カスミトアケボノ 「図書館」編 (本条真司)
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一話 瓦解する政府

魔族と人間が共存する世界。日本は巨大な島国ということもあって、試験的に魔族が自由に生きることが可能となっている

そんな世界になった日本では、近年魔族差別というものがある

理由としては、魔族が極端に少ないからというのがあげられる。そんな中、魔族たちが黙っているわけもなく、古くから日本に住む吸血鬼の一族が日本政府に圧力をかけ始めている

「…で、「図書館」としては緋月一族と戦争はしたくないんだ」

「なんのための異能力だ!」

「そうだ!貴様らの存在を許してるだけでもありがたいと思ったらどうだ!」

「貴様らなどいつ殺してもいいのだぞ!」

荒い声を上げているのは吸血鬼たち「緋月一族」の侵攻におびえている日本政府だ

この中でもっとも冷静な青年は、今年十九歳になる異能力保有者だ

名前を、冬風夜斗。「図書館」と呼ばれる、異能集団を統括する者だ

それと同時に、魔族による犯罪、魔導犯罪の予防・対応を行う業務も執り行う

つまりは、偉そうな日本政府よりも国民に望まれる存在ということになる

「いっただろう。恩恵(ギフト)は発動に伴い、異常に霊力を消費する。いくら俺たち恩恵保持者(ギフトホルダー)の霊力が普通の人間の数万倍あるにしても連続発動はできない」

「そこをなんとかするのが貴様ら「図書館」の仕事だろうが!」

「…面倒だな。思っていたより言語中枢が死んでる高官と話しているらしい。「図書館」は対緋月一族から手を引く」

「そ、それは困る。貴様らの人権と引き換えだと最初に言っただろう!」

「お前ら前回も同じこと言ってるからな?つい一か月前だがそんなことも覚えていられないほど脳が小さいのか?」

夜斗はため息交じりに言い放つ

その言葉に黙ってしまう日本政府の面々

そう、つい先月の十一月ごろ、暴走したAI戦艦二十隻を沈める代わりに人権を保障するといったものの、一切無視しているのが日本政府なのだ

国民は、「一度言ったことを自分の利益問題によって守らない」といって批判し、今もこの会議が行われている国会議事堂の前でデモが起きているのだ

「信用関係が破綻している今、お前たちが俺に示すものがなんであるべきかもわからないか?」

「……金か」

「そんなわけがないだろう?さすが能無しだ。お前たちは、今すぐ俺たちを開放すべきなんだ。それではじめて対等といえる。そうでなければ、俺はお前らにはつかない。むしろ緋月一族につくかもな」

夜斗はそう言って総理大臣に視線を向けた

「図書館」を非難するでも擁護するでもない飾り、と夜斗は認識している

総理が目を開け、口を開いた

「君たち「図書館」を、どう開放しろというのだ」

「監視の取りやめ。および公務員としての「雇用」、そして国会への参加。これが条件だ。全てに優先権おうけてもらう」

「そんなバカな話があるか!!それでは、独裁を認めろということではないか!!」

総理の隣に座る防衛大臣が叫ぶ

夜斗の要求はつまり、日本政府を取り壊すことだ

「飲めないなら俺たちは恩恵(ギフト)で日本政府に戦争をしかける。緋月一族とも、敵の敵は味方になるかもな」

「うぐ…!」

「…諸君、我々の責務は金もうけではない。国民を守ることだ。私は、この要求を呑もうと考えている」

「総理!?」

「なぜですか!」

「総理、お前は話が分かるようで何よりだ」

「…思い出すんだ。この者が現れた時に見せたあの力を」

夜斗が戦艦を相手とったときに見せたのは、《管理者(アドミニストレーター)》という異能だ

その名の通り、管理する力。すべてを支配。隷属させ、任意の事象を世界に適応させる能力

「図書館」の中でも特に強い力を持つ「administrator class」でも最強にして最恐といわれた能力だ

これにより、反逆を開始したAIをすべて隷属させ、一切の抵抗を禁止したのだ

「ならそれで緋月一族を支配すればいいい!」

「魔族は恩恵保持者(ギフトホルダー)より昔から生きている。特に緋月一族ほど旧い血だと、《固有体積時間(パーソナルヒストリー)》が桁違いすぎる。俺の《管理者》でも当主には効かない。当主は魔族の力を復活させる能力があると聞く。根本的な解決には至らん」

夜斗はそういってせもたれに寄り掛かったキィという音が、静かになった国会に響く

これは最後通告だった。これを知ってなお、卑しいたくらみを実行するのか?という警告だ

「で、俺たちを開放してもいいと思うものは?」

夜斗がもう一度聞いたとき、反対の声はあがらなかった。日本政府崩壊の瞬間である



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二話 恩恵のチカラ

恩恵保有者である夜斗には、直近の部下が三人いる

一人は《創作者(シナリオライター)》という具現化系能力をもつ、アイリス・アクシーナ・アンデスティア

一人は《設定者(コンフィギュレーター)》という改変を得意とする能力をもつ時津風佐久間

そして夜斗以外会ったことがないという、《執行者(エクスキューター)》と呼ばれる決められた事象を実行する能力をもつ九条奏音

夜斗を含むこの四人が実質トップだ

「アイリス、お前どこ行ってたんだ?」

「んー…特にどこってことはないけど、《創作者》で作った銃の試し撃ちだね。かるーく列車砲作ったんだけどさ」

「そんなんどこで打つんだ?」

「試験したのはいつもの場所だよ。千葉県」

千葉県は人が住まない

なぜなら、魔族も人間も忌み嫌う何かが住みついているからだ。人はそれを魔獣と呼んだ

夜斗の《管理者》によって、魔獣は千葉県から出ることはできない

「で、結果は?」

「ダメダメだね。なんて言ったらいいのかな…前に撃つのはいいんだけど、反動計算しなかったから横に撃つと流されてレールが歪むし、確実に脱線する。まぁ、高所作業車みたいにアーム伸ばして固定すればマシになるんだけど、それだと列車砲の意味がないからね」

アイリスは自分の能力の限界を知らない

どこまで具現化できて、どのレベル以上だと疲れるのかもわからない。そんなアイリスは、常に夜斗のそばに居る

「じゃあ最悪レール四本使うとかはどうだ?車体は高くなるが、その分積算は増やせる」

「レールの耐久性に難あり、だね。調べたわけじゃないけど、今の列車砲でもギリギリだよ。バラストがミシミシいってる」

アイリスはそう言いながら対戦車砲を取り出した

砲とは言ったが、基本的には狙撃銃と見た目は変わらない

違うのは、中に使われてる機構だ。その対戦車砲は、スーパーキャパシタというコンデンサを使用したレールガンになっている

貫通力が高く、雷管を搭載しないために破壊力を強めることができる

「それ名前なんだっけ?」

「パラードゼロだよ。まぁ、作成者の私でも呼びにくいけど」

「名前変えろ」

「それがいいかなー。じゃあブレストキャノン?」

「より言いにくいだろそれ」

夜斗は立ち上がり、体を伸ばした

「今日は何かするの?」

「昨日日本政府を壊したから、その記者会見。ついでに過激派魔族の迎撃だな。国民に少しだけ力を見せておかないと、勝てるなんて勘違いをする奴が出てくる」

夜斗はそういってクローゼットからコートを取り出した

アイリスが夜斗の背に向けてハンドキャノンと携帯電話を投げ、そちらを見ることもなく夜斗が受け取る

「もう少し俺の体の横に投げてくれ」

「狙ってるんだけどねー。普段照準補正使って撃ってるせいかな」

「…まぁいい。いつも通り、留守は任せる。国会議事堂の跡地に家建てるけど、それまではこのマンションが根城だからな」

東京都内にある高層マンションの最上階。ここを貸し切って、「図書館」のメンバーを生かしていた政府はもういない

それに、国会議事堂はいらなくなる。ならば新たな家を跡地に建てるのもある意味では間違っていないのだろう

「加減しなよ、夜斗」

「向こうが殺意に呑まれてなければ加減もするさ」

そう言って夜斗は玄関の戸を開いた

 



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三話 デモンストレーション1

記者会見終了後の夜斗は、神奈川県に来ていた

ここには、過激派の魔族がいる

基本的に、緋月一族は日本政府に対等の扱いを要求しているだけだった

日本政府がそれを無視し続けて冷遇したために緋月一族が戦争をしようとしたのだが、夜斗は日本政府を破壊した。それにより、緋月は夜斗を説得すれば良いということになる

それをよく思わないのが過激派魔族だ

つまり、魔族こそ優秀であり、人間を支配すべきだという思想を持つ者の集まり

「…きたか。カメラマンはいるな」

夜斗が見たのは、神奈川県沖に浮かぶAI戦艦だ。あれは一月前のものとは異なり、夜斗の意思で動く。いわばもう一つの体と言えるだろう

そこに乗っているのは、超望遠レンズを搭載したビデオカメラを構える女だ

テレビ局を呼び、デモンストレーションと称して緋月にも人間にも嫌われているものを潰す、という舞台を作り上げたのだ

「あまり殺しに向かないんだけどな、この力。主だって使えるのは管理する力だし。こんなことならアイリスか佐久間にやらせればよかったか」

金髪美少女であるアイリスなら視聴率も高いのではないだろうか。そう考えていると、恩恵保持者を嫌う魔族が飛びかかってきた

「獣人…それも狼型か」

「お前らさえ殺せば、俺たちが国のトップだ!」

そう言って獣人は、海辺倉庫の影から出てきた仲間と共に夜斗を取り囲む

「恩恵を使うべきなんだろうな。仕方がない」

夜斗は恩恵を起動した

歯車が噛み合わざるような音が周囲に響く

「歯車は好きか?俺はわりと好きだ。機械的であり、歯が欠けぬ限り壊れることは少ない」

夜斗の背後に出てきた巨大な文字盤の上で、これまた巨大な針が時を刻んでいる

「《管理者》冬風夜斗の名において権限を施行する」

瞬間、獣人の大半が血に倒れた

ある者にはナイフが眉間に刺さり、ある者には心臓に大穴が開いている

またある者には無数の斬撃跡があり、最初に飛びかかってきた者とその周囲にいた者たち以外は既に死んでいる

「何…を…!」

「時間を割り込ませる、という管理者権限だ。お前たちには「俺が残虐の限りを尽くした」という時間を割り込ませた。今は世界の強制力で何も感じないだろう?」

「ま…まさか…!」

「俺が《管理者》を解除した瞬間に、発動していた間の痛みや絶望感などなど、全てが圧縮された襲い掛かる」

「外道めが…!」

「ふむ。日本国民を陥れようとしていた者に言われるとゾッとしないな。お前らほど外道ではない」

夜斗はそう言って、指を鳴らした

巨大な時計が目を閉じるように消え、全ての能力が解除された

同時に、最初に襲ってきた獣人は細切れになり、灰となって風に溶けた

「第一ウェーブ終了…と言ったところか」

夜斗はそう言って場所を変えるために、ゆっくりと歩き始めた

そして《管理者》で敵の居場所を突き止める。場所的に、海からならよく見えるのではないだろうか

カメラマンが、夜斗の死を撮ってしまうのではないかと冷や冷やしながら見ているのが手に取るようにわかる

「さて…どう仕留めるかな」

夜斗の胸元にはピンマイクが刺さっている

それはスマートフォンにワイヤレス接続されており、ピンマイクの音声はカメラマンの手元にあるスピーカーでカメラに録音される

つまり、カメラマンはその音声をリアルタイムで聞いているのだ

「まぁ、適当に魔術でいいや。爆裂」

夜斗がそう言って手を握ると、カメラにはザクロのように弾ける吸血鬼が映り込んだ

本来吸血鬼は、固有体積時間によって再生能力が変動する。その吸血鬼も、高いプライドを持って過激派に入っているということはかなり旧くから存在するはずなのだが、再生してこない

