蟲柱の二人目の継子 (時雨。)
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蟲柱の二人目の継子

「ぜぇぇえええええっ、ァァああああッッ!!!!!」

 

お師様の犠牲によって弱った上弦の弐の鬼の頸へ向けてカナヲと共に刃を振るう。

吸い込まれる用に二刀は奴の頸の肉を刳り込み、やがて頸は上空へ高く舞った。

血しぶきがあたりを赤く染め上げ、飛沫が模様を描く。だが、赤く色が変わったのは周囲だけで俺とカナヲは元の姿からそう変わらなかった。

これまでの戦いで既にボロボロだった俺達は、怪我による出血のせいで己の隊服や羽織を赤く汚していた。その状態で多少血の噴水を浴びても大差はない。

憎たらしい糞鬼がニタニタしながらこちらを見ているのが見える。

頸だけの無様で間抜けで今にも消え失せそうな死にぞこないのくせにムカつく顔だ。

今すぐ消えろすぐ消えろ。

塵になれ地獄に堕ちろ苦しみながらお師様に詫び続けろカス鬼が。

声を出す気力も沸かないので心の中で悪態を付き続ける。

ようやくニタニタした気持ちの悪い顔が空中に溶け切ったのを見届けると、突然体に力が入らなくなった。

ぐにゃりと歪む視界を見て、倒れるわけには行かないと分かっているはずなのに倒れる体を支えることが出来ない。

水溜りでこけた様なみずみずしい音を立てながら仰向けに倒れる。かろうじて刀は手放していないが、正直あまり力が入らない。

どうしたものかと思っていれば、直ぐにカナヲがこちらに駆けつけて顔を覗き込んだ。

自分も怪我だらけのくせして俺の怪我の手当をしようとするものだから、慌ててやめるように手で制す。ぷるぷる震えながらのかっこつかない止め方になってしまったが、それでも意図は伝わったらしい。

 

 

俺はきっともうすぐ死ぬ。

 

 

これはもう、覆らない事実だ。

強く握られているであろう己の左手には既に触覚は無く、カナヲの体温も感じることは出来ない。

普段は微笑んだまま殆ど変わらないくせして、こんな時には綺麗な瞳から大粒の涙を幾筋も零すものだからつい反射的に笑いかけねばと思った。

しかし、出来たのは歪んだ表情と泡立った血混じりのか弱い咳のみで、より一層カナヲの顔が悲痛に歪んでしまった。

どうにかカナヲを安心させてやりたいと色々考えたが結局俺が死ぬことに変わりはなく、その一点をどうにか出来ない限り何をしても気休めにしかならないと気がついた。

ああ、すみませんお師様。蟲柱、胡蝶しのぶ様。

俺はあなたの言いつけを破り、カナヲを一人にしてあなたを追いかけることになりそうです。

やがて俺に縋り付くカナヲの姿も霞み始め、ついには何も見えなくなった。

 

ごめんな、カナヲ……。我が最愛の姉弟子よ。

どうか、どうか生きて幸せな人生を送ってほしい。

 

 

そうして消えゆく意識は――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――再び形を成していく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん、あれ?ここ、は?」

 

 

見知らぬ土地の、どこかの夜道。

明かりは見えず、目印になるもの見ない。

そんな暗闇の中に俺はぽつんと一人で立ち尽くしていた。

 

「は、え、は?なにがどうなって――っ!」

 

何がどうなったのか全く現状を理解できていないまま、ふとさっきまで全身血まみれであったことを思い出す。

自身の体を見下ろして右に左に見てみれば、ほつれ一つ無い隊服と羽織を着ていた。カナヲとお揃いの外套は汚れ一つなく、肉体は手で触れてみても痛みは無いし肉が削れている箇所もない。

そう、どこも汚れ一つ、怪我一つ負っていない。

上弦の二との戦いで受けたはずの怪我が丸っと全てなかったことのようになっているのだ。

半ば穴の空きかけた右脇腹も、改造人間よろしく摩訶不思議な方向へへし折れた左腕も全て。

それに関しては治っているなら治っているでいいや、となれるのだが、そもそも俺はあの場で死んだのではなかったのだろうか。

 

