【完結】ONE PIECE Film OOO ―UNLIMITED DESIREー (春風駘蕩)
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プロローグ

 ―――おれの財宝か? 欲しけりゃくれてやる。

    探してみろ。この世のすべてをそこにおいてきた。

 

 史上唯一、世界で最も危険な海(グランドライン)を制した伝説の男。

 海賊王、ゴール・D・ロジャー。

 彼が死に際に放った一言は、世界中の男たちを、海へと駆り立てた。

 『大海賊時代』の幕開けである。

 

 彼が夢を抱き、そしてこの世のすべてを手に入れたのは、20年前。

 しかし、それとは別の時代、同じようにこの世のすべてを欲し、儚く消えていった一人の〝王〟がいた。

 〝王〟がその夢を抱いた始まりと終わりは、今から800年ほど前まで遡る―――。

 

 *

 

 ざわざわと木々が怪しく囁く。

 黒い雲が星と月の光を持呑みこむ闇の世界の中。

 とある島で、二つの影が対峙していた。

 一方は、もはや人には見えない、全身をうろこで覆ったヒト型の異形。

 もう一方は、黒い袖なしの着物に黒い袴、そしてカラフルな甲冑を付けた、人らしきもの。顔には深紅の鳥を模したフェイスアーマー。腕には黒いラインの入った爪甲。脚には緑の足甲をつけている。

 鎧の者は、異形を鋭い目で睨みながら、その拳をきつく握りしめた。

「……王よ。退くことはできぬのですね?」

「くどい。この力を手にした時から覚悟はできている」

 異形の者がその外見に似合わぬやわらかい口調で言うと、王はその問いを低い声で一蹴した。

「……王よ。お考え直しください。あなたは間違っています。『力』は、しかるべきものが、しかるべき使い道をすることでのみ、真に発揮されるのです」

「黙れ!!」

 幼子に諭すような言葉を、王は一喝する。

「…お前の戯言はもう聞き飽きた」

 王が小さく、その一言を発すると、王の胸から何枚ものカラフルなメダルが呼応するように飛び出した。

「これで終わらせる!!」

「! 王よ! まさか!!」

 異形が止める間もなく、王は腰元に着いた器具を取り外し、全てのメダルの上にかざしていく。

 すると、同時にメダルが光輝く円陣を出現させ、王の胸に吸い込まれるように取り込まれていった。

 すべての円陣の光を取り込んだ瞬間、王の胸の中心にぽっかりと真っ黒な穴が現れた。

「ッぐ! ぅおおおおおおおお!!!!」

 王は苦痛に顔をゆがめながら、あごをそらして吠える。

 すると、胸に空いた穴は、そこにあったすべてのものを吸い込み始めた。廃墟も、木も、岩も、そして自分と異形も。

「王よ!! おやめください!! それではアナタも……!!」

 自分をのみこもうとする穴の力に耐えながら、異形は王に向かって叫ぶ。

 だが王は、それに激しい言葉をぶつけることで答える。

「お前に奪われるよりはマシだ!! 私とともに!! 眠れ――――!!!!」

 王が叫んだ瞬間、深夜の島に、夜闇をも覆う黒い光が現れた。

 

 

 一夜にして、島の一部が消し飛んだこの事件を、島の人々は今日まで語り続けた。

 史上最も欲深かった王が、何かを守るために戦った最期を―――――。



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第一章 少女とメダルと幻の島
1.空からの訪問者


時間的には、スリラーバーグとシャボンディ諸島の中間です。
ついでに、まだ変身はしません、しばらく。


 照りつける太陽。その下で広がる海は、深い青の光を放っている。

 空には雲一つなく、どこまでも続く海とは違った青色が広がっている。

 静かな波がさざめく海原を、一艘の大型船が突っ切っていた。

 船の船首(ヘッド)には、太陽に似たライオンの顔が飾られ、どこか楽しげな顔を前方に向けている。

 風をはらんで膨らむ帆には、麦わら帽子をかぶったどくろの海賊旗(ジョリーロジャー)のマーク。

 海賊『麦わらのルフィ』一味の乗る船、『サウザンドサニー号』だ。

 芝生の敷かれたサニー号の甲板では。

 

 半分ミイラ化した少年が倒れ伏していた。

 

 黒い短髪の上に、トレードマークである麦わら帽をかぶったその少年の名は、モンキー・D・ルフィと言った。

 この海賊団の船長である。

「……腹減ったぁ~」

 ややこけた顔で呟くルフィの腹から、ぐぎゅるるぅ~という恐ろしいほど響く音が届き、ほかのクルーたちを呆れた顔にさせた。

「魚どころか、カモメすらいねぇ。どうなってんだこの海は…」

 釣竿を手にぼやく、マリモのような髪型の剣士ゾロ。その手の釣竿は、ただ波に揺られてぷかぷか浮かぶだけだ。

 その傍で、水色のリーゼントの大柄の男・フランキー、長身の骸骨男・ブルック、赤い帽子の人間トナカイ・チョッパーもぐったりと伏していた。

「ぅおお…。今週の俺様、全然スーパーじゃねェぜ~…」

「ぁああ…。わたし、今すぐにでも干からびそうです…。もう、干からびてんですけど」

「ぅええ…。おれ、この暑さだめだ…」

 三人仲良く、ぐったりした顔で倒れ伏す人外3匹。

 なぜ、骸骨とトナカイが話すことができるのかは、後々述べよう。

 いつもは突っ張っているフランキーのリーゼントも、今日はだらんと垂れている。

「おっかしいわね~…」

 甲板の先で首を捻るのは、優秀な航海士の力を持つ、ナミ。お金とみかんが大好きな女の子だ。

 鮮やかな水着を纏い、目の前にかかげる古びた地図を睨みながら、しきりに首を捻っている。

「そろそろ見えるはずなんだけどなぁ~…。宝島」

 ナミがその手に持つ地図に描かれているのは、とある島。北を上に向けると、三つの円が横に並び、斜めに傾いた形をしている。

 

 『ひとつなぎの大秘宝(ワンピース)』を求める海賊の一味であるルフィたちだったが、偶然この地図を見つけたため、一時的に進路を少し離れている。この島が近いこともあり、寄り道の真っ最中なのだ。

 主に、金のにおいにつられたナミの要望で。

 

「方位もしっかりしてるし、何より『本物』のにおいがするのに……。何よもう!! ガセネタだったの!!」

 憂さ晴らしのように地図を握りしめ、天に向かって吠えるナミだが、たださらに虚しくなっただけだった。

「私の鑑定も、まだまだだったのかしらね…」

 ナミにそっと声をかける、黒髪の美女、ロビン。今回の地図は、考古学者である彼女のお墨付きだったようだ。

「んナミすわぁ~んぬ!! ルォビンちゅわぁ~ん!! 冷たい飲み物持ってきたよ~❤」

 そこへ、足を竜巻のように回転させながら、金髪ぐるぐる眉毛のコック・サンジがトレイと一緒にグラスに入ったジュースを持ってくる。目をハートマークにしながら、甘ったるい声でやってくる様子は、暑苦しいことこの上ない。

「…なんでこいつだけこのテンションを保っていられるのか、不思議でしょうがないわ……」

「考えるのはやめましょう。ナミ。きっと誰にも解き明かすことは不可能だわ」

 そして誰も解き明かそうとしないでしょうね、と付け足すのを聞きながら、ナミは深く深くため息をついた。

 その様子に、海に向かったままのゾロが小さく呟く。

「…うるせぇコックだ」

「あ゛ん!?」

 すぐさまケンカ腰になる二人。そこへ。

「あーあー。やめたまえよ、お二人とも」

 やけにのんびりした声が制止をかけた。

「そんなに生き急がなくても……………、どうせ最後はみんな死ぬのさ」

 麦わらの一味の狙撃手・ウソップは、ネガティブ全開の状態でさらっと恐ろしいことを呟いた。その目は虚ろで、体はガリガリに痩せている。

「大変だ〰〰!! ウソップが即身仏みたいになってる〰〰〰〰!! 医者―!! 医者―!! っておれだぁ〰〰!!」

 仲間の窮地に、パニックに陥ったチョッパーが叫ぶ。

 かつてない一味のピンチに、船長ルフィはどうしたものかと空を見上げる。

 ふと、視界の端に何かが映り、ん? と目を凝らす。

 見上げる空は、何も見えない青。だが、その中に、小さな影が映っていた。

 そして、それが何か分かった時、ルフィは希望に目を輝かせて飛び起きた。

「サンジ―!! 肉だ―!!!」

 突然のルフィの叫び声に、仲間たちがなんだなんだと集まる。

「…おい、どうしたルフィ。腹減らしすぎておかしくなったか?」

 そういいながらも、つられて全員が上を見上げる。

 どこまでも続く青空。

 その中に、ぽつんとたったひとつ、黒い影が浮かんでいた。空をまっすぐに飛んでいく十字の影は、まさしく鳥の影だ。しかも、距離からしてかなり大きい。

「……あのでかさはまぁおいといて間違いなくあれは肉だぁー!!」

「総員、狙撃よ――――い!」

「ウソップ復活はやっ!!」

 すぐさま顔色の戻ったウソップの号令のもと、仲間たちがあわただしく動き出した。

「…食べ物が絡んだ時のこの団結力は、いったいなんなのかしらね……」

「ふふふ…」

 あきれた声を出すナミに、その言葉に微笑むロビン。

 ルフィはマストの後ろに立つと、両足を力強くふんじばり、両腕をそこから『伸ばし』た!!

 

 海の秘宝『悪魔の実』の一つ、『ゴムゴムの実』の能力だ。

 世界中に存在する、悪魔の実を食べて力を手にした能力者たち。

 ルフィが食べたのは、全身がゴムになる『ゴムゴムの実』。

 同じように、ブルックは死んで一度だけよみがえる『ヨミヨミの実』、チョッパーは人間の姿になれる『ヒトヒトの実』を食べている。

 ちなみに、ロビンも体の各部を花のように展開することのできる『ハナハナの実』の能力者だ。

 

 びよよんとしなる腕に力を込め、ルフィは狙撃手からの指示を待つ。

 ウソップは自慢のゴーグルを装着し、目標までの距離を正確に測る。

「よ―――し、ルフィ・発射ぁ!!」

「〝ゴムゴムのぉ〰〰〰〰〰ロケットォ〟!!!」

 ゴムの力を利用して、ルフィはパチンコのように空へと飛ぶ。

 すると空を飛んでいた鳥の姿が、どんどん近づいてきた。

 その鳥は、あまりにもデカかった。翼を広げれば、小さな島ほどはありそうだ。眼光は鋭く、普通の人間であれば、その姿に恐れをなして逃げ出していただろう。

 

 だが、飢えたルフィにはそんなものどうでもよかった。

 

 砲弾のように飛びながら、ルフィは再び腕を伸ばす。

「〝ゴムゴムのぉ〰〰〰〰〟」

 そこでようやく怪鳥が、自分に近づいてくる小さな影に気が付き、払いのけようと鎌首をもたげた瞬間。

「〝バズーカ〟!!!!」

 戻ってきたルフィの両手による掌底が、怪鳥のどてっぱらに直撃し、怪鳥は白目をむいて悶絶した。

「!!?」

 怪鳥が腹に受けた衝撃で、こみ上げてきたいろんなものが口から漏れ出ていく。

 おえぇぇぇ、と涙目でもだえる姿に、ルフィはガッツポーズを向けた。

 

 

「よっしゃ―! もろ入ったぁ!!」

 サニー号でも、自分の狙撃が命中したウソップがガッツポーズをした。

「…今更ながら、えぐいな」

「そーですねー…」

 煙草をくゆらせて呟くサンジに、ブルックが答える。

「………ん?」

 その時、ずっと見上げていたサンジが、何かに気付いた。

 

 

「ん?」

 怪鳥を仕留めて、帰還を落下に任せていたルフィは、怪鳥の吐しゃ物の中に違和感を覚えて振り向いた。

 怪鳥の口から吐き出される粘っこい液体。

 

 その中から、一人の若い娘が抜け出した。

 

「は!!?」

 

 

「そ……空から……」

 サニー号の上で、サンジが声を漏らした。

「空から美女が降ってきたぁ――――――!!!」

「見えてんですか!? この距離で!!」

 目をハートマークにしたサンジの叫びに、ブルックが突っ込む。

「あ…、あの鳥公!! 人を食ってやがった!!」

 ゴーグルを再装着したウソップが声を上げる。

 

 

 茶色い光沢のある髪を携えた娘は、気を失っているのか、重力の導くままに落ちていく。

 目を見開いたルフィは、慌てて右手を伸ばし、その手をつかんで腕を引き戻した。

 ルフィの腕の中に、ぐったりした長身の少女が引き寄せられる。

「! お、おい!!」

 ルフィの呼びかけにも、少女は応えず、だらりと首を垂らしたままだ。

 ルフィは少女の手をつかんだまま、海へとまっさかさまに落ちていく。

「ブルック――――――――――――――!!!」

 ルフィが呼ぶと、すぐさまブルックが船の縁に足をかけた。

「お任せを!! ヨホホホホホ!!」

 ブルックは海上に躍り出ると、足を超高速で動かし、海の上を駆けた。骨だからこそできる芸当である。

「あ!! …くそぉ、おれも海の上走れりゃなぁ……」

 娘の救助に出遅れたサンジがぼそりとつぶやく。

 いち早くルフィのもとに走ったブルックは、二人を受け止めようと、細い骨の腕を伸ばす。

 

 ―――さぁ、マドモアゼル。もう安心ですよ……。

 

 そう声をかけながら差し出されたブルックの腕は。

 

 ぐんっ!!

 

「え」

 予想以上にかかってきた重さに耐えきれず、がくんと下がった。

 当然、いきなりバランスを崩した姿勢を戻すのは、難しい。

「ああああああああああああああああああああああ!!!!」

 二人は泣きながら、高い水しぶきを上げて海の中へ落ちた。

 

 ―――悪魔の実を食べて、海の悪魔の力を手に入れた能力者は、海に嫌われて二度と泳げない体になる。

 

 その法則のもと、二人は海深くへと沈んでいく。

「あ!? 何やってんだあいつら!!」

 ゾロがすぐさま身を乗り出そうとするも、それより早くサンジが飛び出していった。

 しぶきを上げ、海面を駆けながら。

「うおおおおお!! 待っててね、麗しのレディ!!」

「海の上走っとるぅぅぅ!!」

 人間、その気になれば海の上も空も走れる。

 だが恋は盲目とは言うが、その時のサンジは、頭上からさっきルフィが仕留めた怪鳥が落ちてきているのに気付かなかった。

 

 

 その後、海面に再び水しぶきの花が咲いたのは言うまでもない。




主人公の名前がだせねぇ…。


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2.メダルの怪物

「め……、面目ねぇ……」

「まったくだ」

 溺れた3人と少女は、結局ゾロとフランキー、ウソップの手によって引き上げられた。

 大量に水を飲んだルフィは、水風船のように腹がパンパンに膨れている。ウソップが腹を押すたびに、口から噴水のように海水が噴き出る。

「どこの世界に助けに行って助けられるバカがいんだよ」

「だ…、黙れマリモ…」

 ゾロと言い争う元気だけは失わない。

 そんな二人を置いて、ナミは少女を診るチョッパーのそばにしゃがみ込んだ。

「チョッパー、どう?」

「…うん、大丈夫。気絶しててあまり水を飲まなかったみたいだ」

 チョッパーの診断に、ナミは安堵の表情を浮かべる。

 ふと、ナミは少女の服装に目が行く。

「…ねェ、この子の格好。なんかおかしくない?」

「ん?」

 ナミの疑問を帯びた声に、チョッパーがのぞきこむ。

 少女がまとっているのは、複雑な模様の折り込まれたポンチョのような一枚の布。それを、半そでの着物のような服の上に羽織っていて、腰の後ろには片刃の青い刀剣がベルトに提げられていた。

 何よりも目を引いたのは、腰の前を飾るバックルだ。三つのスリットが横に並び、青色の模様が入っている、不思議なデザインだ。

 だが、ナミが気になったのは、そこではない。

「何で食べられてたのに、服が無事なの?」

 見れば、少女の体には怪鳥の胃液らしき液体がべっとりとついているのに、少女の服は新品のようだ。

「食われたばっかのとこだったんじゃねェの?」

「こんな何もないところで?」

 そういって、ナミは島の影どころか生き物の気配すら感じられない海を見渡す。

「この子、どこから来たの?」

 ナミの問いに、答えられるのは誰もいない。

「……唯一知っているのは、あの化け鳥だけか」

 ぼそりと、ゾロが怪鳥の沈んだ方向を見ながらつぶやく。

「つっても、聞いても答えるわけでもあるまいし…。それに、もう死んじまったし―――――」

 ウソップが呟いたその時。

 ザバッと船のすぐ近くで水柱が立ち、大きな何かが咢を全開にして迫ってきた。

 仕留めたはずの、怪鳥だ。

「ギャ――――――――――!!! 生きてた――――――!!!」

「仕留めれてねーじゃねーか!!」

「いぃぃやぁぁぁぁ!!!」

 両手を上げて絶叫するチョッパーとウソップとブルック。

「で…デカ!! こんなでかかったのかよ!!」

「ほんとに鳥かしら」

「言ってる場合か!!」

 その巨大さにおののくフランキーと、冷静に分析するロビン。そしてそれに突っ込むナミ。

 そして。

「肉―――――――――――!!!」

 と、目を輝かせるルフィと。

「3日は持つか…」

 と、さっそく献立を考え始めるサンジと。

「お前もまた不運だな」

 と、3本の刀を構えるゾロ。

 3人は怪鳥の目の前に立ち、ほかの6人は余波を恐れてわきによる。

「〝ゴムゴムのォ〟!!」

「〝三刀流・(ガザミ)…〟」

「〝首肉(コリエ)…〟」

 ルフィは右手を長く伸ばし、ゾロは両手を交差させ、刃を前方に向け、サンジは右足を大きく振りかぶる。

 怪鳥が本能で危機を察した時には、もう遅い。

「〝回転弾(ライフル)〟!!」「〝獲り〟!!」「〝シュート〟!!」

 再びルフィのコークスクリューブローが怪鳥の腹のど真ん中に決まり、ゾロの剣が蟹のハサミのように怪鳥の首をとらえ、サンジの蹴りが首元に直撃し、今度こそ怪鳥は仕留められた。

 と思われた瞬間、怪鳥の体の輪郭がぼやけだした。

「!?」

 目を見開いた3人の目前で、怪鳥は銀色の小さなかけらとなって消滅した。

 小さな円形のかけらに変化したせっかくの食材が、ルフィたちの上に降り注ぐ。

「ぶ!!」

 いきなりの怪奇現象に、硬直したままの3人はぼーっと突っ立ったまま銀の塊の中に埋もれてしまった。

「な…、なんじゃこりゃぁ!!」

 ウソップが目を見開きながら、銀のかけらを拾い上げる。

「ひょっとして…………、お金!!?」

 目をベリー貨幣の形にしたナミが飛びつこうとする。

 が、それより先にウソップが否定した。

「いや、メダルだ」

「……は?」

 ウソップの拾い上げた1枚のメダルには、翼を広げた鳥の絵が彫ってある。

 ほかのメダルを見てみると、同じようにそれぞれ片方の面に動物の絵が彫ってあった。

「……あの鳥、メダルでできてたのか……?」

 ナミは思わず、ガクッと膝をつく。

「食材でもないうえに、何の価値もないただのメダルって……」

「えー……。肉は―――?」

 ルフィもがっくりと肩を落とし、不満げな声を上げる。

「いや、それよりおかしいだろ。なんでメダルが鳥になんかなんだよ」

「もー、何の変哲もないただの金属のかけらですねー…」

 もっともな疑問の声に、答えられるものは誰もいない。

 

 と、その時。

「ん……」

 ふと聞こえた声に、全員がはっと振り返る。

 声の出どころは、ずっと眠り続けていた少女の方だった。

 少女の瞼がぴくぴくと痙攣し、閉じられていた瞳が、ゆっくりと、開かれ始めた。



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3.〝YELL(エール)〟という名

 瞼を開き、あらわにした少女の瞳は、澄んだ黒曜石のような黒色だった。

 少女はぼんやりとした目を向け、かすれた声を漏らす。

「……あ、う……ここ、どこ………?」

 首だけをけだるげに動かし、あたりを見渡そうとする。

 チョッパーが顔色や瞳孔の状態を確認しながら顔を覗き込む。

「お前、大丈夫か? 俺たちのこと、見えてるか?」

「……あ、う、だれ……?」

 どうやら、そこに誰かいる、という事なら見えているらしい。チョッパーはほっと胸をなでおろす。

「大丈夫? 意識はっきりしてる? 自分の事、わかる?」

 ナミが尋ねると、少女はゆっくり顔をみけ、首をかしげて見せた。意識に多少の混濁はあるものの、聴覚にも問題はないらしい。

 しかし、少女はそれに答えることもできず、すぐにまた目を閉じてしまった。

「あっ…、大丈夫!?」

「……大丈夫。眠ってるだけ……」

 と、脈を測っていたチョッパーが答えた時、眠ったと思っていた少女が急に起き上った。

「わ!!?」

 思わずチョッパーが飛び退くと、少女は「ふにゅぅぅぅ~…」という奇声を上げながら両手を高く伸ばし、だらりと脱力した。

「…あ゛~。寝すぎた……」

「いや二度寝かよ!!」

 思わずウソップが突っ込む。

 少女は、先ほどよりもはっきりした目で、周りを見渡す。

「……ん? ここどこ?」

「ああ……。またふりだしに戻るのね……」

 ナミが思わず呟く。

「ここは、『麦わら海賊団』の船の上ですよ」

「カイゾク……?」

 少女がその声の方を見ると。

 

「お加減はいかがですか?」

 目がぽっかりと空いた白骨死体こと、ブルックが顔を覗き込んでいた。

 

「…………ぎゃぁああああああ!! 骨がしゃべったぁあああ!!!」

 目の前に現れた骸骨男に、少女は目を剥いて後ずさった。ズサササッと離れ、船の欄干に背中ががんっとぶち当たる。ナミも「そりゃそうなるわ」とつぶやく。

「ヨホホホホ!! この反応懐かしーっ!! そうでーす! 私、死んで骨だけ、ブルックです!!」

「しかもノリが軽い!! 骨だけに!!」

 完全におびえている少女の前に、ルフィがしゃがみこんだ。

「おれ、ルフィ。お前、名前なんてんだ?」

 屈託のないまっすぐな目で見つめられ、多少落ち着いた少女は居住いをただした。

「………………エール。ヒノ・エール」

 少女が名乗ると、ナミが真面目な表情でエールの前にしゃがみ込んだ。

「あたしは、この船の航海士のナミ。…ねェ、あんたなんであんなデカい鳥に食われてたの?」

「……と、り?」

 エールは困惑した表情でナミの顔を見つめた。

「覚えてないのか? もう少しで消化されるとこだったんだぜ?」

 ウソップがそういうと、エールは眉間にしわを寄せて頭を抱えた。

「……覚えてないの?」

「…………」

 黙ってこくんと頷くエール。

 ナミはしばらく考え込むように頭を抱えていたが、ややあってにっと微笑んだ。

「ま、あんたが無事でよかったってことで」

 エールはその言葉にぽかんとしてナミを見上げていたが、ほっとしたように肩を下した。

「あ。お礼は倍返しでね」

「!」

「おいおい」

 さらっと金銭を要求する目がお金になったナミに、エールは顔をこわばらせ、ウソップが突っ込んだ。

「いやぁ、本当に目が覚めてよかった。…あのぉ、お起きになったばかりで大変申し訳ないのですが……」

 紳士的な口調で、エールの前に歩み寄ったブルックはそう最後を濁すと、エールの前に跪いた。

「……パンツ、見せてもらってもよろしいでしょうか」

「見せるかぁ!!」

 どがんっ、とナミの回し蹴りがブルックの後頭部に炸裂する。後頭部からけむりをわき上げたブルックは、そのままうつぶせに倒れた。

「ヨホホホホ!! 手厳しーっ!!」

「お前も大概怖いもの知らずだよな」

 あきれた目でブルックを見下ろす面々の中で、ふとエールから小さな声が上がった。

 

「…あの、パンツって何?」

 

 ピキン、と凍りつく船上。

 ぶっと鼻血を吹き出したサンジとブルックをすぐさましばき、ナミはエールの両肩を強くつかんだ。

「……今度から、それは絶対に言っちゃダメ。わかった?」

「う、うん…」

 エールは素直に頷くと、妙な迫力のあるナミにビビりながら距離を取った。

 すると、今まで黙っていたルフィがエールの前にしゃがみ込んだ。

「なぁ、俺はこの船の船長として、お前に聞いておかなきゃなんねぇことがある」

「…………」

 気迫を伴ったルフィの雰囲気に、エールを含め、全員がごくりとつばを飲み込んだ。

 果たして、その口から放たれる言葉とは―――――。

 

「………お前、おれたちの仲間になんねぇか?」

 

「さっそく勧誘かい!!」

「喜んで――――❤」

「私も――――!!」

 サンジとブルックを除いた全員がずっこけながら突っ込んだ。

「仲間……」

 思わずそうつぶやいたエールの表情は、みるみるうちに赤く染まり、瞳がうれしそうに輝きだす。まるで、長年そういわれることを望んでいたかのように。

 だが、ふとした瞬間、その表情は消え去り、エールは苦しげな表情で顔を伏せた。

「…………い、いやだ」

「!?」

 エールの口から放たれたのは、拒否の言葉だった。

「……仲間には、なりたくない」

 ルフィは、まさか拒否されるとは思っていなかったと、目を丸くした。

 だが、すぐに満面の笑みになると、明るい声で言った。

「そっか。じゃ、しょうがねェ」

 その言葉に、今度は仲間たちが目を丸くした。

「おいルフィ。お前いつもの強引さはどこ行ったんだ?」

 ゾロが本気で驚いた顔で聞くと、ルフィはいつもの陽気な顔で振り返った。

「おれは、夢があんのに『仲間になるわけにはいかねェ』とか、『仲間にはなれねぇ』とか言ってあきらめようとするやつを仲間にすんのをあきらめたくねぇんだ。でも、こいつにははっきり『なりたくない』って言われちまったからさ。…こいつには、なりたくねぇ理由があんだろうしな」

 エールは、少しだけ言い過ぎた、というような表情で目をそらした。

「でもさ」

 ルフィはしししと笑いながらエールに向き直った。

「気が変わったら、言ってくれ。おれはまだ、お前に仲間になってほしいと思ってるからさ」

 ルフィのまっすぐな言葉に、エールは顔を真っ赤に染めながら、ぷいとそらした口で呟いた。

「……か、考えとく」

 

 

 そのすぐ後、ルフィがバタンと倒れこみ、次いでその腹からぐぎゅるるる~という雷のような重低音が響き渡った。

「腹減った~…」

 そのあとすぐ、全員が思い出したとばかりにバタバタと膝をつき始めた。

「ど、どうしたの」

 慌ててナミのもとに駆け寄るエール。

 それに答えるのはフランキーだ。

「み、三日三晩飲まず食わずだ。死ぬぅ…」

「み、三日三晩…」

 エールはよくも無事だったなと感心しながらナミたちをいたわる。

「そもそもこの島が見つかれば、こんな苦労はしないのに……」

 そうナミがぼやきながら睨むのは、例の宝の地図だ。

 いらだちをぶつけるために握りしめた地図は、ぐしゃぐしゃになってもうボロボロだ。

 その地図を覗き込んだエールは、ふとつぶやく。

「この島に行きたいの?」

「そうなのよ。けど方位はあってるはずなのに全然見つからなくって…。もうこの際誰か知ってる人がいないかしらね……」

「知ってるよ?」

「そうよね……。そんな都合よく知ってるわけないわよね…………………………………………え?」

 思わず、背後の少女を凝視するナミ。あっけらかんとしているエールは、そんなナミを置いて、サニー号の縁の方へと近づいた。

「仲間にはならないって言ったけど、せめて助けてもらった礼はしたい」

 エールはそう言うと、腰の剣を初めて抜き放ち、刀身に空いた穴に、落ちていたメダルを3枚拾って入れた。

 剣についたレバーのようなものを押すと、剣の中にメダルが取り込まれる。

 そして、腰のベルトの右側に着いた金色の器具を取りはずし、刀身の腹の部分に入ったメダルに順にかざしていく。

 

 ――――キン!キン!キン! トリプルスキャニングチャージ!!

 

 エールは剣を肩の上に担ぐと、相当な重量を思わせるそれを渾身の力で振り下ろす!

「〝オーズバッシュ〟!!」

 斬!!

 剣の一閃は、空に青い一筋の直線を描き、景色そのもの(・・・・・・)を縦に割った。

「「「空が、われたぁ〰〰〰〰〰〰〰〰!!!!!」」」

 絶叫する麦わらの一味。

 その目の前で、縦にずれた景色はゆっくりと元に戻る。

 そして、海を大きく揺るがす衝撃波が生み出された。

「ギャ〰〰〰〰〰!!」

「うっは~、すっげぇ!! お前やっぱ仲間になれよ!!」

「いや。それより…………見えたよ」

「え?」

 興奮で目をキラキラさせるルフィと、揺れに耐えるみんな。それを見やりながら、エールはそっけなく言った。

 まさか、と身を乗り出した彼らは、信じられないものを目にする。

 

「島だァ〰〰〰〰〰〰〰〰〰!!!」

 ググッと、拳を握りしめたルフィは、空高く吠えた。

 何もなかったはずの海上。しかしそこには、間違いなく緑に覆われた島が存在していた。

「な……なんで、急に……?」

「あの島は、周囲をぐるりと冷たい海流が取り囲む、不思議な島。それに、ほかの島と違って、磁場が時計回りに張られてあるから、磁石もさしてくれない……」

「寒流……、それにこの温暖な気候……。そっか!! 蜃気楼!!」

 天気についての知識が豊富なナミは、すぐにその答えに辿りつく。

「蜃気楼…。ないはずのものを出現させるのではなく、あるはずのものを隠していたなんてね……」

「なかなかスーパーな島じゃねェか」

「とにもかくにも、これで命は繋がったな」

「助かった…」

「お宝が近づいてきたわ……!!」

「惚れちまうぜエールちゃん❤」

「ヨホホホホ。胸が躍りますねェ! 胸、ないんですけど」

「おれ、わくわくしてきたぞ!!」

「よ~し、野郎どもぉ!! 上陸だぁ!!」

 興奮するルフィたちのそばで、エールは語る。

 

 

「……あの島の事を、島の人たちはこう呼ぶ。陽炎に守られた島。――――陽炎(かげろう)島と」




やっとヒロインの名前が出せました。


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第二章 王と伝説と紫のメダル
1.欲望の島『グリーディア』


ONE PIECE!! 前回までの3つの出来事!!
ひとつ! 幻の島を求めて、麦わらの一味が船を駆った!!
ひとつ! 空から、記憶喪失の少女が落ちてきた!!
ひとつ! 謎の少女に導かれ、ルフィたちは幻の島へと進路をとった!!



 蜃気楼の壁を抜け、島へと向かう一隻の船。

 それに気づいた島の住民たちが、何事かと顔を上げ、次いで表情をこわばらせた。

 船の先頭で睨み(?)を聞かせるライオンのヘッド。そして、相手への死を宣告する海賊旗(ジョリーロジャー)

 海賊だ、と気づいた住民たちは、すぐさま迎えるための〝準備〟を始めた。

 そんな中、一人の少年が、はるか先に見える船を見つめながら、目を輝かせていた。

「……あれが、本物の海賊……」

 少年の胸で鳴り響いていたのは、恐怖などではなく、今日この日、何かが変わるという高揚感だった。

 

 *

 

 一方、幻の島に期待をはせるルフィたち。

 目を爛々と輝かせるルフィは船首(ヘッド)の上に立ち、島を凝視している。

 おのおのが幻の島に期待をはせ、目前の島をじっと見つめている。

「……あれ?」

 その中で一人、エールは首をかしげていた。

 記憶の中にある故郷の港と、目の前の港の形がうまく重ならない。

「こんなに発展してたっけ?」

 またナミは、違う理由で首をかしげていた。

「……? あの島、地図とだいぶ違う気がするんだけどなぁ……」

「べつの島だってのか?」

「ううん。多分同じ島。でも……」

 しばらく、地図とにらめっこを続けるナミ。

 すると突如、ガクンと足元が大きく揺れて、ナミは思わずつんのめった。

「わ!」

「おわわわ!!」

 クルーたちはなんとかその衝撃に耐え、ルフィも不安定な足場ながら持ち前のバランス感覚で海に落ちずにすんだ。

 よろめきながらも、ナミたちは何事か、と船の端に駆け寄った。

 しかし、見下ろしても島の下には何も見えない。深い青色が広がっているだけだ。

「座礁……? そんなわけないわよね。岸なんてまだ遠いし」

「何かに乗り上げたのかしら」

 ナミとロビンがそうつぶやくと、若者二人が不満げな顔になった。

「おいおい、こんなところで足止めかよ」

「え~、メシ~……」

「我慢しなさい!」

 不満を漏らすウソップとルフィを叱りつけたナミは、ふと、島の方からいくつかの人影が近づいてくるのを目にした。

 長く白いひげを蓄えた老人と、小さな少女を先頭に、何人もの人々がサニー号に向かって歩いてくる。

「おい、誰か来たぞ」

「島の人かしら?」

 そこで、ナミは不可思議な点に気が付いた。

 老人たちが歩いている場所。そこは、すでに陸地など見当たらない、海のど真ん中なのだ。

「……ねぇ、ちょっと? あの人たち、浮いてんじゃない!?」

「ウソだろおい!! まさか……、ユウ……」

 ぞっとして、思わず身を引いたナミとウソップのそばで。

「すっげぇぇ!! 忍者だ、忍者!!」

「いや、違うだろ!!」

 明らかにルフィが勘違いしていた。

 ルフィたちがうろたえている間に、老人たちはサニー号のすぐ下にたどり着いた。

「………海賊さん方や。この島に何か用かの? そういうても、この島にはなーんもありゃせんがの」

 老人がそういうと、まずナミが欄干から身を乗り出した。

「あのー、あたしたちこの島にあるっていうおた……」

「なぁ、おっさん!! それどうやって浮いてんだ!?」

 老人に説明しようとしたナミの言葉を遮り、ルフィが興奮した様子で手すりの上から詰め寄った。

「なに話の腰をぽっきりおっとんじゃぁ!!」

「!!」

 バコン! とナミがルフィの頭を殴りつけ、ルフィは船の下に落ちた。

 あ、とナミが失態に気付いた時には、ルフィの体はすでに水しぶきを上げて水の中に浸かっていた。

 ルフィはパニックに陥って水の中で暴れる。

「ギャ〰〰〰〰!! お、おぼれっ、溺れりゅっ………………………………あり?」

 バシャバシャと水をかいているうち、ルフィは水の深さが足首ほどしかないことに気が付いた。

「浅ェ」

「あはは!」

 呆然と足元の海水を見つめていると、老人の隣にいた少女が声を上げて笑った。

「大丈夫だよ! ここではよっぽどじゃないと溺れないから」

「これ、ヒナよ」

 かわいらしく笑うヒナと呼ばれた少女を、老人がいさめる。

「心配せずとも、ここはもう岸の一部じゃよ」

「ん? そうなのか?」

 安心したルフィが立ち上がると、それに続いてエールや仲間たちが次々と降りてくる。特に、ブルックとチョッパー、ロビンは注意して降りた。

「…不思議な気分だな。海の上に立ってると思うと」

「いや、お前さっき走ってたぞ」

 思わず呟いたサンジの言葉に、ゾロが呟く。

「この辺りは、浅瀬での。昔、海賊どもが攻めてきたときには、こうやって足止めしてくれてたもんじゃよ」

 老人の説明に、ナミは首をかしげた。

「ちょっと待って。ここが岸ならなんで海がこんなふうに見えてるの?」

 ナミが尋ねると、老人は海水の中に手を差し入れ、一掴みの砂を持ち上げた。

「それは、この砂のせいじゃよ」

 老人は、海水の中に手を突っ込み、一握りの砂を持ち上げた。

 濡れてキラキラと輝くそれは、まるで水晶のような透明感を持っていて、手のひらの肌色が透けて見えた。

「この砂は、光がほとんど通り抜けちまうのでな、海の色と同化してしまうのじゃ。島ではこの砂を『クリスタルサンド』と呼んでおる」

「なるほどね~…」

 老人は砂を落とすと、ナミたちの方に向き直った。

「さて、何十年ぶりかの客人だ、歓迎しよう。わしの名はイズミ。この島で長いこと長を名乗っておる。……あ~」

 イズミ爺はふと顎に手をやると、申し訳なさそうに頭をかいた。

「ここで話すのもなんじゃな。ほれ、ヒナよ」

「ん、ハ~イ」

 ヒナはかわいらしく返事をすると、パシャパシャと飛沫を上げて駆け出し、サニー号の錨の方へと向かった。

 何をするのか、と一同が見詰めていると、ヒナは錨をがっしりと掴み、渾身の力を込めてそれを引っ張り始めた。

「ふにゅぅうううううぅ!!!」

 ヒナが盛大な奇声とともに錨を引っ張ると、サニー号はゆっくりとだが、港の岸に向かって乗り上げ始めた。

「うそぉぉぉ!!」

 全員が目を丸くしているうちに、ヒナはサニー号をどんどん引き上げていってしまった。

「ヒナは島一番の怪力の持ち主での。力仕事はまかせっきりじゃ」

「バカ力にもほどがあんだろ!!」

 フランキーは師匠であるトムも、船を放り投げて空中で組み立てていたなと思いだしながら、目の前の幼い少女の豪傑っぷりに度肝を抜かれていた。

 イズミ爺は着々と岸に向かっていくヒナを見やりながら、ルフィたちに向き直った。

「腹が減っているじゃろう。メシでも食べながら話そう。ついてきなされ」

 

 *

 

