別れとは、何時も唐突である。
出会いとは、何時も唐突である。
齢11にして、私はそんな単純なことを悟った。
眼前でこの世のものとは思えない景色が広がる。
武士、西部劇にでてくるようなガンマン、近未来風スーツ、等々、思い思いの服装をした男女が思い思いの服装で動き回っている。
彼らは勇敢にもその体の三倍は優に超す化け物を狩っていく。
”私”も彼らと同じだが、後衛で華々しい活躍は見込めない。
だが、後衛のなかでも特に優秀な砲撃兵であると自負している。
私以下に比べればまだ何かを残せるだろう。たぶん。
前線を巻き込まぬことだけを考えて攻撃を打ち込んでいく。
何度も、何度も、何度でも。
私たちの持ち込んだ弾薬が付きかけてきたころ。
ようやく、眼前の化け物がその巨体を地に沈める。
周囲が、前線の人々が、大歓声をあげる。
その勢いが目で追えなくなったころ。
私は画面に表示させている時計を確認する。
直前の準備から経過しているのは3時間。
私、東北きりたんは3時間ぶりに意識を現実世界に引き上げた。
低くうなるファンの音と、つい先ほどまで熱中していたゲームの音だけが響く自室。
その自室で私は背を伸ばす。
先ほどまでの世界とは違い現実世界は昼下がりだ。
お腹がくぅとなる。
朝ごはんも食べずにネトゲに熱中していたのだから無理はない。
何か冷蔵庫に無かったかと、リビングに向かう。
私しかいない家を、廊下を進む。
私しかいない。そう、私しかいないのだ。
ずん姉様とタコ姉様は昨日からどこかに行っている。
何か実家で用事もあるのだろう。
三女の私に声がかからないのは当然のことだ。
今日の夕方には帰るという。
それまでに、身なりだけでも整えないといけない。
ふわふわと、様々な方向へ飛ばしていた思考のままリビングへとたどり着く。
リビングに備え付けられた冷蔵庫の中には三尾の鯛焼きが鎮座していた。
朝食兼昼食としてはまずまずだが、三尾もあれば腹は膨れるだろう。
一尾だけを皿に取り、電子レンジに入れる。
一分弱を回転する鯛焼きを前に過ごす。
軽快な音とともに鯛焼きが温め終える。
熱い皿を慎重に手に取り、持ち上げる。
そのまま、皿をリビングのテーブルまで持っていく。
椅子に座り、手を合わせて、
「いただきます。」
自分の声を久々に聞いた気分だ。
事実、前回声を漏らしたのは昨晩の夕食で、
ご馳走様でしたと言った時なのだが。
鯛焼きを手に持ち、腹に当たる部分に齧り付く。
一度温めなおして味を落としたが、市販品ならこの程度だろう。
二口目に齧り付いたタイミングで固定電話がうるさく鳴り響く。
普段ならずん姉様かタコ姉様が出るところだが、両者共に不在。
否応なしに私が出ることになるのだ。
口に鯛焼きを咥えたまま電話機まで歩く。
もしかしたら、ずん姉様が早く帰ってくる事になったという連絡かもしれない。
そう思うと、足が多少は軽くなる。
玄関から数歩のところにある電話機は、その勢いを止めることなく、鳴り響いている。
左手に鯛焼きを持ち、口に入った分を嚥下する。
それから電話を持ち上げる。
しかし、この電話番号は誰だろうか。
見覚えがないが、見覚えがある。
ああ、確か実家周辺の市外局番だな、と考えが至る。
先ほどの想像を肯定するかもしれない結果に、胸が躍る。
そういえば、なんで固定電話なのだろうか。
ずん姉様も、タコ姉様も携帯電話を持っているはずなのに。
その謎はすぐに解けた。
『もしもし、東北さんのご家庭ですか?』
「ええ、そうですけど。」
残念なことに、ずん姉様でも、タコ姉様でもなかった。
ならば、誰なのだろうか。
『━━━━━━━━━━━━━━━━━』
「は?え?」
電話口の相手が何を言っているかわからない。
意味は分かる、しかし、理解ができない。
『━━━━━━━━━━━━━━━━━』
全く同じ内容を再度繰り返される
左手から鯛焼きが零れ落ち、餡を床にぶちまける。
