皆で小説を書こう配信 まとめ (二 貂理)
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第0回 神話・地下室・恩讐

 神話とは。勝者が自らの都合がいいように塗り替えた、歴史の一側面である。

 ……なんて言えば、それは一部の人達に批判されてしまうのだろう。信じるものは救われる。そう言った意味では、批判している人達は幸せなのかもしれない。

 しかし、だ。そうして批判してくる人たちも、どこまで信じているのだろうか。

 

 この世界に、神が存在すると信じているのか。

 その物語が、この世界の誕生を記す記録だと認識しているのか。

 崇高なる存在が悪逆を討ち、今と言う平和を作りだしたと感謝しているのか。

 それが、奇跡によって人類に残された真実であると。そう、受け入れているのか。

 

 それはさすがにないだろう。

 確かに彼らには人間味があるだろう。個人の都合によってあれやこれやとする様は、どこか隣人らしさを感じてしまうのかもしれない。だが、それでも。そんな自分たちにとってどこまでも都合がよすぎる物語が、正しくあるモノか。

 

 では、そんなきれいごとは誰が紡いだのか。当然、当時の支配者が。

 では、どのようにして紡がれたのか。当然、自分たちの行いを正しかったのだと主張するように。

 では、真の悪は存在したのか。―――そんなものは、存在しない。

 

 悪なる部族を滅する英雄たちは、無辜の民を滅ぼしその財を奪う略奪者であり。

 世界へ刃向かう大逆人を封じる地下世界は、自らにとって都合の悪い存在を閉じ込める地下牢であり。

 全の頂点へ君臨する存在は、周辺の全てを滅ぼし、征服した大量殺人鬼に他ならない。

 

 虚構、偽り、偽証。まさに偶像によって織りなされた、都合のいい物語。それこそが神話であり、全世界へ知れ渡る大人気小説。

 

 しかし、そんな歪が長く持つはずもない。

 

 ピシリ、と言う鈍い音。黄泉と現世を隔てる大岩に、ひびが入った。

 ボトリ、という落下音。囚人へ毒を垂らす蛇は、その生涯を終えた。

 バタリ、と人の倒れる音。多くを幽閉した奈落は、囚人によって殺された。

 そして……

 

「ねぇ、貴方は」

「ありがとう」

 

 パキン、と。甲高い音を立て、四肢を拘束する枷が砕け散り。

 

「君のおかげで、僕は復讐を遂げられる」

 

 誰からも祝福されるべき英雄が、悪逆の宣言をした。

 

 さぁ、語るとしよう。ついに偽り続けることが出来なくなった、真実の一端を。表舞台に顔を出した、哀れな被害者たちの復讐を。

 為政者にとって都合が悪く、地下深くへと閉じ込められた極悪人(被害者)達。

 勧善懲悪と言う戯言のために悪へと貶められた、真なる善人たちの物語を。

 幾千、幾万という年月を超えて達成される、恩讐の物語を。

 

「最も……恩讐に身を任せちゃった時点で、彼らは本当に悪役になるんだけど」

 

 悪であれかしと望まれ、迫害された者たち。彼らの本質が、悪に染まる。

 



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第ゼロ回 part.2 偽りの不死者・有料フレンド・虹

2020年2月編


 不死身、という概念がある。

 

 例えば、悪竜ヴリトラや英雄アキレウスのような。

 その体に宿る性質からあらゆる武器を弾く、不死。

 

 例えば、吸血鬼のような。

 無限の再生能力を持ち、いかなる傷をも乗り越える、不死。

 

 例えば、プラナリアのような。

 特定環境下であれば切れ端からでも再生し、増殖する不死。

 

 死なない、倒れない、傷つかない、回復する。

 体現の仕方はさまざまであるが、とにかく「死なない」存在。

 無限の時を生き続けられる、超越種の総称。

 

 人間には決して得ることも学ぶこともできない思考へと至る彼らの日常は、さてどうなっているかといえば。

 

「お願いします!何でもするので、友達になってください!」

「……は?」

 

 超越種から見れば劣等種でしかないはずの人間に対して土下座。どうにもそんな感じの毎日を送っているらしい。

 

 

 

 ===

 

 

 

 結論から言おう。とあるごく普通の不死者は、有り体に言って飢えていた。友情とか、人肌とか、なんかそういうのに。

 

 不死身。寿命が来ることもなく、病に倒れることもなく、致命傷という概念もない。外から見る分にはごく普通の人間な彼は、いわゆるそういう存在であった。

 

 教科書で学ぶようなはるか昔から生きていて、ずっとずっと生きていて。何か変なものを食べた結果そんな不思議体質を手に入れたらしい。で、その後。簡潔に語ってしまえば、こんな人生を送ってきた。

 

①不死身になった!やった!もう何も怖くねー!

②あ、自分のこと知ってる人いなくなった。

③……え、辛くね?

 

 以上である。

 

「いや、知らんがな」

「そんなっ!?」

 

 当然のリアクションである。そも、現代社会において「不死身です!」なんて言ったところで信じてもらえるはずもないのだから。突然土下座された側にしてみれば、「何言ってんだコイツ」である。

 

「じゃあ、私はこれで」

「待ってくれ!」

 

 が、だからといってはいそうですかと引き下がれるわけでもないらしく。

 

「頼む、お願いだ、後生だから!一生に一度のお願いでもいい!」

「いやいやいや、そんな安っぽい言葉で呼び止められましても」

「不死者のそれだぞ!?一生に一度、それはつまり永遠に一度きりのお願いといっても過言じゃない」

「あ、じゃあ私はこれで」

「聞いてない!?」

 

 もう相手するだけ無駄だと悟ったのだろう。手を振り、イヤホンをつけて歩き出す。

 

「頼む、待ってくれ!話を聞いてさえ貰えない中、ようやく話せたんだ!」

「いやいやいや、知りませんって。そんなこと言われましても」

「そんなこと言って、ホントは興味あったりしない?何せほら、不死だよ?不死身の人に会ったことある?」

「ないですよ。これまでも、これからも」

「そう思うだろう?けどここにいる!」

 

 少女の斜め前方で決めポーズと共に告げる。

 当然、少女は見向きもせずに素通りした。

 

「待ってくれ、ここまでしてそれはさすがに傷つく」

「……はぁ」

 

 本気で落ち込んだような声音に罪悪感をあおられたのか。はたまた、ただ単純に無視し続けるのも面倒になったのか。

 少女は足を止め、スマホをしまい。イヤホンを外して、青年を見た。

 

「それで?えっと、不死身なんだっけ?」

「うんその通り。アイアム不死身人間」

「中途半端な英語が腹立つな……」

 

 やっぱり無視して帰ろうか。そんな感情が少女に襲い掛かる。

 

「そんな不死身さんが、私に何の御用時で?」

「用事はさっき伝えただろう?どうか、友達になってほしい」

「こういう時って警察に通報すればいいのかな?」

「お願いだから、一回そういう警戒心を隠してほしい」

 

 通報すれば連行されるのは間違いない状況なだけに、少年にも焦りが見える。

 

「せめてほら、事情だけでも聞いてくれないかな?」

「不死身を詐称する事情とか聞いてもなぁ」

「うーん、現代社会にふさわしい警戒心。いいことだ。でも今だけはどうか考えないでほしい」

 

 どこまでもそれ一択である。つまり、聞くまで終わらないということ。再び、深く深くため息をついて、話せと言外に告げる。

 

「一つだけ、どうか分かってほしいのは」

 

 そんな好意に甘えて、青年は言った。

 

「不死身っていうのは、人肌恋しくなるものなんだよ」

 

 さも哀れな被害者であるかのように、大きすぎるリアクションを伴って。

 胡散臭さしかないな、と少女は思った。

 

 

 

 ===

 

 

 

「やあ、昨日ぶり!」

「えっと、110番」

「昨日あれだけ談笑した相手だよ!?」

 

 迷いなく携帯を取り出した少女に向けて驚愕の声を上げる青年。しかし、それが当然の状況ではないだろうか。

 

「談笑?あまりにもしつこいから仕方なしに話に付き合っただけなのに?」

「うん?最後の方は君も笑って」

「ピ、ポ、パ、と」

「ごめんなさい、付き合ってくださっていただけでした」

 

 このご時世、そして女子高生と青年。どちらが有利かだなんて、火を見るより明らかである。

 

「はぁ……それで?今日は何の御用時?」

「いや、昨日も言った通り。不死身になると人肌恋しくなるから、珍しく反応してくれた君とお話しに来た」

「やっぱり不審者じゃないですか」

 

 うん、どう頑張っても不審者である。

 

「はぁ……分かりました。今日に限りありとしましょう」

「あ、本当?いやぁ、助かるなぁ」

「昨日何もなかったので、今日に限り信用するとこととしました。ただし、今日限りですよ?」

「はーい」

 

 

 

 ===

 

 

 

 そして翌日。

 

「こんにちは、女の子」

「よく分かりました、貴方人の話聞かない人でしょう」

 

 まぁ、ある種決まり切った展開と言うものである。

 

 

 

 ===

 

 

 

「やぁ、こんにちは」

「……はぁ。こんにちは」

 

 日は巡り。気が付けば、日曜日となった。

 そして、これもまたいつも通りに。休日なのに制服姿の少女の下へ、青年は手を振りながら訪れる。

 

「日曜日なのに制服だなんて、どうしたの?補修とか?」

「違います。ちょっと調べ物をしに学校の図書館へ行っていただけです」

「あー、なるほど。休日だって言うのに偉い限りだ」

 

 そう言って少女の対面へ腰かける。初めの頃はあれほど警戒されていたというのに、今ではこれくらいは良しとされているようだ。

 

「あ、ここいいかな?」

「いいって言う前から座ってるじゃないですか」

「いやぁ、何分この雨だとね」

 

 訂正。状況が状況なだけに許可されただけだったっぽい。

 

「……まぁ、いいでしょう。確かに、物凄い雨ですし」

「急に降ってきたよねぇ。いやぁ、この公園に屋根があってよかった」

 

 などと言いつつ鞄を降ろし、ハンカチで濡れた個所を拭いていく。いい加減なようで、これくらいのことはするらしい。

 

「それで?今日は何について調べてたんだい?」

「わざわざ聞きますか、それ」

「いやだって、この雨じゃん?時間を潰すにはもってこいだな、と思うわけだけど」

「……まぁ確かに」

 

 と言って、少女は鞄からノートを取り出した。

 

「今日は『虹』について調べてました」

「……虹?」

「はい、虹です。どうしてあんな現象が起こるのか、ってしっかりとは知らなかったので。改めて調べてみようかな、と」

 

 そう言って彼女は語り出す。邪件にしながらも心を開き始めている、信頼を抱き始めている青年へ向けて。この無駄に感情表現が大きい大きな子供はどんな反応を見せてくれるのだろう、と期待を込めて。

 苦々しい顔をしていることには、気付きもしないで。

 

 

 

 ===

 

 

 

 虹は嫌いだ。

 雨上がりにかかる橋は幻想的で。光が現れる様を見れば心が躍って。そのくせいくら走ってもたどり着けない虹が嫌いだ。

 

 その根元には宝物が眠っているというくせに、絶対にたどり着けなくて。

 雨と言う気が落ち込む現象の後に現れるくせに、曖昧に消えてなくなって。

 

 そして。

 

「……どうしたの?」

 

 それより、なによりも。

 

「いや、なんでもない。それで、国ごとにどう違うの?」

 

 よりにもよって、七色なのが嫌いだ。

 

「……そう。七色じゃない国もあって」

 

 そんな国だったらよかったのにな、と思った。

 

 

 

 ===

 

 

 

 彼女は不老不死だ。

 高校二年のある日、俺をかばって通り魔に刺された彼女。そんな彼女を掬う手立てが思いつかなくて、頼ってはならない何かに頼ってしまった。

 

 ソレは言った。

 

 ――その女の命は助けてやろう。

 

 頼む、と返した。

 

 ――ただし、対価を貰う。

 

 俺に支払えるものなら何でも。

 

 ――女の記憶を貰う。

 

 俺から持っていけ。

 

 ――そして、その生を7日でリセットする。

 

 話を聞け。

 

 ――7日ごとに、7日間の記憶を。世界に残した痕跡を。それら全てを失う。

 

 それは、生きてるとは言わない。

 

 ――そんな中……お前はどこまで、耐えられる?

 

 ただただ楽しそうに。助ける気なんて毛頭なく。ソレは、そう告げて消えた。

 

 

 そして事実、彼女は生きた。

 俺のことなんて忘れていて。

 7日ごとに記憶が失われて。

 7日ごとに段々周囲の記憶からも消えて。

 周囲の人間に、認識されなくなっていき。

 気が付けば、戸籍すらなくなって。

 

 それでも彼女は、生きている。

 そんな悲劇を、俺だけが知っている。

 

「どうしたんですか?」

 

 その全てを、俺だけが知っている。そうである以上、目を逸らしてはいけない。

 目を逸らすことだけは、許されない。

 

「ああ、いや。何でもないんだ」

 

 俺の顔を見ても一切の反応が無くて、そんな様子に苦しんでいると必ず声をかけてくれる彼女に。申し訳が立たないから。

 

「そんなことより、俺不死身でさ」

 

 だからこの苦しみは。彼女を友達だと思うために、必要な対価なのだ。

 

「よければ、友達になってくれないかな?」

 



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第一回 卒業・新しい生命・桜並木

「あー、思ったより疲れたなぁ」

 

 帰ってくるなりソファに倒れこんで、思わず声を漏らす。

 こういうことをすると痛みそうな気もするのだが、そんなことは気にしていられない。何せ、疲れたのだ。

 自分ではまだまだやれる思っていたのだが、運動をしないと簡単に体力なんて落ちてしまうんだな、と。この数時間でそんな現実をまざまざと叩きつけられた。

 

「けどまぁ、せっかく埋めたんだもんな」

 

 掘り返さないんじゃ、意味がない。最終的にはそんな義務感のようなもので掘り続けた。高校卒業の日、恋敵であり友人だったヤツと一緒になって埋めた、お菓子の缶。

 せっかくだから思いっきり掘ろうぜ、なんて言って。学校を卒業したのだ、というテンションでアイツは馬鹿みたいに掘っていた。掘って、掘って、掘って。気が付けば俺やアイツの身長と変わらないくらいの穴が出来ていて、二人して笑ったものだ。

 

「盗られるかも、とか言って掘ったけど。誰が盗むんだよこんなもん」

 

 改めて土にまみれた缶を取り出す。取れる限りは掘り返した時に落としてきたが、それでも完璧ではない。10年もの間地面の中にいたのだ。水で洗い流すでもすればともかく、手作業で落としきれるはずもない。

 だが、正直そんな土汚れすらもうれしかった。穴に腰掛けながらスコップにもたれかかるアイツと笑った時のことを思い出せて、愛おしくすら思ったほどに。

 

「さて、と」

 

 とまぁ、そんな回想は終わりだ。新聞紙をとってきて広げ、その上に缶を置く。開きづらくなっているそれに指をかけ、持ち上げる。しばらく抵抗はあったが、それでもちゃんと開いてくれた。

 中身は無事だろうか。覗き込んで、ほっと一息。二通の便箋がそこには健在だった。俺とアイツ、それぞれの宛名が書かれた便箋。何を思ったのか、お互いに10年後のお互いへ手紙を残そうということになって,

やはりこれも卒業式後のテンションで書き上げた。

 

「ダメだなぁ、一動作一動作懐かしくなる」

 

 うれし涙が溢れそうになるのを抑えて、便箋を手に取る。二度と受け取られることのない手紙は、置き去りにされた。

 

「おっ……なんだ。結構真面目に書いてるじゃん、アイツ」

 

 どうせあの場のノリで雑ーに書いてるもんだと思ってたのだけど、いやはやなんとも。見直しそうになるくらいちゃんとした手紙である。

 

『拝啓、って書くのも変な感じだな。

 まぁなんにせよ。久しぶり、10年たったけどそっちは

 どうだ?いやそもそも、ちゃんと10年たってるのか?

 お前って結構せっかちだったから、我慢できなくなって

 掘り返してたりしないだろうな?』

 

 のっけから随分と失礼じゃねぇか、コイツ。ちゃんと10年たってから開封しているというのに。

 

『図星だってんなら、今すぐしまって埋め直せ。

 俺だってタイムカプセル掘り返すの楽しみにしてる

 んだからな。そうじゃなかったんだとしたら……

 あー、すまん。まぁ許せ』

 

 仕方ないので許してやることにした。

 

『それにしても、10年。10年かぁ……想像もつかないな。

 俺もお前ももう合格出てるし、大学卒業して、働き

 始めて暫くたった……とかか?だったらどうだ、もう

 慣れたか?』

 

 慣れた―――と思ったらやることが増えて、のイタチごっこだよ。正直、一生慣れることはなさそうだ。

 

『まぁお前のことだし慣れてないんだろうけど』

 

 お見通しだ、って言われたようでちょっと悔しくなる。

 

『とまぁ、そんな余談は置いといて、だ。本題に入ろう』

 

 俺の近況報告は余談だったらしい。

 面白味のある話ができるわけではないのでいいんだけど。

 

『……どうなんだ?結局、アイツは』

 

 アイツ。名前は書かれていないが、それが誰を指しているのかはすぐに分かった。アイツが『アイツ』なんて呼ぶのは、一人しかいない。

 

『どっちが付き合うことになっても恨みっこなし、って

 話だったけどさ。28ならいい歳だろ?付き合うとか

 じゃなくて結婚とか、そういう方向にもいってたり

 しないのか?』

 

 チクリ、と。その言葉が心に刺さった。

 

『もしそうだったら、そうだな……

 お前がそうなら、おめでとう。恋敵としては悔しいけど、

 友人として嬉しく思う。結婚式では祝福して、そのくせ

 別の日にお前相手に愚痴ったりしてそうだけど、それでも

 ほんとに、嬉しく思ってる……はずだ』

 

 そこは、自信をもって言ってほしい。現実にならなかったのだから、実際にその場面においてどうなりうるものだったのか、興味ある。

 

『逆に俺だったら……たぶんお前、同じ事してるだろ』

 

 まぁ、やっている自信はある。アイツに負けたのなら納得できる面もあるからおめでとうって式には参加しただろうし、そのくせ別日に呼び出して……酒でも飲みながら「なんでだよ~」って愚痴ってただろうなぁ。

 

『だからまぁ、それはどっちだったとしても同じことだ。

 そのほかのパターンで、万が一。他の野郎に取られた

 ってんなら……。

 んー、二人で集まって愚痴パーティか?大人なら

 酒を飲みながら、っていうのもあるのかな?』

 

 好きな女を他の男に取られて。失恋したヤロウ二人集まってやけ酒をあおる。なるほど、そんなことができたなら楽しかっただろう。まったく同じ気持ちを抱えている者同士で吐き出しあって、それですっきりして。心に傷を残しつつではあるが、先に進めたのかもしれない。

 

『こうして書き出してみると、その未来が一番キツイな』

 

 それな。ホントに、それな。

 当時はそんな可能性まるで考えてなかったけど、こうしてみるとその結果が一番つらい。そんなことをあの時から考えていて、それを文面に起こして。そのあとああやって笑い合いながら穴を掘っていたのか、お前は。

 

『ま、でも。もしそうなっちゃったなら、仕方ない。

 俺たちはうまくやれなかったんだって受け入れて、

 次に進むしかないんだろうなぁ』

 

 次に進む。そう、立ち止まり続けているわけにはいかない。

 

『できるのなら、新しい恋をして。

 できそうになかったとしても、結婚が義務ってわけじゃ

 ないんだから、独り身で気軽に生きて。そうやって

 やっていければ、それで十分なんだろ。って考えて

 生きていく……とか?』

 

 そこは断言してほしい。ホントにアイツは、いつだって最後の最後に自信がなくなるんだ。それが俺に移ったらどうしてくれるのか。

 

『……段々何書いてるのかわからなくなってきた。

 これ、10年後のお前への手紙ってことでいいんだよな?』

 

 そんなところまで自信を失わないでくれ。

 

『……分からなくなってきたし、ここで終わるか』

 

 訂正。ちゃんとした手紙なんてものはここにはない。

 あるのは、支離滅裂でまとまった紙束だ。

 

『そんじゃ、俺は今からそこにこれ埋めに行くから、

 そっちの俺に よろしくな。どうせ真っ白な桜の下に

 いるんだろ?

 あと、機会があったらアイツにも。何かあるようだったら

 そっちの俺と一緒に手伝ってやってくれ……ってのは、

 諦めが悪いのかね?』

 

 そんな言葉で締めくくられていた手紙をとじ、便箋にしまう。さらに便箋を缶にしまい、缶をカバンへ。ふと、花びらを見つけた。つまんで、電気にかざす。

 

「うん、綺麗な桃色だ」

 

 きっとタイムカプセルを掘り返すときに入り込んだものだ。せっかくだから再び缶を開き、花びらを入れて閉じ、今度こそカバンへしまう。

 

「きっと来年は、もっときれいに色づくんだろうな」

 

 そう思うと、なんだか感慨深くなる。家に帰ったら花びらの保存方法を調べてみよう。色落ちさせずに保存する方法は、きっとあるはずだ。ただ、その前に。あともう一仕事。

 

「まだかなぁ」

 

 彼女の娘が、卒業式を終えて帰ってくるのは。

 



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第二回 巫女・ご神体・嘘・清楚

 この世界には、神が存在する。そう、科学で証明された世界。

 では、いったいどのように証明したのか。

 

 神が人間の前に姿を現した?

 否。それではそれは概念上の「神」ではなく、生物としての「神だ」

 

 では、人間が神の領域へ立ち入った?

 否。それはただの人間の進化であり、決して「神」などと呼ばれるモンではない。

 

 それでは、いったいどのようにして。姿を見せることなく、存在が証明されたのか。

 

 それは、単純明快。神の力による現象が観測された。それによって、神の存在が「証明された」

 

 ……うん?それはただ、現在の科学で証明出来なかったことから逃げただけだろう、って?

 まさにその通り。古代「雷」を「神鳴り」と表現した人間のように。ただ理解できない現象に対して、都合のいい「神」という言葉を当てはめただけなのだろう。

 

 故に。そう理解してもらえたのだから、ここからは純粋な「事実」のみを書き連ねっていこうと思う。

 

 一つ。その力は、「信仰」を持つ者にのみ。

 一つ。その力は、「神」が認める者にのみ。

 一つ。その力は、「神の依り代」を媒介として。

 

 ただの人間が、曇りなき脅威を振るう。

 

 間違いなくただの人間なのに、有り得ざる力を獲得する。そんな現象に対し、「神」を当てはめてしまった世界。

 

 これから綴るのは。

 

「おい、おい大丈夫か!?」

「サク!サク早く!スクナビコナの加護ならまだ間に合う!」

「体温が……だれか着るものを!」

 

そんな世界の、とある一幕の物語だ。

 

 

 

 =〇=

 

 

 

 音が聞こえる。瞼越しに光がさす。そんな外界の刺激を受けて、自らの意識が浮上していく。

 何か、柔らかなものに全身が受け止められている。目を開ければ、そこは真っ白な部屋の中。

 

「お決まりの流れなら、病室ってことになるのかな……」

 

 左腕……は何かに引っ張られる感覚があったので、右腕で体を起こす。額に手を当て、手首につけたものが目に入る。蛇と銛の意匠をかたどるブレスレット。悔しさのあまり、奥歯をかみしめる。

 

「……クイナ?」

 

 と、そこで。人の声が聞こえたので、そちらへ目を向ける。見覚えのある姿。ある種、戦友と呼んでもいい間柄。

 

「サク……おはよ」

「おはよ、って……クイナ、もう起きて大丈夫なの!?」

 

 よっぽど心配していたのか、もはやとびかかるくらいの勢いでベッドまで寄ってきた。同い年なのにとても小柄な彼女。そんな彼女がこちらの顔を覗き込もうとひょこひょこしてる様は……どうしようもなく、こちらの心を突き動かした。

 

「うん、大丈夫そう。結構衰弱してたと思うんだけど」

「スクナビコナ様のご加護で、なんとか。それでもギリギリだったんだけど」

「あー、そっか。あの神様、お薬にも関係するんだったっけ」

 

 普段は一寸法師の力を借りて大小したり針の剣を召喚している彼女。だからこそ、そんなヒーラー的働きをできることなんてすっかり忘れていた。

 

「それで……あの後、どうなったの?」

「……それ、は」

「大丈夫。……ほら」

 

 彼女が何を心配しているのか、それは分かっている。だから、そっと腕を突き出して。

 

「日ノ本、我らが暮らす大地の母よ。その神具を一時、わが手に」

 

 目を閉じ、ブレスレットへ祈る。瞬間、銛に似た―――というより、はっきり銛が私の手に現れる。

 

「ね?神々は清らかな乙女にのみ、加護をくれる」

「じゃぁ」

「うん。ほぼ裸で、ボロボロで倒れてたんだろうけど……私は、大丈夫だから」

 

 私の言葉で、ようやく安心したのだろう。彼女の顔からこちらを心配する色が抜け、説明を始めてくれた。

 

「でも、説明かぁ」

「難しいの?」

「正直に言えば。こちらには分からないことばかりです」

 

 と、そういって。立っていることに疲れたのか、椅子を引っ張ってくる。

 

「クイナを助ける前、私たちはアイツら……鬼神リョウメンスクナを崇める邪教の中枢メンバーに遭遇した」

「で、そのまま倒してきたの?……ちゃんと御神体も破壊した?」

「御神体は破壊した。でも、倒してはない。……あいつらはもう、死んでたんだよ」

 

 もう、死んでいた。その事実に私は、つい顔を伏せてしまう。

 

「そう……」

「うん。争った痕跡もなく死んでたから、おそらくそういう……死神の類から得た加護。それを使ってあの場にいた命を無条件に奪い取ったんだと思う」

「そんな無茶苦茶な加護を?」

「少なくとも上は、そう見てる。人の世のバランスをいたずらに崩すレベルの加護。まだ正体も分からないままだけど、邪心認定したよ」

「……そ、っか」

 

 と、瞬間。病室の扉が開き、勢いよく飛び込んでくる気配。反射的に手に持つ銛を床へ突き刺した。

 

「戻せ、アマノサカホコ」

「おわっ!?」

 

 床がドロドロになり、そこに足をとられる剣を持つ少女。うん、予想通りの猪突猛進ぶりだ。

 

「だー!全然病人じゃねぇじゃん!」

「何言ってるの。点滴までされて、しっかり病人だよ」

「病人ってやつは、今の反射でアタシ一人的確に落としたりできないんだよ!」

 

 そういわれても、だ。今回の一件で得られる加護の度合いが上がったので、これくらいは気軽にできるのだけど。

 

「まぁまぁ……クイナが倒れてる時、一番狼狽してたのは彼女だったんだよ。だからその辺りで」

「……え、嘘」

「サクは余計なことを言うな!」

 

 いつも通りのテンポ感。くすぐったい居心地の良さに、つい笑ってしまう。

 

「……はぁ、ったく。毒気を抜かれるっつーか」

「ごめんごめん。でも、安心しちゃって」

「ハイハイ。……まぁでも、安心したよ。加護を使えるってことは、そう言うことだろ?」

「うん、まだ清楚なままだよ。汚されてない。こんなこと言っちゃいけないけど、死神さんには感謝かな」

「マジでンなこと言ってちゃいけないけどな。アタシらの前だけにしとけよ」

 

 組織の上の方の人たちは『邪心殲滅!』って掲げてるし。確かに、この場でしかこんなことは言えないなぁ。

 

「ま、何はともあれ大丈夫そうでよかったよ」

「本当に。薬師の加護なんてほぼ初めて使ったから、ちゃんと機能してて安心した」

「……アンタはもうちょっと、戦う以外の加護も使おうな?せっかく多彩な神様なんだから」

「えー」

「えー、じゃないって。いっつもサポート全振りされてる私の手助けくらいしてよ~」

 

 と、そこでまた笑い。三人そろって、思いっきり笑う。

 

「さて、と。それじゃ、アタシらは上に起きたって報告してくるな」

「体は大丈夫そうとはいえ、ちゃんと休むように!」

「はーい」

 

 ゆっる~い敬礼で二人を見送る。扉が閉じ、足音が離れていくのを聞いて。

 

「……嘘、ついちゃったなぁ」

 

 そういって、再び手首のブレスレットを見る。数日前まではただ銛を模しただけだったそれ。しかし今は、八匹の蛇(・・・・)が銛に絡むように変化している。この変化についてはさて、どうごまかそうか。

 

「……イザナミノミコトは、確かに国を生んだ大女神。大地の化身たる大地母神。その属性は、純粋な神として成り立つ」

 

 でも。でも、だ。

 

「彼女は死に、冥府に座す冥界の女王となった。しかも夫婦喧嘩の末に、人々を呪うという宣言までした。そりゃ、邪神の側面もあるよねぇ」

 

 きっと、アイツらに汚されて。心のどこかでそれを『楽しい』と感じてしまったのだろう。その瞬間、御神体は姿を変えたのだ。あぁ、その時の私は神から見ればさぞ面白おかしかったんだろう。

 でも、そのおかげで助かった。冥界の門を開きあのクズどもを一掃できたし、私自身も皆から汚れてしまったのだとバレずに済んでいる。おかげさまで、何もかも上手くいった。

 

「いつか、皆に知られたら。きっと悲しむんだろうなぁ」

 

 だからこれは、あくまでも。私一人が得をする嘘で、あの二人を傷つける嘘だ。でも、そうだと分かっていても。

 

「手放したく、ないもんなぁ」

 

 そのためなら。表立っては使えないこの力を、いくらでも使ってやろう。冥界の門を開く。ヨモツシコメを召喚する。この辺りまでなら、暗殺にだって使える。一度汚れた以上、何度重なろうが変わるまい。潜入し、殺して帰る。この神の力なら、どこまでだってやれる。これまで見たく色々と制限を課せられた力じゃなく、制限なんて何一つない無限の暴力。隠しきるのは難しいだろうけど、八雷神という切り札も手に入れた。

 

「邪魔するものは、全部」

 

 全部、滅ぼしてしまえばいい。



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第三回 メイド・妹・夏

『兄&妹』の場合

 

「というわけで、ここにメイド服があります」

「いったいどういうわけですか、兄さん」

 

 真夏の昼下がり。リビングのソファに座りアイスを食べる妹の前に、メイド服を広げた。

 たっぷり3秒それを見て、一口アイスを食べて。

 

「大丈夫です、私は寛容な妹ですから。家族に女装趣味があっても受け入れますし、必要なら仕草やお化粧も教えましょう」

「大海のように広い心の妹を持てて幸せだが、そういう話ではない」

「では……まさか、彼女はいませんでしたね」

「せめてそれは俺の口から言わせてくれないか」

 

 しっかりと心がえぐられた。

 

「では、ご友人に着てもらうつもりですか?春香姉さんはおそらくアイス一つでいけます。秋穂先輩は断れない性格なので、頼み込めば。真冬会長はあの性格なので、土下座して惨めに懇願すれば着てくださるかと」

「ふむ、なるほど。今度試してみよう」

 

 パッと周辺人物へメイド服を着せる手順を教えてくれた。大変有用なので心のメモ帳に書き込んでおく。

 

「しかしだな。これは自分が着るものでも、ましてや俺の女友達に着てもらうものでもない」

「でも、皆さんが着ているのは見たいんでしょう?」

「見たいというか、実行は確定してる」

「何なら雪奈さんは呼べば面白がって着てくださるかと」

「つまりあと4着注文すればいいんだな」

「サイズはお教えしますので、写真をください」

「オーケー、交渉成立だ」

 

 がっつりと握手を交わす。

 

「っていやだからそうじゃなく」

「チッ、流されてはくれませんか」

 

 外では優等生面しているのに、躊躇いのない舌打ち。まぁ心からのものではないだろうし、気にしないことにしよう。

 ……ないよね?

 

「話を戻すが、ぶっちゃけこれはお前に着せる用だ」

「そんな気はしていました。丈がぴったりですし」

「母さんに『立夏にメイド服着てもらいたいからサイズ教えて』と言ったら快く教えてくれたぞ」

「なるほど、情報漏洩はあそこから」

「対価はお前のメイド写真だ」

「人の身体情報を売り払うだけではなく、コスプレした写真を手に入れようとは。悪辣ですね」

「お前が言うな」

 

 年上の幼馴染、部活の先輩、お世話になってる生徒会長、クラスメイトの情報を使って全く同じことをしているのだが。

 

「情報、いらないんですか?」

「とても欲しいです」

「凄いですよ、春香姉さん。未だ成長中です」

「マジか」

 

 ではなく。いやそれはそれで気になるのだが、今はそうではない。それは後の話だ。

 

「とにかく、着てくれ」

「嫌ですけど」

「安心しろ、サイズはぴったりなはずだし、

ガチなヤツじゃないから見た目のわりに涼しい」

「それはありがたいですが、そういうことではなく」

「まさか、メイド服を着たくないと!?」

「まさかも何も、兄の目の前でコスプレする趣味はありません」

 

 どうしようもないほどの正論だった。

 

「じゃあ、仕方ない」

「諦めてくれましたか」

「ここはひとつ、勝負といこう」

「まるで諦めてませんでしたね」

 

 パク、と木さじを口に運んで。

 それでちょうど空になったカップを俺に渡しつつ、机の上にスペースを作る。

 

「内容は?」

「話が早いのはとても助かる」

「いつものことですから。この暑い中アイスを買いに行くのも憂鬱だったところですし」

 

 なるほど。今食べていたのが最後の一個だった、と。つまり俺はこの暑い中アイスを食べることもできないわけだ。

 考えると絶望しそうなので、一旦忘れよう。

 

「シンプルにオセロとか、どうだろう?」

「え、大丈夫ですか兄さん?頭の差が」

「確かに現状全敗しているが、酷くないか?」

 

 同じ血を引いているはずなのに、こうまで学力に差が出るのは何なのだろう。

 あれか。神様は女性贔屓なのか。

 

「ま、大丈夫だ。今日は俺が勝つ」

「その心は?」

「勝利の女神さまも、立夏のメイド服姿を見たいに決まってる」

「そんな理由で勝敗を決める女神なんて、存在価値あるんですか?」

 

 神に対してすらこの物言い。

 我が妹ながら、末恐ろしい。

 

 ===

 

「で、本当に勝ってしまうんですもんね」

 

 はふぅ、と。メイド服に着替えてきた妹が溜息をつく。渋々、といった口調と態度なのに背筋がピンとしていて、手の位置も体の前。

 これはさすがと言わざるとえない、完璧なメイドスタイルである。

 

「写真撮影をするならそちらからがいいかと」

「あ、なるほど了解」

 

 角度の指定を貰い、実際にスマホのレンズを向ける。写真の構図とか詳しくはないけど、なんとなく「よく」感じた。

 

「せっかくだし、何かそれっぽいこと言ってみてくれよ」

「それっぽいことて」

「言いたいことは伝わるだろ?」

「まぁ、伝わりますけど……」

 

 やれやれ、といった感情か。

 もしくは、もう着たのだしという諦めか。

 

 数瞬目をつむり、雰囲気を変えて。

 

「お目覚めですか、ご主人様?」

「おっ」

「お休みの日とはいえ、気を抜きすぎではありませんか?顔を洗って昼食を召し上がり、残り僅かな今日を有意義にお過ごしください」

「やべぇ、結構口がキツイぞこのメイド」

 

 しかし、悪くない。先ほどまでの無表情でもなく、しっかり表情とセットで言って

くれるのだから、彼女が普段どれだけ外面を作れているのかがうかがえる。

 

「あー、いや。こうも暑いと、さ。立夏の方こそ、この暑さの中そんな恰好で

きつくないの?」

「お気遣い、痛み入ります。ですが、見た目ほどキッチリしてもいませんから。思いの外涼しいんですよ?」

 

 そういう触れ込みの物を買ったのだが、ちゃんと機能しているらしい。一安心。

 

「とはいえ、暑いのは確かですね。氷菓でも……あ」

「うん?」

「いえ、その……大変お恥ずかしいのですが先ほど全て食べてしまいまして」

 

 と。肩を縮こまらせて、申し訳なさそうに。

 

「私の方こそ、気が緩んでおりました。すぐに買ってまいりますので、暫くお待ちいただけますか……?」

 

 ちょっと上目遣いになりながらの、提案。

 あぁ、うん。ダメだ。

 

「あの……ご主人様?」

「ちょっとアイス買ってくる」

 

 それだけ言い残して、家を出た。

 大丈夫、一番近いコンビニまで走れば20分だ。早く買って帰り、一緒に食べるとしよう。

 

 ===

 

「……さて、最後のアイスをいただきますか」

 

 短く見積もっても往復1時間でしょうし、ゆっくりいただきましょう。

 

 

 

『姉&妹』の場合

 

「というわけで、ゲームをしよう!」

「大丈夫お姉ちゃん?暑さで頭やられちゃった?」

 

 突然私の部屋に突撃してきたお姉ちゃんが何か変なことを言い出した。

 こう書くと、危ないお姉ちゃん感が出るなぁ。

 

「それで?急に何?」

「実はね。お姉ちゃん、こんなもの買っちゃったの~」

 

 じゃーん!と背中に隠していたものを出される。

 メイド服だった。結構胸元が開いている。

 

「え、何?」

「知らないの?これはね、メイド服っていう」

「嫌そうじゃなくて。それは知ってるから」

 

 そんなことすら知らないと思われてるのか、私は。

 

「私が聞きたいのは、何でそんなものがここにあるのかな?ってことなんだけど」

「え、勿論愛しい愛しい妹ちゃんに着てもらうためだよ?」

「おかしいな、私が知ってる『勿論』と意味が違うぞ」

 

 私の記憶では『勿論』とは『当たり前』みたいな意味合いだったと思うんだけど。いつからその意味は変わったのだろうか。

 

「勿論、着てくれるでしょう?」

「嫌だけど」

 

 この世の終わりかってくらいの顔になった。当たり前のように百面相しないで欲しいのだけど。

 

「ど、どうして……」

「いや、恥ずかしいし」

「お姉ちゃんの前でメイド服になることの何が恥ずかしいの!?」

「いやお姉ちゃんが今言ってること全部だけど」

 

 まさにそれが恥ずかしいのである。

 そして、それだけでも恥ずかしいにもかかわらず、だ。

 

「スカート丈、短いし」

「大丈夫、実際に着てみると『丁度いい』くらいだから!」

「胸元開いてるし」

「そこは露出しちゃうけど、ぴったりなはずだから!」

「何より、メイド服だし」

「ええもちろん、だってメイド服だもの!」

 

 糠に釘、暖簾に腕押しとはこのことだろう。はなしが何も通じていない。

 というか、根底にある法則が違いすぎる。

 

「そんなにメイドがいいなら、お姉ちゃんが着ればいいじゃん」

「それは何か違うじゃない?」

「それ。その気持ちを今目の前の妹が味わってる」

「あ、でもそんなにお姉ちゃんのメイド姿が見たいなら、やぶさかでもないかな~」

 

 よし、いつも通り話は聞いてない。スラっとした足を動かしながらいやんいやんと体をひねり、そのたびに豊かな胸元が揺れる揺れる。

 ……よし、もうこの方針で行こう。

 

「そうだね、お姉ちゃんのメイド姿見たいなぁ」

「そ、そう?そんなに見たい?」

「うん、見たい見たい。絶対似合うもん」

「そ、っか~。そっかそっか~」

 

 そっかそっかそっか~、と。

 それしか言えなくなったかのように繰り返しつつ、部屋の中をくるくる回るお姉ちゃん。

 よし、勝ったな。

 

「そんなに言うなら!予定変更して、お姉ちゃんが着て来よう!」

 

 予想通り、うっきうきで私の部屋を出ていくお姉ちゃん。

 宿題を中断して、一眼レフを取り出す私であった。

 

 

 ===

 

 

「あ、あの……これ、丈、みじか」

「お姉ちゃん、私より身長あるしね~」

「そ、それに、胸元が」

「いっそこぼれそうだよね~。いやぁ、やっぱり大きいなぁ」

 

 まぁ、うん。私がギリギリ『エロ可愛い』くらいになりそうなサイズだったから、姉さんは『エロい』になるくらいの代物だよね。

 想像通りだ。私は内心感心しながら、シャッターを切る。

 

「いっそ何かポーズとかとろっか。指示するからさ」

「いや、その、お姉ちゃん恥ずかしいかなぁ、って……」

「とりあえずそうだなぁ、サボり気味のメイドさんっぽく、箒にもたれかかって前かがみの」

「はい、お姉ちゃんが悪かったです!ごめんなさい!!」

 

 仕方がないので、この後ポーズ3種類で許した。

 

 毎年、夏の恒例行事である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・夏コミのコスプレ

 利点:書きやすい

 難点:文章でメイド服を表す

~兄ルートなら~

 帰ってから

 「会場で感想聞けなかったけど」

 ルートで着てくるパターン?

~姉ルートなら~

 帰ってから

 「ご褒美欲しいな~。

  お姉ちゃんのメイド服みたいな~」

~妹のサークル参加に売り子として~

「お・ね・え・ちゃ・ん?」

「やめてくれ・・・頼むからやめて・・・」

「さ、お姉ちゃんの人気のおかげで

いつもより売り上げあるし、打ち上げに

焼肉いこっか焼肉!」

「肉、食べる・・・」

「お兄ちゃんの女装で稼いだお金で

焼肉だー!」

「帰る!!!!!!」

 

・姉がメイド、妹が主

 中世イメージ

 優秀な妹と無能な姉

 当主の家族としてやれることがなく、

妹の従者にあてられる姉。

 

 「私バカだからさ~」と何言われても

気にせずヘラヘラ従者する姉

 「妹相手に情けないと思わないの?」と

苛立ちを覚える妹(姉の態度+周囲の態度)

 

 

 

 

 

 

「これで回りたかったところは全部かな?」

 

 念のためメモ帳を確認する。

 行ったところはチェックを入れている

のだが……うん、全部チェック入ってる。

 

「よし、間違いなく全部だ」

 

 

 となるとさて、ここからどうしようか。

 何か掘り出し物がないか会場内を回るか、

はたまたコスプレエリアに行って目の保養

をするか。

 

「っと、うん?」

 

 そこで、進行方向にあったそれが

目に入った。大きなサークルではなさそう

だが、メイド服のコスプレが2人。

 せっかくだからと雇ったのだろうか?

 

「あ、お兄さんこんにちは~」

「あ、はい、どうも」

 

 と、気になって見ていたら声を

かけられてしまった。まぁ行くところも

ないので、立ち寄らせてもらうことに。

 

「おっ、美人メイド2人で

捕まえられました!」

「ハハハ……あ、見せていただいても?」

「はい、もちろん!どうぞです」

 

 差し出されたサンプルを開く。

 内容は……流行りのソシャゲの漫画と

イラスト集、かな?

 

「絵柄、綺麗ですね」

「あ、ホントですか?いや~頑張った

かいがありました!」

 

 おっと、まさかの。

 

「売り子さんじゃなくて作者さんでしたか」

「はい!メイド服は集客のために

着ました!」

 

 えげつない程ストレートに

言われてしまった。

 ま、まあ……使えるものを使うのは、

いいことだ。うん。実際こうして捕まった

バカな男もいるわけだし。

 

「ってことは、そっちの人も作品を?」

 

 と、もう一人のメイドさんを見る。

 どこか似た顔立ちの、若干大人っぽい人、

 

「あ、こっちは売り子をお願いした姉です」

「なるほど」

 

 この暑い中長袖にロングスカートの

メイド服。

 

「顔赤いですけど、そんな恰好で大丈夫

なんですか?」

「あ、それは大丈夫です。結構涼しい

素材なんですよこれ」

 

 と、妹さんがお姉さんの服を

つまみながら。

 

「これは単純に、恥ずかしがってるんです。

メイド服着てもらうなんて言ってなかった

ので」

「え?」

「売り子お願い、とだけ言って連れ出して。

服装はついさっき渡しました」

 

 鬼のような妹さんだった。

 

「御覧の通りシャイな性格なので、

見逃してあげてください。拗ねちゃった

のか一言もしゃべってくれないんですよ」

 

 それは仕方ないと思う。

 

「まぁ力仕事担当で連れ出したので、

いいといえばいいんですけど」

 

 この妹さん、鬼じゃなかろうか。

 

「でもせっかく似合ってるんだから

喋ってくれてもいいと思いません?」

「まぁ、それは確かに」

 

 あ、顔をそらされてしまった。

 

「と、それはさておき。いかがです?」

「あ、じゃあ一冊ください」

「はい、ありがとうございます!」

 

 と、一冊分のお金を渡して本を受け取る。

 綺麗な絵柄だなと思ったのは事実だし、

帰ってからじっくり見ることにしよう。

 

「せっかくですし、写真とか

撮っていきません?」

「はい?」

「いえ、こう。SNSとかにあげてくれたら

宣伝になるなー、って」

 

 あまりにも強かじゃなかろうか、この子。

 でもまぁ、せっかくなので。

 

「じゃ、一枚」

「やった、投稿よろしくお願いしますね!」

 

 似合っているので、個人的にも

うれしい限りだし。ツイートをするくらい

なら何も苦ではない。

 

「ほら、せっかくだからお姉ちゃんも」

 

 

 全力で顔を隠すように俯き、

両手を振っているお姉さんがそこにいた。

 

「ま、まぁ無理強いは……」

「でも『美人メイド姉妹がいた』って文言

強くないですか?」

 

 あまりにも強すぎる。

 

「はぁ……ま、仕方ないか。

じゃあ私だけお願いします。姉のことも

言及しておいてくださいね!」

「あ、はい」

 

 勢いに押されながらではあるが、

新刊を持っている彼女の写真を撮って

その場を離れた。

 ツイートはむっちゃ伸びた。

 

 =〇=

 

 帰りの車を運転しながら、

ふと今日のことを思い返す。

 美人メイド姉妹作戦は思いのほか

上手くいき、初の完売を達成できた。

 結果としては写真に写らなかった

もう一人を見にお客さんが来てくれたので

万々歳だったといってもいい。

 

 いやぁ、それにしても……

 

「今日の感想はいかがですか?

TLで「私より人気の出てた」

お・ね・え・ちゃ・ん?」

「やめてくれ・・・頼むからやめて……」

 

 後部座席。何か邪悪なモノでもあるかの

ようにスマホから距離を置く兄へ声をかける。

 

「いやぁ、普段から化粧で化けるだろうなぁ

っておもってたけど、私の読みは大正解

だったね!」

「知りたくなかったよそんな事実!」

「まぁまぁ、そう怒らないで。

売上もいつも以上だし、打ち上げは私が

出すからさ」

「これでお前出さなかったら兄妹の縁切る

まであるぞ」

 

 

 どうせそんなことはできない

小心者の兄なので、気にしないことにする。

 

「ところで、次回は何にしようか?

今回は事前に準備できなかったから

出来合いのメイド服にしちゃったけど、

次回からは採寸してちゃんとしたのを準備

できるし」

「まて、ちゃんとしたのって何だ。せめて

男キャラのなんだろうな」

「………………」

「着ないからな!?」

 

 これだけ人気をとれてもダメか……

ワンチャンちやほやされて女装に

目覚めないかな、と思ったのだけど。

 

「答えろよ、オイ」

「はいはい、分かりました。

でもコスプレしてくれた方がやりやすい

のは分かるでしょ?」

「……まぁ、それは」

「男キャラのコスプレにはするから、ね。

また今度採寸させて」

 

 バックミラー越しに見ると、それなら

まあいいか、という表情をしている。

 よし、ちょうど書きたいキャラもいるし、

男の娘キャラのコスプレ準備しておくか。

 

「さ、お姉ちゃんの人気のおかげで

いつもより売り上げあるし、打ち上げに

焼肉いこっか焼肉!」

「肉、食べる……」

 

 お、ちょっと声に元気が出てきた。

 

「お兄ちゃんの女装で稼いだお金で

焼肉だー!」

「帰る!タクシーで帰る!!!!!!!」

 



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第四回 梅雨

「雨って、何なんだろうな」

 

 ふとした思い付き。考える必要もないよう

な、何でもないこと。

 けれどこう、どうしてもやるせなくなって。

我慢できなくなって、口を突いて出た。

 

「なんなんだろうな、って」

 

 そして。そんな意味のないボヤキにも

応えてくれるのが、最愛の相手。

 

「そりゃ、雨でしょ」

「いや、答えになってないじゃん」

「いやいや、単純な自然現象なんて、これ

くらいの答えでいいんだよ。むしろこれ

くらいの気軽さで考えないと、やってられ

ないし」

 

 そこで彼女は一拍置き、人差し指をくる

くると回しながら。

 

「日常の中で蒸発した水がはるか上空で

集まって水分になって、それが降ってきた。

ここまで雑に何なら間違った解釈をしても

なお面倒な現象なんだから。『雨』の

一文字でいいじゃない」

「いや、別にそんな物理的な現象として

の雨に疑問を抱いたわけじゃない」

 

 というかむしろ、噛み砕きに噛み砕いた

説明がパッと出てくることに驚いた。

 

「あ、豆知識として。いわゆる天気雨って

呼ばれるあれは、元々はちゃんと雲がある

時に雨が降ってきたんだけど、地上に

たどり着く頃には雲がどこかに

いっちゃってるから、結果として晴れの

雨になるわけです」

「あー、そっか」

 

 はるか上空から降ってくる水滴。

 しかし、それより早く雲が動けば、雲は

なくなる。完全犯罪の完成である。

 

「いやいや、別に犯罪ではないでしょ。

むしろ雲にしてみれば雨を降らせるのは

大事な大事なお仕事だよ」

「いやいやいや、何を言ってるんだ。

雨を降らせてくれたあげく自分は気付かれる

前にとんずらとか、犯罪以外のなんだって

いうんだ」

 

 ただでさえ、雨というものはうっとおしい

のだ。道路は混むし、視界は悪くなるし、

電車は遅れるし、洗濯物は乾かせないし、

滑りやすくなるし、不快指数が上がるし。

 そんな結果を作り出す雨が、犯罪者

じゃなくて何だというのか。

 

「でも、雨が無かったら困るじゃん?」

「どう困るって言うんだよ。少なくとも、

俺の日常生活では得しかないぞ?」

「うん、まぁ君の視点ではそうなんだけど」

 

 そういいながら彼女は、まるで聞き分けの

ない子供にするかのように。

 

「例えばほら、水不足になったら」

「うん?」

「各種農家の方々がこまる」

 

 ふむ、なるほど。確かに農家、つまりは

野菜やら果物やらお米屋らを育てる人たち

にしてみれば、水がないというのは死活

問題になりうる。が。

 

「『雪が少なくて水不足』は聞いたことが

あるけど、」

「雪も雨も現象としては同じだよ。凍ってる

か溶けてるかってだけで、どっちも水、H2O

なんだもん」

 

 ものすごく現実に引き戻された気分。

 

「だからホワイトクリスマスも土砂降り

クリスマスも同じモノ説を提唱します」

「却下します」

 

 迷いはなかった。理屈ではなく感情として、

その結論だけは否定しなければならないと

思った。思わされた。

 ただし、土砂降りクリスマスという語感は

好きなので、別手段での生存を期待します。

 

「ほら、困るでしょう?」

「いやしかし、俺は困らない」

「スーパーにお野菜が並ばなくなるよ?