「うんめぇ〰〰〰〰!!」

 色鮮やかな、いかにもうまそうな料理を口いっぱいに頬張り、ルフィが歓声を上げた。

 島に案内されたルフィたちは、様々な国の民芸品が置かれた食事処にいた。

 魚介類や肉や野菜をふんだんに使った料理を、ルフィは片っ端から平らげていく。ウソップやチョッパーも、くいっぱぐれないように腹に次々とおさめていく。

「…こりゃたしかににうめぇ。それになんだかパワーがわいてくる」

「そういってもらえると、うれしいわぁ」

 サンジの呟きに答えたのは、えらくガタイのいい、乙女っぽい店主だ。

 サンジは、いきなりどアップで現れた店主に、目を見開いて硬直する。

「―――――!!! ――――――!!?」

「あ。ちなみにそっちの料理を作ったのは、あたしの弟子よん♪」

 店主が親指で示した先にいたのは、明るい表情のかなりの美人で、サンジはあからさまにほっとした。

「お口にあってよかったわ」

「いえ、もう最高ですぅ❤」

 チヨという女コックに、サンジはデレデレと鼻の下を伸ばす。

 見れば、そこで働いているのは皆かわいらしい女の子たちばかりで、ヒナも小さな体をせっせと動かし、接客をしていた。

「……俺、もうここに住んじゃおっかな〰〰〰❤」

「オールブルーの夢どこやった」

 店主は色っぽく流し目をくれながら、ルフィたちの近くに立った。

「あたしの料理は門外不出の特別な料理でね。味だけじゃなく、料理で人を育てることに特化しているのよ」

「料理で人を、か……。おもしれぇな。どこの出身なんだ?」

「モモイロ諸島のカマバッカ王国よ」

 店主がそういうと、サンジの背中にいやな汗が噴き出してきた。

「……なぜだ? その島にいやな予感しかしねェのは」

「あなたはいずれ、その島に望まずとも行く運命にある、ような気がするわ」

 意味深な店主の言葉に、サンジはぶるりと体を震わせた。

 この、予言ともとれる店主のセリフが、近い将来当たることになることは、この時のサンジは、まだ知らない。

 イズミ爺はその様子を楽しげに見やりながら、ふっと真顔に戻ってナミに向き直った。

「…しかし、おぬしらは何故、こんな辺鄙な島へやってきたのかの?」

 イズミ爺は、心底不思議そうな顔でナミに尋ねる。

 その質問に、ナミはやっとか、というように肩をすくめた。

「あたしたち、この島にあるっていう『(いにしえ)の秘宝』を探しに来たのよ。何か知らない?」

「……ほう」

 突如、イズミ爺は深刻な顔になり、ナミの顔をじっと見つめた。

「……どんな話を聞いてきたかは知らぬが、おそらくこの島にあるのは、お前さんたちが思っているようなものではないと思うがの」

「!! おっさん、お宝の事知ってんのか!?」

 ルフィが思わず興奮して詰め寄ると、イズミ爺は何か遠くを見るような顔でルフィを見つめた。

「……確かに、そう呼ばれておったものの話がこの島にある。……いや、正確にはあった」

「……では、今は……?」

 ロビンが尋ねると、イズミ爺は軽く首を振った。

「……『其の力、数多(あまた)なる生きとし生ける者どもの(むくろ)より生み出されし力。其を求めるもの、代えがたし〝王〟の力を手にせん』……」

「!! そうそう、その出だし!!」

「……この島の人間なら、伝説、いやもはや昔話として皆知っている話だ」

 イズミ爺は、そう言ってしばらく黙ると、ふいに「ヒナよ」と短く呼んだ。

 ヒナはイズミ爺の呼び出しに驚きながら、持っていた食器を厨房において駆け寄ってきた。

「……島の伝説の話を、お前さんが話してやりなさい」

「あ、うん。……えっと、それでは。……むかーしむかし」



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2.王の伝説

 むかーしむかし。

 この島にはとっても欲張りな王様がいました。自分の欲しいものは何が何でも手に入れようと思うくらい、欲張りでした。

 富、名声、力、この世にあるいろんなのものを欲しがりました。

 王様の欲張りのおかげで、島はとっても豊かになりました。海が見せる幻に守られて、悪い人たちが島にやってくることもありません。

 長い間、島には平和が続きました。

 ところがある日、一人の旅人が現れました。

 旅人は遠い遠い島からやってきた、錬金術師だと名乗りました。

 旅人は言いました。――――世界を手に入れる力が欲しくはないか、と。

 島の人たちは最初は驚きました。けれど、すぐにその提案に惹かれました。

 王様は最初は悩みました。すでに満たされている自分にとって、世界など興味はなかったのです。

 それでも、島の住民たちの強い願いや、島をもっと豊かにしたいという欲望には逆らえず、王様はその提案を受けました。

 旅人は、島中の動物たちを集めさせました。そしてそれと島中の住民たちの欲望を材料に、あらゆる動物の力を秘めた18枚のメダルを作り出し、王様にあたえました。欲望の力を使うためには、強い欲望を持つ人間が必要だったのです。

 その時、事件が起こりました。

 王様の手にわたったメダルに命が宿り、勝手に暴れはじめたのです。

 メダルの怪人たちは人の欲望に種を植え付け、自分たちの使い魔となる怪人たちを次々と生み出し、島をあっという間に征服してしまいました。

 王様は悲しみました。自分の過ちと過ぎた欲望のせいで、島がめちゃくちゃになってしまった。

 大切なものを守れなかった王様は、あることを決めました。

 自分を器にして、怪人たちを封印することを。

 旅人の助けもあり、王様はなんとか、怪人たちを封じることができました。

 王様は誰にも言わず、海の中にその身を沈めました。

 今でも王様は、自らが封じた怪人たちと一緒に、海の底で静かに眠っているのです――――――。

 

 *

 

「スーパー泣けるその話…………」

 目元をハンカチで抑えながら、フランキーは滝のように流れる涙をぬぐった。

 号泣するフランキーのそばで、ナミは心底がっかりした顔をしていた。

「…じゃあ、ほんとにあたしが思ってたようなお宝はないってことなのね…………」

「でも、興味深いわ」

 考古学者としての何かが刺激されたのか、ロビンはどこか楽しげだ。「詳しく聞きたいわね」という言葉にも、隠しきれない興奮が見て取れる。

 ウソップはウソップで、複雑な顔だ。

「けどよぉ、結局は自業自得っていう話だろ? 自分の欲望に手が付けられなくなったってことは……」

「うむ。そのためこの伝説は、欲張りすぎてはいけないという教訓のようになってしまっていての」

「まんま、昔話だな……」

「だが、まぎれもない事実じゃ」

 イズミ爺はそう言うと、一枚の地図を取り出した。

 地図には、ルフィたちをここまで導いたこの島の地形が記されていた。だが、何故か島の西側がぽっかりと円形に抜け落ちていた。

「これって……」

「そう。現在のこの島じゃ。お前さん方が持っているのは、800年前の島の地図を複写したものじゃろう」

 そういってイズミ爺は島の西側の空白を指さした。

「……ここは、王が怪人たちを封印したとされておる場所じゃ」

「!!」

 イズミ爺の言葉に、全員が目を見開いて地図を覗き込んだ。

「王の自己を犠牲にした封印は、島の一部を消滅させたという。……学者さんや。行ってみれば事実の裏付けにはなろうて」

「……ええ。そうね。行って………この目で見てみたいわ」

 ロビンは内心わくわくしながら、イズミ爺の言葉に頷く。

 ナミはじっと地図を見つめていたが、ややあってイズミの方へ詰め寄った。

「……ねぇ、この島についてもう少し聞きたいんだけど、いいかしら?」

「構わんよ。ただし、この島にゃあんまり資料なんぞはないから、わしの記憶にある限りでの」

 ナミはイズミに許可を得てから、ルフィたちに向き直った。

「そういうわけで、これからあたしは用事があるから、あんたたちだけで過ごすこと。いいわね?」

 ナミの決定に、一同は嬉々として従った。ルフィなどは暇すぎてすでに眠りかけている。

「じゃ、ここからは各自自由ということで。集合は日没までに」

「ほいじゃ、かいさ~ん」

 ウソップの号令で、麦わらの一味はおのおの好きなところへ向かっていった。

 

「あれ? そういやぁ、ゾロのやつどこ行った?」

「また迷子かよ……」

 

 *

 

「………………………………ここは、どこだ?」

 町から遠く離れた森の中。島の東側で、ゾロは途方に暮れていた。

「酒場は、どこだ……?」

 きょろきょろとあたりをみわたしながら、歩き続けるたびに足は町から離れ、森の奥へと向かっていく。

 ふと、森の奥からカン、コーンという甲高い音が聞こえだした。

 何があるのかと進んでみると、そこでは齢十ほどの少女が、丸太を前に蹴りを放っていた。

 見渡せば、同じような丸太が無造作に転がっていて、そのどれもこれもにいくつもの傷が入っている。

 少女は近づいてくるゾロに気付くことなく、黙々と動かない丸太相手に組み手らしきものをしていた。

「…………何やってんだお前」

「きゃぁああ!!」

 いきなり声をかけられて、驚いた少女は丸太に足を引っ掛けて盛大に転んだ。

 「あたた……」とうめき声を漏らす少女に、ゾロはため息をつくと少女の襟首を持ち上げて起こしてやった。

「……ありがとうございます」

「何やってんだ、お前は」

 ゾロがぶっきらぼうに尋ねると、少女は頬を膨らませながら再び丸太に向き直った。質問に答える気はないらしい。

 見ると、少女の手足には、古いものから新しいものまで、大小さまざまな傷がついている。中には、ついたばかりなのか、傷が開いたのか、血が流れ出ているものもある。

「……名前は?」

「……コト」

「そうか。おれはゾロだ」

 互いに短く自己紹介して、再び沈黙が流れる。

 ゾロが口を開いたのは、コトがまた黙々と組み手を続けてから数十分たってからだった。

「なんでまた一人で強くなろうとしてんだ?」

「…………」

 コトは不機嫌そうに蹴りの練習を続けながら、背を向けて口を開いた。

「……勝ちたい人がいます」

「!!」

「その人に勝って自分の存在を証明したいんです」

 その言葉に、ゾロは強い既視感を抱き、目を見開いた。

 

 ――――勝ち逃げなんてゆるさねェ!! 

     いつか、世界で一番強い剣士をかけて勝負だ!!

 

 少女は、いつかの自分に似ていた。

 なんとなく、ほほえましくなったゾロは、自分でも無意識に声を出していた。

「……重心はもっと前だ」

「!」

 コトは驚いたように目を見開くも、にっと笑って「ありがとうございます」と答えた。

 

 *

 

「……すげぇ。掘り出しもんだこの本!! これも!! これも!!」

 見つけた古本屋で、高度な内容の詰まった医学の本を目の前にかかげ、チョッパーは歓声を上げた。

 古本ゆえに多少傷んではいるが、よむ分には事欠かない。チョッパーにとっては、伝説のメダルよりお宝だった。

「この島来てよかった~。こんな本を拝めるなんて」」

「少年。なかなかお目が高いね」

 突然かけられた声に、チョッパーは驚いて振り返る。

 そこにいたのは、作業用のズボンとタンクトップの上に、ファーのついたジャケットを着たワイルドな印象の女だった。何故か、肩には大きな牛乳缶を背負っている。

「その本はあたしも目をつけてたんだ。いい腕の証拠だよ」

 女がそういうと、チョッパーはしばらく固まったのち。

「ほ…………褒められてもうれしくねぇぞコノヤロー♪」

「……ああ、うん。分かった」

 これでもか、というほど顔をとろけさせたチョッパーに女は脱力した。

「あたしは伊達丸。医者だ」

「俺、トニー・トニー・チョッパー!」

「しかしまいったな。目をつけられてた本が先に買われちまったとなりゃ……。そうだ、ほかにいい本見繕ってくれよ」

「おう! いいぞ!!」

 チョッパーは嬉々として本の山を見渡した。

「じゃぁ、これなんかどうだ?」

「お。おまえほんとに良い目してんな……」

 

 *

 

 切り立った崖の上で、ロビンは一人、岩に刻まれていた文字を眺めていた。

 ゆっくりとそれに目を走らせていくたびに、ロビンの眉間に深いしわが刻まれていく。

 それと同時に、彼女の手が小刻みに震え始め、冷や汗が吹き出し始める。

「……まさか、こんなところでお目にかかるなんてね」

 ひきつった笑みを浮かべたロビンは、その文字をふるえる手で撫でていく。

 正方形に収まるように作られ、岩の一面にびっしりと彫られたその文字。それは、かつて世界のどこかに栄え、そして滅んだとされる伝説の民の遺した、破壊することのできない石に刻まれた文字。

 

 語られぬ歴史を語る石、歴史の本文(ポーネグリフ)

 

 *

 

 招待されたイズミ爺の家。そこでお茶を濁しながら、ナミはふと疑問を口にした。

「そういえば、この島の人たちってすごく簡単に私たちを受け入れてくれたわよね?」

 海賊と言えば、略奪者のイメージが強いだろう、と訝しむナミに、イズミは笑って答える。

「すべての海賊が悪というわけではないことをワシらは知っておるからのう」

 そういってイズミ爺は、古びた本を持ち出してとあるページを開いた。

「正確な年は分からんが、この島に迷い込んできた海賊がいての。察するとおり、この島は一度蹂躙された。………じゃが、同じ時にやってきた者たちは違った」

 イズミは語りながら、遠い目で思い出していた。

 人々に襲い掛かる海賊たちに刃を向け、銃を放ち、瞬く間に追い出してしまった海の猛者たちを。

「島を救ってくれた恩人を、わしらは手厚くもてなした。彼らも、わしらに様々な話を聞かせてくれた。わしはもうその時には夢を持つほどの歳ではなかったが、あの人たちの話には心を踊らされた………」

「……そんな人たちばっかならねぇ……」

「島を出ることになっちまったときは、みな悲しんでおったが、一番残念がっていたのはその船の船長だったの。名前は……もうボケのせいか忘れてしまったが」

 ん? と眉間にしわを寄せたナミ。イズミは遠い目のまま楽しそうに笑った。

「何でも、気に入った女を口説けなかったとか、惜しいことをした、などいっていたかの」

 その顔を思い出していたのか、イズミ爺はこらえきれないように体を震わせて笑う。

「……その人、どんな人だったの?」

「どんな男だったかと聞かれれば……、そうじゃのう」

 あごに手を当て、イズミ爺は遠い目になる。

 

「麦わら帽の似合う男だったの」



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3.800年の栄華

 ひんやりとしたそれをなめると、程よい甘さが口いっぱいに広がる。

 食の欲望を満たしてくれるアイスキャンディに、ルフィはぶるっと身を震わせる。

「んめぇ~!!」

「でしょ?」

 水色の氷菓子をなめながら歓声を上げるルフィに、ヒナは嬉しそうに笑いかける。そして、自分もまたアイスキャンディをほおばる。

 その横で、エールは黙々とアイスをなめ続けていた。

 それに気づいたヒナが、訝しげに首をかしげた。

「どうしたの? エールおねえちゃん。……もしかして、おいしくなかった?」

 その悲しげな問いに、エールは慌てて首を振った。

「う、ううん。そんなことない。おいしい」

 妙にぎこちないエールの様子に、ルフィは眉を寄せた。

「美味かったら美味いっていえばいいのに………〰〰〰〰〰!!!」

 そういった瞬間、二人は急にアイスをかきこんだことによるキ―――ンとした頭痛に襲われた。

 顔全体を皺くちゃにした二人に、エールは思わず吹き出す。そのまま耐え切れずに、くすくすと笑うと、つられてルフィとヒナも大きな声で笑い始めた。

 その時、カラン、という音を立てて、足元にどこかから赤い缶状のものが転がってきた。

「ん? なんだ、これ?」

 ルフィがそれを拾い上げようとすると。

[タカ!]

 その缶が一瞬のうちに十字に展開し、真紅の鳥の形へと変形した。

 小さなタカがピィとなくと、ルフィとヒナの目が興奮で輝く。

「すっげぇ!! なんだこれ!?」

「鳥になったぁ!!」

 タカはくいくいと首を振ると、ルフィたちに背を向けてどこかへと飛んでいく。

 まるで、ついて来い、と言っているようだ。

「あ! 行っちゃう!!」

「待てよー!! 鳥―!!」

 二人は子供のように――というか一人は子供なのだが――はしゃぎながらタカを追って駆け出した。

「……え!? あ、ちょっと、まってぇぇぇぇ!!」

 置いてけぼりを食らったエールも、慌てて二人の後を追いかけて行った。

 

 *

 

 道の片隅にデン、とおかれた大きな物体。上部にはショーウィンドーのような部分があり、その中には色鮮やかな缶が並べられている。

 それをフランキーとウソップはじっと凝視していた。

「なーんなんだ? こりゃ……」

「でけー箱だな……」

 ぼんやりと観察しながら、二人はその箱に縦長の小さな穴が開いていることに気付いた。

「…………」

 ウソップは思い付きで、ポケットから一枚のメダルを取り出し、その穴に入れてみる。

 チャリン! と小気味よい音を立ててメダルが穴の中に消えていくと、ウソップは上の適当なボタンを押してみた。

[バッタ・カン!]

 ガコン、と落ちてきた缶を手に取り、「なんだこりゃ?」とつぶやきながらいじっていると、偶然上のプルトップ部分に指が引っ掛かり、ぷしゅっと音を立てて開いた。

 すると、缶はまたも一瞬で変形し、比較的大きな足を持った緑色のバッタロボットへと変わった。

「「すっげぇぇぇ!!」」

 二人して感動していると、そのそばを、歓声を上げながらルフィたちが走っていった。

「待て―! 鳥―!!」「まて―!!」「待ってぇぇえ!!」

 前を行く赤い小さな鳥を追って、鬼ごっこを楽しむルフィたち。

「何やってんだあいつら……」

 ウソップとフランキーは、それを呆れた目で送っていった。

 

 *

 

 日が少し翳りを見せ始めた頃。

 お目当ての医学書を手に入れた伊達丸とチョッパーは、民家の裏の細い道を並んで歩いていた。

「へ~。お前が、あの医術大国ドラムの出身とはねぇ……」

「お前もなんかかっこいいじゃねェか!!『戦う医者』とか呼ばれてて」

 医者として通じる不思議な何かがあるらしい二人は、互いの様々なことを紹介しあう仲になっていた。

「そういや、なんでこんなへんぴなトコにお前は来たんだ?」

「……ま、目的があるからな」

 伊達丸はそう言うと人差し指を突き出す。

「?」

 チョッパーがいぶかしげな顔をすると、伊達丸はすぐさま答える。

「一億ベリー稼ぐ」

「…………え!? え〰〰〰〰〰!!?」

 目を剥くチョッパーに、伊達丸はにしし、と笑って見せた。

「驚いたか。あたしはきっと、こんだけ稼いでみせる。……文字通り命がけでな」

「…………」

 伊達丸は得意げにはなを鳴らすと、呆然としたままのチョッパーを置いて歩き出した。

 固まったチョッパーは、ぎこちない動きで伊達丸についていく。

「何でそんなに稼ぎたいんだ?」

「あ? あ~……それはだな」

 伊達丸は一瞬口ごもり、ふっとチョッパーから目をそらす。そんな二人の近くを。

「まてぇ〰〰!!」「待て~♪」「ま…、待っ………」「待てよ~ぅ!!」「ア〰〰〰〰ウ!!」

 と、大騒ぎしながらルフィたちがかけていった。

「…………ん?」

「なんだ?」

 

 *

 

 日もそろそろ傾き始めた頃。

 町の一端に建てられた、オープンテラス。

 そこに並べられた席に、ナミとロビンは座っていた。傍らには、戦利品と思われる衣類の数々が並べられている。

 テーブルに置かれたグラスの中で、溶けかけた氷がカラン、と涼しげな音を響かせる。

 木製のリラックスチェアにもたれかかるナミは、テーブルに積み重ねられた紙の束に目を通しながら、冷たいソーダを喉に流し込む。

 真新しい一枚の地図を手に、ナミは興味深そうに微笑んだ。

「なるほどね……。あの伝説は、全くの偽りってわけでもない、と」

「ええ。遺されていた遺跡や文献をあさってみたけれど、どれも同じことを書いていたわ」

 ロビンも資料に目をやり、何かおかしそうにクスッと笑った。

「その様子じゃ、まだあきらめきれないみたいね」

「と~ぜん!」

 そうやる気満々にガッツポーズをとるナミは、レストランにいた時と打って変わっている。

「こんなとこまで来たんだもの。お宝の一つや二つ手に入れなきゃ気がすまないわ」

 ナミの気迫に、ロビンは別の理由で同意する。

「私も、まだこの島に興味があるわ。……いろんな意味で、気になることがあるの」

「気になることって何なんだい、ロビンちゃん?」

 おかわりのドリンクを運んできたサンジが尋ねると、ロビンは資料の一枚を抜き取ってサンジに見せた。

「例えば800年前、欲望の怪人と呼ばれた者たちを封印した、王の行方。島の東がその最後の地だという話だったけど、結局見つからなかったわ」

「東って……、あの海に沈んでる?」

「ええ」

 そういって、ロビンはまた新たな資料を見せる。そこに描かれていたのは、円形に描かれた何枚もの動物の絵と、三つの円が並んだ長方形の図だ。

「私たちがここに来たもともとの目的、古の力・コアメダル。そして王の行方。伝説の通りなら、この二つは同じ場所にあるはず。あんな話を聞いちゃったんじゃ、一度はそれを拝んでみたいわ」

「勢い余って封印解いちゃったりしないでよね……?」

「……クス」

 ナミの冗談に、ロビンは意味深に笑った。

「待て〰〰!!」「待て待てぇ!!」「……ッ、……!!」「待てよ〰ぅ!!」「ア〰〰〰ウ!!」

 ロビンの思わせぶりなセリフに固まるナミとサンジの目の前を、何も知らないルフィたちが走っていく。

「冗談よ。存在が確信できればそれで満足よ」

「ですよね!!」

「まぁ、でも。ちょっとだけなら見ても構わないんじゃないかしら?」

「…………」

 バタバタバタ……

「ま、まぁ、あたしはとりあえずお宝よね。王様が残した秘宝ぐらいあるっしょ!!」

「その手がかりも、もしかしたら王の行方と同じところにあったりしてね」

「……ま、まっさかぁ~」

 バタバタバタバタバタバタ……

「………………」

 バタバタバタバタバタバタバタバタバタバタバタバタ……!!

「うるさいわ!!!」

 

 ゴンッ!! ガンッ!! ドガンッ!!

 

 鈍い音がこだまし、ルフィたちはキレたナミに一撃で沈められた。

「ご、ごめんなさい……」

「私、うるさくしてないのに……」

 仲良くボコボコにされたルフィたちは、そのまま地面に転がされる。息が切れてふらふらになっていたエールは、それが止めとなって倒れこんだ。

「今、まじめな話をしてんのよ!!」

「お宝盗む?」

「うっさい!!」

 ウソップの冷やかしに、ナミは怒鳴り返す。

 ルフィは殴られながらもげらげらと笑い、その姿にフランキーやサンジ、ロビンも一緒になって笑う。

 

 いつの間にか、自分も一緒になって笑っていることに気付いたエールは、戸惑いながらも構わず笑った。

 少しだけ、自分の中で何かが満ち足りた気がして、エールは胸が熱くなるのを感じた。

 

 ―――チャリン!

 

 その時、エールの耳は何か金属が落ちる音を拾った。

「――――――!?」

 思わず振り返ったエールは、その音がどこかで聞いた覚えのあるものであることに困惑する。

 不安げな目で辺りを見渡し始めたエールに、ナミが訝しげな目を向けた。

「? どうしたのよエール」

「…………何、今の」

 エールが呟いた瞬間。

 

 ――――オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!

 

 町の方角から、大地に轟く獣の方向が響き渡った。

「!!?」




仮面ライダーに最近よく出るお助けメカ。
この小説だと出番少なそうだな……。


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4.襲撃

ようやく変身です。


 少し時間は遡り、町の中央にて。 

 多くの人が集まる中、陽気な明るい音楽が人々の耳をとらえる。

 気づけば人々はいつの間にか自分でリズムを取り、ノリノリで体を揺らしている。

 その中心にいるのは、背の高いガイコツ男だ。

「ヨホホホホ!!」

 ガイコツの頭は怖いのだが、高らかに笑うその顔は表情が分かりにくくとも、喜びはしっかりと感じられる。

 明るいアップテンポでかき鳴らされていた音楽がやむと、その場を割れんばかりの拍手と歓声が包み込んだ。それに応え、礼儀正しく一礼するブルック。

 ふと、そのくぼんだ穴が、観衆の中の一人の女性に止まった。

「そこのおねぇさん!!」

「はい!」

 びしっと指を突き出したブルックは真面目らしい顔で詰め寄った。

「……パンツ、見せてもらってもよろしいですか?」

「見せるかぁ!!」

 すぐさまけりを食らい、吹っ飛ぶブルックに、観衆から笑い声が届く。

「ヨホホホホホ!! あ~、楽しいですねぇ~!!」

 かつては闇の海を、50年間ずっと一人で漂っていた彼は、周りに満ちる人に、心が躍る。

「は~い!! では、リクエストとっちゃいま~す!!」

 ブルックがそういって再びバイオリンを構えた時。

 

「―――その欲望、解放しなさい」

 

「え?」

 思わず聞き返したブルックは、後頭部に何かかすかな衝撃を感じた。

 ついで、体の中から何かをずるずると引き出されるような感覚を覚え、背後を見下ろし、凍りつく。

 そこにいたのは、黒い包帯に巻かれたミイラのような怪物だった。怪物は一瞬ぶるりと体を震わせると、まるで脱皮するように包帯を脱ぎ捨てた。

 包帯の下から現れたのは、全身を堅そうなうろこで覆った、たくましい体の怪人。額と鎖骨の当たりから巨大な顎が生え、その中には人の顔らしきものが見える、ワニのような怪物。

 その瞬間、周囲の人々は悲鳴を上げてわっと離れていった。

 怪人は言葉を失って固まるブルックを見ながら、低く轟く声を放った。

「ぱんつぅ……みせてもらってもいいですかぁぁぁぁ」

 そういって、ぐばぁぁぁと開かれる大きなアゴ。目の前に並ぶ鋭い牙に、ブルックはたまらず悲鳴を上げた。

 

「イ〰〰〰〰〰ヤァ〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰!!!!」

 

 平和な町を、その絶叫が貫いた。

 

 *

 

[ウホ! ウホ! ウホ! ウホ! ウホ!]

「!!」

 町の裏道にあるおでんの屋台。二人仲良く食事中だったチョッパーと伊達丸は、いきなり聞こえたその声に驚いた。

 赤い目を光らせ、腕を振り回し始めたゴリラカンドロイドに、伊達丸は目を輝かせる。

「お。おいでなさった!!」

「え!? 何が!?」

 呆気にとられるチョッパーを置いて、伊達丸はカウンターのお金を置いて立ち上がった。

「ワリィ、あたしちょっと用事で来たから行くわ!!」

「え!? お、おい待てよ!!」

 チョッパーも慌てて手元のおでんのくしを口の中に突っ込み、伊達丸を追いかけた。もちろん律儀にお金を置いて。

 

 *

 

 ズバン!! ドガァァン!!

 三本の剣と無骨な銃が火を噴き、異形が吹っ飛ぶ。

「〝鬼斬り〟!!」

「〝セルショット〟!!」

 それでも大したことの無いように起き上ってくる怪物たちに、ゾロは忌々しげに眉を寄せた。

「斬っても斬っても起き上ってきやがる……。いったいなんなんだこいつら……」

 目の前で群がっているのは、背中に巨大な甲羅を背負った亀のような巨漢。頭にコブラの顔を乗せ、後頭部から長い尾が垂れる細身の怪物。もみあげが大きなひれのように開いたり閉じたりを繰り返すエリマキトカゲのような化け物。

 爬虫類を無理やり二足歩行にしたような異形が、あふれかえっているのだ。

 誰にともなく呟いたゾロに、コトが答える。

「ヤミーです」

「!」

 銃に弾らしきメダルを装填するコトの聞きなれない名に、ゾロは振り返った。

「あなたもこの島で聞きませんでしたか? 怪人が生み出した使い魔の事を」

「……そいつが、ヤミーってわけか」

 襲い掛かる別の異形を斬り捨てながら、ゾロは納得したように足元を見下ろした。いつの間にか、足元には大量の銀色のメダルが散乱し、覆い尽くしているのだ。

 その光景は、今朝サニー号の上で経験したものだった。

「………あいつも、ヤミーだったってことか……」

「! 前に遭遇したことがあったんですか? ゾロさん」

「……ああ。食えるかと思って仕留めたが、このざまだからな」

「……なるほど」

 若干呆れた視線になったコトは、再びトリガーを絞る。同時に胸から火花を散らして吹き飛ぶ甲羅に覆われた異形。

 その時、ドゴォォン!! と異形たちを吹き飛ばし、乱入してくる金髪の黒い影があった。

「オラァァァ!! 邪魔だクソトカゲ共ォォ!!」

 黒足のサンジは、目の前の怪物たちを容赦なく自慢の蹴りで鎮圧すると、ゾロとことの間にシュタッと降りたった。

「お怪我はありませんか、レディ? ……つーかなんでてめぇがいるんだよ、クソマリモ!!」

 あからさまに態度の違うぐるぐる眉毛の男の登場に、コトは目を丸くするばかりだ。

 対してゾロは、コトの前に出てずいっとサンジに詰め寄る。

「出しゃばんじゃねェよエロコック」

「あんだとコルァ!! てめーこそしらねー間にレディとお近づきになりやがって!!」

「意味がわかんねーよ……」

 いつものケンカ腰になる二人だが、聞こえてくる唸り声にそんな場合じゃないと思い出し、コトと一緒に背中合わせになる。

「……それで、こいつらいったいなんなんだ?」

「メダルの怪人、だとよ」

「メダル……、あの例のか?」

 サンジは信じられないとばかりに目を見開くが、コトがそれに補足を加える。

「正確には、メダルの怪人と呼ばれるグリードが、己の力の源たるセルメダルを集めるために生み出した下っ端です。人間にグリードがセルメダルを挿入することで、その人間が持つ欲望に憑りつき、暴走させ、成長させた存在です」

「……?」

 よくわかっていない様子のゾロとサンジに、コトは銃を撃ってから少し考えた。

「……要するに、人間の欲に憑りついて悪さする化け物ってことです」

「「なるほど、そうか」」

 声を合わせる二人に、コトはホントは仲いいんじゃないの? と思いながら説明を続ける。

「私と師匠は、コウガミ社長の依頼を受け、彼らを狩るためにこの島へやってきました。この銃も社長から贈られたものです」

「コウガミ? だれだ、そりゃ……」

 言いかけたゾロは、コブラ男が毒の牙をふるってきたのをいなし、その問いを中断する。

 コトは銃を連射し、弾が尽きたところで新たに充填する。

 すると、茶色いうろこを持ったワニの異形がコトに掴みかかってきた。

「!!」

 驚いたコトは銃を取り落し、のしかかってくる異形に必死で抵抗する。

「ぐっ……!」

「うらぁぁぁ!!」

 すかさずゾロが斬り捨て、起き上がったコトは銃を拾ってトリガーを引き絞る。途端に火花が散って後ずさるワニの異形。

 ワニの異形は、銃口を向けるコトを見据えながら、牙の間の口から声を漏らした。

「…………パンツ、見せてもらってもよろしいですか」

「……は?」

 なんかいい感じの低い声で呟かれたその言葉に、三人はしばし言葉を失った。

 すると、セクハラ発言をやらかしたワニの異形の顔面が突如爆発し、異形は吹っ飛びながら仰向けに倒れた。

「うお!!」

 慌てて飛びのいた三人は、背後の気配を感じて得物を構えながら振り向いた。

 そこにいたのは、コトと同型の銃を構えるワイルドな雰囲気の妙齢の女と、興奮しながら女の持つ銃にくぎ付けになっているチョッパーだった。

 女の登場に、コトは目を見開いた。

「ッ!! 師匠!!」

「コトちゃん!! 悪いね、待たしちゃって!!」

 銃を肩に担ぐ伊達丸の飄々とした言葉に、コトは「また子ども扱いして…」とつぶやいた。

「そこのあんたら、どいてな!! そいつはあたしの獲物さ!!」

「なっ……」

 伊達丸はそう言うと、反論しかけるサンジとゾロを無視して腰に一本のベルトを巻きつけた。中央に上半分が白、下半分が緑の球体と右側にダイヤルのついたそのベルトは、金属質な輝きを放っている。

 伊達丸は一枚のメダルを右手ではじくと、左手に持ち替える。

「変身」

 メダルをベルトの穴の中に入れ、ダイヤルを回すと、ベルトの球体がキュポンッ!と音を立てて上下に開く。

 すると、球体から5つの同じ球体が分かれ、肘、膝、左胸にそれぞれくっつき、銀色の鎧と黒いぴったりとしたボディスーツをなしていく。

 最後に頭に、黒いU字の形の装飾のついた帽子が載り、下半分が赤く発光する。

「…さ~て、お仕事しますか!」

 バシン! と拳を打ち合わせ、伊達丸はメダルの怪人たちを睨みつけた。

「すっげェぇぇ!!! ほんとに変身したぁぁぁ!!!」

 背後で目をキラキラさせるチョッパーにサービスでピースサインを見せる。そしてにっと笑うと、伊達丸は一枚のメダルを取り出し、最初と同じくベルトの中に入れ、ダイヤルをキリキリと回した。

[ドリル・アーム!]

 ベルトが無機質な声を響かせると、鎧のひじ部分の半球が開き、いくつものパーツが飛び出す。さらにそれは伊達丸の腕に張り付くと、大型のドリルへと変貌した。

 ギュインギュインと回転するそれを持ち上げ、伊達丸は目の前のエリマキトカゲに叩き付けた。途端に火花が弾け、メダルが飛び散る。

「すっっっげぇ!!!ドリルだ、ドリル!!」

「ウォラァ!!」

[ショベル・アーム!]

[キャタピラー・レッグ!]

 すかさず新たなメダルを投入し、左腕に装着したバケットと、回転する鉄の帯のついた装甲を振り回し、怪人たちを次々にメダルのかけらに還していく。

 だが、それでも倒せる数は微々たるものだ。

「ちっ…、きりがないね……」

「あのぉ……、パンツぅ」

「うっさいわ!!」

 なぜか寄ってきたワニの異形を肘で押しのけ、左手でぶん殴る。

 伊達丸はチョッパーを抱え、異形の間を縫いながらゾロたちのもとへ駆け寄る。

「コトちゃん! こいつらの〝親〟は!?」

「わかりません!!」

 短く会話を済ませ、背中合わせになる五人。

「親ってなんだ?」

 会話の意味が分からないチョッパーが人型になって尋ねる。

「親ってのは、〝グリード〟がセルメダルを育てるために必要な欲望を持つ人間の事さ。普通は人間一人に一体ってのが普通らしいんだが、特殊なやつは大量に生まれてきちまうらしい。親を抑えなきゃ永遠に増え続けるぞ」

「どこのどいつがこんな……………あ」

 そういえばさっきのワニ男。聞いたことのあるセリフを言っていなかったか、と三人はこっそり冷や汗を流す。

 思わず声を漏らしたゾロに気付かずに、伊達丸は続ける。

「ヤミーの欲望は親と一緒さ。その欲望に従順に従って暴れ続ける。その欲望が尽きない限りな」

「…………………………………」

 思わず無言になるサンジとゾロ。サンジが意を決して振り返る。

「……わりぃ。俺ら心当たりあるわ」

「………え?」

 その時、ゴムのようにビヨ~~ンと伸びる何かの影が走り、ワニの異形を弾き飛ばした。

「〝ゴムゴムの(ピストル)〟!!」

 それが誰の「手」によるものなのか理解したゾロとサンジ、チョッパーは、やっとか、という表情でその方向を見やった。

「ちょ……、ちょっと!! どうなってんのよこれ!!」

「なんだこりゃ!?」

 そこへ、惨状に目を丸くしながら、遅れてきたルフィたちが合流した。

 ナミは天気棒(クリマ・タクト)をふるって怪人の頭を殴りながら、ゾロとサンジに詰め寄る。

「食えっかな?」

「なわきゃねぇだろ!!」

「ってか、なんなのよこいつら!!」

「説明は後だ!! とりあえずこいつら抑えとけ」

 ゾロの無茶な言葉に、ナミは「はぁ!?」と反論しかける。

「確かに、一方がここを抑えてもう一方が親を探すのがベストか……。いつまでもつか……」

「いや、親はすでに分かっている」

「え?」

 ナミが訝しげな声を漏らした時。

「あ~!! みなさ~ん!! ご無事ですかぁ!!」

 そういって、息も絶え絶えに駆け寄ってくる、一人にガイコツ紳士の姿に、全員の視線が殺到した。

 そして。

「お前のせいかぁぁぁぁぁ!!!」

「ギャァァァ!!?」

 容赦なく殴られるブルック。なにがなんだかわからないまま、真っ白な骨が一部砕けた。

 後から来たナミたちには何が何だかわからない。

 その時、あたりが一瞬で暗くなり、はっと我に返ったルフィたちはとっさに飛びのいた。

「!!」

 ズシィィン!! とさっきまで立っていた場所に、亀の巨漢がボディプレスを放ち、ルフィたちは間一髪それをかわした。だが、そのために皆バラバラに分断されてしまう。

「マズイ!! 離れるな!!」

「エールちゃん!! ナミさん!! ロビンちゃん!! ヒナちゃん!! こっちへ!!」

 周りがすべて敵の中、ばらばらのなるのは良策ではない。だが、あたりを覆い尽くすその敵の多さに、仲間たちは連携をとれないでいた。

「クソぉ!! どけぇ!!」

「〝ストロング・ライト〟ォ!!」

 ルフィとフランキーは、目の前の怪物たちを殴り飛ばすが、異様にしぶというえに数が多いので、隙間がすぐに埋まってしまう。

「きゃあ!!」

 と、引き離されたヒナが転んでしまう。

 そこに目を付けたのは、ブルックの欲望を従順に受け継いでいるらしき、ワニの怪人だ。

 ヒナに襲い掛かる、大アゴ。

「危ない!!」

 咄嗟にエールがヒナの前に立ちふさがり、素早い見事な動きで怪人の爪をいなし、その顔に掌底を打ち込む。

 しかし。

「え……?」

 もろに決まったはずの一撃は、怪人に微塵もダメージを与えた様子はなく、そのまま殴り飛ばされた。

「!!」

 エールの額が引き裂かれ、赤い筋が走る。数メートル吹っ飛んだエールは、痛みに悶えてうずくまってしまう。

「エール!!」

 ルフィはエールの危機に飛び出そうとするも、亀の怪人二体に阻まれて動けない。

 ようやく起き上ったエールの目の前に、大アゴのワニ怪人が迫った。牙と牙の間に赤い炎が生まれ、火花を散らして漏れ出す。

「エールお姉ちゃん!!」

 ヒナの叫びもむなしく、エールに向かって灼熱の火炎弾が放たれた。

 

 火炎が迫る中、エールは妙な既視感を抱いていた。

 ―――アイツ(・・・)の炎も、こんな色だったっけ…………

 

 ―――ドクン!!

 

 その瞬間、エールの心臓が大きく鼓動し、何か得体のしれない力が、体の中を駆け巡った。そして、大きく体をのけぞらせたエールの胸から、紫の光が飛び出した。

 少女に迫る赤い火球。それが、一瞬にして霧散する。

「!!?」

 驚く怪人の目の前を紫の光が横ぎり、怪人を一撃で弾き飛ばした。

「!!」

 光はエールの周りを旋回すると、腰の前のベルトのくぼみに収まっていく。

 無表情のまま、ゆっくりと顔を上げたエールの瞳が、紫色の光を放った。

 そして、腰のスキャナーがひとりでに動き出し、紫のメダルを順にスキャンしていく。

 

[プテラ・トリケラ・ティラノ! プットッティラーノザウル―――ス!!]

 

 軽快な歌が鳴り響くとともに、エールの体が真っ白な霧に包まれていく。幾何学的な模様の入ったポンチョは内側にファーのついたジャケットへと変わり、その上から紫色の鎧が張り付いていく。胸には車輪のようなプレートアーマーが張り付き、両手と両足、肩と腰にはゴツいトカゲの装甲がはめられる。肩からは黄色い角のような突起が生え、首の後ろからは紫色の長いマフラーのようなものが垂れさがる。

 最後にエールの茶髪が薄い紫色に染まり、翼竜のような髪留めで両サイドにまとめられる。

 エールの目が緑色に輝き、鎧の異形は全身をぶるぶるとふるわせる。そして。

 

「――――ガァァァァァァァァァァァァ!!!!!」

 

 大気が震えるほどの、咆哮を上げる。

 肌がビリビリと震え、その場にいた全員が、恐怖の表情をはりつかせながら、凍りついた。




ゴリラカンドロイドがエ〇ゴリくんとかぶってしまう俺のバカ!!


