やはり俺のマブラヴオルタネイティヴはまちがっている。 (でーむに)
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01

 

[1999年8月7日 08:07 横浜ハイヴ ENE 24km地点]

 

〈 Preceding paragraph 〉

 

「痛ってぇ……」

 

 何が起きたんだ?

 

〈 着座情報転送中 〉

 

「さっきのは……?」

 

 気を失っている間、俺は何を観ていた。誰かの追体験をしているような気分だった。

場所は分からない。夢の様な世界だった。"BETA"が居ない世界だなんて、何度も夢見ている。そこで繰り広げられる、俺とは無縁の世界。リア充がキャッキャする学園生活だったようだが……。その後、突然見覚えのある世界に切り替わった。状況が理解出来ないまま"戦術機"に興奮し、"衛士"になる。直前まで観ていた世界での人物が居たが、どうも少し違うようだった。そして時が過ぎて行き、よく分からない"計画"が頓挫したことを知らされる。酔い潰れた女性の嘆きを聞き、誰かを見送り、BETAと戦い続ける。また暗転したかと思うと、時間を遡っていた。今度も"衛士"となるが、"計画"のために来る歴史を塗り替えながら進んでいく。挫折や絶望を味合い、逃げ、それでも戦いを選んで帰ってくる。だが、また誰か、また誰かと失っていく。最期は全員失った。そんな誰かの記憶。会話内容も覚えている。しかし、俺の理解を超える内容であった事は確かだ。

だがそれよりも先ず、しなければならないことがある。

 

「クッソ……IFF(敵味方識別装置)はあるだろうが。どうして俺を目標に砲撃しあがる……」

 

〈 Completion 〉

〈 転送完了 〉

〈 Simplefield display Over 〉

 

「ステータスチェック」

 

 網膜投影に映し出されるディスプレイを確認する。友軍の支援砲撃に巻き込まれたが、奇跡的に機体は無事のようだ。気を失う前と同程度の損傷しか受けていない。否、まぁ、存在感なさすぎてBETAが俺を素通りするんだけどな。

それはともかくとして、さっきのアレはなんだったんだ? どう考えても走馬灯には見えなかったし、どう見ても俺の記憶でもない。俺があんな学園青春をしているなんてありえないからな。となると、信じたくもないが誰かの記憶を追体験したということなのだろうか。この作戦が始まってから、碌な休息もしていないから頭がおかしくなったのだろうか。ありえない話ではないが、どう考えても精神病院コースは確実だろうな。

 

「ともかく……生き残らねぇとな」

 

 病院で診察を貰うにしても、生き残らなければ精神鑑定なんてしてもらない。ならば精神鑑定を受け、こんな前線配置なんておさらばしたい。

 

シェルブリット10(比企谷 八幡)よりシェルブリット1。今何処っすか?」

 

 戦域データリンクが生きてることは確認したが、自分の周辺にはなにも映らなかった。それこそ網膜投影から機外映像で見えるのは、俺を巻き込んだ支援砲撃で砕けた肉塊の集団くらいだろう。

呼びかけにすぐに返事が入ってくる。

IDで『Shellbrit-1』の表示と共に、ディスプレイ上にバストアップで表示されるのは、黒髪の女性だった。

 

シェルブリット1(平塚 静)よりシェルブリット10 、無事だったか。全く、貴様はしぶとい奴だな。比企谷のは折り紙付きだ』

 

「シェルブリット10よりシェルブリット1。平塚”教官”には言われたくないですね」

 

『全く……君もいい加減その”教官”を止めたまえ。私はもう教官ではないのだぞ』

 

「そうですね……”大尉”」

 

 表示範囲外に友軍がいた。

 平塚 静大尉。俺の所属する戦術機甲中隊の中隊長を務めているベテラン衛士だ。元々は教官として訓練生だった俺を鍛えてくれた人でもある。大陸派遣軍創設時から新任としてユーラシアへ渡り、その後は腕を買われて富士教導団へ。しかし何を考えたのか帝国軍から国連軍に移籍すると、数々の戦歴と経験を活かした教官になる。1998年のBETA日本上陸時に関東まで迫った防衛線に、投入されることになった俺たち訓練生を纏め上げて防衛戦に参加。戦術機に乗りたての俺たち訓練生大隊を率いて生還した人物でもある。

 

『よろしい。我々極東国連軍第11軍木更津基地 第26戦術機甲中隊は任務を続行する。HQ(司令部)からの指令は変わらんよ。なぁに、BETA共を蹴散らしながら横浜ハイヴに近づくだけだ』

 

「続行するとは言っても………この規模では難しいのではないですか?」

 

『同感だが、周囲に合流できる部隊は残っていない。増援もなしだ。後続もどうなっているか分からない現状、撤退したところでバチは当たらんだろう。しかし、まだ残っている前線の味方を見捨てる訳にはいかんだろう。どこまで進んでいるかはこれからCPにでも聞くが、まだ残っているのなら支援するべきだ』

 

 ステータスの確認も終了し、通信をしながら平塚大尉から指定されたポイントへ向かった。そこには戦場に佇むF-15C(イーグル 国連軍仕様)が1機佇んでいただけだ。

近くに降り立ち、平塚機の状況を目視で確認する。

 破損はしていないが、激戦を潜り抜けた様相だ。BETAの体液で汚れ、塗装も擦り切れ、出撃時にあった装備も汚れていたり、なかったりする。

背部ウェポンラックには何もなく、右腕で保持している突撃砲(AMWS-21 戦闘システム)だけだ。それの残弾数もどれだけあるか分からない。一方、俺はというと、右腕で保持している突撃砲と背部ウェポンラックにも1門突撃砲があるだけだった。

 

『シェルブリット1よりCP、応答を願う』

 

 ID一覧に[shellbritCP]と、馴染みのCP将校がバストアップウィンドウで表示される。

 

『CPよりシェルブリット1、どうした』

 

『我々の前方に展開する味方はいるか? いるのならば、我々は補給コンテナを集めて前線の味方に補給物資を届ける』

 

『シェルブリット隊から横浜ハイヴへの進路上に残存する友軍は存在しない』

 

 俺たちの進路上に味方が居ない。確かにBETAの襲撃を受けていたから、比較的後衛だった俺たちのところにもBETAが現れた訳だ。要請されたとはいえ、味方の後方に支援砲撃を落とすこともないだろうからな。

 

『ならば我々はハイヴに』

 

『それは了承出来ない。引き続き、周辺の制圧に尽力せよ』

 

 平塚大尉は何を言いかけたのだろうか。「ならば我々はハイヴに」どうするつもりだったのだ? 「ハイヴに取り付く」とでも言いたかったのだろうか。

 

「平塚大尉」

 

『分かっている。比企谷は周辺の残骸から使えるモノを探せ。この当たりのBETAはあらかた片付けた。残っていてもせいぜい兵士級か闘士級くらいだろう。武装等なくても脚で踏み潰せる』

 

「了解」

 

『しっかし、君とは本当に腐れ縁だな』

 

「本当ですよ。教官、訓練生大隊指揮官、生きて帰った後の配属先の中隊長ですからね」

 

『本来ならばあの時の大隊で帰還した後も、そのまま教官職に就いている筈だったのだがなぁ。気付けば軍曹から大尉だ』

 

「……あの時の大隊、か」

 

 あの時の大隊。俺が訓練生だった頃の話だ。木更津基地で尻を蹴り上げられながら訓練に励んでいた。俺は生粋の帝国国民だったが、周囲の人間とは上手く付き合えなかった。無論友だち等おらず、周囲の人間からは相手にされず、裏切られてきた。そんな奴らばかりだと思っていた。徴兵の時期が近づいてきて、俺はそんな世界が心底嫌で仕方なかった。だがある日、妹である小町が俺に言ったのだ。

 

