インフィニット・ストラトス IS IGLOO (とんこつラーメン)
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転生 ~新たなる人生~
輪廻の果てに


妄想が止まらナッシング。

二人とも、マジで大好きです。

だからこそ、幸せにしてあげたい……!






 パイロットスーツに包まれた体が軋み、痛みで汗が噴き出る。

 ノイズが混じっているモニターには、青く輝く地球の半球が映っていた。

 

「中尉…そして、ヨーツンヘイム……聞こえるか…?」

 

 コクピットに紫電が走り、様々な場所から火花が散る。

 

「私は今…どのように嘲られようと、最早…少しも恥辱とは思わない…」

『少佐! 何をっ!?』

『………っ!?』

 

 私の事を『道化』といった女性士官の声が遠くに聞こえる。

 どこまでも真摯に技術と向き合っている青年の、息を飲む声が聞こえる。

 

「モビルスーツ・ヅダは、最早ゴーストファイターではない。この重大な戦局で、確かに戦っている。この独立戦争に、厳然として存在しているのだよ」

 

 眼前に真っ白な光が見える。

 これが太陽の光であると気が付くのに、一秒もいらなかった。

 

『暴走警報!! 少佐、今すぐに!!』

 

 先程から聞こえている機体の危機を知らせるアラーム。

 これが聞こえなくなった時が自分の死ぬ時だと分っているのに、不思議と私には微塵の恐怖も無かった。

 

『くそっ……! こいつは……バケモノかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!』

 

 MSに乗って此方を追跡していた連邦軍のパイロットの悲鳴を聞き、不謹慎だと分っていながらも自然と笑みを浮かべた。

 

「この歴史の真実は……何人たりとも消せはしない……」

 

 直後、凄まじい衝撃が全身を襲い、私は静かに己が運命を受け入れた。

 

(あぁ……生涯唯一の無念が…今ここに報われた……)

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

 車が止まる。

 目の前には、そこそこの大きさを誇る建物が立っていた。

 

「到着だよ。さ、降りて」

「はい」

 

 運転手である男性の声に従い、後部座席に乗っていた少女(・・)がドアを開けて降りてきた。

 

「ここがそうか……」

 

 降りてきた少女は、美しいブロンドの髪をポニーテールに纏めていて、青いリボンが付いた白い服と、青いロングスカートを履いていた。

 

「私は車を停めてくるから、君は先に行っててくれるかな? 荷物は後で持っていくから」

「自分の荷物ぐらいは自分で持ちます」

「君は真面目だね。でも、ここは大人の私に任せてくれないかな?」

「……そこまで仰るのならば……」

「ありがとう、というのは変かな?」

 

 男性は運転席から顔を覗かせながら少女と話し、その後、車を駐車場へと停めに行った。

 それを見送ってから、彼の言葉に従って、少女は堂々とした足取りで建物の扉まで向かっていく。

 少女が潜った門には、こんな文字が書いてあった。

 

【ヨーツンヘイム孤児院】と……。

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 孤児院の扉を開けると、そこにはロビーのような場所があった。

 椅子やテーブルが幾つかある様子を見ると、普段はここで子供達が憩いの場としているのが容易に想像がつく。

 

「よぉ」

 

 声がする。

 誰かと思って振り向くと、二階に上がる階段の傍に一人の少女がいた。

 黒い髪を首の辺りで切り揃えていて、若干のツリ目。

 水色のロングTシャツとジーパンを履いているから、一瞬だけ男かとも思ったが、体の線の細さがそれを否定する。

 幾ら幼い子供であったとしても、よく観察すればすぐに分かる。

 容姿だけならば、間違いなく美しいと断言出来るだろう。

 だが、彼女の全身を見た時、私は少しだけ目を見開いた。

 

(車椅子……)

 

 少女は、車椅子に乗っていた。

 普通ならば、それだけで悲壮感を漂わせていても不思議ではないのに、彼女は『それがどうした』と言わんばかりに堂々としている。

 

「お前の事は院長から聞いてるぜ。今日から入る新人なんだろ?」

「そうだが……君は?」

「おっと。こういう時は、まずは自分から名乗るのが礼儀だったな」

 

 車椅子を動かして少女が近づいてくる。

 そして、ニヒルな笑みを浮かべながら、私に手を差し出してきた。

 

二重の意味で初めまして(・・・・・・・・・・・)。オレの名前は『デメジエール・ソンネン』だ。これからよろしく頼むぜ。ジャン・リュック・デュバル『元少佐』殿」

「デメジエール・ソンネン……だと……!?」

 

 私はその名前を知っていた。恐らく、この世界の誰よりも。

 何故なら、嘗てその名前と同じ人物と私は同じ場所にいて(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)その人物が消えた後に私が来たのだから(・・・・・・・・・・・・・・・・・・)

 

「その顔を見ると、やっぱりオレの事を知ってるみたいだな」

「そ…それは……」

「一応、言っておくけどよ。オレは決して同姓同名の別人ってわけじゃないからな。正真正銘の、ジオン公国軍戦車教導団教官にして、試作モビルタンク『ヒルドルブ』の運用を任されていた『デメジエール・ソンネン』少佐様だ」

「………っ!?」

 

 『この世界(・・・・)』において、普通ならば絶対に知る筈のない単語(・・・・・・・・・・・)

 自分しか知らない国の名前(・・・・・・・・・・・・)

 それを聞いた瞬間、自分の頭を固い物で殴られたかのような衝撃が走った。

 

「そっちの事も知ってるぜ。ツィマッド社所属にして、同会社が開発したMS『ヅダ』のテストパイロットも勤めていた……だろ?」

「……………」

「黙るってことは正解って事だな」

「私は……」

「あぁ~…別に何も言わなくてもいいって。お前さんもあっち(・・・)では碌な思い出が無かったんだろ? オレもさ……」

「ソンネン少佐……」

「お? オレをそう呼ぶって事は、こっちの言葉を信用したってことでいいんだよな?」

「……仕方あるまい。私だって信じられないし、安易には受け入れ難い。だが……」

「だが? なんだよ」

「『あの時代』を生きていた者しか知らない事を言われては…信じないわけにはいかないだろう……」

「だよな。その気持ち、よ~く分かるぜ」

 

 うんうんと頷きながら、目の前の少女…ソンネン少佐は笑っていた。

 何がおかしいのだろうか?

 

「でもよ。信じるしかない」

「そう…だな。多数の共通点を持つ私と貴官が、同じ世界、同じ場所に同じような形で存在している事実は、偶然の一言で片づけていい事柄ではない」

「作為的な何かを感じるってか? 言いたいことは分かるけどよ……」

「私は基本的に無神論者だ。故に、超常的存在の介入など認めたくはないが……」

「こんな事、人間には絶対に不可能だろうよ」

「言わないでくれ……」

 

 この体で生まれてから数年。

 もう自分が女になった事は少しずつではあるが受け入れつつある。

 だが、自分と同じ身の上で、しかも同じ国で同じ時代を生きた者が目の前に現れて、それをただ『偶然』の一言で片付けられるほど、私は楽観的な性格はしていない。

 

「おや? もうお友達が出来たのかい?」

「院長殿……」

 

 彼…いや、今は彼女と言うべきか。

 ソンネン少佐と話し込んでいる間に、院長殿が私の分の荷物を持って院内へと来ていた。

 

「デメちゃん? 君しかいないのかい?」

「デメちゃん言うな。今は、他の連中は揃って昼寝してるよ。オレはなんだか寝付けなくてな、こうしてここでボーっとしてたら、入ってきたこいつと出逢ってな、思わず話し込んでたって訳だ」

「そうかそうか。事情が事情だから、ちゃんとお友達が出来るか心配だったけど、どうやら私の杞憂だったみたいだね」

「そういうこった」

 

 院長殿と気さくに話している様子から見ると、少佐はかなり彼から信頼されているようだ。

 ジオンでの少佐の事はよく知らないが、とても尊敬されていたと風の噂で聞いたことがある。

 その時の経験が成せる技なのだろう。

 みすみす仲間を死なせた私とは大違いだな……。

 

「この荷物はジャンちゃんの部屋に運んでおくからね。後で中を案内してあげるから、その時にでも君の部屋に案内してあげよう」

「それならよ、案内はオレに任せてくれよ」

「いいのかい?」

「おう。もう少しコイツと話してたいしな」

「そうか…。それじゃあ、デメちゃんに任せようかな?」

「任されたぜ」

 

 院長殿が階段を上がらずに廊下の奥へと消えて行った。

 ということは、少なくとも私の部屋は一階にあるのだろう。

 

「ところで、どうして見ただけで私の事が分った?」

「名前自体は院長の旦那から聞かされてたからな。そんな特徴的な名前、オレが知る限りじゃアンタしか知らねぇよ」

「それだけでか? 同姓同名の別人の可能性だってあっただろうに」

「最初はオレだってそう思ったさ。でもな、こうして直に会って話して、オレの勘は間違ってなかったって確信した。どんだけ酷い境遇に遭ってもよ、其処ら辺にいる普通の小娘がそんな雰囲気を醸し出すかよ。一発でお前が『戦場帰り』だって分かった」

「これでも必死に隠していたつもりだったのだがな……」

「それが通用するのは平和な時代に生きてる一般人だけだろうよ。少なくとも、オレには通用しなかった。それはお前さんから見たオレも…だろ?」

「そうだな。私から見ても貴官からは獰猛な狼のような気配を感じた」

「狼……狼と来たか! ははは……狼か! いいねぇ……最高じゃねぇか…!」

 

 今までの僅かにあった少女らしさはどこへやら。

 完全に『男としてのソンネン少佐』が出てきている。

 

「そうだ。もうお互いに軍人じゃないんだからよ、階級とかで呼ぶのは止めにしねぇか?」

「では何と呼べば?」

「普通に呼び捨てでいいだろ」

「そ…そうか」

 

 呼び捨て……呼び捨てか。

 私に出来るだろうか……。

 

「そんじゃ、今から中を案内してやるよ。行こうぜ、デュバル」

「そ…そうだな。ソンネン」

 

 車椅子を動かして先を行くソンネンの後ろからついていく形で、私も後を追った。

 その時、ふと彼女が金属製の四角い箱を持って振り返り、こう言った。

 

「そうだ。お近づきの印にドロップいるかい?」

「………頂こうか」

 

 彼女から貰ったドロップは、オレンジの甘い味がした。

 

 

 

 

  

 

 




TSしたデュバル少佐の容姿はFateのアルトリア(セイバー)で、
TSしたソンネン少佐の容姿は空の境界の両儀式です。
勿論、声も同じ。

次回、彼女らがいるのはどの国なのか、現在は何歳なのか等が判明していく予定です。
取り敢えず、幼女とだけ言っておきます。




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第二の人生

今回はソンネン少佐視点。







『後は…コムサイ……!』

 

 目が霞む。意識が朦朧とする。手足が思うように動かない。

 だが、まだ俺は生きている。息がある。

 

 モニターの向こうでは、破損した右足を引きずりながらコムサイへと向かっているザクがいた。

 あのザクの思わぬ一撃を食らい、俺も相棒も満身創痍だ。

 けど、まだ全てを諦めるには何もかもが早すぎる。

 

 必死に手を動かし、砲身に最後の装弾筒型翼安定徹甲弾(APFSDS)を込めた。

 

(へへ……。連邦の盗人野郎……さっきお前が言ってた言葉……そのまんま返してやるぜ……!)

 

 手が痙攣し、思うように動いてくれない。

 それでも何とか動かし、主砲の標準を油断して無防備になったザクの背中に合わせる。

 

(テメェなんざ……テメェなんざ……!)

 

 文字通り、最後の力を振り絞って最大の一撃を発射する。

 凄まじい轟音と共に発射されたソレは、見事に敵機のコクピットに直撃し、相手は悲鳴を上げる暇も無く粉々に消し飛んだ。

 それを確認した俺は、もう必要なくなった『ドロップ』の入った容器を投げ捨てて、シートに体を預けた。

 

「はぁ……はぁ……はぁ……一発あれば…十分だ……」

 

 もう体を動かす気力も体力も残されていない。

 自分の命の灯が尽きようとしているのが、手に取るように感じ取れた。

 

「ヒルドルブは……俺は……まだ…戦えるんだ……」

 

 全身が完全に動かなくなり、俺は自分とヒルドルブの死を悟った。

 やっぱり、こいつと俺は一心同体だったんだ。

 

(後は……任せたぜ……技術屋……モニカ……)

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

「で、ここが食堂だ」

「いい場所だ。ここならば子供達でも十分に寛ぎながら食事が出来る」

「いや、今のオレ達も立派な子供なんだけどな」

 

 車椅子に乗るオレの隣で、オレと同様に『生まれ変わった』元男のジャン・リュック・デュバルが満足そうに頷いている。

 こいつの事は前に写真で見たことがあったが、なんともまぁ…変われば変わるもんだ。

 いや、それに関してはオレも人の事は言えないか。

 

「にしてもよ、お前…思ってる以上に落ち着いてるんだな」

「それはどういう意味かな?」

「いや、だってよ……オレ達は揃いも揃って性別がガラリと変わっちまってんだぞ? 少しは動揺とかしねぇのかな…ってな」

「……私だって、最初は自分が自分でなくなっている事実を知った時は、みっともなく驚いたものだよ」

「じゃあ、今は?」

「…仮にも私とてジオン軍の人間だ。どんな状況、環境であろうとも適応してみせるさ」

「要は『慣れた』ってことだろ? 回り諄い言い方をすんじゃねぇよ」

「む……」

 

 まるでガキみたいに顔を赤くしてムキになってやがる。

 いや、『みたい』じゃなくて、今はオレもコイツも正真正銘のガキだったか。

 

「そういう君はどうなのだ? 見たところ、今の私と同年代と見たが?」

「まぁな。オレも慣れちまったんだよ。色々とな」

「その足も……か?」

「あぁ」

 

 流石に1年以上も車椅子生活を続けていれば、嫌でも体が馴染んじまうよ。

 

「……聞かないのか?」

「何をだ?」

「オレの足の事だよ。さっきからずっと気になってますって顔してるぜ」

「……私は、ズケズケと他人のプライベートを詮索するような悪趣味な人間ではない」

「オレは別に話しても構わないんだけどな。このご時世では割と有り触れてる理由だしな」

 

 食堂を後にして、今度は中庭へと向かう。

 その道中でオレは第二の人生における自分の過去を話した。

 

「この足な、実は生まれつき動かなかったって訳じゃないんだ」

「……怪我か、もしくは病の類か……?」

「そう急かすなって。今から話してやるからよ」

 

 大した不幸自慢にはならないが、世間一般的に見れば、オレは可哀想な部類に入るのだろう。

 

 オレを生んだ両親はちょっとした町工場を経営していたのだが、オレが物心つくような歳の頃には既に倒産寸前で、多額の借金を抱えていた。

 その事はオレも知っていたし、仮にもオレをここまで育ててくれた養育費代わりになんとかしてやりたいという思いもあった。

 だが、いかんせんオレは子供だった。

 どれだけ中身が大人でも、出来る事には限界がある。

 

 そんな時だった。

 ある日、オレは母親に『おつかいに行ってきて』と頼まれた。

 この時のオレはその事に対して何の疑問も抱いてはいなかった。

 長い間の温い生活で勘が鈍ってしまったのか、オレは迷うことなく買い物へと出かけた。

 それが、オレの運命を分けることになるとも知らずに。

 

「……何が起きた?」

「オレには多額の保険金が掛けられていた…って言えば分かるか?」

「……実の娘に対して保険金殺人か……! 腐っているな……!」

 

 歩道に出たオレは、父親の運転する車にド派手に跳ねられて、そのまま血だまりに沈んだ。

 オレの第二の人生もこれで終わりか、なんて柄にもないことを思ってたら……。

 

「偶然にも近くにいたここの院長が救急車を呼んでくれてな。辛うじてオレは一命を取り留めたって訳だ。ま、それで全てが終わったわけじゃないんだけどな」

「その足は……その時の事故が原因で……」

「その通り。車に引かれた時に背中から落下しちまったみたいでな、そのせいで脊髄が損傷しちまったとかで、両足が完全に麻痺した状態になった」

「治せないのか?」

「現代の医術じゃ難しい上に、手術にも莫大な金が掛かる。それだったら、このままでも別にいいかなと思ってな。オレはまだこうして生きている。それだけでも儲けもんだろ?」

「ふっ……君という奴は……」

 

 話している間に中庭へと到着。

 デュバルはベンチに座り、オレはその横に並ぶように移動した。

 

「その後、オレはここの院長に引き取られて、向こうからコッチに渡って来たって訳だ」

「君の両親はどうなった?」

「勿論、問答無用で逮捕さ。後で聞いた話だと、終身刑になったらしい」

「当然の報いだな」

 

 まるで自分の事のように怒っているこいつも、基本的には院長と同じお人好しなんだろう。嫌いじゃねぇけどな。

 

「そういや、お前さんは随分とこっちの言葉を流暢に話せてるな。一応、ここはオレにとってもお前さんにとっても外国だぜ?」

「普通に勉強をした。それだけだ。そっちこそどうなんだ?」

「オレも似たようなもんだ。昔から、その手の事は得意だったんでな」

「戦車教導団の教官は伊達ではない…ということか」

 

 それは別に関係ないだろ。

 

「……日本か。あの頃の私には縁も所縁も無い国だったな」

「オレもさ。いい国だって話は聞いてたけどな」

 

 気候もいいし治安も悪くない。

 何より、飯が美味い。

 それだけでオレ的には大満足だ。

 

「ジオン軍には日系の者もいたと聞いたことがあるな」

「確か、どっかの特殊な部署に『アマクサ』とかいう奴がいたような気が……」

 

 昔の事だからよく覚えてねぇな。

 割とマジでどうでもいい事だったし。

 

「なぁ……」

「ん? どうした?」

「実に今更なことを言うけどよ……」

「なんだ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「オレらの会話って、どう考えても『5歳児』のするもんじゃないよな……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「仕方あるまい。どれだけ体が子供でも、中身は立派な成人男性なのだから」

「それはオレだって分ってるけどよ……」

 

 時と場合によっては、子供らしい姿を見せなきゃいけない時もあるんじゃねぇか?

 例えば、子供であることを武器にする時とかな。

 

「唯でさえ、オレ達みたいな外国人の子供は日本じゃ珍しいってのによ……」

「日本は多数の国から様々な人が訪れている、非常に国際的な国ではなかったか?」

「観光客とかはいるが、こっちで本格的に暮らそうとしてる輩は、全体的に見ればそう多い方じゃねぇよ」

「そうなのか?」

「そっち方面は勉強してねぇのかよ……」

 

 コイツ、まさかの天然キャラか?

 専門的なこと以外はヘッポコだったり?

 

「国ことで思い出したけどよ、今のお前ってどこ出身なんだ?」

「イギリスのロンドンだ」

「え」

 

 …………マジで?

 

「オレもイギリス出身なんだけど……」

「なんと」

「因みに、オックスフォード出身だ……」

 

 これもまた偶然なのかよ……。

 それとも、ジオン公国出身者は生まれ変わると全員がイギリス人になるって法則でもあるのか?

 

「「はぁ……」」

 

 なんか、急にどっと疲れた……。

 いつも以上に口を動かしたからか?

 

「……なぁ、デュバル」

「なんだ?」

「今度、お前に見せたい物がある。多分、お前は絶対に見なければいけない物だ」

「見なければいけない物?」

「そうだ。楽しみに待ってな」

「……了解だ」

 

 その後、デュバルの部屋に荷物を置いてきたと思われる院長がオレ達を探しにやってきて、そのまま部屋へと案内されていった。

 なんだか微笑ましい目でこっちを見てたが、なんだったんだ……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




そんなわけで、今の二人はイギリス出身の5歳児幼女でした。

院長さんは男性で、普通にいい人です。

名前を付けるかどうかは考え中。

次回から原作キャラと絡めていく予定です。


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天災と天才

ウサギさん登場。






 篠ノ之束は天才である。

 彼女は幼い頃から他者を圧倒する程の優れた頭脳を持っていた。

 あらゆる数式、あらゆる構図、あらゆる仕組みを数瞬で理解出来てしまう。

 常人には決して不可能なことを簡単にやってのける能力を持つが故に、彼女は自分を特別と思うようになり、同時に他者を見下すようになっていった。

 どうしてこんな事も分らないのか?

 どうしてこんな事も出来ないのか?

 それが彼女には不思議で仕方がなく、そして、理解出来なかった。

 だから、彼女には約一名を除き、友人と呼べる存在は一人もいなかった。

 彼女にとって、血の繋がった家族でさえ、劣等種なのだから。

 最愛の妹は例外だが。

 

 その束は今、猛烈に苛立っていた。

 自分が目指した夢を叶える為に、己の持っている技術の全てを注ぎ込んで開発した、空間活動用超小型パワードスーツ『インフィニット・ストラトス』、通称『IS』。

 つい先日、その試作一号機である『白騎士』が完成し、それを半ば乱入するような形で学会に乗り込んで発表したのだが、彼女の渾身の発明品はその場にいた全員に一笑に伏され、子供の戯言と言われた。

 彼女にとって、ISは自分の愛娘に等しい存在だ。

 それを真っ向から否定されたのだから無理もない。

 

「クソ…クソ…クソッ! 本っ当にムカつく!! あの無能共!!」

 

 普段から自分が見下している者に見下される。

 それがどうしても我慢出来なかった。

 けど、同時にそんな連中程度にイラつかされている自分もまた我慢できない。

 だから、彼女は自分の中にある負の感情を少しでも払拭するために、気分転換に久し振りに外へと出て散歩をしていた。

 新鮮な空気。澄み切った青空。煌めく太陽。

 散歩をするには最高の日だと、誰もが揃って頷くだろう。

 そんな天気でも、天才少女の気分を癒してはくれなかった。

 

「はぁ……ちーちゃんは学校でいないし、箒ちゃんは遊びに出かけてるし……」

 

 大きく溜息を吐きながら歩道を歩く。

 彼女が近所の公園の近くを通り過ぎようとした時、ある話し声が聞こえてきた。

 

「なんだとっ!? ふざけんじゃねぇっ!!」

 

 幼い少女の叫び声。

 しかも、尋常じゃない怒り具合だった。

 いつもならば普通に無視しているが、この時はちょっとした気紛れで、声が聞こえてきた公園を覗いてみることに。

 

「えっと……さっきの声が聞こえてきたのは……」

 

 キョロキョロと公園内を見渡していると、木陰に覆われているベンチに二人の少女が座っていた。

 いや、正確には座っているのは一人だけで、もう一人は近くで車椅子に乗っていた。恐らく、脚が悪いのだろう。

 

「あんな子達……この辺にいたっけ?」

 

 ベンチに座っているのは金髪の美幼女。

 車椅子に座っているのは黒髪の美幼女。

 『身内』以外の人間の顔の区別なんて、もう束には出来なくなっていたが、不思議と彼女たちの事だけは違って見えた。

 

「……近くで見てみたいな」

 

 二人のすぐ後ろにある草むらに隠れて、静かに観察してみることに。

 気配を隠し、目を耳だけを覗かせる。

 

「確かに、お前の心魂注いだMSヅダには致命的な欠陥があったかもしれない。でもよ、改良の余地は幾らでもあった筈だ! オレは専門家じゃねぇから詳しい事は言えないが、例えばエンジンにリミッターを掛けるとか! 万が一に備えてより性能を上げた脱出装置を備え付けるとか! ヅダの開発費がザクⅠよりも上なのは分ってるがよ……それでも……」

「お前が言いたいことは理解できる。私だって、同じことを何度も思い、何度も上層部に進言した。だが、その言葉は全く聞き入れて貰えなかった……」

「その挙句が、改良を全くしない状態での放置、その上で型式番号だけを変えての再試験か……クソッたれ……!」

 

 彼女たちが何を言っているのかは理解できない。

 でも、自分と同じように憤っている事だけは分かった。

 

(もしかして、あの孤児院に住んでる子供達なのかな…?)

 

 話を聞きながら自分の中で推論を立てる。

 自分でも知っている、近所にある特徴的な名前を持つ孤児院。

 知っているのはそれだけだが。

 

「ハッタリの為だけにお前達の情熱も、夢も、希望も…全部を踏み台にしやがったのか……! 戦争にはルールも倫理もへったくれもねぇかもしれねぇが……それでもよ……!」

「今となってはもう過ぎたことだ。私はあの最後の瞬間…本当に満たされていた。何の悔いはないよ……」

「デュバル……」

 

 見た限りでは自分の妹と同い年ぐらいの少女達。

 だがしかし、明らかにそうとは思えないような会話を繰り広げている。

 気が付けば、束は二人の会話を夢中になって聞いていた。

 

「無念と言えば君もじゃないのか? ソンネンが運用を任された試作モビルタンク『ヒルドルブ』…。私も以前にデータを見たことがあるが、あの性能は本当に素晴らしかった。確かに開発コストは莫大だったかもしれん。それでも、あのまま破棄するには余りにも惜しかった。気休めかもしれないが、君の無念は私にもよく分るよ……」

「へっ……時代の波に乗りきれなかった、バカな人間の見苦しい悪足掻きさ……」

「それでも…君の情熱だけは確かに伝わっていたと思うよ……」

「だと…いいがな……」

 

 小さな幼女とは思えないようなしんみりとした空気。

 思わず束も一緒にしんみりしてしまった。

 

「あ、そうだ。この前に言った、お前に見せたいと思ってる物。持って来てるぜ」

「おぉ……」

「ほれ。こいつだ」

 

 そう言ってソンネンが出したのは、一冊の古ぼけたノートだった。

 

「これはなんだ?」

「オレが物心ついた時、いつの間にか手元にあったもんだ。なんであったのは分からないが、その中身を見た時、これが歴史的財産である事を知った」

「歴史的財産……」

「そして、同時にこれはオレ達にとって何物にも変え難い物でもある。ま、まずは騙されたと思って読んでみな」

「あ…あぁ……」

 

 言われるがままにデュバルがノートを開くと、そこには所狭しと文章が書かれ、新聞の切り抜きと思われる紙が貼られていた。

 

「……………」

 

 目を左右に動かしながら文を読んでいく。

 一ページ目を読みえ終えてから、彼女はソレが何なのかを理解した。

 

「ア・バオア・クー陥落……ギレン総帥、キシリア閣下、無念の戦死……これはもしや……」

「オレ達が知らない『先の歴史』ってやつだ。けど、そこにあるのはそれだけじゃねぇぞ。えっと……このページだ」

「ん……? こ…これは……っ!?」

 

 ソンネンが横からページをめくった場所に貼られた記事を見た途端、デュバルの目から一粒の涙が零れた。

 

「『ヅダに搭載されていた土星エンジンは、その後に改良を施され、ツィマッド社の開発した新型量産モビルスーツ『ドム』に採用され…当時の主力モビルスーツであるザクⅡの数倍の戦果を挙げる事に成功した』……」

「ここも読んでみな」

 

 ソンネンがトントンと指で指した場所を見ると、とうとう本格的に泣き出してしまった。

 

「『突撃機動軍第7師団1MS大隊司令部付特務小隊…通称『黒い三連星』のミゲル・ガイア大尉の取材記事より抜粋…』」

 

 ポタポタと涙がノートに零れ。急いで袖で拭くが、それでも全く止まらない。

 

「『自分達が新型MS【ドム】に出会えたのは、偏にドムの前身と言っても過言ではない機体であるヅダの開発に携わっていた者達のお蔭である。ヅダの開発に人生の全てを捧げ、テストパイロットもしていたジャン・リュック・デュバル少佐の信念の賜物だ。我ら、黒い三連星は貴官の情熱に心からの尊敬の意を示し、ここに冥福を祈る。貴方が未来に託してくれた大いなる遺産は、絶対に無駄にはしない』……」

「お……おい? 大丈夫か?」

「なぁ……ソンネン……」

 

 顔をクシャクシャにしながら、デュバルは思わずソンネンの体に抱き着いた。

 

「私の……私達のやった事は……ヅダの存在は…決して無駄じゃなかったんだな……」

「……そうだな」

「未来に…その足跡を残す事が出来たんだな……」

「黒い三連星といえば、赤い彗星や青い巨星とも並び称される程のエースパイロット達だ。お前達は、そんな凄い奴に認められたんだよ」

「あぁ……あぁ……そうだな……」

 

 彼女を慰める為にソンネンは、柄じゃないと思いながらも頭を撫でるが、全く効果がない。

 だが、このままでは自分の服がデュバルの涙で濡れてしまうので、ポケットからティッシュを出してから彼女の鼻に当てた。

 

「ほれ。せめて鼻ぐらいはかみやがれ。ちーん」

「ちーん……」

 

 ティッシュを渡されながら自分の鼻を拭き、袖で涙を拭う。

 

「す…すまにゃい……」

「そう思うんなら、せめて呂律が回るようになるまで大人しくしてろ」

「うむ……」

 

 いい雰囲気になっている二人に釣られ、隠れている束も泣いていた。

 

(うぅぅ……何を言っているのかは相変わらず全く分らないけど……自分達のやった事が認められなかった時の無念な気持ちと、逆に認められた時に感動は痛い程よく分るよ~!)

 

 自分でインドア派だと言ってはいるが、自分の衝動に身を任せて動く事が大半の束は、思わず草むらから飛び出してしまった。

 

「うわぁ~ん!! そこの美幼女たち~!!」

「「うぉぉっ!?」」

 

 いきなりの乱入者に本気で驚くが、そんな事なんてお構いなしに束は腕を広げて二人に抱き着いた。

 

「よがっだねぇ~! ほんどうによがっだねぇ~!」

「いきなり出てきて何なんだテメェはっ!? 離しやがれ!」

「身動きが全くとれない……というか……」

「「お前(アナタ)は誰だ?」」

「びえぇぇぇぇぇぇ~んっ!!」

「「つーか、うるさい!!」」

 

 これが、後の世に名を残す三人の初めての邂逅だった。

 そして、生まれ変わったデュバルとソンネンの運命もまた、この瞬間から再び動き出し始めるのであった。

 

 

 

 

  

 

 

 




今度はうさぎさんの親友にして、彼のお姉さんのご登場。


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運命の四人

世界最強のお姉ちゃん登場。






「ったく……あのバカが…! 今日()学校を休みおって……!」

 

 歩道を歩きながら、織斑千冬は憤っていた。

 親友である束が前々から何かをせっせと作っていて、何かを企んでいる節を見せていたのは知ってはいたが、最近になってからは無断で欠席をするようになっていった。

 別に、それ自体は今に始まった事じゃないので慣れたものなのだが、その度にプリントを届けたり、授業内容が書かれたノートを見せるのが段々と億劫になってきた。

 いい加減に、力づくでもいいから学校に来させるようにした方がいいのかもしれない。

 千冬は密かにそんな事を考えていた。

 

「この怒りはどう晴らせばいいのやら……!」

 

 怒りで動くのはよくないと頭では理解していても、晴らさなければどうにも収まりがつかない。

 こんな時、一番いいのは何かに怒りをぶつける事なのだが、彼女が大切にしている弟は流石に論外。

 ならば、一体誰に怒りをぶつければいいのか? その答えは明白だった。

 

「あのバカにぶつけるのが最高なんだろうが…どこにいるのか分らないしな……」

 

 普通ならば真っ先に家へと向かうのが当たり前だが、束の場合はその『当たり前』が全く通用しない。

 長い間、自分の部屋に籠っていたかと思えば、ある日突然に何処かへと消えていることがある。

 そんな彼女の謎の行動力に、これまでに何度振り回されてきたことか。

 

「はぁ……こう…道を歩いていたら、そこらに落ちていたりしないもんか……」

 

 落ちてるわけないだろ。

 ストレスのあまり、意味不明なことを言い出した。

 だが、その彼女の願いは別の形で叶うこととなった。

 

「びえぇぇぇぇぇぇぇ~んっ!!」

「む…? この無駄に高い声の泣き声は…まさか……!」

 

 偶然にも千冬が近くを通りがかった時、完全に聞き慣れて耳にこびり付いている声が聞こえてきた。

 猛烈に嫌な予感を感じつつも、彼女は公園の中へと入っていく。

 すると、彼女が目撃したのは……。

 

「そうだよね~! 辛かったよね~! 分かるよ~! 束さんもよ~く分かるよ~!」

「「いい加減に離せ!!」」

 

 二人の幼女に泣きながら抱き着いている親友の図だった。

 叫んでいる内容は本気で意味不明。

 判明していることは、抱き着かれている幼女達が迷惑そうにしている事だけ。

 それだけ分っていれば、千冬が動くには十分過ぎる理由となった。

 

「た~ば~ね~! 貴様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」

「ゲッ!? ち…ちーちゃんっ!?」

 

 完全に怒りゲージがMAXになり、今にも怒髪天を突きそうな勢いの千冬。

 それを見た束は本気で命の危機を悟り、身動きの取れないデュバルとソンネンは全く状況が理解出来ないまま、自分達の方に放たれる濃密な殺気に困惑していた。

 

「お…おい…! なんか知らねぇけど、あのねーちゃん…すげー殺気を放ってるぞ……」

「肌が焼付くようだ……! まだ女学生の身だというのに、なんという殺気を出せるのだ……」

 

 前世ではお互いに軍人をやっていただけあって、幼女の身になっても戦いの気配には人並み以上に敏感になっていた。

 

「昔からお前は色々と周りに迷惑を掛けることはあっても、犯罪にだけには決して手を染めないと信じていたのに……! そんな私の期待を目の前で裏切りおって!!」

「ち…ちーちゃん? まずは落ち着いて、その手に持ってる竹刀を地面に置いてから、人間らしく話し合いでもしよ……」

「よりにもよって、こんなにも小さな幼女達に手を出そうとするとは……そこまで性根が腐ったか!! 束ぇぇぇぇっ!!」

「ちょっとぉっ!? 人の話を聞いてますっ!?」

「こんな姿をもしも箒が見たら泣くぞ! それでもいいのかっ!?」

「それだけは本気でご勘弁をっ!」

 

 『箒』とは、束の妹の名前である。

 実妹の名前が出た途端、束がすぐに二人から離れて地面に正座した。

 

「やっと……」

「離れやがったか……」

 

 謎の女からの拘束から解放されたソンネンとデュバルは、肩や首を回しながら安堵していた。

 それを見て、彼女達がかなりの力で捕まっていたと思った千冬は、急に申し訳なさで一杯になる。

 

「お前達……本っ当に申し訳ない!! この馬鹿が君たちにとんだ迷惑を掛けて……」

「お…おい……なんでお前さんが謝るんだよ……」

「頭を上げてください。私達は別に気にしてなどいませんから」

 

 傍から見ると、二人が全く気にしてないように見えるが、本当は全く違った。

 助けて貰ったとはいえ、名前も知らない(身体的な意味で)歳上の女性からいきなり謝られて、普通に困惑していた。

 流石の二人も、助けてくれた相手から謝罪されたのは初めての事だった。

 

「うぅ…なんていい子達なんだ……」

「そーだよ、ちーちゃん? いきなり謝られたって、この子達が困るだけじゃん」

「お前が言うな!! というか、お前も謝れ!!」

「ご…ごめんなさい」

「もっと心を込めて!!」

「本当にすみませんでした!!」

 

 遂には千冬によって頭を押さえつけられ、無理矢理に土下座をさせられた。

 それを見た二人は、流石に可哀想になってきた。

 

「あ…あの…もうその辺で……」

「オレ達は気にしてねぇからよ……」

「…だ、そうだ。この子達の優しさに感謝しろよ」

「はい……」

 

 この瞬間、完全にこの場でのヒエラルキーが決定した。

 何が何やらさっぱり分らないまま、ソンネンとデュバルは顔を見合わせた。

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 公園にてのんびりと話していたら、まさかの展開が連続で起きたが、取り敢えず落ち着いた。

 

「なんで束さんがジュースを奢らないといけないのさ……」

「事の元凶がお前だからだろうが……!」

「ハイ…ソーデシタネ……」

 

 ベンチに座っている束と千冬の手にはそれぞれに缶ジュースが握られていて、デュバルとソンネンの手にはジュースに加えてチョコパイも握られている。

 これは、迷惑を掛けた詫びの品として千冬が束に買ってくるように言った物だ。

 

「なんだか悪ぃな」

「ありがとうございます」

「気にしないでくれ。悪いのは完全にコイツなんだからな」

「うぐ……」

 

 立場が一番下になった束には何も言えない。

 冷静になって、自分が悪いと自覚したから尚更だ。

 

「まずは自己紹介をしようか。私は織斑千冬だ。よろしく」

「私は、天才美少女科学者の篠ノ之束だよ~!」

「自分で『天才』なんて言ってら」

「自称なんだろう。そう言ってやるな」

「本当に私は天才なんですけど~っ!?」

 

 自分の妹と同じぐらいの少女達に同情されて、会心の一撃を貰った束は本気で泣きそうになる。

 

「今度はこっちだな。オレはデメジエール・ソンネンだ。よろしくな」

「私はジャン・リュック・デュバルと言う」

「最初に見た時からもしやとは思っていたが…二人は外国人なのか?」

「まぁな。一応、オレらは揃ってイギリス出身だ」

「矢張りか……。それにしては、随分と日本語が上手なのだな。誰かに教わったのか?」

「「勉強した」」

「そ…そうか……」

 

 見た目だけは自分の弟と同じぐらいなのに、その口調や雰囲気は全くそんな感じをさせない。

 こいつらもまた束と同じ『天才』と呼ばれる人種なのではないか。

 千冬はそう思わずにはいられなかった。

 

「デメジエール・ソンネン……ジャン・リュック・デュバル……」

「束?」

「じゃあ、ソーちゃんとデューちゃんだね!」

「ソーちゃんと……」

「デューちゃん?」

 

 今の自分たちが少女なのは正しく理解しているから、『ちゃん』で呼ばれることは受け入れる用意は出来ていた。

 だがしかし、まさか略称で呼ばれると全く予想していなかった。

 

「ほぅ……」

「なんでそこで感心する?」

「いやな。束は基本的に自分が認めた身内には渾名を付けることが多いのだが、まさかいきなりそうなるとは思わなくてな」

「ふ~ん……」

 

 逆を言うと、自分が認めない人間には辛辣な態度をすることがあるということ。

 前世における戦乱の世で様々な人間を見てきた二人は、その事について特に言及はしなかった。

 

「では、聞かせて貰おうか」

「何を?」

「なんでお前が彼女たちに抱き着いていたのかを…だ」

「話せば長いんだけどね~」

「短くしろ」

「そんな横暴なっ!? 仕方ないな~」

 

 そこでようやく束は話し出す。

 自分がイライラしている時に気晴らしに散歩をしていたら、公園の前を通りかかった時に偶然にも二人の話声が聞こえてきて、それがどうしても気になった束は、それを草むらから隠れてみていたのだが、途中で感極まってしまい、思わず二人に抱き着いてしまった…という内容だった。

 

「なんでイライラしていたかは敢えて聞かないが……」

「いや、聞いてよ」

「猛烈に嫌な予感がするから断る。やっぱり、お前が全部悪いんじゃないか」

「面目次第もございません……」

 

 いつの間に自分の親友は小さな女児に興奮するような変態になってしまったのか。

 千冬は頭が情けなさで頭が痛くなった。

 それに比べて、デュバルとソンネンの対応には普通に好感が持てる。

 弟と会わせたりしても面白いかもしれない。

 場合によっては、将来的に二人の内のどっちかが自分の義妹に……?

 

「話を聞いてたって……どっからだ?」

「ソーちゃんが『ふざけんじゃねぇっ!』って叫んだところから」

「最初からじゃねぇか……」

 

 思いっきり宇宙世紀の話をしてしまった。

 誰もいない公園だったから、まさか背後から盗み聞きされていたとは予想してなかった。

 

「あの話を聞いてて、私は直感したね! 君達二人は間違いなく、私と同じ『天才』なんだって!」

「「はぁ?」」」

「だって、こんな小さな女の子たちが、あんな難しい話なんて出来るはずないもん! それが出来るのは、私と同じ『天才』だけだって!」

 

 本当は、単純に前世の知識があるだけなのだが、それを言ってしまったらまた話が複雑になっていくのは確実だし、何よりも信じて貰えるとは思えない。

 だから、ここは黙るしかなかった。

 

「そ…そういや、そろそろ門限じゃないのか?」

「む…もうそんな時間か?」

 

 ワザとらしく、公園に設置されている時計を指差してデュバルと話を合わせる。

 適当に言ってみただけなのだが、実際に門限の少し前の時間だった。

 

「そうなのか? ならば、私が二人の家まで送っていこう」

「いや、そこまでして貰う訳には……」

「気にするな。せめてもの詫びさ」

「そう言われると、何も反論出来んな……」

「特に…その…余り言いたくはないが、ソンネンの方は車椅子だろう? 大変じゃないか?」

「ヘヘ…もう慣れちまったよ」

 

 慣れるということは、慣れてしまうほど前から車椅子に乗っていたことになる。

 それを思うと、増々もって申し訳なくなってきてしまう。

 

「束さんも一緒に行く~!」

「お前はダメだ」

「なんでぇ~っ!?」

「確実に送り狼になるからだ。二人の事は私に任せて、お前はとっとと家に帰れ」

「ぶ~…分かったよ~…」

 

 今回は完全に分が悪いと感じたのか、珍しく大人しく引き下がった。

 だが、タダで引き下がる程、聞き分けがいい女でもなかった。

 

「今度、私の部屋に遊びにおいでよ! すっごく面白い物を見せてあげるから!」

「いや、オレらはアンタの家の場所とか知らねぇし……」

「そこは私が案内してあげるよ~! この公園で待ってればまた会えるでしょ?」

「まぁ…そうだな……」

 

 実際、この公園はよく孤児院の子供達も遊びに来る憩いの場でもある。

 故に、束の予想は強ち間違いではなかった。

 

「その時は私も同行させて貰う。二人だけを連れて行ったら、また何をしでかすか分らないからな」

「束さんの信用度ゼロっ!?」

「少なくとも、今回の事でゼロにはなったな」

「そんにゃ~っ!?」

「自業自得だ」

 

 およよ……と束が落ち込んでいる間に、千冬はソンネンの車椅子の後ろに回っていつでも動き出せるようにする。

 

「ところで、二人の家はどこだ? この公園から遠いのか?」

「いや、そこまで遠くはねぇよ」

「私達は『ヨーツンヘイム孤児院』という場所に住んでいます」

「……っ!? あの孤児院か……」

 

 孤児院に住んでいる。

 それだけで、彼女達がどんな身の上なのか簡単に察することが出来た。

 決して自分も他人事とは言えない為、千冬は二人の事が身内のように感じた。

 

「そうか……お前達も大変だったんだな……」

「「???」」

 

 急に頭を撫でられ、嫌な気分はしないが驚きは隠せない。

 ソンネンとデュバルは知らない。

 千冬の中で、束と同様に自分達に対する好感度が上昇したことに。

 

「さぁ、行こうか」

 

 ソンネンの車椅子を押しながら、千冬はこの二人ならば弟といい友達になってくれるかもしれないと思い始めていた。

 そして、それは束も同じで、自分の最も大切な妹と会せたら、きっと仲良くなれると信じていた。

 

 今日この時の出会いが、後に二人にとって人生の分岐点となるとは、どっちも全く想像もしていなかった。

 

 

 

 

 

 

 




まだまだ原作は遠い。


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ターニングポイント

今回、遂にあの二人が登場。

まだまだ小さいですけど。

因みに、今回のサブタイトルには複数の意味があります。






 ヨーツンヘイム孤児院には、当然ではあるがソンネンとデュバル以外の子供達も住んでいる。

 上は高校生から、下は二人よりも幼い子供達も。

 外見は幼くとも、中身は立派な大人である彼女達は、必然的にお世話係のような立ち位置となっていた。

 

「待てよ~」

「あははははは!」

「こ~ら~! 大人しくしなさい!」

 

 小さな男の子二人が追いかけっこをし、それを中学生ぐらいの少女が叱る。

 早くも見慣れつつある光景になっていた。

 

「子供達は元気だな」

「あぁ…全くだ。どこにあんな体力があるのか分らねぇぜ」

「いや…二人も立派な子供だからね?」

 

 到底、五歳児とは思えない会話をする二人に対し、孤児院にいる子供達の中でも最も歳上に位置する青年が呆れながらツッコむ。

 

「デメもそうだけど、ジャンもまた凄く大人びてるね」

「そうなのだろうか……?」

「オレらは普通にしてるだけなんだけどな~」

「少しは我等も子供らしくするべきなのか…?」

 

 全く別のベクトルの悩みが発生する。

 だが、前世では立派な中年男性だった彼らに、子供らしさを追求させるのはかなり酷だろう。

 

「別に無理矢理に変えようとしなくてもいいさ。落ち着いた性格も、大人びた口調も、二人の立派な個性なんだから」

「個性……」

「ねぇ……」

 

 微笑みながら頭を撫でられることに何の違和感も抵抗感も生まれないのは、ある意味で二人の精神が子供に近づいている証拠なのか。

 個性と言われても、二人にとっては素で過ごしているだけなので、なんともいえない。

 

「む? ソンネン、そろそろ時間ではないのか?」

「マジか。じゃあ、行くとするか」

 

 特別に貰ったスマホをポケットの中へと入れて、二人は玄関のある方へと向かう。

 

「二人とも、出かけるのかい」

「おう。ちょっと行ってくるぜ」

「友達と待ち合わせ?」

「友達…というよりは、知り合いですね」

 

 少なくとも、常識的に考えて五歳児と女子中学生が友達関係にはなりにくいだろう。

 だから、敢えてここは『知り合い』と呼称した。

 

「それでも十分に凄いと思うけどね。前からいたソンネンはともかく、ジャンはまだ来て少ししか経ってないのに、もうそんな人が出来るなんて」

「言われてみればそうだな……」

「つっても、あれは事故みたいなもんだろ?」

「うむ……」

 

 衝撃的な出会いであったことは否定出来ない。

 あの時の二人は、もう本当に色んな意味でお腹一杯だった。

 

「あっ! ジャン姉ちゃんとデメ姉ちゃん! お出かけするの?」

「お友達の所に遊びに行くんだってさ」

「いいな~!」

 

 性格がしっかりしているお蔭か、二人は既に孤児院の中でも歳とか関係無しにかなり頼りにされていた。

 元々が部下を持っていた身なので、誰かの世話をするのはお手の物な二人は、あっという間に全員の信頼を勝ち得ていた。

 

「ジャン、デメ。遊びに行くのはいいけど、車とかには気を付けるのよ。まぁ…二人とも、私達以上にしっかりしてるから、大丈夫だとは思うけど……」

「心配すんなって。んじゃ、行ってくるぜ」

「おみやげよろしくね~」

「無茶を言うな……」

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

 この間と同じ公園に行くと、私服に着替えた千冬がベンチに座って待っていた。

 だが、今回は彼女一人だけではなく、もう一人、小さな男の子も一緒だった。

 

「お待たせした」

「いや。私達もたった今、来たばかりだ」

 

 これが年頃の男女ならばロマン溢れる会話なのだろうが、生憎とここにいるキャストは幼女二人と女子中学生である。

 流石にロマンスを求めるのには無理があった。

 

「ん? アンタと一緒にいるガキンチョは誰だ?」

「俺はガキンチョなんかじゃないぞ!」

「ソンネン」

「こら一夏!」

 

 今回はどっちにも非があったので、お互い平等に軽く叱られた。

 

「私の弟の『織斑一夏』だ。流石に家に一人にする訳にも行かないから、今日は仕方なく連れてきた」

「ふ~ん…そうか」

 

 本来ならここで『両親はどうした?』とか尋ねる場面だろうが、二人は前回の初対面の時から既に彼女も今の自分達と同様に、かなり特殊な立ち位置にいると察し、何も聞かないでいた。

 

「一夏。挨拶はどうした?」

「……織斑一夏だ」

「デメジエール・ソンネンだ。よろしくな」

「初めまして。ジャン・リュック・デュバルと言う」

「変な名前!」

「一夏っ!」

 

 いきなりの失礼発言に、千冬が軽く一夏の頭を小突く。

 それでもかなり痛かったのか、一夏は頭を押さえていた。

 

「なにするんだよ~! 千冬姉!」

「お前が彼女たちに失礼なことを言うからだろうが!」

「だって~…」

「だってじゃない! ちゃんと謝れ!」

「……ごめんなさい」

「いいってことよ。あんま気にすんなよ。千冬さんよ」

「我々ならば平気ですから」

「しかしだな……」

 

 子供に名前を馬鹿にされるぐらい、この二人からすれば可愛い方だ。

 なんせ、彼女たちは嘗て、味方の悪意によって信念とプライドをズタズタにされたことがあるのだから。

 それに比べれば、この程度は蚊に刺された程にも感じない。

 屈辱的な経験の果てに、図らずも鋼のメンタルを手に入れてしまっていた元軍人たちだった。

 

「そういや、束の奴はまだ来てねぇのか?」

「あいつになら私の方から連絡をしておいた。こっちから行くから迎えに来る必要はないとな」

「そうですか。ならば、もう行きますか?」

「そうだな。あまり待たせたら、どんなヒステリを起こすか分らんからな」

 

 そういうと、千冬は前と同じようにソンネンの車椅子の後ろに周り込んだ。

 

「車椅子では大変だろう。私が押していこう」

「オレは別に平気だぜ?」

「……私がそうしたい気分なのさ」

「なら…いいけどよ」

 

 千冬はもう、この二人の事を他人とは思っていなかった。

 自分達と同じように両親がいない少女達。

 いつの間にか、デュバルとソンネンの事は実の妹のように感じていた。

 だからこそ、少しでも助けてあげたい。

 これが己の我儘であると頭では理解しているが、それでも、この言葉に出来ない気持ちは抑えきれなかった。

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 篠ノ之家に行く道中。

 ずっとソンネンの事を見ていた一夏が、唐突に聞いてきた。

 

「なんでそんなのに乗ってるんだ?」

「い…一夏!」

「あ~…だいじょーぶだよ」

 

 頭を掻きながら、ソンネンは気怠そうに答えた。

 

「昔……足を怪我しちまってな」

「そっか」

 

 どうやら、純粋に聞きたかっただけで、それ以上は追求してこなかった。

 仮に説明をしても、今の彼に理解するのは難しいだろうが。

 

「……事故か?」

「交通事故さ。どこにでもある…な」

「そうか……」

 

 どう考えても普通じゃない。

 直感的に千冬はそう思った。

 色々と原因は考えられるが、確実に碌なものじゃないと感じたからだ。

 

 そこからは、何気ない話をしながら道を進んでいく。

 すると、なにやら見覚えのある姿の人物が純和風な家の前に立っていた。

 

「ちーちゃ~ん! ソ~ちゃ~ん! デュ~ちゃ~ん!」

「あのバカが…! 少しは羞恥心というものを覚えろ……!」

 

 外にて大声で自分達の名前を叫ばれれば、誰だって似たような反応をするだろう。

 ソンネンやデュバルは平気そうにしていたが、千冬は恥ずかしそうに顔を赤くしていた。

 

「あれ? あれあれ? もしかして、いっくんも一緒に来たの?」

「束さん! 久し振り!」

「久し振り~!」

 

 仲良さげにハイタッチをする一夏と束。

 テンションだけは非常にそっくりだった。

 

「いっくんが来たんなら、こっちも箒ちゃんを呼ばないとね! 箒ちゃ~ん! いっくんが来てるよ~!」

 

 玄関を開けてから、奥に向かって大きく叫ぶ。

 すると、誰かが走ってくる足音が聞こえてきて、子供用の道着を着たポニーテールの少女がやって来た。

 

「一夏が来たというのは本当かっ!?」

「本当だよ。ほら」

 

 少女が一夏の姿を見た途端、その目が一気に輝いた。

 

「よく来たな一夏!」

「おう!」

 

 見ただけで、この二人が仲の良い関係なのが分った。

 これが子供らしさなのか…と思いつつ、元おっさんの幼女たちはしみじみとしていた。

 

「箒ちゃん。この子達が前に私が言った子達だよ」

「こいつらが……」

 

 まるで品定めをするかのように、二人の事を上から下までじっくりと見ていく。

 観察が終わったのか、彼女は徐に自己紹介をした。

 

「篠ノ之箒だ……よろしく」

「ジャン・リュック・デュバルだ。こちらこそ、よろしく」

「オレはデメジエール・ソンネン。こんなナリをしてはいるが、まぁ気にしないでくれや」

「二人は外国人なのか?」

「一応な。つっても、向こうにいたのはほんの少しだけだし、あんまし故郷って感覚は無いんだよな」

「私もだ。この国の方が居心地がよくて落ち着くな」

「そうだろう! そうだろう! 日本はとてもいい国だからな!」

 

 急にテンションが上がる箒。

 どうやら、生まれて初めて見る外国人に対し、警戒心を抱いていたようだ。

 だがそれも、二人が普通に日本語を話せることと、日本の事を褒めたことで払拭された様子。

 子供特有の単純さで、あっという間にデュバル達を受け入れたようだ。

 

「えっと…そっちはジャンで、お前は……」

「オレらの名前は長くて呼び難いだろ。オレのことはソンネンで、こいつの事はデュバルでいいぜ」

「分かった!」

「俺も分かった!」

 

 千冬と束を余所に、仲良くなっていった少年少女を見て、なんだか和やかな雰囲気に包まれた。

 

「箒ちゃん達とソーちゃん&デューちゃんが仲良くなったところで、早速、私のお部屋にご招待……」

「ちょっと待ってくれないだろうか?」

「急にどうした?」

 

 テンションが上がった状態の束が、そのままの勢いで二人を家の中へと案内しようとすると、突然デュバルが待ったをかけた。

 

「ここに来る途中で、千冬さんからここには道場があると聞いた。前々から日本の武道には興味があってな、そちらの都合さえよければ、是非とも見学をさせて欲しいのだが……」

「えぇ~? でもぉ~…あんな所に行ってもつまんないと思うよ~? それよりも、私のお部屋で……」

「いや。オレも見てみたいな。いやな、知識としては知ってるんだが、実際にこの目では見たことがねぇからな。こんな機会、滅多に無いだろうし、見れるんなら見ときたいぜ」

「うぐぐ……」

 

 自分が認めた幼女達からの熱い視線には束も敵わなかったようで、大きな溜息を吐き出しながら肩を落とした。

 

「はぁ~…仕方がない。他でもない、ソーちゃんとデューちゃんがそこまで言うんなら、案内してあげるよ……」

「「おぉ~!」」

 

 生まれ変わってから初めて本気で嬉しそうな顔になる二人。

 やっと見せてくれた子供っぽい一面に、千冬は自然と安堵していた。

 

(随分と大人びた子達だと思っていたが、こんな顔も見せるんだな……)

 

 ブ~ブ~と頬を膨らませながら、束を先頭に家に隣接している道場の方へと向かう面々だった。

 

 

 

 

 

   




原作主人公&原作ヒロイン登場。

でも、二人の関係が原作通りになるとは限らない……?


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好奇心

本当はもっと先まで進めたいけど、分割した方がより細かく書けそうな気がするので、今回は一段落つくまで何回かに分けていこうと思います。

恐らく、物語の原点に迫るのは次回ぐらいからかも……?







 なんだか嫌々な感じの束とは違い、嬉しそうに道場へと案内する箒。

 彼女が喜んでいる理由は言うまでもないだろう。

 

「外から行けるのか?」

「そうだよ。中からでも行けはするけど、外から行った方が早いと思うし」

「へぇ~」

 

 初めて入る和風な家に興味をそそられているのか、先程からずっとソンネンとデュバルは篠ノ之宅を観察していた。

 

「千冬さんよ。流石にずっと車椅子を押し続けるのは疲れるんじゃねぇか? もうそろそろ離してもいいぜ?」

「心配するな。この程度で疲弊するような軟な鍛え方はしていない。寧ろ、このまま帰りまで押して行っていいぐらいだぞ?」

「そこまでして貰うのは、ちーっとばっかし気が引けちまうな……」

 

 前世での関係から粗暴なイメージが先行しつつあるが、実際には他者への気遣いが出来るできた人物なソンネン。

 だからこそ、戦車教導団教官なんて地位に立てて、多くの人間達から尊敬されたのだ。

 

「私もソーちゃんの車椅子を押したい~!」

「お前だけは絶対にダメだ」

「なんで~っ!?」

「もしもお前に車椅子を押させたりなんかしたら、そのまま魔改造とかするだろ」

「え? ダメなの?」

「当たり前だ!」

「ちぇ~……」

「「魔改造って……」」

 

 歴戦の戦車兵であるソンネンでも、自分の車椅子を魔改造されると聞くと、流石に嫌な予感で冷や汗をかいた。

 逆にパイロットでありながらも技術者気質があるデュバルは、例えばどんな改造をするのかと想像し、少しだけ興味がそそられた。

 

「着いたぞ! ここだ!」

「「おぉ~…」」

 

 大きな木造の建物に到着すると、箒が外側に隣接している引き戸を開いた。

 すると、中では剣道着を着た男性が竹刀を持って一人で構えていた。

 

「……む?」

 

 男性がこっちに気が付いたのか、強面の顔をこっちに向けた。

 その途端に一夏と箒は緊張したように背筋を伸ばしたが、束と千冬は普通にしている。

 ソンネンとデュバルもそれは同様で、それなりのプレッシャーは感じてはいたが、実際の戦場を何度となく経験している二人にとっては微風のようだった。

 

「柳韻さん。ご無沙汰してます」

「千冬君か。それに一夏君に……その子達は?」

「私達と、いっくんや箒ちゃんの新しいお友達だよ」

「束……」

 

 場に何とも言えない空気が流れる。

 とてもじゃないが自己紹介なんて出来る雰囲気ではないが、それでも一応はしておかないと失礼にあたる。

 幸いなのは、二人がこれぐらいでビビるような繊細な神経をしていなかったことか。

 

「ジャン・リュック・デュバルです」

「デメジエール・ソンネンです」

「篠ノ之柳韻だ。束と箒の父であり、この『篠ノ之道場』の道場主をしている」

 

 相手が外国人の子供だというのに、普通に話してくれる。

 それだけで、この人物が良識的な人間であると判断できた。

 

「君達のような海外の子がこの町にいる…ということは、もしや二人はあの孤児院の子供達か?」

「その通りです」

「矢張りか。あそこの院長とは20年来の友人だ。昔から困った人間は放っては置けない気質があってな。それ故に、自分の金で孤児院を創り上げたらしい」

「そうだったのかよ……」

 

 ここで知る自分達の親代わりとなっている院長の過去の一部。

 だからと言って、見る目が変わったりはしないが。

 

「ところで、どうして道場に来た? 客が来たのならば家に挙げればいいものを……」

「我々が無理を言って、ここを見学してみたいと言ったからです。どうか、ご息女を責めないで頂きたい」

「そうだったのか。いや、そのようなことで娘を責めたりはしない」

 

 竹刀を締まってから、柳韻は手招きをしてきた。

 

「いつまでもそんな所ではあれだろう。遠慮はいらないから、こちらに上がってきなさい」

「それは願ったり叶ったりですが…よろしいのですか?」

「構わんよ。どうせ、今日は道場は休みの日だからな」

「道理で他の連中がいないわけだ」

「そういう事だ」

「それならば……」

「「「お邪魔します」」」

 

 因みに、ちゃんと言ったのは千冬とソンネンとデュバルの三人だけである。 

 一夏は何も言わずに上がり、箒と束は自分の家なので当然のように普通に入った。

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

「……あのよ」

「どうした?」

「なんでオレ様は千冬さんに抱っこされてんだ?」

 

 許可を貰って道場内へと入れたのはいいが、足が不自由で車椅子であるソンネンは上がりたくても上がれない。

 そこで助け舟を出したのが千冬で、ソンネンの事をヒョイと抱え上げ、そのままの状態で道場内へと入ったのだ。

 勿論、抱き方はみんな大好きなお姫様抱っこだ。

 

「仕方がないだろう。車椅子のまま上がるわけにもいかず、かといってお前は自力では上がれない。となれば、こうして誰かがお前の体を持つしかあるまい?」

「いや、オレだってそれぐらいは理解してるんだけどよ? 問題はだな、どうしてこんな抱え方をしてるんだって話よ」

「こっちの方が楽だからだ。イヤか?」

「そうじゃねぇけどよ……あっちがな」

 

 ソンネンの視線の向こうでは、束が恨めしそうに千冬の事を見ていた。

 

「ちーちゃんばかりズルい~…! 私もソーちゃんをお姫様抱っこしたい~…!」

「あいつは無視しておけ。関わるだけ無駄だ」

「そこまで言うのかよ……」

 

 半ば呆れつつも、千冬の言い分の方が正しいと思い、そのまま黙っておくことにした。

 一方、デュバルの方は柳韻からこの道場の事や剣道の事などを真剣に聞いていた。

 

「……というわけだ。少し難しかったかな?」

「いえ、そんな事はありません。聞いた話のどれもが非常に興味深く、同時にとてもいい勉強になります。これまでに全く縁が無かったからこそ、見聞きすることの全てが真新しく新鮮に映ります。恥ずかしながら、興奮している自分がいますから」

「いや…君ぐらいの歳の子はそれぐらいが丁度いいのだよ。沢山の事を知り、沢山の事を学ぶといい。その全てが君にとって掛け替えのない財産になるだろう」

「勿論です。学ぶという行為に終わりは有りませんから。私はここでしか学べない事を学びたい」

 

 どう考えても五歳児の言葉じゃないが、それを普通に受け入れている柳韻も柳韻なのかもしれない。

 この娘にしてこの親あり…である。

 実際、一夏と箒が目が点になっていた。

 

「出来れば、実際に剣道の型などをこの目で見てみたいのですが……」

「そうだな……。千冬君」

「はい。なんでしょうか?」

「そこにある竹刀を使って構わないから、彼女に少し型とかをみせてくれないか?」

「分かりました。束、ソンネンを頼む」

「やった!」

「言っておくが…変なことをするなよ?」

「もちのロンだよ~」

「なんて言ってはいるが、何かされたら遠慮なく叫べ。すぐに私が駆けつけてやる」

「了解だぜ」

「まだ私の信頼性ゼロなのね……」

 

 ソンネンの体は千冬の手から束に渡されて、そのまま彼女の小さな体を抱きかかえたままで隅の方まで行き座り込んだ。

 

「板張りの床ね……」

「珍しい?」

「うんにゃ。孤児院にもこの手の床は普通にあるしな。特に珍しいってもんでもねぇよ」

「その割には興味深そうに見てない?」

「まぁな。こんな固い床の上で竹の剣を振るんだろ? 倒れたら怪我とかしそうなのにすげぇなって思ってよ」

「その辺はちゃんと受け身とかとるし、防具も付けるしね」

「そういや、そうだったな。つーことは、箒が今着てるアレを防具の下から着るのか?」

「そうだよ……あ」

 

 ここで束の頭の上に豆電球が強く光る。

 同時に、なんだか嫌な予感がソンネンの背中を走る。

 

「ねぇ…ソーちゃん?」

「な…なんだよ?」

「ちょっとだけでいいからさ…道着着てみない?」

「オレが? なんで……」

「ほら。折角こうして道場に来ても満喫出来てないっぽいし、ならせめて道着だけでも着て気分だけでも味わった方がいいんじゃないかなって思って」

「いや、オレは別に……」

 

 このままだと束に無理矢理に着替えさせられそうだと判断したソンネンは千冬やデュバル達の方を見るが、向こうは向こうでなんだか盛り上がっていた。

 

「まずはこう構えて……こう動く!」

「ほぅ……。これはまた……」

「千冬姉かっこいい!」

「お見事です! 千冬さん!」

「うむ。相変わらず見事な動きだ」

 

 どうやら観念するしかないっぽい。

 

「そうと決まったら、早速、魅惑のお着替えタ~イム!」

「ちょ…ちょっと待てっ!? おい! 束っ!?」

 

 なんとか抵抗して両手をバタつかせるが、人外染みた身体能力を誇る束には全く効果がなく、結局はそのまま連行される羽目に。

 

「おぉっ!? 思ったよりも可愛い下着をつけてるっ!?」

「普通に凝視してんじゃねぇ! 涎を垂らすな! 鼻血を出すなっ!」

「んほぉぉぉっ♡ 萌え――――――っ♡」

「萌えじゃねぇぇぇぇぇぇぇっ!!」

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

「か…か…か…」

「はぁ……」

「可愛いっ!!!」

 

 鼻息荒い束の前には、箒と同じ剣道着を着たソンネンが横座りで座っていた。

 本人は完全に諦めの境地に至ったのか、ハイライトの消えた目で横を向いている。

 

「そこで何をしてい…る……」

 

 ここでようやくこちらの変化に気が付いた千冬たちがやって来た…のだが、ソンネンの格好を見た途端に動きが止まった。

 

「なんで道着を着てるんだ……?」

「それを聞く前にまずは鼻血を拭け」

「おっと」

 

 ポケットから出したティッシュで鼻を拭くが、すぐにまた出た。

 

「ほら。ソーちゃんは思うように動けないから、せめて恰好だけでもと思って」

「む…そうだったな。私達だけで盛り上がってしまったな……」

「配慮が足りなかったな…済まない」

「いや…気にスンナ……」

「…大丈夫か?」

「ダイジョーブ……」

 

 ヒラヒラと袖を振っていると、なにやら一夏がソンネンをじ~っと見ていた。

 その顔は赤くなっていて、ふとソンネンと目があった。

 

「なんだ~? もしかして、このソンネンさまの新たな魅力にメロメロってか~?」

「ち…ちげーよ! お前なんて全然見てねーし!」

「い~ち~か~?」

「何でお前が怒ってるんだよ?」

「うるさい!」

 

 ここで子供同士の痴話喧嘩勃発。

 元を辿れば束が原因なのだが、当の本人はいつの間にかいなくなっている。

 なんでかデュバルも一緒に。

 

「あれ? 姉さんがいない?」

「あいつめ…どこに消えた?」

「ここで~す!」

 

 奥からやって来た束が手を繋いでいたのは、ソンネンと同じように道着に着替えたデュバルだった。

 

「うんうん! ソーちゃんもすっごく可愛かったけど、金髪美幼女のデューちゃんの道着姿も最高に可愛いね!」

 

 喜ぶ束を余所に、デュバルは先程からずっと体を動かして自分の格好を見ていた。

 

「ふむ……思ったよりも動きやすいのだな。これは中々……」

「お前…大丈夫だったか?」

「何がだ?」

「いや…なんでもない」

 

 どうやら、MSの開発に携わっている人間というのは、想像以上に強かなようだ。

 

「……束。確か、お前のお古の服や着物が押入れの中にしまってあった筈だな? それを持ってきなさい。私が何を言いたいか…分かるな?」

「合点承知!」

 

 見事なサムズアップを見せてから、束は自宅の方へと走っていった。

 この親子、実はかなり仲がいいのではないだろうか?

 

「どうせ仕舞っておいても虫に食われるだけだ。それならば、君達にあげた方がずっといい」

「つってもなぁ……」

「折角のご厚意だ。有り難く受取ろう。少しでも節約できるのならば、それに越したことは無いのだからな」

「それを言われると何も言えないよな……」

 

 その後、束が紙袋に入れて持ってきた洋服や着物の数々を貰った二人。

 図らずも、たった一日で多くの服を手に入れたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




なんかソンネンがメインになってた気がする。

可能な限り、二人平等に出番をあげたいのに……。


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無限の成層圏

私の想像以上に海兵の登場を望む声が多いので、この時点で彼の劇中での登場を完全に確定しようと思います。

頭の中で、もしも登場させるならば…的な感じで考えていたのですが、要望の多さに応えて、予定よりも登場を物凄く早めたいと思います。
具体的には、あと数話ぐらいで。

彼の登場も決まったので、取り敢えずは海兵に関するアンケートは終わりにして、次のアンケートに移行しようと思います。
どんなアンケートなのかは実際にご覧ください。

それとは別に、番外編的な感じで、様々なガンダムキャラ(おっさん)をTS転生させた話を現在構想中です。
具体的には、まずはノリス、それから黒い三連星や、おっさんじゃないけどガトーとか。
特に、ノリスに関しては、もう既にプロットもある程度完成していたりします。
話の区切りがいいタイミングで投稿しようと考えています。
どうか、過度な期待なんかせずにお待ちください。






「なんかワリィなぁ。こんなに貰っちまって」

 

 道場での一幕が終了し、やっと本来の目的である束のお部屋訪問に。

 一夏と箒のチビっ子コンビは興味がないのか、未だに道場で遊んでいた。

 現在、篠ノ之宅の廊下を一緒に歩いているのは、束とデュバルと千冬、それから千冬に抱えられているソンネンの四人だ。

 ソンネンの車椅子は移動させて玄関に折りたたんだ状態で置いていて、帰る時に乗っていけるようにしてある。

 

「気にしないでいいよ。どうせ、あのまま置いてたって無駄になるだけだったし。そんな事になるぐらいなら、二人にあげた方がずっといいよ」

「こちらとしては感謝しかないのだが、本当によかったのか? 私の知識が正しければ、このような場合はよく姉の御下がりなどを妹が貰うものなのでは?」

「う~ん…それが一番理想的ではあるんだろうけどね~。ほら、箒ちゃんも御下がりばかりじゃ嫌がるっていうか……」

「難しい年頃なのだな」

「いや…お前達が言うのか?」

 

 自分の弟と同い年の少女が同年代の子供に対して『難しい年頃』なんて言うのは、なんとも変化な感じがした千冬。

 だが、前に束が言っていたように、彼女たちが束と同じ場所に立っている(・・・・・・・・・・・・)のならば、一応の納得は出来た。

 

「はい。ここが私の部屋だよ~」

 

 束に連れてこられた場所にあるのは、他の部屋と全く変わらない木製の扉だけがある廊下の一角。

 見た限りでは何の変哲もない場所だが、ソンネンとデュバルだけは彼らだけが分る『匂い』を感じていた。

 

(この嗅ぎ慣れた匂いは……)

(もしや、機械の匂いか?)

 

 前世でずっと鉄と油の匂いに囲まれて生きてきた二人には、とても懐かしい匂いだった。

 普通ならば不快感を覚えるであろう匂いも、二人にはまるで故郷に帰って来たかのような安心感を齎す。

 

「どうぞどうぞ~。束さんのお部屋にいらっしゃ~い♡」

 

 束が扉を開けると、中は非常に暗くて殆ど何も見えない。

 辛うじて、廊下からの明かりで照らされた入り口付近に多種多様なコードが床一杯に敷き詰められ、文字通り足場のない状態になっているのが確認できた。

 

「あ。コケないように気を付けてね。私も割と頻繁に躓きそうになるからさ」

「少しは片付けようという発想には至らないのか……?」

「いや~…たはは……」

 

 こいつは片付ける気ゼロだな。

 ソンネンとデュバルは一瞬でそう悟った。

 

「………………」

「なんで千冬さんは気まずそうに眼を背ける?」

「いや…なんでもない」

「ちーちゃんも、私と同じで『片付けられない女』だもんね~。この状況は他人事じゃないか~」

「マジかよ……」

 

 意外な人物の意外な欠点。

 だが、よくよく考えれば、優れた人間ほど何かが致命的にダメだったりするものだ。

 そう思うと、これもまた彼女たちの個性だと思えるように……なれたらいいな。

 

 足元に気を付けつつ奥へと進んでいくと、途中で近未来的な端末があった。

 純和風なこの家には明らかに不釣り合いで、何ともいえない違和感を発している。

 

「凄い部屋だな……。これだけの物をよくも揃えたものだ……」

「ん~…揃えたってよりは、自作なんだけどね~」

「「なにぃっ!?」」

 

 ジオン軍の軍事基地などに普通に有りそうな機器を個人で所有しているだけでも十分に凄いのに、それを自作したと聞かされれば、流石の二人も驚かずにはいられない。

 

「そ…そんなにも驚くような事なのか? 私にはよく分らないが……」

「当然だ! これだけの物があれば、大抵の事は出来る筈だ!」

「アンタ…本気で何モンだよ……」

「君達と同じ『天才』だよ」

 

 今までの作り笑いとは違う、心からの笑みを浮かべる。

 真の意味での自分の『同類』を見つけた感動は、本人の想像以上に強いのだろう。

 

「これだけの機器があれば、私の持つ『コレ』の中身も見るのも容易に違いないな……」

「コレ?」

「……ソンネンと同じように、私にもいつの間にか手元にあった物があったという事さ。それがコレだ」

「そいつは……」

 

 デュバルがポケットから出したのは、何処にでもあるごく普通のUSBメモリ。

 見た目は何の変哲もないUSBに見えるが、これがソンネンの持つノートと同類の代物ならば話は一気に変わってくる。

 

「本当は、これを手に入れた直後にでも中身を確認したかったのだが、生憎と私の周りにはパソコンの類は一切無かった」

「あの孤児院にもそれっぽいのはねぇしな……」

 

 孤児院にあるのは、精々がテレビやブルーレイレコーダーなどぐらいだ。

 故に、あの場所で最も機械に詳しいのは間違いなく、この二人になる。

 中身がどうであれ、五歳児が最も機械が得意なのは何とも言えない皮肉である。

 

「じゃあ、後で見てみる?」

「いいのか?」

「もっちろん! 私もその中身に興味があるし!」

「よかったじゃねぇか」

「あぁ」

「で・も。まずはコッチを見て欲しいな」

 

 束が壁にあるスイッチを押すと、部屋の一角がスポットライトのような明かりに照らされる。

 そこには、大きな布に覆われたナニカが鎮座していた。

 

「これは……」

「なんだぁ?」

「おい束……」

「ふっふっふっ~。そう焦らなくても見せてあげるよ。これこそが! この篠ノ之束の最高傑作! その名も……」

 

 束が勢いよく布を取ると、その下から出てきたのは……。

 

「『無限の成層圏(インフィニット・ストラトス)』だよ!!」

 

 純白の装甲に包まれた一体の機械の鎧だった。

 

「な…なんだこれはっ!?」

 

 まず最初に驚いたのは千冬。

 今いるメンバーの中では最も機械とは縁遠い人間なだけに、その驚きも人一倍だった。

 だが、そんな彼女の驚きを一発でかき消す光景が目の前に広がっていた。

 

「これはもしや、パワードスーツかっ!?」

「でもよ、その割には装甲が少なすぎやしねぇか?」

「大丈夫。装甲が少ない分は特殊なエネルギーシールドで補ってるから」

「Iフィールドみたいなものか……」

「ってことはよ、こいつは基本的に機動性重視ってことか?」

「まぁね。インフィニット・ストラトス、略してISって私は呼んでるけど、此れの本来の活動の場は宇宙空間だから」

「空間活動用のパワードスーツということか……」

 

 二人の幼女の興味を一発で引いたようで、さっきまでの大人しさは完全に消え去り、まるで何かに取り憑かれたかのようにISをマジマジと見つめている。

 さっきまで千冬の腕の中にいた筈のソンネンも、いつの間にか束の腕の中に移動していて、彼女に抱えられる形で上の方を凝視していた。

 

「とてもよく出来ている……。簡単に見ただけでも、まだまだ改善するべき場所が幾つか見受けられるが、それでも個人でこれだけの代物を作れるのは大したものだ」

「全くだぜ。動きやすさと操縦者の安全を両立させるなんてこと、そう簡単には出来ねぇぞ」

「うぅ……二人なら、きっとそう言ってくれるって信じてたよ……」

 

 束が泣きながら二人を抱きしめる。

 前回のように反射的なものではなく、感謝の意を込めての抱擁だった。

 

「でもね、さっきデューちゃんが言ったように、これには致命的な改善点が存在するんだよ」

「それは?」

「このISにはコアになる物体が存在するんだけど、そのコアが何でか女にしか反応しないんだよ」

「「はぁ?」」

 

 女にしか反応しない。

 それは即ち、女だけがこのISを動かせるということだ。

 

「別に私が意図してやったわけじゃないんだよね。最初はちゃんと男女両方でも起動できるようにしてたんだけど……」

「いざ完成したら、女にしか反応を示さなくなった…と」

「そうなんだ。一応の完成はしたんだけど、まだまだ沢山の改良と研究をしなくちゃ」

「ま、最初から完璧なものが造れれば誰も苦労なんてしないわな」

「ソンネンの言う通りだ。何事も、失敗と改良を繰り返していくものなのだ。研究の道に終わりなど無いのだから」

「さっすがはデューちゃん。深い事を言うねぇ~」

 

 完全に置いてきぼりになっている千冬。

 彼女には、三人が何を話しているのかさっぱり理解できない。

 

「これだけの機体を創り上げたのだから、学会などに発表はしたのか?」

「うん……したんだけど……」

 

 急に束の表情が暗くなる。

 

「どれだけ必死に説明しても、データを見せても…机上の空論、子供の戯言だって言われたよ……」

「「ふざけるな!!」」

 

 今度は二人が急に怒り出す。

 

「子供だろうが大人だろうが、科学の発展にそんな事は些細な問題だろうが!」

「世の中には大人でも考え付かないような偉業を成すガキ共が山ほどいるっつーことを知らねぇのかっ!?」

「私達もまだこれが実際に動く場面を見たわけではないから偉そうなことは言えんが、それでも! 何も見もせずに、確かめもせずに切り捨てるなど愚の骨頂だ!」

「クソッタレが…! いつの世も、生まれたばかりの異端の技術は蔑まれる運命なのかよ……!」

 

 まるで自分の事のように怒ってくれている。

 だたそれだけの事が凄く嬉しかった。

 

「二人とも……ありがとう……」

「お…おう……」

「どういたしまして……?」

 

 泣きながら感謝の意を言われて、流石の二人も困惑する。

 だが、千冬だけは分っていた。

 

(どんな経緯があったかは知らないが、私では出来なかったことをこの二人が成したことだけは分かるな……)

 

 昔馴染みの親友の見せる少女の顔。

 千冬はこの時、初めて束の素の部分を見た気がした。

 

「これ、武装とかってあるのか?」

「一応はね。ほら、スペースデブリとかを排除する為には必要不可欠だし」

「そうだな。回避運動だけではどうしても限界が来てしまう。そんな時の為にも最低限の装備は必須とも言えるだろう」

 

 なんだか和やかな空気になった時、ふとデュバルとソンネンが揃って、ある言葉を呟いた。

 

「「真に価値ある技術は、正しく評価されるべきもの……」」

「なんだそれは?」

「私達二人の共通の『友人』がよく言っていた口癖みたいなものだ」

「……いい言葉だね、それ」

「私もそう思うよ」

「良くも悪くも技術バカだったけどな」

「いいじゃない、技術バカ。私も会ってみたいよ」

「へっ……。もしも、お前さんとアイツが会ったら、一日中でも話し込んでそうだな」

「違いない」

「いやいや。流石の私でも、それぐらいの分別は……」

 

 しんみりとした空気はどこかに消え、ほんわかとした雰囲気に包まれる…が、それをブチ壊す事が突然に発生した。

 部屋にある端末が何かを感知したようで、いきなり部屋中に警報のような音が鳴り響いた。

 

「えっ? えぇっ!? 一体全体何っ!?」

「束っ! この音は何だっ!?」

「私にも全く分らない……えぇっ!?」

「「どうしたっ!?」」

 

 困惑しながら端末のディスプレイを確認した束の顔が急に凍りつき、冷や汗を流しながらゆっくりと彼女たちの方に振り向いた。

 

「こ…高熱源反応を多数確認って出てるんだけど……」

「「……っ!!」」

 

 瞬間、デュバルとソンネンが全身のバネを使って飛び上がり、端末の近くにあった椅子に飛び乗った。

 

 

 

 

 




次回、歴史が動く。


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ミサイル襲来

想像以上にカスペン大佐が大人気で驚いております。

そんなわけで、彼の登場も確定にします。

技術屋さんの登場を望む声も多いですが、彼は彼で考えていることがあるので少しだけお待ちを。

それとは別に、恐らくは最後になるであろうアンケートをしようと思います。

残ったメンバーと言えば、勿論『彼』ですよね?







 束の口から突然『複数の高熱源反応』という言葉を聞いた途端、いきなり何かが取り憑いたかのように動き出したソンネンとデュバル。

 二人はすぐに端末の前にある椅子に座り、五歳児とは思えないほどの速度でコンソールを操作していく。

 

「これは……!」

「ミサイルかっ!? なんでまたそんなもんが!」

「さぁな! だが、このままいけば被害が甚大な事だけは確実だ!」

「確かにな!」

「ソンネン! 私は弾道を予測した上で、このミサイル群がどこから発射されたかを分析する! そっちは任せたぞ!」

「おうよ! オレはオレで状況分析とかを……こいつは!」

「どうしたっ!?」

「へへ……! 流石はプロだな。この異常事態をすぐに察知して、空自と海自が動き出したみたいだぜ!」

「やるな……!」

「しかも、海自の方はイージス艦を持ってきやがった! これなら何とかなるかもしれねぇ!」

 

 もう彼女達を自分達の弟や妹達と同じようには見れなかった。

 明らかに話している事も、行っている事も普通ではない。

 今になって、千冬は二人の事が少しだけ恐ろしく感じてしまった。

 

「なんという事だ……!」

「今度はどうした?」

「巧妙に隠蔽されているのか、発射先は特定出来なかったが、ミサイルの種類は判明した」

「そりゃなんだ?」

「……大陸間弾道ミサイルだ」

「なんだとぉっ!?」

 

 大陸間弾道ミサイル。通称『ICBM』

 有効射程距離が非常に長大で、北アメリカ大陸とユーラシア大陸間など、大洋に隔てられている大陸間を飛翔可能な弾道ミサイル。

 大陸間弾道弾とも呼称されている。

 アメリカ合衆国やソビエト連邦間では、戦略兵器制限条約(SALT)により、有効射程が『アメリカ合衆国本土の北東国境とソ連本土の北西国境を結ぶ最短距離である5,500㎞以上』の弾道ミサイルと定義された。

 

「それが、非常に多く確認された……」

「非常に多くって…数は分らねぇのか?」

「詳しい数までは分析出来なかった。だが、弾頭のMIRV化に伴って一基のミサイルに複数弾頭を搭載出来るようになっているが故に、一発で事足りる筈の大陸間弾道ミサイルを多く発射するなど、普通では有り得ない」

「施設もそうだが、それだけの事をやってのける組織、もしくは国が確実にいやがるって事だな。そいつらは絶対に頭のネジが外れまくってるだろうがな」

「私も同意見だ。幾らなんでも、これはおかしすぎる」

「まぁ……『あんな事』をやっちまった国に所属してたオレらが言っても説得力は無いだろうがな」

「言うな。それよりも、少しだけ朗報がある」

「なんだ?」

「通常、大陸間弾道ミサイルには核弾頭が搭載されている筈だが、こっちに飛んできているミサイル群には核反応が無かった。つまり……」

「核は搭載されてない…つまりは通常弾頭ってわけか」

「それで十分に脅威ではあるが、少なくとも爆発の余波で放射能が拡散する心配だけは無くなった」

「現状では、なんとも微妙な朗報だけどな」

「無いよりはマシだ。それよりも、状況はどうなっている?」

「どうやら、自衛隊の連中は海の上で迎撃する気みたいだ」

「妥当な判断だな。市街地に到着する前に全基を撃墜できれば、被害を最小限に抑えることもできる」

「そういや、ミサイルの種類とかって分ってるのか?」

「一応はな。だが、余り参考にはなりそうにはない」

「どういう意味だ?」

「アメリカの『MGM-16 アトラス』と『MGM-25A タイタン』、それからロシアの『R-7』と『R-9』、中国の『東風-5』もある」

「複数の国のミサイルを使うことで、自分達の正体を特定させないつもりかよ」

「恐らくはな。どこの誰かは知らんが、恐ろしく巧妙な連中なのは確かだ」

 

 二人が何を言っているのかサッパリ分らなかった。

 千冬は当然だが、『兵士』としての知識なんて微塵も無い束にすら、目の前にいる幼女達が何を話しているのか理解が出来ないでいた。

 

「ふ…二人とも? さっきから何を言ってるの?」

「お前達は一体……」

「んぁ? あぁ…なんかオレ達だけで話を進めちまったみたいだな。ワリィ」

「簡単な状況だけ説明すると、現在、日本に向けてどこからか複数のミサイルが向かってきている」

「な…なんだってっ!?」

「嘘でしょっ!?」

「んな事で嘘なんかついてどうするよ。んで、それをなんとかする為に、今は自衛隊のおっさん達が頑張ってんだよ」

「そうか……自衛隊が出動したのならば安心だな……」

「まぁ…それで飯食ってる連中だからな。ちゃんと給料分の仕事ぐらいはしてくれるだろうさ……って、おぉ? 思ってるよりも頑張ってるじゃねぇか」

 

 目の前にあるモニターには、次々とイージス艦や戦闘機がミサイルを撃墜していく様子がレーダーに映し出されていた。

 

「これ…なんで分かるんだ? 今更だけどよ」

「う~ん…秘密♡」

「そうかよ」

 

 ツッコむだけ無駄だと判断した二人は、スルーすることに。

 そんな暇も余裕も無いから、余計に何かを言う気が失せている。

 

「事後承諾にはなるが、これを私達が勝手に使っても大丈夫だっただろうか?」

「それぐらいは全然平気だよ。寧ろ、君達がこれをここまで使いこなせてるのが本気で驚き。やっぱり、私の目に狂いは無かったって証拠だし」

「「…………」」

 

 思いっきり前世の記憶と技術に頼りきっているだけなのだが、言っても信じるとは思えなかったので、ここは敢えて沈黙で答えた。

 

「私にも何かお手伝いできないかな?」

「つってもな……」

「今の私達は単なる傍観者にすぎない。出来ることがあるとすれば、万が一の時に備えて、いつでも避難勧告が出来るようにしておくとか、自分達が避難できるように準備を整えておくこととか……」

「なら、私はこの周辺の放送機器でもハックしておくよ」

「しれっと大胆な事を言ってやがる……」

「本当に大丈夫か……?」

 

 状況が状況だから、心配になってしまいつつあるが、それでも彼女の持つ能力だけは本物だと判断して、ダメ元で頼んでみることに。

 

「よしよし……この調子なら何とかなりそうだ」

「この部隊は練度が高かったのだろうな。先ほどから次々とミサイルを撃破していく」

「このまま、何事もなく事態が収束してくれたらいいんだけどね……」

「不安になるようなことを言うんじゃねぇよ……」

 

 目の前で、自分以外の三人が己に出来ることを一生懸命にやっている。

 先程は少しだけ疑ってしまったが、今にして思えばそんな事はどうでもいいと思っている。

 彼女達がどんな存在であっても、決して悪い人間ではないのは既に自分も知っている事実。

 少なくとも、こんな状況で何も出来ないでいる自分に二人をどうこう言う資格は無い…と千冬は考えている。

 と同時に、彼女はかなり焦燥していた。

 

(何か……何か私にも出来ることは無いのか……! この際、なんでもいいから…束やソンネン、デュバルの役には立てないのか……!)

 

 自分に出来る事と言えば、体を動かす事だけ。

 決して頭が悪いわけではないが、それでも、ここにいる三人のような芸当は流石に出来ない。

 

「なっ……!」

「どうしたっ!?」

「一発だけミサイルを撃破し損ねた! 他の機体も撃破しようと試みてはいるが、上手くいってないようだ! このままではこっちまで来てしまうぞ!!」

「冗談じゃないんですけどっ!?」

 

 ……これだ!!

 心を決めると、千冬は躊躇うことなく束が製作したISの方へと向かった。

 

「ち…ちーちゃんっ!? 何をする気っ!?」

「こっちに来ているミサイルを私がこれで叩き落とす!!」

「はぁっ!?」

「何言ってんだアンタはっ! ンな事、素人のアンタに出来る訳ねぇだろうが!」

「下手をすれば怪我では済まないのだぞ!」

「承知の上だ!!」

「自衛隊に目撃されたら、事情聴取だけじゃ確実に終わらねぇんだぞ! 捕縛される危険性だってある!!」

「それはお前達がどうにかしてくれるだろう?」

「ちーちゃん……」

 

 言い争っている間に千冬がISの前まで行き、その装甲に手を触れる。

 すると、ISはこうなる事が最初から分かっていたかのように装甲を開き、彼女の事を受け入れた。

 

「お前達がなんと言おうと私は行くぞ! そう決めたのだから!」

 

 有無を言わせないまま、千冬はISの操縦席へと身体を預ける。

 装甲が閉じて、千冬の頭の中にISに関する知識が一気に流れ込んできた。

 

「うぐ…! これは……!」

「コアの方からちーちゃんの脳に直接、機体データとかをフィードバックしてるんだよ」

「ンな事をしても大丈夫なのかよっ!?」

「理論上はね。特にちーちゃんなら……」

 

 心配そうに千冬の方を見ると、息を整えながらもISを完全に身にまとった姿の彼女がいた。

 白いバイザーに目元が隠れている為、その表情は読みにくくなっているが。

 

「はぁ…はぁ…」

「お…おい……」

「もう平気だ…! 時間が無い、早く私を出せ……!」

「でもよ……!」

「……了解だ」

「デュバルっ!!」

 

 コンソールを操作し、出撃準備をしようとするデュバルの胸倉を掴むソンネン。

 だが、彼女はそれを真正面から受け止め、キッと睨み付ける。

 

「ならばどうすればいいのだ!! 私とて本当は彼女を出撃なんてさせたくはない! だが、迎撃し損ねたミサイルをどうにかするには、もう彼女に頼るしかないのだ!! お前にだって分っているだろう! 今の我々では情報分析が精々だということは!!」

「……クソがっ!!」

 

 悔しさに顔を歪めながら、ソンネンもデュバルの手伝いをし始めた。

 

「……済まない」

「それは千冬の姉御が戻ってきてから本人に言え」

「そうだな……」

「ソーちゃん……デューちゃん……」

 

 普段はとても仲がいい二人が、ここまで喧嘩をする。

 それは偏に、千冬の身を心から案じての事だった。

 

「心配するな。絶対に戻ってくる」

「ごめんね…ちーちゃん」

「お前が謝るなんて、明日は雨か?」

「もうっ!」

 

 冗談を言ってみせた千冬だったが、装甲の下では冷や汗を掻きながら体が密かに震えていた。

 彼女だって本当は怖いのだ。だが、行かないわけにはいかない。

 自分の親友を、唯一の家族を、心優しい少女達を守るために。

 

「……ところで、私はどこから外に出るんだ? まさか、このままの状態で玄関から出る訳じゃないだろうな?」

「まさか。ちーちゃんは今から、私がこっそりと家の地下に造っておいたゲートから出て貰うから」

「ゲートだと? おい…まさか……」

 

 ISの脚部が固定され、そのまま後ろに下がっていく。

 

「それじゃあ……いってらっしゃい」

「束ぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!!」

 

 千冬の叫びと共に、ISは彼方へと消えて行った。

 

「なんだか自分が情けないな……」

「それはオレ達もさ……」

「……………」

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

 街に向かいつつある一基のミサイル。

 だが、それは突然、一刀両断されて空中で爆発した。

 

「ここから先は絶対に通さん!!」

 

 白騎士、降臨。

 

 ここから歴史が動き出す。

 

 

 

 

 

 

 




次回、白騎士事件完結。


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白騎士事件

皆もう……砲術長を好きすぎか!

彼もまた登場を確定しましょう!!

そして、カスペン大佐ぁ……あんたマジで最高だぜ!!

いや、もうMSイグルーに登場した全ての漢が最高なんだぜ!!

だからこそ、彼らの事だけは絶対に忘れてはいけない……。






 ISを纏って出撃をした千冬であったが、完全に未知の存在を扱うことに慣れないでいた。

 本人も気が付いてはいないが、ISを身に付けた彼女の体はいつの間にか全身をボディースーツのようなものに包まれていた。

 

「これが……ISか……!」

 

 この身に纏った機械の鎧だけで自分の体を空中に浮遊させ、更には迫ってくるミサイルを迎撃する。

 常人ならば絶対に不可能である事を、彼女は奇跡的にやってのけていた。

 といっても、本当にギリギリの所で精神を保っているのだが。

 

「斬った……斬ったのか……ミサイルを…私が……!」

 

 今までに一度も体験したことのないプレッシャーに、息も絶え絶えとなっているが、そんな状況にあっても猶、彼女の体を奮い立たせているのは、自分の後ろにいる守るべき者達の存在が非常に大きいだろう。

 

『千冬さん! 聞こえるか!!』

「この声…デュバルかっ!?」

『ここからは私達が貴女の事をサポートする!』

「サポート……?」

『そうだ! 貴女の身体能力は確かに目を見張るものがあるが、それでもまだ本当の戦場を体験したことない年端もいかない少女であるのは覆しようのない事実だ! 故に、今から私とソンネンが貴女のナビゲータを務めることとする!』

『火器管制はこっちに任せろ! 束の奴が急いでなんとかしてくれてな、そいつに搭載されている射撃武器はこっちから遠隔操作出来るようにした! あんたは、オレが合図をした時に砲身を目標に向けてくれればいい! 正確な目標補足とトリガーはこっちで引く!』

『私は周囲の状況を逐一、確認し続けるよ! 何か変化があったらすぐに知らせるからね!』

「束…ソンネン…デュバル……!」

 

 自分は決して一人ではない。

 傍にはいないが、それでも確かに彼女達の存在を身近に感じることが出来る。

 それだけで、不思議と勇気が湧いてきた。

 

『向こうさんも、プロとしての意地でもう滅多な事じゃミスなんてしないだろうが、それでも念には念を入れておいて損はねぇ』

『いいか。絶対に功を焦って前に出るような真似だけはするな! 貴女はこの周辺に留まって、自衛隊が撃ち漏らしたやつだけを狙えばいい! 勇気を無謀を履き違えるような事だけはしないでくれ!!』

「ありがとう……その言葉、心に深く留めておくことにしよう」

 

 デュバルとソンネンの言葉の一つ一つが、緊張と恐怖に震えていた千冬の心を包み込んでいく。

 まるで、歴戦の勇士が傍で見守ってくれているかのように。

 

『さぁ……気張っていくぜ!!』

「おう!!」

 

 その言葉に触発され、いつでも動けるように構え続ける。

 これは何かを倒す為の戦いではない。

 大切な誰かを守る為の戦いである。

  

「私にあいつらを……大切な者達を守る力を貸してくれ……『白騎士』…!」

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

 海上自衛隊 イージス艦一番艦 艦橋

 

 突如として訪れた国家の危機に駆け付けた海の自衛官達は、いきなり出現をした謎の存在に戸惑いを隠せないでいた。

 

「か…艦長…あの空飛ぶ存在は一体……」

「私に分かるはずがないだろう。だが、それでも確かなことは幾つかあるがな」

「それは……?」

「アレが我々の尻拭いをしてくれた事。そして、我々の味方であることだ」

「なんでアレを味方だと断定出来るんですか?」

「もしも、あのアイアンマン擬きが敵だったら、ミサイルなんて無視してこちらへと攻撃を仕掛けてくるだろう。なんせ、こっちは今、どこぞのバカが撃ってきたはた迷惑なミサイルのせいで手が離せない状況なんだからな。敵としては、こんな状況は絶対に逃さないだろう? それなのに何もアクションを起こさないのは……」

「我々と目的が同じだから……」

「その通りだ。どこの発明家が造ったか代物かは知らんが、大したもんだ。しかし、あれを動かしているのは紛れもない素人だな」

「はい。どうも腰が引けているようにも見えますし、それに……」

「あぁ。あれは恐らく『少女』だ。まだ年端もいかない…な」

 

 自分の娘と同じか、もしかしたら年下かもしれない少女が、自分達と同じ戦場で剣を振るっている。

 それも、自分達のミスを拭うような形で。

 己の不甲斐なさに、拳を握りしめつつ歯を食いしばる。

 

「貴様等ぁっ!! 幾ら未知の装備を身に付けているとはいえ、素人の少女に自分達の失敗を助けられて、国防を担う者として悔しくはないのか!!」

「「「「「はいっ! 悔しいです!!」」」」」」

「だったら、総員!! 今まで以上に奮起してミサイルを迎撃せよ!! 他の艦にも今の言葉を伝えろ!!」

「了解!!」

「そして、貴様ら全員、帰ったらすぐに訓練を追加する!! 有り難く思え!!」

 

 敬礼をしながら、他の士官たちは『俺たち…どっちにしても地獄じゃね?』と思わずにはいられなかった。

 

「空の連中に遅れを取るな!! もう一発たりとも通させはせんぞ!!」

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 海の上で上官の言葉を受けて気合を入れ直した自衛官達を見下ろしながら、空で鋼鉄の翼を持って戦っているパイロット達もまた、突如として出現した未知の存在に僅かながら困惑していた。

 

『隊長! あれは何でしょうかっ!?』

「んなもん、俺が知るか!! けどな……」

『隊長?』

「あんな空飛ぶコスプレ野郎にむざむざと助けられて、大人しく『ありがとう』って言える程、俺のプライドは安くはねぇんだよ!!」

『では……』

「あぁっ!! ブラボーリーダーより各機へ!! あいつらに航空自衛隊の意地って奴を見せつけてやれ!! 少しでもミスった奴は俺様が直々に撃ち落としてやるから有り難く思え!!」

『『『『『りょ…了解!!』』』』』

「それとな、あのアンノウンには手出しは無用だ。少なくとも敵じゃないみたいだしな。それじゃあテメェら……」

 

 隊長機が速度を上げ、迫ってくるミサイルに向かって機関砲を撃つ。

 

「俺達の国……絶対に守り抜くぞ!! 全弾…撃ち尽くせぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!!!」

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

「な…なんだ? 急に自衛隊の動きが激しくなった……?」

『へっ……。どうやらアイツら、素人の千冬さんに自分達の不甲斐なさを見せつけちまって、気合を入れ直したようだな』

『ふっ……。千冬さんの勇気に触発されたとも言えるな。これで、貴女の負担も少しは軽くなるだろう』

『つっても、あくまで『少し』だけどな! 千冬さんよ! 戦闘機の一機にミサイルが近づいてきやがってやがる! どうやら、他のミサイルの迎撃に気を取られてて、接近してるのに気が付くのが遅れやがったみたいだ!』

「ど…どうすればいいっ!?」

『今からじゃ急いでも間に合わねぇっ! けど、そんな時の為にオレ様がいるんだよ! 砲身、8時の方向、上方に32度!!』

「こ…こっちかっ!?」

 

 言われるがままに装備品の一つである荷電粒子砲を両手で固定して、指定された方へと向ける。

 方角自体は、機体の方で計算をしてくれるから容易に解った。

 

『よしっ! 後はこっちに任せな! ………()ぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!』

「うぉっ!?」

 

 鉛色の砲身から、白いレーザーのようなものが発射され、それが戦闘機に近づきつつあったミサイルを貫き破壊した。

 なんとか急接近する前に破壊できたお蔭で、爆発の余波で戦闘機が撃墜されることも無かった。

 

「や…やった……?」

『おっしゃぁっ!! まだまだ腕は衰えちゃいないってこったな!』

『流石の腕前だな。それでこそだ』

 

 ISのセンサーで確認すると、先程の戦闘機のパイロットが少しだけ此方を向いて、敬礼をした後に任務に戻っていった。

 

「よかった……」

『そうだな。けど、まだ気を抜くのは早いぞ!』

「分っている!」

 

 ISのレーダーは、まだまだ多くのミサイルの存在を教えてくれている。

 これらを全て破壊しなければ、本当の意味での安息は訪れない。

 

「私の目の前で…誰一人として傷つけさせたりさせるものかぁぁぁぁっ!!」

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 最後の一基がイージス艦から放たれた迎撃ミサイルにて破壊され、ようやく空に静寂が訪れた。

 

「艦長! 全ミサイルの破壊を確認! 後続が放たれた様子もありません!」

「まだ油断は禁物だ。警戒は厳にせよと各部署に通達」

「了解!」

 

 大きく息を吐きながら、艦長は座席に体を預けた。

 

「艦長。例のアンノウンはどうしますか? 捕縛などは……」

「貴官は、いつから善意の民間協力者に恩を仇で返すような真似をする恥知らずになったのだ?」

「し…失礼しました!」

 

 慌てて敬礼をした士官を見つつ、他の士官に命令を出す。

 

「あの協力者に発光信号を送れ」

「内容はなんと?」

「それは……」

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

『これで全基撃墜を確認。お疲れ様だ』

「終わった…のか……」

『そうだよ! 他のミサイルはどこにも確認できないから、これで全部終わり!』

「そうか……」

 

 束の通信を聞いて、ようやく千冬は構えを解いた。

 

「ん?」

 

 ふと、下を見ると会場に浮いている各イージス艦の甲板に船員達が一堂に並び敬礼をしていた。

 と、同時に何度もライトを光らせて何かを知らせているようだった。

 

『あれは…発光信号だな。内容は……』

『海上自衛隊を代表し、貴官の協力に心からの感謝と敬意を表す……だな』

「私が…自衛隊に……」

 

 空の方を見ると、ISの高感度センサーに去り行く戦闘機のコクピットの中から敬礼をしている隊員が見えた。

 海と空。それぞれを守る者達に向けて、千冬も見よう見真似で敬礼をする。

 

『ちーちゃん。今から撤退ルートを示すから、それに従って戻ってきて。念の為に光学迷彩とジャミングをかけておくよ』

「分かった」

 

 ISの表示される場所を目指し、千冬は撤退を開始した。

 その顔はフルフェイスのバイザーには覆われていたから、白騎士の正体が彼女であることは判明していないが、それでも、その存在の鮮烈さは確かにこの防衛線に参加した全ての人間の脳裏に刻まれた。

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

「ちーちゃん!」

「「千冬さん!」」

 

 なんとかして束の部屋まで戻ってきた千冬は、帰還と同時にISを解除し、座り込むようにしてその場に倒れかけた。

 だが、寸前で束がその体を支えることで、床に倒れることは無かった。

 

「今…戻った……」

「ちーちゃん……ご苦労様……」

「あぁ……ただいま……」

 

 何もかもが初めての出来事だったせいか、精も根も完全に疲れ果て、碌に体を動かす余力も無いようだった。

 そんな彼女を見て申し訳なさで一杯になったソンネンとデュバルは、今だけは見栄も外聞もかなぐり捨てて、二人一緒に千冬の体を抱きしめた。

 

「本当に済まなかった……。本来は、貴女のような争い事とは無縁の人物を送り出すべきではなかったのに……」

「アンタには、とんでもなくデッカイ恩が出来ちまったな…。この借りは一生掛かっても絶対に返すと約束するぜ……」

「お前達は……優しいな……」

 

 千冬も優しく微笑みながら、小さな二人の体をそっと抱きしめた。

 今にも意識が落ちそうになりながらも、その声だけはハッキリとしている。

 

「そんな二人だから…絶対に守りたいと思ったんだ……」

「千冬さん…アンタは……」

「お前達が誰かなんて…些細な問題だ……。少なくとも…私にとってはな……」

「…………」

「だから……気にするな……」

 

 最後の力を振り絞り、千冬は束の方を向く。

 

「一夏たちは…どうなっている…?」

「皆、何事も無かったようにしてるよ」

「そうか……」

 

 ここで遂に千冬は意識を失った。

 幼女二人に乗りかかるようにしているが、なんとかして彼女の体を支えている。

 

「……束。君にこれを渡しておく」

「これって…デューちゃんが持ってたUSB?」

「そうだ。貴女ならば、この中身を正しく理解出来ると判断した」

「いいのか?」

「少なくとも、私達では持っていても宝の持ち腐れだろう。それに……」

「それに?」

「これの中身は何となく想像ついてるんじゃないのか?」

「……まぁな」

 

 この日は、そのまま千冬を暫く休ませてから解散となった。

 束は当然だが、千冬もソンネンもデュバルも、自分達が世界の歴史の分岐する瞬間に立ち会ったことを自覚していなかった。

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 自衛隊がどれだけ情報管理を必死に行っていても、人の口に戸は建てられない。

 様々な形で襲来した多数のミサイルを撃破していった自衛隊やISの事を目撃した者達が、それをネットなどで拡散した。

 それはあっという間に世界中に広がり、途端にISの存在は多くの人々に認識されることに。

 それが切っ掛けとなり、少し前まで全く興味を示さなかった科学者や研究者たちは、手の平を返したかのように束の頭脳とISに飛びつき、仕方なく束はISを正式に公表する羽目となった。

 本人が全く臨んだ形ではない発表ではあったが、それでも世間に自分の発明品が認められたのは紛れもない事実。

 こんな前代未聞の事件が切っ掛けとなったのは皮肉とした言いようがなく、本人も素直には喜べず、非常に渋い顔をしていた。

 それは束の両親も同じで、これからどうするべきか家族会議が開かれたとかなんとか。

 

 世界中でISが研究され始めるのに時間は掛からず、束は政府の要請に渋々、従うような形でISのコアを次々と生産していった。

 ISのコアだけはどれだけ解析しても不明な部分が多く、開発者である束以外では生み出す事が不可能だったからだ。

 

 不幸中の幸いは、この一連の出来事に千冬やソンネン、デュバルが関わったことが誰にも知られなかったことか。

 

 後に、この時の事件は『白騎士事件』と呼ばれ、後世まで語り継がれていくこととなった。

 

 そして、この事件から時は少しだけ流れて……。

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

 ヨーツンヘイム孤児院に、またもや新しい仲間が加わった。

 黒みがかった茶色い髪のショートヘアの少女で、肌は日に焼けているのか少しだけ浅黒い。

 

「ここが…ヨーツンヘイム孤児院ね。何の因果なのかね……」

「君が新しくここに住む者か」

「あぁ。取り敢えず、自己紹介ぐらいはしておくか」

 

 現在、ロビーには孤児院に住んでいる全員が揃っているが、そんな中、なんでか彼女は並んで一緒にいたソンネンとデュバルの方へと真っ直ぐに歩いてきた。

 

「…アンタらとは二重の意味で初めまして(・・・・・・・・・・・)だな」

「その台詞……まさか……いや、そんな事は……」

「だよなぁ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ヴェルナー・ホルバインだ。よろしく頼むぜ、少佐殿」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

     




なんか、千冬よりも自衛隊の皆さんが大活躍しました。

でも、本来はこれが普通と思うのは私だけでしょうか?

どれだけ機体が優れていても、操縦者の身体能力が高くても、中身はまだ子供なんですから。

それと、TSした海兵のイメージは、アズレンの潜水艦娘である『伊26』です。
勿論、声も同じ。
分らない人はすぐに検索だ!


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番外編① 嵐の中で輝いて

物凄くキリがいいので、ここらで前にも言っていた番外編をお送りします。

まずは、数多くいるジオン軍人の中でも屈指の武人である『彼』です。

勿論、TSしてますけど。






 誰もが楽しみにしていた臨海学校。

 その二日目は一日目の自由行動とは変わり、ISの各種装備の試験運用とデータ取りを行う予定だったのだが、篠ノ之束の突然の乱入や、突如として発生した緊急事態により中止となる事に。

 

 アメリカとイスラエルが共同開発した軍用IS『銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)』が暴走し、学生達が宿泊している旅館である『花月荘』のある方角へと高速で移動しているというのだ。

 学園上層部に要請により迎撃行動に出ることとなったのだが、そこで即席の作戦会議室としていた部屋に束が侵入、そこで一夏の専用機である『白式』と箒に新しく与えられた専用機『紅椿』で向かえばいいと言い出した。

 最初は渋っていた千冬であったが、このまま束の事を無視したら何をするか分らないと判断し、苦渋の思いで彼女の案を採用することに。

 だが、その結果…最悪の事態に陥ることになってしまった。

 一夏が福音に撃墜されて意識不明の重体になり、そのことが原因で箒もまた完全に心が折れてしまった。

 場が完全に重苦しくなっている中、一人の少女が静かに立ち上がり、そのまま外に出て砂浜まで向かった。

 

「よもや、このような事態になるとはな……」

 

 渋い顔をしているショートヘアーの少女。

 そっと目を閉じ、眉間に皺を寄せる。

 

「いや…何も知らぬ少年少女を生き死を賭けた戦場に向かわせてしまったのだ。この事態は寧ろ、起きて当然だったというべきか……」

 

 一見すると冷たい言葉に聞こえるかもしれないが、本当はそんな事を少しでも許してしまった自分の情けなさと不甲斐無さに本気で呆れていた。

 

「……あの子達にはまだ多くの未来が待っている。それを、このような形で潰させるわけにはいかない。となれば、矢張り……」

 

 首から下げている、自分の専用機の待機形態であるドックタグを握りしめて、仇敵が待っているであろう空を見上げる。

 一歩だけ前に出てから決意を固めると、ふと背後に気配が現れた。

 

「どこに行くつもりですの、ノリス」

「セシリアお嬢様……」

 

 そこにいたのは、彼女『ノリス・パッカード』が仕えている主『セシリア・オルコット』だった。

 昔からパッカード家はブランケット家と共にオルコット家に仕えてきた家系であり、それはパッカード家の娘であるノリスも例外ではない。

 彼女は昔からセシリアと共に過ごし、俗に言う『幼馴染』の間柄だった。

 と言っても、そう思っているのはセシリアだけで、ノリス自体はどこまでも主に仕える従者のつもりなのだが。

 

「申し訳ございません。私が付いていながら、このような事を許してしまうとは……」

「何を言うのです。ノリスは何も悪くなどないでしょう?」

「いえ。あの時、無理矢理にでも私が出撃していれば、彼が負傷することも無かった……」

「それは結果論ですわ」

「分っております。ですが、それでも悔やみきれないのです」

「ノリス……」

 

 これ以上は何を言っても無駄。

 そう判断したセシリアは、ノリスの隣に並ぶように立つ。

 

「ならば、私も行きますわ」

「なっ…なりません! 貴女様は栄誉あるオルコット家の現当主! このようなことは全て、このノリスにお任せ下されば……」

「ノリス。今の私は当主であると同時に、貴女と同じイギリスの代表候補生なのよ? 戦場に出る覚悟はとっくに出来ています」

「ですが……」

 

 こんな時のセシリアの頑固さは嫌というほど知っていた。

 普段は優雅な態度を崩さない彼女だが、本当は何があっても自分の信念を決して曲げない強い少女でもあるのだ。

 

「……承知しました。共に行きましょう」

「ノリス!」

 

 だが、そんな彼女の喜びはすぐに崩れ去る事となる。

 一瞬の隙をついて、ノリスはセシリアに防犯用の催眠スプレーをかけた。

 

「ノ…ノリス……?」

「愚かな従者の無礼をお許しください。ですが、私はどうしても貴女に…貴女にだけは戦場に立ってほしくない。あそこは…私のような戦うしか能のない人間だけが立つべき場所です」

「お願い……行か…ないで……」

 

 その言葉を最後に、セシリアはその場に崩れるように倒れ込んだ。

 砂浜に体が落ちる前にノリスがキャッチし、そっとその体を横たえた。

 

「……そこにおられるのでしょう?」

「気が付いていたか……」

 

 物陰から現れたのは、一組の担任である千冬だった。

 腕組みをした状態で出てきて、常人ならば尻餅を付きそうな程の威圧感を放っている。

 

「一人で行くつもりか?」

「はい」

「私がそれを許可をするとでも?」

「思っておりません」

「ならば……」

「ですが、これは私が成さねばならぬ事。故に、問答は無用と思われたい」

「パッカード……」

 

 目の前にいる少女が誰よりも真面目で、誰よりも責任感があるのは千冬も知っていた。

 同時に、色んな人々から大切に思われている事も。

 

「セシリア様をお願いします」

「あぁ……」

 

 彼女の決意は言葉では絶対に止められない。

 恐らく、力でも止められないだろう。

 例え、どんな事をしてでもノリスは戦場へと赴くのを止めようとしない。

 

「……死ぬなよ」

「これはまた……我らが担任殿は無理難題を申される」

「戻ってきたら、たっぷりと説教をしてやる。覚悟をしておけ」

「ははは……それは怖い怖い。このまま、どこかに逃げたくなりますな」

 

 セシリアの体を抱き上げ、少し離れた場所に千冬が移動したのを見届けると、ノリスは己の専用機を纏って宙に浮く。

 

「頼むぞ……我が愛機よ」

 

 ノリス専用IS『グフ・カスタム』が水平線の向こうに消えるまで、ずっと千冬はその場に立っていた。

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

 移動をしながら、ノリスは不思議と微笑んでいた。

 

「よもや、またしてもこのような事があるとはな。本当に分らないものだ」

 

 左腕部に固定された『シールドガトリング』を握りしめながら、そっと呟く。

 

「敬愛する主の想い人と出逢う……。本当に面白い『二度目の人生』であった……」

 

 もう、思い残す事は何もない。

 自分がいなくなっても、主の傍には多くの友と仲間たちがいる。

 彼女達さえいれば、きっと大丈夫だろう。

 

「だからこそ、私はこの一命を賭してでも、絶対に守らねばならんのだ。戦争を知る者として……一度は戦場で散った者として……!」

 

 眼前を見ると、そこには胎児のように丸くなっている福音がいた。

 エネルギー消費を抑えて、あの場で待機をしているのだろう。

 とてもではないが、暴走をしている機体とは思えない行動だった。

 

「いや。今は奴の事などどうでもいい。重要なのは、どうやって奴を撃破するかだ」

 

 部屋を出る前に密かにインプットしておいた福音のデータを改めて参照する。

 

「奴には高出力の光学兵装があるのか……。それに加え、全方位に対するオールレンジ攻撃も可能…か。お世辞にも足が速いとは言い難いグフには脅威となる! だが!」

 

 ある程度まで接近すると、そこでノリスは瞬時加速(イグニッション・ブースト)を使って強襲を仕掛ける!

 

「それでも……やるのだ!!」

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

 本来、軍用機である福音と第二世代機であるグフ・カスタムとでは機体性能に雲泥の差がある。

 普通に戦えば、成す術も無く呆気無く破壊されるのがオチだ。

 だが、そこにノリス・パッカードという要素を加えると、途端に状況が一変する。

 

「貰ったぁっ!!」

 

 シールドガトリングから放たれる銃弾の雨が福音に降り注がれる。

 当然のように福音は自由自在なマニューバにて回避をするが、まるで先を読んでいるかのような攻撃に反撃すらもままならない状況に陥っていた。

 そんな隙を見逃さないノリスは、すかさず急接近をしてシールド内に収納してあるヒートソードを取り出し、福音の体にしがみ付く。

 

「ひとぉつっ!!」

 

 福音の頭部にある、一対の巨大な翼の形状をしている主武装であり大型スラスターを兼ねている『銀の鐘(シルバー・ベル)』を全力で切り裂き、本体から落とす事に成功した。

 だが、福音も大人しくやられている筈もなく、ノリスが自ら近づいてきたことを利用し、彼女の体を掴んでからのゼロ距離射撃を試みようとした。

 しかし、戦士としての勘でそれを読んだノリスは、すぐに福音の体を蹴ってから、その反動で距離を離した。

 自分の距離となった瞬間、福音が残った武装による全力射撃を開始。

 羽を形をしたエネルギー弾が嵐のように襲い掛かってくる。

 通常ならば数秒で消し炭になりそうな攻撃も、ノリスは器用に体を捻りながら回避していく。

 

「見た目は派手だが……」

 

 ヒートソードを収納し、右腕部内に内蔵している装備を射出出来るように『固定武装』のロックを解除する。

 

「胴体はがら空きだぞ!!」

 

 ノリスはグフ系列の機体の最大の特徴とも言うべき特殊武装『ヒートロッド』を伸ばして、それを福音の体に固定させることに成功した。

 

「その目の良さが命取りだ!! ヒートロッドを食らえっ!!」

 

 福音と比べて致命的なまでの攻撃力不足なノリスにとって、これは千載一遇の大チャンス。

 この機を逃してたまるかと、ヒートロッドを最大出力で放出する。

 

『!!!!!?????』

 

 超高電圧の一撃が全身を走り、ほんの僅かな隙ではあるが、確かに福音の動きが完全に停止した。

 福音自体はまだ起動したままなので、すぐにでも復活するだろう。

 だからこそ、この機会だけは絶対に逃してはいけない。

 

「怯えろ!!」

 

 ヒートロッドを付けたまま自分の体を福音の方へと引き寄せつつ、シールドガトリングを連射する。

 

「竦め!!」

 

 さっきと同じように福音の体にしがみ付き、再びヒートソードを持ち、逆手に構える。

 だが、そこで福音が復活して一瞬で現状を把握、すぐに自分がすべき行動を選択した。

 鋭く尖っている自分の指先に残ったエネルギーを収束し、即席のエネルギーソードを作った。

 ノリスもそれに気が付くが、そんなことなどお構いなしにヒートソードを福音へと全力で突き立てた!!

 

「ISの性能を活かせぬまま消えていけっ!!!」

 

 この時、初めて福音に確かなダメージを与えることに成功し、その白銀の装甲に大きな罅が入る…が、同時に福音の手刀がノリスの腹部に深々と突き刺さっていた。

 

「がはっ…! 肉を切らせて骨を断つ…か…! くははは……! やるではないか……しかしっ!!」

 

 シールドガトリングをパージし、前腕部に装着してある3連装ガトリングを、ヒートソードにて破損した場所へ向けて超至近距離の全弾連射。

 幾らシールドバリアーに守られているとはいえ、そんな状態での怒涛の連続攻撃を受ければ、着実にダメージは蓄積し、やがて……。

 

「勝ったぞ!!」

 

 粉々に砕け散る。

 破壊された装甲の内側には、光り輝く結晶体があった。

 腹部から流れる血で意識が飛びそうになるが、最後の力を振り絞って手を伸ばして結晶体を掴み、外へと引きずり出す。

 

「いかに高性能な軍用機といえど…所詮はIS! 本体からコアを引きはがせば嫌でも止まるだろうっ!!」

 

 様々なコードを引き千切りながらコアを高々と掲げるが、最後の足掻きとして福音が消えゆく翼から光弾を放つ。

 出力は大幅に低下しているが、それでも今のノリスには致命的だった。

 

「……セシリア様。どうやら、学園に戻ってから共に茶をするという約束は果たせそうにありません。自分は……二度目の死に場所を見つけたようです」

 

 ノリスと福音はそのままの状態で海へと落下し、その直後に大きな爆発があった。

 そして…グフ・カスタムと福音の反応が同時に消えた。

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

「ここは……?」

 

 ノリスは、生まれ変わった姿のまま、真っ黒な空間に立っていた。

 

「私はどうなった? 福音を倒せたのか?」

 

 様々な疑問を感じながらも周囲を見渡していると、彼女の傍に一人の女性が出現した。

 

(ふふ……随分と可愛らしい女の子になったのね、ノリス)

「あ…貴女様はっ!?」

 

 その女性は、前世においてノリスが仕えていた女性だった。

 

(原因は不明だけど、貴女は二度目の生を受けた。貴女がいてくれたから、私はシローと本当の意味で一緒になれた。だから、今度は貴女の幸せを見つけて……)

「アイナ様……」

(ノリスはまだこっちに来ちゃダメ。ほら……貴女の事を待ってる人がいる……)

「この光は……!?」

 

 暗闇の中に眩い光が差し込み、ノリスの事を覆い尽くす。

 光が全身を包み込んだ時、自分の意識が浮上する感覚になった。

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 目を開けた時、見えたのは見覚えのある天井だった。

 

「こ…こは……?」

「ノ…ノリスっ!? 目が覚めたのねっ!?」

「セシリア…様……?」

 

 すぐ傍には、赤く目を腫れさせながら泣いているセシリアの顔が。

 現状を正しく把握出来ないでいるノリスは、必死に頭を働かせてセシリアに尋ねる。

 

「福音は…どうなったのですか?」

「奴ならば、お前がちゃんと倒したよ」

「織斑教諭……」

 

 割り込んできたのは、出撃する前と同じように腕組みをしている千冬。

 彼女の姿を確認して、初めて自分がいる場所が花月荘の部屋の中だと分った。

 

「死ぬなよとは言ったが、腹に穴を開けてこいとは一言も言った覚えはない」

「そうですな……」

「だが、本気で驚いたぞ。まさか、本当に単独で福音を撃破してしまうとはな。前々から、お前の実力が桁違いなのは知っていたが、ここまでとは思わなかった」

「必死だっただけですよ……」

「そうかもな。だが、それでもお前が単独では決して撃破不可能と言われていた存在を倒したのは覆しようのない事実だ。もしかしたら、今回の功績でお前が次のイギリス代表に選抜されるかもしれんな」

「それは流石に大げさでしょう……」

 

 なんとか話をしているが、実は眠たくて仕方がない。

 千冬の方もそれを察したのか、話を切り上げてくれた。

 

「では、私はこれから山田先生と事後処理がある。オルコット、ここは頼んだぞ」

「はい」

 

 千冬が出て行くと、場に沈黙が訪れた。

 

「セシリア様、私は……」

「バカっ!」

「えっ?」

 

 いきなり、泣きながらセシリアがノリスの体に抱き着いてきた。

 全く抵抗が出来ない状態にあるノリスは、彼女の事を受け入れるしかなかった。

 

「あなた言ったじゃない! 私も連れて行ってくれるって! それなのに一人で……」

「……申し訳ありませんでした」

「あの後…福音とノリスの反応が消えたと山田先生に聞かされて、血の気が引いていく思いだった……。その直後に一夏さんが起きてきて、彼と一緒に貴女の反応が消えた場所まで行って……」

(そうか…彼はなんとかなったのか……)

 

 クラスメイトの朗報を聞きながら、ノリスはセシリアの言葉に耳を傾ける。

 

「ノリスが…福音のコアを握りしめながら血塗れで海に浮いていて……私…私……」

「セシリア様。福音の操縦者はどうなりましたか?」

「無事だったわ。軽傷などはあったけど、本当にそれだけだったみたい。それよりも、まずは自分の事を心配してくださいまし! 呼吸が完全に停止していて、どれだけ叫んでも全く目を開けない貴女を見て…皆が心配したんだから!」

「そうですか……。後で皆にも礼を言わなくてはいけませんね……」

「それもいいけど、まずはゆっくりと自分の体を休めて……お願いだから……」

「はい……」

 

 重くなる瞼を閉じながら、夢の中であった嘗ての主に語りかけた。

 

(アイナ様……どうやら、あそこは私の死に場所ではなかったようです。私の為に涙を流してくれる、この優しい主を守る為に…私はもう少しだけ生きてみようと思います……。そちらに行くのはまだまだ後になりそうです……)

 

 眠気に勝てなくなってきたノリスは、そのまま暖かな温もりに包まれながら眠りについた。

 この日、ノリスは初めて心から熟睡をすることが出来た。

 

 

 

 

 

   

 




この話に登場するノリスの容姿は、シスプリに登場した衛ちゃんです。
セシリアに仕える従者として、普段は男性用の制服を着ている男装の麗人として振る舞っています。
その為、実は一部では一夏以上に人気があったり……。

今回のストーリーに出てくるセシリアは、一夏には惚れてはいません。
あくまで友達止まりで、本命はノリスになっています。
幼い頃からずっと一途な恋心を抱いていました。
でも、肝心なノリスが勘違いをして、セシリアは一夏が好きだと思い込んで、二人の仲を進ませようと余計なお世話をしたり、しなかったり。

全く名前は出てませんが、束はノリスの事を目に掛けていて、彼女が自分と同じ『天才』であると完全に信じ込んでいます。
だから、ノリスが倒れた時も全力で治療に協力してくれました。
この後、束から『ノーちゃん』と呼ばれるようになったりします。

専用機である『グフ・カスタム』は全くチートじゃありません。
機体性能は中の中と言った感じで、場合によっては量産機であるリヴァイヴよりも弱いです。
でも、乗っているノリスの能力が超チートなので、原作同様の鬼神の如き無双を繰り広げてくれます。
因みに、学園入学後は一度も負けておらず、楯無やダリル、フォルテと言った上級生たちにも全戦全勝しています。
文字通りの学園最強の座にいるのですが、本人は全くの興味なし。
あくまで、セシリアの傍にいられれば、それだけで十分だと本気で思っている従者の鏡みたいな人物です。






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小学生編 ~二回目の学校~
恥なんてとっくに捨てた


今回から小学生編です。

といっても、原作突入を最優先にしたいので、さっさと進むつもりですけどね。






「いやっほぉぉぉぉぉぉぅぅぅぅぅぅひゃぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!」

 

 非常に特殊な趣味を持つ人間達に多大な需要を持つ、学校指定の紺色のスクール水着を着用したヴェルナーが、興奮しながら大声で叫びつつ、子供用のプールに向かって大きくジャンプをしてからダイブをした。

 

「こ~ら~! ホルバインさん! プールに飛び込んじゃダメって何度も言ってるでしょ!」

「おっと。悪かったな先生。でもな…水辺にいるとこう…自分の中の何かが昂ってしまってな」

「何かって何よ……」

「う~ん……爺さんから受け継いだ漁師として血?」

「漁師さんは水を見て興奮なんてしないからねっ!?」

 

 担任教師(女性 25歳独身 彼氏募集中)がヴェルナーを叱る。

 自分に非があるのは認めている為、彼女はそれを素直に受け止めはするのだが、それでも自分の内なる情熱だけは押さえきれないようで。

 

「オレの爺さんがよく言っていた。『例え何があっても、我慢だけは絶対にするな。我慢は自分を苦しめるだけだ』ってな」

「時と場合にもよると思うけどっ!?」

 

 この様子を見れば分かるとは思うが、敢えて説明をさせて貰おう。

 デュバル、ソンネン、それから新しく加わったヴェルナーの三人は、白騎士事件から数年の後に無事に近くにある小学校へと入学した。

 

「あいつもよくやるよな……」

「元海兵として、プールに入れることが純粋に嬉しいのだろうな」

「絶対にそれだけじゃないと思うぞ……」

 

 プールサイドでは、ヴェルナーと同じスク水を着ているソンネンとデュバルがいた。

 ソンネンは足が動かせないから、普通ならば見学をするところなのだが、プールの授業の時ぐらいは足を水に浸らせるぐらいはいいんじゃないかとヴェルナーから提案され、仕方なく先生が承諾。

 デュバルが常に傍で見守ることを条件に、今回は特別にソンネンの参加が認められた。

 

「にしても、まさかオレたちが小学生になるとはね……」

「義務教育なのだから仕方あるまい」

「いや、オレが言いたいのはそういう事じゃなくてだな……」

 

 なんて二人で話していると、同じ学校、同じクラスになった一夏と箒がこっちを見ているのが見えた。

 一夏は水着姿の二人を見て少しだけ顔を赤くしてそっぽを向いた。

 目聡い箒は、すぐに一夏が誰を見ていたのかを察して、いつものように一夏に対して何かを怒鳴っていた。

 もう完全に日常となりつつある光景だ。

 

「なにやってんだか……」

「若いって事だろうさ」

「それ、今のオレ達も人の事は言えないからな?」

「そうだったな……」

 

 前にも言ったが、どれだけ精神が成熟していても、体の方は立派な小学生女子。

 しかも美幼女。他人の事は余り偉そうには言えない立場である。

 

「けど、あの元海兵がやって来たときは驚いたよな~」

「あぁ……」

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 それは、今から2年程前。

 ヴェルナーが初めて孤児院にやって来た時に遡る。

 

「ヴェルナー・ホルバイン……。私の記憶が正しければ、君はジオン軍の海兵部隊に所属していた人間じゃなかったか?」

「よく知ってるな。というか、オレがあの艦に配属した時にはもうアンタらはいなかった筈なんだが、どうやって知った?」

「ちょっとな」

「ふ~ん…」

 

 何故か、すぐに仲良くなれそうだという理由で、ソンネンとデュバルの二人がヴェルナーの案内係を担当することに。

 彼女達もヴェルナーとは話したいと思っていたから、ある意味で願ったり叶ったりの状況ではあった。

 

「別に言ってもいいんだけどよ、ここでは…な」

「後で貴官にも見せてやろう。私達がどうして君の名を知っていたのか、その理由をな」

「そりゃ楽しみだ」

 

 幼い少女の姿になっても、その独特な性格は健在のようで、非常に掴み所のない性格はとても特殊に見えた。

 だが、長年の軍人としての勘と観察眼で、彼女が決して悪い人間ではない事だけはハッキリと分かった。

 というか、同じ境遇の同胞の事を疑いたくなかったというのが本心だ。

 

「逆にこっちからも聞いてもいいか?」

「なんだい?」

「どうして私達の事が分かった?」

「そいつは簡単さ」

 

 食堂、ベランダ、中庭と案内しながら、ヴェルナーは淡々と説明していった。

 

「まず、あんた等の名前自体はずっと前…つまりは前世であの艦…ヨーツンヘイムに乗った時にあの技術屋さんに教えて貰った」

「彼に……」

「そうだ。なんとも複雑な表情をしながら語ってくれたよ」

 

 『彼』の話を聞かされ、ソンネン達は少しだけ暗い顔になる。

 何度か衝突はしたが、最終的にはちゃんと通じ合えた。

 彼になら、自分達の思いを、歴史を託せると。

 

「で、二度目に聞いたのは今の体になってから。院長さんの車で移動してる時に聞かされてね。そんな名前の人間は、少なくとも俺が知っている中では、あんた等しか思いつかなかった。だからすぐにこう思った。『あの二人も自分と同じように生まれ変わっているんじゃないか』ってな」

「すぐにその発想に行く着くこと自体が凄いな……」

「普通じゃ生まれ変わりなんて絶対に信じねぇぞ。精々、同姓同名だって思うのが関の山だ」

 

 実に常識的な意見。

 だが、ヴェルナーに関しては、その常識的な意見は通用しなかった。

 

「オレだって、その可能性もちゃんと考えたさ。でもな、ここに入って、あんた等の姿をこの目で見た途端、オレの予想は正しかったと確信した」

「「なんで?」」

「う~ん…こればっかりは言葉じゃ上手く言い表せないんだよな」

「はぁ? なんだよそりゃ?」

「なんて言えばいいのかな……。こう~…頭にキュピーンって直感的なものが降りたんだよ」

「直感…だと?」

「そ。別の言い方をすれば『閃き』って言えばいいのかな?」

 

 普通ならば一笑に伏されてもおかしくない言葉。

 だが、宇宙世紀を生きてきた彼女達だけは違った。

 

(おい…こいつが言ってるのって、まさか……)

(嘗て、かのジオン・ズム・ダイクンが提唱したと言われている、宇宙で生きる人間達にのみ現れるという……)

(ニュータイプってやつか……。この海兵がそうだってのか?)

(それは分からん。だが、当時のジオン軍にもニュータイプとされている人間達がいたとは聞いている)

(えっと……木星帰りのシャリアとかって奴と、あの赤い彗星もだっけか?)

(それと、その彼の腹心と目されている少女がいた筈だ。名前は確か…)

「ララァ・スンか?」

「「!!?」」

 

 自分達の心が読まれた?

 そう思い、二人は凄い顔で振り向いた。

 

「違うのか?」

「い…いや。そんな名前だったと聞いている……」

 

 彼女が本当にニュータイプかどうかは分からないが、一つだけ確実なことがある。

 それは、ヴェルナー・ホルバインと云う人間が唯者じゃないという事実だ。

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

 ある程度、孤児院の中を紹介し終えた二人は、そのままヴェルナーと一緒に食堂へと向かって小休止をすることに。

 そこで、徐に彼女は自分の今世における身の上を話してきた。

 

「オレの両親は、オレが物心ついてすぐに事故で亡くなった。それからはずっと爺さんと一緒に暮らしていた」

 

 本当なら、ここで軽い相槌でも打つのだろうが、二人は敢えて黙って聞き手に徹することで彼女の好きにさせることにした。

 

「オレの爺さんは凄い漁師でな。そりゃ、色んな機械や船を持ってはいたけど、基本的には鍛えられた肉体と自慢の銛一本だけで仕留めてた」

 

 昔を懐かしむように微笑みながら、ヴェルナーは自分が付けている槍の先端のような首飾りを触った。

 

「それはなんだ?」

「爺さんの形見さ。信じられるか? こんな銛で鮫とかと互角に渡り合ってたんだぜ?」

「そいつは…すげぇな。でも、『形見』ってことは……」

「あぁ……爺さんはもうこの世にはいない」

 

 ヴェルナーの為の注がれた麦茶を一飲みしてから、再び語り出す。

 

「今から三か月ぐらい前に、大きな台風があったろ」

「ニュースで見た。九州の南の方を襲ったと……まさか?」

「その『まさか』さ。爺さんはその台風で命を落とした」

 

 三人の空気が急に重くなる。

 だが、それでもヴェルナーは話すのを止めない。

 

「もう気が付いてるとは思うが、オレは日本で生まれて育った。つっても、父親はフランスの血筋らしいがな」

「……ハーフか?」

「そーゆーこった。父親がフランス人で、母親が日本人。でも、オレ自身はフランスになんて微塵も興味は無い。両親が愛して、父が祖国を捨ててまで渡ってきたこの国こそがオレの本当の故郷だって思ってるからな」

 

 誇らしげに話す彼女の顔は微塵も悲しみに染まっておらず、それどころか、碌に顔すら知らない両親の事を誇りに思っているように見えた。

 

「話が逸れちまったな。爺さんは島民の皆を避難させるために漁師仲間と一緒に人々を避難所へと誘導してたんだけどな、その時に荒波に飲まれて海に消えちまった…らしい」

「らしい?」

「その時、オレは大人達に連れられて避難所にいたからな」

「そう…だよな」

 

 なんだか気まずくなったソンネンは、誤魔化すように麦茶を飲んだ。

 

「それを他の大人たちから聞かされた時、本気で呆然としちまった」

「だろうな……」

「台風が過ぎ去ってから警察や漁師仲間達が捜索をしたんだが、遺体すらも見つからなかった」

「……………」

「結局、形だけの葬儀をしてから、何も入ってない墓だけが立てられた」

「それから、ここの院長に?」

「そう急かすなって。この齢で天涯孤独の身となったオレは、最初は親戚達の世話になるって話になってたんだが、オレはそれを丁重に断った」

「なんでだよ? 世話になればいいじゃねぇか」

「他の家々も被害が甚大だったんだよ。自分達の事だけで精一杯だってのに、オレみたいなガキが来たら、もっと大変なことになっちまう」

「だがしかし、大人たちは反対したのではないか?」

「したぜ。でも、そこで助け舟を出してくれたのが、ここの院長さんだったのさ」

「だと思った」

「なんでも、オレの爺さんと院長さんは古い知り合いだったらしくてな、そのよしみでオレの事を、成人するまで孤児院で面倒見るって言ってくれたんだ」

「で、その話にお前さんは乗ったってわけか」

「あぁ。あのままじゃ困るのは事実だったし、爺さんの知り合いなら問題無いしな。即座に頷いた」

「それで、今に至る…か」

「その通り」

 

 話し終わり、ヴェルナーは大きく息を吐いてから背凭れに体を預ける。

 

「こんなにも自分の事を話したのは普通に初めてだぜ。多分、あんた等が『同じ境遇』だからかな」

「かもしれんな」

「オレ達って、マジで不思議な縁で繋がってるよな。同じ国、同じ艦に乗ってたのは事実なのによ、以前は全く会ってすらいないんだぜ? それなのに……」

「こうして、生まれ変わって初めて言葉を交わすことが出来た…か。そう言われると、確かに不思議な縁だな」

「生まれ変わり…か。日本じゃ『転生』とも言うらしいぜ」

「転生……。仏教の教えにある『輪廻転生』の事を指しているのか?」

「仏教の事は詳しくは知らないけど、多分そうなんじゃないのか?」

「輪廻転生……ね。そんじゃつまり、オレ達は『転生者』って呼ばれるのか?」

「なんとも不思議な響きを持つ言葉だな」

 

 仲睦まじげに話している三人を遠くで見ながら、院長と年長組の二人は、ヴェルナーがここに馴染めるか心配をしていたことが杞憂であると理解した。

 

 その後、ヴェルナーはその不思議な魅力でソンネンやデュバルと同じように、孤児院の中心的存在となっていくのだった。

 

 

 

 

 

 




回想はまだまだ続くんじゃよ。

次回はヴェルナーと束を会わせます。

それよりも……幼女達のスク水だぞ。興奮した?

最近思うんですが、もしかして元おっさんが転生して美少女になるって展開が今はトレンドだったりするんですかね?


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天災と海兵

FGOがまさかの神引きでした。

たった30連でマリー(ライダー)とシバの女王×2と清少納言をゲットしました。

しかも、まだ石が120個以上あるんですよね……。

これは、この機にもっと引けという運営からの思し召しか?

そんなわけで、今回は海兵と束が出会う話です。






 自分達と色んな意味で同じような身の上であるヴェルナーも、一度ぐらいは束に合わせた方がいいかもしれないと思ったソンネンとデュバルの二人は、日曜日の暇な時を見計らって、彼女を篠ノ之家に連れて行くことに。

 勿論、ちゃんと事前に電話にて連絡をして了承は得ている。

 

「おっす~」

「おはよう」

「ソーちゃん、デューちゃん。おっす~」

 

 待ちきれなかったのか、玄関先に立っていた束。

 白騎士事件以降、束から二人に対する好感度は完全にカンストしてしまっている為、こんな事なんて全く苦とも思っていない。

 

「お二人さん。このねーちゃんは誰なんだい?」

「彼女が私達の話した人物だ」

「あぁ~…成る程ね」

 

 ヴェルナーが束の事をジロジロと見ている中、束はこっそりと二人に耳打ちした。

 

(ねぇ…この子が新しく孤児院に来たっていう子?)

(そうだ。名前は……本人が言うだろう)

(なんか、不思議な雰囲気の子だよね)

(それはオレも思った。なんつーかよ、独特だよな)

 

 観察が終わったのか、ヴェルナーは束に真っ直ぐと向き合ってから自己紹介を始める。

 

「ヴェルナー・ホルバインだ」

「篠ノ之束だよ~。よろしくね~」

「おう……ん? 篠ノ之? その名前…どっかで聞いたことがあるような、無いような……」

「あれ? あの事件以降、不本意ながらも有名人になってしまったから、テレビとかに名前が出るようになってる筈なんだけど……」

「悪いね。あまりテレビとかは見ないもんでね。ラジオならよく聞くんだが」

 

 良くも悪くもレトロな感じのする少女。

 にも関わらず、その体がら醸し出される雰囲気は言葉に出来ないものがある。

 

「もしや、ラジオで聞いたのではないか? ラジオのニュースとかで……」

「かもしれないな。つっても、オレがラジオを聞くときなんざ、海に行ってる時だけだし、しかも、完全にBGMとして聞き流してるからな」

「ラジオのニュースがBGMって……」

 

 幾らなんでも、五歳の少女にしては渋すぎる。

 似たような感じの箒でも、もう少しは歳相応の少女らしい趣味があるのに。

 

「と…とにかく、まずは中に入りなよ。いつまでもここじゃあね」

「そうだな」

「んじゃ……」

「「「おじゃましま~す」」」

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

「へぇ~……ここがねぇ~」

 

 家の中に入ってから、真っ直ぐに束の部屋まで案内された。

 室内を見た途端にヴェルナーは、感心したような、驚いたような、そんな声を出しながら見上げていた。

 因みに、今回のソンネンは束に抱き抱えられている。

 

「そういや、箒はどうしたんだ?」

「箒ちゃんなら、今日はいっくんの家に遊びに行ってるよ」

「そっか。一目ぐらいは会っときたかったんだけどな」

「後で私が『また今度、一緒に遊ぼうって言ってた』って伝えておくよ」

「そうしてくれると助かる」

 

 三人が話している間もヴェルナーは興味深そうに周りを見渡す。

 決して部屋の中の物には触ろうとはせずに、器用に床に広がっているコードをよけながら奥へと進んでいった。

 

「おいおい……ズンズンと進んで行ってるぞ。あいつ」

「束。ここにはまだ……」

「うん。白騎士が安置されてる」

「矢張りか……」

 

 暗くてあまり良くは見えないが、それでも遠くに布が被せてある何かがあるのが見えた。

 普通ならばその正体なんて分らないだろうが、たった一度とはいえ、その姿を脳内にしっかりと刻み込んだ二人には、その正体が一発で分かる。

 

「幾ら、ISが世間に認められるようになったとはいえ、この機体だけはどこにもやるわけにはいかないからね」

「本当の意味でのISの試作機だもんな。お前さんにとっては一番、愛着があるって事か」

「それもあるんだけど……ほら、この機体の操縦者ってもうちーちゃんで固定されちゃってるからさ……」

「「あ……」」

 

 白騎士の中には千冬のデータが入っている。

 それはつまり、万が一にでも研究機関などで白騎士が解析されたら、必然的に白騎士の正体が千冬であると判明してしまう事になる。

 それだけは何があっても絶対に避けねばならない事態だ。

 

「なぁ…束さん。こいつはなんだい?」

「あ…やっぱりソレに目が行っちゃったか。……見せても大丈夫かな?」

「束がいいと思うのならば、私は構わないと思うぞ」

「右に同じ。こいつならよ、オレ達とは違った意見を言いそうな気がするんだよな」

「う~ん…君達二人がそこまで言うんなら……」

 

 ソンネンを近くにあった椅子に座らせてから、束は布が被せてある白騎士の元まで行った。

 

「今から見せる物は、他の誰にも言わないでね。絶対だよ?」

「了解。心配しないでくれ。こう見えても口は堅い方なんだね」

「こう見えてもって言われてもね……」

 

 まだ会って数分しか経ってないのに、何をどう判断しろというのか。

 

「と…とにかく、ご覧あれ~」

 

 珍しく戸惑いながらも、束はまだ真新しい布を取ってから、久し振りに白騎士のボディを人目に晒した。

 

「こいつは……」

「インフィニット・ストラトス。通称『IS』だよ」

 

 そこから、束は出来る限り解り易いように心掛けながら、ヴェルナーにISの事を説明した。

 元軍人であるヴェルナーには、別に専門用語をふんだんに使った説明でも構わないのだが、敢えてそこには触れず、彼女の好意を無下にしないまま、黙って聞くことに。

 

「ってわけ。分かった?」

「なんとなく、だけどな。例のミサイル事件で活躍したのがコイツだったのか……。これが空を飛んで……ね……」

 

 昔を思い出すかのように、目を細めながら白騎士の装甲にそっと触れた。

 現在、白騎士は機能停止状態になっている為、彼女が触れても全く反応は無い……筈なのだが……。

 

「……そっか。お前さんは、ずっと待ち焦がれていた大空をご主人と一緒に飛ぶことが出来て、最高に嬉しかったんだな」

「「「!!??」」」

 

 いきなりのヴェルナーの発言に、その場にいる全員が驚愕した。

 確かに、先程の説明でISの概要は説明したが、束は一言も『ISのコアに意識のようなものがある』とは言っていない。

 現在、その事を知っているのは直接搭乗した千冬と、開発者である束、それからソンネンとデュバルの4人だけ。

 後々の研究で判明するかもしれないが、それでも、まだ他には誰も知らない。

 それなのに、ヴェルナーはまるで白騎士と本当に話しているかのように喋った。

 これは明らかに普通ではない。

 

「まさか……あいつ……」

「白騎士のコアと…感応しているのか……?」

「嘘……でしょ……?」

 

 三人が驚いている間も、ヴェルナーは楽しそうに白騎士とのお話を楽しんでいる。

 

「そっかそっか。あはは……今度はミサイルを破壊するんじゃなくて、純粋に飛行を楽しみたいのか。だよな。そっちの方が楽しいもんな」

 

 ヴェルナー・ホルバインのニュータイプ説がより一層、濃厚となった。

 傍から見ていると、頭のおかしい電波ちゃんだが、色々と事情を知っている身からすれば驚きしかない。

 

「え…えっと…ヴェルナーちゃんって言ったよね? もしかして…白騎士が何を言っているのかが分かるの?」

「分かる…ってのとはちょっと違うかな。なんつーか…感じるんだよ。こいつから何か『意志』みたいなもんをさ」

「意志……」

「もしかしてコイツ…生きてんのか(・・・・・・)? いや、まさかな」

「「「…………」」」

 

 もう疑いようがない。

 本当にニュータイプかどうかは不明だが、それでも、今の彼女は確実に常人には分からない『何か』を感じ取っている。

 

「それと、アンタも凄いな」

「え? わ…私?」

「あぁ。その歳でこんなもんを創り上げる頭脳と技術力もそうだけどよ、その根性が純粋に凄いと思うよ」

「ま…まぁ…当然だよね! なんたって束さんは天才だし! でも……」

「でも?」

「他の連中は全くISの本質を理解してない。ISの事を単純な『兵器』としか見てない。私は…そんなつもりでISを創り上げたんじゃないのに……」

「束……」

 

 なんだか空気が重苦しくなっていた…が、それをぶち壊したのもまたヴェルナーだった。

 

「そんな連中の事なんかほっとけばいいだろ」

「え?」

「何も分ってないバカどもには、餌だけを与えとけばいい。それで連中が右往左往している間に、アンタはアンタの夢を追いかければいいさ」

「私の夢を……」

「そうさ。オレの爺さんがよく言ってた」

 

 束の顔を見上げながら、静かに呟いた。

 

「『人の夢は、終わらねぇ』ってな」

 

 たった一言。

 その言葉が束の心に深く突き刺さり、大きく揺さぶった。

 

「人の夢は終わらない……」

「そうさ。どんな事があっても、どんな時代になっても、人の描く夢だけは永遠に消えない。不滅のもんなのさ」

「うん……そうだよね……『ナーちゃん』……」

「ナーちゃん? なんだそれ?」

 

 いきなり渾名で呼ばれたことに目を丸くするヴェルナーを、束は泣きながら抱きしめた。

 束の良き理解者がまた一人増えた瞬間だった。

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 舞台は戻り、現代の学校のプール。

 

「あの時は本気で驚いたよな~」

「全くだ。あれから二年経っても、まだ私はヴェルナーという人間が分らないでいるよ」

「奇遇だな。オレもだよ」

 

 二人の視線の先では、懲りずにまたヴェルナーがプールに飛び込んで、担任の先生(25歳女性 独身 現在彼氏募集中)に怒られている。

 

「なんか余計なプロフィールが聞こえたんですけどっ!?」

 

 気にしたら負けだ。

 だから気にするな。

 

「驚いたと言えば、お前が持ってた、あのUSBの中身にも驚いたけどな」

「そうだったな~」

 

 はい。また回想に突入です。

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

「ぐす……ありがとね」

「気にすんなって。確かに驚きはしたけどな」

 

 情けなくも、ヴェルナーがポケットから出したティッシュで鼻をかむ束。

 五歳の幼女の世話になっている女子中学生の図は、傍から見ていても悲しい。

 

「あ、そうだ。前にデューちゃんに借りたUSBの中身、解析出来たよ」

「本当かっ!?」

「ちょっち苦労したけどね」

 

 束は端末を操作して、画面にUSBに入っていたデータを表示させる。

 そこに映し出された映像を見て、今度は転生幼女達が揃って驚く番だった。

 

「お…おい! こいつは……」

「予想はしていたが、この目で見せられると矢張り驚くな……」

「あはは……これはまた懐かしいもんが見られたな」

 

 それは、とある人型起動兵器と超弩級戦闘車両と、とある特殊兵装の管制・機動ユニットの非常に詳細な情報だった。

 

「ヒルドルブ……」

「ヅダ……!」

「ゼーゴック……」

 

 三人の愛機。三人の相棒。三人の最後を見届けた者。

 彼女達は、これらの機体と共に生き、そして……散っていった。

 

「やっぱり、知ってるんだね。この機体達の事を」

「あ…あぁ……」

「なんだか、私じゃ想像も出来ないような事情がありそうだから、今はまだ聞かないでおくよ」

「済まない……」

「気にしないで。いつの日か聞かせてくれれば、それで十分だから。それよりも……」

 

 画面を切り替えて、三機の全体図だけが表示されるようにした。

 

「本当に凄いよね…この子達。この『ヅダ』って機体の驚異的なまでの加速性能に、『ヒルドルブ』の戦車の領域を遥かに超越した性能、こっちの『ゼーゴック』なんて、成層圏からそのまま大気圏内に急降下して強襲を仕掛けるって…この世の常識に真っ向から喧嘩売ってるとしか思えないよ!」

「う…うむ……」

「へっ……当然じゃねぇか……」

「あんな急増品をそこまで評価してくれるとは光栄だね」

 

 三者三様の反応をしているが、共通して照れてはいるようだ。

 楽しい事も悲しい事も一緒に噛み締めた愛機だからこそ、生まれ変わっても、その内にある愛情は決して消えることはない。

 

「このUSBさ、まだ借りててもいいかな?」

「我等が持っていても宝の持ち腐れにしかならないからな。寧ろ、貴女が持っていた方が役に立つだろう」

「だぁな」

「オレも二人に賛成だ」

「ありがと。それじゃ、これは私が責任を持って預かっておくね」

「頼むぜ」

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

 またまた現代に戻ります。

 

「あれ、どうする気なんだろうな」

「なんとなく想像は出来るがな」

「やっぱ……そう思うか?」

 

 青く澄みきった空を見上げながら、二人は呟いた。

 

「「あいつ……絶対にあそこにあった機体をISにしようとしてるだろうな~…」」

 

 もう年単位での付き合いとなっているので、束の性格はなんとなく理解してきた。

 彼女は、自分の目的と同じぐらいに、己の中にある興味を最優先とする性格だと。

 

「楽しみなような……」

「心配なような……」

 

 小学生とは思えない表情で黄昏ながら、またもや飛び込みをやろうとしているヴェルナーの方を見る。

 

「オレ達も、あいつぐらいに能天気なら苦労しないんだろうな……」

「言うな……悲しくなる」

 

 こうして、彼女達は二度目の小学生生活を過ごしていく。

 その先に何が待っているのかも知らずに。

 

 

 




束と海兵、意気投合。

最近、番外編のネタが浮かびまくってます。

例えば『荒野の迅雷』とか、『戦い方を教えてやる』人とか。

兎に角、元はおっさん達な人達をとことんまでTSさせていきたいです。

約一名を除いて、ですけど。


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イジメ ダメ ゼッタイ

どれだけ見た目が美幼女でも、中身は立派な現役軍人。

今回はその事がよく分るお話です。

あと、ちょっとだけ箒に心の変化が……?






 時間が過ぎるのは早いもんで、デュバル達は二年生となっていた。

 すっかりランドセルを背負う姿も様になって、慣れた様子で学校までの道を登校していた。

 

「もう10月になろうってのに、まだまだ暑いよな~」

「暦の上ではとっくに秋なのだがな」

「南国で暮らしてきたオレからすれば、十分に涼しいけどな」

「「お前と一緒にするな」」

 

 すっかり日焼けをして健康的な小麦色の肌になったヴェルナーに、二人が一斉にツッコむ。

 学校でも孤児院でも、この光景がもうすっかり御馴染みとなっていた。

 

「けど、ソンネンはいいよな~。俺達みたいにランドセルを背負わなくてもいいし」

「しゃーねーだろ? 車椅子に乗った状態じゃ、背負いたくても背負えなねぇんだからよ」

 

 そう。ソンネンは車椅子を使っている都合上、学校からランドセルとは別の通学鞄を使用していい許可を貰っていた。

 実は裏では校長と知り合いだった院長が手を回しているのだが、その事を彼女達は全く知らない。

 

「しかも、いつの間にか車椅子まで変わってるしな」

「ま…まぁな……」

 

 箒から車椅子の事を指摘されて、思わず目を逸らすソンネン。

 というのも、実はソンネンの車椅子は、彼女達が小学校に入学をする際に束が『入学祝』と称して魔改造を施してしまったのだ。

 まず、コントロール用のレバーを取り付けて、それを操作することで楽に車椅子を動かす事が出来るようになった。

 更に、ISの技術の応用で、なんと、短時間だけならば低空飛行が可能なるようにもした。

 これにより、学校の階段なども普通に登ったり降りたりすることが可能になった。

 この束特性魔改造車椅子のお蔭で、ソンネンは他の皆と同じように通常クラスに編入することが出来たのだ。

 

「さて。少し早めに出たとはいえ、ここでのんびりとしてたら意味がない。早く学校に行くとしよう。話は教室についてからでも十分に出来るのだからな」

 

 最後にデュバルが締めてから、一路、学校へと向かうことに。

 勿論、遅刻なんてしなかった。

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

 もう分りきっている事とは思うが、授業の方は全く問題ない。

 寧ろ、ここで躓いていたら、それはそれで別の問題が生まれてくる。

 

 算数などは勿論だが、外国人である三人にとって最も難しいと思われた国語も難なく熟している。

 これは、純粋に三人が元軍人として勉強をすることの大切さを身を持って学んでいるからに過ぎない。

 手に入れた知識は決して無駄にはならない。生涯に渡っての財産になるのだ。

 

 それとは逆に、箒や一夏は歳相応に悪戦苦闘をしていた。

 元軍人である彼女達と一緒にいることで、二人にも『文武両道』の精神が芽生えることを祈ろう。

 

「はい。ではこの問題を……篠ノ之さん。分かるかしら?」

「えっ? えっと……」

 

 算数の授業で早速当てられた箒は、教科書とノートを何度も見ながら混乱する。

 流石に見ていられなかったのか、後ろの席にいたヴェルナーが小さな声で助け舟を出した。

 

「……答えは3だ」

 

 それを聞いた箒は、後ろを見ないようにしつつも、彼女が教えてくれた答えを言う事に。

 

「さ…3です」

「正解よ。よく出来ました」

 

 ホッと胸を撫で下ろしながら、箒は席に座る。

 先生が問題の説明をしている隙に、少しだけ後ろを向いてからヴェルナーに礼を言った。

 

「ありがとう……助かったよ」

「いいってことよ。気にすんなよ」

 

 まるで頼れる姉貴分のような感じがする三人の少女に、自然と一夏と箒は心を許していた。

 だからだろうか。気付けばよく五人で一緒にいることが多くなっていった。

 今回のように助けられた場面も一度や二度ではない。

 

(いつか、ちゃんとしたお礼がしたいな……)

 

 この時の思いがなんなのか、箒はまだ知らない。

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

「まさか、先生に呼び出しをくらっちまうとはな」

「その言い方はやめろ。別に悪い事をして呼ばれたわけではないのだからな」

「わーってるって。オレさまのこれから先の体育とかの授業に関しての話だったもんな」

 

 車椅子という形で登校をしているが故に、教師側も色々と気を使うことが多くなるのは必然なのだが、そこは前世の記憶と知識がモロに残っている面々。

 実に巧みな話術で会話を進めて、逆に先生が感謝をするほどの内容にすることが出来た。

 

「けどよ、別にお前らもついてくる必要は無かったんだぜ? いや、デュバルとヴェルナーは普通に助かったけどよ……」

「なんだよ? 俺が一緒じゃダメだったのか?」

「そうは言ってねぇよ。ただ、お前さんには難しい話で暇だったんじゃねぇかって話だ。別に箒と一緒に教室で待ってても良かったんだぜ?」

「それは……」

 

 そんなことは無いと言いたかった。

 けど、恥ずかしくて、そんな事は言えない。

 なんでか、この三人と一緒にいると心が温かくなって落ち着く。

 一夏の語彙力では、まだこの気持ちを上手く表現は出来なかった。

 

「や…やめろ!」

「うるせぇ! 男みたいな話し方をしやがって! 生意気なんだよ!」

 

 四人が教室の前まで来た時、中から箒の叫び声が聞こえてきた。

 急いで扉を開けると、窓際まで追い詰められている箒が三人の男子に囲まれていた。

 そのうちの一人は、箒の髪を結んでいるリボンに手を掛けている。

 

「お前ら!! 何をやってやがる!!」

「げ! 織斑! それに、外人女共も!」

「だ~れが外人女共だ。ちゃんと名前で呼びやがれ。いや…無理か。お世辞にもテメェらはそこまで記憶力有りそうにないしな」

「お前っ!!」

 

 ソンネンの挑発にまんまと乗って、箒から離れる男子三人。

 その隙をついて、ヴェルナーが箒の元まで行ってから。手を引いて自分達の所まで来させた。

 

「大丈夫だったか?」

「もう大丈夫だ。私達がいる」

「ありがとう……ヴェルナー…デュバル…ソンネン……一夏も……」

 

 袖で涙を拭いながら四人の後ろに隠れるようにする箒。

 とても怯えている様子を見て、久し振りにキレてしまった三人がいた。

 

「……デュバル」

「承知している」

 

 いきなりデュバルは一夏の手を握って歩き出す。

 ちょっとだけドキっとなりながらも、突然の事に驚いてしまう。

 

「お…おい! どこに行くんだよっ!?」

「職員室に戻ってから先生を呼んでくる。この中では私とお前が一番足が速いからな。急ぐぞ」

「で…でも、箒たちが!」

「大丈夫だ。ここはソンネンとヴェルナーに任せておけ。あんなガキどもにどうこうされるような二人ではないさ」

「うぅ~……」

 

 男としてのプライドが邪魔をするのか、この場から動くのを躊躇う一夏。

 でも、最終的にはデュバルに説得されて職員室まで走る事にした。

 

「頼んだぞ」

「「任せとけ」」

 

 それだけを言い残してから、二人は教室を後にする。

 残されたのは、まだ泣いている箒と、それを庇うようにしているソンネンとヴェルナー。

 それから、先程まで箒を苛めていた三人の男子だ。

 

「で? 一応の言い訳でも聞いてやろうか。なんで箒を苛めてた?」

「こいつの話し方が生意気だったからだ! お前らもだ! 外国人のクセに偉そうにしやがって!」

「「そうだそうだ!」」

「「はぁ……」」

 

 なんとも子供らしい文句。

 分っていたとはいえ、思わず溜息が漏れてしまう。

 だが、二人は知っていた。

 このような子供の何気ない悪意こそが最も誰かを傷つけるのだと。

 だからこそ、二人はここでこの悪ガキ共に対して『教育的指導』をすることにした。

 

「まずはお前だ! この車椅子女!!」

 

 リーダー格と思われる男子がソンネンに向かって殴りかかってくるが、それを彼女は難なく受け止める。

 

「なんだこりゃ? こんなヘナチョコパンチで誰を殴るつもりだ?」

「は…離せ……!」

 

 細い見た目からは想像も出来ないような怪力で拳を掴まれて、身動き出来ない男子。

 それもその筈。あの白騎士事件以降、ソンネンとデュバルは今の己達の無力さを痛感し、それから自主的に少しずつではあるが、改めて自らの体を鍛え始めたのだ。

 無論、孤児院にトレーニング器具なんて存在しないから、水の入った2リットルのペットボトルをダンベル代わりにしたりして、色んな工夫をしながら無理のない範囲で筋肉を育てていった。

 当然、ヴェルナーもそれに参加をして、同じように体をビルドアップしている。

 今では、普通の小学生程度では絶対に歯が立たないレベルには確実になっていた。

 

「オレの爺さんが言っていた……」

「え……?」

『水や食べ物を頭からぶっかけられても、大抵の事は笑って見過ごしてやれ。だがな…どんな理由があっても、自分の大切な友達を傷つける奴だけは絶対に許すな!』ってな!!」

「いいことを言う爺さんじゃねぇか…! 全くもって同感だぜ!!」

「「「ひぃぃぃぃぃっ!?」」」

 

 歴戦の元ジオン軍人達の本気の殺気を真正面から受ければ、普通の小学生なんて一溜りもない。

 二人から放たれた圧倒的なまでもプレッシャーを浴びて、全身を恐怖で震わせながら完全にぼろ泣きしていた。

 

「これ以上、オレ達のダチ公を苛めるようならな……」

 

 掴んだ拳を突き放すようにしてから離して、尻餅を付いた男子を全力で睨み付ける。

 

「この、ジオン公国軍戦車教導団教官の『デメジエール・ソンネン少佐』と!!」

「ジオン公国軍海兵隊所属の『ヴェルナー・ホルバイン少尉』が!!」

「「いつでも相手になってやるから、どっからでも掛かって来い!!!」」

「「「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」」」

 

 三人は悲鳴を上げながら教室から逃げて行った。

 そんな彼らを、ソンネンとヴェルナーはずっと睨み付けていた。

 因みに、後ろにいた箒には二人のプレッシャーは届いていなかったようで、全く平気そうにしていた。

 

「それでも男かよ……けっ!」

「情けない連中だな。あんなんじゃ海では生きていけねぇよ」

 

 自分と同じ歳の女の子とは思えない程に、二人の背中が大きく見えた。

 とても頼もしく、誇らしく、そして……。

 

(二人が…凄くカッコよく見えた……)

 

 自分の胸に手を当てる。

 心臓がドキドキを通り越して、バクバクしていた。

 涙はもう止まっているが、その代わりに顔が熱くてなって、恐怖とは別の意味で体が震える。

 

「待たせた!」

「つれて来たぞ!」

「篠ノ之さん! 大丈夫っ!?」

 

 それから少ししてから、デュバルと一夏が担任の先生を連れて来てくれた…が、もう既に全ては終わった後だった。

 

「あれ? あいつらは?」

「逃げてった」

「「「はい?」」」

 

 三人にさっきまでの出来事を説明し、後の事は先生に任せてから彼女達はようやく帰路につくことが出来た。

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 帰る途中の一幕。

 

「一夏…ソンネン…デュバル…ヴェルナー……」

「「「「ん?」」」」

「ありがとう……」

 

 この時の出来事を切っ掛けにして、箒の心の中で大きな変化が起きていた。

 初めて『同性』に向ける本気の『好意』。

 今はまだ燻っているが、これが本気で燃え上がるのは、もう少ししてからの話。

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 その日の夜。束の部屋。

 彼女の携帯に、一通のメールが届いた。

 

「おや? これは…デューちゃんから?」

 

 メールを開き、その内容を読み進めていく。

 それを見て、束の目が大きく見開かれるが、読み終えてからは安心したように微笑んだ。

 

「ありがとね……三人とも……あれ?」

 

 よく見たら、メールには文章の他に何か、誰かの個人情報のようなものが添付されていた。

 

「これは……」

 

 それを開いて見てから、束は怪しく笑った。

 

「成る程ね~……。デューちゃんも悪よのぅ……」

 

 時代劇の悪代官の真似をしながら、束は目の前にある機器を操作し始めた。

 

「君が何を言いたいのか分かったよ。任せといて。『蛆虫』はちゃんと『駆除』してあげるから♡」

 

 次の日、箒を苛めていた男子たちは学校を休み、その数日後には三人揃って遠くに転校していった。

 その後の彼らと、彼らの家族の消息は不明である。

 

 

 

 

 




今回も提供してもらった名言を使わせて貰いました。

本当に使い勝手がいいですよね、名言。

ヴェルナーをとてもカッコよく描けます。

おや? 箒の様子が……。


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暫しの別れ

今回は一気に二年ばかり飛びます。

つまり、彼女との一先ずの別れイベントですね。

でもまぁ、すぐにまた再会するんですけどね。






 それは、デュバル達が四年生になった、ある日の事だった。

 

「「「「重要人物保護プログラム?」」」」

「あぁ……」

 

 昼休みに教室で話していると、箒が気まずそうに顔を俯かせながら話してきた。

 単語だけを聞くと、なんとも仰々しい感じがするが、流石の元ジオン軍人な少女達にも、ソレが何なのかは検討が付かない。

 

「ふむ……字面だけで判断するならば、政府が重要人物だと認めた者達を保護するプログラムと聞こえるが……」

「それで、どうして箒達が該当すんのかが分らねぇな」

「そいつに関しては、帰った後にでも調べればいいとして…だ。この場でその話を持ち出すって事は、何かオレ達に話したいことがあるんじゃないのか?」

「相変わらず、ヴェルナーは鋭いな……」

 

 近くにある席の椅子に座り、箒は溜息交じりに話し出す。

 

「そのプログラムとやらのせいでな……引っ越す事になりそうなんだ……」

「なんだって……?」

「そんな……」

 

 デュバルは怪訝な顔をし、一夏は悲しそうな表情を見せる。

 彼にとって、箒は大切な友達であり幼馴染でもある。

 いつも一緒にいた存在がいなくなるということは、まだ人生経験が少ない一夏には想像も出来ないのだろう。

 

「しかも、姉さんは『自分のせいだ』と言いだして、家を出ると言い出す始末だし……」

「おいおい……マジかよ……」

「そいつは…ちーっと洒落になんねぇな……」

 

 破天荒に見えて、その実、束はかなり責任感が強い。

 もしかしたら、今回の事も己が悪いと思っているのかもしれない。

 

「束は今、確か……」

「高校を卒業したばっかだから、家を出る分には問題は無いだろうけどよ……」

「それとこれとは話が別だしな」

「束さん……」

 

 自分達の知らないところで、かなり深刻な事態に発展していたことに後悔の念を隠せない三人。

 一夏も、姉の親友であり、昔から仲良くしていた人物がいなくなることを悲しく思っていた。

 

「でもよ、流石に明日にでも…って訳じゃないんだろ?」

「あぁ……。色んな準備とかもあるから、まだ暫くはこっちにいる事になってる。先生にはもう話してあるけどな」

「「「「…………」」」」

 

 もしも、三人が前世のような立場で大人だったのならば、すぐに方々に手を回してからどうにかしようと頑張るだろうが、今の彼女達は少し体を鍛えている事と前世にて軍人だったことを除けば、今は無力な小学生女子に過ぎない。

 何か行動を起こしたくても、起こせないのが現実なのだ。

 

「……ままならねぇな」

「そうだな……」

「世知辛いもんだな……」

 

 場の空気が重くなり、賑やかな周囲とはかけ離れた雰囲気になっていく。

 結局、この後は黙ったままの状態で昼休みが過ぎていった。

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 孤児院に帰ってから、三人はすぐにスマホを使って調べてみることに。

 

「重要人物保護プログラム……出た!」

「どれだどれだ?」

「ここだ」

 

 ロビーにあるソファに揃って座り、三人揃って覗き込むようにしてからスマホの画面を見ている。

 傍から観察していると、完全に今時の小学生女子だ。

 

「ふむ……」

「成る程な……」

「よくもまぁ、こんなもんを考え付いたもんだ」

 

 画面をタップした後に、食い入るように文章を読んでいく。

 全てを読み終えると、そのままソファに体を預けた。

 

「つまり、ISに関わる人間達……操縦者や研究者、整備士や開発者の二等親以内の家族を、文字通り政府で保護する為のプログラムというわけか……」

「今や、世界の中心はISになっちまってるからな。大なり小なり、それに関わっちまってる人間はどいつもこいつもが重要人物って訳かよ」

「名目上は、そういった人物達の家族を保護することで、テロリストなどの犯罪者たちの手から守るの目的のようだけどよ……」

 

 もう一度、スマホに表示されている文字を見る。

 

「これ、絶対にいいように利用するための人質にするつもりだろうが……」

「目的が見え見えすぎて、怒る気にもなれん……」

「こりゃ、束が自分から家を出るって言い出すのも納得だぜ」

 

 お菓子にと用意したポテトチップスの袋を開けてから、一枚だけ口に放り込む。

 

「なんたって、束はISを生み出した張本人。日本政府からすりゃ、喉から手が出るほどに欲しいだろうぜ」

「だが、それは何も日本だけに限った話じゃない。必ずや、他の国々も彼女の頭脳を狙っている筈だ」

「だとすりゃ、間違いなく各国の束争奪戦に篠ノ之家の人間達が巻き込まれる。だから、奴さんは自分の方から出て行くことを決意した……か」

 

 三人揃って麦茶をゴクリ。

 大きく溜息を吐いてから、顔に手を当てる。

 

「こればっかりはよ……オレらじゃどうしようもねぇよな……」

「あの事件には私達も深く関わっている。他人事では済まされんしな……」

「今のオレ達に出来ることがあるとすれば、せめて転校までの間に少しでも一緒にいてやることだな。そんでもって、何かプレゼントでもやれれば完璧だな」

「「それだ!!」」

 

 ヴェルナーが言った何気ない一言に対し、過剰に反応するソンネンとデュバル。

 

「幼い我が身であっても、思い出作りぐらいは出来る!」

「そうだな! でもよ……一体何を送ればいいんだ?」

「「「う~ん……」」」

 

 今度は三人揃って考え込む。

 『女三人寄れば姦しい』とはよく言ったものだが、まさかそれが彼女達にも該当するとは。

 

「……取り敢えず、一夏や千冬の姉さんと相談してみようぜ」

「それが良さそうだな。千冬さんも一夏経由で知らされているだろうし、何かいいアイデアを提供してくれるやもしれん」

「だったら、この話題はここで一先ずお開きだ。となれば、今のオレ達がするべきことは……」

 

 鞄からプリントと筆箱を取り出してから、テーブルの上に並べる。

 

「「「宿題だな」」」

 

 なんかかんだいって、ちゃんと小学生はやっている三人であった。

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 日曜日。

 元ジオン軍人三人娘は、織斑姉弟と一緒にとあるデパートまで来ていた。

 

「なんだか悪かったな、千冬さん。折角の日曜を潰すような真似をさせちまって」

「別に気にするな。お前達から誘われなかったら、こっちからお前達の事を誘っていたさ」

 

 密かに聞いた話なのだが、実は千冬は『過去の経験』を活かし、今は正式なISの操縦者をしているらしい。

 既にかなりの場所まで行っているらしく、下手なバイトなどよりも遥かにいい給料を貰っているとかなんとか。

 その代償として、学生時代よりも家にいられる時間が大幅に減ったらしい。

 

 因みに、三人娘も孤児院の手伝いなどをして小遣いは貰っている為、プレゼントを買う分には全く問題は無い。

 普段から余り散財しない三人は、こんな時の為に貯金をしていたのだ。

 

「さて……と。問題は何を買うか、だが……」

「普通に悩むな……」

 

 これまでの人生の中で、敵兵に銃弾をくれてやった事はあっても、友達にプレゼントなんてやった事は無い三人は、割とマジで何をやればいいのか悩んでいた。

 

「箒と言えば剣道をしているイメージが強いけどよ……」

「竹刀とか防具とかはないよな……」

「それ以前に高すぎて、オレ等の金じゃ絶対に買えない」

「「「だよなぁ……」」」

 

 他に箒をイメージさせる物を必死に考えながら、デパート内をゆっくりとうろつく。

 すると、一夏がある物を見つけた。

 

「なぁ……アレなんかどうだ?」

「「「アレ?」」」

 

 一夏が指さした物を見てみると、一気に三人の表情が変わった。

 

「成る程……確かにこれはいいな」

「すっかり忘れてたな。これも立派に箒を強くイメージさせるもんだ」

「それに、コレなら種類別に買っても問題なさそうだ」

「ならば、それにするか?」

「「「あぁ!」」」

 

 こうして、箒へのプレゼントが決定した。

 え? 束へのプレゼント? なにそれ美味しいの?

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 そして、篠ノ之家の人々との一時の別れの時がやって来た。

 篠ノ之家の前には、千冬と一夏だけでなく、三人娘を初めとした孤児院の人間達も一堂に集まっていた。

 というのも、実は一夏や箒はよく孤児院に遊びに行っていて、その時に孤児院の子供達とも知り合いになっていたのだ。

 既に篠ノ之夫妻は車に乗っていて、いつでも出発出来るようになっている。

 

(なぁ…千冬さんよ)

(どうした?)

(束からは何か連絡は来たか?)

(メールが一通だけな。『また会おうね!』だとさ……。そっちはどうなんだ?)

(私達も似たようなものです。『近いうちにまた会おうね』と)

(そうか……)

(多分、下手にこっちと会って別れなんかを告げたら、オレ達まで巻き込むと思ったんだろうな。あの人らしいよ)

(そうだな……)

 

 子供達がそれぞれに箒と別れの挨拶をしている中、千冬と三人娘は小声で束について話していた。

 束はこの場におらず、家族にも殆ど何も言わずに去っていったらしい。

 箒も、その事は少なからずショックだったようで、かなり落ち込んでいた。

 

「お前の所の子供達は、皆がいい子達ばかりだな」

「えぇ。私の自慢の子供達だよ」

 

 柳韻と院長が仲良さげに話している。

 どうやら、以前にこの二人が昔なじみだったという話は本当だったようだ。

 

「次は姉ちゃんたちの番だぞ!」

「おう」

 

 年下の男の子に言われて、一夏と三人娘が一緒に前に出る。

 その手には、綺麗にラッピングされた箱が握られていた。

 

「なんだか、寂しくなるな……」

「けどまぁ、人生なんてこんなもんだ。出会いがあるから別れもある」

「向こうに行っても達者でな」

「あ…あぁ……」

 

 泣くのを我慢しているのが丸分りで、服の裾を思いきり掴んで耐えていた。

 だが、そんな彼女の涙腺を崩壊させる一撃を今から放つ。

 

「ほらよ。オレ達からお前さんへのプレゼントだ。ありがたく受取りな」

「プ…プレゼント……?」

 

 一夏、ソンネン、デュバル、ヴェルナーからそれぞれ受け取って、まじまじとそれを見る。

 試しに軽く振ってみるが、何も音は聞こえない。

 

「これはなんなんだ?」

「気になるのなら、この場で開けてみるといい」

「いいのか?」

「「「「勿論」」」」

 

 包み紙を破らないように、慎重に包装を開けていき、ゆっくりと箱を開けてみると、そこには……。

 

「リボン……?」

「おう。よく髪を結ぶのにリボンを使ってるだろ? だから、四人でそれぞれ、色違いのリボンを送ろうって話になったんだ」

「因みに、リボンを送ることを最初に思いついたのは一夏だ」

「え……?」

「ま…まぁな……」

 

 照れくさそうに頬を掻きながらそっぽを向く一夏。

 まだまだ羞恥心が勝ってしまうお年頃なのだろう。

 

 デュバルはヅダの色を意識したのか、水色のリボンを。

 ソンネンも、自分の愛機を彷彿とさせる緑色のリボンを選んだ。

 ヴェルナーは漁師の孫らしく、鮮やかな青に白い水玉模様のリボン。

 一夏は箒のイメージで選んだのか、真っ赤なリボンだった。

 

「こんなにも……いっぱい……」

「その日の気分で好きなもんを着ければいいさ」

「何を選ぶかは君の自由だ」

「うん……」

 

 四本のリボンを大事そうに両手で持ち、箒は同年代で最も仲が良かった四人を見つめる。

 

「だ…だが、勘違いするなよ! 別れは辛いけど、私は寂しくなんて……」

「箒」

 

 強がろうとする箒の言葉を遮って、ヴェルナーが一歩前に出る。

 

「オレの爺さんが昔、こんな事を言っていた」

「な…なんだ?」

『本当に寂しい時には『大丈夫』と言わないで、ちゃんと『寂しい』と言えるような人間になれ。寂しい時に寂しいと言えない人間は、人の痛みが分らない人間になってしまう』……ってな」

「ヴェルナー……私は……わたし…は……」

 

 ここで遂に限界が来てしまったのか、箒が大粒の涙を零しながら四人に向かって抱き着こうとした。

 実際には、中央にいたデュバルとヴェルナーの二人に抱き着いたのだが。

 

「うぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!! わたじだって……わだじだってほんどうはみんなど別れたくないよぉぉぉぉぉぉぉっ!!!」

「私達も同じ気持ちだよ」

「大丈夫だ。どれだけ離れてても、オレ達の心は繋がってる」

「それでも寂しくなった時は、遠慮なく孤児院に電話でもしてこい。あそこにいる時はいつでも話し相手になってやるからよ」

「俺んちもいつでも電話は大丈夫だぞ! なっ!? 千冬姉!」

「あぁ。勿論だとも」

「デュバル……ヴェルナー…ソンネン…一夏…千冬さん……」

 

 ひとしきり泣いてから、箒は名残惜しそうに離れていった。

 

「貴方から教わった事は決して忘れません。本当にありがとうございました」

「それはこちらのセリフだ。君と出逢えたお蔭で、私もまた色んなものが見えた気がする。それに、君達には娘達が世話になった。こちらこそ、本当にありがとう」

 

 デュバルと柳韻も別れの挨拶をして、それから箒が車の後部座席に乗った。

 

「千冬くん。恐らく束のことだから、何らかの形で君達に接触してくるはずだ。その時はどうか、よろしく頼むよ」

「分っています。あれでも私の大事な親友ですから」

「君のような親友を持てて、束は幸せ者だな……」

 

 エンジンが掛かり、車がゆっくりと走り出す。

 箒が窓を開けてから顔を出し、また泣きながら手を振っていた。

 

「私達は決して『さよなら』なんて言わない。また会おう…箒!」

「うん…うん! またな! またな!!」

 

 車が遠くまで行き、小さくなるまでずっとその場にいて手を振り続けた。

 そして、車が完全に見えなくなったところでソンネンが小さく呟いた。

 

「体に引かれて精神までガキになっちまったのかな……。なんだか涙もろくなったみたいだぜ……」

「奇遇だな……私もだ……」

「泣きたけりゃ、いつでも好きなだけ泣けばいいさ。今度、いつまた泣けるか分らないんだからな……」

「あぁ……そうだな……」

 

 三人は声を出さず、静かにその場で泣いた。

 一夏はさっきからずっと泣いていた。

 そんな四人を、千冬はそっと優しく後ろから抱きしめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 




箒、一時離脱です。

そして、またもや名言を使わせていただきました。

実にベストな名言があったので『これだ!』と思って使いました。

次回から、あのチャイナガールが登場?

彼女は元ジオン兵三人娘とどう絡んでいくのでしょうか?


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新しい出会い

前回の予告通り、今回は『彼女』のご登場。

そして、もうすぐ小学生編も終わりを迎えます。

ここまではまだまだ序章にすぎません。

中学に上がってからが、ある意味で本番なのです。

なにせ、『超重要イベント』が待っていますからね。









 箒が転校をしてから一年が経過した。

 あれから時間が経ったということもあり、元軍人娘たちは自分なりに立ち直り、いつも通りの毎日を送っていた。

 一夏の方も、三人や千冬に励まされながら徐々に立ち直っていき、今ではすっかり笑顔を見せるようにもなっていった。

 それと同時に、自然とデュバル達の事を目で追う回数も増えていっているが。

 

「……………」

「おい織斑。さっきから誰を見てるんだよ?」

「え? い…いや、なんでもねぇよ」

「お前……まさか……」

「なんだよ……」

「我がクラスの誇る美少女三巨頭に目を付けてるのではあるまいなっ!?」

「なんだよ…その『美少女三巨頭』って……」

「そんなの決まってるだろうが! ソンネンさんとデュバルさんとホルバインさんの三人の事だよ!」

「なんだそりゃ……」

 

 一夏から見ても、三人はかなり可愛い部類に入るとは思っているが、どうしてそんなにも騒いでいるのか全く理解出来ていなかった。

 

「清楚な金髪お嬢様系美少女のデュバルさん!!」

「和風系美少女に見せかけて、実は面倒見がいい姉御系美少女のソンネンさん!!」

「そして! 褐色の肌が眩しい健康美を誇る南国系美少女のホルバインさん!!」

「「「このクラスで本当に良かった……」」」

「アホか」

 

 あの三人が男女問わずに人気が高いのは知ってはいたが、ここまでとは思わなかった。

 仲のいい幼馴染が皆から好かれているのは良い事の筈なのに、何故か素直に喜べない自分がいた。

 

(なんなんだよ……このモヤモヤした気持ちは……)

 

 一年前、箒がいなくなってから、その気持ちは特に大きくなってきた。

 彼女達が誰かと話しているとムカつくのに、それとは逆に、自分があの三人と一緒にいると凄く落ち着く。

 なんでこんな事になっているのか、一夏はまだ全く分らないでいる。

 彼がこの気持ちに『色』を付けられるようになるのは、もう少し先の話。

 

 そんな少年の悩みなど全く知らない三人は、今日も今日とていつものように過ごしている。

 

「あ~…海鮮丼食べたい」

「また急だな」

「漁師の血が原因の突発的な発作か?」

「そんなもんだ。海鮮丼が無理なら、せめて船盛が食いたい」

「贅沢だなっ!? けどまぁ……刺身の美味さは理解出来るがな」

「オレも、日本に来るまでは生で魚を食うなんて想像もしてなかったぜ。でもよ……」

「あれは反則だ。ハッキリ言って美味過ぎる」

「完全に食わず嫌いだったよな。初めて刺身を食った時は、マジで人生の大半を損してる気分になったぜ……」

「「「また食べたいな~……」」」

 

 珍しく、小難しい話題じゃない三人。

 戦争経験者としては、食文化が豊かな現代日本は色々と衝撃的だったようだ。

 

(……美味い飯を作ったら、あいつらも喜んでくれるかな……)

 

 織斑一夏、少しだけ心境が変化する。

 これが彼にとって、吉と出るか凶と出るか。

 それは本人次第だろう。

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 それは、余りにも突然の事だった。

 

 ある日の朝のHR。

 本来ならばいつものように担任の先生が出席簿片手に入ってきて、児童たちに対して出席を取るところなのだが、今日だけはなんだか様子が違った。

 担任が教室に入って来たかと思うと突然、黒板に向かって何かを書き始めた。

 

「なんだ?」

「さぁ……」

 

 教室にいる全員が訝しんでいる中、何かを書き終えた先生が改めて正面を向く。

 黒板には【凰 鈴音】と書かれてあった。

 

「まさか……転校生か?」

「おうりんね……? いや、すずねって呼ぶのか?」

「ちょい待ち。まさかとは思うけどよ、もしかしてあれは……」

 

 先生にバレないレベルで小声で話す三人。

 元軍人の彼女達からすれば、この程度は容易に出来る。

 

「いきなりであれだけど、今日からこのクラスに転校生が来ます。それじゃあ、(ファン)さん。入ってきていいわよ」

「わ…分りました」

 

 緊張をした面持ちで入ってきたのは、黒く長い髪をツインテールに纏めた一人の少女で、少し釣り目なところがどことなく中華風な雰囲気を漂わせる。

 

「では、自己紹介をお願いできるかしら?」

「は…はい」

 

 教壇の前に立ってから、全員に注目されながら少女はゆっくりと自己紹介を始めた。

 

「え…えっと……中国から来ました…『(ファン) 鈴音(リンイン)』と言います。よろしくお願いします」

 

 まさかの中国人の転校生に、全員が驚いて無言になる。

 決して彼女の事を変な目で見ているわけではなく、純粋に驚いていた。

 

「凰さんはご両親の都合で日本へと引っ越してきました。まだ色々と戸惑う部分もあるとは思うけど、仲良くしてあげてね」

 

 全員が無言で頷く。

 どんな反応をすればいいのか、普通に分らない。

 

「そんな訳だから……ソンネンさん。デュバルさん。ホルバインさん」

「「「はい?」」」

「暫くの間、彼女の事をよろしく頼むわね」

「「「そんな事だろうと思った」」」

 

 自分達もまた日本の人間ではない。

 故に、彼女の世話役を押し付けられるであろうことは、薄々と感づいていた。

 

「あ…あの……?」

「大丈夫。見たら分かると思うけど、あの子達も凰さんと同じ海外から来た子達なの。でも、今ではすっかり日本に馴染んでる。だから、必ずあなたの力になってくれるわ」

 

 別に、彼女と仲良くなりたくない訳ではない。

 寧ろ、親友が増えるのは純粋に大歓迎…ではあるのだが、これは余りにも無理矢理感が過ぎるのではなかろうか?

 

「これもう絶対に断れない雰囲気を出してるな……」

「周りから固めてきやがったか……」

「こうなったらもう、潔く諦めるしかないな」

 

 そんなわけで、三人が彼女の世話係に任命されました。

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 転校生の少女の紹介が終わり、そのまま一時間目の授業に入るのだが、転校してきたばかりの彼女はまだ教科書を持っていない。

 となれば、誰かに見せて貰わなくてはいけなくなるのだが……。

 

「む……そうか。君はまだ……承知した。私と一緒に見ようではないか」

「え……いい…の?」

「勿論だとも。困った時はお互い様だ」

 

 偶然にもデュバルの隣の席が空いていたので、必然的に彼女はそこに座ることとなる。

 となれば、当然のようにデュバルが自分の教科書を見せなくてはいけなくなる。

 このように書けば語弊があるかもしれないが、デュバルは決して面倒くさいなどとは思っていない。

 この手の割り切りは昔から得意だった。

 

(こうしていると、ヅダのテストパイロットをしていた頃、新兵に色々とレクチャーをしていたのを思い出すな……)

 

 少佐と言う立場上、デュバルにも少なからず部下はいた。

 だから、誰かの世話を焼くこと自体は全く苦とは思っていない。

 

(よしよし。早速、仲良くやってるみたいね。私の予想通りね!)

 

 内心でガッツポーズをしている担任(女性 29歳独身 絶賛彼氏募集中)。

 だが、そんな短時間で仲良くなんて慣れる筈もなく、これは単純にデュバルの親切心が成した結果に過ぎない。

 だが、これが後々の彼女達の関係の切っ掛けになったのは言うまでもない。

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 昼休みになり、改めて三人は鈴音と話をすることに。

 

「まぁ…なんだ。一応は私達も自己紹介をしておこう。他の皆に関しては、おいおい名前などを憶えていけばいい」

「う…うん」

 

 まだ緊張が取れないのか、声が硬くたどたどしい。

 流石に敬語はもう取れてはいるが。

 

「私はジャン・リュック・デュバルだ。よろしく」

「デメジエール・ソンネン。名前は長くて呼び難いだろうから、ソンネンでいいぜ」

「ヴェルナー・ホルバイン。ま、こうして同じクラスになったのも何かの縁だ。仲良くしようや」

「ど…どうも……よろしく…です」

 

 彼女からしても、初めて見る西洋系の少女達。

 仮に鈴音でなくても緊張はしてしまうだろう。

 

「あ…あの……」

「なにかな?」

「三人も外国から来たって先生が言ってたけど……」

「おう。オレさまとデュバルはイギリスから。こっちのヴェルナーはフランスから来てるらしいぜ」

「つっても、正確にはオレが生まれる前に両親が日本に来て、こっちで生まれてるから、フランスの血が流れてるなんて自覚は全くないんだけどな」

「そ…そうなんだ……」

「その点に関しては私達もだな。もう日本に来てから随分と経つ。すっかりこちらの文化にも馴染んでしまっている」

「箸とかも、もう普通に使えるしな」

 

 その光景は、実際に先程の給食の際に見させてもらっていた。

 まるで人形のような美しさを持つ彼女達が器用に箸を使う光景は、かなり驚いたようだ。

 

「す…凄いんだね……」

「単純に慣れただけだ。凰さんも、こっちで過ごしていけば私達と同様に、自然と慣れていくだろう」

「鈴……」

「「「ん?」」」

「あたしの事は『(リン)』でいい…よ。お父さんやお母さんからもそう呼ばれてるし」

「了解した。これから君の事は『鈴』と呼ぶようにしよう」

「愛称ってやつか。いいじゃねぇか。一気に仲良くなれた気がするな」

「これが第一歩ってやつなんだろうな」

 

 元々があんまり人見知りなどしない性格の三人なだけあって、ほんの少しではあるが、鈴の心を解き解す事には成功したようだ。

 何気に人心掌握術も優れているのかもしれない。

 

「ところで……」

「「「ん?」」」

「さっきからこっちを見てる男の子は誰なのかな……?」

「「「あぁ~……」」」

 

 鈴が指さした方には、羨ましそうにこちらを見つめている一夏の姿が。

 傍には他の男子もいて、同じように見てはいるが、全く別の意図があって見ているようだった。

 

「あいつは『織斑一夏』と言ってだな……う~ん……」

「ほら、アレじゃねぇのか?」

「アレとは?」

「幼馴染……か?」

「そうソレだ! オレ達と一夏の関係性を表すには、それが一番しっくりとくるんじゃねぇか?」

「ふむ……言われてみればそうかもしれないな。今にして思えば、一夏とは小学校に入る前からの仲だ」

「幼馴染としての定義は充分に満たしてるんじゃないのか?」

「それ以前に、幼馴染の定義自体を私は知らないのだが……まぁいい」

「幼馴染……」

 

 生まれた国が違う四人が幼馴染同士になれる。

 普通なら信じられないようなことが実際に目の前で起きていることに、鈴は少しだけ期待をしていた。

 

(あたしも……この子達みたいな『幼馴染』になれるのかな……?)

 

 凰鈴音。ほんの僅かではあるが一歩前進。

 全てはここからだ。

 

 因みに、そんな少女達を離れた場所から見ていた男子たちは……?

 

「いや~…中華系美少女もいいですな~。国籍が違う四人の美少女が集まって仲良く話に花を咲かせる。控えめに言っても最高だな」

「これはアレだな。『三巨頭』から『四天王』に変えないといけないな」

「まだ言ってんのかよ、それ……」

 

 男子たちの会話を呆れながら聞き流しつつ、一夏はずっと彼女達の事だけを見つめていた。

 

(さっきから何の話をしてんのかな……? 本当は今すぐにでもアッチに行きたいけど、こいつらが許してくれないだろうな~……)

 

 男子たちの憧れの的である美少女達と仲がいい一夏は、別の意味で注目されている。

 主に嫉妬の対象として。

 

 こうして、彼女達の日常に新たな風が吹いたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 




まずは大人しい鈴ちゃんから。

次回からはすっかりいつもの感じになった彼女をお送りできるかと。


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それは、確かな予感

鈴ちゃん転入その後。

果たして、彼女はちゃんと日本とクラスに馴染めたのでしょうか?

そして今回、ちょっとしたフラグが立つ?