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5.〝無〟の力

「フ―ッ………フ―ッ…………!!」

 真っ白な冷気とともに、荒い息を吐き出す紫の鎧の異形。目は真っ赤に血走り、鋭くなった眼光が、3体の怪人たちを射抜く。

「……この、力は……!!」

「この力は同類!!」

「同類にして………………敵!!!」

 唸り声を上げ、エールへと襲い掛かる怪人たち。

「!! ウガァァァァ!!!」

 エールは獣のように吠えると、背中のマフラーを翼のように広げて冷気の塊をぶつける。空気さえ凍らせる絶対零度の翼撃を食らった怪人たちはたまらず吹っ飛び、民家の中へと突っ込んでいく。

 すぐさま起き上った大アゴの怪人は、口を閉じて中に炎をため込み、三本角の怪人は角の間に雷撃をため込む。

「ッハァ!!」

 一斉に吠えると、怪人たちから新たな攻撃が加えられる。

「うがああああ!!」

 真っ赤な火の玉と雷の矢が迫るが、エールはそれを片手で受け止め、腕の一振りでかき消した。

 エールの目が緑色に輝くと、腰の鎧がおしりで合わさって長い尻尾に変貌する。ウネウネとうごめく尻尾を構えながら、エールは両足を踏ん張ると、巨大な尾を振り回し、大アゴの怪人に強烈な一撃を加えた。

 吹っ飛ばされた大アゴは民家の中に突っ込んでいき、一瞬でメダルのかけらへと還った。

「ぐるるるるる……」

 エールはそれを確認することもせず、新たなる標的を求めて血走った目をギョロリと動かす。そして、鋭い爪と強靭な尾で、異形たちを次々に屠っていった。

 異形たちは果敢に挑みながらも、その圧倒的な力に敗北し、ついには最後の一体にまでその数を減らした。

「お……、おいどうしたんだよエール!!」

 背後から、困惑したウソップが声をかける。すると、エールはウソップをぎろりとにらみ、激しい闘気とともに振り返った。

「ん」

「うがあああああああ!!!!」

 ウソップが呆然とみるまえで、エールは鋭い爪を振り上げた。

「ギャアアアアア!!」

 間一髪、咄嗟に飛びのいたウソップの長っ鼻をちっと鉤爪がかすめた。

「ウソップ!!」

「何すんだよコラァァァ!!」

 目を剥きながら激しく抗議するウソップだが、エールは怒り狂ったように吠え、暴れるだけだ。

「……どうやら、理性が完全に吹き飛んでるようだね」

「おい!! エールやめろ!!」

「エールおねえちゃん!!」

 ルフィの声もヒナの声も、狂ったように暴れるエールには届かない。

「しょーがない。いっちょやったるか……」

 すると、伊達丸が一歩前へと出た。その手には、例の大型の銃が握られたままだ。

 しょうがないとは、エールを傷つけてもしょうがないという意味。

 伊達丸の意図に気付いたルフィが掴み掛る。

「おい!! やめろ!!」

「安心しろ。出力は最大限に抑えて気絶させる」

「それでもやめろ!! 何言ってんのかわかんないけど!!」

「このままじゃ、あの子自身も危ないかもしれないんだよ!!」

 伊達丸はルフィの制止を振り切り、メダルのストックを中の先端に取り付けた。

[セル・バースト]

 今だけは、この無機質な声がありがたい。伊達丸にとっても、人間と分かっている相手に銃を向けるのは嫌だった。

 だがそれでも、伊達丸にはやらなければならないことがあった。そのためなら、彼女はある程度の覚悟がある。

 銃口にエネルギーが集まっていくにつれ、伊達丸は銃身を支えるのがつらくなってくるのを感じた。

 その時。

 

 ―――ズキン!!

 

 視界が一瞬真っ白に染まるほどの激痛を感じ、伊達丸はひざをつき、今にも発砲しようとしていた銃を取り落してしまった。

「……ぐ、あが………!!」

 キ―――ンと耳鳴りがし、世界の一切の音が遮断される。全身が震え、粘っこい汗が次から次へと流れだしてくる。

「師匠!!」

「クソっ!! こんな時に……」

 コトの声も、今の伊達丸には届かない。

 いつの間にか、戦斧を構えたエールが、伊達丸の目の前に立っていた。

「!!」

 その目には当然理性はなく、ただ目の前の敵と判断したものを排除するという意思しかない。

「ウガァァァ!!!」

「やめてぇぇぇ!!!」

 とっさに、両手を大きく広げてヒナが立ちふさがる。まずいと思ったサンジたちが駆け寄るも、明らかに届かない。

 刹那。エールの腕にゴムの手が伸び、一瞬のうちにルフィがエールの前に割って入った。

 

「エールぅぅぅぅぅ!!!!」

 

 立ちはだかったルフィの声が、エールの意識を射抜いた。

 ピタッと、ルフィの眉間を切断する直前で巨大な戦斧は制止した。

「………………ぁ」

 エールから声が漏れ、斧を持つ手が震えはじめる。

「……あ、あ、あ、あ…………」

 エールは、自分が何をしようとしていたのかを唐突に理解し、凍りつく。

 ガシャン、と戦斧を取り落し、鎧が消え、服も元に戻る。

 エールはルフィに、ヒナに、そして自分自身におびえるように頭を抱え、声を震わせながら後ずさっていく。

「いや……いや………いや…………!!」

 カチカチと歯を鳴り合わせ、涙を流すエール。「エール……!?」という心配そうなルフィの声も、今の彼女には届かない。

「アンク……、助けて……」

 エールは、小さな声でそうつぶやくと、糸の切れた人形のように、どさりと倒れ伏した。

 

 そんな中、生き残った翼の怪人は、すぐさま自身の翼を広げ、どこかへ飛び去って行った。

 自分が見たすべての情報と蓄積した力を、己の主に献上するために。

 

 *

 

 見渡せば、そこに広がるのは美しい島の風景。

 最近たてられたらしいその建物の最上階にて、ある男が立っていた。

「……社長。例の彼女が、紫のメダルの力に覚醒したようです」

「そうか。思っていたよりも早かったね」

 がたいの良い、真っ赤なスーツを着たその男は、ワイングラスを手ににんまりとした笑みを浮かべた。

「……よろしい。では予定通り、彼らを招待しよう! リカ君、頼むよ」

「かしこまりました」

 男は、島を一望できる窓の前に立ち、ワイングラスを高く掲げる。

「今日という、新たな歴史の始まりの日に……、ハッピーバースデイ!!」

 

 *

 

 鼻をつんと刺す薬のにおいに気が付き、伊達丸はうっすらと意識を覚醒させ始めた。

 ボーっとしていた意識が徐々にはっきりとしていくと、伊達丸はすぐに現状を理解し始める。

「あ。気が付いたのか」

 ふと横を見れば、チョッパーが安堵の表情を浮かべながら伊達丸の顔を覗き込み、奥の隣のベッドを見れば、いつもの格好のエールが眠っている。

「……悪いな、チョッパー」

 伊達丸が思わずそ言うと、チョッパーは黙って首を振った。

「気にすんなよ。おれは医者だからな。……それより、お前のことだ」

 チョッパーはそう言って、伊達丸の目をじっとのぞきこんだ。

「……頭の傷のことだ」

「…………」

 チョッパーの指摘に、伊達丸はばつが悪そうに眼をそらし、はーっとため息をついた。

「……やっぱお前、いい腕してるわ」

「言ってる場合かよ!! ただ事じゃないぞ!! 頭の中に弾丸が入ってるなんて!!」

「……そこまでわかっちまうか……」

 伊達丸は自嘲気味に笑うと、観念してチョッパーに向き直った。

「……あたしは元海兵でね。衛生兵をやってた。……海賊との戦闘中にドカンよ」

 軽い口調でそういう伊達丸に、チョッパーは思わず声を荒げて詰め寄る。

「このままじゃ、お前死んじまうよ!! 一億ベリー稼ぐんじゃなかったのかよ!!」

「そのために、やってんのさ」

 伊達丸は起き上がると、気まずそうにチョッパーから目をそらしながらぼりぼりと頭をかいた。

「……弾丸(こいつ)を取り出すのは並大抵の腕じゃどうにもなんねぇ。けど、どうにもできないわけじゃない。金はかかっても、腕は確かな奴くらい、世界にはいる。……一億ベリーありゃ、この弾丸を抜き出してもらえる。……あたしはまだ、生きられる」

「………」

 その覚悟に、押し黙るチョッパー。

 その時、隣で寝ていたエールがうめき声とともに起き上った。

「!!」

「エール!!」

 慌ててチョッパーが、体を起こすのを手伝う。

 エールは頭を押さえながらチョッパーを見つめ、ほっとしたようにためていた息を吐いた。

「……みんなは? ルフィは?」

「みんな無事だ。化けモンたちもお前が全部やっつけちまった」

「………そう」

 ほっとするエールに、伊達丸が詰め寄った。

「おい、お嬢さん。ありゃなんだ?」

 エールは苦しげな顔で思案するも、やがて首を振った。

「……わからない。……なんか、怖い力の流れにとらわれて、食われるかと思った。…………怖かった」

 言いながらエールの体は、小刻みに震えていた。チョッパーは心配そうにエールの顔を見つめ、伊達丸は黙ってその目を見据える。

 質問を終えようとした伊達丸は、エールの「でも……」と小さく呟く声を耳にし、ふっともう一度その顔を見上げた。

「……でも、そんな中で、ルフィの声だけが聞こえた」

「……そうか」

 伊達丸はそれ以上追及しなかった。聞いても無駄だと判断したのか、その顔にはあきらめの表情があった。

 だが、暗い雰囲気は次の瞬間、一瞬で霧散した。そこへ、ドアを開いてルフィたちがいきなり入室してきたのだ。

「エール、大丈夫!?」

「エールちゃぁぁぁん!!」

「エールさん!!」

「ルフィ…、ナミ…、みんな……」

 ナミなどはエールの顔をぺたぺたと触っていたが、異常がないとわかるとほっとベッドに腰掛けた。

「よかったぁ~……」

 同じように、みんなが一斉に腰が抜けたようにしゃがみこみ、ため息の合唱を漏らす。

 エールはみんなが本気で心配してくれたことに驚き、少し顔を赤らめた。

 そこに、コンコンという控えめなノックが響いた。

「!」

 振り向くと、そこにはいつの間にか、長い髪の冷たい印象の美女が立っていた。サンジなどはもうすでに鼻の下を伸ばしている。

「…失礼。麦わらの一味の皆様とお見受けいたします」

 思わず身構える一同。だが、美女から放たれた言葉は、彼らの予想をいい意味で裏切っていた。

 

「……コウガミ社長が、お呼びです」



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6.ある男との邂逅

 人のいなくなった食事処「クスクシエ」。

 その中のテーブルに、ヒナが俯きながら座り、それを店主とチエが心配そうに見つめている。ヒナは黙ったまま、握りしめた手を見つめて肩を落とす。

 暗い雰囲気がつつむ中、とびらがバン!! と開かれ、一人の少年が飛び込んできた。

「ヒナ!!」

「!! お兄ちゃん……」

 少年は息を切らせながらヒナの肩をやや乱暴に掴む。

「知らせを聞いて飛んできた。大丈夫だな!?」

「う、うん…」

 少年の剣幕に押されながら、ヒナは弱々しく頷いた。

 それに安心したのか、少年は深く深くため息をついて椅子に倒れこんだ。

「…………よかったぁ…」

 ヒナは兄の姿に勇気づけられ、自身もため息をついた。そして、思い出したように口を開いた。

「えっと、あのね。ルフィたちが助けてくれたの。あ、ルフィっていうのは、今日来た海賊でね」

「海賊? ……ああ。あの」

 少年は納得すると、あたりを見渡した。

「…………それで、その人たちは今どこに?」

 少年が尋ねると、ヒナは首をかしげながら困ったように答える。

「えっと、なんか、コウガミさんが用があるって」

「……社長が?」

 

 *

 

「コウガミファウンデーション?」

 きらびやかなドレスに着替え、髪を結いあげたナミが、同じくドレススーツを着た伊達丸に尋ねた。ただ、伊達丸はこんな時にでも牛乳缶を手放さない。

 日もとっぷりと暮れた夜。

 謎の美女に招かれたルフィたちを迎えたのは、またも豪勢な、島の料理の数々だった。

 歓声を上げてかぶりつくルフィたちを横目に、伊達丸はグラスのワインを揺らした。

「そ。あたしらにメダルシステムをくれたオジサマ」

「そして、私たちの……もとい師匠の雇い主でもあります」

 上品な黒のドレスを着たコトが付け加える。

 男子たちはいつもの服装だが、ナミたちはもちろん、エールもきらびやかなドレスで正装して参加している。

 サンジはというと、いつものように美しいレディたちにくぎ付けだ。

「……で、そのオジサマは、あたしたちに何の用なのかしら?」

「さぁ……。結構あの人、ノリで話すところがありますからね」

 コトがため息交じりにそう言うと、突如背後から「それはなかなか心外だよ、コトくん!!」と野太い声がかけられた。

 はっとして振り返ると、そこには大きな箱を持った中年の男が、暑苦しい雰囲気とともに歩み寄ってきた。

「よくぞ来てくれた!! 〝麦わら〟のルフィ。そしてヒノ・エールくん!!」

 いきなり現れた中年の男、コウガミは傍らに立つあの美女を「その通りでしょう」とあきれ顔にさせながら、手に持った箱をテーブルの上に置いた。

「……あれは?」

 伊達丸に近づいたナミが耳打ちする。それに伊達丸も声を潜めながら答える。

「噂の、社長さん。コウガミ・コウセイ」

 コウガミはやたらと暑苦しい笑顔のまま、箱の蓋に手をかける。

「まずは、私たちのこの出会いに…………ハッピーバースデェェイ!!」

 そして置いた箱のふたをガバッと開ける。その下に現れたのは、これまたフルーツやらクリームやらがふんだんに飾られた豪華なケーキだ。そこにあるだけで、甘い香りがそこらじゅうに漂ってくる。

「うおおおおお!! うまそぉぉぉ!!」

「おっさんいい人だなぁぁ!!」

「好きなだけ食べてくれたまえ!! 後払いだ!!」

「コラコラコラコラァ!! さっそく食べ物でつられんなぁ!!」

 ナミが注意する前で、ルフィたちはケーキに群がってむさぼり始めた。

「君たちをここへ招待したのはほかでもない。一つ、君たちに頼みたいことがあってね」

 コウガミは目の前でケーキに食いつくルフィたちを気にすることもなく、マイペースに話を進める。

 だが、コウガミが再び口を開く前に、ナミが待ったをかけた。

「それは内容と値段によるけど………一つ聞きたいわね。アイツらはいったい何?」

「アイツらとは?」

 コウガミはとぼけるように首をかしげ、手のひらを開いて見せる。焦らすような様子にナミはポーカーフェイスを保ったまま、不敵な笑みとともに腕を組んだ。

「わかってるでしょう? ……あの化け物たちの事よ。あいつらいったいなんなの?」

「君らももう伊達丸くんたちから聞いていると思うがね。メダルの怪物だと」

「そのメダルの怪物ってのが、そもそもよくわかんないのよ」

「つーか、なんでただのメダルの塊が動いてんだよ」

 ウソップの質問に、コウガミは予想していたとばかりに頷く。

「それもそうだ。だが説明はするが、これはあくまでこの島の伝説の付け足しにすぎない。それでもいいかね?」

 ナミは後ろを振り返り、よくわかっていないルフィ以外の全員が頷くのを見届けてからコウガミの話を促した。

「よろしい!! ……まず、メダルとは何かから話そう。現在存在するメダルは、『コアメダル』と『セルメダル』がある。セルは君らも知っている、銀色のメダルだ。その数に際限はなく、無限に増やすことができる。そしてコアメダル。これはセルとは違い、増やすことはできない。だが使用すると、爆発的な力を発揮することができる。そして、かつてこの島を蹂躙したメダルの怪人たちの力の源でもある」

「あの、今日でてきたバケモンがか?」

「いや、あれはヤミー。怪人たちの使い魔にして、セルを増やす苗床でしかない」

 コウガミは袖口から一枚のセルメダルを取り出し、マジックのように指に挟んで増やしてみせた。それに感動する三人がいたが、ナミはそれを無視して「それで?」と先を促した。

「800年前、島にわたってきた錬金術師は、伝説の通り島中の様々な動物たちの力を集めて、十枚ずつのメダルを作り出した。……そして、十枚のうちの一枚を抜き出し、空白を生み出した!!」

 コウガミの指先で、セルメダルが一枚消える。

「一杯になっていた力が失せると、どうなると思う!? その空白を埋め戻さんと、力を取り戻そうとする意志が生まれ、一つの生命体へと変貌を遂げた!! ……それがグリィィィィド」

 狂気じみた目で語るコウガミに、エールやコトはすっかり怖気づいてナミや伊達丸の後ろに隠れてしまった。

 ナミ自身もやや引きながら、何とかポーカーフェイスを保ちながら腕を組む。

「グリード、ねぇ……」

「『欲望』そのものっていうことね」

 ナミとロビンが呟くと、コウガミは満足したように頷く。ふと、内容はあまり理解してはいないが、ウソップが「はい」と教師に質問するように手を上げた。

「ところでよぉ……そのグリードってやつは、封印されたんだろ? ヤミーが何で今更出てきたんだ?」

「いい質問だ!! というより、それこそが私が君たちに頼みたいことの本質でもある」

 コウガミが指を鳴らすと、彼の背後に大きなスクリーンが現れ、部屋の明かりが消えていく。

「私がこの島に来たのは、一か月ほど前だ。もうずいぶん前からこの島の伝説を知り、そしてグリードの力を利用できないかと思ってのことだった。そう思い、私は封印の地を徹底的に調べた。……だが、グリードたちは見つからなかった。なぜだと思う?」

 ウソップは首をかしげながら、教師に当てられた生徒のように深く考え込む。

「…………ほんとは、いなかったとか?」

「いや、違う!!」

 いきなり叫んだコウガミは、両手をばっと広げて高らかに宣言する。

「欲望の怪人、グリードはすでに復活している!!」

「!!」

「その証拠が、ヤミー。そして、オーズだよ」

 ケーキをほおばりながら、ルフィが聞きなれない名前に反応した。

「オーズ? なんだそりゃ」

 ルフィが尋ねると、コウガミの背後のスクリーンに画像が映った。そこには三枚ずつ映った円形の図柄と、中央に立つ人型の絵が描かれている。

「800年前の〝王〟は、力を行使しようにも、そのままでは力を行使できない。そのため、力を行使するための器を作り出したのさ。それが、オーズだ」

 スクリーンに映し出された画像。そこには、見覚えのあるものが描かれていた。

 ――――エールの腰に巻かれた、バックルが。

「!! これって……」

 全員がエールの方を振り向くと、当の本人も困惑しながらスクリーンを凝視していた。自らの肩を抱き、小刻みに震えている。

「ど、……どうして……」

「どういった経緯かは知らないが、君の手にあるそれは800年前この島を支配していた王のものだ。そして、今日君が使った力こそが、コアメダルの力だ」

 フランキーの脳裏に、紫の鎧の姿が浮かんだ。

「……あれがか」

 スクリーンには、三枚ずつの五種。計一五枚のメダルの図柄が照らしだされる。緑、黄色、灰色、赤、青のカラフルな絵だ。

「800年前作り出されたメダルは、五種。その組み合わせは自在で、さらに同じ色の三枚がそろえば力のコンボがそろい、強大な力を発揮する。

紫のメダルは、ほかのメダルとは根本的に異なる。ほかの五種のメダルは、無から有を作り出すプラスの力だ。だが、紫のメダルがつかさどる力は……………………無だ。ナッスィング」

 スクリーンには新たに三枚のメダルの図柄が照らしだされた。翼を広げた翼竜、三本づのの戦車のようなトカゲ、大きなアゴの狂獣だ。

「現実には存在しない伝説上の動物、あるいはすでに太古の昔に絶滅してしまった生物を、どういう原理かは不明だが錬金術師は作り出したのさ。〝有〟を破壊できる、つまり、ほかの五種のコアメダルを破壊できる唯一のメダルをね」

「……では、その紫のメダルは?」

 ロビンが尋ねると、コウガミはにやりと笑い、エールの方を指さした。

「彼女が持っている。……正確には、その体内だが」

「!!?」

 慌ててエールが胸に手を当ててみるも、メダルの存在など分かるはずもない。エールは不安げな顔のまま、コウガミを上目づかいで見つめる。

「……なんで、私に……?」

「メダルは、力を解き放つには器を欲する。記憶という中身を失った君は、器として都合がよかったのではないかな?」

 コウガミの推測に、エールは首をかしげながら残った記憶をたどろうとする。何かを思い出せそうな気はするのだが、その部分にいたろうとすると、荒いノイズが走るように乱れて思い出せない。記憶がないというよりも、何かが思い出そうとすることを拒んでいるような気がする。

 その何かが分からないため、エールはコウガミの推測が正しいのか、と無理やり納得することにした。

 エールが困惑する前で、コウガミはなおも続ける。

「私が君たちに頼みたいのはほかでもない。グリードを捕獲、もしくは仕留めてきてほしい。私が求めているのは、コアメダルを使った人間の技術の更なる進化だ。そのためになら、報酬はいくらでも出そう」

「…………わからねェな。なぜおれたちに頼む?」

 難しい話にはかかわるまいと口を閉ざしていたゾロだが、真意のつかめないコウガミに険しい視線を送って追求する。

 だがコウガミは、ゾロの人を射殺せそうな視線もものともせず、高らかに笑った。

「簡単な話だよ!! 君たちならできる!! そう思っただけさ!! エニエスロビーを墜とし、七武海を倒し、かの〝金獅子〟を沈めた君たちならね!!」

 コウガミは言い切ってから、ワイングラスを持ち上げる。

「ゆっくり考えてほしい。いい返事を期待しているよ」

 コウガミは笑顔のままそういうと、ワインのグラスを高く掲げた。



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7.錬金術師〝ガラ〟

ワンピースの世界では一応恐竜は生き残ってるのに恐竜コンボがあるのはなぜ? という目からうろこ(?)の感想をいただきました。
それも踏まえてちょこっと成り行きを変えていきます。
……さーて、どうしようかな。


 青い月を見上げながら、エールは一人サニー号の甲板に寝転んでいた。

 風はなく、波のさざめきだけが響く、ただ静かな時間の中、エールは長い間沈黙していた。頭上の満天の星空を見上げても、少女のこころは晴れない。

 ふと、ドアが軋みをあげて開き、そこからウソップとルフィが眠そうな顔をこすりながら現れた。

「お。なんだよ、まだ寝てなかったのかよ」

 ウソップは呆れた目を向けてから、エールの隣に腰を下ろした。反対側にルフィも座る。

「うん。なんか、今日はいろいろあったから……。それよりありがとう。寝床貸してくれて」

「気にすんなよ」

「俺は、まだお前仲間にすんのあきらめてねーからな」

「まだ言ってるのか……」

 エールは反目でルフィを睨むと、反動をつけて起きあがる。

 膝を抱えてうずくまっていると、ルフィが横目を向けた。

「おめー、何に悩んでんだ?」

 ルフィが尋ねると、エールは驚いたように振り向き、自嘲気味に微笑んだ。

「……わかる?」

「なんとなく」

「……そう」

 エールは深いため息をつくと、腕を後ろに支えて星空を見上げる。

 そこへ、三人がいないことに気が付いたナミが扉を開けたところで立ち止まった。三人の雰囲気に二の足を踏みそうになったので、しばらくそこで傍聴していることにした。

「いきなり変な化け物が出てくるわ、変なメダルが体の中にあるとか言われるわ…………自分がなんなのか、わからなくなっちゃってさ」

「そりゃ、そーだわな」

 ウソップが同情するように頷き、エールの肩をたたく。

 ドアの向こうにいるナミも、いつの間にか起きてきたサンジやゾロ、フランキーにブルックにチョッパー、ロビンや伊達丸とコトもエールの声を黙って聞いていた。

 だが、ルフィは納得していないような、今一つ理解できないような、不機嫌な表情でエールを見つめていた。

「……ねぇ、私は、ほんとに〝エール〟なのかな?」

「!」

 ぽつりとつぶやかれたエールの言葉に、ルフィとウソップは眉をひそめた。ナミたちも思わず息をのむ。

 陰鬱な表情になったエールは、抱えた膝を握りしめ、小刻みに震えながら続けた。

「……ここにいるのは、エールなんかじゃない、…あいつらと同じ、怪物なんじゃないかって……。この怖いっていう感情も、偽物なんじゃないかって……」

「そりゃあ……」

 少女の不安に、ウソップは答えられない。

 もしそうだったら……。目の前の少女を知らない彼には、そう思えてしまうのだった。

 答えに悩むウソップの様子に、エールは悲しげに微笑みながら俯いた。

「お前、何言ってんだ?」

 だが、ルフィが発したその言葉にはっと顔を上げた。

「お前が怪物だってわかっても、お前の何が違うんだ? それでお前は変わっちまうのか?」

 ルフィの矛盾のない言葉に、エールは返す言葉を失う。ウソップも言い返せない部分があるために黙ったままだ。

「お前が何と言ったって、お前は俺たちの仲間だ!」

 ルフィの〝答え〟に、エールは思わず言葉を失い、この船の船長のまっすぐな目を凝視した。

 少女を仲間だと言い切る少年の姿に、少女は目を離せない。

「お前がどこのだれでなんであっても、エールはエールだろ?」

 少し、怒ったように言うルフィに、エールは一瞬呆気にたられた後、気恥ずかしそうに眼をそむける。真っ赤になった顔のまま、もごもごと口を濁らせてから、エールは再度、恐る恐るといったふうで尋ねる。

「……もし、私が怪物だったとしても、……ルフィは、私を仲間って言ってくれたかな?」

「当たり前だ!」

 拒絶されることを恐れる少女に、ルフィは満面の笑顔で笑いながらあっけらかんと言い放つ。

 エールは赤い顔を隠すように俯きながら、鼓動を早める心臓に手をやり、その暖かさにしばし酔う。

「……ねぇ、ルフィ?」

 恐る恐る、だがさっきとは違う気持ちで、エールは言葉を発する。

「もし、私がすべてを思い出したら、私を――――」

 真っ赤な顔で振り向いた先では、ルフィとウソップが仲良く寝っ転がってぐーすかといびきをかいていた。

「…………バカ」

 エールはルフィとウソップを呆れた目で見降ろすも、ふっと優しく微笑みながらその隣に寝転んだ。

 ほのかにあったかい胸にくすぐったさを感じながら、エールは瞼を閉じ、小さく呟いた。

「……ありがとう」

 夜空のスクリーンの中を、一筋の流星が流れ落ちた。

 

 *

 

 ―――――チャリン!!

 

「!!」

 エールは耳に届いた金属音にぞくりと背筋を震わせ、ひきつった表情のまま起き上った。

 

 ――――またあの音だ……!!

 

 きょろきょろと辺りを見渡してから、あたりがまだ薄暗い夜明け前であることに気付く。

 見下ろすと、ルフィとウソップが仲良く仰向けに寝っころびながら、涎を垂らしてグーグーといびきをかいていた。なぜだか知らないが、その周りにはほかのみんなも仲良く大の字になって寝ていた。

 エールはまだドキドキと暴れる胸をつかみ、荒い呼吸を整える。

 そして、不安がっている自分に嘲笑し、呆れをはらんだため息をつく。

「……コウガミさんのせいか」

 理由はないが、妙な昔話を聞かせていやな思いをさせた代償としてあとで殴ってやろう、と心に決めるも、胸の中のもやもやは消えない。

 不安に駆られたエールは、その辺にいたウソップの鼻をつかんでゆすってみる。

「おーい、ウソップ~。朝だぞ~」

「いだだだだだだ!!! は()をつかむ()()を!!」

 ウソップの声に起こされたみんなが徐々に起き始め、うらめしそうにエールを見る。

「ん~…。何よぉ、こんな朝早くに……」

「…ごめん」

 謝ってから、エールはメンバーの中にロビンがいないことに気付いた。

「…ロビンは?」

「え? 知らないわよ?」

 いやな予感がしたエールは、ぶるりと背筋を震わせながら立ち上がる。次から次へと不吉な想像ばかりして、動悸が激しくなっていく。

 そこへ、伊達丸が寝ぼけ眼をこすりながら待ったをかけた。

「ンぁ……。学者さんなら、朝早く出かけてったぜ? コウガミさんに用があるってさ……」

 ポカン、と呆気にとられたエールは、がっくりと脱力してその場に膝を落とす。

 自分の抱いた暴走気味の予感に呆れ、エールは深いため息をついた。

 ―――考えすぎか……。

 そう思って、二度寝でもしようかと横になろうとしたその時。

 

[―――ウホ! ウホ! ウホ!]

 

 そばでずっと沈黙していたゴリラカンドロイドが、赤く目を光らせながら腕を振り回し始めた。

 ヤミーの出現を知らせるサインだ。

「!!」

 

 *

 

 キィ、とドアがかすかな軋みをあげ、客人の来訪をコウガミに伝えた。

「……来ると思っていたよ。ニコ・ロビン」

 突然の訪問にも、コウガミは驚いた様子もなくロビンを迎えた。まるで、最初から分かっていたかのように。

「………どうして、私がここへ来ると?」

「あの中で、私の話に疑問を持っていたのは君とエールくんだけだったからね。その様子では、私の話に納得していないのだろう?」

 その問いに、ロビンは答えずふっと微笑んでみせた。

 それだけでも、コウガミは満足げだ。

「そうか……。では聞こう。君はその好奇心とともに、何を求める?」

 ロビンは微笑みを消すと、強い意志のこもった目でコウガミを見据えた。

「…………この島の、真実を」

 短い答え。

 するとコウガミは、親にクイズを与え、その答えを待っている子供のように満面の笑みを浮かべ、部屋の奥へとロビンをいざなった。

 

 *

 

 時間は少し戻り、夜明けよりも少し前。

 港で漁に使う船を整備している男がいた。男は網などの道具を乗せ、振り返ってロープを巻き取っている少年に大声をかけた。

「シンゴォ!! いそげぇ!! 魚は待っちゃくれねぇぞぉ!!」

「はい!!」

 シンゴと呼ばれた少年は、元気な声で応え、早々にロープを巻き終えた。

「妹さんばっか気にしてぼんやりすんじゃねェぞぉ!!」

 ほかの漁師の仲間がそういって笑うと、全員が豪快に笑いだす。

 親方にも笑われ、赤くなりながらもシンゴ自身も明るく笑う。すがすがしい朝もやの中、海の男たちが自分たちの戦場へと乗り出そうとする中。

 チャプン、といつもの波とは少しずれた水音が響いた。

「?」

 訝しげに振り返った漁師たちとシンゴは、そこにいた者に目を奪われた。

 そこにいたのは、幾何学的な模様の入った長いローブのような服を着た、奇妙な身なりの男。

 丸い眼鏡をかけた学者風の男が、シンゴたちをまるでゴミでも見るようなさげすんだ目で見すえているのだ。クリスタルサンドのせいで水面に立っているように見えるのが、また不気味さに拍車をかける。

 思わずシンゴが睨み返すと、男はふんと鼻を鳴らしてみせる。

「な…、なんだお前は………」

 漁師たちがざわめく中、男はうっとうしそうに舌打ちし、顔をゆがめた。

「…………やかましいですねぇ……。ただの人間ごときが」

 そういいながら、男がゆっくりと手を上げ、手のひらを下に向けると、そこからジャラジャラと何枚ものメダルがこぼれ落ちはじめた。

 ボチャボチャとメダルが水面に落ちると、突如それらが水の中で膨れ上がり、飛沫をあげて立ち上がった。

 金属同士のこすれあう音が鳴る中、海上に立ちあがったメダルの塊はやがて固まり、何体もの怪物、ヤミーに変貌し始めた。

「うわぁぁぁぁ!!!」

 漁師たちがいっせいに悲鳴を上げると、ヤミーたちが威嚇の咆哮を上げて迫ってきた。

 漁師たちは抵抗するまもなく跳ね飛ばされ、一瞬で海の中に沈められ、船は粉々にされた。

「くくっ………あはははははははははは!!!」

 叫び声の中、男の高らかに笑う声だけが響き渡った。

 漁師たちが這う這うの体で逃げ出すのを冷たい目で見降ろしながら、男は陸に向かって歩き出した。

「うお!! またこいつらかよ!!」

「!」

 するとそこへ、駆け付けたルフィたちの騒がしい声が届き、男はさらに不快な顔になった。

 ルフィたちも港に立つ見慣れない男の姿に訝しげな目を向けた。

「ん? おめー誰だ?」

 ルフィが尋ねても、男は先ほどと同じさげすんだ目を向けるだけだ。

 ようやく開いた口から漏れた言葉は、さらなる蔑みの言葉だった。

「……小賢しい……。ゴミが……」

「「「ぁあん!?」」」

 すかさず反応するのは、血気盛んなサイボーグ・剣士・コックだ。

 だが、三人が臨戦態勢に入った瞬間、男はふいに右手を上げ、手のひらを向けてきた。

 三人が訝しげな顔をするが早いか、男の手から強烈な力の波が迸り、ほかのみんなを巻き込んで吹き飛ばした。

「うおわぁぁぁぁぁ!!」

 吹き飛ばされた一同はあっけにとられ、いきなり攻撃してきた男を呆然と見つめた。

「何すんだ!!」

 すぐさまルフィが反論するも、男は無表情のまま面倒そうに答えるだけだ。

「ゴミがあったから払いのけたまでのこと……」

「なにぃ!?」

「てめぇ……」

「あなたねぇ、言って良いことと悪いことがありますよ!!」

 いつも温和なブルックも、今回ばかりは拳を握りしめて憤慨する。

「ああもう!! はらわたが煮えくり返ります!! はらわた、ないんですけど!!」

「うるさいやつらだ……」

 男は見下ろしながら、なんとなくルフィたちの顔を見渡した。

 すると、視界の中に入った一人の少女の顔に、その目が釘付けになった。不安げな目で見つめてくるエールを凝視し、男の目が徐々に丸く大きく見開かれていく。 

「…………おお!! おお、おお、おお!!」

 男はエールを凝視したまま声を漏らし、その顔にいやらしい笑みを浮かべ始めた。

 突如、それまで人間をゴミのようにしか見ていなかった男が、一人の少女に興味を示したのに驚き、一同は目を丸くした。

 すると、男はいやらしい笑みのまま、エールに向かって深々と頭を垂れた。

「久しいですねぇ、姫君よ……。8世紀ぶりになりますか……。この臣下ガラ、感服の極みでございます」

 大げさな身振りで驚きを表すガラと名乗った男だが、対するエールは困惑したままだ。

「……あんた、だれ………?」

 怯えた表情で尋ねるエールに、ガラは顎に手を当てて首をかしげた。そして、にやりと耳まで裂けんばかりの笑みを浮かべ、体を揺らして笑い出した。

「おや、記憶が無いと……? くくく……、それはいい」

 よくわからない言葉にルフィたちが怪訝な表情になる前で、ガラは体を揺らしながら言う。

「自分の愚かさを思い出さずに済むのですからねぇ……」

 ぴきっと、サンジのこめかみから何かが切れる音がした。

「てめぇ、このクソメガネ野郎!! エールちゃんに何てこと言ってやがんだ!! オロすぞコラァ!!」

「……やかましいですねぇ。たかがヒトごときが……」

 ガラは騒ぐサンジを無視し、エールだけに集中する。

 ふと、今思い出したように手のひらをたたきあわせた。

「そういえば、あなたにあったらお尋ねしたいことがあったのを忘れていましたよ……」

 錬金術師は、大げさな身振りで嘆くように首を振り、憎らしい視線をエールに向けてきた。

 

「人を棄て、全てを失った気分はどうですか? ―――――姫君?」

 

 その言葉に、エールの中のノイズが、一層激しく乱れた。

 エールの中に、記憶がよみがえる。

 燃え上がる炎。叫び声をあげる島の住人。そして、その中で高く笑う、異形の群れと全身をうろこの鎧で覆った怪人。

 かちり、と。

 エールの中で、ばらばらに混在していた記憶のピースがはまり、エールは自分自身(・・・・)を、思い出した―――。 

 

「―――――ガラァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!」

 

 大気をとどろかす怒りの咆哮とともに、エールの胸から三枚の紫のメダルが飛び出す。紫の軌跡が空中に描かれ、いつかと同じようにベルトの三つのスリットに収まった。

 違うのは、エールが自らの意志でスキャナーを取り、その力をうけいれたことだ。

 ―――キン!キン!キン!

 メダルの音が、朝もやの中に高く響き渡る。

[プテラ・トリケラ・ティラノ! プットッティラーノザウル―――ス!!]

「うおおおおおおおおおおおおお!!!」

 天に向かって高く吠えながら、エールは地面に腕を深く突き立てる。台地には巨大な地割れが刻まれ、甲高い竜の咆哮とともにまばゆい紫の光が迸る。紫の光が漏れる地割れの中から抜き出されたのは、黒い恐竜の顔を模した巨大な戦斧だ。

 戦斧の柄をギリッと音がするまで握りしめ、エールは強く大地を蹴る。その力は、地面を深くえぐるほどだった。

 いかれる少女とは対照的に、錬金術師はただそこで見下した笑みとともに佇むだけだ。

 真っ赤に燃え上がる怒りの感情に支配されるまま、エールは竜の戦斧をガラに向かって振り下ろす。

 ―――ガァァァン!!

「!!」

 驚愕の表情で、エールは凍りついた。

 憎しみのすべてを込めた一撃は、ガラの片手でいともに簡単に止められていた。

「……あなた、弱くなりましたか? 姫君?」

 にやりといやらしい笑みのまま、ガラはエールの胸に強烈な拳の一撃を見舞い、重い鎧ごと少女を吹っ飛ばす。胸の装甲から火花が散り、甲高い金属音が響き渡る。

「ぐぁあ!!」

 衝撃に揺さぶられながら、エールは地面の上を転がっていく。だがすぐに起き上がり、再び戦斧を構えてガラを睨みつける。

 すると、突如としてガラの体が光を放ち、全身がメダルに覆われていく。

 次の瞬間現れたのは、強靭な牙と爪、そして硬度を思わせる鱗に覆われた一体の異形だ。並んだ鋭い牙をもつ強面の顔が、エールを睨みつける。

 エールは目の前の異形と、記憶の中で高らかに笑う異形の姿を重ね、恐怖に目を瞠る。

「さぁ……、メダルを寄越せ。小娘」

 敬語を棄て、恐ろしげな表情で脅すガラ。その目は、まさしく爬虫類のように冷たく、そして同時に、自然界においての絶対的捕食者のものとなっていた。

 

 エールの頬を、一筋の汗が伝った。



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8.堕ちた者

「………真実とは、どういう事かね?」

 コウガミは相変わらず本心を見せない笑顔のまま、ロビンに聞き返した。

「そのままの意味よ。あなたの口から、この島の真実を聞きたいの」

「それはもう話したはずだよ。この島の始まりの歴史を……」

「けれどそれは、この島の歴史であって真実ではない(・・・・・・・・・・・・・・・・)、そうではないかしら」

「…………」

 コウガミは笑ったまま、肯定もしなければ否定もしない。ロビンの説を聞くに任せている。

「最初におかしいと思ったのは、この島についてよ」

「……というと?」

 コウガミは面白がるように先を促す。

「……陽炎島。蜃気楼に包まれたこの島は、外敵から住人たちを守る役目を果たしている。けれどそれは逆を言えば、この島からも出られない監獄でもあることを意味しているわ」

「確かに……。ごく稀に伊達丸くんや君たちのようにこの島にやってくるものはいるが、この島から出よう、というものもなかなかいないね」

「それで思ったの。…この島の住人は、どこから来たのか、と」

 コウガミはなおも、「…それで?」と続きを促す。

「こんな小さな島で、人がこれほどの文明を築くことはありえないわ。高い文明というものは、さまざまなべつの文明とのかかわりの中で生まれるものよ。…けれど、外界から拒絶されたこの島で、そんなものが生まれるはずもないわ。それで思ったの。

 ―――この島の住人達は、どこかから追放され、この牢獄に繋がれていた者たちだったんじゃないかって」

「…………」

 コウガミはもう、先を促さず、目線だけをロビンに固定する。

「錬金術師は、海を渡ってやってきたんじゃない。島の住人達そのものが、故郷を追われて流れてきた民じゃないのか。私はそう思ったの」

「…その根拠は?」

歴史の本文(ポーネ・グリフ)を見たわ」

 コウガミは今度こそ身を震わせ、高らかに笑いだした。

「ははははは!! さすが〝オハラの悪魔〟だ!! わずか数日でそこまでの真実にたどり着くとは!!」

 久々に聞いた二つ名ににやりと笑って、ロビンは説明を続ける。

「島に住人たちの祖先が『彼ら』なら、説明が付くわ。オーズについても。あれは、古代の兵器の一つなのね?」

「ご明察だよ。そしてその危険性のために、国を追われ、存在を抹消された者たちがいた。それが今の彼らだ」

 コウガミの見下ろす先には、陽炎島の住人たちの姿がある。

 皆が皆、港に再び現れた化け物たちの話に恐れおののき、逃げ出していく。

 空にはいつの間にか真黒な雷雲が広がり、島を覆い尽くしていく。それはまるで、これから起こる厄災の前兆であるかのようだ。

「だが今や、その真実は当時の高官たちに改竄され、オーズを作り出したのは狂気にとらわれた王だと伝えられている。……そう、彼女のせいだとね」

 彼女、というコウガミの言葉に、ロビンの目が鋭く尖った。

「!! ……やはり、その〝王〟とは…………」

「残念ながら違う」

「!?」

 初めて否定されたロビンは、驚愕の表情でコウガミを見つめた。

「メダルを作るよう指示したのは確かに王だが、それを使っていたのは彼ではない。……ヒノ・エールは選ばれたのさ。メダルの、器としてね」

 コウガミの背後で、轟雷が鳴り響いた。

 

 *

 

 ガキン!! ガキン!!