「うぅーむ、分からん。さっぱり分からんぞ。こういう難しいことはお師様に全部聞いていたからなぁ……。俺一人じゃ見当もつかん」

 

そうか、分からないなら考える必要ないじゃない。

そう思考をかなぐり捨ててこれからどうしようかと考え始めた所で自身の直感が何かを捉えた。

一瞬で戦闘態勢に脳も体も切り替え、腰に差していた刀を抜き放つ。

地面を蹴って夜道を駆け抜け、己の本能が指し示す方向へとただ走り抜ける。塀を飛び越え、眼下に目的地を捉えた瞬間己の心臓がドクリと大きく震えたのを感じた。

特徴的な血を被ったような装い。胡散臭く気色の悪い笑み。

お師様の犠牲を経て俺とカナヲが殺したはずの悪鬼。

なぜ、なぜお前が生きている。

怒りで血潮が沸き立つのを感じながら、燃え上がる真っ黒な怨嗟の炎を吐き出すように吠えた。

 

「童ぉぉぉおお磨ぁああああああああッ!!!!!!」

 

殺そうとしていた女性からこちらへ視線を向けて少し驚いた様な顔をする童磨。

しかし、あの憎たらしい笑みは崩れない。その余裕な表情がより一層俺の神経を激しく逆撫でした。

振りかぶった刀を飛び降りる勢いそのままに叩きつける様に振るう。

奴がゆらりと余裕を持って後ろへ下がったことで童磨と女性の間に割って入る位置に着地した。

 

「なぜお前が生きている。あの時確かにお前は塵になったはずだ」

「俺が塵に?何のことを言っているのかさっぱり分からないな。というか君と会ったのも初めてだと思うんだけど……もしかして今まで俺が食った誰かの親族かな?もしそうだったらごめん、全く覚えてないや」

「黙れ糞鬼。なら今すぐ死ね。死ね死ね、今死ね。この世の苦痛を全てその身に受けながら地獄に堕ちろ」

「うわあ、君口が悪いなぁ。こんなに一度に悪口言われたのは初めてだよ」

 

罵声を浴びせながらもどうにか後ろの女性を逃せないか思考を巡らせる。

隊服を着ていたのが見えたから鬼殺隊員ではあるのだろうが、先程の様子では奴の血鬼術を受けてしまったのは明らかだ。もしかしたら既に肺には深刻なダメージを受けてしまっているかもしれない。これでは一般人より機動力のある鬼殺隊員といえども走って逃げるのは絶望的だ。

となれば俺が時間を稼いでいる間に逃げてくれ、というのも難しい。

あの時俺とカナヲが奴を殺すことが出来たのはお師様の捨て身の毒と二人がかりだったからなのだ。

俺一人で万全な奴と無策で真正面から切り合いなど無謀も無謀。それだけ目の前のド畜生は鬼の中でも規格外なのである。

まったくもっていい迷惑この上ない。

 

「なぁアンタ、もう救援は呼んだか?鴉はそばに居ないようだし、既に飛ばしてくれてたりすると凄く嬉しい」

「っ、既に、鴉は飛ばしたわ。けど、あなたは、はやく、にげ、て」

 

救援が要請済みというのは大変嬉しいことだったが、予想以上に彼女の肺への影響は深刻だ。

これは既に肺胞が大分だめになってしまっているかもしれない。

早く蝶屋敷に運ばなくては手遅れになる。

 

「取り敢えず俺はアンタを置いて逃げるつもりはない。少なくとも他のどんなに凶悪な鬼に背を向けたとしてもこいつだけにはしっぽを巻いて逃げる訳にはいかないんだ」

 

メラメラと燃える憎悪を浴びせるように童磨を睨みつければ、先ほどと同じ様に気色の悪い笑みを返される。

 

「余裕振りやがって……!今に見てろ、目にもの見せてやる」

 

兎にも角にも、誰かしら柱がやってくるまでどうにか持ち堪える。

童磨の血鬼術が自身の周りに展開されていないことを確認した上で、鍛え上げられた肺に大きく空気を吸い込んだ。

 

「鬼殺隊は蟲柱、胡蝶しのぶが継子!栗花落カナタ、推して参る!!!」

 

 




