヤ様の方ならいざ知らず、シル様の方が来たのならそっちの方がありがた」

「アルフリッグさん?」

「アッすいませんシル様許して下さい何でもしますから」

 

 世間では【炎金の四戦士(ブリンガル)】と呼ばれ畏怖の対象となるガリバー兄弟もこの少女の前では形無しだ。アーニャの中でシルへの畏怖レベルがぐんぐんと上昇していく中、闇鍋の準備が着々と進んでいく。

 店の中の照明を落とし、窓を閉め、唯一外界と切り離せないウエスタンドアには上から布を貼って光を遮断する。

 あっという間に店の中は真っ暗闇となった。アーニャやフレイヤ・ファミリア幹部陣とは違い、神の恩恵(ファルナ)も無く常人と変わらぬ能力しか持ち得ないシルは少し戸惑った様子だったものの、直ぐに慣れたのか落ち着いてみせた。

 今はむしろこの暗闇の世界を楽しんでいるような気配すら出しており、昔からこの少女の肝の太さには舌を巻いていたアーニャは、シルは相変わらずだと呆れと感心が入り混じった感情を抱いていた。

 

「では、食材を選ぶ。食材庫は厨房の奥だ。()()()()()()()()()()()()()が、あくまでも我らが女神に献上しても良い最高の鍋に仕上げるように」

「「「「「「「応」」」」」」」

「では、アレン」

「チッ……」

 

 そして、闇鍋の食材を選ぶ工程がスタートした。

 アレン、アルフリッグ、ドヴァリン、ベーリング、グレール、ヘグニ、へディンと皆順調に食材を選んでいき、最後にオッタルが食材を選ぶと、次は何故か参加する事になっていたアーニャの番となった。

 どうしてフレイヤ・ファミリアから抜けた私がこんな事をしなくちゃいけないんだろう……と考えながらも食材庫に向かうアーニャ。

 下手に豊饒の女主人にいる時のノリで変なものを選べば待っているのは「死」だ。よって彼女はある()()()()()を使う事にした。

 それは「これまでに相手が選んだ食材を推測してほぼ確実に当てる」というもの。通常なら不可能な芸当だが、現在の状況、そしてこの闇鍋特有のルールにおいては可能なものであった。

 

(豊饒の女主人の食材を管理してるのは私達。何かあったらミア母ちゃんに怒られるから食材庫の中身は完璧に把握している……!この勝負、勝ったニャ……!)

 

 ふふーん、と得意げな様子で食在庫へと辿り着いたアーニャ。後はあの冒険者達が選んだ食材のバランスを見てちょうど穴を埋められる、または余り邪魔をしない味の食材を選べば良いだけだ。

 鼻歌交じりに食材庫の扉を開けたアーニャは、棚から消えている食材を確認し、何が選ばれているのかを完璧に把握した。

 一つ目。オラリオ牛の特上肩ヒレ肉。

 なるほど、確かに高級な肉は煮ても焼いても美味しいものだ。大派閥の神などの特別な客が来店した時用のとっておきの為、使われるのは少々痛いがまあフレイヤ・ファミリアの幹部も特別なお客様ということで大丈夫だろう。

 二つ目。オラリオ若鶏の胸肉。

 ただの若鶏と侮る事なかれ。与える餌から飼育環境まで全てを調整し続けたその肉はそこらの豚肉や牛肉すらも超える。なるほど鶏は鍋に向いている品種ではある。肉が被っているのが若干気になるが、まあまだ許容範囲だろう。

 三つ目。黒オラリオ豚の上バラ肉。

 オラリオで一般的に食べられている豚肉とは別の品種の豚であり、この店で使用されているメインの肉でもある。丁度よいバランスの脂身にしっかりとした歯ごたえの赤身が特徴で、どんな調理法でも美味しくなる万能選手だ。

 相変わらず肉しか選ばれていないが、まあ男だけが食材を選んでいるのだからそうもなるだろうと納得する。

 四つ目。フォレストファンゴのモモ肉。

 いわゆるジビエという奴で、オラリオの外の森で狩猟されたフォレストファンゴと呼ばれる猪の太ももの肉である。結構な歯ごたえのある硬い肉質であるが男性からは概ね好評で、その野性味溢れる味が堪らないとリピーターが続出している肉だ。

 いったいどれだけの肉を選べば気が済むのかという思いと、もしかしたらという嫌な予感が頭を過ぎったが、イヤイヤ流石にあのエルフの二人は別のものを選んでいるでしょうと頭を振って嫌な予感を追い出す。

 そして棚に目を走らせると。

 肉果実(ミルーツ)、オラリオ馬肉、黒毛オラリオ牛のヒレ肉、肉果実。

 棚から姿を消している食材をすべて確認し、アーニャは膝から崩れ落ちた。

 

「……アイツら実は凄い馬鹿ニャ……?」

 

 ハイライトの消えた目でそう呟くアーニャ。無理も無い。この食材のチョイスで出来上がるのは肉の脂でこってりとした胸焼け必至の肉祭り鍋だ。

 恐らく本人たちは真面目に「自分が一番鍋に入れると美味しいと思う食材」を選んだのだろう。だが駄目だ、チョイスが被りすぎている。これで全員が野菜を選んでいたらまだ救いもあったのだろうが、肉だ。ガッツリ系だ。

 自分の胃に訪れるであろう破滅の未来を回避すべく、アーニャは禁じ手を使うことに決めた。

 

「ここは……ミア母ちゃん秘伝のスパイスを……」

 

 一旦食材庫から出て、厨房のとある棚を漁る。

 ゴソゴソと棚の奥からアーニャが取り出したのは、茶色く染まったなんとも言えない見た目のペーストであった。

 ミアが店で出す新作料理として研究しているこのペーストは、市場から仕入れた多種多様な香辛料を特殊な比率で配合し作られている。

 問題はその見た目なのだが、それにさえ目を瞑れば食欲をそそる香ばしい香りとピリ辛の心地よい味がとても美味しいのだ。

 このペーストの味の濃さで、肉の味を誤魔化す。コレを使う際にはしょっちゅう肉を使うから、ペーストを使わないときに比べれば少しはまともな料理になるはずだ。

 

「……ヨシ!」

 

 キラン、と目を輝かせて指差し確認。

 ペースト良し、棚の片付け良し。後はシルが選ぶ食材がネックだが、普通に食材を選ぶだけなので流石のシルも変な事はできないだろう。

 

「遅いぞ、愚図」

「ご、ごめんなさい兄様……」

 

 テーブルに戻るとアレンから睨まれたのだが、この時ばかりはなんとも釈然としない気持ちになったアーニャであった。

 

 

 

 そして、最後のシルが食材を選び終わって。

 遂に地獄の窯が開かれようとしていた。

 魔道具を起動させ、火を点ける。予め水を張っていた鍋を加熱しながら、各人の具材を投入していく。

 光源の無い真っ暗闇の中ではあるが、シルを除き全員が常人よりも身体能力の高い冒険者である。皆入れる場所を間違えるなどというヘマを犯すことなくポトポトと具材を鍋に投入する。

 10人中暫定8人が肉を入れるという暴挙に出ているが、そこは流石高級食材。適当に寄せ集めただけでも旨味が滲み出て香ばしい匂いが店内に広がった。

 ほう、と感心したような様子を見せる幹部たちを尻目にアーニャはこの良い香りに隠された脂地獄を敏感に察知していた。

 そしてやはりコレを投入するしかないと決意を固める。

 ビンの蓋を開け、取皿と一緒に置かれていた食器の匙を使ってペーストをドボドボ投入していく。

 鍋の量から考えて、適当な量は3分の1ほど。きっちり3分の1の量を入れた後は、心持ち混ざりやすくなりますようにと願いを込めてかき混ぜる。

 アーニャの不審な動きに眉を顰めた幹部たちだったが、彼女が食材を投入した後に鍋から香る圧倒的香ばしさに思わず感嘆の声を漏らした。

 これは美味い。そう胃袋に直接訴えかけてくる鍋を前に、幹部たちは互いの選んだ食材がこうまで美味しいものになるとは、と互いを見直し合っていた。

 女神の寵愛を奪い合う憎きライバルから、どうやら食材を見る目はあるようだという好印象へと少しだけ、ほんの少しだけ変わっていく。

 そして、そのほんの少しこそがオッタルの望んでいたものであった。

 

(流石だ……感謝するぞ、リリア・シェスカ……!)

 

 オッタルの中でリリアに対する評価がうなぎ上りに上がっていく。今や彼女はオッタルの中でフレイヤの次に好ましい異性となっていた。……ちなみに、断じて恋愛的な意味ではない。

 行ける。

 シルの食材が何であるかは知らないが、このままの勢いであればこの闇鍋パーティーは成功する……!

 オッタルは暗闇の中、達成感と嬉しさでグッと固く拳を握りしめた。

 

 だが。

 

「あっ、やっぱり……アーニャ、ミアお母さんのペーストを使ったのね?」

「ニャ、そうだけど……どうしたのニャ、シル?」

「うふふ、オッタルさんもアレンさんも、みーんなお肉ばっかり選んでるから私もどうしようか悩んじゃって」

 

 死神というのは。

 

「そしたら、アーニャがペーストを使って味を整えるみたいだから─────」

 

 とても。

 時に、とても残酷に─────

 

「─────隠し味を用意しました♪」

 

─────人の命を刈りに来るのだ。

 パカッ、と何かが開く音がした。同時に、オッタルたちはそれが地獄への門が開いた音だと確信した。

 地獄の門が開くと同時にシルが手に持つ容器から漏れ出たのは、ありとあらゆる粘膜を刺激する凄まじい悪臭。

 例えるのならばそう、ミノタウロスとワイバーンを刻み、合わせて何日も煮込めばこのような匂いが生まれるのだろうか。

 とにかく、あらゆる迷宮(ダンジョン)においてあらゆる極限環境に身を置いた経験のあるオッタルでさえも顔を顰める異臭。それを解き放った本人はなんら気にする様子もなくそれを鍋に入れようとする。

 オッタルたちはそれを止められない。止めることができない。ああ、やはりこうなるのかと、死んだ目で己の末路を受け入れるだけが彼らに許された行動だった。

 

「し、シル……?ちょっと聞きたいんだけど、それ……いったい何ニャ?」

「えー、アーニャったら隠し味の材料を聞くの?反則だよそれ」

「いや、多分それ隠れないっていうかむしろ正面切ってミャー達を殺りに来る気がビンビンするっていうか。と、とにかく教えてほしいニャー、お願いニャー……」

 

 唯一アーニャだけが震える声でシルに問いかけると、彼女は「んー、まあしょうがないかな」と苦笑いでアーニャへと返答する。

 