 戦斧が振り下ろされ、ガラがそれをはじくたびに火花が散り、轟音が当たりに鋭く響き渡る。

 必死の表情のエールに対して、ガラは余裕の表情だ。

 反撃とばかりに突き出された爪を後方に跳んでかわすと、エールは大きく息を吸い込む。

 フ―――っと、エールが息を吐くと、荒々しい吹雪が巻き起こりガラに向かって伸びていく。地面が凍りつき、例外なくガラも氷の監獄にとらわれる。

 と、次の瞬間氷が一瞬で溶け、噴き上がった炎がエールに襲い掛かった。

「!!? うぐぁぁぁぁ!!」

 肌を焼く熱波に、エールはたまらず悲鳴を上げて倒れる。

 必死に炎を振り払い、エールはガラを睨みつける。その時、ガラの手のひらの上でゆらゆらと揺れる炎に目を奪われた。

「………!! お前、その炎は……!!」

 エールが目を見開くと、ガラは予想していたとばかりに笑い、わざとらしく手のひらの中の炎を見せつけた。

「ああ、そうだ。お前が惚れていた男の力だ。……もはや、奴の力は私のものだ。一番の邪魔者がいなくなってよかったよ!!」

 高らかに笑うガラは、再びエールに向けて炎の塊を放つ。

 ガラの手のひらの上で囚われているような炎の存在に、カッと頭に血を昇らせたエールは、攻撃にも構わずガラに突進する。

 鎧の上で弾ける炎の暑さに耐えながら、エールはガラに戦斧を叩き付ける。

 その瞬間、斬ったと思ったガラの体が液体となって弾けた。

「!?」

 目を見開いたエールの前で、液体化したガラがまとわりついてくる。

 陸上にいながら溺死の危機に瀕したエールは、パニックになって戦斧をめちゃくちゃに振り回す。

「エール!!」

 駆け寄ろうとしたルフィたちだが、ヤミーの集団に阻まれ、近づけない。

 硬い鎧が拳と剣をはじき、引き離されていく。

「〝ゴムゴムの(ピストル)〟!!」

「〝鷹波〟!!」

「〝アルティメットハンマー〟!!」

 必死で応戦する麦わらの一味だが、殴っても斬っても蹴っても撃っても起き上がってくる怪物たちには歯が立たない。

 水の牢獄にとらわれたままのエールにも限界が訪れるが、彼女はとっさに全身から冷気を放って液体状態のガラを凍らせた。そして、カチカチに固まったガラを渾身の力で砕く。

「うらぁぁぁ!!」

 思わず深呼吸するエールだが、砕けた氷のかけらが動き出したことではっとなる。

 小さな氷のかけらは別々に集まって固まり、メダルの殻が覆い尽くして何体ものガラに分裂してしまった。

「分身!?」

 身構えたエールの背中を、分身の一体が蹴りつける。

 よろけたエールに別の分身が殴りかかり、エールはたちまち袋叩きにあった。

「うぐっ!! あっ!! あぐっ!!!」

 エールの腹に蹴りが入り、華奢な体が弾き飛ばされてようやく暴力の嵐がやむ。

 攻撃をやめたガラは、力を誇示するように手のひらを向けてみせた。

「どうかね? 私の力は。すべて、お前が捨てたものだ、姫君」

「お前のじゃない!!!」

 怒りのままに、戦斧を振り回して叫ぶエール。戦い方も何もない、ただ全力をふるうだけの攻撃を、ガラは呆れたように嘆息しながら弾く。

「何を言う。もとは私の作ったもの。ならば当然私のものだろう?」

「違う!!」

 攻撃をことごとくかわされながら、エールは猛攻をやめない。余波が地を割り、瓦礫をまき散らすのもお構いなしに、エールは憎き錬金術師へ襲い掛かる。

アンク(あいつ)のだァァァァァァァァァ!!!」

 激昂したエールは、なおもガラへの追撃を続ける。

 体が挙げ続ける悲鳴を無視しながら。

「愚かな……、実に愚かな………。実の父にも道具として利用され、挙句人のぬくもりも、甘美なるものを味わう術も、愛した男すらも失った、馬鹿な女……。よくおめおめと生きているモノだ」

「だまれぇ!!!」

 怒りの咆哮を上げながら、少女は戦斧を薙ぐ。ガラはそれを軽々と避け、エールの頬に強烈な掌底をたたきこむ。

 よろめいたエールの腹に膝を入れ、くの字に折れ曲がった体にさらに回し蹴りを放つ。

「あぐぅ!!」

 たまらず倒れるエールは、歯を食いしばって痛みに耐え、また無謀にもガラに斬りかかる。

「バカの一つ覚えが」

「ガハッ!!」

 腹に膝が入り、エールは唾液をまき散らして悶絶する。

 よろよろとふらついたエールの胸に、ガラの鋭い爪が突き刺さる。

「!!」

 鎧を貫かれ、大穴を開けられたエールの胸からこぼれ落ちるのは、小さな銀色の塊の束だ。

「………かっ」

「……メダルは、頂いていくぞ」

 貫いたままの腕をエールの中で蠢かせながら、ガラはその中の無の力に手を伸ばしていく。

 鋭い爪の先が、紫のメダルに届きかけた時。

 ドガン!!

 という轟音とともに、ガラは吹っ飛ばされた。

「――――――!!?」

 ガラは突然のことに目を見開くも、地面を滑りながら倒れずに耐えた。

 怒りを込めた目で見やると、そこには怒りで肩をいからせたルフィが呼吸を荒くしてガラを睨みつけていた。その後ろで守られるように、エールが胸を押さえながら跪いている。

「エールに……、俺の仲間に何しやがんだ!!」

 ガラは忌々しげにルフィを見やり、次いでいつの間にかヤミーの姿がないことに気が付いた。

 見渡せば、ヤミーを全滅させたゾロや伊達丸たちが満身創痍ながら鋭い目でガラを睨みつけている。

 頭上からは、ぽつぽつと大粒の雨が降り始め、すぐに豪雨となり始めた。

「……分が悪い、か」

 ガラは舌打ちし、荒い呼吸のエールを見下ろした。

「……メダルは預けておこう。せいぜい醜くあがいているがいい」

 そう言ったが早いか、ガラは液体化して地面の中に溶け、消えた。

 興奮冷め切らない様子のルフィの背後で、がくりとエールは力尽き、倒れ伏す。

 倒れた先で、泥水がはねた。

「!! エール!!」

「エールさん!!」

 慌てて駆け寄るルフィたちの声を聞きながら、エールはゆっくりと、その意識を手放していった。

 

 *

 

「真実を語るのはいいが、一つ聞きたい。なぜ、ヒノ・エールが王だと思ったのかね?」

 雷鳴と、ガラスを雨がたたく音が響く中、コウガミが尋ねる。

「おかしいと思ったのは、最初に出会った時から。彼女の格好は、この島ではもう見られそうにない、古い民族のもの。そして、体内から飛び出したメダル。体内から組織を傷つけずに物体が現れるなんて、生物としての法則を大いに破っている……。これらは、800年前の王の話と酷似するわ」

 ロビンの目に、恐れを含んだ色が混じる。

 真実を知るという行為に恐怖を感じるのと同時に、彼女はそれを止められないのだ。

「……彼女は、もう、人ではないのね?」

 コウガミはすると、小刻みに体を震わせ、豪快に笑いだした。

「素晴らしいぃ!! 君の持つ、知りたいという探究心もまた大いなる欲望!! よかろう!! それでは語ることにしようか!! 800年間、禁忌として語られることのなかったオーズの真実を!!」




本小説は、基本的に劇場版風に仕上げていきます。


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第三章 記憶と約束と800年前の真実
1.偽りの歴史


 ―――――800年前。

      陽炎島(現在のグリーディア)。

 

 険しい崖の上に、その男は一人立っていた。

 トサカのように逆立てた金髪を海風がなぶり、男は忌々しそうに顔をしかめ、小さく舌打ちする。

 あいつら(・・・・)の存在がうっとうしくてここまでに来たのに、不快さが募るのではここも同じか、とその場に背を向けて立ち去ろうとした時。

「――――アンク!! ここにいた!!」

 鈴のように凛としたかわいらしい声が響き、男は心底面倒そうにため息をついた。

 眉間にしわを寄せて振り向いた先にいたのは、ふわふわとしたやわらかそうな茶髪を二つにまとめ、ポンチョをまとった小さな少女だ。少女は男に満面の笑みを見せながら、キラキラした黒曜石のような瞳を離さずに突進してくる。

「アンク〰〰〰〰〰〰〰〰〰!!」

 勢い余ってジャンプしてまで、抱き着こうとしてくる少女に、アンクと呼ばれた男は黙ってかわすことで応えた。

 当然、その先は海だ。

 空中に一瞬浮いた少女は、そのまま自然の摂理に従って、海面に向かって墜落しようとした。

 その寸前、アンクが少女の襟首をガッと掴み、捕まった猫のようにぶら下げた。

「うにゃ!!」

「………何やってんだ、エール」

 目の前に持ち上げて睨んでくるアンクに、エールはただ輝くような笑顔を見せた。

「……えへへ」

「ったく、馬鹿が……」

 あきれた目で見降ろしながら、アンクはエールを自分の隣に降ろし、自分もその隣にあぐらをかいた。

 

 *

 

 波がさざめく砂浜を、二人並んで歩くエールとアンク。

 背の高いアンクの一歩は、幼いエールには少し長かった。アンクが一歩歩くたびに、エールはせっかちなひな鳥のように二歩ずつ多く進む。

 エールがせかせかと歩くのを横目に、アンクは黙々と歩く。

 幼い少女に対する気遣いなどみじんもなかったが、エールにとっては、そばにいられるだけで満足なようだ。

「……お前も暇な奴だな」

 ただあてもなく歩いているのに、何も言わずについてくるエールに、アンクは呆れた口調を漏らした。

「だって、ほんとにやることないんだもん」

「……まぁ、そうだがな」

 自分もそうであることを思い出したアンクは、苦々しい表情で同意した。

 しばらく無言で二人が歩いていると、砂浜に甲高い子供の笑い声が近づいてきた。

 駆け寄ってくる数人の子供たちを見たエールは、一気に目を輝かせて彼らにかけよった。

「みんなァ!!」

 仲間が集まった瞬間、年相応に騒ぎ出した少女に、アンクは大きくため息をついた。俺はもう知らん、と言わんばかりにきびすを返し、エールを放って歩き出す。

 すると、それに気づいたエールはいたずらっぽく微笑むと、アンクの後ろに駆け寄り、その背中をポンとたたいた。

「あ?」

 アンクが訝しげな顔を向けると、エールは満面の笑みを贈った。 

「じゃ、アンクが鬼ね! 始め!!」

 そういった瞬間、エールの向こうで子供たちがわっと駆け出して行った。

 思わずアンクは声を荒げる。

「あ!? おい、勝手に決めんじゃねェ!!」

 憤慨したアンクが詰め寄ると、エールは色っぽさを出しているつもりなのか流し目をくれながら、アンクの目を見つめた。

「あたしの体貸してあげるからぁ……アイス二本でどぉ?」

 その持ちかけに、アンクはエールを呆れた目で見つめると、「…三本だ」と短く答えた。 

 

 *

 

 島の中央に鎮座する、巨大な石造りの宮殿。

 屋根が半球状になり、陽の光を可能な限りとおすように設計された建物の奥。肘かけが金で飾られた豪華な玉座に座る初老の男は、目下で跪く奇妙な身なりの男をにやりと笑みを浮かべながら見下ろしていた。

「………ガラよ。コアメダルの件はどうなっている?」

 傲慢さと欲深さがそれだけで感じられる物言いの王を、ガラと呼ばれた錬金術師は得意げな顔で見上げた。

「はっ。準備は着々と進んでおります。いずれ近いうちに、王のもとへかの力を献上する日がまいりましょう」

「くっくっく……。そうか………」

 期待通りの答えに、王は満足したように体を揺らして笑った。

「ようやくだ……ようやくわれらの悲願がかなう………。我らを表の世から追放してくれた世界に、復讐する時がようやく……」

「王よ。後は器でございます。すべてを欲すあなたの強欲さえあれば、オーズは完成するのです」

「強欲……。そうだ、我は強欲……グリード………。奴らのようなにわかものではない。我こそ、本当のオーズだ……」

 王は狂気じみた光を瞳の中に揺らし、口を耳まで裂けるように歪める。

 その様子に、錬金術師ガラも満足げに頷きながら顔の笑みを深くした。

「メダルさえあれば、もはやこの世は我のもの……。誰も我に逆らうことなどできぬ………………!!」

 その時、ドクンと心臓が大きく鼓動し、体が引き裂かれるような激痛が王を襲った。

「…………!!? ぐっ、お…………!!」

「!!? 王よ!!」

 王はいっぱいに目を見開き、体を震わせ、脂汗を全身から吹き出しながら、玉座の上から崩れ落ちた。

 

 *

 

「つくづく人間てのァ、うらやましい生き物だ」

 キンキンに冷えた、水色の氷菓子を掲げながら、目つきの悪くなったエール――もとい、その右手に憑りついている赤い異形が呟いた。

『なにが?』

 疲れたまま、エールは聞き返した。と言っても、エールの声はアンクにしか聞こえていないので、結局はエールに憑りついたアンクが一人で呟いているようにしか見えないのだが。

「こんなうめぇモンを、自分で作っちゃぁ、毎日のように食えるんだからなぁ」

『毎日って程じゃないけど……』

 エールが苦笑し、アンクは上機嫌でアイスを食べつくした。

 残った棒を名残惜しそうに舐めあげると、エールの体から真っ赤な羽がぶわっと飛び散った。

 そして、すぐそばに元の姿に戻ったアンクが立ち、エールの目が柔和に戻った。

 アンクは満足げににやっと笑い、すぐに大股で歩きだす。エールもそれに続いた。

 透き通る性質を持つ不思議な砂浜を踏みながら、アンクは隣を大股で歩く少女に視線を向けた。

「……親父はどうした?」

「うん…。いつも通り……」

 言ってから、エールは初めて悲しげな表情でうつむく。

 アンクはその姿に同情した様子もなく、だが何も言わずにただその場にたたずんでいた。

「………父さまは、最近なんか、怖いから……」

「だろうなァ」

 アンクは同情する気も無いようで、面倒そうに答える。エールもさすがにカチンときた。

「真面目に答えてよ! 家族間での深刻な問題なんだからね!?」

「はっ。知るか」

 心底どうでもよさそうなアンク。さらにカチンときたエールは頬を膨らませてアンクを睨んだ。

「ぶ~…。アンクはいいよね。悩み事なんてなんもなさそうで」

 エールがそういっても、アンクは取り合う気もないらしい。振り向きもしない。

 ついには、エールの方があきらめて目をそらした。ためいきをついて、「バカ……」と悪態をつく。

 しばらくして、長い長い沈黙に先に耐えかねたエールは、顔を赤らめ、口をもごもごと口元を濁らせてから、やがてため息をついて口を開いた。

「……今日は、一緒に居てもいい……かな」

 アンクはおもしろげに口元をゆがめ。

「好きにしろ」

 と、ぶっきらぼうに答えた。

 その時だった。

「姫君ぃ!!」

 悲痛な響きの声に、はっとなって振り返る。

 よたよたと足をもつれさせながら駆け寄ってくるのは、伝令の一人だ。

 なんとなく嫌な予感の下エールは思わず立ち上がり、伝令に駆け寄った。

「どうしたの……?」

 エールの問いに、伝令は顔を真っ青にして、息も絶え絶えながら懸命に声を出した。

「………王が、先ほど突然お倒れになって……!!」

「…………!!」

 的中した予感に、エールの顔もザァッと青ざめた。

 

 *

 

「父様!!」

 エールが扉をあけ放つと、寝台の上で目を閉じていた王はかすれた声をあげた。

「……エールか」

「どうしてこんな……!!」

 エールは悲痛な表情で父を見下ろす。

 王は、数時間の間にずいぶんやせ細っていた。肌という肌からは水分が根こそぎ失われ、まるでミイラのようだ。ガリガリに痩せた体には骨が浮き、痛々しく骨格を現している。

 だがそれでも王は、目が渇きかけくぼみながらも、今もなおギラギラとした光をエールに向けていた。

 その姿に、エールは震え上がる。

「………おお。王よ、おいたわしや」

 ガラが深々と頭を垂れ、王の衰退を悼む。

「……口惜しや……。よもや、世界を前に、……この身を以て……支配をなすことがかなわぬとは………」

「……私も、非常に残念に思います」

 王は臣下の態度に満足げに微笑み、次いで虚空を見つめた。

「………なぁ、ガラよ。お前に、遺言を、託しておこうと思う……」

「!!」

 これに目を見開いたのはエールだ。

「父様!! それはあまりにも!! 父様にはまだ生きていただかねば困ります!! あなたがいなくなっては、だれが民を導くのですか!!?」

 エールの言葉に、王は興味なさげに目をそらす。そして向かうのは、娘よりも信じる臣下の方だ。

「……ガラよ。オーズはお前に託す」

「!? しかし王よ!! オーズを顕現するためには器が……」

 王はガラの指摘に、深い深い笑みを浮かべた。

 見るものすべてを凍てつかせる、狂気に満ちた笑みを。

「……そこにいるではないか……。オーズの、器が」

 ぎらぎらとした目で見つめる先にいるのは、自分の娘。監獄の国の、たった一人の姫だった。

「…………………え?」

 呆然となったエールは、何が何だかわからないのに震えが止まらなかった。だが、実の父が、何か自分に対して恐ろしいことを言っているのだけは分かった。

 とっさに、逃げなければと思い、震える足で後ずさる少女。

 その時。

「―――――どこへ行くのかしらぁ? オヒメサマ?」

 ドン、と後ずさったエールの背中に、湿っぽい何かが当たる。とっさに振り向くと、そこにいたのは青色の体をした異形だった。

 シャチの形の頭部に魚のような光沢のある肢体。タコを模したケープとブーツをまとった女型の怪人。水棲生物の王、メズールがそこにいた。

「あ、あ……」

 離れようとしたエールの背後に、新たな二人が立つ。

 次に現れたのは、獅子の鬣と、強靭な爪甲を備えた黄色い怪人と、白い鎧に覆われた一本ヅノの魔人。

 猫獣系の王・カザリと超重類系の王・ガメルだ。

「ははは……」

「むぅ……」

 腕を頭の後ろで組みながら笑うカザリと、つまらなそうにほほをかくガメルは、ゆっくりとした歩調で徐々にエールを包囲していく。

 なおも逃げ道を探すエールの目の前に、節くれだった昆虫の姿をした怪人が降り立った。

「ふん…」

 緑色の鎧を身にまとう昆虫の王、ウヴァ。

 退路を失ったエールの隣で、アンクの体がメダルに覆われていく。

「…………!!」

 次の瞬間現れたのは、赤い翼を模した姿を持つ、空を制する鳥類の王、アンクだった。

 顔を青ざめさせ、震えるエールに、ガラは何が面白いのか体を震わせていたかと思うと、満面の笑みを浮かべて両手を広げながら言い放った。

 

「おめでとうございます、エール姫よ!! あなたこそ、今宵より新たな王となるのです!!」



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2.オーズの誕生

 その日、アンクはいつもと同じ場所にいた。

 いつもと同じように、髪をなぶる激しい海風を忌々しそうに感じながら、ぼんやりと夕暮れの海を眺めていた。

 ただ違うのは、そこに、呼んだわけでもないのにやってくる、小さな姫君がいないことだった。

 日の沈みかけた海を眺めていると、『彼女』とはべつの声が響いた。

「アンク!!」

 面倒そうに見やると、駆け寄ってきたのはエールと一緒によく遊んでいた子供たちだった。

 子供たちは、アンクがうっとうしそうに顔をしかめるのにも構わず、彼に詰め寄った。

「おい!! お前、エールを知らないか!?」

「もうずっと見つからないの!!」

「お前一緒じゃないのかよ!!」

 耳元できゃんきゃんと騒がれるのに神経を逆なでされたアンクは、盛大に溜息を吐いた。

「……知るか」

 吐き捨てるように言い放った言葉に、一人がさらに詰め寄る。

「…ほんとだろうな」

「…………ああ」

 一人は悔しげにアンクを睨むと、ほかの子をひきつれてアンクから離れていった。

「………まぁ、見つかったところで」

 誰もいなくなった砂浜で、アンクは一人呟く。

「……おめぇらの知ってるエールには、……もう逢えねぇかもしれねぇがなぁ………」

 

 *

 

 ジャラジャラと鎖が鳴り、繋がれた腕が軋みをあげる。

「ぅっ………はぁ、はぁ………」

 暗い独房の中、少女の荒い息遣いが響く。冷えるその立方体の部屋の中で、吐息が真白に染まる。まるで氷河の中に閉じ込められているようだ。腐臭さえ感じる狭い部屋の中で、まるで家畜の餌のような生臭い固形物が飛び散っている。それが彼女の食事だった。

 軋むごつい鎖に繋がれた少女は、自身の中で暴れまわる強大な力に翻弄され、苦痛の表情で身をよじらせる。

「あっ……ああ………ああああああ……あああああああああ!!!」

 うめき声をあげる彼女の前に、錬金術師ガラが立つ。その手に持った数枚のメダルが独房の僅かな光源に反射して光る。

 ポイ、とまるで飼い犬に餌をやるような動作で放り投げたメダルが、エールの胸に吸い込まれ、呑みこまれていく。

 その瞬間、エールの体内で力が暴れまわる。

「……っぎ!! ぃぎぃぃいぃぃいい!!!!」

 ビクンと背をのけぞらせ、悲鳴を上げるエール。

 口から漏れる苦悶の声と、端から漏れる泡にぬれ、エールは言葉にならない叫び声を上げる。

 今にも発狂しかねない少女の姿を前に、ガラが浮かべるのは、満足げな笑みだ。

「素晴らしい……。これほどまでに器としてふさわしい力を持った者が、こんな近くにいたとは……。やはり天は、望んでおられるのですかな、我らが覇者となることを」

「ぅぁあああああああああああああ……げほっ!!」

 声がかすれるほど叫んでいたエールは、同時に強烈な吐き気をもよおし、無理矢理詰め込まれたばかりの餌を吐き出す。

「ぅ……おぇえぇぇえぇ……」

 びちゃびちゃと吐しゃ物がはね、エール自身を汚す。

 だが吐いても吐いても、吐き気は収まらない。体内で暴れまわる力によって、体が内側からつぶされそうなのに、吐き出すことのできない。

 体がはち切れそうな感覚に、エールは恐怖か寒気か知らないが震えを止められない。ガラが満足げに軽やかに去っていくのにも気づかず、エールは獄の中でうずくまった。

「ヤダ…………やだよぉ…………」

 がんがんと痛み、朦朧とする意識のなか、エールは脳裏に浮かんだ名を、呟いた。

「……助けてよ、アンク…………」

 

 *

 

 アンクは宮殿のバルコニーで、不機嫌そうに外を眺めていた。

 誰も突っかかってこない、宮殿で時間をつぶすのは好きではなかったが、幾分ましだった。

 だが。

「おい、アンク」

 ふと聞こえた知った声に、忌々しげに顔をゆがめた。

 アンクに声をかけた緑のローブの、ワイルドな雰囲気の男は、にやりと口元をゆがめながらアンクのそばに歩み寄った。

「貴様、妙にあのガキの事を気に掛けるじゃねいか。他人に興味を持たぬ貴様が」

「……ウヴァ。お前には関係ねぇ」

 アンクがうっとうしそうに突き放すのも気にせず、ウヴァはアンクの肩に手をかけた。

「関係ねぇことはないだろうが……。俺たちはあのガキが器として完成すんのを待ってるんだからな。 ……それともなんだ。貴様、あのガキを気に入ってんのか?」

「……黙れ」

 握りしめたアンクの手に、火の粉がまとわれ始める。

「だとしたら残念なことだ。……あれは貴様のものじゃない」

 その瞬間、アンクは右手をふるい、炎の塊をウヴァに放つ。

 だが、ウヴァはそれを頭部から放った翠の雷撃でかき消し、にやついていた表情を改めた。

「……そうくるか」

 睨みあった二人の姿が、一瞬で異形の物に変わる。片や紅蓮の炎を、片や翠の雷を備え、ぶつかり合おうと構える、その刹那。

「やめなさい!!」

 今まさに戦い合おうとしていた二人に、少女の凛とした声とともに水の冷たい激流がぶつけられ、アンクとウヴァは同時に吹っ飛ばされた。

 睨みながら振り向いた先にいたのは、青いローブの少女・メズールの仮の姿だ。

 その傍らには、金髪の青年と大柄な男、カザリとガメルの姿もある。

「ははは……。仲間内で争っても意味ないんじゃないの~?」

「アンク、うるさい」

 舌打ちするアンクを、ウヴァは愉快気に見下ろす。

 メズールは14・5歳の見た目に似合わぬ大人びた表情でアンクを睨む。

「……アンク。あなたは勘違いしているようだけど、あなたや〝あれ〟がどう思っていようと計画は変わらないのよ」

 メズールの指摘に、アンクは目をそらす。

「諦めなさい、アンク。あれは、もう人には戻れないのだから」

 

 *

 

 檻を前に、ガラは一人、立っていた。

 その顔には隠し切れない興奮と狂気がにじみ出て、理知的な容姿が醜く歪んでいた。

「……ついに、完成した」

 彼の視線の先で、仰向けに転がる少女。

 黒曜石のようにきらきらと輝いていたはずのその目からは一切の光が消えうせ、虚ろな黒が、錬金術師の姿だけを映している。

 空洞のように濁った眼に、汚く混ざった虹色の光が光った。



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3.器の少女

エイジを女性に変えるとこんな感じになってしまった。
思いっきりラブな感じなんで抵抗のある人はご遠慮ください。


 吹き荒れる海風が、ガラのローブをなぶる。

 島の端で切り立つ崖の上。海を見渡せるその場所に、王は眠っていた。

 冷たい土の下で、真っ白な石柱を乗せて。

「……残念だ、王よ。お前は私の唯一の理解者だった。なのに、私とともに抱いた野望も半ばに力尽きるとは………」

 そういうガラの目は、これまでの狂気の表情とは程遠い、本当に悲しみに満ちた色に満ちていた。

 狂気の錬金術師はその時だけ、人としてそこにいた。

 あれから、もう10年もの時が過ぎた。

 自身の娘をも利用して世界を手にすることを夢見ていた王は、オーズの完成を見ることなく、この世を去っていた。

「……安心するがいい。お前が抱いた野望は、私が継ごう。お前の志とともにな」

 丸メガネをはずし、ガラは虚空に向かって双眸を鋭く尖らせる。その顔に浮かぶのは、例の狂気の表情だ。

「ついに我らの悲願がかなう………。我らを虐げてきた世界に、復讐する時が来たのだ」

 ガラは歓喜に震える拳を握りしめ、王の墓に背を向けた。

「……さらばだ、友よ」

 錬金術師の去った後を、海風と波の音が虚しく響いた。

 

 *

 

 時がたち、荒い海風がやみ、曇天の雲が切れ始め、オレンジ色に空が染まり始めた頃。アンクはいつものところにいた。

 ザッ、ザッと砂を踏みしめ、一人になれるマシな場所に向かう。不機嫌そうな仏頂面は、そこに行く時だけ幾分柔らかくなる。

 だが、アンクがその場所に辿りつくと、すでに先客がいることに気付いた。

 先客は、砂浜にある岩の上に座り、膝を抱えてぼんやりと海を眺めていた。くすんだ色のポンチョが、海風にはためく。

 ちっと舌打ちし、きびすを返そうとした時。

「……アンク?」

 懐かしい声が聞こえて、思わず足を止める。

 振り返った先にいたのは、ふわふわとした髪と黒い瞳に面影のある少女―――――――エールだった。

「……久しぶり、…だね」

「……ああ」

 エールはもう小さな子供ではなかった。背はアンクと同じくらいに高く伸び、胸や尻は豊かに育ち、衣服を下から持ち上げていた。髪の長さは変わらないものの、その下の顔は柔らかそうだった頬が引き締まり、大人の女へと変貌していた。

「……変わらないね、アンクは」

「…お前は、ずいぶん変わったな」

「うん……。もう、何年も経ったからね」

 それから、エールは口を閉ざし、アンクは黙ってその背後に立った。

 二人はそれから、何時間も静かにそこで沈黙していた。

「……お前、メダルは?」

「……なんともないよ。最初は痛かったけど、今は別に」

「そうか……」

 なんという事もない表情で応えるエールだが、その目は、何も映していなかった。あるのはただ、深い深い闇だけだった。

「…ふふ、ははははは……」

 黙って海を見つめるアンクに、エールは唐突に笑みを見せた。アンクが訝しげな目を向けると、すぐにその笑顔がおかしいことに気付く。

 エールの笑い声からは、どこか渇いた感じがし、アンクを見つめる目は空洞のように濁っていた。

 10年ぶりの再会。二人の距離は、その間に離れ、縮まっていた。

 最悪の形で。

「ねぇ、アンク見てよ。ほら」

 そういってかかげてみせた手は、紫色の異形のモノだった。

「!!」

 目を見開くアンクに、エールはからからと壊れた笑い声を聞かせる。

「…もうすぐね、あたしもグリードになるんだ」

 アンクは呆然となったまま、壊れた少女を凝視する。

「あたし、もうすぐ人間やめるんだ。どんな感じなのかな。……死なないって」

 そういったとたん、ぎりりと軋んだ音が鳴り響き。

 エールは、次の瞬間水の中に沈んだ。

 ドボォォン!! と水しぶきを立て、なにがなんだかわからないうちに気道に海水が入り込み、パニックに陥る。

「げほっ!!」

 必死に起き上ろうともがくエールの上の襟首を、アンクが乱暴に掴む。

「お前は!! なぜ持っているものを簡単に捨てる!! なぜ諦めて受け入れる!?」

 エールにはアンクの豹変の理由がわからず、ただ怯えた目で見つめるだけだ。

「!!? !?」

「お前はそんな女じゃなかったはずだ!! あるがままに何もかも受け入れるつもりか!! その程度の女じゃないはずだ!! 違うか!!?」

「………ふざけんなァ!!」

 エールは激昂し、逆にアンクの襟首に掴みかかる。

「あんたに私の何がわかる!? この10年、私が助けを求めてもあんたは来てくれなかったじゃないか!! この10年、私のそばにいてくれなかったあんたに、私の何がわかるっていうんだ!!」

「……!!」

 エールの感情の爆発に、アンクは悔しげに歯を軋ませる。

「あんたはこれ以上!! 何が欲しいというんだ!! 死なない体を得て、永遠の命を得て、これ以上何を望むんだ!!」

「バカが!! お前が思ってるようなもんじゃねェ!! もっと単純なもの…………〝命〟だ!!!」

 その瞬間、高ぶっていたエールの頭が一気に冷えた。

「俺を見ろ!! 死にもしねぇ、生きるために必要なこともねェ!! だが代償として生きる喜びは何もねェ!!! 生きる喜びを求めることもなく、ただただ悠久の時を生き続ける!! これが本当に生きてると言えるか!!?」

 叫ぶアンクの声からは、耐えられないほどの悲しみが流れ込んでくる。力の限り声を上げ、かすれながらも叫び続ける彼の叫びは、彼の絶望を明確に表していた。

 いつの間にか、エールの目にも涙が伝っていた。目を閉じても、後からとめどなく溢れ出して止めることができない。

「いいか、俺はこんなもん一度たりとも望んだことはねェ!! いつだって、俺は〝生きたい〟と思ってた!! なのになぜおまえは!! それを持っているお前が捨てようとしている!! 驕るな!! お前がしたかったのはそんなことじゃねぇだろ!!」

 アンクの目の前で、エールは静かに涙を流す。光を失い、乾いていた眼が、徐々に光を取り戻し始める。

 アンクが黙って手を離すと、少女は海面に倒れこみ、呆然とした表情で空を見上げる。日の傾きかけた、オレンジ色の混ざる空。

 それらがすべて、くすんで見える。

 さざめく波の音が、ただのノイズに聞こえる。

 風の流れも海水の冷たさも、何も伝わらない。

 潮の香りも、わからない。

 エールのココロが鈍い痛みを訴え、エールは震えだす。

「………いやだぁ……」

 自分の体をかき抱き、漏れる苦痛の声。ボロボロといくつもの滴を目から零し、エールは震える声を漏らす。

 

「私……グリードには、なりたくないよぉ…………!!!」

 

 壊れそうなココロを震わせ、少女は

 エールはあふれ出る涙を止められず、嗚咽を上げて泣きじゃくる。

 アンクはそんな少女を抱き起し、胸に抱きついてくる彼女を不器用な手でそっと撫でてやった。

「ひっ、ひっく……」

 しゃくりあげ、こぼれる涙をぬぐい、エールはアンクの胸にすがりつく。

 紅き空の王に甘える時だけ、エールは昔の自分に戻れていた。どんなに時が過ぎても、彼のぬくもりを感じられるときだけ、少女は自分を取り戻せた。

 少なくとも、この時までは。

 

 ―――ギャリッ……!!

 

「!!?」

 軋んだ金属音が、少女を永久につなぐ鎖のように響き渡り、まどろんでいたエールの意識を一瞬で覚醒させた。

 そして、強く叩かれるような衝撃を背中に感じ、次いでカッと燃え上がるような熱が放たれた。

「あっ………!!」

 ビキビキとエールの肌に血管が浮かび、アンクにゆだねる手に力がこもり、ぎりぎりと締め付けはじめる。

「!!? エール……!!」

「アッ……、あああ、あああアアアアア!!!」

 エールは声にならない悲鳴を上げ、ガクガクと震える体でアンクにしがみつく。

「……はっ、はぐぅうああああ!!!」

 突如、体を伏せたエールの背中からいくつもの塊がメキメキと生えはじめる。二対の昆虫の羽や、薄く透ける魚のヒレ。甲殻類の足にトカゲの足、ぼさぼさとした獣の体毛に真っ赤な鳥の羽……。

 顔にも体毛や鱗、羽毛がばらばらに生え始め、焦点の合わない目が濁った虹色に染まり始める。

「エール!!」

 思わずその細い肩をつかむアンクを、エールは突き飛ばした。

 その途端、エールの胸から同じように異形の体が突き出し、アンクの目の前の砂場をドスドスドスッと突き刺した。

「……かっ……は…………!!」

 エールは半分異形と化したまま大きくのけぞり、いっぱいにまで開いた目からボロボロと涙を零して悶絶する。ぴくぴくと全身がけいれんし、体内で血流がドクンドクンと暴れるように脈動する。

 アンクは変貌したエールに驚きながら、すぐに彼女の背後に現れた人物を睨みつけた。

「……お前か、ガラ」

 視線だけで人を殺せそうなアンクの目にも、錬金術師はさしたる狼狽も見せなかった。

「……想定以上だ………。まさか属性の異なるメダルをこれほど取り込んでも無事とは……」

「………無事だと……?」

 アンクは嫌悪感をあらわにしながらガラを睨みつけ、ふいにエールの方へ振り返った。

 涙や鼻水を流し、ぶるぶると震えるその姿は、無事とは言い難い。

 ふと気づいたアンクは、再びガラを睨んだ。

「……お前、メズールたちのメダルも奪ったのか。……俺のメダルもあったが」

「実験はすでに最終段階へ進んだ。後はお前のメダルと、無のメダルだけだ」

 そういって、ガラは懐から重そうな丸い石の箱を取り出した。

 表に出しただけで、それはわずかながら冷気を放ち、周囲に白い霧を発生させる。

 聞きなれない名に、アンクは眉をひそめた。

「……無のメダル、だと?」

「文字通りだ。…存在しないモノの力を凝縮した力………。だが、これはやめておこう。コアと反発でもして破壊されたらかなわんからな」

 ガラは無のメダルの器をしまうと、アンクに向かって手を差し出した。

「……さぁ、お前のメダルを寄越せ」

 ガラが命じると、アンクは冷や汗を流しながらにやりと笑った。

「……いやだと言ったら?」

「……壊す」

 そうガラが答えた瞬間、真の姿へと変わったアンクは一瞬のうちにガラの目の前に跳び、強靭さを誇る爪をガラに向かって突き出した。

 だが、それが届くことはなく、ガラの片手によって止められた。

「!?」

 目を見開くアンクに、ガラは憎らしい笑みを浮かべる。

 真相に気付いたアンクは、ガラを凝視した。

「……まさか、お前も………!?」

 そうつぶやいた瞬間、ガラの姿がゆがむ。

 四肢には硬い爪が生え、口からは鋭い牙が生え、全身をうろこの鎧に包んだ爬虫類の異形へと、ガラは変貌した。

「お前たちからメダルを奪うために、丸腰でいるわけがないだろう………?」

 そして、軽く拳を当てると、アンクの体は軽々とふっとび、メダルをバラバラとこぼしながら砂浜の上を転がった。

「ぐォオオ!!」

 ドザァァァ、と砂の上を滑ると、音に気付いたエールが震えながら声を漏らした。

「!? アンク……!? …どこ? どこなの…? 見えないよ………?」

 エールはきょろきょろと辺りを見回してアンクの姿を探す。

 実際は数メートルと離れていないにもかかわらず、エールにはアンクがどこにいるのかわからない。

 目が、見えていない。

「……ほう、やはりグリード化すれば五感が働かなくなるのか」

 ガラは興味深そうにエールを見やり、すぐに興味を失くしてアンクの方へ向き直った。

「さて、何か言い残しておきたいことはあるかね?」

「……一つだけ、なぁ」

 アンクは砂の上で膝をつきながら、憎らしい顔でガラを見上げる。

「……俺は、タダじゃおきねぇよ」

 ふと、ガラの目が大きく見開かれる。砂浜に着いて握りしめられているアンクの手が、何かを持っているのだ。

 沈みかけた夕日がその時、紫の光を反射した。

「吠え面かきやがれ」

 その意味に気付いた時には、すでに、紫のメダルがガラの懐から飛び出していた。

「!! 貴様ァァ!!」

 怒り狂ったガラがアンクの胸に腕を突き刺すのと同時に、紫のメダルもエールの胸に入り込み、そのうちの三枚がベルトのスリットに収まる。

 その瞬間、エールの体から生えた異形の四肢が消え、その目が紫色に光り輝く。

[プテラ・トリケラ・ティラノ! プットッティラ―ノザウル――ス!!]

