塩宇治抹茶 (PINQ)
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シャンプー

コツ、コツ、コツリ。と、家が鳴る。今日は大雨だ。俺の住んでいる家は中々に古い。いつもなら家族の話し声等で雨音はあまり聞こえないが、今日は1人だ。父は出張で2日帰ってこない。らいはは友達の家にお泊まり。明日の昼頃に帰ってくるそうだ。

「よし」

俺はペンを置いた。最早日課になりつつある中野家五つ子の問題作りが終わった。時計は21:00を回っていた。

「ふぅ…」

今回は…というより今回も中々に良い物が出来た自信がある。これでアイツらも更にレベルアップするだろう…まぁしっかりと復習すればの話だが…最近のアイツらの勉強に対する姿勢には目を見張る物がある。これなら晴れて全員卒業も夢じゃない。

コツン、コツ、コツ、「コンコン」コツン、コツリ──────────

何か、雨音とは違う音が聞こえた。玄関のドアからだ。こんな時間に誰だろうか。借金取りか?まだ今月の納期は先のはずだが…

そっとドア穴を覗く。──────すると、そこにはずぶ濡れの三玖が立っていた。

「三玖!?どうした!?」

俺はすかさずドアを開け、三玖に話しかけた。

「フータロー…少し雨宿りさせて…」

「分かった。とりあえず入れ。」

「ありがとう…」

俺は三玖を家に招き入れた。

「ほら、これで拭けよ」

タオルを渡す。

「ありがとう」

三玖が体を拭いている。

「三玖。」

「?」

「なんでこんな雨の日にずぶ濡れで俺の家の前に立ってたんだ?」

「それは─────────」

----------------------------------------------------------

「お先に失礼します。」

「お疲れ様。三玖ちゃん。大雨だから気をつけて帰ってね。」

「はい。ありがとうございます。」

今日のバイトが終わった。ビニール傘をさしながらテクテクと帰る。

「喉、乾いたな…」

私は近くにあったコンビニに立ち寄ることにした。

「ふぅ…」

コンビニのイートインでかわいた喉を潤しながら一息つく。

「ん…?」

ふと、本のコーナーにあった料理のレシピ本に目がついた。

「これ…いいかも」

中をパラパラと見ると、分かりやすく様々な種類の料理があった。

「難しい料理出来たら、フータロー褒めてくれるかな…」

好きな人に褒めてもらえる妄想をしながらレジに持っていく。

「500円になります」

「あ、はい。」

「ありがとうございましたー」

コンビニから出ようとした。が、

「嘘…」

傘がない。盗られたのだ。

「どうしよう…」

本当にどうしようか。というか人の傘を盗る人はどういう神経をしているのか。

「家までまだ全然ある…」

自分の運動神経の無さは自負している。ここから全速力で走っても数十分はかかる。

「どうしよう…」

雨はまだ止みそうにない。

「あ、そうだ。」

ここからならフータローの家が近い。

「って、ムリムリ!!そんないきなり押しかけるなんて…」

…でも、もしかしたら…

──────────

『三玖…いいか…?』

『ダメだよ…フータロー…らいはちゃんも勇也さんも居るよ…?声、漏れちゃう…』

『ゴメン…無理だ。』

『あ♡フータロー…ん…』

『三玖、挿れるぞ…』

『フータロー…止めて…やっぱり止めないで…』

──────────

ハッ!!…危ない危ない。トリップしていた…

辺りをキョロキョロと見渡す。

「よかった…誰も居ない…」

私の妄想は声が漏れるそうだ。これを聞かれたらもう私は日の下を歩けなくなる。

頭を振り、煩悩を飛ばす。

「でも止みそうにないし…ダメ元で…」

行ってみる事にした。

----------------------------------------------------------

「なるほど…それは災難だったな…」

三玖の話を聞いて同情する。

「でもよかった…フータローが入れてくれて…」

「クシュン!!」

可愛らしいくしゃみをあげた。よく見ると身体が震えているようだった。

「三玖…風呂入るか?」

「ええ!?」

「…?寒いだろ?今日は気温も低い。そんなずぶ濡れじゃあ風邪ひいちまう。」

「え?あ…うん…」

「着替えは俺の服でいいか?」

「え?あ、悪いよ…!!そんな勝手に押しかけてお風呂まで頂くなんて…」

「この雨の中帰るのか?」

外はいっそう雨足が強くなっている。

「この雨の中帰ったら怪我するぞ。それもお前は運動できないんだから…」

「む〜…」

三玖が可愛らしく頬を膨らませる。

「あと、俺には遠慮なんてすんなよ。」

「…分かった…ありがとう。お言葉に甘させてもらうね。」

「ああ。存分に甘えろ。もう風呂は張ってある。」

「ありがとう…」

---------------------------------------------------------

「湯加減はどうだ。三玖。」

湯船に手を入れ、温度を確認する。

「うん。丁度いいよ。」

「そうか。よかった。」

私はフータローの家のお風呂に入っている…というよりこの状況…案外すごい状況なのでは…?というか、入れてくれたのはよかったけどまさかフータロー1人とは…更にはお風呂まで頂いて…風呂入るか?なんて言われた時はビックリしたけど…

感謝しかない。あのままでは凍死していた。

「すんすん…」

シャンプーの匂いを嗅ぐ…私は何をしているんだ!!こんなの完全に変態じゃないか!!