「この前作った、私の手作りチョコだよ。ベルさんに渡す分の余りをこの際使っちゃおうかなって!」

「あ、アレは厳重に封印してた筈ニャのに……!?」

 

 あっ、とアーニャが止める間もなくシルがチョコ(の皮を被ったナニカ)を鍋に投入する。

 鍋のスープと接触した瞬間、シルのチョコ(らしきナニカ)はスープと反応し、全てを闇に包み込んだ。

 粘性を増し、かつての香ばしい匂いはどこにもなく。

 今のフレイヤ・ファミリア、そしてアーニャの心に立ち込める絶望の霧のようにドス黒く染まった鍋がただ一つ、テーブルの中央にそびえ立っていた。

 

 

 

「……う」

「アレン……?ま、まさか……」

「止めるニャ兄様!兄様でもアレを食べたらただじゃ済まないニャ!」

「その巫山戯た口調をやめろ!!そして止めるな!!あのスープがフレイヤ様の口に入ってみろ、天界に送還されてもなんらおかしく無い!!」

「あのー、アレンさーん?おーい、アレンさん?アレン?私の言葉が聞こえてますかー?」

「だったら俺が、俺が食いきってみせるッ!!お前らはそこで見ていろ、俺のフレイヤ様への献身を……ッ!!」

「おーい、皆ー?みーんーなー?……そんなに酷いかなぁ」

「アレン!」

「アレンッ!!」

「うおおおおおおおおおおおおおッ!!!!!……あっ、かふっ、が、ぐぽォ……ッ!?」

「アレェェェェェェェエエエエン!!!!?」

「兄様ぁぁぁあああああああああ!!!!?」

 

 

 

 この日、【ディアンケヒト・ファミリア】の救護院に9名の急患が運び込まれたとか、そのほぼ全員が【フレイヤ・ファミリア】の幹部だったとか、それに付き添った鈍色の髪をした少女が何やらずっとムスッとした表情であったという言う話が、あったとか無かったとか。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

私達、結婚しました!(願望)

シリアルッ!!!(宣言)

はい、今回は米ディではなくシリアル回です。
すまぬ……ちゃんと次回は米ディだから……




 木漏れ日が降り注ぐ。

 ある晴れた日の昼下がり。まるで世界が祝福しているかのような明るい日差しが森へと注がれる中、ウィーシェの森の大聖樹の下、森に住まうエルフ達の大事な儀式などが行われる場所には大勢のエルフたちの姿があった。

 世界の中心とも言われるオラリオ等の祝祭と比べれば幾分大人しめの色使いではあるが、森の草花を使い染め上げた色とりどりの衣装に身を包む彼らは皆笑顔で互いに挨拶を交わしている。

 当然だろう。これから行われる儀式はとても神聖かつ祝福すべきもの。エルフである事に誇りを持つ彼らが我が事のように喜ぶとても喜ばしい事なのだ。

 大聖樹の根本、祭壇も兼ねている壇上にはエルフが皆一度は目を通したことのある聖書が置かれ、その周りには色とりどりの花々が壇上に輪を描くように飾り付けられている。

 お祝いムードに浮かれた子供たちが走り回り、いつもは口を酸っぱくして注意する大人たちも今日ばかりは笑顔でその行いを見守っていた。

 そして、ウィーシェの森に住まうエルフが全員大聖樹の下に集まってしばらくした後。

 

 この儀式の「主役」がやって来た。

 

「おお……」

「立派に育ったな……」

「これでウィーシェの森も安泰ね……」

 

 ざわざわと口々に話すエルフたち。その言葉はどれも()()を褒め称えるもので、里の皆から認められているという事実に儀式の主役─────リフィーリアは胸が熱くなる思いを感じていた。

 胸を張って歩く彼女は今日の為に用意した特注のドレスに身を包み、美しさと凛々しさを兼ね備えた美貌を隠すことなく大聖樹の根本、その壇上の花輪の中へと向かい、目を閉じてその場所へ佇んだ。

 これからやって来る最愛の人。その最も美しい姿を一生忘れぬよう、その目に焼き付けるために。

 

「うわー、凄いなー、リフィーリア綺麗だねティオネ」

「全く、私と団長よりも先に結婚するなんて……負けたわ」

「うっうっ……リフィーたぁん、幸せになってやぁ……!」

「泣くな馬鹿者。祝いの席に泣く奴がいるか」

 

 少し離れた所では【ロキ・ファミリア】の団員たちがリフィーリアの事を祝福しにわざわざオラリオからやって来てくれていた。

 王族(ハイエルフ)であるリヴェリアが、彼女を特等席に移動させようとする他のエルフからの申し出を辟易とした表情で断る様子に無礼ながらも笑顔がこみ上げてくる。

 面倒だと常々言っているそのやり取りをすると分かっていて、それでも自分たちの事を祝福しに来てくれたのだ。

 家族になった期間は他の団員たちに比べて圧倒的に短いはずなのに、主神であるロキは人目も憚らずえぐえぐと涙を零している。

 多忙な毎日を送る団長の代理としてやって来たリヴェリアが呆れた様子で派閥の象徴たる彼女を注意するものの、その目には隠しきれない優しさが滲み出ていた。

 純潔と貞節を重んじるエルフとは真逆の種族であるアマゾネスのヒュリテ姉妹は、やはり里のエルフ達からは遠巻きにされている。

 しかし、彼女たちが無邪気にリフィーリアの事を祝福しているためか、彼女たちに敵意や悪意を向ける者はいなかった。

 そう、今日はめでたい晴れの舞台。

 

「おまたせ、リフィー」

「……リリア様」

 

 リフィーリアが登場した方向とは真逆─────王族の館が存在する方角からやって来たのは、リフィーリアが今まで見た中で一番の美しさを誇る彼女の最愛の人(リリア)であった。

 純潔を示す白色のドレスに身を包んだ彼女の顔は、里の織物職人が丹精を込めて作り上げた珠玉の一品である薄く美しいベールで隠されている。

 絹糸よりも美しく艷やかな蒼銀の髪は華やかに編み込まれ、普段はその長い髪に隠されているうなじが顕になり大人の色気を醸し出している。

 未だその幼い肢体が、本来であれば大人が着るべきドレスを着ているという視覚のアンバランスさ。

 それがリフィーリアの心に得も言われぬ罪悪感とスリルを与え、同時に彼女の心を浮き立たせる。

 

「……綺麗ですよ、リリア様」

「ありがとう。……リフィーも、きれい」

「……アッ」

 

 未だベールで隠され、全体の表情は見えないものの目の前でリリアが微笑んだ事は口元の動きで分かった。

 リフィーリアの脳内ではこれまでの脳内観察記録から即座にその微笑みが補完され、その破壊力抜群の表情に心臓がリル・ラファーガされ(思わず止まっ)たかと思うような凄まじい衝撃が走った。

 それだけで蒸発しかけたリフィーリアであったが、なんとか気合で持ちこたえ、現世に留まることを選択した。

 

 今日は、めでたい晴れの舞台。

 ウィーシェの森に住まう王族(ハイエルフ)である第一王女リリア・ウィーシェ・シェスカと、彼女に献身的に仕え続けてきた筆頭侍女リフィーリア・ウィリディスの結婚式の日であった。

 

 

 

 リフィーリアは、聖書の一説を読み上げるリリアの父レオナルドの声を全力で聞き流しながら、これまでの経緯を思い返していた。

 オラリオに到着し、全力で行方不明となったリリアを探し続けた日々。

 なんかいい感じにリリアを見つけ、ロキ・ファミリアで共に過ごした蜜月の日々。

 なんかこう凄い強い敵との戦いを経て二人の間には友情や臣下の関係よりも強い愛情を抱くようになり、やがて二人は性別を超えた愛を誓うようになる。

 そして二人はやたらあっさりと二人の関係を納得し応援してくれたロキ・ファミリアの後押しを受け、ウィーシェの森へと帰還。涙ながらに出迎えたレオナルドとライザリアに二人の関係を訴えたのだ。

 こうしてなトントン拍子に二人の関係が認められ、なんかこういい感じに話が纏まり、こうして結婚式を迎えることができた。

 

「それでは、リフィーリアよ。汝は病める時も健やかなる時も、相手を思いやり慈しみ、森の木々のように常に寄り添い合いながらこれからの生を歩んでい─────」

「誓います」

「……あ、ああ」

 

 食い気味だった。

 レオナルドの言葉に驚異的な瞬発力で答えるリフィーリア。都市最速の【女神の戦車(ヴァナ・フレイヤ)】と同等かと言わんばかりの速度で答えたリフィーリアに、若干引き気味で返答するレオナルド。

 続いてリリアの方を向くと、同じように問いかける。

 

「……誓います」

 

 リリアはちら、とリフィーリアの方を伺い見ると、頬を少し赤くして首肯した。その動作を見ただけで一片の悔いも無く往生できると心の中で涙を流すリフィーリア。

 しかしその表情は鋼の自制心により真剣(シリアス)な表情に保たれ、場の雰囲気が壊されるのを水際で防ぐことに成功していた。

 そして、互いの同意が取れたということは、次に待っているのはお約束のアレだ。

 

「……では、誓いのキスを」

「……ッ!!!」

 

 もう誓いのキスの「t」の発音時点でリリアのベールを剥ぎ取り吸い付きそうになったリフィーリアだが、なんとか意志のセービングロールに成功し思いとどまる。

 ピク、と少し震える手でベールを退けると、そこにはエルフに代々伝わる化粧で美しく彩られた(かんばせ)が待っていた。

 幼い唇を彩る紅色に思わず息を呑むリフィーリア。

 その表情を見たリリアは静かに瞳を閉じると、自らその唇をそっと差し出した。

 

「─────スゥゥゥゥゥ」

 

 一瞬でタガが外れ暴走しかけたため、瞳を閉じて深呼吸し、自らを落ち着かせようとするリフィーリア。

 冷静になるためにいつもの如く脳内でリリアの人数を数えるものの、かえって頭いっぱいのリリアに幸せ度合いが増してパニックになるだけであった。

 

「……い、いきます……!」

「っ……!」

 

 あまり待たせるのも悪い。

 リフィーリアは覚悟を決めた。瞳を開き、リリアの肩を抱き寄せると、彼女と目線を合わせるためにしゃがみ、そっと唇をリリアの唇へと寄せた。

 時間がゆっくりと流れていく。

 あと1C(セルチ)も無い距離に、リリアの唇がある。

 視界には瞳を閉じているリリアの整った顔しか映っておらず、まるで世界に自分と彼女しかいなくなったようだとリフィーリアは考えた。

 

