胡蝶家三女の死者行軍 (漣@クロメちゃん狂信者)
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太陽の下に居場所はない
私はクロメ


亀更新、見切り発車です。

あらすじの注意書きを読んでからお進みください。


生まれたときから覚えていたのは、只々意味もなく襲ってくる猛烈な違和感だった。

 

 

 

 

 

私は胡蝶クロメ。五人家族の末っ子。薬師の父と、優しい母、穏やかな上の姉と、しっかり者の下の姉。幸せな家庭。だというのに、私には生まれたときから拭えない違和感がある。

生活していく中で、不意に襲ってくる言いようのない虚無感。薬研を握るこの手は、何か別の物を握ってはいなかったか。包丁を持つこの手は、食材を切っていたのだったか。上の姉とつなぐこの手は、別の誰かと握ってはいなかったか。下の姉との口論は、こんなにも長続きしていいものだったか。

何も不幸なことなんてないのに無性にそわそわしてしまう、そんな落ち着かない毎日を、私は三姉妹の末っ子、ぼやっとした妹としてそれなりに楽しく送っていた。

 

 

私の頭に常に霧のように立ち込めていた違和感が晴れたのは、両親が殺された時だった。よくわからない生き物が両親を食らう様を見て、自分でも気づかぬうちに私はふと呟いたのだ。

 

「…危険種?」

 

危険種、かつて私がいた世界に存在した生物。危険な存在ながら、時に食料、時に生活の糧、そして時に超兵器・帝具の素材としても利用された生物。あの獣のような図体、唸り声、人をも食らう凶暴性。夜の闇の中でも、不思議と私の目はその生き物をとらえ、同時に生まれて初めての既視感を覚えた。これがあるべき姿だったのではないか?この世界の違和感はこれだったのではないか?

 

そうだ、私の刃は確かにこいつらを斬っていた。

 

「クロメ!」

 

背後から姉に呼ばれ、ハッと意識が戻った。姉は震える手で私の手を掴み走る。あの生物から逃げようとする。そんな姉たちが誰かと重なって見えたその瞬間、私ははっきりと思い出した。

 

私の手を引く姉。深い森。襲い来る危険種。

選ばれた7人。選ばれなかった私。

投薬実験。辛い、苦しい。

暗殺部隊。怖い。痛い。

独立部隊。嬉しい。愉しい。

姉を処刑しなくては。姉に会わなくては。

 

やっと会えたお姉ちゃん。衝突は避けられなくても、最後は和解できたのはきっと幸運なことだった。私を救ってくれたお姉ちゃん。国を変えることはできたのかな。

独立部隊で初めて出会って、こんな私をずっと支えてくれたウェイブ。最期まで私のそばにいてくれた。私のせいで、殺された彼。彼の誇りを、彼の信念を、私の存在が曲げてしまった。助けてくれた彼も大好きなお姉ちゃんも、ここにはいない。

 

「…価値のない者は処分される。」

 

そうだった。私には価値がない。価値がないから、殺された。ずっと変わらない、定義だったはずなのに。理解していたはずなのに。

 

いつだって私には価値がない。

 

 

 

 

 

 

 

しのぶside

 

化け物に両親が食われているのを見てしまった。でも、私は守らないと。震える手を抑えて姉と一緒に幼い妹の手を必死に引く。歯がカチカチと鳴る。怖い、怖いよ、父さん、母さん!!

 

後ろから両親を食っていた化け物の声が聞こえた。このままでは見つかってしまう!!どこへ行けばいいのか分からない。回らない頭で必死に考えていた、その時だった。

 

「…カナエねえさん、しのぶねえさん。こっち」

 

いつもはぼんやりとしている妹が、私たちの手を引いた。

クロメは薬草を保管している部屋を指差す。確かにここなら匂いも誤魔化せるし、物置のようにごちゃごちゃと大きな荷物もあるから隠れられる。入り口も、廊下へ出る道と、調合室に行く道と二つある。

 

「良い子ね、クロメ」

「ありがとう、クロメ。助かったわ。」

 

部屋に入り一息ついたところで、カナエ姉さんがクロメの頭を撫でる。私もクロメの頬を撫でていた。憔悴した私たちの顔はきっと酷かったことだろう。しかし、それよりも気になったのはクロメの瞳だった。黒曜石のように綺麗で、輝いていた妹の目は、光を失ったかのようにぼんやりとしていた。

それを見て、私も両親のあんな姿を思い出してしまい泣きたくなった。でも、今泣いてしまったら、あの化け物に見つかってしまうかもしれない。私はカナエ姉さんと二人、クロメをただぎゅっと抱きしめた。

 

その時だ。クロメは目を見開いて、私たちの腕の中から抜け出すと、廊下へ出る扉の前に立つ。

 

「クロメ、どうしたの?そっちは危ないわ!早くこっちに戻ってきなさい!!」

「クロメ!外に出ちゃダメよ!!」

 

「ねえさん…ねえさん…??…あぁ、そっか。うん、ねえさんか。」

 

ぽそりと何かを呟くとクロメは扉の取っ手に手をかけ、こちらを見る。

 

「ねえさん、わたしね、ぼんやりしてよく転んでいたよね。」

 

クロメが扉を開けた。私も姉さんも必死にクロメを呼ぶけれど、クロメはそれに少し笑って話を続ける。

 

「でもね、わたし、ほんとうは。あし、とってもはやいんだよ!」

 

姉さんが立ち上がって手を伸ばす。クロメは廊下に踏み出すと、姉さんのその手を見てぴしゃりと扉を閉めた。

 

「じゃあね、ねえさん」

「「クロメ!!」」

 

クロメの閉めた扉の音が嫌に耳に反響する。あの子は今何と言った?あの子は今何をした?

あの子は、じゃあねと言った。私たちに別れを告げた。

あの子は、この部屋を出て行った。

…家を闊歩するあの化け物がどこにいるかもわからないのに!!!

 

「姉さん、どうしよう!!クロメが…クロメが!!」

 

あの子は囮になったのだ!!!

私たちは部屋を出た、クロメクロメと名前を呼びながら家中を走った。あの化け物に見つかろうが関係ない。私たちの妹はどこだ!!

 

そして、両親の死んだ部屋に戻った時、部屋の中に誰かがいるのが分かった。

 

「…クロメ??」

 

「あぁ??なんだ、新鮮な死体があると思って入ってみたら、まだ生き残りがいるんじゃねえか!運がいいな俺は!!」

 

「…え??」

 

その言い方、なんで??どうして??まるで…

化け物が2体居たみたいな。

 

「クロメ…クロメは??幼い、女の子。」

 

姉さんが震えた声で問いかける。

 

「あ??そんなの…」

 

その瞬間化け物の首が消し飛んだ。わずかに遅れて響く轟音は、化け物の首を飛ばして畳にめり込んだ大きな鉄球の音。

 

「無事か!!?」

 

声の聞こえた先には、僧のような体の大きな男が立っていた。

 

 

 

 

クロメSide

 

一方クロメはというと、両親を食らった鬼に案の定見つかり、裏手の山の中を逃げていた。

 

「うーん、べつにたべられてもいいんだけど…いちおー、あねだったひとたちだし、せめてとおざけるくらいはしないとだよねぇ…」

 

というか、八房さえあればこの程度の危険種、瞬殺できるのだ。私の相棒、どこにあるのかなぁ…やっぱり回収されちゃったかな。暗殺部隊じゃなくて、せめてお姉ちゃんの組織の人に回収されてればいいんだけど。

 

「うまれかわってもおねえちゃんのいもうとがいいなっておねがいしたのに。」

 

やっぱり神様はいないのだ。いや、私の罪が重いってだけかもしれないけど。だって沢山殺したもんね。罪人も、謀反人も、冤罪人も、一般人も。命令とあらばなんでも斬った。仲間も、裏切り者も、私は斬った。だってそれが命令だから。命令に従わないものに価値はないから。価値がない者は処分されてしまうから。

 

「…よっと、このへんまでくればいいかなぁ。」

 

今世では平和だったのもあって、何にも体を鍛えていない。前みたく投薬されてるわけでもないし、ちょっと走り方を工夫しただけだからすぐに疲れてしまう。

 

「このガキ、やっと追いついたぞ!!」

「うん、おつかれー!じゃ、たべる??」

「…は?」

「ん?」

「え?食べていいのか??」

「え、たべるんじゃないの??」

「いや、食べるんだけどよぉ…あれ、これ俺おかしくないよな?」

「そういういきものなんじゃないの?」

「確かに俺たち鬼は人間食って生きてるけどよぉ?でも自分から食ってくれなんて言う人間初めて見たぞ。お前、あの家で幸せだったんじゃないのか?ほら、こう…もっと絶望感とか」

「んー…べつに?たしかにしあわせだったんだろうけど…いわかんというか」

「違和感だぁ?」

 

「わたしのいばしょはここじゃないの」

 

例えばスラム、例えば戦場。私にはそんなところがお似合い。

私の価値は平和な場所にはない。ならば私の居場所はここじゃない。

もっと血肉の踊るような、もっと愉しい場所。私の価値が示せる場所。

 

「だから、あそこはわたしのいるべきばしょじゃない」

 

 

『気に入った』

 

ベベンと、大きな琵琶の音が聞こえた瞬間、私は地に落ちていた。

 

 

 

「…わお。」

 

落ちた先は不思議な場所だった。階段が上に下に逆さまに。部屋も床畳も上に下に逆さまに。人だって逆さまに立っている。

私の目の前に立っている仕立ての良い服を着た男の人は、とても綺麗なのに冷たくて強い血の匂いがして、なんだかエスデス将軍を思い出す。

 

「貴様、名は」

「…クロメ。おにいさんはさっきおにっていってたひとのじょうしかなにか?」

「あれは私の道具だ。ではクロメ。貴様を今から鬼にしてやる。幸運に思え。私のために尽くせよ。」

「…??おにってさっきのひととおなじ??」

「そうだ。人を食らい、力をつけて鬼狩り共を殺せ。青い彼岸花を探しだし、私に献上しろ。いいな。」

「…それはたのしい?わたしのそんざいかちはある?」

「あぁ、少なくとも貴様がいた場所よりはな。ただし、貴様の利用価値は私が決める。強くなり、精々私の役に立て」

 

ジッと男の目を見つめる。血を吸ったような紅い目。ぬくもりのない冷たい声。かつて敬愛したエスデス将軍とは見た目も思いやりのし方も真逆。きっとこの人は誰も信じていない。

 

懐かしいなぁ。私を見下ろす研究者たち。副作用を気にしない強化薬を投薬するときに向けられていた目に近いかもしれない。でもそれでいい。彼も、お姉ちゃんもいないこの世界で生きるには、私はやっぱり暗殺にしか価値はないと思うから。

 

「うん。がんばるから、たまにはほめてね?」

 

冗談交じりに返事をして。それに苛立ったらしい男は、乱暴に私の額をその指で貫いた。

 

私にはきっと、これがお似合い。

そうだよね、お姉ちゃん。

 

 





・クロメ(胡蝶クロメ)
この度パラレルワールドなアカメが斬る!軸から鬼滅の刃軸への転生を果たす。
アカメが斬る!では基本原作通りの生をなぞるも、最期は追っ手との戦いの最中で相打ちになる。実は前々世は平成を生きたOLであるが、前世をクロメとして生きている最中で、あまりの境遇に精神崩壊を起こし、ほぼ完全にクロメと同化しているため、当人に実感はない。平成を生きた女に投薬実験、大量殺戮、お人形遊び()はきつすぎた。
胡蝶夫妻の死に伴い、クロメとしての自我を自覚。親を殺されたことでSAN値チェックの入っていた本来の末妹のクロメちゃんを吸収し、完全に目覚めるに至る。
実はクロメを追いかけていた鬼は当時の下弦という設定だったりする。下弦は結構入れ替わり激しいみたいだしいいよね。下弦から逃げ切る幼女に興味を持った無惨様に、この度めでたくスカウトされる。
目覚める血鬼術はもうお分かりですね?(^^)

胡蝶姉妹
皆様大好き、カナエ様、しのぶ様。この度岩柱様に救われ何とか生き残ったが、可愛い妹が行方不明でSAN値チェック。この後鬼殺隊を志し、妹あるいはその仇の鬼を探し出す所存。


ポンコツ上司様(名推理)
本誌を読んだ誰もが「顔以外絶対に許さない」と叫んだ存在であり、単行本派のSAN値チェックの元凶、そしてアニメ派があまりのパワハラに恐れおののいたであろう鬼。ちなみに作者はこのくらい胸くそ悪いキャラは逆に好きになるタイプ。
この度将来有望(利用価値的な意味で)な人間を鬼にしてやった。感謝しろ。血の量は結構多めに入れた。だばだば。だって下弦から逃げ切った人間だぞ。鬼狩りでもないガキだぞ。ん?逆に鬼狩りでもないそれ以下の子供に追いつけない下弦??はーい、パワハラ面談開催決定―!!

存在を捏造された下弦の鬼
胡蝶夫妻を殺し、姉妹も殺そうとしたところで、一番下のガキが飛び出してきたからラッキーと思って追いかけたら追いつけない。しかも、立ち止まったと思ったら食べていいよって??なんだこいつ(真顔)
この度パワハラ面談の開催が決定したため、明日には死ぬ。


この小説を書くに至ったコンセプト
少年誌掲載ということもあってか、まだ表現が生ぬるいところあるよね。
軽く見た感じみんなが腹立つっていうキャラ、大抵無惨様か童磨だよね。
…もっと胸くそ悪い能力の鬼くらい、居てもいいよね????
アカメが斬る!を知らない方はきっと察せないことでしょう。
さあ、「クロメ 帝具 八房」で検索検索ぅ!!(愉悦)


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命の頂き方

カニバリズム系統の描写あり。苦手な方はご注意を。


鬼になったあの日、心身の倦怠感に必死に抵抗しながらなんとか目覚めると、かの鬼の頭領はもういなかった。立ち上がってみると、パサリと体に掛けられていた着物が床に落ちる。…なんだか目線が高い。自分の体を見下ろすと、どうやら前世の死んだ頃にまで体が成長しているようだった。10代半ばといったあたりだ。そうなると案の定というべきか着ていた着物の丈が際どくなっている。自分に着物が掛けられていた理由に納得して、遠慮なくそのまま拝借して着替える。…どうせなら前世で着ていたあの服が欲しいなあ。そう思いつつも贅沢は言っていられない。懐かしくも慣れない手足の感覚に四苦八苦すること数分。なんとか感覚は取り戻したが、何をしたらよいのか分からず、寝っ転がってゴロゴロしているしかなかった。

ずっと無言で近くにいた琵琶を持つ鬼…鳴女さんに聞くと、数日中に食事が届くので来たら食べなさいとの事だった。あの頭領のことだ、目覚め次第外に放り出されると思っていたけど、そこまで冷血ではなかったのかな?聞くと、どうやら観察対象の幼子に早々に死なれてはつまらないとの仰せだったことで鳴女さんが気を利かせてくれたらしい。これぞ出血大サービス、ってやつかな。…やめよう、洒落にならない。とりあえず鳴女さんが女神なのは分かった。ほんとにありがとう。

兎にも角にも、頭領の気が変わらぬ今のうちに、彼女に色々聞くことにしようと思い、私は口を開いた。

 

最初は何も答えてくれなかった鳴女さんだが、しつこく話しかけていると段々と答えてくれるようになった。その中でも私が気になったことは2つ。

まず、大抵の場合、鬼になると人間だったころの記憶はなくなるらしい。鬼になる際の負荷と頭領からの呪いに、人間の脳みそが堪えられないようだ。しかし、私には所々怪しい部分はあるが一応記憶が残っている。前世のこと、今世のこと、鬼になる瞬間のこと、ちゃんと覚えている。記憶が残る鬼がいるのか鳴女さんに聞くと、「たまにいる」らしい。私だけだったらどうしようかと思ったが、それならば特段気にする必要はなさそうだ。頭領に仕える身にはなったが、変な意味で目をつけられたくはない。

 

また、目下の目標は血鬼術に目覚めることだとも言われた。血鬼術は鬼によって様々。例えば、私が今いる此処「無限城」は鳴女さんの血鬼術で弄られているらしい。外と此処を繋ぐのは勿論、内部は敢えて迷路のようにしていて、配置もいつでも好きなように変えれるそうだ。血鬼術凄い。私は与えられた血の量が多かったから、きっと目覚めるだろうと期待されていると言われた。あの人は能力には期待しても、私に期待はしてないと思うけどなぁ…?そう思いつつも口には出さない。だって何が起こるか分かんないもん。

 

 

そして鬼になって数日経った今日、今私の目の前には人間の死体が山積みになっていた。死体の山は、老若男女問わず大人から子供まで豊富に揃っていてざっと見ただけでも20近くはあるだろう。死体を持ってきたのは目に「弐」の文字がある綺麗な瞳の鬼で、「オススメは女の子だよ」と話しかけてきた。その鬼も仕事があるからまた今度ねと言い残して早々に鳴女さんの作った障子の奥へ消えていった。…積み上がった死体の山をもう一度見る。

 

「…え、やっぱり人間食べないとだめなの?」

「当たり前です。」

「……これを?」

「鬼になったばかりならば空腹でしょう。数日待ちましたし、飢餓状態の筈です。」

 

鳴女さんが暗にさっさと食えと伝えてくる。前世が前世なのもあってこの程度の惨状に抵抗はないけど、食べろと言われるのは初めてだ。流石の私といえども気が引ける。確かにお腹は空いている。唾液が口の中には沢山溜まっていてコレが食事なのは分かっているんだけど、でもこれが美味しそうとは思わないのだ。

 

「こんなものより美味しいお菓子が食べたいんだけどなぁ…」

 

クッキー、チョコレート、キャンディ、ビスケット、シャーベット…今世ではまだお目にかかった事のない大好きなお菓子達の名前を呟きながら、私は死体の山に近寄り手を伸ばす。無造作に1人選ぼうとして、ふと手を止める。そういえばオススメは女の子なんだっけ?先程の綺麗な瞳の鬼が言っていたことを思い出し、手近にあった女の死体を持ち上げてみる。首が一閃で引き裂かれ、傷からはまだ血が滴っていた。意外と新鮮っぽい。年の頃は10代後半かな?綺麗な肌の、若い女の子。…お姉ちゃんや姉さん達と同じ長い黒髪。うん、最初に食べるならこの子がいいなぁ。

 

「はぁ…これだから結局、私は壊れたまんまなんだよね。」

 

せめてもと思い、両手を合わせる。

ちゃんと残さず食べるから。そしたらきっと、ずっと一緒の筈だから。寂しくないよ。怖くないよ。ごめんね。

偶然ではあるけれど、それでも私は生かされてしまった。なら生きないと。だって敗者は死に方すら選べない。尊厳ある死も、屈辱の生も、決められるのは勝者だけ。だから、生かされた私が、みっともなく生にしがみつくことしか出来ない私が、その存在意義を果たすために。

 

「どうか、私の糧になって。」

 

イタダキマス。

 

女の死体にそっと口を近づけた。何処から食べればいいのか分からないけど、とりあえずは齧りつき易そうな腕からいこう。…やっぱり美味しくなさそう。嫌だなあと思いつつ、鬼になって鋭くなった牙をその肉に突きたてた。

ドロリと口の中に流れ込む血の味。人間だった頃は鉄っぽい味にしか感じなかったけど、鬼になった今となっては不思議と少し甘いような?噛み千切った肉を咀嚼する。

 

……んーと。

 

「うん、不味い。」

 

汚いとは思いつつも、咀嚼を中断し口内の肉をぺっと吐き捨てる。

私の急な動きに、傍にいた鳴女さんがビクッとしたのが見えた。うん、ごめん。でも無理、不味い。

血は甘かった。でもお肉が美味しくない。

例えるなら、醤油の無いすき焼きとか、タイ米で出来た親子丼とか、茹でていない生麺のままのうどんとか、そういうのを食べてる気分。食べれなくはないけど、好んで食べたくはない味。絶妙なニアミス感、圧倒的これじゃない感、疑問の残るミスマッチ感。私今何食べてる?消しゴム?って言いたくなるような、そんな感じ。

なんで美味しくないんだろう?死体だから?生きたまま食べれば美味しいかな?それとも単純に生肉だからかな?調理すれば美味しくなる?

 

分からないけど、確かなことが一つだけある。

 

「今のままじゃお肉無理!!」

 

ということだから、とりあえず血だけでも飲み干そう。女の肉を放置して、次の死体を手に取る。血はほんのり甘い。飲める。肉を齧ってみる。不味い。放置。次の死体。飲む。齧る。放置。次。飲む。齧る。放置。次…………

 

 

そんな流れ作業をしていたからだろうか、背後に忍び寄る影に気づくのが遅れた。

 

「肉が食えないだと…?」

「お台所貸して下さい、頭領。(お疲れ様です、頭領。)」

 

しまった、思っていたことがつい口に出てしまった。

そう思ったのも束の間、その瞬間強烈な蹴りが飛んできた。何とか目で追えたので腕でどうにか防ぎ、体勢を整えながら壁になっている床に生えた手すりの上に着地する。腕は衝撃に耐えられず大破、肉が吹っ飛び骨が見えている。

再生は遅いが、ジワジワと治っては来ているようだ。

 

「……ほう?今のを防ぐか。」

「…お肉………」

「話を聞け、無礼者。…何故防いだ?」

「…何故とは?致死性の攻撃をされたと判断したので反射的に防ぎました。」

「…面白い。人を食う前だというのに防ぐとはな。良いだろう、鳴女。」

「はい。」

 

ベンッと琵琶の音が響く。次の瞬間、私は死体の山と共にどこかの家の台所に立っていた。…鳴女さん凄い。でもそれよりも気になる問題がある。

 

「この量のお肉、一人で食べきれるのかなぁ…?」

 

でも捨てるような真似はしたくない。私が食べてあげないといけない。だってそうじゃなきゃ、この人たちは何のために死んだのか分からないでしょ?この人たちの死を無駄にはしない。殺してしまった責任はしっかり背負わないといけない。だから、ちゃんと食べないと。

 

「さてっと、ボルスさんにちょっとはお料理習ったからね。塩胡椒で焼くくらいなら問題なくできるもん。人間の捌き方なんて知らないけど全部食べられるらしいし、腑分けとか要らないよね?…大丈夫かな、怖いから最初はお肉だけでやろう。」

 

台所にある包丁を手に取り、最初の女の死体のもとへ行く。

死体を捌くなんて、人間としてあるまじき行為かもしれない。前世の医者だって、検死とかで解剖せざるを得ない時だけ腹を開くくらいだ。捌くだなんて、誰もやらない行為だろう。でも、それでも。

 

「…ごめんね。」

 

血は飲み尽くしてたおかげで血抜きは十分。大丈夫、死体で遊ぶなんて少し前に戻っただけ。責任もって処理するだけマシ。これが今後日常になる。いつものことだよね、適応しちゃえば良いんだもんね。あーあ、こういう時に八房があればなあ…スパスパ斬れるのになあ…。

 

私の中にあった罪悪感はすでに消えていた。

 



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相棒との再会

バキリ、パキパキ、ミシミシ、ゴキリ。

 

「おー…今世では初めまして、だね。“八房”?」

 

私の懐かしの相棒が手に収まっていた。

 

 

人間を食べるようになってから分かったことがある。

一つ、日光には当たれない。当たると蒸発するみたい。昼に移動できないのは面倒だけど、元から夜の住人みたいなものだし、私はそんなに気にならなかった。直接当たれないってだけで、家の中とか濃い日影がある所からなら外は眺められるしね。

二つ、藤の花の香りが苦手。前は特に嫌いな匂いだとは思わなかったんだけど、何だか今は苦手。本能的に拒否しちゃう感じ。藤の木に鼻を抓まんで近づいてみようとしたことがあったけど、途中で足が止まってしまった。まあ、戦闘中じゃないなら無理して近づくこともないし、大人しく検証は諦めた。

三つ、人間をいくら食べてもお腹いっぱいにならない。最初に貰った山はその日にしっかり食い尽くすことが出来た。何ならまだまだ入りそう。元々燃費の悪い体ではあったけど、鬼になってからは更に悪化してる気がする…。姉さん達にも健啖家ねってよく言われたし、前世に至っては姉妹揃って大食いだったし。女の子としてはちょっと複雑だけど、女の子以前に私は暗殺者であり、駒であり、兵士であり、武器だから、食べれるときに食べないと。

 

放り出された台所のある家を拠点に、あちこちを彷徨い歩くようになって数日。昼過ぎの麗らかな時間、まだまだ外が明るいので目を閉じてボーっとしていた時だった。突然、左腕が何だか燃えるように痛くなって、バキバキと不穏な音を立て始めた。大凡人間が、というか生き物が立てて良い音ではない。そんな異様な音を聞きながらその出処を探ると、左手首の辺りから骨が飛び出すように伸びてきていた。

 

「…え、気持ち悪い。」

 

見たことも無いような光景に驚愕し、思わず痛みを忘れる。呆然としながら観察を始めた私を余所に、骨はどんどんと伸びてきて筋繊維がそれを覆うように巻きつく。それが成長するにつれて、その先から段々と変質していくのが見えた。脂汗を流しながら、どのくらい耐えただろうか。数分かもしれないし、数時間かもしれない。でもまだ日は高かったから、そこまで長時間ってわけではないと思う。

 

そして、痛みが引いたとき、私の手にはかつての相棒が収まっていた。

 

「ふんふーん♪ふふん、ふーん♪たららったたーん♪」

 

久方ぶりの相棒は、握っていない時間が長かったにも関わらず、よく手に馴染んだ。ご機嫌になった私は、思わず鼻歌を歌いだす。鞘から刀を抜くと、見慣れた白銀が光っていた。私の血肉と骨から出来たはずのにちゃんと金属っぽいのは何故か分からないけど、深く考えない方がいいよね。軽く振ってみたが違和感はなく、前世の相棒に相違ないことが分かって安心した私は、そんな疑問を即座に放り捨てることにした。

 

「むぅ…家の中にいるせいで思いっきり振れないのが残念。ま、夜になったら試せば良いよね。でもなんで、急に私の腕から生えてきたのかな…」

 

しばらく悩んで、唯一思い浮かんだのは、これが「血鬼術」である可能性。私が食べた人間の数的にそろそろ発現してきてもおかしくはないと思うんだよね。血鬼術は鬼によって様々だという。鳴女さんは琵琶を鳴らして能力を発動させているみたいだった…。なら、私の八房もそうなんじゃないかな。この刀を媒介に発動する…まさに前世の帝具・八房の通りに。

 

「…うん、夜になったらちゃんと試そう。八房の能力も含めて。」

 

偶然ではあるけど、もし予想通りならやっと本領発揮できそうだ。思わず漏れた笑い声に、八房が妖しく煌めいた。

 

 

 

その夜のことだ。太陽はとうに落ち、星の煌めく帳が空に広がった。それを窓から確認すると、私は家を出る。

私が住むこの家はそこそこ都会にある。大きな町ではないし、車とかいう鉄の塊がいっぱい通ってる訳でもない、街灯も所々にしかない。でも建っている家のほとんどに電気が通っているし、洋食店や洋服店が数件ある。小金持ちが住む住宅街って感じ。私の拠点は、きっと頭領の持ち家か何かなんだと思う。じゃないと住人が帰ってこないのはおかしいし、ましてや空き家に不法に住んでるなら電気が通ってるはずがない。私がここを拠点にしてから、町の人に怪しまれたことも警吏が来たこともないから、きっと法律上は大丈夫なんだと思う。

 

夜の町を歩く。敢えて街灯のあるところを通って、町をぐるっと一周。今日の獲物は誰にしようか考える。…そういえばこの町に最近新しく旅館が出来たと聞いた。何でも門に大きく藤の花の絵が描かれた立派な旅館だそうだ。

 

「…ふふ、もしかして鬼狩りさん達の拠点だったりする?」

 

鬼狩り。それは頭領と私達鬼を殺すための組織だとこの前聞いた。産屋敷とかいう男を頭に作られた組織で、柱と呼ばれる9人の強い剣士を筆頭に数百人の剣士を囲う政府非公認の集団だとか。ちょっと前頭領に「政府にこの人たち、銃刀法違反ですよーって報告するんじゃ駄目なの?」って聞いたら殴られそうになった。避けたけど。それに機嫌を良くしたらしい頭領が(なんで避けられて機嫌良くしたんだろう?)なんか色々言ってたけど、まとめると「産屋敷は狡猾で執念深いから無理」みたいな内容だったと思う。

ウチの頭領、案外子供っぽいとこあるよね。正直小物臭い。ボスらしくドンと構えとけばいいのに。まあ頭領がそんなだから、大人しく殺し合うしかないみたいなんだけど…拠点潰せば行動範囲も減るよね、多分。

 

「よし、八房の性能確認も兼ねて今日はそこにしようっと」

 

しかし、八房が手元に来て本当に良かった。私はやっと実力を出せるし、八房が本当に血鬼術の類なら、イライラしてた頭領に怒られる頻度もきっと減るはず!