「ぅぁぁぁぁぁぁああああああああああああああ!!!!!」

 エールの絶叫とともに、強烈な冷気がその体から放たれ、ガラを吹き飛ばす。その際、アンクの体からガラの腕も引き抜かれ、いくつかの赤い輝きも離れた。

 エールは立ち上がると、大地に腕を突き刺し、一振りの巨大な戦斧を引き抜き、ガラに襲い掛かる。

「ウガァァァァ!!!」

 渾身の力を込めた斬撃がガラの胸を切り裂き、ガラのメダルをごっそりと削り取っていく。

「ウガァァァァ!!」

「くっ……、分が悪い……!!」

 ガラは慌ててエールから距離を取り、悔しげに表情をゆがめながら背を向けた。

「……今に見ていろ…」

 そう吐き捨て、ガラはその場を後にした。

 敵を失ったエールは、しばらく放心したようにだらりと腕を下げ、やがて力尽きたように倒れ伏した。鎧が消え、ぼふっと砂をかぶる。

「…………」

 エールは気を失いそうになるのを懸命にこらえながら、必死に腕をついて彼を探す。

 目はすでに見えないが、彼の気配はまだ残っている。懸命にその方向へ体を引きずっていく。

 アンクはまだ、体を保っていた。

 だが、もうそれも持ちそうにない。足先が徐々にメダルのかけらへと変わり始め、崩れていくのだ。

「…………アンク………」

 エールは崩れていくアンクの方へ、必死に手を伸ばす。四肢を引きずり、嗚咽を漏らしながら、エールはアンクのもとへにじり寄っていく。

 ぶるぶると震えながら、潤む目でまっすぐに彼を見つめる。

 あと少し、もう少し………。エールの手が、徐々にアンクの手に近づく。だが、それよりも早く、アンクの体が銀の粒に変わっていく。

 だがそれでも、エールは必死に愛しい男のもとへ手を伸ばす。

「アンク……アンク…………!! いかないでよ……、そばにいてよ……!!」

 震える悲痛な声で呼ばれたアンクは、ぼんやりとした目でエールを見やりながら、かすかに微笑を浮かべ、小さな声で呟いた。

「……バカが………きっちり、生きろ…………」

 それを最後に、赤き空の王は銀の粒へと還った。

「…………!!」

 目の前で消えていった愛しき男の最期に、エールは言葉を失くした。ずっと思っていた男は、そこからいなくなっていた。

 震える手で、アンクだったものに触れる。

 エールの、唯一の希望が、この世から消え去った。

 

「アンク……、大好きだよ…………」

 

 思いのたけを込めたエールの声も、もう届かない――――――――。



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4.失くしたもの

冒険漫画に出てくるオカマはなんかかっこいいですよね。
普通の男よりも漢らしいと言おうか……。


 ふと聞こえた雨の音に、エールの意識は覚醒を始めた。

 もはや見慣れた天井だった。サニー号の医務室の天井をぼんやりと見上げながら、エールはふっとため息をついた。

 思い出した。全てを。

 気だるげにうなりながら体を起こすと、ベッドの下に見慣れた顔が爆睡しているのに気が付いた。

「……ルフィ」

 エールが呼ぶと、膨れていたはなちょうちんがパチンと割れ、ルフィは目を覚ました。

「んがっ……。あ、起きたか?」

「……あんたがね」

 ルフィもまた体を起こし、エールの座るベッドの前にあぐらをかいた。

 エールは少し警戒しながらルフィを見つめていたが、やがてルフィの表情がいつも通りであるとわかると緊張を解いて立ち上がった。

「ん。どこ行くんだ?」

「……わかっているだろう? あの男のところだ」

 ルフィはその答えににっと笑うと、ガツンと拳を合わせて立ち上がった。

「おっし!! 手伝うぞ!! おれもアイツ嫌いなんだ!!」

 鼻息荒く意気込むルフィだが、エールが返すのは。

「必要ない」

 というどこまでも冷たい渇いた返事だった。

 言葉を失くしたルフィがエールを凝視すると、エールは興味を失くしたように背を向け、ドアノブに手をかけた。

 慌てたルフィが、エールの肩に手をかける。びくりと震えるエールを、強く引き止める。

「おい!! 無理すんなよ!! お前だけで戦おうとすんなよ!! 仲間だろ!?」

 エールは肩におかれたルフィの手を恐る恐るといった手で触れる。

 だが、すぐにそれをそっと外す。

「…………仲間」

 小さな声で呟くと、エールはゆっくりと髪を揺らしながら振り返った。

 振り返ったエールの瞳に宿っていたのは、どこまでも渇いた虚ろな闇だった。

「……今の私には、もう何の意味もないことだよ………………」

 振り返りもせず、その場から立ち去るエール。

 ドアを開けて立ち去っていく彼女を、上のテラスにもたれかかるナミが、悲しそうに見つめていた。

「……なんか、前のエールに戻っちゃったわね……」

 その時、いつの間にか響いていた雫の音がやんでいることに気付く。

 

 雨が、止んだ。

 

 *

 

 コウガミの長い長い話を聞き終えたロビンは、ぐったりと疲れた様子でソファに座りこんだ。

「………全て、偽りだったのね。やはり」

「歴史とは、一部の当事者の都合のいいようにどんなふうにもゆがめられるものさ。いつの時代もね」

 グラスを片手に語り終えたコウガミは、静かに窓の外へと目を向け、ワインをあおった。

「……何が、彼らを動かしたの?」

 ロビンの問いに、コウガミは背を向けたまま深くため息をついた。

「……彼が変わったのは、親友を亡くした時からだという」

「!」

 ロビンはもたれかかっていたソファから起き上がり、コウガミの新たな話に耳を澄ませた。

「かつての王。錬金術師ガラ。そしてもう一人、同じく研究者であったマキという少年……。彼らは、幼少期から仲のいい友だったらしい」

 そういって取り出して見せたのは、もはや見慣れた一枚のセルメダルだ。

「オーメダル。この力の基本理論は、マキ少年が生み出したらしい。当初は彼らも、その力を〝守る〟ためのものと夢見ていたそうだ。……だが、時代が彼らの仲を引き裂いた。…危険な力を生み出したマキは、世界に殺された。世界を滅ぼす因子としてね。……生き延びたガラと王は、その日から誓ったのさ。親友を奪った世界に、復讐することを」

 語るコウガミは、どこが悲しげだった。遠い空を見つめるその目には、何かを懐かしむような色が見えた。

 それに気づいたロビンが、「……あなたは、一体……」とつぶやきかけた時。

 窓の外で、何かが光った。

 訝しげな表情で目を凝らしたロビンは、次の瞬間、目を大きく見開いて凍りついた。

「……!!?」

「もはやガラは、本当の化け物になってしまったらしい」

 呟いたコウガミと、硬直したままのロビンの視線のはるか先で、遠く離れた海上に、銀色に輝く何かが形を持ち始めていた。

 

 *

 

 銀のメダルが陽の光を反射し、ジャラジャラと金属音を鳴り響かせながら、ソレは形を成し始めた。

 銀の輝きが徐々に高く高く伸び始め、下から徐々に固まり始める。木の根のように海中に深く突き刺さった鉄柱がズン、という音を響かせ、はるか上が宮殿のような形に変わる。

 さほど時間をかけず、メダルの塊は空を突き刺す巨大な塔になった。

「な……、なんだあれは……」

「ヒィィ……」

 怯えた声で後ずさる、島の住人達。

 天敵のいないこの島に住み続けてきた彼らにとって、その塔は初めて意識する恐怖の対象だった。

 ざわざわと騒がしくなる島を見下ろし、ガラは塔の上でにやりと笑った。

 

 800年の時を超え、真の欲望の王が動き出したのだ。

 

 家屋の中にいた伊達丸が、外の異変に気づき、慌てて駆けでて行った時、外はまるで阿鼻叫喚の地獄だった。

 町は悲鳴を上げて怯え惑う人々で溢れ、互いに押し合いながら一目散に逃げていく。誰かが倒れても、助けようという気が起こることもなさそうだった。

「……いよいよ、おいでなさったってわけかい」

 遥か頭上を見上げながら、伊達丸が呟く。

 にやりと肉食獣のような笑みを浮かべているが、顔は土気色で冷や汗を大量にかき、今にも倒れそうだ。

 師の様子を不安げに見上げていたことは、ふいに意を決した表情になって伊達丸の前に立った。

「……師匠。お願いがあります」

「?」

 伊達丸が訝しげな表情になると、コトは衝撃的な発言をする。

「バースドライバーを、私に下さい」

「は!?」

 素っ頓狂な声を漏らし、伊達丸は自分よりはるかに小さな愛弟子を、目を真ん丸にして見下ろした。

 呆然とした表情の師匠を見上げるコトの目は、いたって真剣だ。

「……師匠には、死んでほしくないんです」

「バッカ!! 死なねェために今頑張って……」

「師匠は!!」

 急に声を張り上げたコトの様子に、伊達丸は一瞬押され、怒鳴るのをやめた。

「師匠は!! 私の越えたい壁なんです!! 私のなりたい目標なんです!! それを、こんなところで、……私の夢を、終わらせたくなんてないんです!!」

 息を切らせながら、言いたいことを全て言いきったコトは、硬い意思のこもった瞳で伊達丸を見上げる。

 師匠はそんなことを厳しい目で見下ろし、両者は黙って睨みあう。

 喧騒が遠くから聞こえる中、ふいにコトがふっと自嘲気味に微笑んだ。

「……勝手ですね」

「そーだな」

 呆れたような伊達丸の返事に、満足したように笑ったコトは、素早く伊達丸からバースドライバーを奪い取り、すぐに背を向けて走り去った。

「あ!!」

 慌てた伊達丸は腕を伸ばすが、もう追いつかないと判断すると、微笑みながらその手を降ろした。

「……なーんか知らないうちに、大人っぽくなっちゃったなぁ~」

 ふとした寂しさを感じながら、子の成長を喜ぶちょっとした親のようなうれしさを感じ、伊達丸はくつくつと笑った。

「……しょうがない。かわいい愛弟子のために、もうちょっと頑張りますか」

 コトに背を向けた伊達丸は、さっきまでの弱々しい足取りとは打って変わって、確かな足取りで、コウガミコーポレーションに向かった。

 

 *

 

 サニー号の上でも、外の異常は伝わっていた。

「なんだぁ……。ありゃ……」

 目の前に高く高くそびえたつ銀の塔に、ルフィは釘付けになった。

 対してエールは、さほど狼狽した様子もなく、逆に時が来たか、という表情で塔を見上げていた。

「……名指しで来いと、そういう事か」

 エールは皮肉気につぶやくと、静かに体内から紫のメダルを解き放った。

 ガシャン、とはめ込まれるメダルを合図に、ルフィたちがそれぞれの得物を構える。

「おーし! 待ってろよガラ……!!」

「来ないで」

 短く吐き捨てたエールは、意気込むルフィたちを置いて前に出た。

 そしてスキャナーを取り外し、メダルに順にかざす。

[プテラ・トリケラ・ティラノ! プットッティラ―ノザウル――ス!!]

 一瞬にして、極寒の氷の力を秘めた鎧をエールがまとい、バサリと巨大な翼が広がった。

「……この戦いは、私の手で決着をつけなきゃいけない。……お願いだから、来ないで」

 冷たく言い放つエールの肩を、ルフィが掴んだ。

「何言ってやがんだ!! お前ひとりで勝てなかったじゃねェか!!」

「そうよ!! あんた一人でどうにかできる相手じゃないわよ!!」

「もう、これ以上!!」

 肩をつかむルフィの手を払いのけ、エールは声を震わせながら言い放つ。

「…………これ以上、私の心をかき乱さないで」

 そうつめたく、だが苦しげに吐き捨てると、エールは制止するルフィたちを無視して空高く飛び立っていった。

「エール!!」

 慌ててルフィがゴムの腕を伸ばすも、辛くも、指先だけがかすっただけで、その手は届かなかった。

 

 *

 

 飛行していくエールを、コウガミは建物の上で静かに見つめていた。

「……遠い我が先祖よ。彼女の選択がどうなるか、あなたにもわかるまい」

 コウガミは興味深そうにつぶやきながら、さっきまでの事を思い出していた。

 部屋にいたコウガミのもとに、エールがやってきて、唐突にこう言ったのだ。

 力が欲しい、寄越せと。

 コウガミは、その要求を、満面の笑みで了承したのだ。

「世界が変わるこの日に、ハッピーバースデェェイ!!」

 若干の狂気を感じさせる叫びとともに、コウガミは高らかに笑った。

 

 *

 

 ―――ありがとう、ルフィ。

    本当は、すごくうれしかった……。

 

 風を切りながら、エールは内心、胸の内に感じる熱に浸っていた。

 

 ―――でも、どうしても、ルフィたちを連れていくわけにはいかないんだ。

    だって、これ以上私は何かを失いたくなんかないから。

    大切なものを守れなかった私に、一緒に戦う資格なんて、ないから……。

 

 目を閉じれば、思い出せるルフィの言葉。

 仲間。その一言だけで、エールの胸には、もう一度真っ赤に熱く炎が燃え上がった。

 

 ―――すごく、勝手なことを言うけど……。

    この戦いが終わったら、ほんとの仲間にしてくれるかな………。

 

 ふっと微笑み、そしてすぐにその笑みを消すと、エールは目の前の黒い影をキッと睨みつける。

 その先に群がるのは、数えきれないほどの異形の群れ。いつの間にかわき出ではじめた異形たちは、翼竜や鳥、昆虫の翼を目いっぱい広げ、異形たちは耳ざわりな咆哮を上げていた。

 戦斧を握る手に、力がこもる。怒りが、全身に気力を与える。

 大切なものを守るため、少女は低く轟く、激情の雄たけびをあげた。

「ああああああああああああああああああ!!!」

 

 *

 

「ふみゅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!」

 砂浜に、幼い少女の気合いのこもったうめき声が響く。

 小さな足が一歩踏み出すと、砂浜に乗り上げたライオンヘッドの海賊船が、少しずつ海へ向かって動いていく。

 ヒナがサニー号を押してくれている間に、麦わらの一味は着々とマストをたたみ、ロープで縛っていく。

 甲板からナミが顔を覗かせ、ヒナに申し訳なさそうな表情を見せた。

「ごめんねー? こんなことまで手伝わせちゃって」

 ナミの謝罪に、ヒナはぶんぶんと大きく首を振り、弱々しく微笑んでみせた。

「私にできるのは、……こんなことでしかないから」

 そういって、町の方を見やるヒナ。

 多くの人でにぎわっていたはずの町からは人の気配が一切なくなり、ガラリとさびしくなってしまった。

「……みんな、こんなこと初めてで……。怯えちゃって…」

 目を伏せていたヒナは、ナミに申し訳なさそうな表情を向け、首をかしげた。

「むしのいいお願いかもしれないけど、……私たちを、助けてほしいの」

「……まかしといて!」

 ナミは不安がるヒナを元気づけるように、ぐっと力強く拳を握りしめてみせた。

 だが、次いで呆れたような顔になり、後ろを振り返った。

「……それはそれとして……」

「さぁ、みんな!! いっぱい食べて!! どんどん食べて!! 残さず食べて!!」

「おかわりもたくさんあるわよ~」

「どうぞ」

「あ、どうも」

 と、何故かサニー号の下で、大量のおにぎりやおかずをスタンバイさせていたクスクシエの店長、チヨ、シンゴにおにぎりを渡されて、口いっぱいに頬張っていたルフィだったが、ふと気づいて店長を見つめた。

「おっさんなんでいるんだ?」

「あんたたちの手伝いをしに来たんじゃないのぉ!!」

 聞かれて店長は、気持ち悪く体をくねらせて答えた。サンジはおにぎりをほおばりながら吐きそうになったが、料理人として必死にこらえた。

「あたしはねェ、故郷の王様からずっとこういわれてんの!!『いいこと? ヴァターシたちはね、いつだって、どんなときだって、気高く美しくなければいけないの!! たとえ相手がどんな奴だったって、決して力に屈してはいけなっキャブル!!』…ってね」

「たくましーやっちゃな」

 思わず呟くウソップ。

 店主はふとシュンと俯き、両手を祈るように組み合わせて、城の方向を悲しげに見上げた。

「……あの子が、どこか壊れちゃってるってのは気が付いていたわ。あたしの夢は、あたしの料理でみんなを笑顔にすること。…でもあの子は笑ってくれなかった。それだけが唯一の心残り」

「ずいぶん気にかけてんだな」

 フランキーがそういうと、店主はキッと睨みつけてきた。

「当たり前じゃない!! あの子にはねェ、あたしの料理をうまいって言ってもらってないのよ!! 料理人としてこのままにしておけないわ!!」

「……初めてお前に共感おぼえたぜ」

「そりゃどうも!!」

 もはややけくそ気味に返した店主は、そのままルフィにキッと向き直った。

「任せたわよ!! みんなで勝って、きっと戻ってきなさい!!」

「……行くなら、私も同行させてください」

 ふと聞こえたその声に振り向くと、そこには銃とベルトを装備したコトが胸を張って立っていた。

「……お前、そのベルトは」

 ゾロが尋ねると、コトは静かに頷いた。

「師匠からパクってき………もとい、借りてきました。後で殴られると思います」

「…大した覚悟だ」

 ゾロは呆れたような感心したような溜息をつき、コトは黙ってその隣に立つ。

 ルフィは最後のおにぎりを口に放り込むと、「しししし!!」と笑って、改めて仲間たちを見渡す。

 みんな何も言わない。だが、その目に宿った硬い意思だけは感じ取れる。

 答えは、それだけで十分だった。

 ぐんと腕を伸ばし、サニー号の鬣をつかんでその頭の上に立つと、ルフィは仁王立ちして空を見上げる。

 遥か高くそびえたつ、銀の塔を睨みながら、ルフィは大きく息を吸い、声を張り上げる。

「行くぞォ!! 野郎どもォ!!」

「おう!!」

 誓いの拳を天にかかげ、麦わらの一味は、欲望の王の下へと向かう―――――。



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5.人ならざる者

 ガン!! と戦斧が薙ぎ払われると、火花とともに翼竜の異形が弾き飛ばされる。それと同時に強烈な衝撃波が発生し、周りの怪物達をもまとめて吹き飛ばした。

 すかさず背後から真っ赤な鳥の怪人と緑色の昆虫型の異形が襲い掛かると、エールは尻の長い尾でそれを薙ぎ払う。

 次々に飛び掛かってくる異形たちを鋭い鉤爪で切り裂き、ときには強靭な牙で噛み砕く。

 まるで獣のような姿で戦うエールの目には、もはや上空に浮かぶ城の天辺しか見えていない。

「ガルルルルル!!」

 エールは低くうなり、急降下して異形たちの真下に降りると、翼を大きく広げて強烈な冷気を放つ。瞬間、周囲一帯にいた異形たちは凍りつき、重力に従って落下していく。

 落下してくる氷の塊に向かって、エールは甲高く響く咆哮を上げる。

 ―――ゴアアアアアアアアアア!!!!

 ビリビリと大気が震え、氷の塊が一瞬で砕け散り、大量のセルメダルがエールの上に降り注ぐ。

 するとエールは、落ちてくるメダルを体で受け止め、胸の中に吸収していく。

 体にまた大きな力が漲るのを感じながら、エールは上空をキッと鋭く睨みつける。そして、歯をぎりぎりと食いしばって表情を険しくさせる。

 空はまた、黒い塊で埋まっていた。

 先ほどと同じか、それ以上の数の化け物たちに支配され、空はまるで曇天のように曇っていた。 

「……きりがない」

 エールは意を決して、その群れの中に突っ込んでいく。

 異形たちはそれを迎え撃たんと翼を広げ、エールとまっすぐに対峙し、どんどん距離を詰めはじめる。

 エールは戦斧を振りかざし、異形たちも舌なめずりをしながらぶつかり合おうとする。

 だがその刹那、エールの姿が一瞬で消え失せた。

 翼の向きを変えたエールは、集まりだした異形たちの真下をくぐるように方向転換し、急降下を始めた。

「!! 下ダァ!!」

 異形たちが慌てて追おうとするが、密集した群れの中で押し合いへし合いになり、身動きが取れなくなる。

 もつれ合う異形たちの真下からエールは急上昇し、戦斧を気合を込めて一閃した。

「セイヤァァァァァ!!!」

 ドッカァァァン!! と爆炎が巻き起こり、その場にいたほとんどの異形たちがメダルの粒へと還っていく。

 落ちてくるセルメダルを残さず喰らい、エールはにっと笑ってまた飛び立つ。

 敵をほとんど一掃した空に浮かぶ城に辿りつき、エールはその城壁を尾を薙いで破壊し、低くうなりながら侵入する。

 勝利を確信した笑みを浮かべながら見上げた彼女は、次の瞬間言葉を失って凍りついた。

 城の中も、メダルの怪人たちが敷き詰められていた。

 飛行能力のない陸上斥候部隊としての怪物たちが、舌なめずりをしながらエールを待ち構えていたのだ。

 舌打ちして唸るエールを待つその場所は、獲物を待つ蜘蛛の巣そのものだった。

 腹を決めたエールが高く吠えてから異形たちの群れに突っ込もうとした、その瞬間。

 

「〝風来《クー・ド》バースト〟!!」

 

 ドビュン!! 砂浜を強烈な力が走り、巨大な船を空気の推進力が押しだす。

 強烈な衝撃波が顔を襲い、ヒナと店主たちは思わず顔を覆う。

 風がおとなしくなってから目を開けると、ヒナたちはその光景に目を瞠った。

「ふ……、船が」

 飛沫がキラキラと辺り一面に舞い、夕日に輝く。滴が輝く夕焼けの空を背景に、サニー号はそこにいた。

「空を、飛んだ!?」

 風を切り、貫きながら、空飛ぶ船サウザンド・サニー号は、欲望の王の待つ天空の城に向かって一直線に飛んで行った。

 サニー号の内部では、一味の狙撃手が脂汗をにじませながらあるレバーを握りしめていた。

 すると、そばにある喊声管から、フランキーの野太い声が大きく響く。

『オウ、ウソップ!! しくじんじゃねぇぞ!! タイミングを外したら船も俺たちも木端微塵だ!!』

「わかってらァ!! プレッシャーかけんじゃねェェェ!!」

 涙目でモニターを睨むウソップの目の前に、城の外壁が徐々に迫る。

 すると、突然サニー号のライオンヘッドの口がバクン! と開き、中から黒い大砲が伸びた。

『5………4………3………2………1………0!! Go!!!』

 ウソップはフランキーの合図を信じ、レバーのボタンを強く押す。

 キュィィィン!! と、サニー号の船首の砲門に光が集まり、城と船体を明るく照らし出す。

 船体が、鋼鉄の城に激突しようとした、その瞬間。

『〝ガオン砲〟!! 発射ァ!!!』

 一瞬で光が弾け、全てを吹き飛ばす風の砲弾が、城の外壁に直撃し、炸裂する。すさまじい衝撃が弾け、一瞬遅れて轟音が鳴り響く。

 そして、鋼鉄の硬さを誇るはずの壁が砕け、ぽっかりと大きな口を開けた。

 その穴へ、反動で減速したサニー号が頭から突っ込み、ガリガリと壁を削りながらやがて静かに停止した。

 ズン……!! と重い音を響かせたサニー号の甲板から、ルフィがタンッと飛び降りる。そしてゴムの体を大きく膨らませて、腹の底から広く響く声を張り上げた。

「エ〰〰ル〰〰〰〰〰!! 来たぞ〰〰〰〰〰〰〰!!」

 来たぞ―――、来たぞ――、来たぞー……。

 暗い空間に、ルフィの声だけが長く山彦のように響き渡る。

 だが、エールはおろか、あれほどひしめき合っていた異形たちでさえも答えなかった。

「……ん? いねーのか?」

 首を傾げたルフィのもとに、仲間たちが続々と集まってくる。

「……あいつら、どこに消えたんだ?」

「ぺしゃんこに潰されていたりして」

「怖ェェ事言ってんじゃねェよ!!」

 ちょっとした漫才をしていると、ふと、近くの瓦礫がガタンッ、と音を立てて動いた。

「ん?」

 見ると、瓦礫の中から見覚えのある紫色の長い尾が生えていた。

「………こっ……こっ………こっ………………!!」

 瓦礫がガタガタと揺れ始めたかと思うと、次の瞬間。

「殺す気かァァァァ〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰!!!」

 怒気のこもった声を張り上げ、エールがうがぁぁぁぁ! と起き上がった。

「あっ、よかった! ご無事でしたか!!」

 ブルックが駆け寄ると、エールはガルルルル!! とうなりながらその頭につかみかかった。

「これが無事に見えるかァ!? お前の目は節穴か!!」

「え、節穴ですけど」

「そーだったね!! 骨だもんね!!」

 もはややけくそになって喚くと、エールはキッとルフィを睨む。

「………どうして来たの?」

 エールの咎める視線を受けて、ルフィは逆にむっとしたような顔になった。

「来るなって、言ったのに……!!」

 エールは拗ねたように口をとがらせ、うらめしそうにルフィたちを睨む。

 対するルフィは、憮然とした様子で口を開いた。

「……お前ひとりに、戦わせねェよ」

「これは私の戦いなんだ!! 関係ないやつは引っ込んで……!!」

「関係なくねェ!!」

 いきなり声を張り上げられ、エールは思わず口をつぐむ。ルフィは目を見開いたエールを睨み、ふん、と鼻息を荒くする。

「俺たちはずっと、いろんな奴らに助けてもらってきた。今まで出会ってきた奴らは、みんな俺たちの大事な仲間だ!!」

 思い浮かぶのは、今までの出会いの数々。

 ルフィの命の恩人にして、世界に名をとどろかせる大海賊、〝赤髪〟のシャンクスと、その仲間たち。

 誰にも知られぬ戦いを知っていてくれている、カヤと子供たち。

 旅立ちを見送ってくれた、レストラン・バラティエのコックたち。

 今もなお、ブルックを待つクジラ、ラブーン。

 誇りのために終わりなき戦いを続ける二人の巨人、ドリーとブロギー。

 ドクター・くれはと、ドラム国の国民たち。

「みんな、俺たちに命を預けてきた!! だから俺たちも、みんなに命を預けてきた!! みんなでずっと、みんなの命を懸けてここまで来たんだ!!」

 最初はぶつかり合い、けれども最後は一緒になって戦った、空島の戦士たち。

 誤解や勘違いで仲たがいしたけれども、共に戦ってくれたウォーターセブンの船大工たち。

 スリラーバークでルフィたちを助け、勝利を信じてくれたローリング海賊団。

 ―――みんな命を懸けて共に戦ってきた。

「ここでお前を捨てちまったら、絶対死ぬほど後悔する!! おれはそんなの絶対にやだ!!」

 途中で別れてきた、もう一人の仲間。アラバスタ王国の王女ビビ―――彼女との別れは、激しい悲しさと後悔を残し、だがそれでも、今でも彼らを強い絆でつないでいる。

「お前の命は、もうお前だけのもんじゃねェ!!」

 ドン、と気迫を背負い、ルフィは高々と言い放つ。

 

「俺たちは、仲間だ!!」

 

 気迫に押されたエールはしばしの間返す言葉を失い、ややあってから呆れたようにため息をついた。

「……その様子だと、拒んでも無駄そうだね」

 ふっと微笑むと、彼女は見つめてくるルフィを見つめ返す。

「……失くすのが怖くて、失くすくらいなら、最初から何もない方が良いって、そう思ってた」

 静かに告げるエールは、ふいに自嘲気味に微笑む。

「でも、やっぱり、我慢できなかった。800年ぶりに感じたぬくもりを……捨てるなんてこと」

 エールは頬を赤らめると、きっと決意の表情に改め、ルフィたちを見据えた。

「……これだけは、守って。―――――死なないで」

 それだけを返すと、正解だといわんばかりにルフィは笑った。まるで、太陽のように。

「おう!!」

「よっしゃぁ!!」

 ナミやウソップたちも同調し、一同はガツンと互いの拳を合わせ始める。

 エールは周りを見渡し、ついに見せなかった優しい笑みを見せると、次いで申し訳なさそうに首をかしげた。

「……今更、わがままかもしれないけれど、私と一緒に、戦ってくれるかな?」

 答えなどいらない。

 先手を切って、ルフィが宣言する。

「この先何があっても、俺たちは離れない!! 最後まで一緒に戦って、ガラの野郎をブッ飛ばす!!」

 その手に掴んだつながりを前に、エールはもう、迷ったりしない。ルフィをじっと見つめ、みんなとともに声をあげる。

「オウ!!!!」

 広い空間に響き渡った声。その時。

 ―――オオオオオオオオオオオオオオオオ!!!

 それにおびき出されたのか、城の奥からまたも大量のヤミーたちが続々と現れ、ルフィたちに襲い掛かってきた。

 一味はいっせいに得物を構えると、両目をギラリと光らせる。

「〝ゴムゴムのォ〰〰〰〰〰〰銃乱射(ガトリング)〟!!!」

 ルフィは姿勢を低く落とし、両手を何度もジャブし、次第にその勢いと威力を上げていく。そしてその勢いのまま、ルフィはヤミーたちに強力な拳の雨を浴びせかけ始め。

「〝恐獣絶対零度砲(プトティラ・ゼロ)〟!!」

 エールは翼をいっぱいに開き、全身に冷気をまとわせ始めると、一気に強烈な氷の風が襲いかかり。

「〝ウェポンズ・(レフト)ォ〟!!」

 銃器を仕込んだフランキーの左腕が火を噴き。

「〝反作法(アンチ・マナー)キックコース〟!!」

 サンジの蹴りの嵐が吹き飛ばし。

「〝六輪咲き(セイス・フルール)・クラッチ〟!!」

 ロビンの生やした無数の手が絡めとり。

「ヨホホホホ!! 〝八筈切り〟!!」

 ブルックの一閃が真っ二つにし。

「〝ドリル・クラッシャー〟!!」

 コトの鎧が唸りをあげ。

「いけェェェ!!」

「いいぞ〰〰〰〰〰!!」

「よろしく〰〰〰!!」

 三人の声援が響き渡る。

 

「〝麦わら無敵艦隊(アルマーダ)〟!!!!」

 

 完全に息の合った10人の力が、ヤミー軍団を吹き飛ばした。

 ジャラジャラジャラ!!

 辺り一面に散らばるメダルの雨を前に、エールはキッと前方を睨みつける。

「……待ってろ、ガラ。決着をつける時だ」

 

 *

 

 城の最上階。

 ガラが己のためにのみ作り出した王の空間。

 その奥に供えられた玉座の上で、ガラは招かれざる客が近づいているのを感じ取った。

 その時だ。

 ドーン!!

 重層な扉が粉砕され、重々しい音を立てて崩れ落ちる。

 開け放たれた扉の向こうから、11の人影が現れ、しっかりとした足取りで向かってくる。

 玉座の上で、ガラは興味深そうに「ほう…」と声を漏らした。

「……来たぞ、ガラ」

 王を見据え、静かに呟いた少女に、ガラは牙をギチギチと鳴らしながらにやりと笑った。

「……ここまで愚かだとは思わなかったぞ。よもや無関係のものまで巻き込んで仇を討ちに来るとは思わなんだぞ」

 憎たらしい表情で挑発するも、エールは決意の表情を変えない。その姿にいささか興をそがれたガラは、舌打ちしてエールを睨んだ。

「……また絶望するか。今度は、己の欲のために、仲間を犠牲にして」

「残念だが、それは違うね」

「何?」

 ピクリとガラの頬が震える。

「ここに来たのは、仇を討ちにでも、絶望しにでも、……ましてや、お前を倒しに来たためでもない」

 ザッと隣に立つ、頼もしい仲間たちの気配。

 彼らはお互いに顔を見せあうこともなく、ただ目の前の敵をまっすぐに見据える。その目に宿るのは、覚悟と意志の光だ。

「この戦いに終止符を打ち、そして、本当の自由を手に入れるため」

 戦斧の柄を握りしめ、刃に鈍い音を反響させながら、切っ先をガラに向ける。

 エールの瞳にも、ルフィたちと同じ光が宿っていた。

 

「明日を生きるためにだ!!!」



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6.最後の誓い

 何もない空間に突如、炎が舞い始める。

「さぁ、くるがいい!!」

 そう挑発すると、ガラは周囲に舞う炎を集め、熱の波へと変えてルフィたちに放った。

 とっさにそれを避けた11人は、各々の判断で王の間に散らばり始める。

 最も遠く離れたウソップは、自慢の巨大パチンコ・カブトでガラに狙いを定める。

「〝必殺・火薬星〟!!」

 天賦の才を有する狙撃手の弾丸は、寸分違わずガラの顔面へと命中し、小さな爆発を起こす。

 攻撃が当たったことに喜び、ウソップはガッツポーズをした。

「よっしゃぁ!! どんなもんで……」

 だが、ただの爆発で倒されるほど相手は甘くなかった。

 ゴロゴロゴロ!! と低く雷鳴が轟き、突如緑色の雷がウソップに襲いかかった。

「ギャアアアアアアア!!!」

 咄嗟の判断で伏せたウソップの頭上を、雷がかすっていく。雷は背後の壁に当たり、そこを広く真っ黒に焦がした。

 ガラの注意がそれた隙に、ゾロとサンジが懐に入る。

 ゾロは乱れ刃の刀を振り抜き、サンジは遠心力のついた回し蹴りを放つ。

「うらぁぁぁ!!」

「おらぁぁ!!」

 雄叫びを上げるゾロの『秋水』とサンジの蹴りがガラの顔面に決まりかけた瞬間。

「ふん!!」

 ガラは両腕を振り払い、強力な衝撃波を放って二人を弾き飛ばす。

 吹っ飛ばされた二人は、両側の壁に勢いよく激突し、形が付くほどまでめり込んだ。

「うお!!」

「がふっ!!」

 間髪入れず、ガラは別の標的を探す。

 すると、その目がいきなり暗転した。

「!?」

「〝二輪咲き(ドス・フルール)〟」

 腕を交差したロビンが、ガラの視界を塞いでいる間に、チョッパーとフランキーが突進し、同時に拳を構える。

「〝ダブル・ゴング〟!!」

 ゴォォォン!! と鐘のような音が響き、ガラの体が一瞬傾く。

 するとその場に、ゴロゴロとまたも雷鳴が轟く。だが今度は、一味の頼もしい航海士によるものだ。

 モクモクと真っ黒で小さな雲が発生し、時折電流が走る。チョッパーとフランキーが慌てて逃げるのを確認してから、間にガラをはさむようにナミがスタンバイし、準備が完了する。

「天候は嵐!! 落雷にご注意を……❤」

 ガラの背後にたまる雷雲がカッとひかり、ガラの腹を雷が貫く。

「〝サンダー=ランス=テンポ〟!!」

 一瞬遅れて轟音が鳴り響き、大気を揺るがす。

 しかし、ガラはいまだ倒れない。怒りのこもった目でナミを睨む。

「おのれ……」

「〝鼻唄三丁〟……」

 身構えたガラの背後に、杖の仕込み刀を持ったブルックが、亡霊のように現れる。

「〝矢筈斬り〟!!」

 チン、と刃が鞘に納められた瞬間、バキン!! とガラの鎧が切り裂かれ、砕けた破片が宙に散った。

「ぐっ……!!」

 さすがにうめくガラの耳に、低い電子音性が届く。 

[ブレストキャノン]

[キャタピラレッグ]

 次いで、キャタピラの足と胸に大砲を装備したコトが、ベルトに二枚のセルメダルを投入する。

[セル・バースト]

 エネルギーを充填した砲門が、ガラに牙をむく。

「〝バースキャノン・フルブラスト〟!!」

 紅色をした光線が、轟音をあげて噴き出し、ガラに直撃する。衝撃によろめくも、コトは両足を踏ん張って反動に耐え続ける。

 ガラは怒りに顔をしかめながら、ビームを弾き飛ばす。だが、その威力に、周囲の判断が一瞬鈍った。

「〝ゴムゴムのォ〰〰〰〰〰〰〰〰〟!!」

 床を蹴り、ルフィが猛スピードで走る。右腕をスタート地点まで伸ばしながら、その反発力を蓄積していく。

 そして、振り向いたガラの目の前まで達すると、一気に腕を引き戻していく。

「〝弾丸(ブレッド)〟ォ!!!」

 ガァァァン!! ルフィの拳がもろにガラの顔に炸裂する。

 が、それを受けてもガラは平然と立っていた。

「げ!!」

 ルフィがしまった、という顔をした瞬間。

「こざかしいわ!!」

 ガラが爪を振りかざし、ルフィの胸を切り裂いた。

「いでぇッ!!」

 咄嗟に飛びのいたため致命傷までは至らなかったが、決して少ない量の鮮血が当たりに飛び散る。

 間を空けずに、エールが戦斧を片手に駆けだす。メダルを一枚戦斧にのみこませ、顎を動かす。

[ゴックン!]

「はぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 自身の怒りを込めた渾身の一撃は。

 ガラがつい、と出した片手にいとも簡単に止められた。

「!?」

「……メダル、頂いていくぞ」

 驚愕に硬直するエールの胸に、ガラがズン!! と鉤爪を突き立てる。

 ビクン!! と痙攣し、痛みに悶絶するエール。

 だが、その腕をエールはがっしりと掴み返した。

 ガラを数センチの距離で睨みつけ、耳まで裂けるような憎たらしい笑みを見せてやる。

「……!! 何を!?」

「…………今、私の中には、お前を絶対に倒せるだけの力がある!!」

 そういって、エールはガラから戦斧を引きはがし、胸からガラの腕を引き抜く。ずるりと黒い腕が引き抜かれた瞬間、それは起こった。

 穿たれた傷口から、大量のセルメダルが吹き出し始めたのだ。

「!!」

 身の危険を感じて離れようとしたガラの腕を、エールはがっちりと掴む。驚くガラに、エールはにやりと笑って見せた。

 流れ出たメダルは、まるで決壊したダムのごとき勢いで、洪水のように王の間を漂い始める。エールとガラを取り巻くその光景は、まさに銀色の荒潮のようだった。

 噴き出し続けるメダルの奔流を前に、ガラは表情をひきつらせた。

「……貴様、まさか!!」

「ああ、そうだよ!! 私はただじゃ倒れない!! この時を、ずっと待っていた!!」

 その時、戦斧に付いた恐竜の目が光輝き、刃が淡い紫色に光った。

 すると、周囲に散らばり、空中に漂っていたメダルが突如としてまとまり始め、エールの方へと殺到し始める。

「ああああああああああ!!!」

 エールが吠えると、戦斧の刃が流れ込んできたセルメダルをいきなり『喰らい』始めた。

 顎を全開にした竜は、貪欲に欲望のメダルを飲み込んでいく。取り込まれたセルメダルは、紫の光となって刃に収束していく。

 すると、徐々に柄を持つエールの腕が重くなり、斧がぶるぶると震えはじめる。戦斧自体からも鈍く軋むような音が鳴り始め、耳ざわりな金属音がし始める。

「あああああああああああああ!!!」

「バカな……、それではお前まで………!!」

「構うかぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 吸い込まれていくセルメダル。

 すると、それに巻き込まれていくように王の間の壁が砕け、セルメダルに還りはじめた。

「ガラ!! お前にだけは、渡さない!!」

 戦斧がついに、全てのセルメダルを食らい尽くし、耳ざわりな甲高い音を響かせる。まるで、ガラへの怒りの咆哮のように。

「この仲間(たから)だけは、渡さない!!」

 エールは叫び、唸りを上げる戦斧を振りかざす。

 そして、一際眩しく、戦斧の目が光輝いた。

「セイヤァァァァァァァァァ!!!!」

 

 ―――斬!!