 そして、二人が幸せなキスをしようとして─────

 

 

 

 

 

「おい、起きろ」

 

 ─────ガチャン、という音によって目が覚めた。

 幸せの絶頂であった夢から一瞬で現実へと引き戻されたリフィーリアは、鉄格子を叩き彼女を現実へと引き戻した下手人を完全に据わった目で睨みつけた。

 

「………………チッ」

「おい待てエルフ。何故舌打ちをした」

「私とリリア様の蜜月を邪魔するなど……その罪は遥かに重いぞヒューマン……!」

「それは夢だ。いい加減気付け」

「あとちょっとでリリア様のやわらかちっちゃな唇に思う存分吸い付けたのに……!」

「なんでお前が()()の付き人に選ばれていたのかさっぱり分からんな。エルフの目は節穴か?」

 

 ギリィ……!と音が響く程に歯ぎしりをしたリフィーリアにドン引きした視線を向ける下手人の男は、力無く溜息をつくと上を、正確に言えば彼らが閉じ込められている地下牢の天井を仰ぎ見た。

 彼とリフィーリアの手には大仰な手枷が嵌められており、鎖でそれぞれ反対側の壁に繋がれたそれは彼らがその場から移動する事すらままならない程に邪魔となっている。

 彼らの周囲には排泄を済ませる為の瓶がそれぞれ一つずつのみ。

 正に劣悪な環境と言っても差し支えない場所に二人は監禁されていたのであった。

 

「貴様、我らがレオナルド陛下を馬鹿にしたか?」

「ああはいはい、俺が悪かった俺が悪かった。ったく、エルフってのはどうも頭が固くていけないな」

 

 見知らぬヒューマン、それも男ということもあってリフィーリアの警戒度は最初からマックスだ。薄汚れた独特な意匠の白衣を着ている男はリフィーリアの睨みに恐れる事なくそう嘯くと、脱力した様子で彼女に問い掛ける。

 

「……で?夢の中でここを抜け出す算段は立ったのかいエルフのお嬢さん?」

「煩い。閉じ込められてすぐに算段が立つのなら苦労はしない。……そもそも、この牢屋は私達エルフと相性が悪すぎる」

 

 にやりと嫌らしい笑みを浮かべた男に不機嫌そうにリフィーリアが返すと、複雑な表情で牢屋に敷き詰められた石畳を見た。

 オブシディアン・ソルジャーの体石。

 リフィーリア達の現在地であるウィーシェの森からかなり離れた場所にある迷宮都市オラリオ。

 その都市の地下に広がる迷宮(ダンジョン)に出現する、魔法効果を大幅に減衰するという厄介な性質を持った怪物(モンスター)のドロップアイテムを用いて作られているのがこの地下牢であった。

 他にも海外産の波紋鋼(ダマスカス)等を用いて作られ魔法技術に優れた種族であるエルフを閉じ込めるのに特化した地下牢は、生半可な攻撃魔法では壊すことは出来ない。

 それこそ「バカ魔力」と呼ばれる程に強大な魔力を持った(レフィーヤ)の全力の一撃か、都市最強の魔法使いとして名高いリヴェリアの魔法でなければ真正面から突破する事は不可能だろう。

 そして、まだレベル1の駆け出し冒険者であるリフィーリアにとってこの牢屋を破壊する事は不可能に等しい。

 リフィーリアの切り札である「例の魔法」を全力で使えば壊せなくは無いのだが、効果が切れた時の反動(バックファイア)で倒れてしまうのは確実であった。

 

「……いずれ、私からの定期連絡が途絶えた事を不審に思った団長たちが動いてくれるはずです。……悔しいですが、今の私にはここを破壊し脱出する術はない。ならば体力を温存し」

「へえ、案外冷静に状況を俯瞰できてるのか。意外だな」

「お前は口を開く度に私を侮辱しないと気が済まないのですか」

 

 家族(ファミリア)に心配と迷惑をかけてしまった事に後悔と自責の念を滲ませるリフィーリア。そんな彼女に意外そうな表情で話し掛けた男に、彼女は睨みを効かせた。

 だが、続く男の言葉にリフィーリアは言葉を失う事になる。

 

「ああ、気が済まないね。盲目的に上を信じ、自分たちがいったい()に世話を焼いているのか気が付かない間抜け共には飽き飽きする」

「…………いったい何が言いたい」

 

 微かにリフィーリアが見せた動揺。

 それを見過ごす事なく、男は彼女に畳み掛ける。

 

「お前は()()に心底入れ込んでいるようだが、はっきり言って不毛だぞ?アレは確かにお前たちとは構造上似通っているが、本質的には全く違う。……どうもあの王族()()()達は理解していないようだがな、アレをヒトとして扱うこと自体が間違っているんだよ」

「さっきからごちゃごちゃと!お前はもっとはっきり話せないのか!!」

「だから─────」

 

 

 

「何を話している、リヒトー」

 

 

 

 リフィーリアの叫びに男が言葉を返そうとした瞬間、新たな声が響いた。

 その声が聞こえた瞬間、男は忌々しい事この上ない、と言いたげな表情で黙り込み、リフィーリアは声のした方を勢いよく振り向いた。

 そこに居たのは、謎の黒いローブで全身を覆った男とも女ともつかない()であった。

 

「余計なことを喋るな。万一計画に支障が出たらどう責任を取るつもりだ?」

「……へぇ、お前さんが立てた計画はちょっとした事情が誰かにバレるだけで頓挫するような呆気ない代物ってか」

「……口の聞き方には気を付けろ」

「ガッ……ふ……ッ!」

 

 リヒトーと呼ばれた男が影に憎まれ口を叩くと、影は無造作に手を振った。すると、男はまるで透明な拳で殴られたように吹き飛び、鎖を軋ませながら壁に背中を強かに打ち付けた。

 咳き込むリヒトーに向かって、影は感情の伺えない淡々とした声色で言い放つ。

 

「全く……()()()の作成技術を持ち得るのが貴様だけだというだけで生かされている事実を忘れるな」

「ハッ……そりゃあどうも……ありがたい事で……ガッ!?」

 

 リヒトーが再び殴られたように顔を背けるのを尻目に、影は体をリフィーリアの方へと向けた。

 顔の見えない影の中、「見つめられている」というはっきりとした感触が彼女の背筋に悪寒を走らせる。気丈にも影を睨みつけるリフィーリアを暫く観察していた影は、無感情な声でこう告げた。

 

「リフィーリア・ウィリディス。アレの侍女であったお前は使()()()。……我らが悲願成就の為の駒となってもらうぞ」

「いったい何を……!?」

 

 影の言葉を訝しんだリフィーリアは、影が歩き始めたことによって見えるようになった、その後ろに佇んでいた人影を見て息を呑んだ。

 一言も喋らず、身動ぎもせずに影の背後に立っていたのは、リフィーリアがよく知る人物。それこそ、彼女が探し続けていた人と全く同じ姿形をしていたのだ。

 流れるような蒼銀の髪、エルフの中でも際立って整った美しくあどけない顔立ち。そして白磁のように白く滑らかな肌。

 しかし、違う。

 探していた人物ことリリアの事をレフィーヤでさえドン引きするレベルで知り尽くしていたリフィーリアは、即座に目の前にいるリリアが()()だと看破した。

 思わず抱きつきたくなる彼女の立ち方の重心が違う。

 思う存分吸い続けたくなる蒼銀の髪の艶が違う。

 永遠に見つめたくなる瑠璃色の目に宿る意思が違う。

 愛らしい無表情のように見えるその表情が違う。

 撫で回したくなる形をした肩の撫で具合が微妙に違う。

 思わず舐め回したくなるような耳の形が少し違う。

 リフィーリアの鼻孔を擽る微かに漂う彼女の匂いは本来のリリアからする深緑の森のような深みのある香りでは無く、それよりも若い生まれたての新芽のような爽やかな香りだ。

 

「……違う、違う。貴方は……いったい誰なんですか……?」

「ほう、流石に気が付くか。世話係であっただけの事はある」

「いや、多分ソイツが特例なだけ、がはッ!?いやなんで俺ぐは……ッ!?」

 

 リヒトーを理不尽な不可視の暴力が襲う中、地下牢の中へと入ってきた影は一本の短剣を取り出した。エルフとして常人よりも豊富な魔力を持つリフィーリアはその剣に宿る力を感じ取り戦慄と共にその名を呟く。

 

「……呪詛武器(カースドウエポン)……!」

「我らが賢者の遺した悲願。その礎となれ、エルフ」

 

 無造作に繰り出される短剣。しかし手枷と鎖により動きを制限されたリフィーリアはその一撃を避けることが出来ず。

 

「……あっ……」

 

 それ以降、彼女の口から言葉が発される事は無かった。

 

 

 

 

 

「ウィーシェの森に向かったリフィーリアから定時連絡が途絶えて約3日……ロキ、リフィーリアはまだ生きているんだね?」

「ああ、間違いない。ウチとリフィーたんの繋がりはまだ切れて無いで」

 

 場所は変わり、迷宮都市オラリオ。

 炎の様にいくつもの尖塔が連なった独特の構造をしている【ロキ・ファミリア】の拠点(ホーム)『黄昏の館』。

 その本館にある執務室にて、ファミリアの幹部陣が会議を行っていた。議題は無論、消息を絶ったリフィーリア・ウィリディスの件である。

 ファミリアの団長であるフィン・ディムナ、副団長であるリヴェリア・リヨス・アールヴ、彼らと長い付き合いであるガレス・ランドロック。

 そして血の繋がった家族と言う事で呼ばれたレフィーヤ・ウィリディスと主神であるロキの5人がその部屋に集まっていた。

 自分の確認に頷いたロキをちらりと見てから、フィンはしばし頭を働かせる。

 ついこの前に人造迷宮と『穢れた精霊』、そして都市の破壊者(エニュオ)を巡る決戦を制したフィン達は、ついでとばかりに持ち込まれたこの案件に頭を悩ませていた。

 

「……恐らく、この件は都市の破壊者(エニュオ)の一件とは別枠だろう。あの神が弄した策はあの戦いで全て潰したはずだ」

「これまでアイツの差し金やったらしつこ過ぎるで!?嫌らしいっちゅー域を越しとるやろ!」

「つまり、ウィーシェの森において『何か』が起こっているという可能性が高い」

 

 フィンの告げた事実に、レフィーヤは泣きそうな表情で息を呑む。

 つい先日に大事な友と決別したばかりの少女に息もつかせずに襲いかかる事件に、リヴェリア達も同情の表情を浮かべた。

 だが、現実は少しも同情してくれない。むしろ彼女たちを追い詰めるかのように畳み掛けてくるのだ。

 長い冒険者生活の中で多くの経験をしてきたフィン達はそう直感していた。

 

