VillainのVはVOICEROIDのV (捩花)
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Voice1 ヴィランの産声

 発光する赤児を皮切りに、人類は何らかの特異体質を持つ超人が生まれるようになった。 時代が進むにつれて少数派だった特異体質は人類の八割を超える。 いつの日か特異体質は【個性】と言い換えられ、逆に【個性】の無い者は【無個性】と呼ばれて差別されるまでにその数はひっくり返されていく。

 

 超常は日常に。 架空は現実に。

 

 職業の一つに【ヒーロー】が加わり、悪事を働く者達を【ヴィラン】と呼ぶようになった。

 ヒーローに様々な理由で就いた人々がいるように、様々な理由でヴィランになった者達がいる。 ある者は個性を縛られる世界を嫌い、ある者は復讐を胸に誓い、ある者はただ弱者を踏み潰したいが為に欲望の赴くまま暴れまわる。

 今日もまた、ヴィランの叫び声が何処かで上がる。 愉悦の雄叫びか、暴力におびえた悲鳴か、正気すら失った狂乱か。

 

「〇っくり実況も〇イロ実況もないとかファッキン〇ロアカぁ!」

 

 ヒーローとヴィランが混在するこの世界でまた、悪の産声が鳴り響いた。

 

 

 

 

 

 雑誌が乱雑に置かれた、生活感溢れる一室に頭を抱える人影がひとつ。

 薄紫色のショートヘアに大小二つの月を模った髪飾り、ウサギの耳付きフードパーカーを着た少年は唸りながら目の前のパソコンを睨みつけている。 ギリギリと歯ぎしりを上げそうなほど食いしばっている歯の隙間から呪詛のような声を絞り出していた。

 

「いつの間に転生してたとか、何か結月ゆかりの双子の弟の姿しているとか、そんなことはどうでもよくないけどどうでもいいんだ。 現実逃避しようとして、なんで機械音声の実況動画が欠片もないんだ。 というか知ってる動画サイトが無い。 一つも無い。 似てるサイトはあるけど」

「みゅみゅ?」

 

 頭部に猫耳と一本の癖毛の生えた紫色のふわふわ生物を膝に載せながら、カチカチとマウスを鳴らしネットサーフィンをしている少年。 彼の知っているサイトが一つも見つけられられずに眉をひそめる。

 結月紫(ゆづきゆかり)。 彼は転生者であり、ヒーローアカデミアの世界に来る前はサブカルチャー好きの一般市民(その多大勢)。 趣味で機械音声を使う動画を視聴するくらいの人間が何の因果か見ていた漫画の世界に来てしまい、とある理由でこの一室に身を潜めている状態となっている。

 彼こと紫も最初は戸惑ったものの、好きな作品である世界へ関われることに少なからず喜びを感じていた。 しかしながら、現在から逃避したい程のことが現在進行形で起こっている。

 その元凶の一つが外の廊下を走ってくる音が聞こえたかと思えば、入り口の扉を勢いよく蹴破って入ってきた。

 

「マスター! 大丈夫!?」

「葵ちゃん!? ちょっと危なっ!?」

「みゅあ~!?」

 

 勢いそのまま、青い長髪に青い紐の装飾をした少女が紫に抱き着いてくる。 座っている状態で受け止められず、膝に乗っていた生物は地面に落ちて転がり、紫は飛びついてきた少女と仲良く地面へ落ちた。

 美少女に抱き着かれたにも関わらず、紫の顔は青ざめている。 その視線は紫を押し倒したまま周りに眼光を巡らせている、葵と呼ばれた少女の手が握っているRYNO8とプリントされた銃器へ向けられていた。

 

「葵ちゃん、大丈夫だから! 大丈夫だからソレ仕舞って!?」

「……うん、なんともなさそうだね。 マスター、みゅかりさん、ごめんね」

「みゅあ~」

 

 葵が武器を手放し、みゅかりの頭をなでる。 銃器は地面に落ちる前に空中で七色のポリゴンとなって弾けて消えた。

 鳴き声を上げて喉をごろごろと鳴らすみゅかりと葵を眺めながら紫はそっとため息をついた。

 

 個性『VR』。 結月紫の個性であるが、病院などで診察したわけではない。 紫が目を覚ましたのは人気のない裏路地。 すぐ近くでヒーローの活躍を見たことでヒーローアカデミアの世界ではないかと思い、ならば個性が発現しているかと試すと思い描いた武骨な大剣が手の中に現れた。 驚いて放り出すと虹色のポリゴンになって消る所を見て紫自身が名付けた個性である。

 様々なものを作り出せる便利な個性と考えていたが、ふとガラスに映る自身の姿を見て記憶にあるボイスロイドはどうかと思い至った瞬間、彼女たちは現れた。

 さらに個性の許容量をすべて使ってしまっているのか紫自身では新しくものを生み出せなくなってしまい、消そうにも生きているボイスロイドを消す事は彼にとって殺すのと同じであると考えてしまい、彼女達の献身もあって流されるまま現在に至る。 個性の特徴は彼女たちにも引き継がれているらしく、さらにはサブカルチャー関連も紫から影響を受けており、生み出す物はそこから引き出されているようだ。

 

 武器が消えたのを見て紫は無意識に止めていた息を吸い込みため息をつく。 葵に引っ張られて立ち上がった紫はベッドに腰かけて項垂れる。

 その姿を見て葵は頭を下げた。

 

「ごめんなさい、私の早とちりで……」

 

 彼女に悪意はない。 むしろ彼女含めて生み出した存在は献身的に紫を守ろうとしていた。 紫からすれば、自身は彼女からすれば守られるべき存在であることは自覚しており、紫自身もまんざらではないために責めることはできず、苦笑しながらも慰めることしかできなかった。

 

「自分じゃ身を守ることもできないから、気を配ってくれてるんだよね。 いつもありがとう」

「マスター……」

「みゅみゅっ」

 

 紫の言葉に感涙している葵の姿を見て、内心チョロいと思いながらも話題を変えようと話を切り出した。

 

「ところで皆はどうしてる? 他のことは任せっきりにしちゃってるけど」

「皆? えっとね……」

 

 質問に葵は左手の指を頬に当て右手で指を折りながら答える。

 

「えっと、ずんちゃんとイタコさんはお店で働いています。 きりたんはお昼寝、あかりちゃんとセイカさんは散歩、お姉ちゃんとマキちゃんは敵連合の所に行くっていってました」

(ヴィラン)……連合?」

「みゅっみゅみゅっ」

 

 (ヴィラン)連合。 もみあげのような部分を器用に使って跳ねるみゅかりを膝に移しながら、その単語に紫は目が点にして首を傾げた。

 ヒーローアカデミアという作品において、敵連合は悪の支配者AFOを師とした死柄木を頭とする犯罪を犯す無法者達の集団。 主人公、緑谷出久が所有することとなるヒーロー、オールマイトから渡されるOFAの対となる存在であり、作品の主幹であるヒーローとヴィランの構図となっている。

 本来であれば、原作が好きならば味方である二人は敵連合へ殴り込みにいったと思うであろう。

 しかし、紫の頬には冷や汗が垂れており、何度も目を瞬かせて葵を見ている。

 

「……えっと、何しにいったのかな?」

 

 予想はできるが聞きたくない。 予想が外れていてほしいと願いながらも聞いておかなかければ後悔が起きると思い葵に問いかけた。

 

「マスターがヒーロー科A組の活躍していない生徒も頑張ってほしいのを知っているから、敵連合に加わって襲ってくるって」

「ですよね畜生!」

 

 本日二度目の悲鳴が上がった。 転生者である結月紫はヒーローアカデミアという作品のファンでもあり、物語の綻びや設定に不満を持つアンチでもある。 その影響は彼から分裂したに等しい繋がりを持つ彼女達もまた、同じように考えて動く傾向にあるのだった。

 

 

 

 





補足
RYONO8 出典:ラチェット&クランク
八個の超強力なミサイルを同時発射して敵をハチの巣にする兵器





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Voice2 雄英襲撃 山岳エリアの異変

大阪弁は変換ツール使用のため、不自然だと思ったら
「エセだから」と流していただければ幸いです


 結月紫が二度目の悲鳴を上げた同時刻。

 雄英学園にある演習場。 ウソの災害や事故ルーム(USJ)では(ヴィラン)連合の襲撃が行われていた。

 敵連合主犯格の一人、黒霧の個性ワープゲートによって生徒たちは施設内に離れ離れとなり、同じく散開しているヴィラン集団と戦闘が始まっていた。

 施設の出入り口から最も離れた山岳ゾーンでは稲妻が発生し眩い光を放ち、しばらくして唐突に明かりが消えた。 電撃の発生していた場所には死屍累々と気絶している敵、そして隠れていた敵に捕らわれた生徒の上鳴電気(かみなりでんき)八百万(やおよろず)(もも)耳郎響香(じろうきょうか)の姿。

 手から稲光を放つヴィランが電気の首根っこを掴み、肌に指を食い込ませる程強く握りしめてニタニタと笑っていた。

 

「さあ、両手を上げな。 同じ電気個性としては殺したくはないが、追い詰められちゃあしょうがないよなぁ?」

「ヴ、ヴェ……イ」

「くそ、伏兵がいたなんて」

 

 響香が現状の苦境に歯噛みする。 隣にいる百も両手を上げながら、相手の個性と背負っている武装を見て敵対する相手の重要性を見抜いていた。

 

「背負っているのは恐らく通信抑止装置。 轟さんの言っていた連絡網を分断しているのはこのヴィランです!」

「ん? あれで妨害ってどうやってんの?」

「通信機器の周波数に妨害電波を当てて、圏外と誤認させる物ですわ。 本来ではコンサートホールや劇場で使われる物ですが、施設で見た物よりもずいぶんと大きいです」

「例えの場所がセレブ……!!」

 

 断言する百の言葉を受け、だから何だとヴィランの余裕は崩れない。

 

「正解だ嬢ちゃん。 それに加えて改造品でな、これ一つでセンサーの類も含めて誤作動させる代物だ。 だが、それがわかった所で俺には手出しできないのは変わらんだろうが、ええ?」

 

 電気を掴んだまま、ヴィランは二人に近づこうとして足を止める。 その眼には響香の個性である耳から伸びているイヤホンジャックが映っていた。

 

「そっちの耳タブ女。 その伸びている部分は見える場所に出せ。 さっき足の部分に伸ばして攻撃してたからな」

「くっ!!」

「気づかれないと思ったか? こちとら個性のわからん連中と嫌というほど殴り合ってんだ。 目に見えてわかるモンを放置するほど馬鹿じゃねえさ」

 

 響香がやろうとしたことを先手で潰され顔を歪める。 ヴィランはその様子を見て堂々と二人に近づいていく。 無意識に二人は後ずさるが、ヴィランは気にすることなく距離を詰め寄ってきた。

 

「ヒーローの卵が人命を軽視するんじゃないぞ? 怪しい動きをしたらこいつの首が」

 

BOMB!!!

 

 ヴィランが台詞を言いきる前に頭部が爆発し、爆風によって体が吹き飛び数回ほど地面をはねて横たわった。 同時に吹き飛ばされた電気は「ウェ!?」と叫んでヴィランと同様に放り出される。

 

「上鳴さん!?」

「何、どこから……ひっ」

「……これは」

 

 転がった電気に駆け寄る百と響香は転がったヴィランを見て息を飲む。

 爆発したヴィランの頭部は消失しており、痙攣しながら少しずつ赤い液体が池を作っていく。 既に命の消えた亡骸となったことを直視してしまい、二人の体が硬直してしまった。

 電気だけ何が起こったかを理解しきれていない、人の死が起こった場所に女性の明るい声が響き渡る。

 

「Head Shot! 見てた(あかね)ちゃん!! 綺麗に吹っ飛ばしたよ!!!」

「せやな。 せやけど、通信抑止機器から煙出てんで。 もう時間無いから急がなあかんし、マキ、どないする?」

「……あなた方は、いったい?」

 

 いつの間にか岩場の上に現れた女性二人組に呆気にとられる百。

 金色の長髪、癖毛の二本が若葉のようにはねている女性と、頭部左側に赤い紐の装飾品を身に着けた少女がそこにいた。 先ほどのヴィランを倒した攻撃は金髪の女性らしく、巨大な十字架型の銃器を誇らしげに掲げている。

 

「説明はー、っと。 このままだとすぐに見つかっちゃうし……下、行ってからね?」

 

 響香の直感が危険な相手であると確信した直後、マキと呼ばれた女性の手が響香の首を掴む。 視線の先には誰もいない場所に地面へ落ちる銃器だけだった。

 掴んでいる人物を認識したと同時に、理解を超える速度で接近した相手に対応できず体が硬直する。 近くにいた百もまた、茜と呼ばれた少女にいつの間にか腕を掴まれていた。

 口を開く間もなく二人の体が後ろに引っ張られる。 否、超低空で放り出されていた。

 

「さて行きましょうか、崖下スペシャルプラクティス!」

「すまんな。 せやけど、やらなあかんことやから」

 

 響香達の思考が追い付かない中、自分たちが飛んでいると理解した時には敵二人の飛び蹴りが腹部へ直撃した。 先ほど立っていた場所よりも、二人がくの字になりながら低い場所に向かっていることだけしかわからない程の衝撃と速度で落下していく。

 

「……ウェイ?」

 

 山岳ゾーンには未だ正気に戻っていない電気が一人取り残され、音の無くなった周囲に首をかしげるだけだった。

 

 

 



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Voice3 山岳エリアの崖下で Side八百万 百

 山岳ゾーンの崖底に土煙が二つ立ち昇る。 人型の窪みができそうな勢いで叩きつけられた二人は、しかし見た目の外傷が全く見受けられない上半身を起こした。

 

「っ痛たた、何なのあいつら」

「個性でしょうか、思ったよりも全くダメージを受けていませんわ」

 

 立ち上がった二人を見図ったように、現状に追い込めたヴィラン達が着地し相対する。 即座に警戒する百達を余所に、金髪の女性と赤髪の少女が和やかに語り合っていた。

 

「で、茜ちゃんはどっちにする?」

「ウチはどっちでもいいけど」

「そっか。 じゃあ私は耳郎ちゃんとやろっかな」

「ならウチは八百万ちゃんとやね」

「何を勝手に……!」

 

 憤る響香だが、崖下に落とされた状況を思い返し、勝てるどころか善戦することすら思い浮かべられない現状に、対抗する手段を必死に模索していた。

 対してヴィラン達は明るい雰囲気を崩すことなく、話を聞いてなかった生徒を(たしな)める先生のように金髪の女性が言った。

 

「さっき言ったでしょ? スペシャルプラクティスって。 特別訓練。 Are you OK?」

「ふざけたことを!」

「こっちは真面目なんだけどねぇ。 じゃ、茜ちゃん。 また後で」

「いってらっしゃい」

 

 考える時間も与えられず響香はまたも接近され、いつの間にかヴィランが持っている棒切れを横薙ぎに叩きつけられていた。

 

「そーれぶっ飛べ!!」

 

 女性が棒切れを振り切れば、響香の体に衝撃が走ると同時に吹き飛ぶ。 ヴィランはぽっきりと折れた木の棒を投げ捨てて耳郎を追いかけていった。

 

「耳郎さん!」

「あんたの相手はこっちやで」

 

 追撃をかける姿勢のヴィランを止めようと向かう百の手首にガチャリと手錠がかけられる。 茜と呼ばれた敵は何処からか鉄杭を地面に深く突き刺し輪の部分に反対側の手錠をかけた。 行動を邪魔された百は繋がれた数メートル先にいる茜を睨みつけるが、茜は怯むどころか何処吹く風とすまし顔のままだ。

 

「女子がそんなおと()ろしい顔、しちゃあかんで」

「放しなさい、ヴィラン!」

 

 百は鉄棒を創造し茜に向かって構える。 その様子を見て茜は首を傾げた。

 

「んー、何で?」

「耳郎さんを助けに行くためです!」

 

 断言し茜に攻撃を仕掛ける。 鋭く突き放たれた鉄棒、半歩引いて棒を掴んだ茜は小枝でも振るかのような速度で持ち上げ地面へ叩きつけた。 流れるような動作に百は逃れるすべなく鉄棒と共に地面へ墜落、全身を強かに打ち付ける。

 態勢を立て直そうともがく百に歩み寄る茜。 百が立ち上がろうと顔を上げれば、見下ろす茜の目と視線が交わった。

 のぞき込む形で百を見る茜が口を開く。

 

「あ ほ く さ」

 

 唐突な罵倒に目を見開く百に対して、やれやれと茜は頭を振りため息をついた。

 

「あんなぁ、八百万ちゃん。 自分の能力、わかってへんの? 初めて会うた時から、何度もウチらを妨害できたの気づいとる?」

「な、何を」

「自分の個性、言ってみて」

「……個性は創造、です」

 

 有無を言わさぬ笑顔に気圧されて言いなりになる百。 もっと詳しく話せと無言で促す少女に目をぐるぐるさせながら、流されるまま口を開いた。

 

「せ、生物以外なら何でも造れます」

「ん? 今、何でもって?」

「は、はひ」

 

 緊張で呂律すら回らなくなってきた百から視線を外し、手をくるくると回す茜。 手を止めればそこには手品か魔法のように虚空から現れた銃器を握っていた。

 拳銃を回転させながら百の目の前に持っていき、銃口を百の腕に向かって引き金を引く。 百の体に発射された物体が張り付いついたと同時に稲妻が走ったかのような衝撃が、いや実際に電撃が走り百の体が跳ねた。

 

「あがっ!?」

「テーザー銃っていうんやけど、非殺傷武器とか知ってへん?」

「…………」

「まあ、知らへんよなぁ。 ええとこのお嬢さんでヒーローを目指しとるなら、そういう特徴のヒーローが出てくるよね」

「いぎっ!?」

 

 茜が引き金を引き、再び百の体が跳ねた。 二人の間には茜の持つ銃器からワイヤーが伸びており、その先は腕に吸盤のようなものが張り付いている。 銃器の引き金を長めに引いたり小刻みに操作する度、合わせて百が苦悶の声を上げ体を強張らせた。

 

「ここに来る前にサポートアイテム造っとる所へちょっとお邪魔したんや。 マスターの知っとるものより凄い素材が色々あってな、それらを組み合わせた物やねん。 ウチらの知っとる物より安全性が飛躍的に上昇しとるの、すごいやろ? これ、貴方も作れんねん」

「……マスター? っぁああああ!?」

 

 不意に飛び出た単語に反応してしまった百は電撃を浴びせられて悲鳴を上げる。

 

「話の腰を折らへん。 まあ、要は貴方に足りへんのは活用する道具の知識や。 移動を補助する乗り物、相手を無力化する武器、ほか色々。 すっごいでぇ、他の個性が出来る事、ようさん出来るんや。 頑丈な拘束具や投網、閃光手榴弾があればヴィランなんてだいたい無力化できるやろ。 必要になったら使い切りの銃器でも作ったらええ」

「っそれは」

「携帯性にも優れ、自分で作れば弾数も調整できて、奪われても規格をずらせば再利用されることはあらへん。 貴方は人類の英知を使うことができる、学ばん理由はないよね? 少なくともどつき廻すよりかは安全やんな。 ここら辺はマスターの受け売りやけど」

 

 そう言って茜は立ち上がり手に持っている銃を放り投げ、鉄杭を蹴り飛ばした。 テーザー銃は地面に落ちる前に、鉄杭と掛けられていた手錠は虹色のポリゴンとなって破裂し消える。

 

「ま、もう一つ理解せないけへんのは法律やけどね。 銃刀法とか古い刑法も残ってるみたいやけど、法律第……何やったっけ、まあええわ。 個性取締法なんたらかんたら、個性で生み出したものは個性取締法で裁かれるって奴や。 でも、個性で生み出した物は普通の法律じゃ裁かれへんって抜け穴があんねんで」

「……!?」

「個性が多くなってきた過渡期に急いで作られた雑な法律やけど、こないなテコ入れせんと体からナイフ生やしたり銃弾やら撃ちだせる人いたら、判明した時点で銃刀法違反の犯罪者っていう事になってしまうもんな? 貴方の場合、個性で銃器が造れるんやったら……後はわかるよね、貴方が持つ最大のアドバンテージを理解した?」

 

 笑顔で語りきったと胸を張る茜。 誇らしげにしているそれを見て、百は信じられないものを見る目で絶句している。

 確かに内容は百にとって有益なものであった。 ヒーローとして活動するにあたり、まだ漠然とした将来しか思い描いていなかった百の指針になる物ではあったのだが。

 しかしそれを示したのが目の前にいるヴィランであることが、百はどうしても理解できなかった。

 

「なぜ、貴方はそのようなことを?」

 

 ふと疑問が口から洩れる。 迂闊に口を開いたことに気づきすぐに口を紡ぐが、茜は何する事なく目を瞬かせるだけだった。

 

「なぜって? ああ、ウチの用事はもう終わったし、お迎えが来るまで質問タイムにしまひょか」

 

 先程とは違い、茜は気にすることなく百の疑問に笑顔で答えた。

 

「何でウチがこないなことをしたんか。 それはね、貴方がその他大勢と変わらへんからやで。 貴方、貴方たちがただの群衆(モブ)であること。 マスターはそうであることが嫌いやった。 貴方に活躍してもらいたかった。 貴方の物語も見たかった。 せやけど、マスターは見ることができんかった。 せやからウチが、ウチらがほんの少し背中を押しに来たの」

 

 茜の目は百を見ながら彼女を見ず、その後ろにある何かを見通して話しているように語る。 得体のしれない相手から、まるで未来は活躍のない末端ヒーローになると告げられている事を百は信じることができなった。

 

「馬鹿な事を! 勝手に私の未来をつまらないものにしないで!」

「ま、信じる信じないは自分の勝手やけどな」

 

 百の叫びもどこ吹く風と茜は笑っている。 彼女は背を向けて歩きながら、右手の人差し指を振って独り言のように呟いた。

 

「ロボ 綱渡り、地雷原。 次に騎馬戦、最後にトーナメント。 一回戦目で常闇君に勝てるとええなぁ?」

「……何を」

「ちょっとしたズルや、覚えとき。 まあ、そうなるかは知らんけど。 雄英祭、楽しみにしてるで。 お迎えも来たようやし、ほなさいなら」

 

 数メートル離れた茜は独り言のように語り、ピンっと勢いよく何かを引き抜いた音が百の耳に届く。 同時に、百のいる近くの崖壁が盛り上がり建築重機のようなヘルメットを被った人物が飛び出した。

 

「これ以上生徒に手出しさせるか!」

「っパワーローダー先生!」

 

 百からは後頭部しか見えなかったが、茜の頭が〈掘削ヒーロー〉パワーローダーの方へ僅かに向いたと同時に。

 

BOMB! 

 

 ヴィランの頭がはじけ飛んだ。

 

 

 



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Voice4 山岳エリアの崖下で Side耳郎 響香

 吹き飛ばされた耳郎響香は崖壁に叩きつけられ悲鳴を上げる。

 

「んぐぅ!?」

「はい止まらない! しっかり相手を見ないとやられ放題だよ、そぉい!」

 

 響香の体が土の中からイヤホンジャックを掴まれて引っ張り出された。 響香とほとんど身長の変わらない金髪の女性は倒れる響香を蹴り上げ宙に浮かすと両足を強く握りしめて一回転、八百万 百のいる方向とは反対方向へ放り投げる。

 

「っこの、いい加減に!!」

 

 地面に転がった響香はすぐさま起き上がりながら足のサポートアイテムにイヤホンジャックを差し込む。 余裕綽々(よゆうしゃくしゃく)と歩いて近づいてくるヴィランに対して、自身の心音を爆音に変えるサポートアイテムから攻撃を放つべく立ち上がった。

 

「……? サポートアイテムが!?」

 

 しかし、いくら音を送ってもサポートアイテムは沈黙したまま。 その間にもヴィランは歩みを止めず、指を鳴らしながらにやりと笑う。

 

「やー、道具はちょっと壊させてもらったよ。 正直、あっちと違って個性の使い方で語る事は無いし。 というわけでカラテ! カラテあるのみ!」

「何でカラテ!?」

 

 喋っている間にも拳や蹴りが響香に向かって放たれる。 先ほどまでとは打って変わって大振りで響香でも余裕でよけることができる程度の遅い攻撃。

 しかし避ける回数に比例して速度が上がっていき、時折フェイント交じりに放たれる拳と蹴りに何度も体を揺さぶられる。 体内に響く打撃によって動きが止まれば、ここぞとばかりに拳の嵐を浴びせてくるヴィランに響香は反撃を試みるが、軽々といなされてしまう。 隙を見てイヤホンジャックを差し込み爆音で怯ませようにも、それすら避けられ逆に掴まれてしまい地面にたたきつけられた。

 必死の攻防の中、マキは涼しげな表情で響香の攻撃を受け流す。 響香が攻撃の手を緩めれば反比例して彼女の猛攻が襲い掛かり、派手に吹き飛ばされている間が休憩時間と思えるほどに響香は殴られ、転がされ、吹き飛ばされた。

 どれくらいたっただろうか。 時間感覚すらなくなるほど暴力の嵐を受け、あおむけの状態から立ち上がることすらできない響香を前に、ヴィランはいい運動だったとかいていない額の汗を拭っている。

 

「そろそろお迎えの時間かなー?」

 

 マキの言葉に暴力の嵐から解放されると思い浮かべた瞬間、響香の胸部が急激に圧迫された。 マキが片足を胸に乗せて徐々に体重をかけている。 軽く乗せられているように見えて肋骨が悲鳴を上げているほどの力をかけている彼女は腕組みしながら唸っていた。

 

「正直、体術やら体力やら一日で身に着けるもんじゃないし、どう教えた方が良かったものか。 雄英体育祭でほどほどに結果を出してマスターを驚かせたいんだけどなぁ」

「はぁ!? アンタの勝手でボコボコにされたの!? ふざけんじゃぅぐ!?」

 

 抗議の声を上げる響香をマキがさらに体重をかけて黙らせる。 ゴキリと嫌な音が響香の胸から響いたが、マキは気にすることなく少しずつ足を下ろしていく。

 

「そうだよ? 私の勝手で貴方を鍛えようとしたんだ。 けど……うん、うまくいった気がしないなぁ」

「何っで、そんな事っあが!?」

「どうにかして君を活躍させないといけないんだからね。 未来のただのモブさん?」

 

 圧迫された肺で必死に空気を求める響香へマキは何の感情も宿っていない視線を送る。

 

「十で神童十五で才子、二十過ぎれば只の人。 雄英に入れた才子でも、そこから先はわからないっと。 少なくともマスターは貴方の活躍を見たいと思うくらいには活躍しないんだよねー」

 

 言いたい放題なヴィランに反論しようにも、段々と沈む胸部とその激痛に言葉一つでない響香。 マキはその様子を見て顎に手を当てる。 そして名案が思い浮かんだのか笑顔で人差し指を立てた。

 

「痛みに耐える訓練……か。 殴り合うなら必要だよね? よし、やろう!」

「や、やめ……!」

 

 急に笑顔になったヴィランに悪寒が走り、必死に声を張り上げた。 しかし、急に上機嫌になったヴィランは聞く耳持たず、体を揺らしてリズムをとっている。 いつ襲い掛かるかわからない状況が響香の恐怖心をひたすらにあおり続けていく。

 

「大丈夫、大丈夫! ちょっと肋骨全部折れるぐらいの痛みだけだから! 何なら背骨の骨折体験もついでにやっとこうよ! せーっの!!」

 

 そういってマキは響香の胸部に全体重をかけるべく片足立ちになろうとしたその時、横殴りに吹き飛ばされて崖壁へ吹き飛んだ。

 マキの立っていた後ろには、長身の獣人が太い腕を振り切っている。 口元に黒のセーフティマスクをつけ、逆立った髪を怒りで揺らしていた。

 

「バウッ! グルゥアガウッ!! バウバウバウァッ!!!」

「スマナイ、遅クナッタ」

「ハウンドドッグ先生、エクトプラズム先生……!」

 

 人語を忘れるほどに怒っている雄英高校教師、ハウンドドッグ。 そして黒いフェイスマスクとダブルボタンマントのヒーロー衣装に身を包んだ、教師エクトプラズム。

 ヒーローに抱え上げられて響香の体から力が抜けた。 目を閉じ気を失った彼女を見てエクトプラズムはヴィランに視線を向ける。

 へこんだ岩壁にもたれかかるマキはため息をつき、叩きつけたことが効いていないのか呑気に頬を掻いていた。

 

「タイムアップだねぇ」

「アア、何カ言イタイ事ガアルナラバ、刑務所デ聞コウカ」

 

 エクトプラズムの言葉と同時にハウンドドッグが駆け出す。 壁に埋まっているヴィランに詰め寄り首根っこを掴んだ。 ハウンドドッグが引っ張り出すため腕を引いて相手を睨みつけ……口元にある物を見て目を見開く。

 

「Good Bye」

「っ!? 耳を塞げぇ!!」

 

 頬の近くにあった手には小さな金具。 筒状の何かを咥えながら、笑顔で流暢な英語を喋るヴィラン。 ハウンドドッグはすぐさま手を引き後方へ飛びながら、顔の前で腕を交差させる。

 同時にヴィランが咥えていた物が爆発した。

 

 BOMB!!! 