高鳴る胸を押さえつけて、私は旅館に向かった。

 

 

 

辿り着いた旅館の傍の高木の上。木に登って内部の構造を確認しようとしていた私は、自分の考えのなさを呪った。

 

「…臭い…。」

 

藤のお香が煙くならない程度に焚かれていて、庭には藤の木が数本。中に居る人からも強い藤の香りがするから、きっとお守りとかサシェみたいな匂い袋とかを携帯してるんだろう。そりゃそうだよね、鬼狩りの拠点だし対策くらいしてるよね…。道理で拠点を落としたって報告が少ないわけだ。軽いノリで此処を目指した数分前の自分に馬鹿と言ってやりたい。

 

「ま、でも…出来立てってだけあって、匂いはまだ染みついてないね?」

 

旅館の木材は新しいヒノキの素敵な香り。藤の木で家は建てられないもんね?お香が強めに焚かれているのも旅館に馴染ませるためだよね、きっと。…今なら、まだいける。外に護衛は無し、内部の音からして旅館の中には13人。私の体調は問題なし。藤の香りのせいで多少の吐き気はするけど、この程度の吐き気なら慣れてる。

 

「今日のごはんだ。」

 

元暗殺部隊として、失敗はプライドが許さない。確実に完遂する。そういえば、お姉ちゃんが任務の時必ず言っていた口癖があったなぁ…。懐かしさに顔を緩めながらも、気は抜かない。鬼になってから更に鋭くなった感覚を駆使して、周りの気配を探る。人気なし。野生の動物の反応なし。鳥の気配もなし。

そして今、丁度月が雲に隠れた。木の上で抜刀体勢をとる。前傾姿勢で踏み込むその直前、私の口からは自然とお姉ちゃんの口癖が出ていた。

 

「――葬る。」

 

枝の上で踏み込み、一足で旅館内に侵入する。誰もいない庭に静かに着地すると、即座に縁側から廊下に上がって、明かりの灯っていない部屋に滑り込む。外に明かりがあるおかげで、暗い部屋からは障子戸の外の影が良く見えた。旅館の仲居さんと思しき人影が前を通り過ぎた。静かに戸を開け、音もなく接近すると後ろから首を一閃。障子が血を浴びて真っ赤に染まった。音はない。未だに立ったままの死体を静かに寝かせる。さあ、ここからが本番、私が見つかって外に連絡される前に、何としてでも殲滅する。

 

「さて、八房の能力は使えるかな?」

 

キュッと刀を持つ手に力を入れる。前世と同じように八房に意識を向けると、首のないその死体が立ち上がる。

 

「ホントに八房そのものだ…。ま、能力は使えるみたいだし良かった。これなら殲滅も楽そう。」

 

ここに居るのは13人。何人まで操れるのかな?前世の帝具・八房は、名前の通り8体までしか操れなかったけど、これが血鬼術ならそれ以上操れるかもしれない。この刀だって、八房と全く同じっぽいから便宜上八房って呼んでるだけで、本来は八房って名前じゃないかもだし。私に一番合ってる武器が八房だから、それを血鬼術が再現したって方が可能性としては高いよね。だから、まずは私の血鬼術が「八房を再現する能力」なのか、前世の八房の能力でもある「斬り殺した相手を骸人形にする能力」なのか、そこを確認しないといけないかも。前者だとしたら、私の持つ八房が壊れされたら能力解除は確実。後者なら八房はあくまでも能力発動の媒介であり、死体の操作に直接的に影響はないはず。

 

「さて、実験、実験。」

 

先程作った首なしの骸人形にこの旅館内の人間を見つけ次第殺せと命じ、そのまま別行動を開始する。私の口は禍々しい程に弧を描いていた。

 

 




大正コソコソ噺という名のアカメが斬るを知らない人のためのアバウト用語解説
【帝具】
なんかすごい能力が付いてるすごい武器。能力は様々であり、中には「奥の手」と呼ばれる特殊技を放てるものもある。また形状も鋏、糸、刀、鎧、血、指輪など様々であり、似たものはあれど、同じものは1つとしてない。

【八房】
暗殺部隊に所属するクロメが使用していた刀型の帝具。異名は「死者行軍」。その能力は「斬り殺した相手を8体まで骸人形にする」というもの。ただし、クロメとの相性の良さから、原作のクロメ登場時には「自分が斬り殺していなくても死体なら8体まで骸人形に出来る」能力にパワーアップしていた。ただし、死体というだけあって、無機物や植物(一部例外除く)には効果を発揮しない。奥の手は存在しない帝具ではあったが、十分強力な能力である。デメリットとしては、骸人形を出して操っている間はクロメが弱体化(主に体力の低下)されるという点が挙げられるが、クロメは暗殺部隊で度重なる薬物実験をされた強化体であるため、弱体化していても普通に強かった。

この2単語さえなんとなく分かれば、この小説は何とかなります。



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検証

「うーん…?なんでこの子だけ美味しいんだろう?…あ、マズッ。え、さっきまで美味しかったのに何で急に?…もしかしてまだ生きてた?あっちゃあ…それは悪いことしたなあ。心音小さくて流石に聞き取れなかったや。」

 

もぐもぐ、バリバリ。咀嚼音が響く。ここは旅館の台所。器具と調味料を拝借して、骨までしっかり調理して食べる。己が殺した13人の遺体は目の前には1つとして残っていない。

 

結局、私が使役できた死体は8体までだった。でも、自分が身に染みて操作を覚えてるのが8体ってだけで、血鬼術がまだぎこちない感覚がするし、もしかしたらもう少し強くなれるかもしれない。頭領も食べた人間の量が強さに直結してどうたらって言ってたし、これから先も食事を続けていけば強化されるんじゃないかと思う。

 

10人の遺体を腹に納めた私は、まだ朝日が昇らないのを確認して、証拠の隠滅を開始する。此処に来たのは盗賊ってことにしよう。私は此処に来ていない、いいね?

障子を蹴って破り倒し、金目のものをもらっておく。…これだとなんか本当に盗賊みたい。他意はないんだけど、臨時収入ってことにしとく。まぁ仕方ないよね。鬼に殺されたなんてばれたら、鬼殺隊に目をつけられちゃうかもだし。なんなら旅館ごと燃やしてしまいたいけど、近隣住民が集まってくるのは御免だ。上手く殺したから、血痕なんてほぼ残してないし、最初に派手に血をぶちまけちゃった障子戸は竈の薪代わりにして火にくべた。これですぐには鬼の仕業とはばれないだろう。

“ここは人攫いの盗賊に襲われた。”

そうだよね?

 

そうこうしてる間に、夜明けが近付いてきていた。慌てて旅館の塀を飛び越え、最短ルートで屋根伝いに疾走し拠点に戻る。そして朝日が昇ったのを確認した私は、食べずに保存していた残る3人で検証することにした。

 

先ず前提として、お人形にした3人は人間。人間は日光に当たっても溶けない。でも、私が操る死体は血鬼術がかかってる。この3体が日光に当たったらどうなるんだろう?

私は部屋の奥のベットから布団を剥ぎ取ると念のため頭から被る。ベットに上がって日の当らない場所に座ると、そのまま1人の死体を呼び出し、その死体にカーテンを開けさせた。…蒸発しない。死体は日光に当たっても何食わぬ顔でそこに立っていた。日光の下を歩かせても問題はない。だけど、夜よりも多少操作しにくいような…?

そのまま日光の下を歩かせ続ける事半日、死体の操作が効き難くなっていくと共に、その死体は最後にはパタリと倒れてしまった。

 

「…もしかして太陽に当たることで肉体は蒸発しないけど、段々血鬼術の方が浄化されてたりする?」

 

当らずとも遠からずじゃないだろうか。2人目の死体を呼び出し、それにカーテンを閉めさせて、私もベットから降りる。倒れこんだまま操作出来なくなった1人目の死体のもとへ行き、能力を発動させてみると、能力の効きが悪いのかなかなか上手く動かない。しかし、それも数分後には再び前と変わらずに動き出した。

 

「ふむ、これは良いかも。情報の共有は出来ないけど、昼間に活動させられるってことは利点だよね。服とか調味料とか、買い物も行かせられるし。…あ、でもこの街じゃ無理かな。旅館の人だって顔が割れてる確率のが高いもんね。頭領に頼んで新しい拠点貰う?いやでも流石にそこまではもうしてくれないよね。仕方ない、近々この街を出る方向で考えとこうかな。」

 

この街は確かに居心地は良かったけど、この能力を活かせないのは勿体ないもん。

 

その夜のこと。今日も一狩り行こうと思い、カーテンを開けて窓の外を見たその時だった。

外が明るい。

今は夜、見上げても空は暗く、そこに太陽の輝きはない。なら何故?窓を開け、身を乗り出す。辺りを見回すと、噴水のある広場の辺りが妙に明るかった。私の視力で確認は出来る距離だが、周囲の住宅が邪魔をして部分的にしか見えない。ジッとその方向を見ていると、チラチラと住宅の隙間から火の影が見えた。…火事?煙は確かに上がっている。でも建物は燃えてない。…ここからじゃ分からない。そう判断して、窓の縁に手を掛けると、屋根の上に上がった。

 

 

建物に邪魔をされずに見えた光景に私は目を見開いた。

噴水広場はまるで処刑場のようだった。先程、隙間から見えた火は火事ではなく、火炙りの刑か魔女裁判のように棒に張り付けられた人間が燃やされる火だった。

男は手と喉と足に杭を穿たれ燃やされていた。そんな夫の前で女は喰われながら犯され、その子の血肉は男を燃やす火で炙られている。そして引きずり出された臓物と共に鬼の腹に収まっていった。

それをギャハギャハと笑って眺める鬼たちがいる。複数匹、徒党を組んでの蛮行。既に町に人気はなく、漂う血の匂いと死臭からおそらく全ての人間が食われたのだろうと判断する。私の拠点が襲われなかったのは、鬼である私の気配がしたからか、それともここが頭領に関わりのある家だと知っていたからか。この蛮行を見るに後者はなさそうだ。

 

「あーもう!!折角証拠隠滅して旅館襲ったのに!!もう少し準備してから行けると思ったのに、アイツらのせいで全部パアじゃん!!」

 

こんなに大々的にやらかしてくれたのだ、すぐにでも町を出ないと鬼狩りが来てしまうかもしれない。操作の練習も兼ねて今日一日お人形達に作らせていたリュックサックが、早速出番かもしれない。お人形達に調味料や調理器具、最低限の服や下着等を詰め込ませて待機を命じると、私は屋根の上を疾走した。

 

…あぁ、胸糞が悪い。

 

他人のことを言えないのは分かってる。今の私だって、生きるために殺してる。人間で料理だってした。能力で死体を使って人を弄んでる。そんな私だから私自身、なんで胸がムカムカしているのか分からない。

でも、「これは違う」と脳みそが叫ぶ。

なんで?なんで?なんで?どうして私はこんなに今苛立ってるの?

使えるものは何でも使う。それが私の帝具を最も活かす方法だった。骸人形にした子に同族を殺させた。家族を殺させた。仕えていた者を殺させた。時に使役する骸人形に残る僅かな意志すら利用して、ただただ任務の為だけに八房を振るった。

任務の暗殺対象やその死体で遊んでた昔の私と、人間という食べ物で遊ぶ目の前の鬼たち。

二者にきっと違いはない。どんぐりの背比べもいいとこ。

 

…でも聞こえてしまった。お姉ちゃんと泣き叫ぶ妹の声が、そして妹の名を呼ぶ姉の声が、聞こえてしまったのだ。本当に聞こえた声なのか、私の過去と妄想の生んだ幻聴なのかすらも分からない。でも、私は無意識に走り出していた。

綺麗で偽善的な理由なんかじゃない。ただ、私の計画の邪魔をしたから、アイツらに腹が立ったんだ。そう自分に言い聞かせながら、屋根の上を飛んでいく。

 

「頭領の影響受けすぎたかな。存外、私も鬼らしくなってたのかも。…自分勝手極まりないわけだよね!!」

 

広場に着いた私は刀を一閃。目の前の鬼共の首を斬り飛ばした。鬼共はこちらを信じられないような目で見ている。

 

「よくも私の計画を邪魔したね。さぁ、〝死者ハ行軍セリ〟。お前らも私のお人形になって?」

 

…おや?お人形みたいに私が遊び尽くしてやろうと思っただけなんだけど…思わぬ誤算というか儲けものというか。駄目もとで、というか昔からの癖で八房を発動させていただけなんだけどな。

そう、今私の目の前には首のない鬼が立ち上がっていた。落ちたままの首は虚空を見つめ、焦点はあっていない。つまり死んでる??鬼狩りの刀で斬ったわけでもないのに?どういう事なんだろう。いや、これの検証は後。今理解すべきことは1つだけでいい。

 

「…へぇ?私は()()()()()()()?」

 

じゃあ、悪い子は使い潰しちゃおう。こんなに派手にやってたんだ、これから先、余計な事をされても困るもん。私がこいつらを使った方がよっぽどうまくいく。いかせてみせる。こいつらが死んだところで、私がそれ以上に働けるなら。それなら頭領だって許してくれるよね?

 

この状況にはなんか既視感があるなあ…。だからきっと、前世の上司ならきっとこう言っていたはず。

 

「―――蹂躙しろ。」

 

さぁ、踊って。殺して。踏み躙って。私のお人形さん達。

 




本作のクロメちゃんは、アカメちゃんへのシスコン度とエスデス様へのリスペクトが高めです。


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来てしまったパワハラ面談

「……焦げてて美味しくない。」

 

でも皆鬼に殺されてしまった。なら責任はとらないとだよね…。

大人子供、燃やされて犯されて遊ばれた遺体をもぐもぐと消化していく。鬼は皆殺しにした。虫唾が走ったし、私に瞬殺されるぐらい弱かったし。でもこの惨状だもん、久々に頭領のお呼び出し食らうかも。…嫌だなぁ…でも仕方ないよなぁ…。

 

「…でも私とばっちり受けただけだし。私はちゃんと考えて動いてたもん。…なんて言い訳通じないのが頭領なんだよなぁ…はあ。」

 

思わず溜息が零れ落ちる。この間も手は止めない。待機していたお人形たちに遺体を集めさせ、ひたすら消費していく。その間に、先程お人形にした鬼に私の拠点の破壊工作をさせて、違和感のないように街を整えておく。

この街は複数の鬼に襲撃され、一晩で消えた。

そういうことにしないと、もうどうしようもなくなってしまった。遺体をとにかく食べる食べる食べる。急がないと、朝になっちゃう。朝になる前に別の街か森の中に入ってしまいたいのに!!

こういう時にお姉ちゃんがいれば!!いや、お姉ちゃんなら人肉なんて絶対食べないだろうけど。でもお姉ちゃんはお肉が大好きだったから、人肉どうこうって話じゃなくて単純にこのくらいの量のお肉はペロッといけるはず。私は甘味なら負けないけど、お肉はそれなりで良いのに…どうして鬼の主食はお肉なの。

 

「よし、食べ終わった!!私頑張ったよ、お姉ちゃん!!」

 

立ち上がると、人形たちに命令を下す。人間のお人形3体にはリュックを持ってもらって、腹立たしい鬼の人形達は検証も兼ねて此処に放置していく。肉盾くらいにはなっただろうが、こんな奴らを使役したくはなかった。

 

「行くよ。」

 

そうして私はこの街を出た。

 

 

街を出て私が向かったのは森だった。最初は隣の街にでも行こうかと思ったんだけど、旅人や商人とすれ違って、勘ぐられたらやだなと思った。森の中に運よく洞窟を見つけ、人形達と一緒にそこに潜り込む。もうすぐ朝日が昇る。ここで移動は止めておくべきだろう。足跡はダミーを残したし、洞窟の入り口は草木を使ってお人形達に隠してもらった。大丈夫だと信じたい。

 

破壊された街を確認ついでに、人形達に回収させたお菓子をリュックから取り出す。金平糖…今世の両親がよく買って来てくれて、その度に姉さん達と一緒に食べたっけ。そういえば姉さん達大丈夫だったかなぁ?家に放置してきた二人の姉をふと思い出す。お姉ちゃん、カナエ姉さん、しのぶ姉さん。お姉ちゃんにはもう会えないかもしれない。でも、姉さんたちはまだ生きてるかもしれない。

 

「もし姉さん達を見つけたら私が殺してお人形にしてあげよう。他の鬼に食べられるのは何か癪だし。それに、私のお人形になったらずっと一緒にいられるよね。お姉ちゃんとは一緒に居られなかった分、姉さんたちは…姉さん達こそは…ちゃんと私が殺してあげないと。」

 

そう呟いて金平糖を1つ摘み上げる。ピンク色の可愛いお星様。それが何だか懐かしくて、笑ってしまう。久方ぶりのお菓子。それに嬉しくなって、ニコニコと金平糖を眺め回す。しかし、少ししてやっと金平糖を口に運んだ私は絶句した。

 

「……」

 

味がしない。

 

鬼になる前はちゃんと感じられていたはずの、舌に絡みつくような至福の甘みは全く感じられなかった。大好きだったはずの甘味が、美味しくない。それに驚いて、理解して、絶望して。そして苛立ちのまま金平糖を噛み砕いたが、口の中がじゃりじゃりとしただけだった。それにさらに苛立ちが増す。

…人間しか味がしないから、鬼は人間を食べるのかな。

 

「あーあ、つまんないの。」

 

金平糖の入った瓶をリュックに戻す。そのまま私はリュックを枕にふて寝を決め込んだ。勿論鬼になった以上本来は睡眠なんて必要ない。あくまでもポーズ。だって疲れたんだもん。完璧な襲撃を決めた。だというのに、それを溝に捨てやがった馬鹿が沸いて、その後処理して、急いで美味しくないお肉食べさせられて、逃げるように街を出て。要するに不貞腐れたのだ。人形達も一回しまって、目を瞑る。今はただ1人になりたかった。

 

 

しかし、そんな中空気を読まない奴がいる。

 

ベンッ!

 

「貴様、何をしている。答えよ。」

 

琵琶の音が聞こえたと思ったら無限城に居た。…私の感傷を返せ。思わずムスッとした顔をしてしまう。それを見た頭領の顔にピシリと青筋が浮かんだ。

 

「なんだその顔は?その不愉快な面を見せるな。頭を垂れて平伏し、さっさと報告しろ。」

 

これ以上怒らせると怖いので、大人しく指示に従う。今私の目の前で仁王立ちしている頭領は他の鬼の頭の中を覗けるみたいなんだけど、私も伊達に元暗殺者していない。感情を隠すのは得意なんだよね。だから、記憶とか感想は覗けても、多分私の感情は読めてない。だから今だって本来なら頭を吹っ飛ばされるような事を考えているのにも関わらず、頭領は私に攻撃してこない。

 

「…頭領に頂いた拠点で人を狩りながら上手く擬態して生活していました。人も結構食べたので、血鬼術と思しき能力に目覚めました。丁度その時に、あの街に藤の家紋の家が出来ると聞いて潰したのですが、鬼狩りどもにばれない様上手く工作したといのに馬鹿が沸いてそれを台無しにされましたので、拠点を変えるべく移動しておりました。」

 

「ほう?つまりお前は鬼狩りから逃げる気だったと?」

 

「否定はしません。有体に言えばその通りかと。しかし、根拠としましては、頭領が以前、産屋敷は執念深くて頭がおかしいとおっしゃっていましたので、万が一頭領から借り受けた拠点から頭領の居場所や擬態先を割り出されたら面倒だと思い、別の拠点を自分で見つけるまでは避けて…というよりか鬼狩りを無駄に寄せ付けないよう工作しつつの狩りに徹する予定でした。血鬼術もまだ検証が不十分で、十全に使いこなせていないので。」

 

「私が産屋敷に後れを取る無能だと言っているのか?」

 

「人間社会に適合しているのはどちらかと聞かれればどうしても向こうに軍配は上がるでしょう。ですが、私は勇気と無謀を履き違えるほど馬鹿のつもりはありませんし、戦うべき時と撤退すべき時の判断を違えるような愚か者になる気はありません。」

 

「では貴様はいつ役に立つ?」

 

「血鬼術の検証が終わればすぐにでも。私の怠慢が不安とあらば、宣言いたしましょう。血鬼術の検証を1週間で終わらせます。その後、ご所望の品の探索と鬼殺隊狩りを並行しまして、更に頭領のお望みとあらば…鬼狩りの柱の首、取って参りましょう。」

 

「…ほう?言ったな!?」

 

…まずい。大口叩きすぎたかも。

頭領からすごく愉快そうな気配がする。さっきまであんなに不機嫌だったのに。…え、なんで?柱ってそんなに強いの?超級危険種とどっちが強い?

混乱で頭がグルグルする。で、でも具体的に柱の首何日以内で取ってこいとか言われてないし!!まだセーフ、セーフなはず。

 

「良いだろう。ただし検証は3日だ。1週間も無駄を踏むな、3日で終わらせろ。そして私に大口を叩いたのだ、柱の首しかと持って来い。そうだな…それこそ1週間以内にでも。十分に温情はかけたぞ?…分かっているな?」

 

…つんだ。…かくなる上は!!

 

「…かしこまりました。僭越ながら頭領。」

 

「…なんだ。」

 

「新しい拠点を下さい…」

 

「…何故私がお前なんぞに施さねばならない。」

 

「そこは頭領の広いお心でなんとか…!!先行投資だと思って下さい…!!」

 

「…まあ、良いだろう。今は機嫌がいい、有り難く思え。」

 

「やった!…コホン、ありがとうございます。」

 

勝訴!!心は狭いし、器も小さいけど、贈り物の規模はでっかいね、頭領!!

さて、私の1週間チャレンジが今始まる…あぁ、もう怠いなあ。

 




本作の無惨様は、パワハラポンコツ上司(小物成分高め)です。
あとそれなりにちゃんとした理由をそれっぽく堂々と話して、適当に無惨様最高!わっしょい!!ってしてれば原作よりも比較的チョロいです。(優しくなるとは言っていない)


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童磨という男

(予想はしてたけど…この男、相当頭がキレるね。ランさんみたい。…ううん、もしかしたらそれ以上かも。)

 

目は動かさず、視界の範囲から部屋の様子を伺う。家具、服装、装飾品、その全てが寛美であり、貧相とは程遠い。それらはお金が掛っていることが良く分かり、決して質素ではない。しかし、だからといって豪奢過ぎず壮麗過ぎず。

 

(流石…貧困層で信仰されるだけある。豪華だけど無駄じゃない。金を掛けるところに掛けて、他のところは敢えて適当に誤魔化してるっぽいなあ。憧憬と同情と友愛、更には連帯感まで上手く集める絶妙な配置…。)

 

案内してくれた女性は此処の管理は全て今私の目の前に座っている彼がやっていると言った。ということは、この計算された造りは全て、彼が導き出した可能性が非常に高いことになる。食えない男だと思いつつも、私はどこか彼に今まで感じたことのない気持ちを抱いていた。目の前に座った男はジッと私を観察している。

しばらく見つめ合う事数分、男はにっこりと笑い、やっと口を開いた。

 

「さて、ようこそ、俺の館へ!!初対面じゃないけど、自己紹介しようか。俺の名前は童磨。ここ、万世極楽教の教祖をしている。」

「私はクロメ。頭領に言われて来た。あと、昨日から自分の血鬼術の検証をしているんだけど、それに関して黒死牟さんに勧められたのと、貴男が人間の頃の記憶を明瞭に覚えてると鳴女さんに聞いて、少しお話したいと思ってた。」

「そっかぁ!まぁ、今日からここを拠点に動くって無惨様には聞いているよ!うんうん、俺は大歓迎だぜ!!これからよろしくね!それに黒死牟殿と鳴女ちゃんの勧め…、…ん??待って、黒死牟殿って言った?え、黒死牟さんってあの黒死牟殿??」

 

…ん?黒死牟さんは二人いるのかな?

私が昨日会ったのは上弦の壱の鬼、黒死牟という男だ。一昨日、頭領にとんでもないかもしれない啖呵を切ってしまった私だが、その場に実は黒死牟さんがいた。無限城の中の一室、御簾の掛かった和室に座り、興味ありげにこちらを見ていた。

頭領が去った後、私を見て「刀…」とだけ呟くものだから、気になってつい「どうかしましたか」と問い返した。

そこからの展開は急激怒涛過ぎて上手く説明が出来ない。

「来い」と呼ばれ、言った先の部屋で「抜け」と言われ、戸惑っていたら「行くぞ」と斬りかかられ。驚く間もなく、避けて斬って流して突いて蹴って掃って…時折斬り返しながら、とにかく凌いだ。独特な音を立てながら繰り出される彼の剣技は、流麗にして苛烈、無駄な力は一切込められておらず、とても研鑚されたものだった。時折腕を吹っ飛ばされながらも、なんとか戦い続ける事しばらくして、彼はやっと手を止め刀を鞘に納めた。周囲はボロボロ、これは鳴女さんに怒られるのではと頭の片隅で考えながらも、私の口角は上がったままだ。

久々の刀での斬り合いは楽しかった。最初は戸惑っていたけど、次第に興奮していたのが自分で分かっていた。だからこそ、彼が刀をひいてしまったのが残念で、同時にぜはぜはと荒い呼吸を繰り返す自分の体力の低下に内心舌打ちをする。前世の全盛期くらいにまで戻すのにどのくらいかかるかなと、不安に思いつつ私も刀を戻した。

呼吸を整える私をまたもやジッと見つめていた彼は、いつまで経っても何も言って来なかった。沈黙に耐え切れず、思わず「さっきの技は貴男の血鬼術ですか」と聞くがそれにも反応はない。またしばらく見つめ合い、私の体も万全に回復したころ彼はポツリと「黒死牟と云う…」と溢した。「…えっと、クロメです。」と私も思わず名乗り返すと、彼は無表情のままではあるが、どことなく満足げに頷いたのだった。

 

 

と、そんな濃い昨日の話を説明すると、童磨さんは少し驚いたような顔をしてこちらを見た後、少しの間うーんと呻ったかと思えば、にっこりと笑って言い放った。

 

「…うん、深く考えないことにしよう、そうしよう!!それで?あの黒死牟殿が僕を抜擢するなんて一体何が起きたんだい?」

「えっと…」

 

あの後、もう一度黒死牟さんにあの技は血鬼術なのか尋ねたら、そのようなものだと言われた。図々しいかなと思いつつも、私の血鬼術の検証を手伝ってくれないかと聞いたら、少し目を輝かせた気がしたが、しかしすぐさま用事があると断られてしまった。

その間に頭領が来て、「なかなか楽しめたな」と愉快気に言い放ったと思ったら、「クロメ、貴様に遊んでいる時間はあるのか」と今度は苛立たしげに言われて…思い出したらイライラしてきた。全く以て心外!!誘ってきたのは黒死牟さんの方だし、割と死闘だったのに!!…ごめんなさい、少し本音出ました。頭領には絶対見せられない!!

 

「まぁ、そのまま頭領に私の新しい拠点は童磨に任せたってだけ言われて。黒死牟さんには頭を使うのは童磨が得意だって教えられたから、直接鳴女さんに飛ばしてもらいました。」

「わあ、それは大変だったね!!黒死牟殿と戦うなんて…俺でも事前に準備無しじゃやりたくないよ。」

「やっぱり?あの鬼、本当に強かった。技巧派かと思えば思い切りも良いし。」

「うんうん、一応無惨様に次ぐ最強の鬼だからね。」

「とりあえず感覚は覚えたから、もし次手合わせしてくれたら、腕の一本くらいは落としてやりたいなって。」

「うんうん、そうだn……んん??」

「それでなんだけど、とりあえず時間がないので血鬼術の検証がしたいんだよね。何処か近くにいい感じの村とか街とかないかな?」

 

私の発言に、彼が何故か少し固まったように見えたが、気にせず質問していく。すると彼も飲み込むだけ無駄だと判断したのか、苦笑しながらも答えてくれた。

 

「近くに廃村が2つあるよ。」

 

なんでもその廃村には盗賊が住み着いているそうだ。そいつらなら死んでもばれないし、生きてても歓迎されないし、試していいんじゃないかと童磨は言った。なるほど、それなら実験してもいいね。うんと一つ頷いて、隣に置いていた刀を手に取る。

 

「じゃあ、行ってきます。実験して、ついでに頭領からの命令を熟してから帰るから…戻るのは多分数日後。来て早々にごめんなさい、ありがとう、童磨。」

「どういたしまして。」

 

席を立ち、扉に手を掛ける。あ、そうだ、一つ言い忘れてた。

 

「童磨、感情なんてあったところで無駄なんだから、無理して合わせなくてもいいと思うよ」

 

そのまま部屋を出た私は、童磨がどんな顔をしていたかなんて知らなかった。

 

 

 

 

「んー…」

 

無駄、無駄かぁ。

最近鬼になったという少女の言った言葉を反復する。

彼女の名前はクロメちゃん。無惨様が気に入って、直々に鬼にしたと聞いた。黒髪黒目の可愛い女の子。人間だった頃に会っていたら、確実に食べてたかもね。

彼女は黒死牟殿と同じく鬼には珍しい剣士で、既に強さの片鱗を見せているようだ。鬼になってから僅かな間で彼と斬り合えていたということがまずそもそも異常なんだよ。普通ならば斬り合う以前に彼の刀の圧で肉体を消し飛ばされる。運よく斬り合えても、刀ごと斬られて終わり。

だいぶ前に、無惨様に人間(餌)を集めて持って来いと言われたときは何事かと思ったけど、まさかこんなことになるとは流石に思ってもみなかった。

 

「無駄って言うのは初めて言われたなぁ。」

 

頭は良い方だと思ってたんだけど、俺とて他人の心までは読めない。推察は出来ても、確信なんて出来ないんだ。心って難しいよね。

心。いくら真似をしても、理解しても、分析しても俺に芽生えなかったもの。あの無惨様だって心はあるのだ。鬼と人間の違いでは説明をつけれないのはもどかしいね。

うーん、俺と他の子たちと、一体何が違うんだろうね。頭が良くないから?でも頭が悪くても、要領の良い子、頭の回る子はいる。体が脆いから?でも俺だってもとは人間だったぜ?その頃から周りとは違っていた。

こればかりはいくら考えても答えは出てこない。

 

感情を無駄と称した彼女に聞けば、何かわかるだろうか。

 

「うん、数日後を楽しみにしておこう!」

 

今日も信者たちは救いを求めてやってくる。

極楽なんて在りもしないものを信じてやってくる。

嗚呼、なんて哀れで愚かで惨めな存在だろう。

さぁ、苦しく無意味なこの現世から、俺が救ってあげようじゃないか!!