『お兄ちゃん。このまま帝国軍に徴兵されると、きっとまた嫌な思いするよ。きっとまた独りになって、部隊で孤立して、前線に行ったらきっと……きっと……。小町、そんなの嫌だよ。だって、お兄ちゃんは小町にとって、お兄ちゃんなんだから。だから、徴兵されて帝国軍に入るくらいならさ、国連軍に志願しようよ。皆国連軍はアメリカの手先だとか悪口ばかり言ってる。だけど、そうかもしれないけど、そこにはきっとお兄ちゃんのことをちゃんと見てくれる人がいるかもしれない。一緒に志願した人たちだってきっと、お兄ちゃんみたいな思いをしている人がいるかもしれない。だからお兄ちゃん、皆が何言ったっていい。小町が何言われたっていい。お兄ちゃんが苦しまないのならそれで小町は嬉しいから』

 

と。その後続けて『小町もそんな帝国は真っ平御免だよ。だからもし小町が徴兵されるってなったなら、真っ先に国連軍に志願するよ』。俺はその言葉が嬉しかった。いつも馬鹿なこと言って、俺に『ゴミいちゃん』とか言ってくる妹だが、一番近くに居てくれた肉親だったのだ。

そして、小町の言葉は本当だったのかもしれない。帝国軍に徴兵されるよりも、やはり良かったと思える。確かに居辛いこともあるが、それでも以前のようなことは少なくなったように思える。理解者も増えたんじゃないだろうか。

そんな訓練生をしていたある日、BETAが目と鼻の先まで迫りきていたのだ。総合戦闘技術評価演習もクリアしていた俺たち訓練生は、戦術機適性の振るいに掛けられて、それぞれの兵科へと進んだ。俺は戦術機適性があったから衛士訓練生になっていたのだ。

正規兵だけでは前線を支えきれなくなっていたことは、小耳にずっと挟んでいた。だからいつか来ると分かっていた。そしてそれは現実となったのだ。当時教官をしてもらっていた平塚大尉を指揮官として、基地司令が戦力捻出のために訓練生を全員略式任官させた実戦部隊へと引き上げたのだ。装備は寄せ集め。前線から帰還して突貫整備された乗り手の居ない戦術機や予備機、訓練機、スクラップ直前のオンボロで編成されたハリボテ大隊。

長機は状態のいい機体を、それ以外は能力に応じた機体が与えられた。俺は何故かスクラップ目前のF-4E(ファントム 近代化仕様)だったが、他にもF-15Cやが数機あるだけだった。訓練機のF-4も全機が引き渡され、ほとんどがF-4で構成されていた。

あの初陣を生き延びることが出来たのは、奇跡だったかもしれない。多くの同期が死んでいった。死の8分を超えられなかったのは約1/5。帰還出来なかったのは約3/4。出撃した36機は帰還時には8機になっていたのだ。

俺は基地に帰ってきてガントリーに機体を固定させた時、一番に考えたことは『どうして彼奴等が死ななくてはいけなかったのか』だった。錯乱した味方に撃たれた奴、突撃級に轢き殺された奴、光線属種に炙られた奴、戦車級に取り着かれて食い殺された奴、操作ミスって墜落した奴……。そのどれもが悔しかった。俺と寝食を共にし、下らない話に引き入れてくれたり、一緒に馬鹿やるのを誘ってくれた奴もいた。そいつ等と一緒に血反吐を吐きながら訓練した時間は無駄だった、と言われているようで、堪らなく苦しく憎らしかった。俺に手を差し伸べてくれたように、俺も手を差し伸べたかった。恩返しがしたかったのだ。

そんな俺を見た平塚大尉は『お前がどう思っても、何を考えても、行きて帰った事実は変わらない。幾万の衛士が超えられなかった壁を超えて、お前は臆病者であろうが卑怯者であろうが、等しく皆に与えられた絶望と死が蔓延るクソッタレな戦場を生き抜いたんだ。だから比企谷、お前は生きろ。それが仲間たちに報いる唯一の手段だ』と言った。

仲間は犬死した。何も成すこともなく、ただただそこに果てていった。だが、それでも彼らが成し得なかったことを、生きた俺が引き継ぐことが出来る。俺は生きているのだから。

 

「他の奴ら、どうしてるんですかね」

 

『さぁ。私にも分からん。だが君が私の隊に配属になったのは驚いたな。他の奴らも関東での戦闘で散々散り散りにされた生き残りの寄せ集めだったが、そこに新任少尉が来ると思えば君だった』

 

「はい。中隊の皆、色彩豊か過ぎて俺、別の意味で浮いてましたし」

 

『君は孤立体質があるとは思っていたし、実際訓練生時代にも特異な性質はいくつも見てきた。だが中隊では、君のソレ等吹き飛ぶレベルだったな』

 

 中隊。俺の今所属する木更津基地 第26戦術機甲中隊は寄せ集めで作られた部隊だった。あちこちから敗走した戦術機の衛士だったり、療養後復活した衛士だったりした。国連軍らしいと言えば国連軍らしかった。日本3人、ドイツ1人、アメリカ2人、イスラエル1人、ロシア1人、ミャンマー1人、インドネシア1人、中国1人、スーダン1人という国際色豊か過ぎる部隊だった。日本人が多いのは、基地の場所が場所だけに仕方がない。しかし、ここまで色々な人種が集まるのは国連軍だからこそかもしれない。

平塚大尉、俺、もう1人の影の薄い日本人。理屈っぽいドイツ人、酒だ酒だとすぐに騒ぐ飲んだくれのアメリカ人とロシア人ペア。変な日本かぶれをしたアメリカ人。キリスト教信者だが布教はしないイスラエル人。物静かだったミャンマー人。無茶苦茶仲の良いインドネシア人と中国人。妙に母国料理を振る舞いたがるスーダン人。

無茶苦茶な部隊だったが、それでも纏まっていた。平塚大尉がコントロールして、スーダンの奴が副官としてサポートしながら上手く運営していたのだ。それでも、今の状況を見れば分かるが、皆いなくなった。俺が支援砲撃に巻き込まれるまで、何人か残っていた筈なのに。

 

「ですがもう俺たちだけ、ですね」

 

『あぁ。さて、我々も2機だけになったが一応部隊として成立するである最小単位編成だ』

 

「はい。ですが平塚大尉、ちょっと耳に入れておきたいことがあるんですが」

 

『何だ?』

 

 俺はここで切り出した。支援砲撃の中で見た記憶のことを。誰かの視点で追った追憶を。幸いにしてBETA大型種が来なかったので、円滑に説明が出来た。始めは怪訝な表情をしながら聞いていた平塚大尉も、途中から真面目な表情をして俺の言葉に耳を傾ける。そして最後まで説明し終わると、平塚大尉は少し考えてある答えを出した。

 

『帰還したら後催眠暗示でもしよう』

 

「……俺も一瞬考えましたけど、おかしいのは俺の頭ではないでしょ。否、おかしいかもしれないけど」

 

『だが何というか、私も引っかかりがある。比企谷が"見たもの"では時間を注視していたのだろう? それも同じ時間を何度も繰り返すような』

 

「はい。歴史を変える、なんてこともしていました。現実逃避するにしても、こんなのは流石に俺も恥ずかしいです」

 

『だろうな。後で独り喚きたくなるような内容だ』

 

「言わないでください。考えないようにしてるんですから」

 

 BETAの小集団接近を感知し、その対応をしながら平塚大尉の返事を待つ。小集団と言っても、本当に小集団だ。要撃級2と戦車級6程度。はぐれたBETAだったみたいだ。

 

「くっ……このッ!!」

 

 突撃砲を撃ち、戦車級を仕留めて周囲を確認する。要撃級は最初に撃破しており、残った戦車級を片付けた。小型種はそれ以外感知出来ず、目視でも確認出来ていない。状況・残弾を確認すると、周囲を見渡しながら一息吐く。