 

 ヴィランの咥えていた筒が爆発し、爆音と衝撃波がハウンドドッグに襲い掛かる。

 攻撃型手榴弾。 パイナップル型の破片を飛ばし広範囲を攻撃するそれと違い、狭い範囲の敵を爆風と衝撃で無力化もしくは制圧するための武器である。 自決用にも用いられる武器を至近距離で受けるのは危険極まりない。

 幸いにも距離をとったことでハウンドドッグは少量の破片による腕の負傷と酷い耳鳴り程度で済み、エクトプラズムは自身の体を盾にすることで響香への影響を可能な限り抑えた。

 

「ハウンドドッグ、傷ハ!?」

「グゥゥゥゥ……、動ける。 ヴィランめ!!」

 

 防御を解いたハウンドドッグの眼前には、爆心地に横たわる酷い有様のヴィランの姿があった。 その無惨な状態をハウンドドッグはしばらく睨みつけた後、細く息を吐いてエクトプラズムの方を向く。

 

「ヴヴ、上のヴィラン共を捕縛してきます。 死んだ以上、構っている暇はない」

「二人ツケル。 頼ンダ」

 

 エクトプラズムが生み出した分身達と共に崖の上へと向かっていく。 彼らを見送り、エクトプラズムは動かなくなったヴィランへと視線を向ける。

 

「他ノ ヴィラン トハ違ウ、命ヲ散ラス事スラ厭ワヌ貴様達ハ何者ダ……」

 

 ひとり呟き崖の間を進んで戻ろうとした直後、施設の入口とは反対方向からパワーローダーの声が上がった。

 

「おーい! エクトプラズムはいるか! こっちの生徒をリカバリーガールへ連れてってくれ! 俺は上の連中を捕縛する!」

「ワカッタ、分身ヲ送ルゾ!」

「助かる!」

 

 再び分身を生み出し奥にいたパワーローダーから青ざめた顔の八百万 百を引き継ぎ、生徒たちをリカバリーガールの元へ送り届けるべく施設内を駆け抜けた。




誤字報告に感謝です。

蛇足追加
エクトプラズムさん使い易すぎる


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Voice5 帰宅

 雄英学校の襲撃から数時間後。

 ソファに座ってゲームをしていた結月紫は急に腹部を抑え苦悶の表情を浮かべた。

 

「あ、来た」

 

 持っていたゲーム機を震える手で近くのテーブルに置き、生まれたての小鹿のように震える足で立ち上がる。

 その様子にすぐ隣にいる頭部に刃物の髪飾りを着けた、和服の少女が驚いて紫の方を向く。 その手に持っている携帯ゲームを忙しなく操作しながら、紫の行動に慌てて詰め寄った。

 

「え、ちょ、(あに)様!? 今(おつ)られるとクエスト失敗なんですけど!?」

「無理、続けられない。 落ち着いたらまた一緒にやるから、今はごめん……」

「あー!? いや、今すぐ避難させれば……ぎゃー!? 範囲攻撃がー!?」

「きりたん……本当、ごめん」

 

 てんやわんやなきりたんと呼ばれた少女の様子に構う余裕無く、紫は青ざめた顔でよろよろとベッドの方へ向かった。 震える手で服を脱いで上半身裸になると、仰向けにベッドの上に倒れこむ。 浅い呼吸を繰り返しながら、顔に浮いた汗を拭うこともせず祈るように目を閉じた。

 

「んぐっ!?」

 

 紫が苦悶の声を上げると、体が跳ね上がり痙攣し始める。 それを見てきりたんがゲーム機を放り出し、部屋の中を右往左往に走り出した。

 

「あっあっあっ! えーと確か前は葵さんの時で……。 お湯! それと汗を拭うタオル! ずん姉さまー! イタコ姉さまー!!」

 

 どたばたと部屋を出ていくきりたん。 扉が乱暴に閉められると、静かになった部屋には紫のうめき声とゲーム機から物悲しい音楽だけが流れている。

 しばらくして、苦しんでいる紫の体に異変が起きた。 腹が不自然に、少しずつ盛り上がっていく。 やがて三十センチ程まで盛り上がると今度は徐々に二つの球体へと変形し、風船のようになったそれは重力に従って傾くと元々くっついていなかったのように呆気なく体から離れて床に落ちた。

 

「あ゛ー、終わった。 うぇっぷ、気持ち悪い」

 

 汗で濡れた体は本人にとって不快でしかない。 しかし、痺れた感覚の残る手で拭うことすら億劫な紫は浅い息を繰り返すだけで動けない。 二日酔いのような頭痛と腹痛に似た下腹部の鈍痛を感じながら紫はぼーっと天井を見つめていた。

 廊下の方からバタバタと走ってくる音が聞こえる。 きりたんが出ていった扉が開き、戻ってきた彼女と深緑色をした長髪の女性が駆け込んできた。 タオルを持ったきりたんが駆け寄り人肌のタオルで紫の汗を拭う。

 もう一人……弓道の胸当てに裾の短い弓道着、枝豆のような髪飾りを着けた女性はお湯の入ったタライをベッドの近くに置くと、紫から生まれ落ちた肉塊をソファへ雑に放り投げ、きりたんと一緒に紫の汗を拭っていく。

 

「げほ……有難うきりたん、ずん子ちゃん。 でも、お店の方は大丈夫?」

「大丈夫ですよー。 夕方のピークも過ぎましたし、葵ちゃんが手伝ってくれているので問題ないですよー」

 

 紫の言葉にずん子と呼ばれた女性が答えながら世話を続ける。 愛嬌のある少女と目麗しい女性に世話されるという男には羨ましい状況ではあるが、当の紫は重度の風邪に腹痛を合わせたような地獄でそれどころではない。

 そんな状況の後ろでは、ソファに投げられた肉塊がいつの間にか人の形をとっていた。 赤と白の服を着た金髪の女性と赤い紐飾りを頭につけた少女もまた紫のように、動くのも億劫らしく脱力してソファにもたれかかっている。

 

「ずんちゃーん、こっちもー」

「いつもよりだるいんやけどー」

 

 助けを求める二人をしり目に、手を動かしたままきりたんが鼻を鳴らす。

 

「一人でも消耗するのに、二人まとめて実体を再生成(インストール)すればそりゃそうなりますよ。 馬鹿ですか、馬鹿ですね? バーカバーカ」

「きりたん冷たーい」

「こら、きりたん。 マキさん、茜ちゃん、今行きますよー」

 

 ずん子がタオルを絞りなおして二人の方へ移動する。 きりたんの手が止まり、ずん子の気配が二人の方へ行ったのを確認すると、口角を釣り上げた。

 

「うぇっへっへっへっへっ。 ずん姉さまが向こうに行ってしまったので、私が仕方なく……しっかたなーく兄様を隅の隅の隅まで、くまなく綺麗にしないといけないのでぇ、ズボンの下もしっかり拭かないといけませんよねぇ!」

「……ちょっと、きりたん!? 待って待って待って!?」

「ふふふお兄様、恥ずかしがらなくてもいいんですよ。 仕方ないんですお世話するにはヤらなければいけないのでぐへへへぃ痛だだだだだだだ!?」

 

 下品な表情で服の下に手を入れようとしたきりたん。 その頭をずん子が鷲掴みして持ち上げた。 ずん子の表情は笑顔だが、隠し切れない怒りを放ちながら徐々に手の震えが大きくなっていく。 きりたんを掴む手の力が強まっていくのを見て紫の頬が引きつった。

 

「きりたん? マスターが嫌がってますよ?」

「あっあっあっ! 頭割れる、頭蓋骨割れちゃう!?」

「あと兄様呼びしているけれど、ちょっと自重しようか? ただでさえマスターと一緒にいる時間が皆より多いんだから、マキちゃん達みたいに活動しよ?」

ふあ˝あ˝あ˝あ˝あ˝あ˝っ!?  いえそれは兄様いえマスターの記憶ではこういう呼び方もあるのでその方が良いかと愚考した次第で決して特別感を出していい感じに好感度を上げようとふあ˝あ˝っあ˝あ˝あ˝あ˝っ!? 

 

「ず ん だ 餅 に し て や ろ う か ?」

 

「……あー、ずん子ちゃん。 ほどほどにね?」

 

 自業自得ではあるが、見ていて気の毒になったので紫がやんわりと宥めた。 ずん子はぱっと手を放し、きりたんは床に転がって激痛が収まらない頭を抱え悶絶している。

 そこへ足取りの覚束ないマキと茜が寄ってきた。 二人とも生まれたての小鹿のように足を震わせながらも、部屋を横切ってベッドに腰かける。

 

「たはー! 今日はもうおやすみ!」

「せやな。 こんな短い距離も移動するのが億劫やで」

 

 一つのベッドに二人が寝転がり一気に窮屈になった。 ずん子は三人の様子を見てため息をつき、名案を思い付いたと手を叩いて笑顔で言った。

 

「今日はマスターのお部屋でお食事をしますので、用意が終わるまでにみんなでテーブルの上を片づけておいてください。 ご飯が用意できるまでに片付いていなかったらマスター以外ご飯抜きです」

「うぇ!?」

 

 唐突な宣言にマキが部屋を見渡す。 整理整頓されている部屋の中、ソファ近くに八人で囲める大きさのスクエアテーブルが一つ。 雑誌や漫画本などが乱雑に置かれており、普段であれば戻すのは造作もないほどの量だが、まともに動けない現状のマキと茜はそれを見て目元をひくつかせる。

 

「三人いればできるよね。 それじゃ、私はお店に戻るから」

「ちょっと待ってーな!?」

 

 茜の制止を気にも止めず小走りに出ていくずん子。 部屋には動くのが困難な二人と未だ唸っているきりたん、そして動けない紫が残された。

 

「が、がんばってね」

「ああ、動きたない(うごきたくない)

「……ぁーい」

「ふあ˝あ˝あ˝あ˝あ˝あ˝」

 

 魂が抜けたような返事の二人と未だ苦悶の声を上げる一人、身動きのできない紫は応援することしかできなかった。




ストック切れましたので遅くなります
週一か週二を目標に書き上げますのでお待ちください


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Voice6 会議室にはタンポポ色の花が咲く

前話の最後、ちょっと修正しました
物語には影響ないので見直さなくても問題ありません

独自設定が出始めましたのであとがきに補足を入れます
ご了承ください


 雄英襲撃の翌日。 夕暮れ時に臨時休校となった学校の会議室へ教員が集まっていた。

 重症で入院したスペースヒーロー13号、A組教師のイレイザーヘッドこと相澤消太の二人以外で動ける教員達は現在、警察の塚内直正から敵連合に関する調査結果の報告が行われている。

 集まった教員の中でも一際目を引く存在、動物の姿をした根津校長。 彼は情報とこの場に出た意見をまとめ、敵連合の暫定主犯格である死柄木弔の人物像を総括した。

 

(ヴィラン)連合の死柄木弔……今回の襲撃を実行に移せる行動力を持つ、幼児的万能感の抜けきらない”子ども大人”。 優秀な指導者がついてしまえば……」

「どれほどの脅威となるのか……。 捕らえられなかったことが悔やまれます」

 

 ヒーローとしては細い体躯に骸骨のような風貌をした男……トゥルーフォーム姿のオールマイトは完治していない傷に響くのも気にせず、組んだ手を折れそうな程に強く握り締めた。

 敵連合の情報が一区切りして、塚内は次の資料を見るよう促して説明を始めた。

 

「次に、今回の件で死亡した三人の敵についてです」

「どれどれ。 一人は仲間割れで、二人は自決……か」

「わぁ」

 

 資料をめくっている厳つい風貌の教師、ブラドキングが文章を視線で追って呟く。

 資料には調査した情報と敵の似顔絵が書かれており、二枚目には金髪の女性、三枚目には赤い紐飾りをした少女の似顔絵も添えられていた。

 

「昨日、襲撃現場にいた上鳴電気君と八百万百さん、耳郎響香さんから任意の事情聴取を行いました。 死亡した三人ですが、敵連合所属の男性ヴィランは二枚目の女性、マキと呼ばれたヴィランに殺されたとの事です」

「仲間割れかぁ?」

 

 サングラスを掛けたトサカのように髪を逆立てている男……プレゼントマイクの発言に塚内は首を振る。

 

「敵連合と共に乗り込んできましたが、そもそも協力関係ではなかった可能性が高いと推測されました」

Do you have any evidence(証拠はあるのか)?」

「はい、女性ヴィラン二人の遺体にメモが二つずつ。 そして一枚ずつは共通の内容がかかれていました。……こちらです」

 

 プレゼントマイクの言葉に塚内は机の上に置いてある証拠品袋を二つ持ち上げ、全員に見えやすいように掲げた。

 ハウンドドッグが中身のメモを睨みつけながら読み上げる。

 

「”Vに名を連ねる者”……」

nuh()huh(ハン)? Villan(ヴィラン)の事か?」

 

 ミッドナイトは顎に指を当てて首を傾げ、隣でカウボーイハットを被ったスナイプが手早く携帯端末を操作し情報を探った。

 

「同じグループでわざわざ頭文字だけ主張する意味は……無いわよね?」

H(ヒーロー)N(ネットワーク)には引っ掛からないな……敵連合と同じく潜伏していた連中か。 だが、今回の件で自己主張せずにわざわざ自身が別所属である事をこちら側に知らせたかったのか? 妙な話だ」

「わぁ」

 

 スナイプの言葉に塚内は頷き、メモを机に置いて説明を続ける。

 

「二人目と三人目のヴィランからは発言の中に”マスター”という存在の証言がありました。 確定ではないですが、敵連合とはまた違う組織……襲撃に加わったヴィランの上位者であるマスターを含む、仮称"頭文字(イニシャル)V"のグループであることが伺われます」

「"頭文字V"……」

「生徒への暴行は行われていましたが、不思議なことにかすり傷や軽度の打撲程度で済んでいた所を見ると、生徒達を殺すと明言していた敵連合とは違う意図で動いていることが見受けられます」

「ソウダ。 耳郎響香ヲリカバリーガールニ見テモラッタガ、骨折ナドノ負傷ハ無カッタ……胸部ヲ強ク圧迫サレテイタニモ関ワラズダ」

「ああ、エクトプラズムの言う通りです。 グルル……少なくとも胸骨は折れるか砕ける程に押し込まれていたのを私は目視しています」

「わぁ」

 

 状況を思い出し、怒気を放ちながら同意するハウンドドッグ。

 その発言に塚内は相槌を返し、説明を続けた。

 

「他にも崖下まで落とされた時、そして耳郎響香さんは助けが来るまで暴行を受けていたにも関わらず目立った負傷がなかった等、ヴィランの個性だった可能性が高いのですが……」

 

 塚内の言葉にハウンドドッグが片手を上げて待ったをかける。

 

「奴らは物を生成する個性だったのではないのですか? 私の目の前で自決したヴィランは首を掴む直前に、何の動作も無く手榴弾を口へと咥えていました」

「襲撃された生徒の情報で、"頭文字V"と思われるヴィランは虚空から銃器や拘束具を作り出していたとの証言がありました。 両方とも生み出した物は違いますが、同じような個性と考えられます」

Wait a minute(ちょっと待て)! 威力操作みたいな個性と生成の個性、そいつらは複数持っていたってことかよ!」

「複数個性を二人も抱えていたヴィラングループ……しかも使い捨てに出来るなんてどう考えてもおかしいわ。 思っていた以上に危険なヴィランね」

 

 ただのヴィランから、特異な存在に昇華された"頭文字V"。 ミッドナイトの言葉にこの場にいる者達の表情が硬くなる。

 手を組み俯きながら情報を聞いていた根津校長が顔を上げると、全員の視線が集中した。

『個性ハイスペック』。 動物でありながら個性を得て人間と同等以上の頭脳を持つ彼は、自身の脳から導き出された結論を語りだした。

 

「状況を聞くに、創造の個性と相手の認識を惑わせる幻覚の個性とすいそくするのさ。 血のつながった家族が同じ個性を発現するのはそう珍しくないのさ。 それに複数の個性に見えて、根本は一つの個性である可能性も有りえる。けれど、異種の複合個性はとても珍しい。 資料には個性登録に該当なしとなっているけれど、調査するならばまず二つの個性に近い者を洗い出してみるべきなのさ」

「わぁ」

 

 校長は持ち込んでいたミネラルウォーターを一口飲み、一息ついてから天を仰いで呟くように続けた。

 

「現状、関連性の全くない複合個性は確認されていない。 生徒の轟君は熱と氷……温度を操作する個性であるし、脳無もショック吸収と超再生という身体に関係する個性という共通点があるのさ。 全く関連のない、幻惑系の個性と物質を生成する複数個性……もし新発見ならばヒーロー、ヴィラン問わず人類の歴史においても重要な情報なのさ。 動物に個性が宿ったボクみたいにね」

 

 教員達は発言の内容に息を飲む。 ヴィランという存在に目を奪われていたが、世界でも類を見ない存在であったならば実験動物のように扱われる可能性は低くない。 ましてや、動物や犯罪者になれば社会の裏側で何をされるかわからない。 現在でも希少な存在であるが故に、過去で人間によって人体実験を受けた根津校長のように。

 

「犯罪者には同情しないのさ。 けれど……もし研究の為に犠牲にするというならば、例えヴィランであってもヒーローが……いや、ボクが単独でも助けるのさ。 HAHAHAHAHA!!!」

「……はい、"頭文字V"についてはもう一度、個性登録の洗い出しからの追跡を試みます」

 

 かつての出来事を思い出し情緒不安定になりかけている根津校長の重圧(プレッシャー)を受け、塚内は冷や汗を垂らしながら頷く。

 オールマイトすら引く迫力を放つ校長の気を逸らすため……否、まだ見せていないメモの入った証拠袋を持ち上げた。

 

「そ、そして残り二つのメモなのですが……まずはこちらを」

「わぁ」

 

 教員たちが見せられたメモにはたった一行の文が書かれている。

 

()()()が動いたからこんなことになったんです。 ヒーロー仕事しろ』

 

 校長の放つ重圧に冷や汗を流していた一同の緊張が一気に緩んだ。

 

「ただの悪口メモじゃない」

「特別な意味は……なさそうだな」

「ええ、そうだと思います。 少なくとも現在のヒーローに対して不満を持っているという情報だけで意味は薄いかと」

「グルルル、ふざけたヴィランだ……」

「Hey hey hey hey! ()()()()()()はStupidだ! 教養が成ってないヴィランだゼ!」

「……」

「わぁ」

 

 なんてことない内容の文字列。

 呆れ返る教師たちの中、オールマイト一人だけがわずかに目を開き凝視する。 『アフォ』の文字上に書かれた小さなAFOという文字列に。

 

AFO(オール・フォー・ワン)……!? いやまさか、奴は死んだはず。 だが、死柄木弔は私を殺すために脳無を用意したと言っていた。 望んだ個性を持つ個人を生み出すには現存する科学では無理だ、意図的に生み出す個性婚でも時間がかかる上に不確定すぎて非効率。 ……しかし個性を奪い与える事のできるAFOならば)

 

「最後の一つは……オールマイト、まずは君から見てほしい」

「……塚内君?」

 

 思考の沼に入り込む直前、名指しされたオールマイトは塚内を見る。 眉間にしわを寄せる彼の表情に困惑を隠せないオールマイト。 塚内は折畳んだ袋を机の上に置いた。

 

「内容がね……個人情報が含まれているので、公表するのは君が目を通してから決めてほしいんだ。 上司の許可も取ってある」

「? どれ……」

「わぁ」

『オールマイトへ

 後継者育成に手をつけるのが遅いんだよボケ

 教えるなら付きっきりで指導できる環境にしろ阿呆

 もしくはグラントリノにさっさと後継者を鍛えてもらえポンコツ骸骨

 

「ド直球の罵倒ッ!!!」

「オールマイト!?」

 

 血を吐いて叫ぶオールマイトに驚く一同。 唯一、内容を知っていた塚内はあえてオールマイトの前に立ち、自身と資料を盾にすることで血の分散をいくらか防いだ。

 

「すまない塚内君!!」

「ああ、スーツが台無しだ。 気に病むなら今日一日はしっかり休んでくれ。 できれば完治するまで休養してほしいくらいだ。 そうしてくれるならスーツ代なんて安い安い」

「ぐっ……そうくるか!! いや、皆さん失礼しました。 ちょっとびっくりしただけです、大丈夫」

「血吹キ芸ハヤメテクレ。 心臓ニ悪イゾ、オールマイト。 ソレデ、中身ハ何ト書イテアッタ?」

 

 エクトプラズムの言葉に一瞬っだが言葉を詰まらせ、一刻も早くこの話題を終わらせるために言葉を濁して答えた。

 

「あー、私宛てに書かれた悪口です。 中身は……公表するほどの内容では無いかと」

「……ヒーローに不満を持つ者だ。 その旗頭に一言、言いたかっただけだろうな」

「わぁ」

 

 口ごもるオールマイトを見て察したスナイプの助け舟もあって、内容が発表されることはなくなった。

 内心で安堵のため息を吐き、心を落ち着かせるため静かに息を吐くオールマイトを余所に、塚内が資料を回収し敬礼した。

 

「以上で敵連合及び"頭文字V"の報告を終わります。 何かあれば警察へ連絡をお願いします」

 

 塚内の言葉と共に会議は解散の運びとなった。

 それぞれが自分のペースで会議室から出ていく中、オールマイトの心は最後のメモを見てからの動揺が収まらないでいる。

 

("頭文字V"……確実に私が弱っていることを知っている! この姿、知人にしか知られていないはずのトゥルーフォームを的確に言い当てていた。 しかも後継者を……恐らく緑谷少年が後継者である事も育て始めた事も知っている可能性が高い。 さらにはグラントリノとの関係も……一体何者なんだ)

「HAHAHA、どうしたのさオールマイト」

「っ校長!?」

 

 熟考していた所に話しかけられ、肩が大きく跳ねたオールマイト。 ナンバーワンヒーローの珍しい動揺に根津校長は一切触れることなく話しかける。

 

「部屋の掃除が入るからそろそろ退出しよう、主に君の吐血跡を掃除しなければならないのさ!」

「あ、すみませんでした」

 

 部屋を汚した申し訳なさに押され、すぐ立ち上がり部屋を出るオールマイト。 その後ろに続いて校長も会議室を出た。

 

「何か困ったことがあれば誰でもいい、相談してほしいのさ」

「……え?」

 

 教員室で考え直そうとしたオールマイトを追い越して歩いていく校長は振り返らずに声をかける。

 

「一人で抱え込んで押し潰されてしまったら、周りの人も悲しんでしまうのさ。 この学校にいるのはヒーローなのだから、助けを求められて手を拒む者はいないのさ」

「……校長先生」

 

 オールマイトが見送る根津の背中はとても大きく見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 誰もいなくなった会議室。

 部屋の隅に置かれた観葉植物の鉢の中にはクリーム色の花が咲いていた。

 ゆらり、ゆらりと風もなく揺れている小さな花。

 花弁はとても不思議な形をしていた。 まるで一本の癖っ毛と二つのおさげのような。

 ()()()は誰もいなくなった会議室を見つめている。

 

 

 

 

 

 

「わぁ」

 

 

 




誤字脱字報告有難うございます。 以下補足です。
ここおかしいとちゃうん? てな所があったら指摘してくださると喜びます。

補足
:複合個性について
原作では轟と脳無とAFOとOFAだけしか出ていないので(オバホは合体の為除外)
この作品では希少かつ似通った個性でしか生まれないことになりました

:AFOの知名度
直接的な関係のあるオールマイトとグラントリノ、雄英高校のトップである根津校長など地位の高い人物と付き合いの深い人物以外は知らないことになりました
多分、ヴィランが担ぎ上げないように情報規制に加え、AFO本人も表へ出ず裏側に君臨していたためと予想。 オーバーホールが自分の世代では都市伝説と呼ぶくらいなので、少なくとも二十年以上は潜伏していたのでしょう
五年前の決戦は恐らく対面したのがオールマイトだけ、戦闘の余波で大災害、他のヒーローは救助作業に誘導されて目撃者がいなかったんじゃないですかね。
校長もAFOに感づいていますが、因縁の深いオールマイトから話してくれるのを待つ先達ムーブ

:わぁ
わぁ(あかり草を検索してね)


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Voice7 甘味遠征部隊・前

 敵連合の襲撃から二日が経ち、治りきっていない重傷も気にせず教壇に立った担任の相澤が雄英体育祭の告知をした日の放課後。

 既に夕暮れの陽光がまぶしいヒーロー科A組の教室前には人だかりができていた。

 教室から出ようとしてた目つきの悪いツンツン頭の少年、爆豪勝己(ばくごうかつき)が通行の邪魔になっている人だかりに言い放つ。

 

「敵情視察のつもりなら意味ねぇからどけ、モブ共」

「とりあえず知らない人の事をモブって呼ぶことをやめよう、爆豪君!」

 

 入り口で口の悪いクラスメイトを中心とした騒ぎを遠目に、面倒事を予感して八百万百の席まで退避してきた耳郎響香がため息をつく。

 

「あいつ、本当にヒーロー志望なの?」

「……」

「八百万?」

「あ、はい何でしょうか?」

 

 心ここにあらずといった様子の百。

 彼女は敵連合の襲撃以降、目の前で命を散らしたヴィランの言葉が脳内にこびりついて離れないでいた。

 

(私が捕縛していれば、あのヴィランは死なずに済んだのでしょうか)

 

 

※ ※ ※

 

 

 ヴィランが目の前で死んだ時、生々しく濃厚な血肉の匂いを嗅いで百は気を失った。

 次に目を覚ましたのは女性用保健室のベッドの上。 襲撃からそれほど時間の進んでいない時計をぼーっと眺めているとリカバリーガールが部屋にやってきて手早く診察を始めた。

 

「擦り傷や軽い打撲だけだね。 気を失っていた時に吐いたけど、胃の方は十分休まったから、水分をとってそのまま横になってなさい」

「はい……。 あの、耳郎さんは」

「いっしょに運び込まれたさ。 ピンピンしてたから先に教室へ行ったよ」

「そう、ですか……」

 

 会話が途絶え、リカバリーガールのペンを走らせる音と時計の針が進む音だけが聞こえてくる。

 

「ヒーロー、まだ目指すかい?」

「え?」

 

 リカバリーガールの呟くような問いかけに百は顔を向けた。 彼女は手を動かしながら、独り言のように言葉を続ける。

 

「時々いるのよ。 あんたと同じで本格的な活動を始める前に人の死を見ちまう若い子がね。 在学中でも就労体験(インターンシップ)で見ちまって塞ぎ込んだり、ヒーローの道を諦める子もいる」

 

 ペンの音が止まる。 作業が終わったらしい彼女は椅子を回転させて百の方を向いて言った。

 

「ま、今回はおかしなヴィランに絡まれたと思って忘れちまいな。 大切な人ならともかく、良くわからないヴィランの事は気に病むほどの事じゃないさ」

「おかしなヴィラン……ですか?」

「自決するヴィランなんてアタシゃ初めて見たよ。 長年ヒーローをやってるけどね、ヴィランってのは自分の命が一番惜しいのさ。 どんなに凶悪なヴィランでも、ヒーロー相手に自分の命と引き換えに……なんて行動はね、それこそ何かを盲目に信じている狂信者がやることなの。 例外にしても稀すぎる相手なんて、考えていたところで時間の無駄さね」

「はぁ……」

 

 百が遭遇した存在に、ヒーロー歴が上から数えても長いリカバリーガールが珍しいと言い切った。 彼女は椅子から降りると保健室入り口前にテクテクと歩いていき扉の前で振り返る。

 

「それじゃ、ちょいと行ってくるけど、何かあったら近くの机に呼び鈴あるからそれ押して呼んどくれ」

「はい……」

 

 扉が閉められ、保健室に一人となった百は再び天井を見上げる。 休もうと目を閉じれば、ヴィランの命が消える幻が暗闇の中に浮かび上がった。 部屋にあるはずの無い血肉の匂いが鼻孔に広がり、何もない胃から吐き気がこみ上げてくる。

 

(ヒーローになったら、コレにも慣れなければならない……立ち止まってしまっては、助けられる人も助けられない。 思っていた以上に厳しい世界なのですね)

 

 知らされていないヒーローの裏側。 華やかな映像報道からは隠されていた現実に百の気分はどん底まで落ちていった。

 

 

※ ※ ※

 

 

 暗い雰囲気の百に響香が肩を叩く。

 

「ねぇ、八百万。 これからどっか店寄らない?」

「お店ですか?」

 

 突然の提案に百は目を丸くしてオウム返しで返事をした。 響香は視線を逸らし、イヤホンジャックを合わせながらもじもじとしている。

 

「あのさ、あたし達だけ変なヴィランに絡まれたじゃん。 八百万なんて……その、ヤバイもの見せられたって先生から聞いたしさ。 せっかく体育祭でみんな盛り上がってるし、今のまま挑んだら本調子出せないだろうし……」

 

 響香はしばらく手元をいじっていたが、意を決して真剣な目で百を見る。

 

「……気分転換、そう気分転換! このままだと絶対いい結果でないだろうし、どっか行こうよ!」

「はぁ。 車で登下校していますので、どのようなお店があるかわかりませんが……」

「でしょ! ちょっと散策してみない? 学校の近くなら人気(ひとけ)は多いし、ヒーローも多いからヴィランは余所から間違って逃げてきた連中くらいしか見かけないらしいし!」

 

 了承を得たことで笑顔で捲し立てる響香。 自分を気にかけてくれる彼女の様子に申し訳なく思いながらも、その優しさに思わず微笑みがこぼれる。

 そこにぬっとタラコ唇が目を引く男子が現れた。

 

「どこに寄るのか、決まってないのか」

「うわ、なんだよ砂藤。 びっくりした」

 

 響香よりも頭一つ背が高く体格のいい男子生徒、砂藤力道(さとうりきどう)。 A組の中でも大きい体の彼は指を合わせながら頼み事を口にする。

 

「いや、行きたい菓子店があるんだが……よかったらついて来てくれないか? 学校のすぐ近くにあるスイーツ店なんだが」

「お、何々? スイーツと聞いたら私が黙ってないぞ!」

 

 砂藤の発言に近くにいた浮いている制服、葉隠透(はがくれとおる)が反応して見えない手を上げた。 砂藤が若干「げっ」と顔を強張らせたが、次の瞬間には笑顔で葉隠を迎えた。

 

「おう、学校の下見に来た時に一度寄った店でな。 味は保証するぜ!」

「おおお、これは期待しちゃうよ!」

 

 きゃっきゃっとはしゃぐ葉隠。 そんな教室後ろでのやり取りを近場で見ている生徒が二人。 ひょろりとした体格の瀬呂範太(せろはんた)と鳥のような頭部の生徒、常闇踏影(とこやみふみかげ)。 そして常闇の個性である黒影(ダークシャドウ)が入り口の騒動よりも興味がわいたのか砂藤たちを眺めている。

 そして入り口の騒動から逃げ出してきた、黒いボールが幾つか頭にくっついているような髪型の峰田実が砂藤の周囲を眺めると擦れた目で台詞を吐き捨てた。

 

「程よくつぶれたドーナツみたいな口の砂藤がハーレムかよ」

「どんな表現だよ腹減ってきたわ」

「男の嫉妬は見苦しいぞ、峰田。 甘味は女性も好む。 砂藤が誘うのは必然だ」

「甘イハ、美味イ!」

 

 クラスメイト二人と一匹? に突っ込まれながらも眼力を緩めない峰田を白い目で見る響香。

 いつの間にか人だかりの中心となっている砂藤は手で顔を覆った。

 

「中学校の帰り道でスイーツパラダイスに誘ったら、男友達にそのチョイスは無いわって滅茶苦茶引かれてな……それ以降、誘い辛くて」

「そのチョイスは無いわ。 普通はファミレスだろ」

「ゴフッ」

 

 峰田の容赦のない言葉に砂藤が胸を押さえて片膝をついた。

 そこへ彼を護るように葉隠と常闇が峰田と砂藤の間に入り、表情は分からないが怒っている葉隠と鳥のような鋭い目で常闇は峰田を睨みつける。

 

「砂藤君が死んだ! 峰田、きっさまー! お前には人の心がないのかー!!」

「万死に値するぞ、峰田ぁ!」

「常闇が切れた!? 何で!?」

 

 葉隠が怒るのは分かるが、予想以上に反応した常闇に心底びっくりする峰田。 その常闇は片目を手で覆い、ドドドドド、という効果音が聞こえそうなポーズを構えた。

 

「スイーツパラダイス……そこは禁じられし知恵の果実が実る楽園。 聖域を汚す者は何人たりとも許さん! 行け、黒影(ダークシャドウ)!」

「リンゴ、美味シイダローガ!」

「常闇の地雷踏んだギャアァアァァァッ!?」

 

 黒影に捕らえられシェイクされている峰田を無視しながら、響香が砂藤に尋ねる。

 

「で、今から行くスイーツ店ってどんな店?」

 

 話を振られて砂藤は立ち上がりながら、鞄からパンフレットを取り出して机の上に見えやすいように広げた。

 

「ずんだ専門店でな。 目的のずんだ餅の他にもずんだロールケーキとか、ずんだケーキとか、ずんだシェイクとかもあるぞ」

「わー、緑一色! 目によさそう! おお、キャラメルもあるじゃん! これは行かねば損だ!」

 