「止めなきゃ…でも勿体ない…」

取り敢えず頭を洗う。

「あ…」

フータローの匂いがする。水で流すのが少し勿体ない。

「ん…」

ボディーソープからもフータローの匂いがする。

「ふう…」

湯船に浸かる。いい感じに暖かい。

「三玖。」

「どうしたのフータロー」

「服、洗濯しちゃうな。」

「え?あ、ありがとう」

「全然大丈夫だ。」

…待って…服を洗濯するってことは…

「待ってフータロー!!」

すかさずタオルを巻き、お風呂のドアを開ける。

「「あ」」

丁度フータローが私の下着を持っていた。

「いや…その…三玖…これは不可抗力だ」

「…いいよ…ごめん。ありがとう。」

「いや…こちらこそ…悪い…デリカシーがなかった…」

スーッとお風呂に戻る。

「〜〜〜〜〜!!」

フータローに下着見られた!!こんな事ならもっといい下着履いておくんだった!!白色の安っぽいやつじゃなくてもっとイイヤツ!!

湯船に浸かりながら体を沈める。

…色気のない下着だとか思われたかな…

〜一方その頃風太郎は〜

「…三玖の下着を見てしまった…」

顔をうつ伏せにしながら茶の間で反省する。

「可愛い下着だったな…白か…」

自分に向かってビンタする。煩悩よ。消え去れ。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

お風呂に上がったらフータローのシャツとズボンがあった。

「ん…」

スンスンと匂いを嗅ぐと、フータローの匂いがした。

「えへへ…」

私は服を着た。

----------------------------------------------------------

「お風呂上がったよ。フータロー…」

「あ、ああ。お、俺も風呂に入るとするよ…」

「う、うん…分かった…」

「そ、それじゃあ…」

「う、うん…」

気まずい。取り敢えず風呂に入るとしよう。

────────────────────

「フータロー」

「どうした?三玖。」

「台所借りるね。」

「ああ。なんでだ?」

「お礼にご飯作ろうと思って…」

「そうか…ありがとう。冷蔵庫の中の物は使ってくれて構わないからな。」

三玖の料理の腕前はどうなったのか。味は美味しいのだが、如何せん量と見た目がな…夕飯が楽しみだ。

────────────────────

「出来たよ。フータロー」

「お…美味そうだ…!!」

目の前に置かれたのはとても美味しそうなカレーだった。

「私だって成長したんだよ?」

「凄いぞ。三玖。」

「えへへ…」

「それじゃあ…「いただきます」」

「はい。フータロー…」

三玖が俺にカレーを乗せたスプーンを向けてきた。

「?」

「はい。あーん」

「!?あ、あーん」

俺は口を開ける。

「…!!美味い!!」

「ふふ…よかった…」

「はい、それじゃあ…あーん」

三玖が口を開けている。よく見ると耳まで真っ赤だ。恥ずかしいのならやるなよ… 乗ってやろうじゃないか。

「あーん」

「!」

三玖が少し驚いたような表情を見せる。

「まさかフータローがしてくれるなんて…」

「なんかこれ、恥ずかしいな…」

「うん…」

カレーを平らげた。量も丁度よかった。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

カレーを食べたあと、洗い物を2人でして、茶の間でくつろいでいた。

「三玖、何を読んでるんだ?」

「これ?これは大杉栄の自叙伝。フータローは?」

「これは辞書だ。」

「フータローらしい…」

トコトコと三玖が歩いてくる。

「なんだ?」

「近くにいたい。」

そう言うと三玖は俺の足の上に乗っかってきた。

「!?!?!?ちょ…三玖さん…?」

三玖が、俺の家で、あぐらをかいている俺の膝の上に乗っかっている…それも家には2人きり…三玖からは前の膝枕の時に嗅いだ甘い匂いではなく、俺の家のシャンプーの匂いがほんのりと香ってくる。

クソ…理性とか理性とかが色々と不味い…

「?どうしたの?フータロー…」

「この体勢はいろいろと…」

「…?」

そうだ。 こいつら5姉妹は貞操概念がちょっとおかしいんだ。

「ふふ…」

「ど、どうした?三玖?」

「なんか…幸せだなぁ…って」

「え?」

「お風呂に入って、一緒にご飯食べて、一緒にくつろいで…凄く幸せ…」

「そうか」

「うん。まるで…その…夫婦みたい…」

三玖が頬を一気に赤らめる。耳まで真っ赤だ。

────────でも、確かに幸せだ。

「三玖…」

「どうしたの?」

「お前は俺と夫婦だったら嬉しいか?」

「…!?────うん…すっごく嬉しい。」

「そうか…」

俺は何を聞いているのだろうか。

────────でも、この時間をもう少しだけ噛み締めていたい。出来ればこれからもずっと──────────

 