俺の一部として永遠の存在にしてあげよう。俺は君たちを救済する。

俺は優しいからね、見捨てるだなんてこと出来ないんだ。

 

「さ、どうぞ、入ってもらって!」

 



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検証

きり良い所で切ったので少し短め。


実験という言葉が嫌いだった。

自分が選ばれなかった事を示す言葉だから。これから痛いことをされる合図だから。適応出来ない子は死ぬ。成果を出せない子も死ぬ。体が耐えきれなくて死ぬか、失敗作として処分されるか、ただそれだけの違い。生き残っても、使えない子は処分、拒否反応を起こした子も処分。使えないと、戦えないと、死んでしまう。価値のない子に意味はないから。

 

でも、お姉ちゃんが私を捨てたのは…一体なんでだったんだろう。

 

お姉ちゃんと仲直りした後も、この問いだけは結局答えが分からなかった。分かったところで納得できたかも分からないけど。

お姉ちゃんと離ればなれになったのは、お姉ちゃんが出来る子(私が出来ない子)だったから。私が実験なんてされなくちゃいけなかったのは、お姉ちゃんが選ばれた(私が選ばれなかった)せい。それだけのことだ。

 

そんな私が今、あんなに大嫌いだった研究者のように実験を繰り返す。まぁ、痛がる間もなく殺してるし、私よりは楽でしょ?こんなの免罪符にもならないけど、でもせめて苦しまずに逝かせてあげる。即死した仲間はどこかほっとした様な顔で死んでいったから、きっと苦しまずに逝けるのは幸せな事なんだよね?私の八房は魂までは縛らない。だからきっと、私が殺した人たちは天国に行けているはず。ま、これも日々血鬼術として強化されてるから、これから先もそうとは限らないけど。

 

実験を始めて数日。検証はほぼ済んだし、柱の場所も追ってる。一回帰った方がいいかな?この数日考えていて、やっと童磨に感じたあの感覚の名前は分かった。

 

『同気相求』

似た性質を持っている者が互いに求め合う様。

 

多分、これが一番近いんじゃないかなぁ?

童磨と私が同族嫌悪の間柄にならなかったのは奇跡に近い。そう思いながら、彼のあの完璧に限りなく近い空っぽな笑みを思い浮かべる。

ふと、彼は薬物実験が佳境に入っていた頃の私に近いのかもしれないと考える。激痛の中、体の感覚が塗り替わり、神経が組み替えられていく。痛みが続きすぎて、それが自分の感じてる痛みなのかさえ曖昧になる。終われば、私はガラス一枚隔てた先から外界を臨むの。研究者たちの喚く耳障りな声も、仲間の励まし合う声も、全てが自分に向けられたものなのか分からなくなる。

 

きっと彼はその逆だった。最初からずっと分厚いガラスの外から他人を眺めていて、自分は自分の感覚の中生きている。でも、肉体は多数派の中に放り込まれているから、周りにはガラスの外の他人しかいないんだ。疎外感の中、でも彼は頭が良いみたいだから考えに考えて、そして仕方なく周りに合わせようとした。だから他人を観察し続けて、多数派に成りきってみせた。でも過ごすうちに心の距離は開く。頭が良い分、その実感は顕著なものだったかもしれない。

結果彼は…、うん、多分『飽きた』んじゃないかな。他人は何を感じてあんな表情をするのか、多数派に溶け込めば分かるかもしれない。そんな彼の好奇心を、きっと周りの人たちは満たしてあげられなかった。彼自身も、知識として理解はしても、同調は出来なかった。同調出来なかったのが、周りにいた人の偏りが生んだのか、それとも彼自身が壊滅的にそういったことに向いていなかったのかは分からない。(多分後者だと思うのは薄情だろうか?)

 

まぁ、私当事者じゃないし。そもそもこれだって推測だし。でも、強ち外れてはいない気がするからめんどくさい。

一歩間違えれば、鬼狩りと鬼の間柄よりも険悪になっていたかもしれない相手。

片や選ばれたものでありながら、誰もが持つ【人間性】を持たなかった者。

片や選ばれず、人間にもなれず、歪みに歪んで、されど【人間性】を捨てきれなかった者。

在り様は真逆。求めたものも真逆。

しかし、求めたものを手に出来なかったのは両者共に同様。

 

何かを感じてみたかった者と全てを切り捨てたかった者。

 

「ま、こんな長々と考察しといて難だけど、仲良くなれそうな理由は別にあるんだよね。」

 

私の目の前で死体が蠢く。その数、鬼が2、人間が17、鴉が1、猫が2。そして、私の足元には鬼の死体が10、人間が60余り。

 

私の血鬼術は八房とは少し違ってきていた。でも本質は変わっていないから、八房の二つ名から取って『死者行軍』ととりあえず仮称することにした。

操れる死体の数は、原則8体。だけど死体の強さによっては多少増加することが分かった。大体ではあるけれど、「鬼1=平民3」「鬼1=動物5」くらいの換算。でもこれが鬼狩りだと、「鬼1=鬼狩り2」とか「鬼2=鬼狩り1」になったりもする。鬼や鬼狩りの実力に結構左右されるみたいだ。

検証中、操れた鬼の最大数が8体だった。つまり、そこら辺の弱い人間なら最大約24人は操れる計算。そこに子供が混じったり、人よりも知能の無い動物が混じったりすれば軽く30体は超える。軽い小隊規模だね。操った死体の感覚は一切共有されないけど、どの方角に居るかとか、壊されたとかそのくらいのことは分かる。

今さっき柱を見つけたのか、遠出させていた2羽の鴉の片方が戻ってきているのを感じる。それに私は口角をあげて笑った。

 

「さ、居場所が分かったところで一回童磨のところに帰ろうか。解析は済んだしね。あとはお人形さん達を吟味して補充して下準備!あ、鴉たちは見つからないように距離を置いて柱を追って。ただしくれぐれも見失わないこと。行って。」

 

鴉が飛び立つ。それを見届けてから、私の足元の死体を、お人形の鬼たちに食うように命じる。操ってる鬼も人を食えば強化されるのは確認済みだ。

あ、そうだ。頭領の命令が一段落したら姉さん達の居場所も探さなきゃ。姉さん達、死んでなきゃいいなぁ。まぁ、姉さん達なら多少腐ってても我慢するけど。

 

「他と同じで在り様は真逆。だけどきっと、ずっと一緒に居たいって想いは一緒だよね。」

 

 

 



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感情の行方

 

「おかえり、クロメちゃん!無事で何よりだよ!」

「…ただいま?」

 

童磨の寺院に戻ると、童磨がなんだか元気がいい。良いことでもあったんだろうか?

今日はもう信者と面会の予定はないらしく、お話をしようと誘われた。特に断る理由もなかったので先日と同じく彼に向き合って座ると、彼は嬉しそうにしていた。

 

「嬉しいなぁ!信者の子たちは恐れ多いって言ってくるし上弦は集まる機会がここ暫くなかったし、お話してくれる子がなかなかいなくてさ!俺は結構お喋りだから、寂しかったんだ。」

「そっか。確かに、お喋りは1人でやってもつまんないよね。」

「分かってくれるかい?」

 

そんな他愛ないことから会話は始まった。どうでもいいことをペラペラと話すのかと正直思っていたけど、予想外にも彼との会話は有意義なものだった。

鬼について。鬼狩りについて。血鬼術について。

私に不十分だった知識を彼は教えてくれた。中でも印象に残ったのは「呼吸」というもの。鬼狩りが使う攻撃方法の総称のようだ。能力の高い鬼に対抗するために、人間が編み出した技。それが「呼吸」なのだという。しかし誰でも使えるという訳ではなく、人間にも適性のようなものがあるらしい。更に呼吸にも種類があり、例え呼吸自体に適正はあっても、適性の無い種類の呼吸は使えないんだとか。

 

「へぇ…私も使えるかな?」

「…クロメちゃんが?鬼の身でありながら呼吸を使うの?」

「うん。まぁ私も刀を扱ってるからね。単なる興味本位だけど使えたら面白そうじゃない?」

「俺は使おうと思ったことすらないからなぁ…うーん、どうだろうね。俺らは鬼だし、クロメちゃん自身の適性もあるし。」

 

…私ね、見取り稽古は得意なんだ。だから黒死牟さんとの戦闘は本当にありがたかった。彼の動きは追えたし、私自身の実力アップにも繋がったから。それに何人か鬼狩りを暗殺した際に分かった。彼の独特な音、あの時は攻撃音かと思ってたんだけど違う。あれは「呼吸」だ。上弦の壱は呼吸を使いこなしている。…面白いよね。

そうだ、どうせ明日柱を襲撃するんだ。その時に柱の様子を見てみようと一人企む。

 

「あ、そうだクロメちゃんに聞きたいことがあったんだ。」

「何?」

「感情は無駄ってどういうことなの?」

 

その質問に思わず首を傾げる。それに合わせて彼も首を傾げた。この鬼、あざとい…。

記憶を遡り思い出したのは、数日前童磨に向かって何気なく口にした言葉だった。

 

「うーん、凄く失礼な事言うけど、童磨って何も…とまでは言わないけど、あんまり情緒感じてないよね?」

 

その言葉に童磨が固まったのが分かった。先程まで意識的に作っていただろう微笑みを浮かべるのも忘れて、目を見開いてこちらを凝視する。呆然とする彼を敢えて無視して、私は言葉を重ねた。

 

「感情は人間がもつ尊いものの一つではあるけど、私は同時に残酷で無意味なものだとも思うんだぁ。」

 

例えば広大な花畑を見たとき。例えば無限に広がる海を眺めたとき。例えば心から愛する人と接するとき。人は幸せになる。嬉しい。可愛い。美しい。綺麗。楽しい。心が躍るような、無性にワクワクしてくるあの感覚。

しかし。

例えば愛する人を失ったとき。例えば血の海に沈む家族を見たとき。例えば自分を殺されたとき。人は不幸を実感する。悲しい。苦しい。憎い。恨めしい。怒りが収まらず、当り散らしたくなるような、絶望にも似た虚無感。

 

感情が無ければこんな気持ち知らずに済んだ。

人を殺すのに罪悪感なんてなくていい。仲間が死んでも悲痛な声を上げなくていい。美しいものを見て嬲りたくなったり、憎い人を見て笑顔を作ったり、そんな矛盾抱えなくていい。

体と心がバラバラになって壊れた人間を何人も見てきた。壊れた人間は何も感じない。だったら最初から何も感じなければ、これが普通だったのに。

…感情さえなければ。私がお姉ちゃんを憎むこともなかった。ウエイブが元仲間に殺されて絶望することもなかった。隊長の強さを妬むこともなかった。

でも感情があったから。私は皆が大好きだった。笑い合って幸せに暮らしたくて、帝国のために戦うと決めた。大好きなお菓子をいっぱい食べたいと思った。

 

「感情が人を狂わせる。幸福と不幸の差があればあるほど、人間はおかしくなる。これほど残酷で無意味なものはないと思う。」

「…そういうもの?」

「ふふ、私も狂ってるんだよ?…狂った私にとってはそうってだけ。それに童磨ってほとんど何も感じてないかもしれないけど、皆無ってわけじゃないし、持ってるものもあるよね。」

「自分で言うのも難だけど、俺は本当に何も感じていないんだよね…両親が血を撒き散らして死んだ時ですら、換気しなきゃとか掃除が大変だなあとか、そのくらいしか思わなかった。…俺に何があるっていうの?」

「好奇心。」

 

好奇心だって感情でしょ?その回答に彼は目を見開いた。

だってそうじゃない?彼がくだらない信者の話を聞くのも、お喋りが好きなのも、鬼になったのも。

 

「全部知りたかったからでしょう?」

 

勿論童磨の賢い脳みそが「こういう時は興味を持つもの」って判断しただけの可能性もある。でも、それだけだったらこんなに長続きするかな?頭領の言葉と、教祖としてそれなりにやらないといけない信者の話は聞くんだろうけど、その他の会話なんて最悪無くても良いんだもん。途中で聞き流すようになったり、無視したりするようになってもおかしくない。それに、どうでも良いものやその他の有象無象に、積極的に声なんてかけないよね。

他人は何をどう思ってこんな感情を抱くのか。どういう欲望をどう叶えたいと望むのか。

他人はどういう話に関心を持つのか。どんな話し方が好まれるのか。

他人が死の間際に抱く思いは何なのか。鬼と人は何が違うのか。

人の世界に興味が無くて。鬼になれば人間じゃなくなるから、もしかしたら何かが変わるかも知れなくて。もっと色んな人間を観察してみたくて。他人しか持っていない心の機敏が知りたくて。だから貴男はお喋りをする。内容に何も感じなくても、ただ自分の中の記録として他人の起伏を覗いてみたいから。人と話す上でどうしても必要になってしまう、感情という名のメカニズムを記憶しておきたいから。

要するに、自分にないものが珍しくて珍しくて仕方ない、マッドサイエンティストなタイプとみた。

 

「貴男と話した時間は短いし、まだ貴男のこと何も知らないけど。私にはそう見えたよ。」

「…クロメちゃんは面白いねぇ!!俺が?興味?あると本気で思ってるの?」

「うん。」

「わー、即答されちゃった。」

「無駄なお喋りなんてしなくても人間は生きていける。」

「ん?」

「貴男が私にお喋りしようと誘ってきたのは何故?」

「君とは話したことが無かったから。」

「ほら。」

「は?」

「私が外部から来た未知の存在だったから、貴男に馴れ馴れしく話す存在だったから、私が異性の鬼だったから、珍しい刀を使う鬼だったから、鬼になったばかりにも拘らず頭領に何度も会っている鬼だから。」

「……」

「理由なんていくらでもあるよ。無意識でも貴男がそう思ったから、記録の中から嬉しいって感情を選んで真似して、声を掛けたんじゃないの?」

 

私はそう言うと、考え込むように黙り込んだ彼から目を逸らした。そして何となく自分の掌を見下ろす。感情なんてものは無駄。有ったところで良いことにも悪いことにも過剰に反応してしまう。嗚呼、なんて面倒なんだろう。掌をギュッと握った。

お姉ちゃんがいなくなって、実験が段々と苛烈なものになって行って、薬もどんどん強いものに変わって行って…その上で更に大切な仲間達が居なくなる不幸に、私は耐えきれなかった。だから狂った。

人形にしてでも一緒に居たい。ずっとずっと一緒。お話し出来ないのは少し寂しいけど、死んで腐って骨になって忘れられて、永遠に触れ合えないよりずっと良い。

 

「クロメちゃん。」

 

黙りこくっていた彼が視線を上げて私を見た。虹のような綺麗な瞳が私を覗きこむ。綺麗なものを持っているのに、当の本人がそれを感じられないなんて、なんて皮肉。

 

「君は極楽を信じるかい?」

「信じる()()()()()()()。」

「わあ!!本当かい!!」

「神様はいないんだから、極楽なんて信じる価値もないけど…可哀想だもんね。」

「うんうん、分かる、分かるよ!!」

 

私の答えをお気に召したらしい童磨は、声を上げて笑い出した。少しむっとしたけど、数日前に聞いた笑いよりもどことなく“本心から”笑っているような気がして、口を挟むのは止めておいた。

 

天国も地獄も信じていない。だって私は死んで、生まれ変わっているから。

でもね?悪い子な私はきっと死んだら地獄に行って、極悪人の私に殺された可哀想な人たちは大きな罪でもしていない限り天国に行く。そう信じてあげないと、その極悪人に殺された可哀想な被害者たちが可哀想でしょう?「死んだ先には何もありませんよ」なんて、私の都合で殺された当人たちにはとても言えないよ。死後の世界が存在しないとしても、その存在を一人くらい信じてあげなきゃ余りにもその人たちが哀れだよね。

でも、神様が本当にいるなら、そもそもその人たちは殺されなかったはずだから。私に罰が下っていたはずだから。だから、仮に神がいたとして、良い人たちを見殺しにして死に至らしめるなんて、そんなとっても残酷な神様は…果たして本当に神様なのかな?

 

「人を救えるのも裁けるのも結局は人間だけ。」

 

そうでしょ?

 

「あは…ここまで“笑った”のは初めてだ!腹の辺りが震えて、攣りそうだった。これが面白いって感情なのかな??無惨様に出会って以来、過去最高に何かが揺さぶられた気がするぜ。腹を抱えて笑う人間がどうして存在するのか全然分からなかったし、その行動をとる理由も全く理解できなかったけど、今少し分かった気がするよ!」

「そ。よかったね。」

 

その後はまた他愛ない話を続けた。上弦の他の鬼のこと、下弦の鬼の入れ替わりが激しいこと、万世極楽教の教えとその理念のこと…。ちなみに万世極楽教の童磨の考えに大いに共感したら、また喜んでいた。だってずっと一緒なんだよ?嬉しいことじゃない?今世の私に八房が無かったら、私も似たような事を言っててもおかしくない。

 

結局朝日が昇る頃まで話尽して、童磨は教祖のお仕事に、私は一度休むことにして解散した。まずまずの身入り。なかなか楽しめたかな。

結局童磨って考えに共感できる子が近くに居なかったってだけなんじゃ…、うん、考えない様にしよう。立派な成人男性が子供に見えてきたなんて口が裂けても言えない。そういえば私も前世を含めれば20歳は超えていたんだなぁ…それどころじゃなくてすっかり忘れてた。お菓子はもう食べれないけど、自分へのご褒美に何か買おうかな?

そんなことを考えながら、私は借り受けている自室へと向かった。

 




作者は童磨を、ぎゆーとみおかに並ぶ幼女だと思ってます。(但しサイコパス)


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柱戦

「ふーん、あれが柱?強い…のかなぁ??」

 

私の視線の遥か先で、数人の男達が歩いていた。その中に一人、羽織を肩から羽織った細身の男がいて、その人は男たちの中でも身のこなしが違った。戦い慣れしている強者の気配。しかし、黒死牟さんを見て手合せまでした身としては、勝てないほどの圧倒的な強者だとも思えなかった。

それよりも気になったのは、男達の肩それぞれに一羽ずつ鴉が留まっていたことだ。もしかしなくても、鬼狩りの連絡手段って鴉だったりする?鴉ならどこにでもいるし鬼に見つかってもばれない可能性が高い…。有り得るなぁ。

鬼になって視力も強化されたせいか、遠くのものだってよく見える。とっても便利。さて、おそらく戦闘になれば鴉たちは飛び立って、どこかに連絡に行くだろう。もしかしたら敵の本拠地かもしれないね?でも、それを今追っても大丈夫かな?私の手の内が全部ばれるのは嫌だし、追ったところでそれの対策くらいしてそうな気がするんだよね。…うん、今回は皆殺しでいこう。危ない橋を渡るのは今じゃなくてもいい。

 

お人形さん達は入れ替えてきた。今の手持ちは鬼3、人間10、鴉5、鷹1、雀3、猫2、犬1。作戦は、そうだなぁ…まず人間10と鳥たちで一斉に進軍。人間に先に接触してもらって、鬼狩りの鴉が飛び立ったら動物たちに鴉共を追わせる。そのまま離れた位置で鴉共を動物たちと…念のための鬼1で殲滅してもらって、人間10には鬼狩りどもを襲わせる。鬼狩り達を人間で足止めしてる間に鬼2で混乱を促して…減ったあたりで私が出る。作戦とも言えない戦術だけど今はこれくらいしか出来ないしこれで行こう。

 

座っていた木の枝から立ち上がり、地面に向かって飛び降りる。童磨の信者さんから何故か貰ったフード付きの羽織の土を掃って、フードを被る。顔はばれないに越したことはないよね。

 

「さぁ、行こう!!」

 

刀を抜いて地に突き立てる。そして私の周りにお人形さんたちが現れた。お人形にした鴉が飛び立ち人間が駆け出す。鬼はゆっくりと歩き始めた。

私はそれを見送って、刀を軽く振る。うん、体力は多少低下してるけど多分大丈夫。本来なら八房を発動させている時の私を護衛する子が欲しいんだけど、あの子たちじゃ弱すぎて無理。それならお人形さん達を捨て駒にして、減ったところで私が動いた方が良い。

そう考えつつ、私も歩き出す。瞬間、遠くで大きな鴉の鳴き声が響いた。

 

狩りが始まった。

 

 

 

 

「…え、嘘だよね…?」

 

私は驚愕していた。簡単に死んでしまった。

 

「こんなの、有り得ない…!!」

 

残っている影はもう1つだけ。

 

「どういうことなの…」

 

鬼狩り達がまさか…

 

「…ここまで甘いなんて。」

 

瓦解したのは鬼狩り達だった。人間が背後から襲いかかってきたことに驚き、血鬼術を疑った。そこまでは良い。問題は次だ。

鬼狩りどもはお人形の人間たちを気絶させようと動いた。しかし、私のお人形は動ける体がある限り動き続ける。当然気絶なんかしない。そこで気づくかと思ったのだが、鬼狩り達はあろうことか何度もお人形達を気絶させようとしたのだ。

 

「普通諦めて殺すか、せめて足の腱斬るとかしない?え…馬鹿なの?」

 

私もこれでは収拾がつかないと思い、鬼2匹を合流させた。そしたら、鬼狩り達はお人形の人間達を背に庇い始めたのだ!!

いや、確かにね?彼らは人間を鬼から守るのが仕事だよ?でもさ、血鬼術掛ってる人間背に庇うってどういう神経してるの!?やっぱり馬鹿だよね!?柱が一緒だからっていう慢心もあるのかな?

 

案の定、次の瞬間柱が動き、鬼たちは首が刎ねられていた。鬼たちが斬られた時、夜に似つかわしくない雷光が走ったように見えた。鬼たちは塵と化して行き、後には何も残らない。鬼狩り達が歓声を上げている。

…なるほど、斬られるとああなるのね。

 

「あれが呼吸かぁ…」

 

走った雷光から察するに、童磨が言っていた「雷の呼吸」というやつかな?すごく早かった。ベースは抜刀術みたい。ただ、踏込から抜刀、納刀までの時間が極端に短い。脚力と技術に全てを注ぎ込んでいる感じ。目で追うのはギリギリ出来たけど、体が反応するかと言われたら今の状態だと微妙。でも殺せなくはない。

技は見た、独特な呼吸音も聞こえた。もう用済み。

 

「やっていいよ、お人形さん達。」

 

そう命令した瞬間、鬼狩り達の心臓を、背中から刃が貫いた。お人形さん達を丸腰で向かわせるわけないじゃん。鬼狩りの服は頑丈って聞いたから、私の骨で作った特注品のナイフだよ。唯一お人形を背に庇っていなかった柱だけが仲間が死ぬ瞬間を見ていた。柱が何かを叫び、お人形さん達の首を一瞬で跳ね飛ばす。やっとか。月光が雲間から少し覗いたときにお人形さん達の瞳孔でも見えた?それにしても死体だと気付くまでが長すぎる。死臭を感じ取れないのかな?更に言えば甘い。首を落とされてもお人形は動くよ?だって足も手も揃ってる、まだ十分動けるもん。

首が無くなったというのにまだ動き続ける人間たちを見た柱の男は、顔を真っ青にしながら呼吸を駆使して人形達の手足を切断していった。

 

そしてそのときは来た。

鬼2体を殺した、操られていいた人間10人も殺した。仲間たちは目の前で死んだ。苦しいね、悲しいね。これだけ殺して殺されて、悔しいよね。

 

もう終わったと、気を抜いたな?

 

「バイバイ」

 

柱の背後に一足で忍び寄り、心臓を一突き。柱が驚いたようにこちらを振り返ると同時に、私は刀を抜く。柱は即死し倒れこむと思ったが、しかし予想に反して、地を蹴って私から飛びずさった。

 

「お前は、、なんだ、…?」

 

ゴフリと血を吐きながらも柱が問いかけてきた。情報を少しでも抜き取ろうって?近くで鴉が聞いてるって信じてるんだね。その鴉は皆とっくに死んでるのに。だからといって冥途の土産になんて教えてあげないけど。

それにしても心臓を突かれたのに即死しないって、柱ってすごいね。本当に人間?呼吸って傷も塞げるの?でも流れ出る血の量は、減ってはいるけど止まってもいない。ってことは普通に致命傷?でも死なないの?

…え、怖い。訳が分からなくて怖い。良いからさっさと死んで私の糧になって欲しいな。

刀を構え、柱の男に近寄る。

 

「お、に…、許さ、ない…」

 

男が、抜刀の構えを取り、地を踏みしめた。足の周りの地面が窪み、その踏み込みが力強いことを如実に示す。は?心臓に風穴あけられてるのにまだ呼吸使って戦う気!?でも、その傷の深手と、地面を濡らすその血の滑り…うん。

 

「私の方が速い。」

 

次の瞬間、私は男の背後に立って刀に付着した血をはらっていた。一拍置いて、男の首が地に転がる。

 

「速さが売りの呼吸なら動く前に殺せばいい。」

 

私は暗殺者。音なく殺す訓練だってちゃんと受けていた。それに、抜刀術が得意なのが、お前らだけだと思わないでよ。私だって訓練積んだんだから。

 

「あーあ、簡単なお仕事だった。殺気も出す必要なかったし。ね、いつも首を落としてる奴らの同族に、逆に首を落とされた気分はどう?…あぁ、心配しないで?()()()()()()()()()()、私、ちゃんと研鑚を積むから。」

 

呼吸、ほいほいと使って見せてくれてありがとうね?

なんて、聞いても答えるわけないか。転がっていた男の首を拾い上げ、断面から滴る血を飲む。お菓子の食べられない今、人間の血が唯一甘味を感じる手段。大事に飲まなきゃ。

今回は相手が甘かったのと、柱の呼吸が私と相性が悪かったのと、私自身が万全じゃなくて正真正銘の殺し合いを私が避けたのが、貴方たちの敗因かな。

 

「…今度はちゃんと柱の人間と切り結んでみたいなぁ。さて、お人形の補充は…とりあえずこいつらでいっか。柱もお人形にしたいけど…初めての獲物だし、もう少し強くなるまでは食べた方が良いよなぁ…。うん、今回は食べよっと。」

 

そう言って血鬼術を発動させる。私の目の前には、4人の鬼狩りのお人形がいた。今回の作戦でだいぶ欠員が出たからね。補充は出来るときにしとかないと。

正々堂々とは言い難いけど、これ私の戦い方。汚かろうが、卑怯だろうが、折角使えるものがあるんだもん。

 

「使えるものは何でも使うよ。それが例え、私自身でも。」

 

ともかく柱は討ち取った。お人形を仕舞いながら、柱の血を飲み進める。

血を飲み尽くした私は、バラバラにされた人間のお人形達と柱の男の遺体を鬼のお人形に持たせると森の中へ急ぐ。朝はまだ来ないけれど、人目は避けて行かないと。

 

童磨の寺院へ戻るべく、私たちは駆け出した。

 




今回登場した柱は名もなきモブです。
設定は一応作りましたが、今後登場する機会はありませんので割愛。

Q.柱のくせに雑魚くない?
A.クロメちゃんが規格外なだけです。
①死体が動くという人間の精神に来る能力。(しかも首落としてもまだ動く。バラバラにするまで止まらない。SAN値チェック待ったなし。)
②暗殺部隊出身は伊達じゃない。(気配消すのも音立てないのも殺気出さないのも前世の訓練に耐え抜いたからこその実力。それに柱も気づけなかった、ただそれだけのこと。つまりはプロの犯行。)
③イェーガーズ出身も伊達じゃない。(あのエスデス将軍の後ろへ続き、ナイトレイドとの総力戦で相手を圧倒する実力ですよ?アカメちゃんという激強お姉ちゃんもいるんですよ?色んな強敵と戦ってきた経験が自信につながらないわけがない。)

Q.それでも納得できないんですが。
A.世の中には「ご都合主義」という言葉があるんですよ。



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組み変わる

慎重に移動したため、寺院に戻って来れたのはその数日後だった。八房で死体を管理下に置き腐らせない様に頑張った私は、正直かなりヘトヘトになっていた。私は裏口からこっそりと侵入し、台所へ入る。これ以上能力を酷使するわけにもいかず、バラバラとなった元お人形の人間たちと柱の死体を出すと能力を解除する。床に散らばった死体を集めつつ、鬼のお人形を呼び出すと、竈に火を入れるように命令しておいた。私はその間に調理器具を拝借し、死体を捌きだす。

初めは戸惑っていたこの行為にも、もうすっかり慣れてしまった。

竈に火をつけ終わった鬼を仕舞うのと同時に、私は思考の海に沈む。

人の理からどんどん外れていく自分を自覚する度、どうしてこうなったんだろうと以前は悩んでいた。投薬なんてされなくても人を食べれば強くなれて、敵を殺せば自分の存在を許されて。勿論頭領の気分を害さないって前提はつくけど、前世よりもよっぽど息がし易い。でも、味のしないお菓子なんて食べれなくて、味のするものを少しでも口にしたくて、人間を調理なんて前世の蛮族達でも滅多にしない事をしてる。私は戦場でしか生きられない。でも、今してるこの行為は果たして私に本当に必要な行為なのかと、たまに不安になった。

しかし、今は、今の自分はもうおかしくなっているのだ。前の自分と今の自分が違うことは理解している。でも何が違ったのか、考えることを止めてしまった。

 

「…違う。考えようとすると、途端に頭に靄がかかる。」

 

多分頭領の影響だと私は踏んでいる。あの男は警戒心が強い。本音を言っちゃえば小心者。だから、情報を秘匿されたくない、自分に隠れてコソコソ動かれたくない、自分の意にそぐわないことをされたくない、裏切りは許さない。その結果が、この頭領の血による監視体制。近づけば考えていることが読めるように、手駒が何処にいるか分かるように、人間に名前を漏らせば殺せるように。そういうものとして鬼を作り、手を打った。

 

その一つが多分、人間の時の記憶を失わせること。血の力に耐え切れなくて、っていうのも勿論あると思うけど、でも多分同時に思考に無理やり蓋もしてるんだと思う。

私や童磨みたいな一部のタイプは例外として、もし人間の記憶があるまま鬼になるようになっていたら、鬼になって自分の家族を欲望のまま殺してしまったと我に返った時、少なくない数の人が、頭領のことを恨むと思うんだ。どうして私を鬼にした、どうして家族を殺させた、って。折角増やした手駒に手を噛まれたくないんだろう。だったら多少馬鹿になっても、記憶を吹っ飛ばした方が扱いやすい。後は恐怖と力で捻じ伏せれば、はい、絶対王政の完成っと。部下に力を与えてやる分、反乱されたら面倒な手ではあるけど、それは一般論。支配する王の力が尋常じゃないくらい強い時には、これほど効果的な手はないよね。つまり頭領はいつでも私達程度殺せると考えてるってこと。

 

話を戻そう。つまり、私が前と今の自分を比較しようとすると頭に靄がかかるのは、頭領がそういう思考を許していないってことだと推察出来る。只でさえ私には、前世の記憶含め今世人間だった頃の記憶という、頭領にとっては余分な記憶を所持している。それと今の自分を下手に比較されて、何らかの影響が私の中に生まれるのは頭領の意に反する事なんだろう。だから、思考を無理やり止めに来る。余計な事を考えている暇があったら動けと圧を掛けに来る。

 

「あれ、何か音がすると思ったらクロメちゃん戻ってたの?」

「ただいま、童磨。台所借りてるよ。」

「信者たちは皆寝てるから良いけど…。おや、その人間は…」

「柱。狩ってきたよ!!」

「おめでとう!!呼吸は何を使ってきた?」

「雷?多分だけど。」

「よく仕留めたね!速かったでしょ?」

「えへへ、観察してたら結構速かったから、呼吸使って動かれる前に仕留めた!」

「…んんん??」

「だからちゃんと戦ってないんだよね…ちょっとつまんなかったな。」

「え、じゃあ柱相手にどうやって戦ったの?」

「うーん、戦いというより暗殺??」

「あんさつ…」

「暗殺!」

 

にっこりと笑って報告してみれば、遠い目をした童磨が出来上がった。なんでだろう?