爆裂は心臓、脳だけではなく、存在を破裂させる魔術だ。吸血鬼という存在を破壊された以上、再生能力はない

カメラマンが目の当たりにしたのは、圧倒的すぎる夜斗の力と、夜斗にいる部下たちによるその他の過激派魔族の虐殺だった



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4話 デモンストレーション2

「ふむ。デモンストレーションとしてはこんなところで良さそうだ」

夜斗はそういって、魔族に突き刺した腕を抜いた

「ばけ…もの…!」

そう言って倒れ伏したのは、強固な肉体を持つ魔族だ

獣人の中でも鍛え上げられており、獣人改などと呼ばれているが、本質は変わらない

「化け物というのは、お前のようなものを言うんだが…ってもう聞こえていないか」

夜斗は踵を返し、歩き出した

「…クローズラインからのエマージェンシーコール…?」

クローズラインというのは、秘匿回線のことだ。命名はアイリスである

「俺だ」

『私だけど、今いい?』

「構わん。どうした、奏音」

『緋月の当主がそっちに行ってる。ちょっとやばいかも』

「当代最強と言われた、世界最古の一族か…。封印状態の俺じゃきついかもな」

『空間転移だから、すぐにくるよ』

「了解。と、来たようだ」

夜斗は《管理者》を起動し、大剣を召喚した

機械的な見た目をしており、所々溢れ出したかのように歯車がついている

その歯車がゆっくりと回転を始め、夜斗はその大剣を満足げに地面に突き刺した

「鬼が出るか邪が出るか…。まぁ吸血鬼だから鬼なんだけど」

大剣の柄の上に両掌を重ねて、来るものに備える

「…ここか…って、だいぶもう片付いているな」

「よう、緋月一族当主」

「…「図書館」の冬風…。じゃあ、この惨状は…」

「そういうことだ。襲われたから迎撃したにすぎん。まぁ、文句があるのであれば受け付けるが?」

大剣の歯車が夜斗の覇気に呼応するように回転する

転移してきた緋月一族当主、緋月霊斗は夜斗と大剣を眺めた

「それが神機、か」

「俺たち恩恵保持者がもつ、お前ら吸血鬼でいう召喚獣だ」

吸血鬼が恐れられる理由は三つある

一つは固有体積時間によって増減する膨大な再生力

何年経っても老いることがない不死性

そして、その血に宿す異界からの召喚獣

夜斗たち恩恵保持者は、その召喚獣に対応するために神機を作り、神機に恩恵(ギフト)を登録することで召喚を可能にした

神機の役割は恩恵によって様々だが、夜斗の神機は全魔力の無効化及び不死性の削除

しかしその機能を使うためには、莫大な霊力を神機に流し込む必要がある。今の夜斗は起動可能なほど霊力を持たない

「で、ここでバトルするか?」

「しない。俺は過激派を殲滅しにきただけだ」

そういって霊斗は両手を上げた

霊斗のパーカーが風に靡いてバタバタと音を立てる

「ならいいさ。今後とも、衝突がないことを祈る」

夜斗はそういって神機を格納庫へと転送した

格納庫は今のところ空を飛ぶ拠点の中にあるが、今後置く場所を検討することになるだろう

「…あ、俺は夜斗って言うんだ。以後お見知り置きを、ってね」

「俺は霊斗。知っての通り、緋月の当主だ」

「よろしくな、霊斗。俺たちは火の粉を振り払うので精一杯…ということにしとくかな」

「…嘘つけ。あれだけ派手に殺せるくせに」

「詮索は無用だ。互いにな」

夜斗は《管理者》を起動する

またしても巨大な時計が現れ、動き出す

「…!」

「戦いはしない。言ったろ。まぁ…何かと大変だろうけど、頑張れ」

そう言って夜斗は拠点へと転移した

「…冬風、夜斗…ね」

取り残された霊斗はそう呟き、残りの魔族を殲滅にかかった



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5話 拠点整備

拠点に戻った夜斗は、今後についてを検討することにした

現在日本本土には政治がない

日本政府が瓦解したからだ。その実行者は無論夜斗

つまりはこれから政治をするのは夜斗、ということになる

「ある種の独裁か。今なら外国が攻めてきてもおかしくはない」

「そうだね。まぁ、恩恵保持者は生きてられるし魔族もどうにかするだろうけど、人間はなぁ…」

アイリスが机に突っ伏し、顔だけを夜斗に向けている

その隣に座っているのは佐久間だ。二人とも街を歩いていれば目を引く美少女である

そして夜斗の隣にはパソコンが置いてある。そこから音声のみで奏音がこの会議に参加している

「俺がやるよりはアイリスがやる方がいいだろう。見た目が可愛ければ釣れる」

「男はそうだけど、女の子まで抑えられるかわかんないよ?私の恩恵はそういうの向かないし」

アイリスは椅子に座り直しながら言った

具現化系能力では、モノを作ることしかできない

そのため、暴動の鎮静どころか一般人にだって殺される可能性がある

四人の中では一番戦闘力はない

「ふむ…。なら佐久間は?」

「僕も無理だろうね。口調的にも、一部のマニアくらいしかつかないよ。そもそもそれで釣ったところでどうにかなるかわからないし」

佐久間は長い黒髪を弄りながら言った

ポニーテールに結んであるため、色っぽさから言ってもまず目を引くだろう

「なら奏音」

『嫌…と言いたいけど、一番向いてるかも。《執行者》は暴動の鎮静も楽だし、外交もある程度やりやすい。私やる』

「しかし…。いくらなんでも国のトップが顔を出さないのはどうなのかな?」

佐久間が意見を出す

奏音は今まで外に出たことがない引きこもりだ

飛行しているこの拠点にいるとはいえ、買い出しも全て夜斗が行っている

それは夜斗の甘さのせいもあるのだが…

『…なら、これならいいでしょ』

ドアがキィィという音を立てて開く

そこから入ってきたのは、雪のように白い髪をもつ少女だ

身長は高くなく、一見すれば中学生かそれ以下だ

「…誰?」

「奏音だ。出てきたんだな」

「さすがに隠すのは無理よ。まぁ隠してる気はないけど」

少女が奏音の声で話す

九条奏音はこの日初めて、同じAdministrator classの前に姿を現した

「…なるほど。本人が出てくるのであれば、多少は問題ないだろう。けど、見た目的にどうなんだい?」

「…ああ。奏音は見た目だけなら幼女だからな」

「見た目が若すぎるのね?ちょっと待って…《執行者》」

奏音が恩恵を起動する

奏音の頭上に魔法陣が現れ、それが奏音の体を通過する

すると奏音は、見た目が高校生ほどになった。大人っぽさもあり、まだ子供っぽさもある

「見た目を変えた!?」

「奏音は予め決められたプログラムを起動するのと似ている。今までにやったことは全部登録されてるから、過去の姿になることができるんだ」

夜斗はそう言って奏音を席に座らせた

普段から中学生の姿というわけではなく、夜斗が部屋にいる時だけあの姿なのだ

特に夜斗の趣味というわけではなく、奏音の偏った知識のせいなのだが…

「まぁいい、とりあえず奏音が表に立つんだね?」

「そうね。私が国を動かすわ。けど、今までとあまり変えないわよ?」

「それでいい。しばらくは混乱を招かんよう、少しずつ変えて行こう」

夜斗はそう言って立ち上がった

それを合図に全員が立ち上がり、会議の終わりを迎える

「追って通達するけど、緋月とは争わない方向で行く。話してきた感じだと、向こうは魔族の立場を人間と同等にすることを目指しているからな」

「了解。こちらも手配するよ。とはいえ、警察も一枚岩ではないから時間はかかるがね」

「頼んだぞ、佐久間」

「私の方で労基に掛け合ってみるよ。魔族雇用機会均等法でも作らせよっかな」

「ああ、労基署の者を呼び出すにはいつもの地上会議室で頼む」

「…私は何をしようかしら」

「奏音は政治を始める用意だな。暇があれば魔獣の殲滅」

「いきなり戦闘ね…。わかったわ」

「さて、始めるか。俺たちの戦争を」

夜斗はそう言って指を鳴らした



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6話 拠点整備2

「…またその姿か、奏音」

「こっちの方が好きでしょ、夜斗」

「そんなことない…と言っても無駄か」

「よくわかってるね」

奏音が夜斗の上に座り、寄りかかる

二人は同じ部屋に寝泊りする。いつのまにかこれが当たり前になっていた

「奏音、《執行者》は安定してるのか?」

「まぁ、一応。少し登録増やしたけど特に暴走はしてない」

そう言って奏音は操作していた端末を夜斗に見せる

そこには奏音が使える技が何個か記載されていた

「見た目操作と反魔力は前からあったが、この…自動操作ってなんだ?」

「私の意思通りに機械を操作するの。例えばあれ」

奏音が掌を向けた先にあるのは、この拠点の副操作機だ

主操作機は艦橋と呼ばれ、三交代制で「図書館」のメンバーが管理している

基本は自動飛行だが、着陸と離陸はマニュアル操作を必要としているため、燃料補給になると今の人数の倍の人員が操作を担当することになる

しかし彼らも休憩や会議をするために長時間あけることがあるため、その間は奏音が計器系を確認するのだ

「《執行者》執行モード、ゼロワン」

奏音の声に応えるように、副操作機が起動する

艦内放送で艦橋にいる操作員に声をかける

「今からちょっと制御かりるから、10分休憩して。楽しんでね」

放送を切った奏音は、《執行者》で自動操作を起動した

拠点用空中要塞が上昇を始める

「…これが自動操作か?」

「だいたいはね。アイリスの能力と組み合わせれば、自立思考固定砲とか作れる」

「便利だな、それ」

「各地におこう。自動操作は龍脈を利用して霊力を補給するし、刻印できるから本当に自動にできる」

「最高だすぐやろう」

夜斗はそう言って従者を呼び出した

「お呼びですか、主様」

「雪音、今すぐアイリスを呼び出してくれ。あと貨物列車の会社に連絡して各地に搬送準備を要請」

「承知いたしました」

従者雪音は、仰々しく頭を下げ、扉を閉めた

雪音は《破壊者(デストロイヤー)》という恩恵を持っているが、その特性上1対多に向いている

故に、緋月一族にはノータッチになってしまう。殲滅する気はないからだ

「私はとりあえず、国会議事堂壊してくる。あんなのお金の無駄」

「地上拠点を作るか。うちの資金で」

「ん。税金使うまでもない」

二人はそう話して、アイリスがくることになる応接室に向かった

尚、この応接室は誰かを招いたことはない。どちらかといえば、夜斗の部屋に入らない人たちと話すための場所だ

アイリスや佐久間、従事員が夜斗と話すための部屋、ということになる

外から人を招くことはない

「少しずつ…変えて行こうか」



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7話 改善

ひとまず、図書館が国を運営し始めてから変わったことがある

一つは税金の使い道だ。アイリスがなんでも作れるために、金はあまり必要なくなった

図書館の給料を支払って余りは全て国のために使える

強いていうのであれば、新設した図書館の拠点「第零禁書庫」と、関西支部「第一禁書庫」に少し運営費がかかってしまうが、居住地は許せということらしい

そしてさらに、犯罪が減った

夜斗は今までの懲役刑・禁固刑を無くすよう指示した。代わりに導入されたのが拷問刑

アイリスが作った拷問器具を使用する刑だ

最初こそ非人道的だとマスコミが騒いだものの、それを無視して奏音が実行し、あらゆる罪に対しアイリスが気まぐれで拷問をするため、恐怖が勝ったのだ

「こんなところね。少しは治安が良くなったわ」

「ある意味恐怖政治だけどな。まぁ、非犯罪者には関係ない話だが」

「問題があるとすれば、アブノーマルな性癖をもつものが再犯を重ねるくらいだね」

「そんなこと言われても…。私の能力じゃ創るだけだからなぁ」

四人は日本政府瓦解から一ヶ月後の今日、会議をするため空中拠点に集まっていた

普段は夜斗と奏音は東京に。アイリスと佐久間は関西にいる

支部を増やすという案もあるのだが、それにはまだ恩恵保持者が足りなかった

「アイリスがいれば建物がすぐ建つのはいいな。霊力は結構使うみたいだが」

「まぁそれはしょーがないよ。一応創ったあとはすぐ寝てるし、まだいい方だよ?」

「そうだとしても、あまり多く創らない方がいいんじゃないか?軍備もお前が作ることになってるだろ」

「そーだね。まぁ、一個ずつしか作れないけどさ」

アイリスが創ったのは、光学迷彩を搭載した戦闘機だ

これが自衛隊に好評で、とてつもない勢いで搭乗希望者が増えた。そのためアイリスは、一日一台これを作ることにしている

「現行機と違って石油系燃料は使わないから地球温暖化的にもいいし」

「それはそうだが…無理はするなよ?」

「ほーい」

「あと問題があるとしたら何かしら?」

奏音が訊ねる

国民からくるのは賃金の話ばかり。そんなもの国に言われても困る、ということで企業に呼び掛けるに留まっているのが現状だ

「そうだね…。あと考えられるとすれば海外からの強襲をどう防ぐか、だね。いくらアイリスが創った空間転移装置があっても、霊力が結構使われるからさ」

アイリスの創ったテレポート装置は、転送される人の霊力を大きく消費する

といっても恩恵保持者にとっては大したことはないのだが、連続でやるとなれば話は変わってくる

その上、それぞれの神機の機能を使うことを考えると微妙なところではあるのだ

「…空間転移装置は何とかするしかないな。外部バッテリーで国中の国民から少しずつ集めるくらいしかない」

「まぁ特に普通の人間には影響がないからね。そういえば僕の《設定者》で少し龍脈の向きを変えたよ。一応禁書庫を通るようにして、空中拠点の駐留地に流れるようにしたから、少しは霊力補給に使う時間が減ると思う」

「それはいい。流石だな」

佐久間は地球そのものの機能設定を改変し、可能な限り搭乗員の負荷を減らした。それだけで恩恵保持者の負担は減る

「私の方だけど、《執行者》の内容を増やしたわ。といっても神機の機能を拡張するアドオンを作っただけだけど」

「どんなやつだ?」

「私の神機が大型ライフルなのは知ってるわよね?あれの機能って、弾丸を作るってやつなんだけど、それに非殺傷弾を追加したわ。暴徒鎮圧用ね」

「それはいいな。うまく使えば遠距離からでもやれる」

遠距離というのは数キロのこと…ではない

数百キロを誘導して当てるのが《執行者》こと奏音の得意技なのだ

今までは所属不明航空機を撃ち落とすことしかしなかったが、これからは暴徒鎮圧───つまり国内にも使える

「幅が広まったな。まず一歩、だ」



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8話 ゴースト・ブレーン

「…なんて?」

夜斗がお茶を飲んでいると、アイリスが唐突に噂の話をした

それを聞いて夜斗は自分の耳を疑い、聞き返す

「だーかーらー。最近精神整形ってのが流行ってるの。その病院に行くと、人が変わったかのようにいい子になるんだってさ」

「ほーん。それがどうかしたのか?」

「おかしいと思ってさ。私の高校時代の友達が受けたんだけど、それをやったあとは本当に人が変わったみたいだった」

「それが問題なのか?」

夜斗はイマイチ論点が分かっていない

そして次のアイリスの言葉で、ハッとする

「私のことを知らなかった、って言ったらどう?昔一緒に旅行するくらい仲がよかったのに」

「…そういうことか」

要するにアイリスは、脳の移植手術が行われているのではないか、と言ったのだった

脳の移植手術は、肉体に深刻な障害がある際に、他人の体をもらうための手術だ

長らく禁忌とされていたものだが、何を血迷ったのか日本政府が許可した

それにより、裏取引ではその素材となる人間が多く取引されてしまう

「けど純粋に忘れた可能性はないのか?」

「さぁね。わかんないけど、今から潜入してみようかなーって」

「危険すぎるだろ。お前が自分で危ないって言っているのに」

「大丈夫だよ、魔術人形使うから」

アイリスの恩恵《創作者》で作った人間に、アイリスの意識を飛ばす

それが魔術人形だ

潜入捜査から買い物まで様々な用途に使われている

「それならまぁいいんだが、霊格を奪われるタイプだと戻れなくなるだろう」

「魔術人形は霊格を飛ばしてるわけじゃないよ。言ってみれば私の命令に忠実に従うだけだし」

アイリスそういう間にも魔術人形を構築する

見た目は普段金髪のアイリスを黒髪に、金の目を黒にしたようなもの。普段買い物に使う魔術人形だ

ただし、髪と目の色が違うだけで印象は大きく変わり、真面目でお淑やかな美少女にうってかわる

「で、いってもいい?」

「目的は、その友達を取り返すためか」

「うん。恩恵保持者になっても、たまに遊んでくれたし、今でも遊んでる。私から奪う者を許す気はないよ」

アイリスが静かに言う

夜斗にはわかる。完全にキレてしまっている

「一人ではダメだな。佐久間か、奏音を連れて行け」

「なんで!?」

「今のお前は冷静ではない。まぁそれはわりといつもだが、どうやって助ける気だ?相手の体もない状態で脳だけ助けたとして魔術人形にでも入れる気か?」

「それは…」

「まずはその子の体を探すところからだ。見つけたらすぐに突入させてやる」

「ほんと!?」

「二度は言わん。やれ」

「わかった!」

アイリスは空中拠点にあるヘリコプターの格納庫に走っていった

夜斗は自分の部下である雪音に、アイリスを監視するよう命じた。さらに、非常時には雪音自身の禁じられた恩恵《破壊者(デストロイヤー)》の使用を許すことにした



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9話 ゴースト・ブレーン2

深夜零時。夜斗は繁華街を歩いていた

「お兄さんお店よってかな〜い?」

「…先約がある」

「そんなこと言わずに〜」

「…二度は言わん」

「え〜」

猫撫で声で夜斗に話しかける若い女を適当にあしらっていた

先約があるというのは嘘だ。しかしこの場所を歩いているからには理由がある

「そうだ、なら聞きたいことがある。槻宮琉那という女を知っているか?」

「答えたらきてくれる?」

「良かろう」

「なら教えてあげる。ついてきて」

女の後を追って店に踏み込む夜斗

突然のスタンガンや薬物に対応するために、《管理者》にて電撃耐性と薬物耐性を付与するのを忘れない

「座って。お酒のお金はあるの?」

「ある。経費につけるからな」

「じゃあ教えてあげる。私がそうよ」

「…は?」

「私が槻宮琉那。よろしくね」

露出度の高い服を着こなすこの女性が、アイリスの元同級生…の、体を利用している悪魔

そう聞いて夜斗は、銃を抜こうとした。が

(ない…。そういえばアイリスにメンテ頼んだな)

完全分解(オーバーホール)のために預けてしまったため、いつも使っているハンドガンは持ってきていない

かといってナイフを使うほど戦闘能力が高いわけでもない

(神機を出すか…?いや、まだ早いか)

「どうしたの?」

「いや、小耳に挟んだんだが、精神整形を受けたらしいな」

「よく知ってるね。小林整形内科ってとこで受けたよ」

「まだやってるのか?」

「やってるんじゃない?整形後定期メンテとかはないからわからないけどね」

そう言って琉那は酒を呷った

(収穫は薄いか。なら仕方がない)

「飲まないの?」

「外に出る気はないか?」

「お持ち帰りってこと?いいよ、いこ」

夜斗はプランBに移行することを決めた

外。ピンク色のホテルが立ち並ぶ通りにきた二人

「さて、この辺りでいいか」

「私のハジメテ食べられちゃう?きゃー!」

「…わかっていて言うな。俺は冬風夜斗。恩恵保持者の頂点に立つ者だ」

《管理者》が起動し、時計が現れ時を刻み始める

時を刻む速度が早まり、分針が秒針のような速度まで速くなった

「答えろ。手引きした魔族は誰だ」

「…なんだ、そこまで知られちゃってたんだ。隠せてたと思ったのに」

琉那は楽しそうに。それでいて寂しそうにわらった

否、琉那というよりは中にいる「別のもの」が

「はじめまして、冬風夜斗。私は夢を操る者・サキュバス…の、末裔。もう私しかいないと思うけどね、サキュバスは」

「…つまりお前が医者を唆し、脳を入れ替えさせたのか?なんのために?」

「…私はサキュバス。サキュバスは見た目がすごくいい。人間を誑し込むために必要な武器だからね。けど、私はそれを持たなかった。すごくコンプレックスだったんだけど、そんな中で日本政府は脳の移植を許可したの。だから手頃な美少女捕まえて入れ替えた、ってこと」

「琉那自身の脳はどこだ。それとお前の体は」

「どこかな。手術された時に聞いたのは、入れ替え。実際にされたのは脳の保存かも」

「急ぐ必要があるな…!」

夜斗は《管理者》による空間転移を起動するために立ち上がる

そんな夜斗の腕を掴んで離さない琉那

「ねぇ、私は間違ってたの?」

「知るか。可愛くなりたいってのが女子の心理だとしても、肉体の入れ替えを結構するに至るとは思えねぇな。それに俺はお前と思われるサキュバスを見かけたことがある」

夜斗はそう言って転移術を起動し、小さく離せと呟いて腕を離させる

「少なくとも、平均以上には可愛かったと思うがな」

夜斗は転移し、その場には琉那だけが取り残された

「…ばか。幻想の道(ファントムロード)!」

起動された魔術が、琉那を覆い隠す

そして転移魔法陣を形成し、夜斗がとんだ場所を捕捉してその場所に転移する

と…そこには惨殺された医者がいた。その医者はこの整形を勧めてきたものであり、執刀を担当した者だ。傍にたつ夜斗の右腕は、どす黒い赤に染まっていた



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10話 ゴースト・ブレーン3

夜斗は血の滴る腕を眺めた

《管理者》を起動し、腕を払いつつ血を飛ばす。時間を巻き戻し、汚れを落としたのだ

「なん…で…?」

「俺の部下のためだ。なぁ、アイリス」

「なーんだ、バレてたんだね」

物陰からアイリスが前に出て、医者だったものに目を向ける

「これが犯人?」

「ああ。黒幕は別だと思うが、実行犯はこいつだ。多額の報酬の履歴もあった」

「…ねぇ…。なんで…なんで殺したの…?」

「…別に死に切ってないよ。夜斗なら生き返らせることもできるし」

「《管理者》蘇生」

夜斗の背後に出た時計の長針が右回りに、短針が左回りに回転して10時10分あたりで止まった

医者が時間を巻き戻すかのように傷が治り、立ち上がる

「な、なんで生きて…」

「…ミリオン・レイン!」

アイリスの目が鮮血の如く鮮やかな赤に染まり、《創作者》が暴走を始める

恩恵は使用者の殺意に過剰に反応する性質がある。そのため、殺意が最大限まで高まったアイリスの恩恵《創作者》が暴走を始めたのだ

アイリスは建屋を塵に変え、医者を取り囲むように槍を形成した

その数は1万やそこらではない。さらに生成は続いているため、増え続けていることだろう

「アイリス…。そこまで憎いか」

巨大時計がギリギリと音を立てる

長針と短針を残して時計が消え、二本の針が夜斗の手元に移動し、剣に形を変えた

左手に短い剣、右手に長い剣を握り、夜斗が構えをとる

「受けてやる。俺の最強でな」

琉那が見守る中、医者を殺すか守るかの戦いの火蓋が切って落とされた

「全発射!」

「フルバースト!」

夜斗の剣がそれぞれ赤と黒に輝き、それが夜斗自身を覆い尽くす

「バーストレベル5だどうにかなれ」

夜斗は襲いくる槍のうち、人に当たりそうなものだけをピンポイントに叩き落としていく

バーストモード。恩恵保持者が霊力を何倍かに濃縮して体に流すことで、神経伝達物質の加速や反射神経運動能力の強化をもたらす

Iレベルにつき二倍。つまり最大レベルである五で三十二倍となる

神機を使わないのは、大きすぎて取り回しが効かないというのと、アイリスを殺すつもりがないからだ

「ギリギリ…だな…!」

アイリスは霊力を最大限に使い続ける、いわばリミッター解除状態

対する夜斗は霊力を微量にしか発揮できない封印状態。差は歴然だが、それでも対抗できているのは素の保有霊力量の差と、恩恵の適性度の高さによるものが大きいだろう

「仕方がない…こい、夜刀神!」

夜斗が剣を投げ捨て叫ぶ。現れたのは夜斗の神機だ

「神機、解放!」

夜斗の神機が形を変え、弓になる

解放したから変形するわけではない。変形自体は解放前にも可能だ

しかし、神機解放状態の力を使うのに最適な形状は弓。それ故に変形させたのだった

「さて、耐えてみろアイリス。《創作者》ミリオン・レイン!」

夜斗の弓から無数の矢が発射される

それはアイリスが放つ槍を一本ずつ正確に打ち砕いていく

最初は拮抗していたが、徐々にアイリスの手数が押し負けている。そのため夜斗が優勢だ

「これが《管理者》の力だ。よく覚えて置くといい」

夜斗が大きく弦を引き絞る

形成された矢は巨大で、捻れが付け加えられているのが琉那にも見えた

「《創作者》一撃必殺(ワンポイントショット)

「ワンポイントショット!」

夜斗が放った矢は、アイリスの放った巨大な槍を貫いた

それは驚きを前に形成された盾を全て貫き、アイリスの胸に穴を開ける

「…無力化(return 0)

夜斗が呟くと矢が霧散し、アイリスが前のめりに倒れたそれを受け止めたのは

「わた…し…?」

「私の体、返して。おいで、刻々帝(クロノス)

