【悪役令嬢】に転生したはずが、この令嬢【男の娘】だったようで (空想病)
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『悪役令嬢』アンバー・アイランド
vol.00
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唐突に俺は死んだ。
歩道を歩いていたら、交通事故に巻き込まれ、一瞬で弾け飛んできた車体や積載物──工事用の鉄骨に、全身を強く打ったようだ。
すごい衝撃だった。
宙を滑り、アスファルトに叩きつけられた。
目の前が一瞬で真っ赤になった。口いっぱいに広がる鉄の匂いが鼻腔を貫き、脳を刺し穿つ。
身体が熱くなったはずなのに、気づけば一瞬で、凍えるほど寒くなった。
意識が薄れ、視界が真っ暗に淀む。
指一本どころか、瞼を動かすことすらできない。
駆けつけてくれた人の顔も、声も、何もかもが、わからない。
夜天を仰ぐ身体の中心……胸と背中から、激痛と共に大量の何かが零れ、漏れていくのが、かろうじてながら、わかる。
声も出ない。
死ぬことを理解した。
(お母さん──お父さん──ごめんなさい)
先立つ不孝に許しを請うのと同時に、思考は別次元の方向へ。
やりたいこと、やり残したこと、未練や後悔を数え上げればきりがない。
恋人なんていたことのない、オタクな自分の脳裏に浮かぶのは、
自室に残っている積みゲー──
完結していない小説や漫画──
今期の好きなアニメの続き──
あと、パソコンのHDDや、薄い本の処理について。
そんな死の間際。赤かった視界が真っ黒く染まり、自分が世界から遠ざかっている事実を実感しながら、思った。
とてつもなく馬鹿なことを。
(あああ──死、んだ、ら。
──どうせ、なら、あの、悪役令嬢に、転生、できれば、な────)
感覚のない両手で、赤く濡れたアスファルトの道路を探る。
今日、待ちきれず仕事の昼休み時間に買った新刊が、一冊。
血みどろの海に放り出され、中も血で汚れた……鞄の中に。
今、自分が最も推しているラノベ小説──2クールアニメは文句なしの覇権──そして映画化も発表された神作品の、そのライバルキャラ。
あの悪役令嬢の完璧っぷりに、自分は年甲斐もなく惚れ込んだ。
何故「主人公と敵対するライバルポジションを選んだのか」と言われたら、自分のようなダメ人間が、主人公のような、高潔で純粋で清廉な立場になるのは、なんとなく収まりが悪いと思ったから。
ああ。
神さま。
夢を見ていいのなら。
容姿端麗、明眸皓歯、琥珀色が眩い黄金の才媛、天女や女神を体現すると評されし傾城傾国の美女──“アンバー・アイランド”──彼女ほど恵まれたキャラクターになれれば、自分のような何でもない人間でも、もっと、より良い人生を……
(なんて、あるわけないか)
片手が鞄の端に届く前に、力尽きた。
その思考を最後に、俺の意識は漆黒の底に落ちていった──
──
バカげた妄想で終わるはずだった。
末期に紡いだ、くだらない冗談だった。
──
しかし、俺は目を覚ました。
病院でも自室でも、実家でも見た覚えのない天井……否、白い天蓋を見上げた。
「……どこだ、ここ?」
病院とは違う。
自分の部屋とも絶対に違う。
朝の薄暗がりにもはっきりと判るのは、豪奢な白布の大天蓋。
己の全身を包むのは、今まで触れたこともないほど柔らかい寝具の寝心地。
まるで天国に浮かぶ雲を思わせる心地よさに、俺は思考が麻痺しかける。
しかし、異常自体は否が応でも気づいてしまう。
「ぇ、あれ……この声?」
息をついた瞬間に訝しんだ。
今の声は、自分のものではない。声変わり以降の慣れ親しんだ男の音程と違いすぎる。
まるで変声機か何かで、別人の声に変わったような違和感だが、探るように喉を触れても、特に異常らしい異常、不調らしい不調は感じない。
「ん? ……んー?」
ふと手を伸ばす。
これまた自分のものとは思えないほど、よく手入れされた長い指先。
薄闇の中でも磨かれていると容易にわかる爪の艶。
幼少期、野良犬に噛まれてできた咬み痕、工作中にカッターナイフで切った傷が──何故だろうか──どこにも見当たらない。