「…ていうか雨、さらに酷くなってないか?」

「うん…これ、家に帰れないかも…」

「今日…泊まっていくか?」

「うん…?…ふぇ…?」

「大丈夫だ。前にも泊めたことがある。」

「誰を?」

一気に空気が変わった。ミスった。

「あ…その、五月だ。前の家出の時に…らいはが聞かなくてな…父さんもいなかったし…」

「そう…何もしてないのね?」

「はい…」

「ならよし…それじゃあ泊まらせてもらうね?」

「ああ」

「皆には友達の家に泊まるって伝えたよ。」

「大丈夫か?」

「うん。だってフータローの家に泊まるなんて言ったらどうなるか…」

「たしかにな…」

「あ…でもフータロー…今日は2人っきりだよ?」

「…あ…」

 

はたして、このまま俺は煩悩に耐えることが出来るのだろうか…



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とっても健全(?)なホテル

「やられたな……」

「…うん……」

俺と三玖は2人、街中で立ちすくんでいた。

「まさかこんな急に雨が降るとはな……」

「うん…天気予報は晴れだったのに……」

三玖が申し訳なさそうな顔をして、

「ごめん…」

「……なんでお前が謝る。」

「だって…私が街に行こうなんて言わなければ……」

「…はぁ……全然大丈夫だ。というより、お前のそういうネガティブ思考。治した方がいいぞ。」

「…ありがとう…頑張る……」

「……おう…ていうか普通に俺は楽しかったがな。」

「…ほんと?」

「ああ。買い食いしたり調理器具見たり服見たり本屋行ったり……普通に楽しかったぞ。」

「…よかった」

少し嬉しそうな顔をした。

「………お前は楽しかったか?」

三玖は一瞬鳩が豆鉄砲食らったような顔をして

「……うん…とっても楽しかった」

「それならよかった。」

そんな事を話してる間に、雨足は今さっきよりも強くなっていた。

「…これ……止むのか……?」

「ケータイで調べてみるね……」

「荷物は持っておく。」

「ありがとう。」

俺に荷物を渡した後、三玖がバッグから携帯を取り出し、ポチポチと操作を始めた。

俺は携帯とかには疎いんだよな……使う機能もメールと電話位だし……他のアプリなんて触れたことも無い。ゲームアプリなんてものは勉学の妨げだしな。

「……フータロー………」

三玖が何やら神妙そうな顔をしている

「どうした?三玖。」

「これ、普通にヤバい状況かも……」

「…マジか……具体的には…?」

「とりあえずこの雨は今日の深夜から明日の朝にかけてまで降るみたい。そして大雨洪水警報が発令されてる地域もある……タクシーアプリも見てみたけど…全部ダメ。埋まってる……」

「それは……まずい状況だな………」

俺たちの住む町からは電車で3駅程かかる。そしてここから1番近い駅まで2,3キロは離れている。体は物陰の下に入る前に少し濡れているし、更には両手には購入した荷物がある。

「これは……絶望じゃないか……?」

「うん……どうしよっか……」

「…………」

俺は辺りを見渡す。すると、

「三玖。あそこならいいんじゃないか?」

俺の目に、『HOTEL』の看板が入った。

「………えぇ!?フ、フータロー…あそこって……」

こんな事をしている合間に部屋が埋まってしまうかもしれない。

「三玖。いいか?」

「え!?良いって!?」

「あそこまで走るぞ!!」

「えぇ!?ちょ、ちょっと待ってフータロー!!」

「何時部屋が埋まるか分からない!!行くぞ!!」

「わ、分かった!!」

俺たちはHOTELの看板まで走った。

 

────────────────────

──────────

─────

 

………そして俺たちは何とか部屋をとった。何故か2人でしか止まれないようだったので相部屋にすることにした。料金を選ぶのがあったが、休憩は泊まれる訳では無いようなので宿泊にした。ていうかホテルって泊まる以外になんかあるのか……?ていうか料金表が見にくかったな……よく分からなかった……まぁ泊まれたから良しとしよう。

 

「三玖、取り敢えず風呂入れ。」

「う、うん……」

「服は…」

「か、買ったのがあるからそれでいい」

「そうか…分かった…」

とりあえず雨でつま先までびしょ濡れの状態で居ると風邪をひいてしまうからな……先に風呂に入ってもらおう。

「ていうか大丈夫か?」

「ふぇ?」

「なんか顔赤いぞ。熱あるんじゃないか?」

「だ、大丈夫!!全然元気!!」

三玖がピョンピョンと跳ねる。

「そ、そうか……それじゃあ、ゆっくり浸かってこいよ」

「う、うん」

なんか様子がおかしかった気がするな……

「服…どうするかな……」

少し経った後に、ホテルを散策する。すると洗濯機があった。

「これなら大丈夫そうだな……おーい三玖ー」

「ど、どうしたの?フータロー?」

「服、洗っとくなー」

「あ、ありがとう……」

俺は三玖の服を洗濯機に入れていく。

「待ってフータロー!!!!」

「「あ」」

ちょうど俺が三玖の下着を持っている所でバスタオル姿の三玖が出てきた。

失念していた。俺は必死に弁明しようと

「みッ三玖!!違う!!これは不可効力だ!!許してくれ!!」

「………全然大丈夫だよ……服洗ってくれてありがとね……」

「…許してくれた……」

「だから…ソレ…早く洗濯機の中に入れちゃって……?」

「は……はい!!」

何とか許して貰えた。良かった……アイツには…出来れば嫌われたくはない……

「黒……か……」

俺は自分を思いっきり殴った。

 