「となると、ウィーシェの森に向かう必要があるのだけれど……リヴェリア」

「分かっている。相手が同じエルフという事であれば、私が一番動きやすいだろうからな」

 

 フィンのアイコンタクトを受け、ため息とともに了承したリヴェリア。

 今回の作戦にファミリアの主力を全て出向けるわけにはいかない。

 如何にして行ったのかは不明だが、ウラノス肝入りの魔術師こと愚者(フェルズ)の『悪巧み』によって()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ため、その後始末をしなければならないのだ。

 現在【デメテル・ファミリア】をはじめとする農業系ファミリアでは熾烈な人造迷宮の陣取りゲームが開催されているという。

 姿を変えてしまった人造迷宮の調査を行う為に団長であるフィンはもちろん、いざという時のための戦力としてある程度の上級冒険者はオラリオに残しておかなければならない。

 となると、必然的にお鉢が回ってくるのがリヴェリアを始めとした派閥内のエルフ達なのだ。

 王族(ハイエルフ)であるリヴェリアを筆頭に、妖精部隊(フェアリーフォース)のメンバーを送り込めば万が一があっても大丈夫だとフィンは想定する。

 

「僕たちもなるべく早く後始末を終わらせてそっちに向かうつもりだから、安心してくれ」

「ああ、それまでに終わるよう善処する。……行くぞ、レフィーヤ。今晩には出立する」

「は、はい!」

 

 そして、リヴェリアとレフィーヤが団内のエルフ達と相談をする為に部屋を出た後、ロキはフィンに聞いた。

 

「んで、ホントの所は?」

「十中八九、エニュオの策ではない。それは保証する。そもそも彼の秘策はベル・クラネルが完膚なきまでに破壊してくれたからね」

「かーっ!あのチビんとこの眷属もやりおるなぁ!でもでかした!あのスカした顔が屈辱で歪むのはめっちゃ気持ちええからなぁ!!酒が美味いわ!!」

「下品だよ、ロキ」

 

 悔しそうに自らの太腿を叩くロキ。

 その様子を見ていた、これまで一言も発することの無かったガレスがフィンに話し掛ける。

 

「だとしたら、原因はやはりアレか」

「ああ。そもそも舞台がウィーシェの森という時点で疑いようも無くコレは()()に関する事件だろう。……そしてロキや神ウラノスの話を総合して考えると、コレを放置する事は世界を危険に晒すことと同じだ」

 

 フィンはガレスの言葉を首肯すると静かな声で呟いた。

 

 

 

「リリア・ウィーシェ・シェスカ。とうとう僕達は本格的に彼女と向き合う日が来たようだ」

 

 

 

 






リフィーリアさんリリアの前と他人の前でキャラ違いすぎない?


次回「和製びーふしちゅー」

次こそは……次こそはこの話を……!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

和製びーふしちゅー(前編)

|д゚)チラッ

|つスッ(米ディ)


 コトコト、コトコトと鍋が煮立つ音が聞こえる。

 天井に生えたヒカリゴケ、壁に掛けられた魔石灯などの光源に照らされるのは迷宮(ダンジョン)の中でもかなりの広さを誇る一つの広間(ルーム)

 広間の壁際には緑玉蒼色(エメラルドブルー)をした水に満たされた水路が有り、魔石灯の光を反射して宝石のように輝いている。

 世界の中心とも言われる迷宮都市オラリオ、その地下に広がる迷宮(ダンジョン)

 その下層は『水の迷都(みやこ)』と呼ばれ、幻想的な見た目とは裏腹に強大かつ悪辣さを増した(トラップ)怪物(モンスター)達が冒険者達の行く手を阻む試練の場所となっていた。

 そしてその評判の通り、『水の迷都』の一角であるこの広間には数多くの怪物達がひしめき合っている。

 赤緋の鱗を鎧に包み、所々錆びながらも未だ鋭い刃を輝かせる直剣と曲刀(シミター)を携えた蜥蜴人(リザードマン)

 醜悪な形相を浮かべ、石で出来た鋭利な爪と強靭な翼を携える石竜(ガーゴイル)や、血で染まったかのような赤い帽子を被った小鬼(レッドキャップ)など、多種多様な怪物が興奮した様子で口々に何かを言い合っていた。

 広間の隅には力尽きた冒険者だろうか、襤褸布のような黒いローブを纏った骸骨がものも言わず静かに壁に身を預けている。

 そんな幻想的かつ危険な場所に似つかわしくない、やけに生活感の溢れた音。その音源である大きな平鍋の前には一人の少女が立っていた。

 

「レイ、木串とって」

「はイ、これですカ?」

「ありがとー」

 

 幼子が隣にすっと手を伸ばすと、彼女が使っている鍋の隣に設置されている竈で火の様子を見ていた歌人鳥(セイレーン)が器用に羽根の間に挟んだ木串を幼子に渡した。

 肩に掛かるほどの長さである、魔導銀(ミスリル)を溶かし込んだかのような美しい蒼銀の髪。魔石灯の光を受けて艷やかに照り映えるその髪の主の耳は、彼女の手足を表すようにピンと鋭く、そして長い。

 顔立ちは未だあどけなさを残しつつも将来は美人となるであろう整ったものであり、眠たげに細められた碧眼には不思議な光が宿っている。

 立てば芍薬座れば牡丹、歩く姿は百合の花。

 極東にはこのような言葉があると言うが、正にそれを体現したかのような外見であった。……そう、外見は。

 鍋にゴロゴロと入っている芋に木串を刺す彼女を示すその言葉には、こう続きを入れるべきだろう─────

 

 口を開けば米狂い、と。

 

 

 

 

 

「ん、いい感じかも」

 

 芋に刺していた木串を唇に当て、火が通っているかの確認を済ませたリリアは満足そうに頷いた。

 平鍋の中身はコトコトと音を立てて煮え立っており、ホカホカと温かそうな湯気を立てている。隣で米を炊いている歌人鳥のレイは、その鍋から漂う香りを嗅いで笑顔を浮かべた。

 

「今日の献立ハ、新作なのですネ」

「そう、新作メニュー。こっちに無かったから、思い出しながらつくった」

「思い出シ……?」

 

 不思議そうなレイの疑問を笑って封じたリリアは、土の精霊王であるドライアルドに頼んで火を消してもらう。可愛い愛し子の頼みということもあって快く引き受けたドライアルドは、竈の火に自らの権能を以て生成した土を掛けて即座に鎮火した。

 そんな力の無駄遣いの極みを見た蜥蜴人のリドは頭痛を堪えるように頭に手を当て、彼の隣で力無く項垂れ何も言わない元賢者(フェルズ)を見やった。

 

「……その、大丈夫か、フェルズ」

「…………これが大丈夫な様子に見えるか……?」

「すまねぇ」

 

 怨霊かと思う程におどろおどろしい声でリドに返答するフェルズ。彼の荒れ具合を重く見たリドは、即座に大人しく頭を下げ謝罪した。

 

「オレっち達のせいで迷惑かけて、本当にすまねぇ」

「…………」

 

 返事がない、ただの屍のようだ。

 反応の無いフェルズに無言で頭を下げ続けるリド。他の異端児(ゼノス)達が心配そうにこちらを見てくるものの、気にするなとアイコンタクトを飛ばして下がらせる。

 ラーニェ達が襲われ、我慢の限界だった異端児達が武装蜂起したあの日。

 少なくない被害を出しつつもリド達は悲願であった地上への進出を果たし、そして地獄を見た。人間達から敵意を向けられ、危うく討伐されかけ、脱兎の如く逃げ出した果てに再び暗い迷宮の中に戻る羽目になった。

 その過程でフェルズ達をはじめ、ヘスティア・ファミリアの団員達にも多くの迷惑をかけた。フェルズからの話によれば、リリアの所属しているファミリアの団員や主神、他にも様々な神や人がリド達に協力してくれていたのだと言う。

 その事についてリド達は後悔していない。いつか自分達を助けてくれた者達に恩を返していこうと迷宮都市の地下水路で決めたのだ。しかし、それで迷惑をかけた事を謝らないというのは道理ではない。

 リド達はそう結論づけ、こうして謝る機会があれば未だに関係者一同に謝っているのだ。

 そうしてしばらく頭を下げ続けていると、フェルズが緩慢な仕草でカタカタと首をリドに傾けた。その顔には瞳なんて贅沢なものは無く、がらんどうの眼窩が彼を向く。

 しかし、確かに感じる視線を受けて、リドは緊張したように身動ぎした。彼の背後ではリリアの体と同じくらい太く長い尾が落ち着きなく蠢いている。

 

「…………あ、ああ。すまない、少しぼうっとしてしまっていた。何か言ったのかな、リド」

「……本当に大丈夫じゃなさそうだな、フェルズ」

 

 が、フェルズの返答を聞いてそんな緊張はどこかへと吹き飛んだ。

 若干引き気味のリドの言葉に力無く頷いたフェルズは、リリアがこの隠れ里に来てから新しく出来上がった調理場の方を、より正確に言えばそこで料理をしているリリアを見ながら力無く呟いた。

 

「……あの時の私は、少しおかしかった」

「お、おう」

「君達をヘスティア・ファミリアやベル・クラネルと協力して迷宮に送り返した後に都市の住民達に対して異端児とリリアについての情報の隠蔽工作に奔走し、それがようやく一段落したと思ったら【ロキ・ファミリア】からの情報提供により判明した都市破壊者(エニュオ)の狙いと人造迷宮クノッソスの本質。闇派閥、そしてエニュオとの決戦に向け『精霊の六円環』の魔法円(マジックサークル)から魔法が発動するまでの制限時間(タイムリミット)を逆算しつつ君達への支援物資の調達や作成、リリアを介した精霊達への精霊布作成の依頼にその資金調達更には出来上がった精霊布をロキ・ファミリアを始めとした大派閥の面々から彼女の存在を隠蔽しながらの引き渡し都市に出る被害の予想とそれに合わせた冒険者ギルド側での対処法の提案と報告書作成各分隊に配布する眼晶(オラクル)の作成とそれらの動作試験にその他諸々……」

「……なんか、その、ホントにすまん」

「いいや、別に構わないさ、ハハッ。七年前の暗黒期に比べれば私の苦労は随分と楽な方だ……だが、確かに疲労でおかしくなっていたのは事実だ」

 

 フェルズはハァァァ、と大きなため息をつくと、重々しい動作で口を開いた。

 

 

 

