戦争をやめましょう。帝国軍の完全消滅をもって!ーいや、ダメでしょ。 (依存)
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1.彼らの1日、或いは世界が動き出す一日
「キッシングー、なんで君達王族の戦闘衣装はドレスなの?」
ゾア家の住まう王宮。
そこにある古民家一軒分の広さをもつ部屋__といっても内部は洋風だが__に、一人の若い男の問い掛けが響いた。
それに答える黒髪の幼げーといっても小学校高学年のー少女。
彼女は天蓋付きベッドの中央で高級そうな毛布にくるまり、文字通り"グータラ"した状態で質問に答える。彼女のデフォルト、人形のような無表情を添えて。
「戦いやすいから?」
彼は、その答えを聴いて、ニヤリと笑う。なにかを思い付いたのだろうか?
「いーや、絶対に違うね。戦いやすさなら帝国軍の戦闘服を使えばいい。あれはかなり動きやすいから。……ねえ、キッシング、ちょっと着てみたいと思わない?」
まだ第二次成長期を迎えていないであろう身体を持つ少女は、この男の発言を聴いて、ちょっと顔をしかめた。
"帝国の戦闘服"は、大抵が戦場で亡くなった兵士の物である。つまり死者の遺品を身に付けるわけだから、キッシングは拒むのも当たり前だろう。
「嫌、で、す。」
彼女は抑揚をちょっとつけて、彼に返事を返す。
「今日もまだ帝国推し?」
彼と彼女の付き合いはなんだかんだで3年目になる。
毎日のように部屋に来ては敵である帝国の素晴らしさを語る男を、部屋の主である彼女は拒まなくなっていた。
「当たり前じゃないですか!だってかっこいいんですよ!帝国の作る銃!
特に狙撃銃にカテゴリライズされる帝国軍の携帯大型銃なんか最高じゃないですか!音は戦場を支配する甲高い音!そして戦場で持ち運べるお手軽な軽さ!なんといってもあのフォルム!
キッシングにも何度か見せたけど、あの形状は、俺を殺しにきてるね。いや、俺のために作られたといっても過言ではない!」
「……過言」
「過言じゃないって!あの俺の手に馴染む感じはまさに俺のためにあるのだと証明していたんだ!あのグリップ部分が人体構造学に基づいて設計されているため万人が使うことのできる確実な兵器となっているのは知ってるだろ?」
「………知らない」
「今知ったから、知らないと言うのは誤りだよ。それでこの特徴はアサルトライフルにも当てはまるんだけど、確実な作動性と確固たる部品の供給によって個人の完全武装が確立されている。
この事からわかるように帝国軍は確実な兵器を常に戦場に置くことができるのだよキッシングくん。」
「…………」
「科学の発展の最前線に位置するのは殺し合いという戦争の場であることは分かるだろ?つまるところ銃というものは戦場の一部というわけではなく帝国の科学の結晶ー努力の結晶なんだ。」
「………ふぁーぁ(欠伸をするキッシング)」
「それでねー。銃にはロマンがあるって言う話なんだよねー!」
「……うん」ソダネー
「ハンドガンと呼ばれる小型の携帯機器についての話から始めようかー」
帝国とは、彼らの住まうネビュリス王国と百年ほど戦争を続けていた国、天帝国のことである。
彼らにとっては憎むべき敵、だというのに、彼は嬉々として敵を誉めるのである。
はっきり言って、異常だ。
彼女は彼のこの"いらない"軍事知識を毎日聞いているみたいで、キッシングは"はいはい"という諦めの顔だ。
潔いのか悪いのか。彼を追い出さないだけ、強い精神力を持っていると思う。
まあ、ちなみに当人達は気付いていないが、彼女が他人の前で顔の表情を、デフォルトの無表情からその他の表情に変えることは"ない"。
当主を補佐する立場におり、いつ何時もクールに振る舞う超紳士の叔父様ですら、この光景を見たら(もの珍しさで)即時に卒倒するほどレアな光景である。
彼の、おおよそ三十分に渡った帝国軍の銃についての無駄知識をちゃんと聞き終えたキッシングは、更に続けて話をしようとしている彼の口を物理的に閉じさせた。きっと飽きたのだろう。
彼と彼女の立ち位置は同じベッドの上。
四平方メートルはあるベッドのごく一部のスペースに彼らは肩を並べているため、物理攻撃も簡単であったのだ。
彼の口を塞ぐのは、血管が見えるほど白く、細く、小さい手。
病気でも、魔法でもなく、ただ単純に外へ出ることの許されない箱入り娘の手。
その手が触れた彼の口は喋ることを止めた。
そして彼女は
「銃の供給源(パイプライン)よりも他に調べることない?」
「あります」
「やってる?」
「.........勿論でございます、王女様」
今まで銃について話していた軍事オタク__彼は"お姫様"の台詞に冷や汗を流して____あり得ないほどの速さでの超反応を見せる。
彼女の病的なまでに白い手を取り、腰を低くしてその手にキスをする。
キザったい仕草も完璧な動作に見えるのは彼の受けた英才教育のせいだろうか?
彼女の白い肌をほんのりと紅潮させるテクニック。
いたいけどころか恋愛のれの字すら知らない女子小学生すらも乙女にさせる技は、正に一級品であった。
それもそのはず。彼は若年で王族の従者に抜擢される程の"天才"なのだから。
だが、その能力をこんな"ごまかし"に使う辺り、才能の無駄遣いだと思われる。
「………で?」
その天才の"ごまかし"も虚しく、彼女は碧色の目を細め、ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ目尻を吊り上げた。
天才の考えは、読まれていたようだ。
「……というかキッシング。いつも僕のあの"下らない"銃についてのお話聴いてくれるよね?ほんとありがとう。」
"下らない"と思ってるんなら止めろよ。と、そう思うのは、普通だろう。
「……貴方に友達がいないから仕方なく付き合ってあげてるだけ」
「………なんでキッシングは俺に友達が居ないの知ってるんすかねぇ?」
「"毎日"朝から寝る時間まで殆ど側に居るから?」
「それは、、、そうか?」
「そう、だよ?だからトイレやお風呂の時間も一緒に居ようとしないでね?ステイだよステイ。」
"天才"は同時に"天災"並にウザイ奴であることが分かるセリフだ。
否、変態であることが分かるセリフだ。
「………キッシング、それは無理。」
そういって男はニコニコとしながら女の子の座るベットの横に腰掛け、頬をプニプニとつつく。
柔らかそうなその肌を触られた彼女は、ちょっとだけイラッとしたのだろうか?