 好物を見つけた葉隠の後ろでは、店の話題に傍観していた瀬呂がパンフレットを見るため立ち上がり、気絶した峰田を机に置いた常闇は残念そうに肩をすぼめている。

 

「へえ、体によさそうじゃん。 俺も行くわ」

「知恵の果実は置いてないのか。 今日は用事もある、遠慮しておこう」

「おう、また今度。 んじゃ、一緒に来てくれるのは八百万、耳郎、葉隠、瀬呂だな?」

 

 メンバーが決まった所で教室の前方からピンク色の肌をした芦戸三奈(あしどみな)、かえるっぽい見た目の蛙吹梅雨(あすいつゆ)がやってきた。

 

「おーい。 廊下の人だかり、なくなったよー」

「やっと帰れるわね、皆」

「お、ちょうどいいところに! これからスイーツ食べに行くんだけど二人も行かない?」

「ちょ……!?」

 

 自然体で誘った葉隠に待ったをかけようとして、とっさに自分の口を塞ぐ砂藤。 しかし芦戸は悔しそうに眉尻を下げ、蛙吹も首を横に振った。

 

「わーん、ブッキング! 今日は先約あるから無理ー!」

「ごめんなさい、弟たちのご飯を作らないといけないの」

「そっかー。 残念だね……砂藤君、どうしたの?」

「いや何でもないぞ!」

 

 葉隠にほっと息を吐いている所を見られて慌てて誤魔化す砂藤。 響香は背中越しでもわかる若干不審な彼を訝しげに見ながら、右手に鞄を持ち直し左手で百の手を取って歩き出す。

 

「あの、耳郎さん!? 歩けますので……!」

「ダーメ、放っといたら壁にぶつかりそうだからこのまま行くよ。 ほら、もう四時半過ぎてるじゃん。 早くしないと店に寄る時間無くなるぞー!」

「おー! 急げ―!」

「あ、鞄持ってくるからちょっと待ってくれよ!」

「おい、置いてかないでくれ! 場所分からないだろう!? 正門から右に進めば三分で店が見えるぞ!」

 

 既に帰る準備が終わっていた女性陣が歩いていくのを見て、慌てて自分の机に戻り荷物をまとめて走る砂藤と瀬呂。 各々がにぎやかに部屋を出ていくA組生徒達を常闇は気絶している峰田の横で見る。

 

「陽光の狂騒曲。 八百万の気分もまぎれるだろう。 ……? 砂藤はパンフレットを忘れたのか。 場所がわかっているなら不要。 机に置いてくれ、黒影(ダークシャドウ)

「アイヨ!」

 

 黒影(ダークシャドウ)が伸び、パンフレットを砂藤の机の上に置いた。 表に大きく載っている写真には、都会では珍しい瓦屋根の古風な民家風の店に『東北じゅん狐堂』と書かれた看板が映っていた。




誤字脱字報告、感謝です。

追記:雄英高校周辺
雄英高校の地域状態がわからず、独自設定となります。
漫画見なおしたけど学校の周辺描写見つけられなかった_:(´ཀ`」 ∠):_


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Voice8 甘味遠征部隊・後

本当だったら前後に切り分ける予定じゃなかったのに
書きたいこと足していくと切り所ががが……。

感想有難うございます。 全て目を通しています。 
返そうとすると長考したり設定吐き出しかけるので
返信が無い場合は頭揺らしながら 返信文の内容に困ってんな と思って下さい。


 雄英高校から徒歩で三分。 最寄りの駅とは反対にある、最高級住宅地の中に砂藤力道達が目指す建物はあった。

 数多くのヒーローが巣立ち、現役のヒーローが教鞭を振るい、非常時にはヒーローが出動する拠点となる雄英高校。 その近くに住んでいる、もしくは別荘を持っているということは金持ちにとって一種のステータスとなっている。

 最新の設備で建てられ、幾つものセンサーや監視カメラの厳重なセキュリティで守れた地区。 さらには近くにヒーローの巨大な拠点とも言うべき雄英高校が近くにあるという、ヴィランとは無縁である街の一角。 大きな豪邸にマンションが立ち並ぶ中、世界線がずれたような古い建物『東北じゅん狐堂』があった。

 パッと見て古びた民家に見える外観。 周りとは違う雰囲気の建物に瀬呂範太が不思議そうに首を傾げ、その隣で葉隠透は携帯電話で瓦屋根の写真をパシャパシャと撮っている。

 

「ここら辺でも一番古そうな店……店? だな」

「瓦屋根とか実物を初めて見たぞー!」

 

 その二人の後ろでは八百万百と耳郎響香も見慣れない建物を見上げていた。 百もまた瓦屋根に注視しているが、葉隠とは違って構造の方を心配しているようだ。

 

「瓦屋根は雪の重みで破損したり。裏に雪水が染み込んで雨漏りしてしまうのですが……大丈夫でしょうか」

「確かにここら辺は雪降るけど、東北って書いてあるし……雪の降る地域から来てるなら対処しているんじゃない?」

 

 各々立ち止まって物珍しい建築物を眺めている四人を置いて、そわそわと落ち着かない砂藤力道が入り口でクラスメイトを急かす。

 

「なあ、早く入ろうぜ」

「あ、すみません。 今行きますわ。 ……扉が開きませんね?」

「自動ドアじゃないぞ」

 

 百が入り口の前に立つが扉は開かない。 動かない扉を見上げる百に代わって砂藤は入り口の取っ手らしき枝豆の装飾を掴んで横に押す。 入り口はカラカラと戸車の音を立てながら開いた。

 最高級住宅地での商売は稀であり、想定する相手はその場所に住むセレブ。 高所得者相手を想定していない商売の仕方に瀬呂は感心してた。

 

「こんなセレブな土地に建ってるのに手動とか(こだわ)ってる。 本当、珍しいな」

「たのもー!」

「いや道場じゃないから。 失礼しまーす……わ、すごっ」

 

 ぞろぞろと入店する一行。 中に入ると、そこはタイムスリップしたかのような風景が広がっていた。

 壁は和室に用いられる、白い壁に格子のように柱が露出している真壁(しんかべ)。 外はコンクリートの地面だったが、入り口を跨げば足元は土間。 明かりが揺れる表現は為されているものの、全て電球使用のランプが掲げられている店内は思いのほか明るい。

 現代では中々お目にかかれない部屋の奥には、身近な筈なのに周りから浮いて見える平型のショーケースが置いてあった。 中に緑色の見本商品がいくつも並んでいるガラス板の上に、レジスターといくつかのパンフレットが並んでいる。

 そのショーケースの後ろには白い和服と赤く透ける羽衣を身に纏い、白髪に狐の耳を生やした女性が鼻歌を奏でてた。

 

「~♪ ……あらぁ、お客様ですかぁ?」

「おおー、狐巫女さんだー!」

「はぁ~い、いらっしゃいませ~。 東北じゅん()堂へようこそ、ですわ」

 

 売り子の女性は軽く頭を下げる。 おっとりとした仕草に大人の色香が漂い、間延びした声が背筋をくすぐるような感覚に瀬呂が頬を赤らめて顔を背け、そっと視線を女性に戻した。 砂藤も口をへの字にしてにやけないよう顔を強張らせた。

 

「峰田がいなくて良かったな。 俺でも常連になっちまいそうだぞ」

「前に来た時は緑髪の美人さんだったが……どっちでも峰田は来るだろうなぁ。 あ、東北じゅん狐堂特製ずんだ餅六個入をください」

「はぁい、東北じゅん狐堂特製ずんだ餅六個入ですねぇ。 少々お待ちくださいませぇ~」

 

 砂藤が学生証を見せて注文すると、女性はお辞儀をして奥に引っ込む。 一方、女子三人はそれぞれ興味の引かれる物に視線を向かわせていた。

 葉隠がパンフレットを手に取り読み始め、百はきょろきょろと店内を見回している中、響香がショーケースをのぞき込んで目を見開く。

 

「ちょっと砂藤!? 高いんだけど!?」

「うん? 手ごろなのは一つ七十円くらいのあるから、そっち買うといいぞ」

「いや違うし! そっちじゃなくてアンタが買おうとしてる奴! 東北じゅん狐堂特製ずんだ餅、六個で五万円て!?」

 

 値段を聞いて瀬呂と葉隠が同時に振り向き、「五万円!?」 と異口同音で声を上げた。 逆に全く驚いていない百は妙に出来のいい商品を見て手を合わせ微笑む。

 

「まあ、とても美味しそうですね」

「そうじゃな……ああ、そういえば百はセレブだった! 砂藤、コレ本当に買うの!?」

「へへ、まあ見てなって」

 

 砂藤が不敵に笑うのとほぼ同時、売り子の女性が戻ってきた。 彼女の持つお盆には、綺麗なガラス細工の皿一つずつに載ったずんだ餅が並べられている。

 女性は冷蔵ショーケースの上にお盆を置きいてから両手の人差し指を立て、たどたどしくレジスターのスイッチを押していく。

 

「えーっと。 東北じゅん狐堂特製ずんだ餅六個入、五万円。 そこから学生の合格記念キャンペーンで半額、異性同伴で半額。 店内で……ええと、いーといん? されますかぁ?」

「お願いします」

「はぁい。 では、もひとつ半額でぇ……。 三つ以上のサービスが該当しましたので二割引きましてぇ、五千円ですわ」

「九割オフだと……」

 

 唖然とした響香が砂藤を見ると、手早く支払いを終えた彼は涙を湛えながら拳を握る。

 

「今週で合格記念サービス、明後日に異性同伴サービスが終わるところだったんだ。 どうしても食いたくて」

「お食事は向こうの囲炉裏ですわ。 お茶をお持ちしますので、どうぞごゆっくり~」

「よし、皆。 向こうに行くぞ」

「砂藤君、まだ私たちは注文してないよー!」

「いいって、いいって。 席に着こうぜ」

 

 砂藤がお盆を持って全員を囲炉裏の方へ誘導する。

 店員に指し示された先には木材で四角に囲われ、枠の中にはほのかに熱を放つ木炭と五徳に乗った鉄瓶が灰の上で鎮座していた。 木枠の周りに木製の長椅子が置かれており、砂藤達が座ってみれば程よい暖かさで体を癒してくれる。

 これまた普段でも見なれない設備での食事にそわそわと落ち着かない様子の百。 砂藤が各々にずんだ餅と先端がフォークのように尖っているナイフの乗ったガラス皿を配ると、全員が砂藤を不思議な物を見る目を向ける。

 その視線にも構わず、手を合わせて笑顔で砂藤はいった。

 

「よーし皆、食うぞ!」

「ちょい待ち砂藤! 何か流れで貰っちゃったけどいいのかよ!? これ高いだろ!?」

「いいの砂藤君!? 本当に食べちゃうよ!? お腹の中に入ったらクーリングオフできないよ!?」

 

 瀬呂が突っ込み葉隠がわたわたしていると、砂藤は恥ずかしそうに頬を掻いて言った。

 

「ついて来てくれて嬉しくてさ、おすすめの店を友達と行きたかったし。 何より敵連合の襲撃、次いで体育祭だろ? ちょっとは休んでも罰は当たらないだろう。 これから二週間、体育祭に向けて頑張ろうぜ。 つーわけで、いただきます!」

「かーっ! そう言われちゃ断れないだろ! ゴチになりまーす!」

「砂藤君、ありがとう! いっただっきまーす!」

「遠慮なくもらうよ、ありがとね」

「はい! 砂藤さん、いただきます!」

 

 各々が感謝を述べてずんだ餅を切り分け口に放り込んだ。

 静かに咀嚼する音。 誰も言葉を発さず、ゆっくりとずんだ餅を噛んで味わっている。

 ごくりと喉を喉を鳴らして一口目を食べ終えると、響香がぼそりと呟く。

 

「美味しい……え、美味しいって言葉で片づけちゃいけない味なんだけど、てか美味しいって言葉以外に出てこないんだけど!?」

 

 響香の発声を皮切りに葉隠が皿に残っていたずんだ餅を一気に頬張り、瀬呂は震える手で自分のずんだ餅を切り分け、砂藤は涙を流しながら頷き、百はその美味しさに頬に手を当て味を楽しんでいる。

 

「ふぉひひぃふぉー!」

「くそ、葉隠みたいに一気に頬張りたいけど絶対に後悔する! 耐えろ俺、一口ずつ食べるんだ!」

「新鮮な豆の香りが口の中にいっぱいに広がる……しかし青臭くなく甘すぎず、枝豆の高級素材であるだだちゃ豆の上品な風味を引き出している。 さらには餅も特上物……過不足の無い跳ねるような弾力の食感が食べる楽しみを促進させ、同時にずんだを噛むことで意図せずに最高の食感と爽やかな緑が口の中で弾けるのはまさに絶品という他なし……」

「とても上品ですわ。 ティータイムの一品に頼んでみようかしら」

 

 堪能している瀬呂の後ろから、にゅっと緑髪の女性が顔を出しお茶を差し出した。 

 

ずんだを(あが)めるのです。 あ、あとお茶です」

「え、あがめ……?」

「はい、ずんだは崇め(たてまつ)るに相応しいヘルシーパワーに満ちています。 大豆たんぱく質には脳を活性化するレシチンが含まれており、現代では不足しがちなビタミンA、ビタミンCは活性酸素……ガンや様々な生活習慣病の予防になり肌のシミやシワも抑えて綺麗な肌を保ちます。 さらにカルシウム、マグネシウム、カリウム、鉄分などミネラルも豊富で特にカルシウムは歯や骨の健康に保つには大変重要であり甘い物であるずんだ餅は食べやすく

「はぁ~い、ずんちゃ~ん? お仕事に戻りましょうね~」

 

 早口でまくし立てるずんちゃんと呼ばれた女性に圧倒されていると、売り子の女性がいつの間にか首根っこを掴んでいだ。

 

「ああ、まだずんだの素晴らしさが一パーセントも伝えられて……」

「だぁ~め」

「イタコ姉さま、そんなご無体な~!」

 

 全員が呆気にとられている中、ずんだ~と叫ぶ女性をイタコと呼ばれた店員が引きずっていく。

 そんな一幕の後、一つ余ったずんだ餅をじゃんけんで取り合いつつも一行はお茶を飲んで一息つく。

 勝ち取った百がずんだ餅を三等分にして響香と葉隠に配っている。 それを男子は羨ましそうに眺めつつ、砂藤達が寛いでいると店の入り口が開いて背広を着たリスのような愛嬌ある顔の男性が入ってきた。

 

「ごめんくださーい……おや、雄英の学生さんっスか。 青春っスねー。 ずんだロール二切れお願いしまーす」

「はぁい、宮下様。 毎度、ありがとうございます。 二百六十円になりますわぁ」

「お釣りは丁度でっと、ごちそうになります。 さーて、帰って仏壇にお供えしてから一杯やるぞー!」

 

 男性が注文している間にも執事をやっていそうな老紳士、恰幅のいい貴婦人、ヒーロービルボードチャートで二桁のヒーローなど続々と買い物客がやってきた。

 段々と人が増え、時間もいつの間にか午後六時に迫っているのを見て砂藤が慌てだす。

 

「っと、そろそろ帰らないとな。 食器片づけてくる」

「おう。 じゃあ俺は湯飲み持ってくわ」

 

 食べ終わった皿を重ねる砂藤。瀬呂が湯飲みをお盆に集めて返却しに行く。

 鞄を抱えていつでも帰れる百に響香が声をかけた。

 

「あのさ、八百万」

「はい、なんでしょうか?」

「呼ぶ時、さ。 苗字だとちょっと長いし、名前で呼んでいい?」

 

 僅かに目をそらしながら響香の突然の申し出。 百は目を瞬かせ、そして手を合わせて笑顔を向けた。

 

「…………まぁ! でしたらぜひ、"アダナ"というので呼んでほしいですわ!」

「あだ名……ああ、八百万はそういうのと無縁っぽいよね」

 

 百の提案に今度は響香が目を丸くする。 礼儀や形式を重んじる上流階級の為にあだ名をつけられたことの無いだろう彼女は、友好の形の一つである愛称をつけてもらいたいらしい。

 そこに葉隠が見えない手を上げて大きく振って自己アピールをした。

 

「はいはーい! ツクモちゃんはどうかな?」

「合ってるのが"も"だけじゃん。 何処かにいそうなゆるキャラっぽいし却下」

「えー? じゃあ耳郎ちゃん考えてね、よろしく! 無かったらツクモちゃんで!」

 

 反射的に反論してしまい、葉隠にあだ名付けを任された響香。 響香が葉隠を見れば、彼女は見えない両手を胸の前で合わせているようだ。 見た事の無い顔が隣にいる百と同じキラキラした表情で見つめているだろう響香は、故意か偶然か逃げ道を封じられ小さく呻いた。

 

「ぐっ……うーん。 やおよろずもも……よろもも……ず……やおよろ……やおもも。 ヤオモモでいい?」

「はい! では、私も耳郎さんのあだ名を」

 

 喜びの勢いで響香のあだ名をつけようとする百。 その提案に響香は手を振って断った。

 

「いや、名前でいいよ。 名前で呼びたいってのも短かくなるからだし」

「いいねーいいねー、じゃあ私も透って呼んで!」

「はい、透さん!」

 

 和気あいあいと戯れる女子の雰囲気に、少し離れたところで砂藤と瀬呂は踏み込めずに立ち止まっている。

 

「ものすごく声がかけにくいな、この空気」

「しっ。 砂藤、こういうのは突っ込まないほうがいいぞ。 女の友情に男が割って入るのは野暮ってもんよ。 それに八百万ちゃんは敵連合が襲ってきた後から暗い顔が多かったからな。 どうにか調子が戻ったみたいで良かったぜ」

「よく見てんなお前」

 

 感嘆の声を上げる砂藤に、瀬呂が片目をつぶって笑う。

 

「お前だって解ってて誘ったんだろ? タダで誘うなら麗日ちゃんが諸手を上げてで来るだろうし、二人だけならずんだ餅を山分けだ。 まあ、ついでに緑谷や飯田も付いてくるだろうけど。 どうなんだ? ん?」

「……ノーコメントだ」

 

 男同士、女同士で会話に花を咲かせる雄英生徒達。 結局、古時計が午後六時を知らせる鐘が鳴るまでの短い時間、男子二人は女子のやり取りを見守っていた。

 

 




誤字脱字報告、そして感想を有難うございます

以下、独自設定

・雄英高校周辺
ヴィランが高校を襲撃しない理由+原作で描写の少ない周辺を追加。
本文に書いてある通り、プロがすぐ駆け付ける+富豪資金による山盛り最新設備によって小物ヴィランは寄ってこない上、極悪ヴィランも突破が難しく時間を少しでもかけるとヒーローが確実にやってくるので襲うリターンが薄いってことに。
ヴィラン蔓延るこの世界で安全性は地価が高くなり、富豪が集まる地区があるんじゃないかなーと。 なお黒霧。
転移個性は原作に出ている数だけなくらい、本当に希少なんでしょうね。対策が難しすぎる。日本じゃセントリーガン(無人砲台)とか許可されないでしょうし。 弾が非殺傷なら配置できるのかな?


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Voice9 鳥籠の主

 東北じゅん狐堂の一室。 一人で暮らすにはそれなりに広い部屋のソファベッドで弦巻(つるまき)マキと琴葉(ことのは)(あかね)がスヤスヤと寝ている。

 部屋の主である結月紫(ゆづきゆかり)はスクエアテーブルに乗っかった紫色の生物、みゅかりに顎を乗せながら対面で食事をしている相手を眺めていた。

 テーブルにはおよそ一辺が二十センチメートル程度の重箱。 その中に入っている色々な食べ物を銀色に煌めく髪の女性が一心不乱に箸を動かして食べている。 片耳イヤホンを着け、二つの三つ編みを揺らしながら美味しそうに食事をしている女の子が不意に紫を見ると、重箱に入っている卵焼きを箸に挟んで突き出した。

 

「マスター、食べますか?」

「あかりちゃん、さっき夕食を食べたばかりだから入らないよ。 みゅかりは食べれる?」

「みゅあー、みゅっみゅ」

 

 もみあげのような手で机を叩きながら、大きく口を開けて催促するみゅかり。 あかりと呼ばれた女性が卵焼きを投げ込むと、全身を動かして食べ始めた。

 みゅかりの振動に合わせて頭が動いている紫の視線の先には、食事を続けるあかりの近くに積まれた五つの空箱と反対側に手つかずの箱が四つ。 あかりが食べ終わった箱を空箱の方に置くと、蓋のしてある方を手に取り開いて食べ始めた。

 二十分以上続けられている食事光景を紫はぼうっと眺めている。

 

(状況に流されて一年くらい経ったけど、そういえば部屋から出てないな)

 

 ふと、紫はここ一年を思い返す。

 気が付けば転生して路地裏に立っていた。 そしてこの世界がヒロアカの世界だと知り自身の個性を試した結果、ボイスロイド達が紫の個性によって発現し……彼女たちと会話をしている最中に眩暈と発熱が起こり地面に崩れ落ちたのが始まりの記憶。

 

(あの時は個性の反動ってわけでも無かったらしいけど、何だったんだろう)

 

 初めてボイスロイドが現れた時は全員が仮想実体で肉体を持たない状態だった。 先日のマキや茜のように消耗しながら生み出したのではなく、初めて武器を具現したように気軽に出せたが、原因不明の体調不良により倒れてしまった。 幸い、近くにいたボイスロイドの誰かが()()()()()()おかげで安全な場所に移動することができたが。

 

「……ん?」

「どうしました、マスター。 もしかしてこのタコさんウィンナー食べたいですか?」

「いや。 何でもないよ」

 

 記憶に引っかかりを覚えた紫だが、あかりに話しかけられて思考が中断する。

 幸せそうに食事をしているあかりを見ながら記憶を再び掘り返した。 次に意識が戻った時は既に部屋の中。 当時こそベッドしかなかったが、一年経った今では生活感溢れる場所に変わった。

 

(そういえば……一年前はヴィランになるとか欠片も言ってなかったけど、半年前くらいからヴィラン活動しようって言い始めてたっけ。 その時も動くのが億劫で冗談だと思って生返事してたけど。 まあ、養ってもらってる身としては強く言えないし……ぶっちゃけ働かなくていいから楽)

 

 前世では人に使われる立場だった紫は身を削って働かなくていい現状に満足してた。 ボイスロイド達が敵活動を始めたのでヒーローに襲われる可能性が生まれたが、紫はその可能性から全力で目をそらしているが。

 手元のみゅかりをモフモフしながら、ふとボイスロイドという存在について思い返す。

 

 VOICEROID(ボイスロイド)

 音声合成ソフトウェアにイメージキャラクターをつけて売り出された、入力文字読み上げソフトを指す名称。 女性の声が多く、男性声も片手で数えられる程度ではあるが存在する。

 機械音声とも呼ばれる物で、身近なものでは電話の音声案内や電車のアナウンスなどに使われている。 業務などに使用される物とは違い、ボイスロイドは感情表現、イントネーションや発声スピードの調整、そして人が話すように自然な発音へ近づけるシステムが備わっており、肉声に代わってゲーム実況等の娯楽や紹介動画の説明を読み上げるのにも使われるようになった。

 

 転生者である結月紫にとってボイスロイドを含めた機械音声の作品は日々の癒しでもあった。 ネット上に投稿されるボイスロイドを使った様々な動画。 ゲームを進行しつつ解説を入れていく作品、趣味に走ったストーリー物、解説を代弁させた紹介動画……肉声の代わりに機械音声を使い、日々新しい作品が投稿されていく。

 ボイスロイドが発売される以前に機械音声を使った作品が無かったわけではない。 ただ、使われていたのはフリーソフトが大半であり、人の声には聞こえ難いものであった。

 故に、人の声に近づけた商品であるボイスロイドは以前から使われていた機械音声を下地に使用者が広がり、使われていたフリーソフトに代わって、もしくは共存して作品を彩る存在となった。

 

(出てきたボイスロイドは自分の記憶を元にした感じっぽいよね)

 

 多くの人に触れられることで情報は形を変え、交じり合って形を変えていく。 声と姿、そして簡単なプロフィールを与えられ世に出されたボイスロイドも例外ではない。

 目の前にいる 紲星(きずな)あかりがいい例である。 彼女は本来、食いしん坊という特徴はなかった。 しかし作品に使われていくに従って誰かが、いつの間にか付けた符号が今の彼女に現れている。

 無論、その特徴はすべての人が使っているわけでは無い。 ただ淡々と実況をしていくあかりもいれば、エセ関西弁で喋るあかりも探せばいるだろう。

 紫の記憶にある「紲星あかりは食いしん坊」であるという情報を引き継ぎ、生まれたのが目の前にいる紲星あかりだろうと紫は推測した。

 

(といってもはっきり分かるのはあかりちゃんくらいだけど。 マキちゃんはタグで探して合う作品を片っ端から見たし、葵ちゃんと茜ちゃんはダークサイド系も見てたからなぁ)

 

 紫は身の回りにいるボイスロイドを指折り数える。

 

 元々は作曲ソフトのイメージキャラクターの一人であり、今この世界にいるボイスロイドの中では最も早く世に送り出された弦巻マキ。

 標準語と関西語、二つのイントネーションで喋らせることが売りの琴葉葵(ことのはあおい)と琴葉茜。

 東北地方応援のご当地キャラクターとして現れた長女の東北(とうほく)イタコ、次女の東北ずん子、末妹(まつまい)の東北きりたん。

 明るい女の子の可愛らしい中にも優しさあふれる声をコンセプトに生み出された絆星あかり。

 自身の元となった、落ち着いた女性の声のイメージで作られたボイスロイド、結月(ゆづき)ゆかり。

 

 そして最後の一人を脳裏に浮かべようとして、あかりの背後に緑色のヘッドホンをした女性の頭が壁から生えているのを見て目を見開く。 悪戯心が浮かんでいる笑顔で紫を見る女性は幽霊のように部屋とシャワー室を仕切る壁を突き抜けて空に浮かび、ふわふわと浮いている。

 

「こんばんはマスター。 心ここにあらずといった感じですが、どうしましたか?」

「セイカさん、どっきりは止めて」

 

 紫は仰け反った背筋を戻し、顎を再びみゅかりの上に乗せた。

 ボイスロイド、京町セイカ。

 名前と同じ町の行政情報や広報活動を告知するために生まれたボイスロイドであり、この世界においては唯一ボイスロイドの中で肉体生成をせずに半霊的な状態で活動している。

 公式設定のキャラクターデザインコンセプトは『過去・現在・未来を行き来する未来からの使者』。

 ボイスロイドでも珍しい成人した女性。 しかし紫にとっては作品投稿者の代弁者で見かける割合が多く、ボイスロイド劇場と呼ばれる作品群ではお姉さんキャラであるが故にお酒を好み、私生活はだらしなく表現される事が彼の印象に残っている。

 目の前にいる彼女はそこまで影響がないのかそのような素振りを見せず、未だに食べ続けているあかりを窘めていた。

 

「あかりちゃん、食べすぎは良くないよ。 というか今、夜十時だよ?」

「ご飯は別腹です! それと私はボイスロイドですので太りません!」

「お腹には食べた物が入るんだよ? ご飯が別腹なら、本腹には何が入るのかな」

 

 二人のやり取りをみているとみゅかりがあくびをした。 釣られて紫も小さく口を開けて目をこする。

 

「ん、もう眠くなってきた」

「みゅあっふ。 みゅっみゅっみゅっ」

 

 みゅかりが紫から抜け出し、跳ねながらベッドへ向かう。 紫も腕を伸ばして立ち上がり、みゅかりの後に続いてベッドに向かおうとした。

 突然、ぐらりと傾く紫。 幸いにも床は柔らかいカーペットだったが、受け身できずに倒れた彼を見てあかりが重箱をほっぽり出して駆け寄った。

 

「わわわ!? 大丈夫ですか、マスター?」

「んー……痛くはないけど、力が入んないや」

「じゃあベッドに運びますね。 んしょっと」

 

 苦しそうな表情の紫をあかりがお姫様抱っこで運び、ベッドに下ろし布団を掛ける。 紫は既に静かな寝息を立てており、横になった彼と布団の隙間にみゅかりが入り込み、もみあげのような手を紫の腕に巻きつけて眠りについた。

 紫の額をあかりの手が静かになでる。

 彼が熟睡している事を確認してから指を鳴らす。 地面に落ちて中身が散らばった重箱と背後のテーブルにあった全ての箱が一瞬で新品の状態、ビニール風呂敷で包まれた状態まで巻き戻っていった。

 その横でセイカは指を咥えてあかりを羨ましそうに見ている。

 

「むー、ずるい。 私もマスターに触れたい」

「実体生成しないって言ったのはセイカさん自身じゃないですか」

「便利なんですけどね、気配を消せば誰にも見つかりませんし。 例外はいますけど」

 

 元通りになった重箱をあかりは抱えて部屋を出る。 その後を追ってセイカも空中を自在に動きながら廊下に出た。

 窓は無く、最低限の照明しかない白色の殺風景な廊下。 最奥の部屋から出てきた二人は他愛ない話をしながら歩を進める。

 

「セイカさん、マスターの状態もだいぶ安定してきましたね」

「ええ。 恐らくですが、外を出歩くくらいなら十分にできるかと。 ただ、それをする利点は欠片もありませんが」

「マスターがインドア派で助かりました。 誰かとゲームで遊んでるだけでも不満はないようですから」

 

 いつの間にか板敷の廊下を歩いていた。 二人の後ろを見れば、古民家のような内装の行き止まり。 先ほどの無機質な廊下の姿は何処にもない。

 ふわふわと空中を移動しているセイカは異常を気にすることなく人差し指を立てた。

 

「とにかく、今はマキさんや茜ちゃんの再生成が安定するまでは潜伏する方針です。 あかり草のネットワークはほぼ完成していますから情報には困りませんし、雄英体育祭が始まるまでマスターの気を紛らわせましょう。 私は少し用事で出かけてきますのでよろしくお願いします」

「はーい。 それじゃ、皆の所に行ってますね」

 

 駆け足で先へ進んだあかりを見送るセイカ。 角を曲がって消えるまで見送ると天井を抜け外に出た。

 暗い空に街の星空のような明かり。 紫の記憶と変わらない夜の風景を見下ろして、セイカは一人愉しそうに呟いた。

 

「さて、体育祭の次は職場体験。 ターゲットは……口田君と砂藤君かな。 どう掻き回してみましょうか。 ……マスターの記憶にあった『個性の出力を上げる薬物』なら強くなりそうかな? まずはそこら辺の(ヴィラン)に試してみますか」

 

 地上の星空を飛ぶセイカ。 ビルの合間を縫うように移動する彼女を見る者は誰一人いない。





誤字脱字報告、そして感想有難うございます

何度も推移していると、もうこれで行こうという現象をどうにかしたい


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Voice10 投げた小石の水面は徐々に大きく

場面を区切る記号は定型がわからなかったので遊び心で入れました

特に深い意味はないので読めた方は「~の場面」と呼んで頂けると幸いです


 -・・-・ -・・-・  

 

 砂藤力道達と東北じゅん狐堂に行った翌日、授業が終わった八百万百は分厚い鉄扉の前で室名札を見上げていた。 そこには『Development Sutdio(開発スタジオ)』と書かれているのを彼女は見つめている。

