ナナリーの親友兼専属メイド (赤いUFO)
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指切り

新作書きたい病発症中。




「わぁ! ナナリーちゃん、お姫様みたいなのよ!」

 

「いや、お姫様だからね」

 

「あ、そうでした」

 

 スザクの言葉にリーエンはペロッと小さく舌を出す。

 褒められているナナリーは恥ずかしそうに肩を小さくさせる。

 しかし、すぐに険しい表情をして問う。

 

「あの、リーエちゃん。本当に良かったの? 私に付き合ってここに残って……」

 

「むしろあたしからしたら、就職先が見つかってラッキーって感じ? 実家に連絡したら、お前みたいななんの価値もない愚図はそのまま家の敷居を跨ぐなって言われちゃったしな!」

 

 アハハーと能天気に笑うリーエン。

 本当は彼女の実家から言われた暴言はそんなものではないのだが、本人は適当に省略して伝えてたりする。

 

「だからちょっとミスしたらクビにするとか止めてね? あたし野垂れ死んじゃうから」

 

 冗談とも本気ともつかない彼女の言葉にナナリーは曖昧に笑みを浮かべる。

 思えばこの少女は出会った時からこの調子だった。

 明るく、優しく、嘘をつかず、自然体で接してくれる。

 ブリタニアに戻って味方の少ないナナリーには彼女の存在がどれだけ支えになったか。

 

「スザク先輩もラウンズの衣装、とても格好いいですよ。あ、ここだと枢木卿って呼ばないとダメですね」

 

 口元を押さえるリーエンにスザクは苦笑する。

 

「他の人見ている時はそうだけど。普段ならそこまで気にしなくていいよ」

 

 学園に居た時と変わらない気安さで接してくるスザク。

 しかし、以前に比べて憂いを帯びた表情が増えたのは今の立場による責任故か。それとも別に理由があるのか。

 

「ルルーシュ先輩にも、見せてあげたかったよね。きっとスゴくべた褒めしたと思うのよ」

 

 ルルーシュの名前が出てスザクの表情が険しくなったが、盲目なナナリーとスザクに背を向けているリーエンは気付かない。その事が良かったのか悪かったのか。

 

 ナナリーとスザクを見比べてリーエンは着ているメイド服のスカートの裾を摘まむ。

 

「こうして見るとあたしだけすごい場違い感あるよね。馬子にも衣装。猫に小判。豚に真珠。コスプレ感が半端ないぜ! って思うのよ。研修でも、怒られない日は無い上に、一度も誉められなかったからね!」

 

「えーと……」

 

 いきなりの自嘲にナナリーが戸惑った様子でいる。

 そこでスザクがフォローに入った。

 

「そんなことはないさ。充分似合ってる。それにメイドの仕事だってリーエンならすぐに慣れると思うよ」

 

「ウッス! せっかくシュナイゼル殿下のコネでナナリーちゃんの付きにしてもらったからには頑張るのよさ!」

 

「もう。リーエちゃん!」

 

 そんな風に笑い合うナナリーとリーエン。その光景を眩しそうにスザクは眺めていた。

 

 自分の主であり、大切な人だったユーフェミア。

 彼女は今の日本人にとっても希望になるはずだった少女。

 そんな彼女を殺し、虐殺王女に仕立てたのは親友であり、ナナリーの兄であるルルーシュだった。

 自分はきっと、一生ルルーシュを許すことは出来ないだろう。

 昔のように、親友に戻ることもきっと無い。

 だからこそ、目の前の少女たちにはずっと仲の良い親友同士で居て欲しいと自分が願うのは傲慢なのだろうか? 

 

 そんなことを考えているとスザクは呼び出しを受ける。

 

「ごめん、行かないと。リーエン、ナナリーをお願いね」

 

「任せてください! 研修の成果を見せてやるのよさ! あ、やべ」

 

 素が出たことがマズイと気付いて口元を押さえる。

 その様子にスザクは苦笑して部屋から出ていった。

 

 扉が閉まるとリーエンが天井を見上げて手を伸ばして息を吐く。

 ブラックリベリオンと呼ばれる事件で金髪の変な子供にナナリーのついでで拉致され、なんやかんやでここまで来た。

 

「ホント、遠くに来たなーって感じ……」

 

「リーエちゃん……」

 

「だから! そんな声出さないでってば! あたし、誰かに言われたからじゃなくて! ちゃんと自分の意思でここにいるつもりなのよ?」

 

 申し訳なさそうに声を出すナナリーにリーエンは少し怒った様子を見せる。

 しかし、ナナリーからすればどうして? という気持ちもあるのだ。

 ここに居て、王族に復帰したナナリーの傍に居れば、きっと様々な嫌がらせを受ける。

 そうまでしてここに残る意味が理解できないのだ。

 

 それを訊くとリーエンはうーんと腕を組んで考える。

 

「なんて言うのかなー。ナナリーちゃんと初めて会った時、話してさ。こう思ったのよ。この子と友達になりたいって。だから、もしあたしでも力になれるなら傍に居たいってね。うん! きっとそんな理由だよ!」

 

 あっけらかんと、本当に真面目に考えたのかと思えるほどにリーエンの答えは子供っぽい理屈だった。

 

「それにあたし、家では家族に邪魔者扱いされて嫌われてるからね。ならせめて、大好きな友達の役にくらい立ちたいのよ? はは……ま、出来ることは少ないけど!」

 

「……」

 

 どうしてこの少女は真っ直ぐにこうして好意を伝えてくるのか。これでは、学園に戻ってほしいとは伝え辛いではないか。

 この少女は、何があっても、自分の傍に居てくれることに、甘えてしまいそうで。

 そんなナナリーの様子にリーエンは、はぁー、と嘆息する。

 近づくと、自分の小指をナナリーの小指に絡ませた。

 

「約束するのよ。あたしは、なにがあっても、ナナリーちゃんの友達で、味方で、ずっと傍にいるのよさ!」

 

「リーエちゃん……」

 

 指切りげんまん嘘ついたら針千本飲ーます。

 

「指切った!」

 

 それは、彼女達の年齢からしても幼稚な約束だった。

 端から見ればただの子供がする口約束に等しい誓い。

 だけど、この時の2人にとっては確かな契約(やくそく)

 

 

 

 

 

 

 

 

 ある皇女の傍に居た少女は、決して特別な、優れた人間などではなかった。

 

 

 優れた頭脳など無く。

 戦う力も無く。

 強い権力も財力も持ち合わせていない。

 周りを惹き付けるカリスマも無い。

 

 況してや、世界を変えるなんて大それた事も出来はしない。

 少女が居ようが居まいが、物語に大した変化など起きはしない。

 

 少女はただ、大好きな主人(ともだち)の傍を離れず、約束を守り通しただけ。

 最後まで、皇女(ともだち)の味方で居ただけ。

 

 これは、本当に、本当にそれだけの話。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




出来れば復活のルルーシュまで行きたい。


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天使

「あぁ、来ていたのか」

 

「どうもなのよ、ルルーシュ先輩!」

 

「お帰りなさい、お兄様」

 

 ゼロとして黒の騎士団の活動を終えて戻ったルルーシュは妹のナナリーと一緒にいるリーエンに軽く挨拶する。

 2人の少女は円形のテーブルで何やら物凄く凝った折り紙を折っていた。

 

「……なんだこれは?」

 

「何って。天使なのよ?」

 

 見れば分かるでしょ? と首を傾げるリーエン。

 背中の羽やら胸の位置で腕をクロスさせている人形(ひとがた)は確かに天使だった。

 無駄に完成度の高いそれはルルーシュも小さな感嘆を与えた。

 ルルーシュも、紙飛行機やチューリップ。折り鶴くらいなら折れるがこれは折り方が一目では想像出来ない。

 

「すごいんですよ、リーエちゃん! 咲世子さんも知らない色々な折り紙の折方を知ってるんです! 私も今、桜の折方を教わってて」

 

「あたしのお母様が生前、日本のこういう文化に熱心で。良く折ってくれてたのよさ。で、あたしも手慰みに折ってたり調べたりしているうちに!」

 

 笑って胸を張るリーエンだが気になる単語があった。

 

「生前、とはもしかして……」

 

 目の見えないナナリーにリーエンが指を重ねて桜の折方を教えながらルルーシュの質問に答える。

 

「学園に来る前に。というより、お母様が亡くなったからここに来たのが正確なのかな? 元々身体が弱い人だったしね。あ、ナナリーちゃん、指止まってるのよ?」

 

「あの……リーエちゃん……」

 

「お母様のことはあたしが勝手に話しただけだし気にしないで。それにお別れはちゃんと済ませたし。嬉しいこと言ってもらえたのよさ」

 

「嬉しいこと?」

 

 ルルーシュが首を傾げるとリーエンは少しだけ遠くを見つめる。

 

「私の人生で、貴女ほど愛した人はいないって。でも昔のあたしは泣いてばかりで伝えなきゃいけない気持ちを口にする事ができなかったのよ。だから、好きな相手には自分の気持ちをちゃんと伝えるように心がけてるのよさ。っと、ほい完成!」

 

 ナナリーと一緒に折っていた桜が完成して重ねていた指を放した。

 

「相手がどう思ってるか、解ってるつもりでも口にしなきゃいけない時もあるだろうし。遠慮して本心を見せないで仲良くなるより、本心からぶつかって嫌われた方がマシって思うのよ。ちなみに、あたし、ナナリーちゃんのこと好きよ? 友達になれて良かったって心から思ってるのよさ!」

 

 最後の方はその場の冗談とも本気とも取れる言葉を放つがナナリーは照れたように顔を赤くした。

 

「と、言うわけでこれもプレゼント!」

 

 先程ルルーシュが触っていた天使の折り紙をナナリーの手に乗せる。

 

「あたし的にはお姫様もいいかなって思ったけど。やっぱり、あげるならこっちかなって思って」

 

 何がどう思ったのかは本人のみぞ知るだが、それは他意の無い心からの言葉だった。

 

「あ、ありがとうございます。リーエちゃん……」

 

 ナナリーはこれまでの褒め殺しから顔を赤くしてそれを受け取る。

 その手つきは、どこか壊れ物でも触れるように丁重で。

 

「ついでに、ルルーシュ先輩は好き嫌いが付くほど話してません! 残念でした?」

 

「それ言う必要があったのか!」

 

 リーエンの言葉にルルーシュがツッコミを入れてナナリーがクスクスと笑いを堪えている。

 

 そんな日常がかつて、確かに存在したのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ナナリーとリーエンは黒塗りのリムジンに皇帝から勅命を受けた騎士と共に乗っていた。

 ナイトオブシックス、アーニャ・アールストレイム。

 枢木スザクが他国への作戦に参加する間にナナリーの護衛として皇帝陛下より任を受けたナナリーとリーエンと同い年の少女。

 大掛かりな護衛ならともかく、身近な護衛ならば年の近い同性の方がナナリーの精神的な負担が軽いと判断されたのかもしれない。

 

(実際、あたしも似たような理由でナナリーちゃん付きになれたのよね)

 

 本来、出戻りとはいえ、皇女殿下であるナナリーにメイドとして新米も良いところのリーエンが専属になるなどあり得ない人事だ。

 しかし、目と足の不自由なナナリーの精神的な負担を少しでも軽減するためにシュナイゼル殿下が口を利いてくれたのだ。

 

 目的の場所へと着くと、ナナリーがリーエンに耳打ちする。

 

「これから、何があっても黙っていてね、リーエちゃん」

 

「え? あ、うん……じゃなかった。はい。分かりまし、た?」

 

 意味は分からずとも、頷く他なく、リーエンは返事を返す。

 

 目的の場所に着くと、ナナリーの異母兄であるクロヴィス皇子を亡くしたその母の下へとお見舞いに行った。

 しかし息子を亡くした彼女は心を壊しており、手にした人形をクロヴィスと思い込んで過ごす、労しい様子で、ナナリーのことも意識に入れることさえなかった。

 

 お見舞いを終えて別の場所に移動していくと左右の髪を結わえた赤い髪の、自分達より少しだけ歳上の少女とすれ違う。

 

 その少女はナナリーを視界にいれるとまるで獲物を見つけた獣のような顔を一瞬して近づいてきた。

 

「あら。戻ってきてたのね」

 

「カリーヌお姉様……」

 

 久々に聞く声からその人物を認識してナナリーの体が少しだけ強張った。

 

「いったいここに何の用かしら? ここは貴女の大っ嫌いなガブリエッラ様のお家なんだけど」

 

 刺を撒くようなその声音にリーエンは彼女のナナリーに対する人当たりを察する。

 カリーヌ・レ・ブリタニアはナナリーに近づき見下ろすと毒々しい言葉の数々を言い放つ。

 ナナリーが僅かな反論をすれば、それが2倍、3倍へと返ってくる。

 

「クロヴィスお兄様やユーフェミアお姉様が殺されたのに、ろくに人質の役目も果たせなかった役立たずの貴女がノコノコとブリタニアに帰ってくるなんて米長、本当に不公平よねぇ? まぁ、ユーフェミアお姉様はなんか馬鹿をやらかしたみたいだから自業自得だけど」

 

「……!? 私のことはともかく、ユフィお姉様を悪く言うのは止めてください!」

 

 ついさっきまで顔を下にしていたナナリーも、特に仲の良かった異母姉妹であるユーフェミアを悪く言われて声を荒らげる。

 その剣幕にカリーヌは一瞬だけ驚いたが、それもすぐに鼻で嗤った。

 

「そうね。ユーフェミアお姉様はちゃんと皇族としての役割を果たしたものね。反抗的なナンバーズをたくさん殺して。あのゼロとかいうテロリストも処分できたみたいだし」

 

「カリーヌお姉様!」

 

「なによ? 私、褒めてるんだけど。それに皇族としての義務を何も果たしてない貴女にどうこう言えると思ってるの?」

 

「……っ!」

 

 ナナリーが歯噛みしていると、その後ろに立つリーエンに視線を向けた。

 

「貴女も大変ねぇ。こんな目も足も使えない役立たずな妹の面倒を押し付けられて。そうでしょ? ハミルトン男爵のご令嬢さん」

 

「……」

 

 ナナリーから事前に何も言うなと言われていた為、何も言い返さずに沈黙する。

 

「いつ取り潰されるかわからない男爵家。だからナナリーみたいな子に取り入ろうと近づいたのでしょう? そうでなかったら、こんな子の面倒なんてみたくもないわよねぇ」

 

 返事など期待していない。ただ、カリーヌは自身の中でこう、と決めつけて毒を撒き散らしている。

 

「大変よね。嫁ぎ先もない醜い傷物の女は。ナナリーみたいな役立たずにまで媚びを売らないといけないなんて。私だったらあまりにも惨めでこの世に居られないわ」

 

「カリーヌお姉様!」

 

「うるさいわね。まぁでも、とってもお似合いよ? 何も出来ない皇女と嫁ぎ先のない無能な男爵令嬢の主従なんて」

 

 見下し、鼻で嗤うカリーヌ。そこで前に出たのがアーニャだった。

 

「なによ? お父様の飼い犬がなにか用かしら」

 

「ナナリー皇女殿下はブリタニア皇族の名で毎日ブラックリベリオンで死んだ兵士の遺族や民間人宛にお見舞いの手紙を書いてる。まだ帰国が公表されてないから名は伏せてるけど。それに戦災孤児向けの援助基金を設立するため、宰相府宛に申請書を提出した」

 

 それは、ナナリーを庇う、というよりはただただ事実を口にしている様子だった。

 

「皇族としてなにもしていない?」

 

 首を傾げるアーニャにカリーヌは不愉快げに眼を細めたが、すぐに口元を吊り上げた。

 

「そうやって。私は善い人ですー。優しいですーってアピールして、汚い仕事は周りにも押し付ける。それで綺麗な自分を見せ続けて、いつも汚れ仕事を押し付けられるシュナイゼルお兄様やコーネリアお姉様が可哀想!」

 

 膝に置いていたナナリーの手が握られた。

 

「綺麗なお仕事をしてるだけで周りに聖女扱いされるなら楽よねー、皇族も! 馬鹿馬鹿しい! 誰のお陰で手を汚さずに済んでると思ってるんだか。反吐が出ちゃうわ!」

 

 そう言い残して去って行くカリーヌ。

 その姿が見えなくなると車椅子を押していたリーエンが手を離す。

 

「ごめん、ナナリーちゃん。もう限界」

 

「リーエちゃん?」

 

 するとリーエンは、壁に向かって自分の額を叩きつける。

 

「はっら立つわーっ! まさかあんな絵に書いたようなイジワルな姉がいるとは思わなかったのよさ!」

 

 ナナリーやルルーシュを除いて会った皇族がシュナイゼルだけだった為にそういう皇族もいるのだということが頭から抜け落ちていた。

 

「それもナナリーちゃんを否定するくせに! シュナイゼルお兄様がーとか! コーネリアお姉様がーって! 自分が何の仕事をしてるか言ってみろ! あの髪飾り引っ張ってやりてぇのよさ!」