「あなたを消去します。完全消滅!」
「止めてーーー♪」
ドタバタと部屋中を駆け回る男子高校生と女子小学生。
男子高校生はもとより楽しそうであった。
女子小学生の表情も明るく、男子高校生の彼を追いかける様は物凄く楽しそうであった。
この"追いかけっこ"は部屋に第三者が入ってくる直前まで続いたとさ。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
「と言うことでですねー」
「どういうことですか?」
「キッシングは帝国行きたくない?」
「ない」
追いかけっこが終わり、第三者ー叔父様だがーが出ていって一段落ついたところで彼は彼女に提案を出した。
秒で断られたが。
「即答ですかー」
「うん」
「じゃあ、支度してねー!」
彼は話を聞かないタイプだろう。
「……また?」
何度目の思い付きかな?という疑問の顔を向けるが、彼は笑うだけ。
「はいっ!すぐやるー!」
そう言って普段着のドレスではなく、灰色のパーカーをクローゼットから出す辺り、この一連の流れは手慣れている感じがする。
「叔父様は外に出るなと何度も仰っておりましたよ?」
「ばれなきゃ大丈夫!」
「絶対ばれます、、、」
「大丈夫大丈夫ー。ちょっとだけだし、さっき来たときにオンは出張に行くって言ってたじゃん」
「大丈夫じゃない、絶対。」
「帝国に行きたくないの?」
「ですから、いきたくないと………」
彼女の言葉を遮り、彼は彼女に問い掛ける。
「それはオン叔父さんが言うからでしょ?」
と。
その問い掛けにキッシングー彼女は答えられない。その無言こそ、答えなのだ。
半強制的に一般市民の外出用の服を着せられたお姫様は、彼に手を引かれて部屋をでる。
そして、彼らは過去に何十回とお世話になっている隠し通路を通って外へ出ていくのだった。
この時、ちょっとだけキッシングが嬉しそうだったのは、誰も知らない。
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2.皇庁の彼はめんどくさい。
それでもお付き合いいただけると幸いです。
よろしくお願いいたします。
「
「ぇひっ!?静かにしてっ!捕まっちゃう!」
いつものお姫様らしくない悲鳴をあげて、身を隠そうとしている
その様子を見ている彼は笑う。
「もうー心配性だね
そう言い、彼はキッシングの顔を覗き込もうとする。
彼女の伏せた顔を覗こうと姿勢を低くするが、彼女はそれを許さない。
「絶対大丈夫じゃない!」
「怖くないよー?」
「怖い!」
「じゃあ、怖くなくなるようにしようかー」
そう言って強引に彼は彼女の手を握り締め、彼女を牽引していく。
キッシングはなにも言えなくなったようで、俯き、彼の背中に隠れるようにして、彼に追随する形で足を前に出す。
それを見た彼は、微笑み、そしてお姫様の速度に合わせて前進するのだった。
彼らの居る天帝国の中心である帝都。
そこは毎日沢山の人で賑わっている。
天帝国と対立している国の名前をネビュリス皇庁といい、目下100年に渡る戦争を繰り広げ中の<戦時>であるが、この街には戦争のせの字すら見えない程の平和ぶりであった。
城壁が鉄で出来た近代的城塞都市だからこそ、中に居る人間は戦争を忘れられるのだろう。
もしかしたら、彼らは戦場を一切知らないのかもしれない。
内部でテロや暴動の尖兵を赦さないほど徹底したセキュリティシステムは、マスコミが100年の歴史で一人も"憎き敵、星霊使い"を侵入させたことがないと唱っている程である。
侵入したとしても各セクション毎に設置された監視カメラや対星霊シールドの無料配布及び治安維持部隊の設置等、絶対に"敵である星霊使い"を逃がさないという気迫が伝わってくる。
そんな"星霊使い"を倒すシステムが張り巡らされた帝都を、二人の"星霊使い"が白昼堂々と歩いていた。
少女の名前をキーネと言い、青年の名前をラーイと言った。
そして二人ともれっきとした"帝国人"であり、"星霊使い"ではないただの人間として、生まれたときから登録されていた。
そして事実、星霊使いの身体から発せられる星霊エネルギーは、今、彼らの身体にないのだ。
__________
帝都の監視を普通に受けて、堂々とゲートを抜ける。
"帝国での"俺の名前の一つ、ラーイ。
キッシング・ゾア・ネビュリス9世の"帝国用"の戸籍の二番目の名前、キーネ。
ラーイ、キーネはどちらも帝国領土内で生まれ、生まれてからも帝国で育った、れっきとした帝国人として戸籍が存在する。
いままでは帝国外辺へ『留学』していたことへとなっており、案外簡単に入れた。
もし、ネビュリス皇庁の人間だとバレたら、帝都にいる"戦闘狂"達と戦闘だったから、危なかった。
「なんか目がゴワゴワする。変。」
そんな見えない脅威にビクビクしながらも可愛い少女、キーネ(キッシング)は俺に声をかけてくる。
「外すなよー、眼鏡」
さて、何を隠そう、キッシングの星霊エネルギーの源、星紋は彼女のその瞳に刻まれているのだ。
ちなみにこの星霊エネルギーの源、星紋は千差万別、十人十色、同色皆無、つまり一人に付き一点物の形、色をしている。オーダーメイドである。
そして、星紋の位置も人それぞれだ。
俺の星紋は白だし、位置は左太腿から左腰にかけての物。まあ、普通だ。
だが、彼女は別格。
キッシングはネビュリスの純血種。
初代ネビュリスは、星を全て火の海に変えるほどの力を持っていた。
彼女はそのネビュリスの血を引くため、端的に言うならアビリティが物凄く高い。
瞳の中にある。それ自体が異常な星紋。
溢れ出る星霊エネルギーを抑えるための眼鏡は、キッシングのためだけに開発されたものだ。
おおよそ十二年。あの日、キッシングが産まれたときから研究員が開発していた最新型の眼鏡だ。
十二年に渡る時間と、何十人という数の研究員、そしてそれをバックアップするための資金。
ーーーどれをとってもたかが眼鏡一つに掛けるモノではない。
ちなみにノーマルだとしても、エネルギーが抑えられなくて暴走しちゃうくらいなので、普段は眼帯をしているのだけど眼帯は普通に外を歩くには怪し過ぎるので、却下した。
というか眼鏡かけたキッシングがくそ可愛い。え?どうでもいいって?気にするなよ。
まあ、そのメガネのお陰でキッシングは帝国の星霊検知器の検査を無事に抜けたのだ。
え?俺?
俺はサ□ンパスみたいな星霊エネルギーを隠すためのシールを貼って、普通に抜けたよ?
コイツ(サ□ンパス)もなんか凄い叡知の結晶らしいね。百枚造るのにかかるコストは中規模国の1年の国家予算並らしいよ。
ゾア家の管理備品に埋もれてたからちょっとの間借りただけ。
使いきりだから、返せなさそうだけど、、、
まあ、知らん。
さーてっと!ここまで来たし遊ぶぞー!