 

「ここがサポートアイテムの開発工房ですね。 ……よし」

 

 百は皆で甘味処に行った後、敵襲撃時に自爆したヴィランから言われた事を考えていた。

 

(自身の個性を最大限に活用する事。 その為には最先端の技術を学ばなければならない。 一般でも集めることのできる資料よりも、この学校ならではの場所といえばここしかありませんわ)

 

 息を吸い込み気合を入れて数度ノックし、反応が返ってこないので「失礼します」と一言大き目に声を出してから重々しい扉を引く。 ギギギギ、と耳障りな音を出しつつゆっくりと入り口を開くと、扉の音に反応して中にいたショベルのような被り物をした人が振り向いた。

 

「なんだ、もう反省文は……ってお前は八百万?」

「失礼します、パワーローダー先生」

 

 敵襲来事件の時に駆け付けた教師の一人、パワーローダーが予期せぬ来訪者に切れ目の眼を瞬かせている。

 手に持っていた工具を机に置き、椅子に座ると縦長の機械のスイッチを押した。 液体が沸騰する音の横でパワーローダーは彼女に近くの椅子へ座るよう促す。 パワーローダーも戸棚からコップを二つ持って机に置き、椅子に座ると辺り一面に散らばっている機械や道具に興味深々としている百を見て言った。

 

「ちょっと散らかってるが、ここじゃいつもの事なんで気にしないでくれ。 コスチュームの改修……ってわけじゃなさそうだが」

「はい。 相談を……いえ、お願いがあって参りました」

「お願い、ねぇ」

 

 ピーと鳴った機械の中にパワーローダーはコップを入れる。 機械が入れ物の中にお茶を一定量注ぎ込んで止まったのを確認して百に差し出す。 続いて自分のコップを機械に入れながら言葉を続けた。

 

「ま、言うのも聞くのもタダだ。 叶えられるかはわからないけれどな」

 

 動きが止まった機械からコップを取り出し一口飲んで訪ねてきた要件を言うよう促す。

 両手で持ったコップを見つめる百は顔を上げてパワーローダーをまっすぐ見て口を開いた。

 

「捕縛用に開発されたサポートアイテムの図面を見ることはできますか?」

「……。 あー、そういう事ね」

 

 百の言いだした事にパワーローダーは一瞬の沈黙の後、彼女が開発工房に来た目的を理解した。

 

 サポートアイテム。ヒーローが活動するために使用される道具類の総称。 しかし、全てのヒーローが全てのアイテムを使うことはできない。 あくまで個人に合わせた補助道具であり、道具に頼りすぎるヒーローに対して世間は冷たい態度をとる。 

 それもそのはず、ヒーローは唯一公共で個性を使うことが許されている職業だ。 個性を使えるという利点を投げ捨て、個性と全く関係の無い道具を使って活躍している姿を見て、普段は個性を使わないように生活している大勢の人間はどう思うだろうか。 個性ありきの現社会、誰でも使える道具を多用もしくは決め手に使う事はヒーロー業界において外道であるとすらされている。

 

 百の願いを聞いて、パワーローダーは彼女の個性を知っているのでやろうとしていることに察しがついた。

 彼女を助けたとは言い難い、敵襲撃の現場に立ち会っただけの当人としてはトラウマに関係する事かと肝を冷やしたが、そうでないことにパワーローダーは心の中で安堵の息をつく。

 

(トラウマならリカバリーガールの方に行くよな。 むしろ前よりもしっかりした表情だ、良い方に転がったようでなにより。 んで、八百万百の個性は『創造』。 生物以外なら何でも生み出せる。 個性把握テストで小型バイクを作れるくらいには構造を把握、再現する能力もあると相澤から聞いた。 助力はしたいが、さてどうしたものか)

 

 もし相手が活動しているヒーローもしくはサポート科なら何かしらの交換条件を出して協力していただろう。 しかし相手はヒーロー科でありヒーロー免許も持っていない在学生。 安易に協力しては他科の一生徒を贔屓、もしくは個性を利用していると捉えられかねない。

 パワーローターが悩んでいる間、百はコップを握り締め返答を待っていた。

 そんな状況に突然、入り口の鉄扉が勢いよく生徒らしき少女が入ってくる。

 

「反省文を書き終わりましたので早速ベイビー作りに来ました!」

 

 頭には二つのレンズに十字のラインが入ったツインアイゴーグル、服は既に作業着に着替えており、鞄を雑に放り投げると座っている二人に目もくれず、作業台へと一直線に走っていく生徒。

 呆然としている百の隣でパワーローダーが鉄爪のように硬化している両手の指先で打ち鳴らしながら被り物に隠れている眉を寄せた。

 

発目(はつめ)ぇ……。 少しは反省している色くらい見せろ」

「めっちゃ反省しました! なので同じことが起こらないようにベイビー開発を再開します!」

「ああもう、お前は本当にもう」

 

 どうやら発目と呼ばれた生徒はパワーローダーの話をいつも聞いていないようだ。 ため息をついた彼は開けっ放しの鉄扉を閉めに立ち上がり、ふと部屋にいる百と発目を交互に見て手を叩いた。

 

「発目。 捕縛用のサポートアイテムを作る気はないか」

「え? 先生どうしたんですか。 先生から戒めの言葉ではなく提案とは……どこか頭打ちました?」

「お前なぁ、本当なぁ!?」

 

 不思議そうな顔をしている発目の反応にパワーローダーがガリガリガリとヘルメットを鉄爪でかきむしる。 ひとしきり鉄のこすれる音が響き、深くため息をついたパワーローダーが腕を垂らし、疲れ切った声で提案の続きを喋った。

 

「A組の生徒が捕縛用サポートアイテムの設計図を見たいと言ってな。 協力してやれ」

「捕縛用ですか。 確かにそちらのアイディアもありますが私は作りたいベイビーがありますので」

「ここにいる八百万は生物以外なら何でも作り出せるらしいぞ」

「八百万さんちょっと作りたいものがあるのですが!」

「ふぁい!?」

 

 突然、高速で近寄ってきた発目に悲鳴を上げる百。 設計図のある机に引っ張られていく百がパワーローダーに視線を向けるとパワーローダーは楽しそうに手を振っている。

 

「生徒同士の交流なら問題ない。 無茶振りされたら止めてやれ、危なそうだったら俺も止めに入るから。 あとせめて自己紹介してから作業を始めろ発目」

「私の名前は発目(はつめ)(めい)です! では早速このベイビー、捕縛用電撃鞭の作ってほしい部品なんですが」

「……この配線ではオーバーヒートして爆発してしまうのでは?」

「おっとうっかり!」

 

 早速図面を見ながら、あれやこれやと話し合い始める二人。 その様子を見てホッと胸をなでおろすパワーローダー。 手間のかかる生徒の綱を握れ、かつ本人の要望を叶えられる状況にできた事で安堵の息を吐いた。

 

-・-・・ ・・- ・-・・ 

 

 敵襲撃から数日後。 東北じゅん狐堂の一室──バスケットコートくらいの何もない大きな部屋で雄英の運動服を来た男女が模擬戦を行っていた。

 一人は耳から伸びるイヤホンジャックを巧みに使い、隙あらば相手に差し込み音の振動で動きを阻害しようとしている耳郎響香。

 対する男子は腰から筋肉質の尻尾が生えており、響香のイヤホンジャックを四肢と尻尾で巧みに交わしている。

 響香が後ろに飛び退き距離をとると、汗を拭ってため息をついた。

 

「ちょっと休憩しようか、尾白(おじろ)

「ああ、わかった」

 

 クラスメイトの尾白猿夫(おじろましらお)が響香の言葉に頷いて部屋の壁際、長椅子の上に置いてあったペットボトルを取りに行き響香に一本放り投げた。 難なく受け止めスポーツドリンクを口にしてその場にどかっと座る。

 

「ああ、もう! 一発も入らないんだけど!」

 

 響香の文句に尾白が苦笑する。

 

「そりゃ体術は頑張ってるからな。 でも、何度かひやっとさせられる事はあったぞ」

「当てなきゃ意味ないって! サポートアイテムが無い状態で手も足も出ないんじゃ、いざという時になにもできないじゃん」

 

 今の響香は敵襲撃の時にヴィランに言われた事が脳内にこびりついていた。

 活躍できないヒーロー。 襲撃の際に対処していた他の生徒達よりも劣っていると言われていたことに納得していなかった。 実際、同じくヴィラン相手に奮戦したクラスメイト達の話を聞いて彼女は焦燥感に駆られている。

 その時にヴィランから言われたカラテ──体術の話を思い出し、襲撃時に体術のみで乗り切った尾白へ相談を持ち掛けた。

 とはいえ個性を使用する場合は基本的に私有地か許可された所でしか行えない。 しかし学校の訓練場は卒業を目の前にした三年生等の上級生が既に軒並み予約している為、自室か授業中でしか訓練できないと彼女は思っていた。

 尾白は飲み物を一口飲んで、連れてこられた殺風景な室内を見渡して響香に話しかける。

 

「よくこの店が個性使用許可場も併設してるって知ってたな」

「葉隠がパンフレットに書いてあるの見つけてね。 隅に小さく書いてあるだけだったから、ここじゃおまけ程度に考えているんじゃない?」

「管理費を安くできる個性持ちの人がいるんだろうけど、高級菓子店で維持費を賄えるってすごいな」

 

 尾白は長椅子に置いてあったパンフレットを開いて葉隠が見つけたという小さい文字を探す。 商品一覧の右下に他の文字よりも一回り小さい大きさの文字で個性を自由に使える施設があります、とだけ書かれていた。

 

 『個性使用許可場』。 一般的に公の場で個性が使用できない現代、持てる力を自由に使える場所が求められた。 しかし、政府から発表された指定条件は施設設立に大きな壁となって立ちはだかっている。

 その条件は標的となるターゲットを必ず用意し、二つ以上の環境を提供できるようにすること。 また、その標的は一定以上の大きさと種類をいくつか用意し、施設と的の維持費や修復及び補充は自己負担とするというもの。

 全てを一から用意しそれらを維持するとなると莫大な資金が必要となる。 特にターゲット類は破壊されるのが前提であり、一人が利用する際に十個破壊するのは当たり前。 場合によっては一度に三桁も消費する場合があるので、その度に新しい物を用意するとなれば出費は馬鹿にならない。 また、利用料金は公共であることから施設の規模によって一律に指定されている為、その点も施設運営が難しい要因に挙げられる。

 それは雄英高校も例外ではない。 (もっと)も雄英において施設は在学生専用であるし、ターゲット類はセメントスやエクトプラズム達が個性で代用しているためその分経費は浮いているが。

 

 二人のいる店もターゲットはもちろん、複数の環境を選べると店の子らしき刃物の髪飾りを身に着けた少女から説明を受けた。 この場所は事前に使うものを申請して用意するタイプの施設らしく、リストから必要な物をチェックしていく形式となっている。 響香達は組み手を行うだけなので大半が不要であったが、ターゲットのロボットを始め環境用意も大きさが一般の体育館程度である事を除けば雄英に引けを取らない豪華なラインナップであった。

 ペットボトル片手にパンフレットを見ている尾白。 彼に大の字になって寝ころんだ響香が先ほどの模擬戦で感じた疑問を投げかける。

 

「尾白、何でアタシの攻撃を全部捌けたの?」

「ん? 何でって言われてもなぁ」

 

 尾白はペットボトルを置いて腕を組み考え込む。 それを見ながら響香は身を起して胡坐をかき、手に持っているスポーツドリンクを一気に飲み干した。

 そして太ももの上に肘をつき、手で顎を支えてじっと見ている響香の視線に居心地が悪くなった尾白は何とか言葉を絞り出す。

 

「そう、だな。 イヤホンジャックの攻撃が結構単調だった……と思う」

「え、単調だった!?」

 

 思いがけない指摘に驚く響香。 目を見開いている彼女から視線を外しつつ尾白は言葉を続けた。

 

「動作が突き出しと鞭打ちの二種類しかない上、こっちが一番警戒するのは突き刺されて振動を受けること。 殴打は最悪掴まれて攻撃の始点にされるし、警戒するのは格闘と突き刺しだけになるかな」

「殴打は止めた方がいいかぁ。 振り回しは突き刺す角度がね、曲線で突き刺すとなると時間がかかるから避けられやすいし、直線に飛ばす方が速いし楽なんだけど」

 

 指摘された問題点に響香は頭を抱える。 どんなに強い攻撃でも当たらなければ意味がない。 主力の一手が読まれやすいと理解したはいいものの、その改善点もしくは代案はすんなりと出てこなかった。

 うんうんと唸り始めた彼女を見て、尾白は自分の尻尾を動かしながら考えているとふと呟いた。

 

「イヤホンジャックって直角に曲がるのか?」

「あん? 直角?」

 

 尾白の発言に響香は首をかしげる。 そんな彼女に尾白は自身の尻尾をイヤホンジャックに見立てて説明を始めた。

 

「イヤホンジャックでできるのは突き刺し、決め手は振動で動きを止めることだ。 けど直線の突き刺しは判りやすいし、弧を描いて伸ばすと距離が伸びて対処されやすい。 そこで直角に曲げることができれば、外れたと見せかけて突き刺すのを狙えるんじゃないか?」

「直角に、かぁ」

 

 尾白の提案に響香ができるかどうか早速試してみる。

 直角に曲げることは思いのほか簡単にできた。 しかし、直角にしたまま伸ばそうとすると上手くいかない様子。 曲がった部分が伸びるのではなく耳からイヤホンジャックが出てくるので、そのまま伸ばすと曲がった部分がスライドするように移動するだけだった。 直角に伸ばすにはイヤホンジャックを出しながら、曲げた場所を随時移動させなければならない。

 数分後、イヤホンジャックを直角に曲げながら伸ばすことに成功したのを見て尾白が笑った。

 

「おお、これ結構使えるんじゃ……耳郎!? 汗がすごいけど大丈夫か!?」

「これ、結構キツイ」

 

 響香の顔には先ほどの訓練とは比べ物にならない程の汗が浮かんでいる。 彼女はイヤホンジャックを曲げるのを止め、大の字になって寝ころぶ。

 

「ヤバイ。 めっちゃ疲れる。 でも、目標ができたな。 体育祭までに物にするぞ!」

 

 横になったまま笑顔で拳を上げる響香。 目標ができた彼女を見て尾白も釣られて笑った。

 

・・-・・ --・-・ ・・-- --・ 

 

 雄英高校の仮眠室。 教師用であるその部屋では骸骨を連想させる顔の男性が空を仰いでいた。

 

『体育祭で、君が来た! ってことを世の中に知らしめてほしい!』

 

「……OFA(ワン・フォー・オール)の後継者として自覚してもらうために緑谷少年にはああ言ったものの、もしAFOが生きているならば矢面に立たせるのは早すぎる。 しかし、私も平和の象徴として立っている時間はそう長くない。 全く、とんだタイミングで情報が出てきたものだ」

 

 悩む男――トゥルーフォーム姿のオールマイトは温くなったお茶を飲みながら、先日の会議で出てきたメモの一文を思い返す。

 

『アフォが動いたからこんなことになったんです。 ヒーロー仕事しろ』

 

 アフォの上に小さく書かれたAFOの三文字。 アフォの字が漢字の阿呆でもカタカナのアホでもなく、わざわざローマ字の読み方にしたのは意図的にしか思えない。

 

「あの巨悪をアフォ呼ばわりする、もしくはできる存在……」

 

 宿敵AFO(オール・フォー・ワン)。 オールマイトが学生だった時に対面し、先代OFA所有者でありオールマイトの師匠でもある志村菜奈(しむらなな)の命を奪った強大な敵。 個性を奪い取り、そして与える能力を持った裏の支配者と呼ばれたほどの巨悪。

 体の一部分、そしてヒーロー活動時間と引き換えに倒したはずの相手がまだ動いている可能性が浮上し、しかし事の大きさから迂闊に相談できないので独り無い知恵を絞っている。 校長に頼むことも考えたが、慣れない教鞭の指導方法もしてもらっているのでいくら本人が良いと言ってもさらに私事を頼むのは気が引けた。

 

「六年前のあの時には確かに致命傷だったはず。 生きているとは考えにくい、いや有りえないと思いたい。 仮に生きているとしても、私と同じように万全という状態とは考え……たくないな。 何れにせよ、また出てくるならば今度こそ刑務所に叩き込むだけだ!」

 

 手加減などできるはずもない最凶の敵を思い出し、もしもその時と同じ相手を今の自分が戦う姿を思い浮かべてオールマイトは頭を抱える。 尤も、いざ対面すればヒーローとして立ち向かっていく姿勢はナンバーワンヒーローの看板を背負う彼の姿であろう。

 最悪の予想を頭から追い出し、悩みの元凶であるメモの持ち主に意識を移した。

 

「グラントリノも"頭文字(イニシャル)V"に関しては知らなかった。 HN(ヒーローネットワーク)で過去の情報を探したがそれらしい情報は皆無だったし、調査依頼を出したヒーロー会社からも同様の報告を受けている。 AFOとは違った意味で不気味な連中だ。 ああ、そういえば」

 

 オールマイトは携帯端末を取り出してHNを開く。

 未読だったメールを開くと、画面には"頭文字V"と名乗ったヴィランに酷似した少女が雄英高校近くのスイーツ店にいたという情報が載っていた。

 

琴葉葵(ことのはあおい)。 襲撃を行った(あかね)と呼ばれていたヴィランとは双子の姉妹だが、数年前から行方不明だった姉に対して悪感情が見られる。 孤児で東北じゅん狐堂に住み込みで働いており、店に通いつつ動向を監視しているが今のところ不審な点は見られない……か。 おいおい、途中からデザートの食レポになってるじゃないか」

 

 "頭文字V"に関係する可能性として監視していたヒーロー達が、和気あいあいと売り上げに貢献している姿を見てオールマイトは微笑んだ。

 無意識に胃のあった所を触りながら、ふと視界の隅に映ったタンポポ色の花に視線を向ける。 花瓶に生けられた花にオールマイトは顔を近づけ首を傾げた。

 

「この花……そういえば最近、良く見かけるような」

 

 首を傾げるオールマイト。 その時、風が無いはずの部屋の中で黄色い花は微かにゆらゆらと動いた。 オールマイトはつられて目を動かし、ため息を一つ吐いて頭を掻く。

 

()()()()()()()。 そんな事より次の授業の準備をしなければ」

 

 中身が残っている湯飲みを流しに捨ててオールマイトは部屋を出ていく。

 その後ろ姿をタンポポ色の花はゆらゆらと揺れて見送った。

 

 

 

 

 雄英体育祭の時は刻々と迫っている。




誤字脱字報告、感想有難うございます

以下独自設定
今回割と勢いで書いていたので矛盾点などの批評をいただけると助かります


・サポートアイテム関係
便利な道具で武装しない理由付け。
あくまでヒーローの個性を生かす道具という認識。原作見ている限り、少なからず個性を利用しているのがほとんどだったのでそうじゃないかなぁと。


・個性使用許可場
個性を自由に使えないのはできることをしてはいけないと強制されている事であると考え、羽を伸ばす場所もあるだろうと考えた結果生まれた施設。
稼いでるトップクラスのヒーローが福祉目的で運営、もしくは低予算で用意できる個性持ちが経営している場合が大半じゃないかなという妄想。


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Voice11 マキ&あかり「「体育祭実況したかった」」

あらすじに結月紫≠結月ゆかりの表記を加えました

改善をご指摘していただきありがとうございました


「弦巻マキとー!」

 

「紲星あかりのー!」

 

「「雄英体育祭、実況プレィいえーい!!!」」

 

「プレイはしないでしょ、実況だけでしょ、いや実況重なると聞こえにくいから座って見てようよ」

「「えー?」」

 

 結月紫の部屋で、大型テレビの前で拳を振り上げテンションの高い二人に思わず突っ込みを入れる紫。 彼が抱えているみゅかりも呆れたように「みゅみゅあぁ」と鳴いていた。

 二人の他にボイスロイド達の姿はない。 東北三姉妹は体育祭に出す和菓子を配達しに出払っており、琴葉姉妹の葵と茜はセイカの私事を表裏で手伝うために外出している。 

 頬を膨らませている二人を宥めている間に、テレビからは雄英教師のプレゼントマイクによる放送が始まっていた。

 

『雄英高校にヒーロー目指し集った新星、まだまだ原石な卵達が互いを削りあう年に一度のビッグイベント! 特に今年は世間を賑わせた前代未聞の雄英高校ヴィラン襲撃事件、それを乗り越えた奴らを見に来たんだろぉ!? ヒーロー科! 一年!! A組をよぉ!!! 

「早速出ましたA組贔屓だー!」

「露骨なA組上げ。 これは生徒を導く教員として卑劣ですね」

「容赦ないな二人とも。 まあ、他のクラス紹介が投げやりすぎるけどさぁ」

 

 いくら話のタネになるとはいえ、一方だけ上げて他をフォローしていない音声に苦言を呈する紫。 漫画では流し読んでいた部分だったが、いざ目の前で見せられると言葉にできない不快感がこみ上げてきた。

 事実、ヒーロー科A組以外は入場すら揃えて入ってきていないバラバラとした入場であり、体育祭を流している他のチャンネルを分割画面で映せばどれもA組の映像ばかり。 かろうじて映っているチャンネルもA組の背景にちらっとしか見えない他のクラスを見て紫はみゅかりを抱きしめる。

 腕を甘噛みしているみゅかりを撫でながら、画面には選手宣誓の為にツンツン髪で目つきの悪い少年──爆豪勝己(ばくごうかつき)が台の上に登り、ズボンのポケットに両手を入れたまま口を開いた。

 

『せんせー。 俺が一位になる』

 

 生徒たちの激しいブーイングが鳴り響く中、記憶通りの行動を直に見た紫はみゅかりの体毛へ顔を埋める。

 対してマキは楽しそうに爆豪の行動についてあかりへ尋ねた。

 

「はい出ました! 体育祭に参加する代表の内容が『俺が一位になる』というのはどう思いますか、あかりさん」

「同じ会場にいる選手の代表として誓いを表明する場面でありながら個人のみの誓いを立てている発言であるため、他の選手を侮辱しています。 選手代表としての宣誓後に個人の宣誓を誓えばまだよかったのですが……国の一大イベントでこの行動ができるのはヒーロー候補生というより性格下水煮込み産業廃棄物特盛りですね間違いない」

「……反論できねぇ」

 

 いくら自身を追い込む行動とはいえ、公の場で他者を軽視する行動をした件の少年を擁護できない紫。 読んでいた作品が割と酷い内容であったことを改めて突き付けられげんなりしている間、画面はすでに第一種目である障害物競走のスタートラインが現れていた。

 参加するのは十一クラス、計二百二十人の生徒が入り口に殺到しているのを見て砂が詰まった砂時計を紫は連想しつつ、ゲートのカウントダウンランプが全て灯ると同時にプレゼントマイクの合図によって祭が始まった。

 

『コースアウトしなけりゃ何でもありの残虐チキンレース、スタァ────トォ!!!』

 

 通勤ラッシュの満員電車が如くぎゅうぎゅうとなっているスタート地点。

 その先頭周辺の足元を白く染め上げながら走り抜けていく人影が一つ。 赤と白のツートンカラーな頭髪に左目周辺が色素沈着で変色している少年、轟焦凍(とどろきしょうと)が飛び出した。

 

『実況行くぜ、ミイラマン!』

『無理やり連れてきたんだろうが。 ……密集している場所はどんな個性でも当てやすい格好の的になる。 広範囲に影響する個性があればなおさらだ。 この数ならば奇襲は前提としてどう奇襲するか、奇襲を切り抜けられるかが見せ所だな』

『サンキューブラザー! しかし先頭のほぼ全員が餌食になってるぜ、A組の轟焦凍! 入り口周辺が全てフリーズして壁になり、後続も出るに出れない……っとぉ!? 通路の天井から誰か降ってきたぞ!?』

 

 一人飛び出した轟の後ろに着地した生徒を見てあかりが嬉々とした表情で指さした。

 

「八百万さん、通路の天井でワイヤーアクションしてましたよ!」

「え、本当?」

 

 画面の一部が分割されリプレイ映像に切り替わった場所に目を向ければ、入り口通路の上を移動する人影。 映っているの両腕には手首から肘までを覆うアームアーマーが装備されており、そこからアンカーを交互に打ち出して空中ブランコのように通路を進んでいた。 原作になかったその光景に紫は瞳を輝かせる。

 百は渋滞を起している道の上空を華麗に飛び、ワイヤーの先端が鉤爪のようなアーム部分を切りはなして地面を転がりながら着地、すぐさま立ち上がって走り出し轟の後を追う。

 

『あれはA組の八百万百! サポートアイテムっぽい物使ってたが違反じゃないのか、どうなんだミイラマン!?』

『分かってて説明を投げるな。 映像見りゃわかるだろう、少なくとも一種目目が開示される前までは何も身に着けてなかった。 個性で作り出した物だ』

『オイオイオイ! 実用に耐えるサポートアイテムを即席で作り出すなんてクレバーかよ! って同じルートを同じように通ってる生徒が来たぞ!?』

 

 プレゼントマイクの言葉に予想外の展開が続く画面を紫は凝視している。

 

発目明(はつめめい)……? いや、漫画よりも重装備っぽいけど重くないのか?」

 

 つぶやきと共に分割画面が一つ増え、またリプレイに置き代わる。 百を追うようにツインアイゴーグルをつけた女子が映っており、先を行った百よりも一回りゴツいアームアーマーを使いながら動きはぎこちないものの通路に詰まっている他の生徒をどんどん抜きさっていく。

 

『ヤオモモさんと共同開発した、多目的軽量アームハンドのクローフックなら短時間であればこの程度! ヤオモモ印の超強力モーターに専用高出力蓄電池等々を詰め込んだ最新作ベイビー! 二週間の間に作り上げたヤオモモさんと私のベイビー達を見て、できるだけデカい企業ー!!!

 

 画面越しに聞こえてきたベイビー発言に意味が分かってても紫は息を吹きだした。 彼の隣ではマキとあかりが手を合わせ「キマシタワー?」と声を合わせたのが耳に入り咽せ返る。

 

『全身にサポートアイテムをつけている……サポート科だな。 実戦授業が無いヒーロー科以外は自作のサポートアイテムを持ち込むことを許可されているが……実用性と強度、両方の水準が高いな。 ただ発言がアレだから映す時は音声切っとけ』

『ハッハー! あれくらいならまだまだ!! っとここで一抜けた二人以外にも後続が突っ走っていくぜ! 大半がA組だな! そしてトップランナーが第一関門に到達、見上げているだけじゃ進めねぇぞ、ロボ・インフェルノ!! デカブツばかりに気を取られていると小型にぶん殴られるから気をつけな!!』

 

 先頭を走っていた轟が関門として配置された巨大ロボットの群れを見上げている。 しかしそれもわずかの間、手を掬い上げるように振るうと一体のロボットが足元から凍りついていった。

 時間にしてわずか十秒未満。 馬鹿げた出力にマキは腕を組んで唸りだす。

 

「むむむ、やっぱり強個性だねー。 足元を凍りつかせるだけで足止めできるし、暑い時もクーラー要らずは羨ましい」

「便利な個性ですよね、寒くなると体が鈍る点も炎の個性で補っていますし。 なおナンバーワンヒーローから遠ざけている一番の要因が糞親父」

「おー、百はワイヤーをロボの股に突き刺して抜けたかー。 構造上、足を閉じても股下は隙間ができるから安置だなー。 大砲よりも地味だけど突破速度ならこっちが圧倒的だー」

 

 画面そっちのけで議論が盛り上がりそうな轟の父、エンデヴァーの話題を躱すべく紫はテレビ画面に意識を向ける。

 一足早く抜けた二人を除けば、轟が転倒させたロボットから生えてくる切島鋭児郎と似た個性を持つB組の鉄哲徹鐡(てつてつてつてつ)、巨大ロボットを飛んで越えた瀬呂範太と爆豪勝己に常闇踏陰の三人、小型ロボットにイヤホンジャックを突き刺し機能不全にして駆け抜ける耳郎響香。

 そしてロボの装甲を拾い上げて追走する緑谷出久と原作そのままの展開で第二関門へと向かっていく。

 

『落ちれば失格、這いずれば安全でも追い越されるぜ!! 大胆に行くか慎重に行くかはテメェで決めろ、ザ・フォール!!!』

 

 いくつもの足場に綱が渡された綱渡りの関門。 先行く轟はバランスを崩すことなく渡っているのを見て紫は感嘆の声を出す。

 

「氷使わなくても早いな、そしてやっぱり身体能力も高い。 ……あれ、ここで氷使ってなかったっけ?」

 

 二人に顔を向ければ揃って「さぁ?」と首をかしげている。

 二次創作と混同したのかなと首をかしげていると、轟の後ろを追っていた百が崖前で屈みこんでいるのを見てあかりと紫は画面をのぞき込んだ。

 

「八百万さん、何しているんでしょう」

「太もも辺りから何か造り出してるね……車輪?」

 

 百は生み出した物を右腕のアームアーマーに接続、軽く引っ張って外れないことを確認すると綱にぶら下がり車輪が綱に載っているのを確認し、U字金属で綱が車輪から外れないように固定した。 さらに生成した棒状の部品をアームアーマーの手首と肘の間に差し込んで左手で掴む。

 すると車輪が動き出し、即席リフトで百は対岸へと渡っていった。

 渡る度に行うその光景を見てプレゼントマイクが唸り声をあげている。

 

『走るより遅いんじゃないかぁ、なあミイラマン?』

『速度より安定重視、そして個性を魅せるって所か。 今回は移動手段がメインだが、組み合わせて使える細かい部品を生成できるアピールとしては申し分ないな』

『やっぱ万能過ぎないあの個性!?』

『道具を作り出す一手は必要だが、汎用性は群を抜いている。 あとは本人の力量次第だが……いつの間にあんなことできるようになってんだアイツは』

『担任も予想外なクレバーガール、途中で爆豪と飯田に追い抜かれたが個性アピールをこなしつつも第二関門突破ぁ!』

 

 第二関門を抜けた百は両腕のアームアーマーを通路の端に脱ぎ捨てた。 先行するクラスメイトの背中が見えるものの、元々の身体能力に差があるので距離を離されていく彼女は悔しそうな表情をしながらも追いつこうと駆け出す。

 続々と第二関門を進む生徒達。 サポート科で一番目立っている発目もまたその一団の中にいた。

 

『フフフ、私のベイビーを土台にヤオモモさんと意見を出し合って造ったザ・ワイヤーアロウType.Y、そしてホバーソールType.Y! ヤオモモさんのお力添えで大幅に製作時間を短縮できました……ヤオモモさぁん、サポート科に転科しませぇんかー! 一緒にベェイビー作りまっしょー!!! 