 

 壁を引っ掻いて怒りを爆発させるリーエン。

 そこでカシャッと小さなシャッター音がなった。

 見ると携帯でリーエンの奇行を画像に収めていた。

 それを見てリーエンはだらだらと冷や汗を流す。

 

「ア、アールストレイム卿……その、今のは見なかったことには……」

 

「もう記録した。面白いものが撮れた」

 

 どう説得しようか考えるリーエンにアーニャが続ける。

 

「でも、面白い」

 

「へ?」

 

「2人とも、自分の悪口を言われても怒らないのに、互いのことを言われると怒るなんて」

 

『あ』

 

 アーニャの指摘に今気付いたのか、2人は顔を赤くした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 後日。

 今日訪れる場所は日本にくる前に、ナナリーとルルーシュ。そして今亡きマリアンヌ皇妃が暮らしていた城だった。

 

 今は誰も住んでいないものの保安システムは当時のまま維持されている。ただ、生活する電気や水道は止まっているらしいが。

 それを聞いてアーニャがポツリと呟く。

 

「もったいない。せっかく綺麗にしてあるのに」

 

「綺麗にしてあるんですか?」

 

「家具に埃が積もっていない。庭の花や草もちゃんと手入れされてる」

 

 アーニャの言葉にナナリーは少しだけ温かな気持ちになる。

 それは、この城の所有者である父が、母との思い出を大切にしてくれてるようで。

 もちろん、ナナリーの想像だが。

 

 移動した先。それはかつてナナリーが暮らしていた部屋だった。

 その寝室には多くのぬいぐるみが置かれている。

 それに、かつてここで暮らしていた思い出を話始めるナナリー。

 その語りが一段落すると、ナナリーがここで1人になりたいと申し出た。

 

「この部屋なら大丈夫だと保証します。だから……」

 

 かつて暮らしていた場所に戻り、考えたいこともあるのだろう。

 リーエンは、ギリギリまで渋っていたが、アーニャに引っ張られる形で部屋を出た。

 

 部屋を出て本宮へと歩いているとリーエンから話しかける。

 

「あ、あの!」

 

「?」

 

「ありがとうございました。先日、ナナリー様を庇ってくれて」

 

 頭を下げるリーエン。

 それは、カリーヌからナナリーを守ってくれたことだった。

 

「私はただ、事実を言っただけ」

 

「それでも、嬉しかったですから。お礼を言うタイミングを逃してしまってましたけど」

 

「……」

 

 少し前を歩いていたアーニャがリーエンに近づく。

 その右手を動かす。

 すると、突然リーエンの首根っこを掴んで壁に背を叩きつけてきた。

 

「なっ!?」

 

 突然の暴力に驚くと、アーニャは普段の無表情から一変して失望したように嘆息する。

 

「ダメね。この程度も避けられないなんて」

 

 その声は、アーニャの声の筈なのに、まったく別物に聞こえる声音だった。

 

「V.V.がナナリーと一緒に連れてきた子だって言うから興味があったけど、全然ダメ。役に立たない子」

 

(だれ?)

 

 姿形はアーニャの筈なのに、まったく記憶と一致しない言動。

 まだ知り合ったばかりでアーニャのことをよく知っているとは口が裂けても言えないが、今の彼女は普段から明らかに違いすぎる。

 

「あなたは、だれ……?」

 

 リーエンの質問にアーニャはクスリと笑う。

 

「アーニャよ。アーニャ・アールストレイム。知ってるでしょ?」

 

 嘲りとからかいが混じった声音。少なくともリーエンが知っているアーニャはこんな表情と声を出す人ではなかった。

 

 まるで別人────。

 

「まぁ、いいわ。貴女、今のままだと役に立たなさそうだから、暇を見て稽古を付けてあげる」

 

「なにを……」

 

「それと、もしナナリーを裏切る真似をしたら……」

 

 その整えられた唇が獰猛な獣のように歪み、首を掴んでいる手に力を込めるとリーエンの耳元へと近づく。

 

「殺すわ」

 

 死神のような威圧感を伴ってリーエンに告げた。

 

「アール、ストレイム卿……」

 

 なんとかそう、声を絞り出すと、ハッとアーニャが目を見開いてこの状況を驚いていた。

 パッと手を離すと、自分の手の平を見つめる。

 

「なにがあったの?」

 

 まるでさっきまでのことをまったく覚えていない様子のアーニャ。

 アーニャに何が起こったのか。全然理解できないリーエンは反射的に答える。

 

「いえ……大したことでは……」

 

 それ以外の言葉を、思い付かなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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雑談

 アーニャ・アールストレイムはここ最近頻繁になった記憶の欠如に普段の無表情のまま苛立っていた。

 以前から突然記憶が飛ぶことはあったが、最近は今までにないほどに記憶が飛ぶ。

 

「それに……」

 

 掌を見る。

 誰かを殴ったような感触。

 手に残るその感触が不快で堪らない。

 

「……」

 

 アーニャはその感触を振り払うように携帯の操作に没頭した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「受け身くらい取りなさいよ」

 

 

「……」

 

 呆れたような相手の声に何も言い返せず、リーエンは大の字になって訓練室の床に頭を打って寝転がっている。

 この数十分だけで何度も殴られ、蹴られ、投げ飛ばされて荒い呼吸だけをして動けない。

 

(しかも、周りにバレないように服の上だけを狙うとか、絶対性格悪いのよさこの貧乳(ひんぬー)!)

 

 内心罵りながら動かないリーエンに訓練の相手であるアーニャは手を軽く叩く。

 

「ほら。早く立ちなさい。まだ10分も残ってるわよ」

 

(無茶言うなっつーの! マジ容赦ねぇのよ、この2号!)

 

 リーエンはアーニャを二重人格と思い、普段を1号。変わった時を2号と心の中でかってに呼んでいた。

 訓練とは名ばかりにやるのはとにかく無手の組手や模擬剣を使った模擬戦。その最中にアドバイスをするくらいでほとんどサンドバッグ状態である。

 いつまでも立ち上がらないリーエンにアーニャ(2号)は息を吐く。

 

「なら、仕方ないわね。上に貴女を解雇するように進言しましょう」

 

 ピクリとリーエンの指が動く。

 

「侍女としても必要ないし、せめてナナリーの最後の守りとして鍛えてあげようと思ったけど。やる気がないなら仕方ないわね。貴女、ここから出ていきなさい。無能(やくたたず)さん」

 

「つ、……あ……っ!」

 

 その言葉に、リーエンはよろよろと立ち上がった。

 それをアーニャ(2号)は笑う。

 

「面白いわね。ナナリーの名前を出すだけでゾンビみたいに立ち上がってくるなんて。そんなにあの子の側に居たいなら、精々少しは役立てることを証明して見せなさい」

 

 今日も、相手に一矢報いることすら出来ずに暴行(くんれん)は続いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ナナリー様もお可哀想に。貴女のような醜女の侍女にまとわりつかれて」

 

「分かりました……」

 

「そうね! こんな娘を傍においてあげるなんて、ナナリー様もお優しい。こんな仕事もできない邪魔な女をお情けで傍に置いておくなんて!」

 

「すごいですね……」

 

「でも、ナナリー様も目と足がお悪い方ですものね。そんな方のお世話を進んでしたいだなんて。本当に仲の良い友人、というだけだったのかしら?」

 

「そちらは悪くありません」

 

 嘲笑と侮蔑が混じった嫌味を言われているリーエン。

 ここに連れて来られた時から続いている嫌がらせの1つだった。

 当の本人はと言うと。

 

「貴女! 聞いてますの!!」

 

「分かりました……」

 

 会話の相づちを打つように、『分かりました』『すごいですね』『そちらは悪くありません』の三拍子を繰り返すだけ。

 本人も首を肩に倒し、目を閉じて涎まで垂らしている。

 

 最初は悔しげに聞いていたリーエンも、ここ最近はアーニャ(2号)の訓練を深夜にやらされ、寝不足からこうした時間を睡眠時間と割りきっている。

 そんなリーエンの態度に先輩侍女たちは悔しそうに顔を歪める。

 

「馬鹿にして!」

 

 パシンとリーエンは頬を叩かれた。

 すると、閉じていた目蓋を上げる。

 

「もう、嫌味タイム(休憩時間)終わりです?」

 

 品もなく大きく口を開けてアクビをするリーエンに先輩侍女たちは身体を震わせる。

 そんな彼女に先輩侍女はもう1回ビンタを喰らわせようとするが────。

 

「リーエン・ハミルトン」

 

 そこでスザクが少し離れた位置からリーエンを呼ぶ。

 

「スザ……枢木卿」

 

「ナナリー皇女殿下がお呼びだ。すぐに来てくれ」

 

「はーい! ただいまー」

 

 寝惚け眼のまま呼んだスザクの下へと向かう。

 それを見ていた先輩侍女たちはリーエンを睨み付けていた。

 

 

 スザクの後ろについて歩いていると話かけられる。

 

「大丈夫かい?」

 

「? 何がですか?」

 

「今、他のメイドさんたちに絡まれてたじゃないか」

 

 心配するスザクにリーエンは今思い出したかのようにあぁ、と声を漏らす。

 

「どうってことないですよ、あんなの。むしろ睡眠時間か出来てラッキー、みたいな?」

 

「睡眠時間って……」

 

「最近は眠くって……いちいちあのくらいのやっかみを真面目に聞いてる余裕ないのよさ……」

 

 目蓋を擦り、アクビをするリーエン。最後の方は気が弛んだのか、素に戻っている。

 そんなリーエンを見ながらスザクは苦笑する。

 

(もしかしたら、彼女は僕が思うよりずっと強いのかもしれない)

 

 この場合、強いというよりは図太いと評するべきだろうが。

 

 

 

 

「ナナリー皇女殿下。リーエン・ハミルトンをお連れしました」

 

 部屋の主の許可を得てスザクは部屋の扉を開ける。

 中にはナナリーとアーニャの2人がいた。

 

「皇女殿下。御用件は?」

 

「うん。今後の予定について少し……それと今この部屋では私たちしか居ないから、いつも通りで良いで、ね?」

 

「あ、そうね。やっぱり堅っ苦しいのは慣れないのよさ」

 

「切り替えが早い」

 

 ナナリーの許可を得ると即効で普段の口調に戻るリーエンにアーニャが呟く。

 それにナナリーは小さく笑うがすぐにリーエンの変化に気付く。

 

「リーエちゃん。もしかして、どこか具合悪いの?」

 

 聞こえる足音に違和感を感じたナナリーが質問すると、リーエンは何でも無いように答える。

 

「んー? ちょっと最近格闘技の訓練を受けてて。慣れないことしてるから体がちょっと痛いかな」

 

 アーニャ(1号)がこの場にいるが、どうせ深夜のことは覚えていないことはこれまでのことから分かっているので誤魔化さずに言う。

 大丈夫なの? とでも言いたげな表情をするナナリーにリーエンは軽く体を伸ばして答えた。

 

「うん。へーきへーき。教えてくれる先生からはお前ほど素質のない教え子は初めてだ、とか言われたけど。まぁ、人間は成長する生き物だし? やり続ければちょっとは上達するでしょ」

 

「えーと……」

 

 なんともない風に告げるリーエンにナナリーは困ったような顔をする。

 

「案外、こういうのもメイドさんの必須科目なのかも。咲世子さんもあれで結構運動神経良かったし」

 

「え? 咲世子さん?」

 

 突然思いも寄らなかった名前を出されてナナリーが首を傾げる。

 まだアッシュフォード学園に在籍していた頃、偶然咲世子の運動能力を見たことがリーエンにはあった。

 もしかしたら、スザク並なのではないかと思う。

 

「皇女殿下。本題」

 

 アーニャに促されて話を軌道修正される。

 

「今晩、シュナイゼルお兄様とのお食事が予定されています。その際には、アーニャさん。ここには居ませんが、ヴァインベルグ卿のラウンズの方2人も。リーエちゃんもその場に居てもらうことになると思います。スザクさんは今日、先に日本へ立つみたいです」

 

「うん。そうなるね」

 

 うわー大役だー、と思いながらリーエンは天井を仰いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『私は今、合衆国・日本の設立をここに宣言する!』

 

 流れている映像は少し前に世界中に配信された1年前にスザクによって捕縛された筈のゼロが演説している映像だった。

 彼は捕らえられた黒の騎士団を救出し、再び表舞台に姿を現した。

 

 会食を終えてナナリーが日本の総督となる際に、彼女の補佐を務めるローマイヤという女性がエリア11の現状を伝えている。

 その報告にジノとアーニャが茶々を入れたりしたが、特に荒立てることなく話は続く。

 その途中でシュナイゼルが疑問を口にした。

 

「しかし、ブラックリベリオンで捕縛された黒の騎士団。彼らの死刑判決は既に決まっていた筈。何故これまで刑が執行されなかったのかな? 私は、既に彼等が亡き者だと思っていたよ」

 

 その疑問にローマイヤは、シャルル皇帝によって止められていた事を話す。

 

「それは、どうしてだと思う?」

 

「私に訊かれましても……それが皇帝陛下のご意志としか……」

 

 困惑するローマイヤ。

 シュナイゼルは次にラウンズであるジノとアーニャに意見を求めた。

 

「言われてみれば不自然」

 

「多分、エリア11の総督も、刑の執行を催促する書類を提出してた筈だしな」

 

 答えが出ずに悩んでいるとシュナイゼルは後ろに控えていたリーエンに振り向く。

 

「リーエン。君の意見を聞かせてくれるかな?」

 

「ふえ?」

 

 ここでまさか質問されるとは思わなかったのですっとんきょうの声が出た。

 それにローマイヤは目から光線でも出しそうな鋭い視線で睨み、シュナイゼルは苦笑する。

 

「緊張せずに。思った事を口にして構わないよ」

 

「えーと、えーと……」

 

 テンパった頭でどうにか意見を口にした。

 

「ゼロを誘き出すため、でしょうか……?」

 

「それは、枢木卿が捕まえたゼロが偽者だと?」

 

 それでは、スザクが偽の功績でラウンズに加入したことになってしまう。それに気付いてリーエンは慌てて辻褄合わせに入った。

 

「いえ! 先程、ヴァインベルグ卿が仰ったように、あの仮面と衣装を着れば、誰でもゼロになれる訳ですし。それに1年前、ゼロに盗まれたKMF……えと……が、が、ガ○ダム?」

 

 室内に冷たい空気が流れた。

 一瞬止まった時間を動かしたのはアーニャだった。

 

「ガウェイン。ガ、までしか合ってない」

 

「はい! ガウェインです! ガウェイン! そのKMF、2人乗りだったと聞きましたし……その……」

 

 アーニャの訂正に慌てて取り繕うリーエンにジノはお腹と口を押さえてプルプル震えて笑っており、ナナリーは心配そうな表情をしている。

 リーエンの意見をシュナイゼルが纏める。

 

「つまり、ゼロは最低でも2人以上居て、枢木卿が捕まえたのはその1人だった、という訳だね? もしくは、父上にとってはガウェインに乗っていたもう1人の方が重要だった、ということかな?」

 

「は、はい。そういうことだと思い、ます?」

 

 視線を泳がせるリーエンにシュナイゼルはありがとう、と礼を言う。そこで彼の腹心であるカノンが意見を口にする。

 

「だとすると、皇帝陛下はもう1人のゼロ。もしくはガウェインのもう1人のパイロットについて知っていたことになりますが」

 

「そうだね。だがなんにせよ、結論を出すには情報が足りなさすぎる。ナナリー」

 

「はい……!」

 

 突然呼ばれてナナリーは身体を強張らせた。

 

「先程君の意見は聞かせてもらった。エリア11の総督になり、そこで話し合いによる融和政策をしたい、という望みは悪くないと思っている。前総督は過激すぎたからね。私としては、まだ状況が安定していないあのエリアに、君を送ることは心苦しいが、ナナリーがそう望むなら出来る限りの支援をしよう。だけど……」

 

「……」

 

「私は、父上ほど武力を絶対視していないつもりだ。それでも、それが必要な状況があることも事実。さてナナリー。君はそれがどうしても必要になったとき、その力を振るえるかな?」

 

 総督として軍の力を振るい、誰かが傷ついた時、その責任を負えるのかと問うシュナイゼル。

 それは10代半ばの少女に求めるのは酷であり。また、必要な覚悟だった。

 

 ナナリーはカリーヌに綺麗事しかしていないと嘲笑された時に汚いことからも逃げないと誓っていた。

 

「はい。そうならないことが1番だと思いますが、もしもそれが必要だと思ったなら、使います。その責任から、逃げるような真似はしません」

 

「約束してくれるね?」

 

「はい」

 

 強い意思を秘めたナナリーの声音にシュナイゼルは満足気に笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 宰相府に戻るためのリムジンに乗ったシュナイゼルとカノンは、幾つかの話を終えて、ナナリーの事へと話題を移す。

 

「カノン。君はナナリーにエリア11の総督は務まらないと思っているのかな?」

 