_________________________
帝都第二セクター、帝都最大の商業区と呼ばれている場所に向かうべく、俺達は意気揚々(一名は全く意気揚々としていないが)と大通りを進むのであった。
周りに人が増え、歩くのもやっとのような道。
背の低いキッシング__キーネ__はすぐに埋もれて見えなくなりそうなほどであった。
手を繋いだまま、自分たちの目の前にいる人を押し退ける。人口密度の高い帝都の商業区で当たり前の光景。
だが、それすらも一介のお姫様には荷が重すぎたようだった。
「.............................おしまい。」
「キッシング、、、まだ続くよ。」
苦笑いと共に彼__ラーイは隣の少女と歩みを止める。
「もう帰りたい」
「ホームシックかよ」
「そう」
「そうか。残念。甘い食べ物沢山買ってあげるよ?」
隣の少女___キッシング、、、もといキーネは、ちょっと悩んだようだった。
「............................いい。」
「可愛いストラップもあるんだ。クマさんのお人形なんだけどいらない?」
「...................」
返事はなかった。そんな彼女に対して、彼は勝ちを確信すべく、王手となる言葉を彼女に放った。
「新しい拳銃も欲しいよね?」
と
「いらない」
「いや、けんj」
「いらない」
「いやいや、小さめの銃なら欲s」
「いらない」
「ライフルなら」
「いらない」
「対戦車ロケッ」
「どこに売ってるの?それ。」
「核ミサイr」
「いらない」
「可愛いフォルムのものとかは?」
「可愛いの基準は貴方と私で違います。」
「せ」
「いらない」
「み」
「いらない」
「」
「いらない」
彼は、彼女に負けたのだ。
彼は、彼女の返答に、ほんのちょっと。ほんのちょっとだけ、傷ついて。
ほんのちょっとだけ_____泣いた。
号泣だった。そこは主要道路でも市場でもなかったのが幸いだったが、それでも周りの人達はほんのちょっとだけ距離を置いた。
_______________________
結局キッシングは彼の"お買い物"に付き合うことになり、彼の気分が台風の渦中から雲一つない晴天になったのは、余談なのかも知れない。
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3.レストラン、パウダーベースで
遅い更新ですので、もう一度最初から読み直して頂けると物語も面白いかと思います。
では、どうぞ。
帝都第二セクターにあるレストラン、パウダーベースには、沢山の人がくる。
若いカップル、子供連れの幸せそうな家族、戦場帰りの独身男性、独身女性、ご年配の方々などだ。
彼らもまた、毎日会話を重ねて日々をより充実したものへと変えていくのである。
さて、つまり何を言いたいのかというと_____
________ここに新たな"若い"カップルが来客したってことだ。(まったくもって話に脈絡は無いけれど!)
店のドアに吊り下げられたベルが、チリンチリンと可愛げな音をたてて、来客を告げる。
「いらっしゃいませー!」
一番近くにいた店員はマニュアル通りの対応をするが、彼の顔をみて、直ぐに対応するのを止めた。
それが、この店の暗黙のルールでもある。
何故かって?
何故なら、このお店にはあの彼女がいるから_____
「キーネ、ここだよここ。はいるよー」
「……………うん」
キーネ(キッシングの偽名)を連れてきたこのお店は、『パウダーベース(火薬基地)』。
創業以来一度も赤字になったことがないという、ここ帝都にあるレストラン。
子供から大人まで、カジュアルな格好で気軽に入ることができる憩いの場となっている。なかなか居心地がいい。
サイゼ●アみたいな感じだね!サイゼ●ア知らないけど。
異世界言語かな?((((
扉を開けて、キーネと一緒に中へと入る。
店内BGMと人の喧騒が、情報として脳内に伝わってくる。
「いらっしゃいませー!」
カウンター周りで作業していた店員さんに声を掛けられたが、その後の言葉は続かなかった。
店員さんはカウンターの隅の方へと戻っていったのだ。
キーネと一緒に待っていると店の厨房辺りが騒がしくなり、カウンター奥でエプロンが舞ったのが分かった。
そして一人の少女がカウンターの奥から出てくる。
「わ--!来てくれたの!!!?嬉しいよー!!!」
人懐っこい笑みを浮かべ、こちらに向かってくる元気な少女。
彼女の赤色の髪は、ポニーテールに束ねられ、ボリュームのある髪は彼女の動きと共にふわりと宙を舞う。
「やあ、ネネちゃーん。遊びに来たよー」
キーネに近付きそうな不審な輩が居ないかを横目で確認しつつ、赤髪の彼女__音々に手を振る。
彼女は、”元”天帝国防衛機構Ⅲ師・第九○七部隊所属の機工士であり、士官学校を首席レベルで卒業し様々な論文を発表すると言う偉業をなしとげながらも、十四才で軍を休隊するというなかなか見ることの出来ない不思議な経歴を持っている。
論文を発表する過程で知り合ったが、お互いに銃器や兵器開発等に知識があることで仲良くなったのである。
「久しぶりー!元気だったー!?」
「お陰さまでー!そっちは元気そうだね」
「勿論!イスカ兄が居なくなっちゃったのは残念だけど、後ろばっかり見てられないもん!」
「…………太った?」
「……やけ食いなんかしてないもん!十五キロも増えたとか、そんなことあるわけないじゃん!ラーイくんひどっ!」
「十五キロも増えたの?食べ過ぎじゃない?」
「…………乙女に言うセリフじゃないっ!」
「あはっ、ごめんごめん。で、席どこ座っていいのー?二人なんだけどー」
「二人?」
会話に夢中になっていた音々には後ろの小さな女の子は見えなかったらしい。周りをキョロキョロと見渡す。
「そうそう。キーネって言うの。可愛いでしょ?」
そう言って彼は後ろに隠れるようにしていたキーネ(キッシング)を前に出す。
「キーネー?挨拶しよーよー?」
帝国人が嫌い、もしくは人見知りが発動しているのかキーネ(キッシング)は顔を背けてラーイの左腕に己の未成熟な身体を押し付けるようにして、音々の視線から逃れようとする。
「…………」
「キーネ?」
その仕草があまりにも可愛かったのだろうか、音々は目を輝かせた。
「めっちゃ可愛いねっ!なにこの子!……もしかして彼女?」
「いや、違うよ。預かった近所の子」
「…………」
"近所の子"扱いが嫌だったのだろう。キーネ(キッシング)はしがみついている左腕に噛みついた。
彼の左腕に痛そうな噛み痕が出来た。
「キーネちゃんとラーイくんって仲良いね!あ、席は自由に座ってねー!」
キーネの発する”ザ・お前嫌いオーラ”を察したのか音々は一旦会話を打ち切った。
「……………お前嫌い」ボソッ
「どしたのキーネ?」
最も、キッシングの傍に居た男はその嫌いオーラは分からなかったらしく、普通に「音々ちゃんは忙しいんだろうなー」みたいな雰囲気を醸し出していたが。
席についた彼らは適当に注文を交わし、普通に会話をしていた。
「この女嫌い」
キッシングの放ったセリフは、この女呼ばわりされた音々にも聞こえていた。
それもそのはず 、音々はキッシングの目の前に居るのだから当然である。
わざと聴こえるように言ったのか、無視しているのか。
この場合は両方だろう。負のオーラ(敵意)がタダもれである。
「あははー」
渇いた笑い。顔も引きつっていたが、彼女が齢一四であることを考慮すればまあまあ正しい対応であった。
「"小さくて"可愛いのに。言葉"も"可愛い方が良いよ?キーネちゃん」
「ご心配なく。私"は"ちゃんと可愛いので。」
お互いに煽ってるとしか思えない台詞。
キーネ(キッシング)は帝国人が嫌いなのでともかく、音々も煽ってるのは中々の(危険的な)光景だった。
その仲裁に入ろうとしたラーイは普通に睨まれて蚊帳の外に追い出されたため、諦めて食事を続けていた。
「あ、美味しい…………ヒッ!?
……ごめんなさい」
_______________________________________
「ほら、帝国人は野蛮です。」
お店から半ば追い出されたようにして出てきたキーネ(キッシング)は ちょっと、、というか、かなり怒っているんだけどどうしたらいいのかなぁ?音々には謝ってきたけど大丈夫かなー?