現れた少女がアイリスを受け止めつつ、夜斗と同じような時計を召喚する

逃げようとする琉那の周りに数多の琉那が現れ、行手を阻んだ

「なに…これ…!」

「私は精霊…。精霊はその身に概念武装と呼ばれるものを宿す魔族。私の概念武装は、トキを操るの。私の体を盗んだのは間違いだったね」

少女は本物の琉那、ということだろう。つまり本物の琉那が使っている体は、おそらく琉那の体を使っている存在のもの

特段見た目が悪いわけではない。むしろサキュバスとしては平均以上の見た目を持つその体を自分のもののように操る琉那は、自分の体に向けて長銃を向ける

「返して。早く」

「で、でも…脳が入れ替わってるのに…どうやって…」

夜斗が左手を前に出し、掌を琉那の体に向ける

「《管理者》テレポート・アポート」

琉那の視界が暗転し、車酔いのような感覚が身体中を駆け巡る

「…!戻っ…た…?」

「《管理者》の能力で脳を入れ替えた。同時に、俺の仲間が脳の設定を変えてそれぞれ元の体に最適化しておいてやった、感謝しろ」

夜斗は視界の隅に映る人影を見た

機械的な天使の羽で空を飛ぶ佐久間の姿を

『全く…。僕がいなければ何もできないね、夜斗』

「今回ばかりは助かったぜ、佐久間。さすがに入れ替えるだけじゃ動かなくなるしな」

『僕はこのまま拠点に帰るよ。あとはお願いすることにしよう』

「サンキュー」

通信回線で話しかけてきた佐久間から意識を外し、泣く少女に目を向けた

琉那を乗っ取っていたサキュバス。罪悪感からか体が戻ったショックからか、意図せず涙が出るのだろう

「私は精霊。だから貴女に言ってあげる」

「何…を…?」

「貴女、別に可愛くないわけじゃないからね。私が精霊だから段違いなだけで」

「なぜ傷を抉るんだお前は」

夜斗はため息をつきながら、顔を上げた少女から目を逸らした

夜斗にはこの二人より優先すべきものがいる

「生きてるか、アイリス」

「…まさかなんの躊躇いもなく私に神機解放するなんて思わなかったよ」

「躊躇ったさ。暴走を止めるのに一番最適だったろ?」

横たえられたアイリスが、差し出された夜斗の手を掴んで起き上がる

足の泥を払い、琉那を見る

「…ここに私たちはいらないね。あ、夜斗私の背中払ってよ。だいたい夜斗のせいなんだからさ」

「はいはい…わかったっての…」

夜斗とアイリスは、腕時計の文字盤を押し込んだ

それぞれの周りを数字が駆け巡り、転移装置を起動させる

「待って、冬風夜斗。アイリスを置いていって」

「何故?」

「私の友達だから。会えなくなるのは、嫌」

「…別にこいつ殺すわけじゃないんだけどな。って言ってるが?」

「んー…。琉那、また明日…ね?」

夜斗とアイリスは腕時計に霊力を流し込み、転移を実行した

その場には、琉那とサキュバスが残された



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11話 アカツキ・オンステージ1

「さて…と」

夜斗は目の前にいる三人の美少女を眺めていた

アイリス、琉那、サキュバスこと咲良の三人だ

少なからず平均以上に優れた見た目を持つ三人と夜斗が何故一緒にいるかというと、「図書館」でゴースト・ブレーンと呼ばれるようになったあの一件以来琉那と咲良がよく呼び出すようになったからだ

「とてつもなく面倒…帰りたい」

夜斗はまだ数多の書類仕事を残している

強いていうのであれば、今こうしている間にも増えているのだ

それと同時に、まるで嫉妬深い恋人のように怒る奏音の相手をするのも面倒なのだ

夜斗が夜遊びに行けば怒り、撫でれば笑い、隣にいれば四十ニコニコしている奏音だが、女子といるというだけでムスッと…しているようには見えないのだが、かなり機嫌が悪くなる

「アイリス、帰りたい。仕事がある」

「私もあるけど琉那が夜斗に会いたいっていうから連れてきたんだよ。惚れさせた自分を恨んでねー」

「これ以上厄介者を増やすな…」

夜斗はそう呟きながら、この後の予定を思い返す

このまま夕方6時頃までこの三人に付き合い、その後夜7時から霊斗の家で会合…ということになっている

向こうが要請してきた会合故に、行かなくても問題はないのだが…

「少し…よくない噂もあることだしな」

「何かあったの、夜斗?」

アイリスが話しかけてくる

この口調は何があったかわかっている時の静かなものだ

「…いや。楽しむか」

夜斗は《管理者》を起動し、大通りの近くにある廃ビルの屋上へと転移した

「なんでここなの?」

「仕方ねぇだろ。大通りのど真ん中にポンと出てきたら大騒ぎだ。特にアイリスみたいな金髪じゃあな」

「魔術人形の方がいいかなー」

「それじゃ意味ねぇだろ。楽しめ」

夜斗はそう言って指を鳴らした

《管理者》がアイリスの見た目を、買い物用の魔術人形と同じ見た目に変える

「これなら目立たないだろ」

「…常に巨大時計(それ)が出てるよりはさっきの姿の方がマシだよ?」

「ん?ああ、透明化させる」

夜斗が指を鳴らすと、《管理者》の時計が消えた

アイリスには気配が感じられるが、見えない

その違和感がアイリスの右目に映る

「…消えた?」

「アイリスには見えてるかもな。流石に俺とて情報次元(イデア)には干渉することは難しい」

夜斗はそう言って歩き出した。帰るわけではない、あらかじめ三人から聞いていた目的地に向かうためだ

「少しくらい…楽しんでもいいかもな」

夜斗はついてくる三人を横目に、少し楽しそうに言った



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12話 アカツキオンステージ

「ふぅ…今日も疲れたな」

霊斗は自宅の前に転移し、鍵を開けて中に入った

「ん…あ、邪魔してるぜ」

そんな霊斗を迎えたのは、ダイニングの椅子で寛ぐ夜斗の姿だった

「……!?」

口をパクパクさせて霊斗が夜斗を指差すのと同時、ライフルの銃口が霊斗の頭に突きつけられた

「夜斗に指を向けるなって、私言わなかったかしら」

「言われてない!絶対言われてない!」

「奏音、やめてやれ」

神機を下ろした奏音が夜斗の隣の椅子に座り、神機の召喚を解除する

「お前らなんでここに…。って天音は!天音がいたのにどうやって入った!?」

「その天音ちゃんに招き入れられたんだ。つか呼んだのお前だろ」

夜斗はそう言って便箋に入った紙を霊斗に投げた

そこには、天音の字でこう綴られていた

“拝啓、冬風夜斗様。我ら魔族が統治者・緋月霊斗自宅における懇親会の開催を通知致します。パートナーをお連れの上、ご参加ください。また、日時及び時間については、明日の午後七時頃を予定しております。よろしくお願いいたします”

「あ〜ま〜ね〜!」

「まぁそう怒るな、緋月当主。本来なら俺が開催し、通知せねばならんことだ」

夜斗はそう言いながら机の上に置かれたコーヒーを手に取り口に含み、吹き出した

「天音ちゃんコーヒーに何入れた!?」

「え?砂糖と間違えたフリをして塩を入れてみたんだけどどうかな?」

「どうかなじゃないわ!あとフリって言ったな?完全にわざとだよな?」

「…天音、あまり遊ばないでほしいわ」

「ごめんねー」

クスクスと笑いながらキッチンから天音が顔を出す

瞬間、霊斗は魔術を起動、火の矢を天音に向けて飛ばす

「《執行者》執行モード、ゼロワン。シールド」

奏音の小声に反応し、神機が遠隔で天音の前に障壁を張った

それが火の矢を受け止め、掻き消す

「女の子に手をあげるものじゃないわ、緋月霊斗」

「また銃口を向けた!?銃口を人に向けちゃいけないって習わなかったのか!」

「「図書館」の狙撃手が人に向けないわけがないだろう?日本政府壊す前は奏音が反「図書館」勢力から防衛していたんだからな」

夜斗はそういって新しく天音がいれたコーヒーを飲む

そして机の上にカップを置き、霊斗の方に体を向ける

「今日きたのは他でもない、他国の魔族のことだ」

「…聞こう」

霊斗は夜斗の前におかれた椅子に座り、その横に天音が座る

「時間を開ける意味もない、本題に入る。まず他国が攻めてきた場合、自衛権で駆逐するのは当たり前なんだが」

「当たり前ではないだろ…。それで?」

「その際魔族が入っていた場合どうするかなと思ってな。日本の魔族はお前に文句つければいいし八つ当たりもお前でいいが」

「よくはないな!?」

霊斗は思わず叫ぶ。当然だ、過激派の所業の責任まで負うなどという理不尽を宣言されたようなものだからだ

「過激派はどうでもいい、殺すからな。穏健派もよく思わないものがいるだろう。そういう奴らがきた場合はお前に八つ当たりする」

「…理不尽だ」

「海外の場合、穏健派も過激派もない。故に消そうと思ったんだが…。それは緋月でどうにかなるのか?」

夜斗はそう言いながら奏音に目を向けた。奏音は視線を受けて、パソコンによって動画を見せる

そこに映っているのは、欧州型吸血鬼だ。路地裏にて、抵抗できない日本人女子高生を拘束し、服を剥いでいる

「これは…!」

「見て分かる通り、欧州型…つまりはイギリス辺りの魔族だ。まぁ無論このあと消したんだが、これが問題だと言われると困る」

映像では、頭部に狙撃を受けて倒れる吸血鬼が映った

天音の前に座る奏音による狙撃だろうと予測したと同時に戦慄する

映像に映っているのは岐阜県だ。電柱にそう書いてある

仮に支部がある大阪から撃ったとしても、かなり遠距離だ。この距離を狙撃したのであれば、その恩恵(ギフト)の力は計り知れない

「…それは、俺がなんとかする。この映像をもらってもいいか?」

「ああ。奏音」

名前を呼ばれた奏音は立ち上がり、椅子にかけてあった女子らしいポーチから、女子らしからぬモノを取り出した

それはUSBメモリだ。見た目はビジネスマンが使うような、かなり質素なもの

「これに映像が…?」

「ああ。存分に役立ててくれ」

夜斗はそういって奏音から受け取ったUSBメモリを霊斗に向けて無造作に投げた

それをキャッチした霊斗が、そのメモリを眺める

「魔術妨害術式…」

「それも奏音の恩恵だ。一応暗号化してるからな、それを魔術で解かれては困るだろう」

「暗号化解けないぞ、俺」

「それは大丈夫だよ、霊くん。解析ソフトさっきもらったから」

「使えるのか…?」

「よゆーだよ。私だもん」

天音はそういってVサインをした

夜斗はそんな二人を見て口端を微かに持ち上げる

「さて、仕事の話はこれで終わりだ。あとはお前から要望はあるか?」

「あ、ああ…まず───」

霊斗と夜斗の会談は夜通し行われた

 




緋月からの要望は、緋月一族編にて発表されます(多分)
そちらでご覧ください


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13話 恩恵の代償・アイリス

アイリスは立ち上がった

立っている場所は、日本でも類をみないほど危険な崖だ。過去には自殺の名所、などと言われていた

旧福井県坂井市にあるこの崖で、アイリスは両手を広げて目を閉じる

「起きて、《創作者》」

アイリスの澄み渡る声のあとで、アイリスの神機が強制的に召喚され、アイリスの右腕に現れた

そしてその神機を胸の前で持ち、左手を前に出す

「神機《レッドタブレット》」

アイリスの神機は、地球の記憶に接続することで万物を知ることができるものだ

形状は赤い半透明の板の左下に、手のひらサイズの機械が取り付けられたような姿

これから得た情報を元に、アイリスは《創作者》を使用する

一度創り出したものは神機無しに作り出せるものの、初めて何かを作るためには神機が不可欠なのだ

「んー…今度は何作ろっかな。アッシリアレンズでも作ろうかなぁ」

アッシリアレンズというのは古代の秘宝ともいえるオーパーツのことだ

空間をねじ曲げる力を持つと言われているものの、実際にはそんな力はない

しかし《創作者》は伝説を付与することで、実現させることが可能だ

「…誰?」

アイリスは虚空に向けて声を発する

何者かの気配に驚くと同時に、《創作者》にて魔術人形を数十体展開する

「あー、悪りぃ悪りぃ。こんなところに人間がいるとは思わなくてなぁ」

姿を現したのは、全身黒い服に身を包んだ青年だ

見た目年齢的には夜斗と変わらないだろう

「…君はだれ?」

「霊桜黒鉄。異能力《暴喰者(グラトニー)》を扱う非人間だ」

「恩恵保持者!?未確認の恩恵があるなんて!」

アイリスは魔術人形を黒鉄に向けて走らせる

「《暴喰者》喰い尽くせ」

黒鉄の右脚から真っ黒な奔流が魔術人形を飲み込み、丸ごと消えた

「なんっ…!?」

「…《創作者》アイリス・アンデスティアか。まぁ安心しろ、俺は貴様らの敵ではない」

「そう言われて信じるほど私が酔狂な人に見えるのかなぁ?」

アイリスは槍を形成する

アイリス自身が暴走したとき、夜斗に使ったあの量の倍

「ミリオンレイン!」

「グラトニーソード」

再度黒鉄の右脚から溢れ出した黒の奔流が、黒鉄の右手で片手剣を形成する

なんの変哲もない、ただ真っ黒なだけの日本刀のように小さな両刃剣だ。これでどう凌ぐつもりなのか、アイリスは思考を巡らせながら槍を放つ

「っしゃおらぁァァァァァァ!!」

黒鉄は走り始めた。それを追撃するために、アイリスは槍の範囲を広げる

「うおまじか、狙いを変えるかと思ったんだが…。神機解放!」

黒鉄の右腕につけられた、剣と繋がっている腕輪が魔族の魔力と同じ波動を出す

「っ…!魔族反応!?」

「…あー、こっちの世界の異能力者は魔力じゃねぇのか。まぁいいや」

黒鉄の右手に握られた剣の体積が増え、生物的な機甲が蠢くものに変わった

そして黒鉄は神機を目の前にもってきて両手で攻撃を受け止めるように構えた

「隙間から殺せるよ!」

アイリスは神機すれすれを狙って槍を飛ばす

それを阻んだのは、やはり黒鉄の神機だった

「…何それ…!」

「装甲展開しただけだ。何も驚くこたぁないだろ」

「…何も知らないんだね、君は。レッドタブレット、神機解放!」

アイリスが突き出したレッドタブレットが赤く光り輝いた

「それが神機…だと…!?」

「バーストモード」

アイリスの声が響くと同時、アイリスの目の色が物理的に変わった

暴走状態を示す赤へと

 



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14話 恩恵の代償・アイリス2

「…!ここは…」

アイリスが目を覚ますと、目の前には白い天井が広がっていた

右には窓があり、そこからは東京の街がある程度見える

「図書館」は国会議事堂を潰した跡地に高層マンションを作った

無論アイリスの力ではあるが、それにより「図書館」用の居住地は限定できたのだ

関西支部は別途高層マンションを作ろうとはしているものの、未だにアイリスが気乗りしないため空中拠点と支部を行き来する生活をしている

「バーストモードに移行したことを確認したから連れて帰ってきたのよ。おはよう、アイリス」

「…奏音…また、暴走したんだね、私…」

「そうよ。最近のあなたはよく暴走するわ。連れ戻すのにグレイプニルをどれだけ飛ばしたことか」

グレイプニルというのは空中拠点の名前だ

命名は作成者であるアイリスだ。しかし動かしているのは奏音の《執行者》

つまり、アイリスが暴走を始めたのを感じ取って、自身の代償を気にせずグレイプニルを飛ばしたのだ

「…ごめん」

「とりあえずはいいわ。新しい恩恵保持者の件もあるし。あとでまたくるわ」

奏音はそう言い残して、ベッド脇に置かれていた丸椅子から立ち上がった

「…奏音」

「何?」

「…その、ありがと…」

「…えぇ。受け取っておくわ」

奏音は部屋を出て行った

この部屋はアイリスの部屋というわけではなく、仮眠室となっている

「…代償…。私の代償は、この身に受ける…過剰な呪い」

アイリスはそう言って体を起こした

検査の際の安全のために外された、転送装置付腕時計を手に取る

霊力を流して屋上へと転移し、寒さに震えた

「私ほとんど服着てないじゃん…寒いわけだね。《創作者》」

アイリスは服を構築して着た。靴も、普段は履かないようなヒールだ

「あいっかわらず歩きにくいなぁ。さて、と」

アイリスは指を鳴らして神機を召喚した

「…検索条件は〜…アイリス、恩恵、代償っと」

レッドタブレットのいいところは、アイリスが欲しい結果を短いキーワードから検索することができるところだ

それ故に、知って後悔する情報であっても正確に出てしまうのが悪いところと言えるだろう

表示された検索結果は、想像を絶するものだ

“検索結果:一件【Administrator Class保持者以外への嫌悪・恐怖・拒絶反応及び暴走】”

つまり、夜斗・奏音・佐久間以外を信用することはなく、恋人を作ることもできない

言ってみれば、夜斗以外の異性に嫌悪感まで覚える。これが《創作者》の代償だ

大きな代償には見えないだろう。しかしこれには、大きな影響が隠れている

「んー…。冬風夜斗以外への異性恐怖症、かぁ。それも重度みたいだね、私のは。だから黒鉄…だっけ、あの異端児相手に暴走した」

アイリスはそう言いながら跳び上がり、フェンスの上に乗った

神機が両手を広げたアイリスの邪魔にならないように視界の隅へと移動する

アイリスは誰かに話しかけるかのように、言葉を紡ぎ出す

「いっそ死んだほうが楽かもしれないけど、私には夜斗がいるからね。異能力者として淘汰されてた私を、圧倒的な力で救い出した夜斗がさ!」

アイリスはフェンスから飛び降りた

足元に広がるのは空、そして遥か遠くに地面だ。そして重力に従い、落下を始める

「…」

「手間のかかる奴だな、全く」

途中でアイリスをお姫様抱っこという形で助け出したのは、夜斗だ

「さっすが私の主様だね、夜斗!」

アイリスは夜斗の首に抱きつき、その頬に唇を当てた



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番外編 未来

《管理者》ではなくなった夜斗は、街を歩いていた

隣には奏音と、子供がいる

その子供の名前は楓。夜斗と奏音の間に生まれた娘だ

「楓、あまりはしゃぐなよ」

「お父さんは心配症だね。お母さんとイチャイチャしてたらちょーどいいよ」

「…誰に似たんだか。なぁ、奏音」

「そうね。私たちの子どもだから仕方ないわ」

奏音はそう言いながら《執行者》を起動する

グレイプニルは経年劣化で廃棄され、新しくスピリダスという航空要塞が配備された

奏音に代わりアイリスが政治を取る中、夜斗と奏音は隠居生活を送っていた

「遊んでくるね」

「夕飯までには帰りなさい」

「はーい」

楓が走って友達の元に移動すると同時、ワゴン車が楓たちの横に車をつけた

「…奏音!」

「執行モードゼロワン、転送!」

奏音が神機を召喚し、弾を込めるより早くワゴン車から黒ずくめの男達が、楓とその友達たちを車に連れ込み、発進した

「《管理者》…は使えねぇんだった、紫電…!」

「やめなさい夜斗!それ使ったら楓も吹き飛ぶわ!」

「…《管理者》から解放されたらこんな弊害が…」

夜斗は交差点を左折した車を見送ることしかできなかった

 

自宅にて

夜斗は自室の机の前に置かれた、欠けた歯車を手に取った

《管理者》を失った時からここにある。動かそうと思っても、忘れていた

「…お前がまだ、俺の元にいるなら…」

奏音が扉の前で夜斗を呼ぼうとして動きを止める

そして聞き耳を立て始めた

「……これが、神機の欠片なら…」

夜斗が歯車の欠片を手に取り、持ち上げる

「…神機解放…!」

歯車から溢れた十六進数の羅列が、夜斗に吸い込まれる

そして夜斗の意思をそのまま、連れ出した

『せっかく解放したというのに、酔狂な人ですね、主様』

「夜刀神…ってことはあの欠片は…」

『登録されていた《管理者》の力そのものです。貴方は一度、幸せを手にするためにそれを手放しています。それでも、また使うのですか?』

紫の髪を持つ女性が、真っ白な世界で夜斗に手を差し出す

夜刀神…つまりは、夜斗が過去に使っていた神機。その意思

「…お前はどうして欲しい?」

『どちらでも。主様が私から離れるなら追う術などありません。私は意思ある神機ですゆえ』

「…」

『けど、また主様と世界を変えるのも悪くありませんね』

「…夜刀神」

『主様。悪魔…ではありませんね。神機夜刀神と相乗りする勇気はありますか?』

夜斗は差し出された手を取る

そして夜刀神を抱きしめた

「…ありがとう」

 