 ナナリーが総督になることに反対の姿勢を見せるカノンにシュナイゼルが問うと、本人は首を横に振った。

 

「いえ。それについては疑ってません。ナナリー皇女殿下を補佐する文官を揃えられましたし、はっきり言ってしまえば、あの方は象徴で居てくれれば良いとも思ってます」

 

 目と足が不自由な少女。

 あの手のタイプは、黒の騎士団がやりづらい相手であることはユーフェミアの時に実証済み。

 弱者の味方を謳っている黒の騎士団が彼女を攻撃するには相当な大義名分が必要だろう。

 カノンの心配しているのはそこではなかった。

 

「ナナリー様は、ユーフェミア様とは違うと感じました。あの方は、怖いと」

 

 歯切れが悪く、この印象も勘のようなものなので上手く言葉には出来ないが。

 カノンの意見に考える素振りを見せた後に次の話題に移る。

 

「そういえば、ナナリーの友人の彼女。アレはどう思う?」

 

「毒にも薬にもなりません」

 

 ナナリーの時と違い、キッパリと即答した。

 その返答にシュナイゼルは苦笑する。

 

「侍女としては新米。護衛としての能力も政治に口を出せる頭脳もない。交渉も無理。ナナリー様とは仲が良く、見知らぬ他人よりは世話をする方が適任かもしれません。しかし、それは時間が解決するものです」

 

 ナナリーの世話をするのがリーエンでなくなっても多少の壁があっても受け入れるだろう。何故なら、そうしなければナナリー自身、自分のことが覚束ないのだから。頼らざる得ないのが本当のところだ。

 はっきり言えば解雇してもっと優秀な人材を入れるべきだと思う。

 唯一の救いは、リーエン自身それを自覚して努力していることか。実を結ぶのがいつになるかは知らないが。

 それは、シュナイゼルの意見と同様だったため、特に口を挟まない。

 しかし、そこでカノンは最後に付け加えた。

 

「ですが彼女はきっと、何があってもナナリー皇女殿下を裏切らないでしょうね」

 

 カノン自身がシュナイゼルを裏切らないように。

 リーエンとカノン。その部分だけは共通しているため、その匂いだけは感じ取っていた。

 きっとあの少女は、誰が敵に回っても、ナナリーの味方で在り続けるのだろう、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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演説

ナナリーのリーエンに対する態度を少しフランクに直しました。

自分はルルーシュよりもスザクの方が好きだったりします。
ギアスの男性キャラで1番好きなのはジュレミアですが。


「終わったのよ、ナナリーちゃん」

 

「う、うん……ありがとう」

 

 着替えを手伝ってもらったナナリーがリーエンに礼を言うと、どういたしまして、と返した。

 

「ようやくエリア11────日本に行けるんだもの。しっかりとおめかししないとね!」

 

「……うん」

 

 シュナイゼルの後ろ楯を得て就いたエリア11の総督。今日はその出発日だ。

 これから異母姉であるユーフェミアの後を継ぐ日。

 その責務の重さに強張っている

 

「大丈夫よ。日本に行けばスザク先輩や他にも皆フォローしてくれる人がいるから。だから、ナナリーちゃんはやりたいようにやってみれば良いのよ」

 

 優しい声音で告げるリーエンにナナリーは笑みを浮かべる。

 しかしそこで自分の手の甲に触れているリーエンの手がふるえていることに気付く。

 

「リーエちゃん?」

 

 それに気付かれていたことに恥ずかしそうに手を離す。

 

「はは……気付かれちゃったか。ゴメン、ちょっと緊張してて。実を言うとね。昨日、カノンさんに拳銃を渡されてて。いざとなったら、ナナリーちゃんを守れって」

 

 メイド服のスカートの中。太股には小さな拳銃がホルダーに収められている。

 その事を今知ったナナリーの息を飲む音が聞こえた。

 

「これは本当に本当の最終手段だけどね。護衛にはスザク先輩たちも居るわけだし。でも、うん。やっぱり、少し怖いかな。自分の手の届くところに人殺しの道具があるのは。一応、訓練も受けてたんだけどさ……」

 

 あはは、と気不味そうに笑うリーエンにナナリーが難しい顔をする。

 しかし、そんなナナリーにリーエンは気にするなと笑った。

 

「今は日本も矯正エリアで前にも増して治安が悪いけど。ナナリーちゃんが頑張ってくれれば、あたしも拳銃(こんなもの)使わずに済むし。それまでの辛抱なのよ?」

 

 だからがんばれ、と応援するリーエン。

 そう言って手を握るリーエンにナナリーはこれから行おうとする事への覚悟をより明確にする。

 

 ナナリーの乗る車椅子を押して日本へと向かう飛行船へと乗る。

 この飛行船を操縦し、指揮するブリタニア軍人に挨拶すると彼らはズレもない機械のように合わさったタイミングで敬礼をした。

 

「ナナリー皇女殿下! 貴女様をエリア11までお送りする任務を承り、光栄であります! 短い間ですが、どうか空の旅をお楽しみください!」

 

 きっと皇族への忠誠心と職業意識の高い人物なのだろう。

 目と足が不自由なナナリーを侮ることなく皇族の1人としてしっかりと対応している。

 

「はい。私は見ての通りですので。ご迷惑をおかけすると思いますが、どうか宜しくお願いします」

 

 手を差し出すナナリー。

 責任者であるブリタニア軍人はその手を握り返した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっぱり、皇族御用達の飛行船は違うね。全然耳鳴りとかで苦しくならないのよさ」

 

「そうなの?」

 

「うん。前に本国から日本に行った時にはあたし、耳鳴りが酷くてめっちゃ苦しんだのよさ。体質的なものかもだけど」

 

 あれは辛いよー、と当時の事を思い出して遠い眼をするリーエン。

 その様子は見えずとも雰囲気は伝わり、ナナリーはクスリと笑った。

 しばらく空の旅に興じているとリーエンから提案する。

 

「ナナリーちゃん、お茶飲む? 最近はちょっと淹れられるようになった気がするのよ?」

 

「じゃあ、いただこうかな……」

 

「ほい来た!」

 

 部屋に備え付けられている器具で紅茶の準備をするリーエン。

 今まで咲世子など、紅茶を淹れるのが上手い人達に出してもらっていたナナリーからすればリーエンの淹れたお茶は可もなく不可もなく、と言ったところ。

 それとは別にこうして気を使ってくれるのは純粋に嬉しかった。

 リーエンがナナリーの専属に任命され、周りからやっかみを受けていることも知ってる。

 それでも自分の側に居ることに嫌気を差さずに居てくれる。

 以前と変わらぬ態度で

 紅茶を淹れながらリーエンはナナリーに話しかける。

 

「そういえばさ。ナナリーちゃんは、エリア11。日本の総督に就いたら、どんなことをしたいの?」

 

「どんな……」

 

「うん! 一足先に聞いてみたい」

 

「私は……」

 

 ナナリーがリーエンの質問に答えようとした時、艦内が慌ただしくなる。

 即座にリーエンがブリッジに連絡を入れた。

 

「何かありましたか!?」

 

『敵襲だ! おそらくは、黒の騎士団による!』

 

 通信相手の答えにリーエンは「うそ……」と声を漏らす。

 それを聞いていたナナリーは何を思ったのか、通信に割って入る。

 

「分かりました。私も、今からそちらに────」

 

 

『いえ、皇女殿下はそちらに居てください。いざという時は、こちらからその区画ごと脱出させますので』

 

「ですが!」

 

 ナナリーが何かを言う前に向こうからの通信が切れてしまう。

 それに小さく息を吐くナナリー。

 そんな彼女の手にリーエンが自分の手を重ねた。

 

「ナナリーちゃん。ここは、軍人さん達に任せよ。大丈夫! あの人達はプロなんだから。すぐに恐い人達を追っ払ってくれる筈なのよ」

 

「う、うん……」

 

 自分の不甲斐なさを恥じ入るようにナナリーはリーエンの手を握った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから少しずつ艦内の揺れが激しくなり、リーエンの表情にも焦りが生まれる。

 そして閉ざされていた扉が開かれた。

 

「ゼロ……」

 

 リーエンがポツリと呟く。

 黒の騎士団のトップ。仮面の男、ゼロが立っていた。

 彼は開かれた扉の外からゆっくり中へと入ってくる。

 反応したのはナナリーよりリーエンの方が先だった。

 

「止まってっ!?」

 

 ナナリーの前に出たリーエンは、スカートの中に隠してある銃を取り出し、ゼロへと構える。

 

「こ、これ以上ナナリーちゃんに近づいたら、う、撃つのよさっ!」

 

 震える声と銃口。

 ゼロも、それに応えるように懐から銃を取り出した。

 

「銃を下ろしたまえ。その勇気は称賛に値するが、私は常々言ってきた筈だ。撃って良いのは、撃たれる覚悟のある奴だけだと」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 仮面の奥でゼロ────ルルーシユは険しい表情でナナリー()の前に立つ少女を見る。

 

(何でリーエンがここにいる!)

 

 ナナリーと共にアッシュフォード学園から消えたリーエン。

 ルルーシユはてっきりリーエンは殺されているか、実家に戻ったのだと思っていた。

 少なくともナナリーの側で侍従をしているなど想像の外だった。

 

(どうする? リーエンにギアスをかけて従わせるか? しかし、それはあまりにも不自然だ)

 

 普段なら、ギアスをかけて自分に服従させるか、この場で自害させるルルーシユだが、ナナリーがこの場に居ることで躊躇いが生まれる。

 もしもリーエンがナナリーの後ろに隠れて震えているだけならこの場で裏切らせることも出来ただろう。

 しかし彼女はいち早くナナリーの前に出て、守ろうと泣きそうな顔で銃を向けてくる。

 そんな相手が裏切るのは不自然だし。それをヒントにナナリーがユーフェミアの死の真相に気付く可能性がある。

 そうなれば、ナナリーがルルーシュ(ゼロ)に着いていく事はまず無いだろう。

 それに兄として、勘違いながらもナナリーを守るために脅威(ゼロ)に立ち塞がるリーエンには感謝の気持ちもあった。

 急いでナナリーを連れて脱出しなければいけないこの状況でルルーシュの思考が鈍る。

 そこで、リーエンが先程問いに答える。

 

「覚悟なんて、ない……! (こんなもの)を持ったくらいで、簡単に人殺しが出来るような精神なんてあたし、持ってないのよさ!」

 

「なら、銃を下ろせ。ナナリー総督を悪いようには────」

 

 しない、と断言しようとしたところでリーエンがでも! と言葉を遮る。

 

「ナナリーちゃんは、あたしの大事な友達なの! この子には日本に行って、やらなきゃいけない事があるのよ! だから、それを邪魔するなら……!」

 

 ガタガタと震える銃口から今にも引き金が引かれそうになる。

 今にも撃ちそうなその銃を、ナナリーが止める。

 

「リーエちゃん、銃を下ろして」

 

「ナナリーちゃん、でも……!」

 

「ありがとう。大丈夫だから」

 

 ナナリーに言われてリーエンは銃を下ろした。

 そしてナナリーも閉ざされたその視線をゼロへと向けてくる。

 

「ゼロ。クロヴィスお兄様やユーフェミアお姉様のように、私も殺すのですか? でも、少しだけ待って頂けませんか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 話し始めるナナリー。

 ゼロのやり方が間違っていると思う、と意見する。

 それにゼロは間違っているのはブリタニアの方だと返す。ナナリーもそのやり方を認めるのかと。

 その言葉をナナリーは否定しなかった。

 力で他国を侵略し、服従させる。

 国の名前を取り上げてナンバーを付ける。

 そんなやり方が正しいなどと、ナナリーとて認めたくない。

 誰かの手を借りなければ生きていけない、弱者の立場であるナナリーだからこそ、強くそう思う。

 ゼロは続いてナナリーがブリタニアに利用されているだけだと指摘した。

 

「目と足が不自由な私なら、日本人の皆さんの同情を買えると? 確かにそうかもしれません。ですが私は、自分の意思で日本の総督に志願しました」

 

 ナナリーの断言にゼロが息を飲んだ気がした。

 

「世界はもっと、優しく変えていけると思うんです。だから私は、ユフィお姉様の意思を継ぎ、特区日本を────」

 

「再建するというのか……!」

 

 ナナリーの言葉にゼロが動揺を見せる。

 

「だからゼロ。貴方も、そこに参加して頂けませんか? やり直せる筈です、人は」

 

 ナナリーが手を差し出すと、ゼロはたじろぎ、後ろに下がる。

 ゼロの返答を待っているとその場が大きく揺れた。

 

「きゃあ!」

 

「ナナリーちゃん!」

 

 衝撃で車椅子から落ちそうになるナナリーをリーエンが支える。

 すると、天井に穴が空き、見覚えのあるKMFが姿を見せた。

 

「スザク先輩!」

 

 穴を開けたスザクのKMF、ランスロットが中へと降り立つ。

 

『遅くなってゴメン! もう大丈夫だから!』

 

 ナナリーとリーエンをランスロットの手で優しく包み光の膜のような物が展開された。

 

 ランスロットが飛び立つと、突風に煽られてゼロも飛行艇から外へと出る。

 

「ナナリーィイイイイイイッ!?」

 

 そのゼロの叫びにナナリーが、一瞬ゼロへと顔を向けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 スザクが発艦した艦内に保護されて床に降ろされると、リーエンは抱き付いていたナナリーから腕を放した。

 

「あ────」

 

 床に座り込み、まだ指から外せない拳銃を見る。

 

「リーエちゃ────」

 

 ナナリーが話しかけようとすると、ランスロットから降りたスザクが寄ってくる。

 

「大丈夫だったかい? 2人とも。怪我は?」

 

「はい。大丈夫です。ありがとうございました、スザクさん」

 

「あはは……助かったのよさ……」

 

 ようやく硬直して引き金にかけていた指が弛緩し、銃を床に置く。

 

「やっぱ、恐いのよさ、これ……」

 

 震える手でナナリーの手を繋ぐ。

 それを見てスザクが険しい表情を作る。

 

「撃ってないですよ?」

 

 その言葉にスザクはホッと胸を撫で下ろした。

 出来ればナナリーもリーエンも、そうした荒事から遠ざけたいという願望から。

 それはスザクの甘さであり、優しさだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後、日本に着いて数日後。ナナリーの総督就任の演説が行われることとなった。

 画面の前でナナリーが話を始める。

 

「皆さん、初めまして。私は、ブリタニア皇位継承第八七位、ナナリー・ヴィ・ブリタニアです。先日亡くなられた、カラレス公爵に替わり、この度、エリア11の総督に任じられました」

 

 点字の原稿を指でなぞりながら就任挨拶が続く。

 

「ご覧の通り私は、見ることも、歩くことも出来ません。ですから、皆さんには色々とお力をお借りすることになると思います。どうか宜しくお願いします」

 

 一礼するナナリー。

 その態度にこの映像を観ていた者達は戸惑う。

 

「早々ではありますが、皆さんにお願いしたい事があります」

 

 続いたナナリーの言葉にスザクが驚き、ナナリーを見る。

 だが、続いた言葉は、その驚きを遥かに上回るものだった。

 

「私は、行政特区・日本を再建したいと考えております」

 

 その発言に隣にいたスザクが、なっ! と声を漏らす。

 口にすることすら憚れるブリタニアの汚点。

 

「特区・日本では、ブリタニア人とナンバーズは、平等に扱われ、イレブンは日本人という名前を取り戻します」

 

 その反応はお世辞にも好意的なものではなかった。

 誰もが、今更、という感情が強い。

 そんな中で、ナナリーの演説は続く。

 

「かつて不幸な行き違いがありましたが、目指すところは、間違っていないと思います。日本の方にも、ブリタニアの方にも、等しく、優しい世界を。互いの過ちを認めれば、きっとやり直せる。私は、そう信じています」

 

 ナナリーの演説はそう締められた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここ最近、思ったけど。ナナリーちゃんって意外と行動が積極的(アグレッシブ)よね」

 

「そ、そうかな……?」

 

 車椅子を押しながら言うリーエンにナナリーは戸惑いの声を上げた。

 リーエンはゼロと対峙した時に聞いていたが、それはもっと後の事かと思っていた。

 就任早々あんな宣言をするとは思ってなかったのだ。

 

「驚いたよ。まさかナナリーが特区・日本を」

 

 続くスザクが言葉に確かめるようにナナリーが問う。

 

「スザクさん。ユフィお姉様が目指していたモノ。間違ってませんよね?」

 

「あぁ。間違っていたのは、ユフィじゃない」

 

 移動しながらリーエンはナナリーを見る。

 目も足も不自由な少女。

 ゼロと相対した時、あの場にいた自分がナナリーを守らなければと思った。

 あそこには、ルルーシュもスザクもいないから。自分が、と。

 結果的にリーエンがナナリーに守られる形となり、今日の就任挨拶で堂々として見せた。

 

(すごいなぁ……)

 