呪詛吐いてない?…いつものことだけど。
いつもでも困るな。たまにこうなるけど。
なので、対処法は心得てる。
周りにあまり通行人のいないような路地へとキーネを誘導する。
勿論、いかがわしいことをする訳ではない。
怒りを発散させてあげるだけなのだよ。
あ、今のオン叔父さん(笑)っぽい。っと。路地に入ってまあまあな距離来たね。
「キーネ、そんなことないって。帝国にも良いところあるから!」
「そうですかじゃあ殲滅して差し上げませんと」
「キーネ。それはダメ」
路地から出ていこうとするキーネの身体を右腕でホールドする。バタバタと手足を動かしているけど、男の大人(男子高校生)の筋力に勝てるはずもない。
「離してください!殲滅、殲滅したいの!」
「離せる訳ないだろ!俺が困るの!いやマジでオンに怒られるから止めて!」
駄々っ子め!可愛いから許すけど!キッシングはマジギレしてるなー。
可愛い顔が歪んじゃってるよ?どんな表情も可愛いから、別に良いんだけど。
「……………あっ!」
キッシングは間抜けな声を出す。
と同時に眼鏡の奥に秘められた星紋が輝きを増し、紫に輝く。
キッシングが星霊術を行使したのは誰の目にも明らかだった。
宙に棘の形をした物質が形成され、俺に向かってくる。
星霊の自己防衛。それがキッシングの不安定な感情によって暴発したのだろう。
さっきの『……あっ!』という動揺した声は意図してなかったからこそだろう。
若い星霊使いは誰もが一度は経験することだ。
おねしょのようなものだから。
キッシングは若干感情の起伏が激しいからよく暴発するのだろうが、キッシングの術行使は初めて見た。
キッシングの星霊は『棘』。
純血種、しかもゾア家の秘蔵っ子。威力も正確さもそこら辺の雑兵とは比べ物にならない。
例えるならナイフ一本で銃を持った完全武装兵士と百メートル以上先から闘うようなものだ。
要するに生まれつき持っているポテンシャルはかなり違う。
でもね。キッシング。
ナイフ一本でも、玄人なら銃を持った素人にも勝てるのだよ。
___あ、今の台詞格好いい。
っと。キッシングの放った星霊は八本の棘となって俺に襲いかかる。
キッシングは『しまった!』という顔をしているが、その仕草も可愛いと思えるほどに余裕がある。
キッシングを見るのを止めて目標物に目を向けつつ、地面に落ちている煉瓦片や石をサッカーのリフティングのように足で弾いて宙に浮かせる。
キッシングの柔らかい身体を握っていた右腕を回して、その浮き上がった破片をキッシングの星霊『棘』に向けて放つ。
右側二基を石で撃ち落としたのと同時に、残りの空中の棘は左腰にキャリーしていた小型拳銃をドロウして撃つ。
減音器内蔵型の銃から乾いた音が六回して、棘が消滅する。
はい。おしまい。
キッシングは、こっちを見て、自分の星霊が造り上げた棘のあった場所を見て、またこっちを見ながら眼をパチパチとさせた。
俺がカッコ良かったのかな?惚れた?
「……え、、」
「うん、どうしたのキッシング?」
「『棘』を落としたの?」
「うん。」
「………………………きもっ。」
………キッシング。嘘はだめだよ、嘘は。
こんなイケメン紳士がキモいわけ……ない。
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4.キッシングのストレッサー
キッシング・ゾア・ネビュリス9世の朝は凄く早い。
午前二時___皆が寝静まった頃、彼女は目を覚ます。
メイドが一人__仮面卿オンの部下の一人が__キッシングの目覚めと同時に着替えと鏡、食事を運んでくる。
キッシングは、豪華なベットからその華奢な足を晒して身体を起こす。
キッシングは身に付けている眼を覆うアイマスクを取って、眼帯へと付け替える。
特別製の"それら"は彼女の星霊を抑えるために付けている。
勿論、"これら"は付けていても周りが何となく見えるようにはなっている。
隣の部屋に朝御飯を置いたメイドはキッシングの寝間着を脱がし、庶民が普段着に絶対使わないであろうドレスを着せる。
ドレスはれっきとした王族の普段着であるが、別に毎日着せられるわけではない。
___今日、御誘いがあるからだ。
まあ、それでもこんな時間から着けるのもどうなのかと思うが、それはゾア家党首__キッシングのお祖父さんの趣味だったりする。
それはまた別の機会にでも語ろうと思う。
着付けが終わったキッシングの見た目はは言うまでもなく、お姫様だ。
朝御飯であり夜食でもあるご飯を食べた後は、やるべきことがある。
「キッシング様、行きましょう。」
「………」
メイドに連れられて向かう先は研究室。
キッシングが本当に面倒くさいと思う唯一の時間だ。
一昨日の帝国での疲れも相まって、更に面倒くささが増しているようで肩が下がっている。
___________
この面倒な時間が終わると、彼女は昼まで自由だ。
心が年相応でないキッシングが心を動かすのは、研究の面倒くささと、この自由時間。
正確には、"彼"とお喋りをする時間である。
しかも、今日は予定(デート)があるのだ。彼の御誘いにキッシングが乗らないわけがない。
「キッシングー!」
そう言って研究室が含まれるビル型の建物の前に立つ彼は、キッシングに手を振る。
彼のすぐ側には、見知らぬ人影があったためかキッシングは露骨に顔をしかめた。
人見知りの域を越えてもはや人嫌いである。
ただ、眼帯で隠れている顔は暗闇も相まって知らない人には気付かれなかったようだ。
だが、彼には分かったようだ。"キッシングが十二分に近付いてきた"ところで説明する。
「キッシング、こちらは
そう言って、キッシングの頭を撫でつつ、"
「この超可愛いクールビューティーなスーパーガールの名前はキッシングっていうんだよ。可愛いでしょ?」
説明?を受けた
「アリス様の従者をしております燐・ウィズポーズと言います。以後、お見知りおきを。」
と。
「…………」
キッシングの返答はシンプルだった。無視。無言。
むしろ"消滅させてあげる"みたいに思ってそうだった。無表情だけど。
彼は予想ができていたようで、キッシングに追加の説明もしていく。
「この可愛いメイド服を着た
会話は続かなかった。横から伸びている手が彼の首に回されているのを見ている人なら理由もお分かりだろう。
「パ、パ、パットなんて言うなッ!よよよ四重なんてそんなのないしッ!というか言い回しもエロいだろこの変態っ!玩具じゃない暗器だッ!ってキッシング様の前だぞッ!自重しろッ!