 

(柱相手に気づかれない隠密力?それが彼女の血鬼術?ってことは彼女の刀はただの武器?…そんなことある?隠密力に長なら、普通もっと別の武器使わない?情報が少なくて分かんないなあ…。でももし血鬼術は別にあって隠密力が彼女自身の実力なら無惨様が気に入るのもわかるような…だとすると今回の柱が死んだのは……)

 

そんな怒涛の疑問が童磨の思考を埋め尽くしていることを、私が知る由もない。

 

固まったままの童磨が動かない事を察した私は、そのまま調理を再開した。折角の柱だし味わって食べたいけど、食べなきゃいけない人数が多いし時間もないから、捌いて塗して焼いたそばから口に放り込んで食べていく。美味しいだけにゆっくり食べられないのが残念だ。今日は骨の調理は省略。あんまり美味しくない食べ方だけど、焼いたお肉と一緒にそのまま噛み砕いていく。

そのまま頭部に差し掛かろうとした時、童磨の意識がやっと戻ってきたらしい。興味深げに手元を見てくる。

 

「面白い食べ方だね。」

「…あげないよ?」

「流石に柱は寄こせとは言わないよ。」

「柱はってことは他の人のは欲しいの?」

「気にはなるね。」

「…ちょっとだよ?」

「わー、ありがとう。あ、クロメちゃんって甘いものが好きだったんだっけ?」

「うん?」

「なら、眼球は潰さない方が良いんじゃない?口に含むと仄かに甘いんだよ。」

「ホント!?」

「本当」

「…本当だ!!」

 

言われた通りに眼球を抉り出して口に含んでみると少し甘い。スッとしないハッカ飴みたいな仄かな甘さ。でもお菓子を食べて甘みを感じなかったあの時に比べれば雲泥の差だ。思わず口角が上がっていくのが分かる。久々に心から笑顔になった気がする。

 

「あ、俺食べるなら女の子が良いなあ」

 

そんな注文をつけてきた童磨の要望を無視したいのをぐっとこらえる。私が敬語使わないで話してるから忘れがちだけど、一応童磨も上司なんだよね…。あんまり敬った話し方してない分態度で敬っとかないと後が怖い。いや、まず童磨が怒るのかすら怪しいけど…。でも、童磨ってなんか笑って首飛ばしに来そうなタイプだよね。しかも普段と変わらない笑みで。怒るスイッチが何処にあるのか読めないタイプというか。地雷がほんとに地雷の仕事してるタイプというか。地雷の総数が少ない分、踏んだら即終了にさせられそう。こういうタイプは怒らせないに限る。

そんな普通に失礼な事を考えながらも手は動かす。塩胡椒塗して焼くだけだし、時間はかからない。適当な皿に乗せて、童磨に差し出す。

 

「はい。」

「わーい。」

 

あれ、ここって寺子屋だっけ…?なんか子供のお世話してる気分…おやつの時間ですよー、みたいな…気のせい?

 

 

食事が終わり、台所を片付ける。尚、童磨は料理が気に入ったらしく、今度材料持ってくるから作ってと言い残して去って行った。

自室に戻ると、ドッと疲れたような気がした。なんだか体が重い。鬼になってから久しく感じていなかった感覚に、思わず畳の上に横たわる。

畳に横たわり、深呼吸をしていたその時だ。

 

「いったぁ…!?」

 

全身を軋むような痛みが襲った。鬼になった時のような、あるいは成長痛を悪化させたような、絶妙に我慢できないあの痛みが数倍になった感じ。痛い痛い痛い痛い!!!畳の上で丸まり、痛みを必死に耐える。なんで急に!?痛いのはお腹じゃないし、食中りではない…っていうか鬼って食中りなるのかな!?そんなことを疑問に思っている場合ではないが、余計な事でも考えていないと意識が飛びそうになる。

 

その時、嫌な予感がした。

あ、なんかこの前もこんなことあった気がする。こんな感じに丸まって横になっていて、この後琵琶の音が…

 

ベベン!!

 

……。

デジャヴ…こんな風景前にも見た…。とても見覚えのある天井というか内装というか。痛む体はそのままだが、私はきっと今、遠い目をしているに違いない。頭領、頼むから空気読んで下さい。まあ、そんなこと口が裂けても言えないけど。あー、思考切り替えの訓練、前世でしててよかった…おかげで本来なら死刑に処されるところですが無事です。頭領にばれてません。

そんな的外れな事を考えている間に頭領(KY)が私の目の前に立った。

 

「約束通り柱を殺したようだな。よくやった。」

 

まさに愉悦といった顔で笑う頭領に…思わず鳥肌が立った。

え、頭領からのお褒めの言葉??え???頭領の褒め言葉語録って、絶滅してたんじゃなかったの…!?目の前にいるの、頭領の偽物とかじゃないよね?

思わず支離滅裂な思考回路になってしまったが、どうやらこれは現実らしい。

そして痛みで頭が朦朧とする中、頭領の背後の肉繭から伸びた触手が私の脇腹に突き刺さった。

ちょっ、何この触手気持ち悪っ!?急に来ないで!?あと噛みついてこないで!?痛いんだってば!

痛みにもがいている間に、ドクドクと触手から何かが流れ込んでくるのを感じる。

 

「褒美だ、私の血をふんだんに分けてやろう。…嗚呼、それと。」

 

そう言って私の前髪を掴み上げ持ち上げると、唐突に私の左目に指を突き入れてきた。

だから急にやらないでってば!!痛いって言ってるじゃん!!前髪なんで掴むの!?あといきなり眼球は怖いからやめて欲しいんだけど!!

現実逃避も兼ねて、本人には絶対に言えない文句を並べる。頭領の話もちゃんと聞いているから許して欲しい。

 

「貴様は先日下弦の鬼を消したな?私の許可なく使役したのは腹立たしいが、面白い余興だった。空いた空席に入れてやる。お前が今日から下弦の参だ。…精々励めよ。」

 

……。

ねえ、頭領。報連相って知ってる??

 

そう口にしなかった私を誰か褒めて欲しい。頭領はそのまま私に背を向けて去っていく。そして、心得たとばかりのタイミングで響く琵琶の音。私の下に出口が現れないので、私ではなく頭領が外へお出かけするようだ。やっぱり説明はないんだね??

とりあえず痛みを気合で堪えて「いってらっしゃいませ」と言っておいた。今できる最大級の皮肉であるが、伝わっていない事を祈る。

私はそのまま意識を落とした。

 

 

 

 

 

 

 

同日、とある館にて。

 

「先日、鳴柱と彼と行動を共にしていた甲と乙の隊員4名、そして彼らの鴉たちが行方不明になった。」

「捜索は?」

「…続けたが、現場にあった血の量から生存は絶望的と判断された。」

「そうか…」

 

「また子供たちがいなくなってしまった…悲しいけれど嘆いてばかりもいられないのが現状だ。鳴柱まで上り詰めたあの子を追い詰めた鬼が現れたということに他ならないからね。そして、柱は鬼殺隊を導く存在。これ以上空席を作っておくわけにもいかない。皆には苦労を掛けるけど、それに伴って新たに柱を立てることになったよ。…入っておいで。」

 

 

 

「はい。この度、花柱を拝命いたしました、胡蝶カナエと申します。」

 

 

 



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変質

おまんも幼女。


Q.目を開けると、上弦の壱が意識を失っていた私を近距離から覗き込んでいました。この時の私の心情を述べよ。

A.何がどうしてこうなったの?

 

「近い!?」

「そんなことよりも、行くぞ…」

「そんなこと!?」

 

彼は私に返答しないまま立ち上がり、歩き出す。歩き出した方角は先日手合せした部屋がある方向で、それに気づいた私は上弦の壱が私を手合せに誘っているのだと分かった。鳴女さんの方をちらりと窺うと微かに頷いてきたので、それで合ってるんだろう。…誘い方下手くそか!!と叫びたくなったけど、流石に控える。でも、5歳児だって「一緒に遊ぼう」くらい言えるのに…え、5歳児以下?そんな失礼なことを考えながらも、手合せできるのは素直に嬉しかったので、私も立ち上がって彼の後を追うことにした。

 

「そういえば体痛くない」

 

歩いているとふと、そういえば自分が気を失っていた理由は体に激痛が走っていたからだということを思い出す。しかし、起きてからまだ少ししか経ってはいないが、今のところ不調はなく、あの時の痛みが嘘のように体が軽い。今ならあの柱と直接対峙しても勝てそうな気さえする。

 

「慢心は良くない。良くないけど…。」

 

あの柱の速度を瞼の裏に思い出す。今の私なら、あるいは。そこまで考えたところでハッと天啓がおりてきた。

…そうだ、これから手合せするんじゃん。

目の前を歩く男の背中をジッと見つめる。丁度良い、うん、試してみよう。長年の悩みがスッキリ解決したような気持ちだ。機嫌の回復した私は、黒死牟さんの後をルンルンと足取り軽くついていった。

 

 

「抜け。」

 

前と同じ部屋、同じ場所、同じ武器、同じ台詞で私達は向き合った。

前回、黒死牟さんの抜いた武器は見えた。刀身も追えた。でも体が追いつかなくて、躱すので精一杯だった。相手は格上。それは分かっている。全力で行こう。

…でも出だしくらい、実験してもいい?

 

「ふう。」

 

深呼吸を一つ。そのまま瞼を閉じて思い出すのは、あの柱の構え、呼吸音、リズム、視線。あとの分からない所はイメージで補って、私に合わせて頭と体の微調整を繰り返す。

 

…さぁ、出来た。

 

イメージするのは、あの柱の一閃。

あの柱と比べて、刀の扱いや斬り合いなら私の方が上手かったように思う。でも、あの一閃はただ美しかった。抜刀術に限るとはいえ無駄の一切が省かれた、抜刀して一閃で決める事だけを意識された神速の雷光。

悔しいけど、私はあの技に一瞬見惚れたのだ。あのシーンだけは忘れない。絶対ものにしてみせると、私はその時決めたのだ。

 

独特な呼吸音が私の口から漏れ出す。息を吸い、吐くと同時に地を踏みしめる。刀の柄にかけた手を引き、相手の首を目掛けて一閃を振るう。

 

 

……はずだった。

 

「わわっー!!」

 

思った以上の速度に体勢が崩れる。バランスを崩した私を見て黒死牟さんは驚いた顔をした後、なんともない顔でヒョイッと躱す。ぶつかる先を無くした私はそのまま部屋の支柱に激突した。

 

「いったたたた…」

 

うう…こんなミス、前世でもしたことないのに…。

それに少し落ち込んで、ペタリとお尻を地面につけて座り込む。頬を触ると少し熱くて、気恥ずかしさに顔が真っ赤に染まっているのが分かった。

ちらっと黒死牟さんの様子を見ると、幸いにも呆れた様子ではない。何かを考え込むように宙を見ている。それにホッと一息つくと、私は思った以上の力を発揮した自分の足に触れた。筋肉の付き方は変わっていない。足を少し上げてみるけど、足の重さも変わっていないと思う。

なのに何故?

思わず首を傾げると、黙っていた黒死牟さんが口を開いた。

 

「今のは…雷の呼吸か…」

「猿真似だけど一応…?」

「呼吸を使えたのか?」

「ううん。この前戦った柱が鳴柱だったの。そのとき見たから使ってみたくて。」

「…そうか。」

「でも予想と違ったの。自分の体ならこうだって、ちゃんと計算して力を込めたはずなんだけど…」

「…下弦になったのか。」

「え?…あ、この目?頭領にグリグリされたんだけど、何か変わってる?まだ自分じゃ確認してなくて。」

 

急に話題が変わったことに驚くが、黒死牟さんは何も言わず、ただジッと私の左目を覗きこむように眺める。

 

「下弦の参…血は与えられたか。」

「えっと…うん。何かがグワーッと来て私に突き刺さって、そこからドクドクって。」

 

思わず幼稚な説明になるが、彼にはそれで十分だったらしい。

聞くと、頭領から与えられた血によって、私が全体的に強化されたんだろうとのことだった。鬼になってまだ若いというのに、柱という強者を食ったことも影響しているだろうとも。ただ、体が急激に強化されているのと同時に大量の血を与えられたせいか、頭領にいじられた左目の色が変わっていると言われ、私は目を見開いて驚いた。鳴女さんに鏡を要求してみると、琵琶の音と一緒に手鏡が落ちてきたので、有り難く拝借する。鏡を見ると、確かに左目が変わっていた。

白目だった眼球が黒く染まり、元から墨を溢したように黒かった瞳は、夜の帳に包まれたかのような更なる闇に滲んでいた。そこに朱く【下参】の文字が浮かぶ。

黒曜石のような輝きも、煌めきもない。ただ何処か不気味で、奈落の底を覗きこんだような、そんな暗がりの色が左目に広がっていた。それに反して右目は全く以て異常なし。白い眼球に黒い瞳。その差が余計に不気味で不安を煽る。

思わず絶句して固まった私に、黒死牟さんは小首を傾げ、良いからさっさと構えろと言わんばかりに、元の配置に立つ。

 

「来ないのか」

 

その一言で意識を戻した私も、重い腰を上げて立ち上がり、配置について構える。

あの居合を試すのはまた今度にしよう。今はこの手合わせを楽しまなきゃ。

このピリピリとした張り詰める空気が堪らなく心地いい。

私は今ここに立っている。

私は今敵と対峙している。

 

私は今生きている!!

 

「あはははは!!」

 

前回よりも血肉沸き踊る戦いを展望して、私は駆け出した。

 

 



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お友達は傾国

「血鬼術は完全なる実力と想像力の賜物だよ?」

 

そう童磨に言われたときの私の困惑をどう言い表そうか。

 

ことの始まりは、黒死牟さんとの手合せを終え、童磨の寺院に戻ったところだろう。寺院に戻ると、童磨は丁度食事の時間だったようで、血の海の中で肉を咀嚼していた。珍しい、直接取り込んでいないのか。そう思って声を掛けると、どうやら食べていたのは信者ではなく鬼狩りのようだった。近くにいたのを狩ったらしい。

特にすることもなかったので、そのまま部屋に居座り、食事中の童磨の話し相手になっていると、私の血鬼術の話になった。簡単に、死体を骸人形にして操る能力だと説明すると、それだけかと首を傾げられる。そして冒頭の台詞になるのだ。

 

 

私にとって、【八房】とは唯一無二の相棒である。だから今も血鬼術で同じものを作り出して使っている。能力は死体を骸人形にして操ること。【八房】とはそういう武器だ。

前世からのそういう思い込みというか摺り込みというか…それがどうやら血鬼術の可能性を狭めていたらしい。

 

「もっと汎用性がありそうなのにもったいないなぁ」

 

そう笑う童磨をそっちのけにして考え込む。

 

つまり…つまりだよ?私がそれを発動させられるほどの実力があって、且つそれを発現させられるほどのイメージが出来れば…例えば、お人形の視界を共有したり、伝言を頼めるようになったり、死体だけじゃなくその意思…「魂」ごとの人形化が出来るようになったりもするってこと……?

 

実戦一辺倒だったこの能力に足りなかった利便性が一気に広がる。

それに気づいた私は、思わず目を輝かせて童磨の方を見る。いきなりキラキラとした視線を向けられた童磨は少し吃驚したようだったが、私が『喜んで』いることに気付いたらしく、少し考えた後にっこりと笑いかけてきた。

 

 

 

その日から、私の毎日は血鬼術の実験に費やされていった。前世と今世が別物だと、改めて実感するきっかけがまさかこんなことだとは思わなかったけど、憑き物が落ちたように体が軽くなった。何人もの人間を殺して食った。鬼狩りも見かける度に倒すようにしたし、なんとまた柱も暗殺出来たのだ。

相変わらず頭領は鬼畜だけど、童磨に代わりに褒めてもらうから良いもん。童磨の紹介もあって友達も出来たし、別に気にしてないもん。頭領の鬼ー!!…あ、私も鬼だった。えっと、えっと…悪魔ー?頭領を罵倒する言葉が思いつかないのが悔しい。

 

そんなことを考えながら、正面から襲いかかってきた鬼狩りに刀を振るう。

 

「血鬼術・生喰(いけづき)

 

八房(私の刀)】が人間を斬る(喰い削る)。顎から鎖骨までが消失し、今日の獲物は崩れ落ちた。転がった首を拾い上げ、血を飲み干す。八房もまた、バリバリゴリゴリと人が聞けば悍ましいと感じるような音を立てて、削り取った獲物の首を食っていた。

 

以前、黒死牟さんと斬り合った時、刀で斬り結ぶことは出来たが、途中で私の刀が折れてしまった。まだ、強度が足りないという証拠だった。

そこで私は考えた。この【八房】は私の肉骨から出来ている。だから私が強くなれば、この子を作り出す度に強い刀になる。でも、常に腰に提げてるこの子を、私が人間を食べる度にいちいち消して創り直してってやるのは面倒臭い。ならこの子に直接食わせて強くすればいいじゃないか、と。今世の伝承には、『妖刀は血を啜る』ってものがある。ならこの子に物理的に妖刀になって貰えばいいじゃない。

そして出来上がったのが〝血鬼術・生喰〟である。八房で獲物を斬る時に、八房が直接獲物を食う技。八房は獲物を食べて強くなる、残った部分は私が食べる。八房は私から出来ているから、八房が食えば八房が強化されるけど、同時に私も強くなるし、残った部分を食べることで(本体)は更に強くなる。まさに一石三鳥。

 

「お人形達も強化されたし、八房も順調に成長中…うーん、暇だし堕姫ちゃんのとこ行こう。」

 

鬼になって出来た数少ない同性の友人を思い浮かべ、私は吉原に向けて歩き出した。

 

 

 

吉原に到着し、堕姫ちゃんのお店の前まで来ると気配を消して忍び込む。

もう少しで朝になる。客ももう少しで帰り始める頃だろう。堕姫ちゃんの部屋の前まで来たが、部屋の中に気配はない。仕方なく天井裏に上がり、隠れて待つことにした。

 

「堕姫ちゃーん、遊びに来たよ。あ、妓夫太郎さんも出てきてる。お久しぶりです。こんばんわ。」

「クロメ!!アンタ、また来るって言っててなんでこんなに来ないのよ!!」

「おぅ…久しぶりだな。」

 

しばらくして、部屋に人が戻ってきた気配があったので、襖を軽くノックして入室すると、堕姫ちゃんは機嫌悪く私に怒ってきた。

でも話の内容から拗ねてるだけだと勝手に判断し、とりあえず機嫌を取りに動く。

 

「えへへ、ごめんね。あ、堕姫ちゃん堕姫ちゃん、これお土産。似合うかと思って。」

「……アンタにしては良いもの選んできたじゃない。前のよりもマシだわ。」

 

私が今回持って来たのは、桜の彫られた小物入れの小箱。堕姫ちゃんはアクセサリーをいっぱい持っているし、入れ物を()()()()らしいから、こういう小物入れはあって困らないと前に言われた。

 

「こう言ってるが、前貰ったのも全部大事にしまってんだから、いい加減素直になれぇ…」

「お兄ちゃん!?なんで喋るの!!」

「…とっててくれてるんだ。あんなに趣味悪いって言ってたからもう全部捨ててると思ってた。」

「べ、別に…見る分には質は良かったから、取っておいてるだけなんだから!!欲しいものが出来たら売ってお金にしちゃうんだからね!!」

「…はぁ。妹が悪ぃな、クロメ。」

「ううん、大丈夫だよ。堕姫ちゃんは可愛いね。」

「はぁ!?当たり前でしょ?アンタ何言ってんのよ。」

「堕姫ちゃんは美人だねって話。」

「アンタ、アタシのこと馬鹿にしてるわよね?」

「してないよ?だって堕姫ちゃんは本当に綺麗だもん。」

 

堕姫ちゃんはとても綺麗な子だ。前世にだって美人はいた。お姉ちゃんは勿論だけど、例えばエスデス将軍、セリュー、男だけどランだって美人だったし、ナイトレイドのナジェンダ元将軍とか、…レオーネだっけ?そんな感じの名前の人も綺麗な人だった。

エスデス将軍の鋭利で冷徹な美しさ、セリューの天真爛漫な無邪気さ、ランの泰然自若な穏やかさ。全部素敵な魅力。

敵ではあったけど、ナジェンダ元将軍は嚢中の錐のような格好良さがあった、お姉ちゃんは任務中と普段のギャップが可愛かった、レオーネとかいう人も向日葵みたいな快活さが見て取れた。

 

でも堕姫ちゃんは、レベルが違った。そんな私の知る美人たちの魅力を全部うまく使いこなしていた。

普段の彼女はきつくて残忍かと思いきや、ちょっと素直じゃないけど無邪気で純粋。獲物を狩るときは残酷だけど、かっこ良くて美しい。お客相手には笑い方一つで妖艶な美女にも愛らしい少女にもなって見せる。手玉にされてコロコロ遊ばれてる男を見ると、傾国って堕姫ちゃんみたいな子のことを言うんだなって納得せざるを得ない。

 

「…アンタ、アタシの世話係になんなさい。アンタ見た目14くらいだし…十分使えるもの。そうよ、それがいいわ!!」

 

こんな突拍子もないこと言い出すけど堕姫ちゃんは可愛い。傲慢だけど、美貌のために妥協しない努力家で妓夫太郎さんの事が大好き。強くて可憐な、自慢のお友達だ。

 

「堕姫ちゃん、私はこんな綺麗な場所似合わないよ。」

「なんでよ、確かにアンタはアタシより不細工だけど、ブスではないんだし大丈夫よ。」

「駄目だよ、堕姫ちゃん。」

「だからなんで…よ……」

 

私の方に視線を向けた堕姫ちゃんの言葉尻が落ちていく。

怖がらせちゃったかな。今自分がどんな顔してるのか分かんないや。

 

「私はこんな綺麗な場所居たことないから。きっといつか息が出来なくなっちゃう。」

 

そう言って笑うことしか出来なかった。

私の居場所は、もっと泥にまみれた場所で良い。土に汚れて、血を被って、弱者を踏みしめ、敵と罵り合うような、そんな死に近い場所で良いんだ。

そう思いながらも、もっと言い方があったなあと後悔して思わず視線が下がる。

 

「…あっそ。ならもっと遊びに来なさいよ。」

 

少しぶすくれながら、彼女が言う。それを見た妓夫太郎さんが苦笑しながら彼女の頭を撫でる。頬を膨らませて、口を尖らせて、そんな顔をしてても可愛い堕姫ちゃんは本当に美人だ。

 

「この前来たのいつだと思ってるの!?半年前よ、半年前!!アンタ、ホント信じられない。もっとアタシを敬いなさい!!」

 

彼女の白魚のような手が私をビシリと指差す。

それに少し驚いたけど、私を嫌いになってないよってことを言いたかったんだと分かったから。

だから嬉しくなって、堕姫ちゃんに抱き着いてみたんだ。

 

「えへへ、堕姫ちゃん、最高!!」

 

「はあ!?当たり前でしょ!!」

 

勿論この後、着物を汚すなって怒られた。

 

 



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【閑話1】前世の私の話

閑話です。以後たまに現れます。頭を緩くして読んでね。
次回は本編です。


仲間の死は、私にとって日常だった。

 

唐突の死が、常に私達の命を虎視眈々と狙っている。

死に逝く覚悟などない。それでも簡単にその灯火は掻き消えた。

 

他の仲間に比べて私は強かった。

実力はあった。選ばれた7人にはなれなかったけど、私は8番目。落ちこぼれの中では誰よりも強かった。

けど、同時に誰よりも弱かった。

お姉ちゃんとの別れに動揺して、生きるためならばそれなりに回るはずの頭も停止していく。お姉ちゃんに置いて行かれたことに泣き叫んで、その度に死にかけた。

お姉ちゃんのことを思い出す度死にかける。煩いと罵られ、実験がより過酷なものになる。お姉ちゃんを思い出す度、嬉しいのと悲しいのと痛いのと苦しいのとがごちゃごちゃになって、そしてこの後の展開が予想できて悔やむ。また、苦しい実験になるのが分かってるから。でも現状に絶望する暇も無く、また死が襲いかかってくるから、私は必死にそれに抗うんだ。

 

私達は落ちこぼれ。そんなゴミみたいな落ちこぼれ達を使えるようにして貰えるんだ、感謝しなくちゃ。皆そう洗脳されていく。実験体として期待されるが故の重圧にも、何も感じなくなっていく。仲間が死ぬのは怖い。でも死は日常的なもの。死ぬのは怖くない。そんな歪に矛盾した思考回路が出来上がるのに時間はかからなかった。

 

洗脳されて歪んだ私たちが、死の代わりに恐怖したのは、『無い』ままでいること。

価値がない。意味がない。使いようがない。救いようがない。

暗殺部隊なんて大っぴらに出来ない存在が、表に出ることはないことは分かっていても、それでも何もないままで死ぬことだけは嫌だった。

 

己の為すべきことはなんだ?

殺すことだ。命令通りに従うことだ。

何人殺したかなんて覚えていない。仲間が何人死んだかなんてもっと覚えてない。

 

お姉ちゃんに会うにはどうすればいい?

殺すことだ。命令通りに従うことだ。

強くなれば階級が上がる。使えるものだと思われるから、待遇も多少良くなる。仕事も実験も増えるが、同時に外に出る機会も増える。

 

怖い。怖くない。忘れろ。忘れられない。

仲間の断末魔、敵の顔、殺した人間の数、私を殺そうとした人間の言葉。

全部全部意味がある。意味があるからこそ、捨て去らないと。早く、早く、早く!!消せ、消えろ、いなくなれ!!

 

そうしないと価値ある人形になる前に、私が壊れてしまう。

 

 

今となっては確かなことはたった一つ。

 

私はただ、お姉ちゃんに会いたかった。

 

今日も今日とて、私は刀を振り下ろす。

さぁ、良い子の仮面を被ろう。

絶対に割れない、色褪せない、そんな皮を私の顔に貼り付けて縫い付けて、絶対に取れない様に。そうして今日も、(ガラクタ)(お人形)になる(のフリをする)

私はお人形。ただ命令通りに敵を狩るだけの存在。

仮面を剥がれたら終わり。その瞬間に私は無価値に成り果てる。用済みになって、実験されながら殺される。ご臨終のお知らせ。バッドエンド。二度とお姉ちゃんには会えません。

 

__そんなことにはならない。私は絶対にお姉ちゃんに会うんだ!!

 

心の奥底で叫ぶ何かが消えたときが、きっと私の最後。それを分かっていて、私は私をすり減らして生きる。なんて無駄。なんて滑稽。それでも私は生きたかった。全てはお姉ちゃんに会うために。

 

だから学べ。自分の効率的な使い方を。

そして殺せ。無慈悲に、残酷に。

国を脅かす蛆虫どもに帝国の力を知らしめろ。

 

ばきり。

私が壊れる音がする。でも私の仮面は壊れない。壊させない。破れかけても縫えばいい。罅は埋めれば分からない。歪んだ形も整えれば…ほら。また直ぐに元どおりの(仮面)だ。

 

そうして私はおかしくなっていく。

仲間が死んだ?そっか。またか。悲しいね。力が【無かった】んだね。

敵は何人仕留めたの?そっか。なら役に立って死ねたんだね。良かった、良かった。

敵が来た?そっか。なら行こう。私達が生きるために敵を【無かった】ことにしないと。

敵を殲滅できたね。何人生き残った?そっか。なら私達はまだ生きられるね。私達に価値は生まれたかな。

 

 

お姉ちゃん。

__毎日人が死んでいくんだ。

お姉ちゃん。

__私はこの国を許さない。

お姉ちゃん。

__クロメ、一緒に行こう?

 

やっと再会できたのに、

どうしてそんなことを言うの、お姉ちゃん…?