 何の打算もなく、リーエンはそう思う。

 リーエンなら今更特区・日本の事なんて口に出来ないし、そもそもエリア11の総督になんて、就任したいとも思わないだろう。

 

 憧れ。尊敬。他にもあらゆる感情が渦巻く。

 それと同時に、自分に対する不甲斐なさにも。

 

(力になりたいのに……)

 

 こんなにも自分は役立たずだ。

 せめて、とリーエンは最後までナナリーの味方で居ようと、改めて強く、強く、そう思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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日常

 ナナリーが総督の挨拶で発言した特区・日本は結果的に大失敗で終わった。

 それどころか100万人のゼロに扮した黒の騎士団と日本人を国外追放と言う名で見逃す形となっての大失態。

 当然と言えば当然の結果である。

 以前の特区・日本で起きたブラックリベリオンの悲劇から警戒され、ナナリー自身の功績は何もない。

 小娘の戯言と耳を貸さないのは、日本人側からすれば当たり前の反応である。

 ナナリー・ヴィ・ブリタニアという総督は、何1つ信頼されていないのだから。

 後見人であるシュナイゼルからも、急ぎ過ぎと苦笑混じりで諌められる程にナナリーの今回の行動は迂闊だったと言わざる得ない。

 ナナリーが総督としての器が試されるのはむしろこれからだとアドバイスをもらいながら。

 それを聞いてナナリーはより一層職務に励んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あぐっ!?」

 

「ほら。剣を取りなさい。敵は立ち上がる隙を与えてくれないわよ!」

 

 模擬剣を落として倒れたリーエンにゆっくりと近づき、掲げて振り下ろそうとする。

 

「だぁっ!!」

 

 いつもより素早い反応で剣を取り、横薙ぎに剣を振るう。

 それにアーニャ(2号)は驚きの声を漏らした。

 立ち上がり、模擬剣を構えるリーエン。

 

「続きを、お願いします……!」

 

 既に体力も限界に近いだろうに、荒い呼吸。震えた体で尚も訓練を続けようとする。

 

「へぇ……」

 

 はっきり言って今までのリーエンはこの訓練に積極的ではなかった。

 如何にも嫌々やらされてます、という雰囲気だったが、ここ最近は妙に張り切っている。

 まぁ、やる気が有るのは良いことだと教え子相手に模擬剣を向けた。

 

「少し、ペース上げて行くわよ!」

 

「え? うそ!? ぎゃんっ!?」

 

 それが、すぐ結果に繋がるかは別問題だが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ラウンズの3人がナナリーの執務室に入った時に、ナナリーとリーエンは休憩中の手慰みに折り紙を折っていた。

 ナナリーはいつも通り折り鶴と桜。

 リーエンは────。

 

「お! ちょうど良いところに来たのよさ。どうです? この完成度!」

 

 リーエンが自分で折った折り紙を見せて3人は瞬きをする。

 

「これ、もしかしてランスロット?」

 

「トリスタンだよな?」

 

「モルドレッド……?」

 

 折り紙で折られていたのはラウンズ3人が乗るそれぞれのKMF。その頭部だった。

 

「器用……」

 

「ふふん! 自信作です!」

 

 胸を張るリーエン。

 モルドレッドの折り紙を手に取ってマジマジと見るアーニャ。

 悪気なくリーエンの心を抉る一言を漏らす。

 

「就職先を間違えた?」

 

「言わないでください。これでも結構気にしてるので……」

 

 視線を明後日の方に向ける。

 ここまで指先が器用ならメイドより適正のある職業は他にも有りそうだが、本人は転職する気はないらしい。

 

「そんなわけで! その折り紙、皆さんにあげます! お守り代わりにしてください!」

 

 パンッと手を叩いて告げたリーエンの言葉に3人が瞬きする。

 

「何か危ない時に強運がやって来てくれるかもしれませんよ? うん、たぶん?」

 

「そこは断言しろよ」

 

「だってお守りなんて、なにかしら御利益があったらいいな、くらいのものじゃないですか。要は、気持ちの問題なのよさ」

 

 最後の方は素の話し方に戻りながら、スザクとジノにも折り紙を渡した。

 受け取ったスザクは苦笑する。

 

「それじゃあ、ありがたく貰っておくね」

 

「うん!」

 

 そこでアーニャが疑問を口にした。

 

「皇女殿下にはあげない?」

 

「リーエちゃんには、前に貰ってますから」

 

 ナナリーは車椅子に備え付けられているポケットに触れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「最低賃金の底上げ?」

 

「うん。まだエリア11がブリタニアに侵攻される前の日本は世界でも有数の経済大国だったらしいの。今は大きな会社以外の日本人────名誉ブリタニア人の方の最低賃金がかなり安くて環境も悪いの。だから先ずは色々な人の意見を聞いて、政策を取りたくて」

 

 つまり、日本人が働く環境を整えて労働意欲を活性化させようと言う話だ。

 本人はカノンさんの受け売りだけどね、と苦笑いしている。

 話を聞いたリーエンは腕を組んで唸る。

 それは、内容が理解できてないというより、問題点を口にするか迷っている感じだった。

 それにアーニャが口を挟む。

 

「気になることがあるなら言うべき。皇女殿下も多くの意見を望んでる」

 

 アーニャの言葉を肯定するようにナナリーは首肯した。

 それに困ったように頬を掻いてリーエンが言葉にする

 

「学園にいた頃にさ。たまに屋台とか行ってたんだけど。そこで並んでる屋台がね。ブリタニア人と名誉ブリタニア人の人が居て。本国では食べられない物が人気なんだけど……たい焼きとかタコ焼とかお好み焼きとか。でも……」

 

 そこからは言いづらそうに続ける。

 

「でも、イレブンが自分の店より売れてるなんて生意気だって、暴力を振るうブリタニア人もいるのよ。よっぽどやり過ぎない限り、警察とかも見て見ぬふりだし。他にもちょっと良い服を着てるだけで集団で暴力を振るわれた話とかも聞くし。もしも最低賃金を上げて自分達と同じくらいになったら、うちの国の人がもっと酷いことをするんじゃないかなって……」

 

 リーエンの言葉にナナリーはハッとなる。

 今までは両者の扱いに差があったから何もしてこなかった面々も、これを気に暴力的になるかもしれない。

 それなら、今のままでも構わないと考える人もいるだろう。

 さらにリーエンが続ける。

 

「学園にいた頃にさ。ミレイ会長がぼやいてたのをたまたま聞いたんだけど。名誉ブリタニア人の先生の昇給が決まったときにさ。ブリタニア人の先生がかなり陰湿な嫌がらせをして。堪えきれなくなったその先生が自分から昇給を取り消した事があったらしいのよ」

 

「そんな……」

 

 ナナリーやリーエンが通っていたアッシュフォード学園は、人種に構わず門徒を開いている。教師として働いている者にも言えることだ。しかし、人の意識というのは様々で、どんなに素晴らしいスローガンを掲げても差別や迫害というのはそう簡単には消えない。

 況してや多くの者がそれを当然と認識していればなおのこと。

 ナナリーは考える。

 日本人の働く意欲を活性化させ、生産性を向上させる事は確かに大切だ。

 だが、ナナリーが日本人を優遇すればするほどにブリタニア人が反発し、さらに日本人を虐げる。

 匙加減を間違えればきっと悲惨な事になる。

 

「どうしてなのかな……」

 

 今でも充分に優遇されている筈なのに、少しだけ日本人の生活を良くしようとするだけでこうまで問題が提起されるのか。

 

 ナナリーの呟きにリーエンが言いづらそうに返す。

 

「あたしは、少し分かる……」

 

「え?」

 

 その反応が意外に感じた。

 

「さっきの屋台の話だけど。そういう風に、いきなり理不尽に絡まれて、暴力を振るわれる人を見て思うのよ。あぁ、自分はあっち側じゃなくて良かったって……」

 

 リーエン自身は、ブリタニアの貴族令嬢にしては珍しく日本人(ナンバーズ)などの差別意識が低い。

 それでもやはり、守られる側に居られることに安堵してしまう自分がいるのだ。

 

「日本人の地位が上がって、今まで下に居て見下してた人が同じところや上に行かれる事が怖いのよ。今度は自分が追いやられる立場に立たされる事が」

 

 それだけの事をブリタニアはしてきた。

 だからこそ、ただ日本人の優遇するだけでなく、互いに歩み寄れるように、ブリタニア人の意識も変えていかなければならない。

 それを思うとナナリーの閉じた目蓋で眩暈がした。

 

「ゴメン、話題がズレちゃったかも……」

 

「ううん。ありがとう、リーエちゃん。だから、もっと色々な人の意見を聞いてみるね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ナナリーはこの後に多数のブリタニア人や名誉ブリタニア人等の意見を聞き、政策を行う。

 そして、同時期に起こった立て籠り事件に、ナナリーは自ら説得へと赴き、投降を促す行動がエリア11。そして、他の国にも報道され、当初、ブリタニア側からお飾りの総督。

 日本人からは口先だけの綺麗事を言うだけの小娘。という認識が少しずつ変化していく。

 秘密裏に意見を求めたゼロの助言もあり、ナナリーは日本人とブリタニア人、両方から敵を作らないように心がけて動いた。

 そして緩やかにだが、エリア11の生産性は向上し、異例の早さで矯正エリアから途上エリアへと格上げされる事が決定した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ナナリーは今日の分の点字で記された書類を読み終えると息を吐いた。

 ボタンを押すと時刻を教えてくれる時計がそろそろ夕飯だと告げてくれる。

 するとアーニャが執務室に入ってきた。

 

「皇女殿下、いい?」

 

 あまりにも用件をすっ飛ばした簡潔な質問にナナリーは戸惑いつつも返す。

 

「そろそろ、お夕飯の筈ですけど……」

 

「今日は別の場所。案内する……」

 

「え? え?」

 

 ナナリーの了承を得る前にアーニャは後ろに回り、車椅子を押す。

 今日は、来客が来る会食でも有っただろうか? 

 それにこういう場合、リーエンが来る筈だが。

 アーニャはナナリーの護衛も兼ねているため、そこまで不自然ではないが。

 いつもとは違う部屋を開けるとそこには────。

 

「途上エリアへの昇格、おっめでとぉ!」

 

 パンッとクラッカーが鳴る音がリーエンの声と共にする。

 ポカーンと口を半開きにするナナリーにスザクが苦笑混じりに説明した。

 

「エリア11が途上エリアに昇格したお祝いをしようって話になってね。今日の朝にリーエンが」

 

「だって口うるさいローマイヤ補佐官が休暇でいない今だと思ったのよ?」

 

「ま、確かに彼女は殊更に嫌味を言って反対しそうだよな」

 

 リーエンの言葉にジノが頷く。

 アッシュフォード学園の生徒会室程の広さのある室内。その中心のテーブルには、5人で食べ切るには少し多めの量が並べられている。

 

「いやー料理人(コック)の人が快く引き受けてくれて良かったのよさ」

 

 渋い顔をされるかと思ったが、意外にもすぐにOKを貰えた。

 

「それじゃあ、ナナリーちゃん。なに食べる? ここに並んでるのは────」

 

 料理を教えるリーエン。まだ事態に着いて行けないナナリーは呆然としているとスザクが話す。

 

「ここしばらく、根を詰め過ぎてるから、気晴らしをさせてあげたいってリーエンが。エリア昇格も決まったしね。僕からもお礼を言うよ。ありがとう、ナナリー。日本は、少しずつ良くなってる。ユフィが望んで。僕が求めた形に」

 

 頭を下げるスザク。目が見えずとも、スザクのお礼が本心からだということは伝わる。

 

「で、でもまだこれからなのに……」

 

 ナナリーの夢にはまだ全然届いていない。それなのに、こんなお祝いをしてもらって良いのだろうか? 

 

「休むことは必要……まだ先が長いなら、なおさら」

 

 相変わらずアーニャが感情を感じさせづらい口調で告げる。

 リーエンも、お皿に料理を載せたリーエンも続く。

 

「だから、今だけは、さ……」

 

 あーん、とフォークに刺した肉をナナリーに差し出す。

 口に入れて噛むと果実や野菜で作られたソースの絡まった肉は美味しかった。

 

 ふと、この場に兄であるルルーシュが居ないことが寂しかった。

 ルルーシュが居れば、今の自分をどう思うだろう? 

 

(お兄様。私は、スザクさんやリーエちゃんと、ブリタニアも日本の人達も、誰もが安心して生きていける場所を作ります。だから、いつかまた会えた時は、一緒に暮らせますよね)

 

 そう、心の中で今は傍にいない。いつも守ってくれた兄に話しかけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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解雇

 朝、点字で訳された書類を指で読み、点字に訳すのが間に合わなかった書類はリーエンに読んでもらう。

 その朝の実務もキリの良いところまで終えるとリーエンがモニターのスイッチを入れた。

 

『それでは今日の天気は────』

 

「まさかミレイ会長がニュースキャスターになってるなんて」

 

「うん。本当にビックリしたね」

 

 落ち目とはいえ、アッシュフォード家の御息女が何を思ってキャスターという進路を選んだのか。それはナナリーとリーエンには分からないが、それでも何となくらしい、とは思う。こう、こっちの予想を斜め上に行くところが。

 朝、彼女が出るニュースに明るい気分になりながら1日が本格的に始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 黒の騎士団、零番隊・紅月カレンは敵であるブリタニアに捕虜として捕らえられていたが、今は牢から出されてシャワー室で身を清めていた。

 どうしてこうなっているのかと言うと、カレンと面会を求めたナナリーの好意だ。

 後ろでは監視にリーエンが居る。

 その鋭い視線にシャワーを浴びながらカレンは憂鬱な息を吐いた。

 

(すごい睨んでる。無理もないけど……)

 

 カレンは直接的にリーエンと話をした事はない。

 アッシュフォード学園に通っていた頃は、たまにナナリーと一緒にいる子、くらいの印象しかなかった。

 直接的な対面はブラックリベリオンで学園を占拠した時だ。

 ナナリーを守るように腕で遮り、その手を握っていた少女。

 その顔に明らかな恐怖を宿しながらも。

 顔合わせがそれでは友好的な感情など抱ける訳もない。

 理解はしているが、それで居心地の悪さを割り切れる訳もない。

 シャワーを終えてリーエンの手で体を拭かれていると、閉ざしていた口が開く。

 

「カレン先輩。質問してもいいですか?」

 

「……なに?」

 

 カレンが黒の騎士団に所属する理由。黒の騎士団の戦力の情報。

 もしかしたらゼロの正体についてかもしれない。

 それとも、ブラックリベリオンでのことを訊かれるのか。

 カレンは今初めてリーエンと話をする。

 だから知らないのだ。

 彼女がどういう人物なのか。

 リーエンからの質問はカレンの斜め上。いや、斜め下を行く質問だった。

 

「何を食べたらこんのなどんな男もイチ☆殺、出来そうなエロボディに成長するんですか?」

 

「……ちょっと待って。訊きたいことってそれぇ!」

 

 大真剣な顔でふざけた質問をするリーエンにカレンは声を上げるが、当の本人は首を傾げた。

 

「他に質問することなんてあるんですか?」

 

「むしろそんな質問より、他に訊くことがあるでしょ! 黒の騎士団の事とかゼロの事とか!?」

 

「そういう尋問はスザク先輩とかの仕事っぽいですし? あたしが聞いても理解出来ないとおもうのよ? それより、どうやったらそんなボインになるのかめちゃ気になるのよさ。ほら、あたしの見てくださいよ。未だにまったく膨らまねぇ」

 

 ふ~、とペッタンコな自分の胸に触れて憂鬱そうに息を吐くリーエン。

 

「と、言うわけで、そのもぎたくなるような巨乳(きょにゅー)の秘密を是非!」

 

「知るかっ!!」

 

 身支度が整うまでずっとその質問を続けるリーエンを殴らなかった自分をカレンは褒めてやりたくなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それからしばらくして、トーキョー租界でブリタニアと黒の騎士団との決戦が行われ、ナナリーはシュナイゼルの指示の下、エリア11から離脱させられる。

 当然、その時にナナリーは黒の騎士団との交渉をしようとしたが、シュナイゼルの部下に薬で無理矢理眠らされて、強制的にだ。

 ナナリーと付き人のリーエンはブリタニアに戻され、軟禁状態にある。

 

「はい。お着替え、終わったよ。ナナリーちゃん」

 

「うん……ありがとう、リーエちゃん」

 

 着替えを終えて礼を言うナナリー。しかしその表情は不安で曇っていた。

 あの黒の騎士団との戦闘はどうなったのか。エリア11。トーキョー租界は? 