現実に戻った夜斗を背後に、あの巨大時計が現れた

「《管理者》再起動!」

ドアの前の奏音は、少し悲しく思っていた

(私じゃ足りないかしら)

『今更何を言っているんですか、奏音さん?』

「…!夜刀神!?」

『貴女様の役目は、我が主の隣で共にあること、です』

「…そうよね。《執行者》執行モード、ゼロゼロワン!」

夜斗の《管理者》と奏音の《執行者》が織りなす、最高の時間を

「楽しめ」「楽しみなさい」

 

 

 

『次のニュースです。冬風夜斗様が、《管理者》を再起動されました。御令嬢の救助のため、冬風様は───』




番外編として未来編です
あ、楓はニュースの前に助け出されてます。念のため補足


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15話 音のする方へ

──図書館は、女の子を作って奴隷扱いしている

 

そんな噂が広まるのに、そう時間はかからなかった

「主様?」

「雪音か。どうした?」

「また私たちのニュースですか?」

「そうだ。奴隷扱いしてる気はないが、はたから見ればそうなんだろう」

夜斗はそう言ってSNSをテレビに映し出した

表示されているのは図書館への不信感を募らせるメッセージの数々だ

雪音はそれを見て憤慨する

「全く私たちの気持ちも知らないで、よくこんなこと言えますよね!」

「事実お前らはアンドロイドガールだからな。作られた、というのは正しい」

アイリスが作った魔術人形に、夜斗が意思を付与して、奏音が能力を植え付け、佐久間がステータスを設定する

そんなコンセプトで始まった、人工恩恵保持者計画

雪音はそのプロトタイプだ。零號騒霊と言われ、現在では夜斗に付き従う良き従者となっている

雪音たちは、騒霊(ノイズ)シリーズと呼ばれ、三人の人工恩恵保持者が存在している

騒霊たちの恩恵は、《破壊者(デストロイヤー)》《捕食者(プレデター)》《略奪者(アブソーバー)》の三つ

それぞれ雪音、愛音、桜音が保有している

普段外に出ない奏音は、彼女らの母親としてケアを実行しながら、第零禁書庫にて共に生活をしている

「雪音が表に立って説明しても逆効果だよな」

「正直そうですね。言わされてるーとか騒ぎそうです。騒ぐのは私の役目では?」

「こんなの証明するのは無理だな、よし奏音」

「弾圧するわね」

横で聞いていた奏音がキーボードを打鍵する音が響く

《執行者》が起動し、打ち込まれたプログラムを無理やり実行した

【全国へ通達。図書館を批判する内容は表現の自由から大きく逸れるため、見かけた場合は即刻排除する。また、そのような話をするものを見つけ、冬風夜斗に報告したものの願いを叶える】

「…ちなみに叶えるのは?」

「夜斗がやりなさい」

「嘘だろお前」

日本の地に足をつけるものへのテレパシーにより、法律制定も通達も容易に行える

今回のは通達だ。強制的に脳に声を送るため、聞いていませんでしたは通じない

寝ていたところで、起きてからしばらくした後に聞こえ始めるからだ

「軽く独裁だけど、まぁ仕方ないわね。そろそろ反組織がくるかしら」

奏音が眼下の町へと目を向ける

アイリスが作った魔術人形が、夜斗の指示で暴徒を殲滅していく

銃火器を解禁したため、かなり戦力として増強されてはいるが、正直なところ男しかいない

そのため、生身の女型魔術人形だと誰も撃たないのだ。下心があるから

「…また始まったわね」

「暴徒は増えるわな、こんなやり方じゃ。今までの日本よりは生きやすいが、人間は批判をしなければ死ぬ生き物だ」

「哀れですね」

雪音はそう言って目を閉じた

その姿は、街を歩けば目を惹きつけるほどの美貌を持ち、出るところは出ていてくびれもある

服装は白色のワンピースで、髪も白く目は金

人間離れしているため、目を惹きつけてもナンパはされない

そんな雪音の口から、歌が紡ぎ出された

透き通るような歌声が、夜斗と奏音の心を癒していく



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16話 音のする方へ

雪音は路地裏を歩いていた

警備巡回…という名目ではあるが、正直なところは散歩だ

それがわかっているからこそ、夜斗は口を出さずに送り出した

「そろそろ主様を襲ってもいい頃合いでしょうかねー」

雪音には秘密がある。年頃…十九歳として生きている以上、当たり前に湧く感情

「私と子供を作ってくれたら既成事実になりますけど、まぁそううまくはいきませんね」

雪音はそう言いながらゆっくり歩をすすめる

背後から、いかがわしい目的で近づいてくる男三人の気配を認識しながらも、何も対応はしない

「遅いですよ、桜音」

「謝罪。道に迷った」

「嘘おっしゃい、です。脳内に日本地図が細部まで記憶されてるのに迷うわけないじゃないですか」

騒霊たちの脳には、日本の地理が刻み込まれている

さらにあらゆる魔術を起動できるよう、発動過程をも記憶している

「否定。人生という道に」

「人生…と言っていいのかわかりませんけどね」

雪音はそういいながら、前方から合流してきた桜音に目を向けた

桜音の髪は、桜と言われて一般的に思い浮かべるような色をしている

目は青っぽい紫で、うっすらと桜が見える

雪音の目にも雪の結晶が描かれている

それぞれの名前が思い描かせるものが目に浮かんでいるのが、騒霊たちの特徴だ

「愛音はまだ…?」

「来ていませんね。いつも通りお化粧に時間がかかっているんだと思いますよ」

そういった直後、雪音の背後で人が倒れる音が三人分聞こえた

そして

「待たせて申し訳ありません」

「遅い。もっと早く支度をして」

「一応二十歳なので、それっぽい支度をしているのですわ」

「まぁどうでもいいですけど…。主様にご迷惑をかけないようにしてくださいね」

「わかっていますわ。私たちの愛する主様ですもの」

愛音はそう言って目を閉じた

雪音は苦笑し、桜音はため息をつく

愛音の目にはハート…ではなく、四つ葉のクローバーのような模様がある

髪は淡い青で、二人と同じように長い

「そろそろ批判が高まっている。主に迷惑をかけないためにも、一度私たちで弾圧する必要がある」

三人には神機が存在しない

基本的に魔術と、ただの武器で戦うのが戦闘スタイルだ

雪音は夜斗の神機と同じくらい大きな剣、桜音はガトリングキャノン、愛音はマスケット銃を使う

それぞれ武装を拠点から転送し、掴む

「人工とはいえ、恩恵保持者ですもの。少しは痛い目を見ていただきましょう」

三人は路地から出てすぐのところにいる、デモ隊の前に転移した

「そこまで、ですわ」

愛音の声が凛と響く



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17話 音のする方へ3

「暴動を続けるつもりなら、私たちが実力で抑え込みます」

雪音が言うと同時に、剣を一文字に振り抜く

ヴォンという音に、暴徒の先頭を切っていた人たちが後退りしたが、言い返してきた

「と、「図書館」が人造人間に奴隷扱いしていなければこんなことはしない!」

「…であるとすれば、私たちは奴隷扱いは受けていない。主たる冬風夜斗には、娘のようによくしてもらっている」

桜音がそう言いながらガトリングキャノンの砲身を回転させる

エンジン音のようなものが辺りに響き、嫌でも注目させる

「それでも「図書館」を非難するのであれば、私たち騒霊自ら鎮圧させていただきますわ」

三人の背後の空間に亀裂が入り、隙間から機械でできた四足歩行の飛龍が現れた

人工恩恵保持者にかかっているセフティの役目を果たすのが、この飛龍だ

桜音のものは赤く、雪音のものは黒く、愛音のものは青い

「零號騒霊こと、《破壊者》雪音」

「初號騒霊、《略奪者》桜音」

「弐號騒霊、《捕食者》愛音ですわ」

飛龍がそれぞれの頭上から地面に突撃し、彼女らに吸収されるかのように粒子化して消える

恩恵が起動し、あたりの空気の重みが増したように感じて、暴徒たちはまた後退りした

「わ、我々は君たちのことを思って…!」

「傍迷惑な思いもあったものですね。交渉の余地はありません、潰します」

雪音が真っ先に飛び出した

剣を振り抜きざまに、反応のいい人間が撃つ銃弾を剣の横っ腹で払い落とす

「《破壊者》執行モード、デストロイ!」

『執行モード、デストロイ』

雪音の声に合わせて剣に霊力が圧縮されていく

それが濃縮され、普通の人間の目に見えるほど輝き始めた

「派手に死んでください」

雪音の冷たい声と同時に、剣が真横に振られた

剣に乗っていた霊力が放たれ、咄嗟にしゃがんだ人間以外の上半身から上を塵芥に変える

「外しましたか…。桜音、次お願いします」

「了解。《略奪者》執行モード、オブザーブ」

『執行モード、オブザーブ』

桜音が前に出て、ガトリングキャノンを構えた

中学生ほどに見えるほど小柄な桜音では扱いきれないような、巨大な砲だが…

「ファイア」

ガトリングキャノンからアームが展開し、桜音の後ろの地面に固定される

反動を殺すための機構だ

そして桜音は、《略奪者》により拡張された視界の中で、機銃ともいえるガトリングキャノンで掃射し始めた

これを想定してか、防弾ガラスの盾を持っているものもいたが、所詮防弾。戦車を破壊できるこのガトリングキャノンの前に意味はない

「愛音。装甲車はお願い」

「了解ですわ。芽生えよ、《捕食者》」

愛音が進み出て、桜音の前に立つ

もう人間側に戦意はないだろう。最初2万人いたデモ隊が、今では二千人ほどしかいない

「執行モード、プレデターフォーム」

『執行モード、プレデターフォーム』

愛音が手を突き出すと、愛音の影から何かが飛び出し、人間を喰らい始めた

万物を喰らいし存在を召喚し、従える

愛音は自分で捕食することもあれば、こうして間接的に捕食することもある

また、先日の調整により黒鉄のように万物を喰らう闇を放つこともできるようになった

騒霊の中では最も強力な異能を持つ

「…さて、終わりましたわね」

「指導者に告ぐ。次は、ない」

三人が武装を転送し、元の場所へと戻す

そして踵を返し、血に濡れた路面を背に第零禁書庫へと帰っていった



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18話 最初に言っておく

奏音の銃声を最後に、魔族反応が途絶えるのを確認した夜斗は、第零禁書庫屋上から飛び降りた

平然と奏音も後を追って飛び降りる

「静岡県…緋月の根城だったな」

今奏音が撃ったのは、緋月の末端と戦闘していた過激派だ

東京都から静岡まで約135キロ。風向きや湿度を全て演算し、《執行者》により実行する

音速を超えない亜音速とはいえ、普通の人間には見えない速度だ

魔族とはいえ、死角からの亜音速は感じてからでは反応できない

「よくやった、奏音」

「久しぶりに百キロ超えの狙撃したわ。これ、グレイプニルで爆撃の方が楽ね」

「あたり一面焦土に変える気かお前」

グレイプニル下部には、殲滅用近距離砲がついている

それを使えば確かに殲滅は楽だが、半径二十キロほどを焼野原に変えてしまう。そうなれば魔族と結ぼうとしている協定もおじゃんだ

「そうね。殲滅すれば楽ではあるけど、外国魔族が何してくるかわからないわ」

奏音はそういって神機の召喚を解除した

夜斗は霊斗に連絡し、過激派と戦っていた魔族のケアを依頼する

「俺だ」

『誰だ?詐欺か?』

「奏音、撃て」

『待って待って冗談だから。どうした?』

そもそも秘匿回線を使ってる以上、別人がこの回線から連絡は取れない仕様だ

「過激派と穏健派の戦闘を確認、過激派をこっちで殲滅しておいた。穏健派のアフターケアを頼む」

『マジか…そんなことになってたなんて』

それはそうだろう

正直なところ、夜斗も静岡県在住の恩恵保持者からの通報がなければ気づくことはなかった

「場所は静岡県函南町の山奥。旧ゴミ処理場だ」

『あそこか…。了解、ありがとな』

「あと、明日暇か?」

『暇…というほどではないが、用件を聞こう』

「静岡県行くんだけど案内つけてくれないか?」

夜斗はそう言いながら神機を召喚し、弓に変えた

そして矢を形成し、そこに紙を結びつけて撃ち放つ

「届いた?」

『…ああ、俺の頭上に乗っかってた林檎を粉砕して壁を貫通して地面に突き刺さったが?』

「すまん、俺狙撃苦手なんだ。その紙の通りなんだが」

紙は公的文書扱いになる旨と、明日午前九時に静岡県三島市に夜斗、奏音、佐久間、アイリスが行くといった旨の事柄が書かれている

PSとしてネタが書いてあるものの、それについては触れないでおこう

『…なんでまた急に』

「今回過激派が強硬にでたから、その対策。あと不穏な陰があるからそれの報告だな」

『わかった、予定を空ける』

「頼む」

夜斗は端末を折り畳んで通話を終わらせ、神機を構える

弦を引き絞ると、キィィィンという音が響き、弦を放つと波紋が広がった

波紋の色は鮮やかな翠だ。これはアイリスと夜斗の間で交わされるメッセージ

レッドタブレットがこれを受信すると、内容を表示するようになっている

「ま、ちょっとした旅行ってわけだ」



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19話 最初に言っておく2

夜斗は霊力で動く汽車に乗り、神奈川県を横断していた

窓からは先日過激派と戦闘した場所が見える

この汽車はアイリスが作ったもので、操作はマニュアルだ

そのため、一人恩恵保持者を乗せている

四人の護衛として、雪音・愛音・桜音、さらに夜斗の妹である紗奈が乗っている

「…大人数すぎたか」

「そうね。おそらく、こんな人数でくることは想定していないわ」

奏音はそう言いながら、じゃがいもを棒状にして揚げた菓子をカリカリと食べ始めた

アイリスはスライスしたじゃがいもを揚げた菓子を食べ始め、佐久間はどこからか羊羹を取り出して食べ始める

「遠足じゃねぇんだぞ…」

「ちょっとした旅行、なんだろう?夜斗にもあげるよ、ほら」

佐久間が懐から取り出したのは抹茶の羊羹だ。これがわりと美味しいと、図書館の中でも人気が高い

「全く…モグモグ…こんなもので…モグモグ…俺を釣ろうなんて…モグモグ…百年早いぞ」

「食べきってるじゃないか」

「しまった…!」

「そーいえば夜斗」

アイリスが新しくアーモンドにチョコレートを被せた菓子を開封し、佐久間と共にそれを食べ始める

それとどうじにアイリスは重大な事を口にした

「紗奈、恩恵覚醒したらしいよ。制御はできてない」

「…なんだと?」

「レッドタブレットによると、恩恵の名前は《拒絶者(リジェクター)》だね。万物を拒絶する能力…ってなってるよ」

アイリスはそう言って指を鳴らし、夜斗の前の空間に情報を表示した

「世界の管理権限を保有する能力である俺に対し、対抗する恩恵かと思ったんだが…」

兄妹で真逆の性質の恩恵を得るというのは珍しい話ではない

夜斗の親戚である黒淵家なんかがそうだ

長男である冥賀は冥界を支配する《支配者(ドミネーター)

弟の夜暮は万物を縛りから解放する《解放者(リベレーター)

二人はどちらも医療現場にて活躍している

「対抗はできると思うわ。《管理者》が起動する前に《拒絶者》が起動すれば、発動自体を拒めるもの」

「…たしかに。そう考えたら、やっぱ俺の妹だよな。可愛いし勉強運動気配り作法も完璧、さらに恩恵まで最高峰だなんてな」

「…ただ問題があってさ。これだけの恩恵だから、Administrator Classだと思ってたんだけど」

「違うのか?」

「うん。わからないんだよね。《支配者》とか《解放者》も未だにクラスわからないじゃん?だから同じものだと思うんだけど…」

「おそらくもう一つ未確認があるな。それと足して四つでクラスだ」

夜斗はそう言ってアイリスに目を向けた。調べてないのか?という意味を込めて

「残念だけど、レッドタブレットにもまだ載ってない。まだ未確認って感じじゃなくて、多分まだ未覚醒なんだと思う」

「それは残念だな。まぁ、恩恵保持者候補生は集めてるし…」

「それのことなのだが、確か交換留学がどう…とか言っていなかったかい?」

佐久間の言葉に、夜斗が頷く

「向こうの…緋月霊斗の御令妹と御令弟が向こうのメンツだ。こっちも、それに応じた者を送り出さねばならん」

夜斗はそう言って候補者の書かれた紙を広げた

紙は何に支えられるわけでもなく浮き上がる

「候補としては、紗奈と莱葉の二人。紗奈はほぼ確定だな、恩恵が目覚めたし魔族と対抗できるだろう。問題はもう一人だが…」

「難しい問題だね、これは。僕が思うには、エスカノールでもいいと思うよ」

「ライト・エスカノールか。あいつは神格保持者だからな、あまり使わない方がいい。身体負荷が高すぎる」

「じゃああの子は?美冬ちゃん」

「夏海に釘を刺された。行かせるなって」

夜斗の再従姉妹たちを思い出す

夜斗にべったりな春風美冬と、過保護な姉春風夏海

二人は恩恵保持者であり、静岡県伊豆市に常駐している

だからこそ通学に不手際がないように感じられたが…

「…アイリス、行くか?」

「えっ…。相手さんと学年合わせるんでしょ?私大学部だよ?」

実はアイリス、まだ学生だったりするのだ

六年制の小学部、三年制の中学部、三年制高等部、四年生大学部の四つがある恩恵保持者用の学校で、大学部にて教鞭をとる高校生なのだ

立場は高校生だが所属は大学部という、奇妙な立ち位置である

「本来の学年ってことで、な」

「んー…向こうがそれでいいっていうならいいけど…」

「あとで矢文送っとくさ」

夜斗はそう言って笑った



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20話 最初に言っておく3

「久しぶりだな、霊斗」

「…そうだな。つか人数多すぎだろ」

霊斗は到着した面々を見て呟く

一人運転手は汽車の中だが、それ以外の八人は駅…といってもアイリスの急ごしらえのものに立っている

「鉄道会社のレールに編入させてもよかったんだが、連絡するのが面倒でな」

「そこじゃねぇよ」

「とりあえず、こっちの六人を頼む。二人ずつにグループ分けしてあるから、一人ずつ着いてくれればいい」

「…本当に過激派対策か?」

「一応な。街を見回りつつ観光」

「さては観光がメインだな!?」

霊斗が叫ぶとほぼ同時に、首筋に佐久間の機械翼でできた剣が

頭蓋に奏音の銃がつきつけられ、アイリスがレッドタブレットを起動した

「イッツジョーク…」

「なら許すわ。次は撃つけど」

「左に同じだよ」

「私もー」

夜斗はため息混じりに目線を逸らし、魔族側の女子と仲良さげに話す紗奈を見た

(少なくとも、すぐに暴走はしなそうだな。したら《管理者》で止めるしかないが、いけるか…?)