どうしてそんなことが言えるの、お姉ちゃん!?

仲間を捨てていくの?居場所を捨てて行くの?

__私を置いていくの?お姉ちゃん。

 

もう、私の命は私一人の物じゃない。私がいなくなれば、死んだ仲間たちの存在を誰が証明するの?私がここから消えることは、今までずっと一緒だった同じ境遇の仲間を否定することと同義だ。そんなことも分からないの、お姉ちゃん?

 

__……クロメ。私は…!!

 

お姉ちゃんは、一体何のために戦っていたの。どうして私達を置いていくの。お姉ちゃんを駆り立てる何がそっちにはあるの。どうして変わったの、どうして変われたの!?ねぇ、答えてよ!!お姉ちゃん!!

 

姉を初めて憎いと思った。

 

__そうか…。

悲しげに顔を歪ませて、姉は消えた。その背中を、私は見ている事しか出来なかった。

 

__あーあ、捨てられちゃった。

私はお姉ちゃんに捨てられた。そうだよね、こんな妹要らないよね。薬漬けになって狂った妹なんて、人殺しを笑って出来ちゃうようになったお人形()なんて、お姉ちゃんの妹(クロメ)じゃないもんね。

 

大好きなお姉ちゃん。でも今は、大嫌いなお姉ちゃん。

でもやっぱり、お姉ちゃんは大好きだから。

でもどうしても、お姉ちゃんは敵になってしまうから。

 

「ずっと一緒に居よう、お姉ちゃん。」

 

だから、私のお人形さんになって。

 

ねぇ、大好きなお姉ちゃん。

 

 

 

 

今日もお人形は幸せな夢を見る(今日も私は幸せを夢想する)

 



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月夜に参らせ

これだけは今日投稿したかったので、頑張りました。

このシーンが思いついて、この小説を書き始めたと言っても過言ではない。



その日はとても良い月夜だった。

空には大きな満月。煌めく星々。眼下に仄かに灯る民家の明かり。

中でも柔らかな月光は私の目を捉えて離さず、まるで吸い込まれそうな魅力を放っていた。

 

「良い月夜だね。」

「そうだねぇ。」

 

童磨と並び、寺院の屋根の上からの景色を堪能する。童磨の寺院は山にあるから、眺めが良い。大きな建物もないから邪魔もなく景色を楽しめる絶好のスポットだった。

月見の肴で作った()()も童磨は気に入ったようで、パクパクと結構な頻度で口に運んでいた。

 

こんな月見を二人でしているのも、理由がある。

私は今まで、鳴女さんや堕姫ちゃんから貰った着物や頭領から借り受けた家にあった洋服を、動きやすいように裁縫の得意なお人形にカスタマイズさせることで私服にしていた。

しかし、恋しくなったのだ。前世で着用していたあのセーラー服が!!機動力が命な私には、軽鎧と籠手があれば十分だ。だから、動き易くて着膨れしないあの服がいい加減欲しくなったのだ。

そこで、そこそこの伝手と財のありそうな童磨に、以前から腕のいい服飾職人を紹介してくれと頼んでいたわけなのだが、今日とうとう注文していたセーラー服が完成したという。

受取って袖を通した私は歓喜した。懐かしい着心地!着物と違って足に纏わりつかないスカート!帯よりも刀の位置を調節しやすいベルトのありがたみ!

ローファーは流石に間に合わなかったみたいで、足はまだ足袋だけど、断然前よりも動きやすい!!でも、そのすぐ後にセーラー服に足袋が似合わないことに気が付いて、落ち込んでいたら、信者の人がローファーではないけれどどうですかと、女性用のローヒールパンプスをくれた。多少動き辛いけどローヒールだし、ドレスコードでの任務も経験したことはあるからと、動きにさして影響もなかったので、有り難く頂戴した。

 

この一連の流れのほぼ全てに童磨が手を貸してくれていたので、そこでお礼に童磨を月見に誘ったわけなんだけど…偶然ではあるけど、良い日に誘えた。こんなに月見に適した夜は滅多にない。

 

「そうだ、散歩に行こう。こんないい日には良いことがあるらしいよ。」

「そうなの?何か良いこと、起きるかな?」

 

確かに今日は良いことがあった。童磨にも何か良いこと起こるかな?私にも、もっと良いこと起こってくれてもいいんだよ。

 

そんなちょっと強欲な軽い気持ちで立ち寄った村で、私は今日という日を感謝することになる。

 

 

散歩の途中で立ち寄った町で、私と童磨は別行動をとり、それぞれ獲物を探すことになった。清々しい散歩をしているうちに小腹が空いたのだ。

 

「ふんふん、ふふーん♪」

 

思わず鼻歌を歌ってしまう。今日の私は何だかご機嫌だ。自分でも意識が高揚しているのが分かる。服が変わったからだろうか?童磨に新しい羽織を貰ったからだろうか?最近の実験が順調だからだろうか?分からないけど、歩みを止めて空を見上げれば見事な月が私を見下ろしている。それになんだか、また楽しくなって、また鼻歌を歌いながら歩き出す。

 

しばらくして、鬼狩りが対面からやってきた。夜中に鼻歌を歌いながら歩くフードを被った少女というのは、彼らの目には怪しく映るらしい。そりゃそうかと一人頷きながら納得する。

鬼狩り共が刀を抜いた。それを見て私も足に力を籠め、一瞬で鬼狩りの背後に跳ぶと、その時にはもう鬼狩りの首は落ちている。刀を振り、血を掃うとそのまま納刀。ここまで何秒?ううん、一瞬って言っても過言じゃない。だって瞬き一つで終わったから。

 

「血鬼術・生喰並びに烏兎匆匆(うとそうそう)、ってね。」

 

蹂躙戦が得意な私だけど、意外と弱い鬼狩りって群れてるもんなんだよね。弱いやつらにお人形達を出してやるのも面倒くさくて、こういう1対多数戦の為に編み出した技が烏兎匆匆。私が初めて殺した柱の呼吸をベースに作り出した技。故に速度はかなりのもの。自慢の一品だよ。鬼狩り達に私の刀は見えたかな?

折角自分たちから来てくれたんだし、今日のご飯はこいつらでいっか。周りの気配を探ってみるが、鬼狩りの連れている鴉の気配はない。なら遠慮なくいただきます。

 

「血鬼術・廻光反照(えこうはんしょう)

 

血鬼術で一度支配下に入れて死体の劣化を防ぎ、そのまま死体を仕舞って歩き出す。本来ならこんな使い方をする血鬼術じゃないんだけど、しょーがない、しょーがない。だって便利なんだもん。

ご飯もゲットしたし、そろそろ帰りたいんだけど…。

そう思い、近くの民家の屋根に上がる。キョロキョロと辺りを見渡すが特に姿は見えない。

さて童磨は何処かなー?目を閉じて耳を澄ますと、何本か道をズレたあたりで剣戟の音がする。

 

「あっちか。」

 

その方向に向けて、私は歩き出した。

 

童磨のいる方へ近づくほど、剣戟の音が大きくなる。邪魔をしては悪いと思い、気配を消して、戦いの見える位置に着く。童磨と戦っていたのは1人の鬼狩り。

 

「…嗚呼、やっと会えたね。」

 

その姿を見て思わず言葉が零れた。その言葉が聞こえてしまったようで、童磨が戦いの手を止める。邪魔しちゃってごめん。でも、これは…この人だけは貴男相手でも譲れない。

 

 

 

一方、戦いの手を止めた上弦を訝しげに見ていた鬼狩りは、その視線の先にもう一匹鬼がいたことに気が付いた。しまった、上弦に手一杯で気づくのが遅れた。これで2対1、押されていた自分が、更に不利になったことに気が付いて、ドッと冷や汗が背中を伝う。震えが止まらない。死んでしまうかもしれない。…でも戦わないと。

鬼は可哀想。鬼だってもとは人間なの。だから私は出来るだけ、仲良くしたいと思う。でも、鬼の持つ本能は人を傷つけるから。上弦ともなれば、食べた人間の数も桁違い。許されない。相容れない。それに気が付いて、鬼狩りはまた悲しくなる。

 

「やっと見つけた。」

 

新たに現れた鬼が言った。蓮の花の羽織を着ていて、羽織に付いている頭巾のような布地が頭を覆っているから顔は見えない。でも、裾から除く手足の細さと声の高さ、ひらりと揺れるスカートから、鬼の中では比較的珍しい女の鬼であることが伺えた。

 

「…言われてみれば、確かに似てるね。でも、この子は俺の獲物だぜ?俺が救ってあげないと。」

「駄目。こればっかりは童磨でも駄目、私が貰う。私に出来ることなら何でもするから譲って。」

「えー、…うーん、正直かなり惜しいけど、他ならぬクロメちゃんの頼みだからね。今回は譲ってあげよう!」

 

「……え…?」

 

「ありがと、童磨。……やっと、やぁっと、見つけたよ、カナエ姉さん。」

 

さぁ、私とずっと一緒にいよう?

 

その時、強く吹いた風が、女鬼の布地を大きく揺らした。

私達と同じ紫がかった黒の髪が揺れる。隙間から覗いた右目は夜の底を覗きこんだような黒。忘れられない、忘れるわけがない!!

 

「嘘……」

 

なんで、なんで、どうして。答えのない疑問が頭を覆い尽くす。

鬼を前にこんな無防備になるなんていけない。目の前に上弦の鬼もいるのよ。早く刀を構えろ。早く、早く、目の前にいる上弦の鬼を倒さないと。そう思うのに腕が上がらない。上弦の鬼との戦いで既に私はボロボロだ。でも、最後まで私は戦わないといけない。人を守り、鬼を救う。それが柱である私の責務だ。

 

…そう決意したはずなのに。

 

こんな簡単に、たった一人の鬼に対峙しただけで、その決意が揺れる。

でも、それでも戦わないと。どうして鬼と一緒にいるのかは分からない。でも早くあの子を取り戻さないと!あの子なら話せば分かってくれる!

鬼と人間は仲良くなれる。その言葉を信じてきた過去の自分を讃えた。

大丈夫、あの子は私達の妹なんだから。そう言い聞かせ、己の手に必死に力を込め、凍りかけている肺を奮い立たせて呼吸したその時、再び強風が吹く。女鬼の羽織が揺れる。そして見えた。…見てしまった。女鬼の瞳に浮かぶ朱い文字。鬼狩りは、目を見開き、呼吸を止める。凍りついたように固まった体から温度が消えていく。指先から感覚がなくなっていくような虚無感に襲われ、そして声にならない悲鳴が喉を通って、ヒュッと変な音を立てた。

 

……下弦の参…??

 

鬼狩り―――花柱・胡蝶カナエは啼泣する。

両親が殺されたあの日、全てが変わった。父が死に、母が死に、下の妹が消えたあの日。上の妹と一緒に泣いて悔やんで、鬼狩りになる決意をした。私は後悔していたから。上の妹は恨んでいたから。理由はそんなありきたりなものだったけど、私達にとってはかけがえのない軸だった。

…私は姉さんなのよ。両親がいなくなって、守ってくれる人のいなかったあの時、一番上の私が妹たちを守らなきゃいけなかった。

なのに私達は妹に守られた。私は弱さを後悔した。しのぶは残虐な鬼を憎んだ。

これ以上、自分たちと同じ思いを他の人にさせちゃいけない。鬼を倒そう、一体でも多く…二人で。私はそう言って、妹と指切りをした。

妹を殺した鬼を探そう、そして仇を討とう。しのぶはそう言って、私に縋って泣いた。

もし…もしもあの子が生きていてくれたなら。

そんな望みも捨てきれなくて、鬼を探す傍ら、あの子の面影も追った。

 

そして今。やっと見つけた妹は生きていた。鬼になって、生きていた。

なんで、どうして、どうして。

答えの出ない疑問はまだ私の頭を巡っている。

 

「どうして、クロメ…?」

 

下弦の参との会敵(探し求めた妹との再会)に胡蝶カナエは、絶望した。

 

 




誤字報告してくださった方、ありがとうございました。


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暗闇に去りぬ

私、頑張った…続きはちょっと間が空くかもしれません。


さぁ皆!SAN値チェックの時間だよ!!




久方ぶりに会えた姉。

やっと出会えた喜びに胸が高鳴る。

背が高くなった。髪も長くなった。綺麗になった。そんな姉さんを見て、あの日から気が付けば数年もの月日が経っていることをようやく実感する。鬼は歳をとらない。でも、鬼になった時私の年頃はまだ一桁で、前世があったせいか鬼になってすぐに前と同じくらいの歳まで体が一気に成長してしまったから、余計に時間の感覚がおかしくなっていた。

 

やっと肉体と精神が一致した気がする。

ちぐはぐな違和感が消えた、久方ぶりの晴れ晴れとした心地に頬が緩む。

 

姉さんはそんな私の顔を見て、その(かんばせ)を曇らせた。

 

「どうして…?クロメ…」

「私が死んだと思ってた?」

 

その問いに姉は目を瞑った。考え込むような沈黙もそこそこに、涙で目を濡らしながら、彼女は口を開く。

 

「そうねぇ…」

 

それは肯定とも否定ともとれる響き。

首を傾げる私を余所に、姉さんは突然咳き込みだす。童磨との戦闘で既に重傷を負っている姉さんの体は、もう限界なんだろう。しかし、口から血を吐きながらも、姉さんは言葉を続けた。

 

「私達姉妹を助けてくれた人に…貴女の生存は絶望的だと言われたわ。納得する反面信じたくなくて…でも鬼と戦うようになって、絶望の本当の意味を理解した。貴女は死んだ…それが事実だと思った。でもね、私もしのぶもそう思い込んでいるのに、同時に往生際悪く頭の片隅で貴女の生存を信じているの…。ずっと、貴女を探していたわ…。そしてクロメ、本当に貴女は生きていた。信じていて良かったと、心から思ったわ。でもまさか、それがこんな形でだなんて……。」

 

姉さんが刀をギュッと握る。しかしその力はすぐに緩んで…まるで姉さんが私と戦うのを躊躇っているみたい。鬼だって分かったのに、まだ私のこと好きでいてくれているの?

そんな淡い期待に胸がポカポカするが、そんなことはありえないとすぐに冷たいものが降りてくる。

そして姉さんは、何かを決意したように口を引き結ぶと、私を見て口を開いた。

 

「クロメ、姉としてではなく、鬼殺隊・花柱、胡蝶カナエとして聞きます。下弦の参の鬼、貴女は何人、人間を食いましたか。」

 

まっすぐな視線。真剣な瞳。重症とは思えないその張りのある声は沈黙を許さない。それで私は理解する。

…いつもこうだ。『姉』という存在はいつも私と別の道を往く。話し合いたくてもお互いの立場がそれを許さず、一緒にいたくても互いの意思が交わらない。

 

「…嗚呼、もう姉さんは私の敵なのか。」

「クロメ…」

「覚えてないよ。」

 

姉さんの声に被せるようにして答える。

私の回答に目を見開く姉さんに、私の中に僅かに残っていた罪悪感が顔を出したが、それもすぐ消える。

 

「何人食ったかなんて覚えてない。何人殺したかなんてもっと覚えてない。」

 

姉さんの顔はもう真っ白だった。それに追い打ちをかけるように私は言葉を紡ぐ。

 

「ねえ、姉さん。鬼ってね、味覚が無いんだ。父さん達と食べた洋食の味も、姉さん達と食べた金平糖の味も、もう覚えてない。大好きだったお菓子を食べても、母さんと作った煮物を思い出しながら作ってみても、何の味もしなかった。…でもね、唯一味を感じるものがあるの。」

 

私の声が少し震えたのは、きっと気のせい。

 

「ねえ、姉さん。鬼ってどうして、人間を食べるんだろうね?」

「クロメっ!!!」

 

叫ぶように私の名を呼んで、姉さんは斬りかかってきた。

独特の呼吸音。これが花の呼吸なんだね。あとで教えて欲しいな。時間はこれから、沢山あるんだから。

 

「血鬼術・寂光浄土(じゃっこうじょうど)

 

嗚呼、やっと私の願いが叶う。前世でも叶わなかった夢。

大好きな人と死ぬまで一緒にいたい。

私の望みはたったそれだけのこと。

ねぇ、姉さん。痛みも苦しみもない夢幻の中でずっと一緒にいようね。

 

私は目を閉じた。姉さんが凍った肺で無理やり呼吸の型を使おうとする。私もそれに合わせて一歩を踏み出す。

 

次の瞬間、私の刀は姉さんの心臓を貫いていた。

 

「クロメ…」

「ずっと、ずっと一緒。姉さん、私もう寂しくないよ。これからは姉さんが一緒にいてくれるから。」

 

姉さんの刀は私が喚び出したお人形を切り裂いていた。喚び出したお人形はさっきここに来る前に私が殺した今晩のご飯たちの中の一人。それに気づく間もなく、姉はその瞳から光を失った。

 

鬼狩りの刀は、私に届かない。

 

「ふふ、ふふふふ…あっははははは!!!」

 

やっと、やっと手に入れた!!大好きな大好きな家族とこれでずっとずっと一緒。ようやく1人目。

笑う私の頭を童磨が優しく撫でてきた。急なことに驚いて「どうしたの?」と問いかける。それに童磨がキョトンとした顔をして、少ししてニコッと笑うと「何でもない」と言ってきた。

…変な童磨。一体どうしたんだろう?

 

「ふんふん、ふふふん、ふふーん♪」

 

今日はなんていい日だろう。だからかな?今日の私は何だかご機嫌だ。自分でも意識が高揚しているのが分かる。服が変わったからだろうか?童磨に新しい羽織を貰ったからだろうか?最近の実験が順調だからだろうか?…今日から姉とずっと一緒にいられるからだろうか?分からないけど、歩みを止めて空を見上げれば見事な月が私を見つめている。それになんだか楽しくなって、また鼻歌を歌いながら歩き出す。

 

「童磨、帰ろ?もうすぐ朝になっちゃう。」

「…うん、そうだね。帰ったら美味しいご飯をご馳走しておくれ!」

「うんうん、お安い御用だよ!!」

 

 

 

あの時彼女が泣いていたのを、童磨と満月だけが知っている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「姉さんを…よくも。」

 

二人が去った後の町、一羽の蝶の飾りが月光に浮かぶ。

敵の前に躍り出ることも出来なかった自分の弱さが憎い。でも、あそこに飛び出して私に何が出来た?今の私が行ったって、死体の数が増えるだけ。今私のすべきことは、情報を持ち帰る事だ。冷静になれ。落ち着け。泣くな、私!!瞼の裏に笑顔の姉さんを見た。それが余計に涙腺を刺激する。

地面に落ちていた姉の髪飾りの片方を拾う。姉さんの死体を持ち去ったのは何故?何かを話していたようだけど、鬼に気づかれないようにとっていた距離のせいで声は聞こえなかった。

唯一分かったことは一つ。姉さんを傷つけ、殺したのは2匹の鬼。

頭から血を被ったような豪奢な服の鬼と、刀を使う羽織を被った顔の見えない女鬼。前者の男鬼は運よく見えた。月の光が味方してくれた。男鬼は上弦の弐。鬼殺隊が100年以上倒せていない最強の鬼集団の一角。

 

「絶対に、許さない。」

 

少女の噛みしめた口から一筋の血が流れる。その痛みも感じていないかのように、少女は鬼の去った方角を睨み付けると、路地裏を通って藤の家紋の家を目指して走り出す。

少女の握った刃が建物の陰で煌めいた。

 




チェックロール、成功できましたか?

成功で2、失敗で2d6のSAN値減少です。


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闇夜の街灯に焦がれる
理想に微睡む


お人形は喋らない。お人形は思考しない。お人形は物を食べない。お人形ってそういうもの。お人形とは、人間が動かして飾り立てて楽しむためにある玩具。

でも、それでも幸せなの。壊れない限り、ずっと一緒に居られるんだから。

 

ふと目を閉じると前世の夢を見る。眠っているわけでもないのにね。

馬鹿みたいに幼少期から繰り返してきた、血の滲むような努力。あれ、一体何だったんだろう。

拷問士たちに、重い体に鞭打ってでも規定通りの時間までに起きていなければ処罰される朝。調教師たちに、完璧な回答を出せるようになるまで折檻された昼。丈夫な靴の底が破けて、踵の赤い肉が見えるまで訓練を繰り返した夕暮れ。用法と用量が無視された薬漬けの実験、科学者たちの期待値に達するまで眠らせてもらえなかった夜。

任務で町に行く度、疑問だった。町の子供たちは、朝、起きるなり母に甘えて、日中は父の仕事を手伝いながら自分の好きなことをして過ごす。夕方は友達とお菓子を食べ、夜には両親に素敵な御伽噺を読んで貰って、幸せの中そのまま眠りにつく。

 

私たちとあの子たち、一体何が違うんだろう。

 

考えれば考えるだけ答えが出た。

お金が無かったとか、両親に売られたとか、盗賊に捕まったとか、理由なんて沢山あった。私達は『物』で、あの子たちは『人間』。大きな違い。不平等を嘆いた仲間もいたけど、私達を見下ろす国の人間に言われるのはいつも一言。最終的に帰結する答えはいつもそれ。

 

『運が無かった』。

たったそれだけのことなんだ。

 

 

 

「…おはよう、姉さん。」

「あら、おはよう、クロメ。」

挨拶をすると、返事がある。何年振りだろう。朝からとってもいい気分。

 

「「いただきます。」」

食事は一緒に。私は前とは違ってお肉ばっかりだけど、姉さんの御膳はバランスの良い食事。味は分かんないけど、匂いは分かる。良い香り。見ると、ほかほかご飯に少し熱めのお味噌汁。今日のおかずはお魚らしい。お漬物と煮浸しも添えて、完璧な朝ごはん。流石姉さん、今日も美味しそう。…今深夜だけど。まぁ、鬼にとっては夜が朝みたいなもんだよねと内心フォローしておく。

 

「クロメちゃん、楽しそうだねぇ」

「うん!楽しい!!」

「…ねぇ、どうしてカナエちゃんはお話が出来ているの?」

「??あぁ、死体なのにってこと?」

「うん。」

 

姉さんとの朝食会に交ざってきた童磨が私に聞く。

童磨の疑問は尤もだよね。私も思ったもん。

…でも、最初に言っておく。正直私もあんまり分かってない。だから答えに期待はしないでほしい。これは推察にすぎないのだから。

 

「勿論ね、生きてはいないよ。死んだ人間は甦らない。そこまでの力は私の血鬼術にはない。」

「うんうん。【生き返る】だなんて、それこそ有り得ないことだ。そんなことがあれば、世の中はこんなに不幸じゃないだろうしね。こんなの俺が極楽を信じるより有り得ないことだよ。」

「だから、多分なんだけど…これ、反復動作の一種だと思うんだよね。」

 

私は八房の能力…ないし、血鬼術が進化したのではないかと思っている。

前世、八房の能力は斬り殺した者の死体を最大8人まで操ること。その死体は、意思を持たない人形になるけど、癖や強い念などは生前のまま残ることがあるし、人形になっても能力は生前と同じ。進化はしないけど弱体もしない。ただし、お人形が損傷すれば、八房の呪いを解いて屍に戻し放棄するか、手作業で傷を修復するかしないといけない。

 

一方今世、血鬼術の能力はベースは一緒。でも最大8体じゃない。同族である鬼なら最大8体。人間や動物なら、私の実力に応じた数。多分そんな感じだと思う。それに、鬼の人形なら人を食えば強くなる。前世なら有り得なかった事象だ。鬼の人形は鬼狩りの刀に首を斬られない限りは死なないから、怪我しても普通に再生するし…。だから、八房の能力に加えてそんな変な強化が起きている分、私の血鬼術はそういう能力なんだと思っていた。

 

しかしだ。

姉さんは話すし、飲食もとれる。そこで私が注目したのは、『人形になっても、癖や強い念などは生前のまま残ることがある』という点。人間や動物の場合、その点が血鬼術として強化されているんじゃないだろうか。つまり、その点において、以前はあくまでも個人としての意識的な部分の話だったが、今世になってそれが肉体的な部分にも作用している可能性がある。

実際、人間のお人形が怪我をすると()()()()。勿論、鬼ほど急速な再生じゃない。ゆっくりとではあるが、でも普通の人間よりは速い速度で傷が塞がったのを見た。姉さんがその最たる証明でもある。童磨にあれほど傷つけられていた手も足も内臓も、この数日で完治しているのだ。姉さんが呼吸の使い手であることも影響はしているだろうが、これは前世ではありえなかったことだ。代償に再生中の私の体力の消耗は激しいけど、対処法はあるし些末な問題。お人形を使い捨てなくていいというのは大きな利点に成り得る。

要するにだ、今の姉さんの肉体コンディションは万全。声を発するのに異常はなく、物を消化するのにも問題なく、脳みそを回すのも可能な状態。

 

「つまり、生前と同じ行為をすることが可能な状態ってこと。」

「…なるほど?」

「生前と同じ肉体活動をしてるから、一緒にご飯を食べたい、お喋りしたいっていう私の命令にも応えられてるし、傷もゆっくり治ってる。生前の癖や念が残っているから、口調は生前のものだし、多少は会話が成り立つ。」

「あぁ、そういうこと。」

「多分だけどね?」

 

ただし、あくまでも血鬼術…八房でいう『()()』で動いているから、別に心臓が抉られようが頭を吹っ飛ばされようが動くし、自立思考が出来ているわけじゃないから自分から今後新たな事を学習することもない。だってもう死んでいるから。私が覚えてそう動かすのはまた別だけど…えっと、なんて説明すればいいのかな。

 

例えば、私と姉さんが手合せをしたとする。私は我流の刀術を使って斬りかかれば、姉さんは自分の生前の知識にある花の呼吸を使って応戦してくるよね。仮に私が「私の刀術で応戦しろ」って命令した場合は、術者である私の知識とか経験とかイメージ…想像力で姉さんを動かしているから、姉さんはその通りに動いて私の型で向かってくる。でも、その後に単純に「反撃しろ」って命令を出しても、姉さんは生前に覚えていた刀術しか使ってこない。さっきの手合わせで私は姉さんに私の刀術を使わせたけど、それを使って来ることはないんだよ。何故なら知識にないから。死んだあとのことを死体は学習し得ないのだ。

 

だから、あくまでも癖や念、記憶にある動作が強化されるに過ぎないという認識でしかない。具体的に私が命じて操作しない限り、お人形達は経験にない動きは取れないのだ。()()()()()()、生前こんなシーンで誰かとこんな会話をした、こんな場面ではこんな行動をとっていた、そんな情景をお人形達は辿るだけ。その通りに動く許可を、私が与えているだけ。

 

死者であるため痛みも感じず、肉体を粉砕されない限り活動を続ける。それが私の血鬼術(帝具・八房)なのだから。

 

今更、虚しいなんて思わない。これは独り遊びなんかじゃない。

私はずっと一緒に居たいだけ。

置いて行かれるのは、もうたくさんなんだ。

 

「童磨が死ぬときは、私が斬ってあげるからね」

「ははは、そんなことは有り得ないから安心しなよ」

「…うん!」

 

私は姉さんの手を握って、童磨に笑いかけた。嗚呼、幸せな時間。くだらないことを話して、強くなるために食べて齧って飲み込んで、敵を狩る。あ、勿論頭領からの命令も忘れていないよ?青い彼岸花、ちゃんと探しますとも。

 

ふふ、誰かとお話するのは楽しいね!!