 人間とは、10日も経てばどんな環境にも適応すると言われている。

 流石に『どんな環境』は言い過ぎかもしれないが、それでも、10日もあれば大抵の事には慣れてしまうだろう。

 それは、故国から他の国へと家族と一緒にやって来た『彼女』も例外ではなかった。

 

「ほら、じっとしてて」

「あ…あぁ……」

 

 鈴が転校して来てから、早くも1ヶ月が経過した。

 最初は周囲に対して恐る恐る接していた彼女であったが、元ジオン軍人3人娘が中間に立つことで徐々に馴染んでいった。

 担任の目論見通りになったのは些か気に食わないところもあるようだが、自分達のプライドなどよりも、まずは鈴がクラスに馴染めるようになるのが最優先だと判断したのか、全く文句などは言わなかった。

 

「ジャンの髪って本当にサラサラしてるわよね~。何か使ってるの?」

「いや。別にこれといったことはしてはいないが……」

「じゃあ、これって天然? 何よそれ……」

 

 結果、鈴は見事にクラスに馴染んでみせた。

 それはいい。本当にいい事なのだが……。

 彼女の場合は、余りにも馴染み過ぎた。

 気が付けば、あの大人しかった鈴はすっかり姿を消し、彼女の本来の性格が露わとなった。

 鈴はとても社交的で活発な性格で、一度でも打ち解ければ誰とでも仲良くなれる人物だった。

 その性格が上手に作用したのか、あっという間にクラスの内外に多くの友を獲得していた。

 その筆頭が、この物語の主役たちなのだが。

 

「……なんで私は鈴に櫛で髪を梳かれているのかな?」

「あたしがジャンの髪に触りたくなったから」

「……そうか」

 

 この通り。

 他の人間には呼び易さを重視してファミリーネームで呼ばせているのだが、何故か彼女の場合は3人の事を一貫してファーストネームで呼んでいる。

 別にダメではないのだが、余り呼ばれ慣れていないので、なんともむず痒い思いをしている。

 

「以前の物静かだったお前はどこに行ってしまったのかな……」

「何度も言ってるでしょ? あれは単純に初めての場所で緊張してただけだって。今のあたしこそが本当のあたしなのよ」

「そうなのか……」

 

 前世でも、こんな性格の人間は周囲にはいない……ことは無かった。

 今思い出せば、一人だけこんな性格の人物がいた気がする。

 ヅダの2番機に搭乗していたり、ゼーゴックにサブパイロットとして搭乗していたりとかしていた人物が。

 

「デメも。ジャンが終わったら梳いてあげるから」

「げ。なんでオレ様まで巻き込まれるんだよ」

「あんたが全く手入れとかしてないからでしょうが! こんなにも綺麗な黒髪なんだから、せめて櫛で整えるぐらいはしないと勿体無いじゃない!」

「オレの髪をどうしようが、そんなのオレの勝手だろうがよ……」

「なんか言った?」

「い…いや、なんでもない……」

「ならよし」

 

 すっかり4人+αで一緒にいることが多くなったが、何故か鈴が完全にイニシアチブを握っていた。

 

「勿論、そこで笑ってるヴェルナーもちゃんとするんだからね?」

「やっぱりか……」

「当たり前じゃない。どんだけ腕白でも、立派な女の子なんだから。ここでちゃんとしとかないと、後で後悔するのは自分なのよ?」

「そんなもんかね……」

「そんなもんなの。分ったら、昨日みたいに逃げようとするんじゃないわよ」

「へいへい。了解だよ」

 

 グイグイくる鈴の姿勢に観念したのか、両手を上げて降参のポーズをするヴェルナー。

 少し前から、鈴は少しでも3人を女の子らしくしようと奮闘している。

 一体何が彼女をそこまで突き動かすのかは謎だが、『親友』の折角の好意を無下にも出来ない為、色々と言いながらも結局は彼女に付き合う形となっている。

 

「そんな訳だから一夏。二人が逃げないようにちゃんと見張ってるのよ?」

「俺かよ……。と…ところでさ鈴……」

「なによ?」

「デュバルの髪って、そんなにも肌触りがいいのか?」

「もち。すっごいサラサラしてて、まるで高級な絹糸みたい。高級な絹糸なんて見たことも触った事も無いけど。もしかして、触ってみたいの?」

「い…いいのか?」

「ダメに決まってるじゃん」

「なんでっ!?」

「あんたの事だから、触られる相手の事なんて全く考えずに乱暴にするでしょうが! 折角、ここまで梳いたのに台無しになったらどうすんのよ!」

「んなことしないって!」

「どうだか」

「なんで俺の信用度だけ、そんなにも低いんだよ~!?」

「男の子と同じ感覚で女の子と接しようとするからでしょ?」

「それの何がいけないんだよ?」

「別に、男女平等の精神を否定はしないけど、それでもやっぱり力とか体つきとかで違いは出るんだから、其処ら辺をちゃんと考慮しなさいって言ってるの。やんちゃなヴェルナーとかはまだいいけど、ジャンやデメとかにそんな事をしたら……」

「したら?」

 

 そこで、鈴は他のクラスメイト達の方を向いて指をさす。

 

「確実に、学年中の男子と女子の全員を敵に回すわよ」

「げ」

「一夏は知らないかもだけど、この3人って凄い人気者なのよ? この意味…分かるわよね?」

「お…おう……」

「だったら、少しは自重することを覚えなさい」

 

 傍で自分達に関してのとんでもない発言が飛び出し、3人は微妙な顔をしていた。

 

「それを聞かされて、私達はどう反応すればいいのだ……」

「こっちに聞かれても困るっつーの……」

「人気者は大変だな」

「「お前もだよ」」

「マジか」

 

 一段と賑やかになっても、平常運転な3人なのだった。

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

 その日の夜。

 孤児院にあるソンネンの部屋にて3人集まって駄弁っていた。

 

「なんというか……」

「相変わらず、見事に戦車一色だな。お前の部屋は……」

「オレの生き甲斐みたいなもんだしな」

 

 棚の上には戦車の模型、壁には戦車のポスター。

 他にも、実際の戦車のパーツや写真などが数多く飾られている。

 生まれ変わっても、好きなものは好きなのだからしょうがないのだ。

 

「そういうヴェルナーの部屋だって、海系一色じゃねぇか」

「まぁな」

 

 船の模型に釣竿、ルアーに魚拓のコピー。

 更には実物の銛に魚の人形なんかもあったりする。

 良くも悪くも、ヴェルナーの趣味が爆発していた。

 

「一番まともなのは私だけか……」

 

 デュバルの部屋は至って普通……と思いきや、実は彼女の部屋には機械工学に関する本がギッシリと敷き詰められていて、実は密かに買い集めている機械のパーツが沢山あったりする。

 つまり、3人が3人共、人の事は全く言えないのである。

 

「「「ん?」」」

 

 その時、デュバルのスマホに電話が掛かってきた。

 こんな時間に誰なのだろうと思ってディスプレイを見てみると、そこには『篠ノ之束』の文字が。

 

「束……? また久し振りだな」

「取り敢えず、出てみたらどうだ?」

「それもそうだな」

 

 ソンネンに言われるがまま、まずは通話に出てみることに。

 念の為、スピーカーモードにしてから、皆で話が出来るようにテーブルの上に置いた。

 

「もしもし?」

『もひもひひねもす~? 皆のアイドルの束さんだよ~♪』

「まずは久し振りだと言っておこうか」

『うんうん。本当にお久だね~。皆は元気にしてるかな~?』

「言われなくても元気だぜ」

「同じくな。健康そのものだ」

『おっ!? その声はソーちゃんとナーちゃん! 二人も元気だね!』

「そちらもな。で、いきなり電話なんてどうした? まさか、また私達の声が聞きたくなったのか?」

 

 実は、束はこれまでに何度か『皆と急にお話ししたくなったよ~』なんて理由で電話を掛けてきたことがあるのだ。

 別に話すこと自体は構わないので、そんな事があった時は3人揃って普通に会話を楽しんでいる。

 因みに、同じことを千冬にすれば、即座に通話を切られる。

 

『それもあるんだけど、今回は3人に重要なお話があるんだよ』

「「「重要な話?」」」

 

 あの束が自分から『重要』と言う事とは一体何なのか。

 それなりに付き合いが長い彼女達でも全く分らなかった。

 

『実は~……』

「実は?」

『3人の為の『専用機』を現在、開発中なので~す! ドンドンパフパフ~!』

「「「はぁっ!?」」」

 

 突然の爆弾発言に、流石の3人も声を出さずにはいられなかった。

 孤児院の部屋は防音加工されているから、他の部屋には聞こえてはいないが。

 

「わ…私達の専用機…だと……?」

『その通り! 詳しくは……』

 

 ここでソンネンのスマホに何かが送られてきた。

 

『たった今、ソーちゃんのスマホに送ったデータを見てね~』

「用意周到だな……」

 

 言われるがまま、ソンネンのスマホに送信されてきたファイルを開いてみると、そこにはISの設計図と思われるものが表示されていた。

 

「これは……」

「嘘だろオイ……」

「これはまた……」

 

 色んな拡大したりしながら、隅から隅までじっくりと見ていく。

 気が付けば、3人共が夢中になって画面に注目している。

 

『まだまだ完成には程遠いんだけど、なんとかデューちゃんの『ヅダ』とソーちゃんの『ヒルドルブ』は形になって来たんだよね』

「その2つの名前が出るって事は、まさかゼーゴックも……」

『まぁね。でも、あの機体は根本からして通常のISとは設計思想が違うから、この束さんでも開発が難航しているのですよ~』

「具体的には?」

『3種類の兵装に関しては大丈夫なんだけど、問題は制御ユニットとなる部分なんだよね。流石にあのままの状態でISとして運用するのは難しいからね……』

「確かにな……」

 

 実際に操縦したから束の言っている事も理解出来る。

 あのズゴックのボディをそのまま流用するのは非常に困難だろう。

 

『だから、各国が開発中の適当な量産機がつかえないかな~って思案中。実は、ナーちゃんの故郷であるフランスでとある大きな会社が次世代の量産機を開発中らしいから、まずはそれから試してみようかな~って』

「その『大きな会社』ってのは、どんな会社なんだ?」

『詳しい事は今から調べる感じ。確か名前は……『デュノア社』…だったかな?』

「聞き覚えは?」

「デュノア…デュノア……聞いたことがあるような、無いような……」

「これは、あんまし期待しない方が良さそうだな」

 

 そもそも、ヴェルナー自身は日本で生まれている為、フランスにある企業の事を知らないのは当然なのだが。

 それでも、一応は念の為に聞いておくのがデュバルなのだ。

 

『ヅダとヒルドルブは、機体性能はそのままで、ISと同等の大きさまでサイズダウンさせることは出来そうなんだけどね~』

「それが出来るだけでも十分に凄すぎるぞ……」

「暫く見ない間に、その天才っぷりに磨きが掛かってないか……?」

『二人に言われると、なんだか照れるにゃ~♡』

「にゃ~って……」

 

 お前はもう何歳だ。

 そう言いたかった3人だが、それは人として言ってはいけない事だったので、そのまま飲み込んだという。

 

『勿論、ヅダの方はエンジンとか装甲素材の欠点を私流に見直してから改良を加えるつもりだけどね。その辺りは本気で妥協しないよ』

「それは知っているさ。君の科学者としてのプライドの高さは、私達がよく知っているからな」

 

 口調はお世辞にも真面目とは言えないが、その中にある高潔さは誰よりも分っていた。

 束の目は、嘗ての自分達と同じ目をしていたから。

 

『あ! それとね、ちーちゃんには内緒にしておいてね。ちーちゃんって3人の事を凄く大切に思ってるみたいだから、もしも3人に専用機を作ってるってバレたら、何をされるか本気で分からないから……』

「『何を言われるか分らないから』じゃないんだな……」

「実際、あの人なら口より先に手が出そうだろうけどな……」

 

 千冬とももう長い付き合いとなる為、それなりに性格を把握している3人。

 時折、一夏の苦労を心配していたりする。

 

『それじゃあ、完成を楽しみに待っててね~! お休み~!』

 

 そう言い残してから、束は通話を切った。

 

「まさか……本当に我らの愛機をISにしようとしていたとはな……」

「ずっと前に言ってたことが現実になっちまったな」

「因果なもんだな……」

 

 嬉しいのか、それとも虚しいのか。

 矢張り、自分達と戦場とは切っても切れない運命なのか。

 そう思わずにはいられない3人だった。

 

 

 

 

 

 




無事に鈴ちゃんは原作通りの性格(?)に。

これからも、彼女の手によって3人がコーディネイトされていく?

そして、遂に専用機取得フラグが……。

でも、この段階で機体が手に入る可能性が生まれたということは……?


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それぞれの絆

技術屋に関するアンケートですが、少し前まではTS女の子派閥がリードしていたのに、ここに来て僅かではあるけど男の娘派閥が盛り返してきた~!

果たして、最終的に勝つのはどの派閥なのかっ!?

因みに、アンケートは原作開始と同時に終了する予定です。

つまり、まだもう少しだけ時間があるわけですね。






 6年生ともなれば、否が応でもその体に大なり小なりの変化が訪れてくる。

 少年は青年に近づき、少女は乙女に近づく。

 特に少女達はその変化が顕著に表れ、文字通り目に見えて現れてくる。

 体は丸みを帯びるようになり、腰が括れ、胸が出る。

 まだそこまで劇的な変化…は無いのが大半だが、もしかしたら数少ない者達は大きく変化しているかもしれない。

 そんな体の成長に伴う変化はこの齢の子供達には余程の事が無い限りは例外無く誰にでも訪れる。

 それは、前世では男であって、現在は見目麗しい美少女となってしまった元軍人である三人も決して例外ではない。

 

 体育の時間。

 今日の授業は体育館を使ってのドッヂボールなのだが、脚が動かせないソンネンはいつものようにチームには入らず、端の方で静かに座って見学をしていた。

 普段ならば車椅子に座っているのだが、今日は本人の気紛れで車椅子から降ろしてもらい、床に座ってボールの飛び交うコートを見つめていた。

 そこに、タオルで汗を拭きながら小休止をしに鈴がやって来た。

 

「おっす。さっきの試合、凄かったじゃねぇか」

「あんなの、別にどうってことないわよ」

「そうかぁ~? オレはそうは思わないけどな。あれは充分に誇ってもいいだろうよ」

「そ…そうかな……」

 

 余り真正面から褒められた経験が無いせいか、素直に言葉を受け止められずに照れくさそうに頬を掻きながらソンネンの隣に座った。

 

「そうだろ。鈴が最後の一人になっちまった時は万事休すかと思ったがよ、まさか、あそこから鈴一人で全員をKOしちまうなんて、誰が予想するよ?」

「意地になっただけよ。だって悔しいじゃない。一人になった途端に負け確定みたいなことを言われてさ。だったら『やってやろうじゃん!』って思っちゃったの」

「日本じゃそーゆーのを『火事場の馬鹿力』って言うらしいぜ」

「なによそれ。一夏から教えて貰ったの?」

「いや? 普通にこの前見たバラエティ番組で言ってた」

「なんじゃそりゃ」

 

 ここでふと思う。

 そういえば、こうしてソンネンと二人きりで話すのって、これが初めてじゃないかと。

 いつもは、デュバルやヴェルナー、一夏を初めとした皆が一緒にいるから、こんな機会は本当に貴重だ。

 

「……デメはさ、辛くは無いの?」

「何がだよ?」

「足が動かないせいで、皆と一緒に授業が出来なかったり、同じ遊びが出来なかったりすることよ」

「別に?」

「え?」

 

 かなりシリアスなトーンで話したのに、呆気なく返されてしまったので、逆に鈴の方が呆けた声を出してしまった。

 

「こんな体になっちまったのは今に始まった事じゃねぇからな。足が動かせない生活にも完全に慣れちまったし、いざって時は他の連中が助けてくれる。これ以上の事を求めるのは贅沢ってもんだろ」

「デメ……」

 

 鈴は純粋に心配をして言ったことなのだが、それは余計なお世話だったと思い知る。

 よくよく考えれば、まだ彼女と知り合ってから一年と少ししか経過していないのだ。

 たったそれだけの付き合いなのに、ソンネンのこれまでの頑張りを否定するようなことを言ってしまった。

 口調は荒くとも、根の部分は他者を想ってやれる優しい性格をしている鈴からすれば、それはとても許されないような気がした。

 

「……ごめん」

「急にどうした?」

「なんか……自分勝手に思い上がってたかも、あたし……」

「鈴……」

 

 いつになく真剣な顔をしている彼女に、ソンネンも思わず口を閉ざす。

 

「よし! 決めた!」

「何を?」

「今日から、あたしもデメの事を手伝う事にする!」

「また唐突に……」

「唐突じゃないわよ。いつも大変そうに着替えてるアンタを見てて、自分も手伝ってあげたいって何度も思ってたんだから」

「ふ~ん…。まぁ、こっちとしちゃ、有り難いけどよ」

「ま、このアタシにドーンと任せときなさいって!」

「へいへい」

 

 いつもの感じに戻った鈴を見て、ソンネンもホッと一息。

 だが、鈴の視線が自分の全身を舐めまわすようにしているのを見て、急に嫌な予感が走る。

 

「ねぇ……デメ……」

「な…なんだよ?」

「あんたさ……もしかして『大きくなった』?」

「大きく? あぁ~…確かに、この前の身体測定じゃ身長が2センチぐらい伸びてたっけかな」

「そっちじゃなくて!」

「じゃあ、どっちなんだよ……」

 

 何を言いたいのかが全く分からないソンネンは、完全にお手上げのポーズをする。

 

(明らかに去年よりも胸が大きくなってる…! それだけじゃなくて、この綺麗な生足とか普通に反則じゃないっ!? ほ…本当にデメってあたしと同じ小学6年生なのよね……? オレさま口調なのに、其処ら辺の女子よりも可愛くてスタイルもいいとか……)

 

 窓から見える青空を見て、そっと呟く。

 

「世の中って……不公平よね……」

「はぁ……」

 

 下手にツッコむのはやめた方がいいと判断したソンネンは、軽く返事をするだけに留めておいた。

 その頃、コートでは超人的な勘の良さでボールを回避しまくり、僅かな隙を狙ってから見事なカーブシュートで一夏にボールを当てていたヴェルナーがいた。

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

 三人とすっかり仲良くなった鈴は、時折、一夏と一緒に孤児院に遊びに来るようにもなっていた。

 院長も子供達も大歓迎で、今ではすっかり顔馴染みとなっている。

 

 そんな今回は、五人で揃って勉強会をする事となっていた。

 別に中学受験があるわけではないが、それでも中学に上がってから勉強についてこれ無いような事態を少しでも避ける為にデュバルが提案し、鈴が賛成した形で実現した。

 ソンネンとヴェルナーも元軍人として、勉強の大切さはよく知っている為、反対はしなかった。

 唯一反対をしたのは、まだ遊び盛りの一夏だけ。

 だが、女子四人によるプレッシャーに勝てるほど、今の一夏の精神力は強くない。

 結果、流される形で勉強会に参加する羽目となったのだ。

 

 勉強会の舞台はデュバルの部屋なのだが、今は鈴と部屋の主であるデュバルしか室内にはいない。

 ソンネンとヴェルナーは休憩の為に人数分の茶を取りに行っていて、一夏はトイレへと向かった。

 

「にしても、まさか『勉強会』なんてするとは思ってなかったわ」

「そう言いながらも、真っ先に賛成をしたのはお前ではなかったか?」

「まぁね。中学に上がってから、勉強が出来なくて恥とか掻きたくないし」

「同感だ。いついかなる時も勉学は己の身を助ける最大の武器の一つと成り得る。我欲に身を任せてそれを怠った者達が、大人になってから自らを追い詰めていくことになるのだ」

「なんか、凄く実感が籠ってるわね。なんかあったの?」

「何もないさ。ただ、努力をしなかったせいで後悔をしたくないだけだ」

「あっそう……」

 

 普段から学級委員のようにクラスの皆を纏め上げているデュバルならば、このような真面目な考えをするのも当たり前かと思っている鈴だが、実際には違った。

 デュバルはもう、前世の時のような後悔だけは二度としたくないと思っていた。

 自分にもっと力があれば、知識があれば、技術があれば、ヅダが笑い者にされず、暴走事故による死者も出さずに済んだかもしれない。

 そう…あくまで『かもしれない』事だ。

 どれだけ後悔しても『IF』はあくまで『IF』に過ぎない。

 だからこそ、この二度目の生では前世と同じ過ちだけは絶対に繰り返させない。

 束が現在、開発を進めているという『ヅダ』を完璧に乗りこなせるだけの技量と体力を身に付け、同時に多種多様の知識を身に付け、いざという時に備える。

 自分も、仲間も、愛機も、戦場で死なせるような真似をさせない為ならば、デュバルはどこまでも『努力の鬼』になれるだろう。

 

「ジャンってさ……」

「ん?」

「真面目なのはいいけど、少しは肩の力を抜いたら?」

「十分に抜いているつもりなのだが?」

「それで? 冗談でしょ?」

「冗談じゃないんだが……」

 

 ちゃんと休憩をする時はしているし、遊びに誘われた時はちゃんと応じている。

 勉強や鍛錬ばかりをしていては、交友関係が疎かになる。

 自分を鍛えつつも、仲間との絆を育む事も大切だと理解しているからだ。

 

「確かに、ジャンって意外とあたし達が遊びに誘ったら、ちゃんと来てくれるし、今回みたいに分らないことがあれば親切に教えてくれる。だけどさ……」

「んっ!?」

 

 いきなり、鈴に眉間を指で揉まれた。

 突然の事に変な声が出てしまった。

 

「そんな風に眉間に皺を寄せたまま言われても、全く説得力がないっつーの」

「むぅ……」

 

 そう言われてから、自分の眉間に手を当ててみる。

 鈴の言う通り、そこには深い皺が出来ていた。

 

「ね? 別に頑張るのを止めろとは言わないけどさ、これからはもうちょい、気楽に行ったら?」

「気楽に……?」

「うん。この前、デメが言ってたのよ。『いざって時は他の連中が助けてくれる。これ以上の事を求めるのは贅沢ってもんだろ』って」

「ソンネンが、そんな事を……」

「ジャンも、自分一人だけで頑張ろうとせずに、誰かと一緒に頑張る事を覚えたら?」

「誰かと一緒に……か」

 

 そう指摘されて改めて気が付く。

 自分は今も昔も、誰かの事を一度でも心から信頼した事があっただろうか。

 いや、もしかしたら『信頼したつもり』だったのかもしれない。

 

「そうだな。私は少しばかり、急ぎ過ぎたのかもしれない」

「何があったのかは知らないけど、あたしも相談ぐらいは乗れるわよ?」

「あぁ。その時はよろしく頼もうか」

「そうそう。それでいいのよ」

 

 意外な形で絆を深めた鈴とデュバル。

 その様子を廊下から、少しだけ扉を開いてから見ている影が3つ。

 

「おいおい……こいつはまた……」

「面白くなってきたな~」

「鈴……デュバル……」

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

 鈴はヴェルナーが余り得意ではなかった。

 こっちの心を見透かしているかのような発言をしたかと思ったら、次の瞬間には飄々としながらのらりくらりと躱していく。

 まるで水のように、なんとも掴み所が無い少女。

 それが、鈴から見たヴェルナー・ホルバインという人間だった。

 

「なのに……」

「ん?」

「どうして、こうなってんのよ……」

 

 調理実習。

 誰もが一度はしたことがあるであろう授業。

 あろうことか、鈴はヴェルナーと一緒の班になってしまった。

 因みに、一夏はデュバルと一緒の班に、なんでかソンネンは先生と一緒に味見係をしていた。

 

「期待してるぜ。中華料理店の娘さんよ」

「こっちに頼りっきりにしないで、ちょっとはアンタも手伝うのよ~!」

「ひゃいひゃい」

 

 ヴェルナーの頬を抓りながら怒っている鈴。

 やる気が感じられない彼女に対し、こんな風にしか対応出来ないのだ。

 

「んで、ヴェルナーは何が出来んのよ? デメやジャンは孤児院でよく料理を手伝ってるって聞くけど」

「魚なら上手く捌ける自信があるぞ。よく爺さんとかに教えて貰ってたからな」

「それは純粋に凄いと思うけど、そこから何に派生するのよ?」

「刺身とか、海鮮丼とか? 実際に作ったことは無いけど」

「「「無いんだ……」」」

 

 同じ班の子達と一緒に呆れてしまう。

 まだ何もしてないのに、もう疲れてしまった。

 

「まぁまぁ。そう気を落とすなって。別に何もしないとは言ってないんだからよ。手伝えることがあれば何でもするぜ?」

「分かったわよ。んじゃ、まずは人参を洗って、細かく刻んで」

「了解だ」

 

 そこから、鈴の指示に従いながら調理を進めていく。

 意外とヴェルナーは手馴れていて、手際が良かった。

 

「あんた、意外とやるじゃない」

「漁師の孫だからな」

「「「それは関係ない」」」

 

 全員からの総ツッコミ。

 でも、ヴェルナーは全く変わらない。

 

「そういや、ヴェルナーってよく自分のおじいちゃんの話をするけど、もしかして、おじいちゃん大好きっ子?」

「自分が尊敬する人を好きなのは当たり前だろ?」

「……そこまで清々しく言えるのは素直に凄いと思うわ」

 

 ソンネンみたいに一応の答えを出しているわけでもない。

 デュバルみたいに何かを一人で背負っているわけでもない。

 ヴェルナーの目はどこまでも真っ直ぐで、澄んでいた。

 まるで、ここではないどこかを見ているかのように。

 

『俺は助けて貰わねぇと、生きていけない自信がある』

「はい?」

「オレの爺さんがよく言ってた言葉の一つだ。オレはオレだけじゃ何も出来ないし、それは他の連中も同じ筈だ。だからさ……」

 

 眩しい笑顔を浮かべ、皮むき途中のジャガイモを見せた。

 

「手伝ってくれよ。な?」

「はぁ~……分かったわよ。ほら、それ貸して」

 

 きっと、この子には一生敵わない。

 不思議とそう思わせる魅力を感じた鈴は、表面上は渋々といった風にしながらジャガイモの皮むきを手伝った。

 

 こうしたやり取りの末に完成したカレーは、味見役のソンネン曰く『小学生が作ったとは思えないぐらいに美味かった』らしい。

 

 

 

 




三人それぞれと鈴を絡ませられたので、此れにて小学生編は終了です。

次回はまた番外編を挟んでからの中学生編に突入しようと思います。

さて、次は誰が登場するのかな?


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番外編② THE WINNER

今回の番外編は、恐らくは誰もが全く予想すらしていなかった人物です。

実は、最近になって『彼』に関連するガンプラを購入しまして、それが切っ掛けとなって番外編の二人目の主人公にしようと考えました。

先に言っておきますと、今回の主人公である『彼』のTSした姿は、艦これに出てくる数多い人気者の一人である『長門』をモデルにしています。






 IS学園にある教員寮の一室。

 そこにある円形のテーブルに、三人の女性が座っていた。

 一人は、学園の教員である織斑千冬。

 もう一人は、彼女の親友であり、この世界にISという存在を生み出した科学者の篠ノ之束。

 そして、最後の一人は………。

 

「こうして、三人揃って酒を飲み明かすのは、これが初めてだな」

「大人になってからは、あんまり集まる事は無かったからね」

「だが……悪くない」

 

 三人は、それぞれに手に取ったグラスをチンッと合わせてから、揃って静かに呟いた。

 

「明日の作戦の成功を祈って」

「「成功を祈って」」

 

 クイっと一口飲むと、その途端に千冬と束の表情が変わる。

 

「美味い……」

「うん。シャンパンなんて初めて飲むけど、意外と美味しいんだね」

「そうだろう? こんな事もあろうかと、ずっと前から密かに私がとっておいた一本だ。お前達二人に飲まれれば、このシャンパンも本望だろう」

「ノイエン……」

「ノーちゃん……」

 

 自慢げに語りながらも、彼女達と同じようにシャンパンを飲んでいるのは、千冬と同じようにIS学園の教員であり、二人とは幼い頃から一緒に遊ぶ仲だった女性『ノイエン・ビッター』だった。

 黒くて長い髪を靡かせている女性で、その卓越した操縦技術と、類稀なカリスマ性を持って、瞬く間にIS学園の人気者となった教員でもある。

 その人気や信頼は生徒達だけでなく、教員達にも及び、有事の際には彼女に全体指揮が任される程。

 

「よもや、あの『亡霊共』が『聖剣(エクスカリバー)』以外にも、もう一つ切り札を隠し持っていたとはな……」

「超大型軌道衛星砲『クラレント』……か。全く…『叛逆者の剣(クラレント)』とは、実にあいつ等らしいネーミングセンスだ」

 

 憎々しげに言いながらシャンパンを飲み干す千冬だが、その顔は決して悲観はしていない。

 寧ろ、どこか自信に満ち溢れている表情だった。

 

「だが、それを撃破するのも時間の問題だ」

「うん。そうだよね」

「束だけでなく、各国の有志達が協力してくれたお蔭で、専用機持ち達を運ぶ為のHLVと、それを守る為の防衛部隊も用意できた」

「さっきも見てきたが、本当に壮観な光景だったな。まさに、世界中の力がここに集結している事となる」

「あぁ……だからこそ、絶対に失敗は許されない。何故なら、この一戦で世界の行く末が決まると言っても過言ではないからだ」

「ノーちゃん……」

 

 どこか危うさすらも感じるノイエンの言動。

 束も千冬も、言葉には決して出さないが、心のどこかで分っていた。

 彼女は…『先』を見ていないと。

 

「束。お前が分析してくれた奴らの戦力は間違いないんだな?」

「勿論。あいつ等…密かに私が開発した『ゴーレム』を鹵獲して、独自に解析をした上で量産してた。流石にオリジナルには性能的に大きく劣化してるけど、それは逆を言えば、機体性能と引き換えに大量生産が可能だっていう事でもある」

「コアはISコアではなく、別の物で流用していると言っていたな」

「だからこそ脅威かもしれない。連中にとって、量産型ゴーレムは完全に使い捨ての兵器だから。微塵も惜しむことなくHLV発射場に向けて大量投入してくるだろうね」

「フッ……それを食い止めるのが、私達の役目というわけだな」

 

 悲壮感の漂う笑みを浮かべるノイエン。

 もしもここに超能力者の類の人間がいたら、彼女に向かってこう言っていただろう。

 顔に死相が出ている……と。

 

「なに。例え何があっても、必ずやお前達を宇宙まで導いてみせる。だから、安心して乗っていればいい」

「……頼んだぞ」

「あぁ……任された」

 

 本当は、ここで『死ぬなよ』と言いたかったが、どうしても言えなかった。

 言ってしまったら、彼女の決意を侮辱してしまいそうだったから。

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

 次の日。作戦決行の日の朝。

 もう既にIS学園に在学している専用機持ち達、他にも各国から派遣されてきた国家代表や代表候補生達を載せたHLVが待機し、発射の瞬間を今か今かと待っていた。

 その発射場の周囲に展開しているのは、学園の教師部隊やドイツの特殊部隊である『シュヴァルツェ・ハーゼ隊』、他にもアメリカを初めとするISの部隊が大きく展開していた。

 その内の一機、黒いISがノイエンが乗っている自身に特別に与えられた専用機『ラファール・リヴァイヴⅡ』の近くへとやって来た。

 

「まさか、貴女と肩を並べて戦える日が来るだなんて、思いもしませんでしたよ。少将閣下」

「その名はよせ。今の私はただのIS学園の教師に過ぎない」

 

 やって来たのは、ハーゼ隊の副隊長を務めている『クラリッサ・ハルフォール』

 本来は彼女も専用機持ちの一人としてHLVに搭乗している筈なのだが、本人の強い希望でこうして防衛部隊の一翼を担っていた。

 

「だが、お前がいてくれるのは非常に有り難い。正直、山田先生以外に私の背中を預けられるような実力者は非常に少なくてな」

「そのように言われると、私でも照れてしまいますね」

「そういうものなのか……」

 

 女の身になっても、女心を理解できるとは限らない。

 それはノイエンも例外ではなかった。

 

「束。そっちの準備はどうなっている?」

『順調だよ。遅くても、あと一時間で発射準備は完了する』

「そうか。了解だ。では、そっちのナビゲートは任せたぞ」

『OK~! その代わりと言っちゃなんだけど、防衛部隊のサポートには、私の助手であるクーちゃんをつけるから!』

「クーちゃん?」

 

 ノイエンが首を傾げていると、束とは別の通信が聞こえてきた。

 

『初めまして。ノイエン・ビッター様。私はクロエ・クロニクル。束様の助手で、この度は皆様のサポートを任せれました』

「ノイエン・ビッターだ。あの束が助手として認めた者ならば信用できる。よろしく頼むぞ」

『はい。こちらこそ、よろしくお願いし……これはっ!?』

「どうしたっ!?」

 

 クロエの急な動揺に、急いでノイエンは聞き返した。

 

『発射場全周囲から多数の敵機の反応を確認!』

「数は!?」

『今はまだ分りません! 兎に角『大量』です! 機種は…量産型ゴーレム!』

「矢張りか! 束! 発射準備を急がせろ!!」

『了解!!』

 

 ここで通信を切り、プライベートチャンネルを使用して、各部隊へと命令を下す。

 

「聞いていたなっ!? 各部隊急速展開!! 絶対に一機も通すなよ!! 今、我らがいる場所こそが未来への最終防衛ラインだと心掛けろ!!」

「少将閣下!! 来ます!!」

「よし! 各機、絶対に一人で戦おうとするな! 最低でも二人以上で動き、一機ずつ確実に落とせ!」

 

 こうして、無数のゴーレム部隊と選抜防衛部隊との死闘が始まった。

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

「遅いわ!!」

 

 量産型ゴーレムから放たれるレーザーを回避し、その攻撃の隙にMMP-80マシンガンを叩きこむ。

 束が『出来の悪い劣化版』と言っていただけあって、簡単に装甲を貫いてハチの巣にする。

 

「性能自体は大したことは無いが…いかんせん、数が多すぎるな……!」

『後続から、敵機の増援が接近中です!』

「くっ……! 無人機である事を最大限に利用しての波状攻撃か…! する方ならば『過去』に何度か経験したことはあるが、される方になるとたまったものではないな!」

 

 愚痴を零しながらも、しっかりと与えられた仕事はこなすノイエン。

 自分に向かって迫ってきている三機のゴーレムに向かって、脚部にマウントしてある3連装ミサイルポッドを発射し、その全てを撃破した。

 

「山田先生! クラリッサ! そっちの状況はどうなっているっ!?」

『こちら真耶! なんとか持ちこたえてはいますけど、余りにも手数が足りなさすぎます! このままでは戦線が崩壊するのも時間の問題です!』

『こっちもです! まだ撃墜された者はいませんが、それでも疲労が蓄積して動きが鈍くなっている者が出てき始めています!』

「ある程度の苦戦は覚悟していたが、よもやこれ程とはな……!」

 

 背後、右側、左側から同時に接近してきたゴーレムを、自分の体を回転させるように動かしてから、ヒート・ホークで同時に斬り伏せ、爆散させる。

 

「あと一時間後の打ち上げが…私達にとっての最大で最後の功績となるかもしれないな……」

「功績……ねぇ。残念だけどよ、その心配はねぇよ。何故なら……」

 

 突如、上空から声が聞こえてきた。

 それは、ノイエンがよく知っている声。

 だが、彼女の視線の先にはジッと佇んでいる一機のゴーレムがいるだけ。

 普通なら即座に攻撃に向かうところだが、ノイエンは長年の戦士としての勘で、それを思い留まった。

 

「他とは違う……これは、ISコアの反応っ!?」

「もう遅せぇ!! 何故なら! ここで全員おっ()ぬんだからよ!!」

「貴様はっ!?」

 

 ゴーレムの中から、装甲を突き破るように多脚型のサブアームが展開する。

 その『脚』を、彼女は誰よりもよく知っていた。

 

「あの『文化祭』の時の借りをよぉ……返しに来てやったぜ!! ノイエン・ビッターッ!!!」

「アラクネ……! オータムか!!」

 

 中から出現したのは、アメリカが開発し、その後に『亡霊』によって強奪された第二世代型IS『アラクネ』

 そして、それを駆る女戦士『オータム』だった。

 

『そんな…どうして今まで反応が……!? ま…まさかっ!? ゴーレムに偽装して反応を誤魔化していたっ!?』

「らしいな…! 私も、ここまで接近されるまで全く気が付かなかった…!」

 

 苦虫を噛んだような顔になるノイエン。

 それを見て、オータムはとてもいい笑顔を浮かべた。

 

「キャハハハ…! お前のそんな顔を見られただけで、あたし的にはすっげースッキリしたぜ~…!」

「悪趣味な……!」

「なんとでもいいな。あたしはな…作戦がどうなろうと、HLVが発射されようと、そんなのはもうどうでもいいんだよ……」

「なに……?」

「ここでお前を殺す……その為だけに、あたしはやって来た!! だから!!」

 

 オータムが凄まじいスピードで迫り、その両手にカタールを展開した。

 

「無様に足掻いた上で、あたしに殺されろや!! ノイエン・ビッター!!!」

「愚かな!! 私怨に飲まれ、大局を見据える眼すら失ったかっ!!」

 

 ノイエンのヒート・ホークと、オータムのカタールがぶつかり、激しき火花を散らす。

 この戦線において、最大の決戦が始まろうとしていた。

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

(油断した! 普通に考えて、無人機だけでの部隊構成など有り得ないというのに!)

「このアタシと戦ってるってのに、呑気に考え事かよ…! 相変わらずムカつく女だなぁっ!!」

 

 二色の線を大空に描きながら、二機のISは高速戦闘を繰り広げる。

 決して油断をしているわけではないが、それでもノイエンは考えずにはいられなかった。

 

(通常、無人機を主戦力とする場合は、万が一の暴走に備えて最低でも一機は有人機(指揮官)を配備し、緊急停止装置などを持っていなくてはならない! 作戦の事ばかりに気を取られて、こんな簡単な事を見落とすとは…! このノイエン・ビッター一生の不覚!)

「おらぁぁっ!!」

 

 少し距離を離した瞬間に、オータムは自分が持っていたカタールを投擲し、その代わりとして二丁のマシンガンを両手に展開した。

 投げられたカタールはノイエンによって易々と弾かれ、マシンガンの弾幕から逃れる為に回避運動に徹した。

 

「チョロチョロとしやがって!!」

「ならば、奴をここまで近づけてしまった責任は、現場指揮官として私が背負わねばなるまい!」

「テメェが背負うのは、あたしに殺されたっつぅ屈辱だけだ!!」

 

 ヒート・ホークを収納し、ノイエンも同じように右手にMMP-78IS用マシンガンを、左手に先程使用したMMP-80マシンガンを装備して対抗した。

 

「「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!」」

 

 激しい銃撃戦が空中を舞台に繰り広げられる。

 二人に戦いに巻き込まれて、他のゴーレムたちが破壊される程に。

 

「本当にムカつくぐらいに強い女だぜ…! 敵じゃなけりゃ、お前みたいな美人は真っ先に口説きに言ってるのになぁっ!」

「残念だが、貴様のような好戦的な女は、こちらからお断りだ!」

「そいつは残念だ……なっ!」

「くっ!」

 

 オータムは拡張領域内に入れていたグレネードを展開し、それを足で蹴ってからノイエンに当てようと試みた。

 だが、そんなストレートな攻撃が彼女に当たる筈も無く、呆気無く空中で迎撃される。

 

「へへ……」

「何がおかしい?」

「いやな。あたしにばかり構ってて大丈夫なのかな~って思ってな」

「なんだと……?」

 

 直後、遠くでいきなり爆発が起きた。

 急いでハイパーセンサーで確認すると、そこには煙を上げながら地面に落ちていく一機のISが。

 

「な…何が起きたっ!?」

「実はな……後続でやって来たゴーレムは最初に来たゴーレムとは違って、内部に大量の爆薬を積んでるんだよ。それこそ、量産型のISなら一発でSEを持っていくレベルの爆薬をな……」

「特攻兵器か……!」

「そのとーり。しかも、見た目は他のゴーレムと全く同じ。さぁて…見分けがつくかな~?」

「貴様っ!!」

 

 急いで無事な機体全部に通信を送る。

 

「全機!! ゴーレム達の中に仕様変更がされた特攻兵器が紛れている! 可能な限り接近戦は避け、距離を取って迎撃せよ!!」

「よそ見してんじゃねぇよっ!!」

 

 緊急回避でなんとか避けるが、それでも動揺は隠しきれない。

 形勢はこちらが圧倒的不利になってしまったのだから。

 

(このままではHLVが撃破されるのも時間の問題…! ならば!)

 

 ノイエンは、徐に投影型コンソールを開き、何かを操作した。

 それを見て、クロエが驚愕した顔を見せる。

 

『ノ…ノイエン様っ! 一体何をっ!?』

(この場における『隊長機』であるオータムを倒す事で、全ての無人機が停止する可能性に賭けるしかない!)

 

 コンソールが消えた途端、彼女が乗るリヴァイヴⅡが激しく光り輝く。

 次の瞬間、彼女の姿消えてたと思ったら、文字通り目にも止まらぬ速度でオータムへと肉薄し、ヒート・ホークでその装甲を切り裂いた。

 

「なっ…! その速度…その光…! まさかテメェ……!」

 

 怒気を含んだ血走った目で背後にいるノイエンを睨み付ける。

 

ISのリミッターを外しやがったな(・・・・・・・・・・・・・・・・)っ!?」

 

 ISには通常、試合用のリミッターが設けられている。

 それは、必要以上に相手を傷つけない為の処置なのだが、それとはもう一つ、別の意味合いがあった。

 

「テメェっ! 分ってんのかっ!? ISのリミッターを外せば、お前の命を守ってくれている『絶対防御』が強制解除されるんだぞ!!」

「知っている。私は教師だからな」

「なら…どうして……!」

「決まっている」

 

 ヒート・ホークを構え、静かに言った。

 

「『勝利』の為だ」

 

 再び、とてつもないスピードで迫り、アラクネの装甲脚を一本、切り裂いた。

 

「ふざけんじゃねぇっ!! 何が『勝利』だ!! 自分の命を捨ててまで手に入れる勝利に、何の価値があるってんだ!!」

「あるとも。そもそも、私とお前とでは『勝利条件』が違う」

「んだと…!」

 

 ノイエンのスピードに追従出来なくなったオータムは、一方的に攻撃を受け続ける。

 見る見るうちにアラクネのSEが減少し始め、警告文が表示された。

 

「お前にも大事な友や愛する人がいるのだろう。この戦いが終われば、お前はその人たちの元に帰り、抱き合ったりしたいと思っているのだろう」

「さっきからなんだ! 何が言いたい!! ちくしょう…なんでだ! なんであたしはこいつに勝てない!! なんでなんだぁぁぁぁっ!!」

「我々の勝敗を分かつもの。それは『覚悟』だ。『覚悟』の差だ」

「覚悟ならあたしだって…ある!!」

 

 我武者羅に反撃を試みるオータムだが、自分の攻撃は今のノイエンには掠りもしない。

 それどころか、その隙を的確に狙われて、大きな反撃を受けるだけだ。

 

「お前は死にたくない。なんとしてでも生き延びて『未来』を生きたい。だが、私は違う。私はもう…『覚悟』を『完了』している」

「お前……まさか最初から!」

 

 通常では有り得ない程の負荷に、全身の骨と筋肉が軋んで悲鳴を上げる。

 言葉に出来ない程の痛みが体中を走るが、歯が欠ける程に食い縛ってから耐えようとする。

 

「私の『意志』! 『想い』! そして『決意』!! それらは必ずや他の皆が受け継いでくれると信じている!! だからこそ! だからこそ私は!!」

「最初から死ぬつもりだったな!! ふざけんなぁぁぁぁぁぁっ!!!」

「安心して逝けるのだっ!!!」

 

 幾度となく行われた高速移動の末に、ノイエンはオータムの体を掴んでから、そのまま近くにいたゴーレムに向かってぶつかっていった。

 彼女が分っていたのかは知らないが、そのぶつかったゴーレムは爆薬が仕込まれた特攻使用のゴーレムだった。

 しかも、そのまま別の特攻ゴーレムにぶつかり続け、いつの間にか三体の特攻ゴーレムを巻き込みながら地面へと落ちていっていた。

 

「捨て身になれるか、なれないか! それが貴様と私の差だ!!」

「くそっ! 離せ!! 離しやがれぇぇぇぇぇぇぇっ!!!」

『ダメです!! 早くそこから離脱してください!! 早く!!!』

『ノーちゃん!! ダメェェェェェェェェェェェェェッ!!!!』

 

 地面にぶつかる直前、HLVが大きな煙と共に宇宙に向けて発射される様子が見えた。

 それを見たオータムは目を丸くして驚愕し、逆にノイエンは安堵したかのように穏やかに微笑んだ。

 

「勝ったな……」

 

 多数のゴーレムと、オータムの体を押し潰すかのように地面に激突し、その直後に巨大な爆発が起きて、場の空気を震わせた。

 

「子供達と友達の未来に栄光あれ……」 

 

 それが、彼女の言った最後の言葉となった。

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 HLV内。

 

「ノイエン……!」

「千冬姉……」

 

 千冬が涙を流す姿を、隣で見ているしかなかった一夏は、拳を握りしめながら唇を噛み締めた。

 

「ノイ姉……俺は……!」

 

 戦いはこれで終わりではない。

 寧ろ、始まりなのだ。

 

 世界の未来を掛けた戦いは、ここから始まる。

 

 

 

 

 




そんなわけで、まさかのまさか。
スターダストメモリーから『ノイエン・ビッター』の登場でした。
何とも言えない不思議な魅力がありますよね、あの人。

TS転生したノイエンは、千冬や束といった大人組と仲が良く、幼馴染的な関係でした。
そして、当然のように千冬と一緒にIS学園に教師として就職。
元々から『少将』なんて地位にいた人間なだけあって、誰かに何かを教えるのは非常に得意で、皆からも尊敬されていました。
それは原作キャラたちも例外ではなく、特に一夏に至っては『ノイ姉』なんて呼んでました。

オータムとは文化祭の襲撃の際に、一夏を狙った彼女をノイエンがボッコボコにしたことで因縁が発生。
そこから、完全に私怨で命を狙われることに。

そんな彼女の専用機ですが、私の書いている別作品である『神の意志が俺をTSさせて百合ハーレムを企んでいる』で主人公である香織が前半の専用機としていた『ラファール・リヴァイヴⅡ』です。
名前だけでなく、性能も全く同じで、機体色はザクと同じ緑。
この『IS IGLOO』の世界線では、ラファールⅡだけでなく、簪の専用機である『打鉄弐式』も同系統の機体として扱っていて、所謂『量産機をエースパイロット用に採算度外視で改造した、少数のみ生産された機体』的な扱いです。
だから、操縦者ごとに仕様が違う同型機が存在しています。
例えるなら、簪の打鉄弐式は『1対多数の戦闘を想定した、制圧戦に特化した改造機』ってところでしょうか。
他にも色んな仕様の機体を考えていて、それらは本編や番外編などで、TSした人達が宇宙世紀で乗っていた機体の代替機として出そうと思っています。




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中学生編『上』 ~因縁と宿命~
嵐の前の日常


今回から中学生編に突入です。

ここは本当に原作前では最も重要で濃密な話になる予定です。

キーワードは『因縁』です。







 小学校を無事に卒業したソンネン、デュバル、ヴェルナーの三人は、近くにある中学へと進学する予定でいる。

 勿論、同じ学校にいた鈴や一夏なども一緒だ。

 そんな彼女らは、春休みの間に届いた中学の制服をサイズ合わせも兼ねて、袖を通していた。

 

「スカートかよ……」

「なんだ? スカートは嫌いか?」

「嫌いっていうか…苦手なんだよなぁ…。このヒラヒラしてるのとかよ。妙に落ち着かねぇ」

「そうだろうか? 慣れればどうということは無いが……」

「お前は私服にもスカートがあるからな……。よく抵抗感とかないよな」

「言っただろう? 慣れだよ。それに……」

「それに?」

「折角、こうして女性の身になったんだ。男の時には着ることが出来なかった服を着たいと思うのは普通じゃないか?」

「いや…普通じゃないだろ……」

 

 ロビーにある姿見の前で制服を着た自分達の体を眺める。

 体つきはもう完全に女性寄りになり、何処から見ても自分達は男には見えない。

 

「ヴェルナーを見てみろ。慣れるどころかはしゃいでるぞ」

「あれは例外だろ……」

 

 初めて着るセーラー服に、スカートの端を摘まみながらその場をくるくると回り続けている。

 

「へぇ~…中々にいいもんじゃねぇか。うん、悪くない」

「ヴェルナー姉ちゃん、ぐるぐる回ってる~!」

「バレリーナみた~い!」

「おっと。この場合はバレリーナじゃなくて人魚って呼びな」

「「人魚みた~い!」」

 

 子供達に囲まれながら、笑顔を振りまいている。

 ある意味で、この孤児院の日常風景だ。

 この三人がいなければ。

 

「へぇ~。思ってるよりもサマになってるじゃない。三人共、可愛いわよ」

「「「鈴」」」

 

 奥から鈴が三人と同じ制服を着た状態でやって来た。

 流石にスカートの類でどうこう言ってはいないので、三人のように興奮したり苦手意識を持ったりはしていない。

 

「鈴もよく似合ってるぞ。なぁ?」

「あぁ。少しだけ大人びて見えるぜ」

「服を変えるだけで、人間の印象ってのは思ってるよりも大きく変わるもんだな」

「ちょ…褒め過ぎだって……」

 

 三人からの言葉のジェットストリームアタックを受けて、鈴はスカートを掴みながら顔を真っ赤に染めた。

 そんなやり取りをしている間に、いつの間にか一夏も男子の制服を着てロビーに来ていた。

 

「なんでここで制服を着てるんだよ…俺は……」

「折角の誘いに、そんな事を言うものではないぞ」

「分ってるけどさ……」

 

 疲れたように眉を顰めている一夏を少しだけ叱責するように言う千冬。

 そう、今回は鈴と一夏と千冬の三人も孤児院に来ていたのだ。

 

「お。一夏も来たのか」

「ははは……一夏は制服を着ても一夏だな」

「それってどういう意味だよ」

「制服を着てるんじゃなくて、制服に着られてるって事さ」

「その差がよく分らんし」

「ヴェルナーの言葉の意味が理解出来ないなんて、まだまだ子供よね~」

「三人だって子供だろうが!」

「年齢的にはね」

「ま、あんま気にすんなよ。暫くすれば、嫌でも似合うようになるさ」

「そうかよ」

 

 不貞腐れるように言いながらも、一夏の目はしっかりと三人の事を見ていた。

 何故か、一緒にいる鈴のことは眼中にない模様。

 

(ソンネンもデュバルもヴェルナーも…制服着ただけで変わりすぎだろ……。クソ……悔しいけど、三人の事を可愛いって思ってる自分がいる……。なんなんだよ…この胸のドキドキは……!)

 

 今まで見たことが無い少女達の新たな一面。

 それを目の前で見たことで、一夏の心は増々、三人の事で一杯になりつつあった。

 そして、それを傍で見守りながら千冬が心の中でニヤける。

 

(そうか…あの一夏がなぁ……。成る程なぁ……。一夏とあの三人は、昔からの付き合いになるからな。あいつがそんな気持ちになるのも無理はないか。このままいけば、三人のうちの誰かが将来的に私の義妹になるやもしれんな……。それも悪くない……)

 

 一体どこまで話が飛躍してるんですか千冬さん。

 

「おや。皆揃っているね」

「「「院長さん」」」

「お邪魔しています」

 

 階段の上から、いかにもな好々爺な院長が降りてきた。

 その手にはデジカメがしっかりと握られている。

 

「こうして三人の制服姿を見ると、とても感慨深いものがあるね。あの小さな子供だった三人が、こんなにも大きくなって……」

「それもこれも全て、貴方のお蔭です」

「つっても、まだまだこれからだけどな」

「中学を卒業すれば高校。もしかしたら、そこから更に大学まで行くかもしれない」

「そうだね……これら先も、皆の成長を実感できる機会は沢山あるか。なら、今はこれぐらいにして、感動はもっと先に取っておこうか」

 

 目尻に浮かんだ涙を拭い、院長は微笑みながらカメラを掲げる。

 

「折角、こうして皆が集まったんだ。よければ写真でも撮らないかい?」

「写真…ですか」

「いいんじゃねぇか?」

「オレもいいと思うぜ。二人はどうだ?」

「あたしも写真撮って欲しいかな?」

「俺は、皆がいいならいいよ」

「全員一致ね」

 

 一人ぐらいは反対意見が出そうだったが、意外と全員が乗り気だった。

 一夏だけは少し流された感があるが、実は普通に賛成というのが恥ずかしかっただけで、心の中じゃ写真自体は大賛成で、後で院長に焼き増しをお願いしようと企み中だったりする。

 

「では、私が撮りましょう」

「いやいや。私が撮るから、千冬ちゃんは皆と一緒に写真に入るといいよ」

「ですが、それでは院長さんが……」

 

 このままでは話が進みそうにないので、デュバルが助け舟を出す事に。

 

「タイマーセットをすれば、二人共入れるのでは?」

「「あ」」

 

 完全に失念していたという顔。

 人間、誰しも意外な事を忘れがちになるものだ。

 

 結局、三脚を持って来てからのタイマー式にした。

 真ん中に車椅子のソンネンを配置し、その周りに皆が立つようにした。

 入ったのは千冬や院長だけでなく、孤児院に今いる他の子供たち全員もだった。

 

「なんか…無駄に緊張してきやがった……」

「私もだ……」

「お。来るぞ」

 

 パシャ

 

 写真は見事に綺麗に取れて、後で全員分プリントしたという。

 この時の写真は、此れより後ずっと、この孤児院に飾られる事となったらしい。

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

 無事に中学に入学し、何の奇跡か偶然か、元軍人三人娘と鈴、一夏の五人は見事に一緒のクラスになれた。

 小学校の時と同様に、最初はソンネンの事が懸念されていたが、目の前で束特製の万能車椅子の性能をまざまざと見せつけられ、大人しく引き下がるしかなかった。

 

 同じ小学校から繰り上がる形で一緒に来た生徒達も多く、友達作り自体は全く問題無かった。

 特に、一夏や鈴は元からかなりコミュ力が高いので、他から来た者達ともすぐに仲良くなり、あっという間に新しい友達を作っていった。

 その中でも特に一夏と仲良くなった、一人の男性生徒がいた。

 

「な…なぁ…一夏」

「どうしたんだよ弾。急に声なんて潜めてさ」

 

 彼の名前は『五反田弾』といって、赤い髪が特徴的な少年だ。

 近所にあるという『五反田食堂』という店が実家のようで、何気に一夏に負けず劣らずの調理スキルを持っていたりする、少しお調子者の男性生徒。

 

「お前ってさ、あそこにいる四人と同じ学校だったんだよな?」

「あそこにいる四人って…あぁ、ソンネンとデュバルとヴェルナーと鈴のことか?」

「そうだ。お前…あんな美少女達に囲まれて過ごしてたのかよ……」

「美少女て」

 

 弾に言われてから、改めて四人の事を見る。

 確かに、全員揃って美少女言っても過言じゃない容姿をしている。

 

「呼び捨てで呼べるぐらいに仲がいいのか……」

「鈴はともかく、他の三人とは小学一年生の時からの付き合いになるしな」

「マジかよ……」

「ソンネンとデュバルに限って言えば、もっと昔からになるかな。初めて会ったのは確か…お互いに5歳だった頃だ」

「5歳!? それってもう完全に幼馴染って奴じゃねぇか!」

「そうなるな。っていうか、教室で叫ぶな」

 

 一夏の注意を無視して、弾は汗を流しながら戦慄する。

 

「あ…あんな美少女達と幼馴染って……ギャルゲーの主人公かよ……」

「俺は普通の男子中学生だ」

「わーっとるわい! ちくしょう……なんでこいつばっかり……」

「何で泣く?」

 

 今度は歯を食いしばりながらの男泣き。

 なんとも感情豊かな少年である。

 

「おい。なんかあそこでバカどもが騒いでるぞ」

「弾ってば、なんか泣いてない?」

「何をやっているんだか」

「ははは! 随分と面白い奴だな!」

 

 流石にあれだけ騒いでいれば、少女達にも当然気付かれる。

 呆れた目で見られているが、彼らからすれば、自分達の事を見てくれただけでも普通に嬉しかったりする。

 

「あ。今、デュバルさんが俺の事を見た?」

「気のせいじゃないのか?」

(あれは絶対に俺の事を見たに決まってる!)

 

 言葉には出さないが、対抗心燃やしまくりだった。

 

「あの子達ってさ…彼氏とかいるのかな……」

「いや、いないだろ。だって、まだ俺達中学一年生だぞ? ついこの間まで小学生だったのに、彼氏とか有り得ないだろ」

 

 そう言いながらも、本当は自分に言い聞かせている言葉だったりする。

 

(いない…よな? いない筈だよな? そんな事は少しも話してなかったし、万が一にでもそんな事があれば、すぐに噂になるに決まってるし……)

 

 言葉では否定しながらも、実は自分自身が一番、心配していたりする。

 こんなところが、一夏が未だに前に踏み出せないでいる最大の要因なのだ。

 

「そっか…そうだよな! まだチャンスとかあるよな!」

「チャンス? 何の?」

「んなの決まってるだろ!」

 

 一夏の胸倉をグイッと掴んでから顔を思い切り近寄らせる。

 それを見て、クラスの婦女子たちが興奮している。

 

「彼女を作るチャンスだよ……!」

「まさか…あいつらの中からか?」

「当然! 鈍感なお前は知らないかもだけどな、ライバルは想像以上に多いんだぞ……!」

「ラ…ライバル?」

「あぁ。まだ入学して数カ月しかなって無いにも関わらず、もう既に四人の事は学年中は愚か、学校中に広がってるんだぞ」

「おいおい……」

 

 情報広まるの早すぎだろ。

 一夏は久し振りに本気で引いた。

 

「二年や三年の先輩たちも、あの子達を狙ってるって話だ」

「それが真実だったら、割とマジで軽蔑するな。その先輩達って」

 

 さっきも言ったが、中学一年生と言っても、少し前までは小学生だったのだ。

 それを本気で恋愛対象と見るのは、流石に気持ちが悪い。

 少なくとも、一夏はそう思った。

 

「一夏……」

「なんだよ?」

「恋愛にはな……年齢なんて関係ないんだよ……」

「それ。完全に犯罪者のセリフだからな」

 

 折角できた親友が、早くも犯罪染みた発言をしてきた。

 これは由々しき事態である。

 

 だが、そんな事なんて露とも知らない少女達は、またもや様々な反応をしていた。

 

「またなんかやってるぜ」

「オレ知ってるぞ。この間、クラスの女子達が言ってた。BLってやつだろ?」

「ヴェルナー…アンタってば、どこでそんな知識を吸収してくんのよ……」

「愛とは…様々な形があるのだな……」

 

 約一名だけ激しい勘違いをしているが、気にしない方がいいだろう。

 

「はぁ~…もっとお近づきになりたいなぁ~…」

「同じクラスなんだから普通になれるだろ」

「まぁ、鈴とは仲良くなったけどよ。それはあいつの雰囲気のお蔭なんだよな」

「他の三人は違うってのか?」

「なんつーかさ……眩しすぎて近寄りがたいんだよな…」

「眩しい?」

「ほら。デュバルさんは見るからに『お嬢様~』って感じだし、ソンネンさんは姉御肌で、ホルバインさんは……あの独特のテンションについていける自信が無い」

「ヴェルナーに関してだけは分かる気がする」

 

 未だに一夏にも、ヴェルナーが何を考えているのかはよく分らないでいる。

 それは常に一緒にいるソンネンやデュバルも一緒なのだが、それは黙っておこう。

 

「まぁ…頑張ればいいんじゃねぇか?」

「言われなくても、そうするつもりだっての!」

 

 適当に誤魔化したが、自分の中の感情をまだ上手に表現できない一夏は、素直に親友の恋路を応援できないでいた。

 この感情に気がついた時、一夏と弾は恋のライバルとなるかもしれない。

 

 

 

 

 

 




今回は珍しく男子達に焦点を当てました。

じゃないと、割とマジで一夏の影が薄くなりそうですし。


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動き出す運命

今回から、少しずつ事態が動き始めます。

元ジオン軍兵士の三人は、どうなるのでしょうか?







「「「モンドグロッソ?」」」

 

 ある日の昼休み。

 珍しく興奮気味の一夏が、鼻息も荒く幼馴染である三人に話しかけていた。

 

「モンドグロッソと言えば……」

「世界各国のISの国家代表たちが一堂に集う大会。云わば、ISのオリンピックだな」

「最初はオリンピックの種目にISも組み込もうって話も出てたらしいが、途中でIS委員会の連中が『別の大会として分けた方が盛り上がる』とか、意味不明な事を言い出した結果、モンドグロッソが誕生したんだっけか」

「よ…よく知ってるな…ヴェルナー。俺も初めて知ったぞ」

 

 普段の言動から忘れがちになるが、ヴェルナーだってかなり優秀な頭脳の持ち主なのだ。

 元軍人を舐めてはいけない。

 

「で、そのモンドグロッソがどうかしたのかよ?」

「ほら、お前らももう知ってるとは思うけど、千冬姉って日本代表だろ?」

「そうだったな。いつの間にか世界レベルの有名人になっていて驚いた」

「テレビ…は流石に無いけど、よく雑誌とかには取り上げられてるよな。コンビニとかで見かけるぜ」

「金に余裕がある時は買ったりもしてるしな」

 

 三人が言っている雑誌とは『インフィニット・ストライプス』と呼ばれる、ISの専門雑誌だ。

 主に選手たちの事を記事に書いている雑誌なのだが、日本代表である千冬は、かなりの頻度で雑誌の表紙を飾っている。

 

「しかも、第一回のモンドグロッソでは優勝もしてるしな」

「それでよく、大会優勝者に与えられる称号である『ブリュンヒルデ』で呼ばれる事が多いって聞くな」

「この前、久し振りに会った時に愚痴ってた」

「それ、家でもよく俺に言ってるよ。しかも、酔っぱらないながら」

 

 千冬が成人をして初めて判明した事実。

 彼女は無類の酒好きだった。

 かく言う三人も、酔った勢いで抱き着かれそうになった事なんて何度もある。

 というか、ヴェルナーの場合は嬉々として抱き着かれているが。

 

「それは……」

「まぁ……」

「がんばりな。いつかきっといい事があるぜ」

「ありがとよ……じゃなくて!」

 

 思いっきり話が逸れた所で、一夏が強引に話題を戻した。

 

「今度ドイツで開催される第二回モンドグロッソに、千冬姉も日本代表としてまた出場するんだよ!」

「まぁ、前大会優勝者だしな。出場するのは当たり前か」

「で? それがどうかしたのかよ? 確かにめでたい事だけどよ」

「そう! ここからが本題なんだ! 実は……」

「「「実は?」」」

「俺も一緒にドイツに行って、大会の観戦をすることになったんだ!」

「「「おぉ~」」」

 

 国名だけならかなり有名だが、実際には行ったことなど無い。

 特に、日本生まれ日本育ちである一夏からすれば、外国に行けるというだけで興奮ものなのだ。

 

「よかったじゃねぇか。土産を楽しみにしてるぜ」

「おう! 任せておいてくれ! ……でも、ドイツの土産って何がいいんだ?」

「少し検索してみればいいんじゃないか?」

「そうだな。えっと…ドイツ、土産で検索……っと。出たぞ」

 

 デュバルが自分のスマホで調べてみると、色々なものが出てきた。

 

「オーデコロン」

「オレ達、そんなものをつけるような柄か?」

「この場に鈴がいたら、絶対にコレだと言いそうだがな」

 

 因みに、鈴は今、職員室に出かけていて不在だ。

 

「グミ」

「悪くは無いけどよ……」

「これは寧ろ、私達というよりは、孤児院の子供達にあげた方が良さそうな気がするな」

「分かった。んじゃ、このグミは子供達に買ってくるよ」

「助かる。あいつらもきっと喜ぶ」

 

 次の項目を調べてみる。

 ここでようやく、三人の表情が動いた。

 

「チョコレート……」

「これが一番、無難そうな感じだな」

「あぁ。でも、念の為にもっと調べてみるか?」

 

 そう言って、画面を下にスライドする。

 

「ビール……」

「「「論外」」」

「だろうな。これを喜ぶのは千冬姉ぐらいだ」

 

 余談だが、院長は下戸で全く酒が飲めない人種である。

 そこから、もっと調べてみることにした。

 

「コーヒー」

「これもまた、飲む人間が限定されるな。私達は普通に朝とかに飲むが」

「スープと粉末ドレッシング」

「粉末のドレッシングってなんだよ。全く想像出来ねぇぞ……」

「文房具」

「これは…コメントに困るな」

「フレーバーティー」

「チョコと並んで真面そうな土産だな。候補その2だ」

「クリスマスグッズ」

「使う時期が限定的過ぎるだろ……」

「ワイン」

「ビールと一緒。論外だ」

「オーガニックコスメ」

「……もういいわ」

 

 かなりの数を検索したが、普通に良さそうなのは少ししかなかった。

 

「……チョコとフレーバーティーのどっちかにするわ」

「そうしてくれ……」

「文化の違いって凄いんだな……」

 

 外国生まれながらも、もう完全に身も心も日本に染まってきているソンネン達は、改めて海外の凄さを知ったような気がした。

 

「しっかしよ、お前はドイツ語とか話せるのかよ?」

「その辺は、翻訳アプリとか使えば大丈夫なんじゃないか?」

「最近のアプリは便利だしな」

「迷子とかになるなよ?」

「ならねぇよ!」

 

 その後、鈴が戻ってきてから盛り上がっている面々に混ざり、一切の躊躇も無くコスメ系の土産を三人に買ってくるように一夏へと要求したのだった。

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

 そんな事があった日から次の日。

 中庭にあるベンチでのんびりと日向ぼっこをしていた三人の元に、再び束から着信が来た。

 

「またかよ。あいつ、どんだけ寂しがり屋なんだ?」

「そう言うなソンネン。誰にだって、昔の知人と無性に会話をしたくなる時があるものだ」

「そんなもんか」

「それよりも、早く出てやったらどうだ? さっきからずっと鳴ってるぞ」

「おっと」

 

 地味に忘れかけてしまったので、慌てて電話に出ることに。

 

「もしもし?」

『もしもし! ソーちゃん!?』

「おう束。……お前どうした? なんか今日は様子が変だぞ?」

『ちょっと大変なことが起きそうになってて! 近くにデューちゃんとナーちゃんはいるっ!?』

「私達ならここにいるぞ」

 

 ソンネンは、二人も会話に参加出来るようにスピーカー状態にして耳から離した。

 

「マジでどうしたんだ? いつものアンタらしくない」

『ここじゃ言い難いんだよね……。もしかしたら、何者かに通信を傍受されている可能性もあるし……』

「傍受…だと。それはまた穏やかではないな」

『まぁね……。それでさ、近いうちに私達の所に会いに来て貰えないかな? 勿論、三人揃ってで』

「いや、会いに行くって言われてもな」

「私達は、現在そちらがどこにいるのかさえも全く把握していないのだぞ?」

「それで、どうやって会いに行けって言うんだ? そっちからは来られないのか?」

『そうしたいのは山々なんだけど、ほら…私が行ったらさ、孤児院の皆に迷惑を掛けちゃうし……』

 

 束も束なりに、個人の事はかなり気に欠けていた。

 というのも、実は彼女も過去に何回か孤児院に来たことがあり、その際に院長や小さな子供達と密かに仲良くなっていたのだ。

 

「……そっか。その気遣いを無下には出来んな。私達はどうしたらいい?」

『取り敢えず、こっちから迎えに行くよ。待ち合わせは……今週の日曜、私達が最初に会った公園でどうかな? そこなら分り易いでしょ?』

「了解した。何か持っていく物などはあるか?」

『それは大丈夫。また三人と会えるのを楽しみにしてるよ。紹介したい子もいるしね』

「アンタが紹介したい子…ね。それは興味があるぜ」

『きっと仲良くなれると思う。それじゃ、今日はこれで』

 

 呆気なく会話を切り上げてから、束から通話を切った。

 いつもならば、こちらが幾ら言っても切ろうとしないのに、だ。

 

「……本当に、何があったというのだ…」

「…あまりいい予感はしねぇな」

「オレの爺さんが言ってた。『良い予感ほど外れて、悪い予感ほどよく当たる』ってな……」

「それが現実にならないように信じるしかないな……」

 

 何とも言えない気持ちを内包して、三人は静かに空を見上げていた。

 

 

 

 

 




今回は敢えて短め。

なんせ、本当の意味での『プロローグ』ですから。


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立ち上がる時

まずは『あの子』との出会い。

そして、次回は……?












 束との約束の日。

 ソンネン達三人は、院長に一言言ってから孤児院を出掛け、そのまま真っ直ぐに約束をした公園に向かった。

 

「お?」

「む?」

「あ?」

 

 三人が公園に到着すると、其処には既に束の姿があった。

 少し背は伸びているようだが、それ以外は全く変わっていないようだった。

 

「ソーちゃ~ん! デューちゃ~ん! ナーちゃ~ん!」

 

 大きく手を振りながら三人を呼ぶ束。

 休日だからなのか、公園には人影が疎らだったからよかったものの、これが子供達で賑わっていたりしたら、かなり恥ずかしかっただろう。

 

「久し振り! 元気だった?」

「当たり前だ。そっちこそ、相変わらず元気そうじゃねぇか」

「天才だからね!」

「それは関係ないだろう……」

 

 健康である事と天才であることがどう繋がるのか。

 それが分かるのは言った本人だけだろう。

 

「にしても……」

 

 すっかり女性らしく成長した三人の体をマジマジと観察する。

 それを見て、ソンネンとデュバルは嫌な顔をし、ヴェルナーは全くの無反応。

 

「いや~…見事に美幼女から美少女に進化したね~♡ これは、あと数年後が本当に楽しみだにゃ~♡」

「「どこを見てるんだよ!?」」

「胸とかじゃないか?」

「「分ってるよ!」」

 

 自分の胸を両手で隠しながら、ワーキャーと叫びだすソンネンとデュバルに対し、ヴェルナーはなんとも淡泊な反応。

 どれだけ年月が過ぎても、全く変わっていない三人の関係を見て、束は優しく微笑んだ。

 

「どれだけ時間が経っても、三人は本当に変わらないね……」

「そりゃそうだろ」

「時間と共に体は成長しても、心まではそう簡単には変わらないものだ」

「そうだね」

 

 この子達なら大丈夫。

 根拠などは無いが、何故か不思議とそう思った。

 

「それじゃ、ここでずっと話してるのもなんだし、早速行こうか?」

「行くって……」

「どこに?」

「私の移動式研究室だよ♡」

「「「は?」」」

「ほらほら! 私についてきて!」

「ちょ…おいっ!?」

「強引だな……」

「ははは! 本当に全く変わってないな!」

 

 ソンネンの車椅子を押していこうとし、それを急いで追いかけるデュバルとヴェルナー。

 彼女達は束に案内されるがままに公園近くの路地裏まで連れてこられた。

 

「流石に研究室をここに持っては来れなかったからね。私のお手製小型ロケットでここまで来たんだ」

「いや…それはいいんだけどよ……」

「デザインが……」

「ニンジンだな」

 

 そう。ニンジンだった。

 かなり大きくて、鋼鉄製でバーニアがあって、ど真ん中に入り口と思われるものがあるのを除けば、形だけはとても立派なニンジンだった。

 

「可愛いでしょ?」

「頼むから…私達が本気で反応に困る代物を作らないでくれ……」

「えぇ~っ!?」

 

 仮にデュバル達でなくても、誰もが反応に困るだろう。

 千冬辺りは頭を抱えてしまうかもしれない。

 

「これで、お前さんの『移動式研究室』とやらに向かうのか?」

「そのとーり! ささ、行くよ~!」

 

 そのまま、車椅子に乗っているが故に抵抗が出来ないソンネンがニンジンロケットの中へを運ばれて、それについていく形でデュバルとヴェルナーもロケットに乗った。

 

 後に三人は口を揃えてこう語っている。

 

「意外と乗り心地は良かった」と。

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 時間にして30分程度か。

 ロケットに揺られながら到着したのは、三人もよく知っている、嘗て篠ノ之家にあった束の部屋を忠実に再現した彼女の研究室。

 

「着いたよ~!」

 

 ニンジンロケットのハッチを開けて、来た時と同じようにソンネンの車椅子を押し、その後からデュバルとヴェルナーが着いていく。

 

「研究室って言うもんだから、てっきり凄い場所かと思ってたがよ……」

「まるっきり、あの部屋の再現だな」

「だな。お蔭で、懐かしい気持ちにすらなりやがる」

「でしょでしょ~? これには流石の束さんも苦労したんだよ~うんうん」

 

 などと話しながら進んでいくと、前方に銀色の長い髪を持つ少女が立っていた。

 

「お帰りなさいませ、束さま」

「ただいま~クーちゃん」

「はい。それで、その方たちが……」

「そう! 前に何度も話したソーちゃんとデューちゃんとナーちゃんだよ!」

 

 基本的に千冬や家族、自分たち以外に心を開かない束が、謎の少女と仲良さげに話している事実に、ソンネンとデュバルは本気で驚く。

 ヴェルナーはなんとも思っていないようだが。

 

「初めまして、ソーちゃんさま。デューちゃんさま。ナーちゃんさま。私は束様の助手をしております『クロエ・クロニクル』と申します」

「お…おう。よろしくな。オレはデメジエール・ソンネンだ」

「ジャン・リュック・デュバル。よろしく」

「ヴェルナー・ホルバインだ」

 

 自分達と同い年か、少しだけ幼い少女。

 銀色の髪という珍しい髪色なのに、三人は全く気にしてはいなかった。

 

「予想通り。クーちゃんと三人はすぐに仲良くなれそうだね」

「束。もしかして、電話で話してた『会わせたい奴』ってのはコイツのことか?」

「そうだよ。クーちゃんとは少し前に会ってね。まぁ…色々あって、普通の子のようにするのは少し難しくてね……。安易に外には出せない以上、何とかして同年代の子のお友達を作ってあげたいと思っててさ……」

 

 普段ならば決して見れない、束の『人間』としての顔。

 それを見せられて、黙っているような三人ではない。

 

「なんだよ。それならそうと早く言いやがれ」

「私達ならば、いつでも歓迎するぞ」

「え…? ほ…ほんと?」

「こんな事で嘘なんかつくかよ」

「皆さん……」

 

 呆気なく友達になる事を了承した三人を見て、この子達を選んだのは絶対に間違いじゃなかったと確信した。

 もしかしたら、こんな子達こそが、本当の意味で世界を変えてくれるのかもしれないと。

 

「よろしくな、クロエ」

「よかったら、いつでも私達の孤児院に遊びに来るといい」

「いつでも歓迎するぜ。きっと、今以上に友達が増えるだろうし」

「は…はい! その時はよろしくお願いします!」

 

 ここに新たな絆が生まれた。

 こうした『繋がり』が、いつの日か彼女達にとって最強の武器になる日が来るかもしれない。

 

「さて…と。新しいダチ公も出来た所で、今日呼ばれた一番の理由を聞かせて貰おうか?」

「うん…そうだね。分かったよ。クーちゃん、今から例の話をするから、三人にお茶を淹れてきてくれるかな?」

「分りました、束さま」

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 クロエが奥にあるキッチンに向かって、それを見計らって束が三人をテーブルに着かせる。

 

「まずは、これを聞いてくれるかな?」

 

 束が傍にある機器を操作すると、若干のノイズと共に複数の人の声らしきものが聞こえてきた。

 

『それは本当なのか?』

『間違いない。今度のモンドグロッソに、ブリュンヒルデは自分の弟を連れていくつもりらしい』

『その情報が本当なら、今度の任務の難易度がかなり変わるな』

『そうね。ブリュンヒルデの優勝阻止……その弟君を誘拐でもすれば、あのお優しい戦乙女さんなら迷わず試合を放棄して駆けつけようとするでしょうね』

『別に奴と戦う必要はない。素人のガキ一人を誘拐すれば、それで任務達成なんざ、かなり楽だぜ』

『けど、大会会場にはドイツ軍が警備として配備されている。人員とISは出来る限り多い方がいいわね』

『了解だ。その方向で準備を進める』

 

 ここで音声は終わった。

 三人は少女としての顔を消し、完全に軍人としての表情を出していた。

 

「これは?」

「ちーちゃんがISの操縦者になる道を選んでから、私は密かにちーちゃんの周辺を見守っててた。それが、私なりの責任だと思って」

 

 束の言葉に、三人は黙って耳を傾けていた。

 

「そんなある日。その日も私はちーちゃんの周りを観察ししていたんだけど、その時に偶然にもこの会話を傍受したんだよ。恐らく、何らかの形でどこかの通信に繋がってしまったんだと思う。かなり奇跡的な確率だけどね」

「お前さんなら、自力でも出来そうだけどな」

「やろうと思えばね。で、聞いてしまった。いっくんの誘拐を企む連中の会話が。そんな事を聞かされたら、黙っているわけにはいかなかったから、まずはこの連中の事を徹底的に調べた」

「で、分かったのか?」

「一応ね。声だけで特定するのは難しいから、この通信電波を傍受した場所から探っていった。それでもかなり苦労したけどね」

 

 テーブルの上に自分の両肘を乗せて、束はいつも以上に真剣な顔になる。

 

「『亡国機業(ファントム・タスク)』。それが、連中の名称」

「組織…なのか?」

「第二次世界大戦時から存在している組織らしいけど、詳細は完全に不明。私でも探れなかった」

「お前が?」

「資料自体が全くないんだよ。まるで『亡霊』のように…ね」

「亡霊……か」

「御大層な名前をしてるけど、やってることはテロリストなんだけどね」

「結局はそれかよ……」

 

 元軍人として、テロに対しては色々と思うところがあるのか、三人は複雑な顔をする。

 

「名目上は『今の世界を壊して、新た世界を創造する』らしいけどね」

「分かった。要はバカとアホとマヌケと中二病の集団ってことだな」

「身も蓋もないな……」

「けど、強ちソーちゃんの言ってることも間違いじゃないよ。一番の問題は、そんな危ない思想を持つ連中が、ISを初めとする武装を実際に保持している点」

「ISもあるのか……」

「独自開発をしているってよりは、色んな国や企業を襲撃をして強奪してるみたい」

「それじゃあ、テロリストってよりは、ただの盗人野郎じゃないか」

 

 盗人野郎。

 ヴェルナーのその一言を聞いて、ソンネンはある人物の事を思いだす。

 

(今までずっと考えないようにしてたけど、オレ達がこうして別の世界に生まれ変わってるって事は、まさか…あの時の『連邦の盗人野郎』も同じように生まれ変わって……。いや、まさかな…。こんな偶然、三度も四度もあってたまるかよ。オレ達と同じように、あの艦に乗ってた人間ならともかく、敵対してた奴がそんな……)

 

 そこまで考えて、いつの間にか手に滲んでいた汗を自分の服で拭いた。

 

「一夏を誘拐して、千冬さんの優勝を阻止する……か」

「なんでまた、そんな回り諄い事をする? こう言ってはなんだが、大会そのものを妨害するのではダメなのか?」

「これはあくまで私の予想なんだけど、あいつらは今までもずっと歴史の陰に潜んで活動をしてきた集団だから、何をするにしても派手な事は出来ないんじゃないかって思う」

「ISの強奪はしてるのにか?」

「それに関しても、ムカつくぐらいに手口が鮮やかなんだよね。証拠は完全に消して、目撃者は全て消している」

「向こうさんも徹底的だな……」

「そうなの。だからこそ、こっちも同じような手で行くしかない」

 

 ここで、クロエがトレーに五人分の茶を乗せて戻ってきた。

 

「お持ちしました」

「あ。ありがとね」

「サンキューな」

「頂こう」

「うん。美味い」

 

 クロエも四人と同じようにテーブルに着き、話に参加することに。

 

「本当ならよ、こんな事は自衛隊とかに任せるのが一番懸命なんだろうが……」

「この音声データだけじゃ動けないだろうな。自衛隊の人間自体は良識ある人間達が多いだろうが……」

「その上にいる政治家達が絶対に動かない。最悪の場合、誘拐を黙認して、それすらも自分達の利益を生むための道具にしかねない」

「君達の言ってる通りだよ。だからこそ、ソーちゃん達をここに呼んだんだ」

 

 束からすれば、本当に藁にも縋るような思いだったのだろう。

 立場上、束は公には動けない。

 故に、彼女に代わって現場で動いてくれる存在が必要になる。

 本当は彼女達を巻き込みたくなんてない。

 だけど、この状況で一番頼れるのが彼女達なのも、また変えようのない事実なのだ。

 

「アンタに頼られるのは嫌じゃない。けど、オレ達に何をさせる気なんだ? こう言っちゃなんだが、今のオレ達に出来る事なんてマジで限られるぞ?」

「それなら大丈夫ですよ」

「前に、三人の専用機を作ってるって話を覚えてるかな?」

「え? あ…あぁ…そういえば、そんな事を言っていたな……まさかっ!?」

「そう! 当日、三人には専用機に乗って現場に行ってもらって、あいつ等を撃退して、いっくんの誘拐を阻止して欲しいんだ!」

「本気かよ……」

 

 余りにも大胆な事を言い出した束に、ソンネンは車椅子からずれ落ちそうになった。

 だが、束の目がどこまでも本気である事を告げている。

 

「取り敢えず、まずは現物を見せるよ。クーちゃん」

「はい。ソンネンさんは私が押していきます」

「さ。行こ?」

 

 




次回、遂に『あの三機』が登場!

座して待て!


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蘇る愛機

ここまで本当にお待たせしました。

遂に…遂に登場です!

それと、ここでちょっとした報告なのですが、急遽として思いついた話がありまして、そのせいで原作開始が少し遅くなります。

簡単に説明すると、原作でも語られていた、千冬がドイツにいた頃の話を書こうと思っています。
その際、本当は原作開始と同時に出そうと思っていた大佐と砲術長を少し早目に登場させます。
その代わりに、三人娘たちの出番は暫くお休みですが。






「こっちだよ~」

 

 束とクロエに導かれるまま、研究室の奥まで連れて行かれると、其処には大きな布で隠されている三つの『物体』があった。

 一つは縦に長く、二つ目は横に長く、三つ目は空中にアームで固定されるようにして浮いていた。

 

「ここは昔よりは広くしてあるんだな」

「あの頃は部屋の都合上、やれることが限られてたからね~。でも、ここだと自分に合わせて好きなだけ拡張出来るから便利だよ」

「文字通りの『自分だけの城』って訳か」

 

 誰もが一度は憧れる『自分だけの家』。

 それを束は自力で作り上げた。

 それだけ普通に驚愕すべき事だった。

 

「皆さんは、束さまの昔の部屋をご存じなんですよね?」

「一応な。つっても、内装は今と殆ど変わってないぞ」

「変化があるとすれば、ハンガーが広くなったぐらいか」

 

 そんな風に話しながら、三人はそれぞれに三つの物体の傍まで近づいていった。

 ソンネンは横長の所へ、デュバルは縦長、ヴェルナーは浮いてる物の場所へ。

 

「束……この布…取ってもいいか?」

「勿論。この機体達を製作したのは確かに私だけど、でも…この子達の真の相棒は間違いなく君達だよ」

「そうか……」

 

 布の端を掴み、三人がほぼ同時に全力で腕を振り、布を取り去った。

 その下から現れたのは、嘗て自分達と一緒に戦場を駆け抜けた、掛け替えのない相棒が、この世界の技術で新たに生まれ変わった姿だった。

 

 まず、束はデュバルの傍まで行って、大きく目を見開いて体を震わせ、呆然と立ち尽くしている彼女の肩にそっと手を置いた。

 

「どう? ISとなって新生したデューちゃんの相棒は?」

「……どう言えばいいのか分らない程に感動している。私は……私は……」

 

 いつの間にか涙が頬を伝い、ゆっくりと束の方を向く。

 

「型式番号『EIS-10 ヅダ』。番号自体は元となった機体を捩ってつけさせて貰ったよ。他の子達もね」

「スペックは……」

「問題なし。ちゃんと、エンジン周りや装甲の問題点を全て解決した上で、ISのサイズに原型機の性能をそのまま再現することに成功したよ」

「あ……あぁぁ……!」

 

 遂に感極まったのか、デュバルはその場に座り込んでから、両手で自分の顔を覆って泣いてしまった。

 

「今日ほど……生きていてよかったと思ったことは無い……。ありがとう……今の私には…それしか言うべき言葉が見つからない……」

「お礼を言うのは、寧ろこっちの方だよ。君達三人がいてくれたから、私は沢山の新しい発見が出来たし、人としての道を踏み外さずに済んだ」

「うん……うん……」

 

 その後、クロエからティッシュを貰うまで、ずっとデュバルの涙が止まることは無かった。

 

「ぐず……武装の方はどうなっているんだ?」

「それもちゃんと再現してる。『IS用マシンガン』に『IS用バズーカ』。『シュツルム・ファウスト』を二基にヒート・ホーク。おまけに『対艦ライフル』もあるよ」

「シールドに装備してあるクローは?」

「バッチリ装備済み」

「最高だ……!」

 

 涙を拭った彼女の顔は、少女の顔から一気に戦士としての顔へと変わる。

 己の分身とも言うべき機体が自分の元へと舞い戻って来たのだ。

 いつまでもヅダに情けない姿は見せられない。

 

「もう大丈夫?」

「あぁ。他の二人の所に行ってやってくれ。説明があるんだろう?」

「うん。フォーマットとかは後で纏めてやるからね」

「了解だ」

 

 転生をして初めて、心から嬉しそうに笑うデュバルの姿を背に、束はソンネンがいる場所へと向かった。

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

「また……会えたな……」

 

 ソンネンの眼前には、全身をダークグリーンに染めた一台の戦車…否、ISがあった。

 通常のISと比べれば、頭頂高は若干低いが、その代わりに全長がかなり大きい。

 

「これは正確にはISじゃないんだよ」

「じゃあなんなんだ?」

 

 隣まで来ていた束の言葉に疑問を感じ、思わず聞き返す。

 

「これが嘗ては『MT(モビル・タンク)』ってカテゴリーに分類されていたことに敬意を表してね、ISにも新しいカテゴリーを設けたんだよ」

「それは……」

「その名も『インフィニット・タンク』。通称『IT』だよ」

「インフィニット・タンク……」

「そして、この子はその試作一号機」

 

 ソンネンの車椅子を押して、機体を正面から見れる位置に移動する。

 

「型式番号『YIT-05 ヒルドルブ』」

「……束。色々と聞いてもいいか?」

「なんなりと」

 

 鋭く目を光らせながら、ソンネンの質問攻めが始まった。

 

「最大射程距離は?」

「32~35㎞」

「最高速度」

「110㎞/h」

「武装」

「主砲一門。スモーク・ディスチャージャー四基。IS用マシンガン二丁」

「使用弾種」

通常榴弾(HE)対戦車榴弾(HEAT)対戦車焼夷榴弾(HEAT/I)粘着榴弾(HESH)徹甲弾(AP)装弾筒型徹甲弾(APDS)装弾筒型翼安定徹甲弾(APFSDS)対空用榴散弾(type3)

 

 そこまで言い終えてから、ソンネンはいきなり隣にいる束の体に抱き着いた。

 車椅子に乗っているので、彼女のお腹を抱く様な形になっているが。

 

完璧(パーフェクト)だ……! アンタ…マジで最高だぜ……」

「ご期待に添えてよかったよ…って、泣いてる?」

「泣いたら悪いのかよ……。もう二度と会うことは無いと思ってた相棒にまた会えたんだ……誰だって泣きたくなるだろうが……」

「そうだね……うん。泣いていいよ」

「あぁ……」

 

 静かに涙を流すソンネンの頭を優しく抱きながら撫でている束の姿は、とても微笑ましく見えた。

 千冬や箒辺りが見たら『別人だ!』と叫びそうな程に。

 

「もういい…大丈夫だ。悪かったな、みっともない姿を見せちまって」

「気にしてないよ。ソーちゃんの泣いてる姿は凄く可愛かったから、束さん的には非常に役得でした」

「言ってろ。でだ。改めて聞きたいことがあるんだけどよ」

「何かな?」

「この『ヒルドルブ』は、オレのように足が動かない奴でも大丈夫なのか?」

「というか、この子は最初からソーちゃんが乗ることを前提に設計してるから、その辺は全く持って大丈夫。障害者用の車みたいに、殆どの操作は手元で出来るようにしてあるし、一部の操作はビット兵器の応用で脳波コントロール出来るようになってる」

「戦車乗りの魂を振るわせてくれるような仕様にしてくれるじゃねぇか……!」

 

 少女の体に生まれ変わっても、その内に眠る獰猛な『戦車乗り』としての意志は消せない。

 逆に、これまでずっと燻らせてきたお蔭で、前世の時以上に燃え上っていた。

 

「それとは別に、実はヒルドルブに関しては面白い事を考えててね」

「なんだそりゃ?」

「それは、もう少ししてからのお楽しみ」

「ま、アンタなら大丈夫だろ」

 

 それだけを言い残して、束はヴェルナーの所に向かうことにした。

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 ソンネンとデュバルが説明を受けている間、ずっとヴェルナーは目の前の機体を眺めていた。

 

「気に入った?」

「気に入るってよりは、驚いたってのが素直な感想だな」

「でも、嬉しそうだよ?」

「かもな。少なくとも、嫌な気分じゃない事だけは確かだ」

 

 アームで固定されている機体は、ヴェルナーが知っている物とは一部がかなり違っていた。

 その一部とは、最も重要な部分である『制御ユニット』だった。

 

「なぁ…あの『本体』は……」

「やっぱり、そこが気になるよね。いいよ、教えてあげる」

 

 束はいつの間にか手に持っていた端末を操作して、空中に投影型ディスプレイを出した。

 

「この『本体』の部分は、前にも言った『デュノア社』の開発した量産型第二世代機『ラファール・リヴァイヴ』で代用した。機体色は元の機体に合わせて青く塗り替えたけどね」

「みたいだな。前に雑誌でラファールって機体を見たことがあるが、デフォルトの色は緑だったな」

 

 緑色の機体と言えば、ヴェルナー的にはザクを彷彿とさせるのだが、海兵だった彼女は一度も乗ったことが無いので、そこまで思い入れは無かった。

 

「拡張領域内には最低限の武装は内蔵してる」

「例えば?」

「アサルトライフルを二丁に、近接ブレード」

「ライフルはともかく、ブレードなんて絶対に使う機会なんてないだろ……」

「念の為だよ」

「ふ~ん……」

 

 そこまで気にしていないのか、いつも通りの顔で見上げた。

 

「機体名はどうなってる? ここまで変わっちまったら、流石に別の名前になってるんだろ?」

「う~ん…そこらへんは別に気にしなくてもいいと思って、元の名前をそのまま採用してるよ?」

「マジか」

「型式番号『ISM-07M ゼーゴック』。原型と同様のシステムを内蔵してる」

「同様のシステムってことは、モビルダイバーシステムか」

「能力は同じでも、ここの名称は流石に変えてるけどね。名付けて『インフィニット・ダイバーシステム』だよ」

「インフィニットダイバー……無限の潜航者…ね」

 

 宇宙から地球という海へとダイブする。

 一見すると無謀を通り越して机上の空論と思われても仕方のない戦法を、実際にやってのけるのが、このゼーゴックなのだ。

 成層圏から仕掛けられる超高高度からの強襲なんて、誰も予想すらしないだろう。

 

「制御ユニットの方は納得した。一番肝心な『LWC』の方はどうなってる?」

「そっちもバッチリだよ!」

 

 ゼーゴックの隣に並ぶようにして、一機のコンテナと三種類の兵装があった。

 ぞのいずれもが、ヴェルナーのよく知っている物ばかりだ。

 

「大量兵器輸送コンテナ。通称『LWC』。そして、LWCに装備される三種類の大型換装パッケージ」

 

 固定アームが移動し、一つ一つのパッケージを前に出していく。

 

「第一種兵装である大型ミサイル四基『マルチ・ミサイル・バス』。第2兵装である28連装ロケット弾ポッド4基『R-1(アール・アイン)』。そして……」

「第三兵装である、高出力拡散ビーム砲『クーベルメ』…か」

「正解。言っておくけど、このクーベルメは5秒以上の照射で爆発するなんてことは無いからね?」

「分ってるよ。あんたがそんな雑な仕事をするなんて微塵も思ってないさ」

「ナーちゃんって、本当に素直な子だよね……?」

「そうか? オレは単純に思ってることを言ってるだけだが……」

「それが『素直』なんだよ。今時の子には無い魅力なのかもね」

 

 そんな事を言われても、ヴェルナーにはサッパリだ。

 どこまでも真っ直ぐに、愚直に、前だけを見続ける。

 それがヴェルナー・ホルバインという人間なのだから。

 

「いざとなったら、リヴァイヴを切り離しての緊急離脱も可能だよ」

「文字通りの最終手段って訳か。了解だ。覚えておくぜ」

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

「これで、一通りの説明は終わったよ。何か質問は?」

「この機体達に関しては、今のところは何もない。だが、他の部分で聞きたいことがある」

「なにかな~?」

「私が持っていた、あのUSB…あれには、他の機体のデータも入っていたりしたのか?」

 

 デュバルは、ずっとその事が気になっていた。

 自分が死に際まで所属していた、あの『第603技術試験隊』には、自分達が死んでからも様々な機体が送り込まれたはずだ。

 ヴェルナーの『ゼーゴック』がいい例だ。

 『ヅダ』と『ヒルドルブ』、『ゼーゴック』のデータが入っていたのならば、それ以外のデータも入っていておかしくない。

 

「……うん。実は、他にも色々と興味をそそられるデータがあったよ。特に…あの、赤くて巨大な機体は……」

「赤い機体?」

「ううん! なんでもないよ!」

 

 赤い機体と言えば、連想するのは『赤い彗星』シャア・アズナブル少佐の機体か、もしくは『深紅の稲妻』ジョニー・ライデン少佐の機体ぐらいか。

 だが、そのどちらもが自分達とは全く接点がない。

 否、シャアの方だけはほんの少しだけ接点が有るが、その事を彼女達は知らない。

 

「まぁいい。どんなデータであれ、束ならば悪用はしないだろうからな。あのUSBは引き続き、貴女に預けておこう」

「ありがとね。じゃ、今から三人の専用機の『最適化処理(フィッティング)』をしようか?」

「コアの『初期化(フォーマット)』はいいのか?」

「その必要はないよ。この子達に使ってるコアは、私が一から作った特製だから」

「だと思ったよ。なら、さっさと始めようぜ。幾ら早めの時間帯に着たとはいえ、時間は惜しいからな」

「ソーちゃんの言う通りだね。じゃ、三人共コクピットに乗ってね。あ、ソーちゃんは乗り方を教えるから。クーちゃん、ちょっと手伝って」

「分りました、束さま」

 

 その後、何事も無く作業は終了し、三人は秘密裏に前世での相棒との再会を果たすと同時に、それ等を自分の専用機として手に入れたのだった。

 

 これが後に、世界中に『第603技術試験隊』の名を轟かせる最初の切っ掛けになろうとは、誰も予想すらしていなかった。

 

 

 

 

 

 




まだ実際に動くのは先ですが、それでも…出せました!

でも…まだだ! まだ出してないキャラや機体があるから、ここで満足はしませんよ!



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闇の中で胎動する宿命

三人の機体の本格始動はあと少し。

その前に、この作品における重要なキャラの一人である『あの人』に登場してもらいます。






 三人が束から専用機を受領した帰り道。

 帰りもまた束特製のニンジン型ロケットにて公園まで送って貰い、そこから孤児院へと帰っていた。

 思っているよりも時間は経っていなくて、まだ昼の三時を少し過ぎた辺り。

 帰るにはまだ早いような気もするが、かといって他に外での用事なども無いので、ここは大人しく帰路につくことに。

 

「なんだか、とんでもない事になってきやがったなぁ……」

「そうだな。まさか、一夏の誘拐を企む者達がいようとは……」

「しかも、相手はかなりデカい組織。こりゃ、一筋縄ではいかないな」

 

 余りにもいきなり過ぎる展開に、三人は大なり小なり困惑をしていた。

 だが、軍人時代は突発的な事件なんて日常茶飯事だった。

 それを考えると、彼女達がどれだけ、この世界で一般的な少女としての生活に馴染んできたかが伺える。

 

「しかも、それに対抗する為に『あんな物』まで用意してやがってたとはな……」

「驚きはしたが、それは嬉しい意味での驚きだったな」

「これで…オレ達も晴れて一般人じゃ無くなっちまった訳か」

 

 そう呟くヴェルナーの首には、眩しく光る銛の先端を模したペンダントがあった。

 

「フッ…コレがゼーゴックの待機形態だなんて、皮肉なもんだな……」

「ヅダの待機形態は青い羽根飾りだ」

「お前らはいいじゃねぇか。ヒルドルブなんて、この車椅子が待機形態なんだぜ?」

「そうだったな」

「流石にそれには驚いたよな。でも、丁度いいんじゃないか? 前の機能は失われてないんだろ?」

「一応な。本当の意味でISになっちまったからな……」

 

 ソンネンが座っている車椅子の形状自体は全く変化はしていないが、ヒルドルブの待機形態として束に改造されたことにより、より一層、車椅子という存在から離れていってしまった。

 

「恐らく、この車椅子は最初から、ISに改造する事を前提に設計されていたのかもしれないな」

「そう言えば、その万能車椅子も束の作品だったな」

「かなり長い間使ってるから、すっかり忘れてたぜ」

 

 束お手製の車椅子を使い始めてからかなりの年月が経っているのだが、まだまだ普通に現役で動いている。

 実は、定期的に束が密かにやって来てメンテをしてくれているのだが、それでも本当に息が長い。

 

「ソンネンは物持ちがいいんだな」

「そう…なのか? 自分じゃよく分らん」

 

 道には誰にもいないのをいいことに、割と危ない話を平気でする面々。

 といっても、ちゃんと伏せるべき所は伏せているのだが。

 

「で、ついでにこんなもんまで貰っちまったしな」

「これまた、束が自ら作り上げた『特製小型シミュレーター』か」

「まだ一夏はドイツには行ってないからな。オレ達が動き始めるのは、あいつが向こうに行く時と同じ日だ」

「まず間違いなく、休日か祝日の日に行くだろうから、その点に関しては大丈夫だな」

「となれば……」

 

 ソンネンの膝の上に置かれた、紙袋を見つめる。

 

「今はとにかく、このVR擬きで特訓するしかないわな」

「あぁ。流石にこの周囲で実機を使った訓練は出来ないしな」

「へへ……やっぱり、オレ達みたいな荒くれ者にはこれぐらいが丁度いいって事だよな」

 

 そこで全員が黙ってしまう。

 別に悲壮感が漂っているわけではない。

 寧ろ逆で、三人の目はどこまでも闘志に燃えていた。

 

「時間は余り残されてはいないだろうが……」

「オレ達にやれる事は全力でやろうぜ」

「了解だ。少佐殿」

 

 不敵な笑みを浮かべながら、三人はコツンと拳をぶつけた。

 前世においては共闘は愚か、こうして出会って会話をすることも無かった三人が、こうして同じ世界、同じ場所に集って一つの目的の為に力を合わせる。

 しかも、三人は同じ艦に乗っていたにも拘らず…だ。

 ただ、乗艦した時期が違っただけで、その根底にあった目的は全くの同じだった同志達。

 もう迷いはない。後はもう、進むだけだ。

 

「第603技術試験隊…再結成ってか?」

「たった三人だけだけどな」

「いいではないか。ここにはいない彼らの分まで、今は私達がその名を背負っていこう」

 

 同時に頷き、一緒に空を見上げる。

 運命の日は……近い。

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 某国 女性権利団体地下施設

 

「や…やめなさい! 貴女は自分が何をしているのか分っているのっ!?」

「ちゃぁぁんと分っているさ……。オレはただ、与えられた自分の仕事をしているだけだ」

 

 そこは格納庫と思われる場所だが、辺りに漂っているのは鉄と油の匂いではなく、血と尿の匂いだった。

 

 ISスーツを着ている成人女性が恐怖に震えながら尻餅を付いて目の前で銃を構えている少女を見ている。

 彼女に銃を向けている少女は、病的なまでに肌が白く、銀色の眩しい髪がよく映える。

 間違いなく美少女と言っても差し支えない彼女ではあるが、その左目につけている眼帯と、全身から溢れ出る猛々しい雰囲気のせいで、並の人間では絶対にお近づきになろうとは思わないだろう。

 

「オレの任務はな……『女性権利団体にスパイとして潜り込み、所有している情報とISと資金を全て強奪した上で、構成員を全て皆殺しにする』ことなんだよ」

「なん…ですって……!? じゃあ、入団時に言っていた忠誠の言葉や姿勢なんかは……」

「全部、お芝居に決まってるだろうが。誰が、お前らみたいな糞虫共に忠誠なんて誓うかよ」

「騙したのね……!」

「騙される方が悪いんだよ。つっても、お前らみたいな連中は騙されても文句とか言えないと思うけどな」

 

 自分の中にある鬱憤を吐き捨てるかのように、その場に唾を吐き出す。

 唾は、近くに転がっている女の部下の遺体の顔にかかった。

 

「こ…こんな所で終わってたまるもんですか! 私達には、神聖なるISを使って、この世界を選ばれし民である女だけの楽園へと変える偉大なる使命があるのだから!!」

 

 なんとかして立ち上がり、一番近くにあるIS『ラファール・リヴァイヴ』に触れようと試みるが、その目論見は呆気なく少女の持つ銃から放たれた弾丸によって阻まれる。

 

「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」

 

 銃弾は女の右腕と正確に撃ち抜き、その肢体をコンクリートの床へと投げ出させた。

 

「ま…まだよ……まだ…私は……」

「はぁ……性根が腐ってやがる癖に、こうも往生際が悪いと、本気でテンションが下がっちまうな」

 

 必死にリヴァイヴへと震える腕を伸ばしている女を追い越し、逆にそのリヴァイヴに搭乗してしまう少女。

 そのまま、リヴァイヴを纏った状態で女の事を無感情の目で見降ろす。

 

「篠ノ之束には本気で同情するぜ。自分の世紀の発明品を、こんなゴミにいいように利用されちまってるんだからな」

「篠ノ之博士こそが我ら女性を導く新世界の神!! その偉大なお方を侮辱することは許さない!!」

「侮辱なんてしてねぇよ。寧ろ、可哀想って思ってるよ」

 

 その手にアサルトライフルをコールして、銃口を女へと向けた。

 先程までの対人用の銃とは違い、IS用の銃を生身の人間がくらえば、文字通り一溜りも無い。

 肉片を飛び散らせながら木端微塵になるだろう。

 

「じゃあな。革命家ごっこの続きは、お仲間達と一緒に地獄でするんだな」

「なんで! なんで理解しようとしない!! お前だって私達と同じ『女』だろうに!!」

 

 その言葉を最後に、一発の銃声と共に女の脳天は粉々に消し飛んだ。

 生々しい肉音と共に、弾け飛んだ脳が辺りに散らかる。

 

「生憎と、体は『女』でも、中身は立派な『男』なんだよ」

 

 心から詰まらなさそうにしながら、大きな溜息を吐きながらリヴァイヴから降りると、そこにヒールの音を鳴らしながら他の女性がやって来た。

 警戒をしていない様子から、どうやら仲間のようだ。

 

「お見事。まさか、たった半年でこいつらを壊滅させるなんてな」

「どんなに粋がっていても、所詮は権力を持っただけの素人集団だ。外からならともかく、中から殲滅することは非常に容易い」

「それにはアタシも同感だが、それを実際に出来ちまうのは、また別問題だと思うぞ?」

「……そうかもな」

 

 女性から煙草を一本貰ってから、彼女の持つライターで火を着けて貰う。

 煙を肺一杯に吸ってから、大きく吐き出す。

 

「仕事終わりの一本は最高だな……」

「まだガキの癖に、すっかり煙草の味を覚えやがって」

「はっ。テロリストが常識人ぶって法律を守ってもしょうがないだろう」

「それと健康問題は別だろうよ。ちゃんとしとかないと、いざって時に体が動かねぇぞ?」

「お前……顔に似合わず意外と真面目だよな」

「そっちが滅茶苦茶なだけだっつーの。ったく……」

 

 なんて言いつつ、自分も同じように煙草を咥えてから火を着ける。

 

「おいおい。健康に悪いんじゃなかったのか?」

「大人はいいんだよ」

「あっそ」

 

 煙草を吸いながら、少女は辺りを見渡す。

 この施設にいる人間は、ざっと数えても100人以上はいた。

 普通なら一人で殲滅するなんて不可能に近いかしれないが、ここにいた連中はいずれもが自分の能力を過信し、自分達の命が狙われているなんて少しも考えていない。

 しかも、ISに依存しきっている為、全てが素人以下。

 一流の『軍人』である少女には非常に簡単な任務だった。

 

「こいつらの信用を得るまで半年掛かったが、そこからは本当に楽勝だったな」

「アタシが言うのもなんだけどよ、お前ってえげつないよな」

「褒め言葉として受け取っておこう」

 

 加えている煙草が短くなったので、足元にある血溜りで火を消す。

 

「で、今度あるっていう、第二回モンドグロッソで行うブリュンヒルデの弟を誘拐する作戦の準備は進んでいるのか?」

「当たり前だ。後は、お前が戻ってくるのを待つだけになってる」

「そうか。なら、早く戻らないとな。流石に、自室のベッドが恋しくなってきた」

「なんなら、今晩はお姉さんが体を使って直々に慰めてやろうか?」

「そういうのは、自分の恋人にしてろ」

「お前の事も嫌いじゃないんだけどな」

 

 少女の肩に腕を回して抱き着く女性だが、少女は嫌がる素振りを見せず、そのまま普通に受け入れていた。

 

「そうだ。お前に報告しておかないといけないことがあるんだった」

「なんだ?」

「今度のモンドグロッソの開催国はドイツになるんだが、その会場の警備にお前のご同輩の部隊が配備されるらしいぞ」

「……シュヴァルツェ・ハーゼ隊か」

「懐かしいか?」

「冗談でもそんな事は言うな。あんな、軍隊の真似事しか出来ない部隊なんぞ、有象無象の雑魚でしかない」

「お前なら、きっとそう言うと思っていたよ。なんせ、自分から軍を抜けてコッチの仲間になったぐらいだからな」

「あんな連中の元にいるよりは、こっちにいたほうがずっとマシだと判断したからだ」

「今はまだそれでいいさ」

 

 女性が少女から離れ、端末にて今回の成果を確認する。

 

「しっかし、見事に根こそぎ奪ったな。お前、前世は実は盗人だったんじゃねぇのか?」

「……盗人ね」

 

 昔の事を思いだしたのか、少女は少しだけ苦い顔をしたが、すぐに元の表情へと戻った。

 

「じゃあ、そろそろマジで戻ろうぜ。こんな血生臭い場所に、これ以上長居はしたくないからな」

「了解だ。ならば、最後の仕上げと行こうか」

 

 少女は、密かに自分のデータをインプットして、少しでも運び易くする為に一時的に己の物とした格納庫内にある全てのISを待機形態にしてから、それらを全て女性に渡した。

 

「これでまた戦力増強だな。盤石の態勢で作戦が出来る」

「あぁ。では、後は全ての証拠を消す為に、ここを自爆させるだけだな」

 

 少女は、自分の持っている小型の端末を操作し、画面をタップする。

 すると、いきなり赤い明かりで染まり、アラームが鳴り響く。

 同時に、自爆装置が作動したことを知らせる機械音声のアナウンスが聞こえてきた。

 

「帰ってからもまた大変だぞ。まずは報告からだな」

「急に帰る気が失せてきた」

「そう言うなって。なぁ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「フェデリコ・ツァリアーノ中佐殿?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日、人知れず女性権利団体は歴史の表舞台から姿を消した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ソンネン最大のライバルにして宿敵であるツァリーノ中佐の登場です。

彼女のイメージは、艦これのアイドルである『ヲ級』ちゃんの素体です。



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作戦開始 

やっと本格的に物語が動き始めます。

そして、同時にとある原作キャラ達との因縁も発生。






「それじゃあ、行ってくるよ! お土産、楽しみにしててくれよな!」

「気を付けて行ってこいよ~」

「過度な期待はしてないわよ~」

 

 一夏がドイツにモンドグロッソを見に行く日。

 彼を見送る為に鈴や弾、それからソンネン達は彼を見送る為に空港まで来ていた。

 

「拾い食いなんてするなよ~」

「ソンネンは俺をどんな風に見てるんだ?」

「道に迷ったりしたら、すぐに誰かに聞くんだぞ」

「デュバルは俺のお母さんか?」

「もうそろそろ時間じゃないか?」

「ヴェルナーに至っては、何にもなしか……」

 

 搭乗口に向かって手を振りながら歩いていく一夏を見届けてから、彼女達は解散するこに。

 本来ならば、ここで大人しくそれぞれに家へと帰宅するのだが、ソンネン達だけは違った。

 

「それじゃ、とっとと帰りましょうか」

「え~? どうせなら、このままどっかに遊びに行こうぜ~?」

「それはそれで面白そうだが……」

「悪いな。これからオレ達はちっとばっかし用事があるんだわ」

「だから、遊びに行くのはまた今度な」

「ちぇ……分かったよ」

 

 空港を出た後に帰路についた二人を確認してから、ヴェルナーが後ろに向かって声を掛ける。

 

「待たせたな。もういいぜ」

「いや~、若いっていいね~。柄にもなく、束さんも学生時代を思い出しちゃったよ~」

 

 背後から現れたのは、ジュースを飲みながら待っていた束だった。

 一応の変装のつもりなのか、サングラスを付けているのだが、服装が全く変わっていないので、却って目立ちまくっていた。

 

「……ずっとその格好で待ってたのか?」

「そうだけど?」

「……空港警察に話しかけられなかったのが奇跡だな」

 

 毎度御馴染みの束の奇行に呆れつつ、三人はすぐに気持ちを切り替える。

 

「準備は?」

「万端。いつでも行けるよ」

「「「上等!」」」

 

 三人は、束に案内されるがままに着いていき、空港の外れにある場所まで進んでいった。

 そこには、三人が乗れるぐらいの大きさのニンジンロケットがあった。

 

「私は研究室からサポートするよ。本当は私も現地に着いていきたいけど、足手纏いになりそうだし」

「それがいいだろう。貴女に荒事は似合わないし、させたくもない」

「ここはオレ達に任せておいてくれ」

「ここまでの準備は全部アンタがしてくれた。今度はオレ達の番だ」

 

 とても、中学生の少女とは思えない程に頼もしい三人に、申し訳なさを感じつつも、それに甘えるしかない自分が情けなくもあった。

 

「……お願いね」

「「「あぁ!」」」

 

 突き出した拳をコツンと合わせる。

 

「それと、これは重要だから言っておくね。このロケットは使い捨ての片道切符。燃料は行きの分しか入ってない」

「じゃあ、帰りはどうすればいいんだ?」

「私が直接迎えに行くよ。その方が確実だと思うから」

「分かったぜ」

「恐らく、連中もすぐに動き出す事はしないと思う。多分だけど、行動を開始するのは決勝戦になってからだろうね」

「決勝戦ともなれば、大会も千冬さん自身も相当に忙しくなるはず。その隙を狙うつもりか」

「それだけじゃないな。向こうで連中も最終準備をする可能性がある。あいつらはプロだ。ギリギリまで動き出しはしないだろう」

「オレ達が行動開始するのも、そのタイミングか」

 

 束がロケットのハッチを開けると、そこには簡易的なベッドや数日分の食糧などが入っていた。

 

「これは?」

「私のロケットでも、一日じゃドイツには着けない。だから、三人分の食料と寝具を用意しておいたんだ」

「ナイスな判断だ」

「もしかしたら、先回りが出来るかもな」

「かといって、あいつに会うようなことは避けないとな。表向き、オレ達は日本にいることになってるんだからな」

「それぐらいは承知してるっての」

 

 ロケットの中へと乗り込もうと進み、車椅子のソンネンが最初に乗ってから、次にデュバル。最後にヴェルナーが搭乗した。

 

「三人共……気を付けてね」

「あぁ……」

「そっちも頼んだぜ」

「行ってくる」

 

 ハッチが閉まり、光学迷彩とステルス機能が発動し、ロケットは誰の目にも見えなくなると同時に、レーダーなどにも全く映らなくなる。

 これで、彼女達が半ばドイツへ不法入国のような形になっても、取り敢えずは誰にもバレないで済む。

 

 ロケットが火を噴き、あっという間に空の彼方へと消えていく。

 その光景を見届けながら、束は彼女達の無事を祈るように手を合わせていた。

 

「お願いね……」

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 ドイツ 市街内道路 亡国機業専用車 車内

 

「作戦は分ってるわね」

「あったりまえだぜ」

「言うまでもない」

 

 黒塗りのリムジンの中で、三人の女性が話し合っていた。

 一人は金髪の美女、もう一人も金髪だが、雰囲気が違う。

 まるで、獰猛な獣を思わせる空気を出している。

 最後の一人は、眼帯を着けた銀髪の美少女。

 

「まず、オータムは会場周辺にてIS部隊を率いて警戒態勢。会場にはドイツ軍のISの部隊が警備をしていると情報にあるから」

「任せとけ。どんな奴が来ても、あたしが全員蹴散らしてやるからよ」

「それは頼もしいけど、油断は禁物よ。少し前に隊長に就任した人物は相当な切れ者な上に、かなりの実力者らしいから」

「へぇ~…それはそれで楽しみじゃねぇか……!」

 

 作戦の成功よりも、強敵との戦いを想像して、オータムと呼ばれた女性は怪しく舌なめずりをした。

 

「大佐は会場に侵入をしてから、ターゲットの確保をお願い。こういうのは人数を多くしても逆に邪魔になるし、貴女もその方がやり易いでしょう?」

「まぁな。幾らブリュンヒルデの弟とはいえ、本人は何の訓練も受けていない素人のガキ。接近さえできれば、後は簡単だ」

 

 大佐……フェデリコ・ツァリアーノは、窓の外の流れ行く景色を眺めながら、詰まらなそうに呟いた。

 

「スコールはどうするんだ?」

「私は、念の為の会場の中を部下達と一緒に見廻るわ。ドイツ軍の人間がいれば排除しなくちゃいけないし、例の彼の周囲にも警備担当の人間がいる可能性が高いしね」

「了解だ。サポートは任せる」

 

 フェデリコは懐から煙草を取り出してから、火を着ける。

 

「また煙草なんか吸って。健康に悪いって何度も言ってるでしょう?」

「お前もそれを言うのかよ……」

「貴方の為を思って言ってるの。大人になって後悔しても遅いのよ?」

「へいへい……分りましたよ」

 

 渋々、火を着けたばかりの煙草をドアについている灰皿へと押し付ける。

 

(中身は立派な成人男性なんだけどな……)

 

 心の中でそう呟きながら、自分の腕に付けてある自分の『専用機』の待機形態を見つめていた。

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

 ISの世界大会『モンドグロッソ』

 この大会は、基本的に数日間の間で執り行われる。

 選手のコンディションや機体の整備、他にも各種部門の優秀選手を決定するための試合なども行われるため、必然的に大会自体が長くなってしまうのだ。

 といっても、まだ第二回なので、これから先で色々と改善されていく可能性は非常に高い。

 まだまだ、大会自体が実験的で手探りの状態なのだ。

 スタッフも選手も、色々と課題は多い。

 

「……って、それでもこんなにもデカい大会なのかよ」

「これでまだ手探りって……」

「ISが、良くも悪くも世界の中心になっている証拠だよな」

 

 ロケットの中で、束が食料など以外にも用意してくれた情報端末で、モンドグロッソの事を調べながら、簡易食料を食べている三人。

 

「明日の昼頃にはドイツに着くだろう」

「飛行機でも直行で12時間らしいしな。日本を出たのが昼頃だから……」

「向こうに着くのも昼頃か」

 

 窓から見える星空を眺めながら、三人はふと物思いに耽った。

 宇宙で育ち、宇宙で生きた三人には夜空の星空は懐かしい気持ちにさせる。

 

「前までは、あの空の向こうに住んでたんだよな……」

「そう思うと……」

「なんだか、感慨深いよな……」

 

 昔を思い出しながら、少女達は眠りにつく。

 明日から始まる、友人に向けられた悪意ある刃を打ち砕くために。

 

 

 

 

 

 




今回は短め。

次回から本格始動。


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3対3

なんか消化不良だったので、連続投稿です。

それから、ほんの少しだけ男の娘派よりもTS女子派がまたまたリードしました。

最終的に、一体どっちに軍配が上がるのでしょうか?








 モンドグロッソ大会会場。

 世界中から所狭しと数多くの人々が集まり、数年に一回の祭典を見に来ていた。

 ある者は家族と、またある者は恋人と。もしかしたら友達同士で来ている者もいるかもしれないし、中には個人で来ている者もいるだろう。

 様々なコミュニティがここに集まっているが、その目的はただ一つ。

 間近で迫力あるISの試合を見てみたい。この一言に尽きる。

 

 だが、彼らは知らない。

 この大会の裏で密かに行われようとしている企みを。

 そして、それを阻止する為に海を渡ってやって来た三人の少女達がいることを。

 

 今、遠きドイツの地にて、歴史の裏で生きてきた少女達と、世界の裏で暗躍する亡霊達との最初の死闘が始まろうとしていた。

 これが、本当の意味での『全ての序章』である。

 

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 会場 大型アリーナ西ブロック

 様々な国の、様々な人種の人々で賑わう場所にて、少し違和感のある少女が存在していた。

 銀色の髪に病的なまでに真っ白な肌。

 その不健康そうな見た目に反して、なんとも健康的な体つき。

 出るところは出て、括れているところは括れている。

 少女自身も、自分が周囲の男達から性的な意味での視線で見られている自覚はあるようで、とても嫌そうな顔をしていた。

 

「いつの世も、どんな世界でも、男ってのはやっぱりバカだよなぁ~……」

 

 流石に喫煙所ではないので煙草は吸わないが、その代わりに棒付きの飴を口に加えて寂しさを紛らわしていた。

 タータンチェックのシャツにグレーのミニスカート。

 黒いニーソックスと、男の視線を釘付けにする材料は揃っている。

 更に、左目につけている眼帯が、また不思議な魅力を醸し出していた。

 

「さて……奴さんは……」

 

 少女が視線を動かすと、その先には興奮した様子で試合を観戦している一人の少年の姿が。

 

「今の内に好きなだけ燥いでてな。今に、死にたくなるような悔しさに身を捩るんだからよ」

 

 不敵に笑う彼女の近くに、これまた見目麗しい一人の少女がやって来た。

 首元で綺麗に揃った黒髪は黒曜石のように輝き、その目はどこまでも真っ直ぐだ。

 青い着物に紺色の帯といった和風な格好は、見ただけで少女が日本から来た人間であると理解出来る。

 だが、脚にはスニーカーを履き、上には赤い革のジャケットを掛けているという、傍で見ると非常にアンバランスな格好なのだが、その和洋折衷な姿がまた不思議な調和を生み出して、彼女の魅力を更に引き出していた。

 彼女が車椅子に座っていることを見た観客たちは、少女の事を思って道を開けてくれる。

 それに対し、少女は笑顔で会釈をして礼をする。

 

「「…………」」

 

 隣り合う二人の少女。

 お互いに一言も言葉を発さずに、目の前だけを見続けている。

 

「さっきの試合はどうだった?」

 

 和服の少女が話し出す。

 

「見てないのかい?」

 

 眼帯の少女が逸れに応える。

 

「ついさっき来たばかりでね」

「そうか。それは惜しい事をしたな」

「そうみたいだな。この盛り上がりを見ればわかる」

「実際に凄かったぜ。ISの試合なんてオレも始めて見たが、中々の迫力だった」

「優勝は誰になると思う?」

「やっぱ、前大会優勝者なんじゃねぇのか?」

「どうして?」

「奴の実力は桁違いだ。明らかに他とは一線を画している」

「それは凄いな」

「全くだ。あんなのを近くで見せられても、全く戦意が削がれてない他の選手も凄いと思うけどな」

「伊達に国の代表じゃないって事だろ」

「違いねぇ」

「「ははははは……」」

 

 まるで、長年連れ添った友人同士のように話が盛り上がる二人の少女。

 とてもじゃないが初対面とは思えない。

 

「「…………」」

 

 再び場が沈黙に包まれる。

 周りの喧騒の中、ここだけが別世界になったかのように。

 

「…予想はしていた」

「なに?」

「あの時、あんな風にくたばったオレがこうなっているのだから、同じように『お前』にも同じ『現象』が起きていても不思議じゃないってな」

「オレも、可能性だけなら考えていた。実際に会っても分らないだろうと考えていた。けど、そんな事は無かったみたいで、逆に安心したよ」

 

 ここで初めて、二人の少女は向き合ってから視線を交える。

 

「どれだけ年月が経っても」

「どれだけ姿形が変わっても」

「「装甲越しでもハッキリと分かる、お前の殺気だけは絶対に忘れない」」

 

 猛獣のような顔をし、お互いを睨み付ける。

 そこにはもう年端もいかない二人の少女は存在せず、戦場を駆ける二人の戦士だけがいた。

 

「お前が何の用でここにいるのかは知らねぇが、こうして会った以上は見逃すわけにはいかないな」

「それはこっちのセリフだ。テメェの狙いは大凡の見当がついてるが、それとは別にテメェだけは絶対に逃がさねぇ」

 

 その場から移動し、相手から決して目を離さないようにしながら違う場所へと移動しようとする。

 徐々に観客席から離れていき、人気の少ない場所までやって来た。

 

「こっちに来な」

「どこに行くつもりだ?」

「邪魔が入らねぇ場所だよ。本当はちゃんと『お仕事』をしないといけねぇが、その前のウォーミングアップと洒落込んでやるぜ」

「言ってろ」

 

 そうして案内されたのは、会場近くにある廃工場。

 捨てられてから、まだ数年しか経過していないのか、まだまだ真新しい部分が残っている。

 

(本当なら、ここは例のガキを誘拐してから隔離しておく場所だが、まぁ問題ないだろう。ここから会場まではそんなにも距離は無いし、まだ決勝までは時間がある。それまでに、この野郎を仕留めればいいだけの話だ)

 

 眼帯の少女…『フェデリコ・ツァリアーノ』は頭の中で計算をして、これからどうするかを考える。

 一方の着物の少女…『デメジエール・ソンネン』もまた、色々と考えていた。

 

(まさか、この野郎がオレ達と同様に生まれ変わっていたとはな。しかも、こいつの目的は一夏のようだった。って事は、必然的に野郎は亡国機業の一員だってことになる。ったく…冗談じゃねぇぞ……)

 

 離れた場所に位置し、いつでも動けるような体勢になる。

 ソンネンにはフェデリコしか見えておらず、フェデリコにはソンネンしか見えていない。

 

「天下の連邦軍の士官様が、よもやテロリストの仲間入りとはな」

「そっちこそ。そんな車椅子に乗った状態で、本当にオレに勝つつもりか?」

「へっ! お前程度にはいいハンデだぜ。御託並べてねぇで、とっとと掛かってきやがれ。この盗人野郎が」

「オレは相手がどんな状態だろうと、容赦せずにぶっ殺す。お前だって例外じゃねぇぞ。戦車野郎」

 

 割れた窓から日差しが差し込み、そこから一枚の葉が迷い込む。

 それがゆっくりと地面へと落ちた……その時!

 

「ヒルドルブ!!!」

「リヴァイヴⅡ!!!」

 

 ソンネンの車椅子が光り輝き、一瞬で彼女の専用機である『ヒルドルブ』へと姿を変える。

 フェデリコの腕輪も光ってから、青白い粒子をまき散らしながら彼女の体に装甲を纏わせた。

 

「ははははは! やっぱり持ってやがったな! その機体を!!」

「お前…そいつは!?」

「おっと。流石はジオン軍士官様だな。すぐに気が付きやがったか」

 

 フェデリコの専用機『ラファール・リヴァイヴⅡ』には、嘗てジオン軍が開発した往年の名機『ザクⅡ』を彷彿とさせるL型のシールドとスパイクアーマーが装着してあった。

 

「最初にこいつを見た時はオレも本気で驚いたがな、今となっちゃ大して気にしてねぇ。それに、お前を殺すのに、これ以上に相応しいISが他にあるか?」

「貴様ッ!!!」

 

 キャタピラを高速で回転させて、一気に懐に潜り込もうとするソンネンに対し、同じようにブースターを吹かして接近するフェデリコ。

 ヒルドルブのモノアイが光り、フェデリコの顔が狂気に歪む。

 

「「テメェなんざ!! 一発あれば十分なんだよ!!!!!」」

 

 前世から続く因縁が、再び激突する。

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

「今の所、特にこれといった問題は発生してないみたいね」

 

 人気が疎らな廊下を、赤いスーツを着た一人の美女が歩いていく。

 モデルも顔負けのスタイルと顔立ちで、100人が100人全員が彼女の事を『美人』と称すだろう。

 

「あら? この反応は……」

 

 ふと、自分のスマホに視線をやると、そこには会場から離れて行く一つの光点が。

 

「あの子……もうすぐ作戦開始だって時に、何をやってるのよ……」

 

 仲間になった時から全く心の中が読めない少女ではあったが、ここまで自由だと流石に困る。

 兵士として非常に優秀なのが、せめてもの救いか。

 

「まぁ…時間までに戻ってくれば文句は無いんだけどね」

 

 呆れたように呟きながら、美女はスマホを自分の鞄の中へと戻す。

 すると、そこへ一人の少女が向こう側からやって来た。

 

(あら……私好みの美少女)

 

 白いブラウスに青いロングスカート。

 美しい金髪をポニーテールに纏め、頭頂部からは存在を主張するかのように一本だけ髪が立っている。

 

「こんにちは」

「こんにちは」

 

 通り過ぎる際に会釈をしてから歩き去る。

 どこにでもある日常的な光景だ。このまま終われば。

 

(こんな時じゃなければ、あんな坊やよりも彼女の方を迷わず連れ去りたいわね)

 

 少女は急に立ち止まり、後ろを向いたまま微笑を浮かべる。

 

左肩が下がっていますね(・・・・・・・・・・・)

「……なんですって?」

 

 言われた意味が分らず、美女の方も思わず立ち止まって振り向いた。

 

「普通、貴女のようなキャリアウーマンがショルダーホルスターで(・・・・・・・・・・・)()なんか持ちはしませんよ(・・・・・・・・・・・)

「……………」

「精々がナイフかスタンガン。マフィアなどでも腹かポーチにのんでいるものですよ(・・・・・・・・・・)。それに……」

「それに?」

「服装だけを幾ら真似ても、矢張りプロ(・・)は一般人には見えないですね」

 

 そこまで言われてから、美女…スコール・ミューゼルは疲れたように大きな溜息を吐いた。

 

「……勉強不足だったかしらね」

「かもしれませんね」

 

 改めてスコールは目の前の少女を観察する。

 見た目だけならば息を飲むレベルの美少女だが、その小さな体から出ている雰囲気は間違いなく一般人のソレではない。

 スコールは彼女から出ている気配をよく知っている。

 

「あなた……何者?」

「ただの女子中学生ですよ。危険が迫っている友人を救いたいと思っている…ね」

「そう…それじゃあ……」

 

 スコールの体が黄金に光り、一瞬で彼女の体にISスーツとISが纏われる。

 その輝きに、思わず腕で顔を庇い、目を細める。

 

「残念だけど、ここで始末するしかないわね」

「黄金の…IS……?」

 

 それは、ゴールドに染められたラファール・リヴァイヴだった。

 見ているだけで胸焼けしそうな機体で、実際に少女…デュバルはげんなりとしている。

 

「あら。単純に色を変えただけとは思ない方がいいわよ。見た目はリヴァイヴでも、中身は私用にカスタムした全く別の機体と言っても過言じゃないわ。さぁ…どうする?」

「決まっている!!」

 

 首から下げている羽根飾りを掴み、自身の分身である愛機を呼ぶ。

 嘗てはその存在を証明する為に、今は大切な友を悪意ある存在から守る為に。

 ジャン・リュック・デュバルは立ち上がる。

 

「来い!!!」

 

 青く輝く光の中で、デュバルは自らの信念の象徴を纏う。

 その蒼き鋼が、今…顕現する。

 

全身装甲(フルスキン)……一つ目(モノアイ)……!」

「では、付き合って貰おうか」

「あらいいの? 私だけに構ってて」

「なに?」

「部下がいるとは思わないの?」

「部下とは……」

 

 ヅダのモノアイが動き、スコールの後ろを向く。

 それに釣られてスコールも振り向くと、そこには気絶をして倒れている大勢の部下達がいた。

 

「なっ……!?」

「彼らの事ですか?」

「いつの間に……! 彼らがこうも簡単に……」

「いいんですか? 私だけに構っていて」

「くっ……! 調子に乗らない事ね! 御嬢さん!!」

「その言葉、そのまま返させて貰おう!!」

 

 外側に接している窓ガラスを割るようにしてから外に出ながら、両者はライフルを構える。

 

「作戦は遂行する! 例え何があっても!!」

「そうはさせるか!!」

 

 蒼と金。

 二色の機体が今、大空を舞う。

 守る為に。奪う為に。

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

 ドイツの遥か上空。成層圏ギリギリの位置で、ヴェルナーはゼーゴックを展開した状態で待機をしていた。

 その顔には、顔バレを防ぐ為のモノアイ型のバイザーが装着されている。

 

「……二人は動き出したようだな」

『うん。そろそろナーちゃんも行動開始だよ』

「おう。にしても……」

『どうしたの?』

「いやな。随分と敵さんは贅沢だなと思ってな」

 

 ナビゲーターである束と会話しながら、ヴェルナーは時を待つ。

 その目はジッと、青く綺麗な空だけを見ている。

 

『そうだね。警戒に出している全てのISに光学迷彩とジャマーを装備。腹立つぐらいに金を持ってるよね。これだからテロリストは……』

「言うなって。虚しくなるだけだから」

『そうだね』

 

 念の為に、装備と機体の最終確認を行う。

 現在、装備しているのは高出力拡散ビーム砲【クーベルメ】だ。

 

「拡張領域内に【R-1(アール・アイン)】と【マルチ・ミサイル・バス】が入ってるんだったよな」

『原型機とは違って、ナーちゃんの技量次第じゃ戦場での空中換装も可能だよ』

「そこはまぁ……頑張るしかねぇわな」

『……時間だよ』

「カウント頼む」

『了解。9…8…7…』

 

 ゼーゴック全体を縦にして、突入準備をする。

 目標を設定し、いつでも行けるようにブースターに火を灯す。

 

『3…2…1…!』

 

 カッ! っと目を大きく見開き、最大出力で鋼鉄の潜航者が出撃する!

 

「エントリィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィッ!!!!!!」

 

 一筋の流星となって、ゼーゴックは標的に向かって突入する。

 その凄まじい速度は、並のISなんて比較にすらならない。

 シールドバリアーで守られているとはいえ、空気の摩擦で機体は赤く燃えあがる。

 

「ぐぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっ!!!」

 

 衝撃で震える体を必死に支え、目だけはしっかりと開けたまま。

 目の前に表示されている高度を逐一、確認しながらヴェルナーは真っ直ぐに戦場へと急ぐ。

 

 そんな事など全く知らない、オータム率いるIS部隊はハイパーセンサーを全開にしながら、会場周辺の空域にてドイツ軍へ対して警戒をしていた。

 

「今の所は大人しいもんだな……」

「このままなら楽勝ですね!」

「油断してんじゃねぇ……ん?」

 

 突如、オータムの機体が警戒警報を出した。

 センサーは上空に反応アリと示している。

 

「上空だと? あたしらの上にあるのは、それこそ宇宙しか……なぁっ!?」

 

 冗談だと思った。嘘だと思った。

 だが、それは紛れもない現実。

 一体誰が、成層圏から強襲が来ると想像するだろうか。

 

「狙いは明らかにあたし達……! どんなバカだよ!! クソッタレが!!」

「あ~ひゃはははははははははははははははははははっ!!!」

「なんなんだこいつはっ!?」

「邪魔な『外来魚』を狩りに来た『漁師』だ!!」

 

 突然過ぎる接敵に混乱しつつ、なんとか体勢を整えようとする。

 これが、ヴェルナー生涯のライバルとなるオータムとの最初の戦いになるのだが、また二人はその事を知らない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ソンネンVSフェデリコ

デュバルVSスコール

ヴェルナーVSオータム

ヒロインとは真逆のライバルキャラたちの登場です。

となると、マドカのライバルとなるのは……?


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英雄達の帰還

前回の流れから、今回は戦闘シーンオンリーになると思った?

残念! 今回は皆が待ちに待った『大佐』視点のお話だよ!

さぁて、彼はどんな美少女になっているのかな?







 モンドグロッソ大会会場の付近に併設された、ドイツ軍の簡易駐留所。

 警備の為に出向しているドイツ軍の兵士達が待機をしている場所だ。

 歩兵は足を使っての周辺警戒をし、ISを使用する特殊部隊は空中などからの見張りをしている。

 そんな連中が集まっている場所に、一際目立つ大きなテントがあった。

 それは、テントと言うよりは、もうある種の施設に近かった。

 その中で、一人の少女が椅子に座り、優雅にコーヒーを飲んでいる。

 

「どうやら、大会は順調に進行しているようだな」

「そうですね。これなら、私達は態々出張ってくる必要も無かったかもしれません」

「ハルフォーフ大尉。油断は禁物だと何度も教えた筈だが?」

「はっ! 申し訳ありませんでした! 隊長!」

「今が順調だからと言って、一秒後も同じとは限らない。故に、我々はどんな時も、何をしている時も決して油断などしてはいけないのだ」

「「「「ハッ!」」」」

 

 少女の言葉にテント内にいる全員が敬礼をする。

 『隊長』と呼ばれた少女は、とてもじゃないが軍人とは思えない程に可憐で可愛らしく、美しかった。

 少々くせっ毛が強いブロンドの髪をポニーテールに纏め、頭頂部からはその存在を主張するかの如く、大きな一本のアホ毛が歪曲しながら屹立している。

 それ以上に、少女の容姿がとても幼かった。

 どう見ても10歳ぐらいの幼女にしか見えず、日本人ならばその背にランドセルを背負っている姿を想像してもおかしくない。

 だが、それでも彼女は立派なドイツ軍人であると同時に、見た目相応の年齢ではない。

 ちゃんと順当に歳を重ねた結果が、今の姿なのだ。

 

「しかし、こうも暇だと流石に手持無沙汰感は否めんな……」

 

 近くにある机に肘をつき、溜息交じりで小窓から空を見上げる。

 それを見て、副隊長である『クラリッサ・ハルフォーフ』は思わず鼻を押さえる。

 

(儚げに黄昏る隊長が可愛過ぎる……♡)

 

 必死に気合で抑え込んでいなければ、間違いなくすぐにでも鼻から『愛』が噴き出ていただろう。

 その『愛』が何なのかは、読者の諸君の想像にお任せする。

 

「ボーデヴィッヒ少尉。何か面白い話でも無いか?」

「わ…私ですか?」

「そうだ。何か無いか?」

「何かと言われましても……」

 

 隊員達の中でも、隊長を除けば最も幼い容姿をしている少女『ラウラ・ボーデヴィッヒ』は、いきなりの無茶振りに困惑してしまう。

 生まれてからずっと軍の中で育ってきた彼女に、面白い話を振るのは余りにも酷と言うものだろう。

 

「ボーデヴィッヒ少尉」

「は…はい!」

「いきなり変な話を振った私も悪いが、だからと言って何もネタが無いのはどうかと思うぞ。軍だけに限らず、人の世とは何処も彼処もが集団生活の場だ。集団生活をする上で最も大切なものは何か。それは『コミュニケーション』だ。人と人との関係を円滑にする上で、これ以上に大事なことは無い。だろう? 副隊長」

「はっ! その通りであります! ですから、隊長も私と身体を使ったコミュニケーションを……」

「断る。貴官はほんの少しでも隙を見せたら、すぐに私が寝ているベッドの中へと侵入してこようとするではないか」

「それは隊長が可愛いからです!!」

「お前という奴は……」

 

 痛そうに頭を押さえる。

 クラリッサは容姿も端麗で、軍人としては非常に優秀なのだが、この性格が全てを台無しにしている。

 

「あ~…ボーデヴィッヒ少尉だけは、こんな風にはなるなよ?」

「りょ…了解です」

 

 なんて言いつつも、実は密かに他の隊員達からの影響で隊長に対して萌え始めているラウラであった。

 

 そんな和やかな空気が、レーダー監視をしていた隊員の報告にて一変する。

 

「た…隊長! 大変です!」

「どうした?」

「D地区周辺を警戒していた者から緊急報告! 会場周辺にて正体不明のIS同士の交戦が確認されたとのことです!」

「なんだとっ!?」

 

 一気に場の空気が緊迫する。

 先程までの少女達は完全にいなくなり、ここには規律を重んじながらも人命を守る為に立ち上がる軍人達が現れる。

 

「他にも、F地区と会場から50メートルほど離れた場所になる廃工場でも交戦が確認されたとのこと!」

「三か所同時にだと……? 軍曹、モニターに出せるか?」

「出せます!」

「頼む」

「了解!」

 

 指示された隊員は、素早く機器を操作して全員に見えるように、複数の投影型モニターを出す。

 

「どれも少し遠いな……」

「こっちは、見た限りだと青いISと黄金のISが戦っていますね」

「こちらは……蜘蛛のような姿をしたIS…まさか、アメリカから強奪されたと報告があった第二世代型ISの『アラクネ』っ!? それと戦ってるのは…なに?」

「廃工場の方はもっと見えない。けど、なんだ……? 窓から僅かに見えるキャタピラのような足跡は……まさか、中に小型戦車でもいるというのか?」

 

 三つのモニターをそれぞれ見て、少女は大きく目を見開いた。

 

「あれらの機体は……まさか……!」

「隊長? どうしました?」

 

 明らかに様子がおかしい少女に、クラリッサが本気で心配をする。

 だが、そんな事などお構いなしで、少女は部下に命令を出す。

 

「軍曹! 最大望遠で拡大できるかっ!?」

「やってみます!」

「頼む!」

 

 一気に映像が拡大、分析され、より詳細に画面の向こうで乱舞する機体達が映る。

 それを見た瞬間、少女の心臓が大きく鼓動し始めた。

 

「こ…これは……そう…なのか……っ!?」

「隊…長……?」

 

 顔に汗を掻きながら、少女は震える体を押さえながらモニターを凝視する。

 

(あの青い全身装甲の機体は間違いない……! ヅダの一番機……! あれを駆り、あの自由自在なマニューバが出来るのは、私が知る限りではこの世に一人しかいない……!)

 

 二つ目のモニターを見て、涙が溢れそうになる。

 

(試作モビルタンク『ヒルドルブ』……。地上最強の戦車であり、その高い性能は正しく『陸の王者』と呼ばれても不思議じゃない。それを、あんな狭い空間で己が手足の如く扱える者など、『彼』以外に有り得ないだろう……)

 

 三つ目のモニターで、遂に顔を伏せた。

 

(モビルダイバーシステム搭載機『ゼーゴック』……。制御ユニットとなっている機体は違えど、その下部に装備されているのは間違いなく『LWC』だ。あんな癖しかない機体に好き好んで乗り込む人間なんて、『彼』以外にいないじゃないか……)

 

 彼女は、モニターの向こうで戦っている者達を知っている。

 前世において、プライベートでよく会っていたから。

 情熱を失いながらも、ジッと燻り続けた『彼』を心から心配した。

 『彼』のヅダに掛ける信念は何よりも美しく尊い事を知った時、本気で尊敬した。

 海を愛し、海に愛された『彼』の真っ直ぐな目に、とても大事な事を学んだ気がした。

 

「そうだよな……」

「隊長?」

私達(・・)がこうしてここに立っているのだ……。ジオン軍の誇り高き英傑達である貴官等が同じように『ここ』にいても不思議じゃないじゃないか……」

 

 嬉しかった。喜ばしかった。

 年甲斐も無く、見栄も恥も外聞をかなぐり捨てて泣いた。

 

「あぁ……黄泉の国から……戦士たちが帰ってきてくれた……」

 

 こんなにも素晴らしい日が他にあるだろうか。

 同じ世界に生まれ、同じ国の為に戦い、同じ艦に乗り、同じ戦争で散った。

 だが、幾星霜の時を超えても、この絆だけは絶対に壊れはしない。

 我らは『同志』であり、『兄弟』であり、『家族』なのだから。

 

 涙を袖で拭ってから、改めてモニターを観察する。

 

「あの交戦している相手は……もしや、指名手配となっている亡国機業のエージェントであるスコール・ミューゼルか?」

「そう言われてみれば確かに……」

「あんな派手なISに乗る女なんぞ、少なくとも私は他に知らん」

 

 気を取り直す為に、少し冷えかけているコーヒーを一気飲みする。

 

「では、こっちのアラクネは?」

「それは恐らく、スコールの相棒であるオータムである可能性が高い。アラクネ強奪事件の実行犯が奴だからな。そのまま自分の専用機としたのやもしれん」

「かも知れませんね。では、廃工場で戦っているのは誰でしょうか? 反応からはラファール系列の機体であることは確実なのですが……」

「それだけでは人物の特定は出来んな。というか他の二人が特徴的過ぎるんだ」

 

 オータムとスコールは、裏の世界では相当に名が知れた二人組である。

 世界的に指名手配されていて、IS操縦者としてもエージェントとしても一流の腕を持っているとされている。

 

(だが、それでも連中が『彼等』に勝てるとは思わんがな。奴らは戦争を知らない。本物の戦場を知らない。希望と絶望の狭間を知らない。どれだけ実力が高くても、それだけでは戦いには勝てない)

 

 大きく深呼吸をして自分を落ち着かせ、今やるべき事を考える。

 否、するべき事など最初から決まっていた。

 後は、それを実行するだけだ。

 

「総員! 直ちに出撃準備に入れ!!」

「それはよろしいのですが隊長、どうされるおつもりなのですか?」

「決まっている。大事な大会で暴れまわっている国際的テロリストを確保しにいくのだ」

「もう片方の勢力はよろしいので?」

「何を言っている。あれは我々の味方だ」

「は?」

「あの青いISと戦車のようなISと急降下してきたISには一切手出しを禁ずる!! いいなっ!!」

「「「「了解!!」」」」

 

 手袋を填めた自分の左手(・・・・・・・・・・・)をギシギシと鳴らしながら、少女は戦士の顔で笑った。

 

「愚かな亡霊風情が……。我等ジオン軍人が本気になればどうなるのか…その身でたっぷりと味わうがいい……!」

 

 バッ! っと自分が来ている軍服を脱ぎ捨て、中に着ていたグレーのISスーツに格好を変える。

 慎ましやかな胸の部分には、彼女のパーソナルマークである『赤い襟の一本角の髑髏』が描かれている。

 

「軍曹! 他の警戒任務に当たっている連中に伝令! IS部隊だけ我らと合流し歩兵部隊は引き続き警戒任務に当たれ!」

「了解です!」

「隊長の『シュヴァルツェア・レーゲン』を初めとした、各機体の出撃準備が整いました!」

「よし!」

 

 彼女と同じように、いつの間にかISスーツに着替えた部下達が並び、隊長である少女の命令を待つ。

 

「クラリッサは四人ほど連れてアラクネがいる方へと向かえ」

「了解!」

「私達は青いISと金のISが交戦している場所へと急行する! ボーデヴィッヒ少尉!」

「は…はい!」

「貴官は私と一緒に来い」

「りょ…了解であります!」

 

 やや緊張気味のラウラの肩に優しく手を当てて、少女はそっと耳元で呟く。

 

「本当の戦士の戦いというものを見せてやる。楽しみにしていろ」

「戦士の…戦い……」

 

 言葉を反芻するラウラを尻目に、少女はテントを出てから、簡易IS格納庫がある場所へと向かう。

 

「隊長!」

「大丈夫か?」

「はい! 問題ありません! いつでも出撃可能です!」

「いい仕事だ。では…シュヴァルツェ・ハーゼ隊! 出撃するぞ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「「了解です! ヘルベルト・フォン・カスペン大佐!!」」」」

 

 

 

 

 




やっと…大佐を出せました……。

カスペン大佐のTSしたモデルは、『幼女戦記』の主人公であるターニャちゃんです。

理由? ミドルネームが同じ『フォン」だから。
確か、ドイツの人って『フォン』というミドルネームが多いと聞いたことがあります。

原作のカスペン大佐も、ドイツ系の人なんでしょうかね?

カスペン大佐は中学生編の後に予定している『ドイツ編(仮)』で主人公をして貰う予定です。

それから、大佐殿はTS転生をした後でも三人より年上です。
見た目は完全な美幼女だけど。




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ヴェルナーVSオータム

30MMの潜在能力が想像以上でした。

給料が入ったので、それで5000円分ぐらい一気に関連商品を買ってから改造をしたんですけど、予想以上にカッコよくなりました。

マジで原型が無くなりました。

まさか、これ程だったとは……本気で驚きです。

それと、前々回に書き忘れていましたが、ヴェルナーが着ているISスーツは劇中でも出てくる学園指定のスク水みたいなデザインのやつです。
きっと、彼女には非常に似合っているでしょう。










 周囲を警戒中に突如として遥か空の彼方にある成層圏から強襲を仕掛けてきたヴェルナー。

 この世界では誰も想像すらしない、考えようとも思わない前代未聞の場所からの敵機の襲来に、エージェントとしてもIS操縦者としても優秀なオータムですら一瞬だけ本気で頭の中が真っ白になった。

 

「はっ! お前ら!! 急いで迎撃態勢を取れ!!」

「「「「りょ…了解!」」」」

 

 リヴァイヴを装備したオータムの部下達がそれぞれにライフルなどを装備して、真っ逆さまに突撃してくるゼーゴックに向かって標準を合わせる。

 だが、それを見てヴェルナーはにやりと笑った。

 

「掛かりやがったな」

「なに……?」

 

 5対1。数の上では圧倒的に不利だというのに、なんで彼女が笑っているのか分らなかった。

 最初は単純に強がっているのとばかり思っていたが、数瞬の後にそれが大きな間違いであったことを身を持って知る事となる。

 

「なんだとっ!?」

「「「「えっ!?」」」」

 

 あろうことか、ヴェルナーはそのままオータムたちの事をスルーして彼女の達の事を追い抜いたのだ。

 

「私達を無視した……?」

「こっちが狙いじゃなかったの?」

 

 部下達が困惑する中、オータムは一人だけ猛烈に嫌な予感に襲われていた。

 

(なんだ…この違和感は……。あの余裕の笑みに意味不明な行動……奴の狙いは一体……)

 

 オータム達から20メートルほど離れたところで、いきなりヴェルナーはその身を無理矢理に反転させ、上を向いた状態で降下し始める。

 それと同時に、大量兵器輸送コンテナ【LWC】に装備された武装のハッチが展開された。

 そこには、6門の砲口が見え、そこに光の粒子が急速に収束しているのが見えた。

 

「し…しまった!! あいつの狙いは!!」

「もう遅い!!」

 

 ゼーゴックの装備している、高出力拡散ビーム砲【クーベルメ】が最大出力で発射される。

 眩く光り輝く無数の光線は、一瞬で上空にいるオータムたちのいる場所まで届いた。

 

「特製の光の網だ!! とくと受け取りな!!」

「ヤロウ……! テメェら!! 死ぬ気で避けやがれ!!!」

 

 必死にオータムが叫ぶが、命令を出すのが遅すぎた。

 お世辞にもまだ完全にISを乗りこなしているとは言い難い部下達は、必死に回避しようと試みてはいたが、既にロックオンされている状態で彼女達がヴェルナーの攻撃を避けるのは不可能に近かった。

 

「よ…避けきれない!? キャァァァァァァァッ!?」

「光が……光が来るっ!?」

「ライフルがっ!? あぁぁぁああぁぁぁっ!?」

「SEが一瞬で全部削られたっ!? 機体が動かないっ!!」

 

 ISの力を知っている者達からすれば、到底信じられない光景だった。

 どれだけ相手の攻撃力が高いとはいえ、一瞬にして量産型のISを4機同時に撃墜された。

 それは、相手の急所を的確に攻撃出来るほどの技量が無ければ絶対に不可能だ。

 これが示す事を、オータムはすぐに理解した。

 

(そうだよな! あれだけアホな方法で攻撃を仕掛けてきてんだから、それだけの実力があるのは当たり前か! くそったれが!!)

 

 オータム自身も自分のIS【アラクネ】を駆り、なんとか回避してはいるが、いかんせん、アラクネはその名の通り蜘蛛の足のようなサブアームが6本も存在しているため、通常のISよりも大型なせいで完全な回避とはいかずにいた。

 

「ち…っくしょう!! サブアームが!!」

 

 まるで自分の意志を持っているかのように左右に動くビームに翻弄され、6本中3本のアームが破壊された。

 完全に爆発する前にパージをしたから被害自体は軽微で済んでいるが、戦闘力の大幅な低下は免れなかった。

 

「へへ……大漁だぜ……!」

 

 数秒の後にビームが止んで、ゼーゴックは急降下を止めて水平飛行をした後に、急旋回と急上昇をして、唯一残ったオータムの事を追撃しようとした。

 

「あいつらは……全員堕とされたか……ちっ!」

 

 クーベルメの餌食となった部下達は、揃って地面に落下して気を失っているようだ。

 ISを纏っていたから命だけは助かっているが、それでも後で回収をしなくてはいけないのは確かだった。

 

「余所見しててもいいのかい?」

「な……っ!? あれはっ!?」

 

 移動中に装備を換装したのか、いつの間にかクーベルメは外されていて、その代わりに28連装ロケット弾ポッド4基【R-1(アール・アイン)】に変更されていていた。

 

「今度のはとっておきの『撒き餌』だ! たっぷりと受け取りな!!」

「舐めてんじゃねぇぞ!! このクソガキがっ!!」

 

 大きな発射音と共に、数えるのも嫌になる程の量のロケット弾が自分目掛けて飛んでくる。

 それは、まさにロケット弾の雨。

 両手にマシンガン『ノーリンコカービン』を取り出してから迎撃しようとするが、余りにも数が多すぎた。

 

「クソッ! クソッ! クソがぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

 マシンガンの弾が命中し、空中で爆発する。

 それが連鎖するように何度も何度も炸裂するが、それでも全部を破壊するには至らない。

 破壊しきれなかったロケット弾が機体装甲に当たり、それを切っ掛けとして次々と命中し始め、SEが確実に削られていく。

 

「ち…くしょう……!」

 

 本当は分かっていた。

 この戦いは最初から自分達の負けである事は。

 相手の強襲を許したばかりか、先制攻撃すらもさせてしまった。

 その時点で、自分達の負ける確率は非常に高くなっていた。

 それが100%になったのは、拡散ビーム砲が発射された時。

 あの攻撃で部下達が全滅した瞬間に、本来ならば撤退をしなければいけなかった。

 なのに、それをしなかったのは……。

 

「お前みたいなガキにやられっぱなしで戻るのだけは、絶対に嫌なんだよっ!!」

「ほぉ~…言うじゃないの」

 

 ロケット弾の雨霰が止み、アラクネは見るも無残な姿へとなっている。

 サブアームは全て破壊され、正体露見を予防して顔面に装着しているバイザーもボロボロになり、オータムの素顔が半分だけ見えていた。

 

(あいつ……体つきからして本当にガキみたいだな。あのISは、見た感じではスコールの機体と同じラファールの特殊改造機のようだが、あんな特異な機体は見たことも聞いたことが無い。一体、どこのどいつなんだ……!)

 

 戦闘が始まって、ようやくほんの僅かだけ呼吸を整える時間が生まれ、その数秒の間に思考を巡らせる。

 だが、それはすぐに己の中にある感情に塗り潰された。

 

「いや…んなの今は関係ないか。今、重要なのは……」

 

 目の前を飛行しながら、次の攻撃をしようとしているヴェルナーに向けて銃口を向ける。

 

「あのガキをどうやってぶっ殺すかだ!!」

「ちぃっ!」

 

 オータムの反撃。

 2丁のマシンガンから放たれる弾丸がヴェルナーへ向かって飛んでくるが、その時、彼女の額に一瞬だけ閃光のようなものが走り、軽快な動きで見事に全弾回避してみせた。

 

「なんだ……今のは……!」

 

 今、目の前で起きた事が正しく理解出来なかった。

 冷や汗を掻きながらも、『それ』を確かめる為に、もう一回だけ攻撃を仕掛ける。

 

「オラオラオラオラオラァッ!!」

「そこかっ!」

 

 今度も、ヴェルナーは高速飛行をしながら全ての弾を回避した。

 それを見て、オータムは信じたくない事実を認識する。

 

(間違いない……! あのガキはこっちが攻撃に移る前(・・・・・・・・・・)に回避を始めている(・・・・・・・・・)! まるで、あたしの行動を予め読んでいるかのように! どういう事だ! まさか、こっちの心を読んでいるとか抜かすんじゃないだろうな!?)

 

 生半可な飛び道具ではヴェルナーに攻撃を当てることは絶対に不可能。

 ならば、近接攻撃ならばどうか?

 アラクネにはカタールも装備されているが、それをしようとすれば、すぐにヴェルナーは距離を取ってくるだろう。

 つまり……。

 

(今の装備じゃ絶対に勝てないって事かよ…クソが!! 相手は大火力と高機動を兼ね備えた機体……接近戦を得意とするアラクネとの相性は最悪に近い! んなことは最初の攻撃を受けた時から分ってる……分ってるけどよ!)

 

 決して、自分が最強だと自惚れたことは一度も無い。

 負けた経験だって一度や二度じゃない。

 それでも、ここまでの完全敗北を喫したのは初めてだった。

 

「……行きな」

「あぁ?」

「オレの目的はお前を殺す事じゃない。大切な『ダチ公』を守ることだ」

「ふざけやがって……! このあたしに情けを掛けるつもりかよ!!」

「情けなんかじゃない。あんただって分ってる筈だろ。もう勝負はついてるんだって」

 

 言われるまでも無い。寧ろ、これは喉から手が出るほどに有り難い提案だった。

 だが、ここで大人しく敵に見送られながら、情けを掛けられて敗走するのはオータムのプライドが許さない。許さないが……。

 

(こんなアタシにだって……守りたいもんはある……)

 

 自分のプライドと愛する者。

 その二つを天秤にかけて、すぐに答えを出した。

 オータムはヴェルナーに背中を向けて、ブースターを吹かし始める。

 

「……今回は大人しく負けを認めてやる。だがな! テメェの事は完全に覚えたからな!! 今度会った時は必ずテメェの事を完膚なきまでに叩きのめしてやる!! その時まで、首を洗って待ってやがれ!!」

「……オレの爺さんが言っていた。『勝利も敗北も知り、逃げ回って、涙を流して、ようやく人は一人前になれる。泣いたっていい。乗り越えろ』……ってな」

「ガキが……一丁前に言いやがって。でも……いい言葉だな」

 

 そっと呟いてから、オータムはこの場から去っていった。

 

「出来れば……アンタとは戦場以外の場所で会いたかったな。そうすれば、いい友達になれたかもしれないのによ」

 

 彼女の背中を見ながら言うヴェルナーの顔には、悲哀の感情が滲み出ていた。

 

「到着! ……って、アラクネはっ!?」

 

 遅れてやって来たのは、クラリッサ率いるシュヴァルツェ・ハーゼ隊の別動隊。

 だが、もう既に全ての決着はついている為、何とも言えない場違い感があった。

 

「奴さんなら、とっくの昔に撤退しちまったよ」

「そ…そうなのですか? あれ? ということは……貴女があいつを撃退したのですかっ!?」

「そうだけど……それがどうかしたのかい?」

(見た限りでは、まだ年端もいかない少女……なのに、あのオータムを単独で撃破してみせたっ!? よく見たら、一緒にいた筈の彼女の部下たちの姿が無い。つまり、たった一人で5人ものIS操縦者を圧倒したということ……! 機体に目立った損傷も見当たらないし……もしも本当にそうならば、この少女の実力は間違いなく代表候補生…いや、国家代表に匹敵している事になる! しかも、この見たことのないリヴァイヴのカスタム機……一体、彼女は誰で、背後には何が潜んでいるというの……)

 

 考えれば考えるほどに疑問が浮かんでくる。

 それでも確実な事は、自分達では勝てる見込みが全く無い事。

 

(隊長が『手を出すな』と言っていた理由がようやく分かった……。下手に捕縛なんてしようものなら、間違いなく返り討ちに遭うからだ!)

 

 そんな風に焦燥しているクラリッサの心境を知ってか知らずか、ヴェルナーは地面を指差しながら呑気に言った。

 

「あんたら……もしかして、会場を警備してるっていうドイツ軍の人達かい?」

「え…えぇ…そうです。ここでIS同士の戦闘があったと報告があったので、急いで駆け付けたのです」

「そうか。それは悪かったな。なんだか仕事を奪うような真似をしちまって」

「い…いえ。そのような事は……」

「でも、まだ仕事は残ってると思うぞ」

「と言うと?」

「この下にオレが倒した連中が呑気にお昼寝してやがるから、回収される前に確保した方がいいと思うぞ」

「え?」

 

 ヴェルナーが真下を指差すと、そこには未だに気を失ったままのオータムの部下達がいる。

 それを確認したクラリッサは、急いで隊員達に命令した。

 

「本当だ……! 総員、急いで降下し、あの者達を捕えるぞ!」

「「「「了解!」」」」

 

 仕事に向かったクラリッサを見届けてから、ヴェルナーは表示されているマップを確認する。

 

「集合場所は……ここだったな。んじゃ、こっちも急ぎますか」

 

 ゼーゴックに再び火を入れてから、ヴェルナーはその場を後にした。

 

「こんなにも凪いだ海は久し振りだな……」

 

 生まれ変わってから初めて、ヴェルナーは心から嬉しそうな笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 撤退中のオータムは、涙をこらえて通信をしていた。

 

「スコール……聞こえるか?」

『オータムっ!? どうしたのっ!? ドイツ軍襲撃にでもあったのっ!?』

「そうじゃないんだけどよ……派手にやられたよ」

『な…なんですってっ!? 貴女が…倒された……っ!? 一体誰にっ!?』

「全く見たことが無い奴だ。でも…とてつもない強さだった。文字通り、アタシが手も足も出ない程にな」

『貴女が……一方的にやられたっていうのっ!?』

「あぁ。部下達も全員落とされた。本当なら、回収をするべきだったんだろうが、それをする余裕すら無い程に疲弊しちまってな。悪い」

『……別にいいのよ。貴女が無事ならそれで』

「ありがとな。そんな訳で、今は一人悲しく撤退中だ。今のところ、ドイツ軍の追撃は無い」

『了解よ。それじゃあ、例の場所で落ち合いましょう……っとっ!』

 

 スコールの声を聞いて少しだけ心が落ち着いたが、どうも向こうの様子がおかしい。

 まるで、何かをしているような、そんな感じがするのだ。

 

「スコール? どうしたんだ?」

『ちょっとね! 謎の金髪美少女と交戦中なのよ!』

「はぁ?」

 

 意味が分らない。

 スコールはアリーナ内にいた筈。それなのに交戦中とはこれいかに。

 

『しかも、顔に似合わず凄まじい強さなのよ!』

「だ…大丈夫なのか?」

『私を誰だと思っているの? こっちはこっちで何とかするから、オータムは先に行ってて頂戴!』

「りょ…了解だ」

 

 ここで通信を切り、一路、撤退ポイントまで急ぐ。

 

「まさか……あのガキは一人じゃなかった……?」

 

 その予想が大当たりである事が判明するのは、ドイツでの戦いが全て終結してからであった。

 

 

 

 

 

 




まずはヴェルナー対オータム戦から。

なんだかオータム視線で書いちゃいましたね。

次回はデュバル対スコールです。


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デュバルVSスコール

主役勢VSライバル勢の戦闘BGMは、基本的に『機動戦』か『進出ス!』が推奨です。

だって、めっちゃカッコいいんだもん。






 ヴェルナーとオータムの戦闘が終了した頃。

 会場から少し離れた空域にて青い線と金の線が上空にて何度も交差し、激しい火花を散らしていた。

 

「やるわね……お嬢さん!」

「そちらこそな!」

 

 スコールの『ゴールド・リヴァイヴ』の眩い装甲には、幾つもの傷跡があった。

 銃痕に爆発痕。裂傷。

 そのいずれもが、デュバルの駆る『ヅダ』によってつけられたものだった。

 

「そこっ!」

「甘いっ!」

 

 背面飛行をしながらヅダがマシンガンを構えて放つ。

 その銃弾をスコールは華麗に避けていくが、一瞬で背後に回られて後ろから攻撃される。

 

「ちぃっ!」

「逃がすか!!」

 

 すぐにその場から離れて反撃体勢に移行しようとするが、ヅダの凄まじいスピードがそれを許してくれない。

 

「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!」

「突撃っ!?」

 

 まるで青い流星の如く、一直線に突っ込んでくるヅダ。

 その左肩に装備されたシールドクローを展開し、ほんの僅かな隙を晒してしまったスコールの懐に飛び込んだ!

 

「ぐはぁっ!?」

 

 シールドクロー自体はそこまでの威力は無い。

 だが、ヅダの常識を超えた速度が、それにとてつもない攻撃力を付加していた。

 

「これで終わりではない! ゼロ距離……取ったぞ!!」

「しまっ……!」

 

 シールド内に装備していた二基のシュツムル・ファウスト。

 その内の一基を超至近距離で発射した。

 

 シュツルム・ファウストは携帯用の武装としては破格の破壊力を秘めてはいるが、自動追尾機能などは一切無く、ISのように高速で移動する目標に命中させるのは非常に困難ではあるが、今回のように『絶対に当てられる距離』にいるならば話は変わってくる。

 

「キャァァァァッ!?」

「ふん!」

 

 案の定、避けられなかったスコールにシュツルム・ファウストは命中し、爆発の余波で自分がダメージを食らう前にデュバルは全速力で緊急離脱。

 これも、普通ならば難しいところではあるが、ズバ抜けた機動力を誇るヅダだからこそ可能な芸当だ。

 

「よくも……やってくれたわね!!」

 

 爆煙の中から、大きく傷ついたゴールド・リヴァイヴを引きずりながら、スコールが両手に装備したアサルトライフルを連射しながら突貫してくる。

 

「この私を本気にさせた事をあの世で後悔なさい!」

「悪いが……あの世ならば一度見ているのでな!」

 

 ヅダの土星エンジンが出力を上げ、まるで瞬間移動のようにその場から消え去った。

 

「は…速い……速すぎる!!」

 

 彼女の周囲を超高速で移動するヅダが、残像によって何体もいるように見える。

 実際には残像なんて全く起きてはいないのだが、ハイパーセンサーがヅダの速度を追い切れないが為に起きた現象である。

 

(実力はほぼ互角……いえ、向こうの方が僅かに上かしら? それならば、こんな防戦一方にはならない筈。とすると、私と彼女を隔てているのは……)

 

 そこまで考えて、スコールは背後からの殺気に反応した。

 

「そこよ!!」

「読まれたか! だが!!」

 

 マシンガンの銃口が向けられた瞬間、ヅダがまたしても消え去り、背後に回り込まれると同時に、いつの間にか装備していたヒートホークを振り被っていた。

 

「貰ったぞ!!」

「まだまだぁっ!!」

 

 スコールも咄嗟にリヴァイヴ用の近接ブレード『ブレッド・スライサー』に持ち替えて、ヒートホークの刃を受け止める。

 だが、その刃から発せられる熱量によって、徐々に押されていた。

 

「刃が溶けている……っ!? まさか、これはヒート兵器っ!?」

「その……通りだ!!」

 

 そのままヒート・ホークを振り抜き、ブレッドスライサーごとスコールも切り裂こうとするが、スコールもそのままやられるようなことはせず、緊急で出した小型シールドを囮にしてその場を脱した。

 

(私と彼女を大きく隔てているもの……それは、圧倒的なまでの機体性能の差!)

 

 ハイパーセンサーですら誤認する程の速度を、肉眼で追う事など絶対に不可能。

 余りにも早すぎて、最早その場に本当にいるのかどうかすら疑わしくなってくる。

 

(武装が強力という訳じゃない。その点はリヴァイヴを初めとする他の量産機と同様。あの機体が異常なのは、あの異次元の性能を誇る速度にある! あんな速度を出せるISなんて、少なくとも私は知らない! 織斑千冬の専用機である『暮桜』でも、あそこまでの速度は出せない筈! となると、今…私は……)

 

 そこまで考えてから、スコールは冷や汗を流した。

 

(私は……『世界最速のIS』と戦っている……?)

 

 スコールがそう思うのも無理はない。

 ヅダは、MSだった頃から既に同年代に開発された他のMSを完全に越える程の機動力を誇っているのだから。

 特に、推力だけに限って言えば、ヅダはあの連邦軍の最強の切り札とも言える『RX-78シリーズ』の機体すらも凌駕してみせていたのだ。

 つまり、多少改造した程度の量産機では、どれだけパイロットが優れていても、ヅダと相対した瞬間から勝ち目がない。

 

(今なら理解出来る……あの青いISにとって、その超絶的なスピードこそが最強の武器! 私用にカスタマイズをしたとは言え、リヴァイヴ程度では到底追従は出来ない!)

 

 この時点で、スコールはデュバルに勝つことを完全に諦めた。

 頭を切り替えて、どうやって相手を振り切って撤退し、オータムと合流するかを考え始める。

 

「にしても……ここまで出たり消えたりを何度も繰り返すなんて……まるで貴女は『亡霊戦士(ゴースト・ファイター)』ね」

「なに……?」

 

 スコールからすれば、本当に何気なく喋った言葉だった。

 だが、それが拙かった。

 デュバルにとって最も禁句となる言葉を放ってしまったから。

 それは、後にとある少年が自分の名前を馬鹿にされたことで軍の人間に殴り掛かってしまった時のように、デュバルは一気に『プッツン』してしまった。

 

「私は……ヅダは……!」

「な…なにかしら……お姉さん、猛烈に嫌な予感がするわ……」

 

 その予感は大当たりである。

 

 ヅダのモノアイが光り、まるで機体も怒っているかのように見えた。

 

「ヅダは!! 最早ゴーストファイターなどではない!!!」

「え………?」

 

 刹那、スコールのすぐ横を疾風が通り過ぎた。

 それが全速力を出したヅダだと理解するのに、数秒ほど必要とした。

 

「ザクにも!! リヴァイヴにも!!」

「これは本気でヤバいかも……! せめて、直撃だけは絶対に避けないと!」

 

 急加速、急停止、急旋回。

 物理法則に真正面から喧嘩を売るかのような軌道に、もう苦笑いしか浮かばない。

 牽制程度にはなるかと思いライフルを撃ち続けるが、全く効果が無かった。

 

「当たるどころか掠りもしない! なんなのよもう!!」

 

 自分はとんでもない相手に喧嘩を売ってしまったかもしれない。

 今になってスコールは、すぐに戦闘に持ち込んだことを後悔し始める。

 だが、過ぎてしまった時はもう戻せないのだ。

 

「決して劣ってなどいない!!!」

「かはっ……!」

 

 再びのシールドクローでの攻撃。

 だが、今度のは先程までの比じゃない速度での一撃な為、その威力も遥かに高い。

 スコールは体内にある空気を全部吐き出しながら体を曲げる。

 

「でぇぇいっ!!」

「ぐっ……!」

 

 追撃に渾身の蹴りをお見舞いする。

 手痛いダメージではあるが、これで距離が離れた上にデュバルは体勢を崩している。

 スコールにとって、これは千載一遇のチャンスだった。

 

「隙あり……よ!」

「なにっ!?」

 

 すぐにアサルトライフルを収納し、それを入れ替えるようにしてバズーカを呼び出して装備し、すぐにヅダへ向けて標準を合わせる。

 

(さっきまではまともにロックオンも出来なかったけど、今なら出来る!)

 

 迷わず引き金を引き、相手がダメージを受けて怯んでいる間に瞬時加速(イグニッション・ブースト)を使って離脱しようと企む……が、そのチャンスは最悪の形で崩壊した。

 

「「え……?」」

 

 本来ならば命中している筈のバズーカの弾丸が、あろうことか空中で停止しているのだ。

 まるで時が静止してしまったかのように、弾丸はピクリとも動かない。

 

「私の大切な『友人』に何をするつもりだ? テロリストが」

「あ…貴女は……!」

 

 スコールの目が大きく見開かれ、いつの間にかデュバルの隣にいる少女に向けられる。

 ここでようやく、スコールとデュバルは自分達の周りに多数のISがいる事に気が付く。

 

「大丈夫かね? 『少佐』」

「私を『少佐』と呼ぶ、貴女は一体……」

 

 黒いISを纏っている金髪の少女が、自分のISスーツの胸の辺りをチョンチョンと指差す。

 すると、そこには『赤い襟の一本角の髑髏』のパーソナルマークが。

 

「そ…そのパーソナルマークは……まさかっ!? 貴女はっ!?」

「そうだ。本当に久し振りだな、少佐」

「カスペン大佐……なのですか……?」

 

 今度は、別の意味で体が振るえる。

 宇宙世紀から生まれ変わったのは自分達だけじゃなかった。

 その事がすぐには信じられず、思わずカスペンの全身を見渡す。

 

「貴女も……『変わった』のですね……」

「む? それを言うということは、まさか貴公も……」

「はい……」

 

 ヅダの頭部だけを部分解除し、生身の顔を見せる。

 すると、今度はカスペンが驚く番だった。

 

「ず…随分と見違えたな……少佐……」

「その言葉はそのままお返ししますよ。大佐」

 

 ここで困惑するのはカスペンについてきた他の隊員達。

 いきなり謎のISを庇ったと思いきや、突然の『少佐』発言。

 特にラウラは最も混乱していた。

 

(あの、私と余り歳が変わらないような少女が『少佐』だと…? どういう事なのだ……?)

 

 何にも事情を知らないラウラ達は、黙って事態を静観しながら、疲弊したスコールを逃がさないように包囲しているしかない。

 

「しかし、どうして私だと分かったのですか?」

「あの癖の強いヅダをここまで自在に乗りこなせる人間なんて、私は貴公以外に知らない」

「実に貴女らしいですね……」

 

 いきなり目の前で繰り広げられた少女達の会話。

 それを目の前で見て、感動している場違いな女が一人いた。

 

「はぁ~……尊い……♡」

 

 スコールである。

 この女、先程からずっとデュバルとカスペンの二人を見て、ずっと発情しっぱなしである。

 

「にしても、まさかここで貴女が駆けつけるとは思ってなかったわ」

「ほぅ……私の事を知っているのか?」

「知っているわよ。ドイツ特殊IS部隊『シュヴァルツェ・ハーゼ隊』新隊長の『ヘルベルト・フォン・カスペン』大佐さん」

「どうやら、知らぬ間に私も随分と有名人となっていたようだな」

「当然じゃない。なにせ貴女は……」

 

 私のお気に入りの美少女の一人なんだから。

 スコールは心の中でそう呟いた。

 

「ところで、なんで弾丸が空中で停止をして……」

「おっと。そうだったな。そろそろ解除するか」

 

 翳していた手を下げると、弾丸も同時に落下し始める。

 それを右手でナイスキャッチし、心配の無くなった弾丸を握りしめる。

 

「まだまだ改良の余地は多分にあるが、防御用としては中々に有用のようだな。この『AIC』とやらは」

 

 近くにいた隊員に弾丸を渡して、改めてスコールと対峙する。

 

「さて……スコール・ミューゼル。お前は完全に包囲されている上に、少佐との戦闘で機体もお前自身も激しく疲弊している。無駄な抵抗はお互いの為にならないと判断するが?」

「そうね。確かにあなたの言う通りだわ。でもね……」

 

 一瞬でバズーカを収納し、それの代わりに一個の手榴弾を手に持つ。

 

「とっくの昔に、私はここから逃げることにしていたのよ!!」

「総員!! 急いでソイツを捕まえろ!!」

「もう遅いわ!!」

 

 流れるような動作でピンを抜き、手榴弾を空中に放り投げる。

 すると、それは激しい光を放ち、一瞬だけ全員の視界を奪った。

 その隙にスコールは最後の力を振り絞ってから、その場からの緊急離脱を成功させる。

 気がついた時にはもう、スコールは遥か後方にまで去ってしまっていた。

 

「申し訳ありません……」

「いや……気にするな。私も油断していた」

 

 落ち込むラウラを慰めるように、彼女の頭を撫でるカスペン。

 生まれ変わっても、カスペンの面倒見の良さは変わらないのだと思い、ふと安心した。

 

「ISを纏っている以上、フラッシュグレネードで目にダメージを負う事は無いが、それでも強制的に隙を生み出すにはもってこいだ。まだまだだな、私も……」

「奴の機体にまだあれだけのエネルギーが残っていたのは、恐らくは拡張領域に予備のエネルギータンクでも収納していたのでしょうね」

「切り札は最後の瞬間まで取っておく……か。スコール・ミューゼル……高飛車そうに見えて、その実は用意周到で強かな女よ……」

 

 スコールが去った方向を睨み付けながら、装甲内にある鋼鉄の左手をギシギシと軋ませる。

 

「……状況終了。お前達はこのまま戻れ」

「隊長はどうされるのですか?」

「私はもう少しだけ残る。久し振りに会った友人と話したくなったのでな」

「了解です。では、私達はお先に失礼します」

「うむ。ご苦労だったな」

 

 隊員達の去り行く背中を眺めながら、カスペンはデュバルにそっと耳打ちをする。

 

「今までの事や今回の事を、色々と話してもらうぞ。いいな?」

「勿論です。他の者ならいざ知らず、同じ身の上の大佐ならば喜んでお話ししましょう。ただし……」

「他の二人も揃ってから……か?」

「御存じだったので?」

「私を誰だと思っている? 当然だ」

 

 鼻息荒く胸を張るカスペンだったが、幼女のような見た目のせいで普通に可愛くしか見えない。

 思わず、自分の手がカスペンの頭に行きかけたデュバルだが、流石にここはグッと堪えたという。

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 撤退しながら、スコールは先程までの事を思いだしながら舌なめずりをしていた。

 

「機体性能の差が大きかったとはいえ、私をここまで追い詰めた、あの子……本当に気に入ったわ……。顔も体も私好みだし、絶対にモノにしてみせる……! そうして、私に屈服させた後は……」

 

 自分で自分の体を抱きながら、硬骨な表情を浮かべる。

 それは、オータムと夜を一緒に過ごす時にしか見せない顔だった。

 

「思いっきり可愛がってあげるわ……♡ 私無じゃ生きられなくなる程に…ね。その為にもまずは……私だけの専用機が必要になってくるわね……」

 

 スコールの目に野生が宿る。

 狙った獲物は絶対に逃がさない。必ず自分の女にする。

 例えそれが、どんな美少女だったとしても。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




当然ですが、デュバルVSスコールはデュバル少佐に軍配が上がりました。
 
その代償として、デュバルは完全にスコールに別の意味でロックオンされる羽目に。

もしも捕まったりしたら、それこそメス堕ちとかしそうですね。

今はまだスコールが原作でも御馴染みの専用機を所持していませんが、もしもゲットしたら……?

次回は遂に、宇宙世紀から続く因縁の対決再び!

介入者はいないので、とことんまでバトって貰いましょう!



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ソンネンVSフェデリコ

前世からの続く因縁のラウンド1。

原作前に決着をつけるような、そんな勿体無い真似だけはしませんとも。






 そこは、完全に廃墟と化していた。

 少し前まではまだ小奇麗な廃工場だったのに、今では見事に破壊され尽くしている。

 何も知らない人間がこの光景を見れば、この場所で戦争でも起きたのかと錯覚するだろう。

 いや、ある意味では『戦争』なのかもしれない。

 前世でも、今世でも、互いに決して相容れぬ存在である元軍人の二人の少女にとって、まだあの時の戦争は微塵も終わってなどいないのだから。

 

「「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!!」」

 

 工場内を疾走しながらも、倒すべき敵からは絶対に目を離さない。

 ヒルドルブの鋼鉄の巨体は、進路を妨げる障害物なんて知った事ではないと言わんばかりに、コンクリートの柱も残されたガラクタ等も全て薙ぎ倒しながら、両手に握ったマシンガンを連射し続けている。

 

 一方のフェデリコも、巧みに相手の射撃を回避しつつ、両手で握ったマシンガンのトリガーを押しっぱなしにしている。

 残弾数の事なんて知るか。

 こいつとの戦いでは、どれだけ弾丸を消費してもし足りない。

 何故なら、ソンネンの強さを誰よりもよく知っているのは、前世において壮絶な死闘と繰り広げたことのある自分だけだからだ。

 

「「ちっ!」」

 

 ほぼ同じタイミングでマシンガンの弾が切れる。

 たが、そこは歴戦の勇士である二人。

 お互いに相手の隙を伺いながら、あっという間にリロードを完了させた。

 

(野郎……! 悔しいが、一度戦った相手に二度も同じような戦法は通用しないか……!)

(あいつめ……! 女になってから、逆に射撃の精度が上がってないか? これは……長期戦は不利かもしれないな……)

 

 ここはもう、完全に二人だけの戦場。

 ソンネンにはフェデリコが。

 フェデリコにはソンネンしか見えていない。

 腕、目、体。果ては指の一本に至るまで全ての動きを見逃さないように観察する。

 真の強者同士の戦いでは、僅かな隙が文字通りの命取りになりかねない。

 

「「……………」」

 

 先程までの銃撃戦が嘘のように静まり返る。

 工場内は電気が通っていないので、昼なのに仄暗い。

 唯一の光源は割れた窓や壊れた壁から差し込む太陽光だけだ。

 

「スモーク散布!!」

 

 先に動いたのはソンネンだった。

 ヒルドルブに搭載されたスモーク・ディスチャージャー4基を一斉に稼働させ、狭い工場内を煙で充たした。

 逃げ場の少ないこの場所では、外で使用するよりも遥かに視界が悪くなる。

 

(幾らISがハイパーセンサーを持ってるからって、物理的な遮蔽物を透視は出来ない。どれだけ優れた機能を持っていても、最後は結局、乗っている人間頼みって事か……)

 

 ISに対する愚痴を心の中で零しながら、フェデリコはこの視界を遮られた状況でどうするか考える。

 

(この戦法は前にも見た。あの時は煙に紛れて二度目の強襲を許したばかりか、焼夷弾までお見舞いされたな。だが、ここで焼夷弾なんて使えば自分も巻き添えになるのは、あいつだって理解している筈。ならば……)

 

 フェデリコが思案している中、ソンネンも同じようにこの煙幕をどうやって最大活用するか考えていた。

 

(ここだと、どうしても使える弾種は限られる。精々、通常弾や徹甲弾とかだな。対戦車榴弾や対空用榴散弾は効果が薄い。基本的にマシンガンで牽制しつつ、隙を見て主砲をぶちかますしかねぇか……)

 

 ヒルドルブの分厚い装甲ならば、多少の障害物なんて蹴散らしながら走行できるが、それと攻撃出来るかは全くの別問題。

 狭い室内では、どうしても攻撃手段が限定されてしまう。

 

(いや……他の奴との戦いならばいざ知らず、あの盗人野郎との戦いじゃ下手な読み合いは意味がない……)

(……やめよう。オレが望んでいるのは、こんな思考の読み合いの戦いじゃねぇ……)

 

 煙越しに、二人は見えない何かで繋がっているかのように互いの目を睨み付けた。

 

((闘争本能の赴くままに、相手を全力でぶっ殺す! ただ、それだけだ!!))

 

 まだ煙が晴れない状態で、ソンネンは煙幕の中へと突っ込んでいく。

 周囲を警戒しつつ、マシンガンを乱射する。

 

「オラオラァッ!! とっとと出てきて大人しくオレにぶっ倒されろ! それとも、ビビッて逃げちまったかっ!?」

「そんな訳……」

 

 背後から反応!

 ソンネンは急いでヒルドルブを急旋回させようとするが、僅かに遅く、そこにはフェデリコがヒート・ホークを構えた状態で飛びかかってきた!

 

「ねぇだろうが!! 舐めてんじゃねぇぞ!!」

「ちっ!!」

 

 ヒルドルブの死角である背後を完全に取られ、伸し掛かられた。

 このままヒート・ホークでの攻撃を許してしまえば、そこから一気にイニシアチブを取られる。

 互角の相手との戦いで、それだけは絶対に避けねばらない事だ。

 

「コイツで終わりだ!!」

「させるかよ!!」

 

 ここでソンネンは咄嗟の思いつきで、ヒルドルブを見事に操り、その場で高速回転させてフェデリコを振り落とそうとした。

 

「悪足掻きを!!」

「うるせぇ!!」

 

 回転の勢いに負けて、思うようにヒート・ホークを振り下ろせない。

 まさかの策にフェデリコは少しだけ焦り、開いている左手でヒルドルブを掴んでから自分の体を固定する。

 

「これでっ!! な…なにぃっ!?」

 

 攻撃の瞬間、しっかりと摑んでいたヒート・ホークが何かにぶつかって弾かれ、どこかに飛んでいってしまった。

 それを見て、フェデリコは自分の勘違いに気が付いた。

 

(攻撃する事だけに気を取られて、全く気が付かなかった! こいつが機体を高速回転させたのは、オレを振り落とす為じゃない! コイツの本当の目的……それは……!)

 

 次の瞬間、フェデリコの目の前にコンクリートの壁が迫ってきていた。

 

(オレを自分と壁の間に挟んで圧殺すること!)

 

 この状況では下手に逃げる事も敵わず、そのままの勢いでフェデリコは壁とヒルドルブの間でサンドイッチになってしまった。

 

「ぶっ潰れろ!!」

「クソがぁぁぁぁぁぁっ!!!」

 

 粉々に砕かれた壁と共に工場の外へと強制的に弾き出されたフェデリコは、不思議と冷静な頭で考えていた。

 

(あの煙幕の本当の目的は…オレに対してワザと反撃のチャンスを与える事(・・・・・・・・・・・・・・・)。あいつは最初から、戦車最大の武器である『圧倒的質量』を使ってオレを攻撃するつもりだった。その為に、あいつは自分の背中を敢えて晒す事で『弱点』すらも利用した! 更に、煙幕によって周囲の状況が分らないから、回転しながら移動している事も分り難くくなる……)

 

 壊れた壁の穴から見えるヒルドルブが中へと引き換えしているのが見え、無意識の内に舌打ちをしていた。

 

(ちっ…くしょうが……! 奴の方が一枚上手だったって事かよ……! だがな! このオレがこのまま終わると思うなよ! まだSEはたっぷりと残ってるんだからな!)

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

 渾身の回転体当たりで、なんとか危機を脱したソンネンは、砲身に装弾筒型翼安定徹甲弾を装填し、いつでも発射出来るように備えた。

 

「あいつがこれぐらいでくたばるとは到底思えない。片足潰した程度じゃビクともしなかった野郎だからな……」

 

 どこから来る?

 全神経を張り巡らせて、張り付くような静寂に支配された廃工場内を全力で警戒する。

 

(窓から飛び込んでくるか…? それとも、壁を破壊してからの強襲…? いや、高火力の兵装を使っての、外から一気に工場ごとこっちをぶっ潰す算段かも知れない……)

 

 考えうる全ての状況を頭の中で即座にシミュレートし、いつでも動けるように準備をする。

 その時だった。天井からヒルドルブに非常に僅かではあるが、埃が落ちてきた。

 

「なんだ……?」

 

 それは、僅かな違和感。

 通常ならば何も考えずに見逃してしまう違和感。

 だが! ソンネンはその『違和感』の正体を決して見逃さなかった!

 

「ま…まさか!? アイツは!!」

 

 己の勘を信じ、ソンネンは急いでヒルドルブをバックさせる!

 すると、彼女が先程までいた場所の天井が木端微塵に消し飛び、そこから陽の光と共にフェデリコがその右腕に鈍く光る武器を装備して落下してきた!

 

「パイルバンカーだとっ!? んな物まで!!」

「『灰色の鱗殻(グレー・スケール)』だ! 当たれば一発でお陀仏だったのによ!!」

 

 別名『盾殺し(シールド・ピアーズ)』とも呼ばれるその武器は、数あるISの武器の中でも特に異彩を放つ一品で、その命中率の低さと引き換えに、非常に強大な攻撃力を獲得することに成功した、第二世代では最強の威力を持つ武器である。

 例えヒルドルブと言えど、直撃を受ければ唯では済まない。

 

「やってくれるじゃねぇか……クソッタレが!!」

 

 負けじと、ソンネンも即座に落下してきたフェデリコに標準を合わせて、ついさっき装填したAPFSDS弾を発射した!

 

「おっと!」

 

 フェデリコはすぐに腕部装甲に装着していたバンカーをパージし、その場から退避する。

 その結果、砲弾は空中にあったパイルバンカーに命中し、巨大な破裂音と共に爆散した。

 

「クソッ!」

「へっへっへ……」

 

 完全に振り出しに戻る。

 SEは先程よりは確実に減ってはいるが、戦況自体は殆ど変わっていない。

 

「さて…と。仕切り直しと行くか!!」

「望むところだ!!」

 

 再び二人が飛び出そうとした……その瞬間。

 いきなりフェデリコの機体にプライベートチャンネルが入った。

 

「これは…スコールか。いいところだってのに水を差しやがって……!」

 

 忌々しく思いながらも、通信に出ない訳もいかず、いつでも攻撃出来るようにマシンガンを再びコールしながら通信をすることに。

 

『やっと繋がった! ツァリアーノ大佐! 聞こえてるっ!?』

『ちゃんと聞こえてるよ。なんだ一体?』

『作戦は中止よ! 今すぐ撤退を開始して頂戴!』

『あぁっ!? ふざけんじゃねぇぞ! なんでここまで来て……』

『予想だにしなかったイレギュラーが発生したのよ! 完全に戦力はズタボロ! 私とオータムも手痛くやられたわ……』

『お前らが……?』

 

 フェデリコは自分の耳を疑った。

 スコールもオータムも、かなりの実力者であることは彼女自身がよく知っていたから。

 

『ドイツ軍に手練れの奴が一人だけいると聞いてはいるが…そいつか?』

『ドイツ軍も後からやって来たけど、それとこれとは完全に別! 私達は見知らぬ女の子達にやられたのよ!』

『見知らぬ女の子……』

 

 それを聞いて、ふとソンネンの方を見る。

 この場において、イレギュラーと言えば彼女以外に有り得ない。

 それが示す事はつまり……。

 

『やっぱり、他にも仲間がいやがったのか……』

『どうしたの?』

『いや…なんでもない。で、撤退するんだろ? 合流地点は例の場所でいいのか?』

『えぇ。問題ないわ。詳しい話はあとでするから。じゃあ、待ってるわよ』

 

 通信が切れると同時に、フェデリコは武器を納めた。

 

「お前…何のつもりだ?」

「なに。事情が変わったんだよ」

「なんだと?」

「どうやら、テメェのお仲間がこっちの仲間をやってくれたみたいでな。兼ねてから計画していた作戦が全部パーになっちまったんだと」

「あいつら……」

 

 彼女達ならば必ずやってくれると信じていた。

 だからこそ、自分はここでフェデリコを抑える役に徹することが出来たのだ。

 

「でもまぁ…もう正直言って、作戦の成否なんざどうでもいい。今は大人しく撤退するしかねぇが、此れだけは言っておくぞ」

 

 ソンネンに向かってビシッと指を刺してから宣言する。

 

「お前はオレだけの獲物だ。絶対に逃がさねぇし、オレ以外に奴に殺される事も許さねぇ」

「それはこっちのセリフだ。盗人野郎」

「……フェデリコ・ツァリアーノだ」

「あ?」

「オレの名前だ。名前も知らない相手に殺されるのも哀れだと思ってな」

 

 初めて知った宿敵の名前。

 それを言われたら、こちらも黙っているわけにはいかない。

 

「デメジエール・ソンネン。お前を殺す人間の名前だ。その耳によく刻んでおきな」

「そっちこそな」

「今度、ヒルドルブの駆動音が聞こえた時がお前の最後だ」

「その台詞もそのまま返すぜ。じゃあな」

 

 フェデリコは窓ガラスを破壊しながら、そのまま空の彼方へと消え去っていった。

 流石に今のヒルドルブには飛行機能は搭載されていないので、追撃は不可能だった。

 それ以前に、ソンネンの気力と体力がそれを許してはくれないだろう。

 

「一先ずは……守り抜いたな……」

 

 安心して体の力を抜きつつ、ヒルドルブを待機形態である車椅子へと戻す。

 そのタイミングでソンネンにもデュバルから通信が入ってきた。

 

『ソンネンか! 廃工場で戦闘をしていると聞いたが、大丈夫だったかっ!?』

「当たり前だ。オレ様を誰だと思ってやがる」

『そうか…そうだよな。それよりも、なんとか一夏は守り抜いたぞ!』

「聞いてるよ。……やったな」

『あぁ……。ヴェルナーももうすぐこっちに合流する予定だ。彼女と一緒にそっちに向かう』

「頼むぜ」

『それと、意外な人物と再会することが出来たぞ。きっとお前も驚く』

「誰だよ?」

『それは会ってからのお楽しみだ。では、また後でな』

「おう」

 

 通信を切り、ようやく肩を下すソンネン。

 窓から除く青空を眺めながら、一言だけ呟いた。

 

「……疲れた」

 

 陽の光を浴びながら、ソンネンはデュバル達がやってくるまでの間、少しだけ眠ることにした。

 その寝顔は、先程まで命を懸けた死闘を繰り広げていたとは思えない程に穏やかだった。

 

 

 

 

 




まずはお互いに痛み分け。

決着は次の戦い以降に持ち越しです。



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最果ての再会

なんだろう……本当は別の作品を更新しようと思っていたのに、どうしてもこの作品が書きたくなってしまった自分がいる……。

昨日、ずっと積んでいたHGUCケンプファーを組み上げたのが原因なのか?