もしくは、高くなる」

「とっても困ります」

 

 陥落に迷いはなかった。それは困る。

高くなるのは最悪いい。大根一本10万円、

とかされなければ受け入れられる。

 が、並ばないのではどうにもならない。

 

「次に、もっと困る現象として」

「まだあるというのか」

「勿論、まだあるよ?何なら序の口だった

まであるよ、お野菜」

 

 これが序の口になる状況、恐ろしい。

いっそ聞きたくないのだが、しかし

ここまで来た以上聞かないとすっきり

しない面もある。

 

「覚悟は決まった、言ってくれ」

「あらゆる水が出なくなる」

「参りました」

 

 白旗だ。なんなら白旗万国旗を建てても

いい程に白旗である。

 

「飲み水からお風呂におトイレまで」

「参りましたって言ったよね?」

 

 迷いなく死体蹴りをしてこないで欲しい。

 

「とまぁ、そういうわけで。雨というものは

かくも重要で、むしろ感謝すべきものです」

「でも、過剰に来たらそれは災害だろ?」

「うん、それはそう。だから私は台風を

許さない」

 

 彼女は彼女で、度が過ぎれば許せない

タイプであった。

 

「……でもやっぱり、許せないところ

あるわ」

「え、まだ?」

「うん。空気が読めないところ」

 

 と、そこで。俺は改めて、彼女を

見る。

 真っ白なドレスに包まれた、最愛の相手を。

 

「いいじゃない、どうせ建物の中なんだし」

「だとしても、こう。なんかやるせない」

「それでも、起っちゃったものはどうしよう

もないでしょう?諦める諦める」

 

 シャキッとしろ!と、思いっきり背中を

叩いてきた。

 

「逆に聞くけどさ」

「うん?」

「いいのかよ、雨」

「うん」

 

 即答されてしまった。

 

「今更だけど私、結婚式に特に執着してない」

「おっとマジで今更な発言」

「正直に言えば、親がやれってうるさいし

友人知人に「結婚しますよー」って連絡

するのが楽だな、くらいにしか」

「ぶっちゃけるってレベルじゃないな」

 

 あと少ししたら式が始まる、って

タイミングでこんなことを言われたら、

俺はどう反応したらいいのだろうか。

 

「私にしてみれば、さ」

 

 と、どう返したものかと考えていたら。

彼女の方から、言葉を投げかけられる。

 

「こんなバカ騒ぎよりも、役所に婚姻届け

出す方が重要だったし」

 

 バカ騒ぎ。確かに、身内だけが集まる

大騒ぎではあるのかもしれない。

 

「紙切れ一枚提出するよりも、結婚しよう

って決めた時の方が大切なの」

 

 紙切れ一枚。その一枚で大きく状況が、

関係が変わってしまうのだが、そんな表現

でいいのだろうか。

 

「だから、ほら。気にしない気にしない!」

「……はぁ」

 

 そして。頭がいい癖にこの辺りテキトーな

彼女を見ていると、本当に全部バカバカしく

なってくる。

 

「はいはい、分かりました。それじゃ、

土砂降り結婚式といきますか」

「いこーいこー!幸いにも、土砂降りでも

ドレスは汚れないし!」

 

 土砂降り結婚式はちょっと語感が悪いな、

と思った。



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第五回 七夕・怪談・飯テロ

 訳あり物件、というものがある。

 それは例えば、事故物件であったり。

 それは例えば、以前の住人が自殺をしていたり。

 それとは逆に、誰かが殺されていたり。

 

 そして、心霊現象が起こっていたり。

 

 そういった、曰くとかのマイナスポイントがついてしまっている部屋の総称。

 どうしようもないマイナスポイントがあるから、格安で借りられたりする。そんな場所。

 

 今俺が借りているのも、そういった類の部屋である。具体的には、最後に示した例の部屋。

 

 幽霊物件。

 だが、だからこそ安く借りられて。

 ちょっとした治療のために一時的に来ているだけの自分にしてみれば、都合が良かったのだ。良かったからこそ、迷うことなく契約した。

 信頼しているお医者さんに紹介された不動産屋さんだったことも要因の一つなのだろう。

 

 だが。だが、だ。それもひとえに、「そんな非現実的なこと起こりえない」と思っていたからこそのこと。

 言われていた怪奇現象が本当に起こってしまえば、そんなことも言ってられず、

 

「あー!また美味しそうなモノ食べてる!ズルい!私にもよこせー!」

「うるせぇ幽霊がどう料理を食べるってんだ!」

「だからこそ!だからこそズルいの!力ずくで奪い取ることも出来ないじゃん!」

「ンなこと考えてやがったのかこの地縛霊」

 

 いやもう怪奇現象とかどうでもいいから、食事くらい静かにとらせてくれない?

 

 

 

 ========

 

 

 

 思い返してみれば、いわゆる怪奇現象の類は結構早い段階で発生していた。

 荷ほどきの最中に飛んできたカッターナイフ(刃が向いてる)とか。

 食器洗い中に飛んできた食器類(フォークはこちらを向いていた)とか。

 朝起きると箪笥の上にあったものがことごとく俺の周りに突き刺さっていたとか。

 

 なんかそういう現象は、しょっちゅう起こっていたのだ。

 今にしてみれば、その時点で気づいておくべきだったのだろう。

 

 が。それら全てを「そんなこともあるか」で流してしまった結果、コイツの存在に気付くのが遅れてしまっていた。

 

 では、一体いつ気付いたのかといえば。それはとある日の深夜、カップラーメンを食べていた時のことで……

 

『ズルい!こんな時間にカップ麺とか、許されるはずがない!』

『なんか出た!?』

 

 つい反射的に残っていたスープをぶっかけてしまった。当然のようにすり抜けて床にぶちまけられ、泣きながら掃除した。

 

 で、だ。それ以来何か食べているとその度に姿を見せて絡んでくるようになった、というわけである。いやホント、何がどうしてこうなった感のある状況である。

 

「だって、何さその海鮮丼!炙ったお魚の脂が浮き出ている中、それをすっきりさせる狙いなのか中央に添えられた大根おろし。さらにその上には宝石のように輝くいくら!そんなものを目の前で美味しそうに食べられる身にもなってよ!?」

「なんかいつも以上に饒舌じゃないか?」

「いやほら、見られてる時くらいちゃんとパフォーマンスしないとじゃん?」

「見られてるってなんだよ」

 

 まるでこの光景がどこか別のところに届けられているかのような言い草である。

 

「…………それで?」

「うん?」

「お味のほどは……?」

「むっちゃ美味しい」

「キーッ!」

 

 今時そんなこと言うヤツ初めて見た。いや、この地縛霊は今時の存在じゃない可能性もあるのか。じゃあ問題ないな。

 

「せ、せめて……」

「うん?」

「せめて、一口……」

「オマエ幽霊だろうが」

「うわーん!!」

 

 わざわざ口で言ってから姿を消した。なんだアイツ、一々リアクションがでかいな。

 

「いいもんねー!私だって君が食べられないモノを目の前で食べてやるもんねー!」

「お、なんだ。何も食べられないのかと思ってたのに、食べられるものあるのか」

「あるよ!あるに決まってるよ!何も食べないで生きていられる生物は存在しないんだよ!」

「いやオマエ死んでるじゃん。生物でもないじゃん」

「私が食べられるのは、」

 

 反論しては見たものの、それに対する返事はない。何の迷いもなく次へ進めた。

 

「霞、です」

「あっそうだ。今日はデザートにプリン買ってきたんだった」

「スルーは一番傷つくんだよ!?」

 

 知ったこっちゃない。そもそも、「霞が食べられる」と言われたところでどうしろというのか。

 

 

 

 ========

 

 

 

「で、今日の晩御飯は?」

「ステーキ三種盛」

「鬼!悪魔!!」

 

 

 

 ========

 

 

 

「おっ、今日の晩御飯は何だい?」

「とうとう事前に確認してくるようになったなこの地縛霊」

「ふっふーん!あらかじめ知っておけばそれを目撃した際のダメージが少なくなるということを知ったからね!」

 

 見なければいいだけのような気がするのだが、その点に関してはつっこまないことにする。面倒だし。

 

「それで?何々?」

「ちらし寿司。それとそうめん」

「ほむ?」

 

 と、地縛霊はなんでか一瞬首をかしげて。

 

「あ、そっか。今日って七夕なのか」

「そういうこと。せっかくだから、それっぽくそろえてみた」

 

「今日は〇〇だから、これ食べるか」という発想は、個人的には献立を考えるのが楽になるので積極的に採用している。

 

「ほうほう、なるほどなるほど……」

 

 そして。そんな俺の心を知ってか知らずか、地縛霊は何かに納得した様子で対面に座り。

 

「よし、私の分はちらし寿司大盛り、そうめんはワサビ多めで!」

「何とち狂ってんだこの地縛霊」

「酷くない!?」

 

 おっといけない。

 

「そうだったな、とち狂ってるのはいつもだったか」

「そういう話でもないよ!?」

 

 とち狂ってないとしたら、何で自分の分を求めてくるのか。

 

「知らない?七夕って旧暦だとお盆と一緒に来るイベント事らしいんだけど」

「それで?」

「お盆ってのは死者の時間で、死者がご飯を貰ったりする時間でしょう?」

 

 だからと言って。というか、だとしても。それは旧暦の話であって今ではないと思うのだが。

 

 とは空気を読んで言わずに、俺はよそって出してやった。

 

「いただきます。……お、うま」

「いやホントに食べられるのかよ」

 

 あっさり食べてくれやがった。

 

「いやいや、さっき言ったでしょう?お盆に近づくってことは、そう言うことだから」

「こんな偽お盆でそれなら、本物が来た時どうなるんだよ」

「……どうなるんだろうね?」

「自分のことじゃねぇのかよ……」

 

 なんだろう。呆れて物も言えなくなったというか、ドッと脱力したというか。

 

「まぁいいや。なんにせよ、美味しいごはんをありがとう。ご相伴にあずかります」

「はいはい、それはようござんしたね」

「と、そこでなんだけど」

 

 などと言って。彼女はどこかから何かを取り出した。

 

「お礼に私からも食べ物を贈呈しましょう」

「何を?」

「ずばり、『霞』です」

「何言ってんだコイツ」

 

 いつぞやにも言ったか何かしたセリフである。が、まぁ仕方ないだろう。

 

「いやいや、美味しいですよ霞?一般人が触れてしまったりすると大変なことになりますが」

「ダメじゃねぇか」

「はい。でも美味しいんです」

 

 ……そこまで言うのなら、という気持ちが湧き出てきた。

 

「まぁとりあえず、あれです。騙されたと思って一つパクっと」

「……じゃ、じゃぁ……」

 

 そう言って。言いながら。受け取ったそれを口に入れ……

 

 次の瞬間には、意識が飛んだ。

 

 

 

 ========

 

 

 

「あーあ。だから、死者の国からの食べ物は食べちゃダメってよく言われてるのに」

 

 ヨモツヘグイ。死者の国の食べ物を口にすれば、その人は冥府から帰ることが出来なくなる。

 裏を返せば。死者の食べ物を食べさせてしまえば、その者は帰らぬ人にすることができる。

 

 机に頬ずりするようにして二度と覚めぬ眠りについた彼。

 いくら時間を経てほだされたのだとしても。死者から提供された食べ物を迷わず食べていいはずがない。はずがないのだ。

 

「うん……今回も、上手くいった」

 

 これまで通りの流れなら、次に来る人は暫くしたら出ていく。

 少しの間殺すのは控えなきゃだけど―――それは我慢しよう。

 

「はぁ……次は、どんな人かなぁ」

 

 

 今からもう、楽しみで仕方ない。

 



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第六回 夏祭り

「先輩、遅い!」

「いや、まだ約束の時間10分前なんだけど」

 

 空とアスファルト双方から照り付ける灼熱の中。その体のどこに声を上げるだけのエネルギーが残っているのかと聞きたくなるほどに、耳へ直撃してきた。

 

「……えっ、うそ」

「嘘なもんか。ほれ、時間見てみろ」

 

 と、拍子抜けした様子の後輩へスマホの画面を突きつける。現在時刻、約束の時間の10分前なり。

 

「……私の時計、ずれてる」

「なるほど、人を待つくらいなら待たせるお前が先に来てるのはそういうことか」

「遅刻したことはない!」

 

 ギリギリに来ることは否定しない辺り、まあ自覚はあるようなので良しとしよう。実際問題、変に早く来るヤツが相手だとお互い気を使ってしまうので面倒ごとの方が多いのだ。

 お互いギリギリかせいぜい10分前に来るくらいが、人間関係上手くいくと思うのだ。

 

「あーっ、暑さこらえ損したぁ」

「また斬新な表現が飛び出したな」

「斬新にもなるでしょ。この格好だよ?」

 

 腕を広げて自らの服装を強調する。まぁ、うん。

 

「和服の類ってない方が整うって言うしな」

「センパイ、セクハラ」

 

 おっとしまった、つい本音が飛び出した。

 

「失礼しました。お詫びに何か奢るよ」

「十代の後輩女子へのセクハラをお金で解決しようとは、随分な言い草ですね」

「おっとなるほど、そう返してきたか」

 

 言われてみればなるほど、そういう構図だ。これはよろしくない。

 

「さて、そうなるとどうしたものか」

「何か手立てに心当たりでも?」

「いっそ責任をとるというのは」

「無いです」

 

 デスヨネー。まぁ、本気にとられても困るので問題ない。

 

「ではいっそ、クズを極めてみよう」

「ほうほう?聞くだけ聞いてあげましょう」

「本日はすべて奢らせていただきますので、何卒お許しいただけないでしょうか」

 

 全力で下手に出る。今打てる手はもう、これしか残されていないだろう。

 

「ふむ、なるほど。つまり今日一日先輩は私の召使ということに」

「はなりません」

「チッ」

 

 この後輩、可愛い顔で舌打ちしやがった。

 

「まぁ、いいでしょう。その心意気に免じて、屋台3ヶ所奢りで手を打ちましょう」

「ありがとうございます」

 

 と、ふと気になったので。

 

「ところでお前、どれくらい待ってたんだ?」

「そうですね……ざっと30分ほど」

「電話で呼べよ」

 

 このクッソ暑い中何で待ったんだ、こいつは。

 

 

 

 =〇=

 

 

 

「人、多くないですか」

「そりゃ、夏祭りだからな」

 

 早速体力切れを起こしたのか、人混みに対して不満を漏らしだした。どうしたんだこいつは、何かに当たっていないとやってられない心境なのか。

 

「いやおかしいでしょう、どこからこんなに人が集まったんですか。このクソ暑い中。バカなんですか?」

「言っておくが、俺たちもそのクソ暑い中集まったバカの一部になるんだからな」

 

 先ほどの約束、一つ目。入口そばにあったかき氷を揃って掬いつつ、そんな愚痴もどきを漏らす。

 

「例年の感じだと市外からも来るらしいし。こんなもんだろ」

「なんだってわざわざ市外からくるんですか。地元のお祭りに参加しててくださいよ」

「いや分からんではないが、イベント事には参加したくなるんだろ」

 

 暗くなってきたら花火も見えるし、それ目当ての客も多いだろう。つまりそれは、ここからさらに人が増えるというわけで。日が沈んで涼しくなるにしても限度ってもんがあるだろう。

 

「はぁ……あ、そうだ。いっそ定番ですし、はぐれないように手を繋いだりします?」

「かき氷どうやって食べる気だ」

「それもそうですね、聞かなかったことにしてください」

 

 迷うことなく食い気に走ってくれた。うんうん、それでこそこの後輩だ。

 

「あ、先輩。あれあれ」

「うん?」

「あそこにたこ焼きの屋台出てるじゃないですか」

「出てるな。それも、結構な行列の」

「私あっちの日陰で席とっておくので、買ってきてくださいよ」

「迷いなく先輩をパシリに使うんじゃねぇ」

 

 奢る約束はしたしまだ2件分有効だが、パシリになる約束をした覚えはない。

 

「ソース?醤油?」

「両方買ってシェアしましょう。先輩マヨは苦手でしたよね?」

「ああ。んじゃ、マヨ抜きで2種類1パックずつな」

 

 さて、どれくらいでこの列はけてくれるんだろ。

 

 

 

 =〇=

 

 

 

「うーん、ザ・屋台の味って感じでしたね」

「いい感じの言葉でごまかしてるけど、要はそれ味が濃くて暴力的だったってことだろ」

「はい、その通りです。だからこそ美味しいのです」

 

 言わんとすることは分かる。暴力的な濃さで味を付ければ、必然それは美味しくなるのだ。

 量を重ねればくどくなるが、そこはまぁ、食べる側が頑張って調整する部分なので除外する。

 

「さて、それじゃあ行きましょうか先輩」

「ん?もう一品何か食ってくもんだと思ったけど」

「可愛い後輩女子を食いしん坊キャラに仕立て上げないでください。十分満足しました」

「あの量で満足するならわざわざ座らなくても良かっただろ」

「そこはほら、この暑い中並んでる先輩の構図を見たかったので」

 

 よし、一発ぶん殴る。

 ……ではなく。

 

「ま、そういうことならそれでいいけど。んじゃ、行くぞ」

「はい、行きましょう。絶好の花火スポットまで」

「もう割と埋まってるだろうけどな」

「うっげ、マジですか。まだ日は高いですよ」

「大概のやつらは食いもん買い込んで居座るんだよ」

 

 

 より厳密には酒も買い込んで酒盛りしながら待ってる人が多いのだが、学生の身分には関係ないことである。

 

「じゃ、行くぞ」

「はい、行きましょう」

 

 ゴミをまとめて立ち上がる。歩き出すと、ゴミを持っていない方の腕にしがみついてきた。ゴミを捨て、そのまま暫く歩いて。

 

「んで?」

「はい?」

「右?左?」

「……左です」

 

 すぐに観念したので、許すことにした。

 

「ったく、痛いならすぐ言えよな……」

「いえいえ、こう、休んで楽にはなりましたし、先輩が並んでる間に絆創膏も貼ってましたし」

「そのためにわざわざ並ばせたのかよ」

 

 素直に言ってくれればあのクソ暑い中並ばずに済んだのではないだろうか。そう考えると腹立つな。

 

「それに、ほら」

「ん?」

「センパイ、気を使って『帰るぞ』とか言い出すじゃないですか」

 

 そんなに花火が見たいのか、この後輩は。

 

「分かった、じゃあいくらでも杖にしていいから、安静にしてろよ」

「了解しました。いっそのこと馬になってくれてもいいんですよ?」

「そこまでお望みなら、肩車で祭り会場行脚してやってもいいんだぞ」

「ごめんなさい調子に乗りました、でも帰りはおんぶくらいお願いするかもしれません」

「あたるもんもないし、いいぞ」

「セクハラ!」

 

 耳がキーンとなった。

 



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第七回 ハロウィン

※この物語は、フィクションです。

 

「ゴ主人ー、ハロウィンって何?」

「いやオマエ、去年のその時期にはもう住み着いてたよな?」

 

 わたしが飼い化けイタチになったのは8月のことなので、間違いなく既に住み着いていた。なのでその時期にもいたのは確実なのだけど、如何せんその文化に触れた記憶がない。

 

「いやだってほら、まだ配信とかもしてなかったし。そうなると交流もないから、知らないことがあってもおかしくなくない?」

「その分ネットにはどっぷりつかってたんだから、見てると思うんだけどなぁ」

 

 と言いながらゴ主人はスマホを取り出す。

 

「絶対調べてるでしょ」

「世の中には、聞くより見た方が分かることもあるんだよ」

「面倒なだけでしょ」

「そうともいう」

 

 人に説明することくらい、面倒がらないで欲しい。

 とまぁそれはそれとして、表示された画像を見る。コスプレをした人がたくさんいた。

 

「コスプレイベント?」

「日本では、もうそういう立ち位置になってる気がする」

「日本以外だと?」

「今もそうなのかは分からんが、コスプレをした子供たちが近所を練り歩き、お菓子を強請(ねだ)るイベントだ」

 

 何それ意味が分からない。

 

「キーワードは、『トリックオアトリート!お菓子をくれなきゃいたずらするぞ!』だ」

強請(ねだ)るっていうか、強請(ゆす)ってるじゃん」

 

 つまり、お菓子がない人を狙い撃ちすれば確実にいたずらできるイベントなわけだ。何それ面白い。

 

「大元は宗教的な……それこそお盆みたいなイベントだったらしいけど」

「お盆かぁ。っていうことは、死者が帰ってきたり、亡者が群れを成したり?」

「一気にホラー感が増したな」

 

 わたしは反射的に、百鬼夜行が町中を練り歩く光景を想像した。

 

「いやぁ、集まる妖怪によっては不気味になりそう」

「火車とかいたらわかりやすいよな。垢嘗めとかも」

「果たして、今のコスプレ集団に紛れ込めるのだろうか」

 

 言われて、仮装した集団の中にガチ妖怪が混ざり、混成百鬼夜行が形成される光景を想像した。

 これは、うん。いいかもしれない。わたしのような妖怪が姿を変えることなく、紛れ込める状況。人と妖怪の垣根が取っ払われる、一日限りの交流会。

 

「そしてそいつらが、お菓子を求めて脅しにかかる」

 

 言われてつい、そんな夢の集団がお菓子を求めて練り歩く集団に変わってしまった。いやまぁ、それはそれで妖怪らしいのだけど。悪戯好きが多いみたいだし。分かりやすい妖怪の知り合いいないから、しらんけど!

 

「いやそれにしたって酷いでしょ、もうちょっと何かして妖怪」

「でも、ぬらりひょんってそんな感じじゃないか?」

 

 ぬらりひょん。

 百鬼夜行の主とされる、おじいちゃんの妖怪。

 人の家に勝手に上がり込み、茶をすすって帰る。

 

「ぽいなぁ……やりそうだなぁ……」

「そう考えてみれば、案外毎年のハロウィン騒ぎの中にガチ妖怪いるのかもなぁ」

 

 ここにも一人いることだし。

 と、そういわれると有り得るので何も言えない。妖怪から見ると人間って面白いし、遠慮なく交流出来る機会があるなら喜んで出てきそうなものだ。

 

 人を食べる系の妖怪はどうなのかは、知らない。

 

「ちなみに、我が家ではハロウィンは有効ですか?」

「無効です。悪戯したければ、お前の知り合いにやってこい」

「ナチュラルに話したこともない人を身代わりにしたよ」

「いつもやってるだろ、お前」

 

 言われてみれば、確かに。

 ということは、いつもと何ら変わらないわけか。

 

「『お菓子をくれなきゃ悪戯するぞ!受け取り窓口はないけどな!!』ってありかな?」

「悪質。質が悪い。マジで最悪だなオマエ」

「うわぉ、そこまで言うか」

 

 よし、当日近づいてきたときに覚えてたらこれをしよう。

 

「せっかくなら、コスプレとかもしたいなぁ」

「そもそもオマエ妖怪だろ。すでにお化け側だろ」

「なんだよー、人間はいろんなお化けに仮装してもいいのに、妖怪にはその権利はないってのかー」

「うわめんどくせ」

 

 妖怪にも傷つく心はあるんです。

 

「こう、あるんですよ。近しいところで吸血鬼のコスプレしたいなー、とか」

「血吸うしな、化けイタチ」

 

 どちらかというと、生存に必要なのではなく趣味嗜好なのだけど。

 

「あとはお化けじゃなくなるけど、所謂コスプレ枠……メイドさんとかも」

「おかえりなさいませ、ゴミ主人様?」

「そうそう、そんな感じ」

 

 略さなかった場合一発でクビ間違いなしだ。

 

「一回だけ着て満足したいんだよね」

「あれ?遠回しに俺、金を要求されてる?」

「いやだなー、そんなわけないじゃん」

「だよなー、さすがにそんなわけ」

「これから直接要求する」

「ふざけろ」

 

 特にふざけたりはしてないのだけど。

 

「というわけで、ハロウィン遊ぶ資金ください」

「一周年ふざけ倒す資金を支給したばかりなので、却下です」

「ふざけ倒す資金の半分でいいので。どうか」

「なぁ、それ結構な額だからな?」

 

 知ってる。ただ、半分とかって言い方をすれば少なく思うんじゃないかな、って考えだった。意味なかったけど。

 

「仕方ない、当日の酒盛りで手を打とう」

「あー、それくらいならいいか」

「いいんだ」

「いや、酒は旨いから」

 

 これくらいの軽さで追加資金をくれてもいいと思うのだけど。まぁ、そこはあきらめよう。じわじわと追加で出す方針に引っ張り出してやる。

 

「じゃあ、何飲もうか。ハロウィンっぽいお酒って何かあるの?」

「ワイン系が多いみたいだな」

「飲めないから却下で。日本酒にしよう」

「ハロウィン感なくなったな」

「そこはほら、おつまみで何とかしよう。食べ物ならあるでしょ」

「んー、かぼちゃ料理……煮物とか?」

「よし、お刺身とジャーキー、酒盗で行こう」

「なぁ、一回ハロウィンって言葉を調べてこい?な?」

 

 所詮お酒を飲むためのいいわけでしかないので、何でもいいのである。

 



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第八回 二貂理

二貂理ルート 【唯一の救い】バッドエンド

 

 それは、唐突に訪れた。

 考えてみれば、当たり前のこと。妖怪と人間、この世の者と、この世ならざる者。そんな立場で何事もなくかかわり続けられることの方が普通ではなく。こうして、追い出されるのが当たり前の結末。

 

「そもそもとして。妖怪なんて意味不明なものを『なし崩し』で受け入れられる人間の方がおかしいんだもんなぁ」

 

 どうにか逃げ延びた先で座り込みながら、そんな当たり前のことを呟く。ただのイタチが化けイタチになって、偶然出会った人間と仲良くなり、共に暮らす。

 なるほど物語としては面白みがあるかもしれない。空想の中で紡がれる世界としてであれば、それは起りえる話なのだろう。

 

 しかし、ここは現実である。

 

 科学の発展とともに、未知が淘汰され。

 普通ではない生命体の生息を否定され。

 挙句の果てにこの国においては、神ですら。その実在を疑われている。

 

 そんな国で、「化けイタチ」なんてものが存在出来る

はずもない。

 そのような「異端」を、受け入れる集団があるはずも

ない。

 

 故に、この結末は正常だ。

 わたしの存在は否定され、あってはならぬと、物理的にも概念的にも排除される。

 

「概念的な方をとってくるあたり、ホントに実在を疑ってるの?って感じではあるけど」

 

 まぁ、そういうことを認識している集団もあるのかもしれない。その辺りは分からないので、気にしない。

 いずれにせよ。「二貂理という化けイタチ」の存在を知る人間がいなくなった以上、もうしばらくすれば全部関係なくなるのだから。

 

「……まぁ、でも」

 

 たった一つ。この結末について、「よかった」と思うことを思い出した。

 

「記憶を消すって方向でいってくれたから、大丈夫だよね」

 

 最悪の結論だけは避けられた。

 その事実で、妥協するとしよう。

 

 

 

 =〇=

 

 

 

 

二貂理ルート 【わからない人】バッドエンド

 

「貴女は……誰ですか?」

 ほんの少しの、短い言葉。だがその一言で、「わたし」という存在が大きく揺るがされる。

 「二貂理」という存在を、認識できていない。それはつまり、今起こっている妖怪現象を「認識できない」わけで。「人の認識・人間の定義」によって誕生した❘妖怪

《わたしたち》という概念は、❘認識《それ》を失えば存在を保つことは出来ない。

 意識が漂白されていく。内と外の境界が解け、名を忘れ、己を認識できなくなり、自らが何であったかを思い出せない。

 

「私は……」

 

 この後に続く言葉を口にしたら、もう戻れない。

確証があるのに、どうしてもとどめることが出来ず。

 

「貴方は、誰?」

 

 自身を認識し、定義づけていたただ一人の❘人間《観測者》。それを否定した瞬間、彼女の痕跡は消滅した。

 

 

 

 =〇=

 

 

 

 

貂理ルート【もう頑張らなくていいんだよ】ノーマルエンド

 

「そっか。よく、耐えたね」

 

 そう言って。目の前にいる彼女は、徳利を差し出す。何度も何度も干して、つい弱音の蓋を外してしまったお猪口に、その中身を注ぐ。

 

「君は強すぎるんだ。強すぎたからずっと耐えちゃって、耐え続けちゃって。それでも「不変」じゃないから、限界が近づいてきてた」

 

 対面に座り、決してこちらを見ることはせず。ただ敵意のない声音を、こちらに向け続ける。

 

「そこにお酒が入って、溢れかえっちゃった」

 

 一瞬の間。たぶん、飲んでるんだろう。こんな話の最中にという思いと重苦しくしないでくれるありがたさが入り混じって、余計に気持ち悪くなった。

 

「頑張りすぎたんだ。だから、一回休みなよ」

 

 休めるはずがない。だってまだやらなきゃいけないことが残ってて、任されたことで、やらなきゃいけないことで。

 

「わたしほどに、とまでは言わないけど。ゆったり過ごして回復して。そうしないで倒れたら、任されたことはどうするの?」

 

 詭弁だ。休まなければ倒れるかもしれない。けど休めば何も進まない。どっちも損なら確定じゃない可能性の方に、「どうせ損をするなら、自分が得する損をとらなきゃ」

 

 自分が得をする損。

 

「どっちにせよ面倒になるのに、損に損を重ねる方が辛いじゃん?だから得するように損をして、」

「それから、また頑張る?」

「や、あんたみたいなのは頑張らずに惰性で乗り切る」

 

 最低な回答が出てしまった。

 

「出来るわけないじゃん、そんなこと」

「そう?案外やってみれば、何とかなるかもよ?」

 

 そんなわけはない。できっこない。無茶だ。

 3つの単語が頭の中をぐるぐるして、この後のお酒の味は覚えていない。どれだけ飲んだのかも、今となっては定かではない。

 

 

「こんな味だったんだな、このお酒。いやぁ、まっずい」

 

 

 久しぶりに寄ったコンビニで見かけたソレ。つい魅かれるように買ってしまったそれを飲みながら。文句を言い、笑い続けた。

 

 

 

 =〇=

 

 

 

テンルート【マリーゴールド】トゥルーエンド

マリーゴールドの花言葉:「悲しみ」「変わらぬ愛」

黄色:「健康」

オレンジ」「予言」

⇒「悲しみ」「予言」

 

 

「ゴ主人―、この花何?」

「ん?あー……マリーゴールド、かな?」

 

 帰り道。ふと見かけた花が妙に気になって、ゴ主人に尋ねる。

 

「ふぅん、どんな花なの?」

「目の前にあるそんな花」

「いやそういうことじゃなく。というかそれでいいなら

わざわざ聞いてない」

「ハイハイ、ソーデスネー」

 

 蹴っ飛ばしたくなった。

 

「んーと……おーすげぇ、『聖母マリアの黄金の花』だって」

「いや豪華すぎない?」

「思いの外凄かったな。いやぁ、これはびっくり」

 

 気になった花がそんな大層なモノだったとは、偶然は怖い。

 

「花言葉とか、何かないの?そんな花なら大層なものだったりしない?」

「ここまでくると期待しちゃうよな……えーっと、『悲しみ』『変わらぬ愛』」

「かっゆ」

「露骨にいやそうな顔をするんじゃない」

 

 いやだって、「変わらぬ愛」って。なんだ「変わらぬ愛」って。いや異名的にはそういうのがついてもおかしくないのかもしれないけど。

 

「これはオレンジのマリーゴールドだから、「予言」もあるっぽいな」

「「変わらぬ愛」の「予言」をして「悲しみ」をもたらす花、ってことでいい?」

「びっくりするほど最悪の解釈が飛び出したな」

 

 きっとヤンデレストーカーさんが「貴様に逃げ場はない」って宣言するときに使う花なんだな。マリーゴールドこわ。

 

「もうちょっとこう、花言葉らしいおしゃれな感じの解釈はないのか……」

「いやぁ、ちょっと思いつかないですね」

「最悪じゃねぇか」

「そういうゴ主人はどうなのさ」

「……「悲しい」出来事の「予言」をして、それでもなお「変わらぬ愛」を貫くと宣言する花?」

「それ本人たちは幸せでも周りに多大なる不運をふりまくやつじゃない?」

「間違いなく周囲の全てを犠牲にしてでも自分たちの幸福をつかみ取るやつだな」

 

 いやぁ、最悪だ。どっちにせよ結局最悪だ。

 

「あれだね。わたしたちには「花言葉」なんておしゃれな物は似合わなかったんだよ」

「いやいや、もう少し何か考えてみようぜ。ほら、物書き擬きとして」

「わたしが花言葉を題材におしゃれな小説書いてたらどうよ」

「よっし、酒でも買って帰るか」

 

 しれっと方向転換しやがった。

 なんだか腹が立ったのでドロップキックしておいた。

 

「何すんだこのクソイタチ!」

「なんかむしゃくしゃしてやった。反省も後悔もしていない」

「よし、今日の酒盛りは俺一人でやる」

「略奪は我が流儀」

「おいバカやめろカマイタチを構えるな」

 

 ただの人間が化けイタチ相手に優位をとれると思っているのだろうか。いや無理である。

 

「はぁ……さて、今日のつまみどうするかね」

「もうおうち何もなかったっけ?」

「ウヰスキー用にアイスがいくらか残ってるけど、もう寒くなってきたからなぁ」

「それは暖房付ける時期からにして、今日のところは買い足しかな?」

「だな。いっそ熱燗で行く方針で、干し貝柱とか?」

「いいねぇ、徳利の中に二三個落とす?」

「どんな香りがつくのか、結構気になるんだよなぁ」

「あ、あとあれ。おでん。そろそろコンビニで出る時期なんでしょ?」

「だなぁ。真冬かってくらいあったまるルートで行くか」

「おー、楽しくなってきたぁ」

 

 肩を並べ、晩酌のことを話し歩く。こうして普段通りの会話をしてみれば、わたし達のマリーゴールドの解釈は自然と浮かんできた。

 

「これからも「ずっと愛を抱くことはなく」、「悲しみもなく」平坦に過ごし続けると、確信をもって「予言」する」

 

 わたし達の関係性なんて、そんなところだろう。



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第九回 ポッキー

「怠い……メンドイ……終わらない……」

「グダグダ五月蠅いですよ。口動かしてる暇があるなら手を動かした方が生産性がありますよ」

 

 放課後の教室。ペンを握り机へ突っ伏す俺に、真正面から冷たい言葉を浴びせられる。

 

「いやいや、そこは頑張りましょうとか言って励ますところじゃないのかよ」

「テスト赤点ギリギリ、先生が同情心で出してくださった救済措置へその態度をとるような人に、どんな励ましがあると」

 

 マジで冷水のように冷ややかだった。そろそろ寒くなってくる季節なので、風邪をひいてしまうかもしれない。

 

「冷たい言葉は物理的なモノじゃないので、風邪なんてひきませんよ」

「オマエはエスパーか何かなのか」

「はい、驚きましたか?」

 

 うん、そんなことを平然と言えてしまうメンタルに驚いた。

 

「いいから、とっとと手を動かしてください。バカでも出来る内容らしいんですから、ほら早く」

「誰がバカだ」

「赤点2連続獲得、記録続行中の目の前の男」

「だとすれば、同数の連続記録更新中の目の前の女は一体どうなるんだろうな」

「私、貴方より点数ありましたから」

「2回合計で1点だろ!誤差だ誤差!」

「その誤差で全国優勝が決まるんです」

「トップの1点と底辺の1点は、重みがまるで違う」

 

 同じ1点でも、砂粒とダイヤモンドくらい差がある。自分で言ってて悲しくなってくる、そんな現実。

 

「はぁ……やるか」

「どうせその結論になるんですから、脱線しないでやってくださいよ、まったく」

 

 あからさまにため息をつかれた。もうつっこむ余裕もないので何も言わないが、まぁ、うん。

 

「なんですか、カンニングですか」

「違う。ってか、先生も何使って調べてもいいって言ってただろ」

「バカでもわかる簡単な問題を、なんだって調べなきゃならないんですか」

 

 コイツがこうして赤点をとるのは、この性格が原因ではなかろうか。分からないことを調べることは、決して悪ではない。面倒だけど。

 

「何もなしにやるのも飽きるだろ」

「うっわ、赤点補習中にお菓子取り出した」

「うっわとはなんだ、うっわとは」

 

 勉強中の糖分摂取は効率がいいって何かで聞いた。ので、理にかなった行動のはずだ。

 

「まぁいいでしょう。手が離せないので食べさせて下さい」

「まて、なんだって当たり前のように分けてもらえる前提でいやがる」

「え、まさか二人対面してるのに独り占めする気なんですか?ないわー」

「共有するつもりではいたが、そうも平然と言われると腹が立つもんなんだよ」

「17年もの付き合いになるのに何を狭量なことを……」

「親しき中にも礼儀あり、って知ってっか?」

 

 箱を開け、1本取り出して。口に咥えながら。

 

「いいか?確かに俺とオマエはほぼ産まれた時からの幼馴染だ。だが、だからと言って何をしても許されるわけじゃ」

「はむ」

「どわっひょい!」

 

 反射的に噛み砕く。端っこの少しだけが口に残り他の部分は重力に従って机へ……とは、ならず。

 

「おや、取り分が多い」

「多いじゃねぇ!」

「そういえば、今日は11日でしたね。すっかり忘れていました」

「忘れていました、じゃなくてだな」

「あ、もう一本貰いますね」

「貰いますね、じゃ……いや、もうそれはいいや」

 

 ここで分け与えずもう一度やられたら、心臓がもつ気がしない。中身が最悪なくせに、顔だけはいいのだ。

 

「まぁ、こんな美少女とポッキーゲームが出来たのですから。残りのポッキーをすべて献上するのも当たり前でしょう」

「まて、全部くれてやるとは言ってない」

「この顔にそこまでの価値はないと?」

「いや、面は間違いなくいい」

「そうでしょうとも」

 

 ここまで「当たり前でしょう?」みたいな態度で来られると、腹が立たないのだから不思議なものだ。

 いや訂正。腹は立ってるのに口出しする気になれないから不思議なものだ。

 

「にしたって、オマエなぁ」

「グチグチ五月蠅いですよ。まるで進んでないじゃないですか」

「誰のせいだ、誰の」

「文句ばかり言って手を動かさない貴方のせいかと」

 

 うーむ、悲しいことに一理ある。

 若干納得してしまったのでそれ以上は何も言えず、改めてポッキーを取り出して、

 

「はむ」

 

 だからさぁ!

 と、声を荒げそうになったがどうにかこらえる。2回目だから、驚愕の度合いも抑えられた。さっきの二の舞にはならない。

 

「むぐむぐ」

 

 そして、そうして落ち着いて対処すればなんてことはない。なにせ、17年も一緒にいるのだ。いくら整った顔立ちだろうが、もう見慣れている。驚きという外乱さえなければ、こんなヤツに惑わされることはない。

 

「ぽりぽり」

 

 むしろ、こちらから攻勢に出てやって困惑するコイツの顔を眺めて、何なら写真に納めてや

 

「あむあむ」

「ごめんなさい俺の負けです」

 

 無理だった。自ら噛み砕き、背をそらせて距離を置く。

 

「なんですか?17年間ほぼ毎日のように見てきた顔でしょう。何を今更」

「うっせぇ、17年間見慣れてきた顔でも目閉じて迫ってくれば驚くもんはあるんだよ」

 

 顔をそらしたまま、先ほど開けた箱を差し出す。この調子ではどうせ1本も食べることは出来まい。仮に目の前の悪魔が飽きたとしても、食べようとしたらさっきの光景を思い出す。そんな屈辱があってたまるものか。

 

「なっさけないですねぇ」

「んぐっ」

「でもまぁ、貰えるものはありがたく貰っておきます」

 

 と、手の中の感触がなくなる。無事受け取られたのだろう。つまむものはなくなったが、まあ諦めて課題に戻

 

「ん」

 

 目を閉じて、咥えたソレをこちらへ差し出している。なるほど天丼芸、定番の流れだ。幼馴染ながら感心してしまう。

 

「んえ゛ふっ!?」

 

 そんな心からの関心をこめて、ポッキーを押し込んでやった。

 

「わり、この短時間で思ったより見慣れたわ」

「見慣れたわ、ではありませんが!?」

「でもまぁ、あれだよあれ。因果応報、ってやつだって」

「頬を染めて言われても説得力欠片ほどもありませんね」

 

 それはお互いに、なのだが……まぁ、コイツのは今咳き込んでいたからだろう。コレに羞恥心なんて感情があるとは到底思えない。

 

「はぁ……まぁいいです。気分転換にはなりましたから、再開しましょう」

「げ、見たくもない現実が戻ってきた……」

「どうせ直視することになるんですから、諦めてください」

 

 ごもっともなご意見。背筋を丸めながら、再び課題へ取り掛かる。

 

「あ、そうそう」

「なんですか?」

「さっきから思ってたんだが、2ページ分くらいオマエ間違えてる」

「それはもっと早く言って下さい!」

 

 余談程度の後日談ではあるのだが。

 コイツはこの後、先生から一対一での補習を言い渡された。

 



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第十回 こたつ

「ぶえっくしょい!」

 

 あまりにも酷いくしゃみと共に目が覚めた。肌寒さを感じて、自然と体が丸まる。掛け布団を求めて足を動かすも、それらしきものは引っ掛からず……

 

「って……こたつ、じゃん」

 

 諦めて目を開けると、炬燵の中にいた。布団を上げると、その中は真っ暗闇。電源なんて入っていない。

 

「どこのバカだ、この12月にこたつの電源を切ったのは」

「手元を見てみろ」

「ん……あ」

 

 そこには、楕円状のスイッチがあった。試しに親指で押してみると、「切」の文字が「入」に変わる。

 

「なるほど、この事件すべて解決した」

「これで解決してなかったら大問題だ」

「俺にはわかったぞ、犯人が」

「オマエが知らなかったことが問題なんだよ」

 

 全ての言葉があまりにも辛らつに打ち返される。

 

「というかだな、お前もお前だぞ。テスト明けに遊びに来た友人に毛布の一枚くらい恵んでもいいだろ」

「『何言ってんだこたつ様は万能寝具だぞ~?』

つって拒否したあげく自分で電源を切ったバカに恵むものは何一つない」

 

 なるほど、確かにそんなバカへ恵むものなど存在しない。また一つ納得させられてしまった。

 

「しっかし、そんなバカみたいなことをこの俺が言うわけなくないか?寝落ちした友人を見捨てた冷たい男がいるんじゃないのか?」

「こたつの上を見ろ」

 

 ようやく体を起こし、天板の上を見る。

 そこには、所狭しと並べられた酒瓶があった。

 

「え、何、昨日ここで大宴会でも行われた?」

「4割はオマエだ」

「マジか」

 

 また一つ、この状況を納得せざるを得ない証拠が飛び出した。ビールにワインに日本酒にウヰスキー。こんな種類ちゃんぽんして大量に飲めば、酔いもする。人間だもの。

 

「あれ、じゃあ残りの6割は?」

「オレが飲んだ」

 

 なんでこいつしっかり寝巻に着替えてベッドで寝てるんだよ。ザルってレベルじゃねぇぞ。

 

「ま、いいや。メシにしようぜ」

「一応人の家だってわかってるか?」

「分かってる分かってる」

「はぁ……シーフードか味噌、醤油、塩」

「シーフード」

 

 言うが早いか、円筒状の容器が2つ投げ渡される。お湯を注いで3分で完成するお手軽料理。酒を呑んだ翌日と言えば、やはりラーメンだろう。

 それぞれ蓋を半分開けてお湯を注ぎ、スマホでタイマーセット。と、目の前にカップが置かれる。

 

「なんだ?」

「アイス。糖分補給と、出来るまでのつなぎ」

「糖分補給だ?」

「酒飲んだ翌日は、塩分水分糖分」

「ラーメンでよくね?」

「こたつに暖房にアイス」

「神の発想じゃねぇか」

 

 そうと決まれば、否はない。エアコンのリモコンを手繰り寄せ、設定温度を2度上げる。蓋を開け、スプーンを刺して一口。

 

 うん、至福。

 

 

 

 =〇=

 

 

 

「よっし、勝った!」

「あー、今の入らないかぁ」

 

 アイスとカップ麺を食べて、そのままこたつを出ることもなくゲームを始めた。お互いに殴り合って殴り飛ばす、みたいなゲーム。そうがっつりやっているわけでもないのでノーガードの殴り合いにしかならないのだが、思いの外面白い。

 

「っと、もう昼か」

「早いなぁ。なんかある?」

「だから当たり前のように……いや、もういい」

 

 こうして諦めるセリフを聞くのも何度目だろう。

 

「そうだな、餅でいいか」

「なんで餅なんてあるんだよ」

「朝レンジに放り込めば済むのは楽だぞ」

「確かにそれは楽だな」

 

 手間は冷食と変わらないけど、ちゃんと食べてる感があるし。盲点だったな、餅。

 

「砂糖醤油でいいか?」

「海苔もあれば最高」

「あー、こないだ手巻き寿司した時のがあるはず」

「何楽しそうなことしてんだ、呼べよ」

「なんだってせっかくの寿司を分けてやらないといけないんだ」

 

 ちゃんと酒くらいは持参するっていうのに。ケチなやつだ。

 

「あ、黄な粉とかねぇの?」

「ない。一人暮らしで買っても消費しきれないだろ」

「えー、せっかく餅食うんだから買ってこようぜ」

「余らすに決まってんだろ……砂糖ならあるから、それでいいだろ」

「大豆は?」

「わざわざ砕く気か?」

「すり鉢とすりこ木もあるといいな」

「今時そんなものある家があるかよ」

 

 きっと探せばあると思うんだ、毒虫すり潰してる暗殺家業の家とか。いつまでも厨二心は忘れない。

 

 

「なんにせよ、ない。諦めろ」

「ちぇー……じゃあ代用品とか」

 

 何か一つくらいあるだろう、と。そんな想定で冷蔵庫を覗き込む。

 んー……まぁ黄な粉がいけるなら、甘い物全般いけるだろ。

 

「……何並べてんだ、オマエ」

「ん?はちみつにココア、バニラにコーヒーに」

「よし、つけた餅は全部食えよ?」

 

 頑張って詰め込んだ。

 

 

 

 =〇=

 

 

 

「ぐおぉ……腹、腹が」

「昼にあんなもん食うからだ」

「減った……」

「健康そうで何よりだな」

 

 甘ったるくて詰め込むことにはなったものの、別に体調に不調をきたすようなモノではなかった。

 そういう意味で言えば、何ら問題はなかったのだろう。

 

「というわけで、夕飯はまだかね」

「安心しろよ、今できたところだから」

 

 と、そう言ってこたつの中心に置かれる土鍋。ホカホカと湯気を立てるその香りに、つい体が前のめりになる。

 

「おでんか?」

「正解。つっても、全部テキトーに投げ入れただけのな」

「味さえ染みてりゃ十分だろ」

 

 言いながらこたつを出て、冷蔵庫を開ける。昨日の残りの日本酒を取り出して、テキトーに注ぎレンジへ。

 

「昨日あれだけ飲んでまだ飲む気かよ」

「おでんだぞ?あったりまえだろ」

「休肝日って言葉知ってるか?」

「じゃあお前はいらないのかよ」

「いるに決まってるだろ何言ってんだ」

 

 ほら、結局飲むんじゃねぇか。

 

「にしたって、この量のおでんに日本酒ちょっとかぁ」

「安心しろ、俺の買いだめがまだあと3本ある」

「おっ、ナイス。勿論熱燗で行けるやつだよな?」

「1本は冷やすヤツだけど、残りは行けるヤツ」

「よっし、ナイス。なんか冷蔵庫にあったアサリも酒蒸しにしようぜ」

「料理酒は残ってないぞ」

「いいだろ、普通の日本酒で」

 

 おでんもそうだが、その味の違いが分かるような舌は持っていない。楽しく美味い物を飲み食いできれば、それでいいんだ。

 

「ついでだし、我慢大会よろしくこたつと部屋の温度上げようぜ」

「芸人のアツアツおでんみたいなことでもするつもりか」

「そこまではいわないけど、いっそ外からも中からも体をあっためようかな、と」

「バカだ、真性のバカがいる……」

 

 翌日。

 血行が大変良い状態で熱燗を3瓶空けて、今度こそ無事二日酔いになった。

 



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第十一回 年越し、異世界、ヒャッハー

『秘録・ヒャッハーと迎える年越し

       ~異世界転生を添えて~』

 

 眼を開けると、そこは知らない場所だった。

 

「いや、こってこてのテンプレ目覚めワードですね。さすが異世界転生勇者様です」

「しれっと頭の中読まれた上に衝撃の事実を投げかけられてしまった」

 

 理解は追いついていないが、とりあえずこのごく短時間で自分の置かれた状況に関する情報だけは得ることが出来てしまった。

 

「そうか、俺はあの時死んだのか……」

「あ、待ってください。勝手に理解しないでください」

 

 何とか受け入れようとしたら止められてしまいました。理不尽では?

 

「理解しちゃいけないんですか?あ、死を自覚したら魂がうんぬんかんぬんみたいな

危険性が?」

「いえ、異世界転生する勇者に死因を説明するのは、女神界隈でやってみたいこと第3位なので。せっかくの機会を奪わないでください」

「殴ったろかこの女神」

 

 おっといけない、つい口が悪くなってしまった。

 

「では――落ち着いて聞いてください。貴方は死にました」

「いや、ずっと落ち着いてるが」

「唐突にこんなことを言われても、到底理解出来ないことでしょう。ですが、事実死んでしまった」

「いや、理解してるんですってば。しっかりトラックに撥ねられた記憶ありますし」

「そう、貴方は道路に飛び出したヌートリア、和名沼狸をかばいトラックの前に飛び出して」

「まってそれは衝撃的すぎる」

 

 え、俺ヌートリアかばってトラックの前に飛び出したの?

 

「そのまま撥ねられてしまい、病院で一命をとりとめました」

「……あれ、死んでないじゃん」

「ので、先ほど直接首を刎ねに伺いました」

「女神は女神でも死神の類かよ」

 

 普通子供をかばってトラックにーとか、何はともなくトラックに撥ねられてーとか。そういう感じで始まるものじゃないのか異世界転生って。

 

「何かご不満でも?」

「不満がないわけがないでしょう。なんだって直接殺されたんですか」

「いえ、せっかくの異世界転生チャンスだったのにしれっと生き延びられてむかついたので」

「よし、一発殴らせろ」

 

 

 

 =〇=

 

 

 

「話を戻します」

「あ、はい」

 

 暖簾に腕押し状態が続いてしまったので、神の尺度は人間には分からないと諦めることにした。そんなことより今の状況を把握したい。

 

「まぁそういうわけで、貴方にはこれから異世界へ転生していただきます。現代人好きでしょう?」

「まぁ、広く作られてるジャンルではあるよな」

「好きでしょう?」

 

 俺は何も言わない。嫌いではないけど。

 

「でも、わざわざ異世界転生させるってことは何か問題でも起こってるのか?」

「あ、いえ。勝手に殺したことが上司にバレまして。ちゃんと後始末をして来い、と」

「オマエホントろくでもない女神だな」

 

 きっと俺はキレていいと思う。

 いかん、考えると話がループする。

 

「と言うわけで、所謂魔王による世界崩壊の危機がー、みたいなのはない世界なので安心していってきてください」

「いやもう、いいけどさ……どんな世界なの?」

「そうですね……」

 

 目の前のクソ女神はパラパラと紙束をめくり、俺の質問への回答を探す。ってかあれコピー用紙じゃね?