……………って見捨てていくなッ!」
燐の暴走を冷ややかな目で見ていたキッシングは、燐を無視する方向で彼と話が決まったらしい。
話途中で向きを変えて、帰宅するところだった。
走って追い付いた燐は、彼らを見て思ったことを口にした。
「キッシング様とお前が手を繋いでいるのは何故だ?」
彼は燐に答えたが、答えはどうも違和感のあるものだった。
「キッシングは眼帯を付けてて目が見えないから手を繋いだほうがいいらしいよ?」
「....」
燐は違和感の正体に気付くこともなく、彼らの跡を付いていった。
_____________
町の郊外、最果ての場所にある教練場。
コンクリートと鋼鉄でできた建築物は、星霊使いの集まる街には異質であった。
彼と燐は迷うことなく扉を潜った。キッシングにとって、ここにはいるのは初めてだったので、ちょっとの不安で足が止まったが、キッシングは彼に誘導される形で中へと入っていった。
扉を潜るとモワッとした汗の香りと、土の泥臭い香りが感じられる。
硝煙の独特とも言える香りもあり、お嬢様であるキッシングは、耐えられずに顔をひきつらせた。
「…………」
キッシングが嫌がる素振りを見せて居たのを見た彼は、予想していたかのように来賓用の部屋へとキッシングを連れていき、待つように言った。
ガラス張りのその部屋から教練場を見ることが出来るので、問題はないと考えたのだろう。
勿論中の空気は澄んでいて、キッシングの住まうお城と同じかそれ以上の美しさが保たれていた。
これは、キッシングのために(ゾア家の当主のお祖父様によって)増設されていたものであったが、それに気付くこともなく、キッシングは不満げに中にはいる。
と言っても、全くの無表情であったが。
「じゃあ、やろうかー」
「勿論、いいだろう。お前はまた敗北を味会わえ」
キッシングを置いて、彼は燐に向かい合う。
彼は帝国軍さながらの戦闘用迷彩服を整え、自然体で構える。腰には小さな小物入れとコンバットナイフがあり、太腿には弱装弾を七発込めた拳銃を装着していた。
その姿は戦争に赴く兵士の様相。
それとは対照的に、燐は普段通りの家政婦のようなヒラヒラとした服。
しかしながらその中にはロープ、ワイヤー、ナイフ、短剣、毒、爆薬などの数えきれない数の暗器を仕込んである。
一応爆弾は練習用の威力を抑えたものだし、ナイフ等も刃が潰れているものであるが。
勿論、銃器も暗器も星霊行使もアリだ。
が、何も手に取らずにお互いに自身の腕をクロスさせ、徒手格闘を行う為の予備動作に入る。
腕を構えたのが分からないほどの自然な動きは、彼らにとっては造作のないことだった。
星霊使い同士の戦いに必要なのは、適度な距離と相手を捉える優秀な目、そして技術と経験。
彼らは同じ師から学んだだけあり、それは何度も経験してきた。
作り出される空間は、完璧なものだった。
「……………」
「……………」
数十秒の硬直。
先に動いたのは燐だった。
地を蹴って肉薄する。三メートル弱の距離は、一歩でアタックレンジに入ることができ、一歩で相手のあらゆる攻撃を避けることのできるギリギリの距離。
如何に星霊の力を引き出しても、きちんと対処し、されてしまう距離。
彼は燐の左フック、ローキック、右ストレート、ハイキックという大振りの攻撃を全て避ける。
ここでもし、燐の大振りな攻撃を好機と見て反撃しようものなら毒薬散布からの頸動脈を絞められるコンボは、もう彼は何度も体験している。
彼は一歩、二歩、三歩と退きつつも攻撃に当たらないように姿勢を低くする。
と同時に燐の右足でのハイキックを自身の肘を使って器用に弾く。
体勢を崩すような攻撃も、燐には効かない。
弾かれた脚を基点として身体を回す。半宙返りだろうか。
その際に燐は左の裏拳を打ち込んでいたが、彼は難なく避わす。
至近戦に持ち込んだ彼らは、打てるありったけの手数で攻撃をする。
燐の右手の攻撃には右手が迎撃に向かい、同時に寝技に持ち込めるように右足で燐の脚を攻撃する。
そして足が防がれるのと同時に左手で服を掴もうとするーが、着脱式のスカーフだったようで手応えがなかった。
反転して燐の攻撃が再度迫り来る。
このままだと不味いと判断したのだろう。
彼は砂を蹴って一旦距離をとる。
それは、燐にとっての星霊術行使の合図でもあった。
燐の星霊。それは『土』の星霊であった。
燐の星紋が輝きをまして発光したのと同時に彼の立つ地面にあった砂が膨れ上がり、大気中に弾ける。
その一瞬で地形が変化し、平らだった地面は巨大なクレーターへと変化する。
帝国軍の小型弾頭ミサイルほどの爆発を巻き起こし、彼を含んだ着弾点を中心とした半径10メートル内の土塊が宙を舞う。
だが、燐はそれでも警戒を弛めずに周囲の地形を変化させて簡易的な盾を作る。
燐は知っている。
_あんな弱い攻撃では怪我も負わせられない_
何度も体験しているからこそ、殺傷能力の高い星霊術を行使していた。それでもだ。
警戒をしていたからこそ燐はソレに気づいた。
ほんの僅かな違和感と共に空気が動き、星霊の輝きが浮かぶ。
同時に、空気が文字通り動き、大気が大きな壁として燐にぶつかっていく。
おおよそ500度を越えたであろう大気の壁は、爆発によって引き起こされたものだ。
すべての原子の持つ微細な運動エネルギーの増幅_電子レンジのような_による急激な膨張による爆発。
これが、彼の星霊術行使。
『波』
絶対零度の物体以外は全て微細な熱運動をしており、分子が動いている。
空気も酸素、窒素、水すらも熱を持っている。路傍の石や、生き物もだ。
それらの運動を加速させる。
運動方程式の概念を超越した熱運動における運動エネルギーの乗法は、莫大なエネルギーを生み出すことに他ならない。
この『波』はありとあらゆる物質を加速させる力の強さは、ヒュドラ家当主、タリスマンによって証明されているほど強力な星霊術。
あらゆる物体を媒体とした死角のない星霊術の一つ。それが『波』であった。
が、何度も言うが燐はコレを何回も体験している。
対処法もバッチリだ。
地面をぬかるみ__つまり柔らかくして自身の体に掛かる負荷を地面に逃しながら、自身の盾を四枚重ねてドーム状にしてそれらを逃す。
爆発によって失われた酸素によって酸欠にならないように空気も取り入れて、ドーム状の盾を維持する。
空気が戻り、静かになった所で燐は盾を解いて言った。
「ここまで、だな」
その言葉をを聞いた彼はキッシングの居るであろう来賓席に対して手を振りながら言う。
「あーあ、負けたー!」
「流石二番手。私も危なかったぞ」
「全てを極めた武道家様が何をいってるんだ……」
「いや、今はアリス様の従者だ、それに極めるとか極めないとか、そんな話じゃない。目標はアリス様を御守りすることだ!」
「乙」
「軽いなッ!?」
そう軽口を叩き合いながらキッシングの居る来賓席に近付いていった。
ソレを見ていたキッシングは無表情だった。無表情だった!
彼と燐の戦いを見ていたキッシングが考えていたことは、キッシングしか知らない。
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最近のゾア家は何だか不穏
もしこの作品を細音さんが読んでくれたらいいなーとか思ってた時期が僕にもありましたが、やはり書くの大変ですね。世の作家さんは本当に凄いです。
話変わりますが、帝国の装備思ってたのと違って結構服装がファンタジーでしたね。
個人的には自衛隊とかアメリカ軍とかのああいった装備だと思ってました。(主人公のみ補正で服があんな感じ……みたいな?テヘ。)
よくあの服で砂漠とかいけるなぁとか思ってましたが、よく考えたら帝国の科学技術って現代より進んでますよね……
「構え!!!撃て!!!」
この広大な敷地に乾いた破裂音が連続して生み出され、乾いた秋の空に響き渡る。
音の発生源となる場所には、彼を含む二十人ほどの人間、否、星霊使いの姿があった。
「撃ち方止め!!!戻れ!!!」
戦闘用とは言えない過度な飾り付けと無意味な重ね着をした上官の一言が拡声器ごしに聞こえ、彼らは銃を下ろす。
銃についている安全装置を下ろし、マガジンを抜く。
抜いた状態で薬室内に弾丸が入っていないかを指で確認し、誰もいない虚空に向かって空撃ちをして安全な状態であることを各自で確認する。
そこに佇むのは敵である帝国軍の服装をした人間たち。
しかし、彼らはれっきとした皇庁の人間だ。
星霊使いであるにも関わらず、銃を使う部隊というのは公式には存在しない。
なぜなら、ミサイル位の火力を連射できる星霊使いが大半なのだから、銃などは子供の玩具に等しい。
子供の頃から使い、慣れ親しんだ強い星霊と弱くて訓練の必要な銃では圧倒的なまでの性能差が生まれる。
だが、そんな卑下される武器を好んで使う彼等の存在意義はちゃんとある。
【アグレッサー部隊】
この名前を聞いたことがあるだろうか?