 

 咆哮とともに放たれた竜の一閃は、城をも巻き込んでガラを両断した。

 玉座が砕け、屋根が割れ、床に亀裂が入る。

 胸を真っ二つに斬られたガラは、火花を散らしながらよろめき、最期に憎しみのこもった目でエールを凝視してから、真っ赤な炎をあげて爆発炎上した。

 ドゴォォ……ォォン!!!

 爆音が断末魔のように響き、ビリビリと空気が震える。

 メダルの破片が宙に舞い、戦斧を振り抜いたエールは、その場に膝をついた。

 紫の鎧が消え去り、エールは荒い息のまま両手をつく。

「はぁっ………、はぁっ…………」

 ぼたぼたと粘つく汗を零し、エールは大きく呼吸する。

「エール!!」

 血相を変えたルフィたちが声をあげ、一斉に駆け寄ってくる。

 その声は、ノイズに紛れてまったくわからない。だが、エールはその声だけがうれしくて、震える体に鞭うち、重い顔を上げる。

「…………アンク……、やったよ…………? 私……、勝ったよ……?」

 呼びかける相手は、もういない。

 エールは、疲労で限界の体を引きずり、ようやく得た仲間たちに向かって手を伸ばす。虚ろに陰った、見えない目で虚空を見つめ、エールは手を伸ばす。

「これで、私、は……、自由…だ……!!」

 エールがそう、喜びをあらわにした瞬間。

 

 ――――ドスッ!!

 

 鈍い衝撃が、エールの胸を貫いた。

「……え?」

 呆然とした様子で、エールは声を漏らす。目の前では、目を見開いたルフィたちがエールの方を凝視していて、言葉にならない声を漏らしている。

 少しずつ少しずつ、胸にじくじくとした痛みが広がり、口の端から生暖かい液体が漏れだしていく。

 見下ろすと、黒い鋭利な何かが、エールの胸から生えていた。

『………第7のメダルの事を知らなかったのが、貴様の敗因だな……』

 震えはじめたエールの耳に、あるはずのない声が届く。背後でジャラジャラと金属音が響き、大きく広がっていく。

 グイ、と体が持ち上げられ、エールが軽く宙に浮く。だらりと垂れさがる四肢を自分のものではないように呆然と見下ろしてから、エールはゆっくりと、背後を振り返る。

『紫のメダルですべてを決するつもりだったようだが、それもまた無意味だったな』

 そこにいたのは、巨大な竜だった。

 長い首と尾。ワニのような鋭い牙を備え、両の目は鋭い眼光を放ち、黒い光沢を帯びた鱗の上には、金色の鎧をまとう。発達した翼を両腕に備えた姿は、翼竜に近く、先に生えた鋭い爪が、エールの体を突き刺している。

 伝説や神話に登場する神々しい姿とはかけ離れた、まさに、悪しき邪竜。

 もはや、それは本当の怪物だった。

『すべてを破壊する〝無〟のメダル……? そんなものが存在すると思っていたのか』

 ゴボッと、エールの口からどす黒い血が噴き出される。ビクンと大きく痙攣した体が力なく揺れ、吐き出した血がぼたぼたと落ちていく。

『絶滅した生物の力を集めて作り出した、そう言ったがな。実際にはそれらは実在するのだよ。一部の海にはな……』

 ブン! とガラは爪を振り払い、エールの体が放り出される。

「エール!!」

 飛び出したルフィが抱き留めると、ガラはその様子を鼻で笑った。

『ありもしない希望を信じ、自信を破滅へと追いやったか。……本当に、愚かな』

 ガラはズン、と片足を床に突き立て、ギラリとルフィたちを睨みつける。

『愚か者どもがぁ!!!』

 そして、その巨大な咢から、大音量の咆哮が放たれる。

 ―――ォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!

 ガラの罵倒の声とともに、王の間は最後の力を失い、轟音をあげて砕け散った。砕けた瓦礫は、瞬く間にセルメダルに戻り、ガラに取り込まれていく。

「うわぁぁぁぁぁ!!!」

 足場を失ったルフィたちは、悲鳴を上げて落下していく。

 目下に広がる、海へと―――――!!




次回、いよいよ最終章突入。


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第四章 心と絆と本当にほしかったもの
1.秘めた想い


ONE PIECE! 前回までの3つの出来事!!
ひとつ! ガラとの戦いの末、エールは自身の記憶を取り戻した!!
ひとつ! エールは紫のメダルの力で、ついにガラを倒した!!
ひとつ! 第7のメダルの力でよみがえったガラに、エールはすべてのメダルを奪われた!!


 ゴゴゴゴゴゴ…………

 重低音を響かせて、ゆっくりと城が崩れていく。夕日を反射したキラキラした茜色の輝きを放ちながら、瓦礫が小さな粒となって海へと落下していく。

 ルフィたちの向かった城を見つめていたヒナたちは、その光景に目を瞠り、凍りつく。

「……!! 大変だ……!!」

 思わず駆け出そうとしたヒナを、シンゴが抱き留める。

「ヒナ、だめだ!!」

「だって……、だって……!!」

 涙ぐむヒナ。その目の向く先で、大きな影が城から落ちているのが映った。

 

 *

 

「ぅおわアアアアアアアアア!!!」

 赤い空に、青年たちの声が響き渡る。

 チョッパーは泣きながらバタバタと両手を振り回し、ウソップは白目を剥いて絶叫する。

 ナミはそんなときにも冷静になり、すぐそばにいるロビンに手を伸ばし、ロビンもその腕を取る。

「ルフィ!!」

 ナミが叫ぶと、ルフィはゴムの腕を伸ばしてナミの体に巻きつける。そのまま限界まで伸ばし続け、ゾロとサンジを巻き取る。ガンッ!! とぶつかって、睨みあい始めた二人をほっといて、フランキーの方を見やる。

「フランキー!!」

「オウ!!」

 フランキーは鎖付きの右腕を伸ばし、空気抵抗のおかげでみんなより遅く落下して、半泣きになって悲鳴を上げるブルックを枝のように掴み取る。

[カッターウィング!]

[クレーンアーム!]

 コトがメダルを二枚ずつベルトに入れ、ダイヤルを回すと、球体が開いてパーツが飛び出し、背中に鋭いブーメラン型の翼と右腕にフックのついた武装が張り付く。

 コトは翼で空中でのバランスを取り、じたばたと暴れるウソップとチョッパー向かって右腕を振るう。フック部分を外し、間をワイヤーでつながれた先端を二人に巻きつける。

「麦わらさん!! 手を!!」

 ルフィはその声に従い、空いた左手をコトに向かって伸ばす。

 コトはその手をがっしりと掴み、ルフィが引き寄せるのと同時に自分も寄っていく。

 ルフィはそのまま首も伸ばして、遠い位置を落下するエールの襟首に噛みつく。

()――――――――――ル!!!」

 ギュン!! とすぐに首を縮め、代わりにナミがエールを抱きとめる。

 触れた胸が、吹き出した血に濡れるのにも構わず、ナミはエールを抱きしめる。

「エール!! しっかりしろ!! エール!!」

 ルフィはエールの襟首から歯を離し、必死にエールに呼びかける。

 だが、エールはぐったりとうなだれたまま、血の気の失せた顔でうめき声を上げ続けるだけだ。

 ふと、集まった一味の視界が暗くなり、訝しげに頭上を見上げる。

 一味の真上から、支えを失ったサウザンドサニー号が急速なスピードで落下してきていたのだ。

「わ――――!?」

 咄嗟にコトが一味を引っ張ると、サニー号はエールのそばをかすってから一同よりもはやい速度で落ちていく。

「サニー号が!!」

 ナミが目を見開いて叫ぶ。ライオンヘッドの船は、重力の法則に従って、はるか下の海面に向かっていった。

「サニ――――――――!!!」

 欠くことなどできないもう一人の仲間の危機に、ルフィは絶叫する。

 だが、その時。

[タカ!]

 聞き覚えのある小さな鳴き声のような声が、コトの耳に届く。

「!」

 次いで、バサバサという音が、何重何百にも重なって聞こえ始める。それに全員が気付いた瞬間には、一同は何百何千もの鳥の群れに取り囲まれていた。

 鳥たちは、光沢のある赤や紫、オレンジのボディを寄せ集め、まるで大きな塊のようにルフィたちにまとわりつく。そして、なるべく彼らの真下に入れるように飛んできていた。

 突然の猛襲に目を瞑っていた波は、その正体に気付いて目を丸くする。

「これ……、あのカンモドキ!?」

 鳥―――もとい、タカ、プテラ、クジャクのカンドロイドたちは、ルフィたちの落下のスピードを緩めさせ、空中に立つための足場となる。ぐらぐら揺れて不安定この上なかったが、落下こそ防ぐことができた。

 すると、一羽のタカカンドロイドが、バッタのカンドロイドを掴みながら飛んできた。

《―――いかがかね!? 私からのプレゼントは!?》

 知った声が、バッタから発せられる。

 ルフィはその声がコウガミのものであることに驚き、真ん丸に目を見開いた。

「!? おっさん!?」

「こ…、コウガミさん!?」

「社長!!」

《ここから、城が崩れていくのが見えたからねェ!! ありったけのカンドロイドを総動員したのさ!!》

 ルフィは二羽のタカの上でバランスを取り、声を放っているバッタカンドロイドを掴む。

「おっさん!! サニー号が!!」

《心配いらない》

 コウガミに言われて、ルフィははるか下を見やる。

 落下していくサニー号の下に、青い小さな群れが続々と集まって行っている。

[タコ!]

 八本の足をくるくると回転させながら集まってくるタコカンドロイドたちは、何匹にも集まって自らの体でドームを作り上げる。

 驚異の弾力と柔らかさを誇るタコカンドロイドのドームは、落下してきたサニー号をちょうど真ん中で受け止める。

 ボヨヨ〰〰〰ン!!

 まるでトランポリンのようにたゆんだドームは、そのままサニー号を高く放り上げ、すぐそばの海面に落とした。

 普通の船なら木端微塵になっている高さだったが、勢いが死んでいたのと、サニー号自身の材質である〝宝珠・アダム〟の誇る硬さで、衝撃にも難なく耐えた。

 バッカカンドロイドのスピーカーの向こうで、コウガミが高々と笑う。

《ははははははは!!! どうかね、ルフィくん!! 我がコウガミコーポレーションの技術は……》

 言いかけたコウガミだが、ルフィは全く聞いていなかった。

「おっさん!! エールを助けてくれ!!」

 タカカンの上に乗ったルフィが、目の前にバッタに掴みかかる。

『!? どうかしたのかね!?』

「ガラは一回倒したけど、エールのメダル全部持ってかれた!!」

『なんと!!』

 コウガミは本気で驚いたようで、バッタの目が様子を伝えるようにピカピカと光った。

『なんという執念!! さすがはコアメダルを生み出した男、ガラだ!!』

「おィィィ!! 感心してる場合じゃないでしょォォ!!」

 通信機の向こうで笑っていそうなコウガミを、ナミがそのままスピーカーを突き抜けて殴りに行きそうな勢いで怒鳴りつける。

 いつの間にか地面に着いたタカたちから降り、ルフィはコウガミの答えを待つ。

『しかしそうなら話は簡単だ!! ガラからメダルを一枚でもいい、取り返してエールくんに渡したまえ!! そうすれば体の崩壊は止まる!!』

「そうか!! わかった!!」

 ルフィは至極単純な答えに頷くと、エールをその場に横たえさせる。

 荒い息をついて目を閉じている彼女を見やり、ルフィは決意を新たにする。

 ナミがエールを受け取り、離れたところへと引きずっていくと、チョッパーも人型になってそれに続いた。

 ルフィたちは一列に並び、上空で旋回しているガラを睨みつける。

「いくぜぇ!! 野郎ども!!」

「オウ!!」

 しかし、一歩踏み出そうとしたルフィの足が、ピタリと止まる。

 白く細い腕が、ルフィの腕を掴んでいたからだ。

「…………エール」

 ナミの制止を振り切り、震える手で引きとめてくる少女に、ルフィは目を瞠った。

「……だめだ、ルフィ。行ったら……、殺される」

 痩せた顔で、懇願するエールの手を、ルフィはギュッと掴む。

「死なねェよ」

「もう、やめてルフィ!! 私はもう、大切なものを失くしたくないんだ!!」

 ついには泣き出してしまったエールに、ルフィは怒りを込めた表情を向けた。

「俺達だってそうだ!!」

 ルフィはそう怒鳴ってから、エールの手を振り払って背を向ける。伸ばされたエールの手が虚しく宙をさまよい、やがてぱたりと落ちた。

 一列に並んで、まっすぐに歩くルフィたち。

 ルフィは麥わら帽を深くかぶり、ゾロは三本の刀を備える。サンジは煙草をくゆらせ、フランキーはゴキゴキと拳を鳴らす。ブルックは仕込み刀をすっと静かに抜き、ウソップはゴーグルをかける。コトは銃にメダルを装填し、ロビンは上着を脱ぎ捨てる。

 勢揃いした麦わらの一味と若き弟子の前に、大きな影が落ちる。

 ズン!!

 目の前に降り立った、巨大な竜を前に、ルフィたちは身構える。ウソップは早速ガタガタと震え始めてしまったが、それでもひかずにカブトを構える。

 邪竜は、彼らを真っ黒な目で見下し、威嚇するように高く吠えた。

 それをきっかけに、ルフィたちはいっせいに駆け出す。

 ガラは駆け寄ってくるルフィたちに、真っ赤な熱の咆哮をお見舞いした。

「うぉっ!!」

 とっさに躱したルフィは、反撃とばかりに腕を限界まで伸ばして、渾身の掌底を放つ。

「〝ゴムゴムのバズーカ〟!!」

 しかし、放たれた掌底も、ガラの体表を少し弾くだけにとどまる。

 お返しとばかりに翼で殴られて、ルフィの体が軽々とふっとんだ。

「うっ!!」

 ルフィは呻きながら、砂浜の上を転がる。

 続いてゾロ、サンジ、ブルックが三方から迫り、それぞれの得物を携えて襲い掛かる。

 だが、ガラは渾身の攻撃もものともせず、三人を尾で片っ端から薙ぎ払った。

 ドリルを装着したコトと鋼鉄の腕を構えたフランキーが殴りかかるも、当然のごとく弾かれる。

 その時、いくつかの爆発がガラの顔に起きる。

 ウソップが放ったものだとわかったガラは、すかさず怒りを込めた大火炎を放った。

 火炎の魔の手から、ウソップは必死に逃げる。

「ギャァァァァァァァァァァ!!!」

 ウソップの悲鳴が高く響く。

 誰も、ガラに敵わないのは明らかだった。

 だが、それでも彼らは、諦めることなく立ち向かっていく。力の差を見せつけられながらも。

 エールの目から、一筋の雫が落ちる。

「……私のせいだ。私には、仲間なんて持つ資格ないのに……」

 かすれたエールの声が、虚しく響く。

「……なくすくらいなら、最初からない方がいい……。そう思って、拒んできたのに、……勝手だよね」

 ナミもチョッパーも、エールの自嘲を黙って聞く。その顔には、悲しみが浮かんでいた。

 ふと、ナミが口を開いた。

「……資格とか、あいつは考えてないと思うわ」

 エールはナミの顔を見つめ、その言葉の真意を目で尋ねる。

「あいつはさ、自分がそうしたいから、そうしてんだと思う。どれだけ拒まれたって、あいつがあんたを仲間にしたいって言ったのは、たぶん、あいつの欲が底なしだからなんじゃないかな」

 ナミは言ってから、苦笑する。

「……あいつが今戦ってんのは、あんたが欲しいからだよ。あんたと一緒に冒険するっていう欲が、あいつを動かしてる。……みんなそうだよ。あんたと一緒に行きたいと、願ってる」

 ナミは、見つめてくるエールの髪を撫で、潤んだ目で彼女を見下ろす。

「だからあんたは、それを否定しちゃダメ」

 ナミの言葉に、エールは目を見開く。

 そして、肩をがくりと落として、自分自身に落胆する。

 白い自分の手を見つめ、ぐっと握りしめる。

 熱いものが、目じりからこぼれ落ち、その手の上に落ちていく。

「…………私は、生きたい!! 諦めたくない!!」

 エールはボロボロと泣きながら、自分の思いをぶちまける。

「私だって、仲間になりたい!! あの人と一緒に……!! あなたたちと一緒に、一緒に冒険したい!! アイツの残してくれた未来で、私は…………………………生きたい!!!」 

 答えは、至って簡単だった。

 

「――――素晴らしい!!」

 

 朦朧としていたエールの耳に、その男の声は届いた。

 ナミとチョッパーがはっと振り返る。

 現れたコウガミは、暑苦しい顔に満面の笑みを浮かべながら、ゆったりと歩み寄った。

「ようやくこの時が来た!! 私はずっと待っていたのだよ!! 欲望の王が、こうして完全に復活する瞬間をね!!」

 狂気じみたコウガミの言葉に、ナミもチョッパーも、エールでさえも言葉を失って目を瞠るしかない。

「……何を、言ってるの……?」

 コウガミはその問いには答えず、ただエールだけを見つめ続ける。

「立ちたまえエールくん!! 君の願いは、こんなものじゃないはずだよ!! 君の欲しいものを守るため、こんなところで立ち止まってていいのかね!?」

「ちょ……、なに勝手なこと言ってんのよ!!」

「そうだ!! こんな、こんな状態なのに……!!」

 ナミとチョッパーが憤慨する中、エールは小さく何かを呟いた。

「……そうだ」

「!!?」

 振り返った二人の目の前で、エールは拳を強く握る。皮膚が破けて、血がにじむほどに。

 ……何をやっているんだ。

 自分を仲間と呼んでくれた者たちが戦っているのに、この体たらくはなんだ。

「私は……、もうあきらめない。こんな痛みがなんだ。苦しみがなんだ。ルフィたちだって今、同じ気持ちで戦ってるんだ。何やってんだ私は!!」

「エール!! 無茶すんな!!」

 ぶるぶると震える体を叱咤し、エールは身を起こそうと奮起する。傷口から血が流れても、かまわない。好きなだけ流せばいい。こんなもの、いくら失っても構わない。

「動けよ、立てよ、立って戦えよ!! 言ったじゃないか、この仲間(たから)だけは……!!」

 カッ!! エールの目が、決意を秘めて見開かれる。

 その奥に宿るのは、いつかの不死鳥のものに似た、真っ赤な熱い炎だ。

「渡さないって言ったじゃないか!!」

 地面をガン!! と殴りつけ、エールは身を起こす。その気迫に、ナミもチョッパーも気おされて、抑え込むのを忘れてしまった。

 コウガミは高々と笑うと、エールにさらなる激励の言葉を放つ。

「さぁ!! 立ちたまえ、エールくん!! 君の欲望のために、守りたいという願いのために!! 立って、それを手にしたまえ!!」

 その言葉が、エールに最後の力を与えた。

 無言のまま、少女はゆらりと起き上がり、幽鬼のような足取りで、立ち上がったのだ。

「……エール」

 ナミの悲しそうな目を向けられると、エールは黙って微笑んでみせた。

 大丈夫、ありがとう。

 そういうように。

 その瞬間、ありえないことが起こった。 

 貫かれ、大穴が開いて鮮血が吹き出していた胸の傷穴が、じわりじわりと再生し、塞がり始めたのだ。

 ナミはその光景に目を瞠りながら、諦めたように笑った。

「……ほんと、欲望の王って言われるだけ、底なしよね」

 ナミに言われて、エールも苦笑し、肩をすくめる。チョッパーは医者として色々言いたそうだったが、似たような状況を船長と味わっていたので、もう何も言わなかった。

「これが、私が選んだことだから」

 エールがそう答えると、ナミもチョッパーも、それ以上は何も言うまいと頷き、彼女の隣に並び、戦いの方向を見据えた。

 気迫を背負い、両の足でしっかりと立つエールを見て、コウガミは満足そうに笑う。

「それでいい。では、新たなる〝君〟の誕生を祝福し、これを贈ろう!!」

 そういって、コウガミは懐から何かを取り出し、掲げてみせる。

 コウガミの手に握られる、三枚のメダル。

 真紅の輝きを放つ、いと高き翼を司る鷹の力。

 猛々しく吠え、勇ましき力を司る、黄色い虎のメダル。

 緑の体に、強靭な脚力を誇る飛蝗(バッタ)の力。

 

「お見せしよう!! これが、800年前の王が初めての変身に使ったコンボ――――〝タトバコンボ〟だ!!」




次回、ついにタトバコンボ登場。
……長かった。ほんとに長かった。


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2.〝王〟の資格

 エールの目に届く、三つの輝き。

 翼を大きく広げた、赤い〝タカ〟のメダル。

 縞々の顔で威嚇してくる、黄色い〝トラ〟のメダル。

 強靭な両足を見せつける、緑の〝バッタ〟のメダル。

 コウガミは、その場で大きく振りかぶり、エールに向かって三枚のメダルを投げ飛ばす。

 彼に背を向けたまま、エールは飛んでくるメダルを無言で掴み取り、そのうちの二枚を静かにベルトのスリットに収めた。

 最後に、赤いタカのメダルを入れようとした時、そのメダルがきらりと光った。

 ハッとなったエールは、それに懐かしい感じを覚えて思わず見つめる。

「…………アンク?」

 思わずそう尋ねるも、メダルは答えない。

 けれど、エールには彼が「そうだ」と言っているように思えた。

 

 ―――なんだ。こんなところにいたんだね。

 

 エールは懐かしい赤い輝きに表情をほころばせ、熱い視線を友に送る。

 ふと、不機嫌そうな声が、エールの耳に響く。

 

 ―――バカが。

    しっかり護り抜け。

 

 エールは懐かしい声を胸に抱き、メダルをベルトのスリットに収める。

 ガシャン!

 腰からスキャナーを取り外すと、ベルトは再びあの共鳴音を鳴り響かせる。それはまるで、長い間眠っていた主の覚醒を待ちわび、歓喜しているかのようだった。

「………行くよ。アンク」

 エールは微笑みを消し、燃え上がる決意の炎を瞳にたぎらせる。

「変身!!」

 自分を変える魔法の呪文を唱え、スキャナーが三色の輝きを放つ。

 ―――キン!キン!キン!

 かざしたスキャナーを胸の前にかかげると、いくつもの光の円陣が舞い、少女を包んでいく。

 顔には顔の周囲を取り囲む赤い鳥を模したフェイスアーマー。腕には黄色い猛獣の爪甲。両足には節だった昆虫の形をした緑の鎧。胸には、縦に三体並んだ獣の紋章の彫られたプレートアーマー。緑色に変わった目と、体に走るラインが光を放ち、ベルトが歓喜の歌を響かせる。

 

[タカ・トラ・バッタ! タ・ト・バ! タトバ! タッ・トッ・バッ!!]

 

 かつて、この世のすべてを統べるために生み出され、全てを封じた鋼の武器。そしてその運命に抗うために戦った、一人の少女。

 800年の時を超え、欲望の王が真に復活したのだ。

 ザッ、と砂を軽く蹴り、オーズはゆっくりと一歩を踏み出す。そこには、昨日までのおびえた少女の姿などみじんもない、一人の歴戦の戦士がいた。

「!!」

 ゆっくりと歩み寄る少女に気付いたルフィたちは、驚きながら振り返った。

「……エール」

「エールちゃん…」

 見つめてくる仲間たちにふわりと笑いかけながら、エールはその前に立つ。

 その姿に安心したルフィは、にっこりと満面の笑みを浮かべ、エールの隣に立つ。仲間たちも続き、一味と少女は一列に並び、欲望の王を睨みつける。

 ついに、みんなそろった。

 そばにいる大切な者たちを見て、エールはそう思った。

「死にぞこないが……。ゴミどもとともに消えるがいい!!」

 高らかに言い放つガラだが、その言葉の向く一味はというと……。

「そういやおめー、開いてた穴どうした?」

「気合で塞いだ」

「マジで!?」

「いやいや、無理だろ」

「意外に、あなたならできるんじゃないの?」

「おめーはエールの事どんなふうに見てんだ!!」

「もはや人外ですもんね」

「…穴あいてる時点でダメだろ、普通」

「エールちゃぁぁぁん!! 無事でよかったよぉ〰〰〰!!」

「おめーら、いい加減危機感持てや!!」

 …と、好き勝手にくっちゃべっていた。

 完全に無視だ。

 ガラの眉間に、ビキビキと血管が浮かび、体がぴくぴくと震えだす。

『……そうか。それほどまでに……』

 ズシン!! 地面が踏み砕かれ、邪竜の巨体が宙に浮かぶ。

 ゴァァァァアアア!!!!

 怒りの咆哮をあげながら、ガラがルフィたちに襲い掛かる。

『自ら死にたいと申すかぁぁアァぁあアァアああ!!!』

 がばぁっ、と開かれた大アゴの牙が目前にまで迫り、ウソップとチョッパーとナミはいっせいに悲鳴を上げた。

「「「ギャアアアアアアアアアア!!!」」」

 互いに抱き合う三人の前に、エールがずい、と出ていく。

「〝黒鉄(クロガネ)武装〟」

 呟かれた言葉とともに、エールの右腕が黒い光沢を帯びた鋼のようになっていく。

 エールは右腕を振りかぶり、迫りくるガラの顎に向かって打ち付ける。

「〝打鉄(うちがね)〟!!」

 ゴキィ!!!

 もろに喰らった一撃は、そのままガラの顎を粉々に砕き割り、ガラの巨体が地面から浮かぶ。

『!!?』

 拳の一撃を食らったガラは、何が起こったのかもわからず呆然となる。

「〝轟天〟!!」

 しかし考える間もなく、今度はエールの左足が黒く染まり、高速の勢いで打ち出された蹴りに顎先を吹っ飛ばされた。

『ぐぶぅ!!』

 明らかに少女よりも重い邪竜の巨体が、たった一回の蹴りで空中に浮く。

 砕けた牙の破片が口から漏れだしていくのを頭の隅で感じながら、ガラはひっくり返った。

 ズズゥゥン!!

 轟音を立てて、ガラの体が大地に沈む。顎と頬に走る激痛に悶え、白目を剥いて呻いた。

 即座に後方に飛びのいたエールは、先ほどとは真逆に、にやりとガラに笑って見せる。

 だが、驚いているのは、ガラだけではなかった。

「……ん?」

 反応がない背後を振り向くと、皆が皆、驚愕の表情を浮かべて固まっていた。

「……どうしたの?」

「いやどうもこうもあるかぁ!!」

 いち早く復活したウソップが鋭く突っ込む。

 対してエールは、何をそんなに驚いているのかと首を傾げるばかりだ。

「……え、みんなも出来るっしょ? これ」

「いやいやいやいや無理無理無理無理!!」

「つーかさっきまで苦戦してた俺らってなんじゃぁ!!」

 一斉に手を振って否定を示すナミやウソップらと、不満をぶつけるゾロに、エールは何やら納得したとばかりに手をポン、と叩いた。

「……そうか、あいつらが普通じゃなかったのか」

 一人で頷くエールの背後で、ガラがゆらりと起き上がろうとしていた。

『………お、おのれ、小娘がぁ……!!』

 エールを怒りのこもった目で睨みつけ、ガラは牙をギシギシと軋ませ、唸り声を響かせる。

 そして、その怒りが爆発したといわんばかりに、突如天に向けて甲高い咆哮を放った。

 オオオオオオアアアアアアアアアア!!!!

 ガラの翼から何枚ものセルメダルがこぼれ落ち、あたり一面に散らばっていく。

 すると、セルメダルが次々に集まって、人型へと変わっていった。

 鳥や獣を無理やり人の姿にしたような異形の群れはもちろん、今度は鉄の兜をかぶった兵士のようなヤミーまでもが、それぞれに剣や槍を備えて整列し始める。

 瞬く間に、ガラの城にいたヤミーたちをも超える、ヤミーの軍隊が形成された。

 新たに現れたガラの兵隊(おもちゃ)を前に身構えるルフィに、エールはふっと微笑みかけ、その肩に手をかけた。

「……ルフィ。〝先輩〟から教えてもらったものとして忠告しといてあげる。〝新世界〟へ行くなら、……これくらいはできないとだめだよ」

 そういってエールは、静かに目を閉じる。

 そしてスーッと息を吸い込み、再びカッと目を開けると。

 

 ドクン!!!

 

 何か、形容しがたい感覚が体を突き抜け、遠く遠く広がっていく。ぞくっと背筋が震え、同時に何故か心強さを感じる力が、エールの方から放たれた。

 その時だ。

「――――」

 無言のまま、ヤミーの兵隊たちが、次々に倒れはじめたのは。

 異形たちは一斉に白目を剥き、糸の切れた人形のように次々に倒れ伏していく。あるものは泡を吹き、あるものはうめき声を上げながら、あるものはその場でメダルへと還りながら、大地へと沈んでいく。

 ガラの目が、驚愕で大きく見開かれる。

『………バカな』

 その呟きが聞こえたのか、エールはガラに向かってにやりと笑ってみせる。

 自信満々でたたずむエールに、ウソップとチョッパーは尊敬の目を向けていた。

「すっげぇ~!! なんだ今の!!」

「一瞬でほとんどやっちまったぞ!!」

 味方だという確信のため、二人は純粋に驚けている。だが、そのほかのメンバー、理性的に考えるナミや、強者としての力を持つルフィたちには、それはただ単にすごいといえるようなことではなかった。

「…………」

 ルフィは思わず麦藁帽に触れて、ごくりと唾をのむ。

 サンジやゾロ、フランキー、ロビン、ブルックたちも、ただただ目を見開くばかりだ。

「これは……、まさか!?」

 コトも、突然の事態に目を瞠り、固まる。

 信じられないといった様子で、この光景を凝視していたコトは、ポツリと呟いた。

「………覇王色の、覇気」

 驚きをあらわにするコトをよそに、エールは腰に手を当ててガラを鼻で笑う。

「……驚いているみたいだね。そして、恐れてもいる。自分の知らない力に、自分に手も足も出なかった相手が、自分を圧倒していることに」

『……貴様、何をした』

「別に何も? ただ思い出しただけさ。戦い方をさ」

 小馬鹿にしたようなエールの態度に、ガラはさらに怒りを募らせる。

 だが、次にエールが口にした言葉に、その怒りも忘れさせられた。

「あんたはずっと寝てただろうけど、私には時間が有り余っていたからね」

『!?』

 その意味を理解したガラは、信じられないとばかりに目を瞠った。

 ナミもまた、思わずエールを二度見する。

「……あんた、まさか」

「うん。精神……っていうか、魂? だけが起きてたみたい」

 あっけらかんと言ったエールから、ナミはさっと距離を取った。

 意味が理解できないルフィが、エールの方を向いた。

「どういう意味だ?」

 エールは顎に手をやり、ルフィが理解できるような答えを探る。

「ん~。いうなれば、……生きたまま幽霊になってたようなもんかな?」

「すっげぇ〰〰〰〰!!!!」

 一瞬で尊敬の目に変わったルフィは、キラキラした目でエールを見つめた。

 ガラはのほほんと笑っているエールを凝視し、震える声を漏らす。

『バカな……!! 800年もの間、自我を保っていられるなど……!!』

 ガラの呟きが聞こえたエールは、口元をゆがめて目を細めた。

「忘れたの? 私は、世界で最も強欲だった男の娘だよ!!」

 挑戦的な目で、エールはガラを嗤う。

「欲しいものを手に入れるためなら、800年間待つことぐらい屁でもないよ!!」

 エールはそう自信満々に言うと、両腕の爪甲を展開し身構える。

 ジャキン!! という音が、戦いの火蓋を再び切って落とした。



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3.ビギニング

「せいやぁぁぁぁぁぁ!!!」

 威勢のいい声を張り上げて、エールがガラを殴りつける。黒く染まった爪で皮膚が切り裂かれて、何枚ものメダルが宙に舞った。

『ぐぉお!!』

 うめき声を上げるガラ。傷口から、何枚ものセルメダルが零れて、下に溜まっていく。

「〝ゴムゴムのッ〟!!」

 反撃の間もなく、足元から声が響く。

 ルフィは何度も両腕をジャブのように突き出しては引っ込めるを繰り返し、その勢いを徐々に速めていく。

 まずいと思って見下ろした瞬間。

「〝攻守砲(キャノン)〟!!!」

 下からルフィが顎を打ち上げ、ガラの口からメダルが勢いよく吹き出す。

 何度も脳を揺さぶられて、ガラの視界がぐらぐらと歪む。

 追撃をかまそうと足を踏み出したエールとルフィだったが、その前に衛兵ヤミーが列をなして立ちふさがった。

「うげ」

 キキキッ、とブレーキをかけてルフィたちのもとに飛びのくと、一味は互いに背中を合わせて身構える。

「……一体一体はザコなのに、この数はちょっとやばいわね」

 周囲を取り囲み始めた異形たちを睨みながら、ナミがぼそりと呟く。

「ぼやいてる暇があんならもうちっと前出ろや」

「あたしはか弱いのよ!」

「どの口がいっ……ゲフッ!!」

 口を滑らせたウソップがガンッ!! と天候棒(クリマ・タクト)で殴られた。

 すると、待ちくたびれたヤミーが一斉に襲い掛かってくる。

 しかしその瞬間、どこからともなく飛来した巨大な岩が直撃し、ぺしゃんこに押し潰された。

「ギャアアアアア!!」

「!!?」

 驚いたルフィたちが振り向くと、そこにいたのは。

「お〰〰〰い!!」

 離れたところでぴょんぴょんと跳ね、腕を振る小さな影。パタパタと腕を振っているのは、まぎれもなくヒナだった。

「!? ヒナちゃん!?」

 エールが目を剥いていると、どこからかまた覚えのある声が聞こえた。

「オラァァァァァァ!! うちのお客に、何さらしてくれとんじゃ、おどれらァァァァァァ!!!」

 大きな体を豪快に動かし、強烈な掌底でヤミーを塊にして吹っ飛ばす。

 両手の指をまっすぐに伸ばし、関節で曲げた独特の構えを取ると、その体を目に見えるほどのオーラが覆い始める。

「……!? あの構えは!!」

 サンジが目を剥き、クスクシエの店長を凝視した、その瞬間。

「〝オカマ拳法〟!!」

 高く跳んだ店長が、高く高く上げた踵を振り下ろし、ヤミーたちの上に叩き込む。

「〝あの冬の日の舞踏曲(ロンド)〟!!」

 店長の鋭い蹴りが、荒ぶる竜巻のようにヤミーたちに襲い掛かる。尖らせた足の先がヤミーたちのそれぞれの顔面に突き刺さり、重層の鎧を貫いていく。

 銀のきらめきが輝く夕暮れの中で、店長の瞳がきらりと光輝いた。

「……あたしの客には、指一本触れさせないわ」

 その隣で、一際激しい爆発が起き、何十体ものヤミーが紙切れのように吹き飛んだ。

 思わず振り返るエールたちの目に入ったのは、その中心に立つ一人の女性。

 チエだ。

「私も頑張るわよ~」

 そういって、姿勢を低く構えた彼女は、左手を掌底の形に、右手の拳を握りしめて、ヤミーたちに向ける。

 ゴッ!! と、チエの周りを凄まじいオーラが覆ったと思った瞬間、風にあおられた髪の間の耳にあたる部分で、真っ白な魚のヒレが露わになる。

「……え?」

 驚愕に固まるナミの前で、チエの拳がヤミーに突き刺さる。

「〝魚人空手・千枚瓦正拳〟!!」

 凄まじい勢いで打ち込まれた拳が、太った猫の姿のヤミーの腹を貫く。

 その衝撃は、背後にいた数体のヤミーにまで及び、そのどてっぱらに大きな穴をあけた。

 攻撃を受けたヤミーは、うめき声をあげながら爆散した。

「うっそぉ!!?」

 絶叫するナミに、ビシッと親指を立ててみせるチエ。

 元から謎の多い者たちだったが、これでまた謎が深まってきた。

 その向こうでは、小さな体を一軒の家ほどもあろう岩の下に潜り込ませ、とんでもない怪力で持ち上げるヒナが奮闘していた。

「ふにゅぅぅぅぅぅ!!」

 奇声をあげたヒナが大岩をブン投げ、集まってきたヤミーたちを叩き潰す。

 出会ってたった一日しかかかわっていないはずの彼女らが、一味を助けるために力を振り絞っている。

 目を見開いたエールとルフィは、続いて聞こえてきた怒号に振り返る。

 一味を取り囲んでいた衛兵型のヤミーの頭に箒やら棒やらが勢いよく振り下ろされる。

 さすがに驚くヤミーの集団に、怒声を上げながら島の人々が次々に躍り掛かっていった。

「みんな………!!」

 非力で、今までにいなかった天敵に怯え、震えていた人々が、果敢に戦いに赴いている。

 予想外の出来事に、ヤミーたちも気おされて打ちのめされていく。

 傷の回復を待っていたガラも、その光景に目を瞠っていた。

『……バカな!? 臆病者の愚民どもが、なぜこれほどまで……!!』

 それを聞いたエールとルフィは、キッとガラを睨みつける。

 そして二人で同時に拳を握りしめ、渾身のパンチを繰り出した。

「私たちは臆病者なんかじゃない!!!」

『!!』

 よろけたガラを睨みながら、エールはびしっと指を突き付けた。

「よく見ておけ、ガラ!! これがお前が見下していた、人の……、生きとし生ける全ての者たちの力だ!!」

「俺たちを馬鹿にすんな!!」

 ガラは悔しそうに歯を食いしばり、エールとルフィを鋭く睨みかえす。

『……おのれ、小賢しい奴らめが』

 呪詛のように低い声で、ガラは毒づく。

 するといきなり、ガラは巨大な翼を広げ、爆風を生み出しながら天高く飛び立った。

「!」

「あ! 待て!!」

 慌てて追おうとゴムの手を伸ばすルフィ。

 その時。

「ギャアアアアアアアアアアア!!!」

 甲高い悲鳴が響き、全員がとっさにその方向を向いた。

「!!」

 そこに広がっていたのは、一体のクワガタヤミーがそばにいたカマキリヤミーに喰らいつき、バリバリと咀嚼しているという光景だった。

 食われたカマキリヤミーは一瞬でメダルに変わり、食ったクワガタヤミーに吸収されていく。

 そして、クワガタヤミーの体が大きく歪み、すぐさま巨大化していった。

 節だった足が両方に何百本も生え、まるで千手観音のようになる。顎がメキメキと伸びては、その中から何本もの鋭い牙が生えてくる。

 足は象のように膨れ上がり、昆虫ヤミーはもはや昆虫とはいえない異形へと変貌していった。

「きゃああああああああ!!」

 ウソップたちが悲鳴を上げるその光景に嘆息しながら、ロビンはぼそりと呟く。

「ひどいことするわ」

「まったくだね」

 言いながら、ロビンはヤミーを締め上げ、エールは剣で切り裂く。

 見れば、周りでも同じようなことが起き、ヤミーが次々に巨大化し、凶悪な見た目に変貌しつつあった。

 それを見て青くなったコトは、背後から襲ってきたヤミーの一体に気付くのが遅れた。

「!!」

 ゴツッ!! と鈍い音を立てて、鎧を着たコトの体が跳ね飛ばされる。

「キャッ!!」

 尻餅をついたコトに、鋭い爪をきらめかせた獅子のヤミーが襲い掛かる。

 しかしその刹那、ギュッと目を瞑ったコトの目の前で、ヤミーが体から火花を散らせて吹っ飛んだ。

「……え?」

 思わず振り返ったコトの目に、懐かしい者の姿が映る。

 そこにいたのは、見知ったジャケットを肩にかけ、大きな牛乳缶を背負った妙齢の女。

 彼女はにっとコトに笑いかけると、腰に一本のベルトを巻きつける。

「だ~て~ま~る~」

 ピン、と弾いたメダルを入れてダイヤルを回すと、その体が緑の光に包まれる。

「……リタァ~ンズ」

 伊達丸は、コトの武装と全く同じだがところどころに赤いラインの入った武装をまとって、コトの隣に駆け寄った。

「……師匠」

「まったく、手間のかかる弟子だよ、お前は」

 そういいながらも、伊達丸はどこか嬉しそうに笑って、襲いかかってきたヤミーに銃弾をお見舞いした。ヤミーたちはうめき声をあげながら、強烈な衝撃に倒れ伏す。

 トリガーを引きながら、伊達丸はコトの方を向いて声を張り上げる。

「コト! 今日は出血大サービスだ!! あたしのメダル使っていいから〝とっておき〟使いな!!」

「え……、いいんですか!?」

「構わん!! 奮発したらァ!!」

 コトはちらりと伊達丸の牛乳缶を見やってから、「はい!!」と強く頷いた。

 牛乳缶に駆け寄り、手のひらに入るだけのセルメダルを掴み取り、まずベルトに一枚入れ、ダイヤルを回す。

[キャタピラ・レッグ!]