「お兄様…?私の顔に何かついてますか?」

「いやそんなことはないが…。まぁいいや、そこの女子借りるぞ霊斗」

「お持ち帰りはできないからな」

「するか!」

夜斗はそう言ってその女子に話しかけた

「つーことで、観光案内頼むわ」

「わかった。よろしくね、管理者さん」

「夜斗でいい。こっちは妹の紗奈だ」

「よろしくお願いします」

夜斗はアイリスと佐久間、奏音にアイコンタクトで指示を送り、雪音、桜音、愛音をそれぞれ護衛につかせる

そしてアイリスには霊斗、佐久間には霊斗の弟、奏音には天音がつくことになった

(アイリス。わかっているな?)

(了解。まぁ、襲われたら殺すでいいよね?)

(構わん)

夜斗はそれだけ伝えて、二人と共に歩き出した

それぞれがそれぞれの案内で歩き始める

それを見計らって、夜斗は少女に尋ねた

「そういえば、お前の名前は?」

「緋月桃香。お兄ちゃんがお世話になってます、ってね」

「…お兄ちゃん…?霊斗の妹か!」

「うん。お兄ちゃんは夜斗たちと争う気はないみたいだから、安心していいよ」

「争う気があったらこうも仲良くしねぇよ」

夜斗はそういって紗奈を横目に見た

いつも通り、半歩遅れてついてくる

夜斗はそんな紗奈の肩を抱き寄せるようにして隣に立たせた

「シャンとしろ、紗奈。この子だってお前をとって食おうとはしないししても紗奈だけは守ってやるさ」

「…わかりました。お兄様の護衛に徹しようとしていましたが、私も楽しみます」

紗奈はそう言って笑った

 



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21話 最初に言っておく4

緋月家の当主、霊斗の妹

夜斗はそんな彼女を見た時、気づいた

「…紗奈」

「お兄様もお気づきでしたか…」

二人して小声で話す

ショーウィンドウの中のクマのぬいぐるみを眺めている緋月桃香を見て、先程見かけた緋月家の魔力を思い浮かべる

「この子だけ、魔力の質が違う…」

「異母兄弟、というレベルではありませんね…」

「様子を見るか…」

夜斗はそう言ってクレジットカードをどこからか取り出した

店の店員を呼び、一言二言話して店内に入る

「あれ?夜斗くんは?」

「トイレだそうです」

紗奈は夜斗の目的を汲んで、桃香に嘘を伝える

「嘘でしょ?私わかるもんね」

「そんなことありません」

「魔眼持ちを騙せると思う?」

「…緋月家に魔眼持ちがいましたか。レアケースですね、魔族に魔眼とは」

魔眼は基本的には人間が持つものだ

といっても純粋な人間ではなく、魔族とのハーフが持つもの

魔眼持ちは人間からも魔族からも忌み嫌われるため、その存在を隠しているものだが

「ほんとレアだと思うよ、自分でも。けど使えるなら使ったほうがいいじゃん」

桃香はそう言ってショーウィンドウから目を離し、振り向いた

「なんだ、俺の話か?」

「わっ!?う、後ろに立たないでよ」

夜斗は普通に歩いて桃香の後ろ…というよりは紗奈の前に移動してきたのだが、どうやら話に集中していたようだ

「これをやろう。なに、外交費用にツケてある」

夜斗が差し出したのは大きな赤い袋だ

桃香はそれを不思議そうに受け取る

「帰ってから開けるといい。霊斗にゃ口説くなとか言われそうだが断じてそんな意図はない」

夜斗はそう言って歩き出した

紗奈は動きを完全に把握してるかのように真横の位置で夜斗に追従する

紗奈のポケットの中で、神機がギリギリと音を立てた

 

「いやー、楽しかったよ夜斗!」

「アイリス…迷惑かけてないだろうな?」

「んー…それは神…じゃなくて、吸血鬼のみぞ知る、ってことだよ!」

夜斗はため息をついて、合流してきた「図書館」のメンバーを見た

旅行が好きな彼女らは、基本的にグレイプニルでどこへでも移動する

汽車できて歩いて回る、というのが新鮮なのか、緋月家の面々がグッタリするほどにははしゃいだようだ

「すまんな、霊斗」

「ああ…思ってたより…はしゃがれた…」

霊斗は疲れ切った顔で膝に手をつき荒い息をしている

どうやら走らされたようだ。魔族でも辛いということは、おそらく恩恵を使ったのだろう

夜斗は霊斗と一緒にいた二人を見て、またため息をついた

 



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22話 最初に言っておく5

「さて、と。まずは歓迎感謝するぜ、霊斗」

8メートルの机に両肘をついて、手の上に顎を乗せた夜斗が対面に座る霊斗に声をかける

夜斗からみて右側が図書館、左側が緋月という形で机の前に座っている

「…遠くね?」

「お前の用意した机だろうが」

「これしかねぇんだよこの人数が座れるやつ…」

会議室…というよりは欧米の城にある部屋のような場所

時刻は18時半。ちょうど夕飯時だ

全員の前に食事が用意され、手をつける前に霊斗が口を開いた

「本日はささやかな食事を用意してある。まぁ、堪能してくれ」

「短いなぁ…」

天音が口を出すのを無視して霊斗から話を切り出す

「で、今回の件だが…」

「その前に食事と洒落込もうじゃないか。僕でも、ここまでの料理には胸が躍るからね」

「躍るほど胸ないでしょ」

「アイリスには言われたくないね!」

佐久間とアイリスを隣に席にしたのは間違いか、などと思いながら夜斗が料理に手をつける

「これは…。なるほど美味いな」

最初に夜斗が手をつけたのは、鶏肉のワイン蒸しだ

全員未成年ではあるが、熱でアルコールは完全に飛んでいる

夜斗はアルコールに弱いため、人よりそれがわかるのだ

「だろ?天音渾身の一作だからな」

「って言ってもレシピに書き出しただけで、作ったのはうちのコックだよ」

何故か霊斗が誇らしげに言い、天音が恥ずかしげにはにかむ

夜斗が食べ始めたのを皮切りに、アイリスや佐久間、奏音が手をつける

「ふむ、たしかに美味しいね。味付けも濃すぎず薄すぎないし」

「そうだね。私酒蒸しって初めて食べたけど、こんなに美味しいなんて」

「…美味しいわ。さすがね、天音」

天音の前に座る奏音が微笑む

その瞬間、図書館たちはざわめいた

奏音が夜斗以外に笑顔を見せることは少ない

珍しく他人に笑みをみせたことで、図書館の面々は驚きを隠せないのだ

「悪かったわね、普段笑わなくて」

奏音が拗ねたように顔を逸らし、一室に笑いが溢れた

紗奈も笑っていることで、夜斗は安堵する

(この感じだと、暴走はなさそうだな)

「過激派の件だが」

霊斗が発した言葉に、空気が張り詰める

ドアの前に控える霊斗の従者たちも、それを聞いてピリピリし始めた

「…そうだったな。俺としては、毎回奏音に狙撃させるわけにもいかんし、各地に恩恵保持者を配置するほど人員に余裕はない」

「こっちも似たような状況だ。魔族の数は結構減ってきてるからな」

「だから、魔眼使いを集めようと思う」

夜斗はチラッと桃香を見た

それに気づいていないらしく、桃香は兄たる霊斗を見ている

「それもいいが…。つまり人員が欲しいんだよな?」

「まぁ、そういうことだ」

夜斗はそういってからフォークとナイフを置き、指を鳴らす

いつものように雪音が立ち上がり、食器を片付けて入り口に待機している霊斗の従者に手渡す

「まぁ、そんな人員どこにいんだよ、って話だ。恩恵保持者は日本に偏ってるし、魔族は各国の連携がとりにくいって聞いてるしな」

「アメリカなら…まぁ、なんとか…」

霊斗は心労の祟った声で絞り出すように言った



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23話 最初に言っておく6

「最初に言っとくけど、恩恵保持者を信用したわけじゃないからね」

「はいはい…だからこの戦闘騒ぎになってるんだろうが」

霊斗は隣に立つ女性に、ため息混じりに言う

女性の名はレイン・アカツキ・ブラド

そして霊斗の前で神機を地面に突き刺した夜斗の隣には、最近恩恵が発覚した紗奈がいる

「…私が、レインさんを殺せばいいんですね」

「ああ。俺たちはあいつらを一回殺せば勝ちで、向こうは俺たちの神機を起動不能にすれば勝ちだ」

夜斗はそう言って剣を抜いた

紗奈も神機を召喚し、その身に纏う

そう、紗奈の神機は武器形状をしていない。着物…というよりは巫女服のような形状だ

長い黒髪が赤と白の服のせいでかなり目立つ

「《拒絶者》冬風紗奈」

「《管理者》冬風夜斗だ」

「緋月当主、緋月霊斗…」

「緋月親族、レイン・アカツキ・ブラド」

それぞれが名乗り、その身に宿す吸血鬼側が召喚獣を召喚する

霊斗は火属性の鳥。レインが炎・風・氷の狼を一匹ずつ

数の利は向こうが優先。それでも紗奈は、勝ちを確信していた

「では、コインが落下した瞬間に」

紗奈がコインを弾き上げる

落下したその瞬間、霊斗たちの召喚獣が前に出た

 

 

そもそもこうなったのは、会食に合流してきたレインのせいである

レインは会食会場に入るなり、召喚獣を夜斗にぶつけようとした

紗奈がそれを感じ取り、障壁を張る

瞬間、全員が神機を召喚し、恩恵を起動したところで夜斗からストップがかかった

「慌てるな。どうせ、俺に勝てるようなものではない」

夜斗がそういうと、全員が神機の召喚を解除し、恩恵の発動を取りやめた

それにプライドを切り捨てられたレインが、夜斗に戦闘を申し込んだのだ

「本当にいいんだな?俺は手を抜くが」

「そこは抜かないとかいうところでしょ。まぁいいけど」

夜斗は神機を召喚し、地面に突き刺した

 

 

 

回想を終えた夜斗は、黒い炎で自ら含む四人の周囲を覆った

黒淵冥賀の得意技、黒炎地獄の応用だ

「さて、紗奈。お前の力を示せ」

「はい、お兄様」

紗奈が夜斗の前に立ち、両手を前に出す

「《拒絶者》スーサイド」

召喚獣たちが放つ属性攻撃が、そのまま彼らに跳ね返る

かなりの威力だったのだろう。その攻撃により、彼らの召喚獣は霧散していく

「私の恩恵は、お兄様の《管理者》に勝てる唯一のものです。お兄様にすら勝てない貴女が私に勝てますか?」

紗奈はそう言って神機『運命彩葉(さだめいろは)を翻す

胸元から札を取り出し、投擲する

その数は五枚。霊斗たちの周りに札が移動し、綺麗な正五角形を象った

「五行鉄貫」

紗奈が右手の人差し指と中指を伸ばして残りを握って印を結び呟いた

それと同時に霊力が淡い青に発光しながら札を繋ぎ、星を作る

中央にいるのは霊斗とレインだ

「これ…は…!」

「魔力封印術…!」

「そうですよ。また召喚獣出されても面倒ですから」

紗奈はそう言いながらも印を継続している

これは魔族を封じる術ではない。ただ魔力…というよりは対象の力の根源の存在を拒絶するものだ

二人は膝をついているが、魔力に頼らなければ戦闘は可能

それでも、魔族は強ければ強いほど魔力に頼るが故に、筋力をあまり使わない

それが、紗奈の誤算だった



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24話 最初に言っておく7

「…筋力強化、ですか」

レインが無理やり立ち上がり、霊斗を投げて結界の外に出した

「…ああ、まぁこういうこともありますよね。誤算ではありますが」

紗奈は右手を高らかに上げて、凛と声を響かせる

「《拒絶者》バーストモード!」

神機が空気に紛れる霊力を取り込み、赤く発光する

紗奈の目が赤くなったものの、暴走の気配はない

(なるほど。暴走自体を拒絶してるのか)

夜斗は地面に座り、神機に寄りかかった

「…ちょっと、ちょっかい出すか」

蚊帳の外となっている霊斗に向けて、神機から溢れ出た霊力を魔力に変換・魔術として放つ

「射程威力最大、単発マスタースパーク」

極太の彩色ビームが霊斗の背後から迫る

それに気づいて弾き飛ばしたのはレインだ

「…後ろからなんて卑怯」

「逆に後ろを取られてるだけだろう?紗奈とお前らではなく、俺と紗奈がお前らと戦っているんだからな」

そう言いつつも夜斗は立ち上がりすらしない

アイリスから借りているハンドガンを気怠げに構えるだけだ

「さて…。冬桜の巫女たる夜華が願い奉る。蒼炎に染まり邪の道を断て!」

紗奈の言葉が終わる()()()()空が黒い雲に覆われた

雷が紗奈の右腕に集まり、紗奈のもつ銃にチャージされていく

「霊斗さん」

「なんだ…?」

「先程のお兄様は、私の《拒絶者》を管理者権限にて使用し、マスタースパークを起動しました」

「そ、そうか…」

「では、オリジナルが本気で放つとどうなるでしょうか?」

「……まさか!」

「焼き尽くしなさい。ファイナルスパーク」

紗奈の銃から、極太のビームが飛び出した

濃密故か、空間がビリビリと揺れるのがレインにもわかる

そして夜斗の目的が、やっとレインに伝わった

「まさか霊斗と引き離すために…!」

「大正解…と言いたいところだが、半分違う。一つは確かに霊斗とお前の距離を遠くし、カバーできないようにすること。もう一つは」

霊斗を焦がした紗奈の魔術が夜斗に向かって飛来する

紗奈は焦るでもなく、神機の召喚を解除した

反射(カウンター)

夜斗が反射した極光が、至近距離まで詰めていたレインに浴びせられる

真っ黒に焦げた霊斗に対し、レインは火傷程度

紗奈の不手際ではなく、夜斗が《管理者》によって軽減したに過ぎない

「これが人間の力だ。覚えておけ、レイン・アカツキ」

夜斗はそういって、その場に倒れた

「お兄様!」

「夜斗!?」

奏音と紗奈が駆け寄り、体を支える

「…回路遮断(オーバーラン)だ。慌てることはない」

夜斗は上がらない腕を霊力で紡いだ後で吊り、無理やり動かした

「オーバーラン…?」

「《管理者》は封印状態で駆動している。だから、使いすぎると焼き切れるんだ」

「…え?」

「それだけ追い込まれたということだ、誇れ」

夜斗はそういって意識を手放した



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25話 最初に言っておく8

「言っとくけどまだ認めてないからね」

「わかったから帰らせろぉぉぉ…!」

レインが夜斗を拘束している

帰宅用の列車が警笛を鳴らした

「懐かしい音だな。もうなくなっちまったけど」

「ねぇ何和んでんの?今俺捕まっとるんだけど?ねぇ霊斗?」

「いいじゃねぇかこんなに可愛い女の子なんだから」

「原則的に年上は恋愛対象外なんだよ!」

《管理者》を起動してレインの時間を止め、拘束魔法を解く

そのまま汽車に乗り込み、窓を開けた

「霊斗」

「ん?」

「レイン・アカツキ・ブラドが牙を向いた件は貸しな」

そういって夜斗は指を鳴らした

すると汽車が一際大きな音で警笛を鳴らし、ゆっくり進み始めた

その段階で夜斗は《管理者》を解除する

「あっ…勝ち逃げするなぁぁぁぁ!」

「じゃあなレイン・アカツキ。次会うのは法廷だ」

「軍法に触れたみたいになってる!?」

夜斗は体を乗り出し、運転手に向けてゴーサインを出した

汽車は加速し、徐々に速度を上げていく

駅のホームを抜け、霊斗たちが駅から出ると駅舎がチリとなって風に流れた

「クソ…やられたな」

「何が?」

「レインの攻撃で貸しってことは、何か代償を要求されるんだろう」

霊斗はそういって汽車を見送った

 

 

東京都・旧東京都庁跡地

「集まったな」

そこにいるのは、日本政府の高官だったものたちだ

何故集まっているのか。そして、何故魔族を迫害していたにもかかわらず、今魔族と共にいるのか

「まず、これまでの非礼を詫びよう。申し訳なかった」

元総理が頭を下げる

それに合わせて、防衛大臣などなど十数名が頭を下げた

魔族…それも過激派といえども、それには狼狽した

「詫びとして、脳のリミッターを外す機械を差し上げたいと思う。持ってこい」

元総理が合図すると、端に控えていた黒服がマイクロチップを持ってきた

「脳に外科手術で入れることで、脳のリミッターを外せる。さすがの緋月家も、リミッターを外した魔族には勝てまい」

「…そ、そうだ…俺たち高貴なる吸血鬼が、100年も生きてない若者に負けるわけにはいかない!」

魔族たちはその申し出を受け、日本政府だったものたちは外科手術を行った

そのリミッター解除の代償を知らずに、手を出してしまったのだ

そしてその情報は、夜斗と霊斗の元にも届いた

それは瞬時にそれぞれの組織で拡散され、対策本部が設立されることになった

また、琉那を筆頭とする精霊たちもこの対策本部に加入することとなり、過激派魔族は余計に追い込まれることとなった

「…外科的に入れた、だろ?こんなんで外れるのか?」

霊斗は受け取った資料の束から一部取り、天音に回した

「まぁ可能だと思うよ。結局神経に流す電流が──」

「ともかく、やることは変わらん。魔族、精霊、恩恵保持者の連携となるぞ」

夜斗はそう言って議長席に座った

会食から二ヶ月が経過していたが、レインが夜斗に向ける殺意は相変わらずで、それに対して奏音が霊斗に銃を向け、それをアイリスが諫めるというのが定常化している

「そういえば、神族はどうなのよ」

奏音が口を開く

神族というのは、神の転生した姿と言われているものだ。人間の見た目をしながらも神の力を持ち、恩恵保持者とも対等に渡り合う者たち

「あいつらはまだきてない。来ると思うがな」

夜斗はそう言って資料を机の上に投げた



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26話 冬風紗奈は好かれたい

会議…とは言っているものの、実際にはほとんど進めることはできない

まだ精霊一族も神族も来ていないため、提出する案を固めることしかできないのが現状だ

夜斗は歯痒く思いながらも、進まない会議を眺めていた

何故かいる黒鉄に目を向ける

「霊桜。お前らはどういう立ち位置なんだ?」

「ん?あー…霊桜家は全員貴様ら側だ。中でも俺と夜架っつー妹は人間側、草薙ってやつと流華ってやつは魔族側だな」

アイリス曰く、黒鉄は恩恵に似た能力を持っているらしい

夜架というものにも似たような能力があると考えて間違いないだろう、と夜斗は断じた

「まぁいいが…。一応自己紹介からやっとくかね。俺は冬風夜斗。図書館の管理人だ」

「同じく紗奈です。冬風夜斗の妹にあたりますが、基本的には護衛のようなことをしています」

「アイリスだよー。図書館にある能力を作ってるのは私」

「時津風佐久間。僕は図書館を操作する権限を持っているよ」

図書館の重役ともいえる五人が自己紹介を済ませ、夜斗が霊斗に目を向ける

「緋月霊斗だ。知っての通り、世界最強の吸血鬼なんて呼ばれてる。緋月一族の当主をしている」

「同じく桃香です。兄がお世話になります」

誰一人立ち上がらなかった中で、桃香だけは立ち上がり一礼した

少なくとも、夜斗と黒鉄が緋月に好感を持つ要因になりえた

「んで、夜斗。貴様らはその、なんだっけ?AI魔族にどう対抗する気だ?」

「…AI魔族…?」

「なんだ、知らんのか。マイクロチップを魔族に埋め込んでやれることってのは何個かある。一つはバーストリミット。つまりはリミッターを破壊し、身体技能の限界を超えるパフォーマンスをするもの」