 

『……あぁ、そうか』

 

「どうしたんですか?」

 

『いやなに、君のさっき言っていたことへの引っ掛かりに気付いた』

 

 突然声を上げて通信を入れてきた平塚大尉が、そんなことを言ってくる。

 

『正確には思い出して、勝手に仮説したっていうのが正しいんだがな』

 

「仮説した?」

 

『あぁ。私の友人に香月 夕呼というのがいてな、そいつは自他ともに認める天才だった。そいつが執筆していた論文のことを聞いたことがあってな、私ともう1人でその説明を聞いたことがある』

 

 そう切り出した平塚大尉の通信に割り込むように、強制的に別の通信が開く。IDは[US-SPACECOM]だ。

 

『米国宇宙総軍。ハイヴ22(横浜ハイヴ)に展開する全ての部隊に告ぐ。直ちに退去せよ』

 

 その通信を聞いた刹那、空からあるものが降ってきたのだ。

 

『何だ、あれは……』

 

「あれ……は」

 

 刹那、脳裏を記録が紙芝居のように流れる。

 

「平塚大尉ッ!!」

 

『米軍は何を……』

 

「平塚教官ッ!! クソッ!!!! 退去、ENE方面に全力噴射ッ!!」

 

 もしあれが俺が見た追体験で見たものと同じものだとすれば、この一帯はきっと吹き飛ぶ。あの光線属種の攻撃を曲げながら落ちてくる2つの大きな物体が、もし"アレ"だとするならば絶対に。

 

「間に合えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!」

 

 東北東に推進剤のことを考えずに全力噴射する戦術機の中、俺はあの"巨大な黒い球体"から必死で逃げ続ける。そして、俺はそれから逃げ切ることが出来たのだった。

 



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02

 

[1999年8月7日 09:11 横浜ハイヴ ENE 31km地点]

 

 なんとか逃げ切れた、のだろう。黒い球体が追いかけてくることはなくなった。正確に言えば『横浜ハイヴを中心に大きくなっていった』というのが正しいだろう。それも止まると、球体は消え失せる。それと同時に爆風の巻き返しというよりも、球体のあった場所へと空気が大移動した。暴風が横浜ハイヴ跡地へと吸い込まれていき、そこには大きなクレーターを形成するだけだった。

 

「……何だ、アレ」

 

『新型爆弾、といったところだろう。何にせよ、米軍が直前に通告していた奴がコレか』

 

「そうみたいです」

 

『比企谷の声がなかったら、私もあの黒い球体の中にいたかもしれないな』

 

「かもしれません」

 

『とは言ったものの、CPは応答しない。HQからの指示も出ない。戦域データリンクには、後退した感のいい戦術機甲部隊が映っているな。帝国、斯衛、国連、皆呆然としている』

 

 データリンク上に部隊IDが表示されている。確かに帝国軍、斯衛軍、国連軍のIDばかりだ。米軍もこの作戦に参加していた筈だが、どうしてその影もないのだろうか。もしかすると、考えたくはないが、先程の爆弾は米軍内でのみ投下が作戦開始前に通告されていたのだろうか。

しかし、こうして呆けていてもどうしようもない。一先ず動く必要がある。

 

「大尉、どうしますか?」

 

『そうだな。……一先ず、生存者を探そう。その前に補給をしなくてはな』

 

 なんとかCPに繋げて、補給を受ける手配を整えた俺たちは、早々と補給を済ませていた。簡易的だが整備も行い、推進剤も満タンになっている。だが、武装は満足に補充されなかった。日本帝国軍で使っている92式多目的追加装甲は余っているということなので、平塚大尉はそれを受け取っていた。俺も突撃砲を補給することもなく、弾薬と推進剤の補給を済ませた。F-15Cを乗っているとはいえ、本来ならばF-15J(イーグル 日本帝国仕様)の方が良かったのだが、ないものねだりをしたところで仕方のないことだ。そもそもC型はマニピュレータやシステム自体、74近接戦闘長刀(CIWS-2A)に対応出来ていないのだ。

 

[1997年8月7日 09:02 横浜ハイヴ NE 34km地点]

 

 通信をオープンにしながら戦域を彷徨う。動かなくなった肉塊を流し見、擱座した戦術機を見つけては確認する。もうひと目見れば、その衛士がどうなっているのかも分かるというのに。30機は見送った頃、生存者を発見した。

 

『う、うぅ……』

 

「平塚大尉!!」

 

『あぁ、分かっている。こちら国連軍第26戦術機甲中隊、シェルブリット1。擱座している国連軍の不知火(Type-94)、応答せよ。生きているのなら答えろ!!』

 

 発信源を探しながら呼び掛けを続ける。そして、見つけた。突撃級の甲羅に凭れ掛かり、要撃級の前腕衝角が右肩部装甲ブロックにめり込んでいる94式戦術歩行戦闘機 不知火を。もう両腕も吹き飛び、腰から下も無くなっている観るも無残な不知火から声が聞こえてくるのだ。

 

『こ、国連軍 デリング、中隊……イリーナ、ピアティフ……』

 

「聞こえている。クソッ、邪魔だ」

 

 要撃級に死体を蹴り飛ばし、管制ユニット前の胸部装甲を引き剥がした。その後、強化装備付属の気密装甲兜(簡易ヘルメット)を被った。機内は空気浄化装置で綺麗にされた空気を取り込んでいるが、機外は重金属やBETAから発せされる臭気で最悪な状況だ。それに、先程の爆弾が何を含んでいたのかも分からない以上、こうして身を守らなくてはならない。

 

『シェルブレット1、フォローする』

 

「お願いします」

 

 擱座した国連軍カラーの不知火に眉を潜めつつ、搭乗する衛士が外国人姓名を名乗っていることを不審に思いながらもユニット内部を覗き込んだ。

 

「……っ」

 

 酷い状態だ。要撃級の攻撃と突撃級の甲羅に押し付けられた影響で、機体フレームが歪んだのは見て取れた。しかし、中はもっと状況が悪かった。中の衛士、イリーナ・ピアティフは重傷だ。一刻も早く治療しなければ不味い。日本人にはない白い肌が真っ青になっており、綺麗なブロンドヘアも脂汗で額と首筋に張り付いている。

管制ユニット内にある気密装甲兜を被せると、すぐに担ぎ出し、自分の機体に収容。すぐに平塚大尉に状況説明を行い、後続で来ていた生存者調査班と入れ替わりで後方へと下がったのだ。向かう先は、先程補給を受けた場所を目指すかと思われた。しかし、平塚大尉は別の場所を選んだのだ。

 

『彼処は不味い。付いてこい』

 

「ですが」

 

『つべこべ言うな』

 

 そう冷静に諭されてしまい、俺は平塚大尉の後ろを追っかける。そして、降り立ったのは他よりも規模が小さい国連軍の仮設支援区画だった。十分に広さはあるが、それでも小さく見える。そして、87式自走整備支援担架の近くには国連軍カラーの不知火が並んでいた。

近くにいた不知火から通信が入るが、何処かおかしい。

 

『そこの陽炎。ここでは整備は受けられないぞ』

 

何故だ。IDの表示もおかしい上、バストアップ映像も『SOUND ONLY』となっている。管制ユニットのモニタが死んでいるのだろうか。

 

『こちら国連軍第28戦術機甲中隊、平塚大尉だ。貴部隊の衛士を拾ったのだが、負傷している。そちらで収容してもらえないか?』

 

『何?』

 

声は女性。しかしどうやら日本人のようだ。何処か徹底した情報隠蔽をしているように見える。機体の足元を歩き回る整備兵やその他制服を着た士官らも、見慣れた国連軍兵士とは様子が違って見えたからだ。