「これ、どういう……痛ぅ!」
疼痛に顔を顰めた。
痛みを訴える頭部には、真新しい包帯が巻かれている。あの事故で出来た傷かと思ったが、少し、いや、かなりオカしい。
あれだけの惨状……大怪我は免れないと確信できた大事故から生還したにしては、体のほうは普通に動く。どころか、怪我の手当てらしきものは、頭部以外に確認できないのが奇妙すぎた。片手で押さえた胸や腹も、痛みなどとは無縁。襟のあたりから衣服をめくっても、手術痕どころか包帯の気配もないとは。ありえないにもほどがある。
「ゆ、夢、だったのか? いや、でも、なんか?」
違う。
あまりにも違う──おかしすぎる。
あの事故が夢だったなら、自分は自分の部屋で起床していなければならない。だが、ここはまったく知らない、記憶にない部屋だ。身に着けている着衣……寝間着も、確実に自分のものではなかった。
くわえて、
「な、なんだ、この、髪?」
頭に触れた際に前髪を払いのけて、遅まきながら気づく。
日本人男性としてスタンダードな短い黒髪だった自分──そんな男にはにはありえない黄金の輝きが、いま、自分の頭を飾っていた。
しかも、その長さは背中を覆い尽くし、腰の下あたりまで到達している。いったい何年ほど手入れし続けたら、これほどの髪艶を得られるのか判然としないほど、その金糸の束はなめらかで清らかだ。
深まる疑問。
とにかく状況を確認しようと起き上がる。
ズキリと疼く額を抑えながらベッドから這い出て、天蓋を支える柱に縋りながら、立派かつ広大な部屋の、これまた立派で巨大な姿見を目指す。
普通に歩ける。
やはり、あの事故は夢か?
心臓とか動脈とか、何だったら脊髄なんかが、ぐちゃぐちゃに飛び出したような大事故が?
それとも自分は、何年も医療機関の世話になって、今意識が目覚めたというのだろうか?
そうこうして、俺は、姿見の前に立つ。
「……え?」
見つめる。
鏡の中の自分を。
しかし、疑念が脳を痺れさせる。
「この、顔、は?」
鏡に映るのは、見知った自分ではない。ありえない。
そこにいるのは、琥珀色の金髪が眩い──絶世の美女。
だが、見知らぬ人物ではない。見間違えようはずもない。
これは、彼女は、自分が昼休みに買っておいた小説のキャラクター……最期に思い描いていた、理想の人物。
「ま、まさか──“アンバー・アイランド”?」
それとまったく同じ姿の自分が、鏡に映る美女と手を合わせ、その表情や顔の向きを変えていく。
頬をつねる。間違いない。
本物だ。
現実だ。
ありえないが、これが自分自身なのだ。
「あ、あの、アンバー? ほ、ほんとうに? 本当に!」
狂喜乱舞とはこのことだ。
オタクならば一度はあこがれる異世界転生──自分は、今、あの大人気小説の中でも、不動の人気を誇る悪役令嬢に生まれ変わった!
「は、はは! やった! やっ──た?」
その場で飛び跳ねた時、奇妙な違和感を覚えた。
「あれ?」
自分の胸元を凝視する。
女性であれば。
こと悪役令嬢たるアンバーであれば
あって当然の双丘は──どこにも、ない──。
物語の中で語られていた、男を毒牙にかけていたはずのパーフェクトボディとは程遠い、胸の絶壁。
さらに、違和感の最たる象徴が、下半身に。
「え、なに……な、なんで?」
そこにある質感に、俺は覚えが、ある────しかし────おかしい。
ありえない。
ありえるはずがない
恐る恐る確かめた。確かめなければならなかった。
自分の局部に、悪役令嬢たるアンバー・アイランドの股間に、手を這わす。
そうして、気づく。
「う、嘘だろ、おい!」
そこには、女性にはないはずの「もの」が、確かに、明らかに、しっかりと、あった。
衣服をめくった。
瞬間、理解した。
「おま、“男”だったのかよぉぉぉぉぉおおおおおおお──ッ!!!?」
いや違うおかしい間違ってる。
悪役令嬢──「令“嬢”」なのに「“男”」って、どういうことだよ、これは!?
悪い夢だ。
とびきりの悪夢だ。
しかし、夢にしてはあまりにも現実的な感触と感覚。
部屋中に響く大絶叫。両膝を床に強か打ちつけ項垂れる、俺ことアンバー・アイランド。
その性別は……“男”。
……“♂”!