「あの時の私が冷静になっていれば─────あの米狂い(リリア)人造迷宮(クノッソス)を耕させる事など無かった筈なのにッ!!!」

「アッハイ」

 

 

 

 ズダァン、とレベル4の力で迷宮の床を叩く愚者(フェルズ)に死んだ目でそう答えるリド。フェルズの出した大きな音に驚いた様子でちらっとこちらを確認した元凶(リリア)は、不思議そうに小首を傾げるとまた料理に戻った。

 呑気なものである。

 フェルズの荒れている原因を一瞬で把握したリドは、少し前に迷宮都市全体、ひいては世界中を巻き込んだ一大決戦となったあの日を思い出した。

 

 リドたち異端児を捕え、都市外の好事家へと売りさばいていた闇派閥(イヴィルス)【イケロス・ファミリア】を始めとした闇派閥達が根城としていた「人工の」迷宮ことクノッソス。

 円錐状に広がる迷宮を覆うように逆円錐状に建造された妄執の結晶は、都市の破壊者(エニュオ)を名乗る神によって利用され、世界を破壊する儀式を執り行う祭壇へと仕立て上げられた。

 その儀式の完遂を防ぐべく一時的な共闘関係を結んだ冒険者と異端児は、互いに肩を並べる事は無くとも共に強大な敵である『穢れた精霊』の分体へと攻撃を仕掛けた。

 穢れた精霊の緑肉に覆われ、魔城と化したクノッソス。

 穢れた精霊の一部と化した壁や天井、果ては床など四方八方から飛来する強力な魔法に、精霊布による防御を行いながらも次々と数を減らされていく冒険者達。

 更に最奥で待つ穢れた精霊の分体はとてつもなく強大で、人間側はおろか、上級冒険者にも匹敵するほどの精鋭を揃えた筈の異端児達もフェルズの用意した万能薬(エリクサー)を始めとした支援物資が無ければ早々に壊滅していただろう。

 それでも絶望する事なく奮戦する冒険者達に追い風が吹いたのは、戦闘開始からしばらく。第二次クノッソス侵攻作戦の第一段階が終了し、戦闘には参加せず裏で暗躍していたフェルズが『悪巧み』を終えたタイミングであった。

 

「─────!!」

 

 突如迷宮都市全体を覆うように現れた超巨大な魔法円。

 パニックを起こす都市を放置し人の身で起こし得る奇跡の範疇を超えかけたそれは、今も尚血の流れ続けるクノッソスに劇的な変化を齎した。

 具体的に言えば、クノッソスを覆っていた緑肉、そしてこちらの魔法の威力を減衰させていたオブシディアン・ソルジャーの体石や超硬精製金属(アダマンタイト)製の床等が、栄養をたっぷりと蓄えた肥えた土へと変貌したのだ。

 

『ア?……ア、ア、アアアアアァァァァァァアアアアァアァァアァァァアァァァアアアアアアッ!!!?』

 

 これにより穢れた精霊の戦闘力は格段に低下。更には行使された権能の主を知覚したのか、恐慌を起こしまともに動かなくなった穢れた精霊達は次々に冒険者達に討たれていった。

 階層の部屋を隔てていた壁も土塊となっており脆くなった壁を破壊するという力技で、エニュオによって捕らえられていた【デメテル・ファミリア】の団員達の救助や、隠された七体目の穢れた精霊の分霊の発見、そして異端児と協力したフィンにより派遣されたベル・クラネルによるその討伐などが進められた。

 盤面に再び斧を振り下ろすまでもなく全てを叩き潰されたエニュオは泣いていい。

 そんなこんなで精霊の愛し子として権能を振るったリリアの介入により想定よりも随分と少ない被害で終わった人造迷宮での決戦だが、問題はその後。

 

 一面畑と化した人造迷宮の処遇についてだった。

 

 普段であれば、迷宮都市での食料生産を一手に賄っているデメテル・ファミリアの管轄下に入る予定だったその広大な畑は、しかしエニュオの手によって監禁されていた彼のファミリアが疲弊しきっていた為に、様々な派閥から狙われる事となった。

 普段はデメテル・ファミリアの下で農業に勤しんでものの、この機会に自分達の派閥を農業系最大手に押し上げようと野心を燃やす他の農業系派閥。

 オラリオの地下という広大な土地に肥えた土、更に「迷宮へと繋がる怪物(モンスター)の発生しない通路」という価値を見出しその権利を貪ろうと躍起になる商業系派閥。

 怪物の調教場所として利用しようとするガネーシャ・ファミリアや迷宮の入り口からほど近い所に緊急用の救護院を作れば更に金がむしり取れるといやらしい笑みを浮かべるディアンケヒト・ファミリア等々、大小問わず様々なファミリアがこの元人造迷宮を狙ったのだ。

 喧々諤々、俺がガネーシャだ!と日々神会(デナトゥス)では議論が為され、水面下では冒険者達がクノッソスに張り付くなど、さながら陣取りゲームの様相を呈していた。

 さて、勘の良い読者の方々はもうお分かりだと思うが、今回の騒動の調停に駆り出されたのが、我らがフェルズなのである。

 東に陣取りの末に冒険者同士の小競り合いが起こればすぐさま赴き鎮圧し、西に下卑た笑いを浮かべつつ救護院建設予定地と書かれた看板を建てる老神がいれば苛立ち混じりにその看板を叩き折り派閥にペナルティを与え、南に田んぼを作ろうとする米狂いがいれば彼女の存在が露呈する前に脳天に半ば全力の拳骨を食らわせ主神に引き渡し、北に俺がガネーシャだ!と叫ぶ変神(へんじん)がいれば死んだ目で団員に通報し回収させる。

 そんな東奔西走を今の今まで続けていたフェルズの体力(ヒットポイント)はもうゼロであった。常人であれば肉体が悲鳴を上げ休息を取れと訴えるレベルである。

 しかし悲しいかな、フェルズは既に肉体を捨てた「死んだ身の上」。過労死などと言う言葉とは無縁な愚者は精神をすり減らしながらもその役目を果たし切ったのである。

 

「みんなー、ご飯出来たよー」

「待ってました!」

「今日ノ献立ハ新作カ?」

「……その、フェルズ……」

「ふ、ふふふ……一人にしてくれ……」

「おう……」

 

 煤けた背中で乾いた笑い声を上げるフェルズを可愛そうなものを見る目で見ながら、リドはリリア達の下へ向かう。

 実際の所、リリアが精霊王の権能を用いてクノッソスを脆弱化させていなければさらなる被害が出た事は容易に想像できるため、フェルズも一方的に彼女を責めることが出来ないのだろう。

 というか、今回のリリア参戦に関しては完全にフェルズの責任である。渋るニニギをなんとか説き伏せた時の記憶はあるものの、思えばその時点で若干正気を失っていた気がする。

 ハァァ……と草臥れたため息が一つ、隠れ里に響き儚く消えていった。

 

 

 

「と、いうわけで。今日のこんだては肉じゃがです」

「ニクジャガ」

 

 じゃん、と両手を腰に当て、薄い胸を張るリリアを他所に、異端児達は初めて見るその料理を矯めつ眇めつ観察していた。

 木を彫って作られた木皿に乗せられ、ホカホカと温かい湯気を立てるその料理は、全体的に茶色であった。

 匂いは甘く、しかしながら砂糖や雲菓子(ハニークラウド)のように甘ったるい感じではなく、材料本来の甘さなのであろう控えめなものだ。

 差し色として人参の赤色が映えており、飴色になった玉ねぎや火を通した事で本物の肉のように焦げ茶色に変色している肉果実(ミルーツ)がグラデーションを描いている。

 料理のカテゴリとしてはビーフシチュー等と同じ「煮込み料理」に分類されるだろうか。

 リリアの前世では、かの東郷平八郎が艦上食としてお気に入りの料理であったビーフシチューを導入しようとした所、ビーフシチューの存在を知らなかった料理長が彼の話からイメージして作ったいわば「和製ビーフシチュー」である、という都市伝説が存在する超有名家庭料理だ。

 現代の日本食としては有名過ぎる程に有名な肉じゃがではあるが、ここは中世に近い異世界。いくら日本に近い国や地方が存在するとはいえ、近代以降に考案されたレシピが存在することは無かったのである。

 

「じゃがって言うと……じゃがいもか?」

「そう。お肉とじゃかいも、合わせて肉じゃが。デメテル様から貰ったじゃがいもが多過ぎたから、おすそ分けメニュー」

「なるほど……」

 

 ゴロゴロと大雑把に切られたじゃがいもに、乱切りにされた人参。櫛切りにしてバラけさせつつ良く火の通された玉ねぎに、脂身の多い肉が食べられないリリアが肉の代用品として使用した肉果実。

 シンプルながらも様々な材料を用いて作られた肉じゃがを眺め、そう呟いたリドの言葉に肯定を返しつつ、リリアはこの肉じゃがを作ることになるまでの経緯を思い返していた─────



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

和製びーふしちゅー(後編)

余裕が出来てきたので投稿再開します。
久しぶりなので若干違和感があるかもですがお許しを……。





「これはまた……たくさん頂いてきましたね」

「おおー。お野菜祭り」

 

【ニニギ・ファミリア】の拠点(ホーム)である極東風の家屋。

 オラリオの敷地内だとは思えない和の雰囲気に包まれたその場所で、リリアと千穂は見上げなければいけないほどの高さに積まれた木箱を、呆気にとられた表情で眺めていた。

 その背後では、木箱を運んで来たニニギノミコトたち男衆が腰を押さえて倒れ伏している。

 時はオラリオ内有力派閥による『穢れた精霊』及び闇派閥(イヴィルス)討伐作戦から数日が経った頃。

 複雑な事情から広大な農耕地と化した人造迷宮(クノッソス)を巡るあれこれで多大なる迷惑を被ってしまったデメテル・ファミリアへと謝罪に向かったニニギたちだったが、リリアによる開墾が意図せず彼らを救う形となっていたため逆に感謝され、こうして冒険者であっても運ぶのに苦労するほどの作物をおすそ分けされたのだ。

 ……いや、これ実際は半分くらい迷惑を掛けられた仕返しも混ざっている気がする。人の子と同じ性能(スペック)なのに頑張って拠点まで作物の詰まった木箱を運んで来たニニギノミコトは、痛む腰を労わるように叩きながらそんなことを考えていた。

 

『これがお礼の品よ。少ないけれど持って行って』

『いや、デメテル。気持ちはありがたいし助かるのは確かなのだが、私達だけではこんな量の作物持ち帰れない──』

『持って行って?』

『アッハイ』

 