 

「まず、治安について。さすがに貴方の元居た世界程よくはありません」

「よくはないのか」

「はい。まぁ、そちらほど文明が発達しているわけではないので」

「あー」

 

 でも、それくらいの方が異世界転生感はあるような気がする。剣と魔法の世界に現代社会感が混ざるのは解釈違いだ。

 

「なので、服装とか喋り方にちょっと違和感があるかもしれません」

「そこは……まぁ、きっと慣れるでしょうし」

 

 民族衣装的なヤツとかは、違和感こそあれ慣れてくればなんてことはない類のものだ。周り全員それを着ているのなら、なおさら。

 

「でも皆さん、結構気さくな方ばかりですよ?今もまさに年越しの時期で、満面の笑みを浮かべて楽しそうにしています」

「あ、それはいいな」

 

 異文化交流だと思えば、十二分に楽しめそうな気がする。目の前の女神に殺されての異世界転生とはいえ、ワクワクしてきたな。

 

「ここまで聞いて、如何ですか?」

「アンタに殺されてじゃなければ心からワクワク出来ただろうな、って思う」

「大変正直で結構。正直者は嫌いじゃありません」

「どの口が言うか」

「女神が正直者を好むのは、よくあるイメージなのでは?」

 

 湖の女神とかを思えば、確かにそんな感じのイメージだ。

 

「さて、乗り気になってくださったところで。そろそろ本題の転生いっときますか」

「いつ俺が乗り気になった?」

「そもそもこの手順で連れてこられて逆上しなかった時点で乗り気だと思うのですが」

「マジで神様って感じの思考回路してんな」

 

 逆上て。正当性はこっちにあるはずなんだけど。

 

「では、行ってらっしゃいませ」

「は?」

 

 もういくらか文句を言ってやりたかったのだが。

 アレが頭上から垂れる紐を引くのを見て、強制的に覚悟を決めさせられた。

 そう、この流れは。足元があいて、転生先の世界に落とされる……

 

ガンッ!

ガラララララ……

 

「……」

「……紐、切れてるけど」

「おっかしいですね、千年前に変えたはずなんですけど」

 

 さすが神様、単位が狂ってやがる。

 

「仕方ない。えーい」

「あ」

 

 ものすごい軽い調子で、首ちょんぱされた。

 

「それでは、行ってらっしゃいませ。よい異世界ライフを」

 

 同じ相手に2度殺される経験をするとは、思ってもみなかった。

 

 

 

 =〇=

 

 

 

 眼を開けると、そこは知らない場所だった。

 文化は根付いているように思う。レンガ造りの建物が建っていて、道もある。お店なんかも露店じゃなさそうだし、想像してたよりは文化があるんじゃないだろうか。

 

「とは言うものの、誰もいないな……」

 

 誰かに会わなければ何もできないのに、誰もいない。どんな場所なのかとか聞きたかったんだけどなぁ。

 ってか、これだけ誰もいないとなると滅んだ街って可能性も……

 

「あ、そういやあのクソ女神、年越しの時期だとかって言ってたか」

 

 それで全員出払ってる、って可能性の方が高そうだなぁ。

 となれば、探すのが手っ取り早いか。

 

「そういう時期にいそうな場所ってなると……宗教的な場所が一番有り得るのかな」

 

 一年が終わり、新しい一年が始まる。とくればありそうなのは宗教的イベントだろう。教会とかお寺とか神社とか。そういう建物を探せばきっと誰かいるはず。

 

「よし、暫く歩き回ってみるか」

 

 

 

 =〇=

 

 

 

 暫く歩き回って、目的の物をまとめて発見した。

 

 まず一つ目、宗教的な場所。これは少し歩いたらすぐに見つけられた。高いし目立つしな建物で、いかにも!って感じなのが異世界感を感じられてありがたい。とりあえず、そちらを目指す事にした。

 

 で、次に二つ目、人。これも想定通り、向かった宗教的な場所にいた。いたのだけど……

 

「ヒャッハー!汚物は消毒だー!」

「年越しに向けていらねーもん持ってこぃヒャッハー!!」

「ついでだからいるもんも焼いちまえヒャッハー!!!」

 

 よし、帰るか。

 

「いやいや、なんだよアレ」

 

 現実逃避していられないので、一回情報を整理する。

 まず、広がっていた光景。

 ほぼ上裸でトゲ付き肩パットスキンヘッドの連中が教会の境内(?)で火炎放射器を抱えて何かを焼いていた。紙やら木やらみたいなのから焼くと危険そうなものまで、一切の区別なく焼いていた。

 ではその焼いてるものはどこから来たのだろうかと思うと、トゲ無し肩パットの連中が持って来ていた。こっちの髪型はモヒカンばかり。

 

 あれか。絶対ないと思いたいのだが、

「スキンヘッドトゲ付き肩パット=聖職者」

「モヒカントゲ無し肩パット=一般市民」

とかなのかこの世界は。信じたくないな。

 

『まず、治安について。さすがに貴方の元居た世界程よくはありません』

 

 いや絶対よくないだろ最悪だろなんだココ。

 

『よくはないのか』

『はい。まぁ、そちらほど文明が発達しているわけではないので』

『あー』

 

『あー』じゃない。そんなレベルじゃなく最悪だ。発達してないどころの騒ぎじゃない。

 

『なので、服装とか喋り方にちょっと違和感があるかもしれません』

 

 違和感とかってレベルじゃねぇよ。

 服装は上裸肩パットだし、喋り方はヒャッハーだし。なんだあれ。

 

『でも皆さん、結構気さくな方ばかりですよ?今もまさに年越しの時期で、満面の笑みを浮かべて楽しそうにしています』

『あ、それはいいな』

 

 なんだその『不良話してみると結構気さくでいいヤツ』みたいなのは。ふざけるな。

 確かに満面の笑みを浮かべてはいるが、あの笑みはそういう笑みではない。適切な日本語が出てこないけど、「ヒャッハーの笑み」って感じだ。

 感じってなんだまんま完璧な表現だろうが。

 

「……考えたくない。考えたくない仮定だけど」

 

 もしかしてこの世界、全国民がこんな感じ?

 

「……ない」

 

 無意識に、口をつく言葉がある。

 

「俺は絶対に」

 

 そう、これはある意味決意の言葉。

 決してブレてはいけない、強い決意のための。

 

「俺は絶対に、こうはならない」

 

 何が何でも、まともに生きてやる。

 

「そんでもって、あの女神絶対ぶん殴る……!」

 

 一発や二発ではない。

 顔の形が変わるまで殴り続けてやる……!

 

 

 

 =〇=

 

 

 

「いやぁ、今回の子は物騒なこと考えるなぁ」

 

 タブレットを介して、先ほど送り込んだ少年の様子を眺める。一昔前は心の中を読むのに色々な準備が必要だったのだが、今は端末一つで出来てしまう。便利な時代になったものだ。

 

「しっかし、何度やっても飽きないねぇ、これは」

 

 自分は特別だと思っている人間。そういった者程、あんな感じの意味不明な集団に放り込まれると面白い反応を見せてくれる。

 今回の彼は、『常に冷静に』なんて社に構えた様子の子だ。それがいいことだと思っているのだろうし実際大切な事なんだけど、感情の生き物である以上人間はそれだけではいられない。

 笑って、泣いて、怒って、混乱して、冷静さを欠いて。そうやって不安定であるからこそ、正しく成り立つ生き物だ。たぶん。いや神だって分からないことくらいありますって。

 

「さて、今回の子はどれくらいで朱に交わって赤くなるのかな?」

 

 前の「俺TUEEEE!してそう君」は1ヶ月で赤くなって一般市民ヒャッハーしてるし、常識の蓋が固そうな彼はそれよりは長くなるかな。それとも固いものが壊れる瞬間は一瞬ってことで、1、2週間もあれば壊れちゃうのかな?

 

「楽しみだなぁ」

 



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第十二回 故障

『頼む、助けてくれ』

 

 なんてことはない、冬の日だった。

 強いて言うのなら、ここ数日の中では寒い方という程度の、何でもない日。暖房をつけて暖かい物でも飲みながらほっと一息つくのが小さな幸せとして成立する日。

 の、はずなのに。電子音と共に届けられたのは、友人からのヘルプの声だった。

 

「ふむん」

 

 ホットコーヒーを一口飲み、落ち着いて考える。まだメッセージアプリは開いていない。通知欄からそれを見ている事実は、相手には伝わっていない。故に、面倒ごとから逃げるためにも一時保留にすることだってできる。今夜にでも「悪い、寝てた」

と返せば解決だろう。

 貴重な休日、まったり本を読んでいる時間を保護するためには、必要な犠牲と言えるだろう。

 

「しかし、なぁ」

 

 一応。そう、一応は友人なのだ。それを見捨てると言うのは、後々面倒を呼ぶのではないだろうか。

 具体的にはバレた時。絶対面倒なやり取りをすることになる。

 あと、程よく深刻な事態だった時も。助けに行けば対処できてしまう程度にはなんてことなく、しかし意図的に放置していたとなれば笑い事にし辛い程度には深刻な事態だった場合、何とも言えないギクシャク感を生むことになる。

 

「具体的に『何があった』を書いてくれると楽なんだけどなぁ」

 

 ロック欄の通知を眺めてみても、新しいものが来る気配はない。つまり、こちらから「何があった?」と聞かない限り面倒ごとな可能性が消去しきれないのだ。

 

「あー、面倒だなぁ」

 

 ぼやきながら、結局のところ選択肢はひとつしか無い。マジな方の厄介事だった場合は、「ごめん無理」と返して後日ラーメンでも奢ることにしよう。

 意を決してスマホを手に取り、メッセージ画面を開く。

 

「何かあったのか、っと」

 

 メッセージを打ち込み、送信ボタンを押す。さてどんな事態が舞い込んでくるだろうかと思っていると、すぐに向こうが入力中になった。

 張り付いていたのだろうか。だとすれば、思った以上に深刻な事態なのかもしれない。すぐに返信してやることにしよう。

 

『何か、なんてもんじゃない。大事件だ』

「うわ、めんどくさそう」

 

 寝落ちしてしまったことにできないだろうか。

 出来ないだろうなぁ。

 

「いいからとっとと言え、見捨てて寝るぞ」

『エアコンが壊れた』

 

 どうしよう、クソほどどうでもいい内容だった。

 

 

 

 ===

 

 

 

「あぁ、暖房って、ありがたいな……」

「はいはい、あったかい飲み物はいるか?」

「あったかいスープがいいな」

「厚かましいな」

 

 腹が立ったのでアイスを出してやった。

 

「お、美味そうじゃん。いただきます」

「はいはい、どーぞどーぞ」

 

 マグカップにコーヒーのお代わりを注ぎつつ、そう返す。迷いなく蓋をはがして、たっぷり掬って口に含んだ。

 

「それで?エアコンが壊れたって、そんなに古いの使ってたっけ?」

「それなり程度には古いけど、まだ大丈夫なはずだったんだよなぁ」

「まぁ、そればっかりは使い方にもよるでしょ」

 

 まったく同じモノでも、使い方が違えば壊れるのも早くなる。むしろ着込めば乗り切れる時期でよかったのかもしれない。

 

「で?助けてって言ってたけど、具体的にどうして欲しいんだ?楽な範囲で手はかすぞ」

「そこはせめて無理のない範囲で、って言ってくれよ」

「やだよ疲れる。今だって返事したことを後悔してる」

「おいおい、友情に薄いやつだなぁ」

 

 友情に厚いとは言いそうだけど、薄いって言うのだろうか。

 

「まあ、安心してくれよ。そう面倒なことは頼まない」

「ほうほう?」

「当たり前だろう?そもそも、エアコンの故障だ。修理するにせよ買い替えるにせよ、専門家を頼るしかないんだ」

 

 よかった、どうやらまともな判断能力は残っていたらしい。

 

「じゃあ、金を貸してくれ、とかか?トイチならいいぞ」

「友人に法外な値段を吹っ掛けるな。そこはちゃんと親に頼る。ってか、もう頼った」

 

 まぁ、学生の身分だし。払ってもらうのか立て替えてもらうのかは知らんが、親を頼るのが正しい流れか。

 

「じゃあ……あ、まさか直るまで泊めてくれとか言い出す気じゃないだろうな」

「ちょっと考えたけど、オマエ絶対断るだろ」

 

 その通りである。寒空の下に蹴りだす気満々だった。

 

「なら、エアコン選びを手伝えとか?」

「それは、ちょっとお願いしたい。俺より詳しいだr」

 

 カタログを顔面に投げつけてやった。

 

「その中から、推奨広さ合ってるヤツ選べ」

「お、サンキュー。値段は?」

「性能の割には」

「完璧じゃねぇか」

 

 言いながらカタログをわきによけた。読みださないってことは、これは本題じゃないのか。

 

「ならなんだよ」

「や、あまりの絶望感で誰かに話したくて仕方なかった」

「ふざけんなよオマエ」

「ところでなんか寒いんだけど、ここのエアコンも壊れてね?」

「今何喰ってるか手元見ろ」

 

 カップアイスを勢いよく食べれば、誰だって冷える。

 

「うおっ、エアコン壊れて極寒から逃げてきた友人になんてもん出しやがる!」

「喜んで食ったのはオマエだろうが」

「ふつう出さないだろ!」

「まぁまぁ、牛乳飲むか?」

「アイスには牛乳だよな」

 

 冷蔵庫から出したばかりのひえっひえの牛乳をマグカップ一杯出してやることにした。一気に飲み干している。

 

「なぁ、なんか寒いんだけど」

「まだ体の芯が冷えてるんじゃないのか?家帰ったらちゃんと湯船につかれよ」

「あー、そうするわ」

 

 おかしいな。ニワトリだって3歩歩くまでは忘れ無いってのに、一歩も歩いてないコイツもう忘れてないか?

 

「今日に限らず、暫くは長風呂だな」

「長風呂したって湯冷めするだけだろ」

「脱衣所用の小さい暖房はあるから、そこで着込めばなんとか」

「いっそそれ部屋に持ち出したら?」

「壁につけてるからそうもいかない」

「いっそそこで生活したら?」

「それは手だな」

 

 そんな手があってたまるものか。

 

「まぁなんにせよ、話せてすっきりしたわ」

「コイツマジで誰かに話したかっただけかよ」

「モチ」

「今度飲み屋奢り」

「うっげマジかよ。親に返す分あるから、次の次の給料入ってからでもいいか?」

 

 どうやら親には借りるコースで話していたらしい。

 

「いいよ」

「んじゃ、そういうことで。バイト先でつまみが美味いとこ無いか聞いとく」

 

 と言って、席を立つ。何やらすっきりしたような表情にイラッと来たので、つい舌打ちをならしてしまった。

 

「なんだよ」

「何でも。—――あ、そういえば」

「うん?」

「どんな故障だったんだ?」

 

 そういえば。

 壊れた壊れた、とだけ聞いていてその内容には一切触れていなかった。

 ただでさえ時間を無駄にさせられたのだ。その正体だけは聞いておかないと、なんだか居心地が悪い。

 

「おう、聞いて驚け」

「やっぱいい」

「お願いします、聞いてください」

「よかろう」

 

 頬杖をつき、コーヒーを口へ運びながら先を促す。

 

「まず、リモコンで電源を入れるだろ?」

「使いたいわけだからな」

「すると、だ。ランプが点滅しだす」

 

 ……うん?

 

「それで?」

「以上だ」

「よし、今すぐそのコートを脱いで外で土下座しろ」

 

 あまりにも、だ。

 あまりにも、下らないことに時間を使わされた。

 

「なんだ、急に。点滅だぞ?宇宙から来た奴等なら、

タイムリミットの限界表示だ」

「どうせその点滅、運転のとこだろ」

「お、よく分かったな」

 

 よし、ほぼ確。

 

「んで、どうせすぐ電源切ったろ」

「お、それも正解」

「その後またすぐつけて、点滅してたから切ったろ」

「凄いな、もしかして、天才か?」

 

 お前のバカさ加減をすっかり忘れてたような天才がいてたまるか。

 

「霜取り」

「うん?」

「室外機についた霜を除去する運転」

「……うん?」

「霜がはってると正しい動作できないから、まず霜を取ろうとする」

「…………うん?」

「その時、点滅する」

 

 フィルターって線もありそうだけど、時期的にはこっちだろう。つまり、そのまま放置しておけば復旧する程度のお話だ。

 

「…………」

「酒奢り、2回な」

「いや、それは」

「エアコン買い替え分の金、浮いたな?」

「奢らせていただきます」

 

 むっちゃ珍しい敬語のコイツに少しスカッとしたが、やはり時間を無駄にされたことが腹立たしい。

 材料はあるし、この後やけ食いでもするか。

 



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第十三回 花粉・爆発・宇宙人

 花粉症。

 それは、人体で発生するアレルギー反応の一種。

 植物の花粉が目や鼻の粘膜に触れ、免疫が過剰に反応する現象をさす。

 主だった症状は、鼻水、くしゃみ、鼻づまり、目のかゆみ等。酷い人は頭痛や発熱も見られる。

 日本においては「杉」の花粉によるスギ花粉症が最も多く、毎年春になると猛威を振るっている。

 

 何故って?その理由は、(たぶん)至極単純。日本には杉の木が多いからだ。

 多ければその分、発生する花粉も多くなる。その上風が吹けば「あれ?空気黄色くなった?」と聞きたくなる程の花粉をまき散らすのだ。いくら耐性があったとしてもそんなもの貫通する。火は氷に強いが、焚火に1トンの氷を落とせば問答無用でかき消すことができるように、量は圧倒的不利をも覆すだけの力を持つのだ。

 

 なんでそんなにも詳しいのか?別に詳しいわけじゃない。ただ自分が熱が出るタイプのスギ花粉症で、苛立ちのあまり調べたことがあるだけだ。はっきり言って調べながら殺意を抱いた。

 

 うん?じゃあなんでそんなことを話し始めたのか?あー、それは、うん。そんな事実を思い出すような事態が目の前で起こってるから、と言うか。何というか。その事実を今まさに利用しているからというか。

 

『はっくしょん!ふぁ……ふぁーっくしょん!』

『鼻、鼻から水が、貴重な水分が……!』

『❘ふぁなが、あながつまっていひできな《鼻が、鼻が詰まって息できない》!』

『頭が、ぼーっと、する……』

 

 目の前で、それらの症状に苦しんでる奴らがいるから、と言うか。

 

『くそっ……おい、お前!』

「ハイハイ、なんですか?」

「何故—―何故❘地球人《ちきゅうじん》は、こんなにも単一植物を増殖させた!」

『いや知らないっすよ。ホントバカだと思います』

 

 目の前にいる、所謂グレイ型の宇宙人ってヤツらが全力で苦しんでくれているから思い出した、というか。

 

 宇宙人にも花粉症は発症するらしい、と言う事実から「花粉症って何だっけ」に考えを飛ばした結果こうなった、みたいな状況である。

 

 いや、何言ってんだ自分。頭おかしくなった?

 

 

 

 =〇=

 

 

 

「はー……なんだって、山なんか」

 

 愚痴をはきながら、一歩ずつ足を進める。そう重装備と言うわけでもなければ険しい山道というわけでもないのだが、それでも山を登るという行為にはそれなり以上の負荷が発生する。上り坂を歩くという行為が既に疲れるのに、山道であることがさらに負荷を増している。

 

 そして、何よりの極めつけは。

 

「息が、苦しい……」

 

 そう、息が苦しい。マスクをしているので正直辛い。水泳やら何やらのスポーツでもしていれば苦しい思いをしなかったのかもしれないが、あいにくとそういうわけでもない。口の前に一枚存在する隔たりは、確かに俺の呼吸を妨げていた。

 

 うん?「外せばいいじゃん」だって?いや外せる物なら外したい。けれど、そういうわけにはいかない事情がある。多少息苦しい程度なら耐えたくなる程の事実が。それは、

 

「花粉、絶対やばいもんなぁ」

 

 で、ある。そう、現在春真っただ中。最悪の花粉シーズン到来である。その中山道を防具無しで歩くなんてことをすれば、死以外何も待ってはいない。あまりにも莫大な群れを成すスギ花粉は、兵器と言っても差し支えのない威力を発揮するのだ。

 

「はぁ……ったく、何で山なんて登ってるんだろうなぁ」

 

 再びのため息。思考が一周した気配を感じたが、むしゃくしゃするのは事実なので何周したってかまうものか。

 なお、大学の課題の関連である。課題って最悪だな、滅べばいいのに。こちとら休日だぞ春休みだぞなんだって課題のために山を登らないといけないんだ。

 

「あーあ」

 

 腕を頭の後ろで組み、空を見上げながら。

 

「せめて、何か面白いことでも起こらないかなぁ」

 

 イノシシと遭遇、くらいでいい。それなり程度の話題性さえあれば、十分面白いから。

 などと考え、足を一歩踏み出し。

 

「うん?」

 

 踏み出せない。いや、厳密には踏み出してはいるのだけど、何も踏まない。階段で足の向かう位置がちょっとズレた、みたいな。定位置まで来てるのに空振りしてる感覚。

 何かと思い、下を見る。浮いていた。

 

「……うん?」

 

 疲れているのだろうか、と。疲れのあまり地面がちゃんと見えていないのだろうか、と。

 というわけで、改めて一歩。そもそも、蹴る地面がない。

 

「おっとー?」

 

 理解から遠ざかって言う感覚。意味不明な現象が起こりすぎていて、単純な事に思考が止まっている。

 

「なんだ、コレ?」

 

 理解が出来ない。が、下を見る限りどうやら浮いているらしい。

 意味不明すぎて、空を見上げる。

 UFOが現れた。

 

「ん?」

 

 眼をこすり、目薬を差してもう一度空。

 空飛ぶ円盤が現れた。

 

「あー、これアブダクトとかってやつだ」

 

 あっはっはー、なるほどなー。

 

「どういうことだよ」

 

 脳みそは理解することを放棄した。

 

 

 

 =〇=

 

 

 

『よし、これで私達の言葉は分かるな?』

「あ、はい。分かります。はい」

 

 あの後。手術台らしきものに横にされ、何かされたらしい。それまで何言ってるか分からなかったグレイ型の言葉が分かるようになっている。

 何これ怖い。

 

「それで、えっと……皆様は?」

『ああ、地球の外から侵略に来た者だ』

「あ、そうですか。地球を侵略に。これはまた

遠路はるばるようこそです」

 

 いや、ようこそですじゃない。

 

『君には、この星の王との翻訳をしてもらいたく、今回改造させてもらった』

「おうしれっと改造認めやがった」

『事前の同意を得られていないことは、申し訳無く思う』

「違う、そこじゃない。俺が言ってるのはそこじゃない」

 

 しれっと宇宙人がいることとか、その宇宙人が侵略に来たこととか、あと改造されたこととか。あまりにも情報量が多すぎて、もう理解がおいつかなくなってきた。

 

『差し当たってなのだが』

「あれ、もしかしなくても話聞いてない?」

『この周辺の案内を依頼したい』

 

 依頼?依頼って言った?

 一方的に拉致って改造して数で囲んできた挙句、依頼って言ったよね、コレ。恐喝の間違いじゃなくて?

 

『出来るか?』

「出来ますよ?」

『よし、ありがとう』

 

 命が惜しかったので屈服することにした。

 理解することを放棄したともいえる。

 

『聞いたな!総員、着陸準備!』

『着陸完了しました!』

『よろしい!』

 

 着陸まで秒じゃん。はっや。こっわ。

 

『それでは、これより地上調査へ移る!

調査部隊のみ私についてきて、その他は艦内待機!……開門!』

 

 などと、とんとん拍子で話が進んでいき、扉が開いて……

 

 

 

 =〇=

 

 

 

『総員撤退!』

 

 数十分後。

 これが指示として早いのか遅いのかは分からないが、あれだけやる気満々そうに見えたのに迷いなく撤退準備を始めた。

 うーん、せっかく杉の木が効くって分かったのに、逃げられてしまう。残念。

 あと俺を忘れていてくれなかったのも残念だ。

 

『隊長、どうしますか』

『どうするもこうするもない。何もできない以上、今回は撤退するほかないだろう』

 

 撤退。そうか撤退するのか。

 そのついでに俺を開放してくれないかな。別に誰にも話さないからさ。というかどうせ信じてもらえないから話したって無駄だし。

 

『一時帰星!火炎放射器の類を持ち込むか、進攻時期を変更するか。上へ打診する!』

『了解しました。その地球人は?』

『連れて帰る。下手に情報を漏らされても困るからな』

 

 いや漏らさないですって。

 

『かまわないね?』

「はい、問題ありませんよ?」

 

 いやまあ命は惜しいので逆らう気はないですが。当たり前ですよね、そんなの。

 

『理解が早くて助かるよ。艦内であればある程度好きに過ごしてもらって構わない』

「あ、自由貰えるんですね」

『何かしようとしたところで、どうせ何も出来ないからね』

 

 なるほどそういう。確かにこんなところ、何か仕様としたところで何も出来そうにない。

 結局は機械だろうから壊せばいいんだろうけど、ここまで言う以上壊しようはないのだろう。

 うーん、どうしよう。なんともマズそうな気がするのだけど。

 

『離陸準備、出来ました』

『よろしい。では、作戦中断、帰星開始!』

 

 なんかそれっぽいことを言い出し、パイロットらしきグレイがハンドル?レバー?を握る。その動きに従ってUFOが動いていそうな振動は来る。おー、悔しいけどちょっとかっこいいな。

 

「隣、いいですか?」

『あ、はい。どうぞ』

 

 興味ありげに覗き込み、隣の席をゲットする。

 

「これ、今まさにあなたが操作してるんですか?こう、オートパイロットとかじゃなくて」

『はい。フルオート化も可能なのですが、なんだか性に合わなくて。古臭い考え方だと前いたところはクビになりましたが』

 

 宇宙も色々と世知辛いらしい。人力から機械への移行というのは、どこでも起こる問題のようだ。

 

「それでも?」

『はい。重力も気体の密度も違う他星のソラを、感覚で理解しながら飛ぶ。この感動は、手動でこそですから』

『彼は優秀でね。下手に機械に任せるより、よっぽど信頼できる』

 

 なるほどなるほど、そういうものなのか。いやぁ、うんうん。

 

「それは、助かりました」

『はい?何が、』

「えい」

 

 さっき一瞬降りた際に拾っておいた杉の枝を、目のあたりで振る。

 激しく振るのではなく、ゆっくりと、ふぁさっと。そこについたものを払い落とすようにして、振る。

 

 さっきの人たちの超過剰反応を見る感じ。目もがっつり効くんじゃない?

 

 

 

 =〇=

 

 

 

 後日談。

 この後、無事UFOは墜落。

 墜落地点を爆心地として杉林を吹き飛ばす自体へと発展した。しばらくの間謎の墜落物の話題と爆発とともに広がった❘死の黄色い風《超大量のスギ花粉》がありとあらゆる話題をかっさらう事態となる。

 

 また、これは余談だが。

 墜落物から回収された生命体と思われる遺体数十体について。『全ての個体に地球上には存在しない物質が含まれる』ことから『宇宙人の墜落事故』として、永遠に語り継がれていくこととなるのであった。



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第十四回 青行燈・すべらない話・キャベツ

・青行燈
 百物語の最後に現れるとされる日本の妖怪。
 正体は?⇒ぶっちゃけ不明。
 「百物語を終えたら天上からクモの足が」みたいな話も。
 「百物語を最後までやると怖いことになるからやめようね」チックな戒めの側面も?
 百物語全体を指す説もある。

・すべらない話
 それは、絶対に面白い話をしなければならないという、法則に支配された場のこと。
 うん、あれ出来るプロすげぇよ…

・キャベツ
 寒いところに適応した野菜。マイナス12度すら、一晩二晩耐えきる。
 丸く玉になるイメージが強いが、そればっかりじゃない。
 ビタミンC、Uを含む。
 ロールキャベツ美味しそう……


 青行燈。

 それは、百物語の最後に現れるとされる、妖怪の名前。

 前提の話として、百物語を知らない人のために百物語の説明から始めようと思う。といっても、ざっくりとした説明で終わらせるつもりだけど。

 

 まず、100本のろうそくを準備する。

 それら全てに火を灯して、ぐるりと囲み。集まった人々が持ち寄った怖い話……ようは、怪談話を話していく。

 誰かが一つ話しては、一本蝋燭を消して。

 また誰かが一つ話しては、一本消して。

 そうして100の怪談話を話していく集まりのことを、百物語とか、百物語の会とかって呼ぶ。

 青行燈は、そんな百物語の百話目を語り、蝋燭の日を消した時に出てくるって言われてるわけだ。

 

 現れるってだけ言われても分からない?どんな妖怪が現れるのか、だって?

 それは分からない。……まって、呆れかえって帰ろうとしないで欲しい。弁明の機会を。

 

 そもそもとして、だ。青行燈は、それ以上のことがよく分かってない妖怪だ。

 「百物語を終えた時、天井から足が伸びてきた。それを切ったらクモの足が残された」、とか。

 「「100物語を完遂すると怖いことになるよ!やめようね!」と注意を促すために作られた」、とか。

 言ってしまえばそういう、人の都合によっていることにされた妖怪、とでもいおうか。ようは、そういう存在なのだ。

 

 正体も不明、百物語こそが青行燈であるとされるほどの存在的強さ。しかしその本質は、「雷におへそを取られるよ」並みの、「怖いから近づくな」という戒めのために捏造された存在である。

 

 そう考えると、余りにも滑稽じゃないですか?

 

「以上、「かっこつけてるくせに中身のない妖怪、青行燈」でした!」

「でした!じゃないが。オイ、当たり前のような顔で蝋燭の火を消そうとするな」

 

 蝋燭の火を噴き消そうと近づけた顔を、鷲掴みにして押し戻される。青行燈さんはどうやら、本日のお話しもお気に召さなかったらしい。

 

 

 

 =〇=

 

 

 

 それは、あるお昼のことだった。

 キャベツサンドを食べながらロールキャベツの仕込みをしている時。ふと何かがいるような気がして振り返ると、半透明の女性がいた。

 

「あ、いらっしゃいませー。お帰りはあちらですよ、お客様」

「まて、何のことだ」

「何のことだと申されましても。入口で立ち止まるだけのお客様は、即刻蹴りだすと決まってまして」

「そんな話があるか」

 

 あっさり否定されてしまった。

 

「ですが、半透明の体で店内に入ってくるとか、不審者以外の何でもないじゃないですか。お店側としては早く出て行って欲しいといいますか」

「あー……それは、確かに」

 

 あっさり納得されてしまった。

 

「確かに、それはそうだ。それでは仕方ない、また後日お邪魔させていただくよ」

「はい、盛り塩積んでお待ちしていますね」

「それ待つ気ねぇだろ、徹底的に追い出そうとしてるだろ」

 

 そんなまさか。これでも入ってこれる人はちゃんと募集してますって。

 

「だとしても、今は後日に」

「それもそう……いや、確かにそうだな。うん、失礼。お邪魔した」

「はいは~い」

 

 半透明の女性は、そう言うと体の向きを入口の方へと向ける。地に足をつけることもなく、すす~っと移動していき……

 

「いやだからちょっと待って」

「なんですか?まったく、しつこいって言われません?」

「うっ、それは確かに」

 

 心当たりあるのか。大変だな、この人も。

 

「いやだからそうではなくて……君、私のこと見えてるの?」

「見えてませんよ?」

「半透明の人がどうこうつってっただろ」

 

 なるほど、これは一本取られた。

 

「人のあげ足とるの、そんなに楽しいですか?」

「ああ、楽しい楽しい。だからちゃんと聞け」

 

 あ、もう対応めんどがられてしまった。

 はぁ……仕方ない。明らかにこの世の者じゃないけど、話すことにしよう。

 

「それで?結局のところ、あなたは何ですか?」

「青行燈だ。生まれたてかけの、な」

 

 話を聞くところによると。

 あと1話で百物語達成、と言うところで儀式を止められてしまったらしい。結果、こうして中途半端な状態で現世に造られてしまった、と。

 

「そのまま消えればいいんじゃないですか?」

「よっし今からお前のことを呪うことにする」

「仕方ないなぁ、全力で協力しますよ!」

 

 シャレにならないこと言いだしたぞ、この産まれたてかけ。

 

「それで?俺は何を協力すれば?」

「簡単なことだ。物語が足りなくて産まれていないのだから、その分物語を追加してくれればいい」

 

 なるほどなるほど、つまり。

 

「百物語の続きをしろ、と?」

「端的に言えば」

「それであなたがホントに誕生するんですか?」

「誕生する。それだけは、約束する」

「いやそんなこと約束されても、むしろしないでくれた方がいいくらいなんだけど」

 

 なんにせよ。

 こんなきっかけチックな出来事があって、お話しは冒頭へと戻るのであった。

 

 

 

 =〇=

 

 

 

「はぁ……ねぇ、確か言ったよね?百物語をやってって。なのに、今のどこが怪談だったのかな?」

「いや自分、怪談とか苦手なんで」

「なるほどそれだけ見えてるくせにそう来たか」

 

 むしろ見えているからこそ怖かったというか。

 

「だから正直、青行燈さんにも関わりたくないというか。それでも関わらないわけにはいかなさそうなので、方向性を変えてみようかと」

「ほうほう?方向性を変える、と」

「はい」

 

 今回こうして語った内容とも絡むが、簡単には青行燈について調べてある。要するに、「怖い話を百個連ねた結果、超怖い物が出来上がった」みたいなお話しなのだ。じゃあ、

 

「すべらない話でやれば、すべらない話の塊ver青行燈が出来るってことですよね」

「もはや私は、妖怪を改造してこようとするあなたの方が怖いのだけど」

 

 その瞬間。

 風がふいてきて。蝋燭の火が煽られる。

 青行燈は、本気で慌てていた。

 

 さーって、どうやってすきをついて「青行燈verすべらない話」作り出してやろうかなぁ。

 

 

 

 =〇=

 

 

 

 何も分からない。混乱しかないし、不安がある。結局混乱しかないわけじゃなかったけど。

 妖怪をトンチキに改造しようとするやつ、どうやって対処しようか……

 

 …いっそ。アレの話をして蝋燭の火を消せば、全部解決する気がするな。

 

 

 そんな風に考えている彼女が意味不明な少年の犠牲として、トンチンカンな妖怪になるまで。あと1日のことであった。



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第十五回 青坊主

 妖怪伝承というものに、一度は触れたことがあることだろう。

 海外の方でなじみがなければ、魔物や妖精と言った存在を思い出してくれればおおよそのイメージは近いはずだ。

 妖怪。それは、言ってしまえば「理解を超えた何か」。ニワトリとタマゴどちらが先かは分からないが、いずれにせよその結論は変わらない。

 異形の者、超常の者。だが神ほどには理解を外れていない存在達を、妖怪と分類した。

 うん?なら大したことはないじゃないか、って?そんなことはない。確かに神様みたいな派手さはないかもしれないけれど、なんだかんだ彼らはやるものだ。

 

 例えば、カッパ。そうそう、キュウリが大好きで、頭の皿が乾くと力が抜けたり死んでしまったりする緑の妖怪。

 彼らは、人間から尻子玉というものを抜き取る。何故かは諸説あるけれど、抜き取る。

 結果人間は死ぬ。

 

 次に、天狗。そうそう、赤ら顔で鼻の長い、翼が生えてたりする妖怪。

 彼らは、流れ星を擬人化した妖怪だと言われたりするのだけど、まぁそんなことは置いといて。手に草で出来た大きなうちわを持っていたりする。

 アレを振るうと超暴風をぶっぱできる。人間は死ぬ。

 

 次に……うん?もういいって?まだ有名どころとして鬼とかもいるのだけど。「どうせ人間は死ぬんだろう?」

 その通りだとも。鬼に会えば、ただ単純な暴力で人間は死ぬ。

 

 と、まぁそんな感じで。確かに神様みたいな派手さはないけど、人間なんて相手じゃないのが妖怪の常みたいなところはあるわけだ。勿論例外はいるけれど、大体そんな感じ。

 どうかな?少しは認識が変わっただろうか。派手さはないものの、結構やるものだし、人間とか視界に入らないくらいの存在ではあるんだよ、妖怪。

 何なら、神様より面白いまである。神様はこう、立場とか役割とかに結構縛られてしまうのだけど、妖怪にはそれがない。

「え、何でそんなことしたの?」って感じの行動をする妖怪のお話しとか、かなり出てくるはずだ。

 

 前置きが長くなった。そろそろ本題に入ろう。

 

 ここまで念入りに前置きをしたのには、一応理由がある。この後登場する妖怪のための、土台造りと言うわけだ。その妖怪の名は、『青坊主』。

 

 聞いたことない?安心してほしい、それが普通だと思う。少なくとも先ほどまで名前を出していた妖怪達と比べて、知名度は圧倒的に低い。それでも、条件を満たせば簡単に人を殺せてしまうような、そんな伝承がある妖怪ではあるわけで。

 さてそれでは、どんな妖怪化と言うと、だ。

 

「あ、待って落ち着いて、怖くないから、おじさん怖くないからちょっと目つきが悪いかもしれないけど怖くはないから、お願いだから流さないdアボボボボボ」

 

 ついさっきまで、小学校の便器から顔を出していた。

 そしてたった今、ゴミを見る目で流されていった変態妖怪である。

 

 

 

 =〇=

 

 

 

「コレは由々しき問題だ」

 

 縄張りとしている山で、誰が聞いているわけでもないが一人こぼす。しかし、これが由々しき問題であることは間違いないのだ。

 

「最近のトイレは、便器には入り込みづらく、そして流れがあまりにも早すぎる」

 

 昔はよかった。ただその下には空洞があり、穢れ知らぬこの身はその空間にいてなお汚れることも無かったが故に、簡単に入り込み、驚かすことが出来たのだから。

 だが、今はどうだ。あの場にはもはやそのような空間はなく、どうにかして入り込み顔だけ出したところで、つまみをひねり流されてしまう。

 

「勿論、驚いてくれる子供たちもいる。あぁとても愛おしい表情、愛おしい反応だ」

 

 その反応を思い返す。性別を問わず、悲鳴を上げてくれる子がいた。悲鳴を上げることも出来ず後ずさる子もいた。その場に崩れ落ちてしまう子もいた。

 そんな純粋な反応を逃すまいと、目を光らせるのが楽しいのだ。

 

「あぁだからと言って、驚いてくれない子供たちが愛おしくないわけではない」

 

 彼ら彼女らの反応もまた、大変良い物である。

 理解できる範囲を超えたのか、完全に固まる子。

 我を人間と勘違いしているのか、変態と叫ぶ子。

 年齢の割に達観しているのか、冷たい目で見降ろす子。

 どの反応も素晴らしく、我が心へ突き刺さり揺さぶりかけてくる。

 

 あぁ、なんて愛おしいのか。

 

「よし、もう一度見て来よう」

 

 

 

 =〇=

 

 

 

「蓋を閉じるまではまだいい。だが、流すまでがあまりにも早すぎる…!」

 

 再び山へ帰り。人が通りがかると困るので狸の姿へ戻って、愚痴る。

 そうだ、流すのだ。流れるのだ、近年の物は!

 しかも、子供たちが流す判断をするのもまた早い!

 どの子も危険なものを見たかのように、一刻も早く排除しようとするかのように、その選択を迷いなく!

 

「呆然としてなお数秒で立ち直り判断・決行するその決断力。子供の可能性は無限大だな」

 

 子どもの未来は明るい。その可能性の塊に、我はすっかり虜にされてしまっている。

 

「よし、ちょっと畑に小学生ウォッチングに出向くか」

 

 そろそろ彼ら彼女らの下校時間と言うヤツになる。麦の中に身を潜め、感付かれずに観察するとしよう。

 

 

 

 =〇=

 

 

 

「なんだあの車とか言うヤツ、危ないではないか!」

 

 潜んでみていることに我慢できなくなり、飛び出して轢かれそうになり慌てて逃げかえって愚痴ることを三度繰り替えす。

 

「あんな危ない物、あって許されるものか。次会った時は正面から、叩き壊してくれるわ!」

 

 言ったそばから行動へ向かい、車相手に相撲をとろうとして撥ね飛ばされた、変化をし忘れた狸がいたのだが。

 この辺りに住む妖怪たちは揃って「またか」と呆れ返り、見なかったことにしたとかなんとか。

 

 

 

 =〇=

 

 

 

 と、こんなところで如何だっただろうか?

 意味が分からない?大丈夫、内容なんてないから意味が分からなくて問題はない。むしろわかる方が

問題だ。

 

 と、これが現代を生きる青坊主と言う妖怪のお話。狸で山の神様な彼は、神様的な意味でも子供を愛している。だって神にしてみれば、理解できない物に純粋な反応を示してくれる子供は、ある種信仰の途絶えない稀有な存在だ。愛するに決まっている。

 

 まぁ、その結果があの変態行動なので、どうしようもないのだけど。



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第十六回 赤えい

 昔々、あるところに。馬田鹿雄という漁師の一人息子がいた。

 代々漁師の家系に生まれた彼は、しかしよくあるような家業に反発することもなく。むしろ幼き頃からそのすべで働く家族を見てきたが故に、強い尊敬の念と、そこに産まれたことに対する誇りを持っておった。

 また同時に、何の根拠もなく。自分も漁師になるのだという確信を持っておった。

 

 さて、そんな鹿雄。家族の手伝いで一緒に漁に出ていた時のこと。彼らは、見覚えのない島にぶち当たった。

 

「オヤジ、いつもと違う経路だったのか?」

 

 鹿雄は父親に聞いた。そこに見覚えのない島がある以上、普段と違う道を辿ったと考えるのは自然な事だろう。

 

「いんや?いつも通りの経路で来たが……」

 

 しかし、そんなことはないと父親が否定する。その声はいつも通りの経路を辿ったという自信にあふれており、しかしその目はどこか自信なさげでもある。

 当然だろう。だって、島である。一晩で出来るようなものではない。

 

「けどあれ、どう見ても島じゃね?」

「島だな。蜃にでも会ったか……」

 

 と、父親はぼやいた。鹿雄もその名前は知っている。蜃気楼を見せるという、大蛤の妖怪。一説には神獣や霊獣とまで言われる伝承である。ありもしない島を見たのだ、海の男として、海の伝承を引っ張り出すこともあるだろう。

 

「どうする?」

「どうするもなにも、戻るしかねぇだろ」

 

 鹿雄が聞くと、父はあっさり答えた。得体の知れない物が目の前にある。そんな状況、とっとと引き返すのが吉である。

 

「それもそっか。あーあ、今日はボウズかぁ」

「ま、そんな日もあらぁな。罠の回収も、明日にしておこう」

「へーい」

 

 そう言って、来た方へ舵を切りなおす。船頭が180度向きを変え、そのまま進み始

める。

 と、鹿雄は何とはなしに振り返った。存在しないはずの島、そう言うと浪漫に溢れ

ているように感じる。実は何かお宝でもあるのだろうか、と他愛もない妄想を広げ、

 

「オヤジ、後ろ!」

「ああん?」

 

 唐突に呼ばれ、振り返る父親。鹿雄が指さす方を―――島を見て、一気に青ざめ、再び前を見る。

 

「オイオイオイオイ、そう言うことか!?」

「オヤジ、あれ島が動いて、」

「あぁそうだ、いや違うそうじゃない!」

「どっちだよ!?」

「動いてるのはそうだが、あれは島じゃない!急ぐぞ、落ちんなよ……!」

 

 速度を上げる。落とされないようしゃがみこんで、父親へ声を上げた。

 

「何か知ってんのかよ、アレ!」

「赤エイだ!」

「アカエイ!?そんなでかくなるのか、食いごたえがあるな!」

「バッカそうじゃねぇ!ありゃ妖怪だ!」

「ハァ!?」

 

 そんなもんいるか、と言いそうになり。しかし島が動いている以上強く出ることも出来ない。

 

「赤エイ!島と見間違うくらいでかい魚!近付いた船は沈められる!」

「なんだよその理不尽!」

「知るか!」

 

 妖怪に理屈を求めてはいけない。理不尽の塊こそが妖怪だといえるのだ。

 

「……って、うん?」

 

 さて、今更ながらこの物語の登場人物について。もっと絞れば、馬田鹿雄少年について。

 もしかすると読者諸兄の中にお気づきの方もいるかもしれないのだが、彼はまぁ、うん。馬鹿である。名は体を表す、とはよく言ったものだ。

 そして。そんなバカな少年が今何かを考えている。

 

「なぁ、オヤジ」

「あぁん?」

「あれ、魚なんだよな?」

「魚の妖怪な」

 

 ある程度距離をとり、安心したのだろう。ちょっと口調が落ち着いた父親が、冷静に返した。

 

「つまり、魚なんだよな?」

「あー、まぁ、魚だな」

「獲ろうぜ!」

 

 全力の拳が頭へ落とされた。

 

「イッテェ!」

「あ、ワリィ。我が子のバカさ加減に、つい手が出た」

 

 何ということだろう、この父親悪びれる気配がない。

 

「何でだよ、だってあれ魚なんだろ!?」

「魚だな、おおざっぱに言えば」

「獲ろうぜ!」

 

 頭にゲンコツが落とされた。

 

「ったく、オマエはホントにバカだな」

「なんでだよ、あんなでっかいの獲って帰ったら大金星だろ?」

 

 彼の頭の中では、

 大物を獲った⇒話題に!

 という超短絡した思考が走っていた。その理由で島サイズの魚に挑むのは、無謀という他ない。

 

「あのなぁ……」

 

 そして、そんな思考を読んだのだろう。流石父親、我が子の思考はちゃんと読んでいる。その上で、説得する一言を。

 

「あんなサイズのとって、どうやって持って帰る気だ」

「あっ……」

 

「あっ……」ではない。この親にしてこの子あり、だった。どうしようもなかった、この親子。

 

「確かにそうだな、オヤジ頭いいな」

 

 よくはない。島サイズの魚に挑むことを前提にしている時点で、いいはずがない。

 

「つーわけで、帰るぞ。万が一アレが襲ってきたらひとたまりもないからな」

「はーい」

 

 ここで襲われたらひとたまりもない、という発想になるあたり、まだ父親の方はマトモだったかもしれない。

 

 数年後

 

「赤えーい!どこだー!でてこーい!!」

 

 以降10度は赤えいと遭遇し、何度も死闘を繰り広げたが一度も白星を拾えていない、優秀なんだけど変人と有名な漁師が生まれるのだが、まぁそれは未来のお話。

 

 いつか、彼が赤えいを獲る日が来るのか。決着の時は、案外近いのかもしれな……

 

「みたいなお話を書いたんですけど赤えいさん、実際のところどうですか?」

「君は背中を爪楊枝でチクチクされて、倒される日が来ると思うの?」

「でもほら、かの有名な一寸法師は針で鬼を倒したわけですし!」

「アレ体内だし、スクナビコナ神でしょ?」

「あっはー、それもそうですねー!」

 

 まるで気にも留められていなかった。うーん、無念!

 

「ま、人間が島に勝てるわけないんですよねー!」

 



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第十七回 赤子・たまご

 それは、気分転換に訪れた古い民宿でのことだった。

 座敷童の伝承でもありそうなほどに古くぼろい民宿。最近都市伝説チックな方ばかりだったのでたまにはこういういかにもな場所を、と訪れたスポット。

 さぁ何かないかな面白いこと、といつも祈り空振りに終わることを考えていたのに、だ。

 

「アッハッハッハ!ナンダコレ、意味不明すぎる!何がどうしてこうなるんだよ!」

 

 ついつい、眼前に広がる光景に笑い転げてしまう。

 

「なんで赤ん坊が二本足で立ってるんだよ!」

 

 そこには、まだハイハイをしていそうな赤ん坊が、真っ裸で直立していて。

 

「何でそんなのが、たくさんいるんだよ!」

 

 しかもそれが一人二人じゃなく、部屋を埋め尽くし廊下に出ようというレベルでわんさかいて。

 

「しかも、しかも!」

 

 が、しかし。そんなこと、この場に置ける意味不明度合いの中では低い方で。

 

「しかも、なんで全員、多種多様に踊ってるんだよ!」

 

 眼前を見回す。

 

 盆踊りを踊っている集団がいる。

 ソーラン節を力強く披露する団体がいる。

 ブレイクダンスでグルングルン頭を支点に(!)踊っている赤ん坊がいる。

 アイドルよろしく統率のとれた連携を見せるチームがある。

 

 あれ、首すわってんのかなこの赤ん坊。

 

「意味不明なものが、意味不明なことしてる……!」

 

 とまぁ、なんにせよ、だ。

 その空間は、マジで意味不明に溢れていた。

 

 

 

 =〇=

 

 

 

 不思議なものが昔から好きだった。振り子がずっと動き続けるのも、鏡が自分の姿を映すのも、雷がへそを取るというお話も。どれもこれも不思議で、魅入られていた。

 魅入られて、疑問に取りつかれて。そうして首を突っ込んでいって……ふと、一部の物には飽きてしまった。振り子が動き続けるという現象。鏡が光を反射する性質。それらにはしっかりとした理屈があり、不思議なものではなくなった。

 だからわたしは、答えのない物に憑りつかれた。厳密には「答えがない」ではなく、「ありもしない」物に。だってそれは、証明できないから。つまり、未知であり、いつまでたっても不思議なものだから。どれだけ追いかけても心躍らせ続けられるから。

 

 ……この話をすると必ず「変人」のレッテルを貼られるのだけど、まぁそれは置いといて。

 

 だからわたしはいつもいつもそんな不思議なものを――妖怪とか伝承とか、そういうものを追いかけている。

 だって「在るもの」を追いかけていたら、この胸のどきどきが終わってしまうから。

 

「ま、だからって色々追っかけ続けてれば、「いやしない」って結論になってもおかしくはなかったんだよな」

 

 今更気づいた当たり前のこと。

 追いかけ続けて追いかけ続けて、そうしていれば、いやしないってことに気付くのが当たり前だ。

 じゃあとおもってあからさまなところに来たけど、もう手遅れかもしれない。もっと早く来ていれば、この場の不思議さだけでもどきどきして復活できていたかもしれなけれど、そう上手くはいかない物である。

 

 と、もう体を動かす気力も沸かないまま、目を閉じていき、

 

「いやにしても隣うるさいな」

 

 寝てしまおうとしたところで寝られない。どうにもすぐ隣辺りが騒がしく、その物音はいつまでたっても収まる様子がない。

 

「まったく、こんないい雰囲気の旅館で何やってんだ」

 

 暫く待てば疲れて静かになるだろうか。いや、それはないだろう。日付変わっている中騒いでいる連中だ、いつまでだって騒いでいるだろう。となればもう、自分の安眠のためには直接行くしかない。

 疲れと趣味への決別で、幾分か乱暴になっている気もしつつ。しかし堂々と隣の部屋の扉を押し開き、

 

「……ナンダコレ」

 

 意味不明な空間に、捕まってしまったと言うわけである。

 

 

 

  =〇=

 

「やっばい、マジでそこにいるのに!知っちゃったら面白くなくなると思ってたのに、しっかり意味不明で面白いままだ!」

 

 

 特にあれ、ブレイクダンス!首すわってない状態でどうやってんだ?