 

 

 

 

 

 

…姉さんに生きてて欲しかったなんて、そんなのは気のせいだ。

 

「大切な人とは、殺してでも一緒に居たい。」

 

私の思いは変わらない。

 

 



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苛立ちは突然に

個人的にクロメちゃんと最凶に相性の悪い鬼はこいつだと思うので。


姉さんと一緒に過ごすようになって、どのくらい経っただろう。童磨の寺院を拠点に活動するようになってから楽しいことばかりで日が経つのが本当に早い。

 

そんな最近の私だけど、何故か頭領に連れ回される日が増えた。

前振れもなく琵琶の音がして、唐突に招集されるもんだから一時期はちょっとビクビクしながら過ごしてた。…心構えが無いと本当に吃驚するんだよ、あれ。

最近漸く慣れてきて「あーはいはい、またコレね」で流せるようになってきたとこなんだけど、ちょっとばかし困ったことが出来た。

 

「………」

「ひええぇぇぇ…!!」

 

拝啓、前世のお姉ちゃん。鬼になって初めて、嫌いなやつが出来ました。

 

 

 

 

 

奴との出会いはある日の無限城。

頭領の命令を受けた鳴女さんにより拉致された私が、頭領が来るまでの時間つぶしに無限城内を散歩していると何かが足元にぶつかった。何にぶつかったのか分からず下を見た瞬間、途端に大きな悲鳴が耳を打った。

悲鳴の元を探ると、私の膝くらいの高さの縮こまった鬼が叫んでいるようだった。どうやらお互いに気配を消していたが故の惨事だった模様。悲鳴が非常に五月蠅いが、足蹴にしてしまったのは私。相手の悲鳴のせいで耳が痛いのでお互い様だと思いつつも、きっかけを作ってしまったのは私なので謝った。

私の謝罪は聞こえたようで徐々に悲鳴は小さくなっていったが、何やらブツブツと呟いたまま返事はない。私の挙動を見ているようで、私が少し動くだけでビクつかれるもんだから、私も諦めてその場で相手を観察し始めた。お互い別な事を考えながら会話もなしに相手を観察するという奇妙な空間になったが仕方ない。

 

目の前の手すりにしがみつくように怯え続ける鬼。見た目は完全に老人だ。しかし、よく見ると目には上弦の肆の文字。…まさかの上司。それに驚きながらも経過を観察していると、不思議なことに気配が2つあることに気づく。目の前の膝丈の老人鬼と、それに隠れるようにしてもう一つ。探ってみると、どうやら目の前にいる鬼の影に隠れているようだ。

 

「弱いもの苛めをするなぁあああ…」

「え、うん…、蹴っちゃってごめんなさい。」

「ううううぅぅぅ…」

 

なんだろうこの鬼。謝ったのに許すも許さないも言わず、唸るだけ。怒ってるのかと思ったが、どう見ても怯えているようにしか見えない。その上、上弦のくせに自身を弱いと言う。…本当に何なんだ。通常とは違った意味で意思疎通が出来ない。

その時は、再び声を掛ける前に琵琶の音で広間に呼ばれてしまったため、お話することは出来なかった。

 

しかしだ。

その後しばらくして、機嫌の良い時を見計らって私を連れ回していた頭領に彼の鬼について聞いた。幸いにも頭領は彼の鬼のことを嫌ってはいなかったらしく、機嫌がいいのも相まって普段よりかは比較的饒舌に語ってくれた。

曰く、人であった頃よりあらゆる痛みを忌避し、全てを他者に擦り付け、逃げ続けた鬼。

曰く、善良な弱き被害者を騙り、人間だった時代は全盲を装っていた犯罪者。

彼の鬼が人間だった頃の様子を聞くと、どうやら手癖が悪く、極度の虚言癖があり、挙句の果てには捕まっても反省の色が一切なかったという。一度も罪に向き合うことなく、鬼化した後も「自分ほど可愛そうな存在はいない」と開き直り続けている。だが、その意識こそが上弦に足る強さを誇る血鬼術に直結しているという。駄目元で聞いてみると、意外にも頭領は回答をくれた。

 

自分の感情を基に、鬼を作り出す能力。

具現化させたその分身がなかなかに強く、またそれを無数に生み出せるのだそうで、それが上弦の肆というランクに反映されているようだった。

 

愉快だろうと、頭領が笑う。

対して私は、話を聞いて失敗したと思った。私は彼の鬼と相容れないだろうことが予想できてしまったから。自分は弱い?自分は可哀想?何言ってんだろう、奴は。

頭領と別れ寺院に戻った後、私は一人、ポツリと呟いた。

 

「弱いなら死ねば良いのに。」

 

世の中は弱肉強食。強ければ生き残り、弱ければ死ぬ。それは、それだけは前世も今世も変わらない真理だ。

強者の立場を貰い受けていながら、自身を弱者と豪語するなんて、今まで踏み躙ってきた者達への冒涜だ。弱者を食い荒らしてきたからこそ、今のお前があることを分かっていないの?

今まで殺してきた人間を覚えていろとは言わない。実際、私も頭領も、童磨や堕姫ちゃんだって、前世のお姉ちゃんでさえきっと、今まで殺した人間の顔も名前も正確な数も覚えてなんかいないんだし。

か弱いふりをするなとも言わない。外見で油断を誘うのも立派に戦略だろう。それは寧ろ存分に利用すべき利点だ。使わない方が愚かしい。

 

私達にとって人間は餌。でも、その弱者たちが消えたことで、私達は強くなった。経験という何にも代えがたい価値を持つものを手に入れた。

だから、私はね。例え、殺した人間のことを覚えていなかったとしても、人を殺したというその事実だけは忘れちゃいけないと思うんだ。それだけは目を逸らすべきじゃないと思う。

現に私は、何て名前の人を何人殺したかは覚えていないけど、どんな戦場に立って、何処で人を殺したかは覚えているの。それだけ記憶として残っていれば十分。自分がどんな戦いをしたかは分かるし、私は善人にはなれないのだと実感できる。それが私に出来る最大限の(はなむけ)だったから。

 

それで?奴は何と言っていた?

自分は弱い?自分は可哀想?

自分が殺してきた分強くなった自覚もないだなんて、とんでもなく馬鹿なんだね。

しかも事に及んで、必死に強くなって生きようとしてる者の邪魔立てをするだなんて。上弦は100年以上も代わらぬ強者の席なんでしょ?己を弱者と自称し強者の自覚もないくせに、上弦に居座る奴のなんて図々しいことだろう。嗚呼、なんて邪魔な存在!!

虫唾が走る。生理的に無理。私が前世から積み重ねてきたものがある分、その考え方は全く以て理解できない。

頭の中どうなってるの?現実逃避?ううん、そんな次元なんかじゃない。「逃避」じゃなくて「改変」してるよね?お前の中では“そう”なってるんでしょ?

 

でもこれはあくまでも伝聞したことに過ぎないから。直接ちゃんと話してもいないのに噂話で嫌われたなんて嫌だろうし、不名誉だろうし。一応そう思って、鳴女さんの協力のもと、その後何度か偶然を装って会いに行ってみたんだ。

 

でも、コイツは変わらない。

 

弱い者苛めをするな。可哀想な儂を助けろ。

許して許して、助けて助けてと、五月蠅いくらいに喚き散らす。

 

お前、強いんじゃないの?

人間を殺めておいて、いつまで自覚のないままでいるつもり?

これ、何てタイトルの与太話なの?なんて無責任、なんて碌でなし。

 

目の前で未だに泣き喚く鬼を見下ろす。掛けようと思っていた言葉も忘れて、私は踵を返し、歩き出した。

 

嗚呼、久々に気分が悪い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「入れ替わりの血戦、だっけ?挑んじゃおうかなぁ…」

 

今なら上弦だって、殺せてしまえそうだ。

 




無惨様ピクニック(ピクニックとは言っていない)は次回以降。


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頭領といっしょ

今回の犠牲者():鳴女ちゃん


ある日の昼下がり。

遊郭にて堕姫ちゃんに会いに来ていると、最早聞き慣れた琵琶の音がした。またかと少しげんなりしつつ急な転移に覚悟していると、堕姫ちゃんとの会話中だったからか鳴女ちゃんも気を使ったらしい。いつもならば、気が付けば景色が変わっているタイプの、突発的かつダイレクトいらっしゃいませな呼び出し方であるが、今日は私と堕姫ちゃんの横に無限城の一部である障子戸が現れていた。

 

「こういう呼び出し方出来るなら最初からこれじゃ駄目だったのかな…折角慣れたとこだったのに」

「アンタねぇ…つっこむとこ、そこじゃないでしょうが」

「え。」

「まぁいいわ。無惨様からのお呼び出しなんでしょ。さっさと行ってお役に立ってきなさい。…またこっちにも来なさいよ。」

「むぅ…最近ホント多いなあ。仕方ないか、行ってくる。…ふふ、うん、また遊びに来るね。」

「ふん。…って、ちょっと!?無惨様に折角お呼び立て頂いてるのになんてこと言うのよアンタ!?信じらんない、さっさと行きなさいよ、この馬鹿!!」

「はぁい。じゃ、またね、堕姫ちゃん!妓夫太郎さんにもよろしくね。」

 

そう言って障子戸をくぐると、もはや第3の実家と化した無限城である。見渡す範囲に頭領の姿は無く、またしばらく待機なのかと小さく溜息を吐く。流石に一人寂しく待機も嫌なので、いつも通り鳴女さんの気配を探ると、張り巡らされている渡り廊下や飛び出した部屋の壁を足場に跳び、最短ルートで近づいていく。

 

「こんにちは、鳴女さん。」

「…もうすぐ、いらっしゃるかと。」

「分かった。今日は何をさせられるのかなぁ…」

 

軽く挨拶をするとすぐに沈黙が落ちるが、気まずさはない。鳴女さんは言葉数は少ないからあんまり会話は続かないけど、静謐な雰囲気をしているから、私もそこまでガツガツと話そうとは思わないのだ。単純に鳴女さんの傍は落ち着く。彼女の傍で一回瞑想をしてみたことがあるけど、全然気にならなくていつも以上に捗ったのを思い出す。

 

しかし、今日は違った。私はどうしても誰かに相談したかったのだ。出来れば上弦じゃない鬼に、聞いてほしかった。いきなり頭領に言うのは勇気が要るから。だから、私は鳴女さんに向けて口を開く。

 

「鳴女さん、私ね、頭領にお願いがあるの。」

「…はあ。」

 

珍しく緊張したような真剣な私の雰囲気に疑問を持ったのか、鳴女さんが返事をくれた。鳴女さんが興味を持ってくれた今が相談する唯一のチャンス…!

 

「それでね、今日呼ばれたのもそういう定めなのかなって思って…頭領が来たら思い切って頼んでみようと思っているの。」

「…それはどんな。」

「上弦の肆、潰していいですかって。」

「……」

「良いよって言ってくれると思う?」

「………知りません。」

「あ、それか、勝てるもんなら勝ってみろって鼻で笑ってくるかな?」

「……私に聞かないでください。」

「ねぇ、どう思います?鳴女さん、」

「私には答えかねます…!!」

 

思わずといったように、普段よりも大きな声を出した鳴女さんを見て、少し申し訳なくなった。そうだよね、頭領の反応なんて分からないよね。でも多分一番頭領に会う機会が多いの鳴女さんだろうからつい…。

 

「…そうだよね。変なこと聞いてごめんなさい、鳴女さん。」

「…貴女、最近童磨様に似てきたのでは?」

「え、嘘!?私はあそこまで不躾にズカズカ踏み込んで地雷の上で円舞しながら、相手の神経逆撫でするような話し方してないよね!?」

「(酷い言われよう…)…童磨様とは仲が良いのでは?」

「お友達であり、扶養者であり、同士だよ!」

「…そうですか。」

 

それを聞いて深く突っ込むことを止めたらしい鳴女さんを尻目に、外を向くように廊下の端に腰かける。手すりの外に足を出して空中でブラブラさせながら、鼻歌交じりに頭領を待った。

 

 

「人間の死体を3体出せ。」

 

遅れて来るなり、頭領が私に命じたのはそんな単純な命令だった。

言われるままに、保管していた男のお人形を3人出す。

 

「これでよろしいですか?」

「女の死体を混ぜろ。着替えはこれだ。服装を変えるように命じろ。」

「…頭領が、何故女物の着替えをお持ちなのですか…」

「ほう?貴様、なんだその顔は。…潰すぞ。」

「イイエ、なんでもないです…。」

 

頭領が持って来た2着の女物の着物を受取り、新たに出した女のお人形に片方を渡す。彼女に着替えるように命じている間に、今回の用件を頭領が話し出した。

何でも、今入り込もうとしている家庭の女性とデートなんだって。(「爆発しろって言え!」と誰かが囁いた気がしたが気のせいだろう。)

そこで時間と場所を考えていたらしいんだけど、ほら…私達鬼だから。昼間のデートは無理ってことでどうにか夜のデートをセッティングしたのは良いが、向こうの親御さんがそれに反対。まぁ、当たり前だよね。大事な娘を夜に未婚の男と2人っきりにとか出来ないでしょ。

それで結局、向こうの家がお金持ちなのもあって、護衛を兼ねて数人連れていきますからと説得したらしい。更に、お相手の女性は前の旦那さんと()()して、お子さんが既に一人いるようで、まだ赤ん坊のお子さんを残していくのも不安だろうからと、世話役の女性もつれてくるから一緒に行こうという体で誘ったとのこと。前の旦那さん殺したの、絶対頭領でしょ…。そう思いつつも、なんとも泥沼…否、合理的な作戦だなと頭領を褒め称えて(白い目で見て)おく。

 

「なるほど。それで死体の一人にその赤子の世話役をさせようと。」

「お前は今日はその人形、世話役の娘として付け。その左目は擬態させろ。今後お前を呼ぶこともあるだろうからな、目通ししておいた方が後々出入りが楽になる。」

「御意に。」

 

自分がフラれるとは微塵も考えていない頭領に思わず苦笑してしまう。まぁ、頭領には人間を操る術などいくらでもあるのだろう。まったく、末恐ろしい鬼である。

早速、左目を強く意識して、瞳に刻まれた文字と黒く変わった眼球を変質させる。長くは保たないが数時間なら可能だ。腰に提げていた刀を腕に戻して同化させ、私も渡された着物に着替える。…あ、着替えはちゃんと鳴女さんが個室作ってくれたから公開してないからね?

 

着替えの終わったお人形と一緒に頭領の元へ行くと、鳴女さんが既に外へ続く障子戸を出していた。遅いと怒られてしまいそうだが、多分そこら辺の普通の人間よりかはだいぶ身支度は早い方だと思う…。女の準備は時間がかかるということを、頭領にはもう少し考えて頂きたい。……なんて、絶対に口には出来ないが。

 

「遅い。まぁ良い。クロメ、お前は今から“幽薫(ゆうか)”だ。良いな。」

「それは今後頭領と行動時の私の偽名、という認識で良いですか?」

「そうだ。…ああ、それと私は今は月彦と名乗っている。呼び間違えるなよ」

「…この前と名前変わってません?」

「前居た場所の人間は皆殺しにしたとはいえ、邪推されても面倒だ。外見も含め変えた。」

「…左様ですか。」

 

そう言った頭領は手に持っていた白いハットを頭に乗せると、私を一瞥することなく門をくぐる。鳴女さんに一礼して、私もその後に続いた。

 

 

 

 

このデートの付き添いから後の私の苦難が始まるとは、この時の私は全く予期していなかった。

 

 

 



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胃痛の始まりはいつも頭領

過去最高のギャグ回(当社比)、そして過去最高の糖分(当社比)


「あっはははは!!それでそんなに憂鬱な顔してるの?」

「…笑い事じゃない」

 

頭領のデートへの付添を終え、童磨のいる寺院に戻った私はうつ伏せになってクッションに倒れこんでいた。童磨に事情を話したら、()()童磨がまさかの大爆笑。私は拗ねた。全力で拗ねた。単にデートに付き添って、赤子の面倒を見ていればいいだけだと思っていた私は、想定外の攻撃に想像以上に精神を摩耗していたのだ。

 

「甘いと辛いと苦いが同時に来た感覚…吐くかと思った…」

「…珍しいね。本当に随分とお疲れだ。ご苦労様?」

「絶対よく分かってないでしょ…結構な労りをどーも…」

「…俺にそんな皮肉言ってくるって相当だね。だいぶ参ってるんじゃないかい?」

「だからそう言ってんじゃん…これがこれから続くの…?嘘でしょ…?仮病…代理…替え玉…えっ、無理…??うぅ、頭領怖い…私にももっと優しくして…労働環境の改善を…」

 

悪夢に呻くような声を出す私を流石に哀れに思ったのか、腰を上げて近づいてきた童磨は私の傍に座り直すと、私の頭を撫でてくる。その手の感触が恋しくて、私も床に腰かけた童磨の腰に手を回して抱き着いた。頭を撫でてくる大きな手に擦り寄るようにして、私はその甘やかしを甘受する。元はと言えば、私の話に大爆笑した童磨のせいなんだけどなぁ?そう思うも、時折耳を掠めるように優しく頭を撫でられては、その心地よさに頬が緩む。誤魔化された感じがどうも納得いかないが、今は私の精神の回復の方が先決だった。

 

 

そう、私がこんなにグロッキーになっているのには勿論理由がある。理由は言うまでもないだろうが、頭領のデートの付添の件である。

当初、私がデート中に何をする予定だったかと言えば、赤子の面倒をお人形と一緒に見ていることと、会話を含めお人形の操作を違和感なく行う事だった。だからこそ、お人形達を私と赤子の傍に置き、2人から見える位置であるがデートの邪魔をしない位置という難題の下、一定の距離で付添をしていた。

 

しかしだ、問題は私が頭領のデート相手…『麗』という女性に興味を持たれたことであり、それが悪夢の始まりだった。

 

大人というには幼く、しかし子供と断じるには大きい。そんな少し年下(に見える)同性が気になっていたのだろう。デートが始まってしばらくすると、彼女は私に話しかけてきたのだ。「歳はいくつ?」から、「貴女から見た月彦さんはどんな方?」まで、本当に答え辛い質問がずらりと並んで飛んできた。頭をフル回転させ、頭領を全力でアピールし、更にその中身が後々頭領に影響の出ないよう、答え方を必死に取捨選択、なお且つ私の経歴として違和感がないであろう過去を捏造するという三重苦の質疑応答をなんとか乗り切る。私、頭脳派じゃないのに!!なんでこんなことを!!

 

そしてそれを乗り切ったかと思えば、今度は普段とは真逆と言っていい光属性な笑顔とお声の頭領と『麗』の会話を間近で聞く羽目になった。その会話がまぁ甘い。蜂蜜掛けてジャム添えてメープルシロップで仕上げた味の調和も何もない甘いだけの使い道もない砂糖を噛んでいる気分だった。いや、鬼になった今甘さなんて感じはしないんだけど…何故か口の中がジャリジャリした気がした。私の目は死んでいたと思う。

 

そしてデートも終盤、『麗』は『月彦さん』に既に惚れているようで、その後こっそりガールズトークとでも云うかのように、私に「紳士的で優しい所が素敵」と耳打ちして惚気て来た。私から言わせてもらえば、頭領のリップサービスがすごい(えげつない)だけなのだけど。あの無駄に整った顔面に騙されてるよね。紳士的?優しい?…一体誰のことですか???しかし、実際に『月彦さん』な頭領はその通りの人物像を演じているようで、これで顔が良いんだもん、それは騙されちゃうよなぁと一人納得して頷いておいた。…頭領に何をしているとさり気なく睨まれたので慌てて笑顔を浮かべておいた。その間も頭領は年下の女性を優しく見守るかのような眼差し、相手を思いやるような柔らかい声、自分の魅せ方をよく分かっていらっしゃるであろう絶妙な笑み…それらが標準装備である。…普通に怖い。胃がキリキリと収縮するのが分かる。普段というか素というか…鬼としての本来の頭領をいつも見ているだけに、私達と彼女との扱いの差に放心したくなるし、態度や表情のギャップに鳥肌が止まらないし、必死に隠してはいるけど万が一今の状態の心を読まれたらどうしようと不安と恐怖で泣きそうになるし…。

 

「しかも、デートが終わったら終わったで、私置いていかれるし。もうすぐ朝になるのに!!その状況で置いてくってどういうことなの…日光に当たって死ねってこと?私今回の命令遂行出来ていないってこと??え、私頭領に殺される??」

 

うつ伏せのまま思わず頭を抱えると、童磨に肩を掴まれ仰向けに転がされる。胡坐をかいた童磨の足に頭を乗せ、自然と童磨を見上げる形になる。

 

「大丈夫だよ、無惨様が怒っているなら軽く頭を吹っ飛ばすくらいするし、小言もないなら多分及第点だったんだろうからさ!」

 

優しい虹色が私を見下ろし、骨ばった大きな手が私の頬を包み込み、その感触を楽しむようにムニムニと引っ張って遊びだす。

 

「それにしても偽名に『幽薫』とは、無惨様もなかなか雅な由来で付けたじゃないか。」

 

それに首を傾げると、童磨は先程までの笑顔を少し変えた。笑顔だけども…なんだろう私にも良く判らないや。そんな微妙な顔をして口を開いた。

童磨が言うには、『黒(黑)』のもとの字は 『柬』と『火』とを組み合わせた形なんだとか。これに下から火を加えて、袋の中のものを焦がして黒くすることを示して 『黒、黒い』の字と意味となる。同じ方法で火にあぶってくゆらす形を『薫』。なお、『薫』はくゆらした香りを主とする字であるが、色染めのときは黒くなるから『黒』の意もあるそう。また、 『幽』は並べた糸束に火をくわえ、もの静かにすべて黒い色をつけることを示す字。

 

「だから、『幽』も『薫』も、『黒』の意味があるんだよ。クロメちゃんにぴったりの名前だね!」

 

そう言って解説を締めくくった童磨は、やっぱりいつも通りとは違う変な笑み。…気のせい?

しかし、そう思ったのも束の間、私はハッと重要な事を思い出した。童磨の膝から身を起こし、思わず叫ぶ。

 

「しまった、頭領にお願いするの忘れてた!!」

 

あっちゃー…精神的ダメージ大きすぎてすっかり忘れてた。

急に上半身を起こした私に驚きつつ、童磨が聞いてくる。

 

「無惨様にお願いって?」

「…あー、うーんとねぇ…」

 

はっきりしない私が珍しいらしい童磨は、目を丸くして私を凝視する。そこで、「俺じゃ叶えられないこと?」と言いながら小首を傾げてくる童磨はやっぱりあざとい。

これは果たして童磨…というより上弦に言って良いことなのかが分からない。今から童磨の同僚の上弦に入れ替わりの血戦を挑もうと思ってるんだー、…なんて軽々しく言って良いのかな。

ジッと見つめてくる童磨の目が痛くて。そんな居た堪れなくなった私が取った行動は…

 

「ちょっと出かけてきます!!」

「え、ちょ、クロメちゃん今昼なんだけど!?」

 

そう、逃走である。

 

昼だろうが構うものか。廊下に飛び出した私は、暗がりの道を選んで自室になんとか辿り着くと、鳴女さんの名前を呼ぶ。私のことを多少気にしていてくれたのか、名前を呼んだ直後にベベンと琵琶の音が鳴った。それにホッと一息ついて、私は目の前に現れた障子戸をくぐると、鳴女さんに向かって突撃していくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 

クロメが無限城に行った音を扉の外で聞いていた彼の顔は、怖い程に無表情であった。

 

 



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おねだり

訂正箇所が修正されていなかったので、直しました。再掲です。混乱した方がいらっしゃいましたらすみません。



「とぉりょー!!!お願いー!!!」

「………今度は何だ。」

 

鳴女さんから情報をキャッチし、待機すること数時間。無限城に現れた頭領を捕捉した私は、懇親の土下座…いや体勢だけで見るなら靴舐めに間違えられてもおかしくないような近距離だが、兎に角誠心誠意真心込めて頭を下げていた。頭領が今日無限城に来る日で良かった…運が良かったことにそう感涙しながら、敢えて心もいい感じに読んでもらえるように隙も作る。きっと今の私は、心から真剣に頭領に懇願する健気な鬼に見えていることだろう。

 

「それなりに成果を出しているから目溢ししてやっているものの、最近の貴様は特に図々しいな。身の程を知れ。」

「絶対損はさせないよ!!だから話だけでも聞いて下さいぃ…駄目?」

「………厚かましいことこの上ないな。貴様の厚顔無恥さには感服する、心底腹立たしい。」

「大変申し訳ありません?」

「自覚がないのか、馬鹿もここに極まれりだな。貴様も期待外れであったか?」

「…それは聞き捨てならないです。私は頭領が損するような話は持ちかけたことはないはず。」

 

真顔を再び一変、にっこりと明るい笑顔で発言する。しかし、目だけは笑わない、笑えない。落ち着いているようで、その実私は少し焦っていた。いや、焦ると言うよりはトラウマが蘇ったというべきかも。

結果を出せ。自分は使える道具だと証明しろ。捨てられる前に。処分されないように。

胃が収縮し、キリキリと痛みを訴える。味覚なんてないはずなのに口の中が何だか酸っぱくて、頭がガンガンと揺れ、キーンと耳鳴りがした。

大丈夫、大丈夫。私はまだ壊れていない。

 

「下賜されたから、投資されたから、その分それ以上を尽くす。私は実践してきたはずです。此度も結果に出して見せましょう。」

「…ふざけた話であれば覚悟せよ。」

 

おぉ、ラッキー♪どうやら話だけは聞いてくれるらしい。畳の上に姿勢を正し、正座し直す。そして、私は先程までの微笑みと神妙そうな気配を一変、真顔と本心からの苛立ちのまま頭領に懇願し、深く頭を下げた。

 

「入れ替わりの血戦、やらせてもらえませんか。」

 

 

 

 

私のその声は異様な程、この空間によく響いた。声が聞こえたらしい鳴女さんが、何処となく心配そうな雰囲気でこちらを見ている気がするのは錯覚だろうか。

沈黙したのはほんの数拍。しかし、その時間が何だか異常に長く感じた。

 

「ふ、」

 

沈黙を破ったのは頭領だった。しかし一音だけ発してそのまま、続きの言葉が聞こえてこない。「ふ」とは何だろう。「ふざけるな」だろうか?「不快だ」だろうか?頭領の采配に不満があるとだけは勘違いされていないことを祈る。そう言う意味じゃないの…単純に私が奴を気に入らないだけなの…。

 

「ふ、ふふ……ふはははははは!!!」

 

私の思い悩みは無駄だとでもいうように、次の瞬間頭領は弾けたように笑い出した。

これには私も鳴女さんも思わずポカンとする。こんな頭領初めて見た。何がツボに入ったのかは分からないが、心底愉快なものを見たとでもいうような、身の丈知らずの貧乏人を嘲笑するかのような、珍妙なものに出会ったと感嘆するかのような、そんな視線を私に向けてなお笑い続ける頭領に、私達は困惑するしかなかった。

 

えぇ、何、その人参を食べない兎を見るような、バナナのないお猿を怪訝に見下すような、人を食べない鬼を憐れむかのような視線は!?私変なこと言ったかなあ?

 

「貴様、堕姫とはそれなりに仲が良かったと記憶しているが?」

「??なんで堕姫ちゃんが??」

「入れ替わりの血戦を挑むのだろう?」

「うん。…上弦の肆、半天狗。かの鬼に血戦を申し込みます。つきましてはその許可を頂きたく本日は参上しました。」

「ほう…?堕姫ではなく半天狗か」

「はい。」

「その根拠は。」

「嫌いだからです。」

「…それだけか?」

「はい。無礼を承知で失礼しますが、私は奴が嫌いだから。鬼として活動してきた月日は奴の方が長いし、頭領により信用されてるのも奴の方かもしれない。けど、実力的に負けてるとは思わないし、人間を食った総数では劣っても、血鬼術の性能で劣るとは思わない。」

 

単純に食った柱の数なら、私は妓夫太郎さんに劣る。でも、普通の鬼狩りも含めて良いなら、女は食べないと豪語する上弦の参、猗窩座さんにだって迫る。柱の数で劣っても、甲とかいうそこそこ強い奴らはいっぱい食べた。大食漢な私はずっと、鬼になってからのこの数年間の中、ずっと、ずっと、食べてきたんだ。だから、下弦程度の枠に収まる私じゃない。私という(道具)は、もっともっと役に立てる!!

 

私が気に入らないから殺すんです。そう締めくくった私を頭領は見下ろしていた。私もその眼を見つめ返し、全力で訴える。私は奴を斬ります。穿ちます。貫きます。裂きます。抉ります。破ります。喰います。利用します。消します。…殺します。

 

さぁ、売り込め、全てはお姉ちゃんに会うために!!

 

 

 

 

 

…あれ、お姉ちゃんって誰だっけ。

 

そう思って()()()()瞬間、私の体の感覚が消えた。これはヤバい。頭の片隅で冷静に現状を分析するがそれも微々たるものであり、頭の大半が既に機能を停止していた。頭領の前で不意に呆然とするのはまずい、…でも頭が固まって動かない。『前』を鮮明に思い出すのはまずい、…でももう隠し穴を掘り起こしてしまった。

 

そう、これ以上理解するのはまずい。分かってる。

…でも、脳裏に蘇りかけてくる『前』と、今直面している『現実』の差異が、私を殺しに来るの。

 

ねえ、お姉ちゃんって誰。どのお姉ちゃんのことだっけ。

…違う、お姉ちゃんがいたのは『前』の筈。

じゃあ、いるのは誰。

…二人の姉さんだ。『今』の私の姉さん達。

なら、【お姉ちゃん】は?

 

私を捨てた、私を裏切った、でも、私を守ってくれた、大好きなお姉ちゃん。私が助けたかった、傍にいて欲しかった、あのお姉ちゃんは一体どこにいるの?

お姉ちゃんの為に努力した。お姉ちゃんに会いたくて、お姉ちゃんとまた笑い合いたくて。その為だけに頑張ってきたのに。

 

お姉ちゃんはもういないのに、私は…『今』 何 の た め に 頑 張 っ て る の ?