 曲がりなりにも武神としての側面も持ち合わせるニニギに有無を言わさぬあの気配。女神(おんな)とは恐ろしい存在だ……と戦慄するニニギを他所に、ミシマ姉妹とリリアは木箱の山を崩し、中身を検分していく。

 

「これは……じゃがいもですね。まるまるとしていて一目見ただけで上等なものだと分かる。流石はデメテル・ファミリア謹製の農作物……」

「こっちもじゃがいもね。見たところ芽が出ているものも少ないみたいだし……ちゃんと保管できれば、これとその箱で1カ月は食べるものには困らなさそう」

「この箱もじゃがいも。肉じゃが、じゃがバター、ふかし芋……じゅるり」

「えっと、この箱もじゃがいもですね。……この箱も、こっちの箱も。……まさか……」

 

 じゃがいも、じゃがいも、じゃがいも。もう一つおまけにじゃがいも。

 男たちがひいひい悲鳴をあげながら運んで来た箱を開ける度に現れるうす茶色に、段々と嫌な予感を隠せなくなってくる千穂と千恵。2人の顔色は貰って来た箱の半分を開けても良くなることは無く、むしろ開ける箱の数が増える度に悪くなっていく。

 そんな2人を他所にまだ見ぬじゃがいも料理へと思いを馳せていたリリアは、視界と庭を埋め尽くさんばかりの勢いで姿を現すじゃがいも達をのほほんと眺めながら「これで肉じゃが食べ放題だね」などとのたまっていたが、それでも開ける箱が最後の方になる頃には辟易とした表情を隠せないでいた。

 

「……うわあ」

「お姉ちゃん。どうするの、これ」

「さすがにこれぜんぶ肉じゃがにしたら飽きそうだねぇ」

「リリアちゃん違う、そうじゃない」

 

 ──結果から言うと、デメテルから貰った箱に入っていたのは全てじゃがいもだった。

 丁寧なことに数箱ごとに品種が違っているようで、その品ぞろえと量は【ニニギ・ファミリア】が今からでもじゃがいも専門店として1カ月はやっていけそうなほど。

 拠点の蔵に入りきらないほどのじゃがいもの海を見ながら、千恵は思わずといった様子で自らの主神に確認する。

 

「……ニニギ様ちゃんと謝ってきました?ちゃんと、誠意を込めて」

「そのはずなんだがな……」

 

 答えるニニギの声も自信なさげだ。戦争遊戯などの直接的な手段ではないにしてもここまであからさまな嫌がらせを仕掛けてきたとなると、デメテルの怒りは相当なものだったのではないかと伺える。

 かといって、これが【ニニギ・ファミリア】に致命的な損害を与えるものなのかと言えばそうではない。せいぜい数カ月先まで彼らが死んだ目のままじゃがいもを頬張ることになるくらいだろう。

 この絶妙なラインを突いたじゃがいも爆撃に、千穂は闇派閥との戦争時に助けられたもののそれと同時に多大な迷惑を被ってもいるデメテルの複雑な心境が垣間見た。

 

「あー、とりあえずスクナ様のとことかタケミカヅチ様のとことか、極東の皆におすそ分けしていくか。ほら穂高、手伝え」

「……また運ぶのか、この木箱の山……」

 

 復活した伊奈帆と穂高は、げんなりとした表情でいくつかの木箱を抱えるとオラリオに居を構える極東系ファミリアたちにこのじゃがいも達をおすそ分けしに行った。

 彼らもニニギたちと同じく懐の寒さに苦しむ者たちなので、ニニギ・ファミリアのおすそ分けという名の在庫処分をありがたく受け取ってくれた。そのおかげでそれなりの量のじゃがいもが捌けたが、それでも積みあがった木箱の中身はじゃがいもが劣化しないうちに5人で食べきるには荷が重い量だ。

 

「どうするよ、これ」

「どうしよっか……穂高、何かない?」

「デメテル様に土下座して少し持って行ってもらうとか?」

「ニニギ様」

「嫌だ」

「肉じゃが!」

 

 ひとまず自分たちの分は台所の下にある倉庫へと仕舞い、残ったじゃがいもの山を前にあーだこーだと言い合うリリア達。何かに憑りつかれたように肉じゃが肉じゃがと叫ぶリリアをスルーする千穂たちは、既に彼女の扱い方を心得ていた。

 そうして色々な案を出し合う事数分。闇派閥との全面抗争以前から度々リリアについて行き異端児(ゼノス)と交流していた千穂がある案を思いついた。

 

「流石に貰ったものを返すのは勿体ないし失礼だから、異端児さんたちにもじゃがいもを消費するの手伝ってもらおうよ」

「みんなで肉じゃが!」

「異端児か……ふむ、全面抗争では重要な役どころを果たしたと聞いているし、まあ良いか。千穂の言う通り、褒美がてら奴らにもこのじゃがいもを消費してもらうか」

「なんか彼らに対して上から目線ですけど、元はと言えばリリア──もっといえばあの子に許可を与えちゃったニニギ様の責任ですからね。今のこの状況(じゃがいも)

「む……」

 

 異端児が暴走した一件から彼らについて一歩引いた態度を取るニニギを半目で睨む千恵。彼女の後ろでは伊奈帆と穂高も頷いており、旗色が悪いと悟ったニニギは何も言えずに黙り込む。

 こうして、リリアが異端児の下へと向かう時に合わせて残りのじゃがいもたちも一緒に転送することになった、という訳だった。

 

 

 

「うん、良い香り」

 

 回想を終えたリリアは、目の前に並べられた料理たちから立ち上る香りに頬を緩ませる。

 今回の献立は、リリアお手製の肉じゃがに巨黒魚(ドドバス)の塩焼き。残った骨やアラから出汁を取ったお吸い物に、歌人鳥(レイ)一角兎(アルル)、そして黒犬(ヘルハウンド)が協力して炊いた白米。

 正に「和定食」とでも言うべき、ある種の懐かしさすら感じさせる献立だ。

 ぱやぱやと気の抜けた笑みを浮かべるリリアの両隣には、当然と言いたげな態度で陣取る土の精霊王(ドライアルド)風の精霊王(イズナ)の姿が。

 魔力──というよりも純然たる力の化身に近い精霊にとって食事とは一種の娯楽に過ぎないはずだが、彼らは愛し子の手料理を食べる気満々の様子。王族(ハイエルフ)怪物(モンスター)、そして精霊王が同じ食卓を囲むという普通に生きていればまず目にすることは無い光景。

 それを目の当たりにしているフェルズは、己の中にある常識という強固だったはずの壁がガラガラと音を立てて崩れていくのを感じた。

 

「それじゃあ、手を合わせましょう。……いただきます」

『『『いただきます』』』

 

 そんな元賢者を他所に、リリアの号令を合図として彼らは一斉に食事を始める。

 拠点から持ってきたマイ箸を手に取ったリリアがまず選んだのは、当然ながら白米。

 極東とは全くと言って良いほどに縁のない地で育ったエルフとは思えないほどの自然かつ無駄のない箸捌きで茶碗によそわれた米を掴んだリリアは、ぱくりとそれを頬張った。

 

「……うん、美味しい」

 

 普段から眠たげな瞳をいっそう細め、至福の微笑みを浮かべるリリア。その表情は傍から見るだけでも幸せになれそうなほどの喜びに満ち溢れていて、彼女がどれだけ米を好いているのかが分かる。

 そんな少女の様子につられて笑顔を浮かべたリドが、同じく口の中に放り込んだ握り飯を噛み締めると、米自体の優しい甘みとふんわりとした柔らかい香りが彼の口の中一杯に広がった。

 人間とは違う怪物の肉体は、迷宮(ダンジョン)という極限環境下においても問題なく栄養補給が出来るように味覚が鈍い。しかし、そんな己の舌でも薄く感じ取れる米の味は、ただ甘いだけではない()()()をリドたち異端児に悟らせる。

 味覚と嗅覚、双方から楽しむことの出来る米の素晴らしさを文字通り噛み締めながら、リドは続いて巨黒魚の塩焼きに手を伸ばした。食の太い異端児たちのために一匹丸ごと焼かれたその尻尾を掴んだ彼は、骨の有る無しを気にした様子も無く、その大きく裂けた口へと放り込む。

 元から人間に近い恰好をした精霊王や異端児の中でも特別手先が器用な赤帽子(レット)などはリリアと一緒に食器を使って行儀よく食べることが出来るが、細やかな動きは出来ないリドや石竜(ガーゴイル)のグロス、そもそも腕の無いレイなどは手掴みや器から直接食べるなどしている。

 それはどれだけ足掻いたとしても人間になれないリドたちにほんの少しの寂しさを生むが、彼らと同じ釜の飯を食べるリリアはそれを気にした様子も無い。

 それよりも彼らが自分たちと同じものを好いてくれるかを気にしている様子で「美味しい?」と問いかけてきたリリアに、リドは満面の笑みで「美味いぜ!」と答えた。

 

「そっか……よかった!」

「美味イゾ、リリア」

「はイ、とってモ」

 

 彼らのその答えにはなんの忖度も偽りも含まれていない。

 母なる迷宮の祝福を受けた怪物(モンスター)ではないながら、凶悪な水棲怪物の跋扈する迷宮の水辺にすら生息する巨黒魚は、引き締まった身とそれを守る強靭で大きな鱗を持つ事で知られている。

 その鱗は迷宮都市オラリオの外ではちょっとした防具にすら使われるほどの強度で、リドたち怪物もこの強固な鎧に包まれた魚を好んで食べようとはしない。

 だが、リリア達の手によって調理されたこの塩焼きはどうだ。

 丁寧にした処理のされた皮には一枚の鱗も無く、リドのナイフのように鋭い歯は一切の抵抗を受けずに、淡白な味わいの白身にずぶりと沈み込む。そこから血の代わりに溢れ出るのは、厳しい環境を生き抜くために彼らが蓄えていた栄養やうま味──それらがぎゅっと凝縮された肉汁だ。

 怪物の鈍い味覚をこれでもかと刺激する濃厚で豊潤な味の暴力。それはかつてその身に受けた上級冒険者の拳よりも深くリドの身体を打ち据えて、彼はこの味を堪能できる奇跡に感動して思わず震えてしまう。

 見れば、グロスもレイも、他の異端児たちも皆が巨黒魚の塩焼きに手を付けており、最近彼らの間でちょっとしたブームとなっているこの料理がいかに好かれているかが分かるだろう。

 流石に骨まで取ることは出来なかったのか、巨黒魚の骨がリドの口内に一矢報いんと牙を剥くが、もはや慣れたものだ。咀嚼しながら器用に舌を動かして骨から肉を剥いだリドは、楊枝で歯を掃除するのに似た仕草で口の中から骨を取り除く。