規制音入れろぉ!? てかあいつだけ音を切れぇ!! 去年のヌードマンと別方向で放送事故になってんぞぉ!?』

『言わんこっちゃねぇ……』

 

 大声で欲望をぶちまけつつサポートアイテムを使いこなし上位に食い込んでいる発目。 その放送事故を聞いて視聴している三人は口に手を当てて必死に笑いを抑えてた。

 

「ま、まるで水を得た魚のようだ……!」

「ふひ、お腹痛ひ……!」

「痛っ……喉にお菓子詰まって取れないぃ!」

 

 あかりが飲料を流し込んで落ち着いた頃には最終関門へ挑んでいる生徒達の映像が映し出されていた。 解説のプレゼントマイクも気を取り直し終盤ということで盛り上がっている。

 

『ラストは一面地雷畑、怒りのアフガン! 地雷っつっても音と爆発が派手なだけの吹き飛ばし玩具だがな! 目を凝らせば見える、目と足使って駆け抜けな!』

『おいコース担当者出てこい。 よりにもよって旧ギネスブックに【最も暴力的な映画】で記録が残っているモンの名前を持ち出してんだ』

『勢いでつけるもんじゃねーな! おかげで減給処分だぜ!』

『何やってんだ山田』

『山田って呼ばないで!?』

 

 解説二人の漫才を余所に最終関門先陣を行く轟、その後ろには爆豪と飯田が追随する。

 慎重に歩を進める轟、乱暴ながらも地雷を避けて前に進む爆豪、突っ込んでは足運びが上手くいかず何度も吹き飛ばされている飯田。

 百もまた慎重に進みながら地雷の隙間を進んでいく。 しかし、元々が高水準の能力である轟と個性で空中を飛ぶ爆豪には追いつける道理は無い。

 トップ争いの状況を見てマキとあかりはため息をついた。

 

「あー、やっぱり八百万ちゃんのトップは無理かなー?」

「うーん、やっぱりこういう場合の決め手が。 クラスター爆弾よろしく上空からマトリョーシカでも降らせて一斉爆破すれば走っている全員足止め出来そうですけど、失明もしくは鼓膜破れそうですし八百万さんがそれをできるかと言われれば……あ、後方で爆発しました、原作通りですかねぇ。 マキさんが発破をかけた耳郎さんはさらに後方ですけど」

 

 あかりの言葉にマキはむっと顔を膨らませる。

 

「だって体育祭で彼女の活躍を見せるって難易度高いでしょ。 あかりちゃんならどうしてた?」

「知りませーん。 彼女の個性って体育祭じゃ生かせないですし、適当に体を鍛えればいいんじゃないですか?」

「ちょっとー!?」

 

 二人のやり取りを苦笑しつつ紫はテレビに視線を戻す。 そこには紫の記憶にある通り、大歓声轟く舞台に戻ってきた生徒が画面いっぱいに映されていた。

 

『さぁさぁ誰が予想した!? 一番最初に戻ってきたその男の名は……緑谷出久! 文字通り最終関門を飛んできたダークホースが今、ゴォール!!』

 

 




毎度の感想、指摘ありがとうございます

某所のセメントガン考察見たけど、漫画を見直してもう現実ではなくヒロアカ世界だからと諦めの境地

輪郭ぶれる速度で重量のある粘性液体弾を多数射出する、片手で持てるバックパックなしの銃ってやっぱりこの世界はゲー(文字はここで途切れている)


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Voice12 綻び始めたメンバー交渉

原作との差異を考え描写するのがキッツい(自業自得)


 障害物競争のゴールへ到着した八百万百は荒い息を整えながら、到着順位が映されている大型ビジョンを見上げた。

 一位は派手にアナウンスが流れたダークホース、緑谷出久(みどりやいずく)。 次いで轟焦凍(とどろきしょうと)爆豪勝己(ばくごうかつき)塩崎茨(しおざきいばら)骨抜柔造(ほねぬきじゅうぞう)飯田天哉(いいだてんや)常闇踏陰(とこやみふみかげ)瀬呂範太(せろはんた)……そして九番目に百の名前が表示されている。

 九位。 二百二十人の中で頭から数えて九番目。 トップクラスと言い換えてもいい順位だが、当の本人は顔を歪めたまま俯いた。

 

(予言? まさか。 あのヴィランは私に似た、物を創り出す個性だったはず)

 

 雄英襲撃に現れたヴィランの言葉。 体育祭を迎えるまで記憶の彼方だった雑音が、第一種目の最初に配置された関門を見てその言葉を思い出した。

 

『ロボ 綱渡り、地雷原。 次に騎馬戦、最後にトーナメント。 一回戦目で常闇君に勝てるとええなぁ?』

 

 第二関門の時には気にも留めていなかったが、轟が第三関門に入ったアナウンスで疑惑が首をもたげる。 ヴィランの戯言と記憶の隅にやっていた内容とまったく同じ内容の競技、集中力が乱れた百は最終関門で地雷原の移動に手間取ってしまった。

 百は頭を振って雑念を払う。 一位を取れなかったことは心の底から悔しい。 上位の成績とはいえ、年に一度の晴れ舞台で他の事に気を取られているほど余裕はない。 事実、トップを争っていた爆豪と轟の二人には追い付くことすらできなかった。

 

(とにかく、今は次に備えてしっかり休憩しませんと)

 

 顔を叩いて気合を入れなおし、スタジアムコート壁際のスポーツドリンクと栄養食が置いてある補給所へ向かう。 タオルを貰って汗を拭い、水分補給している間にも続々と通過者がスタジアムへ入ってきた。

 百から七人目に入ってきた人物、ほぼ二週間を共にした相手を見つけて百は駆け寄る。

 

(めい)さん!」

「フフフお早い到着で、ヤオモモさん。 サポート科に転科しませんか?」

「はい?」

 

 挨拶もそこそこに、いきなり転科を勧めてくる発目明(はつめめい)。 ずいっと鼻先同士がぶつかりそうな程に距離を詰める彼女に、その勢いに一歩引く百を気にも留めず百の手を取って力説を始めた。

 

「創造の個性、やはり素晴らしいものです。 図面から短時間で完成させる事ができるその能力、どんな個性よりもオンリーワンでナンバーワン! 複雑な部品も造れて希少素材がデータさえあれば生成できるようになる、むしろベイビー達に使った手の届かない値段の素材をふんだんに使えるというのはサポートアイテムを造る為の個性と言っても過言ではないでしょう!!」

「いえ、私はヒーローに……」

「ええ、もちろんヤオモモさんの目指すものは知っています。 しかし現代はヒーロー飽和社会! 確かに世間では憧れの職業ですが、それを支えるサポートアイテム制作も立派なお仕事です! ですので妥協案として許可証(ライセンス)を取って頂ければヒーローの副業としてもぉん!?

 

 熱弁する初目の首に濡れたタオルが置かれ彼女は飛び跳ねた。 置いた人物は補給所で配られている片手に栄養ゼリーを咥えてやってきた耳郎響香。

 ゼリーを一気に吸い上げて飲み込むと百に声をかける。

 

「っぷはぁ! お疲れヤオモモ。 最初に空を飛んで行ったのはびっくりしたよ!」

「響香さん、お疲れさまでした」

 

 互いに労う中、勧誘を邪魔された発目はタオルで顔を拭いてから二人の間に割って入った。

 

「タオル有難うございます。 それはそれとして先ほどの続きですが!」

 

 お礼を言いつつ話を続けようとする発目を響香はじろりと目だけ動かして見る。

 

「さっきもそうだけどさ。 ヤオモモは勉強始めて一年目だし、そんなに急かさなくていいじゃん。 片手間でするにしても、まずは本命の勉強させてあげなよ。 てかあんた誰」

「サポート科の生徒です! それでヤオモモさんどうでしょう今ならパワーローダー先生も諸手を上げて歓迎するとおっしゃっていましたよ!」

 

 何気なくヤオモモ呼びしている明を見て無意識に口をへの字に曲げる響香。 親しい呼び名を使っている発目を百は抑えながら紹介した。

 

「サポート科の発目明さんです。 パワーローダー先生から特訓にとのご紹介で、色々とお世話になっていまして。 あの、響香さん……さっきとは?」

「ザ・フォールでヤオモモにサポート科に来てって叫んでた」

「フフフ……ヤオモモさん、私は何度でも言いますよ。 サポート科に来て一緒にベイビー造りましょう!」

 

 再度、大声で勧誘する発目に呆れ返る響香。 そして誘われた当人は眉尻を下げて答えた。

 

「お誘いは嬉しいのですが、やはり私はヒーローを目指したいと思います」

「フフフ……勿論、一昼夜で説得できるとは思っておりません。 私は諦めが悪いので、ベイビー開発の協力ついでに許可証を取って頂くまではつき纏いますよ!」

「はい、こちらとしてもサポートアイテムの勉強になりますのでよろしくお願いします」

 

 二人のやり取りを見て、タオルでイヤホンジャックを拭きながら響香は深くため息をつく。

 

「アンタ達はさ、まず自分の言葉が他人にどう聞こえているか考えなよ」

「「?」」

 

 二人して首をかしげている様子に響香は額に手を当てる。 二人にとってベイビーとは開発したサポートアイテムを指す共通単語と認識しているが、日常に於いて赤ん坊を指す単語を使い『一緒につくりましょう』等と喋っているのを目撃した場合、人はどう思うだろうか。

 純粋な百と頓着しない発目に響香がどう伝えようか迷っていると、補給所から食べ物が山盛りに盛られた皿を持った砂藤力道がやってきた。

 

「おう、みんなお疲れさん。 出し物に東北じゅん狐堂のずんだ餅があったから持ってきたぞ」

 

 数人分の箸も置かれた大皿を三人に差し出す。 聞かされた品物に響香が目を向いて砂藤を見た。

 

「ちょっと、じゅん狐堂の商品が並んでたって……!?」

「さすがにあの時のような高級品じゃないけどな。 一個千円ちょいのだが」 

「まだ食べたことないやつじゃん、頂き!」

 

 目の色を変えて早速ずんだ餅を頬張る響香。 釣られて百と発目も砂藤の持ってきた甘味に舌鼓を打つ。

 到着した各々が休息している中、四十二番目にスタジアムへ入った青山優雅がゴールラインを踏み越えると花火が打ちあがり、ファンファーレの音楽と共に壁が地面から現れ作られた通路は補給所へと繋がった。

 一年の主審である際どい衣装のヒーロー、ミッドナイトが鞭をしならせ地面を叩きながら第一競技の終幕を宣言する。

 

「終了ー! さあ、結果発表の時間よ。 発表が終わったらすぐに次の本戦を開始するわ、聞きながらしっかり休みなさい! そして今回、涙を飲んだ生徒達も待合室で補給所と同じ物を用意しているわ。 貴方達の出番もあるからしっかり休んでおきなさい。 それでは、結果発表ー!」

 

 大型ヴィジョンに映像が映されていく中、到着したばかりの青山は生まれたての小鹿のように足を震えさせている。 そこに砂藤が両手に栄養食と飲み物を持って差し出した。

 

「お疲れさん。 スポーツドリンクと適当な物持ってきたから良かったら食べてくれ」

「できればトイレに案内してもらえると嬉しいよ☆」

「そうか、俺も着替えたいから一緒に行くぞ」

 

 よく見ると背中に黒い球体をいくつかくっつけている砂藤が青山と一緒に目的の場所へ移動している間にも、大型ヴィジョンには次々と突破者の名前が挙げられていく。

 響香は順位を見上げ、自分の順位とある人物の順位を見つけて口をへの字に曲げた。

 

「二十二位か。 てか峰田が十八位ってどういうこと?」

「砂藤さんの背中を見るに、くっついてきたのではないかと」

 

 砂藤の背中を指し示す百。 黒い球体はよく見れば峰田の個性である引っ付く髪の毛だった。

 そんなやり取りをしていると砂藤と青山が戻ってくる頃には通過者四十二名の公表が終わり、五分の一にまで減った生徒達の本戦開始が発表される。

 

「さあ、本戦へ移るわ。 取材陣も本腰入れて見るからしっかりやりなさい! 第二種目は……騎馬戦よ!」

 

 大型ビジョンに映し出された項目に全員がざわつく。

 予選では個人の力を試されたが、第二種目は集団行動が前提とした競技の出現に騒めく会場を鞭を振るって静かにしてからミッドナイトが説明を続けた。

 

「二人から四人のチームを作って十五分の間、ポイントの争奪戦を行うわ。通常の騎馬戦と同じルールだけどいくつか変更点があるからよく聞きなさい。 一つ目は先ほど発表した順にポイントが付与、下位から順に五ポイントずつ……四十二位なら五ポイント、四十一位には十ポイントってね。 騎馬チームのポイント合計が鉢巻を身に着けての奪い合いよ。 そして二つ目、騎手は落ちても鉢巻を取られても失格にはならないわ。 ただし、あくまで騎馬戦! 悪質な崩し目的は一発退場だから注意しなさい!」

 

「ウチは……百五点か」

「私は百七十点ですね」

 

 各自得点を確認している中、一つだけ表示されていない場所を見つけた緑谷が首をかしげる。

 

「あれ、僕の所だけ表示が……」

 

 彼の呟きと同時に数字が三つ、ルーレットのように現れ回転しだした。 カシャッカシャッカシャッと軽快に止まっていくそれらはそれぞれ十、零が二つ、そして最後に零と漢字の万を表示して止まる。

 

 一千万点。

 

 三桁の数字かと思われた演出に全員の目が点になり、視線は示し合わせたかのように緑谷へ集まった。

 選手の中で一番目を見開いている緑谷を楽しそうに見ながらミッドナイトが第二種目の前半戦……チーム交渉の開始を宣言する。

 

「トップの得点は一千万ポイント、上を目指す者には更なる受難を! 雄英に在籍するならこれくらい笑って跳ね返して見なさい、これから十五分でチームを決めて貰うわ。 既に戦いは始まっている、交渉開始よ。 Plus Ultra!(プルス ウルトラ)

 

 ミッドナイトの合図と共に生徒たちが一斉に動き出した。

 実力の高い爆豪にアピールするクラスメイト、既に集まり組み分けているB組……一人だけ意図的に避けられている緑谷以外は交渉を進めている中、百の所に轟がやってきた。

 

「八百万。 組んでくれるか」

「私ですか!? ええ、是非……」

 

 轟の誘いに二つ返事で返そうとして、百の脳内に抵抗できず圧倒された敵の言葉が蘇る。

 

『貴方がその他大勢と変わらへんからやで』

 

「……」

「どうした?」

 

 唐突に額に手を当てた百を見て不思議そうに首をかしげる轟。

 わずかな沈黙の後、百は轟を見据えて口を開いた。

 

「すみません、私は……私もヒーローを目指しているんです。 貴方と組めば確実に次へ進めるでしょう。 でも、それは第一種目を上位で突破した轟さんの実力があってこそと思ってしまいます……少なくとも私は」

 

 響香が成り行きに驚いている中、百の視線を受けながらも轟は黙って続きを促した。

 

「だからこそ私は貴方に挑みます。 控室で貴方が緑谷さんに言ったように、私は貴方に勝ちたい!」

「……そうか。 邪魔して悪かったな」

 

 轟が軽く頭を下げて離れていくと、様子を窺っていた響香が信じられない物を見たような眼をしながら百に詰め寄る。

 

「ヤオモモ、本気?」

 

 周囲の視線を代弁する響香に対して、百は決意を秘めた顔で頷いた。

 

「もしかしたらここで脱落するかもしれません。 ですがヒーロー科A組は轟さんや爆豪さん、緑谷さんだけではないということを証明して見せますわ!」

「……あー、ったくもう眩しいなぁ」

 

 響香は目を細めながら後頭部を掻き、にっと笑う。 彼女もまた、敵襲撃に出会ったヴィランが残した傷跡が心に染みついていた。

 

『未来のただのモブさん?』

 

 ヒーローを目指す人間でなくとも最大級の侮辱。 ましてや大衆に魅せる職でもあるヒーローへ『モブ』という言葉はサイドキックにすら劣るヒーローへの暴言である。 トップの三人が目立ち自分はその他大勢としてしか見られていない現状、今の自分を予知されたような言葉に彼女の反抗心が持ち上がった。

 

「ま、その三人ばかり目立つってのも腹が立つし。 いっちょ見返してやりますか」

「響香さん?」

 

 首をかしげる百に親指を立てて彼女は笑って言った。

 

「トップの三人とは別チーム組むんでしょ、アタシも見返してやりたいし組んでくれる?」

「……はい!」

 

 響香の申し出に百は満面の笑みで頷く。 了承を得たことで響香は早速周囲を見渡し、チームに引き込む相手を探し始めた。

 

「さすがに二人じゃきついから二、三人声掛けに行こう。 さっきまで隣にいた発目って子は緑谷の所に行ってるし。 ヤオモモは誰かチームに誘う人はいる?」

「そうですね……」

 

 ふと周囲を見れば、既に轟は飯田天哉、瀬呂範太、芦戸三奈の三人と向かい合って作戦を練り始めていた。 近くにいた発目は緑谷の所で自分をアピールし、爆豪の周囲はA組の大半が囲み、B組はB組で固まっている光景を見渡す。

 峰田が障子目蔵に組んでくれと叫び声を上げている中、爆豪に自分の個性を説明している多くのA組生徒という、端から見れば奇妙な光景に百はその一端へと歩を進めた。

 

 




感想、指摘ありがとうございます

峰田「女子にくっつこうとしたけど芦戸に妨害されまくって泣く泣く砂藤に」


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Voice13 賑やかな祭りの陰で

 昼間にも関わらず外の喧騒すら届かぬ薄暗い部屋。

 唯一の光源はつけっぱなしのテレビ。 内装をよく見ればそれなりに豪華な家具が置かれている部屋にはテレビから聞こえる雄英体育祭のライブ実況、そして複数人の呻き声が部屋の片隅から上がっていた。

 テレビの真正面に配置されている豪華なソファに座る、頭部の左側に赤い紐飾りを付けた少女がせんべえを頬張りながら第二種目の始まった映像を眺めている。

 

『さあよく見とけよマスメディア! 騎馬戦バトルロワイヤル、カウントダウン行くぜ! スリー、ツー、ワン……スタート!』

 

「おー? 八百万ちゃんは耳郎ちゃんに砂藤君と尾白君の騎馬かー。 結構変わったんなー」

 

 記憶と違うチーム構成に彼女はにやりと笑う。

 その後ろでは空中に何かを漂わせている緑色のスーツに身を包んだ女性、京町セイカは皮膚が石のような男に向かって指で円を描く。 すると浮遊していた物体が高速で飛び、呻き声を上げている傷だらけの男に突き刺さった。 容器の中に入っている薄青色の液体が触れてもいないのに押し出され、男の体内へ入っていく。

 痙攣し皮膚が石から黒曜石に似た質感へ徐々に変化していく男をセイカは一瞥し、空中に浮かぶディスプレイをつまらなさそうな顔で眺めている。

 

「負担軽減値プラス十、出力値プラス二十、覚醒値プラス四十……。 数値を上げるのにも苦労しますね」

「これで四つ目の敵拠点なんやけど、まだ必要なん?」

「集めるのはここで止めようと思います。 一般に出回っている個性強化薬剤はほとんどがプラシーボ効果の紛い物でしたからヴィランならば持っているかと思ったんですけど、結局それなりの物しか見つかりませんでしたし。 見つけた物で妥協するしかありません」

 

 倒れている男が荒い呼吸を繰り返しながら「殺してくれ……」と懇願しているのを見向きもせず、セイカは手首を振って叩き落とす動作をした。 同時に男の近くにあった本棚が勢いよく倒れて男を押し潰し、赤い液体が本棚の下から染み出してくる。

 背後で起きた惨劇の事など気にする様子もなく、茜は部屋に置かれている菓子を好き勝手に食べながらテレビを見ていた。

 

「薬の性能調べているみたいなんやけど、何を探しとるん?」

「『個性拡張薬』です。 個性の可能性を広げてできることを増やすための物で、原作でいえば渡我被身子(とがひみこ)が変身するだけでなく、変えた姿に備わった個性が使えたように……いわゆる『覚醒』を促すための物ですね」

「そんなんできる薬あるん?」

 

 茜はソファに座ったまま仰け反ってセイカを見た。 先ほど男だった物に突き刺した物体を空中に放り投げ四散させながら彼女は答える。

 

「若干ですが裏には出回っていますね。 尤も、ここにあった『ロングラン』という銘柄が一番効果があるもので、数値自体は低く改良が必要ですが」

「副作用とかどうなん?」

「薬が効いている時は興奮しやすくなりますね。 依存性もありますが可能な限り抑えますし、個性を根本的に強化する切っ掛けになりますからこの程度ならば問題ないかと」

「ふーん」

 

 聞いておいて興味なさげな茜はテレビに視線を戻す。

 原作と同じ緑谷チームは爆豪と轟チームから追いかけられているものの、サポートアイテムと常闇の黒影で見事にいなして鉢巻を護っている。 一方、爆豪チームは切島と口田という機動力の低い二人が騎馬である為に早々と空中戦を挑みかかっており、騎馬の二人は爆豪が地面に落ちないように右往左往している。 轟も百が外れたことにより瀬呂のテープと芦戸の酸で氷を伝わせる道を作って補っているが、茜達が知っている活躍とは程遠くなっていた。

 そして既知の流れを変えた百のチームは砂藤を先頭にして、峰田と蛙吹に葉隠を乗せた障子のチームと一緒にB組を迎撃していた。

 否、B組を蹂躙していた。

 

『一千万ポイント争奪とは別に激戦が……ってか八百万が怒涛の閃光ラッシュ!? そして目を閉じた相手は峰田の超強力な吸着球体で身動きを制限され、為すすべなく遠距離からポイントを奪われていくぞー!!』

『エレクトロニックフラッシュ、いわゆるストロボだな。 対人用に光量を調整しているみたいだが、直視すれば視界を奪われ光の残像が残るし、目を庇っていればその間は一時的に無防備になる場所が生まれる。 そこに行動を制限させる個性でさらに動きを封じ、共闘している八百万チームの耳郎と峰田チームの蛙吹が遠慮なく奪っていく。 予測して迎撃しようにも下手に動けば峰田のアレが邪魔になり、光に対処するならば障子のように別の要素で補うか、八百万たちのように目を防護する物を身に着けていない限り防戦一方だろうな』

 

 解説の相澤が言う通り、百のチームは全員がサングラスを身に着け、障子のチームは複製した腕で味方を覆いながら自らも光の影響が少ない内側に目を複製してB組へ向かっている。

 閃光の連続に身を固めるか目を隠している間に峰田の個性、吸着力の凄いもぎもぎによって拘束されていくB組。 視覚を封じられて大雑把な動きしかできない上に峰田のもぎもぎで移動すら封じられ、響香と蛙吹が競い合うようにお互いの個性を使って鉢巻を奪い取っていった。

 一方的な展開に終始笑顔の茜。 後ろから見ていたセイカも次の犠牲者に手を出しながらニコニコと映像を眺めている。

 

「いやー、あのアドバイスでここまで成長してるなんて嬉しいなー」

「閃光手榴弾を使う場合、騎馬にも影響しますからどうするのかなと思っていましたが、なるほど光だけ使いますか。 やっぱり万能ですね、彼女の個性は素晴らしい」

 

 セイカはそう言いながら人差し指と親指で両手に二つの輪を作って重ね、ぱっと離せば空中に浮かせている薬の入った入れ物が分身するかのように二つへ増えた。 そして離した手を音を鳴らして合わせると、同じように二つの入れ物が再び重なり一つに戻る。

 手軽に一つの物を二つに増やし、そして一つに重ねている彼女を茜がジト目で見ながら言った。

 

「こっちの方が万能そうに見えるんやけどね」

「ええ、確かにこの能力は万能です。 それこそオールマイトとAFO以外は完封できるほどに。 ですが、私達の能力ではなくマスターの個性を借りているにすぎません。 条件を整えてはいますが、場合によっては今の緑谷君にすら手も足も出ずに負けてしまいますからね。 無茶は望んでませんし、それに私たちの目的はヒーローを倒すことではなくマスターを喜ばせることですから」

「その為にマスターを閉じ込めておくのは……本人が気にしてへんからええけど。 皆で散歩とかしたいんやけどなー」

 

 先ほどよりも濃くなった群青色に変わった液体を確認して、セイカはディスプレイを覗いて首をかしげていた。

 

「覚醒値だけ伸ばしたいのですが、やはり他の物とも合わせないと全体が上がってしまいますねー」

「全部上がってもええんやない?」

「全体の性能に比例して依存性も上がってしまいます。 一回しか使わない物に依存性を高めると後が面倒ですから避けたいんですよ。 できる事ならば覚醒値だけ上げて他は抑えておきたいのですが……」

 

 腕を組み悩んでいるセイカに茜はテレビを見ながら投げやりに答える。

 

「マスターにぼかして聞いてみればええんちゃう。 アイテム合成とかそういう作業するの結構好きやし乗ってくれると思うで。 何ならきりたんにでも手伝ってもらえばええ。 あの子もゲーマーやし」

「……ああ、そうですね名案です!」

 

 名案だと早速セイカは左手の親指を耳に、小指を口に当てる。 電話を表すハンドサイン。 繋がるはずの無いソレに、セイカの親指から受話器を上げる音が聞こえた。

 

「あ、マスター。 時間のある時でいいので相談したいことが。 はい、体育祭が終わってからでいいので……」

 

 約束を取り付けたセイカは嬉しそうに所持していた他の薬も複製し、未だうめき声を上げている存在に複数打ち付けてデータ取りに勤しみ始める。

 意識をテレビに戻した茜は二つの戦場から混戦へと変貌した騎馬戦の観戦に戻った。

 

『残り時間が半分を切ったぞー! トップは未だ緑谷チーム! 次いで共闘してB組チームから掻っ攫った二位は峰田チーム、続いて三位の八百万チーム! そして四位轟チームの次に五位爆豪チーム、六位が心操チーム……後は全員零ポイントだ! うっかりかすめ取られないように最後まで注意しな!』

 

「心操君の所に尾白君の代わりに上鳴君が入っとるんか。 峰田の所が落ちれば割と原作通りのトーナメントに……ならへんな。 八百万ちゃんのチームが残れば砂藤君と耳郎ちゃんが入るし、尾白君も防戦に貢献しとるから棄権はせえへんやろし。 そろそろ飯田君が動くかな?」

 

 後半戦へ突入した騎馬戦はA組の混戦となっていた。 原作よりも活躍の場がないB組は各々の個性で引っ付いたもぎもぎを取ろうと四苦八苦している状況を背景に、空を飛ぶ爆豪とフィールドに氷の柱を作って道を塞いで徐々に追い詰めていく轟、そして二組の猛攻を躱している緑谷チーム。

 そこに制限時間十分を切った事でパワーが上がる個性を発動した砂藤が牽引する百のチームも加わり、一千万ポイント争奪戦がより白熱していく様子にプレゼントマイクの実況も高ぶっていく。

 

『さぁさぁさぁ、追い詰められた緑谷チーム! 前から轟、上から爆豪! さらにB組チームを蹂躙した八百万チームも駆け付けて四面楚歌になりかけてんぞ! そして峰田チームは離れて様子見、クレバーだな!』

 

「心操君が氷柱に隠れながら峰田へ近寄っとるな。 これは……っと?」

 

『八百万チームがフラッシュを焚きながら突っ込んだ! 同時にサポートアイテムで空に逃げた緑谷に爆豪が襲い掛かる! おおっとここで爆豪が一千万ポイントを奪いとったー!!』

 

 空中から爆豪は自身のセンスを遺憾なく発揮して緑谷の鉢巻を奪い取った。 下で待機していた切島と口田に着地すると中指を立てて緑谷を挑発する。 直後、後ろから猛烈な勢いで通り過ぎた轟チームに鉢巻を奪われ呆気にとられる爆豪チーム。

 目まぐるしい状況の変化。 既に原作から全く違う展開となった騎馬戦を見ている茜は実況に耳を傾けながら食らいつくように騎馬戦を見守る。

 

『逆転に次ぐ逆転! おっと状況はまだ動くぜ、全員が轟に狙いを定めた! 遠距離には遠距離を、ここで瀬呂のテープが耳郎の攻撃を妨害! 続いて常闇の黒影も背後からの奪取は芦戸の拳であえなく撃退! 轟チームに死角なしってか!』

 

「常闇君の黒影、八百万ちゃんのフラッシュでだいぶ弱まってんね。 あれ、もしかして緑谷君はトーナメントに行けへんの?」

 

 絶え間なく続いていた閃光にすっかり涙目で縮こまってしまった黒影。 しかし後の無い緑谷チームは最も近い轟チームへと特攻を仕掛ける。 爆豪も目を吊り上げてヴィランと見紛うばかりの表情で空を飛び、轟へと飛び掛かっていった。

 

『時間は残り僅か、注意しろっつたろ爆豪! 一千万の鉢巻は巡り巡って轟チームの元へ、代わって緑谷チームは零ポイントで一気に転落! ついでにサポートアイテムのバックパックも煙を吹いた、逆風に抗って見せろ緑谷ぁ!』

 

 サポートアイテムの故障で一瞬の機動力すら無くなった緑谷チーム。 頼りの黒影も弱っており、ほぼ打つ手が無くなった状態だが、発目が何か話したかと思うと頷いて轟を追いかける。 飯田の奥の手、レシプロバーストで氷柱を縫うように進み他チームと距離を離す轟チームは爆豪の追撃を躱しながらも飯田のエンジンが止まるまで時間を稼ぐ。

 途中、轟チームの進行方向にいた峰田チームが慌てて道を譲った直後に彼らへ爆豪が追突したのを見て騎手の轟は勝利を確信して微かに笑う。

 氷柱の間から飛び出てきた二つの物体……一つは轟を掠め、もう一つが頭に当たって体勢を崩しながら。

 

『ここでワイヤーアンカーが轟に当たったー! 発射したのは八百万とサポート科の発目、八百万の方が当たったが大丈夫かアレ!?』

『先端はスポンジのついた……鳥もちか? 上手い事当てたな、同じような道具を使ったサポート科の生徒は使い慣れていないようだ。 道具の作り手と使う側の技量差が出たな』

『残り一分、ここで八百万チームに一千万入ったー!! 終了のカウントダウンまであと僅か、逃げ切れるか八百万チーム!?』

 

 素早くアンカーを引き戻し鉢巻を頭に巻く百。 彼女は集まる視線を物ともせず迫りくる爆豪を見据えている。 百が砂藤へ何かを伝え、迷いなく騎馬から飛び降りた。

 会場が理解できない行動に息を飲み、次に起こった事に空が割れんばかりの歓声が響き渡る。

 プレゼントマイクも身を乗り出し上空を見上げ興奮しながらも実況を続けた。

 

『八百万が空高く飛んだー!? A組砂藤の超パワーで打ち上げられたぞー!!』

『制限はあるが、砂藤のパワーを上手く使って逃げたな。 パラシュートも開いたか。 あの高さなら爆豪でも追いつく前にタイムアウトだ』

『スリー……ツー……ワン……タァーイムアップ!! 激戦を制したのは……まさかまさかの八百万チーム! 前半の蹂躙に後半ラストのスナイプ、魅せてくれたじゃないのクレバーガール! 勝利した女神を背景にリザルト行くぞ、ディスプレイに注目!』

 

 パラシュートでゆっくり降りてくる百の背後ではプレゼントマイクの声に合わせ、大型ディスプレイに第二種目の結果が映し出されていく。

 