 

 

 

「良いだろう。そう啖呵を切ったからには…くく、楽しみにするとしよう。私の予定が空いたら呼ぶ。」

 

そう言った頭領の声が聞こえて、ハッと意識が回復した。頭領はそれだけ言い残すと無限城の私室に入って行く。途端に緊張が抜け、私はペタリと畳にへたり込んだ。

音や指先の感覚が一気に戻ってきて、同時に頭痛の痛みまで戻ってきたのは嬉しくないけど、ようやく息をした気がする。

 

あぁ、それよりも…、

 

「ちょっと()()()()()()()。」

 

蟀谷を抑え、頭痛を諌めるように揉み解しながら、ぶれていた目の焦点を合わせ思う。いけない、いけない。久々に『前』に()()()()()()()みたい。

これは考えちゃいけないこと(領域)なんだ。気づいたらいけないこと(真実)なんだ。

そう自分にジッと言い聞かせる。…理解したが最後、私はきっと壊れてしまう(戻れなくなる)から。歪んでることは自覚してるけど、歪みの内容を知ったときが、きっと私の最期。道具になりきれない欠陥品()になる。それは駄目。

 

「童磨のとこ、戻ろ…」

 

最早私の精神の安寧を管理しているのは彼じゃないだろうか。彼といると少しホッとする。彼自身は空っぽな部分が多いし無機質だし真似事だらけの道化師(ピエロ)のよう。でも、だからこそ、彼は公平で平等。強ち彼が神様だと言われても私は信じてしまうかもしれない。

 

「宗教なんて信じてなかったのになぁ。」

 

その発言に鳴女さんがギョッとしたような気配がしたが気のせいだと思いたい。

…そうだ、そう言えば私逃げてきたんだった。

あのみっともない逃走劇を思い出してスッと血の気が下がる。

 

「童磨、()()()()かなぁ?」

 

感情の()()な、しかし頭と要領と容姿は無駄に良い天才肌(三重苦)の彼の鬼を思い浮かべつつ、どう機嫌を取ろうか悩む。とりあえずは無難に物で釣ってみようみようかな。そう考えて私は鳴女さんに声を掛けた。

 

「鳴女さん、お土産買ってから帰るから、どこかそこそこ大きい街までお願いします。」

「…外がもうすぐ朝なので、半日待って下さい。」

「…はぁい。」

 

もう、締まらないなあ。そう思いながら私は大きく溜息を吐く。

気分は最悪、お先も未明、でも最低限のミッションはコンプリート。ざわつく心境に見ないふりをして、私は日が落ちるまでの時間を潰そうと、いつも通り鳴女さんに話しかけたのだった。

 

 




クロメちゃんの頭の中良く分かんないんだけどって人のための、作者のざっくりアバウトな暗殺コソコソ噺、要るようなら活動報告にでも載せますが、需要あるのかなこれ…?


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入れ替わりの血戦 幕開

2/28 12:00頃 デイリーランキング38位
3/2  10:30頃 デイリーランキング9位
ありがとうございます。お気に入りが伸びてたのでまさかと思い、確認したらありました…。ビックリしました、感無量です。これからも頑張ります。





ついにその時はやってきた。

 

死合う場所は無限城内大広間。障害物は無く、精々が部屋を支える数本の支柱があるのみ。観戦者はいない。対面する奴の小さな悲鳴がわずかに響くだけで、この部屋は重苦しい空気に違わない静寂を保っていた。

まぁ観戦者はいないとは言ったが、厳密に言えば無限城を介して鳴女さんが、その鳴女さんを通して頭領が、どこかからこの部屋を覗き見ているらしいし、戦いの様子は筒抜けなのだ。不正も援護も起こりえない、完全な状況。

 

さてしも、死合いのルールは至ってシンプル。どちらかが戦闘不能になるまで戦うだけ。ただし、今回に限り頭を潰されれば死ぬらしい。頭部の再生力だけを不能にしているとのことだ。つまり、殺しても良し、降参しても良し。

しかし、そう頭領からは説明を受けたものの、あの悪そうなニヤケ顔を見るによっぽどのお気に入りか利便性の高い能力でもないと、降参しても頭領に殺されそう。つまり、敗北すれば9割9分9厘の確率で死が両手を広げて待っている。ある意味プレッシャーが半端ないね…。

でもこんな場面、何度も経験してきた。私だって最初から強かったわけじゃない。何度も失敗して、何度も死にかけて、それでも生き残った。それは紛れもない私自身の強さに繋がっている。

 

「何故じゃ…何故儂がこのような目に…」

「さぁ?己の言動を省みて見たら?…地獄の先でさ!!」

 

戦闘の開始の合図などない。

まずは手始めに一刀。私は、勢いよく加速して一歩を踏み込み、奴の目の前へ瞬時に跳ぶ。

先手必勝とは言わないけど、先手を取れるに越したことはない。

 

「来るなぁああああ!!!」

 

耳に障る叫び声を上げる奴の首を斬り落とせるかと肉薄したが、刀が奴に届く直前に私の背後から何かが迫ってくる気配がした。舌打ちを零して、急遽刀を引き横に跳んで何かを回避する。

 

「嗚呼、ただ只管に腹立たしい。…娘、今何をしようとしていたか自覚はあるか?」

「そうかい?儂は久方ぶりに戦えるとは…嗚呼、楽しいのう。」

「カカカ…儂らが分かれるのもいつぶりのことか!嬉しいものじゃ。」

「…哀しいものだ、斯様な幼き娘すらも敵になるとは。力の差が分からぬとは、なんと哀れな…。」

 

振り返った先に居たのは4体の鬼だった。見た目は若く、舌に文字が入っている。

一番左に居る鬼が『怒』。文字通り、怒ったような台詞を吐いたのはこの鬼だ。手には錫杖を持ち、僅かながらに帯電するような音がしている。

真ん中に居る鬼は『楽』。手には大きめの団扇のようなものが握られており、何が楽しいのかニヤニヤと笑う表情を変えない。

右側に居る鬼が『哀』。黒い装束身につけ十文字の槍を持った、一番静かな鬼だ。見た目は一番若いが、垂れ下がった眉から心底こちらを憐れんでいるのが分かって、見た目一番腹が立つのもコイツ。

一匹異様なのが『喜』の文字の鬼。翼があり、空を飛んでいる。『楽』の鬼と同じようにコイツもニヤニヤした顔を崩さずこちらを見ているが、空から見下ろされている分、引き摺り下ろしたくなる衝動に駆られる。

 

「ふーん…」

 

初手で強そうな鬼が4体か。今の私の速さを見て早めに決着をつける気かな。奴の思案を読みつつ、私は刀を構え直す。私が斬ろうとしていた本体の『奴』は、この隙にと、自身が生み出した4体の鬼の後ろへと走り、この部屋の支柱の陰に隠れたようだった。

さて、見た感じからして察するに『怒』は雷、『楽』は風、『哀』は武、『喜』は羽か爪か…そんなあたりが武器だろう。各々の身体能力がどれほど高いのかは分からないけど、童磨程じゃないから、上弦の中でも四番目の鬼なんだよね?分裂した瞬間が見えなかったのがちょっと痛いけど、許容範囲。

それに、頭領は無数に生み出せるって言ってたけど…本当に?私も似た能力な分、察しはつくよ?果たしてデメリットなくその能力は使えているのかな?

 

そこまで考えたところで『怒』の鬼は手に持つ錫杖を、床に地を裂く勢いで叩きつけた。途端に迸る雷光が私に襲い掛かる。後ろに跳んで回避を試みるも、『楽』の鬼が合わせるように団扇を振るい竜巻のような風がこちらに襲い来る。そしてその隣では『哀』の鬼がそれに追撃するように槍を構えて私に迫る。

槍を刀で弾きつつ応戦し、時折いたる方向から襲い来る竜巻や電撃を必死に回避していると、目の前の『哀』の鬼に一切怪我がないことに気づいた。さっきの雷も風も広範囲高威力の大技だったのに、回避していた私よりも巻き込まれそうなこの鬼に傷一つないのは違和感がある。

 

「…なるほどね。その電気も風も、お前ら自身には効かないってことか…」

「カカカッ、そういうことじゃ!」

 

その声が近くで聞こえたと思った瞬間、私は後ろに吹き飛ばされていた。壁に激突する前に何とか体勢を整え着地は出来たが、キーンと耳鳴りがする。ここにきて『喜』の鬼に近づかれていたらしい。…ちょっと油断した。悔しい。

 

「カカカ、油断したな?ほれ、もう一度(狂鳴)じゃ!!」

 

耳鳴りの治まらないまま、ぼんやりと聞こえたその声に反射的に回避行動をとると、案の定私の立っていた場所が大きく抉れたのが見えた。それを数度繰り返したころ、ふと私の周りを小さな塊が飛んでいることに気づく。2つの眼球と牙の生えた大きな口、パタパタと忙しなく動く羽。気色の悪い醜い肉塊が飛んでいた。それは徐々に数を増やしていく。

その数が30程にも届こうかとなったその時、それらは私に向けて一斉に目線を寄こし、その口がガパリと大きく開けられたのが見えた。

 

「……察し。」

 

嫌な予感がした私は咄嗟に回避に専念する。そして一斉に放たれた衝撃波。『喜』の鬼の言っていた《狂鳴》というのが技名みたいだ。しかし、回避の最中に観察していると、どうやら威力が大幅に減衰している。それに、『怒』『楽』『哀』『喜』の鬼の動きも鈍ったように見えた。

 

…ふむ。これはもしかして…もしかしちゃったりする?

 

4体の鬼しかいなかったときは正直結構強かった。威力の高い大技を連発してくるし、体捌きも連携もいい。反撃の隙がほとんど見当たらない怒涛の攻撃。でもこの小さいのが増えた瞬間、ガクッと弱くなった気がする。隙が増えたし、連携にも穴が見える。反撃できる回数も増えた。

…そうなってくると話が変わる。

私が()()でここまで戦ってきたのがなんでか分かってる?大事に大事に育てたお人形さん達を無駄に使わないためだよ。お人形さんを出したらすぐに壊れちゃいました、なんて笑えない。身代わりにするわけでもないのにそんな使い方したら勿体ないじゃん。

威力のある攻撃と高い連携力、それが貴方たちと対峙して懸念だった点。そんな時攻撃の威力が下がったら?もう、恐れるに足らず、ってやつだよね。

 

それにね。『哀』から向けられる槍の連撃をいなしつつ、巨大な翼で空中を自在に飛び回る『喜』に視線を向ける。猛スピードで空を舞い、その速度から繰り出される四肢の鋭い爪による攻撃。ヒットアンドアウェイを駆使する確立された戦闘スタイル!!

 

「うん…お前良いね、欲しくなっちゃった!!」

「うむ?どういう意味かは分からぬが、儂が強いのは当然のことじゃ!!」

「弱いを自称していた奴の血鬼術が強いを自称するってなんて矛盾…?」

「カカカ、さぁな!!さぁ、お喋りもここまでじゃ、儂の爪は金剛石をも砕く!!」

 

そのまま勢いよく降下し、私に襲い掛かってきた『喜』。躱すと、彼は壁に突っ込んでいったが、そのまま攻撃を壁に繰り出すことで勢いを殺したらしく、容易に体勢を立て直していた。その壁はくっきりとその爪痕を残して抉られており、彼が豪語するだけの威力を備えていることが見て取れる。

 

「ふふ、あはははは!!!来て、私のお人形さん達!!」

 

ここぞとばかりに私はお人形さんたちを呼びだす。今回私が呼んだのは8体。本当はもっといっぱい出せるけど、ここは慎重に、慣れ親しんだ数が良い。大丈夫、代わりにちょっと強めのお人形さん達を出してあげるから。

私の手数が増えたことに一瞬驚いたような顔をした4体だったが、『怒』と『楽』が即座に雷撃と竜巻を飛ばしてきた。うん、良い判断。しかし、それを私が()()()()()と、彼らは今度こそ驚愕の目を向けてくる。一泡吹かせられたことに少し満足して、私は刀を振り払いながら口を開く。

 

「ほぼ無限にその場で分裂出来る代わりに、分裂すればするほど戦闘力が落ちる貴方達と、補充の手間はかかるけど、呼んで増やしたところで私の体力がちょぉっと減るだけの私。ねぇ、どっちが強いのかなぁ!?」

 

…いつもよりちょっと声高だったかも。テンション上がってたし。あとで思い返したら結構恥ずかしいやつかもしれないけど、今は気にしないことにする。だって、今私、とっても楽しい。楽しくて愉しくて、堪らないから。自分の口角が上がっていくのが分かる。

 

強い奴を倒したら、頭領(隊長)は褒めてくれた。弱いやつは要らないという隊長(頭領)ならこの結果も喜んでくれる。

 

……あれ、私、もしかしてまた()()()()()??…まあいっか。だって今、私はこんなにも楽しい(生きている)んだから!!

 

「さ、仕切り直し、仕切り直し。…かかっておいでよ、弱者共。」

 

弱者は淘汰されて当然。そうだよね、隊長?

 

 



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入れ替わりの血戦 膠着

来週あたりを目安に『暗殺コソコソ噺~クロメちゃんの内情編~』を、作品内に【設定】扱いで挿入するか、活動報告に上げるかのどちらかで投稿しようかと思います。




「初披露だね。」

 

戸惑う四体の鬼に向けて、私は口を開く。

 

「今回出したお人形は私の手持ちの中でも結構強い子たちなんだぁ。誇っていいよ。」

 

にっこりと笑って言ってやる。横一列に並ぶお人形達を右から説明しようかとも思ったが、大半は名前も知らないお人形。紹介しようにも出来ないのがもどかしい。自慢したかったのにな。

今回出したお人形は鬼が4体、人間が4体で半分ずつ。鬼が盾役、人間が攻撃役のイメージ。鬼は沢山人間を食わせたし、私自身も沢山食べたから結構強いと思う。血鬼術に目覚めた鬼もいるし。人間の方は全員元鬼殺隊の子たち。それも3人は甲、残る1人に至っては私が殺した3人目の柱だ。殺すの、結構苦労したんだよ。4人が持っている刀も、私のとっておきなんだから。

 

「それがおぬしの血鬼術か!!何とも面妖な!!楽しいのう!!」

「えへへ、すごいでしょ?…言っとくけど、そこそこ強いからね。」

 

私がそう言うなり、出した8体のうち6体のお人形さん達が『怒』と『楽』の鬼に向かう。こちらに攻撃が来ない様に足止めしつつ、可能なら【()()()()()()()()と命令し、私は残る2体のお人形と一緒に『哀』と『喜』の鬼に向き合う。

息つく間もなく、『喜』が上空から私目掛けて襲い掛かってきた。その爪をお人形の一人が受け止めるが、飛行能力を得た代償に『喜』の体重は非常に軽いようで、予想以上に簡単に吹っ飛ばせたようだった。

 

「血鬼術・激涙刺突槍」

 

『哀』の鬼がその十文字槍から突きを放つ。突きに合わせて、前方の多方向目掛けて三又の槍を模したような衝撃波が飛ぶ。降りてきていた『喜』の鬼を踏み台にしつつ回避するとその全貌がしっかりと見えた。通常の槍の間合い外の相手にも攻撃できるよう、物体化した衝撃波を射線上の敵に穿つ術のようだ。威力は高い。部屋の支柱を容易く粉砕し、しかも壁に無数の丸い風穴が開いている。直撃したらただじゃ済まない威力。

 

「怖っ。」

「怖気づいたか…?」

「全然!!」

 

そんな小言を挟みつつ何度切り結んだか。お人形に被害はほぼなし。精々が中傷、まだ十分に動ける範囲。相手も人数差で手古摺っているようではあるが、『喜』の鬼があの小さな気色悪い空飛ぶ肉塊を消したことで、力がまた元のように強くなってきていた。

 

「カカカ、面白い娘御じゃな!!おぬしもそう思わんか、積怒。」

「…儂は腹に据えかねる。先程から苛立ちが収まらぬ!!」

 

そう『怒』の鬼が叫んだ瞬間、近くに居た『楽』の鬼が『怒』の鬼に吸い込まれた。続いて自ら『怒』の鬼に近づいて行った『哀』の鬼も吸収され、相手の数が半分になってしまった。そしてそれに更に続くように『喜』の鬼までもがつまらなさそうな顔をしながらも『怒』の鬼の方へ向かっていく。

 

「え、駄目。」

「は?……ゴフ…ッ…!?」

 

『喜』の鬼を、背後から一閃。頭から縦に半分、真っ二つに切断する。鬼だから回復するし死体の損傷は気にしなくていい。お前は気に入ってるの。だからお人形になってよ。

そう思って咄嗟に殺したものの、何だか八房の手応えがいつもよりも軽い。…分身体だから?やっぱり奴本体を斬らないと完全な支配は出来ないのか。でも手応えが軽いだけで、無いわけじゃないってことは、あくまでも分身…他人を作り出しているんじゃなくて腐っても同一人物ってことなんだろう。

初めての感覚に少し驚き、思考を巡らせている間に、切断された『喜』の鬼を『怒』の鬼が吸収してしまった。すると『怒』の鬼の姿がメキメキと音を立てて変わっていく。

 

「貴様、弱き者を甚振るとはどういう了見だ。加えて小さき者を殺そうとするなど…その所業、許し難し。」

 

変形が終わったと思った瞬間、そこには先程までの『怒』の鬼よりも年若い見た目の鬼が居た。憎々しげな声で話す鬼は、こちらを軽蔑の目で睨んでくる。本体を含め自分が取り込んだ3体の鬼までも「弱き者」となじる癖して自身が絶対的に上位者だと疑わないその態度が私からしてみれば「許し難し」なんだけど…ブーメランって知ってる?

そんなことを思いつつその鬼を観察していると、ふと舌の文字が変わっていることに気づく。刻まれていた文字は『憎』。なるほど、私に向けるその表情にも納得だ。新たに現れたその鬼は、『憎』の字が書かれた太鼓を背負い、両手には独鈷のようなものを持っている。それが武器?うーん、でもなんか違和感がある。攻撃手段は何かな。…まぁ単純に考えれば、他の3体取り込んでるんだし、4体分の能力が使えるとか、そんな感じじゃないかとは思うんだけども。というか敵が1体になっちゃった。1体しかいないのなら、お人形…8体も居たらむしろ邪魔になりそうな?そう思い、出していた8体のお人形を一度全て仕舞う。

とりあえず、『楽』や『喜』の鬼のように多少は会話してくれるタイプの鬼なのか知りたいんだけど、話してたし理性はあるんだよね?話しかけても大丈夫だろうか。

 

「…ねぇ、多分年齢的には私も小さき者なんだけど。」

「……」

「…まだ本来なら親の庇護下にいる歳なんだけど。」

「……」

「…私も女の子だし、生物学上は一応か弱いんだけど。」

「……」

 

…無言かぁ…そっかぁ…。

…ちょっとイラッとした。今のに返事してこないってことは、あの『憎』の鬼、私のことを、年齢が幼く見えない(つまり婆だと思われている)、自立した(子供らしくないと疎まれている)、女の子以外の生命体X(きっと逞しいゴリラとか?)に見えてるってことだよね?

親に育てられた記憶なんて今世の数年しかないし、自立してる、達観してるっていうのはまぁ良いよ。多分実際そうだし。でもさ、私前世足してもまだ20代なんだけどなぁ??今世だけならまだ結婚も出来ない年齢なんだけどなぁ??見た目だってどこからどう見ても女の子だよね??

それに私、他の鬼と違って、まだちゃんと『見た目=年齢』の等式が成り立ってるんだけど??(こんなこと堕姫ちゃんの前では絶対言えないけど。)

 

「小さく弱きものを攻撃するものは極悪人じゃ。例え貴様が本当に幼かろうと、加害者たる貴様は排除されてしかるべきであり、貴様に生きる価値はなし。」

「…本気で怒った。私の禁句をよくもベラベラと。」

 

そう言って刀を構えた瞬間、目の前の床から突如何かが伸びてきて私の眼前に迫る。反射的に後ろに跳び、伸びてきたものを見ると、そこには木で出来た龍が数匹いた。…ん?木で出来た龍?龍を模した木?どっちだろう?分かんないけど龍の形をした複数の何かが私に襲い掛かってきたのは確かだ。敵の個体数は減っても、手数は減ってないってことね!!

とりあえず、相手の行動を観察するように追撃を躱し続けていると、ふと龍の動きが止まった。怪訝に思ったが、よく見ると最初私がいた位置からだいぶ距離が離れている。…攻撃の範囲外ってことかな。油断はできないけど。

すると、『憎』の鬼の後ろにあった柱の陰から、とてとてと何かが走り出てきた。

 

「…本体か。」

 

私との距離が空いたから出てきたのか、ネズミほどしかない小さな体の本体が『憎』の鬼に駆け寄っていた。

あーあ、折角出しっ放しにしてたお人形の9()()()が無駄になっちゃった。隠れた奴を探して殺してって命令してたけど、かくれんぼは彼奴の方が上手だったみたい。溜息を吐いた私は、お人形を今度こそ全員仕舞い、改めて敵に向き直る。

 

走ってきた奴は『憎』の鬼が作った、頭頂部が球状になった木の中に隠れた。…一瞬見えたけど、あの球の中は空洞のようでそこに入り込んだみたいだ。

 

「…面倒だなぁ。」

 

あの木動くし、似たような木が数本あるし。幸いにも気配は読めるから間違うことはないけど、邪魔が多すぎる。

物は試しと思い、『憎』の鬼を無視してあの木にまっすぐ向かってみるが、枝を駆け登る私を、木を鞭のように動かすことで振るい落とそうとして来る上、更に木の龍が攻撃してくるのだ。それを回避したところに、『憎』の鬼の雷撃、風撃が飛んでくる。斬り捨てて防御は出来るから無傷ではあるが、やっぱり取り込んだ鬼の力も使えるのかと少しうんざりもする。

なんとまぁ、決め手がない。厄介なことこの上ない。対応がとんでもなく面倒くさい。

 

 

 

 

…でも、この木が本体を覆い隠した結果、『憎』の鬼が完全に守護に回った。

面倒だけど、お前、本当にそれでいいの?

 

 

私はやっと回ってきたチャンスにうっそりと笑った。

 

 




滅多に会えない(見つけられない)、首めっちゃ硬い、逃げるの超速い。
つまり奴はメタルスライム???

それと次回なんですが、考えていた通りの展開にしようと思って書き上げてはいるんですが、作り直そうかちょっと葛藤していますので、投稿は来週になるかもしれません。


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入れ替わりの血戦 決着

続きが来週になると言ったな…あれは嘘だ…

というのは冗談で。
書き直すかかなり悩んだんですが、悩むだけ無駄という結論に至りましたので投稿しちゃいます。
結構戦々恐々としての投稿してますので、この展開が気に入らない場合は無言で去るか、オブラートに1000枚くらい包んでの発言をお願いします。石は投げないで…。



 

「うーん、出すお人形は2体でいいかな。」

 

先程とは別の、元柱だった人間と血鬼術に優れた鬼のお人形を出す。どっちも私のお気に入りだよ。この2体と姉さんだけは名前を把握してるんだよね。紹介した方が良いかな?

 

「こっちの鬼のお人形は“伊吹”。元々は私に喧嘩を売ってきたお馬鹿な鬼だったんだけど、悪い奴じゃなかったから、顔見知りのよしみでお人形にしてあげたの。味がしないのにぼやきながらいつもお酒を飲んでる鬼だったけど、本人は酔ったふりをしながら理知的でね、上弦とか下弦とかそういう位に興味はなかったけどなかなか強い子だったんだよ。血鬼術がほんと厄介な子で、でもこっちの元柱のお人形に殺されかけていたから、思わず割り込んじゃった。首を斬られて殺されちゃう直前でホントギリギリだったんだぁ…だから仕方なく私が斬り殺してお人形に加えたんだよ。」

 

もう少し時間があったなら、もし彼女が生き残っていたのなら、もっと仲良くなって…彼女とは顔見知りなんかじゃなくてちゃんとお友達になれていたのかな。童磨や私の考えにも「まぁそういう考え方もあるのかね?」って言ってたくらいだし。…今となっては過ぎた夢だ。

 

「そして、この伊吹を追い詰めていたのがこっち元柱のお人形。名前は“錆兎”って名乗っていたなぁ。水の呼吸を使う元水柱!!なかなか強かったよ、私が殺した4人目だか5人目の柱なんだ。男らしく度胸のある人間だったから、素敵だなと思って。実力もしっかりあったし、伊吹との戦いで消耗していたところをバッサリ正々堂々暗殺しちゃった。使い勝手がいいしパワーもあるから愛用の一品だよ。」

 

正々堂々暗殺(矛盾に非ず)。我ながら何言ってんのか分かんないけど、言葉通りなんだよねぇ。まぁ、毒とか使う搦め手の暗殺じゃなくて、気配消して背後からザックリバッサリってことなんだけど…。

 

そんなことは置いといて。この2体を出したからには、もう勝ったも同然だね。…フラグじゃないよ?私がこの2体に下す命令は一言で良い。だって2体とも強くて賢いから。

 

「殺せ。」

 

瞬間、弾かれたように2体が駆け出す。

 

「血鬼術・六里霧中」

 

伊吹が“散って”姿を消すと、次の瞬間『憎』の鬼の頭が弾け飛ぶ。霧状に変質した彼女が『憎』に触れ、その肉を“集めて”から急速に散らしたことで爆発のような現象が起きたのだ。

頭が消えてもなお反撃しようと動く出した首なしの体に、今度は錆兎が追撃を掛ける。

 

「水の呼吸・捌の型<滝壺>」

 

上段から勢いよく振り下ろされる剣戟が相手の胴体を斬り裂いていく。腕一本、足一本にまでバラバラになってしまえば流石に動かそうにもタイムラグが出る。それはお人形を操る私が一番よく知っている。

 

そうして『憎』の鬼がバラバラにされ、反撃を無に還され、何度も殺されながら、二人に良いように遊ばれている時に、私が何をしているのかといえばだ。

 

「ここまで来ても本体は戦わないんだぁ?」

 

奴本体の隠れている木の下に私は歩を進めていた。ゆっくりゆっくり一歩ずつ。絶体絶命のピンチだという感覚はあるのか、形にもなりきっていない肉塊が私に向かってきたが、それにより『憎』の鬼は弱体化した上、初期の四体以下の雑魚に私がやられるわけもなく形が取れる前に斬り捨てられてお終いだ。これ以上さらに分裂させても意味はないと理解する頭はあるのか、斬られた肉塊が分裂しようとする様子はない。

 

「今までここまで追い詰められたことない?こんな恐怖は初めてなのかな?」

 

近づくにつれ、奴の呼吸音がか細く混乱に震えているのが聞こえる。

そして奴は動いた。せめて接近される前にと思ったのだろう。ズズズと木の動く重い音がして、先程までのネズミなどとは比べ物にならない大きさの大男が木の中から這い出してきた。

 

「弱いもの苛めをするなぁぁああああ!!!」

 

そう言ってこちらに襲い掛かってきた鬼の腕を刀で受け止め、そのまま力を受け流す要領で斬りおとす。痛いと叫び、一度後退する鬼だったが、そこでちらりと私には見えた。目の前の鬼の舌の文字は『恨』。コイツは()()()()()()。逃げられてはまた面倒なことになると思い、慌てて気配を探るが……見つからない?いや、違う。目の前で腕を再生させる鬼に隠れるようにして弱弱しい気配が一つ。

 

「あれ?…あぁ、なるほどね。気配がふたっつ…まだ隠れるの?本当に臆病なんだね!!」

 

『恨』の鬼は、外見は本体の奴とほぼ同じだ。身長が見上げるほど高く、筋肉質でがっしりとしているが、老人らしく腰は低い。恐らく奴がいるのは目の前の大鬼『恨』の体内。居るとしたら何処かな。ネズミほどの小さなサイズなら入りそうな、大きな臓物の中といえば…肺、胃、肝臓、心臓…あとギリギリ腎臓も?ああ、脳を刳り貫けば頭もあるかな。内臓は中身が詰まっているものが多いし、空っぽならありえなくはないが可能性は低いだろう。そうなると頭か胃か心臓か。心臓も部屋が分かれているし考えにくいけど人間の核ともいえる内臓器官なのだし、候補に挙げるには十分。胃は果たして胃酸があるのかは謎だが、酸が効かないのなら十分な広さの隠れ場だろう。

 

でも、そろそろかな。

私は内心舌なめずりをする。次の瞬間、目の前の『恨』は血を吐いて苦しみだした。

 

「グ…ゴ、げぇ…?」

「あ、やっぱり効くんだ。初実験成功?お前ほどの鬼を仕留めるのは無理でも、時間稼ぎには良いかもね。」

「だ…、ギ……ご…、…?」

「んー?“何を”、かな?えへへ、ジャジャーン!!藤の花の抽出液、作ってみましたぁ!!」

 

ほら、藤の花って私達には苦手なもの筆頭っていうか…ぶっちゃけ死なない程度ではあるけど毒みたいなものじゃない?死なない程度っていうのがなんか逆に厭らしいよね。私は確かに実力はあるけど、やっぱりその辺の強度は先輩方に敵わないからさ…だから克服したくて。元々は自分に藤の花の耐性を作れないかと思って自分の血清用に取っていた物なんだけど、前にふと思っちゃったんだよ。

 

「藤の花って、人間にも有毒だったなぁって思ってね、作ってみたんだぁ。鬼への対抗策として藤の花を信仰してる鬼狩りが、その毒で死んだなんてとってもアイロニカルで滑稽でしょ?でも私別に薬学に明るいわけでもないから知識に残ってる簡単な調合しか出来なくて。だからとりあえずすっごい濃くした濃縮液にしてみたんだよ。」

 

殺せなくても動きが鈍ればいいし、死ななくてもちょっと隙が出来れば十分だから、濃さの計算なんてしてない。実用性に足ればいいの。『前世』の私は毒なんかもう効かなくて、だからこそ安心してご飯もお菓子も沢山食べられた。今回もどうせ生きるなら安心していたくて。

 

「だからもう私に毒は効かないんだから!すごいでしょ?私頑張ったんだよ!」

 

えっへんと胸を張って自慢しながら、私は再度奴のもとへ向けて歩き出す。

 

「苛めないでくれぇええ……痛いぃ、苦しぃいい…‥」

 

弱いもの苛め?違うよ。これは最初からただの狩りだったんだから。

というか流石だね、腐っても上弦か。結構濃いのだったと思うんだけど、もう喋れるくらいまで復活してるなんて。

 

「でもさ、お前ホントに馬鹿だよねぇ。」

 

分身体が頚を斬られても死なないとは言え、血鬼術として存在する限りは、再生する為に使うのは本体であるお前の力なのに、こんな使い方してさ。分身体が力を使いすぎればお前も消耗する、そうなるとお前が人を食うなりして回復しないといけないでしょ?でも今回のこの戦場では、自分で食料でも持ち込まない限り回復手段が断たれている状況だったんだよ?自分の身を守るのに固執して、分身体にお前の行いを肯定させ続けた結果がこれだ。

 

「私達の能力が似ているからこそ分かっていたこと。この戦いは消耗戦だった。防御に回った方が負ける、体力の尽きた方が負ける。だってお互いに回復手段がないもの。私は最終手段としてお人形を食べてもいいけど、大事なお人形を簡単に消したくはないもの。お前が私のお人形を分捕って食べたとしても色々仕込んでたからね、身の安全は保障しないよ。」

 

…あ、もしかして私の体力切れでも待っていたの?その割にはほいほいと分身体を使っていたみたいだったけど。まぁ要するにだ、配分を読み切れなかったお前の負けってこと。

 

「さ、これで私の勝ち。」

 

私の刀が地に伏せた『恨』の心臓を貫いた。直感だったけど手応え的に一発で当たりを引けたらしい。本体の奴は心臓に居た。

 

「何故だ、何故儂がこんな目に遭わねばならぬ!!?下弦の分際でぇ!!」

「言ってること、矛盾してるよ?」

「強いものは弱いものを守るべきじゃ!!つまり、いつまでも弱く可哀想な儂は永遠に強いものに守られる!それが当然のこと!!」

 

自身を弱者と謳いつつ、下弦のくせにと私を弱者と見下すその態度。結局貴方は強いの?弱いの?仮に貴方が本当に弱いなら、自称弱い貴方と、その自称弱い貴方が見下している私、どっちが弱いの?