「ふぅ……」

一段落して、ベッドに座り込む。

「凄いフカフカだな……これがベッドか……前にアイツらの家で寝た時以来だ……何故か1つしかないがな…」

こんな雨の日に一部屋だけ空いてたんだ。文句は言えない。

俺はとりあえず床で寝ればいいと考えつつ、部屋を見渡していた。

「──────────ん?」

次の瞬間、俺の目に飛び込んできたものは俺の思考をぶち壊した。

「……!?」

0.02mmと書かれた黒色の箱。所謂避妊具。そう。俗に言う「コンドーム」と言うやつだ。

「!?!?!?!?!?」

驚愕。とにかく驚愕。恐らく前の客が忘れていったのを従業員の人が取らなかったのだろう。

「忘れ物は電話した方が…いいのか……?」

俺は電話を探す。取り敢えず近くにあった引き出しをガラッと開けると…

「…………」

シリコン等で出来た男性器の形を模した悪魔的な禍々しいサムシング。そう。俗に言う「ディルド」というものだ。

「ここって……」

俺はここに入る時に料金表を見て、『泊まる以外に何をするんだ』と思った。今ならわかる。ここで泊まる以外に何をするのか、『ナニ』をするのだ。

……そう、ここは所謂……

「ラブホテルじゃねぇかァァァァ!!」

俺は久しぶりに大声で叫んだ。

 

《一方その頃中野三玖は》

 

「…………」ブクブクブク

ぶくぶくぶくぶくと泡を出しながら湯船に浸かる。

「ぷは……やっぱり…ここって……ラブホテル……だよ…ね………?」

謎に広い円形の浴槽。様々な灯りが着く浴室に、謎の中心が抉り取られたような形をしている椅子。プライバシーなんてクソ喰らえと言わんばかりのガラス張りの浴室。洗濯機があったのは扉を1枚隔てた所だったから良かったけれど……

「〜〜〜!!」

今さっきの事を思い返して見悶える。ラブホテルにいるという状態より……フータローに下着を見られたという現状が1番にマズイ。

なんでフータローに下着を見られたんだ!!それも今日はちょっと高めの…所謂勝負下着!!黒色でなんかちょっと際どい感じのヤツ!!

「………エッチな女だって思われたかな……?」

湯船の中、足をバタバタとさせる。飛び散った水が光に反射して綺麗に写った。

「…フータローはここをラブホテルって知ってて入ったのかな……」

フータローの行動を思い返す。

「でも…そんな素振り一切見せないし……」

また湯船に顔をつける。

「私……異性として見られてないのかな………」

でも……もしかしたら………

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

「…あ♡フータロー……ダメ……」

「何がダメなんだ?」

「私…これ…初めて……」

「そんなこと言ってもうグチョグチョだぞ?」

「あ♡そこ…いじらないで……♡」

「ダメだ……三玖…挿れるぞ……」

「あ♡フータロー…やめて……やっぱりやめないで………」

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

「…はッ!!!!」

妄想から覚醒した声が響き渡る。

「…声に出て……ない…よね…?」

大丈夫……な筈だ

「……一応体、もう1回念入りに洗っとこ………」

一応…そう、一応だ。

 

《side風太郎》

 

「…やらかした……」

俺は1人ソファに蹲っていた。

「俺はとんでもないことを……」

……雨の日に入った所がラブホテル。更にいえば半ば強引に入ったのだ。通報されてもおかしくないレベルだし、これがアイツらにバレたら吊るし上げられて五つ子裁判にかけられるのは……火を見るよりも明らかだ。

「いや…待てよ……?まだギリギリセーフ……じゃないか?」

三玖は確実にここがラブホテルだという事には気づいているだろう。だから俺の行為を止めたし、風呂に入ってもらう前に顔が真っ赤だった。様子がおかしかったのもそういう事だろう。

「……いや…だが……」

学年1位、全国模試3位の脳みそをフル回転させる。

「俺は今さっきまで、少なからず三玖が風呂に入る前まではここがラブホテルだとは気づいていなかった……ならば三玖は俺がここがラブホテルだと知らずに入ったと考える筈だ…よし、それならいける。」ブツブツ

俺は作戦を考えることにした。

「まず俺がすべき事は『コンドームを何処かにしまう事。』箱ごとコンドームが置いてあった為、色々入っている近くの引き出しには仕舞えない……他の引き出しに何が入ってるかわからない現状、荷物の中にこっそりと忍ばせて置くのが得策だろう。そして俺たちが部屋を出る時にサッと元の位置に戻す。そうすれば従業員さんにも『コイツらは何もヤらずに出てったんだな。』と思わせることが出来る…………三玖に見つかったら地獄だがな……」ブツブツ

ブツクサと考える。今は時間が無い。短時間で考えを纏めるために多少の独り言は許して欲しい。

「そしてその後にすべき事は『完全にシラを切る事。』まるでここが普通のホテルかのように振る舞うことによって『フータローはここがラブホテルだって気づいてない』と思わせると同時に『もしかしたらここは普通のホテルなのかも……』と思わせることも出来るかもしれない。」ブツブツブツ

穴が多い作戦だが、短時間でのクオリティーにしては中々に的を得ている気がする。

「作戦名は…『そもそも気づいてませんよ作戦』だ……!!」

実行に移すことにした。

────────────────────

──────────

─────

 