自分達の部隊を鍛えるために敵の行動や戦法に技術、使用しているものまでを全て模倣した訓練用部隊。
ここで言うならば"対星霊特化"の部隊だ。
星霊使いにとって星霊の使えない雑兵一体一体は敵ではないが、数になると苦戦する。
そういった"知"の戦闘。
そんな【アグレッサー部隊】であるが、これは決して皇庁全体の軍隊のためにあるわけではない。
ゾア家のために存在し、ゾア家のために戦う。
ゾア家のなかでも秘匿扱いになっている機密部隊。
広大な敷地も山奥に隠され、普段は一切の情報を出さずに日常に紛れて存在し、有事の際の切り札ともなる部隊。
それが彼等であった。
今日は、ゾア私有軍の特別合宿の日。週に一度の通常軍と一緒の訓練とは違う十日の集中訓練。彼等もまた、訓練に励んでいた。
________________
「いやぁ、まさかお前があのキッシング様の側近までのしあがるとはねー。」
「ほんと、まじでどんなトリック使ったんだよ?」
「制御不能姫《アホ姫》って陰口も最近聞かないしな。」
「あれ誰が最初に言い始めたんだっけなー?」
「誰だっけなー?たしか目の前に居るような~?」
「うーん?あれ?今キミどこに所属してたっけ?」
「あれあれあれ?」
「………………………」
訓練場という広大な敷地の一角にそびえ立つ近接格闘用の建物の陰で騒ぐ男が三人。
二人が一人を弄っているのだろうか?
先程から一言も発しない男は、とても顔が赤かった。
「………………うっせえなぁ??ぁぁ???」
遂にと言うべきか、発した一言目は罵倒であった。
「本性それだろ。お前マジで近衛とか辞めろよ」
「そーだそーだ!お前みたいな雑魚が近衛なんて無理だろ」
「あーああーあーあー聞こえなーい!!!!!!」
彼等もれっきとしたゾア家の精鋭であり、歴戦の戦士であるのだが、会話の内容は年相応と言うべきか青年のものであった。
運動系の部活にありがちな、明るく楽しい休憩時間。
そんな彼等の休憩時間も終わりに差し掛かって来たとき、弄っていたはずの男は急に態度を改めて声を低く下げ、周りを警戒しだした。
雰囲気が変わったのを察した残りの二人も、警戒を外に向け、バレることを防いだことに気付かれないように声を大きくして態度を改めた男の存在のほとんどを隠す。
「そろそろ時間か?」
「ああ!そうだな!」
「いくか?」
「ああ!いこうか。」
【ところで、だ。お前ら知ってるか?】
【実はな_____
____________
______
__________
十日の訓練プログラムを総て終えた彼らは、また自分達の【正規の軍隊】に所属していると登録している部隊に戻り、普通の訓練を受けたのだった。
勿論【正規の軍隊】に伝わった彼の遅れた理由は、"キッシングのわがまま"である。
そんな出汁にされたとは露知らず、キッシングは今日も元気に星霊の制御の練習に励んでいたり、いなかったり。
そんな彼女の住むお城に着いた彼。
「はぁ……………」
雪の雲特有の薄灰色の厚い雲は冬の到来を告げる。
彼の心にも雪が降り始めているようだ。
帝国との戦争の激化に伴い、”ネビュリス”のお姫様の戦線投下。
前線基地の奪還及び敵基地の壊滅。
ゾア家にとって、それは許せないものであった。
だが、それよりも赦せない行動。
昨夜未明に"ゾア家上層部の意向を汲み取った"ように振る舞った上官の勝手な戦闘行為。
夜間作戦ということもあり、損害軽微。敵基地を占領するという働きぶりである。
ゾア家の側近ともなれば星霊の力も強大であり、この程度は造作もなかったことだろう。
「このままなら帝国もやれる。」
自らの力が存分に振るえる戦場で、そう思ったことだろう。
しかし、彼らは動くべきではなかった。
<私兵としてのみ働く彼らが国家間の戦闘に介入した>
この事実が漏れただけでゾア家が一国として見なされ、様々な国からバッシングを受けるのだ。
最低でも家ごと消されるだろう。
彼らが戦場から帰ってくるまでの数時間で、命運が決まる。
そんな窮地に立たされているゾア家上層部は彼らに対して密かに決を下した。
_________殺せ。と。
そしてその任務は忠実に遂行された。
離反者二十五名。そして埋葬された遺体の数も二十五。
国のためではなく、家のために動いた優秀な人間はこの世から消えた。
思えばこれがゾア家の最大の過ちなのかもしれない。
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原作の始まり
『受刑者イスカを、釈放する。』
帝国議会_世界最大領土を誇る「帝国」の最高意志決定機関において、一つの議題が議決された。
誰も知らされていない、否、知る必要のないと判断された_この釈放。
帝国は星霊を宿す”生き物”をこの世から消し去ることを目的とした戦争をこの百年、ネビュリス皇庁に仕掛けている。
受刑者イスカはそのネビュリス皇庁を擁護する_一人の少女の脱獄を手伝っただけだが_行動を取ったために終身判決を下された極悪人である。
しかしたった今、帝国の最高機関によってイスカの刑罰が取り消されたのだった。
彼が"史上最年少の使徒聖"であったからだろうか?
彼が"対星霊特化"の戦闘狂であったからだろうか?
彼の真価は帝国すら推し量ることのできない異物であったのだ。
そしてその一端はすぐに垣間見ることになる。
_________
「………以上で報告を終わります。ありがとうございました。」
「ご苦労アリスくん。素晴らしい活躍だ。」
帝国の敵、ネビュリス皇庁。
その最高機関ともいえる皇庁の中で、定例の報告会がなされていた。
皇庁の長であるネビュリス8世の産まれた家であるルゥ家に加えて親族のゾア家、ヒュドラ家による三竦みの対立をしながら発展してきたこの国の報告会は専ら帝国絡みだ。
その中の一つに、ネウルカの森の攻撃というモノがあった。
帝国の最前線のネウルカ戦略基地という皇庁にとって厄介な基地を早急に破壊してしまおうという作戦だ。
それに駆り出されるのはいつものお姫様だ。
アリス・ルゥ・ネビュリス9世。
氷の星霊を宿し、たった一人で我が軍の一個旅団相当以上の活躍を見せている星霊使いだ。
たった一人で前線を押し上げたその成果は、次の王女の最有力候補となるには十分すぎるほどだった。
そして、それはゾア家、ヒュドラ家にとっては自分の家から王を輩出することができないのと同義であり、面白くない。
ゾア家のキッシングは、この王女争いにおいてゾア家の旗となり要となる女の子なのだ。
「アリスくん。ちょっといいかね?」
ゾア家の当主代理_当主は現在隠居中_の仮面卿オンが声を上げる。
「その森に、ウチの部隊を使ってくれないかね?」
と。
_________
「……てなことがあってさー!」
場所は変わってゾア家の宮殿のある一室、キッシング・ゾア・ネビュリスが住まう居城では一人の男が女の子に喋り続けていた。
「で、なんか一個小隊が全滅したらしい。」
その言葉には、雑誌片手に聞いていた女の子_キッシングも驚いた様子で男の方に目を向けた。
「いやいや、僕が嘘つくと思う?こんなに誠実なジェントルメ~ンだよ?」
「は?」
「ごめんなさい。じゃない。ホントなんだってー」
「……嘘。叔父様の軍は負け無し。」
「燐にも聞いたんだ。救えなくてゴメンって言ってたから嘘じゃない。」
「……………信じる。」
「ありがとう~!」
キッシングとその男の会話は続く。
