月でまた逢いましょう (エロイカ)
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月でまた逢いましょう

 これは神代の物語。

 奴隷で羊飼いの少年アクリスは真摯な信仰者でありました。家の近くにある教会へ毎晩祈りにいくのです。彼が信仰するのは月の女神アルテミス。少年は月が好きなのでした。少年は祈りの時間が終わると、自分を買った商家の娘で、未亡人のご主人様エイレーネーの元へ行き、夜のご奉仕をするのでした。

 

「エイレーネ―様」 

「いつもありがとうね、アクリス」

「エイレーネー様へのご奉仕できることは、とても幸せなことです。拾ったくださったご恩を返せるので」

「そんなにかしこまらないでいいのよ。私のことも様づけじゃなく、ママって呼んで」

「ママ」

 

 と関係は表向きよさそうに見えますが、これはエイレーネーの歪んだプレイでした。普通だったら息子と唇でキスはしませんし、セックスなんてもってのほかです。

 エイレーネーが疲れて眠った後、アクリスも寝る準備をします。今日は満月でした。暗闇の中で月だけが、ポツンと光をはなって浮かんでいるのです。

 

「今日もよい夢を見れますように」

 

 そう呟いてアクリスは目を閉じます。静寂に鳴くフクロウの声を聞きながら、心地よい眠りに誘われていきました。

 

 

 その日の夜、アクリスは最愛の女神アルテミスに会う夢を見ました。満天の星空の下、木々に囲まれた小さな湖で、美しい女性が水浴びをしています。

 

 まず月のような灰の髪をアクリスは美しいと思いました。次に「裸は見ちゃダメだ」と、アクリスは自分の手で目を隠し、水浴びが終わるまで待ちます。どれくらい時が流れたでしょうか。アクリスは今か今かと待ちきれない気持ちで一杯でした。

 

 女神様と、アクリスは思わず口に出してしまい、その呟きは近くにいた精霊のせいで、風に乗ってアルテミスの元まで飛んでいきました。

 

「そこにいるのはだれ!」

 

 アルテミスは木々のすき間から顔をだす存在を見て、警戒心を露わにします。ここは彼女の秘密の水浴び場所だったからです。限られた人しか知りません。ただ蛍の光が少年の顔に来たとき、アルテミスは安堵の表情と、その後すぐ好意をうかべます。

 

「会いに来ちゃダメって言ったじゃない」

「だって大好きだから」

 

 少年の駆け引きも、不純もない直球な告白に、アルテミスの頬はリンゴのように赤くなりました。彼女は自分が裸だということも忘れ、無防備な状態で少年に近寄りました。少年はすぐ手で視線を隠すのですが、女神の裸がどうしても気になって、手のすき間から見てしまうのでした。

 

「どうして顔を隠すの?」

「そ、それは・・・・」

「ちゃんと言わないと伝わらないじゃない」

 

 アルテミスがそう言うので少年は勇気をふりしぼって言いました。

 

「アルテミス様、裸です」

「え、きゃああああああ!」

 

 アルテミスは自分が女神だということも忘れ、気娘のように叫びました。彼女はすぐさま屈んで自分の体を隠します。

 

「ごめんなさい。こ、これを!」

 

 少年は着ていた自分の服を脱いで、彼女の背中にかけました。正気に戻ったアルテミスは顔を上げて、少年に言います。

 

「ほんと悪い子ね」

「ごめんなさい」

「罰として私の体を洗いなさい」

「わかりました」

 

 少年はアルテミスのなめらかな肌をやさしく手のひらで揉んでいきます。それは洗うというよりも、マッサージに近い行為でした。彼女は恍惚な笑みをうかべながら、湖に足を浸からせます。少年に背中をあずけるので、彼は恥ずかしさで一杯でした。

 

 楽しい時間はこうしてあっという間に進んでいきました。月が沈む頃になって、少年はアルテミスに言いました。

 

「また会えますか?」

「アクリス、私たちは神と人よ。もし会っていることがバレたら、どうなるかわからないわ」

 

 アルテミスは昔のことを思い出して言うのです。

 遥か昔のことでございますが、彼女には好きな男性がいました。しかし、その男性は人間で、他の神、とくに弟のアポロンにはよく思われませんでした。結局、その男性とは結ばれず、アポロンの策略によって、アルテミス自身がはなった矢に胸を貫かれ、死んでしまいました。そんな過去もあってか、アルテミスは少年と会うのが、ときどき億劫に感じることのです。

 

「ぼくにはアルテミス様しかいません」

「そんなこと言ってもダメ。次はもう会わないから」

「アルテミス様・・・・」

 

 アクリスは悲しく甘えた声を出します。それを聞いたアルテミスの心は揺さぶられますが、すぐ気をとりなおします。

 

「そんな顔してもダメなものはダメなんだからね」

「嫌だよ・・・・」

 

 少年の顔がうとうとしてきました。アルテミスはそれに気づき、急いで彼の真正面に行き、ギュッと抱きつきました。もうすぐ朝になるので、アクリスの体が勝手に起きようとしているのです。重いまぶたをそれでも開けて見つめてくる健気な少年の姿にアルテミスは好ましく思います。

 

「さようなら」

 

 少年がアルテミスの腕から消えたとき、ちょうど朝がやってきました。太陽が少年のいる場所を照らしたせいで、姿を見ることができなくなりました。

 

「ごめんね」

 

 アルテミスは自分のせいで運命が変わってしまった少年に対して謝るのです。ただ、この運命を誰も呪うことはできません。それは主神ゼウスはもちろん、運命の三女神モイライでさえもです。

 

 消失した彼の温もりが彼女を悲しさの底に落とします。言ってはならない言葉。しかし、焦がれた心情、溢れる感情が理性を破るのです。

 

「月でまた逢いましょう」と、アルテミスは少年がまたここに来ることを願うように呟くのでした。

 

 





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