「フータロー……お風呂…上がったよ……」

三玖が湯気を上げながら歩いてきた。

「おう、そうか。それじゃあ俺も入るとするかな。」

「うん……それじゃあいってらっしゃい」

「おう。」

スタスタと風呂場まで歩き、服を脱ぐ。着替えの服はバスローブにする。

「なんだ……これ…?」

スケスケのプライバシーなんてクソ喰らえと言わんばかりの浴室。

「洗濯機が風呂場になくて本当に良かった……」

とりあえず体を洗い、湯船に浸かりながら今さっきまでの行動を振り返る。

「お世辞でも完璧とは言えないな……」

俺はあの後コンドームを、買った服の入った袋へ仕舞った。なぜ服の袋かというと、コンドームの箱を俺の買った服と服の間に隠せるからだ。万が一の為に少し包んでおいた。コレでバレることは無い。

引き出しを開けないかは正直運だ。鍵を閉めておいたが、普通に開けれる構造の為、開けられないことを祈るしかない。

「まぁ…正直シラは上手く切れた気がするな……」

このまま隠し通せば何とかなるだろう……

「よし……上がるか……」

俺は体を拭き、足早に浴場から出た。

 

スタスタと歩き、三玖の居る部屋に戻る。するとそこには……

「み、三玖!?どんな格好してるんだ!?」

謎に露出しているサンタのコスチュームを身に纏う三玖の姿があった。

「あ、フータロー……コレは…飲み物こぼしちゃって……」

「…そんなの買ってたか…?」

「うん…皆でクリスマスパーティーをやるとき用の服を買ってきてって言われてたから……」

「今日街に来たのもそれか?」

「ううん…街に来たのは……その…」

三玖がなんだかモジモジし始めた。

「何か言いにくい理由でもあるのか?」

「ううん……そういう訳じゃ……」

「なら正直に言ってくれ。大丈夫だ。俺に遠慮なんてしなくていいぞ。」

「遠慮してるわけじゃ……」

う〜〜っと三玖が頭を抱える。心做しかまた顔が赤い気がする……

「ほら、言ってみろ。」

「その……街に来たのは……フータローと……一緒にお買い物したかった…から……だよ……」

「〜〜!!そ、そうか……」

三玖の顔が真っ赤に染った。当の俺もどういう顔をしているか検討すらつかない。

「もう…!やっぱりそういう反応した……!!」

三玖が可愛らしく頬をふくらませる。

「悪かったって……」

「……すごく恥ずかしかった……」

また頬を膨らませる。破裂しちゃうんじゃないか……?

「本当に悪かった……」

「……いいよ」

「ありがとな」

「うん……」

何とか許しを貰うことが出来た。

「取り敢えず、これ着とけ」

濡れてないジャケットを渡した。

「…うん…ありがとう……」

三玖が俺のジャケットを羽織った。

「ていうか…腹減ったな……」

「確かに……もう20:00だし……あ」

「どうした?なにか見つけたか?」

「これ、多分ルームサービスってヤツ。」

三玖がメニューをパラパラとめくる。俺も横から覗いた。

「おお……結構豪華だな…」

「晩御飯はこれにしよっか。」

「ああ。そうしよう。」

「電話は……」

「あー!!大丈夫だ!!ここにある!!」

俺は人生で五本の指に入るのほどのスピードで近くの引き出しから電話を取りだした。

危なかった……受話器の場所を確認しとかなかったら詰んでいた……

「………フータローは何にする?」

「俺は……カレーライスでいい。お前は?」

「私は……このパンケーキと抹茶アイスとこのクッキーにしようかな……」

「腹減らないか?」

「大丈夫。私結構少食だから。」

「そうだったな。」

昼飯を抹茶ソーダとサンドイッチで済ませるヤツだ。まぁ大丈夫なのだろう。

「それじゃ私が注文するね。」

「おう、ありがとな。」

三玖が受話器をとる。

「すいません…ルームサービスで……カレーライスと…………」

三玖が注文をしてくれている中、考える。

取り敢えず家族には三玖と出かけるとは言っている為、家に帰れないから外泊することにしたと連絡しよう。流石に相部屋をしているとは思わないだろうしな……三玖は姉妹たちにどう連絡するのか……