ゾア家の軍人は皆練度も士気も高く、能力も通常の星霊使いの倍近くまで高める教育を施していて、キッシングの言うことは間違いでないのだ。
だが、相手が悪かった。
元使徒聖イスカ。その才能は大きな帝国の中でも十本指に入るほどであり、投獄されて体力や筋力も衰えている状態であってもそこらの雑兵ごときには遅れも取らなかったのだ。
彼が所属するチームである防衛機構Ⅲ師・第九◯七部隊。ミスミス、音々、ジン、イスカ。
彼らも一人一人がエリートであったことも原因の一因だろう。
そんなことは知らない彼らも、帝国に対しての警戒度を引き上げる。
「まあいいや。それよりキッシングー?」
「…………」
「ちょっと旅行しない?」
「………前、怒られたの何処の誰?」
「はい!僕…です。」
「………頭大丈夫?病院行く?」
最近外から手に入れた雑誌の影響で口が悪くなった(と思い込んでいる)キッシングはなかなか辛辣な言葉を男に投げ掛ける。
だがキッシングの相手をしているのは、そんな言葉に傷つくような男ではなかった。
「病院は昨日行ったよ。どこも悪くなかったよ。キッシングも毎日身体検査だもんな。キッシングは凄いよ。」
「……」
「話を戻すと、キッシングは中立都市エインに行きたいんだっけ?オペラ予約しといたから是非いこう!」
「…………」
「予定はもう繰り上げか繰り下げておいたし、"帝国人"として行くからね~」
「………なぜ、私が帝国人などという下等生物に扮さなければならないの?ヤダ。」
「メガネ掛けようよ~。絶対可愛いから!」
「………」
あれよあれよと用意は終わり、ゾア家の隠し通路の一つを使って外へ出て、彼らは森の中を通って中立都市エインに向かうのだった。
メガネをかけたとても可愛い女の子と手を繋ぐ男が、ゾア家の施設の近くで見つかり、一時期噂の種になったのはまた別のお話。
その頃、ルゥ家のお嬢様も従者に中立都市エイン行きを告げていた。
「…また中立都市に?良いのですか?あの剣士に顔を見られたばかりなのに」
イスカと名乗る帝国剣士。
アリスの着けていたヘッドドレスが戦闘中に外れ、隠していた素顔がみられてしまったことを燐は心配しているのだ。
素顔が知られているだけでも暗殺者が送られてくるのでは?そう一時期は燐もアリスも焦ったのだが。
「平気よ。よく考えたら顔を見られたって問題なかったわ。あ、エインのオペラ予約しといたのよ。明日いきましょう、燐」
「あ、明日っ?なんでアリス様はこうも自由奔放なのですかっ!?」
「別にいいじゃない?ちゃんと公務はやってるわよ、燐。」
「守る側の気持ちも考えてくださいって!」
「燐ならいいでしょ~。帝国の刺客なんて私と燐なら余裕よ!」
アリスの持つ星霊の警戒心は強い。
そして彼女の星霊の自動防御は大規模破壊兵器の一撃すら防げるのだ。暗殺者の一人や二人、恐れるに足らずと結論つけた。
指に摘まんだチケットをヒラヒラとはためかせながら。
「まったくもって都合のいい誉め言葉で……。外出を女王様には伝えておいてくださいね。この前も無断外出でお叱りを受けたのですから」
「……このチケット取るの大変なのよ。ペア席確保するのに四回も抽選に応募したんだから」
「返事は?」
「………はーい」
厳しい口調の従者に、アリスはため息をついたのだった。
また、それと時を同じくして、帝国国内のある部屋では__
__________
「いやー、キッシングも運が良いねー」
「……」
「こんないい席とれるなんて…思ってたんだけどね。チケット取るときに二階前列選んだの僕だし。」
じゃあ言うなよ。と言いたいキッシングの目は確実にヤる目だ。
男_ラーイ_は女の子_キーネ_との会話をしながら劇の始まりを待つ。
「あっ。すいません」
その二人の会話を遮るかのように(実際は席の場所を探している)男の人が目の前に来る。
ラーイとキーネは若干戸惑うような仕草を見せている男に気付いた。
「どうかしましたか?」
男の人に対してラーイは好意的な顔と声色で話しかける。
「いえ、席の場所を探しているのですが。2ーbー6何です。どこかご存じですか?」
黒髪が印象的な細身の少年は、ほんわかとした空気を纏いながら困り顔だ。
「ああ、此処ですよ。隣、ですね。よろしくお願いします」
ラーイは何かのハンドサインをキーネに出す。
黒髪の少年は、それに気付いた様子もなく、ニコニコした顔で隣に座る。
「お好きなんですか?『女騎士ベアトリクスの悲恋』」
左手をポケットに隠したまま、キーネは右に座った男と会話を広げる。
「いえ、上司からの贈り物ですよ。僕は初めてです」
「へー、そうなんですか。実は俺も初めてなんですよ。今日は"彼女と一緒に来ましてね。」
「デートですか?」
「ええ、"帝国国内はやっぱりちょっと危ないので、気晴らしになればいいなーと思ってるんですよー。」
「………」
若干キーネは黒髪の男に対し好奇の目を向けた気がした。が、気のせいだったようで、人形のようにじっとしていた。
「それはいい考えですね。…戦争してますもんね。」
顔を俯きぎみになった黒髪の男は戦争というワードを自嘲気味に吐く。
「すみません、軍人さんでしたか。いつも有難うございます。これからも"魔女や魔人"をやっつけちゃってください!」
小声ながらも、黒髪の男に届く距離で囁くラーイ。
彼は気まずそうにこちらを向き___
__照明が落ちた。
開演だ。
「間に合ったわ、燐!」
「ええ、間に合いましたね。2ーbー7ですよアリス様。」
「………げっ」
照明が落ちた直後に聞こえてきた人間の声は、燐とアリス_皇庁の人間の声だった。
つまり、変装して来ているラーイとキーネにとっては厄介な……
ラーイは、劇が終わるまで一切集中してオペラを見ることができなかった。
追記:誤字報告ありがとうございました
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帝国軍人との接触。
それだけならまだ気にしなかったが、氷禍の魔女アリスも劇場を訪れて_____
"さようならベアトリクス、俺は君とは生きられない"
"……ええ。さようならアゼル。次会うときは今宵の教会ではなく、戦場なのね"
劇の中盤。
主人公である女騎士になりきった女優の熱演と、交響楽団による伴奏が物語を悲しくも情熱的に彩る場面。
ここまで想えるなんて………
「ああベアトリクス!敵国の騎士に恋してしまうなんて……どんなに愛しても結ばれない禁断の恋。こんなに悲しい恋があっていいのかしら!あんまりだわ!なんで神様は……こんな…こんなひどい運命を……うぅっ!」
うーん。
「アゼルのバカっ!なんであなたという男は!」
うるさいな。
アリス様(ルゥ家のお姫様)は涙脆く感情的な少女であったのだ…とか思ってるんですよ。はい。
隣の黒髪の帝国軍人も冷めた目で劇を観ているのがわかる。
近くに座っている少女がうるさいからだ。
「しっ、声が大きいですよアリス様。みんな静かに見てるんですから」
「だ、だって……」
「まったくもう。ハンカチはどうされました?自分のハンカチが涙で濡れちゃったからって私のを差し上げたのに」
「…あれも、もうグショグショに濡れちゃった」
「泣きすぎです!?」
燐とアリス様の声がオペラよりも聞き取れる。
キッシングを見習って欲しいものだ。僕はそう思ってキッシングの横顔を覗く。
いつもの無表情だ。若干……っ敵意!?