『一位は勿論、八百万チーム! 得点は一千万飛んで千七百五十五ポイント! 二位はとどろ……アレ、心操チーム八百五十点!? いつの間にって峰田チームが零点じゃねーか、一千万の取り合い中にちゃっかり奪い取って見事に最終種目の切符を手に入れた第二種目のダークホース!』

 

 画面に映された峰田チームは全員が呆然としてた。 表情の見えない葉隠も見てわかる程に全員が放心状態でディスプレイを見上げている。 対して心操チームの騎馬をしていた青山、上鳴、B組の庄田二連撃(しょうだにれんげき)はしきりに首をかしげており、心操は不敵な笑みを浮かべて得点を見上げていた。

 

『予想外だったが続けていくぜ! 三位は轟チーム、六百八十点! 自分の得点が高かったことが幸いしたな! そして四位は爆ご……じゃなくて緑谷チーム!?』

 

 カメラが緑谷チームを映せば、誇らしげに鉢巻を咥えている涙目の黒影。 ディスプレイに映し出されたリプレイでは轟を追いかけている途中、心ここにあらずと無防備にしている峰田チームの鉢巻を心操が取ろうとしている瞬間を見て、とっさに黒影を割り込ませ鉢巻を二つ奪い取るシーンが映されている。

 勝ち上がった事に緑谷は涙を流して常闇に何度も頭を下げていた。 その後ろで目と口を三日月の形にして憤怒で震えている爆豪を見ながら、茜は口に手を当てて考え込んだ。

 

「え、これどうなるん? 爆豪君と切島君が抜けて、砂藤君と耳郎ちゃんが入るってことでええんか? あ、B組は心操君チームにいた庄田君だけやないか。 尾白君は辞退する必要無しで、青山君は辞退せえへんとして上鳴君は……辞退せえへんやろか?」

「ふふふ、だいぶ変わってきましたね。 こっそりとマキさんから送ってもらっている動画で、マスターが目を白黒させていますよ」

 

 薬品を数十本ほど複製して数人へ実験しデータを取り終えたセイカが茜の目の前にディスプレイを出す。 そこには紫が大げさに身振り手振りで変化した内容をマキとあかりへ興奮気味に語っている。

 その映像を見て二人揃って微笑ましい映像を見ている間でもテレビの放送は止まらない。

 

『午後一時からレクリエーションの後、最終種目を開始するぜ。 それまで十分に英気を養いな!』

 

 体育祭の放送が一端終わってCMが流れる。 軽快な音楽と共に頭部に三匹の蛇を乗せた見目麗しい女性、プロヒーローのウワバミが商品紹介を始めた。

 

 

 

 CMが流れると同時に紫を映した画面に夢中になっていた二人の表情が抜け落ち、瞳から生気が消失する。

 

 

 

『貴方の為にニュース、小説、読み上げちゃいます。 さらには解説や実況の代わりもできちゃうかも!? 違和感のない合成音声に感情表現を搭載した新感覚の音声読み上げソフト、HEROID(ヒーロイド)ウワバミ本日発ば』

グシャリ

 

 CMを流していたテレビは茜が握りつぶすように手を閉じると同時に鉄塊へ変貌した。

 茜は感情の消えた瞳をセイカへ移す。 隣にいた彼女は頭を抱えて縮こまり、光が消えた目から涙を流しながら何かを口走っている。 震える彼女に呼応するかのように周囲の軽い物体がポルターガイストの如く空を舞い、重い家具はガタガタと激しく揺れ、照明が激しく点滅し始めた。

 

「あはは違いますよ私達はボイスロイドですヒーロイドなんて知りません売れるからじゃないんですボイスロイドでないと意味が無いんです止めてください私達から理由を奪わないでください私達は文章を読み上げて伝えるのが役目なんです奪わないで私たちの存在理由を取り上げないでこれじゃあ誰も見てくれない誰も聞いてくれないどうして見てくれないんですかどうして聞いてくれないんですかヒーローがいるからですかヒーローになれば見てくれるんですかウワバミの姿をすれば聞いてくれるんですかああ皮を剥がないと肉をつけないと血を取り込まないと脳を」

 

「ほい再起動」

「ぴぃっ!?」

 

 茜が指を鳴らすと弾かれたように仰け反るセイカ。 彼女はしばらく焦点の合わない目で天井を見上げていたが、瞳に光が戻ると慌てて立ち上がって姿勢を正し、咳を一つついて顔を赤らめた。

 

「ご迷惑をおかけしました」

「ええんやで。 マスターが近くにいる向こうはともかく、マスターの成長している個性容量を定期的に吸収しているはずやけど、まだ安定せえへんの?」

 

 浮いたままのディスプレイにはマキとあかりにサンドイッチのように抱き着かれた紫が映っている。 顔を真っ赤に染めて煙を上げている彼を見て茜は羨ましそうに唇を尖らせた。

 セイカもちらりと盗み見て若干口をへの字に曲げながら茜の問いに答える。

 

「恥ずかしながら。 元々、マスターが記憶してる私の情報量が他の方と比べて圧倒的に少ないので、マスターに危害を加える可能性のある実体に変えるのはまだ不安ですね。 元が元ですから、皆に恨まれるのも嫌ですし。 もう情報体の方が楽なくらいです」

「ウチらとしても安定せえへん仲間を抱えるくらいなら現状維持もしくは改善する方がマシやからな。 これから迂闊にテレビも見られねんけど。 で、これからどうするん?」

「そうですね……」

 

 セイカは無意識にかしわ餅を出現させ頬張る。 白餡の和菓子を一気に食べて一息つくと、無事だった薬品を茜の方へ送ると人差し指を立てる。

 

「とりあえず薬品の情報収集の為にあと二、三ヵ所ほど行き(襲撃し)ましょう。 葵さんから連絡はありますか?」

「んー……近場で迷惑かけてるヴィランの情報ゲットしたって」

 

 髪飾りをいじりながら答える茜の返答にセイカは笑顔になった。

 

「おお、有難いですね。 敵連合の手土産もそろそろ集めておかないといけませんし。 あかり草は……うん、把握しました。 行きましょう」

「了解や」

 

 茜は薬品を適当に服の中にいれ、律儀に扉から出るセイカの後に続いて次の目的地へ向かった。 誰もいなくなった部屋は不気味なほどに荒れ果て、太陽の光が届かない密室に動くものは何一つない。

 

 




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Voice14 トーナメントの籤引きと、ある休憩室の一幕

 自由参加のレクリエーションが終わり、雄英教員の一人であるセメントスがコンクリートを操って舞台を準備し終えた頃。 最終種目に出場する生徒が揃ったのを確認して十八禁ヒーローのミッドナイトが朝礼台上から開始の宣言をした。

 

「最後の大舞台はトーナメント! 上位四チーム、総勢十六名が一対一でぶつかり合う真剣勝負! 抽選は第二種目一位のチームから(くじ)引きで決めるわ、さあ来なさい!」

 

 足元に置いてあるLotsと書かれた箱を拾い上げ、生徒たちに向かって突き出す。 八百万を先頭にして彼女のチームが台へ続く階段に足をかける直前、生徒の一人が手を上げた。

 

「すみません、僕は辞退します!」

「え!?」

 

 大舞台に上ることを拒否する言葉に選手のほぼ全員が口をそろえて驚き、動きを止めて発言者へと目を向ける。 そこにはB組の生徒、丸い体型の庄田二連撃(しょうだにれんげき)が俯き手を上げていた。

 

「ここにいる人達は皆、自分の実力で戦ってきました。 でも、僕は騎馬戦が始まってから終盤まで記憶がぼんやりとしたまま、いつの間にか勝ち上がっていました。 何もしていない、覚えていないのに今ここへ立っている事は体育祭の趣旨に相反するのではないでしょうか!」

 

 顔を上げてミッドナイトに言い(つの)る庄田。 会場が彼の心意気に感嘆を上げている中、A組の上鳴電気が待ったをかけた。

 

「おいおいおい、確かにそうかも知んねぇけどよ! 折角ここまで来たんだから行ける所まで行こうぜ!!」

「君は僕の話を聞いてなかったのか!? 僕自身が納得できていないんだ!」

「聞いた上で言ってんだ! つーか何もしていない、覚えていないってのは俺も青山も同じだし! 幸運でも手に入れた機会を自分で投げ捨てんなよ!」

 

 上鳴の言葉に、彼の隣にいた青山優雅もポーズを決めながら同意する。

 

「僕は参加するからね☆ 年に一度しかないチャンス、キラめかなきゃ☆」

 

 同じ状態だった青山の決意、そして上鳴の言葉に庄田は俯き拳を強く握った。 参加したいという意思と舞台に立つには相応しくないという考え、せめぎ合う葛藤(かっとう)に震える拳をそのままに言葉を返さない彼へ上鳴はさらに言葉をまくしたてる。

 

「青山の言う通り、チャンスってのはいつもどこにでも転がってるわけじゃねぇ! 偶然でも掴んだ奴が使っていいんだよ、自分の糧にする権利があるんだ!」

 

 上鳴の視線が僅かに彼の視界に映っている百の方へ動いた。 彼女が気づく前に彼は庄田へ視線を戻し、頭を掻いて言葉を続ける。

 

「真面目っぽいアンタには嫌なことだろうけど。 不正したわけじゃないんだろ?」

「!? 当たり前だ! そんなことしていたら、それこそ棄権どころか退場するべきだろう!」

「不正はしていない。 いいじゃんそれで」

 

 上鳴のあっけらかんとした物言いに庄田の開いた口が塞がらない。 上鳴はそんな彼に向って畳みかけるように啖呵を切った。

 

「悪い事していない奴が、納得できないことがあったから舞台を降りる? それこそ全力で戦って舞台に登れなかった他の生徒に喧嘩売ってるだろ。 やましい事して上がってきたんじゃないなら、胸張って挑もうぜ。 何もしていないって言うなら、これから見せればいいじゃねぇか!」

「……」

 

 反論しようと口を開いても言葉が出ずに顔を歪める庄田。 しかし上鳴の言葉でもまだ後ろめたさが拭いきれない彼に向って、予想外の所から背を押す声が飛んできた。

 

「庄田ー、行けー! A組をぶっ飛ばせー!!」

 

 会場の一角から自分の名前を呼ぶ声が聞こえ、庄田はそちらを見る。 観戦席の一角、庄田へ向けられる声は鉄哲徹鐡(てつてつてつてつ)を筆頭に見知った顔が身を乗り出しているのを見て目を丸くする。

 B組のクラスメイト達は腕を振り上げ拳を握り、庄田に向かって声援を飛ばしていた。

 

「庄田ァ、尻込みしてんじゃねえぞォ!」

「応援してますぞー!」

「ん!」

「庄田サーン、Let's fighting!!」

「行ける所までいっちゃいノコ!」

加油(頑張れ)、庄田!」

 

 その光景に庄田が呆けていると、その一団から二枚目な雰囲気のクラスメイト……物間寧人(ものまねいと)が立ち上がり声を大にして叫んだ。

 

「B組代表だろ? 雄英のヒーロー科はA組だけじゃ無いってことを世界に教えてやりなよ、庄田!」

 

 クラスメイトの応援にしばらくの間、目を点にしていた庄田はばつが悪そうに首を掻く。

 

「ここまで言われて引き下がったら、恰好悪いじゃないか」

「へへ、退路を断たれたな! ミッドナイト先生、つーわけで庄田も参加するってことで!」

 

 上鳴が主審のミッドナイトへ顔を向けると、当の彼女は瞳を輝かせ恍惚の表情を浮かべていた。

 

「あ˝あ˝あ˝あ˝青っ春!!!!! 元々勝ち上がってここに来たのよ。 決めるのは庄田君自身! ちょっと時間かかっちゃったけど、今度こそくじ引きを始めるわ!」

 

 止まっていた抽選を再開する一同。 ハプニングはあったものの、くじ引き自体は問題なく進んでいった。

 途中、轟チームの芦戸三奈が籤箱へ手を突っ込んでいると、ふと思いついた事をミッドナイトに問いかけた。

 

「先生ー。 もし、さっきのB組の子が辞退していた場合、誰が参加するんですか? それとも一人少なくなるんですか?」

「ん? その場合は第二種目の点数と目立ち具合を考慮して入れることになるわね」

「点数と目立ち具合」

「そうね。 五位の爆豪チームで目立っていたのは……まあ、爆豪君ね」

 

 ミッドナイトの言葉に選手のほぼ全員がA組観戦席へ向ける。

 A組が座るはずの観戦席には不自然に空いた空間ができていた。 その中央には腕を組みながら元々吊り目だった目尻がさらに吊り上っており、憤怒の感情を食いしばって耐えているような姿の爆豪勝己が鎮座している。

 遠目でも近寄っただけで人が(おのの)きそうな波動を放っているのを幻視できる不機嫌具合に、芦戸がぼそりと呟く。

 

「B組の子、棄権しなくてよかった」

「ふふ。 ほらほら、抽選が終わったら公表の十五分後にトーナメント開始よ。 次の子も早く籤を引きなさい!」

 

 B組とは真反対なクラスメイトに対する反応を見て、ミッドナイトは苦笑しながらも終わっていないくじ引きするように生徒達を急かす。 近くにいたA組生徒はその発言に無言でうなづき手早く籤を引いていった。

 そして全員が引き終わり、完成したトーナメント表が大型ディスプレイに表示される。

 

 

 一回戦目

 

 緑谷出久 対 心操人使

 

 轟焦凍 対 瀬呂範太

 

 上鳴電気 対 尾白猿夫

 

 飯田天哉 対 発目明

 

 芦戸三奈 対 青山優雅

 

 常闇踏陰 対 八百万百

 

 砂藤力道 対 庄田二連撃

 

 麗日お茶子 対 耳郎響香 

 

 

 会場が騒めく中、ミッドナイトは生徒たちに移動するよう指示を出す。

 

「一回戦目はヒーロー科A組緑谷出久、対するは普通科C組心操人使! 名前が左側の子は東口、右側の子は西口から入場、緑谷君と心操君は入場口で待機。 次戦の二名も選手控室に向かいなさい! それ以外はクラスに割り当てられた観戦席へ速やかに退場!」

 

 ピシャリと鞭を叩きつけた音を合図に選手達は指定された場所へ向かっていく。

 出番がすぐの緑谷は爆発しそうな程に鳴っている心臓を聞きながら東の入場口へ向かう。 会場からは見えない場所まで進み、深呼吸して心を落ち着かせる。 三度ほど深呼吸を終えると、観戦席へ続く通路から複数の足音が聞こえたのでそちらへ振り向いた。

 そこにはクラスメイトの蛙吹梅雨、峰田実、障子目蔵、葉隠透が駆け足でやってきて緑谷の前で止まる。

 どうして彼らがいるのか分からない緑谷は一番親交の深い蛙吹へ声をかけた。

 

「蛙吹……つ……ゆちゃんに峰田君、障子君に葉隠さん!? どうしてここに?」

「無理しなくていいのよ。 対戦相手の心操ちゃんっていう子の事で話をしたいことがあるの」

 

 蛙吹の言葉に目を瞬かせている緑谷。 そこに峰田と葉隠の二人が間に割って入り騒ぎ出した。

 

「アイツの言葉に反応しちゃだめだぞ、何にもできなくなる!」

「そうそう、声かけられて返事したらぼんやりしちゃっていつの間にか騎馬戦が終わってたんだよ!」

 

 賑やかな二人を障子が手で制し、彼は複製した口で緑谷へ語りかける。

 

「あの生徒に声を掛けられ返事をした俺たちは勝ち上がったB組の生徒と同じ状態で、騎馬戦が終わって切島に肩を叩かれるまで続いていた。 彼の騎馬は動けていた事を合わせて考えるに、恐らく返答した相手を無力化し操る個性だと思う。 ある程度の衝撃で解除されるようだが、一言だけでも返事をしたら終わるぞ。 気をつけろ緑谷」

「え……!? どうしてそのことを!?」

 

 相手の個性に関する情報に驚く緑谷。 勝敗に関わる情報を教えてくれた理由がわからず、目を白黒させている彼に峰田が親指を上げてウィンクをした。

 

「そりゃお前に勝ってほしいからだろ! オイラ達はアイツにやられて最終種目に行けなかったんだ。 意趣返しってやつさ!」

「応援するならそりゃクラスメイトの緑谷君だよね! だからがんばれー!」

 

 手を振り上げて応援を送る二人。 蛙吹も笑顔で、障子は拳を突き出して頷いた。

 

「けろ。 個性にかかったらそこで終わりよ。 頑張って緑谷ちゃん」

「ここにいる全員がお前に勝ち上がってほしいと思っている。 頑張れ、緑谷」

「みんな……ありがとう!」

 

 クラスメイトが送る激励の言葉に緑谷は涙を潤ませる。

 四人が観戦席に戻っていくのを見送ると、隠れて様子を見ていた骸骨のような風貌の男、オールマイトが顔を出した。

 

「最終種目出場おめでとう、緑谷少年!」

「オールマイト!」

 

 オールマイトが緑谷の背中を叩く。 少しだけ体を揺らした緑谷が見上げるとオールマイトは二っと笑って見せる。

 

「正直、OFA(ワン・フォー・オール)なしでよくここまでこれた! 入学試験前の鍛錬と入ってからの訓練が今の結果を出したんだよ。 できればOFAも制御できるようになっていれば良かったんだがね。 それは今後の課題として、今は胸を張りなさい!」

「いえ。 僕は良い人達に恵まれて、運が良かっただけなんだなって」

 

 肩を落とす緑谷にオールマイトは先ほどよりも強く肩を叩く。 小さな悲鳴を上げた緑谷にオールマイトはマッスルフォームの姿になって激励を飛ばした。

 

「そんな辛気臭い顔は必要ないぞ! 全く、相変わらずのナンセンスプリンスだ。 不安な時も怖い時も、笑って吹き飛ばせ! 空元気でも笑顔を忘れるな、私が見込んだヒーローの卵なんだからな!」

 

 オールマイトが吐血しながら骸骨姿に戻ると同時に、試合を始めるプレゼントマイクのアナウンスが会場に流れた。

 

『全員盛り上がっていけ! 最終種目の幕開けだ!! 第一回戦、選手入場ー!!!』

「さあ行ってこい緑谷少年!」

「はい!」

 

 緑谷は力強く頷き、歓声鳴りやまぬ決戦場へ歩を進めた。

 その背を見送るオールマイトはステージに向かっていく彼を見て一人呟く。

 

「少しは逞しくなったな緑谷少年。 ゴフッ……しかしAFO(オール・フォー・ワン)が存在している可能性がある以上、完全に引き継ぐまで消耗は避けたい。 ……後で根津校長に相談してみるか」

 

 血を吐きながらもこれからの事を考え、言外に頼ってくれと言ってくれた相手を思い浮かべながら後継者の戦いを入場口から見ることにした。

 

 

 

 

 

 

 熱気渦巻く会場から少し離れたスタジアムの一室。 刃物の髪飾りを着けた少女が長椅子で仰向けに寝転がりながら不機嫌な顔を隠しもせず、同じ椅子に座っている狐耳を生やした白髪の女性に膝枕をしてもらっている状態で文句を垂れていた。

 

「やっぱり来たくありませんでした。 タコ姉さま、今から家に戻ってもいいですか」

「だめですよーきりちゃん。 お務めだから、終わるまでちゃんと待ってましょうねー」

「あ˝あ˝あ˝もうやだー!! おうち帰りたい、帰ってゲームしていたい!! ずん姉さま早く帰ってきてー!!!」

 

 姉である東北イタコの言葉に叫びながら足をバタバタと動かすきりたん。 なぜか雄英の職員であるランチラッシュに東北ずん子が半ば拉致されるように連れ去られ、とりあえず帰ってくるまでの間は休憩室で待っていうように勧められた。

 駄々をこねているきりたんの頭を撫でながら、イタコはテーブルに置いてある携帯電話を笑顔でのぞき込んでいる。 画面には結月紫がくじ引きで変わった物語をマキとあかりに興奮気味に語っており、その姿が密かに撮影されているのを知らず早口で喋っている動画を見てイタコ笑顔を浮かべていた。

 

「マスターが楽しそうで何よりですわ」

「大分知っている筋書から離れてきましたからね。 緑谷はOFAを使ってないですし、そうなると轟も家の会話はしていないでしょう。 最悪、あの轟家に介入しない事で轟が炎を使わないまま縛りプレイ続行の可能性も出てきました。 てか爆豪が落ちるとか草生えますね草」

 

 休憩室にも備え付けてあるモニターから会場の歓声が鳴り響く。 きりたんが鬱陶しそうに目を向ければ、OFAの暴発で洗脳個性を破った緑谷が心操を投げ飛ばし勝ち上がった姿が映されていた。

 続けて轟と瀬呂の対戦で会場の一部まで氷漬けにした映像が流れ、きりたんはイタコの太ももに頬を乗せながら呟く。

 

「関係ないところでは大体原作と一緒ですね。 大きく逸れすぎても困りますが」

「ちゅわ? マスターが喜ぶならそれは良い事でしょ、きりちゃん」

「んんー。 セイカさんやタコ姉さま、あとあかりさんにマキさんはそうなんですけどね……って丁度半数か、多いなオイ」

 

 指折り数えて現状を再確認すると、けだるそうな表情できりたんはイタコを見上げながら言葉を続ける。

 

「マキさんはともかく、他の三人はマスターが持つ元々の情報量が少ないのです。 そのためにVOICEROID(道具)としてマスター(使用者)に役立つ方向へ本能的行動をしてしまいます。 逆に私やずん姉さま、茜さんと葵さんは元となる情報量が多いのでVOICEROID(存在理由)にあまり固執せず個人として動けるので、ある程度は自由に動けます。 まあ……」

 

 テレビへ顔を向けたきりたんの瞳から光が消える。 テレビに映る人々をまるで仇を見るような眼光で睨みつけ呪詛を吐くように口を動かした。

 

「半年前にセイカさんが企画し売り込んだボイスロイド再発計画。 私達ではなく活躍しているヒーローを元にしたヒーロイド路線で販売されてしまい再発計画は完全に潰されたので、この世界の人間共なんてどうでもいいという方向は全員一致ですがね。 知名度で圧倒的に負けている私達では勝ち目もありません。 マスターの本懐はボイスロイドを使った機械音声による作品群ですから、たとえ売れるからと別物を出されても意味が無いですし」

 

 ぎゅっと手を握るきりたんの頭をイタコが優しく撫でながら、そういえばと口を開く。

 

「マキちゃんはきりちゃん達と同じくらい情報があるのに、私達の方へ分類されているのはどうしてかしら」

 

 瞳に光を戻したきりたんは半眼で口をへの字に曲げて答えた。

 

「マスターの影響です。 二番目の情報量かつお気に入りなので、承認欲求が吹っ切れて一周回ってタコ姉さま達と同じ所までぶっ飛んでいます」

「ちゅわー」

「返答に困ったらそれで切り抜けようとするの止めてくれませんかねタコ姉さま」

 

 そんなやりとりをしていると廊下から人の歩いてくる音が聞こえ、扉が開くと緑色の長髪を揺らしながら東北ずん子が台車を押して戻ってきた。 同時にきりたんが駆け寄り飛びついて涙目で見上げる。

 

「ずん姉さま遅かったですよー! 早く帰りましょう、すぐ帰りましょう、もう帰りましょう!」

「はいはい。 ついさっき、雄英高校との契約でずんだ餅を卸すことになったから帰って準備しますよ」

 

 きりたんの頭を撫でながら部屋に置いてあるずんだ餅を入れていた十個ほどの空箱を積んでいく。 その横でずん子の言葉にきりたんは目を点にして、一拍置いてつまらなさそうにため息をついた。

 

「どうせ適当に並べた何かにずんだアローぶっ刺すだけのお仕事ですよね。 正直、並べるのも刺すのも個性のおかげで数百個ですら三十分掛からずに終わるので働いているように見えないんですが。 私としてはずん姉さまとゲームする時間が欲しいので別にいいですけど」

 

 そんなきりたんとは逆にイタコは立ち上がるとずん子へ近づき空になった箱を見て笑顔で言った。

 

「一キロ三千円のだだちゃ豆一つ一つが全部ずんだ餅に変わる……錬金術もにっこりの不等価交換ですわね」

「そこはニッコリじゃなくてゲッソリでは。 むしろ味や栄養価すら思いのままですから、任意で情報を書き換えているといった方が説明としては正しいかと」

 

 イタコの言葉をきりたんが訂正している横で、箱をきれいに積み上げ終えたずん子は台車を押して部屋の入り口へ向かう。

 

「そこはちょっとした個性の応用です。 本当は一番美味しくて体に良いずんだ餅をタダで配ってもいいんですけど、対外的に仕事をしているように見せないと怪しまれますからね。 それじゃ帰りますよー」

「はーい、ずん姉さま」

「ちゅわー」

 

 三人そろって熱気渦巻くスタジアムを後にする。 トーナメントはつつがなく進んでおり、上鳴電気と尾白猿夫の試合は上鳴の放電により尾白は為すすべなく敗退、上鳴が勝ち上がった。 続く飯田天哉と発目明は発目のサポートアイテム宣伝をこなして自ら場外へ出たことで飯田が次の試合に進み、芦戸三奈と青山優雅の試合は芦戸が踊るように光線を避けて限界が来た青山の降参によって芦戸が次の試合の切符を手に入れる。

 年に一度の祭典、熱狂している会場を背に帰路へつく三人。 席を取る事が困難なイベント会場から、終わってもいないのに帰る三人はとても楽しそうに笑っていた。




評価、感想、誤字報告ありがとうございます

情報の出し方ムズイっす。プロの人はやっぱすげぇよ

追記

(作者のミスで)フルボッコだドン!(自業自得)
今見直してみると何で横取りとか何書いてるんだよ俺……orz

変更点
システムを横取り→私達ではなく活躍しているヒーロー

とりあえずこれで文章的にも問題ない……はず
不自然でしたらメッセでもいいので感想お願いします


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Voice15 トーナメント第一回戦 七試合目と八試合目

感想でも突っ込まれてましたが不自然に思った事などはどんどん書きこんでください
何度も文章を読み直していると「これでいいんじゃね?」
と脳がマヒしてくるので本当に有難いです


 一回戦の六戦目。 常闇踏陰と八百万百の対戦はあっけなく終わった。

 百が開始と同時に先手を取って閃光手榴弾を複数投擲する。 意図せず個性の弱点を突いて予想以上に弱体した黒影(ダークシャドウ)と目を眩ませた常闇もろとも鳥もちで動きを封じ、頭以外が鳥もちまみれになった彼らを見て、主審のミッドナイトは戦闘不可能と判断し百の勝利を宣言した。

 常闇は強個性であると認識していた百にとって呆気ない勝利。 個性の弱点を明かした常闇へサラダ油を使って鳥もちを引きはがし、一礼してからお互いが入ってきた入場口へ戻り観戦席へ向かった。

 帰ってきた百と入れ替わりで選手控室へ向かう麗日お茶子と耳郎響香、彼女たちは常闇を完封した彼女を称えた。

 

「お疲れヤオモモ、すごかったじゃん!」

「本当本当! あの常闇君をあっさり倒しちゃった!」

 

 試合に勝ったものの、強敵に勝利した実感の無い百は彼女達と自分の温度差に戸惑いながらも言葉を返す。

 

「有難うございます。 でも、まさか光で黒影さんが弱まるとは思いもせず……」

「知ってても対処できる人は少ないし胸張っていいと思うよ。 アタシ達は次だから行ってくるね」

「じゃあね八百万さん! あ、爆豪君が結構いら立っているから今は近づかない方がいいよ」

 

 戦う前にも関わらず和やかな雰囲気で去っていく二人。 小さく手を振り見送ってから観戦席へたどり着いてみれば、爆豪の近寄りがたい雰囲気がトーナメント開始時よりも目に見えて広がっている。 百は忠告通り離れて爆豪以外のA組が固まって座っている席へ向かうと、勝利を祝うクラスメイト達にあっという間に囲まれた。

 同級生の中では爆豪との距離が一番近い切島鋭児郎に声をかければ、彼も困ったように鼻の頭を掻いて爆豪へ声が届かないように小声で喋る。

 

「一位になるっつー啖呵切っといて予選落ちだから、達成できなかった自分に苛立ってんだろ。 あいつと幼馴染の緑谷が言ってたけど、滅多にない事だけど目標達成できなかった時には今みたいになるらしいぜ」

 

 そう言って切島が緑谷に顔を向けると、彼はコクコクと首を上下に動かした。 プライドの高さ故にハードルを上げた結果、そのハードルにすらたどり着けなかった彼が浮かべる般若の如く歪んでいる顔を見て百は表情を引きつらせる。

 歓声の音量が上がり、次の試合が始まろうとしている事に気づいてステージの中央へ目を向ける。

 クラスメイトの砂藤力道とB組の庄田二連撃は向かい合い、互いにファイティングポーズをとって開始の合図を待っていた。

 会場も緊張する中、プレゼントマイクが前口上を述べて戦闘開始を宣言する。

 

『第二種目をトップで切り抜けたチームの立役者、パワーボーイ砂藤力道(さとうりきどう)! 対するはB組の看板背負ったラストバトラー、庄田二連撃(しょうだにれんげき)! どんな試合を見せてくれるのか……刮目しろよ! 第一回戦七試合目、START!!』

 

開始の合図と同時に両者が駆け出す。 庄田の個性を知らない砂藤は先手必勝とばかりに個性のシュガードープを使ってパワーを強化、相手との距離を詰めて投げ飛ばそうと手を伸ばす。

 その手を丸っこい見た目よりも予想以上に素早く動いた庄田は、会場からも驚くような声が上がる身のこなしで砂藤の腕を躱し、拳を振り切ってがら空きになった脇腹に正拳を放った。

 しかし庄田の拳は体格のいい砂藤の体を多少揺らす程度の威力。 砂藤は再び庄田の体を掴もうとするが、当たるどころか掠める気配もしない。 その間にも何度も庄田の拳が砂藤に当たってはいるが、決定打とは言い難い威力で優勢に傾かない。

 端から見れば泥沼にも見える格闘戦を見守る百。 その後ろから芦戸三奈がタオルを肩にかけて戻って来ると、自分の試合の後で戦っているはずの百の姿と既に始まっている試合を見比べて驚いた。

 

「あれ、もうヤオモモの試合終わった!?」

「は、はい」

「はっや、汗を洗い流していたから気づかなかった! しかも勝ってるじゃん、常闇に苦戦しなかったの!?」

 

 再び質問攻めにあう百を余所に、スタジアムの中央で戦っている二人は早くも疲弊の色を浮かべながら対峙している。 方や個性を連続使用して全力で捕まえようと腕を振るっている砂藤、方や身軽に避けて移動しながらも倒すには力不足の打撃を繰り返す庄田。

 動かない状況に観客も気を抜き始めた所、砂藤の振るう腕が大きく空振った。 思考能力が鈍った彼は態勢を整えるべく後ろへ飛んで距離を取る。

 急に動きが悪くなったその姿を見て庄田は拳を構え直し口を開いた。

 

「君のふらつきを見るに、個性の連続使用は体に負担がかかるみたいだね。 そしてその位置……僕の勝ちだ!!」

「何!?」

 

 腕を交差させながら砂藤が素早く目を動かし自身の位置を確認する。 彼はいつの間にかステージの端から数歩の所にいるのを理解したものの、相手がわざわざステージ端へ誘った意図が分からず全身に力を入れて防御態勢を取る。