これは周知されている。そうでなければこの対策本部も構想すら出なかっただろう

「んで、これがAI魔族って名前の所以なんだが、マイクロチップを埋め込むとそいつの脳を支配できる。言うなりゃ元政府の言いなりになるってことだな」

黒鉄はそういって指を二本立てた

そしてさらに事実を告げる

「これは貴様らが政府を潰す前からある計画でな。バーストリミットした魔族を操り、他国を攻め落とすつもりだったんだ。つまりは魔族の兵器化だな」

「…ふむ。それは問題だな…」

「なんでだ?」

霊斗は夜斗に問い返す

「…魔族ってのは元々、人間並みの力まで力をセーブしている。人間の数十倍の力を持つ魔族は、普段5%ほどしか力を発揮しない。それを30まで引き上げるのが吸血鬼化や獣化といった、解放状態だ」

「それでも厄介ですが、バーストリミットというのはそれさえ超えて100を出すことになると思われます。その力は通常の魔族化の約3倍。到底人間では対応できませんし、バーストリミットしてない魔族でも苦戦を強いられるでしょう」

紗奈が夜斗の言葉を続ける

霊斗にはイマイチピンときていないようだが、桃香はわかったようだ

「しかもだ。バーストリミットの他に、オーバーリミットもある。これは肉体の破壊を前提に、魔力を筋肉に流し込むことでアホみたいに力を増強させるものだ。そこらの野良吸血鬼でも、今の緋月家に引けをとらんレベルの筋力になる」

黒鉄はそういって目を閉じた

そして指を鳴らし、黒鉄の影が揺らめき立つ

「これがオーバーリミットした魔族の成れの果てだ」

その影から出てきたのは、ボロボロに腐敗した吸血鬼だった

黒鉄曰く、マイクロチップを埋め込まれた魔族だという

「…ま、無限の再生ってわけじゃねぇが、爆発的な回復力を持つ吸血鬼がこうなるんだ。それだけ負荷がかかるんだよ、オーバーリミットってのは。それを全員が使える軍隊と、貴様らはどう戦う気だ?」

黒鉄は試すような目で面々を見渡した



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27話 冬風紗奈は好かれたい2

「その点は問題ありません」

紗奈は立ち上がり言った

夜斗に目を向けて顔を伺う

「かまわん」

「ありがとうございます、お兄様。そのAI魔族ですが、マイクロチップを無効化すればただの魔族ですよね?」

「…まぁ、そうだが…。神経に流れる微弱な電流で動いてるから、バッテリー切れはねぇぞ?しかも機械っていっても電磁波防護かかってるから強制的に停止ってのも──」

「可能です。私の《拒絶者》はありとあらゆるものを拒む程度の能力しかありませんが、これを使えば一時的に封じることは可能です」

紗奈は黒鉄を見据えて言う

神機を召喚し、身に纏い、即座に恩恵を起動した

「デモンストレーションにもなりませんが…。《拒絶者》ブレイクアウト」

紗奈が黒鉄に手を向ける

その瞬間に、黒鉄は異能力が解除され、脱力感に襲われる

「なん…だ、これ…!」

「《拒絶者》の能力でもかなりリスクの高い技ではありますが、相手の能力を完全に遮断するものです。リスクは相手が死ぬ可能性があることですね。長いこと生きている存在に使うと、固有体積時間が逆流して死にます」

紗奈はそういって、黒鉄の影から出てきて倒れている吸血鬼に手を向けた

吸血鬼が灰へと変化し、あたりに飛び散る

「霊斗さんには効きにくいです。固有体積時間が100年程度までは吸血鬼でも死なないので。ですが、100年を超えると逆流によるダメージは大きくなり、1000年も生きた個体に使えばああなります」

紗奈は神機の召喚を解除し、座り直した

「そういうことだ。少なくとも、取り立てて言うほどではない」

夜斗はそういってから霊斗に目を向けた

「霊斗、いつまで唖然としてるんだ?」

「あ、ああ…。けどそれって、紗奈さんだけが唯一の対抗策ってことだろ?」

「いや、俺やアイリス、佐久間や奏音も似たようなことはできる。だから向こうが攻めてきたってだけなら、案外いけるはずだ」

「まぁ問題があるとするなら、どう攻め込まれるかってことだね。今、アメリカに行ってる図書館の人員を呼び戻してるけど、間に合うかわかんない」

アイリスがそう言ってレッドタブレットを取り出した

板の左下にある楕円形の機械にケーブルを挿し、机型モニターに投影する

表示されたのは日本地図だ。ただし、北海道と沖縄には魔族がほとんどいないために表示されていない

「私は、東北と九州に支部を増やそうと思ってる。そこに私たちAdministrator Classを配備すれば、ある程度対応はできるはずだよ。ついでにさっき言ったアメリカ出向中の子たちがそれぞれに一人ずつ入れば、もう少し対応が可能になる。魔族側の人員も二人ずつくらい欲しいかな」

アイリスはそういって画面を変化させた

現在ある拠点は二つ…と、グレイプニル

グレイプニルは基本的に自律航行しているため、無視しても問題はない

現在東京本部と関西本部にはそれぞれ二人ずつAdministrator Classが常駐しているが、一人で国と戦争できる能力をもつ彼らをまとめておくのは得策ではない、ということだろう

そのため支部を増やし、戦力を分けることで広範囲をカバーする、というのがアイリスの案だった

「反対意見はある?」

アイリスの問いかけに異議を唱えるものはいなかった



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28話 冬風紗奈は好かれたい3

夜斗は隣で寝る紗奈に目を向けた

年齢差は二年。夜斗は19であるため、紗奈は17だ

(昔に比べたら成長したもんだな。いろんな意味で)

全くないわけでも大きすぎるでもない胸と、折れてしまいそうなほど細い腕

そして透き通るような白い肌

夜斗でさえ、紗奈を見続けることは難しい

妹であるという理性と、それ以上に魅力的であるという本能が戦うためだ

「いつまで寝てる気だ、紗奈」

「ん…ぁ、おはようございます…お兄様」

体を起こした紗奈が小さく欠伸をし、目をこすりながら夜斗を見た

「……誘惑してるのか?」

「間が長いですね、お兄様。そんなつもりはありませんよ?」

服装は裾の長い白のキャミソールに白のショーツ

誘惑してると言われたら否定できない服装であろう、と夜斗は声に出さずに呟いた

「誘惑したって応えてくださいませんしね、お兄様は」

紗奈はベッドに座り、すらりと長い足を伸ばし、両腕を頭より上へ伸ばして体を伸ばした

(…兄妹でなければ好きになっても問題なかったんだがな)

夜斗はそう思いつつ、部屋のドアを見た

この建物は夜斗と紗奈の自宅だ。恩恵保持者としてテロのようなことをする前に住んでいたもので、二人の実家でもある

両親は百年ほど前に寿命で亡くなっている。そのため、かなり長いこと二人は一緒にいるのだ

「紗奈は今日も学校か?」

「はい。交換留学の話もありますし、少々慌ただしいところではありますが」

紗奈はそういってベッドから立ち上がった

艶かしい体つきが太陽によって照らされ、意識しないようにしていた夜斗をイヤでも意識させる

「今日は学校の視察がある。いわば参観日だ」

誤魔化すように咳払いをした夜斗は、紗奈にとって衝撃的な事実を伝える

「…え?今日、ですか…?」

「ああ。兼ねてから行こうとは思ってたんだが、時間とやる気とモチベが足りなかった」

「やる気とモチベーションってほぼ同じ意味では…?わかりました、学友にも伝えておきます」

「いや、伝えるな。教員にすら伝えずに潜入するつもりだから」

「どうやって潜入するんですか?IDカードないと校門開きませんけど…」

紗奈の学校は全国から恩恵保持者予備軍や学生の恩恵保持者を集めて教育を行う場所だ

最近では分校を作る予定があるとかないとか噂がある

そんな紗奈の学校では、セキュリティ用IDカードがなければどの教室にさえも入らないのだ

「管理者権限で通れるだろ、多分。通れなかったら呼ぶ」

「ずいぶん無計画ですね…承知いたしました。お待ちしております、お兄様」

くすりとわらった紗奈を見て、改めて夜斗は思うのだった

(妹を可愛いと思うのは間違いですか?)と



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29話 冬風紗奈は好かれたい4

通学中の紗奈は、兄たる夜斗のことを想っていた

「愛というのは得てして妙なものですね。お兄様を異性認識してるなんて」

紗奈は呟きながら路地裏に入った

学校までは自宅最寄駅から二駅先の駅前にある

私立だったが、夜斗が公立へと変更した

元々政府が恩恵保持者から高い金を取るために作った学校で、全課程が義務教育となっている

小学部から高等部があり、部活動も充実している。部活動の大会も、恩恵を使わないという条件付きではあるが参加していた

この路地は、紗奈が《拒絶者》を使い転移する際に使う場所だ

誰にも見られることはないため、恩恵保持者予備軍として登録されている紗奈は目覚めて以降ここを使うようにしていた

「…あれは、唯利さん…?」

生徒会長を務める同級生を見つけ、紗奈は近づいていく

と同時に神機を召喚し、恩恵にて唯利の前に障壁を張った

「唯利さん!大丈夫ですか!?」

「あなたは…高等部二年生の紗奈さん…?」

「《拒絶者》破滅ノ浄土!」

紗奈は唯利を軽く無視して恩恵を起動し、唯利の服を剥ごうと手をかけていた屈強な男に行使した

破滅ノ浄土は周囲を文字通りの地獄に変えるものだ

《管理者》たる夜斗と紗奈が使えることから、冬風に伝わる技ではないかと奏音が話していたのを思い出しつつ、紗奈は距離を詰める

「ここは地獄…貴方の言い訳くらいは聞いて差し上げますよ、猥褻犯さん?」

紗奈は驚くほど冷たい声で言い放つ

助けられている唯利でさえ気圧されるほどの濃密な霊力に、犯人は圧倒されて動けない

「唯利さん、ご無事ですか?」

「え、えぇ…なんとかね。ありがとう」

「恩恵は目覚めていないんでしたっけ?」

「あるけど使うのめんどくさくて…。まぁ使うけど」

唯利は手を犯人に向けた

恩恵保持者は自己防衛のために恩恵を行使することが認められており、またそのせいで相手が死んでしまったとしても正当防衛が認められることが多い

これは昔からそうで、政府が用意したなけなしの温情だった

「《処刑者(エクスキューショナー)》ギロチン」

唯利が言うと同時に、犯人の四方八方に大型の刃が現れた。それが次々に襲いかかり、その場にはサイコロステーキのようになった男が残った

「…凶悪な恩恵ですね。処刑者、ですか」

「犯罪者にかける情けなんてないわ」

猫耳パーカーのフードを外して唯利が冷たく言い放つ

男に向ける目は冷たく、侮蔑を含んだものだ

「まぁマシな方よ。串刺しにすることもあればこんがり肉にすることもあるから」

「改めて考えると凶悪ですね。拷問器具を模した攻撃をする能力、ですか?」

「そうよ。ギロチンで微塵切りとかアイアンメイデンで串刺しとか」

唯利はそう言って落ちたカバンを拾った

「遅刻するわ。いきましょう」

「はい」

 



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30話 冬風紗奈は好かれたい5

紗奈は授業中考えていた

夜斗を異性として落とす方法と、唯利のことだ

唯利をうまく言いくるめて図書館の幹部にしてしまえば、防衛は楽になる

あと三日ほどでアメリカに行った四人組が帰ってくるとはいえ、戦力は多いに越したことはない

(そもそも唯利さんを引き込んだとして、パートナーがいませんね。あれだけの力があってパートナーが要るかわかりませんけど)

唯利の能力は紗奈の能力に次いで凶悪なものだろう

あれは拷問を強制的に実行する能力だが、それを使えば殺しも生かしも容易にできる

ただ一つ紗奈は、本人に言いたいことがあった

(灰色の猫耳パーカーってどこに売ってるんですか…。黒とかならわかりますけど…)

少し欲しくなってる紗奈であった

 

 

一方その頃夜斗は校門にて

「《管理者》起動。セキュリティを超えろ」

夜斗は恩恵を使い、校門に生徒であると言うデータを認識させた

どこの学校にも不登校生はいる。その不登校生のデータを使い、開けたのだ

「自分で作った学校ながらどこがどこだかわからないな」

夜斗はそう言いながら生徒玄関に向かった

この校舎は高等部用で、道路を挟んで向かい側に小中等部の校舎がある

使ったのは中等部生徒の情報だが、難なく入ることができた

「こんなセキュリティで大丈夫か…?」

どこからか大丈夫だと聞こえた気がしつつ、夜斗は歩を進めた

職員室を通り過ぎ、一階の教室の手前にある階段で二年生の階に移動する

そして後ろのドアにある窓から中を覗いた

(やってるな。紗奈も真面目に受けてるようだ)

尚夜斗がここにいた時はほぼ全ての授業で寝ていた

佐久間は真面目に受けていたが、アイリスはほとんど屋上でサボっていたし奏音は遠隔で授業に参加していた

まともに学校生活をしたことがない夜斗は、この光景が新鮮に見えた

「先生、誰かが覗いています」

「あっばれた」

紗奈の隣の女生徒が教師に伝えたことにより、夜斗は教師に捕まった

「名前を名乗りなさい。警察呼ぶから」

「警察権が俺に通じるのかは甚だ疑問だがな…。なるほど、ここがAクラスか…」

夜斗はそう言って教室内に入った

教師の静止の声を無視したが、かけらほどの罪悪感も感じている様子はない

クラスを見れば女子しかいない。AからCは女子用クラス、DからFが男子用クラスとなっているのだ

「紗奈、元気にやってるか?」

「お兄様…。怪しい覗き方をしないでくださいよ」

「…お兄様?夜斗様!?」

クラスメイトがざわめき出し、教師もようやく夜斗に気づいたらしく顔を真っ青にしている

「そんなにかしこまらなくていいんだけどな…。先生もお気になさらず」

「そ、そんな…。本日はどう言ったご用件で…?学園長室は5階ですが…」

「ん?妹の授業参観を兼ねて学校の様子見をな。ここのクラスに留学生入れる予定だし」

「留学生!?」

生徒が声を上げる

ざわめきが大きくなり、気になった隣のクラスの生徒が覗いて夜斗に気づき、黄色い歓声を上げる

「…こうなるからお忍びできたのに…」

「お兄様がお兄様である以上、こうなるのは致し方ありませんよ。なんいったって、恩恵保持者の運命を変えた唯一の存在ですから」

紗奈は心なしか喜んでいるような声であった



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32話 冬風紗奈は好かれたい6

夜斗はA組の生徒たちを前に、留学について説明していた

「つーことで、魔族との交流として留学生…といっても国内だから留学かどうかは怪しいんだが、二人ほど受け入れることにした」

「はい夜斗様!」

「様をつけるななんだ」

女生徒の一人が起立して夜斗に質問を投げかける

「留学生の性別は女の子ですよね?」

「…あっ…」

「お兄様…まさか…?」

「そうじゃん男も来るじゃん。桃香はここでいいけど蒼牙どうしよう…」

夜斗は霊斗の弟が弟であることを忘れ、このクラスに二人入れるつもりでいたのだ

クラスが性別で分かれてる以上、分けるしかないのかと頭を悩ませていた時

「魔族とはいえ男だからなぁ。けど、最悪A組全員で抑えればよくない?」

窓際の席から声が響く

よく通る声で、夜斗自身見覚えがあった

「み、澪さん…!?ちゃんと敬語を使わないと…!」

「天血澪…。ここにいたのか」

「久しぶりだね、夜斗」

えぇ!?という声が教室中に轟くと同時に、澪は耳を塞いだ

「最後にあったのが弾圧の三日前か。今から五年くらい前になるな」

「そうだね。音沙汰ないから死んだかと思ってたよ」

澪は耳に当ててた手を外して立ち上がった

「俺たち恩恵保持者の神機は、基本的に使用者の血が織り込まれてるのは知っての通りだが」

「まだ教えてません」

「じゃあ今教えた。使用者と俺の血を織り込むと、そいつが俺の血の従者ってものになる。澪は最初の血の従者だ」

また悲鳴のような声が轟いた

「今のところお兄様には血の従者が二人しかいません。私と澪ですね」

紗奈は座りながら言った

「澪の意見を通すにしても多数決だな。このクラスに男子入れてもいいよーって人挙手」

夜斗の声に上がらない手はなかった

 

 

翌日・羽田空港

「んー…!疲れたねぇ」

「お前が急にババ抜きとか始めるから止まんなくなったんだろうに…」

「そうね。いつものことだわ」

「お兄様らしいですね」

男女四人組がキャリーケースを引っぱりながらエントランスを歩いていた

先頭を行っているのはぱっと見女子に見えないこともない男子、桜坂(さくらざか)久遠(くおん)

髪は長く金色で、目は仄かに赤い

着ているのはメンズのパーカーにジーンズのズボンだが、男装しようとしてる女子に見える

左後ろを歩いているのは彼の友人である神楽坂(かぐらざか)(しょう)。短く黒い髪を持ち、目は久遠と同じく仄かに赤い

そして二人の後ろに、それぞれの妹が歩いている

舞莉(まり)、迎えって何時だっけ?」

「あと数分で、エントランスの金時計の下にくるはずです」

莉琉(りる)、一人でどっか行くなよ?探すのめんどいから」

「わかってるわよ。そこまで子供じゃないわ」

そんな四人に近づいていく影があった



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33話 冬風紗奈は好かれたい7

久遠は目の前に倒れ伏す男に掌を向けた

「さよなら」

「…な…!」

久遠の掌から放たれたのは雷だ。それも、紫色の

「紫電か。神格としては弱いよな」

「翔のそれよりは強いんじゃない?」

翔の背後には女が倒れている。久遠は躊躇なく神の力である神格を行使し、塵さえ残さず消し去った

「加減してやれよ。女なんだから」

「そういうの、現代の日本だと女性差別とか言われるんだよ?昔はそれのおかげで軍役もなかったけど、もし今戦争が起きたら徴兵されるだろーねー」

久遠はそう言ってビルの上を見上げた。そこには二人の少女・舞莉と莉琉が、それぞれ屈強な男を相手しているのが見える

といっても夜の営業ではない。彼女らもまた、神格をもつ者だ

莉琉は久遠と同じように、真っ青な焔を用いて相手を灰に変え、舞莉は空間を操作し、首を切り落とした

それぞれの神格は「蒼焔」と「波乱」

翔の波紋は空間を歪ませる能力だが、舞莉の波乱は空間を操作する能力

得意分野こそあれど、似たような能力だ

「で、夜斗のお迎えは?」

「さっきメール来てただろ…。今日は直接第零禁書庫行きだ。経費でつけてタクシーでもいいらしいぞ」

「四人乗れるタクシーなんてあるかしら。割増取られそうじゃない?」

「神格で走ったほうが早いですね」

「そうだね。走ろっかって言いたかったんだけど荷物がなぁ」

「最悪なくてもいいわよ、着替えしか入れてないし」

莉琉はそう言いながらキャリーバッグを開けて、必要最低限のものを取り出してポケットに突っ込んだ

舞莉と翔もそれにならい、ポケットやポーチに必要なものを入れてキャリーバッグを消した

「むぅ…そんなに杜撰だと後々事件化するよ?」

「そんときゃそんときでなんとかする」

「全く…。神格『紫電』!」

「気にすんな。神格『波紋』」

「心配症ですね、お兄様。神格『波乱』」

「…私の神格は走るというより飛ぶなのよね。神格『蒼焔』」

それぞれが神格を起動し、久遠は派手な紫色の稲妻に包まれる

莉琉も久遠と同じように青い焔に包まれ、舞莉と翔は浮き上がる

「競争ね。誰が先に着くかしら」

「やってみないとわかんないね。よーい…どん!」

久遠が光の速度で人混みを擦り抜け、壁を蹴り、地面を蹴って文字通り光速で走り出す

莉琉は背中側から放出された高圧力の炎の反作用で空を飛び、直線距離にて禁書庫へと向かう

翔は目に映る場所へ転移していき、少しずつ禁書庫へと移動していく

舞莉は空間を破壊し、距離をゼロにする

これを使うことにより、直線距離と同じ移動速度になる代わりに姿が見えなくなる。瞬間移動は時間をゼロにすることで行うが、体力を浪費する。そのため時間をかけて距離をゼロにするやり方を取ったのだ