過去へ飛んだ主人公
・そもそも時間を飛んだことに気がついてない。
・姉弟子のカナヲとは打って変わってよく喋る。てか叫ぶ。うるさい。
・童磨に目が行き過ぎてうずくまっていた隊士が大好きなお師様の着てた羽織と同じ羽織を着ていることに全く気がついていない。
・割とアホの子。
・実は花柱が亡くなってから継子になったのでカナエを断片的な話でしか知らない。

助けられたお師様の姉上様
・上から唐突に叫びながら降ってきたと思ったら助けてくれた。救援かとも思ったけど違うみたい。
・主人公は長きに渡る蟲柱様の調教で表面上は熱くなっても冷静な思考が出来るようになっているが、それを知らないので自分をかばって死んでしまうとハラハラ。
・え?蟲柱?うちの妹いつの間に柱になってたの?

教祖なニコニコ鬼
・なんか初対面で凄い恨み買ってる。え、君…誰…?
・ぼろかす言われたけどあんまり怒ってない。
・早く後ろの子も含めて救ってあげなきゃ☆

未来のお師様
・今行くから、姉さん!!
・ようやく姉の元に辿り着いたと思ったら知らない人から「お、お、お師様ぁあああああ!!!あぁあ!!??お師様が二人!!!????影分身の術ですかお師様!?!?!?!?!?!?」と言われるまであと数時間。


正直最後の口上言わせたかっただけ感ある。


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露、氷、そして灯火

奴が動き出す前にこちらが先制を掛ける形で斬りかかる。

振るわれた扇から吹き荒れる冷気を躱しながら目の前のクソ鬼に肉薄し、下段から小さく振り上げるように切り上げた。あまりにも簡単に接近させる迂闊さからいかにこちらがなめられているかが良く分かる。

奴は奴でこちらを態々目の前まで通してやったというのにまったく首を狙わない軌道で刃が振るわれたことに驚いているようだった。ここ数時間で嫌というほど見飽きた嫌らしい笑みを浮かべながら童磨はゆらりと舞うように後退する。

引いた童磨に対してこちらは先程と打って変わってその場から動かない。日輪刀は正眼に構えたまま微動だにせず、童磨の手を待つ。

 

「おや?さっきは急に突っ込んできたのに今度は動かなくなったね」

「……」

「おっと、おしゃべりもなしか。さっきはあれだけ激しい罵詈雑言を吐きつけて来たっていうのに」

「……」

 

こちらに返答の意思が無いと分かると、童磨は一度肩をすくめた後に扇を振りかぶる。

先程まで無限城で嫌というほど見た奴の動きから、今飛んできているものが肺胞を壊死させる血鬼術だと見抜いた。俺は回避の仕様があるが、後ろにかばった隊士は現状動くことさえ困難。先程から苦しそうな荒い呼吸音が聞こえている。そうとう深く肺をやられたか。

であれば眼前に飛来するこれらを後ろへ向かわせるわけにはいかない。

 

「『露の呼吸、肆ノ型 露霜』」

 

露の呼吸は水の呼吸から派生させた俺専用の呼吸、そして肆ノ型は水柱様の開発した『水の呼吸、拾壱ノ型 凪』を参考に開発した技だ。水柱様の型程ではないが血鬼術の停滞、受け流しを目的とした型で、奴の血鬼術のような微細な飛来物や液体を相手にする場合に有効である。

自身とその背後に影響を及ぼさないようになんとか童磨の血鬼術を受け流し、再度奴の眼前まで肉薄する。

先程の狙いは足だったが、今度は腕。

肩から先ではなく肘から先を狙う。

空中を滑るように片手水平に振るわれた刃は甲高い金属音と共に奴の扇で受け止められた。

 

「ッ、相変わらず硬ぇな!」

「さっきから立ち止まったり突っ込んできたり、面白い戦い方だなぁ君」

「お前に褒められても嬉しくない!」

 

突き出された扇を体を半身に捻って回避し、伸び切った腕を切り落とさんと刀を右逆袈裟に振るうが、刀の刃が腕に到着するより早くもう一方の扇がこちらの頭目掛けて振り下ろされた。

刀の腹で受け流しつつ後退しつつ、先程と同じように正眼に刀を構え直す。

そんな俺と空とを見比べて、手に持つ扇を弄びつつ困ったような笑いを一つこぼした奴は小さく頷いた。

 