(なにしてくれちゃってんだよぉ神さまァッ!!)
否。神などいない。
いたとしたら、それはとんでもない悪戯の神だ。
打ちひしがれ、その場に崩れ落ちる悪役令嬢姿の──俺。
悲痛な叫びが虚しく木霊する中、隣の部屋から誰かが扉を蹴破るがごとく飛び込んできた。
「何事ですか!?」
「ひゃぇ!」
変な声で叫ぶ俺は、その人物と視線を交わす。
「ッ、お、お嬢様! ああ、よかった、目を覚まされましたか?!」
振り返った俺は、珍妙極まる異常事態であることを忘れて、そこに現れたメイド姿の女性に──歓喜に声と瞳を潤ませる姿に──目を奪われる。
「本当に良かった! 御気分は? そのように膝を屈されて──今は無理をなさらず、どうかベッドにお戻りを。すぐに傷の具合を確認いたしませんと」
俺には当然、その人物のことも理解できた。
信じがたい邂逅を果たした。
「ア、アガトさん! あの“アガト・フォレストヒル”? ほ、本物!」
そこに現れたのは、アンバー・アイランドの御付き女中、黒曜石を思わせる髪と褐色の肌、切れ長の目元が麗しいメイド長。
二次元にしか存在しないはずのキャラクターが、アニメの世界さながらに動き、表情を変え、そして、瑞々しく朗らかな声をかけてくれる。
これに感動しない奴はオタクではない。
だが。
「? アガト、さん? 本物? ──お嬢様、いったい何を言って?」
俺ことアンバー・アイランドの言動に、眉をしかめるアガト。
アンバーである俺は慌てて居住まいをただし、アニメで聞いたとおりの口調を思い出す。
アンバー・アイランドは高飛車で高慢ちきな、典型的な悪役令嬢。間違ってもメイドに対して、間違っても“さん”付けをするようなキャラではない。
……しかし、俺は混乱の極致にあった。
「あ、ああ、いや……ええと、ア、アガト……わ、私、その、えと、お、起きたら、あの」
「御嬢様……まさか、何か、御不調が?」
「御不調というか、なんというか」
「?」
「俺、じゃない私、──起きたら、お、おお、おと、“男”に、なってるんだけど?」
「──はいぃ?」
渋面をさらに歪ませるメイド長。
「お嬢様……あのとき頭を強く打って、記憶がわやになったので?」
黒髪褐色のメイドは嘆息まじりにアンバーの容体を検める。
彼女のおさめる医療魔術によって、令嬢の全身が検診され尽くす。
「心音も呼吸も、脳波や臓器も問題なし……ですが、“男になっている”って……それ、なんの冗談です?」
「いやだって、ほら! ホラ!!」
もはや恥も外聞もない。アンバーとなった俺は、寝間着の前面──男の胸元をはだけさせる。間違っても下は晒さないというか晒せない。
が、そんな御嬢様の言い分に、アガトは肩をすくめる。
メイドは悠々自適に、朝の陽射しを呼び込むべく部屋のカーテンを開けていくだけ。
「御嬢様が男って──そんなの、“あたりまえ”じゃないですか? 何トチ狂ったことを喚き散らしてるんです?」
「そ、そんなの? アタリマエ? え??」
仮にも主人に対して紡ぐには相応しくない──自分が知る貞淑なメイド長としての語調とは相反する粗野な口調で、アガトは告げる。
「だって、
「…………あー、そういう…………んん?」
互いに首を傾げ合う令嬢とメイド。
「はぁぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああああッ???!」
アンバー・アイランド(俺)の、本日二度目の絶叫が、屋敷中に響き渡った。
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道半ばで死亡し、転生した彼には思いもよらない、衝撃の事実。
実は。
“悪役令嬢”アンバー・アイランドは、女性のふりをした男性……いわゆる、オタク界隈における“男の娘”であるという、公式の裏設定があった。
だが──その設定が公表されるのは、彼が死亡・転生した後のことである。
合掌。
こうして、悪役令嬢に転生した彼は、御付きメイドや原作主人公の令嬢とありえないラブコメを演じたり、国家の陰謀やらなんやら盛大に巻き込まれていくという感じの小説はありませんかね?
続くかは未定
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