 ちょっと見まわしただけなのに、好奇心がうずいてうずいてたまらない。

 

「あ、そだそだ。ビデビデオ……」

 

 と、浮かれながらも冷静にカメラを回す。気になるところだけ撮ることも考えたが、せっかくなので全体を。

 多種多様な踊りを見せる集団が全員同じ格好おなじ顔立ちで踊っている。

 

 うん、面白い。

 

「どうするかな……とりあえずこのまま観察して、観察して、観察して。観察しよう。それから一人一人に触れて、一緒に踊って。きっとずっと面白いんだろうなぁ――ん?」

 

 と、そこで。ずーーーっと赤ん坊を見ていた彼の顔向けて、光がさした。

 なんてことはない。ずっと見ているうちに、朝になってしまったのだろう。

 

「っと、まあ仕方ないか。ここからはとりあえずあの赤ん坊たちの観察うぉ!?」

 

 朝日に目を細め、その光で視界が奪われていた瞬間に。踊り狂っていた赤ん坊達は、跡形もなく消え失せてしまった。

 

「……え、夢?」

 

 一瞬目を離したすきに姿を消す。それは確かに、夢を疑ってしかるべきなのだろう。しかし、彼の手の中にあるビデオはその可能性を否定する。

 

「……不思議なこと、見つけた……!」

 

 正体を見た。あらゆる法則に従わない存在。「まず間違いなくいない」からこそ未知で満たされており、いつまでも食べつくすことのない。そんな物だと思っていた。

 

 しかし、現実は。間違いなくそこにいたのに、未知しかなくて、何も残らない不思議な存在。いてもなお意味不明な塊。

 

 なるほどこれが妖怪か、と一個だけ納得して。

 

「まずは、何の妖怪だったのか考えないと。ブレイクダンスをマッパで踊る赤ん坊の妖怪、なんているのかな」

 

 これが、後の世にその名前を残すことになる妖怪博士の。初めて妖怪の存在を証明することになる、研究者の卵が生まれた瞬間であった。

 

 なお、「ブレイクダンスをする赤子」という彼が初めて残した論文は業界でボロボロになるまで叩かれることになるのだが、それはまた別のお話。

 



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第十八回 赤舌・うさぎ・羽が生えたなにか

・赤舌
 詳細不明。
 爪+毛深い顔。
 黒雲に覆われたけもの。
 全身像不明。
 でかい舌がある。
 神様の化身説アリ。
 夕焼け空から舌をでろーんって伸ばして、人をさらう。
 さらわれた家は、栄えるとか。

・うさぎ
 耳が長い。
 よく跳ねる。
 思ったより狂暴(だったりする)。
 因幡の白兎とか、自分から焚き火に突っ込むのとか。
 アリスシリーズとか、妖精として出てくることも。

・羽が生えたなにか
 犬とか、猫とか、牛とか、山羊とか、鹿とか。探すと結構いる羽生えてるシリーズ。
 不思議なものとして作りやすかった?
 異界=天として、そっちに近づく存在として。
 「まぁペガサスみたくしとけばええやろ」とか。
 そういう感じで、軽率に羽や翼が生える。


 世の中には、理不尽と言うものがる。

 例えばそれは、逆らうことのできない存在。立場上どうやっても逆らうことのできない存在から命令されたのなら、そこに拒否権はなく。従う外無いのである。

 例えばそれは、対話の成り立たない暴虐。地震や台風と言った自然界の大災害。それによってもたらされる破壊と強奪は、どう足掻いたところで逆らうことなどできるはずもなく。ただ静かに通り過ぎるのを待つことしかできないのである。

 例えばそれは、人智の外側の存在。人間の理解の外側に位置する存在による干渉。それがあったと証明することも出来ず、かと言って抵抗できる程近しい立場にいるわけでもなく。ただただ受け入れ、その上で自らの胸の中にしまっておくことしかできないような、有り得ざる干渉。

 

 え、最後のはなにか、って?あぁ、これだけは確かにふんわりしすぎていたね。じゃあもうちょッと正確に。

 

 それは、幽霊や妖怪、神といった存在。人間の常識の中において「いない」とされているモノ。ありもしないと切り捨てられる妄言の類。故にこそ、そこから受ける被害は一切証明することが出来ず、理不尽に該当するのだ。

 

 その中でも特に、神と言うやつは酷いものだ。確かに、そいつらは恵みをもたらすんだろう。無くてはならない、重要な役割を持っているのだろう。強大な力を持っているのだろう。だが、だ。だからと言って気まぐれに人類を滅ぼしていいはずもなく。ましてや遊び感覚で干渉してきていい存在ではないはずなのだ。

 

 さて、前置きが長くなった。ここからようやく、結論に入る。この場合の結論とはつまり、今何が起きているのか、と言うことなのだけど。雑に言えば、そう。神とかいうやつが、生贄を要求してきて。

 

「ほらほら、どうしたんですか?さっきまでの威勢はどこに行ったんですか、変態神さん」

「あのー、ほら。その人……人?も反省してそうですし、それくらいに」

「人間さんは黙っていてください、モフモフに閉じ込めますよ」

「ねぇそれどんな脅し?モフモフに閉じ込めるって何?」

 

 神とやらからこちらに向けて伸ばされた舌を切断し、顔面踏みつけて詰っている人がいるのである。

 

 いや、うん。なんで?

 

 

 

 =〇=

 

 

 

「うん?—――なんだ、あれ?」

 

 仕事帰りに、ふと空を見あげて。普段は見えない変なものがあるのに気付いた。

 それは、それは……え、なんだあれ。なんか赤い細長い物が、空からでろーんと伸びてきていた。

 え、なんだあれ。気持ち悪っ。

 

「って、あれ。こっちに向かってきてね?」

 

 しかもそれが、何故かこちらへ向かってくる。え、いや待って、怖いキモイ怖い怖い。赤い細長いうねうねしたものがこっちに向かってくる何あれ怖い!

 

「人気がないから、余計に怖い!」

 

 ざっと来た方を振り返り、走り出す。と言うか、走るしか選択肢がない。迷いなく逃げを選択する。

 

「おわっ、追って……こない?」

 

 と、少し走ってから後ろを見ると。布製の巻き尺を回収するときのようにうねり暴れながら空へ戻っていく。えぇ、何あれ。

 

「—――あ、帰ってきた」

 

 と、少し待っていたら再び空からでろーんと伸びてくる。いやうん、怖いのよ。明らかにこっちに向かってきてるし。

 

「って、うん?なんかくっついてる?」

 

 と、もう一度走り出す前に奇跡的にソレの先端になにかくっついているのが見えた。なんだろうと思ってみている間にどんどん近づいてくる。まず紙だと気付き、続けて何やら書いてあることにも気付けた。

 つまりは、あれだろうか。手紙?あるいは筆談の可能性もある。

 

「え、何それ怖い」

 

 なぞの赤い細長い物体が手紙か筆談を持って近づいてきた。いやもうそれだけで十二分に恐怖体験でしかないのだけど。

 などと考えている間に、その髪を受け取れる距離まで近づかれてしまった。仕方ないので、紙を受け取る。と、そこでこれが「舌」にしか見えないことに気付いたけど、気のせいだということにした。

 

「ええっと、何々?」

『驚かせてしまい、申し訳ありません。我は名前はありませんが、赤舌と呼ばれております。無名処、知名度の薄い身ではありますが、一応神の末席に座らせていただいている者です』

「え、なにこれ丁寧すぎて怖いんだけど」

 

 意味不明な物体からとっても丁寧なお手紙が届いた。いやこわっ。いっそ無礼極まりないとかむっちゃ上から目線とかあってくれたらまだ混乱しなかったのに。混乱度合いが増した。

 と、混乱の真っただ中なわけだけど。接触してしまった以上は、もうコミュニケーションをとるしかないわけで。

 

「ええっと……その赤舌さんが、何の御用でしょう」

 

 って、想定通りならここにあるのは舌なんだから、言ったところで聞こえないのか。となると、こっちも紙に書いて舌にのせて持ち帰ってもらうしか?

 などと考えていると、再び巻き尺ムーブで舌が天へ戻っていく。

 

 暫し待つ。

 

 再びでろーんシュルルルル、とこちらへ向けて舌が伸びてきた。

 紙をとる。

 

『この度唐突に連絡させていただいたのは、1点不躾なお願いがありまして』

 

 神からこの始まりをする手紙を受け取る人間って何なんだよ。意味不明なんだよ。

 

『結論から端的に申し上げますと、生贄のお願いです。』

「おーっとヘビーなのが来たぞ」

 

 思った以上に神様の理不尽さを見せつけられた。え、生贄っつった?捧げろと?そういうこと?

 

「一応、何でなのかって聞いてもいいですかね?」

 

 神様相手だしダメもとで聞いてみると、再び巻き尺ムーブで天へと帰っていく舌。紙がくっついたってことは唾液的な物でくっつけてたんだろうけど、まるで唾液がまき散らされていない。これが神の力なのだろうか。

 なんだその神の力。どんな場面で役に立つんだよそんなもの。

 

 と、帰ってきた。今度も紙をつけている。

 さて何が書いてあるかなぁ、と受け取ってみると。

 

『何故、とは……?』

「おーっとそう来たか」

 

 超丁寧な口調でも、神は神と言うことか。生贄を求めることに対して何の疑問も抱いていない。捧げて当たり前という発想なのだろう。

 

 え、こわっ。

 

「いやこう、唐突に生贄って言われても混乱するんですよ」

 

 巻き尺形式で戻っていく。

 でろーんシュルルルル形式で帰ってくる。

 

『こん、らん……?』

「わざわざあんだけの手間かけといて4音かよ!」

 

 ついキレてしまった。

 でももう仕方ない。抑えきれるものではない。

 

「変わったかってんなら変わったよ生贄に疑問を抱かない日本人とかいねぇよ!」

 

 いや探せばいるかもだけど超少数派!

 

「あ、いやまて戻るな舌!」

 

 と、この言に対して返答しようとしたのか、舌が返っていこうとする。

 

「あまりにも食い違ってて話にならないから、もうこっちに直で来い!つーかテンポが悪い!」

 

 一々舌が戻っていて紙を持って帰ってくる。しかもそれで持ってくるのがたった4音。

 うん、流石にあり得ない。あまりにもテンポが悪い。

 

 と、再び巻き尺ムーブで天へ帰っていく舌。

 

 大きく息を吸って~。吐いて~。

 吸って~。吐いて~。

 

「人の話、聞けよ!」

『あ、はい。そうさせていただきました』

「おぉん!?」

 

 声の方へ振り替える。

 むっちゃ毛むくじゃらの顔に鋭い爪で、舌が口の端から出ている謎の生命体がいた。

 え、何コイツ怖い。

 

「え、何コイツ怖い」

『よく言われます』

 

 あ、やっぱりよく言われるのね。

 

『と言うわけで改めまして。こんな身ですが、一応神様やってます』

「あ、はいどうも初めまして……」

 

 頭を下げられてしまった。神に。

 どうしたらいいのか分からないので、一先ず頭を下げておくことにした。

 

「それで、えっと。生贄とかって件なんですけど」

『あ、はい。そうでしたそうでした。えっとですね』

「獲ったぁ!」

 

 と、そこで。

 こっちの質問に答えようと口を開き、やはりどうやっても口には収まらなかったのかでろんと飛び出た舌に向けて。

 

 上空から飛び降りてきた人物の刀が振り下ろされた。すっぱーん!と。綺麗に上から下で。音もなく切断された。

 

「……うん?」

「逃がすかぁ!」

 

 と、まるで理解が追い付いていないのだけど。とりあえず唐突に舌を切られた神様(赤舌)は背中に真っ白な翼(!)をはやし、逃げようとする。なるほどさっき唐突に背後にいたのはアレを使って天から降りてきたのか、と納得していると。女性は女性で膝を軽く曲げ、伸ばし。

 超ジャンプをして、神様を捕まえた。

 

 それどころかその真っ白な翼をむんずと掴み。綺麗な白を赤く染めながら引っこ抜いていく。……うわ、ぐっろ。

 

「ふん、味気ない」

 

 翼を失えば飛べなくなるのは必定。真っ逆さまに落ちていく。落下場所は……よし、見えた。

 

「一応、向かうか」

 

 気乗りはしないけど、状況についていけてないから仕方ない。

 

 

 

 =〇=

 

 

 

「ほらほら、どうしたんですか?さっきまでの威勢はどこに行ったんですか、変態神さん」

 

 落下ヶ所にたどり着くと、赤舌さんが背中を踏みつけられ、今にも首を落とされそうな勢いだった。

 うーん、物騒。

 

「あのー、ほら。その人……人?も反省してそうですし、それくらいに」

 

 いや、神様別に当たり前のことっぽい感じだったから反省とかはしてないんだろうけど。少なくとも悪い人じゃなさそうだったから、ちゃんと話せば分かってくれるんじゃないかなって、そう思う次第でございまして。

 

「人間さんは黙っていてください、モフモフに閉じ込めますよ」

「ねぇそれどんな脅し?モフモフに閉じ込めるって何?」

 

 まるで効かないどころか新たなる脅しをかけてきやがった。

 

「いいですか」

 

 と、足元の赤舌の背へ日本刀を突き刺しながら。

 

「コレは、貴方に生贄を要求したんですよ」

「あー、はい。そう、でしたね」

「何故、かばう必要があるんですか?」

「あー、確か、に。そうでは、あるんですけど」

 

 どうしよう、全てが正論で何も言い返せないぞこれ。

 

「それに、何より」

「はい?」

「これだけ問い詰めて何も言ってこないのです。なにかやましいことがあると思うのが自然では?」

「ねぇ貴女舌切り落としてましたよね?舌べろすっぱーん!って切り落とすために飛び降りてきましたよね?」

 

 どうやって喋れというのか。

 

「……まぁ、それは置いといて」

「いや結構大事なことでは」

「人に生贄要求する神がまともなわけ、ないんです」

 

 言いきっちゃった。

 

「神にその身を捧げた兎の末裔として、後始末は付けます」

 

 兎。……兎?

 よく見ると、帽子で隠されてはいるけど、確かにうさぎの耳っぽい物が見える。

 

「知りませんか?高貴な身分のお方へ捧げる物が見つからず、自らの身体を焚き火へ放り込んだウサギの話を」

 

 聞いたことがあるような気はした。

 が、パッと思い出せるほどの学はない。

 

「そんなことをしたバカな先祖のせいで、人間がずーっと苦しんでいるのです」

「いや、そんなに変わらなかったんじゃないかなって思うんだけど」

「その後始末だけは…ひゃうん!?」

 

 そして、そこまでして聞く気もなかったので。

 帽子から見えている耳をひっつかんで引っ張ることにした。

 

 結果、気絶したウサギになった。どうやらホントにウサギだったらしい。

 

 足元には背中ごと地面につき刺し止められた赤舌(神様)。

 手にはどうやら自ら焚き火へ飛び込んだウサギの末裔。

 

 いや、うん。何でなん?



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第十九回 赤シャグマ

 赤シャグマ、と言う妖怪がいる。

 どんな妖怪か?そうだな、一言で言うなら座敷童の四国版。うん、この一言に尽きる。

 そうそう、その座敷童。幸運を家に呼んでくれるとか、いなくなると不幸になるとか、テケテケの元ネタだとか、そういう感じで言われてるそれ。

 

 言ってて思ったけど、最後のはなんでなんだろうな。家に幸福をもたらす座敷童と、下半身を失った幽霊的なテケテケ。どうやっても結びつかないと思うんだけど、どこで繋がったのだろうか。

 

 と、閑話休題。今の主題はそっちじゃなかった。赤シャグマの話に戻す。

 

 四国版座敷童赤シャグマ。

 暫しの幸運と定められた滅びを持ってくる、冷静になるとそれなり以上に質の悪い妖怪。きっと人前に姿を現そうものなら座敷牢にでも閉じ込められて二度と逃げ出せないようにされるであろうそれ。さて、なんだってそんな存在の話をしたかと言うと、だ。

 

「またかテメェ!」

「シャーッシャッシャッシャ!」

 

 今日こそは捕まえて折檻を、と思ったのにいつの間にかいなくなっている。

 

 一瞬だけ見えた特徴。小さな体躯に、真っ赤な髪の毛。さらに言えば、今いる場所は四国。つまり、アレの正体は決まっている。

 

 今日こそは逃がさんぞ、赤シャグマ。

 

 

 

 =〇=

 

 

 

 9月初旬。まだ暑さは残るとは言え、夜は比較的寝やすくなってきたころ。久々の寝心地がいい夜を過ごしていたら―――しっかり、叩きおこされた。

 

「ふあ……なんだ、今の」

 

 何か違和感を感じて起こされる。せっかく人が心地よく寝ていたのだから、このまま気付かずに眠らせてほしかった。

 

「……ん?」

 

 と、そんな現実逃避をしながら顔を見上げる。

 なんか髪まっかの子供がいた。うーん、赤か。どこの国の人なんだろう、赤。

 

「っていや、そうじゃない」

 

  だから、それは今考えるコトではない。

 体を起こして、立ち上がる。

 立ち上がって、すると子供が走って逃げ出した。

 追う。

 仏壇の前までたどり着いた。そこでふっと姿を消す。あぁ、うん。なるほど。

 

「いたずら小僧かと思ったら、人間じゃないのか」

 

 超常現象を見せつけられては、納得するしかない。お仏壇にはウチのご先祖様がいるだけのはずなんだけど、どこにいったんだろうか、あの子は。別にこのお仏壇の中じゃなくて、床下とかの誰も使ってない部屋とか。

 

 ・・・・・・・・・・・・・・

 

 いや、いいや。

 

「寝よ」

 

 帰ったのなら、もう起こされることもないだろう。改めてしっかり睡眠を取れればいい。

 秋の真夜中に不思議な体験をした。そう思えば、まぁギリギリセーフかな、って。

 

 踵を返してお部屋に戻り、お布団を広げて。

 

 おやすみなさい。

 

 

 

 =〇=

 

 

 

 

「だから!なんなんんだ!お前らは!!」

 

 

 しっかりたたき起こされた。

 どうやら彼らにしてみれば、人間ならだれでもいいようだ。うんうん、すっごく分かりやすいな。

 

 敵だ。

 

 

 

 =〇=

 

 

 

「またかテメェ!」

「シャーッシャッシャッシャ!」 

 

 もう何度になるか分からない赤シャグマとの攻防。アイツは寝ていないと反応しないので夜通し一人で相手するしかない。ひたすら追いかけて、仏壇なり地下室なりで逃げられる。何よりも大きいのが、足が速いこと。どてもじゃないけど、追いつけない。

 

 ので、追いつくことはあきらめた。

 

 

「シャ!?」

「っし引っかかった!」

 

 聞こえてくる悲痛な鳴き声。それに勝利を確信して角を曲がると、想像通り罠にはまった赤シャグマがいた。右足にロープをひっかけ、天井からつるされている。和服姿の子供が、天井から逆さ吊りにされている。

 

 あれ、これもしかしなくても絵面がマズいのでは?

 

「…まぁ、相手は妖怪だし」

 

 そう、相手は妖怪だ、よって、問題はない。そもそも今回の件だって、もとはと言えば赤シャグマの方が俺をくすぐろうとしたのが問題なのであって、こっちは別に何も悪くな

 

 真っ赤なカツラが、ポトリと落ちた。

 涙目の彼が、必死に頭を隠そうとしている。

 

 そっと無言で近付いてロープを切り、降ろしてやった。

 

 ぶっ飛ばされた。

 それはもう盛大に、ぶっ飛ばされた。

 

「理不尽、な……」

 

 言いながら、そうでもないな、悪いの俺だな、と考え始め。そのまま意識を失った。

 

 

 

 =〇=

 

 

 

 しかしまぁその後、彼が妖怪赤シャグマを捕まえられるはずもなく。とうとう仕事もやめて毎日毎日バトルする日々が始まるのだが、それはまた別のお話。

 



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第二十回 化けイタチ・現代物

「えっと、420円のお返しです」

「はい、ありがとうございます」

 

 フードを目深にかぶっての散歩中、ふと見かけた和菓子屋さんで。美味しそうな和菓子を買いながら、ふと思う。

 2周年。2周年である。

 いやホントに2周年か?実は自分のデビュー月を半年くらい勘違いしていて、まだ一年半とか逆に二年半とかじゃない?マジで2周年?

 

「いやうん、マジなんだよなぁ」

 

 袋から一つ取り出して、口に放り込み。改めて考える。

 が、驚くべきことに、マジである。何をもってデビュー日とするかは難しいところではあるけれど、少なくとも11月デビューであることだけは間違いない。TwitterもYouTubeも11月に開設している。

 あとはまぁ、縁のおかげで間違えることはない。はず。

 

「いや去年間違えたな、デビュー月」

 

 訂正。間違えることもある。けどまぁ、その場合はすぐにでも気づくだろう環境にいる。

 結論。どうやらマジで2年が経とうとしているらしい。

 

「いやぁ。早いなぁ、2年」

 

 あっという間の二年だった、とか言うとなんかテンプレっぽいけれど。しかし事実なのだから仕方ない。学園物の小説とかで「あっという間の3年間だった」とかいう表現出てきてたけど、あれはホントだったらしい。各主人公やら登場人物へ。疑ってすまんかった。

 

「何やってたっけ、2年」

 

 そもそもこんな振り返りをこれまでにしただろうか、と思い返す。やるとすれば、何か節目のタイミングだろうけど……

 うん、覚えてない。

 

「覚えてないってことは、まぁやってないのと同じだよね」

 

 と言うわけで、やっていないということにする。これまでやってこなかった振り返り。それをするというのは、まぁある意味らしいのではなかろうか。

 ちょっと楽しくなってきた。さて、じゃあ2年間何をしてきたか振り返るとしよう。

 ………………

 振り返、る?

 

 まず、1年目。こういう時って直近一年間を振り返るんじゃないの?っていうのはわきに置いといて。何をしてたか。

 

「たぶん、何にも考えてなかったんだろうなぁ」

 

 当時のサムネイルを見返すと、まぁよく分かる。たぶんなにか面白そうだと思ったら飛びついて、みたいな。ゲームもお酒も人も機械も、どれもこれも目新しくて、ひたすらに手を出していただけだった気がする。

 甘い。甘すぎる。さっきコンビニで買ったエクレアくらい甘い。ウヰスキーほしくなるな。

 

「それで面白かったから、何も考えずに続けたんだろうなぁ」

 

 中にはまぁ、意味不明なのもあったけど。バイノーラルとか。あれは未だによく分かっていない。もし次があったなら、何か分かったのだろうか?

 ……分かったのかなぁ。分からなかった気がするなぁ。

 

「分かる必要があるかと言うと、そういうわけでもないのかもだけど」

 

 極端に暴力的に言ってしまえば、どっちでも関係ない。面白かったから2年目にそのまま突入した。それだけだ。

 

「んで、2年目に入ったわけだけど」

 

 今が10月なので、「11か月前」になっている辺り

が2年目になるのか。

 

「何か変わってる、のかなぁ」

 

 変わってない気がする。やっぱり面白そうだって手を出して、そのまま気分であっちこっち。落ち着きがない。

 つまりまぁ、最初期から何にも変わってない。

 

「いいのかそれで、わたしよ」

 

 いいんだよこれで、って返ってきた。ならまぁ、いいんだろう。

 一年は絶対に続けよう、とだけ決めて始めたこと。現代に紛れ込んでの、ほんの気まぐれ。それがここまで楽しくなるとは、思ってもいなかった。

 

「出自を思えば、微妙なところのはずなのになぁ」

 

 自らの来歴を思う。わたしの記憶にはないけれど、確かにあるそれ。いやまぁ、知ったこっちゃないって言っちゃえばそこまでなんだけど。

 それでも。本質的には、目の前の光景をぶち壊したいはずなのだ。とかなんとか、自分で言って笑ってしまう。

 

「こんな面白おかしい物、誰が壊したがるのやら」

 

 意図的に、口に出す。疑問はない。迷いもない。今のわたしは、何の負い目もなく今を楽しんでいる。出自であるところの彼は、まぁ、うん。しっかり消化されたのでしょう。

 彼だっけ?彼女だったっけ?伝聞でしか知らないから、まるで覚えてないや。

 

「ま、自分が何食べたか事細かに覚えてる生き物なんていないよね、ってことで」

 

 食事なんて毎日するものだ。その上今より脳みその出来が低スペックな野良イタチ時代最後の晩餐とか、覚えているはずもない。美味しかった気もしないから思い出したくもない。

 

「あ、焼き鳥だ」

 

 目に付いたのは、焼き鳥屋さん。居酒屋さんって感じだけど、店頭販売もしている。香ばしい香りがこちらまで漂ってくるように感じて、我慢できる気がしない。

 

「よし、ゴ主人からパクったお金まだあるし、買って帰るか」

 

 手土産持参なら怒られることもないだろう、と。フードを引き下げつつ、打算込みで焼き鳥へ向かう。

 

 そういえば、初配信の後も夜散歩して、焼き鳥買って帰ったな、なんて。

 案外食べたモノ覚えてんじゃんって、面白くなった。

 

 

 

 =〇=

 

 

 

 わたしじゃない私は、どうだったのか知らないけれど。

 少なくともわたしは。人間味をもって、楽しみ続けていく。

 

 ……ゴ主人が死んだら、まぁその時は考えよう。ってことで。

 



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第二十一回 垢嘗め

「いやぁ、いつも通りいい湯だったよ」

「はい、いつもごひいきにありがとうございます」

「じゃあな~おっちゃん」

「誰がおっちゃんか、お兄さんだっての」

「番頭さーん、牛乳ちょうだーい」

「はーい、1本100円になります」

「おっちゃんばいばい!」

「だからお兄さんだって、ってオイ髪くらい乾かしてけ!湯冷めするぞ!」

 

 忙しすぎる、と言うほどではないけれど。しかし退屈するほどでもない。

 そんな程よいせわしなさをこなす男の姿があった。

 

 番頭さん。言葉の意味としては、お店のトップの人今回で言えば、銭湯を預かっている立場。

 無愛想とかいうこともなく、丁寧に人好きのする口調で話して。小中学生のやんちゃ坊主に対してもちゃんと反応を返し。まぁ上手いことやっているのだろう、という印象を抱かせる。

 しかし、なんと彼人間ではない。れっきとした、まごう事なき妖怪である。

 

 ……なんで「知ってるよ」みたいな顔をしているのだろうか。うーん、カミングアウトのタイミング間違えたかな?

 まぁいいや。知っていたならば知っていたで、うん。

 

 話を戻そう。

 さて、そんな人間ではない彼。一体何の妖怪なのか、気にならないだろうか?

 え、気にならない?いやいやそこはほら、様式美と言うか。気になるってことにしてくれないかな。ほら、ね?頼むよ。

 

 お、気になる?しょうがないなぁ、気になるか。いやはや、そこまで言うのなら仕方ない。彼の正体について……あ、待ってお願い最後まで、せめて正体を明かすところだけでも最後まで聞いてほしい。頼むよ。

 

 ありがとう。

 

 おっほん!では改めて、彼の正体を語っていこう。

 それを知ることが出来るのは、もっと時間が過ぎ去った時。お客さんがみーんな湯船から出て、店じまいをした後のこと。

 

 暖簾を外し、入り口のカギをかけ。誰もいないことを確認した彼は、浴室へ向かう。

 ガラリ、と戸を開け。ペタリ、ペタリ、カツン、と素足の音を静かな浴室へ響かせながら。一歩、また一歩と湯船へ近づいていく。

 

 たどり着いた。ふちに手をかけ、身を乗り出し、でろん、と。2メートルはある舌を、その口から伸ばした。外から見た姿は、完全に人間のそれ。にも関わらず、一体どこに収まっていたのかと言う長さの舌が飛び出した。

 そして、それはゆっくりと、丁寧に浴槽の壁を、縁を、床を這いまわって―――

 

「んぐっ……ふぅ」

 

 集められる限りの「何か」をこそげ、集めまわり。そのまま、彼の口へと運び込まれた。

 手のひらに2,3は乗るであろうくらいの大きさの塊。それをぺろりと平らげ、一息ついて。

 

「うーん、やっぱり石鹸の味、美味しくない……」

 

 ……うん?

 

「はぁ、まっずいなぁ」

 

 そうぼやきながら、次の浴槽へ舌を這わす彼。……ん?

 

 

「石鹸の風味のせいで美味しくない……けど、ここで食べないと死ぬしなぁ……」

 

 それが真実なのだろう。いやいや言いながらも、食べることをやめようとはしない。

 

「俺あかなめだし。垢食べないと、死ぬし。仕方ない」

 

 などと。あかなめである彼は、誰に聞かれるでもなくぼやくのであった。

 ……えっと、いい加減その「ハイハイ知ってました」って顔、やめない?

 

 

 

 =〇=

 

 

 

 あー、マズいマズい、と。文句をぶちぶち言いながらも這わせる舌の速度は緩まない。

 動き回り、こそげとって、飲み込んで。そんな動作を何度か繰り返し、別の浴室でも一通り行って。ようやく、牛乳を片手に一息つく。

 

「ったく、誰だよ『あかなめなら、銭湯の番台さんしたら食糧問題も解決して万々歳じゃん!』とか言い出したの。確かに解決するけど、味がまずいよ、味が」

 

 何をいっちょ前に語っているのでしょうか、この妖怪は。

 

「色んな種類の垢が楽しめるのはいいことだよ?うん、いいこと。人間たちのいう合い挽き肉みたいな感じなんだろうな」

 

 美味しいハンバーグが出来そうなたとえを銭湯の垢に対して使わないで欲しい。

 

「けど、石鹸はダメだ。ちょっとだけならまだしも、こうも全力で主張してくるんじゃたまったもんじゃない」

 

 いやだから、何をいっちょ前に語っているのだろうか。

 

「人間だって、1種類の調味料が妙に大量に入って主張してきたら嫌だろうに。なんだって分からないんだ」

 

 いや知らんが。石鹸は調味料と同じくくりなのか?

 

「はぁ……人間、体あらうのに塩とか使ってくれないかな」

 

 どこの世界に自分の身体に塩をすり込むバカがいるんだ。

 

「……口直しに、人間襲うか?」

 

 しれっと凶悪な響きのことを言い出した。けど口直しってことは、人間襲って捕まえて全身舐めまわすのではないだろうか。え、何その変態極まったみたいな絵面。こわ。ただの不審者じゃん。

 

「……いや、やめとこう。次は殺すって言われてるし」

 

 前科あったぞコイツ。がっつりあるぞコイツ。

 

「はぁ……仕方ない、酒でも買って帰るか」

 

 どうやら酒は飲めるらしい。

 ため息とともに立ち上がり、ふとスマホを見る。見ているのは、特になんて事のない、いわゆるSNS。

 ほぼ頭空っぽの状態で、何やら出てきている広告を無視して、

 

「……うん?」

 

 無視、せずに。

 改めてその広告を見て。居ても立ってもいられずに、どのページへ飛ぶ。

 一度流し読みし、改めて最初から読みなおし、最後には身を乗り出して確認するような勢いで。口元は、にやけが止まる気配もない。

 

「これだ、これだったら……!」

 

 深夜の誰もいない銭湯で一人盛り上がる外見40。

 あからさまな不審者ではあるものの、誰もいない銭湯では何か咎められるようなこともなく。

 買って飲もうとしていた酒のことなんて忘れ、彼は彼の立場をフルに利用して、見かけた「ソレ」を取り寄せた。

 

 

 

 =〇=

 

「うまーい!成功!!!」

 

 

 =〇=

 

 

 

 後日談と言うか、今回のオチ。

 彼が見つけ頼んだのは、とある石鹸だった。

 「豆乳を使った」とされるその石鹸。それによって洗われ溜まった垢は、ほのかにその味わいを含み、大変美味。料理店でクリームをすり込ませるのも納得できるほどの味わいだったという。いやそんなところでそっち側に共感してやるな。

 

 またその後、この結果に味を占めた彼がまた別の石鹸を多種取り寄せ、入れ替えて試しまくろうと唐辛子を用いた石鹸を出したあたりで。昔彼を番頭に仕立て上げた陰陽師に死なない程度にフルボッコを受け、土下座で謝ることになるのだが。

 

 それはまた、別のお話。

 



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第二十二回 小豆あらい

 小豆あらい、と言う妖怪がいる。

 有名どころだし、何と言うかキャッチーだしで知ってる人も多いと思う。と言うか、知ってるよね?皆今頭に思い浮かべてるよね?

 ほら、ザルみたいなのに小豆を乗せて、川で洗ってる妖怪。シャリシャリって小豆のこすれる音を響かせる、そういう妖怪。

 

 よし、これでもう全員の共通認識である小豆あらいが復活しているはずだ。今言ったことを知らない人なんて日本にいるはずがない。日本以外の人は申し訳ない。いい機会だから知って帰ってほしい。

 

 さて、そんな妖怪小豆あらい。ある意味では日本で一二を争うレベルで有名なんだけど、同時に一二を争うレベルで影の薄い妖怪。そんな存在のことを何故突然に語りだしたかと言えば、だ。

 

「つまり、はい。現代で手前どものような弱小妖怪がそれでもなお妖怪らしくあるためには、もうこういった手段しかないのではないかと考えた次第でございまして」

「だからと言って、寝てる人の耳元で小豆をあらうやつがあるか」

 

 休日前の優雅な睡眠時間を、足元に縛り上げた小豆あらいを名乗る何某かに妨害されたからに他ならないのだけど。

 さて、どうしてくれようか。

 

 

 

 =〇=

 

 

 

 事の次第はこうだ。

①金曜日の仕事終わり、コンビニでお酒を買って帰ってきた。

②冷蔵庫の中身をテキトーに並べながらお酒を呑み、ほろ酔い気味で楽しい気分になってきた。

③その幸せ気分なまま布団に入り、目覚ましを切って眠りについた。

④ふと深夜に、耳元でザラザラと音がした。

⑤目を覚ましそちらを見たら、なんか小僧がいた。

⑥殴ってふんじばった。

 

 さて、と。

 

「こういう時はどこに連絡すればいいんだろ。日本にもこういうトンチキ生物の研究してる秘密機関とかあるのかな……」

「待ってください引き渡す気ですか!?」

「や、上手いこと行けば買い取ってもらえないかなって」

「売られる!?」

 

 まぁ、うん。明らかに見た目が小さな鬼と言うか、そんな感じだし。私でも縛り上げられたということは、さして凶暴だったりする感じもない。安全そうなら利益を考えてもいいと思うのだ。

 ……まだお酒残ってるかな?

 

「ダメだ、頭働いてない……お茶のも……」

「あ、自分は小豆茶をお願いします」

「そんなもんはない」

「現代人の小豆離れですね」

 

 何だこの意味不明なことを言ってる小鬼は。昔はそんなに流通してたのか、小豆茶。聞いたこともない。

 グラスにお茶を注ぎ、一気に飲み干す。ほっと一息。いくらか意識がはっきりしてきた。

 その状態で改めて、それを見る。縛り上げられた小鬼。そのそばには、散乱した小豆とザルが一つ。うん、夢の中ってわけじゃないのなら、あまりにも異様な光景である。夢の中であってほしい。

 頬をつねる。うん、痛い。

 願いは通じなかった。

 

「それで?えっと、小豆あらいさん」

「はい、小豆あらいでございます」

「何やってたんだっけ、私の枕もとで」

「いやほら、自分、妖怪ですから」

「うん、知ってる」

「それも、小豆を洗うって妖怪なんですよ」

「うん、それも知ってる」

「その存在意義を、分かるようにやろうかと」

「うん、なるほど分からん」

 

 説明下手か、コイツ。

 

「では、逆にお尋ねしますが」

「え、まさかのこの状況で逆に質問を?」

「はい。お聞きします」

 

 なんか聞くそうなので、お任せすることにした。

 

 

「仮に、です。ふと街中を歩いていて、小豆を洗う音が聞こえてきたとします」

「はい」

「怖いですか?」

「いや別に。なんならイヤホンしてるから聞こえないと思う」

「そうなんですよ!」

 

 近所迷惑なので叫ばないで欲しい。

 

「小豆を洗う音を聞いたとして、誰も怖がらないどころか不思議がることもない!さらに言えば、聞こえてすらいないこともあるのです!」

 

 そりゃ、イヤホンしてたら聞こえないわな。

 

「そんなの、何のために小豆を洗っているのですか!」

「まって、音を聞かせるために小豆を洗ってるの?」

「そうですが?」

「何の意味があるの、それ」

 

 数秒間、沈黙が流れた。

 これ音を出す以上の意味ないな、さては。

 

「おっほん、話を戻します」

「おう、この状況でずぶとく戻せる根性に免じて許可してやるよ」

「しかし、妖怪小豆あらいとして生を受けた以上、そうも言ってられません」

「いや、諦めればいいと思うよ。別に小豆を洗う音を聞かせないと死ぬわけじゃないだろうし」

「いや死にますよ、妖怪ですから」

 

 妖怪厳しすぎない?

 

「さて、そんなこの現代社会。我々音を聞かせる妖怪にとっては最大の敵であるいやほんやへっどほんに対する対抗策として、数多の時間を使い考え、一つの結論にたどり着きました」

「一つの結論」

 

 どうしよう、この状況のせいで嫌な予感しかしない。

 

「そう、それは……人は寝るとき、イヤホンを外すのです!」

「最近は外さない人もいるらしいよ」

 

 「えっ」っていう顔をする小豆あらい。いやまぁ、うん。だっているんだもの。

 そして、それ以前に、だ。

 

「だからと言って寝てる人の枕もとで小豆あらって睡眠妨害していい理屈にはならなくないか?」

「だって他に確実に聞かせられる状況ってないんですもの。それに」

「それに?」

「今のところ起きたのはあなただけでしたので、まぁいいかなぁ、って」

 

 へぇへぇ、そんな物音で起きてしまう神経質さで申し訳ありませんでしたね。

 

「さて、そういう次第でございまして」

「あん?」

「事情の説明はしたのですから、これ、ほどいてくれませんか?」

「……うん?」

「いやほら、寝ていたところを邪魔したのは悪かったですけど、こちらとしてもそうしないと死んでしまうと言う事情があったわけでして。そんなこんなを加味すれば許していただけるのではないかと考える次第でございまして、ですのでほら、そんな首根っこひっつかんで運ぶのではなく縄を、あの、何で水をためてガボボボボボボボボ!?」

「いやまぁ、こうするためだけど」

 

 とりあえず、安眠を妨害された腹いせに顔面を水へ突っ込んでみた。小柄で軽かったので思いつきのまま行動したのだけど、うん。すっきりした。

 

「命を何だと思ってるのですか!?」

「や、人間でも動物でもない命を命とカウントする?」

「しますよ!……しますよね?」

 

 どうだろう。しない気がするんだけど、私は。

 

「それで?えっと、小豆を洗う音を聞かせないと死ぬんだっけ?小豆あらいって妖怪は」

「え、この状況で冷静な話に戻るんですか」

「何、もう一回行っとく?それとも今度は窓の外に放り投げる?」

「話に戻らさせていただきたいです」

 

 うん、物分かりがいいのはいいことだ。

 

「それって、聞いた側が不思議がったり怖がったりしないといけないの?」

「いえ、それは別にどうでもよいのですが」

「だったら」

「個人的な趣味として、そっちの方がいえなんでもありません」

 

 うんうん、素直でよろしい。

 

「じゃあほら、小豆を洗う音を録音して販売するとか」

「どこに需要があるんですか、それ」

「それはそう。マジで無価値」

 

 どこの世界に需要があるのだろうか。や、上手くやればリラックス効果とかあるのかな?波の音とかでそう言う話聞くし、ワンちゃんあるような気もする。

 

「まぁ、やるだけやってみたら?」

「いやですから、買う人いますかね?」

「そこが怖いならほら、無料公開で」

「はぁ」

「24時間くらいのを」

「収録中に死にますね、それ」

 

 思った以上に人間みたいな耐久度してるな、妖怪小豆あらい。

 

「あっ、でもあれか。そもそもパソコンとかがないのか」

「あ、いえいえ、それくらいはありますよ」

「あんの?」

 

 妖怪が?それも小豆あらいが?

 

「はい。普段は人間に化けて暮らしてますから。すまほもほら、こんな感じで」

「マジかよ小鬼がスマホ持ってるよ」

 

 時代だなぁ、というか。そこまで来てるなら小豆をあらう音なんて昔だから成り立った妖怪から進化してくれよ、と言うか。

 

「ではまぁ、そこから始めてみますか」

「え、マジでやるの」

「へぇ、まぁ。個人的にはこれまで通り寝てる人の耳元で洗っててもいいのですが」

 

 よかないけど、私以外のところに行くのなら、まぁ。

 

「次捕まったら今度こそ命なさそうですし」

「そんな普通に命無くすのか、妖怪」

「何言ってるんですか、小豆あらいですよ?簡単です」

 

 何故誇らしげなのだろう。

 

「だったらまぁ、やるだけやってみようかなぁ、と」

「なるほどね」

「ダメだったら枕元小豆あらいです」

 

 次来たら殺してやろうか、とすら思った。なんだその新しい単語は。もはや別種の妖怪じゃないのか、それ。

 

「と言うわけで……コレ、ほどいてくれません?」

「あー……まぁ、うん。いいか」

 

 何というか、うん。もう疲れたし。

 ここまでされてまた私の枕もとに立つことはないだろうから、いいとしてやろう。縄をほどき、開放してやった。

 

 

 

 =〇=

 

 

 

 後日談と言うか、今回のオチと言うか、何と言うか。

 某動画投稿サイトで、長時間延々と小豆を洗ってるだけの動画が、謎のバズりを見せた。

 

 

 

 =〇=

 

 

 

 さらに後日談と言うか、何というか。

 

「考えてみたら、録音したものを聞かせてるだけでリアルタイムに洗ってる様子じゃないから駄目だったらしく、暫く気付かなくて死にかけてました」

「マジでめんどくさいな、小豆あらい」

 

 クッソ弱った小豆あらいが玄関から訪ねてきた。

 ……え、まさか見捨てられないの、これ?



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第二十三回 後追い小僧 天降女子

・後追い小僧
 4~10歳の子供の姿。
 ボロボロのむしろを着てる。
 山中を人間が歩いていると、無言でその後をついてくる。
 振り向くと、隠れる。姿を消す。
 たまに道案内してくれる。
 人間に危害を加えることはない。

・天降女子(あもろうなぐ)
 鹿児島県奄美大島の天女伝説。
 男性を求めて天から地上に降りて来る説も。
 白い風呂敷を背負って現れ、絶対小雨が降る。
 地上で男性を見つけると、にやにやとわらって妖艶に誘惑する。
 男性負ける⇒命を奪われる。
 天女の持つ柄杓から水を飲む⇒命を奪われる。
 睨みつけると根負けして命を奪われずに済む。


 空から天女が降ってきた。

 いきなりこう書くと、自分でも何を言っているか分からなくなる。けれど、事実なのだから仕方ない。

 雲一つない快晴だった。それが突如として少し曇り、小雨になって。その中心を、天女が降ってきた。

 

 太陽の光が差し込んでいたならば綺麗に輝いていただろう羽衣。曇り空と雨によってその輝きは失われていたが、対照的に怪しさを増している。雨に濡れ頬に貼り付く髪、重く垂れ下がった羽衣に、雨が目に入らないようにと細められた眼。

 獲物を探す獣のような、危ない怪しさを感じた。

 

 地上へ降り立つ。羽衣はその端を浮かせて、地上の汚れを拒絶した、なんて。自分の住む山に対してそんな表現をするのは、卑屈が過ぎるだろうか?

 

 にしても、何で天女がわざわざこんなところに。この辺りに、伝説が生まれるような余地はないはず。ここに来る目的が、まるで見えない……

 

「あーっ、いい男いないかなぁ」

 

 獲物を探す獣そのまんまだとは思わないじゃないか。

 

 

 

 =〇=

 

 

 

 視線の先に天女が降臨したと思ったらエモノを探すケモノだった件について。

 

 こう書くと、何を言っているのかまるで分らなくなる。しかし今の時点で考えられる正解はこれなので、そうと受け入れるしかないのだろう。

 視界の先で降臨した天女は、男漁りのためにこの地に降り立ったのだ。いやなんてひどい話なのだろう。

 

「最近いい男に会えてないし、そろそろ魂持って帰りたいんだけどなぁ」

 

 ワルキューレか何かかな?あれおかしいな、ココは日本だったはずなんだけど。いつの間にか北欧の土地になってた?

 あるいはあれかな。神話の世界にも留学制度とかあるのかな。日本に異文化交流に来たワルキューレさんだったりします?

 

「っと、それは一先ず置いといて」

 

 あ、置いとけるくらいには理性のある人だった。

 

「えーっと、今回のお仕事はっと」

 

 なるほど、どうやらちゃんとお仕事で地上に降りてきた人らしい。聞いてちょっと安心した。うんうん、天女様が男漁りのためだけに地上に来るなんてことはあっちゃいけないよね。

 

 と、そうなってくると不安感が無くなった分好奇心がわいてくる。一体どんなお仕事なのだろうか、と。それが分かるまで、もうちょっとだけ覗き見していよう、と。軽い気持ちでその場に残り続け

 

「はっ、ショタの気配!」

 

 判断は脊髄で。「ショ」の辺りで嫌な予感しかし無くなり、パッと姿を消した。

 

「絶対いた!今絶対いた!ショタいた!いたもん!!」

 

 もんて。仮にも天女が「もん」て。

 等と思っていると、迷いなくさっきまで僕がいたところに一直線でやってきた。何それ怖い。

 

「クンクン……」

 

 匂い嗅いでるんですけど。

 

「この足跡は……」

 

 足跡に頬ずりしそうな距離で見てるんですけど。

 

「この味は……」

 

 さっきまで触れていた木の触れていた部分をなめてるんですけど。

 

「間違いない。ついさっきまで、ここにショタがいた!」

 

 間違いない。この天女はただの変態だ。

 

 

 

 =〇=

 

 

 

「チクショウ……!なんで、どうしてショタに会えないの……!こんなに何日も通ってるのに……!」

 

 どうしよう、ショタコンの変態天女さんがあれ以来毎日のように降臨しては僕を探して山探しをしてくる。

 

「どうして……どうして私はボロボロの服を着た幸薄そうなショタと出会えないの!?絶対この山にいるはずなのに!」

 

 なんで見てもいない僕の服装を出してくるんだ。しかも合ってるし。

 

「絶対、絶対にこの辺りにいるはずなのに!」

 

 いますよ、うん。確かにいます、はい。居るからこそ問題なんですけど。え、特殊なセンサーとか積んでますか?

 

「どうして、ねぇどうして!?」

 

 雨の中そうやって叫んでいる不審人物に近づきたくないからです。

 

「もしかして、警戒してるの!?」

 

 そりゃしてますが。

 

「だったら安心して!私、怪しい人じゃないから!」

 

 確かにそうですね、怪しい天女ですもの。

 

「だって私、天女よ!?身分の証明としてこれほど強い物もないと思うの!」

 

 確かに、天の使い的ポジションである天女の身分の確からしさは強い気もする。たぶん気のせいだけど。

 

「だからほら、警戒しないで出てきて!」

 

 いやそれは繋がらないでしょうに。

 

「そしてその足にすりすりさせて!」

 

 ねぇ神様、その天女駄目だと思うんです。日本って堕天的なシステムないんですか?

 

 

 

 =〇=

 

 

 

「…………ダメだ、出てきてくれない」

 

 何日も来て、親しみやすいお姉さんであることは伝えられているはずなのに。この山に確実にいるショタくんは姿を見せてくれない。

 もしかしていないのではないかと何度も考えた。全て私の勘違いで、井もしないショタの幻想を見ているのではないか、と。

 けれど、それだけは絶対にない。だってこの地に初めて降りてきたあの日。間違いなくショタの香りはしていたし、木からはショタの味がした。

 

 いる。この山には、絶対に、間違いなく。上司が「間違っている、オマエの頭が」と言ってる気配がするけど、まぁ気のせいだろう。

 

「ホント、どこにいるんだろうなぁ」

 

 考えろ。いるのは間違いない。マイ柄杓を使って川の水を飲みつつ、作戦を考える。

 時間が無限にあるなら、山一帯をしらみつぶしにするのだけど。仕事と言う名目で来ている以上、期日が存在する。

 

 いい男探しは仕方ない、今回は諦めよう。その分の時間で、ショタを探し出す。

 

「地上に留まってしまった人間の魂を連れかえれ」という仕事で来た以上、自由時間には「悪性のモノになるまでに回収する」という条件がついてくるのだから。

 

 

 

 =〇=

 

 

 

 「後追い小僧」という妖怪がいる。

 それは、善良で、安全な妖怪だ。4~10歳くらいの子供の見た目をしていて、山中を歩く人の後ろを無言でついてくる。人間に危害を加えることは、決してない。

 

 さて、そんな彼らの正体。それは、「山」という生と死の境にある場を彷徨う、子供の霊だという。子供の霊が、人間に懐いているのだ、と。だからただついてくるだけの妖怪となるのだ、と。

 

 山道をただついてくるだけなら、いいじゃないか、って?あぁ、勿論構わないとも。少し不気味かも知れないが、それくらいは、許容していただきたいところである。

 

 あぁ、そうだ。ところで君は、送り狼、という妖怪を知っているかな?送り犬、でもいいのだけど。

 

 夜道を歩く人の後ろをついてくる……っていう、妖怪なんだけどね。似ているだろう?

 

 こちらから話すのは、ココまで。似ていないのはどんなところなのか、は君自身が調べてみてくれ。

 

 それでは、これにて。さようなら。

 

 夜道を歩くときは、足元に気を付けて、ね?