 

『比企谷、名前は聞いているか?』

 

「は、はい。国連軍デリング中隊のイリーナ・ピアティフさんです」

 

『状況は?』

 

SOUND ONLYの衛士から質問が来た。

 

「横浜ハイヴ 北東34km地点。突撃級に凭れ掛かった国連軍カラーの不知火を発見。大破していたものの、こちらの呼び掛けに応じたため救助しました」

 

『そうか、ありがとう。我が連隊の衛士を救ってくれて。管制ユニットを開き、医療班に引き渡してくれ』

 

「了解」

 

 イリーナ・ピアティフを運び出した医療班を見送ると、平塚大尉から通信が入る。

 

『シェルブリット1よりシェルブリット10。先程司令部から連絡が入った。横浜ハイヴ残存BETAの敗走を確認。西へ向けて移動中。恐らく佐渡島か鉄原に向かうだろうとのことだ。それに伴い、戦域での負傷者探索が開始している。我々は司令部に出頭だ』

 

「シェルブリット10了解」

 

 仮設支援区画から離脱すると、先を移動する平塚大尉に質問をした。

 

「平塚大尉」

 

『なんだ?』

 

「先ほど負傷者を降ろした仮設支援区画、何故彼処に降ろしたんですか? 確かに、あそこの部隊の衛士だったからというのは分かりますが、わざわざ近くにあったところを通り越してまで」

 

『比企谷は疑問に思わなかったのか?』

 

「……」

 

『国連軍の正面装備は例外は存在するものの米軍基準だ。しかしどうだ、あの部隊は日本帝国軍の不知火が配備されている。あの仮設支援区画で何機見た? 私は三個中隊分見たぞ。それに、あの負傷兵。イリーナ・ピアティフを発見するまでの道中、国連軍カラーの不知火は何機も大破していた。国連軍で現地軍装備のところなんて見たことがない』

 

「確かに、あれだけ帝国軍の第3世代機を揃えているというのもおかしな話です。それに、俺はあの負傷兵を担ぎ出したから分かりますが、彼女が使っていた強化装備も日本帝国の物でした」

 

『もしかしたらアレは……』

 

 平塚大尉は何かに気が付いたようだったが、俺に話すことはなかった。

そのまま司令部まで移動した俺たちは、その場で臨時で再編成を行い休憩に入るのだった。

 

[1999年8月9日 10:42 横浜ハイヴF層]

 

 俺たちは司令部で変則一個小隊に再編された。部隊はそのまま指揮官である平塚大尉が指揮を執り、コールサインも切り替わった。臨時ではあるが、他の残存部隊との合流である。同機種での再編が行われたが、俺たちのような全滅と言っていい被害で残っていた戦術機甲部隊は多かったようだった。そもそも国連軍自体も戦術機がF-15Cを運用していることが多いこともある。

しかし、そんな臨時編成小隊にこのような任務を与えるのもおかしな話だと平塚大尉が出撃前にごちていた。

 

『い、いやー、すごいねー!!』

 

「ゴースト2よりゴースト3、うるせぇぞ」

 

『むー!! いいじゃん別に!! でも、本当に凄い』

 

 変則小隊を組まされたことによって、俺たちシェルブリット中隊は解体。そのまま新設小隊へと切り替わった。それに伴いコールサインも変わったんだが、何というか腑に落ちない。司令部で聞いた平塚大尉は、戻って来るなり俺の顔を見て吹き出していたからな。『ご、ゴースト……ゴースト、ぷふっ……い、いや何でもない』とか言っていたから、危うく教官時代に訓練生たちで付けたあだ名である『チャンバラ行き遅れ鬼軍曹』と言いそうになった。チャンバラは、いつも木刀を持って訓練をしていたから。それを振り回しながら訓練していたものだから怖かったのだ。そして行き遅れ。これに関してはノーコメント。鬼軍曹は定番だ。もし言っていたら、確実に生身でBETAの目前に放り出される。

そんな俺たちは木更津基地所属は変わらないものの、第26戦術機甲中隊が解体。そのまま引き継ぎが行われ、第44戦術機甲小隊になったのだ。これまた部隊名に付けられた数字もおかしかったらしく、平塚大尉がいい加減笑い止まらなかったので放置して、再編成で合流する衛士を迎えに行ったのだ。

その合流する衛士というのが、また懐かしい奴だった。

 由比ヶ浜 結衣。国連軍木更津基地訓練学校同期。あの大隊で共に生き延びた戦友。

あの大隊で生き延びた由比ヶ浜は帰還後、そのまま再編成中であったためにすぐに行き先が決まった。数日間だけ木更津にいたが、早々と配属先へ行ってしまったのだ。その時、何処に行くとか何処の部隊とかは聞くことが出来なかったので、どうなったのかも全く分からなかった。しかし、こうして再会出来たということは、極東国連軍だったのだろう。本人も『国連軍って言う割には日本人多いよねー』とかアホなこと言っていたからな。

 

『ゴースト1よりゴースト3。凄いことは同意するが、私たちは変則小隊。3機行動であることと忘れるな。誰か1人でもやられてしまえば、地上に戻れないと思え』

 

『ゴースト3よりゴースト1。分かってますよ、平塚教官。でも、他にもこうやって潜っている部隊がいるのなら、拾って貰えばいいのでは?』

 

『何を言っておるのだ君は……。確かにこうして横浜ハイヴに潜った部隊は帝国軍・米軍・国連軍合計して連隊規模。しかし、突入した(ゲート)は皆違うのだぞ。他のところでは広間(ホール)なりで合流しているところもあるだろうが、私たちは何処とも遭遇していない』

 

『そういえばそうですね』

 

 呑気なことを言いながらも、周りを見ているのが由比ヶ浜という奴だ。アホだアホだと思っているが、そういったところでは信頼している。訓練生の頃からそうだったので、恐らく実戦部隊でかなりの経験をしているだろう。手先も器用だったことから、それらも生かして活躍していたかもしれない。

 俺たちの小隊は後続の戦術機甲中隊から先行している。合流しないのはそういう理由があるからかもしれない。もしくは、たまたま担当になった門から続く横坑(ドリフト)や広間が繋がっていないだけということも考えられる。

 

「ゴースト2より小隊、前方に戦術機を発見」

 

 ハイヴに入ってから何度か見かけることがあった。国連軍カラーのF-15Cばかりだったことから、恐らく国連宇宙総軍軌道降下兵団だ。入り口付近には別の機体も転がっていたこともあったが、今見つけた機体は今までとは違う。

 

『不知火? それにカラーリングが全然違うよ』

 

『ゴースト1よりゴースト2。こいつは』

 

「はい。例の不知火ですね」

 

 周囲警戒を俺が行い、平塚大尉が確認をする。残骸を直視はしないが、声を聞きながら状況を整理していた。

 ハイヴ内でも国連軍の不知火を目撃することになるとは、思いもしなかった。由比ヶ浜は即座に不知火だと見抜いていたが、俺が発見した残骸は前腕部だ。観察しなければ分からないモノを、瞬時に判断した由比ヶ浜は不思議がる。

 

『どーして国連が不知火を? 私たちだってF-15C、長刀の使えない陽炎(イーグル)なのに』

 

「知らない。だが、地上でも残骸は見かけたし、衛士を救助したぞ」

 

『ほんとう? やっぱり日本人なのかな?』

 

「いいや、東欧人だ。名前もカタカナだったしな」

 

 平塚大尉と話していて纏まった考えだが、届けに行った先での出来事を考えれば、恐らく機密部隊であるのは確かだ。どういった理由で国連軍カラーの不知火に搭乗しているか分からないが、現実問題、それが存在しているし事象は発生したのだ。ならば、そう考えるのが妥当だろうということ。それに、平塚大尉の予測ではあるのだが、その機密部隊から俺たちにコンタクトがあるかもしれないという。何せ負傷した衛士を救助して、直接届けに行ったのだから。