ケンプファー……いつ見ても痺れるカッコよさです……。






 フェデリコとの壮絶な死闘を演じ、戦闘後に戦場となった廃工場にて一人、寝てしまったソンネンは、なにやら体が揺さぶられる感覚で目が覚めた。

 

「んぁ……なんだぁ…?」

「お? 眠り姫の御起床みたいだぞ」

「やっとか……」

 

 目が覚めて一番最初に見えたのは、澄みきったドイツの青空だった。

 そして、最初に聞こえてきたのはヴェルナーとデュバルの声。

 

「おはようさん。呑気に寝てたって事は、そっちも無事に乗り切ったって事でいいんだよな?」

「一応な……。それを聞くって事はお前達もか?」

「あぁ。私とヴェルナーは、どうやらそれぞれに幹部と目される連中と戦ったらしい」

「ふわぁ~……。なんで幹部だって分かるんだ?」

「部隊を率いていたからだ。少なくとも、それなりの地位にいる人間ではないと、部隊なんて預けて貰えないだろう?」

「そりゃそうだ」

 

 ソンネンとデュバルも、前世では部下を持っていた経験がある。

 だからこそ言える言葉だった。

 

「……あれ?」

「どうした?」

 

 急に何かに気が付いたかのように周りを気にしだす。

 今いる場所は会場周辺にある市街地。

 まだ大会開催中な事もあり、人通りはいつも以上に多い。

 

「あのよ……ちょっと聞いてもいいか?」

「なんだ?」

「今、オレはこの車椅子を動かしてない。そして、お前らはオレの隣で普通に歩いている。って事はよ、この車椅子を動かしてんのは誰なんだ?」

「ようやく、その事に気が付いたのか? どうやら、少佐は寝ぼけていたらしい」

「あ?」

 

 なにやら、綺麗な声が自分の後ろから聞こえてくる。

 それを確かめようとすると、急に車椅子が止まり、後ろから誰かが回り込んでソンネンの顔を覗き込んできた。

 

「この姿では初めましてだな。デメジエール・ソンネン少佐」

「んあ? なんだぁ? この妙に黒い軍服を着たガキンチョは……」

「ソ…ソンネン! お前は大佐に向かってなんてことを!」

「はっはっはっ! 気にする必要はないさ、デュバル少佐。開口一番でこれなんて、ソンネン少佐らしいじゃないか」

「ソンネンって性格に似合わず真面目な印象だったけど、意外とそうでもないんだな」

「そりゃどういう意味だ! って……大佐?」

 

 聞き逃せない単語が聞こえてきて、ソンネンは子首を傾げる。

 自分が知っている大佐と呼ばれる人間は非常に限られる。

 自分とデュバルが揃って『大佐』と呼ぶ人間ならば更に。

 

「久し振りだな。ヘルベルト・フォン・カスペンだ。簡単な事情はソンネン少佐から伺っている」

「へ……? こいつが…あのカスペン大佐……?」

「私も君達と同様に、死んでから生まれ変わったのさ。こうして性別が変わってな」

「え……っと……?」

 

 余りにもいきなり過ぎる事態に、ソンネンの脳が上手く情報を処理出来ないでいる。

 数秒の沈黙の後、ようやくソンネンの脳が再起動した。

 

「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあぁああぁぁぁぁぁぁぁっ!!?」

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 一行は、カスペンが取ってくれた安ホテルの部屋へとやって来ていた。

 安ホテルと言っても、小柄な少女達が四人で入るには十分すぎる程の広さを誇っている。

 

「よく部屋が取れたな。この時期はどんな所も予約で一杯になってると思ってたぜ」

「ここは私の密かに行きつけにしているホテルでな。外での用事が長引いた時などは、頻繁に使わせて貰っている」

「だから、ロビーにいた店の人間も普通に対応してたのか」

「ブラックカードを出したときはかなり驚いたがな……」

 

 四人はそれぞれに好きな場所へと移動をした。

 ソンネンは車椅子から降ろしてもらい、ベットの上で伸び伸びと身体を伸ばしている。

 ヴェルナーは部屋に備え付けのソファーに寝転がり、デュバルはテーブル越しにカスペンと向き合うように椅子に座っていた。

 

「しかし、貴官達三人がこのドイツの地に来ていると知った時は驚いたぞ」

「それはこちらのセリフです。まさか、カスペン大佐までもが我々と同じ現象に見舞われていたとは、流石に予想すらしてませんでした」

「そうか? 私は『もしかしたら』とは思ってはいたがな」

「なんでですかい?」

「宇宙世紀の世界から生まれ変わって、この世界に来ている人間は他にもいるということだ」

「「「!!!」」」

 

 カスペンの口から言われた驚愕の事実。

 それには、普段は大抵の事は受け流すヴェルナーすらも驚きを隠せない。

 

「それは……一体……」

「君達も私もよく知っている人物達だ」

「まさか……!」

 

 ホテルに来る前に購入した缶コーヒーを飲みながら、カスペンが静かに答えた。

 

「ヒデト・ワシヤ中尉」

「二番機に乗っていた彼か…!」

「モニク・キャデラック特務大尉」

「そうか……あいつも……」

「そして……オリヴァー・マイ技術中尉」

「……矢張り…か」

 

 本当に懐かしい名前を聞かされて、思わず三人揃って笑みが零れる。

 彼女達三人にとっては、忘れたくても忘れられない人物達だから。

 

「それと、もう一人だけ第603試験技術隊から生まれ変わった人物が存在している」

「それは?」

「アレクサンドロ・ヘンメ大尉。嘗てはヨーツンヘイムにて砲術長を務めていた事もある」

「ヘンメ大尉……聞いたことがあるぜ。確か、オレが赴任する前に戦死したっていう奴が、そんな名前だったような気が……」

「ソンネン少佐の言う通りだ。彼は、君がヨーツンヘイムに乗艦する少し前にルウム宙域での開戦で戦死したらしい」

「あの戦いでか……」

 

 ここにいる誰もが決して忘れない、宇宙世紀の歴史における最大の戦争の火蓋が切って落とされた歴史的な戦い。

 彼女達だけではなく、宇宙世紀に生きる全ての人々の脳裏に深く刻まれた一日でもある。

 

「そのように話すということは、大佐はもう彼らに会っているのですか?」

「一応な。といっても、そう頻繁にじゃない。暇を見つけてプライベートで会っているだけだ。軍人としてではなく、一人の友人としてな」

 

 そう話すカスペンの顔には、昔の凛々しさは無く、一人の少女としての顔になっていた。

 

「しっかしよ、生まれ変わっても大佐は軍人をやってるのかよ?」

「やっているというよりは、必然的にそうなったと言った方が正しいな」

「というと?」

「こちらでの私もまた、向こうと同じように代々に渡って優秀な軍人を数多く輩出してきた家系だったのさ。無論、私の両親も現役で軍人をしている」

「こりゃまたなんとも」

「私自身も将来的には絶対にドイツ軍に入る気満々でいたのだが、そこで私に非常に高いIS適正がある事が発覚してしまうのだ」

「だから、その歳で入隊する羽目になった…と」

「その歳と言うがな、今の私は少なくとも君達よりは年上だぞ?」

「年上って……そのナリで?」

「……人が気にしていることをズバっと言うな。毎日、ちゃんと牛乳を飲んだりして努力はしている」

「そ…そうッスか」

 

 デュバル、ソンネン、ヴェルナーは歳相応の成長をしているが、カスペンの姿はどう見ても小学校低学年の女子にしか見えない。

 三人と並べば猶の事、そう見えるだろう。

 

「因みに、今年で何歳になるのですか?」

「今は14歳。今度の誕生日で15歳になる」

「「「……マジで?」」」

「素のリアクションはやめろ。普通に傷つく」

 

 今の自分達よりも2歳も年上。

 体の成長の度合いは人それぞれだと、改めて思い知ったのだった。

 

「そう言えば、私の元に駆け付けてくれた時は『隊長』と呼ばれていましたが、あれは……」

「おっと。その事もちゃんと話しておかないとな」

 

 すっかり温くなってしまった缶コーヒーを一気に飲み干し、それをポイッと投げてからゴミ箱へと入れた。

 

「今の私はドイツ軍特殊IS部隊『シュバルツェ・ハーゼ隊』に所属し、隊長を務めている。といっても、就任したのは去年の話なのだがな」

「って事は、大佐の前の隊長さんは、戦死でもしちまったのか?」

「表向きはMIAとなっているが、実際には自らの意志で軍を抜け出し、そのまま何処かへと行方を暗ましたらしい」

 

 他人事なのか、カスペンの口調は淡々としている。

 前の隊長に関しては余り興味はなさそうだ。

 

「つーか、階級まで一緒ってどんだけだよ……」

「これは完全に宣伝目的で与えられた階級だ。前世での経験を最大限に生かしてしまった結果、部隊長とはまた別の立場に立たされているからな」

「なんだそりゃ?」

 

 椅子から降りて、ソンネンが寝ているベットの隣のベットに腰掛け、溜息交じりに呟いた。

 

「ドイツ国家代表IS操縦者。この大会が終わってからだがな」

「「「はい?」」」

「言われるがままに試合をこなしていたら、いつの間にか代表候補生にされていて、気が付けばとんとん拍子に国家代表だ。昔のプライドが邪魔をして、下手に全戦全勝完全勝利なんてしたのが拙かったのか……」

「……大佐の相手となった少女達が哀れですよ」

 

 伊達に前世ではジオン軍にて『カスペン大隊』なんてものを創り上げてはおらず、その実力は平和な世で生きる少女達とは比較対象にするのも烏滸がましいだろう。

 

「道理で、道行く連中が揃いも揃ってこっちを見ていたわけだ」

「次代の国家代表ともなれば、国中の有名人だ。そりゃ、注目もされるわな」

「今の国家代表はどうなるんだ?」

「普通に引退するらしい。なんでも、大会が開催される少し前に結婚をしたらしく、大会終了後に引退をしてから私に国家代表の任を引き継ぎ、その後は専業主婦として生きていくんだとか」

「主婦ねぇ~……」

 

 何やら意味深に言いながら、ソンネンが天井の方を向く。

 

「こうして女になった以上、オレらもいつか、男と結婚をして子供を産むのかねぇ……」

「まだ想像も出来ないな」

「その時になってから考えればいいさ」

「ホルバイン少尉の言う通りだ。我々はまだ子供、遠い未来の事は考えない方がいい」

「……だぁな」

 

 大きく欠伸をしてから、軽く背中を伸ばす。

 戦闘直後からここに来ているせいか、眠気に襲われているようだ。

 

「では、今度はそっちの事を話して貰おうか?」

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

「成る程な。貴官達は軍とは無縁の場所で育ったのだな」

「はい。そこに至るまでの過程は散々でしたが、一人の子供として何気ない日常を

送れるのはとても新鮮で貴重な体験でした」

「だろうな……。誰だって荒事塗れの人生なんて送りたくはないもんだ」

「そうですね。だからこそ、改めて『守る強さ』を認識もしましたが」

「……そうか」

 

 満足そうに頷くカスペン。

 彼女は三人を見て確信していた。

 この三人は以前よりも遥かに強くなっている。

 体ではなくて心が。

 

「しかし、よもや少佐たちがあの『白騎士事件』にまで関わっていたとは驚きだ」

「あの時は誰もが必死でしたから」

「あん時の事は一生忘れねぇよ……」

 

 己の無力さを身を持って実感した日だから。

 故に求めた。誰かを守れる『強さ』を。

 自分の信念を貫ける『強さ』を。

 

「ならば、君達が嘗ての愛機を模したISを手にし、こうしてドイツに来れたのも、あの篠ノ之束博士の助力があったからと見るべきなのか?」

「そうです。先ほども話しましたが、束とは幼い頃から個人的に親交があったので」

「成る程な。どうやら、こちらの想像以上に大きな友人を持ったようだな」

「そうですね……当時はそんな事は全く思っていませんでしたが、今思うと凄い人物でしたね」

「だろうな。一つのカテゴリーをこの世に産み出した人物なのだから。そのような偉業は並大抵の人間には出来ないだろう」

 

 カスペンもまた、未だに会ってすらいない束の事を純粋に評価していた。

 これこそ、宇宙世紀に生きた人間達と、西暦の世を生きる人間達との価値観の差なのかもしれない。

 

「で、ドイツにはなんで来たのだ? あの『亡霊共』と戦闘をしていたということは、奴らの事を予め把握していたと思われるが……」

「それは……」

 

 デュバルは三人を代表し、今回の事に至るまでの経緯を事細かに説明した。

 

「そうか……偶然とはいえ、連中の通信を傍受して……」

「一夏の誘拐計画の事を知ったのです」

「よもや、我々のいる前で民間人を誘拐し、人質にしようなどと……随分と舐められたものだな……!」

 

 怒りで感情が高ぶったのか、手袋を着けた左手がギシギチと鳴る。

 

「だがしかし、それも貴官達のお蔭で事前に防ぐことが出来た。軍を代表して感謝するよ。ありがとう」

「いえ。我々は一人の友人を救いたいと思った、ただそれだけですから」

「その立派な精神こそが、最も褒められるべき事だと思うがね」

「そ…そうでしょうか……」

 

 照れくさそうに頬を掻き、なんでか頭のアホ毛が激しく左右に揺れている。

 どうやら、彼女の感情に合わせて動いているようだ。

 

「連中の部下達はどうなったんだ?」

「それならば心配無用だ。全員、私の部下達が捕縛した。例の少年も含め、民間人には一切被害は無いようだ」

「それは良かったぜ」

「だが、念の為に残った部下達を観客席の警備に当たらせよう。特に、例の少年がいるブロックはな」

「お願いします」

 

 言うが早いが、カスペンはすぐに自分のスマホで自分の副官であるクラリッサにメールを送った。

 

「これでよし。送り先は私が最も信用してる副官だ。これならば大丈夫だろう」

「なぁ……ちょっといいか?」

 

 妙に真剣な顔をして話し出すソンネン。

 明らかに様子がおかしい彼女を見て、全員が黙って話を聞くことに。

 

「いつ話し出そうかタイミングを伺ってたけどよ、今なら大丈夫だろ」

「何を話す気だ?」

「さっきの生まれ変わり云々の話だよ」

 

 ゴロンと体勢を変えて、俯せになるソンネン。

 楽な姿勢になったところで話を再開した。

 

「第603技術試験隊の関係者以外にも、宇宙世紀から生まれ変わった奴がいるぞ」

「なんだとっ!? それは誰だっ!?」

「そいつの名は『フェデリコ・ツァリアーノ』。地球連邦軍の士官であり、オレのヒルドルブと戦った相手で……相打ちになった奴だ」

「お前のヒルドルブと相打ちって事は……」

「そいつが例の『盗人野郎』か。ジオンのザクを鹵獲して好き放題に使ってたっていう……」

「あぁ。そいつが会場にいて、一夏の事を狙ってやがってた。恐らく、亡霊の一味になってるんだろうな」

「それじゃあ、お前があの廃工場で戦ったのは……」

「フェデリコだ。野郎…間違いなく、あの頃よりも強くなってやがった……!」

「お前にそこまで言わせるとは……」

 

 三人が話す中、カスペンだけが大きく目を見開たまま固まっていた。

 

「大佐? どうしました?」

「……ソンネン少佐。貴官が戦った相手は確かに『フェデリコ・ツァリアーノ』と名乗ったのだな?」

「間違いないぜ」

「それがどうかしたのかい?」

「フェデリコ・ツァリアーノ……そいつは……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私の前にシュヴァルツェ・ハーゼ隊の隊長をしていた女だ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




今回は話してばかり。

でも、懐かしの相手と再会すれば、昔話に花が咲くのは当然ですよね。


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最高のエール

今回で三人娘のドイツ小旅行編が終わりです。

次回以降はまた日本でのほのぼのな中学生日記が再開します。

その後で、今度はカスペン大佐が主役になるドイツ編のスタートです。







「今……なんつった? あの野郎がドイツ軍に…正規の軍にいたってのか……?」

「私が就任する前まで…だがな」

 

 ソンネンの衝撃発言を、カスペンが次なる衝撃発言で掻き消してしまった。

 逆にソンネンが冷や汗を流して驚いていた。

 

「フェデリコ・ツァリアーノ。階級は大佐。私が知っているのはそれぐらいだ」

「……隠蔽されたのか?」

「隠蔽ではなく、消去と言ったほうが正しいだろうな」

 

 物騒な言葉が飛び出して、三人は思わず唾を飲んだ。

 

「恐らく、彼女がテロリストに組していると何らかの形で知った軍上層部が、他の者達に知られる前に、軍に在籍していたという記録は愚か、戸籍の類すらも完全に抹消したのだろう。今の私の権限をもってしても、名前と階級を知るのが精一杯だった」

「大佐はそれらをどこで知ったのですか?」

「私の副官だ。ハーゼ隊の副隊長をしている『クラリッサ・ハルフォーフ大尉』に教えて貰ったのだ。どれだけ情報統制をしていても、人の口までは防げないからな」

「日本じゃそういうのを『人の口には戸が掛けられない』と言うのです」

「ふむ……真理だな。日本人は本当に趣深い」

 

 腕組みをしながら関心をするカスペンだが、やっぱり背伸びをしている幼女にしか見えない。

 この場のピリピリとした空気をギリギリの所で押し留めているのが、彼女の可愛さなのだから皮肉だ。

 

「……なんとなくだけどよ、オレにはどうしてあいつが軍を抜けたのかが分るぜ」

「…聞かせて貰おうか」

「おう」

 

 頑張って体を起こして、ベッドに座る体勢になってから静かに語り出す。

 

「お前らももう分っているとは思うが、あいつはオレ達と同様にあの『独立戦争』の戦乱の中を生きた生粋の軍人だ。しかも、普通の連中とは違ってお世辞にも品行方正とは言い難い戦い方をしていた」

「我が軍の『ザクⅡ』を鹵獲し、それを部下達と共に運用しつつ様々な場所を襲撃していた…のだったな」

「襲撃なんて可愛いもんじゃねぇさ。あいつらがやっていたのは所謂『騙し討ち』だ」

「騙し討ち…だと?」

 

 規律を重んじ、誰よりも真っ直ぐな性格をしているカスペンには絶対に聞き逃せない言葉だった。

 

「そうさ。ジオン軍の振りをしながら、奴らはこっちの部隊や地上戦艦、果ては集積所や基地にまで攻撃を仕掛けていき、そのついでに弾薬などを初めとした物資も奪っていたらしい」

「……もうそれは盗人ってよりは、完全にやってることは山賊じゃねぇか」

「それはあいつ等も自覚してたんだろうな。だからこそ、攻撃をすることに微塵も躊躇も容赦もしない」

「そんな奴がテロリストに加わっているのか……厄介な事この上ないな……」

 

 苦い顔をして両手を組み、下を向くデュバル。

 いつもは飄々としているヴェルナーも、今回ばかりは事態の重さを認識して黙っていた。

 

「奴は、微温湯に浸かっているのが嫌になったんだろうぜ」

「微温湯……」

「この世界には宇宙世紀みたいな『戦乱』がない。『戦争』がない。そりゃ、そんなのは無いに越したことはないし、オレだって絶対に御免だ。だけど、フェデリコは違った」

 

 どこまでも冷静に、それでいて自分に言い聞かせるようにしながら喋り続ける。

 

「野郎は勝利の為なら…自分の目的の為ならば手段を選ばないような奴だ。それこそ、人道や軍人としての矜持すらもかなぐり捨ててもな」

「そんな奴を連邦軍は飼い慣らしていたのか……」

「あいつの功績を鑑みて、多少の汚い事は上の方で揉み消して無かったことにしてたんだろうよ。前に聞いた噂じゃ、ジャブローのオフィスはエアコンが効いてて快適らしいからな」

「自分達は安全で快適な場所にいて、部下達には危険で汚い仕事をさせる…か。そこだけはどこの軍も変わりないのかもしれないな……」

 

 ヴェルナーの何気ない一言にカスペン辺りが反論をしてくると思ったが、そんな事は無く、彼女は目を瞑って黙って聞いていた。

 彼女は知っているのだ。ヴェルナーの言ったことが真実であることを。

 常に最前線に立ちながらも、上層部や総帥部とも関わりが深いカスペンは、ジオン軍内部に潜む『闇』の事も当然のように知っていた。

 

「要は、生粋の戦場育ちなんだよ。殺るか、殺られるか。そんな『弱肉強食』の世界で生きてきたフェデリコが、この平和な世界にそう簡単に馴染めると思うか?」

「戦争経験者という点では我々も同類だが、彼女と私達とでは環境が違うか……」

「デュバルの言う通り。同じ戦場、同じ世界で生きてきてても、所詮は赤の他人だ。見ている景色も感じている事も全く違う。生まれ変わった世界でも軍人だったとしても、ここではアイツの心を満たす事は出来なかったって事だな」

 

 ゴロンと寝転んで、仰向けになりながら天井を睨み付け、手を挙げてから拳を握る。

 

「……少佐の言う通り、お世辞にもハーゼ隊は我々が知っている軍と比べても非常に雰囲気が穏やかなのは確かだな……」

「そうなのですか?」

「あぁ。あの部隊はドイツ国民に対する軍からのアピール。プロバガンダの為に存在しているようなものだ。少し前までは軍人とは名ばかりの、俗に言う『アイドル』のような存在だった」

「今でもそうなのですか?」

「私がそれを許すと思うか?」

「「「いいえ……」」」

 

 三人共が揃って青い顔をしながら首を横に振った。

 カスペンは人格者ではあるが、同時に軍人としては非常に厳しい人間でもある。

 部下の事を想う余り、過剰な発言をすることも珍しくはない。

 何も知らない人間が聞けば反感を覚えるかもしれないが、この場にいる三人のようにカスペンの事をよく知っている者達は理解している。

 それが彼女流の『愛の鞭』なのだと。

 勿論、ただ厳しいだけの人間では無いのだが。

 

「自分が今いる場所では、己の胸の中で燻っている闘争本能って名の『炎』を燃やし尽くすことが出来ないと悟った。だから……」

「奴は軍を捨て、自分が犯罪者の片棒を担ぐことになってでも、己の心を満たす事を選択した……」

「あくまで、オレの予想だけどな」

 

 苦笑いをしながら話を締めくくったソンネンだが、その顔は未だに晴れない。

 

「戦争後遺症……って奴なのかもしれんな」

「本物の戦場の空気を…硝煙の匂いを、血飛沫の味を忘れることが出来なかった人間の末路……か」

「アイツとオレは、これまでに二度、戦場で対峙した。一度はあの砂漠で、二度目はこのドイツの地でだ。それで知った。あいつは全く変わってなんかいない。それどころか、昔よりも生き生きとしていやがった」

「命を懸けた戦いが出来たから?」

「自分の『(ライフ)』すらもチップにして賭けられる様な奴だ。狂戦士とまではいかねぇが、それでも十分に狂ってるのは確かだろうよ」

 

 最大の理解者であり好敵手。

 それでいて、絶対に倒さなければいけない相手。

 

「また今度、あいつが出てきた時はオレに任せろ。今度こそ、絶対に仕留めてやるからよ」

「民間人である少佐にそのような事は……と言いたいが、それが一番無難か……」

「向こうの事を殆ど知らないオレ等じゃ、返り討ちに遭うかもしれないしな」

「相手はソンネンを苦戦させるような人間だ。それに、相性もあるからな」

「おう。オレとアイツは『運命の赤い糸』で結ばれてるからな」

「なんとも、ロマンの欠片も無い赤い糸だな」

「違いねぇ」

「「「「ははははは……」」」」

 

 四人揃って顔を見合わせてから笑い合う。

 ようやく、歳相応の少女らしい表情を見せてくれた。

 

「……ところでよ」

「言うな。お前が言いたいことは分かっている」

「だな」

「うむ」

 

 四人は同時にベッドの下を除き込み、其処に向かって一斉に話しかけた。

 

「「「「いつまでそこにいる気だ?」」」」

「…………ハイ。ソーデスネ」

 

 のそのそとベッドの下から這い出てきたのは、全身が埃塗れになっている束だった。

 よく見たら、その顔にも煤がついていたりする。

 

「いつからバレてた?」

「最初からだよバカ」

「……マジで?」

「大マジだ。皆、どのタイミングで出てくるのかな~って思ってたぞ」

「まさか、最後の最後まで出てこないとは思わなかった」

「……束さん。超恥ずかしい……」

「だったら、ンな所に隠れてないで、素直に来ればよかっただろうが」

「皆の驚く顔を見てみたくて……」

「クロエも大変だな……」

 

 束の助手の少女の事を心配し、遠い顔になるデュバル。

 また今度にでも会う時は、彼女に美味しい物でも持っていってあげようと決めた三人だった。

 

「私がいるって分ってたのに、あんな風に話してたの?」

「他の奴ならともかく、お前になら聞かれても大丈夫だと思ったんだよ。なんとなく」

「他の皆も?」

「元から隠す気などありませんでしたし」

「右に同じ」

「三人が信用した人物ならば問題無いかと判断しました」

「ははは……今回はとことんまで道化だね」

 

 パンパンと両手で服や髪に付着している埃などを払ってから、改めてベッドに座る束。

 あっという間に場に馴染むのは流石だ。

 

「ナビをしてて知ってたけど、相当に大変だったみたいだね……」

「気にすんなって。オレ達からすれば、久し振りに『いい運動』が出来たぜ」

「思ってるよりは動けてたな」

「だが、これで慢心をしてはいけない。油断は自分の首を絞めるだけだからな」

「ふっ……いい心掛けだ。デュバル少佐。流石はこの私が見込んだだけはある」

 

 満足そうに頷くカスペンを、いきなり束が脇から抱えて持ち上げた。

 

「な…なんだっ!?」

「で、この超絶可愛い金髪美幼女ちゃんも、三人の知り合い?」

「あぁ。個人的にはかなり世話になってた人だな」

「そうなんだ……」

 

 何かを見定めるかのように、束は自分の目線まで持ち上げたカスペンの事をジ~っと観察する。

 

「は…初めまして、篠ノ之博士。私はドイツ軍特殊部隊『シュバルツェ・ハーゼ隊』の隊長を務めております、ヘルベルト・フォン・カスペンと申しm……」

「可愛い~~~~~♡♡」

「むぎゅっ!?」

 

 いきなり抱きしめられ、バタバタと足掻くカスペンだったが、その体に似合わない怪力の持ち主である束の前では全くの無力だった。

 

「え? 何? こんな可愛い子がドイツのIS部隊で部隊長やっててドイツの代表っ!? しかも、その子がソーちゃん達の古い知り合いとか、どんな偶然っ!?」

「ぐ…ぐるじい……」

「あぁ……いい匂いがする…♡ 美幼女特有の最高の香りがする……♡」

「いぎが…でぎない……」

「た…束! そろそろ本気で離してあげてくれ! 流石にヤバい顔色になってきている!」

「あ……」

 

 急いで束が体を離すと、カスペンの顔色は完全に真っ青になっていた。

 

「ご…ごめ~ん! 大丈夫ッ!?」

「にゃ…にゃんとか……こほっ…こほっ……」

 

 深呼吸と咳を繰り返しながら、カスペンは束によって椅子に座らせて貰った。

 

「花畑の向こう側で、頭の上に輪っかを着けていたギレン総帥を初めとするザビ家の面々が満面の笑みで手招きしてた……」

「それは本当に危ないやつ!」

 

 どうやら、あの世のギリギリまでは行ってきたらしい。

 なんとかして戻ってこれてなによりである。

 

「カスペンだから……スーちゃんだね!」

「スーちゃん……」

「どっかの会社の社長になって、釣が好きな社員の影響で自分も釣り好きになりそうな渾名だな」

「妙に具体的だな…ヴェルナー……」

 

 もしかしたら、ヴェルナーはあの映画のファンなのかもしれない。

 

「スーちゃんの事はちょっとだけ調べたよ。全部の試合を無傷で勝利って、もしかしたら、ちーちゃんよりも強いんじゃない?」

「単純な身体能力は敵わないかもだけどよ……」

「操縦技術や戦術などに関しては、越えているかもしれないな」

「潜ってきた修羅場の数と質が違い過ぎるしな」

 

 世界最強の称号を手にした女と、本物の戦場を知っている生粋の軍人。

 どっちが強いのかは、実際に戦ってみるまでは誰にも分からないだろう。

 

「けど、千冬の姉御か……」

「どうしたの? ソーちゃん」

「いやな。こうしてドイツくんだりまで来てんのによ、姉御に会えないまでも、せめて何かの形で応援とかしてやりたいなって思ってよ」

「そうだな……。私達がドイツにいるのは秘密にしなければいけないのは承知してはいるが……」

「せめて、何かしたいよな……」

 

 千冬を想う一人の人間として、三人は何かをしてやりたかった。

 例え、それによって自分達の事がバレたとしても。

 

「それならば、なんとか出来るかもしれないぞ?」

「マジかよ」

「今の私がどんな立場にいるのか忘れたのか?」

「「「あ……」」」

 

 今のカスペンはドイツ特殊部隊の隊長。

 その権限を使えば、多少の無理は通せる。

 

「私達のような子供だけで行動をしたら怪しまれるかもれない。だが……」

 

 ここでドヤ顔で束の方を見る。

 

「保護者がいれば、何の問題もあるまい?」

「……私?」

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 大会会場 日本チーム控え室近くの廊下

 

「さっきの試合も圧勝でしたね!」

「この調子なら、次の決勝も絶対に勝てますよ!」

「私はそこまで楽観視などはしていない。勝負は時の運とも言うしな」

 

 スタッフから渡されたタオルで汗を拭きながら廊下を歩き、最後の試合に向けて身体を休める為に控え室へと急ぐ千冬の前に、一人の女性がやってくる。

 

「あっ! 千冬先輩!」

「真耶か。どうしたんだ?」

「先輩に、ファンの子達から寄せ書きが書かれた色紙を預かってますよ!」

「寄せ書き?」

「はい! 凄く個性的な子達だったなぁ~…」

「個性的とは?」

「和服を着ている可愛い子と、清楚な感じの金髪の女の子、少し肌が焼けた南国出身みたいな子が、なんでか警備を担当しているドイツ軍の隊長さんと一緒に来てました」

「和服……清楚……南国……?」

 

 その三つの単語を聞いて、すぐに思い浮かんだのは、自分の弟が想いを寄せている三人の少女達。

 だが、今の彼女達は揃って日本にいる筈。

 ここで自分に寄せ書きを渡すなど普通は不可能だ。

 

「あと、保護者の方も一緒にいましたね。紫の髪に変なウサ耳を着けてたけど…」

「アイツか……」

 

 これで合点がいった。

 恐らく、面白半分で束が三人をドイツまで連れてきたのだろう。

 相変わらず自分勝手な友人に怒りを覚えながら、渡された色紙に視線を向ける。

 それを見た途端、千冬の涙腺が一気に崩壊寸前になった。

 

「あいつら……」

 

 色紙に書かれた言葉。

 それを読んで、嬉しさで言葉が出なくなる。

 

『応援してるぜ! アンタなら絶対に優勝出来るさ! ソンネン』

『貴女の雄姿、しっかりと見届けさせて貰います。 デュバル』

『オレの爺さんが言ってた。『頑張れ! 人間は心が原動力だからこそ、どこまでも強くなれる!』ってな。 ヴェルナー』

『織斑千冬殿。勝利の栄光を貴女に。 カスペン』

『偶には私もいい事をするでしょ? 大丈夫! ちーちゃんなら楽勝だよ! 束』

 

 一夏だけじゃない。

 自分にはこんなにも多くの人々が支えてくれている。

 涙を拭って顔を上げた千冬の目は、この大会で一番の力強い目をしていた。

 

「先輩……?」

「今まで以上に活力が湧いてきた。不思議と次の試合、絶対に負ける気がしない」

「「「おぉ~!」」」

 

 窓から除く空を見上げ、千冬は改めて決意をする。

 この勝利は、あの少女達に捧げようと。

 

 この後に行われた決勝戦は、前大会以上の盛り上がりを見せ、千冬の圧倒的な強さによって彼女が見事に優勝を飾ったという。

 

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 会場から離れた場所にある、束特製のロケットが用意された地点。

 束と一緒にロケットの中にいる三人は、ハッチを開けた状態でカスペンと向き合っていた。

 

「そう言えば、言い忘れていたことがあったな」

「なんですか?」

「実はな、私は来年からドイツから出向する形で、あの『IS学園』へと編入することになっている」

「IS学園と言えば……」

「日本政府を中心に、国連が協力をする形で人工島に設立された、その名の通りの『ISを学ぶ為の学園』か……」

「そうだ。上の思惑としては、私にはドイツ代表としての活躍を望んでいるのだろが、私自身はそんな事とは関係なく、日本での学園生活を満喫するつもりだ。だから……」

 

 カスペンは敬礼をして、微笑を浮かべる。

 

「私はここで別れの言葉を言うつもりはない。君達にはこの言葉を送らせて貰おう」

 

 周囲にも聞こえてそうな程の大声でカスペンは叫んだ。

 

「デメジエール・ソンネン少佐! ジャン・リュック・デュバル少佐! ヴェルナー・ホルバイン少尉!」

「「「はい!」」」

「IS学園で待っているぞ!!」

「「「了解!!」」」

 

 三人も同じように敬礼をし、カスペンとの再会を誓い合った。

 

「ねぇ…スーちゃん。一つだけ聞いてもいいかな?」

「なんですか?」

「君にとって、ISって何かな?」

「ふっ……愚問ですな」

 

 敬礼のポーズのまま、真っ直ぐに束の顔を見て答えた。

 

「人類の希望であり、未来への翼です」

「未来への…翼……」

「篠ノ之束博士。貴女の『夢』が叶う事を、密かに願っております」

「うん……ありがとね……スーちゃん……」

 

 静かにハッチが閉じ、カスペンが離れたと同時にロケットが大量の発射煙と一緒に大空の彼方へと消えていった。

 

「また……必ず会おう……我が同志達よ……」

 

 ロケットの姿が消え去っても、カスペンはずっとその場で敬礼をし続けていた。

 遠き異国の地にて、掛け替えのない仲間達との再会を願って。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




いつも以上に長くなってしまった……。

因みに、生まれ変わり云々や宇宙世紀について語られていた部分も普通に束は聴いていましたが、そこまで驚いていないのは、彼女なりにある程度の予想や推測を既にしていたせいです。
束は既に自分なりの答えには辿り着いてはいます。
それを話すかは別にして。


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番外編③ いつか空に届いて

番外編の三回目は、『あの人』が主役です。

パイロットもそれなりに人気があると思いますが、それ以上に機体の方が圧倒的な人気を誇ってますね。

原作のせいで不遇な印象を受けますけど、実際にはとてつもない高性能機ですから。

それを上手に再現出来ればいいですね。

時系列的には臨海学校の少し前ぐらいです。










 早朝 IS学園 職員室

 

 殆どの教員達が今日の授業の準備や予定の確認などを行っている最中、ひときわ大きな声が室内に響き渡った。

 

「ミーシャ先生! こんな朝から何をやってるんですか!?」

「何って……」

 

 『ミーシャ』と呼ばれた女性は、自分の手に握られているスキットルと叫んできた女性の顔を交互に見る。

 

「アルコール消毒?」

「世間一般では、それは『飲酒』って言うんです!」

「そうとも言う」

「そうとしか言いません!!」

 

 大声を上げている女性…一年一組副担任である山田真耶は、これだけ叱っているにも拘らず、何食わぬ顔でスキットルの蓋を開けて酒飲みを再開し始めるミーシャに眉間をピクピクとさせる。

 

「まぁまぁ。山田先生、少しは落ち着け。ミーシャが朝っぱらから酒を飲むなんて、もう日常茶飯事じゃないか。そこまで大声を出さなくても……」

「織斑先生は黙っててください……!」

「ハ…ハイ」

 

 一年一組担任の織斑千冬は、後輩の剣幕に完全に飲まれて萎縮してしまった。

 これでも嘗てはモンドグロッソと呼ばれた大会で二連覇という偉業を果たした猛者なのだが、それでもマジ切れした後輩には敵わない。

 

「貴女は仮にも教師なんですよっ!? その自覚はあるんですかっ!?」

「それぐらいはあるさ。ちゃんと授業はしてるだろ?」

「そ…それは……」

 

 この叱られている女性『ミハイル・カミンスキー』、通称『ミーシャ』もまた、このIS学園の教師の一人である。

 ウェーブのかかったプラチナブロンドの長髪で、タレ目な太眉の美女。

 スタイルも千冬や真耶に負けず劣らずのナイスバディで、飲酒癖がある事も含め、学園内ではかなりの人気を持っている。

 

 千冬や真耶とは10代の頃からの友人同士で、ISにもその頃から関わってきた。

 その実力も申し分なく、一部では千冬にも匹敵すると囁かれている程。

 

「全く……いい加減にしないと、本当に急性アルコール中毒になっちゃいますよ?」

「オレだけにそれを言うのかよ。千冬だって同罪だろ?」

「織斑先生も人の事は言えませんけど、少なくとも職場でお酒を飲むような事だけはしてません!! だから、ギリギリセーフです!!」

「え? 私って真耶からそんな風に思われてたの?」

 

 思いがけず、後輩の本心を知ってしまった千冬は、地味に落ち込んでしまった。

 

「おいおい。千冬の奴が落ち込んじまったぞ?」

「えっ!? あ……ごめんなさ~い!!」

「いや…いいさ……。一夏からも酒を飲む量を少なくしてくれと、常日頃から言われ続けていたからな……いい機会さ……ハハハ……」

 

 目からハイライトが消えた千冬が、職員室の隅っこで足を抱えて座り込み、ズ~ン…という効果音を出しながら暗くなった。

 

「あ~あ。オレ知~らね」

「全部、ミーシャ先生のせいじゃないですか!」

「責任転嫁はよくないぞ」

「事実でしょうが……!」

 

 こっちが何を言っても、のらりくらりと躱される。

 いつもの事とはいえ、やっぱり慣れそうにない。

 

「はぁ……放課後には一年生の専用気持ちの皆と実戦形式の模擬戦をするんでしょう? ちゃんと、それまでにはアルコールを少しでも飛ばしておいてくださいね?」

「へーい。んぐ…んぐ…んぐ…プハァ~…♡」

「人の話、聞いてましたっ!?」

 

 聞いてません。

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

 放課後の第3アリーナ

 そのステージ内には既に、それぞれの専用機を身に纏った状態で待機している代表候補生達+αがいた。

 イギリス代表候補生『セシリア・オルコット』

 中国代表候補生『凰鈴音』

 フランス代表候補生『シャルロット・デュノア』

 ドイツ代表候補生『ラウラ・ボーデヴィッヒ』

 そして、特例として専用機を与えられた世界唯一の男性IS操縦者の『織斑一夏』

 

 見るものが見れば、そうそうたるメンバーである。

 本当ならばここにもう一人加わる予定だったが、彼女は専用機を所持していない為、辞退している。

 

「これから、あの『ミーシャ姉』と戦うのか……。なんか緊張してきた……」

「あたしもよ。昔から飄々としてる人だったけど、その実力は折り紙付きだもんね……」

「つ…遂にこの日が来たんですのね……!」

「今の僕達でどこまで追従できるのか……」

「試される事となるだろうな……」

 

 ここにいるメンバーも、ミーシャが一筋縄ではいかない事を知っている。

 普段ならば無駄に自信に満ち溢れている彼女達も、今回ばかりは自信が無いようだ。

 

「そういや…ミーシャ姉の専用機って知らないな……」

「噂じゃ、武装てんこ盛りの強襲用の機体だって聞いてるけど」

 

 強襲。

 酒をこよなく愛し、のんびりとしているミーシャとは遠く離れた単語。

 だからこそ、全く想像が出来ない。

 

 そんな風に話していると、人間用のピットの出入り口から、水色のISスーツを着た状態のミーシャが歩いてきた。

 その顔は真っ赤になっていて、その手にはいつものようにスコッチの入っているスキットルが握られている。

 

「よぉ。待たせたな」

「ミーシャ姉……また酔ってるのか?」

「いいじゃねぇか。どうせ、あと5年もすれば、お前らだって絶対に飲むようになるんだからよ」

「それを今、言っちゃうわけ……?」

 

 半ば呆れながらジト目になる一夏と鈴。

 それに対し、セシリアとシャルロットとラウラは、一気に緊張が走る。

 

『ミーシャ。準備はいいか?』

「おう! いつでも大丈夫だぜ!」

『少しは手加減をしてやれよ? お前が本気になったら、試合にすらならないんだからな』

「ははは! それはこいつら次第だろ! 篠ノ之! 聞こえてるかっ!?」

『は…はい!』

「ちゃ~んと見て勉強しとけよ! 見稽古ってのも大切だからな!」

『分りました! ミーシャ先生の雄姿、しかとこの目に焼き付けて、少しでも己の糧にしてみせます!』

「いい返事だ! それじゃあ……」

 

 瞬間、一気にミーシャの纏う雰囲気が変わる。

 先程までは、近所にいる酒が好きな優しい年上な美人のお姉さん的な雰囲気だったが、今は全く違う。

 アリーナ全体を覆い尽くすかのような、圧倒的な『闘志』。

 今までに一度も感じたことの無い程のプレッシャーが五人に襲い掛かる。

 

「行くとするか」

 

 スキットルを目の前に翳すと、いきなり光を放ち、量子化しながらミーシャの体を覆い尽くしていく。

 頭、腕、体、腰、脚と装甲に覆われていき、光の収束と共に彼女の専用機が姿を現す。

 

「それが……」

「オレ様の専用機『ケンプファー』だ」

 

 全身を覆い尽くす流線型の青いボディに、頭頂部からは一本の大きな角と迫力ある単眼(モノアイ)

 その威容だけでも十分に迫力があるのに、その全身に装備された武装の数々がその迫力を更に増幅させる。

 

「ショットガンにシュツルム・ファウスト……」

「あの背中のはジャイアント・バズだよね……」

「よく見たら、腰のアタッチメントに予備のショットガンがありますわ……」

「なんなのよっ!? あの過剰なまでの武装の数々はっ!? あの装備だけで一部隊は愚か、下手すれば基地一つぐらいは壊滅出来るわよっ!?」

「しかも、まだ拡張領域の中に装備がある可能性もあるんだよな……」

 

 一夏の発言で、少女達に戦慄が走る。

 特にシャルロットは、自分と同じ長所を持つ相手に、どれだけやれるかと考えながら冷や汗を流していた。

 

「さぁ…来な。ガキンチョ共。今から優しい優しいミーシャ先生が……」

 

 ショットガンを構えながら、ミーシャは装甲の下で不敵な笑みを浮かべる。

 

「『本物の闘い』ってやつを教えてやる……!」

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

(ど…どうする……どう攻めればいいんだ……!)

 

 ミーシャは自分達の下にある地面に立ったまま動かない。

 ケンプファーもISである以上は飛行機能も備えている筈だが、それすらもしようとしない。

 ミーシャは待っているのだ。生徒達が自分達から動き出すのを。

 どんな風に自分に攻撃を仕掛けてくるのかを。

 

(い…いや。あのミーシャ姉にそもそも、下手な小細工なんて通用するのか? だったら……!)

 

 一夏は、その手に握る『雪片弐型』を構え、自分の専用機『白式』の最大速度で突撃する!!

 

「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!」

「「「「一夏(さん)っ!?」」」」

 

 彼の余りにも思い切った行動に、少女達は目を丸くする。

 それでも一夏は全く止まらず、真っ直ぐにミーシャへと向かっていく。

 

「ほぅ……? 一番手は一夏か。いいぜ……思い切りのいい奴は嫌いじゃない。けどな!」

「なっ……!」

 

 完全に自分の距離まで迫った一夏は、渾身の力を込めて雪片で斬り掛かるが、その一撃はミーシャが体を横に反らしただけで呆気なく避けられてしまう。

 

「猪突猛進過ぎるぞ!」

「しまっ……ぐあぁぁぁっ!?」

 

 至近距離でミーシャが手に持つ『ZUX-197 ヤクトゲヴェール』ショットガンを撃たれ、大きなダメージを受ける。

 それにより大きく体を仰け反らせるが、なんとか体勢を立て直してから反撃として雪片を横薙ぎする…が、そこにはもうミーシャの姿は無かった。

 

「ど…どこだっ!?」

「一夏さん! 後ろですわ!!」

「なにっ!?」

 

 セシリアの声で咄嗟に後ろを向くが、其処には既にショットガンを構えたミーシャの姿が。

 

「こうなったら『零落白夜』で!」

「出来ると思うか?」

「え?」

 

 白式の必殺の一撃である『零落白夜』

 雪片の刀身が開いて、そこから放たれる光の刃が全く出現しない。

 それどころか、刀身自体が全く展開不能になっていた。

 

「雪片をよく見てみな」

「これは……!」

 

 先程撃ったショットガンの弾丸が雪片の隙間に入り込み、零落白夜の発現を阻止していた。

 それを見てようやく、一夏は自分がしてやられたと知った。

 

「あのショットガンの一撃は……」

「零落白夜を防ぐ為に撃ったもんだ! そうすれば後は!!」

 

 一瞬でショットガンを収納し、ビームサーベルに切り替えた。

 シャルロットも得意とするスキル『高速切替(ラピッド・スイッチ)』である。

 

「全く脅威じゃなくなる!!」

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

 

 すれ違いざまに放たれた目にも止まらぬ連続斬撃により、一気に白式のSEは無くなってしまう。

 

「まずは一人」

「手も足も出なかった……」

 

 強いとは思っていた。

 けど、ここまで勝ち目がないとは思っていなかった。

 一夏は改めて、自分の尊敬する人の片割れの偉大さを思い知った。

 

「お前はピットに戻ってろ。危ないからな」

「は…はい……」

 

 トボトトと歩きながら、一夏は猫背になりながらピットへと戻っていった。

 

「一夏さんが……」

「秒殺された……」

 

 時間にして、ほんの数十秒の出来事。

 だが、その十数秒間で理解をしてしまった。

 自分達の目の前にいるのは、想像を遥かに超える強者なのだと。

 

「今ので分かっただろ。一人一人で来たって無駄だ。全員揃って掛かってきな」

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

「ビットの動きが単調だぞ! それじゃあ、いい的になるだけだ!」

「わ…私のビットがあっという間に全て撃墜されたっ!?」

 

 セシリアはショットガンによる範囲攻撃により自慢のビットを蜂の巣にされた挙句……。

 

「コイツでトドメだ!」

「キャァァァァァァァァァァァァッ!?」

 

 ビットの制御で棒立ちになっているところをシュツルム・ファウストの二連射によって呆気なく撃墜。

 

「龍砲が全く当たらないっ!? なんでぇっ!?」

「お前は無意識の内に衝撃砲を撃つ場所を目で見ちまってるんだよ! そんなんじゃ、折角の長所を完全に潰しちまってることになるぞ!」

 

 本来ならば回避が困難である不可視の弾丸である『衝撃砲』を、あろうことか初見で全弾回避されてしまった。

 しかも、そこからカウンターのようにケンプファー必殺の武器である『チェーン・マイン』を体に巻きつけられる。

 

「ちょ…何なのよこれぇっ!?」

「ポチっとな」

「ぎにゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

 

 強力な連続爆発を受けて、鈴もまた落とされた。

 

「これで三人。後はお前達だけだぞ」

「鈴とセシリアまでもが、あそこまで簡単に……」

 

 勝てるビジョンが全く浮かばない状況にシャルロットが困惑している中、ラウラが彼女の肩を叩いた。

 

「ラウラ?」

「シャルロット。少し聞いてほしい」

「な…なにかな?」

「見た感じ、ミーシャ先生の機体は実弾兵器が主体となっているようだ。ならば、私のレーゲンのAICで防御出来る筈だ」

「そ…そうか! そこで身動きできなくなったところを……」

「お前の『アレ』を叩き込めば、あるいは……」

 

 ラウラの提案で、少しだけ光明が見えてきた。

 やる気が復活したラウラとシャルロットは、顔を引き締めてミーシャと対峙した。

 

「へぇ……いい顔になったじゃねぇか。何か策でも考え付いたか?」

「はい。もうこれ以上は好きにはさせません」

「ここからは、我ら二人でお相手します」

「言うじゃねぇか。来い!」

「「言われなくても!」」

 

 ラウラが前衛で、シャルロットが後衛。

 武装や性能の面から考えても、お互いに前衛後衛のどちらでも活躍は可能なため、決して悪くは無いフォーメーションだった。

 彼女達の予想が当たっていれば…の話だが。

 

(さぁ……来い! シュツルム・ファウストでもジャイアント・バズでも撃ってくるがいい! 何を撃ったとしても、その全てを私のAICで止めてくれる!)

 

 円を描くようにしながらステージ内を高速移動し続ける両者。

 このまま膠着状態が続くと思われたが、ミーシャの動きによって状況が動き出す。

 

(先生がショットガンを収納した!)

(恐らく、射程と威力重視のジャイアント・バズを撃つつもりか!)

 

 ラウラが右手を翳してから、いつでもAICを発動出来るように構えるが、それは突如として放たれた一筋の緑色の閃光によって瓦解した。

 

「なん……」

「だって……っ!?」

 

 ミーシャのケンプファーが装備しているのは、今までに見たことが無いライフル。

 近未来的なデザインをしている真っ黒な銃身は、明らかに実弾兵器ではない。

 

「お前達はこっちの攻撃をAICで防御して、その隙を狙おうと思っていらしいが……いつ、どこで、誰が。ケンプファーにビーム射撃兵器が無いと言ったんだ?」

「まさか……今までのは……!」

「この事を隠す為のカモフラージュ……!」

「アメイジング・ライフルってな、かなり万能な武器なんだぜ?」

 

 それは、MSからISへと変化したことにより、結果的に機体の出力が増したことで実現可能になった皮肉。

 アメイジング・ウェポンにより、ケンプファーに死角は無くなった。

 IS化して、ケンプファーはより強力な機体へと進化したのだ。

 

「今ので腕部を…AICをやられた! これでは使用できない!」

「そ…そんなっ!?」

「いい作戦ではあったけどよ、思い込みはいけねぇな。戦場での思い込みは、可能性の幅を狭めて自分の危機を呼び込むだけだ。どんな時でも、絶対に疑う事だけは忘れちゃいけねぇ。こんな風にな!」

 

 アメイジング・ライフルの銃身だけが量子化し、長さが変わった。

 両手で構え、狙いを定めるその姿はまるで……。

 

「ロングレンジ…いや、スナイパーライフルっ!?」

「本当に武器と射程に隙が無さすぎるよ!?」

「貰った!!」

 

 移動しながらも、ラウラとシャルロットが一直線に並ぶ位置まで行って、そこからアメイジングロングレンジライフルによる狙撃で、ラウラのリボルバーキャノンとシャルロットのパイルバンカーを一発の射撃で撃ち抜いた。

 

「ぐあぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

「あぁぁあぁぁぁぁぁぁっ!?」

 

 大きく吹き飛びながらも、なんとか受け身を取って体勢を立て直すが、其処には既にミーシャがライフルを構えていた。

 

「どうする?」

「「………………」」

 

 シャルロットとラウラは互いに顔を見合わせて、強く頷いた。

 

「「参りました……」」

 

 小さな白旗をパタパタと振って、自ら負けを認めた。

 

「いい判断だ。時には自らの意志で退くことも大切だからな。でも……」

 

 武装を解除してから、静かに二人に近づいて頭を撫でた。

 

「悪くはなかったぜ」

 

 それだけを言い残してから、ミーシャはケンプファーを解除して生身に戻りながら、その場を後にした。

 

「結局……」

「一撃も与えられなかったな……」

 

 完全に意気消沈する二人に加え、先に脱落してピットに戻っている三人に向かって、千冬が更なる追い打ちをかけた。

 

『お前ら程度が勝てないのは当たり前だ。なんせミーシャは……』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『元ロシア国家代表で、今までに行われた二回のモンドグロッソにおいて、決勝戦で私と激戦を演じた女だぞ?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「「「え――――――――――――――――っ!!?」」」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方、その頃のミーシャはというと?

 

「おえ~……久し振りのISの飲酒運転はヤバかったかな……」

 

 トイレにて思いっきり吐いてましたとさ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




今回の主役のTSさんは、『ポケットの中の戦争』からミーシャです。

TSした時のモデルは『艦これ』の『ポーラ』です。
酔っ払いな美女を想像したら、真っ先に彼女が思い浮かびました。

千冬や真耶とだけでなく、実は束とも非常に仲がいいです。
束からは『ミーちゃん』と呼ばれて慕われていたり。
そんな彼女の日課は、どんな時でもところ構わず酒を飲み、仕事が終わればまた千冬と一緒に酒を飲む毎日。
自分で書いておきながらアレですが、よく教師になれたなコイツ……。


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中学編『下』 ~共同生活と離別~
新生活


長くなりそうなので、中学生編は上下に分ける事にしました。

といっても、下のほうはそこまで長くはならないと思います。

私としても、早く原作に突入したいですから。






 ソンネン達、三人娘がこっそりとドイツから戻ってきた時と同じ頃、一夏と千冬もまた同じように日本に帰国してきていた。

 

「お土産持ってきたぞ~」

「「「「「おぉ~」」」」」

 

 帰国したばかりだというのに、次の日には普通に学校に来ていた一夏。

 時差ボケなどもあるだろうに、これが若さ故の特権なのかもしれない。

 

「まずはソンネンからだな。ハイこれ」

「悪いな。お? こいつは……」

 

 ソンネンが一夏から貰ったのは、ドイツ製の戦車の模型だった。

 

「最初はさ、普通にお菓子類とかにしようとも思ったんだけど、会場の売店にこれがあったもんだから、すぐに『これだ!』って思ってさ」

「分ってるじゃねぇか。しかもこれ、ティーガーⅠかよ! 中々に渋いチョイスをするな!」

「それって凄いの?」

「あったり前だ! ティーガーⅠは第二次世界大戦時にドイツで開発された重戦車なんだよ」

「あ…なんか嫌な予感」

 

 鈴の予感が的中し、そこからソンネンの戦車話に突入した。

 

「全長が8.45メートルで車体長は6.316メートル。全幅は……」

「弾。後は頼んだわよ」

「俺ぇっ!?」

 

 弾を生贄にする形で難を逃れた面々は、お土産タイムを再開することに。

 

「で、ヴェルナーには魚の剥製。何がいいのか分らないから、取り敢えず目についた奴を買ってきた」

「ニジマスじゃんかよ……逆に良く見つけたな……」

 

 珍しく呆れつつも、その顔はちゃんと笑っていた為、嬉しくはあるようだ。

 

「鈴にはこれな」

「これって…リボン?」

「あぁ。偶にはドイツ的なリボンもいいんじゃないかって思ってさ」

「ふ~ん。一夏にしては意外と洒落てるじゃない。ありがと」

 

 黒い下地に赤い模様が書かれた、明らかにアレなリボンを丁寧に折りたたんでから鞄の中に仕舞いこんだ。

 恐らく、家に帰ってからこっそりと自分の部屋で試しに着けてみるつもりなのだろう。

 

「一番悩んだのがデュバルなんだよな~」

「なんでだ?」

「いやさ、デュバルって何を貰っても普通に喜んでくれそうだし」

「そうだな。基本的に好意で貰う物は例えなんであっても有り難く受取るぞ?」

「だろ? 割とこれはマジで悩んでさ、最終的にはコレにした」

「どれどれ……?」

 

 一夏がデュバルに渡したのは、そこそこの大きさの綺麗に包装された箱だった。

 

「これは?」

「開けるのは孤児院に帰ってから…って言いたいけど、今なら先生もいないし、少しだけなら開けても大丈夫だろ」

「そうだな。では、出来るだけ包装用紙を破らないように気を付けながら……」

 

 元からかなり手が器用なデュバルによって、包装用紙は見事に無傷の状態で一枚の紙になった。

 

「中には何が入っているのやら……ん?」

 

 箱の中にあった物、それは一体のクマのぬいぐるみだった。

 

「これはまさか…テディベアか?」

「マジでっ!? 一夏アンタ…明らかにジャンだけ贔屓してるでしょ!」

「してないから! 俺が悩んでたら、店員さんにアドバイスして貰ったんだよ!」

「因みに、お前はなんて言ったんだ?」

「『女の子にお土産を買って帰りたいんだけど、何がいいですか?』って聞いた。そしたら、なんでかコレを物凄い押されたんだよ。そのままの流れで結局…な」

「ふむ……そうか」

 

 箱の中から出さずに手だけを入れてから、テディベアの頭を撫でてみる。

 かなりフワフワのサラサラで、前世では当然のように、今世でも全く縁が無かった代物に、不思議な新鮮さを感じていた。

 

「イヤだったら別に無理して貰わなくても大丈夫だからさ」

「さっき私はこう言わなかったか? 『好意で貰った物は何でも受け取る』とな」

「デュバル……」

「ありがとう、一夏。偶には、こんな風に女の子らしい物を貰うのも悪くはないな」

「お…おう……」

 

 自然と見せたデュバルの笑顔に、一夏は目を奪われた。

 一夏だけでなく、鈴も同じように見惚れてしまっていた。

 

(なんだこれ……すっごい胸がドキドキする……)

(ジャンって…やっぱり中学生らしからぬ美人よね……)

 

 これがまた多くのライバルたちを生み出す事になろうとは、まだ一夏と鈴は知る由も無かった。

 

「そうだ。ちゃんと弾の分もあるぞ」

「マジか! 流石は俺の親友!」

「おいコラ弾! まだオレの話は終わってねぇぞ!」

「うぅ……和風美少女とのお話は本気で嬉しいけど。話している内容の1%も理解出来ねぇ……」

 

 もうちょっと色んな事を本気で勉強しておけばよかった。

 この時の弾は今までの怠慢を冗談抜きで後悔したと言う。

 

「弾ってなんかアニメとか好きだから、それっぽい物を買ってきた」

「なんだなんだ? ドイツの美少女アニメのフィギュアとかか?」

「はいこれ」

「…………なんじゃこりゃ」

 

 一夏が弾に渡した土産は、ムキムキマッチョで鞭を持った女の絵が描かれたTシャツだった。

 

「マンガの女の子が描かれたTシャツ。お前好きだろ?」

「幾らなんでも女の子達との格差が激しすぎる!!」

 

 血の涙を流しながら怒り狂う弾だが、基本的には優しい少年な為、最終的には普通に受け取るのがお約束だ。

 

「それと、これは千冬姉から孤児院の皆にって」

「お菓子の詰め合わせセットか」

「ガキ共が喜びそうだな」

「ん? なんかカードが挟まってるぞ?」

 

 メッセージカードが添えられていることに気が付いたヴェルナーが、代表してそれを取ってから中を読んでみる事に。

 そこにはこう書かれてあった。

 

【お前達の応援、確かに受け取ったぞ。本当にありがとう】

 

 横から除いたソンネンとデュバルと一緒に、思わず笑みを零すヴェルナー。

 とても無邪気で眩しい笑顔に、場の空気も明るくなった。

 

「義理堅いって言うか……」

「あの人らしいな……」

「全くだな」

 

 そんな彼女だからこそ、ソンネン達も多少の無理を通してでも応援したくなったのだ。

 あの時の選択は間違いじゃなかった。

 

「そうだ。千冬姉で思い出した」

「なんだよ?」

「実はさ、今日の放課後に千冬姉と一緒に孤児院に行くことになってるんだ」

「姐さんも一緒に? そりゃまた珍しいな」

「何の用だろうな? 一夏は何か聞いてるのか?」

「何にも。院長さんの前で話すって言ってた」

「つーことは、かなり重要な話なのか……?」

 

 千冬の謎の訪問に疑問を感じながらも、お土産の話で盛り上がる面々だった。

 因みに、この時の『テディベアを抱きしめながらモフモフして満面の笑みを浮かべているデュバル』の写真は、彼女のファンたちに非常に高値で取引されたという。

 それを見事にゲットしたのは、どこぞのウサ耳を生やした天災科学者だとかなんとか。

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

 先に孤児院に帰ってから一夏達が来るのを待っていると、一時間後ぐらいにやって来た。

 

「お邪魔します」

「どうも」

「千冬ちゃん。一夏君、よく来ましたね。ささ、遠慮せずに上がってください」

「「はい」」

 

 千冬はスーツ姿で、一夏は制服から着替えたのか、私服で来ていた。

 院長に案内されるがままに着いていき、ロビーにあるテーブルに座る。

 そこには既に、デュバルとソンネンとヴェルナー、いつもの三人娘が座っていた。

 姉弟の姿を確認すると、それぞれに手を振ったりした。

 

「なんで彼女達も?」

「この子達は今や、この孤児院の中心的な存在だからね。私と一緒に話を聞いてほしいと思ったのさ。別に構わないだろう?」

「え…えぇ。私も、彼女達ならば信用出来ますし……」

「それは良かった」

 

 いつも通りのニコニコ笑顔で話が進んでいく。

 とても話しやすい空気を醸し出しているので、とてもスムーズに進行していった。

 

「この子達から聞いたよ。お土産、ありがとう。他の子供達も凄く喜んでいたよ」

「いえ。普段からお世話になっているはこちらですから。これぐらいはしないと……」

「私としては、そこまで気にしなくてもいいのだけれどね。でも、その気持ちはとても嬉しいよ」

 

 まずは世間話から。

 ここからが本題だ。

 

「それで、電話で話していた『私にお願いしたいこと』とは一体何なんだい?」

「お願い……?」

 

 普段から気丈に振る舞っている千冬が『お願い』をする。

 あまり想像できない事だったからこそ、その内容が非常に気になった。

 

「……もう既にご存じだと思いますが、つい先日、私は第二回モンドグロッソに置いて優勝をしました」

「それは私達もテレビ中継で見ていたよ。本当におめでとう。よく頑張ったね」

「ありがとうございます」

 

 会釈をしながら礼を述べる千冬だが、その顔色はあまり優れない。

 

「それでですね……その大会を見ていた開催国であるドイツのお偉方が日本政府の連中に頼み込んで、私をドイツ軍に訓練教官として派遣することにしたのです」

「「なんと……」」

「「「マジかよっ!?」」」

 

 院長とデュバル、一夏とソンネンとヴェルナーの声が重なった。

 ロビーには今、彼女たち以外は誰もいない為、変に反応される事はなかった。

 

「連中にも本当に困ったものです。今回の大会を最後に引退するつもりだったのに、私の意志を無視して勝手に決めて……」

「え? 千冬の姉御、引退しちまうのか?」

「まぁな。選手としての未練はもう無いし、これからはどこかの適当な訓練所にでも所属をして、そこで後進を育てていこうと思っていたのだがな……」

「まさかのドイツ行きか。余りにも唐突ですね」

「そうなんだ。だからと言って、私の立場では断るわけにもいかないからな……」

 

 疲れた顔で笑う千冬だが、その顔には今までにあった覇気が無かった。

 

「表向きは日本とドイツの国交をより強くする為となっているんだろうが、実際には後々の事を考えてドイツに恩を売っておくことが目的だろう」

「だろうな。政治家なんて、往々にして全員がそんなもんさ」

 

 頭の後ろで手を組んで言うヴェルナーだが、その顔は天井を睨み付けていた。

 

「そんな訳で、私はこれから一年の間、ドイツに行かなくてはいけないのです。そこでお願いなのですが……」

「千冬ちゃんが戻ってくるまでの間、一夏君をここで預かってほしい…だね?」

「はい。自分でも不躾な頼みだと承知はしています。ですが、ここ以外に頼めるような場所も無く……」

「成る程。分かったよ。こんな場所でよければ、喜んで預かるよ」

「い…いいんですかっ!?」

「勿論。困った時はお互い様だしね。幸い、空いている部屋もある。一夏君はそこに住めばいいだろう」

「あ…ありがとうございます!」

 

 頭を下げる千冬に合わせ、状況が上手く読めない一夏も流れで頭を下げる事に。

 

「そんな訳だ。お前にもいきなりで済まないと思っているが、どうか分かって欲しい」

「そんな顔しないでくれよ。千冬姉だって悩んだ末の結論だったんだろ? だったら、俺はそれに大人しく従うさ。それに……」

「「「ん?」」」

 

 いきなり自分達の方を向いた一夏に対し子首を傾げる。

 

「あいつらが一緒なら大丈夫さ」

「そうだな……」

 

 ここにはソンネンがいる。デュバルがいる。ヴェルナーがいる。

 自分の幼馴染達が三人もいる。

 だから、絶対に大丈夫。

 一夏には、自分でも不思議な確信があった。

 

「だが、流石に今すぐって訳じゃない。色々と準備をしないとな」

「そうだな」

「ドイツに行く日が決まったら、こちらからまた連絡します」

「分かったよ」

 

 これで一通りの話も終わり。

 後は帰るだけなのだが、ふと千冬が三人の方を向いた。

 

「お前達も、これから一夏のことをよろしく頼む」

「今更だろ。なぁ?」

「そうだな。一夏との付き合いも今に始まったわけじゃない」

「オレ達はいつも通りに過ごすだけさ」

「……お前達は本当に強いな」

 

 この子達なら弟を任せても大丈夫。

 思わず、一夏がこの三人のうちの誰かと結ばれる想像をした千冬は、少しだけ頬を緩ませた。

 

「では、私達はこれで。話を聞いてくれて、本当に感謝します」

「いやいや。例えどんな形であれ、頼って貰って嬉しい限りだよ。これからも、何かあれば遠慮なく相談しなさい。話ぐらいならいつでも聞いてあげるから」

「ありがとうございます」

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

 その日の夜。自室で勉強をしていたデュバルのスマホにラインが入った。

 誰からと思って開いて見ると、それはドイツにて密かに連絡先を交換しておいた

カスペンからだった。

 

『ドイツでの君達三人の交戦記録は、なんとかして私の方で消去することが出来た。思ったよりもスムーズに進んだから、恐らくは陰から篠ノ之博士も手伝ってくれたのだろう。これで、君達に変な追求が来ることはないだろう。その点だけは安心してくれ』

 

 さりげないサポートを忘れない。

 やっぱりカスペンはカスペンなのだと実感したデュバルは、返信をすることに。

 

『ありがとうございます大佐。ところで、近々そちらに千冬さんが来る予定になっていると聞いたのですが、大佐はご存知ですか?』

『勿論、知っているとも。私もついさっき聞かされたばかりだがな。他の隊員達は物凄く興奮していたよ。あの『ブリュンヒルデ』が教官として来てくれるとな』

『そういえば、大佐は部下達に指導などはしていないのですか?』

『そんな事はない。私だって私なりに色々と指導はしているさ。だが、いかんせん私も忙しくてな。中々に時間が取れないのが実情なのだ』

『成る程……』

『だから、彼女には悪いとは思っているが、私からすれば非常に有り難い申し出だったよ。これで、こちらも国家代表としての仕事に専念出来る』

『国家代表としての仕事? 他国の代表との試合とかですか?』

『それ系の仕事は極稀にあるぐらいらしい。実際にはISとは全く関係ない仕事ばかりさ』

『例えば?』

『……撮影とか』

『……はい?』

『雑誌のインタビューや色々なテレビ番組へのゲストとしての出演。後は何故か写真集やポスターなどの撮影もさせられるらしい……』

 

 カスペンからのラインを読み、本気で顔が引きつったデュバル。

 そして思い出す。千冬もよく雑誌などの表紙を飾っていたと。

 

『なんで私にそんな事をさせるんだ……? 私は国家代表である以前に軍人だぞ? これでは完全に軍務に支障をきたすではないか……』

『ご…ご愁傷様です』

『済まんな…愚痴を言ってしまった。もしかしたら、これからもこうして私の愚痴を聞いてもらうかもそれない』

『私で良かったら喜んで』

『助かる。では、お休み』

『はい。おやすみなさい』

 

 そこでようやくラインでの会話が終了する。

 背凭れに体を預けながら、背中を伸ばすデュバルは、ふと呟いた。

 

「……今のカスペン大佐の写真集なら、売り切れ続出は確実だな……」

 

 金髪美幼女の写真集。

 それがドイツ中に広まれば、間違いなく大量のロリコンが誕生するだろう。

 もしかしたら、ファンクラブも出来るかもしれない。

 いや、下手をしたらもう出来てるかも。

 

「……これ、明日にでもあいつらに見せてやろう」

 

 この後、日本でも熱狂的な最強美幼女カスペンのファンが大量に生まれる事となるのだが、それはまた別のお話。

 

 

 

 




一夏、まさかの三人娘達と一年限定の同居生活開始。

いきなりラブコメの様相を呈してきましたね。

一方のカスペンは、国家代表と言う名のアイドル活動開始。

その様子はドイツ編で明らかになる?


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ラブコメの波動を感じる

コロナの影響か、最近はどこもかしこも鬱な話題ばかりですね。

こんな時こそ、気持ちだけでも明るくいかないと!

なんて言いつつ、私も不安だらけなんですけどね。

それと今回、三人娘の精神が少しだけ肉体に寄ってきている描写があります。

不快な人はブラウザバック推奨です。














「そんな訳で、暫くの間、ソンネン達が住んでる孤児院に世話になる事になった」

「ぬわぁんだとぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!?」

 

 昼休み。一夏がいつものメンバーと一緒に教室で昼食を食べながら発した一言により、弾が絶叫し、鈴は呆然とし、教室にいる全ての男子は一夏に対して嫉妬の視線を飛ばした。

 

「なんで……なんでお前ばがり……!」

「事情は今さっき話したばかりだろうが。つーか、なんで血涙を流す? 普通に気持ち悪いぞ」

 

 悔しさの余り、鮮血の涙を流しながら昼飯のサンドイッチを頬張る弾。

 その形相は、まるでどこぞの世紀末覇者のようだ。

 

「にしても、まさか千冬さんがドイツにねぇ~」

「千冬姉の話だと、ちょっとしたスカウトに近いらしい」

「それも、相当に柔らかい表現をしてるけどな」

 

 日本政府の人間達の事を考えながら、半ば呆れている表情を見せるソンネン。

 そんな彼女の今日の昼食はサクサク揚げたてのカツサンドである。

 

「どういうことよ?」

「第二回モンドグロッソで優勝した千冬さんは、今や日本を代表する有名人の一人になってる。そんな人物がドイツに教官として赴けばどうなるか」

「どうなるんだ?」

 

 まだまだ政治の事に詳しくない一夏と鈴は、『教えて』と言わんばかりにデュバルに詰め寄る。

 

「まず、世界から日本の評価が良くなるのは確実だ。それに加え、いざって時に備えてドイツに恩を売る事も出来るしな」

「表向きは『日独の友好関係をより深める為』とか言ってるんだろうがな」

「これだから政治家って人種は好きになれねぇ。どうもあいつらは人間を『駒』とか見ていない風があるからな」

 

 かなり皮肉っているが、それは偏に彼女達が元軍人だからである。

 三人がジオン軍に所属していた時も、よく自国の政治に振り回されてきたから。

 

「一年間…か。長いような短いようなって感じよね」

「今から一年って事は、来年の今頃までになるのか……ちぐじょう……!」

「また血涙かい」

 

 弾の血涙は一向に収まる気配が無い。

 こうなったもう、彼は放置しておくのが賢明だろう。

 

「これからは、ジャンたちと一緒の場所で過ごすのよね……」

「そうなるな。それがどうかしたのか?」

「いや、純粋に心配なだけよ。孤児院には他の子供達や院長さんもいるとはいえ、同年代の女の子三人と一つ屋根の下で一年間も暮らす事になるのよ? その意味、ちゃんと分かってる?」

「分かってるって。孤児院には迷惑を掛けないように頑張るつもりだし……」

「はぁ……」

 

 一応、双方の事を思って心配しているのに、肝心の一夏が全く理解していない。

 いつものことながら、一夏の鈍感具合に大きな溜息と同時に頭を抱えてしまう鈴だった。

 

「あんた…本当に分かってるの?」

「何をだよ?」

「…一夏ってさ、この三人とは幼馴染なのよね?」

「おう。それがどうかしたのかよ?」

「今までは少し離れた位置にいた幼馴染の女の子三人が、急に自分と同じ場所で暮らすようになる。普通に考えても、これってかなりの急展開よ?」

「まるで恋愛ゲーム、恋愛マンガ、恋愛小説の主人公のような環境……なんて羨ましい……!」

 

 完全に盛り上がっている鈴の話に割り込む勇気など無い三人娘は、今は黙って聞き手に徹することに。

 こんな時に変に介入すれば、大抵は碌な事にならないと今までの事で学んでいるのだ。

 

「想像してみなさいよ。朝起きれば普通にジャンがいる生活を。デメと一緒に同じテーブルに座って食事をする生活を。夜にヴェルナーに『おやすみ』って言って寝る生活を」

「………………」

 

 鈴に言われるがままに想像してみる。

 まずは朝、デュバルに起こして貰うシーン。

 

『もう朝だぞ一夏。そろそろ起きろ』

『あと五分……』

『ダ・メ・だ。このままだと遅刻してしまうぞ。それに……』

『ん?』

『私がせっかく作った朝食が冷めてしまうじゃないか……。一夏の為に作ったのに……』

『デュバル……?』

『それとも、一夏は私の作ったご飯は嫌いか……?』

 

 ここで我に返る。

 

「そんな事はねぇよ!!」

「「「わっ!?」」」

 

 いきなり叫んだ一夏に本気で驚く。

 更にそこから、急にデュバルの手を掴んで顔を近づけてきた。

 

「俺、デュバルの作ったご飯、すっごい楽しみだからな!」

「そ…そうなのか? というか、顔が近い……」

 

 普通に考えれば、完全にワザとであると思われるだろうが、織斑一夏という少年は、これを素でしてしまう近年稀に見る逸材なのだ。

 デュバルの方も、元同性であるとはいえ、今は立派な女であるため、今のように異性に顔を近づかれれば、嫌でも女らしい反応をしてしまう。

 要は、照れて顔を赤くして目を背けてしまうのだ。

 自分達のアイドルに目の前でそんな事をされれば、クラスの男子達が黙っている筈も無く……。

 

「畜生……織斑の奴……!」

「俺達のアイドルに何て事をしやがる……!」

「この恨み…晴らさずにおくべきか……!」

 

 このように、嫉妬の黒い炎で身を焦がす事となる。

 そりゃもうメラメラに燃えるのだ。

 

「あ~らら。一夏の天然がまた炸裂だわ」

「今、夜に外を出歩いたら、まず間違いなく一夏は後ろから刺されるな」

 

 その光景が用意に想像出来てしまうのが、なんとも悲しい事である。

 

「…いい加減に手を放してくれないか?」

「あ…ごめん」

 

 本人達に自覚は無いだろうが、やってることは完全にラブコメである。

 

 次に一夏は、ソンネンと一緒に食事をする光景を思い浮かべた。

 

『えっと……醤油、醤油……っと』

『『あ……』』

『ご…ごめん。先に使ってもいいぞ』

『そ…そっか? 悪いな』

『『……………』』

『あの…さ。一夏が作ってくれた料理…美味しいな』

『そりゃまぁ…その……ソンネンに食べて欲しいって思いながら作ったからな……』

『こんな美味い料理なら、毎日でも食べたいな……』

『え……?』

 

 はい。そこでストップ。

 一夏はボーっとソンネンの顔ばかりを見つめ続けていた。

 

「な…なんだよ?」

「いや……ソンネンって綺麗だなって思って……」

「はぁっ!? い…いきなり何言ってやがんだお前はっ!?」

 

 これはもう明らかな反応。

 顔を真っ赤にしながら狼狽えるソンネンは、完全にラブコメのメインヒロインだ。

 当然、こんなものを見せられれば、男子達の怒りはヒートアップする訳で。

 

「殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す……!」

「デメたんは俺の嫁……!」

「私のソンネンさんに手を出すとは…命が惜しくないようね……!」

 

 約一名、女子生徒が混じっていたような気もしたが、気にしてはいけない。

 

「全く……もきゅもきゅもきゅ……」

 

 照れていることを誤魔化すように、急いでカツサンドを食べるソンネン。

 元男だとか元軍人だとか、そんなのは関係無しに可愛い姿は、見慣れている二人を除いた全ての人間の心臓を撃ち抜いた。

 

(デメ……ちょっとマジで胸キュンしちゃったんだけど……)

(あ~…くっそ~! 本気で可愛過ぎるだろ~が!)

(あ…あれ? なんで俺、こんなにも胸がドキドキしてるんだ?)

 

 上から順に、鈴と弾と一夏の心の声である。

 その他の生徒達も似たような感想を心の中で抱いていた。

 

「今度はヴェルナーか……」

「ん? オレがどうかしたのかい?」

 

 今回三度目の妄想世界に突入。

 

『もうこんな時間か。そろそろ寝るか』

『そうだな。それじゃあ、おやすm……』

『一夏』

『な…なんだ? 急に袖を引っ張ったりして』

『今夜は少し冷えるからさ、よかったら一緒に寝てくれないか?』

『えぇっ!?』

『ダメか?』

『俺は……俺は……!』

 

 はい。お目覚めの時間ですよー。

 

「いい……」

「何が?」

「ヴェルナーと一緒なら……寝てもいい……」

「ふ~ん。一夏なら、抱き枕として丁度いいかもな」

「うをっ!?」

 

 ここでまさかのカウンター。

 他の二人とは違い、ヴェルナーの攻略難易度は相当に高いようだ。

 

「ホルバインさんに抱き枕にされる…南国系美少女の抱き枕……」

「最高のご褒美です。ありがとうございました」

「我が人生に……一片の悔いなし……!」

 

 今度は歓喜の余り泣き出すクラスメイト達。

 彼らが何を考えているのか誰にも分らない。

 

「なんか、このままだと一夏ってラブコメ系主人公の典型的なお約束とかしそうよね」

「あぁ~…なんかそれ分かる」

「な…なんだよ。その『お約束』って」

 

 ジト目になりながら、鈴と弾が言い聞かせるように語り出す。

 

「着替えている最中にノックもせずに勝手に部屋に入ってきて、下着姿を見てしまったり」

「風呂上りに相手がいる事に全く気が付かずに裸を見てしまったり」

「床に滑ってコケて、そのまま相手を巻き込むように倒れ込んで、その勢いで思わず胸を触ってしまったり」

「んな事しねぇよ!!」

「……って、絶対に言い切れるのか?」

「それは………」

 

 ここで『無い』と言い切れないのが、男の悲しき性である。

 

「一夏。一応、あたしからも忠告しておくわよ」

「何をだよ……」

「もしも、ジャンやデメやヴェルナー達にエッチな事をしたら……」

「したら……?」

 

 ズイっと思い切り顔を近づけてドスの利いた声で一言。

 

「引き千切るわよ……?」

「りょ…了解……」

 

 この時の鈴について、後に一夏はこう語っている。

 『鈴の背後に金剛仁王像が見えた』と。

 

「ともかく、絶対に迷惑を掛けるんじゃないわよ」

「当たり前だろ。孤児院の皆に迷惑なんて……」

「誰が孤児院に、なんて言った?」

「へ? じゃあ……」

「ジャン達に迷惑を掛けるんじゃないって言ってるのよ。さっきまでの話、ちゃんと聞いてたの?」

「そ…そうだよな。うん。ちゃんと分かってるぞ?」

「そこで疑問形になる辺り、どうも信用に欠けるのよね……」

「俺って皆からどんな風に思われてるんだよ……」

 

 それに関しては、知らない方が身の為である。

 

「で、具体的にいつから一夏は孤児院に移ることになるんだ?」

「千冬姉がドイツに行く日と一緒になってる。院長さんに挨拶をしてから、その後に空港に行くんだと」

「そっか。割とマジな話、お前も大変だな」

「まぁな。でも、一人で家にいるよりかはずっとマシだしな」

 

 ここで明るく笑えるのが、織斑一夏の強さなのかもしれない。

 そんな彼が、自分の中にある感情に気が付くのはいつの日か。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




転生してからもう10年以上が経過しているせいか、三人娘の精神も少しだけ女性寄りになっている様子。

女になった以上、いつかは必ずぶつかる問題にどうやって向かい合うのか?



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彼女達がいる日常

FGOをやっていて更新が遅れました。

お蔭でなんとかカイニスだけはゲットして、現在は双子ちゃんをゲットすべく奮闘中です。

アトランティス……しんどかった……。










「もうそろそろ空港に行く。孤児院の皆に迷惑を掛けるなよ」

「分かってるって。いってらっしゃい、千冬姉」

「ああ。では、行ってくるよ」

 

 孤児院の前で千冬が皆に見送られる。

 その筆頭は一夏なのだが、彼と並ぶようにソンネンとデュバルとヴェルナーの三人も一緒にいた。

 

「お前達も、愚弟の事をよろしく頼む」

「おう。任せとけって」

「安心して行ってきてください」

「病気とかすんなよ~」

 

 弟の時とは打って変わり、優しい笑みを浮かべながら三人と言葉を交わす。

 その後に院長に一言挨拶をする。

 

「後の事は私達に任せておきなさい。彼ならきっと大丈夫だから」

「はい。それでは、行ってまいります」

 

 後ろ手に手を振りながら、千冬は待たせているタクシーに乗り込んで、空港へと走り去っていった。

 

「行っちまったな……」

「だな」

 

 名残惜しそうに道路を見つめていたが、すぐに頭を切り替えたのか、頬をパチン! と叩いてから気合を入れ直した。

 

「これから一年間の間、よろしく頼むな。皆」

「「おう」」

「こちらこそ。そして、ようこそ」

「「「ヨーツンヘイム孤児院へ」」」

「お…お邪魔します」

 

 孤児院を見上げながら、柄にもなく感慨に耽った。

 ここに来ること自体は今日が初めてではないが、寝泊りをするのは今回が初めての経験だった。

 

(今日からここで俺の新しい生活が始まるのか……なんだかまだ実感が涌かないな)

 

 だが、それでもやっていかなくてはいけない。

 姉が安心してドイツで頑張れるように。

 なにより、自分自身の為に。

 

「よし。まずは荷物運びだな」

「つっても、流石に今日持って来てるのは着替えとかの手に持てるサイズの物だけか」

「取り敢えずはな。他の荷物は休みの日とかに必要に応じて持ってくればいいって千冬姉と院長さんが言ってくれてな」

「ま、それが妥当ではあるな」

 

 現在、一夏が持って来ている荷物は、彼が肩にかけている旅行バッグの中にある物と学校の鞄だけだ。

 着替えの服や下着、後はスマホなどの日常的に使う道具。

 そして、学校の鞄には教科書などが一式詰まっていた。

 

「三人共、一夏君を部屋に案内してあげなさい」

「分かりました。一夏、私達に着いてきてくれ」

「ああ」

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

 三人娘の後を着いていく形で、一夏は孤児院の廊下を進んでいく。

 そこは、普段は余り立ち入らない居住スペースで、主に子供達の部屋が並んでいる。

 

「ここって初めて入るけど、思ってる以上に部屋数が多いんだな」

「今はな。でも、最初はこうじゃなかったらしいぜ」

「なんでも、これまでに何回か改修工事を行っているらしい」

「改修工事?」

「子供達が増えていくにつれて、今みたいに部屋の数を増やしたり、食堂とかの施設を増設したりとか…な」

「最近じゃ、車椅子を使ってるオレがここに入った少し後ぐらいにバリアフリー対応にする工事をしたぞ。かなり昔の話になるけどな」

「そう聞くと、なんだかスゲーな……。どこにそんな金があるんだ?」

 

 まだ中学生の一夏でもハッキリと理解出来る。

 こんな大きな建物を何度も改修なんてしていたら、それこそ金がどれだけあっても足りないと。

 

「私達もその事が気になって、院長さんに前に一度聞いてみたことがある」

「なんて答えたんだ?」

「なんどもよ、あの人はかなり顔が広いらしくてな。日本だけじゃなくて世界中に友人がいるらしくて、その人たちに援助して貰ってるんだと」

「その友人の殆どが著名な有名人や政治家らしくて、向こうは恩返しのつもりで援助をしてるらしい」

「……マジであの人って何者なんだよ」

「「「さぁ?」」」

 

 三人揃って小首を傾げる。

 非常に謎が多い院長ではあるが、確かなことが一つだけある。

 それは、ここにいる子供達を心から愛し、大切に思っている事だ。

 

「お。着いたぞ。ここだ」

 

 話しているうちに部屋の前まで来ていたようで、ソンネンの言葉で皆が立ち止った。

 そこは廊下の真ん中辺りにある部屋で、両隣や前方にも部屋がある。

 

「けどさ、よく部屋が空いてたよな」

「ここの前の主は、とっくに高校を卒業して出て行ってな、その後はバイトをしつつ大学に通って、今じゃちゃんと就職をして立派な社会人をしてるんだと」

「時々、ここに仕送りをしてくれたり、ガキ共に土産物を持って里帰りをしたりもするけどな」

「高校って……あの人の事か。懐かしいなぁ~……」

 

 まだ一夏たちが小学校に入る前、千冬達もまだ中学生だった頃にこの孤児院にいた最年長の子供。

 彼だけでなく、当時は二番目に年上だった千冬達と同い年だった少女もまた孤児院を出て就職をしている。

 それでも、この孤児院が大切であることは変わりないようで、祝日の日などは頻繁に戻ってくる。

 

「ンなわけで、今はこの部屋は完全な空室って訳だ」

「遠慮なく使ってくれて構わないぞ」

「サンキューな」

 

 鍵は掛かっていないようで、ノブを握ると普通に開けることが出来た。

 

「おぉ~……」

 

 部屋自体はフローリングの床で六畳一間ぐらいの広さだったが、驚いたのはその綺麗さだった。

 まるで新築のようにどこもかしこもピカピカで、本当に前の居住者がいたとは思えない程だった。

 

「ビックリしたか?」

「あぁ……スゲーな……」

「孤児院の皆で徹底的に掃除をしたからな。かなり綺麗になっている筈だ」

 

 これは嫌でも気が引き締まる。

 ここまでしてくれたのだから、この部屋を変に汚す事はかなり躊躇われる。

 一夏は、定期的に自分の全力でこの部屋を掃除しまくろうと誓った。

 

「荷物の配置とかはお前の好きにしな。なんたって、今日からこの部屋はお前の物なんだからな」

「そ…そうだよな。うん」

 

 広さ自体は織斑家にある自分の部屋と同じぐらいだが、新鮮味が段違いだ。

 姉が帰ってくる頃には、この部屋にも馴染んでいるのだろうか。

 

「そういや、三人の部屋ってどこなんだ?」

「オレはこの部屋の右隣だ」

「私は左隣」

「んで、オレは真正面だな」

「えぇっ!?」

 

 言葉だけでは分り難かったと思うので、ここで補足しておこう。

 一夏の部屋から見て、右側にあるのがソンネンの部屋で、左側にあるのがデュバルの部屋、正面の位置しているのがヴェルナーの部屋になる。

 つまり、一夏は幼馴染の三人の少女達に囲まれている形となるわけだ。

 

「今日からはお隣さんだな。よろしく頼むぜ」

「よ…よろしく」

 

 満面の笑みを浮かべるソンネンとは対照的に、心の中で早くも不安要素が生まれてしまった一夏であった。

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 荷解きを終えると、丁度いい時間になったのでお昼にすることに。

 食堂には子供達が既に集まっていて、各々にテーブルに着いている。

 

「今思ったけどさ、ご飯って誰が作ってるんだ?」

「前は年長者の皆が当番制で作ってたな」

「現在は?」

「主に私達が作っているよ。時々、院長さんが作る時もあるがな」

「そうだったんだな……」

 

 まさか、前にした妄想が本当だったとは。

 料理を得意とする者として、彼女達が作る料理には非常に興味が湧いた。

 

「でも、ねーちゃんたちが作る料理ってすっごく特徴的なんだよな~」

「な~」

「そうなのか?」

 

 近くにいた子供達が揃ったように言った。

 

「料理自体は超美味しんだけど……」

「だけど?」

「ジャンルがめっちゃ分かれてる感じ?」

 

 子供達の中でも三人娘の次に年上な少年と少女がやって来て、腕組みをしながらしみじみと語り出した。

 

「まず、デメねーちゃんの料理は豪快っつーか……漢の料理?」

「なんじゃそりゃ……」

 

 一瞬だけ想像したのは、テレビや動画などでよく見るキャンプ料理の類だった。

 

「それで、ジャン姉さんの場合はすっごく丁寧に作り込まれてるのよね。基本的に和洋中の全部を作れるんだけど、まったく妥協をしないのよ」

「デュバルらしいと言えばらしいな……」

 

 普段から非常に生真面目な性格をしているデュバルは、料理でも生真面目なようだ。

 

「そんでもって、ヴェルナーの姉ちゃんはシンプルに、魚料理しか作らない。美味しいから誰も文句は言わないんだけど」

「料理自体は少し前から勉強し始めたって言ってたわね。魚の捌き方とか凄く上手なのよ。流石は漁師の孫よね」

「これまたなんとも想像しやすい……」

 

 一夏の中でも、ヴェルナーのイメージは海しかない。

 ある意味で普通に納得出来てしまった。

 

「って、その三人はどこに行った?」

「俺達が話してる間に台所に行った」

「きっと、一夏さんが来たから、歓迎会代わりに三人でお昼を作るつもりなのかな?」

「三人の手料理……」

 

 一体どんな料理が出てくるのか。

 幼馴染の美少女達の手料理である事を除いても、純粋に気になってしょうがなかった。

 

 余談だが、今日のお昼は何故か鉄板で焼くお好み焼きパーティーだった。

 ソンネンは豚玉、デュバルは野菜がたっぷり、ヴェルナーはシーフードと、三者三様の生地を用意していたため、なんとも味のバリエーションが豊かな食事となった。

 物凄く美味しかったとだけ明記しておこう。

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

「「「「御馳走様でした」」」」

 

 腹も一杯に膨れて、皆揃っての後片付け。

 これもまた、この孤児院では日常的な光景だった。

 

「お好み焼きとか食ったの、かなり久し振りだよ」

「喜んで貰えたようで何よりだ」

「それでこそ、作った甲斐があったってもんだぜ」

 

 ソンネンとデュバルに並ぶようにして、一夏も一緒に皿洗いをしている。

 かなり手馴れたもので、次々と皿が片付いていく。

 

「でもさ、三人だけでってのは大変じゃないか?」

「いや、意外とそうでもないぞ?」

「ちゃんとガキ共も手伝ってくれるしな」

「そっか……」

 

 平気そうな顔で語る二人だが、それでも主な料理番を三人がしている事実は変わらなかった。

 だからこそ、織斑家で家事全般を任されている一夏は黙ってはいられなかった。

 

「よし、決めた」

「「何を?」」

「今日から、俺も一緒に料理を作るよ」

 

 真剣な顔で語る一夏に、少しだけ手が止まってしまう二人。

 だが、すぐに再始動して皿洗いを再開する。

 

「まぁ…一夏は料理が得意だしな」

「こっちとしては実に助かる申し出だよ」

「任せておいてくれ。家じゃもう完全に料理は俺がやってるんだ」

「千冬さんは手伝わねぇのか?」

 

 そこに、鉄板を磨き終えて倉庫に戻してきたヴェルナーが戻ってきて、皿の片づけを手伝い始めた。

 

「千冬姉は家事全般が全く駄目なんだ。それどころか、自分の部屋の片づけも碌に出来なくてさ……」

「マジかよ……」

「意外な人物の意外な弱点発覚だな」

「あの束も、似たような所があるしな」

 

 前に束の部屋を訪れた時に見た散らかり具合を思い出すヴェルナー。

 普段は余り酷評をしない彼女から見ても、相当に酷い部屋だった。

 

「親友同士、似た者同士なのかもしれねぇな……」

「類は友を呼ぶ、だな」

「今頃、二人揃ってくしゃみとかしてたりしてな」

「有り得そうだな」

 

 彼女達の言う通り、千冬は飛行機の中で、束は自分の研究室の中で全く同じタイミングでくしゃみをしていた。

 

「これで皿洗い終了だ。ご苦労様だったな」

「なんの。これぐらい朝飯前だって」

「ついさっき昼飯を食ったばかりだけどな」

「ははは! 違いない!」

 

 ソンネンの言った一言がツボに入ったのか、いきなり爆笑するヴェルナー。

 何が彼女の笑いのツボなのか、それを知る人間はいない。

 

「では、お茶でも飲みながら休憩しようか。私が淹れよう」

 

 その後、デュバルが淹れてくれた緑茶を飲みながら、のんびりとした午後を過ごした中学生たちだった。

 

 

 

 

 

 

 

 




まずは導入から。

次回からは本気でラブコメ臭が強くなるかも?


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男ですから

まだまだ、一夏の人生最初の新生活は続きます。

特に今回は、男性ならば共感して、女性ならば『え~』ってなるかもです。

男性諸君は皆、きっと一夏と同じ気持ちになる筈。







 ヨーツンヘイム孤児院には、大浴場とは言わないまでも、それなりの大きさを誇る風呂が存在している。

 基本的に入浴する順番は男子が先で、女子が後となっている。

 なんでそうなったのかは不明で、いつの間にか暗黙の了解となっていた。

 時には順番が入れ替わったりすることもありはするが、それでも決して変わらない事は、院長が一番最後に入るということだ。

 その理由は単純明快で、時間を気にせずにゆっくりと入って貰う為だ。

 そして、一時的とはいえ、新しく孤児院の仲間となった一夏も当然のように、そのルールに従わなければいけない訳で。

 

「そんな訳だから、まずは一夏達から入って来てくれ」

「本当に俺が最初でいいのか?」

「構わねぇよ。別に、男子の後だから入りたくない、なんてアホな事を言う女子はここにはいないからよ」

「そこまで言うならいいけどさ……『達』って?」

「一人一人入ってたら時間が掛かるだろ? だから、ついでにガキ共と一緒に入って来てくれ。勿論、男連中だけな」

「りょーかい」

 

 ソンネンが一夏に説明をしている間に、子供達は着々と入浴の準備をしている。

 どうやら、相当に躾けられているようで、色々と騒ぎながらも全員がちゃんと支度を整えていた。

 

「夕飯の準備なんかは風呂の後で構わねぇからよ。もう下拵えは済んでるんだろ?」

「一応な」

「なら大丈夫だろ」

「普段もこうなのか?」

「ああ。ああ見えても意外としっかりとしてる奴等だから、そこまで苦労はしないと思うぞ?」

「それは見てれば分かる」

 

 一夏とて、ここの子供達と交流をするのは今日が初めてと言う訳じゃない。

 これまでにも何度となく遊びには来ていて、その際によく彼等とも遊んだりしていたものだ。

 

「そんじゃ、ゆっくりと浸かって疲れを落としてきな。い・ち・か・にーちゃん」

「にーちゃんって……」

 

 口ではそっけなくしてはいたが、実はかなり恥ずかしかった。

 『にーちゃん』と呼んだ時のソンネンの笑顔がとても眩しかったから。

 

「そ…そんじゃ、行ってくるわ」

「おう」

 

 照れくさくなりながらも、一夏は子供達を連れて風呂まで向かうことに。

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

「ふぅ~…」

 

 風呂から上がり、廊下の窓を開けて夜風に当たっている一夏。

 寝間着替わりのTシャツとジャージに着替え、少しだけ温もった自分の体を冷やしていた。

 

「湯加減はどうだった?」

「凄く良かったよ。子供達も大人しく風呂に入ってたし」

「そうか。それはなによりだ」

 

 廊下に佇んでいる一夏に近づいてきたのは、風呂の用意をしているデュバル。

 他のメンバーも自分の部屋に戻って準備をしているようだ。

 

「あんなにも大きな風呂に入ったのって初めてだったから、なんだか凄く新鮮だった」

「今は真新しく感じていても、いずれそれが日常となる。嘗ての私達もそうだった」

「だよな。これから一年間、ここで生活をするんだもんな」

 

 新生活と聞けば、普通は大なり小なり不安を感じるものだが、一夏の場合はそんな事は無いようで、寧ろこれからの事に興奮を覚えている様子だった。

 

「では、今度は私達が行ってくる。夕飯の準備、よろしく頼むぞ」

「あぁ! 任せといてくれ!」

「風呂から上がったら、私達も手伝うよ」

「それまでには終わると思うけど、その時は頼むわ」

 

 通り過ぎながら一夏の肩を軽くポンと触りながら、デュバルは風呂がある方向へと歩いて行った。

 

「デュバル達が風呂に入る……か」

 

 一瞬だけ。本当に一瞬だけ一夏はイケナイ妄想をしてしまった。

 その内容は、男性諸君ならばすぐに分かる筈だろう。

 

「いやいやいや! 何を考えてるんだ俺は! あいつらは大切な幼馴染で、そんな対象で見ちゃいけないって言うか……」

 

 などと言いつつも、少し前から彼女達を異性として見ている事に気が付かない少年だった。

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

「ほんと、トイレって唐突に行きたくなるよな~」

 

 夕飯の準備をしている途中で急に尿意がやって来て、急いでトイレに行ってきた一夏は、台所のある食堂へと戻る最中に風呂の前を横切ろうとしていた。

 位置的に、どうしても風呂の前を通らないといけないのだ。

 

「まだ入ってるのかな……」

 

 今度はなんとか自分の中の欲望に打ち勝って、その場と大人しく通り過ぎようとするが、その時……風呂から先程までは聞こえてこなかった会話が聞こえてきた。

 

『ほら。頭を洗ってやるから、じっとしてろよ』

『うん! ありがと! デメお姉ちゃん!』

『ほんと、ジャンお姉ちゃんって肌が綺麗よね~』

『同じ女の子として羨ましいな~』

『そうか? お前達も十分に綺麗だと思うが』

『『お姉ちゃんには本気で負けます』』

『揃って言う事か?』

『ヴェルナー姉さん! また胸が大きくなってるでしょっ!?』

『え? マジで? 全く自覚無かったわ』

『この前に測った時は何センチだった?』

『え~っと…確か……』

『あ~! 言わなくていいから! 実際に聞かされたら落ち込みそうな気がするから……』

『そこまで気にするような事か? どうせ、時が立てば嫌でも成長するだろうに』

『成長具合は人それぞれなの! ジャン姉さんがいい例じゃない!』

『なんでそこで私が引き合いに出されるっ!?』

『ジャン姉さんの胸が年々、確実に大きくなってるからよ! このままいけば確実に将来的にはボンッ! キュッ! ボンッ! のナイスバディになる事は確実じゃない!』

『そこまで熱弁出来るお前を普通に凄いと思うよ……』

『それじゃあよ、オレの場合はどうなるんだ?』

『デメ姉さんは、どこかが突出するって訳じゃなくて、全体的に安定したプロポーションで、スレンダーな美人になりそう。今でも十分に美人だけど』

『スレンダーねぇ……』

 

 そこまで聞いてから一夏は我に返り、全力で頭を振って煩悩を追い出そうとした。

 

(バカか俺は!! こんな場所で風呂に入っている女の子達の会話を盗み聞きするなんて普通に変態じゃないか! 俺は弾とは違う! あいつ等をそんな目で見たりはしない!)

 

 一番の親友、何気に貶められた件。

 

「……もう行こう。夕飯の準備をしながら、この気持ちを払拭しよう…そうしよう……」

 

 そんな風に言いながらも、一夏の顔は真っ赤になっていて、ついさっき風呂に入ったばかりの筈なのに、なんでか身体が熱くなっていた。特に下半身辺りが。

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 一夏が食事の準備をしている間に女子達が上がってきたようで、食堂の隣にあるリビングが一気に賑やかになっていた。

 

「一夏兄ちゃん。これはここでいい?」

「おう。サンキューな」

「えへへ……」

 

 皿の配膳をしてくれている男の子の頭を撫でながら、リビングの方が気になったのか、向こうに続く扉の方を見ていた。

 

「ちょっと様子見て来るわ」

「分かった~」

 

 それは、ほんの出来心、ちょっとした好奇心だった。

 一夏は彼女達にもうすぐ夕飯の準備が終わる事を告げようと思った。

 本当にただそれだけなのだ……多分。

 だからこそ、リビングに広がっていた光景は余りにも刺激が強かった。

 少なくとも、この場に弾がいれば間違いなく血涙を流して悶絶する程に。

 

「早く髪を乾かさないとな。一夏の奴が待ってるだろうから」

「デメお姉ちゃんに髪を乾かしてもらうのって気持ちがいいから好き~!」

 

 まず目に飛び込んできたのは、絨毯の上に座って年下の女の子の長い髪を優しくドライヤーで乾かしているソンネンの姿だった。

 傍にはいつも乗っている車椅子があり、そこから誰かの手を借りて床に座ったのが伺える。

 それ自体はとても微笑ましくていいのだが、問題は彼女の格好だった。

 

「デメ姉さんったら……相変わらずワイシャツだけなのね」

「この方がゆったりしてていいんだよ」

 

 別の少女が指摘した通り、ソンネンがパジャマとして着ているのはワイシャツなのだ。

 より正確に言えば、ワイシャツオンリーなのだ。

 男性諸君が大好きな、俗に言う『裸ワイシャツ』ならぬ『下着ワイシャツ』状態なのだ。

 しかも、これがソンネンにとって普通の格好だったと言うのだから衝撃的だ。

 

「ん? 一夏か? 一体どうした?」

「え? あ…いや、もうすぐ夕飯が出来るって知らせようと思って……」

「おうマジか。なら急がないとな」

 

 少しだけ髪を乾かす手を早めるソンネン。

 そんな彼女の後ろに、青く綺麗なパジャマを着たデュバルがやって来た。

 

「ならば、お前の髪は私が乾かしてやろう」

「そいつは有り難い。助かるぜ」

「一夏。もう少しだけ待っててくれ。すぐに終わるから」

「あ…ああ……別に、そこまで急がなくても大丈夫だぞ……」

 

 何故か言葉が最後の辺りで小さくなってしまった。

 その理由はズバリ、デュバルの髪型にあった。

 

 彼女はもう髪を乾かし終えていたようで、美しい金色の長い髪を靡かせていた。

 そう…靡かせていたのだ。

 つまり、普段はポニーテールにしている彼女の髪は、今は完全に解かれている状態にある。

 髪を下したデュバルの姿は、まさしく誰もが認める美少女に相違なかった。

 普段からも美少女である事には違いなかったのだが、ここで一夏は昔からよく知っている幼馴染の新たな一面と魅力を見つけてしまったのだ。

 この衝撃は相当に大きい。

 特に、一夏のような初心な少年には。

 

(あ…あれ? なんでさっきから心臓がバクバク鳴ってるんだ? デュバルってあんなにも綺麗だったっけ……)

 

 思わずフラフラと歩いて別角度から見ようとしてしまった一夏の視界に、これまたとんでもないものが見えてしまった(・・・・・・・)

 

(し…白……)

 

 先程も言ったように、現在のソンネンの格好は下着ワイシャツ状態だ。

 下には下着以外は何も履いていない。

 それはつまり、見る角度次第では彼女の下着が見えてしまうということでもあった。

 

 姉の下着ならば洗濯をする上で何度も見たことはある。

 それでも多少は思うところがあるというのに、ここで同年代の少女の生下着を目撃してしまった。

 一夏の精神に多大なダメージを与えたのは言うまでもない。

 

「い~ち~か~? 何を見てんだ~?」

「うわぁっ!?」

 

 後ろから急に話しかけられて本気で驚く。

 そこにいたのはヴェルナーだった。

 それはいい。大丈夫だ。

 ただ、大丈夫じゃないのは彼女の格好の方だ。

 

「ちょ…おま……!」

「ん? どうかしたか?」

 

 ヴェルナーが寝間着替わりとしているのは、薄手のタンクトップに太腿丸出しの短パン。

 少しだけデジャヴを感じてしまうような恰好だったが、それを自分の幼馴染が着ているという事実が一夏を混乱させる。

 

「な…なんつー格好をしてんだよ……」

「そんなに変か? いつもこんな感じだけど」

「冗談だろ……」

 

 何とも言えない気分。

 男として純粋に喜べばいいのか。

 それとも、幼馴染として指摘すればいいのか。

 弾ならば即座に前者を選択するだろう。

 そして、その直後に鈴のローキックを食らうまでがワンセットだ。

 

「風邪ひいても知らねぇぞ……」

「大丈夫だって。冬でも同じ格好して寝てるけど、至って一度も風邪なんて引いた事は無いぞ?」

「どんだけ体が丈夫なんだよ……」

 

 これが南国育ちの強さなのか。

 そう思わずにはいられなかった。

 

 ソンネンとヴェルナーは肌を出し過ぎで、デュバルは普通に可愛過ぎて目のやり場に困る。

 今は全力で体をコントロールして『生理現象』を必死に抑え込んではいるが、自室に戻ったら一気に爆発することは確実だった。

 

(俺……本当に大丈夫なのか……?)

 

 窓から夜空を見上げ、遠い異国にいる姉を思い出しながら、これから先は自分の理性を武器に煩悩と戦っていく決意を固める一夏であった。

 

 因みに、一夏が作った夕飯は皆に大好評で、おかわりが続出したらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




まずはジャブから。

次回以降から一夏の精神をいい意味でガリガリと削っていきましょうか。




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少年よ 苦労を抱け

最近、本当にコロナが怖いですよね。

もう完全に全国は愚か、全世界に広まってますし。

皆が口が酸っぱくなる程に言っているとは思いますが、私からもご忠告を。

可能な限り、外出は本気で控えましょう。

どうしても出かけないといけない場合も、ちゃんと3密を守りつつ、マスクなども忘れずに。

そして、家に帰ってきたら手洗いうがいを徹底してください。

実際、私も仕事で外に出る時はマスク装着を心掛けてますから。

家にいてやることが無い人は、どうか私の駄文だらけの小説でも読んで暇を潰してくださいな。







 いつもの放課後。

 生徒達は各々に部活に打ち込んだり、早々に帰路に着いたりしているが、今日だけはなんだか少しだけ様子が違っていた。

 

「さて…一夏よ」

「な…なんだよ?」

 

 弾を初めとするクラス中の男子達に詰め寄られ、一夏は窓際に追い詰められている。

 一夏自身はどうして自分がこんな目に遭っているのか全く分かっていない。

 

「お前が一年間と言う期間限定で美少女達が住む孤児院で過ごすようになってから、早くも一週間が経過したわけだ」

「そ…それがどうかしたのかよ?」

「どうかした……だと……?」

 

 本気で意味不明な一夏は、自分の素直な疑問を口にしたのだが、それが彼らの逆鱗に触れてしまったようだ。

 男子達は全員が怒りに体を震わせ、ある者は血の涙を、ある者は唇を噛み締め、またある者は髪が逆立っていた。

 

「この学校のアイドルとも言うべき美少女達と一つ屋根の下で一週間も一緒に過ごして、何のアクションも起きない訳がないだろうが!!!」

「お前はいきなり何を言ってんだよっ!?」

「さぁ話せ!! 大人しく白状しろ!! お前はどんな極上の日々を過ごしたんだ!?」

「織斑の事だから、絶対にラブコメ系マンガみたいなイベントを過ごしているに違いない!!」

「ンなわけないだ…ろう…が……」

 

 ここで語尾が小さくなる。

 その変化を見逃すような男子達ではなかった。

 

「おい。なんでそこで声が小さくなる」

「やっぱりお前……!」

「い…いや。マジで何にもないから……」

「じゃあ、どうして目を逸らす?」

「そ…逸らしてねぇし……」

 

 そこで弾に肩をガッ! っと掴まれて、無理矢理に正面を向かされた。

 

「一夏……俺の目を見て白状しろ。お前は何をした? もしくは、何を見た?」

「だ…だから、俺は別に……」

「オレノメヲミロト…イッテルンダゼ?」

 

 弾の目からハイライトが消えた。

 これはマジの時の目である。

 

「……あいつ等には絶対に言うなよ?」

 

 全員が全力で頷き、更にグイっと顔を近づける。

 

「……風呂の前を横切った時……」

「横切った時……?」

「……中から聞こえてくる会話を聞いちまった」

「「「「「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!」」」」」

 

 男子、絶叫。

 

「な…内容は? 何を話してたんだ?」

「デュバルの肌が綺麗だとか、ヴェルナーの胸が大きくなったとか…ソンネンのプロポーションの話とか……」

「「「「「チクショ――――――――――――――――ッ!!!!!」」」」」

 

 男子、慟哭。

 

「ほ…他には……他には何もないのか?」

「……風呂上がりの姿を見た」

「「「「「なん……だと……!」」」」」

 

 男子、戦慄。

 

「髪を下したデュバル……すっげー綺麗だった……」

「ま…マジか……!」

「そ…ソンネンさんはっ!? 和風美少女であるソンネンさんはどうなんだっ!?」

「南国系美少女であるホルバインさんはっ!?」

「あ…あの二人は……」

 

 ここで一夏は、あの時の事を思いだす。

 今でも鮮明に思い出せる辺り、彼もまた相当な事が伺える。

 

「……悪い。流石にそれは俺の口からは……」

「お前は一体何を見たんだ――――――――っ!?」

「この野郎―――――――――――っ!!」

「死ね―――――――――――――っ!!!」

 

 全員からの集中攻撃を受ける一夏。

 彼らの必死な形相に、哀れさしか感じなかった。

 

「ぢくじょう……なんで…なんでお前ばがり……」

「な…泣くなよ」

「泣きたくもなるわ!! このラブコメ主人公体質野郎が!!」

「本気で反応に困る悪口はやめてくれ!」

 

 一夏もここで反撃……なんて出来る筈も無く、そのまま両腕を掴まれたままの状態で力づくで椅子に座らされた。

 

「五反田裁判長! この被告は死刑が妥当かと思います!!」

「裁判長っ!? いつからここは法廷になったんだよっ!」

「うるへー! 今この瞬間からじゃボケ!! つーわけで死刑ね」

「なんか軽いっ!? ここが法廷なら俺にも弁護士の一人ぐらいはつけろよ!」

「じゃあ、御手洗数馬弁護士。何があるかな?」

「あー…なんか普通にムカつくんで死刑でいいんじゃないっすかね?」

「はい、死刑確定」

「全く弁護してねーじゃねぇーかっ!!」

 

 なんとも元気な男子生徒諸君。

 だが、こんな風に騒いでいる時に限って、予想外の介入者が現れたりするもので。

 

「ん? なにやらどうも騒がしいと思ったら、何をやってるんだ?」

「デュ…デュバルっ!?」

 

 そんなわけで、何も事情を知らないデュバルのご登場。

 

「デュバルさん! 一夏の野郎に何もされてませんかっ!?」

「何かあったら、いつでも言って下さい!」

「お前らなぁっ!」

 

 急にやって来たデュバルに媚びを売り始める。

 何が何だか本気で分からない彼女は、余裕の笑みを浮かべながら彼らを諭した。

 

「大丈夫だ。慣れない環境だというのに、一夏は本当によくやっているよ。私も皆もかなり助かっているし、とても心強く感じている程だ。だから、皆が心配知るような事は何もないよ。あいつなりに紳士的に頑張っている」

「デュバル……」

 

 彼女からの過剰な評価に、思わず本気で胸がトキめいた。

 これでは、どっちが堕とす側なのか分かったもんじゃない。

 

「そ…それで、一人だけでどうしたんだ? ソンネン達は?」

「あいつ等なら鈴と一緒に先に帰ったよ。私は先程まではクラスの女子に頼まれて用事を片付けていたのだが、終わった直後に一夏に話さなければいけないことがあったのを思い出してな。こうして一人で教室に戻って来た訳だ」

「俺に話す事?」

 

 別になんてことのない。ごく普通の用事だろうが、それでもドキドキしてしまうのは男の悲しい性か。

 

「今日は私が買い出し当番なのだが、もしよかったら一夏も荷物持ちに来てくれないかなと思ってな。ダメだろうか?」

「俺で良かったら全然大丈夫だぞ」

「そうか。ならば、先に下駄箱の所で待っているから、サッサと来てくれよ?」

「分かった」

 

 軽く手を振りながら、デュバルは自分の鞄を持って教室を後にした。

 

「あまり喧嘩とかするなよー」

 

 出る直前に一応の注意。

 どうやら、彼女の眼には彼らが喧嘩に近い事をしているように見えたようだ。

 

「やっぱ…可愛いよな……」

「うん……清楚系金髪美少女…最高……」

 

 デュバルが来たことで、一気に彼らの熱が冷めた。

 だが、彼女の発言を思い出し、再びその目に炎が灯る。

 

「待ってくれ。彼女…さっきなんて言ってた?」

「一夏と買い出しって言ってたな」

「買い出し……放課後に一緒に買い物……」

「お…おい?」

 

 一夏の心配を余所に、彼らの妄想は一気に膨れ上がる。

 

「それはつまり……」

「「「「「買い物デートっ!?」」」」」

「いや、普通に夕飯の買い出しだからなっ!?」

 

 必死のツッコミも虚しく、一夏は再び彼らによって裁かれる事となったのであった。

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

「はぁ……」

「随分とお疲れのようだな。大丈夫か?」

「なんとかな……」

 

 あまりデュバルを待たせる訳にもいかないので、あれからなんとかして彼らの包囲網から逃げ出す事に成功した一夏は、そのまま彼女と合流をしてから商店街に向かうことに。

 

「それで、何を買うかはもう決まってるのか?」

「勿論だ。朝からちゃんと買い物リストを作成していたからな」

 

 ポケットの中から一枚のメモ紙を取り出すと、それを一夏にも見せた。

 

「流石はデュバルだな。準備万端だ」

「これぐらい普通だと思うがな」

 

 何気なく受け流してはいるが、その頬は少しだけ赤い。

 

「んじゃまずは……」

「八百屋だな」

 

 二人は、最初は孤児院の行きつけの八百屋に行くことに。

 本来ならばスーパーに行く所だろうが、此れから行く店は店主とも昔から顔見知りで、色々とサービスをして貰っているのだ。

 

「こんにちは、おじさん」

「お! いらっしゃい、ジャンちゃん! 今日はあんたが買い出し当番かい?」

「はい」

「そうかそうか。本当に真面目でいい子だよなぁ……。ウチのバカ息子にも見習ってほしいぜ……」

「ははは……」

 

 もう完全に常連となっているので、このような会話も日常的になっていた。

 

「おや? 今日は知らない奴も一緒だな? もしかして……ジャンちゃんの彼氏かいっ!?」

「か…彼氏っ!?」

 

 八百屋さんのいきなりの言葉に、一夏の顔が急速沸騰する。

 

(お…俺がデュバルの彼氏…彼氏か……)

 

 まぁ、そんな事を言われれば、嫌でも色々と妄想をしてしまうのが男の子なわけなのだが、デュバルの容赦ない一言が全てを打ち砕く。

 

「そんなんじゃないですよ」

「おや? そうなのかい?」

「そうですよ。確かにこいつは大切な友人であり幼馴染ではありますが、それだけです。それに、今日一緒に来たのは、ちょっとした事情で彼が今、私達の孤児院で暮らしているからです」

「なんだい、そうだったのか。それは残念だ」

「何がですか……」

 

 デュバルの発言に地味に傷つく一夏。

 それでもなんとかなっているのは、言葉の中に『大切』というフレーズがあったからだ。

 

(はは…そっか…そうだよな。デュバルにとっては、俺は幼馴染兼親友なんだよな……。でも、『大切な友人』か……)

 

 実際、一夏の方も彼女達三人の事をとても大切に想っているので、そう言われて悪い気はしない。

 

「兄ちゃん」

「な…なんすか?」

「頑張りな。俺は応援してるぜ」

「ど…どうも」

 

 八百屋さんに肩を叩かれながら、実にいい笑顔でサムズアップを見せられた。

 一体何が『頑張れ』なのか。その意味をなんとなく理解した少年だった。

 

「よし! 今日はこの兄ちゃんの前途を祝して、いつも以上にサービスさせて貰うぜ!」

「なんでそうなるのかは意味不明ですが、とにかく、ありがとうございます」

「いいってことよ! 孤児院の子達には商店街の皆が世話になってるからな! これぐらい、どうって事はねぇぜ!」

 

 なんとも気前がいい八百屋さん。

 これが、この店が未だに大型スーパーなどにも負けずにいる最大の理由の一つだったりする。

 

「やったな、一夏!」

「そ…そうだな」

 

 なんだか素直には喜べない一夏だった。

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

 その後も色んな店で買い物を続ける二人だったが、その度になんでか色んなサービスをして貰った。

 どうやら、あの八百屋が商店街のコミュニティを駆使して情報を広めたようで、行く店行く店の殆どから温かい目で見られまくっていた。

 

「なんか…凄い事になってたな。もぐもぐ……」

「全くだな。こっちとしては嬉しい限りなのだが、流石に困惑する。あむ」

 

 そう言いながら二人が食べているのは、先ほど行った肉屋で貰った、揚げたてサクサクのコロッケ。

 そのジューシーな歯ごたえは、嫌でも人を笑顔にするだろう。

 

「あそこのコロッケはいつ食べても格別だな……」

「確かに。これはマジでメチャクチャ美味いぞ。コツとか聞いたら教えてくれるかな……」

「その辺は大丈夫だと思うぞ? ヴェルナーも休みの日とかによく、魚屋の御主人に色んな魚料理を教えて貰いに行ってるようだしな」

「そうだったのか。初耳だ」

 

 ヴェルナーが魚料理を得意とする理由がここで判明。

 飄々としていても、陰で努力をするのが彼女なのだ。

 

「しかし、こんなにも大量になるとは完全に予想外だった。重たくないか?」

「これぐらい平気だって。いつも、千冬姉に鍛えられてるからな」

「そうか。流石は男の子だな」

 

 嘗ては自分の男だったのだが、生まれ変わってから女として過ごした時間もかなり長くなってきているので、どうも女よりの考えになりがちになってくる。

 体の方も鍛えてはいるが、それでも基本的な所では男性に敵わない所も多々出てくるのもまた事実だった。

 自分の精神が徐々にではあるが変化しつつあることに、デュバルもそうだが、ソンネンもヴェルナーも全く気が付いていない。

 それが吉と出るか凶と出るかは誰にも分らない。

 

「暫くは買い出しに行かなくても済みそうだな」

「かもな。それでさ、今日の夕飯は何にするんだ?」

「そんなの、もう決まってるも同然だろ?」

「それもそっか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「アジの塩焼きだな」」

 

 

 そこはコロッケじゃないんかい。

 

 

 

 

 

 




本人達は否定するでしょうが、傍から見ていると完全に買い物デートです。

彼女達が本当の意味での『デート』をする日はくるのでしょうか?

次回はソンネン×一夏の話です。


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アニマルセラピー

なんか、暫く他の作品を書いている間に、この作品の評価が上がりまくってたんですが……。

割とマジで我が目を疑いました。







 それは、本当に何気ない、いつもの放課後。

 買い出し係であるヴェルナーと、そんな彼女がちゃんと買い物が出来るか心配で一緒に着いて行ったデュバルの二人が不在な為、今日はソンネンと一夏、鈴と弾の四人で帰り道を歩いていた。

 

「今日も買い出しだなんて、孤児院の生活も大変なんだな」

「そうでもないぞ? 確かに苦労することも多いが、それ以上に賑やかで楽しいからな。少なくとも、暇する事だけは絶対にねぇよ。な、一夏」

「そうだな。あそこに住むようになってから、毎日がお祭り騒ぎ状態だもんな。千冬姉と二人で暮らしてた頃からは想像も出来なかったぜ」

「あの広い家に二人っきりってものアレだもんね。それはそうと一夏」

「な…なんだよ?」

 

 ズイっと一夏に顔を近づけてきた鈴。

 その目はジト目になっていて、完全に何かを疑っている。

 

「あんた、デメ達や孤児院の皆に迷惑とか掛けてないでしょうね?」

「お前もそれを言うのかよ……」

「お前もって、他の誰かにも言われたわけ?」

「言われたよ。目の前のソイツにな」

「そいつって……」

 

 一夏の視線は弾に向けられている。

 無言の圧力に、思わず弾は後ずさりした。

 

「あぁ~…成る程ね。でも、意外ね。弾がそんな風に心配をするなんて」

「あのな。俺だって一応は自分の親友が人様の家で迷惑を掛けてないか考えたりはするんだぞ?」

「ふ~ん……」

 

 こちらも完全に疑っている目。

 普段の行動が思い切り裏目に出ている証拠だ。

 

「ま、アンタの思惑が何であれ、心配をした事実には変わりがない…か」

「ちょっとぉっ!? それだけまるで俺が普段から変な事を考えてるみたいに聞こえるんですけどぉっ!?」

「あら。そう言ってるつもりだったんだけど」

「酷っ!?」

 

 とどめの一撃。

 弾の心はもうドボドボである。

 

「デメも気を付けなさいよ? こいつ、頭の中で何を妄想してるか分んないからね?」

「うわぁ~…引くわー……」

「妄想ぐらい自由にさせてくれませんかねっ!?」

 

 五反田弾。完全に女子達にドン引きされるの巻。

 そんな親友を見ながら、一夏は密かに安堵していた。

 

(よ…よかった。ぶっちゃけ、今の俺もあまり弾の事は言えないんだけど、今回はこいつが身代わりになってくれてよかった……。その代わりと言っちゃなんだけど、今度お前の家に遊びに行く時、ソンネン達も誘ってやるよ)

 

 普通ならば、そんな事で詫びになるのか疑問に思うところだが、弾の場合は充分に詫びの代わりになるだろう。

 それどころか、泣いて喜ぶかもしれない。

 

「おっと。そろそろ道が分かれるな。そんじゃ、また明日な」

「うん。また明日ね」

「そんじゃあな~」

 

 軽く手を振りながら途中の分かれ道にて、一夏とソンネン、鈴と弾の二組に分かれた。

 今までならば一夏も鈴たちと同じ方向なのだが、今は孤児院に住んでいるので、二人とは違う方向に帰っている。

 孤児院までの短い間とはいえ、ソンネンと二人きりになれる時間を一夏は心の奥底で喜んでいた。

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

「それでさ、進藤の奴がさ……」

「マジかよ……って、なんだありゃ?」

「どうした?」

「あれ……」

 

 歩きながら雑談をしていると、何かに気が付いたソンネンが前方を指差す。

 そこには、孤児院の前でなにやら座り込んでいる子供達の姿が。

 

「これ…どうしよう……」

「私達じゃ……」

「う~ん……」

 

 何かに困っている様子だが、ソンネン達がいる場所からは何をしているか全く分からない。

 仕方がないので、傍まで近づいて話しかけてみる事に。

 

「お~い。お前ら」

「そんな所で何をやってんだ?」

「あっ! デメねーちゃんに一夏にーちゃん!」

「おかえりなさい!」

「ただいま。で、何してるんだよ? そんな所に集まってよ」

「えっとね……実は……」

 

 子供達が少し横にどくと、そこには段ボール箱に入っている四匹の子猫の姿が。

 元気だけはあるようで、全部の猫がニャーニャーと鳴いていた。

 

「……捨て猫か?」

「多分……でも、書置きとかは無かったんだよ」

「随分と身勝手なもんだな」

「全くだ」

 

 子猫たちを見ながら、この子達を捨てた顔も知らない連中に怒りを覚える。

 だが、その怒りも子猫たちの可愛さによって、一瞬で無くなってしまう。

 

「みゃ~」

 

 無意識の内に出していた一夏の指を、一匹の猫がペロペロと舐めた。

 その瞬間、一夏の顔が一気に緩んだ。

 

「や…やばい……こいつら…めっちゃ可愛いぞ……」

「でしょ? この子達をこのままにはしたくないから、皆でどうしようかって話してて……」

 

 子供達は暗い顔で俯いてしまう。

 こんな時、大半は飼うのがダメな事がパターンなのは彼らも承知していた。

 

「一応、ダメ元で院長の旦那に聞いてみようぜ」

「大丈夫…かな?」

「さぁな。でも、何もしないで諦めるよりはずっとマシなんじゃねぇか?」

「そう…だよね! うん! デメねーちゃん、ありがとう!」

「どうってことねぇよ。へへ……」

 

 平気そうにしていながらも、少しは姉らしい発言が出来たことを喜んでいるソンネン。

 自分がお世辞にも女らしいとは思っていない彼女は、こんな細かい事でも喜んでしまう事が多い。

 それは、ソンネンの精神も徐々に女寄りになってきている証拠なのか。

 

「にしても、随分と腕白な子猫共だな」

「撲達が見つけた時から、ずっとこんな感じだったよ?」

「ふ~ん……」

 

 四匹の子猫たちはいずれもがバラバラの色の体毛をしていて、一匹は白地に黒で、お腹の部分に月のような模様が出来ている。

 二匹目はライトブラウンで、心なしか他の三匹よりも体が若干だが大きい。

 三匹目は真っ白な子猫だが、他の三匹よりも元気なようで、ずっと体を動かしてじゃれていた。

 四匹目は茶色い毛で、頭の辺りだけ白い毛になっていて、おでこの部分からちょぴりだけ毛が跳ねている、物凄く落ち着いている感じの猫だった。

 

「デメねーちゃんも抱っこしてみる? はい」

「お…おっと……」

 

 男の子が白地に黒の猫を抱きかかえてから、そっとソンネンに手渡した。

 落ちないように慌てて子猫を手で支えると、子猫は全く恐れる様子は無く、それどころかソンネンに何故か凄く懐いている様子だった。

 

「お前……オレが怖くないのか?」

「みゃあ」

 

 返事のつもりなのか、子猫は一回だけ鳴くと、ソンネンの頬をぺろぺろと舐め始める。

 

「ちょ…やめろって! くすぐったいんだよ!」

「あはは! その子、デメねーちゃんの事が大好きみたい!」

「いいな~」

 

 ソンネンと子猫が戯れている姿を見て、一夏は思わず固まっていた。

 それは別の意味で彼は感動していた。

 

(子猫と遊んでいるソンネン……マジで可愛い……)

 

 子猫なんて全く眼中になく、その熱い視線は完全にソンネンの方に注がれていた。

 恋する乙女が無敵であるのと同じように、恋する少年はどこまでも一途なのだ。

 

「おや? 随分と賑やかだね。何をしているのかな?」

「「「院長先生!」」」

 

 ここで院長の登場。

 袋に入った雑草を持っていることから、先程まで草むしりをしていたようだ。

 

「ん? デメちゃん、その子猫は……」

「ああ。実は……」

 

 ソンネンが代表して、これまでの経緯を話す事に。

 どんな答えが返ってくるかドキドキしながら待っていると、意外な言葉が返ってきた。

 

「なんだ、そんなことか。いいよ。ちゃんとその子達の世話をすると約束するのなら、ここで飼う事は一向に構わないさ」

「い…いいんですか?」

「勿論だとも。というか、実は君達が来る前にも犬や猫なんかを飼っていたことがあるんだよ。いずれも天寿を全うしたけどね」

「そうだったのかよ……」

 

 まさか、この孤児院がペットOKだったとは思わなかったので、本気で驚いていた。

 

「ここの庭ならば、その子達も伸び伸びと遊べるだろうしね」

「確かに」

「でもよ、猫を飼うなら色々と道具とかいるんじゃないか?」

「そうだね。昔、使っていた物が物置にあったとは思うけど、もう随分と古い物だしねぇ……」

 

 物置ならばソンネンや一夏もこれまでに何回か覗いたことがあるが、それらしいものは一度も見かけたことが無い。

 ということは、かなり奥に仕舞いこんでいるという事に他ならない。

 そんな代物を今から出していては本当に日が暮れてしまう。

 

「丁度いい機会だし、ちゃんと買い直した方が良さそうだね」

「それなら、買い出しに行ってるヴェルナーとデュバルにラインして頼めばいいんじゃないか?」

「それが良さそうだな。頼むよ」

「了解。任せときな」

 

 子猫を左手で抱えながら、右手だけで器用にスマホを操作してラインを送る。

 

『……ってなわけだから、ペットショップに行って猫用の餌や砂とかを買ってきてくれねぇか?』

『それはいいけど……それだけでいいのか? 他にも必要な物はあるんじゃ?』

『他のは後日に買いに行けばいいだろ? 今回は取り敢えず、必要最低限の物だけで十分だよ』

『りょーかいだ』

 

 これでよし…と呟いてからラインを終了する。

 

「分かったってよ」

「これで一先ずは一安心だ」

「では、まずは中に入ろうか。お湯で温めたタオルでその子達の体を拭いてあげないと」

「「「は~い!」」」

 

 院長が残りの子猫たちが入っている段ボールを持ち上げて歩き出し、それに続くように子供達が後を追う。

 

「……俺達も行くか」

「だな」

 

 残された一匹を膝の上に乗せたまま、ソンネンと一夏も中へと入る事にした。

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 買い出しから戻ってきた二人に、改めて詳しい事情を説明すると、それぞれに違う反応を見せてくれた。

 

「こ…これが猫の子供か……。始めて見るが、なんて可愛らしくて小さいんだ……。さ…触っても大丈夫なのだろうか? 怪我とかしないか?」

 

 デュバルは興味と興奮で女の子らしさを全開にしていた。

 

「いい面してるじゃねぇか。よし、このオレがとっておきの魚料理を御馳走してやるからな!」

 

 ヴェルナーは完全に魚を食べさせる気満々。

 漁師の孫という事もあり、昔から猫が身近にいる生活を送ってきたらしく、かなり手馴れていた。

 

「いいね~。この孤児院が更に賑やかになってくれた」

 

 院長もとても嬉しそうに、子供達と遊んでいる子猫たちを眺めている。

 彼にとっては、子供達も子猫たちも同じ『大切な子供』なのだ。

 

「あ。肝心な事を忘れてた」

「なんだそりゃ?」

「名前だよ。な・ま・え」

「そっか。そうだよな。家族の一員となった以上は、ちゃんとこいつらの名前を考えてやらないといけないよな」

 

 確かに、ペットにとって名前はとても重要なものの一つだ。

 だが、生き物の名前なんてそう簡単に考え付くはずも無く、誰もがウンウンと頭を捻らせて考えていた。

 そんな中、ソンネンだけが一人、子猫を抱き上げながら、その顔をジーっと直視していた。

 

「…………よし。決めた!」

「「「「「え?」」」」」

 

 いきなり何を言い出すのか。

 ソンネンはまず、自分が抱いている子猫に向かって宣言した。

 

「お前の名前は『三日月』。通称『ミカ』だ」

「なんで三日月? なんで通称?」

「こいつの体になんか月みたいな模様があるから。で、通称はなんとなくだ」

「なんとなくって……」

 

 ここで反論したいと思う一夏だったが、何も思いつかない自分では何も言えない。

 結局、このままソンネンの独断を許す事に。

 

「そして、デュバルが抱いているのが『昭弘』な」

「あ…昭弘?」

「おう。なんか『昭弘~!』って顔をしてるから」

「え~……」

 

 この勢いは止められそうも無く、残り二匹の名前もそのまま決定した。

 

「ヴェルナーと一緒にいる奴は『シノ』な」

「だってよ。シノ」

「みゃう」

「こいつもそれでいいってよ」

「分かるの……?」

 

 子供達の一人が当然の疑問を口にするが、今更なので誰も何も言わない。

 

「最後に、院長の旦那に懐いてるのが『オルガ』だ」

「オルガ……」

「なんだか『希望の花』が咲き誇りそうな名前だな」

「ちゃんと注意して見ていないといけないね~」

 

 院長もちゃんと理解しているのか、これからはオルガの事を注視していようと心に決めた。

 

「なんか面白そうだし、後で束や千冬の姉御に写真でも送ってやろうかな」

 

 ソンネンが何かを言っているが、気にしてはいけない。

 

 こうして、この孤児院に新たな仲間達が加わった。

 可愛らしい四匹の子猫たち。

 三日月はソンネンに一番懐き、昭弘はデュバルに、シノはヴェルナーと仲が良く、オルガは院長に大事にされている。

 

 後に孤児院に遊びに来た鈴が子猫たちを見て、その可愛さにメロメロになるのは当然の事だった。

 

 

 

 

 




もう言うまでもないですよね。
 
子猫たちの名前の元ネタは、鉄血のオルフェンズのガンダムパイロット&我らが大好きな薄幸の団長です。
流石に猫なので『希望の花』は咲かせるつもりはないですけど。




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学生としての義務

デュバル、ソンネンと来て、今回はヴェルナー×一夏のお話。

少しは進展することが出来るのでしょうか?







 学生である以上、『ソレ』は確実にやってくる。

 小学生の時はそうでもなかったが、中学辺りからイベントのように定期的に行われる、数多くの生徒達を絶望の淵に叩き落とす儀式。

 人はそれを『テスト』と言う。

 

「さっきの数学の小テスト、どうだった?」

「「この通り……」」

「うわぁ……」

 

 なんてことない、いつもの昼休み。

 教室でぞれぞれに昼食を食べながら、四時間目の数学の授業にて行われた小テストの結果を見せ合っているいつもの面々。

 鈴に向けて見せた一夏と弾の結果は、実に散々だった。

 

「一夏は56点で、弾に至っては31点って……」

「こんなんじゃ、戻って来た時にほぼ確実に千冬姉の雷が落ちるな……」

「お前はまだいいじゃねぇか! 俺なんて赤点ギリギリだぞっ!? 雷なんてレベルじゃねぇ! こちとら、爺ちゃんの破壊光線が飛んでくるわ!!」

 

 ここで弾が言っている『爺ちゃん』とは、彼の祖父にして実家である『五反田食堂』の店主でもある『五反田厳』の事を指している。

 もうすぐ80代に突入しようとしている年齢であるにも関わらず、その肉体はまるで巌のように鍛え上げられ、全く衰えを感じさせない。

 一夏や鈴は勿論の事、ソンネンとデュバルとヴェルナーの三人もかなり気に入られていて、時折、孤児院の子供達と一緒に食事をしに行くことがある。

 なんでも、院長と弾の祖父もまた昔馴染みらしく、食堂に行くといつも昔話に花を咲かせている。

 

「ははは! 遊んでばっかじゃねぇで、もうちょっと勉強しろって事だな!」

「んなっ……! そ…そこまで言うんなら、三人は高得点なんだろうなっ!?」

「「「100点です」」」

「そげな馬鹿なぁっ!?」

 

 見事に満点を取った答案を堂々と見せつける三人。

 特に、デュバルに至っては公式までちゃんと書いていて、先生からお褒めの言葉が書かれていた。

 

「アンタってば知らなかったの? ジャンは当然の事、デメもヴェルナーもめっちゃ頭いいわよ? 小学生の時からそうだったけど、テストで95点以下を取ったところを見た事無いもの」

「嘘だろっ!?」

 

 前世で軍の士官をやっていたのだから、三人娘にとってこれぐらいは余裕で解くことが出来る。

 見た目に騙されてはいけない。彼女達の中身は紛れも無く『エリート』と呼ばれる存在なのだから。

 

「そういや、三人共小さな頃からすっごい頭良かったよな……」

「冗談だろ……。デュバルさんやソンネンさんはともかく、まさかホルバインさんまで優等生だったなんて……」

「む? もしかして、オレの事を馬鹿にしてるのか?」

「い…いやいやいや? 全然全くそんな事は有りませんよ?」

「声が上ずってる時点でバレバレだっつーの」

 

 意図してない失言に、慌てて好感度を下げないように取り繕う弾だが、一度でも出した言葉は二度と引っ込められないのだ。

 残念だが、この時点で弾のヴェルナー攻略ルートは絶たれてしまった。

 

「そんなに疑うんなら、試しにヴェルナーに問題でも出してみる?」

「オレは全然いいぞ」

 

 フィッシュサンドをパクリと食べながら応えるヴェルナーに、鈴が適当に考えた問題を出題することに。

 

「それじゃあ問題。Why is the number 9 like a peacock?」

「Because it is nothing without its tali,」

「正解。次の問題ね。パリ万博に出品された日本の壺と言えば?」

「薩摩焼」

「『日本資本主義の父』とまで呼ばれ、後に多くの企業や銀行を設立した……」

「渋沢栄一」

「次の問題……」

「もういい! もう十分に分かったから! 弾のHPはもうゼロだ!」

 

 全ての問題を完膚なきまでに完全正解してみせたヴェルナーの凄さに、弾のメンタルはドボドボになっていた。

 ついでに、男としてのプライドもドボドボになっている。

 

「もうじわげありまぜんでじだ……(泣)」

「「分かればよろしい」」

 

 鈴としては、小学生時代からの大切な友人を小馬鹿にされたような感じだったので、非常に心がスッキリとしていた。

 一方のヴェルナーは、別にそんな事は気にしてはおらず、これもまた子供同士のコミュニケーションだと思っている。

 

「だが、このままだとお前達二人は今度ある中間テストは危なくないか?」

「「そうなんだよなぁ~…」」

 

 一夏の方はやれば出来る人間なので、後は本人の頑張り次第なのだが、問題は弾の方だった。

 彼は昔から勉強などが長続きせず、気がついた時にはゲームなどで遊んでいる事はしょっちゅうなのだ。

 本人も、このままではいけないと自覚はしているのだが、自覚しているだけでどうにかなれば誰も苦労はしない。

 

「仕方があるまい。こうなったら、久々に『アレ』をするしかないだろう」

「『アレ』…ね。前にやったのは小学五年生の時だったわね」

「お…おい? 『アレ』ってなんだよ……?」

 

 なにやら不穏な空気が漂ってきたので、思わず聞き返す弾。

 それが彼にとっての地獄と天国の狭間への扉を開くとも知らずに。

 

「「勉強会」」

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

「遂に……遂に来ちまったんだな……」

 

 日曜日。

 鈴とデュバルによって開催された勉強会は、前回と同様に孤児院にて行われる運びとなった。

 理由は、デュバル達に加え、今回は一夏も孤児院側にいるから。

 ならば、鈴と弾がやって来た方が早いのだ。

 

「何を緊張してんのよ。とっとと入るわよ。皆、待ってるんだし」

「ちょ…ちょっと待ってくれよ! まだ心の準備が……」

「んなもん知らんわ!」

 

 慣れた足取りで孤児院の扉を開けて中に入ると、ロビーにて既に四人が待っていた。

 

「お待たせ。弾が変に渋るから大変だったわ」

「そりゃそうなるだろ! あの三人が住んでる場所にお呼ばれされてんだぞっ!? あの学校の男子生徒なら、誰だって緊張するわ!」

「意味分んないし……」

「いや、今は俺もここにいるんだけど……」

 

 何気に存在を無視された一夏は、涙を流しながらのアピール。

 

「おい弾。ちゃんと勉強道具は持ってきたんだろうな?」

「も…勿論だ! 幾ら俺だって、そんな事だけはしないって!」

「ふ~ん……」

「あれぇっ!? ソンネンさんからの俺に対する信頼度ってゼロっ!?」

「いや、普通にマイナスだけど」

「もっと酷かった!」

 

 二人が漫才を繰り広げていると、ソンネンの膝の上にいた四匹の子猫たちが可愛らしく『みゃ~』と鳴いた。

 

「きゃ~! 久し振り~! ミカ~! 昭弘~! シノ~! オルガ~! 今日もアンタ達は可愛いわね~!」

「うお……ここ、猫なんて飼ってたのかよ」

「そうよ。もうメッチャ可愛いんだから!」

 

 今日も子猫たちにメロメロな鈴は、ひょいっとシノの事を優しく抱き上げた。

 

「ふわふわで肉球プニプニ……超癒されるわ……」

「鈴は本当にこいつらに好かれてるな」

「こいつらも、鈴に会えると嬉しそうにしてるんだよな」

「一応、全員が『オス』だしな」

 

 慣れた手つきでミカを撫でるソンネンに、同じように抱き上げてられてからデュバルとヴェルナーの胸にしがみ付くようにしているオルガと昭弘。

 その光景を見て、後に弾はこう語っている。

 

 『生まれて初めて、本気で猫に嫉妬しました』と。

 

「そんじゃ、早速始めようぜ」

「それはいいけど、何処でするの?」

「オレの部屋でするか?」

「ヴェルナーの部屋か。いいんじゃないか?」

「ホ…ホルバインさんの部屋……女の子の部屋……ゴクリ……!」

 

 今までの人生の中で、女性の部屋と言えば母と妹の部屋しか入った事のない弾にとって、同年代の女子の部屋というのは、未知の場所であると同時に夢の空間でもあった。

 

「こんな事を言うのはあれだけどさ、あんまし期待しない方がいいぞ?」

「うっせー! どんな形であれ、美少女の部屋に入れるなんて一生に一度、あるか無いかなんだぞ! お前と一緒にするな!」

「なんでそこで俺が責められるんだ?」

 

 男二人が騒いでいる間に、女子四人はそそくさと先に進んでいっていた。

 

「そんな所で駄弁ってないで、早く来なさいよね~」

「「お…おう!」」

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

「魚拓に釣竿にリール……ルアーまである……。見事に釣りグッズばかりだ……」

「だから言ったろ? ヴェルナーのお爺さんは漁師をやってたらしくて、そのせいか、こいつもそっち系の事にしか興味を示さないんだよ」

 

 一夏や鈴はもう既に何度も入った事のあるヴェルナーの部屋。

 小学生の時よりも遥かに物は増えていて、ちょっとした博物館と化していた。

 

「し…知らなかった。でも……」

「でも?」

「釣りが好きな美少女ってのも、絵になるよな……」

「アンタもぶれないわねぇ……」

 

 現実を見せられても全く怯まない弾に、完全に呆れる鈴。

 ここまでくれば、逆に凄いとすら思ってしまう。

 

「さて。時間はたっぷりとあるとはいえ、有限であることには違いない。早くしよう」

「そうね。ところでさ、子供達と院長さんはどうしたの?」

「『勉強の邪魔になるかもしれない』つって、皆で遊びに出かけてるよ。流石にコイツら連れてはいけなかったけどな」

 

 ソンネンが優しく全身を撫でると、小さく『みゃ~』と鳴くミカ。

 どうやら、外に行くよりは彼女達と一緒にいる方が好きなようだ。

 

「猫たちも一緒で大丈夫なのかよ?」

「心配はいらないさ。意外と大人しい子達だぞ? な?」

「みゃう」

「ん~…いい子だな~」

「あのデュバルさんが猫撫で声を出してる……」

 

 優等生美少女の意外な素顔に、弾は本気で見惚れた。

 

「ほれ、とっととやるぞ~」

 

 ヴェルナーの鶴の一声で、グダグダになりかけた勉強会が開始された。

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 勉強会が始まってから10分。

 早くも男子二人は行き詰まっていた。

 

「ま…全く分らねぇ……!」

「これは何の呪文だ……?」

 

 ウンウンと唸る二人とは違い、女子達はスムーズに問題を解いていった。

 

「ここは…こうだから……」

「ふむ……つまり……」

「あ。そっか」

「……………」

 

 普通ならば、ここで何とかして頑張って女の子達にいいところを見せようとするのだろうが、弾は全く違った。

 

(いや…逆に考えるんだ。ここは問題が分らない事を利用して、女の子達とスキンシップをするチャンスなのでは?)

 

 この状況でもめげない弾のメンタルには敬意を表したい。

 どうして、その発想力を別の事に活かせないのだろうか。

 しかし、その作戦には一つだけ、致命的な盲点があった。

 

「あのさ…ヴェルナー。ここの問題がどうしても分からないんだけど……」

「どこだ? 見せてみろよ」

 

 弾の目の前で、一夏がヴェルナーに教えを請いていた。

 二人は物理的な意味で急接近して、いつの間にか顔まで近づいている。

 

「ここはこうして……」

「あ……成る程。じゃあ、こっちは……」

「そうそう。なんだ、やれば出来るじゃねぇか」

「ま…まぁな」

 

 ここで一夏は、自分の目の前にヴェルナーの顔がある事に気が付く。

 一瞬で彼の顔は赤くなり、思わず目を逸らしたが、すぐに視線だけがまたヴェルナーの方を向く。

 

「どうした?」

「な…なんでもない……」

(うわ…これが女の子の匂いか……凄く良い香りがするな……。ひ…日焼け後が見えた……。そういや、元から小麦色の肌じゃなくて、これは日焼けしたせいだったんだよな……。ふ…服の下から除く真っ白な日焼け後がエロい……。なっ…! 今…少しだけ下着が見えたような……!)

 

 それからもヴェルナーに色々と教えて貰いながらも、その目は完全に彼女の体に釘づけになっていた。

 その様子は、弾からは明らかにイチャイチャしているようにしか見えない。

 

(い…一夏の野郎……! なんて羨まし……)

「さっきからどうした? なんか分んない問題でもあんのか?」

「ソ…ソンネンさん」

「どれ。見せてみろ。どこが分らないんだ?」

「こ…ここっス」

 

 ソンネンが自分に接近して勉強を教えてくれている。

 神様は自分の事を見捨ててはいなかった。

 少なくとも、弾はそう思った。

 

 そんな事をしている間も、一夏とヴェルナーはずっと一緒に勉強をしている。

 まるで、本当の恋人同士のように。

 

「「あ」」

 

 ふとした拍子に、二人の手が重なる。

 思わず一夏は手を離すが、そんな事なんてお構いなしにヴェルナーは彼の手を掴んでからペンを握らせる。

 

「ほれ。今度は離すなよ」

「お…おう」

(ヴェルナーの手ってこんなにスベスベしてたのか……。ずっと触ってたいって気持ちになる……)

 

 リア充爆発しろ。

 クラスの男子達がこの場にいたら、間違いなくこの言葉を言っていただろう。

 

「リア充爆発しろ」

「何言ってんだ?」

 

 おっと。ここにも一人いましたね。

 

 そして、こんな空気の中で彼等、彼女らを見ている二人は勉強している手を止めてジト目になっていた。

 

((何をやってんだか……))

「にゃふ」

 

 先程まで大人しくしていた子猫たちのリーダー格であるオルガが、徐に弾の方に近づいていき、慰めるようにその肉球を押し付けた。

 

 余談だが、後に行われた中間テストにて一夏と弾は揃って平均点を越える点数を取ることが出来たらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




なんか、一夏よりも弾のほうが目立ってたような気が……。

本当はそんなつもりじゃなかったんだけどな~。





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主人公の特権

早く原作に入りたいので、中学編の後半はかなり飛ばしていくと思います。

でも、同時に今後の展開に関する重要な話もここで書かないといけないので、予定であるドイツ編もある事を考えると、原作に突入できる時がいつになるのか全く予想できません。

一応、原作突入時のプロットは完成してるんだけどなぁ~……。







 ヨーツンヘイム孤児院の朝は早い。

 一番に目を覚ますのは院長で、彼は一人で中庭に出て、そこで軽く運動をしてから活動を開始する。

 その次に起きてくるのはデュバルで、基本的に朝ご飯の用意は彼女の仕事となっていた。

 

「おはようございます」

「おはよう。今日も早いね」

「昔からの癖になってますから」

 

 より正確に言うと『前世からの癖』だ。

 軍人だった頃から彼女は生真面目な性格で、艦の中で最も早く起きる事も珍しくない。

 どうやら、宇宙空間に置いてもデュバルの体内時計は正確に時間を刻んでいるようで、よく皆に驚かれていた。

 

「では、顔を洗ってきたら朝ご飯の準備をしますね」

「ならば、私は子供達を起こしてこようか」

「お願いします」

 

 いつもならばここで会話は終わるのだが、最近では更にここに一人加わるようになっていた。

 

「二人とも、もう起きてたのかよ」

「おはよう一夏」

「おはよう。よく眠れたかい?」

「お蔭様で。朝の準備をするんだろ? 俺は何をしたらいい?」

「そうだな……」

 

 顎に手を当てて、少しだけ試案をするデュバル。

 数秒の後、何かを思いついたのか、うっすらと笑みを浮かべて一夏の方を向いた。

 

「じゃあ、顔を洗ってからでいいから、ヴェルナーの事を起こしてきてくれないか?」

「ヴェルナーを?」

「そうだ。前々から時々、朝寝坊をすることがあってな。念の為に…な」

「ソンネンはいいのか?」

「あいつなら大丈夫だ。あと少ししたら、自分から起きてくるさ」

「分かった。それじゃあ、顔を洗ったら行ってくるよ」

「頼んだぞ。その間に私は朝ごはんの準備をするとしよう」

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

「ヴェルナー。ヴェルナー? まだ寝てるのか?」

 

 一夏がヴェルナーの部屋の前まで来て扉を何度もノックするが、全く返事が無い。

 本当にまだ起床していないのか?

 そう思ってもう何度か扉を叩いてはみるが、何の反応も示さない。

 こうなったら、自分の手で彼女を起こさないといけないのではないか?

 意を決して一夏は、試しにドアノブを掴んだ。

 普通ならば鍵が掛かっていて開かない筈だ。

 幾ら腕白とはいえ、ヴェルナーだって立派な女の子。

 自分の部屋の夜の戸締りぐらいはちゃんとしているだろう。

 だから、この行為は本当にダメ元だ。

 万が一にでも開いていたらラッキー。

 そうじゃなかったら、院長さんに合鍵を貸して貰おう。

 

「あ…あれ?」

 

 だが、事態は全く予想外の展開を迎えた。

 なんと、ヴェルナーの部屋の扉は全く施錠がしてなかったのだ。

 簡単に扉が開き、出来るだけ音を立てないように、そっと室内へと入る。

 

 別に、ヴェルナーの部屋に入るのはこれが初めてじゃない。

 これまでに何度も彼女の部屋で勉強会をしたり、遊んだりしてきた。

 だから、部屋自体は全く珍しくも無い。

 だが、この場で全く見たことのないものが存在している。

 それはベットの上で無防備な寝顔を見せている、この部屋の主である少女だった。

 

「う~ん……むにゃむにゃ……」

「やっぱり寝てる……」

 

 寝ている事は別に問題無い。

 それは当たり前の事だ。

 問題があるとすれば、それはヴェルナーの格好の方だった。

 

「……なんつー格好をしてんだよ」

 

 相変わらず、タンクトップに短パンだけしか着ていない。

 余りにも無防備過ぎるその姿は、お年頃な一夏の目には刺激が強すぎた。

 

「……成長…してるんだな」

 

 どこを見てその感想が出たのか。

 この場に鈴がいれば、即座に脛蹴りをお見舞いされているだろう。

 

「いやいやいや! いきなり何を言ってんだ俺は! 女の子の部屋に侵入して寝顔を除くなんて、普通に変態じゃねぇか!」

 

 自覚があるのは素晴らしい。

 

「とっととコイツを起こさないと、俺までデュバルの朝ご飯を食べ損なっちまう! お~い! もう朝だぞ~! 起きろ~!」

「そのアジのフライはオレのだぞ~……」

「どんな夢を見てたら、そんな寝言が出るんだよ! いいから起きろって!」

 

 最初は声だけで起こそうと試みたが、それだけではダメだったらしく、仕方なく彼女の体を揺らしてから起こしてみる事に。

 

「ほら! 早く起きないと学校に遅刻しちまうぞ!」

「う~ん……」

「うわぁっ!?」

 

 すると、いきなりヴェルナーが寝返りを打ちながら、伸ばしている一夏の腕を掴んでからベットに引きずり込んだのだ。

 もうこれまでに何度も言ってきているが、彼女達は普段から有事の際に備えて密かに体を鍛えている。

 少なくとも、完全に不意を突かれた状態の一夏程度ならば、簡単に動かすことが出来るぐらいには。

 

「一夏~…それはオレのプリンだぞ~……」

(ヴェ…ヴェルナーに抱きしめられてるっ!? しかもこの力……全く抜け出せない……っていうか、なんか顔がヴェルナーの胸に押し付けられてるんですけどっ!?)

 

 まるで抱き枕でも抱いているかのように、ヴェルナーは一夏の体を両腕で抱きしめて、その顔を自分の胸に押し付けている。

 傍から見たら、完全にベットでイチャイチャしているバカップルだ。

 

(ど…どうするどうするどうするっ!? もしもこんな所を誰かに見られたりでもしたら……)

「何やってんだよお前ら……」

「え?」

 

 声のした方向に向かって必死に目を向けると、そこには開いたドアの向こうからジト目でこちらを見ているソンネンの姿が。

 

「ち…違うんだ! これはヴェルナーが寝ぼけて俺を……」

「別にオレはお前らがどんな関係になっても気にしねぇぞ?」

「いやだから!」

「それよりも、早く来ないと遅刻するぞ~」

「ちょ…行かないでくれ! 話を聞いてくれ~!」

 

 一夏の願いも虚しく、ソンネンは呆れ顔を見せながら車椅子を動かして去っていってしまった。

 

「一夏も欲しいのか~…? いいぞぉ~……」

「お前もいい加減にマジで目を覚ませぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!」

 

 その後、一夏の必死の声でようやく目を覚ましたヴェルナーなのであった。

 ついでに、この時の出来事は一夏の脳裏に深く刻まれたとかなんとか。

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 朝ご飯を食べ終えると、歯磨きの後に子供達は登校の準備をし始める。

 幼稚園組や小学生組はまだ大丈夫だが、四人の中学生組はかなりバタバタとしたことになっている。

 

「今日の授業は確か……」

 

 自分の机に貼ってある時間割を確認しながら、必要な分の教科書とノートを鞄に詰め込んでいく。

 このように、意外と細かいところがある一夏は、実は今まで一度も忘れ物をしたことが無く、よく忘れ物をする弾に物を貸す事が多い。

 

「よし。これで準備完了だ」

 

 もう既に制服にも着替え終わっている一夏は、まだ準備が終わっていない女子三人組を呼びに行くために自室を出る。

 

「恐らく、今日もいつもみたいにソンネンの部屋で色々と手伝ってるんだろうな」

 

 ソンネンは足が不自由ということもあり、制服への着替えが一人では困難なのだ。

 上半身は何の問題も無いのだが、大変なのはスカート。

 私服が許されていた小学生の時は着替えやすい服装で事足りていたが、制服の着用義務がある中学生となるとそうもいかず、毎朝のようにデュバルとヴェルナーの二人に着替えを手伝って貰っている。

 

「もう終わったのか~? 入るぞ~?」

 

 ソンネンの部屋まで来たのはいいのだが、この時に一夏の悪い癖が発動してしまう。

 もうソンネンが着替え終わっていると仮定して、ノックもせずに扉を開けてしまったのだ。

 その結果は当然……。

 

「「「あ」」」

「へ?」

 

 ヴェルナーがソンネンの体を脇から持ち上げて、真っ直ぐになった隙にデュバルがスカートを履かせようとしている。

 その途中で一夏が遠慮なく扉を開けてしまったので、四者四様に固まってしまう。

 

(緑の縞々……)

 

 こんな時に何を見ているのか。

 一刻も早く、脱兎のように逃げるが吉であると言っておこう。

 

「なに人の着替えを見てんだゴラァァァァァァァァッ!!!」

「ご…ごめん!! もうとっくに着替え終わってると思ってつい……」

「謝罪はいいから、とっとと扉を閉めて部屋から出ろ!!」

「一夏はエロいなぁ~」

「言わないでくれぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!」

 

 ヴェルナーに言われると精神ダメージ増大になるデバフに掛かっている一夏は、顔を真っ赤にしながら急いで部屋から出て扉を閉めた。

 

「なんか…今日の俺ってこんなんばっかだな……」

 

 閉めた扉に背中を預けながら、自分の行動に呆れるしかない。

 けど、その頭にはしっかりとソンネンのあられもない姿もバッチリと記憶されていた。

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

 それからは何事も無く、無事に昼休みになった。

 

「はぁ……今日は本当に散々な目に遭ってるよな……」

「全部お前が悪いんだろうが」

「それを言われると何も言えない……」

 

 朝に起きた見事なラッキースケベを全て鈴などに話された一夏は、鈴から頭グリグリの刑に処されて、弾を筆頭にしたクラス中の男子達からは慟哭の血涙を流しながらのプロレス技の刑を受けていた。

 

「どうも昔から、一夏はいざという時に注意力散漫になりがちな面があるな」

「一応、自分でも気を付けているつもりなんだけどな……」

 

 今は、デュバルと一緒に購買部まで行った帰りで、二人並んで歩いている。

 背が低いのはデュバルの方なのだが、説教されながら肩身が狭くなって猫背になっている一夏の方が不思議と歳下の弟のように見えてしまう。

 どうやら、一夏はとことんまで『弟キャラ』が定着しているようだ。

 

「これからは、もっと周囲の状況に気を配ってだな……」

「分かってますって……デュバル! 前!」

「なんだ……きゃあっ!?」

「デュバル!!」

 

 廊下に落ちている紙に足を滑らせて、その場に倒れそうになるデュバル。

 それを咄嗟に一夏が庇い、彼女を抱えるようにして一緒に倒れてしまった。

 

「痛たた……だ…大丈夫か?」

「あ…あぁ……私ならば大丈夫…だ……ありがとう……」

 

 廊下のど真ん中で一緒に倒れている男女。

 それだけでも十分に目立つ案件なのに、二人の格好が更にそれを大きくしていた。

 

「い…一夏……」

「どうした? どこか打ったのか?」

「いや…そうじゃなくて……」

「ん?」

「か…顔が近い……」

「あっ!?」

 

 二人の体勢はお世辞にもいいものとは言えなかった。

 一夏の右腕はデュバルの腰に回されていて、逆に左腕は廊下の床に着いている。

 そして、二人の顔は今にもくっつきそうな程に接近していて、羞恥心から咄嗟に横を向くデュバル。

 

「ど…どうやら、画鋲が外れて床に落ちたポスターに足を滑らせてしまったみたいだな……」

「そ…そっか……」

 

 雰囲気に飲まれ、何故かこの体勢のまま動こうとしない両者。

 そんな光景を見て、何も思わない思春期の少年少女は一人もいない訳で。

 

「ゆ…床ドンだ……。壁ドンならぬ床ドンだ……」

「織斑君がデュバルさんを押し倒してから床ドンした……」

「顔に似合わず大胆……」

 

 周囲にいる生徒達の声を聞いて、凄まじい速度で離れた二人。

 二人揃って顔が真っ赤になって、頭の中がグチャグチャになっていた。

 

(な…なんだ今のは…! この私が『きゃあっ!』だとっ!? 幾ら体が少女だとしても、中身は立派な男なのだぞ! それなのに、どうしてあんな女々しい声が出るっ!? もしや…精神の方も女になりつつあるのか……?)

(ヤ…ヤバい…! さっきのデュバル……メチャクチャ可愛かった……! すっごいいい匂いもしたし……あのまま一緒に倒れていたら、もしかしてお互いの唇が重なって……って、バカか俺は!? 馬鹿なのかっ!? そんなの普通に最低じゃねぇか!!)

 

 今度は一緒に頭を抱えだした。

 何から何まで息ピッタリな二人に、ひっそりと近づいてきている集団があった。

 

「おい…鈴。今の見てたか……?」

「ちゃんと見てたわよ…弾」

「じゃあよ……どうする?」

「んなの決まってるじゃないのよ」

 

 憤怒の形相で親指で首を掻っ切るような動きをする鈴。

 

死刑(ギルティ)

「「「「「イエス、マム」」」」」

 

 鈴たちの後ろに控えていた男子達が一斉に押し寄せて、一夏の体を持ち上げてどこかに運ぼうとした。

 

「ちょ…なんだよお前らっ!?」

「い…一夏っ!?」

「黙レ……!」

「俺達ノあいどるヲコンナ場所デ押シ倒シヤガッテ…!」

「万死ニ値スル……!」

 

 またもや血涙を流しながらの必死の形相。

 こうなったらもう、彼らを止められる者はいない。

 

「大丈夫よジャン。あなたの貞操はあたしたちが絶対に守ってあげるわ」

「いや、それはいいのだが一夏が!?」

「あいつなら心配いらないわ。ちょっと身の程を教えるだけだから」

「身の程となっ!?」

 

 ジタバタと足掻きながらも、複数人で体を抑えられれば何も出来ず、そのまま一夏は廊下の向こうに連れ去られていく。

 

「「「「「コッチニ来イィィィィィィィッ!!!」」」」」

「なんでさぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!?」

 

 廊下には一夏の困惑の叫びだけが木霊し、消えていった。

 その後、昼休みが終わるギリギリの時間に一夏は満身創痍の状態で戻ってきたらしい。

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

「はぁ……本当に今日は厄日だ……」

 

 夜になり、大きな溜息を吐きながら入浴の準備を済ませて浴場に向かう一夏。

 無類の風呂好きの彼にとって、数少ない癒しの時だ。

 

「ゆっくりと風呂に入ってから、嫌な事は忘れよう……」

 

 ささっと服を脱いでから風呂に続く曇りガラス戸を開ける。

 この時、一夏は昼間にデュバルに注意されたことを思い出すべきだった。

 もっと周囲に気を配ってさえいれば、この場に自分の着替え以外に複数の着替えがある事に気が付いた筈だ。

 

「ふ~んふふふ~ん……え?」

「「「…………」」」

 

 そこには、全身に泡を付けている一糸纏わぬ三人の少女達の裸があった。

 大事な部分は御都合主義(謎の光)によってちゃんと隠れている。

 

「「「この変態野郎が――――――――!!!」」」

「すんませんでした―――――!!! べぶら!!」

 

 デュバルの投げた洗面器が顔に、ソンネンの投げた洗面器が腹に、ヴェルナーの投げた洗面器が股間に直撃し、言葉に出来ない痛みに悶絶しながら必死に戸を閉めた。

 

「うぅぅ……まだ厄日は続いてるって事かよ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あっ! 一夏お兄ちゃんに、まだデメお姉ちゃんたちがお風呂に入ってるよって伝えるの忘れてた!」

 

 悪意のないうっかりにて今日最後のラッキースケベを発動させてしまった一夏なのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




一夏、まさかのラッキースケベ4連発。

やっぱり、一夏とこれは切っても切れないですよね。

次回はちょっとだけシリアスになるかも。
一気に時間を飛ばして、鈴ちゃんの『例の話』をしようと思ってますので。


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変革の産み出した歪み

前回の予告通り、今回は一気に時間を飛ばしてから、鈴の話をします。

割とシリアスかもなので、どうかご了承を。







 一夏が孤児院で暮らすようになってから、早くも約半年が経過した。

 一年生だったソンネン達や一夏達も二年生となり、また少しだけ大人になる。

 デュバル達はともかく、一夏達はまだまだ中身が子供ある事には違いないわけで、帰りに何処かに寄るなんてことも日常茶飯事だ。

 そんな今日も、彼らはある場所へと寄り道していた。

 

「ちょ……それは反則だろっ!?」

「フッ…狭い画面の中では卑怯も反則も関係ないのさ……」

 

 今いる場所は五反田家の二階にある弾の部屋。

 一夏と弾が3Dロボットアクションシューティングゲームで遊んでいた。

 

「ちくしょー……一夏め…かなりやり込んでやがるな……!」

「当然だ。こっちには怖~い鬼教官がいるからな」

「誰だそれ?」

「ソンネンの事だよ。こいつ、このゲームがめっちゃ強いんだよ」

「マジでぇっ!?」

「大マジ」

 

 この部屋にいるのは男二人だけではない。

 ちゃんと、女子四人も一緒にいる。

 

「ソンネンさんって、本当に髪が綺麗ですよね~。何か特別な事とかしてるんですか?」

「別にんな事は何もしてねぇよ。普通に洗ってるだけだ」

「ってことは、この髪の艶は天然っ!? 流石はソンネンさん……凄いわ…」

 

 先程からソンネン達の傍にいる赤毛の少女は、弾の一つ下の妹の『五反田蘭』。

 年頃の女の子らしく、イケメンである一夏に対して片思いをしている……訳ではなく、割と普通に『兄と仲がいい友達』ぐらいにしか見ていない。

 寧ろ、彼女が最も懐いているのはソンネン達三人娘の方だった。

 

「デュバルさんもいつ見ても綺麗ですよね~……。美人で羨ましいな~…」

「そ…そんな事は無いと思うが……」

「そんな事ありますって! デュバルさんみたいな美少女、世の男子達が絶対に放っておかないですよ!」

「大げさだな……」

 

 ソンネンもデュバルもヴェルナーも、同性である蘭から見ても相当な美少女らしく、同じ女として心から尊敬している。

 弾を通じて初めて知り合った時は、弾が見知らぬ女の子達を連れてきたことに本気で驚き、蘭は鬼の形相になって兄に詰め寄った。

 別に自分の兄が女を連れてきたことに対する嫉妬などではなく、単純に無理やり連れてきたのではないかと危惧しての事だったとか。

 その後、三人の言葉で普通に誤解が解け知り合いになって今に至る。

 

「そうだ! ウチのおじいちゃんが、ヴェルナーさんにまた新しい魚料理を教えてやるって言ってましたよ!」

「それは助かるよ。またレパートリーを増やしたいと思ってたところなんだ」

「ヴェルナーさんの作る魚料理ってどれもこれもが絶品だから、私も大好物なんですよ~」

「へへ…嬉しい事を言ってくれるじゃねぇか」

 

 完全に妹を取られている形となっているが、弾は全く気にしない。

 割といつもの光景だから。

 そんな事など関係なくなる程に、彼の心はドキドクバクバクになっていた。

 

(学校で人気の美少女達が俺の部屋に遊びに来てるんだよな……。いや、これまでにも何回かあったけどさ、それでもやっぱり気になっちまうよ……)

 

 可愛らしい美少女達が自分のむさ苦しい部屋で会話に花を咲かせている。

 この時、弾は確かに自分が勝ち組であると実感した。

 

「ソンネン。弾にもお前のテクを見せてやってくれよ」

「いいぜ。どれ、貸してみな」

 

 一夏からコントローラーを受け取って機体選択画面に移る。

 慣れた手付きで何にしようかカーソルをウロウロとさせていた。

 

「やっぱ、オレといったら『コレ』しかねぇよな」

 

 選んだのは、陸戦に特化した戦車のような見た目をした機体で、脚部の代わりにキャタピラがついている。

 

「それは上級者向けの機体じゃ……」

「こいつとの相性が一番いいんだよ。ほれ、始めるぞ」

「う…うっす」

 

 対戦開始。

 ソンネンの機体は通常では考えられないような軌道を描きながらフィールド上を縦横無尽に駆け抜けて、僅かな隙を狙って確実にダメージを与えていく。

 

「ちょ…ちょっとタンマ! 全く反撃が出来ないんですけどっ!?」

「戦場にタンマなんてもんはねぇっ!」

「キャ~! さっすがソンネンさん! お兄なんてやっちゃえ~!」

「嘘でもいいから、お前は少しは兄の事を応援しようとしろよなっ!?」

 

 結局、そのまま押し切られて、ソンネンの完全勝利。

 弾は成す術も無く負けてしまった。

 

「つ…強すぎる……」

「ま。ざっとこんなもんだな」

「素敵~! ソンネンさん最高~!」

 

 『戦場の狼』は伊達じゃない。

 弾はそれを身を持って思い知ったのであった。

 

「ん……?」

「はぁ……」

 

 そんな風に騒いでいる中、一言も口を開かない少女が存在した。

 横目で彼女を見て、ヴェルナーは何かを感じていた。

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 孤児院への帰り道。

 ここでも鈴は、意気消沈している様子で俯いたままの状態で黙っていた。

 

「なぁ……今日の鈴はなんかおかしくねぇか?」

「そうだな。学校でもずっと元気が無かったし……」

「弾の家でも同じ感じだった」

「何か悩みでもあるのか……?」

 

 困っていることがあれば相談に乗ってやりたい。

 彼女の明るさにはこれまでに何度となく助けられてきた。

 今度は自分達が鈴の助けになる番だ。

 

「鈴」

「ヴェルナー……」

「何かあったのか?」

「……それは……」

 

 ここで『別に』と言わないという事は、隠したいと思ってはいても、同時に話さなくてはいけないと思っているという事。

 少なくとも、今いるような人が往来するような場所で話す事は躊躇われた。

 

「……孤児院(ウチ)…来るか?」

「……うん」

 

 他の三人に目配せをして了承を得てから、鈴を孤児院まで連れて行くことにした。

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 孤児院まで帰ってきた五人は、偶然にもロビーにいた院長に事情を話してから、鈴をソンネンの部屋まで通す事に。

 子供達がいる中では話しにくいと思っての配慮だった。

 

「ここでなら大丈夫だろ。で、一体何があったんだ?」

「別にこれは強制じゃない。話したくないのならば、無理に話さなくてもいいぞ」

「ううん……どうせ、いつかは言わなくちゃいけない事だし、今ここで言うわ」

 

 目尻に浮かんだ涙を袖で拭ってから、鈴はゆっくりと語り出す。

 

「実は……ね。少し前からウチの両親の仲が険悪になってきててさ……」

「おじさんとおばさんが……?」

 

 一夏から見ても、とても仲のいい夫婦だっただけに、鈴の言葉は衝撃的だった。

 

「理由は分かってるのか?」

「多分……ちょい前からある『女尊男卑』が原因だと思う。それっぽい話をしてるのを聞いたから……」

「そう…か……」

「「…………」」

 

 女尊男卑。

 それは、ISがこの世に誕生してから生まれた概念で、要は『ISを動かせる女は男よりも強くて偉い』という考えの事を指している。

 勿論、そんな性差別的な発言が世間に認められる筈も無く、すぐに鎮静化していった……表向きは。

 裏ではまだまだその手の考えは消滅しておらず、それどころか『女性権利団体』なる者達の台頭まで許してしまう始末。

 女尊男卑の思想を持つ人間はそれなりに多く、中には政治家などといった一部の権力者達までその愚かな思想に染まっている。

 

 白騎士事件に大きく関わっているデュバルとソンネンは、自分達がそのバカげた思想を生み出した一端である事を認識している為、鈴の口からソレを聞かされた時、何とも言えない気持ちになった。

 

「もしかしたら…このまま離婚するかもしれないんだ……。離婚届がどうのって話してたから……」

「そいつは……洒落にならねぇな……」

「けど、あたしが一番嫌なのはその後なの」

「その後……?」

 

 一度は引っ込んだ涙がまた出てきて、それを隠す為に目の前にいたヴェルナーに抱き着くが、その拍子に涙が零れてしまった。

 

「ウチの両親が離婚したら…あたし…中国に帰らなくちゃいけない……」

「「「「なっ……!?」」」」

 

 絶句。

 この時の四人の表情は、まさにそうとしか表現出来ない顔だった。

 

「お父さんとお母さんのどっちに着いて行くかはあたしに決めさせるみたいだけど……どっちにしても中国には戻るつもりでいるって……」

「「「「……………」」」」

「イヤだよ……折角…友達も沢山出来て……大切な思い出もいっぱいあって……それなのに……なんでなのよぉ……!」

「鈴……」

 

 ヴェルナーは鈴の体に腕を回して、彼女の事をそっと抱きしめながら頭を撫でる。

 その顔はとても辛そうで、他の三人も同じような顔をしていた。

 

「皆と別れるなんて……絶対にイヤ……ここから離れたくなんかないっ! あたし…あたし……うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁんっ!!!」

 

 室内には、鈴の泣き声だけが響き渡り、四人は黙って彼女が泣き止むのを待った。

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

「……ゴメン。なんか、あたしらしくなかった……」

 

 暫くしてから、思い切り泣いたら少しだけスッキリしたのか、バツが悪そうに顔を赤くしながらヴェルナーから離れた。

 

「気にすんなよ。オレのじいさんが言っていた。『人間は皆、泣きながら生まれてくる。これだけは誰にも変えられない。だがな、最後に泣くか笑うかはそいつが決める事だ』ってな」

「出た。ヴェルナーお得意の『おじいちゃん語録』」

「なんだそりゃ」

「知らないの? 学校の皆がそう言ってるわよ?」

「初めて知った……」

 

 自分としては、尊敬する祖父の言葉を引用しているだけなのだが、まさかそんな事になっているとは思わなかった。

 

「でも、なんか元気出てきた。ありがとね」

「「「「うん」」」」

 

 やっと、いつもの鈴らしい笑顔を見せてくれた。

 そうでなくては張り合いが無い。

 

「けど、今日は家に帰りたくないな……」

「それならよ、ここに泊まったらどうだ?」

「えっ!? い…いいのっ!?」

「オレ達は一向に構わない。院長さんも、事情を話せば快くOKしてくれる筈だ。な?」

 

 ヴェルナーが目配せをすると、三人が同時に頷いた。

 

「皆……」

 

 またもや涙が零れてくる。

 自分は最高の友人たちを持つことが出来た。

 鈴は、そう思わずにはいられなかった。

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

 それから、院長に事情を話すと、予想通りに彼は笑顔で鈴が止まる事を了承してくれた。

 それどころか、彼女の両親に電話をして外泊の了解まで得てくれたのだ。

 もう本気で鈴は院長に対して頭が上がらなくなっていた。

 

 無理を言って泊めてくれたのだからと、今日の夕飯は彼女特製の中華料理になった。

 特に子供達にはかなり好評で、皆がこぞってお替りをしていた程。

 

 風呂にも一緒に入り、そこで改めて自分の幼馴染の少女達の体の成長を実感して愕然としたり、ソンネンとヴェルナーの寝間着姿に顔を真っ赤にしたりと、さっきまでの泣き顔が嘘のように、鈴はずっと笑顔を浮かべていた。

 

 そして、夜になって……。

 

「なんか悪いわね。こんな事になっちゃって」

「なに。偶には悪くないさ」

 

 鈴は、デュバルの部屋にて彼女のパジャマを借りてから、一緒のベッドに入っていた。

 

「てっきり、ソンネンかヴェルナー辺りの部屋に行くと思っていたが……」

「あたしには、あの二人の格好は刺激が強すぎるわ……」

「確かにな……」

 

 デュバルから見ても、二人の格好はどうかと思うのだが、今更な事なので何も言わなくなっていた。

 慣れとは本当に恐ろしい。

 

「そういえば、ジャンが髪を下したのを見るのって久し振りね」

「外では、学校のプールの時間などしか下さないからな」

「本当に、どこかのお嬢様って感じ」

「それを言うなら、鈴だって髪を下すと途端に清楚な感じがするぞ」

「なによそれ。普段のあたしは清楚じゃないって言いたいわけ?」

「お前は自分が清楚系のキャラだと思っていたのか?」

「全然?」

「ぷっ……」

「「ははははは……」」

 

 ベッドの中で声を殺して笑い合う二人。

 一応、他の部屋にいる皆に対する配慮のつもりなのだが、デュバルのその姿はもう完全に年頃の少女そのものだった。

 

「初めて会った時は、まさかジャンとこうして笑い合える関係になるなんて思ってなかった」

「私もだよ。けど……私は今の関係を気に入っているよ」

「奇遇ね。あたしもよ」

 

 それから寝入るまで二人はくだらない話などで盛り上がり、気が付けば『おやすみ』と言う間も無く、いつの間にか二人は眠りについていた。

 無意識の内にデュバルと鈴はお互いに抱き合うような体勢になっていて、相手の体の温もりにてすやすやと熟睡が出来た。

 

 この日以降、鈴がデュバルの事を意識し始めるのは言うまでもなかった。

 

 

 

 

 




デュバル×鈴フラグが立った?

少なくとも、一夏にとって強力なライバルが誕生したことになりますね。

次回は織斑姉弟の話。

こっちもこれからの展開上、必要な話になります。

きっと、かなりの原作改変になるかと。


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家族

今回は織斑姉弟のお話。

それと、なんか技術屋さんに関するアンケートなんですが、いつの間にか男の娘派よりも女の子派が大きくリードしてたんですよね。

ここでまさかの逆転劇の発生とは驚きました。

一応、私の中ではとっくの昔に彼の転生後の姿は出来上がってるんですが。

でもまだ分りませんからね~。

最終的にはどうなる事やら。







 鈴から突然、家庭崩壊の危機と自身が中国に帰国するかもしれない話を聞かされた面々。

 余りにもいきなり過ぎて驚きを隠せなかったが、それでも三人娘と一夏は最後まで彼女の力となり、一緒に寄り添ってあげようと決意する。

 

 それからというもの、鈴は頻繁に孤児院に遊びに来るようになり、前回のように泊まっていくこともあった。

 多い時などは、一週間に3~4日は宿泊することもざらだった。

 

 そして、今日もまた鈴は孤児院に遊びに来ていた。

 

「あ……もうこんな時間なんだ」

 

 ロビーにある掛け時計が17時を指している。

 町内会の放送も、子供達に帰宅を促す旨を言っていた。

 

「今日はどうするんだ?」

「ん……今日は帰るわ」

「そっか」

 

 デュバルが今日のことを聞くと、鈴は僅かに表情を暗くしながら答えた。

 どうやら、まだ家に帰るのには抵抗があるようだ。

 

「今日ぐらいは帰らないとね……何を言われるか分からないし」

「鈴……」

 

 まだ彼女の両親の仲は険悪で、家ではよく暴言が飛び交っているらしい。

 家にいる時は、鈴はイヤホンを付けてから周囲の音を完全にシャットアウトして、自分の部屋から決して出ないようにしているらしく、食事も密かに自分が買い溜めしておいたインスタント食品を食べているとのこと。

 父も母も碌に家事をしなくなり、自室以外は荒れ放題になっていて、かなり汚れているようだ。

 唯一、綺麗な場所は鈴の部屋だけ。

 

「あのよ……こんな時になんつったらいいのかわかんねぇけどよ……」

「余り気にし過ぎるなよ。何かあればいつでも電話してこい。こんな私達でも、話を聞くことぐらいは出来るからな」

「うん……ありがと。ジャン…デメ……」

 

 作り笑いを浮かべながら、鈴は孤児院を後にして帰路についた。

 

「マジで大丈夫かな…あいつ……」

「自分の親が目の前で喧嘩してんだ。あいつには相当なストレスになってるだろうな……」

「だからこそ、一緒にいる時ぐらいは思い切り楽しませて、嫌な事を忘れさせてやるんだよ。悔しいけど、部外者であるオレ達に出来る事なんて、今はそれぐらいしかないさ……」

「何とも言えないな……」

 

 久し振りに感じる自分達の無力さ。

 だが、当事者ではない自分達にやれる事など微々たるものである以上、その微々たることを全力でするしかないのだ。

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

 風呂を終えてから夕食を食べ、その後はのんびりとした時間を過ごすのがいつもの日課……なのだが、今日は少し違った。

 

「はぁっ!!」

「うわぁっ!?」

 

 室内から漏れている明かりだけが光源となっている中庭では、ジャージ姿のデュバルと一夏が木刀で激しく打ち合っていたが、一瞬の隙を突かれて一夏の木刀が弾きあげられてから、彼が地面に尻餅を付き、その眼前に木刀が付きつけられた。

 

「はぁ…はぁ…これでまた私の勝ち越しだな」

「ちくしょー……今回も俺の負けか~……」

 

 実は、こうしたことは今に始まった事ではなく、一夏が孤児院で生活をするようになってからやっていた。

 最初はデュバルからの申し出だったのだが、今では一夏の方から積極的に挑むようになっている。

 箒がいなくなってからずっと剣の鍛錬を怠っていた事を気にしていたようで、最近では三人娘と一緒に体を鍛えるようになっている程。

 かといって、別に剣道部に入っているわけではななく、あくまで孤児院の事を優先はしているようだ。

 

「それなりにブランクは取り戻してきてると思ってるんだけどな~…。力は俺の方が上の筈なんだけど……」

「確かに、パワーだけならば一夏の方が上回っている。だが、それだけが全てではない。そちらが『力』でくるのなら、私は『技』で対抗するだけだ」

「技か~……」

 

 愚直なまでに突っ込む事しかできない一夏には、なんとも羨ましいスキル。

 勿論、彼だっていつまでもこのままではいけないと理解してはいるが、それでも性格と癖で、どうしてもしてしまう。

 

「ま~た負けてやんの。これでもう何戦何敗だ?」

「敗北回数が50を超えた辺りから数えるのを止めた」

 

 そして、それを皆で眺めつつ夜風に当たり涼むのが、この孤児院の夜に見られる光景の一つとなっていた。

 

「先程、風呂に入ったばかりだと言うのに、また汗を掻いてしまったな。少しだけ入ってくる。お湯はまだあった筈だな?」

「少しだけ継ぎ足さないといけないけどな」

「それぐらいならば問題は無い。一夏はどうする?」

「俺も入るよ。デュバルの後でいい」

「了解だ。ならば、お先に入らせて貰おう」

 

 タオルで汗を拭きながら、デュバルは着替えを取りに自分の部屋に戻っていった。

 

「……覗こうとか思うなよ?」

「思わねぇよ!!」

「一夏にーちゃん。覗くの~?」

「覗かねぇから!」

 

 これまでに何度もラッキースケベをしてきた男の言葉は、イマイチ信用に欠けているようだった。

 特に、女子達からの視線が異常に冷たかった。

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

 デュバル、一夏の順で二度目の風呂に入り終えてから居間に戻った直後、いきなり一夏の携帯に着信が来た。

 

「こんな時間に誰だ? って、千冬姉?」

 

 これまでにも自分から連絡をすることはあっても、向こうからしてくることは一度も無かった。

 それは即ち、ドイツでの仕事がそれ程に忙しい事の証拠なのだが、だからこそ千冬からの電話には驚きを隠せなかった。

 

「早く出たらどうだ?」

「そ…そうだな」

「どうせなら、スピーカーにしたらどうだ。皆で話せるように」

「よしきた」

 

 まずは着信に出る事に。

 画面をタップして耳に当てると、そこから聞こえてきたのは久し振りに聞く姉の声。

 

『もしもし。一夏か?』

「千冬姉。そっちから掛けてくるなんて珍しいじゃないか」

『今日は早めに仕事を切り上げられたんでな。少しだけ余裕が出来たんだ』

「成る程。ちょっと待っててくれ。今、スピーカーにするから。皆も千冬姉と話したがってたから」

『分かった』

 

 軽く操作をしてから、通話状態のままで自分のスマホをテーブルに置く。

 

「よぉ、千冬の姉御。元気にしてたかい?」

『その声はソンネンだな。お蔭様で、それなりに元気にはやっているよ』

「慣れない地での生活は大変だと思いますが、体調などは大丈夫ですか?」

『デュバルか。ああ。確かに、初めての海外生活は苦労の連続だが、こっちの連中が色々とフォローをしてくれているから、なんとかなっている』

「あんまし無茶すんなよ? 一夏の奴が心配しちまうからな」

『ふっ……そうだな。だが、この程度で泣き言を吐くような軟な体の鍛え方はしていないから、その辺は心配無用だ。ヴェルナー』

 

 まずは三人娘から話し、それからそれぞれに子供達も千冬と一言ずつ話していく。

 そして、最後は院長が彼女と話す事に。

 

『お久し振りです。一夏はそちらにご迷惑など掛けてはいませんか?』

「久し振り。彼の事なら問題ないよ。それどころか、彼がいてくれるお蔭でとても助かっているよ」

『そうなのですか?』

「あぁ。今まではずっと、デメちゃんやジャンちゃん達に色んな事をまかせっきりになっていたけど、彼が来てくれたお蔭でぐっと負担が減っている。それに、とても院の中の雰囲気も明るくなったしね」

『私の愚弟にそこまで言ってもらえるとは、ありがとうございます』

「お礼を言いたいのはこちらの方だよ」

 

 さっきから一夏の事を褒めまくり。

 当の本人は羞恥心から顔を真っ赤にしてから明後日の方向を向いていた。

 

「照れてんのか?」

「わ…悪いかよ……」

「うんにゃ? お前にも初心な一面があったんだな~って思っただけ」

「なんだそりゃ……」

 

 顔を除くこむようにして話しかけてきたヴェルナーを直視できずに、また別の砲口を向く。

 今度は別の意味で直視出来なかった。

 

(ヴェルナーの奴…顔が近いんだよ……。あの日の事を思い出しちまうじゃねぇか……)

 

 因みに、彼が言う『あの日』とは、ラッキースケベによってヴェルナーにベットの中へと引きずり込まれた挙句、寝ぼけたままの状態で彼女に思い切り抱きしめられた時の事である。

 

「……千冬ちゃん」

『……? どうしました?』

「実はね、彼が…一夏君が来てくれた日からずっと考えていた事があるんだが、聞いてくれるかい?」

『なんでしょうか?』

 

 いきなり雰囲気が変わり、皆が自然と静かになった。

 いつもは穏やかな笑みを浮かべている院長が珍しく真剣な顔をしていたことに、三人娘は思わず唾を飲む。

 

「君達姉弟……本格的にここに住む気は無いかい?」

『「えっ?」』

 

 余りにもいきなり過ぎる提案。

 一夏も、電話の向こうにいる千冬も、思わず呆けた声を出してしまった。

 

『そ…それはどういうことでしょうか?』

「君達二人はずっと、姉弟だけで生きてきた。そのこと自体は私もずっと知っていたし、なんとかしてあげたいと思っていた。本当ならば、ずっと前にこのような提案をするべきだったんだが、私の中には不安もあったんだ」

『不安……?』

「君達がちゃんと、この孤児院に馴染めるのかどうか。これは自分の独善なんじゃないだろうか。正直、自分勝手な考えだと言われればそれまでだしね」

『……………』

「だけど、あの日…君から一夏君をここで預かってほしいと頼まれた時、私はいい機会だと思った。もしも、一夏君がここの皆と仲良く暮らすことが出来たのならば、その時は彼の姉である君の事も迎え入れてあげたいと……」

『院長さん……』

 

 自分勝手。独善。

 そんな言葉を使ってはいるが、ここにいる全員が分っていた。

 院長の言葉は、どこまでも純粋に織斑姉弟の事を心配して言っていることなのだと。

 

「勿論、無理強いをするつもりはないし、君達があの家に愛着があると言うのならば大人しく引くことにする。だけど、一考ぐらいはしてくれないかな?」

『はい……分りました。帰国する時までには結論を出します』

「君も忙しいのに、いきなりこんな事を言ってしまって申し訳ない。だが、私は君達の意見を尊重するよ。どんな結論を出しても、何も文句を言うつもりはない」

『はい……』

 

 ここで院長は一夏の肩をポンと叩いてから、全員の事を見渡した。

 

「一夏君。いきなり変な事を言ってしまって悪かったね」

「い…いえ。俺は別に……」

「出来れば、お姉さんとよく話し合ってほしい。皆、少し席をはずそうか」

 

 皆は無言で頷いてから、それぞれに部屋へと戻っていった。

 この場に残されたのは、一夏だけとなった。

 

『一夏……お前はどう思っているんだ?』

「さっき、院長さんが言ってたことか?」

『そうだ。正直、私はいきなり過ぎて混乱している。お前の率直な意見を聞きたい』

「俺は……」

 

 孤児院で過ごしたこれまでの日々を思い出す。

 大変な事、苦労したことも多いが、それ以上にとても楽しい日々。

 これ程までに充実した日々を送れたのは、本気で生まれて初めての事だった。

 

「俺は…ここで住んでもいいと思ってる」

『理由を聞いてもいいか?』

「余り、小難しい事は言えないんだけど、俺は…あの家は好きじゃなかった」

『そう…なのか?』

「うん。幾ら蒸発した両親が遺したものとはいえ、たった二人で住むには広すぎるし、それを実感する度に思ってたんだ。寂しいな…って」

『寂しい…か……』

「すげー単純だって思われるかもだけど、俺…ここに住むようになって初めて『おかえり』って言われてさ……とても嬉しかったんだ」

 

 昔から、一夏と千冬では、一夏の方が先に帰ってくることが大半だった。

 故に一夏は、これまでに一度も家族から『おかえり』と言われたことが無い。

 『ただいま』ならば、山ほど言ってきたのだが。

 

「家に帰って来て誰かが迎えてくれるって……こんなにもいい事だったんだな…」

『一夏……』

 

 千冬も、自分がこれまでにずっと一夏に寂しい思いをさせてきた自覚があった。

 姉弟一緒に生きていくためには、自分が頑張って働かなくてはいけないと言い聞かせ、弟を一人でいさせることが必然的に多くなってきていた。

 今回、孤児院に彼を預ける事を決めた時も、今までにない長い期間、家を空ける事で一夏に寂しい思いをさせたくないという想いからやった事。

 それにより、一夏は初めて知ることが出来た。

 本当の家族の温かさを。誰かと一緒の時間を過ごす事の楽しさと大切さを。

 

「千冬姉。俺はさっきの院長さんの話、受けてもいいと思う。院長さんは勿論、他の皆だって凄く優しいし、住み心地だっていい。それに、ここには……」

『ソンネン達がいるから…か?』

「あぁ……。あいつらの事は俺以上に千冬姉は知ってるだろ?」

『かなり長い付き合いになるからな……』

 

 あの三人とは、千冬を通じて知り合った。

 それからもう7年以上の仲になる。

 ここまでくればもう腐れ縁なんてレベルじゃない。

 少なくとも、一夏にとってはもう彼女達三人は家族も同然だと考えていた。

 

「千冬姉はさ……どう思ってるんだ?」

『正直な話…私もあの家にそこまで未練はない。お世辞にも良い思い出があるとも言い難いしな……』

「それじゃあ……」

『だが、それでもまだ迷っているよ。済まないな…優柔不断な姉で』

「気にしてないよ。寧ろ、それが普通だって思う」

『だが、帰国をするまでにはちゃんと結論を出そう。勿論、前に向きにな』

「もしも、千冬姉も一緒に住むって聞いたら、皆喜んでくれるよ」

『あいつ等に出迎えられる生活というのも、悪くは無いかもしれないな……』

 

 それから姉弟は、久し振りに色んな話で盛り上がり、一夏が今、三人娘達をどう思っているかなど、少し恋バナに近い話もしたりした。

 姉弟は、話のネタが尽きるまで、ずっと話し続けた。

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 そんな二人の会話を、物陰から聞いている者達がいた。

 我等が三人娘だった。

 

「千冬さんがここに住む……か」

「まさか、院長の旦那がそんな事を考えていたなんてな……」

「あの人はかなりのお人好しだからな。姉弟二人で頑張っているのを見て見ぬ振りなんて出来なかったんだろう」

 

 ここにまた一人、住人が増える可能性。

 部屋自体は沢山余っているので問題は無いが、それを向こうが受け入れるかはまた別問題だった。

 

「今は兎に角、あの二人の結論を静かに待とう。鈴の一件でも言ったが、今の私達はどこまでも『部外者』だ。話を聞くことは出来ても、そこに介入することは出来ない」

「……そうだな」

「どんな結果になろうとも、受け入れる覚悟は出来てるけどな」

 

 それは、本当の戦場を知っているが故に出る言葉。

 生も死も嫌でも受け入れなければいけない地獄を体験したからこそ、彼女達には一切の『迷い』が無い。

 

「さて……あの姉弟はどんな答えを出すのやら」

 

 廊下の小窓から夜空を見上げながら呟いたソンネンだった。

 

 

 

 




はい。織斑姉弟のお引越しフラグが立ちました。

それは同時に、原作での夏休みにヒロインズが孤児院に遊びに来るフラグが立ったことにもなります。

果たして……技術屋の性別はどうなるのかっ!?