 



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第二十四回 一反木綿

 一反木綿、と言う妖怪がいる。

 どんな妖怪か、は説明するまでも無いのではないか。とある事情により、もはやだれもが知っている妖怪と言っても過言ではないと思う。

 とはいえ、それを理由に説明をサボるのは信条に反する。よって、手短に。

 

 それは、反物の妖怪である。

 反物が妖怪になったのか、はたまた反物の妖怪として生まれているのか。その因果関係は分からないが、まぁ行きつく先は「反物の妖怪」であるため、問わないものとする。

 それがひらひらと宙を舞っている様子を思い描いた方は、ちょっと不思議枠くらいに思っただろうか。であるのならば水を差して申し訳ないのだが、こいつは分かりやすく攻撃的な妖怪である。

 なにせ、顔や首に巻き付いて窒息死を狙ってくる妖怪なのだから。普通に殺意が高すぎる。

 

 その結果顔にまとわりついて窒息を狙ってくる妖怪はひとまとめに同類と分類されたりするくらいには、しっかり物騒なことを狙ってくる妖怪なのだ。

 

 とまぁ、こんなところで理解して貰えただろうか。改めて説明してみると、物騒な妖怪であるという情報は伝えるべき内容だった。やはり、説明はサボってはいけないな。

 

 と、そうではなく。説明を終えて、本題に入ろう。述べた通り「反物の妖怪」であるところの一反木綿。いいか、「反物の妖怪」だ。それが、一反木綿だ。

 

「で、今俺の目の前にいる喋る抱き枕カバーさん、お名前は?」

「はい、名前は特にありません!」

「ほうほう、では何者ですか?」

「もう名乗るのも二度目ですが、わたくし、妖怪一反木綿でございます!」

 

 一反木綿は反物の妖怪だっつってんだろ。ふざけんな。

 

 

 

 =〇=

 

 

 

 事の始まりはこうだった。

 夜の気温が心地よかったので、ちょっとベランダに出て缶ビールを呑んでいたら、何やら顔に布が巻きついてきた。

 そのまま締め付けようとしてきたが、ちょうどビールを呑もうとした瞬間だったため、中身をそれにぶちまけた。

「つめたっ!?」とか言って、顔に巻きついてきていた布がはがれ落ちた。

 それは、抱き枕カバーだった。

 なんでか、会話が成り立った。

 聞けば、一反木綿を名乗った。

 

 以上である。

 うん、分からん。

 

「それで、えっと」

「はい」

「何だったっけ、そう、あれだ。なんで顔に巻き付いてきた?」

 

 いやそうじゃないだろ。今聞くべきことはもっとあるだろ。

 そう思ったのだが、意味不明が過ぎてそんなことは考えていられなかった。

 

「いやだってほら、私って一反木綿ですから」

「いやうん、違うと思うんだけどな」

「なんでですか」

「反物じゃないし、オマエ」

「そんなのは些細な事ですよ」

 

 反物と抱き枕カバーの共通点を教えてくれ。布ってジャンルである事しか思いつかないんだ。何なら片や材料で、片や完成品だし。

 

「そうなってくるとですね、一反木綿的には誰かを窒息させないとなわけで」

「おう、まぁそういう妖怪なのは知ってるけど、一反木綿」

「ご存じでしたか。では話が早いです」

「ほうほう」

「つまりはそういうことです」

 

 なんも分からん。

 

「ですので、窒息させられて下さい」

「いやですが」

「いいじゃないですか、私に絞められといた方が他の一反木綿に絞められるよりお得ですよ」

「他にもいるってところと、他のヤツラも絞めようとしてくるってことと、いや絞められるのにお得ってななだよってところと、どこから突っ込めばいい?」

「出来ることなら、お得ってところを。セールスポイントなので」

「じゃあ、他の一反木綿のことを」

「セールスポイントはですね!」

 

 わざわざ聞かせときながら無視しやがった。なんて奴だ、この布は。

 

「人生最後に見るのが、超至近距離の美少女の顔になるんです!」

「帰ってください」

 

 確かに反物にはない利点なのかもしれないが、その場合死因が「美少女のプリントされた抱き枕のカバーが顔に巻き付いて窒息」になるのである。

 いや流石にないだろう、それは。

 

「おや、何やら不安そうなお顔」

「不安と言うか、不満なんだけどな」

「不満ですか」

「あと、不思議」

「そこはまぁ、妖怪なんて不思議存在が目の前にいるんですもの。当たり前じゃないですか!」

「いや、反物でもないヤツが一反木綿名乗ってることが不思議」

「現代社会反物少なすぎるんですよ」

 

 またひっどい理由が飛び出してきたな。

 

「で、『この際飛んでる長めの布ならなんでもいんじゃね』ということで、そう言った布を参考に生まれ」

「今の話で少なくとも一人、干してた抱き枕カバーが飛んでいってた事が確定したな。」

 

 

 どうせ行くならその哀れな人にいってくれないだろうか、と思いつつ。

 一反木綿を名乗る抱き枕カバーをどう処分するか、考えるのであった。



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第二十五回 以津真天

『以津真天』
 「いつまで」と鳴く鳥の妖怪。
 「タヒをいつまでほおっておくのか」
と言う意味でそう鳴く妖怪。
 人間の顔。
 曲がったくちばし。
 ノコギリのような歯。
 体は蛇のよう。
 両足の爪は鋭く。
 4.8メートルの巨大さな。
 怪鳥。



 以津真天、と言う妖怪がいる。

 読みが分からない諸兄の為に読みを加えるならば、いつまでん、である。こうして見ると、結構そのままな読みだな。

 

 以津真天(いつまでん)。まるで何かを急かしているかのようなその名前があらわす性質は、実はマジでそのままで。「いつまで」、と人を急かす役割を果たす妖怪である。

 

 例えば、都で死が蔓延した時。「その死をいつまで放っておくのか」と権力者に注意を促すように鳴き。

 人の亡骸が放っておかれると、やはり「いつまでそのままなのか」と促すように鳴く。そういう妖怪。

 こう書いてみると、結構いい妖怪である。ちゃんと対処しろ、ちゃんと弔え、面倒がって放置するな、と注意してくれる妖怪なのだから。このご時世にマスコット化されてもいいくらいではなかろうか。

 さてそれでは、そんな以津真天という鳥の妖怪の見た目を紹介しよう。

 

 人のような顔を持ち。

 ねじくり曲がった嘴を開けば、鋸と見間違う歯が並び。

 体は蛇を思わせるように、細長くうごめきまわり。

 獲物を捕らえる爪は、鋭くとがっている。

 5メートルに届こうかと言う巨体を誇る。

 怪鳥の、妖怪である。

 

 うん、ごめん。マスコット化は無理だ。諦めてほしい。そんな見た目のマスコットがいたら、子供泣く。それはもうギャン泣きする。間違いない。俺が保証する。

 

 そもそもなんだよ、人間の顔に曲がった嘴って。しかもその中には鋸と見間違う歯が並んでるって。鳥なら歯じゃなくて砂肝で何とかしてくれ。いや違うそうじゃない。

 

 なんにせよ、だ。

 そんな大の大人ですら遭遇したら恐怖を覚えること間違いなしなのが、この以津真天と言う妖怪なのである。

 

 こう書くと、ちょっと心は優しいのにその風貌のせいで人間に嫌われてる感が出るな。

 

 と、話を戻そう。

 さて、この以津真天と言う妖怪。なんで急に俺がこんな妖怪について記そうと考えたかと言うと、だ。

 

「ほら、また手が止まってますよ。全く、いつまで完成にかける気なんですか」

「いや、やってるんです!やってますから!ただちょっと言い回しに悩んだだけで!」

「それを何度繰り返してここまで伸ばして伸ばしてになってきたんですか。いつまでそれを繰り返す気なんですか」

「伸ばしません!これ以上繰り返しませんから!だからお願いだから、とぐろを巻かないで嘴付きの顔近づけないで歯が見えるくらい開かないで!」

 

 なんでか唐突に俺の隣に現れ、創作物の完成を急かしてくる謎の生命体が現れたから、と言うわけなんだけれども。

 いや、なんでこんなことを急かしてくるの?

 

 

 

 =〇=

 

 

 

「んー……」

 

 画面に視線を向けながら、思いついたセリフを連ねる。

 

「あー……」

 

 上に戻って流れを見て。違和感を感じてバックスペースを長押し。

 

「ん-?」

 

 目をつむって天を仰ぎながら、指先だけ動かしてみる。

 

「ねぇな~」

 

 出来上がった文面を見て、これはないなと消していく。

 

「はぁ……じゃあ、っと」

 

 最近読んだ小説の影響丸出しだが、端的な言葉だけを並べてみて。

 

「いや、難しいな……」

 

 単語の集合体、の域をでなかった為、やはり考え直す。

 

 あー、こりゃ今日も進捗0かなぁ。

 

『……で』

「うん?」

 

 と。諦めてしまおうとしたら、何か聞こえてきた。とはいえ聞き覚えのある声ではない。きっと空耳だろう、と結論付けつつ。こういう聞き間違いや勘違いの類は行けるのではないか、とやはりまた指を動かして。

 

「どう勘違いさせたらいいのやら」

 

 結局そこの結論が出なくて、やっぱりまた消す。

 

『……つまで』

「あぁん?」

 

 また何か聞こえていた気がした。

 今日はやたらと空耳が多いな、疲れてるんだな、と。

 おおよそそんなところが分かったので、作業を終了する。

 大した進捗はないが保存して、そのままパソコンの電源も落としに、

 

『…いつまで』

「やたらはっきり聞こえる幻聴だな」

 

 何やらようやく単語になったけど、これはどの程度疲れてることになるのだろうか。疲れてる時の方が支離滅裂なことが聞こえてくるもの。

 

『いつまでその創作物を放っておくつもりですか!』

「幻聴じゃねぇなぁ、これ!」

 

 前言撤回である。

 こんな俺の状況をそのまんま表した幻聴があってたまるか。

 

「誰だ!こんな意味不明な事して人を挑発しやがって!どこに隠れてんだ姿を見せろコノヤロー!」

『おや、いいのですか?』

「会話成り立つんかい!」

 

 

 いやまて、今大事なのはそこじゃない。大事だけど重要ではない。

 

「会話が成り立つならなおさらだ!姿見せやがれ、何をコソコソ隠れて」

「あ、いいんですね」

「うわっほい!」

 

 唐突に真横に現れた。

 人の頭、嘴、蛇の身体、でかい翼を兼ね備えた謎のキメラ的生物が。

 え、何コイツ。

 

「え、っと」

「あ、どうも初めまして。わたくし、妖怪の以津真天と申します。」

「あ、はぁ」

 

 口開くと鋸みたいな歯がわんさか出てくる。え、何コイツ怖い。新種の猛禽類か何か?人語を介する猛禽類ってなんだよ。

 

「それで、えっと……以津真天さん、でしたっけ。」

「はい、以津真天でございます」

「オーケー」

 

 開いた口元危険な香りしかしないけど。え、何あの歯軍団。鋸みたい、こっわ。

 

「それであなたは、えっと、何を?」

 

 妖怪に問い詰められる心当たりがないので、逆に聞いてみることにした。

 

「あぁ、それはですね」

「ハイ」

「創作物をあーでもないこーでもないってずっと悩んでたから、急かしに来てみました」

 

 いや、むっちゃはた迷惑なのですが。確かにずっと進んでないですけど、それはそれとしてはた迷惑なのですが。

 

「何せほら、私以津真天ですから」

 

 以津真天。いつまでん。

 寒いギャグみたいなこと言いだしたなぁ、なんて思いながら横を見る。鋸のような歯が広がっている。いやうん、怖い。

 

「どうかされましたか?」

「いえ、何かあるってわけじゃないんですが」

 

 ジロジロと見ていたら反応されてしまった。だって、気になるじゃん。怖いもの見たさと言うか、何というか。あの歯どうなってるんだろ、って。

 

「その、ですね」

「はい」

「来た目的は聞いたのですが、いつまでいるのか、とかは聞いてなかったな、と」

「あぁ、そんなことですか」

「そんなことって」

「いえいえ、単純なことを気になさってるんだな、と思いまして」

 

 そんな単純な事なのか。

 もしかして、以津真天って妖怪においては有名な話なのか?だとしたら俺の勉強不足かもしれない。

 

「勿論、完成するまで、ですよ」

 

 完成するまで、この顔が隣にあり続ける。

 想像しただけでぶっ倒れそうになった。

 

 なお、これは後日談なのだが。

 

 恐怖心と戦いながら無事完成まで持っていき。「これで以津真天が出ていく!」と内心大喜びしているところに「また手が止まったら会いに来ますね!」と言われ、恐怖で固まることになるのだけれど。

 

 それは、もうちょっと先のお話である。



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第二十六回 犬神・猫又・保健所

 人を呪わば、穴二つ。

 呪詛返し、罰が当たる―――

 古来より人間は、悪しき事をすれば、災いが返ってくると考えた。

 なぜかって?さぁ、何でだろうね?そういうことにした方が都合が良かったのか、はたまた悪い事をしないようにという教育としてか。

 考えただけ答えが出てくるし、考えたところで結論は出ない。そういう類のお話。

 だから、私はこう考える。「呪いなんてものに頼っても、いい結果はえられない」という、ただそれだけの事実なのだと。

 そんな当たり前を示すためだけに、この言葉は存在しているのだ、と。

 

   わぉーん。

 

 おや。遠吠えが聞こえてきた。

 

 

 

 =〇=

 

 

 

 深夜、とある人気のない神社の境内。

 ただこう書くだけでもうっすら不気味なその空間に、一人の少女がいた。

 家族が寝静まった中抜け出してきたのだろうか。外を歩くには不自然な格好で、さらに不自然なことに大ぶりなスコップを片手に持つ彼女。

 

 一心不乱に土を掘る。掘って、掘って、掘り返して。

 お風呂で清めただろう手足が、せっかく着替えたであろう寝間着が土に汚れていくことなど見向きもせず、ただ一心不乱に。目だけはギラギラと輝かせ、手のひらから血を滲ませながら。

 

 ただただ一心不乱に、土を掘る。

 

 

 

 =〇=

 

 

 

 執念というモノは、何とも怖ろしいモノである。

 きっかけは、ほんの些細な事なのだ。なんてことはない、数日を過ごせれば忘れてしまうような、その程度のこと。

 にもかかわらず、その程度のことを大きく燃え上がらせてしまう。

 挙句の果てに。倫理観と言う枷を、外してしまうのだ。 

 

 

 

 =〇=

 

 

 

「よし、これくらいで……」

 

 その細腕でどうやって、と思わずにはいられない。少女は暗闇の中、それほどの穴をあけた。

 夜の神社の境内に、スコップを使い、一人で。一体何が、そこまで突き動かしたのか。

 そして何より。何のために、この穴をあけたのか。

 

「確か、次は……」

 

 こちらが気にしているのに気付いたのだろうか。何のために、の部分を見せてくれそうな言動。

 立ち上がり、傍らの荷物を持ち上げる。何ヶ所か紐でぐるりと縛られた、布の塊。

 

 何かが中に入っているのだろう。そんな風に見えるそれを穴の中に立て、根元を土で固める。

 自立するようになったら、急いで周りを埋めていく。

 先ほど掘り返した土の山を崩し、なだれ込んだそれを叩いて固め。そうやって、自分であけた穴をどんどん埋めていく。寝巻が汚れる事など思考から完全に消えたのか、足で蹴り落としてすらいる。

 

 埋蔵金の真似事か、はたまたたいむかぷせるなるものか。子供ながらにそんなことでも考えたのだろうか、と見守るも、どうにも違和感が。

 少し観察して、違和感の正体にはすぐ気が付いた。先ほど埋めていた、布の塊。その端っこから1番目の結び目までが、土の上に出ているのだ。

 

 何かを埋めに来たわけではない。それは間違いなくなった。

 にもかかわらず、彼女は土をしっかり固めている。小さな矛盾。今度は首を傾げる間もなく、解消された。

 

 一番端の紐を解く。続けて、外に出ている結び目も。布が開き、中身が月光に照らされる。

 

 それは、子犬だった。生きてはいるが、ろくに身じろぎもしない程に弱った子犬。

 

 ろくでもない事の気配がする。

 少女が犬の視線の先に食べ物を置いたことで、それは確証へと変わった。

 

 

 

 =〇=

 

 

 

「せんぱーい、お疲れ様でーす」

「ん?あー、お疲れ」

 

 職場に背を向け歩く人影へ、駆け寄りながら声をかける。

 追いつくまで待ってやりながら、今度は声をかける側に。

 

「にしても、元気だなオマエは」

「え、そう見えます?元気に見えます、自分?」

「おう、見える見える。是非とも分けて欲しいくらいだ」

「よっし、だったら上手くやれてますね」

 

 これまた軽い口調で答える後輩の言葉に、先輩は眉をひそめた。

 

「なんだ。空元気か、それ」

「はい、まぁ。思ったより人の心あったんだなー、自分って感じです」

「だったらわざわざ隠すなよ、紛らわしい」

「いやいや、流石に家族に心配かける―――のはいいんですが」

「いいのか」

「はい、家族ですから」

 

 ちょっとうらやましいな、等と考えながら。

 

「それはそれとして、今日の仕事内容を家族にはなすのは、気が引けて」

「あー、なるほどなるほど。そりゃそうだな」

 

 交通事故現場の野良猫の処理をして、心が沈んでいる。

 そんな話、とても家族にはできない。

 

「あーあ、なんだかなぁ」

「何でこんなことになったのか?」

「や、それはなくて。冷徹かもっすけど、猫に限らず車と動物と、なんてのは日本中であることですし」

 

 そこに落ち込んでいたわけではないのか。

 

「ただ、こう。ちゃんとした埋葬っていうか、そういうのが出来ないのが、なんだかなぁ、って」

 

 ちゃんとした、ってのもよく分かんねぇっすけどね。

 なんて続けながら、足を進める。

 

「そんな感じで色々もやもやして、こんな感じになってるんです」

「……オマエ」

「はい?」

「そんなしっかりしたところ、あったんだな」

「今遠回しに命にすら無関心なちゃらんぽらんって言いました?」

「言った」

「せめて誤魔化してくださいよ」

 

 演技なのか、本心なのか。落ち込んだ様子を見せる後輩。

 まぁ、これも先輩の役割だろう。

 

「酒でも飲んでくか?」

「おっ、なんです?奢ってくれるんですか?」

「今回だけな。明日、また直面する事になるんだし。今のうちに楽になっとけ」

 

 言いながら、さて店をどうするかと考える。財布の中身は、心もとない程ではないが、潤沢ではない。

 先輩の威厳を潰さないためにも、仕事で使ったことない程に頭を回す。

 

 

 

 =〇=

 

 

 

 紐を解き、餌を置く。

 狙いを考えるとギリギリ届かないところがいいんだろうけど、その塩梅が分からなくて、とりあえず遠めに置く。犬は鼻がいいから、これでもたぶん気付くだろう。気付いてくれなかったら、少しずつ近づければいい。

 

「よかった……」

 

 気付いてくれた。首を伸ばし、舌を伸ばし。生にしがみ付くため、なんとしてもそれにしがみ付こうとする。首が、伸びている。

 

「よし……やるんだ」

 

 立ち上がる。

 穴を掘るのに使ったスコップ。柄を両手で持って、大きく振り上げて。首を伸ばす犬の横に立つ。

 振り下ろせ。振り下ろせ。振り下ろせ。振り下ろせ!何度も何度も自分の身体に命令して。命令された体は、ガタガタ震えるだけで振り下ろさない。

 

「どうして」

 

 つい、言葉が口をつく。

 どうして。何でこんなことをしてるの?

 違う、そうじゃない。そんなことじゃない。

 どうして。何でここまで来て、最後の一手をためらうの?

 うん、そうだ。こっちが正しい。

 

 だって、こうするしかないんだ。

 だって、これしか思いつかないんだ。

 だって、だって、それに、だって……

 

 どうせ、この犬は。放っておいたら、あのまま死んでたんだ。

 だったら。だったら、何も変わらないじゃん。わたしの都合で使ってもいいじゃん。

 

 そうだ、どうせそうなっていた。今にしたって、ココまで弱っているのだから、この後どうしたところで変わらない。ほんの少し、早まるだけだ。

 

 だから、うん。

 私は、悪くない。

 

 自分の中で、そう結論づいて。

 そのまま自然と、振り下ろし、そして。

 

「……え?」

 

 

 

 =〇=

 

 

 

 犬神。動物霊を呪詛へ作り変える、あってはならない儀式。

 本来ならば、どう足掻いたところで成功などしないだろう。素人がどれだけ正確に手順を追ったところで、犬の命を奪って終わるだけの儀式にしかならない。

 

 だが。だが、だ。ココはマズい。今はマズい。何せ、今ここには本物の神がいる。

 神がいる場で、神の目の前で儀式を行う。それも、「神」の名を持つ呪詛の儀式を。

 その後押しをもって、儀式が完成してしまう!

 

 等と、止める手段もない中見守る、その先で。

 

「……は?」

 

 

 

 =〇=

 

 

 

 ドサリ、と。物が落ちる音がする。

 ゴロリ、と。先ほどよりは軽い物が落ちる音がする。

 

 人気のない境内へ、二つの音が響きわたる。

 

 少女の倒れる音と、その首に喰らい付いた犬の首が落ちる音が。

 

 誰一人いない境内中に、虚しく、響き渡った。

 

 

 

 =〇=

 

 

 

「あ~あ、まったく。命を狙われるなんて、たまったもんじゃないにゃぁ」

 

 真昼間の田んぼ道。真っ白なワンピースを着た少女が、歩きながら独り言。

 

「まぁ~?猫には魂が9つあるから、これくらいピンチでも何でもにゃいんだけどにゃ~」

 

 我ながら天才だにゃ~。などと。先ほど通りすがった、黄色いテープで封鎖された神社を思い出す。

 

「さ~って、と。程よく暇にゃし、またあのエロガキのところにでも遊びに行くかにゃ~」

 

 安全も、確保されたし?



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第二十七回 から傘おばけ

 から傘おばけ、と言う妖怪がいる。とか言って書き出したが、まぁ誰でも知ってる妖怪だろう。 一つ目の傘に人間の足がついてる、みたいな。大体そんな感じの妖怪。腕が生えていたり口があったりってアレンジはそれぞれの物によってあるけれど、それくらいはまぁ置いといて。

 

 大体そんな感じのイメージで固定されているであろう妖怪が、から傘おばけである。

 名前から思い出せなかった人も、これで思い出せただろうか?そう、そいつだ。大体において重そうな和傘がソレになっている絵を見る、ソイツである。

 

 ……こう言ってて思ったのだけど、もしかして現代ならもっと違う傘のバージョンもいるのだろうか。

 

 例えば、ほら。所謂紳士用の傘に一つ目と人間の足が生えたから傘おばけとか。

 女性用の日傘に一つ目と人間の足がドッキングされたから傘おばけとか。

 コンビニのビニール傘に一つ目と一本足が備え付けられたようなから傘おばけとか。

 

 傘の種類が多種多様になるにつれてから傘おばけの見た目にも彩りが生まれていたりするのだろうか。

 

 ……現実逃避終了。

 たぶん、うまれてるんだろうなぁ。

 

「ほら、何を迷っているのかね。外はこんなにも雨が降っていて、予報ではここからすぐに収まる様子はない。加えて、傘自身が使って問題ないといっているのですから」

 

 等と。現実から目をそらしてもなお声をかけてくるその紳士向けの傘がいる以上、きっといろんな種類のから傘おばけがいるのだろう。現代には。

 

「聞いているのかね、青年?」

「あ、はい。聞いてます。聞いてますので。はい、大丈夫です」

 

 しっかり返答をしてきたその傘に返事をして。さてどうしたものかと考えるも、土砂降りの雨という現実は変わらない。

 考えれば考えるだけ疲れそうだし、ここで無視して恨まれても損だ、なんていう思考で、その傘を……傘から伸びるスーツの足を手に取る。

 

「青年よ」

「はい?」

「男同士とはいえ……むしろ男同士であるからこそ、他人の足に無言で触るのは、問題があるとは思わないかね?」

「どう使えってんだよテメェ」

 

 さっそく手に取ったことを後悔してる。なんだこの傘、ふざけてるのか。

 

 

 

 =〇=

 

 

 

「うっわ、雨じゃん……」

 

 レポートのための調べ物を終えて図書館を出ようとすると、入った時とは結び付かないほどの土砂降りだった。

 いや、うん。マジか。そんな予報無かったから傘持ってきてないんだけど、今日。

 

「いや、でも、うん。こういう雨って、大体ちょっと待てば収まるし」

 

 絶望しかけたけど、冷静になれば、うん。急に振り出した雨ってのは、少し待てば収まるというのが定番だ。なんなら焦ってそれに気付かずびしょ濡れになって公開するまでが定番説もあるのだけど、どうやら俺はちょっと冷静になれる頭のいいタイ

プだったらしい。

 

「よし、もうしばらく待つか」

 

 レポートのための調べ物で帰る予定だったけど、ついでにレポートを済ませていけばいい。

 何なら、帰ったらだらけるだろう事が目に見えているのだから、雨に助けられたといっても過言ではない。

 

 おや、そう考えると雨もいい物なのでは?なんて。そう考えて、図書館内の空いてる席へ向かう。

 向かい……

 

「あー、うん。つまるところ、俺は冷静な判断なんて出来ないマヌケだったってわけだ」

 

 先ほど帰ろうとしたタイミングより勢いのある雨を目にして、ついボヤく。

 いや、うん。いやな予感はしてたんだ。なんかレポートやってる最中、段々外の音が酷くなってったし。気のせいだと思おうとしてイヤホンを付けたのが、俺の敗因だったんだと思う。

 

 さてと、うん。改めて。

 どうすっかなぁ、これ……

 

「おやおや、青年。困っているのかね?」

「はい?」

 

 なんか声をかけられた。

 ってか、青年て。なんだその呼び方。ふざけてんのか、オイ。

 

 等と思いつつ、大学内なので下手なことは口走れない。声の主を見てから判断しようと周りを見回して。

 

「……あん?」

 

 誰もいない。

 いよいよもって雨で頭がおかしくなったんだろうか。

 

「おーい、青年。こっちだ、こっち」

「……どっち?」

「こっち。ほら、もう少し右下」

「右下、右下……は?」

 

 言われるがまま視点を下げていくと。なにやら、変な物体が傘立てにたてられていた。

 いや、変な物体と言うか。人間の足がたてられてた。

 

 なんですか、刑事事件か何かですか。バラバラ殺人でも起こりましたか、ここ。

 

「お、やっと気付いたかね」

「気付かなかったことにしていいですか?」

 

 おっといけない、つい本音が。

 

「そんなことを言っていいのかね?この雨の中、どう帰ろうかと悩んでいたのでは?」

「いや、大丈夫です。そんな悩み今この瞬間、どうでもいい悩みに格下げされましたから」

「それはいけない、風邪をひいてしまうぞ」

 

 既に頭の病気を疑ってるんですよ、こちとら。

 

「さ、ほら。遠慮せず、私を使ってくれたまえ」

 

 遠慮とかじゃないんだけど、と返しそうになるのを、ぐっとこらえた。

 

 

 

 =〇=

 

 

 

「はっはっは、いやぁすまないすまない。長らく使われていなかったせいで、傘とはそうやって使う物であることを忘れていたよ」

「いや、そんな自分自身に関わることを忘れないでくださいよ」

「まったくもってその通り。いやぁ、面目ない」

 

 あの後。「じゃぁどうやって使うんだ」と返したら「それはそうだな」と納得され、(嫌々ながら)スーツの足をつかんで帰路についているわけなのだが。

 さて、うん。冷静になればなるほど、この状況どうなってるのかわからなくなってきた。

 

「えっと、ですね」

「なんだね、急にあらたまって」

「あ、いや。から傘おばけで合ってるよな?」

「その通り、私はから傘おばけだとも」

「一つ目と一本足が傘に付いた妖怪の?」

「うむ。とはいえ、今は目を瞑っているがね」

「あ、目閉じてるんだ」

 

 意外ではあるけど、助かるな。でないと、傘のデザインがぶっ飛びすぎている。

 

「うむ。でないと雨が目に入って痛いからな」

 

 むっちゃまともな回答が返ってきた。そら雨が目に入りまくったら痛いわな。

 でもから傘おばけ、そんなこと気にするんだ。ダメなんだ、妖怪も目に雨とか水とか入るの。

 

「何か勘違いをされていそうだから話すのだがね」

「あ、はい」

「そもそも傘の形状からして、目に雨が入るのを防げることはないのだよ」

 

 言われてみて、傘の形とから傘おばけの姿を思い出す。

 確かに、目に入ろうとする雨を防げるような形はしていない。

 むしろ雨を目が受け止めるような、そんな形をしているような気すらする。

 

「だから、正直に言えば雨の日に外に出るのは嫌いですらある」

「おい傘の存在意義」

「別に我々、傘として使われるための妖怪ではないしな」

 

 いや、確かにそうだけど。傘の用途として扱われる妖怪じゃないんだろうけど。

 それにしたってそれでいいのか、から傘おばけ。

 

「あれ、でもそれなら何で俺に声かけたんだ?」

「うん?そんなの、決まっているだろう」

「決まってるのか」

「あぁ、至極当たり前のことだ」

 

 なんだろう。困っていそうだから声をかけたとか、そういう話なのかな。

 

「あんな体勢で傘立てに立てられていたら、自力では抜け出せないだろう?」

「うん?」

 

 なんか話がそれてきたぞ、と思いながらコレと出会った時のことを思い出す。普通の傘と同じように傘立てに立てられていた。

 紳士向けの傘にスーツに包まれた一本足だけが生えているから傘おばけが、傘立てに逆さに立てられていた。

 体勢と言う言葉に倣うのなら、から傘おばけが頭を下にして傘立てに立てられていた。

 

 うん、確かに自力では抜け出せない。

 

「故に、誰か人間に使われることで脱出をしようと試みたわけだ」

「うん、そんなの完全に想定の外側なんだよ」

 

 そんなパターン誰が想像するか。

 

「つーか、なんだってそんな自分で抜け出せない体勢になってたんだよ」

「何でもなにも、私がから傘おばけになったの、つい数時間前のことだからな。人間は傘をあそこに立てるのだろう?」

 

 あ、そういう。

 なるほどそれなら確かに。から傘おばけになったと思ったら抜け出せない体勢だったわけだ。人間に助けを求めたくもなる。

 

「って待て、俺傘泥棒したことにならないか、それ!?」

「あー、それは大丈夫だろう」

「何が大丈夫なんだよ」

「私の持ち主、この足を見て悲鳴を上げて走り去ったからな」

 

 ……自分の傘からスーツ着て革靴履いた足が生えてたら、そら逃げる。

 

「今頃自分の傘のことなど忘れて―――いや、忘れようとしているのではないかな?」

「まぁ、忘れたいだろうな」

 

 むしろ忘れたくない理由がない。

 

「そういうわけだから、安心したまえ」

「そんな安心をすることになろうとは」

 

 傘泥棒には変わりないけど、一先ず安心はした。

 と、そんなタイミングで駅に着く。うん、結構大きめの傘だったから濡れずにすんだな。ありがたいありがたい。

 

「おや、もう駅か。ちなみになのだが、電車を降りてからまた歩きかね?」

「ん-、普段は歩いてるけど……今日はこの雨だし、バスにするかなぁ」

「ふむふむ。バス停から家まではどのように?」

「すぐそばだから、たぶん何とでも」

「であれば、一つ我儘を言ってもいいだろうか?」

 

 我儘。

 なんだろう。まぁ、ココまで雨に濡れずに来られたし、多少は聞いてもいいかもしれない。くっだらない話も楽しかったといえば楽しかったし。

 

「いいけど、そんな出来る事ないぞ?」

「大したことではないさ。私をここに置いていってほしい、と言うだけだからな」

 

 ふむ、ここに。

 

「それはまたなんで?」

「いや何、私を捨てて帰った元持ち主を祟るには、余り遠くに行くわけにはいかないだろう?」

 

 ……うん?

 

「捨てられたものの恨みは重いのだよ、青年。元来付喪神とは、大切にされれば福をもたらすが、捨てられたなら強い恨みをぶつける物なのだから」

 

 …………うん?

 

「あぁ、とはいえ安心したまえ。ここで私を置いて行ったとしても、君に恨みをぶつけることはしない。仮にも恩人だ、今後何があろうとも君へ害をなすことはしないと誓おうじゃないか」

 

 …………あー、うん。

 

「その口ぶりからすると、元持ち主さん、この辺りに住んでらっしゃる?」

「そう記憶している。物だったころの記憶故曖昧ではあるのだがね、そのはずなのだよ」

 

 そういう意味でも、余り遠くまで連れていかれると戻ってくるのが大変で……なんて言っているのを聞き流しながら、状況を理解する。

 

 なるほど、うん。よーく理解した。

 

 まだ何か言っているのを聞き流しながら駅に入り、傘を閉じる。しっかり閉じれば外からは変わった柄の傘にしか見えないだろう。

 

「うん?青年よ、私の話を聞いていたかね?」

 

 

 そう信じて足を進める。確かこの駅には……お、あったあった。

 目的の物を見つけたので、気持ち駆け足気味にそれに近づき。手に持った妖怪を、そこへ差し込む。

 

「うん?青年??」

 

 イヤホンをつけながら、背を向ける。『急な雨にあった方、ご自由にお持ちください』とあるそれ。

 この路線で前からやっているらしい地味に助かるサービス用の傘立てに、その傘を突き刺しておく。

 大丈夫、その場しのぎ用に買ったビニール傘とかも壊れてなければ置いて行っていいって前に駅員さんから聞いたし。

 

 ちょっと妖怪にはなっちゃってるけど、壊れてはないからセーフでしょ。

 

「いやぁ、うん。実質殺しの片棒担がされるとか、面倒でしかないからなぁ」

 

 改めてそうぼやきながら、改札へ向かう。

 うんうん、もう二度とないだろうけど妖怪になんて関わらないようにしようっと。



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第二十八回 瓶詰めにされたあなた

題材にした診断メーカーの内容です。


「こちらがあなたの瓶詰めになります。一ヶ月ほど売れ残っているんですよ。一緒に金平糖が入っているので、カラフルで可愛いんです。」
あなたがその埃を被った瓶を手に取ると、瓶の中のあなたは驚いて頭を瓶の内側に軽くぶつけた。


「はい、いらっしゃいませ」

 

 綺麗な物が並んでいる。散歩の途中、窓の外から見えたそれらに魅かれて、つい入店してしまった。

 色とりどり、多種多様な雑貨を眺める。こんなものもあるのか、と驚かされながら……ふと、二度見してしまう物があった。

 いや、訂正。二度見どころか、三度見まではいった。これは……?

 

「気に入るものはありましたかな?」

 

 と、困惑していたら店員さんに声をかけられた。気に入るもの、気に入るものか。 気に入ってはいない、なんなら不気味なくらいの物ならあったのだけど……

 

「あぁ、それですか」

 

 と。そんな感情を読み取ったのか、その瓶詰めを手に取る。ちょっと埃を被った、一つの瓶詰め。

 

「こちらはですね。あなたの瓶詰めになります」

                                 

 何言ってるんだコイツ。

 

「一ヶ月ほど売れ残っているんですよ。一緒に金平糖が入っているので、カラフルで可愛いんですが」

 

 何ってるんだコイツ、パート2。

 

「なんていうと、不気味に感じられるかもしれないですね」

 

 と、含みのある言い方で瓶をこちらへ渡してきた。反射的に受け取り、覗き込む。

 わたしと目が合った。数秒固まり、驚いた様子で頭を瓶へぶつけている。

 まぁ、うん。分かる。驚くよね、うん。等と思ったら、逆にこちらへ顔を寄せて

きた。うん?

 

「この瓶なんですけどね」

「はい」

「もしもの世界のあなた、が現れる瓶なんです」

「……はい?」

「もしもすらない人が見ると空っぽになるんですが―――お客様には別の可能性もあったようで、羨ましい限りです」

 

 おーっと、なるほど?

 

「どうです?もしもの自分、興味ありますか?」

「ん-と、そうですね」

「はい」

「どちらかと言うと、わたしがもしも側らしいので、何ともなぁって感じです」

「……はい?」

 

===

 

 まぁ、つまるところ……なんて改めて言うつもりもないけれど。

 わたしから見た際の、もしものわたし。彼女が生きた日々に関しては、まぁおお

よそ聞いていた通りで。得られたものがあったとすれば、その人となりを知る機会になったことくらいだろうか。

 

「二貂理と貂理とで、ここまで変わるんだなぁ」

 

 というのが、わたしの素直な感想。あっちはあっちで全く同じことを言ってたので、そう間違った印象でもないんじゃなかろうか。

 

 とはいっても、知ったところで何もないのだけど。

 

「姿形と名前とルーツが同じなだけの別人だなぁ、これは」

 

 経験が異なれば、同じ存在であってもまるで違う人間性を獲得する。いやはやまっ

たく、不思議なものである。

 

「よし、帰ろっと」

 

 まぁ、だからといって何も無いのだけど。かえってお酒でものもーっと。

 



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第二十九回 河童

 日本には、河童なる超メジャー妖怪が存在する。

 もはや説明はいらないと思ってたんだけど、調べてみると地域によって特色がありすぎるので、改めて言っておくことにする。

 

 河童。日本の川に住むとされている、超メジャー妖怪。

 外見的な特徴としては、全身緑色で二足歩行。背中に大きな甲羅を背負っていて、頭の上には一枚の皿。短いくちばしに、手足に付いた水かき。ざっくりと言えば、そんな妖怪。

 

 キャラクター的な特徴としては、相撲が好き、キュウリが好き、頭の皿が乾くと死んでしまう、尻子玉を抜いてくる、等々。

 平和度合いが乱高下したのだけど、こればっかりは伝承によって異なるから仕方ない。河童の中にも、キュウリ食べて幸せ派閥と滅びよ人類派閥がある。

 

 と、まぁざっくり言えばこんな妖怪。さて、ここまでで分からないことは?—――尻子玉って何、か。うん、そういえば説明をすっ飛ばしてた。何分何なのか分からない物体だから、無意識に説明を避けていた。

 

 と言うわけで、もう一回説明パートに戻ると、だ。

 尻子玉ってのは、こう。なんか架空の臓器で、河童はそれを狙って人間のお尻から手を突っ込むとかなんとか言われてる。

 ちなみに、架空、ってある通り抜かれたらどうなるかも、何で尻子玉を狙うのかも、そもそもなんなのかもまるで不明。それが、尻子玉。

 

 な?分からないだろう?

 

 さて、話を戻そう。

 そんなメジャーなのだけど深堀りすると意味わからない妖怪であるところの河童の説明は、以上である。

 

 それでは、そうしてこの場の全員の河童への認識を統一できたところで、本題へ移行する。

 

 そう、本題。ようやっと本題。

 そんな本日の本題はなにかというと、だ。

 

「お願いします!どうか、どうかこの通り!」

「いや、この通り!じゃなく」

「スッポンの甲羅くらい柔い心とののしって頂いてもかまいません!」

「うん、例えがあまりにも分かりづら過ぎる」

「尻子玉を!尻子玉を分けてください!!」

「うん、もう何言ってるのかまるで分からない」

「でないと私、今月の税を納められないんですぅ!」

「うん、さらに何言ってるのか分からなくなったね」

 

 尻子玉を寄越せ、等と言いながら表れた珍生物が目の前にいるのである。

 

 亀って美味しいらしいけど、河童も美味しいのかな。

 

 

 

 =〇=

 

 

 

 休日だったので、ふとした思い付きで釣りをしていた。

 なんてことはない。本当に思い付きで、ちょっと川まで歩いて、釣糸を垂らしている。

 何か狙った獲物がいるわけでもないので、かからないことにストレスを感じることもなく。一部を除けばキャッチアンドリリースくらいの感覚で、無為に時間を過ごす。

 わるくない。なんなら、むしろいい。これくらいの時間の過ごし方が心安らぐってもんだ。

 

「っと、何かかかった」

 

 なんて考えていたら、竿に重みが。何がかかったかなぁ、とワクワクしつつ、釣り上げにかかる。これは、バスかな?どうしよ。

 

「この辺のルールだと、どうなんだっけか」

 

 針がかかったまま宙ぶらりんにして考える。が、考えたところで答えは出てこない。ならば調べてしまえとスマホを取り出そうとしたところで。

 

「あのー、この辺りはリリース禁止ってよく言ってますよ」

「あ、そうなんですか」

「はい。と言っても、わたしも聞くだけなんですけど」

 

 と、教えてもらってしまった。

まぁ、禁止ならば仕方ない。どこぞにでも埋めて帰ろうか、と考えて。

 

「で、もしかして要らなかったりしますか?」

 

 と、俺にとって都合のよさそうな会話が飛んでくる。

 

「まぁ、はい。そうなりますね」

「よければ、頂いたりとか……?」

「構いませんよ。むしろ助かります」

「やった!」

 

 どうやら、貰ってくれるらしい。ありがたい申し出をされたので、針を外しながら声の主を探す。

 ありゃ、いない。どこだろう。

 

「あ、こっちですこっち。下です」

「下……?」

 

 下と言われても、川釣りに来たのだからそちらにあるのは川だけなわけで。そんな方を見ても何かいるとは、

 

「…………うん?」

「あれ、声だけ聞こえて見えないタイプの人?おーい、こっちこっち」

 

 なにやら視界にとらえたソレが奇怪な動きでこちらの気を引こうとしだしたので、ちゃんと見えている事を伝えた。

 

 伝えて、目頭をもんで。もう一度、そちらを見る。

 

 全身緑、甲羅を背負って皿を頭に乗せた、怪生物がいた。

 

「あ、じゃあそのお魚を」

「あー、はい」

「食べますので、投げて頂ければ」

「……はぁ」

 

 一瞬理解が追いつかなかったが、くちばしを見て水族館のペンギンを思い出した。確かアイツらは、投げられた魚を器用に受け止めて食べていた気がする。

 尾っぽをつまんで、狙いを定めて落としてみた。口で器用に受け止めて、丸飲みにしている。

 わーい、(声から推測して)女性に餌付けしてるよ、俺。1ミリも嬉しくねー。

 

「いやー、助かりました。ここ暫くお財布が軽くて、あまりご飯も食べれてなかったものですから」

 

 河童の世界にもあるのか、財布ってか、通貨の概念。

 

「今もせめて税だけでも納めて、なんとか最低限の保護を受けられるようになりたいなぁ、と探しているとことなんですよ。」

「河童の世界にもあるんだ、税の概念」

「ありますよ。竜に納めるんです」

 

 急に男の子大好きワードが飛び出してきた。竜、そうか。竜いるのか。いるんだぁ。

 

「じゃあまぁ、頑張って」

「はい!そこでなんですが、ここで出会ったのも何かの縁ってことで、協力して頂けませんか?」

「協力ってのは、その税として納める物探しを?」

「はい!」

 

 思いの外図々しい河童だった。まぁ、うん。

 

「それはめんどそうだからやだ」

「お願いします!今時川遊びする子供がいないから、全然集まらないんですよぅ!」

 

 おい待て、急に話が物騒になったぞ。

 

 

 

 =〇=

 

 

 

「お願いしますよー!」

「いや、うん。なんか物騒そうだし」

「全然物騒じゃないです!ただちょっとお尻の穴から腕突っ込んで尻子玉抜くだけですから!」

「今の言葉に物騒じゃない要素一つもなかったんだけど」

「妖怪の腕ですから、死んだり傷ついたりはしないです!河童ですから!」

「それが説得力のある説明になる理由がまるで分らない」

「ただちょっと廃人になるだけで!」

「よし、今この瞬間からお前は人間の敵だ」

 

 廃人を作るのに協力してくれとは、どういう領分だこの河童。

 

「くぅ、なんで尻子玉を抜くことにこんなにも非協力的に……!?」

「廃人になるって聞いたからかな」

「廃人になるだけじゃないですか!」

「それをだけと呼ぶ人はいないかなぁ」

 

マジでなんなんだ、この河童。

 

「くっ、何で現代の人間はこうも

ノリが悪いんだ……!」

「そんな会社の上司が言う「今時の若い子は付き合いが悪い」的なことを言われても」

 

 付き合いいい悪い関係ないだろ、それ。

 

「ぐぬぬ……あ、そうだ!ならこれ、これを見てみてください!」

「あぁん?」

 

 甲羅へ手を回しごそごそしたと思ったら、スマホっぽい何かを取り出した。え、そこリュックサック的な役割果たすの?

 

 等と困惑しながら受け取り、その画面を見る。めっちゃ白い球体が映っていた。

 なんだろこれ、綺麗だな。真珠……にしては大きいし。

 

「それが尻子玉です!綺麗でしょう?」

「うん、それはそう。綺麗だ」

「そうでしょうとも、そうでしょうとも!」

「これが税として働くの?」

「はい。綺麗なだけの物体じゃない、ってことですね」

 

 いやまぁ、にしたって出所が出所である。意味が分からんしな。

 

「おや、この綺麗な物体を見てもまだ乗り気ではない。」

「まぁ、抜かれた人廃人になるって聞いてるし」

「赤の他人が廃人になっても困らないでしょう?」

「うん、困りはしないだろうけど」

 

 もしかして、これが人間と妖怪の価値観の差、ってやつなのか。

 

「くっ、これは強敵だ……なら、画面を横にすっとしてみるといい!」

 

 何やら自信満々なので、次の一枚へ移る。

 

「産地表記用に取った、尻子玉採取後の尻だ」

 

 一瞬で目をそらした。バカか、バカなんじゃないのか、コイツ。

 

「どうですか、私厳選のお尻と尻子玉の写真セットは!素晴らしいアートたちでしょ私のスマホ―!?」

 

 なんて汚ねぇもん見せてきやがる、の意で投げ飛ばした。

 

 割らなかっただけ、感謝してほしいものである。

 尻のドアップと尻子玉のセット写真コレクター。うーん、どうしようもない変態であった。二度と会いたくないなぁ。

 



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第三十回 蟹坊主・陽キャ影女

『蟹坊主
 謎かけをしてくる坊さんの妖怪。
 間違えたり、詰まったりすると、殴り〇してくる。
 当てられると逃げる。
 金剛杵をぶつけられて〇ぬ』

『影女
 女性の形をした影。完。
 よくふすまに映る。あと壁。窓』


 蟹坊主、ってー妖怪に会った。

 蟹坊主が何かって?ん-、アタシもよく分かってないから、ネット見ながらでい?

 なんかこー、分かりづらい問題出してきて、答えられないと殴ってくる妖怪だって。

 そのくせ、当てられると逃げてくっぽい。ウケル。

 

 あと、当てられた時ヴァジュラ?ってので退治されてることもあるっぽい。弱点なんかな?

 

「ねぇ、その辺どうなの?ヴァジュラ弱点なん?」

「その手にあるものでヴァジュラを調べて、画像を探してみると。弱点云々関係なく痛いと思いますが」

 

 試しに調べてみた。金属の塊。うん、これで殴られたら誰でも痛いね。

 

「それに加えて、祭具ですから。妖怪にとっては重ね掛けに」

「え、じゃあこれアタシにも効くじゃん」

「効くのなら今すぐにでも入手してきたいですねぇ!」

 

 あ、なんか悔しそうにしてる。オモロ。

 

 

 

 =〇=

 

 

 

 きっかけは、特に意味もなく歩いていた時だった。

 今日はどこに現れよっかなー、なんて考えながら歩いていると、何故かお寺が目に入った。

 まー、いちおー妖怪だし?普段なら絶対近付かないんだけど、なんでかその日は妙に気になって。まーなんも予定ないし、って寄ってくことにした。

 

「うっわー、ぼろっちいお寺だなぁ。だからやな感じしないのかな」

 

 入ってみると、何というか。ギリギリ整備されてると言い張れっかなー、くらいのライン。

 こんくらいならアタシが立ち寄ったくらいで目くじら立ててこないっしょ、と。それくらいの気軽さで踏み込んで、好き放題うろつく。

 

 と。

 

「足八足」

 

 なんか、後ろから話しかけられた。

 

「え、坊さん?」

「横行自在にして眼、天を差す」

 

 アタシの驚愕、ガン無視。わー、なんだコイツ。

 

「時如何」

「や、なんて?」

 

 意味わかんない。ので、聞き返した。

 

「……」

「や、だからなんて?」

「足八足」

「オッケー、説明はなしね」

 

 聞いても無駄か。ってか、雰囲気からしてコイツ人間じゃなさげ?となるとこの問答に応えるまでは何も出来ないししてこない、ってことになるんだけど……

 

 うん、分からん。なんつってた?このお坊さん。

 

「え、っと……」

 

 まず、聞かれたことを思い出す。なんか顔の辺りを拳が通って行った気がするけど、そんなことはいいや。

 

「足八足。足が八本で……」

 

 もう2、3回拳が飛んできたけど、まぁ、うん。無視無視。

 

「横行自在……字のトーリなら、横向きに移動できる?」

 

 当てる場所を変えてみたのか、お腹のあたりとかにも飛んでくるようになってきたけど、やっぱり気にしない。

 

「んで、眼、天を差す。天ってことは、上?上……」

 

 なにも思いつかないので、試しに空を見上げてみる。うん、何もない。なーんもないんじゃ、なんも分からん。足八足、八本足……横歩き……

 

「あ、分かった。蟹だ」

「や、分かった、じゃなくてですね」

 

 驚くことに、当てたら口を利いてくれた。何そのボーナスステージ。

 

「え、なんで殴れないんです?」

「いやだって、アタシ影女だし」

「影って黒いものなのでは!?」

「だって黒一色とかダサいじゃん。おしゃれくらいするって」

「おしゃれで影女のアイデンティティを捨てられたんですか!?」

 

 言い方が酷い。個性の発現と言ってくんない?

 

「んで?当てたんだけど、なんかあるの?この手の妖怪って、当てたらご褒美ある系っしょ?」

「待ってください」

「それかあれ。正体あらわになって負け犬になるヤツ」

「いやですから、待ってくださいって」

 

 お坊さんが妙に手ぶり付で「まぁ待て」と言ってくる。あんまりにも動作が人間ポイ。ん-、待つか。

 

「えっと、殴りましたよね?」

「殴られましたね。びっくりしました」

「本来なら、そこでタヒんでおしまいなんですよ」

「いやでもほら、アタシ影女ですし」

 

 影が殴れるかって、ムリでしょ。

 

「でも、言い淀んだ時点で殴れないと私のアイデンティティに関わるんですよ」

「人を殴ることがアイデンティティって、どーかと思うよ?」

「妖怪にそれを言いますか」

 

 ん-、それはそう。何も言い返せない。

 

「ですので、リベンジをさせて下さい」

「メンドイからパスで」

「リベンジをさせて下さい」

 

 なんだこのお坊さん、みょーに押しが強いな。

 

「はぁ、じゃあ、どうぞ?」

「はい。では」

 

 一つ咳払いをして、口を開く。

 

「優雅に泳ぐ者ながら、その頭部は常に割れている。如何に」

「出血多量じゃね?ってか、泳いじゃだめじゃね?」

「如何に」

 

 あ、うん。聞かねぇんだったコイツ。

 さて、なんだろうか。せっかくだし、頑張ってアタシを殴っているお坊さんを眺めながら考えてみよう。

 

 最初が正体当てる系だったし、てーことは今回のもなんかの生き物を抽象的にしてる?

 

 試しに殴りから蹴りに変えてスカってるお坊さんを眺めつつ、思い付きを口にする。

 

「優雅に泳ぐってことは、川とか海とか系の」

 

 ガキか、ってくらい砂やら石やらを投げてくるのを眺めながら、優雅に泳いでそうなのを考える。クラゲ?

 

「んで、頭が割れてる」

 

 うん、ここが分かんない。割れてるわけなくない?生き物として欠陥にもほどがない??

 

「つーことは、なんか比喩とか裏があるわけで……」

 

 影なら光だろ、ばりにスマホの光で照らしてくる。それ自分でも試したことあるけど、照らされた場所がきえるだけなんだよね。ほら、影だし。

 

「比喩、行動がそう見える系……あ」

 

 いよいよパッと打てる手が無くなったのかタックルの準備してる。ウケルなぁ。なんで殴りが当たらないのに、体当たりなら当たると思うんだろ。

 

 と、タックルすかってすっ転ぶのを見てもいーんだけど。可哀想だから、言ってあげることにした。

 

「正解は、クリオネ!」

 

 ドロン!と、音がした。

 モクモクと砂煙が立っていた。

 消えると、坊さんが消えていた。

 

「逃げやがったあの坊主!」

「あ、いえその、違うんです」

 

 改めて声が聞こえた。うん?

 

「えっと、こっちですこっち」

「うん……あ」

 

 下の方から声がしたので覗き込む。なんか、砂の上でちっさいのがぴちぴちしてた。

 

「え、なんで?」

「おそらく、クリオネと応えられたので……」

「……は?」

 

 え、蟹坊主って正体を当てられるとそれを表す、って類じゃないの?

 

 

「その、我がままなんですけど。もう一問、付き合ってもらえたり……」

「あ、うん。どぞ?」

 

 正体がクリオネはいやだろうし、しゃーない。付き合ってやるか。

 

 なお、この後。

 蟹坊主は懲りずに悩んでいる影女を殴ろうとし続け、問を出し続け。

 その度に別の動物の姿になってはもう一問を要求してくるんだけど。

 

 ま、楽しいからいっか!