なんて考えている内に注文が終わったようだ。

「注文終わったよ」

「ありがとな……というか三玖。他の姉妹たちには泊まることどうやって伝えるんだ?」

「普通に帰れないから泊まるって伝える」

「俺と泊まってるってバレたらマズイんじゃないか?」

「…私は勘違いされてもいいけど?」

「俺も別に嫌ではないが……アイツらの事だ。帰ったら何されるか……」

「嫌じゃないんだ……えへへ………」ボソッ

「?なんか言ったか?」

「ううん!!なんでもない!!…取り敢えず外に泊まるってだけ伝えとくね…流石に相部屋とは思わないハズ。」

「もし相部屋か?って聞かれたらどうするんだ?」

「うーん……それとなく返す。」

「そうか……まぁバレないことを祈ろうぜ」

「うん……」

そう話していると、ドアが『コンコン』と鳴った。

『ルームサービスです』

「はーい」

三玖がそう答えて扉へ向かった。ドアを開けて晩飯を受け取ったみたいだ。

「フータロー。ご飯。」

「分かった。ありがとな」

「全然大丈夫。早く食べよ。」

コトコトコトリとテーブルに料理が乗せられる。数は少ないとはいえ、とても美味そうな見た目をしているので中々鮮やかなテーブルになった。

「そうだな。それじゃあ「いただきます」」

カレーを口に運ぶ。

「美味いな。」

らいはのカレーほどではないがな。ホテルのルームサービスってもう少し不味いイメージがあったから予想外だった。

「三玖、パンケーキ美味いか?」

「うん。美味しいよ。こういうのってあんま美味しくないイメージが強いけど案外美味しいんだね。」

「そうだな。」

そんなことを話していると、三玖が提案をしてきた。

「…私のパンケーキ…食べてみる?」

「…ああ…くれるなら貰おう」

そう俺が答えると

「はい…あーん……」

「!?……パクッ…美味いな……」

…何してるんだコイツ……まぁ乗る俺も俺だが………そうだ……!!

「三玖、ほい、あーん」

「!?……フ、ータロー…?」

「俺のも1口やる。ほれ、あーん…」

ふふふ…仕返しだ。………ていうかコレ結構恥ずかしいな……

「あーん……パクッ……うん…美味しい……」

三玖の顔は耳まで真っ赤に染まっている。

「……フータローのイジワル……」

「先にやったのはお前だろ?」

「う……それはそうだけど………」

「ははは……」

そんな下らない話をしながら幸せな時間はどんどんと過ぎていってしまった。

 

「本でも読むか……」

俺は今日買った本を取りだし、あぐらをかきながらペラリとページをめくった。すると、

「……よいしょ」

三玖が俺の足の上にちょこんと座った。

「み、三玖?」

「フータロー…一緒に読も……?」

サクサクとクッキーを食べながらそう言ってきた。

「一緒に読むって……」

なんだか三玖の様子がおかしい。渡したジャケットを羽織らずに持っているし、頬は少しばかり紅潮しているように見える。

「えへへ……フータローいい匂いする……」

スンスンと鼻を利かせながら俺の体に擦り寄ってくる。やっぱりなんだか様子がおかしい。

「三玖、なんか変なものでも食ったか?」

「ううん。なーんも食べてないよ……?」

「……ちょっとメニュー取ってくれないか?」

「わかった……はい」

「ありがとな。」

三玖が頼んだものを調べることにした。

『パンケーキ』…普通だな……『抹茶アイス』……普通だ。

『ラム酒入りクッキー』……普通……じゃない!!

「三玖……」

「なぁに?フータロー……?」

キョトンとした目でこちらを見上げてくる。

「そのクッキー……なんで頼んだ?」

「なんでって……見た目が美味しそうだったから…」

コイツはアホなのだろうか。

「三玖……それを食うのをやめろ。」

「なんれ?欲しいの?あとちょっとしかないよ?」

「そういう訳じゃなくてな……」

「美味しいよ?はい。あーん」

差し出されたクッキーは見た目は普通だが、よーく鼻を利かせてみると薄らと酒の香りがする。

「ダメだ。取り敢えずコレは没収だ。」

「あと1個だけ……」

「ダメだ。」

「お願い……あと1個だけだから……」

小動物のような眼差しでこちらを見てくる。

「うっ……ダメなもんはダメだ」

すっとクッキーを取り上げる

「ああ〜……私のクッキー………」

「うっ……」

なんという罪悪感だろうか。だが、致し方がないのだ。コイツの身を守るためだ。

「ほら、これ飲め。」

水を差し出す。

「分かった……」コクコク

「美味しい!!スッキリしてる!!」

水だからな………

「フータロー…この本一緒に読も?」

「……分かった。一緒に読もう。」

俺が買った小説を読むことにした。

「なぁ…三玖……」

「どうしたの?」

「いや……そのな……なんで俺の足の上に乗る?」

「フータローは私に乗られるの……イヤ…?」

「嫌ではないが……」

胡座の上に乗り、俺の両腕に三玖が挟まれている為、三玖のシャンプーの甘くていい匂いがするのだ。更にいえばコイツは謎に露出度が高いサンタ服を着ているのだ。俺はバスローブ姿だし……その……色々とマズイのだ……

「それならこのままでいい?」

また小動物のような眼差しでこちらを見てくる。コレはずるいだろう……

「ああ……いいぞ……」

俺が耐えればいいだけの話だ……

「えへへ……やった……」

三玖がとてもいい笑顔をした。

「フータローの匂い……おちつく……」

「そうか……」

 

「フータロー……」

「どうした?三玖。」

「なんか……これ、夫婦みたいだね……」

「!?……そう………だな…」

「フータローは私と夫婦じゃイヤ?」

「!?………嫌…じゃないぞ……」

三玖の顔がぱあっと晴れる。

「ホント!?」

「……ああ」

「…嬉しいな………」

「そうか……」

…実際、今の状態は幸せだ。この幸せが永遠に続けばいいと思う。出来れば、次は三玖が酔ってない状態で。

「俺も嬉しいぞ。」

「ふぇ……?それって……」

「どういう事だろうな。」

「…フータローのイジワル……」

「ははは……」

取り敢えず、今の幸せを噛み締めておくことにした。

 