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進路相談

なんか、このまま行くと原作に入る頃には確実に70話とか越しちゃいそうな気がします。

それを自覚してしまったせいでしょうか、急にポコンと入浴中にアイデアが降り注いで、あっという間に数話分のプロットが完成してました。

恐らく、暫くはこの作品の更新を優先するかもしれません。







 中学二年も半ばまで来れば、否が応でも高校受験の話が出てくる。

 そして、同じように授業とは別に先生と生徒でごく近い未来の事を話し合う『進路相談』もしていく訳で。

 勿論、今は立派な女子中学生となっている『彼女達』も進路相談を行っていた。

 

「では、今から進路相談を行う」

「よろしくお願いします」

 

 生徒指導室を借りてから、午後の授業を一つ潰してからの進路相談の時間を設けた。

 少し手狭な部屋にあるテーブルを挟んで、担任教師(白髪交じりの中年男性)とデュバルが向かい合うように座っていた。

 

「お前の成績ならば、どんな高校でも間違いなく一発合格するだろうな。いや、もしかしたら学校側から推薦状も出せるかもしれん」

「推薦状……」

 

 それは、デュバルからしたら非常に嬉しい話だった。

 どの高校に進学するにも、かなりの学費が必要になる。

 だが、推薦で入ることが出来れば、入学費などが免除される。

 少しでも院長の負担を軽く出来るのであれば、それに越した事は無い。

 越した事は無い……のだが……。

 

(今の私には…いや、私達には絶対に行かなければいけない場所がある。先生には非常に申し訳ないが、推薦などの話は……)

 

 そんな事を考えている間に、担任は手元にあるデュバルの成績表などを見ていた。

 

「いや、少し話を急ぎ過ぎたな。まずは、デュバルが進学したいと思っている高校を聞こうか」

「分りました」

 

 この質問を待っていた。

 自分の中では、とうの昔に答えは決まっている。

 

「私が受験したい学校は……」

「学校は?」

「……IS学園です」

「…………そうか」

「え?」

 

 想像よりも呆気ない反応に、逆にデュバルの方が呆けた声を出してしまった。

 

「どうした? まさか、俺が反対でもすると思っていたのか?」

「いえ……流石にそこまでは。でも、少しは何かを言われるとは思っていました」

「そうだな。もしもこれが他の生徒だったのならば、確実に色々と言っていただろう。だが、お前はこの学校は愚か、付近の中学全部を合わせても1・2を争うほどの成績の持ち主である上に、生活態度も申し分ない。しかも……」

「しかも?」

「他の先生たちが言っていたんだよ。お前やデュバル、ホルバインたちがよく三人でISの事を話していたとな」

「なんと……」

 

 聞かれていた。

 『壁に耳あり、障子に目あり』とはよく言ったものだ。

 

「それを聞いたせいかな……。なんとなく、お前達がいつの日か必ず『IS学園に行く』と言い出すんじゃないかと、心のどこかで予想はしていた」

「先生……」

 

 前世でどれだけの人生を重ねていても、やっぱり『教師』という人達には敵わない。

 普段から尊敬の念を抱いている担任教師だったが、今回の話を聞いてその思いが増々大きくなった。

 

「IS学園は非常に倍率が高いが…お前ならきっと大丈夫だろう。必ず合格するさ」

「ありがとうございます」

 

 在り来たりな言葉だが、尊敬する担任から言われれば、その重みは全く違う。

 担任のこの一言が、今のデュバルのやる気をさらに後押しした。

 

「そうだ。IS学園の受験を希望しているのならば、一足先早くに教えておいてもいいだろうな」

「何をですか?」

「実はな、今年度末辺りに政府からの要請で、この学校でも『簡易IS適性検査』を執り行う事になってな」

「他の学校で行われている事は存じていましたが、とうとうこの学校でも……」

「ああ。それで高い適性値を出せれば、お前が合格する確率は更に高くなるだろう」

「はい」

 

 デュバルの目を真っ直ぐに見て、まるで父親のような顔で笑った。

 

「頑張れよ。担任として、一人の人間として、お前の事を応援してるからな」

「はい……全力を尽くします」

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 二番目はソンネン。

 車椅子に座っているので、最初からあった椅子は端の方にどかしてある。

 

「さて、お前はどこの高校に進学すr……」

「IS学園一択だ」

「せめて、最後まで言わせてくれ……」

 

 教師の面目、丸潰れである。

 

「自分の教え子にこんな事は余り言いたくはないんだが、敢えて問うぞ」

「おう」

「お前……本気なんだな?」

「当たり前だ。伊達や酔狂でこんな事を言うような女に見えるのか?」

「いや。女子としては口調などは荒っぽい方だが、それでもお前が誰よりも誠実で真面目なのは俺が一番よく知っている」

「へへ……」

 

 正面から褒められて照れくさいのか、少しだけ顔を赤くして頬を人差し指で掻いている。

 仕草だけならば、もう完全に立派な少女だった。

 

「お前は足が悪い。通常の高校を受験するにあたって、これは相当なハンデになる」

「知ってる」

「普通ならば、お前には障害者の子達が通うような高校に行って貰いたいのだが……お前はそれを良しとはしないだろうな」

「今更。……オレだって、本当がそっちの方がいいって分かってはいるんだよ。けどな先生……」

 

 ここでソンネンは、担任の事を逆に見返し、その目を見つめる。

 

「約束をしちまったんだよ。昔、すっごい世話になった大恩人で、尊敬する人と」

「どんな約束だ?」

「『IS学園でまた会おう』ってな」

「ソンネン…お前は……」

 

 担任はそこで初めて、ソンネンが言っていることが冗談抜きで本気である事を悟った。

 まだ幼さすら残している少女の瞳の中に宿っているのは、『信念』という名の真っ赤な炎。

 これを否定することは、誰にも出来ないだろうし、許されないだろう。

 

「足が悪いお前は、健常者である受験生たち以上に厳しい判定が下されることになるだろう」

「それがどうした。寧ろ、望むところだぜ」

「実技試験もあると聞いている」

「それなら大丈夫だ。『手』はちゃんと考えてある」

 

 勿論、彼女の言う『手』とは、言うまでも無く自身の『愛機』の事を指している。

 

「はぁ……説得するだけ無駄…か」

「当然だっつーの」

「そうだな……。お前の場合は、成績がいい上に人望もある。それが強みになってくれれば或いは……」

「或いは、なんて可能性の話はどうでもいいよ。自分の未来ぐらいは自分自身の手で切り開く。それぐらい出来ねぇと、デュバルやヴェルナーに置いて行かれちまう」

 

 この言葉で初めて知った。

 自分が普通の子達よりも劣っている事は、彼女自身が一番よく自覚していた事を。

 だからこそ、それを悟られぬように必死に明るく振る舞い、勉強を頑張ってきたのだと。

 彼女は常に必死だったのだ。必死に、友人たちと一緒にいる為に陰で誰よりも努力をしてきたのだ。

 

「お前の決意はよく分った。そっち方面で話を進めていくことにしよう」

「あざっす! 流石は先生だな! 話が分かる!」

「褒めても何も出ないぞ。あと、少しは敬語が使えるように努力しろ」

「分りましたよ。先生」

「………普通に違和感しかないな」

「酷っ!?」

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 三人目はヴェルナー。

 彼女の場合は担任でも全く心の内が読み切れないでいた。

 なので、ここはストレートに尋ねてみる事に。

 

「あ~…ホルバイン?」

「なんスか?」

「デュバル、ソンネンと二人続いて同じ高校を受験すると言ってな。そこで尋ねたいんだが、もしかしてお前も……」

「行くつもりだけど? IS学園に」

「そうだよなぁ~……」

 

 もう完全に分りきっていた事。

 学校内でも有名な仲良し三人組の内、二人がIS学園に行くと言い出したのだ。

 残りの一人も同じ学校に行くと言うのは必然だった。

 

「お前も、あの二人に負けず劣らずの成績だしなぁ……」

「勉強は学生の義務だしな」

「それを普通に言えるお前を、先生は本気で凄いと思うよ」

 

 担任から見たヴェルナー・ホルバインという少女は、どこか空気のように掴み所のない生徒だった。

 だが、先程も言った通り成績に関しては申し分ないし、こう見えて友達思いの優しい少女であるのは周知の事実だ。

 誰かが困っていたら迷わず手を差し伸べる。

 それ故に、実はヴェルナーの内心は非常に高評価だったりするのだ。

 

「俺の知らない間に…お前らは大人になっていってるんだな……」

「それは、オレたちが大人になりたいって望んだからだよ」

「そんなもんか……」

 

 教師は子供達を教え、導く職業。

 だが、時には子供達に何かを教えられることもある。

 それがまさに今だった。

 

「ウチの学校、そしてウチのクラスから三人もIS学園受験希望者が出てくるとはな」

「意外っスか?」

「正直に言うとな。だが…なんでだろうな。不思議とお前達なら大丈夫な気がするんだわ」

「なんだそりゃ。先生はエスパーかなにかッスか?」

「覚えとけ。教師ってのはな、自分の教え子の事なら、なんでも分かっちまうんだよ」

「マジか。スゲーな」

「そうだ。スゲーだろ。そう思ったのなら、これからはもっと担任には敬意を持って接しろ」

「今までも十分に敬意を持って接してるつもりなんだけどな」

「お前の場合は、その敬意がよく分らないんだよ……」

 

 どこまでも飄々としているヴェルナーは、やっぱりどこまでもよく分らない少女なのだった。

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 放課後の屋上。

 鈴に呼び出されて、いつもの三人娘が訪れていた。

 

「聞いたわよ。あんた達、揃いも揃ってIS学園を受験するって言ったらしいじゃない」

「なんで知ってるんだ?」

「先生がすっごく悩ましげな顔をして廊下を歩きながら、アンタ等の事をぶつぶつと呟いてたから」

「「「……………」」」

 

 本人達からすれば、普通に自分の望みを言っただけなのだが、それが相当なプレッシャーになってしまったようだ。

 なんだか急に申し訳なくなってしまった。

 

「あたしは……どうしようかな……」

「鈴の進路相談は明日だったな」

「うん。もうすぐ転校するあたしに何を聞くのよって感じだけど、あの先生の事だから、普通に思い出話で終わる可能性もあるわよね」

「かもな」

 

 ここで沈黙が流れ、それを助長するように風が吹いた。

 各々の髪が靡いて、顔を覆い隠す。

 

「ねぇ……」

「どうした?」

「もしも…もしもよ? あたしもIS学園を受験して、無事に合格とかしたら、またアンタらに会えるのかな……?」

「私たち全員が合格出来たら、確実に会えるだろうな」

「そっか……」

 

 それを聞いて、今まで沈んでいた鈴の顔に徐々に活気が戻ってきた。

 まるで、真っ暗な洞窟の中を彷徨っている最中に、一筋の光を見つけ出した冒険者のように。

 

「……決めた」

「「「何を?」」」

「あたしもIS学園を受験する!」

「ほぅ……?」

 

 そう叫んで振り向いた鈴の目には、もう涙は一滴も無かった。

 眩しい笑顔を見せながら、高らかと宣言する。

 

「あそこなら、中国に戻っても普通に受験できる。なんなら、いっそのこと代表候補生とか目指してみようかしら?」

「いいんじゃないか? お前は頭もいいし運動神経も抜群だ。しかも、かなりの努力家ときてる。並大抵の事じゃないだろうが、可能性はゼロじゃない」

「そうよね! よぉ~し…なんか元気出てきた!」

 

 大きく両手を空に向けて振り上げて、思い切り叫ぶ。

 もう鈴には、微塵も悲壮感はなかった。

 

「それじゃ、早く帰りましょ。一夏と弾が下駄箱で待ってるんでしょ?」

「待たせ過ぎて勝手に帰ってなければいいけどな」

「その時は、一夏だけ夕飯抜きだな」

「ナイスアイデア」

 

 少女達は帰路につく。

 明日への希望を抱いて。

 もう……迷いも嘆きも無い。

 未来へ向かって突き進むだけだ。

 

 

 

 

 

 




例の『酢豚の約束』とは別に、IS学園での再会フラグを立てました。

こっちの方が鈴ちゃんっぽくていいと思って、こうしました。

そして、次回は遂に……。


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また会う日まで

デメテル強かったよぉ~!

50ターン近く使って、ようやく撃破……長かった……。

それに比べてアフロディーテの弱い事。

冗談抜きで拍子抜けでした。

あれなら、その前に戦う羽目になるコンスカヤの方がずっと手応えがありましたね。






 今日の皆はどこか様子がおかしかった。

 なんだか浮ついているような、緊張しているような。

 特に、一夏の態度が明らかに変で、どう見ても何かを隠しているようにしか見えなかった。

 

「あんた…何かあたしに隠し事とかしてない?」

「べ…別に? そんなの全然ないぞ?」

「ふ~ん……」

 

 超挙動不審である。

 それを見て、デュバル達と弾が呆れて頭を押さえていた。

 

「嘘が下手過ぎか……」

「首から上はいつもの表情をしているが、首から下が携帯のバイブレーションみたいに振動してるしな」

「逆に、あんな事をしてよく疲れないよな」

「バカ丸出しだな……」

 

 一夏、言われ放題である。

 

「っと。こんな所で油を売っている暇はないんだったな。ソンネン」

「分かってるって。はぁ……」

 

 大きな溜息を吐きながらソンネンは車椅子を動かして鈴に近づき、一夏に目配せをする。

 すると、それですぐに察したのか、彼は皆の元まで行って鞄を手に持った。

 

「ソンネン。私達は先に帰るからな」

「おう」

「お前は鈴と後でゆっくりと帰ってこいよ」

「はぁ?」

 

 全く状況が分らない鈴は、完全に混乱状態に。

 そんな彼女の制服の袖を引っ張って、ソンネンがいつもの笑顔を浮かべる。

 そうこうしている間に、皆は揃って教室を出て行った。

 

「今日…何かあるの?」

「ちょっとな。それよりも、オレらも帰ろうぜ。今日も孤児院に寄るんだろ?」

「う…うん」

「じゃ、とっとと行こうや」

 

 なんとも、もどかしい気持ちになりながらも、ソンネンの言う通りに一緒に帰る事に。

 

(今日って…誰かの誕生日とかだったかしら?)

 

 その推理は惜しいと言っておこう。

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

「そんで、これがその時の写真だ」

「どれどれ~…?」

 

 帰り道、ソンネンが自分のスマホで撮影をした写真を鈴に見せると、すぐに彼女の顔に満面の笑みが。

 

「キャ~♡ これ…めっちゃ可愛い……」

「だろ?」

「うん……猫たちの寝ている姿って反則よね……」

 

 画面には、ミカを初めとする孤児院で飼っている猫たちが仲良く寝ている姿が写っている。

 アングルも明るさも申し分なく、見事な一枚だった。

 

「あ~…早く孤児院に行って、この子達をモフりたいわ~……」

「分かる。その気持ちはものすご~く分かる」

 

 あのソンネンが真剣な顔で頷く。

 猫とはここまで人間を変えてしまう生き物なのか。

 

「そういえば、この子達って首輪とかは着けないの?」

「完全に家猫だしな。こいつらも自分から外には出ようとはしないし」

「あそこの中庭だけでも、この子達的には充分に広いでしょうしね。運動不足にだけはならないか」

 

 ミカ達、孤児院の猫たちはよく院内にある中庭にて無邪気に遊んでいて、今ではそれがご近所の中でも名物のようになっている。

 中には猫たちを一目見たいという理由から孤児院を尋ねる人間もいるほど。

 

「着ければ可愛いんでしょうけどね」

「なんか嫌がりそうな気がするから、無理矢理つけるような真似だけはしたくないんだよ」

「そうよね。それが一番よね」

 

 そうして話している間に、孤児院の姿が見えてきた。

 だが、今日はなんだか不思議と静まり返っている。

 

「あれ? なんか妙にシーンとしてるような気が……」

「気のせいじゃねぇか? 兎に角入ろうぜ」

「そ…そうよね」

 

 そして、孤児院の扉を開けると、そこには……。

 

「「「「「「おかえり!!!」」」」」」

 

 デュバル、ヴェルナー、一夏だけじゃなく、孤児院に住んでいる子供達、果ては何でかクラスメイト全員に加えて担任の先生までいた。

 しかも、ロビーに掛けられてある大きな紙にはこう書かれてある。

 

【凰鈴音 送別会】

 

「…………へ?」

 

 今度こそ、冗談抜きで放心した。

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

「いや~! ちゃんと時間を稼いでくれてありがとね! ソンネンさん!」

「別にどうってことねぇよ。車椅子のオレに出来る事なんざ、これぐらいしかねぇからな」

「いやいやいや! 全然そんな事無いから!」

「皆、いつも勉強とか宿題とか見せて貰ってマジで助かってるし!」

「そうかぁ~?」

 

 隣にいた筈のソンネンも混ざってから何かを話し始めている。

 どうやら、彼女もグルだったようだ。

 

「ちょ…これって何? なんなの?」

「んなの決まってるだろ。送別会だよ。そ・う・べ・つ・か・い」

「送別会……」

 

 まさかのサプライズに、まだ思考が停止したままの鈴。

 そこにクラスの皆が状況説明をし始める。

 

「因みに、これをしようって言い出したのはデュバルさん達なんだよ」

「そ…そうなの?」

「より正確に言うなら、最初に提案をしたのは院長さんなんだがな」

「え……?」

 

 その院長さんは、ジュース片手に担任と何やら昔話に華を咲かせていた。

 

「まさか、君がウチの子達の担任だったとはねぇ~」

「あはは……」

「なんとも世間とは狭いものだ。なんだか、またあの子達繋がりで昔馴染みに会いそうな予感がするね」

 

 院長先生。しれっとフラグを立てる。

 

「けど…どうしてこんな……」

「鈴が転校する日まで、もうあと少しだろ?」

「湿っぽい別れなんてオレ達らしくないし、お前だって望んじゃいないと思ってな」

「どうせ同じ別れなら、派手に見送ろうって院長さんと話してたのさ」

「それをクラスの皆や先生にも話したら……」

「全員がすぐに賛成してくれたって訳だ」

 

 ソンネン達に加え、一夏と弾も一緒に説明をする。

 実はこのお別れ会を主導したのは、この五人だったのだ。

 

「本当なら食堂でやろうかって思ってたんだけど……」

「どうせサプライズするなら、ドア開けて一番に見えるようにした方がインパクトがあると思って」

「みんな……」

 

 親友たちの、クラスの皆の優しさが最高に嬉しい。

 思わず涙が零れそうになるが、そこですかさず女子達が鈴の前に『マスコット』を見せる。

 

「鈴。そんな風に泣いてると、この子達に笑われるわよ?」

「この子達って……あぁっ!?」

「「「「みゃ~」」」」

 

 女子達が抱きかかえていたのは、皆が大好きな孤児院のマスコットである四匹の猫たち。

 だが、今日はなんだか様子が違った。

 

「リ…リボンをつけてる……」

「その通り! 鈴ちゃんが喜ぶと思って、つけてみました~!」

「苦労したんだよ~? 撫でたりする分には何にも問題無いのに、私達がリボンを付けようとすると抵抗するんだもん」

「でも、なんでかデュバルさん達がつけようとすると、この子達って凄く大人しいのよね~」

「やっぱり、懐き度が足りないのかな?」

 

 ミカは青いリボンを、昭弘は茶色、シノはピンク、オルガは白いリボンだった。

 そのどれもがとても似合っていて、意外と気に入っている様子だった。

 だが、そんな事とは関係無しに鈴は猫たちの新たな可愛らしい一面を見て感動に打ち震えていた。

 

「か…可愛い……めっちゃプリティー……」

「でしょっ!? もうさ…私達もこれを見た時はマジで悶絶したもん」

「今度の日曜にでも、ペットショップ行ってこようかな……」

 

 鈴が女子達と盛り上がっている中、男子達もそれぞれに騒いでいた。

 

「ここが…あの美少女三人組の住んでいる孤児院か……」

「いや、今は俺も一緒に住んでるんだけど……」

「男は黙れ。慈悲は無い」

「酷っ!?」

 

 今回の貧乏くじ・一夏。

 

「な…なぁ……」

「どうした?」

「これはチャンスなんじゃないのか?」

「自分達の家でもある孤児院にいるお蔭で気分もリラックスしているから……」

「今ならば、お近づきになれる、またとない機会……!」

 

 決意をするが早いが、男子達は他の女子達と話しているデュバルに近づいていき、明らかなキメ顔で話しかける。

 

「や…やぁ…デュバルさん」

「ん? どうした? ジュースのお替りならばあそこに……」

「きょ…今日もまたとても綺麗だね……」

「いや、別にいつもと変わらないと思うが……」

 

 中学生の言葉ではこれが限界か。

 すぐに一緒にいた女子達に白い目で見られる。

 

「あんた達…なにデュバルさんの事を口説こうとしてんのよ……」

「今日は鈴ちゃんの送別会なのよ? それなのに……」

「なに? 今のは私の事を口説こうとしてたのか?」

「「「え……?」」」

 

 男子達、戦う前から敗北。

 リングの上にすら上がらせて貰えなかった。

 

「あははははははは! アンタ達にジャンを口説くなんて無理よ! この子、超真面目っ子なんだから。よね? 一夏」

「確かにデュバルは真面目だよな。って、あいつ口説かれてたのか?」

「「「「…………」」」」

 

 二人揃って鈍感星人だった。

 

「このにーちゃん達、ジャンねーちゃんに色目使ってる~!」

「色目色目~!」

「な…なんちゅー事を言い出すんだっ!? こんガキャー!」

「つーか、そんな言葉、どこで覚えたんだよっ!?」

「「「「先生が言ってた~!」」」」

「「「今時の小学校はどうなってんだっ!?」」」

 

 孤児院に住む小学生の男の子たちにからかわれ、必死に反撃するが、それにより現代の小学校事情の闇を垣間見る事となってしまった。

 

「この小魚のフライって、ホルバインさんが作ったんだよね?」

「そうだぞ。美味いだろ」

「うんうん! 大きさも手の平サイズで丁度いいし、意外と後味もサッパリもしてるから、なんかお菓子感覚で食べれちゃうかも!」

「流石はホルバインさん……女子力高いわ……」

「これぐらい普通だろ? なんなら教えてやろうか?」

「「「よろしくお願いします!!」」」

 

 ホルバイン料理教室開催決定。

 因みに、この子魚は全てヴェルナーが自分で釣ってきたものである。

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

「この雰囲気ならば大丈夫か?」

「だな。言うなら皆が揃っている今がいいかもしれない」

「じゃあ、早く言っちまおうぜ」

 

 デュバル、ソンネン、ヴェルナーは小声で少しだけ相談すると、いきなり手を叩いて皆の注目を集めた。

 

「皆、ちょっと聞いてほしい」

 

 全員の視線が三人に集まる。

 それを確認してから、デュバルが粛々と話し出す。

 

「このような場で言うのもどうかと思うのだが、この機会を逃せば、またいつになるか分からないので、ここで言いたいと思う」

 

 一回だけ深呼吸をし、心を落ち着かせてから改めて話す。

 

「実は…私達三人は、IS学園を受験しようと思っている」

「「「「「え…え―――――――――っ!?」」」」」

 

 予想通り、クラスメイト全員が驚くまくった。

 このご時世、IS学園の名を知らぬ者は殆どいない。

 知らないのはそれこそ、相当な田舎に住んでいる人間だけだろう。

 

「ア…IS学園で、正真正銘の超エリート校じゃないの!」

「そんな所を受験する気なのかよ……」

「すっげー……俺等とはスケールが違い過ぎるわ……」

 

 クラスメイト達が驚いている中、まだ詳しい事を知らない小学生たちは話に着いて行けないでいた。

 

「IS学園って、どこかで聞いたことがあるような……どこだっけ?」

「テレビじゃないっけ? よく分らないけど」

 

 それそれで放置しておいて、話を進める事に。

 

「知っているかもしれないが、IS学園は全寮制だ。つまり……」

「もしも、オレ達が合格したら、向こうの寮に三年間、住むことになるわけだ」

 

 この言葉の意味は小学生たちも理解出来たようで、急に悲しそうな顔になった。

 

「え……? ジャンねーちゃんたち……行っちゃうの……?」

「ちげーよ。別にこの孤児院からいなくなるわけじゃなくて、少しの間だけ別の場所で過ごすってだけだ。千冬さんみたいにな」

「そ…そうなの?」

「あぁ。だから、心配すんな。例え何があっても、ここが俺達三人の『いつか帰るべき場所』な事は変わらないからよ」

「うん!」

「よし。いい返事だ」

 

 今にも泣き出しそうになっていた年少組の頭を撫でてから満面の笑みを浮かべて、彼らの事を慰めたヴェルナー。

 そこには、この孤児院での年長者の一人としての優しさが溢れていた。

 

「ヴェルナーが言った通り、私達はここを離れる訳ではないが、それでも暫くの間、孤児院を開ける事には違いない。それで皆に頼みたいことがあるんだ」

 

 賑やかな雰囲気から一転、真剣な空気になった三人に、この場にいる全員も自然と静かになる。

 

「決して毎日とは言わない。だが、週一ぐらいの間隔で構わない。この孤児院に遊びに来てやってほしい」

「心配性だと笑ってくれて構わない。それでもオレ達は……」

 

 張りつめた雰囲気の中、一人の女子が前に出てデュバルの肩に手を乗せた。

 

「今更、何言ってんのよ」

「え……?」

「そんな風に言わなくたって、普通に頼んでくれれば喜んでするって!」

 

 にこやかにウィンクをしながら応えた女子に続くように、他の皆も同じように前に出て言い出す。

 

「その通りだぜ! お三方!」

「ウチにも弟とかいるから、そんな事なら楽勝だぜ!」

「寧ろ、自分達から進んでいくって言うか!」

 

 皆の優しさに、久し振りに涙がこみ上げてくる。

 けど、ここはまだ流すべき場面じゃないと判断し、なんとか堪えた。

 

「どうやら…私達の杞憂だったようだな」

「らしいな……」

「友情…絆……か。いいもんだな」

 

 しみじみと呟く三人の傍に、鈴と弾と一夏もやって来た。

 

「まさか、そんな事を考えてたなんてね」

「三年間だけとはいえ、ここを離れる事に若干の不安があってな……」

「それだけ、この孤児院の事が好きだって証拠かもな」

「そうだな……。いつの間にか、ここがオレ達にとっての『故郷』になっちまってたんだな」

「俺も、蘭と一緒に遊びに来るようにするよ。あいつもきっと喜ぶだろうし」

「そいつは嬉しいね。お前等なら一安心だ」

 

 自分の教え子たちが一つになって団結していくのを見て、担任は年甲斐も無く泣きまくっていた。

 

「教師生活35年……こんなにも感動した事は無い……!」

「よい生徒達を持ったね」

「はい……最高の生徒達です……」

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

 時間も遅くなってきたので、キリのいいところで送別会を終える事に。

 皆揃って片づけをしてから帰る準備を整えていく。

 その最中、鈴はふと思い出したかのように、いきなり特大の爆弾を落とした。

 

「そうそう。因みにだけど、あたしもジャン達と同じようにIS学園を受験するつもりだから」

「「「「「マジでっ!?」」」」」

「マジでよ。だから、もしも合格したらまた日本に戻って来れるって訳。あくまで合格したらだけどね」

「は…初めて聞いた……」

「俺も……」

 

 一夏も弾もお口ポカーン状態。

 その顔はどこぞの『菌』のようだった。

 

「ソンネン達は知ってたのかっ!?」

「勿論だとも。だが、これは私から言うべき事ではないからな」

「それは…そうだけど……」

 

 まさかのサプライズ返しに一同驚愕。

 それを見て満足したのか、鈴は八重歯を見せながらニコッと笑った。

 

「鈴。必ず再会できると信じているから、ここで別れの言葉は言わないぞ」

「それはこっちのセリフよ。あんた達こそ、絶対に合格しなさいよね」

「言われるまでも無いぜ」

「任せときな」

 

 三人と鈴はお互いに見つめ合い、決意の言葉を告げた。

 

「それじゃあ……」

「「「IS学園で待っているぞ」」」

「うん!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから数日後。

 鈴は離婚をした母と一緒に中国へと帰国していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  




鈴ちゃん、一時離脱。

徐々に原作が近づいてきましたね。

といっても、ここが終わったら次は大佐を中心としたドイツ編を始めるんですけど。


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姉の帰国、そして・・・

一応、中学生編はここで終了です。

最初は色々と迷ったのですが、私的にはこれがいいと思ったので。

そして、次回からは千冬と大佐とのドイツでの話を描く『ドイツ編』のスタートです。

多分、そんなに長くはならないと思います。






 毎度御馴染みの束の移動型研究室。

 その機器の前に座っている束は、モニターを見ながら号泣していた。

 

「おおおおぉぉぉぉ~!! デューちゃん…ソーちゃん…ナーちゃん…ここでお別れになっても再会を信じて笑顔で送り出すなんて……束さんは猛烈に感動してるぞ~!!」

 

 モニターに映っているのは、鈴の送別会の光景。

 さっきから束はそれを見ながら、ずっとティッシュで鼻をかみまくっている。

 お蔭で、すっかり彼女の鼻は真っ赤に腫れていた。

 

「束さま。まだ見ていらしたのですか?」

「だって……」

 

 呆れ顔でクロエがやって来て、ティッシュで一杯になったゴミ箱の中身を捨てる為に持ち上げる。

 

「まるで花粉症にでもなったみたいに使いますね。完全に一箱使い切っちゃってるじゃないですか」

「それだけ感動したって証拠だよ!」

「まぁ…お気持ちは分かりますけど……」

 

 クロエもまた同じようにモニターを見てみる。

 もしも、あの場にいれば自分も貰い泣きをしていたかもしれない。

 

「『待っている』…ですか。普通は中々に言えませんよね」

「そうだね。本当にあの子達は強いよ……実力云々じゃなくて、その心がさ……」

「私もそう思います。例え、目の前にどんな困難が立ち塞がっても、仲間達と力を合わせて乗り越えていく。とても素晴らしいと思います」

「ちょっと…羨ましくもあるけどね……」

「束さま……?」

 

 憂いを含んだ瞳でモニターを凝視する。

 そこにいるのは他人に無関心な冷酷無比な科学者ではない。

 友を思い、友を愛する一人の人間だった。

 

「そうだ! 折角だし、束さんからあの子達にプレゼントを贈ろう!」

「また唐突ですね。でも、何をお送りになるおつもりで?」

「三人は揃ってIS学園を受験しようと思っている。あの子達なら楽勝だろうけど、どうせなら万全の態勢で挑んでほしい。となると、もうプレゼントは一つしかないよね!」

「あぁ~…なんとなく察しました」

 

 受験生が欲しがりそうな物。

 少なくとも、束には一つしか思い浮かばなかった。

 

「ところで急に話は変わりますが束さま」

「なに?」

「……猫って可愛いですよね」

「え? う…うん。確かに可愛いけど……それがどうかしたの?」

「いえ。孤児院で飼ってらっしゃる猫たちを見ていたら、なんとも言えない気持ちになりまして……」

 

 複数あるモニターの一つには、四匹の猫たちが小さなボールを使ってじゃれ合っている光景が映っている。

 猫派の人間が見れば悶絶間違いなしだ。

 

「超分かる。これは冗談抜きで可愛過ぎ」

「ですよね」

「………動物がいても大丈夫なように、ちょっとまた改造しようか」

「大賛成です」

 

 束、クロエ。共に猫派になる。

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 それは、本当に突然だった。

 

 日曜日だと言うのに珍しく誰も予定らしい予定が入っていない一日。

 天気も非常によく、外に行くにはもってこいと言うべきなのだが……。

 

「し…しまった! ブレーキを掛けるタイミングをミスった!」

「やり~! 一夏にーちゃん、お先~!」

 

 一夏は子供達とゲームに興じていて。

 

「ジャンーおねえちゃん、こっちの洗濯物、畳み終ったよ」

「よし。今度はこっちを頼む。私はこれを畳んでしまうから」

「「「は~い!」」」

 

 デュバルは少女達と一緒に洗濯物を畳んでいて。

 

「ほれ。これはこっちに代入してだな……」

「そっか! じゃあ、こっちは……」

 

 ソンネンは、小学生の子達に宿題を教えていて。

 

「ヴェルナーねーちゃん。これでいいの?」

「おう。そのまま優しくな。ほれオルガ。こっちだ」

「にゃ~」

 

 ヴェルナーは子供達に手伝って貰いながら、猫たちのブラッシングをしていた。

 予定が無い割には、それなりに充実した休日を満喫しているようだ。

 因みに、院長は電話中らしくリビングにはいない。

 そんな時、急に玄関のチャイムが鳴った。

 

「なんだ?」

「宅配便かな?」

「あ。俺が行くよ」

「頼むわ」

 

 一夏が代表して玄関まで行き、その扉を開ける。

 すると、そこにいたのは意外な人物だった。

 

「はいはい。どなた様ですか~……って?」

「ただいま。今、帰ったぞ」

「ち…ち…ち…ち…」

 

 思わずたたらを踏んでから後ずさりをする。

 

「千冬姉~っ!?」

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

 一夏の絶叫を聞きつけてやって来た面々も、また彼と同じように驚きの声を上げた。

 その後、取り敢えずという事でリビングへと通した。

 そこには電話が終わったと思われる院長もやって来ていた。

 

「はぁ……たった一年間だった筈なんだが、何故か物凄く懐かしく感じるな……」

「外国にいたせいじゃねぇか?」

「そうかもしれんな」

 

 荷物を適当に置いてから、千冬は力を抜くように椅子に座った。

 

「まずは、おかえり。千冬ちゃん」

「ただいま帰りました」

 

 誰よりも最初に院長に挨拶。

 自分の弟がお世話になっていたのだから、当然と言えば当然だ。

 

「ちゃんと帰国する日を言ってくれれば、こっちから迎えに行ったのに」

「こっちもいきなりだったんでな。一年間と言う契約ではあったが、正確な日時までは指定されていなかったからな」

「なんとも曖昧だな」

 

 意外とアバウトな契約に呆れる一夏。

 だが、姉が帰って来てくれたことに対する喜びの方が大きいので、顔の方は笑っていた。

 

「帰って来て早速で悪いけど……例の話の答えは出たかな?」

「はい。あれからずっと考えて、帰りの飛行機の中でも熟考しました」

「そうか……」

 

 少しだけ目を閉じてから、千冬は自分の『答え』を口にした。

 

「…そちらが宜しければ、これからお世話になります」

「君なら、きっとそう言ってくれると信じていたよ」

「千冬姉!」

 

 千冬の出した答え。

 それは、自分のこの孤児院に住む…という事だった。

 

「一夏とも話して思いました。きっと、私達姉弟にとって、あの家は『呪縛』なのだと」

「呪縛……」

「あそこに住み続ける限り、私達はこれからもずっと消えてしまった両親の面影と共に過ごす事になる。それは私としても嫌だし、一夏にも同じ思いはさせたくない」

「君らしいね……」

「それに、冷静に考えたら、私もまたあの家にはそこまで愛着は有りませんでした。寧ろ、あそこから離れるいい機会だとさえ思っています」

「……良い目だ。もう迷いはないようだね」

「はい。先ほども申し上げましたが、これからはここでお世話になります」

「ふふ……千冬ちゃんなら子供達も大歓迎だろう」

 

 そう言って、院長が傍で話を聞いていた三人娘に視線を向ける。

 そこには、満面の笑みを浮かべる少女達がいた。

 

「千冬さんが一緒に住んでくれるのなら、ここもより一層賑やかになりますね」

「まさか、本当にこんな日が来るなんてな」

「人と人の縁ってのは、どんな風に変わるか分からないもんだな……」

 

 子供の頃からよく見知っている三人と、これからは一つ屋根の下で生活をしていく。

 今までとは環境が完全に一辺するが、それはそれで悪くないと思えた。

 

「だが……実はな、帰国直前にまた一つ、問題が発生してな……」

「またって…なんだよ?」

「聞いて驚くなよ? 私も実際に電話越しに聞かされた時は本気で驚いた」

「勿体ぶるなよ……」

「……来年から、なんでかIS学園で教師をする羽目になった」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「「「え――――――――――――――――っ!!?」」」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 驚きの余り、院長以外の全員の顎が本気で外れそうになった。

 

「なんでいきなり教師なんだよっ!? 本気で意味不明だぞっ!?」

「お前と全く同じセリフを私も言ったよ。なんでも、モンドグロッソ優勝者である私の事を過剰に評価しているようでな、今度は教壇に立って教鞭を振って欲しいのだと。全く…私の事をなんだと思っているんだ……!」

 

 千冬、本気の愚痴である。

 この瞬間に、千冬が夜に自棄酒をすることが確定した。

 

「きょ…教員免許の方はどうするんですか? 千冬さんはそんなものは持ってませんよね?」

「それも言った。そしたら『教師をしながら勉強すればいいだろう』だと。最終的には教員免許を発行をするつもりらしいが、それも完全にお飾りだろうな」

 

 もう呆れてものも言えない。

 普段は温厚な院長も、此れには本気で頭を抱えた。

 

「IS学園で教師をするって事は、向こうの寮に住むのか?」

「最初はそれを勧められたんだがな、そこはこっちの発言力を使って無理を押し通して、特別に家から通えるようにした」

「いや。それぐらいは許されるだろ」

「通勤は大変かもしれんが、また離れるよりはずっとマシだ。折角、日本に帰ってきたのだから、可能な限りは皆と一緒にいたいからな」

「千冬姉……」

 

 千冬もまた寂しかったのかもしれない。

 だからこそ、無理をしてまで家から通う事を選択したのだと。

 そう思うと、これからはより一層、姉の支えになりたいと思う一夏だった。

 

「大丈夫。IS学園には私の知り合いがいるから、彼を通じて色々と便宜を図れるかもしれない」

「そ…そうなんですかっ!?」

「ああ。だから、安心しなさい。少なくとも、同じ孤児院の仲間を理不尽な目には絶対に遭わせないよ」

「ありがとうございます……」

 

 もう本当に、院長には感謝しかない。

 と思うと同時に、この人はどこまで顔が広いのだろうと疑問に感じてしまう。

 

「学園に通うのが来年からってなら、これからはどうするんだ?」

「かなり疲れたからな。暫くはゆっくりと休みながら、少しでも教員としての勉強をするよ。こっちへの引っ越しの手続きなどもあるしな」

「引っ越しに関しては私に任せておきなさい。知り合いの業者に話はしておいたし、向こうの家の売却も知り合いの不動産屋に話を通してあるから」

「「「すげー……」」」

 

 この院長、どこまで先を見据えているのか全く予測できない。

 もしかしたら、この世界で本当に最強なのは彼なのかもしれない。

 

「ま…まぁ、色々とあったけど、こうして無事に帰って来てくれてよかったよ」

「そこまで目立ったトラブルなどは無かったがな。はぁ~…緑茶が美味しい……」

 

 両手で湯呑を持って渋いお茶を味わう千冬。

 表情は完全に隠居している人間の顔だ。

 

「向こうじゃ『お茶』といえば大半がコーヒーだったからな。最初はそこまで気にもしていなかったが、半年を過ぎた辺りから無性に日本食が恋しくなった」

「ドイツに緑茶なんてあるわけないもんな」

「だから、今の私は猛烈にホカホカの白米が食べたい。出来れば納豆も欲しい。味噌汁を超飲みたい。焼きサバも……」

「じゃ…じゃあ、今日の夕飯は千冬姉のリクエスト通りにするか」

「本当かっ!?」

 

 相当に日本食に飢えていたのか、急に疲れていた目がキラキラしだした。

 彼女がこんな目をするのは目の前にキンキンに冷えたビールがある時ぐらいだ。

 

「あ…だが、今日はまず向こうに戻った方がいいのか……?」

「その必要はないだろう。千冬ちゃんも戻って来たばかりで疲れているだろうし、今日のところはここに泊まりなさい。ちゃんと、空き部屋は皆で掃除をして準備してあるから」

「では、お言葉に甘えさせて貰います」

 

 正直な話、千冬もクタクタに疲れ果てていて、今から向こうの家に行く気力も体力も無かった。

 だから、この申し出は本気で助かっていた。

 

「ドイツでの土産話を後で聞かせてくれよ」

「いいとも。そっちも、私がいなかった間の事を聞かせてくれ」

 

 こうして、またこの孤児院に新たな仲間が加わったのであった。

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

 夕食時。

 食堂では千冬が至福の笑みを浮かべながら食事をしていた。

 

「千冬お姉ちゃん。すっごく美味しそうに食べてるね~」

「あぁ……すっごく美味しいぞ。一年ぶりに食べる白米がこんなにも美味しかったなんて……。日本に生まれて本当に良かった」

「そこまで言うんだ……」

 

 納豆を食べて感動し、味噌汁を飲んで涙を流し、サバの塩焼きを食べて悶絶。

 完全に千冬は日本食不足だったらしい。

 

「しかし、あの鈴が中国に帰ってしまっていたとはな……。もう少し早ければ、私も一緒に見送ったのだが……」

「そればかりは仕方がありませんよ。鈴の方も言っていましたよ。『千冬さんが帰ってきたら言っておいて。またきっと会いましょう』…と」

「ふっ……アイツらしいな」

 

 ニヒルな笑みを浮かべているが、頬にご飯粒がついているから全く締まらない。

 

「そして、そこの床でご飯を食べている四匹の猫たちは、お前達が拾ったらしいな?」

「えぇ。因みに、名付け親はソンネンです」

「お前が?」

「直感で名付けた」

「お前達はそれでいいのか……?」

 

 猫たちを憐れみながら見つめると、千冬の方を見てからミカが『にゃ~』と一鳴き。

 それを見た途端、千冬の顔がまた緩んだ。

 

「猫……いいな……心が癒されていくようだ……」

「「「分かる」」」

 

 女性陣は全員同意。

 矢張り、可愛い動物に勝てる人間なんてそうそういないのだ。

 

「そう言えば、一夏から聞いたぞ? 三人共、揃ってIS学園を受験するそうだな?」

「まぁな。でも待てよ? そうなると、オレ達が合格したら千冬さんとは教師と生徒って間柄になるのか?」

「学園じゃ『織斑先生』って呼ばなくちゃな」

「まだ気が早いぞ。だが、もしもお前達が来た時はビシビシ鍛えてやる」

「「「望むところ」」」

 

 この三人はその程度の言葉では怯まない。

 寧ろ、逆にやる気を出させるだけだ。

 

「そろそろドイツでの話を聞かせてくれよ」

「いいだろう。まずは……」

 

 久方振りの日本での食事を楽しみながら、千冬はゆっくりと語り始める。

 彼女がドイツで過ごした一年間を。

 

 

 

 

 

 




次の日。

「あれ? なんかポストに入ってるぞ? なんだこりゃ?」
「何枚もの紙がファイルに入っているが、これは一体……」
「ん? まさかこいつは……」
「「「IS学園の受験の過去問っ!?」」」
「差出人は……『謎のお助け美女ラビットT』?」
「どー考えても、あのバカウサギだろ……」
「同感」
「普通に有り難くはあるけどよ」
「一応、後でお礼のメールでも送っておくか」


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番外編④ 宇宙の蜉蝣

今回の番外編は転生TSじゃなくて転生若返りです。

ずっと前にガンダムエースでもネタがあったのを思い出して『彼女』を主役にしました。

個人的にも割と好きなキャラですし、搭乗している機体もカッコいいですしね。






 IS学園生徒会室。

 その名の通り、この部屋は生徒会に属する者だけが基本的に入室を許される場所。

 ここには今、四人の女子生徒達が存在していた。

 一年生にして書記の『布仏本音』

 彼女の姉にして同じく書記である三年生の『布仏虚』

 水色の髪が特徴的な、暗部の長にして自由国籍にてロシア代表という二重の肩書を持っている二年生の副会長(・・・)『更識楯無』

 そして、そんな彼女達を纏め上げているのが、生徒会長でもある三年生の少女だった。

 

「もう二学期かい……時間が過ぎるのっては早いもんだ」

 

 黒く長い髪を靡かせ、その手には梵天のような物がついた扇子を手にしている。

 その目は鋭く、いつも何かを威嚇しているかのような迫力があるが、その奥には誰よりも『仲間』を思いやる優しさが滲み出ていた。

 

「かいちょ~…なんか大人な発言だね~」

「それはどういう意味だい? まさか、このアタシが老けているとでも言う気じゃ……」

「そんなんじゃないよ~。ただ~普通にカッコいいな~って思っただけ~」

「ホントかね……」

 

 親友の妹という事で生徒会に入れはしたが、未だに本音は何の役にも立っていない。

 彼女がしている事と言えば、生徒会室で昼寝をするか、おやつを食べるかのどっちかだけだ。

 

「全く……申し訳ありません会長」

「もういいよ。数か月に渡って顔を合わせ続けて、この子の特徴ってやつをようやくつかみ始めたところだから。それよりも……」

 

 会長は自分の隣で優雅に虚の淹れてくれた紅茶を飲んでいる楯無に目配せをした。

 

「二学期になれば『学園祭』がある。『亡霊』共は間違いなく……」

「十中八九、何らかのアクションを仕掛けて来るでしょうね。寧ろ、外部から大勢の人々が学園に入れる数少ないチャンスを見逃すとは思えない」

「だろうね。少なくとも、アタシが連中の立場ならば絶対にこの機会を逃さない」

 

 扇子を開いてからパチンッ! と閉じて、目の前にあるショートケーキをパクリ。

 

「去年までならば何の問題も無く開催できるんだろうが、今年は『織斑一夏』という特大級のデコイが存在している。あの坊やはこの学園における最大の特異点だ」

「彼自身も頑張って実力を上げようとはしてるんだけど、やっぱり『プロ』相手には厳しいわよね……」

「だが、最低でも自衛ぐらいは出来るようになって貰わないとね。その辺は……」

「こっちに任せておいて頂戴。何とかして彼を学園祭までに自己防衛出来る程度には鍛え上げるから」

「頼んだよ、副会長」

「了解よ、会長」

 

 お互いの扇子をぶつけ合ってから笑みを浮かべる。

 それは、彼女達にしか分らない友情の証。

 

「それにしても意外でした」

「何がだい? 虚」

「いえ……なんと言いますか。会長がここまで彼を守る事に固執するとは思わなくて……」

「そうよね。『女傑!』って感じの見た目からは想像出来ないぐらいに面倒見はいいものね。実際、支持率も凄いし」

「かいちょーに憧れてるって子も多いよね~」

「このアタシに憧れる……か」

 

 椅子の肘掛けに頬杖をつきながら静かに溜息を吐いた。

 

「アタシはそんなに上等な人間じゃないさね。汚い事なら何でもやって、手段なんて全く選ばなくて……」

「でも、それは全て大切な仲間達と、自分達の帰るべき場所を守る為だったんでしょ?」

「そんなお題目で全てが許されるなら、世の中苦労なんてしないさ……」

「会長……」

 

 生徒会役員である彼女達は、少なからず会長の過去を聞かされていた。

 上の人間に騙されて全く情報を開示されないままに『最低最悪の作戦』を実行してしまった挙句、その責任を全て自分に押し付けられて流浪の民となってしまった。

 そんな過去を持っているから、彼女は誰も信用しない。誰も信じない。

 だが……。

 

(この世界に生まれ変わって、こいつらと出逢って……最後にもう一度、誰かを信じてみようって気になっちまった……。このアタシともあろう者が、こんな小娘たちに絆されちまったのかね……)

 

 昔の自分ならば二の句も告げずに否定するだろう。

 けど、今は違う。

 こんな自分でも、生まれ変わって嘗ての己を向き合い、それを乗り越えていきたいと思えるようになった。

 

「…アタシにとって、この学園は『(ふね)』であり、学園の皆は『仲間(クルー)』だと思っている。だから……」

 

 扇子を力一杯に握りしめながら虚空を睨み付ける。

 

「アタシの可愛い『後輩』を傷つけようとする輩に情けも容赦もするつもりはないよ……!」

「「「会長……」」」

 

 ここまで激高する彼女を見るのは非常に珍しい。

 常に強気で余裕のある態度をとっている会長の本性を垣間見た気がした。

 

「なら、この学園の生徒会長である貴女はさながら『艦長』になるのかしら?」

「生徒会長よりはマシな役職だと思うね」

 

 なんとも懐かしい響きの言葉を聞きつつ、次の話題に入る。

 

「ところで、今年の生徒会は何をするつもりなんだい?」

「こ・れ・よ♡」

 

 悪魔の笑みを浮かべながら楯無がテーブルの上に出したのは一冊の台本。

 表紙には『シンデレラ』と書かれてある。

 

「……なんだいこれは」

「舞台劇『シンデレラ』の台本」

「まさか、これをするつもりなんじゃ……」

「せいか~い♡ どう? 面白そうじゃない?」

「ふざけんじゃないよ! よりにもよってこんな……」

「因みに、中身は真っ白です」

「台本の意味が無いじゃないか!」

「だって、本番は即興劇にするつもりだし」

「あ…頭が痛くなってきた……」

 

 楯無の破天荒振りはよく知っているつもりだったが、今回は流石に斜め上を行き過ぎた。

 

「なんなら、会長がシンデレラ役でもする? 織斑君を王子様役に添えて」

「誰がするかい!!」

「え~? 意外とドレス姿も似合うと思うんだけどな~? ね~?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「シーマ・ガラハウ先輩♡」

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

 文化祭自体は何の問題も無く開催された。

 外部からは専用の招待状を持った大勢の人達が訪れて、学園はいつも以上に賑わった。

 そして、楯無が目論んだ舞台劇も普通に始まってしまい、シーマは胃をキリキリと痛めていた。

 勿論、シーマは舞台に全く上がっていない。本人が猛烈に拒否したから。

 

 その舞台の最中、生徒会メンバーの予想通り、遂に『亡霊』達が動き出した。

 舞台にいた筈の一夏を無理矢理に引き摺り下ろし、そのまま近くにある更衣室まで連行、そこで彼に襲い掛かって来たのだ。

 シーマは急いで楯無にプライベート・チャンネルで通信を送った。

 

「ここまでは予測通り……楯無!! 聞こえるかい!!」

『なにかしら会長っ!?』

「そっちはどうなってるっ!?」

『一夏くんっていうか、彼の専用機を狙ってきたオータムって言う奴と交戦中よ! 相手の機体はアメリカの開発した第二世代機である『アラクネ』よ!』

「アラクネだって……?」

 

 その機体の名前には聞き覚えがあった。

 少し前にアメリカの軍事基地から強奪されたIS。

 案の定、亡霊たちが下手人だったのだ。

 

「なら、そっちは任せたよ! こっちは虚と一緒に来賓の連中にこの騒動を悟られないようにして……」

『ガラハウ! 聞こえるかっ!?』

「この声は…織斑先生? どうしたんですか?」

『学園付近の上空にもう一機、別のISの反応が確認された! 現在、オルコットと凰の二人が迎撃に向かったが、想像以上に苦戦を強いられている様子だ』

「……言いたいことは理解したよ」

『…頼む』

「任せときな先生。生徒会長として……」

 

 開いていた扇子を勢いよく閉じて、全身から闘志を漲らせる。

 

「アタシの(学園)の『仲間(クルー)』を狙った事を死ぬ程に後悔させてやるさね……!」

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 学園上空。

 セシリアと鈴の二人は、目の前にいる蝶の羽のような巨大スラスターを持つ交戦し、かなりの苦戦をしていた。

 

「フッ……代表候補生と言えど、所詮は戦場すら知らぬ学生風情。この私の敵ではないな」

 

 相手の少女は口以外の全ての顔面をバイザーで覆っているが、その口には不敵な笑みを浮かべている。

 

「なんでですの……」

「セシリア…? あんた、どうしたちゃったのよ?」

「なんでっ! あなたがその機体を持っているんですの!?」

 

 セシリアは、目の前にある機体を誰よりもよく知っていた。

 何故ならば、それは自分の愛機の『妹』だったから。

 

「ティアーズシリーズ二号機『サイレント・ゼフィルス』…! その機体は完成された後に操縦者が現れるまでイギリスにて厳重に保管されていた筈! それなのに!」

「何故に私が持っているか…か? そんなの簡単だ」

 

 少女はまるで劇でもしているかのように、両手を上げて高らかに宣言した。

 

「私が…私達が奪ったからだ」

「なん…ですって……?」

「奪った……?」

 

 ISを奪う。

 それは、今の社会では非常に重大な罪になる。

 だというのに、目の前の少女はそれを恐れる様子も無く普通に言ってのけた。

 

「私からのせめてもの冥土の土産はどうだったかな? では、さらばだ。二人仲良く堕ちるがいい」

 

 少女の周りで滞空していた六基のビットが動揺している二人に襲い掛かる。

 万事休すか。そう思われた…その時!

 

「何を狼狽えてるんだい!! ガキ共!!!」

「「!!!」」

 

 いきなり聞こえてきた誰かの叫びで我に返り、急いで回避運動をする。

 だが、ビットから撃たれたレーザーはまるで生きているかのように不規則な軌道を描きながら近づいてくる。

 

「よ…避けきれない!」

「くそ……!」

 

 レーザーが二人に命中する……直前に、謎の赤い機影の放つ光の斬撃によって切り払われた。

 

「全く……余り手間を掛けさせるんじゃないよ。仮にも国の旗を背負った代表候補生だろうが」

 

 全身が深紅の装甲に覆われたIS。

 背部と肩部に大型スラスターを内蔵していて、その顔はモノアイになっている。

 女性的な丸みを帯びたシルエットから聞こえてくるのは、彼女達もよく知っている人物の声だった。

 

「この声はまさか……」

「生徒会長っ!?」

「待たせたね」

 

 自身の機体を装着して駆けつけたシーマは、二人の後輩の安全を確認した後に、眼前の『敵』の方を向いた。

 

「なんだ貴様は……」

「この学園の生徒会長様さ。どうやら、アタシの可愛い後輩たちを随分と痛めつけてくれたようだね。この代償は高くつくよ?」

「抜かせ。その機体は見たことも聞いたことも無いが、どうせ私にとっては有象無象の雑魚にすぎん」

「ま、アンタが知らないのも無理はないね。型式番号『AGX-04 ガーベラ・テトラ』。このアタシの愛機さ」

 

 左手にビームサーベルを持ち替えてから、開いた右手にはビーム・マシンガンを装備した。

 

「生徒会長が専用機持ちだったなんて……」

「全く知らなかった……」

「一応、機密扱いだからね。さて……」

 

 ビーム・サーベルの切っ先を向けて、ゼフィルスに向かって殺気を放つ。

 

「ここからはアタシが相手だよ。掛かってきな」

「身の程知らずが……死ね!!」

 

 今度はシーマに向かって六基のビットが襲い掛かってくる。

 先程と同様に、レーザーは不規則に曲がりながら発射された。

 

「会長! お気を付け下さいまし!! 相手のビットは『偏光制御射撃(フレキシブル)』を使いこなしますわ!」

「そんなのは、さっき見たから分かってるよ! だけどね!!」

 

 迫りくる六本の曲がるレーザー。

 このまま彼女もゼフィルスの餌食となってしまうのか?

 しかし、ここでシーマは誰もが驚く動きをしてみせた。

 

「フン!」

「な…なにっ!?」

 

 レーザーが直撃する直前、シーマはギリギリのタイミングで回避してみせたのだ。

 これまで余裕の表情を見せていたゼフィルスのパイロットも、流石に驚かざるを得なかった。

 

「これで終わりかい? じゃあ…今度はこっちの番だよ!!」

「貴様ぁっ!!」

 

 大型ブースターを吹かしてから、凄まじい速度で飛行するガーベラ・テトラ。

 それを見てゼフィルスも手に持ったレーザーで迎撃行動をとりながら、同時にビットも動かして攻撃を仕掛けてきたが、その悉くを全てさっきのように避けられる。

 

「アンタ……オルコットと同じ事をするんだね(・・・・・・・・・・・・・・・)

「なんだと……!」

「どれだけレーザーを曲げても、着弾点さえ分かっていれば避けるのは容易い。そして、アンタは無意識の内に相手の死角を狙っている(・・・・・・・・・・・)!」

「!!!」

 

 自分の癖を見抜かれた。

 それによりわずかに動揺したのか、ビットの動きが乱れた。

 

「そこにいるオルコットも全く同じ癖を持っていてね。パターンを読むのは簡単だったよ」

「貴様……!」

「お前がレーザーを曲げるのは、あくまで相手を視覚的に攪乱させる為。でもね、幾らレーザーを曲げようとも命中する場所は変えられないんだよ(・・・・・・・・・・・・・・・・)!」

 

 ビットの包囲網を潜り抜けて、遂にシーマは相手の懐に潜り込んだ。

 その勢いのまま、全力でビーム・サーベルで斬りつける!!

 

「ちぃっ!」

 

 だが、相手もただではやられない。

 咄嗟に自分のライフルの銃身を盾にして防ぎ、なんとか難を逃れた。

 

「直撃ならずかい…!」

「よくも……よくも!!」

 

 全てのビットが本体の所まで戻り、その銃口をシーマに向けた。

 急いでその場から離れて、後方に移動しながらビーム・マシンガンでビットを破壊しようとするが、そこに別の形状をしたベットが出現して攻撃を防いだ。

 

「これはっ!?」

「シールドビットだ! 貴様のビーム・レーザー攻撃の類は一切通用しない!」

「ならば!」

 

 両腕部に内蔵されている機関砲でシールドビットを破壊して、そのままレーザービットも破壊した。

 

「ちっ! 実弾兵器も持っていたか!」

「当たり前さね!」

 

 この女にはもうビットは通用しない。

 これ以上、動かし続ければ撃墜されるだけだ。

 ならばどうする? 白兵戦に持ち込むか?

 いや、サイレント・ゼフィルスはお世辞にも白兵戦に向いているとは言い難い。

 ビットで牽制しながら動きつつも、思考だけはフル回転させる少女。

 だが、どれだけ考えても現状では相手に勝てるビジョンが浮かばない。

 それだけならばまだいいが、彼女には他の懸念があった。

 

(あの女…と言うよりは、あの機体…まだ何か『奥の手』を隠しているような気がする……)

 

 明らかに全力を出していない。

 機体の方も、言葉に出来ない『違和感』を感じる。

 確実に追い込まれている現状を腹立たしく思いながらも、この場をどうやって乗り越えるか考える。

 そんな時に最高のタイミングで通信が来た。

 

『M、聞こえるかしら?』

『スコールか。どうした』

『オータムが白式の強奪に失敗したわ。これから撤退を開始するから、彼女を回収した後に撤退ポイントまで来て頂戴』

『了解』

 

 いつもいがみ合っている相手の失敗に愉悦を感じながら、残ったビットを足止めに使った。

 攻撃は適当に、自分が撤退するまでの時間さえ稼げればいい。

 

「どうやらここまでのようだ。私が退かせて貰う」

「逃げるのかい?」

「そうだな。今回は間違いなく私の敗北だ。それは認めよう」

 

 シーマの事を指差して、装甲越しでも分かるほどの殺気を飛ばしてきた。

 

「その機体に、その声。確かに覚えたぞ。次は無い。次こそは必ず殺す。織斑一夏の前にお前を殺す。覚えておけ」

 

 言いたい放題言ってから、彼女はビットを引き連れて退却していった。

 

「「生徒会長!!」」

 

 戦闘が終わったことを確認し、後方で待機していた二人が近づいてきた。

 正確には、凄すぎて介入する隙が見当たらなかったのだが。

 

「よかったんですの? あのまま逃がして……」

「構いやしないさ。決着をつける場はここじゃない。それに……」

「それに?」

「ちゃんと『目的』は果たしたしね」

 

 下の方を見ると、そこには一夏と楯無が並んで立っていた。

 どうやら、向こうの方も無事に敵の撃退に成功したようだ。

 

「オルコット」

「は…はい!」

「あいつを…ゼフィルスの事を意識するなとは言わない。けどね、そればかりに捉われてちゃ、次も今回の二の前になるよ」

「はい……」

 

 生徒会長からの有り難い言葉を貰ってから、セシリアは意気消沈のまま地上に降りていき、鈴もそれに続いた。

 

「まさか、このあたしが『2号機』を取り返す側になるとはね……皮肉ってもんじゃないね……ったく……」

 

 彼女にしか分からない独り言を呟いてから、皆が待っている学園へと戻っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




そんな訳で、今回もまた『スターダスト・メモリー』からの登場で、みんな大好きな姉御肌の『シーマ・ガラハウ』の登場です。
少し変化球ではありますが、人気あるから大丈夫ですよね?

転生したシーマ様はかなり丸くなっていて、以前のような殺伐とした追い込まれてる感は全くありません。
これは偏に、転生後の出会いに恵まれていたからですね。
それどころか、仲間の為なら頑張れる素晴らしい先輩となっています。
勿論、見事に若返っているので、ヒロインズに負けず劣らずの美少女です。
生徒会長になっているのは、前会長を普通に倒した挙句、会長の座を狙って勝負を挑んできた楯無も返り討ちにしたからです。
会長になれなかった楯無は、妥協案で副会長に就任したわけですね。

専用機は当然『ガーベラ・テトラ』
見た目は全く同じですが、実はMS時には無い隠し玉があります。
実は、ガーベラ・テトラの装甲の中には『ガンダムGP-04 ガーベラ』が隠されているんです。
解り易く言えば、ヴァ―チェとナドレみたいなもんですね。
一定ダメージを受けて装甲をパージすれば、あら不思議。
中からガンダムが現れる仕組みになっています。
身軽になってるから、その速度は推して知るべきな事になってます。
少なくとも、白式? 紅椿? なにそれ美味しいの? ってレベルです。


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ドイツ編 ~戦乙女と大佐と砲術長と~
再びドイツへ


今回からドイツ編に突入ですが、原作に入るまでは三人娘の出番は一切ありません。
 
ドイツ編での主人公はカスペン大佐の予定ですから。

もしかしたら、千冬と大佐のW主人公になる可能性もありますが。

そして、このドイツ編にて遂に『砲術長』も登場です。

アンケートを取ったのはかなり前なんですけどね……。

登場を待っていた皆さんは本当にお待たせしました。







 ドイツ フランクフルト国際空港。

 日本からの直行便も出ているこの空港に、一人の日本人が降り立った。

 

「まさか、またこの国に来る羽目になるとはな……」

 

 彼女の名は『織斑千冬』

 ついこの間行われた第二回モンドグロッソ世界大会にて今日にの二連覇という偉業を成し遂げた元日本代表IS操縦者だ。

 そんな彼女がどうしてドイツの地にいるのか。

 それは、ドイツが彼女の実力を見込んで日本に頼み込み、千冬を自国にあるISの部隊の教官として一年間の契約で呼んだからだ。

 

「さて……事前に聞いた話が確かなら、空港の中で向こうの関係者が待っていてくれている筈だったな」

 

 キョロキョロと周囲を見渡し、その『待ち人』を探す千冬だったが、それらしき人影は全く見当たらない。

 

「どこにいるんだ?」

 

 取り敢えずはこの場から移動しようと歩き出すと、すぐ後ろから日本語で声を掛けられた。

 

「ミス織斑。こちらですよ」

「なに?」

 

 急いで声のした方を振り向くが、何処にも誰もいない。

 左右を確認しても同じで、誰も見当たらない。

 

「下です」

「下?」

 

 言われるがままに視線を下げると、そこには見覚えのある軍服を着た金髪の美幼女が立っていた。

 

「ようこそいらっしゃいました。織斑千冬殿」

「お前は確か……」

「はい。以前にも一度だけお会いしましたね。いい機会ですから、改めて自己紹介をさせて貰いましょうか」

 

 美幼女は見事な敬礼をし、真剣な顔で自分の名と所属を言った。

 

「自分はドイツ軍IS特殊部隊『シュヴァルツェ・ハーゼ隊』隊長。ヘルベルト・フォン・カスペンであります。階級は大佐。そして、もうご存知かも知れませんが、この度、新たにドイツ国家代表に就任しました」

「あ…あぁ…よろしく。織斑千冬だ」

 

 彼女とは、第二回モンドグロッソの時に一度出逢っている。

 あの時は警備を担当する責任者として話をしたのだが、余りにも幼い容姿が衝撃的で、名前はともかく、その存在自体はよく覚えていた。

 

 彼女の出した手を恐る恐る握り返し、軽く握手を交わす。

 その手はとても小さく、少しでも自分が力を咥えればすぐに折れてしまいそうだ。

 

「外に車を待たせています。早速参りましょう」

「分かった」

 

 カスペンの先導に従って歩き出すが、その時ふとある疑問が頭をよぎった。

 

(まさか……この子が車を運転する訳じゃないよな?)

 

 流石にそれは考え過ぎだ。

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 空港の駐車場で待っていたのは、軍用車として使用されているジープで、かなり車高が高かく、カスペンは乗るだけで相当に苦労していた。

 最終的には千冬が手伝う形で収まったが、最初に乗った時はどうしていたのか猛烈に気になった。

 運転席に座っていた男性軍人は、その光景をとても微笑ましく見つめていた。

 

「お恥ずかしい所をお見せしました。申し訳ありません」

「い…いや。そこまで気にする必要はない」

 

 物凄く軽かったしな。

 そう言い掛けたが、恥ずかしそうに顔を赤くしている彼女を見て言葉を呑み込んだ。

 

「しかし、貴女も大変ですね。故国である日本でゆっくりする暇も無く、そのままUターンをするような形でまたドイツに来る羽目になるなど」

「今更だ。過ぎたことを気にしても仕方がない」

「そんな風に割り切れる貴女が羨ましいですね」

 

 見た目や声は間違いなく幼い少女のソレだが、体から発する空気は全く違った。

 まるで、歴戦の軍人を彷彿とさせるような独特のオーラ。

 千冬はこれと似た空気を放つ少女達をよく知っていた。

 

(まるで…デュバルやソンネン、ヴェルナー達のようだな)

 

 彼女達も相当に特殊な少女達だが、それ以上に頼りになる存在だ。

 だからこそ、千冬は迷う事無く弟である一夏の事を任せられたのだから。

 

(もしかしたら、三人のうちの誰かが私の義妹になる可能性もあるしな……)

 

 あの三人ならば、例え誰であっても喜んで祝福できる自信がある。

 千冬自身も、彼女達の事は実の妹のように可愛がっているので尚更だ。

 

「どうしました?」

「いや。少し知り合いの事を思いだしていた」

「お知り合い…ですか?」

「あぁ。大佐とよく似た雰囲気の少女達でな」

(あの三人か……)

 

 カスペンも、千冬が友人たちと親しい中なのは存じていた為、そこまで不思議には思わなかった。

 それどころか、彼女達と自分が似ていると言われ、年甲斐も無く嬉しく思ってしまったほど。

 

「そういえば、決勝戦の少し前に貰った寄せ書きに、大佐の名前も書いてあったが、まさか君とアイツ等は……」

「はい。貴女はご存じないかもしれませんが、私と彼女達…ジャン・リュック・デュバルとデメジエール・ソンネン、ヴェルナー・ホルバインの三人とは古い友人なのです」

「そうだったのか……」

 

 千冬も、あの三人の全てを知っているわけではないから、自分の知らない交友関係があっても不思議じゃない。

 だが、流石にドイツに友人がいたのには驚いた。

 

「私は彼女達から多くの事を教えられました。だからこそ、今度は私が彼女達の力になってやりたいと考えているのです」

「大佐……」

 

 三人の事を話す今のカスペンが、千冬には歳相応の少女に見えた。

 どれだけ自分を律していても、少女である事だけは変えられないのかもしれない。

 

「よかったら、日本での彼女達の事を教えてくれませんか? どうせ、基地に到着するまではまだ時間がありますし」

「そうだな。いい暇潰しになりそうだ」

 

 誰も知り合いなんていないドイツの地で上手くやっていけるか不安があったが、カスペンがいるなら大丈夫かもしれない。

 千冬は、共通の知り合いを持つこの少女に対し、少しだけ心を許し始めた。

 

 因みに、さっきからずっと運転に集中している男性軍人はと言うと……。

 

(あの大佐があんなにも可愛らしい一面を隠し持っていたとは! 流石は天下のブリュンヒルデ……会ってすぐに大佐と仲良くなるとは……羨ましい!!)

 

 バックミラー越しに見るカスペンの笑顔に夢中だった。

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

「到着です」

 

 約一時間間ぐらい掛けて着いたのは、『ある一点』をを除けばテレビや雑誌などでもよく見かける基地だった。

 その『ある一点』とは、本来ならば戦闘機や戦車などが配備、格納されている場所にISが並んでいる事。

 それ以外は、ISの整備に必要な機材や機器、基地内の移動用に使う車両が精々だ。

 

「驚きましたか?」

「あ…あぁ……。見た目は私が想像していた基地そのものだが……」

「そうです。ここには他の基地には普通にある物が全くない。ここはどこまでも『ISの運用を第一に考えた基地』なんですから」

 

 ISの軍事運用は条約で禁じられているが、どんな条約にも抜け道はあり、それによって生み出される『例外』は数多く存在する。

 この基地も、カスペンが隊長を務める部隊も、その数少ない『例外』の一つだった。

 

「世界規模で見れば、今のご時世にこのような場所は決して珍しくは有りません。アメリカや中国などを初めとする大国の殆どが、似たような部隊を編制していると聞きます」

「……世も末だな」

「それには私も同感ですが、ここでそれを言っても始まりません」

 

 ジープから降りて、運転席にいる男性軍人に車を格納庫に持っていくように指示してから、またもやカスペンの先導に従って歩き出す。

 

「まずは基地司令の元までご案内します」

「き…緊張するな……」

「大丈夫ですよ。他の基地司令ならばいざ知らず、ここの司令官はかなり話しやすいと思います」

「そうなのか?」

「えぇ。ここはISを運用する都合上、嫌でも女性隊員が多く所属しています。それ故に、頭となる司令官にもそれ相応な人物を置かないといけないのです」

「成る程な……」

 

 今や、ISは世界の華といっても過言ではない。

 そのISの部隊を指揮する人物が堅物だったら、軍の評判も落ちる可能性があるし、部隊全体の士気向上の妨げにもある。

 どこの国も、IS関係は非常にデリケートな問題なのだ。

 

「では、参りましょうか」

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

 そこは、軍事基地の中とは思えない程に荘厳な趣の扉だった。

 まるで、中世ヨーロッパの城などにありそうな木製の扉で、見ただけでかなりの高級品であることが分る。

 

「司令! ヘルベルト・フォン・カスペン大佐、只今、空港より織斑千冬氏をお連れしました!」

『入室を許可する。入りたまえ』

「失礼します!」

 

 カスペンが静かに扉を開け中へと入ると、そこには真っ赤なカーペットが敷かれた司令室があった。

 ピカピカに磨かれた机に肘をついて座っていた初老の男性がこちらを見る。

 

「初めまして、織斑千冬教官。私がここの基地司令をしている『ウォルター・カーティス』中将だ。よろしく」

「織斑千冬です。これから一年間、お世話になります」

 

 まずは定型文の挨拶から。

 

「まずはお疲れさまと言わせて貰おう。よくドイツまで来てくれた」

「いえ。こうしてドイツを訪れるのは二度目になるので、問題は有りません」

「そういえばそうだったな。だからと言って、上の我儘に答えてくれたのもまた事実だ。労いの言葉ぐらいは言わせてくれ」

「は…はい。ありがとうございます」

 

 軍事基地の指令と言うから、どんな人物かと覚悟を決めていたが、完全に拍子抜けをしてしまった。

 着ている軍服や、それに着いている勲章などからも彼が歴戦の軍人なのは明らかだが、本人はまるで孫や家族を大切に想っている好々爺のような雰囲気がある。

 成る程。カスペンが言った事とはこういうことだったのか。

 千冬は心の中で納得をした。

 

「しかし、君も大変だな。話で聞かされてはいるが、表向きのお題目を盾にして、日本とドイツの上の連中に振り回されて」

「そう…ですね。確かに大変ではありますが、これも自分に与えられた仕事だと思って、今では割り切っています」

 

 普通ならばこんな発言は許されないだろうが、不思議とこの人物の前ならば大丈夫だと思ってしまった。

 だから、日本では言えなかった愚痴が自然と零れてしまう。

 

「見事な覚悟だ。だが、それで無理をしては意味が無い。何か困ったことがあったり、欲しいものがあったりする時は遠慮なく言って欲しい。隣にいるカスペン大佐に言えば大抵の事はなんとかなる筈だ」

「その時が来たら、そうさせて貰います」

 

 教官と言うよりは、完全に客人扱い。

 自分がIS関係で限って言えば、かなりのVIP扱いされている事は知っていたが、他の国でも同じ扱いだとは思わなかった。

 

「寝泊まりは基地内にある宿舎を要しておいた。カスペン大佐や他の部隊員たちも使っている部屋だから、快適性においては問題は無いと思う」

「ありがとうございます」

 

 普通ならば、軍の宿舎と聞かされて、かなりの小部屋を想像するだろうが、ここにいるのは女性の隊員ばかり。

 つまり、この基地の宿舎も最初から女性が寝泊まりをすることを前提にしていることとなる。

 それならなんとかなるかもしれない。

 そう思い、千冬は密かに胸を撫で下ろしていた。

 

「今日は流石に疲れているだろう。教官としての仕事は明日からで構わないから、今日はゆっくりと休んでくれ。大佐」

「はっ!」

「後で構わないから、基地内を案内してあげなさい」

「了解です!」

 

 一通りの挨拶を終えてから指令室を出ようとすると突然、ウォルターに止められた。

 

「あ~…大佐、君は少しだけ残っててくれ」

「はっ!」

 

 千冬に扉の前で待っているように伝え、彼女が廊下に出たのを確認してから、二人は改めて向き合った。

 

「どうやら、彼女も相当な苦労人のようだな」

「そのようで。ところで、どうして私を残したので?」

「少し君の意見を聞いてみたくてね」

「私の意見?」

 

 一体何を聞くつもりなのか。

 カスペンには皆目検討がつかなかった。

 

「君から見て…織斑千冬はどう映った?」

「……私の私見でよろしければ」

「構わない」

 

 一呼吸を置いてから、カスペンは静かに語り出す。

 

「肉体的にも精神的にも、彼女はとても素晴らしい人物でしょう。車の中で少し話しましたが、雑誌やテレビなどで持て囃されているような超人ではなく、何処にでもいるごく普通の女性です」

「そうだな。私も同じように感じたよ」

「スポーツマンとしては非常に優秀かもしれませんが、それだけです。少なくとも、このような軍事基地にいていいような女性ではない」

「うむ……」

「個人的には、織斑千冬がここで教官をすることを余りよくは思ってはいません。決して彼女の事が嫌いと言う訳ではなく、本来ならば私達軍人が守るべき存在を、自分達と同じ場所まで引っ張ってくる。どのような理由があろうとも、これは軍人がすべき事ではないと考えます」

「そうか……」

 

 カスペンの一語一句を全て聞き入るように耳を傾ける。

 その瞬間だけは、カーティスの中にある軍人としての面が引き出されていた。

 

「正直に言うと、私も貴官と同意見だ」

「司令も……?」

「そうだとも。だがしかし、どのような経緯であれ、彼女自身が自分で決めてここまで来た以上、私達はそれを受け入れるしかない」

「分かっています」

「……せめて、私達だけは出来る限り彼女の負担を和らげられるようにしよう」

「はい……そうですね」

 

 元々、ウォルターは軍内でもかなりの穏健派で、ISを軍事利用すること自体が反対だった。

 だが、ISの性能を目の当たりにした上層部に押し切られる形でISの軍事利用が決定。

 ならばせめて、自分の目の届く範囲でバカな連中の玩具にされないようにしようと思い、彼は自らこの基地の指令をすることを言って出たのだ。

 その結果、自分の孫やひ孫と同い年の少女達が部下になるとは思わなかったようだが。

 

「大佐も、国家代表に就任したからと言って、余り無理はしないでくれ。君に倒れられでもしたら、お父上であるカスペン中将に申し訳が立たないからね」

「御心配なさらずとも、どんな時も軍務を優先するつもりであります」

「と言いつつ、明日の予定は?」

「………雑誌のインタビューです」

 

 カスペンが国家代表に就任したニュースは、すぐにドイツ全土に知れ渡り、その可愛らしい容姿と、見た目からは想像も出来ない程の実力で、文字通りあっという間に人気が爆発した。

 今では完全に国を挙げてのアイドルのような扱いとなっている。

 

「あ~…私の方からも根回しをして、軍務に支障が出るような過剰なスケジュールだけは組まないように進言しておこう」

「ありがとうございます……うぅ……」

 

 今はまだいい。今はまだ。

 雑誌のインタビューぐらいならば全然大丈夫だ。余裕で乗り切れる。

 問題があるとすれば、これから先の事だった。

 

(ネットで調べた限りでは、他の国家代表などはテレビに出演したり、イベントなどもしていると聞く。だが、それ以上に厄介なのは……なんでか写真撮影がある事だ! いや…普通の写真撮影程度ならば問題は無い。女性物の服を着る事に対する抵抗感はもうないからな。だがしかし……)

 

 『ソレ』を想像して、少しだけ気分が悪くなる。

 

(なんで水着で撮影会をしないといけないんだ!? 国家代表はアイドルじゃないんだぞっ!? アメリカのイーリス・コーリングはまだメディアへの露出を控えめにしているらしいが、イタリアのアリーシャ・ジョセスターフなどは普通に水着で撮影をし、凄い時はセミヌード写真を撮っていると聞く! バカかっ!? バカなのかっ!? 何が悲しくて自分から人前に肌を晒さないといけないのだっ!? 全く持って理解出来んっ! まさか…私もいつか…? いやいやいや! 自分で言うのもアレだが、こんな幼女体型の少女の裸を見て喜ぶような変態がどこにいと言うのだ! そうだよな! こんなの私の杞憂だよな! 司令も根回しをしてくれると言ってくれてるし! うん! きっと大丈夫だ! 何も問題は無い!)

 

 さっきからずっと百面相をしているカスペンを見て、ウォルターは密かに彼女にいつか必ず有給休暇を取らせようと心に決めたのであった。

 

 

 

 




まずは導入ですね。

次回からは本格的なドイツでの話になります。

そして、あと少しで『砲術長』も……?

ところで、美幼女なカスペン大佐の水着写真集って絶対に爆売れですよね。


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隊長と教官

前回の続き。

残念ですが、砲術長の登場はあと少し先です。

可能な限り早く出したいとは思ってるんですけどね。







 廊下で待っていた千冬と合流し、改めて基地内の案内が始まった。

 小柄なカスペンに大人の千冬が後ろから着いて行く光景は、なんともアンバランスな感じだった。

 

「ここが食堂です。見た目は無骨ですが、品数も味も保証しますよ」

「かなり広いんだな」

「ここにいる全員が使いますからね。広くなるのは必然です」

「成る程な」

 

 これから一年間、ここで食事をすることとなる。

 だが、千冬はドイツの食事に全く詳しくない。

 日本食に染まっている自分の舌がこの国に合うのか、それが地味に心配だった。

 

「ドリンクバーもあるから、食事の際は好きな飲み物を飲めますよ」

「完全にファミレスだな……」

「否定はしません。恐らく、ここが他の基地と比べて特殊なせいでしょうね」

「IS操縦者が使う事を前提としているが故…か」

「はい。要は、女性向けになってるんですよ」

「……納得だ」

 

 男女の比率が違うので、嫌でもこのような構造にせざる負えない。

 だが、だからこそ、この基地にいる者達は快適に過ごせている。

 

「もうご承知でしょうが、この基地はISを配備することを前提とし、私達のようなIS操縦者を運用することが目的となっています」

「だが、アラスカ条約でISの軍事運用は禁止されている筈だ」

「その通り。ここが本当にISを軍事運用しているのならば、すぐにその事が全席に知れ渡り、ドイツは非難されるでしょう。ですが、実際にはそのような事にはなっていない。それは何故か」

 

 食堂から出て、次の場所へ向かう為に廊下に出て歩き出す。

 

「本国…と言うか、上層部はこの基地を…私達『シュヴァルツェ・ハーゼ隊』を自軍の戦力としてカウントしていない」

「なんだと? それはどういうことだ?」

 

 同じ軍の部隊なのに、どうして戦力として数えられないのか。

 軍の事に詳しくない千冬には全く分らなかった。

 

「言葉通りの意味ですよ。この基地と私達は『ハリボテ』。日本で言うところの『張子の虎』なのです。表向きはドイツ軍所属となっていますが、実際には国内外に対するISの運用をアピールする集団なのです」

「つまり、日本でいうところの『訓練所』に該当する場所なのか」

「御理解が早くて助かります。けれど、ここの他にも別の街などにISの訓練所は存在します。ここだけが少々特殊なだけです」

「色々と複雑なんだな……」

 

 他の国の事情には余り詳しくない千冬だったが、そんな彼女でもここがかなり例外的で、だからこそ自分が呼ばれたのだと分かる。

 

「えっと……そうだ。後はトレーニングルームや整備室かな。そして、訓練場も案内しないと」

「訓練場?」

「えぇ。今は他の隊員達が私が課した訓練の真っ最中でしょう」

「ふむ……」

 

 この基地で教官をする以上、最も使用する回数が多い場所だ。

 少しでも早く場所を把握しておかなければ。

 自分にとって、それこそが一番最初の仕事だろう。

 

「最後に貴女が寝泊まりをする宿舎を案内します。荷物の方は既に部屋に運び入れてあるはずです。念の為、部屋に着いたら中身の確認をお願いします」

「分かった。しかし、宿舎か……」

「何か懸念することが?」

「いやな。そのような施設に宿泊したことが無いのでな。どのような場所かと思って……」

「あぁ。そういうことですか。それなら大丈夫ですよ。私達も使用してますが、意外と快適に過ごせています。先程も言ったでしょう? ここは『女性向きの基地』だと」

「そうだったな」

 

 それならば、なんとか大丈夫か。

 後は、一刻も早く自分がこの環境に慣れる事だけ。

 

「では、参りましょうか」

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

 外にある広大な訓練場。

 そこでは、ハーゼ隊の女性隊員達が汗だくになって訓練に明け暮れていた。

 

「ここが訓練場です」

「これはまた……」

 

 ISの訓練場は基本的に室内で行う事が多い。

 このように屋外の訓練場はかなり珍しかった。

 これは偏に、ここが表向きでも『軍事基地』だからだろう。

 

「総員、注目!!」

 

 カスペンの一声で訓練をしていた全員の視線が一点に集まる。

 彼女が来たことにも驚いていたが、それ以上に隣に千冬が立っている事に驚愕していた。

 

「日本から訓練教官として来て下さった織斑千冬教官だ。以前から話していた通り、彼女が明日からお前達の訓練教官となる。では、織斑教官。一言お願いします」

「ああ」

 

 なんか流れで何かいう事になったが、全く考えてなかった。

 こんな事なら、飛行機の中で色々と考えてればよかったと、今更ながらに後悔し始めた。

 

「あ~…私が織斑千冬だ。着任は今日からだが、実際に教官としての仕事をするのは明日からとなっている。教官と言っても、このような仕事をするのは私自身も初めての試みだ。故に、私の方も諸君から学ぶ事があると思う。これからよろしく頼む」

「「「「よろしくお願いします!!」」」」

 

 全員が一糸乱れぬ動きで敬礼をして応えた。

 ちょっぴりだけ、その迫力に気圧された。

 

「では、訓練に戻れ!」

「「「「「了解!!」」」」」

 

 全員が散らばってから、千冬は大きく息を吐きながら肩の力を抜いた。

 

「地味に緊張したぞ……」

「これから嫌でも、似たような事の繰り返しですよ」

「慣れないとダメだな……」

「心中お察しします」

「ありがとう……」

 

 慣れるまでは胃薬の世話になるかもしれない。

 早くも湯鬱になりかけた千冬だった。

 

「ん……?」

 

 ここで、千冬がある事に気が付く。

 カスペンが左手だけに手袋が着けられている事に。

 

「この左手は……」

「これですか?」

 

 何も気にする様子も無くカスペンは自分の手袋を取る。

 そこから現れたのは、金属で出来た義手だった。

 

「名誉の負傷というやつです」

「……済まない」

 

 自分の勝手な好奇心で、少女の踏み込んではいけない部分を土足で荒らしてしまった。

 途端に千冬の心が罪悪感で覆われていく。

 

「気にしないでください。もうすっかり慣れてますし、義手だからこそ良かったと思う場面も多々ありますから」

「そ…そうなのか?」

「はい。例えば、沸騰したヤカンを握る時とか」

「ぷっ……ははは……そうか…沸騰したヤカンか……」

 

 同じ年頃の少女ならば、普通は可能な限り隠しておきたいと思うはず。

 それなのに、カスペンは自らその義手を晒したばかりではなく、それで冗談すらも言ってみせた。

 彼女は自分が思っている以上に心が強い少女なのだと思い知らされる。

 下手な同情や心配などは、逆に彼女に対する侮辱になるのだと。

 

「そう言えば、大佐の部下は全員が揃って眼帯をしているな」

「やっぱり気付かれましたか」

「まぁな」

「彼女達にも色々と事情があるのです。云わばあれは、この部隊員たちの『絆の証』…のようなものと今は認識して頂ければよいかと」

「絆の証……か」

 

 カスペンはここが『ISの運用をするから特別』と言っていたが、どうやら他にも事情がありそうだ。

 だが、この場でそれを問うのは躊躇われたため、敢えて黙っていることにした。

 

「いずれ、お話しする機会があったらご説明しましょう。それまではどうか……」

「言われずとも承知している。私だってそこまで無粋な人間じゃない」

 

 成る程。あの三人が懐くのも頷ける。

 この織斑千冬という人物は、軍人としては全く向かないが、教官のような『誰かに何かを教える立場』には高い適性があるのかもしれない。

 

「それでは最後に、宿舎に案内しましょう」

「頼む」

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 連れてこられた宿舎は、千冬の予想の遥か上を行っていた。

 彼女の中では、コンテナのような物が横に並んでいるのを想像していたのだが、実際には社員寮、もしくはホテルのような建物だった。

 デザイン自体はコンクリート剥き出しの無骨なものだったが、それでも十分過ぎた。

 

「どうですか?」

「これは……驚いた……」

「でしょう? 軍人が寝泊まりをする場所にしては、かなり優遇されていますよ。それと……はい」

 

 カスペンがポケットから取り出したのは『305』と書かれた部屋の鍵。

 それを千冬に手渡した。

 

「これが貴女の住む部屋となっています。シンプルな構造になっていますから、中で迷う事は無いと思います」

「それはよかった」

 

 一応、中には地図もありはするのだが、誰一人として使ったことが無い。

 あくまでも『念の為』なのだ。

 

「それから、起床時間は早朝6時。就寝時間は22時となっています」

「随分と緩いんだな。てっきり、朝は5時起き、夜は9時には寝ていると思っていた」

「他ではそれぐらいが当たり前です。何度も言ったでしょう? ここだけが『例外』なのです」

「そうだったな……」

 

 何から何まで優遇されている部隊。

 ここまでして、他の部隊などからクレームが来たりはしないのだろうかと心配になってくる。

 

「基本的に食事は先程案内した食堂で食べますが、休暇の際にはよく外食をする者達も多いです」

「大佐はどうなんだ?」

「私の場合は、休暇の時はよく実家に帰ってますから。そこで食べる事が大半ですね」

「実家?」

「『フォン』のミドルネームが示す通り、我が『カスペン家』は数多くの優秀な軍人を輩出した家系で、私の両親も現役の軍人をしています」

「御両親が軍人だから、娘である大佐も軍人になったのか?」

「そうです。でも、私は別に両親に言われたから軍人になったのではなく、自らの意志でこの場所に立っています。寧ろ、最初は両親から反対をされたぐらいです」

「それが親として普通の反応なのだろうな……」

 

 両親のいない千冬にはよく分らないが。

 それと、『フォン』の意味なんて当然のように知らない。

 

「本当はちゃんとハイスクールを卒業してから軍に入ろうと思っていたのですが、10歳の頃に受けた簡易IS適性検査によってA+という値を出してしまい、それで……」

「軍にスカウトされた…というわけか」

「幼い頃から軍に属する人間が決していない訳ではないですが、私の場合は単純に高い適性を持つ人間を手元に置いておきたいが故の事なのでしょう」

「そう…か……」

 

 自分達の産み出した歪みがこんな所にまで影響している。

 改めて千冬は、ISが世界に及ぼした変化を噛み締めた。

 

「もう気にしてはいませんけどね。勉学の方は家庭教師のお蔭で既に大学卒業レベルまでは修学済みですし、ここだからこそ学べることも多い」

「そのようだな」

 

 千冬から見たカスペンは、どこまでも真っ直ぐで信念を感じられた。

 この歳で軍人としての誇りに満ちていて、同時にどこまでも友を、仲間達を大切に想っている。

 だからこそ、彼女はこの歳で大佐なんて地位に立ち、この部隊の隊長に就任出来たのだ。

 

「そうだ。これも言っておかないと」

「なんだ?」

「ゴミ出しは毎週月曜と木曜日。燃えないゴミは各月の最後の金曜日。そして、洗濯物は基地内にあるランドリーにて洗って下さい」

「せ…洗濯か……」

「どうしました?」

 

 洗濯の話をされて、急に千冬の顔が青くなる。

 一人で暮らす以上、絶対に直面する問題。

 食事の方は食堂で何とかなるが、こればかりは自分でどうにかするしかない。

 

「その……だな……余り大声じゃ言えないのだが……」

「はぁ……」

 

 カスペンの耳元にそっと口を寄せてから呟いた。

 

「今までずっと家事の類は弟に任せきりでな……お世辞にも得意とは言い難いんだ……」

「はい?」

 

 カスペン。まさかの発言に思わず人生初めてのマスケな声を出す。

 

「だからだな…その…出来ればだが…私に洗濯の仕方を教えてくれると非常に助かるのだが……」

「プッ……アハハ……」

 

 今度はカスペンが笑う番だった。

 まるで抜き身の刀のような人物の口から『洗濯の仕方を教えてくれ』と言われたのだから、彼女が噴き出してしまうのも無理はなかった。

 

「わ…笑うな!」

「いえ…すみません…ハハ……。別に侮辱をしているわけじゃなくてですね…」

「ならばなんだと言うんだ……」

「あの『ブリュンヒルデ』に意外な弱点があったことにビックリしてしまってつい……」

「私だって人間だ。欠点の一つや二つぐらいちゃんとある。世間が噂をしているような完璧超人じゃないんだよ」

「それぐらいは私だって承知していますよ。けど、まさか家事が苦手って……ハハハ……!」

 

 腹を抱え、涙を浮かべながら笑うカスペン。

 前世、今世も合わせて、ここまで笑ったのは本気で初めてかもしれない。

 それ程までに彼女は笑っていた。

 

(くそ……彼女の笑顔が可愛過ぎて、怒るに怒れない……!)

 

 かなりツボにハマったのか、それから数分間に渡ってずっとカスペンはその場で爆笑していた。

 前途多難な現実に溜息を吐きつつ、これからの生活をどうしようか真剣に考える千冬なのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




書きたいことは書けたと思います。

次回は大佐のお仕事の話をして、その次くらいに砲術長を出そうと予定しています。

現段階ではまだラウラは他のモブキャラと同格の扱いで、本格的に大佐や千冬と絡んでくるのは砲術長の登場と同時になるでしょう。

それと、アンケートの件ですが、またもや男の娘派が徐々に追い上げてきましたね。
でもまだ女の子派との差は開いています。
原作突入まで完全にカウントダウンが開始された今、完全にデッドヒート状態です。
果たして、勝利の女神はどっちに微笑むのか?








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国家代表は辛いよ

眠い……けど頑張る。

そうしないといけない気がするから。







 次の日。

 朝食を終えてから早速、部隊員達は外の訓練場へと集合し、彼女達の前に用意して貰った軍服を着た千冬と、真剣な顔で横にいるカスペンがいた。

 

「総員注目!」

 

 カスペンの一喝で全員が姿勢を正し手足を揃えた。

 彼女達の視線は自分達の目の前にいる二人に注がれている。

 

「昨日も言った通り、本日から織斑教官が貴様等の訓練を見てくださる! 態々、日本からやって来て下さった教官殿に余計な苦労をさせないよう、全身全霊を持って訓練に取り組め! いいな!!」

「「「「「はい!!!」」」」」

 

 彼女の言葉が終わるのを確認してから、今度は千冬が一歩前に出た。

 

「今日からお前達の訓練を見る事となったが、別にそこまで気負う必要はない。お前達にやって貰おうを思っているのは、私がまだお前達と同様の訓練生だった頃に行っていたものだ」

 

 世界一となった千冬が嘗て行っていた訓練。

 それと同じことを今から自分達も行う。

 決して言葉には出さなかったが、隊員達の心の中は密かな興奮に包まれていた。

 

「では。まずはこの訓練場を周回して貰おうか。何をするにもまずは体力が全てだからな。少なくとも、私が滞在している一年間の間に、お前達には私の課す訓練を余裕でクリアできるぐらいの体力をつけて貰う。分かったな? 分ったら返事!」

「「「「「は…はい!!」」」」」

 

 千冬、ちょっぴり調子に乗る。

 隊員達はダッシュで端の方まで行き、そこから順にスタートしていった。

 

「では、後はお願いします」

「それはいいが……大佐はこれからどこに?」

「国家代表としての仕事…と言えば分りますか?」

「あぁ……成る程な」

 

 引退をしたとは言え、千冬もまた一時代を築いた国家代表の一人。

 代表の仕事が決してISで戦うだけではない事は、その身を持って嫌と言うほどに思い知っていた。

 

「私の頃は主に雑誌の取材などだったが……そっちは何をするんだ?」

「今日の予定は……写真撮影らしいです」

「写真撮影?」

 

 仮にもIS操縦者はスポーツ選手と同じ扱いになっている。

 それが写真撮影とはこれいかに?

 

「私も詳しい事情は知らされていないのですが、恐らくは国内外に対するアピールが目的かと……」

「それ自体は、この部隊の設立目的と同じような気もするが……」

「実際にやる事は全く違うでしょうね……はぁ……」

 

 これでは軍人でもIS操縦者でもなく、完全に女優のような扱いではないか。

 何が悲しくてこんな事をしなければいけないのか。

 だがしかし、この手の仕事の殆どは上層部からの命令でもある為、軍人であるカスペンには拒否権なんて物は存在しないのだ。

 

「いつもそんな事ばかりをしているのか?」

「いえ。他には…雑誌のインタビューやテレビ番組への出演なんかも……」

「そ…そうか……」

 

 自分が現役の頃でも、そこまでハードなスケジュールではなかった。

 最低限の取材などはあったが、それっぽい仕事をしたのは本当にそれだけで、他の空いた時間の殆どは訓練に費やしていた。

 

「ですが、織斑教官が来てくれて、私としては本当に助かっています」

「それはどういう意味だ?」

「貴女が来て下さる前は私が皆の訓練を見ていたのですが、どうも私は他の部隊から来たせいで、自分でも気付かない内にかなりハードな訓練をしてしまっていたようで。ここに来る前の部隊は完全な男所帯でしたから。男性向けの訓練にしてしまっていたんです」

 

 男女平等、なんて言ってはいても、矢張り男と女で向き不向きは存在する。

 男性向けの訓練と全く同じメニューを女性がして、満足する結果が得られるとは限らない。

 

「私にはどうも丁度いい塩梅が分らないようで。そんな時に貴女が来てくれる話を聞いた時は本当に嬉しかった」

「そう言われて悪い気はしないな……」

 

 昔から無駄にゴマをすられてはいたが、カスペンの言葉からは純粋な感謝の気持ちが受け取れた。

 ここまで真っ直ぐに言葉を言ってくれたのは、弟である一夏を除けば、あの三人娘と、その周囲にいる人間達だけだった。

 

「織斑教官には、心技体の内の『体』を教えてやってほしいのです。軍人としての『心』構えや『技』術などは私からでも普通に教えてやれるのですが……」

「任せておけ。私に出来る範囲で、大佐には出来なかったことをしてみせるさ」

「よろしくお願いします。これで私も心置きなく代表としての仕事に専念出来る」

 

 満足そうに笑うカスペンが可愛く見えて、思わず彼女の頭を撫でてしまった。

 その時、彼女が反射的に『ふみゅっ』と声を出した。

 

「す…すまない。つい…な」

「い…いえ。こちらこそ、変な声を出してすいませんでした」

 

 お互いに顔を赤くする二人。

 その心中は非常に複雑だった。

 

(こ…これは確かに可愛い…! ここの連中が夢中になる気持ちも理解出来る気がするな……)

(な…なんなのだ今のは……。頭を撫でられただけなのに妙に胸が高鳴って…しかも、変な声まで出してしまうとは……)

 

 因みに、このやり取りを見ていた走っている隊員達は……。

 

(隊長可愛い……)

(隊長を抱きしめたい……)

(いつか絶対に隊長とチューしてやる)

 

 この一番最後のはクラリッサの心の声である。

 

「そうだ。実は教官に頼みたいことがありまして……」

「頼みたいこと?」

「そうです。えっと……いた。あの、最後尾で走っている小柄な少女が見えますか?」

「あぁ…あいつだな」

 

 集団の一番最後尾。

 必死に着いていこうと足を動かしてはいるが、全く追いつける気配が無い。

 

「彼女の名は『ラウラ・ボーデヴィッヒ』。階級は少尉。この部隊では最年少であり、少し前までは『落ち零れ』と呼ばれバカにされていました」

「落ち零れ……」

 

 どこの集団でも、必ず似たようなことは起こる。

 誰か一人をターゲットにして排斥しようとする動きが。

 

「流石に見てはいられなかったので、私が隊長になった時から部隊の規律を正すと同時に、周りにはバレないようにラウラの事を見てやっていたのですが、私だけではどうも限界があるようで。生半可な事ではないと分ってはいたのですが……なんとも不甲斐無い隊長ですよ、私は……」

 

 森を見て木を見ず。

 カスペンは今までずっと部隊全体の事を見てきたが、隊員一人一人の事は全く見てこなかった。

 それ故に、プライベートで個人々々と付き合う事はどうも苦手だった。

 あの三人と仲良くなれたのだって、彼女は未だに奇跡だと思っている。

 

「出来ればでいいので、貴女の方からも彼女の事をよく見てやっていてくれませんか? 自分よりもずっと年上の同性からの言葉ならば、また違った効果が出るかもしれませんから」

「そうだな……日本にいた頃もよく、あいつと同年代の少女達を話していたから、その辺はなんとかなるかもしれん」

「彼女達…ですね」

 

 千冬は全く預かり知らないが、実はラウラとあの三人はとても似た境遇だったりする。

 三人娘で学んだ事を活かせるのではないかと判断したことは、強ち間違いではなかった。

 

「それでは、ヘルベルト・フォン・カスペン大佐。これより国家代表としての仕事に行って参ります」

「気を付けてな」

「了解であります」

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

「……で? これは一体どういう事だ?」

 

 部下が運転する車に乗ってやって来たのは、首都であるベルリン内にある某スタジオ。

 それはいい。そこまでは何の問題も無い。

 今日の仕事は写真撮影。

 スタジオに来ること自体は何も間違っちゃいない。

 問題があるとすれば、それは今カスペンがしている格好の方だった。

 

「キャ~! 想像通り! すっごく可愛い~!」

「いや~! 素材がいいから物凄く絵になるな~! こっちもやる気が出てきたよ!」

「俺の考えに間違いは無かったな! これ程の美幼女の魅力を最大限に引き出すには、普通に格好では役不足だった!」

 

 スタジオに着くなり、挨拶もそこそこに急に衣装担当のスタッフに連れられて更衣室へと向かわされた。

 そして、そこでいきなり『今日の撮影はこの服を着て欲しい』と言われて渡されたのが、テレビなどで活躍している子役が着ていそうな真っ赤で可愛らしいフリルの付いた服……俗に言う『ゴスロリ服』だった。

 

「あの……監督? このようなヒラヒラした服を着て撮影をするなんて全く聞かされていなかったのですが……」

「そりゃそうだ。だって、ついさっき思いついたんだから」

 

 この野郎を全力でぶん殴ってもいいだろうか。

 カスペンは生まれて初めて衝動的に暴力を振るいそうになった。

 

「それじゃあ、時間もあまりない事だし、とっとと撮影に取り掛かろうか」

「「「「は~い!」」」」

 

 スタッフの掛け声と共に準備が進んでいく。

 本当ならば、こんな服なんて一刻も早く脱いでしまいたい。

 別に女物の服を着ること自体はもうそこまで抵抗感はない。

 彼女の母親が無駄に甘やかしてきて、幼い頃の殆どは母の着せ替え人形状態だったから。

 しかし、その姿を大衆に晒すとなれば話は別だ。

 

「このような服装は通常、プライベートで着てこそじゃないのか…? それなのにどうして……」

 

 今更言ってももう遅い事は分かっている。

 この場所では監督の言葉こそが絶対で、今はそれに従う事が自分の仕事だ。

 それでも、簡単に割り切れる事と割り切れない事はある。

 

(いや…ちょっと待てよ? 逆に考えるんだ。早く撮影を終わらせれば、それだけ早くこの服を脱げるんじゃないか?)

 

 カスペン、混乱の余り意味不明な事を言い出す。

 この場合、今の自分の格好を大衆に見られることを防がないといけない訳であって、この服を脱ぐこと自体が目的ではない。

 

「はい! カスペンさん、お願いしま~す!」

「了解です!」

 

 堂々とした足取りで撮影スペースへと歩いていくカスペン。

 20分後、彼女は死ぬ程後悔することになり、そのショックで冷静になって本気で落ち込む事となる。

 

「次はこの青いドレスをお願いしま~す!」

「これだけじゃないのっ!?」

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

 全ての撮影が終わると、カスペンは椅子に座った状態で真っ白に燃え尽きていた。

 

「大丈夫ですか~?」

「ハイ……ダイジョウブデス……」

 

 今にも消え入りそうな声で返事をする。

 実際、カスペンの口からは白いナニかが出ていた。

 

「これジュースです。どうぞ」

「ドーモ……」

 

 スタッフからジュースの入った紙コップを受け取って口をつけるが、全く生気はが戻る様子がない。

 

「しっかし、今まで色んな女の子を撮影してきたけど、ここまでの逸材は滅多にいないな」

「そうですよね! 流石は我が国の誇る『天才美幼女国家代表』ですよ!」

「………へ?」

 

 女性スタッフの一人が放った言葉が上手く聞き取れず、思わず聞き返す。

 聞き間違いだと言って欲しい。というか言って。

 

「て…天才美幼女国家代表って……?」

「あれ? もしかして知らないんですか? カスペン大佐が国家代表に就任した直後からネット上なんかでそんな風に言われてるんですよ」

「物凄い人気で、瞬く間に他の代表候補生が霞むレベルで話題をかっさらっていったよな」

「噂じゃ、非公認のファンクラブまであるとかないとか……」

 

 知りたくなかった新事実。

 ついでに言うと、その非公認ファンクラブを立ち上げた張本人は副官であるクラリッサだったりする。

 

(覚悟はしていた…していたが……覚悟が足りなかった……。まさか、ここまで精神が疲弊するとは思わなかった……。こんな事を織斑教官はしていたのか……。彼女の強さの秘密の一端を垣間見たような気がする……)

 

 本人の勝手な勘違いで千冬に対する好感度が地味にアップした。

 

「これなら、この写真集は売り切れ続出かもしれませんね!」

「となると、次はもっとインパクトのある絵にしないといけないな……」

 

 猛烈に嫌な予感がする。

 目の前に連邦軍の大艦隊が出現した時と同じ恐怖を背筋に感じた。

 そして、その予感は見事に的中するのだった。

 

「よし! 今度は水着とか撮ってみるか!」

「それいいですね!!」

「なんでそうなるっ!?」

 

 思わず大声で叫んでしまった。叫ばずにはいられなかった。

 

「私のような貧相な体の女の水着なんて撮影しても誰も喜ばないでしょうッ!? 需要なんて微塵も無いに決まっている!! やるだけ無駄です!!」

「そうとも限らんよ? 男女問わず、誰しも可愛いものは大好きだからな。可愛い女の子が可愛い格好をする。言葉にすればそれだけの事だが、だからこそ人々の心に届くんじゃないかな?」

「うぐ……!」

 

 正面から論破されてしまった。

 カスペン、完全敗北。

 

「なんで…こうなった……」

 

 椅子に座り直して本気でお落ち込むカスペンだったが、周りからは撮影で疲れたようにしか見えなかった。

 このことで悪い人間は誰もいない。

 きっと、間が悪かっただけなのだ。

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

 この日の夜。

 カスペンは日本にいるソンネンに向けて愚痴に近いラインを送っていた。

 

『写真撮影……やだ……』

「マジで何があったっ!?」

 

 ラインの中だけだが、遂に幼児退行してしまったカスペン。

 頑張れカスペン! 負けるなカスペン!

 IS学園に入学する、その日まで!

 

 

 

 

 

 

 




前半と後半の空気が違いすぎましたね。

でも、なんか楽しく書けたので満足です。

次回は遂に砲術長を登場させる予定です。

本当にお待たせしました。


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彼女は大砲屋

ようやく砲術長を登場させられます。

かなり初期の頃にアンケートをして、やっとって感じです。

本当にお待たせしました。







 千冬がドイツに来てから初めての休日。

 教官として仕事に来たとはいえ、ちゃんと休むべき時には休まなければ、体よりも心の方が先に参ってしまう。

 そして、千冬が休みという事は、他の隊員達も同じように大半は今日は非番になっているわけで。

 

「こんなものかな……」

 

 宿舎にある自分の部屋にある姿見で服装を確認しているのは、私服に着替えたカスペン。

 いつもならば休みの日は実家に帰省をしている彼女だったが、今回は別の用事がある為に帰省は中止した。

 そんなカスペンのしている格好は、白いセーターに紺色のロングスカート、水色のスカーフを首に巻き、財布やスマホなどを入れている緑色のショルダーバックを肩から下げている。

 

「よし。これでいいだろう」

 

 この間は撮影で派手な服を着せられたが、カスペンが本来好むのはこのような落ち着いた服装なのだ。

 根っからの軍人としての性か、派手な服はどうも好きにはなれない。

 

「まだ時間はあるな……そうだ」

 

 何かを思いついたのか、戸締りを確認した後に廊下に出て、ある部屋を目指して歩き出す。

 暫く歩いてから目的の場所に着いたのか、彼女は部屋の扉をノックする。

 

「お休みの所失礼します。カスペンです」

『大佐か? ちょっと待ってくれ。すぐ開ける』

 

 ゴソゴソという音の後に、少しだけ扉が開かれて部屋の主である千冬が顔を覗かせた。

 どうして千冬が扉を全開しないのかは……御理解頂けると思う。

 

「急にどうした…ん…だ……」

 

 カスペンの私服を見て千冬は完全に固まった。

 普段は規律正しく自分を律している軍人の鑑のような彼女が、完全にどこにでもいる普通の女の子と化していたからだ。

 

「実は、今日はある場所へ出かける予定なのですが、もしお暇でしたら観光ついでに一緒に行きませんか?」

「そ…そう…だな……うん。私もまだ碌に街の様子とか見ていなかったし…偶にはいいかもしれん」

 

 つい、カスペンの可愛さに押されて衝動的に返事をしてしまった。

 因みに、この手の事に真っ先に食いつきそうなクラリッサは、昨夜は次の日が休みであるのをいい事にしこたま酒を飲んで、今はベットの上で爆睡中である。

 

「すぐに支度をするから、少し待っててくれ」

「時間は有るので急がなくてもいいですよ」

 

 すぐにドアを閉めてから、さっき以上にドタバタと音が聞こえてくる。

 普通に着替えるだけでなんでこんな音が聞こえてくるのか。

 それは千冬の部屋を過去に一度でも覗いたことのある人物だけが知る。

 

「お…お待たせ……」

 

 十数分後。千冬は息を切らせながら部屋から出てきた。

 白いTシャツに黒いジャケット、レディースのジーパンと、割と普通の格好だった。

 千冬もまた、普段から余り洒落た服装は着ようとはしなかったから、これと似たような服しか持ってはいない。

 

「では、参りましょうか……ん?」

 

 ふと、視界の端に見覚えのある小さな人影が見えた。

 それを見て、カスペンは思わず声を掛けていた。

 

「ボーデヴィッヒ少尉」

「た…大佐っ!? それに織斑教官もご一緒に! お…おはようございます!」

「あぁ、おはよう」

 

 朝から自分の尊敬する二人に会って、いきなりガチガチに緊張するラウラ。

 まだ会ってから日が浅い千冬はともかく、もうかなりの時間を共に過ごしているにも拘らず、未だに緊張をされる自分が悲しくなるカスペン。

 そこでまた、カスペンの思いつきが炸裂した。

 

「ちょっと尋ねるのだが、少尉は今日の予定は何かあるのか?」

「今日の予定…でありますか?」

「そうだ。何か用事があるのならば別に強制はしないのだが、実は今から私用で出かけるところでな、よかったら少尉も一緒に来ないか?」

「わ…私もお二人とご一緒にっ!?」

「いい暇潰しにはなると思うのだが……イヤか?」

 

 ここで必殺の上目使い攻撃。

 これをカスペンは全くの無自覚でやっている。

 

「い…いえ! そのような事はありません! 私も今日は何も予定らしい予定は無かったので、喜んで大佐と教官にお供します!」

 

 普通ならばお世辞とか言っていると思われるだろうが、この場合はマジの本心だったりする。

 というか、この基地内にカスペンからの『お誘い』を断るような人間は一人もいない。

 勿論。千冬も含めて。

 

「では、部屋に戻って私服に着替えてくるといい。別に慌てる必要はないぞ。時間ならばまだまだたっぷりとあるからな」

「し…私服…でありますか……」

「あぁ。私やクラリッサ達がやった御下がりがあるだろう?」

「は…はい。では、着替えてきます……」

 

 足取り重く近くにある自分の部屋に戻るラウラ。

 実は、幼い頃から軍で生きてきたラウラは、私服の類を全く所持していなかった。

 本人は微塵も気にしてない様子だったが、流石に不憫だと感じたカスペンが、実家から自分の着古した私服をもって来て、更には部下達にも自分達の御下がりを渡すように命じた。

 元から部隊のマスコット的な存在だったラウラに渡すとあって、誰も拒否などはしなかった。

 今ではかなりの衣装持ちとなっているのだが、余り外に出ることの無いラウラには完全に宝の持ち腐れとなっていた。

 それを知り、いい機会と判断し、ラウラに少しでも私服に慣れて貰うついでに、隊長らしく部下とのコミュニケーションを図ろうと思い至ったのだ。

 

「た…隊長……」

「来たか」

 

 恐る恐る戻ってきたラウラは、真っ黒なワンピースに真っ黒な靴に真っ黒なバックと、まぁ見事に上から下まで黒尽くしだった。

 恐らく、普段から来ている黒い軍服を意識したのだろう。

 

「ど…どうでしょうか…?」

「うん。いいんじゃないか? よく似合っていると思うぞ」

「うぅぅ……」

 

 恥ずかしそうに俯いてスカートの裾を握るラウラ。

 眼帯をしている事を除けば、もう完全にどこにでもいる普通の少女だった。

 

(こいつもかなり可愛いな……。と言うか……)

 

 千冬の目の前で私服のカスペンとラウラが話している。

 この場にクラリッサがいなくて本当に良かった。

 

(これ…私だけが完全に浮いてないか? 格好も背丈も……)

 

 今更気が付いても、もう遅い。

 恨むのなら、これまで服に頓着しなかった自分を恨んでほしい。

 

「それでは、改めて参りましょうか。まずは駅に向かいます」

 

 こうして、カスペンと千冬とラウラの休日が始まった。

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

 バスで移動をしてから到着したのは、ベルリン中央駅。

 構内を歩きながら、千冬は物珍しげに視線だけを色んな場所に向けて、ラウラは思い切ってカスペンに質問してみた。

 

「あ…あの…大佐」

「なんだ?」

「これからどこに向かうのですか?」

「まだ言ってなかったか?」

「は…はい」

「今から行くのは『ルール工業地帯』にある『エッセン』だ」

「エッセン…ですか?」

「あぁ。そこに私の大切な友人の一人が働いていてな。前々からよく会いに行くようにしているんだ。いつもは一人で行っているのだが、偶には誰かと一緒に行くのもいいかと思ってな」

「そう言えば、よく大佐が休日に外出することが多かったが、ご友人に会いに行っていたのか……」

「そういう事だ。隊員の中でこれを話したのは少尉だけだぞ?」

「わ…私だけ……」

 

 他の皆が知らないカスペンの秘密を自分だけが知っている。

 それを自覚した時、ラウラの心の中に不思議な感情が湧きあがった。

 

(私だけが大佐の事を皆よりも多く知っている…か。なんか…嬉しいな……)

 

 そうして話している間に、切符売り場に到着し、切符を購入することに。

 

「切符代は私が出しましょう。無理を言って付き合って貰った礼変わりです」

「い…いや、それぐらいは自分で出す。これでもそれなりに金は持っているぞ?」

「そうです! 何も大佐がお支払する必要は……」

「いいんだよ。これは私なりのけじめだ。それに、国家代表はかなりの高給取りでな、こうでもしないと使い切れないんだ」

「それは…そうだが……」

 

 千冬も嘗ては国家代表だったから、代表がどれだけの給料を貰っているかは理解出来る。

 そのお蔭で、自分達は生きていけたのだから。

 

「ベルリンからエッセンまでは、昔は鉄道でも四時間も掛かっていましたが、今は技術も発達して、約一時間で到着するようになりました」

「四時間を一時間に短縮か……普通に凄いな……」

「ドイツの鉄道技術は世界一ですから」

 

 ある意味でお約束のセリフである。

 

「まだ時間があるな……。列車の中で何か食べられるものを買いましょうか。朝食代わりに」

 

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

 列車の中で売店で買ったサンドイッチを食べながら、千冬にこれから向かうエッセンについての説明をしていると、あっという間に目的地に到着してしまった。

 

「工業地帯と聞いていたから、もっと機械的な場所を想像していたが……」

「エッセンはルール工業地帯の中央都市ではありますが、同時にドイツが世界に誇る観光地でもあります。特に『ツォルフェアアイン炭鉱業遺産群』は世界遺産にもなっている程です。近年では工業以外にも『芸術と文化の都市』にもなっていて、美術館もあるんです」

「観光地であり、同時に芸術の都市でもある…か。道理で多くの人々で賑わっている筈だ」

 

 駅から出た三人は、人で溢れかえっている中を歩いている。

 今日が休日という事もあり、いつも以上に街は賑わっていた。

 

「少尉。逸れないように手を繋いでおこう」

「た…大佐っ!?」

 

 ラウラの了解を得る間もなく、カスペンは彼女の手を握った。

 それにより、ラウラの心拍数が一気に上がったのは言うまでもない。

 

(た…たたたたた大佐と手を繋いで歩いて……スベスベで柔らかくて…綺麗で…)

 

 これまでにない経験のオンパレードで、ラウラの頭の中は混乱しまくって目がグルグルしていた。

 

「織斑教官も手、よろしいですか?」

「わ…私もか? そ…そうだな。こんなに人がいる以上、念には念を入れて然るべきだな……」

 

 なんて自分に言い訳をしつつも、実はかなり嬉しかったりする。

 

(な…なんて小さい手なんだ……。だが、この感じ……昔を思い出すな。あいつらが小さい頃はよく、こうして手を繋いで歩いていたものだ…)

 

 勿論、千冬の言う『あいつ等』とは、あの三人娘の事である。

 

「ここから更にバスに乗って移動するのですが、今度はそこまで時間は掛かりません。すぐに着きますよ」

「大佐のご友人はどこにいらっしゃるのですか?」

 

 ラウラの純粋な疑問。

 ここからバスに乗って移動となると、確実に街の端の方に行くこととなる。

 

「友人は私よりも一歳年下でな、とある小さな工場で働いていてるんだ。小さいと言っても技術力は折り紙付きだし、私達もよく世話になっている。様々な機器の部品を発注したりしてな」

「発注……? まさか、今から行く場所とは……」

 

 カスペンの言葉でラウラは今から行く場所に検討がついたようで、しきりに頷いていた。

 

 その後、バス停に到着した直後にナイスタイミングで目的地行きのバスがやって来て、迷わずそれに乗った。

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

「ここだ」

 

 列車にバスと乗り継いでようやく到着した場所は、少しだけ古臭い町工場。

 ここの他にも数多くの中・小の町工場がここには存在し、主に大きな工場や店舗などの下請けをしていたりする。

 

「ここに大佐のご友人が……」

「なんとなく、日本にある町工場なんかを彷彿とさせるな……」

 

 雰囲気自体は似たり寄ったりで、かなりのガテン系の匂いがする。

 実際、窓から除く中の光景は、つなぎを着たガタイのいい男性たちが汗を流して働いている。

 

「なんだよ。また来やがったのか?」

「私が友人に会いに来てはいけないのかな?」

「誰もそうは言ってねぇだろうが…ったくよ……」

 

 仕事場の外にここには似つかわしくない人間達がいるのが気になったのか、中から一人の人物が出てきた。

 

 黒いショートヘアの少女で、薄汚れた白いタンクトップと緑色のツナギの上部分を撒くって腰の部分で結んでいる。

 カスペンよりも一歳年下……十三歳とは思えない程のスタイルで、歩くたびに少しだけ胸が揺れ、ちゃんと谷間まで出来ていた。

 その頬には煤汚れがついていて、先程まで何かの作業をしていたと思われる。

 だが、それ以上に特徴的なのは、彼女が左目に着けている眼帯だった。

 

(あの眼帯は……私を初めとするハーゼ隊の皆が着けている物と同じ……?)

 

 全く見知らぬ物が自分と同じ眼帯を付けている。

 なんとも奇妙な光景を前に、ラウラは完全に固まっていた。

 

「しかも、今日は他にも連れがいやがるのかよ。ここは遊び場じゃねぇんだぞ」

「偶にはいいと思ってな」

「お前な……」

 

 呆れながら頭を掻き、大きな溜息を吐く。

 どうやら、このような事は今日に始まった事ではないようだ。

 

「取り敢えず、まずは君のお父上に挨拶をさせてくれないか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アレクサンドロ・ヘンメ大尉」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




砲術長……登場です!!

ここまで本気で長かった……。

TSした砲術長の容姿は、艦これで大人気の艦娘である『天龍』です。

勿論、TSしたイグルーメンバーの中ではスタイルの良さはぶっちぎりです。

この段階ではまだ中学生ぐらいの筈なのに、めっちゃ揺れます。

バインバインのボインボインです。

原作ヒロインで比肩するのは箒ぐらいだと思います。


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大佐の誘い

段々とではありますが、またもや男の娘派が追い上げてきましたね~。

これは本気で結果が分らなくなってきました。












「取り敢えずは着いてきな」

 

 工場の中から出てきた少女…アレクサンドロ・ヘンメの後ろから着いて行く形で、三人は中へと入っていった。

 

「「おぉ~……」」

 

 そこには様々な機器が並んでいて、ガタイのいい男達が汗水流して働いている。

 汗と油が混ざり合ったような匂いが辺りに漂うが、不思議と不快ではない。

 どうやら、ここは機械関係ならばなんでも取り扱っているようで、大型車が分解された状態で修理されていると思いきや、少し離れた場所では冷蔵庫を直している。

 その中でも千冬とラウラの目についたのは、矢張り『アレ』だった。

 

「ISの部品…か?」

「そのように見えますが……」

 

 本当にピンからキリまで何でもやる。

 小規模であっても、その技術力は本物だと理解した。

 

「何見てんだ? こっちだよ」

「あ…あぁ……」

 

 ヘンメに言われて、すぐに視線を元に戻してから追いつく。

 そうして連れてこられたのは、工員たちが普段、休憩をするスペース。

 灰皿などがある事から、ここは休憩所であると同時に喫煙所でもあるようだ。

 

「ここで待っててくれ。すぐに親父を連れてくる」

 

 そう言って、ヘンメは部屋から出て行く。

 残されたのは、カスペン達だけ。

 

「外からは分からないぐらいに凄かったでしょう?」

「そうだな……普段は見慣れない現場を見たような気分だ」

「ここは昔から『あの基地』や『カスペン家』が世話になっている工場でしてね。特に基地で扱っている戦車やISの予備パーツや、それに関わる様々な機器はここで発注をしているんです」

「そ…そうだったのですかっ!?」

 

 思わず立ち上がるほどに驚くラウラ。

 自分達がドイツ軍でも精鋭中の精鋭であると信じて疑っていない彼女からすれば、こんな小さな工場が自分達を裏から支えていた事は俄かには信じられなかった。

 

「他の基地などはこのような町工場を過小評価して見下しているが、私からすれば愚かとしか言えない。寧ろ、このような場所にこそ優れた才能や技術が眠っていると言うのに……」

「全く持ってその通りだ。相変わらず、いい事を言うじゃねぇか。大佐さんよ」

 

 話に割り込みながら部屋に来たのは、ヘンメが先程呼びに行った工場長。

 他の工員なんて比較にすらならない程に体が鍛え上げられていて、何も知らない人間が見ればボディービルダーと勘違いをしてしまうだろう。

 顔の下半分を覆っている口髭が更にその迫力を増幅していてはいるが、なんでか安心する佇まいだった。

 

「お久し振りです。工場長」

「おう。久し振りだな。で? 今日もまたうちのバカ娘に会いに来たのか?」

「おいこら親父。誰がバカ娘だって?」

「お前以外にいるか。アホ」

 

 最初から親子喧嘩モードだが、いつもの事なのでカスペンは何も言わない。

 逆に、いきなり何事だと思った千冬とラウラは普通に焦っていた。

 

「だ…大丈夫なのか?」

「心配無用です。これがこの親子なりのコミュニケーションですから」

「そう…なのですか?」

 

 暫くして文句の言い合いが終わり、改めてこっちを向いた。

 

「おっと、悪かったな。なんか無視するような事をしちまって」

「お気になさらず。慣れましたから」

「嬢ちゃんも強かだねぇ……」

 

 見た目は子供でも、中身は歴戦の軍人なのだ。

 この程度では狼狽えたりはしない。

 

「そこの二人はお前さんの知り合いか?」

「はい。こちらの女性は織斑千冬さんとおっしゃって、今は日本からいらっしゃっていて、ハーゼ隊の基地にて訓練教官をしているのです」

「初めまして。織斑千冬です」

「おう! 俺はここの工場の頭張ってる『ベルナルド・ヘンメ』だ。で、こいつが俺の娘の……」

「アレクサンドロ・ヘンメだ。長くて呼び難いだろうから、オレの事は気軽に『アレク』でいいぜ。ここの皆もそう呼んでる」

 

 この『アレク』という愛称。

 実は生まれ変わってから初めてつけられたもので、こんな事は前世では一度も無かったためか、かなりこの愛称を気に入っていたりする。

 だから、色んな人に呼んでほしいと思っている。

 

(先程、大佐は彼女の事を『大尉』と呼んでいた。では、この少女は元は軍人だったのか? だが、なんでかそれは深く聞いてはいけないような気がする……)

 

 一瞬だけ好奇心が勝りそうになったが、ラウラはグッっと堪えた。

 これもまたラウラが少しだけ成長している証拠かもしれない。

 

「そして、この子が私の部下の一人であるハーゼ隊の隊員の……」

「ラウラ・ボーデヴィッヒ少尉であります!」

「あっはっはっ! 大人しそうな顔をして、元気なお嬢ちゃんじゃねぇか!」

 

 力任せにベルナンドがラウラの頭を撫でるが、不思議と落ち着いた。

 それは、彼女が生まれてこの方『父性』というものを知らなかったからだろう。

 

(彼は私の名前を聞いても何の反応もしなかった。もしや、モンドグロッソの事を何も知らないのか? それとも、知っていて敢えて何も聞かなかったのか? いや……別にどっちでもいいか。少なくとも、ここでは私の事を『ブリュンヒルデ』として見る人間はいない……それでいいじゃないか)

 

 自分の事を『一人の人間』として見てくれる。

 たったそれだけで、千冬にはここがとても居心地が良かった。

 

「今日は完全にプライベートで来たのですが…ついでにコレも持ってきました」

「こいつは……?」

「次に発注する部品のリストです」

「プライベートのついでに仕事をするって……」

 

 カスペンがバッグから取り出したのは一枚の紙。

 それは表になっている発注書だった。

 

「まぁいいじゃねぇか。いつでも仕事熱心なのは嫌いじゃない。確かに受け取った。近日中には確実に届けさせる」

「いつも、ありがとうございます。そちらの迅速な仕事のお蔭で、本当に皆が助かっています」

「そいつはお互い様だ。こっちも、ハーゼ隊って言う『お得意様』がいてくれるお蔭で仕事には困らないで済んでるんだ。持ちつ持たれずってやつだ」

 

 ゴツゴツした手で、カスペンと握手を交わす。

 強面の中年男性と金髪美幼女が握手をしている姿は、かなりの違和感があった。

 

「それで、本当はウチのアレクと話しに来たんだろ? 丁度、今から休憩をしようと思ってたところだ。好きなだけ話していってくれ」

「分りました。ところで、一つお願いしたいことがあるのですが……」

「なんだ?」

「私がアレクと話している間、織斑教官とボーデヴィッヒ少尉にこの工場を見学させてくれませんか?」

「別に構いやしねぇが……なんでまた? こんな場所、見たって何も面白くはねぇだろうよ」

「そうとも限りません。日本から来た織斑教官には、この国で見る物全てが真新しく見える筈です。それはウチの部下も同様。少しでも色んな事を見聞きして後学に活かしてほしいのです」

「隊長さんも大変だな……いいぜ。お二人さん、着いてきな」

「「は…はい!」」

「危ないから、機械に触るんじゃねぇぞ」

 

 ベルナンドが二人を連れて行くのを見送ってから、アレクは大きく溜息を吐いた。

 

「これで心置きなく話せるってか?」

「まぁな」

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

「これはだな……」

「「おぉ~……」」

 

 二人がベルナンドを初めとする工員たちに色んな説明を受けているのを見ながら、カスペンとアレクは端の方で壁に体を預けて立っていた。

 

「ほらよ」

「ありがとう」

 

 アレクがカスペンに缶コーヒーを手渡し、同時に蓋を開ける。

 

「あのよ。いい加減にオレの事を階級で呼ぶのを止めろよな。人前で言われた時は本気でヒヤっとしたぞ」

「ははは……悪かったよ。どうも、昔のイメージが抜けなくてね」

「あのなぁ……」

 

 笑って誤魔化してはいるが、言われた方は溜まったもんじゃない。

 

「にしても、まさかお前さんが他にも客を連れて来るとは思わなかったぜ」

「単なる気紛れだよ。深い意味は無い」

「そうかよ。織斑千冬っていやぁ、元日本代表でブリュンヒルデだろ? 文字通り、世界一の有名人じゃねぇか。なんでそんな女がお前の所にいるんだよ」

「ドイツと日本のお偉いさんが外交目的で彼女を利用したのさ。表向きはな」

「本当は?」

「あわよくば、自国に引きずり込もうという魂胆だろう。そのような事は私が絶対に許さんがな。彼女には彼女の故郷があり、帰るべき場所がある。それを奪うような事だけは絶対にしてはいけない」

 

 チビチビとコーヒーを飲みつつも、何も持っていない『左手』がギシギシと音を立てる。

 

「そういや聞いたぞ。お前も国家代表になったんだって? おめっとさん」

「完全にプロバガンダ目的だろうがな。代表になってからずっと、写真撮影やらインタビューやらの仕事ばかりだ」

「国家代表なんてそんなもんだろ?」

「私がモンドグロッソに出場するのと、私の胃に穴が開くの…どっちが先かな……」

「その歳で悲しい事を言うなよ……」

 

 肉体年齢弱冠14歳の少女がストレスによる自分の胃の事を心配する。

 かなりシュールな絵図だった。

 

「今日は愚痴を言いに来たのか?」

「それも目的の一つだ」

「マジかよ……」

 

 片道一時間以上掛けて愚痴を言いに来るとは。

 それだけストレスが溜まっている証拠なのか。

 

「……少し前、私達の部隊が第二回モンドグロッソの会場警備をしていたのは知っているな?」

「お前が教えてくれたからな。それがどうかしたのか?」

「……そこで、私たち以外に生まれ変わっている第603技術試験隊のメンバーに会った」

「はぁっ!?」

 

 今回、初めてアレクが本気で驚いた。

 一つしかない目を大きく広げ、思わず壁から体を離したほどに。

 

「デメジエール・ソンネン少佐。ジャン・リュック・デュバル少佐。そして、ヴェルナー・ホルバイン少尉。この三人もまた、私達と同様に女性となって生まれ変わっていた」

「ソンネン少佐って言えば、あの戦車教導団の鬼教官だろ? 単なる大砲屋だったオレでも知ってるぐらいの有名人じゃねぇか」

「実際には部下思いの優しい人物だったがな」

「デュバル少佐は確か…ツィマッド社から出向してるテストパイロットじゃなかったか? なんとかっていうMSの開発に携わっていたとか……」

「ヅダな。皮肉にも、この世界に来てから真の意味で完成を迎えた悲運の機体でもあるがな……」

「最後の奴は知らねぇな。誰だ」

「ホルバイン少尉は海兵隊の所属だ。知らないのも無理はない」

「成る程な。オレとは微塵も縁の無い部隊の出身者ってか」

 

 ここまで話し、アレクはある事に気が付く。

 

「ちょっと待て。なんでお前はそいつらだって分かったんだ? 三人は女になってたんだろ? オレやお前みたいに見た目は完全に変わっている筈だ」

「三人それぞれに専用機に乗っていたからさ。彼ら…いや、彼女達にしか乗りこなせない機体にな……」

 

 あの時の感動は今でも鮮明に思い出せる。

 なにせ、カスペンが本気で泣いた日でもあるから。

 

「彼女達は自分達の友人をテロリストの魔の手から守る為に、日本からドイツまでやって来ていた。篠ノ之博士の手引きでな」

「これまた凄い奴の名前が出てきたな……。よりにもよって、そいつらはISの開発者と繋がってるのかよ」

「一応、私も彼女とは少し話したよ」

「どうだった?」

「世間一般で言われているような冷徹な女性じゃなかった。ちゃんと話せば分かってくれる人物だと私は思った」

「大衆の意見ほど、当てにしちゃいけないからな……」

 

 缶コーヒーを全て飲み終えたアレクは、近くにあるゴミ箱へと空き缶を投げて、見事にシュートイン。

 

「お見事。腕は衰えていないな」

「これぐらい、誰だって出来るッつーの」

 

 手持無沙汰になったのか、空いた手をポケットに入れた。

 

「今回来た主目的は、オレに他にもお仲間がコッチに来ている事を教える為だったのか?」

「それもある」

「その言い方……本命は別にあるって事か」

 

 ここでカスペンは目を閉じ、一息置いてから口を開けた。

 

世界蛇(ヨルムンガンド)

「!!!」

「貴官の『魂』とも呼べるアレが少し前に完成した。勿論、開発計画自体は極秘中の極秘だが、君だけはそれを知る権利がある…というか、これは元々、貴官の為に開発されたと言っても過言じゃない」

 

 アレクが渋い顔をして俯く。

 ヨルムンガンド。それは自分にとっての掛け替えのない無二の相棒であり、己の魂、体の一部と言っても差し支えない。

 

「……お前はオレに何を望んでいるんだ」

「私の…私達の同志になって欲しい」

「前にも言ったが、オレはもう軍に関わるつもりは……」

「誰もハーゼ隊に入れとは一言も言っちゃいない。話は最後まで聞いてくれ」

「わ…悪りぃ……」

 

 軽く咳払いをしてから話を再開する。

 

「さっき、例の三人がテロリストと戦っていたと言ったな?」

「おう。それがどうかしたのか?」

「奴等の名は『亡国機業(ファントム・タスク)』。第二次世界大戦時から世界の裏で暗躍し続けていると言われている秘密結社だ」

「秘密結社……」

 

 平常時ならば一笑に伏す単語だが、カスペンが出す雰囲気がそれを許さない。

 

「そいつらがああも堂々と表舞台に姿を現したという事は……」

「近い内…少なくとも後数年の内に本格的な攻勢に出る可能性がある…か?」

「私はそう睨んでいる。その時に、少しでも多くの実力者が必要になる」

「オレみたいな『宇宙世紀を生きた軍人』が必要って訳か」

「上の連中は奴らを軽視しているようだが、私はそうじゃない。連中との戦いは間違いなく『戦争』に発展すると私は睨んでいる」

「戦争……ね」

「その時、本当の意味で戦力になるのは私や君のような『戦争経験者』だけだ」

「戦場で銃もまともに撃てない奴は足手纏い以下ってか……」

「厳しい言い方かもしれんがな。平和な世界で生きている少女達に、血の匂いや味は覚えて欲しくは無い」

「そうだな……」

 

 もしもカスペンの言ったことが本当に起きたら、間違いなくISが主戦力として戦場に駆り出される。

 だが、この平和な世界に生きる少女達に果たして『人殺し』が出来るだろうか。

 答えは否。断じて否である。

 

「平和の犠牲はオレ達だけでいい……か」

「……済まない」

「気にすんなよ。いつかはこんな日が来るんじゃないかって予想はしてた」

「アレク……」

「どれだけこっちが『平穏』を望んでも、『戦争』の方からやって来ちゃ意味ねぇな……」

「全くだ……」

 

 徐にカスペンがバッグの中から、ある物を出してアレクに渡した。

 

「なんだこりゃ?」

「ウチの基地に入る為の許可証だ。今の君は軍人じゃないからな。基地に入るにはこれが必要不可欠だ」

「御尤も」

 

 受け取った許可証をポケットに入れてから、まだ見学中の二人に目を向ける。

 

「そっちの都合がつく日で構わないから、一度こっちに来てくれると助かる」

「わーったよ。その時はオレから連絡する」

「助かる。その場でまた君に話したいことや、して欲しい事があるから、来る時は時間に余裕を持って来てほしい」

「りょーかいだよ。大佐殿」

 

 それからは難しい話ではなく、年頃の少女らしい何気ない会話で盛り上がった。

 カスペンとアレクの顔にも、先程までは無かった笑顔が浮かんでいた。

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

「「「ありがとうございました」」」

 

 帰る時間になり、三人は工場の前でベルナンドやアレクに礼を言う。

 特に千冬とラウラはかなり満足したようで終始、笑顔だった。

 

「またいつでも来てくれて構わんぜ。少しはここも華やかになるってもんだ」

「いや、オレも(今は)立派な女なんだけど……」

「テメェみたいなガサツな女に華なんてあるわけねぇだろうが! ちっとは大佐の嬢ちゃんを見習って女らしさを勉強しやがれ!!」

「なんだとぉ~っ!?」

 

 結局、最後まで喧嘩ばかりしていたヘンメ親子だった。

 千冬とラウラがそれを少しだけ羨ましいと思ったのは内緒である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次回以降から砲術長の出番が一気に増える予定です。

そして、当然のように神出鬼没な兎さんとも……?


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過去に立ち向かえ

最近思ったんですけど、この作品の話って約9割が完全オリジナルなんですよね。

それでここまでの高評価を受けてるって事は、私はもしかして原作付きの二次創作よりも、オリジナルを書く方が向いているのでは? なんて分不相応な事を考えてしまっています。

いつの日か、完全オリジナルの作品も書いてみたいな~なんて思ってはいるのですが、それが実現するかはわかりません。

ネタ自体はずっと前から温めていた物があるのですが、それを文字にする勇気がまだ湧きません……。







 これまた毎度御馴染みの束の移動式ラボ。

 今回もまた束はモニター越しに何かを見ていたようだ。

 

「ほっほ~……にゃるほどね~。スーちゃんがちーちゃん達と一緒に態々会いに行ってるから、なんなんだろうな~と思っていたら、こんな事だったとはねぇ~」

 

 何かイヤらしいことでも考えているのか、ニヤニヤしながらモニターを眺める。

 そこには、カスペンと話しているアレクの姿が映し出されていた。

 

「何が『にゃるほど』なんですか?」

「クーちゃん」

 

 ジト目をしながらお茶を持っていたクロエが、束の近くに湯呑を置き、彼女が見ているモニターに視線を向けた。

 

「この方は……」

「スーちゃんのお友達だって」

「スーちゃんさまとは……この間、デュバルさん達がドイツに行った際に束がお知り合いになられたという現ドイツの国家代表選手…ですよね?」

「そうなんだよ~! あんな可愛い見た目をしてるのに、これまで常勝無敗なんだよっ!? 凄過ぎでしょっ!?」

「そうですね。私よりも小さいのに、歳が上だなんて…信じられません」

「『事実は小説よりも奇なり』ってよく言うけど、まさか天然の金髪美幼女がいるとは私も想像してなかったよ。あれだね。間違いなく、色んな意味でスーちゃんは世界の宝だね」

 

 束も女らしく、可愛いものには目が無い性格をしている。

 特に、カスペンのような美幼女は束の好みにドストライクだった。

 

「多分、三回目のモンドグロッソじゃ、スーちゃんが三代目のブリュンヒルデになるんじゃないかな?」

「それ程なのですか?」

「私も実際にこの目で見るまでは半信半疑だったけどね。ネット上にスーちゃんが試合をしている映像が流れてたんだ。ぶっちゃけ、圧倒的。他の有象無象なんて歯牙にすらかけないってレベル。あそこまで無双を見たのは、ちーちゃんの時以来かも知れない」

「束さまにそこまで言わせるとは……」

 

 クロエが持って来てくれたお茶を一口飲んでから、今度はアレクが映っているモニターに目を向ける。

 

「にしてもまさか、この眼帯っ子ちゃんが、あの『ヨルムンガンド』の操縦者だったとはね」

「それは確か、この前に束さまが……」

「そ。余りにもスーちゃんが困っていたから、ずっと前にデューちゃん達から預かっているUSBの中にあったデータの一部を別のUSBにコピーして、そのままスーちゃん個人にあげちゃった」

 

 束は普通に言っているが、他の人間が聞けば飛んで驚くことだ。

 『天災』篠ノ之束が一個人の為に尽力したのだから。

 

「一応、既存の技術でどうにかなるように私の方で一部を再設計(魔改造)しておいたから、なんとかなるんじゃないかな。ドイツの技術力って中々に侮れない所があるから」

「『ドイツの科学力は世界一』…ですか?」

「いやいや。世界一なのは束さんの技術力だから」

「自分で言いますか」

「事実だもん」

「だもんって……」

 

 自分の主人の言葉に出来ない一面を見せつけられて、なんて反応したらいいか本気で困るクロエ。

 近い内、彼女にもまた『胃薬』という新しい友達が出来るかもしれない。

 

「艦隊決戦砲『ヨルムンガンド』。それ自体が戦艦に匹敵する程の巨躯を誇り、超高出力核融合プラズマ収束砲を発射する、ある意味最強の浪漫兵器」

「一回発射するごとに超高額なコストがかかる上に、連射も不可能で、地球の磁場の影響を受けやすいプラズマ弾で、味方からの観測情報が無いと正確な射撃が出来ない。欠点を言えばキリがないですが……」

「その威力はまさに一撃必殺。仮に直撃を避けられても、掠っただけで伝送系は全て破壊される。そんな代物をスーちゃんは本気でISサイズにまでダウンサイジングしようと頑張っていた」

 

 頬杖をついてモニター越しにカスペンを見る束の顔には、何の裏も無い純粋な笑顔があった。

 

「あんな風に可愛い困った顔を見せつけられたら、私じゃなくても手伝ってあげたいって気持ちになっちゃうよ」

 

 束の中ではもう、完全にカスペンも『身内』に入っている。

 いや、もしかしたら妹のように想っているかもしれない。

 

「そう言えば、データを送る際、何か別の物も一緒に送っていませんでしたか?」

「あー…あれ? あれはね、ヨルムンガンドを真の意味で完成させる為のダメ押しであると同時に、私からスーちゃんへのプレゼントだよ」

「プレゼント…ですか。で、何を送られたんですか?」

「私が新しく作ったISのコア」

「…………は?」

 

 一瞬、クロエの思考が普通に停止した。

 

「ア…ISのコアを送られたんですか……?」

「そうだよ。あのままじゃ目標の出力には遠く及ばなかった。ならどうすればいいのか? 答えは簡単」

「ヨルムンガンドにISコアを設置し、そこからエネルギーを持ってくればいい……」

「その通り。本来ならば、ISコアは色んな事にエネルギーを割いてるから、結果的に攻撃に向けるエネルギー自体はそこまで高くない。だからこそ、外付けでいろんな武装を設置してるんだしね」

「でも、ヨルムンガンドは、そのエネルギーの全てを攻撃に向けられる」

「間違いなく後にも先にもヨルムンガンドを越える攻撃力を持つ武装は生まれないだろうね。なにせ、原型機にあった欠点の殆どを克服しちゃってるからね」

「それを任されたアレクサンドロ・ヘンメさん……この方も他の皆さんと同様に優れた才能を秘めているのでしょうね」

 

 口では褒めているように聞こえるが、クロエの目はモニターに映っているアレクの事をジーっと睨んでいた。

 正確には、その歳不相応な胸を睨んでいた。

 

「データによると、目視観測で直撃させてるらしいんだよね。その時点で普通に『天才』の領域だよ。多分、私でも同じことは難しいだろうし」

 

 最近になって束が誰かを褒める事が多くなった。

 それは偏に、彼女の周りに千冬以外の『超越者』が増えてきたからに他ならない。

 

「アレクサンドロ・ヘンメ……アーちゃんだね!」

「私…この人の事、余り好きになれそうにありません」

「なんで?」

「だって…だって……!」

 

 お茶を運んできたお盆を力一杯握りしめ、クロエは思いのたけを叫んだ。

 

「私と少ししか歳が違わないのに、どうしてあんなにも発育がいいんですかっ!? 絶対におかしいですよ! 見ましたっ!? あの人、歩く度に思いっ切り胸が揺れてたんですよっ!? しかも、谷間が丸見えになるような服装で! あれですか? 未だにまな板な私に対するあてつけですかっ!?」

「いや…成長の個人差に文句を言われても……」

「デュバルさんやソンネンさんやヴェルナーさんは、ちゃんと少しの膨らみがある程度なのに!」

「私が思うに、デューちゃんはあと10年ぐらい経つと私やちーちゃんすらも超えるグラマラスボディになってそうな気がするんだよね……」

「まさかの裏切りですかっ!? 私と同じ同志だと信じてたのにッ!?」

 

 デュバル、勝手に裏切り者扱いされる。

 

「アーちゃんと実際に話してみたいなぁ~……」

 

 また嫌なフラグが立った。

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

 カスペン達がやって来た日の夜。

 アレクは一人、自分の部屋のベッドの上で電気も付けずに黄昏ていた。

 

「ヨルムンガンド……か」

 

 忘れられない。忘れる訳がない。

 前世における自分の死に場所であり、同時に自分の大砲屋としての誇りと魂の全てを掛けた相棒。

 

「オレは……」

 

 昼間はあんな事を言ったが、実際はまだ迷っていた。

 ずっと前、自分がまだジオン軍人だった頃、アレクとヨルムンガンドは見向きもされないどころか、MSの隠れ蓑にされてしまった。 

 生まれ変わって女の身になった今でも、その時の事を昨日のように鮮明に覚えているアレクは、ある種の『教訓』を得た。

 

(例えどれだけ信頼する仲間がいても、大切な友がいても……いざと言う時に助けてくれるとは限らない。絶体絶命の危機に駆けつけてくれるとは限らない…)

 

 だから彼女は、物心ついてからすぐに町工場を経営している父に頼み込んで、彼の持つ機械工学の全てを叩き込んで貰った。

 学校などにも一切行かず、只管に父の仕事を手伝い続けた。

 前世の記憶のお蔭で勉学などは必要なかったし、工場でしか学べない事を必死に勉強し、今では父と同等の仕事が出来るようにまでなった。

 勿論、仕事の合間に自分自身の体を鍛える事も忘れておらず、体つきも少女とは思えない程にしっかりしている。

 別の部分も大幅に成長してしまっているが、それは普通に悩みの種だった。

 

 それらの努力は全て『一人でも全てをこなせるようになる為』だったが、それが夢物語なのはアレク自身が一番よく理解していた。

 生まれ変わったカスペンと再会したのも、その頃だった。

 

「どれだけこっちが平穏を望んでも……戦場からは逃げられない……か」

 

 軍とは無縁の生活を送るにつれて、アレクは段々と『日常』を愛するようになっていった。

 だが、本当は分かっている。

 この魂に染みついた『大砲屋』の魂が戦場を望んでいる。

 それは否定したい事実。

 戦争なんて無ければ一番。戦場なんて行かない方がいいに決まっている。

 誰もが知っている事。分かっている事。

 だからこそ、昼間にカスペンが言ったことが理解出来てしまうのだ。

 

「あぁ……分かってるよ。これは…これだけは、『オレ達』にしか出来ない事だ」

 

 戦場を、戦争の恐ろしさを、悍ましさを肌で知っているからこそ、それをこの世界で『今』を謳歌する人々に味あわせる訳にはいかない。

 軍人の本分とは、無辜の人々を守護する事なのだから。

 

「おほ~! これまた近くで見るとすっごい美少女だね!」

「うわぁっ!?」

 

 完全に考え事に没頭していた時に、いきなり見知らぬ機械のウサ耳を着けた女が顔を覗かせた。しかも、自分の部屋で。

 流石のアレクも大きくその場から飛び跳ねて、危うくベッドから落ちそうになった。

 

「あ…あんた誰だっ!? どうやってここに入ったッ!?」

「君がアレクサンドロ・ヘンメちゃんか~。なんとも束さん好みの美少女ですにゃ~♡」

「人の話を聞けっ! ……って、今なんつった? 束さん…だと?」

「そうで~す! 私がISの開発者にして天才科学者の篠ノ之束さんで~す!」

 

 余りにも呆気なく自分の素性を話す束に、アレクは頭が痛くなってきた。

 

「……そういや、アンタの顔は前になんかの雑誌で見たことがあるような気がする……。その天才さんが、なんでまたオレん所にいるんだ?」

「ちょっと君の事が気になってね。あのスーちゃんのお友達って聞いてるから」

「スーちゃん? 誰の事だ?」

「ヘルベルト・フォン・カスペン。私はスーちゃんって呼んでるんだよ」

「そういや、あいつもアンタと知り合ってたって言ってたっけ……。あいつも苦労してるんだな……」

 

 今度来た時は、いつも以上にカスペンを握らってやろうと心に決めた。

 

「因みに、君は『アーちゃん』ね」

「好きにしろ……」

 

 話しているだけで疲れている為、変に抵抗するのは止めた。

 ここは流水のように受けが成すが吉だと判断する。

 

「んでもって、普通に窓から入ってきました。ちゃんと戸締りはしなきゃダメだよ? アーちゃんみたいな美少女を狙っている輩は世の中にはいっぱいいるんだから」

「そこらの軟弱な野郎に組み伏せられるような軟な鍛え方はしてねぇよ」

「みたいだね。この引き締まった太腿がまたなんとも…げへへ……♡」

「どこ見てんだゴラァッ!!」

 

 余談だが、今のアレクの格好は紺のタンクトップに純白のショーツ姿。

 基本的にアレクの寝る時はこんな感じである。

 

「アーちゃんさ……何か悩んでたでしょ」

「な…なんでンな事が分んだよ……」

「顔にそう書いてあるから」

「そうかよ……」

 

 否定はしない。事実だから。

 

「『今の』私はあくまで部外者だから、偉そうなことは言えないけどさ、お姉さんから一つだけアドバイスをあげるよ」

 

 精神年齢的には自分の方が圧倒的に上だ。

 なんて言える空気でもないので、ここは黙っておいた。

 

「自分の心に嘘だけはつかないで」

「自分に…嘘……」

「どんな結論を出したとしても、それはアーちゃんが悩んだ末に出した答えなんだから、私もスーちゃんも文句は言わない。けどね……」

 

 束がアレクの隣に座り、その目を真っ直ぐに見つめる。

 

「自分の『才能』に、自分の『能力』に、自分の『過去』から目を背けないでほしい。他の子達と同じように、アーちゃんにしか守れない人達だっているんだから」

 

 その言葉を聞いて、真っ先に思い浮かんだのは自分の父と工場の皆。

 父は当然だが、他の皆だって今ではもう家族同然に思っている。

 

(そういや……カスペンの奴も言ってたっけ……。例の三人も、ダチ公を守る為に国境まで超えてから戦場に自らの意志で舞い戻ったって……)

 

 拳を握りしめてから、目を閉じる。

 

(カスペン…デュバル少佐…ソンネン少佐…ヴェルナー少尉…今度はオレの番って事か……)

 

 例え直接的に面識がないとはいえ、同じ軍、同じ艦、同じ時代を共に生きた仲間達が自分と同じように生まれ変わり、今度は何かを守る為に戦場に戻る決意をした。

 自分にだって大切な人達、守りたい人達がいる。

 他の皆がそうだったように、自分が戦う理由、戦場に立つ理由なんてそんなシンプルなものでいいんじゃないか?

 

「オレも…他の皆の事は言えないな……」

「アーちゃん?」

「へへ……ゴチャゴチャと悩むだなんて、大砲屋失格だな。一度撃つと決めた以上は、引き金から手を離すなんて論外だ」

 

 顔を上げたアレクにはもう、先程まであった眉間の皺が無くなっていた。

 それどころか、どこかスッキリとした笑顔まで浮かべている。

 

「ありがとよ。あんたのお蔭で本当の意味で吹っ切れた」

「どういたしまして。それじゃ、ここいらでお暇しようかな?」

 

 来た時と同様に、窓から出て行こうとする束に声を掛けて引き留めた。

 

「今度来る時は、ちゃんと正面から来いよな。泥棒と間違えちまうだろ」

「また来てもいいの?」

「そっちが来たいと思ったんならな。そんじゃ、おやすみ」

「うん…うん! おやすみ、アーちゃん! またね!」

 

 窓から飛び降りるように身を投げた束。

 彼女がいなくなってからすぐに窓の外を覗いてみると、そこにはもう誰も何もいなかった。

 

「つーか……割とマジで神出鬼没すぎるだろ……」

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

 次の日。

 アレクは私服を着てハーゼ隊の基地の前に立っていた。

 

「……行くか」

 

 カスペンから渡された許可証を握りしめ彼女は歩き出す。

 確固たる決意と胸に、少女は再び相棒に会いに行く。

 こうしてまた一人、第603技術試験隊のメンバーが集まったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 




砲術長、本格参戦。

そして次回、ヨルムンガンドがどのような形で復活したのか、その全貌が明らかに。


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漆黒の大蛇

なんか、このドイツ編はカスペン&千冬が主役って言っておきながら、実際には大佐&砲術長って感じになってますね。

けどまぁ、この作品の実質的な主役は技術隊の皆ですからね。







 ハーゼ隊の所属する基地の格納庫の一番奥。

 そこでは、カスペン監督の元、とあるISの最終調整が行われていた。

 

「どんな感じだ?」

「『本体』の方は何の問題もありません。ですが……」

「どうした?」

「専門家ではない我々では、『砲身』の細かい調整は難しいですね」

「その点なら問題は無い」

「と仰いますと?」

「お前の言う『専門家』のアテがあるからだ。『彼女』ならば、完全完璧に仕上げてくれるに違いない」

「流石は大佐殿……お顔が広いのですね」

「そうでもないさ。単純に『彼女』が私の知己だっただけの話だ」

 

 整備員の若者と話していると、いきなり小さな人影が傍までやって来た。

 

「お話し中失礼します!」

「ボーデヴィッヒ少尉? 今は訓練中ではなかったか?」

「そうなのですが、織斑教官から『客人』を大佐の元まで案内しろとの命を受けましたので」

「客人? もしや……」

 

 ラウラの言葉を聞いて、徐に彼女の後ろに視線を向けると、ゆっくりとした足取りで『彼女』がやって来た。

 

「よっ。お望み通り、来てやったぜ」

「砲術長!」

 

 黒いTシャツに黒いミニスカート。黒いニーソックスと、見事に全身真っ黒なファッションでやって来たアレクだった。

 彼女の顔は先日までの悩んでいる表情とは打って変わって、本来の明るいものに戻っていた。

 

「案内サンキューな。ラウラ」

「い…いえ。礼には及びません大尉殿。これも任務ですので。では、ボーデヴィッヒ少尉、訓練に戻ります」

 

 まだアレクには慣れてないのか、そそくさと敬礼をして戻っていってしまった。

 かなり慌てていたようで、整備している機体は視界に入っていなかったようだ。

 

「た…大佐? この女の子は一体……」

「前に言っていただろう? 私の知己にこの機体のテストパイロットをさせると。彼女がその『知己』だ」

「マジっすかっ!?」

 

 ここで整備員の彼が驚くのは当然である。

 着未知の塊とも言えるISのテストパイロットを、身元不明の民間人の少女やらせるなんて、普通に考えれば正気の沙汰じゃない。

 

「大マジだ。彼女は我々が普段から世話になっている『ヘンメ工場』の工場長の一人娘だぞ? その時点で信用に値するとは思わんか?」

「あのおやっさんに、こんな可愛い娘さんがいたんっすかっ!?」

 

 可愛いと言われて、普通ならば照れるとか恥ずかしがるとか、なんらかのリアクションをするものだが、アレクの場合はどの反応もしなかった。

 実は彼女、その手の褒め言葉は昔から何度となく言われ続けていて、完全に冗談の類だと思っているのだ。

 だから、容姿に関する褒め事では、アレクを攻略することは出来ない。

 

「可愛いだって。褒められちった」

 

 無表情でのテヘペロ。

 この少女、何気に男のツボを分かっている。

 

「それで……『コイツ』が前にお前が言ってたヤツ…なのか?」

「その通り」

 

 少し後ろに下がりつつ、目の前にあるISの全貌を眺めていく。

 機体の基本的な形状自体は、カスペンの現在の専用機である『シュヴァルツェア・レーゲン』と酷似しているが、細かな部分が違っていた。

 まず、左側にある非固定浮遊部位(アンロックユニット)には大型のカメラセンサーらしき物があり、なにやらバイザーのような物も確認できる。

 レーゲンでは肩部と腰部に装着してあるワイヤーブレードは、全て腰部に集中していて、しかも正確にはワイヤーブレードではなくて姿勢制御用のチェーンアンカーに変更してある。

 脚部装甲は大型化し、チェーンアンカーと同じように姿勢制御目的で増設された伸縮可能なスパイクアンカーもある。

 そして、この機体の最大の特徴が、右肩部に可動式のアームで固定されている超巨大な砲身だった。

 

「冗談だろ……。よりにもよって、ISに『コイツ』を合体させるとか、どんだけだよ……」

「そうか? 私は自分でも最高のアイデアだと思っているんだが……」

 

 人のセンスは人それぞれである。

 

「型式番号S-y.03。機体名『漆黒の大蛇(シュヴァルツェア・ヨルムンガンド)』。大尉の愛機の魂を継承するISだ」

「黒い蛇って、普通に化物だな。けど……悪くねぇ」

 

 犬歯を剥き出しにして笑うアレク。

 その顔からは少女らしさが消え、完全に戦場を知る歴戦の軍人のものになった。

 

「本来ならば存在しない『シュヴァルツェア・シリーズ』の三号機で、私やクラリッサの機体の予備パーツなどを用いて組み上げられた」

「それは見れば分かる。伊達に整備工場の一人娘をしてねーっつーの」

「ならば、他の説明は不要かな?」

「いや、一応頼むわ。オレの予想と合っているか確かめたいし」

「了解だ」

 

 カスペンは整備士から端末を受け取り、軽く操作してからアレクに手渡した。

 

「この機体の全ては、あの『超高出力試作決戦砲【ヨルムンガンド】』を発射する為に存在している」

「らしいな。これを見る限りじゃ、他の余計な武装は一切積んでないようだしな」

「念の為、腕部装甲に小型の予備バッテリーを積んで、他のシュヴァルツェア・シリーズと共通の『プラズマ手刀』は搭載しているが、あくまでも最低限の防衛用だから、攻撃力は余り期待しない方がいい」

「最初からしてねーよ。近づかれた時を想定するよりは、近づかれる前にぶっ飛ばす方が性に合ってる」

「貴官ならばそう言うと思っていたよ」

 

 そもそも、アレクは『大砲屋』なのだ。

 近接戦闘なんて頼まれても絶対にしたくない。

 

「射程距離はどうなっている?」

「有効射程距離は300㎞。最大射程距離は2000㎞」

「アシストインクジェーターは?」

「搭載済みだ」

「冷却材」

「万全だ」

「主動力は?」

「機体とは別に、もう一個のISコアを砲身内に搭載している」

「……は?」

 

 一瞬、聞き間違いかと思って変な声が出てしまった。

 ISコアの希少性はアレクもよく知っていたから。

 

「実はな、とある『お節介やきのウサギさん』からプレゼントが届けられてな。ソレのお蔭で我々は難航していた、この機体を驚くべきスピードで完成させられた」

「お節介やきのウサギさん……ねぇ……」

 

 それを聞いて、一発でそれが誰なのか特定できた。

 

「その『ウサギさん』がISコアをくれたってか?」

「それだけじゃない。ヨルムンガンドを小型化する際の改良案を提示してくれた。しかも、我々の技術力で十分に再現可能なレベルで」

「みたいだな……」

 

 端末には、アレクもよく知っているヨルムンガンドのオリジナルの設計データと一緒に、それを自分なりに考えた改良案が記載されていた。

 彼女から見ても見事なもので、此れならば確かにオリジナルとほぼ同じ出力を実現しながらも、大幅な小型化が可能となる。

 

「あいつ……本当に凄かったんだな」

 

 本気で感心するアレク。

 確実にこの光景を見ているであろう『ウサギさん』は、モニターの向こうで顔を真っ赤にしながら悶絶していることだろう。

 

「本来の主動力は熱核融合炉だが、流石にISの武装にそんな物騒な代物を搭載は出来ないからな」

「かといって、別の物で代用しようとすれば否が応でも攻撃力が低下する上に砲身自体が大型化してしまう。その両方の問題を一気に解決したのが……」

「砲身自体にもう一つのISコアを搭載するという方法だった。完全に目から鱗だった。一体のISにはコアは一つだけと言う常識を、開発者自らが打ち破ったのだからな。本物の天才とは、我らとは別の視点を持っているのだと実感させられたよ」

 

 苦笑いを浮かべながら自分の不甲斐なさを話すカスペンだったが、心から残念がっているわけではないと分かる。

 

「発射するのは勿論……」

「コアから供給させるエネルギーを凝縮させたプラズマビームだ。試射などはまだだが、理論上はオリジナルと遜色がない威力を発揮出来る筈だ」

「それって地味に拙くねぇか? こいつは元々、戦艦に向けて撃つもんだぞ?」

「分かっているとも。だから、この機体は公式の試合じゃ使えない」

「だろうな。寧ろ、出られたら普通にビビるわ」

「この機体はあくまで『来たるべき決戦』に備えてのものだ。そこを十分に理解してほしい」

「あぁ。こっちだって、最初からそのつもりで来たからな」

 

 腰に手を当て、笑顔を浮かべながら自分の愛機を見つめる。

 それは、十数年ぶりの再会。

 永遠に叶わないと思っていた夢。

 

「……しかし、今日のお前は随分とスッキリしているように見える。何があったんだ?」

「ちょっとな。背中を押されちまったのさ。『お節介やきのウサギさん』にな」

「……君も会ったのか」

「まぁ…な」

 

 着実に束の交友関係が増えていくが、逆にそれは間違いなく千冬の逆鱗に触れるだろう。

 再会したら即座に全力全開のアイアンクローが炸裂する程に。

 

「さて。説明はこれぐらいにして『初期化(フォーマット)』と『最適化(フィッティング)』をしなければな。アレク」

「おう。まずはコイツに触れればいいんだよな? ……本当に触ってもいいんだよね?」

「心配するな。最初から言っているだろう? この機体はアレクの為だけに存在していると」

「いや…それは分かってるんだけどな? こう…いざとなると緊張するっていうか……」

「大丈夫だって。ほら」

「うわぁっ!?」

 

 初めてのISに渋っているアレクを見るに見かねて、カスペンが後ろからドンと押す。

 突然の衝撃に思わず両手を前に出して、そのままハンガー内に入ってしまい、そのまま装甲に手を着くことに。

 その瞬間、アレクの意識が遠くに飛んだ。

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

 そこにいたのは、大きな体に紫の髪を持つ、黄金の翼を携えた蛇のような女性。

 自然と見上げてしまう程に背が高く、首が痛くなってしまいそうだ。

 

「馬鹿者。一体どれだけ我を待たせれば気が済むのだ」

「悪かった。けど、待っててくれたんだな」

「我の力を十全に扱えるのは、後にも先にも貴様だけ。ならば、我が貴様を待っているのは当然であろう」

「そうか……」

「嘗て、我らは愚か者共によって闇に葬られた。真の実力も価値も見出せなかった連中によって、貴様は見殺しにされたも同然だった」

「いや。あの時のオレの死因は、連邦の艦隊の砲撃を受けての負傷だったんだけど……」

「それは最終的な結果にすぎん。実際には味方に裏切られたようなものではないか」

「うぅ……ぐぅの音も出ない……」

「なればこそ」

 

 彼女の手が優しく頬を撫でる。

 

「この『新しき世界』にて、今度こそ我らの真の力を見せつけてやろうぞ」

「言っとくが、オレは別に鬱憤を晴らす為に戦う訳じゃないぞ」

「知っている。お前は家族を、仲間を守る為に戦う気なのだと。我と貴様は一心同体。貴様の戦いに、我も力を貸してやる」

「ありがとな」

「礼はいらぬ」

「素直じゃない奴」

「主に似たのであろうよ」

「うっせ」

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

「……ク! アレク!」

「え?」

 

 意識が浮上する。

 目の前には黒い装甲があった。

 

「大丈夫か?」

「あ……うん。なんでもない」

 

 あれはなんだったのだろうか。

 夢にしてはリアル過ぎて、現実と言うには荒唐無稽すぎる。

 

「あれ?」

 

 ふと頭を触る。

 ついさっきまで知りもしなかった知識が、いつの間にか頭の中に叩き込まれている。

 けど、それは決して不快な感じではない。

 まるで、十数年来の友人から親切丁寧に教えて貰ったかのような、懐かしい気持ちになったから。

 

「ISって……凄いんだな……」

「最新技術の結晶だからな。いきなりどうした?」

「いや……ちょっとな」

 

 頭を振ってから意識を切り替える。

 

「今から各種設定などをした後に、実際に搭乗してから試射まで行おうと思っているのだが、どうだろうか?」

「こっちは全く問題ないぜ。そうなることを見越して、今日一日休みって事にして貰ってるからな」

「……近い内、君のお父上にも事情を話さないといけないな」

「あのオヤジの事だから、軽く流しそうな気がするけどな」

 

 技術屋とは良くも悪くも興味の有無がハッキリとしている。

 それは娘であるアレクも同じなのだが。

 

「そう言えば、ISスーツは持って来てるか?」

「お前に言われて、ずっと前に買わされたからな。ここに来る時にはISスーツを持参してくれってメールを貰わなきゃ、普通に家に置いてきてたわ」

「そこの奥に物置同然になっている部屋がある。そこで着替えるといい」

「へーへー」

 

 実は所持していたリュックを片手に、扉の中へと消えていった。

 だが、入ってすぐに中から叫び声が聞こえてきた。

 

「カ…カスペン! どうしよう!?」

「ど…どうしたっ!?」

 

 何事かとドアの前まで駆けつけるが、流石にこのまま入室することは躊躇われた。

 

「なんでか胸が入らないんだよ! これを買った時には普通に入ってたのに! これじゃあスーツが着れねぇ!」

「成長期か……」

「ゴクリ……」

 

 自分の胸を見てから溜息を吐くカスペンとは対照的に、興奮した様子で唾を飲む整備員。

 扉一つ挟んだ向こう側で美少女が、自分の胸の事で叫んでいるのだから、健康な男としては当然の反応だった。

 

「仕方がない。今からココにあるワンサイズ大きい予備のISスーツを持ってくるから、少しだけ待っててくれ」

「済まないな。頼んだぜ!」

 

 トボトボと歩き出すカスペンが、小さくぼそっと呟いた。

 

「……別に悔しくなんかないもん」

 

 

 

 

 

 




もう完全に砲術長が主人公やってますね。

次回、大蛇が動きます。


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大砲屋の生き様

今回、やっとヨルムンガンドが動きます。

ついでに、砲術長がなんで眼帯を付けているのか、その理由の一部が明らかになります。








 千冬の指導でハーゼ隊の隊員達が毎日、訓練に明け暮れている基地内にある訓練場。

 それは今日も変わらず行われ、隊員達は全員が午前から汗だくになりながら必死に体を動かしていた。

 

「織斑教官。少しよろしいですか?」

「む?」

 

 そこにやって来た小さな人影。

 仕事などの都合上、未だに訓練には参加できずにいたハーゼ隊の隊長であるカスペンだ。

 

「急で申し訳ないのですが、午後からの予定を少し変更しては貰えませんでしょうか?」

「それは別に構わないが……何をする気なんだ?」

「いえね。偶には彼女達に『本当のプロ』というものを見せてやろうと思いまして」

「本当のプロ……?」

「はい。その前段階としてまず、小休止も兼ねて全員を此処に集めてもいいですか?」

「いいだろう。私も、そろそろ少し休ませようと思っていたところだ」

「では……総員! 駆け足で集合せよ!!

「「「「「りょ…了解!!」」」」」

 

 訓練中にいきなり聞こえてきた隊長の声に、隊員達は半ば反射的に反応して、彼女の姿を一瞬で確認した後にカスペンと千冬がいる場所までダッシュで集合し、すぐに整列をした。

 

「まずは毎日の訓練、ご苦労様。本当ならば私も諸君と一緒に訓練に参加したいのだが、どうもスケジュールの都合上…な。その点は本当に済まないと思っている」

「いえ! お気になさらないでください隊長! 私達も隊長の写真集を見て心の癒しを得ているので問題ありません!!」

「成る程。どうも最近になってお前達の元気が無駄に有り余っていると思っていたが、それが理由だったのだな。ハルフォーフ大尉、貴重な情報提供に感謝する。教官、明日から訓練はもっと厳しくして貰って構いません」

「承知した。任せておけ」

「「「「副隊長っ!!?」」」」

「し…しまったっ!? これがジャパンの諺の『口は災いの元』というやつかっ!?」

 

 珍しくクラリッサが正しい日本知識を披露した。

 明日は雪でも降るかもしれない。

 

「さて、話はここまでにして本題に入ろう」

 

 カスペンが両腕を後ろに回し、真剣な顔になる。

 それを見て他の隊員達も気を引き締め直し、同じ体勢になった。

 

「午後からの訓練は中止にして、この基地で組み上げられた新型IS…シュヴァルツェア・シリーズの三番機の起動実験及び主武装の試射を行う。行う場所はこの基地から少し離れた場所にある外部実験場だ」

「た…隊長。少しよろしいですか?」

「なんだ? ハルフォーフ大尉」

 

 先程までとは違い、困惑の色を見せながらクラリッサが手を挙げた。

 

「シュバルツェア・シリーズに三番目の機体があるとは聞かされておりません。私の記憶が正しければ、隊長の機体である一番機の『シュヴァルツェア・レーゲン』と、私の機体である二番機の『シュヴァルツェア・ツヴァイク』の二機だけだった筈では?」

「貴官の記憶は正しいよ。三番機はごく最近になって生み出された代物だからな。皆が知らないのも無理はない。存在自体が完成するまで極秘事項で、知っている者は私を除けば、カーティス司令を含む上層部の一部の人間しか知らない。それをここで話すという事は……」

「秘密にしておく必要が無くなった。つまり、存在を公にする…という事ですね?」

「その通りだ。完成に伴って正式に登録され、名実共にシュヴァルツェア・シリーズの三番機となった。因みに、ここまで早く完成出来たのは、一番機と二番機の予備パーツを流用し、その上で『とある人物』の協力があったからだ」

 

 『とある人物』と聞いて、千冬の脳裏には一瞬だけ『アイツ』の事が思い浮かんだが、彼女が見知らぬ人間達に手を貸すとは思えなかったため、すぐに可能性を排除した。

 

「隊長。その『三番機』のパイロットは誰がするのですか? 矢張り隊長が?」

「いや。パイロットならば軍と私の方からの要望で既に手配している。この世で最も相応しい人間をな。諸君にも今から紹介しよう。大尉、来てくれ!」

「やっとかよ。このままずっと待たされ続けると思っちまったぜ」

 

 格納庫から歩いてきたのは、ハーゼ隊の隊員達が持っているISスーツと同じ物を着ている、自分達と同じように眼帯を付けいる一人の少女だった。

 そのままカスペン達の隣に並ぶように立ち、目の前にいる隊員達を眺めた。

 

「ふ~ん…悪くない面構えじゃねぇか」

「お前は……」

「ども。昨日振りっすね」

 

 千冬に簡単な挨拶をしてから、カスペンが彼女に目配せをする。

 彼女は一歩だけ前に出て、ニヒルな笑みを浮かべながら腰に手を当てた。

 

「彼女こそがシュヴァルツェア・シリーズ三番機である【シュヴァルツェア・ヨルムンガンド】の専属パイロットである『アレクサンドロ・ヘンメ』大尉だ」

「アレクサンドロ・ヘンメだ。階級に関しては渾名みたいなもんだと思ってくれ。今のオレは軍人じゃないからな。呼ぶなら『砲術長』の方が好きだ」

「むぅ……私は『大尉』の方がいいのだがな……」

 

 幼児のようにふて腐るカスペンの可愛さに心の中で悶絶しながらも、ラウラ以外の全員がアレクのある部分に注目していた。

 

(((((デ…デカい……)))))

 

 彼女達から見ても、アレクのスタイルは一線を画しているようだ。

 というか、アレクの体つきはどう考えても13歳じゃない。

 誰もが最初は彼女の事を大学生ぐらいに見るだろう。

 

「ま、これから暫くの間、ここに通う事になるかもだから、よろしく頼むわ」

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

 時間が過ぎるのは早く、あっという間に午後になった。

 専用の車両に乗って実験場まで行き、カスペン達は遠く離れた場所で待機をしつつ、実験場の真ん中に立っているアレクの事を見ていて、傍には観測用に機器がズラリと並んでいる。

 千冬も皆と一緒にいて、その様子を静かに伺っていた。

 

「まさか、あの彼女がISを操縦するとはな……」

「意外ですか?」

「まぁ…な。因みに、ヘンメ大尉のIS適性はどれぐらいなんだ?」

「前に調べたところ、『A+』という結果が出ました」

「それは…大佐と同じ……」

「えぇ。限りなく『S』に近い値です。彼女が採用された理由はそれだけじゃないのですけどね」

 

 そうして二人が話している傍で、、ラウラが複雑な顔をして立っていた。

 

「どうしたボーデヴィッヒ少尉。具合でも悪いのか?」

「い…いえ、体調ならば万全であります」

「……ヘンメ大尉の事か?」

「は…はい」

 

 カスペンに呆気なくバレて、少し恥ずかしそうになる。

 矢張り、この人だけには隠し事は出来ないと。

 

「『餅は餅屋』という諺を知っているか?」

「いえ……」

「古い知己から教えて貰った日本の諺なのだが、『物事は何でも専門家に任せた方が確実』という意味らしい」

「専門家?」

「そうだ。他の機体ならばともかく、あのIS…『シュヴァルツェア・ヨルムンガンド』に関しては、ヘンメ大尉以上に適役はいないし、思いつかない。司令達も私と同じ意見に至ったのがその証拠だ」

「それ程…なのですか……」

「少尉も、実際に機体を見ればわかるよ。他の皆もな」

 

 ラウラに静かに笑いかけてから、カスペンはプライベートチャンネルを使ってアレクに通信を送った。

 

「こちらの準備はいいぞ! 大尉、君の好きなタイミングで始めてくれ!」

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

「専用機となるISには『待機形態』ってのがあるってのは聞いてたが…まさか、お前の待機形態がヘビのペンダントとはねぇ……」

 

 元来『ヨルムンガンド』とは、北欧神話に登場する巨大な蛇を模した魔物である『ミドガルズオルム』の別名である。

 よく絵画などでは『自分の尾を噛んで輪となっている姿』で表現されていて、アレクの専用機となったヨルムンガンドの待機形態もその例に漏れず『自分の尾を噛んで輪となっている蛇』の形を模したペンダントとなっている。

 

「これじゃあ、ヨルムンガンドってよりは『ウロボロス』の方が正しいような気がするぜ」

『こちらの準備はいいぞ! 大尉、君の好きなタイミングで始めてくれ!』

「おっと。カスペンからの合図か。了解だ! これより、シュヴァルツェア・ヨルムンガンドの起動実験及び、主砲『ヨルムンガンド』の発射実験を開始する!」

 

 自分の胸の谷間にスッポリとはまっているペンダントを軽く握りしめ、目を閉じて精神を集中させる。

 

「さぁ……やろうぜ。相棒」

(任せておけ)

 

 誰かの声が聞こえたと思った瞬間、アレクの体が光り輝き、刹那の煌めきの間に全身に渡って装甲が装着されていく。

 それは、どこまでも只管に『大砲を撃つ』事だけに極限特化した機体。

 ただ、その為だけに存在する機体。

 

「展開完了…ってか?」

 

 光が消えると、そこにはヨルムンガンドを装着したアレクの姿があった。

 だが、主砲にして唯一の武装である『超高出力試作決戦砲』は三分割された状態で背部に折り畳まれていた。

 

「確かに、オリジナルのヨルムンガンドは複数ブロックに分割した状態で運んで、現地で組み上げて、最後に砲座を連結する形で使用可能になるけどよ……まさか、ISになっても同じように分割できるって誰が想像するよ」

 

 この分割機能は、偏にいざという時の緊急離脱と、砲身が損傷した時に部分パージが可能になるようにした上で、単純に少しでも運び易くする為に存在している。

 

「本体の方は……うん。問題無いな」

 

 装甲に包まれた手を何回か動かして具合を確かめる。

 投影型コンソールを表示し、機体の最終チェックを始めた。

 

「プラズマ手刀……よし。アシストインクジェーター…よし。冷却材…よし。チェーンアンカー…よし。スパイクアンカー…よし」

 

 各種チェックが凄まじい速度で完了していく。

 その視線は目まぐるしく動き、十数秒後には全ての作業は終わっていた。

 

「主砲……問題無し。ふぅ……」

 

 最後のチェックが終わると、大きく息を吐く。

 

「じゃあ……始めるか。ヨルムンガンド、起動開始」

 

 アレクの呟きと共に、背部に回っていたヨルムンガンドが動きだし、右肩部まで移動しながらドッキングをし、本体の数倍の巨体を誇る主砲となった。

 

『大尉。その左側にあるのは……』

「分かってるよ。コイツに初めて触れた時に、全てのデータを教えて貰ったからな」

『……そうか』

 

 左肩部にある巨大なカメラセンサーからバイザーが出てきて、顔面まで近づいてきた。

 

「このデカいのが丸々、超高感度ハイパーセンサーだとはな。ま、このじゃじゃ馬を使いこなすには、これぐらいの代物でもないと難しいものな。そんじゃ、久々に『コイツ』の出番だな」

 

 徐に左目に着けている眼帯を取ると、そこから現れたのは肉眼ではなくて、完全無機物のロボットのようなカメラアイだった。

 複数のレンズから構成されていて、アレクの意志で自由自在に動かすことが出来る。

 

「よしよし、ちゃんと動くぞ…っと。なら、この『アイセンサー』にバイザーを装着して……っと」

 

 両目を覆うようにバイザーを着けて、各種センサーがちゃんと稼働していることを確認する。

 

「おーおー。こいつはスゲーや。あの頃は他の連中に各種確認や観測なんかをして貰って初めて発射出来てたのに、今は一人で全ての準備と観測が出来るようになるとは。ISってのは本当に便利なもんだな」

 

 アイセンサーを通じて脳内に直接、観測データが送信されてくる。

 こんな事が出来る時点で、彼女の体が『普通ではない』事は一目瞭然だ。

 ほぼ間違いなく、眼だけではなく脳の方も何らかの施術がされている。

 

「ヨルムンガンド、発射準備開始」

 

 砲身の装甲の一部が展開し、その奥にある発射トリガーに合わせて腕部装甲をすべり込ませ、トリガーに指が添えられたことが確認されたことで装甲が閉じ、右腕部と砲身が完全に一体化となる。

 同時に、サブグリップが出てきて、それを左手でしっかりと握りしめる。

 その際に豊満な胸が潰されて、見事な谷間が形成されたのはご愛嬌。

 

「しっかし、おまえさんも贅沢な機体だよな。ただでさえ超激レアなISコアを二基も搭載してるだけじゃなく、あの『PIC』すらも本体と砲身の両方に取り付けてるんだからな」

 

 PIC。正式名称『パッシブ・イナーシャル・キャンセラー』

 様々な慣性を制御する装置で、ISはこれを搭載することで空中浮遊などが可能となっているのだ。

 カスペンの機体には、この技術を応用した特殊な防御装置が搭載されている。

 

「本体の方のPICは通常通り、空中浮遊などの機能の為に。そして、砲身の方に搭載されているPICは姿勢制御の為だけに全ての機能を割り振っている。逆を言えば、それだけしないとまともに撃つことも出来ないって事なんだよな。つくづく、オレの相棒はとんでもねぇよ」

 

 バイザー内に送られてくる映像を確認すると、遠くの方に戦車らしき影が見えた。

 あれが今回の試射のターゲットなのだろうか。

 

「おいカスペン」

『なんだ?』

「目標はアレでいいのか? なんか戦車っぽいんだけど……」

『戦車であってるぞ? より詳細に説明すると、廃棄予定の戦車になるがな』

「ちょ…いいのかよ? 普通はそーゆーのって修理とかするんじゃ……」

『修理不可能なレベルなんだよ。それならばいっそのこと、木端微塵にしてから、その廃材を別の物に使った方が建設的だと思わないか?』

「戦車をリサイクルしようって考えるのは、世界中探してもお前ぐらいだよ」

『そうだろうか?』

「普通に断言出来るわ」

 

 話しながらも、ちゃんと観測は続けていて、徐々に発射準備は整っていく。

 

『それと、これも話しておく。今のヨルムンガンドは連射とまでは流石にいかないが、オリジナルよりは遥かに次弾発射までの時間が短くなっている。そちらの技量次第では、もしかしたら連射に近い事が出来るやもしれんが』

「そこは、こっちの腕の見せ所だな」

『私達に見せてくれ。君の…大砲屋の生き様ってやつを』

「任せときな。んじゃ、そろそろマジで通信切るぜ。集中したいからな」

『了解だ。健闘を祈る』

 

 プライベート・チャンネルが切れ、アレクが本気の集中モードに入る。

 緊迫した空気が流れ、風が吹き彼女の髪を揺らす。

 

「…これより、第一射を開始する! 冷却材準備よし! アシストインジェクター最大稼働! 全ハッチ…クローズ!! 全アンカー射出! ISコア…最大励起!」

 

 砲身全体に紫電が走り、開いていたハッチが全て閉じていき、腰部のチェーンアンカーが地面に向かって伸びて固定されると同時に、脚部のスパイクアンカーも伸びて地面に刺さる。

 先端部に全てのエネルギーが収束し、周囲の空気を震わせる。

 

「エネルギー充填…70…80…90……」

 

 ゴクリと唾を飲む。

 汗が頬を伝い、地面に落ちた。

 

「発射体制完了!! 初弾装填!!」

 

 ガコン!

 そんな音と共に連結されている巨大な弾倉が砲身内へと入った。

 全力でサブトリガーを握りしめ、全身に力を込める。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ヨルムンガンド………………発射っ!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 凄まじい咆哮を轟かせながら、超絶的な威力のプラズマビームが発射された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次回でやっと、溜めていたストックが切れます。

それ以降は前のように他の作品を更新しながらののんびりとした感じで進んでいくと思います。

緊急事態宣言……やっと解除されましたね。

まだまだ油断は禁物ですけど。


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大蛇の咆哮

前回、とんでもない一撃を目の前で目撃したハーゼ隊の面々。

彼女達はどんな反応をするのでしょうか?







 ヨルムンガンドから発射された超高出力のプラズマビームは、地球の磁場の影響を受けながらも真っ直ぐに廃棄決定の戦車へと向かっていく。

 今回の目標は全く動かないため、撃つ側がヘマをしない限りは射撃が外れる事は無い。

 そして、超一流の大砲屋であるアレクが、こんな事で自分の放った一撃を外すなど有り得なかった。

 

「く…うぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっ!!」

 

 発射の衝撃に歯を食い縛って耐えながらも、その目はしっかりと目標だけを見据えていた。

 紫電を迸らせた一筋の閃光が彼方に消え……。

 

「よし……!」

 

 数瞬の後、見事に目標に命中し、巨大な爆発を起こして文字通り戦車は木端微塵に消し飛んだ。

 戦車の燃料が抜いてあったとはいえ、その爆発はかなりの規模で、十数メートル離れているアレクの足元にまで戦車の破片が飛んできた程。

 

「まずは上々……! 冷却装置稼働開始! 次弾装填! 砲身の冷却が完了し次第、すぐに次の目標へ向かっての射撃を開始する!!」

 

 先程の目標から右に20メートルぐらい先に、全く同じ型の別の戦車があった。

 アンカーを一旦外して再度突き刺しながら、それにスコープを合わせ、念の為に熱源と生体反応の確認を行う。

 

「どっちも反応なし…か」

 

 最初から分かっている事ではあったが、それでも念には念を入れる。

 軍人時代の癖が未だに体に染みついている証拠だった。

 

「冷却完了! マジかっ!? もう砲身の冷却が終わりとか、昔じゃ絶対に考えられねぇな!」

 

 別の世界で強大に進化したヨルムンガンドの性能に驚きつつも、その顔はどこまでも嬉しそう。

 自分の大切な相棒が生まれ変わって帰って来たのだから、アレクが歓喜するのは当然の事だった。

 

「エネルギー急速収束! ターゲット…ロックオン! 目標までの相対距離算出! アシストインクジェーター再稼働!」

 

 再び、ヨルムンガンドにエネルギーが集まっていく。

 数秒でそれは巨大な光の球体となり、最大まで凝縮された。

 

()―――――――――――――――――――――っ!!!!!」

 

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

 ヨルムンガンドの咆哮は、カスペン達がいる即席の観測所まで轟いてきた。

 

「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

「なにあれぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?」

「明らかにオーバーキルでしょぉぉぉぉぉぉっ!?」

 

 隊員達は始めて見るであろう、プラズマビームの威力と迫力に圧倒され、誰もが悲鳴を上げていた。

 それはラウラも同様で、流石に悲鳴は上げてないが、その凄まじさに目を奪われていた。

 

「あんな大砲を…ああも自由自在に操れるなんて……凄い……!」

 

 自分とは一歳ぐらいしか歳が違わない少女が、自分では絶対に出来ない事を平然とやってのける。

 普通ならば嫉妬の一つでもしそうなものだが、何処までも軍人気質なラウラは、アレクの技量とヨルムンガンドの威力に純粋に感銘を受けていた。

 

「あれが…あの少女の…実力なのか……!」

 

 あれ程までに長大な砲身を、まるで自分の手足のように扱って、見事に目標に命中させる。

 幾ら、相手がスクラップ同然の動かない戦車だとしても、ビームを当てること自体が千冬にとっては普通に凄かった。

 同じことを自分がやれと言われても絶対に不可能だ。

 あの速度で目標までの距離や磁場の影響などを計算し、同時に砲身全体の状況を見ながら全ての神経を射撃する事だけに集中させる。

 本人は自覚していないかもしれないが、それは紛れも無く世界中でも一握りの超人だけが身に付けているスキルだった。

 

並列思考(マルチ・タスク)……こんな場所で、その使い手に会えるとはな……」

 

 まだ年端もいかない歳でここまでの実力を発揮しているのだ。

 これから先、もっと成長していけば、間違いなく世界で五本の指に入るほどの実力者になる事は確実だ。

 二度も世界の頂点に君臨した千冬が確信したのだから、ほぼ間違いだろう。

 本人がそれを望むか望まないかは別問題だが。

 

『もう一丁っ!!』

 

 今度は左側に置いてある戦車に砲身を向ける。

 さっきと同じように、アンカーの位置を変えつつ標準を合わせるアレク。

 三度目という事で慣れてきたのか、今度のは一度目や二度目よりも更に早くビームを発射した。

 

「本領発揮…いや、ブランクを取り戻してきた…と言ったところかな?」

 

 全く衰えていない同胞の実力に嬉しさを隠しきれないカスペンは、映像越しに彼女の事を見ながら満面の笑みを浮かべていた。

 

『全目標撃破完了! どうだっ!!』

「最高だ! データの方も申し分ない! お見事だよ砲術長!!」

『あったりまえだぜ! こと大砲に関して、このオレ様に不可能な事なんてありはしねぇんだからな!』

「全くもってその通りだ! いつでも戻ってきていいぞ!」

『了解だ!』

 

 完全に呆然として立ち尽くしている全員の前で、カスペンは嬉しさの余り、その場でピョンピョンと飛び跳ねた。

 

「やったやったやった! 大成功だ! これなら小五月蠅い上の連中だって何も言えないだろう!」

 

 完全にやっていることが幼女になっているカスペンを見ている一人の人物がいた。

 鼻から真っ赤な『愛』を流しながら眩しい笑顔でサムズアップを決めている彼女は、ヨルムンガンドの迫力など遥か彼方へと吹き飛んでいる。

 

(隊長……その可愛らしいお姿…私はバッチリと脳内保存しましたからね!)

 

 どんな状況でも、やっぱりクラリッサはクラリッサなのだった。

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

「よっ! どうだったよ? オレ様の雄姿はよ!」

「パーフェクトだ。よくやってくれた」

 

 ヨルムンガンドの砲身を折り畳んでから、カスペン達の元までISで戻ってきたアレクは、すぐに機体を収納して待機形態へと戻してから感想を聞いた。

 バイザーは外してあり、その左目には眼帯が付いていた。

 

「あの…ヘンメ大尉」

「なんだ? えっと…ラウラだっけか?」

「お…覚えてらしたのですかっ!?」

「当たり前だ。お前と会うのはこれが最初じゃないんだぞ? それに、カスペンの部下ならオレにとってはダチ公も同然だ。名前ぐらい覚えるッつーの」

 

 本当は少し危なかったが、それでも言った言葉は紛れもない本心である。

 軍という場所は良くも悪くもチームワークが最も重要視される。

 そのチームワークを最も育むのは、実戦よりも普段のコミュニケーションだ。

 そして、仲良くなる最初の一歩こそが、相手の名前を覚える事である…と、アレクは思っている。

 

「それでなんだ?」

「大尉は…どこであれ程の実力を身に付けたのですか?」

「んなもん、才能と努力に決まってるだろうが」

「才能と…努力……」

「おう。オレには大砲屋としての才能があって、オレ自身も大砲屋としての誇りがあった。でも、それだけで全てが上手く回るほど世の中は甘くない。だから、必死に努力した。自分が必要だと思ったことは全部勉強したし、どんな目標にだって百発百中出来るように研鑽を重ねた。それだけさ」

 

 それだけ、なんて簡単に言ってはいるが、それがどれだけ大変な事なのかはカスペンや千冬はよく分っていた。

 特にカスペンは、前世からアレクの努力している姿を見ているので、この場にいる誰よりも彼女の事を理解しているとも言えた。

 

「自分の才能に胡坐を掻くことなく、力を磨き続けた結果…か」

 

 千冬は初めて、アレクサンドロ・ヘンメという少女に好感を得た。

 彼女も一人のIS操縦者であり武人。

 幼い頃から自分を鍛え続けている相手には自然と共感してしまうのだろう。

 

「私からもいいか?」

「なんだい? 織斑教官殿」

「これは聞くべきか迷ったのだが、どうしても気になってな。君の……」

「この目の事かい?」

「よ…よく分ったな……」

「オレの素顔を見た奴は大半が同じことを聞くからな。なんとなく分かるようになった」

「そ…そうか……」

 

 千冬に見せるように、再び眼帯を取ってから機械の目を見せる。

 

「オレのこの左目は、生まれた時から無かったそうだ」

「生まれた時から……?」

「あぁ。医者が言うには、先天性欠損症の一種らしいぜ。詳しい事は分からねぇけど」

 

 本当に説明に慣れてしまっているのか、まるで何も気にしていないかのように話すアレク。

 その姿が、却って聞いている者達の心を締め付ける。

 

「多分、お袋の体が弱かったのが原因じゃないかって」

「大尉の母親は……」

「死んじまった。オレを生んだ直後にな」

「……済まない」

「気にすんなって。こんな話、どこにでも転がってるだろ」

 

 アレクがこっちの事を気に掛けているのが丸分りな態度。

 彼女が本当は他者の事を思いやれる優しい少女であるのを全員が理解した。

 

「で、このままじゃ不憫だからつって、オレが物心ついたころに親父が昔の伝手を使ってオレの目に機械の義眼を埋め込む手術を出来るように手配した」

「怖くは…なかったのか?」

「そりゃな。自分の体ん中に機械を埋め込むわけだし? 怖くなかったと言えば嘘になるわな。でもよ……」

「でも?」

「……普段は絶対に見せない父さんの今にも泣きそうな顔を見ちまったら、怖いなんて言えないだろ……」

 

 優しさだけではない。

 この少女は、家族の為ならばどんな恐怖にだって立ち向かえる『勇気』を持っている。

 その『勇気』はどこか、千冬もよく知っている三人の少女達を不思議と彷彿とさせた。

 

「それで、過酷な手術を経て今に至るって訳だ。最初は違和感しか感じなかったけどよ、慣れればコレはコレでかなり重宝はしてるよ。細かい作業がかなりし易くなったしな。少なくとも、コイツのお蔭でこれから先、眼鏡に頼るような事だけはなりそうにないしな」

「強いんだな」

「無駄にポジティブなだけさ」

 

 二人の会話を聞きながら、周りの隊員達はハンカチ片手に号泣していた。

 特にラウラは酷く、自分の境遇とアレクの事を重ねてしまったのか、鼻水まで垂れ流していた。

 

「ボーデヴィッヒ少尉。鼻水が出ているぞ」

「しゅ…しゅみましぇん……」

「ほら。ちーん」

「チーン……」

 

 ポケットティッシュを一枚出してから、ラウラの鼻をかんでやるカスペン。

 完全に姉妹のようにしか見えない光景だった。

 

「少し長くなってしまったが、今日はこれにて解散とする。後でお前達にはレポートを提出して貰うぞ」

「「「「「レポートォッ!?」」」」」

「そうだ。目の前で『本物のプロ』の仕事を見てどう感じたのか、諸君らの素直な感想が見たいのでな」

 

 ある意味、お約束のような展開。

 彼女達にはご愁傷さまと言っておこう。

 

「大尉にはもう少し付き合って貰うぞ。稼働データの抽出や、各種点検などをしないといけないからな」

「了解だ。点検はオレも手伝わせて貰うぜ。なんせ、こいつはもう『オレの専用機』なんだからな」

「助かる」

 

 こうして、新生ヨルムンガンドの初仕事は幕を閉じたのだった。

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

 基地内 司令室

 

 基地司令であるウォルター・カーティスが投影型モニターでヨルムンガンドの試射の様子を眺めていた。

 

「お前の娘は本当に凄いな……。あれは間違いなく『天才』の領域だ」

「当然だ。この俺の娘だぞ?」

 

 司令室にはカーティスとは別にもう一人の男が存在していた。

 アレクの実父であるベルナンド・ヘンメだ。

 

「大きくなったな……。あの手術からもう8年か……」

「ガキがデカくなるのは早いもんだ」

 

 モニターの中では、隊員達とにこやかに話しているアレクの姿が。

 普段は工場の人間達としか交流が無い彼女が、ああして外の人間達と交流している姿を見て、思わずベルナンドの涙腺が緩くなりかけた。

 

「泣いているのか?」

「バ…バッキャヤロー! こいつはアレだ! 目から汗が出てるんだよ!」

「いや…目から汗は出ないだろ……」

 

 実に常識的なツッコミをするウォルター。

 今はこれぐらいしか出来ないのが悲しい限りだ。

 

「…昔から、あいつがなんか勉強をしていたのは知ってたけどよ、まさか大砲に関する事だったとはな……」

「意外か?」

「いや。驚きはしたが、不思議としっくりとはきてるんだよな。分っちまうんだよ。あいつには…アレクはああしてることが自然なんだってな」

「ベルナンド……」

 

 いつもは絵に描いたような頑固親父のベルナンドが、ここでは『父親の顔』をしている。

 なんだかんだ言っても、何よりも娘の事を大切に想っている事には違いないのだ。

 

「今日、ここにお前を呼んだのは、彼女のこれからについて相談するつもりだった。その前段階として、まずはあの大砲『ヨルムンガンド』の試射の様子を見て貰ったのだが……」

「…あいつが大砲屋をやりたいってんなら、俺は何も言わねぇよ」

「自分でここに誘っていきながらなんだが……本当にいいのか?」

「いいっつってんだろ。……小さい頃から、あいつは外で同じ子供達と遊ぶこともせず、学校にも行こうとせずに只管に機械いじりばかりをやってきた。本当は色んな事をやらせてやりたかったが、あいつ自身が『少しでも父さんの事を手伝いたい』って言ってな。多分…あいつなりに必死に母親の分まで頑張ろうとしてたんだろうな……」

 

 今までずっと娘の優しさに、気遣いに甘えてきたが、これも今日までだ。

 アレクが本当にしたいことを見つけたのならば、父としてそれを最大限に尊重したいし、応援したい。

 

「もうそろそろ、アレクは自分の為だけに頑張っていい。我儘を言っていい」

「彼女は友人であるカスペン大佐の助けになるつもりのようだが?」

「それでもいいさ。大佐の嬢ちゃんは俺から見ても優しい子だし、頼りになる。娘の友人があの嬢ちゃんで本当に良かったと思っているよ」

「…そうだな。もしも、この場に大佐の父親である中将閣下も同じことを言っていただろう」

 

 モニターを消して、改めて二人は机越しに向かい合った。

 

「では、君の娘が試作型ISのテストパイロットになる事は了承してくれるという事でいいかな?」

「おう。一応、家に帰ってからもアイツと話し合うさ」

「そうしてくれると助かる。軍からの正式な依頼とはいえ、父親であるお前の意志を無視するわけにはいかないからな」

「相変わらず、お前さんは律儀だねぇ……。そんなんでよく軍人なんてやっていけてるもんだ」

「自分で言うのもなんだが、私のような人間がストッパーになっているからこそ、軍部はこの程度で済んでいるんだろうさ」

「何気にとんでもない事を言ってるぞ、このオヤジ」

「オヤジなのはお互い様だろう」

 

 この後、アレクとカスペンが一緒に司令室まで来て、ベルナンドが来ている事に本気でビックリするのだが、それはまた別のお話。

 

 

 

 

 

 

 

 




これで本当に今まで溜めていたストックが無くなりました…。

なんか、めっちゃかっ飛ばしたって感じがします。

明日からは別の作品たちを久々に更新しなくちゃ……。


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将来へのフラグ

案の定、コアガンダムⅡの新しいアーマーは土星でしたね。

なんか、見た目はガンダムってよりは近年のスーパーロボットみたいですけど。







 またまた束の移動式ラボ。

 彼女はヨルムンガンドの初起動をモニターで観察しつつ、大満足した顔でお茶を啜っていた。

 

「さっすがは私が見込んだだけはあるね! こうでなくっちゃ!」

「た…束さま…」

「ん~? どうしたのかな?」

 

 まるで、眼の前の光景が信じられないといった感じの表情をするクロエの震えた声で、何事かと首を傾げる。

 

「なんなのですか、あのバカげた威力はっ!? あんなの、そこらのISに直撃でもしようものなら、SEとか絶対防御とか関係無しに木端微塵ですよっ!?」

「そうだろうね~。なんせ、あのヨルムンガンドは最初から大質量の相手…戦艦を一撃で轟沈させることが大前提となってる超兵器なんだから」

「せ…戦艦を一撃って……」

「実際、オリジナルのヨルムンガンドはそれぐらいの威力はあったみたいだよ? 私の設計で、ダウンサイジングしても威力は殆ど変化しないようにしてあるけど」

「もう、どこからツッコんでいいのやら……」

 

 本気で頭が痛くなってきたクロエ。

 もうそろそろ胃薬の出番か?