 何の情報も入らない状況にナナリーは不安を隠しきれない様子だった。

 リーエンもすまなさそうに口を開く。

 

「ゴメン。あたしも外の情報を得ようとしてるんだけど、訊いても答えてくれないし。携帯は取り上げられてて。ここの目も厳しくて」

 

 エリア11の事を調べようとすると、必ずここの使用人などが止めに入る。少なくともリーエンには自分1人で調べられるのか皆目見当もつかない。

 それでも出来る限りナナリーを不安にさせないように振る舞う。

 

「大丈夫だよ! ブラックリベリオンの時だって勝ってるんだし。今はちょっとゴタゴタしてて、情勢が安定するまでシュナイゼル殿下が気を利かせてるだけだよ、きっと」

 

 自分すら信じられないような事を口にするが、それでもナナリーは、そうだよね、と相づちを打って微笑む。

 

 そんな時に、ナナリーに来客が訪れた。

 それは、ナナリーの異母姉である、コーネリア・リ・ブリタニアだった。

 

「コゥ姉様!」

 

「久しぶりだな、ナナリー」

 

 ブラックリベリオンから行方不明だったコーネリアが目の前に現れた事に安堵から近づく。

 しかし、そんなナナリーにコーネリアは自身の銃をナナリーに向けた。

 その金属音にナナリーが車椅子を止める。

 

「コゥ姉様?」

 

「復讐。目には目を。歯には歯を。そう考えれば、こうするのが正しいのかもしれんな」

 

 ナナリー達によく分からない事を呟き、引き金に指をかけようとした瞬間、リーエンがナナリーの前に出る。

 

「……何のつもりだ。退け。このままでは貴様から命を散らすことになるぞ」

 

 震える体でナナリーの盾になろうとするリーエン。

 彼女はただ、首を横に振った。

 しかし、ナナリーがリーエンのスカートを握る。

 

「大丈夫だよ、リーエちゃん。コゥ姉様は私達に危害を加える気はないから」

 

「どうしてそう思う?」

 

「私の知るコゥ姉様が本当に私を殺す気なら、ここに来た瞬間にその銃を撃っています。わざわざ無駄な言葉を重ねる必要はないでしょう?」

 

「どうかな。私はお前が信じるほど綺麗な人間ではない」

 

「そうでしょうか?」

 

 互いに向き合っていると、コーネリアが銃を下ろす。

 

「確かに、私は今日ここにお前を殺しに来たわけではない。お前に、真実を話に来た」

 

「真実、ですか……」

 

 漠然とした答えにナナリーが首を傾げる。

 そんなナナリーにコーネリアは僅かに首肯する。

 

「そうだ。お前は知らなくてはならない。エリア11の総督として。そして、あの男の妹として、だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 屋敷の地下に案内され、最初に聴かされたのは、ナナリーがエリア11に移動した際に交わされたゼロとの会話だった。

 どうやら、破壊されたアヴァロンから音声記録が回収されていたらしい。

 

「ナナリー。何か気付いた事はないか」

 

「そう、申されましても……」

 

 あの時の事は鮮明に覚えている為に、今更あの時の会話を聴かされても、と言うのが本音だった。

 

 それを咎める事なくコーネリアは問題の箇所を再生する。

 

『ナナリー! 俺と一緒に!』

 

『ナナリーィイイイイッ!?』

 

 そこで音声記録の機械が止まる。

 

「お前と対面した時はナナリー総督と呼んでいるのに、枢木が来た辺りからナナリーと呼んでいるだろう?」

 

「そう、ですね。ですがあの時は危ない状況でしたし」

 

「だから仕方がない、と?」

 

「……はい」

 

 だが何故だろう。ゼロの声音は何処か自分を心から案じるような響きがあるような気がする。

 あの時に黒の騎士団とゼロはエリア11の総督である自分を確保するために動いていただけの筈なのに。

 そこでコーネリアは次はこれだと別の音声記録を再生する。

 

『ゼロは、お前だったのか……これは全てナナリーの為に?』

 

『そうです、姉上』

 

「え……?」

 

 記録でコーネリアと話している少年の声にナナリー表情が硬直する。

 その声は、ずっと探していた実兄であるルルーシュの声だったから。

 2人の会話が続く。

 

『そんな事の為に殺したのか! クロヴィスを! ユフィまで!』

 

『貴女こそ! 私の母、閃光のマリアンヌに憧れていたくせに!』

 

 一旦、ここで記録が停止される。

 ナナリーは肩と声を震わせて歪な笑みを作った。

 

「こ、これは何の冗談ですか? いえ、冗談にしても些か度が過ぎています」

 

 こんなものは捏造だ。そうに決まっている。

 だってこの会話を信じるなら、ルルーシュがクロヴィスとユフィを殺したみたいではないか。

 そこから再生された会話はナナリーの母であるマリアンヌの死について問い質し、コーネリアが答える。

 それを終えると別の声が再生された。

 

『おい! 急いで戻れ!』

 

『分かっている。もうすぐ次の守備隊がここに────』

 

『そうではない! お前の妹が拐われた!』

 

 その声は、時折会いに来てくれていた兄の友人であるC.C.の声だった。

 ルルーシュだけなら、もしかして発見され、このような会話を捏造することも可能かもしれない。

 しかし、C.C.とコーネリアにどんな接点があるのか見当もつかない。

 それでも、ナナリーが取った判断は否定だった。

 

「な、なんのつもりですかコゥ姉様。こんな悪戯を仕掛けて。本当に質の悪い……」

 

 会話の内容もその声音も真に迫っているが、あり得ない。

 だが何処かでこれが事実だと認めている自分もいた。

 

「ナナリー。この会話がおかしいと思わないか?」

 

 全てがおかしいと思っているナナリーの心を読むようにコーネリアは首を振る。

 

「私は、マリアンヌ様の死についてゼロに。ルルーシュに問われて従順に答えている。言っておくが、私がユフィを殺した者の言いなりになるような事は断じてない。それでもこの時の私はなんの抵抗もなくルルーシュの質問に答えている。そして、あのブラックリベリオン。あれはなぜ起きた?」

 

「それは……」

 

 ユーフェミア・リ・ブリタニアが起こした日本人の虐殺。

 ナナリーはあれを不幸な行き違いから起きた事件だと思っている。

 あのユーフェミアが日本人を虐殺しろなどと命じる筈がない。

 

「そう。あり得ない事だ。あのユフィが日本人を虐殺しろなどと命じるのは。しかし、事実としてユフィは軍に日本人の虐殺を命じ、ブラックリベリオンが起きた」

 

 この会話の流れからコーネリアの言いたいことを察する。

 

「あり得ません!! そんな、人を従わせる魔法みたいな! あまりにも非現実過ぎます!?」

 

 大体、そんな事が出来るのなら傍にいた自分が気付かない訳がない。

 そこでコーネリアが話を切り替えた。

 

「少し前に、父上が殺害された」

 

「なっ!?」

 

 脈絡なく告げられた事実にナナリーの言葉が止まった。

 ブリタニア皇帝、シャルル・ジ・ブリタニアが殺害された。その情報にナナリーの頭は真っ白になる。

 そこから休むことなく新たな情報をナナリーに叩きつけにくる。

 

「そしてこれが、新たな皇帝の座が決まった時の映像だ」

 

 今度は音声だけでなく、放映された映像を流し始めた。

 最も、盲目のナナリーにもたらされるのは音声だけだが。

 

『私が第99代、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアだ』

 

『生きてたんだね、ルルーシュ。ナナリーが生きていたから君ももしやと思っていたけど。でも国際中継でこんな冗談は良くないよ。そこは父上の────』

 

『代98代、シャルル・ジ・ブリタニアは私が殺した。だからこれからは、私が皇帝になる』

 

 兄として嗜めようと前に出た長子であるオデュッセウスが前に出るが続くルルーシュの言葉に場が騒然となる。

 

『何を言ってるの! あり得ない!』

 

『あの痴れ者を捕らえろ!』

 

 会場にいた衛兵がルルーシュを捕らえようと動くが、突如上から現れた別の人物によって倒される。

 

『紹介しよう。枢木スザク。彼にはラウンズを超えるラウンズとしてナイトオブゼロの称号を与える』

 

 皇帝の椅子に座りながら宣言するルルーシュにオデュッセウスが尚も説得しようとする。

 

『い、いけないよ、ルルーシュ! 枢木卿も! 国際中継でこんな悪ふざけを!』

 

 賊として2人を捕らえようと再び衛兵が動く。

 そこでルルーシュが立ち上がる。

 

『分かりました。では手っ取り早く理解してもらいましょう。ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアが命じる。我を認めよ!』

 

 ルルーシュがしたことはたったそれだけ。

 すると、その場に居た者達の態度が一変する。

 

『オールハイル・ルルーシュ!』

『オールハイル・ルルーシュ!』

『オールハイル・ルルーシュ!』

 

 その異様な光景を音声だけで聞きながら、ナナリーは顔を青ざめさせ、ガチガチと歯を鳴らした。

 

「なに、これ……」

 

「ナナリーちゃん!」

 

 理解出来ない常軌を逸したその放映記録に体を震わせるナナリーの手をリーエンは握る。

 しかし、その震えが治まることはなかった。

 

「なんなんですかこれはっ!?」

 

 もはや悲鳴に近い叫びだった。

 ここから更に、コーネリアからトーキョー租界がブリタニアが開発したフレイヤという兵器をスザクが使ったことで壊滅したことと、そしてギアスという力で人を意のままに操っていたことが発覚し、黒の騎士団から切られた(厳密には違うが)ことなどを知らされる事となる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 事態を受け止めるには少し時間を要すると判断して自室に送ると1人で考えさせる時間を設けた。

 コーネリアの後ろからナナリーの部屋を出ると、リーエンが口を開いた。

 

「なんで……あんな風に、話したんですか?」

 

 コーネリアがリーエンの方を向く。

 堪らずにコーネリアの腕を掴んだ。

 

「あんな、ナナリーちゃんを追い詰めるように話さなくたっていいじゃないですか! もっと他にやり方が……!」

 

「言ってどうする? どう取り繕ったところで、事実は変わらん」

 

「……っ!?」

 

 あっさりと反論されるとリーエンはコーネリアから腕を放して顔を俯かせた。

 解っている。ナナリーはエリア11の総督として。何よりルルーシュの妹として今回のことを知る義務と権利があった。

 そして、生半可な事ではゼロがルルーシュなどとは信じなかった事も。

 それでも、感情が納得できずにコーネリアに食って掛かってしまった。

 リーエンが今した行動は罰せられても文句の言えない言動だったが、コーネリアはそうせず、フッ、と笑みを浮かべる。

 

「私がユフィと最後に話したのは、特区・日本を宣言した後でな。イレブンであった枢木を専任騎士に命じた事もあって、言い争いになってしまった」

 

 ユーフェミアは何度も話をしようとしたが、コーネリアが意地を張る形で拒否してしまっていた。

 

「これから、ナナリーがルルーシュと対峙するならば、事態どう動くか分からん。あの子を大事に想うなら、傍にいて支えてやってくれ」

 

 そう言って肩に手を置くとその場を去っていった。

 支えてくれ、と言われた。しかしリーエンには、それを出来る自信はなく、見つめた手の平に温かい水が落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 陽が落ちた頃にリーエンがナナリー用の夕食を運んで部屋に訪れた。

 

「ナナリーちゃん。食事、持ってきたよ。少しは食べないと……」

 

 そこでリーエンの言葉が止まる。

 部屋の中は文字通り荒れていた。

 

 花瓶などの陶器は割られ、ベッドのシーツはしわくちゃに床へと落とされている。

 引き出しなどもひっくり返されている。

 その部屋の中心に車椅子に座って天井に視線を向けているナナリーがいた。

 

「ナナリーちゃん! ちゃっ、これ!?」

 

 あまりの部屋の惨状にリーエンが部屋に入る。

 それに気付いてナナリーがリーエンに顔を向ける。

 

「リーエ、ちゃん……」

 

「危ないから! 先ずは部屋の片付けを! ううん! それより切った手の手当てを────」

 

「租界の人達がたくさん亡くなったって……私が守らなきゃいけない人達だったのに……1人だけ逃げて……」

 

 もうすぐ、衛星エリアへの昇格が決まっていた。

 それが全て無意味になってしまった。

 なにより。

 

「お兄様が……1番大切な人がその手を汚していたのに。何も気づかずに、ずっと笑って……」

 

 ポタリと、ナナリーの膝に滴が落ちる。

 

「止めないと……私が、お兄様を止めないと……」

 

 何度も止めないとと繰り返すナナリー。その頭を抱き寄せる事しかリーエンにはできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ルルーシュが、超合衆国への加盟を宣言してアッシュフォード学園での会談を設けた。

 そこでは会談の場にナイトオブゼロである枢木スザクをKMFで強襲し、脅迫によって超合衆国への加盟を認めさせる暴挙に出る。

 そしてそれは超合衆国に加盟している要人を全て人質に取ったことを意味していた。

 その最中に、首都であるペンドラゴンにフレイヤが撃たれた情報が入る。

 

 そして、今────。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『成る程。ならば、次の皇帝はシュナイゼル。貴方が為ると?』

 

「違うよルルーシュ。次の皇帝は、彼女だ」

 

 繋いでいたモニターをナナリーへと向ける。すると、フレイヤで死んだものと思っていたルルーシュが驚愕した表情になった。

 

『ナナリー、生きて……』

 

「お兄様。スザクさん。私は、貴方方の敵です」

 

 静かにそう宣言するナナリーに最初に問いかけたのはスザクだった。

 

『ナナリー! 君はシュナイゼルが何をしたのか────』

 

「スザクさんがそれを言うのですか?」

 

 トーキョー租界にフレイヤを撃ち込み、三千万の日本人を虐殺したことを挙げられてスザクは口をつぐんだ。

 

「それに、ギアスはどうなのですか? 人を奴隷にする力が正しいと? ユフィお姉様を滅茶苦茶にした力が正しいと仰るのですか?」

 

 それ以降、スザクは押し黙り、再びルルーシュに話しかける。

 

「お兄様もスザクさんも、ずっと嘘をついていたんですね。本当の事を黙って。そして私は、真実を知りました。お兄様が、ゼロだったんですね。それは、私の為ですか? もしそうなら、私は……」

 

 もう止めて、こんなことは。

 その手をもう血で汚さないで。

 

 そんな願いを込めて向けられる言葉にルルーシュが返したのは嘲笑だった。

 

『お前の為だと? 我が妹ながら図々しいことだ。自分が誰かからお恵みを頂く事が当然だと考えているのか? 自分の手を汚さずに他人の行動だけを責める。お前は俺が否定した古い貴族そのものだな』

 

「そ、んな……! 私はっ!」

 

『誰の為でもない。俺は俺自身のために世界を手に入れる。お前がシュナイゼルと手を組み、我が覇道を邪魔するのなら容赦はしない。叩き潰すだけだ!』

 

 そこでルルーシュ側から一方的に通信を切られる。

 

 呆然としているナナリーにシュナイゼルが手の甲を重ねる。

 

「辛い思いをさせてしまったね。フレイヤの威力を見せつければ、降伏してくれると思っていたのだけれど」

 

「……シュナイゼルお兄様。ペンドラゴンの被害は」

 

 ナナリーの問いにシュナイゼルが涼しげな表情で答える。

 

「心配は要らないよ。避難誘導は済ませてある。もちろん被害が皆無とはいかないけど、最少に抑えたつもりだ」

 

 シュナイゼルの答えに唖然としたのはコーネリアとリーエンだった。

 フレイヤの避難誘導などシュナイゼルは行っていない。ペンドラゴンにいた者達は今しがた滅ぼされたのだ。

 ナナリーは表情を変えずに続ける。

 

「シュナイゼルお兄様。フレイヤの発射スイッチを私にください」

 

 その提案にはシュナイゼルも僅かな驚きを見せた。

 

「私は、戦う事も、守る事も出来ません。だからせめて、罪だけは背負いたいんです」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ダモクレスの中にある庭園に移動する最中、リーエンはナナリーに話しかける。

 

「本当に、あのフレイヤって兵器をナナリーちゃんが撃つつもりなの?」

 

 ナナリーが撃たなければシュナイゼルが撃つだけだろう。だがそれでも、あんなもののスイッチをナナリーには触れてほしくなかった。

 リーエンの問いに答えずにナナリーは別の事を告げる。

 

「リーエン・ハミルトン。貴女はこのダモクレスから脱してください。シュナイゼルお兄様には私から話しておきます」

 

「え……?」

 

 何を言われたのか理解できず、リーエンは呆ける。

 それを数秒かけて理解し、慌てる。

 

「ちょっ、ちょっと待ってっ!? そんないきなり……!」

 

「ここから先、貴女がやるべき事はありません。今まで御苦労様でした」

 

 突き放すように告げるナナリーにリーエンは反発する。

 

「あ、あたしは行かないよ! ナナリーちゃんの傍に」

 

「これはお願いではなく命令です。ダモクレスから退避してください」

 

 あからさまに拒絶してくるナナリーにリーエンは食い下がる。

 

「嫌だって! あたしは────」

 

「貴女も、私が誰かからお恵みを頂くだけの存在だと言いたいのですか?」

 

 今度は若干の怒気を孕ませるナナリー。そこでリーエンはナナリーの地雷を踏む。

 