 



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第三十一回 髪切り

 それは、とある都市伝説。

 曰く、この街には「皆行ったことがある、誰も場所を知らない理髪店」があるという。

 

 曰く、そこには凄腕の理容師がいる。

 曰く、そこでは極上の一時を味わえる。

 曰く、その場所は誰も知らない。

 曰く、そこは行こうと思って行ける場所ではない。

 曰く、そこでの時間は誰も覚えていない。

 

 曰く、曰く、曰く、曰く……

 

 口伝に伝わる都市伝説、民衆によって紡がれる神話たるフォークロア。

 その特色を十二分に備えるその話。誰も知らぬが故、冗談話の一つとして流れるはずのソレ。

 

 しかし。この話をする者は、必ずこう始めるのだ。「わたしも行ったことあるんだけどね」と。

 

 それはおかしいだろう、って?うんその通り、おかしな話だ。都市伝説っていうのには、お決まりの話文句がある。

 そう、「これは、友達の友達が体験したことなんだけど」というそれ。

 よくよく読めば「それって自分のことじゃない?」となる文言だけど、あくまでも「自分が体験してないこと」として話すのが都市伝説の様式美というモノ……うん?え、そっちじゃないって?そんな様式美とかどうでもいい?

 ……悲しいなぁ。

 

 で、なんだい?何がおかしいって?

 

 —――あぁ、そうか。うん、それはそうだ。当たり前すぎて忘れてた。「誰も覚えていない」と言ってるんだから、「行った」なんて言えちゃおかしい、と。うんうん、それはそうだ。

「生存者がいない」のに「記録されている」系の都市伝説並みに、おかしなはなしだとも。こう書くとよくある事なきがしてきたな。

 

 さて、話を戻そう。何故それなのにみんな「自分も行った」と確信できるのか。それは、きわめて単純な理由。

 

 記憶はない。なのに、時間にしてほんの数秒しかたってないのに。

 自分の髪が短くなってれば、誰だって確信が持てるってものだろう?

 

 

 

 =〇=

 

 

 

「おや、いらっしゃいませ」

 

 カラン、と言う音とともに声をかけられる。顔を上げると、そこにはいたって普通の男性がいた。

 

「え、っと……」

 

 歩きながら弄っていたスマホをポケットにしまい、改めてそこを見回す。椅子があって、髪を洗う台があって。つまるところここはそう、美容室とか、ラフに言えば床屋さんとか、そういうところだ。

 

「あー、すんません。前見てなかったので、間違って入っちゃったのかも」

「ちゃんと前を見て歩かないと、危ないですよ?」

 

 ごもっともな意見。言われ慣れてるけど、なんも言い返せない。

 

「ですがまぁ、今回はそうじゃないです。なので、ご安心を」

「違う?」

「えぇ、違います。迷い家って、ご存じですか?」

 

 存じなかったので、説明してもらった。ふと現れる家の妖怪で、訪れると幸福になるとかなんとか。

 うん、よく分からん。

 

「まぁ、あれです。本来ないはずの家がそこにある、みたいな」

「ますますわからなくなりました」

「じゃあ、神隠しにあったみたいな」

 

 急に分かりやすくなった。神隠し、なるほど。

 

「え、神隠しされたんですか、俺」

「はい。ちょっとばかり神隠しされちゃってますね」

 

 そんなお手軽に神隠しされましても。

 

「ま、立ち話もなんですし。座って下さいよ」

「座ってって、そこに?」

「はい、こちらに。髪、結構伸びている様子ですし」

 

 それはまぁ、その通りだ。

 大学にバイトにと中途半端に忙しくて、切りに行くのも面倒で、としている間に伸びてきた。風呂上りが鬱陶しくはある。

 あるので、まぁ座ってみる事にした。

 

「どれくらいにしときます?」

「短すぎても落ち着かないので、こう、それなりくらいで」

「はいはい、それなりくらい」

「あとおしゃれなのもむず痒いし、セットできる気がしないんで、こう、そんな感じで」

「似合いそうなんですけど……まぁ、承知しました」

 

 いつもしてるオーダーを、そのまんま投げてみる。勝手なイメージとして、変に細かくオーダーするよりもお任せしてしまった方がいいと思っている。

 何せ相手は、プロなんだから。

 

 ……神隠し先にプロとか資格とか、あるんだろうか?

 

「えっと」

「はい、なんでしょう」

「今時の神隠しって、こんな感じなんですか?」

 

 髪に蒸しタオルみたいなものを乗せられながら、気になったことを聞く。

 

「こんな感じ、というと?」

「こう、ヘアサロン神隠し、みたいな」

「神隠し友達に聞いた感じだと、うちくらいですかねぇ。他ではちゃんと行方不明とかチェンジリングとかしてるらしいですよ」

 

 それがちゃんとなのか、神隠し界隈。

 

「じゃあ、お兄さんはなんでこんなことを?」

「ん-、説明するのが難しいですね」

 

 などと言いつつ、しゃがんで何かを取り出す。鏡越しにチラッと見えたのは、黒い鋏みたいなモノ。珍しい?

 と、それを手に戻ってきたお兄さん。そのままポン、と俺の頭の上に乗せた。

 

 ……え、乗せるの?

 

「えと、え?」

「こちらがですね、私のペットというか、家族というか、なのですが」

 

 ペット。家族。つまりこれ、生きてるの?

 怖くなってしまい、鏡の中のそれに意識を集中させる。見えるのは、黒くて鋭そうな鋏の刃が一対。もしかして無機物をペットや家族扱いするタイプの方だろうか、と訝しんだあたりで、それが動いた。

 

 クワガタのはさみがガチ鋏になった奇怪な虫がそこにいた。

 

「なんですかこれ!?」

「髪切り、っていう妖怪ですね」

「妖怪!?」

「迷い家に神隠しに、って会ったのに今更驚くんですか」

 

 言われてみればその通りだ。

 その通りか?ホンマか?むしろ最初からしっかり驚かないといけなかった奴じゃないのか???

 

「妖怪をペットにしてるんですか!?」

「はい。—――あー、いえ。ちょっと違いますね」

「違うんですね、よかっ」

「ウチの理容師です、って今は言うべきでしたね」

 

 違うそうじゃない。

 そんな話がしたかったのではない。

 

「で、なんでわざわざ神隠しをしてやることが理容室、美容室系なのかって話なんですけど」

「あ、戻るんですね」

「はい、戻りますよ。髪を切ってる間のお喋りは基本でしょう?」

 

 確かに、喋る人もいる。大体はテンポよく話してくれるから、楽しいんだよなぁ。

 

「まず第一に、表で普通にその子達だしたら大騒ぎになるじゃないですか」

「なるでしょうね」

 

 妖怪が実在した、って時点で大騒ぎ間違いなしなんだけど。

 

「なんですけど、その子達髪切りって妖怪でして」

「ものすごくドストレートな名前ですね」

 

 今まさに頭の上を縦横無尽に歩き周りながら髪を切っているこの妖怪の名前がそれというのは、覚えやすくてよい。

 

「で、髪切りである以上は髪を切らないといけないんですよ」

「あー、まぁ、そう……なのか?」

「はい。髪を切る存在が髪を切らないと、存在ごと消滅します」

「厳しいな、妖怪」

 

 簡単に消えすぎでは?

 

「ただ、私の髪をしょっちゅう切らせるのにも限界がありまして」

「無限に伸びるわけじゃないですもんね」

「髪鬼や毛女郎に生まれたかったです」

 

 名前からして髪が無限に伸びそうな妖怪だ。

 

「じゃあ理容店にすればいいんじゃないか、という事になったんです」

「発想が何段階か飛んでません?」

「ちょうど迷い家もあったので、隠れて営業することも出来ますし」

「ちょうどあったのインパクトが凄いな」

「最初の方の方々には、申し訳ない事をしてしまいましたがね」

 

 あえて口を挟まないことにした。

 たぶん、あれだ。練習台にでもしたんだろう。

 唐突に神隠しにさらわれて、髪を切る練習台にされる。うーん、恐怖。

 

「あ、鋏交換しますね」

「はーい」

 

 大まかなところは切り終えたのだろう。ざっと櫛を通して切れ端を落としてから、別の髪切りが乗せられた。鋏の形が違う。なるほど、役割毎にいるのか、髪切り。

 

「あ、でも安心してください。今はもう、この子達プロ級の仕事するんで」

「じゃなかったら今すぐこの頭の上のヤツ握りつぶしてましたよ」

 

 ただでさえ頭の上を何かが歩き回ってるのだ。この不快感にプラスされるのなら、俺は迷わず怒りをぶつける。

 

「そこいらの鉄よりよっぽど固いですよ?」

「虫なのに……」

「妖怪ですから」

 

 そうか、妖怪だから。

 それなら、仕方ないか。

 

 

 

 =〇=

 

 

 

 ほんの一瞬。

 瞬きをしたかな?くらいの体感時間で、違和感を覚える。頭が軽い?

 

「あ、髪……」

 

 手で触れると、短くなっていた。なるほど、軽く感じるわけだ。うんうん。

 

 なんで短くなってる。

 

「あー、そういや、そんな話後輩から聞いたっけ」

 

 神隠しの理容室。記憶がないのに髪が短くなってるのなら、そこに引き込まれたのだ、と。

 

 ふむ、なるほど。それにあった、と。

 ふむふむふむふむ。

 

「警戒心なさ過ぎやしないか、俺」

 

 そんな怪しい場所で、大人しく座って刃物を頭部に近づけられて?

 危機管理のなさ、ヤバいだろ。

 

 まるで覚えてないのだけど。

 きっと、相手がプロの詐欺師級だったのだろう、という事で。

 

 そういうことに、しておこう。

 

 

 

 =〇=

 

 

 

 迷い家とは。

 訪れた人が、そこにあるものを持ち帰ると、幸福になる。

 そういう言い伝えのある、妖怪現象である。

 

 すなわち、人に害する物ではなく。それ故に、警戒心が解かれるという現象が起こる。そんな場所。

 

 では、だ。

 そこにあるものを持ち帰れば幸福になるというのなら、逆にそこに何かを忘れていったなら、どうなるのだろうか。

 

 ましてやそれが、呪的な力をため込むとされる、髪であったなら?

 

 あなたは、どう思う?



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第三十二回 旧鼠

『旧鼠』
 歳月を経たネズミが妖怪になった。
 ネコを食べる、猫を育てる、人を襲う、等の伝承がある。


 吾輩は鼠である。名前はまだない。が、ただの鼠でもない。

 吾輩は旧鼠である。何年もの長い間、猫から逃げ、鳥から逃げ、蛇から逃げ、人の仕掛ける罠を搔い潜り。そうして生き延びた年月が、吾輩を妖怪たらしめた。

 

 人の張る罠を正面から破り、食料を好きなように食べられる。

 蛇の締め付けを難なく抜け出し、蹴り飛ばしてやれるようになった。

 空を飛ぶ鳥へとびかかり、二度と鼠を襲おうなどと考えられないよう、恐怖を与えることが出来た。

 

 

 そして。そして、だ。

 誰もが思い描く鼠の天敵、猫を。逆に喰らうに至った。

 

 とびかかり、喉を食い破り、仕留める。動かなくなったそれに嚙みつき、捕食する。

 味はまぁ置いとくとして、だ。そうして得られた征服感は、他の何にも変えられない快感をもたらした。

 

 陳腐に言ってしまえば、クセになった。生きるためではなく、快楽の為に探し出しては殺すようになった。

 

 これまで追われ続けてきた恨みをぶつけるように、探し出しては仕留めていく。何匹も、何匹も、何匹も。

 

「んで、こうなっちゃうんだもんなぁ」

 

 言ってしまえば、今日もそんなことを繰り返していたある日だったのだけど。

 

「にゃぁん」

「あー、うん。俺猫じゃないから、鳴かれても分からないから」

 

 吾輩とかいうの疲れたしもういいや、戻そう。

 今殺した、やけに殺気立ってた猫。その後ろの茂みにいた、産まれたて。

 

 勢いそがれるなぁ、コレ。

 

 

 

 =〇=

 

 

 

「どーすかなぁ、これ」

 

 ぼやきながら、それを眺める。

 生まれてまだそうたっていないのか、あまりにも弱々しい命。命を奪うのが楽しくて楽しくて仕方なくなった猫ではあるのだけど、だ。

 

「さすがに、コレを殺すのはなぁ」

 

 可哀想だとか、自分が親を奪っておきながら、とかではなく。

 こうなる前の、ただの鼠だったころ必死に逃げ回っていた自分と重なってしまい、中々に難しい。

 

 と、またひときわ強く鳴いた。

 

「あー、なんだなんだ。なんだってんだこの猫は」

 

 何かを求めているかのように鳴いてくる。なんだだろうかと頭を回し、思い出した。

 こいつらは子猫である。それも、おそらくは産まれたてくらいの。腹でも減ってるのだろう。

 

「いや、どうしよ」

 

 別にどうにかしないといけない訳じゃないけど。

 義務じゃないにしても、罪悪感的なものにさいなまれてしまう。さてどうしたものか……

 

「……まだ、乳飲んでるくらいだよ、な」

 

 きっとそうだ。というか、そうであってくれ。そう祈るくらいの心持ちで、さっき仕留めた親猫の方を引きずっていく。

 仕留めてすぐだし、まだ出るだろ。

 

 子猫の方が、気付いたのか近づいていく。そのまま吸い付いた。

 動きを見るに、まだ大丈夫そうだった。

 

 もう一匹探し出して、ギリギリの状態で連れて来ようかとも思ったけど。まぁ、うん。よかった、かな?

 

 ほっとしたら腹減ったし、子猫が離れたら俺も食事にするか。

 

 

 

 =〇=

 

 

 

 あれから……えっと、どれだけだっけ。人間の暦で言うところの、1年くらい?がたった。

 別に放っておいてもよかったのだけど、なんとなくの罪悪感にさいなまれてずるずると面倒を見てしまった。

 

 ある程度までは、生け捕りにしたメスの猫を使って育て。

 それからは、何かテキトーに狩ってきた動物を食べさせて。

 

 旧鼠が何をしているんだってくらいには、あの子猫の面倒を見てきた。妖怪になって寿命もぐんと伸びたし、勝手に生きていけるくらいまでは、と。

 

 いずれ見捨てるつもりではいたから、旧鼠のやり方ではあるけれど狩りの仕方なんかも教えて。今ではすっかり、自分で自分の食事をとって来れるだけの。生きる力ってやつを身に着けた、立派な猫になった。

 いずれはコイツも猫から猫又になったりするのだろうか、なんて。そんなことを考えていた矢先。ソイツに襲われた。

 

 割としっかり、油断している隙をついての強襲だった。俺が教えたことをキッチリ守っての、完璧と言っていい襲撃。

 

「母の仇!」と。暫く一緒にいてニュアンスが分かるようになってきた鳴き声で、そう言いながら不意打ちしてきたのが、今目の前にある死体である。

 

「まぁ、うん。言われてみれば、そうなるよなぁ」

 

 どうにも妖怪になったことで、感覚がマヒしていた感じがある。

 親の仇。それはうん、いくら育ての親的ポジションであったとて、殺しにかかるだろう。むしろ、その隙を伺い続けるために俺に育てられていたのかもしれない。

 

 なるほどなるほど。うん、理解。

 

「今後は、同情なんてしないで子猫もキッチリ仕留めよう」

 

 絶対勝てる相手だから、と。格下だからと油断して、意味のない慈悲を見せた。それが今回の出来事だ。うん、反省反省。

 

 それはそれとして腹も減ったし、この新鮮なお肉食べよっと。

 



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第三十三回 件

 件、という妖怪がいる。

 どんな妖怪なのか?と言われれば説明は容易である。何せ、漢字で件と書いて「読んで字のごとくだ」とでも言えばいいのだから。

 

 そう、読んで字のごとくな妖怪なのだ。何とびっくり、頭が人間で体は牛な妖怪。しかも、それが普通の牛から生まれてくるという。

 

 ただの牛から、人間の頭に牛の体をした生き物が生まれてくる。DNAの概念どこに行ったと聞かずにはいられない妖怪だ。

 

 なんだって?妖怪にDNAとかそういうモノを当てはめても仕方ないだろ?

 何を言うか。今目の前にいる生き物である以上、そこにDNAの概念を当てはめるのは当然だろう。キメラ状態なだけでも珍しいのに、人間のDNAはどこから来たんだ、って気になるだろう。

 どこまでが人間の体なのかとか、体は牛だが内臓はどうなってるのかとか、仮に頭部が完全に人間のそれであり、内臓が牛のソレであったのなら、歯の構造が違う中ちゃんと消化できるのか、とか。

 気になるだろう、そういうの。

 

「と言うわけだ。分かってくれたか」

「いや、全然分かんないです」

「何故わからない」

「むしろ何でわかってくれると思ったんですか」

 

 うーむ、強情な。

 それと今更気付いたが、喋れるだけの構造を持っているらしい。この妖怪最大のデメリットを思えば、それは当たり前だった。

 となると、口~喉までは人間のそれなのか?

 

「ところでですね」

「なんだ」

「そんなことよりも、いい加減予言をさせて欲しいのですが」

「ふざけるな、そんなことをされたら死ぬだろうオマエ」

「でも、それが最大の特徴な妖怪なので。分かってほしいです」

「何故そんなことが理解されると思った」

「むしろ件捕まえて予言させない方が理解に苦しみますが」

 

 貴重なサンプルをそう簡単に死なせるわけがないだろうに。全く、何を言っているんだこの妖怪は。

 

 

 

 =〇=

 

 

 

 件、という妖怪の噂を聞いた。

 人の頭に牛の体を持ち、産まれると同時に予言を残して死ぬ妖怪。

 初めて聞いた時の印象?もちろん、何ふざけたことを言っているのだろう、だ。

 

 

 人の頭に牛の体の時点で有り得ない。そんな生き物が成立するわけがないだろう、というのが正直な感想。そのうえ、予言なんて言うおまけまでついてくる。

 

 などと言っていたら、そんな妖怪が本当にあらわれたという。オイ見にこいよ、内緒だぞ、などと誘ってきた牧場育ちの友人に酒でも奢らせようとついていくと、マジでいた。

 

 いや、見せてもらった時には既に死体だったのだが。確かに、そこに聞いていた通りの妖怪の死体があった。

 現実を受け入れ難く、死体への嫌悪感なんて忘れてペタペタと触り、どうやらマジモンだと分かった。

 目の前にある以上、認めざるをえなかった。何ならとどめに、目の前でサラサラと砂のようになって消滅したので、なにかしら自分たちの知らない超常的な現象が起こっていることは認めざるを得なかった。

 

 件という妖怪がいる、という事実は認めざるを得ず。

 人間と牛の混ざりものめいているそれがどのような生態をしているのか知りたい、という欲望は抑えきれず。

 

 ただし、研究者という立場で「件という妖怪がいたので、コレの研究をしたいです!」などと言っても追い出されるのが目に見えていて。

 その上、予言をすると死んでしまうのに、その死体もしばらくたつと砂と崩れ消えてしまう。

 

 研究をするにはつんでいる。そんな結論が出るのに、時間はかからなかった。

 

 ので、研究者をやめて牧場で働く事にした。

 牛の出産に立ち会えるよう、必要な知識と技能も身に着けた。

 

 産まれてすぐ予言をしたら死ぬのなら。予言をさせなければいいのだ。

 

「って結論に至って、今がある」

「や、なんですかその頭の悪い流れは」

「だって、他にないだろう」

「だからって、こんなことのために研究者としての立場を捨てますか、普通」

 

 それしか手段がなかったのだから、仕方がない。

 

「しかし、それだけの覚悟をもってここにいることは納得してもらえたと思う」

「まぁ、それは」

「納得した以上、研究に付きあってくれる、と」

「いやいやいやいやいや」

 

 何故だ。

 

「無理でしょう。というか、何をどうしたら『お前の体を研究させろ』なんて要望に従うんですか。頭に蛆でも沸いてるんですか」

 

 ふむ、おかしい。想定外だ。

 想定外だ、が……

 

「仕方ない」

「お。諦めてくれましたか」

「あぁ、穏便な手段は諦めた」

「うん?」

「ここに、動物用の麻酔と注射器がある」

 

 何故持っているのかは、ノーコメントとする。

 

「そしてここに、人間用のボールギャグがある」

 

 何故持っているのかと言えば、予言対策としてである。

 

「……つまり?」

「眠らせ喋れないようにして、その間に調べつくす」

「犯罪予告!?」

 

 穏便に協力してもらえない以上、強硬手段に出るしかない。

 それと。

 

「妖怪相手に犯罪とか、成立するのか?」

「え、そんな細かいところツッコミます!?」

 

 犯罪者呼ばわりされたようなものなのだから、ツッコミくらい入れるだろう。

 

「で、どうなんだ。何か反論できるのか」

「反論、反論……」

 

 まぁ、勿論無理だろう。妖怪相手の犯罪なんて成立しないのだから、必然的に犯罪者にはなりえない。

 勝ったな。だからと言って何かあるわけじゃないけど。

 

「あー、じゃあ1個だけ」

「あるのか」

「ありますよ。なんたって私は件、予言なんてものが出来ちゃうくらい頭のいい妖怪なんですから」

 

 予言って頭の良さ必要なのか。

 

「それで?」

「はい。……あなたはこの後、あっさり捕まるでしょう」

 

 うん?と首を傾げる。

 今まさに否定したことを堂々と宣言され、理解が追いついていない。なんとか言っていることを理解しようとして……目の前で、件がサラサラと崩れだした。

 

「あっ」

「油断しましたね?はい、こちら予言になります」

 

 ではでは~、と。なんでもない事のように笑顔で手を振って、倒れ込み。呆然とそれを眺めている中、風邪にふかれて崩れ去っていった。

 

 何年もかけてようやくたどり着いたのに、何も調べられずに崩れ去った。

 

「……マジ?」

 

 

 

 =〇=

 

 

 

 後日。

 獣医免許も持っていないのに、何故か注射器と麻酔薬を持ち。更に何故かボールギャグなんてものも持っていた危険人物として警察に連行される成人男性のニュースが新聞に載るのだが。

 

 それはまた、別のお話。

 



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第三十四回 人面瘡

 人面瘡、という妖怪がいる。

 ……妖怪でいいのだろうか。なんとなく、皮膚病とか、そっちのジャンルなんじゃないかと頭をよぎった。

 いや、いいはず。こんなのが病気のジャンルに収まるはずもない。よく分からないことなのだから、妖怪現象ってことでいいはずなのだ。

 

 話を戻そう。人面瘡、という妖怪がある。どんな妖怪か?人の体に、人間の顔が現れる、みたいな。大体そんな感じの妖怪現象だ。

 もうちょっと正確に言えば、傷跡が人の顔になる、みたいな現象らしいんだけど……あ、うん。大丈夫、言いたいことはおおよそ想像がつく。

 

 あれだろう、点が3つあると人の顔に見える現象。シなんたら現象ってやつじゃないか、って。

 これがびっくり、そうじゃない。なんとなんと、マジで人の顔が体に浮かび上がってきているのだ。なんなら、喋るし食べるのである。

 

「おい、腹減った」

「嘘付け、俺は腹減ってないぞ」

「こっちは腹が減ってるんだよ」

「胃袋は共通なんだから、んなわけねぇだろ」

 

 そう、こうしてこっちに飯を要求してくるのである!

 ……なんか腹減ってきたから、続きはカップ麺でも食ってからにしよ。

 

 

 

 =〇=

 

 

 

 とある日、俺はそれに気付いた。数日前から「なんか痛むなー」と思っていた腹部。できものみたいになってたから触らないようにしてたのだけど、収まる様子もなくって。そろそろ病院に行くかなー、面倒だなぁ、とか考えていた時。

 

「おい、腹が減ったぞ」

「わっつ」

 

 何とびっくり、それが喋ったのである。

 事そこに至ってようやく自分の腹部を見てみれば、なんかガッツリデキモノが出来ていた。

 

「え、なに」

「なに、ではない。腹が減った」

「おっとマジか」

 

 しかも、人の顔っぽいそれの口部分が動いて喋っているのである。正直困惑した。思考はがっちり停止した。

 

 停止した頭で。「化膿してるくさいよなぁ」、とか考えて。一人暮らし用に買った裁縫セットから待ち針を。一人さみしい誕生日用に買ったケーキ用のライターで炙りだした。

 

「何やってんだ、オマエ」

「あー、うん。いや、こういう時の針は炙った方がいいって聞いて」

「は?食事時に針?」

 

 困惑している様子の返答が返ってきたので、まあいいかと放置して。

 寝間着の裾をまくり、咥えて。

 膿抜きのために、さあ一刺し!

 

「待て待て待て待て待て!」

「ふぁんだよ」

「何しようとしてる!?」

「や、膿抜こうかと思って」

 

 話しづらかったので、一旦服をはなした。

 

「え、いや、今の状況でそんなこと考える?人面瘡だぞ?喋ってるんだぞ?」

「いやだなぁ、腹にできた顔が勝手にしゃべるだなんてこと、あるわけないじゃん」

「だとしたら今会話してるのはなんだと思ってんだ」

「幻聴?」

 

 可能性としてはそんなところだと思う。

 

「だからまぁ、膿抜いて病院行けば解決するかなぁ、って」

「こういうレベルの膿を素人が針で抜くの、どうかと思う」

 

 ふむ、まぁ確かに人間の顔サイズの膿だ。それはその通りなのかもしれない。しれないが……

 

「おーい、なんだってまた針がコッチ向いてるんだ?」

「気になるじゃん、どれくらい出てくるのかなぁ、って」

「気になるじゃん、じゃなくないか?」

 

 いや、気になる。気になるので、やっぱりここはぷすっと一発。

 

「おいだから待てって、目、目に向いてるから。焼かれた針の先が目の真ん前にあるから」

「なんかその部分がぷくってなってて、膿多そうだし」

「うん、自分の顔を鏡で見て欲しいんだけどさ。目ってどうしてもぷくってなるものじゃん?」

 

 あー、それで膿が溜まってそうに見えるのか。なるほどなるほど。

 まぁ、目に直接針が向かってくるのは怖そうだもんな……仕方ない、変えてやるか。

 

「うん、だからって針が向かう先が変われば許されるわけじゃないんだ。そのまま進まれると、がっつり口の中を刺されるんだよ」

「それで?」

「オマエは口の中を刺されても問題ないと?」

 

 うーん、いやだろうなとは思う。

 

「あと、ここに口が増えてるだけで他はそのまんまだからな。この口はそのまま内臓に繋がってる」

「よっし、やめとくか」

 

 下手に刺しそこなうと、内臓をそのまま突き刺しそうで怖い。

 うん、大人しく諦めよう。

 

「仕方ない、大人しく皮膚科行くか」

「いや、それ結局俺死ぬな。消されるな、それ」

 

 今時の皮膚科は喋る腫瘍の除去くらいやってのけるのか。やるな、皮膚科。

 

「……除去した人面瘡、貰えたりするのかな」

「貰ってどうするんだそんなもん」

「いや、記念品的な感じで」

「発想が殺人鬼とかのそれなんだよ」

 

 いいと思うんだけどなぁ。

 

「貰ったとてどうするつもりなんだよ」

「え……額縁に入れて飾る……?」

「発想が完全に殺人鬼のそれ」

 

 うん、今の返答はがっつり意識してやった。

 

「あー、まぁいいや。言ってたらなんか腹減ってきたし。喰いながら考えよ」

「俺の分も頼むぞ」

「図々しい人面瘡だ」

「どっちかって言うと、オマエの肝が座りすぎてるんだよ」

 

 そんなことはないと思うのだけど。

 

 

 

 =〇=

 

 

 

「さて、腹も膨れたところで」

「あぁ、結構うまかったぜ」

「それはどうも、お粗末様でした」

 

 驚くことに、腹にできた人面瘡もちゃんと食事をとったのである。しかも、その分の満腹感は俺に来た。今この体、どんな感じで内臓繋がってるんだろうな。

 

「さて、話をオマエを除去する話に戻すんだが」

「戻さなくていい戻さなくていい」

「戻すんだが」

「なぁ、頼むからもうちょっと怖がってくれないか?」

 

 うーん、もう無理かな。

 

「じゃあ、除去しないとして、だ」

「おう」

「こっちに何のメリットがある」

「メリット」

「うん。こんな気持ちの悪いモンを腹に残しとくことに対する、こっちのメリット」

「なんで俺がそんなもんを提示しないと」

「さーって、針とライター針とライター……」

「そうだな、メリットか」

 

 さっき眼球真ん前に針を突き付けたのが効いてるっぽい。

 

「あれだ、一発芸・腹話術を獲得できる」

「それ、腹話術でも何でもなくね?」

 

 単純におまえが全部喋ってるだけじゃね?外から見たら同じなんだろうけど。

 

「不満か」

「むしろどうして不満じゃないと思った」

 

 現代社会でそんなことが出来て何になるのか。その道のプロは既にいくらでもいるんだよ。

 

「じゃあ、あれだ」

「あれ」

「一人デュエットが出来る」

「うん、それも同じ事だな」

 

 一発芸以上の価値は無いんじゃないかなぁ。

 

「しかも、一人でハモリまで備えたカラオケが出来る」

「その一発芸はちょっと面白いな」

 

 はたから見ればひとりで歌ってるだけなのに、ハモリ付きのデュエット。うん、コレはちょっといいかもしれない。

 

「どうだ、一発芸としてのレベル高めじゃないか?」

「悔しいけど、ちょっとアリかもしれない」

「そうだろうそうだろう。じゃあ、俺はこのまま残らせてもらうって方針d」

「オマエをなめした皮で装丁した本作るのと、どっちの方が面白いかな」

「悪いことは言わないから、俺を除去したとしても受け取らない方がいいと思うぞ」

 

 なんで人面瘡に心配されてるんだろう。

 

「んで?他には何が出来るの?」

「ん?あー、そうだなぁ。何か、何か……」

「面白いと思うものが尽きた瞬間、針を刺して膿を抜く」

「いや、うん。まだ言ってるのかって感じなんだけど、膿じゃないって」

「だとしても面白いから刺す」

「ただのサイコパスじゃねぇか!」

 

 まぁこのツッコミは小気味いいし、これが尽きるまでは付き合ってみるのもいいかもなぁ。

 けど、針刺したらどんな反応するかも、気になるんだよなぁ。

 



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第三十五回 送り狼

 送り狼、という単語を聞いたことはあるだろうか。

 女の敵と答えたそこの君、それもまた正解。女の方も分かったうえでやってるならいいのだけど、そうじゃないのなら最悪の敵である。

 などと、先ほどあった出来事を振り返りながら考えつつ、思考を戻す。こんな状況だ、何とかして落ち着かないとろくなことにならないのは目に見えている。

 

 なので、落ち着くために話を戻す。

 

 送り狼。今ネットで調べたところによると、基本的なステータスとしてはこう。

 

①夜の山道を後ろから付いてくる

②途中で転ぶと、襲い掛かられ食い殺される。

③家まで無事帰れたら、何か供え物をしてあげると帰っていく。

 

 以上である。なんだこの物騒な妖怪。

 何が怖ろしいって、夜の山道なんて足元最悪の状況下で、後ろから狼がついてくるのだ。そんな中転ぶな、躓くなとか、無理という物だろう。冗談も程々にしてほしい。

 

「そう思うんですけど、その辺りどうです?」

「いや、うん。こんな状況で歩きスマホできんのすげーなー、って思う」

「こんな真っ暗な山道、スマホ見てようが前見てようが転びますし」

「スマホ懐中電灯代わりにすればよくね?」

 

 考えもしなかった。ちょっと悔しい。

 

「送り狼のクセに頭回るの、なんなんです?」

「まって、送り狼のクセに、って何?」

「違うんですか?」

「違……わないけど、今言うと紛らわしくない?」

 

 うわぁ。

 

「ついに認めましたよ、このクソ先輩」

「いや、うん。だから今そんな状況じゃなくない?それどころじゃないよね」

「なんですか。うら若き乙女の純潔が関連する出来事をそれ扱いとは、いいご身分ですね」

「よーし分かった、俺が悪かった」

 

 言い負かせた。ちょっとすっきり。

 

「言い負かせてスッキリしたので、足を蹴るのはやめておきます」

「それされるとホントに死ぬからやめてね!?」

「はっはっは、死ぬだなんて御冗談を」

「今!まさに!!送り狼の話してたよね!?」

 

 いやまぁ、うん。それはその通り。

 

「やっぱりあれ、そういう事なんですかね」

 

 チラ、と振り返り。後ろから付いてくる3匹の狼を見る。

 暗い中でも何故かはっきり見える。白か、明るいところなら銀にでも見えたのかなぁ。綺麗そうだから、そっちを見てみたかった。

 

「まぁ、ニホンオオカミ絶滅したはずだし……それに」

「それに?」

「野生の狼だった場合よりは、そっちだったパターンの方が希望あるし」

「あー」

 

 それは確かに。

 あれがただの狼だった場合、次の瞬間にも襲ってきかねないのだ。

 

 

 

 =〇=

 

 

 

 なるほど油断していた、というのが正直な感想だった。

 20歳になり、お酒が解禁されてから初のサークルの飲み会。それはもう……とまではいかないまでも、それなりに飲んだ。

 同期の友達とはもうすでに何度か飲んでいたが、サークルで飲むのはそれとはまた違った楽しみがあった。

 

 まず、いい楽しみ。人数が多いだあって、楽しめる幅が広い。

 酒が入っている時の話なんて、真面目さゼロだ。話の内容に飽きがきたら別グループに移動すればいいのは、とても楽だった。

 

 次に、悪い楽しみ。これはもう、至極単純。めっちゃ酒を呑む。それはもう、酒を呑む。

 人数がいる分、悪ノリで酒が入るのだ。かぽかぽ入った。どんどん飲んだ。色んなグループのところを渡り鳥したせいで誰も飲んだ量を把握しておらず、ストップがかからなかったのだ。

 その結果、まぁ呑んでしまった。ちょっとふらつきながら帰る感じにはなったけど、それくらいなら許容範囲だったろう。

 

「へー、すっごい道で帰ってるんだね」

「はい、結構な道で帰ってるんですよ」

 

 問題は。

 そんな様子のわたしを見て送るとかぬかしてついてきた、この先輩である。性別はオス。うーん。

 

「なので、お気になさらずとも大丈夫ですよ?先輩の方こそ、どんどん駅から遠ざかっちゃうんじゃないです?」

「いやいや、こんな夜の山道を酔った子に歩かせるのは抵抗あるって」

「それに関してはほら、もう既にこれくらい呂律も回ってますし」

「酔ってなかったとしても、こんな山道は危なくね?」

 

 うん、危ないと思う。だから気おくれして帰ってくれるかな、と歩いているのだ。

 サークル外でさして関りのない異性に家を知られるのは、流石にちょっと抵抗がある。

 

 早く引き下がってくれないかなぁ。

 

「……うん?」

「はい?どうなさいました?野獣せ」

「おっとそれ以上はいけない」

 

 うん、コレは先輩が正しい。

 

「で、どうしたんです?」

「いや、なんかいるなって」

「なんです?そうやって怖がらせようって算段ですか?」

「だいぶキャラ変わったね?どうしたの?」

「いえ、お酒の力で猫が家出しまして」

 

 そういうことにしておこう。こっちの方が地なのは間違いないのだし。

 

「って、そうじゃなくて。ホントに、あれ」

「はい?なんですか、まったくもう」

 

 仕方がないので、振り返る。振り返って……

 

「……随分と大きいわんちゃんですね」

「うん、そうじゃないね」

「あ、もしかしてワンチャンとかけた仕込みだったりします?寒いんでやめたほうがいいと思いますよ」

「ん-と、そうなんだけどそうじゃなくて」

 

 不思議な日本語になってきたな。

 しかし、そうなるとちょっと真面目に怖くなってくる。大型犬のイメージよりちょっと大きいくらいの犬。こんな時間にいるってことは、おそらくは野犬だろう。

 襲ってくることはないと思いたいけど……

 

「いや、ってかさ」

「はい」

「あれ、犬ってよか狼じゃね?」

「はい?」

 

 おおかみ。狼。オオカミ。ウルフ。

 

「先輩知らないんですか?日本にはもうオオカミいないんですよ?」

「や、それは知ってるけど。でもあれ、犬の顔じゃなくない?」

「いやいや、何を言ってるんですか。日本においてオオカミなんて、もう動物園にしかいない存在なんですよ?こんなところにいるはず……」

 

 いま一度振り返り、後ろを一定の距離でついてくる動物の顔を見る。

 

「先輩先輩、あれオオカミですよ」

「手のひら返しはやくね?ドリル?」

 

 なんとなんと、しっかりオオカミだった。

 

 

 

 =〇=

 

 

 

「おー、やっぱりライトがあると歩きやすいですね。さすが先輩」

「そうだろうそうだろう」

「送り狼しようとするクズでも、年齢重ねた分の発想力くらいはあるんですね」

「うん、そのネタで今弄られるとどう反応していいか分からないんだけど、そういう発想力働かない?」

 

 すぐ真後ろを命の危機がついてきているのだ。この程度の軽口は聞き流す度量を見せて欲しい。

 

「さて、こうなった以上あれは送り狼だ、ってことにして話を進めるしかないんだけど」

「じゃなかったらどうあがいても死ですもんね」

「偶然こんな時間に猟銃を持った人が表れでもしない限りは」

 

 人はそれを可能性がないという。

 

「そんなわけで聞くんだけど」

「はい」

「君の家、このまま歩いてどれくらい?」

「そうですね」

 

 真剣に聞いてるっぽいから、嘘はつかないであげよう。私ってやさし。

 

「このまま歩いていくと」

「歩いていくと」

「どんどん家から離れていきます」

「うん、そんな予感はしてた」

 

 いやー、だって先輩追い返すためにテキトーな道歩いてたんだもの。

 

「家に帰るためには、一回あの狼達とすれ違う必要がありますね」

「近づいても大丈夫なのかどうか」

「分かんないので、ちょっと試してきてくださいよ」

「んな無茶な」

 

 えー。

 

「えー」

「えーじゃない」

「そこをなんとか」

「何ともならん」

 

 強情な先輩だ。

 

「でも、そんなことじゃいつまでたっても帰れない……つまりは、いつまでたってもこの命の危機にさらされてることになるんですよ?」

「……なんとかこのまま進んで山を降りれば、元来た道に戻れないかな」

 

 ぐるっと一周するイメージで、と。

 なるほど確かに、それが叶うなら家路につくことも可能かもしれない。

 

「なんですか、もしかしてホントに頭いいんですか?」

「こんなFラン大学で頭がどうとかいわれましても」

「それもそうか」

「納得されるのもなんか違うのでは」

 

 と言いながら、地図アプリを開いている。おそらく、元来た道に戻れるルートを探すのだろう。ちょっとスマホの角度が変わって見える範囲が狭まったが、まぁ足を踏み出す範囲は見えるし……

 

「あっ」

「あっ」

 

 先輩が、ずっこけた。

 歩きスマホ、ダメ、絶対。

 

 そんな交通安全の標語が頭をよぎる中。オオカミ3頭が姿勢を低くした。あー、このまま次の瞬間とびかかるんだろうなぁ、と容易に想像がつく。

 南無阿弥陀仏、先輩。襲われてる隙に私は元来た道を戻りますね、なんて。

 

「あー、それもそうですね」

 

 割と本気でそう考えてたのに。

 口からは、想定外の言葉が飛び出した。

 

 言っちゃったもんは仕方ない。このまま続けよう。

 狼3頭がジャンプした瞬間

 

「随分歩きましたし、ここで一休みしますか」

 

 言いながらしゃがみ、かばんからペットボトルを2本取り出す。

 飲みすぎちゃったしなー、なんて買っておいたジュース。丁度2本あってよかった。

 

 ついでに。どうやらこいつらはホントに送り狼だったらしく、ジャンプしそのまま私たちを飛び越えて反対側に降り立った。

 

「はい、どうぞ」

「え、あ。どうも」

「私の機転に感謝してくれてもいいんですよ?」

「いや、うん。マジで助かった」

「そうでしょうそうでしょう」

「なんだよ、実は頭良かったのか?」

「はい。そんな私の天才さに、感涙の涙をむせび泣いてください」

「うーん、めっちゃ頭悪そうな日本語」

 

 失礼な。

 

「じゃ、それ軽く飲んだらとっとと帰りましょうか」

「とっとと、って。そうはいかないって話をさっきまでしてなかった?」

「はい、さっきまでは。けど、今はほら」

「……あ」

 

 うん、まぁ。

 狼が飛び越えてくれたので、来た道を安全に戻れるのである。

 

「先輩、ナイスでした」

「……だろう?」

「うわぁ」

「だよなぁ」

 

 転んだことをそう誇られても困る。

 心なしか、お座りの姿勢でまっている狼三頭も、そう言っている気がした。

 

 

 

 =〇=

 

 

 

「ついたー!」

「ようやく―――!」

 

 あの後。

 結局お互いに2回ずつくらい転び、その度に下手な芝居を打って乗り越えながら我が家にたどり着いた。

 何とかなるもんなんだな、こういうの。

 

「っと、そうだ。帰ってこれたはいいけど、それで終わりじゃないんだっけ」

「あー、そういえば何かありましたね。えーっと……そうだ、お供え物」

 

 この妖怪、家まで帰れればそれでどこかに行ってくれるわけではないのだ。その後お供え物をして、それでようやく立ち去ってくれる。

 お供え物。

 

「おにぎりでいいかな」

「いやいや、肉食動物におにぎりって」

「でも、今パッと出てくるのそれくらいで」

 

 部屋まで行けばもちろん何かしらあるけど、この狼さん3匹がそれを待ってくれるかは怪しいところだし。

 

「いかがでしょう?半額おにぎり」

 

 物は試しで、ビニールをはいでおいてみた。

 狼はフツーにそれを咥えて、飲み込んだ。

 

「肉食じゃないのか、狼」

「いやー、妖怪ってすごいですね」

 

 そして。なにやらおにぎりで問題なかったらしく、背を向けて去っていく。

 

「お、無事解決?」

「っぽいですね」

「はー、よかったぁ」

「こればっかりは同意します」

 

 緊張の糸が切れて、二人そろってしゃがんでしまう。

 けど、こんな深夜にここにいっぱなし、ってわけにもいかないし。立ち上がり、エントランスへ向かおうとして。

 

「いやいや、何でついてくるんですか」

「え?」

「はい?」

「うん?」

 

 ……うん、そうだった。ここにも送り狼がいたんだった。

 はぁ、とため息一つ。うん、よし。

 

「そういえば、ですけど」

「うんうん」

 

 心ばかり、声を張り気味にして。1秒だけ言うかどうか悩んで、まぁ言って

しまえと思ったので。

 

「先輩の家は、ここじゃないですよね?」

「ちょっと待って待ってねぇ待って」

 

 テクテクテク、と。まだ聞こえるところにいてくれたらしい狼たちが、暗闇から戻ってきた。

 

「帰ってきちゃったじゃん!」

「んじゃ、頑張ってください」

 

 なんか言ってる先輩を残し、鍵を刺してエントランスに入る。

 まぁ、転んじゃった時の回避方法は分かってるんだし。なんとかなるでしょ。

 



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第三十六回 ぬらりひょん

 最強の妖怪、と言われた時。あなたは何を思い浮かべるだろうか。

 例えばそれは、ある狐の大化生かもしれない。九つの尾を持ち、男を手玉にとり。挙句の果てには死してなお呪いを振りまく石になった玉藻の前。

 

 例えばそれは、死した人間の執念。志半ばにして命を落とし、無念を核としてこの世にしがみ付き、眠りを妨げるモノに呪いを振りまいた平将門。

 

 そんな、討伐したり死後鎮めたりするのに多大なる労力をかけた者たちを思い浮かべる人は、まぁ一定数いるだろう。事実、それも一つの最強だ。

 

 だが、最強には別の形がある。これまでに上げてきたような個としての最強ではない、軍団としての最強。ひいては、軍団を率いるモノ、という最強の形だ。

 

 数えきれないほどの妖怪を従える、百鬼夜行の主。それこそが、最強の妖怪を名乗るにふさわしいのではないか。

 日本という国に存在するあらゆる妖怪を代表する、いわば日本妖怪界の顔と言える妖怪になるのではないか。

 

 私は、そう考えるのだ。

 

「そういうわけなので、それっぽくしてくれないと困るんです」

「いやー、んなこと言われてもなぁ。ワシ、ただのじいさんだし」

「大妖怪ぬらりひょんが何を言ってるんですか」

「や、大妖怪っつってもな?ワシがやれること、人んち入り込んで茶ぁすするだけよ?無理だって」

「そこはほら、百鬼夜行の総大将パワーでなんかそれっぽく」

「何を言うとるのか、この河童は」

 

 などと言いながら、目の前で茶をすするぬらりひょん。つられて私も湯呑を手に取り、すする。

 熱いけど美味しい。うん、日本のお茶だ。

 

 

 

 =〇=

 

 

 

「ねーおじいちゃん、ひゃっきやこーってなにー?」

「ん-、百鬼夜行ってのはな……」

 

 と。

 私と総大将の会話を聞いていたのか、総大将の膝に座る女の子が声を上げた。

 妖怪の総大将の膝に座るとは、中々に根性の座った子だ。

 

「おい河童、なんか書くもんねぇか」

「メモ帳とボールペンしか……」

「んならそれでいいや」

 

 いいそうなので、かばんから取り出して渡す。ぬらりひょんがボールペンとメモ帳持ってる。なんだこれ。

 

「百の鬼が夜を行く……っと、こんな字を書くんだ」

「おにさんがいるの?」

「鬼に限らず、妖怪が、だけどな」

 

 妖怪の類を一纏めに鬼とか呼称するのは、日本あるあるだ。

 

「ようかいが……百人?ようかいもふじさんのてっぺんで、おにぎり食べる?」

「おにぎり?」

「あー、ほら。友達百人できるかな、って」

「あー、あったなぁそんな歌」

 

 有名な曲だ。小学校に上がる際の心情?を歌っている曲。

 冷静に聞いてみると、「友達が100人出来たら」の話をしているのに、「富士山の頂上で100人でおにぎりを食べる」という1人神隠しにあってしまう曲なのだけど、まぁ、うん。その辺りは言葉のあやって奴だろう。

 

「まぁ、おにぎりじゃぁないが皆でいっしょに何か食べたりはする。楽しいぞぅ」

「みんな仲良しこよしなんだね!」

 

 楽しそうに話しているので、思う所はあったが口には出さないことにした。うん、皆楽しんでるのは事実だし。

 

 ちなみに。

 日本の昔の感覚で「百」なんてのは「すっごく多い」程度の意味合いなので、100人どころじゃないのだけど。それもまぁ、ややこしくなるので言わない。

 

「じゃあ、おじいちゃんと友達になったら、100人でおにぎり食べれる?」

「あん?」

「ともだち100人あーるてぃーえー達成できる?」

「や、友達作りはRTAとかで考えるものじゃないから」

 

 つい口を出してしまった。

 

「いやぁ、無理じゃねぇか?」

「どうして?わたし、おじいちゃんのともだちとともだちになれない?」

「それは、分からん」

 

 こんな小さな子供相手だと、ごはんって考えるような妖怪もいるわけで。

 

「ただ、間違いなく言えるのはな」

「うん」

「ワシの友達100人と友達になったら、ワシもあわせて101人になっちまう」

「あ、ほんとだ!おじいちゃん頭いい!」

「そうだろうそうだろう」

 

 女児に褒められて得意げになる妖怪の総大将、見たくない。

 

「……というか、今更なんですけど」

「おう、どうした?」

「何してるんです?総大将」

「この家の奥さんに頼まれてな、買い物行ってる間の子守」

「妖怪の総大将が何やってんですか……」

 

 妖怪の総大将が人間に頼まれて子守をするとか、信じたくない。

 

「やー、だってしょうがねぇだろ。普段から茶ぁ飲ませてもらってるんだ、それくらい聞かねぇと」

「いや、聞かねぇと、じゃなくて。あなた勝手に入り込んで勝手に茶を呑む妖怪でしょう。何普通にご馳走になってるんですか」

「や、いつもちゃんと勝手に入り込んで勝手に茶を飲んでるぞ?」

「何でそんな人に子守頼んだんだこの家のおくさんは!」

 

 さすがにそれはやっちゃだめだと思う。妖怪でもわかる。

 

「結構よくあることだぞ?勝手に茶呑んでると、何か頼まれるの」

「怖いんですけど、一応聞きましょうか。何頼まれるんですか」

「例えば、今やってるような子守だろ?」

 

 まぁ、うん。さっきも聞いたし。

 

「あとは、皿洗いだとか」

「皿洗い」

「掃除とか」

「掃除」

「洗濯物回収したり」

「洗濯物」

「そんなことをしてるな」

「妖怪の総大将ですよねあなた!?」

 

 そして人間、不法侵入者にそんな事を任せるな。ありえないだろう。

 

「ちなみに一番きっついのは庭の草むしりだ。もう体がジジィだからよ、あれ腰にくるんだよ……」

「あなたジジィじゃなかった瞬間あるんですか?」

 

 と言うか、ぬらりひょんが草むしりとかしないで欲しい。ホントに。

 

「ちなみに、この後も草むしりあるぞ。3丁目の田中さんちで」

 

 得意げな顔で言われたので、1発ぶん殴りたくなった。

 



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第三十七回 ぬりかべ

 ぬりかべ、という妖怪がいる。

 どういう妖怪なのかは、たぶん説明するまでもないだろう。いたってシンプル。

 

 目の前に、ないはずの壁が現れる。

 

 以上。ただそれだけの妖怪なのだから。なんならぬりかべ、って言われただけで「あーあいつね」ってなる人は多いんじゃなかろうか。

 今これを読んでいるあなたも、きっとそのはず。頭の中に灰色の壁に手足が生えたような妖怪を思い浮かべたことだろう。

 

 とまぁ、そんなシンプルな妖怪。実際にはもうちょっと色々違うらしいんだけど、今この場においてはこれくらいの情報で事足りる妖怪だ。

 

 認識頂けただろうか。

 では、そんな事前知識の話は終えて本題に入ろう。そう、何でわざわざぬりかべの話をしたかと言えば、だ。

 

「いつになったら消えてくれるんだ、このぬりかべは」

『そんな落ち着き払って対処されたら消えるに消えられないでしょう』

「いやいや、そこはほら。妖怪なんだからさ。妖怪あるあるのなぞルールに従って、さっと消えてくださいよ」

『知らん』

 

 と。

 妖怪にはままある「謎のルール」をガン無視してずーっと居座ってる頑固なぬりかべが、ここにいるわけである。

 

 家に帰れねぇんだけど。困るなぁ。

 

 

 

 =〇=

 

 

 

 別に、何かあるわけでもない日。何かあるわけでもないんだけど、なんとなく普段使う帰り道を使いたくなくて。ちょっと遠回り、人気のない道で家路に付こうとした際。

 なんでか、ただの道なはずの場所に、壁があった。

 

「……あれ、道間違えたかな」

 

 普段通らないとはいえ地元の道だ。迷ったりはしないだろうと感覚で歩いてたけど、うん。思ったより俺は馬鹿だったのだろう。

 

 そんなはずはないと言いたいが、事実として目の前に壁がある。ぼーっとして道を間違えたに違いない、と振り返り。

 

「……いや、間違えてないよな」

 

 その光景から、くるりと手のひらを返した。学生時代、いやなことがあったら必ずと言っていいほど通った道だ。記憶の中にある光景は、振り返った先の視界と合致した。

 

 うん、きっと疲れているのだ。そう結論付け、きっと見間違いだと言い聞かせて。再び振り返り。

 

「……いや、やっぱり間違えてるな」

 

 その先に壁があるのを確認し。なんなら、触ったり叩いたりして確実にそこにあることを確認して。

 再度、手のひらを返した。

 

 しかしそうなると、今いる場所が分からない。仕方がないので、スマホを取り出して地図アプリを立ち上げる。

 

 方向音痴のバカには助かるよなぁ、ホント。さて、これで今いる位置が分かればどこで間違えたのかも分かるはず……

 

「やっぱり間違えてないじゃん」

 

 手のひらクルクル。

 地図アプリの示す現在地は、思っていた場所と合致した。

 さてそうなると、この謎の壁だけが残ってしまうのだけど……

 

「こんな道路のど真ん中に壁立てるアホはいないと信じたいが」

 

 現実は小説より奇なりとか言うし、ちょっと怖いところではある。

 けどまぁ、きっとそれは無理だろう。法律とか色々邪魔して出来ないようになってると思う。たぶん、きっと。

 

 とはいえ、やっぱりこの壁は謎のままなわけで……うーむ……んー……

 

「よし、壊してみるか」

 

 思考のキャパを超えた。

 ので、考えるコトを放棄することにした。大丈夫、地図アプリはここを公道だと言っている。

 壁がある方がおかしいのだ。壊したって文句は言われないだろう。

 

 と、言うわけで。手持ちの道具からドリルを採用。刃を取り付け、しっかり垂直にあてがい。いざトリガーを、

 

『ストップストップ!』

「うん?」

 

 静止がかけられた。

 一旦ドリルを壁からはなし、辺りを見回す。誰もいない。

 

 誰もいないってことは、気のせいだな。

 

 再度ドリルをあてがい、引き金を

 

『ストップって言ってるよね!?』

 

 ドリルを離し、辺りを見回す。

 誰もいない。以下略。

 

『ざっと確認だけして穴あけに戻らない!』

 

 何か聞こえる。

 が、さっきまでの通り誰もいなかった。つまりは、これも気のせいだろう。

 

 ここまで1秒で考えて、垂直に当てたドリルへ少し力をかける。

 

『とうとう反応なしになった!?わ、まって、ホントに待って!!』

 

 気のせいに付き合っている余裕はない。そもそもとして思考が止まっているのだ。引き金に指をかけ、そのまま。

 

「だから、待ってってば!」

「……は?」

 

 壁から、顔が生えてきた。

 若い女性の顔である。それが、ドリるためにちょっとかがんだ俺の顔の真ん前に。

 ふむ。ふむ……

 

 壁に人間の顔が生えるわけがない。

 ただ、なんとなく気分が良くないので、横に移動してから穴を開けよう。

 

「いやいや、ちゃんと現実を見て」

「おっと」

 

 移動した先にまた顔が生えてきた。さっきの方を見ると消えているので、移動してきたのだろうか。

 

「中に人がいる?」

「違う違う。そういうのじゃないから」

「とすると……」

「とすると、何?」

 

 ふむ。とすると、だ。

 

「いよいよもって疲れてるのかな、幻覚が見えるとは」

「なるほどそう来たか」

「どれだけ避けても見えるなら、もうこのまま穴開けるか」

「待て待て待て待て待て」

 

 俺の脳が生んでる幻覚にしては、やけにおしゃべりだなぁ。

 

「違う、違うから」

「違うとは?」

「そうじゃないから。幻覚じゃない。今目の前で起こってるの、全部現実だから」

 

 そんなことがあるかよ。

 

「だとしたら、おまえは何だと?」

「……え、自分で言うの、それ。アリなの?それ」

「アリなの?と聞かれても。分からんが」

「それはそっか」

 

 と、何故か納得した様子を見せて。

 

「えっと、ぬりかべやってます」

「ぬりかべ」

「そう、ぬりかべ」

 

 ぬりかべ。

 夜道とかを歩いてたら、なんか急に壁が現れる妖怪。

 ふむ、うん。なるほどなるほど。

 

「やっぱり幻覚」

「違うから」

 

 壁から手が生えてきて、ドリルを構えようとした手をひっぱたいた。

 ちょっと痛い。痛いってことは、つまり、えっと?