 脚に武装が付いてから、もう一度メダルを入れてダイヤルを回す。

[カッター・ウィング!]

 もう一度入れて、回す。

[ブレスト・キャノン!]

 もう一度。

[クレーン・アーム!]

 もう一度!

[ドリル・アーム!]

 もう一度!!

[ショベル・アーム!]

 全武装を装備し終えて、コトの頭部のU字の飾りが赤く輝く。

「〝バース・デイ〟、装着完了!!」

 ゴツい武装を備えたことに、ルフィたちの目が向く。

「すっげェェェ!! カッチョェェェ!!!」

「え!? 何!? あ、すげェェェ!!」

 ルフィとウソップ、チョッパーの三人は全員で目をキラキラ光らせ、男心をくすぐるメカの登場に興奮する。つられて振り向いたエールも、キラン!! と目を輝かせた。

 だが、ナミとロビン、伊達丸だけが、「シーン」と静まり返っていた。

 コトはクレーンの先についたドリルをギュイン、ギュインと回転させ、キャタピラを回して駆ける。

「ハァァァァァァァ!!!」

 地響きを立てながら、目前の巨大な昆虫型のヤミーに迫ったコトが、クレーンの先のドリルを突き立てた。

 ギュィィィィイン!!!

 火花を上げて円錐形の先が突き刺さり、ガリガリと強烈な勢いでメダルを削り取っていく。

「どりゃぁぁぁぁぁぁぁ!!」

「ギュガァァァァァァァァァァ!!」

 昆虫の異形は悲鳴を上げ、コトに向かって巨大な百本の脚を突き立てはじめる。

 コトはそれを左手のバケットで防ぎ、異形の腹に大穴を穿ち続ける。

「うおりゃぁぁぁぁぁ!!」

 怒号を上げ、コトは怪物を両足のキャタピラで蹴りつけた。

 ガシャァァァン!! と甲高い音を立てて、怪物の腹が弾ける。

 すると、その中から二つの緑の光が舞い上がった。

「……!! あれは!!」

 それに気づいたコトは、背中の翼で飛んでこれをキャッチする。

 バケットの中に入った二枚のメダルを目にすると、コトはそれらを大きく振りかぶった。

「エールさん!!」

 コトは大声で少女の名を呼びながら、メダルを勢いをつけて投げつける。

「え!? わわっ、と!!」

 エールはかろうじてそれを両手で受け取り、恐る恐る手の中を覗き込む。そして、その中の二枚のコアメダルの存在に、目を見開いて表情を喜色に輝かせた。

「……!! やった!! ありがとう、コトちゃん!!」

 エールはコトに礼を言ってから、ベルトの右と真ん中のスリットからメダルを抜き取り、緑のメダルに持ち替えた。

「これでガタガタ……、〝ガタキリバ〟!!」

 ガシャン、と音を立てて、メダルがベルトに収まる。

 斜めに傾けて、腰のスキャナーを取り外し、メダルに順にかざしていく。

 ―――キン!キン!キン!

 緑の光の輪が広がり、周囲に再びメダルの幻影が浮かび上がった。

 

[クワガタ・カマキリ・バッタ! ガ――ッタ・ガタガタキリッバ・ガタキリバ!!]

 

 先程とは違う歌が響き、エールの体が緑色の光に包まれる。

 バッタの袴はそのままに、上半身は袖なしの忍び装束のような衣装に変わり、腕に黄緑色の双剣が現れ、腰に大きな白いしめ縄が巻かれる。顔にはクワガタムシを模したフェイスアーマーが張り付き、口元を自動的に覆面が覆う。

 最後に胸に金色のリングが現れ、上からクワガタ、カマキリ、バッタの紋章が彫られたプレートアーマーが装着された。

「……ニン!」

 洒落のつもりで、2本の指を突き出してポーズをとってみせたエールの体が、淡いみどりの光に包まれた。

 その瞬間、エールの姿が、二つにブレる。

 一人が二人、二人が四人、四人が八人、八人が十六人……。

 まるで影分身のようにエールの姿は増え、一分もたたないうちに、何十人ものエールによる軍団が形成された。

「すっげェェェ!! 忍者だ忍者だ!! 今度は本物だ!!」

「もはや何でもアリか!!」

 ナミのツッコミも、もはや意味がない。

 一部のエール達は両腕の双剣を構え、バッタの足を蹴ってガラの巨体に飛び掛かり、その他は分かれてほかのヤミー退治の援護に向かう。

 ガラの体に憑りつき、何度も体に斬撃を喰らわせる。喊声をあげながら斬りかかり、ガラの体に傷をつける。

 しかし、数がカバーしているとはいえ、その攻撃力はトラの腕の威力には及ばないようで、次々にガラに撥ね飛ばされていく。

 それでも、エールたちは諦めずに飛び掛かり、斬撃を浴びせ続ける。

「ウオラァァァァァ!!!」

 ゾロの渾身の一撃が、エールの攻撃でガラについた深い傷にクリーンヒットする。

 すると、傷口から黄色の三つの輝きが舞い、ゾロのでこに当たって跳ね返った。

「お?」

 思わず手に取ったゾロは、それに刻まれた獅子(ライオン)(トラ)、そして(チーター)の絵柄に気が付いた。

「うらっ!!」

 同じく、傷口部分に蹴りを放ったサンジの手元にも、青い三つの輝きが飛んでくる。青い(シャチ)と、(ウナギ)と、(タコ)の絵柄だ。

「! こいつは…」

 ガラの足にしがみついていたチョッパーも、飛んできた灰色のメダル、(サイ)大猿(ゴリラ)(ゾウ)のメダルを拾い上げた。

 ガラの頭を殴りつけたフランキーは、もはや知った紫のメダルを手にする。

 尻尾を切りつけたブルックは、傷口から飛び出したオレンジのメダルを掴み取る。描かれているのは、王蛇(コブラ)(カメ)(ワニ)の三つだ。

「ふん!!」

 最後に、ガラの顎を渾身の力で蹴り上げたルフィが、ガラが吐き出した赤い輝きに気付き、右手を伸ばした。

 描かれているのは、雄々しく立つ(タカ)と炎のように燃える孔雀(クジャク)と翼と尾羽を大きく広げる鳳《コンドル》の紋章だ。

「あ!!」

 ルフィはそれで、赤が三枚揃う(・・・・・・)ということに気が付き、思わず声をあげる。

 オーズが使うのは、三枚のメダル。そして、メダルの絵の種類も、三種類。

 それにはっとなった仲間たちは、それを近くにいたエールの分身に向かって投げ飛ばした。

「エール!」「エール!!」「エールちゃん!!」「エール!」「エール!!」「エールさん!」「エール!!!」

 その声に気付いたエールたちは、それぞれでメダルを受け取り、覆面の下でにやりと笑う。

 

「……三枚、揃った!!」



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4.コンボ!!

 胸から火花を散らせ、シャムネコ型のヤミーが背中から倒れる。

 伊達丸はすぐに銃のセルメダル用マガジンを取り換え、再び銃弾をお見舞いする。

 超重武装のコトとともに、ヤミーを次々に屠っていく。

 だが手持ちのメダルが足りなくなり、徐々に押され始めた。

 一瞬のすきをついて、一体のカブトムシヤミーが伊達丸を殴りつける。

「うっ!!」

 伊達丸は多少よろめくも、すぐに持ち直してカブトムシヤミーを蹴り飛ばす。

 数体のヤミーを破壊したコトが目線だけを伊達丸に向けた。

「師匠!! 大丈夫ですか!?」

 伊達丸はぶるぶると頭を振りながら肯定する。

「情けねぇ……。助けに来といてこのざまかよ……」

 ぼやきつつも銃と武装を構えなおす二人。

 すると、目の前に迫っていたヤミーの一体が火花を体から出して吹き飛んだ。

「!?」

 何事か、と思って振り向いた二人は、そこにいた一人の女性に目を剥いた。

 真っ黒なスーツに身を包み、二人と同じ銃を構えるコウガミの秘書。サトナカが、乗ってきたらしいバイクのそばに立っていたのだった。

「……サトナカサン?」

「なにしてんの」

 思わず棒読みになるコトに、サトナカ・リカはこともなげに答える。

「ビジネスですから」

 間髪入れず、腕を振り上げてきたハゲワシヤミーの顔面に強烈なハイキックを叩き込み、至近距離からの銃弾をお見舞いする。

 背後から迫ったフクロウヤミーの攻撃をひらりとかわし、すれ違いざまに背中を蹴り倒す。

 よろけた両者に銃口を向け、容赦なく光弾をお見舞いしていく。

「あらやだ、素敵!!」

「俺も心臓(ハート)打ち抜かれちゃったよぉ~❤」

「……アホが」

 秘書とは思えない華麗な動きに、サンジと伊達丸から称賛の声が上がる。

 声の届いたサトナカは、戦闘中にもかかわらずウィンクで応える。

 そして、懐から出した緑の缶のプルトップを開け、伊達丸の方へ投げつけた。

 缶は空中で展開し、小さな三本角の恐竜型カンドロイドへと変わる。

 トリケラカンドロイドは砂浜に着地すると、散らばったメダルを尻尾で拾い上げて伊達丸の方へ発射していく。

「お! おーおーおー!! ご苦労ご苦労!!」

 伊達丸はとっさに銃のメダル用のマガジンを取り外し、飛んできたセルメダルを受け取る。

 そして、いっぱいになると同時に銃に取り付け、再び銃弾の雨をお見舞いするのだ。

「おおっ! こりゃ便利だ」

 感心する伊達丸を見やってから、サトナカは再び懐に手を突っ込む。

「それから……、これも社長からのプレゼントだそうです」

 サトナカ秘書はそう言って、懐から黄色い缶を取り出した。

 サトナカはその缶のプルトップも開け、バイクの前に放り投げる。

 缶はすぐさま変形して、円柱を背負った小さな虎のロボットになる。

 虎カンドロイドはバイクのハンドル部分の乗っかると、ひと声小さく啼いてから再び缶の状態に戻る。

 カランッ、コロンッ!!

 缶は転がり、バイクの前に落ちる。すると、バイクの前輪部分が扉のように開き、後輪部分に重なって合体。同時に缶もどういう原理かムクムクと巨大化して、前部分が開いたバイクの方に転がって接続される。

 缶の中から新たなパーツが起き上がってハンドル部分に繋がり、その中に現れた目の部分がギラリと光った。

 バイクから一転、まるで虎のような姿へと化したバイクは、周囲を埋め尽くすヤミーを見据えて、その口から高く轟く咆哮を上げた。

 ―――ゴァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!

 放たれた咆哮が、ビリビリと空気が震わせる。

 思わず耳を塞ぐナミたちを尻目に、ルフィたちはまたも。

「すっげェェェ〰〰〰〰〰〰〰!!!!」

 と、キラキラと目を輝かせて釘付けになった。

 トラロボット・トライドベンダーは前足部分を振り上げると、後輪をギュルギュルと滑らせ、一気に加速してヤミーの群れに突っ込んでいく。

 猛烈な勢いで激突されたサメヤミーは遠く吹っ飛ばされ、後ろにいたほかのヤミーを巻き込んでメダルを吐き出す。

 前足を振り上げ、後輪を振り上げ、まるで竜巻のようにトライドベンダーは暴れ回る。

 しかし、奴が暴れるたびにメダルが飛礫となって降り注ぎ、地味に迷惑なことになっていた。

 と思った瞬間、向こうで暴れていたトライドベンダーが急旋回し、パチンコ玉を撃っていたウソップの方へ突進し始めた。

「ギャァァァ〰〰〰〰!!」

「あっ、あぶっ、あぶなっ!!」

 仲間たちは一瞬だけ頼もしく思えたトラロボットの暴走に慌て、右往左往に逃げ回った。

 トライドベンダーの突進を躱したゾロは、追い掛け回されるウソップを見やると舌打ちし、その方向へと駆け出していく。

「クソっ……。オラッ!!」

 ゾロは助走をつけてから、駆けまわるトラロボットの背中に飛び乗った。

 ゾロはハンドルをしっかりと掴み、トライドベンダーを抑え込もうと奮闘するが、そのバカ力は半端じゃなかった。

「うぉっ!!」

 右に曲げようとすれば、左に頭を向け。

 下を向かせようとすれば、無理矢理上を向き。

 止めようとすれば、操縦者の意志など関係なくエンジンを全開にして走り出す。

 まるで暴れ馬に乗っているようだった。

 ついには、ゾロの望まない方向を向いて爆走を始めてしまった。

「おおおおおおおおおおお!!?」

「ちょっと!! どこ行くのぉ〰〰〰!?」

 ナミの制止にも答える余裕はなく、ゾロはトラロボットともに猛然と駆け出して行ってしまった。

 その様子に呆然となりながら、黄色のメダルを持ったエールは頭を抱えた。

「ああもう!! しょうがない!!」

 エールは慌てて、ゾロの乗るトラロボットの方に走っていく。

 暴れるトラを前にエールはいったん二の足を踏むも、「やっ!!」と思い切って飛び掛かる。

「ゾロ、前空けて!!」

 ゾロが言われたとおりに応え、後ろにずれるとエールはそこへ乗る。

「あ」

 だが、もはやロデオよりも激しく暴れるトラロボットを制御するのは、並大抵の事ではなかった。

「うきゃぁぁぁぁぁぁ〰〰〰〰〰〰!!!」

「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

 仲良く悲鳴の合唱をしながら、ゾロとエールはヤミーの群れへと突っ込んでいく。

 トラロボットの暴走に巻き込まれ、ヤミーたちも次々とふっとばされていく。反撃しようにも、上に乗るエールたちの武器も一緒に振り回されて近づけない。

「ちょっ……、と待っ……、止まってェ〰〰〰〰〰!!!」

 エールは必死にトラにつかまりながら、器用に懐に手を入れる。

「なら……、これ!!」

 エールはトラに跨りながら、右手だけでメダルを入れ替え、スキャナーを順にかざしていく。

 ―――キン!キン!キン!

 メダルが光を放つと、ベルトも高らかに鳴り、黄色い円陣が少女の周りを舞い、歓喜の歌を響かせる。

 

[ライオン・トラ・チーター!! ラタラタ・ラトラ―ッタ――!!]

 

 クワガタムシのヘッドギアが、獅子を模した王冠のようなヘッドギアに変わり、トラの爪はそのままで、両足がぴったりとしたブーツのような鎧へと換装される。最後にウェーブのかかった髪が長く伸び、金色のウルフテールになると同時に、三角形の耳がぴょこんと生えた。

 すると、トラロボットは唐突にズン、と前足を振り下ろし、それ以上暴れようとはしなかった。

「……あれ?」

「大人しくなりやがった」

「しかもなんか……、だんぜん楽!!」

 エールはハンドルを握りなおし、ヤミーたちの群れへと突っ込んでいく。

 雄叫びを上げて襲い掛かってくる彼らに、エールとゾロはクローと刀での一撃をお見舞いする。

 そのまま二人はトライドベンダーを駆ると、息の合った攻防で兵士ヤミーたちに躍り掛かる。ゾロが座席に後ろ向きに座り、背後からの敵を斬り捨てると、前方でエールが爪甲でヤミーを切り裂く。

 時たまバイクの上で宙返りして位置を代わると、前方のヤミーをゾロが斬り捨て、頭上から降ってきたヤミーを二人で高速のスピードで蹴り飛ばす。

「〝牛鬼・勇爪〟!!」

「〝マシンガンファング〟!!」

 二人は狭い陣地で見事な連携を見せ、ヤミー軍団に果敢に向かっていった。

 だが、息ぴったりの二人の戦いっぷりが気に入らない、一人のコックがいた。

「あ!! あんのクソマリモ野郎ォ……!! エールちゃんとランデブーだとぉ!?」

「なら、こっちの私とワルツはどう?」

 サンジが「え?」と振り向くと、エールはメダルを青色のものへと変え、スキャナーをかざす。

 

[シャチ・ウナギ・タコ!! シャ・シャ・シャウタ! シャ・シャ・シャウタ!!]

 

 ヘッドギアが青い流線型のサンバイザーのようなものに変わり、肩の上にギザギザ型のケープのようなものが羽織られる。両手をぴったりとした手袋が包むと、手の甲の鎧から長く白いチューブが伸び、肩に先端が刺さる。脚にはタコの吸盤模様のブーツが履かれ、腰の周りを長くボリュームのある波の模様のスカートがつつむ。最後にエールの髪がウェーブのかかった長い長い青色のものに変わり、変身が完了した。

「喜んで〰〰〰〰〰〰!!!」

 令嬢のような姿に変わったエールに、目をハートマークにしたサンジがダッシュする。

 エールは傍に来たサンジの手をやさしくつかむと、勢いの死なないサンジの体をそのままヤミーに叩き付けた。

「ぐべっ!!」

 奇声を上げるサンジを無理矢理立たせ、エールはそのままくるくると回り始める。

 襲い掛かってくるヤミーを回転の威力で蹴り飛ばし、エールはサンジとともに回る。サンジはとっさにエールの腰に手を回し、エールも逆の手でサンジの腰に手を添えた。

 二人で手を合わせると、飛び掛かってくるヤミーの強烈な蹴りを放った。

「〝大海武闘円舞(オーシャン・パニック)〟!!」

 回転の勢いを利用してヤミーの腹に回し蹴りを決め、時にエールがターンして蹴りの嵐を叩き込む。

 絶妙な息の合ったテンポとリズムで戦う二人の姿は、確かにさながらダンスのようだ。

 エールとともにおどるサンジは、終始目をハートマークにして狂喜していた。

 それを、人型になったチョッパーが興味深げに見つめていた。

「すげ~な、あいつら」

「じゃあ、今度は私たち!!」

 チョッパーのそばにいたエールはそう言うと、メダルを灰色の三枚に入れ替え、素早くスキャンした。

 

[サイ・ゴリラ・ゾウ!! サゴ―ゾ! サゴ―ゾ!!]

 

 顔を覆う白い角の生えたフェイスアーマーが構成され、髪が真っ白になってうなじで二つにまとめられると、瞳が深紅に変わる。忍者服が胴着のような服装に変わり、腕には灰色の巨大な籠手が生み出され、肩に硬い鎧がまとわれる。最後に両足を黒い甲冑が覆うと、その上が白い腰布が覆う。

「ふん!!」

 エールが右足を踏み出すと、それだけで地面がズン!! と震えた。

 エールは両足を地面にめり込ませると、巨大な籠手をサイもどきに向かった振り抜いた。

「〝バゴーン・プレッシャー〟!!」

 その途端、籠手は煙を上げて力強く飛び立ち、サイもどきの顎を下から打ち上げた。

 巨体が軽々とふっとび、ズズゥゥン、と沈むのを目にし、チョッパーは目のキラキラを全開にしてエールを凝視した。

「すっげ――――!! ロケットパンチだ―――――!!」

「……そう、なの、かな……?」

 困惑するエールだったが、また別のヤミーが向かってくるのを目にし、チョッパーと二人で構えなおす。

「行くよ、チョッパー!!」

「おう!!」

 エールとチョッパーは互いに拳を打ち合わせ、ヤミーの群れに向かって駆け出していった。

 離れたところで、サングラスをかけたフランキーが隣にいたエールの肩を叩く。

「よっしゃぁ!! 俺たちも行くぞ!!」

「うん!!」

 頷くと、エールは懐から紫のメダルを取り出す。

 スリットに入れ、スキャナーを斜めにかざして胸の前に構える。

 

[プテラ・トリケラ・ティラノ!! プットッティラ―ノザウル―――ス!!]

 

 もはや聞きなれた歌とともに、エールの体が冷気に包まれる。

 一瞬だけ現れた翼と尾の幻影とともに、砕け散った氷の中から現れる、紫の鎧をまとった鎧武者。

 紫のマフラーをはためかせ、エールは高々と咆哮を上げる。

「ウオオオオオオオオ!! スゥ〰パ〰〰〰〰!!」

 エールは隣に並んだフランキーとともに、ぐるぐると腕を回してしゃがみこむと、立ち上がって腕を合わせるという独特のポーズをする。

 一瞬ポカンとなったヤミーたちは、ふいにはっと我に返って襲い掛かってくる。

 向き直ったフランキーは大きく息を吸い込み。

「〝フレッシュ・ファイア〟!!」

 口から真っ赤な炎を噴射し、かかってきたヤミーの集団を丸焼きにする。

「グオオオオオオオオオ!!」

 熱さに悶え苦しむヤミーたちに、今度は容赦なくエールが向かっていく。

「〝零の息吹(フロスト・ブレス)〟!!」

 火炎の次に、氷点下のブレスを受け、ヤミーたちが一瞬で凍り付いていく。

 すると、かすかな空気に触れただけで、ビシッとその体に大きなひびが入った。

 エールは腰の鎧をお尻で合わせ、巨大な長い尾に変えると、遠心力を含めた強烈な打撃を叩き込んだ。

「〝帝王の一撃(テラー・インパクト)〟!!」

 一撃を受けた氷漬けのヤミーは、さしたる抵抗も出来ずに粉々に砕け散ってしまった。

 唸り声を上げ、エールは次の獲物を探す。

「ア〰〰〰〰ウ!! いくぜぇ!!」

「オウ!!」

 再びポーズをとったフランキーとともに、エールは高らかに吠えながら踊りかかっていった。

 ブルックとともにいた別のエールは、持っていたオレンジ色のメダルを見て首を傾げた。

「……そう言えば、このメダルはどう使うんだろ………?」

 試してみよう、とベルトに入れ、スキャナーをかざしていくと。

 

[コブラ・カメ・ワニ!! ブラカ――ワニ!!]

 

 胸の柄が変わり、全身の装いも一瞬で変化する。

 上下が黒く長い丈の着物に変わり、頭には金色のターバンが巻かれる。両腕に亀の甲羅を半分に割ったような盾が装備され、肩にも亀を模した鎧が装着される。腰からくるぶしにかけて、オレンジ色の鰐の形をした装甲が張り付き、ガシャンと鈍い音を立てる。髪の色が銅金色に変化し、両目が紫色に変わる。最後に髪がうなじでまとめられ、オレンジ色の光が弾けた。

 エールは拳を握り、ボクシングのようなファイティングポーズをとってヤミーを威嚇した。

 その時、紫色の目が光輝き、エールの脳に新たな情報を伝える。

「……! そうか!!」

 何やらはっとなったエールは、どこからか笛を取り出し、すっと息を吸い込んでから軽快な音楽を響かせ始めた。

 妙に響く笛の音が鳴ると、蛇型のヤミーが妙に反応し始めた。

 コブラやアナコンダのヤミーが、自身の意思に関係なくくねくねし始め、ほかのヤミーの進撃の邪魔になる。

 すると同時に、エールの縛っていた髪がムクリと起き上がり、蠢きながら一匹のコブラへと変身した。

「シャァァァァ……」

 コブラは下をチロチロと動かしながら、突然そばにいたルフィの肩に噛みついた。

「いでぇ!!?」

「!!」

 悲鳴を上げたルフィの方に、全員の視線が殺到した。

「な!? ちょっと、何してんのよ!!」

 怒鳴るナミ。

 しかし、噛まれていたルフィはぶるぶると体を震わせたと思うと。

「うおおおおおおおおおおおおおお!!!」

 突然雄叫びを上げて、群がり始めたヤミーたちを渾身の力で殴り飛ばした。

 その威力が上がっているのは、一目瞭然だった。

 コブラの牙をルフィの肩からズポン!! と抜き、エールは得意げに笑って見せた。

「ブラカワニは〝再生〟を司るコンボ!! 回復してほしい奴はガブガブしてやるからこっち来て!!」

「俺もお願いします!!」

「では、私も………」

「こらこらこらぁ!!」

 何故か興奮した様子のサンジとブルックにナミが拳骨を食らわせる。

 エールは笑いながらも、二人にシュルシュルとコブラを向かわせた。

 一方で、二人並んで戦うコトと伊達丸の方にも、一人の助っ人が向かっていた。

 銃でヤミーの数を減らす伊達丸と、ドリル付きのクレーンを伸ばしてヤミーを薙ぎ払うコト。

 トリケラカンドロイドのサポートがあり、勢いが復活していたものの、あまりの数に徐々にまた押され始める。

「〝必殺・火薬星〟!!」

「ギャアアアアアアアアアアア!!!」

 すると、群れていたヤミーたちの顔面を、いくつもの爆発が襲い、進撃を妨げた。

 目を見開いた伊達丸とコトが振り向くと、そこにいたのは。

「……けがはないかね?」

 黄色い太陽のような仮面をつけ、風に揺れるマントを身にまとった男が、巨大なパチンコを手に堂々と仁王立ちしていた。

「…………」

 奇妙な男の出現に、伊達丸とコトは一瞬言葉を忘れて呆然となる。

 先に我に返ったコトが、何かを察して棒読みがちに尋ねた。

「あ……、あなたはいったい誰なんですか」

「!?」

 伊達丸は今度はコトに目を見開いて凝視する。

「ふふふ……。私の名は、そげキング!!」

 ドン!! と胸を張り、自称そげキングは名乗りを上げた。

「…………」

 あきれ顔になった伊達丸は、コトの肩を抱いて声を潜めた。

「……なぁ、あれウソップ君だよな? あれの相手すんのめんどくさそうなんだけど……」

「いや、でもかまってあげないと死んじゃうかもしれませんし……」

 二人の会話など聞こえないウソップは、自信満々の様子で二人の方に寄る。

「安心したまえ。私がいる限り君たちに手出しはさせない。ここからは私に任せなさい!!」

「…………」

 微妙な顔になった伊達丸とコトは、顔を見合わせてため息をつく。

 すると、ウソップ(そげキング)の背後から、巨大化したサソリ型のヤミーが襲い掛かり、巨大なハサミを突き立ててきた。

 ビクッと震えたウソップが、思いっきり目を飛び出させながらそれを避けた。

「ギャアアアア!!」

「だめだこいつ役たたねぇ!!」

 スライディングしながら伊達丸たちの側に逃げてきたウソップに、伊達丸は吐き捨てる。

 サソリヤミーはすぐさまハサミを抜き、今度は標的を伊達丸たちに変更して襲い掛かる。

「ちっ!!」

 伊達丸とコトはとっさにウソップを抱えてそれを躱し、邪魔だと言わんばかりに放り捨てる。

 サソリは何度も刺突を繰り返し、二人を徐々に追い詰めていく。

 何度も躱していくうちに、重武装のコトの足がもつれ始めた。

「あっ…」

 ついにことは後ろ向きに倒れ、サソリヤミーのハサミが迫った。

「コト!!」

 焦る伊達丸だが、その手はヤミーに阻まれて届かない。

 コトはせめて一矢報わんと、ドリルを突き出す。

 しかしハサミが突き立てられる直前。

 ドンドンドンドドドン!!

 サソリヤミーの脚の関節が突如爆発し、半ばからちぎられる。バランスを崩したサソリヤミーはそのまま崩れ落ちた。

「!!」

 命拾いしたコトは、すぐさま立ち上がって胸の砲門を向け、赤い光線を放ってサソリヤミーを砲撃する。

 攻撃を受けたサソリヤミーは砂浜の上を滑りながら吹っ飛び、他のヤミーを巻き込んで爆散した。

「…………」

 コトは自身の無事に、伊達丸は弟子の無事に安堵しながら、離れた位置で巨大パチンコを構えている男を凝視した。

 彼は二人の無事を確認すると、マントを払って立ち上がる。

「……人は私の事を、恐れをもってこう呼ぶ」

 ―――狙撃の島で生まれた、百発百中の狙撃手(スナイパー)

 

「〝狙撃の王様(そげキング)〟と」

 

「かっけぇ!!」

 堂々と胸を張り、雄々しく立つウソップに、伊達丸とコトは思わずそう叫んでしまった。

 その時、周囲が影に覆われ、いきなり風が吹く。

「!!」

 思わず見上げた空には、ユウユウと飛行するガラの姿があった。

 ガラはルフィたちを見下ろしながら、がぱっと大きく口を開いた。

『小賢しいゴミどもが………、死ね!!』

 喉の奥で炎が蠢き、轟音を上げて放たれる。

 ドッカァァァン!!

 砂浜で爆炎が巻き起こり、衝撃波がヤミーごと吹き飛ばす。

「うぉっ!!」

 ルフィたちはその場で踏ん張って、衝撃に耐える。

 間髪入れず、ガラは次々に火炎を発射していく。

『死ね!! 死ね!! 死ね!!!』

 呪詛のように吠えながら、ガラは麦わらの一味の命を奪わんと襲い掛かる。

 エールはその攻撃を紙一重で躱し、ルフィのそばまで後退する。

 そして、命を軽視し、簡単に死ねとのたまうガラに怒りの炎を燃やし、エールは頭上を睨みつける。

 すると懐から、真紅のメダルが飛び出し、エールの手のひらの上に収まる。

「……私は、もう手放したくない!! 持てるすべてをかけて、大切なものを守る!! だから、力を貸して、アンク!!!」

 その言葉に応えるように、メダルはきれいな深紅の光を放ち、凛とした音を響かせる。

 その意志を受け取るように、かざされる金色のスキャナー。

 キン・キン・キン!!

 エールはスキャナーに宿らせた思いを胸に抱くように構え、同時に力強く駆け出した。

 今はいない空の王が付き添うように、清らかな声が響き渡る。

 

[タカ・クジャク・コンドル!! タ―ジャ―ドル――!!]

 

 落下する火炎の間を駆け抜けて行くエールの体が、真紅の炎に包まれる。

 次の瞬間、真っ赤な鎧をまとったエールが、炎の軌跡を描きながら飛び立った。体を黒い袖なしの着物で覆い、肩と四肢には鳥類の翼を模した装甲をまとい、胸にはその豊かな形にフィットした円形のプレートアーマーが張り付いている。顔を覆う鳳凰のフェイスプレートに、炎とともにまた赤いバイザーが展開する。

 背中から生えた深紅の翼が風を切り、エールの体を天空へといざなう。

「〝ギア(セカンド)〟!!」

 ルフィは腕を後ろに伸ばし、ゴムの性質を持つ血管を一気に脈動させる。ゴムであるがゆえに、血管は急激に加速した血流に耐えられる。

 ドクン!! と体が震え、体の熱が一気に高まる。

 そして、まるで蒸気機関のように、ルフィの全身から真っ白な蒸気が噴き出し始めた。

 ギア(セカンド)。これにより、ルフィはすべての技を一段階進化させることができる。

「ルフィ!!」

「おう!!」

 心優しき王は、未来の海賊王の背中をしっかりをつかみ、遥かなる天空へと飛び立った。



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5.バース・デイ

今回はかなり共闘部分を入れたため、長くなってしまいました。
ご了承ください。


「〝夢歌二重奏(ユメウタ・カルテット)〟!!」

 ブルックのバイオリンと、エールの笛が、心地よくも妖しい旋律を紡ぎ、ヤミーたちの眠気を誘う。

「ヨホホホホホホホホホ!!!」

 そのままブルックは、杖を携えてヤミーたちの間を駆け抜けていく。

 最後に最も大きな、ワニの顔を持った玄武のようなヤミーのそばを通り過ぎると、唐突に速度を落とした。

「〝鼻唄三丁”……」

 いつの間にか仕込み刀から刃を抜いていたブルックは、静かに刃を収めていく。

「〝矢筈切り〟!!」

 ズバァァァッ!!

 強固な爬虫類の鎧のような鱗が切断され、セルメダルが鮮血のようにドバっと噴き出す。

 一瞬の間も許さないように、エールが走る。

 ベルトにスキャナーをかざし、両の足で高く飛び上がる。

[スキャニングチャージ!!]

 空中で大きく足を開くと、足に巨大なワニの姿をしたエネルギーが発生し、鋭い牙が並んだ顎を大きく開く。

「〝ワーニング・ライド〟!!」

 エールがワニ怪人の体を挟み込み、エネルギー波がそれを噛み砕く。強靭な鎧を持つ怪人の体は一瞬でひしゃげ、直後に大爆発を起こした。

 すたっときれいに着地したエールを見ながら、ブルックは一瞬彼女の袴の隙間から見えた物がなんなのか気づいた。

「あ。パンツは、履いてないんじゃなくて、パンツじゃないだけなんですね……」

 ドゴッ!!

 そう言った瞬間、ブルックはエールに容赦なく蹴り飛ばされた。

「どこ見てんだァ!!」

「手キビシ―――っ!!」

 

 ―――ブルック&エール・ブラカワニVS玄武ヤミー

    勝者・エール。

    ブルック・戦線離脱。

 

 

 轟音を上げて、サイとゴリラとゾウが混ざったような巨大なベヒモスのようなヤミーの脚が落とされる。

 チョッパーは間一髪それを躱し、懐から取り出したオレンジ色の飴玉のようなものを口に含み、かみ砕いた。

「〝ランブル〟!! 〝跳力強化(ジャンピングポイント)〟!!」

 すると、チョッパーのシルエットがぐにゃりと歪む。そして次の瞬間、手足が細く長く変貌したチョッパーが空高く跳び上がった。

 キメラヤミーはそれを目で追うが、そのスピードは変形したチョッパーには遠く及ばなかった。

「うらぁぁぁぁぁぁ!!〝剛力無双〟!!」

 ドン! ドン!! ドン!! ドドドドン!!!

 その真下で、サゴーゾコンボと呼ばれる鎧をまとったエールが、雄叫びをあげながら胸を叩き始めた。

 ゴリラのドラミングと呼ばれる威嚇行為によく似たその行為は、周囲の大気すらも振るわせる。

 すると突然、キメラヤミーやほかのヤミーの脚が急に浮かび上がった。急に消えた重力のために、ヤミーの巨体がぐらりとふらつく。

 それどころか、ドラミングで震えていた大地までもが持ち上げられ、砕けた破片がヤミーたちに襲い掛かり始めた。

 ヤミー同士がぶつかって辺りにセルメダルがばらまかれ、甲高い音が立て続けに起こった。

 巨大な怪物が空中で振り回され、叩き付けられる光景はまるで、渦の中に閉じ込められているようだった。

 渦の中で跳ねまわっていたチョッパーは、隙を見てエールのそばに降り立つ。

 エールもドラミングをやめ、スキャナーを外してメダルの順にかざしていく。

[スキャニングチャージ!]

 その隣でヤミーを睨むチョッパーは、蹄と蹄を合わせる構えを取った。

「〝腕力強化(アームポイント)〟!!」

 その瞬間、チョッパーの腕が、樽ほどの太さに膨れ上がった。

 同時に、空中で渦を巻いていたヤミーたちが、一か所にまとめて地面に叩き付けられた。

 地面にめり込んだ彼らは、そのまま見えない力に引っ張られてチョッパーたちの方に近づいていく。

 二人は並んで構えを取り、近づいてくるヤミーを見据える。

 そして、片や鋼鉄の硬さを誇る蹄の掌底を、片や岩をも貫く角の頭突き(ヘッドバンキング)と鋼鉄の拳を、渾身の力で叩き込んだ。

「〝刻蹄・(ロゼオ)〟!!」

「〝サゴーゾ・インパクト〟!!」

 閃光に包まれた一撃が、巨大なヤミーの腹に大穴を穿つ。

 ドゴォオオオオン!!

 キメラヤミーは、絶叫を上げることもなく、赤い火を吹き上げて爆散した。

 バラバラと降り注いでくるセルメダルの雨を見上げて、チョッパーとエールは顔を見合わせる。

 そして、ふいににっと笑うと、二人で空高く拳を突き上げた。

 

 ―――チョッパー&エール・サゴーゾVSベヒモスヤミー

    勝者・チョッパー&エール。

 

 

 ワルツのように軽やかに、船上を舞うコックと踊り子。

 怪物たちのパーティの中を舞いながら、自慢の蹴りで薙ぎ払っていく。

 するとエールはサンジの手を両手で掴み、目で合図してから高く放り上げる。

 エールはバサリとスカートを広げ、その中から強烈な勢いで大量の水を発射した。

「〝大波撃(ウォーター・ストリーム)〟!!」

 水の奔流を受けたヤミーは、鉄の塊を受けたごとき衝撃で空高く放り上げられた。

 エールは両肩から伸びる管を取り外し、ビシッと鞭のように打ち据える。

 鞭はそのまま黄色い電気をまとい、ヤミーの粘度のある体を砕き、地面に叩き付けた。

 全身を強打したヤミーたちは、叫ぶこともなくメダルに還る。

 ふぅっと息を吐いたエールの頭上に、黒い影が迫った。

「!!」

 振り返ると、そこには巨大なタコのようなヤミーが一本の脚を振り上げていた。吸盤に牙の生えた足の先には、何故かウナギかシャチらしき首が生えている。

 巨大な足が迫る中、エールはふっと微笑んだ。

 彼女にめがけて、クラーケンヤミーは足を薙ぐ。

 しかしその瞬間、エールの体は青い飛沫となって四散した。

「!!」

 攻撃が空振りしたクラーケンが真ん丸な目を見開く。

 それを見たエールは、液体の状態のままにやりと笑った。

 ゴボッ!! ドッパァァァン!!

 水になったエールの足もとが膨れ上がり、クラーケンヤミーの巨大な体を激流で押し上げた。

 クラーケンは八本の脚を広げ、打ち上げられた空中で必死にバランスを取る。

 だが次の瞬間、クラーケンの背筋(?)をぞくっと寒気が走った。

「……〝悪魔風脚(ディアブル・ジャンプ)〟」

 右脚を溶岩のように真っ赤に燃え上がらせたサンジが、クラーケンの上に跳んでいた。

「焼き加減は、いかほどに?」

 ボゴン!! と烈火の右脚が答えを促すように燃え上がる。

[スキャニングチャージ!]

 クラーケンの下で、エールが青いメダルにスキャナーをかざしていく。

 すると、エールの脚を覆う水色の吸盤模様のブーツが展開し、タコの足へと変貌する。

 エールはブーツの外れた足で砂を蹴ると、クラーケンの体に肩の鞭を巻きつけ、自分の方へ引き寄せる。

 すると、八本の脚がドリルのように足に巻きつき、回転して風を切り始めた。

 同時に、サンジが空中で構え、悪魔の炎のごとき一撃を振り落した。

「〝多脚螺旋貫撃(オクト・バニッシュ)〟!!」

「〝悪魔風(ディアブル)画竜点睛(フランバージュ)ショット〟!!」

 頭上から、八本の脚をドリルのように回転させ迫る青き戦姫。

 真下からは、業火に燃える足を突き立てる悪魔の槍。

 空中にとどめられたクラーケンに、それを躱す術はなかった。

「ギィィィ―――――!!!」

 一瞬のうちに、クラーケンの体に大穴があき、そこから炎が膨れ上がって弾ける。

 ドォォン!!