機密部隊であると考えられる以上、あまり関わりのない由比ヶ浜には詮索してしまったことを伝えるべきではないだろう。

 

『ゴースト1より各員。提示連絡を行う。それに、ずっとレコーダが動いているぞ』

 

「ゴースト2了解」

 

『ゴースト3了解。斥候に出されるのはいいけど、いや良くないけど、味方が3機ってのも心細いよ~』

 

 レコーダが動いている、と平塚大尉が言ったのにどうして由比ヶ浜はそういうことをオープン通信でそういうことを言うのだろうか。

 静かになるのを確認した平塚大尉が、後続の戦術機甲中隊に連絡を付け始める。

 

『ゴースト1よりアルファ1。提示連絡だ。我々は問題なく前進を続けている。現在地点、F層……』

 

『アルファリーダーよりゴーストリーダー。後ろからクソ頭(要撃級)1体とクモ野郎(戦車級)4匹出てきあがったから対処する』

 

『ゴースト1よりアルファ1。了解した。デルタ中隊と我々の間には分岐路も偽装横坑(スリーパードリフト)もない。前は気にするな』

 

『ありがとよ』

 

 平塚大尉の命令で、前進が一度停止する。後方で戦闘をしているようで、突撃砲の銃撃音が聞こえてくる。数秒も掛からない内にそれは止まり、再び通信が入った。

 

『アルファリーダーよりゴーストリーダー。もう片付けた。CPへの連絡もしている。それと、後方から有線通信と兵站が追いついてきているようだ』

 

『ゴースト1了解』

 

 異常がないまま進んでいき、やがて突入した各部隊と反応炉で落ち合うと思っていたのだが、おかしな通信が入った。

 

『CPよりゴースト1。ブラボー中隊が謎の広間を発見。G弾の影響と思われる損害はくまなく探してもらいたい』

 

『ゴースト1了解。ったく、アレが落ちてくる前のを私たちは知らないのだぞ。よく言う』

 

 "G弾"。あの米軍からの退避勧告後に横浜ハイヴ直上で爆発した黒い球体の名前だそうだ。よく分からないが、米軍の新型爆弾らしい。今回の横浜ハイヴ突入は反応炉到達・確保の他にG弾による影響の調査も含まれていた。平塚大尉がごちたように、俺たちはG弾影響以前のハイヴ内の状況を知らない。影響を受けた損壊だなんて言われても、俺たちでは判断しかねるのだ。

 

「大尉、レコーダが回ってるって自分で言ってましたよね?」

 

『あぁ、そうだったな』

 

 この後、俺たちは接敵することもなく反応炉に到達した。その場に残っていた残存BETAを掃討した後、地上へと戻ることとなったのだ。結局、CPからの連絡であったような『謎の広間』というのがどういうものだったのかは分からないが、俺たちの担当したところでは発見されることはなかった。しかし、俺の中で謎は残されたままだった。戦場で見つけた国連軍カラーの不知火。ハイヴの中でもそれは同様に発見された。国連に渡るはずのない帝国軍最新鋭戦術機が、何故存在していたのかということ。俺は明確な解答を得られないまま、作戦終了の報告を受けたのだった。

 



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03

 

[1999年8月13日 15:22 国連軍木更津基地]

 

 3日間程、制圧が完了した横浜ハイヴを、残存攻略部隊で持ち回り警備をしていた。UAV(無人航空機)を飛ばして警戒する余裕もなく、戦術機甲部隊が外縁部に展開して立哨をするように命じられたのだ。

特にすることもなかったが、考え事をするには丁度いい時間だったのかもしれない。

 俺が参加した横浜ハイヴ攻略作戦、明星作戦で思ったことだ。いつもと変わらない死と隣り合わせの任務であったことに間違いはないが、横浜ハイヴ攻略は日本帝国の悲願でもあり、まだ徴兵年齢を満たしていない小町の住んでいる千葉を出来るだけ戦場から遠ざけることは、俺としても願ってもない作戦だった。

木更津の国連軍部隊は即応部隊と一部の部隊を残して、そのほとんどが出撃した。知っている顔ぶれの部隊は特になかったが、PXで見かけたことのある奴も同じ戦場に立っていたのだ。

与えられた任務を熟しながら、生き残ることをだけを考えて戦っていた。しかし、深く考えざるを得ない事象が発生したのだ。そう。俺を目標にした支援砲撃の最中、気を失った時に見た記憶のことだ。自分に都合のいいものだったのかもしれない、そんなことを考えたりもした。何故なら、あの極秘計画が本当に存在するのであれば、人類は救われるかもしれない。あの白衣を着た国連軍佐官曰く、記憶の持ち主のおかけで、人類に残された時間を延長することが出来たのだ。その与えられた時間の間に、人類が反撃の一歩を作り出すことが出来たのならば或いは、と。

しかし現実味があるようでない話ではあった。BETAの居ない世界なんて考えられない。そして、時間を何度巻き戻しているという状況。並行世界毎に因果が、記憶の持ち主を因子を集めて再構成しているとか言っていたが、よく分からない言葉が多かった。それに、全ては『インガリツリョウシ論』という理論の上に成り立っていることであると仮定していたので、その理論に対する俺の理解が深くないことからも、解釈しようとしたところで無駄であることは明白だった。

ここまで考えた俺は、ふと思い出した。気を失っていた時に見た記憶のことを平塚大尉に話した時、俺の話に引っ掛かりがあり、その引っ掛かりが大尉の友人の論文で見たことと関係がある、ということを。

確かその時、平塚大尉が言っていた友人の名前は……

 

「香月 夕呼、だったか?」

 

「比企谷、どうした?」

 

「あ、いえ……。というか平塚大尉、こう毎回出撃前に遺書を書いては捨てるって面倒ですね」

 

「私は何回かは使いまわしているぞ。と、違う違う。さっき呟いていた『香月』がどうかしたか?」

 

「俺が支援砲撃の最中で見た記憶について話したじゃないですか? それを聞いた平塚大尉が引っ掛かりがある、とか言ってその人物の名前を出したんですよ?」

 

「……そうだったな。香月、か。懐かしい名前だな」

 

 俺がベッドに寝転がっていた私室に上がり込み、椅子に腰掛けた平塚大尉が脚を組んで話し出す。

 

「アイツは気難しい奴で、よく神宮司を引き摺り回していたな。あ、ちなみに神宮司というのは、私と同級生かつ同期の軍人で腐れ縁だ」

 

「平塚大尉、腐れ縁多いっすね」

 

「君もその1人だよ。高校に通っていた頃、香月が書いた論文を読んだことがある、って話したと思う」

 

「はい」

 

「それは多次元世界やら並行世界やらに関する論文だ。世界は繋がっていて、因果が~っていうな。いやなに、私には何が書いてあるのかさっぱりだったよ。神宮司も読んでいたが、アイツは頭から湯気出していたな」

 

 平塚大尉の話から、香月という人物が天才で優秀な人物であったことと、神宮司という人物が後に軍人になったということが分かる。

 

「その論文の考えられる仮説の項目に、比企谷が言ったようなことについて書かれている項があったんだよ。たまたま思い出しただけではあるのだが」

 

「どこについてでしょうか?」

 

「"何度も時間を遡る"だ。いや、未来の記憶やらBETAの存在しない世界というところからも、香月の論文に引っ掛かった理由の1つでもあるんだがな」

 

 駄目だ。分かららない。

 

「ただ、神宮司から聞いた話ではあるんだが、その香月は帝国大学量子物理学研究をしていた筈なんだが、気付いたら国連軍の大佐技術相当官という地位にいたというのだ」

 

「はぁ?」

 

「どいういう理由で国連軍の技術士官になっているのかは分からないが、子飼いの部隊もいるという」

 

「ますます分からないですね」

 

 ベッドから起き上がり、腰を掛けて話を聞いていると、平塚大尉が急に立ち上がる。

 

「おっと、忘れていた。比企谷、これから私と共にブリーフィングルームに集合だ」

 

「了解」

 

[1999年8月13 15:29 木更津基地]

 

 ブリーフィングルームに来たが、どうやら俺と平塚大尉しかいないようだ。というか、部隊内でのミーティングなら由比ヶ浜も呼ばれている筈なんだが、一向に来る気配がない。

そうこうしていると扉が開き、白衣を着た国連軍士官と付添と思われる衛士が2人だけ入ってきた。

 

「あら静じゃない、久しぶり~」

 

「あぁ、久しぶりだな……って、香月と神宮司か?!」

 

 『香月』。それはさっき平塚大尉が言っていた『香月』のことだろうか?