……あの女うるさい。消去しましょう。
…そんな理由でルゥ家に喧嘩売れるかっ!?
そんなやりとりをキッシングとしていたら、隣の黒髪軍人が堪えかねたのだろう。彼女にハンカチを渡した。
「あの、これよければ」
「え?」
彼はTPOを弁えているようで、声を押さえていた。
………高ポイントだ。ポイント制導入してないけど。
「何も使っていない綺麗なままだから。あの、そのままだと大変かなって」
「ありがとうございます」
隣の黒髪軍人はお礼を言われて、何か違和感を感じたのか少し首をかしげ、そして元通り劇を観ることにしたようだ。
閉幕___
劇場内は拍手で包まれ、劇場の再点灯に至るまで暫しの余韻。
「うっ……ぐすんっ、なんて可哀想なベアトリクス!」
「アリス様、ほら終わりましたよ。再点灯する前にせめて涙を拭ってください」
「だ、だってぇ……」
(失礼だが)まだ居るアリス様と燐を放置して立ち去ることに決め、キッシング(キーネ)と劇場を後にしようと出口に向かい始めたと同時に電灯が点灯。
「あっ!」
「あっ!」
「あっ!」
「げっ?!」
「………」
燐たちに見つかったかと思ったが違ったようだ。彼らの目は軍人に向けられている。
「な………な、ななななっ、なんであなたがここにいるのっっ?」
アリス様の声が響く。
数人の観客の目が向けられ、そして消える。
彼女の普段の戦闘衣装のドレスではない無地のワンピース。
そのお陰か皇庁の姫とは気付かれなかったようだ。
「"私を尾行してきたのね。いいわ、ならばここで決着を__むぐぅっ?!"」
「アリス様、ダメです!ここは中立都市なんですから!」
アリス様を後ろから羽交い締めにした燐がそう囁く。
中立都市。
絶対の争いを禁止するがゆえの中立都市。
どんな理由があれど、手を出せば悪人である。
燐もその事は知っている__常識だ。
だからこそ、違和感を隠しきれない。
なぜ帝国の軍人とお姫様が顔見知りなのかという、物凄く単純な違和感。
普通なら、どこかの中立都市で会ったと考えるだろうが、氷禍の魔女が相手、さらには燐もいる。
そんな険悪な仲になるはずないのだ。
星霊を行使する……というほどの。
どちらかが冷たくなっていないといけないのだ。
ラーイとキーネは即座に出口に向かう。
会場を背にした彼らは互いに目を見ずに声を交わす。
「デートはここまでかな~ごめんねー」
「…………滅…」
「ダメだよ……気持ちは分かるけどねー」
彼らの目的はデートとはいえ、キッシングが絡んでいる行為の全てはれっきとした公務であり、彼らの私情は優先されない。
もっとも優先すべきは帝国との戦争の勝利だが、次に重要なのはゾア家がネビュリスの王に君臨すること。
敵の弱味はとにかく探る。探る。探る。
重要度はお姫様(キッシング)の安全よりも上。
とはいえ、たとえどんなバカであってもお姫様を外に連れ出すリスクは理解するだろう。
ましてやこのキッシングの隣に居るのは曲がりなりにもゾア家のお姫様の護衛なのだ。
中立都市エインの外に向かった彼らの先に居るのは、用意してあった生き物とその隣に佇む一人の女の子。
その生き物の名前はアルバトロス。古鳳の一種で、生きた化石とも呼ばれる。飼い慣らせるのも限られた場所だけという貴重な鳥。そして隣に居るのは男と同じキッシングの護衛。
女子トイレ、女湯、更衣室、私室などのプライベート空間にキッシングが居る際、敵の手から護るために存在する彼女の名前を、ツルネと言った。
………今、キッシングの大半のプライベート空間は一人の男が掌握しているため、残念ながら普段は本職の護衛ではなく事務作業を担当しているが。
「いやー、キーネも逞しくなったなぁー!」
「……無理やり………」
「細かいなぁ♪」
「……………………いい」プイッ
「まあまあ、また今度もう一回デートだね。じゃあツルネよろしく。」
彼らの会話を故意に無視していたツルネはようやく動き出す。
「キッシング様、どうぞ。」
「……………」
男よりも長く、それこそキッシングが生まれたときから近くにいた彼女は今年で十八歳(今キッシングは十四歳)。
キッシングの片腕となるべく仕込まれた技術は健在。
感情的な少女と最もかけ離れている人間を想像すると、大体の人間はこの少女を思い浮かべることができるだろう。
黒い髪、白い瞳、どんな状況下でも動かない表情筋。
キッシングとツルネの二人は西洋人形に例えられることもある。似た者同士なのだろう。
彼女とキッシングの乗ったアルバトロスは皇庁に向け羽ばたく。
キッシングらと男の間にあった距離は一瞬にして開く。
数秒後にはもう彼女らは空の上にあった。
そしてまた、地上にいた男は再度中立都市に向かう。
ゾア家諜報カリキュラムを首席卒業した男よりも諜報活動に長けている人間はゾア家にいない。
そして相手は氷禍の魔女と名高い皇庁のお姫様(アリスリーゼ様)だ。一つのミスも許されない。
ここでキッシングと別れてでも男が向かうのは必然であった。
誤算だったのは、あの帝国軍人とアリスリーゼの間に強い運命の糸が複雑に絡まっていたことだ。
________________
「あれ?奇遇ですね。また会いました」
そう言ってイスカに話しかけてきた人はラーイと名乗った。
「あぁ、オペラで隣でしたね。デートはどうされたんですか?」
確かラーイという"銀髪"の男の隣には影の薄い_それでも圧倒的な存在感を放つ可憐な少女_がいたはずだ。
それをイスカはラーイに聞く。
「えへへ……彼女の保護者にバレまして、強制的に別れさせられました……」
「そうなんですか……いろいろ事情があるんですね…」
「ええ、まあ年の差とかそういったしょうもないものですけどね~」
イスカとラーイがいるのは装飾品店。
イスカは音々とミスミス隊長に。
ラーイは自分のカノジョに。
お互い打ち解けるのに時間はかからなかった。
「メルアドこれね」
「えっと、軍用のやつしかもってないから民間のやつとは登録できないんだ。ごめんなさい」
「あー、じゃあこのブログの主が俺なんだ。こっちにダイレクトメール送ってくれればいいや。」
「そうか、そうすれば軍用のものでも……どこでそんなことを…」
イスカは「知っているのか」と続けようとして口を閉じた。
彼がイスカに見える範囲で銀髪を取ったからだ。
それをみてイスカは驚かざるを得なかった。
銀髪のカツラに隠されていたのは傷。
右側頭部から耳の後ろまで伸びた傷は、何処からどう見ても重症だ。
「まあ、こういうわけでな…」
イスカは納得した。軍隊を辞めるには定年か、除隊願いを受理されたとき、そして大きな傷を負い戦闘継続できなくなった者以外では死者しかいない。
イスカの目の前に佇むラーイは若かった理由。
きっと新兵だったのだ。
しかし戦場に出てすぐに除隊になった。
それでカノジョさんの親は彼を腫れ物のように見ているのではないか?
イスカはそう思った。
「実はパスタの予約入れてるんですよ!行きましょうよ。」
気まずくなった空気を誤魔化すためにイスカは話を変えた。
「おお、そうなのか?じゃあお言葉に甘えて。」
ラーイはそう言って笑った。
嘘で固められた彼を知る者は誰もいない。
彼自身それを知らないのだから。
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