「さっきルルーシュ先輩が言っていたことを気にするのは分かるけど……」

 

 その言葉に、抑えていたモノを解き放つようにナナリーの表情がみるみると変わる。

 

「リーエちゃんに、貴女に何が分かると言うのですかっ!!」

 

 その怒声にリーエンはビクリと肩が跳ねる。

 

「何が分かると言うのですっ! 言ってみなさい!!」

 

 その豹変についていけず何も言えないリーエンにナナリーの絶叫が続く。

 

「分からないでしょう! 分かる筈がありません! 分かってたまるものですかっ!」

 

 その激情は、ルルーシュの存在によって抑えられていたナナリーの仮面の奥に隠されていた負の感情だった。

 

「私は貴女達とは違う! 私は見ることも、歩くことも出来ない! 貴女は何だって出来る! でも、私には出来ないんです!」

 

 ルルーシュの為に付けていた心優しい理想の妹という仮面。

 しかしそれはここに来てなんの意味もなくなったしまった。

 だから彼女は今まで抑えていた感情を抑えることが出来ない。

 

「自分の下着を自分で汚して、それを誰かに掃除してもらう気持ち、分かりますか!! 情けなくて歯痒くて、それでも身体を拭いてくれる人にすみませんすみませんって謝り続ける気持ち、分かりますか!! 涙が出るほど惨めで恥ずかしいのに、汚物を片付けてくれた人に、ありがとうって笑って見せなければならない気持ち、分かりますか!! 自分のことさえ満足に出来ない私が、皇女ですよ! 総督ですよ! 何でも出来る貴女達の上に居たんですよ! さぞや滑稽だったでしょうねっ!!」

 

 違う。リーエンは一度もそんな事を思った事はない。しかし、一旦吐き出し始めた膿は、止まることなく吐き出され続ける。

 

「お恵みを頂戴することしか出来ないですって! えぇ! そうですよ! お兄様の言うとおり、こんな身体、なんの役にも立たない! でも……お恵みを頂くことに、何の痛みもないと思ったら大間違いです! 誰がそんな事望んだりするものですかっ!!」

 

 荒くなった呼吸を抑えるように胸を掻き毟るようにして触れるナナリー。

 声のボリュームは落ちたが、込められる感情は些かも衰えない。

 

 

「リー、エちゃんには……貴女達には分からない。自分の目で世界を見てそこに行ける貴女には! 目の前で何が起きても、お人形のように座っていることしか出来ない気持ちなんて……!」

 

 次に言われた言葉にリーエンはハッとなった。

 

「ペンドラゴンの人達だって、私がフレイヤで殺して……なんて、愚かで……救いようのない……」

 

 ナナリーは気付いていたのだペンドラゴンの住民は避難などしていない事を。

 その上で、フレイヤの発射を許可した。

 例えナナリーが許可を出さなくとも、シュナイゼルが撃ったのだとしても、それが何の慰めになるだろう。

 

「ナナリー、ちゃ……」

 

 それでも、ナナリーに手を伸ばして手に触れると、重ねた手は払われた。

 

「無礼でしょう、リーエン・ハミルトン」

 

 明確な拒絶を持って。

 

「ここから先は貴女には関係ありません。もう────いいえ、最初から貴女はここにいる必要のない人でした」

 

 それだけ告げると、ナナリーは車椅子を自分で操作してリーエンから離れる。

 彼女の足は、後をついてこなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 庭園に着いたナナリーは車椅子に備え付けられている小物入れ用のポケットから1枚の折り紙を取り出した。

 それはかつて、リーエンがナナリーに折ってくれた天使の折り紙だった。

 何度も触れたその折り紙の輪郭をなぞる。

 結局、その姿を見ることは出来なかった。

 何の打算もなく、自分の傍に居てくれた少女をナナリーは拒絶し、切った。そんな自分がこれを持っている資格など無いのだ。

 自分は彼女が望んだような、天使ではなかった。

 

「さようなら、リーエちゃん……」

 

 ビリッと折り紙を破り捨てた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




たぶん次でゼロレクイエムが終わって、その次にエピローグ。


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報酬

久々に復活のルルーシュを観たら執筆が進んだ。


 パシャン、と水音が鳴ったのは、車椅子に衝撃が走った直後だった。

 

「え?」

 

 その事に若干遅れて反応したナナリーは水音がした方に顔を向ける。

 少しして水から何かが出てくる音がした。

 

「冷たっ!? なんか引っ掛かったのよさ!」

 

 くしゅんとくしゃみをして聞いたことのない誰かの声がする。

 

「あ、あの……大丈夫、ですか?」

 

「ん~? ランペルージさん。同じクラスの。あぁ、だいじょぶだいじょぶ。上半身から噴水に突っ込んだだけだから」

 

 それは大丈夫じゃないんじゃあ、とナナリーは思う。

 それとどうやら相手はナナリーと同じクラスらしい。

 

「ま、いいや。さっさと教室いこ」

 

「えぇっ!? あの、制服を乾かさないと……」

 

「めんどくさい。体温で昼までには乾くだろうからいいと思うのよ?」

 

「えぇ……?」

 

 あまりにも信じられない返答にナナリーが戸惑っていると、歩いて遠ざかる音が聞こえた。

 

「じゃあね、ランペルージさん。教室で」

 

 その後に彼女の名前がリーエン・ハミルトンという同じクラスの人だとナナリーは知り、次の日に彼女が風邪を引いて休んだ事を聞いた。

 その時の事は今でも覚えている。

 

「リーエン。なぜ貴女はドアの前で倒れているかしら? しかもジャージで」

 

「ちょっと走りに……うえーきもちわる……」

 

 何故か風邪を引いて休んでいたのに走りに行っていたらしいリーエン。

 ナナリーはその行動に絶句していた。

 リーエンと同室の女子生徒が重ねて質問する。

 

「……一応聞いてあげる。何故そんな馬鹿なことを?」

 

「走って汗と一緒にウイルスを追い出せば早く治るかなって……」

 

「ハミルトンさんはいつもそうして風邪を治してたんですか?」

 

「風邪なんて生まれてこのかた引いたことないのよさ。ランペルージさんは、どうして寮に?」

 

「お、お見舞いに……」

 

「おぉ……ランペルージさんは良い人なのね。でもごめん。今は部屋に入れて……動けない」

 

 同室の少女が心底呆れた様子で肩を貸して部屋に入れた後にベッドに下ろす。

 

「わざわざありがとね。すぐに、治ると思うから……」

 

「あの……お体には気をつけてくださいね?」

 

「はは。ありがと……あたし、あたしに優しくしてくれる人が大好きなのよさ……」

 

 茶化すような言葉だが、リーエンが嘘偽りなくそう言ってくれているのがナナリーには伝わった。

 それからも少しずつ話すようになって。

 仲良くもなって。

 そして今日までずっと支えてくれた優しい人。

 

 そんな大切な親友を、ナナリー・ヴィ・ブリタニアは自分から切ったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アーニャ・アールストレイムは今しがたナナリーから秘密の任務────いや、頼みを引き受けて退室したところだった。

 それは、皇帝ルルーシュを討った後に、ナナリー自身をも含めたブリタニア皇族をダモクレス共々に葬ってほしいという滅茶苦茶な願いだった。

 最初は引き受ける気のなかったその頼みをナナリーがこれまで抱えていた負の感情や兄に裏切られた事への絶望に触れて、騎士としてでなく、彼女の友人として最後の頼みを引き受けた。

 それでも、気が重くなるのを感じながら歩いていると、ナナリーのいる部屋に向かって行く人影を見つける。

 その人物を見て、アーニャは小さな驚きから瞬きする。

 ナナリーの部屋に行こうとしているのは解雇してここには居ないと言われた少女だった。

 その少女は不機嫌そうに歩いており、アーニャに気付くと慌てて取り繕うようにして一礼する。

 そうしてそそくさとナナリーが居る間へと入っていった。

 それを見てアーニャは僅かばかりの希望を懐く。

 ずっとナナリーの傍にいたあの少女が、絶望に堕ちたあの皇女を、少しだけでも救ってくれるのではないかと。

 その人任せな期待を懐きながらアーニャは自分の戦場へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 入ってきた人物にナナリーが呆けたのは一瞬耳がおかしくなったのかと思ったからだ。

 聴こえる足音はゆっくりと近づき、聞き馴染んだ声で自分を呼ぶ。

 

「ナナリーちゃん……」

 

「どう……して……」

 

 ナナリーの質問に答えずにリーエンが近づいて来る。ただ、その足音はいつもより躊躇いがちに感じた。

 その足音がナナリーの頭に少しだけ冷静さを取り戻させる。

 

「何故、貴女がここに残っているのですか……?」

 

 自分の声が僅かに震えが混じっているのを感じてナナリーは自身に苛立つ。

 ここまで来て、そんな情けない声を出すことは許されない。

 ナナリーがここを出るように言う前に、リーエンが口を開いた。

 

「あたし、きっと心のどこかでナナリーちゃんのこと見下してた」

 

 その言葉が信じられないようにナナリーは息を呑む。

 

「目の見えないナナリーちゃんに折り紙を教えたり、車椅子を押したりして、感謝の言葉をいつも言ってくれるのが心地よくて、いつの間にか、ナナリーちゃんの上に立ってたつもりだったんだと思う」

 

「……そうですか。それで? そんな事を今更口にして、どういうつもりですか? 罪悪感を薄めたいだけなら、他所でやって下さい」

 

 ナナリーはただ、リーエンを突き放す。それが、彼女の為だと信じて。

 しかし、ナナリーの言葉を無視して続ける。

 

「初めて、ゼロと会ったときのことを覚えてる? ほら、飛行船で」

 

「それが、なんですか?」

 

 今更、何故そんな事を話すのか。意味が分からずアーシアは苛々を募らせた。

 

「あの時に、ナナリーちゃんはガタガタ震えてたあたしと違って、ちゃんとゼロに自分の意見を言って。その後も、特区・日本を宣言して。あの時に思ったのよ。スゴいなって」

 

 嬉しそうに話すリーエンにナナリーは車の手摺を強く握った。

 リーエンが何を言いたいのか、まるで理解出来ない。

 

「それからも色々遇ったよね。たくさんの問題が在って、ナナリーちゃんの考えを否定されたり、立て籠り事件とか。無茶な事もしたし、日本の人達の為にずっと頑張ってきて。そんな風に頑張れるナナリーちゃんにずっと憧れてたんだよ。誇らしかったって言ってもいいかな?」

 

 その言葉にナナリーは唖然となった。

 もし彼女の目が見開けたなら、その目蓋が限界まで開いていただろう。

 だが、その言葉は今のナナリーには怒りを買う物でしかなかった。

 

「馬鹿に、してるんですか? こんな私に憧れてたなんて……」

 

 目も足も不自由で、誰かに助けて貰わないと生きていけない。

 そんな人間のどこに憧れるところがあるのか。

 リーエンはゆっくりとナナリーに近づく。

 

「ゴメンね。あたしはたぶん、どれだけ説明されても、ナナリーちゃんの苦労とか痛みとか、本当の意味じゃ解ってあげられない。あたしに都合の良い物を見てる部分もあると思う。それでも、ずっと見てきたよ。これまで、どれだけナナリーちゃんが頑張ってきたか」

 

 どれだけ不安だっただろう。

 点字で書かれた書類や聞いた報告に嘘はないか。

 自分の施した政策がどれだけ反映され、人々に受け入れるか。

 そんな不安と戦い続け、少しずつ評価されていったのに、それは全てスザクが撃ったフレイヤで台無しにされて。

 でも、その結果などリーエンには関係ない。

 死んでしまった人達には悪いが、彼女にとって大事なのは大切な親友の頑張りなのだ。

 そこから一拍置いて続ける。

 

「さっき怒ったのも、悲しかったけど、嬉しくもあったのよ? ナナリーちゃん、ああいう誰かを傷付けるような感情を向ける事ってないから」

 

 それは、ナナリーなりの処世術だったのだろう。

 人に嫌われないように振る舞う事こそが。

 例えそれが負の感情でも、本心をぶつけてくれたのは嬉しかった。

 

「でも、怒ってる部分もあるよ。分かる?」

 

 まるで謎解きでもするような口調で問うリーエンに、ナナリーは答える。

 

「それは、私が貴女に酷い事を言ったから……」

 

「ぶっぶー。違いまーす!」

 

 もう触れられる位置まで近づくとリーエンはナナリーの両肩を強く掴んだ。

 

「それはね。あんなことを言ったくらいで、あたしがナナリーちゃんを嫌いになって、離れていくなんて思った事を、だよ! ちょっとひどいこと言われたくらいで距離を取るなら、ここまで付いて来る訳ないじゃん!」

 

 その声はナナリーに向けるには珍しく怒った口調だった。

 ナナリーが痛みを感じる程に強く肩を掴み、涙声混じりに叫ぶ。

 

「ホンットーにそれだけが腹立つのよさ! あたしは確かに馬鹿だけど、そんな薄情じゃないんだから!」

 

 こんな時に何を言っているのだろう、彼女は。

 そんな事を言う為に態々ここに来たのか。

 

「それで? 気が済みましたか? なら、早くダモクレスから出て下さい。戦闘になる前に────」

 

「嫌だよ! 逃げないって!」

 

 ナナリーの言葉を遮って拒否するリーエン。

 その態度にナナリーの苛立ちが限界を迎えた。

 

「いい加減にしてっ!!」

 

 掴まれていた腕を払い、リーエンを押し退ける。

 一変した態度にリーエンは驚き、ナナリーは捲し立てる。

 

「ここから先は、リーエちゃんには関係ない事だよ! それに! それにここに居たら、貴女まで巻き添えにっ!?」

 

 荒くなった態度と口調を調えてからナナリーは告げる。

 

「この戦闘でルルーシュお兄様を討った後に、アーニャさんにこのダモクレスを沈めるように依頼しています。ブリタニア皇族である私とシュナイゼルお兄様をこの世界から消す為に」

 

 これまで、散々世界を踏み荒らしたブリタニア。その皇族とダモクレスが世界の憎しみを一身に背負って消えることで世界が明日を迎えれば良いと思っている。

 だがそれはルルーシュがこれまで犯してきた罪を知り、まだ罪を重ねようとするだけでなく、自分の言葉を拒絶した絶望からくる自棄っぱちの感情であり、自分達の死で世界が良くなればいいな、という願望だった。

 だが、そんな自殺に親友を亡きを巻き込む訳にはいかず、ナナリーはここを離れる為にリーエンを拒絶する。

 

「……ナナリーちゃんは、ここで死ぬ気なの?」

 

「……」

 

 ナナリーの沈黙をどう受け取ったのか、リーエンは大きく息を吐いた。

 

「そっか。なら、しょうがないなぁ」

 

「そうです。だから早くダモクレスから────」

 

「なら、やっぱりあたしはナナリーちゃんの傍に最後までいるのよさ」

 

 まるでちょっとしたお願いを聞くような気楽さでそう告げた。

 

「結局、あたしが頑張ってるナナリーちゃんにあげられる物ってなんだろうって、ずっと考えてた。ようやく決まった。あたしはここでナナリーちゃんと一緒に死ぬことくらいしか無いみたい」

 

「なにを、言ってるの……?」

 

 訳が分からない。何でそんな結論に至ってしまうのか。

 リーエンはもう一度ナナリーに近づき、頭を抱き寄せる。

 

「世界中がナナリーちゃんを憎んでも、一緒に死んでも良いって思うくらい想ってる馬鹿が1人くらい居ないと、不公平だもんね。だから、あたしが最後まで傍に居るのよ?」

 

 それはただの自己満足で、何の価値もない。誰も得をしない選択だった。

 

「ずっと頑張ってきたナナリーちゃん。それが周りの所為で駄目にされて、ルルーシュ先輩にも拒絶されて。それで全部が全部嫌になって死んでいくなんて、あたしが嫌なのよ。何か1つくらい、報われる物がないと。でもあたしがあげられる物ってもうそれくらいしかないのよ。悔しいなぁ。ここで、ナナリーちゃんが生きたくなるような言葉1つ浮かばないなんて」

 

「なんで……そこまで……」

 

 抱き締めてくれている体は震えていて。リーエンが死にたくないと思っているのが伝わる。

 それでもナナリーの為に一緒に死ぬという。

 

「うん。理由は色々と思いつくけど。1番の理由は単純で。あたしはナナリーちゃんが大好きだから。あなたの頑張りが少しでも報われて欲しいから、かな」

 

 その為なら、ここで自分の命を終わらせても良いと、リーエンはそう言った。

 なんて馬鹿な選択だろう。

 誰もそんな事を望んでないのに、彼女はナナリーが少しでも報われて欲しいからと、それだけの為に自分の命を捨てようとしている。

 拒絶しろと理性が叫ぶ。

 貴女の自己満足に付き合わせるなと抱き締めている腕を払えと。

 

「本当に、最後まで居てくれるの……?」

 