「うーん、そろそろ夜明けも近くなってきたし、遊びもこの辺で終わりにしようか」

 

はえーよクソがと心中で悪態をつくが、どうもならない。目の前の鬼はニタニタ顔のままだが、明らかに先程までとは空気感が変わったことは全身の肌を小さな針で刺す様な嫌な雰囲気で直ぐに分かった。

不味い。夜明けが予想以上に近い。これは本来では良いことであったが、現在の俺達が置かれた状況を鑑みるとあまり良い状況とは言い難かった。

まだ救援を呼んでからそう時間が経っていないこと。

そして俺の呼吸が攻撃力よりも防御力、つまりは遅滞戦闘や援護に特化した呼吸だということだ。

防御力だの遅滞戦闘だのと仰々しい言い方ではあるが、要は共に戦っている隊士に呼吸を整えさせる一拍を作り出し、敵に攻め切らせないようにする戦い方が得意なのである。自分と同格かそれ以上と戦う時は必ず強い誰かがいないと俺は戦えない。俺と同等かそれ以上の誰かが居る状況でのみ俺は俺の強みを発揮するのだ。

すなわち、童磨に本気に俺一人では耐えきれない。

息を吸い直し、水より薄く青に染まった刀を構え直す。

戦いを続行する姿勢は崩さないままで思考を巡らせるが……駄目だな。なんも思い浮かばん。

打ち出された氷塊を左右に受け流しつつ、なんとかその場を維持する。

後ろの隊士を狙った攻撃が来るたびに体のどこかへ傷を負いながら血鬼術を打ち払った。

 

 

弱い。

度し難い程に惰弱。

あまりにも無力。

 

 

今だって背にかばった彼女に自信を持って任せておけなんて口が裂けても言えない。

それどころか今にも押し切られそうなのだから、きっと不安で仕方がないだろう。

勝てない。

負ける。

そんな弱気な言葉が脳裏を過る。

俺は弱い。俺が弱かったから、だからお師様は――――

瞬間、童磨の体に吸い込まれるように吸収されたお師様の姿が脳裏に浮かぶ。

 

あの優しく頭を撫でてくれた手は流れた血が滴って赤く染まっていて、蹲って泣いていた時に抱きしめてくれた胸は奴の体に埋まっていた。

弱いから誰も守れない。

弱いからいつだっておいて行かれる。

弱いから、弱いからまた誰かを失うのだ。

目にものを見せてやると大口を叩いておいてこの始末。

所詮お前はそんなものだ。

お前はお前である限り、それ以上先には進めない。

 

そんなこと、そんなことは――!!

 

 

歯を食いしばって足を一歩前に押し出す。

迫りくる血鬼術に扇を弾き、受け流し、その勢いを我が物として利用する。

薄く目を見開いた童磨にこの戦いで初めて首めがけて刃を振るう。

 

「誰かが目の前で殺されるのを見ているしか出来ないのは、もう嫌なんだ!!」

 

首まであとほんの少し、紙一重という所で先程弾かなかった方の扇で刃を叩き落される。起死回生であったはずの全身を使った力の流れを強引に乱された結果俺の体はバランスを崩した。

眼前に迫る童磨の手が見える。

結局俺では駄目なのか。炭治郎や善逸、伊之助やカナヲでなくては強い鬼には勝てないのだろうか。

悔しい。だが、現状がその問の答えであることなど明白だ。

嗚呼、最後の悪あがきとして指に噛み付いてやろうか、などと考えている俺を他所に、童磨は俺から視線を逸した。

否、別のなにかに向けたのだ。

それは燃える炎のような赤々とした刃で、俺を今にも殺さんとしていた童磨を退ける。

 

「先程の言葉、よく叫んだ!」

 

無様に地面へと倒れ込んだ俺の視界に写ったのは刀と同じく燃えるような刺繍が編み込まれた独特の羽織。

かつて追いかけた、もう追いかけることの出来ないはずのその人の背を目にして無意識に息を呑む。

 

「炎柱様…!?」

「うむ!炎柱、煉獄杏寿郎!助太刀に参った!!」

 

それはかつての灯火、そして今尚鬼殺隊の心に火を灯し続ける男との再会だった。

 

 

 

 



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