 

「あ、あらしず、んんっ、平塚大尉」

 

「神宮司軍曹」

 

「申し訳ありません。伊隅大尉」

 

 何だ、この空気は。俺の現在最大級の考え事に登場する人物勢揃いしているではないか。伊隅大尉、に関してはよく分からないが、何処か聞き覚えのある声だ。

 

「はいはい、同窓会しに来た訳じゃないんだから。それで?」

 

 白衣の国連軍士官、恐らく『香月』に視線を向けられる。凄まじい眼力で俺の目を見た後、頭の先からつま先まで見ると、再び俺の目を捉える。

 

「目が死んでるわ。まるで死んだ魚のようね」

 

「合成食品必要なさそうっすね。というか魚じゃねぇし」

 

「死んでいることは否定しないのね」

 

 その質問に答えることはせず、取り敢えず自己紹介をする。

 

「極東国連軍第11軍 木更津基地 第44戦術機甲小隊 比企谷 八幡少尉です」

 

「そ。私は香月 夕呼よ」

 

 それに続けて、伊隅 みちる大尉と神宮司 まりも軍曹を紹介される。

 

「それで香月……大佐相当官。わざわざお越し頂いてまでする話とは?」

 

「やめてよね、そのかたっ苦しいの。いつも通りでいいわよ、静。要件があるから来てるんじゃない」

 

「はぁ……」

 

「要件は2つ。1つはG弾による攻撃の後、アンタらが運んだ死に絶えの衛士。所属と名前を忘れなさい、って言いたいところだけど無理な話よね。もう1つは、アンタたちの機体に搭載されたレコーダ記録」

 

 コツコツとヒールの音を立てながら俺に近づいてくる香月大佐相当官。おもむろに懐から拳銃を抜き出し、俺の額に突きつける。

 

「比企谷、とか言ったわね? アンタにはスパイ容疑が掛けられているわ」

 

「は?」

 

「レコーダに残されたアンタの言葉、アレが問題だったのよね。それで、どういった理由で明星作戦に参加したの?」

 

 いきなり突きつけられた銃口に驚きながらも、周囲を見ると誰も動き出そうとはしていない。平塚大尉も『香月、お前』とか言っていたが、それ以上何も言わなかったのだ。それに、香月大佐相当官の言っている意味が分からない。

 

「極東国連軍の命令で明星作戦に」

 

「他に別の組織から受けていた任務があったのでは?」

 

「無いです。というか、別の組織って」

 

 そう言いかけた刹那、平塚大尉が割って入った。

 

「ま、まてまて。コイツは私の中隊所属の衛士だ。なんなら訓練生の頃から知っている教え子でもある。別の組織もなにも、私の部隊に所属し、今回の作戦に参加せよという国連軍からの命令ではないのか?」

 

「そうは言うけどねぇ、一階の国連軍人が知らないことをコイツは口走っていたのよ。それを聞いたとなれば、スパイと考えるのが妥当だと思うのだけれど?」

 

「比企谷が言った言葉? 確かにコイツは時よりよく分からんことを口にするが、基本的なコミュニケーションを取ることは可能だ」

 

「そういう意味じゃないのよねぇ。比企谷、こんな言葉知ってる?」

 

 そう言い、香月大佐相当官が目を細めて言い放った。

 

「"グレイ"」

 

「っ?!」

 

「ふぅん。なら決まりね。アンタ、何処で知ったの? と言っても、それもこれも全てレコーダで記録しているから知っているんだけどね」

 

「……な、なら俺に聞く必要ないっすよね?」

 

「まぁ、一応ね。んで、命令。アンタはその身の丈に合わない機密を知ってしまった」

 

 機密。あの記憶が機密だと言うのだろうか。もしくは、記憶自体ではなく、含まれていた内容の一部が機密ということだろう。その機密を知ってしまった、ということはどうなるのだろうか。香月大佐相当官が連れてきた衛士、義務ではあるが武装はしたままのようだ。この場で射殺、ということもあり得るのだろう。平塚大尉も『機密』という単語が出てきた瞬間、何か悟ったような表情をしていた。ともなれば、俺も平塚大尉も同じ立場ということか。否。俺が平塚大尉を巻き込んだ、という方が正しいのかもしれない。

ともあれ、覚悟をするべきなのかもしれない。BETAとの戦いの中で死ぬことは覚悟している。何度か死にかけたこともある。だが、同じヒトから殺されるというのはどういうものなのだろうか。

 

「あら、理由を聞くとかしないのね。知る必要のない機密を知った人間がどうなるかなんて、想像すれば幾らでも出てくるでしょうに。最も、最期は同じだけど」

 

「えぇ。……ただ」

 

「……」

 

「いや、なんでもありません。それで、銃殺ですかね? チャッチャとやってくださいよ。後ろの伊隅大尉と神宮司軍曹は武装しているみたいですし、貴女にはできなさそうですからね」

 

 諦め、とは違うが従うべきだろう。それに俺は、無関係な平塚大尉を巻き込んでしまった。せめて、平塚大尉は無罪放免にして貰えないだろうか、と考えた。しかし、無理だろう。数言交わしただけでも香月大佐相当官の性格は何となく分かった気がする。冷酷であり自身の立脚点を明確に持ち、自身の立場を考えて行動している。その中で好きなように振る舞っているということも。

 香月大佐相当官の表情がピクリと動いた。ずっと澄まし顔で全く表情を変えなかったが、俺の発言に反応したようだった。

 

「こ、香月、大佐相当官。コイツはこういう性格なんだ」

 

「知ってるわよ。来る前にデータベースで確認してきているから」

 

「だが銃殺は」

 

「しないわよ、そんなこと」

 

 はい?

 

「だって面倒でしょ~? 機密を知ったから射殺しました、っていう報告するのも面倒だし。そもそもコイツは私とは組織的繋がりが遠いのよ」

 

「そうか……」

 

「それにもし射殺ってなったとしても、こんな回りくどいことはしないわよ。訓練中の事故死とかならパパっとやれるし後腐れないから」

 

 香月大佐相当官はそう言い、俺の目を直視する。

 

「濁った目ね」

 

「よく言われます」

 

「はい、じゃあさっき言っていた命令」

 

 俺は姿勢を正し、香月大佐相当官に向く。

 

「アンタら木更津基地 第44戦術機甲小隊は、1600(イチロクマルマル)? で私直属の部隊に転属」

 

「はぁ……?」

 

「何よ静ぁ。アンタもよ」

 

「わ、私もか? というか小隊は」

 

「そう。(なに)ガハマも転属。短期間で再編成と転属両方ってツイてないわねぇ」

 

 そう言った香月大佐相当官はチェシャ猫のように嗤い、伊隅大尉と神宮司軍曹を連れて出て行ってしまった。

 この場に残された俺と平塚大尉は数秒後に再起動し、一先ず正式な命令を受理してからすぐに動けるように準備をすることにした。

そして正式な命令は16時に平塚大尉が呼出を受け、受理されると同時に、未明までに準備を整えることを命令されたのだった。

 