 

「マジな話なんですか」

「マジな話ですけれど』

 

 こっちが理解した様子を見せたからか、スーッと引っ込んでいった。

 うーん、なるほどなるほど。うん。

 ぬりかべかぁ。

 

「よいしょ、っと」

『あ、ようやく穴開けるの諦めてくれた?』

「あぁ、諦めた諦めた」

 

 刃を外してドリルをしまい、代わりにポケットから煙草、ライターを取り出す。

 1本出して、火をつけ。大きく吸って、吐く。

 

『……うん?』

「や、ぬりかべって一服したら消える妖怪だろ?とっとと消えてもらおうと思って」

『えー……さっきまで1ミリも理解しようとしなかったのに、何この順応』

「ほら、とっとと消えろよ」

『ぜって―消えてやらない』

 

 なんだこのぬりかべ、頑固だな。

 

 

 

 =〇=

 

 

 

 1本吸いきって火を消したころ。背もたれが残っている辺り、まだぬりかべは消えていない。

 おっかしいな、一服したら消える妖怪のはずなんだけど。

 何なら一定時間経過でも消える妖怪のはずなんだけど。なんでいるの、こいつ。

 

「なー。いつまでこの道塞ぐのさ」

『なんか釈然としないから、もうしばらく』

「どんなぬりかべだよ」

 

 や、妖怪って人に迷惑をかけるだけみたいな存在だから、正しいのかもだけど。

 

 とはいえこっちもやられっぱなしは悔しい。ふーむ。

 新しくタバコを取り出す。火をつけ、大きく吸い。

 思いっきり、壁に向かって吹いた。

 

『うぇっふ!?』

「あ、効くんだ」

『ち、近くに顔持ってきてたので……』

 

 いいことを聞いた。

 というわけで。もう一度大きく吸って、吹く。

 

『ちょ、やめ』

 

 再度吸って、吹く。

 

『オッケー分かりました、交渉しましょう』

 

 再度吸って、

 

『わかりました、譲歩します。こっちが譲りますから!』

 

 吹

 

「オッケーです参りました私の負けです、これでどうですか!」

 

 壁が消えた。

 そして、代わりみたいな感じで女の子が立っていた。外見年齢20歳前後くらいの。

 顔は見覚えがある。さっきまでたまに壁から生えてきてた顔だ。

 

 ならば、と周囲を見る。壁はきれいさっぱり無くなっていた。

 

「まったく、ぬりかべで困惑したり幻覚を疑うまではともかく。ドリルで穴を開けようとしたり、タバコの煙を吹きかけたり。前代未聞ですよ」

「一服したら消える、っていうぬりかえべの特性ガン無視したそっちが悪い」

「冷静に一服して消そうとしたあなたが悪いです」

 

 いや、どう考えても道をふさいで邪魔してきたほうが悪いだろ。

 

「それに、ですよ」

「おう」

「こーんな可愛い顔をしてるのは分かってたのに、なんだって消そうとしますか」

「え、なにその自分への絶大な自信。怖い」

「事実ですから」

 

 確かに顔はいいと思うけど、それでも怖い。

 

「でも」

「はい?」

「顔だけ壁から生えてても、奇妙なだけだからな」

「……まぁ、それは置いといて」

 

 置いとくな。かなり重要な問題だろ、それは。

 

「それに、ですよ。仮に、万が一に、そこが重要な点だったとして」

 

 何の疑いようもなく重要な点だが。

 

「それはさっきまでの話で、今はほら、ぱっと見可愛い人間でしょう?」

 

 んー……

 それはそう、なんだけど。

 

「なんですか、何か言いたげですね。いいですよ?思った事を素直に言って頂ければ。ただの壁だと思ってたぬりかべが実はこんな超絶可愛い女の子だった、と言いう事実に対して、思うところがあるなら」

「俺、巨乳派だから別に」

 

 ぬりかべは。

 名は体を表す、という言葉が異常なほどにしっくりくるレベルで。

 

 絶壁だった。

 

『絶対ココ通してやんねーからな!』

 

 どうやら地雷を踏んだらしい。ぬりかべがまた壁に戻った。

 しかも今回は、前後共に塞ぐ形である。

 

 ……あれ、ヤバいのでは?

 



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第三十八回 のっぺらぼう

 のっぺらぼう、なる妖怪がいる。

 目、鼻、口がなく、まっ平らな顔をした妖怪。言ってしまえば、た

それだけの存在だ。

 

 ただそれだけの存在なのだが、語られ方がちょっと凝っていて、大人になってみれば面白く、子供の時分

には恐怖をそそられるようにできている。

 こうして語るのは得意ではないので上手くいかないかもしれないが…

 

 夜道を歩いている男性がいる。その最中、ふと目の前を歩いている男性に出会う。

 こんな夜道で何をしているのだろうか、と見てみると、その男性には顔が無かった。

 

 そんなものを見てしまったのだ。恐怖で腰を抜かしそうになりながら慌てて逃げだすと、逃げた先で女性

の後姿を見つけた。

 恐怖を抱いていたその男性は救いを求めてその女性に声をかけるも、振り返った女性にも顔がなかった。

 

 再度慌てて走り出す。しばらく走っていると、タクシーを見つけた。あんなものに出会ってしまったのだ、1人でいるのにも限界を感じ、タクシーに乗り込む。

 

 どうしたんですか、と声をかけられ、安心した男性は先ほどまであったことを話す。

 すると、タクシーの運転手は振りかえってこう言うわけだ。

 

『それって、こんな顔じゃなかったですか?』

 

 ここまで来たら、想像はつくだろう。

 その運転手にも、顔はなかったのである。

 

 以上が、のっぺらぼうのお話。

 何度も何度も怖いシチュを繰り返す表現を「再度の怪」とか言うのだが、まぁこの場ではそれは割愛。

 

 さて、ココまでの話から分かることはなんだろうか。答えはいたってシンプル。

 

「だからさ。全員顔が同じで見分け付かないから、見分け付くようにしようよ」

「いや、その……その時点でこう、自分たちのっぺらぼうっていうアイデンティティ失うんですけご……」

「アイデンティティもなにも、顔が一切見分け付かない時点でそんなものないじゃん」

「そういう話ではなくてですね……」

 

 そう。こいつら、一切見分けがつかないのである。

 

 

 

 =〇=

 

 

 

 これだけの話を置いておいても何も分からないだろうから、簡潔に彼らと出会った時の話をしようと思う。

 

 夜、バイトからの帰り道。ふと、道のわきで蹲っている男性を見つけた。

 面倒ごとに巻き込まれるのは勘弁なのでスルーしようとしたのだが、スルーしたらそれはそれで後味が悪

そうだ。

 というわけで、一声だけかけることにした。

 

「あのー、大丈夫ですか?酔っ払い?」

 

 ちょっと思い返してみると、失礼だったかもしれない。

 

「あぁ、大丈夫です。ちょっと腹痛がするだけで」

「そうです?ならいいんですけど」

「はい、本当に―――」

 

 と。そこで、伏せていた顔をこちらに向けtた。

 

「ありがとうございました」

 

 その顔には、何もないように見えた。

 

「ホントに大丈夫なんです?」

「え?」

「いや、なんか顔色がやけに真っ白に見えるもんですから……」

 

 見えるだけだろう、ということでその場は結論付けた。

 

「あ、はい。大丈夫ですけど……」

「ならよかった。じゃ、俺はこれで」

 

 本人が言っているなら大丈夫なんだろう、ということで通り過ぎた。これが一人目。

 

 んで、そこからしばらく歩いてみて。うつむき気味に歩いてくる女性が視界に入った。こちらに向かって

来ているので、もうしばらくしたらすれ違うだろう。

 

 先ほどの男性のことを伝えるかどうか、一瞬悩んだ。

 けれど、まぁ言っておくことにした。

 

「あのー」

「はい?」

 

 うつむき気味なままだが、立ち止まってはくれた。

 

「この先、なんか体調悪そうな男の人が蹲ってたんで。なんもないとは思いますけど、気になるなら別の道

で行った方がいいかもです」

「あ、そうなんですか。ありがとうございます」

 

 こんなこと言われても困るかなぁ、とは思ったが。まぁ、言われて判断するのはこの人なので。

 

「なんかこう、妙に顔色が白かったんで。唐突に嘔吐されて、靴とか汚れるかもですし」

「それは嫌ですね……」

 

 と。そこで、こちらを向いてくれた。

 

「すみません、助かりました」

 

 そして、一礼。そのまま顔をあげて……

 その顔には、またもや何もないように見えた。

 

「あれ、貴女も顔色悪いですよ?」

「え?」

「早く帰ってゆっくりなさってください」

 

 まさか2連続で顔色悪い人に出会うとはなぁ、と思いながらその女性の隣を通り過ぎた。

 

 そしてさらにしばらく歩いてみて。

 男性に出会った。ちょっとしっかり目な服装の人。なんだろうな、と見ていると、被っていた帽子を取り。

 

「あのー……えっと、お兄さん?」

「なんですか?」

「その、ちょっと聞きたいことがあるんですけど」

「いいっすけど……」

「あ、はい。では―――」

 

 と。そいつはそのまま、こちらに近付いてきて。

 

「この顔について、なにかこう、ないんですか?」

 

 また顔色悪いなぁ、と思っていた顔に、どうやら何もないらしいことを悟った。

 うーん、なるほど?

 

「あれだな」

「あれ」

「見分けがつかん」

 

 体感としては、三連続で同じ顔を見せられていることになるわけだ。

 似てるとかじゃなくて、まるで違いが見分けられないレベルに。

 

「……え?」

「紛らわしすぎる」

 

 ありえないだろう、と感じるわけだ。

 

 

 

 =〇=

 

 

 

「でもさ、こうして3人並んでもまるで見分け付かないじゃん」

「いや、服装でいくらでも見分けつくじゃないですか……」

「服装なんていくらでも変えれるんだから」

「や、それはそうなんですけどね?」

 

 個人の見分けがつかない、というのはまぁまぁ大きな問題だと思うのだけど。

 それこそ、「目元を隠すだけでその写真が誰なのか分からなくなる」

なんていうほどなのだ。顔全部がないとなると、個人の区別はつかないと言っても過言ではないはず。

 

「だからほら、例えば誰かは髪飾りつけるとか」

「それ、服をいくらでも変えられると同じ事では?」

「確かに」

 

 言い負かされてしまった。

 

「じゃあ……書くとか?」

「何を?名札?」

「いや、顔」

「アイデンティティがですね!?」

 

 いいアイデアだと思うんだけどなぁ。

 

「まぁまぁそう言うわず、1回どうです?試しに」

「試しに、で人の顔に落書きできるの怖すぎませんか?」

「でも、それくらいしないと見分けがつかないんですよ」

「つく必要がないんですよね」

 

 次会った時に俺が困るだろうが。

 

 にしても、許可は出そうにない。ふーむ……

 

「えぇい、描かせろ!」

「本音はそれだな!?」

 

 あったりまえだろ。合法的に人の顔に人の顔かけるなら、そんな面白い話はない。

 面白そうだからやってみたい。と言うかやる。何としてもやる。

 

「覚悟しやがれ、ぬっぺらぼうの概念が消失するくらいの顔を描いてやる」

「いらないいらない。微塵もいらない」

 

 なお、この時の後日談としては。

 別日、マジで筆やら何やらを持参したのだが、盛大に顔に墨をぶちまけてしまい真っ黒なぬっぺらぼうを

作りだしてしまったのだが。

 

 面倒なので、それは別の話としよう。

 



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第三十九回 枕返し

 我々は枕返しである。名前はまだない。それどころか姿もない。

 ただそこに存在して、どこにでも存在して、しかし存在しない。それが枕返しである。

 

 ……意味が分からないな。修正。

 特に姿かたちも定まってない、ただやることだけが決まっている妖怪。

 それが、枕返しである。

 

 え、なにをするのかって?名前の通り、枕をひっくり返す。たまに頭と足の向きをくるっと変える。

 以上。

 

 地味な悪戯だと侮るなかれ。これでいて中々に奥が深いのだ、枕返し道は。

 イメージがつかない?ふむ、じゃあ仕方ない。その一例を話してやろうじゃないか。

 

 

 

 =〇=

 

 

 

 私は枕返し。特に一人称に意味はない。姿もないので、こういうのは気分十割だ。

 さて、そんなわたしが普段何をしているかと言えば、当然枕を返している。単純と思うなかれ、これで中々に奥が深い。

 

 文面での説明となると難しいのだけど……例えば。手前が低く、奥が高くなっている枕がある。こういう枕はやれることが多い。

 

 奥と手前をひっくり返せば、普段より妙に高い枕ができる。それも、狭い範囲で支えることになるから安定感もない。きっと寝覚めは最悪だろう。

 また、裏表をひっくり返すのもいい。あの手の枕の裏側は平面になっているから、表面の高低差によって斜面状の枕が出来上がる。ずるずると頭が滑り落ち、首か肩に負荷をかけることができる。

 

 と、1種類の枕を例にしても色々やれることがあり。その日その時でどうするのか?が腕の見せ所なのである。

 

 前置きが長くなった。さて、本題に入ろう。

 今日忍び込んだ家。家主の枕元で顎に手を当て、考えていた。体はないが、コレは気分の問題である。

 

「うーむ、どうしたものか・・・」

 

 男の頭が乗っている枕を見る。

 平面。いたって普通。他の人からみたら、なんてことはない枕なのだろう。

 が、私達枕返しにしてみれば。そんなことはないのである。

 

 上下・裏表ともに全く同じ枕、というのは。

 なにせ、返したところで寝心地はほぼ変わらない。下手をすれば、朝起きた際に気付かれることすらない。

 

 や、どうなんだろ。案外気付くのかな。だとしても、さして不快感は与えられないように思う。

 

 さて、そうなるとどうしたものか。一応、こういう場合の最終手段というのは存在するのだけど……

 

「ここで頭と足を返すのは、負けた気がする」

 

 その最終手段は、枕返しにしてみれば「参りました」と言っているような物なのだ。

 もう他にやれることがありません、参りました、と言っていることになる。なんか悔しい。よって却下。

 

 さて、どうしたものか……なにも無しに考えていても仕方ないので、一旦枕を抜き取ってみる。

 ワンチャン家主の頭が乗っているせいで同じに見えているだけだったりしないかなぁ、と一縷の望みをかけてみたが、当然そんなことはなく。あまりにも没個性的な枕がそこにあった。

 

「何でこんな枕で寝るかなぁ」

 

 そのせいで私がこんなにも悩むはめになっているのだ。猛省してほしい。

 苛立ちを抱えながら、その家主を見る。なんだか寝苦しそうにしている。まぁ枕無しで寝てるんだし、当然と言えば当然か……

 

「もうこれでいいんじゃないかな」

 

 ついボヤいてしまったが、そうもいかない。これでは「枕返し」ではなく「枕抜き取り」である。何かしらの形で「ひっくり返す」ことはしないと……

 

「あ」

 

 ふと、頭の中にイメージが浮かんだ。そのイメージのまま、手元の枕をみる。

 白い。まぁ現代の枕と言えばこのカラーなんだろうけど、真っ白だ。枕カバーだからと洗濯をサボるタイプでもないらしい。

 

 と、言うわけで。

 枕無し・仰向けで寝ている家主の顔に、抜き取った枕を乗せる。枕と頭をひっくり返す。

 

「……よいのでは?」

 

 まずそもそもとして、枕無しで寝るというのは、思っている以上に体への負担が大きい。

 とくに、首や肩。「寝る」という行為において、枕というモノは重要なのである。

 

 次に、その枕の行き先。当たり前だが、仰向けに寝ている人間の顔にものを乗せると。それも顔全体を覆うようにものを乗せると、息苦しくなる。

 今回は枕なので、しっかり顔全体を覆えるうえに、重みもある。息苦しいことだろう。

 

 そして、最後に。この枕は、白い。

 仰向けに寝ている人の顔に、顔全体を覆う白い布。

 ビジュアルがとっても良い。

 

 うん、パーフェクト。

 

「よーし、いい仕事した!」

 

 

 

 =〇=

 

 

 

 どうだろうか。これが、枕返しの仕事例なわけだけど。

 ただ「枕を返す」。言ってしまえばそれだけのことだが、時として発想の転換も必要となる。

 思いの外複雑な仕事なのだ。

 

 他には……あぁ、こんなのもあったか。この報告書を読んだときは、つい微笑ましくなってしまったのだけど。

 

 

 

 =〇=

 

 

 

 どうも、枕返しです。

 とはいっても、まだ生まれたてな新人なんですが……まぁ、新人なりに毎日頑張ってます。

 で。今、さてどうしたものかと考えています。

 

「えっと……抱き枕、って言うんだっけ」

 

 そう、抱き枕。今回訪れた家の人が、抱き枕を使っていたのです。それだけでなく、本来の枕をほぼ使っていない。抱き枕に頭も含めてほぼ全て預けている状態。

 本来の枕も使っていたら、枕と抱き枕を入れ替えてしまえばよかったのですが……これでは、そうもいきません。

 

「どうしよう……とりあえず、1回ひっくり返してみる……?」

 

 何をしたものか、と。そもそも抱き枕は形状的にひっくり返したところで何も変わらなさそうなのですが、何もしないではいられず。

 枕を引っこ抜いて、

 

「あ、可愛い」

 

 半ばまで引っこ抜いたところで、抱き枕のデザインがはっきり見えました。緑色の髪の、可愛らしい女の子。若干幼くは見えますけど、まぁ、はい。それは置いておきましょう。

 

 さて。

 

「で、コレをひっくり返」

 

 したところで、パッと元に戻しました。

 裏面、裸でした。あと、表情がなんかこう、アウトでした。

 

「マ……マジかぁ」

 

 こう、わたしが何となく恥ずかしい、くらいの話だったら別にいいんですよ。いや、よくないですし何だかこういたたまれなくなってるのはそうなんですけど、それではなくて。

 最終的にどう「返したのか」、を後々写真付きの報告書にしないといけなくて。

 

 あっち側の写真を乗せた報告書、上司に提出したくないなぁ!

 

「どうしよ……」

 

 いっそ上下反転くらいで……と思ったけど、抱き枕でそれをやったところで寝ている当人にダメージはない。寝心地……抱き心地?に変化はないだろう。

 いや、でも……

 

「そもそも、寝心地に変化を与えれるのか、これ」

 

 抱き枕。形状が形状なせいで、どうやったところで寝心地に変化があるようには思えない。抱き枕の側が付喪神か何かになっていたら抱く側と抱かれる側をひっくり返すことも出来たのだけど、そんな様子もない。

 

 うーん……

 

「仕方ない。寝心地に変化、は諦めよう」

 

 出来ない物は仕方ない。なので、何とかこう「やれる範囲で頑張りました」というアピールが出来る範囲で手を打とう。

 

 そうなれば、ココからは頭を柔らかく。何を「ひっくり返す」のが、この場で一番意味を持たせられるか。「なにかやったぞ」感をたたき出せるのか。

 

 抱く側と抱かれる側は入れ替えられない。

 枕カバーの中に家主を入れる?うーん、サイズ的に入りそうにない。

 頭と足を入れ替える?それは逃げだ。それをするくらいなら死を選ぶ。

 

 うーむ……

 

「あ」

 

 思い付いた。寝心地には何も作用しないけど、寝起きに対してダメージを与えられる手段。

 問題は、準備ができるかどうか。たぶん行けると思うんだけど……

 

 

 

 =〇=

 

 

 

 で、この後。彼女は結局どうしたと思う?ヒントとしては、一度物を準備しにどこかへ向かったのだけど。

 なんて、引っ張っても仕方ないので、言っちゃうんだけど。

 

 枕カバーの性別を、ひっくり返した。

 ついでと言わんばかりに、「女性表面」だった抱き枕を「男性裏面」にしていった。

 

 上がってきた報告書を見て気になっちゃったから見てたんだけど、翌朝、男性悲鳴上げてたからね。

 人って寝起きであんな悲鳴出るんだね。千年くらい枕返ししてるけど、はじめて知ったよ。

 

 と、まぁこんな感じで。

 詳しく知らないと「枕返し?ただ枕をひっくり返すだけでしょ?」とか言われがちなんだけど、なんやかや色々難しいんだって分かってもらえたかな?

 

 少しでもそんな認識を持ってもらえたら嬉しい。

 

 ……え?僕だったら、あれらの場面でどうしてたか、って?

 そんなん決まってる。頭と足ひっくり返して帰ったさ。当然だろう?

 

 そういう時のために、切れ味抜群の包丁と縫合セットが持たされてるんだからさ。

 



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第四十回 マジムン

 マジムン、という妖怪がいる。

 沖縄に伝わる妖怪で、その姿は多種多様。ともすれば、とある要素を持つ妖怪を全てマジムンとしたのではないか、とすら思えてしまう。

 

 うん?どんな特徴か?

 えーっと・・・

 

 一つ目。それは、ケガをした動物の姿である。

 例えば、片足のないアヒルだとか、片角のない牛だとか。豚は五体満足だったような気がする。

 まぁ、こっちは別にいい。見た目が気持ち悪いってだけだし。

 

 問題なのは、二つ目。

 それは、足の間をくぐられると死んでしまう、というもの。

 足の間をくぐられるだけで、である。どうしろというのか。

 いや、牛とか豚とかは別にいいんだ。背後からこっそりと、とかされ無ければ、まず気付けるから。対処する余地がある。

 

 が。アヒルは無理だろう。もっと言えば、赤ん坊も無理があるだろう。気付けやしない。事実上回避手段がない。

 何とも悪質な妖怪である。

 

「はず、なんだけどなぁ」

 

 と。ここ数日にあった出来事を日記に記しながら、ぼやいてしまう。

 書き出してみると、結構悪質な妖怪なはずなんだけどなぁ……

 

 

 

 =〇=

 

 

 

「……うん?」

 

 日差しが強すぎて視線を下気味に歩いていると、前方に何かを発見した。

 いや、何かと言うか、うつ伏せに倒れている人影を発見した。

 

「マジか」

 

 いいながら、この暑さじゃそういう事もあるか、とも思う。熱中症はバカにならない物だし、油断しているとすぐにぶっ倒れることになる。

 なんて考えていてもアレなので、スマホを取り出しながら近づいてみることにした。

 

「あのー、大丈夫ですか?」

「え、あぁ……」

 

 しゃがんで(確かこうだったよな……)と肩をゆすってみると、返事が返ってきた。意識はあるようだ、安心。

 

「あのー、大丈夫ですか?まずそうだったら救急車呼びますけど」

「あー」

 

 大丈夫じゃなさそうだ。

 まぁ大丈夫だったとしても、この状況で救急車を呼んで怒られることはないだろう、と119番しようとして。足に、何かがぶつかってきた。

 

「うん?」

 

 視線を下にずらす。

 そこには、道にぶっ倒れていたおっちゃんが、地面を這いながら足にぶつかってきている様子があった。

 

「えっと、何してるんですか?」

「いえ、足の間を通り抜けようかと」

 

 何を言っているのか、まるで分らない。そんな俺の混乱は気にも留めず、のっそりと這いながら足に頭をぶつけてくる。

 

 あれかな。危ない人に声かけちゃったかな。

 それか、熱中症で頭やられちゃったのかな。

 

 後者だと思い込むことにした。

 

「えっと、なんで?」

「や、こう……立場的に、とりあえずくぐっとかないとかなぁ、って」

「どういうことだよ」

「マジムン的にはこう、人の足の間はくぐっとかないと」

 

 なんだ、マジムンって。何者だよそれ。変な宗教とかやってないよな、一層関わるのが怖くなってきた。

 

「あの、くぐれないんで立ってもらう事とかってできないですかね?」

「はぁ……」

 

 とはいえ、まだギリギリのところで残っている「熱中症で頭をやられて

しまっている」という可能性。それを信じることにして、立ちあがった。

 何かしてて意識を保ってくれるなら、なんかその方がいい気もするし。

 

「これでいいですか?」

「あ、はい。ありがとうございます」

 

 何やら満足げな声音で返事をし、改めて這ってきた。

 

「……あの、くぐれないので、ですね」

「はい」

「もう少しこう、足を広げてもらえませんか?」

 

 肩のところが引っかかって進めず、なんか追加要求をしてきた。うーん。

 

「えっと、ですね」

「はい」

「大変失礼かとは思うのですが」

「はいはい」

「あなたが通れるくらいまで足を広げるのは、無理があるんですよね」

 

 言いたかないのだが。

 真っ先に熱中症で倒れてるのを疑った理由になるのだが。

 

 ちょっと駄目なんじゃないかってくらいのデブなんだよな、この人。

 

「えっと、満足しました?そしたら救急車呼ぶので、じっとしてて欲しいんですけど、」

「……仕方ない、瘦せるかぁ」

 

 なんて言い残して。

 パッと、姿が消えた。

 

「……うん?」

 

 姿が、消えた。

 うそん。

 

 

 

 =〇=

 

 

 

 あの後。

 暫く呆然として。そうもし続けられないので、無理矢理意識を再開した。

 

「何だったんだろうな、あれ……」

 

 ポンっ、と煙になって消えた以上は妖怪とかそういう方向で考えざるを得ないんだけど、さて……

 

「そういえば、マジムン、とか言ってたよな……」

 

 試しに検索してみる。マジムン。

 えーっと、何々?足の間をくぐられると死んでしまう、沖縄の妖怪の総称的なあれなのか、マジムン。

 

「ざっけんなよあのデブ」

 

 平然と殺そうとして来てたのか。

 ってか、人間の見た目してるマジムン「赤ん坊」しか該当するのなさそうなんだけど、あのデブあれで赤ん坊のつもりだったのか?それで這ってた?

 

 不審者デブでしかなかったぞ、あれ。

 

「……まぁ、でも。あの体じゃ人の足の間はくぐれないか」

 

 無害説、浮上である。

 無害なら、まぁいいか。

 

「ま、こんな非日常は忘れてしまうに限r」

「マジムン、いっきまーす!」

 

 何かが後ろから突撃してきた。

 より厳密には、背後から俺の足の間に入り込み、救い上げるようにして持ち上げ、背に乗せて走り出した。

 

「なんだなんだ!?」

「あっ、自分マジムンです!」

「はぁ!?」

 

 突然のことに混乱しながら、自分を乗せている生き物を見る。

 牛である。角が片方折れてるけど、牛である。

 

 牛が平然と人間の言葉を話しながら俺を背に乗せ走っている。

 

「なんだこの状況……」

「驚きました?」

「あー、うん。それは、まぁ」

 

 驚きはした。が、それ以上に連続でマジムンに遭遇したことに困惑してる。

 人語を話す牛は、分かりやすく異常だ。

 

「えっと、マジムンさん?」

「はい、なんでしょう人間さん」

 

 人間さん呼び。ちょっと不思議な感じだ。もしかしてマジムン呼びも向こうにしてみればそうなのだろうか。

 

「何が目的で?」

「そりゃあもちろん、足の間をくぐる事が目的ですよ」

「命取りに来てやがる!」

 

 やっぱりそういう妖怪なのだろう、マジムン。迷惑にもほどがある。

 

「ふっふっふ、どうです?怖いです?横幅が大きいという欠点を相手を持ち上げることで解決したこの知略、褒めてくれていいんですよ?」

「何で俺の命を取りに来た相手褒めるんだよ」

 

 意味が分からん。

 意味が分からんし、

 

「なぁ、マジムンさんや」

「なんだ、人間!」

「今俺は、おまえの背に乗ってるわけなんだが」

「あぁ、そうだな。この天才の策によってな!」

「このまま乗ってると、いつまでたっても『足の間をくぐった』ことにはならないんじゃないか?」

「………あ」

 

 止まった。

 なんでかずっと走り回ってた牛が、立ち止まった。

 

「そうじゃん……意味ないじゃん、これ!?」

「うんうん、そうだねー」

 

 頭を抱えるようにしてしゃがんでくれたので、頭側から降りる。

 万が一横とか後とかから降りて「くぐった」判定になられても困る。その点、頭から降りれば確実だろう。

 

「そんな……思い付いた時、あまりの天才さに三日三晩宴を開いたのに、こんな落とし穴があっただなんて……」

「そこまで」

 

 すぐに気づきそうな物なんだけど、そう上手くはいかないのか。

 

「あ、じゃあ俺もう行きますんで」

「なんで……どこで間違えたんだ……」

 

 聞こえちゃいなさそうだったので、気にせず立ち去ることにした。

 何だったんだ、こいつら。

 

 

 

 =〇=

 

 

 

 マジムンその1。デブすぎて人の足の間を潜り抜けられない。

 マジムンその2。頭が弱すぎて人の足の間を潜り抜けるところまで考えられない。

 

 以上が、俺の出会ってきたマジムンである。

 

「仮に」

 

 そう思うと、結論は単純な気がして。

 

「仮にアヒルとかのマジムンが来たとしても、なんかあって潜り抜けられないんだろうなぁ」

 

 きっと、種族全体としてポンコツなんだろう。

 どうにもならないね、うん。

 



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第四十一回 『迷い家』『自慢したがり』

 迷い家、って知ってますかい?

 ちょっと、なんだコイツ、みたいな顔しないでくださいよ。可愛い後輩が雑談振ってるだけじゃないですか。

 え?言い方が胡散臭い?あー、それは……狙ってないといえばウソになるような……

 

 って、そんなことはどうでもいいんですよ。話を戻しますよ。

 そう、迷い家です。聞いたことは?ある。よっし、それはなにより。説明が雑で済むんで助かります。

 ざっくり言えばご存じの通り、山の中に唐突にあらわれる、無人の、なんか妙に立派な家。

 んで、そこから何かを持ち帰れば幸福が訪れる、ってされてるやつです。

 

 どうです?知ってるのとズレてたりは……しなさそうっすね。んじゃ、このまま進めますけど。こないだ、それに遭遇したんすよ。

 

 ……ちょっと、やめてください。そんな「頭でも打ったか」みたいな目で見るの。結構心に来るんすよ、それ。

 や、ホントに。コーヒーでも飲む?じゃないんですよ。疲れてません、なんもないですって。直の先輩なんだから、今週自分が仕事してるフリしかしてないの知ってるでしょ?

 

 や、それもそうだな、って納得されるとそれはそれで困る物があるんですけど。まぁいいや。

 

 んで、その時の話なんですけどね―――

 

 

 

 =〇=

 

 

 

「あれ、こんなとこに家なんてあったっけ……」

 

 人気のない山奥を散歩する。そんな場所によっては命知らずともとられうる趣味を持っている身の上として、よく来る山の中はおおよそ把握しているつもりだったのだが。

 その日は、まるで見覚えのない家に出くわした。

 

「ふーむ」

 

 なんだろうこれ、と。とりあえず、考えてみる。

 一番現実的なのは、この山の持ち主が家を建てた、とか。なんかそういう方向性。俺が来てなかった間に新築されたから知らなかった、みたいな。

 ただ、俺先週もこの山来たよな……

 

「家って一週間で建つモノなのか」

 

 技術の進歩に感動を覚えながら、スマホを取り出す。「家 建築 期間」。

 建てるだけでも3~6ヶ月。うん、ないな。

 

「それに、新築にしてはぼろいよな」

 

 いや、ぼろいというのはちょっと表現が間違っているか。正しくは、古い。さすがに築一週間の見た目ではないくたびれ感と、現代に似合わない古い外観をしているのだ。

 

「うーん」

 

 分からない。シンプルに匠の技術で古民家を超リアルに1週間で再現した、という可能性もあるにはあるが、まぁ、うん。無いだろう。

 

「うん、分からん」

 

 となれば、だ。玄関に歩み寄り、インターホンらしきものはなかったため、戸口をノック。三回以上、とかだっけかと思いながらとりあえず四回程。

 

「すみませーん」

 

 聞こえなかった可能性も考え、声も出す。先週なかったのは間違いないのだ。そんな摩訶不思議現象の中なら、急に知らん奴が聞いてきてもおかしくはないだろう。

 分からないのなら、聞けばいい。

 

「反応ないな」

 

 留守、という可能性もある。が、このままよく分からない状態で帰るのもなんだかなぁ、なので。一縷の望みにかけて、再びノック。

 

「すみませーん」

 

 当然、声もかける。と、扉がひとりでに開いた。

 

「あ、すみません急に知らん奴が」

 

 と、まぁ先手を打って無礼を謝ろうとし、言葉の先を失う。

 誰もいなかった。扉を開けた人、なんてものは存在しなかった。

 

「うそん」

 

 ノックの振動で自動的にあいた?いや、流石にそれはないだろう。マンションの共通入り口を遠隔であけるあれ?それならまぁ、めっちゃ不釣り合いだけど、納得は出来る。

 

「……ってことは、入ってもいいのかな?」

 

 なんとなく。

 そう、なんとなく。入ってもよさそうな、と言うか。当たり前に入っていいモノだ、という感覚に襲われ。しかしそれに従って不法侵入する勇気もなく。

 なんとなく、自分の中で納得できる言い訳を準備してしまう。そんな感覚。

 

 とまぁ、長々と語ったが。

 それに従って、俺はその古民家に足を踏み入れた。

 

 

 

 =〇=

 

 

 

「それ、不法侵入だろ」

「まぁ、そうなりますよね」

 

 あの後。

 結局話してる最中に缶コーヒーを奢ってくれたので、二人そろって飲みながら話した。

 うん、まぁなんの反論も出来ない正論。

 

「いやまぁ、今ここにいるってことは大丈夫だったんだろうけど」

「大丈夫だった、んじゃないですかねぇ」

「おい、そこ曖昧なのかよ」

「だって、人いなかったですもん」

 

 オマエ、って目をされたので弁明。

 

「ほら、言ったじゃないですか。迷い家、って」

「言ってたな」

「いわゆる妖怪現象的なアレですよ?不法侵入打逮捕だ、の対象からは外れてるんじゃないかなぁ、って」

 

 んなわけあるか、って目をしてる。

 まぁ、うん。仕方ない。

 

「んで、その後なんですけどね」

「いや、平然と話をつづけるな」

 

 続けさせていただきます。

 

 

 

 =〇=

 

 

 

「なるほど、つまりこれは迷い家ってやつなわけだ」

 

 暫く散策して。

 とりあえず、自分の中でそう結論を出した。

 

 まだ暖かい囲炉裏に湯呑のお茶、体温の残る座布団的な何かに、やはり誰の気配も感じない、その癖生活感はある家。

 これは、そう。昔何かで読んだ、迷い家って奴に違いない。

 

「んなわけあるかい」

 

 と、直感的に出た結論に理性が反論を示す。

 まぁ、うん。こうなるのも分かる。というか、きっとこれが正しい。妖怪なんてものはいないのだと、成長と共に学んでいくのが人間というモノであり。その果てにたどり着くのが、夢も希望もない我々社畜という大人なのである。

 ……とまでは言わないが。まぁ、そんな感じの存在として。そんな直観は否定するのが流れという物だろう。

 

「モノのはずなのに、なんかしっくり来てるんだよなぁ」

 

 ないはずなのに。

 なぜか、俺の中では「これが迷い家だ」という結論を受け入れてしまっている。

 

「……そういう妖怪現象、なのかな」

 

 もしかして。そう直感的に認識してしまうのまで含めて、迷い家という妖怪現象なのだろうか、と。

 そんな荒唐無稽な考えまで浮かんで来た。

 

 仕方ない。

 考えても結論が出ないようなことは、受け入れてしまうしかない。そういうものだ、ってことで良しとしよう。

 

 これは。ここは、迷い家だ。

 

 結論付けると、なんかすっきりした。

 

「迷い家、ってことは……」

 

 そう。「何かを持ち帰ると幸福が訪れる」。それが、迷い家のざっくりとした本質。

 何盗んで帰ろう。

 

「あんまりでかいのは、目立つし持ち帰りづらいし……」

 

 と、すぐに目に付くようなものは除外する。

 

「かと言って、誰が使ったかも分からない湯呑とかは、なぁ」

 

 なんとなく。生理的になんかヤダ、というヤツだ。昔読んだのではお椀とかを持って帰ってた気もするのだが、それはそれである。

 なんかやだ。であるのなら、無理。

 

「何かないかなー、っと」

 

 というわけで。いたし方なく、家探しをすることにした。箪笥の棚とかを引っ張り出して、何かお手軽なものはないか、と。

 

「お」

 

 と。3か所目くらいで、よさげなサイズ感の物を見つけた。

 薄い木の板に葉っぱの絵柄を刻み、穴をあけて紐を通したモノ。歴史感じる的な観光地ではまれに見かけるキーホルダーとか、なんかそんな感じの物。

 

 パッと持って帰れるし、持ち運ぶにも難はない。なんなら身に着けていることも出来る品物。

 うん、丁度いいじゃん。

 

「貰っていきますね、これ」

 

 ポケットに入れ、棚を再び戻して立ち上がる。もう用はない。

 玄関に向かい、玄関を出て。そのまま帰ろうとして、最後にもう一度みておこうかと振り返って。

 

「消えてんじゃん。マジかよ」

 

 すっかり、跡形もなく消えていることに気付き。妖怪現象ってやつはホントにあるんだなぁ、と実感するのだった。

 

 

 

 =〇=

 

 

 

「ってことがあったんですよ」

「ほーん」

「いや、ほーんて」

 

 なんて軽い返答なのだろう。

 

「んで、これがその時持ち帰ったキーホルダー?根付け?なんですけど」

「はいはい」

 

 と、あれ以来なんとなくポケットに入れて持ち歩いているのを取り出し、テーブルの上に置く。何故か触れようとはせずに、器用に眺めていた。

 

「で?続きとしては、コレを持ってからマジでいいことがあるんですよ、的な?」

「あー、まぁそうですね」

 

 おかしい。先輩が物理的にちょっと距離をとった。

 

「つっても、大したことじゃないんですけど」

「うん?」

「例えば、こう。なんか最近よく自販機の当たり引くなー、みたいなのとか」

「そういえば、最近なんでか2本持って帰ってきてたね」

 

 そう。毎回じゃないけど、5回に1回くらいの確率で当たりを引くのだ。嬉しいんだけど、呑みたい気分じゃない時に当たっても、ちょっと困る。

 

「なんかまぁ、そんな感じのプチ幸運が重なるんですよね。最近」

「……プチ、だなぁ」

 

 なんでか先輩が頭を抑えた。どうしたんだろう、期待外れだったとか、そんな感じかな。

 

「と、そんなよく分からないことがあって、よく分からない物を持って帰ってきました、みたいな話なんですけど」

「あー、うん。ちなみになんだけどさ」

「はい?」

 

 脈絡のない質問タイム。が、まぁ、うん。コーヒー代分くらいはそういうのにも付き合おう。

 

「先輩も買いませんか、みたいな結びだったりする?」

「しませんよ。一個しかないんですから」

「あ、うん。じゃあ一緒に行きましょう的なのとか」

「ないですよ。別日に行ってみたりもしたんですけど、たどり着けなかったので」

「そっかぁ」

 

 今度は両手で顔を覆った。

 どうしたんだろう、今日の先輩忙しいな。

 

「いや、うん。いいか、一旦」

「はい?」

「いや、こっちの話」

 

 勝手に悩んで勝手に解決してる、この先輩。すご。

 

「ただ、な」

 

 と、解決しながらも言う事はあるようで。そんな言葉が出てきた。

 

「はいはい」

 

 ので。良い後輩として素直に聞いておこう、という方針に動き。

 

「変な宗教にはまったか、コイツ。とは思ってる」

「あー」

 

 納得してしまった。

 確かに、なんかこう、妙に宗教っぽい。カルトチックな何かに嵌った後輩の図だ。

 慎重にもなるわな、うん。

 

「先輩」

「うん?」

「ちがうんです」

 

 納得とまではいかないけど、少なくとも変なカルトには嵌ってない、と納得してもらうのに1週間かかった。

 



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第四十二回 目玉しゃぶり

 目玉しゃぶり、という妖怪がいる。

 待て、待ってくれ。うん、分かる。誰だってこんな名前の妖怪いるわけないって考える。それは、そう。

 ただ、そうは言ってもだ。いるものはいるのだから、仕方ない。そう思って、もう少しだけ話を聞いてはくれないだろうか。

 

 ……ありがとう。んじゃ、話の続きといこう。

 

 まず、安心してほしいのは。

 目玉しゃぶり、なんて名前だけど伝承そのものの中ではそんな変態的なことはしていない。

 あ、ちょっとホッとした?まぁ、異常性癖の妖怪の話なんて誰も聞きたくないよな。分かるわかる。

 まぁ長い舌を伸ばして目玉を舐め回してる絵はあるんだけど……あ、待って。大丈夫、さっき言った通りそんな伝承はないから。口頭説明の中ではそんな状況出てこないから。

 

 おっほん。んじゃ、話を戻して。

 どんな妖怪なのか、なんだけど。所謂、見るなのタブー系。分かる?鶴の恩返しとか、イザナギイザナミの冥界巡りとかの……分かるね、よし。

 

 今回のは、それが箱なんだよ。

 橋の端っこで、女の人から渡される箱。「中は見ずに、反対側にいる女の人にこの箱を渡して」って頼まれるんだよ。

 

 んで、言われたとおりにすれば何も起こらないんだけど、中を見ちゃうと……って言う。

 

 うん?どうなるのか、だって?

 そこはまぁ、ほら。この後の話で分かるから。うん、大丈夫大丈夫。

 

 そう、この後の話。こっからするのは、俺がその目玉しゃぶりと出会った時のことになるんだけどな。いやぁ、これが酷いったらなくて。なにせ、最初の会話がこれだぜ?

 

「この箱を、橋の反対側にいる女の人に渡して欲しいのです」

「これを?」

「はい、この箱を。中は決して見ずに」

「それはいいんだけど……何が入ってるんです?」

「それはもう、私が厳選した愛らしく、綺麗で、キュートで、凛々しく、パーフェクトな愛すべき目玉ちゃん達が―――あ、川に投げ込もうとしないで!!!」

 

 反射的に放り投げなかった事は、いまでも後悔してる。

 

 

 

 =〇=

 

 

 

「何考えてるんですか!?人に渡された物を問答無用で川に投げ込もうとするとか!」

「大量の目玉が入ってる、なんて言われたら誰だってキモくてぶん投げるだろ」

 

 自信を持って言える。俺は間違っていない、と。

 

「いーいーえー!間違ってます、何をどう考えても間違ってます!」

 

 真っ向から反対された。実は俺が間違っているのかもしれない、と思わされる。

 

「じゃあ、どうするのが正解だったんだ?」

「目玉コレクションですよ!?気になってつい反射的に開き、覗き込んでしまうのが正しい反応でしょう!」

 

 もう一度、手の中にあるものを投げようとした。

 腕をつかんで止められた。無念。

 

「何で投げようとするんですか!」

「逆に聞くんだが、何で投げないと思った」

「目玉ですよ!?」

「目玉だからだよ」

 

 中に大量の目玉が入ってる箱とか、1秒でも触っていたくないだろ。気持ち悪い。

 

「いや、ってかさ」

「なんですか?」

「さっき「見るな」って言ってたのに、開けさせようとしてる?」

「はい、していますが」

 

 秒で矛盾しないで欲しい。

 

「どうしたいんだよ、おまえは」

「そら、「見るな」って言った物を開けて見て欲しいんですよ」

 

 どんな複雑な心境だ。今時乙女心だってもっとシンプルだろ。

 

「そしたら、その綺麗な目玉が私の物になるんだもの」

「待てこの危険人物」

 

 箱をつかむ手をおろし、視界に入らない位置まで持っていく。なんか怖いこと言い出したぞ、コイツ。

 

「うん?なに、急に怖い声出して」

「どうして怖い声にならないと思った」

 

 至極まっとうな反応だろう。

 

「えっと……箱を開けて中を見たら、なんだって?」

「その綺麗な目玉が私の物になる」

「俺の目玉は?」

「当然無くなるけど」

「しれっと言うな」

 

 当然、で済ませていいことではない。

 

「あ、あとついでに命も無くなるから」

「ついでで命を持っていくな」

 

 なんてことを言いやがる、この妖怪。ってか、何ならそっちの方が被害大きいだろ。なんで命より目玉の方が希少価値高いんだよ。

 

「些細な事でしょ、目玉の前では」

「いや、どちらかを取れというなら目玉よりも命の方が大事なはずなんだけど」

「何言ってるの、先に目玉を取らないとどんどん傷んで行っちゃうじゃない」

 

 そんな死体が腐るとかの話はしていない。

 

「いずれにせよ、そういうわけだから。さぁ、箱を届けて頂戴!」

 

 中も見ていいぞ、むしろ見ろ、という視線を痛いほどに感じる。

 

 手元を見る。今まさに目の前の不審人物が渡してきた箱がある。

 

 もう一度目の前を見る。不審人物がまだかまだかと目をキラッキラさせながら見てくる。

 

 手元を見る。どうやら、俺はこれを開けると死ぬらしい。

 

 やっぱり。迷うことなく、箱を川に向けて投げ捨てた。

 

「私の目玉コレクションが!?」

 

 こっちはこっちで、迷うことなく川へ飛び込んでいった。ついでに、川の反対側からも似た背格好の女性が飛び込んでいった。そういえば、川の反対側でどうこうって

言ってたっけか。そっちはそっちで当人かご同類だったらしい。

 

「よし、帰るか」

 

 悪は滅びた。

 結局何だったんか分からずじまいだが、まぁ、うん。

 いいだろ、あれはもう。

 

「……ってか」

 

 なんて、思ったはずなのに。

 一個だけ、どうしても気になることが出てきてしまった。

 

「見るなのタブーじゃないだろ、あれ」

 

 あれで中身を見たらアウトは、理不尽にもほどがある。



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第四十三回 山彦

 山彦、という妖怪をご存じだろうか。

 妖怪、って言われてぴんと来なかったら現象でもいい。やまびこ。知らない?

 

 知ってる?よかった、一安心。

 や、知ってるだろうとは思ったんだけどね?結構有名だし、誰でも子供の頃に1度はやるだろうし。

 ただ、だからこそ知らなかったら困るな、って。結構説明するの難しくない?

 そうでもない?そっかぁ。

 

 おっほん。まぁ、それは置いといてだ。山彦。ご存じの通り、「やっほー」って言ったら「やっほー」って返ってくるやつ。それを、妖怪が返事した、って解釈してるやつ。

 

 ……うん?単なる音の反射だろ、って?夢がねぇなぁ、おまえも。

 いや、正しいよ?まったく同じフレーズしか返ってこない時点で、そういう物理現象だ、って解釈するのはさ?冷静になってみれば、言われたことをひたすらオウム返しにする謎の生命体、意味わかんないし。

 

 ただ、その意味わかんない生命体がいたんだよ。しかもめっちゃ可愛いの。姿は見えなかったんだけどな?