 しかし庄田の取った行動はその場から動かずに拳を突き出し、自身の個性を発動させた。

 

「ツインインパクト、連続開放(チェインファイア)!!」

 

 動かぬ庄田に怪訝な顔をする砂藤。 直後、突然彼の体が跳ねる。

 

「うっお!?」

 

 驚きに声を上げる間にも不意に訪れる衝撃が砂藤を襲う。 端から見てもいきなり体を揺らし始めた砂藤に会場全体がどよめきを上げた。

 しかし困惑する会場とは反対に、焦りの表情で砂藤は庄田から受けた攻撃よりも強い衝撃を後ろに下がらないよう必死に耐えている。

 ここで砂藤の個性に存在するデメリットが決め手となった。 連続使用によって普段より判断能力が低下した砂藤はいつ訪れるかわからない衝撃に警戒する事に意識を向け、僅かずつではあるがステージ端へと下がっていく事にすら確認する余裕がなく、全力で走ってくる庄田に気づくのが遅れて腹部へ飛び蹴りが吸い込まれるように打ち込まれた。

 腹部への攻撃とほぼ同時に個性の衝撃が砂藤を襲い……戦闘ステージの場外へと吹き飛ばされて倒れる。

 

『Finish! 戦いを制したのはB組、庄田二連撃だー! ……あん? どんな個性だって顔してるやつ多いな。 ま、次があるから二回戦目までに想像力掻き立てておけ!』

 

 

 歓声が沸き上がる中、プレゼントマイクのアナウンスを聞いて砂藤は倒れたまま脱力し深く息を吐いた。 そこに彼の顔を覗き込んで手を出す庄田を見て砂藤はぽかんとした表情を浮かべた。

 流されて手を取り立ち上がると、庄田は取り合った手を解いて拳を突き出した。

 

「お互い、まだまだ足りないところばかりだ。 でも、来年は僕が文句なく勝って見せるからね」

「……へへ。 その言葉は一言一句お前に……いや、B組に返してやるぜ」

 

 お互いの拳をぶつけるその光景を主審のミッドナイトが恍惚の笑顔で眺めている。

 背を向けて入場口へ消える二人に歓声が送られる中、セメントスによるステージの点検が終わるとプレゼントマイクのアナウンスに合わせて次の対戦相手である響香と麗日が入場した。

 

『フィールドは荒れなかったから巻いていくぞー! ポーカーフェイスの下に隠れた情熱を見せてみろ、ヒーロー科A組耳郎響香! 対してのほほん笑顔でどこまで食らいついていけるかお手並み拝見、同じくヒーロー科A組麗日お茶子! 第一回戦最終試合、華やかに始めるぜ! Go get'em(勝利を勝ち取れ), girls(女の子)……Start!』

 

 開始宣言に響香と麗日は向かい合ったまま動かない。 ひとつ前の試合とは真逆の静かな出始めに会場が息を飲んで見守る中、先に動いたのは響香だった。

 走って距離を詰める響香に麗日は腕を曲げて腰だめに拳を構える。 響香は拳の届かない距離で急ブレーキをかけると、麗日へイヤホンジャックを左右逆に波立たせて襲い掛かる。

 迫りくるイヤホンジャックを一つは手の甲で払い、もう一つは体を捻って躱すと麗日は後方へ小さく飛んで距離を取った。 響香も追撃を行わず、麗日と同じく後ろに下がり相手の様子を伺っている。

 再び膠着状態になった試合にプレゼントマイクが場を持たせるべく実況を挟んでいく。

 

『襲い掛かる攻撃を辛うじていなし、お互い距離を取って再び睨み合い! かなり慎重に動いているがどう思う、ミイラマン!』

『互いに個性を知っているからな。 どちらも一撃入ればそのまま負けになる可能性が高い、故に相手の一挙一動に注意を払っている。 二人とも条件はあるが、最終的に相手を無力化できるから派手なのは期待するな』

『ヘイ、耳郎は音の振動をイヤホンジャックから放つのは知っているが、麗日は慎重になるほど使いづらかったか?』

『麗日の個性発動条件は掌にある片手の指先全部で触れたものを無重力にする。 ひとつ前の砂藤や庄田なら肉弾戦を挑んでくる分当てやすいが、今の耳郎は無闇に接近せず個性の発動できるイヤホンジャックで攻めている。 親指程度の太さを片手の指先全部で触れる場合を考えてみろ』

『掴みにくいな! 摘まむか親指を意識して伸ばさないと触れられねー! でも掴んじゃえば変わらなくね?』

『場所による。 イヤホンジャックが曲がっても動かない場所を掴まないと刺されるぞ』

 

 試合の動きが無いため解説と化した実況を聞きながら、上鳴がふとトーナメント表を映しているディスプレイを見て隣に座る緑谷へ声をかける。

 

「つか緑谷。 お前次の試合じゃね?」

「え? あ、そうだごめん行かなきゃ!」

 

 すっかり試合を凝視していた緑谷が慌てて控室に向かう彼と入れ替わりに常闇が戻ってきた。 さっぱりしている彼を見て、百は鳥もちを取る為にかけた油が取れているのを見てホッと息を吐く。

 

「対戦有難うございました、常闇さん。 べとつくところはありませんか?」

「問題ない。むしろ自身の未熟さを痛感した。 黒影に頼り切りでは弱点を突かれた時に俺が足手まといになるのは憂うべき事。 対処法もしくは弱点の克服を考えなければならない。 進むべき先を見せてもらい感謝する」

「ど、どういたしまして?」

 

 試合に負けたにも関わらず感謝で頭を下げる常闇。 どう対応していいか分からず百は生返事を返す。

 常闇が席に座ると状況が動いたのをプレゼントマイクの放送で気づいて試合へと視線を戻す。 そこには麗日が響香のイヤホンジャックを掴み宙に浮かせ、響香を場外へと落とすべくステージを走っていた。

 

『これは決まったか!? 麗日の個性、無重力で耳郎が浮かび上がったー! イヤホンジャックをガッチリ掴まれ引っ張られながらこのまま為すすべなく場外へ……っと耳郎が麗日へ接近、無重力を利用して上空から体当たりだー!』

『イヤホンジャックを引っ込める反動を使ったな。 相手を視界から外している麗日は油断しすぎだ、個性を使う場合は逆に使われる可能性も考えなければ、まあこうなる』

『耳郎が突撃! 麗日気づいたが回避が間に合わずモロに入った! そのまま二人で場外ー! 判定はどうなるミッドナイト!』

 

 どちらが勝者なのか、主審のミッドナイトに視線が集中する。 彼女達が落ちた場所は丁度ミッドナイトの目が届く場所だったため、結末を見届けた彼女が手を天に掲げ判決を出した。

 

「先に場外へ体が着いたのは麗日さん。 よって耳郎響香の勝利!」

 

 歓声沸き起こる会場。 A組もそれぞれが称賛の声を上げる中、トーナメントを勝ち上がり第二回戦を控えた選手たちは次の戦いに備えて気合を入れなおした。

 

 




感想、指摘、誤字報告有難うございます

ヒロアカ外伝、チームアップ読みました
ネタバレは控えますが、やっぱり描写は少数の方が各々の立ち方がしっかり見えていいですね
とても楽しかったです

感想を纏めるならば原作でやってほしかった
学友とのやり取り中心にヒーローのいる社会を描写しながら一話ずつ進めていき、途中途中で敵連合や野良ヴィランが割り込んでくると思っていたUSJのあの頃……
口田君や障子君達が何時スポットライトが当たるのが待ち遠しいです


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Voice16 保須市に踊る英雄殺しと葵色の影

 年に一度の大祭り。 しかし日本の国民が全員集まっているはずもなく、己の仕事を全うする働き者達が今も国を支えている。

 人気(ひとけ)の少ない電車に揺られながら青い髪飾りを着けた少女、琴葉葵は窓から見える景色をぼーっと眺めていた。 敵襲撃の影響で多くのヒーローが体育祭の警護へ呼ばれた影響か、密かに葵を監視していた人達の視線が今日は消えている。

 ヒーローの目が無くなった事で京町セイカに呼ばれ、手伝ってほしいと頼まれた内容はヒーローがあまり寄り付かなさそうなヴィランの拠点を探してほしいとのことだった。

 尤も、目的のほとんどは既に達成してるのだが。 都市部に潜んでいる都合のいいヴィランは根こそぎ洗い出し、後は必要な時に襲撃するだけなので葵はやることが無くなり東北じゅん狐堂へと帰る途中だった。

 景色を瞳に映しながらも頭の中を空っぽにしている葵。 その耳に同じ車両で騒いでいる男子学生達の声が入り込む。

 

「次の試合はどいつら?」

「筋肉ムキムキと丸っこい奴」

「どっちが勝つか賭けよーぜ、負けたらジュース一本ずつな!」

「俺、筋肉で!」

「俺もー!」

 

 騒いでいる中、立場の低い男子が強制的に誰も賭けていない方へ賭けさせられている風景を見ながら、葵は早く目的地へ着かないかと案内モニターに視線を移す。

 そこで、漫画で見たことのある市名を見つけて目を見開いた。

 

保須市(ほすし)……保須市!?」

 

 葵は思わず口に出してしまい、学生の視線を感じて慌てて明後日の方を向く。 体育祭とセイカの手伝いばかりに意識が向いていたが、葵は次の舞台となる場所を思い出してどうしようかと口に手を当てて悩む。

 

(そういえばすっかり忘れていたけど、そろそろスタンダール……じゃなくて英雄殺しのステインがインゲ兄さん……インゲニウムを襲撃する頃だったっけ。 というか体育祭の今日が襲撃する日!?)

 

 マスターである紫の記憶を引っ張り出してみれば、A組の飯田天哉が轟焦凍と対戦していた時に飯田の兄でヒーローでもあるインゲニウムが襲われた事が発端で、職場体験にて保須市を中心に英雄殺しとの物語が始まる切っ掛けの事件が起こる日。

 本来であれば彼女は関わる必要の無い場所でもある。 自分たちの活動には関係ない相手であるし、関わったことで物語がどう転がっていくのかわからない以上、過剰に接触してもリスクはともかくリターンがどうなるかわからない。

 事実、活躍の場を増やすために八百万百と耳郎響香へ介入した結果、爆豪勝己は最終種目へ通ることが叶わず観戦席に座ったままとなり、反対に辞退するはずだったB組の庄田二連撃がトーナメントに参加する等々、本筋を知っているならばどうしてこうなったという状況である。

 しかし、介入によって元々の物語が変化しようともボイスロイドと名乗る少女たちは気にもしない。

 

(マスター、ヴィジランテも好きだったよね。 なら、インゲニウムは無事だったら喜ぶかな?)

 

 彼女達の活動理由は全てマスターである紫がどう反応するかにかかっている。 故に自分たちの思い描く筋書よりも大きなズレが発生しない限りは勝手気ままに世界をかき乱す。

 葵は額に手の甲を当てて目を閉じた。 真っ暗な彼女の視界には以前に分散しておいたあかり草の群れが見ている景色を映し出され、保須市に生えている個体からインゲニウムとステインを探し始める。

 

(……いた)

 

 探し人の姿はすぐに見つかった。

 韋駄天ヒーロー、インゲニウム。 フルアーマーのヒーロースーツを身に着けながら見回りをしている姿が視界に入り、まだ襲われていない目標を確認した葵は目をゆっくり開ける。

 案内モニターを見上げれば、次の次で保須市に止まるのを確認して腕を伸ばす。 急遽決めた予定をこなすべく、紫がどのような反応をしてくれるか思い浮かべながら体を解して停車駅までの時間をつぶした。

 

 

 

 

 

 

 保須市の小道、車一台がやっと通れそうな幅の路地裏。 祭りの日という事で普段よりさらに人気の少ない場所で、肩にINGの文字が書いてある全身鎧を身に着けたヒーローが地面に倒れている。

 彼はほんの僅かにしか動かない体を震えさせながらも近寄ってくる足音の聞こえる方を睨みつけた。 視線の先には包帯状のマスクを身に着け、赤いマフラーと血が滴るナイフをゆらゆらと揺らしながらヴィランが近づいてくる。

 マスクから除く充血した目は倒れているヒーローを見下ろし、ナイフに付着している血を振り払ってしまうと口を開いた。

 

「少々手こずったが、所詮は贋作。 真のヒーローでなければ俺を殺すことはできない」

「ここまでの手練れとは、ヒーロー殺しのステイン……!!」

 

 インゲニウムが絞り出すように声を上げるとステインはヒーローの背中を踏みつけ、背中から刃こぼれした刀を引き抜く。

 

「これは歪んだ社会に対する警告だ。 貴様にはメッセンジャーになってもらう。 ハァ……まずはその個性を潰させてもらおうか、二度とヒーローと名乗れぬようにな」

「……!!」

 

 インゲニウムの腰に狙いをつけ、位置を調整し腰椎(ようつい)を狙って切断しようと試みるヴィラン。 逃れる事ができないヒーローは次に来るであろう苦痛に体を強張らせた。

 

「さらばだ、贋作のヒーローよ」

 

 インゲニウムは恐怖に目をつぶる。 逃れられない凶刃の痛みを覚悟した瞬間、表通りから突風が吹いた。

 同時に背を踏みつけていた重さも消え、目を開けてみればステインが風の吹き去った方へ飛び退き武器を構えている姿が見えた。 同時に頭部へ衝撃が走り、インゲニウムの意識は闇へと沈む。

 邪魔をされたステインは割って入ってきた闖入者(ちんにゅうしゃ)を睨みつける。

 気絶したインゲニウムとステインの間に立つ人物は、正に珍妙という他なかった。 首元しか肌が見えない北国の軍服とも見える厚手の衣装、頭には額部分にVと刺繍された耳あてのあるロシア帽子、そして顔には表情が見えないガスマスクを身につけた小柄の人間が仁王立ちしている。

 後頭部に見える髪飾りらしきもの、そしてガスマスクと帽子の間から垂れる青色の髪をみれば恐らく女性だろうと推測できるが、ステインは視線を敵対者の持つ武器に向けながら刀を構えた。

 一陣の風を起こしステインの私刑を遮った巨大な三叉槍(トライデント)のような武器。 柄と刃を合わせれば所有者の倍はある長さで先端の刃は三つに分かれ、刃の半分から根本まで装飾が施されており槍の突き刺す機能が損なわれている。 元々は観賞目的の美術品であろう美しさを持つ長槍、それを軽々と扱う相手にステインは睨みつけながら愚痴を吐いた。

 

「ハァ、いい所で……ヒーローかヴィジランテか。 どちらにせよ邪魔するならば貴様も殺す」

「……」

 

 無言で槍を構える相手に合わせてステインも腰をかがめ戦闘態勢をとる。

 乗用車一台分より少し大きい程度の横幅で建物の壁がある一本道。 長物を使用するには狭すぎる場所で先に動いたのは介入者だった。

 数歩で距離を詰めて素早く槍を突き出す。 ステインは上に飛んで躱し、数本のナイフを指に挟んで構える。

 敵対者は間髪入れず、ステインが飛んだ後を追って槍の穂先が弧を描いて敵を切り裂かんと振り上げられた。

 

「っちぃ!」

 

 小枝でも振るうような素早い挙動にステインは舌を打ちつつも背を勢いよく仰け反らせる。 動きの制限される空中で体を曲げることにより、僅かに浮いて高さが上がった靴裏を撫でるように刃が掠めた。 そのままステインは一回転して手に持ったナイフを投げつける。 敵対者は石突きで払いのけるが、一本だけ対応できずに左腕へと突き刺さった。

 今度はステインが距離を詰めて刀を突き出す。 敵対者は柄で受け流すが、ステインは空いた片手を伸ばし敵の腕に刺さっているナイフを抉りながら抜き取る。 敵対者は僅かに身を引いて柄を短く持ちなおし、穂先をステインへ叩きつける。 が、即座に離れたステインには届かず地面に打ち付ける音だけが響いた。

 再び向き合う両者。 ステインは一滴の血すら流れていないナイフを握り直し相手を睨みつける。 

 

「動きは素人同然だが面倒な個性……肉を抉る感触はしたが一滴も血を流さないのは想定外だ」

 

 相手の血を舐めることで動きを封じる個性を持つステイン。 搦め手でもあり決め手の個性が通用しない相手を睨みつけ、億劫になっていると敵対者がガスマスク越しに聞き取りにくい声を発した。

 

「面倒事に対策をするのは当たり前でしょ。 だいたい力量差が分かったし、そろそろ終わりにするね」

「女……いや子供か? どちらにせよ、お前ではオレをどうこうすることはできない。 ハァ……さっさとここから立ち去れ」

 

 言葉は聞こえるものの、声がこもっている為にはっきりとした性別が判断できない。 声の高さから女性もしくは少年であると推測したステインは僅かに首を傾げながらも敵対者を睨みつける。

 表情の見えない相手は穂先の根元に手を添え、勢いよく手前へ引っ張った。 金属がぶつかり合う音と共に三叉槍が巨大な剣へと変貌し、狭い空間で軽々と片手で振り上げる。

 ステインが身をかがめると同時に、闖入者は斬撃が届かない距離にも拘わらずその場で全身を使って自身の背丈よりも大きい剣を縦方向に回し始めた。

 

「器用に回すものだな!」

 

 敵対者が剣を振り下ろせば、槍で放った疾風の一撃とは比べ物にならない暴風が巻き起こる。 ステインはすぐさま近くの壁へ張りつくが、それでも浮き上がりそうになる体に全体重をかけた。 巨大な剣が回転するたびに放たれる烈風に煽られながら、背後へ転がっていくゴミが奏でる騒音を聞きいてため息をついた。

 

(ここまで騒がれたならば、他のヒーロー達も寄ってくる。 逃げ時か)

 

 ステインがこの場から離れようと決心した時、敵対者は剣を地面へ叩きつける。 アスファルトを軽々と砕きながら放たれた衝撃波に合わせて後方に飛んで衝撃を和らげながら、風に身を乗せて路地裏から飛び出しビルの陰に消えていった。 

 大剣を振り下ろした人物は静かになった路地裏を見つめ、誰もいないことを確認してため息をついてマスクを外す。

 同時に身に着けていた軍服と武器が虹色の帯となって虚空に溶け、普段の姿に戻った琴葉葵はナイフの刺さっていた左腕をさする。

 

「やっぱり個性抜きじゃ敵わないか。 んー、少しは体の動かし方を覚えた方がいいかなぁ……っとインゲニウムを起こさなきゃ」

 

 小走りにインゲニウムへ歩み寄って体をゆする。 暴風で砂埃まみれになっているヒーローが目を開け、頭を抑えながら立ち上がった。

 

「俺は……あれ、君は? って何だこの状況は!? ステインは何処に!?」

 

 葵に気づいたインゲニウムは裏路地の酷い有様に驚き、彼女を背に庇いながら先ほどまでいたはずのヴィランを探す。 そんなヒーローに葵は腕を突いて視線を向けさせ、彼女は表の活動に支障が出ないよう作り話を伝えた。

 

「先ほどすごい音がしたので気になって見に来たんですけど、私が着いた時には誰もいませんでしたよ」

「……そうか。 君がヴィランに襲われなくて良かった! 可愛い子がこんな裏路地に来ると危ないから、次からは異変を感じたら警察かヒーローに任せて入らないようにしよう!」

「はーい」

「はっはっは! さあ、表通りに行こうか!」

 

 朗らかに笑うインゲニウムに連れられて裏路地を出た。 先ほどの地を裂くような音を聞きつけた野次馬達が道の入り口を遠巻きに囲っている。 さらには他のヒーローや警察も集まっており、出てきたインゲニウムは警察から事情聴取を受けた。

 葵も事情聴取を受け、ステインや路地裏の惨状は知らぬ存ぜぬで押し通し警察から解放されると一つため息をつく。 すると目の前にお茶の缶が差し出され、振り向けば両手に缶を持つ素顔のインゲニウムこと飯田天晴(いいだてんせい)がそこにいた。

 

「お疲れ様。 好みがわからなかったからお茶を選んだけど、どうかな?」

「ごちそうさまです」

 

 葵は頭を下げて受け取り口をつける。 飯田天晴も自分の缶を開けて喉を潤した。 二人がお茶を飲み終わると、彼は空いた缶を受け取りビニール袋に入れて片手を上げる。

 

「今日は災難だったね。 帰り道にヴィランを見つけても近づかないよう気を付けて」

「ご忠告、ありがとうございます。 ヒーローさんもお気をつけて」

 

 葵は一礼すると最寄りの駅へ向かって歩き出した。 ヒーローからは見えない彼女の表情は仕事をやり切った顔で、足取り軽く帰り道を進んでいく。

 ふと空を見上げれば緑色のスーツを着た女性、京町セイカが空を飛びながら葵に向かって手を振りヴィランの住処へ向かっていくのが見えた。 葵も小さく手を振り返し、ふと自分の行った行動で影響が出るだろう今後の事へ思いを馳せる。

 

(これからどうなるかな。 でも保須市はあまり変えすぎると主人公組の成長に影響が出そうだし……皆に相談してみよ)

 

 帰り際に葵は雄英体育祭の進み具合を確認するため、電柱に寄りかかりながら携帯電話を開いて公開されている情報に目を通す。 第二回戦の一試合目と二試合目は原作通り轟と飯田が勝ち上がり、三試合目が始まろうとしているところだった。




感想、誤字報告有難うございます

早くインターン編が書きたい


以下蛇足

・大剣に変形した三叉槍の元ネタ
武器名エッケザックス。 騎空士ではなくFEの方の武器。
回転王で検索すればその姿が拝める浪漫武器。


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Voice17 第二回戦の四試合目と準決勝二試合目

 第二回戦の三試合目が終り、観客席のヒーローたちが試合の内容……というよりは八百万百の事で盛り上がっていた。

 

「あの八百万って子、ウチに欲しいな。 あそこまで多彩なアイテムを造れるならどこでも動けそうだ」

「ヴィラン捕縛に人命救助の道具も作れるようになれば暇無しだ、両方こなせる個性は取り合いになるぞ」

「芦戸って子もよかったが、液体系は後始末がなぁ」

「あの子が来れば精密機械を壊しても借金しなくて済むのか……」

 

 後ろでプロヒーロー達によるクラスメイトの話題に、上鳴電気は上機嫌で隣に座っている蛙吹梅雨へ話しかける。

 

「すげーな八百万ちゃん、注目の的だぜ!!」

「努力の結果ね。 体育祭が告知されてからは休み時間も何かの部品を作っていたし、その作った物を持って放課後にサポート科の工作室に通い詰めていたみたいだもの」

「はぇー、いつも帰るのが早いと思ったらそうだったのか。 でも、たった二週間であそこまでできるようになるもんか?」

 

 上鳴の疑問に蛙吹は頷いて肯定した。

 

「とても頑張ったのよ。 切っ掛けはわからないけれど、八百万ちゃんは目標を見つけたように、がむしゃらで自分の個性でできることを探していたわ。 水中で救助者を運ぶのに使えそうな道具はどんなものがいいか、私に聞きに来たことがあったもの」

「あー、そういえばオレの所にもサポートアイテムを使うならどんな物がいいかって聞いて来てたな」

 

 上鳴が体育祭の前にあった忘れかけていた出来事を思い返す。 

 そこに芦戸三奈が頬を掻きながら戻ってくると、クラスメイト達が励ましの声で迎えた。

 

「あははー負けちゃった」

「お疲れ芦戸!」

「芦戸ちゃん、お疲れさま」

 

 芦戸は椅子に座って両手を握ると、胸の前で小さく振って悔しがった。

 

「ああー、ヤオモモってば何出してくるかわかんない! 溶かしても溶かしても次が来るし、目つぶしされて耐酸性のシーツっぽいので包まれて縛られて、場外まで引きずられて負けとか悔しいー!!!」

 

 芦戸の嘆きに同じような体験をした常闇踏陰が頷いた。

 

「同意する。 八百万の個性は知識が必要不可欠な上、万能であるが故に応用力を問われる。 今回は一対一での試合、かつ個性の分かる相手となれば無力化できる最善手を取るのは道理。 俺も対抗策の一つすら思い浮かばず敗退したのは遺憾である」

「常闇ちゃん、今日はたくさん喋るわね」

「……会場の熱気に当てられたようだ」

 

 そっぽを向く常闇を見ながら、芦戸はふとクラスメイト達を見回す。 飯田と百の姿が見えない事に気づいて切島鋭児郎に聞いた。

 

「緑谷は手術しているって麗日から聞いたけど、飯田とヤオモモはまだ戻ってきてない?」

「準決勝が近いから控室にいるんじゃないか。 第一試合は轟がでかい攻撃でステージ補修に時間がかかったけど、試合の長さはまちまちだからな。 念のためすぐ出られる入場口の近くにいると思うぞ」

 

 そんな話をしていると麗日と一緒に右腕を吊った緑谷出久が戻ってきた。

 第二回戦の一戦目で轟との激闘でほぼ自傷ではあるものの、特に右腕がぼろぼろになっていたので試合終了後に緑谷の様子を見に行った麗日お茶子達から様子を聞いており、手術を行うほどだった事も知っている為、爆豪を除いた全員が緑谷を囲む。

 騒ぎ出したクラスメイトをしり目に爆豪はステージに目を向ける。 酸で穴だらけになったステージの整備が終わり、第二回戦の最終試合である耳郎響香と庄田二連撃の試合が始まろうとしていた。

 ステージに上がった二人が構えを取ったのを確認して、プレゼントマイクが試合開始を宣言する。

 

『第二回戦最終試合のゴングを鳴らすぜ! 近づく相手は全員シビレさせるパンクガール、耳郎響香! 見た目と個性で翻弄するスピードアタッカー、庄田二連撃! 準決勝をかけた戦いの開幕だ……いくぜぇ!?スリー、ツー、ワン、Fight!!』

 

 

 

 

 

 開始の合図とともに庄田が響香に向かって走り出す。 イヤホンジャックを持ち上げていつでも突き刺せるように待ち構えている相手に構わず、彼は距離を詰めて接近戦へ持ち込もうとしている。

 響香は相手が射程範囲に入ると同時にイヤホンジャックを伸ばす。 それを庄田は払いのけ、攻撃の届く距離まで詰めると正拳を打ち出した。 迫りくる拳を彼女は体を捻って躱し、そのまま回し蹴りを放つ。 その攻撃を庄田は腕で受けながら足へ向かって掌底を放ち響香の体勢を崩す。

 響香は自分から転がって距離を取り、追撃せずに態勢を整えている相手を見てプレゼントマイクは包帯にまかれている同僚、相澤消太へ話しかけた。

 

『第一試合最終戦と同じような光景だが、どう思うミイラマン!』

『耳郎もサポートアイテムが無けりゃほぼ近接主体だ。 同じような殴り合いになるのは仕方ないだろ』

『サポートアイテム前提の個性ってのは今の風潮じゃマイナス評価だけどな!』

 

 世論を述べるプレゼントマイクを相澤がじろりと睨みつけた。

 

『どれも使い方次第だ。 そもそも耳郎の個性は索敵ならば他よりも一つ頭抜けている補助寄り。 それで矢面に立つヒーローを目指すならサポートアイテムに頼るか体を鍛えるしかない』

『おっと個性はサポート寄りの耳郎だが、思いのほか食らいついているぞ! そろそろ庄田の個性が発動しそうだがリスナー諸君、予想はついたか!?』

 

 実況が流れている間も選手二人のぶつかり合いは続いている。

 庄田の攻撃をいなした響香は汗を拭いながら、相手の一挙一動を凝視して攻撃を受けないように立ちまわっていた。

 控室に行く前に砂藤力道から貰った助言の言葉を彼女は思い返す。

 

(唐突な衝撃は攻撃を受けていた場所に起きる。 使用条件は恐らく攻撃を当てる事。 しかも任意発動っぽいとか、砂藤と違って軽いアタシじゃどうしようもないし、あの時のヴィランよりかは目で追えるけど体の反応が追い付かない!)

 

 敵襲撃時に相対したヴィランによって一方的にサンドバックにされた時と比べれば圧倒的に遅い攻撃。 しかし尾白猿夫との訓練でもあしらわれる程度の響香にとって、見えるが反応しきれない状況はもどかしいものだった。

 すでに数か所へ攻撃を受けているので、砂藤の予想通りならば響香が攻撃を仕掛けた時に個性を発動して体勢を崩したり、砂藤の時と同じように決定打の起点にされるのは想像に難くない。

 予想以上の難敵に響香は眉をひそめながらもイヤホンジャックを刺そうと様子を伺う。 しかし相手の視線は常にイヤホンジャックを視界に収め、決定打になりえる個性を警戒している為に隙が無い。

 

(使い勝手良すぎるでしょあの個性。 このままじゃ負ける……なら、やってやろうじゃないの!!)