 やがて塩焼きを食べ終えたリドが次に食らうのは、2つ目の握り飯だ。

 塩焼きの後味が残る口の中に入ると、白米は先程までとはまた違った側面を見せてくれる。

 口の中に溢れた巨黒魚のうま味。そのエキスを余すことなくその身に沁み込ませた白米は己の控えめな味にうま味をプラスし、まさに「昇華」と呼ぶべき味の変化をもたらす。

 リドは巨黒魚の塩焼きも、その後に食べる握り飯も初めて食べるものではない。むしろリリアがいない時でも再現が容易な献立であるため、異端児たちにとっては馴染み深い献立だと言っても良いだろう。

 しかし、この味わいは何度食べても食べ飽きることは無い。リドは自信を持ってそう宣言できる。現に今もこうして食べていることが何よりの証拠だ。

 ほぼ一口で2つ目の握り飯を食べ終えてしまったリドは、続いてリリアが調理していた新メニューである「ニクジャガ」へと手を伸ばす。

 煮物料理であるため手に取ったリドの手に汁が付き汚れるが、手が汚れるのは塩焼きを食べた時も一緒なので気にすることは無い。だが、手に取ったじゃがいもが予想以上に脆い感触をしていたため、じゃがいもを摘まむようにして持っていたリドは慌てて手のひらに乗せ換えると、そのまま口の中にぽんと放り込んだ。

 まるで錠剤でも飲むかの如き動作だが、彼の顔に不快感や猜疑心は無い。これまでにリリアが作ってきた料理はその全てが「当たり」──つまるところ異端児にとっても美味だと感じられるものだったのだ、疑う方が無駄というもの。

 

「熱っ、あふっ、おっ、おっ……おお!」

「リド?」

「ム……コレハ……!」

 

 良く煮込まれたじゃがいもの口を焼きそうな熱にハフハフと口を動かしながら賞味していたリドは、カッと目を見開くと握り飯が置かれた葉の上に手を伸ばし、3つ目の握り飯を口の中に放り込んだ。──じゃがいもを口に入れたまま。

 そのまま口の中でじゃがいもと白米を合わせる。身を隠した敵を探す時のように瞳を閉じて集中していたリドは、喉をごくりと大きく動かして嚥下した後、思わず笑っていた。

 

「ハハッ、なんだこれ……めちゃくちゃ米に合うじゃねえかよ、リリア!」

「むふん、でしょー?」

「そんなニ米に合うのですカ?……まァ、これハ!」

 

 砂糖を使った甘い煮汁が粉っぽいじゃがいもに良く沁み込んでおり、中まで火の通ったそれは「じゃがいも」という名前からは想像できないほどの複雑な味の塊となっていた。

 味のベースとなっているのは、じゃがいも本来の甘み。じゃがいも自体の質が良いのだろう、通常のものに比べて数段しっかりとした甘味を確立しているそこに足されるのは煮汁の味だ。

 そして、この煮汁の味こそがリリアのニクジャガ──肉じゃがを肉じゃが足らしめ、じゃがいもを更なる段階へと押し上げていた。

 砂糖が使われたのだろう、リリアが作る料理としては珍しくはっきりとした甘味を持つ煮汁だが、ただ砂糖の甘味が足されただけではない。そこにいくつかの調味料──リドの予想では魚醤や酒など──を加え、さらにその煮汁の「素」となる液体を巨黒魚のアラから取った出汁で煮込んでいる。

 ただの煮汁にそこまでの工程を加える。それは未だに塩焼きや素焼きがメイン料理であるリドたちからすれば、考えたとしても面倒くさがってやらないだろう手間だ。

 だが、この手間がここまでの味を生み出しているのは疑いようもない事実。出汁で煮込まれたことにより、ただの甘味だけではない、しっかりとした芯が通った複雑ながらも奥行きのある味となっていた。

 もちろん、肉じゃがの主役はじゃがいもだけではない。その名を冠する肉もこの料理の大事なパーツの1つだ。今回はエルフであるリリアがいるため使用する食材は本物の肉ではなく肉によく似た肉果実(ミルーツ)だが、ただ焼くだけでもそこらの肉より美味しい素焼きになる肉果実だ。

 煮汁によってしっかりと味付けされた肉果実の味はまさに迷宮の恵みとも呼ぶべき至福。この肉果実の旨味もまた煮汁に合わさり、また他の具材、人参や玉ねぎなどもその味わいを添えて肉じゃがの味は完成されていた。

 そして、味の抑え目なじゃがいもに煮汁を合わせると美味しいというのならば。

 

 それが米に合わない道理は無い。

 

 他者を引き立て、ただそれだけではなくしっかりと自分の味も主張するバランサー的存在である白米と一緒に肉じゃがを食べる。

 

「んん~!おいひい!!」

 

 肉じゃがと米を合わせるとどのような味になるのか。もう言葉にする必要はないだろう。

 肉じゃがと一緒に米を頬張ったリリアが満面の笑みで叫ぶ。その言葉にただひたすらに頷くリドたち異端児と、そんな彼らの食卓を恨めしそうに見るフェルズ。

 

 様々な問題に直面し、それらを時に傷つきながらも乗り越えてきた彼らの食卓は──今日も平和だった。

 







ちなみに作者の今日の夕ご飯はカツ丼です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

某妹エルフ「これはアウトだと思います」

週1投稿がんばるぞい。





 

 

 ──それは、人形あるいは彫像と呼ぶにはあまりにも真に迫り過ぎていた。

 まるで生きているかのような熱量と質感を表しながら、どこか人間離れした美しさを見る者に感じ取らせる傷一つ見当たらない肌。

 その顔立ちは、エルフの中でも頭一つ抜けた美しさを誇るリヴェリアであっても「やり過ぎではないか」と思ってしまう程に美しく整えられており、眠たげでありながら確かな喜びを湛える絶妙な細め具合で彫り込まれた瞳や側にいるのだろう「誰か」へ薄っすらと微笑みかける口元からは、この人形の製作者の妄執とも呼べる執念が滲み出ている。

 一体どのような技法を用いたのか、まるでそこに風が吹いているかのように靡く長い髪の毛は他の箇所と同じ材料──つまりは大理石で作られていながら、透き通るような透明感を見事に表現しきっていた。

 そして、この彫像の製作者が一番こだわったのだろうと伺えるのが、像のモデルとなったであろう少女の身に纏う衣服だ。

 頭に被せられているのは、薄く風に揺らぐほどに儚くも高貴な美しさを感じさせる刺繍が施された神秘的なヴェール。風に飛ばされそうなそのヴェールをそっと支える両手は、力の強いドワーフであるガレスが握れば折れてしまいそうなほどに細く、そして可憐であり感情豊かな手の動きを想像させる。

 まだ幼さを残す少女の体躯は小人族(パルゥム)であるフィンと変わらぬか少し小さいくらい。しかしその体を外界の悪意や穢れといった負の存在から全て守り抜くと宣誓するかのように包み込むのは、女性が一度は憧れたことがあるだろう衣装──エルフの一族に伝わる、伝統的な婚姻衣装だった。

 少女の小さな体に合わせてスケールダウンされた婚姻衣装は、しかしその豪奢でありながら華美に過ぎない気品のある装飾によって、本物の婚姻衣装にも引けを取らないほどの出来となっている。

 まるで本当に絹に糸を通したかのような狂気的な執念で彫り込まれた装飾は、遠目から見ればそれが石だとは気づかないほどの見事な出来栄えだ。

 1/1スケール「リリア・ウィーシェ・シェスカ(婚姻衣装ver.)」石像。

 製作者リフィーリア・ウィリディス。

 彼女がロキ・ファミリアに加入してからの数カ月という短期間で彫り抜いた、狂気の作品だ。

 

「……いや、何度見ても頭おかしいなコレ。何をどう食って育ったらこんな狂った代物を作れんねん、こんなん奇人ダイダロスとかそこら辺の所業やろ」

 

 真顔でそう呟くロキの言葉に内心大いに同意しつつ、しかし言葉に出すことは無くフィンはその石像をじっと観察する。

 今朝方団員達の手によってリフィーリアの自室からロキの神室に運び込まれたこの石像の出来栄えは、リフィーリアの妹であり、ウィーシェの森に住んでいた頃に何度かリリアと会ったことがあるというレフィーヤが保証している。

 

『わ、我が姉ながら気持ち悪い……!』

 

 涙目でそう呟いていたレフィーヤの事は努めて記憶から消去(むし)しつつ、フィンは自分に微笑むリリア像を見て呟いた。

 

「だけど、今回ばかりはこのクオリティでリリア・ウィーシェ・シェスカの『見本』を残してくれたリフィーリアに感謝だ。この出来栄えなら、()()()()()()()

「……おい、フィン。まさか……嫌やでウチ、まだ死にたくない……!」

「諦めてくれロキ。怒れる彼女を止められるのはロキくらいしかいない」

「嫌やぁ!!ウチが死ぬときは酒池肉林のムフフな宴の真っ最中にアイズたんの胸の中でと決めとるんやぁ!!」

「……その願い、叶う可能性は無いに等しいと分かってるかいロキ」

「うっさいわ!願うだけタダやろ!!」

 

 地上に降り立ち眷属(こども)を持ったことにより些か丸くなったとはいえ、元天界のトリックスター。

 フィンの悪だくみに一瞬で気付き、さらにその結果発生するであろう生贄に自分が捧げられようとしていることにまで思い至った。

 駄々っ子のように地面に寝転がり嫌がる女神のあられもない姿からそっと目を逸らすフィン。彼の中に彼女に対する罪悪感が無いわけではないが、だからといって()()狂戦士(バーサーカー)と化したリフィーリアの前に立ちたいかと聞かれると……答えは色々な意味で(ノー)だ。

 おーんおんおん、と情けない声で泣き叫ぶロキ。これが「美」を司る女神フレイヤであったならばまだ絵になったのだろうが、生憎ここにいる女神は天界時代に周囲をひっかきまわして破滅と闘争をまき散らしていた半ば邪神の様な存在だ。

 目の敵にしている女神ヘスティアからも煽られる悲しいほどに凹凸の無い平坦な胸も合わさって、その絵面の酷さは一番の眷属()であるフィンですら若干の憐れみを覚えるほど。

 だが、フィンの態度が変わらないと悟ったロキはそれまでの態度を一瞬で引っ込めると、ふてくされたような表情と共に舌打ちを1つ。

 

「……チッ、流石に情に絆されるほど甘くは無いか勇者(ブレイバー)……!」

「あれで同情を誘っていたつもりなのかい……!?」

 