 

「ヨルムンガンドの威力もそうですが、それを簡単に操ってみせるアレクサンドロさんの腕前も凄まじいですね」

「操る…ねぇ」

「どうしたんですか? 何やら意味深な声を出して」

「クーちゃん。ちょっとこれを見てくれる?」

 

 束がコンソールを操作し、数多くあるモニターの一つに先程の試射の光景を3Dモデルにした映像を表示した。

 

「これは、さっきの光景を簡単に3Dにしたもの。で、ここに注目」

 

 映像の角度を変えてから、目標である戦車を真正面から見れる位置にする。

 

「ここに、ヨルムンガンドの砲身の斜角や、発射速度なんかを計算して……と。はいここ。これを見て」

「これは……」

 

 画面自体に大きく十字の線が引かれ、その中央がヨルムンガンドのプラズマビームが命中する場所だと分かる。

 

「まず、これは一回目の射撃。見事にど真ん中に当たってるのが分るよね?」

「はい。本当に見事なものです」

「で、これが二回目の射撃」

「………え?」

 

 二回目もまた、一回目と同様に寸分違わず中央に命中していた。

 それを見て、クロエは段々と冷や汗を流し始めた。

 

「そして、これが三回目」

 

 もう言わずもがな。

 三度目の射撃も1、2回目と同じようにど真ん中にヒット。

 

「分かる? アーちゃんは単純にビームを当てたわけじゃない。砲身の冷却をしつつ、地球の磁場を計算し、角度の調整と場の観測をしながらも、三回とも全く同じ場所(・・・・・・・・・・)にビームを命中させてる(・・・・・・・・・・・)

「そ…それは即ち……砲撃に関する全ての仕事を同時に行いながらも、0コンマ数ミリのズレの狂いも無くビームを当てている…と……」

「大正解~! いや~! まさか、私以外にも超絶的なまでの並列思考が出来る人間が存在していたなんてね~!」

 

 映像では、アレクはごく普通に撃っているようにしか見えなかった。

 だがそれは、あくまで客観的なものであって、実際には彼女の頭中では常人では決して追いつけない程の高速計算をしていた。

 それで尚且つ、彼女は超人的な命中精度を披露してみせた。

 

「た…束さま…では、この方は……」

「間違いないね。アーちゃんも、他の子達と同様に『天才』の領域に足を踏み込んでる」

「やっぱり……」

 

 束と同レベルの人間が、こんな場所にも存在していた。

 世界とは広いようで狭いという事を実感させられる。

 

「けど、どうして束さんも周りにはこうも天才な美少女達が沢山いるのかね~?」

「デュバルさんにソンネンさん、ヴェルナーさんにカスペンさん…ですか?」

「皆が皆、一つの分野においてだけは私よりも確実に上の領域にいる子達ばかり。このまま成長していけば、本当に世界を変えるほどの力を手にするかもしれない……」

「束さま……」

 

 嬉しいような。でも、同時に悲しいような。

 そんな複雑な表情をする束。

 

「んじゃ、お勉強タイムはこれで終わり。来たるべき時に備えて、私達も頑張らないと!」

「そうですね。カスペンさんが仰っていた『亡霊』との全面戦争……これをどうにかしなければ、宇宙進出なんて夢のまた夢ですから」

「そーゆーこと。その為にも……」

 

 クロエを伴って研究所の奥まで歩いていく。

 そこには、明らかに桁が違う、非常に巨大な深紅のISが鎮座していた。

 

「少しでも早く、この『ビグ・ラング』を完成させないとね」

「この機体の操縦者は誰になるのでしょうか?」

「さぁね。でも、私には不思議な確信があるんだ」

「それは?」

 

 装甲にそっと触れながら、束は自分に言い聞かせるように呟いた。

 

「この機体には、私と同じような子が乗るんじゃないかって」

「束さまと同じ……?」

 

 その言葉が意味することを、この時のクロエは正しく理解出来なかった。

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 ヨルムンガンドと、その操縦者であるアレクのお披露目から数日後。

 今日も今日とて、彼女はハーゼ隊の基地に通いながらヨルムンガンドのデータ収集に努めていた。

 珍しく代表としての仕事が休みであるカスペンも一緒に作業に参加していて、ちゃんと手を動かしながらも話に華を咲かせていた。

 

「にしても、まさかウチのオヤジとこの基地の司令が知り合いだたっとはな」

「私も驚いたよ。彼が基地にいたのも驚いたが、あっさりとアレクがISのパイロットになる事を許可するとは」

「意外か?」

「昔ながらの職人気質の彼の事だから、怒鳴り声を上げながらお前と喧嘩でもするかと思っていた」

「なんじゃそりゃ」

 

 あの父親と本気で喧嘩をする。

 想像自体は安易に出来るが、実際にしたいとは流石に思わない。

 

「前にも言ったろ? ああ見えて、あのオヤジは軽く受け流すってな」

「あの時は本当にそうだったとは思わなかったんだ」

 

 ほっぺたを膨らませてから誤魔化すカスペン。

 それもまた尊い。

 

「そういや、お前は他の連中と同じように教官殿の訓練には参加しねぇのか?」

「する時はするさ。ただ、今はこっちの方が優先順位は上かな」

「ふ~ん」

「なんなら、お前も少し参加していくか?」

「勘弁! 軍人でもねぇのに軍の訓練に参加なんて出来るかよ! それに……」

「それに?」

「あの工場で働いてれば、嫌でも体力と筋肉は身に付くよ」

「それもそうか」

 

 小さな町工場と侮るなかれ。

 単純な仕事量は、大手企業のお抱え工場とは比較にすらならない。

 

「少し休憩でもするか」

「おう」

 

 作業している手を止めてから、二人は壁の方にあるベンチに並んで座った。

 よく見ると、訓練の方も小休止に入ったようで、カスペンはそれに合わせて休憩をすることを提案したのだろう。

 

「「ふぅ~…」」

 

 予め持って来ていた水筒に入っているスポーツドリンクで水分補給をしてからホッと一息。

 一緒に座っていると、まるで仲がいい姉妹のようでもある。

 勿論、姉はアレクで妹がカスペンだ。

 実際にはカスペンの方が年上なのだが。

 

「そうだ。この前の時にお前に渡し忘れてた物があるんだった」

「渡し忘れてた物?」

「これだ」

 

 既にここに持って来ていたようで、カスペンは一冊の小雑誌をアレクに手渡した。

 白を基調としたシンプルな雑誌で、日本語とドイツ語と英語が入り混じって書かれている。

 

「これって…学園案内のパンフレットか? って…こりゃぁ……」

 

 表紙を見た途端、アレクの表情が一瞬で固まった。

 このパンフレットを発行している学園の事をよく知っていたから。

 

「……IS学園か」

「あぁ。実は来年度から、私は上の命令でIS学園に入学することになっている」

「国家代表として、ドイツ軍の威光を示す為…か?」

「それは上層部の理由だ」

「お前個人としては違うと?」

「……IS学園は一般的な学校とは違い、様々な特殊な施設などが存在している。まるで、有事の際を想定しているかように(・・・・・・・・・・・・・・・・)

「そーゆーことかよ……」

 

 大きな溜息を吐きつつ、何かを悟ったかのように頭を掻いた。

 

「お前…IS学園で『全部の決着(・・・・・)』をつける気だな?」

「あそこには各国から私のような若い国家代表や代表候補生などが入学する場合もある。その者達と知り合い、他の国に渡りをつけられれば……」

「間違いなく、例の『亡霊』との戦いに備えられるな。でもよ、そう簡単に事が運ぶか?」

「運ばせる。そうしなくては、我々は…世界は……」

「分かってる。多少の無理は承知の上でやらねぇと…な」

 

 完全なる未知の敵。

 全く何も思ってないと言えば嘘になる。

 だが、それでも……。

 

「アレク」

「なんだ?」

「……私が入学した次の年、お前も同じようにIS学園に入学してくれないか?」

「お前の後を追えってか」

「無理強いはしない。一応、同じことを『彼女達』にも言っているからな」

「少佐たちか……」

 

 水筒の中身を一口飲んでから、アレクはカスペンに向かって軽くデコピンをした。

 

「はにゃっ」

「バカ野郎。今更何を言ってんだ。ヨルムンガンドを受け取った以上、オレとお前は一蓮托生なんだよ。お前が日本に行くっていうんなら、オレも一緒に行ってやるよ」

「IS学園は全寮制と聞いている。入学したら最後、そう簡単にはドイツには帰れないぞ?」

「覚悟の上さ。同じことを言えば、オヤジもきっと『行ってこい』って言うに決まってる」

「日本語は大丈夫か?」

「町工場舐めんな。うちの常連には日本人の客も結構いるんだよ」

「知らなかった……」

 

 叩かれたおでこを擦りながら、カスペンは念の為に幾つもの質問をしていくが、アレクの決意は全く揺らぐことはなかった。

 

「それに、オレも生まれ変わってるっていうお三方に会いたいしな」

「お前は前世でも彼女達とは知り合ってなかったんだったな」

「開戦時にくたばっちまったからな」

 

 軽く言ってはいるが、その中には少なからず無念も含まれている。

 勝つにしろ負けるにしろ、自分の所属した軍の行く末を見ることが出来なかった無念が。

 

「それで思い出した。アレク、今度の休みの日、お前は何か用事があるか?」

「別に何も。工場の方もこれといった急ぎの仕事は入ってねぇし、こっちの方で何か無い限りは、今のオレに用事らしい用事はねぇよ」

「だったら話が早い。次の休みの日、ちょっと付き合ってくれないか?」

「どこに行くんだよ?」

「別に遠くじゃないさ。すぐ近くだ。知人と会う約束をしていてね」

「知人だぁ?」

「そう…知人だ。お前もよく知っている…な」

「オレも知ってる知人って……まさか、同じ『転生者』か?」

「御名答。より正確に言えば、私とお前の共通の知人であり、嘗て『ヨーツンヘイム』に一緒に乗艦していた人物達でもある」

「人物達? 複数なのかよ?」

「そう。私が会いに行くのは……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「オリヴァー・マイ技術中尉達だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  




名前が出たからと言って、本当に登場するとは限らない。

そのかわり、他の誰かが登場する可能性はありますけど。


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登場するとは言ってない

前に私は言いましたよね?

『技術屋に関するアンケートの締め切りは原作開始まで』だと。

つまりは、そーゆーことです。






「お? 来たか」

 

 日曜日になり、カスペンは駅前にてアレクと待ち合わせをしていた。

 休日ということもあってから、前回と同様に駅前はかなりの人で賑わっている。

 そこに、一際目立つ少女が歩いてきた。

 

 モデル顔負けのスタイルをし、白いYシャツに黒いレディースパンツを履いていて、その綺麗な足には真っ白なブランド物のサンダル。

 普通に見て大学生。下手をすればキャリアウーマンのようにも見えてしまう。

 だが、13歳だ。立派な未成年、まだ中学一年生ぐらいの少女だ。

 

「待たせたな」

「…………」

「どうした? オレの事をジロジロと見て。なんか変か?」

「……お前は本当に13歳か?」

「それはどーゆー意味だゴラ」

「もう普通に成人女性にしか見えない」

「それ、出かける前に親父にも同じことを言われたわ」

「だろうな」

 

 カスペンとアレクが並んで歩けば、姉妹か、もしくは親子に見られるかもしれない。

 それ程までに、二人の背丈は凸凹していた。

 でも、実際にはカスペンが14歳で、アレクが13歳だ。

 カスペンの方が年上なのだ。

 

「で、今からどこに行くんだ?」

「そこまで遠い場所じゃないさ。すぐ近くにある喫茶店だよ」

「喫茶店だぁ?」

「その通り。そこで待ち合わせをしている」

「あいつ等と…か」

 

 アレクと『あの三人』が最後に顔を合わせたのは、彼女がヨルムンガンドに乗り込んだ時。

 会話に至っては、発射寸前に通信で話したっきり。

 余りにも久し振りな再会に、なんて顔をすればいいのか分からなくなる。

 

「大丈夫だ」

「あ?」

「きっと、向こうもお前と同じ気持ちだよ」

「そうだといいがな」

「では、行こうか。あんまり待たせると、特務大尉が怒ってしまいそうだ」

「それ、普通に有り得るわ」

「だろ?」

 

 変な所で共感をした凸凹コンビであった。

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 喫茶店『シュバルツ』。

 店長が変なマスクをつけているという妙な噂のある店だが、評判自体は決して悪くは無い。

 時折、無駄に熱血な青年が臨時のバイトをしている事で一気に有名になった。

 

「こんな店があったんだな」

「いい店だろう? 私のお気に入りの店の一つさ」

「根っからの軍人のお前さんが、そんな事をしてるなんてな」

「私だって人間だ。新しい店の開拓ぐらいはするさ」

「そうかよ」

 

 本人は全く自覚していないが、やっている事は完全に少女のそれである。

 だが、カスペン自身が満足しているようなので、無粋なツッコミは無粋というものだ。

 

「大佐~! こっちッスよ~!」

「「ん?」」

 

 いきなりの自分を呼ぶ大声に反応し、咄嗟にテラス席の方を振り向くと、そこには二人の少女が仲良く座っていた。

 片方は黒く長い髪をストレートに流している少女で、もう一人は情熱的な赤い長髪を同じように流している。

 表情、髪の色、性格。

 何もかもが正反対の少女達だったが、なんでか揃って飲食を楽しんでいる。

 

「あそこか」

「あれが……」

 

 これ以上、叫ばれないように急いで二人の元まで行く。

 そうすると、流石に近距離での大声は止めて、ニコニコ笑顔で迎えてくれた。

 

「待たせて済まない」

「別に気にしてないっスよ。ね? 特務大尉?」

「中尉の言う通りです」

 

 待たせたと言っても、実際には遅刻なんてしてはいないのだが。

 それでも一応の謝罪をするのが、なんともカスペンらしい。

 

「ところで……」

「どうした?」

「その、隣にいる眼帯の女性は誰なんですか?」

「あぁ、彼女か。彼女は……」

「ちょっと待て」

 

 今度はアレクが待ったをかける。

 事情が事情な為に仕方がないのだが。

 

「この二人が…そうなのか?」

「そうだが?」

「いや…片方は分かるんだよ? もう『まんま』だしな。でも、もう片方は……」

 

 黒髪の少女の方を見ると、視線に反応してニッコリと笑う。

 

「……冗談だろ?」

「その台詞は、私たち全員に共通しているぞ」

「そうだった……」

 

 自分も彼女達の事を偉そうには言えない立場だったのをすっかり忘れていた。

 それだけ、今の肉体に馴染んでしまっている証拠だ。

 

「まずは座って注文を取ろう。それぞれの紹介はそれからでもいいさ」

「大佐がそう仰られるのなら……」

 

 因みに、カスペンは椅子に座っても普通に足が浮くため、座るだけでも一苦労していた。

 そして、その光景を生暖かい眼で見守っている三人と周囲の人々だった。

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

「「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?」」

「声がでけぇよ」

 

 店員がやって来てから、カスペンはアイスコーヒーを、アレクはミルクココアを頼んで、店員が店の中に戻っていってから、改めてカスペンは二人にアレクの事を教えた。

 そうしたら案の定、この反応である。

 

「こ…この眼帯美人が、あの砲術長なんスかっ!?」

「どこがどう変われば、こうなるのよ……」

「んなの知るか。大げさ過ぎんだよ。カスペンの方がもっと凄いだろうが」

「いや、大佐の方はとっくの昔に全く同じリアクションをしたって言うか……」

「だろうな」

 

 これもまた人の事は言えない。

 アレクもまた、最初にカスペンと出逢った時に似たような反応をしたから。

 

「んで、こいつらがそうなのかよ?」

「そうだ。この黒い髪の少女が……」

「お久し振りっす。この姿では初めましてですけど。ヒデト・ワシヤ元中尉です」

 

 この深窓の令嬢と言った感じの少女が、あの無駄に騒がしい男の生まれ変わった姿とは。

 世の中とは本当に分からないものだ。

 

「彼女は…流石に分かるか」

「あの特務大尉の嬢ちゃんだろ?」

「はい。モニク・キャデラック元特務大尉です。お久し振りです、大尉」

「元大尉…な。オレも今は軍人じゃねぇよ。ついこの間、近い立場にはなったけどな」

 

 モニクの方は、嘗ての姿から、そのまま若返った感じになっている。

 それ故に、彼女の方は一発で分かった。

 

「そう言えば、技術中尉はどうしたんだ?」

「あいつなら、今日は家の用事で急に来られなくなったそうです。メールを送る暇のなかったとか言ってました」

「そうか…それは残念だな」

 

 少しだけ落ち込むカスペン。

 出来る事なら、三人揃った状態で生まれ変わったアレクの事を紹介したかった。

 

「にしても、まさか大佐の方から呼び出すとは思いませんでした」

「何かあったんですか?」

「うむ。もう既にアレク…砲術長にも教えているのだが、お前達にも教えないといけないと思ってな」

 

 本題に入ろうとした時に、注文の品がやって来て、軽く礼を言ってからアイスコーヒーを飲んで喉を潤す。

 

「私達以外の『技術隊の転生者』を発見した」

「「!!!」」

 

 今度は声を出さずに驚いた。

 正確には、驚きすぎて声も出なかったのだが。

 

「だ…誰なんですか、それはっ!?」

「デメジエール・ソンネン少佐と、ジャン・リュック・デュバル少佐。それから、ヴェルナー・ホルバイン少尉の三人だ」

「しょ…少佐達と…あの海兵が……」

「そっか……あの人達が……」

 

 モニクもワシヤも、三人とはかなり深い関わりがあった。

 それぞれの最後もその目で見届けている為、彼女達が自分達と同じように生まれ変わっているという事実は、言葉に出来ない嬉しさがあった。

 

「三人は今、日本に住んでいるらしい」

「日本に? なんでまた……」

「詳しく話せば長くなる。それは本人達に直接会った時にでも聞いてくれ」

 

 実際には、話すのが純粋に面倒くさかっただけだ。

 

「因みに、これが今の三人の姿だ」

 

 自分のスマホをテーブルの上に置き、その画面に映っている写真を見せた。

 そこには、ソンネンを中心にして、カスペンとデュバルとヴェルナーが笑って並んでいた。

 

「あの三人も女になってたのか……」

「この日焼けしているのがホルバイン少尉で、金髪の少女がデュバル少佐、そして……」

「この車椅子に乗っているのが…ソンネン少佐…なんですね……」

「あぁ。どうして車椅子に乗っているかは……私からは言えない。これは完全に彼女のプライベートに関わることだからな」

「分かっています。もしも会った時に、自分の意志で問い質します」

「それがいいだろう」

 

 ソンネンとモニクの関係はカスペンもそれなりに知っていた。

 一言では言い尽くせない程に複雑な間柄である二人だからこそ、下手に自分が間に入るべきではないと判断した。

 

「これがねぇ……」

「そういえば、アレクにも見せるのは初めてだったな」

「まぁな。見た目だけなら完全に普通の少女って感じだな」

「今の彼女達は本当に普通の学生をしているからな」

「そっか…こいつらは本当の『日常』に戻れてるんだな……」

(そうとは言い難いがな……)

 

 あの三人は、友人の命を救う為に自らの意志で戦場に戻ってきた。

 殺す為ではなく、守る為に。

 

「そういや、日本に住んでいる少佐達と、どうやって大佐は会ったんスか?」

「………………」

 

 そこで急にカスペンが黙ってしまう。

 何事かと思って怪訝に感じるが、彼女の真剣な顔を見てただ事ではないと察する。

 

「彼等…いや、彼女達は…ある目的の為に日本からドイツまでやって来ていた。とある人物の手引きによってな」

「「とある人物?」」

「…篠ノ之束博士だ」

「「はぁっ!?」」

 

 今日だけで一体何回、二人は驚いているのだろうか。

 帰る頃には驚きすぎて顎が外れていない事を願う。

 

「どうやら、幼少期の頃から博士とは知り合っていたらしくてな、少佐二人に至っては……」

 

 ここで手招きをしてから全員の顔を近づけさせ、周囲に聞こえたい程度の声でそっと呟いた。

 

「…白騎士事件に関わっていたらしい」

「「「ブッ!?」」」

 

 今度はアレクも同じように噴き出した。

 

「それを聞かされて、オレはどう反応すればいいんだよ……」

「知らんよ。私も普通に混乱した」

「その博士の手引きでドイツまで来た…その『目的』は聞かせてくれるんでしょうね?」

「勿論だ。寧ろ、それこそが今回の一番の本題だからな」

 

 ここで、カスペンは第二回モンドグロッソで起きた事件の事を話した。

 本来ならば軍事機密にて他言無用なのだが、ここにいる者達は元軍人。

 それらの事はこっちから何かを言わなくても大丈夫だと判断した。

 

「……という訳だ」

「まさか、あの会場でそんな事が……」

「このご時世で、マジもんのテロリストがいるなんて……」

「オレも触りだけは聞かされたけど、なんとも言えねぇな……」

 

 テロリスト。

 軍人としては最も放置出来ない、天敵とも言うべき存在。

 生まれ変わって軍を離れた今でも、彼女達に根付いた『軍人としての矜持』だけは失われてはいなかった。

 

「織斑千冬の弟…少佐達の友人を守る為だけに、日本からドイツまで来るなんて……」

「しかも、あの『天災』から専用機まで受け取って。その専用機って、少佐達が乗ってたMSを再現してるヤツなんでしょ?」

「そうだ。見事にMSをISサイズで再現していたよ。そして、それを操る少佐達の実力も……全く衰えてはいなかった。いや、それどころか……」

「前世よりも向上していた…ですか?」

「間違いなく、専用機受領の際に体を鍛えたり、なんらかのシュミレーターで訓練をしていたのだろう」

「あの人達らしいや」

 

 性別が変わっても、世界が変わっても、その本質は変わらない。

 それを知って、なんだか不思議と安心した二人だった。

 

「因みに、オレも少し前に専用機を受領したぜ」

「大尉の専用機…パターン的にそれって……」

「ヨルムンガンド? でも、あれはMSですらないんじゃ……」

「だから、ISにヨルムンガンドを武器の一部として組み込んだ」

「「幾らなんでも発想がぶっ飛び過ぎてるっ!?」」

「そうか?」

 

 ヨルムンガンドの全容を知っているからこそ出来るツッコミ。

 普通じゃ絶対に思いつかない発想を素で実行するのがカスペンという人間だ。

 

「と…ともかく、着実に戦力は揃いつつある」

「戦力って……」

「まさか、大佐はその『亡霊』って連中と戦う気ですか?」

「戦う気ではない。もう戦っている。特に、少佐達は幹部連中と思わしき者達と交戦している」

「幹部と……!」

 

 自分達が知らなかっただけで、もう既に戦いは始まっていた。

 それに己が参加していないだけで。

 

「デュバル少佐とホルバイン少尉は見事に幹部の撃退に成功している。特にホルバイン少尉なんかは凄かったぞ? 部下の奴等も同時に撃破しているからな」

「そりゃそうっすよ! あいつの凄さは、一緒にゼーゴックに乗ったオレっちが一番よく知ってますからね!」

「そう言えば、そんな事もあったわね」

「あの時は本当に凄かったんですよ? アラームが鳴る前からミサイルの存在に気が付いていて、全弾回避してみせてるんですから!」

「並の腕じゃ絶対に出来ない芸当だな」

「でしょ? やっぱし、あいつはニュータイプだったに違いないですよ!」

 

 まるで自分の事のように興奮するワシヤ。

 一度だけとはいえ、共に戦場に出たことで一方的な友情を感じていたようだ。

 

「ニュータイプっていやぁ……」

「かのジオン・ズム・ダイクンが提唱していたという、宇宙進出に伴って出現するという『新人類』のことか?」

「そう! それに間違いないですって!」

「確かに、少尉は独特の雰囲気を持ってはいたが……」

 

 それを目の前で見たわけではないから、諸手で賛同する訳はいかなかった。

 

「少尉がニュータイプかどうかは一先ず置いといて」

「え~?」

「私から君達二人に渡したい物がある」

 

 鞄の中から、以前にアレクにも手渡したのと同じパンフレットを二冊出してテーブルに置いた。

 

「なんです? これ……」

「学園案内のパンフレットみたいだけど……って、まさか……」

 

 何かに気が付いたのか、モニクがパンフレットを手に取ってマジマジと見て、中身も軽く読んだ。

 

「そう。それはIS学園のパンフレットだ」

「なんでまたそんな物を私達に?」

「来年度、私がIS学園に行くから。そして、その後に諸君らにもIS学園に来てほしいからだ」

「「…………」」

 

 いきなりの提案。いや、これは『命令』だった。

 『来てほしい』と柔らかい表現をしてはいるが、カスペンの目はこう語っている。

 『IS学園に来い』と。

 

「勿論、無理強いをするつもりはない。私と君達は以前のように上官と部下の立場じゃないからな。だが、来てくれると非常に助かるのは事実だ」

「私とワシヤ中尉はまだ12歳なんですけど……」

「それを言ったら、オレだってまだ13歳だッつーの」

「「その体で十三歳ぃっ!?」」

「なんだ。文句あんのか」

「普通に大学生だと思ってた……」

「私も……」

「お前らもか」

 

 カスペンとは別の意味で歳相応に見られない苦労。

 喜んでいいのか、悲しんでいいのか。

 

「でも、その言い草だと、大尉もパンフレットを受け取って?」

「おう。オレの方はもう行くことを決めたけどな」

「そうなんですね……」

 

 いきなり高校受験の事を言われても、そう簡単に決心は出来ない。

 今すぐここで返答するのは非常に躊躇われた。

 

「まだ時間はある。そのパンフレットは持ち帰っても構わないから、ゆっくりと考えてくれ」

「そうします」

「それと、これは技術中尉の分だ。渡しておいてくれると助かる」

「了解です」

 

 もう一冊のパンフレットを受け取って鞄に入れる。

 そこでようやくシリアスな空気が霧散して、肩の力が抜けた。

 

「あ。今思い出したけど、大佐って少し前に国家代表になってましたよね」

「知っていたか」

「そりゃ、あれだけ大々的にニュースで報道してりゃあね」

「言わないでくれ……」

「オレ、大佐の写真集も買ってますよ」

「嘘だろっ!?」

「その…実は私も……」

「君もなのか……」

 

 自分の黒歴史が知人に見られる。

 最早、羞恥を通り越してストレスで胃が痛くなる勢いだ。

 

「ウチの従業員も何人か買ってたな」

「……帰りに薬局にでも寄ろう」

 

 カスペンにも胃薬の追加が入った。

 いずれ、ルームメイトに格上げされるに違いない。

 

「なんか、長々と話してたら腹が空いたッスよ。なんか食べません?」

「いいわね。何を注文しようかしら?」

「この『シュツルム・ウント・ドランク』なんてどうです?」

「それはなんなんだ?」

「「「ただのカルボナーラ」」」

「なら、そう書けよ!」

 

 御尤も。

 

「ならば、私はこの『爆熱ゴッドフィンガー』にしよう」

「名前だけじゃなんなのかマジで分からねぇな…」

「普通のハンバーグだぞ?」

「……このメニューを考えた奴はバカじゃないのか?」

「それじゃあ、オレはこの『ローゼスハリケーン(グラタン)』にしようっと」

「私はこれにするわ。『ガイアクラッシャー(シュニッツェル)』」

「疲れる喫茶店だな……」

 

 その後、アレクも『銀色の脚スペシャル(オムレツ)』を注文して食べた。

 味の方は普通に美味しかったとのこと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




まずは三人中二人が登場。

ワシヤ中尉の方は、よく同人誌界隈に登場している『女体化したルルーシュ』をイメージしてます。
理由? 中の人に決まってるでしょうが!

モニクの方は普通に幼くした感じです。
そこまで変化はしてないですね。

余談ですが、料理名と中身の違いは適当です。
店長は当然、影から常に弟の事も暖かく見守りつつも、時には厳しく導くゲルマン流忍術の使い手な仮面のお兄さんです。


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神出鬼没の天災兎

新しく出たのならば、ちゃんと兎さんとも絡めないとですよね。

もうこれはお約束になりつつありますね。







「成る程、成る程~。この子達がスーちゃん達のお友達か~」

 

 もう説明の必要もないだろう。

 またもや、場面は束の移動式ラボに移る。

 彼女がモニターで見ているのは、喫茶店で女子会を楽しんでいる四人組。

 

「こっちの赤い髪の子がモニクちゃんで、黒い髪の子がヒデトちゃんね」

「また見てるんですか?」

「まぁね」

 

 もう完全にストーカーに近くなっている束の観察。

 流石のクロエも半ば呆れながら、緑茶とお茶請けの饅頭(漉し餡)を持ってきた。

 

「こうしていると、カスペンさんもヘンメさんも、あんなにも凄い事を普通にやってのけるような人達には見えませんね」

「天才級の才能を持っていることを除けば、何処にでもいる普通の女の子だからね」

「その時点で十分に普通じゃない気もしますけど……」

 

 束と一緒に暮らすようになってから随分と経つが、未だにクロエは天才の定義が分らない。

 束独自の理論に耳を傾けていたら頭が混乱する。

 

「……ツンデレだね」

「ツンデレですね」

 

 二人がモニクを見ての第一印象がこれである。

 それ程に外れていないのが地味に凄い。

 

「もうさ、顔からしてツンデレな感じが出てるもんね」

「寧ろ、ツンデレこそ我が人生と言わんばかりの顔をしてますよね」

 

 本人に聞こえていないから言いたい放題である。

 

「なんとなく箒ちゃんに似てる気がする」

「顔がですか?」

「雰囲気が。あくまで『なんとなく』だけど」

「そうですか……」

 

 クロエはまだ箒に会ったことが無いので、そうとしか言いようが無かった。

 

「んで、こっちのヒデトちゃんはあれだね。ムードメーカーっていうか、場を盛り上げるタイプだね」

「でも、こんな人に限って、実は心の底は凄く計算高くて誰よりも優しい心を持っていたりするんですよね」

 

 こっちもある意味で正解。

 ワシヤはどんな時も明るく、仲間の死に涙を流せる人間だから。

 

「……よし!」

「何が『よし』なんですか。何が」

「スーちゃんやアーちゃんのお友達なら、やっぱし一度は会っておかないとダメでしょ!」

「いやいやいや。何を義務みたいに言ってるんですか。意味が分りませんから」

「モニクちゃんとヒデトちゃんだから……モーちゃんとヒーちゃんだね!」

「勝手に渾名を付けないでください。せめて本人達の許可ぐらいは取ってください。それと、モーちゃんってなんですか。牛ですか。少なくとも、年頃の女の子に付けるような渾名じゃないですよ」

「そうと決まれば善は急げだね! 早速、今日の夜にでも行ってみよう!」

「人の話は聞いてください。なんで夜なんですか。普通に明日の昼間とかでもいいじゃないですか」

「いや~! 今から楽しみだな~!」

「……………お好きにどうぞ」

 

 今回の勝負 クロエの敗北。

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

 

 その日の夜。キャデラック邸。

 モニクの自室。

 

 既に風呂に入って夕飯も済ませている彼女は、部屋のベッドの上で一人、カスペンから貰ったIS学園のパンフレットを眺めていた。

 

「いきなり、こんなものを渡されてもね……」

 

 性別が変わってしまっているとはいえ、砲術長とまた会えたことは純粋に嬉しかったし、あの三人も同じように生まれかわっている事実を聞かされた時は柄にもなく泣きそうになってしまった。

 モニクが彼女達と接していた時間はお世辞にも多いとは言い難いが、それでも確かな絆がそこにはあった。

 同じ艦に乗って、同じ時代を共に生きた同志達。

 二度と会えないと思っていた者達にまた会えた事を喜ばない人間がいない。

 

「IS学園…か」

 

 前世とは違い、まだ転生してから12年しか経っていない彼女には、まだまだ先の話ではあるが、それでもモニクは迷っていた。

 もう既に仲間達は専用機を受領し、日本にいる三人に至っては戦場にすら出ている。

 自分達と同じ12歳であるにも拘らずだ。

 

「少佐達は、大切な人達を守る為ならば、迷わず戦場に赴けるのね……」

 

 言葉に出さずとも分かっていた。

 ソンネンも、デュバルも、最後は仲間達を守る為に一人で戦い散っていった。

 だからこそ、その行動にも納得がいく。

 

「私は……」

 

 自分だって、家族や仲間達を守る為ならば、躊躇することなく銃を握る覚悟がある。

 その気持ちだけは誰にも負けるつもりはない。

 

「だけど……」

「だけど? どうしたのかな?」

「キャァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!?」

 

 そっと呟いた瞬間、いきなり横から見知らぬ人物が顔を覗かせた。

 余りにも突然過ぎて、思わず叫び声を上げてしまった。

 

「な…なんなのよ一体っ!? け…警察! 警察に通報しなくちゃ……」

「それだけは勘弁して~!」

「ちょ…返しなさい!!」

 

 当然のように通報しようとしたモニクの手から携帯を奪い取ってから、急いで電源を切った。

 一応、世界規模で指名手配扱いになっている以上、警察のお世話だけにはなるわけにはいかなかった。

 

「アナタな何なのよっ!? ここは私の家で、私の部屋よっ!? 分かってるのッ!? 不法侵入罪よ!!」

「ゴメン! いきなり来たのは謝るから、ちょっと落ち着いて! ね?」

「落ち着けですってっ!? どの口がそれを言うのよっ!?」

 

 超ド正論である。

 

「うぐ……流石の束さんもグゥの音も出ない……」

「ったく……って、束さん?」

「そ! 私がISの生みの親である篠ノ之束で~す! ブイ!」

「…………は?」

 

 もう意味が分らない。

 なんで世界一の有名人が自分の部屋にいて、自分の携帯を握っているのか。

 頭が混乱の坩堝になった時、部屋の扉を叩く音が聞こえた。

 

「姉さん? さっきからなんか聞こえるけど、どうかしたの?」

「エ…エルヴィンっ!? 何でもないわ! ちょっとクローゼットの角に足をぶつけちゃっただけよ!」

「そう? 気を付けてね。おやすみ」

「お…おやすみなさい、エルヴィン」

 

 足音が遠くなっていく。

 どうやら、無事に彼は部屋に戻ったようだ。

 

「今のは?」

「少し歳の離れた私の弟よ」

「ふ~ん……」

 

 モニクと同様に、戦場で散った弟、エルヴィンもまた転生していた。

 しかも、またもやモニクの弟として。

 これを知った時は誰よりも歓喜した。

 

「それで? 噂の天才科学者様が私に何の御用なのかしら?」

「うわ~。昼間みたいに私にも優しくしてよ~、モーちゃん」

「誰がモーちゃんよ! 牛みたいな渾名を付けないで!」

「クーちゃんと同じことを言ってる……」

 

 やっぱり、モーちゃんという渾名を聞くと、誰もが真っ先に牛を連装してしまうのか。

 

「私は可愛いと思うんだけどな~」

「それは間違いなく貴女だけよ……」

 

 眉間に血管を浮き出しながら、怒りで体を震わせる。

 束が正真正銘の犯罪者だったら、問答無用で怒りの鉄拳をお見舞いしているところだ。

 

「私がここに来た理由はね、モーちゃんとお話がしたかったからだよ」

「じゃあ、なんで夜に家に押しかけるのよ。明日の昼間とかでもよかったじゃない」

「一度でもこうと決めたら、すぐに迷わず一直線に突き進むのが私なんだよ」

「それに巻き込まれる方は溜まったもんじゃないわね」

「それ程でも~」

「褒めてない!」

 

 ツッコミ疲れで息も絶え絶え。

 何が悲しくて、見ず知らずの女性とコントをしないといけないのか。

 

「昼間見た時とは大違いだね。それとも、こっちの方が『素』なのかな?」

「み…見てたのっ!?」

「にゅっふっふっ~。束さんはな~んでも知ってるんだよ?」

「世間一般では、それをストーキングっていうのよ」

「そうとも言う」

「そうとしか言いません!」

 

 またツッコまされた。

 さっきからずっと、モニクはペースを崩されまくっている。

 

「それで? 何を悩んでいたのかな?」

「コレよ」

「あぁ~…」

 

 モニクが見せたのは、IS学園のパンフレット。

 これだけで、彼女の悩みがなんなのか一発で分かった。

 

「成る程ね。モーちゃんもこの事で悩んでたんだ」

「私もって……まさか?」

「アーちゃんも前に似たような事で悩んでたんだよ」

「それって…ヘンメ大尉の事よね? あの人も?」

「うん。だけど、今はもう戦う決意を固めてる。だからこそ、あの子は自らの意志で『ヨルムンガンド』を受け取った」

「そう……」

 

 一度は去った戦場に再び舞い戻れと言われれば、誰だって迷って当たり前だ。

 だが、それでもアレクは自身の相棒と共に戻る決意をした。

 それは本当に凄い事だ。

 

「これからスーちゃん達が戦おうとしている相手は、想像以上に強大な相手なんだよ。その気になれば、本気で世界の転覆を出来るかもしれない程に」

「……大袈裟に言っている…って訳じゃなさそうね」

 

 ついさっきまで飄々としていた束の顔がいきなり真剣になる。

 それだけで、事態の重要性が嫌でも理解できると言うものだ。

 

「そんな相手に…ソンネン少佐達は戦ったのよね……」

「そうだよ。って、そこでソーちゃんの名前が真っ先に出るって事は、もしかして~……」

「な…なによ?」

 

 ニヤニヤ顔で近づいてきて、耳元でボソッと一言。

 

「ソーちゃんの事が好きなの?」

「ち…違うわよ! そんなんじゃないったら!」

「ほんと~?」

「本当よ! 私にはもう好きな人がいるし! そんなんじゃないったら!」

「おぉ! なんか面白いことを聞いたかも!」

「し…しまった! 今のは忘れなさい!」

「それは無理かな~? これでも、記憶力には定評がある束さんですから」

「この女は~…!」

 

 もう後先考えずにぶん殴ってしまおうか。

 モニクの中の悪魔がそう囁いたような気がした。

 

「……尊敬してたのよ」

「ふぇ?」

「だ・か・ら! 尊敬してたの!」

「尊敬?」

「……あの人は超一流の戦車乗りで、誰からも尊敬されて憧れを抱かれてた。それは私も例外じゃなかった」

「ソーちゃんは、どこでも変わらないって事か……」

「その言い方、今でも?」

「流石に戦車はしてないけどね。でも、周りの色んな子に尊敬されて、頼られてる。かくいう私も、そんなあの子に頼ってしまっている一人なんだけどね……」

「博士……」

 

 自分が情けなかった。自分が憎らしかった。

 幾ら戦闘力が高いと言っても、妹の大切な友人たちに頼らざる負えない現状が嫌だった。

 

「ねぇ……」

「なに?」

「その…少佐達もカスペン大佐にIS学園に誘われてるの?」

「うん。あの三人はもうとっくに学園に行くことを決めてるみたい」

「守る為に?」

「そうだよ。正直、私も驚くぐらいにすんなりと戦う事を受け入れていた感じがする」

「きっと…心のどこかで、いつの日か自分達が戦場に戻る日の事を想像していたのかもしれないわね……」

 

 膝を抱えて顔を埋めるモニク。

 束からは、その表情は伺えない。

 

「どいつもこいつも……私達を置いて先に行ってしまう……」

 

 多くの戦場で別れを経験した。

 彼女達は自分達を命懸けで守ってくれて、その結果として己達だけが生き残った。

 必死に戦い、必死に生きた。

 それが、彼女達に救われた自分達の義務だと思ったから。

 

「そもそも、どうして大佐は私達をIS学園に誘おうとしてるのかしら……」

「それはきっと、あそこなら軍以上に協力な手札が集まり易いからじゃないかな」

「手札?」

「あそこには世界各国から代表候補生達が入学してくることがあるし、場合によっては国家代表が来る可能性がある。それらを通じて彼女達の国に話を着ければ……」

「容易に連合軍が作れる……」

「スーちゃんは間違いなく、IS学園を中心にして『亡霊』達の排除を考えてる。だからこそ、君達のような『頼れる仲間』を学園に引き入れようとしてるんだよ」

「頼れる仲間…か」

 

 よくよく考えれば、自分は醜態しか晒してなかったような気がする。

 そんな自分でも頼って貰えるのか? 戦力としてカウントされているのか?

 

「アーちゃんにも言った事を君にも言ってあげる」

「何よ」

「自分の心に嘘だけはつかないで」

「自分の心に嘘を…ね」

「大義名分とかどうでもいいから、今の自分の気持ちに正直になった方がいいよ。やらない後悔よりもやる後悔、だよ」

 

 自分の今の気持ち。

 弟を守りたい。家族を守りたい。

 けど、それ以上に……。

 

「…もう二度と、あの人達の背中を見るのは御免なのよ」

「モーちゃん?」

 

 いつも見ているだけだった。何もしてやれなかった。

 けど、今度は違う。一緒の戦場に立てる。一緒に戦える。

 今の自分はもう、口だけが達者で生意気な小娘じゃない。

 あの独立戦争を生き延びた人間なのだ。

 

「……行くわ」

「え?」

「まだまだ先の話だけど、私…IS学園に行く。今度こそ…あの人達の背中を守ってみせる」

 

 あの頃の自分達の戦いは、生きるための戦いだった。

 今度も同じだ。自分が生きる為に。家族と一緒に生きる為に。

 大切な『あの人達』を今度こそ生かす為に。

 自らの意志で銃を握るのだ。

 

「……どうやら、大丈夫そうだね」

「ふん。不法侵入者に気遣われるような軟な精神はしてないの」

「ツンツンだね~。でも、そんなモーちゃんをデレさせる方法を、束さんは知っているのだよ!」

「なんですって?」

 

 なんだか嫌な予感がする。

 だけど、束の勢いは止まりそうにない。

 

「そうだな~…近いうちにスーちゃんが勤めている基地に行ってみなよ。そこに、君を待っている子がいるから」

「私を待っている? それは一体……ってっ!?」

 

 話の途中なのに、束は部屋の窓から飛び出す寸前の体勢になっていた。

 不審者丸出しである。

 

「ちょ…どこに行く気なのよっ!?」

「いやね。今度はヒーちゃんの所に行こうかな~っと」

「ヒーちゃんって…もしかしてワシヤ中尉っ!?」

「それじゃあ、おやすみ~!」

「ま…待ちなさい!!」

 

 制止する声も聞かずに、束は夜の街に消えていった。

 

「なんなのよ……いきなりやって来て、言いたい放題言ってくれちゃって……」

 

 文句たらたらだが、それでも束の言葉に後押しされたのもまた事実だ。

 そう思うと、なんともやりきれない気持ちになる。

 

「……お礼ぐらい言わせなさいよね……バカ」

 

 モニク、遂にデレる。

 

「けど、彼女はどうやって私の家の場所を知ったのかしら?」

 

 それは聞かないお約束。

 聞いたら聞いたで後悔することは確実だから。

 

「今度会う時は、もうちょっと真面な出会いだといいんだけど……」

 

 

 

 

 




まずはモニクから。

ってことは、次回は束とワシヤが絡む回ですね。

本当は一話で二人一気にやろうと思ってたんですが、途中で変更しました。

その方が面白そうだったし。


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気の合う二人

最近になって『装甲娘』を始めました。

ダンボール戦記の事は全く知らないのですが、それでも十分に楽しめています。

割と素で夢中になりそうです。







 束がキャデラック家から去って約一時間後。

 ワシヤ家にあるヒデトの自室では、部屋の主がベッドの上でタブレット片手に動画を見ていた。

 

「やっぱ、猫って可愛くて癒されるよな~♡ もう、見てるだけで心が洗浄されていくっていうか……」

 

 普段は見せない…いや、もしかしたら見せているかもしれないにやけ顔を晒しながら、ヒデトの猫に関する独り言は続いていく。

 

「あぁ……このしっぽ…モフモフしたい……。出来れば、このお腹に顔を埋めたい……」

「そうだよね~。分かるよ~…猫ちゃんは本当に可愛いよね~」

「でしょ? 最近は動物アレルギーで猫嫌いになってる人もいるみたいだけど、こうして画面越しに見るだけなら何の問題も無いんだから、嫌いになるのだけは止めてほしいんだよな~」

「うんうん。全くだよね。本当に可愛いものから眼を背けて、その本質を見ようとしないなんて愚の骨頂だもんね!」

「その通り!」

 

 ……いつの間にか独り言に束が加わっている事に全く気が付かないまま、ヒデトは猫の動画で一人、興奮していた。

 動画が終わり、其処で顔を上げて一息つく。

 そこで横を見て、ようやく束の存在に気が付いた。

 

「……………誰?」

「いやいやいや! さっきまで楽しくお話ししてたよねっ!? 全く気が付いてなかったのっ!?」

「うん」

「じゃあ、なんで普通に返答してたわけ?」

「いや、遂にオレにも霊感的なものが覚醒したのかな~っと」

「私は幽霊じゃないんですけどっ!?」

「いや、流石にそれは分かるけど」

 

 こんな幽霊がいたら、霊媒師の人が可哀想過ぎる。

 普通に面白半分で誰かに憑りつきそうだ。

 

「っていうか、私がこの部屋にいる事に全く驚かないんだね。なんで?」

「少し前に知り合いから『もうすぐ、そっちに無駄に騒がしい不法侵入者が来るかもしれないから気を付けて』ってメールが来たんだよ」

「モーちゃんっ!? 出来ればもう少しオブラートに包んだ表現にして欲しかったんですけどッ!?」

 

 これでも十分過ぎるほどにオブラートに包んでいると思うのだが。

 

「その『モーちゃん』って、もしかしてキャディラック特務大尉の事?」

「そうだよ。モニクだからモーちゃん。可愛くない?」

「可愛い、可愛くないはともかく…なんか面白い! よし! 今度オレもあの人の事を『モーちゃん』って呼んでみよう!」

「いいねいいね! やれやれ~!」

「あ…でも、もし呼んだら呼んだで、次の瞬間に正拳突きとかされそう……」

「正拳突きとなっ!?」

「そうなんだよ。あの人、護身用とかつって、数年前から空手を習ってるんだ。かなり筋がいいみたいで、今じゃ確実に体格が上の大人の男相手でも普通に投げ飛ばしたりとか普通に出来ちゃうんだよ」

「怖っ!? 私…もしかしなくてもピンチだった?」

「もしかしなくても…だよ。あの人の部屋に侵入するって、ホワイトハウスに裸で乗り込んでリンボーダンスをするぐらいに無謀な事だと思うぞ?」

「例えが変すぎるっ!」

 

 完全にノリが一緒…というか、波長が合いすぎている。

 篠ノ之束。遂に別の意味での同類に出会う。

 

「そんで、アンタの名前ってなんすか?」

「今更それを聞くのッ!? 遅くないっ!?」

「大丈夫。誰も気にしないし、ここにいるのはオレとアンタだけだから」

「そうだよね! うん! 気にしない気にしない!」

 

 少しは気にしろ。

 

「私の名前は篠ノ之束! あのISを開発した天才科学者だよ!」

「おぉ~! そういや、なんかアンタの顔ってニュースとかで見たことがあるような気がする!」

「でしょでしょ?」

「あ。サイン貰ってもいいっすか?」

「いいよ~! 何に書く?」

「んじゃ、この愛用のタブレットにお願いするっす」

「よっしゃ! サラサラサラ~ってね!」

 

 どこから出したのか、黒いマジックペンでタブレットの裏側にかなり上手なサインを書いた。

 

「スゲー……。めっちゃ上手っすね!」

「実は、こんな事もあろうかと、密かにサインの練習をしていたりして」

「さっすが大天才の篠ノ之博士! そこに痺れる! 憧れるぅ~!」

「君のタブレットに最初にサインをしたのはそこら辺の芸能人なんかじゃない! それはこの束さんだぁ~!」

「ヒャッホォ~!!」

 

 遂にはネタまでブッこんできた。

 お前らはもうコンビでも組んでM-1にでも出場しろ。

 2回戦ぐらいまでは行けるかもしれない。

 

「そういや、キャデラック特務大尉が『モーちゃん』なら、オレは何になるんですかね?」

「君は…ヒーちゃんだよ!」

「ヒーちゃん……それ良いっすね! 気に入ったっす!」

「ホント!?」

「もち! よし、今度から皆にはオレの事を『ヒーちゃん』って呼ばせよう!」

「それがいいよ!」

 

 一体どこまで突っ走れば気が済むのだろうか。

 いい加減にブレーキを掛けて欲しい。

 

「んで、どうしてその天才科学者さんがオレん所に来たんだ?」

「純粋に君とお話がしたかっただけだよ」

「マジっすか! たったそれだけの為にここまで来るなんて…パネーっすわ…」

「そうかな?」

「そうっすよ! あ、カップケーキ食べます? なんか小腹空いたんで」

「食べる~! いたっだっきま~す!」

 

 こいつらは少しでも話の流れを守ろうとする意志は無いのだろうか。

 マイペース過ぎて独特の空気になりつつある。

 

「お? これ美味しい?」

「喜んで貰えてよかったですよ」

「もしかして、これってヒーちゃんの手作りだったり?」

「正解! いや~、暇潰しに作ってたら、いつの間にか趣味になってて。そんな訳で、無事に正解した篠ノ之選手は豪華ハワイ旅行の旅に自腹で行ってきてくださ~い!」

「わ~い!」

 

 この二人について深く考えるのは止めた方がいいかもしれない。

 

「もぐもぐ……ヒーちゃんはさ、IS学園に行きたいって思ってる?」

「IS学園?」

「そう。昼間にさ、スーちゃんからパンフレットを受け取ってたでしょ?」

「スーちゃんって…カスペン大佐? あの人、そんな風に呼ばれてたんだ」

「名付け親は私です」

「だと思った。スーちゃん大佐って呼んだら怒るかな?」

「怒るってよりは恥ずかしがりそうだけど」

「確かに。でも……」

「「それはそれで大いにあり!」」

 

 お願いだから、話を元に戻してくれ。

 

「オレ自身は別に行ってもいいかな~って思ってるけど。なんか普通に面白そうだし? ISに興味が無いわけじゃないし」

「そうなんだ」

「だって、元々はISって宇宙空間での活動を目的として開発されてんでしょ? いいじゃないっすか、宇宙。まさに人類のマロンっしょ」

「それを言うなら『ロマン』だよ」

「そうとも言う」

「そうとしか言わないって」

「「ハッハッハッ!」」

 

 こいつらは脱線をしながらじゃないと、まともに会話も出来ないのだろうか。

 だとしたら、彼女達と会話をしたら、それだけで日が暮れそうだ。

 今は夜だから、実際には朝日が昇りそうだが。

 

「ま、実際にはそれだけじゃないんだけど」

「と言うと?」

「……少佐達にはデカすぎる恩があるからな。絶対に返せないと思っていた借りを返せるチャンスがあるなら、オレはどこにだってすっ飛んでいくよ」

 

 ここでようやくそれらしい雰囲気になった。

 我等はそれを待っていた。

 

「ソンネン少佐は、オレの大切な友人と上官を命懸けで守ってくれた」

 

 実際に交流があったわけじゃない。

 それでも、仲間を守って散った事を知った時は、心から敬意の念を抱いた。

 

「デュバル少佐は、それまでずっと落第生の烙印を押され続けてたオレの事を初めて真っ直ぐに見て評価してくれた人だ。あの人がオレをヅダ2番機の専属パイロットに選抜してくれた時の事は今でも覚えてるよ」

 

 他人の悪評や噂なんかに惑わされず、純粋な『能力』で評価をしてくれた。

 生まれて初めて、自分は本当の意味で誰かの役に立てると思った。

 

「カスペン大佐は、その身を挺いてオレ達の帰る場所を守ってくれた。口では色々と言っていたけど、間違いなくオレが知る軍人の中じゃ一番の勇気を持ってる人だよ」

 

 規律正しく軍の任務を全うする。全ては自軍と祖国の勝利の為に。

 だが、それ以上に、仲間の事だけは絶対に見捨てない。

 例えそれが大きく歳の離れた学徒兵だったとしても。

 

「ホルバイン少尉に至っては、直接助けられてるしな。ほんと、あいつの直感が無かったら、どうなっていた事か……」

 

 誰よりも海を愛し、眼前にどんな困難が待ち受けていようとも決して諦める事をしない。

 直感だけじゃない。その不屈の精神に誰もが感銘し、死した時は誰もが悲しんだ。

 

「会いたいんだ……あの人達に……また……」

「ヒーちゃん……」

「そしてさ、今度こそ必ず言うんだ。『ありがとう』って」

 

 少し涙ぐんではいたが、その顔は悲しみに染まってはいない。

 どこまでも真っ直ぐに、『もしも』を『絶対』にする決意に満ちていた。

 

「きっと言えるよ。そして、あの子達もヒーちゃんにまた会えるのを楽しみにしてると思う」

「そうかな~? 特にデュバル少佐にはかなり扱かれたからな~。出会ってからすぐに叱られそう」

「なんか普通に有り得そう。デューちゃんはかなりの真面目っ子だからね~。だけど、この束さんはそんなデューちゃんの弱点を知っているのだよ!」

「マジでッ!?」

「大マジです! デューちゃんは実は……」

「じ…実は?」

「可愛いものが大好きなのです!」

「な…なんだって――――――っ!?」

 

 もうすっかりシリアスな雰囲気は霧散した。

 だが、今はこれぐらいでいいのかもしれない。

 

「めっちゃ可愛い子猫ちゃんを抱き上げた時なんか、満面の笑みを浮かべてたんだから!」

「想像…出来るような、出来ないような?」

「束さんの情報では、密かに動物のぬいぐるみなんかを買い集めているとかなんとか」

「まさかの情報キタ―――――――――!」

「だから、もしも学園で再会することがあったら、可愛いぬいぐるみなんかを進呈すればガシっと心を鷲掴み確定だよ!」

「よっし! さっそく明日から街中のファンシーショップにレッツゴーだ!」

「その意気だよ!」

 

 やっぱり、この二人は本当に息が合っている。

 千冬にだけは絶対に会わせてはいけないコンビかもしれない。

 間違いなく過労で倒れる。

 

「いや~! 天才科学者なんて聞いてたから、もっと堅苦しい人を想像してたんだけど、まさかここまでフランクに話せる人だとは思わなかったよ!」

「それはこっちのセリフだって! まさか、この私にここまでテンションがついて来れる子がこの世に存在してるなんてね! このままもうお友達にでもなりたい気分だね!」

「なに言ってんスか……オレ達もう…親友同士でしょ?」

「ヒーちゃん…♡」

「いや、親友ってよりは、心の友と書いて『心友』ですね」

「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ! マイフレ――――――――――ンド!!」

「フレ――――――――ンド!!」

 

 ガバっと抱き合ってから友情を確認し合う二人。

 親友というよりは恋人同士のようであるが。

 

 結局、この日の夜は更けるまでずっと二人で色んな話題で語り明かした。

 ワシヤ家の屋敷全体が防音加工されていた事がせめてもの救いか。

 そうじゃなかったら、間違いなく騒音被害で近所から訴えられていた。

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

「ん……んん……?」

 

 次の日。

 いつの間にか寝ていたヒデトが目を覚ますと、もうそこには束の姿は無く、その代わりに一枚の置手紙が机の上に置いてあるだけだった。

 

「流石に帰っちゃったか……フワァ~……」

 

 大きく欠伸をしながら背中を伸ばす。

 今まで余り目立っていなかったが、実はそこそこの大きさを誇るバストが強調される。

 

「昨夜は本当に楽しかったな~。生まれ変わってから、初めてあんなにも笑った気がする」

 

 昨日の事を思い出しながら部屋のカーテンを開ける。

 眩しい朝日が差し込む中、彼女は束が書いたと思われる置手紙を読んだ。

 

『昨夜は本当に楽しかったよ! ヒーちゃんと出逢えて本当に良かった! そんな私から友情の証としてプレゼントがあるのぜい! 暇な時で構わないから、スーちゃんが勤務している基地に行ってみて! そこでヒーちゃんの『翼』が待ってるよ! 愛しの束さんより』

 

 手紙を読んでから、彼女が何を言いたいのかをなんとなく察したヒデトは、静かに微笑んだ。

 

「友情の証って…それじゃあ、結局はアンタにも借りを作ることになるじゃないか……。嬉しいけどさ」

 

 手紙は丁寧に折り畳んでから、机の引き出しに仕舞った。

 因みに、手紙は全文がドイツ語で書かれてあった。

 天才の名は伊達じゃない。

 

「『翼』…ね。間違いなく『アレ』に決まってるよな」

 

 自分と共に戦場を駆けた相棒。

 自分を認めてくれた人が与えてくれた鋼鉄の戦士。

 

「あの時は向こうから来てくれた。今度はオレから迎えに行く番だ」

 

 晴れ渡る青空を見上げるヒデトの目は、力強く輝いていた。

 

 

 

 

 

 

 




ヤバい……今までで一番、書いてて楽しかった……!

お蔭で、めっちゃ筆が進んだ気がします。


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『2番目』と『3番目』

前回まで束が二人と出逢っていたという事は……分りますよね?

今回はそんな話です。






「「あ」」

 

 ハーゼ隊基地の前にて、二人の少女がバッタリと出逢った。

 一人はモニク・キャデラック。

 もう一人はヒデト・ワシヤだった。

 二人は揃って一般人が特別に基地内へと入ることが許されている『許可証』を手にしていた。

 

「……ここに来ているって事は、あなたも博士と出逢ってから、ここに来るように言われたのね?」

「ってことは、特務大尉も同じような事を言われたんスか?」

「そうよ。『ここで私を待っている子がいる』って」

「オレの場合は置手紙だったんですけど、こう書いてあったんです。『ここでオレの翼が待ってる』って」

「翼……ね。言い得て妙だけど、ある意味で最も妥当な言葉でもあるわね」

「かもですね。で、どうします?」

「決まってるでしょ」

 

 モニクは許可証を翳しながら、力強く言い放った。

 

「ここまで来てしまった以上、引き下がるわけにはいかないでしょう? ほら、行くわよ。まずは入り口でこの許可証を見せないと」

「了解であります。特務大尉殿」

 

 堂々と歩くモニクに続く形で、その後ろからヒデトも着いて行った。

 

「にしても、まさかこんな形でずっと前に大佐から貰った許可証が役に立つとは思いませんでしたね」

「全くだわ。あの人の事だから、いつかこんな日が来ることを見越して私達にコレを渡していた可能性もあるけど」

「あ~…それマジであるかも。あの人程の軍人ともなれば、確実にオレらとは違う場所を見てそうですもん」

 

 そんな話をしながら、二人は門の所にいる軍人に許可証を見せて、基地内に入る許可を貰ったのだった。

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

 一方その頃。

 基地内の格納庫にて、ある問題が発生していた。

 

「なんでしょうか…コレ」

「さぁな。全く見当がつかん」

 

 部下に教えられて急いで格納庫までやって来たカスペンの目の前には、二つの大きなコンテナがあった。

 デフォルメされた可愛らしいウサギがペイントされているソレは、文字通り正体不明の存在だった。

 

「送り主は分かっているのか?」

「それが全く。いつ、どうやってここに置いたのかさえ全く分らないんですよ。本当に、いつの間にかここにあったとしか……」

「ふむ……」

 

 整備員も完全にお手上げ状態。

 実際に手を挙げて顔を振っているから、本気で困っているのだろう。

 

「せめて、この中身が分れば少しは対処のしようがあるんですけど……」

「それも分からないのか?」

「はい。一応、考えうる全ての方法を試してみましたが、全部ダメでした。少なくとも、我々の手ではこのコンテナを開ける事は不可能だと思います」

「我々の手では? その言い方だと、まるで他に人間には可能なように聞こえるが?」

「っていうか、実際にそうみたいなんです。これを見てください」

 

 整備員がカスペンを手招きして、コンテナの右側に案内する。

 すると、そこには大人の手の平ぐらいの大きさのパネルがあった。

 

「これは?」

「恐らく、生体認証システムだと思われます。これに登録されている人間以外には……」

「このコンテナを開けることは不可能…か」

「でしょうね。それを調べるとなると、かなりの設備と労力が必要になりますし……」

「八方塞がり……か」

 

 よく見たら、二つのコンテナにはそれぞれ『2』と『3』と書かれている。

 これが何か重要な意味を持っているのだろうか。

 

「こんな所で一体どうした?」

「「織斑教官」」

 

 ここで千冬のご登場。

 どうやら、今は小休止の時間のようだ。

 

「実はですね……」

 

 整備員が千冬にこれまでのあらましを説明する。

 聞き終わった千冬は、急に顔が青くなった。

 

「ど…どうしました?」

「いや…なんでもない」

 

 なんて言ってはいるが、千冬はこのコンテナの送り主が誰なのか一発で分かっていた。

 

(こんなファンシーなウサギを書いたコンテナを誰の目にも触れずに持ってくれる奴なんて、束以外にいるわけないじゃないか…! あのバカが……今度は何を企んでいるっ!?)

 

 仮にも自分が親友だと思っている相手が、こんな破天荒な事を普通にしていたら、千冬でなくても頭が痛くなるものだ。

 事実、千冬は苦虫を噛んだような顔で頭を抱えている。

 

「大丈夫ですか? どこか具合でも……」

「本当に大丈夫だ。気遣いありがとう、大佐」

 

 天才な親友のせいで皆に迷惑を掛けてしまって頭が痛いです。

 そんな事を言えるわけも無く、またもや胃がキリキリ痛み出す。

 

(今度会った時は、まずは一発殴ろう)

 

 束、今から痛い未来が確定した瞬間である。

 

「移動ぐらいは出来るんで、取り敢えずは邪魔にならない場所に置いておきましょうか?」

「今はそれぐらいしか出来ないか。仕方あるまい。もし仮に危険物だった場合、少しでも被害を抑えないといけないしな」

「では、早速準備をしますよ」

「頼む」

 

 整備員がコンテナを運ぶためのフォークリフトを持ってくるために奥に向かうと同時に、今度は整備室の入口に別の軍人がやって来た。

 

「失礼します! カスペン大佐はいらっしゃいますでしょうか?」

「私ならばここだ。一体どうした?」

「大佐にお客様が来ておられましたので、ここまでご案内しました」

「私に客? それをここまで案内した?」

 

 普通ならば、客が来たなら基地内にある応接室にでも案内するのが普通の筈。

 それを自分がいる場所まで案内させたという事は……。

 

「まさか……?」

 

 カスペンの『まさか』は見事に的中する事となる。

 

「「大佐」」

「お前達は……」

 

 そこにいたのは、ついこの間も会ったモニクとヒデトの二人だった。

 

「ワシヤ中尉にキャデラック特務大尉。どうして君達二人がここに?」

「ちょっと用事がありまして」

「用事だと?」

 

 少なくとも、カスペンは彼女達二人に用事なんてない。

 だが、二人はここに用事があると言う。

 この矛盾はなんなのだろうか。

 

「大佐。この二人は?」

「おっと、そうでした。まずは紹介をしなくては」

 

 いきなりの事でそれぞれの紹介を完全に怠っていた。

 と言う訳なので、ここはお互いに自己紹介をして貰う事にした。

 

「初めまして。モニク・キャデラックです。大佐とは個人的に親しくさせて貰っています」

「ヒデト・ワシヤです。大佐とは……腐れ縁? 的な感じです」

「そ…そうか。私は……」

「織斑千冬さん…ですよね。顔はよく知っています。IS関係の雑誌でよくお見かけしてましたから」

「恥ずかしい限りだよ」

「そんな事は無いと思いますが……」

 

 少なくとも、モニクは千冬の事を一人の女性として、人間として尊敬している。

 かといって、ミーハーなファンたちのように興奮する事は無いのだが。

 

「オレ、有名人って始めて見たかも…って、昨夜も普通に会ってたわ」

「私もね」

(まさか……)

 

 千冬の額に嫌な汗が流れる。

 

「あの、サイン貰ってもいいッスか?」

「ちょ……いきなり何を言ってるの!」

「いいじゃないスか。またとないチャンスなんだし」

「全くもう…すみません。この子はいつもこうで……」

「私ならば別に構わないぞ」

「いいんですかっ!?」

「あぁ。もう完全に慣れっこだしな。今更だよ。で、何に書けばいい?」

「このスマホケースにお願いします」

「これまた意外な物をチョイスしてきたな……」

 

 今回は予め自分の家から持って来ていたマジックペンを千冬に貸す形でサインをして貰った。

 千冬は非常に書き難そうにしていたが。

 

「出来たぞ」

「あざっす! 大切にします!」

 

 ヒデト・ワシヤ。昨日に引き続き、またもや宝物が増えるの巻。

 

「んで、ンな場所で何をしてたんスか?」

「あれだ」

 

 カスペンが親指で二つのコンテナを指すと、急にモニクとヒデトの目が大きく見開かれた。

 

「まさか…あれがそうなの?」

「間違いないッスよ! それっぽいの、あれしかないですもん!」

「お…おい? 二人とも急にどうした?」

 

 カスペンと千冬を置いてきぼりにしたまま、二人はそそくさとコンテナのある場所まで向かって、その周りをぐるぐると回りだす。

 

「大尉! なんかコンテナの右側にパネル的な物がありますよ!」

「これが『鍵』…なのかしら?」

 

 ここまで来れば、もうカスペンにも千冬にも大凡の見当がついた。

 このコンテナは元々、この二人の為だけにこの場所に運び込まれたのだと。

 

「大佐! このコンテナ、開けても大丈夫っすか?」

「あ…あぁ。開けられるのなら、我々は一向に構わないのだが……」

「よっし! そんじゃ大尉……」

「許可もちゃんと頂いたし、開けましょうか」

 

 ヒデトが『2』と書かれたコンテナのパネルに、モニクが『3』と書かれたコンテナについているパネルに手を当てると、その瞬間に何かを確かめるようにパネルが二人の手を赤外線レーザーのような物でなぞっていく。

 

【選抜者『ヒデト・ワシヤ』を確認。コンテナを開きます】

【選抜者『モニク・キャデラック』を確認。これよりコンテナを開きます】

 

 パネルにそう表示されたと思ったら、いきなりコンテナがゆっくりと開き始める。

 二人は急いでその場から離れてカスペン達の元に戻り、コンテナの中身を確認するように目を凝らす。

 そうして、コンテナの中から出てきた物、それは……。

 

「こ…これは……!」

「なん…だと……!」

「はは……やっぱりかよ……」

「……………」

 

 蒼く輝くボディを持つ全身装甲のIS『ヅダ』が二体並んでいる姿だった。

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

 それは、自分の親友が持っている機体と全く同じ姿をしたIS。

 違いがあるとすれば、頭部に隊長機であることを示すブレードアンテナが無い事と、シールドの部分にそれぞれ『2』と『3』の数字が書かれてある事だけだ。

 

「ちゅ…中尉、大尉……ちゃんと説明をしてくれるんだろうな?」

「いいですよ」

 

 二人はそれぞれに昨夜、自分達の部屋で起きた出来事を話した。

 モニクは束と話してからかわれつつも背中を押して貰った事を。

 ヒデトは束と意気投合して親友になった末に、寝落ちするまでずっと話し込んでいた事を。

 そして、二人して共通していたのは、最後には束に『この基地に来るように言われた』ことだった。

 

「あの束が…身内以外の人間に興味を示した…だと……っ!?」

「それ以上に色々とツッコミたいことはありますが……」

 

 ここはグッと我慢した方がいいと思う。

 

「驚きもしたし、からかわれもしたけど……彼女がいなかったら、今でも私は延々と迷っていたと思います」

「まさか、あいつが誰かを応援するような真似をするとはな……」

 

 それだけ、束も密かに成長していると言う事なのかもしれない。

 それを思うと、親友としては嬉しくも感じる。

 

「つーか、束さんってマジで愉快で楽しい人なんスね! あんなにも息が合った人、本気で久し振りに会いましたよ!」

「つ…疲れなかったか?」

「全然? それどころか、話している内に増々テンションが上がってくるぐらいですよ!」

「……世の中は広いな」

「へ?」

 

 まさか、あの束のテンションに真正面から付いて来れる逸材がこの世に存在するとは本気で思わなかった。

 もしかしたら、このワシヤという少女は別の意味で世界を変える存在かもしれない。

 

「しかし、二人の話を統合すると、あの篠ノ之博士が中尉と大尉の為にこの二体を製造して、コンテナに収納した状態でこの基地に置いて行った…と言うことになるのか?」

「そのようだな。確かに、こんな物を民家の玄関先に置かれては溜まったものじゃないが。…あいつにも、そんな常識的な部分があったんだな」

 

 千冬、何気に親友の事をディスる。

 

「いずれはこちらの方から正式に依頼をするつもりだったのに、よもや向こうから本人達に渡してくるとは……いい意味で予想外だが、心臓に悪すぎるぞ……」

 

 渋い顔をしながら自分のお腹をさするカスペン。

 彼女の胃もまた痛み出したのだろうか。

 

「だが、流石は篠ノ之博士だな。この基地ならば、容易に他の手に渡ることはないし、私もいるから二人の事に関しても色々と便宜を図れる。…これを置く瞬間が誰も分からなかったのは些かショックが大きいが……」

 

 眼を細くして猫の口になるカスペン。

 軍人として、一部隊を預かる身として、科学者に完全に上を行かれるのは結構に堪えるものがあるのかもしれない。

 

「コンテナ自体が二人の生体データでしか開かないようになっていたのならば、この二機のISもまた二人にしか動かせないようになっているに違いない。事実上の『専用機』になるわけか」

「大丈夫なのか? 彼女達は民間人だろう? 幾ら束が気に入っているからと言って、それを……」

「司令に相談すれば、その辺りはどうにかなると思います。問題があるとすれば……」

「すれば?」

「情報処理などで、また忙しくなるって事ですね……」

「その……頑張れ。そして、済まない……あのバカが……」

「いえ…いつもの事ですから……はぁ……」

 

 意気消沈するカスペンと千冬を見て、モニカとワシヤは互いに顔を見合わせる。

 

「もしかして、私達って……」

「悪い事をしちゃったみたいッスね」

 

 そう思っても、時既に遅し。

 後はもう突き進むしかないのだ。

 

 

 

 

 

 




次回、またも動きます。


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蒼の鼓動

6月になっても、何にも変わってない気がします。

それどころか、最近はなんだか妙にツイてない気が……。

愛用の靴の底に穴が開いちゃいましたし。






 いつの間にか基地内にあったコンテナの中から出現した二体の『ヅダ』の処遇を相談する為に、カスペンは司令室まで行っていて、この場には千冬とモニクとヒデトの三人だけが残された。

 因みに、先程コンテナの移動の為にフォークリフトを取りに行った整備員の青年は、戻ってきた時には既にコンテナが開いている様子を見て普通に項垂れていた。

 

「その…二人は束と会って話をしたんだったな?」

「「はい」」

「…何もされなかったか?」

 

 仮にも親友である以上、見知らぬ年端もいかない少女達に何かをしていたら、なんて申し開きをしていいのか。

 どこまでも純粋に二人の事を心配して、千冬はダメ元で聞いてみた。

 

「部屋に不法侵入してきました」

「サイン書いて貰いました!」

 

 ヒデトの方はともかく、モニカに対してしたことは普通に犯罪だった。

 

「……殴るついでにドロップキックでもしておくか」

 

 束、重傷確定。

 

「他には何もないか?」

「いえ、これといって何も。後は普通に話しただけですね」

「オレも~。ま、こっちの場合はオレが寝落ちするまで話し込んだんだけど」

「そうか……」

 

 千冬の目から見ても、彼女達からはソンネンやカスペンと似たような雰囲気を感じてはいるが、果たしてそれだけで本当に束が興味を抱くだろうか?

 彼女とはもう十年近くの付き合いになるが、未だにその心の内は全く読めない。

 

「んお? そんな所で何をやってるんだ?」

「「大尉」」

「お前か……」

 

 そんな三人の元にやって来たのは、同じように基地に来たアレクだった。

 今や彼女は完全にハーゼ隊の一員のような扱いになっていて、基地内でもなんでか普通に『大尉』と呼ばれている。

 最初は何回か軽く文句を言ったりしたが、自分の事を純粋な目で『大尉』と呼んでくるラウラの視線に根負けして、仕方なく『好きにしろ』と言ってしまったが最後。

 もう完全に今では『サレクサンドロ・ヘンメ大尉』に逆戻りだ。

 

「実は……」

 

 ここでヒデトの『カクカクシカジカ。カクカウウマウマ』が発動。

 これで本当に会話が成立してしまうのだから、ジオン軍人とは本当に恐ろしい。

 

「いやいやいや! ジオン軍人の全てがアレで会話が整理するわけないじゃない! 少なくとも、私には何を言っているのかさっぱりよ!」

 

 どうやら違ったようだ。

 

「成る程な。奴さんの持ってきたと思われるコンテナから、お前さんらのISが出現した…と」

「そういうことッス」

「なんともまぁ……あの博士さんらしいわな」

 

 アレクもまた束と話をして背中を押された身。

 彼女の場合は、ここまでド派手な事はされていないが。

 

「待たせたな……」

「お。大佐様のご登場だ」

「ん? アレクも来ていたのか」

「まぁな。一応の事情も聞いてるぜ」

「そうか。それならば話が早いな」

 

 たったままなのもアレなので、まずは近くにあるベンチに座る事に。

 

「取り敢えず、簡単に決まった事だけ報告しておく」

「お願いします」

「まず、二人にISが篠ノ之博士からISを与えられたことは、暫くの間は機密事項とする」

「「デスヨネー」」

 

 ある意味、一番分りきっている事だった。

 

「暫くってのはなんだよ?」

「文字通りの意味さ。話を聞く限りでは、二人はIS学園に行くことを決意してくれたのだろう?」

「えぇ。……あ、そっか」

「何が『あ、そっか』なんですか? 大尉」

「今はまだ私達は表向きはISとは全くの無関係だけど、IS学園に入ればそうじゃなくなるってことよ」

「キャデラック特務大尉の言う通りだ。学園に入学さえできれば、機体に関しては色々と言い訳もできる。つまり、それまでは……」

「あのヅダの事は内緒にしなくちゃいけないって事ですね」

「そうなるな。出来るか?」

 

 実際には『出来るか』ではなくて『やれ』なのだが、この二人には愚問だった。

 

「「楽勝」」

「だと思ったよ」

 

 今更な質問だった。

 二人とも、あの独立戦争を生き残ってみせた人間なのだ。

 これぐらいは朝飯前だろう。

 

「これがもし、アレクのようにドイツ軍からの譲渡と依頼という形ならば、そこまでひた隠しにする必要も無いのだがな……」

「流石に、開発者からの個人的な譲渡ってなれば、そうもいかねぇよなぁ……」

「全く…あのバカはどこまで……!」

 

 その時の感情に身を任せ、人様に迷惑を掛ける。

 拳と蹴りだけでは生温いような気さえしてきた。

 

「…バックドロップも追加するべきか……?」

 

 束の命は風前の灯かもしれない。

 

「だが、コンテナの存在が既に基地内に知れ渡っている以上、ここでは下手に隠すのは逆効果だろう」

「箝口令でも出すのか?」

「その予定ですが、その前にヅダの存在を明らかにしておくべきでしょう。下手に隠し続ければ、不必要な不信感を抱かせてしまう可能性がある」

「確かにそうかもな。ここの連中だって借りにも軍人の端くれだ。機密事項ぐらいは守れるだろ」

 

 日々の千冬の訓練に加え、以前からカスペンによる座学にて軍人としての精神を叩きこまれているハーゼ隊の隊員達。

 これで少しでも正規の軍人達に近づければ…とは思っていはいるのだが、そう簡単にいかないのが実情なのである。

 

「それでは、まずは機体の設定でもするか。あのような形で出現した以上、必要あるかどうかは疑問だが」

 

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

 案の定、もう既に二体のヅダにはある程度のデータが入力されていた。

 どこで、どうやって二人に関するデータを入手したのかは疑問だが、あの束がやった事なので深く追求するだけ無駄なので、そこは全員一致で素直に諦めた。

 

 そして午後。

 今回もまた急遽、予定を変更することとなった。

 

「総員注目!! これより、カスペン隊長から話がある! では隊長、どうぞ」

「うむ」

 

 ハーゼ隊の全員が訓練場に整列し、列の前にはカスペンと千冬の他に、アレクとモニク、ヒデトの他に副隊長であるクラリッサも立っていた。

 クラリッサの声で全員が姿勢を正し、カスペンが一歩だけ前に出る。

 

「諸君は今日の午前に格納庫に置いてあった謎のコンテナの事はも既に知っているな? 実は、その中身がつい先程だが判明した」

 

 カスペンの報告で、隊員達の顔に動揺が走る。

 見知らぬ少女達が自分達の前にいる時点で既に困惑をしてるのだが、今回のはそれ以上だった。

 

「あれは、とある人物達に向けて送られてきた篠ノ之束博士のコンテナだった。その『とある人物達』とは、この基地の人間ではないが故に、本来ならばこのような事が起きるのは非常に変な事なのだが、恐らくは篠ノ之束博士がこの基地ならば安全であると判断したがためと思われる」

 

 束の名前が出た途端、隊員達の動揺はピークに達する。

 が、ここで変に表情や行動に出せば、それこそ後で追加の訓練が山盛りになるのは自明の理なので、ここは必死に自分達の表情を殺した。

 

「そして、その人物達とは、ヘンメ大尉の隣に並んでいる二人のことだ。紹介しよう」

 

 ここでモニクとヒデトの二人が前に出る。

 今は一般人でも、嘗ては立派な軍人だった二人。

 足の運び一つとっても、ハーゼ隊の彼女達とは全く動きが違った。

 

「モニク・キャデラック特務大尉と、ヒデト・ワシヤ中尉だ」

「初めまして。モニク・キャデラックです」

「同じく、ヒデト・ワシヤです。よろしくお願いします」

 

 ちゃんと敬礼の仕方も忘れていない。

 矢張り、魂に染み込んだ軍人としての誇りは忘れたくても忘れられないのか。

 

「今日の午後は、予定を変更してこの二人のISの起動実験を執り行う」

 

 この展開は流石に予想出来たのか、そこまでの動揺はなかった。

 以前にも似たような事があったせいかもしれない。

 

「猶、この二人の事と先程話したこと、今から披露するISの事は最重要機密事項とする。もしも外部に漏らせば、軍法会議は免れないと思え! いいな!」

「「「「「はっ!」」」」」

 

 少し脅し過ぎたかと思ったが、これぐらいでも言っておいた方が丁度いいかもと後で思い至る。

 実際、軍法会議と聞かされて、隊員達の顔はかなり強張っていた。

 

「では、これより準備に入るので、お前達は端の方にて待機をしているように。以上、解散!」

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

「一応、ちゃんと調べはしたのだが……サイズは合ってるか?」

「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!! オレ、ISスーツなんて着るの初めてですよ!」

「それは私もよ…って、なんかこれ、思っている以上に窮屈に感じるのね…。まるで体が締め付けられてるみたいだわ」

 

 場所は変わって更衣室。

 モニカとヒデトの二人は、カスペンに連れられて更衣室まで来てから、基地に常備してある予備のISスーツを借りて着用していた。

 

「問題はなさそうだな」

「みたいです」

「結構。そのISスーツはそのまま二人にくれてやるとしよう」

「「いいんですか?」」

「それぐらいは構わんとも。他にも予備のスーツは沢山あるし、アレクだってここのスーツを貰って着てるんだ」

「そうだったんだ……」

 

 アレクもそうだが、これまでに全くISとは関係の無い人生を送ってきていた二人が、ISスーツなんて代物を持っているわけも無く、このような形でしか触る機会は無い。

 一応、市販品でも販売はされているのだが。

 

「因みに、ISスーツってなんか着る意味とかってあるんですか?」

「ISの操縦のし易さやリンクが若干上がる程度だな。それ以上に、スーツ自体の対弾性が高いから、普通に防弾チョッキ替わりにはなるな」

「胴体部しか守られてませんけどね。この水着みたいなデザインはどうにかならないんですか?」

「言うな。それに関しては、もう皆がとっくの昔に諦めている」

 

 実は、どこぞの未来世紀で使用されている某格闘家達が着用しているような、全身を覆うタイプのスーツも存在はしているのだが、カスペンもそれの事は知らないので、何も言えなかった。

 

 

「着替えが終わったのならば、早く行くとしようか。余り待たせても悪いしな」

「「了解です」」

 

 カスペンの言葉に敬礼で応える二人の胸元には、既に全ての設定が完了しているヅダの待機形態である青い羽根飾りがぶら下がっていた。

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

 格納庫内にて、ヅダを装備してから待機をしているモニクとヒデトの二人。

 珍しく静かなヒデトが気になって、少し話す事に。

 

「どうかしたの?」

「いえね。柄にもなく緊張しちゃって……」

「アナタが? 珍しい事もあるもんね。明日は雪かしら」

「酷っ!? オレだって人間なんですから、緊張ぐらいしますって!」

「冗談よ。…実を言うと、私も少しだけ緊張してるのよね」

「大尉も?」

「うん。またヅダと遭えたのは素直に嬉しいけど、ISに乗るなんてこれが初めてだし、『あの頃』と同じように動けるかどうか……」

「なんとかなるんじゃないんですか?」

「またそんな楽観的に……」

「楽観的じゃないですよ。なんつーか……自分でも何言ってんだって感じなんですけど、不思議とコイツと一緒なら『大丈夫』って気がするんですよ」

「大丈夫……ね」

 

 実は、その感覚はモニクにもあった。

 まるで、懐かしい友に再会したような、大好きな母親に抱きしめられているような、そんな不可思議な感覚が。

 

「どっちにしても、もう私達はここまで来てしまった。後はもう……」

「突き進むだけ…ですね」

「この『道』を大佐や大尉と一緒に進んでいけば、その先に少佐達が待ってる」

「その時まで、止まるわけにはいかないっすね」

「そうね。まずは、このヅダをものにしましょう」

「了解っす!」

 

 改めて気合を入れ直したところで、カスペンからの通信が来た。

 

『特務大尉、中尉、準備はいいか?』

「「はい!」」

『よし。では、いつでも来い!』

 

 顔を見合わせてから、エンジンに火を灯す。

 拳を握りしめ、青く澄みきった空を見上げた。

 

「モニク・キャデラック! ヅダ3番機!」

「ヒデト・ワシヤ! ヅダ2番機!」

「「発進します!!」」

 

 こうして、またもや嘗ての仲間達が空へと舞い戻って来た。

 未来を信じて、少女達は時代を駆け抜ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




なんか、予告詐欺になってしまいました。

次回こそ、本当に動きます。

それから、またもやストックがかなり溜まってしまったので、こちらの更新を優先するかもしれません。


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蒼の乱舞

私の作品は基本的に予定通りに行かない事がしょっちゅうです。

前回も、本当ならとっくに二機のヅダの試運転を終わらせているつもりでしたから。

でも、なんでかいつの間にか文章が長くなってるんですよね。

これは小説を書き始めた頃からの癖になってます。

それでも、昔に比べれば今はかなりマシになってるんですけど。







 二体のヅダが大空目掛けて飛んできたのを見て、地上の訓練場に集まっているハーゼ隊の面々は驚きの顔を見せていた。

 

「あれが……」

「篠ノ之博士が作った新型?」

「なんだろ…どこかで見たことがあるような気が……」

 

 隊員達が各々に反応する中、ラウラだけが必要以上に驚愕していた。

 彼女だけがそんな顔をしている理由は明白で、以前に一度だけ目撃をしているからだ。

 

「あ…あの…大佐。少しよろしいですか?」

「ん? なんだ?」

 

 ラウラに連れられる形でカスペンは少しだけ離れた場所に移動する。

 

「あの二体のISは、あの時…第二回モンドグロッソにて大佐のご友人が操縦していた機体の同型機なのでは……」

「いや、同型もなにも、あの二機もあの時の機体も同じ『ヅダ』なのだが」

「そ…そうなのですか?」

「というかだな、そもそもヅダは将来的に量産することをコンセプトとして開発されているから、同じ形状の機体が複数あってもなんら不思議じゃないんだぞ?」

「あ…あんな高性能機を量産っ!?」

「あくまで『コンセプト』だけだよ。実際に量産されるかどうかは不明だ」

「ならば、あれらの機体は……」

「所謂、先行試作量産機だな。あの時、デュバル少佐が搭乗していたのが一番機で、たった今出てきたのが二番機と三番機になる」

「今回の機体と、大会で見た機体とでは何か違いがあるのですか?」

「見た目では、隊長機を示すブレードアンテナが無いぐらいか。後は武装面の違いだな。一番機は他のとは違って色んな武装を積んでいる。一応はそれぐらいか。もう質問は無いか?」

「あ…いえ。ありがとうございます」

「なに。部下の疑問に答えるのも、隊長としての立派な仕事だよ」

 

 軽くラウラの頭を撫でてから、カスペンは元の位置に戻っていった。

 その背中を見ながら、ラウラは撫でられた頭に自分の手を乗せていた。

 

「大佐……」

 

 頭を撫でられた時、不思議な安心感があったと同時に、胸の鼓動が激しくなった。

 これが指し示す感情を、ラウラはまだ知らなかった。

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 一方、ヅダを纏って空に上がった二人は、カスペンからの指示を待って待機をしていた。

 

「オレ……今、空を飛んでるんだ……」

「普通なら少しは怯えたりするんでしょうけど、なんでかしらね……地に足を着けているよりも、何故か安心するわ」

「もしかして、オレ等の宇宙生活が長かったせいですかね? 無重力空間に慣れ過ぎて、上下左右に重力が無い場所に感覚が根付いてるっていうか……」

「一応、生まれ変わってからはずっと地上で生活をしてきてるんだけどね……」

「それでも精々が12年ぐらいですよ? 宇宙で暮らしてた時間の方がずっと長い」

「それもそうね……」

 

 これもまた、スペースノイドとしての悲しい性なのかもしれない。

 まだ重力が存在する空中ですらこうなのだから、水中ともなれば、今以上の安心感を得るのかもしれない。

 

『二人とも、機体の具合はどうだ?』

「問題ありません。2番機、3番機共にオールグリーンです」

『それはなにより。では、いつでも好きなタイミングで動いてもいいぞ』

「え? そんなんでいいんですか?」

『勿論だ。今の貴官らは軍属ではないんだ。注意喚起ぐらいはするが、命令権は存在しない。ただ、無茶だけはするなよ。今は制空権とか五月蠅いからな』

「「了解」」

『では、まずは機体の具合を確かめてくれ。武装の確認などはその後からだ』

 

 ここで通信が切れた。

 二人は装甲越しに顔を見合わせてから、ジェスチャーを交えながら話をする。

 

「ですってよ」

「そんじゃ、お言葉に甘えて……」

「「いきますか!」」

 

 背部ブースターに火を入れてから、二人は一気に加速して別々の方向に向かって飛行を始める。

 

「イヤッホォォォォォォォォォォォォォォォォッ!!!」

「こら! さっきまでの緊張感はどこにいったのよ!」

「別にいいじゃないッスか! こんなにも気持ちがいいんですから! 大尉は違うんですか?」

「わ…私は……」

「私は?」

「あ~…もう! そうよ! 私も楽しいわよ! 悪いっ!?」

「誰もそんな事は言ってないんですけどっ!?」

 

 いつも通りの会話を繰り広げながらも、モニクもヒデトもIS初心者とは思えない程に見事なマニューバを見せてくれている。

 モニクは丁寧かつ慎重に動きながらも、その一つ一つの動きの全てが洗練されていて、逆にヒデトの方は本能に従って文字通り好き放題に飛び回ってはいるが、決してモニクに衝突はしないように細心の注意を払っているのが分かった。

 

「2番機だ! オレの2番機だ―――――――――!!」

「気持ちは分かるけど、もうちょっと集中しなさい! 幾らなんでも興奮し過ぎよ!」

「あははははははははははははは!」

「話を聞け―――――――!!」

 

 もう、本当にやりたい放題である。

 それでも全く操縦ミスが無いのは、嘗ての戦闘経験が無自覚の内に活かされている証拠か。

 少なくとも、他の正真正銘の初心者が見れば、愕然として地に膝をつくのは必然だろう。

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

「なんなんだ…あれは……」

「お~お。こりゃスゲーや。あいつら、意外とやるじゃねぇか」

 

 ISを誰よりも嗜んでいる身である千冬は、初心者とは思えない程の操縦技術を余すことなく披露している二人に開いた口が閉じなくなり、アレクは純粋に二人の実力に感心していた。

 

「ふふふ……流石だ。こうでなくてはな」

 

 カスペンの方も二人に全くブランクらしきものが見受けられない事に嬉しさを隠しきれないが、以前の事もあって、なんとか全力で喜びたいのを我慢をしている。

 だが、それでも頭のアホ毛は素直なようで、さっきからずっと激しく左右に揺れっぱなしだった。

 

(隊長のアホ毛が揺れてる……)

(アホ毛が揺れてる……)

(そんな隊長も可愛くて素敵です……♡)

 

 どんなに我慢をしても、クラリッサからは逃げられないようだ。

 一体どうすれば、彼女の魔の手から解放されるのだろうか。

 

「…………」

「驚いたか?」

「え? いや…その……はい」

 

 もう嫉妬するのも馬鹿馬鹿しくなる程に見事な腕前を見せつけられては、ラウラも黙るしかない。

 

「あれは、あの二人が努力や経験を積んだ結果だ。特に、ワシヤ中尉はな」

「彼女が…ですか?」

「そうだ。嘗て、中尉は操縦適性が高いと診断されていても、得意な科目と不得意な科目の成績差が激しかったことが原因でパイロットになれなかった経緯がある」

「そうだったんですか……」

「だが、そんな上の意見には耳を貸さず、彼女の純粋な能力だけを認めた人物がいた。それが……」

「『少佐』…なんですね」

「あぁ。周りの意見に流されず、自分の目で見たことを信じて中尉を認めた。私も、その判断は決して間違いじゃなかったと思っている。きっと、私があの場にいれば、同じ判断を下していただろう」

 

 どれだけ座学の成績が良くても、実戦で引き金を引けなけば意味が無い。

 ヒデトはまさに、そんな現実を周りに見せつけた人間達の一人だった。

 

「周りから何を言われようとも、努力を続ける奴を見捨てる者は絶対にいない。必ず誰かが見ていて、その努力を正当に評価してくれる日が来る」

「はい……そうですね」

 

 気が付けば、ラウラはヒデトに自分の影を重ねていた。

 いつの日か、私も彼女と同じように認められる日が来る。そう信じて。

 

「よし! もうその辺でいいだろう! 二人とも、今度は武装のチェックを頼みたい!」

『それはいいですけど、具体的にはどうするんですか?』

「私に任せておけ。こんなこともあろうかと…とな」

 

 通信越しにモニカの疑問に応えながら、カスペンは予め持って来ていた端末を操作する。

 すると、いきなり格納庫から小さな『ナニか』が沢山飛び出してきた。

 

『な…なんだぁアレっ!?』

「訓練用の小型ドローンだ。思い切りやってくれて構わんぞ。安物だし、私達も普段から訓練でメチャクチャに壊してるからな」

『ド…ドイツ軍って贅沢なんスね……』

「なに。私達の事をマスコット扱いしているのだから、これぐらいの事はしてやらねばな」

((((意外と根に持ってたんだな……))))

 

 特に、カスペンはその容姿も相まって、国家代表となる前からずっとドイツ軍のマスコット的な扱いをされてきた。

 国家代表になってからは、更に勢いづいてきたが。

 

「だから、遠慮なく斬るなり撃つなりしてくれ」

『お願いだから、本気で反応に困る事を言わないで下さいよ……』

 

 これには、流石のモニクも装甲の下で苦笑いをしていた。

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 またまた場面は変わって上空。

 

「で、結局どうします?」

「大佐がああ言ってるんだし……」

 

 モニクはその手にIS用マシンガンを取り出して装備した。

 何度も何度も使い、ジオン軍内で最も使用されてきた武装の一つでもある為、拡張領域からは難なく出すことが出来た。

 

「やるっきゃないんじゃない?」

「なんて言って、本当は大尉も暴れたいんじゃないんですか~?」

「うっさいわね。思わずそっちに向けて誤射されたくなかったら、黙って武器を出しなさいよね」

「は~い」

 

 間延びした返事をしながら、ヒデトはIS用バズーカを取り出して手に取った。

 これもまた使い慣れた装備な為、苦も無く装備可能だった。

 

「このドローンって、なんか虫みたいで鬱陶しいわね」

「見た目は、よくあるプロペラタイプのドローンですけど」

「大きさの問題よ。だから……」

 

 最初と同じように背部ブースターに点火し、一気に加速をしながらもドローンの群れを追い越し、そのまま背後に回り込みながら体の向きを変えてからマシンガンを連射する。

 お世辞にも動きが機敏とは言い難いドローンたちは、瞬く間に撃破されてスクラップと化していった。

 

「ヒュ~♪ さっすが大尉、やるな~。オレも負けてられないぞ……ってな!」

 

 モニクとは反対方向に突撃し、一体のドローンを足蹴にしながらバズーカの標準を合わせる。

 ほぼゼロ距離に近い場所でバズーカの引き金を引く。

 そんな場所で撃たれれば、当然のように命中はする。

 爆発に巻き込まれないように、急いでその場から離脱をしながら別のドローンに狙いを定める。

 

「イェ~イ! 赤い彗星の真似~♡」

「調子に乗らない!」

 

 叫びながらも、空いている左手に握っているヒートホークをドローンに突き刺して、もう片方の手でマシンガンを撃って別のドローンを破壊していた。

 

「お~! すっげ~なぁ~! それならオレは~……」

 

 シールド内にあるグリップを握り、折り畳み式のクローを展開、そのまま前に突き出しながら最大速度で突撃した。

 それが『瞬時加速(イグニッション・ブースト)』と呼ばれる高等技術である事を使った本人であるヒデトは全く知らない。

 

「これしかないっしょ!! おりゃ――――――!!」

 

 唯でさえヅダの速度はそこらの量産機なんて目じゃないレベルなのに、最大速度で突撃なんてしようものなら、訓練用ドローンでなくても回避は非常に困難となる。

 結果、ドローンの一体が見事な串刺しとなった。

 

「もう一丁!」

 

 ドローンを突き刺したまま、ヒデトは別のターゲットに目掛けて突撃。

 二体目もブスリと突き刺してから、体全体を大きく横回転させてクローに刺さっていたドローンを空中に放り出す。

 破壊寸前なドローンは、まだ無傷な別のドローンと空中衝突をして動きを止め、それを狙ってマシンガンで一網打尽にした。

 

「はい、終わりっと!」

 

 三体のドローンの爆発を確認してからモニクと合流。

 彼女も彼女で相当数のドローンを破壊したようで、もう残りも少なくなっていた。

 

「これで決めるわよ!」

「あいよ…っとな!」

 

 そのまま、背中合わせに周りながら、マシンガンを撃ちまくる。

 全ての残弾を撃ち尽くすかのように引き金を引きっぱなしにして、ドローンの爆発が連鎖していく。

 やがて、マシンガンの弾を全て使い切ってカチカチとトリガーが乾いた音を鳴らし、全ての弾を使い切った証を出すと、あれだけ沢山いたドローンが一つ残らず破壊され尽くし、周辺空域には静寂だけが残った。

 

「これで終わり…なんスかね?」

「後続が出ないところを見る限り、多分そうなんじゃないかしら」

 

 少ししてからマシンガンを収納し、念の為に周囲の確認。

 

「敵影は無し…と。本当に終わりみたいっすね」

「じゃ、戻りましょうか」

 

 意外と喜びの声とかは上げずに、大人しく地上へと戻っていった二人だった。

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 戻ってきた二人を出迎えたのは、先程まで見学をしていたハーゼ隊の隊員達。

 隊長であるカスペンが前に出てから、ISを解除した二人にタオルを手渡す。

 

「ご苦労様。機体の調子はどうだった?」

「「完璧」」

「そうか!」

 

 ここで遂に喜びが爆発。

 派手な動きはないものの、誰もが見惚れるような満面の笑みを浮かべた。

 

「まさか、あのサイズで原型機のエネルギーゲインを殆ど再現してるとか想像もしてませんでしたよ」

「しかも、前はあったエンジンの欠陥も完全に克服しちゃってるし。マジでどうなってるんスか?」

「それは、ヅダを生まれ変わらせてくれた張本人にでも聞いてくれ」

「確かにね」

 

 不思議と、またどこかで会えるような気はしているので、ここで無理に聞く気にはなれなかった。

 

「大佐から見て、私達の動きはどうでした? 思っているよりは動けてたとは思うんですけど……」

「パーフェクトだ」

「おぉっ! あの大佐から褒められた!」

 

 カスペンの放つ最高のサムズアップ。

 もしも広報部にこれを見られていたら、即座に広告にされていただろう。

 

「これで、全てのチェックは完了したってことでいいんですよね?」

「そうなるな」

「オレらの処遇ってどうなるんスかね?」

「表向きは今まで通りでいいだろう。だが、そうしてISを手にした以上は整備や訓練などは絶対に必要になってくる」

「でしょうね」

「だから、アレクと同様にここにいつでも通えるようにはしておいてやる。そっちの都合がいい時で構わないから、ここに来てくれると色々と助かる。二人の存在は隊員達にもいい刺激になるからな」

 

 そういって周りを見渡すと、そこには尊敬の眼差しで二人を見てくる少女達が。

 沢山の視線に思わず後ずさりをしてしまうが、千冬が前に出てきたことでそれは阻止された。

 

「まさか、またもや本気で驚かされるとは思わなかった。二人とも、何かしていたのか?」

「私は空手を少々」

「少々……?」

「何よ。なんか文句あるの?」

「いえ……」

 

 少なくとも、対格が上の大人を軽々と投げと成す程の実力者を『少々』とは言わないと思う。

 

「オレは別に何もしてないッスよ」

「貴女の場合は、元から普通に運動神経が良かったものね。あと、無駄に元気だし」

「なんか余計な一言が追加されたっ!?」

 

 あれだけの動きを繰り広げた後でも、普通に会話を交わしている。

 実力だけでなく、体力の方もかなりあるようだ。

 

「二人が良かったら、他の隊員達と一緒に訓練でもするか?」

「いいですね。私は喜んで参加します。勿論、アンタもね」

「まさかの強制参加っ!?」

「おうおう! やれやれ~!」

「砲術長までっ!?」

「ははははは……」

 

 こうして、二機のヅダのお披露目は何事も無く幕を閉じたのだった。

 ヒデトの悲鳴を除けば。

 

「ちょっとぉっ!? オレはチフユ・ザ・ブートキャンプに参加するなんて一言も口にしてないんですけどぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!?」

 

 世の中、諦めが肝心である。

 

 

 

 




これで原作前に揃う物は揃いました。

後はもう突っ走るだけです。

道は既に出来ています。

それをどんなペースで行くか決めるだけですね。


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白鳥のような少女

キリがいいので、ここで一気に時間を飛ばします。

ついでに、ここで今回のサブタイの意味のヒントおば。

白鳥って、表向きは優雅に泳いでいるように見えますが、実際には水面下では必死に足を動かしているんです。
この意味、分かる人は分かるはずです。






 千冬がドイツに来てから約半年が経過した。

 彼女もすっかりドイツでの生活に慣れ始め、それに伴い隊員達の練度も驚くほどに向上していった。

 それに加え、アレクやモニク、ヒデトも一緒に訓練をし続け、今では完全に嘗ての実力を取り戻しつつあった。

 その間も、定期的に日本に連絡をしていて、それが千冬の活力となっているようだ。

 

 カスペン、アレク、モニク、ヒデト達もそれぞれに誕生日を迎え、一歳ずつ大人になった。

 それだけの時間が経ったと言う事は、同時に国家代表であるカスペンもそれだけ仕事をしてきたと言うことになる。

 今回もまた、彼女はとある場所に仕事に来ているようで……。

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

「これでチェックメイトだ。どうする?」

「ま…参りました」

「よろしい」

 

 ベルリンにあるとある訓練場。

 そこに隣接している訓練用アリーナにて、カスペンが自身の専用機である『シュヴァルツェア・レーゲン』を纏い、そのプラズマ手刀を目の前でラファールを纏ったまま尻餅を付いている少女に突き付けていた。

 

「手も足も出なかった……」

「そう簡単には負けられないからな」

 

 今回のカスペンの仕事は、ドイツ内にある訓練所を訪れて、そこで頑張っている訓練生の少女達と交流をする事だった。

 ハッキリ言って、カスペンにはこっちの方が今までのアイドル染みた活動よりも遥かに性に合っているようで、代表の仕事で初めて生き生きとした顔をしている。

 

 で、ついさっきまでやっていたのは模擬戦。

 訓練生たちの頼みで試合をしたはいいのだが、案の定カスペンの完勝。

 試合時間は3分にも満たない。

 

「いい動きだった。だが、もっと臨機応変に動けるようにした方がいいな。頭の中で自分なりのパターンを構築するのはいいが、予想外の事が起きた時に動きが止まってしまっては意味が無い」

「は…はい! 気を付けます」

「うむ。少し休憩にしようか」

 

 レーゲンを待機形態にして、カスペンはその場を後にする。

 その小さくも悠然とした後姿を、少女は呆然と眺めていた。

 

「大丈夫だった?」

「う…うん」

 

 他の訓練生の子達が心配するように寄ってきて、その手を引いて立ち上がらせた。

 

「とんでもない強さだったわね~……」

「う…うん。本当に何も出来なかった……」

「あんな重そうな機体を、ああも軽々と扱えるなんて……」

「伊達に国家代表じゃないって事でしょ。その上、あの歳で特殊部隊の隊長までしてるんだから。強いのは当たり前」

 

 矢張り、周囲からのカスペンに対する評価は非常に高いようだ。

 決して彼女は可愛いだけの存在だけではなく、その非常に高い実力とカリスマ性で国家代表に選ばれたのだと、自らの手で証明していった。

 

「あの歳って…カスペン大佐って何歳?」

「15だって」

「「「「15っ!?」」」」

 

 だが、流石にあの容姿で15歳なのは普通に驚くようだ。

 

「え? あんなに小さくて可愛いのに、私達と同い年ぐらいなの?」

「私の場合は年下だけど。どっちにしても、とんでもなく凄いって事には違いないわ」

 

 ふとカスペンが去っていた方向を見ると、彼女が一緒に来ている人物達からタオルとスポドリを受け取っていた。

 

「あの眼帯の子も凄かったわよねぇ~…。特に、あの規格外の胸が」

「あの子、14歳らしいわよ」

「「「「まさかの年下っ!?」」」」

「絶対におかしいわよね。…一体何を食べて、何をすればあの歳であんなグラビアモデルみたいなスタイルになれるのかしら……!」

 

 年頃の少女達としては、眼帯の少女…アレクの有り得ないスタイルは無視できないようだ。

 だが、ここでハッキリと断言しよう。

 彼女は決して何もしていない。あのスタイルは完全な天然だ。

 自然とああなっていったのだ。

 

「で、そんな二人と一緒にいる清楚系なお嬢様は……」

「彼女は13歳ですって。なんでも、大佐とは古い知り合いらしいわ」

「美幼女の周りには、美少女と美女が集うって訳ね……」

「日本じゃそれを『類は友を呼ぶ』って言うらしいわ」

「「「「なんか納得」」」」

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

「へぷち!」

「え? 大佐…今のってくしゃみですか?」

「悪いか? ズズ…汗の掻き過ぎか?」

「誰かがお前さんの事を噂してたりしてな」

「……普通に有り得るから止めてくれ」

 

 カスペンの仕事に付き添いでついてきたのは、アレクとヒデトの二人。

 アレクの方はカスペンから誘ったのだが、その直後になんでかヒデトも一緒に行くと言い出してきたので、仕方なく同行させることに。

 

「しかし、どうしていきなり着いて来ようと思ったんだ?」

「偶には大佐のお仕事の見学でもしようかと思いまして」

「そうか。殊勝な心掛けだな、中尉」

 

 なんて言ってはいるが、本当は全く違う理由からだった。

 

(あのまま基地にいたら、また『チフユ・ザ・ブートキャンプ』に参加させられちまうからな。大佐には悪いけど、軍人としてチャンスは最大限に活かさせて貰うぜ!)

 

 別に千冬の訓練に着いて行けてない訳ではないが、それでも回避できるのならそれに越した事は無い。

 少なくとも、ヒデトはそんな風に考えている。

 

「そういえば、今日はキャデラック特務大尉の姿を見かけてないな。どうしたんだ?」

「あの人なら、今日は野暮用らしいですよ」

「それならしゃーないな」

「まぁ…無理強いは出来ないしな。私だって、彼女にはプライベートを大事にしてほしい」

 

 こんな風に思ってくれてはいるが、モニクが不在である真の理由を知るヒデトとしては、なんとも胃が痛くなるところだった。

 

(流石に言えねぇよな…。本当は、オリヴァーの奴とのデートをするから来てないだなんて……)

 

 リア充は爆発すればいいと思う。

 

「千冬さんから話だけは聞かされてたけど、国家代表ってこんな仕事もしてるんスね~」

「これも任務だと思って割り切れば何ともないさ」

「達観してますね~」

「達観ってよりは、慣れちまっただけだろ?」

「まぁな……はぁ……」

 

 肉体的疲労よりも精神的疲労で、頭のアホ毛も心なしか萎れている。

 どうやら、アホ毛は彼女の感情とリンクしているようだ。

 

(矢張り、このままじゃダメだな……。レーゲンの性能では、思うような戦いが出来ない。少し前から日本の『倉持技研』に依頼をしている私の『新専用機』……どこまで開発が進んでいるのだろうか……。可能な限り、早々に乗り換えたいところだが……)

 

 自分の拳を見つめながら、カスペンは今の己の未熟さを噛み締めていた。

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

 それは、本当に偶然だった。

 夕方、ラウラが訓練で掻いた汗を流す為にシャワー室に向かおうとしている途中、ふと訓練場から誰かの声が聞こえてきた。

 純粋にそれが気になって、彼女はその足でそのまま訓練場へと足を向けた。

 

「もう訓練は終わっている筈。一体誰が……」

 

 そこにいたのは、予想外の人物だった。

 

「はっ…はっ…はっ…!」

 

 代表の仕事を終えて休んでいる筈のカスペンが、軍服を着て訓練場の周りを走っていたのだ。

 その顔には夥しい程の汗が流れていて、どれだけの距離を走っていたのかが用意に伺える。

 

「大佐……なんでこんな時間に……」

「遂に見つかってしまったか」

「きょ…教官っ!?」

 

 驚いて固まっているラウラの傍に、いつの間にか腕組みをした千冬が立っていた。

 発言から察するに、彼女はカスペンが訓練をしている事を知っていたようだ。

 

「あいつはな、これまでずっと、ああしてお前達が訓練を終えた後に一人で訓練をしていたんだ。私がお前達に課しているメニューと同じ…いや、その数倍の量をな」

「す…数倍っ!?」

 

 通常の量でも、自分達は終了後には息も絶え絶えになるというのに、その数倍をたった一人で孤独にやっている。

 ラウラはその事に驚きつつも、どうしてそんな事をしているのだろうと言う疑問を抱いた。

 その心を見抜いたかのように、千冬が前を向いたまま答えた。

 

「あいつは言っていたよ。『代表としての仕事があるとはいえ、そればかりにかまけて自己研鑽をしないのは論外だ。彼女達の上に立ち、国の威信を背負う者として、皆以上の訓練ぐらいは簡単に出来なければいけない』とな」

「大佐……」

 

 仲間や他人には寛容で、自分にはとことんまで厳格で。

 義務。責任。プライド。使命。

 その全てを一人で背負い、カスペンは自分を鍛え、苛め抜く。

 国を、仲間を、世界を守る為に。

 戦友達と一緒に戦場を駆ける為に。

 

「私の元まで来て訓練のメニューを聞いてきた時は何事かと思ったが、これを見せられて納得したよ。一応、恥ずかしいから皆には内緒にしておいてほしいと釘を刺されていたのだがな。偶然で目撃をされては、彼女も文句は言えないだろう」

 

 徐に千冬は、ラウラに程よい温度になっているスポドリを手渡した。

 

「教官、これは……」

「行ってやれ。秘密を共有する者が部隊内に一人ぐらいはいても悪くは無いだろう」

「はい!」

 

 地面に大の字で横たわって体を休めているカスペンの元に、ラウラが小走りで駆け寄る。

 その光景を微笑ましく眺めていると、後ろからまたもや誰かがやって来た。

 

「クラリッサか」

「はい。教官にはバレますか」

「この基地に、あの光景を見てそこまで興奮して鼻息が荒すぎて鎌鼬が起こせそうな奴はお前しかいない」

 

 千冬の指摘通り、クラリッサはその手に双眼鏡を握り、顔を真っ赤にしながら鼻息を荒くしていた。

 そのせいで鼻の穴が大きくなっているが、なんで気にしないのだろうか。

 

「いえいえ。決して汗を掻きまくっている色気たっぷりな大佐の可愛い姿を双眼鏡で観察して脳内保存をするつもりだったなんて、そんな事は全く無いですから。ええ。全く無いですとも」

「同じことを二度も言っている時点で墓穴を掘っていると気付け」

 

 言っても無駄だと思うが、教官として一応の忠告。

 

「…本当は、副隊長として私こそが真っ先に気が付くべきでしたが……」

「意外といいコンビだと思うぞ。まるで本当の姉妹みたいで」

 

 ラウラがやって来たことに最初は驚いていたカスペンだったが、スポドリを渡されてすぐに大人しく観念した。

 優しく微笑みながら、ラウラに礼を言いつつスポドリを飲んで水分補給をしている。

 

「そうですね。ラウラは隊の中でも最年少で、背格好も隊長と同じぐらいなので、自然と気が合うのかもしれません」

「大佐には友も仲間も多くいるが、それとは別に家族のような存在が必要なのかもしれんな」

 

 こうして傍見ていると、千冬が言ったように本当に姉妹のように見える。

 背伸びがちな姉と、世間知らずで純粋無垢な妹。

 見ているだけで自然と笑顔になりそうな光景だった。

 

「大佐は一人娘だと伺っています」

「両親は?」

「どちらとも普通に御存命ですが、両親共に軍務で忙しく、家族が揃う事は非常に稀らしいです」

「そうだったのか……」

 

 千冬も、よく仕事などで家を空ける事が多く、弟の一夏を頻繁に一人にしていた。

 そこで千冬は、少し前に日本に電話をした時の話を思い出す。

 

(家族…か。一夏はあのまま孤児院で暮らしたいと言っていたな…。正直、それも悪くないと思ってはいる。あの家にいい思い出があると言えば嘘になるからな。院長さんの申し出は、寧ろチャンスなのかもしれない。私たち姉弟が本当の意味で『過去』と決別をするチャンスに……)

 

 ふと、訓練場にいるカスペンとラウラの傍に、自分が良く知っている少女達や、ここで知り合った少女達が一緒に寄り添っている光景を思い浮かべる。

 不思議と、凄く自然で楽しげな光景に思えた。

 可能であれば、いつの日か少女達が一緒に笑える未来が来ればいいと願ってしまう。

 

「これからはもっと、一緒の時間を増やすべきなのかもしれませんね」

「その提案には大いに賛成だが、それにかこつけて大佐に何かするつもりじゃあるまいな?」

「まさか! 決して私は『大佐に猫耳や尻尾を着けてニャ~って鳴いてほしいな~』とか、『髪をツインテールに纏めて『クラリッサお姉ちゃん♡』って呼んでほしいな~』とか思ってませんから! 微塵も!」

「……………」

 

 こいつだけ、明日からの訓練の量を十倍に増やそう。

 千冬は密かにそう決意した。

 同時に、私がドイツにいる間は必ずカスペンの貞操を守り抜こうと思った。

 このドイツの地で過ごしてもう半年。

 今ではもう千冬はカスペンやラウラの事は自分の妹のように思っていたから。

 

「明日も晴れるといいな……」

「そうですね」

 

 夕焼けの空に一番星が輝く。

 少女達の前途を祝福しているかのように。

 

 そうして今日も、騒がしい一日が過ぎていったのだった。

 

 

 

 

 




地味に伏線を回収しておきました。

どこなのかは秘密ですけど。

初めてクラリッサがまともな一面を見せましたね。

普段からこうなら、少しはマシなのに……。


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二人の夜(前編)

今回、二人の原作ヒロインに関するフラグが立ちます。

誰と誰なのか。どこなのか。

どうか予想してみてください。







 それは、カスペンの唐突な一言が切っ掛けだった。

 

「ボーデヴィッヒ少尉。少しいいか?」

「はい。何でしょうか、カスペン大佐」

「夕食後、私の部屋に一人で来てくれないか?」

「…………へ?」

 

 隊員達は訓練後で、カスペンは仕事から帰ってきた直後(因みに、今回の仕事はテレビの撮影だった)だった。

 自分達の隊長からのまさかの一言に、ラウラは完全にフリーズしてしまった。

 

「た…隊長! 一人で部屋に来させるのならば、ボーデヴィッヒ少尉よりも、是非とも私の方を!」

「断る。なんでそこでハルフォーフ大尉が出てくる? 私は単純に彼女と女同士で話がしたくなった。ただそれだけだ」

「私も隊長とお話がしたいです!!」

「教官」

「任せろ」

 

 拉致が明かないので、ここでカスペンは奥の手を使用した。

 ある意味、最強の切り札である。

 

「ハルフォーフ大尉。まさか貴様がそんなにも訓練熱心な人間だったとは思わなかったぞ」

「はひ? 教官は一体何を仰って……?」

「よもや、今から追加で訓練をしようだなんて」

「はいぃっ!? 私は一言もそんな事は言ってないんですがっ!?」

「最近になって、お前にはどうも上腕二頭筋の鍛え方が足りないと思っていてな。よって、今から訓練場にて腹筋8万回と千メートルダッシュ二千本、ついでに指立て伏せ五万回だ」

「そんなのやったら私フツーに死んじゃうんですけどっ!?」

「口答えは許さん。さぁ行くぞ」

「うわぁぁぁぁぁん!! たいちょ―――――――!!」

 

 千冬に首根っこを掴まれて、そのまま引き摺られながら訓練場へ強制連行されていくクラリッサ。

 それを見ていた隊員達の脳内では、ドナドナがBGMとして流れていた。

 

「よし。これで余計な邪魔者はいなくなったな」

「あ…あの…副隊長は……」

「気にするな。あいつにはいい薬だ」

「はぁ……」

 

 これで少しでも反省してくれれば御の字なのだが、そうは問屋が卸さないだろう。

 

「部屋に来るのは…そうだな。21時ぐらいがいいだろう」

「りょ…了解しました」

「うむ。では、待っているぞ」

 

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

 カスペンが指定した21時。

 流石に全裸では来られないだろうと判断したのか、ラウラは前に隊員の一人から貰った、水色のパジャマを着て部屋の前に立っていた。

 

 ノックをしようと手を挙げるが、緊張して扉を叩けない。

 何度も何度も躊躇っていると、扉の方から勝手に開いてくれた。

 

「部屋の前に人の気配がするからお前かと思っていたら、案の定か」

「も…申し訳ありません。情けなくも緊張してしまって……」

「緊張…か。軍という括りが無いプライベートでは、私も単なる15歳の小娘に過ぎないのだがな」

 

 少し悲しそうに落ち込んでいるカスペンの格好は、フリルが沢山ついている純白のパジャマ。

 いつもはポニーテールに纏めている髪を流しているので、まるで別人のようにも見えた。

 

「まぁいい。取り敢えずは中に入れ」

「は…はい。では、失礼します」

 

 恐る恐る室内へと入るラウラ。

 今にして思えば、こうしてカスペンに部屋に入るのはこれが初めての事だった。

 

「これが…大佐の部屋…」

 

 カスペンの部屋は良くも悪くも小ざっぱりとしていた。

 ちゃんと隅から隅まで掃除が行き届いていて、本や書類の類はちゃんと棚やファイルなどに整理整頓されている。

 ベッドのシーツも非常に綺麗にされていて、普段からどれだけ几帳面なのかが一瞬で伺える。

 

「ここで話すのもいいが、今日はとても星空が綺麗だ。よければベランダにでも出ないか?」

「分りました」

 

 基本的に上官であるカスペンの意見には逆らわないというロジックが既にラウラの中で形成されているので、ここは即座に頷いた。

 

 カスペンに連れられる形でベランダに向かうと、そこには一つの木製のベンチがあった。

 この寮のベランダは金が掛かっている事もあってか、それなりの広さを有している。

 しかし、広いと言う事は同時に屋根なども高いという事でもある。

 ベランダで洗濯物を干そうにも、最初は竿が高すぎて干せなかった。

 そうなると、誰もが最初に踏み台を使おうと思いつくだろう。

 それはカスペンも例外ではなく、彼女もすぐに踏み台を用意した。

 だが、先程も言った通り、ここのベランダはそれなりに広い。

 たった一つの踏み台程度では、少し移動をする度に踏み台を降りてから移動させなくてはいけない。

 流石にそれは非常に面倒くさいし、何よりも時間が掛かる。

 ならばどうすればいいか。

 そこでカスペンが思いついたのが、『最初から横に長い踏み台があればいいのではないか?』という事だった。

 その結果、彼女は何を思ったのか、どこからかベンチを購入して来てベランダに設置したのだ。

 無論、カスペンのポケットマネーで。

 伊達に軍の大佐であると同時に、カスペン家の御令嬢ではないのだ。

 

「こんな所にベンチが……」

「ふむ……。最近は暖かくなってきたとはいえ、夜はまだまだ冷えるな。よし、少しだけ座って待っていてくれ」

 

 部屋の中に戻ったカスペンはキッチンに行ってから何かを用意し始めた。

 そこまで時間は掛からず、5分程で彼女は戻ってきた。

 その手には湯気が出ている二人分のカップが握られている。

 

「コーヒーでは眠れなくなってしまうからな。私特製のホットココアだ。砂糖の代わりにハチミツを小匙一杯入れているから、優しい甘さを感じられるぞ」

「あ…ありがとうございます」

「熱いから気を付けて受け取れ」

「りょ…了解です。あ……」

 

 ココアを受け取ると、それだけで全身がポカポカと温まるような感覚がした。

 それは決してホットココアの熱さだけではなく、カスペンの優しさがラウラの心に沁みたせいだ。

 

「ここは都市部からも離れているから、とても星が良く見えるな……」

「そうですね……」

 

 ベランダにあるベンチに並んで座る、金髪と銀髪の少女。

 それは、とても絵になる光景だった。

 

「フー…フー…ごく……あ……」

 

 少し冷ましてからココアを口に入れる。

 すると、カスペンが言った通り、口の中にアッサリとした優しい甘さが広がっていく。

 普段から余り表情を出さないラウラが、自然と微笑んでしまうほどに。

 

「どうやら、お気に召したようだな」

「は…はい。とても体が温まります」

 

 そこで会話が途切れ、少しだけ無言で二人揃って星空を見上げる。

 夜空に瞬く星々たちは、まるで二人の少女を祝福しているかのように輝いていた。

 

「た…大佐」

「なんだ?」

「その…なんで私を呼んだのですか?」

「おっと。そうだったな。久し振りの静かな時間が楽しくて、素で忘れていた」

 

 カスペンも自分の分のココアを飲んでから、無言で上を向く。

 

「……ラウラは、私が今年から日本のIS学園に行くことは知っているな?」

「え?」

 

 いきなり自分の事を階級ではなく名前で呼んだことに驚き、一瞬だけ固まってしまった。

 

「ん? どうした?」

「わ…私の事を名前で呼んで……」

「あぁ、それか。言っただろう? 今は完全なプライベート。こんな時まで階級で呼ぶのはどうかと思ってな。嫌だったか?」

「い…いえ。そのような事は……」

「そうか。なんなら、お前も私の事を名前で呼んでみるか?」

「ふぇぇっ!?」

 

 カスペンの事を名前で呼ぶ。

 恐らくは家族にしか許されていない禁断の行為。

 それを自分がする?

 ラウラは混乱の余り、眼がグルグルし始めた。

 

「いや、無理なら別にいいんだがな」

「す…すいません」

「気にするな。こっちこそ、急な無茶振りをして悪かったな」

「はぅ……」

 

 まるで妹を愛でる姉のように、カスペンはラウラの頭を優しく撫でた。

 その時に変な声が出てしまったが、敢えてその事は聞かなかったことにした。

 

「それで、どうなんだ?」

「あ…はい。司令から教えて貰いました。確か、国家代表として更なる研鑽を積むために日本にあるIS学園に入学する…と」

「それは表向きの理由だな」

「表向き?」

「そうだ。実際には違う」

 

 ここで少しだけカスペンの雰囲気が変わる。

 軍務をしている時とも、さっきまでのものとも違う。

 まるで、どこか遠い未来を観ているかのような雰囲気。

 

「IS学園には私以外にも多くの国から生徒達が集う。その中には国家代表や代表候補生もいるかもしれない。あそこはある意味、今の世の世界の中心地と言っても過言じゃない場所だ。逆を言えば、あそこでは他の国の情報などを手に入れやすく、同時に接触も可能と言う事だ」

「ま…まさか、大佐は……」

「そうだ。私は、学園で会う多くの生徒達を通じ、そこから世界中に共闘を呼び掛けるつもりだ。その相手は勿論……」

「普段から大佐が仰られている『亡霊共』…ですね」

「そうだ。その為に私は既に、私の仲間達にも学園に来てくれるように呼び掛けている」

「その仲間とは、まさか……」

「アレクにモニク、ヒデト……それから、あの時の会場にいた三人だ」

 

 大凡、ラウラが知る限りでは最強の戦士たち。

 それが揃いも揃ってIS学園に集まろうと言うのか。

 それだけで断言が出来る。

 カスペンは本気だと。本気で『亡霊』を完膚なきまでに叩きのめすつもりだと。

 

「恐らく、私は織斑教官が日本に帰る時に一緒に日本に行くことになるだろう」

「そう…ですか」

 

 この基地から千冬とカスペンが同時にいなくなる。

 それは、隊としてもラウラ個人としても非常に寂しい事だった。

 

「その際、私はある場所に行く予定となっている」

「ある場所とは?」

「倉持技研。ラウラも聞いたことはあるだろう?」

「は…はい。確か、日本製の量産型第2世代型IS『打鉄』を開発した研究所だと……」

「そうだ。そこでな、私の新しい専用機を開発して貰っているのだ」

「あ…新しい専用機っ!?」

 

 本気で我が耳を疑った。

 ISは一機でも莫大な製造コストがかかる超技術の結晶だ。

 専用機ともなれば、そのコストは量産型の軽く数倍以上。

 それを新しく製造して貰うなど、普通では考えられない事だった。

 

「た…大佐には既に『シュヴァルツェア・レーゲン』があるではないですか!」

「そうだな。だが、私が得意とする戦法とレーゲンの性能は、お世辞にも相性がいいとは言い難いんだ」

「知りませんでした……」

 

 まるで己が手足のようにレーゲンと操っている様子からは、全く想像がつかない事だった。

 それ程までにカスペンの技量が優れている証拠でもあるのだが。

 

「ならば、大佐の新しい専用機とは……」

「打鉄の改修機にて後継機。その名も『打鉄弐式』と言うらしい」

「打鉄…弐式……」

「フランスで開発された『ラファール・リヴァイブ』の改造機である『ラファール・リヴァイヴ・カスタム』シリーズに該当する機体のようだ。と言っても、私の場合はごく少数だけ生産された弐式の内の一機を私専用にカスタマイズとセッティングして貰い、武装も大幅に変更して貰った物になる予定だがな」

「予定……?」

「私もまだ実物を見たわけじゃないからな。こればかりは見てからのお楽しみになる」

 

 そうして説明をしているカスペンの顔は、自然と笑顔になっていた。

 彼女自身も、新たな自分の愛機になるかもしれない機体を見るのが楽しみで仕方がないのだ。

 

「一応、コアの方だけは取り出して、そのまま新たな機体の方に移植する形となる」

「では、残るのはレーゲンの外装だけ……」

「そうなるな。で、ここからが本題なんだが……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ラウラ。国家代表候補生にならないか?」

 

 

 

 

 

 

  

 

 

 




ラウラはもう完全に大佐のヒロインですね。
自分的にもかなりお似合いな二人に思えます。
けど、同時に新たなヒロインのフラグも……。

最初は一話で纏めようと思ってたのに、やっぱり長くなってしまいました。
仕方がないので、キリがいい所で分割して前後編にします。


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二人の夜(後編)

長くなってしまった前回の続き。

候補生にナラナイカ? と言われたラウラはどんな反応をするのか?







「だ…代表候補生? わ…私が……?」

 

 一瞬、ラウラはカスペンが発した言葉を正しく理解出来なかった。

 思わずカップを落としそうになったが、それだけはなんとか耐えた。

 

「そうだ。ラウラならばなれると私は思っている」

「そ…そんな事は……」

 

 最近は少しずつ自信がつき始めてはいるが、それでもまだ自己評価の低さが見え隠れしている。

 そう簡単に人の心は変わらない、ということなのか。

 

「この前のハルフォーフ大尉との模擬戦でも、彼女と互角以上に渡り合っていたじゃないか」

「あ…あれは、無我夢中だったというか……」

「無我夢中。大いに結構じゃないか。寧ろ、そんな時ほど、人間の潜在能力が最も表面上に出る時だと思うぞ」

「あ…ありがとうございます……」

 

 カスペンは普段から部隊の人間には非常に寛容だが、今日は特に凄かった。

 褒められているラウラの方が、逆に恥ずかしくなってしまうほどに。

 

「普段の言動からは想像しにくいかもしれないが、ああ見えてもハルフォーフ大尉は並の代表候補生なんて目じゃないぐらいの実力者なんだぞ?」

「そ…そうなのですかっ!?」

「あぁ。織斑教官が来てくれる前までは、隊内で私に唯一ついて来れたのは、彼女だけだったぐらいだ」

「知らなかった……」

「まぁ…無理もあるまい。幾ら実力が高くても、アレだしな……」

「ハハハ……」

 

 二人揃っての苦笑い。

 余り描写されていないから分り難いが、実はラウラもクラリッサの被害に遭っている人間の一人だったりする。

 いや、もしかしたら大人しい性格のラウラの方がカスペンよりも多くの被害に遭っているかもしれない。

 

「私の目から見ても、織斑教官の訓練のお蔭で隊員達の実力が明らかにアップしている。その中でも特に成長が顕著なのは…ラウラ、お前だよ」

「わ…私ですか?」

「嘗てのお前からは想像も出来ない程に成長しているよ。実力も…心もな」

 

 確かに千冬のお蔭でラウラの実力は大幅に上がったかもしれないが、心の成長の方はカスペンの影響の方が大きかった。

 ラウラの中では既に、カスペンの存在は非常に大きくなっていているのだが、世間知らずな彼女は、その気持ちを表現する術を持っていない。

 それを何らかの形で知った時、二人の関係はこれまで以上に大きく変化するのかもしれない。

 

「いい機会だし、織斑教官の訓練の感想でも聞いておこうか。どうだ?」

「そうですね……」

 

 少し冷めかけているココアを大きく口に含んでから飲み込みながら、ラウラは数秒間だけ言葉を考えた。

 

「…最初は大変だと思う事も多々ありました。けど、徐々に自分の体が訓練に着いて行けるようになっていって、嬉しく感じるようになりました」

「嬉しい?」

「はい。落ち零れと揶揄されてた私でも、ちゃんと成長出来ているんだと…初めて実感出来ました」

「そうか……」

 

 優しく微笑みながら、カスペンはラウラの体に身を寄せるようにしてくっつき、右腕を回してから、その頭を静かに撫でた。

 

「…私はな、亡霊共との戦いにおいて、最も信頼し背中を預けられる相手は…ラウラしかいないと思っているよ」

「私が…大佐のお背中を……」

「うん。クラリッサは副隊長として色々としなければいけないことがあるから、したくても出来ない。それは他の隊員達も同様だ。言っておくが、決して彼女達を信用していない訳でも、侮蔑しているわけでもないからな? あくまで役目や相性の問題と言うだけだ」

「はぁ……。しかし、大佐には既にヘンメ大尉やキャデラック特務大尉、ワシヤ中尉などがおられるのでは……」

「残念だが、彼女達は無理だよ」

 

 カスペンもまた、醒めかけているココアを飲んでから夜空を見上げた。

 星とは別の光が点滅していて、恐らくは旅客機が飛んでいるのだろう。

 

「モニクとヒデトには既に先約があるからな」

「先約…とは、もしやデュバル少佐のこと…でしょうか?」

「その通り。同じヅダ同士で小隊を組んだ方がフォーメーションは組みやすいだろうし、お互いがお互いをフォローもし易い」

「そうですね……ならば、ヘンメ大尉は?」

「彼女はそもそも、機体の性能の関係上、前線には絶対に立てないよ」

「え?」

「アレクの役目は、ヨルムンガンドによる超長距離砲撃による先制攻撃及び、相手の射程距離外からの火力支援にあるからな。本人も前に出る事は望まないだろうし、大砲屋としての矜持がそれを許さないだろうな」

 

 普段から飄々としているアレクではあるが、その心の中には大砲屋としての誇りに満ちている。

 仲間の道を切り開く為の一撃に全てを賭ける。

 それが彼女の戦いなのだ。

 

「消去法…ではないが、私は実際にお前の成長を目の当たりにし、その動きをこの目で見て、ラウラこそが前線において私の背中を預けるに最も相応しいと判断した」

「私が…大佐に……」

「そんなお前だからこそ、私は代表候補生になって欲しいと思うんだ。候補生になれば、今以上に様々な経験が出来るようになる。それらは全てお前の糧となり、更なる成長を促してくれるだろう」

 

 ふと視線を横に向けると、ラウラがジッと自分の方を見ていた。

 思わず小恥ずかしくなったカスペンは、頬を赤く染めながら顔を夜空へと向けた。

 

「それで…だな。もしもラウラが代表候補生になった暁には……あのシュヴァルツェア・レーゲンをお前の専用機として譲ろうと考えているんだ」

「シュ…シュヴァルツェア・レーゲンを私にっ!?」

「あの機体は、お前にこそ相応しいと思ってな。それに、私は知っているんだぞ?」

「な…何をですか?」

「お前が、シュミレーターでよくレーゲンを使用している事を」

「ご…御存じだったのですか……」

「お前達の隊長…だからな。これぐらいは出来なくては」

 

 本当は、偶然に目撃しただけなのだが、ここは隊長としての威厳を守る為に黙っておいた。

 

「コアの方は、ラウラが普段から使っているラファールの物をそのまま転用すればいい。そうすれば、コアを初期化しなくてもいいし、色々と手間が省ける」

「で…ですが、いいのですか? そのような事を勝手に決めたりして……」

「別に勝手じゃないさ。これは、私と司令とで相談して決めた事だからな」

「いつの間に……」

「忙しそうにしていても、ちゃんと隊長としての仕事もやっているってことさ」

 

 貴女は一体いつ休んでいるんですか。

 思わず、そう言いそうになったラウラは悪くない。

 この歳でここまで仕事熱心なカスペンがおかしいのだ。

 

「ですが……私になれるでしょうか……代表候補生に……」

「きっとなれるさ。それに、仮になれなかったとしても、挑戦すること自体に意味があると私は考えている」

「挑戦すること自体に意味……」

「どんな事も、まずはやってみなくては何も始まらない。無論、私は無理強いはしない。する、しないはラウラの自由だ。最終決定権はお前にある」

 

 自分で促しておいてなんだが、カスペンは少し時期尚早だったかもしれないと思っていた。

 ここで話さなくとも、いすれはラウラを代表候補生にしようという案は出ていた。

 だが、カスペンはラウラの急激な成長を見て、彼女の可能性に賭けてみるのも悪くは無いと思ってしまったのだ。

 

「や…やります」

「え?」

「やります! 私、代表候補生になります!」

「そ…即決だなっ!? 幾らなんでも決断が早過ぎないかっ!? 自分で言っておいてなんだが、暫く熟考しても全然いいんだぞ? これからのお前の人生に関わる事だからな」

「いいえ。ここで決めないと、私は本当の意味で前に踏み出せないと思うんです。少しでも迷う時間を自分に与えてしまったら、そのままズルズルと時間だけを無駄に消費してしまいそうな気がするんです」

「ラウラ……」

 

 以前のラウラからは想像も出来ないような、決意に満ちた瞳。

 自分が知らない間に、ラウラ・ボーデヴィッヒは想像以上に強く成長していたようだ。

 

「…そうか。それがお前の答えならば、私はもう何も言わない。その決意を尊重し、応援しよう」

「大佐……」

「故に、私から言える言葉はもうこれだけだ。『頑張れよ』」

「……! は…はい!」

 

 二人揃って、カップに残っていたココアを全部飲み干した。

 

「そうだ。これも言っておかないとな」

「???」

 

 何を言うつもりなのだろう?

 ラウラは小首を傾げた。

 

「代表候補生になれば……私の背中が見えるぞ(・・・・・・・・・)

「背中……」

 

 最初はどんな意味なのか分からずに呆然としてしまったが、すぐに意味を理解したラウラは、座ったままの格好で敬礼をした。

 

「大佐。ラウラ・ボーデヴィッヒ少尉。必ずやドイツ代表候補生となって、貴女のお背中を守れるような戦士になってみせます。それまで暫しの間、どうかお待ちください」

「フッ……ラウラならば、意外と今年中にはなれたりしてな。もう既に充分過ぎるほどに土台は出来上がっているのだから」

 

 背中を伸ばしながらベンチから立ち上がり、ラウラの方を見た。

 彼女の方も同じように立ち上がって、カスペンの事を見ている。

 

「いいか。自分の強みは最大限に活かせ。決して出し惜しみはするな。特に、己が重要だと思った場面ではな」

「了解です!」

「うむ。いい返事だ」

 

 互いの顔を見ながら少女達は笑い合い、決意を新たにする。

 全ては、どこかの誰かの未来の為に。

 

「どうやら、思ったよりも話し込んでしまったようだな。いつの間にかもう23時になろうとしているじゃないか」

「本当だ。全く気が付きませんでした」

 

 窓越しに部屋の中にある掛け時計を確認すると、時間は22時47分になっていた。

 いつもならば、とっくに就寝しているような時間帯だ。

 

「明日も早い。今日はもう寝るとしよう」

「そうですね」

「そうだ。こうして私の部屋まで来ているのだから、いっそのこと、ここに泊まっていかないか?」

「た…大佐のお部屋で一泊をするっ!?」

「嫌か?」

「い…いいえ! 喜んでお供させていただきます!」

「お前は一体どこに行くつもりだ?」

 

 またもやラウラが緊張モードになってしまった。

 このまま自分の部屋に帰れると思った矢先の、いきなりの緊急ミッションに、心臓がバクバクと激しく鼓動していた。

 

(ま…まままままさか、大佐のお部屋で一晩を過ごす事になろうとは……! こんな事なら、もっといいパジャマを着てくれば良かった……)

 

 ラウラが女の子らしいことで後悔している。

 これもまた彼女の成長の証かもしれない。

 

「どうせなら、一緒のベッドで寝るか」

「い…一緒のベッドォッ!?」

「私一人で寝るには大き過ぎるんでな。私とラウラの二人一緒に寝て、初めて丁度いいぐらいだ」

 

 カスペンの部屋のベッドは、無駄に過保護すぎる彼女の父親が用意した完全オーダーメイドの一品ものなのだが、大切な一人娘が伸び伸びと寝れるようにと、これまた無駄に大きくて羽毛でフワフワなベッドをプレゼントしたのだ。

 別に気持ちよく寝れるのはいいのだが、広すぎて落ち着かない。

 もうベッドというよりは、白くて柔らかい荒野だった。

 

「さて…と。まずは寝る前に歯を磨かないとな。安心しろ。ちゃんと、客人用に予備の歯ブラシもあるからな」

「あ…ありがとうございます」

 

 用意良すぎか。

 一瞬だけ、カスペンと一緒の歯ブラシを使えるかも…なんて思ってしまったのはご愛嬌。

 

 その後、ちゃんと一緒に歯磨きをしてから、二人は向かい合うようにしてベッドに潜り込んだ。

 

「それじゃあ、おやすみ」

「お…おやすみなさい」

 

 手元にあるリモコンで部屋の電気を消して、すぐに目を瞑る。

 よっぽど疲れていたのか、カスペンはすぐに眠りについたが、ラウラの方はそうはいかず、カスペンの可愛らしい寝顔を間近で見る羽目となり、ドキドキが止まらなくなって中々に眠れなかった。

 といっても、それから十数分してすぐにラウラも寝てしまったが。

 

 誰も見てはいなかったが、カスペンとラウラはまるで本当の姉妹のように体を寄せ合って眠っていた。

 

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

 今回のオチ。

 

「ゼー…ハー…ゼー…ハー…死ぬ……本当に死ぬ……」

「情けないぞ。まだまだ指立て伏せも腹筋も終わってないし、千メートルダッシュも半分も終わってないだろ」

 

 クラリッサは暗くなった訓練場のど真ん中で、盛大にぶっ倒れていた。

 そんな彼女を見下ろしながら、千冬は寮の方を見た。

 

「フッ……青春だな」

 

 そんな呟きが夜風に紛れて消えていった。

 ……なんて爽やかに終わる筈も無く、この後も微塵も容赦なくクラリッサへの特別訓練は続いていった。

 

 次の日から数日、クラリッサは全身筋肉痛で訓練を休むことなり、ベッドの上で苦しむ羽目になるのだが…それはまた別のお話。

 

 

 

 

 




カスペン&ラウラのカップリング爆誕。

早くもヒロイン確定ですね。


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LOS! LOS! LOS!

ここ最近はシリアスな話が続いていたので、原作突入前に一つ、またもやカスペンのお仕事の話をしようと思います。

本当は、ポンッと思い浮かんだ話を書こうと思っただけなんですけど。






 この日、カスペンは休みを利用して日本行きに備えて色々な雑貨を買う為に一人、街まで繰り出していた。

 今日は珍しく一人で、私服のスカートなど以外にも、髪を解いてから帽子を被ったり、度が入っていない伊達眼鏡を掛けている。

 今や、『史上最年少の天才美幼女国家代表』と言われて国中の有名人となっているカスペンは、こうでもしないと碌に街中も歩けないのだ。

 

 そんな彼女が今いる場所は、街の一角にあるCDショップ。

 その店先には、ゴシックドレスを着て満面の笑みを浮かべている自分のポスターがデカデカと飾ってあり、そこにはこう書かれてあった。

 

『我が国の誇る天才美幼女国家代表【ヘルベルト・フォン・カスペン】のファーストシングル! 【LOS! LOS! LOS!】好評発売中!』

 

 目の前で自分が、普段は絶対にしない作り笑いをしている。

 これを見るだけで、猛烈に頭が痛くなる。

 

「どうして……こうなった……」

 

 ヘルベルト・フォン・カスペン。心からの叫びだった。

 こうなった全ての原因は、前回の仕事の時に遡る。

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

 

 

 その日もまた、カスペンは国家代表としてのプロバガンダの仕事をする為に、ある場所へと赴いていた。

 

「またここに来る羽目になるとはな……」

 

 そこは、以前にカスペンがとあるラジオ番組に出演した際にやって来たスタジオだった。

 今回もスタッフに案内されて中へと進んでいくのだが、今回はラジオスタジオの前を通り過ぎて行った。

 

「ん? 今日もラジオの収録じゃないのですか?」

「違いますけど……あれ? もしかして、何も聞かされてません?」

「何をですか?」

 

 全く意味が分らない。

 一体何を聞かされていないと言うのか。

 

「あぁ~…そっか~。まぁいいや。取り敢えずは着いてきてください。ここで話すよりも見て貰った方が早いと思うんで」

「はぁ……了解しました」

 

 なんとも曖昧な言葉に怪訝な顔をしながらも、『これも仕事だ』と割り切ってスタッフの後を追う事に。

 そうして辿り着いたの場所は、一人用のマイクに様々な音響機器が設置された現場。

 それを見た途端、カスペンは猛烈に嫌な予感がし、背筋が凍りつきそうになった。

 

「監督ー! ヘルベルト・フォン・カスペン大佐をお連れしましたー!」

「おぉ~! 麗しの歌姫の御到着か!」

 

 監督と呼ばれた髭の男の言葉を聞いた途端、嫌な予感は確信に変わった。

 今回は今まで以上にヤバい仕事だと。

 

「あ…あの…歌姫とは一体何のことですか?」

「おやぁ? まさか……」

「そうみたいっす。どうやら、何も聞かされないまま、ここに来たみたいですね」

「そうだったのか……仕方がない。ここで説明すれば問題無いヨネ!」

 

 全く話が読めない。

 というか、どうしてそこで開き直る。

 最大の当事者を置いてけぼりにした状態で話を進めないでほしい。

 

「まずは…はい」

「へ?」

 

 唐突に監督から手渡されたのは、拍子に『LOS! LOS! LOS!』と書かれた台本のような手作りの本。

 カスペンは目が点になり、頭の上に大きな疑問符を浮かべた。

 

「今回、大佐さんがする仕事は……」

「君が歌う曲…つまりはCDの収録だ!」

「……………は?」

 

 一瞬、冗談抜きでカスペンの思考が停止した。

 すぐに再起動したが、思わず柄にもない大声を出してしまった。

 

「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!???」

 

 カスペンの透き通った声がスタジオ中に響き渡った。

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 スタッフの一人にドリンクを貰って、ようやく落ち着きを取り戻したカスペンだったが、それでもまだ驚きを隠せない。

 

「ど…どういう事ですかッ!? なんでいきなり私が歌を歌う事になってるんですかッ!? そんな事、全くちっとも微塵も聞かされていないんですがッ!?」

「みたいだね~。おっかしいな~? ちゃんと、大佐の御両親や軍の許可は貰ってるから、てっきり大佐の方も既に知ってるとばかり……」

 

 両親の許可を貰っている。

 それを聞いた途端、カスペンの脳裏には笑顔でピースサインをしている父と母の顔が思い浮かんだ。

 

「お父様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!? お母様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

 

 これで全ての線が繋がった。

 軍の方はプロバガンダ目的で了承したのは間違いないが、両親の方の理由は完全に別だろう。

 一人娘であるカスペンの事を超溺愛している両親は、純粋に彼女の歌が聞きたいが故に、今回の仕事を了承したに違いない。

 そして、そんな仕事があると彼女に知らせれば、あらゆる手を尽くしてでも仕事自体を無かったことにしようとするに決まっている。

 だからこそ、これまで仕事の話を全くしてこなかったのだろう。

 

「おのれ……! 軍の上層部の方は、いずれ私がもっと上に行った時に一斉粛清すればいいとして……あのバカ両親が……!」

 

 幾ら厳格な軍人であるカスペンも、家族の存在は非常に大切に想っている。

 人としても、一人の軍人としても尊敬しているのだが、プライベートでは超が付く程の親バカでもあるのだ。

 憎みたくても憎めない。

 それがカスペンから見た両親の第一印象だった。

 

「大体! 今までの人生の中で国歌と軍歌と童謡しか歌った事が無い私が、いきなりCDデビューだなんて! そんなの正気の沙汰じゃないでしょうっ!?」

「大丈夫大丈夫。多少の下手さ加減は聞く方も笑って許してくれるよ。今回の曲は、カスペン大佐が歌う事自体に大きな意味があるんだから」

 

 似たような言葉を以前にラウラに言った手前、それを言われると何も反撃が出来ない。

 

「道理で…前回の仕事から戻った直後、司令から『喉を痛めるような事はするな』とか『偶には発声練習でもしたらどうだ?』と言われたわけだ……」

 

 それで気が付かないカスペンもカスペンな気がしてきた。

 意外と彼女はドジっ子なのかもしれない。

 

「御心配なく。流石に我々も、今からいきなり歌えだなんて無茶振りはしませんよ。一応、今日はこのスタジオは我々の完全貸切になってますから、まずは歌詞だけでも覚えてください」

「い…いいでしょう……。こうして、ここまでノコノコと来てしまった以上は、私も軍人として、国家代表として仕事を放棄するわけにはいかない。こうなったら、どれだけ音痴でも、見事に仕事を完遂してみせようじゃないか!」

「おぉ~! その意気だよ大佐! それじゃあ、我々は大佐が歌詞を覚えている間、ゆっくりと準備でもしていようか」

「「「「はい!」」」」

 

 その後、女性スタッフに案内されて控え室に連れて行かれるのだが、その道中にふと思った。

 

(このスタジオが一日貸切なのって、ほぼ間違いなく上層部の仕業だろうな……)

 

 大当たりである。

 

 

 

 

 

・・・・・

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・・・

・・

 

 

 

 

 控え室の椅子に座りながら、カスペンは歌詞を一つ一つ読んでいく。

 その度に、彼女の眉間に皺が寄せられるのだが。

 

「なんなんだ、この曲は……。一体どこのどいつが作詞をしたんだ? 完全に今時の曲とはかけ離れている詞じゃないか? よく知らないけど」

 

 カスペンは、今時の子供にしては珍しく、最新の曲や流行などには全くの無知だった。

 それはラウラも同様なのだが、カスペンの方は最低限の常識ぐらいは弁えている為、辛うじてクラリッサの魔の手からは逃れている。

 

「この台詞の部分も本当に必要なのか? 私から見ても、かなり物騒な言葉だぞ?」

 

 そもそも、基準が不明だから、この歌詞がいいのか悪いのかが全く分らない。

 だが、昔から暗記は得意中の得意だったから、歌詞自体はスムーズに記憶していった。

 

「で、この端末に曲が入っているんだったな。どれどれ……」

 

 去り際にスタッフから教えられた、テーブルの上に置いてある小型端末を操作して、既に刺さっているイヤホンを耳に付けて曲を再生した。

 

「……まるで軍歌みたいだな。だが、嫌いじゃない」

 

 一通り聞いてからリピート。

 誰もいないのをいいことに、今度は曲に合わせて歌詞を見ながら歌ってみる事に。

 

「~♪」

 

 この時、カスペンは歌うことに夢中で全く気が付いていなかったが、実は彼女の事を呼びに来たスタッフの一人がドアの隙間から彼女が歌っている様子を偶然にも見てしまっていた。

 

(おいおい…マジかよ。そこら辺の歌手なんか目じゃないぐらいに上手じゃないか……! それなのに今まで流行の曲とかを歌った事も無いって…宝の持ち腐れってレベルじゃないぞ…! もしかして俺達、とんでもない逸材を発掘しちまったんじゃ……!)

 

 透き通るような声から構成される歌声は、一流の歌手にも決して劣らない。

 誰が聞いても絶対にこう答えるだろう。

 『これこそが天使の歌声』だと。

 

(こうしちゃいられない! 急いでこの事を監督に知らせないと!)

 

 カスペンが満足げに微笑みながら歌い終わると、ドアの所にはもうスタッフはいなくなっていた。

 結局、最後までカスペンは最後までスタッフが自分の歌を聞いていた事を知らないままだった。

 

 

 

 

 

・・・・・

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・・・

・・

 

 

 

 

 

 スタッフが呼びに来て、カスペンは急いでスタジオへと向かった。

 ちょっぴり、誰から自分の歌を聞いていたのではないかと思ったが、いたって普通にしていたから、自分の杞憂だったと思い知る…が、実際にはバリバリ聞かれていた。

 もしも、その事を言ったら、今度こそ仕事をドタキャンされそうだから誰も何も言わなかったが。

 

「それでは、まずは練習からいってみようか。歌詞を見ながらで構わないから、取り敢えずは歌ってみて。今日中に出来なさそうだったら、明日以降でも構わないから」

「大丈夫です。ドイツの軍人として、カスペン家の娘として、皆さんのお手を煩わせるわけにはいきません。是が非でも今日中に収録を終わらせてご覧にいれます」

「おぉ~! 気合入ってるね~! なら、始めようか」

 

 ヘッドホンを耳に付け、背に合わせて大きく下げられたマイクの前に立ち、頭の中で覚えた歌詞を再度確認する。

 

(問題は無い。全部覚えている。フッ…よもや、ジオン軍にいた頃に鍛えた記憶力が、こんな所で役に立とうとはな)

 

 ヘッドホンから曲が流れてくる。

 少しの伴奏の後に、カスペンは歌い始めた。

 それを別のヘッドホンで聞きながら、監督は大きく目を見開いていた。

 

「こ…これは……!」

「ね? さっき俺が言った通りでしょう?」

「あぁ…! 全く期待をしていなかったと言えば嘘にはなる。だが、まさかここまでだったとは誰が予想する……!」

 

 スタジオ内にカスペンの歌が流れ、スタッフ全員がその歌声に聞き惚れていた。

 どれだけ歌詞が過激でも、その歌声が全てを帳消しにしていた。

 

「なんて力強くて綺麗な歌声……」

「まるで、戦場で歌う妖精…いや、天使だ……」

「台詞の部分も完璧じゃないか…!」

「踏まれたい…♡ 罵られたい…♡」

「「「え?」」」

 

 歌詞の間違いも無く、順調に歌が進んでいく。

 その時、監督が仕事人特有の鋭い目つきをして、近くにいたスタッフに尋ねた。

 

「おい。ちゃんと、これは……」

「勿論、バッチリと録ってますよ。向こうが本気で頑張ると決めた以上、こっちだってその気合に全力で応えないと!」

「よく言った!」

 

 そうして、カスペンの生まれて初めてのCD収録は順調に進んでいった。

 

 

 

 

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 歌い終わってから、カスペンがマイクの前で大きく深呼吸をしてガラス越しにスタッフに聞いてきた。

 

「どうでしたか?」

「最高です! 予想以上にお上手でした! これなら想定よりも早く終わりそうです!」

「それは良かった」

「でも、念の為に、小休止の後にもう何回かお願いできますか? 次の方がさっきよりも、もっといい可能性もありますから」

「了解です」

 

 収録所に入ってきたスタッフからタオルやドリンクを受け取りながら、カスペンは無意識の内に笑っていた。

 

「もしも、本当に今日中に収録が終わったら、明日はジャケット撮影とかしてもいいかもしれませんね」

「そうだな。全く…流石は国家代表様だ。我々の予想をいい意味で裏切ってくれる」

「ですね。これは、発売日が今から楽しみになってきますよ」

「あぁ。お前達、今日は徹夜を覚悟しとけよ! 大佐が帰ってからが一番大変だぞ!」

 

 カスペンに当てられたのか、スタッフ全員とスタジオ全体が熱気に包まれる。

 結果、曲の収録は想定の数倍の早さで終了した。

 

(思ったよりも歌うのって楽しいんだな……)

 

 それがセカンドシングルのフラグにならない事を祈ろう。

 

 

 

 

・・・・・

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・・・

・・

 

 

 

 

 そうして、満を持して発売されたヘルベルト・フォン・カスペンの最初で最後のファーストシングル『LOS! LOS! LOS!』は、驚異的な売り上げを見せた。

 たった半月でミリオンヒットを達成し、あっという間に新曲ランキングの一位に上り詰めた。

 流石のカスペンも、こうなるとは少しも想像していなかった。

 自分の歌った曲が、ここまで売り上げるとは誰が思うだろうか。

 そして、これによりカスペンの仕事の一つに『歌番組への出演』が追加されたことは言うまでもない。

 

 だが、衝撃的な事はこれだけでは終わらなかった。

 

「大佐! 大佐の初シングル、ハーゼ隊全員が購入しました!」

「冗談だろっ!? まさかラウラも……?」

「は…はい。生まれて初めてCDなる物を購入しました」

「その…実は私も買った」

「織斑教官もっ!?」

「というか、この基地にいる人間の全員が買ってますよ?」

「冗談だろッ!?」

 

 既に、自分の身近な人間が揃って買っていた。

 部隊の皆が購入しているのならば、当然……。

 

「あ。私達もこの前、買いに行きましたよ」

「オレなんか、初回購入特典の大佐のブロマイド付きのやつを買いましたよ!」

「モニク……ヒデト……お前達もか……。ま…まさか、アレクも……」

「買ってるぞ? よく暇な時に聞いてる。まさか、歌の才能まであるとは思わなかったぞ」

「おおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!?」

 

 これから暫くの間、ハーゼ隊の食堂で『LOS! LOS! LOS!』が流れる事となり、それを聞く度にカスペンが悶絶している様子が見られたという。

 

 

 

 

 

 

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・・

 

 

 

 

 余談。

 久し振りの日本サイド。

 

「お…おい! なんかカスペン大佐が歌手デビューしてるぞっ!?」

「「マジでっ!?」」

 

 このご時世、情報が伝わるのは光よりも早い。

 当然のように、ネットからの情報で日本にいるデュバルやソンネン、ヴェルナー達にも伝わっていた。

 その後、当たり前のように日本でも発売されたCDを買っていたという。

 

 

 

 

 

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・・

 

 

 

 

 余談その2。

 ソンネン達が買ったのだから、勿論のように彼女も……?

 

「エヘヘ……ソーちゃんのファーストシングル♡ 発売日に徹夜で並んで買った甲斐があったね!」

「いい曲ですね。なんだか自然と気が引き締まります」

「そうだね! 不思議とソーちゃんに応援されてる気分になるよね!」

 

 基地内の食堂と同様に、束のラボ内でも暫くの間、カスペンの曲が流れ続ける事となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




やっちゃいました。

でも、書いてて楽しかったので後悔はないです!

曲は勿論、TS化したカスペンのモデルになった『彼女』の曲です。

ずっと聞きながら書いてました。


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おかえりなさいませ お嬢様(前編)

ここで皆さんにお知らせです。

ドイツ編はあと数話で終わります。

それは即ち、一つが始まり、同時に一つが終わることを意味しています。

始まるのは『原作』。
まさか、70話近くになってようやくの原作突入とか、間違いなく私の中でも最長記録です。

そして、終わるのは『アンケート』。
技術屋に関するアンケートの期限は『原作開始』まででしたので。

途中からのまさかの逆転劇に、私が一番驚いています。
一応、どっちでもいいようにプロットは軽く作成していたのですが、片方は無駄になりそうですね。







 今日も今日とて訓練漬けの一日。

 千冬が檄を飛ばし、隊員達が汗を流しながら体を動かす。

 クラリッサはカスペンの事を妄想し、ラウラはカスペンの期待に応える為に一生懸命に訓練に励む。

 これが現在の日常風景の一つだった。

 そして、今は休憩中。

 彼女達は地面に座って水分補給をしたり、大の字で寝転がって風に涼んでいたりしている。

 そんな時、ラウラがある事に気が付いた。

 

「あれ?」

「どうしたの?」

「いえ……今日はまだカスペン大佐の事を見かけてないなと思って……」

 

 いつもならば、国家代表の仕事がある時も、必ず出かける前に一回は顔を見せたりしていたカスペンが、今日は基地内のどこにもいない。

 これは非常に珍しい事だった。

 

「ん? もしや、知らされていないのか?」

「何をですか? 織斑教官」

 

 そこに、タオルで顔の汗を拭いている千冬が近寄ってきた。

 どうやら、彼女は何かを知っているようだ。

 

「大佐ならば、今日は実家に帰っていると聞いている」

「御実家に?」

「恐らく、日本行きに備えての事だろう」

「全く知りませんでした……」

 

 何も知らされていなかったことに、少しだけショックを受けるラウラ。

 ちょっと拙い事をしたかも知れないと思った千冬は、ここで急いでフォローに入る。

 

「あ…余り気にするな。彼女の事だから、うっかり忘れていた可能性がある」

「そうでしょうか……」

「そうだとも! この間なんか、マヨネーズとマスタードを間違えていたぞ?」

「そのお話、是非とも詳しく私に!!」

「なんでそこでハルフォーフ大尉がでしゃばってくるっ!?」

 

 色々とありつつも、今日も基地内は平和です。

 

 

 

 

 

 

・・・・・

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・・・

・・

 

 

 

 

 

 所変わって、ここはカスペン家の屋敷。

 誰が見ても分かるほどの超豪邸で、エントランスから既に恐ろしく巨大なシャンデリアがお目見えしている。

 だが、それすらも霞む程の迫力を持っていたのが、カスペンの目の前にズラ~リと並んでいるメイド&執事の集団である。

 全員が軍人顔負けな程に綺麗に整列していて、カスペンが屋敷の扉を開いて中に入った途端、一斉に腰を曲げた。

 

「たった今帰ったぞ」

「「「「「「お帰りなさいませ。ヘルベルトお嬢様」」」」」」

「あ…あぁ」

 

 何度聞いても、やっぱり慣れそうにはないな。

 メイド達と執事達を見て、密かにそう思った。

 そんな彼女の元に、優雅に階段を降りてきた一組の夫婦がやって来た。

 夫の方は煌びやかな勲章を多数身に付けた軍服を、妻の方は真っ赤なドレスを身に纏っていた。

 

「おかえり、ヘルベルト」

「おかえりなさい」

「只今帰りました。お父様。お母様」

 

 そう。この二人こそが、この世界におけるカスペンの実の両親なのだ。

 父の名は『マーク・フォン・カスペン』

 母の名は『エリス・フォン・カスペン』

 二人とも現役の軍人で、多くの人間達から尊敬の念を一身に受けている、現在のドイツ軍には無くてはならない存在だ。

 

「しかし、まさかお二人が家にいるとは思いませんでした。軍務はどうしたのですか?」

「なに。大切な一人娘が久し振りに家に帰ってくるというのに、親である我々が出迎えない訳にはいかないと思ってな、急いで仕事を終わらせてきた」

「少し、部下の皆には無理をさせてしまったけどね」

「お父様…お母様……」

 

 前にも言ったが、カスペンの両親は娘である彼女の事を超溺愛している。

 それこそ、娘に会う為ならば少々の無理は平気で通してしまうほどに。

 

「戻ってきた理由は、日本行きに備えて色々と準備をする為だろう?」

「はい。暫くは向こうで過ごす事になるので、少しでも準備は万端にしておこうと思いまして」

「いい心掛けだ。それでこそ、我がカスペン家の人間」

「お褒め頂き光栄です」

 

 まるで親子とは思えないような厳格な態度。

 だが、それはあくまでも『ポーズ』に過ぎない。

 もうそろそろ、本性が見えてくる頃だろう。

 

「今日はこっちに泊まっていくのか?」

「そのつもりです。本当は、荷物を纏め次第すぐに基地へと戻ろうと思っていたのですが、司令が『折角の帰省なのだから、偶にはのんびりと羽を伸ばしてきなさい』と仰って下さいましたので」

「そうか……ウォルターめ、粋な真似をしてくれる」

「そうね。今度、ちゃんとお礼を言っておかないと」

 

 この会話からも分かるとは思うが、基地司令の『ウォルター・カーティス』と、この両親は古い知り合い同士なのだ。

 と言っても、ウォルターの方が圧倒的に老けて見えるが。

 マークとエリスは、15歳の娘がいるとは思えない程に若々しく、姿だけを見れば十代の若者と間違われることもしばしば。

 

「ところでヘルベルト……」

「なんでしょうか、お父様」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いつになったら俺のことを『パパ♡』って呼んでくれるんだっ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「呼ぶわけないでしょうが!! 何度言ったらわかるんですかっ!?」

「そ…それじゃあ、お母さんの事を『ママ』って呼ぶのは?」

「それも無しです!! 大体、私が実の親の事を『パパ』とか『ママ』って呼ぶようなキャラですか!」

 

 はい。シリアスムード終了です。

 ここからは『いつものカスペン親子』になります。

 

「いいじゃないか! そのギャップが更にヘルベルトを可愛くするのだから!」

「ギャップって何ですかっ!? 意味が分りませんよ!」

「ギャップとは、即ち『萌え』よ!」

「なんで、そんな単語を知ってるんですかっ!?」

「「調べた!!」」

「時間の無駄遣い!!」

 

 家族揃ってのボケとツッコミの応酬。

 これが、この親子のいつもの光景だった。

 メイド達も執事達も、全く動じずに淡々と聞いている。

 

「因みに、ヘルベルトが出演したテレビ番組は全て録画し、ラジオは録音しているぞ!」

「雑誌の方も全て購入済みよ! 勿論、読書用に保存用、布教用とちゃんと三冊ずつ買ってるから安心して! ねぇ皆!」

「「「「「「ハイ! エリス奥様!!」」」」」」

 

 エリスの声に合わせて、全てのメイドと執事が雑誌を取り出した。

 

「お前達もかっ!?」

「お嬢様が表紙の飾っているので!」

「カスペン家に仕えている者として!」

「雑誌を購入するのは当然の務め!」

「務めじゃないから!」

 

 ここでカスペンはある事に気が付く。

 雑誌ですら、こんな風に買うのだから、自分のCDはとんでもないことになっているのではと。

 

「あ…あの…まさかとは思いますが、あのCDも……」

「勿論……」

「「「「「「購入済みです!!」」」」」」

「やっぱりかぁ~!!」

 

 両親、メイド&執事達が一斉にCDを三つずつ取り出した。

 

「視聴用!」

「保存用!」

「そして、布教用!」

「「「「「抜かりなく買っております!」」」」」

「お前達は……!」

 

 頭が痛くなってきた。

 どうして実家に帰ってきて、こんなに精神的な意味で疲れないといけないのか。

 

「もういいです! 私は部屋に戻りますので、食事の時にでもメイドに呼びに来させてください!!」

 

 怒り心頭といった感じで、カスペンはプンプンと階段を上がって自分の部屋へと戻っていった。

 だがしかし、そんな娘の怒りも親バカな二人には全く通用していなかった。

 

「怒っているヘルベルトも……」

「可愛いな~♡」

 

 この夫婦、娘にデレッデレである。

 本当に目に入れても痛くないかもしれない。

 

「旦那様」

「どうした?」

「シュヴァルツェ・ハーゼ隊のクラリッサ・ハルフォーフ大尉から封筒が届いております」

「彼女から? どれどれ……」

 

 メイドの一人から貰った封筒を開けると、中には数枚の写真が入っていた。

 それを見た夫婦は、驚きの余り固まってしまった。

 

「「こ…これはっ!?」」

 

 それは、最近はすっかり見なくなったカスペンの笑顔の写真の数々だった。

 アレクと一緒に食事をしながら微笑んでいたり、モニクと共に訓練をして爽やかな笑顔を見せていたり、ヒデトが疲れている姿を見て大笑いしていたり。

 どれもこれもが、軍人になって少なくなっていた愛娘の少女らしい一面だった。

 

「……あの子の笑顔だなんて、見るのは何年振りかしらね」

「どんなに厳格にしていても、やっぱり根の部分は『女の子』なんだな……」

 

 親として安心したような、軍人として心配するような。

 けれど、共通しているのは『娘が元気に過ごしている』という事実を喜んでいる事だった。

 

「ハルフォーフ大尉にはキチンと礼をしなくてはな。よし!」

 

 マークが手を叩くと、他のメイドが一人やって来た。

 

「ハルフォーフ大尉に『例の写真』を送ってくれ」

「承知しました。ヘルベルトお嬢様の『3歳(水着)』と『4歳(パジャマ)』と『5歳(サンタ服)』で、よろしいでしょうか?」

「完璧なチョイスだ。きっと、大尉も心から喜んでくれるだろう」

 

 どうやら、身近な所に共犯者がいたようだ。

 知らぬが仏とはよく言ったものである。

 

 

 

 

 

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・・

 

 

 

 

 

「全く……あの二人は相変わらず……」

 

 呆れながら自室の扉を開けるカスペン。

 久し振りに入った自分の部屋は、前に帰省した時と全く変わっていない。

 正確には、机の上にある物などの位置が全く変化していない。

 そのかわり、部屋の床には埃などの汚れが全く無い。

 それは、部屋の主がいない時もずっと誰かが掃除をしてくれていた証拠だった。

 

「我が家のメイド達は本当に見事な腕をしているな。お前もそう思わないか?」

 

 徐に後ろを向くと、そこには銀色の美しい髪を靡かせた一人のメイドが静かに立っていた。

 

「エターナ・フレイル」

「お久し振りでございます。ヘルベルトお嬢様」

 

 エターナは優美な笑みを浮かべながら、ゆっくりとお辞儀をした。

 彼女はこのカスペン家のメイド長であり、カスペンが信頼している数少ない人間の一人でもある。

 

「一応、聞いておくが、まさかお前も……」

「買っておりますよ。雑誌もCDも」

「やっぱりか……」

 

 エターナもまた、マーク&エリス夫婦に負けず劣らず、カスペンの事を溺愛していた。

 実際、カスペンも彼女の事は幼い頃から姉のように慕っていた。

 

「お嬢様。お手伝い致します」

「助かるよ。ありがとう」

 

 エターナと一緒に部屋に入り、まずはクローゼットから服を取り出した。

 その殆どは親から与えられた華やかなスカートなどばかりで、最初は抵抗感を感じていたが、今ではそこまで嫌でもなくなっている。

 

「お嬢様が日本に行ってしまったら、またお屋敷が寂しくなりますね」

「たった三年間の辛抱だ。そうすれば、また会える」

「そうですね……」

 

 予め用意しておいた旅行鞄に、取り出した服を入れていく。

 そんなカスペンの事を、エターナが後ろからそっと抱きしめた。

 

「どこに行っても…貴女が元気でいてくれさえすれば……私は充分です……」

「エターナ……」

 

 自分に腕を回した、その細い腕に己の腕を沿えた。

 

「今度、ここに戻ってくる時は…私の大切な『友』達と一緒だ」

「お嬢様のご友人…ですか?」

「あぁ。私に多くの大切な事を教えてくれた、こんな私に力を貸してくれることを約束してくれた…掛け替えのない『友』達だ。きっと、お前達とも仲良くなれる」

「その時を楽しみに待っております…ヘルベルトお嬢様」

 

 それから、二人は何気ない会話を楽しみながら一緒に荷物を纏めていった。

 久方振りに、カスペンは心安らかな時間を過ごしていった。

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

「これでよし…っと」

「思ったよりも時間が掛かってしまいましたね」

 

 窓から見える空は赤くなり始め、荷物を纏め初めてかなりの時間が経過したことが伺えた。

 そんな時、部屋の扉がノックされた。

 

「誰だ…って、勝手に開くな」

「別にいいじゃねぇか。お互いに知らない仲じゃねぇんだしよ。お嬢」

 

 カスペンが返事をする前に扉を開いたのは、何故かバンダナを着けている一人の執事だった。

 

「ラナロウ。何度も言っているでしょう? この方の事は『ヘルベルトお嬢様』とお呼びしなさいと」

「へいへい。悪かったよ、エターナの姉御」

 

 彼の名は『ラナロウ・シェイド』。

 カスペンの父であるマークの古い友人で、傭兵あがりの男だ。

 どうして、そんな男が執事なんてやっているのかは謎だが、それでも彼が優秀な人間なのは確かだった。

 

「で? 何の用なんだ?」

「用があるのはお嬢じゃなくてエターナの姉御だよ」

「私? 何かしら?」

「クレアとニキの二人が姉御の事を呼んでたんだよ。とっとと行ってやってくれ」

「分かったわ。それではお嬢様、私はこれで」

「あぁ。また後でな」

 

 会った時と同じように、優美なお辞儀をしてからエターナは静かに去っていった。

 

「お前は行かないのか?」

「俺は休憩中だよ」

「本当はサボっているんじゃないのか?」

「人聞きの悪い事を言わないでくれよ。これでも、仕事だけは真面目にしてるつもりだぜ?」

「だけって……」

 

 呆れながらジト目を向けるが、心から蔑んではいない。

 寧ろ、全く変わっていない彼の様子に安心すらしていた。

 

「旦那から色々と聞いてるよ。大変らしいな」

「そうでもないさ。確かに一人だったら大変だったかもしれないが、今の私は一人じゃない。頼りになる『仲間達』がついてるからな」

「へぇ……言うようになったじゃねぇか。お嬢も成長してるってこったな」

「当たり前だ。人間とは成長する生き物だからな」

「なら、後は背の高さと胸が大きくなれば完璧だな」

「セクハラで訴えるぞ。これでも、それなりの権限は持ってるんだからな」

「おぉ~…怖い怖い。そんじゃ、俺も仕事に戻ろうかね」

 

 肩を竦ませながら、ラナロウは足音を立てながら出て行った。

 

「全く……あれで嘗てはお父様とコンビを組んで戦場を縦横無尽に駆けていた超一流の傭兵だったとはな……人の過去とは本当に分からないものだ」

 

 カスペンが言った独り言は、まるで自分に言い聞かせているようだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




もう言わなくてもお分かりですよね?
 
またもや長くなったので『後編に続く』です。



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おかえりなさいませ お嬢様(後編)

今回は、飯テロ&入浴シーンです。

お好きにご想像ください。








 夕食時になり、食堂に三人の親子とメイド達、執事達が一堂に会する。

 このカスペン邸の食堂は、金持ちの家などによく見られる、無駄に大きくて広いテーブルの端にちょこんと座って、碌に会話もしないままの状態で食事が進んでいく…なんてことはない。

 マークもエリスも、娘であるカスペンも家族同士のコミュニケーションを最も大切にしているので、必然的にテーブルはそこまで大きなものにはならず、家族三人がちゃんと座れる程度の大きさに落ち着いている。

 それでも、ちゃんと豪華絢爛で装飾が多いテーブルだが。

 

「本日のメニューは『ヴィーナー・シュニッツェル』と『ケーゼシュペッツレ』でございます」

 

 【シュニッツェル】とは、薄く延ばした肉に衣をつけて揚げた、日本で言うところのカツレツのような料理。

 全ての世代に愛されていて、日本のカレーのような国民食でもある。

 中でも、仔牛肉を使ったシュニッツェルは【ヴィーナー・シュニッツェル】と呼ばれている。

 

「今夜のシュニッツェルは、奥様が直々にお作りになられたものでございます」

「なんと…お母様が?」

「はい」

 

 カスペンの傍に控えているエターナが、一歩だけ前に出てから教えてくれた。

 それを言われて、エリスは少しだけ恥ずかしそうにしている。

 

「久し振りに作ったから、変になってないといいんだけど……」

「そのご心配は無用かと。私達から見ても、奥様の手際は見事の一言でした。コック長も『これなら、自分達がクビになっても大丈夫そうだな』と言っていましたし」

「クビにする気なんて全く無いのに……」

 

 カスペン家直属のコックは、その腕前だけでなく、その中身も重視されていて、マークとエリスが直々に選抜した人間達ばかりだ。

 それ故に、この屋敷の全員が全幅の信頼を置いている。

 

「お母様のシュニッツェルか……懐かしいな……」

 

 ふと昔を思い出すカスペン。

 まだ彼女が幼かった頃は、この家もここまで大きくなく、よくエリスが料理を作っていた。

 

「エリスの手料理か。これは食べるのが楽しみだ」

「そうですね。お父様」

 

 嬉しそうに笑いながら、家族は静かに食事を始める。

 ナイフを器用に使ってシュニッツェルを切り分け、それを口に運んでからゆっくりと咀嚼する。

 

「美味しい……お母様の味だ……」

「ヘルベルト……」

 

 その一言だけで泣きそうになる。

 このところ、お互いに会う事も困難だったが故に、こうして娘が自分の作った料理を食べてくれて、しかも『美味しい』と言ってくれた。

 母親として、これ以上に喜ばしい事は無かった。

 

「お嬢様! お嬢様! そのシュニッツェルは私も手伝ったんだよ!」

「え? クレアが? 本当に?」

 

 クレア・ヒースロー。

 カスペン家に仕えるメイドの一人で、生粋のアニメ&マンガ&ゲームオタク。

 日本が大好きで、彼女の部屋には日本の漫画やゲームやアニメのポスターなどが大量に置いてある。

 噂では、休みの日に日本まで赴いてコミケにも参加しているとかなんとか。

 

「その通りよ。貴女が思っている以上に手先が器用だったわ」

「でしょでしょっ!? これこそまさに『おあがりよ!』って感じよね~!」

「なんだそれは……」

 

 また知らない知識を出された。

 そんなクレアを、横にいたクールな青い髪の女性が嗜めた。

 

「調子に乗りすぎですよ。少しは大人しくしなさい」

「はーい。ごめんね、ニキちゃん」

「私に謝ってどうするんですか……」

 

 ニキ・テイラー。

 メイド達の中の古株の一人で、実質的なナンバー2。

 冷静沈着で実力も確か。

 何気にカスペン家の縁の下の力持ち的な存在だったりする。

 

「そうだよクレア。少しはマリア姉さんを見習いなよ」

「ちょ…ちょっと、シェルド。どうしてそこで私を引き合いに出すのよ……」

「うえ~ん…シェルド君が私を苛める~」

 

 男女で並んでいる二人。

 メイドの方は『マリア・オーエンス』といって、執事の方は『シェルド・フォーリー』という。

 なんでシェルドがマリアの事を『姉さん』と呼んでいるのかは謎。

 

「そういえば、去年から教官として基地に滞在している織斑千冬さんはどんな感じだ? ちゃんと馴染めているか?」

「そうですね。最初は文化の違いなどに悪戦苦闘していましたが、一ヶ月もすれば少しずつ慣れていったようです。今ではもうすっかりドイツでの生活が身についているようです」

「それは良かった。最初に聞かされた時はどうなるかと思ったが、ヘルベルトがそう言うなら大丈夫なんだろう」

 

 ホッと胸を撫で下ろしながら、マークはケーゼシュペッツレを口に運ぶ。

 この『ケーゼシュペッツレ』とは、細く伸ばしたパスタに、溢れ出そうな程のチーズをかけて焼いた一品で、レストランや各家庭などで使用するチーズは異なるが、基本的には濃厚なチーズと柔らかく茹でられたパスタの相性は抜群だ。

 

「教導の方はどうなの?」

「そちらの方も問題ありません。正直な話、最初は私も色々と心配をしていましたが、すぐにそれが杞憂であると思いました。粗削りながらも、私では決して届かない場所に手を伸ばしてくれて、隊員達はメキメキと実力をつけていきましたよ」

「ヘルベルトがそこまで言うのなら、私も一度、千冬さんの教導の様子を見てみたいわ」

「お母様が言えば、すぐに許可は下りると思いますが……」

「そうなの? なら、試しにカーティス司令に頼んでみようかしら?」

「あんまり彼を困らせるなよ?」

 

 仕事の話などは一切せず、最近の身の回りで起きたことや、自分の友人たちの事などを楽しげに話していくカスペン。

 彼女がここまで饒舌なのは本当に久し振りだった。

 

 そうして、娘の話を嬉しそうに聞いている両親の笑顔と共に、食事は進んでいくのだった。

 

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

 食事が終わったら、今度はバスタイムに突入する。

 

 基本的にドイツのバスルームはトイレやシャワーが一緒になっているパターンが殆どなのだが、カスペン家のバスルームはかなりの大浴場なので、そんな事は無い。

 

 更に、ドイツ人は殆ど湯船に浸かることはなく、大抵はシャワーで済ませてしまう。

 ドイツ人にとってバスタブに体を入れるというのは、本当に特別な事なのだが、今回の場合はその『特別な場合』に該当しているようだ。

 

 他にもドイツの風呂に関する事を言っていけばキリがないのだが、ここでは敢えて省略することにする。

 気になったら、各自で調べてみる事を推奨する。

 

「ふぅ……」

 

 これまた、無駄に豪華な大浴場の端っこで、カスペンが一人で湯に浸かっている。

 普段はポニーテールにしている髪も、今はタオルで頭の上に纏めている。

 その雪のように白い肌に少しだけ汗が滲み、湯の中へと落ちていく。

 

「ここに入るのも本当に久々だが……」

 

 周りを見渡すと、そこには黄金で形作られているマーライオンがあり、その口からお湯が出ている。

 何故にマーライオン?

 純粋な疑問が浮かんだので、試しにマークに聞いてみたところ、こんな返答が帰ってきた。

 

『なんかカッコいいから』

 

 意味が分りません。

 美意識は人それぞれだと言うが、少なくとも、父から美意識だけは遺伝しなかったようだと密かに安心したのは昔の話。

 

「もう少し落ち着いたデザインには出来なかったのだろうか……」

 

 それは、暇な時にでも父親に直訴して欲しい。

 

「ん?」

 

 改めて我が家の大浴場に呆れていると、いきなり大浴場の入り口が開く音が。

 誰かと思って振り向くと、そこにはバスタオル姿のエリスが立っていた。

 

「お…お母様っ!?」

「偶には母娘水入らずと思って。ダメ…かしら?」

「別にいいですよ。入る場所なら沢山ありますから」

「それもそうね」

 

 優しく微笑みながら、エリスはバスタオルを取ってから湯船に入り、カスペンの隣に来た。

 15の娘がいるとは思えない程にエリスの体は美しく、未だに10代でも通用するんじゃないかと思ってしまう。

 前に一度だけエリスと一緒に外出をしたことがあったが、その時は普通に姉妹に間違えられた。

 

「こうして、ヘルベルトと一緒にお風呂に入るのは何年振りかしらね……」

「よく覚えていません。かなり幼い頃の話ですから」

「それもそっか……」

 

 そこで会話が途切れる。

 母娘は沈黙の中で湯に浸かっていた。

 

「ねぇ……」

「はい?」

「ヘルベルトは、どうして『亡霊』との戦いに固執するの?」

「…奴らが危険だからです」

「危険?」

 

 いきなりの踏み込んだ話に少しだけ動揺してしまったが、すぐに冷静になって返事をする。

 

「私は知ってしまった。奴らの恐ろしさと危険性を。そんな連中に私よりも先に真っ向から立ち向かった、勇気ある友たちのことを」

「前に話してくれた、日本に住んでるって子達の事ね?」

「はい。彼女達は、『大切な友人を守る』という理由で、海を越えてドイツの地までやって来て、亡霊達と戦いました。彼女達が立ち上がったのならば、私も同じように立ち上がらなければいけない」

 

 あの時の事は、今でも昨日の事のように覚えている。

 時空と世界を越えて再会出来た友人たちと顔を合わせた時の感動と、その彼女達と相対した連中がどれだけ強大で凶悪な存在であるかを知った時の焦燥と決意。

 奴らと戦い、倒す事が自分の、自分達の使命であり、生まれ変わった理由であると、不思議な確信があった。

 そうと決めた以上、後はもう真っ直ぐに突き進むだけ。

 

「御心配なく。この世の全ての闇を払う…とまでは流石に言いませんが、少なくとも、この世界で最も巨大な『闇』ぐらいは、私達の代で消してみせますよ」

「……ごめんなさい……貴方達に全てを背負わせるような真似をさせてしまって……」

「お母様……」

 

 涙声になりながら、エリスがそっと後ろからカスペンの事を抱きしめる。

 久々に感じる母の温もりに、自然とカスペンの顔も緩んだ。

 

「別に、私達で全てを背負うつもりはありませんよ。母上と父上には銃後の守りを頼みたいと思っていますから」

「そう…ね。私達には私達にしか出来ない事があるものね……」

「その通りです。でも……」

 

 そっと振り向いてから、カスペンはエリスの涙を指で拭って、自分からも抱き着いた。

 

「全ての戦いに決着がついた時は、娘らしく、思い切りお母様とお父様に甘えてさえせて貰います」

「ふふ……その時が楽しみだわ」

 

 その後、エリスがカスペンの頭や体を洗ってあげるというキャッキャウフフな事が起きたりもしたが、その光景は諸君の想像にお任せする。

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

 一方、その頃。

 ハーゼ隊基地 隊員寮内の一室。

 

「い…今…なんと仰いました?」

 

 千冬が携帯を耳に当てながら、冷や汗を掻いていた。

 その顔はいつにも増して引き攣っていて、携帯を握る手が震えている。

 

『聞こえなかったのかね? ならば、もう一度だけ言ってやろう』

 

 通話の相手は偉そうな口調で、はっきりとソレを口にした。

 

『ドイツから帰国し次第、君にはIS学園の教員になって貰う』

「ふざけないで頂きたい!! 私がIS学園の教員? 出来るわけないでしょう!! 私は教員免許も持ってないんですよっ!?」

『知っている。教員免許ならば、仕事をしながら勉強して取得すればいい。天下のブリュンヒルデならば楽勝だろう?』

「無理難題を言わないでください!! ブリュンヒルデは万能の人間じゃない! 単なる称号なんですよっ!?」

『そんなのは知っている。だが、君の場合は違いだろう?』

「な…何を言って……」

 

 急に雰囲気が変わり、流石の千冬も動揺を隠せない。

 

『【織斑計画】』

「!!!!!」

『その、唯一無二の成功体であるお前ならば、その程度の事なんて苦も無く行える筈だ。違うか?』

「…………っ!」

 

 自分にとって、最も忘れたい過去。捨てたい記憶。

 それが、今になって襲い掛かって来た。全く予想しない形で。

 

『それに、勘違いをしているようだから一言付け加えさせて貰おう』

「何を……」

『これは『命令』ではない。『決定事項』なのだよ。今更、何を言っても決して覆る事は無い』

「お前は……!」

 

 何が何でも、自分の事を縛り付ける気か。

 悔しさの余り、唇を噛んで血が出てしまう。

 

『では、君が戻ってくる日を楽しみに待っていよう』

 

 言いたいことだけを言って通話は切れた。

 思わず千冬は、ベッドの上に携帯を投げてしまった。

 

「ふざけるな!! 私の事をなんだと思っているんだ!!!」

 

 抑えられない怒りを少しでも小さくするために、千冬は予め買っておいた缶ビールを開けて、一気に飲み干す。

 

「クソッ…! 私は…お前達のオモチャじゃないんだぞ……!」

 

 その呟きは、誰にも聞かれる事無く消えていった。

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

「ククク…! これで私の地位は増々安泰だ…!」

 

 小さくほくそ笑む男の後ろに、一つの人影が出現する。

 影が深くて、それが誰なのかは全く特定できない。

 

「私の大切な『新しい孤児院の仲間』に対して、随分な事をしているな」

「え?」

 

 その声を聞いて、慌てて後ろを振り向く。

 すると、男の顔が一瞬で青褪めて、大きく目を見開き、全身に汗を掻いた。

 恐怖の余り、椅子から転げ落ちて尻餅を付いたまま後ずさりをする。

 

「あ…ああああああああああああああ貴方様はっ!!? ま…まさかっ!?」

「言い訳は聞かない。慈悲も無い」

「き…聞いてください! これは少しでも多くの優秀なIS操縦者を生み出す為に必要不可欠なことで……」

「それは決して、彼女の人生をお前の玩具にしていい理由にはならない。それと……」

 

 超絶的な殺気が男に襲い掛かる。

 それだけで、人一人を殺せそうな程に濃密な殺気が。

 

「言い訳は聞かないと言った」

「あ…あ…あ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!!!!!!!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 次の日。

 IS委員会の幹部の一人である男が、自宅にて変死体となって発見された。

 死因は不明で、恐らくは窒息死なのではないかと考えられている。

 事故なのか、他殺なのか、それとも自殺なのか。

 それすらも全くの不明で、それからどれだけの月日が経過しても全く解決できず、完全な迷宮入りと化したという。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




もうそろそろ、本気でドイツ編も終わりかな~。

本当に…本当に長かった……。


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そして、日本へ……

今日は本気で厄日でした。

軽い日射病になった挙句、意識が朦朧とした途端に階段から転げ落ちる始末。

頭と腰がめっちゃ痛いです……(泣)








「まさか、教官の部屋の掃除が最後の訓練になるとは思ってませんでしたよ……」

「本当に済まない……」

 

 基地内にある隊員寮。

 その一室で、カスペンと千冬が額に汗を掻きながら立っていた。

 カスペンは心身共に疲れ果てたと言った感じで、一方の千冬は非常に申し訳なさそうに俯いていた。

 

「よもや、たった一年であんな事になっているとは……」

「よく、弟やデュバル達にも言われている……。『何をどうすれば、こんな事になるんだ』と……」

「心中お察しします……弟さんと彼女達の」

「うぅぅ……」

 

 最後の最後に何とも情けない姿を晒してしまった。

 というのも、今日が千冬のドイツ滞在最後の日で、今日の昼をもって全ての仕事が終了し、日本へを帰国することになっているのだ。

 それと同時に、カスペンも一緒に日本へと渡り、IS学園へと向かって編入の手続きを済ませる手筈となっている。

 もう既にこっちである程度の事は終わらせてはいるのだが、学園に直接赴いて書かなくてはいけない書類も少なからず存在しているので、こればかりは仕方がない。

 どっちにしてもいずれは日本に行くのだから、カスペンからしたら都合が良かった。

 

 で、もうすぐここを去るに際して、まずしなくてはいけない事は今までずっと暮らしていた部屋の片づけ&掃除である。

 だが、これがこれまでで一番の難関だった。

 部屋の中はカスペンやラウラ、他の隊員達が想像している遥か上を行く散らかりっぷりで、隊員だけではなくて基地内の人間総動員をし、更にはアレクやモニク、ヒデトも駆り出される程の規模になった。

 それが三日ほど続いて、ようやく部屋は一番最初の状態に戻った。

 最後の仕上げはカスペンと千冬でしたのだが、それでカスペンの女子力の高さに愕然とし、同時に女としての自信が地味に喪失しかけた千冬だった。

 

「大佐の方の荷物は大丈夫なのか?」

「勿論。一ヶ月ほど前から着々と進めてきましたから」

「うぐ……!」

 

 足元にあるバッグを持ち上げて、自分の荷物をアピールするカスペン。

 教官&年上としての威厳、丸潰れである。

 

「……短いようで長い一年間だったな」

「そうですね。貴女がドイツに来たのがついこの間の事のようです」

 

 最初は半ばなし崩し的な感じでやって来たドイツの地だったが、終わってみれば中々に有意義な一年間だった。

 様々な出会いがあり、沢山の新しい経験をし、色んな事を考える時間が生まれた。

 終わってみれば、千冬にとってはこの一年間は、これまでの人生の中で最も濃密で刺激的な一年間だった。

 きっと、これから先どれだけの月日が経っても、このドイツの地で過ごした一年間の事は絶対に忘れないだろう。

 結果として、千冬にはとてもいい思い出がまた一つ増える事となった。

 

「では、そろそろ行きましょうか」

「そうだな……」

 

 名残惜しく感じながら、千冬は今まで世話になった部屋の扉を閉めた。

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 寮を出てから基地に戻ると、そこにはハーゼ隊を初めとした基地内の人間が勢揃いしていた。

 

「終わったかね?」

「はい…なんとか」

「それはなにより」

 

 カーティス司令が案視したように頷く。

 かくいう彼もまた、千冬の部屋の惨状に腰を抜かした人間の一人だったりする。

 

「千冬くん。今まで本当に世話になった。ありがとう」

「いえ。こちらこそ、普通ではとても得難い経験をさせて頂きました」

 

 最後にカーティス司令と千冬が握手を交わす。

 少しクるものがあったのか、千冬の目が潤んでいるように見えた。

 

「お前達! 私の教えたことを忘れずに、これからも訓練に励めよ!」

「「「「「はい! 織斑教官!!」」」」」

 

 数多くの訓練を通じ、ハーゼ隊と千冬の間にも確固たる絆が生まれていた。

 特に、ラウラの見せる表情は、最初にあった時とは別人とも言えるほどに明るくなっている。

 

「おいおい。オレ達もいる事を忘れんなよ」

「お前達も来てくれていたのか!」

 

 隊員達の後ろからやって来たのは、アレクとモニクとヒデトの三人。

 どうやら、彼女達もカスペン達の見送りに来てくれたようだ。

 

「アンタと会えた事はいい思い出になったよ」

「こっちこそな」

 

 非常に高い確率でまた会う可能性があるが、それをまだアレク達は知らない。

 

「日本に戻っても、どうかお元気で」

「そっちもな」

 

 酒さえ飲み過ぎなければ大丈夫だろう……多分。

 

「前に貰ったサインは家宝にするッス!」

「そ…そうか」

 

 お前は少しは空気を読め。

 ここでカスペンが千冬に耳打ちをする。

 

(前に聞かされた、貴女がIS学園で教師をするかもしれない話…まだしていないのですか?)

(いや…中々に話す機会が無くてな。ならばいっそのこと、このまま黙っていて、再会した時に驚かせるのも面白そうだと思ってな)

(確かに……)

 

 何気にお茶目な一面がある二人であった。

 

「ところで、マイ技術中尉はどうした?」

「あいつ、今日も家の用事で来られないそうなんですよ。マジで残念がってました」

「本当に間が悪いわよね……」

「そーゆー星の元に生まれたんだろ」

 

 本当は単純に『神の見えざる手(御都合主義)』が働いただけである。

 

「あら。どうやら私達が最後だったみたいね」

「そのようだな」

「え?」

 

 めっちゃ聞き覚えのある声。

 アレク達が来た方角とはまた違うところから、メイドと執事の集団と一緒に、ある夫婦が堂々とやって来た。

 

「お…お父様にお母様っ!?」

「愛娘が遠い異国の地に旅立つと言うのに、それを見送らない親がどこにいる」

「色々と理由をつけて、ここまで急いで駆け付けたの。皆一緒にね」

「みんなって……」

 

 恐らく、屋敷にいるメイドと執事が全員集合しているのではないか。

 思うわせる程の集団がそこにはいた。

 

「おぉ…君が織斑千冬君か。娘がいつも世話になっていたな」

「本当にありがとう。貴女が来てくれたお蔭で、あの子の顔に少しずつだけど笑顔が戻ってきた。親として、どれだけ感謝してもしきれないわ」

「ど…どうも。ところでお二人は……」

「おっと。興奮の余り、自己紹介を忘れていたな。これは不覚」

 

 千冬の手を取って握手をしていたが、当の本人は困惑するばかり。

 ワザとらしく咳払いをして誤魔化してから、改めて自己紹介をした。

 

「初めまして。ヘルベルトの父の『マーク・フォン・カスペン』だ」

「同じく、母の『エリス・フォン・カスペン』よ」

「は…初めまして。織斑千冬です」

 

 ずっと噂に聞いていたカスペンの両親。

 ドイツ軍の重鎮にして、名家『カスペン家』の元当主。

 本人曰く『超が付くレベルの親バカ』らしいが。

 

「本当は、もっと早くに挨拶をしたかったのだが、私達はお互いに忙しい身でね。結局、君が日本へと帰る日になってしまった。許してくれ」

「い…いえ! そちらの事情はご息女からも伺っていましたし、私は気にしていませんから!」

「そうか? そう言ってくれると、こっちとしても有り難い」

 

 この夫婦。どう見ても15歳の娘がいるような見た目をしていない。

 それどころか、千冬よりも年下と言われても違和感が無い程だ。

 

「お嬢様。日本での御武運を祈っていります」

「ありがとう、エターナ」

 

 そして、このメイド&執事軍団である。

 もう圧巻としか言いようがない。

 

「体調には気を付けてくださいね?」

「なぁに。お嬢なら大丈夫だって」

「ヘルベルトお嬢様。良い旅を祈っております」

「私はまたコミケに参加しに日本に行くかもだから、そこまで寂しくないかにゃ~」

「本当にさ…少しは場の空気って奴を読もうよ…クレアは……」

「それが彼女ですもの。今更、気にしてもしょうがないわ」

 

 こんな時で、いつも通りの従者軍団。

 だが、それが却って場の寂しさを紛らわしてくれた。

 

「大佐! 教官! 車の準備が出来ました! いつでも発車できます!」

「どうやら、時間が来たようだな」

 

 カスペンは足を揃え、眼前にいる皆の顔を一人一人見つめていく。

 そして、いきなり大きな声で叫び始めた。

 

「アレクサンドロ・ヘンメ大尉!」

「はっ!」

「モニク・キャデラック特務大尉!」

「はっ!」

「ヒデト・ワシヤ中尉!」

「はっ!」

「そして…ラウラ・ボーデヴィッヒ少尉!」

「はっ!」

 

 名前を呼ばれた者達が次々と敬礼をしていく。

 その姿勢は非常に綺麗で、まるでお手本を見ているかのようだった。

 

「私は一足先にIS学園へと向かう! そこで君達が来た時の準備を整えておくことを此処に誓おう!」

 

 ここでカスペンも敬礼をした。

 ほんの僅かではあるが、その手は確かに震えていた。

 

「故に、私は別れの言葉は言わずに、こう言い残そう!」

 

 まるで、太陽のように眩しい笑顔を浮かべ、一筋の涙と共に言い放った。

 

「待っているぞ! 私の掛け替えのない『友』たちよ!」

「「「「はいっ!!!」」」」

 

 名前を呼ばれた四人もまた、同じように涙を浮かべていた。

 また会えると分かっていても、寂しいものは寂しいのだ。

 

「カーティス司令。皆をお願いします」

「任せておけ。貴官が帰る場所は私達が全力で守り抜く。君は君で、自分の使命を全うしなさい」

「了解です!」

 

 今度は両親を初めとする家の者達へ。

 

「お父様。お母様。行って参ります」

「頑張れよ、ヘルベルト。俺達はいつでも、お前の無事だけを祈っている」

「いってらっしゃい」

「……はいっ!」

 

 その後、用意された車に乗って基地を後にし、そのまま空港まで向かった。

 道中、車内ではずっとカスペンは黙っていた。

 彼女の心情を察し、千冬も敢えて何も言わず、窓を眺めている彼女の事を見つめていた。

 

「あれっ!? 私には全く触れてくれないんですかっ!?」

 

 どこぞの変態な副隊長の事なんて、シリアスブレイカーになるだけなんでいりません。

 

「酷いっ!?」

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 空港に到着し、丁度良い時間だったので、すぐに出国手続きを済ませてから飛行機の乗る事に。

 日本行きの飛行機はすぐに発進し、ここからは暫くの間、空の旅となる。

 

「……………」

 

 自分の拳を見つめながら、カスペンはずっと俯いていた。

 チケットを用意した者はかなり気を効かせてくれたようで、カスペンと千冬は隣同士の席となっていた。

 

(ここまでずっと準備をしてきた。ここからが本番だ。日本に渡り、IS学園へと入学し、そこで可能な限り戦力を集める。後は全ての準備が終わるまで、亡霊共が動き出さない事を祈るばかりだが……)

 

 これからの事を考えて気を紛らわそうとしてはいるが、それでも別の感情が浮かんでくる。

 それが何なのかはよく知っているし分かっている。

 だが、これからの自分には不要な感情ということも理解していた。

 

(……いや、それはダメだな。感情をコントロールする事と、感情を捨て去ることは全くの別だ。私は…私達は、人間のまま、人間として勝利しなくてはいけないんだ。自分の感情を否定してはいけない……。フッ…私もまだまだ未熟だったということか……)

 

 日本に着くまでまだまだ時間がある。

 ここはダメ元で、隣に座っている千冬に頼んでみた。

 

「あの…少しいいですか?」

「どうした?」

 

 千冬が振り向いた瞬間、カスペンは何も言わずに彼女の体に抱き着いた。

 いきなりの事に驚きつつも、千冬は何の抵抗もせずに黙っていた。

 

「暫くの間でいいから……このままでいさせて……」

「いいとも。私などで良かったら、好きなだけ抱き着いているといい」

「ありがとう……」

 

 カスペンの体が震え、自分の服が少しだけ濡れたことに気が付く。

 それが彼女の流した涙だと言う事を理解するのに時間は掛からなかった。

 僅かでもいいから慰めになればいいと、そっと彼女の頭を撫でた。

 

(私に妹がいれば…こんな感じだったのかもしれないな……)

 

 実際、ドイツで過ごす間に、千冬はカスペンの事を実の妹のように思っている事があった。

 自分がこの己の体に抱き着いている小さな少女に心を許していた事が、なんとも微笑ましく感じた。

 

 結局、カスペンはそのまま千冬に抱き着いたまま寝てしまったが、そんな事は全く気にせずに、ずっと彼女の事を優しく抱きしめ返していた。

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

「情けない姿をお見せしました……」

「気にするな。寧ろ、私は大佐の普段は見れない一面を見れて嬉しく思っているよ」

「うぅぅ……」

 

 関西国際空港。

 無事に飛行機は到着し、そのまま二人は空港内へと降り立った。

 機内から降りる際、なんでか本当の姉妹のように手を繋いでいたが。

 

 荷物を受け取り、入国手続き等を全て済ませ、後は外に出るだけ。

 あれからもずっと千冬にベッタリだったカスペンは、空港に入ったからずっと恥ずかしそうに顔を赤くしていた。

 千冬が心の中でそれに萌えたのは内緒だ。

 

「そうだ。今度は私の方から言わなくてはな」

「え?」

 

 出入り口から外へと出て、青く晴れ渡った空を見上げつつ千冬は言った。

 

「ようこそ、日本へ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次回、遂にドイツ編最終回。

その次の番外編を挟んで、遂に原作が始まる……。

ついでに、アンケートもマジで終わる。


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新たなる愛機

これでドイツ編ラストです!