 

「まだじゃ、まだ儂は死んでおらぬううう!!頭を潰さなかった貴様の負けじゃああああ!!」

「だからもう私の勝ちだってば。」

 

腕を振り上げた奴を余所目に、私は突き刺していた刀を横に薙ぎ払い、『恨』の心臓を完全に切り裂く。そして、コイツの動きはほぼ完全に停止した。

…頭は潰していなくても、心臓を貫いた私の刀は、『怯』たる奴本体の首を寸分違わず斬り落としていた。頭を態々潰す必要なんてない。お前が私に殺されてさえくれれば、私はお前に勝てるのだから、頭を潰してお前を消滅させるなんて勿体ないことしないよ。

 

「ふふ、うん、成功。()()()()()()()()()()()()()()()()()。負けちゃったんだし、どうせ頭領に殺されるんだから私が有効活用してあげる。頭領も手数が減らないことにきっと喜んでくれるから安心して?お前の体はまた動き出すよ。ずっとずっと私と一緒なんだから、まだ頭領の為に働ける。お前が畏れた頭領にまだお仕えできるなんて光栄なことでしょ?」

 

鬼になった時点で一回死んでるようなもんだし、最初に痛いのが嫌って言ってたじゃん…もう痛みは感じないよね?嬉しい?

そう聞いても返事はもう返ってはこない。あぁ、やっと無駄口を叩かないお人形になってくれた。『喜』の鬼は気に入ったけど、本体のお前は嫌いなんだ。その声、言葉、もう聞きたくもなかった。

それでもコイツへの腹立たしさは消えなくて、私は刀を振り下ろし、床に転がっていた奴のその小さな頭を斬り裂いた。

 

「どうせ再生するし良いでしょ。…ふぅ、疲れたぁ。」

 

お菓子、食べたいなぁ。

そう呟きながら、体力をだいぶ消耗した私も刀を支えにするように崩れ落ちる。今回負傷したのは肋骨と左足、こっちは再生済みだから問題なし。問題は、長時間自分が動きながらお人形を操り続けたことによる疲労。体力をそれにほぼ持って行かれていたのが痛かった。前半で節約してなかったらヤバかったかも。『憎』を一手に引き受けてくれていた2体のお人形を仕舞い、私はやっと一息吐く。ぜはぜはと私の荒い呼吸音が部屋に響いた。

 

「頭領、私の勝ちだからね。」

「良いだろう。面白いものも見せてもらったことだしな。」

 

気配を探る元気もなかった私は、背後から返事が飛んできたことに驚く。頭領、あ、鳴女さんも一緒だ…いつの間に。

 

「入れ替わりは成立だ。クロメを今より上弦の肆と認める。」

 

重々しく頭領を見上げる私の額に、彼の指が沈み込む。頭領と目が合った次の瞬間、嫌な予感がした。…あ、なんかデジャヴ。

 

「い゛…っ…!?」

「なお下弦は…半天狗は死んだか。下の鬼を繰り上げ、空きに累を入れるとしよう。」

 

頭領は呑気に話を続けるが、私はそれどころではない。頭領が機嫌良さ気にニタニタと笑っているのだ!!これはまずい!!そう思ったのも束の間、心構えをする間もなく、案の定過去にも感じたあの独特の感覚が私を襲う。

ただでさえ体力を消耗しているところに、血を注ぎ込む奴があるか!!…いたよ、此処に!!

そんな絶叫する内心とは裏腹に、体は全身の痛みと倦怠感に耐え切れず床に倒れこむ。無限城の床に倒れるのも何度目か分からない。この景色前にも見たなぁ…。今の私はきっと死んだ魚も息を吹き返すような、あれ以上に焦点の合わないジト目を晒していることだろう。しかし、そんな目も段々ズキズキと痛み出す。懐かしい、下弦になった時にも感じた痛みだ。苦しい時、辛い時は好きなもののことを考えよう。どうにかお菓子を食べる方法はないかな…

 

そこまで考えたところで、私の意識は途絶えている。

 

 




姉妹らしいところが書きたかったと作者は供述しており…。真面目な話、幼少期に親の手伝いしてたなら、前世も相まって簡単な毒ぐらい作れそうだなって思ったんです…。

さて、本題。
原作通りだと誰が言ったかな?さぁ、皆大好き錆兎生存If()ですよ。しかし、すでに彼が死んでしまっていることに気が付いてしまった皆様はSAN値チェックです(^^)2d6くらいでどうかな。

先ず、今回登場したオリキャラ“伊吹”、ハーメルン在住民の皆様ならきっとお察しですね。モデルは、密と疎を操る程度の能力を持つ例の彼女です。とは言っても、全く同じ子なのではなくあくまでもモデルですので、能力も多少ランクダウンしています。
モデルとなった例の彼女の能力は「あらゆるものの密度を自在に操る能力」でしたが、今回のオリキャラは「自分と自分が一度触れたことのあるものの密度を自在に操る能力」になります。 よって、モデルとなった例の彼女はあらゆるもの、果てには人の意識すらも集めたり散らしたりできましたが、今回のオリキャラはあくまでも物質限定、しかも一度は触れていないといけないという条件付きです。ですので、物質の密度を高めれば高熱を帯び、逆に密度を下げれば物質は霧状になる性質を使い、霧になる、霧にすることが出来る(この時でも体当たりなど物理的な干渉は可能。)という能力の基幹は同じですが、人々の意識といった形を持たない物を集めることは、今回のオリキャラにはできません。
また、モデルとなった例の彼女は、使用するスペルカードや技により分身からミクロ化マクロ化まで変幻自在な上、 挙句の果てには、怪力無双、酔拳、酒を含んで口から火を吐く、能力を応用して疑似ブラックホールを生成するなど、まさに「インチキ」な無茶苦茶度合でしたが、今回のオリキャラは、変幻自在ではあるが条件付きだったり、武術に優れてはいるが別に酔拳ではなかったりと、あくまでも鬼として、そして血鬼術として強い部類かなーという程度に収めているつもりです。

そして、皆様待望(?)の錆兎ですが、試験は何とか突破して、無事柱まで上り詰めた世界線です。一期上の姉弟子を殺した手鬼絶対殺すマンだったけど、戦ううちに太陽が昇り、手鬼に逃げられる。太陽が原作よりも早く昇ったことで生き残ったという設定です。試験を突破できたのは多分バタフライエフェクトかなんか。手鬼は鱗滝さんを原作通り恨んでいるけど、朝日のせいで錆兎を殺せなくてハンカチを噛みしめていたりします。クロメちゃんに殺されてしまった水柱・錆兎の跡は、一人別の水柱を挟んでから義勇がちゃんと引き継いでいます。

作者、錆兎も好きなキャラですからね。好きで殺してるわけじゃないんですよ?ただ私の推しは、死ぬか悪役かのどっちかってだけで。
なお、このような形での錆兎の登場に悪い意味で物申したい方は、この作品をここまで読んでいる時点でいないと信じたいんですが、万が一居る場合は初めにも書いたように無言で去るかオブラート1000枚重ねの上での発言をお願いします。




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感情の名付け方

ここから数話は平穏回、またの名を日常パート、あるいはギャグ回ともいう。人は死ぬけどシリアスにはなりません(多分)。ヤバい話が続いたので皆さんに精神分析かけてあげなきゃと思って()、作者からの真心()込めたプレゼントです。え?()が多い?ほら、これがプレゼントになるかは読者の皆様の受け取り方次第だから…。

それはさておき、ダイスの女神に聞きました。チキチキ~、可哀想な(面白い)目に遭うのは誰~?ダイスロールは1d4。1:クロメ、2:童磨、3:無惨様、4:黒死牟で判定。結果は本編開始数行ですぐに分かります。ストレスフリー万歳。
3話くらいで終わるかなー?



前世からずっと命のやりとりをしてきた私に怖いことなんてほとんどない。当然だよね。私は死ぬことが怖かったんじゃなくて、死んでお姉ちゃんに会えなくなることが怖かったんだから。

でも、それ以外にもあった私の数少ない怖いものといえば、怒ったエスデス隊長(拷問痛そう、普通に怖い)、徹夜明けのDr.スタイリッシュ(何されるか分からない、怖い)、お姉ちゃんやウェイブに嫌われること(考えたくもない、怖い)くらいのはず。…だけど、今回それに新しいものが加わりそうです。

 

「えへへ…」

「………」

「…あの、えっと……」

「……………」

「うぅ…ご、ごめんってばぁ!!」

「…別に怒ってないよ?」

「嘘だ!!絶対()()()()!!いつからそんなに感情豊かになったの童磨!!」

「えぇー…俺は変わらないぜ?」

「…うーん、これは自覚なし?というか童磨…むぅ!?」

「はは、相変わらずよく伸びる頬っぺただねー。こんなに頬を膨らませて栗鼠にでもなる気かい、クロメちゃん?」

 

そう言いながら私の頬をムニムニとつまんで遊ぶ童磨だが、その眼は一切笑っていない。なんだか怒っているような、イライラしているような気配を立ち上らせて、その手で私を弄びながら見つめている。しかも、苛立っている割に手つきがいつもと変わらず優しいのがまた私の恐怖を増長させるのだ。…嗚呼、冷や汗が止まらない。

 

そう、私の中に新たに加わった、私の怖いもの…“笑わない(怒った)童磨”である。

 

感情が希薄だからこそ、童磨は相手に悪感情を与えない様、ベースを笑顔に()()している。それが気に入らない者も若干数名いらっしゃるようだが、信者の前に立つ上で、その柔らかな笑顔が間違いなく童磨の利点になっているのは誰もが察することだろう。

しかし同時に、童磨の笑顔というのは「どうでもいいから」、「怒るものでもなさそうだから」などの自身の感情や興味の無さを隠す意味合いや、普段が笑顔な分、泣いた時の自身の同情、憐れみを信者の前でより印象付けることが出来るためなどといった打算的な意味合いも含んでいる。つまり、童磨の笑顔は、感情のほとんど無い彼が彼なりに学んで身に着けようとした武器であり、道具であり、手段なのである。

では、そんな彼が笑わない、否()()()()事態とは?

 

感情の希薄な彼が、前までは有りもしなかった『怒り』という感情を絞り出しているこの現状が答えである。

 

まずい、非常にまずい。何がまずいって()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。激怒している相手を更に怒らせてしまう行為が何か分かる?舐めた態度や反省の姿勢が無いというのは勿論だけど、それ以上に怒った理由を相手が把握していないことだよ…!

というか当の本人が『怒っている』ことを把握していないのもだいぶまずい。そうだよね、怒るのなんて童磨にとっては()()()だもんね…でも、多分本人は「いつもよりちょっと面白くない」とか、「こんなに真剣になるの初めてかも」とかその程度にしか考えてないよこれ絶対!!

 

「……」

「………」

 

久々に帰った私を迎えた無表情の童磨はトラウマだ。そのままスッと近づいてきて、私の背骨が軋むほど強く抱き着いて来たのは忘れない。すごく痛かったのだ。

…折角あの気に入らない奴を倒して一段落つけるかと思ったのに。相変わらず冷たい頭領の代わりに童磨にすごいねって褒めてもらえるはずだったのに。むぅ、私ももう上弦なんだよ!!…まぁ、逃げた気まずさのまま血戦が終わるまで一度も寺院に戻らなかった私が悪いんだけどさ。あ、しかも結局お土産持ってくるの忘れてた。駄目じゃん私。

…うん、胃が痛い。

 

 

 

 

 

 

クロメちゃんが慌ただしく逃げるように寺院を出てから少しして。俺は腹の辺りが何だか気持ち悪かった。人間だった頃、幼少期に一度だけ経験した、高熱に浮かされたときの感覚に似ているかもしれない。

…ってことは今俺は体調不良ってことなのかな?いやいや、今の俺は鬼だぜ、風邪なんかひかないさ。

そう自問自答すること数回、納得する答えを見つけられないまま日付だけが過ぎた。

 

そんなある日のこと、今日も悩める人間の声を聞こうと仕事に精を出していると、やって来たのは2人の母娘だった。泣きながら駆け込んできた2人の話を聞くと、なんでも将来を約束した婚約者に逃げられたとのこと。母は男は別の女と駆け落ちし娘は捨てられたのだということを声高に嘆きながら震えていた。娘は泣いていたが、長いこと他人を観察し続けた俺には、それが俗にいう嘘泣きであることが良く分かった。しかし、好いた男に捨てられたのなら普通は泣くものではないのか?どうして嘘泣きをする意味があるのだろう。

俺には分からなかった。

 

母娘が退室し、世話役の信者が一人戻ってくると茶の片づけを始める。その時に思わずといったように信者がふと口から言葉を洩らした。

 

「教祖様、何もされておりませんか?あの方々、よっぽどのことがあったんでしょうか…とても怒ってらっしゃいましたから。」

 

怒っていた?彼女たちは悲しかったんじゃないのか?だから泣いて叫んで来たんだろう?直接的に吐き出しそうになったその疑問を飲み込み、なんとか言葉を変えて問いかける。んー、こんな時にクロメちゃんがいれば聞けたのに…。そこまで考えて、また腹の中がぐるぐるした。…本当に何なんだろう。

 

「あれ?彼女たちは怒っていたのかい?話している時彼女たちはずっと泣いていたから、心が本当に傷ついているんだと思うと俺まで悲しくなってしまったよ…。でも帰る時に怒っていたなら、俺が何か失礼な事を言ってしまったのかな?」

「いえ!!誤解させてしまったのなら申し訳ありません!教祖様に限ってそのようなことは!いつものように完璧で在らせられたと、付き人も申しておりました!お話し中が平穏であったのなら良いのです!」

「そうかい?でも帰る時に怒っていたんだろう?」

 

信者は少し口にするのを躊躇するかのように言葉を止めたが、俺がじっと見つめていると恐る恐るというように口を開いた。

 

「帰り際…門をお出になる時に、足取り荒く帰って行ったのです。胸元を握りしめて…心底腹立たしいというのが良く分かる物凄い形相でしたので印象に残っていて。断片的にではありますが、頻りに「何故」「どうして」と母と娘が泣きながら話しているのが聞こえたので、悲しみは教祖様のお話で癒えても、怒りは収まっていないのだなと感じまして。気持ちの整理がまだついていないのだなと思わず同情してしまいました。しかし、部屋を出て間もない時間でそのような状態になったので、お話し中もあのように苛立っていたらと…教祖様に何かやつ当たりでもしてやいないかと私が勝手に不安になっただけなのです。ご無事なら良いのですよ。」

「そうかい…。君は優しい子だね。」

「は、光栄です!これからも精進して参ります。」

 

へぇ、あの子たちは怒っていたのか。ではあの娘が嘘泣きだったのも悲しみより怒りが勝っていたからなのかな?分からない。分からない。…俺だけじゃ、まだわからない感情が多すぎるよ、クロメちゃん。早く戻ってきてくれないかな。

でも、今の俺は彼女のことを考えると腹が回るような違和感に襲われる。腹が変なら食べれば治まるかと思い、人間を食ったが治らない。…クロメちゃんを食いたいってことなのかな?彼女に会えばはっきりするかな?でも、黙って出ていった彼女が何だか()()()()()のも事実なんだ。…会いたい?会いたくない?俺はどうして欲しいんだろう。何だか自分のことで此処まで考え込んだのは初めてかもしれない。未知の感覚にワクワクとしているんだろうか、きっかけをくれた彼女のことを考えるとやっぱり会いたいんだろうなぁ。俺に感情を不要と説いた彼女が俺に与えた()()が、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と俺は思うんだよね。

嗚呼、早く答え合わせがしたい。彼女が戻る日を心待ちにしながら、俺は今日も務めを果たす。

 

…しかし、そう呑気に思っていられたのは数日の間だけだった。

 

「……助けて、クロメちゃん。」

 

やっと帰ってきたクロメちゃんに俺は即行で助けを求めた。

鬼の俺が鬼殺隊でもない人間に負けることなんてない、そう思っていた時期が俺にもありました。この日、余裕がないことがどれだけ焦燥に駆られることなのかを俺は実感した。

 

 




この小説の女神さまは童磨がお好き、はっきり分かんだね!

もう一度言うぞ?
あと3話くらいはギャグ回(多分)です。伏線は張っても、内容自体に深い意味はないので軽い気持ちで読んで下さい。


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命知らずな婚約者事件 前

評価、感想、いつもありがとうございます。勘の良い読者も発狂中の読者も私は大好きです。あ、評価のバーが満タンな赤色になっていてびっくりしました。本当にありがとうございます。

ちなみにですが前回のダイスの女神の選択肢としては、
クロメちゃん…ドキッ★ばったり原作前善逸との出会い〜正体は触れない奇妙なお茶会〜
童磨…人間だって強いんだ!~女は怖い?命知らずな婚約者~
無惨様…麗さんとの増していくデート〜クロメ、貴様がなんとかしろ。無茶振りの無惨〜
黒死牟…飽きるまで止まない無限手合わせ〜拳で語る乱入者〜
でした。



「は?今なんて言ったの?」

「ははは、やだなぁクロメちゃん、いつから耳がそんなに遠くなったんだい?」

「ううん、今日も私の耳は絶好調だよ。今一階の台所でが小皿が割れた音までばっちり聞こえた。でももう一回言って?」

「結婚させられそう。」

「…はい?」

 

私が思わず聞き返した意味がお分かりいただけただろうか。

久々に寺院に戻った私を迎えたのは、不機嫌で無表情な童磨だったわけなんだけど、私はずっと、私に対して童磨が怒っていると思っていた。しかし、その実、私が不在の間にやってきた2人の母娘によって教祖な童磨のストレスがマッハであったためにあんな顔をしていたのが理由の大半であった事が判明したのがつい先ほど。

ホントに?私に対して怒っていない??そう何度もしつこい程確認して、全て肯定されたときの私の心情はまさに大歓喜(ハレルヤ)!!!ここが私の極楽浄土(アヴァロン)だった!!!…失礼、キャラがぶれた。話を戻そう。

 

「…え、童磨結婚するの!?」

「しないよ!?だから助けてって言ったんじゃないか!あの2人の思考回路が、流石の俺にも分からないから困っているんだぜ…」

「童磨から観察眼を取ったら一体何が残るっていうの…?」

「クロメちゃん、最近俺に対して遠慮がなくなってきたんじゃないかい?」

「えー、…でも割と本気な話、童磨の脳みそでも理解不能なその2人は何者?」

「そう言うと思って信者たちに調べさせておいたから、後で資料が来ると思うよ。」

 

流石、仕事()出来る男。とりあえずは、どうしてそんなことになったのか詳しい話を本人の口から聞くことにする。…話が進むにつれ、私の顔がとんでもない厄介ごとの気配に歪んでいくのが分かるが、確かにこれを放置するのは無理だよなぁと、同時に大きな溜息が零れる。

 

「はぁ、童磨…悪いことは言わないから、一回結婚しちゃいなよ。その後、奥さん達ご一家には不慮の事故に遭って貰うってことで丸く収めよ?」

「え、なんかヤダ。」

「……は???」

「なんかヤダ。」

「なんかヤダ!?それが一番楽な方法なのに!?」

「うん。…で、彼女たちは一体どういう意図なわけなんだい?そう提案してくるってことは何か分かったんだろう?」

 

私の提案を飄々と無視した童磨の態度に頭痛がしてくるが、確かにこういうタイプの人種は童磨にはあまり縁がなかったのかもしれない。こういうものの対処に慣れていそうなのは、どちらかというと頭領の方だろう。私も前世でこういう輩は腐るほど見てきたが、こいつらは得てして大変面倒くさい奴らなのだ。蛇のように狡猾で、鷲のように蜿蜒と獲物を狙い、蜂のように敵を仕留める。

頭上にハテナマークを飛ばし続ける童磨にもこればっかりは説明してやらねばならないかもしれない。少なくとも私の手でどうにかなる問題ではないのだ。

 

その時、丁度私を探していたという信者が入室を求めてきた。童磨が許可し、信者が私に紙束を渡してくる。その信者は、私に紙束を渡す時にそっと私の耳に口を寄せてきた。多分童磨には聞こえちゃうと思うけれど、内緒にしたい話なのだということは察せられたから、素直に耳打ちを受けることにして、信者の言葉に耳を傾ける。

 

「出来れば、その…教祖様にはお見せしないでください。ご心労をおかけすることになりそうですので。」

「…どういうこと?」

「…読めば分かるかと。我々も見たとき絶句しましたから…。」

 

……何なの、その嫌な予感しかしない不穏な台詞は。

私この報告書読みたくない…今から駄々こねて逃げ出したい…。頬が引きつりそうになるのを必死に抑え、報告書を受け取る。

書類に目を通した私は、前世でも最上級に関わりたくなかった部類の案件であることを理解し、虚空を眺めた。

 

 

 

さて、事情をまとめよう。時は私が寺院に戻る数日前まで遡る。

ある日寺院を訪れた2人の母娘がいた。なんでも娘の婚約者が浮気をし、別の女性と駆け落ちをしたんだそうだ。2人は自身の不幸を嘆き、幸福になりたいと泣いて過ごしていた。そんな時、この宗教の話を耳にし、藁にも縋る思いでこの門を叩いた。そして教祖にお会いし、話を聞いてもらって心が落ち着くのを感じ、彼女たちはすっかり信徒となり、先日からその務めを果たしている……で、終わっていればよかったのだが。

 

その話は表向き。話はそこで終わらない。

彼女たちの一族は、没落した元華族の末裔であった。今でもその影響力は大きく、その力は見過ごせるものではない。幸いにも鬼殺隊と関わりがある家ではないようだが、それでもこちらも人と偽装して生きている以上、彼女たちを無視するわけにもいかないのが現状だった。せめて新しい相手が見つかればよいものだが、そんな大きな家の娘の結婚がご破算ともなれば、詳しい事情も分からぬまま男に捨てられたその娘を娶ろうなんて酔狂なやつはいない。娘は幸いにも容姿が良い方ではあったため、そんな美人が捨てられたなど、何か娘の方にも問題があるのではないかと世間は面白おかしく騒ぎ立てた。それに対し、例の母娘はご立腹。悲しみに暮れることさえも許さぬ世間と何故私達がこんな目にと駆け落ちした元婚約者に大激怒した二人は、この万世極楽教に目をつけた。

 

正直宗教と聞けば胡散臭い。しかし、このあたりの地域にしか根付いてはいないものの、それなりに人気がある上、金の回りも良さ気、信者たちも行儀が良く、悪い噂も聞かない。宗教は宗教でも悪印象はあまり浮かばないし、寧ろ私達と繋がりが持てることを喜ぶに違いない。元婚約者の男はそこそこ大きな商家の息子であったが、こちらも悪い縁ではないだろう。そんなどこから出るのか分からない過剰なまでの自信を持って、二人は此処に入信のフリをして乗り込んだ。

そんな二人は、教祖を胡散臭い老人だろうと思い込み、最悪は権力を盾に信者の中から男を見繕おうと高を括っていた様だったが、そこで思わぬ計算違いを起こす。なんと教祖は年若い、それはそれは美しい男であったからだ。娘は教祖に一目惚れ、母もその美しさを一目で気に入る。しかし、伊達に権力者をしていない二人は、それを態度や表情に噯にも出さず、婚約者に捨てられた哀れで可哀想な娘とそれを慰める母を演じるに徹したのだ。

 

…童磨が嘘泣きといったのも頷ける。寧ろよく見破ったな、童磨。

 

要するに、彼女たちは童磨が思う以上に逞しく、野心家だったのである。

あぁ、前世の苦労が思い出される。権力と金に目を光らせ怒涛の如く迫る貴族…押し掛けるご令嬢、ご令息たち…困惑するランとウェイブ…止めて、そんな助けを求める子犬のような目でこっちを見ないで…私とセリューも迫られてるの…私達だけではどうしようもできない…隊長早く戻ってきて…

 

「クロメちゃん?」

「ハッ!!」

 

いけないいけない、少しトリップしてた。

手に持つ書類に再び目を落とす。えっと、これを童磨に説明しないでなんとかしろって?…普通に無理でしょ。信者さん達には悪いけど、童磨には現実を教えなければなるまい。信者たちには上手く隠しているけど、目の前のこの男、頭脳(と顔)だけは一級品なのだから。彼の頭を借りない理由がない。用意周到、深慮遠謀、用心堅固、寛仁大度…まぁ全部類語だけど、要するに「気が利く」んだよね、童磨は。普段はさ、発想の仕方がちょっとどころか330°くらいズレているから、変な方向に行ったり頭のおかしいスカポンタンになったりして、相手の地雷踏みまくったり神経逆撫でしたりするけど、こと作戦立案においては間違いなく「気が利く」男なのである、…と、先程童磨の宗教をボロクソに貶した手前、フォローしておくね。

ちなみに、実力はある癖にいつまでたっても童磨が頭領に気に入られないのは、その「気を利かす」方向を間違うからだ。逆に言えば、童磨は空気が読めないだけで、他のポテンシャル自体は頭領に重宝される(せざるを得ない)だけあって非常に高い。いや、正確には、空気の読み方は過去の事例から学んでいるため、理解はしている。が、使い方というか使い処というか…「()」が壊滅的に悪い。結果、よく関わる人にほど嫌われやすいという謎の傾向にあるのだ。本人がお喋り好きというのもそれに一役買っている。雉も鳴かずば撃たれまい。口は災いの元。まさにそんな諺の権化が童磨。可哀想。

 

そんな童磨が、何故今回の母娘の思考を理解できないのかというとだ。

おそらく彼は慣れてしまっているのだ。教祖という立場上、あまりにも人に「崇拝」され慣れている。まぁ、一種の偶像崇拝だよね。それに、「神」に恋する人間はいない。神話上は兎も角としても、姿も見えない、話も出来ない、助けてもくれない、そんな存在に恋はしない。「渇望」され、「畏敬」され、「愛」されることはあれど、「恋」はされない。それが『神』の姿だと、私は思う。つまり、童磨()にとって信者は「救い」を求めてくる者であって、決して肉欲的、金銭的な「見返り」を求めて来る者ではないのだ。金銭的な利益や人としての好意が付随するのは、童磨の働き(救い)に対する、信者たちからの寄付というか心遣いというか…彼らからの感謝から来る自発的好意であって、別に童磨が寄こせと彼らに求めたものではないのだ。

 

だからこそ困惑する。

娘が自分に恋愛的な好意を寄せているのは分かる。肉欲的な行為を求めているのも分かる。だが、それが何故自分と結ばれたいと思うのか。お金は自分宛に信者が寄こしたものだが、鬼である俺には食事も性的な行為も睡眠も要らない。だからこそその金は、無惨様の役に立つためにも、自分の地盤固めの為に私的な事にはあまり使わず、大部分をこの宗教にかけている。だからこそ、自分と結ばれても彼女を抱くことはないし、彼女の身を飾る事もない。何よりも自分は信者の為に真摯であるべきなのだから、と。

まぁ、本人の感情が希薄なのもそれに拍車をかけている。変な所で高潔だよね。プライドが高いっていうか。

 

さて、ここまで聞いて長ぇよと思った諸君の為に、そんな童磨よりは断然人間寄りな私が、彼の長ったらしい文言をまとめさせていただいた。一文に表すと、多分きっとこうなる。

 

 

“タイプじゃないんです”

 

―――と。

 

 

「恐らく帰り際に母娘が怒って帰ったのは、美しい自分に思った以上に童磨が食いつかなかったから。虚仮にされたと思ったんだろうね。」

 

私の言う意味が良く分かっていないらしい童磨が首を傾げる。

私も同性として最も厭忌する人種だ。あまり語りたくはない。

 

「あのね、童磨。女っていうのはめんどくさいんだよ?特に今回みたいな外面・ステータス系の自意識過剰なタイプはね。」

 

うん、実に分かりやすいね。タイプじゃないなら仕方ない。結婚する気も無いなら仕方がない。あー、仕方ないなぁ(棒)

未だ把握しきれていない童磨が眉を顰める。現状は理解したけど、今まで学習したことのない新たなケースに戸惑っているみたい。考察と経験が繋がらないってあたりかな。ならば、私から出来る助言はただ一言だろう。

 

ね、童磨。ああいう面倒なタイプはね。

 

「ボロクソに言い負かして、ふっちゃえばいいんだよ。」

 

 

…決して私が考えるのが面倒くさくなったとか、そんなわけではない。ホントダヨ?

 




多分、前・中・後の三部構成になる。


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