「うわーん!! 昨日荷解きしたばかりなのにーー!!」

 

と喚いている由比ヶ浜の声が聞こえたのはお約束である。

 



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04

 

[1999年8月14日 07:05 国連軍仙台基地]

 

 昨日、木更津基地に大嵐が訪れ、局所的な大雨……とか言っている場合ではないか。昨日の日付変更辺りに木更津基地を出発した俺たちは、たった一個小隊を運ぶために輸送機は出せないと言われてしまい、基地で借りたトラックに荷物を載せて向かった。無論、運転も自分たち。最初は平塚大尉が運転してくれていたが、途中で俺に交代。しかし、それ以降は運転手を交代することはなかった。後ろから俺たちの戦術機、F-15C(イーグル)も自立整備支援担架に載せられて付いてきているが、あちらは整備士が運転している。明星作戦(横浜ハイヴ攻略作戦)の影響で、何処の軍隊も人員不足を起こしている。ちなみに、ちゃんと再編成すれば稼働するというのだから、言い方を変えれば機能していない部署や人員がいるという意味でもある。

俺も寝たかったんだが、由比ヶ浜は荷詰めを終えると荷台で寝てしまった上、交代した平塚大尉も助手席で眠りコこけていたので起こすに起こせず、結局指定された国連軍仙台基地まで運転してしまったのだ。途中、後続の自立整備支援担架の運転手が交代の知らせを無線で入れてくれていたのだが

 

『先程の休憩の際、運転手を交代しました』

 

「了解」

 

『比企谷少尉?』

 

「なんだ?」

 

『えっと、交代は?』

 

「してない」

 

『ゆ、由比ヶ浜少尉は??』

 

「アホは寝てる」

 

『あ、あはは……。事故だけはしないでください』

 

「了解」

 

という会話があったことからも分かるように、その後の休憩の際に妙に優しくされた。何かコーヒーモドキを貰った。解せぬ。

 仙台基地に到着すると、ゲート前で立哨に書類を提出し審査を受けた。後続の戦術機の調査も行い、運転を整備兵と交代し、俺たちは司令部に出頭するようにと言われた。すでに平塚大尉は起きていたが、まで眠っていた由比ヶ浜を叩き起こして司令部へと向かう。

 

※※※

 

 司令部に向かったはいいが、結局俺たちが案内されたのはミーティングルーム。といっても、人払いがなされている場所のようで、人の気配がほとんどしない。通された部屋で大人しくしていると、部屋に香月大佐相当官と副官と思われる士官が入ってきた。体つきからして技術士官だろう。

 

「敬礼」

 

「これから私や私の直属兵がいるところではそれ、やめてよね」

 

 つまらなさそうな表情をした香月大佐相当官は、すぐに切り替えて俺たちに資料を配るように技術士官に言う。技術士官は数枚で綴られた書類を俺たちに手渡し、部屋の隅へと移動してしまった。

 

「という訳で、そこの比企谷のせいで異動になってしまったアンタたちに説明。異動先は木更津では『私の直属兵』って伝えたけど、あっちでは言えないことばかりだったから、こっちで本説明するわ」

 

 渡した資料を見ろとのことなので、表紙を捲って中身を見る。至って普通の資料かと思ってみたが、中身はそのような言葉で形容できないものだった。知らない言葉の羅列。それらの内容の全ては『オルタネイティヴ計画』という言葉に集約されてしまっているが、最後まで確認してみるものの、結局『計画』についてしか書かれていない。

 

「確認したわね。私が主導で進める『オルタネイティヴ4』、その直属部隊へ異動。この直属部隊には衛士適性の他にも要求してるモノがあるけど、これもアンタたちは合格しているから受け入れよ。ただ、比企谷は別件もあるからよろしく」

 

そう言って『配布した資料はこの部屋を出るまでに覚えてから、この場で燃やして捨てなさい』とのこと。

 

「早い話、異動になったのは比企谷が原因。普段は直属部隊の特設小隊として作戦活動に従事すること」

 

「ほぇ? ヒッキーが原因?」

 

「そうよ~何ガハマ。アンタは完全に巻き添えだから諦めなさい」

 

「由比ヶ浜です、香月……さん?」

 

「そう、由比ヶ浜。それで、ご丁寧に自分たちの戦術機を持ってきたみたいだけど、アンタたちの戦術機はこっちで用意しているから。所有権も私に移ったし、取り上げよ。私の部隊にF-15Cは必要ないわ」

 

 となると、恐らく俺たちに配備される戦術機は不知火になるだろうな。平塚大尉もそのことは察しているみたいだが、由比ヶ浜は別みたいだ。

 

「じゃ、解散。すぐに読み、一度で覚えなさい。比企谷はさっさと読んで私について来なさい。待たされるのは嫌いよ。静はこっちの(技術士官)について行って、割り当てられる戦術機の受領その他諸々やっておきなさい。任務は明日からだから」

 

 妙な寒気がしたので、俺は早々に配られた資料を読んで燃やし、香月大佐相当官の後に付いて行く。

 

「あれ?? あたしはどうすれば??」

 

 そしてミーティングルームにはアホが取り残された。結局平塚大尉について行き、戦術機の受取に立ち会ったみたいだ。

 

※※※

 

 俺たちの行き着いた先は執務室。通過したセキュリティを見る限り、かなり高位の人間じゃないと入れないようなところだ。しかし、フロアの大部分が実験用になっている様であるにもかかわらず、人が極端に少ない。

書類や本が山積みになり、ところどころ崩れているところもある。デスク・チェアには白衣が放り出されており、PCも起動したまま放置しているのだろう。書類の壁を尻目に、座りなさいと促されたソファーに腰掛けると、正面に香月大佐相当官も座った。

 

「さて、アンタには聞きたいことがあるわ」

 

「……あのことですか?」

 

「そうよ。"記憶を見た"と言っていたわね? レコーダではそこまで詳細に言っていなかったみたいだけど、アンタは記憶の中で私のことも知っているわよね?」

 

「はい。ここのような部屋には頻繁に出入りしていた記憶です」

 

「そう。それで"オルタネイティヴ計画"については?」

 

「先ほど貰った資料と遜色ない情報量は。ですけど、配布資料には"オルタネイティヴ4"についての記述が薄かった」

 

「……記憶の中で覚えている範囲でいいわ。オルタネイティヴ4について、アンタは何を知っているの?」

 

「2001年12月24日までに目標を達成しないと、オルタネイティヴ5に移行すること」

 

「っ……続けなさい」

 

「オルタネイティヴ4の目標は"対BETA諜報員の育成"。そのために超能力を備える量子電導脳を持ったコンピュータ(?)を作ること」

 

「もういいわ」

 

「そうっすか」

 

 香月大佐相当官は眉間にシワを寄せた。俺の話した内容は、恐らくかなり重要な話なのだろう。記憶の中でも、知っている人間は少ないとかなんとか言っていたのだ。

俺の話した内容を踏まえて、俺は伝えるべきか迷ったことがある。それは、今のままではその量子電導脳は作ることができない。制作に必要な理論が間違っているということだ。しかしこれは言っていいものなのかと考えてしまう。

理論が間違っていることを伝えた元々の記憶の持ち主は、彼女に掴みかかられて揺さぶられ気を失いかけていた。記憶の持ち主ならば、恐らく女性に対する耐性やコミュニケーション能力で耐えられることができただろうが、生憎俺は異性耐性もコミュニケーション能力もない。俺ならば確実に気を失う。

 

「記憶について思い出せるだけ思い出しておきなさい。これは命令よ」

 

「うす」

 

「やる気のない返事ね。……まぁいいわ。退室なさい」

 

「了解しました」

 