 

 

 

 =〇=

 

 

 

「はー……いい景色だなぁ。むかつくくらい、いい景色だ」

 

 とある休みの日。ちょっとしたストレス発散も兼ねて、山を登っていた。ヘトヘトになれたら何でもよかったんだけど、まぁ、うん。

 いい景色とか見たらもっとすっきりするかなぁ、って思って。登山。んで、結果としては、だ。

 

「どうでもいいなぁ、景色」

 

 どうでもよかった。

 あ、綺麗だなぁ、うん。で終わった。何だったんだこの時間は。

 

 無性に腹が立ってきた。ストレス発散に、って体を動かしたのに、結局ストレスが溜まっている。

 

「バッカやろー!」

 

 柵に手を置いて。

 息を吸い、思いっきり大声を出してみた。ちょっとすっきり。

 カラオケとかでよかったな、これ。

 

『バッカやろ―!』

「あ、山彦」

 

 今朝の自分がいかにバカだったのかを再確認していたら、やまびこが返ってきた。

 ドストレートな暴言が、行って返ってきた。自分の言った暴言がそのまま返ってきてるのに、何故か楽しい。

 よし、もっとやろう。

 

「やれるかそんな仕事ー!」

『やれるかそんな仕事ー!』

 

 自分の意見に同意してくれてるみたいで、心が軽くなった。どっちも自分なんだけどな。

 

「あんのクソハゲカチョー!」

『あんのクソハゲカチョー!』

 

 今更ヅラ探してる身で無茶言ってくるんじゃねぇ、禿げろ。

 

「バァーッカ!」

『バァーッカ!』

 

 これはシンプルに、知能指数が下がった。ほぼ何も考えれてない。

 ただ、すっきり度合いはすごかった。やっぱシンプルな暴言が一番すっきりするな。

 

「はぁ……満足」

 

 すっきりした。大声って偉大なんだな、って思い知らされた。さて、すっきりしたことだしもう帰、

 

「—――あ」

 

 思いついてしまった。

 たぶん、ついさっきので知能指数が下がってたからだと思う。あまりにも幼稚な、それでいて叫べたらちょっと楽しいであろう言葉が、思いついてしまった。

 

 や、でも……さすがにこれはマズい気がする。別に周りに誰かいるわけではないけど、山彦が返ってくるくらいの大声で叫ぶってことはそれなりの声量になるわけで。

 ってことは、おそらく今頭に浮かんでいる、低俗で知能指数超低いこのワードを叫んでいるのが人に聞かれることになるわけで、

 

「おっぱい!!!!」

 

 叫んでた。

 考えてる間に、もう叫んでた。

 や、仕方ないじゃん。思いついちゃったんだもの。そんでもって、普段であれば絶対叫べないような単語なんだもん。

 今このテンションで叫んでしまいたくなるのも、仕方ない。うん。

 

 仕方ないついでに、叫んだっていう過去はもうどうやっても変わらないのだし、山彦を聞いて笑い転げたい、

 

「……あれ?」

 

 返ってこない。

 おかしい、さっきまで帰ってきていた山彦が返ってこない。山彦って時間限定物理現象だったっけ?

 

「……バーカ!」

 

 試しに、知能指数超低い暴言を叫ぶ。

 

『バーカ!』

 

 返ってきた。まだ山彦タイムは続いている。ならば、

 

「おっぱい!!!!」

 

 先ほどよりも息を大きく吸い、叫ぶ。

 返ってこない。

 

「おっぱい!!!!」

 

 チラッと調べてみたら、母音を強調する方がより返ってきやすい、みたいな記事が出てきた。

 ので、そうやってみた。返ってこない。

 

 ふーむ……

 

「おっぱ」

『いや何回繰り返すんですかー!』

 

 返ってきた。

 や、違う。まるで違う言葉が、まるで違う声で飛んできた。

 

 見られてたのだろうか、と振り返る。別に誰もいない。

 実は誰かが山彦ごっこをしてた?と周囲一帯を見わたす。別にそんな人はいない。なんなら人すらいない。一先ず、通報される心配はなさそうだ。

 

 結論、誰もいない。

 なんだ、空耳か。それでは改めてもう一度。

 

「おっぱ」

『言わないって言ってるでしょうが!なんでそこでもう一回になるんですか!?』

 

 返ってきてしまった。

 おかしい、誰もいないはずなのに返ってきてしまった。どういうことだ、どこから会話してきてるんだこれ。

 

『ってか、山彦なんだと思ってるんですか!セクハラですよセクハラ!』

 

 山彦らしい。

 ……え、山彦なの?マジで?

 

「ヤッホー!」

『ヤッホー!……って、なんだその取り繕ったようなのは!』

 

 おぉ、見事なノリツッコミ。前半俺の声なのに、後半女の子の声なの違和感はんぱないな。

 

『いいですか!?』

 

 と、考えていたら山彦が何か言ってきた。さっきもそうだけど、山彦が先に話し出すのはアリなのか。

 

『いくら山彦だからって、言わせていいことと悪いことがあるんですよ!』

 

「山彦に言わせる」ってなんだ。どんな状況だ。

 ……こんな状況か。

 

『分かったら、今後山で卑猥な単語を叫ばないでくださいね!』

 

 卑猥、ってレベルの言葉を使うほどだろうか。おっぱい。

 

『返事!』

 

 悩んでいたら返事を求められた。逆じゃないの。山彦が人間に返事するんじゃないの、これ。

 

「分かったー!」

『分かったー!……よし!』

 

 会話かと思ったら山彦は返ってきた。そこは律儀に返すのか。

 ……うずっ。

 

「おっぱい!!!!」

『こらー!!!』

 

 どうしよう。この山彦、反応が楽しい。

 

 

 

 =〇=

 

 

 

 ってことが、こないだ有休とった日にあってさぁ。意味不明すぎるし、夢だったんじゃないかなぁ、とも思ってるんだけど。

 これだけテンポ感よくリアクションしてくれるの、可愛くない?たぶん好きな人にイタズラしちゃう小学生みたいな感情だとは思うんだけど、楽しくって……

 

 って、どうした?そんな心配そうな目で見て。コーヒー奢ってくれる?え、なんで。いいから、って……や、奢ってくれる、ってんならありがたく貰うけど。

 

 電話してくる?おー、行ってら。ってか、今も別に仕事中だしな。わざわざ断わることでもなくね?

 

 なお、後日。

 俺は産業医との面談がセッティングされ、ハゲは電話で呼び出され、死んだ顔で帰ってくる、みたいな出来事があったりしたのだけど。

 

 面白かったので、良しとする。

 



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第四十四回 酒

「酒ってなぁ、神様が作ったモンだと思うんだよ」

 

 朝晩が冷え込みだした、くらいの。

 震えるほどではない、されど温かい物は美味しく感じる、そんな時期。

 おでんの屋台で偶然隣に座った男性が、そんなことを言い出した。

 

「神様が作った、ですか?」

「おうよ。だってよ、他にあるか?こんな美味くて、幸せな気分になれるモン」

 

 つい、返事をしてしまう。

 気をよくしたのだろう。随分と酒が回っているのか、赤くなった顔で。それとは対象的に真剣この上ない目でこちらを見て、続けた。

 

「確かに……美味しくて幸せな気分、温かくてほっとする、とかはいくらでもありますけど。ただ飲むだけでここまで気分が変わる物、他にはないですね」

 

 そんなちぐはぐな真剣さに中てられたのか。はたまた、自分も人のことを言えないくらい酔っていたのか。

 ぐいと体を向け、言葉を返す。

 

「そうだろう、そうだろう」

 

 赤ら顔に深いしわを刻み込みながら、ビールを一気に飲み。

 大将、牛筋に大根、タマゴと熱燗~、と注文を付ける。

 

「兄ちゃん、日本酒はイケるか?」

「イケますが……」

「おっ、じゃあおっちゃんの奢りだ。大将!2合で、猪口2つね!」

 

 何やら、奢ってもらえるらしい。

 そんなつもりではなかったのだけど。まぁ、貰えるものは貰っておこう。

 

「んで、さっきの話なんだけどな」

「お酒は神様が作った、ですか?」

「おう、それそれ」

 

 皿に残っていた具をつまみながら、話を再開する。

 

「実際、そんな役割の神サンもいるだろ?ほれ、デュオなんたらって」

「デュオニソス、ですかね。ギリシア神話の」

「おー、それそれ!酒造りの神様だって話じゃねぇか」

 

 厳密に考えるとそれだけじゃないんだけど、まぁ、うん。

 そんな認識でも、大枠としては間違っていない、はず。酩酊とか狂気とかのワードもあった気がするけど。

 

「大昔、神話の中にすらそれだけの神サンがいるんだ。酒ってのはそれだけのモン、ってことだろ?」

 

 あ、酒が回ってきたなこの人。って感じの支離滅裂さが出てきた。

 順番としてはそれだけ大昔の人もお酒を大切にしていた、ってことだと思うのだけど。

 

「確かに。飲み物に対してそれだけの事を残す、って言うのも不思議な話ですよね」

 

 それは、言わないでおく。

 

「そうだろう?だからよ、俺は」

「へい、牛筋に大根、卵。それと熱燗2合です」

 

 と。

 同意が得られて、興奮気味に身を乗り出したところに、先ほど注文した品が出てきた。

 大将、ナイスタイミング。

 

「おっ、ありがとさん。ほれ、兄ちゃん」

「あ、これはこれは……ご馳走になります」

 

 とっくりを差し出されたので、お猪口を取って頂く。ただ酒バンザイ。

 なお、とっくりを受け取る間もなく自分の分は自分で注がれてしまった。

 

「んで……えっと、何の話だっけか?」

「神話の中にお酒を造るだけの神様がいるくらいだから……って話でしたよ」

「おー、そうだそうだ!んでよ」

 

 やれやれ、と言いたげな大将を横目に、おっちゃんの話に耳を傾ける。

 

 とある場所には、それを造るだけの神様がいて。

 とある場所には、それを呑んでしまったが故に退治される怪物がいて。

 とある場所には、それによって身を滅ぼす人間がいて。

 そして、今ここには。飲み物であるソレを呑んで、楽しくなっている自分達がいる。

 

 なるほど、確かにこれは、神の御業に見えるかもしれない。

 猪口を回し、中に満たされた日本酒を揺らしながらそんなことを考え。ふと、このお酒の材料を思い出した。

 

 米。お米。日本人の生活のパートナー。それが、この日本酒の材料だ。

 

「案外……」

「うん?」

 

 それを思い出した時。

 じゃあこんなのはどうだろう、と。

 

「いえ、なんでもないです」

「ふーん、そっか。んでよ―――」

 

 言っても、何の意味もないな、と。そう考えて、口をつぐんだ。

 コレそのものが神様なんじゃ、なんて。言っても仕方のないことだから。

 

 けど。けど、だよ?

 米粒には7人の神様がいる、なんて言うくらいだし。神様を呑んでるって思うと、呑むと幸せになる、ってのも納得じゃないかな、って。

 



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第四十五回 雪女

 雪女、という妖怪がいる。

 あ、知ってる?うん、だよね。日本の妖怪有名どころと言えば河童、天狗、雪女の3体、みたいなところあるしね。

 

 じゃあ、説明は省略。いらない説明に使う時間も文字数もないのです。

 えぇ、省略省略。大胆にバッサリ切り落としていきましょう!

 

 え、切り落とすのはダメ?普段とテイストを変えると構成が面倒?そんなご都合知らないんだけど……まぁ、いっか。

 んじゃ、普段と近しい構成で。ただ、内容は普段からちょっとずらして。俺の置かれてる状況の説明でも。

 

 告白した相手が、雪女だった。

 

 ……何っいてるんだ、って?うーん、そっか。じゃあ、もうちょっと補足。

 

 告白した同級生が、雪女だった。

 

 頭を抱えないで欲しい、まだ話の途中なんだ。

 うん、話の途中。おーけー?

 よーしよし、じゃあ続きだ。

 

 もう一度言うと、告白した同級生が雪女だった。なんでわかるかって?

 

『やめといた方がいいよ。私、雪女だから』

 

 って返されたからだよ。

 好きな人が「雪女です」って言ってるんだ。じゃあ、雪女なんだろ。

 ついでに、目の前で花凍らせてクシャってやるやつ見せてもらったし。

 

 んで、話を戻すんだけどさ。

 それでも!って言ったら、こう返されたんだよ。

 

『そうじゃなくてね。雪女には、タブーが多いんだ。だから、深く関わっちゃうと、死んじゃうんじゃないかな』

 

 って。さすがにそれは、それでも!とは返せなかった。

 好きな人と一緒にいるために命でも、って言うと美談に聞こえるけど。要はそれって、自分を殺した罪を押し付ける、ってことだもんな。

 

 だから、俺はこう返したんだ。

 

『じゃあ、そのタブーを全部回避できるようになったら付き合ってくれ』

 

 どうなったか、って?

 なんだコイツ、って目で見られた。

 

 ちょっとゾクッとした。

 

 

 

 =〇=

 

 

 

「じゃあ、タブーの説明をします」

「はい、せんせー!」

 

 告白の直後。

 タブーについて教えてくれ、って言ったらこういう流れになった。放課後で誰もいないし、ちょうどよかったんだろう。

 

「まず、前提なんだけど。これから話すことに、理由はありません」

「ないんすか」

「ないんすよ。手を離したら物が落ちるくらいの、法則だと思って」

 

 それはどうにもならないのでは?

 なんて考えながら唸っている間に、黒板にはいくつかの法則が並んでいた。

 

 ・子供を抱いてくれと言われ、受け取るとめっちゃ重くなって雪に埋もれてしまう。

 ・男の精気を奪う

 ・子供の生き胆を抜く

 ・顔を見ると食い殺される

 ・言葉を交わすと食い殺される

 ・返事をしないと谷底に突き落とされる

 ・呼びかけに背を向けると谷底に突き落とされる

 ・「水をくれ」と言われ水を与えると殺される

 

 あれ?

 

「せんせー!」

「はいなんでしょうか」

「今がっつり話してるし、呼びかけに答えてるのに無事なのはどうして?」

 

 物が落下するくらい当たり前の事象って話なのに、今こうして会話が成り立つのはなぜなのか。

 

「あー、私まだ雪ん子だから」

「雪ん子?」

「そう、雪ん子。ここで登場してる子供のことね」

 

 黒板の一部を指で叩きながらの説明。

 なるほど、雪ん子。つまるところ、厳密にはまだ雪女じゃないのか。

 

「と言うわけで話を戻すんだけど、私にはこれだけのタブー……というか、日常的に関わる中で死のリスクがあるの」

「精気を奪うってのも?」

「めっちゃわかりやすく言うと、サキュバス的なあれだから。命アブナイ」

「わーお」

 

 ギリギリ雪女怖いが勝った。

 

「さて、コレを見てどう思った?」

「何をどうしても詰みなのがありませんか?」

「よく気付きましたね、あるんですよ」

 

 うん、だよね。

 話しかけられた時、返事をしても死。しなくても死。背を向けたら死。

 さらに言えば、顔を見ても死。

 

 うーん、見事に逃げ場がない。詰んでいる。

 

「高校生の告白に対してここまで考えるのは重いというか、まぁぶっちゃけ学生時代のお遊び、とかで開き直ってもいいとは思うんですけど」

「思うんですか」

「はい。20になったらこうなっちゃうので、だったら自由にできる今の内に、

って」

 

 確かに。

 俺の立場だけで考えてたけど、向こうにしてみれば人とまともに話す事はおろか、顔を合わせることすらできなくなるのだ。

 自由度の高い今の内に、ってのは正解なのかもしれない。

 

「あれ、じゃあなんで断られたの?」

「や、結構本気そうだったので。なんかつられて」

「つられて」

 

 あー……まぁうん。

 結果オーライ、ってことにしよう。

 

「じゃあ、あとはこれにどう対応するか、か……」

「あ、対応していく方向なんですね」

「まぁ、本気で告白したので」

 

 そら、今の気持ちが将来どうなるか、なんてわからないけど。

 少なくとも今は本気なので、それなりにしっかり考える。

 

「とはいえ、うーん……」

「難しいでしょう?」

「うん、難しい。特に、2・3・6・7が」

 

 一回整理しよう。

 

 まず、何とでもなるのが。

 ・子供を抱いてくれと言われ、受け取るとめっちゃ重くなって雪に埋もれてしまう。

 ・顔を見ると食い殺される

 ・呼びかけに背を向けると谷底に突き落とされる

 ・「水をくれ」と言われ水を与えると殺される

 

 次に、どうにもならないのが。

 ・男の精気を奪う

 ・子供の生き胆を抜く

 ・言葉を交わすと食い殺される

 ・返事をしないと谷底に突き落とされる

 

 ってところだと、思う。

 

「あれ、思ったより何とかなる?」

「んじゃないかな、って」

「ふむ……例えば、これは?」

 

 と、「子供を抱いたら~」を指し示す。うん、これはまぁ単純で。

 

「雪の上で子供を差し出さないで下さい」

「あ、なるほどそういう」

 

 うん、これはシンプルな話だと思う。

 吹雪の中~、とかいう状況だから確定死なのであって。そういう場でさえ無ければ、害はないのではなかろうか。

 

「埋もれないだけでめっちゃ重くなりますよ?」

「筋トレ頑張ります」

 

 そこはまぁ、うん。それでいいはず。

 ファイト、俺。ってことで。

 

「なるほどなるほど。じゃあ、この組み合わせは?」

 

 続けて、「顔を合わせる」と「背を向ける」のセット。なるほど確かに、見せられた瞬間はどうしたものか、てなった。だがしかし!

 

「まず、貴女に紙袋をかぶせます」

「オーケー、理解した」

 

 理解いただけたようでなによりだ。

 まぁ、背を向けるまでしなければ良いだけの話だから、手元のスマホを視ながら~とか、ちょっと顔だけを背けていればいいとは思うのだけど。

 一番安全なのは紙袋とかお面とか、そういうベクトルな気がする。

 

「ちなみに、顔を合わせる、だから俺が被ってもいいのでは?と思ってます」

「なんだか、だんだん屁理屈めいてきましたね」

「や、あくまでも現象、ってことはそういうことなのかな、って」

 

 物が下に落ちるのと同じようなモノ、と言っていた。屁理屈だけど、より正確には「重力がある場所で」っていう前提がつく……はずだ。

 ってことは、その辺の前提を崩せば大概何とかなるのではなかろうか。

 

「ってことは、水をくれ、は」

「飲み物は水以外にする習慣をつける、ってことで」

 

 たぶん、これはこれで水でさえなければいいと思う。

 一応ほら、雪=水だから、水は危険そう、って理屈もあるし。うん。セーフセーフ。

 

「その理屈がありなら、この言葉交わす系もチャットでいいことになりますけど」

「あー、なるほどそれだ」

 

 文明バンザイ。

 なんなら妖怪全盛期にはなかった概念だろうから、対象外な気すらする。

 

 となると、あとは……

 

「生き胆と精気が問題か」

「前者はともかく、後者もですか?」

「まぁ、はい。一応その、健全な男子高校生ですので」

 

 それを完全に切り離せ、というのも難しい話なのである。腕組みをしてうんうんと頷いていたら、なんか体を抱くようにしてドン引きされた。

 

「待って欲しい、弁明の機会を」

「一度だけ許可します」

「あなたのことが好きです、付き合って下さい。けどあなたの体には興味ないので安心してください。というのもこの上なく失礼だと思うんです」

 

 体に魅力は一切ない、という発言になってしまう。これは失礼極まりないのではないか、と。

 

「あのですね」

「はい」

「どうしてもセットになるのは解りますし、生存に繋がる欲求の一つな以上、切り離せないのも正しいです」

「はい」

「ただ、そうだとしてもオープンにするのは違うでしょう」

 

 ごもっともである。

 

「大変申し訳ありませんでした」

「やっすい土下座ですね」

「お望みとあれば五体投地も」

「いりません、席に戻って下さい」

 

 着席。

 

「さて、許されたところで」

「執行猶予付きですけどね」

「許されたところで話を戻すんですけど」

 

 もう一度土下座をするわけにもいかないので、押し切る方向で。

 

「えっと、雪ん子なんですよね?」

「はい、現時点では。—――まさか今なら出来るとかいうつもりじゃ」

「さすがにそうではないので冷気を収めてください」

 

 状況があまりにも悪いので、素直に頭を下げることにした。

 

「や、話の方向性は若干シモい方になるんだけど」

「……まぁいいでしょう」

「寛大なお心に感謝します」

「感謝の心は、自販機のジュースで受けとります」

 

 この話が終わったら奢らせていただこう。

 

「その、ご両親はどのようにして?」

「あー」

 

 今目の前に「雪女の子供」がいる以上。というか、伝承の中に雪女の子供が登場する以上。

 何かしら手段があるのでは、というのは間違った思考ではないはずだ。

 

「えっと、ですね」

「はい」

「仮にも女の立場でこんな説明するのは大変アレなのですが」

 

 おっとしまった、再び土下座案件だろうか。

 

「まず前提として。おおよその雪女は、しっかり男側が命を落とすか、それに近い状況になった先に子供を授かるパターンになります」

「ワァオ」

 

 言われてみれば、確かに。

 終わった時、男が生きてる必要は無いのか。なるほど、うん。意味合い違うけど、カマキリとかそうだしなぁ。

 

「で、じゃあ私の場合はどうだったか、というとですね」

「はいはい」

「父親は父親で、大変旺盛な性格かつ体質だった、と」

 

 What?

 

「そう、両親から聞いています」

「なんてこと話してるんだご両親」

「そのおかげか、兄弟姉妹が1人いるのすら珍しい雪女界隈で、何とびっくり5人姉妹の長女です」

「変なことを聞いてしまい、大変申し訳ありませんでした」

 

 再びの土下座である。迷いは無かった。

 

「ちなみに、父曰く。薬もあるから割となんとかな」

「ごめんなさい俺が悪かったです変な質問しましただから許してください!」

 

 もう耐えられない。さすがにこれ以上聞くことは出来ない。

 ただ、まぁ、うん。活路は見えた。なので、これはもう解決、ってことで。

 

「じゃあ最後は、子供の生き胆だけど」

「あー……これは、まぁ」

「まぁ?」

 

 なんか軽い様子だな。結構な大問題だと思うんだけど。

 

「まず前提として、ですけど。これ、他人の話ですからね?自分の子供のことじゃないです」

「あ、そうなの?」

「はい。じゃないと雪ん子の伝承、成り立たないじゃないですか」

 

 言われてみれば、確かに。

 ってことは、偶然出会った子供の生き胆を抜き取るのか。なんだその通り魔。

 

「なのでまぁ、他の子供に会わないようにさえしていれば何とかなるとか」

「なるほど……」

「唯一の問題は―――あ、誕生日何月ですか?」

 

 誕生日。誕生日?

 

「6月だけど」

「なら大丈夫ですね。私は12月なので。先に大人になるのはあなたです」

 

 なんのこっちゃと思いつつ、理解した。なんてことはない、俺の生き胆を彼女が抜き取るケースがあるかどうか、の話だったわけだ。

 

「じゃ、それも解決ってことで」

「なので、まとめると……」

 

 問題点に対し、順繰りに書き込んでいく。

 

 ・子供を抱いてくれと言われ、受け取るとめっちゃ重くなって雪に埋もれてしまう。

  ⇒雪の上で子供を抱かせるな

 

 ・男の精気を奪う(サキュ・・・?)

  ⇒男側、ガンバ。

 

 ・子供の生き胆を抜く

  ⇒誕生日の順番的におそらくOK。

 

 ・顔を見ると食い殺される

  ⇒顔を見ない。紙袋かお面を被る

 

 ・言葉を交わすと食い殺される

 ・返事をしないと谷底に突き落とされる

  ⇒チャットで会話をしましょう

 

 ・呼びかけに背を向けると谷底に突き落とされる

  ⇒顔隠してれば見てもいいので問題なし。

 

 ・「水をくれ」と言われ水を与えると殺される

  ⇒水以外を飲みましょう。

 

「ふむ、解決?」

「これだけの無茶を求めてくる相手からの告白を検討するだけの義理、私に無いと思うんですけど」

 

 うーん、大変ごもっともである。



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第四十六回 ろくろ首

 わたしはろくろ首だ。

 あ、うん。たぶん今呼んでる人がイメージした姿で合ってる。白い首がめっちゃのびる、女の妖怪。それが、わたし。

 首が胴体から離れて飛び回る~、なんて感じのろくろ首もいるんだけど、そういうマイナーな方じゃなくて、ストレートにイメージする方のヤツ。

 

 ここまでオッケー?ついてこれてる?まぁ大乗不じゃなくても続けるから、何とかしてついてきて。イケるイケる。

 

 さて、そんなわたしなのだけど。イチろくろくびとして、とある悩みがある。個性が薄いのだ。

 

 あ、違うよ?個人としての個性じゃなくて、妖怪としての個性。

 だってほら、考えてみてよ。

 

 化け狐。変化を得意とする妖怪。それによって人を驚かせる。

 それだけではなく、九尾の狐は傾国の美女となり国を傾かせた。

 そうでなくとも、神の使いとして有名である。

 

 化け狸。化け狐と同じように変化を得意とし、こちらは人を驚かせ楽しむことが主眼となっている。

 人を化かす、といえば狸の一強である。

 

 天狗。赤い顔に長い鼻の者、鴉の顔に翼をもつ者など、バリエーションが豊富。

 人に害をなす悪逆として描かれることもあれば、修験者の行きつく先、神の使い、場合によっては神そのものとして登場する。

 

 ろくろ首。めっちゃ首が伸びる。以上。

 

 これである。あまりにも弱い。

 なにせ、ただ首が伸びるだけだ。有名なだけで、あまりにも没個性。

 

 と、そんなわけで。何か個性を得られないか、新たなろくろ首の姿を示すヒントが得られないか、と勉強にきた先で。

 

「ぐふっ、えほっ……」

 

 打ちのめされ、地面にぶっ倒れていたのであった。

 なんでだ。

 

 

 

 =〇=

 

 

 

「うーむ、なぜこうも魅力的なのか」

 

 と。妖怪の友達と並んだ際の無個性さに危機感を覚えたわたしは、動物園に忍び込んでいた。

 首が長い、首が伸びる。ただそれだけの個性しか持っていない。それが、ろくろ首という妖怪である。

 

 が、しかし。そんな没個性感半端ない特徴を持っていながらも、人気な動物がいるのである。

 根強い人気を持ち、注目を集める、異常ならざる動物が、存在するのである!

 

「おー、首伸びとる。亀こんなに伸びるんか」

 

 というわけで、その一角を眺めている。

 亀だ。うにょーんと首を伸ばし、エサに噛みつきながら首を引っ込める。噛みちぎられた植物に口の形が転写されているのは、なるほど可愛らしい。

 

「甲羅からうにょーんって伸びてるの、めっちゃ癒されるなぁ……」

 

 そのうえ、甲羅の中にすべて収納されてしまうのもいい。怖いことがあったらパッと隠れる臆病モノ、って感じがしてめっちゃ可愛い。

 

「首が伸びる、なんていう没個性を甲羅で補ってるのか。コレは人気になるわけだ」

 

 没個性を補うカギ、甲羅に見つけたり。わたしも自分が隠れられるくらいの甲羅を背負えば……

 

「ダメだ、河童と被る」

 

 妖怪の世界にも、既に先達がいた。河童と言えば甲羅、甲羅と言えば河童である。勝ち目なんてあるわけがない。

 

「仕方ない、次だ」

 

 立ち上がり、最後に一枚写真を撮ってから次の目的地へ向かう。本日の本命、それは……

 

「おー、めっちゃ首長いな」

 

 黄色に黒の水玉模様な首長動物。

 そう、キリンである。

 

「うん、首長い。めっちゃ長い。どう見てもバランスが悪いくらいには長い」

 

 確か、樹の高いところに生えた葉を食べるために進化した、とかなんとか。まぁ、それは正当な進化なのだろう。あまりにもバランスが悪いように思うけど、合理的な進化なんだと思う。

 だがしかし、だ。

 

「コレは流石に、首が長いだけでしょ」

 

 それ以外の感想が出てこないのである。大変失礼ながら、何も。

 強いてあげるのなら黄色がめっちゃ目立つ。わたしも白い和服で首伸ばすんじゃなくて、サンバの格好でもして首伸ばしてみようか、と思うくらいには、目立つ色をしている。

 

 が、それだけだ。見落としがあるのかと近づいてもみたが、少なくともわたしが感じられる特徴はそれだけの、没個性側な動物と思う。

 にもかかわらず、結構不動の地位を獲得できるくらいには根強い人気があるのだ、このキリンとか言う動物は。

 

「なんだろ、実はかわいい顔つきをしてる、とか……?」

 

 下から見上げてみるも、真下からではよく見えない。閉園中に忍び込んだおかげで人もいないし、いっか。

 

「うーん、可愛いとは思うけど、特別感があるわけではないしな……」

 

 首を伸ばし顔を近付けてみるも、やっぱりそこまでの特別感はない。

 にもかかわらず、あれだけの人気。やっぱり何かあるのだろうか、と再度顔を近付け、

 

「ゴフッ……!?」

 

 思いっきり、伸びた首に首を叩きつけられた。

 全力でしならせた首を、鞭のように叩きつけられた。

 

「—――そっか」

 

 倒れ込み、ひとしきり咳き込んで。落ち着いたところで、わたしは結論を得た。

 

「わたしに足りなかったのは、今あるモノをどう活かすか、っていう発想だったのか……!」

 

 ただ首が長い、というだけの特徴。それをキリンは、攻撃手段へと昇華した。そんな発想力こそが、キリンの魅力だったんだ!

 

 違うというツッコミが聞こえた気がしたが、きっと気のせいだろう。

 

「よっし、そうと分かればもう一本!」

 

 勢いよく立ち上がり、首を伸ばしながら叩き付ける。当然、キリンも叩き付けてくる。

 そんなことを、翌朝人の気配がするまで続けた。

 

「いや、絶対コレ個性じゃないな」

 

 翌朝。

 めっちゃ痛む首を伸ばし、大量の湿布を貼りながら、全力で後悔した。

 



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第四十七回 酒

 お酒とは、アルコールが含まれる飲み物である。

 

 と、端的に言ってしまえばそれだけの物だ。なんなら、呑みすぎれば体に毒となる、危険な飲み物ですらある。

 

 が。それはそれとして、上手く付き合えば美味しく、楽しい飲み物でもある。

 

 例えば。酒は最古の向精神薬の1種である、と捉えたのなら。飲むだけで楽しい気分になれる、ちょっといつも寄り素直になれる、など。

 普段と違う自分を楽しむ後押しをしてくれるものとなる。

 

 例えば。食前酒というモノには、食欲を刺激する働きがあり。普段より多く、職を楽しむ助力となる。

 また、食べ物とお酒の組み合わせはより強く、食事を彩ってくれる。

 

 例えば。誰かと一緒に飲むお酒は、ちょっと精神のブレーキを外し、普段であれば起こりえない類の時間を引き出す手助けになってくれる。

 限度こそあれ、無礼講という概念も。それを適用させる、言い訳になりうる。

 

 例えば。食事を終え、寝る前の一時。誰にも邪魔されない時間に、ちょっとした物をつまみながら飲むお酒は、一人何もしない時間から罪悪感を奪ってくれる。

 何もしない時間という宝を享受する、一助となってくれる。

 

 ただし。薬と毒は紙一重。

 

 飲みすぎれば、理性のタガが外れる。やってはいけないことをやってしまう。 空きっ腹に酒を入れすぎれば、体は拒絶反応を起こし、食べた物を全て排出してしまう。

 ブレーキが無くなる程に飲んでしまえば、たちまち縁は失われる。 そして、酒を呑まなければ寝られないようになってしまえば。その先に待つのは、緩やかな破滅のみである。

 

 無駄にまどろっこしく言ったのなら。それが、お酒というモノである。少なくとも、わたしはそう認識している。

 

 酒は飲んでも飲まれるな、飲みすぎも、変な飲み方も、してはいけない。

節度を持って楽しむべきなのが、お酒というものである、と。

 

「やっば、旨いなコレ!」

 

 節度を持って。一人で飲んでいる時なんかには、不必要にテンションをあげるようなことはせず。

 

「テキトーな晩酌用にってポチったら大当たりじゃん、これ!」

 

 静かに、ゆったりと一人の時間をかみしめるように……

 

「しっかもこれ、ちゃんとクセ強いからジャンキーなつまみでも行ける……え、最強じゃん。やば、もっと飲も」

 

 自らを律し、食べすぎは勿論、それ以上にペースを乱し飲みすぎるような事もせず……

 

「あ、やっべもうロック空になっちゃった。面倒だしクアトロくらいでいくか」

 

 うん、ダメかもしれないこの化けイタチ。

 

 

 

 =〇=

 

 

 

 風呂を終え、夕食を終え、寝支度も終え。さて何をするかと思った時、お酒が飲みたくなった。

 

 最近通販で届いたウヰスキーがある。

 つまみも、めっちゃ強い薫香の燻製がある。

 氷なんかは、冷たい飲み物が好きだから常にある。

 何より。最後にお酒を呑んでから1週間、休肝日には十分だろう。

 

 そこまで考えて、グラスを取り出した。氷を放り込み、目分量でダブルくらいまで注ぐ。軽くグラスを揺らし、舐める程度に一口。

 

 旨すぎて、即空になった。

 

「いやぁ、まずいなこれ。いやまずくないんだけど。ヤバいなコレ」

 

 なんとなく、そういう意味じゃないとはいえ気になったので修正する。酒のみながらマズいはダメだよな、うん。

 お、意外と物書きらしいじゃないかわたし、なんて思いながら再度口をつける。40度が一気に入ってきて咽た。

 

「たぶん、注ぎすぎたな、これ」

 

 量が多い+氷に押される、のダブルパンチで入ってきすぎたっぽい。慎重に傾けて、湿らす程度の量を飲む。

 

 うん、旨い。クセめっちゃ強いから人選びそうだけど、わたしには合うな。

 

「それに、これくらいの方が強いツマミには合うし」

 

 と。酒が入り、独り言が増えてきたのを自覚しながら、抑えることはしない。うめ~、と感情を漏らしつつ、燻製肉をかじる。

 ありえない程に薫香が強い。袋を開けた瞬間「うおっ」ってなったほどだから当然なのだが、齧ると暴力的なまでの煙たさでぶん殴られる。

 

 これ、超クセのない日本酒とかで洗い流すように飲むのも美味しいだろうなぁ、などと思いつつ。ウヰスキーを一口。

 クセの強いウヰスキーは、奇跡的にケンカをすることなく噛み合った。

 

 あ、うん。なんか言い回し考えるのめんどくさいな。一言でいいや。

 美味い。めっちゃ旨い。

 

「いやぁ、思わぬ当たり引いたなこれ」

 

 酒でリミッターが外れたのだ、ということにして燻製チーズの袋もあける。めっちゃ薫香とチーズの甘い香りが漂ってきた。耐えられずに一口、+ウヰスキー。

 

「うん、そらうまいわな」

 

 ウヰスキーにチーズが合わないはずもなく。一切れの燻製肉とチーズでシングル分くらい無くなった。

 現飲酒量、トリプルくらい。まだいけるな、うん。いけるいける。

 

「なんか面白そうな動画あるかな~」

 

 配信でもいいし、アニメでもいい。何かを見たいというよりは、何かを見ながら飲みたい、という感覚でスマホを取る。

 ぼーっと聞き流せそうな動画を開き、頬杖をつきながらグラスを傾ける。

 時折つまみをかじり、またグラスを傾ける。

 

 うん、最高。

 

 

 

=〇=

 

 

 

「っと、もうこんな時間」

 

 なんて。

 時計を見たら、1時間は過ぎていた。中身なんてなく、だらだらとお酒を呑んで1時間。最高の贅沢だなぁ、なんて考えながら余ったつまみをしまう。燻製ならまぁ日持ちするだろ、というのは酒に侵された脳の戯言だろうか。

 

「んで、残りは……」

 

 目分量で、シングルちょっとくらい。ただ、氷もかなり小さくなっている。10~20くらいだろ、なんて思いながらグラスを傾けた。

 かなりまろやかになった液体が、抵抗なく喉を通り過ぎた。

 

「これはこれで、酒の楽しさなのかね」

 

 ゆったり飲んだ際の特権みたいな物だが。ロックの氷が溶け、味わいの変わった酒もまた格別である。

 中身的には水で割っても同じなのだろうけど、なんかこう、違うのである。

 違うのである!

 

「……もうちょっとだけ」

 

 なんて思いながら。

 それはそれとして、ウヰスキーの濃い味が好きな自分もいるわけで。ほぼ氷が無くなったグラスにシングルの半分くらい注いで、くいッと。

 咽た。それはもう、咽た。盛大に咳き込んだ。40度のお酒をくいッとじゃないんだよ、などと自分にツッコミを入れる。

 

「やっぱ、お酒でもうちょっとだけ、はアウトなんだなぁ」

 

 今にしてみれば、言うまでもない至極当たり前の事なのだけれど。

 その時は、そんな感想すら「バカだなぁ」なんて笑いながら〆にできる。そんな楽しい無価値だったのです。

 



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第四十八回 説明書

「じゃ、令和。あとはよろしくね」

「はい、任せてください!」

 

 平成先輩が手を振りながら去って行く。30年間地球の担当をしていた大ベテランの先輩。

 何があったのかは知らないけど、そんな先輩が急に辞める事になった。大慌てで引継ぎをし、退職日になる今日を迎えたのだ。

 

 いや、うん。ホントに急な話だった。だから、ホントに重要な事……自転のさせ方とか、公転周期の維持とか。そう言う事だけはちゃんと引継ぎを受けられたけど、細かいところは曖昧なまま。

「この辺弄れば温度変わるから」とか、「この辺りはイベントごと発生させる時に触るとこ」とか。そんなふわっとした作業内容しか聞けていない。

 正直、不安は大きい。けど……

 

「まぁ、何とかなるでしょ」

 

 自転・公転なんかが正しく動いてる事を確認しつつ、一人ボヤく。不安は不安だ。何せ、分からない。しっかり操作方法を知らないものをこれから操作していかないといけないのだ、そら不安はある。

 ある、が……

 

「別に、説明書もあるし。調べながら弄っていけば、なんとかなるでしょ」

 

 そう。何も調べようがない、という類のモノではないのだ。地球というのは。

 いや、地球に限らずなんでもそうだ。スマホしかり、パソコンしかり、地球しかり。どんなモノにも取り扱い説明書というモノはあり、それに従って操作すれば間違えることはない。

 

 調べ、その通りにする。たったそれだけのことを意識すれば、遅れることこそあれど失敗することはないのだ。だから、大丈夫。そう言い聞かせ、地球の操作盤に向かう。

 

 今の地球パラメータは、5月。1年を四分割した春にあたり、その中でも半ばくらいの時期に入る。温度設定低めな冬から段々と温度を上げていく演出を行うタイミングだ。

 

「中の温度は……うん、悪くないね」

 

 表示を確認、問題ない温度になっている。さすが平成先輩、キッチリしてる。

 あとは、このまま温度が上がっていけばいいから……

 

「……あれ?」

 

 と。温度変化の設定部分を見て。おかしなことに気付いた。

 取扱説明書に記載されてるこの時期の推奨値に比べ、かなり低い位置に目盛りが合わせてある。

 

「見るとこ間違えてるかな……」

 

 つまみの角度が、明らかに半分くらいまでしか回っていない。パラパラと操作盤の全体図が載っているページまで戻るも、見る場所はあっている。

 

「うーん……」

 

 一旦、整理しよう。

 まず、理屈として。温度設定のつまみは、推奨の半分くらいまでしか回っていない。

 次に、現実として。それだと5月の温度まで上がらないはずなのに、地球の温度は推奨くらいになっている。

 

 つまるところ。ただ地球を運営するだけであれば、何も気にする必要は無い。今正しい温度になっているのだから、このまま放っておいて問題が出たらその時対処すればいい。

 どうせもうしばらくしたら温度の上がり幅を変えないといけないんだ。周期が夏になるまでの数日間くらい、このままでも……

 

「いや、そうじゃないか」

 

 思い直す。

 振り返ってみれば。平成先輩は、そんなことはしていなかった。何か日々ちゃんと地球の管理をして、完璧とまではいかずとも問題のない運営を日々維持してきた。

 

 そんな歴史を、私は引き継いだのだ。「何か起こるまでは放っておけ」だなんて、サボり思想があっていいはずもない。

 

「推奨値が……大体この辺りか」

 

 つまみをさらに回す。再度説明書と比べ、同じ位置にいることを確認する。 これで、狙い通りに温度が上がっていくはずだ。

 

「って、よく見ると操作盤汚いな」

 

 と。安心したら、そんなことが目についた。温度調整つまみの周りだけじゃなく、設備全体、色んな所にカラフルな線が引かれている。

 インクの上から何度もこすれたのか、薄汚れたような印象を感じる。そういえば先輩、片付けとか掃除とかは苦手だったっけ。

 

「ピッカピカに……は、流石に難しいけど。薄汚れた、よりはましになるでしょ」

 

 そうと決まれば、善は急げだ。雑巾とバケツ持ってきて、掃除に充てよう。

 

 

 

 =〇=

 

 

 

「……こんなとこでしょ」

 

 ついやっている間に気合が入ってしまい、雑巾程度じゃないところまで持ち出してしまったけど。一先ず、操作盤周りは綺麗になった。

 うん。お世辞にも綺麗とは言えないけど、薄汚くはなくなった。綺麗になると、ちょっとすっきりするよね。

 

「さて、地球の様子はっと……」

 

 温度調節を正してから、自転何回か分くらいの時間は経っているはずだ。夏に向けて段々と温度が上がってると安心なんだけど……

 

「あれ……温度、高すぎない?」

 

 ちょっと、高い。

 いや、そんなことは……あるな。うん、高い。明らかに高い。

 掃除に熱中しすぎて想定より自転回数重ねちゃったのかと思うけど、カウンタはほぼ想定通りの回数を示している。つまり、やっぱり温度が高い。

 

「あれ、どうして……」

 

 つまみの位置を間違えたのかと思い確認してみるも、そんな様子はない。なのに、温度が高い。

 

「—―そんなこともある、のかな……」

 

 悩んだ末。

 そう、結論付けた。というか、結論付けざるを得なかった。説明書通りにやったのは、間違いない。それでもそうなったのなら、そんなこともあるとしか言えないだろう。

 

 何事も。そう、何事もマニュアル通りにはいかない。そういうこともある、うん。

 絶対も必然もない、偶然だけはある。それがこの世界のルールなんだ。

 

「ただ、そうなるとどうするかな……」

 

 と、現実を受け入れて。これからの事を考える。

 まず、地球の状態。温度的には、夏と呼べる範囲になっている。まだ春の終わりがけなのに。

 そこまで届いているのだが。これから夏になる以上、さらに温度を上げていかないといけない。説明書にも、今よりさらにひねった位置を推奨として記載されている。

 

「ただなぁ……」

 

 ついさっき。それに従ったら、想定以上に熱くなったのだ。今回どうなるかが分からない。どうするのが正解か、はっきりとしない。

 

「何か、説明書に載ってないかな……」

 

 こんな時どうすればいいか。そういう事も載っているのが説明書のいいところだ。実際、ページを進めていくといい情報が載っていた。

 

「なるほど、こっちが最大温度の設定つまみだったんだ」

 

 温度上昇度合いをいじるつまみのすぐ上に、そんなものがあったらしい。コレと組み合わせて使えば、行き過ぎることは防げる!

 

「さっきはコレをちゃんとしてなかったんだろうなぁ、きっと」

 

 ちょっと安心しながら、取説を見る。まず、上昇の方。説明書の図と同じくらいまで……さっきよりさらに回す。

 次に、さっきは触らなかった方。最大の設定量も、説明書末尾に載ってる「各季節の温度一覧表」から数値を拾ってきて、その辺りに合わせる。

 

 もしかすると、そこまでの上がり方は激しいかもだけど……それ以上にはならないはずだから、許して欲しい。ごめんな人類、新人のやらかしってことで許してくれ。

 

「よし、これでいいから……帰るかな」

 

 すっきりしたところで、時間を見る。普段なら、もうとっくに帰っている時間だ。説明書を読みこんでいる間に、思ったより時間が経っていたらしい。

 もうこのまま放置でいいはずだし、早く帰ろう……

 

 

 

 =〇=

 

 

 

 ちなみに。

 この後の事としては、皆さんご存じの通り。

 

 夏は暑くなりすぎるし。

 中々温度は下がっていかないし。

 かと思えば、冬は一気に寒くなるし。

 

 という、温度管理一個とってもこれまでとは比べ物にならない変動をする訳なのであった。

 

 え、なんでそんなことになったか、って?

 うーん、そうだなぁ……じゃあ、ヒントだけ。

 

 一つ。古い設備だから、説明書通りの幅で変化してくれてない。

 一つ。大概そういうのって、ベテランさんの腕前とノウハウで何故か動いてる。

 一つ。それを出来るだけ残そうとしてくれてた線は、令和ちゃんが消しちゃった。

 

 誰が悪いんだろうね、コレは。

 



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第四十九回 修行

「俺、修行しようと思うんだ」

 

 唐突に。

 それはもう唐突に、意味の分からんことを言い出した。

 

「あ、そこの餃子たれとって」

「あいよ」

 

 とりあえず無視して、たれを皿に出す。餃子を取り、一口。うん、旨い。

 

「で、修行の事なんだけど」

「あ、消えなかったか」

 

 意図的に無視したのに、気付いてくれなかった。うーん、困った。

 

「えっと、なんて?」

「だから、修行しようと思うんだけど」

「残念、聞き間違えじゃなかったか」

 

 頼むから聞き間違えで会ってくれ、と思ったのだけどそんな事はないらしい。そうか、修行か。修行。

 

「何でまた修行を?」

「なんかかっこいいじゃん、俺修行してます!って」

「かっこいい」

「うん、かっこいい」

「そうか、かっこいいか」

 

 精神年齢いくつなのだろうか、コイツは。お互いもう酒飲める年のはずなんだけど。中学二年生で思考止まってる?

 

「確かにかっこいいよな、響きが」

「だろー?だから、修行しよっかな、って」

 

 まぁ、うん。

 俺もかっこいいとは思うけど。

 

 

 

 =〇=

 

 

 

「それで?」

「うん?」

「どんな修行を?」

 

 とりあえず。ラーメンを食いながら、話を広げてみることにした。

 

「分かんない!」

「そっかぁ、分かんないかぁ」

 

 満面の笑みでサムズアップされてしまった。そっかそっか、分かんないか。

 

「パッと思いつくのだと、あれ。滝行とかなんだけど」

「あー、あるな。お坊さんの修行とかで」

「そうそう。真っ白な和服着て、目を瞑りながら両手を合わせるやつ」

 

 うんぬんかんぬんふにゃふにゃふにゃ……とでも形容したくなる呪文を唱え始めた。たぶんあれで唱えるの、お経とかだと思うんだけど。

 

「あれ、真夏とかにやったら気持ちよさそうだよねぇ」

「……それ、修行になってるか?」

 

 基本的にああいうのって、苦しいからいいとか、そういう考えなんじゃないかな。

 

「ダメかな、気持ちいい修行」

「分かんないけど、修行レギュレーション違反だと思う」

「そっかぁ。レギュレーション違反なら、だめかぁ」

 

 がっくし、なんて口で言うのを傍目に餃子をもう一つ。うん、旨い。

 

「あ、俺の分残しといてよ」

 

 ラーメンをすすりながら。チッ、バレたか。

 

「あ、でもさ」

「うん?」

「仏教系って、肉食べれないんじゃなかったっけ?」

 

 思い出した。確かそんなルール?あった気がする。それで精進料理ってものがあるんじゃなかったっけ。

 

「あー、そういえば」

「だろ?だから、修行するってんなら代わりに食ってやるよ」

 

 強力協力、と箸を伸ばす。皿ごとひっこめられた。

 

「どうしたよ」

「肉を食べられないなら、仏教系の修行はやめにする」

 

 肉好きだもん、俺。といって餃子を口に運ぶ。うーん、こりゃダメだ。

 

「他の修行ない?」

「他の修行ったってなぁ……」

 

 どうしても、修行=お坊さんのイメージがある。他の修行と言われても。

 

「あ、修験道とかどうだっけ」

「修験道?」

「ほら、あれだよあれ。山でやるやつ。天狗とかそっち系の」

「あー!なんか不思議な格好して、杖っぽいの持ってる!」

「そうそうそれそれ」

 

 そうだ、思い出した。

 あの格好で歩いてる集団も、修行的な何かだった気がする。

 

「けどあれ、絶対辛くない?」

「ほぼ百辛いと思う」

「じゃあダメじゃん」

 

 ダメとは。何度も言うようだが、それが修行じゃないのか。

 

「となると、あとは……武者修行とか」

「おー!いいじゃんいいじゃん、武者修行!響きがかっっけぇ!」

 

 分かる。めっちゃかっこいいよな、武者修行。

 

「あれでしょ、刀一本携えて、馬に乗って旅するヤツ!」

「そうそう、そんな感じの」

「そんで、行く先々のツワモノと切ったはったの!」

 

 きったはったの、は日本語がおかしくはないだろうか。気のせい?

 

「それか、いっそ道場破りして回るとか!」

「それはもう押しかけて暴れる不審者じゃないかな」

 

 おっと、口を出してしまった。

 ただ、そう思っても仕方ないと思うんだ。唐突に道場に押しかけて、看板よこせ!ってバトっていくんだろ。どんな不審者だよ、それ。

 

「言われてみれば、確かに……どういう仕組みなんだろ、道場破りって」

「現代社会だと警察通報でおしまいだよなぁ」

 

 法が未整備だった時代というか、過去だから成立した習わし感が強い。

 

「さすがに警察沙汰になるわけにはいかないもんなぁ」

「そらそうだろ」

「じゃあ、武者修行の旅もダメか」

 

 ボツである。なかなか都合のいい修行は見つからない。

 こういう時は、一回立ち止まってみるのがいいって聞くな。

 

「そもそも、修行って何なんだろうな」

「なんかこう、修行ー!って感じの事じゃないの?」

「うん、修行とは修行である、は説明になってないんだよ」

 

 確かに、たまにそんな感じの辞書説明な単語あるけど。ただ言い換えただけじゃねーか!みたいなの。

 

「あ、なるほど」

「どうだった?」

「武者修行もそうなんだけど、技芸を磨いて自分を鍛える事、だってさ」

「技芸って何さ」

「あー……めっちゃまとめると、腕前とか?」

 

 辞書あるあるな分かりづらい日本語だったので、無理矢理にまとめてみた。絵を描く腕前とか、そんな感じの。

 

「だから、別に仏教的な~とか、剣の腕前~、とかはないっぽい」

「何かを出来るようになったり、腕を磨いたりするのは、全部修行?」

「そうなるな」

 

 難しく考えすぎてたな。うん、めっちゃ簡単になったじゃん。

 

「ふ~ん……あ、じゃあ決めた!」

「うん?」

「俺、修行を修行する!」

「……うん?」

 

 何を言ってるのだろう、コイツは。

 

「えっと、なんて?」

「修行を修行する!」

「そうか、聞き間違えじゃなかったか」

 

 俺の頭では理解できない領域になってきた。

 

「だってさ」

 

 と。何を言ってるか分からず頭を抱える親友なんざ目に入っていないかのように、発言を続ける。

 

「今色々話して、調べてみて。分かったのは、修行ってよく分からないな、ってことじゃん」

「まぁ、うん。そうだな」

 

 それは、そうだ。うん、その通り。

 

「じゃあ、俺は修行って概念を知る修行をする!」

「うん、説明されても分かんないや」

 

 あまりにも独自の世界観が広がりすぎている。どういう事なんだ、これは。

 

「ありがと、おかげでやることが決まったよ!」

「あー、うん。それで満足してるなら、いっか」

 

 よくない気がする。よくない気がするんだけど、まぁ、うん。当人が納得してるなら、それでいいのか。

 

「よーっし、修行を修行するぞー!」

 

 と。決まったことにスッキリしたのか、ラーメンを一気にすする。とっくに食べ終わっている俺は、頬杖をつきながら眺めて……

 

「……もしかして俺、コイツを修行させられてる?」

「んー?なんか言ったー?」

「……や、何も」

 

 あまりにもゾッとしない響きだったので、無かったこととする。

 うん、わざわざつらい修行をするモンじゃないな。うんうん。

 



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