 花火のように爆散したヤミーの中から、二人はかろやかに着地した。

「恋と料理は、お熱いうちに」

「でも……、火傷にご注意を」

 最後に二人で、誰とも知れず深く礼をした。

 

 ―――サンジ&エール・シャウタVSクラーケンヤミー

    勝者・サンジ&エール

 

 

「こっ……の!!」

「キシャァァァ!!」

 エールは片刃の剣、メダジャリバーをふるいながら、右手の獣の頭骨と赤い牙で襲い掛かってくる鵺のようなヤミーを迎え撃つ。

 渾身の力を込めたメダジャリバーの斬撃を、鵺ヤミーは牙で受け止めた。

「うそぉっ!?」

 エールは目を見開いて顔を引きつらせる。

 鵺ヤミーはエールの剣をくわえたまま、とんでもないバカ力でエールを持ち上げる。

 慌てるエールをつないだまま、鵺ヤミーは剣を遠く放り投げた。

「うわわわわわ……ぎゃん!!」

 放り上げられたエールは、そのまま砂の中に頭を突っ込んだ。

 お尻を突き出した姿勢になって倒れたエールは、すぐさま起き上って鵺ヤミーを睨みつける。

「このぉ……!!」

 鋭く尖るエールの目が、紫の光を放つ。

 エールは拳を握りしめると、すぐ真下に腕を突き立てる。砂浜にひび割れが入ると、その奥が瞳と同じ紫の光を放った。

 エールが腕を引き抜くと、紫の鎧をまとった時と同じ竜の姿をした巨大な戦斧が姿を現した。

 刃の中にセルメダルを入れ、口を閉じてもう一度開くと、戦斧の目が金色に光り輝いた。

[タトバ!]

 エールは強大なエネルギーをため込んだ戦斧を構え、バッタの脚の力で空高く飛び上がった。

 鋭い光を放つ戦斧を片手に、鵺ヤミーに向かって振り下ろす。

 その時唐突に、夕方の空に真っ黒な雲がモクモクと広がっていった。

 しかしそれはやけに局地的で、赤い牙をがちがちと鳴らす鵺ヤミーは訝しげに首を傾げた。

 その真下では、ナミが天候棒(クリマ・タクト)を両手に持って、バトンのように回している。タクトの先から青と赤の小さな球体が生み出され、頭上の雷雲に吸い込まれていく。

「行くわよ……、〝サンダー=ボルト=テンポ〟!!」

 ナミがタクトを振り払い、小さな電気の球体を黒い雲の中に投げ込む。

 その瞬間。

 ゴロゴロゴロ………ピシャァアアアン!!!

 辺りが真っ白に染められるほどの閃光が走り、天に刻まれた地割れのような雷が落ちた。

 ……宙に跳んでいたエールの上に。

「うにゃぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

「あ、ごめん」

 骨が浮き出るくらいの電撃を食らい、エールの意識が一瞬ふっと遠くなる。

 しかし、最期の力を振り絞って、エールは戦斧を握りしめる。

 欲望を食らう戦斧は、強烈な雷撃すらも喰らい始めた。

「と……、〝雷神の大戦斧(トール・アックス)〟!!」

 雷撃をまとったまま、エールは巨大戦斧を鵺ヤミーに叩き付ける。

 腕を交差させてこれに耐えようとした鵺ヤミーだったが、雷を帯びた刃はそんなものをいとも簡単に切り裂いた。

「ギャァアアアアアアア!!」

 鵺ヤミーは甲高い悲鳴を上げると、一気に胸を膨れ上がらせ、弾けて炎に包まれた。

 炎が消えた後には、戦斧を持ったエールだけが残っていた。

 フラフラの状態で。

「ちょっ……、大丈夫なのエール!?」

 ナミが駆け寄ると、エールはおぼつかない足取りのまま振り返った。

「あーうー。ビリビリのグルグルのフラフラだよぉー……」

 ふらふらとよろけ、目をグルグル渦巻にしたエールは、そのまま糸の切れた人形のようにバターンと倒れ伏した。

「エ――ル―――!!!」

 エールを抱き起すナミの悲鳴が、やけに広く響き渡った。

 

 ―――ナミ&エール・タトバVS鵺ヤミー

    勝者・ナミ。

    エール・戦闘不能。

 

 

「〝百花繚乱(シエンフルール)〟」

 ロビンが両手を交差させると、甲虫型の混合ヤミーの全身に無数の白い手が生えていく。

 花のように生えた腕は、同じく無数に生えているヤミーの長い腕に組みつき、絡め取っていく。

 白い手が、ヤミーの全身を覆い尽くした瞬間。

「〝クラッチ〟」

 ボキボキボキィ!!

 強固な外装が絞め技を食らい、ヤミーの細い体がエビぞりになった。

 すかさずエールがスキャナーを取り外し、メダルにかざす。

[スキャニングチャージ!]

 同時にほかの分身エールもスキャナーを構え、ベルトに当ててかざしていく。

 強力な破壊のエネルギーを脚にため込んだエールの軍団は、両足をバッタのように変形させて跳び上がる。

「〝超多連ガタキリバ・キック〟!!」

 無数の緑の光となったエールが、まるで流星群のように、腹をむき出しにしたヤミーに突撃していく。

 腹部に大量の穴を空けられたヤミーは、内側から膨れ上がるようにして爆散した。

 分身が皆消え、ロビンのそばに降り立ったエールは、覆面を外してからふっと微笑んだ。

 

 ―――ロビン&エール・ガタキリバVS甲虫系キメラヤミー

    勝者・ロビン&エール。

 

 

 強固な鎧を持つ何本もの首の生えたヒュドラのヤミーに、フランキーの拳が振り下ろされる。

「〝アルティメットハンマー〟!!」

 ゴワン!! と甲高い音を立てて、鎧がひしゃげる。

 ふらついたヤミーを、そばにいたヤミーごとエールが尻尾で薙ぎ払った。

「がるるる……」

 エールは唸り声をあげながら、目下の砂の中に右手を突き刺す。

 穴の開いた砂の中から紫の光が漏れて巨大な戦斧が現れると、エールは拾い上げたセルメダルを刃の中に投入する。

 そして戦斧の装飾の顎を回転させ、牙を噛み合わせる。

[ゴックン!]

 刃を抱え込み、柄の部分を折り曲げると、戦斧は白い砲身を持つ大型銃器へと変形した。

 フランキーはその場で両足を踏ん張ると、両手を胸の前で合わせて低く構える。

「うっとうしい奴らだ……。こいつで決めてやるぜ!!」

「おっし!!」

 手首の部分から口径70ミリの砲身を突き出させると、星のマークのついた腕が二倍近くまで膨れ上がった。

 エールの銃も、銃口に紫色の光が凝縮し始める。

「プットッティラ――ノヒッサ――――ツ!!」

 軽快な歌とともに、2つの大砲から、凶悪な威力を誇る咆哮が解き放たれた。

「〝風来砲(クー・ド・ヴァン)!!」

「〝虚無の咆哮(シュレインドゥーム)〟!!」

 紫の破壊の咆哮と、全てを吹き飛ばす空気砲が並び、混ざり合う。

 斑に彩られた破壊の光は、ズン!! と大気を揺らし、ヒュドラの胸にに突き刺さる。

 ヒュドラヤミーは受けた光をすべての口から漏れださせると、短く絶叫して大爆発を起こした。

 ドゴォォン!!

 ヤミーが起こした風が二人の髪をなぶる。

「ん〰〰〰〰〰スーパ――――!!!」

 暴風が吹き荒れる中、二人は仲良くポージングで勝利の喜びを表した。

 

「……ところで、あの歌はなんなんだ?」

「……歌は気にしないで」

 

 ―――フランキー&エール・プトティラVSヒュドラヤミー

    勝者・フランキー&エール。

 

 

 ガシャガシャガシャッ……!!

 突然コトが牛乳缶をショベルの腕で持ち上げ、中の残りのセルメダルをベルトの挿入口に入れていく。

 こぼれたメダルも下にいるゴリラカンドロイドが拾い、全てを使用する。

「ああああああ、存分に使えって言ったけどせめてもうちょっと節約をぉ……!!」

 自分でコトにやったとはいえ、ずっとため込んできた伊達丸にとってはあまりの仕打ちだった。

 コトは小さく「すみません」と呟いてから、ベルトのダイヤルを回した。

 キュルキュルッ、キュポンッ!!

[ドリル・アーム!][ブレスト・キャノン!]「クレーン・アーム!」[ショベル・アーム!][キャタピラー・レッグ!][カッターウィング!]

 低い電子音が幾重にも重なり、バースの武装のすべてが顕現される。

 と、そのすべてがバースのもとから離れ、徐々に巨大化しながら一つになり始めた。大砲の砲身をキャタピラが挟み込み、クレーンの先にドリルが付き、砲台の持ち手にショベルと折りたたまれた翼が合体する。

 千枚ものメダルを取り込んだ鉄の武装は、巨大なサソリへと変貌を遂げた。

 ―――――オオオオオオオオ!!

 両のハサミを振り回し、サソリは重い咆哮を上げる。

「すっげェェェ!!」

「え、これこういう機能があったの?」

 本来の持ち主でありながら、まったくメカに興味のなかった伊達丸も、これには目を丸くした。

 コトはそんな伊達丸を見ながら、はぁっとため息をついた。

「……ちゃんと説明書読まないからですよ」

 サソリはハサミを振り、キメラヤミーへと果敢に向かっていく。

 ドガァァァン!!

 体格には、まだ一回りほどの差があったものの、サソリメカはサソリモドキの突進を余裕で受け止めた。

 キャタピラを懸命に回転させ、サソリメカは徐々に相手を押しやっていく。

 ふいに、サソリメカはギュルンと回転して、サソリモドキを弾き飛ばした。

 吹っ飛ばされたヤミーは腹を上に向けて倒れる。しかし、すぐに尾を支えに起き上がった。

 サソリモドキは怒りの咆哮を上げると、ドスドスと足を踏み鳴らしながら接近し始めた。

 すると、サソリメカの上に突然、そげキングがマントをひるがえして飛び乗った。

 すぐさまパチンコを構え、弾を備えてゴムをギチギチと引き絞る。

「〝必殺、百足(ムカデ)星〟……!!」

 そげキングのパチンコから、一発(・・)の弾が打ち出される。

 それは寸分違わず、サソリモドキの鼻面の中心に命中し、ガン!! と重い音が響き渡る。

 それだけではサソリの勢いは死なず、かまわず突進を続けるサソリ。

 だが、一瞬遅れて再びガン!! と衝撃が走る。

 ガン!! ガン!! ガン!! ガン!! ガン!!

 衝撃が何度も同じ場所に走り、サソリの顔面が徐々に歪み始める。

 ―――バキン!!!

 ついには、サソリの顔を覆う鎧が粉々に砕け散り、内側の弱い部分がむき出しになった。

 一点への集中狙撃。

 彼にしかできない、繊細かつ強烈な技だった。

「でかしたァ!!」

 伊達丸とコトは銃を構え、セルメダルマガジンを銃口に取り付けた。

 そしてサソリの上に飛び乗り、ゆっくりと銃口をヤミーの方に向けた。

[セル・バースト!]

 同時に巨大なサソリも自慢の尾をヤミーに向け、ぐるぐると回転させていく。

 その先のドリルが、光を放ちながら唸りを上げた。

 ウソップもその背中の上に乗り、巨大パチンコ・カブトを構えた。

「〝必殺・ファイヤーバード・スター〟!!」

「〝ダブルバースブラスト〟!!」

 真っ赤に燃える火の鳥と、二筋の真紅の閃光、そして七色の光線が、鎧のはがれたサソリモドキを貫く。

 光が弾けて、サソリモドキがビクンと体を震わせて停止する。

 額に大穴を開けたサソリモドキは、ギシッと体を軋ませたのち、炎を吹き上げて弾け散った。

 バラバラと降り注いでくるセルメダルを見上げた三人は、一斉に顔を見合わせると、にっと笑ってハイタッチした。

「ぃよっしゃぁぁぁ!!!」

 パン!! と、小気味よい音が、その場に広く響き渡った。

 

 ―――伊達丸&コト&そげキング(ウソップ)VS甲殻類系キメラヤミー

    勝者・伊達丸&コト&そげキング。

 

 

 爆音を上げて、一機の猛虎の鉄騎が砂浜を駆け抜ける。

 銀と金の輝きを放つ刃に、トラと獅子と豹の三つの首を持ったケルベロスのようなヤミーが迫る。

「ゴァァァァァァァ!!」

 ケルベロスヤミーは三つの首を大きく開き、そこから高熱の真っ赤な炎を発射した。

 ボゴォン!!!

 唸りを上げていた鉄の虎は、一瞬で炎に包まれた。

 どす黒い色の炎が、二人を焼き尽くそうと食らいつく。

 ヤミーが勝利を確信してにやりと笑った瞬間、赤い炎が、内側から現れた金色の炎にのみこまれた。

 ごうごうと燃え上がりながらなおも進みを止めない炎の中に、ゆらりと何者かの影が浮かび上がる。

「〝鬼気九刀流・阿修羅〟」

 そこにいたのは、武神だった。

 三つの首にそれぞれ刀を加え、六本の腕にも刀を持った何者か。

 金色の炎の中に、三面六臂の鬼神と化したゾロが現れる。

 九本の刃を構え、鋭い眼光がキメラヤミーをとらえた。

[スキャニングチャージ!]

 炎の中でもう一つの声が上がったと思うと、今度は二人を覆う炎が姿を変えた。

 金色の炎が揺らめき、燃え上がる獅子の姿を現す。

「お前が煉獄に住まう番犬を模すなら、とっとと地の底に堕ちやがれ……!!」

 ごく短い手向けの言葉を最後に、武神と獅子の王は刃を振り抜いた。

「〝阿修羅・獅子千尋(ししせんじん)〟!!」

「〝ライオ・ディアス〟!!」

 鋭く尖る牙を携えた怪物と、二体の武神が相まみえる。

 バキィィィン!!

 甲高い音が響き渡り、すれ違った両者が立ち止まる。

 しばらくの静寂を断ち切ったのは、うめき声をあげたヤミーの方だった。

「グ……ォォォオオオオオオオオ!!!」

 ケルベロスヤミーは断末魔の咆哮を上げると、堂々とその場に立ちながら、真っ赤な炎を吹き上げて爆散した。

 振り返ってその最期を見届けたエールは、満面の笑みを浮かべてガッツポーズ。

「ぃよっし!!」

 トライドベンダーを「よしよし」と撫でるエールをよそに、ゾロは小さく鼻で笑って見せた。

「……噛み(じゃれ)合う相手を、間違えたな」

 

 ―――ゾロ&エール・ラトラーターVSケルベロスヤミー

    勝者・ゾロ&エール。



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6.白紙の明日

 遥か高い上空で、いくつもの紅い炎が爆ぜる。

 オレンジ色の空に真紅の翼がきらめいて、一筋の軌跡を描く。

 光沢を帯びた鎧が光を反射し、エールは蒼空を閃光となって突き進んでいった。

「フッ!!」

 エールが左腕を目の前にかかげると、胸のサークルが輝いて円陣が飛び出し、赤い盾のような武装となった。

「〝スピナー・ブラスト〟!!」

 エールが盾を向けると、先端から深紅の炎が生まれ、ガラに向かって矢のように飛んでいく。

 炎の矢がガラに突き刺さると、その体表で紅い火花が弾けた。

 巨大な翼を広げて滑空する竜は、体表で起こる爆発などものともせずに、目の前でひらりひらりと飛び続ける少女に喰らいつこうとする。

 エールはガラを睨みつけ、いったん大きく距離を取ってから向き直る。

 そして舞のように両手を広げると、背中のあたりから光り輝く尾羽が扇のように展開された。

「〝朱雀の嚆矢(コロナ・アロー)〟!!」

 背中から放たれた矢が一直線にガラに向かい、翼に突き刺さっていく。そして、突き刺さった部分が次々に音を立てて燃え上がった。

 忌々しそうに顔をゆがませるガラ。

 すると、あたりが急に影に包まれ、暗くなる。

 はっとなって見上げたガラの目に、腕を巨人サイズにまで膨らませたルフィの姿が映った。 

「〝ギア・(サード)〟!! 〝ゴムゴムの…………巨人の銃(ギガントピストル)〟!!」

 巨大化した鉄拳が、隕石のようにガラに向かって落とされる。

 鋼鉄の硬さを誇る拳が、ガラの背中に突き刺さった。

『ぐおっ……!! 小癪な!!』

 ガラは唸り声をあげながらルフィを睨みつけ、口から火炎弾を撃ち放つ。

 しかし、それらは当たらなかった。

 ルフィの口からため込んだ空気が漏れ、栓の解かれた風船のように縦横無尽に空中をさまよい始めたからだ。

 ルフィがひらひらと火炎弾を躱し、攻撃が空振りする。

 怒りに燃えたガラは、自らの爪と牙をふるった。

 だが斬撃が当たる刹那、横から現れた紅い閃光がルフィをさらう。

 窮地を救ったエールは、ルフィをその胸にしっかりと抱きしめた。

「ちくしょー。硬ってェな、あいつ」

「……てか、誰!?」

 ギア3の反動で小っちゃくなったルフィの姿に、エールが目を剥く。

 エールとルフィはガラの爆撃を躱しながら、いまだ傷一つつかない鱗を睨みつけた。

「全然きいてねぇぞ!! どうすりゃいい!?」

「ううん。効いてるよ。今までの攻撃で、ある程度あいつからメダルは削り取れた」

 悔しそうなルフィとは違い、エールは冷静に相手の様子を探る。

「後は、あいつの鎧を貫く一撃を入れられれば……!!」

 その時、上空から火炎弾を放っていたガラが急に加速し、二人の真上に到達した。

 ガラは顎を引くと、後頭部に生えた角に緑色の電撃をため込み始めた。

「!! いけない!!」

 急旋回して離脱を図ったエールだが、ガラが雷撃を放つ方が早かった。

 ゴロゴロゴロ……ピシャァァァァン!!

 緑の稲妻が、二人を貫いた。

 ゴムの体を持つルフィは平気だったが、そうでないエールは凄まじい閃光をもろに喰らってしまった。

「う"あ"あ"あ"あ"あ"!!!」

 雷撃を受け、悲鳴を上げるエール。

 閃光が消えると、がっくりとうなだれたエールは、そのままゆっくりと落下し始めた。

「エール!!」

 しがみついていたルフィの手が離れ、二人ははるか下の海へと落ちていった。

 

「エール! ルフィ!」

 落ちていく二人の姿に、ナミが悲鳴を上げた。

 思わず一歩踏み出した彼女を、エール・タトバが諌めた。

「大丈夫だよ」

 それは、他のエールたちも同じだった。

 飛ぶ術もないのに進み出ようとする船員たちの肩に手を置き、代わってエールが前に出た。

「……不死鳥は、死なないんだから」

 そういって、エールは傾けていたベルトを水平に直した。

 すると、ベルトから三枚のメダルが勝手に抜け出て、エールの姿が薄れていく。

 天へ飛んでいくメダルを見ながら、蜃気楼のように掻き消えていくエールは一人、微笑んだ。

 

 全身の激痛にうなされながら、エールは意識を取り戻した。

 負けられない。こんなところで、寝てられない。

 歯を食いしばり、拳を握りしめながら、エールは無理矢理体を起こす。

「エール!!」

 そんな声が聞こえて、エールははっと目を開いた。

 目の前にその少年の手が差し向けられている。

 長く伸びたその先を見やると、麦わら帽を抑えていたルフィが、まっすぐに彼女を見返していた。

 エールは茫然としたまま、伸ばされた手を見つめた。

 

 ―――私は、ずっと欲しかった。

 

 風を肌に受けながら、エールは自身の願いに気付く。

 思わず、笑みがこぼれた。

 

 ―――どんなに遠くても、どこまでも届く大きな手、力!!

    もしかしたら、あいつに届いたかもしれない、そんな大きな手!!

    ……もう、叶ってた。

 

「ルフィ!!」

 伸ばされた手をしっかりと掴み、エールは彼の名を呼ぶ。

 繋いだ手をしっかりと掴み、少女はまっすぐな目をルフィに向ける。

 

 ―――この人となら、きっと、それができる。

    最初から、わかってたんだ。

 

 同じように見つめてくる少年を見つめ、エールは満面の笑みを見せた。

 その口から漏れたのは、純粋な想い。

 

「―――ありがとう!!」

 

 その言葉を受け取ったルフィは、太陽のような輝く満面の笑顔を浮かべた。

 エールの両足の鎧に赤い光がともり、両側が開いて鳥の脚のように変形する。

 エールはルフィの体をほうり上げると、ルフィは開いた鎧の爪に両手を引っ掛けた。

 エールは翼を広げ、大きく後ろに反り返って空中で連続バック転を始めた。

 ぐるんぐるんと徐々に勢いが増していくとともに、繋いだルフィの腕も長く長く伸びていく。

「〝ゴムゴムのォ〰〰〰〰〰〰〰〟!!」

 溜めにためられたゴムの力が、一気に解き放たれる。

「〝JETボーガン〟!!」

 天を貫く矢となったルフィがまっすぐに飛び、ガラの片方の翼を貫いた。

『ぐぬぅ!!』

 翼をやられて、バランスを崩すガラ。

 必死に羽ばたく彼の下で、赤い煌きが放たれた。

[スキャニングチャージ!]

 翼を広げたエールが、両足に紅蓮をまとわせながら、縦方向に回転を始める。

 鋭い刃を備えた不死鳥が、炎の剣となってガラに迫った。

「〝紅天の炎牙(プロミネンスドロップ)〟!!」

 炎の牙は、反撃もままならないガラのもう片方の翼をも切り裂いた。

 切り離された翼竜の翼は、無数のメダルの塊となって四散した。

『グォッ………オオオオオオオ!!』

 翼を失ったガラは、四肢をばたつかせながら、重力の法則に従って落下し始めた。

 ルフィとエールの勢いは止まらない。

 ルフィはゴムの推進力が切れて空中に留まると、その場で器用に右腕をふるい、さらに上空に向かってゴムの腕を伸ばしていく。

 太陽に届くまで、ルフィは手を伸ばし続けた。

 その時、伸ばした右の拳が、黒い光沢を放ち始めた。

 まるで、鋼のように。

「〝ゴムゴムのォ〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〟!!」

 そのそばを通り過ぎ、エールもまた更なる上空を目指した。

 そして空中で反転すると、ルフィの右腕とともに急降下を始める。

 右手の盾を開き、中に入っていたセルメダルを捨てる。

 すると、突然島から飛来してきたいくつもの輝きが、盾の中に収まった。

 エールは盾を閉じると、スキャナーを盾の前方に押し当てる。

 すると、盾の内部が回転して甲高い音を立て始めた。

 キン!キン!キン!キン!キン!キン! と音が奏でられ、盾から高らかな声が響く。

[タカ! プテラ! ライオン! カマキリ! シャチ! ゴリラ! カメ! ゾウ! クワガタ! ウナギ! バッタ! ティラノ! クジャク! トラ! チーター! トリケラ! タコ! コブラ! サイ! コンドル! ワニ! ギ・ギ・ギ・ギガスキャン!!]

「〝紅天(プロミネンス)〟……………!!」

 七色に輝く盾を左に大きく構え、エールはガラを見据える。

 すると、光を放っていた盾が突如、神々しい炎を吹き出し始めた。

 同時に、ルフィの黒く染まった右拳も灼熱の炎を吐き出し始める。

 空で並んだ二人は、最後の力を込めた拳を並べ、邪竜に向かって急降下していく。

 その炎が混ざり合い、一羽の巨大な鳥へと変貌した。

 深紅の炎に身を包み、七色の羽をたなびかせる不死鳥は、二人の闘志に呼応し、甲高い咆哮を上げた。

 辺りが光に包まれる。

 ガラは、その光景に目を見開いた。

「「〝鳳凰双撃砲(マグナ・ファルコン)〟!!」」

 炎の銃弾は、ガラの強固な鎧を貫き、その身を焼き尽くした。

 肉が抉られ、炎がガラの胸を貫いた。

「「おおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」」

『ぐ……お……オオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!』

 ガラは炎に包まれながら、最期の咆哮を発した。

 体が燃やされ、消えていく。

 闇を焼き尽くす炎が、欲望の王を苦しめた。

 

 永遠に続くかと思われた激痛は、次の瞬間唐突に止んだ。

「!?」

 急にあたりが真っ白な空間に変わり、ガラは目を見開いた。

 なんだここは……?

 不審そうに見渡していた彼の動きが、ピタリと止まる。

 彼が見た方向にいたのは、もういるはずのない二人の姿。

 一人はメガネをかけたローブの少年。

 もう一人は豪華な衣装に身を包んだ中年の男性。しかしその姿はすぐにぼやけ、質のよさそうな格好をした少年に変わった。

 ガラは目を見開き、次いで顔をほころばせた。

 目に涙が滲み、視界がぼやける。

 ……迎えに…来て…くれたのか……。

 二人は彼に、微笑みで応える。

 見れば、彼らのさらに向こうには、見覚えのある者たちが並び、ガラを待っているようだった。

 ガラは迷わず駆け出した。

 勢い余って転びかけた彼を、二人の少年は優しく受け止めた。

 ……もう。つらい思いをしなくてもよさそうだ。

 少年の姿へと変わったガラは、手を握る二人に導かれ、白い光の中へと歩んでいった……。

 

 空で、光が弾けた。

 そう思った瞬間、地上に向けてたくさんのセルメダルが降り注ぎ始めた。

 夕日に照らされ、光を反射したその光景は、まるで虹が降ってきたかのようだった。

「……きれい」

「素敵ね……」

 空を眺めていたナミとロビンが、思わずそうつぶやいた。

 サンジは煙草をくゆらせながら、幻想的な光景にしばし鑑賞に浸る。

 フランキーやゾロは眩しそうに見上げながらにっと笑い、チョッパーやウソップ、ブルックははしゃぎながら銀の雨に打たれた。

 ヒナやシンゴ。クスクシエの店長やチエ。村長や住民たちも、その奇跡の光景に目を奪われた。

「うぉおお〰〰!! コトちゃん!! 拾って拾って!! 大量大量〰〰〰〰♪」

「師匠……。台無しなんですけど」

 若干1名。それどころじゃない者もいたが。

 

 遥か下に見える仲間たちのはしゃぐ姿を見ながら、ルフィはにししと笑う。

 さてどうやって着地しよう。

 そんなことを思いながら、エールの方を向いたルフィ。

 その時。

 赤い光が弾けて、エールの鎧が消えた。

 キラキラと輝く光の粒子を残して、彼女の翼が消え去った。

 ローブの姿に戻ったエールの手がルフィから離れ、彼女はまっすぐに落ちていった。

「……!! エール!!?」

 エールは、答えなかった。

 ただ目を閉じたまま、急速なスピードで落下していった。

「エール!!」

 

 *

 

「―――おい、しっかりしろ!! 死ぬぞ!?」

 頬をたたかれる感触を受けて、エールの意識が覚醒した。

 うっすらと瞼を開くと、頬を掴む紅い塊がぼんやりと見える。

 鱗に覆われ、鉤爪の這えた赤い腕の異形に、エールは思わず目を瞬かせた。

「……アンク?」

 エールがその名を呼ぶと、異形は頬から離れ、腕だけで大げさに呆れてみせた。

「はっ。ようやく起きたか。よくもまぁそんだけ寝れるもんだ」

 懐かしい毒舌に微笑みながら、エールはふと気づいた事を訪ねていた。

「……そういえば、ルフィたちが言ってた、私を食ってたっていう鳥。あれ、あんたでしょ?」

「……ふん」

 アンクは嘲るように笑って、びしっとエールを指さした。

「お前は俺のもんだ。野郎にだけは死んでもわたさねェと思ってたからな」

「あはは……」

 エールは嬉しいような呆れたような気分で笑った。

「……その様子じゃ、俺が手を取る必要もなさそうだな」

「……え?」

 アンクの言葉に、エールは目を見開く。

 そして、右腕だけの姿に納得し、目を伏せた。

「……そっか、死んじゃったんだもんね」

「……だが、それでも俺は満足だ」

 アンクは今までになかった満ち足りた声でそう答えた。

 エールはその意味が分からず、眉を寄せた。

「あんたが欲しがってたのって、命でしょ? 死んだら……」

「そうだ。ただの物に成り下がってた俺が死ぬところまで来た! こんなうれしい……、満足なことがあるか!!」

 エールはその気持ちに打たれ、次いで悲しげに眼を閉じた。

「……今度こそ、お別れだね」

「……お前は生きろ。あいつらとともにな――――――」

 その言葉を最後に、彼の姿はスウッと蜃気楼のように薄れ、やがて消えた。

 エールは虚空を見つめ、ふっと自嘲気味に笑った。

 

 ―――……ごめんね、アンク。

    あんたは生きろって言ったけど、私はもう……。

 

「エール!!」

「!」

 ふと聞こえた声に、はっと振り返る。

 エールの頭上で、風の中で抗いながら、ルフィは必死にエールに手を伸ばしていた。

 エールはふっと微笑み、地上に背を向けてルフィに向き合った。

「……ありがとう、ルフィ。でもこれでお別れ」

 エールの言葉に、目を見開くルフィ。

 エールはそんな彼に笑いかけ、自分でもわからないうちに涙を流した。

「さっきからね、すごく眠いんだ。800年も起きてたから、結構、体にガタがきてるみたいだ……」

「…………何言ってんだよ……!!」

 ルフィは不安の色を顔に浮かべながらも手を伸ばす。

 その姿が、だんだんとぼやけ始めた。

 瞼が重くなり、とてもあけていられない。眠い……。

「もっと一緒に居たいけど、……もっとみんなと、冒険したいけど………!! ……でも、もうダメみたいだ」

「いていいじゃねェか!! もっと頑張れよ!! エール!!」

 エールの目じりからこぼれた雫が、ルフィの頬にあたって弾ける。

 いつの間にか、夕日の光が弱くなり始めていた。

 オレンジ色の光が薄れ、淡いブルーに変わっていく。

「……最後まで、勝手でごめん……!! 仲間にしてって言っておいて、こんなところでお別れなんてひどいよね……、でも」

 最後にエールは、満面の笑顔をルフィに見せた。

 オレンジの光が、水平線に消えていく。

「私………、最後に諦めないでよかった!!」

 言葉を失うルフィ。

 エールの表情には、後悔も未練もない、満足げな色があった。

 光が、沈んでいく。

「……ルフィに会えて、ほんとによかった。みんなに会えてほんとによかった。……私はもう、満足だよ」

「エール…………!!」

 必死の形相で、ルフィが腕を掴む。

 失うまい、奪われまいと。

 しかしその時には、エールは瞼を閉じていた。

 

 ―――800年もの呪縛から解き放たれた、安らかな笑顔で。

 

「エ―――――――――――――――――――――――――ル!!!!」

 ルフィの声だけが、昼と夜の魔法の時間(マジックアワー)に遠く響き渡った。

 

 *

 

 ……この世界は、どうしようもないほど私に冷たくて、悲しいことばかりだったけれど。

 少なくとも私は、アンクやルフィにあえて、幸せだったと思う。

 この世界がくれた悲しみや苦しみがあったから、私は今、人の痛みを知ることができた。

 だからこそ、あいつらのために戦えたんだと思う。

 この世界で生まれたから、あいつらに出会えた。

 それだけで、私は満足だ。

 最期に、胸を張ってお前に言える。

 

 そうそう。

 あいつ、お前にそっくりなんだよ。

 会っていきなり、仲間になれ! なんていうやつ、お前以外にもいたんだな。

 とんでもないほど馬鹿だけど、すごく優しいやつだ。

 

 お前が海の外からやってきて、私に希望をくれたから……。私は今、ここにいる。

 お前が私に〝生きる〟ことを教えてくれたから、私は今、ここにいる。

 お前は今頃、どこにいるんだろうな。

 どっかでのたれ死んでるかもしれないな。

 ……もしそうなら、お前はそれでもきっと、満足して逝ったんだろう。

 只では起きないってところは、あいつと一緒だから。

 私にはそんなこと無理だと思ってたけど、案外、叶うものだったかもしれないな。

 

 ……私の〝生〟はここで終わるけれど、もしどこかでまた会えたなら。

 あいつは、また私を仲間と呼んでくれるだろうか。

 お前のように。

 

 

 ―――なぁ、ロジャー……。




次回、最終回。


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エピローグ

作り上げてきたものが完成する、というのは、うれしいことでもありながら、さびしいことでもあると分かった今日この頃。
長いこと続けてきたこの作品が、ついに完結です。


 少女は夢を見ていた。

 朝、寝ぼけ眼のところをナミに叩き起こされ、欠伸をしながら朝日を浴びる。

 すると、ハイテンションのサンジが女性陣にコーヒーを持ってきてくれる。

 気ままに波に揺られ、ウソップとともに釣糸をたらしながら、彼のホラ話に大笑い。

 工作中のフランキーを冷かして、その横でゾロが昼寝をする。

 海風に吹かれながらロビンと語らい、海図を広げるナミと水平線を眺める。

 音楽を奏でるブルックとともに、チョッパーと歌い、踊る。

 持ち味の好奇心でトラブルを連れてくるルフィとともに秘境を駆け巡り、お宝を探して毎日冒険。

 最後はみんなで食卓を囲み、一日の出来事を語り合って笑いあう。

 

 そんな夢が、陽炎のように揺らいでは、消えていく。

 あったかもしれない未来を夢見て、少女は深い眠りの中にいた。

 

 ―――陽炎島。欲望の島グリーディア。

 失われた古代都市の片鱗が残る遺跡に、彼女はいた。

 かつて世界のすべてを欲した王の居城のなれの果てで、エールは一人、深い眠りについていた。

 その顔は、まるで憑き物が取れたかのように、満足げに微笑んでいた。

 

 *

 

 遠く島を離れていくサニー号を見やりながら、コウガミは崖の上に立っていた。

「……行ってしまったか。〝D〟の遺志を継ぐ者は」

 その隣で、サトナカがいつもの無表情のまま寄り添った。

「……後悔しておいでですか? 封印を解いたことを」

欲望の王(オーズ)になってもらおうと思っていたのにね。だが、私は満足さ」

 コウガミの返事に、サトナカは首を傾げた。

 その様子に気付いたコウガミは、にんまりと笑った。

「世の理を超える、人の欲望の無限の可能性を見ることができたからね。彼らとの出会いは、間違いじゃなかった。そう思う」

 すがすがしい表情で船を見つめるコウガミに、サトナカは珍しく眉間にしわを寄せて不機嫌な顔になった。

「ですが、だれも救われません」

「そうかな?」

「!」

 笑ったまま、コウガミはサトナカに振り向いた。

 その目には、もうこの世のすべてが面白くて仕方ないというような雰囲気にあふれていた。

「欲望は尽きることはない。棺の中で眠っていた彼女を見た瞬間、私は確信したのさ! 彼女が、こんなところで眠り続けているような(たち)ではない、とね!!」

 

 *

 

 薄れていく船の姿を見ながら、ヒナは必死に涙をこらえていた。

「……ヒナ。出会いに別れはつきものだ。泣くなよ」

「な……、泣かないもん!!」

 シンゴがそういうと、ヒナはキッと睨みつける。

 だが、その目はこすられて真っ赤だ。

「また来なさいよぉ〰〰〰〰〰!!」

「待ってるわ~」

 口々に感謝の叫びをあげる島の住人たちを見やりながら、崖に座っていた伊達丸は憂いを込めたため息をついた。

 その隣のコトも、悲しげに顔を伏せている。

「……師匠。私たちは結局、何のために戦ったんですか……?」

「決まってんだろ? 生き残るためだよ」

「けど!! こんな結果、だれも望んでないのに!!」

 コトが声を荒げると、伊達丸はさらに深く息を吐いた。

「あたしだってそうさ………。けど、それでもあの子は、満足そうに眠ってた。それなら、あたしらに何か言う資格はないよ」

 コトは何か言いたげに口元をまごつかせるが、ぷいと顔をそむけた。

 そこへ、イズミ爺がやってきた。

「なんじゃ、おぬしらはまだここにおるのか?」

「……だが、いずれ行くさ。こんだけ溜まったしね」

 伊達丸はそう言って、傍らのケースをバンバンと叩いた。中にはお金がぎっしりと入っている。

「そうか。……ヒナがまた泣くのぉ」

「そんときは、かわりに謝っといて」

 イズミ爺はやれやれと頭をかいた。

 そして、しわに埋もれた目を水平線に向けながら、口元にわずかに笑みを浮かべた。

「……まさか、再び彼のような男に会えるとはのぉ。長生きはするもんじゃ」

「……?」

 訝しげな顔になった伊達丸をよそに、イズミ爺は黙って腰を下ろした。

 しばらくすると、はるか先を眺めていたことが急に立ち上がった。

「……決めました」

「!」

 コトはぐっと拳を握りしめると、覚悟を決めた表情を浮かべた。

「私、いつかグランドラインへ行きます。まだ弱いけど、あの人たちのように戦えるように。……あの人のそばに、立てるように」

 伊達丸はポカンとなって、コトの横顔を凝視した。

「こ……、コトちゃん、それって……!! つーかあの人ってまさか、あのマリモ……」

「私、いつまでも子供じゃないですよ?」

 コトのそんな告白に、伊達丸とイズミ爺は度肝を抜かれた。

「コトちゃん……!! いつの間にそんな…………!!」

「青春じゃのぉ………」

 そんな二人の妙に熱い視線を受けながら、コトは右手を銃の形にすると、陽炎とともに消えていく船に向けて、指先を向けた。

 

 *

 

 もうほとんど薄れてしまった島の方を見ながら、麦わらの一味は暗い雰囲気に包まれていた。

 誰も何も言わず、各々の位置で項垂れたり、もたれかかったりしている。

 一番重症なのはルフィだった。

 サニー号の船首の上に寝っころがり、麦わら帽をかぶって黙り込んでいる。

 大切な何かが失われてしまった気分だ。来る前と何も変わらないのに、どこか空っぽに感じてしまう。

 ルフィは帽子をどけて、朝もやの空を見上げた。

 島から飛んできたらしい鳥が頭上をかすめ、さらに虚しさが募る。

 再び帽子を目深にかぶって、不貞腐れた。

 その時だった。

 

 ―――がんばれ!!

 

 聞こえないはずの声が、そこにいた全員の耳に届いた。

 思わず全員が駆け出し、サニー号の後方に集まる。

 小さくなって、蜃気楼に消えていく島の方を凝視しながら、ルフィたちは声も出せずにいた。

 ふと、沈んでいた表情が嘘のように笑顔になったナミが、隣のチョッパーの方を向いた。

「……チョッパー、聞いた!?」

()ぃたぁ〰〰〰!!!」

 涙を零したチョッパーがそう嬉しそうに答えた。

 その瞬間、一味の表情が変わった。

「オウ、おめーら!! んな辛気くせぇつらじゃあいつに顔向けできねぇぞ!!」

「やかましいわぁ!! ……うおぉぉぉん!!」

 ゾロが号令をかけ、ウソップが泣きながら位置につく。

「おうコラマリモ剣士!! あったりまえの事いちいち言ってんじゃねェ!!」

「ア〰〰〰ウ!! こっちゃぁいつでも準備満タンだぜぇ!!」

「ヨホホホホホ!! 悲しくなんかないですよぉ〰〰〰!!」

 テキパキと帆を張り、ロープを張り巡らせていく。

「……いつか、きっとね」

 ロビンが呟き、持ち場に戻る。

 全員が、力を取り戻したようだった。

 打って変わって、生き生きと働く。

 ルフィは船首の上に立つと、胸を張って仁王立ちした。

「………わかってる。約束だ。おれはぜってぇ、諦めねェ!!」

 どこへとも知れない空に向かって、ルフィは誓いを立てる。

「よっしゃやるぞ!! 見ててくれ、エール!!」

 ルフィはぐっと拳を掲げ、天を仰ぐ。

 その声が、彼女に届くように。

 

「海賊王に、俺はなる!!」

 

 まだ見ぬ冒険を求める海の勇者たちに贈られた、もう一人の仲間からの声援(エール)を胸に―――――。

 

 

                                   ―FIN―




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