「うん。ナナリーちゃんがどんなに突き放しても、離れてなんてあげないのよさ」

 

「ばかだよ……本当に、馬鹿……」

 

「あたし、ずっと周りが羨ましかった。ルルーシュ先輩みたいに頭が良かったら。スザク先輩みたいにKMFの操縦とか、格闘技が強かったら、もっとナナリーちゃんの役に立てるのにって。でも、今はあたしが無能で良かったって思ってる。だって、そのお陰で今、ナナリーちゃんの傍に居られる」

 

 もしもリーエンがもっと有能で、周りの注目を集める存在なら、もっと別の場所に配置されたかもしれない。

 KMFの操縦が達者なら戦場に駆り出されていたかもしれない。

 頭脳明晰なら、誰かに利用されたり、殺されたりしていたかもしれない。

 誰かに注目されるほど際立った物が無かったから、こうしてリーエン・ハミルトンはナナリー・ヴィ・ブリタニアの傍に居られたのだ。今、この瞬間も。

 その温かさに、ナナリーは目頭が熱くなった。

 気がつけば、その腕を払うのではなく、強く掴んでいた。

 

「ごめんなさい……ごめんなさい、リーエちゃん……!」

 

 貴女の優しさを、好意を疑って。酷い言葉を投げ付けてごめんなさいと、ナナリーはリーエンの胸に埋めて泣いた。

 ここまで自分を想い最後まで味方で居てくれる人。

 

「わたし、前にリーエちゃんが折ってくれた折り紙を破いて捨てて……」

 

「うん。分かってる。分かってるから」

 

 ナナリーが泣き止むまでずっと頭を撫で続け、嗚咽が治まると、リーエンの顔を真っ直ぐと見つめた。

 これは、せめて自分が言わないといけない言葉だから。

 

「リーエン・ハミルトン。この戦いがどう終わろうと、私はこのダモクレスと共に最後を迎えます。だから────私と一緒に、死んでくれますか?」

 

「うん。ナナリーちゃんがそう望んでくれるなら」

 

 リーエンは、ナナリーの手に自分の手を重ねた。

 

 

 

 

 

 




次回でゼロ・レクイエムまで終わるはず。出来ればエピローグまで書きたい。


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終着

これにて完結。


「ナナリーちゃん、ここ、触れてみて」

 

 リーエンに手を引かれてナナリーは彼女の首に触れた。

 そこには人肌とは思えない感触。

 

「アッシュフォード学園に入学する少し前に火事に遭ってね。その時に大きな火傷が残っちゃって。その所為でせっかくの婚約も破談になっちゃったのよさ」

 

 以前、ナナリーの異母姉であるカリーヌが言っていたリーエンには嫁の貰い手がないと。その理由を知って言葉を失う。

 

「この所為で家でも冷遇されちゃったけど、今はそれも良かったって思ってる。だって、こんなに大好きな友達に出会えた」

 

 そう言って、リーエンはナナリーを抱き締める。

 

「この戦いで死んで、生まれ変わったらさ。あたし、ナナリーちゃんに会いに行くのよ? そしたら、一緒に色んなところに行こう。手を繋いで。平和な世界でたくさん笑おう」

 

 そう言って自分の小指をナナリーの小指に絡ませる。

 

「ゆ~びきりげんまんうそついたら針千本のーます!」

 

 指切った、と離した。

 それはいつか、リーエンは何があってもナナリーの味方で、ずっと傍にいると約束したときと同じ儀式。

 

「あたしが男の子に生まれたら、プロポーズしに行くから、覚悟してるのよ?」

 

「ふふ……うん。楽しみにしてるね」

 

 これから死ぬとは思えない。まるで旅行を楽しみにしている友達同士の会話のような気安さだった。

 決戦前にこんなにも安らげる気持ちにさせてくれたリーエンに感謝しつつもナナリーは心の中で思う。

 

(私はきっと、地獄に落ちる。リーエちゃんと同じ場所にはいけない)

 

 この罪だけは自分の手元に置くとナナリーはダモクレスのフレイヤ発射の鍵を握りしめた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『おや? 君は……』

 

「ナナリー様に泣きついて再就職しました」

 

 サラッと言うリーエンにシュナイゼルは動じる様子もなくそうかい? とだけ言った。

 おそらくはここにリーエンが居ようと居まいと戦いに何の影響も無いからだろう。

 要はどうでも良い。

 リーエンにとってもそれは同じで、今はナナリーの傍に居たいだけなのだ。

 これから戦闘が始まることやフレイヤを撃つ事を躊躇わないことなどを確認された。

 モニターが切れると、フレイヤの発射スイッチを強く握りながら震えるナナリー。

 そんな彼女に後ろから腕を回す。

 これから大勢の人を殺すスイッチを押すことを"がんばれ"なんて言えるわけもない。

 だから、リーエンが言えるのは。

 

「最後まで、傍にいるよ……」

 

「うん……」

 

 戦争が、始まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 戦闘が始まると空を埋め尽くすような数のKMFが前に進んでは後退を繰り返す。

 それをモニターで見ていたリーエンがナナリーに見たままを伝える。

 互いに小競り合いはあれど、探り合うような動き。

 徐々に黒の騎士団の戦力がルルーシュ側のブリタニア軍の中へと進んでいくと変化が起きる。

 何とルルーシュが富士山にあるサクラダイトを爆発させ、味方ごと黒の騎士団の戦力を潰しにきた。

 その甲斐あってか、黒の騎士団の母艦である斑鳩も墜落していく。

 その光景を見ていたリーエンは唖然となった。

 

「そんな……ここまで……」

 

 ルルーシュが使った策に身震いするリーエン。

 しかし、黒の騎士団が大損害を被り、その枷が無くなった事で此方もフレイヤを撃つ条件が整ってしまった。

 

『ではナナリー。君の手にある裁きの雷を』

 

「はい……お兄様の罪は私が討ちます」

 

 震える小さな手で、大量虐殺のスイッチが押された。

 本来、フレイヤは爆発してからその圧倒的な破壊力を出すまでには僅かな時間がかかる。

 ルルーシュもそれを狙って特攻紛いに相討ちを指示し、KMF部隊に撃墜させようとするが、臨界時間の短縮に成功している改良型のフレイヤは瞬く間にKMFを呑み込んだ。

 その光景を数回見て、リーエンは顔面蒼白になる。

 人が一瞬で塵になる光景。

 真っ当な感性を持つなら、耐えられない。況してやそのスイッチを押したとなれば。

 

「ナナリー、ちゃん……」

 

「大丈夫、だから……私が、お兄様を止めないと……」

 

 何かに取り憑かれたようにルルーシュの暴走を止める事だけに集中するナナリー。

 リーエンは、ナナリーが戦場の映像を見ることがなくて良かったと思った。

 しかし同時に、この光景をナナリーの持つ独自の感覚で知覚している事も察していた。それはきっとリーエンが思うよりも正確に。

 その証拠に、ナナリーの表情は今にも倒れそうな程に血の気が引いている。

 

「こんなに……私が……」

 

 ルルーシュのギアスで操っている兵士を突撃させて、フレイヤの残弾を消費させるという手が続く。

 その間に、黒の騎士団の機体がルルーシュ側の旗艦であるアヴァロンへと辿り着き、捕らえられていた人質の解放に動いた。

 そんな中でルルーシュがとうとうKMFで出撃する。

 

『玉砕か。見苦しいね。さぁ、ナナリー。この戦いを終わらせよう』

 

「……はい」

 

 ルルーシュ()を討つために、ナナリーは再びフレイヤを戦場に落とす。

 フレイヤの爆発にルルーシュが呑まれ、この戦いは終わる。

 その筈だった。

 しかし、爆発までの僅か19秒。その間にランスロットがフレイヤに向けて槍のような武器を投げると、驚異的な破壊力を誇っていたフレイヤの爆発は殆んど封じられた。

 その映像にシュナイゼル達が呆気を取られる。

 フレイヤ発射の為に開けていたブレイズルミナスが再び閉じる僅かな間にランスロットが内側まで侵入し、銃口と光の翼から放たれるエネルギーの刃がダモクレスを攻撃する。

 

「キャッ!?」

 

「ナナリーちゃん!」

 

 その振動で車椅子から落ちそうになったナナリーを支えるリーエン。しかし、フレイヤのスイッチをその手から離してしまった。

 すぐに拾おうとするリーエンをナナリーが止める。

 

「待って! 私が、自分で拾うから」

 

「拾うって……」

 

 ナナリーは床を這い、見えない目の代わりに手でペタペタと床に触れてフレイヤのスイッチを探す。

 あんな物を、リーエンに触れさせたくはなかった。

 自分のミスは自分で取り返す。

 その思いでフレイヤのスイッチを探すが、目の見えないナナリーにはそれが難しい。

 ここに来て、上がらない目蓋に苛立つ。それは憎悪に近かったのかもしれない。

 見えない目と動かない足が最期まで彼女の邪魔をする。

 

「鍵! 鍵は、どこ!?」

 

 両腕を動かし、床を探し回るその姿にリーエンはナナリーの意思を無視してスイッチを拾うか迷う。

 そこで、変化が起きた。

 

「あ……」

 

「ナナリー、ちゃん……?」

 

 まるで壊れて外れなかった錠が突然外れるように、ナナリーの目蓋が上へと開いていく。

 それを見て、リーエンは涙目になって口抑えた。

 ナナリーは床に転がったフレイヤのスイッチをその手に掴んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ダモクレスの内部に侵入したルルーシュはシュナイゼルを策に嵌めて、ゼロに仕えるギアスをかけた。

 外では、この戦場で最高の性能を持つランスロットと紅蓮の2機が激しい戦闘を繰り広げている。

 多くのKMFと命が散っていく中、ナナリーが居る庭園にルルーシュが足を踏み入れる。

 ナナリーがフレイヤの発射スイッチを手にしていると知った今、無視するわけにはいかない。

 向かい合う兄妹。かつて、ルルーシュがゼロだった頃にエリア11に向かう艦で対峙した時と同じ構図だった。

 口を開いたのはナナリーからだ。

 

「お兄様、ですね? 私から、これを奪いにきたのですか?」

 

 ナナリーが握っているフレイヤの発射スイッチを見せる。

 

「そうだ。それはお前には不要な物だ。だから────」

 

「だからです。もう、目を背けてはいられないから」

 

 ナナリーが閉じていた目蓋を開けると、ルルーシュの驚きの表情をする。

 

「ナナリー、お前……!」

 

「数年ぶりにお兄様のお顔を見ました。それが人殺しの顔なのですね。きっと私も、同じ顔をしているのでしょう」

 

 一拍置いてから、ナナリーは鋭い視線をルルーシュに向けた。

 

「私にも、ギアスを使いますか?」

 

 そこから、兄妹の対話による対決が始まった。

 ゼロを名乗り、ギアスを使い、人々の心をねじ曲げてきたルルーシュに世界を手にする資格はないと言うナナリー。

 ルルーシュはナナリーの未来の為にもそうするしかなかったという。

 しかし、それはナナリーの望む願いではなかった。

 兄が人殺しをしてまで、安全な未来が欲しいと思った事はない。

 隠れ住むような生活でも、兄が居てくれれば良かったのだと。

 その考えをルルーシュは負ける考えだと切って捨てる。抗う事は必要だと。

 しかしナナリーは、その為にギアスで人の意思や尊厳を踏みにじり、駒として使い捨てるゼロの存在を卑劣だと否定する。

 ならば、とルルーシュはダモクレスは何だと問うた。

 フレイヤという暴力で人々を恐怖で縛るダモクレスこそ、卑劣ではないかと。

 

「だからこそ、ダモクレスは憎しみの象徴になります。憎しみは、ここに集めるんです。皆で明日を迎えるために」

 

 ナナリーのその言葉にルルーシュが一瞬、微笑んだ気がした。

 彼は目元を手で覆う。

 

 そして────。

 

「ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアが命ずる。ダモクレスの鍵を渡せ!」

 

 右手を前に出し、ナナリーに命ずる。

 最初こそ抵抗していたナナリーだが、次第に自分から手にしていたフレイヤの発射スイッチを差し出す。

 それをすぐに受け取らず、膝を曲げて視線を合わせた。

 先程までは言葉にしなかった兄としての愛情を口にしてスイッチを受け取る。

 するとギアスが解けてナナリーは正気を取り戻した。

 

「使ったのですね! 私に! ギアスを!?」

 

 答えずに一瞥だけして去ろうとするルルーシュ。

 ナナリーはそれを追うが、階段の段差のところでリーエンがストップをかけた。

 

「ナナリーちゃん、危ない!」

 

「お兄様は悪魔です! 卑劣で、卑怯で……!」

 

 嗚咽を漏らすナナリー。

 その唇が動く。

 私は、貴方のそんな姿を見たくないだけなのに、と。

 それを見たリーエンは────。

 

「ゴメンね、ナナリーちゃん。約束、破るのよ?」

 

「え?」

 

 ナナリーの目が開いて、ルルーシュがやってくる間。

 この後に何があっても何もしないで欲しいと言われていた。

 例え、ナナリーが撃たれる事となっても。

 その筈だったのだが。

 ナナリーから体を離して深呼吸し、走る。

 その音に気付いたルルーシュが後ろに振り返った。

 すると彼女は跳躍していた。

 

「死ねぇ!! 先輩っ!!」

 

「おわっ!?」

 

 跳び蹴りを避けると即座に体勢を切り替えたリーエンは、ルルーシュの横っ腹に拳を叩き込む。

 フレイヤの発射スイッチを握る握力が僅かな呻き声と共に弱まり、それを奪い取った。

 

「おまえ、何を……」

 

「ゲットだぜ、なのよ? ナナリーちゃん、パス!」

 

「え?」

 

「放り投げるな! それが何か分かっているのか! フレイヤが発射したらどうするっ!」

 

「あ……」

 

 ルルーシュに指摘されて気付いたのか、リーエンはやべ、と言うような顔になる。

 スイッチは問題なくナナリーの手に戻った。

 振り出しに戻り、小さく舌打ちするルルーシュ。

 くるりとルルーシュへと向き直る。

 

「兄妹喧嘩であたしがどうこう言うのは筋違いだと思うけど、取り敢えず先輩、ナナリーちゃんに謝って」

 

 リーエンの言葉にルルーシュが怪訝な表情になる。

 

「前にナナリーちゃんに酷いこと言った事とか! 今、ギアスっていうの使ったことを謝って!」

 

 怒ってます、と言わんばかりの表情で、そんな子供染みた事を言うリーエンに、ルルーシュは苛立ち混じりに顔をしかめた。

 

「今がどういう状況か理解しているのか!」

 

「はぁ? そんなの、あたしが解る訳ないのよ!」

 

 銃を抜いて此方に向く前にリーエンは手首に手刀を落として銃を落とし、もう1発殴る。

 

「つっ、このっ!?」

 

 何とか押さえつけようとするが、予想外にもリーエンは流れるようにルルーシュの手を躱し、鼻っ柱に頭突きを叩き込んだ。

 鼻を押さえるルルーシュにリーエンは驚いた様子で呆然となる。

 

「おーっ! 先輩の動きが結構分かる! 2号さんにボコボコにされたのもムダじゃなかった!」

 

 これまでの訓練の成果が出ていることに場も弁えず感動していると、ルルーシュが質問した。

 

「2号とは誰の事だ!?」

 

「アールストレイム卿! あの人、二重人格で、性格変わると訓練と称して笑顔であたしの事、ボコってきたのよさ!」

 

 すると、リーエンがこちらに向かってくる。

 ルルーシュは今の説明で大体の事は理解して内心で憤る。

 

(マリアンヌゥウウウゥウッ!!)

 

 もはや母とすら呼ばずにCの世界で消えた母を心の中で罵倒した。

 

(貴女は、最期まで俺の邪魔をするのか! だが、俺はこんなところで止まる訳にはいかない! この障害を乗り越え、ゼロ・レクイエムを……!)

 

 アーニャの中に居たマリアンヌは別段、ルルーシュの邪魔をする為にリーエンを鍛え(虐め)て居たわけではない。

 彼女からすれば、ちょっと抵抗する玩具としてストレス発散をしていただけである。

 しかしそれは誰もが予期せずルルーシュに対する最期の壁として立ち塞がっている。

 さすがにスザクと比べれば大した事はないが、それでもルルーシュ1人で押さえるのは難しい相手だった。

 

(くそっ! ナナリーと一緒にギアスをかけたのは失敗だった! だが、こんな事で計画が潰れるなど、そんな馬鹿な話がっ!?)