 完全にポンコツの理論を振りかざすロキに引き攣った笑みを向けるフィン。彼はそんなロキを相手にする時間も惜しいと言わんばかりに神室から退出した。

 そして、いつも団長としての作業を行っている執務室へと戻る中、廊下を歩いていた団員の一人を呼び止めて言付けを頼む。

 

「ラウルを呼んでくれ」

 

 こうして、迷宮都市の統括神たるウラノスさえも与り知らぬところで米キチ(リリア)捕獲作戦が決行されることとなった。

 

 

 

 ラウルは激怒した。

 必ず、あの邪知暴虐の主神に痛い目を合わせねばならぬと心に誓った。

 ラウルは冴えない上級冒険者である。いや、レベル4といえば迷宮都市全体で見てもかなり上位に位置する実力者なのだが、ラウル本人も周囲の人や神もラウルの事を、口を揃えて「冴えない」と評している。

 それはラウル本人が纏っている雰囲気(オーラ)というものも一つの要因だろうし、また彼が何一つスキルや魔法をもたないまっさらなステイタスだからというのもあるだろう。

 団長であるフィンや同僚であるアナキティなど、よく見ている者はいるにはいるのだが……それのことについて今は置いておく。

 とにかく、ラウルは主神であるロキに対して激怒していた。

 

 

 

 というのも、事の発端は数時間前に突然団長であるフィンから呼び出されたことから始まる。

 

「すまない、ラウルは今日非番の日だったよね」

「は、はい!予定も無いので、一日中暇っス!」

「お、めっちゃ都合ええやん」

 

 尊敬する上級冒険者第一位であるフィンに一人呼ばれたラウルは、執務室の中に主神(ロキ)がいることに嫌な雰囲気を感じ取りつつも、フィンからの質問に嬉々として答えていた。

 本当なら今日はアナキティから「いつもの借りを返してもらう」と買い物の荷物持ちにされる所だったのだが、フィンからの頼み事となれば断るのも容易いだろう。

 ラウル自身、アナキティには返しきれないほどの借りと借金があるのは理解しているのだが、かといって彼女の買い物に荷物持ちとしてこき使われたいかと言うと答えはノーだ。ブティックなんかに寄られた日には「似合う・似合わない」など死の二択問題に付き合わされるに決まっている。

 しめしめ、と内心ほくそ笑んでいるラウルの内心を知っているのかいないのか、フィンは心の底から申し訳なさそうな様子で依頼を申し付ける。

 

「これは……そうだな、僕とロキからの冒険者依頼(クエスト)って事にしてくれて構わない。なんなら報酬も出そう、小遣い程度だけどね」

「い、いえいえそんな!恐れ多いっスよ報酬なんて!団長からの命令なんですから、俺が断わる訳ないじゃないっスか!」

「はは、そう言ってくれると僕も団長冥利に尽きるというものだよ」

 

 そのような和やかなやり取りで、最初は進んでいたのだ。最初は。

 

「──と、いうのが今回の依頼内容だ」

「……は?」

 

 事態が急変したのは、フィンが告げた依頼内容を聞いてから。

 ラウルは最初、フィンが告げた言葉の意味を理解することが出来ずに、耳が悪くなったのかと疑いながら耳に手を添えて聞き返した。

 

「……もう一回お願いします」

「……君にはこの荷車を引いてオラリオ内を練り歩いてほしい。僕があらかじめ指示したルートを通って、ね」

 

 そうラウルに告げるフィンの顔も、ばつが悪そうな表情をしていた。

 当然だ、何故なら彼がラウルに引いて歩けと示した荷車に載っていたのは──ここ最近ファミリアの中で噂になっていた「リフィーリアのお手製彫像」だったのだから。

 女子寮のリフィーリアの自室に鎮座しているという実物を見るのは、実はラウルも初めてだ。

 しかし、目の前で宙に微笑みかけるエルフの幼女の銅像からは、常日頃からウィリディス姉妹が見せる気配(ゆり)に似た波動を感じる。

 

「お断りしま──」

「逃がさんで」

 

 ただでさえリフィーリアがウィーシェの森に里帰りしていていない時なのに、それに乗じてこんな悪ふざけにも似た真似を何故しなくてはいけないのか。というか勝手にここに持ち出している時点でリフィーリアがブチギレそうで怖い。

 というか、その前にこの荷車(ロリエルフ立像有り)を街中で引いて歩きまわったらラウルの冒険者生命が終わる。主に社会的地位という面で。

 予定変更。

 丁重にお断り申し上げてアナキティの荷物持ちになろうと逃走体勢入ったラウルの肩に、ぽんと置かれる手。

 それと同時に大人げなく発された神威に体の動きを止められたラウルは、錆びついたゴーレムの様な動きでロキの方を振り返った。

 

「やってくれるよな、ラーウールーくーん?」

「……ハイ」

 

 あんなニヤついてるのに目が笑っていないロキなんて初めて見た。

 後にラウルは、他の団員達にこの日のロキについてこう語ったという。

 

 

 

「おかあさん、あのお兄ちゃんなに運んでるのー?」

「しっ、見ちゃいけません!」

「……泣いていいっすか」

 

 道行く母娘から「みちゃいけないもの」扱いされて本気でへこむラウル。

 そんなこんなでフィンとロキからの依頼を半ば強引に受けることとなったラウル。

 ラウルが一緒に行けないと知るや否や瞬く間に不機嫌になったアナキティから、半ば蹴飛ばされるようにして見送られた彼は、現在フィンが指定したルートの4割を消化し終えたところだった。

 荷車の台座にしっかりと固定されたエルフの幼女の彫像──ロキが出発の際に「壊すなよ?絶対に壊すなよ!?」とやたら念押ししていた──の出来栄えは素晴らしく、しかしそれ故にラウルとの組み合わせが珍妙極まりない。

 先程の親子の様な悲しいやり取りを冒険者の常人離れした聴力で聞いてしまう事12回、悪ノリした神の茶々を聞かされること数えきれず。というか、途中で数回ほどロキの声が聞こえていた。

 

「ぐぅぅ……!」

 

 こんなクエスト受けるんじゃなかった。

 ラウルは珍しく、フィン絡みの物事に関して後悔していた。

 一体何が悲しくてこんなことをしなくてはいけないのか。一体どうして自分はこんなオラリオの中でも外周に近い人気の少ない場所で珍妙極まりない神輿を一人で引いているのか。

 いや、大通りとかをこの格好で歩かされるよりははるかにマシだが。

 分からない。これまでのフィンの指示は学の無いラウルでもああ、自分では良く理解することが出来ないけれどこの指示には何か意味があるのだな、と思うことが出来たが、今回はちょっと無理だ。

 練り歩くついでに、この像を見た者の中に不審な動きを見せる者がいたら無条件で拘束、あるいは任意で同行してもらってロキ・ファミリアの拠点(ホーム)まで連れ帰るようにという追加任務もあるが……正直なところ、今のラウルには道行く人全てが不審な動きを見せているように見えていた。

 なんならラウル自身が不審者そのものである。

 若干涙目のまま荷車を引くラウル。すると、そんな彼に近づく小さな人影が現れた。

 訝し気な視線を向けるラウルにも構わず近づいて来た2つの人影──その片割れである銀髪の幼女は、やたら整った顔に驚いたような表情を浮かべて荷台に載っている彫像を見つめていた。

 

「ほえー、これが私かあ。……うむ、われながら美少女なり」

「ちょっと、リリアちゃん!?だめだよ早く戻ろうよ……!」

「うん?あー……危ないっスよ、そこの嬢ちゃんたち。俺、先を急いでるんで早く退いてほしいんスけど」

 

 どこからか彫像の噂を聞きつけてきたのだろう。

 オラリオでは珍しい極東風の衣装に身を包んだ幼女達は、なにやらぼーっとした子としっかりしてそうな子の間で揉めているようだが、ラウルの知った事ではない。さっさと団長からの依頼をこなして部屋でふて寝するのだ。

 ここで勝手に投げ出さずに最後まで依頼をこなそうとするあたりが、ラウルをフィンが評価している理由でもあった。

 

「す、すみませんお兄さん!すぐに帰りますので……!」

 

 しっかりしてそうな子がぼーっとした子の頭を下げさせて、腕を引っ張り路地裏に消えようとする。そのあまりにも必死な様子に一瞬だけラウルの脳裏にフィンからの追加指令が過るが、まさか団長とあんないたいけな子供たちが関係しているわけないだろうし、と見逃そうとしたその時。

 

「──よくやった、ラウル」

「ひっ……!」

「ちょっ、団長!?」

 

 トン、と軽い着地の音と共に、元凶その1であるフィンが現れた。

 道の脇に建つ建物の屋根に隠れていたのだろうか。何故か拠点で訓練する際などに使う木製の模擬槍を携えた彼は、2人の幼女の退路を断つような形で現れ──唐突に、彼女たちに得物を向けた。

 幼女たちの片割れは小さな悲鳴を上げ、およそ勇者と呼ばれる者としては似つかわしくない団長の蛮行に絶句するラウルを目で制したフィンは、幼女2人の内の片割れでラウルが「ぼーっとした子」という印象を受けていた蒼銀の髪の子に視線を向けた。

 

「……へえ、なるほど。レベル6のステイタスを持つ僕がこうして目の当たりにしても()()()()()()()()()()()か……相当強力な認識の阻害だね、リリア・ウィーシェ・シェスカ」

「……はい?」

 

 フィンが微笑みを浮かべつつも笑っていない瞳で告げた言葉に、こてん、と小首を傾げることで返答するぼーっとした幼女。それと同時に彼女の長い蒼銀の髪がさらりと流れ、長い耳──エルフの証拠である種族特徴──が露わになる。

 その耳を見て、何故か頭痛を堪えるように眉根を顰めたフィンは、それでも浮かべた微笑みを崩すことなく2人の幼子たちにこう告げた。

 

「……君たちに少し話があるんだ。僕たち【ロキ・ファミリア】の拠点に来てくれないかな、エルフの里であるウィーシェの森の王女、リリア・ウィーシェ・シェスカ。そして名を知らぬ彼女の友よ」

 

 逃がさない、とでも言いたげな勇者のその通告に、リリアと呼ばれたエルフの幼女はごくりとつばを飲み込む。

 そして、ただならぬ雰囲気で呟いた。

 

「お前は……パン男……!」

 

 パンを主食とする勇者と、米を主食とする米キチ。

 2回目の邂逅がこのオラリオに何をもたらすかは……神すらも予想出来ないでいた。

 

 

 

 







(何ももたらさない)
感想とか評価、ありがとうございます。
もっとください。


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。