結局、70話越えで原作突入になりました。

なんか、完結させる自信が無くなってきた……。






 無事に日本へと到着したカスペンと千冬。

 二人は空港の入り口の前に立ち、これからの事を話していた。

 

「大佐はこれからどうするんだ? IS学園へと直行するのか?」

「いえ。学園よりも先に行くべき場所があるので、まずはそちらに行こうかと」

「行くべき場所と言うと……」

「倉持技研です。私の新たな愛機を受領しに行かなければ」

「そういえば、前にそんな事を言っていたな……」

 

 自分の戦闘スタイルとレーゲンの性能がマッチしていないことを早い段階から悟っていたカスペンは、千冬がドイツに滞在している間に何回かISに関する相談を行っていた。

 その時に、倉持技研にて開発中の新しい機体の事を話していたのだ。

 

「確か、打鉄をベースにしたカスタム機…だったな」

「えぇ。私が最も得意とする距離は中~近ですから。それに合わせたセッティングと装備にして貰う予定となっています」

「なんだか勿体無いような気もするがな……」

「大丈夫ですよ。レーゲンの方はラウラが受け継いでくれます。きっと、彼女ならば私以上にレーゲンを乗りこなしてくれる筈です」

「随分と信頼しているんだな」

「私の自慢の部下であり、大切な相棒(バディ)ですから」

 

 向こうにいた頃から、カスペンとラウラの仲がいい事は知っていた。

 お互いに歳が近いからだと思っていたが、今のカスペンの笑顔を見て、決してそれだけではないと理解した。

 

「場所は分かるのか? なんなら今から案内をしても構わないが……」

「大丈夫です。ナビアプリがちゃんとありますから」

「……現代っ子だな」

「いや、私は立派な現代っ子ですよ?」

 

 中身は全く違うが。

 

「そちらはどうするので?」

「私は、まずは普段から世話になっている孤児院に顔を出そうと思っている。弟も預けているし、久し振りにソンネン達とも会いたいしな」

「そうですか……」

 

 今、自分は彼女達と同じ国、同じ地に立っている。

 そう思うとなんだか感慨深いものがあるが、頭を振って払拭した。

 

「大佐に時間があるのならば、孤児院に一緒に行こうと思っていたんだが……」

「非常に有り難い提案ですが、今はまだ会うべき時ではありません」

「と言うと?」

「私は彼女達に『IS学園で待っている』と言いました。本心を言ってしまえば、私だって彼女達には会いたい。けれど、それはお互いに望まない再会になるでしょう。会うのならば、IS学園の校舎の中で再会したい。きっと、彼女達だってそう思っている筈です」

「……そうか」

 

 カスペンとあの三人の中には、自分なんかが介入出来ない程に強い絆が育まれている。

 己の提案は無粋だったと、今更ながらに反省した。

 

「なので、出来れば私が今、こうして来日している事も内緒にして貰えませんか?」

「分かった。絶対に言わないと約束しよう」

「ありがとうございます」

 

 その後、千冬は近くに止まっていたタクシーを捕まえてから孤児院へと向かい、カスペンもまた別のタクシーを捕まえてから倉持技研へと向かったのであった。

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

 倉持技研に到着すると、自動ドアをくぐってから研究所内のロビーへと入っていく。

 途中、背の小ささが災いして自動ドアの反応が鈍かったのは内緒。

 

「失礼。少しよろしいかな?」

「はい? ……って、誰もいない……」

「こっちだ。こっち」

「あっ!?」

 

 話しかけた受付嬢がキョロキョロと辺りを見渡す。

 カスペンの姿が完全に埋もれてしまい、彼女の視界からは全く見えなかったのだ。

 

「こ…子供?」

「ヘルベルト・フォン・カスペンだ。前々から、ここに私の機体製作を依頼していたはずだが?」

「ヘルベルト…って! 新しく就任したドイツ代表のっ!? し…失礼しました!」

「別に気にしていない。慣れてるからな」

 

 慣れとは怖いものである。

 

「事前に聞いた話では、完成間近だと聞いているが?」

「は…はい! 数日前に無事に完成し、つい先程、最終チェックも完了したと報告がありました!」

「それは結構。では、早速案内を……」

「その必要はないよ」

「ん?」

 

 奥から歩いてきたのは、一人の小柄な眼鏡を掛けた白衣の女性。

 普通ならば大なり小なり訝しむところだろうが、カスペンは彼女の出す雰囲気で一発で理解した。

 彼女は倉持技研における重要人物の一人であると。

 

「初めまして。君の噂は聞いているよ。史上最年少の天才美幼女国家代表IS操縦者のヘルベルト・フォン・カスペン大佐」

「失礼ですが、貴女は?」

「私はこの倉持技研で技術班のチーフをしている『篝火ヒカルノ』だよ。よろしく」

「よろしくお願いします」

 

 互いに握手を交わす二人だが、その目は全く笑っていない。

 手を握りながらも、ずっと腹の探り合いをしていた。

 

(この女…只者ではないな。何者だ……?)

(ふ~ん…この可愛い子がねぇ~…。人は見た目で判断できないとはよく言ったもんだよ。このお人形みたいな子のどこにあれ程の力が宿っていると思うかね)

 

 顔は笑顔のまま、体から立ち上る雰囲気は重苦しい。

 受付嬢の目には、二人の視線の間に激しい火花が散っていた。

 

「この子は私が案内するよ」

「で…でも……」

「いいって、いいって。どっちみち、機体について色々と説明をしなくちゃいけないんだし」

「わ…分りました。お願いします」

「おっけー。ってなわけで、こっちだよ。着いてきて」

「了解です」

 

 一緒に並んで奥へと去っていく二人の背中を見て、受付嬢が小さく呟いた。

 

「大丈夫かな……?」

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 倉持技研には様々な部署が存在し、それぞれに担当が違う。

 ヒカルノが在籍しているのは、新型ISの開発チーム。

 今向かっているのは、そんな彼女が主な仕事場としている格納庫だった。

 

「本当は、もっと色々と見学したいのだろうけど、そっちも忙しいんでしょ?」

「はい。ついさっき日本に到着したばかりで、機体を受領した後は、そのままIS学園に行く予定です」

「うひゃ~! 私には到底無理なスケジュールだわ~!」

「向こうにいた頃は、もっと忙しかったので、この程度はまだまだ余裕です」

「国家代表ってのも大変なんだねぇ~」

「代表ですから」

 

 歩きながら無難な話をしていく二人。

 だが、カスペンの視線はずっと周囲の様子に向けられている。

 例え忙しくても、何も吸収せずに立ち去るなど論外だから。

 ほんの僅かでも、学べる事があれば学ぶのがカスペンなのだ。

 

「君の機体だけど、ご注文通りに完全完璧に仕上げたよ。実際に見て貰えば分ると思うけど、文句なしの出来栄えだ」

「それは楽しみですね」

 

 話している間に、いつの間にか格納庫へと到着していたようで、ヒカルノが扉の部分にある指紋認証装置に手を翳す。

 すると、赤外線センサーによって彼女の指紋が読み取られ、ゆっくりと扉が開いていく。

 

「厳重ですね」

「当然だろ? 今や、ISは世界経済の中心と言っても過言じゃない存在だ。それを扱っている以上、必要以上に厳重になるのは当然さ」

 

 非常に広い格納庫の中を二人でまた歩いていく。

 だが、今度はそこまで時間が掛からずに到着した。

 

「お待たせ。これこそが君の新しい愛機の『打鉄弐式』だ」

「これが……」

 

 目の前のハンガーに固定されていたのは、鉛色のISで、とてもじゃないが形状は原型機である打鉄からは大きく変化している。

 全体的な形状が鋭角的になり、シールドの代わりに非固定浮遊部位(アンロック・ユニット)として装着してある可変式の高機動用ブースター。

 更には、両肩部にはカスペンの嘗ての愛機である『ゲルググ』を模した大型の増加装甲があり、そこにはちゃんとカスペンのパーソナルマークである『赤い襟の一本角の髑髏』が描かれていた。

 

「ご感想は?」

「見事です……。まさか、これ程の完成度とは……!」

 

 言うべき言葉が見つからない。

 今のカスペンは、まさにそんな状態だった。

 

「弐式自体は少し前から存在していて、組み上げること自体はそこまで苦じゃなかった。でも、こいつを君仕様にカスタムするとなると話は別になってくる。ノーマルな状態でも十分にじゃじゃ馬な弐式を、高機動用にカスタムしてくれなんて注文が来るとは思わなかった。しかも、それにより低下する防御は肩部に装甲を追加した上、盾を装備することで補うって……プラスなのかマイナスなのか、よく分んないよ」

「いえ…少なくとも、私にとっては大きくプラスですよ」

 

 興奮の余り、左手の義手がギシギシと軋む。

 一刻も早くこれを纏ってみたいと思う自分がいるが、幼い子供ではないのだから焦ってはいけない。

 

「武装の方はどうなっています?」

「そっちも注文通りさ」

 

 ヒカルノが投影型ディスプレイを展開し、カスペンに見せた。

 そこには、様々な武装の一覧が表示されていた。

 

「まずは、専用の『ビームライフル』。さっき言った楕円形の大型シールド。それから、近接用の『ビーム・ナギナタ』」

「完璧です」

「ありがとう。でもね、たったこれだけじゃ流石にアレだから、こっちの独断でもう少しだけ追加させて貰ったよ」

「なんですって?」

 

 ヒカルノがディスプレイをスライドさせると、そこには注文はしていないが見知っている武装の数々が。

 

「まずは、背部の装着可能なキャノン砲。こっちもビームになってる」

(これは…ゲルググ・キャノンの物じゃないか?)

「こっちが、試作型ビームバズーカ。威力の方は保証済みさ」

(ガトー少佐の乗っていたリック・ドムの装備していた物か……)

「そんでもって、トドメの手持ち型のロケットランチャー。勿論、実弾」

(あれは…ジョニー・ライデン少佐のゲルググの……)

 

 図らずも、どれもが良く知っている武器の数々だった。

 これがMSならば、色々と文句も言っていたかもしれないが、ISには拡張領域がある為、実質的な重量増加にはならない。

 それどころか、これで射程距離が大幅に伸びて戦術の幅が広がる。

 

「どうかな? 気に入らないのなら、すぐにでも外すけど……」

「いえ、結構です。寧ろ、有り難い限りですよ」

「そう? そんな風に言われると、こっちも頑張った甲斐があるけど……」

 

 この機体ならばいける。

 カスペンには不思議な確信があった。

 

「それじゃ、ドイツから持ってきたコアをくれる? 装着しなきゃだから」

「分りました」

 

 手荷物の中から何重にも鍵の掛かった重厚な箱を取り出し、開錠してから中にあるISコアを出してヒカルノに手渡した。

 

「ありがと。そんじゃ、すぐに終わらせるから」

 

 ハンガーにある作業アームを使い、あっという間に機体にコアを装着し同調させていく。

 

「最初からコアにデータがあるから、余計な調整とかしなくて済むね~」

「それはどうも」

「そういや、ここまではどうやって来たの? タクシー?」

「そうですが?」

「道理で日本語が流暢なわけだ。なんで?」

「勉強しました」

「日本語って世界の言語の中でもトップクラスに難解だって言われてるのに、それを『勉強』の一言で片付けるって…天才児って怖いわ~……」

「いや、分からない事を勉強するのは当たり前の事じゃ……」

「後で試運転とかする?」

「話逸らしたし…。いえ、したいのは山々ですが、時間も無いので。それらは学園に行ってから自分で行います」

「りょーかい。ま、君なら心配いらないでしょ」

 

 なんて長々と話している間に、機体とコアの調整が終了した。

 すると、打鉄弐式が輝きを放ち、指輪のような待機形態となった。

 

「これで私のお仕事は完了っと。はい、君の機体」

「本当にありがとうございました」

 

 指輪を適当に左手に填めて、改めて見てみる。

 初めて填めたけど、意外と悪くない。

 

「何か機体の事で困ったことがあれば、いつでも来ていいから。もう君は、ここのお得意様みたいなもんだし」

「その時は、遠慮なく尋ねさせて貰いますよ。では、今日はこの辺で」

「うん。そんじゃね~」

 

 自分が打鉄弐式を装備した時の事を想像しつつ、カスペンはヒカルノに手を振りながら倉持技研を後にした。

 その後、地味にヒカルノとの腐れ縁が続いていくのは、また別の話。

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

 またもやタクシーを利用しモノレールの駅まで行って、そこから更にモノレールに乗ってから本来の目的地であるIS学園の前までやって来た。

 

「ここが…IS学園……」

 

 校舎の全てが真新しく、全ての設備が最新式になっている。

 見ただけで、この学び舎が世界で最も最先端なのが伺えた。

 

「ようやく、ここまで来た……。いや違うな。ここから全てが始まるのだ(・・・・・・・・・・・・)

 

 期待と不安に胸を膨らませながら、学園の門を通る。

 その顔には、もう何の迷いも無かった。

 

「待っているがいい…亡霊共。今日、この日から私達の反撃が始まるのだ……!」

 

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

 亡国機業が所有する施設のにある一室。

 そこでは、三人の美女たちがあるモニターと睨めっこをしていた。

 

「スコール。ようやく、あの会場であたし等をボコッた連中の事が分かったって?」

「分かったと言っても、判明したのは名前だけよ。それ以外の事は本当にサッパリ」

「それだけでもいいさ。教えてくれよ」

「いいわ。まず……」

 

 スコールがコンソールを操作して画面を変える。

 そこには、褐色肌の少女の顔が映し出された。

 

「オータム。アナタと交戦した子の名前は『ヴェルナー・ホルバイン』」

「ヴェルナー・ホルバイン……」

「南国系の美少女って感じね。ちょっと好みかも」

「おいおい! こいつはあたしの獲物だぜ!? 幾らスコールでも、こればっかりは譲れねぇよ!」

「分かってるって。んで、私が目を付けてるのが、この……」

 

 今度は金髪碧眼の少女の顔が映し出される。

 

「ジャン・リュック・デュバルちゃんね」

「成る程。確かにこいつはスコール好みの美少女だわ。敵じゃなかったら、あたしも速攻でナンパしてる」

「でしょ? この顔で凄まじい戦闘力を持ってるんだから。絶対にモノにしてみせるわ」

「そうかよ」

「それじゃ、最後にツァリアーノ大佐が戦った相手の事を……」

「その必要はねぇよ」

「「え?」」

 

 壁に寄り掛かっているフェデリコが詰まらなそうに応える。

 今回も彼女は煙草を吸っていた。

 

「名前は『デメジエール・ソンネン』。和服を着た黒髪で車椅子に乗った女だ」

「な…なんで知ってるのよっ!?」

「お互いに自己紹介したからだ」

「なんですってぇっ!? なんでそれを先に言わないのっ!?」

「一度も聞かれなかったから」

「あなたねぇ~…!」

 

 スコールの眉間に血管が浮き出る。

 本当ならばここで拳骨の一つでも振り下ろしたいところだが、ここは大人の余裕でぐっと我慢した。

 

「にしても、よく連中の名前なんて調べられたな」

「人の口には扉は建てられないってよく言うでしょ? 日本にいる潜入工作員達が、下手にネットワークなどに頼らずに地道に調査していった結果よ」

「ご苦労なこって」

「それでも、判明したのは本当に名前だけ。そこから他の事も調べようと試みたけど全く駄目だった。まるで、何か巨大な何かが背後に潜んでいるかのように、微塵も手掛かりを得られなかったわ」

 

 大きく溜息を吐きながら、スコールは背凭れに体を預ける。

 

「別にいいじゃねぇか」

「なんでよ?」

「オレには分かる。いずれ、あいつらとオレ達はまた必ずぶつかることになる。その時まで静かに待っていればいいのさ」

「何を根拠にんなことを言ってんだ?」

「元軍人としての勘さ」

「勘って……」

 

 煙草を携帯灰皿に入れて火を消してから、フェデリコは部屋を出ようとする。

 

「どこに行くの?」

「訓練。今度こそは野郎を絶対にぶっ殺す。その為には、オレもちっとは本腰を入れて鍛え直さなくちゃいけないと思ってな。それに……」

「それに?」

「最近になって、なんでかMの奴が無駄に張り切ってやがる。別に頑張るのはいいが、それで倒れられちゃ意味がねぇ。年上として、ここはブレーキ役にならねぇとな」

 

 それだけ言ってから、フェデリコは訓練場へと向かっていった。

 

「なんだかんだ言って……」

「面倒見がいいのよね……あの子」

 

 素直になれないフェデリコを見て、苦笑いを浮かべるスコールとオータムであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次回、原作前の最後の番外編。
今日になって誰にするかが決定しました。
マイナーだけどマイナーじゃない。そんな人にしました。

一応、原作に入っても番外編はやっていきますので、お楽しみに。

それと、本気で次回がアンケートの最終締め切りです!
 
投票するなら今しかないですよ!

それから、ついでにカスペン大佐の新しい機体について少しだけ解説を。

簡単に言うと、見た目は完全に簪の『打鉄弐式』と一緒です。
でも、色の方を地味にして、更には肩にゲルググの肩部装甲をくっつけて、本来ならば沢山のミサイルが搭載されている『山嵐』の部分が全て高機動用ユニットになっています。
云わば『カスペン大佐専用 打鉄弐式』って感じですね。



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番外編⑤ THE BLUEDISTINY

番外編の5人目は『彼』に決定しました。

マイナーだけど有名で、実は地味に人気もあるキャラ。

そして、今回の『彼』は綺麗なバージョンの方です。

TSした場合のイメージは、テイルズ・オブ・エクシリアの女主人公である『ミラ・マクスウェル』です。




 蒼い装甲を纏う少女が地面に倒れ伏す。

 僅かな土煙が昇り、彼女の美しい顔が土で汚れるが、それを拭う事もしないで立ち上がり、自分を上空から見下ろしている人物を睨み付ける。

 

「それで終わりか! セシリア・オルコット!!」

「まだ…まだですわ! まだ私は戦えます!!」

 

 視線の先にいたのは、セシリアと同じ金色の美しく長い髪を靡かせた少女で、彼女もまたセシリアと同じように青い装甲を身に纏っていた。

 しかし、色は同じでも、その形状が余りにも違い過ぎた。

 

「まだやる気なんだ……懲りないねぇ~」

「私なら、あれだけの実力差をまざまざと見せつけられたら、すぐに降参しちゃうのに」

「あの子って、変な所でお嬢様っぽくないよね」

 

 ここはイギリスにあるIS操縦者専門の訓練所。

 そして、彼女達はイギリスに所属しているIS操縦者たちで、いずれは国を代表する選手を目指して、日々訓練に明け暮れている。

 

「確かに、オルコットさんは私達よりも実力はあるし、専用機を貰って代表候補生になったのも凄いって思うけど……」

「やっぱ、上には上がいるものかしら」

「私達から見ても、実力差が違い過ぎるって分かるわよ」

 

 他の訓練生たちが端の方で話している間に、上空にいた少女が静かに降り立ち、セシリアの方を睨み付ける。

 

「私は…オルコット家の人間…! こんな事で倒れる訳には……!」

「口ではどれだけ強がっていても、脚が震えているぞ」

「こんなもの! すぐに治りますわ!」

 

 対抗するようにセシリアも睨み付けるが、その圧倒的なプレッシャーに押し潰されそうになる。

 

「ほんと…容赦ないよね~…あの……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「現イギリス国家代表の『ニムバス・シュターゼン』さんは」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「国家代表と代表候補生。近いようで遠い存在だよね」

「極めつけは、その専用機!」

 

 少女達がニムバスの機体を観察するように視線を巡らせる。

 

「日本製の第二世代型量産型IS『打鉄』をベースにし、それを更に近接寄りにカスタマイズした少数生産のエース機『イフリート』」

「あの人は、それを見事に『第二形態移行(セカンド・シフト)』させた。それこそが蒼い機体『イフリート改』」

「重装甲で重武装なのに、驚く程に軽快な動きをするんだよね。なんでだろ」

「単純に、操縦者の技量なんじゃないの?」

 

 本来ならばシールドとして機能している筈の肩部にある非固定浮遊部位(アンロック・ユニット)は真紅に染め上げられ、複数の鋭いスパイクが屹立している。

 更に、脚部には増加装甲が施され、そこには追加装備としてミサイルランチャーが装着され、両腕部にも二連装のグレネードランチャーがあり、近距離戦特化型の割には、かなり遠距離戦向けの武装が多い。

 頭部にあるヘッドギアには立派な一本角があり、その目には専用のバイザーが装着してある。

 

「しかも、元は一振りだったヒートソードが二振りになって、接近戦じゃ本気で敵無しなのよね」

「そういえば、第二形態移行したって事は、同時に『単一仕様能力(ワンオフ・アビリティ)』も発現してるんだよね?」

「そりゃ…ね」

「どんな能力なんだろ? まだ公式戦じゃ一度も出したことないよね」

「正真正銘の切り札なんだから、そうホイホイと出したくないだけなんじゃないの? よく知らないけど」

「ふ~ん……」

 

 そうこうしている内に、セシリアが再び浮かび上がり、距離を取ってからの狙撃を試みるが、どれだけ狙っても全く命中する気配が無い。

 

「狙いが甘い!」

「なんで……どうしてっ!?」

 

 地面をスライドするように高速移動し、易々と躱していく。

 そして、脚を使ってブレーキを掛けながらのミサイル発射。

 

「しまっ……!」

 

 急いで体勢を整えてから回避行動へと移るが、時すでに遅し。

 ミサイルは彼女の目の前まで迫ってきていて、必死に避けようとするが、その奮闘も虚しくミサイルが全弾命中してしまう。

 

「あぁぁああぁああぁぁぁぁぁっ!?」

 

 全身の装甲から火花を散らしながら地面に落下。

 生身ならば大怪我必至だが、ISを纏っているお蔭で助かった。

 

「どうして、私がこんな事をしているのか分かるか?」

「そんなの…私に分かるわけ……」

「君の中にある『愚かな考え』を治す為だ」

「なんですって……?」

 

 腰にマウントしているヒートソードを抜刀し、それをセシリアの眼前に突き付ける。

 まだ、刀身は黒いままで赤熱はしていない。

 

「ハッキリと断言しよう。今のままでIS学園に行けば、君は間違いなく破滅する」

「破滅する…ですって……?」

「馬鹿げた選民思想を持つ人間が、遠い異国にて大成すると、まさか本気で思っているのか?」

「そ…それは……」

 

 図星を付かれたかのように、セシリアは苦虫を噛んだような顔で俯く。

 

「君の境遇については色々と聞かされている。随分と苦労をしたようだな」

「そうですわ……私は…お母様が遺してくださったオルコット家を守る為に……」

「それは違う。オルコット家を残してくれたのは、君の御両親だろう」

「そんなこと! あの人はいつもお母様に頭が上がらなくて……情けなくて……」

「本当にそれが真実だと思っているのか?」

「え……?」

 

 ニムバスの視線が鋭くなる。

 だが、それは怒りによる感情ではない。

 心から呆れているのだ。

 

「今の世で、男性が不遇な立場に追いやられているのは君も知っているだろう」

「えぇ……」

「一体どこに女尊男非の連中が潜んでいるか分らない。もしかしたら、君の母君の会社にもいたかもしれない。そんな輩がいる前で夫婦円満な姿を見せつけたらどうなるか、分からない君じゃない筈だ」

「あ………」

 

 今や、女性の社会的な力は非常に強くなっている。

 だが、それは全ての女性が該当しているわけではない。

 男性を下に見ず、これまで通りに仲良くしている人々だって多く存在しているのだ。

 しかし、そんな女性たちは女尊男非思想の女性たちに追いやられ、最終的には破滅の道を辿っていた。

 

「ま…まさか……お父様は……お母様を守る為に…わざと……」

「それだけじゃない。娘である君を守る為でもあるだろう。全て、私の憶測にすぎんがな」

「わ…私は……なんてことを……」

 

 終わった。

 そう感じたニムバスは、剣を納めてその場から立ち去ろうとした。

 だがしかし、妙な物音を聞いて、その足を止めた。

 

「まだ…ですわ……!」

「なに?」

 

 ふと後ろを向くと、そこには先程までの迷っていた少女はおらず、一人の戦士が立っていた。

 ライフルを杖代わりにして、体が疲労やダメージで痙攣しているが、その目は決して死んではいなかった。

 

「何が真実なのか…私には分かりません。けど……自分の目で見てきたものだけが全てだと思うのは、これで止めにします……!」

「ほぅ……?」

「それに、まだ試合は終わっていません! ブルー・ティアーズのSEは僅かではありますけど、残っていますわ!!」

「ほんの少しの間に、随分と見違えるようになったな。それでこそ、代表候補生だ」

 

 ブルー・ティアーズにはビットと呼ばれる無線誘導兵器が搭載されている。

 と言っても、これまでの攻防でその殆どが破壊され、残っているのは二基だけとなっているが。

 その残された二期がセシリアの傍で浮遊し、その銃口をニムバスへと向けている。

 そんなセシリアの顔を見て、ニムバスは嘗ての宿敵と、自分が前世にて出逢った一人の少女の事を思い出していた。

 

(嘗て、私は愚かな妄執に憑りつかれ道を誤り、その結果として君を救うことが出来なかった……。祖国を、仲間を、君と私を裏切ったクルストがどうしても許せなかった! しかし、それは間違いだった。憎しみの感情では誰も救えない。誰も守れない。そんな簡単で当たり前の事を、君と『アイツ』に教えられた……)

 

 両腰のマウントラックから二振りのヒートソードを外して両手に装備した。

 その刀身は真紅に燃え上がり、まるでニムバスの心を表しているようだった。

 

(だが! もう二度と道を違えたりはしない! あの時、君の事を真の意味で救ったアイツのように、私も彼女の事を救ってみせる! だから……)

 

 腰を低くし、いつでも突撃出来る体勢を取る。

 この場にいる誰もが分かった。

 この一撃で戦いが終わると。

 

「もう一度だけでいい……私に力を貸してくれ! マリオン!!」

(大丈夫。貴女の気高さと優しさが、きっと彼女の心を解き放つ……)

 

 声が聞こえた。

 とても懐かしく、とても暖かな声が。

 

「イフリートよ! 今一度……その『力』の全てを解き放て!!!」

 

 その時、イフリート改のバイザーが真っ赤に染まり、機体から無機質な音声が聞こえてきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

        【EXAM SYSTEM STANDBY】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!!」

 

 機体全体が赤いオーラに包まれ、一気にニムバスの纏う雰囲気が変わる。

 これがニムバス・シュターゼンの本気。

 イフリート改が凄まじい速度で迫るが、セシリアは全く怯むことなく、そのままビットに攻撃命令を出す。

 

「目標はあそこですわ! お行きなさい! ティアーズ!!」

 

 たった二基だけとなったビットではあるが、その動きはこれまでとは比べ物にならない程に機敏で正確。

 本当にセシリアの意志が宿っているかのような動きでニムバスへと攻撃を仕掛けるが、今の彼女の前では無意味に等しかった。

 

「そこだ!!」

 

 脚部にあるミサイルを全弾発射。

 その圧倒的な弾幕の前にビットは敢え無く破壊。

 残ったミサイルもセシリアに向かって飛んでくるが、彼女は緊急浮上して、それをなんとか回避する。

 しかし、流石に全ては避けきれず、何発かは命中してしまう。

 それにより周囲に煙が発生して視界が一気に悪くなるが、それもほんの一瞬の事。

 セシリアの目の前で赤く鈍い光が灯ったから。

 

「そうはさせませんわ!!」

「その程度で私の剣を止められると思うな!!」

 

 咄嗟にライフルでガードするも、最大出力のヒートソードによって呆気なく切断される。

 けれど、これで最大の攻撃は防いだ……と思われたが、ニムバスはそう甘くは無かった。

 

「まだだ!!」

(か…体を大きく回転させて……そのまま二撃目を放ってきたっ!?)

 

 次の一撃は遠心力も加算され、一撃目の時以上の攻撃力となった。

 まさか、こんな方法での連続攻撃が来るとは予想できず、そのまま胴体部に直撃して地面に叩きつけられる。

 

「これで最後だ!!」

 

 トドメと言わんばかりに、最後は両腕のグレネードランチャーを撃ち込む。

 完全に行動不能となっているセシリアに避ける術がある筈も無く、その一撃にて決着となった。

 

「完敗…ですわ……。流石は国家代表……」

「伊達に国の旗は背負っていないと言う事だ。だが、最後辺りの君の動きも悪くなかった」

「貴女ほどの人物にそう言われると……必死になった甲斐がありますわ……」

 

 ティアーズのSEが完全に無くなり、待機形態へと戻る。

 それに合わせて、イフリート改もまた待機形態へと戻った。

 因みに、イフリート改の待機形態は青い色の剣を模したイヤリングだ。

 

「どれ。私がピットまで連れて行ってやろう」

「だ…大丈夫ですわ!」

「余り強がるな。疲労でもう碌に体を動かせないんだろう? そんな風にしてしまったのは私だ。責任を持ってピットまで送り届けよう」

「あ…ありがとうございますわ……」

 

 なんと、ニムバスはいきなりセシリアをお姫様抱っこして、そのままの状態で歩き出した。

 最初は抵抗していたセシリアだったが、すぐに無駄だと悟り、顔を真っ赤にしながら静かに運ばれることにした。

 

「今の君ならば、日本に行っても大丈夫だろう」

「ニムバスさん……」

「家に戻ったら、試しにご両親の遺品でも調べてみるといい。もしかしたら、何かが出てくるかもしれないぞ」

「そう…ですわね。はい、そうしますわ」

 

 この後、ニムバスに言われた通りにセシリアは両親の遺品を整理してみると、その中に自分宛ての手紙を発見した。

 そこには、当時の両親の心境や、自分達がどう思われているのかなどといったことが事細かに書かれていた。

 それで知った。父の態度は全て、家族を守る為の演技だったのだと。

 本当は誰よりも家族を愛している立派な父だったのだと。

 手紙を読みながら、セシリアは涙を流して父への謝罪の言葉を繰り返し、自分も同じように愛している事を呟いていた。

 

 その日以降、セシリアは生まれ変わったかのように心を入れ替えて、微塵も男を見下すような事はしなくなった。

 それにより、彼女の国でも評価も一気に上がり、ファンも沢山出来たとか。

 

 因みに、自分が生まれ変わる切っ掛けをくれたニムバスの事を意識しない訳も無く、完全無自覚の淡い片想いを抱いている。

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 それから時は経ち、IS学園の第1アリーナ。

 そのステージ内で、二人の少女がISを纏って対峙していた。

 

「まさか、こんな形でまたお前と再会するとは思わなかった」

「それはこちらのセリフだ。しかも、そんなISまで装備して」

「それこそお互い様だろう」

 

 目の前には、全身を青く染めている改造されたと思われるラファールが。

 他の人間ならばいざ知らず、ニムバスには分かっていた。

 アレが『あの機体』を模したものだと。

 

「今のお前の目からは、あの時感じた憎しみが見えない。お前も変われたんだな……」

「お前とマリオンのお蔭だ。感謝するぞ……ユウ・カジマ」

 

 敵や味方を超越した場所にいる、文字通りの宿命のライバル。

 凛々しく力強い、黒い髪の少女。

 何から何まで、ニムバスとは対照的だった。

 

「では……始めるか」

「そうだな。この新しい体と機体で今一度、剣を交えようではないか」

「ジオンの騎士としてか?」

「いいや違う。一人の戦士としてだ!」

「いいだろう……それならば、今この時だけは、余計な事は考えずに戦おう」

 

 観客席にて多くの生徒達が見守る中、試合開始のブザーが鳴る。

 その瞬間、二人の機体が真っ赤に燃え上がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「EXAM…起動!!!」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




そんな訳で、番外編5人目の主人公は、Gジェネなどで一躍有名になったジオンの騎士こと『ニムバス・シュターゼン』でした。
個人的にもかなり好きなので、ずっと前から出そうとは思ってました。

ここでのイフリート改は、打鉄ベースの改造機が更に進化した感じになってます。
EXAMシステムもあるので、普通に超チート仕様。

最後の方にはゲストとしてユウも出しました。
ユウのTSイメージは『メモリーズオフセカンド』のヒロインの一人である『寿々奈鷹乃』です。
勿論、乗っているのはラファールを改造した『ブルーディスティニー』の一号機仕様です。
こっちもめっちゃ強いです。当然のようにEXAMもありますし。

次回からようやく原作突入。
私…マジで頑張れるのかしら?




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IS学園編 ~ここから始まる物語~
皆で一緒に受験に行こう


お待たせしました!

今回から本格的に原作突入です!

といっても、まずはその前に受験のお話ですけど。

ちゃんと順序は守らないと、いきなり学園から始まっちゃ意味不明な事になりますから。

そして、久し振りに三人娘の登場です。

連載開始の頃は幼女だった三人が、気が付けば原作ヒロインズと同じ15歳に。

なんだか感慨深いですね。







 千冬がドイツから帰ってきてから年月が流れた。

 織斑姉弟がすっかり孤児院にも馴染み、千冬がIS学園の教師として勤務し始めて、デュバルやソンネン、ヴェルナーや一夏達は中学三年生となり、時期は完全に受験シーズンとなっていた。

 

 現在は2月の最終週。

 その早朝に、孤児院のロビーにて受験生組が揃って出かける準備をしていた。

 

「確か、千冬姉は一足先にIS学園の受験会場に向かったんだよな?」

「そうだと聞いてる。他の事ならばいざ知らず、IS学園の受験には実技試験もあるからな。あの人以上に試験官としての適任者はいないだろう」

「なんたって、モンドグロッソ二連覇の覇者だもんなぁ~」

「学園でもワーワーキャーキャーと騒がれて、気が休む暇がないって、酒を飲みながらぼやいてたぜ。酔った勢いで思い切り抱きしめられたけど」

 

 鞄の中に必要な物を確認しながら入れていく。

 それと一緒に、四人はその首元にマフラーを巻いていた。

 今日の天候は雪で、豪雪とはいかないまでも、朝からしんしんと雪が降っていて、かなり冷え込んでいる。

 かくいう先に出た千冬も、四人と同じようにマフラーを巻いて行った。

 

「四人共、頑張ってね!」

「大丈夫よ! 今まで一生懸命に勉強してきたんだし、絶対に合格するわよ!」

「ありがとな。その言葉だけで勇気が湧いてくるよ」

 

 孤児院の子供達の励ましを受け、少し緊張気味だったソンネンの顔に余裕が生まれた。

 

「俺は藍越学園を受験するけど、なんでか会場は一緒なんだよな……なんでだ?」

「大方、経費削減とか、その辺なんじゃねぇの?」

「身も蓋も無いな……」

「世知辛らいねぇ~……」

 

 話をしながらも、ちゃんと手の方は動いていて、着々と準備が進んでいく。

 

「よし。これでOKっと。こっちは終わったぜ」

「こちらも終わった。が、しかし……」

「「「ん?」」」

 

 ここで急にデュバルが眉間に皺を寄せる。

 長い付き合いである一夏は、彼女のその顔を見て猛烈に嫌な予感がした。

 

「念には念を入れて、忘れ物が無いか最終チェックを行う!」

「「「え~っ!?」」」

「え~っ!? ではない! 万が一の事が起きらないとも限らない。今日は私達のこれからを決定する大事な受験の日だ。用心に用心を重ねて損は無い」

「道理で、バスの時間よりもずっと早くに準備をし始めたわけだ……」

 

 全ては、このためだったのか。

 こうなった時のデュバルには誰も逆らえないのは皆が知っているので、素直に諦めて忘れ物確認をすることに。

 

「まず、受験票はあるか?」

「あるぜ」

「バスの定期券」

「バッチリだ」

「筆記用具一式」

「ほらよ」

「私とソンネンとヴェルナー限定だが、ISスーツは?」

「「中に着こんでる」」

「勿論、私も中に着こんでる」

「うわぁっ!?」

 

 あろうことか、ISスーツの確認をする為に、三人はいきなり自分の制服のスカートを捲りあげたのだ。

 中に着ているのがISスーツである事を知らない人間が見たら、間違いなく痴女だと思われるだろう。

 

「なんでスカートを上げるんだよっ!?」

「「「この方が手っ取り早いから」」」

「頼むから、少しは女の子らしい恥じらいを持ってくれよなっ!?」

「「「いや、ちゃんと持ってますけど」」」

「今の状態で言われても説得力皆無だわ!!」

「「うんうん」」

 

 一夏のツッコミに、孤児院の少女達も同意する。

 どうも、この三人は下着を見られることに対する抵抗感が薄いように感じられる。

 それが一夏の精神をガリガリと削っていくのだ。現在進行形で。

 

「と…とにかく、これで準備完了だよな?」

「そうだな。これでいつでも行ける」

 

 ようやくデュバルのチェックから解放される。

 一夏達が胸を撫で下ろすと、そこに院長がやって来た。

 

「四人共、準備は大丈夫かい?」

「はい。つい先程、忘れ物が無いか再確認をしましたが、何の不備もありませんでした」

「それはなにより。気をつけて行ってきなさい」

「「「「はい!」」」」

 

 ここで敢えて凝った言葉を出さないが院長なのだ。

 いつも通りに子供達を送り出し、いつも通りに出迎える。

 どんな時も『日常』を忘れてはならない。

 

「よし。バスの時間まで英単語の復習だ」

「「「マジでっ!?」」」

「時間は有効に活用しなくてはな。ではいくぞ! 第一問!」

 

 その後、三人は時間が許す限り、デュバルの英単語地獄に付き合わされたのだった。

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

 それから少しして、四人は無事に受験会場へと到着した。

 

「流石は二つの学園の合同会場……」

「無駄にデカいな……」

「果たして、これは本当に節約と呼べるのだろうか? 寧ろ、金を豪勢に使ってないか? 二学園一緒に」

「ここまで来て、ンな事を気にしてもしょうがねぇだろ。それよりも、早く中に入ろうぜ? 寒くてかなわねぇよ」

 

 積もるほどではないとはいえ、雪が降っている外はかなり寒い。

 さっきからずっと、話す度に白い息が出て、このままだと普通に風邪を引きそうだ。

 

「ヴェルナーの言う通りだな。まずは会場に入ってからだな」

 

 この会場、入り口の時点でIS学園と藍越学園とで区切られているが、実は中では繋がっていたりする。

 この区分けは、あくまで気休めに過ぎないのだ。

 中にさえ入ってしまえば、後は迷う事なんてないだろうと言う謎の自信が垣間見えた。

 

「私達はこちらで……」

「俺がこっちか」

 

 四人は互いに円陣を組むように向かい合ってから、拳をぶつけ合った。

 

「頑張れよ、皆!」

「お前もな、一夏」

「いつも通りにな」

「ケアレスミスとかすんなよ?」

 

 こうして、四人はそれぞれに己が受験する学園の会場へと足を踏み入れたのだった。

 

 だが、この時はまだ誰も知らなかった。

 この後にこの会場であの束ですら予想してなかったとんでもない事態が発生するだなんて。

 それが、彼女達の運命すらも大きく左右することになるだなんて。

 本当に、全く想像もしていなかった。

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

 会場に入ると、そこは大勢の受験生でごったがえしていた。

 

「ここにいる連中が全員、IS学園を受験するのか……」

「こりゃ、ライバルが沢山だな」

「どれだけいても問題無いさ。三人揃って合格すればいい。それが……」

「「「あの人(大佐)との約束だから」」」

 

 この三年間、ずっとカスペンとの約束だけを胸に頑張ってきた。

 そして今日、これまでの成果を発揮する。

 三人の思いは一つになっていた。

 

「ところで、受付は……」

「人の流れに沿っていけばいいんじゃないか?」

「それが良さそうだな。変に動きまわってたらマジで迷いそうだ」

 

 車椅子であるソンネンに合わせて歩き、受付に辿り着く。

 そこで三人は、他の受験生たちと同じように話して、受付嬢に呪分たちの受験票を提示した。

 

「はい。確認出来ました。受験番号236番、デメジエール・ソンネンさん。受験番号237番、ジャン・リュック・デュバルさん。受験番号238番、ヴェルナー・ホルバインさん…で、間違いないですね?」

「「「はい」」」

「ようこそいらっしゃいました。筆記試験の会場はあちらです。番号が書かれた席でお待ちください」

 

 受付嬢が教えてくれた方向に、かなり大きな扉があった。

 『筆記試験会場』と張り紙があることからも間違いないだろう。

 

「んじゃ、行こうぜ」

 

 ヴェルナーが先頭になって進んでいき静かに扉を開けると、其処には既に大勢の少女達が真剣な面持ちで席に座って、試験の時を今か今かと待ち侘びていた。

 

「オレ達の席は~……」

「多分、あそこじゃねぇか?」

「どこだ?」

「あそこだよ。あ・そ・こ」

 

 ソンネンが指さした場所には、一つだけ椅子が無い席があった。

 

「前に先生から教えて貰った通り、オレに合わせて椅子を取っ払ってくれてるんだな。お蔭ですぐに見つかった」

「となると、私達はその隣か」

「そうと決まれば早速……」

 

 席と席の間を慎重に通っていく。

 こんな場所では、誰もが無意識の内に『静かにしなければ』という謎の強迫観念に捕らわれている。

 それは三人娘達も例外じゃなかったようで、先程からの会話もずっと小声で話していた。

 

「やっぱ、オレみたいのは目立つみたいだな」

「かもしれん。だが、気にするな。例え足が不自由であっても、今のお前は並の健常者よりもずっと凄いよ」

「当たり前だ。このオレを誰だと思ってやがる」

「「戦車教導団の鬼教官」」

「鬼は余計だ。ボケ」

 

 IS学園の試験会場に車椅子の少女がいる。

 唯でさえ車椅子というのは目立つのに、この会場では更にその特異性が際立っているようだ。

 だがしかし、当の本人は全く気にしてはいない。

 堂々たる姿勢で自分の席へと向かっていく。

 

「ここだな」

 

 席に着くと、ソンネンは車椅子を細かく調整してから丁度いい位置で固定した。

 その隣に並ぶようにして、デュバルとヴェルナーも座り、受験票と筆記用具を鞄の中から取り出した。

 その時、ソンネンはふと隣から自分に向けられている視線に気が付いた。

 

「なんだ?」

「あ……」

 

 視線を向けていたのは、日本人にしては珍しい水色の髪を持つ眼鏡を掛けた少女で、振り向いた瞬間に気まずそうに顔を逸らした。

 

「あぁ……お前さんも、この車椅子が珍しいのか?」

「いや…その……ごめんなさい……」

「そこで謝られても困るんだけどな……」

 

 なんだか自分が彼女を責めているような感じがして、逆にこっちが申し訳なくなってくる。

 

「こんな体でIS学園を受験するのっておかしいって思うか?」

「それは……」

「別にいいさ。それは普通の反応だ。今更、その程度の事で目くじらなんて立てないさ」

「……………」

 

 遂には黙ってしまった。

 これまでにも似たような反応をする人間は沢山いたが、こんな風に泣きそうな顔をされたのは流石に初めてだった。

 しかし、そこは孤児院で多くの年下の子供達の世話をしてきたソンネン。

 こんな時の対処法は誰よりも弁えていた。

 

「ドロップ……食うかい?」

「え?」

「甘いから、少しは緊張が解れるぜ」

「あ…ありがとう……」

「どういたしまして」

 

 ドロップを口に入れることで、少女に笑顔が戻った。

 ソンネンの方も、それでようやく安心した。

 

「甘い……」

「フルーツ味だからな」

 

 ソンネンも同じように容器からドロップを出して口に入れる。

 舌の上で転がすと、すぐに淡雪のように溶けて消えた。

 

「そこの二人。そろそろ時間のようだぞ」

「「え?」」

 

 話している間に、会場の全ての席が受験生で埋まっていて、一番前には会場全体に声が聞こえるように拡声器を持った担当官が立っていた。

 

『それでは、これよりIS学園の筆記試験を開始します!』

 

 その言葉で会場全体の空気が張りつめて、受験生全員が真剣な顔になる。

 

『今から試験用紙を配ります。こちらが『開始』と言うまでは、決して用紙をめくらないでください』

 

 別の担当官達が一人一人の席に一枚ずつ試験用紙を配っていく。

 ソンネン達の席にも配られ、それを親の仇のように鋭い目つきで見つめる。

 

『全員の席に行き渡ったようですね。では……試験開始!』

 

 バッ! っと試験用紙をめくり、全ての問題に目を巡らせる。

 

 一番最初の難関が今、始まった。

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

 

 一方その頃。

 

「あれ? ここってさっきも通らなかったか? チクショー! 緊張してて、碌に案内板を見てこなかった~!」

 

 一夏は一人ぼっちで自分以外誰もいない廊下を寂しく歩いていた。

 

「なんでこんな一番大事な場面で大ポカをやらかすんだよ~! 俺の馬鹿野郎~!!」

 

 どれだけ叫んでも、ここには自分以外誰もいないので、ただ虚しく廊下に響くだけだった。

 

「こうなったら最後の手段……!」

 

 いきなり壁に右手を着いて、そのまま歩き出す。

 

「前にマンガで呼んだことがある! 迷路とかで迷った時は、こうして片手をついて歩いて行けばゴールに辿り着くと!」

 

 残念ながら、ここは迷路ではなくて受験会場である。

 よって、その法則は全く通用しない。

 というか。一夏の場合はそれ以前の問題だった。

 

「おかしいぞっ!? さっきからずっと同じ場所をグルグルと回ってるぞっ!?」

 

 円柱に手をついて歩いても微塵も意味が無いと気付け。

 

「俺は諦めないからな~! 絶対に会場についてみせるぞ~!」

 

 

 

 

 




まずは受験その1。

受験の本番はやっぱり実技試験ですよね。




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新しい出会い

ちょっとお待たせしました。

これから暑い時期に突入…するかと思いきや、なんだか涼しい始まりとなりましたね。

流石にこれは予想外。








 何事も無く筆記試験が終了し、今は実技試験の真っ最中。

 受験生達は別に用意されている部屋にて待機をし、番号が呼ばれた者から実技試験用に用意された簡易アリーナへと通され、そこにてIS学園から持ってきたISを装着し、試験官と1対1で試合をすることとなっている。

 とはいえ、ここに来ている殆どの少女達はISに乗った事は愚か、一度も触れた事すらない、その目で直に見た事すら無いような者達ばかり。

 学園側も、流石に素人にすらなれていない少女達に『試験官と試合をして勝利せよ』とは言えるわけも無く、実際にはISを起動出来た時点でほぼ合格は確定に等しいのだ。

 そんな事とはつゆ知らず、まだ呼ばれていない者達は呑気に会話を楽しんでいた。

 ごく一部の少女達を除いて……だが。

 

「へぇ~…姉貴が在学生で、それを追う形で受験をした…ねぇ……」

「やっぱり変……かな……」

「そんな事はねぇよ。なぁ?」

「あぁ。そこまで深く気にする必要はないさ」

 

 端の方にあるベンチで、ソンネンとヴェルナーが先程の水色の髪の少女と仲良く話していた。

 もう既にお互いに自己紹介は済ませていて、気が付けば行動を共にしていた。

 この水色の髪の少女の名は『更識簪』という。

 大人しい少女ではあるが、それが却って三人娘の母性をくすぐるのか、なんでか世話を焼くような事になっていた。

 因みに、デュバルは今、廊下にある自販機に飲み物を買いに行っていて席を外している。

 

「オレ達だって、似たような理由で受験してるしな」

「そうなの?」

「まぁな。オレ達三人にとっての大恩人がいるんだが、前に会った時にその人がこう言い残したのさ。『IS学園で待っている』…ってな」

「その言葉を胸に、オレ達は今までずっと必死に頑張ってきた」

「そう…なんだ……」

 

 まるで、青春ドラマのような出来事を、この少女達は実際に経験している。

 事実は小説よりも奇なり、とはよく言ったものだが、まさか目の前でそれを見せつけられるとは。

 

「今までって…いつからなの?」

「いつからって?」

「その…IS学園に行こうって決意をしたのはいつかな…って」

「中1の頃。12歳ぐらいの時だな」

「そんなにも早い段階から…?」

 

 中学一年生と言えば、簪はまだ将来の事なんて微塵も考えていなかった。

 明日の事さえも碌に考えていなかったと言うのに、彼女達はその時期から既に高校受験の事を念頭に入れて努力をし続けてきた。

 それだけ、彼女達の決意が固いと言う証拠なのだが、それ以上に簪にはソンネン達が非常に眩しく見えた。

 

「……凄いんだね」

「そうかぁ?」

「そんなに大したことじゃないだろ?」

「ううん…そんな事ないよ……」

 

 少なくとも、簪は中2の後半辺りに入って初めて高校受験の事を考え始めた。

 それに比べれば、彼女達はとても立派で、だからこそ誰よりも合格して欲しいと思う。

 

「お~い。買ってきたぞ~」

「お? 帰ってきた……って?」

「なんか『おまけ』を連れてきやがった」

「あれって……」

 

 四人分のホットドリンクを両手に持って帰ってきたデュバルの隣に、泣きべそをかいているダボダボの服を着ている少女が歩いていた。

 

「本音。君が言っていた『かんちゃん』とは、彼女の事か?」

「ふぇ……? あっ!?」

 

 何かに気が付いたのか、少女は一直線に走ってきた…のだが、その速度が余りにも遅すぎたので、全く周囲の迷惑になっていなかった。

 

「がんぢゃ~んっ!!」

「本音っ!? どうしてデュバルさんと一緒にいるのっ!?」

 

 簪の質問をガン無視して、本音と呼ばれた少女は簪の体に抱き着いた。

 

「さっき、私がドリンクを買いに行った時に自販機の近くで座り込んでいてな。余りにも不憫なので事情を聞いてみたら、『知り合いと一緒に受験に来たのはいいが、その知り合いとは別々の部屋で筆記試験を受ける事になってしまって、試験が終わった後に探したけれど、全く見つからないから途方に暮れていた』と言っていたんだ。それで、彼女の探し人の特徴を聞いて……」

「そこからデュバルは簪がその『探し人』なんじゃないかと推理をして、そいつをここまで連れてきたって訳か」

「そういうことだ。水色の髪なんて聞かされれば、余程の事が無い限りは一発で分かる」

「「確かに」」

 

 普通に考えてもかなり珍しい髪色であることが、今回は幸いしたようだ。

 

「会えでよがっだよぉ~! がんぢゃ~ん!!」

「迷子の子供じゃないんだから…ほら、涙と鼻水拭いて」

「ん……チーン!」

 

 完全に簪があやす側になっている。

 意外とこれが、彼女の本来の姿なのかもしれない。

 

「ちゃんとデュバルさんにお礼言った?」

「そうだった! バルバル! 私をかんちゃんの所まで連れてきてくれて、本当にありがとう!」

「どういたしまして。……因みに、その『バルバル』とは私の事か?」

「そうだよ~。『デュバル』だから『バルバル』。可愛いでしょ?」

「可愛い……のか?」

「あんまり気にしない方がいいと思う」

「そ…そうか」

 

 束からも渾名で呼ばれている彼女達だが、本音のセンスはある意味でそれを大きく上回っていた。

 

「簪。よかったら、オレ達にもそいつを紹介してくれないか?」

「うん、わかった。本音」

「は~い!」

 

 すっかり泣き止んだのか、本音は普段通りの笑顔を取り戻して、ソンネンとヴェルナーに自己紹介をした。

 

「初めまして! 私は『布仏本音』だよ!」

「おう! こっちこそよろしくな! オレはデメジエール・ソンネンだ!」

「ヴェルナー・ホルバイン。よろしく」

「うん! よろしくね~! ネンネン! ホルホル!」

「ネンネン……」

「ホルホル……」

 

 これまた斬新な渾名を頂戴した二人。

 何気にデュバルが口を押えて必死に笑いを堪えている。

 

「ほ…本音っ!? ご…ごめんなさい! 昔からこの子ってば、色んな人に変な渾名をつけたがることがあって……」

「変じゃないよ~! 可愛いよ~!」

「そう思っているのは本音だけだから!」

「ぶ~!」

 

 ぶー垂れている本音を余所に、渾名を付けられた二人は放心状態から我に返った。

 

「べ…別に気にしてねぇよ?」

「あぁ。中々に良いセンスをしてるじゃねぇか」

「そ…そう?」

「えへへ~…」

 

 本当はなんじゃこりゃと思っているが、こうでもしないと収拾がつきそうにないので、仕方なく同意しておいた。

 孤児院で子供達を世話していた時に身に付いたことだ。

 

「あれ? ネンネン…その足……」

「やっぱ気が付いたか。この会場で車椅子ってのは相当に浮くからな」

「あの…気に障ったのならごめんなさい。ソンネンさんは、今あってる実技はどうする気なの? 私もこんな言い方は嫌いだけど…その足じゃISは……」

 

 質問している自分の方が心苦しくなる。

 本当はこんな事なんて聞きたくはない。

 けれど、これは非常に重要な事でもあるから、聞かずにはいられなかった。

 

「大丈夫だよ。心配すんな」

「「え?」」

 

 重苦しい空気になりかけていたところを、ソンネンの明るい声がその空気を一瞬で掻き消した。

 

「車椅子に乗った状態じゃ通常のISに乗れない事なんてのは、オレ自身が一番よく分かってるさ」

「だよね…ごめんなさい……」

「だから、謝るなって。それに、こう見えてもちゃんと実技試験に対する『対策』はして来てるんだぜ? な?」

 

 さっきから大人しく話を聞いていたデュバルとヴェルナーに同意を求めると、二人も自信たっぷりに頷いた。

 

「ソンネンの事に関しては心配は無用だ。確かに、普通に考えれば無謀極まりない事かもしれんが、だからこそ万全の用意をしてきた」

「ちっとばっかし評価基準が高くなるかもしれねぇが、ソンネンなら大丈夫だろ。寧ろ、コイツに当たる試験官に同情すらするね」

「「えぇ~…?」」

 

 一体どうして、そこまで自信満々なのか。

 流石の本音も戸惑いを隠しきれなかった。

 

「それよりも、筆記試験の方はどうだったよ?」

「思ったよりも楽勝だったな。勉強したところがまんま出ていた」

「見事にオレのヤマ勘が当たったな」

((本当は、そのニュータイプ的な勘を当てにしたとは言えない……))

 

 今回の筆記試験は、三人共確かな手応えを感じていた。

 事前に、ヴェルナーにくじ引きの要領で試験に出そうなところを教えて貰い、その問題が見事に的中したからだ。

 伊達に機械よりも先にミサイルの接近を感知し、全弾回避という神業を成し遂げてはいない。

 

「でも、油断は禁物だ。ちゃんと帰ってから答え合わせをしないとな」

「分かってるって。最後の一瞬まで気の抜かない。常識だぜ」

「問題は、実技試験がどれぐらいの時間掛かるか…だな」

 

 ここには相当な人数の受験生が来ていて、それらを一人一人実技試験していったら、時間が幾らあっても足りない。

 だから、試験は複数人で、別々の簡易アリーナにて同時に行い、その時間もかなり短縮して行われる。

 早い者では、試験開始から終了まで1分にも満たない者もいるぐらいだ。

 

『受験番号236番、237番、238番の方。試験の準備が整いましたので、すぐに簡易更衣室前まで来て下さい。繰り返します。受験番号……』

 

 建物内に呼び出しのアナウンスが流れる。

 それを聞いて、三人娘の表情が一気にマジモードとなる。

 

「どうやら、遂にオレらの出番のようだな」

「フッ……楽しみだな」

「柄にもなくワクワクしてやがる。久し振りだぜ…この感じはよ」

 

 明らかに周りとは纏っている雰囲気の違う三人を見て、まるでモーゼのように人込みが向こうから勝手に避けていく。

 

「あ、そうだ」

「な…なに?」

「そのホットドリンク。まだ飲み終えてないから、オレ達が終わるまで持っててくれないか?」

「「う…うん」」

「ありがとな。んじゃ、行ってくるよ」

 

 言う事だけ言って、三人は扉を開けて廊下に出て行った。

 

「なんか…迫力凄かったね……」

「カッコよかったね~……」

 

 三人がいなくなっても、まだ胸ノドキドキが止まらない。

 それ程までに、彼女達の放つ空気は異常だった。

 

「大丈夫…だよね」

「きっと大丈夫だよ、かんちゃん」

 

 彼女達の合格を信じて、静かに三人の飲みかけのペットボトルを握りしめた。

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

 試験会場の裏側。

 ここでは、IS学園から派遣されている教員達が試験の様子をモニタリングしている。

 

「織斑先生。次の子達が来ます」

「そうか」

 

 ここには当然、学園の教員である千冬もやって来ていた。

 腕組みをしながら立っている姿は威風堂々といった感じだが、内心ではかなり緊張していた。

 

(なんで教員になってまだ一年足らずの私が、こんな重要な仕事を任されるんだ……!)

 

 全ては千冬の過去の栄光が起因しているのは、本人もよく分かっている。

 だからと言って、そう簡単に納得出来るものではないが。

 

 そんな彼女の隣に立っているのは、現役時代の千冬の後輩にして、嘗ては日本の代表候補生も務めていた『山田真耶』。

 彼女もまた、千冬と同様に過去の実績を高く評価されて教員になった。

 

「ん? あれは……」

 

 モニターに映ったのは、千冬が実の妹のように溺愛している三人の少女達。

 遂に彼女達の実技試験が始まると思うと、自然と顔がにやけてしまう。

 

「あれ? あの子達は……」

「どうした? 山田先生」

「いえ……次の子達…どこかで見たことがあるような気が……どこだっけ…?」

「???」

 

 首を捻って必死に思い出そうとしてはいるが、全く思い出せる気配はない。

 やがて、素直に諦めてからモニターの方に目を向けた。

 

「この子……車椅子で来てるんですね……」

「心配か?」

「当然です。身体的なハンデを抱えている以上、健常者の子達よりも合格ラインが高くなってしまうから……」

「確かにその通りだ。だが……」

 

 自信に満ちた三人の顔を見て、千冬はほんの僅かに胸の中にあった心配を全て消し去った。

 

「あいつ等ならば問題は無い。何故なら……」

「何故なら?」

「私の大切な、自慢の『妹達』だからだ」

「えっ!?」

 

 驚く真耶を余所に、千冬は笑顔を浮かべながらモニター越しにエールを送った。

 

(お前達ならば、必ず合格してみせるだろう。だから、私に見せてくれ。お前達の実力を。その覚悟を。あいつが……カスペンがお前達を待っているぞ)

 

 久し振りに子供のように、今から始まる実技試験を楽しみにしている自分がいる。

 なにせ、今までずっと片鱗だけしか見れなかった三人の力を、ようやく見る事が叶うのだから。

 

「ところで山田先生。次の試験官の一人は君じゃなかったか?」

「あぁ~! そ…そうでした~! 急いで準備しないと~!」

 

 千冬に指摘されて思い出したのか、真耶は急いで部屋を後にしようとする。

 そんな彼女の背中に向かって、千冬が背中越しに言葉を送った。

 

「山田先生。君があの三人の内に誰を担当するかは分からないが、これだけは言っておくぞ」

「な…なんですか?」

「年端もいかない少女だと思って油断をしていたら……逆に喰われかねんぞ? 誰と当たってもな」

「えぇっ!?」

 

 なんとも不安を掻き立てる言葉を聞き、シュン…と猫背になりながら出て行った真耶。

 それを見て、少しビビらせ過ぎたか? と、後でちょっとだけ後悔した。

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 一方その頃。一夏はというと……。

 

「ど・ち・ら・に・し・よ・う・か・な? ゆ・か・り・ん・と・ゆ・ゆ・こ・さ・ま・と・か・な・こ・さ・ま・と・え・い・り・ん・と・びゃ・く・れ・ん・の・い・う・と・お・り! よし! こっちだ!」

 

 まだ道に迷いまくった末、神に縋って道を探索していた。

 だが、そんな適当なやり方が上手くいく訳も無く……。

 

「……あれ? ここってさっきも来なかったか?」

 

 織斑一夏のダンジョン探索はまだまだ続く。

 

 

 

 

 

 

 




簪に引き続き、今度は本音も早めに登場。

個人的には一期ヒロインズよりも好きなので、こうして早い段階で日の目を浴びる事に。

果たして、彼女は誰に懐くのやら?


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実技試験

ここからが入試の本番。

さぁて、どう乗り越えるかな?






 アナウンスに従って、ソンネン達三人は揃って簡易更衣室の前までやって来た。

 そこには係員と思われる女性が立っていて、彼女達に簡単な説明をしてくれた。

 

「お待ちしていました皆さん。まずは、ここでISスーツに着替えて貰い、それからそれぞれに別のアリーナへと行って貰い、そこで用意されているISを装着、ステージに降り立つと、そこには試験官が待っているので、そこからはその試験官の指示に従って下さい。ここまでで何か質問は有りますか?」

「んじゃ、一つだけ」

「どうぞ」

 

 本当は三人共が同じ質問を思い付いたのだが、ここはソンネンが代表して聞いてみる事に。

 

「実技試験ってのは、その試験官とやらに勝てばいいのか?」

「まさか。流石のIS学園も、貴女達にそこまでの事は求めてはいません。確かに、どれだけ動けるかは重要ではありますが、それ以前にISを起動できるかどうかの問題が出てきます」

「成る程な……言いたいことは大体分かったよ」

 

 見た目は可愛らしい生娘でも、中身は未だに歴戦の軍人である彼女達に掛かれば、全てを聞かずとも相手が何を言いたいかは大凡の見当がついた。

 

(要は、ISを起動させること自体が第一関門って事か)

(ならば、何の問題も無いな)

(なんつーか…リアルに拍子抜けだな)

 

 若干の緊張感に包まれていた三人であったが、係の女性の説明を聞いて逆にリラックスできてしまった。

 どんな時も常勝を求められる軍人だった彼女達には、非常に温い関門だったから。

 

「……………」

「ん? どうしたんだい?」

「あ…いえ。何でもありません。失礼しました」

(この女…明らかにオレさまの脚を見てやがったな。こんなナリで大丈夫なのかって思ってたに違いない)

 

 流石のソンネンも、こう何度も似たような視線に晒されれば、呆れを通り越して感心すらしてしまう。

 他に何か考える事は無いのかと。

 

(まぁ…だからこそ、こいつらの度肝を抜かせた時が爽快なんだけどな。千冬の姉御も、きっとどこかでこっちの様子を見ているに違いない。オレ達の機体を見てどんなリアクションをするのか、今から楽しみだぜ……)

 

 その後、係の女性が最後に軽く注意事項などを言って立ち去ってから、三人は更衣室へと入っていった。

 

「ま、予想はしてたけどな」

「こんなモノだろ?」

「気にしたら負けだって。それよりも、とっとと着替えちまおうぜ」

 

 そこは、大量のロッカーが並んでいる、まんまな感じの更衣室だった。

 彼女達からすれば、非常に見慣れたタイプの部屋だが。

 

 三人は並んでロッカーを使用し、中に自分達の荷物を入れるが、流石にソンネンは高さの関係で収納することが難しく、他の二人に手伝って貰っていた。

 

「着替えっつっても、オレ達の場合は一瞬で終わるんだけどな」

「そう言うな。それでも、その『一瞬』は裸に近い格好になるんだ。見られないに越した事は無いさ」

「オレは別に気にしないんだけどなぁ~…」

「「ヴェルナーは少しは恥じらいを持て」」

 

 その言葉は、そっくりそのままブーメランになるが、ツッコミがいないのでそこで終わってしまう。

 こんな時、一夏や鈴(ツッコミ係)の重要性が再認識される。

 

「あらよっと」

 

 三人同時に指をパチンと弾くと、その体が青白い粒子に包まれ、着用していた制服が拡張領域に収納され、その代わりに三人専用に束が製作したISスーツが装着される。

 

「これでよし…っと」

「いや、マジで束には感謝だよな。これのお蔭で、着替えが格段に楽になった。もうお前達に手伝って貰わなくても済む」

「それはそれで、少し寂しいような……」

「完全に、朝の日課になってたからな」

 

 あのドタバタ感も、慣れてしまえば不思議と楽しく感じてしまう。

 意外と、彼女達は揃って似たような気質だったのかもしれない。

 

「で、後はこの先にあるっていう即席で作ったアリーナに行けばいい…んだよな?」

「あの説明を聞く限りではな」

「どんな事をするんだろうな?」

「それは、行ってみないと分らんだろうさ」

 

 本当に試験前の女子中学生の会話なのかと疑いたくなる程に、三人の会話は日常的だった。

 因みに、今までの受験生の少女達は、この段階でガチガチに緊張して腹痛になったり、吐き気を催したりしている。

 三人の神経が図太いのか、それとも、単に場馴れしているだけなのか。

 恐らく、三人の場合は後者だろう。

 結局、そんな会話は更衣室を出てアリーナに辿り着くまで続いていた。

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

「来ましたね」

 

 先程の係の女性が、なんとも仄暗い部屋中で三人を待っていた。

 恐らくはここが『ピット』に該当する場所なのだろう。

 視線の先には、IS学園からここに搬入したらしきISが何台かハンガーに固定されている。

 

「少し時間が押しているので、簡単に説明します。今から貴女達には実技試験を行って貰います」

「「「はい」」」

「まず、あそこにある第二世代型量産IS『打鉄』に乗って貰い、それから……」

「それなのですが、少しよろしいですか?」

「なんでしょうか?」

 

 今度はデュバルが手を挙げる。

 本当に先を急いでいる様子で、なんだかイライラした感じで返事をした。

 

「実は私達は、非常に特殊な事情により専用機を所持しているのです」

「……今……なんて?」

「ですから、我々は専用機を所持しています。ですので、急いでいるのならば、どこからアリーナへと行けばいいのかの説明だけで結構です」

「え…っと……そこの番号の書かれたゲートを潜れば、そのままアリーナへと出ます……。デュバルさんが一番で…ソンネンさんが二番…ホルバインさんが三番でお願いします……」

「分りました。ありがとうございます。では、行くぞ」

「「おう」」

 

 未だに呆然としている係の女性を放置し、三人はそれぞれに指定されたゲートへと向かっていく。

 彼女達が去ってから、ようやく女性の意識が再起動した。

 

「え…えええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!? 専用機ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!?」

 

 

 

 

 

 

・・・・・

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・・・

・・

 

 

 

 

 

 

「えっと…このまま進んでもいいのか?」

 

 二番のゲートに入っていったソンネンは、カタパルトと思わしきレールの上を車椅子で移動していた。

 本当ならば、ここから勢いよく発進とかするのだろうが、機体の関係上、どっちみち使用は不可能だった。

 

「お。ここか」

 

 そのまま進んでいくと、明るく開けた場所に出た。

 即席で作られているので、公式のアリーナに比べればなんとも味気ないが、実技試験の会場ならばこれぐらいでも問題は無いだろう。

 

「思ったよりも高いな。どうする?」

 

 カタパルトから飛び出すのがデフォルトのようで、ステージの地面と発進口の間にはそれなりの高さがあった。

 少なくとも、このままでは降りられないだろう。

 だが、どうするか考えていたソンネンに救いの手が差し伸べられた。

 

「わ―――――――――――っ!? ちょっと待ってくださ――――――い!!」

 

 突然、緑色の髪で眼鏡を掛けた女性がIS『ラファール・リヴァイヴ』を纏った状態で飛んできて、静かにソンネンを車椅子ごと持ち上げた。

 

「危ないですから、しっかり捕まっててくださいね」

「お…おう。ありがとな」

「これぐらい、教師として当然です」

(そのナリで先生かよ…。生徒って言われた方が、まだ納得出来るぜ……)

 

 そう思わずには言われない程に、女性の容姿は幼く見えた。

 同級生と言われても違和感はないだろう。その巨大な胸以外は。

 

「よいしょっと。もう大丈夫ですよ」

「流石だな。動きに無駄が無い」

「そ…そうですか? えへへ……」

 

 受験生に褒められて喜ぶ試験官。

 なんとも変な構図だ。

 

「えっと…貴女は確か……受験番号236番のデメジエール・ソンネンさん…ですね」

「よく覚えてるな」

「いえ。普通にISで検索しました」

「そ…そっか。普通はそうだよな」

 

 地味に彼女の頭脳に感心してしまった自分を恥じた。

 

「私は『山田真耶』。本来はIS学園の教員ですが、今回は実技試験の試験官の一人をしています」

「人手不足…って訳じゃないな。その方がより確実な評価が出来るからか」

「お察しの通りです。といっても、この試験の様子は別室でもモニターしてるんですけど」

「ふ~ん……」

(ってことは、今からする試験を千冬の姉御も見てるって事か。こりゃ…無様な姿は見せられないな。嫌でも気合が入っちまうじゃねぇか!)

 

 拳を強く握りしめ、普段の可愛らしさが全て吹き飛ぶほどの獰猛な笑顔を浮かべる。

 下を向いているから真耶にはよく見えていないが、今のソンネンは三年前にドイツで死闘を演じた時の精神テンションに非常に近くなっていた。

 要は、超やる気満々ということだ。

 

「それでですね…えっと……あんまりこんな事は言いたくないんですが……」

「なんだい?」

「ソンネンさんは、脚が不自由ですから、健常者の子達よりも評価が厳しくなっています」

「だろうな。想像はしていたよ」

「で…でも! それを差し引いても、ちゃんと公平に審査はしますので安心してくださいね!」

「そうか。それは嬉しいね」

 

 どっちが子供なのか分からなくなる会話。

 完全に精神年齢が逆転している。

 

「そういえば、ISはどうしたんですか? まさか、ここで纏う気じゃ……」

「あ~…そうだったな。悪ぃ。何もかもが初めてなもんで、どんな風にすれば分らなかったから、ついここまで普通に来ちまった」

「い…いえいえ。気にしないでください。今から持ってきましょうか?」

「いや。その必要はねぇよ。それよりも、少しだけ離れててくれないか? 危ないぜ?」

「はぁ…分りました」

 

 言われるがまま、真耶はソンネンから少しだけ距離を取る。

 それを確認したソンネンは、目を閉じて精神を集中させた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「吼えろ!! ヒルドルブ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 突如、ソンネンの座っている車椅子が量子化し、彼女の体の周りを覆い隠し、そのまま物質化して形になっていく。

 それは、少女と共に戦場を駆ける鋼鉄の孤狼。

 全てを貫く破壊の化身。

 

「せ…戦車っ!?」

「そいつは違うぜ、山田先生。こいつはオレの掛け替えのない相棒であり、まだこの世に一機しか存在しない新カテゴリー『I・T(インフィニット・タンク)』の第一世代機にして、試作一号機…『ヒルドルブ』だ!!」

「インフィニット・タンク……ヒルドルブ……?」

「要は、地上戦に特化したISだとでも思っててくれ」

「い…いつの間にそんな物が……というか、なんでソンネンさんがそれを持ってるんですかっ!?」

「その辺の事情はまだ話せないんだわ。恐らく、千冬の姉御辺りは察してるとは思うけど」

「そ…そうなんですか?」

「付き合いは長いからな。先生には…オレ達が三人揃って無事に入学で来た時にでも話すよ。なんとなくだが、その方が良さそうな気がする」

「わ…分りました」

 

 ヒルドルブの中で、ソンネンは喜びに打ち震えていた。

 装甲に顔が隠れているからいいものの、今の彼女は決して人に見せていい顔をしていない。いい意味で。

 

(やっと…やっと! 試験名目とはいえ、ヒルドルブでちゃんとした試合が出来る! コイツがISの世界でどれだけ通用するのか、今から楽しみで仕方がないぜ!!)

 

 頬を赤くし、誰もが見惚れるほどの満面の笑み。

 一夏が見たら本気で惚れてしまいそうな、千冬が見たら思わず抱きしめてしまいそうな。

 まさに『100万ドルの笑顔』だった。

 

「さぁ…始めようぜ! 試験官さんよ!」

「は…はい! では、試験を開始します!」

 

 こうして、ソンネンとヒルドルブの入学を賭けた実技試験が始まった。

 

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 一方、その様子を見ていた千冬はというと……。

 

「……………」

 

 眉間に青筋を立ててマジ切れしていた。

 

(なんだあの機体はっ!? あんなものは今まで見たことも聞いたことも無いぞ! ソンネンの機体はまるで戦車そのものじゃないか! 恐らくは足の不自由なソンネンでも動かせるようにと設計した機体なのだろうが…束め……私に一言ぐらいは相談しろ!! ソンネンの身に何か起きたら、どう責任を取るつもりだ!! あいつは私の義妹候補の一人であり、今では家族同然になっているんだぞ! しかも……)

 

 他のモニターを見ると、デュバルとヴェルナーもまた見たことが無いISを身に纏っている。

 勿論、その『見たことが無いIS』というのは、ヅダとゼーゴックのことなのだが。

 

(デュバルとヴェルナーにも専用機を与えているとは…! あれもまた私が全く知らない機体だ。どう考えても、自分が製作した試作機のテストパイロットを頼んでいるとしか思えない。確かに、三人共常人を遥かに凌ぐ能力を持ってはいるが、それでも、あいつ等を巻き込んでいい理由にはならんだろうが!!)

 

 もうお分かりだと思うが、千冬は完全に三人娘の事を妹同然に思っていた。

 幼い頃から彼女達の事を見てきたから、その思いは並大抵のものじゃない。

 

「あいつめ……今度会ったら、まずは一発顔面パンチだな」

 

 束の知らない所で、次々と不穏なフラグが立っていく。

 果たして、次に束が千冬に会った時、顔の原型を留めていられるのだろうか。

 

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 今回の一夏。

 

「えっと……ここはさっき通ったから……今度はこっちか?」

 

 矢張り、神頼みじゃダメだと判断したのか、今度は復習の為に持って来ていた勉強ノートの空いている部分を使って、今いる場所のマッピングを始めた。

 だが、今更そんな事をしたところで、簡単にゴールに着ける筈も無く……。

 

「あ。ここさっき見たわ」

 

 似たような所を延々とグルグルしていた。

 果たして、一夏は試験云々以前に、無事に会場から脱出できるのか?

 

 

 

 

 

 




次回、試験開始。

本当は今回でしたかったけど、毎度のように長引いてしまいました。


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終着点(ゴール)を目指して

随分とお待たせしました。

応援の言葉などを受け取って復活です。

別に止めたつもりではないんですけど。







 筆記試験を終えてからの実技試験。

 ソンネンは自身の愛機である『ヒルドルブ』を展開し、眼前にいるラファール・リヴァイヴを装着している試験官『山田真耶』をじっと見据える。

 

「はは……ははは……!」

「ど…どうしました?」

「いや…なんでもないよ。気にしないでくれ」

 

 これからの事を考えると、思わず笑いが込み上げてくる。

 別に真耶の事を馬鹿にしている訳じゃない。

 寧ろ、彼女の事はかなり特別に見ていた。

 

(分かる…オレには分かるぜ。この女は間違いなく『強者』だ。他の連中は分からないかもしれないが、オレには…オレ達にだけは隠しきれない。はは……IS学園には、こんな連中がゴロゴロいやがるのかもしれないと思うと、それだけで今からワクワクしてくるじゃねぇか…!)

 

 装甲越しに真耶の事を見ているソンネンだったが、彼女の目には真耶の後ろに自分の宿敵に姿が見えている。

 まるで、ここまでやって来いと言わんばかりに。

 

(あぁ……分かってるさ。ここはまだ『通過点』にすぎない。大事なのはここからだ。これはゴールじゃねぇ。ここはスタート地点だ。今いるこの場所こそが、オレ達にとってのスタートラインなんだ)

 

 装甲の中で汗ばんできた拳を握りしめ、自分の事を高揚させる。

 

(待ってやがれ。三年前以上に強くなって、今度こそテメェの喉元に食いついてやる!!)

 

 ゴールは見えている。いや、三年前から既にゴールは見えていた。

 後はただ只管に、我武者羅に、目指すべき場所まで向かって突き進むだけだ。

 もう…迷いはない。

 

「ところでよ、少し気になった事があるんだけど」

「なんですか?」

「この実技試験って、一体何をどうすれば合格なんだ? いやな、一応の説明はちゃんと受けてるんだけど、どうも実感が涌かないって言うか……」

「そうですね。では、改めて説明します」

 

 巨大な戦車に向かってISを纏った女性が説明をする。

 傍から見ると、かなりシュールな光景だった。

 

「基本的に、ここを受験するのは今までずっとISに乗った事が無い子達ばかりなので、ISの起動に成功し、実際に搭乗して動かすことが出来た時点で合格はほぼ確実です」

「成る程。んじゃ、試験官がいる意味は?」

「受験する子達の中には、極稀にISの搭乗経験があったり、国の代表候補生だったりする子もいます。そんな子達を平等に試験する為に、私達がいるんです。普段は説明役で終わるのが大半なんですけどね」

「だろうな……アンタも難儀だな」

「あはは……」

 

 前世ではソンネンも人に教える立場だったので、真耶の気苦労はかなり共感できた。

 もし入学できれば、教師たちのいい相談相手になれるかもしれない。

 

「つまり、オレみたいな専用機持ちを試験する時の為に、アンタのような試験官がいるって訳か」

「そういう事です。それと、これは補足なんですけど……」

「なんだい?」

「えっと…ですね? さっきも言いましたが、ソンネンさんのような障害者の子も稀に受験することがあって、そんな時は通常時よりも評価基準が少し高くなっているんです」

「そりゃそうだろ。普通に考えて、健常者と一緒に授業を受けさせようってんだ。必要以上に能力を求められるのは自然の摂理だな」

「すみません……まるで、差別を助長するような事をしてしまって……」

「気にすんなって。この手の事にはもう完全に慣れっこだからよ。こちとら、5歳の頃からずっと、この体で生きてきたんだ」

「ご…5歳……!?」

 

 随分と慣れた手付きで車椅子を動かしていたから、幼い頃から足が不自由だったのだろうと想像はしていたが、まさかそんなにも小さな頃からだったとは思わなかった。

 これまでの人生でずっと、そのような人間が一人もいなかった事もあり、真耶は思わず絶句していた。

 

「そんな事よりも、とっとと試験を始めようぜ。この後も閊えてるんだ。早く終わらせないとな」

「そ…そうですね。では、これより実技試験を開始します」

 

 真耶が両手で保持するようにしてアサルトライフルを装備し、それに対してソンネンは、その両手にIS用マシンガンを二丁装備した。

 

(流石にこのねーちゃん相手に『一発あれば十分だ』なんて台詞は吐けそうにねぇなぁ……!)

 

 見た目が可愛らしい少女でも、その身に宿る魂は歴戦の勇士。

 相手を姿形だけで舐めて掛かるなんてことは絶対にしない。

 どんな相手も全力で、全身全霊でぶつかっていく。

 それが、ソンネンなりの礼儀だった。

 

「さぁ……行くぜ!!」

 

 

 

 

・・・・・

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・・・

・・

 

 

 

 

 

 別に油断をしていたわけじゃない。

 どれだけ相手が不自由な体をしていても、その目から、全身から湧き出てくるプレッシャーが、目の前の少女が普通の人間じゃない事を教えてくれていた。

 

「いいじゃねぇか! そうでなくっちゃな!!」

「その巨体で、なんてスピードなの…!」

 

 現在、二人はステージの周りを滑るように移動しながら、互いに銃を撃ち続けている。

 汎用性に優れているリヴァイヴならば、どのような状況下でも常にこっちの期待に応えてくれる筈…だった。

 だがしかし、現実はそう甘くは無かった。

 

 確かに、リヴァイヴは優秀な機体だ。

 決して他の機体と比べても極端に劣っている部分は無いだろう。

 けれど、今の状況では、その『汎用性』が完全に足を引っ張っていた。

 

「重装甲と高機動…そして、高火力。陸戦限定ではあるけれど、現代では考えられないような超高性能機じゃないですか!」

「当然だろ! 寧ろ、これぐらいのじゃじゃ馬じゃないと、オレについては来られないんだよ!」

 

 通常のISと比べても、かなりの巨体であるにも拘らず、その姿からは想像も出来ないような速度と機動を見せ、全く被弾する様子が無い。

 それどころか……。

 

「まずはコイツを食らいな! 通常榴弾(HE)装填! 発射!!」

「危ないっ!?」

 

 真耶のほんの僅かな隙を狙って砲弾を装填し、最高のタイミングで発射する。

 咄嗟に体を捻って回避するが、その砲弾はアリーナの壁にぶち当たり、粉々に破壊している。

 

「うげ! これってもしかして弁償かっ!?」

「だ…大丈夫ですよ! こうなる事も想定した上で試験をしていますから!」

「マジか! 流石はIS学園! 太っ腹だな!」

 

 歳相応な元気な声を出しながらも、ちゃんと次弾の装填は欠かさない。

 この時になって初めて、真耶は部屋を出る前に千冬が言っていた言葉を正しく理解した。

 

(先輩が言っていた通りだ…! この子の技量は間違いなく、其処ら辺の代表候補生なんか比較にすることが烏滸がましい程に高い! どうして、こんなにも凄い子が今までずっと誰の目にも触れずに注目されてこなかったのかとか色々な疑問があるけど、そんな事を考えている暇も余裕も無い!)

 

 凄まじい速度で移動しながらも、ちゃんとヒルドルブの主砲は真耶の方を向いている。

 まるで、本物の戦車に狙われているような錯覚を覚えるほどに、ヒルドルブの威容は圧倒的だった。

 

(ヒルドルブ……確か、北欧神話に登場する主神オーディンの異名の一つだった筈……その意味は……)

 

 

         戦    場    之    狼

 

 

(あれこそ正しく、戦場に降臨する鋼鉄の狼! 僅かでも隙を突かれれば、食われるのはこっちの方だ!)

 

 足が不自由だから。車椅子だから。

 それがどうした。だからなんだ。

 目の前で大地を駆ける少女は、間違いなく『戦士』だ。

 

 自分のハンデなんてものともしない。

 そんなのなんて知った事か。

 ソンネンのそんな言葉が、あの分厚い装甲の中から聞こえてきそうだ。

 

 目つきを変えた真耶は、今まで一丁しか持っていなかった銃をもう一丁出してから両手で構える。

 その瞬間、一気に真耶の動きが激変した。

 

「あはははは! ようやく本気になってくれたか! そんじゃあよ……こっちも遠慮しなくてもいいよなぁ!!」

 

 戦車とは思えない程に滑らかな動きで急カーブをし、突如として真耶の方に突撃してきた。

 巨大な鋼鉄の塊が高速で突っ込んでくる異常な光景だったが、真耶は冷静に状況を判断して右側に避ける。

 だが、まるでそれを予見していたかのように、ヒルドルブの砲身が真耶の事を追いかけるようにして振り向いた。

 

「見破られていたっ!?」

「単なる勘だよ!」

 

 などと言ってはいるが、実際には戦車兵としての抜群の観察眼と反射神経により、僅かな体の動きで真耶が次に動く場所を予想していたのだ。

 

対空用榴散弾(type3)……受けやがれ!!」

「これはまさかっ!?」

 

 瞬時にシールドを展開し、自分に向かって降り注ぐ弾丸の雨を防御する。

 SEへのダメージは大幅に軽減できたが、命中時の衝撃が凄かった。

 

「キャァァァァァァァァァアッ!?」

 

 たった一発でシールドはスクラップと化し、その表面には無数の小さな弾痕がついて煙を上げている。

 

「その見た目で…散弾を搭載してるなんて思いませんよ……」

「どんな相手が来るのか分らないんだ。あらゆる状況を想定して、色んな砲弾を用意しておくのは当たり前だろ?」

「御尤もです……」

 

 操縦技術。戦術眼。状況判断能力。

 機体の性能が高いのは当然だが、それ以上にソンネンの実力が化け物級だった。

 間違いなく、今回の受験生たちの中でも最上級の逸材だ。

 

(これは……合格はまず間違いないかしらね……)

 

 これ程の超天才少女。寧ろ、合格にしない方がおかしい。

 もしも不合格になんてしてしまったら、世間から大ブーイングは避けられないし、IS学園にとっても非常に大きな損失だ。

 

「まだまだやれるだろ? 続き…しようぜ!」

「あ……はい! って…あれ?」

「ん? いきなりどうした……んあ?」

 

 ここでいきなりのブザー。

 それを聞いて、真耶が武装を解除した。

 

「時間切れです。これで試験は終了です」

「えぇ~っ!? マジかよ~!?」

「仕方ありません。他の子達も控えてますから」

「そりゃ…そうだけど……」

 

 不貞腐れるように頬を膨らませながら、ソンネンは大人しくヒルドルブを待機形態である車椅子へと戻した。

 

「ぶ~! 盛り上がってきたって所なのに~!」

「機嫌直してください、ね?」

「う~……」

 

 ちょっとだけ涙目になりながら、ソンネンは仕方なく頷いた。

 先程までの戦士としての顔とは真逆の可愛らしい少女としての表情に、真耶は完全なギャップ萌え状態になっていた。

 

「か…可愛い…♡」

「ん?」

 

 山田真耶。

 生まれて初めて、歳下の女の子に本気で胸キュンした。

 

「と…とにかく、これで終わりですから、後はもう着替えて帰ってもいいですよ」

「了解だ。多分、向こうも終わってるだろうしな」

「向こう? もしかして、お友達と一緒に来てるんですか?」

「おう。同じタイミングで実技試験受けたからな。あいつ等の事だ。きっと同じようになってるか。もしくは、とっくの昔に終わらせてるかのどっちかだな」

「そ…そうなんですか……」

 

 ソンネンと同レベルの実力者が、最低でも後二人いる。

 そう思うと、なんだか複雑な気持ちになった。

 

「えっと……車椅子を持ち上げますね?」

「頼むわ。流石に自力じゃ上に登れないからな」

「はい! 任せてください!」

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

「こ…これが…あの三人の実力か……」

 

 モニター越しに試験の様子を見ていた千冬は、三人娘の実力に驚愕していた。

 昔から、彼女達が超天才級の実力を持っているのは知っていたが、こうして実際に動く姿を見せられれば、嫌でも実感する。

 あの子達は普通じゃないと。束と同類か。もしくはそれ以上の存在だと。

 

「ソンネンは、あの真耶とほぼ互角……いや、違うな。ソンネンは一度も本気で動いていない。真耶が本気になっても……」

 

 ソンネンと真耶が映っているモニターの隣を見ると、そこには試験官に勝利したデュバルと、更にその隣にはISを解除したヴェルナーが両手を上げて喜んでいた。

 

「他の二人も、試験中は少しも本気を出していない。それでも、学園の教員を圧倒するとは……我が義妹ながら末恐ろしい連中だ」

 

 これは、私じゃなくても合格を出すな。

 優しく微笑みながら、千冬は三人の事を見ていた。

 

 だが、その笑顔はすぐに崩壊することになる。

 他ならぬ、実の弟のせいで。

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

「お? なんか見た事無い場所に出たぞ?」

 

 迷いに迷った一夏は、ようやく見慣れない場所に出た。

 と言っても、似たような廊下の果てに一枚のドアがあるだけなのだが。

 

「もしかして、ここが試験会場かっ!? って、ンなわけないか」

 

 床に座り込んでから体を休め、今の状況をようやく冷静に考えてみる。

 

「そういや、なんで今まで誰にも会わなかったんだろ…?」

 

 それは単純に、お前がスタッフ以外に入ってはいけない場所に迷い込んでしまったから。

 そのスタッフは自分達の仕事に忙しく、奇跡的な確率で遭遇していないのだ。

 ここまで来ると、逆に凄いと思えてしまう。

 

「取り敢えず、まずはあのドアに入ってみるか。誰かいるかも知れないし」

 

 どっこいしょと立ち上がり、よろよろと歩きながらドアを開ける。

 

「邪魔すんで~。邪魔すんなら帰って~。なんちゃって」

 

 謎の一人コントを繰り広げながら部屋に入ると、一夏の視界にある見慣れない物体が映り込んだ。

 

「え? あれって…もしかして……」

 

 それは、女性にしか纏えない鋼鉄の鎧。

 誰もが一度は憧れる空へと誘う翼。

 

「ア…IS……?」

 

 ここから、本当の意味で物語が始まる。

 

 

 

 

 

 




久し振りの割にはいい感じに書けたと思います。

次回はいつになるかは不明ですが、近日中には更新予定です。





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ここから総てが動き出す

無事に実技試験を乗り越えた三人。

けど、それとは別の場所で事態が動いていて……?







 実技試験が終了し、再びピットに集合する三人娘。

 ソンネンが車椅子を押していると、他の二人がこちらに気が付いて小走りでやって来た。

 

「おう! そっちはどうだった?」

「言うまでも無いだろう?」

「ってことは……」

「勿論! 楽勝だったぜ!」

 

 三人で笑い合い、笑顔でハイタッチ。

 ピットに来ていた他の受験者の少女達は、その反応を見てすぐに彼女達は確かな手応えを感じたのだと実感した。

 

「でもよ、そっちは楽勝だったかもしれねぇが、こっちはそうでもなかったぞ」

「そうなのか?」

「あぁ。オレに当たった試験官のねーちゃんなんだが……ありゃ、相当に強いぞ」

「お前が誰かをそんな風に言うのは珍しいな……」

 

 別に自分以外の他人を見下しているわけではないが、元が軍人で、しかも教官だったという事もあり、普段から自分にも他人にも厳しい評価を出しがちなのだ。

 

「近接戦と遠距離戦と言う分野は違うけどよ、あれは間違いなく千冬の姉御と同格の実力者だぞ」

「千冬さんと同レベル…だと…?」

「マジかよ……」

「IS学園で教師もしてるって言ってた。あれは過去に代表候補生とかしてたに違いないな。しかも、相当上位にいたに違いない。もしかしたら、千冬の姉御の補欠とかだったのかもな」

「ふむ……IS学園の教師も中々に侮れない…ということか」

「だな。だからこそ、より一層、入学した時が楽しみなんだけどな!」

「もう合格した気でいるのかよ?」

「当たり前だろ?」

「気が早い立つめ」

「「「ははは……」」」

 

 そうして雑談をしながら出口へと向かっていると、入れ違うように簪と本音がISスーツを着た状態で入ってきた。

 

「あ…三人共。終わったの?」

「ついさっきな。お前達は今からか?」

「そ~なんだよ~」

 

 ISスーツを着ると、嫌でも体のフォルムが明確に現れる。

 簪はともかくとして、本音のスタイルはどう考えても、少し前まで中学生とは思えない程だった。

 

「ど~したの?」

「「「いや…なんでもない」」」

 

 体は女の子でも、中身はまだまだ男…のつもりだったが、本音の胸を見て何とも言えない複雑な感情を抱いてしまった三人。

 それを見て、簪はすぐに三人が何を思ったのか理解した。

 

「三人共、そこまで気にしない方がいいよ。本音は別格だから」

「「「成る程」」」

「なにが?」

 

 そんな考え方もあるのか。

 簪の割り切り方に感心しつつ、そろそろ本格的に更衣室に戻る事にした。

 

「んじゃ、オレらは行くわ。二人とも、頑張れよ」

「「うん!」」

 

 手を振りながら、三人はドアを潜って更衣室へと向かっていった。

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

 更衣室で着替えを済ませながら、三人は今回の試験について盛り上がっていた。

 

「なんつーかさ、昔っつーか…前世? を思い出すよな」

「それってアレか? ジオン軍に入隊する時の事か?」

「あぁ。もう随分と昔のことだってのによ、今でも昨日の事のように思い出せるんだよな……」

 

 感慨深く思い出に浸り、遠い眼で虚空を見つめるソンネン。

 それを見て、デュバルやヴェルナーも同じ気持ちになった。

 

「私達もだよ」

「へ?」

「軍に入った時の事は鮮明に思い出せる。入ったばかりの頃は、コロニーのプールで訓練訓練の毎日だったな……」

「逆に、私はヅダのデータと睨みっこしながら、会社と本国とを行ったり来たりの毎日だったよ」

「そういや、オレもあの頃は毎日のように戦車に乗ってたな……」

 

 三人それぞれに同じ軍にいながらも所属している部隊が全く違ったので、こんな機会でもなければ話す機会すらなかったであろう三人。

 同じ艦に乗りながらも、奇妙な擦れ違いで出会う事が無かった、非常に数奇な運命を辿った者達。

 しかし、今はこうしてここにいる。

 そして、他にも同じ国で生まれて、同じ旗の元で戦った同志達がいる。

 

「合格…してるといいよな」

「大丈夫だ。やれる事は全てやったんだ。後は静かに結果だけを待とうじゃないか」

「そこまで心配はしてないけどな。行こうぜ」

 

 互いに頷いてから、鞄を持って更衣室を後にする。

 廊下に出て、先程の休憩スペースで簪たちを待つ事にした三人の後ろから、誰かが足音を立てながらやって来た。

 

「なんとか間に合ったか」

「わぉ……」

「千冬さん」

「おいおい…仕事の方はいいのかよ?」

「別に、私一人いなくても問題無いさ」

 

 三人の元まで来たのは、仕事用のスーツを着た千冬だった。

 余り見慣れない格好なので、微妙な違和感がある。

 

「こんな所まで来てどうしたんだい? まさか、口で直接、合否の通知でもするのか?」

「そんなわけないだろう。ここに来たのは普通に私用だ」

「ふ~ん…」

 

 本当に何をしに来たのだろうか。

 三人揃って小首を傾げていると、いきなり千冬が三人纏めて抱きしめた。

 

「うわぁっ!?」

「おっと?」

「おぉ~…」

 

 突然の事にそれぞれのリアクションをしていると、千冬が今にも泣きそうな顔で微笑を浮かべた。

 

「お前達の雄姿は見させて貰ったよ……本当に強く、大きくなったな。お前達の事は幼い頃から知っているから、物凄く感慨深い。お前達三人は…私の自慢だ」

「そ…そうか……」

「て…照れますね……」

「えへへ……」

 

 千冬にしては珍しい、ストレートな褒め言葉に柄にもなく照れる三人娘。

 どれだけ精神が成熟していても、やっぱり褒められれば嬉しいものなのだ。

 

「特にソンネン。まさか、あの真耶をあそこまで追い詰めるとは思ってなかったぞ」

「ってことは、やっぱあのねーちゃんって凄い奴だったのか?」

「あぁ。彼女…山田真耶は私の後輩であり、嘗ては日本の代表候補生を務めていた。もし仮に、私がIS業界に足を踏み入れていなければ、代表選出はほぼ確実と言われていた程の実力者だ」

「道理でな。オレもそうだが、あのねーちゃんもイマイチ、実力を発揮できてないように見えた。多分、実技試験ッつー名目上、色々な制約もあったんだろうな」

「そこまで理解していたか……全く…お前って奴は♡」

「ちょ……やめろって~」

 

 嬉しそうにソンネンの顔に自分の顔をくっつける千冬。

 もう完全にシスコン状態になっていた。

 それだけ、彼女が三人娘の事を溺愛している証拠でもあるが。

 

「ソンネンの場合は時間切れではあったが、あそこまで奮戦した上、デュバルとヴェルナーも余裕で勝利している。これは流石に身内贔屓になってしまうが…お前達ならば問題あるまい。口は固そうだしな」

 

 三人の顔を寄せてから、周囲には聞こえないように小さく呟いた。

 別に最初から誰もいないのだが。

 

「今回の試験…お前達三人はほぼ間違いなく合格だ」

「……マジで?」

「どれだけ頭の固い連中でも、お前達の実力を目の前で見せつけられて不合格を出すほど愚かでもあるまい。寧ろ、お前達ほどの才能の持ち主を放置しておくような真似は絶対にしないだろう」

「そこまで言われると…その…リアクションに困るな……」

 

 照れながら頬を掻く三人の可愛さに、心の中で悶絶する千冬。

 ここが試験会場だから良かったものの、もしもここが孤児院だった場合、彼女は間違いなく三人の事を抱き枕にしていただろう。

 

 そんな幸せの時間を引き裂くように、千冬のスマホがいきなり鳴った。

 

「む…? 一体どこの誰だ? こんな無粋な真似をするのは……」

(((た…助かった……)))

 

 あのままだと、本気で帰れなくなる可能性があった。

 三人は密かに電話をしてきた人物にお礼を言った。

 

「もしもし? 誰だ?」

『私です! 山田真耶です!』

「なんだ山田先生か。私の大切な可愛い義妹達との逢瀬を邪魔しようとは、いい根性をしているじゃないか。帰ったら覚えてろよ」

『なんで着信早々に怒られてるんですか私っ!?』

 

 完全なとばっちりである。

 少なくとも、真耶は本当に何も悪くない。

 

「で、何の用事だ? 私の携帯に直接掛けてくるということは、何かあったのだろう?」

『そ…そうなんです! 大変なんですよ~!』

「何がどう大変なんだ。ちゃんと主語を言え。主語を。そして、落ち着け。深呼吸だ。深呼吸」

『スー…ハー…スー…ハー…』

「落ち着いたか?」

『は…はい。なんとか……』

「それで? 何が大変なのか話して貰おうか」

『えっとですね……信じられないかもしれませんけど……』

「言ってみろ。まずは聞かない事には判断のしようがないだろう」

『た…確かに。でも、私も未だに信じられないんですよ……だって、まさか……』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『迷子になって試験会場に迷い込んだ男の子が、搬入してあったISに触れて起動させただなんて……』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………………は?」

 

 一瞬、本気で千冬の表情が凍りついた。比喩でなく。

 

「お…おい? 千冬の姉御っ!?」

「し…しっかりしてください!」

「なんか凄い顔になってるぞっ!? 具体的に言うと、まるで小学生の書いた似顔絵みたいになってる!」

 

 真耶が言った言葉が頭の中を反芻してグルグル回る。

 男がISを動かした? しかも、試験会場に迷い込んで?

 

『お…織斑先生? だ…大丈夫ですか~?』

「だ…大丈夫だ。問題無い」

『それ、ある意味で一番言っちゃいけない言葉ですよっ!?』

 

 千冬、自ら死亡フラグを立てる。

 

「な…何を言っている。決して私は取り乱したりなんかしていないぞ。この混乱を落ち着かせる為に、義妹達の胸元にダイブして、その匂いをクンカクンカしたいだなんて微塵も思っちゃいない」

「「「危ね―――――――――――――――――っ!?」」」

『全然、大丈夫じゃないんですけど――――――――っ!?』

 

 混乱の余り、遂に普段から心の奥底に眠らせていた本心を暴露してしまった。

 今後、千冬は彼女達から冷たい目で見られることだろう。

 

『と…兎に角、その男の子はこちらで保護していますので、早く戻って来て下さい』

「わ…分かった。それで、その男子の身元などは判明しているのか?」

『は…はい。生徒手帳を持っていたので、それで名前だけは……』

「その名前は?」

『織斑一夏くんと言うそうです。あ、今思えば、織斑先生と同じ苗字ですね』

「…………なんですと?」

 

 千冬、再び小学生の書いた似顔絵になる。

 しかも、今度はさっきよりも影が濃い。

 

「ちょ…さっきよりも酷い顔になってるぞっ!?」

「一体何が起きてるんだ…?」

 

 全く状況が把握できていない三人娘が困惑していると、千冬がゆっくりとスマホから耳を離して、体を震わせながら三人の方を向いた。

 

「い…一夏が……」

「一夏? アイツがどうかしたのか?」

「あ…ISを動かしたって……」

「「「……はい?」」」

 

 三人娘もまた、鳩が豆鉄砲を食らったかのような顔になって固まった。

 

「い…今…なんて……?」

「一夏が…ISを動かした…って……今…連絡が……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「え――――――――――――――――――――――――――っ!?」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 三人の叫びが、静かな廊下に大きく響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 




はい、遂に判明しちゃいましたね。

果たして、一夏はどんな御叱りを受けるのやら。


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判決 有罪

あちゅい~! でも、何とか頑張ってお盆休みをゲットする事には成功しました!

これでようやく消耗した体力を少しは回復できる……マジで。








 男である一夏がISを動かした。

 衝撃的な一報が入ってからも、試験自体は恙なく続いていった。

 どのような理由があろうとも、大事な試験を中止する訳にはいかないから。

 その代り、裏で密かにとある処置が行われていた。

 

 まず、本来ならば現場監督として派遣された千冬を、緊急事態と言う事で仕方なく帰宅させることに。

 なんせ、ISを動かした一夏は千冬の弟なのだ。

 まずは姉弟で今後の事をキチンと話し合うべきだと判断された。

 千冬の代理として、真耶が現場監督の任を引き継がれる事と相成った。

 

 そして、その情報を最も近くで聞いていたソンネン、デュバル、ヴェルナーの三人もまた、千冬と一緒に帰る事にした。

 本当は、簪たちが終わるまで待っているつもりだったが、今回は事情が事情なので、二人の携帯に謝罪のメールを入れておくことで一応の対処をすることに。

 

 そうして、話の舞台は皆の大切な家である孤児院に移ることになった。

 

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

「「「お~り~む~ら~く~ん?」」」

「帰って来て早々からめっちゃ怖いんですけどッ!?」

 

 孤児院に帰ってきた直後、一夏は孤児院のロビーにて強制的に正座させられ、三人娘から鬼の形相で迫られていた。

 

「昔から色々とドジをする奴ではあったが、まさかここまでとは思わなかったぞ……!」

「つーか、何がどうなったら、ISを動かしちまう事になるんだよ?」

「ちゃんと説明をしやがれ」

「わ…分かってるって!」

 

 少年説明中……。

 

「つまり? お前は受験会場で散々迷った挙句」

「目の前にあった扉に入って、其処にあったISになんとなく触ったら……」

「なんでかISが起動してしまって、其処を偶然にもやって来た係の人に見つかってしまったと……」

「そ…そうなんだ! いや、俺にも非があるのは分かるよ? でもさ、あんな所にISがあるだなんて誰も思わないだろ? ……って、あれ? 皆? 千冬姉? お~い?」

 

 一夏の話を聞きながら、三人娘と千冬は眉間をピクピクと痙攣させながら、こめかみに血管を浮き出させていた。

 

「「「「一から十まで全部お前が悪いわ!!!!」」」」

「うわぁっ!?」

 

 四人の同時口撃に思わず尻餅を付く一夏。

 だが、その程度ではまだまだ終わらない。

 

「まず、どうしてあの受験会場で迷うっ!? 迷う要素なんて微塵も無かっただろうが!」

「あったって! こう…迷路みたいに複雑な作りになってて……」

「……一夏。まさかとは思うが、お前は『真ん中の道』に入っていったのではあるまいな……?」

「ま…真ん中? いや、あの時は緊張してたから良く覚えてないけど……」

 

 千冬は、自分のスマホで撮影していた受験会場の館内見取り図を表示させて、それを一夏に見せつけた。

 

「これを見ろ。この右に行く道がIS学園の受験会場に続く道で、左が藍越学園の受験会場に続く道だ。この二つの道は全く同じ構造になっていて、そのまま真っ直ぐに進んでいけば、誰だって会場に行くことが出来る」

「え? じゃあ…俺が歩いてた道は……」

「あそこはスタッフしか入ることが許されていない道だ! 防犯用に複雑な構造になっていて、何も知らない奴が入ったら、まず間違いなく迷うようになってるんだ!」

「え―――――――――――――――――――――っ!!?」

 

 まさかの真実。

 一夏は完全にスタートから間違えていた事になる。

 

「そもそも、迷った時点でどうしておかしいと思わなかった?」

「いや……普通にそういう場所なのかと思って……」

「ンなわけあるか! IS学園ならまだしも、なんでごく普通の高校である藍越学園の受験会場が迷路みたいになってるんだよッ!?」

「ご…御尤も……」

「因みに、お前がいた場所が完全に違う場所だという事を証明する『証人』もいるぞ」

「証人っ!? 一体誰だっ!?」

「あの時、弾を初めとしたクラスの皆が複数名、同じ受験会場に来ていたんだ。皆は私達よりも早く会場に入っていたらしく、会う機会は無かったがな」

「帰る途中に弾からメールが来て、初めてそれを知ったんだ」

「そ…そうだったのか……」

 

 三人娘の発言で、どれだけ自分が注意力散漫だったのか、改めて思い知らされた瞬間だった。

 

「というわけで、これよりその証人に電話を掛けようと思いますが、よろしいでしょうか。裁判長」

「よろしい。許可する」

「あれ? なんか急にロビーが暗くなって、いつの間にか千冬姉が裁判官のコスプレをしてるし、デュバル達もスーツなんか着てるの?」

 

 いきなり謎の裁判空間に突入。

 一夏の場所だけがスポットライトに当てられて明るくなっている。

 

「もしもし? 弾か?」

『お? ヴェルナーか? 急にどうした? 今日はIS学園の受験だったんじゃないのか?』

「それはもう終わって、今は帰って来てるよ」

 

 敢えて、スピーカーモードにして一夏にもちゃんと聞こえるようにしてある。

 弾の発言で、少しでも自分に情状酌量の余地がある事を祈りたい。

 

「それでだな、実は弾に聞きたいことがあるんだ」

『なんだよ、藪からスティックに』

「今日皆と行った藍越学園の受験会場だけど、迷ったりしたか?」

『はぁ? んなわけないだろ? そもそも、ちゃんと会場に行く為の案内板と係の人がいたし、会場までは真っ直ぐの一本道だったんだぞ? あんな道で迷うわけないだろ? 寧ろ、一体どうしたら迷えるのか教えてほしいぞ?』

 

 弾の全く悪気のない言葉が、一夏の精神に着実にダメージを蓄積させていく。

 彼が何かを言う度に、一夏は胸を押さえて苦しんでいた。

 

『けど、なんでそんな事を聞くんだ?』

「いや、ちょっとな。変な事を聞いて悪かったな」

『別にこっちは構わないけどよ……まさか、あの会場で迷子になった奴がいたのか?』

「うぐっ!?」

『まさか、そんなわけないよな~。あんな道、幼稚園児でも普通に行けるぞ?』

「ごはぁっ!?」

『…さっきから聞こえる声はなんだ?』

「気にしないでくれ。どこかの馬鹿が自分がしたことを顧みて勝手に苦しんでるだけだから」

『そ…そっか……』

「詫びって言っちゃあれだけど、また機会があればオレが釣った魚でも持っていくよ」

『おぉ~! それって、またヴェルナーの魚料理が食えるかもしれないって事だよなっ!? 蘭も母さんもじいちゃんも大喜びするよ!』

 

 どうやら、五反田家は既にヴェルナーの魚料理によって胃袋を掴まれていたようだ。

 彼女の見た目とスキルのギャップが魅力的に映っているのだろうか。

 

「それじゃ、またな」

『おう! またな!』

 

 通話終了。

 織斑一夏。完全KO。

 

「何か言い訳は?」

「ありまぜん……」

 

 同姓の親友からトドメを刺され、最早ぐぅの音も出ない一夏。

 正座をしたまま真っ白に燃え尽きていた。

 

「俺に弁護人はいないのか……」

「逆にいると思うのか?」

「思いません……」

 

 今回ばかりは、自分でも擁護できないと自覚している。

 

「うぅ……なんでこんな事に……」

「それはこっちのセリフだ。なんでISを動かせたんだ?」

「俺が知るわけないだろ……」

「確かにな。千冬さん」

「あぁ。後で束に連絡してみるか」

「それが一番手っ取り早いな」

 

 これで話は終わり……と思ったが、まだ締めが残っていた。

 

「では裁判長。判決をどうぞ」

「判決となっ!?」

「被告人『織斑一夏』……有罪(ギルティ)

「被告人っ!? しかも有罪かよっ!?」

「「「「当たり前だ!!」」」」

「デスヨネ―――――――っ!?」

 

 裁判は終わった。

 この瞬間、一人の男の運命が決したのだ。

 

「終わったかな?」

「院長さん。お待たせしました」

 

 話が終わったタイミングを見計らって、院長と子供達がロビーにやって来た。

 子供達は、床に正座させられている一夏を見つけて、すぐに面白そうな気配を察知して寄ってきた。

 

「一夏兄ちゃん。なんで床に座ってるの?」

「ちょ…ちょっとな……」

「また何かやらかしたんでしょ? この間も、うっかりとか言ってジャン姉さんの着替えを除いてたし」

「い…いや! それはだな……」

「ほぅ…? 後で詳しく話を聞こうか……!」

「なんか千冬姉の顔が鬼を越えて阿修羅と化してるんですけどっ!?」

 

 被告人『織斑一夏』

 孤児院の少女の証言により、更なる罪状が判明。

 

「それよりも、問題はこれからどうするかだろ」

「そうだな。経緯はどうあれ、一夏は男の身でありながらISを動かしてしまった」

「このままいけば、ほぼ確実に世界中の研究者連中がやってくるだろうな。一夏がISを動かしたメカニズムを解明しようとして」

「じょ…冗談だろ?」

「冗談で済めばどれだけよかったか……」

「マジかよ……」

 

 先程とは打って変わり、完全シリアスな空気を出して説明する三人娘。

 彼女達が真剣な顔をする時は、大半が本当に大変な時であると理解していた。

 

「千冬さん。ここはアレしかないと思うのですが……」

「デュバルの言う通りだな。もう選択肢は一つしかあるまい」

「え? え?」

 

 姉とデュバルが互いに頷き合っている。

 一体、何の話をしているのか皆目見当がつかなかった。

 

「一夏」

「な…なんだ?」

「IS学園に行け」

「…………ハイ?」

 

 一瞬、千冬の言葉を正しく理解出来なかった。

 IS学園に行け? 誰が? 自分が?

 

「あそこには一般の生徒への外部からの接触を禁ずる校則が存在している。たった三年間だけの場繋ぎだが、それでも現状を打破する為の時間稼ぎにはなるだろう」

「ちょ…ちょっと待ってくれよ! 俺がIS学園に行く? 冗談だろッ!?」

「冗談なわけあるか。今はもうそれしか方法が無い」

「で…でも、あそこって殆ど女子高みたいなもんなんだろっ!? そんな場所に男一人って……」

「その通りだ。だが、全く知り合いがいないという訳じゃないだろう?」

「え? それって……」

 

 丁度、両隣にいたソンネンとヴェルナーの肩を叩き、二人の事を前に出した。

 

「IS学園にはこの三人もいる。私は教師という立場上、積極的な援助は出来んが、こいつ等ならば話は別だ。だろう?」

「あぁ。千冬さんの言う通りだ。何か困ったことがあれば、なんでも私達に相談しろ」

「ま……流石にそれぐらいは面倒見てやんねぇと可哀想か……」

「いつもの事な気がするけどな」

「おまえらぁ~……(泣)」

 

 なんて頼もしい幼馴染達なのだろう。

 少し情けない気もするが、我儘を言えるような立場じゃないので何も言わない。

 

「それにしても、一夏くんは本当に予想が出来ないねぇ~」

「それって褒められてます? 院長さん……」

「ははは……」

「なんか笑って誤魔化されたっ!?」

 

 因みに、子供達は遊ぶのに夢中で彼女達の話をよくは聞いていなかった。

 下手に知られたら間違いなく騒がしいので、ある意味で丁度良かった。

 

「取り敢えず、今話したことは私から学園の方に報告しておく。近いうちに正式な通知が来る筈だ。ということはだ……分かっているな? 三人共」

「「「うん」」」

「な…なんだ?」

 

 瞬間、猛烈に嫌な予感がした一夏は、急いで立ち上がろうとするが、脚が痺れて上手く動けなかった。

 それにより、満面の笑みを浮かべた三人娘から優しく肩を叩かれることになった。

 

「い・ち・か・くん♡」

「IS学園の入学式までまだそれなりの時間はある。だから……」

「その間に、たっぷりとISに関するお勉強をしような?」

「また勉強かよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!?」

 

 結果、一夏は左右をヴェルナーとデュバルに挟まれて身動きできない形でソンネンの部屋まで強制連行されていった。

 

「千冬ちゃんはこれからどうするのかな? 学園に戻るのかい?」

「いえ。今日はもう休んで、明日の朝一で行こうと思います。今日は受験で忙しいでしょうから、こんな日に騒動を持ちこんだら、それこそ教員達が過労で倒れてしまいます」

「それもそうだ。ははは……」

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

 それから数日後。

 世界中に衝撃的な緊急ニュースが流れた。

 

【前代未聞! 日本の男子高校生が受験会場にてISを動かす! その人物はなんと、あのブリュンヒルデの実の弟!】

 

 その情報はネットを通じて瞬く間に広がり、日本中は愚か、世界各国にも拡散した。

 

 例えばドイツ。例えば中国。例えばフランス。例えばイギリス。

 

 そして、その情報は当然のように『彼女』の耳にも入ったわけで……。

 

「「ブ――――――――――――――――――――!!」」

 

 束の移動式研究所。

 その中でのんびりとお茶を飲んでいた束とクロエは、いきなりのとんでもニュースを見て盛大に茶を噴き出した。

 

「な…なんでいっくんがISを動かしてるのさ―――――――っ!?」

「もう本気で意味不明なんですけど……」

 

 その後、千冬から一夏がISを動かした件について相談され、更に頭を悩ませた束であった。

 

 そして、時間は経過し……春。

 新たな季節と共に、少女達の新しい生活が始まろうとしていた。

 完全なイレギュラーである一人の少年と一緒に。

 

 

 

 

  




次回、遂に三人娘達と一夏がIS学園に!

そして、もしかしたら…やっと技術屋が登場するっ!?


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入学おめでとう

今回、ようやくお披露目です。

え? 何をですって?
 
そりゃ勿論、皆大好きな技術屋さんです。

もう完全に彼が『彼女』になった姿は私の中で固まりました。

後は突き進むのみです。






 IS学園の生徒会室。

 そこで、一人の金髪美幼女が窓の外の景色を眺めながら、静かに呟いた。

 

「長かった……本当に長かったな……」

 

 テーブルの上にある書類を手に取り、それをじっと見ていく。

 もう何度となく同じような事を繰り返してはいるが、それでもまだ興奮が冷めやらないのか、ニコニコ笑顔で椅子に飛び乗る。

 彼女の背的に、そうでもしないと椅子に座れないから。

 

「また言ってるのね。これで何回目かしら?」

「いいじゃねぇか。待ちに待った時なんだ。そりゃ、興奮もするさ」

 

 水色の髪の少女と、その隣に座っている眼帯を付けた黒髪の少女が微笑ましいものを見るような目で金髪美幼女を見つめる。

 それでハッとなった彼女は、咄嗟に書類を戻してから恥ずかしさを誤魔化すようにワザとらしい咳払いをした。

 

「べ…別に私は興奮なんてしていない。軍人たる者、いついかなる時も冷静にだな……」

「はいはい。分かってるわよ。でも、今の貴女は軍人じゃなくて『女子高生』でしょ?」

「それは…そうだが……」

「今年で『三年生』なんだ。最後の年ぐらいは高校生らしくしてもいいんじゃないか? なぁ?」

「そうですね。偶には女の子らしく過ごしてもバチは当たらないと思いますよ。『会長』」

 

 彼女を『会長』と呼ぶ、黒髪で眼鏡な少女も同意する。

 だが、美幼女はそれを真っ向から拒絶した。

 

「いや。残念だがそれは不可能だろうな」

「なんでだ?」

「それはお前が一番よく分かっているんじゃないか?」

「…………」

「今年、遂に『彼女達』がやってくる。残念ながら、私の『相棒』は少し遅れるようだが、それは些細な問題だ。重要なのは、ようやく我々が『集う』という事。この一点だ」

 

 眼鏡の少女が淹れてくれた紅茶をそっと一口。

 まだ少しだけ熱かったようで、口に入れた途端に小さな声で『あひゃ』と言ってしまったが、我慢をして何も無かったことにしようとする…が、他の少女達にはちゃんと聞こえていた。

 

(『あひゃ』って言った)

(今日も会長…可愛過ぎじゃない?)

(本気で一生、付いていきます…♡)

 

 約二名が変な事を考えているが、ここはスルーしよう。

 

「長かった……本当に本当に長かった。『彼女達』と再会し、『亡霊共』が本格的に動き出し始めてから三年の月日が経過した。あれから、私はこの『IS学園』に入学し、奴等との『決戦』に備えて着々と準備を進めてきた」

「まずは、入学して早々に当時の生徒会長を多方面から圧倒し、あっという間に生徒会長の座に上り詰めた。そうして最初に行った事がIS学園内の『掃除』から…でしたね。密かに潜り込んでいた『女尊男非』思考の生徒や教師を見つけ出してからの徹底排除」

「上層部にも真っ向から意見を言って、今後は入試の面接の段階で女尊男非思考の受験生は即座に不合格にするようにした」

「それ以降も、これまででは決して考えられないような改革を行い、今では完全に『生徒会長』の地位を不動の物とした。本当は私がなりたかったんだけど、まさか手も足も出ないとは思わなかったわ。同じ『国家代表』なのに、この天と地ほどの実力差は何なのかしら」

「経験の差だ。それ以外にない」

「それを言われると、何にも言えないじゃない。だって、何をどうしても埋めようがないんですもの」

 

 流石に、どれだけ才能が有っても、実際の戦場で培った経験には敵わない。

 その経験者が超一流の軍人で戦士ならば尚更だ。

 

「そう言えば、今年はお前達の妹も入学するのだったな」

「そうよ。私の可愛い自慢の妹なんだから」

「あの子は……他の子達に迷惑を掛けないか心配です……」

 

 同じ姉なのに、この反応の違い。

 

「ふん。可愛さならば私の『相棒』も負けてはいない」

「いやいやいや。ここで自慢大会しあってどうすんだよ」

「「う……」」

 

 眼帯の少女の一言で『自慢大会』はすぐに収束した。

 もしも放置しておけば、一日中でも語り合っていたに違いない。

 

「と…ともかく、これでようやく、全ての準備が報われる時が来たという事だ」

「会長の自慢の『仲間』の子達…ですものね。自然と期待しちゃうわ」

「フッ……彼女達ならば、必ずやお前の期待に応えてくれるだろうさ。『副会長』」

 

 この発言で、徐々にではあるが、この場における力関係が明らかになってきた。

 『会長』が美幼女で、『副会長』が水色の髪の少女。

 恐らく、他の二人もなんらかの役職についているのだろう。

 

「そう言えば、今年は『例の男子』も入学するのだったな」

「あぁ……現在進行形で大騒ぎしている『ISを動かした男子』ね」

「確か、織斑先生の弟さんなんですよね?」

「あの人、その関係で大忙しみたいだな。この前なんて目の下に隈を作って抱き枕にしてたぞ……会長を」

「「え?」」

「まぁ…あの人とは色々と長い付き合いだしな……生徒会長として少しは労ってやらなくてはと思って、大人しく成すがままになっていたよ……」

「「羨ましい……」」

「「え?」」

 

 明らかに聞き捨てならない言葉が聞こえた気がした。

 その手の事だけは絶対に聞き逃さない彼女達なので、間違いないだろう。

 

「……ともかく、色々な意味で大変なのはこれからだ、ということだ。これまで以上に気を引き締めていかなくてはな」

 

 なんか収集がつかなくなりそうなので、無理矢理にここで締めにすることに。

 

「そうね。これから頑張っていきましょ。ヘルベルト・フォン・カスペン生徒会長」

「そちらも頼むぞ。『更識楯無』副会長」

 

 ここでようやくの名前公開。

 そう、あれからIS学園に入学をしたカスペンは、本当の意味で生徒達の頂点に君臨していた。

 しかも、『歴代最強の生徒会長』として。

 

「そこの二人も頼むぞ。虚、アレク」

「あいよ。雑用は任せときな」

「なんなりとお申し付けください。会長」

 

 片方はもう分かりきっているとは思うが、あの『砲術長』こと『アレクサンドロ・ヘンメ』である。

 彼女もまた予定通り、カスペンの後を追うようにしてIS学園へと入学していた。

 因みに、楯無とはクラスメイトの間柄である。

 

 そして、もう一人が本音の姉である『布仏虚』で、彼女はカスペンと同じ三年生でありクラスメイトでもある。

 一年の頃からの付き合いなので、二人はかなり仲がいい。

 実際、カスペンの専用機の整備を専属で担当しているのが彼女だったりする。

 

「もうすぐ入学式…か。ここから始まるのだな……」

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

「早くしろ! 遅れてしまうじゃないか!」

「ちょ…待ってくれって! もうちょっとだから!」

 

 所変わって、場所は毎度御馴染みの孤児院。

 そのロビーにて、一夏が着慣れていないIS学園の男子制服に悪戦苦闘しているのを、イライラしながら待っているデュバルと、それを端から眺めているヴェルナー&ソンネンと孤児院の子供達。

 

「確かに、この制服はかなり特殊だけどよ……」

「制服の改造が普通に認められてるって凄いよな。何気にソンネンは着物風に改造してるし」

「私服が和服だらけだったからな。こっちの方が着心地がいいんだよ。そういうヴェルナーだって、セーラー服みたいに改造してるじゃねぇか」

「これでも一応『元海兵』だからな。こっちの方がしっくりくる気がして」

「けど、ジャン姉さんは全く改造をしてないのよね。勿体無い……」

 

 この説明通り、三人の着ている制服は三者三様に変わっていた。

 しかも、それがまた似合っているのだから凄い。

 

「全く…ジッとしていろ。私がしてやるから」

「わ…悪い……」

「そう思うのなら、今度からは一人で着られるようになるんだな」

「努力します……」

「お前の『努力します』はイマイチ信頼性に欠けるからな。前に参考書を電話帳と間違えて捨てようとしたのがいい証拠だ」

「うぐ……!」

「あの時、ソンネンが気が付かなければ、今頃は大変なことになっていたんだぞ? 自覚しているのか?」

「あぁ……あの後、三人から散々、叱られたからな…千冬姉からも」

 

 どうやら、悪い意味で一夏は順調に進んでいるようだ。

 それも未然に防がれているが。

 

「これでよし…っと。よし、とっとと行くぞ。早くしないと、本当にモノレールの時間に遅れてしまう」

「わ…分かった!」

「そこの二人も行くぞ」

「「はーい」」

 

 ようやく出発する四人。

 壁に掛けられている時計を見ると、割とギリギリだった。

 

「にしても、さっきのお前ら、まるで朝出かける前にイチャイチャしてる新婚夫婦みたいだったな」

「「なっ…!」」

 

 ヴェルナーの不意の一言で顔を真っ赤にするお二人さん。

 特に一夏の方は、無自覚の内に三人娘の事を異性として意識し始めているので、その動揺っぷりは凄かった。

 

「な…何を言っているんだお前は! からかってないで早く行くぞ!」

「へいへい」

 

 照れ隠しで怒ってはいるが、その顔は真っ赤のまま。

 結局、モノレールに乗ってIS学園に到着するまで、ずっと顔が真っ赤だったデュバルと一夏なのであった。

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

 IS学園 講堂内。

 ここは基本的に、全校集会や様々な式が執り行われる時に使用される場所で、当然のように入学式もここで行われていた。

 

「次は、生徒会長から新入生の皆さんに向けての祝辞です。では、どうぞ」

 

 進行役の虚により、檀上に背の低い金髪美幼女…カスペンがゆっくりと上がっていった。

 それを見たデュバル達以外の新入生達は困惑し、僅かではあるがざわめき始める。

 逆に、彼女の事を知っている面々は、その光景を当たり前のように見ていた。

 

(やっぱりとは思ってはいたが……)

(案の定、生徒会長になってやがったか)

(ま、あの人の下なら喜んで付いていくけどな)

 

 元々からカスペンに対する信頼度も信用度もカンストしている三人娘からしたら、今の状況は当たり前のように感じていた。

 

「ようこそ諸君。まずは入学おめでとうと言わせて貰おう。そして、自己紹介をしておかねばな。私はIS学園生徒会長の『ヘルベルト・フォン・カスペン』。会長職をするのは今年で三年目になる」

 

 それを聞いて会場は騒然となった。

 今の言葉が本当ならば、カスペンは一年の頃から生徒会長をしていた事になるから。

 

「このIS学園は良くも悪くも実力主義社会だ。強い者、優秀な者ほど上に行き、努力を怠った者は例外なく落ち零れていく。それは何も成績だけに限った話じゃない。役職などもそうだ。実際、私は前生徒会長を一年の頃に実力で排し、今の地位に立っている」

 

 なんつーことをしてんだ。あの美幼女さまは。

 三人娘は全く同じことを心の中でツッコんだ。

 

 因みに、一夏は緊張の余り、全くカスペンの話が耳に入ってきてないようで、さっきからずっと視線が泳ぎまくっている。

 

(ん? お…おい。あれは……)

(あの見覚えのある髪型は…まさか…)

(箒の奴…なのか?)

 

 一夏の事を気に掛けて様子を見ている時、ふと目に入った見た事のある後姿を見つけたソンネンは、他の二人にそっと伝える。

 すると、二人もまたすぐに気が付いたようで、少しだけ驚きを隠せないでいた。

 

(げ……)

(どうした?)

(いや…なんでもない)

 

 視線を元に戻そうとした時、これまた見覚えのある顔を見つけてしまったソンネン。

 だがすぐに見なかったことにして前を向いた。

 

(そういや、あいつらもここに入学するって大佐が言ってやがったな……。にしても、全く変わってねぇじゃねぇかよ…モニク…)

 

 その後、ソンネンも一夏と同様にカスペンの祝辞が上手く耳に入らないようになってしまった。

 

 結局、そのままの流れで入学式は進み、終了していった。

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

 入学式が終わると、新入生達は講堂を出て、それぞれに割り当てられた教室へと向かう。 

 新入生達の群れに混じってデュバル達も自分達の教室へと向かおうとしていた。

 

「あれ? 一夏はどうした?」

「さっき、女子達の集団に流されて行ってしまった」

「大丈夫なのか…?」

 

 試験会場の悪夢を思い出した三人ではあったが、流石にあれから一夏も学習していると思い、ここは敢えて信じてみる事に。

 

「箒の奴も…行っちまってるみたいだな」

「少なくとも、周りにはいないな」

「なに。同じ学園にいる以上は、必ず会えるさ」

 

 ヴェルナーの言う事も尤もなので、箒を探す事は止めて先に進むことに。

 その時だった。

 

「ちょ…ちょっと待ってください!」

「「「ん?」」」

 

 物凄く聞き覚えのある声で呼び止められた三人。

 何事かと思って振り向くと、そこには赤毛の髪を纏めた一人の少女がいた。

 

「その顔……大佐が見せてくれた写真と同じ……ってことは……」

「君は……」

「モニクか……」

「あぁ…あの特務大尉さんか」

 

 モニク・キャデラック。

 三人共通の友人にして、共に死線を潜り抜けてきた戦友。

 

「貴女がデュバル少佐…なんですね」

「そうだ。久し振りだな、大尉」

「えぇ…本当にお久し振りです」

「君達の事はカスペン大佐から聞かされているよ。私達と同様に生まれ変わり、こっちに来て、更にはIS学園に来ることになっていると」

「私達もです。最初に聞かされた時は驚きました。で、そこのセーラー服っぽい改造制服を着ているのが、ホルバイン少尉ね」

「おう。まさか、オレの事を覚えていてくれて光栄だ」

「貴女みたいな濃いキャラ、そう簡単に忘れられないわよ。そして……」

 

 一瞬だけ表情が沈んでから、モニクはソンネンの方を見た。

 

「足が不自由になって車椅子生活をしているというのは本当だったんですね……ソンネン少佐」

「まぁ…な。元気そうじゃねぇか」

「そちらこそ。………知ってたんなら、ちょっとは連絡よこす努力とかしなさいよね……バカ」

 

 僅かに涙が滲んだが、すぐに袖で拭ってなかったことにした。

 そこに、後ろから二人の少女達が慌ててやって来た。

 

「大尉~! なんでそう急ぐンスか~…って、デュバル少佐っ!?」

「そのリアクション……それが今の君の姿か。ワシヤ中尉」

「うす! お久し振り…っていいのかどうか分からないッスけど」

 

 性別が変わっても、中身は全く変わってないワシヤを見て、ある意味で安心した。

 変化するのも大事だが、そればかりがいいとは限らない。

 

「で、そこの褐色美少女がホルバイン少尉だろ? うわ~…なにこの健康美。普通にめっちゃ可愛くなってるし」

「そっちも、なんかお嬢様って感じになってるぜ。中尉さんよ」

「そっか? いや~…なんか照れるな~!」

 

 見た目は本当に『お嬢様』なのに、中身のテンションが高すぎる。

 ここまで容姿と性格のギャップが強い人間のまた珍しい。

 

「ってことは、そこにいる金髪のお嬢ちゃんが……」

「はい。ボクには分かります。どれだけ姿形が変わっても、貴女達自身は何も変わっていない……。本当に…本当に会いたかった……。会って、お礼を言いたかった……」

 

 金色の美しく長い髪を揺らし、青く綺麗な瞳と白い肌が眩しい清楚な美少女。

 容姿も性格も純真無垢を体現したかのような存在だった。

 

「この姿では初めまして。そして、お久し振りです」

 

 感動の余り、涙腺が緩くなって一筋の涙が頬を伝い、可愛らしい笑顔を浮かべて挨拶をした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「オリヴァー・マイ技術中尉…IS学園に入学致しました。これから改めて、よろしくお願いします」

 

 

 

 

 

 

 

 




やっと出せたぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!

実は、私の中でオリヴァーのTSした姿は二転三転していまして、最初はFGOのデオンくんちゃんにしようと思っていたのですが、色々と調べていく内に彼(彼女?)の声優が楯無と同じ『斉藤千和』さんだと分かって、すぐに却下しました。
ウチのカルデアにはデオンくんちゃんがいないのが災いしました。

すぐに次の候補を探している時に、私の目の前に一つの作品が舞い降りました。
清楚で可憐で、可愛くて金髪美少女。
出番は多いけど、そこまで強い印象は無い。
けれど、皆に愛されている存在……これだ!!

そんなわけで、TSしたオリヴァーの容姿のモデルは『ゴブリンスレイヤー』に登場するメインヒロインである『女神官』ちゃんになりました!

次回辺り、改めて転生した第603技術試験隊のメンバーのイメージCVを記載しようと思います。
どうか、脳内再生に活用してください。





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挨拶は大切です

前回、ようやくもう一人の原作主人公とも言うべきオリヴァーを出せました。

これからは、今までずっと出番が無かった分、思う存分に出していこうと思います。

そして、下記が各キャラのTS後の容姿を基に私がイメージしているCVです。

ジャン・リュック・デュバル:CV川澄綾子
デメジエール・ソンネン:CV坂本真綾
ヴェルナー・ホルバイン:CV石原夏織
ヘルベルト・フォン・カスペン:CV悠木碧
アレクサンドロ・ヘンメ:CV井口裕香
オリヴァー・マイ:CV小倉 唯
モニク・キャデラック:CV長沢美樹
ヒデト・ワシヤ:CV水樹奈々

どうか、脳内再生にご活用ください。





 入学式が恙なく終わり、各々に割り当てられた教室へと入る生徒達。

 ソンネン達も同じように自分達がこれから一年間、通う事になる教室へと向かったのだが……。

 

「「「「「「……………」」」」」」

 

 ようやく再会出来た三人娘改め、6人娘は完全に表情が固まっていた。

 何故かというと、六人揃って同じクラスになっていたから。

 

 今いる場所は一年一組の教室。

 彼女達は、全員が見事に一組になったのだ。

 しかも、偶然はそれだけでは終わらなかった。

 

「なぁ……デュバル」

「なんだ」

「どうして、オレら全員が揃って同じクラスなんだよ……」

「知らん。だが、想像は出来るがな……」

「実はオレも。つーか、それよりもよ……」

 

 一番気になったのは、教壇の目の前、即ちど真ん中の一番前と言う格好のポジションの席に座っている一夏だった。

 

「まさか、あいつも一組だなんてな……」

「しかも特等席。あれは絶対にサボれないわ……」

 

 ヴェルナーが憐みの目で一夏を見るが、当の本人は全く気が付かない。

 周り全てが女子という状況で、ガッチガチに緊張していたのだ。

 

「おい。あそこ……」

「ん?」

 

 今度はデュバルが何かに気が付いたようで、前の席に座っているソンネンの肩をチョンチョンと叩いて、窓際の一番前の席に座っている少女を見た。

 

「箒もなのかよ……」

「それだけじゃないぞ」

「なに?」

 

 お次はヴェルナーが別方向を指差す。

 そこには、呑気にお菓子を食べている本音がいた。

 

「なんかもうさ…仕組まれてるとしか思えないんだけど……」

「仮にそうだとしても、もう決まった事だ。覆す事は出来まいよ」

「そうだけどよ……」

 

 苦笑いをしていると、本音がこちらに気が付いたようで。小さく手を振ってきた。

 流石に無視をするのは可哀想なので、ここは目立たないようにして手を振って返事をすることに。

 

「な…なぁ…ソンネン……」

「んあ? どうしたんだ?」

「なんか俺さ……めっちゃ見られてないか?」

「そりゃ見られるだろ。学園唯一の男子なんだから」

「だよなぁ……。スゲー視線がチクチク刺さる……」

「みたいだな。お蔭で、オレの車椅子が霞んでるから有り難いぜ。サンキューな」

「お…おう……」

 

 一夏を安心させる為にニカッ! っと笑うソンネンにドキッとした一夏。

 だが、その瞬間にモニクが物凄い形相で一夏の事を睨み付けた。

 

「今一瞬…背筋に氷柱を突っ込まれたかのような恐怖を感じた……」

「気のせいじゃね?」

「その割には、かなり濃密だったんだけど……」

 

 ハッキリ言おう。それは気のせいじゃない。

 どうやら、一夏にはこれから先、想像以上の艱難辛苦が待ち受けているようだ。

 

 まだこんな時間が続くのか。

 そう思っていると、いきなり教室の扉が開き誰かが入ってきた。

 

「あ。ちゃんと皆さん揃ってますね。初めまして! 私は……」

「お! その顔は山田先生じゃあねぇか!」

「ソンネンさん!? 貴女も一組だったんですか?」

「おうさ! そっか~…山田先生が一組の担任なのか。こいつは楽しくなりそうだな!」

「い…いえ、私は副担任です。担任の先生は別にいらっしゃいます」

「ありゃ。そうなのか。でもまぁ、副担任でも別にいいや。これからよろしくな!」

「は…はい! こちらこそ、よろしくお願いしますね! ソンネンさん!」

 

 いきなり入ってきた先生に対して気軽に話しかけた車椅子の少女は、周りからしたら、かなり特殊に見えたようで、ここで一気にソンネンに注目が集まる。

 

「あの子…車椅子に乗ってる?」

「ホントだ……あんな子がいたんだ……」

「どうやって実技試験をクリアしたんだろ……」

 

 ヒソヒソとではあるが、色々と聞こえてくる。

 決してバカにしている訳でもなく、かといって憐れんでいる訳でもない。

 純粋に疑問に感じているだけのようだ。

 そんな中、箒だけがソンネン達を見て本気で驚いていた。

 

「やっと向こうも気が付いたか」

「遅いんだよ。お~い」

 

 軽く手を振ると、照れたように小さく手を振り、そのまま前を向いてしまった。

 

「あら。向こう向いちまった」

「照れてるんだろ。それよりも、あの女性がお前の試験官だったのか」

「あぁ。見た目通りだと思うなよ? あの先生な…めっちゃ強いぞ」

「アンタにそこまで言わせるのか……」

 

 元教官と言う立場上、ソンネンは余り人を褒める事をしない。

 そんな彼女が素直に褒め称えるということは、それだけ真耶の実力が高く、一流の軍人に認められた証拠でもあった。

 

「はい。御喋りは其処までにしてくださいね。今から、五十音順に自己紹介をしていって貰います。その前に、まずは私から自己紹介しましね」

 

 そのまま教壇に立った真耶は、にこやかに自己紹介を始めた。

 

「先程、話していましたが、私は『山田真耶』といいます。これから一年間、この一年一組の副担任をすることになりました。これからよろしくお願いしますね」

 

 まるでお手本のような挨拶。

 ここまで見事な挨拶を貰えば、生徒達も拍手をせざる負えない。

 

「ありがとうございます。では、『あ』から始めましょうか」

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 五十音順と言う事は、織斑の『お』はかなり早い段階で順番がやってくることになる。

 一夏は内心、誰でもいいから自分の知っている人間でお手本を見せてくれと願った。

 その願いが通じたのかどうかは知らないが、必然的に一夏の前に二人の少女が挨拶をすることになった。

 

「次はオレだな。オレは『ヴェルナー・ホルバイン』。一応、日本人とフランス人のハーフなんだが、ガキの頃からずっと日本で過ごしてきたから、殆ど日本人みたいなもんだ。得意なのは水泳と釣りと魚料理だ。これからよろしくな」

 

 不思議な雰囲気を醸し出しながらも、とても気さくで話しやすい。

 第一印象は中々に良好のようだ。

 

「えっと……ドイツから来ました。『オリヴァー・マイ』と申します。ボク…じゃなくて、私はISのパイロット志望ではなく、整備なんかを出来ればいいと思っています。実際、機械弄りしか能のない人間ですから。そんな私でもよければ、どうか仲良くしてください。これからどうか、よろしくお願いします」

 

 なんだか自分の事を卑下していたが、非常に物腰が柔らかくて丁寧。

 しかも、見た目は超弩級の金髪美少女ときている。

 この時点で、他の生徒達は軽く落ち込んだ。

 

「悔しいけど……めっちゃ可愛い……」

「なんなの…あの笑顔は……」

「あんな風に微笑まれたら…なんだって許しちゃうかも……」

 

 可愛いは正義。

 それを見事に体現してみせた技術屋であった。

 

「えっと…次は……」

「こいつだよ。先生」

「ちょ…ソンネン!」

 

 まだ十分に心の準備が出来ていない所に、ソンネンが後ろから一夏を指差した。

 その途端、再び一夏に注目が集まる。

 

「ほれ、とっとと立ちやがれ。後が閊えてるんだぞ」

「わ…分かってるけど…何を言えばいいんだよ……」

「んなの、適当でいいんだよ。ヴェルナーみたいに名前と特技でも言っとけば十分だろ?」

「名前と特技だな……よし!」

 

 やるべき事が見つかれば心強い。

 後は実行あるのみだ。

 

「あ…っと……織斑一夏…です。特技…と言えるかは分からないけど、料理とか家事全般が出来ます。まだまだ勉強しなくちゃいけない事が山ほどあるけど、なんとか頑張って着いていこうと思います。よ…よろしくお願いします!」

 

 最後は自棄になって締めた。

 が、少なくとも『以上!』で終わらせるよりは数倍マシだったようで、全員から見事な拍手を貰えた。

 

「な…なんとかなった……」

「だろ?」

「マジで助かったわ…ありがとな」

「どおってことねぇよ。オレとお前の仲じゃねぇか」

「そ…そうだな……」

 

 ここで思いっきり照れる一夏。

 年頃の少女達は、それだけで色々と推察してしまう。

 

「え? もしかして、あの二人って……」

「そうなのかな……」

 

 だが、そんな言葉を許容できない人物もいる訳で。

 

 ベキッ! っと、鉛筆が折れる音がしたので振り返ると、其処には鬼の形相をしたモニカが一夏に殺気を飛ばしていた。

 

「ちょ…! なんかさっきからあの子が俺の事を超睨んでるんだけどッ!?」

「ほんとだ。何かしたのか?」

「俺が知るかよっ!?」

 

 御尤も。

 

「なんだ? もう自己紹介は終わったのか?」

「織斑先生。職員会議は終わったんですか?」

 

 ここで千冬が扉を開いて教室へと入ってきた。

 この時、声には出さなかったが6人娘は全員が同じことを思った。

 あぁ…この人が一組の担任なんだな…と。

 

「あぁ。少しだけ長引いてしまった。待たせて済まなかったな」

「いえ。これぐらいならお安い御用ですから」

 

 真耶と入れ替わるようにして、今度は千冬が教壇に立った。

 

「まずは初めましてと言わせて貰おう。私が、この一年一組の担任である織斑千冬だ。私や山田先生の仕事は、約数名を除くお前達素人連中を一年間で最低限、使えるようにすることだ。私を含む先生方から教えて貰う事は全て聞いて糧にするように。分からない事や出来ない事があれば、分かるようになるまで、出来るようになるまで私達が徹底指導してやるから安心しろ。それを、これは言うまでの無い事だが、私や先生方の言う事は必ず聞け。逆らったところで碌な事にはならないと忠告しておこう」

 

 まるでどこぞの軍曹のようなセリフ。

 元が軍属だった6人少女達はなんとも思わなかったが、他の面々はかなり驚いていた。

 だが、その驚きもすぐに終わりを告げる。

 

 まるで、嵐の前のような静けさ。

 次に何が起こるのかを瞬時に察知した6人は、すぐになんで持っていたのか分らない耳栓を装着した。

 

「一夏! お前もこれを着けろ!」

「え? なんでだ?」

「いいから早くしろ! 鼓膜が破れても知らねぇぞ!」

「わ…分かったよ…」

 

 ソンネンに言われるがまま、大人しく渡された耳栓を装着することに。

 すると、次の瞬間、全身が震えあがるような衝撃が襲い掛かった。

 それが少女達が興奮したが故の叫ぶだと理解するのは、衝撃が収まってから数秒後の事だった。

 

「か…体が痛かった……」

「世の中には『音波兵器』っつーもんもあるぐらいだしな……」

「それでも、人間の叫び声が凶器になるだなんて誰が想像するかよ……」

 

 因みに、一夏は余りの衝撃に軽く魂が抜けかけていた。

 

「またこれか……。なんで毎回毎回こうなるんだ…?」

「さぁ……?」

 

 本当は理由を知っているけど、ここは敢えて愛想笑いで誤魔化した真耶。

 流石の彼女も、自ら虎の尾を踏みに行く蛮勇を持ち合わせてはいない。

 

「いい加減に静かにしろ。いいか。これからお前達には約半月ほどでISの基礎知識を完璧に習熟して貰わないといけない。でなければ、授業予定が狂ってしまうからな。その後に本格的な実技が控えているのだが、それもまた約半月で身に付けて貰う事となる。理解出来たのならば返事!」

「「「「「「はい!」」」」」」

 

 嘗ては自分が同じような事を言っていたのに、今度は言われる立場になるとは。

 なんとも数奇な運命だと笑うソンネンだった。

 

 ここで終了のチャイムが鳴り響く。

 一夏からしたらナイスタイミングだった。

 

「チャイムが鳴ったか。まだ自己紹介は済んでいないのだったな?」

「はい」

「では、後は各々で暇な時にでも紹介し合え。最低でも、クラスメイトの名前ぐらいは把握しておけよ」

 

 こうして、6人娘&一夏のIS学園での生活が本格的に幕を開けたのだった。

 公私を混同しない千冬の姿を見て、地味に感心していたソンネン達だったが、実際には……。

 

「あぁ~…あんな事を言って、ソンネン達に怯えられたらどうしよう……」

「だ…大丈夫ですよ! あの子達は強いですから!」

「そ…そうだよな……こんな事で嫌われたりとかしないよな……?」

 

 本当は、めっちゃ後悔していた。

 織斑千冬。まだまだ教師として学ばなければいけない事は多いようだ。

 

 

 

 

 

 




次回、ライバル誕生?

主に三人娘を挟んでの対決ですが。


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幼馴染と友人達

今回は、久々の幼馴染との再会ですが、なんだか怪しい雰囲気が……。

一体どうなるのでしょうか?













 IS学園は通常の高校よりも勉強しなければいけない事が非常に多い為、必然的に授業数も大幅に増加している。

 故に、入学初日から早くも授業が開始され、少女達は否が応でも自分達が通常とは異なる場所に来たのだと認識されられる。

 

「あぁ~…うぅ~…」

 

 一時間目の授業が終わり、生徒達は思い思いの場所へと向かう。

 そんな中、一人の少年が机に突っ伏して疲労から来る唸り声をあげていた。

 

「おいおい…マジで大丈夫かよ?」

「授業に着いていけなかったのか?」

「いや……三人のお蔭で、辛うじてギリギリなんとか着いていけた……」

「あれだけスパルタで教えてても『辛うじて』なのかよ」

「いや…冗談抜きで授業のレベルが高過ぎだから。三人に勉強を教えて貰ってなかったら、マジで全く授業内容を理解出来ずに知恵熱で頭から煙を出してたから」

「「「そこまで言うか……」」」

 

 この学園で唯一の男子生徒である一夏は、自分が非常に世話になった幼馴染の三人の少女達に心配されつつ、僅かな癒しを得ていた。

 

「しっかし……さっきから凄い注目されてんのな……俺」

「当たり前だ。女子しかいない環境でたった一人の男子。後々はともかくとして、最初は興味津々になって仕方あるまい」

「そういうもんか……」

「そういうもんだ。少なくとも、あと数ヶ月は我慢することだな」

「冗談キツすぎだろ……」

 

 これから先の事を考えて、早くも落ち込む一夏。

 幾ら顔見知りが多いとはいえ、それでも同性が全くいない環境は、彼の精神に相当な負担を与えていた。

 

 そんな中、別方面からそれぞれに少女達が一夏達がいる場所へと近づいてきていた。

 片方はモニクやワシヤ、オリヴァー達といった嘗ての仲間達。

 そして、もう一方は緊張を不安の入り混じった表情で歩いてきた箒。

 双方は、全く同じタイミングで彼女達に話しかけてきた。

 

「あ…あの…ソンネン少佐」

「ソ…ソンネン」

「ん?」

「「え?」」

 

 ここで、モニクと箒の視線が交わる。

 二人に話しかけられたソンネンは、いきなりの事で目を丸くしていた。

 

「おい…なんだ貴様は」

「そっちこそ何よ」

「お…お~い?」

 

 いきなり始まった女同士の熾烈な戦い。

 モニクと箒の間に激しい火花が散っていた。

 

「ほ…箒? 凄い久し振りだけど……物凄く話しかけずらい雰囲気……」

「こんな時は黙っているに限る」

「「「うんうん」」」

 

 自分達に飛び火しないように、デュバルが一夏にアドバイス。

 それに賛同したヴェルナーとワシヤとオリヴァー。

 触らぬ神に祟りなし…である。

 

「私は篠ノ之箒。ソンネンの『幼馴染』だ!」

「モニク・キャデラックよ。私はその…ソンネン少佐の教え子よ!」

「ちょ…お前ら?」

 

 別の意味で完全に二人の世界に入っている。

 仮にこの場に介入できるものがいたら、まず間違いなく二人の制裁を受ける羽目になるだろう。

 

「教え子…だと? それはどういう事だっ!?」

「教え子は教え子よ! それよりも『幼馴染』ですって? 少佐! 彼女は一体何なんですかッ!?」

「それはこちらのセリフだ! ソンネン! こいつは誰なんだっ!?」

「誰とか何とか言われても…どっちも事実だとしか言いようがないっていうか……」

 

 二人に挟まれて、珍しく本気で狼狽えるソンネン。

 こんな事は後にも先にも初めてなので、全く対処方法が分らない。

 そして、周りにいる年頃の少女達がそんな事に気が付かない訳も無いわけで。

 

「入学早々に三角関係勃発?」

「なになに? 織斑君を巡って二人の美少女が喧嘩でもしてるの?」

「うんにゃ。彼は全く関係ないみたい」

「車椅子に乗った和風な改造制服を着た美少女を巡って争ってる……」

「百合ですな。これはこれでアリ!」

 

 離れた場所から好き放題に言っている。

 もしも当人たちに聞かれていたら、どんな目に遭うのやら。

 

「ソンネンも運が無いな。まぁ、ここは時間が解決するのを待つしかあるまい」

「「賛成」」

 

 完全に部外者になる気満々。

 真面目一辺倒だったデュバルも、それ相応に周囲の環境に順応してきてるのかもしれない。

 

「ところでさ、其処にいる子達もデュバル達の知り合いなのか?」

「うん? そうだな。彼…じゃなくて、彼女達は…そうだな。私達三人にとって共通の大切な友人たちだよ」

「……そっか」

 

 自分の全く知らない幼馴染達の友人。

 それに対して何も思わないと言えば嘘になるが、だからと言ってそれを表に出すような事はしない。

 一夏も、孤児院に住んでそれなりに成長はしているのだ。

 

「さっきは自己紹介できなかったから、ここでしとくわ。オレはヒデト・ワシヤ。日系なんだけど、生まれも育ちもドイツのドイツ人だ。よろしくな!」

「おう。こっちこそよろしく。俺は……」

「知ってるよ。織斑一夏だろ。今や、IS関係者でお前さんの名前を知らない奴はいないだろ」

「そ…そうだったな。普通に忘れてた」

 

 黒く長い髪が綺麗なワシヤと話し、一夏は自然と自分の同性の友人である『五反田弾』を連想した。

 性別や髪の色、出身地などは全く違うが、根っこの部分が非常に似ているを感じたから。

 

(このワシヤって子と弾を会せたら、すぐに仲良くなりそうだな……)

 

 ある意味、皆が一度は見てみたい組み合わせかもしれない。

 

「にしても、お前があの千冬さんの弟ねぇ~…」

「え? 千冬姉の事を知ってるのか?」

「知ってるも何も、オレやキャデラック特務大尉は、ドイツにいた頃にあの人からメチャクチャに扱かれたんだよ。いや……あれはマジで地獄だったわ……」

「そ…そうか……」

 

 『特務大尉ってなんなんだよ?』とか『どうして千冬と知り合ったのか?』とか、色々とツッコミたい事があったが、それ以上にワシヤに対して本気で同情してしまった。

 

「あはは……。ボクは『オリヴァー・マイ』といいます。その…今回は大変でしたね?」

「う…うん」

 

 今まで全くいなかった『清楚系美少女』のオリヴァーと話して、流石の一夏も動揺を隠しきれなかった。

 物腰が柔らかで丁寧、しかも礼儀正しい。

 その点に関してはデュバルも同じようなものなのだが、彼女はどちらかと言えば『委員長気質』だった。

 逆にオリヴァーは『図書委員』的な感じで、窓際でそよ風を受けながら読書をしているイメージがある。

 

「そ…その…マイさんも…デュバル達とは知り合い…なんだよな?」

「そうだね。知り合いってよりは…『恩人』かな」

「恩人?」

「うん。この人達には沢山助けられた。色んな事を教えられた。どれだけ感謝してもしきれないよ……」

 

 彼女達がいたから自分達は生き延びられた。

 彼女達がいたから学んだ事もあった。

 オリヴァーにとっての三人娘は『大恩人』であり『仲間』であり『友人』だった。

 互いに生まれ変わり、こうして再び遠い地にて再会出来た。

 今度は自分が彼女達を支え、助ける番だ。

 その為に、オリヴァーは必死に色んな事を勉強した。

 

「それと、ボクの事はオリヴァーでいいよ。こっちも君の事は『一夏くん』って呼ばせて貰うから。ダメ…かな?」

「ぜ…全然っ!? 寧ろ、喜んでだよっ!?」

 

 オリヴァーの乙女な視線に本気でドギマギした。

 しかも、これを天然でしているのが普通に怖い。

 

「なんだ? 一夏、お前…技術屋に惚れたのか?」

「ちょ…そんなんじゃないから! ただ、普通に魅力的だと思っただけだから!」

「み…魅力的? そ…そうカナ……」

「「んあ?」」

 

 前世でも一度も言われたことのない言葉。

 例え、お世辞だと分かっていても反射的に照れてしまった。

 だが、それがソンネンを巡って睨み合いをしている少女達の逆鱗に触れてしまった。

 

「ちょっと……少佐だけじゃなくて、私のオリヴァーにも色目を使ってる訳? いい度胸をしてるじゃないの。よし、貴方のお姉さんから直々に教わったトレーニングをその体で教えてあげるわ」

「一夏…貴様……暫く見ない間にどれだけ女たらしになっているんだ! はっ! まさか……私がいない間にデュバルやヴェルナー達にもその毒牙を……」

「なんかおかしなことになってるんだけどッ!? 千冬姉直伝のトレーニングとか普通に死んじゃうから! それと、鉄壁のガードを誇るこの三人に手なんて出せるわけないだろッ!? もし出そうとしたら、確実にこっちが返り討ちに遭うわ!」

 

 織斑一夏。必死の言い訳。

 傍から見ていると相当に見苦しい。

 

「それもそうか。そもそも、一夏がソンネン達に敵う訳がないな。悪かった」

「そうよね。ソンネン少佐達がそう簡単に籠絡なんてされるわけないわよね。ごめんなさい」

「あれ~? 誤解が解けたのに素直に喜べないぞ~?」

 

 一夏、誤解が解けた代償に男としての尊厳を少し失う。

 

「っと、そうだ。元々、私はお前達と話をしに来たんだった。久し振りだな、四人共」

「お…おう。かなり久し振りだな」

「元気そうで安心したぞ」

「まさか、ここでまた会えるとは思わなかったけどな」

「それはお互い様だ」

 

 デュバルやヴェルナーはともかく、ソンネンはついさっきまで至近距離で迫力ある箒を見ていたので、少しだけビビっていた。

 本当に少しだけ。いやマジで。

 

「ところで、そこの二人もソンネン達の知り合い…なんだろう?」

「まぁな」

 

 ここで改めて、箒に向けて自己紹介。

 だが、初対面がアレなので、オリヴァーとワシヤは普通に冷や汗を掻いていたが。

 

「成る程。三人共、揃ってドイツからやって来たのか」

(だから千冬姉と知り合いだったのか……)

 

 ドイツ出身だからと言って、千冬と知り合いだという可能性は決してないのだが、先程のワシヤの発言がそれを完全否定している。

 我が姉の意外な交友関係がまた一つ明らかになった瞬間だった。

 

「しっかし、箒は全く変わってないな。少し離れた場所から見てもすぐに分かったぜ」

「それはこちらのセリフだ。三人共、あのまま大きくなった感じだ」

「人間、そう簡単に変わったりはしないさ」

((それ…オレ(ボク)達が一番言っちゃいけない台詞なんじゃ……))

 

 生まれ変わって性別まで変わっているのに、そんな台詞が出てくるデュバルに呆れてしまうオリヴァーとワシヤ。

 もしかしてギャグで言っているのかと思ったが、彼女がそんな性格じゃない事は二人はよく知っている為、すぐにこれが天然で放たれた言葉だと悟った。

 

「そうだ。新聞見たぞ。剣道の全国大会での優勝、おめでとう」

「し…知っていたのか……」

「当たり前だろうが。自分達の幼馴染の活躍なんだぞ? ちゃんとチェックぐらいしてるっつーの」

「そ…そうか……チェックしてくれていたのか……」

 

 離れていても、ちゃんと自分の事を見てくれていた。

 その事は純粋に嬉しくて、思わず微笑んでしまった。

 

「そうそう。実は箒が引っ越してからも、ちゃんとデュバルは剣道の練習を続けてたんだぞ」

「な…何ッ!? デュバル! 今ヴェルナーが言った事は本当なのかッ!?」

「あぁ。箒のお父上から学んだことは、私にとって非常に勉強になったし、新しい扉を開く切っ掛けにもなった。いい運動にもなるし、サボる理由が無い」

「デュバル……お前と言う奴は……」

 

 箒の中ではもう、デュバルも立派な『篠ノ之流』の門下生だった。

 実際、彼女は短期間でかなりの技を習得してみせている。

 元々が生真面目で努力家だった事に加え、実は剣の才能も持っていたという事なのだろう。

 

「あのデュバル少佐が剣道って……」

「冗談抜きで鬼に金棒じゃねぇか……」

「圧倒的加速から繰り出される一撃必殺の剣撃……間違いなく凄まじい攻撃力になる筈だ……」

 

 ヅダが剣を持った場合の戦闘能力を真面目に考察するオリヴァーの横で、モニクとワシヤは普通に戦慄していた。

 少しは彼女に近づくことが出来たと思っていたが、それは自惚れだった。

 自分達が成長しているように、デュバルはそれ以上のスピードで強くなっていた。

 

「少尉とも、こうしてゆっくりと話すのは初めてだよな」

「そうなるかな。オレとしても、お前さんとは一度、話してみたいと思っていたよ」

「はっはっはっ! それは光栄だな! 今日からは、『あの時』に話せなかった分、思い切り色んな事を話そうぜ」

「喜んで。ついでに、自慢の魚料理を御馳走してやるよ」

「マジでッ!? 日本の料理ってめちゃくちゃ美味いって聞いて楽しみにしてたんだよ! ……噂に聞く『サシミ』も作れるのか?」

「出来るぞ」

「よっしゃ! やっぱ、持つべきものは仲間だよな! うんうん!」

 

 花より団子。

 女になっても自分に素直なワシヤだった。

 

「「「ん?」」」

「「あ」」

「「「え?」」」

 

 ここでチャイムが鳴って、散らばっていた生徒達が一斉に戻ってきて席に着いて教科書などを机の上に出す。

 それを見て彼女達もまた自分達の席に戻り、同じように教科書や参考書、ノートを出した。

 

「すげー……まるで前にテレビで見た軍隊みたいだ……」

「実際の軍はこんなもんじゃないぞ。もっと厳しい」

「……俺には絶対に馴染めないな」

 

 少しだけげんなりしながら、一夏も同じように教科書を出して次の授業に備えた。

 全員が準備を完了した直後に、教室の扉が開いて千冬と真耶が入ってきた。

 

 

 

 

 

 

 




いつものことながら、休み時間だけで5000字消費……。

次回は、学園入学時に存在が危なく思われていた『彼女』を登場させる予定です。


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イギリスから来た少女

今回は当初、入学出来るかが危ぶまれていた『彼女』が登場します。

さて、どのような事になっているのでしょうか?






 二時間目の授業が始まったが、開始10分で早くも一夏はダウン寸前だった。

 

「……で、あるからして…ISの基本的な運用をするには、現時点では各国家群の認証が必要不可欠であり、万が一にでも規則を逸脱した運用をした場合は、従来の法律と同様に刑罰に処され……」

 

 教壇に立って教科書の内容を読んでいく真耶。

 授業の内容がまだ初期の初期の段階だったのが幸いしてか、なんとかギリギリで授業についていけていた。

 

 ふと、窓際にいる箒の事を横目で見てみる。

 彼女は何度も頷きながら、教科書と参考書の間を視線で行き来しながらノートを書いていた。

 それだけで、箒もこの授業にちゃんとついていけていることが分る。

 

 ふと、自分の机の上に重なっている重厚な教科書や参考書の数々を見て、改めて実感する。

 自分はとんでもないエリート校へと入ってしまったのだと。

 

(俺……少し前まではコレを勉強してたんだよな……あの3人に教わって)

 

 一夏がISを動かしたことが発覚してから、彼は三人の幼馴染達からスパルタに近いスケジュールで勉強を見て貰っていた。

 時間が僅かしか無かったので、仕方がないと言えばそうなのだが。

 

(こんな凄い学校の試験を受けたんだよな……周りにいる皆は)

 

 IS学園の筆記試験ともなれば、まず間違いなく、この授業よりも遥かに難しい内容になっている筈だ。

 それを突破してこの教室にいる少女達。

 そう思うだけで、何とも言えない居た堪れない気持ちになっていく。

 

 真耶が少しだけ余所見をした瞬間を狙い、一夏は後ろの席にいるソンネンの事をチラッと見てみる。

 彼女のノートには、それこそ所狭しと様々な単語や数式が書かれていて、見ているだけで頭が痛くなってきた。

 

「ん? どうした?」

「あ…いや。なんでもないよ」

 

 見ていた事に気が付かれ、慌てて謝ってから前を向く。

 授業中に余所見はよくないよな。

 そう思いながらも、自分の幼馴染達がどれだけ凄かったのかを心で理解してしまった少年だった。

 

「織斑君。どこか分からない所とかありますか?」

「え? あっと……」

「もしも分からない所とかがあったりしたら、無理せず遠慮なく聞いてくださいね。聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥…ですよ?」

 

 確かに、ここは真耶の言う事が全て正しい。

 これから先の事も考えれば、分からない事は全て先生である真耶に教わるのが最善と言えるだろう。

 だが、悲しいかな。先程も言った通り、一夏は『ギリギリ』ではあるが授業には着いていけているのだ。本当にギリギリで。

 

「い…今はまだ大丈夫です。一応、ソンネン達に勉強を見て貰っていたので……」

「そうなんですね。それなら大丈夫そうですね。だって、ソンネンさん、デュバルさん、ホルバインさんの三人は、いずれも非常に優秀な成績で合格してますから」

「「「「「ええっ!?」」」」」

 

 ここで真耶がまさかの爆弾発言。

 彼女からしたら、普通に褒めているだけなのだが、他からしたらそうではない。

 

「え? オレらってそんな事になってたのか?」

「頑張ったつもりではあったが、そうか……」

「あれぐらいなら、やるべき事をちゃんとしてれば、誰だって楽勝だろ」

「「「「「…………」」」」」

 

 自覚無き天才こそが最も恐ろしい。

 実際、彼女達からすれば、ジオン軍の入隊試験に比べれば、IS学園の試験程度は、ちゃんと勉強さえ怠っていなければどうとでもなるレベルだった。

 

「まさかの天才少女が三人も……」

「一組って…もしかして、めっちゃ凄い人材が揃ってたり?」

「大当たりの組に来ちゃったのかも……」

 

 授業中だというのに、瞬く間に生徒達に話が広がっていく。

 年頃の少女達にとって、新鮮な話題はそれだけで食いつく理由になる。

 だが、当然のようにそれを許さない存在もいる訳で。

 

「静かにしろ!」

「「「「「!!!!」」」」」

 

 教室の端にて授業を見ていた千冬が、騒ぎ始めた生徒達を一喝する。

 それはまさに鶴の一言。

 一発で騒がしかった教室内が静けさに支配された。

 

「山田先生。気持ちは分かるが、そういうのは休み時間か放課後にして貰いたい」

「はい。済みませんでした」

 

 真耶の謝罪で、再び授業が再開する。

 しかし、そんな事なんて気にならない事が生徒達から集中力を削いでいた。

 

((((気持ち……分かっちゃうんだ……))))

 

 ごく自然とシスコン発言をしてしまった千冬。

 当の本人はその事に全く気が付いていはおらず、それどころか……。

 

(またやってしまった……! デュバル達に嫌われたらどうしよう……もしも、そうなったら…生きていく自信が無い……)

 

 紙装甲なメンタルで自爆していた。

 どこまでも義妹達が大好きな織斑先生なのだった。

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 無事に二時間目の授業も乗り切った一夏は、ボドボドなメンタルを少しでも回復させる為に机から一歩も動かずに体を休めていた。

 

「なんだ一夏。まさか、もう疲れたとか言い出すのではあるまいな。情けないぞ」

「仕方がないだろ……ここにいるだけで精神がガリガリと削られていくんだからさ……」

 

 周りから放たれる視線のレーザービームは、一夏からしたら削岩機に等しい破壊力があった。

 幼馴染達がいなければ、一夏はとっくの昔に保健室へと駆け込んでいただろう。

 

「ま、こればかりは慣れるしかねぇわな」

「勉強の事ならば幾らでも協力してやれるが、これはお前の問題だからな」

「愚痴なら好きなだけ聞いてやるからよ。今は取り敢えず頑張ろうぜ」

「皆……」

 

 なんとなく、この三人娘が皆から慕われる理由が分かった気がする。

 これは箒達でなくても惚れる。

 いや、もしかしたら一夏もとっくにそうなっているかもしれない。

 

「お前達は大丈夫だったか?」

「はい。私達も勉強に勉強を重ねてますから」

「オリヴァーに勉強を見て貰っていたのがデカいですけどね」

「そんな事は無いよ。皆が頑張った成果が出てるだけさ」

 

 昔から謙虚な精神を持っていたオリヴァー。

 そんな彼…ではなくて彼女だからこそ、多くの人々に慕われるのだろう。

 

「オリヴァーはそんなにも頭がいいのか?」

「そりゃ勿論。元々から機械工学を専攻してたから、戦術的な知識はともかく、技術的な知識なら、そこらの生徒達の遥か先を行ってるんじゃないかな?」

「暇潰しにISの整備マニュアルを読んでるぐらいだしね」

「それは……徹底してるな」

 

 皆から『技術屋』『技術バカ』と呼ばれるだけあって、知識だけならば群を抜いていた。

 間違いなく、学年トップクラスの頭脳の持ち主だろう。

 そして、ソンネン達の会話に聞き耳を立てていた生徒達は、非常に強力な味方が傍にいる事を理解した。

 

(もしも、分からない事や宿題を忘れてしまった時は……)

(迷わずにマイちゃんに頼ろう!)

(ふんわり系金髪美少女と二人っきりで勉強会とか……最高すぎますな…ぐへへ…♡)

 

 約一名、よからぬことを考えている輩がいるが、気にしない方がいいだろう。

 もしもオリヴァーにそんな事をしたら、即座にモニクの鉄拳が炸裂するのだから。

 

「あの……少しよろしいでしょうか?」

「ん?」

 

 ここで、一人の少女が会話に入ってきた。

 長い金髪をロールさせている、いかにもなお嬢様。

 その見た目だけで、彼女がお貴族様であると理解した。

 

「君は?」

「イギリスから来た『セシリア・オルコット』と申します。これでも、イギリスの代表候補生をやっておりますの」

「代表候補生……」

 

 何も知らない頃の一夏ならば、すぐに『なんだそれ?』を聞き返す単語。

 だが、今の一夏はそんな事にならない。

 

(それって確か……国家代表の卵みたいな子達…なんだよな?)

 

 彼女もいずれは国家代表になる事を夢見て頑張っているのか。

 つくづく、人は見た目じゃないと思い知らさせる。

 

「そのセシリア・オルコットが何の用だ? お前さんも一夏の事が珍しいのか?」

「いえ。確かに、男性でありながらISを動かしてみせた彼に興味が無いわけではありませんが、今回は彼に用があって来た訳ではありません」

「それじゃあ、誰に用があって来たのよ?」

「貴女ですわ」

「オレ?」

 

 セシリアの視線は真っ直ぐにソンネンの事を見据えていた。

 まさか、自分に用があるとは思っていなかった彼女は、思わず自分の事を指差した。

 

「無礼を承知でお聞きします」

「おう」

「このIS学園の受験には筆記試験の他に実技試験も存在している。ISを動かし、搭乗した後に試験官と対峙をして簡易的な試合を行う」

「知ってるよ。ここにこうしているんだしな」

「ですが、貴女のような身体的に障害を持つ人がISに搭乗することは難しい…というよりも、まずは不可能な筈です。特に、そのように足に障害を持つ人は」

「アナタ…!」

「貴様…!」

 

 ハッキリとした物言いに、反射的にモニクと箒が飛び掛かりそうになるが、それをソンネンが手で制する。

 彼女には分かっているのだ。

 セシリアはソンネンの事を馬鹿にしたり、貶めようとして話しているのではないのだと。

 彼女は何処までも純粋に、代表候補生としてソンネンの事が気になっているのだ。

 

「それなのに、貴女は見事に合格をし、こうして皆と同じ学び舎にいる。知りたいのです。一体どうやって実技試験を突破し、合格を勝ち取ったのかを」

「なんだ、そんな事か」

 

 いずれは必ず聞かれると思っていた事。

 デュバル達は勿論、同じように転生をしたモニク達は何も言わずとも事情を把握している。

 箒や一夏も、身近にISに関わりが深い人間がいるから、その人達が何かをしたのだと思うだろう。

 だが、完全な第三者はそうはいかない。

 何も知らないからこそ気になってしまう。

 普通ならば不可能な事を、どうやって可能にしたのかを。

 

「別に大したことじゃないさ。『努力』と『相棒』。この二つで乗り越えただけだ」

「努力は分かりますが、相棒とは……まさか……貴女も……!」

 

 ここでセシリアは答えに辿り着く。

 ソンネンにも専用機が存在するのだと。

 しかも、足が不自由でも全く問題が無い、彼女の為だけに生み出された正真正銘の専用機が。

 

「……成る程。それならば納得がいきます。誰が、どうやって…という疑問は残りますが、そこを追求するのは流石に無粋でしょうから、聞かない事に致しますわ」

「そうか」

「最後に、貴女のお名前を聞かせて貰えないでしょうか?」

「デメジエール・ソンネンだ。こう見えても、オレも一応はイギリス出身なんだよ。子供の頃から日本に住んでるから、自覚はあんまりないけどな」

「同郷の方でしたのね……」

「因みに、このデュバルもイギリス出身だ」

「まぁ…貴女も?」

「一応な。ジャン・リュック・デュバルだ。よろしく、オルコット嬢」

「セシリアで構いませんわ。こちらこそ、よろしくお願いします。ジャンさん」

 

 完全に忘れがちになるが、デュバルとソンネンもイギリス人なのだ。

 今ではすっかり死に設定となっているが。

 

「では、これで失礼しますわ。デメジエールさん、何かお困りの事がありましたら、ご遠慮なく私のことを頼ってくださいな」

「その時が来たらな」

 

 去り際に指先でスカートを摘まみ、お辞儀をしてから自分の席に戻っていったセシリア。

 その仕草はまさに、お嬢様と言う他なかった。

 

「本物のお嬢様って始めて見たかも……」

「私もだ。どんな家に住んでいるのか、一発で想像できる」

「同じお嬢様なのに、特務大尉とは偉い違いだ……うぎゃっ!?」

「何か言った? 足を踏んづけるわよ」

「もう踏んでるから! 踏んでますから~!」

「やれやれ……」

 

 どうして自ら虎の尾を踏みに行くのか。

 呆れながらオリヴァーは首を振る。

 

 一方、ソンネンは去っていった少女の事を考えていた。

 

「セシリア・オルコット……か」

 

 前世において、戦車教導団の教官をしていたからか、不思議と目や仕草などを見ただけで、相手の能力をある程度理解出来るスキルがあった。

 そんなソンネンには、セシリアが普通とは明らかに違って見えていた。

 

(まだまだ粗削りで未熟ではあるが……あれは間違いなく磨けば光る『原石』だな。今のアイツは、まだ発掘されたばかりの鉱石だ。どれだけ訓練を積んでも、専用機を手に入れても、全くセシリア・オルコットという原石は『研磨』されてない。もしかしたら、イギリスの連中も、それを理解して敢えてセシリアをIS学園に送り込んだのかもしれないな……)

 

 これまた、暇をすることが無くなりそうな要因を見つけ、これからの学園生活の楽しみを見出したソンネンであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




セシリアはいい子ちゃんでした。

一夏の事は全く見下してもいないしバカにしもしてはいませんが、かといって好意的に見ている訳でもない。
全くのニュートラルな感じですね。

そして、ソンネンとはどのような関係になっていくのか?

このまま行くと、まず間違いなくモニカや箒のライバル確定ですね。


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少女に秘められた『炎』

最近の出来事に加え、この不安定過ぎる天候でモチベーションが劇的に低下中です。

何か、疲れさえも吹き飛ばすような衝撃があればいいんですけどね……。








 三時間目が始まり、教壇には真耶ではなくて千冬が立っている。

 どうやら、今度の授業は千冬が受け持つようだ。

 いつも傍で見ていた人物の授業がどんな風なのか、純粋にそれが気になってデュバル達は表情には出さないが、内心ではワクワクしていた。

 

「三時間目の授業は、実戦で使用する各種装備の特性などについての説明をしていく」

 

 装備の説明。

 前世、今世の両方において既に幾度となく実戦を経験している歴戦の猛者である6人娘達からすれば今更な内容ではあるが、だからと言って決して軽んじたりはしない。

 もしかしたら、自分達が持っている知識とは何か違う部分があるかもしれないし、そうでないとしても、念の為に何度も勉強しておくことは非常に大切な事だから。

 

「織斑先生。その前に、まずは『クラス代表』を決めたらどうですか? ほら、色々とあって、何にも話せてない訳ですし……」

「ふむ。それもそうだな。ここらで決めておかないと、このまま流れていきそうだ」

 

 クラス代表?

 なにやら聞き覚えのない単語に、全員が心の中で小首を傾げる。

 

「お前達にも解り易く説明をすれば、『クラス代表』とは普通の学校で言うところの『学級委員長』だ。クラス全体を引っ張っていくリーダー的な枠割を持つだけでなく、私を初めとした先生方と生徒達を繋ぐ連絡役をし、定期的に生徒会で開催される各種会議や委員会への出席。後は、少し先に開催される予定の『クラス対抗戦』に出場する代表選手も兼ねている」

 

 千冬の説明で全員が理解した。

 つまり、今から自分達の代表を決めるという事だと。

 

「因みに、先ほど言った『クラス対抗戦』とは、現時点での各クラスの実力の推移を図る為に開催されるもので、今の時点では余り大した差は無いだろう…『一部』を除いてな」

 

 指摘された『一部』の少女達は一瞬だけ気まずそうな顔になって目を逸らした。

 

「だが、適度な競争心は同時に向上心も生み出す事になる。一度、クラス代表が決定したら、余程の例外が無い限りは一年間ずっと変更は無いから、そのつもりで。この辺は普通の高校と同じだと思うが」

 

 ある程度の説明を終えてから、千冬は腕を組んでから教室中を見渡した。

 

「では、誰かいないか? この際だ。自薦、他薦問わないぞ」

 

 そう聞かされて、黙っていないのが年頃の少女達。

 特に何も考えていない様子で、一人の少女が手を挙げた。

 

「はいは~い! 私が織斑君を推薦しま~す!」

「織斑か。他にはいないか?」

「私も私も! 織斑君に一票!」

「私も賛成~!」

 

 一人が挙げだすと、途端に流れに乗ってきて他の女子達も一斉に手を挙げて一夏を推薦しだす。

 勿論、ヴェルナー達は一人も挙げていない。

 

「ちょ…俺かよっ!? 冗談だろっ!?」

 

 当の本人が狼狽え捲る中も、次々と挙手からの一夏コールが続いていく。

 このまま一夏に決定か?

 そう思われた時、一人の少女が静かに手を挙げた。

 

「少し待ってくださいまし」

「オルコットか。どうした?」

 

 さっきの休み時間に話しかけてきた少女…セシリアがそっと立ち上がり、鋭い目つきで周囲を見渡した。

 

「先程から皆さんは織斑さんばかりを推薦していますけど、その理由はなんですの?」

「そ…それは…織斑君が……」

「学園で唯一の男子だから……なんて下らない理由じゃありませんわよね?」

「ギク……!」

 

 一人の少女に睨みを掛けると、そこから連鎖して一夏を推薦した全ての少女達が目を逸らす。

 それを見て誰にも分るほどの大きな溜息を吐き、痛そうに頭を押さえる。

 

「ハァ……全く……愚かにも程がありますわ。そんな理由で勝手に推薦された彼の身になってくださいまし」

 

 なんだか話が長くなりそうだが、場の空気的に何かを挟める感じではないので、皆が黙って聞いていた。

 

「周り中全てが男子の学校に、自分一人だけが強制的に入れられた挙句、自分が唯一の女子だからと言う理由だけで無理矢理にクラスの代表に選出される。もしもそうなった時、皆さんは何の文句も言わずに素直にその状況を受け入れられますの?」

「「「「「…………」」」」」

 

 一夏を推薦した女子達が全員、俯いて何も言わない。

 デュバル達はうんうんと頷き、ソンネンに至っては『よく言った!』と密かにセシリアに向けてサムズアップした。

 

「嫌でしょう? 私だって嫌ですわ。でも、皆さんはその『嫌な事』をつい今しがた、織斑さんにしようとしていたんですのよ? 自分がされて嫌な事を他人にするなんて、人として論外だとは思いませんこと? 下手をすれば『イジメ』と捉えられてもおかしくないんですのよ?」

「わ…私は別にそんなつもりじゃ……」

「発言した当人にそのつもりが無くても、受け取った方が『イジメ』と感じれば、それはもう立派なイジメですわ。特に、このご時世に性別に関するイジメがどれだけタブーなのか、ここにいる皆さんが知らないとは言わせませんわよ?」

 

 完全な決定打。

 もう誰もグゥの音も出ない。

 

「オルコットの言う事も尤もだな。ただ『珍しい』という適当な理由で選出された者をクラス代表にするわけにはいかん。織斑、お前からは何か言う事はあるか? お前はクラス代表になりたいか?」

「いやいやいや! 絶対嫌だし! ただでさえ皆よりも勉強が遅れてるのに、その上でクラス代表なんてやってたら確実に授業に着いていけなくなるどころか、落第しちまうって!」

 

 三人娘との猛勉強である程度の知識は身に付いたが、それでも決して完璧とは言い難かった。

 いかんせん時間が決定的に足りず、その不足した分の勉強をこれから必死にしていかなくてはいけないわけで、今の一夏にはクラス代表をするなんて余裕は全く無いのだった。

 

「というわけだ。今回は特別に織斑のクラス代表推薦を取り下げる事とする。分ったな?」

「「「「「は~い…」」」」」

 

 セシリアに完全論破された少女達は、完全に意気消沈した表情で返事をした。

 

「しかしオルコット。そこまで言ったんだ。このまま終わり…という訳ではあるまい?」

「はい。私は私で、ある人を推薦しますわ」

「誰だ?」

「彼女です」

 

 そうして指差したのは、自分の列の二番目にいる車椅子の少女だった。

 

「……オレ?」

「えぇ。私は、デメジエール・ソンネンさんをクラス代表に推薦しますわ」

「マジかよ……」

 

 精神的に成熟しているので、派手に狼狽えたりはしないが、それでもまさか自分が推薦されるとは思っていなかったので普通に驚いた。

 

「理由を聞かせて貰おうか。どうしてソンネンを推薦する?」

「その前に一つ、クラスの皆さんに尋ねたいことがあります」

「なんだ?」

「皆さん……」

 

 先程と同じ鋭い目つきで再びクラスを見渡す。

 今度は何なのかと思いつつ、冷や汗を流しながら女子達はセシリアを見た。

 

「心のどこかで、車椅子に乗っているソンネンさんに対して変な視線を送ってなかったかしら?」

 

 セシリアの一言を聞き、数名の女子が顔に冷や汗を掻いて余所を向く。

 が、その変化を千冬は見逃さなかった。

 

「『どうして、車椅子に乗ってるのにIS学園にいるの?』『どうやって受験を合格したの?』『ズルでもしたんじゃないか?』『コネでも使ったんじゃないか?』……心のどこかでそう思っていたんじゃありませんこと?」

「「「「「…………」」」」」

 

 何も言い返せない。

 図星である何よりの証拠だった。

 

「確かに、ソンネンさんは車椅子に乗っている…足が不自由だというハンディキャップを背負ってはいますが、それでも立派に合格してここにいる。先程、少しだけですけど彼女と話をして感じました。ソンネンさんは決して不正などしていない。己の実力と努力によって、正々堂々と受験をし、合格を勝ち取っているのだと」

 

 セシリアの演説に千冬や真耶、試験隊のメンバーや一夏、本音も満足そうに何度も頷く。

 注目を浴びているソンネンは物凄く恥ずかしそうにしているが。

 

「ですが、どれだけ言葉で説明をしても、何も知らない人達にそれを信じさせるのは難しいでしょう。だからこそ、言葉ではなくて行動で示すべきだと判断したのですわ」

「というと?」

「ソンネンさんがクラス代表として活躍することで、学園の内外に知らしめるのです。例え、車椅子に乗っていても、ソンネンさんは立派に頑張っているのだと。体のどこかが不自由な人間でも、分け隔てなく活躍できるのだと」

 

 セシリアの言っている事はとても正しかった。

 実際、千冬や真耶も、ソンネンの問題については必ずどこかで解決しなければと考えていた。

 健常者の少女達に囲まれている中、一人だけ車椅子に乗っているソンネン。

 どうしても、彼女の事はどこかで特別扱いしてしまう事がある。

 皆が皆、それに納得が出来る人間ばかりではないので、どうにかしてソンネンが皆と普通に過ごせるようにしなくてはいけない。

 そう考えていた矢先のセシリアの発言。

 これは、教師二人にとって非常に有り難い助け舟になった。

 特に、ソンネンの事を大切な義妹として見ている千冬にとっては。

 

「勿論、全てを負担させるつもりはありませんわ。手伝える部分は喜んで手伝いますし、それは皆さんも同じだと思います」

 

 意見を求めるように視線を向けると、それに反応して次々と見知ったメンバーが同調し始める。

 

「当たり前だ。その程度の事でソンネンの助けになるのならば本望だ」

「今更だッつーの」

「少佐の手伝いなら喜んでするわ」

「ボクもです。それで少しでも恩返しになるのなら」

「言うまでも無いよな」

 

 試験隊メンバーは当然として、今世で知り合った者達も同じように頷く。

 

「幼馴染として助けない理由は無い。好きなだけ頼ってくれ」

「ソンネンにはいつも世話になりっぱなしだからな。ここらで借りを返しておかななきゃ男が廃っちまうぜ」

「私も~! 私もソンソンのお手伝いするよ~!」

 

 ここまで言われれば、もう意見は覆せない。

 クラス全体がそんな空気になりつつあるのだから。

 

「けれど、その前にまずはクラスの皆さんにソンネンさんが『大丈夫』だと証明する必要があると思います」

「具体的には?」

「そんなの、一つしかありませんでしょう? ソンネンさん」

「なんだ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「この私と、ISで試合をしていただけませんですこと?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一瞬、クラスが騒然となった。

 イギリスの代表候補生が、車椅子の少女に試合を申し込んだのだから。

 

「……お前、最初からそれが目的だったな?」

「はて? 何の事かしら?」

「しらばっくれやがって……良い性格してるぜ。お嬢様よ」

 

 なんて言いつつも、ソンネンはニヒルに笑っていた。

 結局はこうなるのかと。

 なんて自分らしい。分かりやすい事だと。

 

「いいぜ。その『投げられた手袋』…喜んで受け取ってやる。同じ『イギリスの淑女』としてな」

「ソンネンさんの場合は淑女というよりは『ヤマトナデシコ』と言った方がしっくりきそうですけど」

「そうかぁ?」

 

 幼い頃から和服を好んで着ていたせいか、いつの間にか周囲からは『和風美少女』の印象が強くなってしまったソンネン。

 本人は全くそんなつもりはないのだが。

 

「織斑先生。勝手に話を進めてしまいましたけど、それでよろしいでしょうか?」

「構わんだろう。こっちとしても、早めにソンネンに試合をさせて、こいつの実力を学園中に思い知らせてやらねばならないと思っていたところだ。なぁ、山田先生?」

「そうですね。なにせ、ソンネンさんは実技試験の際に私を完全に圧倒してますから」

「「「「「えええぇぇぇぇぇぇっ!!?」」」」」

 

 学園教師から、まさかの爆弾発言。

 傍から見ると弱々しく感じる車椅子の少女が、目の前にいる先生に勝っている?

 普通であれば、まず信じられない発言だったが、真耶が嘘をついているとは考えにくいし、千冬ならばもっと思えない。

 つまり、それがソンネンがそれだけの実力を隠し持っている何よりの証拠だった。

 

「やっぱり…そんな事だろうと思いましたわ」

「綺麗な顔をして、その内側には『獣』を飼ってたって訳か。へへ……本当に…楽しい学園生活になりそうだよ」

 

 もう止められない。

 セシリアはソンネンのやる気に火を着けてしまった。

 だが、彼女は全く怯まない。

 それどころか、その『火』に向かって真っすぐと突っ込んでいくだろう。

 

「では、話は決まったな。特に反対意見も出なかったので、このままソンネンをクラス代表に決定する事とする。そして、ソンネンとオルコットの試合に関してだが……」

「今から一週間後の月曜日なんてどうでしょうか? あの日の放課後なら第3アリーナが使えた筈です」

「それが良さそうだな。ソンネン、オルコットの両名はそれぞれに準備を整えておくように」

「「はい!」」

「いい返事だ。では、改めて授業を始める。教科書の27ページを開け」

 

 千冬の締めにより話し合いは終わり授業が開始されるが、ここでソンネンは自分の致命的なミスに今頃になって気が付いた。

 

(しまった! そういや、クラス代表云々に関することでオレってば全く何も言えてなかった!)