 俺は言われるがまま退室し、来た道を戻る。始めてきた基地ではあるが、あまり人と関わらないが故に、始めて入った施設の構造を初見で覚えるのは得意だ。もし道を忘れて通りすがりの人に聞こうものなら、相手がどのように思うのかは自明の理。わざわざ心を痛めるようなことをしたくはない。相互利益みたいなものだ。

 といいつつ覚えた道をずんずんと歩き進めていくが、行きも思ったことを思い浮かべる。

誰ともすれ違わないのだ。人の気配が全く無い。……記憶を頼りに理由を考えるが、恐らく機密保持的なものがあるのだろう。もしくは、このフロアに立ち入れる関係者は多くない、ということだろう。

 ミーティングルームのある階から降りてきたエレベータの前に付くと、ボタンを押してエレベータを呼出す。

すぐに到着したエレベータに乗り込み、乗ってきた階のボタンを押してミーティングルームへと戻った。

 

※※※

 

 ミーティングルームには当然、平塚大尉も由比ヶ浜もいない。確か戦術機の受領をするとか言っていたのを思い出した俺は、F-15Cを収めたハンガーを目指す。

 ハンガーには予想通り大尉と由比ヶ浜が来ていた。そして丁度、シェードが掛けられた戦術機が3機搬入されてくるのが見える。

2人に近づいた俺は、大尉の隣に立って戦術機を見上げた。

 

「香月大佐相当官が言っていた奴はこれですか?」

 

「ん? 話は終わったのか、比企谷。そうだ。こいつが新しい機体らしい」

 

 そう言われて見上げていると、由比ヶ浜がぴょんぴょんと飛び跳ねる様に俺の目の前に立った。さながらおもちゃ売り場を目にした幼児が如く、目を輝かせて戦術機を指差す。

 

「聞いて聞いて!! あたしたちの機体がすごいのに変わったんだよっ!!」

 

「ほぉー」

 

「さっき平塚教官の手続きを横から覗き見してたんだけどさ、間違いない奴だよ!! ここのハンガーはあたしたちしか使わない、小さいところだし!!」

 

「へぇー」

 

「聞いて驚けっ! あたしたちの機体はねー、イーグルに変わって不知火になったんだよっ!! すごくない!? 国連軍なのにすごい!!」

 

「ふーん」

 

「どうしてだろー? ねー、ヒッキー?」

 

「……さぁ?」

 

「『さぁ?』って……。というか、あたしの話聞いてないでしょ?!」

 

「おう」

 

「あたしの話、聞いてよー!」

 

 プリプリ怒る由比ヶ浜よりも、その背後でシェードが取られた戦術機の方に意識は集中していた。

俺たちがこの間まで乗っていたF-15Cとはカラーリングが変わりつつもUNブルー塗装をされた異色の戦術機。帝国軍でも最新鋭の戦術機が、目の前に三機並んだのだ。

それに続けてF-15Cが運び出されていく。

 

「あぁ……あたしの"サブレ"が……」

 

「は? サブレ? 何それ」

 

「あたしの"サブレ"! あたしのF-15C!」

 

「おいおい、お前、F-15Cにそんな愛称付けてたのか?」

 

「いいじゃん、可愛いでしょー?」

 

 ちょっと、目の前で胸を張らないでくれませんかね。国連軍BDUは割と身体にピッタリフィットするデザインだから、そのたわわに実った果実がブルンと震えるんですが。

とか考えたがすぐに明後日の方向に投げ飛ばし、由比ヶ浜へのツッコミを続ける。ちなみに隣で大尉も頭を抱えている。『自分の戦術機に愛称付ける奴、始めて見たぞ……こいつが私の教え子なのか……』と。

 

「ノーコメント」

 

「むっかー!! いいじゃん!! あたしの機体は皆サブレなの!!」

 

「……そうかよ」

 

「うん。先代サブレなんて、管制ユニットにダックスフントの絵が書いてあるよ?」

 

「マジかよ……。お前それ怒られなかったのか?」

 

「怒られるに決まってんじゃん。だけど3回目から整備班長に怒られなくなった。これってつまりオッケーってことだよね?」

 

「オッケーなわけあるか……。呆れられたんだよ」

 

 そんなバカ話をしている間に、不知火に加えて3機分搬入が始まっていた。もう俺たちの機体の搬入は終わっているのにどうしてだろうか。奥のハンガーに入れられた不知火よりも手前の3つのハンガーに、搬入された戦術機が拘束される。整備兵がシェードを取ると、そこには全く見慣れない戦術機がいた。

分からない俺に大尉が教えてくれる。

 

「あれは97式戦術高等練習機 吹雪。第1・第2世代機に登場していた衛士を第3世代機に機種転換する際に用いる第3世代練習機だ。練習機でありながら、主機と跳躍ユニットを実戦用に換装することで、実戦に耐えられるように作られている」

 

 吹雪。不知火のために用意された練習機、ということだろうか。よく考えたら、俺たち全員が国連軍に所属しているということは、全員が第3世代機の搭乗経験がないということになる。つまりこれは……。

 

「香月め……気を利かせてくれたのか……」

 

「なるほど。さっさと機種転換して、実戦投入できるようになれってことですか」

 

「そういうことだろう。しかもご丁寧に日本帝国軍仕様のままだ。塗り替えもされていない。仙台基地の訓練部隊に紛れて訓練しろってことだろう」

 

 面倒臭いなぁ、とか考えている俺の横で、由比ヶ浜はテンションが上りまくっていた。

訓練部隊にいた頃からだが、由比ヶ浜はどこか戦術機フリークなところがある。戦術機訓練に入った時も、人一倍目を輝かせながら喜々として訓練に励んていたからな。その少し動き辛そうなルックスとは裏腹に、むちゃくちゃ機敏で奇っ怪でアクロバットな動きをする。もはや当時の訓練機だったF-4が由比ヶ浜の動きに追いついていないんじゃないか、と教官たちに言われる程だった。

よくよく思い出したら、明星作戦中に合流してハイヴに潜った時も、部品を見ただけで戦術機がなんなのか当ててたな。

 

「嬢ちゃーん! 戦術機が好きなんかー?!」

 

「はーい! あたしのことを守ってくれる鎧ですからー!」

 

「べっぴんさんにそう言われたら嬉しいだろうなー! こいつら全部、状態のいい中古品だが、嬢ちゃんに乗ってもらえると上機嫌だろうさー!」

 

「わーい! ありがとうございまーす! 整備のおじさーん!」

 

 あ、整備兵の皆さんの鼻の下が伸びた。うん。その気持ち、分かるぞ。しかし作業に集中してくれ。というか、由比ヶ浜が集中を乱しているのか。

 

「由比ヶ浜は昔からこうだったな」

 

「……そうっすね」

 

 平塚大尉がそう呟く。あの時の大隊が結成された時も、こんな風にしていたのをよく覚えている。それが彼女なりの衛士としての振る舞い方なんだろう、というのは何となくだが分かっていた。

訓練兵だった当時、あまり馴染むのが得意じゃなかった俺を引っ張ってくれたあの頃から……。

 

「さて、戦術機の搬入も見届けたことだし移動しよう。午後からシミュレータルームを抑えてある。そこで吹雪を使ってみようじゃないか」

 

「「了解(はいっ!)」」

 

 大尉の後に続いて、俺と由比ヶ浜はハンガーを後にする。午前中の余った時間は荷物整理と、やらなくてはならない事務作業が待っている。大尉ほど多くはないだろうが、早々に終わらせてダラダラしよう。そう心の中で考えながら、2人の背中を追った。

ちなみにこの後、事務作業が不得意な由比ヶ浜を手伝った後、大尉の所に顔を出そうと連れ出されて、結局ダラダラすることはできなかった。おのれ由比ヶ浜。

 



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