それぞれの到着はほぼ同時。しかし、莉琉と舞莉は地面に大きなクレーターを作った

「相変わらず威力が調整できないわね、この移動方法」

「全くです。距離をゼロにすると移動地点に破壊が発生するのは相変わらずですね」

「人んちの前ぶっ壊してんじゃねぇ!」

そんな四人に、夜斗から拳骨が振り下ろされた



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34話 冬風紗奈は好かれたい8

「お、女の子に手を上げるとは何事ですか夜斗!」

「うるせぇ!こんだけでかいクレーター作りやがって…」

夜斗はそう言いながら恩恵を起動し、時間を巻き戻した

クレーターが作られる前の姿に戻り、久遠たちの痛みもスッと消える

「直せばいいというものではないわ。この子達には反省文を書かせなきゃね?」

莉琉と舞莉の背後に現れた奏音が、全くの無表情で立っていた

普段から無表情ではあるが、持っている神機のせいで笑えないことになっている

「奏音さん…。何故ここに…?」

「ここに住んでるからよ。今夜斗と買い物行って帰ってきたの」

神機がコッキングされたような音を立て、銃身が電磁波により甲高い音を立て始める

「奏音、やめてやれ。よくきたな、桜坂四重奏のバカども」

夜斗はそう言ってセキュリティゲートを開いた

久遠、翔、莉琉、舞莉は、桜坂四重奏と呼ばれる吹奏楽団だった

今まではアメリカにいたため、日本で活動することが叶わなかった

とはいえ、もう四人は楽器を手に取る気はないようだが

「ねぇ夜斗、アイリスさんは?」

「関西にいる」

「佐久間さんは?」

「関西にいる」

「紗奈さん」

「学校」

「あとは…うーん、他に幹部いないの?」

「Administrator Classがなかなか出ないからな」

夜斗はエレベーターにのり、32階を押した

三重の扉が閉まり、徐々にエレベーターが加速していく

「このエレベーターって油圧だっけ?」

「そんなの気にするのか…」

翔が呆れたように呟く

久遠はエレベーターに乗るたびにこうなのだ。列車マニアはよく聞くが、エレベータマニアはあまり聞かない

「もしくは吊ってるの?」

「箱にモーターをつけて、レールを挟ませてる。それを利用者の霊力で回転させて上下するから、そこらの人間では二十階にくるのも一苦労だ」

夜斗はここにいる六人分の重さを一人でカバーしている

元の容量も、回復力もAdministrator classの中でさえ群を抜いているのだ

「ふーん。なんか面白くないね。どこぞのテーマパークにありそうな感じ」

「同じように落としてやろうか?」

「ごめんなさい」

到着したエレベーターから降りると、目の前にいたのは久遠たちの部下だ

総勢二百名。それぞれに五十人の部下がいる

32階はパーティー会場となっている。一応、おもてなしをするために作ったのだ

「や、みんな久しぶりだね。元気だった?」

「「「「はい!」」」」

久遠の呼びかけに応えたのは、北側に立つ女性たち

彼女らは久遠の指導の下、諜報員として活躍している

「帰還だ、祝え!」

「「「「「yeahaaaaaaaaaaaa!」」」」」

翔の声に掛け声を返したのは、東の一角にいる男性たち

彼らは翔の統率のもとで、強襲・襲撃を担当する

「帰ったわ。みんな、生きてるわね?」

「「「「サー、イエッサー!」」」」

莉琉は男女混同で、あらゆる技術の研究・開発を行っている。アイリスが物を作る時に有用に活用できる技術を作るのが主な目標だ

「お疲れ様です、みなさん。お出迎えありがとうございます」

「「「はい!」」」

舞莉が従えるのは、アイドルとして活動資金を集める役目を持つ女性が多数を構成する西側の人員

どれも欠けてはいけない、図書館の重要勢力だ

「…毎回こんなんなのか?」

「はい。みなさん、元気に満ちてますから」

「…一周回って嫌になるわね、こんなの」

夜斗と奏音はこの光景を初めて見る

以前は、それぞれがそれぞれの活動場所で指導及び対応を行っていたため、統括を行う夜斗でさえこの騒ぎ(?)を目の当たりにすることはなかったのだ

「…まぁいい。解散させろ」

「りょーかい。総員解散!」

久遠のこえで、そのフロアにいた全員が何処かへと姿を消した

大多数は裏側にあるエレベーターで移動をするが、何人かは非常階段から飛び降りる。階段とはなんだったのか

「…今回呼び戻したのは魔族のことで話があってな。頼みというより、命令だ」

「異動?」

「ああ」

夜斗はそう言って指を鳴らし、従者たちが食事を揃えるのを待って席についた



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35話 冬風紗奈は好かれたい9

(全く…宿敵が来ましたか。恋愛的に)

紗奈は莉琉と舞莉をみながらため息をついた

莉琉は純日本人ではあるものの、神格の反動で髪が青みがかかっている

舞莉は黒髪ではあるが、紗奈より長く艶がある

紗奈は自身の恋敵になる、と思っているのだが実際にはそんなことはありうらない

何故なら、莉琉は久遠の、舞莉は翔の婚約者だからだ

親の代から決まっていることであり、また久遠の父は翔の母の兄であり、久遠の母は翔の父の妹だ

つまりは近親相姦が連鎖し続けている家系なのだ

寿命は代を追うごとに減っていたものの、久遠たち神格保持者は不老不死だ

つまり、ここで負の連鎖が止まる

だからいい、というわけではないのだが

「…紗奈?」

「…はい。どうかされましたか、お兄様」

「いや、なんか莉琉と舞莉を敵に向ける目線で見てた気がしたから」

(なぜこういったときだけ鋭いんですかお兄様は!?)

「まぁいい。桜坂四重奏に異動命令だ。それぞれ、東北・関東・関西・九州に分かれて国防を担ってもらう。その際のパートナーは、俺が関東・アイリスが関西・東北に奏音・九州に佐久間となる」

「その分け方に意味ってあるの?」

「ない。すごく適当にした」

「なら、支部を増やすのに四重奏とAdministrator Classを一人ずつにする意味はなんだ?」

「簡単にいうなら、相互伝達を容易にするためだ。Administrator Class間は常にオープンチャンネルがあるし、お前ら四重奏にもある。が、俺たちと四重奏を繋ぐ共有回線はないがためにこうした」

「支部同士の連絡の直結ね。理には適ってるわ。けど、それなら共有回線を作ればいいじゃないの」

「それができてりゃ苦労しねぇよ」

夜斗はそう言ってテーブルに手をかざした

そこに表示されたのは、久遠と夜斗の全身画像だ。服は着ている

「恩恵保持者…今は神機使いなんて呼ばれてるが、俺たちは空気中に漂う霊力を媒介に恩恵を起動する」

夜斗の全身画像の周囲から矢印が伸び、胸の中央あたりへと向けられた

「けどお前ら神格使いは、神力を神社から集めて神格を起動する」

今度は久遠の全身画像に、鳥居マークから伸びた矢印が向けられる

「つまり、俺たちはラジオのようにスクランブル放送すりゃ伝わるが、お前らは神社を中継するケーブルテレビみたいなもんだ。そうだな、久遠?」

「そうだね。私たち神格保持者は、人々の信仰を変換して神力にするから。もしくは人が私たちを知ってれば、それだけで神力を生成できる」

「その性質上、恩恵保持者が神格保持者と連絡するためには一度、中継基地を介す必要がある。これも、神力を使って作る祭壇みたいなもんだ」

テーブルの画像が夜斗の言葉に合わせて変化していく

夜斗から伸びた矢印が黒い鳥居マークに集まり、その黒い鳥居から久遠の近くにある鳥居までを直線で結ぶ

「これが難しいんだ。祭壇も適当に作りゃいいわけじゃなく、龍脈の影響を受けやすくて、かつ神社と接続しなきゃならん」

「要するに、有線接続しないといけないわけですね。それも、変換を重ねて初めて一つのラインができる」

舞莉がそう言いながらテーブルに手をかざし、映像を消した

話を終わらせろ、と言外に告げているのだ

「そうだ。つまり、共有回線に耐えられるほど強固な線をつなげることはできない上に、巫女を一人人柱にしないとならん。故の分散配置だ」

夜斗の話は大半伝わらず、ただ技術的に不可能であるという形で久遠には伝わった

「…りょーかい。明日までに人員配置を考えとくよ。それでいい?」

その場に集まっていた者たちが頷き、夜斗が手を打ち鳴らした

解散の合図だ。夜斗と紗奈を残し、全員が立ち去った

「紗奈は俺とここに残ることになる。それでもいいか?」

「はい。問題ありません」

紗奈は思う。この想いを伝えられたらどれほど楽か

そして受け入れてもらえればどんなに嬉しいか

しかし伝えられない。大きな壁があるために

(男性として愛しております、お兄様)

紗奈の想いは、夜斗には伝わらない

自室にて紗奈はベッドに座った

「また、切れませんか」

手首にカッターの刃を押し付けたが、切れない

紗奈の恩恵が無意識に妨害しているためだ

「…二ツ目の神機、斬鉄剣」

紗奈のポケットから飛び出した四角い箱が、包丁のような形状に変化する

これを手首に向けて思いっきり振り下ろしたところで、紗奈は気づいた

「おにい…さま…?」

そこに夜斗の手があり、その手を神機で切り落としたことに



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36話 冬風紗奈は好かれたい10

(お兄様…!私は……!いえ、今は止血が先決です。恩恵起動!)

拒絶者にて、出血を拒絶する。が、止まらない

「紗奈…何をしてるかと思えば…」

「お兄様…何故手を出したのですか!」

「知らん。体が反射で駆動したに過ぎない」

夜斗は常に、呪いに縛られている

このことは紗奈には伝えられておらず、佐久間やアイリスも知らない。唯一知っているのは、奏音だけ

それは、紗奈を守ろうとするという呪縛

紗奈が命の危機に瀕した時、自動で肉体が駆動する

恩恵で防げるのであれば恩恵が起動し、防げなければ自己を犠牲にする

「紗奈は無事だな…?」

「はい…」

「なら、いい」

夜斗は骨まで切れ、皮一枚で繋がる腕をみていった

紗奈の心理状態はそれどころではない。自身の手で愛するものを傷つけたのだから

(けどこれで、お兄様は私を見てくれる…?)

「…仕方がない。スキル解放」

夜斗は千切れかけた左腕を、右手で無理やり押し込む

それだけで腕は治り、何事もなかったかのように動き出す

「…それは…?」

「冬風の人間は、スキルツリーと呼ばれる異能力を生まれ持っている。見たもの、得た知識、受けた技。全てを学習し、スキルとして登録する。そして年に一度、スキル解放の機会が与えられる。これを行うことで、登録されたスキルを習得できる」

夜斗はそういって紗奈を抱きしめた

手が震えている。特段、千切れかけたことによる後遺障害というわけではない

「おにい…さま…?」

「お前が無事で、よかった」

夜斗はベッドに投げ出された二ツ目の神機を見て、声を上げかけた

二ツ目の神機は、不可能とされていた技術だ

一つ目は問題なく使える。しかし、二ツ目を使用しようとすると人類の悪意に呑まれる、と言われているのだ

それゆえに、二ツ目の神機を持つことさえ叶わないはずだが…

「…紗奈、この神機はどこで手に入れたんだ?」

「これは…神社に、刺さってたものです」

「どこの?」

「…静岡県最北部の、浅間神社です」

「…なるほど。製作者不明の神機、というわけか」

夜斗はベッドの上に横になった

「お兄様…?」

「安心しろ、風呂は入ったあとだ。たまには兄貴に甘えてもいいんだぞ、紗奈」

夜斗はそういって手招きした

腕を横に伸ばしていることから、そこに頭を乗せろということだろう

「…では、お言葉に甘えます」

「お前が起きて離れるまでここにいてやる。ゆっくり寝ろ」

「はい…。おやすみなさい、()()()()()

紗奈が寝息を立て始めるまでに、そう時間はかからなかった

夜斗は天井を見上げ、紗奈の二ツ目の神機を手に取る

「お前はなんで、作られたんだろうな。終焉氷月?」

包丁型のそれが小さく震えて、元の板型に戻った

『貴方には教えません。今は、まだ』

そんな声が、微睡の中の夜斗に聞こえた───気がした



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37話 冬風夜斗暗殺計画

夜斗は街を歩いている際、違和感に気づいた

(これは、殺意か。それも一人や二人じゃなく、おおよそ200人)

周囲の人間が夜斗を見ている。その目には侮蔑の目がある

ビルに取り付けられたテレビがその謎を解き明かしてくれた

『次のニュースです。元政府から告げられた、冬風夜斗の裏側に迫ります』

「なるほど。その手段は考えてなかったな」

夜斗は掌をテレビに向けた

「試作型異能力、紫電の黒槍」

夜斗の掌から発されたのは、超々高圧の電撃だ。それは空気絶縁を意図も容易く破壊し、周囲の窓ガラスを揺さぶりながらテレビを破壊した

「思っていたより威力が低いな。電圧はこれ以上あげられないし、やっぱ擬似電線でも付与したほうがいいのかねぇ」

圧倒的な能力を見せた夜斗を咎める声は、あがらなかった

一人を除いて

『見ましたか!あれが冬風夜斗の本性です!』

「街頭演説…それもあれは、防衛大臣(元)か」

夜斗はまた試作型異能力を行使しようとして、やめた

面倒だからというのもあるが、続けられた言葉に憤りを感じたからだ

『あれは少女3人を洗脳し、能力を与えて世界を支配しようとしているのです!九条奏音、アイリス・アクシーナ、時津風佐久間がその少女たちであります!』

夜斗の中で回路が起動した

感情が一定レベルに達すると、夜斗は回路を切り替える。この回路は夜斗の意思ではどうにもならず、ただ口調や雰囲気が変わるだけに留まらない

能力さえ変わってしまう

「お前、どうしても死にたいようだな」

モード4・如月響

それが今の夜斗。怒りが高まることで起動する回路だ

特徴としては、能力が最も大きい。ありとあらゆるものをゼロにするという能力だ

名前はないが、図書館の者たちには《回帰能力》と呼ばれている

『出たな悪の根源め!図書館ではなくもはやアークだ!』

「ギャグセンス無すぎるだろう。悪だからアークか。インパクトにかける」

夜斗…というより響は、指を鳴らした

すると元防衛大臣がもつスピーカーが甲高い音を立てて爆ぜた

「なっ!」

「珍しいものでもなかろう?漏電や地絡というものだ。端子間の空気絶縁を破壊して導通させ、短絡したに過ぎぬ」

響は解説しながら元防衛大臣に近づいていく

響が一歩踏み込むと、元防衛大臣が2歩退く

「ふむ?あれだけ小馬鹿にしていたのだ、俺たちを殺す手段くらい用意があるのだろう?出してみよ、許可する」

響が高圧的に告げると同時、響の頭にライフル弾が飛来した

「ほう。これはナパーム弾か。着弾地点の周囲に火炎を発生させるが、残虐性から使用は国際法にて禁じられているはずだ」

響の発言に、周囲の人間は元防衛大臣に侮蔑の目を向けた

「どうやらここにいる人間にとって最大の敵はお前のようだ。俺はテロを防衛するために、お前を削除する」

響が夜斗に戻り、即座に能力が起動する

「《管理者》デリート」

夜斗がよく通る声で言うと同時に、元防衛大臣は微かに青白い炎を残して消え、その炎さえも風にかき消された



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38話 冬風夜斗暗殺計画

奏音は電話をかけていた

相手は、霊斗の妹である桃香だ

「もしもし桃香?」

『奏音、おひさだね』

「久しぶりね。先日の訪問以来かしら」

『もうそんなに前なんだね。今日はどうしたの?』

「夜斗の暗殺計画の存在が判明したわ。計画してるのは元政府よ」

『あれだけおいつめられててよくやるね、あの人たち。どうするの?潰すわけにも行かないでしょ』

潰すのは簡単だが、それを理由にこちら側が追い詰められることになるかもしれない

そうなると図書館は困るのだ

「まぁそういうことよ。魔族に助けを求めてみようかと思ってね」

『そういうことはお兄ちゃんに直接言ったほうがいいんじゃない?』

「2回くらい神機を向けてる手前話しにくいのよ。だから桃香からお願い」

『りょーかい。こっちからも一つ連絡いい?』

「お願いするわ」

『今、隣に冬風夜斗がいるんだけど…昏睡してるの』

「すぐ向かうわ。5分はかかる」

『逆にそれだけしかかからないんだ…。わかった』

電話を切り、即座にグレイプニルに転移し艦内放送を使う

「緊急コード0、よく聞きなさい。現在より第二次戦闘配置に移行、グレイプニルは私が動かすわ。移動先は静岡県沼津市にある魔族総本部、冬風夜斗の昏睡を確認したと連絡があったわ。雪音は能力の使用を許可するから、周囲警戒しなさい。桜音はグレイプニルを全監視モードに切り替えつつ周囲を警戒。総員かかりなさい!」

奏音は操縦席に走りながら恩恵を起動、グレイプニルの隔壁を閉鎖していく

緊急運転モードに切り替えているのだ。これは剛性などをガン無視で飛ばすため、区画を制限して稼働させる

また乗組員を戦闘配置にすることで、奏音の指示が行き通りやすくなる

「グレイプニル、緊急発進!」

「「「はっ!!」」」

奏音はレバーを思いっきり引いて、反重力を発生させた

グレイプニルの原理は、相反する力を制御する恩恵をもとに開発された重力炉だ

原子力よりは安全であるものの、危険度がないわけではない

「ぐっ…!」

「奏音様!無理な運用はおやめください!」

「行かなきゃいけないのよ…!夜斗のところに。私の好きな人のところに!」

「ですから、無理な運用はおやめくださいといったのです。私たちの霊力、奏音様にお貸しします。利子はつけてくださいね」

乗組員から奏音の元に、膨大な霊力が集められる

それがレバーを通して重力炉に送り込まれ、グレイプニルが加速する

「…ちゃんとかえすわ。出世払いでね!」

グレイプニルは奏音…だけではなく、図書館メンバーの想いに応えるかのように唸り、急加速した



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39話 冬風夜斗暗殺計画

「夜斗!」

「静かに。今寝たばかりだ」

霊斗と桃香が、夜斗が寝るベッドの横に置かれた椅子に座っているのが目に入る

と同時に、奏音は霊斗に詰め寄った

「どういうことなのか説明してもらえるかしら?」

「俺はついさっき来たばかりだからよく知らないんだが、聞いたところによれば毒を打ち込まれたらしい」

「毒…?夜斗には効かないはずよ」

「簡単に言えば精神干渉魔術かな。毒というより、その人のトラウマを暴走させる働きがあるの」

桃香が夜斗の顔にかざした手を避けて、奏音を呼ぶ

奏音が夜斗の顔を覗き込んで、悲鳴に似た声を短く上げた

「これって…」

「これが恩恵保持者の闇、なんじゃないかな…。って考えると、恩恵はトラウマが変異したものだと思う。そこまで大きな突然変異って生物学的にも稀だし、多分恩恵保持者は多く生まれない」