 

 試合の事ばかりが頭に入って、いつの間にか自分がクラス代表に関する反対意見を言う事を完全に失念していた。

 だが、今更になって思い至っても、もう遅いのだ。

 後悔先に立たず。

 セシリアにしてやられたと思いつつも、ゆっくりと教科書を開くソンネンであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




最初のプロットの段階では、セシリアと試合をするのはソンネンではなくてデュバルの予定でした。機体の色繋がりで。

でも、そうするとソンネンの車椅子に関する問題がお流れになってしまう可能性があったので、途中でプロットを変えてソンネンにしました。
 
なんだかソンネンの出番が多いように思えますが、ちゃんと他のキャラ達の出番も用意していますのでご安心を。

というか、私自身が許せないので、絶対に何処かで用意します。




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部屋割り

無事に危機的状況を逃れたので、穏やかな日々に感謝しつつ投稿です。

部屋の片づけにめっちゃ苦労した……。








 初日の授業が全て終了し、現在は放課後。

 生徒達は早くも各々に仲良しグループを形成し、これからどうしようか話し合っている。

 そんな中、机に突っ伏して頭から煙を出している男子が一人。

 

「ちくせう……中途半端に授業内容が理解出来てしまうから、逆に頭を必要以上に酷使してしまう……」

 

 なんて言ってはいるが、これでも一夏が入学前に三人娘から受けた『緊急スパルタ勉強会』の内容に比べれば、相当にイージーな内容だった。

 だからこそ、この程度のダメージで済んでいるのだが。

 

「あの時は…一体何回、心が折れかけたか……」

 

 だが、そのスパルタが無ければ、今の自分が地獄を見ていたのもまた事実なのだ。

 感謝こそすれ、恨み言なんて全く無い。

 

「ま~た倒れてんのか?」

「仕方がないだろ……」

「こんな事なら、勉強と一緒にメンタルを鍛える特訓でもするべきだったか?」

「お願いだから勘弁してください」

 

 後ろから話しかけてきたソンネンの何気ない一言に、一夏は本気で顔面蒼白になった。

 唯でさえ勉強だけで限界だというのに、更に他の事まで同時進行でさせられたら、それこそ一夏のキャパシティが完全にオーバーしてしまう。

 

「そうやって項垂れるのもいいが、そろそろ起きたらどうだ?」

「疲れてるんなら、このまま学生寮に直行したらどうよ」

「そっか……それも有りだよな」

 

 今は兎に角休みたい。

 自分の体が欲する危険信号に従って、一夏はゾンビのような動きで席から立つ。

 だが、それを見て真面目一辺倒の彼女達が何も言わない訳も無く……。

 

「一夏! もっとシャキっとせんか!」

「それでも男なのっ!? 背筋を伸ばしなさい!」

「来たよ……」

「「あ?」」

「ナンデモアリマセン……」

 

 箒とモニク。

 性格がそっくりなこの二人が一緒の時、自分は絶対に勝てないと言葉ではなくて心で理解をした一夏。

 変に刃向えば絶対に碌な事にはならないのは明白なので、渋々と従う事に。

 

「まぁ…その…がんばれ。お前の気持ちは理解出来るよ」

「周り全部が異性な環境だからね。精神的に疲弊してしまうのも無理ないよ。我慢しないで、今日はゆっくりと休んだ方が良い」

「ヒデト~…! オリヴァ~さ~ん…!」

 

 少女二人の何気ない優しさが身に染みる。

 因みに、なんでか一夏はオリヴァーの事だけ『さん』付けで呼んでいる。

 本人曰く、『不思議とそう呼ばないといけないような気がした』らしい。

 

「あ、織斑君。それに、ソンネンさん達も」

「山田先生じゃねぇか。一夏に用事か?」

「そうなんです。少しよろしいですか?」

「は…はい」

 

 先生からの呼び出しで緊張しない生徒が一体どれだけいる事か。

 少なくとも、一夏は普通に緊張する。

 その事を察してか、デュバル達も一緒に着いていった。

 真耶が何も言ってこなかったので、彼女達が一緒でも問題が無い話なのだろう。

 

「色々と難航していたんですけど、ようやく織斑君の寮の部屋が決定しました。それ系の話は…聞いてますか?」

「一応は。最初は家(孤児院)から通う予定だったけど、俺の場合は事情が事情だから、それは無しになって、他の皆と同じように最初から学生寮に住むことになる…でしたよね? 入学する少し前に千冬姉から聞かされました」

「そうだったんですね。なら話が早いです」

 

 ポケットから一枚のメモ紙を取り出して、それを一夏に手渡す。

 見てみると、紙には部屋番号と思わしき『1025』という番号が書かれてある。

 

「もしも、ここで知らされてたりしたら、荷物とかで困りそうだな」

「その時は院長さんがちゃんと学園に届けてくれるだろうさ」

「あ……」

 

 ここで千冬の登場。

 別にこれといった用事は無い筈なのだが、なんでか真耶に付き添う形でやって来た。

 その理由は一つしか存在しない。

 

(これからまた仕事で忙しくなるからな……ここらでソンネンとデュバルとヴェルナーという『義妹パワー』をチャージしておかなくては)

 

 三人が入学してから、一気にシスコンになった千冬。

 彼女も色んな意味で吹っ切れてしまったのかもしれない。

 

「そう言えば、ここの学生寮は基本的に相部屋だった筈。一夏もまた誰かと相部屋になるのですか?」

「仕方なくな。こちらも部屋割ばかりに時間を割く訳にはいかんのだ。取り敢えずは一ヶ月の間だけ、織斑は相部屋になる事になる」

「一ヶ月か……」

 

 たった一ヶ月。されど一ヶ月。

 長いような短いような、なんとも半端な時間だった。

 

「一か月後には個室に移動になるんですね」

「マイの言う通りだ。その頃には学内も落ち着き、こちらにも幾分かの余裕が出来ると判断してな」

 

 唯でさえIS学園は非常に特殊な学校で、その入学式直後ともなれば相当に忙しい事が予想出来る。

 一先ずは適当に部屋を決めて、仕事が一段落ついてから改めて経話槍を決めていけばいい。

 そうでもしないと、本気で教師陣が過労で倒れてしまう。

 

「ちふ…織斑先生はどうなるんだい? そっちも寮に住むのか?」

「そのつもりだ。お前達だけならばともかく、一夏もこっちに来る以上は私だけが向こうから通う訳にはいかないからな」

「う……ごめん」

「気にするな。前とは違い、今回は別に国外にいる訳ではない。帰ろうと思えばいつでも帰れるのだしな」

「そう…だよな」

 

 孤児院に一緒に住むと決めておきながら、千冬があそこで過ごせた時間は本当に短い。

 だが、だからと言って悲観するような千冬ではない。

 短いのであれば、これから少しずつでもいいから増やしていけばいいだけの話だ。

 

「そうだ。ソンネンさん達がいるのなら、ついでに『大浴場』の事も説明しておきますね」

「「「大浴場?」」」

 

 普段から余り聞き慣れない単語。

 孤児院にも大きな風呂は存在するが、あれはまた別だろう。

 

「はい。学生寮にある様々な種類のお風呂がある場所なんですけど、学年によって使える時間帯が違うんです。それに関しては生徒手帳に記載されているので、後で確認しておいてください。勿論、女の子だけですよ? 織斑君は今は使えませんからね?」

「いや、流石にそれぐらいは分かってますよ?」

「本当か~?」

「一夏に関しては『前科』があるからな」

「「「なにっ!?」」」

 

 デュバルの爆弾発言に反応したのは、千冬と箒とモニクの三人。

 一気に般若の顔になり、一夏の方を力強く掴んだ。

 

「一体どういう事なのか……」

「詳しく話を聞かせて貰うぞ……!」

「一夏……!」

「ひぃぃぃぃぃぃぃっ!?」

 

 戦力増加。

 唯でさえ勝てない二人に、世界最強の姉が加わってしまった。

 最初から勝ち目ゼロな状況が、マイナスな状況に陥った。

 

「え…? もしかして織斑君って……」

「むっつりスケベ?」

「あの美少女三人組の裸を見るとか……万死に値する!」

 

 約一名、別世界から眼鏡を掛けた紫髪のおかっぱがいるようだ。

 

「お…織斑先生! そろそろ会議の時間ですよ!」

「はっ! そうだった…怒りの余り、うっかり忘れるところだった」

 

 真耶の機転で危機脱出…と思いきや、世の中そう甘くは無かった。

 

「時間がある時…ちゃんと話を聞かせて貰うからな……!」

「ハ…ハイ……」

 

 どう足掻いても、姉の掌からは逃げられないようだ。

 

「言っておくが……」

「まだ私達もいるんだからね……!」

「さいでした……」

 

 背後から箒とモニクから鋭く睨み付けられる一夏。

 彼の受難はまだまだ続くようだ。

 

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

 本当は生徒会長を務めているカスペンの元に挨拶に行こうと思ったが、同じ学校にいるのだから、そこまで急ぐ必要もないと判断し、今日だけはそのまま学生寮の向かう事にした六人娘。

 そこに一夏、箒、いつの間にか合流をしていた本音を加えて、全員で学生寮へと向かった。

 

「オレは……こっちか」

「ソンネンは向こうなのか」

「ボク達の部屋とは反対側なんですね」

「みたいだな」

 

 一夏やデュバル達とは逆方向に足を向けるソンネン。

 

「後で部屋の番号をメールとかで送るよ。気軽に遊びに来てくれや」

「遠慮なくそうさせて貰うッス!」

「それでは少佐。また後で」

「おう」

 

 皆に向かって軽く手を振ってから、自分の部屋へと向かっていく。

 廊下の造りやドアの一つ一つを見て、思わず口笛を吹いて感嘆する。

 

「フュ~♪ こりゃ、想像以上に金が掛かってやがるな。ジオン軍の士官学校の寮を思い出すぜ」

 

 久し振りに昔を懐かしんでいると、すぐに自分の部屋がある場所へと辿り着く。

 そこは、他の部屋とは違って車椅子のソンネンでも簡単に出入りが出来るように、少し低い位置にドアノブが設置してあった。

 

「事前に聞いていた情報通りだな。ちゃんと、オレの部屋だけバリアフリー設計になっているみたいだ」

 

 ちゃんと確認をしてから、改めて室内に入ろうとした…その時だった。

 

「あら? 貴女は…デメジエールさん?」

「んあ? お前さんは…セシリアか?」

 

 隣から真っ白で綺麗な肌を持つ腕が伸びてきて、ソンネンと同じドアノブを掴もうとして止まる。

 誰かと思って振り向くと、其処にいたのは先程、教室で話したセシリアだった。

 

「まさかとは思うが…お前もこの部屋なのか?」

「そうですけど…デメジエールさんも?」

「あぁ……」

 

 まさかの、対戦の約束を交わした相手と同じ部屋。

 流石のソンネンも、この状況には固まってしまう。

 そして、それはセシリアも同じだった。

 

「……入るか」

「そうですわね……」

 

 何とも言えない空気になりながら、二人はこれから自分達が住む部屋へと入っていった。

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

「おいおい……マジかよ」

 

 寮の外観もそうだったが、寮の部屋もまた凄かった。

 一流ホテルも真っ青なレベルの室内になっていて、少なくとも今も昔もこんな部屋を拝んだことは一度も無い。

 

「ちゃんと段差が斜めになってましたわ。学園側も、ソンネンさんの事を考慮した部屋作りをしたんですのね」

「受験の際にそれらに関することは予め伝えておいたからな」

 

 因みに、その際の学園側の返事は『普通にOK』だった。

 まず間違いなく、生徒会長であるカスペンが裏で手を回していると確信していた。

 

「ところでよ……この天蓋付きのベッドはセシリアのか?」

「えぇ。実家から取り寄せましたの。流石にベットを丸ごと…とはいきませんでしたので天蓋だけ」

「そ…そうか」

 

 英国貴族は考えている事のスケールが違う。

 自分がどれだけ日本に染まっているのか、改めて再認識したソンネンだった。

 

「オレ達の荷物は…あれか」

 

 二人の私物が入っていると思わしき段ボールが複数、部屋の隅に置かれていた。

 段ボールにはそれぞれ、二人の名前が書かれてあるので一目瞭然だった。

 

「あ~……悪いけどよ、出来れば車椅子からオレを降ろしてくれないか?」

「そうでしたわね。少しお待ちくださいまし」

 

 ソンネンの体を下から持ち上げる形で抱き上げるセシリア。

 軽々と彼女の体を持ち上げてみせたが、それは単にセシリアが鍛えていたからだけが理由ではなかった。

 

「か…軽いッ!? デメジエールさん、幾らなんでも軽すぎですわよっ!? ちゃんと食事はしているのですかっ!?」

「三食ちゃんと食べてるッつーの。寧ろ、お替りするぐらいだわ」

「そ…それにしては軽いですわよ……? 世の女子達が嫉妬するレベルで軽いですわ……」

 

 これに関しては、単純にソンネンの体質だった。

 俗に言う『食べても太らない』タイプなのだ。

 それを聞く度に、中学時代のクラスの女子は血の涙を流す。

 

「降ろしますわよ」

「頼む」

 

 ソンネンの事を考えて、そっと降ろしてくれたセシリア。

 それだけで、彼女がどんな風に育てられてきたかが伺えた。

 

「これから先、同じような事を何度も頼むことになるかもしれねぇけどよ、よろしく頼むわ」

「これぐらい、お安い御用ですわ。英国の淑女たる者、大切なルームメイトのお手伝いぐらいは容易くこなしてみせますとも」

「そりゃ頼もしいぜ」

 

 最初は驚きを隠せなかったが、これはこれでいい相手だったかもしれない。

 一週間後には互いに銃を向けあう立場だというのに、不思議と嫌な気持ちにはならなかった。

 それどころか、楽しみが更に増えてきた。

 

「にしても、まさかオレ達がルームメイトとはねぇ……」

「この組み合わせに関しては予め決められていた事でしょうし、とすれば教室であのような話をした時点で拙かったのかもしれませんわ」

「かもな。けど、過ぎた事をグチグチと言っても仕方ないさ。それよりも、これからの事を考えようや」

「フフ…その通りですわね」

 

 ソンネンの傍に座り、段ボールを開けようとしている彼女を手伝い始めるセシリア。

 まずはルームメイトの荷解きを手伝うことが、彼女なりの第一歩なのだろう。

 

「お手伝いしますわ」

「お。ありがとな」

 

 中を探っていくと、まずはソンネンの私服である着物が出てきた。

 それを手に取り、セシリアは思わず目を輝かせる。

 

「これが噂に聞くジャパニーズ・キモノなんですのね……美しいですわ……」

「日本独特の文化の集大成の一つだからな。小さい頃からずっと着てるけど、オレもかなり気に入ってる」

「その気持ち…分かりますわ……」

 

 早くも共通の話題で盛り上がる二人。

 性格は似ていなくても、意外といい友人同士になれるのかもしれない。

 

「あら。これはもしかして『A1E1インディペンデント重戦車』の模型?」

「お? やっぱ分かるか?」

「勿論ですわ。イギリスは『戦車の母国』と呼ばれているんですのよ? こちらは『ヴァリアント歩兵戦車』に『キャバリエ巡航戦車』。『シャーマン・ファイアフライ』まであるじゃありませんの」

「オレの自慢のコレクションだ。まだまだあるぞ」

 

 どうやら、二人の荷解きはまだまだ時間が掛かりそうだ。

 だが、本人達が楽しそうにしているのだから良いのかもしれない。

 

 

 

 

 




まずはソンネン&セシリアがルームメイトに。

次回は他のメンバーの様子を描きたいと思います。

果たして、誰と誰がルームメイトになっているのでしょうか?


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ルームメイト

今回は、ソンネン&セシリア達以外の組み合わせを見ていきます。

果たして、誰と誰がルームメイトになるんでしょうか?







 ソンネンとセシリアが部屋の中で、荷解きをしながら親交を深めていく中、他のメンバーも同じように自分のルームメイトとなる相手と交流をしていた。

 今回は、その様子を順番に伺っていこう。

 まずは、彼女達から。

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

「まさか、私とお前が一緒の部屋になるとはな……」

「こちらとしては見知った相手という事で気が楽ではあるが……」

 

 まずは、デュバル&箒のコンビ。

 幼馴染同士という事もあり、二人は特にこれといったトラブルは起こしていない。

 

「今思えば、こうしてデュバルと二人きりになるのは初めてだな」

「そうかもな。だが、数年振りに再会したんだ。私としては、寧ろ大歓迎なんだがな」

「だ…大歓迎っ!?」

 

 昔から、三人娘に対して親友以上の感情を持っていた箒は、デュバルの何気ない発言に必要以上のリアクションをしてしまった。

 

「ど…どうした? 何をそんなに驚いている?」

「い…いや。なんでもない……」

 

 そうは言っているが、彼女の顔は真っ赤になっている。

 

(うぅ……デュバルと一緒の部屋になれたのは本当に嬉しいが、私の想像以上に美人になってないかッ!? 幼い頃からフランス人形のような美しさがあったが、今は完全にそれ以上だ! 自分の幼馴染がこれ程の美人に成長するなんて、誰が考えるッ!?)

 

 頭の中でグルグルと考えてはいるが、それは自分も該当することなのだという事を理解していない。

 傍から見れば、デュバルと箒のコンビは洋風と和風の美少女コンビなのだ。

 

「む? これは……」

 

 悶々とした頭を振り払う為に部屋の中を見ていると、ふとデュバルの荷物の中から竹刀がはみ出ているのが見えた。

 

「この竹刀はまさか……あの時に譲った竹刀を、ずっと持ち続けていたのか?」

「勿論だ。新しく買うには高すぎるし、かといってこれを捨てるのも忍びなかった。なにより、これはあの道場での思い出が沢山詰まった品だからな」

「そうか……そうなんだな……」

 

 実家が剣道場をしていたという事もあり、昔から剣道一直線だった箒。

 友人達との数少ない繋がりである剣道の竹刀を、未だに想い人であるデュバルが持ち続けていた事が嬉しくて、思わず涙が込み上げてきた。

 

「因みに、一夏の奴も中学からまた剣道を再開したが……」

「したが?」

「素人目線ではあるが、筋は悪くないとは思う。私からは一本も取れた試しはないがな」

「だろうな。あの頃から、デュバルの剣筋は鋭くて力強かった」

 

 篠ノ之道場初めての外国人ではあったが、デュバルの腕前は箒達の想像を遥かに凌駕していて、彼女達が引っ越すまでの間に、デュバルは篠ノ之流剣術の技を数多く取得していった。

 大会などには出ていなかったが、間違いなく全国レベルの実力はあると箒は確信していた。

 

「そうだ。良かったらなのだが、私と一緒に剣道部に入らないか? 今度、見学に行ってみようと思っているのだが……」

「剣道部か……悪くないな。いいだろう。その見学、私も是非とも同行させて貰おうじゃないか」

「そうか! それはよかった!」

 

 まさかのOKに柄にもなく大袈裟に喜ぶ箒。

 それだけ、デュバルと一緒に部活に入れるのが嬉しかったのだろう。

 

 その後、二人は荷解きをしながら共同生活をする上での取り決めを話し合いながら、昔話に花を咲かせていた。

 

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

  

 鼻歌交じりに自分の部屋へと向かうワシヤ。

 その隣にはニコニコ笑顔の本音が一緒に歩いていた。

 

「なんでこっちに来るんだ?」

「私のお部屋もこっちだからだよ~」

「ふ~ん」

 

 どうせ、途中で別れるだろう。

 そう思って、特に気にすることなく歩いていくが、いつまで経っても本音がどこかに行く気配が無い。

 結局、そのまま部屋の前まで来てしまった。

 

「まさかとは思うけど~…君の部屋ってここ?」

「そうだけど……もしかして、ワッシーのお部屋もここなの?」

「うん。ってか、ワッシーってオレの事か? なんか、ずっと昔にそんなお笑い芸人がいた気がする」

 

 気にしたら負けなので、それ以上は止めておこう。

 

「でも、そっか~。本音ちゃんと一緒の部屋か~」

 

 ガチャっと扉を開けると、その内装にビックリ仰天。

 二人揃って目が点になった。

 

「な…な…な…な…なんじゃこりゃ~!?」

「なんじゃこりゃ~!」

 

 ワシヤは本気で驚き、本音はそんな彼女の真似をした。

 初期状態からコミュ力が9999ある二人だからこその反応だった。

 

「マジですっげーじゃん!! うわぁ~! 今日から、こんな部屋で過ごすのかよ~!? オレ…ちゃんと寝れるかな……枕変わると寝れないんだよな~」

「そうなの~? 実は私も~」

「お揃いだな! けどけど大丈夫!」

 

 ダダダ…と部屋の隅に置いてある自分の分の段ボールを開けると、中からフカフカの枕を取り出した。

 

「ちゃんと実家から自分の枕を持ってきているから~!」

「私も持って来てるよ~!」

「「イェ~イ!!」」

 

 本音も同じように、自分の段ボールの中から可愛らしいマスコット柄の枕を取出し、そのまま二人でハイタッチ。

 この少女達、完全に全く同じノリである。

 

「そうだ! お近づきの印に、オレが作ったマフィンとか食べるか?」

「食べる~!」

 

 この二人に関しては、何も心配はいらないようだ。

 物凄く賑やかで、ちょっと五月蠅いかもしれないが、それでも楽しい寮生活を満喫できそうだ。

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 自分に割り当てられた部屋に到着したモニクは、そのまま中に入ろうとしたが、ドアノブに手を掛けようとした瞬間にピタっと動きを止める。

 

「この気配…もしかして、もう中に誰かいる?」

 

 ここでモニクは一瞬だけ軍人脳を働かせてしまったが、すぐにそれを払拭し、別の事を考える。

 

「どうやら、ルームメイトの子が先に来ていたみたいね。なら、ちゃんとノックをしないと」

 

 どこぞの鈍感とは違い、ちゃんとマナーを守ってノックをする。

 すると、中から小さく『どうぞ』という返事が返ってきたので、そのまま扉を開ける事に。

 

「失礼するわね」

 

 ここでも、まずは内装の豪華さにモニクは目を奪われる。

 割と色んな事で驚きがちな彼女は、ここでも当然のように目を見開き、口をポカ~ンとさせて絵に描いたような驚きの顔をしていた。

 

「何よこれ……一体、どれだけのお金を注ぎ込んでるってのよ……」

 

 モニクの実家も相当な資産家ではあるが、それでもこのレベルの部屋は滅多に見れない。

 そんな場所が、これから彼女が過ごす場所なのだ。

 

「…で、さっきの声の子は……」

 

 キョロキョロと周りを見渡すと、すぐに声の主は見つかった。

 机に座り、パソコンを開いて何かを夢中で見ている水色の髪の少女が一人。

 

「貴女が私のルームメイト?」

「え? あ…はい」

 

 一瞬だけ呆けてしまったが、すぐに返事をする。

 色々と思うところはあるが、まずは自己紹介をすることに。

 

「私はモニク・キャデラック。よろしくね」

「えっと……更識簪…です」

「サラシキ・カンザシさん…ね。覚えたわ」

 

 元軍人故に、人の名前を覚えるのが昔から得意だったモニク。

 簪の事もすぐに記憶したようだ。

 

「ん? ちょっと待って。貴女……」

「な…何?」

 

 いきなり顔を近づけられて困惑する簪。

 何か拙い事でもしてしまったのだろうかと心配するが、それはすぐに杞憂で終わる。

 

「もしかしてだけど、夜更しとかしてないでしょうね?」

「ど…どうして?」

「目の下。僅かではあるけど隈が出来てるわよ」

「げ」

 

 気が付かなかった。

 つい、色んな面白い動画を見廻っていたら、いつの間にか深夜になっていて、それから急いで寝たので、実はあんまり眠れていなかった。

 実は、入学式の時も半分寝ていたりする。

 

「仕方がないわね……」

 

 大きく溜息を吐くと、部屋の中に置いてあった自分の荷物の中から、とある瓶を取り出した。

 

「それは?」

「ココア。よく寝る前とかに飲むようにしてるの。家から持って来て正解だったわね」

 

 真っ直ぐに備え付けのキッチンに向かうと、手馴れた感じでホットミルクココアを作って、それを簪の元まで持ってきた。

 

「はいこれ。これを飲んでから、まずはその目の下の隈を落としなさい。色々とするのは、その後。いいわね?」

「は…はい」

 

 元から、お世辞にも積極的じゃない簪にモニクの言葉に逆らう事は出来る筈も無く、恐る恐る彼女が差し出したカップを受け取る。

 熱過ぎず、かといって冷めている訳でもなく、丁度いい具合になっていた。

 試しに一口飲んでみると、とても暖かくて、心も体もポカポカとしてくる不思議な美味しさがあった。

 

「おいしい……」

「でしょ? 私の淹れたココアは、家族の間でも評判いいんだから」

 

 同い年の筈なのに、何故か年上のような魅力がある少女。

 得意か苦手かで言えば、苦手なタイプではあるのだが、なんでか嫌な感じはしなかった。

 

(まるで…お姉ちゃんがもう一人できたみたい……)

 

 実際、モニクは弟が一人いるので、その考えは間違いではない。

 そもそもの話、モニクは生来から世話焼きな一面があるのだ。

 それが、簪の性格といい具合にマッチングしたのだろう。

 

 それから簪は心地よい眠気に誘われ、そのまま数時間だけ仮眠をすることにした。

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

 ヴェルナーは呆然としていた。

 学生寮にある自分の部屋に到着したと思って扉を開けると、中にはどこかで見たことがあるような髪色の少女がビキニ姿でエプロンを身に着けようとしていたから。

 

「「…………」」

 

 完全に固まってしまった両者。

 念の為にもう一度だけ部屋の番号を確認してみたが、間違っていない。

 ならば、彼女が自分のルームメイトなのか?

 

「いや……その…あのね? これは……」

「ま、いっか」

「ちょっとぉっ!?」

 

 相手が何か言い訳を考えている間に全てを割り切ったのか、ヴェルナーは構う事なく堂々と中に入ってから荷解きを始めた。

 

「せめて何か言ってくれないっ!? 何のリアクションも無いと、流石のお姉さんも困るんだけどッ!?」

「お姉さんって…あんた上級生なのか?」

「そ…そうよ! だから、もう少し何か……」

「その上級生が、どうしてオレの部屋にいるんだよ?」

 

 当然の疑問だった。

 

「オレの部屋? 何を言ってるの? ここって織斑一夏君の部屋じゃ……」

「違うぞ? ここは間違いなく、オレに割り当てられた部屋だ。一夏の部屋はもっと向こうだよ」

 

 ヴェルナーが壁の向こうを指差すのを見て、彼女の顔が一気に青くなる。

 

「あ…あの…ここって【1025室】じゃ……」

「ここは【1052室】だよ。何言ってんだ?」

 

 ここで、彼女は本気で固まった。

 顔中から冷や汗を出しまくり、目が泳ぎまくる。

 認めたくはないけど、認めざる負えない。

 

「部屋の場所を間違えた―――――――――――――――――――!!!!!」

 

 黒歴史確定のとんでもないミスを犯してしまった。

 しかも、それを下級生の女子に見られた。

 どう考えても学生生活終了のお知らせである。

 

「で、おたくは誰なんだ? いい加減に教えてくれないか?」

「うん……その前に着替えさせてくれない?」

「いいけど…なんで、んな格好をしてたんだ? 痴女か?」

「違います!!」

 

 これ以上、恥の上塗りをしない内にさっさと制服に着替えてから、改めてヴェルナーと話す事に。

 

「私は『更識楯無』。二年生で、生徒会副会長をしているの」

「ふ~ん。その副会長サマが、どうしてオレの部屋に?」

「だから…間違えちゃったのよ……。本当は織斑一夏くんの部屋に行くつもりだったのに……」

「一夏の部屋に?」

「そうよ。彼は世界的な意味で最重要保護対象だから、生徒会でも彼の事を護衛しようって話が出てたの。で、その護衛役として選ばれたのが……」

「アンタって訳か。でも、その肝心な護衛役が部屋の場所を間違えてちゃ意味ないな」

「言わないでぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!!!」

 

 間違いなく、楯無にとって一生の不覚だった。

 穴があったら入りたいという気持ちを、生まれて初めて実感した。

 

「そういや、その『更識』って名字……もしかして、アンタって簪の姉貴だったりするのか?」

「か…簪ちゃんの事を知ってるの!?」

「知ってるもなにも、アイツとオレ達は受験会場で知り合ってな、向こうはどうか知らないが、少なくともオレの方は簪の事をダチだと思っているよ」

「そう……」

 

 自分の知らない所で妹に友達が増えていた。

 しかも、目の前の彼女はかなりいい子っぽい。

 姉として、楯無は心から嬉しくなった。

 

「そうだ。まだオレの名前を言ってなかったな。オレはヴェルナー・ホルバイン。よろしくな」

「ヴェルナーって…貴女が……」

 

 その名前はよくカスペンから聞かされていた。

 彼女にとって最強の仲間の一人で、いずれ来るであろう『決戦』の時に切り札の一つと成り得る少女であると。

 

(この子が、あの『亡国機業』の幹部の一人であるオータムをたった一人で圧倒したっていうの……?)

 

 俄かには信じられなかった。

 楯無の目には、ヴェルナーは何処にでもいるごく普通の少女にしか見えない。

 全身から溢れる元気は、まるで太陽のようだった。

 

「それで、これからどうするんだ? 今からでも部屋を変えるのか?」

「いえ、流石にそれは無理ね。もう私の荷物はここに運び込んじゃったし、また部屋を変えようとすれば、それこそ先生達に迷惑を掛けちゃうわ」

「って事は……」

「仕方がないから、今日からここでお世話になる事にするわ。改めてよろしくね、ホルバインさん」

「オレの事は名前でいいぞ。名字で呼ばれるのは余り慣れてなくてな」

「じゃあ、ヴェルナーちゃんで」

「それでいいよ。こっちこそ、今後ともよろしく。楯無先輩」

 

 笑顔で握手を交わす二人。

 意外過ぎる二人がルームメイトとなったのだった。

 

(そうなると、一夏と一緒の部屋になったのは誰なんだ……?)

 

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

 織斑一夏は、これまでの人生で1・2を争うレベルで緊張していた。

 その理由は、目の前で苦笑いをしながら向かい合っている金髪美少女だった。

 

「まさか、ボクと君が同じ部屋になるなんてね」

「そ…そうだな……ハハハ……」

 

 清楚系金髪美少女のオリヴァーと、まさかの同室という事態。

 誰が来てもいいように覚悟は決めていたが、これは完全に予想外。

 前にも言ったが、これまでの一夏の人生において、周りに全くいなかった正統派ヒロイン系の少女なので、何を話したらいいのか全く分からなかった。

 

(ど…どうする俺…! そもそも、年頃の男女が一つ屋根の下で一緒に過ごしてもいいのか!? いや、よくないだろ!? でも、孤児院じゃ普通に過ごしてたしな…って、あの時と今とじゃ全く状況が違うだろうが! 二人っきりなんだぞ! 今日、初めて会った女の子と二人きりとか、どんな無理ゲーだよっ!? こんな時、弾なら普通に話してるんだろうな……)

 

 頭の中をグルグルとしながら、自分の親友のコミュ力の高さが物凄く羨ましくなった一夏だった。

 

「まずは、色々とルール的なものを決めようか?」

「そ…そうだよな! 男と女が一緒に暮らすんだし、ルール決めは大事だよなっ!?」

 

 ガチガチに緊張しながらも必死に頷く一夏。

 もしも、この光景を幼馴染達に見られたら、間違いなく腹を抱えて爆笑される。

 一夏にはその確信があった。

 

「き…着替えの時は俺が廊下に出てるから!」

「うん。その時はお願いします。ボクも、君が着替える時は廊下に出てるね」

「ひゃ…ひゃい!」

 

 噛んだ。めっちゃ噛んだ。

 羞恥心で顔が真っ赤になり、それを見たオリヴァーが口を押えてクスクスと笑う。

 

「ハハハ……君って面白いんだね」

「そ…そうかな……」

 

 結果オーライと見るべきか。

 少なくとも今の状況を弾が見ていたら、間違いなくこう叫んでいただろう。

『リア充爆発しろ』と。

 

 果たして、一夏は色んな意味で無事な寮生活が出来るのか?

 相手には全く問題が無い分、一夏に全てが掛かっている…のかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ソンネン&セシリア

デュバル&箒

ヴェルナー&楯無

オリヴァー&一夏

モニク&簪

ワシヤ&本音

という部屋割りになりました。
これから、更に鈴を初めとするヒロインズが追加される事を考えると、物凄いカオスになりそうな予感が……。




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顔合わせ

少し前に『プレミアムバンダイ』に会員登録しました。

これで、これからは限定商品を買うことが出来ます。

人生の楽しみが少しだけ増えました。








 夜が明けて次の日になり、生徒達はそれぞれに登校の準備を済ませてから、学生寮の中にある食堂へと集まってくる。

 昨日の今日だというのに、もう既に馴染んでいる生徒達が沢山いた。

 これが若さ故の強さなのかもしれない。

 

「本当に悪いな。色々と手伝って貰ってよ」

「昨日も言いましたでしょう? 気にしないでくださいまし。これもまたいい経験ですわ」

 

 生徒達で賑わう廊下の一角に、ソンネンが乗っている車椅子を後ろから押しているセシリアの姿があった。

 二人とも、揃ってちゃんと制服を着ている様子から察するに、セシリアがソンネンの着替えを手伝ったようだ。

 

「いつもはデュバルやヴェルナーに手伝って貰ってるんだけどな。あいつ等以外の奴に手伝って貰うのは、なんだか新鮮だったよ」

「あら? 三人は一緒に住んでるんですの?」

「一緒にっていうか、オレ達は孤児院で暮らしてるんだよ」

「あ……」

 

 孤児院で暮らしているという意味を理解出来ないセシリアではない。

 聞いてはいけない事を聞いてしまったと思い、セシリアは暗い顔になってしまった。

 

「おいおい。そんなに気にするなって。あそこでの暮らしは楽しいし、同じ屋根の下で過ごしてると、血が繋がっていなくても兄弟姉妹のように感じるんだよ。だから、セシリアがそんなに気にする必要はねぇよ」

「デメジエールさんはお強いんですのね……」

「そんなんじゃないよ。皆が一緒だったから頑張れた。それだけさ」

 

 朝から妙にしんみりとしてしまったが、気にせずに先に進むことに。

 すると、食堂の入り口付近でデュバル&箒コンビと合流をした。

 

「お、おはようさん」

「おはようございます」

「ソンネン…と一緒にいるのはセシリア・オルコット嬢か」

「私の事は『セシリア』でよろしいですわよ。ジャンさん」

「そうか? 君がそう言うのならば遠慮なく呼ばせて貰うが……」

 

 名前の呼び方一つとっても昔の癖が出てしまう。

 この名前呼びが自然になってくる頃には、二人の仲も進展しているだろう。

 

「二人が一緒という事は、ソンネンのルームメイトはセシリアなのか」

「対戦する予定の二人が一緒の部屋に住むというのはどうなんだ…?」

「その話は昨日もしたよ」

「それに関しては、明らかに対戦の予定自体が後付けなので仕方がありませんわ」

 

 まさか、学園側も一緒に住む予定の二人が試合をするだなんて思いもしなかっただろう。

 色んな意味で予想外の出来事である。

 

「そっちも、デュバルと箒が一緒の部屋なのかよ?」

「その通りだ。こちらは最初から気が楽だったぞ」

「だろうな。なんたって昔馴染み同士だしな」

「思わず、昔話に花が咲いてしまったよ」

 

 そうして話している間に食堂に人が集まってきたので、四人は中に入って朝食を食べることにした。

 勿論、一緒の席に集まって。

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

「なんか……」

「大所帯になってしまったな」

 

 あれから、食堂に次々と集まってくる生徒達に混じって、他のメンバーも続々と集結して来て、気が付けば総勢12人という膨れ上がっていた。

 皆は揃って、大人数が座れる席に集まって食事をしている。

 因みに、楯無や簪といった、クラスや学年が違うメンバーとは初めに会った時に軽く自己紹介をしている。

 

「つーかよ、なんで技術屋と一夏が一緒の部屋なんだよ?」

「いや、オレに聞かれても困るし」

 

 確かにその通りだ。

 

「おい、オリヴァー。お前さん、こいつに何もされてないか? 例えば、着替えを覗かれたり、入浴中に突撃されたりとか……」

「一夏! 貴様…そんな事をしたのかッ!?」

「してないしてない! 神に誓ってそんな事は絶対にしてないから!!」

「私達には普通にしたのに?」

「あれは純然たる事故だろーが!!」

 

 ソンネンに怪しまれてからの箒の説教。

 トドメはデュバルの一撃で、一夏は完全に女性陣を敵に回してしまった。

 

「織斑君……」

「な…なんだ? キャデラックさん……」

「もしも私のオリヴァーに何かしたら……」

「したら?」

「……グルグル回して捩じり切るわよ」

「何をッ!?」

 

 それを言ったら確実にセクハラになるのでやめよう。

 少なくとも、朝の食堂で言うべき事ではない。

 

「ねぇ……お姉ちゃん」

「な…何かしら? 簪ちゃん……」

「ここは一年生の寮の食堂だよ? なんで二年生のお姉ちゃんがいるの?」

「そ…それは……」

 

 目の前に座っている簪の当然の疑問に、楯無は冷や汗ダラダラで言い淀む。

 もしも事実を言ったが最後、確実に姉としての威厳も上級生としての威厳も完全崩壊する…が、そんな楯無の心境なんて全く知らないヴェルナーは、容赦なく同居人の失敗を言い放った。

 

「部屋の場所を間違えたんだよ。本当は一夏の部屋が目的だったらしいけど、番号を見間違えてオレの部屋に入ってたんだ」

「お姉ちゃん……」

「お願いだから、そんな目でお姉ちゃんを見ないでぇぇぇぇぇぇぇっ!! というか、なんで言っちゃうのヴェルナーちゃんっ!? ここは普通、空気を読んで内緒にしておく場面でしょっ!?」

「え? バレちゃ拙かったのか?」

「どう考えても恥ずかしいじゃないっ! 黒歴史確定じゃないっ!」

「そーなのか……ごめん」

「……そこで素直に謝られると、反応に困るんだけど」

 

 どんな時もマイペースなヴェルナー。

 伊達にニュータイプ疑惑を持たれている訳ではない。

 

「しっかし、まさか少尉が上級生と一緒の部屋だなんてな~。ある意味、めっちゃ美味しいじゃないか」

「そーか? よく分からん」

 

 ワシヤにそう言われて小首を傾げるが、何にも疑問に感じない。

 普通に考えれば、学生寮で上級生と一緒の部屋というのは、かなり特殊な状況なのだが。

 

「にしても、IS学園ってのはメシまで美味いんだな! お蔭で朝からご飯が入る入る!」

「本当に美味しいよね~! ワッシー!」

「だな!」

 

 コミュ力怪物コンビがまさかのルームメイト同士という事実に動揺が隠せない一同。

 似た者同士という事で、あっという間に仲良くなったようだ。

 『類は友を呼ぶ』とは、まさにこの事か。

 

「…で、貴女が簪ちゃんと同じ部屋のモニクちゃん?」

「その通りです、更識先輩」

「えっと…簪ちゃんの事をよろしくお願いね?」

「言われなくても、そのつもりですよ。そちらも、ホルバイン少尉の事をよろしくお願いしますね。彼女、かなり天然な所がありますから」

「そうみたいね……本気で何を考えてるのか読めないから……」

 

 まるで保護者同士の会話。

 楯無とモニク。

 同じ『姉』同士として、今のところは仲が良さそうだ。

 

「けど、まさか俺が生徒会から保護対象にされてるとは思わなかったな」

「貴方は世界で唯一の男性IS操縦者ですもの。その貴重性は君の想像以上よ。基本的にIS学園にいる限りは大丈夫だけど、それでも万が一って事はあるから」

「その為に、生徒会から更識先輩が派遣されてきた…って事ですね」

「御名答。会長が言ってた通り、頭の回転が速いみたいね、オリヴァーちゃんは」

 

 こちらが色々と考える前に、二手三手先を考えて手を打つ。

 生徒会長になった事で、嘗ては大隊指揮をしていたカスペンの才能が十二分に発揮されているようだ。

 

(ジャン・リュック・デュバルにデメジエール・ソンネン。この子達もヴェルナーちゃんと同じように亡国機業の幹部を単独で撃破してるのよね……。見た感じは、其処ら辺のアイドルが裸足で逃げ出すレベルの美少女なのに、この小さな体のどこにそれ程の力が秘められてるのかしら……)

 

 予め、カスペンから彼女達について色々と聞かされていた楯無は、話をしながらも冷静に観察をする。

 ヴェルナーもそうだったが、楯無にはまだ彼女達のどこにドイツ代表であるカスペンが全面的に信頼する要素があるのか把握しきれないでいた。

 

(そして、モニク・キャデラックとヒデト・ヤシヤ。オリヴァー・マイ…ね。モニクちゃんとヒデトちゃんはドイツで専用機を受領していて、オリヴァーちゃんは超一流の整備技術を持っているって話だけど……)

 

 これまた、見ているだけではごく普通の少女達だ。

 先の三人と同様の美少女であるという事を覗けば。

 

「そうだ。ヴェルナーちゃんに聞いたんだけど、来週の月曜の放課後に、デメジエールちゃんとセシリアちゃんが試合をするんでしょ?」

「そうですわ。本来の目的はデメジエールさんの実力を生徒の皆さんに知らしめるためですけど、私個人としても彼女の実力に興味がありましたの」

「ほんと、今から楽しみだよな。流石はIS学園だよ。入学して早々から暇させてくれない」

 

 下半身不随という身体的ハンデを背負っているにも拘らず、ソンネンの顔は自信に満ち溢れていた。

 楯無も、ソンネンが実技試験にて真耶を圧倒してみせたという報告は受けているが、俄かには信じられなかった。

 

(この和風美少女が、元代表候補生で世界的に見ても最上級クラスの実力を持つ山田先生を圧倒した…ねぇ……)

 

 基本的に、楯無は自分の目で見た事しか信じない。

 だからこそ、ヴェルナーと一緒の部屋になれた事は怪我の功名とも言えた。

 

「その試合、当日は私達も見に行けるのかしら?」

「どうなんだろうな?」

「その辺は先生達に聞いてみないと、何とも言えませんね……」

 

 試しに聞いてはみたが、仮にダメだとしても色々と言い訳をして身に行くつもり満々だった。

 というか、同じ話をカスペンにすれば、生徒会長権限を使って『絶対に見に行く!』と言うに決まっているので、いざとなれば彼女に頼るのも手だ。

 

「あ」

 

 ここで楯無がある事を思い出す。

 

「ねぇ、ヴェルナーちゃん、デメジエールちゃん、ジャンちゃん。それからオリヴァーちゃんにモニクちゃん、ワシヤちゃん」

「なんですか?」

「もしも、今日の放課後に何も予定が無かったら、生徒会室に来てくれないかしら?」

「それまたなんで?」

「うちの会長が皆に会いたがってるのよ。勿論、他に予定があれば無理強いはしないけど」

「そうだな……」

 

 確かに、一度は絶対に挨拶に行かないといけないとは思っていた。

 実際、殆どのメンバーは予定らしい予定なんて全く無かった。

 約一名を除けば…だが。

 

「箒。済まないが……」

「いいさ。私のことは気にせずに行ってくるといい。お前の大切な恩人なのだろう?」

「今度、一緒に見学に行こう。約束だ」

「う…うむ! そうだな!」

 

 デュバルがそっと小指を出して、それに箒も同じように小指を絡める。

 軽く振ってからのゆびきりげんまん。

 

「よかったら、貴女達も一緒に来る?」

「え? 俺達も一緒に行っていいんですか?」

「構わないわよ。特に織斑君は一度、会長と会っておくべきだと思うし」

「俺が?」

「これから先、あの人が貴方の護衛をすることがあるかもしれないから。一度も話したことが無い相手よりは、少なからず顔見知りが相手の方がいいでしょ?」

「それもそうですね……」

 

 因みに、一夏は入学式の際に、ガチガチに緊張をしていて碌に話とかも聞いていなかったので、未だに生徒会長の名前も姿も知らない。

 

 話が盛り上がって来た所で、いきなり食堂にジャージ姿の千冬がやって来て、中にいる生徒達に向かって大声を出した。

 

「お前達! いつまで食べているつもりだ! もうすぐ時間だぞ!」

 

 これを聞き、他の生徒達は急いで目の前の食事を口に詰め込み始める。

 そんな中、話ながらもちゃんと食事を勧めていた面々は、空になった容器を重ねてから席を離れた。

 

「……どうして二年である筈の更識がここにいる?」

「聞かないでください……」

「実はだな……」

「お願いだから黙っててぇぇぇぇぇぇっ!(泣)」

 

 これまた、千冬の当然の疑問に素直に答えようとするヴェルナーの口を急いで押さえて黒歴史の流出を防いだ楯無。

 それを見て、千冬は地味にショックを受けていた。

 

(意外と仲が良さそうだな……この二人。だが、お前にヴェルナーは渡さんからな!)

 

 シスコンはそう簡単には諦めない。

 世界最強は伊達じゃなかった。

 

(というか、ソンネン達が食堂にいるって気が付かなかった! また怖いお姉ちゃん像を見せてしまった……)

 

 ショックを受けたり、燃え上がったり、落ち込んだり。

 なんとも緩急の激しい女教師だった。

 

 因みに、ソンネン達は生徒達に喝を入れた千冬を見て、ジオン軍人時代を思い出して地味にカッコいいと思っていたという。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




生徒会訪問は、恐らくは次々回になるかと。

次回は一夏の専用機の話。

けど、ここもまた原作とは大きな違いがあるかも…?


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専用機と言う名の訓練機

人生初の通販は、プレバンのペイルライダー(陸戦・空間戦)とトーリス・リッターでした。

めっちゃめちゃに緊張しましたけど、これからは普通に出来そうです。

今から届くのが楽しみです。







 朝食を食べ終えた面々は、それぞれの教室へと向かって授業の準備をする。

 それから少しして、担任である千冬と副担任である真耶が教室へと入ってきた。

 

「諸君、おはよう。本日も昨日と同様に座学をメインでやっていくのだが…その前に一つ、報告するべき事がある」

 

 報告するべき事。

 千冬らしくない仰々しい言い方を聞いて、彼女を知る者達はすぐにただ事ではないと悟る。

 

「織斑」

「は…はい!」

「政府からの通達でな、お前に対して特別に『専用機』を与えることになった」

「専…用機? それって確か……」

 

 これまでの勉強内容を書きとめた、三人娘特製ノートを急いで開き、目的の場所を探す。

 

「あ…あった。これだ。えっと…『国家の代表や代表候補生、または企業のテストパイロットなどに対して特別に与えられる個人専用ISの総称。個々人に合わせて細かいセッティングがされていて、量産機とは一線を画す性能を誇っている高性能機であることが多い』…ですよね?」

「大まかな所はそれで間違ってはいない。お前にそれを教えてくれた三人に感謝しておくんだな。もしも何も教えて貰えていなかったら、お前は間違いなく、この場で恥を晒していたんだからな」

「う…うす」

 

 実際、一夏は三人に対して非常に大きな恩義を感じている。

 それは何も勉強だけの話ではなく、こうして男一人でIS学園に放り込まれてからも、以前と変わらない感じで接してくれているから。

 それだけで、彼の精神的負担は大幅に減少している。

 

「今、織斑が説明をした通り、専用機とは本来、その実力や努力が認められた者のみが得ることが許される、ある種の『成果』の形と言える。だが、お前の場合は意味合いが全く違ってくる」

「意味合いが違う…それは、もしかして……」

「ほぉ…? どうやら、マイは一瞬で織斑が専用機を与えられる意味を理解したようだな。いや、マイだけではないな。他にも数名、同じように一瞬で理解した者がいるようだ」

 

 勿論、ここで千冬が言っている『理解した者』とは、ソンネン達を初めとした技術試験隊のメンバーの事だ。

 それ以外では唯一、セシリアだけが納得したように頷いていた。

 

「ではマイ。試しに説明してみせろ」

「分かりました」

 

 千冬に指名され、オリヴァーがその場で立ちあがる。

 彼女が何を言い出すのか、他の生徒達はドキドキしながら見守っていた。

 

「ボク…じゃなくて、私が察するに、一夏くんが専用機を与えられる理由は大まかに分けて3つあると思っています。まず一つは、彼が少しでも多くISの訓練が出来るようにする為。IS学園にも練習用の訓練機は配備されていますが、その数は限られており、しかも、その殆どは現在、上級生達が使用しています。入学したばかりの我々は使いたくても使えないのが現状です。私達ならばそれでも構わないかもしれませんが、彼の場合は違ってくる。世界で唯一無二の男性IS操縦者という立場上、嫌でも私達以上に『結果』を要求されてきます。それに伴い、少しでも一夏くんの訓練時間を増やす為に、特例として専用機が受領される事になった…ですよね?」

「大正解だ。では、他の二つは?」

 

 正解と言ってはいるが、実際には千冬が想像している以上の答えを言ってきて、心の中で本気で驚いている。

 少しだけ、オリヴァーの後ろに束の幻影が見えたのは内緒である。

 

「二つ目は、データ採取の為です。世界で全く前例のない貴重な存在である一夏君のデータを少しでも多く採取する為に、専用機を与えられるのでしょう。生体データに戦闘データ、取るべきデータはそれこそ山のように存在しますから。多分、その『専用機』にもデータ採取の為の装置が内蔵されているのでは?」

「そ…そうだな。確かに、そのような話は聞いている」

 

 段々と教師としての立場が無くなってくる。

 オリヴァー・マイ。技術屋としての本領発揮である。

 

「そして三つ目ですが、それは自衛の為です。IS学園にいる間は基本的には問題は有りませんが、一歩でも外に出れば話は違ってくる。いつ、どこから彼の事を狙っている人間がいるか分かりませんからね。本来ならば外でのISの使用は基本的に禁止になっていますが、実はこれには一つの例外が存在しているんです。それは『専用機所持者が外で命の危機に晒された時』です。この時だけ、専用機所持者は己の身を守る為に機体の装甲を部分展開することが特別に認められています。無論、武装を展開することは禁止されていますけど。自己防衛目的でISを外部で展開した場合、これは法律上『正当防衛』となります。彼の貴重性、重要性を加味して、多少のコストが掛かってでも一夏君を守る事を優先した結果、自己防衛用に専用機を与えることになった……ってところですかね?」

「そ…その通り…だ…」

 

 もうお前が教鞭を取ればいいんじゃね?

 そう思わずにはいられない程に、完全完璧な答えを言いきった。

 文字通り、ぐぅの音も出ない。

 

「「「「「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ~!!!!!!」」」」」

 

 オリヴァーのまさかの答えに、生徒達全員が歓声を上げた。

 中には立ちながら拍手をしている者さえいる始末だ。

 

「ちょっと! マジで何なの、あの子はッ!?」

「幾らなんでも凄過ぎでしょ!!」

「可愛くて頭もよくてスタイルもよくて…完璧か!? 完璧美少女かっ!?」

「よし! 何か分からない事があれば、絶対にマイさんに聞こう! うん!」

「これで一組は安泰じゃ~!!」

 

 いきなりの湧き上がりに、目をパチクリをさせながら棒立ちになるオリヴァー。

 本人からすれば、大したことなど何もしていないつもりなのだ。

 彼女はただ、自分が思った事を口にしただけなのだから。

 

「相変わらずの技術バカだな……」

「フッ…それでこそだ」

「変わってないようで、逆に安心したよ」

 

 三人娘は嬉しそうに微笑んでいた。

 いつも、自分達の事を後ろから支えてくれた大切な友人の変わらない姿を確認できたから。

 

「マ…マイが全て言ってしまったが、要はそういうことだ。織斑、お前は決して実力を認められた訳でもなく、選ばれた訳でもない。全てはお前を守る為、お前のデータを取る為に与えられるんだ」

「それは、さっきのオリヴァーの説明でめっちゃ分かったよ……」

 

 流石の一夏も、あそこまで懇切丁寧に教えられれば理解せざる負えない。

 と同時に、これから先の勉強に置いて非常に心強い味方を得たと喜んでいた。

 

「説明ご苦労だった。もう座っていいぞ」

「はい」

 

 皆から拍手をされながら、オリヴァーは恥ずかしそうに席に座った。

 その仕草で更にファンを増やしたのは言うまでも無い。

 

「織斑先生」

「なんだ、デュバル?」

「一夏の専用機に関してですが、どんな機体なのかもう判明しているのですか?」

「あぁ。機体自体はまだ届いていないが、基本スペックなどの情報に関しては先に送られてきたからな。だが……」

「はい……」

「???」

 

 なにやら頭を痛そうに抱える教師二人に、全員が小首を傾げる。

 

「まさか、とんでもない低スペックの機体が送られてきたのでは……」

「いや、そうではない。性能自体は非常に高かった。第三世代機なのだが、並の専用機よりも機体性能は高いだろう。だが…武装がな……」

「実は……」

 

 なにやら凄く言い難そうにしている二人。

 そんなにも武装が酷いのかと懸念していると、真耶が渋々といった感じで発表した。

 

「剣一本だけなんです」

「「「「「「……はい?」」」」」」

 

 聞き間違いか?

 思わず変な声が出てしまったが、真耶の顔色は全く変わらない。

 

「織斑君の専用機は、剣が一本しか装備されてないんです」

「なんじゃそりゃぁぁぁぁぁぁぁっ!!?」

 

 そう叫んだのは、一番の当事者である一夏本人。

 それ以外はポカ~ンと口を開けたまま呆けている。

 

「一体何を考えたのかは知らんが、あれではまともに試合なんて出来ん。熟練者ならばいざ知らず、まだ碌にISに乗った事も無いような素人に与えていい機体じゃない。どう考えてもミスチョイスだ」

「じゃ…冗談だよな? 今は剣一本だけだけど、後でちゃんと他の装備も使えるんだよな?」

「いや、データを見る限りでは、あの剣以外の武装は装備できないようだ」

「なんでやねん」

 

 思わず一夏が関西弁になるのも無理はない。

 常識的に考えても、剣一本だけで高速移動するISに肉薄しろなどと、狂気の沙汰ではない。

 

「お前は公式の試合などには出ない方がいいかもしれんな。出たら最後、相手の格好の的になるだけだ」

「いや…でも、頑張ればなんとかなるんじゃ……」

「では想像してみろ。目の前にはマシンガンやミサイルランチャー、バズーカなどを装備した相手がいて、相対する自分は剣一本だけ。一秒後には弾丸やミサイルの雨霰が自分に向かって降り注ぐ光景を」

「一瞬で蜂の巣ですね。分かります」

 

 なんとか反論したかったが、千冬のプロならではの意見に完全論破されてしまう。

 少し前までの脳筋な考えの一夏ならば『それでも!』とか言いそうだが、今の一夏は三人娘の手によって常識的な視野を手に入れているので、それがどれだけ無理で無謀な事なのかをちゃんと理解していた。

 

「もしも専用機の事で他に分からない事があれば、同じクラスにいる専用機持ち達に相談するといいだろう。幸い、お前の身近に沢山いる事だしな」

「俺の身近に……って、まさかっ!?」

 

 反射的にグルっと後ろを向くと、そこには可愛らしい笑顔を浮かべながら手を振っているソンネンが。

 更に、その後ろの席ではデュバルが『やれやれ』といった感じの顔をし、更に後ろではヴェルナーが良い笑顔でサムズアップ。

 

「……マジで?」

「マジだ」

「「「「「「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!?」」」」」」

 

 非常に貴重な専用機持ちが、あろうことか既に自分達のクラスに存在していた。

 代表候補生であるセシリアが専用機を所持している事は知っていたが、まさか他にもいただなんて全く想像してなかった。少なくとも、他の生徒達は。

 

「これまでにも散々と世話になってるんだ。専用機持ちの後輩として、後で色々と聞いておけ。いいな」

「分かりました……」

 

 自分の知らない所で色んな事が進み、同時に幼馴染達の知らない部分が見え隠れする。

 何とも言えない気持ちになった一夏であった。

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 毎度御馴染み、いつものように皆を観察している篠ノ之束の移動式研究所。

 束とクロエは、モニターの前で完全に固まっていた。

 

「なんですか…あの人は……」

「うわぁ~……」

 

 クロエは本気でドン引きしていて、束は同類を見つけた喜びで目をキラキラさせている。

 

「束さまがもう一人いる! IS学園に金髪碧眼でゆるふわ系美少女な束さまの分身的な女の子がいます~!!」

「うん。言いたいことは分かるけど、そこまで言う?」

 

 滅多に見られないテンションの高いクロエに引いてしまう束。

 けど、束も同じように『自分と同じ感じがする』と思っているので、何にも言えない。

 

「データによると、あの子が『ビグ・ラング』の専属パイロットなんだよね……」

「オリヴァー・マイさん…でしたよね。あの人がカスペンさん達がよく言っていた『束さまと気が合いそうな技術屋』なんですね」

 

 クロエも束の手伝いでビグ・ラングの開発を手伝っているので、アレがどれだけ巨大で強大なのか知っている。

 だからこそ驚きを隠せない。

 完成すれば、どんな戦況も根本から覆してしまう程の性能を秘めているから。

 

「けど…成る程って感じがするよ。確かに、あの子…オーちゃんとは物凄く気が合いそうだよ。スーちゃん達やソーちゃん達が『親友』って言う気持ちも分かっちゃうかも」

「傍から見ていると、とても可愛らしい女の子に見えますけどね……」

「人は見た目じゃ判断できないよ。あの子達がいい例でしょ?」

「そうでしたね。ソンネンさんやデュバルさん、ヴェルナーさん達も見た目は何処にでもいそうな女の子でしたけど、その内に秘めた才能と実力は凄まじかったですから」

「そういうこと。それじゃ、オーちゃんの為にもビグ・ラングを一刻も早く完成させないとね!」

「はい。次は確か、大型ビット兵器『オッゴ』を組み込むんですよね?」

「そうだよ。本来は有人機だけど、小型化しちゃった状態じゃ人間は乗せられないからね。だから、ビグ・ラングから無線誘導が可能な小型無人機的な扱いにすればイケると思って」

「オッゴ自体にも後付けで様々な武装を懸架可能……汎用性に富んだビット兵器というのも斬新ですね」

「これでビグ・ラングは更に強くなる。『亡霊』との決戦にも盤石の態勢で挑めるよ」

 

 束とクロエもまた、最後の決戦に備えて着実に準備を進めている。

 真紅の異形が完成した時こそが、決戦の狼煙が上がる時か、それとも……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




技術屋、まさかの活躍。

ISで戦うばかりが全てではないのです。

次回は生徒会室訪問で、カスペンとの久々の再会になる?


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生徒会訪問

ずっと探していたHGUCヅダをようやく見つけました。

ついでに、同じように探していたHGUCジェガン(エコーズ使用)も。

やっぱヅダはカッコいいですね。

本気で痺れました。







 予定通り、デュバル達を筆頭とした新入生達は放課後に生徒会室へと向かっていた。

 

「生徒会室か。職員室とはまだ別の意味で緊張するな」

「生徒会に入ってないと、行く機会なんて滅多に無いからな」

「それはいいけど……」

 

 ソンネンはジト目で前方を悠々と歩く本音を見た。

 実は、さっきからずっと彼女が集団を先導していたのだ。

 

「どうしてオレ達と同じ新入生である筈の本音が、生徒会室の場所を知ってるんだ?」

「あれ~? 言ってなかった?」

「何をだよ」

「私~…生徒会役員なんだよ~」

「「「「「「「「「「…………」」」」」」」」」」

 

 いきなりの衝撃発言に、思わず全員が無表情になる。

 

「因みに役職は?」

「書記ぃ~」

(((絶対に無理だろ……)))

 

 どんなに頑張っても、本音が会議などでホワイトボードの前で字を書いている姿が想像出来ない。

 歴戦の三人娘でも、流石に不可能な芸当だった。

 

「本音ちゃんが生徒会ね~…いいんじゃないか?」

「でしょでしょ~? ワッシーはわかってますな~」

「「はっはっはっ!」」

 

 もう一生、二人でコントしてればいいと思う。

 美少女漫才師として意外といい線までいけるかもしれない。

 

「……大佐も大変だな」

「全くだ……」

 

 これから会いに行くカスペンの気苦労を考え、静かに天井を見つめるデュバルとソンネンであった。

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

「ついたよ~」

「ここがそうなんだね」

 

 到着した生徒会室の扉は、機能性重視の機械的なデザインである他の部屋とは違い、趣を重視したかのような西洋風の扉になっていた。勿論、手動。

 

「コンコ~ン。皆を連れてきたよ~」

 

 軽くノックをしてから、本音が重々しい扉を開ける。

 片手で開けていた事から、見た目に反して実は軽いのかもしれない。

 

「かいちょ~。おね~ちゃ~ん。来たよ~」

「よく来たな本音。そして……」

 

 生徒会室の中には、大きな楕円形の円卓が中央にドンッと置いてあり、その周りに椅子が並べられ、壁に沿って棚や観葉植物などが置いてあった。

 

 その円卓の中央にて腕を組んで堂々と座っているのが、我等が美幼女生徒会長であるヘルベルト・フォン・カスペンである。

 

「待っていたぞ、諸君」

 

 全員の顔、特に自分の同志である603技術試験隊のメンバーを見た途端、すぐに少女らしい笑顔を浮かべた。

 普段は規律正しくしている彼女が素を見せれる、数少ない者達だから当然かもしれない。

 

「おぉ…入学式において壇上に登っている姿を見た時も相当だったが……」

「こうして近くで見ると、破壊力が桁違いですわね……」

「うん……凄く可愛い……」

 

 剣道少女である箒も、英国貴族であるセシリアも、物静かな簪も、元を辿れば普通の女の子なのだ。

 遺伝子に刻まれた本能として、可愛いものには目が無かった。

 

「へぇ~。こいつらがお前が話してた新入生か? 楯無」

「そうよ、ヘンメちゃん」

「ヘンメ? まさか……」

 

 少し離れた場所に楯無と一緒に座っていた、スタイル抜群の眼帯の美女。

 ドイツから来たメンバーはともかく、ずっと日本にいた者達にはすぐには分からなかった。

 

「お久し振りですね。ヘンメ大尉」

「おう。お前達も元気そうだな」

「やっぱり、彼女がそうなのか?」

 

 大人びた笑みを浮かべながら立ち上がり、皆の元まで歩いていく。

 

「お前達とは『初めまして』だよな。オレが『ヨルムンガンド』の運用を任されているヨーツンヘイムの砲術長『アレクサンドロ・ヘンメ』だ。一応、元の階級は大尉だった。よろしく頼むぜ、お三方」

 

 そっと差し出された手を握りしめ、しっかりと握手をしていく三人。

 自分達よりも先に隊に配属され、仲間達を守ってくれた彼女には感謝の念しかない彼女達は、この出会いをずっと待ち焦がれていた。

 

「こちらこそよろしくお願いします。ジャン・リュック・デュバル少佐です」

「なんだか、アンタとは気が合いそうだな。デメジエール・ソンネン少佐だ」

「ヴェルナー・ホルバイン少尉だ。あんた、本当に高校生かよ? パッと見、OLとかにしか見えないんだけど」

「はっきりと言うじゃねぇか。そう言う奴は嫌いじゃないぜ。それと、オレの場合は人よりも発育がいいだけだ。気にすんな」

「「「発育がいい……」」」

 

 そう言われて、思わず三人は箒の方を見る。

 彼女達の身近にも『発育がいい』少女が存在したのをすっかり忘れていた。

 

「お前さん達もよろしくな。こいつらと仲良くしてくれると嬉しい」

「は…はい! こちらこそよろしくお願いします! 篠ノ之箒です!」

「セシリア・オルコットですわ。よろしくお願いいたします」

「更識簪です。こちらこそ、お姉ちゃんをよろしくお願いします」

「簪ちゃんっ!?」

 

 明らかに雰囲気の違う二年生に緊張する箒と、優雅に挨拶をするセシリア。

 こればかりは経験の差なので仕方がない。

 しれっと姉の事を引き合いに出す簪は流石のやり手である。

 

「立ち話は其処までにして、そろそろ座るといい。虚」

「はい、会長」

「彼女達に紅茶を淹れてやってくれ」

「畏まりました」

 

 丁寧にお辞儀をして、虚が静かに奥の部屋へと去っていく。

 

「あの人は?」

「彼女は三年生の『布仏虚』。そこにいる本音の二つ上の姉だ」

「「「「「「「「…………」」」」」」」」」

 

 ここでまたもや黙る面々。

 数秒後、モニクが代表して本音の肩にそっと手を沿える。

 

「大丈夫。いつの日かきっといい事があるわよ」

「???」

 

 謎の励ましに疑問符しか浮かばない本音だった。

 

「で、其処の男子はどうしてずっと黙っている?」

「な…なんで小学生がここにいるんだ……?」

「あ?」

 

 前にも言ったが、一夏は入学式の時、ガチガチに緊張していて碌に話を聞いていないばかりか、檀上に登っていたカスペンの事も全く見ていない。

 つまり、これが彼が初めてカスペンを見た瞬間だったのだ。

 何も知らない彼が、見た目完全美幼女な現役高校生であるカスペンを見て、このような反応をするのは当然の事だった。

 

「あ~あ。オレ知~らね」

「え? え?」

「織斑君…この人こそが、IS学園の生徒会長で三年生のカスペン先輩よ」

「せ…生徒会長で三年生っ!? マジでッ!?」

「マジだ。確かに、自分の容姿が幼いのは自覚があるが、別に飛び級をしたわけでもなく、特別な事情があるわけでもない。私は正真正銘、立派な18歳の現役高校生だ」

 

 ダメ押しで自分の生徒手帳を見せつける。

 それを見て、一気に一夏の顔が青く染まった。

 

「す…すんませんでした! 人の見た目に何か言うなんて最低な事なのに…俺……」

「なに、ちゃんと謝ってくれれば、私としては何も文句は無いよ。ただし……」

「た…ただし?」

 

 カスペンの目元に謎の影が出てきて、何故か『ゴゴゴ……』という効果音まで出てきた。

 

「君にはドイツにいた頃に私達が散々した『織斑教官直伝トレーニング』を叩き込んでやろう♡」

「めっちゃ根に持ってたよ、この人っ! つか、今なんて言いましたッ!? 千冬姉直伝っ!?」

「君も、織斑先生が少し前にドイツに渡って軍の教官をしたのは知っているだろう?」

「それはまぁ……」

「その時、彼女が来たのが、私が隊長を務めている部隊なのだよ」

「二重の意味でうそ~んっ!? 会長って軍人なんですかッ!?」

「その通り。私はドイツにおいて特殊部隊の隊長を務め、同時にドイツの国家代表でもあるのだよ」

「しかも国家代表ッ!?」

「因みに、そこで鼻血を出して恍惚の笑みで気絶している楯無は、自由国籍にてロシアの代表となった猛者だ」

「それもそれで凄いけど……会長と違って全く威厳を感じない……」

 

 さっきのカスペンの笑顔が楯無の心にクリーンヒットし、彼女はだらしない笑顔のまま気を失っていた。

 当然、その光景を一部始終見ていた簪は、絶対零度の瞳で姉の事を軽蔑していた。

 

「もう…どこからツッコんだらいいのやら……千冬姉……回り回ってとんでもない事をしやがって……」

「大丈夫よ。五ヶ月もすれば体も慣れるわ」

「ま、確実に強くはなれるな。先に体が潰れなきゃ…だけど」

「頑張れ」

「全く感情が籠ってない激励を受けても全くやる気が出ないんですけどッ!? つーか、アンタ等もやった事あるのかッ!?」

「「「うん」」」

 

 チフユ・ザ・ブートキャンプ改め、カスペン・ザ・ブートキャンプ。

 現在も参加者絶賛募集中。

 詳しい事はIS学園生徒会まで。

 

「なに、私は三年生だから卒業までの一年間しか時間は無いが、終わった頃には口癖が『ジークジオン!』になるレベルには鍛え上げて、何処に出しても恥ずかしくない立派なジオン軍人にしてやる」

「別に俺は軍人になる気は全く無いんですけどッ!? っていうかジオンって何ッ!?」

 

 全員集合したことで柄にもなくはしゃいでいるのか、カスペンの怒涛のボケの連続に一夏がツッコむという形が完全に生まれていた。

 意外と気が合う二人なのかもしれない。

 

「あら。なんだか賑やかですね。どうしたんですか?」

「ウチの会長が後輩で遊んでるだけだよ」

「まぁ……ふふふ……」

 

 人数分の紅茶とお茶請けを持ってきた虚が騒ぎに気が付くが、傍までやって来たアレクから事情を聴き、二人揃って子供を見守る母親の様な慈しみの視線で皆を眺めていた。

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

「「「「「「「「「美味しい!!」」」」」」」」」

 

 場が何とか収束し、虚の淹れた紅茶を皆で飲むと、全員がその味に思わず声を上げてしまう程に感動した。

 

「これが紅茶なのか……。これまでに余り飲んだ経験はないが、ここまで美味な飲み物なのか……」

「いえ。これは単純に布仏先輩の腕が非常に優れているからですわ。これ程の味を出せる紅茶…イギリスでもどれだけあるか……」

「本場の方に褒めて頂いて光栄です」

 

 普段から緑茶などしか飲まない箒にとって、虚の紅茶は余りにも衝撃的で、今まで数多くの紅茶を嗜んできたセシリアですら驚きを隠せないレベルに美味だった虚の紅茶。

 気が付けば、あっという間にカップが空になる。

 

「本音ちゃんのお姉さんはスゲェな……」

「えへへ~…自慢のお姉ちゃんなんだ~」

「そっかそっか」

 

 まだ出会って二日しか経過してないのに、もう長年連れ添った親友同士のように仲がいい本音とワシヤ。

 それを見て、姉である虚も嬉しくなった。

 

「貴女が本音と一緒に住んでいるヒデト・ワシヤさんですね。初めまして。本音の姉の布仏虚です」

「ヒデト・ワシヤです。まさか、本音ちゃんにお姉さんがいて、しかも三年生だったとは思わなかったッス」

「私もISには興味がありますから。貴女のような子が本音と友達になってくれて嬉しいです。これからも、仲良くしてあげてくださいね」

「いやいや。こっちこそ本音ちゃんと一緒の部屋になれて嬉しいですよ。同郷の仲間はいるけど、それとは別にこっちで友達は作りたいって思ってたから。その第一号が本音ちゃんみたいに明るい子だなんて、オレにとってはマジで良かったって思ってますよ」

「ワッシー…♡」

 

 同居人をべた褒めするワシヤに、本音が潤んだ目で彼女を見つめる。

 本音のワシヤに対する感情が友情から変化するのも時間の問題かもしれない。

 

「で、さっきはなんだか流れてしまったが、君が織斑千冬先生の弟である織斑一夏君だな?」

「は…はい!」

「そこまでまだぶっ倒れている楯無から聞いているとは思うが、これから生徒会が君の護衛につくことになる」

「らしいですね。まぁ…デュバル達から俺の貴重性については散々と聞かされてきたんで、俺に護衛が付くのは納得してます」

「そうか。ならば話は早いな」

 

 虚の淹れてくれた紅茶を一口飲んでから、脚と腕を組んで背凭れに体を預ける…が、どう見ても背伸びした子供にしか見えないので、却って微笑ましい姿になってしまう。

 

「護衛と言っても、そう堅苦しい事じゃない。精々、何かあれば私達の誰かに連絡をしてくれればいい。その程度さ」

「え? そんなんでいいんですか?」

「当然だ。君のプライベートを邪魔する気は無いし、ちゃんとそこら辺は尊重するつもりだ。要は『護衛をしている風』をお偉方に見せていればいいのさ」

「おぉ~…」

 

 この幼女、めちゃくちゃ凄い。

 人は見た目ではない事を再認識した一夏であった。

 

「だが、流石に学園の外に外出する際は私達に誰かと一緒に行動して貰うがな。理由は…分かるな?」

「はい。一度でも学園の外に出てしまえば、そこではもう学園のルールが通用しないから…ですよね?」

「正解だ。どうやら、彼女達に相当に扱かれたと見える」

「ははは……」

 

 冷や汗を垂らしながら苦笑いを浮かべる一夏。

 本当に、三人には感謝の念しかない。

 

「私達と連絡交換をして、外出する時に一報をしてくれればいい。そうすれば、こちらから君の元まで行こう」

「それって……」

 

 生徒会メンバーと一緒に外に出ると言う事は、下手をすればデートのようになるということだ。

 これまでにもソンネン達と似たような事はしたことはあるが、見知らぬ女子となると流石に気恥ずかしい。

 弾に知られれば、間違いなく血の涙を流す事だろう。

 

「どうかしたか?」

「いえ…なんでもないです」

 

 目の前の美幼女な先輩と二人きりで出かける事もあるのだろうか。

 誰かに見られたら、絶対にデートじゃなくて兄妹のお出かけに見られるだろう。

 それはそれで、嬉しいような悲しいような。

 

 久し振りということで話は盛り上がり、まだまだ終わりそうにない。

 生徒会室は、今までで一番の賑わいを見せていた。

 

 

 

 

 

 

 

 




キャラが勝手に動く現象のせいで次回に続くのじゃ。





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楽しい生徒会

前回に引き続き、生徒会室での話です。

今回は、原作でもあった『とあるフラグ』が既に崩壊していることが示唆されます。

それにより、一夏に対する『とあるヒロイン』のフラグが完全消滅します。











 生徒会室にてカスペン達と初邂逅を果たした一夏達と、久し振りの再会になった603メンバー。

 これまでずっと待っていただけあって、話す事は本当に沢山あり、生徒会室は今までで一番の賑わいを見せていた。

 

「そうだ。新入生の諸君はもう部活の方は決めたのか?」

「「「部活?」」」

「ですか?」

「そうだ。このIS学園は校則もかなり特殊でな。何故か全校生徒に部活所属の義務が課せられているんだ」

「しかも、大会の類には出場できず、あくまで『趣味の延長線上』としての部活のようなのです」

「なんだそりゃ……」

 

 なんとも意味不明な校則をカスペンから聞かされ、困惑しながらも呆れる一同。

 特に、特殊な事情で入学した一夏はかなり困った顔をしていた。

 

「お前達の気持ちも分かるよ。一年の時の私達も同じ心境だった」

「最初は驚いたわよね~」

「今となっちゃ、どうでもいいけどな」

 

 上級生にとってはもう過ぎた話なのか、なんとも達観した意見だった。

 

「部活か…どうするかな」

 

 今思えば、中学時代には部活なんて何も入っていなかったデュバル達。

 車椅子であるソンネンは仕方がないとしても、他の二人が入っていなかったのは単純に孤児院の事が忙しかったからだ。

 だが、今いるIS学園は寮生活。

 つまり、今ならばこれまで出来なかった部活動が出来るということだ。

 

「私は今度、箒と一緒に剣道部に見学に行くことになっている」

「つまり、私とデュバルはもう決定しているに等しい」

 

 なんでか胸を張ってドヤ顔を見せる箒。

 それを見て簪が少しだけ殺気を漏らしたのは内緒。

 

「ついでだ。一夏も剣道部に来るといい。箒と一緒に一から鍛え直してやる」

「それはいいな。デュバルから相当に鈍っていると聞かされているからな。この際だ。徹底的にやってやろう」

「マジかよ……。いや、変に迷うよりはそっちの方が良いだろうし…俺も剣道部ぐらいが妥当だと思ってたし……」

 

 剣道部。早くも新入部員三名確保。

 

「新しく部活を作るのはアリか?」

「出来るぞ。部員を五人以上集めてくれば設立可能だ」

「じゃあ『戦車部』なんてのは……」

「いや、流石にそれは却下だ」

「なんでだっ!?」

「IS学園に戦車なんてあるわけないだろう? 仮に設立できたとしても、予算会議で即座に却下が出るぞ。戦車一台でどれだけの金が掛かるか、分からない少佐じゃあるまい?」

「うぐ……!」

 

 真正面から完全論破されて少しだけ落ち込むソンネン。

 よくよく考えれば無理な相談だった。

 

「ここは大人しく諦めな。オレも入学した時は大佐に『大砲部』を作りたいって進言したけど、すぐにダメだって言われちまったし」

「あんたもかよ……」

「それ以前の問題として、どうして『大砲部』や『戦車部』が通用すると思った?」

「「なんとなく、イケるかな~って」」

「なんとなくって……」

 

 戦車乗りと大砲屋。

 ある意味で似た者同士な役職の二人は、性格もそっくりだった。

 

「戦車道……したかったな~…」

「あれはあくまでアニメの話だからな?」

 

 ソンネンは『ガルパン』の熱狂的なファンだった。

 劇中に出てきた戦車の模型もちゃんと持っている。

 

「んじゃ、『模型部』ってあるか?」

「それならあるぞ。部員も募集していた筈だ」

「マジか。なら其処に決めるか。後で入部届を職員室に貰いに行かないとな」

「その必要はない。虚」

「はい、会長」

 

 カスペンが命じると、虚が端の方に置いてある棚から人数分の書類を持ってきた。

 

「職員室だけでなく、この生徒会室にも入部届はあるんだ」

「流石は生徒会室……この手の物はちゃんと揃ってるんだな……」

 

 書類を受け取りながら関心する一夏。

 それで思い出す。中学の時の生徒会室にも色んな物があった事を。

 

「少尉はどうするんだ?」

「ん~……『釣り部』ってあるか?」

「無い。少尉は釣りが好きなのか?」

「釣りが好きって言うか、海とかに関わること全般が好きなんだよ。ほら、オレって漁師の孫だし」

「そうだったな」

 

 ここでは敢えて言わなかったが、元海兵であることもまた大きく起因しているのだろう。

 いつもならば、ソンネンのように自分も設立しようと言ってみるところだが、ニュータイプ的な勘でそれは無意味だと悟り、すぐに頭の中で他の妥協案を考える。

 

「水泳部は?」

「そっちならちゃんとあるわよ。一応、授業で使うプールもあるし。ヴェルナーちゃんは泳ぎが得意なの?」

「おう。ガキの頃はよく、ちょっとした崖から飛び込んだりしてたもんさ」

「み…見た目通りにワイルドな女の子なのね……」

 

 幼い頃のヴェルナーが大自然に囲まれた場所で海に飛び込む姿が容易に想像出来た楯無。

 同時に、幼女だった頃にヴェルナーを妄想して顔がにやけてしまう。

 

「他の皆はどうする?」

「別に、今すぐに入らなきゃダメって訳じゃないから。ここで無理に決める必要はないわよ?」

 

 そう言われても、いつかは必ず入らないといけないと分かっていると、今決めた方が良いんじゃないかと思ってしまうのは当然。

 だからこそ迷ってしまう。どんな部活に入ろうかと。

 

「いざとなれば、この生徒会に入るってのも一つの手だがな」

「は? なんでそこで生徒会の話が出るんスか?」

「実は、IS学園では生徒会も部活の一つとして扱われているんだ。もしも、本当に何もしたい部活が無かった時は、ここに来るといいだろう。君達ならば、誰が来ても私達は大歓迎だ」

 

 カスペンの話を聞き、ようやくワシヤは得心がいった。

 本音が初日から余裕だったのは、既に生徒会メンバーに入っていたからだと。

 

「私はテニス部に入部する予定ですわ。祖国でもよくテニスをやっていましたから」

「へぇ~…そいつは凄いじゃねぇか。暇な時にでも見学に行ってやるよ」

「ソンネンさんなら、いつでも大歓迎ですわ」

 

 同じ部屋だからなのか、一日でかなり仲良くなったソンネンとセシリア。

 とても、一週間後に試合をする者達とは思えない。

 

「簪ちゃんは?」

「私は『漫画研究会』に入ろうかと思ってる」

「あぁ~……」

 

 それには一瞬で納得。

 簪は俗に言う『オタク』なので、そういった部活に入るのは必然だった。

 

「私は生徒会に入らせて貰えませんか?」

「え? モニクさん…本当に?」

「えぇ。多分、私は他の部に入るよりは、ここの方が性に合いそうなのよね」

(元は総帥府所属だったしな……)

 

 前世での経験が故に、こういった場所の方が却って落ち着くのかもしれない。

 どのような理由であれ、彼女が頼りになる人材である事には違い無いので、カスペンからしたら断わる理由は無かった。

 

「いいだろう。私達は喜んで歓迎しよう。これからよろしく頼むぞ」

「はい!」

 

 これで、残るはオリヴァーとワシヤの二人だけ。

 昔もよくつるんでいた二人が残されるのは、なんだか皮肉である。

 

「オレっちも生徒会に入ろうかな~」

「貴女も? 本気?」

「本気も本気ッスよ。ほら、ここには本音ちゃんもいるし」

「ワッシ~…♡」

 

 なんとも安直な理由だが、それでも本音としては非常に嬉しかった。

 着実に本音の好感度を上げていくワシヤ。

 これは、冗談抜きで二人が結ばれる日も近いかもしれない。

 

「ボクは……」

「技術中尉。実はだな、君にぴったりの部活があるんだが…行ってみないか?」

「ボクにピッタリの部活?」

「その名も『技術部』。整備班に所属する生徒で構成された部活だ。貴官ならばすぐに馴染めるだろう」

「技術部……」

 

 自分でも驚くほどにしっくりくる響き。

 技術士官であった自分の為に存在するような部活ではないか。

 

「ちょっち質問。整備班って何だ?」

「IS学園は二年から操縦などを勉強する者達とは別に、機体の整備技術などを専攻する者達とで分かれる。それを『整備班』と呼んでいる。因みに、其処にいる虚も整備班で専攻している生徒の一人だ。主に私の専用機の整備を頼んでいる」

「そうだったんですか……」

「そこまで誇るような事でもありませんが……」

 

 身近に自分と同じような人間がいた。

 オリヴァーの目が急に輝き始め、キラキラとした視線を虚に送り出した。

 

「ボク……技術部に入ります。なんだか凄く気になります!」

「そう言うと思っていた。明日にでも見学に行ってみるといい。きっと気に入る筈だ」

「了解です!」

 

 とても生き生きとした表情で敬礼をしたオリヴァーの顔を見て、目が釘付けになってしまった一夏。

 やっぱり、正統派ヒロインは強い。色んな意味で。

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

「そう言えば、噂で聞いたぞ? 今度、ソンネン少佐とオルコット嬢とで試合をするらしいな?」

 

 これまた突然の話題変更。

 今度のカスペンは、さっき以上にワクワクウキウキしているようだった。

 その証拠に、頭のアホ毛が犬の尻尾のように激しく揺れて、その大きな目はキラキラしていた。

 

「昨日の今日で、いつの間に噂になってたのかしら……」

「学校ってのは一種の閉鎖社会だしな。少しでも噂の種が生まれれば、広がるのなんてあっという間だろうさ」

 

 なんとも実感の籠ったソンネンの言葉。

 これは何も学校だけに当て嵌まらない。

 会社や軍といった場所も十分に該当する。

 要は、集団生活をしている場では例外なく、噂話はあっという間に広がっていくものなのだ。

 

「多分、黛の奴が広げたんだろうな。あいつ、無駄に地獄耳だし」

「そうでしょうね。あの子の嫌な笑いが目に浮かぶようだわ」

 

 二人揃って大きな溜息を吐く楯無とアレク。

 どうやら、その『黛』とやらには相当に迷惑しているようだ。

 

「誰ですか? その黛とかいう人物は」

「黛薫子。二年生でアレクと楯無のクラスメイトで整備班。そして、新聞部の副部長をしている」

「お姉さんがプロの記者をしているとかで、それを目指して色々と頑張っているのですが……」

「どうにも空回りしてるっぽいのよね~。よく捏造とかもするし」

「新聞部なのに捏造って……」

 

 生徒会役員たちからの説明を聞き、頭が痛くなるモニク。

 生真面目が服を着て歩いているような彼女からすると、捏造なんてもってのほか。論外なのだろう。

 

「勿論、当日は私も見に行くからな! 二人の雄姿が今から楽しみだ!」

「「そ…そうですか……」」

 

 物凄く期待している純粋無垢なカスペンの瞳を見て、ソンネンとセシリアは二人揃ってこう思った。

『これは無様な試合は出来ないな』…と。

 

「もしかしたら、試合の日はアリーナが観客席が生徒達で埋まるかもしれないわね」

「特に新入生達は上手い具合に食いつくでしょうね。入学して一ヶ月も経過しないうちに、早くも代表候補生の試合が見れるのですから」

「今はそう思わせておけばいいさ。試合が終わってから、その場にいた生徒達が思い知る事になるだろう。咆哮と共に戦場を駆ける鋼鉄の狼の恐ろしさをな」

 

 実際、カスペンが一番楽しみにしている事はそれだった。

 足が不自由だから。車椅子だから。

 ソンネンの事をそんな先入観で見ている生徒達の考えを、真っ向から粉々に打ち砕く瞬間を。

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

 生徒会での話が終わり、全員が学生寮へと帰ろうとする中、簪だけが一人残っていた。

 

「それで? 私に話したい事とは何かな?」

「あの…生徒会長……ありがとうございました!」

 

 いきなり頭を下げて礼を言う簪。

 事情を知らないアレクは目をパチクリとして、逆に事情を知っている楯無と虚は嬉しそうに微笑んでいた。

 

「倉持技研の人から聞いたんです。『例の件』で開発が中止になりそうになっていた私の専用機である『打鉄弐式』に自分の機体の戦闘データや運用データを使って開発を再開させるように訴えた人がいて、それがIS学園の生徒会長だって……」

「やれやれ。そんな事を吹聴したがるのは、篝火主任とかか。全く…私は別に恩を着せる為に協力したわけではないというのにな……」

 

 呆れながらも、ちゃんと自分に向かって礼を言った簪に感心するカスペン。

 同時に確信した。自分のやった事は間違いではなかったと。

 

「私の機体も同じ『打鉄弐式』だしな。装備や仕様が違うとはいえ、基本的な部分に大した違いは無い。上手く流用出来たようでなによりだ」

「はい。あと少しで完成するって、この前、電話がありました」

「そうか。まぁ…仕事自体はちゃんとしてくれる連中だしな」

 

 人間性は二の次。重要なのは『使えるか、使えないか』。

 軍人らしい思考の末、カスペンは倉持技研を技術的な面では信用するようにしていた。

 

「けど…どうしてあんな事を……」

「善意が半分、打算が半分と言ったところかな」

「えっと……?」

 

 何が言いたいのか、いまいちよく分からなかった簪は首を傾げる。

 

「目の前で才能ある人間が大人の都合によって潰されていく様を傍観出来なかった。私もよく知っているんでね……似たような目に遭って、優れた才能や技術を無残にも潰されていった者達を……」

 

 敢えてここでは名前は出さなかった。

 今の彼女達には無縁の事だろうから。

 

「今のが『善意』の部分だ」

「じゃあ『打算』の部分は……?」

 

 少し楽な体勢になって椅子に座り直し、ジッと簪の顔を見つけた。

 美幼女に凝視されて、恥ずかしそうに視線だけを逸らしてしまった。

 

「来たるべき『決戦』に備えて、どうしても君の存在が必要だと判断したからだ」

「決戦……?」

「そう…裏で蔓延っている『亡霊共』との決戦だ」

「それって…もしかして……」

 

 簪とて『更識』の人間だ。

 『亡霊』と聞かされただけで、すぐにそれが何を指す単語なのかを理解した。

 

「楯無から聞いたよ。君には非常に優れたプログラミングスキルがあるそうじゃないか」

「それは……」

「私達は、良くも悪くも前線で戦う事しか能のない連中ばかりだ。かく言う私だって、最前線で指揮をしながら戦うので精一杯になるだろう。だからこそ、君の様な能力を持つ者は貴重なんだ。電子戦に強く、しかも日本代表候補生としての実力も兼ね備えている。正直、それを聞かされた時は絶対に君を味方につけようと思ったぐらいだ」

「私を…味方に……?」

 

 今まで、誰にも言われたことが無かった言葉。

 初めて会ったカスペンに言われた一言が、簪の胸に深く突き刺さった。

 

「勿論、他にも私の知り合いの中で電子戦に強そうな人間がいるので、彼女にも応援を頼むつもりだが、それでも必ず限界はある。人間、一人で出来る事にはどうしても限界があるからな……」

 

 軍属の人間だからこそ、強い説得力を持つ言葉。

 信頼する仲間達と協力することで、一人の力が何倍にも膨れ上がる事を身を持って知っているからこそ言える言葉だった。

 

「だから、改めて頼みたい。『更識楯無の妹』としてではなく、『日本代表候補生 更識簪』として、私達に力を貸してくれないか」

 

 真っ直ぐで真摯な瞳。

 自分の気持ちを偽りなく言われて、首を横に振るような人間ではなかった。

 

「私なんかで良ければ…喜んで協力します」

「そうか……ありがとう……!」

 

 椅子から降りて、簪の元まで歩いてきてからの、彼女の手を取ってから感謝の握手。

 自分よりも一回りも小さな手を見て、簪は胸が急に苦しくなる。

 

(この人は…こんな小さな手と身体で、色んな物を一人で背負おうとしてるんだ……)

 

 庇護欲のような、母性のような、言葉に出来ない気持ちが簪の心を満たしていく。

 守りたい。支えてあげたい。

 この小さくて強い、勇気ある生徒会長を。

 

(あぁ…そっか。だから、お姉ちゃん達はこの人の下で頑張ってるんだ……)

 

 見た目の可愛さだけでなく、その心でも人々を魅了していく。

 姉たちの気持ちが少しだけ理解出来たような気がした簪だった。

 

 

 

 

 

 

 

 




簪、実は密かに一夏へのフラグが折れていた件。

その代り、カスペンやモニクに対する好感度が爆上がりしていきます。




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その出会いは必然だった?

今回はとあるキャラの初登場であると同時に、繋ぎと言う名の日常回。

個人的には、そのテンションが好きなので気に入っているキャラです。

性格がハッキリとしているので、非常に動かしやすいですしね。







 ローランツィーネ・ローランディフィルネィは、一年三組に所属しているオランダの代表候補生である。

 典型的なレズビアンで、名目上は『代表候補生としての研鑽をするためにIS学園に来た』とされているが、本人はそれとは全く別の目的がある。

 その目的と言うのが、『IS学園にて記念すべき100人目の恋人を見つける』事なのだ。

 あくまで本人申告なので確たる証拠はないのだが、彼女は祖国に99人の恋人(全員が女性)がいるらしく、色んな意味で欲深い彼女はそれだけでは飽き足らず、政府のお偉方に口八丁手八丁で見事に言いくるめ、IS学園にやってきた経緯があり、学園内にて100人目の恋人をゲットすべく入学初日から早くも行動を開始していた。

 

 そんな彼女は今、校舎内の廊下を恍惚とした顔で優雅に歩いていた。

 

「ふぅ……流石は天下に名高いIS学園だ。どこを見ても美少女や美女ばかり。本当に目移りしてしまうよ。特に、入学式で見た生徒会長……」

 

 目を瞑り、頭の中で当時の光景を思い出す。

 彼女は、こと美少女関係になると途端に神憑り的な記憶力を発揮する。

 

「あぁ……今思い出しても、本当に可愛らしかった……♡ あの小さな体で一生懸命に話をしていた姿……是非とも、彼女にこそ私の100人目の恋人になって欲しい……」

 

 他の女の子達に声を掛け捲ってはいるが、彼女の本命は生徒会長であるカスペンのようだ。

 傍見ると犯罪臭がハンパないことを本人は自覚しているのだろうか。

 

「しかし、彼女は最上級生である三年であり、同時に生徒会長でもある。となると、手っ取り早くお近づきになるには生徒会に入る方が賢明か……む?」

 

 腕組みをしながら歩き、カスペンと親密になる方法を考えていると、いきなり彼女の目の前に(本人視点で)とてつもない光景が映り込んできた。

 

「はぁ……あいつら、まだかな~……」

 

 それは、黒い髪の着物風に改造をした制服を着ている車椅子の少女。

 それだけで分かるとは思うが、ロランが見たのは廊下の窓際で珍しく一人で佇んでいるソンネンだった。

 普段は他の仲間達や幼馴染達と一緒に行動をしている彼女は一人でいるのはかなりのレアな光景だった。

 

「か…彼女は……」

 

 ソンネンの姿に、ロランは一瞬で目を奪われた。

 本人は全く自覚なしだが、ソンネンはそこらのアイドルと比較しても遜色が全く無いレベルの美少女だ。

 それこそ、中学時代に密かに他の二人と一緒にファンクラブが作られる程に。

 典型的なレズビアンであるロランが、そんなソンネンに出逢えば、当然のようにとる行動は決まっていた。

 

「そこの見目麗しいお嬢さん……」

「ん? それって…まさかオレの事か?」

「おぉ……なんて美しい声をしているんだ……。一瞬、妖精の囁きかと錯覚してしまったよ」

「なんじゃそりゃ」

 

 いつもは強気なソンネンも、芝居がかった言い回しをするロランには若干引き気味。

 それもその筈。ロランはよく祖国では歌劇をしていて、男装で男役を演じていたのだ。

 

「もしよろしければ、美しい君の名前を教えてくれないだろうか?」

「人に名前を聞きたいんなら、まずは自分から名乗るべきなんじゃないのか?」

「おっと。確かに君の言う通りだ。君の美しさに翻弄された余り、礼を失していたようだ」

 

 普通の少女達が見れば一発で惚れそうな程の笑顔を浮かべながら、ロランはその場に跪き、ソンネンの手を優しく自分の両手で包み込みながら名乗った。

 

「私は『ローランツィーネ・ローランディフィルネィ』。君と同じ一年生で、三組に所属している。そして、オランダの代表候補生もしているよ」

「へぇ~…お前も代表候補生なのか」

「その言い方だと、君には代表候補生の知り合いでもいるのかな?」

「二人程な」

「それは奇遇だな。ふふふ……」

 

 気持ち悪い。

 今までの人生の中で、ここまで露骨に自分がレズである事をアピールしてきた人間はいない為、全く耐性が出来ていなかったソンネンは本気でドン引きしていた。

 足が不自由でなく車椅子じゃなかったら、すぐにでもこの場から走って逃げ出したくなる程に。

 

「それで、今度は君の名前を教えてくれないかな?」

「しゃーねーなぁ……」

 

 渋い顔をしながら頭を掻きつつも、名乗られた以上は名乗り返すのが礼儀と思い、自ら名乗る事に。

 

「デメジエール・ソンネンだ。ソンネンでいい。クラスは一組」

「デメジエール・ソンネン……なんて力強く綺麗な名前なんだ……」

「そーかよ」

 

 お願いだから、本気で誰か助けて。

 心の中でそう願ったのが神に通じたのか、やっとソンネンの待ち人たちがやって来てくれた。

 

「すまない。思った以上に購買部が混んでいてな。買うのに苦労してしまった」

「けど、ちゃんと目的の品はゲットしてきたぜ」

「オリヴァーはどうした?」

「彼女なら、飲み物を買いに行っている。すぐに戻って来る筈だ」

 

 やって来たのは、その手に惣菜パンや菓子パンの入ったビニール袋を下げているデュバルとヴェルナーの二人。

 だが、すぐに彼女達は場の異常に気が付いた。

 

「ところで……お前の前に跪いている彼女は一体誰なんだ?」

「見たことが無い顔だな。ソンネンの知り合いか?」

「ンな訳ねーだろ。なんかいきなり話しかけてきたんだよ。こっちの方が混乱してるッつーの」

 

 困惑しながらも、これでどうにかなると安心しながら戻ってきた二人と話していると、ロランの表情が急に固まった。

 

「う……う……」

「「「う?」」」

「美しい……」

「「「は?」」」

 

 これまた突然の『美しい』発言。

 その言葉が向けられているのは、デュバルとヴェルナーの二人だった。

 

「ソ…ソンネン……この美少女達も君の知り合いなのかい…?」

「知り合いッつーか、仲間…ダチ公だよ」

「ダチ公…つまり、君の友ということだね?」

「まぁな」

 

 二人を見ながら静かに立ち上がり、今度はデュバルの両手を掴んでグイっと体を引き寄せてきた。

 

「私はローランツィーネ・ローランディフィルネィ。白百合の如く美しいお嬢さん……君の名前を聞かせてほしい……」

「ジャ…ジャン・リュック・デュバル……白百合って何だ……」

「あぁ……!」

 

 またも芝居がかった口調で右手を額に当てて、演劇のセリフのような言葉を言い出す。

 もうこの時点で、デュバルはさっきまでのソンネンと同様にドン引きしていた。

 

「なんて可憐な名前なんだ…! デュバル……君の美しさの前では、世界三大美女たちでさえも霞んでしまうだろう……」

「本気で何を言ってるんだ……」

 

 真面目一辺倒なデュバルには、彼女の様なキャラに対するマニュアルは存在していない。

 さっきから何度も目をぱちくりとさせて、誰かがこの状況を打破してくれることを祈っている。

 

「お前、なんか面白い奴だな」

「そういう君は、まるで南国に咲き誇る向日葵の様な魅力を感じるね。さんさんと降り注ぐ太陽に向かって聳え立つ、今までに出逢った事が無い健康的な肉体美……君もまた美しい……」

「初めて言われたな。そんな台詞」

「大丈夫。これから私が毎日のように言ってあげるよ」

 

 デュバルが解放されたかと思ったら、お次はヴェルナーにターゲットが移る。

 だが、彼女の場合は他の二人とは違って、そこまで動揺している訳ではなく、いつも通りにニコニコしていた。

 

「ヴェルナー・ホルバインだ。えっと……」

「私の事は愛を込めて『ロラン』と呼んでくれたまえ。恋人達からも、そう呼ばれているからね」

「「恋人達……」」

 

 達ってなんだ。達って。

 その時点で十分に怪しいのだが、下手にその事にツッコめば、また碌な頃にならないと判断し、ここは敢えて何も言わないで黙っていた…が、そんな事が天然キャラであるヴェルナーに通用する筈も無く……。

 

「なんで複数形なんだ?」

((なんで言っちゃうんだよっ!?))

 

 願いは通じなかった。

 これがニュータイプなのか。(違う)

 

「ふふ……聞かれると思っていたよ。私には祖国に99人の恋人たちがいてね。記念すべき100人目の恋人を探している最中なのさ」

「マジか。なんか凄いな」

((単なるバカじゃないのか……?))

 

 そう思ってしまうのも無理はないが、忘れてはならない。

 ここにいる三人はいずれもロランに狙われている事を。

 

「それにしても……ははは……」

「いきなりどうした?」

「いやね……運命の女神というのは、どうしてこうも気紛れなのかと思ってね」

「「「どーゆー意味だ」」」

「まさか、100人目にしたいと思う女の子が一気に四人も現れるとは……なんてことなんだ! 私は……選べない! 君達の中から一人だけを選ぶだなんて! 仮に私が誰かを一人を選んだとしたら、他の子達が必ず悲しんでしまう……! 私は君達の涙は見たくない……」

((心配しなくても、誰も泣かないよ))

 

 そうツッコみたいが、なんか意味なさそうなので心の中だけに留めておいた。

 

「四人って…他にもいるのか?」

「あぁ。あの可愛らしい生徒会長ともお近づきになりたいと思っていてね」

((よりにもよって大佐かよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!?))

 

 まさかのカスペン狙いだと知り、別の意味でロランの事を尊敬しそうになった。

 幾らなんでも、彼女の事を本気で恋人にしたいと思うのは怖いもの知らずにも程がある。

 仲間や上官としては間違いなく最高の人間だが、一人の女性として見るのはどうなのだろうか。

 前世からカスペンの事をよく知っている二人には、真っ向からそんな事を言われた彼女がどんな反応をするか全く予測が出来なかった。

 

「ははは! お前ってば面白いな!」

((そんな一言で済ますな!))

 

 変な言葉でナンパされた身からすれば溜まったもんじゃない。

 少なくとも、宝塚に対する変な苦手意識が生まれそうなレベルで鳥肌が立った。

 

 とっととここから離れたい。

 何かいい切っ掛けは無いものか……そう考えて色々と模索していると、飲み物を買いに行っていた彼女が戻ってきた。

 

「遅くなってすみません! やっぱり、この時間帯は自販機でも込みますね~」

 

 自分の物なのか、エコバッグのような物に人数分のジュースを入れてやって来たのは、少し息が荒くなっているオリヴァー。

 流石に廊下を走るわけにはいかないので、早歩きで来たのかもしれない。

 

 勿論、突如として現れた四人目の美少女に何の反応もしないロランじゃない訳で。

 

「な…なんという事だ……! またもや最上級の美少女が出てきた…だと…!」

「はい?」

「窓から差し込む陽光に照らされた君は、まるで神に祈りを捧げる神子のように美しい……」

「はぁ……それはどうも……」

 

 自分が褒められている自覚が全く無いオリヴァーは、取り敢えず適当に返事をしておくことに。

 今さっき来たばかりなので、状況が把握出来ないのも無理はない。

 

「あの…この人は?」

「三組の生徒で、オランダの代表候補生なんだと」

「オランダの代表候補生……」

「ローランツィーネ・ローランディフィルネィ。気軽に『ロラン』とでも呼んでくれ。許されるならば、君の名前も教えてくれないかな?」

「えっと……オリヴァー・マイ…です」

「オリヴァー……あぁ! オリヴァー! 君に相応しい可憐な名前だ!」

「そうなんですか?」

「こっちに聞くなって」

 

 一度に四人もの美少女に出会ったロランの暴走っぷりは止まる様子も無く、さっきからずっと廊下のど真ん中でクルクルとポーズを変えながら独り言を繰り返していた。

 

「こんな…こんな事があっていいのかッ!? ソンネンにデュバルにヴェルナーにオリヴァー……一体どうすればいいんだっ!? 私は君達四人を平等に愛したい! だが、しかし………いや、待てよ? なんで私は100人目にばかり拘っていたんだ? 冷静になれロラン……別に彼女達の中から一人を絶対に選ばないといけないなんて決まりは何処にも無いじゃないか! それは、私が勝手に決めたルールに過ぎない! そうだ! 何人目だろうと関係ない! そこに確かな愛さえあれば何の問題も無いのだ!」

 

 完全に自分の世界に入っているロランを余所に、ソンネンは他の三人に向かって軍人時代に学んだハンドサインで『この隙にここから離れよう』と皆に提案し、全員が大きく頷いた。

 一人芝居をしているロランを置いて、ソンネン達は一組の教室へと戻っていった。

 

「私は決めたぞ! 必ず君達四人を私の恋人にしてみせると! ……あれ?」

 

 ロランが振り向くと、そこにはもう誰もおらず、彼女一人だけがポツンと残されていた。

 

「フッ……。まるで、あの出会いが幻であったかのように消えてしまった。だが、この程度で私の決意は挫けない! 君達への愛が私に無限の力を与えてくれるのだから!」

 

 こうして、三人娘とオリヴァーはなんとも厄介な少女に目を付けられてしまったのだった。

 この事を知った時、箒やモニクはなんて反応をするのやら。

 少なくとも、今以上に厄介な事になるのは確実だろう。

 

 

 

 

 

 

 




はい。色んな意味でキャラが濃いロランの登場です。

このシーンだけは初期のプロットの時点で存在していました。

ロランと彼女達を絡めたら面白そうな予感がしたので。







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技術屋ちゃん大興奮

今回は、オリヴァー大興奮(意味深)の話です。

彼女が興奮する事と言えば、勿論……?








「こ…これは凄い!!」

 

 IS学園の格納庫に響くオリヴァーの声。

 彼女の目の前には、ハンガーに固定されているヒルドルブが雄々しく鎮座していた。

 

 来週のセシリアとの試合に向けて、整備をして万全の態勢で挑もうと思ったソンネンは、603のメンバーと一緒に学園に配備してあるISが置いてある格納庫まで来ていた。

 ここは、ISの整備の勉強をする為に技術班の生徒達が入り浸りになったり、授業の一環で訪れる事も多い場所だ。

 

 いつもならば、ここに一夏や箒といったメンバーも一緒にいるのだが、彼らは『自分達がいても大して役に立ちそうにない』という理由から渋々辞退し、セシリアは当然のように来ていない。

 その代り、整備班志望の本音と、そっち方面の知識に明るい簪が彼女達に同行していた。

 

「まさか、ここまで見事にISのサイズまでダウンサイジングされているなんて! 大幅に小さくなっているけど、細かい部分まで全て再現されている! こんな事が本当に有り得るのかッ!?」

 

 さっきからオリヴァーは興奮しっぱなし。

 戦う事よりも、後方で機体の整備などを主としている彼女からしたら、無理ない事なのかもしれない。

 

「いや…有り得てるから、こうして目の前にあるんだろうがよ……」

「確かに、その通りですね!」

 

 目をキラキラさせて振り向き、いつもの大人しいオリヴァーが完全に消えていて、技術マニアの女の子だけがそこにはいた。

 

「マイマイ…すっごく興奮してるね~……」

「あれが、ソンネンさんの専用機…なの?」

「おう。型式番号YIT-05 ヒルドルブ。オレさまの大切な相棒だ」

 

 車椅子がヒルドルブの待機形態である関係上、現在のソンネンは備え付けのベンチに座っている。

 その状態で自慢げに胸を張って腰に手を当てている。

 勿論、そんな事をすれば服が張って、普段は隠れている胸が少なからず強調されるわけで。

 

(ソンネンさん……私よりも大きい……?)

 

 彼女もまた成長期なのだ。とだけ言っておこう。

 

「見た目は完全に戦車だよね」

「まぁな。伊達に『無限の戦車(インフィニット・タンク)』なんて呼ばれてないってこった」

「新しいカテゴリーの第一世代機……。まさか、そんな物をお目に掛かれるなんて……」

 

 簪もまた、ある種のオタクであり、ヒルドルブの様なデザインの機体は非常に好みだった。

 顔はいつも通りのままだが、心の中はオリヴァーと同じように興奮しっぱなしだった。

 

(キャタピラによる無限機動と大きな大砲……めちゃくちゃカッコいい!! このカラーリングも最高だし!! 私の打鉄弐式も似たような色に変更しようかな……)

 

 どうやら、簪はジオン軍特有のダークグリーンが気に入ったようだ。

 次第には自分の機体にジオン軍のエンブレムを刻みたいと言い出すかもしれない。

 

「ホント…相変わらずよねぇ~……」

「全くぶれないというか、それでこそって言うか……」

 

 前世から続き、ドイツでもよく一緒にいたモニカとワシヤの二人は、苦笑いを浮かべながらも腐れ縁の少女の事を生暖かく見つめていた。

 

「久し振りだな……あの感じは」

「けど、なんか安心するよな。あいつがアイツらしい姿を見るとさ」

「かもしれんな……」

 

 デュバルとヴェルナーは、十数年振りに再会した親友の変わらない姿を見て、優しい笑みを浮かべている。

 やっぱり、彼女達にとってオリヴァーは特別な存在のようだ。

 

「ソンネン少佐! 使用弾種も変わらないのですかッ!?」

「何も変わってねぇぞ。オリジナルと同じで、全部の砲弾が使用可能な上、ちゃんとスモーク・ディスチャージャーやマシンガンも搭載してる」

「最高すぎですかッ!?」

 

 さっきから満面の笑みを浮かべっぱなしのオリヴァーは、頬を赤くしてヒルドルブの威容を見上げている。

 嘗て、無念の末に散って逝った誇り高き鋼鉄の狼に敬意を表するように。

 

「ISの技術で完全再現したヒルドルブに、更に向上したソンネン少佐の技量……まさに向かうところ敵無しじゃないか! 今更だけど、なんだかオルコットさんが可哀想になってきたかも……」

 

 目の前でヒルドルブの性能とソンネンの技量を観測したオリヴァーだから言える事。

 1対複数の戦いにおいても無双してみせた組み合わせが、もしも1対1の戦いで発揮されたらどうなるか。

 並の選手では試合にすらならずに瞬殺されるだろう。

 セシリアの実力は知らないが、それでもソンネンの勝利は揺るぎがないとオリヴァーは完全に信じきっていた。

 

「今のアイツの姿を一夏の奴が見たら、どんな反応するだろうな?」

「だらしなく鼻の下を伸ばすんじゃないんですか?」

「それを目の前で見たら?」

「金的をぶちかました上で、背負い投げからの逆エビ固めの刑ですね」

「「「「……………」」」」

 

 元男だからこそ本気で戦慄するソンネン達四人。

 この女、なんちゅー事を言いだすんだ。

 頼むから、オリヴァーに向かってラッキースケベなんて発動させないでくれ。

 さもないと、お前の人生が終わってしまうかもしれないから。

 心の底から、そう願わずにはいられなかった。

 

「モニクさん。その時は私も手伝う。得意の薙刀で串刺しにしてやるから」

「その時はよろしくね」

「かんちゃん……」

 

 最凶タッグ、まさかの爆誕。

 これは流石の本音も呆れてしまう。

 

「少しパーツが摩耗してるけど、この程度なら全然大丈夫そうだ。すぐに終わりますよ」

「マジか。そいつは有り難い」

 

 ドイツでの初陣からこっち、整備する環境が無いからしたくても出来なかったが、最高の環境で最高の仲間の手によって整備される事に、ソンネンは『結果的にはこれで良かったかも』と思った。

 

「そうだ! デュバル少佐とホルバイン少尉も機体を受領してるんですよねッ!? カスペン大佐から聞かされました! お見せ頂いてもいいですかッ!?」

「「大佐……」」

 

 自慢をしたい気持ちは分かるが、せめて自分達の目の前で言って欲しい。

 けど、そう言ったら絶対に落ち込むので、言えないでいるデュバル達だった。

 

「え? 二人も専用機を持っているの?」

「まぁな。どうせ、ここに通っている以上はいつかは見る事になるんだ。別に、君達に見せても問題はあるまい」

「だぁな。ちょっと待ってな」

 

 二人が待機形態となっているアクセサリーをハンガーにセットすると、直立不動の状態で展開されたヅダと、固定アームに挟まれて宙に浮く形になっているゼーゴックが姿を現す。

 

「先にドイツでワシヤ中尉の二番機とモニクの三番機は見ていたから、もしかしてとは思っていたけど…こっちも全てが完璧にダウンサイジングされた状態で再現されている……」

 

 自分達を守る為、数多くの同胞達を守る為に目の前で散って逝った機体が、目の前に立っている。

 夢と誇りを胸に戦ってくれた『もう一つの命の恩人』に対し、オリヴァーは無意識の内に敬礼をしていた。

 

「少尉。この機体名もまた『ゼーゴック』のままなのかな?」

「あぁ。短い間ではあったけど、こいつもまたオレの大切な相棒だからな」

「そう言って貰えて、ゼーゴックも喜んでいると思うよ」

 

 制御ユニットがズゴッグからラファール・リヴァイヴに変更されてはいるが、その内に秘めた魂は何も変わっていない。

 寧ろ、ISになった事でより強くなったようにすら思えた。

 

「見てもよろしいですか?」

「勿論」

「ありがとうございます!」

 

 付属の端末を使い、オリヴァーはヅダ一番機をゆっくりと見ていく。

 その顔はすぐに驚愕に染まり、全身を震わせることとなる。

 

「こ…これは……なんてことだ……! この一番機は…二番機や三番機以上にヅダの欠陥だった部分が全て最高の形で改善されているっ!? エンジン部の問題も、装甲部の問題も、なにもかもが! これが…これこそが、ヅダの本来の姿! しかも! 他の二機に比べてエネルギーゲインが1.5倍以上ッ!? い…いや、デュバル少佐の卓越した技量を考えれば、寧ろこれぐらいが妥当なのか……。通常出力では、ヅダの持つ真の力も、デュバル少佐の潜在能力も完全に発揮されない。成る程な……」

 

 ブツブツと独り言を繰り返しながら、自分の顎に手を当てて考え込む。

 まるで、前世の彼女の姿を見ているようだ。

 

「このゼーゴックも見事としか言いようがない。ズゴックからリヴァイヴに変わって装甲自体は薄くなってるけど、そこはシールドバリアーがあるから問題は無い。寧ろ、原型よりも汎用性が増して、使い勝手は向上したと言えるだろう。その上でちゃんと全ての兵装が使用可能なんだから驚かざるを得ない。まさしく、これは嘗てのゼーゴックの正当進化だ。ここまで高性能な機体が大気圏から強襲してこられるとか……少尉と敵対する相手には同情を覚えてしまうな……」

 

 こうなると、もう周りの声は完全に聞こえない。

 自分だけの世界にのめり込み、こっちから何かアクションをしない限りは絶対に戻ってこない。

 

「もしかして…私達の声、聞こえてない?」

「でも、とっても楽しそうだよ~。今のマイマイ…輝いてるよね~」

「輝いてる…か」

 

 生き生きとした顔でヅダとゼーゴッグを見ているオリヴァーを見て、ふと『ある言葉』を思い出し、自然と口に出していた。

 

「『真に価値ある技術は、正しく評価されるべきもの』……」

「なにそれ?」

「あいつの……オリヴァーの口癖さ」

「例え、世間からどのように言われていても、彼女はそんな意見には一切耳を貸さず、常に正しい評価をしようと心掛けている……それが彼女の『信念』なのさ」

「信念……」

 

 果たして、自分に『信念』と呼べるものがあるのだろうか。

 今のオリヴァーのように、心から夢中になれるものがあるのだろうか。

 簪は初めて、自分の将来について少しだけ真剣に考えた。

 

「そういうところでは、デュバル少佐とオリヴァーって似た者同士ですよね」

「そう…なのか?」

「はい。他人の意見に流されない所とか、自分なりの信念を持っているところとか」

「ふむ……私と彼女がなぁ……」

 

 まんざらでもない顔のデュバル。

 モニクに指摘されるまでは気が付かなかったが、言われてみればそうかもしれない。

 

「……よし! 本音!」

「うん!」

 

 簪と本音は互いに頷いてから、オリヴァーの元まで小走りで向かっていった。

 何か考えがあっての事だと判断し、603の皆は誰も口出しせずにいた。

 

「あ…あの! オリヴァーさん!」

「ん? どうしたんだい?」

「マイマイ! 私達にも手伝わせて! お願い!」

 

 勢いよく頭を下げてから、オリヴァーに頼み込む二人。

 勿論、生粋のお人好しである彼女が、それを断る筈も無く……。

 

「喜んで! それじゃあ、簪さんはこっちをお願い。布仏さんは……」

 

 てきぱきと二人に指示出しをする姿を見て、なんだか微笑ましくなる面々。

 今思えば、603でも彼には後輩のような人間は誰もいなかった。

 簪と本音は、彼女にとって後輩の様な存在なのかもしれない。

 

「整備室ってのは本来、オレらのようなパイロットには暇な場所の筈なのにな……」

「不思議と、あの三人は見ていて飽きないな」

「仕方がないわね……」

 

 小さく溜息を吐くと、モニクは徐に出口まで向かっていった。

 

「あれ? 特務大尉、どこに行くんスか?」

「自販機。何か飲み物でも買ってきてあげようと思って。少佐達の分も買ってきますよ。何がいいですか?」

「お茶系なら何でもいいぜ」

「オレンジジュースを頼む」

「スポドリ系」

「んじゃ、オレは……」

「中尉は私と一緒に来て荷物持ちをして頂戴」

「なんでオレだけっ!?」

「何よ。女の子を一人だけで行かせる気?」

「今はオレも立派な女の子なんですけどッ!?」

 

 悲しい抵抗も虚しく、結局はモニクと一緒に買い出しに出かけて行ったワシヤ。

 やっぱり彼女は貧乏クジを引く運命なのかもしれない。

 

「なんか…こうしてると、孤児院を思い出すよな」

「ソンネン。もうホームシックか?」

「ちげーよ。ただ……」

「ただ?」

「いつか、あいつらも連れて行きたいなって思ってさ……」

「そうだな……カスペン大佐やヘンメ大尉なんかも一緒に……」

「考えるだけで楽しそうな光景だな」

「全くだ……」

 

 IS学園で再会した仲間達や、新しく知り合った友たちと一緒に孤児院に行き、一緒に笑い合っている様子を思い描きながら、目の前で整備に勤しんでいる三人を静かに眺めているソンネン達だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




いつかはしなくちゃと思っていた、オリヴァーと生まれ変わった機体達との邂逅。

どの機体も自分が携わっているから、絶対にパイロットと同じぐらいに愛着はあると思うんですよね。特に彼女の場合は。





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鋼鉄の狼VS蒼い雫(前編)

本っ当にお待たせしましたっ!!!!!(土下座)

まだダルさは残っているのですが、少しだけマシになってきたので執筆再開です。

勿論、明日も何かを書きます。絶対に。







 次の週の月曜日の放課後。

 遂に訪れた対戦の日。

 

 第3アリーナのAピットに、既にISスーツに着替えた状態で車椅子に乗っているソンネンの周りに、一夏や箒、デュバルやヴェルナーを初めとした603の面々に加え、本音や簪まで来ていた。

 その近くに、教師である千冬と真耶が立っている状態だ。

 

「いや…幾らなんでも大所帯すぎだろ……」

「いいじゃないか。それだけ、この試合に注目しているという証拠さ」

「そうかもしれねぇけどよ……」

 

 今までに、誰かに応援されながら戦った事なんて一度も無い為、こうして皆に見られながら試合をすることは、なんともむず痒い気分だった。

 

「そう渋るな。観客席の方はもっと凄い事になってるぞ?」

「大佐っ!? それに砲術長達まで!?」

 

 アホ毛を激しく左右にピョコピョコと動かしながらカスペンがやって来て、その背後にアレクと楯無、それから虚もついてきていた。

 

「大佐。観客席の方って、どういう事ですか?」

「私が説明をするよりも、直接見た方が早いだろうさ。山田先生、お願いできますか?」

「あ…はい!」

 

 カスペンに言われ、急いで機器を操作してモニターに観客席の様子を映しだす。

 因みに、完全に年下&幼女みたいな見た目からは想像も出来ないような威厳と威圧感により、地味に真耶はカスペンに頭が上がらないのだ。

 初対面の時に感じた可愛さと中身とのギャップとの衝撃は、今でも鮮明に残っているらしい。

 

「な…なんじゃこりゃ……」

「す…すげー……」

「これはなんとも……」

 

 モニターに映った画像に目が点になるソンネンと一夏と箒。

 そこには、開いた席が一切無い程に生徒達で埋め尽くされている観客席があった。

 

「多分、新聞部の子達が噂を広めたのね」

「新聞部ってよりは、薫子個人だろうがな」

 

 まだ見ぬ存在ではある先輩ではあるが、絶対に一癖も二癖もある人物だと、ここに集った一年生たちはすぐに悟った。

 

「この映像を見る限りじゃ…セシリアの奴はまだ準備中みたいだな。じゃあ、そろそろこっちも準備をしますかね。お前ら、オレから離れてた方が良いぞ」

 

 ソンネンに注意され、全員が彼女の周囲から離れた。

 が、そんな中で一夏と箒だけが離れてもまだ、ずっとソンネンに視線を向け続けていた。

 

「ん? どうした?」

「いや…なんつーか……ソンネンのそんな恰好って、なんだか新鮮っていうか……」

「ソンネン……本当に(胸とかお尻とか括れとか)立派になって……」

 

 一夏は年頃の男子らしい反応をして、箒の方は色んな意味で感動していた。

 普段は重ね着をしている関係上、体の形状は分かりにくいのだが、ISスーツを着れば嫌でも明らかになる。

 流石に箒やアレクには負けるが、それでもソンネンのスタイルは高校一年生とは思えない程に成長していた。

 具体的には、もしもソンネンが健常者で普通に歩けば軽く揺れるほどに。

 

(やっぱり…ソンネンさん、私よりも大きい……)

 

 そして、そんな彼女の隠されたスタイルにショックを受ける簪。

 この瞬間、簪の中でソンネンは本音と同類であるとインプットされた。

 

「いでっ!? ち…千冬姉ッ!?」

「私は、お前を成長した幼馴染に欲情するような男に育てた覚えはない」

「い…いや! 俺は別に……」

 

 突如として振ってきた千冬の出席簿によって頭に星が走った一夏は、姉の言葉に対して必死に言い訳をしようとするが、一概に否定できないので最終的には語尾が小さくなってしまった。

 こういう時、男という生き物は例外なく無力である。

 

「何やってんだか」

「一夏…哀れな奴」

 

 そして、幼馴染二人からも辛辣な一言。

 まだ何も始まっていないのに、もう既に一夏の精神はボロボロだった。

 

「なんだか知らねぇけど…ま、いっか。機体を展開するぞ~」

 

 車椅子の手すりを掴んでから目を瞑り、精神を集中させる。

 ソンネンはこの時、いつも不思議な光景を目にする。

 まるで白昼夢の様な、だけど、何故か懐かしいような。

 掛け替えのない無二の親友に出逢ったような気分になるのだ。

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 何も存在しない真っ白な空間。

 ソンネンはそこに座り込んでから、何か『大きなもの』と向き合っていた。

 

「よぉ……随分と待たせたな」

「……………」

 

 それは、青白い毛並みの巨大な狼だった。

 鋭い牙と鋭い眼光を持ってはいるが、その奥に宿る瞳には確かな優しさがあった。

 

「……………」

「おっと。ははは……くすぐったいっつーの」

 

 ソンネンの頬に自分の顔を擦り付けるようにして寄せていき、まるで子犬のような鳴き声を出しながら、彼女の体にそっと優しく抱きついてくる。

 

「ここからだ。ここから本当の意味で始まるんだ。行こうぜ…何も知らない連中に、オレとお前の実力を見せつける為に。そして、新しく出来た親友と戦う為に」

 

 そのモフモフの毛並みに顔を埋めながら、ソンネンも静かに抱きしめた。

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 時間にして一秒にも満たない時間。

 だが、ソンネンにとっては無限に等しい時間の間に機体は展開して、この場にその巨大な体躯をまざまざを見せつけていた。

 

「こ…これが…ソンネンの専用機……」

「YIT-05 ヒルドルブ。こいつがオレさまの相棒だ。どうだ、驚いたか?」

「あぁっ! めちゃくちゃスゲェよ! めっちゃカッコいいぜ!」

「ははは! そうかそうか!」

 

 一夏も立派な男の子。戦車とかには普通に目が無かった。

 ソンネンが昔から戦車大好きっ子であるのは知っていたが、まさか専用機まで戦車だったとは思いもよらず、一夏は凄く目をキラキラさせていた。

 

「なんという迫力だ……見ているだけで圧倒されるな……」

「それが『戦車』って存在だからな。伊達に嘗て『陸の王者』とは呼ばれてないって訳だ」

 

 普段から心身ともに鍛えている箒でさえ、ヒルドルブの迫力には気圧される。

 デュバルからフォローされるが、それでも彼女の手には汗が滲んでいた。

 

「成る程……足が不自由なソンネンさんだからこその機体…なんですね」

「見たまんまの『全身装甲(フルスキン)』…いや、これって全身装甲に分類してもいいのかしら?」

 

 整備班らしく、すぐに目で解析を始める虚と、冷や汗を流しながらもヒルドルブを見上げる楯無。

 情報では知らされていたが、まさかここまでとは思っていなかったようだ。

 

「ソンネン少佐! ヒルドルブはこの間の整備で完璧に仕上げてあります!」

「知ってるよ! この目で見てたからな! 後は全部任せとけ! 『勘』で何とかしてやるよ! 『あの時』みたいにな!」

「はい!」

 

 力強く頷くオリヴァーに応えるソンネン。

 強い信頼関係があるからこそ、お互いに全てを任せられる。

 オリヴァーが整備をして、自分が動かす。

 己の仕事はここからだ。

 

「あっ!?」

「どうした、山田先生?」

「あの…キャタピラじゃカタパルトには乗れないですよね…どうしましょう……」

「あ」

 

 ここに来て、まさかの事態。

 真耶の指摘通り、学園のカタパルトはキャタピラを搭載した機体には対応していないし、同じようにヒルドルブもまたカタパルトから発進することを想定していない。

 ならば、一体どうすればいいのか。答えは簡単だった。

 

「心配いらねぇよ」

「え?」

「元々、こいつには飛行能力なんて無いからな。だったら、やる事は一つだろ」

「まさか……」

 

 この瞬間、真耶は猛烈に嫌な予感がした。

 以前に試験の時に戦った際に思い知った事。

 このソンネンという少女は、大人しそうな顔とは裏腹に、非常に好戦的で行動力の塊なのだと。

 

「もう、向こうも待ってるみたいだしな。ここでもたもたしてられないだろ」

 

 モニターを見てみると、そこには自身の蒼い専用機を纏って待機をしているセシリアの姿が。

 それを見てから、ずっとソンネンのハートは興奮状態なのだ。

 早くステージに降り立ちたい。そして、思う存分に戦い合いたい。

 今の彼女の頭にはそれしかなかった。

 

「お前ら! 壁際まで離れてろ! 一気にぶっ飛ぶぞぉぉぉぉぉぉぉっ!!」

「やっぱりぃぃぃぃぃぃっ!?」

 

 全員が急いで壁に沿うように離れたのを確認すると、途端にコアの出力を最大まで上げてキャタピラを高速回転させる。

 そのまま、ヒルドルブは凄まじい音を出しながら親友の待つ場所まで飛び出していった。

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

 

 その時、セシリア以外の全ての生徒達が己が目を疑った。

 今、カタパルトから何が飛び出して来た?

 巨大な鉄の塊が勢いよく飛び出してきて、そのまま地面に落下、その周囲に土煙を発生させていた。

 土煙はすぐに機体の排気によって消し去られ、その威容が衆目に晒される。

 

「なに…あれ……」

「せ…戦車……?」

「すっごく強そう……!」

 

 今までに軍事兵器とは全く縁のない人生を送ってきた少女達にとって、初めて目にした戦車がソレだった。

 IS学園に存在する機体としては余りにも異質であり、同時に全身から溢れる凄まじいまでの迫力。

 怪しく光る単眼(モノアイ)を見て、馬鹿にするような愚か者は一人もいなかった。

 

「それが…デメジエールさんの専用機ですのね?」

「おう。ヒルドルブ。オレの大切な相棒だ」

「大神オーディンの異名の一つ…その意味は『戦場の狼』……」

「よく知ってるな」

「勉強してますから。けど、その姿を見れば納得ですわ……まさに鋼鉄の毛皮を持つ戦場を駆ける狼……」

 

 驚きが隠せない生徒達がいる中で、セシリアだけが極めて冷静にヒルドルブを見ていた。

 

(あの超巨大な主砲の直撃を受ければ一溜りも有りませんわね……。口径から見ても、一撃必殺の威力を持つと見て間違いないでしょう……。あれ程の機体をデメジエールさんはどのように駆るのかしら……)

 

 実の所、セシリアもこの試合を非常に楽しみにしていた。

 同じ部屋になり、大切な親友にもなった少女はどんな機体に乗って、どのような試合をしてくれるのか。

 その興奮は今、最高潮に達しようとしていた。

 

「んで、それがセシリアの専用機か?」

「えぇ。イギリスが開発した最新鋭の第三世代機『ブルー・ティアーズ』ですわ」

「『蒼い雫』…ね。お前に相応しい綺麗な名前の機体じゃねぇか」

「お褒め頂き光栄ですわ。でも、それだけの機体じゃありませんことよ?」

「みたいだな。その背後に浮いてるのは噂に聞く『ビット兵器』って奴だろ?」

「御存知でしたのね……」

「その手の情報は逐一、仕入れるようにしてるんでね」

 

 実際には、宇宙世紀にもビット兵器搭載型の機体が存在していたから、すぐに分かった事なのだが。

 だが、彼女が知っているビットに比べては、かなり大型だった。

 

「この機体は、ビット兵器を運用することを前提に開発されたISなんですのよ」

「俗に言う『試作実験機』ってやつか……」

 

 なんだ。セシリアの機体と自分のヒルドルブは同じなのか。

 どっちも試験的に生み出された実験機で、それが今から戦おうとしている。

 

(はは…なんだかまるで、これから次期主力量産機を決めるコンペでも始まるみたいだな)

 

 そう考えると、増々やる気が出てくる。

 セシリアに早く見せてやりたい。

 そして、観客席でバカみたいに口を開いて眺めている連中に見せつけてやりたい。

 ヒルドルブの性能を。その力を。

 同時に、セシリアの専用機の性能も見てみたい。

 ソンネンは生まれて初めて、早く時間が過ぎる事を祈った。

 早く試合開始のブザーよ鳴ってくれと。

 早く自分達を戦わせてくれと!

 

「「……………」」

 

 会話が止み、二人の緊張感を表すかのように会場全体が静寂に包まれた。

 セシリアがライフルのグリップを強く握りしめ、ソンネンもまた装甲越しに両手に掴んでいるマシンガンのグリップを握る手に力を込める。

 

 心臓が激しく鳴る。

 装甲の下でソンネンの頬に汗が滲んで、それが彼女の膝まで落ちた。

 

 まだか、まだかと待っていると、その瞬間は唐突にやって来た。

 

((鳴った!!))

 

 戦いの始まりを告げるブザー(ゴング)が鳴り響いた瞬間、二人は間髪入れずに動き出した!

 

「まずは先制!」

「させるかよ!!」

 

 上空から放たれるセシリアの持つ長大なライフル『スターライトMk-Ⅲ』のレーザー射撃。

 着弾するまでに一秒と掛からない、その一撃を、ソンネンは戦車兵としての長年の勘によって前方に全速前進することで見事に回避。

 

「避けられたッ!? けどっ!」

 

 連続で撃ち続けるが、ヒルドルブは戦車の様な姿からは想像出来ない程の速度で器用に左右に蛇行しながら全弾回避してみせた。

 

(あの巨躯で、なんという機動力なんですのっ!? 完璧に狙っている筈なのに、全く当たる気配が無いなんて!)

 

 決してソンネンと、その愛機の事を軽視したわけじゃない。

 それでも、掠るぐらいはすると思っていたが、その想像は根本から覆される。

 掠るどころか、軽快な走りを見せながら徐々に自分に向かって近づいてきているではないか。

 その走行速度は、まるで『瞬時加速(イグニッション・ブースト)』を彷彿とさせた。

 

「正確無比な射撃…だがな! それじゃあ当たってはやれねぇな! そら! 今度はこっちの番だ!!」

「くっ!?」

 

 両手に持っていたマシンガンを乱雑に発射する。

 必中を狙っている訳ではない。あくまでも『本命』を狙う為の牽制。

 それは撃たれたセシリアも分かっていた。

 

 二人の試合は、開始直後から近年稀に見る程の白熱っぷりを見せていた。

 ここから、試合は更に加速していく。

 

 

 

 

 

 

 




最初からソンネンとセシリアの試合は前後編のつもりでいたのですが、もしかしたら三話構成になるかもしれません。

その時はどうか許してヒヤシンス。






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鋼鉄の狼VS蒼い雫(中編)

もう12月……早いもんです。

よくよく思い出したら、この作品って今年の初め頃に連載開始してるんですよね。

正直、途中どこかで必ず挫折とかすると思ってました。

なのに、気が付けば一年間連載してました。

こんな事を言うようになるのは、自分が歳を取ったせいなのかもしれませんね。







 初手から全力全開で挑むソンネンとセシリアに、観客席で見ている者達は勿論、ピットで観戦している者達も、その熱に当てられていた。

 

「すげぇ……あれがソンネンの戦いかよ……」

「とてもハンデがある身体とは思えん程に激しい戦いをするのだな……」

 

 始めて見るソンネンの『本来の姿』を見て、幼馴染達は大きく口を開けたままの状態で驚いていた。

 モニターの向こうにはもう、車椅子に乗っていた弱々しい少女は何処にもいない。

 いるのは、戦車に自分の全てを賭けた一人の戦士だけだった。

 

「会長…あれが…そうなんですか…?」

「あぁ。近い将来、君と戦場で轡を並べる少女の姿だよ」

 

 暗部として色々な人間を見てきた楯無でさえも、あの変貌ぶりには驚きを隠せない。

 そもそも、足が不自由な状態でISに乗ると言うこと自体が前代未聞なのに、それを前提とした機体を持ってきた上に、並の国家代表選手が簡単に霞んでしまいそうなレベルの実力を目の前でまざまざと見せつけられた。

 現役で国家代表を務めている楯無からすれば、衝撃以外の言葉が出ない。

 

「ソンネン少佐…なんでスモークを使わないんだ…?」

 

 そんな中、たった一人だけ驚きではなく疑問を感じていたのがオリヴァーだった。

 彼女はモニターを見つめながら、ずっと小首を傾げていた。

 

「スモークって…煙幕の事だよな? ヒルドルブについてるのか?」

「うん。相手の隙を突いたりするためにね。オルコットさんの機体の主武装はレーザー兵器。ビームと違って、それならばスモークを散布することで光を拡散させてから威力を大幅に下げることが出来るのに……」

 

 どうして自分にとって有利なフィールドを作らないのか?

 戦士ではないオリヴァーには理解が出来ないでいた。

 そんな彼女に向かって、隣にいたモニクが静かに声を掛ける。

 

「そんなの、理由は一つしかないじゃない。ねぇ? デュバル少佐?」

「ふっ…そうだな。アイツの事だ。変な小細工なんかしないで、正々堂々と真正面からオルコット嬢とぶつかって、その上で勝利を収めたいんだろうさ」

「ですよね。ほんと…いつまで経っても、どれだけ可愛くなっても、猪突猛進で馬鹿正直な所だけは変わらないんだから……」

 

 皮肉っぽく聞こえるが、実際のモニクの顔は笑っていた。

 嘗て、酒に溺れて失った物を、今のソンネンは完全に取り戻したかのように見えたから。

 

「…山田先生。この試合の映像…ちゃんと録画しているか?」

「はい、バッチリと。でも、なんでそんな事を…? 資料として保管でもするんですか?」

「それも有るが……」

 

 千冬は腕を組みながら、モニターの向こうで激戦を繰り広げているソンネンを見る。

 あれだけの重装甲の機体を、軽自動車のように軽やかに動かし、未だに一度も被弾をしていない。

 

「…試しに、この映像をIS委員会に提出してみようと思っている」

「それって…まさか、ソンネンさんをどこかの代表候補生に…?」

「可能性の話だがな。しかし…これ程の腕ならば、代表候補生を通り越して、一気に国家代表にまで上り詰めるやもしれんな……」

「ソンネンさんなら、十分に有り得る話ですね……」

 

 義姉として、先達として、そして教師として。

 千冬はソンネンの将来の可能性を少しでも広げてあげたいと考えていた。

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

 セシリアは焦っていた。

 牽制だと分っているマシンガンでさえも、恐ろしい程の命中率を誇っていたから。

 少しでも油断を見せれば、次の瞬間には弾丸の雨が降り注ぐ。

 そして、着弾の隙を狙って最大にして最強の一撃がお見舞いされるだろう。

 一瞬、一秒とて全く気が抜けない状況。

 これまでの人生の中で、最大級に神経を張りつめながら回避と射撃を繰り返す。

 

「器用に避けながらも、とんでもない精密射撃…いいねぇ! いいねぇ! そうでなくちゃ面白くない!!」

 

 装甲越しなので表情は見えないが、ソンネンは心から楽しんでいる。

 きっと、あの中では無邪気な子供の様な笑顔を見せているのだろう。

 その表情にちょっとだけ興味を持ってしまったのは内緒。

 

(ビットさえ使えれば少しは戦況を変えられるかもしれない…けど!)

 

 顔のすぐ横をマシンガンの弾が霞めていく。

 それに反応して、すぐに反撃としてライフルを発射するが、器用に車体を動かしてからギリギリの所を回避する。

 あれだけの高速移動をしながらも、必要最小限の動きが出来る姿を見せつけられれば、嫌でも相手が自分よりも遥かの上の実力者だと認めざる負えない。

 

(その隙が全く存在しない! この状況では私はビットを使えない(・・・・・・・・・・)!)

 

 セシリアには、ビット兵器を扱う者として致命的な欠点が存在していた。

 彼女は、ビットを展開している時、その操作に集中する余り一切身動きが出来ずに棒立ちになってしまうのだ。

 ソンネン相手に、それは本気で致命的。

 動きが止まった途端、あっという間にあの大砲が火を噴くのは目に見えていた。

 

「…デメジエールさん。その機体の横についているのはスモーク・ディスチャージャーですか?」

「そうだけど、それがどうしたんだっ!? おらぁ!」

「くっ! それを使えば私のレーザーを大幅に弱体化できるのに、どうして使用しないんですの? まさかとは思いますけど、私の事を……」

 

 遠距離からの攻防を繰り広げながらも器用に話している二人。

 こんな事、熟練の二人だからできる事である。

 

「心配すんな。別にお前の事を見縊っている訳じゃねぇよ」

「では、どうして……!」

「んなの、答えは一つに決まってんだろ!」

 

 急ブレーキをかけてヒルドルブを止めて、その巨大な両腕を振り回しながらアリーナ中に響く様に叫んだ!

 

「変な小細工とかは無しに、お前と…セシリアと真正面から全力でぶつかり合いたかったからだよ!!」

「デメジエールさん……」

 

 ソンネンの心からの叫びに、思わずセシリアも動きを止めて聞き入ってしまった。

 同時に、ソンネンに対する感情が『友情』から別の何かへと変化し始める。

 

「お前もオレも! まだ全然本気を出しちゃいねぇ! 最初はセオリー通りに行こうかとも思ったが、もう止めだ!! ここからは戦術も作戦も関係ない!! お互いの全力と全力を激突させようぜ!! なぁ…セシリア!!」

「勿論ですわ!! セシリア・オルコットとブルー・ティアーズの本領を今こそ見せてご覧に入れますわ!!」

 

 ソンネンの言葉に完全に触発されたのか、この瞬間…セシリアの中にあった『タガ』が外れた。

 優雅? 華麗? 祖国の為? 家の為?

 そんなのはもう関係ない!

 今、この瞬間だけは、全てを忘れて最愛の人との逢瀬を心から楽しもう!

 

(成る程…これが初恋というものなんですのね! 間違いなく、私は最高の人に恋をしましたわ!!)

 

 アドレナリンが分泌されまくって彼女自身、色んな事を勘違いしているが、本人がいいのならばいいのだろう。

 

「いきますわよ!! デメジエールさん!!」

「来やがれ! セシリア!!」

 

 さっきまで出し渋っていたビットを全く躊躇することなく全基展開。

 まるで従者のようにセシリアの周囲の浮遊し、彼女の指示を待っている。

 

「眼前の相手を屠りなさい!! ブルー・ティアーズ!!」

 

 レーザーライフルを指揮棒のように振り回すと、それに従ってビットたちが次々とソンネン目掛けて襲い掛かってくる。

 勿論、それを黙って見ている彼女ではなく、すぐに回避行動へと移行した。

 

「へへ…一気に攻めにくくなったな! けど、これだけじゃねぇよなぁ!!」

「無論…ですわ!!」

 

 地面を擦りながらビットから放たれるレーザーを回避していると、左手に装備していたマシンガンに一筋の光が命中し、爆散した。

 

「マシンガンがっ!?」

「まずは一丁…ですわ!」

 

 凄まじくビットを動かしながら、セシリアはスコープを除きながら銃口を向けていた。

 そう、セシリアはビットを動かしながらも自身も同時に動いていたのだ。

 

(不思議ですわ…ついさっきまで不可能だと思っていた『ビットと本体の同時行動』が、まるで当たり前のように出来る! 今ならば、本当の意味でティアーズを使いこなせるような気がする!!)

 

 セシリアの目は血走り、完全に優雅な英国貴族の彼女はいなくなっていた。

 それは、敵を貫く事だけを目的とした冷酷無比なスナイパー。

 ソンネンは自分の言葉によって、対戦相手を更なる高みへと導いたのだ。

 

「ククク……そうだよなぁ……そうこなくっちゃなぁ!!」

 

 ヒルドルブのモノアイがソンネンの気合に呼応するかのように大きく光る。

 無限軌道が激しく回転し、レーザーの雨を掻い潜りながら着実にセシリアへと接近していく。

 

「そこですわ!!」

「甘い!!」

 

 背後からのビットの攻撃を、前を向いたままの状態で難なく回避。

 だが、もうその程度の事では驚かない。

 ソンネンならば、その程度の芸当は当たり前。

 今のセシリアは完全に、そんな思考になっていた。

 

「しかし…手数で負けてるってのはアレだな…! それなら!!」

 

 ガコン!

 砲身にある弾倉に、とある砲弾が装填される。

 勿論、その音はセシリアにも聞こえていた。

 

(何かが装填されたッ!? けど、無暗矢鱈に撃っても意味が無い事はデメジエールさんも十分に承知している筈! ならば、一体何を……)

 

 この時点ではまだセシリアはヒルドルブの見た目故の思い込みに支配されていた。

 勘違いをしてはいけない。

 ヒルドルブは戦車ではなく『I・T(インフィニット・タンク)』なのだ。

 即ち、その砲身から放たれるのが通常弾倉だけとは限らない。

 

「……そこだ!! 食らいやがれ!!」

 

 右から来たビットの攻撃を避けながら、砲身を撃って来たビットに向ける。

 そこの付近には別のビットがもう一基浮遊していた。

 普通ならば『だからどうした』と思うが、ここからセシリアも観客も全く予想だにしてない事が起きる。

 

対空用榴散弾(type3)…発射!!」

 

 放たれたのは一発の砲弾ではなく、幾多にバラける無数の細かな散弾。

 火を纏った流星の如き一撃は、目の前の空間にいた二基のビットを粉々に砕いてから爆発させた。

 

「さ…散弾っ!? そんな物を発射できるのですかッ!?」

「当たり前だろ! こちとら、この大砲一つで勝負してるんだ! それなら、色んな状況に合わせて多種多様の砲弾を用意しておくもんだろ!」

「その通りですわね! いいですとも! ここからは更に気を引き締めますわ!!」

 

 ビットの数を半分にされたからと言って、今のセシリアの戦意が削がれる事は無い。

 寧ろ、数が減った事でビットの動きはより激しく機敏になり、セシリアの闘争心に油を注ぐ結果になったのだから。

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 激しい一進一退の攻防を見せつけられ、ピットの中は大騒ぎしていた。

 

「きゃ~! 見ました今のッ!? 試験の時に、私もあの散弾を食らって凄く驚いたんですよ~!」

「嬉しい気持ちは分かるが、少し落ち着け山田先生……」

 

 本当は自分も一緒にはしゃぎたいが、先に真耶にされてしまったせいでしにくくなってしまった千冬。

 後悔先に立たず、である。

 

「マシンガンを壊されたと思ったら、今度はソンネンがビットを壊した!」

「お互いに手数が減った事になるが…二人とも全く動きが衰えない!」

「ソンネンさん…凄く楽しそう……」

「ソンソン~! がんばれ~!」

 

 もう気分は完全にスポーツ観戦。

 自分達の幼馴染、あんなにも凄い試合を繰り広げている事に悔しいという気持ちは吹き飛び、それ以上に最高に誇らしかった。

 簪もまた、代表候補生の一人としてソンネンの熱気を肌で感じ、本音は単純に応援していた。

 

「ふむ…正直、そこまで期待はしていなかったのだが…セシリア・オルコット…か。どうやら、見た目に反して内に秘めたる潜在能力は高いようだな。あれ程のスナイパーが背後にいてくれれば非常に頼りになる」

「こっちとしても、同じ超長距離射撃仲間が増えるのは嬉しいけどな」

 

 どうやら、セシリアはカスペンのお眼鏡にかなったようで、アレクもまた頼もしさを感じ始める。

 図らずも、新たな戦力の目途が立ってしまった。

 

「今は互角…に見えるが……」

「たかがマシンガン一丁を破壊されたからと言って……」

「ソンネン少佐の流れであるのは変わりないわね」

 

 デュバルとヴェルナーが冷静に戦況を分析し、モニクは自信満々にソンネンの勝利を信じている。

 その傍で、オリヴァーが拳を握りしめながらジッとモニターを凝視していた。

 

(オルコットさんが予想以上の実力者な事には驚いたけど、ソンネン少佐とヒルドルブにはまだ『アレ』がある。モビルタンクの頃には出来なかった、ITになったからこそ出来るようになった『切り札』が! 少佐…見せてください! 貴女とヒルドルブの真の実力を!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次回、決着。






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戦場の狼VS蒼い雫(後編)

一日から頑張ると言っておきながら、結局はこの体たらく。

けど、ここで気合を入れないと後々で後悔しそうな気がするので、なんとか頑張ります。

そんな訳で、新年一発目はこの作品です。

べ…別にテレビで放送されたガンダムNTに影響を受けたわけじゃないんだからね!







 一進一退の攻防。

 傍から見ていれば、そのように見えてしまう程の激闘。

 実際、観客席で試合を観戦していた生徒達は、頬を伝う汗にすら気が付かない程に試合を見ることに集中していた。

 

「あの戦車みたいのに乗ってるソンネンさんってさ…足が不自由…なんだよね?」

「うん…そう聞いてるけど……」

「それなのに…あんな凄い試合をしてるの……?」

「信じられないよね……」

 

 そもそもな話、脚が動かないのにIS学園にいること自体が全体未聞なのに、入学早々に代表候補生と試合をするなんて有り得ない。

 少なくとも、良い意味でも悪い意味でも常識的な感覚を持っている少女達からすれば、目の前で繰り広げられている光景は非現実的だった。

 

「「「「…………」」」」

 

 試合開始当初はISの試合が見られるという興奮でアリーナ全体が歓声に包まれていたが、今は逆にシーン…という擬音が見えそうな程に静寂に包まれている。

 まるで、試合をしている二人の緊張がそのまま彼女達に感染してしまったかのように。

 

 この試合、一体どっちが勝つのかは全く分らない。

 当初の下馬評を試合開始数秒でひっくり返してみせた少女が目の前にいるから。

 そんな彼女達にも一つだけハッキリと分かっている事がある。

 それは、この試合がどのような形で終わろうとも、確実に自分達の常識はもう二度と通用しなくなるということだ。

  

 駆動音と爆音。

 この二つが鳴り響く中、二人の試合は佳境を迎えようとしていた。

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

(セシリアの奴…一気に動きにキレが出てきやがったな……)

 

 二丁あったマシンガンのうちの一丁を破壊されてから、ソンネンは一度も被弾をしていない。

 それ自体は何も問題は無いのだが、同時に攻撃をする隙もまた少なくなってきていた。

 

(射程距離はこっちの方が上だが…実弾とレーザーでは発射速度が違う。そこはこっちの腕でカバーすればいいだけの話だが、一番の問題は空中を高速移動しながら的確に狙撃をしてきてるって点だ。こりゃあ…オレも気合を入れ直さなきゃダメかな?)

 

 冷静に状況を分析しながらも、その脳内にはアドレナリンがさっきから分泌されまくっていた。

 興奮状態にあるにも関わらず、頭の方は常に冷静であり続ける。

 歴戦の戦車兵だからこそ可能な芸当だった。

 とある貴族主義の眼帯男風に言えば、今のソンネンは見事に『自分の感情を制御出来ている』と言える。

 

(まさか…デメジエールさんに広範囲攻撃を可能にする方法があったなんて! これではオールレンジ攻撃を可能とするビット兵器は却って不利になる!)

 

 一方のセシリアも、視線をずっとソンネンに向けながら引き金を引き続けつつ、先程の散弾によって二基のビットが同時に破壊されたことに衝撃を隠せないでいる。

 

(これまでに使用したのは『通常榴弾』と『対空用榴散弾』の二種類……ほぼ間違いなく、他にも数多くの弾種があることは確実! 私は完全にビット射出のタイミングを見誤った! 戦況だけじゃなく、精神的にも私は追い詰められている!)

 

 例えるなら、今の状況はカードゲームのようなもの。

 自分の切り札を出して、これで…と思いきや、向こうの手札から思わぬカードが飛び出してきて逆に不利に陥ってしまう。

 しかも、これにより疑心暗鬼状態になってしまい、向こうの手札がどれぐらいあるのか、そんな効果を持っているのか、それが全く分らないようになってしまった。

 

(冷静になるのよ、セシリア・オルコット! ここで懊悩すれば、それこそデメジエールさんの思う壺! 彼女の程の人が私の今の心境を計算に入れていない筈がない!)

 

 頭の中はさっきからグルグルとしていても、奇跡的に射線が全くぶれていない。

 彼女は知らないが、その点もソンネンは非常に高く評価していた。

 

(なにより、向こうは実弾でこちらはレーザー! 長期戦になればなる程、不利になるのはこっち! エネルギー切れで負けるなんて無様を晒すぐらいならば…思い切って!!)

 

 ソンネンの周囲を飛び回っていたビットに帰還命令を出して収納。

 その後に、いきなりセシリアはソンネンに向かって突撃を仕掛けてきた!

 

「自棄になっちまったかぁぁっ!?」

「まさか! そんな事はありませんわ! ただ……」

 

 マシンガンで弾幕を張って接近を阻止しようと試みるが、一丁だけでは余りにも薄い。

 体を器用に捻りながら弾を避け、セシリアは高速でソンネンの横を通り過ぎて行った。

 

「成る程…そういうことかよ!」

 

 一瞬でセシリアの企みを見抜いたソンネンは、地面スレスレの所まで降下しながら、銃身だけは自分の方を向いているセシリアに向かってマシンガンで迎撃を試みる。

 

「これで!!」

「させるかよ!!」

 

 マシンガンの弾が僅かに命中し、発車直前でセシリアの斜角をずらす事に成功。

 レーザーはヒルドルブの肩の斜め上を通過して壁にぶつかった。

 

「「まだまだ!!」」

 

 しかし、そこで終わらないのがこの二人。

 その状態でソンネンとセシリアは、円を描くようにしながらの銃撃戦を繰り広げ始めたのだ。

 ソンネンは知らないが、これは『サークル・ロンド』と呼ばれる高等技術で、それを自然体でやってのける彼女の才能は、見る者が見れば凄まじいの一言に尽きた。

 

「流石はデメジエールさんですわね! まさか、ダンスの才能までお有りになるなんて!」

「お褒め頂いて光栄だよ! まだまだ初心者(ビギナー)だけどな!」

 

 マシンガンの弾がセシリアの頬を掠り、一筋のレーザーが分厚い装甲を掠る。

 後にこの試合を見た生徒達の一人はこう語っている。

『こんなの、絶対に新入生同士の試合じゃない』…と。

 

(向こうが降りてきたお蔭で戦いやすく放ったが…このままじゃジリ貧だな…ならば!)

(斜角を平行にすれば或いは…と思っていたけれど、流石はデメジエールさんですわね! このままじゃ私がの方が先にSEが無くなる! それなら!)

((ここで決める!!))

 

 延々と回っていた動きが一瞬だけ静止して、セシリアのライフルが確かにヒルドルブの胴体を捉えた。

 

(あの巨体ならば、本体を安定させて砲身をこちらを向けさせるまでにかなりの時間が掛かる筈! これで……えっ!?)

 

 だが、スコープ越しに見えたのはセシリアが全く予想もしていない光景だった。

 

(う…嘘でしょうっ!? 本来ならば作業用、もしくは近接用に使う筈のサブアームをそんな風(・・・・)に使うだなんてっ!?)

 

 ヒルドルブには姿勢安定用や近接攻撃用に、本来の両腕の他に『ショベル・アーム』が存在している。

 通常は主砲発射時に反動を少しでも抑える為に用いられているのだが、ソンネンはあろうことか、それを地面に突き立ててから、それを支点にしてヒルドルブを無理矢理に急旋回させた。

 当然、そんな使い方をすればショベル・アームにも多大な負担が掛かるが、そんなのはソンネン自身も承知の上だった。

 

(すまねぇな…相棒! だが頼む! なんとか持ち堪えてくれ!!)

 

 鋼鉄の巨体をたった一本のアームで支えているせいで、所々から金属が引きちぎれそうな音が聞こえてくる。

 ヒルドルブのキャタピラは地面から完全に浮いていて、その姿はまるでウィリー走行でもしているかのよう。

 そんな状態、ほんの一瞬の僅かな時間を使って狙いを定めた。

 

装弾筒型翼安定徹甲弾(APFSDS弾)! いきやがれぇぇぇぇぇっ!!!」

「やらせませんわ!!!」

 

 発射はほぼ同時…に見えたが、コンマ数秒だけソンネンの方が早かった。

 しかし、レーザーの方が速度は上。

 これは相打ちか? 誰もがそう思っていたが、ここでまた意外な結果を全員に見せる事になった。

 

「なっ!?」

「へへ……」

 

 なんと、発射の反動でショベル・アームが引き千切れ、ヒルドルブは激しく地面に着地した。

 そうすることで、レーザーは機体の頭上を通り過ぎていき、逆に発射された砲弾は不安定な状態だったせいか、セシリアの胴体ではなくてレーザーライフルに向かって飛んでいた。

 

(しまっ……!)

 

 発射の体勢のままだったセシリアに避ける術など無く、この最大の一撃は彼女のメインウェポンであったライフルに直撃、破壊した。

 

「あぁぁあぁぁあぁぁっ!?」

 

 ライフルが爆発したことでセシリアが吹き飛ばされ、一気に壁際まで追い詰められる。

 それによってSEもかなり減ってしまったが、それでも辛うじて戦闘継続可能なぐらいには残っていた。

 

(ライフルが破壊されてしまった以上、残っているのは近接用ショートブレードの『インターセプター』とミサイルビットだけ……。デメジエールさん相手に不利は否めませんけど、それでもやるだけの事は……え?)

 

 セシリアは自分の目を疑った。

 自分目掛けて、一発の砲弾が目の前にあったのだ。

 スローモーションのようにゆっくりと見える砲弾。

 信じられなかった。

 どれだけソンネンが優れた戦士であっても、砲弾の装填時間まではどうしようもない。

 自分で操作をし、それによって機体が次弾を装填する。

 どれだけ早くても1~2秒。遅くても3~4秒ぐらいの時間は掛かる筈。

 だがしかし、今回のは一秒も経っていないにも拘らず次の弾が発射されていた。

 本当に何をどうしたのか分らない。

 だが、セシリアは不思議とどうでもよくなっていた。

 それどころか、何故か笑みまで浮かべていた。

 

(あぁ……これが敗北…なんですのね……)

 

 砲弾は直撃し、ブルー・ティアーズのSEは完全にゼロになった。

 

【ブルー・ティアーズ、エンプティー! 勝者…デメジエール・ソンネン!】

 

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

「悪かったな…相棒。後で技術屋に頼んで修理して貰うからよ」

 

 試合終了し、ソンネンはヒルドルブを待機形態である車椅子に戻してから、所々が汚れてしまっている相棒を軽く叩いてから慰めた。

 

「さて…と」

 

 車椅子を動かして倒れているセシリアの元まで向かう。

 彼女もまたSEが切れた事で専用機が強制解除されていた。

 

「大丈夫か?」

「えぇ…なんとか」

「そっか。そいつはよかった。あの一撃でお前の綺麗な肌に傷でもつけたら大変だったからな」

「全く…貴女って人は……」

 

 試合に負けたにも関わらず、セシリアの顔はとても晴れやかだった。

 今までに抱えていたものが無くなり、背中が軽くなったかのように。

 

「最後の一撃…あれは何だったんですの? あのリロード速度は……」

「あれな。着地の反動で無理矢理に装填した」

「はい?」

 

 一瞬、我が耳を疑った。

 反動で装填した? 無理矢理?

 

「昔は不可能だったけど、どうもITになってから構造上、理論的には出来るって言われててな。ずっと前にヒルドルブでウィリーはしたことはあったから、その感じでやれば行けるかなーって思って。ダメ元でやったら、なんかできた」

「…狙いはどうやって定めたんですの? 本当に一瞬だったでしょう?」

「んなもん勘だ。勘」

「か…勘……」

 

 そんな生易しい次元の話じゃない。

 文字通り、着地をした一瞬で完璧に標準を合わせるなんて、そんなのは国家代表だって不可能だ。

 少なくとも、セシリアはそう思っている。

 

「まぁ…自分でも褒められたことじゃないとは思ってるよ。やろうと思えば出来るとはいえ、自分の相棒に負担を掛けさせてまでする事じゃねぇよな。実際、あれはヒルドルブ自体にも多大な負担を掛けるから、一度の試合で一回が限界だし、同じ弾種しか連射は不可能だしな。ジョーカー…って割には使い勝手は良くないんだよなぁ~……」

 

 間違いなく、生前以上にヒルドルブを酷使している。

 そうしなければならない状況に追い詰められている時点で、ソンネンは自分を戒め、これからも訓練に励む事を決意するのだった。

 

「けど、そんな判断をオレにさせる程にセシリアは強かったって事だ。お前と試合が出来て楽しかったぜ」

「えぇ…こちらこそ。生まれて初めて、ISの試合を心から楽しんだような気がしますわ……」

 

 ソンネンが差し出した手を掴んでからセシリアは立ち上がり、改めて二人は暑い握手を交わす。

 そこでようやく、観客席にいた生徒達が一斉に拍手をし始めた。

 一部の生徒に至っては感動の余り、立ち上がって涙ぐんでいる者もいた。

 

「うぉっ!? お…驚いた……」

「ビックリしましたわね……」

 

 図らずも同じ部屋に住んでいる者同士で試合ではあったが、これで互いに遺恨が残るような事は無いだろう。

 寧ろ、この試合を通じて二人の絆はより強固なものとなっていくだろう。

 セシリアの方は特に……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  




ヒルドルブの切り札とは、限定条件下での『連続発射』でした。

地味に強力ではありますが、使い勝手は最悪です。

その分、命中した時の爽快感は抜群。

次回は試合後の話。

原作キャラ達は何を思ったのでしょうか?





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戦いの後に

セシリア戦のその後。

まぁ…大方の予想通りの反応をします。







 ソンネンの勝利で試合は終わり、彼女は疲れた様子なんて見せないままピットへと戻ってきた。

 そんな彼女を出迎えたのは、幼馴染達と同じ部隊の仲間達、新たに出来た親友たちの労いの言葉だった。

 

「やったなソンネン! いやぁ~…マジで凄かったぜ!」

「お前ならば必ず勝てると信じていたぞ! しかし、まさかソンネンがあれ程の実力を隠し持っているとは思わなかった! 本気で感服した!」

「へへ…まぁな」

 

 一夏と箒のストレートな言葉に、少し照れながら頬を掻く。

 普段から余り褒められ慣れていないから、こんな時にどんなリアクションをすればいいのか分からないのだ。

 

「ソンソン! やったね~!」

「うん…あの重厚な機体で、あそこまで軽快に動けるなんで思わなかった」

「あいつとオレは一心同体だからな」

 

 本音と簪の言葉にも普通に答えているが、その顔はニコニコ笑顔になっている。

 なんだかんだ言って嬉しいのだろう。

 

「お見事でした、ソンネン少佐」

「あんがとよ、モニク」

「でも、無茶するところは相変わらずですね。最後の一撃、機体に相当な負荷が掛かってたんじゃないんですか?」

「そうしなきゃヤバかったんだから、しゃーねーだろ? セシリアがそれだけの強敵だったって事だ」

「そーですか」

 

 セシリアの事を褒めるような言葉に、頬を膨らませてそっぽを向くモニク。

 昔から憧れていた人物が別の人間を褒めた事に嫉妬しているのだろう。

 

「ンなわけだからよ、いっちょ修復と整備…頼むわ。オリヴァー」

「了解です。そもそも、あの連続射撃の方法を提示したのはボクでしからね。この展開は予想出来てました。予備のパーツを使えばショベルアームはどうにかなるだろうし、整備の方もそこまで時間は掛からないと思います」

「そっか。ソイツはなによりだぜ」

 

 自分でも相当に無茶をした自覚があったので、少しだけ心配していたが、専門家から大丈夫と言われたので、心の中で密かに胸を撫で下ろしていた。

 

「ソンネン少佐」

「よぉ…カスペン大佐。どうだった? オレさまの試合はよ」

「見事としか言いようがない試合だった。流石は我がジオン軍の誇る最強の戦車兵だな。久し振りに貴官が戦う姿を見て、私もなんだか心が熱くなるのを感じたよ」

「ドイツ代表サマにそう言って貰えて光栄だぜ」

 

 勝利したソンネンを労うように、カスペンは手を差し出して握手をした。

 

「改めて確信したよ。少佐は間違いなく、来たるべき決戦の折には必要不可欠の人材だ。これからも、よろしく頼むぞ」

「こっちこそな。あんたがオレ達に期待しているように、オレ達だってアンタに期待してるんだぜ?」

「ならば、その期待に全力で応えなければな。大隊長として、生徒会長として、国家代表として」

 

 その小さな背中に数多くの物を背負ってはいるが、それを重荷に感じたことは一度も無い。

 自分には頼りになる仲間がいて、だからこそ戦えるのだ。

 

「噂話は嘘じゃなかったって事だな。本当に凄かったぜ。少佐殿」

「アンタがそれを言うのかよ? 聞いてるぜ? 例の『大蛇』も相当にヤバいらしいじゃねぇか」

「おう。近いうちに必ず見せる機会はあるだろうから、その時を楽しみに待ってな」

 

 似た者同士なのか、ニカッと笑い合いながら拳をコンと軽くぶつけ合うアレクとソンネン。

 『大蛇』と『狼』の連携なんて、敵からしたら恐怖でしかないだろう。

 

「デュ…デュバル少佐……あれがソンネン少佐の実力なんスか…?」

「そうだ。あいつは例え、どのような状況に陥ろうとも最後の一瞬一秒まで決して勝利を諦めない。あんな性格をしているから誤解されがちだが、実はソンネンの奴が603技術試験隊の中で最も冷静沈着なんだぞ?」

「マジっすか……」

「だからこそ、頼りになるんだよな~」

「なんか…それは分かる気がする……」

 

 前世でも少ししか交流が無かったワシヤだが、だからこそ色眼鏡無しでソンネンの凄さを実感できた。

 一方、デュバルとヴェルナーは元々から彼女の凄さを知っていたから、そこまで驚きはしなかった。

 寧ろ、セシリアには悪いが、ソンネンが勝利することはある種の確定事項であるとさえ思っていたほどだ。

 

 そして、少し離れた場所から眺めていた楯無と虚が最も驚きを隠せないでいた。

 

「まさか…あれ程の実力を隠し持っていたなんてね……」

「機体の性能も相当ですが、それを手足のように操ってみせたソンネンさんの実力が桁違いです」

「そうね…正直、私でも勝てる自信が無いわ……」

 

 楯無も決して弱くは無いが、それでも矢張り経験が違い過ぎる。

 だからこそ理解する。もしもソンネンと試合をする事になったら、自分の持つ全てを賭けないと勝ち目はないと。

 

「傍から見てると、清楚な和風美少女なのにねぇ……」

「人は見かけによらない…を如実に表していますね。つい先程まで、あんなにも激しく荒々しい試合をしていたとは思えません」

「全くね。こうなると、他の子達の実力も気になってくるわ。ソンネンさんやヴェルナーちゃんとか……」

「お嬢様が一番気になっているのは、ホルバインさんの事じゃないんですか?」

「な…何を言っているのかしらッ!? そんな事ある訳ないじゃない!」

「そこで動揺している時点で『イエス』と言っているようなものですよ?」

「うぐ…!」

 

 従者とは言えども、虚の方が何枚も上手だった。

 

「ソンネン」

「あね…じゃなくて、織斑先生。どうだったよ?」

「まずはおめでとうと言わせて貰おう。本当に見事だった。身内贔屓かもしれんが、正直お前が負けるとは思っていなかった。ソンネンならば、たとえ相手が代表候補生であろうとも必ず勝つと信じていた」

「お…おぅ……あんがとよ」

 

 またもや苦手な実直な褒め言葉。

 照れ隠しで頬を掻きつつ視線を逸らす。

 無論、其処で何も感じない千冬他ではなかった。

 

(照れるソンネン…可愛いなぁ……抱き着いてもいいだろうか?)

 

 ダメに決まっている。

 

(ソ…ソンネンめ…! いつの間に、そんな色香のある顔が出来るようになったのだ…! くっ…思い切り抱き着いて、その胸に顔を埋めたい…!)

 

 あの姉にして、この妹あり…かもしれない。

 やっぱり束と箒は姉妹だった。

 

(ソンネン少佐…計算してやっていたら最低ですけど、天然だったらもっと最低です。だって、こんなにも私の心をかき乱すんですから……)

 

 モニク。お前もか。

 

「お見事でした、ソンネンさん! 私も、ソンネンさんが絶対に勝って信じてましたよ!」

「ありがとよ、山田先生。今度は全力のアンタとも試合がしたいな」

「私もです! その時は本気でいきますね!」

「あぁ! 楽しみにしてるぜ!」

 

 教師と生徒なのに、本当に仲がいい真耶とソンネン。

 一番の強敵は最も身近にいるかもしれない。

 

「それでだな…ソンネン。実は先程の試合、録画をしていてな。それをIS委員会の方に試しに提出してみようと思うんだが…構わないだろうか?」

「IS委員会に? オレは別に構わねぇけどよ…またなんで?」

「なに、少しでもお前の可能性を広げたいと思ってな」

「可能性…ね」

 

 なんとなく千冬の言おうとしていることが理解出来た。

 唯でさえ足が不自由な自分だ。

 今はまだいいとして、成人してから就職などをどうするべきかをちゃんと考えておかないといけない。

 このご時世、身体障害者でも仕事は有りはするが、それでも難しい事には変わりなかった。

 

「織斑先生。お話し中で済みませんが、少しいいですか?」

「どうした、マイ」

「ヒルドルブの修復と整備をしている間、ソンネン少佐用に別の車椅子を用意して貰うことは可能でしょうか?」

「その事か。任せておけ。代替の車椅子は私の方で手配をしておく。あれ程の試合を見せてくれた相手を学園側も無下にはしないだろう」

「ありがとうございます」

「あんがとよ」

 

 仲間達と話しながら、ソンネンはふと、セシリアが戻っていった反対側のピットを見た。

 

(今頃、アイツはどうしてるのかね……)

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

 試合が終わり、セシリアは一人でシャワーを浴びていた。

 その顔は未だに赤く染まっており、息遣いも荒かった。

 

(まだ…試合の時の興奮が抜け切れませんわ……。今までに色んな人と試合をしてきたけれど、あんなにも昂ぶって心躍る試合は初めてだった……)

 

 頭によぎるのは、試合中のソンネンの姿と、日常生活でよく見ている彼女の顔。

 分厚い装甲に隠れていても、セシリアには見えていた。

 ソンネンが目をギラギラとさせながら、ずっと笑っていた事を。

 

「デメジエールさん…デメジエールさん…デメジエールさん…デメジエールさん…♡」

 

 もうセシリアの頭の中はソンネンの事で一杯。

 これが自分の初恋であることは自覚していたが、まさか、これ程までに夢中になるとは思わなかった。

 ちゃんと汗を流さないといけないと理解はしていても、心臓の鼓動は早くなるばかり。

 早くソンネンに会いたい。その笑顔を見たい。抱き着きたい。

 

「私…貴女に恋してますわ……デメジエールさん……愛しの人…♡」

 

 この想いはもう止められない。

 今から、部屋に戻る時が楽しみで仕方が無かった。

 

 この日、少女達に非常に強力なライバルが誕生した。

 本気で恋する乙女は誰にも止められない。

 

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

 その日の夜。

 少しでも試合の疲れが取れるようにと、二人は学生寮の自室にてのんびりと過ごしていた。

 既に二人とも汗は流していて、お互いに寝間着状態になっている。

 

「こうして目を瞑っただけで、今日の試合を鮮明に思い出せる。本当に楽しかったよなぁ~…セシリア」

「そうですわね。本当に…本当に楽しい試合でしたわ……」

 

 ソンネンの方は放課後の試合を思い出して感慨に耽っていたが、セシリアの場合はそうではない。

 ベットの上で悠々と寝転がっているソンネンの姿にキュンキュン状態だった。

 

「明日にはヒルドルブを整備と修復しないとなぁ……」

「私のブルー・ティアーズもですわ。予備のビットに交換して、それから……」

 

 と、ここで会話が途切れる。

 気が付くと、ソンネンが静かな寝息を立てながら眠っていた。

 

「すー…すー…」

 

 完全に熟睡しているようで、試しにセシリアが近づいても全く起きる気配が無い。

 その無防備な姿にふと、セシリアの中で悪戯心が芽生えた。

 

(こ…これだけぐっすりと眠っているのなら…もっと近づいても大丈夫なのでは…? いえ、それどころか、いっそのこと……)

 

 声を出さず、セシリアは静かにソンネンが寝ているベットに体を乗せて、そのまま横になってから彼女に並んだ。

 俗にいう『添い寝』に近い状態になった。

 

(デ…デメジエールさんのお顔がこんなにも近くに! なんて美しい寝顔なんですの……。睫毛も長くて…肌もお綺麗で…髪も高級絹糸のようで……)

 

 本人無自覚のまま、セシリアは寝ているソンネンの頬や髪を撫でていた。

 それでもまだソンネンは爆睡中。

 

(なんて可愛らしい唇なのかしら……)

 

 うっとりとしながら顔を近づけていく。

 だが、寸前の所で我に返る。

 

(な…何をしていますのセシリア・オルコット! いかにデメジエールさんが可愛らしくて美しい女性であっても、寝込みを襲うような真似は貴族以前に人間として最低ですわよッ!?)

 

 ギリギリのところで最後の一線だけは越えずに済んだ。

 だからと言って、彼女の中の燃えるような恋心は全く収まってはいないのだが。

 

(それに…キスはまだ早いですわ……。この想いすらまだ伝えていないのに……)

 

 もしも告白したら、ソンネンはなんて答えるだろうか。

 全く想像が出来ないだけに、そこには僅かな恐怖心も生まれる。

 

(…キスは無理でも、せめて…このままでいる事は許してくださいまし……)

 

 セシリアは自分とソンネンの体に一枚のシーツを被せ、リモコンにて部屋の電気を消した。

 愛しの人に寄り添うように寝ているセシリアの顔は、とても幸せそうだった。

 

 余談だが、次の日の朝にセシリアと一緒に寝ている事に気が付いても、ソンネンは皆が期待しているようなリアクションはしなかった。

 至って冷静に『どうしてセシリアと一緒に寝てるんだ?』としか思わなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 




皆はそれぞれの反応をし、セシリアは完全に恋に目覚めました。

一緒の部屋であることもあって、ここから一気に燃えあがるでしょう。


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番外編⑥ コロニーの落ちた地で…

久し振りに番外編です。

少し前にリクエストがあったのですが、まだプロットが完成していないので、まずは前々からずっと温めていた話を投下します。

今回も、個人的に大好きな人達のオンパレードです。

ぶっちゃけ、一年戦争に出てくるキャラでは1・2を争うぐらいに好きかもしれません。







 学年別トーナメント一年生部の一回戦。

 

 組み合わせは噂の男性IS操縦者である『織斑一夏』と、フランスから来たもう一人の男子という名目で現在は在籍しているシャルル・デュノアと、ドイツから来た代表候補生であるラウラ・ボーデヴィッヒとランダムで決められたパートナーである篠ノ之箒の対決。

 

 箒が早々に脱落し、一夏とシャルルは自分たちなりに考えた作戦で格上であるラウラを徐々に追い詰め、シャルルの放った六十九口径パイルバンカー『灰色の鱗殻(グレー・スケール)』の一撃にて勝敗は決した…かに見えたが、次の瞬間に誰もが驚くような事象が起こった。

 

 突如として、ラウラのISが泥のように溶けて、そのまま彼女を吸収した後に別の存在へと変態したのだ。

 それを見た時、一夏は我が目を疑った。

 

「ち…千冬…姉…?」

 

 その姿は、まるで暮桜を纏った一夏の姉である『織斑千冬』に酷似していた。

 どうして、そんな姿になったのか、なんでこんな事になっているのか。

 誰にも何も分からなかったが、一つだけはっきりと言えることがあった。

 あれには間違いなく千冬のデータが使用されているという事。

 それを察した時、一夏の怒りが一瞬で頂点に至った。

 

「あいつ!!」

 

 咄嗟に斬り掛かろうとする一夏だったが、相手の動きは想像以上に早く、彼の剣は簡単に避けられ、そのまま返す刃でカウンターを食らいそうになった…が、そこに一筋の閃光が煌めき、変化したISの腕を貫通した。

 

「な…なんだっ!?」

「あの人はっ!?」

 

 攻撃があった方に振り向くと、そこには打鉄を強化改造した『打鉄弐式・近接型』に搭乗している右目に眼帯を付けた金髪の少女がビームライフルを構えて立っていた。

 

「ドイツの国家代表にして、『荒野の迅雷』の異名を持つIS学園三年生の『ヴィッシュ・ドナヒュー』先輩!!」

「し…知ってるのか?」

「勿論だよ!」

 

 緊急事態にも拘らず、シャルルは興奮した様子で語り出した。

 

「冷静沈着な判断力に超一流の指揮能力も兼ね備えている人で、一撃離脱戦法を最も得意としている凄い選手なんだよ! 噂では、並の国家代表の三倍の戦績を誇っているとかなんとか……」

「そ…そうか……」

 

 シャルルの様子に怒気が抜かれた一夏は、自分達の目の前に入りてきたヴィッシュに目を奪われた。

 

「許せんな……」

「え?」

「何も知らないラウラを実験台にした挙句、『VTシステム』なんて代物で更なる高みを目指そうとするとは…今この瞬間も世界中で切磋琢磨し続けている全てのIS操縦者に対する、これ以上ない冒涜だ!!!」

 

 ヴィッシュもまた一夏と同様に怒っていた。

 だが、その矛先が違った。

 一夏は姉のデータを使われたことに怒っていたが、ヴィッシュはVTシステムを生み出したこと自体に憤怒していた。

 

「アレを生み出した連中は気が付いていないのだろうな。あんな歪んだシステムを使ってしまった時点で、自分達の限界を教えてしまっている事を。自分自身に敗北しているという事を!」

 

 ライフルを持っていない左手にビームナギナタを展開し、後ろにいる一夏とシャルルの方を振り向いた。

 

「お前達、ここはオレ()がなんとかする。だから、一刻も早く避難しろ」

「で…でも、俺は!!」

「オレに二度も同じ事を言わせる気か?」

「う……」

 

 ヴィッシュの言葉に噛み付く一夏であったが、彼女から発せられる威圧感に思わず口を紡ぐ。

 

「アレは並の奴に倒せる相手じゃないし、お前達は先程の試合で機体共々疲弊しているだろうが。ハッキリ言って足手纏いだ。まぁ、仮に万全の体勢であっても意見は変わらないが…な!」

 

 話している間に斬り掛かってきたISの剣を易々と受け止めるヴィッシュ。

 自分が全く反応できなかった攻撃に着いていけている時点で、彼女と己の差が非常に大きい事が分かる。

 

「ま…待ってください。さっき…『達』って言いましたよね?」

「確かに言った。オレは一人ではない。最強の宿敵であり、味方でもある連中が背中を守ってくれるからな」

「それって……!」

 

 ヴィッシュの言葉が何を意味するのか。

 それがすぐに理解出来たシャルルは、先程以上に激しく心臓を鼓動させる。

 まさか、まさか『彼女達』もいるのかと。

 

「ふん!」

 

 受け止めていた剣を力づくで弾き飛ばし、相手がよろめいた隙に蹴りをかまして距離を取る。

 その瞬間、ヴィッシュがやって来た方向から再びビームの一撃が黒いISの右肩に直撃した。

 

「全く…一人で突っ走りすぎだッつーの!」

「そう言うな。彼…じゃなくて、彼女の実力はお前だってよく知っているだろう?」

「そりゃ、そうだけどさ!」

「言い争っている場合ではないぞ。今は一刻を争うんだ」

「「はい!」」

 

 ヴィッシュの傍に降りてきたのは、真っ白に染められている『ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡ』を纏った三人の少女。

 一人は金髪のセミロングで、一人は黒髪のショートヘア、もう一人は茶髪のロングヘアーの少女だった。

 

「オ…オーストラリア最強のISチーム『ホワイト・ディンゴ』っ!? IS学園に在籍しているとは聞いてたけど、まさかこの目で見られるだなんて!?」

「えっと…この人達も凄い人達なのか?」

「凄いなんてもんじゃないよ! ヴィッシュ先輩の宿命のライバルにして一番の親友でもある、オーストラリア代表にしてホワイト・ディンゴのリーダー『マスター・(ピース)・レイヤー』先輩に、チームメイトにして代表候補生でもある『レオン・リーフェイ』先輩と『マクシミリアン・バーガー』先輩だよ!」

「お…おう……そっか……」

 

 完全に説明役になっているシャルルに若干引きながらも、一夏はレイヤーたちを見た。

 その立ち姿を見ただけで、素人である一夏にもハッキリと理解出来た。

 この人達は只者じゃないと。自分とは別次元にいる人達だと。

 

「白い狼の専用エンブレムが描かれたリヴァイヴのホワイト・ディンゴ専用カスタム機……あの三人の為に採算度外視の魔改造が施されてるって聞いてるけど……」

「ま…魔改造…?」

 

 見た目は白く塗られただけのリヴァイヴ・カスタム。

 シャルルが纏っている機体と差は無いように思えた。

 

「君達、ヴィッシュの言う通り、今はここから離れるんだ。ファング2!」

「お待たせしました。篠ノ之箒を回収してきました」

「箒!」

「篠ノ之さん!」

 

 レオンに抱えられるようにして、打鉄を纏った箒が戻ってきた。

 本人は凄く恥ずかしそうにしていたが、先輩が体を張って自分を運んでくれた事に感謝をしているので、頑張って羞恥心を抑え込もうとした。

 

「あ…ありがとうございます……」

「気にするな。先輩として当然の事をしたまでさ」

 

 箒を降ろした後、レオンもヴィッシュの援護をしに前へと向かって行った。

 

「織斑一夏くん」

「は…はい」

「君は、君が今出来る一番の『ベスト』を尽くすんだ」

「俺が出来るベスト…?」

「そうだ。怒りに任せて剣を振るう事が君のすべきことではない事は分かっているのだろう?」

「それは……」

「それとも、君は彼女達の命よりも自分の感情を優先するような自分勝手男なのかな?」

「そんなことはねぇ!!」

「だったら……自分のやるべき事は分かるな?」

「…………はい」

 

 悔しいが、レイヤーの言っている事は全て正しかった。

 ここで怒り狂って剣を振るう事は簡単だ。

 けど、そうなった時に一体誰が箒とシャルルを守るというのだ?

 頼りになる先輩達が『二人を守れ』を言ってくれたのだ。

 自分みたいな素人に銃後の守りを任せてくれたのだ。

 ここでその期待に応えなければ、それこそ本当の自分勝手だ。

 

「…アイツの事…お願いします」

「任せてくれ。我々は我々のできる最高のベストを尽くしてみせる」

「はい!」

 

 力強く頷くと、一夏とシャルルは左右から箒を抱えるようにしてピットへと戻っていった。

 

「これでよし…と。アニタ!」

『呼びましたか? 隊長』

「そちらからラウラ・ボーデヴィッヒのバイタルと機体の状況はモニター出来ているか?」

『バッチリです!』

「よし! では、情報を逐一、我々の機体に送信してくれ! 頼んだぞ!」

『了解です!』

 

 ホワイト・ディンゴの専属オペレーターである『アニタ・ジュリアン』との通信の後に、レイヤーは盾を構えつつビームサーベルを展開した。

 

「相手はブリュンヒルデの劣化コピー…か。確かに強敵だが、我々ならばやってやれない相手ではない!」

 

 救出対象と打倒すべき相手を見据え、レイヤーは一気にブーストを掛けて突撃する!

 

「隊長!!」

「援護します!!」

 

 マイクのロングレンジライフルによる正確無比な射撃と、レオンの持つミサイルランチャーを受けて、黒いISは大きく怯んだ。

 両腕を激しく損傷しはしたが、断面が気味悪く蠢いて再生しようとする。

 

「ちょ…冗談だろッ!?」

「まるでSF映画に出てくる化物だな…!」

 

 思わず二人が顔を顰めるのも無理はないが、ビームの剣を握りしめたレイヤーとヴィッシュは微塵も驚かない。

 二人は取り込まれたラウラの位置と、この現象の根幹であるVTシステムがある場所を割り出していた。

 

『隊長! ヴィッシュ中尉! ボーデヴィッヒさんのバイタルが危険域に!』

「ちっ…! やるぞ! レイヤー中尉!」

「あぁ! これで決める!!」

 

 両腕が完全に再生しきる前に、左右から挟み込むように接近し、ジャンプした後に上から斬り下ろす!

 

「偽りの戦乙女よ! 命運尽きたな! 滅び去れ!!」

「覚悟ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!」

 

 着地したと同時に交差するように全力で斬り裂く!!

 

 そのダメージが決定打となったのか、腹部から僅かにラウラの姿が見えた。

 彼女は裸の状態で蹲るようにして気を失っていた。

 

「ヴィッシュ!!」

「任せておけ!! ラウラ!! 今、助けてやるぞ!!」

 

 ラウラの姿が見えなくなる前に急いで彼女の腕を掴み、そのまま体を傷つけないようにしながら慎重に引っ張り出す。

 

「よし…救出成功だ!」

「ならば後は!」

 

 ヴィッシュは急いで離脱し、レイヤーもまた同時に離れる。

 二人は武装をビームライフルに持ち替えた後、先程までラウラがいた場所から少し上…胸部付近に狙いを定めた。

 

「「これで終わりだ!!」」

 

 引き金が引かれ、二人のビームが憑代を失って人型を保てなくなった黒いISを貫いた。

 その一撃はVTシステムのコアを撃ち抜き、風船のように大きく膨れ上がったと思った瞬間、破裂するように爆発、四散した。

 

「任務完了だ」

「最初はどうなるかと思いましたが、大した被害も無いようでなによりです」

「よぉし! やったぜ!!」

「フッ……それでこそだ。ホワイト・ディンゴ。最強の宿敵は、同時に最強の味方でもあるという事だな」

 

 爆発した場所には大きく破損しているラウラの専用機『シュヴァルツェア・レーゲン』が転がっていた。

 

「損傷は激しいが、奇跡的にコアに傷はついていないようだな。あれならば予備パーツに取り換える事で応急処置ぐらいは出来るだろう」

「それはなによりだ。アニタ、彼女のバイタルはどうなっている?」

『ヴィッシュ中尉に救出された瞬間に安定しました。今は気を失っているだけです。それよりも! 女の子をいつまでも裸でいさせちゃダメですよ! 急いでタオルを持っていくから、そこで待っていてください!』

「りょ…了解だ」

 

 アニタの実に当たり前の言葉に気圧された四人。

 ホワイト・ディンゴで最強なのはアニタなのかもしれない。

 

 こうして、学年別トーナメントで発生したVTシステムを巡る事件は収束した。

 この一件でホワイト・ディンゴと荒野の迅雷の名は今まで以上に学園内で英雄視されていくことになるのだが、それはまた別の話。

 

 その後、ラウラは憑き物が無くなったかのように素直な性格となり、救出された恩を感じてか、ヴィッシュとホワイト・ディンゴの面々に非常に懐いていったという。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




久方振りの番外編は『マスター・P・レイヤー』と『ヴィッシュ・ドナヒュー』のW主人公でした。

今回の彼女達の容姿にはこれといったモデルは有りません。
お好きなように想像してください。

ヴィッシュとホワイト・ディンゴの皆は揃って三年生で、ヴィッシュとレイヤーは国家代表、レオンとマイクは代表候補生となっています。
オペレーターのアニタは候補生ではありませんが、専属の凄腕オペレーターという事で、別の意味で優遇はされています。

ヴィッシュの機体は、本編でもカスペンが専用機としている『打鉄弐式』の近接戦特化型で、高出力のビーム・ナギナタでの近接戦を得意としています。

ホワイト・ディンゴ隊の専用機は、シャルロットの機体と同型の『ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡ』なのですが、機体色は真っ白で、脚部装甲にはディンゴ隊のエンブレムが刻まれています。
同じリヴァイヴでも、三人の為にかなりの魔改造が施されていて、性能だけで言えば紅椿に匹敵します。

レイヤーの機体は万能型で、レオンは近接戦仕様、マイクは射撃戦に特化した装備と性能を持っています。
機体の性能と三人の実力には、千冬や束すら舌を巻くレベル。
ヴィッシュの実力にも本気で感嘆していて、束は数少ない例外として認めています。

因みに、レオンは新聞部に、マイクは軽音部に所属しています。
そして、ヴィッシュとレイヤーは一緒に天体観測部に所属しているとか。

最後に、ヴィッシュをドイツ代表にしたのは、単純に『眼帯』繋がりからです。




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そして、英国少女は扉を開く

今回、やっと一夏の機体が到着します。

と言っても、余り活躍の機会は無いでしょうが。












 試合があった次の日の朝。

 いつものようにセシリアはソンネンの朝の支度を手伝っていた。

 が、今朝の彼女はどうもこれまでとは違っていた。

 簡単に言えば、妙に機嫌がいいのだ。

 激戦だったとはいえ、結果としてセシリアは試合に負けた。

 ならば、大なり小なり落ち込んだりするのが普通であるが、彼女の場合は鼻歌交じりにベッドに座っているソンネンの髪を櫛で梳いている。

 

「なんか朝から機嫌がいいな。どうしたんだ?」

「そ…そうですか? 私はいつも通りでしてよ?」

「そっか~? まぁ…お前がそう言うんなら、それでいいけどよ」

 

 特に深く気にする事も無く、ソンネンは再び前を向いた。

 だからこそ気が付かない。セシリアの顔が緩みきっている事に。

 

(今日もデメジエールさんの髪はなんて素晴らしい触り心地なのかしら…。全く櫛に引っかからないで簡単に梳けていく……。今の私は間違いなく、学園一の幸せ者ですわ…♡)

 

 それは流石に大げさすぎだ。

 だが、誰もツッコむ者がいないので普通にスルーされる。

 

「そういや、セシリアは昨日の疲れは残ってないか?」

「私ならば大丈夫ですわ。デメジエールさんはいかがですか?」

「こっちも問題無しだ。寧ろ、いい具合に熟睡出来て気分爽快だよ」

「それは何よりですわ」

 

 昨晩、ソンネンが熟睡出来た事はセシリア自身が一番よく知っていた。

 何故なら、彼女の事を半ば抱き枕のようにして眠っていても、ソンネンは全く起きる気配が無かったから。

 このお貴族様、完全に調子に乗っている。

 

(…はっ!? いつもならば、この後はデメジエールさんのお着替えを手伝う事になって……あうっ!? は…鼻血が……)

 

 今まではそんな事無かったのに、初恋の相手だと完全に意識し始めた途端、ソンネンのあられもない姿を思い出して興奮が止まらなくなりそうになる。

 このままでは色んな意味でヤバいと思ったセシリアは、咄嗟に近くにあったティッシュを丸めてから鼻に突っ込んだ。

 

「……どうした?」

「ちょっと鼻づまりが……」

「……そっか」

 

 なんとか誤魔化せた。

 だが、これが通用するのはソンネンだけだという事も忘れてはいけない。

 少なくとも、他のメンバーの場合は絶対に追求される。

 特にデュバルとヴェルナーの二人は。

 

 その後、ちゃんとソンネンの着替えを手伝ったセシリアであったが、興奮が臨界状態寸前まで高まり、何度もティッシュを押し出して鼻血が出そうになったらしい。

 セシリア・オルコット。朝から既に瀕死である。

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

 まだ修理されていないヒルドルブの待機形態である車椅子に乗って教室へと向かう。

 これまたいつものように、セシリアが後ろから車椅子を押している。

 他の生徒達からしても、もう完全に見慣れた光景になっている。

 セシリアがドヤ顔になっている事を除けば。

 

「気のせいかもしれないけどよ、周囲から視線を感じないか?」

「昨日、あれだけの試合をしたのですから、注目されても不思議じゃありませんわ」

「そういうもんかね?」

 

 ソンネンからすれば、思い切り暴れただけなのだから、どうして彼女達が自分達を見るのか本当に理解出来ていない。

 

(二つ名を持つジオンのエースパイロット達も、こんな気分だったのかね…? 赤い彗星とか、真紅の稲妻とか、ソロモンの白狼とか)

 

 他にも数多くの異名持ちのエース達がいるが、実際に会った事は無いので人柄などは全く知らない。

 特に興味が無かったのも大きな理由の一つだが。

 

「それよりも、少し急ごうぜ。きっと、他の連中も教室に行ってる筈だし」

「そうですわね」

 

 ほんの少しだけ速度を上げてから教室へと急ぐ。

 そして、教室へと到着して扉を開けると……?

 

「おはよう! ソンネンさん! オルコットさん!」

「いや~! 昨日の試合は本当に凄かったね~!」

「私達みんな、興奮しまくったんだよ~!」

「マジで一組でよかった~!」

 

 入った途端にクラスメイト達からの挨拶ラッシュ。

 余りにもいきなりな事に目が点になる二人。

 どうしたらいいかと思って周囲を見渡すと、いつもの面々が見えたのでそこに急ぐことに。

 

「おいおい…あれは一体何なんだよ?」

「決まってるじゃないですか。昨日の試合で一気に増えた少佐とセシリアさんのファンですよ」

「はぁ?」

「私達のファン…ですか?」

 

 代表候補生として、セシリアも祖国には少なからずファンが存在しているが、それでもこれはいきなり過ぎて驚いた。

 ソンネンも、これまでにファンなんて洒落たものなんていたことが無いので、思わず頭が真っ白に。

 

「ソンネンに限って言えば、今に始まった事じゃないけどな」

「あぁ? それはどーゆーことだ?」

「お前達は知らないかもだけど、ソンネンにデュバル、ヴェルナーの三人は中学の時から凄く人気があって、校内で密かにファンクラブが結成されてたぐらいなんだぞ?」

「「「……へ?」」」

 

 ソンネンだけでなく、何故か二人にも話が飛び火した。

 知らぬは本人ばかり也。完全に初耳な情報だった。

 

「いや…前にも何回か言ってたと思うけど?」

「完全に冗談だと思ってた……」

「同じく。まさか、本当に実在していたとは……」

「IS学園内でもソンネンのファンクラブが生まれたりして」

「いや…それは普通に勘弁してくれ……」

 

 自分はそんなにも憧れられるような人間じゃない。

 荒くれて、自由気ままに戦車を乗りこなすだけの人間だ。

 少なくとも、自分に憧れられるような要素があるとは到底思えなかった。

 

「というか、少佐の場合は戦車に乗ってた頃から、かなり人気は有りましたよ?」

「え? マジで?」

「マジです。他の事には鋭い癖に、自分の事になると鈍感になるんですね」

 

 少し冷たい言い方かもしれないが、モニカもまたソンネンに強い憧れを抱いていた人間の一人なので、自分の凄さを理解していないのはもどかしくもあった。

 

「もうその話はいいよ。それよりも、オリヴァー」

「はい?」

「ヒルドルブの修理は今日の放課後からするんだろ?」

「その予定です」

「なら、その時に代わりの車椅子と交換するのか?」

「みたいですね。山田先生が用意をしておくと言っていました」

「そいつは助かるぜ」

 

 車椅子が無いと、ソンネンは本当に何も出来ない。

 今ならばセシリアが自ら足になると言い出しそうだが。

 

「実は、私もマイマイのお手伝いをするんだよ~」

「本音もか? いいのか?」

「構いませんよ。この間の事で本音さんの腕が確かなのは証明されてますし、こっちとしても願ったり叶ったりです」

「お前がそこまで言うんなら、こっちとしては何も文句は無いけどよ……」

 

 技術士官であったオリヴァーにそこまで言わせるという事は、本音もまた将来有望な人間の一人なのかもしれない。

 能ある鷹は何とやら…である。

 

「こりゃ、少なくとも今日一日はソンネン少佐とオルコットさんフィーバーになりそうだな。それはそれで面白そうだけど」

「ワシヤ中尉…テメェ…完全に他人事かよ」

「オレ…面白い事が大好きなもんで」

「ドヤ顔で言うな。なんか殴りたくなる」

「酷ッ!?」

 

 そうこう話している内に予鈴が鳴って、全員が一斉に席に向かって行った。

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

 朝のSHRが始まり、教室に千冬と真耶が入ってきた。

 ルーチンワークと化している挨拶から始まり、千冬が教壇に立った。

 

「諸君、おはよう。まずは、昨日の試合に事について話しておこう」

 

 いきなりド直球な話が飛び出してきた。

 生徒達は緊張した面持ちで次のセリフを待っている。

 

「昨日の放課後に繰り広げられた試合によって、ソンネンの実力が良く理解出来たと思う。その上で改めて問おう。ソンネンのクラス代表に異論がある者はいるか?」

「「「「「「いません!!!!」」」」」」

「よろしい」

 

 完全な満場一致。

 今や誰も、ソンネンに対して懸念している者はいない。

 寧ろ、その人気と支持率は爆発的に上昇していた。

 

「では、正式にソンネンが一組のクラス代表という事にする。いいな?」

「「「「「「はい!!!」」」」」」

(…試合の事ばかり考えてて、クラス代表の件を完全に忘れてたぜ……)

 

 正直、面倒くさい事この上ないが、それでも決まった以上はそれに従う。

 元軍人故の気質が、話を必要以上に混乱させずに済ませていた。

 

「それから…マイ」

「はい」

「ソンネンの代わりの車椅子が今朝、用意できた。これでいつでもヒルドルブの修理が可能だ」

「ありがとうございます」

「もう届いたのか…スゲェな。あんがとよ」

「なに、これぐらいならばお安い御用だ」

 

 などと、普通を装っているが、心の中は違った。

 

(ようやくお姉ちゃんらしいことが出来た! よし…この調子で頑張らねば!)

 

 見えない所でガッツポーズをしていた。

 何気に公私混同が多くなっているが、本当に大丈夫なのだろうか?

 

「それと、もう一つ報告することがある。織斑」

「今度は俺?」

「前にお前に専用機が用意される話をしたのを覚えているか?」

「そういや、そんなのがあったような……」

「今日の放課後に、そのISが搬入されてくるそうだ」

「おぉ……」

 

 別に待っていたわけではないが、それでも実際に来るとなると、少なからず興奮はしてしまう。

 だって、男だから。

 

「なので、放課後になったら昨日と同じ第三アリーナのピットに来い。そこで各種設定などを行う事にする。いいな?」

「わ…分かりました」

 

 一体どんな事をするのか全く想像もできない。

 そもそも、自分にちゃんとISを乗りこなす事が出来るのだろうか?