それから幾何もなく。
視界が傾く。
急に視界が傾いたことに驚きを感じるが。
すぐに納得がいく。
ああ、これは。
倒れているのか。
電話口の相手が大丈夫かと問う声と。
誰かがドアを叩く音を耳に。
私の意識は、黒く、塗りつぶされた。
その間際に、自分を呼ぶ声を耳にしながら。
<hr>
切欠とは、いつでも突然である。
齢22の夏、その認識を再度確認した。
<hr>
カタカタと、画面に表示している書類に情報を打ち込んでいく。
成績。授業態度。出欠席。一クラス、40人程度のそれでも大変で、
これから次の単元の予定を立てねばならない。
そんなことを思いながら、書類の作成を続ける。
まだまだやらねばならないのはあるが、
とりあえず一度背を伸ばして一息つく。
背骨からパキパキと音が鳴る。
気づいたら作業を始めてから2時間半ほど経っていた。
横槍が入らなかったとはいえ、これほどまでに集中力が長続きするのは珍しい。
と、半ば自嘲的な気分で思っていると、声を掛けられる。
「水無瀬先生。お電話です。」
「はい。すぐに対応します。」
電話機を持ち上げ、形式張った口上を口にする。
「お電話変わりました、水無瀬です。」
『お世話になっております。東北きりたんの母です。』
きりたんの母親・・・?
確か東北に住んでいて、きりたんとは別居しているんじゃなかったか。
「はい、ご用件は何でしょう。」
『二つあります。一つ目はきりたんの姉であるイタコと純子についてです。』
ますますこの件に関して理解ができない。
一応彼女らとは友人ではあるが・・・。
「はい。なんでしょう。」
『本日、昼頃、東北イタコ、東北純子両名は交通事故により亡くなりました。』
・・・・・・・・・・・・は?
まってくれまってくれ。
あたまがまっしろになった。
「・・・・・・ご冥福をお祈りいたします。」
声を絞り出す。
『で、二つ目の要件なのですが、きりたんの様子を見に行ってやってくれませんか?』
ああ、声が震えているのがわかる。
「きりたんは無事なんですか?」
『彼女はそちらに残っていましたから。』
「そうですか。」
『はい。では、きりたんの事は頼みました。葬儀等については追って連絡します。』
ガチャン。と一方的に通話が切られる。
人として、教師として、何をするべきか。
まずは、PCのデータを保存し、PCをシャットダウンする。
同僚に早く上がることを告げ、きりたんの家に向かう。
走れ。
早く。
早く!。
徒歩十分もしないほどの距離が遠く感じる。
きりたんは姉思いの良い子だった。
だから、自殺を図っている可能性がある。
一秒でも、一瞬でも早くつかなければいけない。
ようやく、ようやく玄関が見えてきた
門は開かれている。
玄関の扉をたたく。
「きりたん!?きりたん!?」
何度も。何度も。
反応はない。
ドアノブをひねる。
以外にも、あっさりと、その扉は開かれた。
玄関からまっすぐに伸びた廊下に、きりたんはいた。
その身を床に投げ出すような形で。
急いで駆け寄って、呼びかける。
「きりたん!大丈夫か!きりたん!」
呼びかけに反応はない。
しかし、息はある。呼吸もしている。
おそらく、電話で亡くなったことを聞かされ、そのまま気を失ってしまったのだろう。
抱えて、きりたんを部屋まで移動させる。
きりたんの自室にはベットがあったので、そこに寝かせる。
次は、床に落ちていた鯛焼きを掃除しよう。
それが終わったら。
きりたんが目覚めるのを、隣で待っていよう。
そうやって、きりたんが起きるまでの時間を待っていた。
コウきりが書きたいです。
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ぜひやってくれると、次が早いです。
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