 

 そこで足払いをかけられたルルーシュは尻を床に付き、リーエンが上に乗ると胸ぐらを掴んだ。

 

「言葉にしてくれないと、説明してくれないと分からない。あたし、前から先輩のそういう自分が正しいから従うのが当然みたいなところ、ほんっとーに嫌いだったのよさ!」

 

 感情が爆発した事で、ナナリーが溜め込んでいたものを知ることが出来たように。言葉にしないと伝わらず、話し合っても理解し合える訳ではない。

 だけど正しいから、1番良い結果になるからと、何も言わずにその結果だけを押し付けるのは違うと思う。

 だから────。

 そこ先を続けようとすると、後ろから何かが崩れ落ちる音がした。

 振り向くと、ナナリーが意識を奪われていた。

 それを行った人物を見る。

 

「ス────」

 

 しかし、相手の超人的な回転蹴りで蹴り飛ばされてリーエンも意識を失った。

 

「大丈夫かい、ルルーシュ?」

 

「あぁ、助かった……」

 

 ルルーシュは立ち上がり、ナナリーの手からフレイヤの発射スイッチを再び奪う。

 

「随分とこっぴどくやられたみたいだね」

 

 苦笑する相手にルルーシュはふん、と鼻を鳴らした。

 そして小さく笑みを浮かべる。

 

「この戦いで、世界や黒の騎士団。あのシュナイゼルまでもが俺達の手の平だった」

 

 綱渡りの部分はあったが、概ね彼の計画が始まってから、ここまで、誰もがルルーシュの予測通りに行動した。

 彼の予想を僅かに上回ったのは、ここで眠る2人の少女だった。

 ナナリーはかけられたギアスを破り、光を取り戻すとは思わなかった。

 リーエンもここまで残り、最期に噛みついて来るとは思わなかった。

 

「だが、それで良い」

 

 全て自分の予測通りにしか動けない世界など、それこそ先がない。

 2人は、確かにルルーシュの思惑の外に出たのだ。

 もう、ここに居る理由はない。

 

「では行こうか、"ゼロ"よ」

 

 こうして、富士での戦闘はルルーシュの勝利に終わる。

 世界が彼の暴君に支配されるかと思い、絶望した。

 しかし、反逆者を処刑するパレードの最中に現れたゼロに悪逆皇帝ルルーシュは討たれ、彼の支配は呆気なく終わりを告げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ルルーシュが討たれて数ヶ月。

 

「という訳でやって来ました母校、アッシュフォード学園!」

 

 イエーイ! と拳を掲げてから車椅子を押して学園の敷地内に入る。

 既に集まっていたメンバーがナナリーとリーエン。そしてゼロの居るところへ駆け寄った。

 

「お久しぶりです、皆さん」

 

 ナナリーの挨拶にかつての生徒会のメンバーが再会を喜ぶ。

 

「ミレイ会長もシャーリィ先輩も元気そうなのよ」

 

「リーエちゃんも元気そうで良かったわ。もう心配させて……」

 

「でも、ナナちゃんやリーエちゃん、少し大人っぽくなったね」

 

「そ、そうですか?」

 

「え? 何処が?」

 

「……リヴァル先輩。後で校舎裏に行きましょ。最近、鍛えてるから実演してあげるのよさ」

 

「それが大人になった奴の行動かよ!」

 

 そこから簡単な近況を教え合っていると、屋上から花火が上がった。

 ミレイが用意した催しかと思ったが、彼女も驚いていることから違うらしい。

 皆が花火に魅入っていると、リヴァルがポツリと呟いた。

 

「前に、ルルーシュが言ったんだ。また皆で、こうして花火を上げようって……」

 

 その約束はこうして果たされる。

 ナナリーが横に居たリーエンの手を握った。

 繋ぐ手を拒絶せず、リーエンは笑みを浮かべる。

 失ったもの。取り戻せない物はあれど、繋がれた手には確かな絆があった。

 いつか、犯した罪を切り刻まれる時が来ても、今はただ、ここにある温もりだけで良かった。

 

 ここに居ない者達が、この花火を何処かで見てくれている事を願った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 予告、復活のルルーシュ編。

 

 

 

「ナナリーちゃん! もうちょっと先だけど、あたし、結婚する事になったから! 友達として、スピーチよろしくね!」

 

「へ?」

 

 

 訪れた異国の地。

 そこで襲われた部隊にゼロとナナリーが拐われてしまう。

 その危機に現れたのは────。

 

 

「うわ……引っ掻き回すだけ引っ掻き回して後始末をスザク先輩に丸投げな上に女性と旅行とか……良い御身分ですね、ルルーシュ先輩」

 

「助けてもらっておいて随分な言い草だな。おい立て」

 

「イタッ! 怪我してるし嫁入り前なのよ! ちょっとは丁重に扱って欲しいのよさ!」

 

「なんだ? お前を妻に迎える物好きが居たとはな」

 

「は? 何言ってるの? あたしの婚約者、先輩のお兄様なんですけど。 ほら、あたしの事、今日からお義姉ちゃんって呼んで良いのよ?」

 

「…………………………シュナイゼルだとっ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




復活のルルーシュは書きません。


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婚約

(なんであたし、シュナイゼル様と2人っきりで食事してるんだろう?)

 

 当然呼び出されたと思ったら車に乗せられ、高級レストランの個室で食事を摂っている。

 ナナリーのオマケで一緒に食事をした事はあるが、マンツーマンとか一種の罰ゲームではないだろうか? 

 

(緊張して食欲がなくなる。だけどそれにしても、このお肉柔らかいなー。軽く噛むだけで肉がほぐれておいしー。おかわりしても怒られないかな?)

 

 このお店の代金は全てシュナイゼル持ちという話なので、遠慮なく食事をしているリーエンは意外と肝が座った少女なのだ。

 食事が一段落すると、表情が声程に語っているリーエンにシュナイゼルが苦笑する。

 

「随分とここの料理を気に入ってくれたみたいだね」

 

「は、はい! とても美味しかったです!」

 

 緊張をしながらもそう返すリーエン。

 食後の飲み物が出されるとシュナイゼルから話題を振りだした。

 

「秘書の試験、合格おめでとう。カノンも随分驚いていたよ」

 

「はい。その節はカノンさんには大変お世話に……」

 

 ルルーシュ率いるブリタニアとの戦争後、秘書試験を受けると決めたリーエン。

 しかし、そのハードルは高かった。

 何せ、彼女の最終学歴はアッシュフォード学園中等部の中退。

 在学中も飛び抜けて成績良かったという事もなく、要するに基礎学力が決定的に足りていないのだ。

 せめて紅月カレンのように学園に再入学してはどうかという声もあったが、本人がそれを固辞し、カノンを家庭教師にして勉強していた。

 本人の努力とやる気が高かった事もあって、着実に学力を伸ばし、勉強を見ていたカノンも3回試験を受ければたぶん合格するだろうと思っていた。

 それが蓋を開ければ試験の1発合格。これにはカノンを始め周りは元より、親友であるナナリーも目を丸くしていた。

 それくらいあり得ないと周りは思っていたのだ。

 

「カノンも驚いていたよ。リーエンが何か不正を働いたんじゃないかと疑う程に。私としては、カノンのあの表情を見られただけでも楽しかったがね」

 

「は、はぁ……」

 

「ともかく、これからも世界人道支援機関(WHA)の名誉顧問として活動するナナリーの側で支えてあげて欲しい」

 

「それはもちろん。えぇ、はい」

 

 ナナリーは政治以外の道で復興を助けられるようにと黒の騎士団をバックにWHAの名誉顧問として働くと決めた。

 リーエンが秘書資格を得ようとしたのもその為である。

 

(前みたいなメイドじゃあ、出来ることも少ないしね)

 

 光を取り戻したナナリーは以前よりも出来ることが増え、リーエンの手助けも少なくなっていた。

 ならばリーエンも出来ることを増やさねばと秘書試験を受けたのだ。

 それだけでなく、咲世子からは家事と護身術と変装術。カレンとジノからはKMFの操縦を習っていて、何を目指しているのか本人もよく分からない状態だ。

 そこでシュナイゼルが口を付けたグラスを置き、今回の本題に入った。

 

「ところでリーエン。君は、私と婚約する気はないかな? もちろん今のまま仕事を続けてくれて構わないよ。その方が私も助かるからね」

 

 その提案に口付けていたノンアルコールのワインを吹いてシュナイゼルに吹きかけなかった自分を褒めたい気分だった。

 驚いて噎せたリーエンはグラスを置いて質問した。

 

「な、何故わたしを? シュナイゼル様なら選り取り────あ、いえ、引く手数多では?」

 

 やや品の無い言い回しを変えるリーエンの様子を気にせず、シュナイゼルはうん、と間を置いた後に説明を始めた。

 

「皇族制が廃止されたとはいえ、元ブリタニア皇族の血を残そうという意見は意外と多くてね。だが、皇族の血を残しているのは私を含めて少ない」

 

 あの戦争で大半の皇族はルルーシュのギアスにかかり、シュナイゼルが用意したフレイヤで死亡している。

 今では指を折って数えられる人数にまで減ってしまった。

 尤も、遠縁や隠し子なども調べればもう少し生き残っているかもしれないが。

 何よりも悪逆皇帝ルルーシュに最後まで抗ったシュナイゼルに子を残して欲しいと考える者はそれなりの数がいる。

 

「だが私は立場上黒の騎士団、と言うよりも、ゼロに仕えなければいけない。彼の正体を探ろうとする者が何処から現れるかも分からない。その点、現在ゼロの身の回りの世話をしているリーエンはその心配もない」

 

 ルルーシュによってゼロに仕えるギアスを使われているシュナイゼル。

 ゼロも人間である以上、全く素顔を晒さずに生きていく事は不可能だ。

 何せ今のゼロは素顔で外を歩くことも出来ないのだから。

 故に今はゼロの身の回りの世話の殆どをリーエンが請け負っている。

 まぁ要するに、妻を娶る条件にリーエンが1番都合が良かったという話だ

 もちろん他にも候補者は居るのだろうが。

 

「どうだろう? 私も必要以上に君を縛るつもりはない。これまで通り過ごしてくれれば良い。悪い話ではないと思うけどね」

 

 婚約の話だと言うのに、甘い雰囲気は全く無い。これではまるで会社の契約である。

 シュナイゼルの提案にリーエンは────。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 仮面を取ったゼロ────枢木スザクの髪を整える為にリーエンはハサミと櫛を動かしながら話しかける。

 

「あたし、おかしいと思うのよさ」

 

「何がだい?」

 

 この散髪も2年前からリーエンの仕事の1つであり、月1で行っている。

 

「あの戦争からもう2年経過してるのよ? 黒の騎士団が結成されてから3年以上? とにかくそれくらい時間が流れてるのよさ」

 

「そう、だね……」

 

 リーエンの言葉にスザクは頷く。

 黒の騎士団の結成からこれまで色んな事があった。

 きっと幸せな事よりも辛く苦しい事の方が多かったと思う。

 しかし、おかしな事とはいったい……。

 

「何かあったのかな?」

 

「えぇ。ズバリよ。皆さん、見た目が変わらなさ過ぎなのよさ!」

 

「は?」

 

 リーエンの台詞にスザクは訳が分からないと呆けた返事を返した。

 

「いえほらね? 本編から数年後の劇場版って言ったら何人かはこいつ誰だよって感じにキャラデザが変更されるのが普通だと思うのよ? なのに皆、髪型どころか身長や体型が全然変わらないとかどういう事? ナナリーちゃんも成長期なのに在学中から全然体型とか変わってないでしょ?」

 

「いや、どうだろう……」

 

「特に天子様。今は15歳くらいの筈なのに、実は10歳で小等部に通ってるって言われても信じ────」

 

「うん、本当に止めようか。その話題に触れるのは」

 

 これ以上はいけないとスザクがストップをかけた。あまり下手な事を言うと天子に忠誠を誓っていて病に倒れたある男が墓から蘇って襲いかかりそうだ

 一息吐いてからリーエンは続ける。

 

「私なんて秘書試験を受かった記念に髪をバッサリ切って、目も悪くないのに伊達眼鏡まで購入したんだけど?」

 

「そ、そうなんだ……」

 

 少し前までのリーエンはミレイと同じくらいの髪の長さだったが、今では四聖剣の千葉と同じくらいの長さに切られている。

 話終えたリーエンに対してスザクは難しい表情で質問した。

 

「ところでリーエン。君とシュナイゼルが、その……」

 

「婚約の事? お受けしたのよ」

 

 やや歯切れの悪い質問にリーエンはあっさりと答える。

 どうして、と問う前にリーエンは話を続ける。

 

「だって日本で言う玉の輿。それにシュナイゼル様は容姿も綺麗だし、婚約を持ちかけられて断る女の子はそうはいないと思うのよさ」

 

「しかし!」

 

 声を荒らげるスザク。

 ギアスによってゼロに仕えるシュナイゼルはもしもゼロか妻かと天秤にかける事態になった時は、間違いなく妻を切り捨てる。

 そしてゼロとはスザクであり、妻とはリーエンの事なのだ。

 それに対して分かってると言わんばかりに声色を真面目な物にする。

 

「それも含めて、あたしが選ばれた理由でしょうけど。うん、でもね、スザクさんもナナリーちゃんも、いい加減焦れったいから」

 

 散髪が終わり、箒で切った髪を集め始める。

 

「いつか、皆がナイトオブゼロの枢木スザクなんて人の事がどうでも良くなって、スザクさんが仮面を外して町を歩けるようになる日がきっと来るよ。その時に今の考えのままだときっと大変なのよ?」

 

「そんな日は……」

 

 想像も出来ない。自分はゼロとして世界に全てを捧げる身だから。

 それが敵であり、親友だった男との────。

 顔を歪ませるスザクに何処から取り出したのか、バリカンを持ってリーエンが提案する。

 

「素顔で町を歩きたくなったらいつでも言って。スキンヘッドにしてちょっとお化粧でもすればバレないと思うからー!」

 

「……遠慮しておくよ」

 

 煙に巻くようなリーエンにスザクは肩を落として断る。

 ただその時の気分は少しだけ軽かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そういう訳で、あたしシュナイゼル様と婚約したから、式ではスピーチよろしくね! ナナリーちゃん!」

 

「へ?」

 

 もしかしたらリーエンが秘書試験に受かったと知った時よりも目を丸くしているかもしれないナナリー。

 数秒かけて意味を咀嚼したナナリーは確認する為に質問する。

 

「え? えぇ……本当にシュナイゼルお兄様と?」

 

「うん。昨日プロポーズされたのよ。とうとうあたしにもモテ期がやって来たのよさ!」

 

 シュナイゼル()のプロポーズが全然想像出来ずに戸惑うナナリー。

 そんなナナリーの手を握ってリーエンは笑顔で。しかし眼だけは真剣に問う。

 

「ナナリーちゃん。ナナリーちゃんは今、幸せ?」

 

「しあわ、せ……?」

 

 リーエンの質問にナナリーは答える事が出来なかった。

 あの戦争で多くの人の命を奪った自分。

 なのに、今もこうして不自由なく生きている。

 ミレイなどの世話になった人達も変わらずに接してくれる。

 ずっと寄り添ってくれた親友も居る。

 だからナナリー・ヴィ・ブリタニアは幸せだ。

 そうでなくてはいけない。

 だからリーエンの質問に笑顔で幸せだと答えないと。

 なのに、その言葉がでなくて。

 ナナリーの反応にリーエンは仕方ないなぁ、と笑う。

 

「ナナリーちゃんのそういう、罪を償おうとか、やってしまった事を忘れないでいようって気持ちは大切だと思うのよ。でもあたし達が今より年を取って、おばちゃんになって、おばあちゃんになっても、引き摺って幸せになろうとしないのはヤだなぁって思うのよさ」

 

 きっと、ナナリーに死んで欲しいとか、不幸になれと思う人間は居るだろう。

 ルルーシュの妹であり、彼女の自身が犯した罪は生涯消えることはない。

 ナナリーが罪に苛まれて上手く眠れない日々が続いているのも知っている。

 だけど、1個人として幸せになってはいけないという考えは違うと思う。

 

「正直、シュナイゼル様との婚約は本当に殻を作っただけって感じだけど、未来は違うかもしれないのよさ」

 

 自分にすら興味のないシュナイゼルも、もしかしたらこの婚約を期に未来では変わるかもしれない。

 それに触発されて、ナナリーにも良い影響を与えてくれるかもしれない。

 

「あの戦争で、何だかんだで生き残ったんだから、幸せにならないと嘘でしょ? だからね? ナナリーちゃん」

 

 これは祈りだ。

 今は罪悪感でがんじがらめになっている少女が、いつか自分の幸せを願えるくらいには解放されるようにと。

 そんな、ワガママでちっぽけな。

 

「幸せになって……」

 

 心からそう願ってリーエンはそう告げた。

 

「うん、ありがとう……リーエちゃん」

 

 だけど、そんな言葉1つで払拭させるのなら苦労はしない。

 ナナリーの1番の罪悪感の根源。

 それを祓える人は、もうこの世には居ないのだから。

 

(あー。やっぱりあたし、ルルーシュ先輩のこと嫌いなのよさ)

 

 やる事だけやって、後始末を丸投げして退場した親友の兄に向けて、リーエンは心の中で愚痴を溢した。

 

 

 

 

 




取り敢えず、シュナイゼルとの婚約理由だけ書けば良いかな、と。


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