不思議と納得した奏音

夜斗の顔は、驚くほど苦悶に満ちていた

それだけだ。それだけでも、奏音は恐怖を感じた

「…けど、よく夜斗に魔術を撃ち込めたわね。術者は?」

「捕らえて拘束してある。魔力無効化の結界もあることだし、そう簡単に破られはしない」

霊斗がそういって立ち上がり、奏音に視線を向けた

ついてこいということだろう

奏音はいつでも神機を召喚できるよう待機させつつ、霊斗と桃香に続いた

「弾頭刻印型魔術、って言ってな。銃弾自体に刻印魔術を付与したもののことなんだ」

「そんなの使われたら、ナパームもダムダムもつくれるわよね?」

「ダムダムは無理だな。炸裂術式を組み込むと、どうしてかわからないけど発射から着弾の間に爆発する。ナパームはできるが、それも難しい」

「なら何を刻印するのよ」

奏音は手の中で手のひらサイズのスマートフォンを操作し、グレイプニルを攻撃体制に変更した

これが功をなすなど、奏音自身も霊斗たちも知る由もない話だった

「さっきいっただろ。毒だよ」

「毒…。戦闘不能にする魔術、ってこと?」

「うん。麻痺とか煙幕とかもあるし、刻印術者によっては火炎や氷結もつけられるの。今回撃ち込まれたのは、尋問用自白魔法が組まれたものだよ」

奏音の右目がチリチリと傷んだ

夜斗を守れなかった奏音に対し、彼女らは何をされたかさえ理解している。対処法を知っていてもおかしくはない

「最近上がってた暗殺計画は…」

「おそらくこれだな。《管理者》を戦闘不能にすることで、本部に攻め込みやすくするのが狙いだろう」

「けど今は久遠がいるわ。そう簡単に落とせるとも思えない」

久遠は夜斗・奏音に次いで戦闘能力が高い

以前夜斗が使った「紫電の黒槍」の原型となったのは久遠の紫電だ

それほどに夜斗は久遠のチカラを認めている

「それがおかしいんだよ。だから私たちは考えたの」

「ああ。そして導き出されたのが、桜坂久遠の籠絡。つまり反乱を起こさせることだ」

奏音はふーん、と言って夜斗の頬を撫でた

「…行かなくていいのか?」

「えぇ、必要ないわ」

「図書館陥落の危機だぞ!?」

霊斗が声を荒げても、奏音は夜斗を撫でる手を止めるだけだった

「問題ないわ。仮に久遠を籠絡しようとしても、無駄よ」

奏音はゆっくりと笑ってみせた



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40話

その頃の久遠

「で、私を拘束して何をしたいの?」

チェーンで縛られた久遠が、あくまで冷静に訊ねる

覆面の男たちが口を開いたのは、本部から数キロ移動してからだった

「お前を洗脳して、本部の情報を吐かせる。同時に戦力として使う」

「んー…期待しない方がいいよ。私は洗脳の意味ないし」

久遠は紫電を起動し、車の電装を破壊した

しかしすぐには悟られないよう、紫電を使い続けて電装の動きを再現する

「刻印魔術を埋め込めばいい。その脳にな」

「ふーん。簡単に行くといいね」

男たちの拠点らしきものが見えたと同時に、久遠は電装を暴走させた

アクセルを全開にし、ブレーキが働かないように抵抗を最大にする

と同時に、高圧の電撃によりチェーンを切断した

「アクセルが!?」

「ま、私を怒らせた罰だよ。じゃあねー」

久遠は指先から電撃を放ち、ドアのロックを破壊し、ノブを引いてスライドさせて飛び出した

と同時に、図書館のメンバーが車を横付けし、久遠が飛び込む

「さっすがだね、桜音」

「当然。大型バンは私の専門」

桜音はハンドルを右に回しつつサイドブレーキを引く

大型バンが後輪を滑らせて180°回転し、その場からの離脱を図る

尚、久遠を誘拐した車両は拠点らしきものの壁に突き刺さり、久遠の紫電によってバッテリーが爆発した

「ほとんどが電気制御の車で助かったよ」

「同意。あれは電気自動車の新型。まだ公表されてから二日ほどしか経過していない」

「え?じゃあ一般販売は…」

「到底未実施。それに、発表されたものは実用に耐えうるレベルではなく、よくて街乗り程度のレベル。あれは高速道路を走行した実用可能品」

「…発表したのは偽物で、あれが本物…?だとしたら…」

「肯定。おそらくは研究所から盗まれたもの。本日のつい5分前に公表されたニュースがある」

桜音がカーナビを操作すると、久遠の目の前にあるモニターに情報が表示された

そこに記載されていたのは

「発表の前日に盗難されていた…。発表されたのは急ごしらえの、仮設機!?」

「肯定。実験用に作られたもので、実用目的というよりは試しに作ったというレベル。よって導き出されるのは」

「研究所の人が向こう側にいる、ってこと?それで発表前日に研究所から持ち出させた…」

「肯定。研究所をハッキングしたところ、監視カメラを無効化する研究所員の姿を確認した」

そう言いながら桜音は車を停止させた

目の前にいるのは奏音と霊斗だ

「や、奏音。夜斗の様子は?」

「呪術解除に時間がかかるわ。そっちは?」

「とりあえず敵拠点に車ぶつけさせてバッテリーに電撃与えて爆破してきたよ」

「少しは抑止力になるかしら」

『こちら九州支部!応答したまえ!』

「私よ、佐久間。どうしたの?」

奏音は耳に手を当てて呼び声に応えた

同時に久遠の元にも通信が入ったらしく、腕につけられた機械を操作している

「久遠だよ。どうしたの、舞莉」

『関西支部に魔族反応です!アイリスが応戦していますが、ジリ貧といったところですね…。奏音に近距離砲を使うように伝えてください!きゃあ!?』

「舞莉!どうしたの!?」

「佐久間!応答しなさい!」

「ど、どうしたんだ…?」

霊斗が恐る恐るといった様子で訊ねる

「…九州支部に敵襲よ。中国系吸血鬼と欧州型獣人が確認されているわ」

「こっちも似たような感じ。関西支部に魔族がきたみたい。奏音、舞莉の通信が切れる寸前に、近距離砲を撃ってほしいって」

「…あの子、まさか…」

「爆撃を転送する気だろうね」

久遠は歯ぎしりした。夜斗が起きていれば話は変わってきただろう

しかし夜斗は昏睡しているという。つまり、久遠たちを含む7人で対応せざるを得ない

「な、なんか大変そうだな…手伝うか?」

「…霊斗は本拠点にいたほうがいいよ。多分、ここ離れたら過激派が攻めてくる。人間と外国魔族、過激派が手を組んだんだろうね。そうなれば、各国の軍部も絡んでるよ」

久遠は状況を取りまとめようとしたが、まとまりきらない

多くのことが起きすぎているのだ

「……?雪音、どうかした?」

桜音が虚空に向けて話しかけ始めた

特段頭がおかしくなったわけではなく、彼女らの通信方法だ

「了解。こちらはなんとかするから、何とかして。………うん。主を起こす」

桜音は霊斗に目を向けて言った

「主を起こす。連れて行って」

「お、起こすったって…」

「こういったときのために、主はバックアップがある。ただそれは不完全なもので、《管理者》を起動することは不可能。けど、自体を収束できるはず」

桜音の真面目な目に、押し負ける霊斗であった



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41話 冬風夜斗暗殺計画

夜斗は横たえられたベッドから降りた

床から数センチ浮いているが、気に留める様子はない

「……」

夜斗は眠る紗奈を眺め、布団をかけてテラス窓から外へと出た

そこから見えるのは、攻めてきた軍部の戦闘機。アイリスが作ったあのステルス機だ

「……紫電の黒槍、最大出力」

夜斗の掌が前方に向けられ、そこに紫色の雷が収束していく

最大まで圧縮されたそれが、数千にも上る戦闘機を破壊するために薙ぎ払われる

「…十三秒ノ解放(サーティーンリミット)

夜斗を赤と黒の稲妻が覆い隠した

目の端に紫電が迸り、いつの間にか召喚されていた神機が黒く染まり、ヒビのような模様が赤で描かれている

「…」

夜斗はそのまま、めんどくさそうに剣を横なぎに振るった

前方にいた過激派魔族の下半身と上半身を分断し、周囲にあった緋月家所有の建屋もを破壊していく

夜斗の暴走状態、或いはバックアップモード

昏睡状態が数時間を超えると起動する、いざというときのための殲滅モードだ

これもまた仮面の一部。欠片だ

「夜斗!」

「…夜斗、という呼び名は適切じゃないな」

夜斗が放つ斬撃が、詠唱破棄にて障壁を張った奏音…を、すり抜けて霊斗を斬った

「いったぁ!?」

「…手が滑った。神格行使、《天照》」

夜斗の頭上に生じた赤黒い太陽が、霊斗―の背後にいた過激派魔族を焼き焦がした

「これは…!」

「…存在定義開放。発動後数分で消滅する代わりに、誰からも気づかれなくなる魔法。気づかなかったことを恥じる必要はない」

夜斗がそういった直後、糸が切れたかのようにその場に倒れた

奏音が駆け寄るより早く、夜斗の体が動き出す

「よくやった、壊都(かいと)

夜斗が呟き、その声に奏音が歓喜する

愛しき者の復活に、心の底から喜んだ

「殲滅するぞ、みんな。力を貸せ」

夜斗への反対意見は一つもなかった

「うし、俺らにも一枚噛ませろ。なに、貸しにしておいてやる」

声があたりに響き渡り、上空から黒鉄が降ってきた

夜斗はそれがわかっていたかのようにしているが、他の者は想定外の事象に驚き回避行動をとっている

「…暴れすぎるなよ、黒鉄」

「あいよ、主。行くぜバカ共!」

「神格《生成》、システムオールグリーン」

木の陰から姿を現した男が、右腰につけられた鞘から刀を抜きつつ呟く

「霊桜草薙。参る」

草薙と名乗った男が、左手で刀を構える

彼は黒鉄の弟だ

「霊桜流剣技・三ノ型改、『銃弾逸し』」

草薙は霊桜兄弟の父親が使う剣技を受け継ぎ、応用することで合計14の技を持つ

そのうちの一つを使い、元政府が集めた反図書館の人間が撃つ銃弾を弾いていく

「…間に合わねぇな。流華、バックアップ」

「りょーかい。神格《機構》斬撃(スラッシュ)(シェルター)

流華と呼ばれた少女が、手で刀をくるくると回しながら呟く

瞬間的に刀を抜き、左腰に鞘をつけて右手で構える

本来日本刀は左腰につけるのが通常だ。そして目上の者と謁見する際には右側に刀を置き、敵意がないことを示す

草薙の持ち方はイレギュラーなのだ

流華は全く動いていないように見えるが、明らかに草薙の間合いの外を飛び交う弾丸が弾かれ、斬られていく

「流華は機械的に動作を行う、っつー神格を持つ。デウスエクスマキナの力だな。んでもって草薙は創造神…まぁ、ギリシア神話でいうカオスだな」

「言ってみりゃソードスキルみたいなもんか」

「「ソードスキル…?」」

「夜斗も知らんのかい。とあるゲームのスキルだよ。剣の初動を認識してシステムが登録された技を実行させるんだ」

得意げに語る霊斗だが、彼はそのゲームに一切関係はない

趣味で「自分がそのゲームにいたら」という小説を書いてるのだ

「それに似てるな。で、お前のは?」

「俺のは、殺意を具現化して万物を喰い尽くす能力ってとこだな。相手が味方だとめっさ弱いけど、敵だと本当になんでも喰う」

黒鉄はそう言いつつ、能力を起動・夜斗の背後にいた人間を飲み込んだ

 



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42話 冬風夜斗暗殺計画

「派手に行くぜ!」

黒鉄は夜架と共に西に向かって走り、草薙と流華は東に向けて進軍し始めた

と同時に、奏音に呼ばれた佐久間・アイリス・雪音・桜音・愛音がグレイプニルから飛び降り、着地。夜斗の隣に並ぶ

「霊斗、南を頼む。俺たちは北を制圧する」

夜斗はそう言って、神機を地面に突き刺した

頷きながら霊斗は召喚獣を出し、兄妹たちを従えて南に移動する

夜斗たち恩恵保持者は北にいる人間を前に、人工恩恵保持者を含む8人が恩恵を起動した

いつぞやの飛龍が雪音、桜音、愛音に飛び込み恩恵として起動する

「おそらくは戦闘するのは最後になる。俺たちの力を示すぞ」

「ふっ、まさかこんなときがくるなんてね。窮鼠猫を噛むとはよく言ったものさ」

「んー…。まぁ、私も鈍ってたしたまにはいいかな」

「久遠たちには拠点を守ってもらうとして、私たちは自分の身を守ろうかしら。過激にね」

神機が召喚され、雪音たちも武装を召喚した

「「「「神機解放!」」」」

「研ぎ澄ませ、バスターソード!」

「解放。華やげ、ターミネートキャノン」

「芽生えよ、メテオバスター」

雪音の大剣、桜音のガトリング砲、愛音の大砲

それぞれが赤い光を放つ

そして夜斗たちの神機が淡く輝き、解放される

「ここから先は俺たちの戦争だ。俺を殺そうとしたこと、地獄で後悔しろ」

夜斗の神機が横一文字に薙ぎ払われ、剣圧により戦闘機が切断される

アイリスはレッドタブレットを使い、アイリスの意思で動く戦闘用機械人形と魔術人形を構築する

「愛音、私を守っといてね。制御で忙しいから!」

機械人形と魔術人形が襲い来る人間相手に素手で立ち向かう

柔道合気道などなど、あらゆる武術を利用して人間を倒し、その人間が持っていた武装を使って剣術や射撃、斧を利用して新たな人間を蹴散らしていく

「ふむ、アイリスだけには遅れを取りたくないね。他の人ならまだしも」

「私だけにはってなにさ!」

機械の羽が複数のナイフになり佐久間の手に収まる

そしてそれを扇のように広げ、投げる

「僕の神機の能力は、複数の設定を競合させずに持つことができるというものだよ」

佐久間が指を鳴らすと、ナイフたちがそれぞれ別々の属性を纏った

あるものは火、あるものは氷、あるものは雷

本来は同じ神機である以上、一つの属性に留まるのだが、解放すれば意のままに操作できる

「血気盛んね。私も本気でやろうかしら」

クスリと笑って奏音が銃を構える

「私の神機は、複数に増えることができるわ。他の能力じゃ意味ないけど、私の能力を使えば全周囲砲火できる」

数百に上る奏音の神機が召喚され、照準を始める

終わったとき、奏音は全てに射撃の命令を出した

「…別に俺いなくても終わりそうではあるが…。俺の神機は、振ったときや矢を放ったときの風圧で、人間の肺活量や声域で唱えられない失われた秘術を起動する」

弓に変形した神機に矢をつがえ、放つ

「魔術・殲滅の残光。ちょっと控えめバージョン」

夜斗の放った矢が魔法陣を形成し、そこから数多の光の矢が降り注ぐ

矢の雨は人間や魔族など一切関係なく心臓を貫いていく

「…あれ、控えめにしたつもりなんだが…」

夜斗は自分で実行した惨劇に目を点にして呟いた

これで北側は全て鎮圧したことになる

「南側オワタぞ」

「それはどっちだよ」

「東西完了だ。あとなんかあるか?」

「ないと思うが…」

恩恵保持者&緋月家VS過激派魔族&反図書館の戦争は、圧倒的な大差をつけて夜斗たちが勝利した

元政府たちもやっと諦めがついたのか、とある崖――アイリスが黒鉄と初めてであったあの場所から、身を投げたという

「…終わったな。長かったぜ、作者的に」

「メメタァ…」

 



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戦後処理

大戦争から5年。夜斗は緋月家に訪れていた

「よう霊斗。天音ちゃん元気だったか?」

「まぁねー。霊くんがお盛んだから夜は元気じゃないかも」

「……」

「おいまて当人を置き去りにするな連れてけ」

天音の腕の中には小さな子どもがいた

夜斗の隣に立つ奏音も、背負紐を前につけて抱きかかえる子どもがいる

「長い戦争が終わってよかったわ。楓が戦闘要員にならなくて済んだもの」

「戦争…なのか?」

「そうよ。夜斗のせいで起きた戦争」

「俺のせいではなくね?」

「実質お前のせい」

「紫電の黒槍は捨ててねぇぞ?」

「ごめんなさい」

管理者の力を封印し、神機が行方不明になった夜斗は、国防をすることも難しいということで隠居生活を送っている

奏音は未だに半ば独裁を行いつつ、生きることを楽しんでいた

「…霊斗」

「なんだよ」

「ちと表出ろ」

「何もしてないのに!?」

「いいから」

夜斗は霊斗の耳を引っ張って外に連れ出した

車に乗り込み、少し離れた公園に移動する

「なんだよ…」

「お前天音ちゃんを困らせるなよ?愚痴が全部俺か奏音のところに来てるから。俺はともかく妊婦に負担はかけられん」

「また子供できたのかよ!どんだけやることやってんだ!?」

「お前らよりは少ないと思うが…。そこまで体力もたんし」

「魔族だからってずっとやってるわけじゃありませんが!?」

霊斗は叫びながらゆっくり息を吐き出した

「…もうあれから5年か。早いもんだな」

「そうだな。戦争終わって即天音ちゃんとのことを告白したお前に感化されて奏音が抱きついてきたときは驚いた」

夜斗は思い出に浸るように目を閉じた

あの日、霊斗は天音が婚約者であることを夜斗に言うと同時に、その場で指輪を差し出した

まだわたしとらんかったんかい、と夜斗が言った直後に奏音は夜斗に抱きつき告白・付き合い始めたという顛末がある

「…そういえばアイリスさんとか佐久間さんはどうしたんだ?」

「え?ああ、二人とも重婚を認めさせようと躍起になってる」

「ああ…なんか察した。お前も罪だな」

「え?なんで?」

「わからんならいい」

夜斗は何故罪人認定されたのかわからないまま、再度車に乗り込んだ

そして霊斗の自宅に到着し、迎えた奏音の頭を撫でる夜斗

「…夜斗、その子の名前は?」

「カエデだよ。木へんに風で楓。俺にしてはいい名前だろ」

「そ、そうだな…。その子とうちの子が誕生日一緒なのはなんかしたのか?」

「さてな?元管理者がいうのもあれだが、それこそ神のみぞ知るセカイってやつだろうさ」

夜斗はそう言って笑った




最終回です。ありがとうございました


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