「フータロー……」

「どうした?」

「そろそろ寝よっか…」

「……そうだな…」

気づけば時刻は0:00を回っていた。

「それじゃあ俺は床で寝るから、三玖はベットで寝てくれ。」

「……え?」

「どうした?」

「……フータロー…一緒に寝ようよ……」

「いや、それは………」

「フータローと一緒に居るのに一人で寝たくないよ」

三玖が物凄いことを言い始めた。

「………ねぇ……フータローは…私と寝るの……イヤ………?」

また小動物のような眼差しでこちらを見てくる。今度は涙目のおまけ付きだ。

「うっ……」

そんなの……断れるわけ…ないだろ……

 

一緒に寝ることになった俺と三玖の長い長い夜が幕開けようとしていた。



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さて、フータロー。問題です。

「ねぇ、フータロー」

「どうした?三玖。」

 

ある休日の昼下がり。三玖と2人、リビングでくつろいでいた所、三玖が声をかけてきた。

 

「あのさ…」

「おう」

「私のお気に入りの場所って分かる?」

「……?」

 

急にそんなことを聞いてきたので、思わず疑問符で返してしまった。

 

「答えて」

「え……うーん……」

 

三玖のお気に入りの場所……なんだろうか……もう同棲を初めて2年ほど経つが……そんな話したっけっか?

 

「布団の中、とかか?」

「んーん、違うよ」

「コタツの中か?」

「それも違う」

 

…寒いのが苦手な三玖が好きそうな所を適当に言ってみたが違かったようだ。

 

「バイト先のパン屋とか?」

「確かに好きだけど違うよ」

「お前の実家?」

「みんなと会えるから好きだけどそれでもないよ

「……うーん…」

 

……恥ずかしいことに正直わからない。結構長い間、と言ってもたった2年ちょい。高校時代も含めれば4年程しか一緒に過ごしてないが……

 

「…答えを教えてくれ」

「…フータローには当てて欲しい」

「……そうか……」

 

そう言われると正解せざるおえない。やってやろうじゃないか。

 

「お前の通っている大学!!」

「違う」

「…俺たちが住んでいる家!!」

「確かに大好きだけど違う」

「……テレビの前!!」

「んーん」

「くッ……ヒント!!せめてヒントくれ!!」

「うーん……」

 

三玖が少し考え込む仕草をする。

 

「いいよ」

「サンキュな。」

「ん……それじゃあヒント1、案外いろんな所にあるし、移動もする。」

「ふむ……」

「ヒント2、今私の近くにある。」

「…ふむ……?」

「ヒント3、今は座った方がいい。」

「……うん……?」

「以上」

「……さっぱり分かんねぇ……」

「今のヒントをよく考えてみて。」

「……おう。 」

 

まずヒント1。"案外色んな所にある"これは様々な捉え方ができる。そのため一旦保留する。"移動もする"という事はペットなどの動物や車等の交通し手段の類か?

……しかしそうするとヒント2の"三玖の近くにある"というのが通らなくなる。今俺らは車を持ってないし、ペットも飼っていない。

……そもそもヒント3の"今は座った方がいい"ってのが解せない。今座っているもの……?今この部屋で座っている生物は三玖と俺……だけ……

 

「!!」

「分かった?」

「……おう……」

 

……そういう事…か……?

いや……外したら消えてなくなりたいくらい恥ずかしいのだが……ここで言わなきゃ男が廃る。……ような気がする。

 

「答えるぞ……」

「うん」

「正解は………」

「俺の隣……か……?」

 

なんだコレ。クッッッソ恥ずかしいぞ。

 

「……勿論そこは1番大好きだけど……違うよ」

「………え?」

 

嗚呼。消えてなくなりたい。穴があったら入りたい。俺はとてつもない勘違いをした。三玖のお気に入りの場所が俺の隣とか……そんなキザなセリフ……クソ……死ぬほど恥ずかしい……

 

俺は恥ずかしさのあまり、思わず体の体制を体育座りのような形に変え、項垂れた。

 

「ふふふ……」

 

三玖が笑う。

 

「フータローでもそういうこと言うんだね……」

 

三玖は『あっ』と思い出したように口を開き、

「自意識過剰くん……かな?」

 

懐かしいセリフを出した。

 

「…ッ……!!おま……!!」

「…ふふ…ゴメンね……」

「……それ聞いたの修学旅行の時以来だぞ」

「覚えてたんだ」

「ああ。嫌でもな。」

「なんで?」

「そりゃ……今みたいな勘違いをしたと勘違いしたからな。あの時は一瞬、恥ずかしさで死ぬところだったぞ」

「今は?」

「今も消えてなくなりたいぞ」

「そっか……ゴメンね?」

「ああ……全然大丈夫だ……」

 

こんなに恥ずかしい思いをしたのはいつぶりだろうか。なんて考えていても仕方がない。

 

「三玖……降参だ。そろそろ答えを出してくれ。」

「……いいよ。フータローが普段言わないようなセリフ聞けたしね。」

「それは忘れてくれ。」

「心の奥底に閉まっておく」

「出来れば燃やして欲しいんだが……」

「検討しとくね」

「……おう……」

 