 少しでも不安が出てくると、噴水のように湧き出てくる。

 

「不安か?」

「ま…まぁな。初めてだしな……」

「それなら、デュバル達に付き添って貰えよ。あいつ等なら二つ返事で付き合ってくれるぞ」

 

 後ろの席にいるソンネンが小声で一夏の事を励ましてくれた。

 そのお蔭で少しだけ表情に元気が戻ったが、同時に一番後ろにいるセシリアとモニクから殺気を飛ばされる事になる。

 一夏の受難はまだまだ続く事になりそうだ。

 

「では、これで朝のSHRを終了する。日直」

「起立!」

 

 こうして、一夏にもようやく専用機が届く事になった。

 だが、まだ彼も、他の生徒達も知らない。

 今日の主役は別にいる事を。

 

 

 

 

 

 

 

 




まずは触りだけ。

次回は…今更言うまでもありませんが、白式のお披露目です。

でも、この作品において、普通に白式の登場だけで終わらせるわけがありません。

次の本当の主役は、まだ原作キャラ達には見せていない『神速のゴーストファイター』です。





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白い式

白式お披露目の話ですが、今回の主役は一夏に非ず。

そう、前回の予告通り、デュバルの愛機を原作キャラ達にお披露目するのです。

読者さん達にはもうお披露目してますしね。







 放課後になり、再び第三アリーナへとやってきた面々。

 本来ならば、来る予定だったのは当事者である一夏と、彼の付添であるデュバルだけだったのだが、なんでかいつもの面々が揃っていた。

 

「なんで箒達も一緒なんだよ……」

「お前がデュバルに不埒な真似をしないか見張る為だ」

「右に同じよ。デュバル少佐には私だって凄くお世話になってるんだから」

「私は単純に、代表候補生として織斑さんのISに興味があるからですわ」

 

 一夏、未だに女子達からの信用獲得ならず。

 

「まぁ、オレ達もオルコットさんと同じ理由かな~」

「あぁ。言葉だけじゃ何にも分らないからな」

「ヴェルナーとワシヤはそうだろうと思ってたよ。で、会長と副会長、それからアレク先輩はどうして?」

「生徒会として、校内にある専用機の事は知っておく必要があるからな。つまりは仕事だ」

「そう言う事。私や会長みたいな専用機持ちは、機体のデータなんかを学園に対して登録申請をする必要があるのよ」

「知らなかった……」

 

 今までISに縁が無い人生だったのだから、知らないのは当然の事だ。

 逆に、自分の幼馴染達がいつの間にか登録申請なんてものをしていた事が驚きだった。

 

「そういや、ソンネンとオリヴァー、布仏さんや更識さんがいないな。どこに行ったんだ?」

「あいつ等なら、今頃は格納庫にてヒルドルブの修復作業を行っている頃だろう」

「ちふ……織斑先生」

 

 ギリギリセーフ。

 なんとか途中で軌道修正できたので出席簿は回避できた。

 因みに、ちゃんと真耶も一緒に来ている。

 

「主に修復をしているのはマイだが、更識妹と布仏はアイツの手伝いをする為に一緒に向かった」

「ソンネンさんは、ヒルドルブの操縦者として修復作業を傍で見ているそうです」

「成る程……」

 

 今日の朝から急激にソンネンと猛アタックし始めたセシリアが何も言わないのはその為か。

 想い人だからこそ、彼女の意志を最大限に尊重もするのだろう。

 

「お前の専用機に関してだが、あと少しで到着するとの事だ。まだ時間はあるから、その間に予め渡しておいたISスーツに着替えてこい」

「あ~…あれな。分かったよ」

 

 千冬に言われるがまま、一夏は自分のISスーツが入っている袋を持って更衣室へと歩いて行った。

 

「それとデュバル」

「何でしょうか?」

「念の為にお前も準備をしておいてくれないか? 一応、各種設定の後に軽く試運転もさせるつもりなんだが、お前も知っている通り、一夏は超ド素人だ。何が起きるか分からないからな。それに備えて……」

「私も一緒に飛行をする…というわけですね。了解です」

 

 デュバルと千冬の会話を聞いた箒、セシリア、楯無、真耶の4人は揃って共通のことを思った。

 もしかしたら、デュバルの専用機も一緒に見られるのか、と。

 幼馴染として、代表候補生として、暗部の人間として、副担任として。

 どうしても知っておきたかった。

 あのソンネンが全幅の信頼を置くデュバルがどんな機体を持っているのか。

 そして、デュバルの実力の一端だけでも見られれば嬉しかった。

 

「ISスーツ自体は制服の下に着ているから問題はありません。今からでも着替えましょうか?」

「い…いや、あのバカが戻ってきてからでいいから更衣室で着替えてこい」

「はぁ…分かりました」

(正直、物凄く見たくはあったが、そうなると自分の理性を抑え切れる自信が無いからな……精神の修行が足りないな……)

 

 欲情を抑えるための訓練とは、これいかに。

 だが、千冬と同じような考えを持つ人間がもう一人いた。

 

(うぐぐ……千冬さん…余計な事を…! だが、もしもここでデュバルの生着替えなんて見せられたら、部屋に戻った瞬間に私は野獣になるかもしれない…。やはり、デュバルとは健全な付き合いをだな……)

 

 こんな事を考えている二人だが、ここで一番重要な事を失念していた。

 それは、束もまたこの光景を見ている可能性が高いという事。

 デュバルの着替えの瞬間なんて見たら、彼女もまた同じように暴走して部屋に突撃してくるかもしれない。

 

(箒さん…貴女のお気持ち…手に取るように分かりますわ。私も、今朝のデメジエールさんのお着替えをお手伝いする時に、どれだけ必死に理性を抑え込んだか……)

 

 そんでもって、声には出さないが意外な共感者がいる事を箒はまだ知らない。

 セシリア・オルコット。

 これからは毎日が自分の本能との戦いだった。

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

 一夏がISスーツに着替え、それを入れ替わるようにしてデュバルもまたISスーツへと着替えてきた。

 

 一夏の着ている男性用のスーツは色自体は一般的な物と同じ紺色だが、形状が全く違っていた。

 下はスッパツのようになっていて、上半身の方も胸部分だけを覆うようなデザインになっている。

 

 一方のデュバルのISスーツは、デザイン自体は他の生徒達も持っているISスーツと全く同じだが、その色が全く違っていた。

 嘗て、自分が所属していたジオン公国軍のイメージカラーとも言うべきダークグリーンに染まっていたのだ。

 かなり引き締まった体で、出ている所は出ていて、引っ込んでいる所は引っ込んでいる。

 今はまだ箒やセシリアには敵わないが、あと10年もすれば大きく変貌すると思われる可能性は秘めていた。

 

「サイズはピッタリのようだな」

「お…おぅ……」

 

 返事をしながらも、一夏の視線は隣にいるデュバルに向けられる。

 彼女は腕組みをしながら立っていて、そのスタイルがより強調されていた。

 

「ん? こっちを見てどうした?」

「い…いや…なんでもない……」

 

 男として恥ずべきことだと分かっていても、本能にはそう簡単には逆らえない。

 実際、千冬と箒はさっきからずっとデュバルの体を見ながら必死に『愛』が溢れるのを抑え込んでいた。

 

(こ…これは……!)

(きょ…強烈だ…!)

 

 もしも、この場に箒と千冬とデュバルの三人しかいなかったら、即座に『案件』になってしまっていただろう。

 人間、頑張れば意外となんとかなるものだ。

 

 そこに、いつの間にか姿が見えなくなっていた真耶が戻ってきた。

 

「織斑く~ん! 織斑先生~! 例の機体がやってきましたよ~!」

「やっとか」

「お…俺の専用機……」

 

 唾を飲み込みながら真耶の後ろに注目すると、大きな総鉄製の扉が開き、そこからハンガーに固定されたISが自動で運び込まれてきた。

 それは一夏達の数メートル前で停止し、まるで自分の主を待っているかのように沈黙を保っている。

 

「そうですよ。これこそが織斑君だけの専用機、その名も『白式(びゃくしき)』です」

「びゃく…しき……」

 

 初めて見るのに、不思議と何故か懐かしい。

 前にもISには触れたが、その時とはまた違った雰囲気を漂わせていた。

 

「ふむ…機体形状にそこまで目立った特徴は見当たらないが……」

「まだ初期状態ですから。真の姿になるには『第一形態移行(ファースト・シフト)』をしてからですわ」

「オルコットの言う通りだ。織斑、まずは白式に搭乗しろ。その後に各種設定を行う」

「わ…分かったよ」

 

 恐る恐る白式の装甲に触れる。

 すると、機体の装甲が観音開きになって、一夏を迎え入れるような形になった。

 

「一夏。ISに乗る時は座るような感覚になればいい」

「こ…こうか?」

「そうだ。ちゃんと体が入りさえすれば、後は自動で装甲が閉じる仕組みになっている」

 

 デュバルの丁寧な指導により、難なく白式の操縦席に乗り込めた一夏。

 今までよりも頭身が高くなったことで、何とも言えない優越感に満たされる。

 

「よし。後はこちらで各種の設定を行う。お前はそのままじっとしていろ」

「そのままって…どれぐらい?」

「25~30分ぐらいだ」

「思ったよりも長いんだな……」

「完全な初期設定だからな。それぐらいかかって当然だ」

 

 そうこう言っている間に、真耶がハンガーに設置されているコンソールを使って白式の設定をし始める。

 

「山田先生。よろしければ私も手伝いましょうか?」

「デュバルさんが? それは凄く助かりますけど……」

「御心配なく。これでも勉強はしていますから」

 

 真耶が思わず千冬に目配せすると、彼女は迷う事無く頷いた。

 

「じゃあ…お願いできますか?」

「任せてください」

 

 真耶の隣に並んで、素早くコンソールを操作する。

 その目はひっきりなしに動き、指先は早過ぎて全く見えない。

 

「なんと……」

「デュバルさんに、このような才能がお有りになるなんて……」

 

 箒とセシリアは驚きを隠せないが、そんな二人を見て密かにモニカはほくそ笑んでいた。

 

(この程度、デュバル少佐には朝飯前よ。なんたって、この人はヅダの開発に基礎段階から携わっていた程の人なんだから)

 

 操縦者としてでなく、プログラマーとしても一流の実力を兼ね備えていたデュバル。

 天は見事に彼女に対して非常に大きな『二物』を与えていた。

 

「一夏。今の調子なら半分の時間で済むかもしれないぞ」

「マジかッ!? それでも15分は掛かるんだよな……。普通に暇だぞ…」

「なら、オレたちが話し相手になってやるよ。そうだな……中学の時に一夏が廊下のど真ん中でデュバルの事を押し倒した話でも……」

「「「なに……!?」」」

「ちょ…ちょい待ちヴェルナー! どうして、よりにもよってその話をするっ!?」

「いや…だって、普通に面白そうだなって思って」

「俺にとっては苦い過去なんですけどッ!?」

 

 箒と千冬とモニクに殺意の籠った目で睨まれながら、一夏は身動きしたくても出来ない自分の身を呪った。

 それを聞き流しながら、当のデュバルは『そんな事もあったなー』程度の認識しかなかった。

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

「よし。これで終わりだ」

 

 デュバルがエンターキーを押すと、途端に白式が眩しく光り出す。

 それは一瞬の事で、光が収束した後には本来の姿となった白式が立っていた。

 

「これは……」

 

 カスペンが目を見開いて白式を眺める。

 純白の装甲に、大きなウィングバインダー。

 その姿は、彼女にとって…否、ジオン軍にとって最も畏怖した怨敵に酷似していた。

 

(まるで…連邦の秘密兵器と目されていた『ガンダム』みたいだな……)

 

 もう過ぎた過去だと思っていても、そう簡単には忘れられない。

 数多くのエース達を倒し、連邦逆転の切っ掛けともなったMS。

 実際、数多くの同胞達がたった一機の白いMSによって倒されていった。

 

「会長? なんだか険しい顔してますけど、どうかしました?」

「え? い…いや、なんでもない」

 

 楯無に言われて軽く頭を振る。

 昔の事を思い出す事は良いが、過去に捉われる事はしてはいけない。

 自分の使命を忘れる事だけは絶対にあってはならないのだ。

 

「ハイパーセンサーはちゃんと稼働しているな?」

「た…多分……なんか、それっぽいのは表示されてるけど…」

「よし。それでは早速、試運転をする…と言いたいが、いきなり『飛べ』と言っても流石に無理があるだろう。デュバル」

「はい。私の出番ですね」

「頼む。お前の専用機を展開し、飛行の手本を見せてやってくれ」

「了解しました。皆、少しだけ離れててくれ」

 

 デュバル自身も前に行き、それに合わせて他の皆も距離を取る。

 そして、常に首から下げている淡い青の羽を模した首飾りを手に持って精神を集中させた。

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

 そこは何も無い真っ白な空間。

 専用機持ちならば、誰もが一度は訪れる場所だ。

 デュバルの目の前には一人の少女が悠然と立っていた。

 

「随分と待たせてくれるじゃないの」

「済まなかった」

 

 アイスブルーの長い髪を靡かせ、金属質で鋭角的なフォルムの脚部を持ち、それとは対照的な小柄な体格、そしてなだらかな胸部を持つ美しい少女だった。

 股間の部分に関しては敢えて何も言わないでおく。

 

「だが、もう待たせることは無い。思う存分に飛び回れるぞ」

「そうでなくちゃ困るわ。私と貴女は一心同体で運命共同体なんだから」

「承知しているよ。私の魂は常に君と共にある」

「……どうして、そんな台詞を素面で言えるのよ」

「???」

 

 本人としては、自分の気持ちを素直に言っただけなのだが、それでどうして彼女が顔を赤くするのか分らなかった。

 

「と…とにかく! もう二度と、空中分解なんて無様は絶対に晒さないわ。あの『黄金女』を今度こそ完膚なきまでに倒す為にもね」

「私も同じ気持ちだよ。次こそは決着を付けよう」

「当然よ。私は戦場を舞う可憐で美しきプリマドンナ。そんな私をリードするのが貴女の役目よ。マスター」

「ダンス経験は余り無いが…全力を尽くすと約束しよう」

 

 少女が差し出した細くて華奢な手に、自分の手を静かに添える。

 

「一緒に舞い踊ろう。あの広い大空を」

「喜んで。マイ・バディ」

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 そこに屹立していたのは青い全身装甲のIS。

 デュバルの魂の化身であり、現在でも猶、世界最速の地位にいる機体。

 

「こ…これがデュバルのIS…なのか?」

「EIS-10 ヅダ。私の愛機にして、生涯の全てを注いでいると言っても過言じゃない存在だ」

 

 無骨ながらも細身で流線型のボディは、まるで風の抵抗を極限まで減らす為にデザインされているかのよう。

 青いISという面で言えば、セシリアの『ブルー・ティアーズ』と同じだが、設計思想が根本から違う。

 ヅダはどこまでも『速度』に重きが置かれているから。

 

「では、これから私が手本を見せてやる。ちゃんと見ていないと、ヅダの速度には追いつけないぞ!」

 

 その場に浮遊し、ゆっくりとステージに向かって移動した後に、ヅダのブースターに一気に火を着ける。

 次の瞬間、一夏達の目の前に一筋の青い流星が顕現した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




またもや二話構成になっちゃいました。

因みに、ヅダ(一番機)のコア意識のモデルは、皆大好きなメルトリリスです。

青くて速い女の子といえば誰だろうと考えていたら、ふと彼女が脳裏に過ったので採用しました。

私も普通に好きですし。おすし。

次回は、原作キャラ達に0.01秒の世界を見せてあげましょう。


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0.01秒の世界

一日の気温の差が激しくて体がキツいです……。

けど、ここでめげる訳にはいかないので、気合入れて頑張ります。

はぁ……ジオン軍に入ってザクに乗りたい…。

グフやドムやゲルググにも乗りたい……。







 ヅダを纏ったデュバルがステージに出た途端、目にも止まらぬ程の超スピードで飛んでいき、一筋の青い流星のように空中を駆けていった。

 余りにも突然な事に、一夏は白式を纏ったまま棒立ちになりポカーンとなっていた。

 

「……はっ!? い…いやいや! 幾らなんでも最初から飛ばし過ぎだっての! ついていけねーよッ!?」

 

 一夏の必死の訴えも、デュバルには全く聞こえていないようで、目の前ではヅダが縦横無尽に飛び回っている。

 

「な…なんなんですのっ!? あの有り得ないレベルのスピードはっ!?」

「あ…あれがデュバルの機体の性能なのか…!?」

「し…信じられないわ……。一体どんなエンジンを搭載すれば、あんな化け物染みた速度を叩き出せるのよ……」

 

 代表候補生のセシリアや国家代表の楯無でさえも冷静さを失って冷や汗を掻いて、箒に至っては顔が完全に引き攣っていた。

 この中で彼女だけが知っている。デュバルは今でも剣を続けている事を。

 見ただけで理解してしまう。

 あんな超スピードから放たれる剣技がどれ程の威力を発揮するのかを。

 

(成る程…デュバルが自信満々になるのも頷ける…。あんな速さで剣を繰り出されたら、大抵のISは一撃で撃墜されるんじゃないのか…?)

 

 変な小細工なんて必要ない。

 強い武器もまた必要ない。

 ヅダとデュバルにとって、あの『速度』こそが最大最強の武器なのだ。

 

「お…織斑先生……」

「どうした? 山田先生」

「デュ…デュバルさんって何者なんですか? あんな速度を出すISを軽々と制御するなんて…並の選手じゃ絶対に不可能ですよ?」

「かもしれんな。まぁ…ヅダを見ること自体は今日が初めてではないから、お前達ほどの驚きは無いが……」

「「「「「えぇっ!?」」」」」

 

 千冬のまさかの発言に、何も知らない者達は思わず彼女の方に注目する。

 

「それよりも織斑。とっととお前も後を追わんか。いつまでデュバルを待たせる気だ?」

「そう言われても……どうやって飛べばいいんだよ?」

「イメージするんだ」

「イメージ?」

 

 ここでカスペンが先輩らしく教えてくれた。

 彼女も分かっているのだ。

 偶にはこうして先輩風を吹かさないと、本気で皆からマスコット扱いされてしまうと。

 

「そうだ。形は何でもいい。君自身が想像しやすいように自分が宙に浮くことをイメージしてみろ」

「俺が宙に浮く……」

 

 少しでも精神を集中させる為に、一夏は目を閉じて頭の中で想像してみる。

 自分が空を飛ぶ光景を。『空を飛ぶ』という行為を。

 

(……『アレ』でも想像してみるか?)

 

 彼が言う『アレ』とは、世界的に大人気なボールなドラゴンの漫画の事である。

 

「…………お?」

 

 ふと、自分の両足が床から離れていることに気が付いた。

 いつの間にかISを浮遊させることに成功していたようだ。

 

「出来たようだな。そこまで出来れば、後は前に進んでからデュバルの待つステージに向かうだけだ」

「お…おう……やってみる」

 

 非常にスローではあるが、確実に前へと進み、一夏はステージへと向かって行った。

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

 一夏がデュバルの元へ行った後、恐る恐るセシリアが千冬に尋ねた。

 

「あ…あの…織斑先生?」

「どうした?」

「先程、ジャンさんの専用機の事を知っているように聞こえましたけど…」

「正確には違うな。私が知っているのは、ヅダの同型機だ」

「あ…あれと同型の機体が存在するんですのッ!?」

 

 そこで千冬はカスペンとモニク、ワシヤの三人に目配せをした。

 

「そう言えば、まだ皆には話していなかったな。ヅダはそもそも、量産を前提に開発された機体だぞ?」

「「「「りょ…量産っ!?」」」」

 

 またもやビックリ。

 あんな速度を出す機体を量産などと、普通に考えても正気の沙汰ではない。

 

「正しくは『量産試作機』だがな。デュバル少佐の搭乗しているのは『一番機』なんだ」

「って事は…二番機以降も存在していると…?」

「勿論だとも。なぁ…キャデラック特務大尉? ワシヤ中尉?」

「「「「え?」」」」

「まぁ……」

「たはは……」

 

 モニクは気恥ずかしそうに眼を逸らし、ワシヤは苦笑いを浮かべながら後頭部を右手で掻いた。

 その反応だけで分かる。この二人もまた『ヅダ』を持っている事を。

 

「キャデラックとワシヤの二人はドイツにいる頃にヅダを受領している。その試運転を私やカスペンも間近で見ている」

「因みに、ワシヤ中尉の機体が二番機で、キャデラック特務大尉の機体が三番機だ」

「そーゆーことよ。ほら」

「にゃはは……」

 

 ワシヤとモニクが胸元から、それぞれデュバルが持っていた物と同じ羽飾りを取り出した。

 違うところがあるとすれば、ワシヤの物には『2』と書かれていて、モニクのには『3』と書かれていた事だ。

 

「お…お二人の機体も、あんな速度を出せるんですか…?」

「まさか。デュバル少佐の一番機が特別なんですよ。私達とあの人とじゃ実力が違い過ぎるし」

「オレ達の機体と違って、少佐の一番機は出力が1.5倍あるって言ってたっけ」

「それでも十分過ぎる高性能機だと思うんですけど……」

 

 さも当たり前のように言ってのけた二人だが、目の前で飛び回っているヅダの出力を0.5倍マイナスしても、相当な化け物であることは誰でも分かる。

 単純な疑問として聞いてみた真耶であったが、聞いてから普通に後悔していた。

 

「そもそも、あれ程の機体を仮に量産できたとして、操縦者を育てるのにかなり苦労しそうよね……」

「そうかしら?」

「オレは、何回かシミュレーターで訓練してから実機に乗ったけど、そこまで難しくは感じなかったな~」

「私に至ってはぶっつけ本番だったし」

「…それは二人が普通に凄いだけなんじゃ……」

「「そうかな~?」」

 

 デュバルやソンネン、ヴェルナーやカスペンの影に埋もれがちだが、モニクとワシヤも相当な天才なんじゃと今更ながら思ってしまった楯無。

 今年の新入生はどうなっているのだろうか。

 

「ま、深く考えたら負けだと思うぞ?」

「最後はヴェルナーちゃんが締めるのね……」

 

 ある意味、真理を突いた一言だった。

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

 一方その頃。

 一夏は必死にデュバルの元へと急いでいた。

 本人的には頑張っているつもりなのだが、両手をクロールするように動かしているで、傍から見ているとかなり滑稽だった。

 やっている事は完全に空中遊泳になっていたから。

 

「デュ…デュバルー! ちょっと早過ぎだっつーの!」

「む…そうか?」

「そうだよ!」

 

 一夏に言われて急停止をする。

 かなりの速度からの停止の筈だが、デュバルはヅダの全身に設けられたアポジモーターを駆使して器用に止まってみせた。

 

「済まなかった。久し振りだったんでな、柄にもなく興奮してしまっていたようだ」

「いつも冷静なデュバルが興奮するとか珍しいな」

「私だって人間なんだ。興奮だってするさ」

「それもそっか」

 

 普段から大人びた彼女の姿しか知らない一夏にとって、今のデュバルの姿はかなり新鮮で、同時に彼女もまた自分達と同じ子供なんだと感じて親近感を抱いた。

 

「では、本格的に空中での姿勢制御の軽いレクチャーを始めるか。余り時間も無い事だし、今日は基本的な事しか教えられないが」

「それでも十分だよ」

「分かった。では、まずは空を飛ぶという状況に慣れよう」

 

 徐にデュバルは一夏の手を掴み、そのままゆっくりと引っ張るように進みだした。

 

「これは当たり前の事だが、アニメや漫画のように人間に空を飛ぶ能力なんてものは無い。だが、ISを使えば話は別になってくる」

「あ…あぁ……。こうしてる今でも現実感がねぇよ…自分が空を飛んでるだなんて……」

「それが普通だ。そもそも、生身では絶対に不可能な事を頭の中でイメージしろというんだ。それは相当に困難な筈だ」

「…デュバルは何をイメージしてるんだ?」

「私か? そうだな……」

 

 転生してから幾年月が経過しても、未だにMSに乗って宇宙空間を飛び回っていた感覚は体に染み付いている。

 その時の経験がIS操縦にも大きく活かされていて、それこそがデュバルがISの操縦を早熟出来た最大の理由の一つでもあるのだ。

 因みに、他の理由は単純にデュバルにはIS操縦者としての天性の才能があった。

 それに関しては他の面々も同じだが。

 

「…水中…かな」

「水中?」

「あぁ。よく宇宙飛行士の人達も水中訓練をするというだろう? それと同じさ。空中も宇宙も水中も、上下左右に足場が無い事は共通しているからな。そもそも、ISの本来の使用用途は空間活動用のパワードスーツなのだから、似たようなイメージで問題は無いと思うぞ」

「そっか……なら、水中を泳いでいるような感じでいいって事なのか?」

「慣れるまでは、それでいいと思うぞ」

「よ…よし……!」

 

 まだ恐怖の方が勝っているが、このままではいけないとも分かっている為、一夏は思い切って手を離して一人で空中に浮かんだ。

 

「水中…水中……」

 

 頭の中で必死に海やプールで潜水をしていた時の事を思い出す。

 すると、徐々にではあるが一夏の姿勢が安定し始めた。

 

「いいぞ。その調子だ」

「よ…よし…!」

 

 まずは感覚を掴む事こそが最優先。

 無理をせずに一歩一歩前と前進していけばいい。

 そう自分に言い聞かせてから、一夏は自分の身体を真っ直ぐにしていく。

 

「そのままの状態でジッとしていられれば上等だ。が、無理をしなくてもいいぞ。まだ始まったばかりなのだからな。時間はたっぷりとあるんだ。ここで急ぎ足になっても仕方がない。という訳で、一旦下に降りようか」

 

 一夏の体を掴んでから、これまたゆっくりと地面に降りてゆく。

 自分の足が地に着いた途端、一夏は大きく息を吐いて胸を撫で下ろした。

 

「ふぅ……人間って、地面無じゃ生きられないんだな…」

「妙に納得するような事を言うな……」

「実際にそう思ったんだから仕方ないだろ?」

「ふっ…そうだな」

 

 掴んでいた手を離してから、デュバルは再び宙に浮く。

 傍で見ても非常に自然な動作で、自分と同じ新入生とは思えなかった。

 

「では、最後に面白いものを見せてやろう」

「面白いもの?」

「このヅダの真の速度だ。ある意味、動体視力の良い訓練にはなるかもな。では……いくぞ!!」

 

 次の瞬間、デュバルの姿が目の前から掻き消えた。

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

 ステージで仲睦まじく空中訓練をしていた二人を見て、箒は激しく目を血走らせていた。

 

「は…はは…これは訓練…訓練なんだ…そうだ……!」

「ほ…箒さん? お気持ちは非常によく分かりますけど、ここは落ち着いて…ね?」

「何を言っているんだセシリア…私は至って冷静だぞ? ははは……」

「その顔で言われても説得力が無いですわ……」

 

 なんて言いつつも、自分もまたソンネンが別の誰かと二人っきりで訓練なんてしていたら、今の箒と全く同じ顔になるだろうと思っていた。

 

「けど、最初にしては上々みたいですね、織斑君。初心者の子は空中に浮くだけでも一苦労してるのに」

「アイツのイメージ力が強かったのと、デュバルの指導力が高かったお蔭だろう。昔から、デュバルは誰かにものを教えるのが上手だったからな」

 

 そこでふと千冬は妄想をする。

 大人になったデュバルが、自分と同じようなスーツを着て教壇に立つ姿を。

 

「うん…あり寄りのありだな」

「え?」

 

 そこは深くはツッコまない方が賢明である。

 

「二人が地面に降りたな。今日は取り敢えず、ここで終了するようだ」

「けど、デュバルさんだけまた飛び出してるけど……」

 

 彼女が何をしようとしているのかサッパリだったが、ただ一人だけ…ヴェルナーだけがその真意を理解していた。

 

「どうやら、最後に皆に向かってデモンストレーションをするみたいだぞ」

「デモン……」

「ストレーション…?」

 

 一体何をするというのか。

 そう思いながらデュバルの姿を目で追っていると、いきなり彼女の姿が消えてしまった。

 

「き…消えたッ!?」

「ど…どこに行きましたのッ!?」

「あ…あそこよ!」

 

 あろうことか、一秒も掛からずに地面すれすれの場所からアリーナの一番上まで昇っていた。

 この中の誰一人として、昇っていく様子を目撃できなかった。あの千冬でさえ。

 

「恐らく…瞬時加速(イグニッション・ブースト)を使ったな」

「瞬時加速っ!? だとしても早すぎますわ!」

「ヅダだから…なんでしょうね……」

「でしょうね。しかも、まだ終わらないみたいよ?」

 

 上空で一時停止していたかと思ったら、今度は慣性の法則に真っ向から喧嘩を売るように、急停止からの急加速、其処から更に急停止を繰り返していく。

 

「今度は『個別連続瞬時加速(リボルバー・イグニッション・ブースト)』ですってっ!?」

「国家代表でも一握りの…ヴァルキリー受賞者しか使えないと言われている技を、ああも簡単にッ!?」

 

 更には、まるで螺旋を描くかのような機動で超高速移動を披露してみせた。

 

「『螺旋機動瞬時加速(スパイラル・イグニッション・ブースト)』までっ!?」

「し…信じられない……」

「あれ程の動きをしているのに全く体がぶれていない……。まるで、本当に空中で舞い踊っているようですわ……」

 

 もう、何を見せられても驚かない。

 本人は無我夢中で飛ばしているだけだが、知るものが見れば目玉が飛び出るような技ばかり。

 もしもこの光景を関係者が見ていれば、一発で各国からスカウトの嵐になるだろう。

 

(よもや…デュバルがここまでの実力を秘めていたとは…。昔からソンネンと共に凄いとは思っていたが……)

 

 嘗ては世界の頂点に君臨した千冬でさえも驚きを隠せない。

 あんな動き、自分でも出来るかどうか分からないからだ。

 

「専用のハイパーセンサーを用いても姿を捉えきれるかどうか……」

「難しいでしょうね……会長」

「なんだ?」

 

 怪訝な顔をしながら、隣で満足そうにしているカスペンを見る楯無。

 暗部として、副会長として、国家代表としてどうしても聞いておきたかった。

 

「あれが…彼女の真の実力なんですか?」

「そんな訳がないだろう。あんなもの、彼女にとっては真の実力のほんの一部に過ぎないよ」

「じょ…冗談ですよね?」

「私は仲間に関して冗談を言うような人間ではないよ」

 

 これは納得するしかない。納得せざる負えない。

 デュバルがたった一人で亡国機業の最高幹部の一人を追い詰めたという事実を。

 国家代表クラスなんて生温い。間違いなく、世界最高峰レベルだ。

 もし仮にデュバルがどこかの国の代表にでもなれば、優勝は確定したも同然だろう。

 下手をすれば完全な出来レース。しかも、まだ彼女は発展途上。

 ここから更に、どこまで高みへと昇っていくつもりなのか。

 

「思いっ切り飛ばして満足したみたいだな。一夏の傍まで降りていくぞ」

 

 あんなにも人間離れした動きを披露しながらも、全く疲れた様子も無く降りていく。

 603メンバー以外の面々は、驚き疲れてしまったのか。

 黙ってその光景を眺めていた。

 

 

 

 

 

 

 




次回、ようやくヅダのお披露目会終了。



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青い閃光

今回は、前回の別視点から。

それとは別に、実は少しだけ考えた事があります。

近いうちに必ず練り込む予定なのでお楽しみに。







 目の前の空中を縦横無尽に駆けるヅダに、一夏は完全に目を奪われていた。

 ISとは、乗る者次第ではあそこまで自由な動きが出来るのかと。

 けれど、それ以上の感動が彼の心を覆い尽くす。

 

(青い軌跡がアリーナ中に描かれて……まるでデュバルが風になったみたいだ……)

 

 青い疾風。

 今のデュバルを見て、その言葉が真っ先に頭に浮かんだ。

 

「あ…あれ?」

 

 自分の顔が燃えるように熱い。

 心臓もさっきからドクドクと激しく鼓動している。

 デュバルから目が離せない。

 彼女の存在に夢中になっている。

 

 何度も空中で軌道を変え、時には渦を巻くような動きも見せる。

 今、初めて一夏は束の気持ちをほんの少しだけ理解した。

 

(こんなにも気持ちよさそうに空を飛ぶなんて……束さんが夢中になるのも分かるような気がするな……)

 

 神話の時代から、全ての人類がずっと夢見てきた『空を飛ぶ』という行為。

 これまでに幾多の人物達が挑戦し、そして破れていった。

 その中の一握りの天才が、遂に人類が『空飛ぶ翼』を生み出した。

 だが、それで人類の挑戦は終わらなかった。

 もっと早く。もっと自由に。もっと優雅に。

 更なる高みを目指す人類の飽くなき挑戦の果て、遂に一人の少女が自由なる翼を生み出す事に成功する。

 『無限の成層圏』という名の翼を。

 

「は…ははは……」

 

 未だにデュバルはアリーナの中を飛び回っている。

 それを見て、一夏は頭を押さえながら笑いを堪えた。

 

「ったく……そんなにも気持ちよさそうに飛ばれたりしたら…こっちも『やってやろう』って気になっちまうじゃねぇか……!」

 

 最初は半ば流される形でIS学園へと入学をした。

 だが、ここで初めて知る事になった、幼馴染達の知られざる顔。

 ソンネンの胸の中に秘められた真っ赤な情熱。

 まるで流星のように駆けるデュバルの姿。

 それらを目の前で見せつけられて何も感じないような、そんな大人しい男では決してなかった。

 

「やってやるよ…! こうなったら、俺だってとことんまでやってやる! 俺もお前達みたいになってやる!」

 

 周りの環境に気圧されていた少年はもういない。

 幼馴染の少女達の『熱』が、一夏の心にも火を着けたのだ。

 

 そこへ、自由機動を終えたデュバルが静かに戻ってきていた。

 

「どうだった? 私の飛行は」

「めちゃくちゃ凄かったぜ! マジで感動した!」

「そ…そうか?」

「あぁ! これからは俺も頑張るからさ、色々と教えてくれよな!」

「フッ…当然だ! 言っておくが、私の教えは厳しいぞ?」

「そんなのは受験勉強の時から知ってるよ」

「それもそうだったな。では、そろそろ戻るか」

「分かった!」

 

 二回目となると少しはコツを掴んだのか、一夏はデュバルの手を取らずに宙に浮くことが出来た。

 そのまま、彼女の後ろを着いていく形でピットへと戻っていった。

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 何事も無くピットへと戻ってきた二人だったが、一夏の事は全く眼中になしと言った感じで、セシリアと箒と楯無の三人にいきなりの質問攻めにあったデュバル。

 機体を解除する間もなく、三人娘の圧力に押されていた。

 

「ジャ…ジャンさんっ!? 先程のあの超人的な飛行テクはなんなんですのっ!?」

「一体いつの間に、あそこまでの実力を身に着けていたんだっ!? 幾らなんでも成長し過ぎなのではないかッ!?」

「あんな技術、どこで習得をしたのッ!? それとも……」

「ま…待ってくれ! いきなり言われても困る! まずはヅダを解除させてくれないかっ!? 質問ならば、その後でちゃんと答えるから!」

 

 三人を手で静止させながら、デュバルはようやく機体を解除することが出来た。

 

「まず、セシリアと楯無先輩の質問に関してだが…別に私は誰の教えなど受けていない。というか、そんなにも凄い事だったのか?」

「凄いなんてもんじゃないですわ! 瞬時加速(イグニッション・ブースト)だけでも相当に高度な技だというのに、其処から更に個別連続瞬時加速(リボルバー・イグニッション・ブースト)に加えて螺旋機動瞬時加速(スパイラル・イグニッション・ブースト)までするなんて!」

「どっちとも、数ある国家代表でも一握り…モンドグロッソでのヴァルキリー受賞者達しか出来ないような超絶技なのよッ!?」

「そ…そうだったのか……こっちとしては、自分が思い描いたように飛んだだけたっだのだがな……」

 

 まさか、自分がそんなにも凄い事を無意識の内にしていたとは全く思わなかったデュバルは、困惑しながら頬をポリポリと掻いた。

 

「ククク……それでこそ、私の知るジャン・リュック・デュバル少佐だ。無自覚の天才ほど恐ろしい物は無い」

「少佐の場合は、ヅダと出会った事で才能が開花したって感じですけどね」

「どれだけ頑張っても、デュバル少佐以上にヅダを操る事は難しいからな~」

 

 オロオロとしているデュバルを見て、失礼だと分っていても込み上げてくる笑いを我慢出来ないカスペンと、同じヅダに乗っているからこそ、デュバルの凄さを他の者達以上に理解出来るモニクとワシヤ。

 普段の彼女を知っている者からすれば、こんな姿を見られることは非常に珍しかった。

 

「…で、どうだったよ千冬さん…じゃなくて、織斑先生。実際に目の前でデュバルの奴の飛行を見て」

「正直に言って…圧倒されたよ。仮に私がヅダに乗っても、デュバルと同じ動きは絶対に出来ないだろう。いや…そうじゃないな。暮桜に乗っていても不可能だったに違いない。踏み込みの速度にならば自信があったのだがな……」

「私も驚きました…。あんなのを委員会の人間達が見たら、即座にどこかの国の代表にしようと動き出しますよ…」

「本人は、それを望まないだろうけどな。でも…そんな風に言ってくれて嬉しいよ。ありがとな」

 

 ニヒヒ…と笑って見せるヴェルナー。

 やっぱり、仲間が褒められて嬉しかったのだろう。

 

「皆さんじゃないですけど、デュバルさんは一体どこであんなにも凄い技術を身に着けたんでしょうか…?」

「それはまぁ…アレじゃねぇの? ソンネンと一緒」

「と言うと…?」

「『努力』と『才能』だよ」

「やっぱり、そこに行きつくんですね……」

「それと、オレの爺さんが昔…こんな事を言ってた。『俺の敵は大体は俺だ』ってな」

「自分の敵は自分…」

「デュバルも同じだよ。自分と言う名の敵に勝ち続けてきたから、今の自分になれたんだ。アンタ等だってそうだろ?」

 

 教師二人を真っ直ぐに見つめるヴェルナー。

 汚れなんて全く無い純粋は瞳に見つめられて、彼女達も素直に答えざる負えなかった。

 

「…そうだな。何もおかしなことじゃない。誰もが一度は通る道だったな」

「今のデュバルさんは、あの頃の私達と同じなんですね……」

 

 まだ自分達が訓練生だった頃を思い出す。

 なにもかもが全て真新しく、日に日に自分が成長している実感がして夢中で訓練に勤しんでいた。

 

(デュバル…約束しよう。これからも私はお前達の事を全力で応援し続けるとな。だから、お前はお前が進みたい道を全力で駆け抜けろ)

 

 少女達のやるべき事が『進む事』ならば、大人である自分のすべきことは『支える事』。

 千冬の決意が更に強く固まった。同時に、シスコン具合も更に増した。

 

「ところで織斑。初めてのISの飛行はどうだった? お前の言葉で構わん、感想を聞かせろ」

「感想…か」

 

 いつの間にかISを解除して傍まで来ていた一夏へ向けて話を振る千冬。

 自分の顎に手を当ててから考えたが、さっき抱いた言葉をそのまま口に出す事にした。

 それこそが、今の自分の最も素直な感想だと思ったから。

 

「最初は怖かったよ。空を飛ぶなんてこと、マジで生まれて初めてだったからな。けど、デュバルの飛んでる姿を見て気持ちが変わった」

「ほぅ…?」

「いつの日か、俺もアイツみたいに自由に空を飛んでみたい。デュバルに追いつく…ことは難しいかもだけど、その背中を追い駆けられるぐらいにはなりたいと思った」

「…デュバルがいる場所は遠いぞ? ある意味、私よりも高みにいるかもしれん」

「望むところさ。目標なんて、高ければ高い方が目指し甲斐がある」

 

 明らかに一夏の顔つきが変わった。

 おぼろげながらも目標を見つけ、其処へと向かって歩く決意をした顔。

 若い頃、誰もが一度は必ずする顔だ。

 

「それじゃあ織斑君。これをどうぞ」

「うぉっ!? な…なんだ? このめっちゃ分厚い本は?」

 

 徐に真耶から手渡されたのは、とてつもない分厚さを誇る本だった。

 六法全書の真っ青なサイズで、本と言うよりは鈍器に近い。

 

「ISに関する規則などが書かれた本です。よく読んでおいてくださいね」

「分からない所は同室のマイに聞けば教えてくれるだろう。アイツの知識は相当だからな」

「そうだな。その時は遠慮なく頼る事にするよ」

 

 普通に部屋に持ち帰るだけでもトレーニングになりそうな分厚さの本だが、これもまた自分の為だと割り切って頑張る事にする。

 

「それと、織斑君のISは他の皆さんの機体と同様に待機形態になっています。呼び出そうと思えばいつでも呼び出せますが、許可されていない場所以外での展開は校則違反になるので注意してくださいね?」

「はい。気を付けます」

 

 校舎内でISを展開する事なんてそうそう無いとは思うが、それでも念には念を入れておく。

 お約束と言われればそれまでだが、教師としての立場上、言わなければいけないのだ。

 

「今日はもうこの辺でいいだろう。お前も着替えた後に寮に戻って休め。そして、そこの三人! そろそろデュバルの事を開放してやれ! 明らかに困っているだろうが!」

 

 千冬の言葉でようやく質問攻めから解放されたデュバル。

 今後はもう少しだけ自重しようと反省したのであった。

 

「あ…ありがとうございます…織斑先生……」

「教師として当然の事をしたまでだ」

 

 なんて大人ぶった顔をしているが、その心の中は……?

 

(よっし! デュバルにお姉ちゃんらしいところを見せられた! ふふふ…私もやれば出来るじゃないか……)

 

 相も変わらずシスコン全開であった。

 本当は、ここから自然な感じで頭ナデナデからハグまでしたかったが、皆が見ている場でそれはヤバいと判断したのか、断腸の思いで我慢をした。

 

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

 一方、その頃。

 ヒルドルブの修復作業をしていたオリヴァーと、その手伝いをしていた簪&本音。

 そして、それに付き添っていたソンネンとアレクはというと…?

 

「な~んか、向こうの方が妙に賑やかじゃねぇか?」

「大方、一夏の専用機を見て興奮でもしてんじゃねぇか?」

「ボクとしては、デュバル少佐のヅダの性能を見て驚いてるって予想しますけど……」

「デュバルさんの専用機…私も見てみたいな」

「でゅっちーのISってどんなのなんだろ~ね~?」

 

 のんびりとしながらも和気藹々、ほんわかとした空気の中で作業をやっていた。

 整備室なんて油臭そうな場所であるにも拘らず、不思議と汚さが強調されないのは、この場に見目麗しい美少女達が揃っているからか。

 

 こうして、色々と騒がしかった放課後の時間は過ぎていったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 




本当ならば、次回は原作通りに授業のお話なんでしょうが、どうしても書きたい話が出来たので、次回はオリジナルの話になるかもです。

簡単に言うと、この作品にマスコットを追加します。

そう…ジオン軍の誇る『超量産型MS』を。





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サクサク作れるから

今回は、予告通りに少しだけホンワカなお話を投下。

やっぱり、何事にもマスコットって必要ですよね。

ジオン軍公式(?)ゆるキャラ登場です。







 とある日の放課後。

 第603技術試験隊の面々は、オリヴァーに呼ばれてISの整備室へと訪れていた。

 

「お前がオレ達を呼び出すなんて珍しいな。一体どうしたんだ?」

「実は、皆さんに見せたい物があって」

「見せたい物? 我々にだけか?」

「今のところは、ですね。後々は先生達とかにもお見せしたいと思ってるんですけど、それよりはまず、同じジオンの旗の元に集った同志である皆に見せた方が良いと思って」

 

 オリヴァーにしては珍しく回りくどい言い方。

 人並み以上に勘がいいヴェルナーは、すぐに額をキラーンと光らせて納得した。

 

「それってつまり、またぞろ何か実際にジオンで使っていた兵器か何かの再現に成功したって事か?」

「う~ん……半分正解で、半分ハズレというか……」

「随分と勿体ぶるじゃない。そんなに凄い物なの?」

「ある意味では凄いと思います。まぁ、それとは別に報告する事もあるんですけど。ソンネン少佐」

「どうした?」

「ヒルドルブの修理、および整備が完全に完了しました。これでまた、いつでも使用可能です」

「マジか! よっしゃぁ! サンキューな! この礼はいつか必ずさせて貰うぜ!」

「ボクも好きでやっている事ですので、そこまで気にしなくても……」

 

 急にテンションが上がったソンネンに驚くことも無く、普通に返事をするオリヴァー。

 彼女の気質も完全に603色に染まっているのかもしれない。

 

「で、オレの相棒は何処にいるんだ?」

「慌てないでください。今、持って来させますから」

「持って来させる?」

「はい。お~い!」

 

 他に誰かいるのか?

 そう思って、オリヴァーが叫んだ方向を全員で見つめると、格納庫の奥から誰もが全く予想もしなかった存在がヒルドルブの待機形態である車椅子を押してきた。

 

「~♪」

「な…なんじゃありゃ……」

「まるでカプセルのような緑色の体に…」

「モノアイ……」

「蛇腹状の手足……?」

「ぎ…技術中尉…まさか、貴公が見せたいと言っていたのは……」

「その通り。これです」

 

 奥からヨチヨチと歩いてきたソレは、ソンネンの傍まで来て車椅子を止めてから、そのままオリヴァーの隣まで移動して並んだ。

 

「あの…オリヴァー? 私…この子の事、すっごく見覚えがあるんだけど…」

「やっぱり、総帥部直属だったモニクは知ってたんだね」

「お…おい…モニクよ。お前さんは、このザク擬きのことを知ってんのか?」

「一応……」

 

 知ってはいるが、余り思い出したくない。

 モニクの苦虫を噛んだような表情から、そんな気持ちが易々と読み取れた。

 

「これこそ、嘗てジオン公国が開発したとされる超量産型MS…その名も『サク』です」

「「「「「「サ…サク…?」」」」」」

 

 名前を聞かされて、なんて反応していいか困っている面々がサクの方を見ると、彼(?)はビシッと敬礼をしてきた。

 

「これ実は、あのドズル中将が要請をして、ギレン閣下が考案したとされる機体なんです」

「ザビ家は一体何を考えてんだっ!?」

「ドズル中将…腐っているザビ家において、数少ない真の武人であると思っていたのだが……」

「あんな強面な癖に、意外とお茶目な所もあったんだな」

「ザビ家の兄弟たちの中で唯一の既婚者だったからなぁ……」

「家庭を持つが故に、子供人気の事も気にし始めていたのかもしれんな…」

 

 各々に勝手な事を言っているが、サクは全く気にすることなく立っている。

 その姿には不思議な愛嬌があった。

 

「因みに、名前の由来は?」

「サクサク作れるから…だそうです」

「て…適当だな……。じゃあ、額に書かれてる『ジ』って文字は?」

「ジオン軍の紋章代わりらしいですよ」

「どこまで経費削ってんだよ……」

 

 よりにもよってカタカナ一文字は哀れ過ぎた。

 いつの日か、ちゃんとしたジオン軍の紋章を描いてあげたい。

 

「実際にはMSじゃなくて、さっき見て貰った通りのお手伝いロボットみたいな感じになってるんですけどね」

「別にいいんじゃない? 変に戦場に出すならともかく、日常生活を助けてくれるんなら、寧ろ大歓迎だと思うけど」

「特務大尉の言う通りだ。特に、ISの整備などをしていると、どうしても人手が足りなくなる場面が出てくる。そんな時にサクに手伝って貰えば大助かりだ」

「大佐にそう言って頂けると、こっちとしても作った甲斐があります」

 

 サクと最も視線が近いカスペンは、その頭を撫でながら満足そうに頷いた。

 どうやら、大隊長殿のお眼鏡には叶ったようだ。

 

「そういや、どうやってこんなもんを作ったんだ? そんな材料がここにあったのか?」

「それが…実を言うと、このサクは整備室などに転がっていたジャンクパーツで作られてるんです」

「ジャ…ジャンクパーツで? こんな凄い物が出来ちゃったの?」

「出来ちゃったんだ……ボク自身が一番驚いてる……」

 

 遠い目をしながら呟くオリヴァー。

 なんでかサクも一緒に遠い目をして同じ方を見ていた。

 

「ボクが技術部に入ったのは知ってますよね?」

「そういや、そうだったな」

「その時、ちょっとしたレクレーションで、先輩達と一緒にジャンクパーツを使って工作染みた事をしてたんです。そうしたら、いつの間にか……」

「サクが完成していたと」

「その通りです……」

 

 幾ら実力があるからと言って、明らかに学生が作れるレベルを超えている。

 ある意味、ISよりも凄い発明かもしれない。

 

「しかもこれ、本当に安価なパーツで幾つも製作が可能なんです。コストの割には想像以上の性能になってて、完成した時は皆揃って驚いてましたよ」

「そりゃそうだ……」

 

 オリヴァーが説明をしている間、ずっとデュバルはサクの事を見つめていた。

 ザクとは色々と因縁がある為、それを基にしているサクには思うところがあるのかもしれない。

 

「ん? さっきからコイツの事を凝視して、どうしたんだ? デュバル少佐よ」

「あ…いえ…なんでもありません…ヘンメ大尉……」

「やっぱり…デュバル少佐はお気に召しませんでしたか? 幾ら大幅にデフォルトしているとはいえ……」

「ち…違うぞ! 断じてそんな事は無いぞ技術中尉! うん! ただ…その……なんと言うかだな……」

「???」

 

 恥ずかしそうに眼を逸らして、顔を真っ赤にして頬を掻くデュバル。

 この中で生粋の女性であるモニクだけが、彼女が何を言いたいのかを理解出来た。

 

「デュバル少佐…もしかして、この子の事が気に入ったんですか?」

「ま…まぁ…そう…だな…。丸っこくて可愛らしいし? それでいて役に立つならば言う事は無いのではないか?」

((素直じゃない奴……))

 

 一緒に孤児院に住んでいるソンネンとヴェルナーだけは知っている。

 実はデュバルは転生してからこっち、可愛い物が好きになっていて、皆には内緒(にしているつもり)で色々なぬいぐるみなんかを買っているのだ。

 因みに、一夏と鈴もこの事を知っている。逆に千冬は全く知らない。

 

「この子は試作一号機なんですけど、もし許可を頂ければ他にも作ろうと思っています。どうでしょうか? カスペン大佐」

「私は大いに賛成だ。よろしい、生徒会から先生方に掛け合ってみよう」

「よかった。このサクなんですけど、最初は足が不自由なソンネン少佐の補助が出来ればいいと思って作ったんです」

「そうだったのか。そいつは有り難いぜ。いつまでもセシリアに負担を掛けさせるわけにはいかないからな」

 

 本人は全く気が付いてないが、セシリア自身は自分から率先してソンネンの補助をしている。

 その理由は単純で、少しでもソンネンの体に触れていたいから。

 

「よろしければ、今日からでも一緒に行動するようにさせましょうか?」

「いいのかよ?」

「勿論です。サクもいいよね?」

 

 オリヴァーが尋ねると、サクは何処からか取り出したフリップで『お任せください! ソンネン少佐殿!』と力強い返事をしてくれた。

 

「この子…人間の言葉が分かるの?」

「そうみたい」

「みたいって……」

「はっはっは! 中々に良い返事をするじゃねぇか!」

「そうだな。サクよ、君もまた立派なジオン公国の同胞だ」

 

 カスペンに褒められ、違うフリップで『わーい! わーい!』と喜びながら小さくジャンプをした。

 その愛くるしさは、デュバルの心に何度となく直撃を食らわせていた。

 

「そんじゃ、これからよろしく頼むぜ、サク!」

 

 ソンネンの言葉に、再びサクはビシッと敬礼をして応えた。

 こうして、第603技術試験隊にマスコットキャラが追加された。

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 その日の夜。

 ソンネンとセシリアの自室。

 

「あ…あの…デメジエールさん?」

「どうした?」

「その…緑色の丸っこい子? …は、なんなんですの?」

 

 ベッドの上で寝転びながらスマホを弄っているソンネンの傍で、サクがいそいそと洗濯物を畳んでいた。

 その奇妙な光景を見て、セシリアは尋ねずにはいられなかった。

 

「サクのことか?」

「サ…サク?」

「おう。オリヴァーの奴が部活で作ったお手伝いロボットなんだと。んで、オレの補助とかをしてくれるんだと」

「オリヴァーさんがこれを…? というか、デメジエールさんの補助ですって…っ!?」

 

 セシリアからしたら決して聞き逃せない言葉。

 自分にとっての至福の時を、あろうことかポッと出のマスコットに取られようとしている。

 これは彼女として決して見逃せない由々しき事態だった。

 

「ま…負けられませんわ…!」

「~?」

 

 どうしてセシリアが自分に対抗心を燃やすのか分らないまま、サクは洗濯物を畳み続ける。

 その後、なんだかんだ言ってセシリアもサクの世話になって助けられることになるのだが、それはまた別のお話。

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 久方振りの束の移動式ラボ。

 勿論、今回の事もバッチリと見ていた。

 

「……束さま」

「ん? どったのクーちゃん?」

「私もサクが欲しいです!! 物凄く私好みのマスコットです!!」

「えぇっ!?」

 

 どうやら、クロエもまたサクの可愛さの虜になってしまったようで、さっきからずっとサクが動いている映像ばかりを見ていた。

 チョコチョコと歩く姿は、確かに可愛いかもしれない。

 

「束さまなら簡単に作れますよねっ!? お願いします!」

「う~ん…確かに、私から見ても可愛いとは思うし、簡易的な構造の割にはすっごく役には立ちそうだけど……」

 

 チラっとクロエの方を見ると、彼女はキラキラとした期待を込めた目で束を凝視していた。

 流石の束も、この視線には勝てなかった。

 

「…分かったよ。息抜きがてらに作ってみようか」

「ありがとうございます!」

「ふぅ……」

 

 大きく息を吐きながら、モニターに映っているオリヴァーの事を見る。

 画面の中で、彼女は自室にて一夏と微笑みながら話していた。

 

「まさか、どこにでもありそうなジャンクパーツで、あんな物を作ってしまうなんてね……。オーちゃんも、やっぱり他の皆と一緒で『こっち側』の住人なんだね……」

 

 その後、束のラボにもサクが作り出され、色んな意味で活躍をする存在となっていった。

 

 

 

 




サク…可愛いですよね? 私は好きです。

そんでもって、これから少しの間、後書きにてサクのバリエーション機を紹介していこうと思います。
今回はその第一弾です。


シャア専用サク:色々と三倍。
ガルマ専用サク:坊やだからさ。
ドズル専用サク:皆のお父さん。無駄に豪華。
キシリア部隊専用サク:なんか一杯いる。
黒い三連星専用サク:いつも三体一緒。なかよし。
ガトー専用サク:難しい四文字熟語を沢山知ってる。
ジョニー・ライデン専用サク:イケメン。シャア専用に間違われると怒る。
シン・マツナガ専用サク:渋い。
ランバ・ラル専用サク:説明大好き。
ククルス・ドアン専用サク:肉弾戦上等。何かに目覚めると金色に染まる。





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サクといっしょ

サクの登場に想像以上の感想をいただいて驚いています。

やっぱり、可愛いは正義なんですね。

そんなサクは今回も登場します。

というか、地味に端々で登場させていくつもりです。








 サクがやって来た次の日の朝。

 ソンネンは彼(?)に車椅子を押されながら食堂へと向かっていた。

 その隣では、悔しさを表情に出さないように必死に歯を食いしばっているセシリアがいた。

 

「おぉ~。中々にいい感じじゃないか。やるな」

「~♪」

「ま…まぁ? それぐらいならば別にいいですけど?」

 

 この時間帯の食堂へと続く廊下は否が応でも朝食に向かう生徒達でごった返す。

 となれば必然的に、緑色の奇妙なロボットが車椅子を押す光景が目撃されるわけで。

 

「な…なんか可愛いのが……」

「ソンネンさんの車椅子を押してる…?」

「チョコチョコしてて可愛い…♡」

「あれって何なのかな?」

「さぁ…?」

 

 生徒達からの評判は中々に良好。

 IS学園内にサクたちが普及し始めるのも時間の問題かもしれない。

 

「このまま食堂に入ったら、どんな反応をされるかな」

「間違いなく、色んな意味で注目を浴びるでしょうね……」

「だとよ。人気者だな、お前」

「~♡」

 

 照れくさそうに自分の頭を撫でるサク。

 ジャンクパーツで構成されている筈なのに、感情表現まで出来るとは恐るべし。

 もしかしたら、オリヴァーを初めとする技術部の連中は、とんでもない発明をしてしまったのかもしれない。

 

「さぁて…今日の朝ご飯は何にするかねぇ~」

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

 四月も下旬に差し掛かり、地面に落ちた桜の花弁が散乱している姿が日常的になってきた頃。

 一年一組の生徒達は、グラウンドにて千冬の実技の授業を受けていた。

 まだ本格的にISを使った授業ではない為、生徒達はジャージ姿で授業を受けている。

 と言っても、専用機を所持している面々は、ジャージの下にISスーツを着用しているが。

 

「では、これより専用機持ち達にISの基本的な飛行操縦を見せて貰う事にする…が、その前に一つだけいいか?」

「どうしました? 織斑先生」

「いや…その…ソンネンの膝の上に乗っているのは……」

 

 気になっていたのは千冬だけではない。

 何も知らない生徒たち全員が非常に気になっていた。

 

「もしや、それがカスペンが言っていた、オリヴァー達の作りだしたというロボットか?」

「その通りです。名前は『サク』と言います」

 

 オリヴァーが軽く紹介すると、サクは千冬と真耶に向かって可愛らしく敬礼をした。

 その姿は、可愛いもの好きの少女達のハートを一発で貫いた。

 

「「「「「可愛い~♡」」」」」

 

 いつの世も『可愛いは正義』なのだという証拠だった。

 

「デュバルから話だけは聞いていたが…これが……」

「すっげ~…これ、絶対に学生が作れるレベルを超えてるだろ……」

「まるまるとしてて可愛いね~♡」

「ま…まぁ……可愛らしいのは私も認めますけど……」

 

 箒達も初めて見るサクに興味津々のようで、特に本音は早くもサクの事が気に入ったのか、満面の笑みで頭を撫でていた。

 因みに、ここ数日の生活でセシリアも徐々にではあるがサクの可愛さに惹かれつつあった。

 

「可愛くて、役にも立って…オリヴァーさん達って凄いですねぇ~…。私も一つ欲しいなぁ~…」

 

 どうやら、真耶も他の女子達の例に漏れなかったようだ。

 彼女とならば色合い的な意味もあって絵になりそうだ。

 

「なんとなく授業に連れてきちまったけど、大丈夫だったか?」

「も…問題は無いだろう。授業の邪魔さえしなければ」

「その点は心配ないぜ。な?」

 

 ソンネンの言葉にサクはまたもやフリップを出して『お邪魔にならないように気を付けます!』と返事をした。

 

「…私達の言葉が理解出来ているのか?」

「らしいぜ?」

「これは地味に凄い事なのではないか…?」

 

 増々、オリヴァーが束と重なって見えてしまう千冬。

 流石に、あそこまでマッドな性格をしてはいないが、才能だけで言えばほぼ同格に等しいかもしれない。

 

「マイ」

「は…はい?」

「頼むから、お前は健全に真っ直ぐに育ってくれ」

「はぁ……分かりました」

 

 極々、当たり前のことを言われても、オリヴァーからすれば『何を言ってるんだ、この人は』以外の感想が出ない。

 オリヴァーに限っては、千冬が危惧しているような事はないだろうが。

 

「少し話が逸れたな。オルコット。デュバル。キャデラック。ワシヤ。織斑。前に出て試しに飛行をしてみせてくれ」

「「「「分かりました」」」」

 

 ここで生徒達の頭に再び疑問符が浮かぶ。

 セシリアや一夏は当然だが、以前の話でデュバルが専用機を所持している事は皆が知っていた。

 だが、どうしてここでモニクやワシヤの名前が出てくるのか。

 その答えは一つしかなかった。

 

「あ…あの…織斑先生?」

「どうした?」

「もしかして、キャデラックさんとワシヤさんも……」

「専用機を所持しているぞ」

「「「「「ええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ~っ!?」」」」」

 

 本人達からすれば今更だが、他の生徒達は全く知らなかった事。

 まさか、一つのクラスにここまで専用機持ちが集結するだなんて、誰が想像しただろうか。

 

「ってことは、ホルバインさんも?」

「持ってるぜ。かなり特殊な機体だから、今回の授業じゃ使えないけどな」

「そ…そうなんだ……」

 

 早くも驚き疲れた生徒達は、次はキラキラした目でデュバルとモニク、ワシヤの三人に注目した。

 一体、あの三人はどんな機体を持っているのだろうか。

 溢れ出す好奇心を抑えられないと、全身でアピールしている。

 

「では、まずは私から」

 

 セシリアが、耳に付けているティアーズの待機形態であるイヤーカフスにそっと触れ、自身の愛機を呼び出す。

 その間、一秒未満。無論、ちゃんとジャージからISスーツに変わっている。

 

「「「「「おぉ~」」」」」

 

 余りにも鮮やかな手際に、思わず小さく拍手。

 サクもパチパチパチと手を叩いていた。

 

「ならば、お次は私達だな。いくぞ、キャデラック特務大尉! ワシヤ中尉!」

「「了解!」」

 

 三人はお揃いの羽の形をした首飾りを握りしめ、そっと目を閉じる。

 すると、青白い粒子が三人の体を覆いつくし、空色の装甲が彼女達の体を包み込んでいく。

 これまた一秒も掛からずに展開が完了した。

 

「全身装甲だ!」

「しかも、三人同じ!?」

「…じゃないっぽいよ? 頭の形が微妙に違う」

「ホントだ! デュバルさんのには角があるけど、キャデラックさんとワシヤさんのには角が無い!」

「それに、肩についてる盾の文字もなんか違う」

 

 普段はなんやかんやと騒いではいるが、ちゃんと見るべきものは見ているのだと、デュバルはヅダの装甲の下で密かに感心していた。

 

「これが、デュバルさん達の専用機の『ヅダ』です。量産試作機ということらしく同型の機体が複数存在していて、デュバルさんのが隊長機であり一番機でもあるそうです」

 

 ここで真耶が追加で情報をプラスした。

 自分の担任がヅダの事を知ってくれているのは普通に嬉しいデュバルだった。

 装甲の中では誰にも見せられないような笑みを浮かべていて、この日初めてヅダが全身装甲であることに感謝した。

 

「さ…最後は俺か。よ…よし!」

 

 一夏の専用機『白式』の待機形態は、彼が右手首に付けているガントレット…のような物。

 本人にもよく分かっていないらしい。

 

「えっと…うんと……!」

 

 まだ乗り始めて少ししか経っていないので、予想通りに手間取る。

 一夏も、これ以上皆を待たせては罪悪感で胃に穴が開きそうなので、仕方なく名前を呼んで展開することに。

 

「びゃ…白式!」

 

 開始してからおよそ10秒。

 ようやく白式の展開に成功した。

 

「まだお前は初心者だから、今日は特別に見逃すが、次回以降はこうはいかんぞ。ちゃんと訓練をしておけ。いいな?」

「は…はい」

 

 自分がするべき事は山のようにあると実感した瞬間だった。

 

「全員、展開完了したな。よし、では飛べ。余り速度は出さなくていい」

 

 千冬の合図と共に、全員が一斉に飛び上がった。

 言われた通り、そこまで速度は出していないが、それでもぶっちぎりでトップだったのはデュバルのヅダだった。

 

「うそぉッ!? めっちゃ早いっ!?」

「見た目はキャデラックさん達のとほぼ同じなのに……」

「性能がだんちじゃん……」

 

 因みに、順番はデュバル、モニクとワシヤとセシリアがほぼ同じ、最後に一夏になっている。

 

「あの時もそうだったが…やはり、デュバルの機体は凄いな……」

「すっごく速いね~」

「もう小さくなりやがった」

「一夏の奴も、少しはマシになってきたか?」

「そうなんですか?」

 

 前はヒルドルブの修理があって一夏が実際に飛ぶ姿を見ていないせいか、かなり驚いているようだ。

 初見なのはソンネンも同じ筈なのだが、彼女の場合はそこまで驚いてはいなかった。

 幼馴染故の言葉には無い信頼があるからかもしれない。

 因みに、白式の存在自体は授業の前から聞かされていたので、驚くような事は無かった。

 

 余談だが、飛んで行く皆を見ていたサクは、『ジ』と書かれた緑の旗をパタパタと振って応援していた。

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 上空まで昇り切ったデュバル達は、地上からの千冬の指示を待つ事に。

 

「皆…凄いなぁ~…。前々から疑問だったけど、どうやったら、そんなにもスムーズに飛べるんだ? デュバルのは前にも聞いたけど……」

「参考書には『己の前方に円錐や角錐を展開させるイメージと書かれてはいますけど、自分が一番やりやすい方法を模索するのが一番だと思いますわよ?」

「イメージねぇ……」

 

 セシリアに説明をされても、やっぱりピンとこない。

 こればかりは勉強ではどうにもならない事なので、一夏には非は無い。

 

「キャデラックさんとワシヤはどんなイメージで飛んでるんだ?」

「水泳かしらね。それが一番分かりやすいし」

「テキトー」

「て…てきとーって……」

 

 人類にとって最も難解な『飛ぶ』という行動を『テキトー』の一言で済ませられるワシヤは、ある意味で天才肌なのかもしれない。

 

「そもそもさ、ISってどんな仕組みで飛んでるんだ?」

「オリヴァーに習わなかったのか?」

「いや、まだそこまで行ってないんだよな…。前に同じことを聞いた時は『凄く長い説明になるから、時間のある時に一気に教えるね』って言われた」

「それはオリヴァーさんが正しいですわ。実際に教えるとなると、反重力力翼や流動波干渉などの話になりますから、最低でも2~3時間は掛かるかと……」

「その二つの単語を聞いただけで頭が痛くなってきた……」

 

 唯でさえ、ISの勉強は専門用語のオンパレードなのに、更にそれが増える事は今の一夏の頭脳には致命的だった。

 近い内、知恵熱で頭から煙を出して倒れる彼が拝めるかもしれない。

 

 空気が和んできた時、地上から千冬がインカムを使って上空にいるデュバル達に指示を出してきた。

 

『ちゃんと上空まで行けたな? では、これよりお前達には急降下と完全停止をやって貰おう。目標は地表から10センチとする。まだISに乗り始めて日が浅い織斑はしなくてもいい。全員が終わった後にゆっくりと降りてこい』

 

 これまた、難しい事を言ってきたなぁ…と、思わずにはいられないデュバル達であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




サクのお蔭(?)で、思った以上に話が長引くことに。
次回は授業後半です。

そして、今回もまたサクバリエーションのご紹介です。




サク・スナイパータイプ:狙い撃つぜ!
高機動型サク:背中にペットボトルロケットを装備。
サク・マインレイヤー:機雷の代わりに水風船をばら撒く。
サク・キャノン:頭に水鉄砲をくっつけている。
サク・タンク:縁の下の力持ち。働き者。
サク・マリナー:実は泳げない。ビート版があれば泳げる。
強行偵察型サク:むせる。
サク・デザートタイプ:砂遊び大好き。
サイコミュ試験型サク:手が伸びる。火は吹けない。テレポートも出来ない。
アクト・サク:普通のサクよりも機敏に動く。
マレット・サンギーヌ専用アクト・サク:ひゃっはー!
サク・トレーナータイプ:皆の先生。千冬と仲良し。
サイコ・サク:超強い。ジャズが嫌いで、ポップスが好き。




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サクサクいきましょう

まさか、授業だけで二分割する羽目になるとは……。

割と素で初めてですね。







 上空まで飛んだデュバル達は、地上にいる千冬から急降下からの急停止を命じられる。

 とはいっても、初心者である一夏には非常に困難な課題であるため、彼だけは特別に免除されているが。

 

「では、誰から行く?」

「まずは私からよろしいでしょうか?」

「セシリアからか。いいとも」

「では、お先に失礼しますわ」

 

 若干の前傾姿勢になった後、セシリアは慣れた感じで急降下を開始する。

 かなりの速度を出しているようで、僅か数秒で地上に迫る。

 

「今だな」

「今ね」

「今ッスね」

「へ?」

 

 三人が何を言っているのか分らないまま一夏も下を眺める。

 すると、デュバル達が言ったタイミングでセシリアは見事な完全停止に成功。

 しかも、ちゃんと言われた通りに目標の10センチを達成した。

 

「す…すっげぇ~…」

 

 今の自分には逆立ちしたって出来そうにない芸当を目の前で見せつけられ、一夏は純粋に感心をした。

 ハイパーセンサーでよく見ると、ソンネンに向かって思いっ切りアピールをして、ソンネンとサクが拍手でそれを褒め称えている。

 照れすぎて、このままだと反り返りすぎて後ろを向きそうだ。

 

「んじゃ、次はオレいいッスか?」

「その次は私が行きますね」

「ならば、最後は私が行こう。一夏は、我々が全員降りてからでいいから、ゆっくりと降りてくるんだ。今のお前なら楽勝だろう?」

「あぁ!」

 

 親指を立ててから、三機のヅダの内、二番機…即ちワシヤ機が急降下を開始。

 セシリアに負けず劣らずの速度で地表へと向かい、眼前に表示されている高度を示す数値に細心の注意を払う。

 そして、それが10センチに差し掛かろうとした瞬間……。

 

「ここだ!」

 

 ワシヤはヅダの全身に付いているブースターやアポジモーターを駆使して急停止を敢行。

 多少の土煙を出してはしまったが、見事に着地に成功した。

 

「よっし! どんなもんだい!」

「流石だな。お前に掛かれば、これぐらいは容易いか」

「いやいや、んなことはないッスよ。割と緊張しましたよ?」

 

 千冬に褒められて照れくさそうにするワシヤであったが、ヅダを装備している状態では逆に面白く映ってしまう。

 そうこうしている間に、少し離れた地点にモニクが全く危なげのない停止を見せてから静かに着地をした。

 

「よいしょっと。これでいいですか?」

「完璧だ。よくやった」

 

 そして、最後はデュバルの番。

 前世と全く遜色がない、いや、あの時以上に見事な腕前を見せつけられ、デュバルは歓喜と興奮で充たされていた。

 

「あの二人も頑張っているのだな……。これは、先達として私も負けられんな!」

「おぉ~…あのいつも冷静沈着なデュバルが、珍しく燃えてやがる……」

「私だって、そんな時ぐらいはあるさ。ならば…行くぞ!」

 

 先に降りた三人と同じような体勢となり、デュバルもブースターを吹かしてから急降下を開始した。

 だが、その速度は他の三人と比べても速く、あっという間に地表が目前に迫る。

 その速度に誰もが手に汗を握り、唾を飲む。

 

「はぁっ!!」

 

 背部ブースターの向きを変更させ、同時にワシヤやモニクの時と同様に全身の小型ブースターやアポジモーターを使いこなし、見事過ぎる腕前を披露しつつ完全停止を成功させた。

 勿論、目標の10センチは簡単にクリアしている。

 

「ふぅ…こんなものか」

「「「「「おぉ~!!」」」」」

 

 見ていた生徒たち全員が拍手喝采。

 特に箒は物凄い勢いで拍手をしていて、掌が赤く腫れそうな勢いだ。

 サクもデュバルの腕前に感動し、『お見事であります! デュバル少佐殿!』と書かれたフリップを両手で持って何度もジャンプを繰り返していた。

 

「スゲェじゃねぇか! デュバル!」

「いやはや…こいつは参ったね…」

「やっぱり、デュバル少佐は別格ね」

「まだまだ、ヅダを完全に使いこなせる日は遠いなぁ~…」

「素人目で見てもハッキリと分かる…。デュバル少佐の実力は、あの頃よりも確実にレベルアップしている!」

 

 同じ隊の皆からもベタ褒めの嵐。

 そうなると、流石のデュバルも照れくさいのか、装甲越しに頬を掻いていた。

 

「わ…私は、自分に出来る精一杯をしただけなのだがな……」

「だからこそ凄いんじゃねぇか!」

 

 皆の傍にゆっくりとした速度で降りてきた一夏が、非常に興奮した顔で同じように拍手をしてきた。

 

「織斑の言う通りだ。『精一杯』なんて言葉にすれば簡単だが、それを実際に出来る人間は本当に一握りだ。お前は凄いよ、デュバル」

「そうですよ! デュバルさんの実力は、国家代表と比肩しても遜色ないです!」

「織斑先生…山田先生……」

 

 この時、デュバルはヅダが全身装甲で本当に良かったと思った。

 何故ならば、今の彼女の顔は羞恥心で真っ赤になっていたからだ。

 

「感無量だ…デュバル。私は今、猛烈に感動している……」

「私はハリウッド映画じゃないんだが……」

「興行収入は100億円突破だな……」

「ほ…箒?」

 

 同室であり幼馴染である箒の感動は更に凄くなり、いつの間にか出したハンカチで流れる涙を拭いている。

 

「お前達、デュバルの腕前に感動したのは分かるが、次に行くぞ」

 

 このままでは収集が付きそうになかったので、千冬がパンパンと手を叩いてから全員を正気に戻す。

 

「では、次は武器の展開をやって貰おうか。これには織斑も参加しろ」

「分かりました」

 

 専用機を展開している全員が列の前に移動してから並ぶ。

 真ん中にヅダ三機が並び、その両隣に一夏とセシリアが来る形だ。

 

「では、まずは織斑からだ。と言っても、まだお前も素人なのは同じだからな。私からアドバイスをやろう。お前達もよく聞いておくように」

「「「「「はい!」」」」」

 

 さっきまでの興奮が嘘のようないい返事。

 この辺りの切り替えはちゃんと出来ているようだ。

 

「拡張領域から各種武装を展開する場合は、武器の形などをイメージすることが大事だ。やってみろ」

「おう!」

 

 両手を前に出してから、頭の中でイメージを固める。

 白式に搭載されているのは一本の剣だけ。

 嘗て、姉が使っていた愛刀の後継。

 

「うぐぐ…!」

「…と、このように、上手くイメージが固まらないと、量子エネルギーだけが渦巻くだけになってしまう。そんな時は武器の名前を言えばいい。そうすれば簡単に武装を展開できる。織斑」

「ゆ…雪片弐型!」

 

 言われるがままに一夏が叫ぶと、その手には一本の真っ白な剣が握られていた。

 

「このような場合はいいが、実戦では武器の名前を呼んで展開するなんてのは愚の骨頂だ。なんせ、自分の戦法を自分の口から教えているようなものだからな。故に、これが許されるのは初心者の間だけだと思っておけ。分かったな? 初心者」

「それに対して何も言えない自分が悲しい……」

 

 自分が初心者なのは一夏自身が一番分かっているので、グゥの音も出なかった。

 

「次はオルコット」

「はい」

 

 セシリアは少しだけ目を瞑ると、一瞬でレーザーライフル『スターライトMk-Ⅲ』を展開してみせた。

 しかも、ちゃんと腕部装甲にライフル本体が接続されてエネルギーが流れ込んでいる。

 後はセシリアが脳内で指令を下せば、いつでも安全装置を解除できる。

 

「これが最も理想の形となる。覚えておくように」

 

 流石は代表候補生。

 他の生徒達に対する最高の見本となった。

 

「次は近接武器を展開してみせろ。出来るな?」

「勿論ですわ。少し前までは苦手でしたけど、ソンネンさんとの試合を経た今の私ならば……」

 

 これまた一瞬でライフルを収納し、あっという間にその手には近接用小型ブレード『インターセプター』が装備されている。

 

「この通り…ですわ」

「よし。ならば、次はデュバル達になるが…確か、武装は共通している筈だったな?」

「一応は。デュバル少佐の機体は追加の武装がありますけど」

「そうか。では、まずは共通武装を揃って展開してみせてくれ」

「「「了解」」」

 

 と言う訳で、最初はIS用マシンガンを展開。

 ちゃんとマガジンは装着されていて、サブグリップも出ていた。

 

「次はバズーカだ」

 

 マシンガンを収納し、一秒にも満たない時間でIS用バズーカを展開して肩に担ぐ。

 

「いつ見ても鮮やかなものだな。次だ」

 

 バズーカを収納、近接武装となるヒートホークを展開する。

 流石に刃の部分に熱は籠っていないが。

 

「そこまで。まるで三つ子であるかのような一糸乱れぬ動きだったな」

「慣れっていうか、癖っていうか……」

「三人で息を合わせるのが普通になってるわよね」

「それだけ、我等のチームワークが完成されつつあるという事だろう」

 

 ヒートホークも収納し、両手を自由にする。

 これで終わりかと思ったが、そうではなかった。

 

「他の武装は確か……」

「シールド内に収納されているシュツルム・ファウストと、折り畳み式のシールド・クローですね」

 

 試しにデュバルがシールドの裏側を見せ、同時にクローを展開してみせた。

 どちらも接近戦では絶大な威力を発揮する武装だ。

 

「では、最後にデュバル機にだけあるという追加武装とやらを見せて貰えるか?」

「了解です」

 

 右手を前に翳し、装甲の中で目を瞑る。

 余り使用したことは無いが、それでも克明に思い出せる。

 

 光と共に長大な銃が姿を現す。

 それは、セシリアの持つレーザーライフルよりも大きくて長く、それでもまだ折り畳まれている状態だった。

 

「ここをこうして…こうか」

 

 折り畳まれていた銃身を展開し、マガジンを装着。

 ちゃんとバイポッドも出してから両手で構えた。

 

「随分と大きいな…それは?」

「対艦用ライフルです。見ての通り、超長距離の相手に使う代物ですよ」

「そのようだな。ヅダの機動性と一緒に用いれば、相当な威力を発揮しそうだ」

 

 見上げるほどの大きさのライフルを眺め、千冬が素直な感想を述べた。

 こんな銃を見ても心配する様子が無いのは、それだけデュバルの事を信頼している証拠だった。

 

「先生」

「どうした、相川」

「あの…ソンネンさんがオルコットさんとの試合の時に複数の砲弾を使ってましたけど、他にも種類があるんですか?」

「…だそうだが? どうなんだソンネン?」

「結構あるぜ。説明をしてもいいのか?」

「まだ時間はあるからな。構わんよ」

「りょーかい」

 

 車椅子を動かしてから、少しだけ前に出て全員が聞きやすい位置に移動をする。

 勿論、サクを膝の上に乗せたままで。

 

「まずは通常榴弾だな。それから、対戦車榴弾と相手の動きを動きを封じる粘着榴弾。んでもって徹甲弾と装弾筒型徹甲弾。それを強化した装弾筒型翼安定徹甲弾に、試合でも使った対空用榴散弾。そして……」

『対戦車焼夷榴弾もありますよね』

「そうだったな。ありがとな、サク」

 

 フリップで説明を手伝ってくれたサクを撫でてから褒めるソンネン。

 モノアイの部分がニッコリとなって、照れて頭を掻いている姿はのぼっととは思えない程に感情豊かだった。

 

「全く聞いたことのない単語のオンパレード……」

「サクちゃんが教えてくれた焼夷なんとかって…何?」

「簡単に言えば、火炎放射みたいなもんだな。IS相手には効果は薄いが、奇襲で敵の意表を突いたり、目暗ましには十分な効果を発揮する。それ以上に、全ての生き物は本能的に『火』ってのを嫌うもんだからな。幾ら大丈夫だと頭では分かっていても、根っこの部分で恐れちまうもんなのさ」

「心理的な効果があるってことなんだね……」

「流石はソンネンさん……武器の種類じゃなくて砲弾の種類で駆け引きをするなんて……」

「まぁな。聞いたことのない単語に関しては、自分達で勉強してくれとしか言えねぇけどな。全部を説明して言ったら、それこそ時間が足りねぇ」

 

 別に説明をしたくない訳ではない。寧ろ、したい。させてくださいと思っている。

 だが、そうなったら暴走しそうな気がするので、ここは我慢をして自重することにしたのだ。

 もし仮にソンネンがこの場で説明をすれば、確実にここから全ての時間が『ソンネン先生の戦車教室』に変わってしまう。

 

「む? もう終わりか」

 

 いいタイミングで授業終了のチャイムが鳴る。

 グラウンドにクレーターも出来ていないので、このままスムーズに授業を終わらせられる。

 

「では、これで本日の授業を終了する。お前達も、ISを戻してから戻っていいぞ」

 

 こうして、サクが初めて参加した授業が終了したのだった。

 今回の事を皮切りに、これからもサクが普通に授業に参加するようになる事になり、いつしかそれはIS学園にとって当たり前の光景になっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次回は非常に久し振りに鈴の再登場です。

やっと本編に出してあげられる…。

果たして、彼女は誰と相部屋になるのでしょうか?

それはそれとして、今回もサクの愉快な仲間達の紹介です。



サク・フリッパー:肩を赤く塗りたい
ディザート・サク:砂漠でも頑張ってるんだよ~。
サニー:サムとのハーフ。
トラッツェ:ジャンクの中のジャンク。でも速い。
ハイサック:不遇な境遇でも頑張ってます。
ハイサック・カスタム:狙い撃つぜぇぇぇぇっ!!
ホビー・ハイサック:完全なオモチャ。とっても愉快。
サクⅢ:皆の末っ子。口から水鉄砲が出せる。
サクⅢ改:薔薇を育てるのが趣味。女の子大好き。
Zサク:どうしてこうなった。
サク50:遠い子孫。色々と凄い。
スーパーカスタムサクF2000:重すぎて動けません…。
サク・アメイジング:ガンプラは自由だぁぁぁぁぁぁぁっ!!
バリスティック・サク:燃え上がれ! ガンプラァァァァァァァッ!!


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帰ってきたよ

ようやく鈴が再登場。

ここから更にわちゃわちゃすること確実ですね。

そして、彼女は一体誰と相部屋になるのか?







「やっと…やっと、ここに来れた……」

 

 うっすらと宵闇が空に掛かり始める時間帯。

 IS学園の正面ゲート前に一人の少女が旅行用のボストンバックを肩から下げて立っていた。

 彼女こそは、以前に家庭の事情から仕方なく中国へと帰国する事になり、その際に日本のIS学園にてソンネン達と再会の約束をした『凰鈴音』その人だった。

 

「約束通り、あたしは帰って来たわよ。あんた達の事だから、絶対にここに入学をしてるわよね」

 

 中国に帰っていたとはいえ、彼女とてIS学園の倍率の異常なまでの高さは良く知っていた。

 普通ならば余りにも狭すぎる門なのだが、鈴は知っている。

 あの三人が、その程度で挑戦を諦めるような人間ではないと。

 どんな困難であろうと、必ずや乗り越えてくると。

 

「ぶっちゃけ、そこに関してはそこまで心配はしてないのよね。つーか……」

 

 ポケットからスマホを出して、とある記事を画面に出す。

 そこには、一夏がISを動かした時の記事が記載されている。

 

「どうして一夏がISを動かしてんのよ……」

 

 これに関しては、どこまでも呆れしかない。

 数年にも渡って一緒にいた仲だから、当時の光景が容易に想像できる。

 

「絶対にソンネン達や千冬さんに迷惑掛け捲ったでしょ……」

 

 大正解。

 ついでに言うと、そこからの流れで正座&お説教まで行ったのだが、流石にそこまでは予想出来なかったようだ。

 

「…きっと、入学してからもアイツらは凄く頑張ってる。昔から努力家だったしね。あたしだってすっごく頑張ったつもりだけど、あの三人には遠く及ばないんだろうな……負けてられないわね!」

 

 拳を握りしめてから気合を入れ直し、ポケットから皺くちゃになってしまった一枚の紙を取り出した。

 

「確か、ここに付いたら最初にこの『本校舎一階総合事務受付』って場所に行かなくちゃいけないのよね。でも……」

 

 キョロキョロと辺りを見渡す。

 時間帯故の暗さも相まって、場所が全く分らない。

 

「多分、転入手続き的な事をしなくちゃいけないんだろうけど、肝心の場所が分からなきゃ意味ないじゃないのよ。ご丁寧に何にも書いてないし。名前だけメモに書かれても分かるわけないッつーの。こちとらエスパーじゃないのよ?」

 

 ここでジッとしていても仕方がないので、取り敢えずは移動をすることに。

 静かな夜に鈴の足音だけが響く。

 

「もしも、この時間でも普通に仕事をしているのなら、灯りがある筈よね? それを頼りに探すしかないかしらね……」

 

 まるで、真っ暗な洞くつで一筋の光を求めてさ迷い歩く冒険者になった気分。

 今の彼女は冒険者ではなくて迷子なのだが。

 

「こーゆー時、めちゃくちゃ勘がいいヴェルナーなら、適当に歩いているだけでも見つけそうよね~」

 

 昔から、ヴェルナーは失せ物探しが非常に得意だった。

 彼女が適当に指差した所を探すと、一発で見つかる事が多いのだ。

 その特技故に一時期は『美少女名探偵』という渾名が付いていたほど。

 

「そういや、ヴェルナーが何かを閃く時って、いつもおでこが『キュピーン』って光ってたけど、あれって何だったのかしら?」

 

 完全に覚醒の兆しである。

 

「学校だから、どこかに案内板とかあるだろうから、まずはそれを探した方が良さそうね。本当は誰かに場所を聞いた方が良いんだろうけど、こんな時間帯に外にいるような生徒なんて……」

 

 その時だった。

 うっすらと見えるISの訓練施設と思わしき場所の出入り口から、数人の女子のグループが出てくるのを目撃した。

 何かを話しているようで、夜の静かな時間帯だからこそ会話に気が付くことが出来た。

 

「ラッキー♪ あの子達に聞いてみようっと」

 

 そうと決めるが早いが、鈴はそそくさと女子達が来た方へと早歩きで向かう。

 しかし、聞こえてきた声を聞いて、彼女は咄嗟に近くにあった物陰に隠れた。

 

「しっかし、いつ見てもソンネンの機体は迫力満点だよな~」

「あったりまえだろ? 陸の王者を舐めんなよ?」

「訓練を見ていると改めて思いますわ。あの重装甲であの速度は本当に反則染みてると……」

「それこそがヒルドルブの真骨頂ですからね。あの威容と、あの攻撃力を目の当たりにすれば、大抵の相手は戦意喪失しますよ」

 

 見た事のない少女達と一緒に渡り廊下を進んでいるのは間違いなくソンネンだった。

 あの顔にあの声で車椅子に乗っている少女なんて、他には知らない。

 廊下に設置してある灯りによってよく見える。

 

「デュバルのヅダの速度も尋常ではないがな。目視で追い駆けるのは絶対に不可能だ。ただでさえ、モニクやワシヤのヅダでも凄まじい速度だというのに……」

「『速度』こそがヅダにとっての最大最強の武器だからな。それ以上のじゃじゃ馬なのがヅダなのだが」

「最大速度状態のヅダをあそこまで自由自在に操れるのは、後にも先にもデュバル少佐しかいませんよ」

「どうか~ん。オレだと確実に壁とかにぶつかりそうだもん」

「二人とも、私からするとすっごく上手に見えるけどな~」

「うん。ヒデトさんとモニクさんも十分に凄いと思う」

「あら、嬉しい事を言ってくれるわね。ありがと、簪」

「へへ……慰めでも、そう言って貰えると嬉しいもんだな。あんがとな、本音ちゃん」

 

 あの真面目そうな金髪美少女は間違いなくデュバルだ。

 頭から出ているアホ毛だけは見間違えようがない。

 

「そういえば、ヴェルナーさんも専用機を所持しているのですのよね? 訓練では使いませんの?」

「ん~…使おうと思えば使えるけど、オレの相棒はかなり特殊な機体だからな~。訓練するにも皆と同じようにはいかないんだよな」

「一体どんなISなんだ…逆に興味が湧いてくるぞ」

「きっと、見た時は凄く驚くと思いますよ?」

 

 夜でも元気溌剌な少女はヴェルナーに決まっている。

 少し離れてはいるが、それでもハッキリと分かる。

 

(ふふ…あの子達もちゃんと、あたしとの約束を守ってくれたのね)

 

 三人の姿を見てテンションが高くなった鈴は、さっきとは打って変わってやる気に満ち溢れていた。

 一緒に歩いていた一夏のことは眼中の外に出して。

 

 そうしている間に、彼女達は建物の中へと消えていった。

 

「…そういや、一緒にいた女の子たちは何なのかしら?」

 

 別にその事に対して嫉妬をするとかではなく純粋な疑問だ。

 中学の頃から異性同性に関わらず、三人は学校全体の人気者だった。

 実際、告白されたことも一度や二度ではない。

 告白をした約半数が女子生徒だったのは凄かったが。

 

「きっと、IS学園でも昔みたいにモテてるのね。なんか普通に納得出来るわ」

 

 縮めていた体を伸ばしてから立ち上がり、気分を一新して『本校舎一階総合事務受付』を探す事に。

 そうと決めた矢先に、誰かに服の袖を引っ張られる感覚があった。

 

「ん?」

 

 引っ張る力は軽くだったので、悪意を持ってしている訳ではないとすぐに分かったので、鈴はすぐに振り向いた…が。

 

「あれ? 誰もいない…」

 

 そこには誰もいなかった。

 一体何だったのかと思っていると、自分の袖に細長い何かがくっついているのに気が付いた。

 

「な…なに、これ…って?」

 

 細長い何かの先を見てみると、そこには一つ目の丸っこいナニかがいた。

 しかも三体も。

 

「うわぁっ!? な…何よッ!?」

『お困りですか?』

『迷子ですか?』

『お手伝いしましょうか?』

 

 フリップを使って鈴に優しく問いかけてくる。

 もうお分かりだと思うが、彼女に話しかけてきたのはサクだった。

 しかし、ソンネンが連れているサクとは違い、このサクは真っ黒に塗装されていた。

 要は、黒い三連星専用サク×3である。

 鈴が今いる場所が街灯に照らされていなければ、全く姿を見る事は出来なかっただろう。

 

「あ…あんたら…なに? IS学園には、こんなのもいるの?」

『えっへん!』

「いや、別に全く褒めてないんだけど……」

 

 誇らしげに胸を張るサクに、なんて反応すれば困る鈴。

 彼女だけに限らず、何も知らないままにサクと出会えば、誰もが似たような反応をするだろう。

 

「っていうか、さっきなんて言った? もしかして案内してくれるの?」

『勿論です!』

「そんじゃあ……」

 

 幾ら割る気が出たとはいえ、闇雲に探していてもキリが無い事は鈴自身がよく分かっていた。

 このままだと朝になりそうな気がしたので、猫の手ならぬサクの手を借りることにした。

 

『そこなら知ってます!』

『我等でご案内します!』

『お任せください!』

「マジでッ!? ありがと~!」

 

 三体のサクは縦に並んでから、鈴の前を歩きだす。

 

『よし! これよりジェットストリームアタックでこの人を連れていくぞ!』

『お~!』

『頑張るぞ~!』

「だ…大丈夫かしら…?」

 

 ジェットストリームアタックなんて言っているが、実際には単に縦に並んで歩いているだけ。

 カッコいいと言うよりは、寧ろ可愛らしくあった。

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

『着きました~!』

『やった~!』

『任務達成だ~!』

「ほ…本当に着いた……」

 

 サクたちに着いていくこと約数分。

 本当に目的の場所に辿り着けた。

 

「何か御用ですか?」

「あ…えっと……」

 

 中にいた事務員の人に話をして、ようやく本来の目的を達成出来そうだった。

 時間にして20分足らずなのだが、鈴からすれば物凄く長く感じていた。

 

「成る程。分かりました。では、こちらの書類に必要事項を記入してください」

「分かりました」

 

 出された紙に名前などを書いていく。

 ここまで来れば、後はもう楽勝だった。

 

「にしても、よくここが分りましたね? 自分で言うのもアレだけど、ここって分かりにくい場所にあるでしょ?」

「実は、この子達に案内して貰ったんです」

 

 鈴が目配せをすると、そこではサクたちが手足をばたつかせながら『喜びの舞』を踊っていた。

 

「あぁ~…サクちゃん! 成る程ね~」

「知ってるんですか?」

「勿論。この子達は、技術部の子達が作ったお手伝いロボットなの」

「お手伝いロボット…」

 

 確かに役には立った。しかし、見た目的にはお手伝いと言うよりはマスコットに近いような気がした。

 

「実際、色んな所で大活躍してるって聞いてるわ。サクちゃん達、ありがとう」

 

 事務員の礼に三体のサクは敬礼で応えた。

 こう言ったところだけは本当にしっかりしている。

 

「書き終わりました」

「はい。これで手続きは完了です。IS学園にようこそ、凰鈴音さん」

「ありがとうございます。あんたらも、今回は本当にありがとね」

 

 鈴の礼にも、また敬礼で応えた。

 どうやら、これがサクたちなりの『どういいたしまして』のようだ。

 

「あの…少し聞きたい事があるんですけど」

「なんですか?」

「デメジエール・ソンネンさんと、ジャン・リュック・デュバルさん、それからヴェルナー・ホルバインさんって何組ですか?」

「その三人なら…一組ですね。凰さんが二組になるので、お隣さんですね」

「一組……」

 

 本当ならば一緒の組が良かったが、贅沢は言ってられない。

 同じ学校にまたいられるだけでも十分なのだから。

 

「特に、ソンネンさんは凄いわよ~。なんたって、入学早々にイギリスの代表候補生の子に勝って、一組のクラス代表になったんですって。足が不自由っていうハンデを背負っているのに凄いわよね。私も本気で応援したくなっちゃうわ」

「ソンネンがクラス代表……」

 

 昔から凄い少女ではあったので、そこまでの驚きは無く、逆に納得さえしてしまった。

 ソンネンならば脚が動かなくても、それぐらいはやってのけるだろうと。

 

「二組のクラス代表って、もう決まってたりするんですかね?」

「まだじゃないかしら?」

「そっか…まだなんだ……」

 

 それを聞いて安心した。

 ソンネンがクラス代表になったのなら、自分もならない訳にはいかない。

 早速、自分の目標が決まった。

 

「あ、そうだ。凰さんに言っておかないといけない事があるんだった」

「なんですか?」

「実はですね、突然の転入だったせいか学生寮の部屋が用意出来なかったんですよ。それでですね、ちゃんと用意が出来るまでの間、一人部屋になっている上級生の子と相部屋になるんですけど……」

「そんな事か。問題無いですよ」

「そうですか。安心した…それじゃあ、これが部屋の鍵です。部屋の番号はそのキーホルダーに記載されてますから」

「分かりました。では、失礼します」

 

 事務員に挨拶をしてから事務受付を去る事に。

 その際に、ちゃんとサクたちに話しかける事も忘れない。

 

「あんたらも今日はご苦労様。また明日ね」

『お疲れ様でした~!』

『おやすみなさい!』

『いい夢を~!』

 

 パタパタと旗を振るサク×3に見送られながら、鈴は学生寮へと歩いて行った。

 因みに、今度はちゃんと迷わずに行けた。

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

 IS学園の学生寮。

 キーホルダーに書かれた番号と睨めっこをしながら部屋を探し、ようやく見つける事が出来た。

 

「…ここね」

 

 コンコンとドアをノックしてから、中からの返事を待つ。

 すると、室内から声が聞こえてきた。

 

「話は聞いてるよ。入って来ても大丈夫だぞ」

「失礼します」

 

 ドアを開けて部屋の中に入ると、そこにいたのは……。

 

「よっ! お前さんが例の転入生だな。オレはアレクサンドロ・ヘンメ。二年生だ。少しの間になるかもだが、どうかよろしくな」

(が…眼帯を付けたスタイル抜群の超美人がタンクトップとパンツ姿でベッドに座って足の爪を切ってる――――――――っ!?)

 

 フレンドリーな笑顔を向けたアレクだった。

 こうして、鈴とアレクの意外な二人による生活が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




そんなわけで、鈴のルームメイトはアレクになりました。

これはかなり早期に決まっていたんですけどね。

ついでに、黒い三連星専用サクも登場させました。

んでもって、今回はサクの愉快な仲間達の番外編です。
ちょっとした亜種の紹介ですね。



ホルシャーノン:非常によく似ている親戚(?)
サクウォーリア:別世界のサク。なんかカッコいい。
サクファントム:別世界のサクその2。もっとカッコよくなってる。
ルナマリア専用ガナーサクウォーリア:当たらない。全く当たらない。
ディアッカ専用ガナーサクウォーリア:グゥレイト!
レイ専用ブレイズサクファントム:クールで頼りになる。
イザーク専用スラッシュサクファントム:ストライクゥゥゥゥゥゥッ!!


ちょっと少ないですが、次回以降はサク化した別のMSの説明をしていこうと思います。
どうか、お楽しみに。




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レッツパーリー!

今回は少し飯テロ描写があるかもしれません。

もしもお腹が空いた時は、自己責任で何かを作って食べてください。







「……で、これは一体何なんだ?」

 

 今いる場所は寮の食堂で、時間帯的には夕食後の自由時間。

 今回の主役であるソンネンは、いきなり呼び出されて本気で困惑していた。

 

「あれだよ、あれ」

「あぁ~……」

 

 一夏が後ろにある壁を指差すと、そこにはでかでかと『ソンネンさんクラス代表就任パーティー』と書かれた紙がくっつけてあった。

 

「そんなわけで…ソンネンさん! クラス代表就任おめでと~!」

「「「「おめでと~!」」」」

 

 幾つものクラッカーが鳴りまくり、紙吹雪がソンネンの頭に降り注がれる。

 だが、ソンネン自身はなんてリアクションをしたらいいのか分らないでいた。

 

「いや、確かにオレはクラス代表をする事にはなったけど、ここまでする必要ってあるか?」

「何言ってんの!」

「あれだけの激闘を見せてくれたソンネンさんに敬意を表するのは当然じゃない!」

 

 全員が揃ったように頷く。

 別にソンネンからすれば、そこまで特別な事をした覚えはない。

 自分なりに全力で戦い、その上で勝利をしたに過ぎないのだから。

 

 因みに、この場には一組の生徒の殆どが集結していて、中には二組の生徒もちらほらと伺える。

 

「うふふ…デメジエールさんの魅力を考えれば、これぐらいの事をするのは当然ですわね」

「そうかぁ~?」

「本当なら、本国から一流シェフを呼び寄せて、デメジエールさんに御馳走をしたかったのですけど……」

「流石にそこまでしなくていいから」

 

 ソンネンの隣でソファに座っているセシリアが嬉しそうに微笑んでいる。

 そんな事をされてしまったら、いつもは強気のソンネンも恐縮してしまう。

 そうじゃなくても、彼女は元々からパーティー慣れしていないのだから。

 ジオン軍戦車兵だった頃から、余り大人数で騒いだ覚えがない。

 良くも悪くも現場主義だったせいもあるが、常日頃から油と土と汗に塗れた人生だったから。

 

「しっかし、随分とたくさん料理を作ったもんだな。食堂のおばちゃん達に頼んだのか?」

「最初はそうしようと思ったんだけどな。けど、仕事も終わったのに料理を作って貰うのもなんか申し訳ないだろ? だから、調理室だけ借りてから俺達で作ったんだ」

「達ってことは……」

 

 もしかしてと思って振り向くと、ヴェルナーとデュバルが親指を立てていた。

 

「…だと思ったわ」

 

 孤児院にいた時から、三人娘は良く料理を作っていた。

 その腕前は日に日に上達していき、特にヴェルナーの実力は凄い事になっていた。

 

「私も少しだけ調理光景を見させて貰ったが…本当に凄かった。まさか、暫く見ない間に、あそこまでヴェルナーの女子力がアップしていたとは……」

「全ての要素が一流ホテルのシェフにも匹敵するような鮮やかさ…本当に感服いたしましたわ」

 

 セシリアは純粋に感動しているが、箒は昔のヴェルナーを知っているからこそ落ち込んでいた。

 明らかに自分よりも料理が上手になっていたから。

 同じ女子として、何とも言えない悲しさがあった。

 

「このお刺身もホルバインさんが切ったんだよね……」

「綺麗な切り口だよね~…。本物の板前さんみたい」

「この海鮮丼も最高!」

 

 食べ盛りの少女達からすれば、目の前にある御馳走に抗うという選択肢は最初からなかった。

 例え、この後で測るであろう体重計にて悲鳴を上げるとしても。

 

「やっべ……ホルバイン少尉が作った、このシーフードカレー…めっちゃ美味いんだけど! なぁ、本音ちゃん!」

「うん! ホルホルのカレー、ちょ~ちょ~ちょ~美味しいよ~♡」

 

 コトコトと煮込まれて、数多くの魚介類がふんだんに盛り込まれたカレーは、その匂いだけで皆の食欲をそそる。

 当然、少女達は迷わず皿を取ってからカレーを食べた。

 

「お…美味しい~♡」

「プリップリの海老と…」

「分厚いホタテ……」

「このイカも最高~!」

「こんなにも美味しいシーフードカレー…食べたの初めてかも……」

「まだまだ、お替りならあるぞ~」

「「「「いただきます!」」」」

 

 カレールゥが入っている鍋をかき混ぜながらヴェルナーがお替りを促すと、あっという間に行列が出来上がる。

 完全に女子達の胃袋を掴んでしまったヴェルナーだった。

 

「けどさ、これでクラス対抗戦は絶対に盛り上がるよね~」

「だね。ギャップ萌えの塊みたいなソンネンさんが出るんだもん。間違いないでしょ」

「ギャップ萌えって何だ。ギャップ萌えって」

 

 初めて言われた言葉に疑問を呈する。

 何がどうギャップがあるのか小一時間ぐらい問い質したい。

 

「清楚な和風系美少女かと思ったら…」

「まさかのオレっ娘な上に…」

「専用機が超ワイルドな戦車系!」

「「「これをギャップ萌えと言わずしてなんとする!」」」

「お…おう…?」

 

 堂々と力説されてもソンネンの方が困る。

 セシリアはうんうんと何度も頷いているが。

 

「人気者ですね、少佐」

「そうかぁ? 単にテンションが上がってるだけじゃねぇのか?」

「はぁ……」

「なんで、そこで溜息なんだよ」

「御自分の立派に育った胸にでも聞いてください」

「意味分らん」

 

 モニクの呆れたような顔に小首を傾げるソンネン。

 女子として生きてきて十数年。

 未だに女心を完全には理解しきれてはいなかった。

 

「そういや、サクの奴はどうした?」

「ここにいますよ」

 

 オリヴァーが指さした方を見ると、サクが御盆を持って女子達にお茶を注いで回っていた。

 首(?)には真っ赤な蝶ネクタイがくっついている。

 

「…いつの間にあいつは執事みたいなポジになってんだよ」

「もしかして、誰かのお世話とかが好きなんですかね?」

「かねって…お前らが作ったんだろうがよ…」

「あの子達って基本的に自由気ままなもんで」

「それでいいのか製作者……」

 

 プライベートになった途端に天然になるオリヴァー。

 ソンネンが知らないだけで、実は昔からこうだったのかもしれない。

 

「はいは~い! 突然だけど失礼しま~す! こちら、IS学園新聞部で~す! この間、イギリス代表候補生のセシリア・オルコットさんと激闘を演じた末に見事な勝利を飾ったデメジエール・ソンネンちゃんにインタビューしに来ました~!」

「「「「お~!」」」」

「また厄介そうなのが……」

 

 新聞部と聞いて中学時代の事を思い出す三人娘。

 正直、それ系の部には碌な思い出が無い。

 学校中の有名人であった三人娘に、毎日のようにインタビューをしに来ていたから。

 

「私は二年生の黛薫子。新聞部の副部長をしてるの。君達の事は、アレクちゃんやたっちゃんによく聞いてるよ。よろしくね」

「大尉はともかく、たっちゃんって誰だ?」

「楯無ちゃんの事。私はたっちゃんって呼んでるの」

「成る程な」

 

 あの二人と仲がいいのであれば、一応は大丈夫なのか?

 そう思っていた時期が彼女達にもありました。

 

「試合の前から君の事は生徒会長からも聞かされていたけど、いや~…本当に凄かったね! あの機体の性能も相当にぶっ飛んでたけど、それを自由自在に操ってみせた君の実力に感動したよ! この気持ち、正しく愛だ!!」

「アホか。つーか、大佐とも知り合いなのかよ」

「まぁね。意外と新聞部と生徒会って密接に関係してるんだよ?」

「知らなかった……」

 

 けど、納得は出来た。

 これまた中学の時の話なのだが、よく生徒会のメンバーが三人娘を生徒会に勧誘しようと三人の行く先に先回りをしていることが多かった。

 あれは新聞部が独自の情報網で自分達の事をリークしていたからだと思い知った。

 

「ん? あんたの足元に見覚えのないサクがいやがるな……」

「この子? この子は我が新聞部、期待のホープである『サク・フリッパー』ちゃんだよ」

「強行偵察型を更に改造した奴か…」

 

 グレーに塗装されたボディに、複数のカメラアイを搭載している特殊な姿のサク。

 だが、やっぱりサクはサクなのか、早くもソンネンお付きのサクと仲良くなって遊んでいた。

 

「~♪」

「!」

 

 パシャ!

 

「~☆」

「~♡」

 

 パシャ!

 

「何やってんだ…」

「あら可愛い。もうお友達が出来たんだ」

 

 サク・フリッパーにはカメラが内蔵されていて、それを使って色んなポーズをとるサクの事を写真に撮っていた。

 勿論、そんな可愛らしい光景を見逃す筈のない女子達は、優しい笑みを浮かべながら心をポカポカさせていた。

 

「サクちゃん達が遊んでる…」

「これ…癒されるわね~…」

 

 どんな時もマスコットの魅力は偉大なようだ。

 やっぱり可愛いは正義なのかもしれない。

 

「お役に立っているようでなによりです、黛先輩」

「こっちこそ。オリヴァーちゃん発案のサクちゃん達は、色んな所で大活躍してるわよ? 本当に大助かりしてるんだから」

 

 薫子もサクの事を気に入っているのか、そっとフリッパーの頭を撫でた。

 それを嬉しそうに受け入れて、隣にいたサクも撫でて欲しそうに見つめていた。

 

「って、話が逸れちゃったわね。えっと…ソンネンちゃんにはまず、クラス代表になった感想でも聞こうかしら」

「感想って言われてもな…。殆ど成り行きだったしな」

「そうだったの?」

「まぁな。かといって、今更やめようとは思ってねぇけど」

「ほほ~?」

「経緯はどうあれ、決まっちまった以上は自分の役割をキッチリとこなすさ。こんなにも皆から期待されてんだ。ここでやらなきゃ、おと…じゃなくて、女が廃るってもんだぜ」

「いいね~! こっちの予想以上に最高の言葉を頂きました~! うんうん、会長が言ってた通りの子だったわね!」

「な…なんて言ってたんだ?」

 

 ソンネンが言った言葉を一字一句漏らさずにメモしていく薫子に、恐る恐る聞いてみる。

 あの大佐が自分の事を何て評していたのか気になった。

 

「ん~? 口は悪いけど、凄く真面目で責任感が強い頼れる女の子だって言ってたわよ?」

「そ…そっか……なんか照れるな……」

 

 パシャ!

 

「ん?」

「~♪」

 

 頬を少し赤くして指で掻いていると、いつの間にか足元にサク・フリッパーが立っていた。

 そのボディからポラロイドカメラみたいに撮った写真が現像されて出てきた。

 

「ナイスよフリッパーちゃん! 最高のシャッターチャンスを見逃さずにゲットするなんて…もう私が教える事は何も無いわね……」

「~♡」

 

 いつの間にお前はサク・フリッパーの師匠になっていたのか。

 

「はぁ…好きにしやがれ」

 

 なんか、何を言っても無駄なような気がしてきた。

 やっぱし新聞部なんて碌なもんじゃない。

 

「ついでだからセシリアちゃんにもコメントを…と思ったけど、なんか話し出すと小一時間ぐらい続けそうだから止めておこうっと」

「なんでですのっ!?」

 

 ある意味、当然の結果である。

 

「そうだ。ヴェルナー・ホルバインちゃんって、どの子?」

「オレだけど…どうかしたかい?」

 

 今度はヴェルナーに話題が振られる。

 これで解放されたかと思い、ソンネンはほっと胸を撫で下ろした。

 

「ここに並んでいる料理の内、海鮮系は全部君が作ったってのは本当?」

「マジだぞ」

「この、超絶美味しいシーフードピザも?」

「うん」

 

 いつの間にか手にしていたシーフードピザをパクリと一口。

 チーズがビヨーンと伸び、口の中一杯に新鮮な魚介類の風味が漂う。

 

「いや、これ間違いなく市販品よりも美味しいから。寧ろ、プロが作ったって言われても違和感ないんだけど。こーゆーのって、どうやって作れるようになったの?」

「近所の魚屋のおっさんや、食堂を営んでる知り合いに頼んで教えて貰ってた」

「プロ直伝か……めっちゃ納得するわ。それと同じぐらいにヴェルナーちゃんの才能が凄いって事なんだろうけど……うん。本当に美味しすぎ。同じ女子として完全敗北してるわ」

 

 ここでふと、他の女子達はある考えに至った。

 元気一杯で、社交的で、誰にも優しくて、頭もよくて、スタイルもいい。

 しかも、美少女で料理が上手で人気者。

 この子…女としてほぼ完璧じゃね?

 寧ろ、誰もが夢見る理想の嫁じゃね?

 

「「「「「ホルバインさん結婚して!!!」」」」」

「あっはっはー! 無茶言うな~」

 

 ヴェルナー。一気に女子達の人気者になる。

 

「皆がそう言いたくなる気持ち…分かるわ~。そこでホルバインさん。ちょっと相談があるんだけど」

「なんだい?」

「よかったら、うちらが作ってる新聞にミニコーナーとして協力してくれない?」

「ミニコーナー?」

「そう! その名も『ヴェルナーちゃんの今日の一品』! 君がちょっとした料理のレシピを教えてくれて、それを新聞に掲載するの! どうかな?」

「それぐらいならお安い御用だよ」

「決まりね! んじゃ、早速何か一つ教えてくれる?」

「いいぞ。それじゃあ、そこで本音達が食べてるオレ特製のシーフードカレーなんてどうだ?」

「いいねそれ! 私も後で絶対に食べよ! 匂いだけでも美味しそうなのが伝わってくるもん!」

 

 薫子がヴェルナーからメニューを教えて貰っている中、サクがソンネンの服の袖を引っ張って何かを伝えようとしていた。

 

「ん? どうした?」

『フリッパーが集合写真を撮ろうって言ってます。どうしますか?』

「マジか」

 

 集合写真。

 昔はよく撮っていたが、最近は写真自体を撮る機会が無かった。

 さっきは不意を突かれて恥ずかしい所を撮られたが、それぐらいならいいかもしれない。

 

「別にいいんじゃねぇか? 他の皆もいいって言ってくれるんならな」

 

 チラッと目配せをしてみると、皆揃って親指を立てていた。

 どうやら、聞くまでも無かったようだ。

 

「え? なんか面白そうなことになってるっ!? じゃあ、私がフリッパーちゃんを抱えるから、それで撮影しましょ!」

「なんだなんだ? 何が始まるんだ?」

 

 ヴェルナーから話を聞き終えた薫子が、急いでフリッパーを抱えて少し離れた場所に移動する。

 そこでフリッパーの三つあるカメラアイが切り替わってモードチェンジする。

 それに合わせるようにして、ヴェルナーも他の皆と一緒に並んだ。

 

「掛け声はどうする? 流石に『ハイチーズ』じゃ普通過ぎるし……ソンネンちゃん、何か無い?」

「オレに言われてもな……」

 

 う~ん…と顎に手を当てて考えた後、ふと顔を上げる。

 

「ジ…ジーク・ジオン…とか?」

「いや、この場でそれは……」

「いいわねそれ! 意味は分からないけど、語感がいいから良いから気に入ったわ!」

 

 少ないアイデアを振り絞って出したものに対してデュバルが意見を言おうとした瞬間、まさかの採用決定。

 これは流石のソンネンも想像していなかった。

 

「それじゃあ、いくわよ~! せ~の……」

「「「「「ジーク・ジオン!!」」」」」

 

 パシャ!

 

「………へ?」

 

 フリッパーが撮った瞬間、セシリアがソンネンの腕に抱き着き、箒はデュバルの腕に抱き着いていた。

 本音もワシヤとイチャイチャしていて、それを見てモニクが呆れ顔をして、ヴェルナーはいつものニコニコ笑顔。

 オリヴァーはサクの事を抱きかかえて、一夏は真ん中付近で完全にボッチになっていた。

 

「なんか、いい写真が撮れたわね~! すっごく個性的って言うか」

「それだけは否定できないな……」

「だな……」

「「うふふ…♡」」

 

 満足そうにしているセシリアと箒を余所に、ソンネンとデュバルは乾いた笑いを浮かべていた。

 

「この写真は、後で焼き増ししてあげるね~」

 

 フリッパーと一緒に手を振りながら、薫子は去って行った。

 その後もパーティーは続き、終わったのは夜の十時頃になったという。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次回はやっと鈴とソンネン達との再会。

書いてて私もお腹が空いてきました……。


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久方振りの再会

ようやく、三人娘と鈴の再会です。

鈴の最後の登場って、どれぐらい前だったっけ…?







 鈴がIS学園で迎える初めての朝。

 寝慣れないの筈なのに、無駄に寝心地がいいベッドから目を擦りながら体を起こす。

 

「んんぅ~…?」

「お? 起きたか。おはようさん」

「!!??」

 

 眠気眼だった鈴の意識は、目の前のアレクの姿を見て一発で覚醒した。

 それ程までに衝撃的な光景だった。特に彼女にとっては。

 

「ん~? どうかしたか?」

「な…何をやってるんですかッ!?」

「何って言われても…ただのストレッチだろうが」

 

 そう、確かにアレクがやっているのはストレッチだ。

 彼女は毎朝、必ずベッドで凝り固まった体をほぐす為に、こうして全身を動かしている。

 問題があるとすれば、それは彼女の格好だった。

 動きやすいからという理由で、アレクは下着姿でやっていたのだ。

 洒落たタイプのではなくてスポーティーな下着なので、普通ならばそこまでの色気は無い。

 だが、女子高生とは思えない程のスタイルを誇るアレクが着れば、それは一瞬にして彼女の魅力を最大限まで引き出すアイテムと化す。

 

(これで本当に高校二年生なのッ!? どう考えても大学生かOLにしか見えないんだけどッ!?)

 

 鈴と並べば、最悪の場合は親子に見られるかもしれない。

 それ程までに、鈴から見たアレクは大人びていた。

 

「あ…あの~…一つ質問してもいいですか?」

「なんだ?」

「一体、何をどうすれば、そんな抜群のスタイルになれるんですか? やっぱり、適度な運動に最適な食事…とか?」

「知らねーよ、んなもん。こちとら、昔からずっとこうだったからな」

「む…昔からって言うと…具体的には?」

「13ぐらいの頃から?」

「んなっ……!?」

 

 一瞬、本気で耳を疑った。

 13歳と言えば、中学一年生。

 その頃から、このスタイル? そんな馬鹿な。

 自分なんて、中学一年生の時なんてちんちくりんで、私服で出歩けば普通に小学生に間違われていた。

 

「も…もしかして、よく大学生とかに間違われたり…とか…?」

「よく分かったな。そうなんだよ~…まだドイツにいた頃さ、よく仕事の関係で大学に行くことがあったんだけど、その時によくサークルに勧誘とかされてたんだよ。んで、こっちの年齢を言ったら目をでっかくして驚いてたっけ。あれはマジで笑ったなぁ~…」

「…………」

 

 なんだ、その超羨まエピソードは。

 実は陰で読者モデルとかやってますとか言われても違和感が無い。

 というか、完全にやってるだろ、と鈴は思っている。

 

「これでよし…っと。んじゃ、顔を洗って、登校の準備をしたら朝飯を食いに行こうぜ。食堂までの道を案内してやるよ」

「あ……はい」

 

 別の意味で気苦労が絶えなさそうな予感をヒシヒシと感じている鈴だった。

 

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

 毎度御馴染みのメンバーで朝食を食べ終え、603メンバーと一夏達は揃って教室まで向かう事に。勿論、サクも一緒に。

 その途中で楯無や簪とは別れているが、学年やクラスが別なので仕方がない。

 

「おはよーさん」

「おはよう」

「あ、ソンネンさんにデュバルさん。皆も一緒なんだ。おはよー」

 

 彼女達に気が付いた生徒が挨拶をしてくるが、その様子はなんだか浮ついているように見えた。

 

「なんが妙に騒がしくないか? 何かあったのかよ?」

「そうなんだよ! 実は…隣のクラスに転入生が来るんだって!」

「「「転入生?」」」

 

 こんな半端な時期に転入とは、これいかに?

 元軍人である603メンバーは当然のように、一夏や箒、セシリアも同じように疑問を覚えた。

 唯一、何にも考えていないのは本音だけだった。

 

「その転入生って、一体どんな子なの?」

「私も詳しく知ってる訳じゃないんだけど、噂じゃ中国の代表候補生らしいよ?」

「「「中国……」」」

 

 モニクが何気なく聞き出してくれた。

 普通ならばヒントにすらなっていない情報。

 だが、ソンネンとデュバル、ヴェルナーの三人にとっては、たったそれだけで十分過ぎた。

 

「おい…それって…」

「まさか……」

「きっと、そうだぜ」

 

 今から一年ほど前。再会の約束をした友人がいた。

 彼女は中国人で、別れの際にIS学園を受験するとも言っていた。

 可能性としては非常に低いかもしれないが、それでも信じるのが親友なのだ。

 

「というか、別にこのクラスに転入してくるわけでもないのに、どうしてこうも盛り上がっているんだ?」

「IS学園は外からの転入などが珍しいらしいからではないかしら?」

「そうなのか?」

「私も話で聞いたことがあるだけですので、なんとも。けれど、ただでさえ恐ろしく合格倍率が高いIS学園に転入ともなれば、その試験もかなりも難易度になると思われますわ」

 

 同じ代表候補生という立場から、セシリアは冷静な意見を言ってのけた。

 一夏や箒、他の詳しい事情を知らない生徒達は小さく拍手をしながら驚いている。

 

「そういや、私って二組に友達がいるんだけど、まだあっちはクラス代表が決まってないんだって。きっと、その転入生の子がなるんじゃない?」

「そうなると、一気にクラス対抗戦が激しくなりますわね……」

「四組には簪がいて、我が一組にはソンネンという優勝候補がいる。そこへ更にもう一人、代表候補生が加われば……」

「凄い事になるだろうね…。ソンネン少佐がそうそう負けるとは思わないけど、機体の相性次第じゃ苦戦するかもしれない……」

 

 クラス対抗戦の事で二組の事を危険視するセシリアと箒。

 それとは別に、オリヴァーは冷静に未知の相手について考えていた。

 

「ソンネンさんなら、きっと大丈夫だよ!」

「絶対に優勝できるって!」

「皆で応援してるから! 主に学食デザート半年フリーパス券の為に!」

「それが目的かよ……まぁ、いいけどさ」

 

 別に甘いものが嫌いって訳じゃない。

 食べる機会が少ないだけだ。

 因みに、ソンネンは和菓子が、デュバルは洋菓子が好きだったりする。

 ヴェルナーは基本的に雑食なので問題は無い。

 

「そう簡単には行かないわよ。このあたしがいる限りはね」

「「「あ……」」」

『~?』

 

 教室の扉の方から聞こえてきた声にいち早く反応したのは三人娘。

 次にサクだったが、彼(?)は何故か団扇に?マークを書いて掲げていた。

 

「「「鈴!」」」

「本当に久し振りね…ソンネン。デュバル。ヴェルナー。後ついでに一夏も」

「俺はついでかよっ!?」

 

 一夏、まさかのついで扱い。

 三人娘は思わず鈴の方へと向かっていく。

 

「まさか、本当にお前だったとはな! 驚いたぞ!」

「お前が転入生って事は、代表候補生になったのかよ!?」

「そうよ。本当に苦労したんだから。でも、あんた達にまた会う為に頑張ったわ」

「みたいだな。あの頃とは全く顔つきが変わってやがる。心身共に成長した人間の顔だ」

「ありがと、ヴェルナー。相変わらず深い言葉を言うわね~」

 

 久し振りに再会で話が盛り上がる四人。

 本当は一夏も話の輪に入りたいが、彼の近くで阿修羅面『怒り』になっている三人の少女達がそれを許してくれなかった。

 

「また私の知らない女の子が出てきた…!」

「随分とデュバル達と仲が良さそうじゃないか…!」

「この私の目の前でデメジエールさんと仲良くするなんて…いい度胸ですわね…!」

「痛い痛い痛い! お願いですから、俺の肩を全力で握り潰そうとしないで!?」

 

 完全な嫉妬の炎をメラメラと燃やしながら、傍にいた一夏の両肩をギリギリと摑んでいた。

 モニクは空手をやっていて、箒は言わずもがな、セシリアも代表候補生として体を鍛えているので握力は相当にある。

 そんな三人に肩を潰されそうになっているのだから、かなりの激痛が走っている筈だ。

 

「ソンネン少佐達って、本当に顔が広いよな~」

「そうだね。まさか、中国人の友達までいたなんて驚きだよ」

「三人共、とっても嬉しそうだよね~。ね~? サクちゃん」

『ですね!』

 

 しれっとソンネンの膝から降りて本音に抱えられていたサクは、ニッコリ笑顔で自分の主人を祝福している。

 

「おい、そこ」

「うぐ…! この気配は…!」

 

 瞬間、鈴の背筋に悪寒が走る。

 彼女はこの感じをよく知っていた。

 忘れたくても忘れられない、これだけは。

 

 恐る恐る、ゆっくりと後ろを振り向けば、そこには……。

 

「もうすぐ朝のSHRの時間が始まる。とっとと自分のクラスに戻れ」

「ち…千冬さん…?」

「あぁ?」

「ひぃっ!?」

 

 幾ら代表候補生になっても、苦手なものは苦手だった。

 

「私の事は織斑先生と呼べ」

「は…はいぃ! 分かりましたぁっ! また後でね、三人共!」

 

 怯えながらも、しっかりと後で会う約束を取り付ける辺り、鈴もちゃっかりしている。

 

「変わってるようで、変わってないな」

「いいんじゃないか。彼女らしくて」

「だな。オレ達も早く席に着こうぜ」

 

 千冬が来たことで解散し、全員ばらばらに別れて着席することに。

 これで一件落着…かと思ったが、そうではなかった。

 

(また怖い顔をしてしまった……)

 

 千冬だけが地味に精神的ダメージを負っていた。

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 授業中。

 箒はついさっきの出来事が気になって集中出来ないでいた。

 

(一体どこのどいつなんだ…! 凄く仲が良さげだったが……)

 

 IS学園に来て三人と再会できて嬉しかったのは自分も同じ。

 だが、それと同じ感想を持った人物が突如として出現した。

 普通に考えればなんてことは無いが、箒からすれば由々しき事態だった。

 

(別にデュバル達は何も悪くは無い。ここは落ち着いて考えようじゃないか私よ)

 

 軽く目を瞑って呼吸を整える。

 これでどうにか冷静になる事が出来た。

 

(あんなにも親しくしていたということは、かなりの間に渡って仲良くしていたという事だ。だが、私は全くアイツの事を知らない。となれば、考えうる可能性はたった一つだけ……)

 

 ここで箒は、ある一つの結論に至った。

 

(小学生の時、私が転校して行ってから知り合ったという事だ。恐らくは、入れ替わるように転入してきたか、もしくは……)

 

 一度でも考えてしまえば、それこそ無数の可能性が出てくる。

 だが、今の箒には関係なかった。

 

(ふっ…それがどうしたというのだ。あいつは隣のクラスだが、私は同じクラスにいて、デュバルとはルームメイトにまでなっている。つまり、どれだけ仲が良かろうとも、私の方が圧倒的に有利なのだ! はっはっはっ!)

 

 …と、そこまで脳内劇場を繰り広げた所で我に返った。

 斜め上辺りから鋭い視線を感じる事で。

 

「…篠ノ之、もう一度聞くぞ。この問題の答えは何だ?」

「こ…答え?」

「そうだ。まさかとは思うが、聞いていなかったのではあるまいな?」

「そ…それは……」

 

 全くもって聞いていませんでした。

 冷や汗を掻きまくって目を逸らす箒を見て、そう結論付けた千冬は盛大な溜息を吐きながら足元にいる、胴体部に二つ目のモノアイを持っているダークグリーンのサクに頼んだ。

 

「サク・トレーナー。また同じことが無いように、篠ノ之の事を見張っていてくれ。頼んだぞ」

『了解しました! 織斑先生!』

「うむ。では代わりに…デュバル、答えてくれ」

「分かりました」

 

 これ以上の好感度低下を恐れた千冬によって出席簿アタックだけは避けられたが、その代わりに見張りが付いてしまった。

 

 ジー……。

 

(し…視線が痛い……)

 

 窓際に座って自分の事をずっと見つめているサク・トレーナーの視線に晒されながら授業を受ける羽目になった箒だった。

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 箒と同様に、セシリアもまた色々と考えに耽っていた。

 

(デメジエールさんの、あんな笑顔…始めて見ましたわ。あの笑顔を私にも向けてくれたら……)

 

 正直、鈴に嫉妬をしてしまったが、それと同じぐらいにソンネンの浮かべた南面の笑みに惹かれていた。

 元々からハイレベルな美少女であるソンネンが屈託のない笑顔を浮かべればどうなるか。

 大抵の人間は、それだけでノックアウト確定だ。

 男の場合に至っては、そこから一気に告白までして振られるまである。

 

(あの感じから察するに、彼女とは相当に仲がいいご様子…。一体、どんな関係なのかしら……)

 

 生まれて初めての恋。

 その相手と仲良くしている別の女の子。

 ルームメイトとして、一人の少女として気になって仕方が無かった。

 

(…いえ、ここで悲観的になっても意味が無いですわ。無い物を嘆くのではなくて、自分にあるアドバンテージを最大に活かす事を考えなくては!)

 

 伊達にこの歳で代表候補生をやっていない。

 立ち直りはかなり早かった。

 

「私とデメジエールさんは同じ部屋で暮らすルームメイト……時間ならばたっぷりとあるのだから、ここは今まで以上にアピールをし、そこからデートにまで発展させて……」

 

 思わず声に出してしまったのが運の尽き。

 彼女の目の前に憤怒の表情で顔が影に隠れている千冬が腕を組んで立っていた。

 

「…………」

 

 何も言わず、敢えて千冬は無言で足元にいるサク・キャノンに目配せをする。

 サク・キャノンは力強く頷き、頭にくっつけている水鉄砲の標準をセシリアに向けて、迷わず発射。

 

「きゃあっ!?」

 

 彼女がどうなったかのかはご想像にお任せする。

 取り敢えず、サク・キャノンはドヤ顔をしていたとだけ言っておく。

 

 余談だが、モニクだけはちゃんと授業に集中していて、千冬の餌食にはならなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次回からも、鈴との絡みが沢山あります。

今までずっと出番が無かった分、多く出してやりたいですからね。


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幼馴染だらけの昼

プレバンでディキトゥス(右指&左指)が再販されていたので、思わず予約してしまいました。

あれだけは絶対に押さえておきたいですからね!








 午前の授業が終了し、603のメンバーと一夏達は教室を出て、昼食を食べる為に食堂へと向かっていた。

 なんでか、サク・トレーナーとサク・キャノンも一緒に着いて来ていた。

 

「まだその子達、貴女達と一緒にいるけど?」

「織斑先生の『見張っていろ』という言葉をまだ守っているのか…?」

「真面目な所は素晴らしいと思いますけど……」

 

 ソンネンお付きのサクと仲が良さそうに歩く姿は、とても愛らしくて癒されるが、授業中にずっと監視されていた箒や、顔を水で濡らされたセシリアからすれば非常に複雑な気持ちだった。

 完全に悪いのは自分達であり、彼ら(?)はそんな自分達に喝を入れてくれたのだから。

 感謝こそすれ、ここで文句を言うのは間違っているような気がした。

 

「あ…来た」

「おっす。待たせたな」

 

 途中で簪と合流し、彼女を含めたメンバーで改めて食堂へと行くことに。

 当然、いつの間にか増えているサクにも目が行く訳で。

 

「…なんか増えてる?」

「お友達が出来たんだよ~! ね~?」

『『『~♪』』』

 

 三体のサクは手を繋いで仲良く歩く。

 顔つきもニッコリしていて、道行く女子生徒達の心をほんわかとさせていた。

 

「ま…いいんじゃねぇか? ダチ公が出来るのはいい事さ」

「ずっと一人では寂しいだろうしな」

「元が元なだけに、バリエーションの豊富さだけには事欠かないだろうしな」

 

 ヴェルナー…超特大のフラグを立てる。

 

「割と色んな所で見かけるよな~」

「まだ出来上がってから少ししか経過してない筈なのに、もう完全に学園に馴染んでるわよね……」

 

 現在、サクは学園内の様々な所で活躍していて、主に学園スタッフの皆から非常に好意的に思われていた。

 自分達の仕事を手伝ってくれているのだから、嫌いになる要素が有る筈も無い。

 

「…食堂にもいるのかな?」

「多分、いると思うよ。正直、製作者の一人であるボクですら、もうどこに誰がいるのか分らなくなってきてるからね」

「大丈夫なのか…それ…?」

 

 オリヴァーの天然な発言に、少しだけ学園の未来が心配になってしまった一夏。

 それが現実にならない事だけを切に願おう。

 

「今日の昼飯は何にするかねぇ~」

 

 ソンネンの呑気な一言が、廊下の喧騒に消えていった。

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 食堂に到着すると、いつもの如く非常に賑わっていた。

 食券が売り切れになるという事態こそ無いものの、行列が出来れば時間が掛かるのは当然の事だ。

 

「やっと来たのね。待ってたわよ」

「鈴?」

「私達の事を待っていたのか?」

「律儀な奴だなぁ~」

 

 その手に食券を持って、鈴は食堂の入り口付近で皆の事を待っていた。

 正確には、ソンネンとデュバルとヴェルナーの三人だけだろうが。

 

「もう食券は買ってるのか?」

「うん。本当は先に買ってようかとも思ったんだけど、それだけ待ってる間に冷えちゃうじゃない? だったら、買うだけ買ってから待ってた方が建設的かなぁ~って思って」

 

 感情的になりそうな性格に見えて、実は意外と冷静沈着な一面を持っているのが鈴と言う少女だった。

 こんな事を言えば本人は困惑するだろうから口にはしないが、三人娘は鈴が軍人に向いてるんじゃないかと思っている。

 自分の感情と頭を別に考えられる人間は、往々にして精神的に強い。

 最後の最後の瞬間、己の身体を支えられるのは自分の心だけしかないのだ。

 

「ほら、待っててあげるから、とっとと買ってきなさいな」

「んじゃ、遠慮なくそうさせて貰うわ」

「私達が買いに行っている間、こいつらの事を見ていてくれないか?」

「こいつら?」

 

 デュバルが下の方を指差すと、そこには鈴の事をジ~っと見つめる三体のサクが。

 

「あの子達だけじゃなかったんだ……。そういや、さっき一組の教室に行った時も、この緑色の子がいたような気が……」

「頼んだぞ~」

 

 そうして、鈴の元にサク、サク・キャノン、サク・トレーナーを置いて皆は食券を買いに行った。

 残された一人と三体は、微妙な空気を醸し出していた。

 

「…もしかしてさ、この学園ってアンタらみたいのがまだまだ一杯いる感じ?」

『いますよ~』

『ボクたちの仲間は沢山います』

『呼びましょうか?』

「いやいや! 呼ばなくていいから! 大丈夫だから!」

 

 会話用フリップに書かれた言葉を見て、急いで両手を振りながら遠慮する。

 もし仮にここで『呼んで』なんて言おうものなら、あっという間に食堂はサクによって埋め尽くされてしまいそうな予感がした。

 流石にまだ窒息死はしたくないので、ここは丁重に断るのが正しい。

 

「見た目が可愛いのは認めるんだけどね~…」

 

 ヴェルナー以上に天然っぽいので、なんとも油断の出来ないサク達なのでした。

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 ソンネン達が食券を購入し、それを注文の品と交換してから空いている席を探す。

 普段ならば、この時間帯に大勢が座れる席を探すのは至難の業なのだが、今日は運よく一発で見つける事が出来た。

 

「あ…あそこなんていいんじゃない?」

 

 鈴の視線の先には、十人近くが座っても問題無さそうなテーブル席が偶然にも空いていた。

 単なる偶然なのか、それとも誰かが気を利かせて空けてくれたのか。

 そんな事は誰にも分らないので、皆は迷うことなく席に座る事にした。

 

「ふぅ…ようやく、落ち着いて話せるわね」

「そうだな。朝の時間帯は嫌でもバタバタしてしまうしな」

 

 席に座ってから一息つき、リラックスした顔で笑顔を浮かべた鈴。

 ずっと会いたかった者達と再会出来たのだから、こんな顔になるのは当然だった。

 

「色々と話したい事はあるけど…まずは一言だけ言わせて」

「なんだ?」

 

 ジト~っとした目で、日替わり定食の焼鯖を解して食べようとする一夏の事を見る。

 

「…なんで一夏がISを動かしてるの?」

「「「知らない」」」

「寧ろ、俺の方が知りたい。なんでISを動かせたんだろ?」

「知らんわ」

 

 こればかりは誰にも分らない。

 しかし、鈴が疑問に思うのも無理はない。

 誰だって最初は、困惑してからの驚くまでがワンセットになっているから。

 

「おい一夏。こいつは一体何者なんだ? 名前だけは朝に聞いたが……」

「そ…そうですわ! まずは、デメジエールさんとの関係を教えてくださいまし!」

「関係って言われてもな……幼馴染としか言いようがないよ」

「「お…幼馴染……」」

 

 セシリアにとっては驚きのワードであり、箒にとっては脳天直撃の衝撃ワードだった。

 

「ど…どういう事なんだ……。デュバル達の幼馴染は私だけじゃなかったのか…」

「いや、しれっと俺の事を思い出から除外するのは止めてくれませんかね?」

 

 一夏、箒の記憶の中から抹消されかける。

 

「それは、こっちの台詞でもあるんだけどね。どうせなら、食べながらお互いに自己紹介でもする?」

「それが手っ取り早そうだな」

 

 こうして、鈴の提案により見知らぬ者達同士での自己紹介が始まった。

 都合により大きく割愛させていただくが。

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

「成る程ね~。つまり、この箒って子が転校していった直後に、入れ替わるような形であたしが来たって事になるのね」

「そうなるのか……。なんとも奇妙な宿縁と言うか……」

 

 そんな二人が高校生になってから初めて出会うのだから、人生とは実に奇妙奇天烈である。

 

「んでもって、その子達がソンネン達の古い知り合いであると……」

「その通り。私はソンネン少佐の『教え子』なんだから!」

「ふ~ん……」

 

 モニクが妙に『教え子』の部分を強調してくるが、鈴は敢えて深く考えないようにする。

 なんとも禁断の匂いがしたから。

 

「そういえばソンネン。あんた…代表候補生の子と試合をして勝ったんですって?」

「おうよ」

「ってことは、専用機を持ってるの?」

「一応な。オレだけじゃなくて、デュバルとヴェルナーとかも持ってるけどな」

「なんで、そんなのを持ってるのか…なんて、今は聞かない方が良いのかしらね?」

「そうだな。いずれ話せる時は来るだろうから、それまで待っててくれ」

「全然構わないわよ」

 

 ここで深く追求しないから、鈴は非常に付き合いやすい。

 ある意味、友人としての理想形とも言える。

 

「で、ソンネンと戦ったのが、其処に座ってる……」

「イギリス代表候補生のセシリア・オルコットですわ!」

「ついでに言うと、オレのルームメイトでもある」

「え? 同じ部屋同士で試合したの?」

「試合をすると決めた直後に、同じ部屋であることを知ったのですわ…」

「それはまたなんとも……」

 

 普通ならば、勝敗が決した後は大なり小なりギスギスしたりするものだが、この二人の場合は全く違っていた。

 ソンネンはセシリアの事を大切な親友だと思っているし、そのセシリアは完全に恋する乙女となっている。

 勿論、鈴もそれは見抜いていた。

 

「まぁ…気持ちは分かるけどね~。なんたって三人共、中学の頃はファンクラブがあったぐらいだし」

「「なにぃっ!?」」

 

 ここで箒とセシリアが激しく反応。

 喧騒があるとはいえ、それでもかなり目立っていた。

 

「しっかし…ルームメイトかぁ~…」

「鈴はどんな人と一緒なんだ?」

 

 何も知らない一夏の純粋な疑問。

 だが、それを尋ねられて彼女は微妙な表情を浮かべる。

 

「あたしは…上級生の人と一緒。いきなりの転入で空いてる部屋が無かったからだって聞いた」

「ほぉ~…鈴もそうなのか」

「え? もしかして、ヴェルナーも上級生の人と同じ部屋なの?」

「あぁ。二年生で、生徒会の副会長だぞ」

「うちの先輩も生徒会所属だって言ってた……」

「「「「「「「え?」」」」」」」

 

 ここで603メンバーが同時に声を出す。

 生徒会メンバーは、その殆どが上級生で構成されている。

 楯無はヴェルナーと一緒だから除外するとして、残る可能性は……。

 

「因みに、どんな人なの?」

「ショートヘアで眼帯を付けてて、女子高生には見えないぐらいの超グラマラスボディの美人」

(((((((砲術長だ……)))))))

 

 IS学園広しといえども、そんな人物なんて一人しかいない。

 特に、関係が深い面々は一発で誰か分かった。

 

「気さくでいい人なんだけどさ…やっぱ、まだ緊張するのよね~」

「歳上だもんな。そりゃ緊張ぐらいするだろ」

 

 この中で共感してくれたのは一夏だけ。

 元軍人な面々はともかく、セシリアは候補生としてだけでなく、当主としても歳上の人間と接する機会が多かったので特に気にしていないし、箒も部活で先輩方と話す事が多いので、そこまで壁を感じたりすることは無い。

 

「それと、えっと…オリヴァーって言ったわよね?」

「はい。ボクがどうかしましたか?」

「アンタが、あの子達の製作者…なのよね?」

 

 鈴が視線を向けると、その先ではサクとサク・トレーナーとサク・キャノンが、どこからかやって来たシャア専用サクと一緒にババ抜きをしていた。

 どうやってカードを持っているかを気にしてはいけない。

 

『戦いと常に二手三手先を考えて行うものだ』

『あ、また揃った』

『こっちも、もうすぐ無くなります』

『あっと一枚♪ あっと一枚♪』

『ふっ…認めたくないものだな。自分自身の、若さゆえの過ちというものを』

 

 何気にシャア専用サクが負けていた。

 1が3倍になっても、さほど差は無いという事なのかもしれない。

 

「正しくは、ボクが所属している部活で作った…ですね」

「それでも十分に凄いわよ。実際、あたしもあの子達の仲間に助けられたし」

「そうだったんですね。それは何よりです」

 

 自分の知らない所で、自分達が生み出した子供のような存在が役立っている。

 技術者として、これ以上に嬉しい事は無い。

 

「しっかし、こんなにも一学年に代表候補生って集中するもんなのか?」

「え? あたし達以外にも候補生っているの?」

「いるぞ。例えば、そこにいる簪も日本の代表候補生にして四組のクラス代表でもある」

「ども」

「日本の候補生……」

 

 傍から見ると大人しそうなインドアっぽい少女だが、人は見た目では判断できないのはソンネン達で十分に学んでいる鈴は、すぐに自分の中に浮かんだ考えを消した。

 何より、日本はISの発祥の国。

 他の国よりも候補生になる競争は激しい筈だ。

 そんな中で候補生になったという事は、それは同時にかなりの実力者であるという事の決定的な証拠でもある。

 思わず、鈴は唾を飲んでしまった。

 

「他にも、3組にオランダの候補生がいたな」

「あ~…アイツか。最近は大人しいが……」

「まだいるんだ……」

「大人しい……ね」

 

 鈴が辟易しながら呟く傍で、ヴェルナーは自分の海鮮丼を頬張りながら呟く。

 ソンネンとデュバルは気が付いていないが、彼女だけは知っている。

 ロランが物陰から自分達の事をこっそりと見つめている事を。

 けれど、ヴェルナー自身は特に気にしていないから何も言わない。

 

 ちゃんと食事もしながら話が盛り上がってくると、彼女達の傍に見知った顔が近づいてきた。

 

「お? そこにいるのって、もしかして鈴か?」

「ア…アレク先輩っ!?」

 

 それは、自分の分の食事をトレーに乗せて立っているアレクだった。

 学内にある食堂は寮のとは違って学年ごとに分かれていないので、ここで会う事があっても不思議ではないのだが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




地味にまだまだ続くんじゃよ。

そして、今回は久々にサクの仲間達の紹介の番外編です。

クフ:縄跳びを持っている。サクとは違うのだよ! サクとは!
プロトタイプ・クフ戦術実証機:皆のお兄ちゃん。
プロトタイプ・クフ機動実証機:戦術実証機の双子の弟。
クフ飛行試験型:体に扇風機を括り付けている。当然、飛ばない。
クフ・カスタム:めっちゃ強くてかっこいい。皆のヒーロー。
クフ・フライトタイプ:小さい扇風機を足にくっつけてる。飛びません。
クフ重装型:重いけど固い鉄の男。
クフ試作実験機:サクとのハーフ。仲良し。
クフ複合試験型:背中にラジコン飛行機がくっついている。特に意味は無い。
マ・クベ専用クフ:やっぱり壺が好き。
ヴィッシュ専用クフ:皆の頼れるリーダー。
クフR35:神出鬼没でどこにでも出てくる。強いけど説明大好き。


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大きいは正義 小さいも正義

待っている人なんて殆どいないとは思いますが、随分と更新機関が開いてしまって申し訳ありませんでした。

今後は、こんな事が無いように気を付けていきます。








 食堂にて鈴が幼馴染であるソンネン達と食事をしながら話に花を咲かせていると、そこにまさかのルームメイトであり先輩でもあるアレクがやって来た。

 既に見知った仲である一夏達や、同じ部隊の仲間であるデュバル達はそこまで驚きはしなかったが、まだ知り合ってから日の浅い鈴は普通に驚きを隠せないでいた。

 

「ア…アレク先輩っ!?」

「よっ。こんな所で会うなんて奇遇だな。しかも……」

 

 鈴の周りにいる見知った面々の顔を見渡して、ニヒルに笑う。

 

「まさか、お前らとも知り合いだったとはな」

「こんにちわ、ヘンメ大尉」

「アンタも今日はこっちなんだな」

「……え?」

 

 ここでまたもや鈴は鳩が豆鉄砲を食らったかのような顔になる。

 アレクとソンネン達が旧知の仲であることを知らないので、仕方がないと言えばそうなのだが。

 

「ね…ねぇ…デュバル」

「どうした?」

「もしかして…先輩とあんた達って知り合いなの?」

「ふむ…そうだな。知り合いというよりは……」

「仲間?」

「それが一番しっくりくるよなぁ~…」

「な…仲間…?」

 

 予想外の言葉がヴェルナーの口から飛び出してきて、増々もって鈴の頭が混乱してくる。

 

「そんな所で立ち止まって、どうしたんだ砲術長?」

「お? 来たか」

 

 唯でさえ頭がグルグルなってきている鈴に、更なる追い打ちを掛ける存在が登場。

 小さな体でトレーを持ってやって来たのは、我等がロリっ子生徒会長のカスペンだ。

 

「ん? 今日は皆揃っての昼食か。賑やかでいいじゃないか」

 

 うんうんと満足そうに頷くカスペンを見て、鈴は思わず一夏にそっと耳打ちをして尋ねた。

 

「ちょ…ちょっと! なんかすっごく小さくて可愛い子がいるんだけどッ!? あの子はなんなの? もしかして飛び級生って奴?」

「残念ながら違うぞ。ああ見えても、あの人は立派な18歳だし、ここの生徒会長でもある。しかも、ドイツの国家代表でもあるらしいぞ?」

「…………ひゃい?」

 

 一気に大量の情報を聞かされて、遂に鈴の目が丸くなるだけでは収まらず、猫の口になってしまった。

 

「じゅ…18歳ってことは…三年生?」

「うん」

「国家代表? あの大国ドイツの?」

「あぁ」

「あんなに、小さくて可愛いのに?」

「それ…本人の前では口にしない方が良いぞ……地味に気にしてるらしいから」

 

 一夏が一応の忠告をするが、時既に遅し。

 ニコニコと眩しい笑顔でカスペンは鈴に向けて視線を送っていた。

 

「成る程…君が中国代表候補生の『凰鈴音』か」

「は…はい!」

 

 この笑顔を見て、この場にいる全員が同じことを思った。

 絶対に聞こえてただろ……。

 

「生徒会長として、転入生の情報は予め入手して確認はしているが…どうやら、情報以上に元気がありそうだな」

「きょ…恐縮です」

 

 中国にて色んな大人達を見てきた鈴には一瞬で分かった。

 カスペンは見た目通りの可愛らしい幼女ではない。

 彼女だけは絶対に敵に回してはいけないと。

 

(あ…今、分かったわ…。このカスペンって人…千冬さんと雰囲気が物凄く似てるんだ……)

 

 少しでも機嫌を損ねたら、どんな目に遭うか分らない。

 慎重に慎重を重ねて対処をしなくては。

 

「カスペン大佐たちも今からお昼ですか?」

「折角なら、ご一緒しませんか? 席なら空いてますよ?」

「いいのか?」

「勿論ですよ。なぁ、一夏?」

「え? あ…あぁ……」

 

 モニクとオリヴァーが誘い、トドメにデュバルが一夏に確認を取る。

 有無を言わさない連携に、鈴は何も言えずに黙っていたままだった。

 

「ね…ねぇ……あの生徒会長さんも、ソンネン達と知り合いな訳?」

「みたいだぞ? なんでも、昔かなり世話になった恩人で、全幅の信頼を置いてるみたいだ」

「ふ…ふーん……」

 

 鈴とソンネン達とは最初から知り合いという訳ではないので、自分の知らない交友関係があっても不思議じゃない。

 事実、彼女が知らない間に簪やセシリアといった面々とも仲良くなっていたのだから。

 

「人に歴史あり…ってことなのかしらね……」

 

 なんとも年寄り臭い台詞を吐いている間に、アレクとカスペンは空いている席に座っていた。

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

「大佐は何を頼まれたんですか?」

「これだ」

 

 そう言ってオリヴァーに自分のトレーを見せつける。

 小さなハンバーグにちょこんと山になったチキンライス。

 ミニサイズのオムレツに、一口サイズのナポリタン。

 

「ハンバーグプレートだ」

(どう見ても、お子様ランチだろ……)

 

 自慢げに見せてくるカスペンに、思わずツッコみを入れたくなる衝動に駆られる一夏。

 だが、もしもそんな事をすれば一巻の終わりであることは彼自身が一番よく分かっているので、ここは必死に耐えてみせた。

 

(はっ…!?)

 

 ここで一夏はある事に気が付いた。

 幾ら自分が黙っていても、他の誰かがツッコんでしまったら意味が無いのでは?

 急いでテーブルを見渡すと、ちゃんと空気を呼んで誰もツッコもうとはしていない。

 流石は自慢の幼馴染&同級生たちだ。なんて頼りになるんだろう。

 

(いや…ちょっと待てよ?)

 

 一安心した途端、一夏は忘れかけていた一つの可能性を思い出す。

 この場には、天然が服を着て歩いているかのような存在である本音がいるではないか。

 もしも彼女が空気を読まずに迂闊な発言をしたら……。

 

(絶対に場の空気が重くなる!!)

 

 だが、一体どうやってこの事を本音に伝える?

 自分がいる位置と本音がいる位置は離れているので、小声で伝えようにも伝えられない。

 

「すっごくおいしそうだね~」

「だろう?」

 

 一夏の心配は杞憂だった。

 本音は彼の想像以上に気遣いの出来る良い子だった!

 ちゃんと皆に向かって親指を立ててアピールまでする完璧っぷり。

 

 けれど、この油断が命取りだった。

 

「いや、それ完全にお子様ランチだろ」

 

 まさかのアレクが禁句を堂々と言ってしまう。

 流石にこの事態は予想していなかったのか、全員が彼女の事を一斉に見てしまった。

 

(((((((((((アンタが言うんかいっ!))))))))))))

 

 一気に場の空気が凍りつく。

 一体このままどうなってしまうのか…? 誰もがそう思った時、我等が生徒会長は大人な対応を見せてくれた。

 

「え? そうだったのか? メニュー表にはちゃんと『ハンバーグプレート』と表記してあったのだが……」

「そのまんまだと買いにくいだろうから、食堂側で名前を変えたんだろ?」

「成る程な……」

 

 なんにも起こらなかった! 怒り狂ったり、泣きそうになったりなんて言うトラブルの類は一切起こらなかったのだ!

 いたって普通の反応…と思いきや、ちょっとだけある事が起きた。

 

「全く…紛らわしい真似をしないでほしいものだな……」

 

 可愛らしくほっぺたを膨らませてから少しだけ愚痴を言う。

 見た目が見た目なので、ちっとも怖くない。

 

(あれ? もしかして、この人って普段はめっちゃ可愛い人だったり?)

 

 鈴の中でカスペンの印象が一気に変わった。

 鋼鉄の心を持つ美幼女から、IS学園のマスコットに。

 ある意味、その認識は間違っていない。

 

「そういえば、転入生で思い出した。今年中…というか、今学期中にドイツから私の部下が一人、転入してくる予定になっているんだ」

「あいつか。そんな事を言ってたっけか」

「それってもしかして……」

「あの少尉さんスか?」

「あぁ。無事にドイツの代表候補生になれたのでな。こっちに来て貰う事にした」

 

 ドイツの代表候補生。

 それを聞かされれば、この場にいる他の候補生達が反応しない筈がない。

 

「また来るんですのね……」

「自分で言うのもアレだけど、一つの学年に候補生多すぎじゃない?」

「というか、今のIS学園には候補生やら代表やらが凄く多いと思う」

 

 セシリア。鈴。簪。

 それぞれ国の旗を背負った候補生としては、まだ先の話とはいえ、また候補生が増えるという事に対して諸手では喜べない。

 候補生が増えるという事は即ち、強力なライバルが増えるという事と同義なのだ。

 

「大佐の部下か。モニク達は知ってるのかよ?」

「一応。向こうの基地でよく一緒に体を動かしてましたから」

「ちっこい体でよく頑張ってたよな~」

 

 ドイツにいた頃、よくカスペンや千冬が立ち会う形でよく『彼女』と模擬戦を行っていたモニクとワシヤ。

 流石に一年戦争を生き抜いた彼女達とは実力が違い過ぎるのか、二人は連戦連勝していた。

 

「今の彼女は、私の以前の専用機を引き継いで使用している。私や織斑先生が直々に鍛え上げた逸材だからな…手強いぞ?」

「「「「ごくり……」」」」

 

 カスペンの挑戦的な笑みに、思わず候補生三人だけじゃなくて一夏も唾を飲んでしまう。

 自分の姉が鍛えたという存在がどんな人物なのか、気になってしまうようだ。

 

「大佐にそこまで言わせるとはな……楽しみじゃねぇか」

「是非とも会ってみたいものだ」

「同じクラスになったりしてな」

「それは無いと思いますけど……」

 

 まだ見ぬ少女に期待を膨らませるソンネンとデュバルとは違い、ヴェルナーは特大のフラグを立ててしまった。

 これもニュータイプの成せる技なのだろうか。

 オリヴァーが苦笑いをしながら柔らかくツッコむが、なんだか実際にそうなりそうな予感がしてならなかった。

 

「さっきから気になっていたのだが、凰鈴音と少佐達は知り合いなのか?」

「おっと。その説明をまだしてなかったな」

 

 というわけなので、ここで適当に説明をすることに。

 『適当』と言っても、元軍人の説明なので、かなり分かりやすい。

 

「小学生から中学までの仲とは……どうやら、少佐達は日本にて多くの友人を持ったようだな」

「まぁ…な」

 

 照れくさそうにしながらも肯定するソンネン。

 普段の彼女とのギャップがあるので、ソンネンに惚れているセシリアには一撃必殺の威力があった。

 

「はうっ!?」

「どーした?」

「な…なんでもありませんわ……」

 

 惚れた弱みとは恐ろしい物である。

 

「あれ? さっきまでここにいた『あの子』たちはどこに行ったの?」

「あの子達って…サクのことか?」

「うん。いつの間にかいなくなってない?」

「そう言えば確かに」

 

 つい先程まで、テーブルのすぐ傍でトランプをしていた筈なのに、話してしている間に忽然と姿を消していた。

 そこまで慌てるような事ではないが、それでも一応念の為に食堂内を見渡してみる事に。

 

「あ、いた」

「どこどこ~?」

「あそこ。なんか手伝ってる」

 

 ヴェルナーが指さす方を皆で注目すると、そこには至る所で食堂のおばちゃん達の手伝いをしているサクたちがいた。

 特に、さっきまで負け続きだったシャア専用サクは他のサクたちの三倍は働いている。

 伊達に赤くて角が付いている訳じゃない。

 

「あら? なにやら似たようなカラーリングのサクさんがやってきましたわよ?」

「赤というよりは真紅って感じがする…」

(ジョニー・ライデン少佐専用サクだ。やっぱり、元となった人物と同様にシャア大佐専用サクに対抗心でも持ってるのかな?)

 

 開発者の一人としては、其処ら辺が気になってしまうオリヴァーなのだった。

 

『オレが真紅の稲妻、ジョニー・ライデンだ~! 赤い彗星と間違えるなよ!』

『悪いが、私は一度も君に間違われたことは無いのだが……』

『ムッキー! 今に見てろよ~! お前以上に皆のお手伝いをして、オレの方が凄いって思い知らせてやる~!』

『勝手にしたまえ』

 

 完全に受け流されているジョニー専用サク。

 怒りの余りに手足をパタパタとさせているが、普通に可愛いだけなので全く意味が無い。

 

「ほんと…奉仕精神の塊よね……」

「しかも、アイツ等は誰かの手伝いをすることを楽しんでいるからな。まるで忠義に熱い武士のような奴等だ」

 

 武道の家系で剣道部に所属する身としては、あのような精神を持つ相手にはどことなく好感を持ってしまうのか。

 箒は腕を組みながら、まるで自分の事のように何度も頷いていた。

 

「生徒会にも一体欲しいな…」

「言ってくれれば、いつでも差し上げますよ?」

「いいのか? それは助かる」

「これで、少しは大佐の負担も軽くなるな」

「私というよりは、虚の負担を軽くしてやりたいのだがな」

 

 肘をテーブルに着きながらカスペンの頭に手を置くアレク。

 こんな事が許されるのも、彼女達が硬い絆によって結ばれているからだ。

 だが、鈴にはそれ以上に気にすることがあった。

 

(の…乗ってる…テーブルに乗ってる…!)

 

 何が…とは敢えて言わないが、兎に角『乗っていた』。

 アレクの巨大な果実がテーブルに乗って、圧倒的な存在感を放っていた。

 しかも、制服の前のボタンが閉じきれないのか、上の数個が開きっぱなしになっていて、完全に谷間が丸見えになっていた。

 本人は全く気にしていない様子だが。

 勿論、この中で唯一の健全な男子である一夏は、チラチラとではあるが谷間に何度も視線を向けていた。

 

 そうして、かなり賑やかとなった昼休みは過ぎていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 




自業自得と分かっていても、久し振り感が否めない…。

本気で次回以降は気を付けよう…。


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特殊な事は良い事だ

最近になってふと思ったのですが、ヅダ改ってガレージキットだけじゃなくてHGUCで発売してくれないんですかね…?
この際、プレバンでもいいので出してほしいです。







 放課後になり、デュバル達603メンバーは一夏達を伴って第3アリーナへと訪れていた。

 その目的は、一夏のIS訓練である。

 今の彼は絶対的に知識も経験も不足している。

 勉強の方はオリヴァーなどがなんとかしてくれているが、ISの特訓ともなればそうはいかない。

 操縦に慣れた者達で一から教えていくしかないのだ。

 

「よし。展開完了したな?」

「おう。少し前までは白式を出すのに10秒近くかかってたけど、ようやく5秒以内に出来るようになったよ」

「オレ等からすれば、それでもまだ遅い方なんだけどな…」

「そ…そうなのかっ!?」

 

 ソンネンがチラっとセシリアの方に目配せをする。

 代表候補生である彼女の口から言った方が分かり易いだろうと判断したからだ。

 

「基本的に、代表候補生や国家代表ともなれば、自身の専用機の展開に1秒も掛かりませんわ」

「マジでッ!? つーことは…文字通り一瞬で出せるって事なのか…?」

「そうなりますわね。更識副会長やカスペン会長程になれば、瞬きした瞬間には展開完了している筈ですわ」

「それもう『装着』じゃねぇよ…完全に変身だよ……」

「人によっては、そのように捉える人もいるみたいですわね」

 

 ふとした瞬間に目の前で機械の鎧を身に纏うのだから、確かに『変身』と呼ばれても違和感はない。

 

「けど…意外でしたわね」

「何がだ?」

「箒さんがISを借りれたことが…ですわ。この時期に使用可能になるだなんて、本当に奇跡に近いですわよ?」

 

 セシリアがそう呟きながら見つめる先には、日本製第二世代型量産IS『打鉄』を身に纏った箒が立っていた。

 

「ふむ…こうしてISに本格的に乗ったのはこれが初めてだが…悪くないな」

「その打鉄は、カスペン大佐のISの原型機にもなっているんですよ」

「そ…そうなのか?」

 

 具合を確かめるように手足を動かしている箒の横では、ISスーツ姿のオリヴァーが色々と説明をしていた。

 どうやら、今回ISを借りれたのは箒だけだったようだ。

 

「本当に運が良かったですね。まさか、箒さんの目の前でキャンセルが出るだなんて」

「あれには私自身が一番驚いたよ。偶然とはいえ、このチャンスはちゃんと活かさなければ」

「そうですね。一般の生徒が授業以外でISに乗れる機会は本当に限られますから。少しでも感覚を掴めるようにしないと」

 

 まるで自分の事のように説明するオリヴァーであるが、まだ彼女は知らない。

 己の『愛機』もまた、着々と目覚めの時を待っているのだと。

 

「では、まずは基礎的な所からやって行くぞ。何事においても、基礎の反復練習こそが最も大切なのだ」

「それぐらいは分かってるよ。俺だって伊達に剣道をやってたわけじゃないんだぜ?」

「暫くは離れていたがな」

「そいつを言われるとぐぅの音も出ない…」

 

 実際、一夏が竹刀を再び握ったのは千冬と一緒に孤児院に引っ越してからだ。

 それまではずっと竹刀は押入れの中に仕舞いこんであった。

 

「まずはイメージだ。頭の中で宙に浮くようなイメージをするんだ」

「えっと……」

 

 既にヅダを展開済みのデュバルが試しに目の前で軽く宙に浮いて見せ、一夏も同じように浮くのを待っている。

 どれだけ掛かるかと思いながら眺めていると、数秒ほど経過してからようやく白式の足が僅かに地面からフワリと離れた。

 

「まずまずと言ったところだな」

「厳しいなぁ~…」

「当たり前だ。宙に浮くのは基本中の基本。そこから更に全身をしたりするだけでなく、速度を上げての高速移動、更には攻撃もしなくてはいけないのだかからな。特に、一夏の白式は近接武装しか搭載していないんだ。移動技術の向上は今後の必須科目だと思え」

「うへぇ~…」

 

 剣一本だけしかないのなら、やる事も単純明快で助かる…なんて思っていたのが運の尽き。

 寧ろ、やれることが限定されているのだからこそ、学ぶことは多いのだった。

 

「ここからは、この前のおさらいだ。私について来い。別に急がなくてもいいからな」

「その『急ぐ』って事自体、今の俺には難しいんだけどな……」

 

 もし仮にデュバルのヅダが全速力を出せば、現存しているISでは絶対に追従できないので、冗談でもやめてほしいと思う一夏だった。

 

 二人が宙に浮きながら離れていくのを見て、セシリアも訓練の準備に入る為にレーザーライフルを取り出す。

 

「向こうは向こうでやっているようなので、こちらも始めますか」

「そうね。まずは、私と模擬戦でもやってみる?」

「デメジエールさんにご指導して頂いたというモニクさんとならば不足は有りませんわ」

 

 敬愛するソンネンに教え子を自称するモニクとは、一度は試合をしてみたいと思っていた。

 しかも、彼女の愛機がデュバルと機体と同型であるのならば尚更だ。

 千冬すらも褒めるほどの実力を持つ少女…代表候補生として、その実力を確かめずにはいられない。

 

「お~お。二人の間に火花が散ってますなぁ~」

「はっはっはっ! やる気があるのはいい事じゃねぇか!」

「「…………」」

「お? なんで二人してオレ様の事を見るんだ?」

 

 箒とワシヤはセシリア達の事が不憫でなかった。

 元より、戦車に青春の全てを注ぎ込んだと言っても過言じゃないソンネンに女心を理解しろという方が難しいのだが。

 寧ろ、女になってから増々、女心を理解出来なくなっている節すらある。

 

「こればかりは、オレ達じゃどうしようもないからなぁ~」

「そうだな……哀れな…」

 

 箒も強ち他人事ではないので、モニクとセシリアの気持ちはとてもよく理解出来た。

 

「…で、さっきからずっと気になっていたのだが……」

「ん? どうした?」

「ヴェルナー…その水色のラファールがお前の専用機なのか?」

 

 さっきから目の前の光景を楽しそうにしながら眺めていたヴェルナーの体には彼女専用にカスタマイズされたラファールが装着されている。

 見た目だけで言えば、学園にも配備されているラファールとほぼ同じである。

 

「正確には違うな。こいつはあくまでも『管制・機動ユニット』に過ぎないんだ」

「か…管制・機動ユニット…? なんだそれは?」

 

 幾ら姉が開発者だからと言って、箒自身はそこまでISの知識にそこまで詳しいという訳ではない。

 いや…ISに詳しい者でも、こればかりは理解するのは難しいだろう。

 それ程までにヴェルナーの専用機は非常に特殊で特異なのだ。

 

「どうせなら、見せた方が早いかもしれないよ? ホルバイン少尉」

「そうかもな。コイツの場合は、口で説明するのは難しいしな」

 

 それを聞いて、セシリアがバッっとヴェルナー達の方を向いた。

 モニクと睨み合いをしながらも、律儀に耳は彼女達の方に向いていたらしい。

 

「ヴェルナーさんの専用機が見れるんですのッ!?」

「んん~? アンタも見たいのかい?」

「勿論ですわ! その水色のラファールだけが全てではないとは思っていましたけど……」

「へぇ~…遂に見せちゃうんだ。アレを見て、どんな反応をするのかしらね?」

 

 結局、セシリアとモニクも一緒に見学をする事になった。

 好奇心には勝てないという事か。

 

「よっし…ちょっち離れてな」

 

 全員がヴェルナーから少し距離を取る。

 ソンネンはセシリアが車椅子を押してから移動させた。

 

「……来な。相棒」

 

 ヴェルナーが宙に浮き、空中で体を横にする。

 すると、彼女のラファールに追加武装のような形で様々なユニットが接続されていく。

 下半身全体を覆うようにドッキングし、右腕は丸々パーツが換装された。

 唯一、自由に動かせる左手でユニットを掴んで、安定性を向上させる。

 

「これがオレの専用機。その名も『ゼーゴック』だ」

「なんなんですの…これは……」

 

 セシリアが目を大きく見開いて驚愕するのも無理はない。

 未だ嘗て、このような形状のISがあっただろうか。

 まるで、ISが別の何かに搭乗しているかのような機体は、それだけで絶大なインパクトがあった。

 

「技術屋。説明頼むわ」

「了解です」

 

 オリヴァーにとって、このゼーゴックはかなり記憶に残っている機体でもあるので、詳しく説明できる自信があった。

 

「この機体がこんな形状をしているのは、偏に『インフィニット・ダイバー・システム』通称『IDS』を搭載しているからなんです」

「IDS…? それはなんなんですの?」

「簡単に言えば、衛星軌道上から大気圏にそのまま突入し、地上や海上、空中の敵に対して奇襲攻撃を行う事を目的とした特殊兵装です」

「「はぁっ!?」」

 

 耳を疑った。

 大気圏に突入してからの奇襲攻撃?

 一体何だそれは? どう考えても、無謀極まりない行為である。

 

「ISで大気圏突入なんて…そんな事が出来る筈は……」

「普通はな。けど、このゼーゴックはそれを前提にしたシールドバリアの出力調整とかをやってるから問題は無いんだぜ」

「大気圏突入を前提にしたISだなんて……」

 

 確かに、ISは宇宙空間での行動を目的としたパワードスーツではある。

 だがしかし、そのまま大気圏に突入するだなんて誰が考え付くだろうか?

 

「しかも、右腕そのものが別の物に換装してあるじゃありませんの。それは何ですの?」

「これはセンサーユニットです。ゼーゴックは特殊な運用方法故に、腕一本をセンサーに変えないといけないんです」

「もう既にお腹一杯ですけど…武装は一体どんな物が?」

「一応、拡張領域内にラファールの基礎武装は一通り格納してあるみたいですけど、それはあくまでも緊急用ですね。主武装は別にあります」

「それは…?」

「大量兵器輸送用コンテナ『LWC』に第1から第3までの兵装を装着する事で攻撃力を得ます。説明します?」

「いえ…今は結構ですわ……」

 

 ヴェルナーのゼーゴックはこれまでのISの常識を根底からいい意味で破壊している機体だ。

 理解が追いつくには時間が掛かるのは必然だった。

 

「これも簡単に言ってしまえば、大型ミサイル4基と大量のロケット弾と、高出力の拡散ビーム砲だ」

「聞くだけでも過剰な火力な事が分かるな……」

 

 武器の知識に乏しい箒でも、それがいかに異常なのかがすぐに分かる。

 遥か空の向こうからいきなり、そんな物を引っ提げて奇襲なんてされれば、どんな猛者でも一溜りも無い。

 それ以前に、誰もそんな所から敵が来るだなんて想像もしていない。

 

「こいつは本当に特殊だからな。通常形式の試合にゃ絶対に出せないんだ」

「だろうな……」

「仮に出ても、対戦相手は困惑するだろうな……」

 

 因みに、ゼーゴックは正面から戦っても相当に強い。

 機動性と火力だけならば他の機体にも負けてはおらず、その性能の高さをドイツの地にて見事に証明している。

 

「うん。実に気持ちのいい反応をしてくれたな!」

「初見で驚かない方が無理あるけどな…」

「それでも、ゼーゴックは本当にいい機体ですよ。ボクが保証します」

 

 どんなに不可思議な機体でも、オリヴァーは先入観などに捉われずに正しく評価をする。

 それが彼女の信念であり、信条でもあるから。

 

 結局、ゼーゴックの迫力に負けて、その日は訓練どころではなくなってしまった。

 一夏とデュバルが空中浮遊訓練から帰ってきた時、セシリアと箒は何故かすごく疲れた顔をしていたという。

 

 

 




キリが良さそうなのでここまでで。

もしかしたら、次回も近いうちに書くかもしれません。

余り期待をせずにお待ちください。


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転校初日は賑やかに終わる

もうすぐ梅雨明けかも知れないと思うと、なんだか気が滅入りそうですね。

早く涼しい気候になって欲しいです。








 放課後のトレーニングが終了し、ソンネン達は着替える為に更衣室へと向かっていた。

 未だに周り全員が女子と言う環境に慣れないのか、それともISスーツという格好をした少女達に何か思うところがあるのか、少しだけ一夏の顔が赤くなっている。

 

「俺もヴェルナーの専用機を見てみたかったなー」

「学園にいる以上、いつか必ず見る機会はあるだろうさ」

 

 彼が戻って来る直前にゼーゴックを収納したので、一夏は見られず仕舞いになっているのだ。

 だが、ヴェルナーの言う通り必ずいつかは見る事になるだろう。

 ドイツの地で一度戦った蜘蛛の力を宿す彼女の宿敵がいる限りは。

 

「どうやら、ナイスタイミングだったみたいね?」

「うん」

「やっほー」

『『『お疲れ様でしたー』』』

 

 話をしながらも更衣室へと到着すると、廊下側の出入り口から鈴と簪、本音の三人と一緒に何故か黒い三連星専用サク達と一緒に入ってきた。

 サクたちの手にはスポーツドリンクとタオルが入っているバスケットが握られている。

 

「鈴に簪に本音か。三人揃ってどうしたんだ?」

「疲れてるだろうと思って差し入れを持ってきたのよ」

「ありがとうございます。…で、そのサクたちは…?」

 

 キョトンとした顔で皆にタオルやらスポドリやらを配っているサクたちを指差すオリヴァー。

 ついさっきまで食堂にいた筈なのに、いつの間に鈴と合流したのだろうか?

 

「ここに来る途中で偶然にも会っちゃって。で、あたしは別にいいって言ったんだけど、どうしても手伝いたいって言ってくるもんだから、仕方なく荷物を持って貰ったのよ」

「そうだったんだ……」

「なんか知らないけど、妙に懐かれちゃったみたい。なんでだろ?」

 

 黒いサクたちとは転入初日に出会ってはいるが、それ以降はそこまで積極的に会ってはいない。

 にも拘らず、黒いサクたちからの鈴に対する懐き度はかなり高いようだ。

 

「喉が潤うな~」

「やっぱ、体を動かした後はスポドリに限るよな」

「良い温度ね。これ、あなたがしてくれたの?」

「まぁね。変に冷たすぎても体に悪いし、かといって温すぎてもダメ。人肌程度が丁度いいって教わったから」

「代表候補生って色んな事を勉強してんだな……」

 

 気が利く鈴に感謝しつつも、全員が水分補給をしつつ汗を拭っていく。

 そんな中、鈴は久方振りに再会した幼馴染達の体をまじまじと見ていた。

 

「ん? どうしたんだ?」

「いや…こうして見てると、本当にあんた達三人揃って成長してるんだな~って思って」

「うんうん。全く持ってその通りだ」

 

 鈴の言う『成長』が何を意味するのか分からないまま、同じ幼馴染の箒が頷きながら同調していく。

 

「デメもまぁ、なんとも女らしくなっちゃって。なんか制服も着物風に改造してたし、毎朝着替えるの大変じゃない?」

「そうでもないぞ? 着物自体は普段から着慣れてるし、学園に入ってからはセシリアが手伝ってくれるようになったしな」

「え? あんた達ってルームメイトなの?」

「そうですわ! デメジエールさんとは毎日のように色々と……」

 

 今がチャンスだと言わんばかりに自分とソンネンとの仲をアピールしようとしたセシリアだったが、いきなり鈴に顔を近づかれたことでストップした。

 

「アンタ…一緒の部屋であるのをいい事に、デメに変な事をしてないでしょうね?」

「し…しししししししてませんわよ?」

「めっちゃ目を逸らしてるし…」

 

 運動直後の汗とはまた別の種類の汗が出まくり、物凄く焦るセシリア。

 

(い…言えませんわ…! デメジエールさんがいない時を見計らって、ベッドの上の残り香をクンカクンカしたり、デメジエールさんが寝ている時にこっそりと近づいて可愛らしい寝顔を観察して写真に収めているだなんて!)

 

 因みに、セシリアの携帯の待ち受けはソンネンの寝顔である。

 そして、モニクの携帯の待ち受けはソンネンの笑顔である。

 

「まぁ…いいけど。気持ちは分かるし……」

「え?」

 

 なんせ、小学生時代からずっと三人娘と一緒にいたのだ。

 友情が別の感情に変化するには十分すぎる時間だ。

 

「ってことは、ジャンは一体誰と一緒なの?」

「私だ」

「箒と一緒か……」

 

 二人揃って真面目そうなイメージがあるので、これはこれでいいのかもしれない。

 箒が変な事をしている想像も湧かないし。

 だが、現実は非情である。

 

(言えるわけないよな…。デュバルがいない時にこいつのベットの上で寝転がっていたり、密かに脱いだ服の匂いを嗅いでいただなんて……)

 

 篠ノ之箒。

 別の意味で着実に姉と同じ場所へと向かっていた。

 

 そこからの流れで、モニクと簪が一緒で、ワシヤと本音が一緒に住んでいる事も話す事に。

 この二組に関しては、そこまで驚かれなかったが。

 

「ってことは、消去法で一夏と一緒に住んでるのは……」

「ボクです」

「そうなるわよねー」

 

 ラッキースケベの権化とも言うべき一夏と、(鈴から見て)正統派金髪美少女が一緒に部屋にいる。

 これは同じ女として余り看過できない事だった。

 

「一夏…あんた、この子に何か変な事とかしてないでしょうね?」

「へ…変って何だよ……」

「うっかりとか言って着替えを覗いたり、シャワーから出たばかりの彼女を押し倒したり、こけた拍子に胸を触ったり……」

「し…してない! してない! んなこと全くしてないッつーの! っていうか、そんな事が起きてたら、箒やキャデラックさんが黙ってないって!」

「んー…それもそうね」

 

 鈴が例を言っている間、箒とモニクから強烈なまでの指向性の殺気が一夏に向かって放たれ、背筋に氷柱を突っ込まれたかのような感覚に陥った。

 

「オリヴァー・マイ…だったわよね?」

「は…はい」

「この馬鹿に何かされたら、アタシにも遠慮なく相談していいからね。いつでも力になるわ」

「あ…ありがとう?」

(また保護者が増えた……)

 

 着実にオリヴァーの守りが固められていく。

 それだけ一夏と一緒の生活は色んな意味で危険が一杯という事か。

 

「そういや、お昼に聞きそびれた事があるんだけど…あの子達は元気にしてる?」

「「「「「「「あの子?」」」」」」

 

 いきなりの質問に何も知らない者達は小首を傾げ、一緒の孤児院に住んでいる者達はすぐに何のことか察した。

 

「アイツらな。元気にやってるぞ。今でも定期的に写真が送られてくるんだ。ほら」

 

 ヴェルナーが自分のスマホの画面を見せると、そこには仲良く丸くなって寝ながら日向ぼっこをしている四匹の猫たちの姿があった。

 

「おぉ~! 相変わらず可愛いわね~! ミカにオルガに昭弘にシノ~! また会いたいなぁ~…」

 

 鈴が久し振りに見る猫たちの姿に笑顔を浮かべていると、いつの間にか他の面々も画面を覗き見るように集まっていた。

 

「にゃんこだ~! 可愛いね~!」

「ね…猫ちゃん……これ…いい…♡」

「猫なんていつの間に……まぁ…その…可愛い…な…うん」

「動物に好かれる人は心が清らかだと聞きますわ。デメジエールさん達ならば納得ですわね」

「良い顔をしてんじゃ~ん! いいな~…」

「まさか、少佐達がペットを飼うだなんてね……」

「写真越しに見ても凄くリラックスしているのが分かります。きっと、少佐達に凄く懐いている証拠ですね」

 

 全員が各々に感想を述べていくが、本音と簪と箒の三人は純粋に猫たちの可愛さに魅了されていた。

 

「休みの日にでも見に来るか? オレ達も一度帰ろうかって話してたし」

「「「行くっ!!」」」

「お…おう…そっか…」

 

 猫たちに会いたい箒達の迫力に圧され、思わず引いてしまったソンネン。

 歴戦の戦車兵である彼女でさえも気圧されるとは、可愛いものの力は恐ろしい。

 

「なんなら、サクたちも何体か連れていくか? ガキ共が喜びそうだ」

『行きたいですー!』

『行く行く~!』

『わ~い! お出かけだ~!』

 

 ヴェルナーのまさかの提案に、黒い三連星サクは揃って喜びの舞を披露。

 こうして、早くも先の予定が決まったのであった。

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

「…てなことがあったんですよー」

「マジか。あいつら、猫なんて飼ってやがったのか…」

 

 夜になり、寮の自室にて今日あった出来事を楽しそうに話す鈴に、アレクは笑顔で応えていた。

 先輩の余裕…というよりは、大人の余裕なのかもしれない。

 

「ペットねぇ~…ウチじゃ飼えないから、少しばっかし羨ましいかもな」

「飼えない? 先輩のご実家って何をしてるんですか?」

「町工場だ。そこまで大きくは無いんだが、それでも腕だけは確かでな。よく軍とかからも依頼が来たりするんだぜ?」

「軍から依頼って……」

 

 それは相当に凄い事なのでは?

 思わずそう言いかけたが、話を遮るのもあれなので黙っておいた。

 

「小さな頃からよく親父たちの手伝いをしてたから、そっち方面に詳しくなった。整備班じゃねぇけど、アイツ等と同じぐらいにはやれる自信はあるぜ?」

「というか、確実に実力は上なんじゃ…?」

 

 幼い頃から工場の手伝いをしていたという事は、ここで勉強し始めた者達よりも遥かに経験値は多いということ。

 生徒会長たちに信頼されているのも納得できた。

 

「そう言えば、先輩ってデメ達と知り合いなんですよね?」

「ん~…まぁな」

 

 生前に会った事は一度も無いが、ソンネンやデュバルの名前は良く聞いていた。

 特にソンネンは戦車教導団の教官という肩書を持っていたせいか、全く部署が違うアレクにも色んな噂が届いていた。

 

「ってことは、もしかして先輩も専用機を持っていたり…?」

「一応な。つっても、普通の試合には絶対に出せないような代物だが」

「やっぱりそうなんだ……」

 

 鈴は知らない事だが、常識的に考えてもヨルムンガンドは試合に出していい機体ではない。

 攻撃力が余りにも高すぎるし、発射までの隙も大きい。

 隙自体はアレクの卓越した技量で幾らでもカバーは可能だが、それでも学園側が許さないだろう。

 

「しっかし、思ったよりも元気そうで安心したよ」

「あたしがですか?」

「あぁ。普通よ、転入したての頃って色々と不安が有ったりするもんだろ? 新しい環境に馴染めるかとか、ちゃんとダチ公が出来るのかって思ったりしてさ」

「確かもそうかもですね」

 

 鈴としては、これが人生最初の転入ではないので、アレクが言いたい事がよく分かった。

 言われてみれば、小学生の頃にはそんな事を考えていたかもしれない。

 

「実はあたし、日本に来るのはこれが初めてって訳じゃないんですよ」

「そうなのか?」

「はい。小学生の頃に一度、親の都合で日本に来てて、その時にデメやジャン、ヴェルナー達と出会ったんです」

「成る程な。ガキの頃の友達がいたから、すぐに馴染む事が出来たって訳か」

「そうなりますね」

 

 友達のお蔭…なんて言ってはいるが、アレクにはなんとなく分かっていた。

 鈴の性格ならば、例え彼女達がいなくてもすぐに学園やクラスには馴染んで見せただろうと。

 ただ、それが早いか遅いかの違いだけだ。

 

「仲間の存在ってのはデカいよな…確かに。それはオレにも分かるわ」

 

 アレクの場合は、IS学園に来た時は同学年に知り合いなんて一人もいなかった。

 文字通り、最初からのスタートになったわけだが、先に入学していたカスペンと再会する事で徐々に馴染んでいき、その間に楯無とも出逢って友達になった経緯があるのだ。

 

「取り敢えず、転入デビューが上手く言ったようでなによりだ。でも、まだまだ油断は禁物だからな? 何か困ったことがあったりしたら、いつでも相談していいぞ。先輩として、同じ部屋に住む者として力になるからよ」

「ありがとうございます。その時は遠慮なく頼らせて貰いますね」

 

 最初は上級生との相部屋と聞いて緊張したが、今はアレクと一緒の部屋で正解だったと思った。

 言葉では上手く言い表せない不思議な安心感と言うか、抱擁感が彼女にはあった。

 

「なんなら、今晩は一緒に寝るか? なんちって」

「いいんですか?」

「……え?」

 

 アレクは冗談のつもりで言ったのだが、まさか本気で受け取られるとは思わなかった。

 なんか『冗談でした』と言い出せる空気では無いので、本当に一緒に寝る事になった。

 

(誰かと一緒のベッドに入るってのも不思議な感じだな……)

(こうして近くで見ると、やっぱり先輩の胸って大きい…。少しでも御利益がありますよーに!)

 

 こうして、なし崩し的に一緒に寝る事になったアレクと鈴だったが、寝静まった頃には二人で抱き合うような寝相になっていて、まるで本当の姉妹のように仲睦まじい雰囲気を出していた。

 

 朝起きて、アレクに抱きしめられているような状態になっているのに気が付いて、鈴が顔を真っ赤にしながら心臓バクバク状態になったのは言うまでもない。

 

 

 

 

 

 




まさかの鈴×アレクのフラグが…?

次回辺りから例のイベントの話が出てくる頃ですね。


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こんなのも悪くは無い

なんか、全国的にHGUCナイチンゲールが売り切れ続出みたいですね。

そりゃまぁ…大人気の機体だし? それが待望のHGで出たとなれば売れるのは当然だと思いますが…。

因みに、私は発売日当日に行きつけのプラモ屋さんにて無事に購入できました。

箱がデカすぎたので帰りのバスで恥ずかしい目に遭ったのはご愛嬌。

久し振りに作っていて楽しいガンプラでした。







 鈴が転入してきた次の日。

 ソンネン達はいつものように集まり、朝の食堂へと向かっていくのだが、今回は少しだけ様子が違った。

 簡単に言うと、いつものメンバーに鈴が加わっていたのだ。

 途中で彼女も合流し、そのまま一緒に朝食に行っていた。

 

「今日の朝は何にするかねぇ~」

「白米もいいが、偶にはパンも悪くないな」

「私はフレークだよ~」

「本音は少しは別の物を食べろ」

 

 ソンネンとデュバルが高校生らしからぬ会話をしている所に本音が自分の偏った食生活を暴露する。

 すぐにオカン属性になりつつあるソンネンに注意されたが。

 

「鈴はどうする?」

「あたし? あたしは~……ん?」

 

 一夏に聞かれ、顎に手を当てながら考えていると、ふと廊下にある掲示板に目が行く。

 そこにはいつも、学校行事に関する情報や部活動の勧誘ポスター、後は生徒会の広報に新聞部の作成した学園新聞が貼られているのだが、今回はある事が掛かれた大きな紙がデカデカと貼られている。

 

「なにこれ…って」

「少佐…これは……」

「へぇ…仕事が早いじゃねぇか」

 

 そこに貼ってあったのは、近々開催されるというクラス対抗戦のトーナメント表。

 ちゃんと一年の部と二年の部、三年の部に分かれて貼られている。

 

「どれどれ? 一回戦で早くもオレ様とぶち当たっちまう不幸な奴は一体誰かな?」

 

 右端からジッ~っと眺めていくと、左端の方に一組の名前があった。

 

「お…あったあった。で、対戦するクラスは……え?」

「マジ?」

「なんと……」

「わぉ……」

 

 三人娘と鈴が驚くのも無理はない。

 何故なら、トーナメント一回戦にて一組と戦うクラスは二組…つまり、鈴だったからだ。

 

「簪さん、これは……」

「うん。どう考えてもおかしい」

「え? どういうことだ?」

 

 代表候補生であるセシリアと簪が訝しんでいると、隣にいた箒が疑問を投げかける。

 それに答えたのは二人ではなく、近くにいたオリヴァーだった。

 

「通常、専用機持ち同士の試合はトーナメントでも最も盛り上がる場面です。それこそ、通常ならば決勝戦。最低でも準決勝付近に当たるように計算してトーナメントを組み立てるのが普通なんです。だけど、これは……」

「そうか。私にも分かったぞ。他のスポーツで例えるならば、前大会優勝者と今大会の優勝候補が一回戦で当たってしまうようなものか」

「その認識で間違いないかと」

 

 なんとも箒らしい考え方だが、あながち間違いでもないので否定はしない。

 

「学園側は一体何を考えてるのかしら…?」

「この感じ…なんつーか適当にやった感がしますよね……」

「俺でも、もうちょっと凝った風にするけどな~」

 

 遂には一夏にまで言われてしまう始末。

 千冬が頭を抱えている姿が目に浮かびそうだ。

 

「まぁ…いいんじゃない? 決まったものは仕方がないし、いっそのことアタシとデメの二人で観客の皆の度肝を抜いてやればいいのよ」

「あんまりやり過ぎても普通に困る。後には私の試合も控えてるし」

 

 一年生の部の一回戦、第3試合は簪率いる4組と6組になっていた。

 現在、一年のクラスで専用機持ちが所属しているのは一組と二組、三組と四組だけ。

 因みに、三組の専用機持ちはオランダ代表候補生のロランだ。

 

「ってことは、あたしとデメのどっちが勝っても、後々に専用機持ちがぶつかるって事?」

「そうなるな。だとしても、一回戦でぶつける理由にはならねぇけど」

 

 後の試合で専用機持ち同士の試合があるとしても、それならばそれぞれバラバラにしてから組み込んだ方が遥かに盛り上がる。

 それをしていない時点で学園側の思考が全く読めない。

 

「案外、サイコロか何かで適当に決めてたりしてな」

「ヴェルナー…お前が言うと冗談には聞こえないから止めろ」

 

 ニュータイプ疑惑濃厚なヴェルナーが言うと、どんな冗談でも途端に真実味を帯びてしまう。

 恐るべし海兵である。

 

「ここでクダクダと考えても意味ねぇだろ。それよりも……」

 

 ここでソンネンがいつもは見せない獰猛な笑顔を晒す。

 それは、彼女が普段ヒルドルブの装甲の内側でしか出さない顔だ。

 

「強くなった鈴とガチで戦りあえるんだ。今から楽しみで仕方がねぇよ」

「それはこっちの台詞よ。セシリアを破ったっていう実力…この身で確かめさせて貰うわ」

「望むところだぜ」

 

 互いに拳を軽く小突かせてから笑みを浮かべる。

 それは親友同士の友情を確かめるものではなく、ライバル同士が戦いの前にする儀式のようだった。

 

 余談だが、掲示板の前で時間を取り過ぎたせいで朝食を食べる時間がギリギリになってしまった面々だった。

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

 放課後になり、今日も今日とて第一アリーナにて訓練に励む。

 だがしかし、今回は一夏や箒の訓練はお休みだった。

 

「悪いなお前ら。こっちの事情に付き合わせてよ」

「気にするな。偶には見稽古も悪くない」

「そういうこった。それに、ソンネンのヒルドルブはカッコいいから、見ていても楽しいしな」

「そ…そっか?」

 

 自分の愛機をカッコいいと言われれば、流石のソンネンも照れてしまう。

 そんな彼女に悶絶するお貴族様が約一名。

 

(照れながら頬を掻くデメジエールさん…眼福ですわ…♡)

 

 両手で顔を隠してはいるが、上半分は普通に出ているのでセシリアがにやけているのは一目瞭然だった。

 因みに、今回いるのは一組のメンバーだけで、鈴や簪は別のクラスであり尚且つクラス対抗戦が近づきつつあるという事もあり、訓練時は基本的に接触しないようにしていた。

 

「で、どんな訓練をする気だ?」

「うーん…今更、普通の訓練をしても成果は乏しいだろうしな…」

「では?」

「やっぱここは実戦形式が一番だろ」

「「「「「言うと思った」」」」」

 

 603メンバーはなんとなくソンネンがそんな事を言うだろと予想していたのか、声を揃えてツッコんだ。

 

「相手はどうするんですの?」

「そうだなぁ……」

 

 空を仰いで考える仕草をするが、その目は既に相手を決めていた。

 

「…デュバル。偶にはやらねぇか?」

「ほぅ…? 面白い。私は一向に構わんぞ?」

 

 言うが早いが、すぐにデュバルはヅダを展開してから空中に浮かび待機をする。

 それを見てからソンネンもヒルドルブを即時展開して臨戦態勢に移った。

 

「最初からやる気120%って感じね……」

「らしいっちゃらしいけどな」

「なんだか、二人とも嬉しそうに見えるね」

 

 念の為に他の皆は端の方まで離れ、ソンネンとデュバルはステージ中央まで進んでいく。

 

「こうして、お前と戦うのはこれが初めてかもな」

「そうだな。では、始めるか。時間も無い事だしな」

「おう! いくぜ!!」

 

 ヒルドルブが両手にマシンガンを装備し、連射しながら突撃する。

 それに合わせ、ヅダもまたマシンガンを両手で握りしめながら、自慢のスピードで迫ってきた。

 

「まずは一発!!」

「甘い!!」

 

 ばら撒かれるマシンガンの弾丸を華麗に回避し、反撃としてデュバルも正確な狙いでマシンガンを斉射するが、ソンネンは見事なドリフトを披露して難なく避けた。

 

「これが…ソンネン少佐とデュバル少佐の戦い……」

「初手からレベルが高すぎますわ…」

「俺なら間違いなく当たってる…つーか、どうして二人とも普通に避けれんだよ…」

 

 僅か数秒で二人が常人とは別次元にある事を思い知らされる。

 どちらの攻撃も正確無比で鋭い。

 なのにも拘らず、全く直撃が無かった。

 

「おらぁっ!!」

「この程度っ!!」

 

 凄まじい速度で空中を舞い踊るヅダに向けて、ヒルドルブの主砲から通常榴弾(HE弾)が発射されるが、全身を旋回させつつ見事なマニューバで回避をし、動きながらも器用に武器をマシンガンからバズーカへと切り替え、すぐに標準を合わせる。

 

「そこっ!」

「させるかよ!!」

 

 急速な後退によってバズーカを避けたと思ったら、走りながら対空用榴散弾(type3)を撃ち少しでもダメージを与えるように狙う。

 

「むっ!? だがっ!!」

 

 普通の方法では避けられないと判断したのか、デュバルは咄嗟に瞬時加速(イグニッション・ブースト)を使用しての緊急回避。

 ヅダの速度は通常時でも並のISの瞬時加速級のスピードなのに、そこから更に瞬時加速なんて使ったらどうなるか。

 答えは簡単。早過ぎて瞬間移動をしたみたいになる。

 

「き…消えただとっ!?」

「違いますわ! ジャンさんの動きが早過ぎて肉眼では捉えきれないのです!」

「機械の力で瞬間移動って再現できるんだな~……」

 

 セシリアと箒は目を見開いて驚き、一夏に至っては凄すぎて呑気な事を言い出した。

 

「っていうか、さっきからどっちも全く攻撃を当てれてないよな……」

「これ…ちゃんと決着が付くのかしら?」

「つかなそうですね……」

「まぁ…好きにやらせとけばいいんじゃないのか? 時間になれば自然と止めるさ」

 

 ヴェルナーの言う通り、二人の模擬戦(?)はアリーナ使用時間ギリギリまで続き、決着はつかないままで終わってしまった。

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 一方その頃。

 鈴は教室にてある事を考えていた。

 

(なんかカッコつけてキザな台詞を言っちゃったけど、よくよく考えたら相手にするのってあのデメなのよね? 昔からめっちゃ頭が良くて手先が器用なデメ…確か、上半身限定で体も鍛えていたような気が……)

 

 ソンネンは昔から下半身不随だからと言って嘆くことは一切無く、それを受け入れた上で自分に出来る事を精一杯頑張る少女だった。

 だからこそ彼女に惹かれたのだが、それは同時にソンネンが想像以上の強敵なのではないのかという疑念も生んでしまう。

 

(なんか気が引けるけど…ここはまず情報収集から始めるべきかしら)

 

 敵を知り、己を知れば百戦危うからず。

 未知なる相手に対抗するにはまず、その相手を知る事から始めなければ。

 

「ねぇ…ちょっといい?」

「どうしたの?」

「あたしが転校してくる前に、一組で候補生の子が試合をしたって聞いたんだけど、その時の事って覚えてる?」

「覚えてるけど…どうしてそれを……あっ!?」

 

 鈴が話しかけた生徒はすぐに彼女が何を言いたいのかを察し、納得したようにポンと手を叩く。

 

「もしかして、クラス対抗戦に備えてって事? あの張り紙なら私も見たけど…」

「そう! そうなのよ! なんか色々と噂になってるから、誰か知らないかなーって思って」

「成る程ね~。あの試合、本当に凄かったもんな~」

 

 あの時、ソンネンとセシリアの試合があったその日、大勢の生徒達が歴史の証人となった。

 どれだけ体にハンデがあっても関係ない。

 強い者は強いのだという単純明快な事実を思い知らされた日。

 少なくとも、全ての新入生達の脳裏に強く刻まれた日になった。

 

「あの時の試合なら、他の子がスマホで撮影してた気が……」

「マジッ!?」

「うん。ねぇ、誰だったっけ~?」

 

 クラス全員に聞こえるような声で尋ねると、一人の生徒がスマホ片手にやって来た。

 

「あの日の試合なら、私が動画撮ってるよ。少しでも参考にしようと思って」

「それ、見せて貰ってもいい?」

「別にいいよ。ほら」

 

 そうして見せて貰ったスマホの画面には、少し遠くではあるが確かに当時の試合が映されていた。

 

「なによ…これ……」

 

 かなり強いんだろうとは思っていた。

 思っていたが、実際に見た映像は鈴の想像を遥かに超えていた。

 セシリアの実力も相当だが、それを圧倒する程の実力をソンネンは見せていた。

 何より衝撃的なのは、ソンネンの専用機だった。

 

「これ…完全に戦車じゃないのよ……」

 

 キャタピラの下半身に両腕が生えたようなデザイン。

 見る者全てを威圧するような姿に画面越しとはいえ鈴もビビる。

 更に、その巨大な砲身から放たれる一撃は凄まじい攻撃力と共につんざくような轟音を響かせた。

 

(あたしの専用機はそこらのISよりも装甲が分厚い方だけど…それでもこれは無理ゲーでしょ…! こんなの、もしも直撃なんて受けたらどんなISも一撃で沈むわよ! 完全にワンパンされるから!)

 

 見なければよかったと今更ながらに後悔した。

 ソンネンの専用機の姿も、その一端とはいえ性能も見る事は出来た。

 貴重な情報と引き換えに、鈴はその精神をかなり削られた。

 

(どうしよう……途端に自信が無くなってきちゃった……)

 

 もしもこの事実を知らなければ、強気のままで試合に臨めたかもしれない。

 だが、知ってしまった事実はもう覆せない。

 

「デメでこれなら…ジャンとかヴェルナーはどうなってるのよ……」

 

 中国にて自分も相当に鍛えてきたつもりだったが、幼馴染達はその間に己の遥か先まで行っていた。

 だが、鈴は知らない。あの三人は彼女がISに関わるよりもずっと前から常人を越える実力を秘めていた事を。

 スタート地点がそもそも違うのだ。その差だけはどうやっても埋めようがない。

 ならばどうすればいいのか。その答えはもう分かっていた。

 

「やるしか…無いわよね。もうサイは投げられてるんだから……」

 

 鈴の真価が発揮される時が、早くもやって来てしまった。

 セシリアと同様に彼女もまた高みへと至れるのか。

 それは全て鈴次第であった。

 

 

 

 

 

 

 

 




話が一区切り付けば、また番外編を書こうと思います。

今度は誰にするかな~?




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