出来れば一生日の目なんて見ずに誰にも知られずひっそりと燃え尽きて欲しい記憶だが、今は問題の答えが気になる。

 

「で、答えは?」

「…正解はね……」

 

そう言って三玖はカラーボックスとタンスの間に向かって歩き、すっぽりと可愛らしく挟まった。

 

「……こういう隙間」

「……そんなの分かるわけねぇだろ……」

「この機会に知れたってことで」

「……そうだな……」

 

これで問題はひと段落着いた……

 

「では問題です。」

「……は?」

「私が今したい事はなんでしょうか。」

「……は?」

 

もう一度問題が出された。

 

「では、お答えください」

 

三玖がクイズ番組の司会者のような口調でコールをかける。

今回は前回より難問だ。三玖に何度も『デリカシーがない』と言われたことか。

その汚名を今、返上するのだ。

 

「……パンを焼くとか?」

「違います」

「……ゆっくり寝たいとか?」

「それも違います」

「……買い物に出掛けたいとか?」

「全然違います。」

 

全く当たらない。どうなってるんだ。……いや、どうなってんのは俺の頭か…?何とかして当てたい。しかしこのままじゃ一向に埒が明かない。

 

「…ヒントくれ」

「私のお気に入りの場所と1番好きな場所を合わせたことです。」

「……なるほど……」

 

1度整理しよう。三玖のお気に入りの場所は"何かの隙間"これは確定だ。そしてさっきの会話から、三玖の1番好きな場所は"俺の隣"……改めて考えるとやっぱり恥ずかしい。

この2つを合わせると……俺の隙間……?いや……だが俺は2人居な…………待てよ……?

 

今の俺の姿勢を考えてみろ。体育座り、三角座りとも言うだろうか。この座り方は両脚の側面を合わせ、足全体で3角型を作る座り方だ。が、今の俺は両脚の間が空いている。項垂れていたからだ。

……って事は……

 

「……分かったかもしれねぇ」

「言ってみて」

「だが…な……まぁ…外すと…な……」

「大丈夫。言ってみて。」

「……ああ……」

 

三玖が真剣な表情をしてそう言う。

俺は深呼吸し、心を落ち着かせる。ここで外したら恥ずかしさで死んでしまう。しかし、三玖がこんなにも真剣な表情をしているのだ。答えなければ人として、コイツの恋人として廃ってしまう。

 

「……正解は……」

 

「………俺の脚の隙間に挟まりたい。……だ。」

「……ふふ……」

 

……この感じ……もしかして……不正……

 

「当たり」

 

三玖はそう言って俺の所にトテトテと駆け寄ってきた。

 

「……マジか……」

「うん。マジだよ。」

 

……何とか当たってよかった。恥ずかしさで死ぬところだった。

 

「……それじゃ……さ……」

「ん?」

 

三玖が両手の指と指を合わせ、頬を赤らめている。

 

「……やって…いいかな……?」

 

「…何をだ?」

 

分かっている。けれど少しだけ虐めたくなってしまった。

 

「フータローのイジワル……」

 

三玖が可愛らしく頬を膨らませる。

 

「ほら、何をして欲しいかは口で言わないと伝わらねぇぞ。」

「うー……」

 

フフフ……俺の気持ちがわかったか。この恥ずかしさ。

 

「……その…」

「おう」

 

三玖の頬の赤色がどんどんと濃くなっていき、耳まで真っ赤に染まる。顔は少し俯き、細長い両指は全て合わさっている。

 

「…フータローの……その……脚の……間に…挟まらせて………ください……」

「……いいぞ」

 

一瞬、もっと虐めたくなってしまったが、これ以上は可哀想なのでやめておいた。

 

「……やった…」

 

そう言って三玖は俺の脚と脚の間にもぞりと挟まった。

 

「……えへへ……」

「そんないいものか?」

 

幸福そうな三玖の表情を見て、質問をする。

 

「……うん。なんかとっても暖かくて、安心する。気持ちいいよ。」

「……そうか」

 

…ふわりと香る三玖の髪の匂い。同じシャンプーを使っている筈なのに、不思議なことになぜかその匂いは甘く、どこか安心できる匂いがする。

 

「…ねぇ、フータロー」

「…どうした?三玖。」

「……今、幸せ?」

「ああ。とってもな。」

「そっか」

「お前は?」

「…私も幸せだよ。」

「そうか」

「うん……ひゃっ!!フ、フータロー?」

 

三玖の頭の上に顎を乗せた。

 

「どうした?三玖。嫌だったか?」

「その…嫌じゃないけど……ビックリしただけ。」

「そうか……」

「うん……ふふ……」

「……はは……」

 

何故か笑いが込み上げてくる。別に特別面白いわけでもないのに、だ。

 

「……ねぇ、フータロー。」

「どうした?三玖。」

「幸せだね。」

「ああ。」

「なんか……眠くなってきちゃった」

「奇遇だな。俺もだ。」

 

意識がうつらうつらとしていく。

 

「……このまま寝ちゃおっか。」

「……そうだな……今日は暖かいし」

「…それじゃ、フータロー……おやすみ。」

「ああ。おやすみ。三玖。」

 

嗚呼。この幸福な時間が、永遠に続けばいいのに。

 

そう思いながら、俺達の意識は夢の中へと落ちていった。

 



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