 

 響香は覚悟を決めて拳を耳の近くまで引き、力いっぱいのパンチを繰り出した。 先の読みやすい動作を見て、庄田が一歩身を引いてかわす。 大振りに空ぶった響香の脇腹に拳を放ち体に当たった瞬間、庄田の体が跳ね上がった。

 響香は転がり庄田が膝をつく、目の前の展開にプレゼントマイクが立ち上がって目を見張り声を荒げた。

 

『今何が起こった!?』

 

 原因の瞬間を見逃した彼に代わって、撮影された映像越しに一部始終を見ていた相澤が解説を引き継ぐ。

 

『一瞬だが、耳郎のイヤホンジャックが直角に曲がっていた。 腕に添わせながら空振りと同時に直角に曲げて突き刺したのか。 焦ってテレフォンパンチをしたのかと思ったが、突き刺すための偽装でわざと大振りに攻撃したな』

『状況が動いたぞ! すぐさま立ち上がる耳郎に対し、庄田は蹲ったままだ!』

 

 響香が止めの衝撃を加えるべくイヤホンジャックを伸ばした。 勝利が目前となった彼女を見て、彼女の個性が届く前に庄田はぼそりと呟く。

 

「ごめん、でも勝ちたいんだ。 ツインインパクト、解放(ファイア)!」

 

 庄田に決定打が届く直前に響香の足が弾かれ、彼女は勢いよく頭から地面へ叩きつけられる。

 彼は個性を使うことで起きる結末を予測していたが、危険でもある手段を最後まで使わないつもりだった。 しかし、B組の応援を思い出し、負けると理解した瞬間。 彼は勝ち上がる方を選んで行動を起こした。

 

「っがぁ!?」

 

 反応できなかった響香は鍛えようの無い場所を強打して痛みに悶絶する。 その間に体を動かせるようになった庄田が構えると同時に、ミッドナイトが間に入って響香の様子を確認すると両腕を水平にして試合終了の宣言をした。

 

「耳郎選手、戦闘不能。 庄田君の勝利!」

「ア……タシ、まだ戦える……!」

 

 痛みに体を震わせながらも立ち上がることのできない響香。

 ミッドナイトは個性の眠り香を使い、眠って脱力した彼女を抱えて庄田に退場するように促すと、庄田も晴れない表情で一礼して入場口へ向かった。 ミッドナイトもロボット担架に響香を乗せてリカバリーガールへ送りだす様子を放送席のプレゼントマイクがため息をついて結果を観客へ伝える。

 

『庄田、二回戦突破。 さすがにストップ入ったな』

『不意の事故は日常茶飯事だ。 庄田も本意ではなかっただろうが、ヴィラン相手に同じことは言えん。 善戦はしたが、詰めで庄田に負けたのは変わらん』

『ちょっと今日は辛口過ぎない!? せめて自分の生徒くらい善戦したことほめてあげよーぜ!』

 

 騒いでいる放送席を余所に観戦席で一部始終を見ていた上鳴が立ち上がり、クラスメイトの前を通りながら頭を下げる。

 

「悪い。 ちょっと様子、見てくるわ!」

 

 緑谷も腰を上げて向かおうとすると、障子目蔵が代わりに見てくると言って席を立った。 緑谷は傷に障らないよう座っているべきだと言われて大人しく椅子に座りなおす。

 障子の姿が見えなくなってから十五分ほどの休憩を挟んで、準決勝を始めるアナウンスと同時に轟と飯田が入場して準決勝が始まった。

 

 

 

 

 

 準決勝第一試合は轟が飯田のエンジンの排管をピンポイントで凍結、個性を封じられた飯田は氷漬けにされて敗退した。

 とんとん拍子に進んでいくトーナメント。 予想よりも進行が早い行程の消費にプレゼントマイクは手元に置かれている対応マニュアルを見ながら、準決勝二試合目の開始宣言を行った。

 

『閃光マシーンと化した無傷捕獲ガール、八百万百! 対するは意地でも勝ち上がる、食らえば劣勢は必至の庄田二連撃! 決勝の大舞台に進むのはどちらだ!? スリー、ツー、ワン、Fight!!!』

 

 開始の合図とともに百は遮光グラスを生成して身に着け、続けて造り出した閃光手榴弾を庄田の手前に向かって放り投げて耳を塞ぐ。 決まり切った流れで生み出された筒は地面に落ちると同時に閃光と轟音を周囲にまき散らす。

 庄田も同じく後方に飛びながら腕を顔の前で交差して目を庇うが、聴覚は守ることができず耳鳴りによって周囲の音が遮断された。

 腕をどかして目を開ければ今度は煙幕。 徹底的に視界を遮った相手を探すも見えるはずがなく、煙から出ようと右に向いて進んだ。

 煙から抜け出した瞬間、足元へぶつかる紐のようなものを感じ取った。 同時に庄田は転び、立ち上がろうと地面に手をつくと、腕に何かがべちゃりとへばりついた。

 

「っやられた!!」

 

 体に張り付く物体を見て、それが鳥もちだという事に気づく。 ワイヤーを張って庄田がかかったのを感知した百が掌から生成し、投げつけたとりもちが見事に庄田へ当たったのだ。

 

『八百万の十八番、行動を制限してからの捕獲が決まったー! 庄田はもがくが鳥もちが追加ー! ぶっちゃけ八百万の間違い探しを見てる気分だぜ!?』

『通じる定石があるならばそうもなる。 逆にこの定石を崩せなければ八百万を相手にした時の勝ち目はないからな。 特に近接しかできない場合、これで負けが決まるだろう』 

 

 相澤の言葉通り、手も足も動けなくなった庄田を見てミッドナイトが続行不可能と判断し勝敗を告げる。

 

「八百万ちゃん、決勝戦進出!」

 

 自身の個性で相手を押し倒し、攻撃されることなく勝利した八百万百。 観客の反応はあまりにもあっけない試合に文句を言うか、鮮やかに相手を封じた事に感心する者に分かれている。

 前者の反応をしたヒーローを見て相澤が眉間にしわを寄せて口を開く前に、プレゼントマイクは校長から念のためと渡されていたマニュアル、時間調整の休憩を入れるべく放送した。

 

『つーわけで次が決勝だが、ちょっとスピーディに進行しすぎたのでクールタイムが入るぜ! 三年はまだ準決勝が始まったばかりだから今年は早いっての、効率的かよ一年A組! 三十分後に決勝を始めるから、それまで轟か八百万のどっちが勝つか予想しておいてくれよな!!』

 

 騒がしくなる会場で切島は流れるように勝敗が決まった試合を見て、自分の拳を見て深くため息をついた。

 

「片や氷で拘束、片や創造で拘束。 派手とか地味とか以前に勝てる道筋が見えねぇ」

 

 そんな彼に葉隠が見えない手を一生懸命に動かして励ましの言葉をかける。

 

「大丈夫だよ、切島君! 私も全っ然勝てる想像できないから!」

「いや、それじゃダメだろ。 っても、俺達じゃ個性を使われる前に倒すくらいしか思いつかないしなぁ。 むしろ葉隠の方が見えにくいからワンチャンあるんじゃね?」

「マジで!?」

 

 おおげさに驚いている葉隠で周りの空気が緩んだ中、準決勝で敗退した飯田が戻ってきた。

 

「放送があったから急いできたが、本当に八百万君が勝ったのか」

「お、委員長が戻ってきたぞみんなー」

「お帰りー。 遅かったけど、どうしたの?」

 

 峰田実と芦戸が出迎え、飯田は席に腰を下ろして手に持っている携帯電話を見せる。

 

「準決勝敗退の事を兄さんへ伝えていた所だったんだ。 それと耳郎君が運び込まれたようだけど、上鳴君から大事ないと聞いたよ」

 

 耳郎の無事を知って、クラスメイト達は安堵の息を吐く。 その中で峰田が飯田の成績にかみついた。

 

「ってか飯田は準決勝、ベスト(フォー)までいったんだろー!? いい成績じゃんかよ、二種目目で落ちたオレを見て言える……ヒエッ」

 

 峰田は突然の鳥肌が立ったので周囲を見れば、視線で射殺(いころ)さんばかりに睨みつけてくる爆豪が視界に入り席の足元へ逃げ出した。

 緑谷は幼馴染の様子に苦笑しながらも、パンフレットのスケジュールに決勝の後が表彰式になっているのを見つけ疑問を口に出す。

 

「そういえば次が決勝だけど、三位を決める試合は無いのかな」

 

 彼の呟きに飯田が頷いて答える。

 

「ああ、例年はどの学年でもぶつかり合いが激しいからな。 三位と四位を決める試合は行わないのが通例らしい。 ある意味、今年は異例尽くしとも兄さんが笑って言っていたよ」

「そっか。 体育祭はいつも見てるけど、やっぱり細かい所は知らないことが多いなぁ。 所で飯田君、お兄さんってことはターボヒーローのインゲニウムだよね!?」

 

 急にテンションの上がった緑谷を見てわずかに身を引く飯田。 その様子を気にせず前のめりに緑谷が顔を近づけている。

 

「うん!? 確かにそうだが」

「実はサインが欲しくて以前に貰いに行ったときは丁度ヴィランを捕まえている途中だったから――」

 

 緑谷の発作(ヒーローオタク)が始まった。 怪我をしていても変わらない彼に呆れるクラスメイト達。 和気あいあいと会話をしているA組ヒーロー科は一部を除き、決勝戦が始まるまでの時間を和やかに過ごした。

 




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Voice18 雄英一年 決勝戦/介入準備

 ステージの中央、轟焦凍と八百万百が向かい合う。 他の学年よりも一足早い、雄英高校一年生の決勝戦をプレゼントマイクが宣言した。

 

『いよいよラスト! 雄英一年生の頂上を決めるファイナルバトル! 轟対八百万の戦いが今、START!!』

 

 合図とともに轟は巨大な氷を百に向かって解き放つ。 あっという間に氷の津波はフィールドを飛び出て、会場へ届きそうなほどの氷塊が彼女の姿を簡単に飲み込んだ。

 最初の試合と同じ規模の攻撃にプレゼントマイクが声を張り上げる。

 

『いきなりぶちかましたぁ! 瀬呂の時と同じ出力とか容赦ねえな!』

 

 氷の冷気で冷えた会場が静寂に包まれた。 一方的な蹂躙、クラスメイトでさえ勝者が決まって盛り上がる事よりも、氷漬けにされた少女の安否に意識が向いている。

 誰もが刹那で勝敗の決まった試合だと思い、主審のミッドナイトに視線が集まる。 彼女は氷塊に映る影を凝視しながら手を高く上げた。

 

「テンカウント以内に動きが無かった場合、轟選手の勝利とします。 テン、ナイン、エイト……」

 

 誰もが無意味と思われるカウントに、ミッドナイトは氷の中に一メートルの金属板の影にできた空間で、何かを作り続けている彼女を見ながらカウントダウンを続ける。

 

「フォー、スリー、ツー」

 

 残りツーカウントの所で氷塊の上部の一角が轟音と共に爆ぜた。 蒸気が漂う白い煙の中から物々しい金属でできた手が氷を掴むと、両手には第一種目で使っていたアームハンド、顔には遮光グラスを身に着けた百が現れ、会場は驚きと歓声の声が響き渡る。

 

『これは……氷の壁を逆に利用して時間稼ぎ、その間に物々しい武装で再エントリーだぁ!!』

『閃光手榴弾を警戒して広範囲を選んだのだろうが、視界を遮ることで相手を確認することができず、八百万に準備する時間を与えることになったか』

 

 プレゼントマイクと相澤の実況が終わると同時に両者が動いた。

 百を確認した轟が再度、右手を振りかぶって氷を生み出そうと構える。 同時に、百は右腕のアームからワイヤーを氷塊から生えている棘のような柱へ射出した。 再び氷が襲い掛かる前に百が左腕のアームから何かを轟に向かって打ち出し、右腕のワイヤーを巻き取って横へ飛んだ。

 転がってくる物体を轟は一瞥すると、地面に着けたままの手から二度目の氷を生み出して迫ってくる物体を巻き込んで百を狙う。

 

「閃光手榴弾……面倒だな!!」

 

 彼女の戦闘を見ていればもはや見慣れたと言ってもいい、転がってきた物体を包み込むと同時に四つが次々に爆発した。 氷を砕く程の爆発力は無いそれらから視線を外し、百を探すと地面に降りた彼女が再び閃光手榴弾を放り投げてくるのを見つけ、三度目の氷撃を放つ。

 今度は逃げきれず、手榴弾と一緒に左腕を氷漬けにされた百だが、腕を強引に動かして隙間を作ると、アームを脱ぎ捨ててその場を離れる。

 轟がその隙を見逃すはずもなく、氷撃を放って無力化を狙う。 が、大出力の後に連続使用を行った弊害で、震える体で放った氷の波は、百が最初に轟の攻撃で生まれた氷塊に向けて移動用ワイヤーを放ち、飛んで逃げる彼女を捉えることができなかったのを見て彼は顔を歪める。

 

『先に当てた方が勝利のじゃんけん勝負だな』

『白熱した一戦だ! 氷溶かすくらいヒートアップしていけよ!!』

 

 プレゼントマイクの台詞で観客たちが前評判を覆している百に声援を送る。 A組のクラスメイト達も二人に声援へ送る声を背に、轟は五度目の氷を彼女へ放つ。 今度は手の大きさ程度に絞り百を捕まえようと放った攻撃だったが、思ったより速度の上がらなかった攻撃を彼女はワイヤーを使って先ほどと同じように避けた。

 轟の攻撃が遅くなった事に気づいた百は立ち上がると、アームハンドを構えながら疑問を投げかけた。

 

「轟さん、動きが鈍いようですが……私では貴方の、本気の相手にはならないのですか」

 

 彼女は轟の弱点に気づいていない様子で一挙一動を警戒している。 事実、緑谷との激戦では押されている彼を百は見ていたが、彼は今まで弱点の片鱗を見せなかった為、そして緑谷と会話する機会の無かった彼女には氷撃の使い過ぎで体の動きが鈍るという推論までたどりついていなかった。

 ぼそりと百が呟く。

 

「……私では、全力で相手するほどではないという事ですか」

「……?」

 

 轟が風に消えそうな百の声を聴いたと同時に彼女は右手を突き出す。 装備されたアームが展開してボウガンのような姿になると、百は腰にぶら下げているアームハンドと同時に作り出していた、網目状の球体をボウガンにつがえて放つ。

 轟は手をついて等身大の氷壁を作り出す。 発射された球は途中で広がり、投網となって壁にぶつかった。 轟が壁から顔を出して様子を見ると、今度は棒状の矢をつがえて撃ち出してきたのですぐに身を引っ込める。 数発ほど同じような間隔で壁を砕く音がした後には聞こえなくなったので、攻勢に移ろうとした轟の頭の上に網状の影が落ちてきた。

 

「っちぃ!!」

 

 被さる投網に氷の柱を作って凌ぐ。 氷柱(ひょうちゅう)に被さった投網を見上げ、轟はすぐに百の方を見て……姿が見えない事に気づく。

 即座に周囲を警戒する轟の目の前にカツンと何かが落ちてきた。 物体を認識したのと同時に閃光と轟音が轟を襲い、彼が手と膝をつくのを確認して百が氷柱から降りてくる。

 ボウガンで近づきながらも発射間隔をずらし、あたかも元居た場所から攻撃しているように見せかけ、投網を上から投げて現れた氷柱を登り身を隠した。 見失った彼に地面にぶつかる衝撃で起動する閃光手榴弾を落とした百が身動きの取れない轟の目の前に立った。

 

『八百万、相手の攻撃を利用して追い込んだー! こりゃ勝負決まったな!』

 

 プレゼントマイクの言葉に誰もが勝負が終わったと思った瞬間、轟は俯いたまま右足から氷を生み出して至近距離にいる百を包み込んだ。

 

「なっ……しまった!?」

 

 百は意表を突かれて逃れることができず、下半身は完全に封じられて身動きが取れなくなってしまった。

 轟を見れば、耳には氷でできた耳当て。 完全ではないが、音の攻撃を凌いだ彼は姿を現すであろう百を地面についた手から感じる振動で探しだし、感知した瞬間に彼女に攻撃を仕掛けた。

 百はそれでも諦めず、左肩から閃光手榴弾を生み出そうとするが、轟の追撃で頭部以外を氷で覆われてしまい完全に動きを封じられてしまった。

 

「ま、まだ……!」

「これで決めさせてもらうぞ」

 

 轟は目が見えないままでも、最後の一押しとばかりに百の足元から細い氷柱を生み出し、動けない彼女を持ち上げる。 百が包まれている氷の自重で柱が折れると、轟は氷の坂を創り出してステージ外へと放り出した。

 場外の地面についた百を見て、ミッドナイトが勝敗を宣言する。

 

「八百万ちゃん、場外! 轟君の勝利!」

『…………終了ー! 今年度の雄英体育祭、一年の優勝はヒーロー科A組の轟焦凍だー!』

 

 大きい間の後にプレゼントマイクが放送し、会場に大歓声が響き渡り優勝者を祝福した。

 

 

 

 

 

 弦巻マキが大歓声を流しているテレビを消す。 体を伸ばし震わせながら大きくため息をついた。

 

「体育祭やっと終わったー!」

「しーっ、マキさん静かにしてください」

 

 隣にいた紲星あかりが口に指を当てて注意すると、マキは慌てて口を塞いでベッドの方を振り向く。 そこには紫色の生物、みゅかりを枕にして横になっている結月紫が目を閉じて寝息を立てていた。

 

「……おきちゃった?」

「大丈夫ですよ。 ずいぶんとはしゃいで疲れちゃったので、今日はもうお休みですね」

「そっかー。 まあ都合がいいかな? 葵ちゃんの方でちょっとトラブルあったみたいで、セイカさんが呼んでるから出かけようか」 

 

 マキとあかりは立ち上がり、そろりそろりと忍び足で部屋を横切って扉の前まで移動する。

 

「じゃ、みゅかりん。 マスターに何かあったら知らせてね」

「みゅあー」

 

 小さく鳴いたみゅかりを確認して二人は部屋から出る。 扉を閉じるとあかりは首を傾げてマキに声をかけた。

 

「別に部屋から出るのに徒歩ででなくても、ワープを使えばいいのでは?」

「部屋の中で個性を使うのはちょっとね。 マスターの前であまり何でもできるってボロは出したくないし」

「はぁ」

 

 マキは何処からともなく地図を取り出す。 彼女は目的地を探してペラペラとめくりながら呟いた。

 

「マスターの個性は本人が詳細を知らない方が強力だからね。 行為や行動が架空であることが条件だから、こんなこともできる」

 

 マキが地図に触れると、二人の視界が回転して真っ白になった。 景色の色が戻り、回転が収まると同時に目を回した二人は膝をつく。

 

「移動方法ミスった」

「マキさんぇ……」

 

 二人が移動したのは薄暗い部屋の一室。 元々はヴィランが占拠していたであろう場所は、散乱した家具しかない状態だった。 待っていた京町セイカと琴葉茜が地面に手をついている二人をのぞき込んで呆れている。

 

「お二人とも大丈夫ですか?」

「何やっとんねん」

 

 マキは胸を一叩きして立ち上がると、先ほどの酔った雰囲気はなく凛々しい顔でセイカを見る。

 

「それで、どういう状況?」

 

 切り替えの早い彼女に肩をすくめつつ、セイカは本題を切り出す。

 

「葵さんがインゲニウムを助けたので、その件での相談です」

「ウチの妹が面倒事を作って堪忍な」

 

 茜が頭を下げるが、マキは笑って親指を立てた。

 

「ナイスプレー。 インゲニウムの事とかすっかり忘れてたよ。 ただ、保須市の方がどうなるかな。 原作の流れにインゲニウムが加わって、保須市の戦いに参戦するかな? それとも飯田君は近づかせないように離すかな?」

 

 首を傾げてあれやこれやと考えているマキ。 その様子を三人が見守る中、結論が出た彼女はポンと手を打った。

 

「とりあえず、セイカさんは当初の予定通りA組の強化に入るとして……あかりちゃんは保須市へ行ってステインの戦いに状況を見て介入してほしいな」

「え、わたしがですか?」

 

 あかりはきょとんとマキを見ると、彼女は困り顔で頬を掻きながら理由を述べた。

 

「私と茜ちゃんは神野事件まで潜伏していないと、万が一にも興味を持たれてオールマイトかAFOが出張ってきたら、場合によっては拠点も割れるかもしれないからね。 世間では死んでいる扱いの私達より、まだ世の中に名が出てないあかりちゃんの方が動きやすいと思うんだ。 肉体を更新するとはいえ、目の前で自爆なんてしなければ良かったなー」

 

 半ばその場のノリで自爆したことを後悔しているマキ。 とはいえ、過ぎた事を変えることができるはずもなく、彼女は頬を叩いて意識を切り替えた。

 

「よし、前を向いて行こう。 私たちヴィラングループの方針は、私と茜ちゃんはマスターの傍で待機。 セイカさんはA組の強化、あかりさんは保須市で様子見ということでよろしく!」

 

 マキの決定にそれぞれが頷き、セイカは壁を通り抜けて、茜は扉から、あかりは足元に空いた穴から部屋を退出した。 誰もいなくなった部屋の中でマキは一人、頬に指を当ててにんまりと笑う。

 

「さーって、イタコさんの方は進み具合どうだろう? マスターの見逃した情報をみゅかりん通して映像を送らなきゃ。 夢で映像記録を見せられるって便利!」

 

 鼻歌交じりに地図を開き、雄英高校の近くにある東北じゅん狐堂の場所を触る。 今度は回転することなく、光の粒子となってマキも部屋からいなくなった。




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Voice19 職場体験前の一幕

 雄英高校ヒーロー科A組が、担当の相澤から職場体験の内容を聞いたその日の放課後。

 葉隠透と芦戸三奈は八百万百が持つヒーロー事務所一覧の束を眺めている事に気づいて話しかけた。

 

「指名件数第二位のヤオモモは何処に行くか決まったー?」

「あ、それ気になるー! 私は結構いい線行ってたのに指名が無いから受け入れ事務所の中からだし。 何処に行くか決めたー?」

 

 頬が近づきそうな程に寄って事務所一覧を覗こうとしてくる二人に挟まれながら、百はページをワタワタとめくって希望の事務所を指さす。

 

「第一希望はエッジショットの事務所ですわ」

「ほうほう……って、今年のヒーロービルボードチャートJP上半期で五位のとこじゃん!?」

「すっごい所から声かかってる!! 何で何で!?」

 

 賑やかにしてる三人から席一つ離れている砂藤力道と、前の席にいる口田甲司と飯田天哉の三人は芦戸達と同じく行先で話に花を咲かせていた。

 

「口田、良さげな所はあったか?」

 

 しょんぼりと首を横に振る口田の隣で、飯田がロボットのように腕を動かして励ます。

 

「大丈夫、今回はあくまで職場体験。 ヒーローという職業がどういった物か肌で感じる為の授業だ。 たとえ全く関係ない事務所でも、ヒーローという仕事を学べるのだから……まあ、少しだけ峰田君を見習って意欲の出る場所を選ぶべきだと思う」

 

 事務所選びで迷うことなくMt.レディの希望を宣言した峰田実。 不純ではあるが、行動力のある彼を思いだした口田は再び事務所一覧とにらめっこを始めた。

 

「そう言う飯田は……って聞くまでもないか」

 

 集中している口田を見守りながら砂藤が飯田に話を振ると、彼は当然と胸を張って答えた。

 

「勿論、チームIDATENのインゲニウム事務所だ。 兄さんには渋られたが、ぼ……俺の憧れであり目標! どうしてもと説得した!」

「ヒーローの身内がいると、こういう時は楽だな。 個性も似ているし。 となると、轟もエンデヴァーの事務所か?」

 

 砂藤の隣席で帰り支度をしていた轟焦凍の動きが止まる。 たっぷり一分ほどしてから彼が振り向くと、その顔には眉間にしわを寄せながら僅かに頷いて肯定した。

 

「……ああ」

「何でそんな嫌そうな顔してるんだよ」

 

 予想は当たったが、想定外の反応に思わず問いかける。 彼の疑問に轟は数分ほど沈黙してから口を開いた。

 

「クソ親父に教えられるのは癪だが、腐ってもヒーロービルボードチャートJPで二位を維持している。 その事実を見れば……少しは俺も変われるかと思ってな」

「そ、そうか……」

 

 轟の爆弾発言に教室の空気が重くなる。 肉親の呼び方に突っ込みたい砂藤と、踏み込み難い内容に口を固く結ぶ飯田。 偶然聞いていた周囲のクラスメイトも心の中で触れてはいけないと自戒している中、トイレから切島鋭児郎、上鳴電気、峰田実の三人が戻ってきた。

 切島は妙な雰囲気の教室に首を傾げている。

 

「どうしたんだ?」

 

 きょろきょろと教室を見渡している切島の横を上鳴が通り抜け、自身の机に戻りながら轟を見て口を開いた。

 

「ってか、轟ってば雰囲気変わったよな。 なんかこう、険がとれたっつーか、さらにイケメンになった?」

 

 話題を変えた上鳴に便乗して、居心地の悪い雰囲気を吹き飛ばすべく瀬呂範太が会話に加わる。

 

「イケメンは変わってねーと思うけど、確かに前は近づき辛かったよな。 ツンツンしてて、とっつきにくかった。 個性の氷っぽい感じで!」

「……そうなのか?」

 

 瀬呂の言い分に疑問を呈する轟に、峰田がうんうんと頷く。

 

「そーそー。 言葉遣いが丁寧なエンデヴァーっぽい雰囲気だった。 やっぱ親子だよな」

 

 教室の空気が凍った。 事情を知らない三人が周囲の反応に困惑し、峰田に至っては「轟、個性使った?」などと喋っている。

 

「……そんな風に見られていたのか、俺は」

「轟君ー!?」

 

 机に突っ伏する轟。 掛ける言葉が見つからずに叫ぶことしかできない飯田、その隣で砂藤は目に手を当てている。

 止めを刺した峰田は瀬呂のテープで簀巻きにされて吊るし上げられた。

 

「峰田お前なー!!」

「何でー!?」

 

 そんな風に騒ぎ始めた教室の中で、一足早く出ようとしている生徒が一人。 ツンツン頭に目つきの悪い爆豪勝己が教室を出ようとすると、廊下で待ち構えていた人影……ではなく浮遊している生首が目の前に立ちはだかった。

 切り揃えたショートヘア、二重まぶたが特徴のヒーロー科B組生徒の物間寧人が校舎全体に響き渡るような音量で声を上げる

 

「やあやあやあ 誰かと思えば宣誓で一位を取ると豪語したにも拘わらず 最終種目どころか途中で敗退した爆豪君じゃないか 元気にしているかい!!!」

 

 いきなりの大音量に緑谷達が入り口へ目を向ければ、廊下を飛んできた胴体に首を乗せる物間を見て口をぽかんと開けている。

 次いで廊下を走ってくる下半身を胴にくっつけてシャツをしまい直し、人の形になった彼は口を止めることなく動かし続けていた。

 

「一人で目立とうなんて狡いよねぇ 道化になってまで周りを楽しませようなんてできる事じゃないよ 飛ぶ鳥を落とす勢いで脱落するとか ちょっと高度過ぎて常人には理解しにくいからもっと他の人に合わせた方がいいよ 飛んでいる自分を鳥に例えて体を張って慣用句を表すジョークを察するのは苦手でさぁ!!!」

 

 呼吸を挟まず捲し立てるその姿に、A組生徒の大半が絶句している。 全身が揃った物間は、もはや個性と言われても違和感のない言葉の嵐。 さらにそれを目の前で受けているにも拘わらず、微動だにしない爆豪の背中を誰もが戦々恐々と見守っている。

 

「そういえば一年前にヘドロヴィランの事件で捕まっていたのは君だよね 今年もヴィランに襲われているとか疫病神かなやめてほしいな まるで雄英生徒がヴィランを引き付けているみたいじゃない」

 

ドッ

 

 鈍い音を立てて物間の首が7の字に曲がる。 容赦のない手刀を放ったのは、息を切らして走ってきたB組生徒の拳藤一佳だった。 彼女は素早く物間の頭を掴み、地面に叩きつけながら自身も頭を下げた。

 

「っごめん! 謝って済むことじゃないけど、こいつはちょっとどころじゃなくひねくれているだけだから」

「別に怒ってねーよ」

「……へ?」

 

 予想外の言葉に拳藤が顔を上げる。 しかし、目の前にはヴィラン顔負けに目を吊り上げた爆豪の顔。 直近で憤怒の波動を受けた拳藤は小さく悲鳴を上げた。

 頭を下げている二人を通り過ぎながら爆豪は絞り出すように言葉を呟く。

 

「良い練習場を見つけたからな。 思いっきり動けば有象無象の言葉なんざ気にならねぇ」

 

 自分自身に言い聞かせているような台詞を残して立ち去った爆豪。 その光景を見ていた一同の内心を拳藤が代弁した。

 

「……やっぱ怒ってるじゃん」

 

 

 

 爆豪は学校を出ると、すぐ近くにある最高級住宅地へ向かう。

 目的地の東北じゅん狐堂へ入って彼が店の中を見回せば、和菓子を突いている数人のヒーローたちがいた。 ヒーロービルボードチャートJPでも上位に名を連ねているヒーローの姿を見つけたが、爆豪は見向きもせずに店員の一人である刃物の髪飾りを身に着けた小柄な少女のいるカウンターへ向かう。

 予約キャンセル待ちと書かれたプレートを置いてある受付には、胸元に東北きりたんと書かれたスタッフ名札を身に着けている少女が手元を忙しなく動かしている。 顔に影が差したことで爆豪に気づくと、嫌そうな顔を隠すことなく見せつけて口を開いた。

 

「げぇ、今日もですか」

「予約入ってるだろうが。 てか、客にとる態度じゃねえだろ」

 

 爆豪に注意されるも、手に持っていたゲーム機をカウンターの下に置くと、何事もなかったかのように彼へタッチパネルディスプレイを渡してきりたんは案内を始めた。

 

「ご予約の爆豪様、個性使用許可場をご希望ですね。 必要な項目をチェックしてください」

 

 画面には、個性使用許可場で希望する設備の一覧。 街中や部屋の状況、使う小道具、そしてターゲットの項目がずらりと並んでいる。

 手慣れた手つきで項目を選んでいく爆豪。 所要時間はわずか一分。 

 タッチパネルディスプレイを受け取ったきりたんは爆豪に鍵を投げ渡し、奥の部屋を指し示してぶっきらぼうに告げた。

 

「二時間コース、学生かつヒーロー科なので割引して使用料は千二百円。 Aの三です。 料金は入り口の投入口へ、どうぞ」

「接客態度がなってねーぞ未成年かコラ」

「これでも個性使用許可場の管理人ですー貴方より年上ですからねー。 敬いなさい」

「誰がするか、営業態度を教育されろ」

「はっはっは。 ブーメラン投げるの上手いですね、口の悪いヒーロー希望さん」

 

 吐き捨てて部屋へ向かう爆豪に言い返すきりたん。 旧知の間柄のような容赦のないやり取りを見て呆気に取られているヒーローたちを余所に、手をひらひらと動かしながらきりたんは見送った。

 

「あはははは、ごゆっくりー」

(……しっかし、こっちも想定外ですね。 原作よりも強くなってるんじゃないですかアレ)

 

 部屋に入った爆豪を確認してから、きりたんは彼が先日残した使用履歴を見てへの字に曲がる口を手で隠す。 注文されたターゲットの種類は主にヴィラン捕縛率の高い、ヴィラン専門とも言われるヒーローを模倣したロボット群。 既に実力の低いヒーローロボットは軒並み薙ぎ倒し、今日はトップクラスのヒーローに挑戦するという事で、爆豪は駆け足で部屋へ向かっていくほどにやる気に満ち溢れていた。

 

 この店はきりたんの個性と偽り、映像記録が残っているヒーローやヴィランと模擬戦を行える環境を整えていた。 元々は個性の実験で生まれた練習場であり、その有用性から少々内容を変えて東北じゅん狐堂の施設になった。

 個性で作り上げているターゲット達は、入室代さえ払ってしまえば追加料金は発生しないため、体育祭以前は穴場だったここも利用者が増えた。

 どのような轟音すら外に漏らさない充実した施設を見つけ、密かに楽しんでいた目ざとい利用者は予約必須にまでなってしまった東北じゅん狐堂に涙を流すほどの盛況となった。

 総責任者である東北ずん子は、ずんだ商品が目当てでない客に当初は嫌ったものの、同時に商品の売り上げも増えているので施設継続を渋々ながらも容認した。

 

 きりたんはカウンターにキャンセル待ちのプレートを置き直すと、ゲームをやっているような素振りでゲーム機の画面に爆豪の入った部屋の映像を映し出す。 そこには既に事前注文されていたターゲットと拳を交えている爆豪の姿が映し出された。

 ウサギの耳が生えた、彼よりも一回り背の低い女性型ロボットは爆豪をたやすく投げ飛ばし、無傷の体をステップで揺らしながら人差し指を曲げて挑発している。

 

『こいよ弱虫! こいよ弱虫!』

『ミルコの模倣ロボット風情が、死ねぇぇぇぇぇ!!!』

 

 本人の希望で、元となったヒーローに限りなく近い能力を持つロボット相手に爆豪はいきり立って挑みかかる。 何度も放り投げられては挑み、少しずつだが投げ飛ばされるまでの時間が長くなっている様子を見てきりたんは眉をひそめた。

 

「何で爆発ヘッド野郎は学生なのに、近接でもトップクラスの現役ヒーローに食らいつけてるんですかね」

 

 原作でも天才といわれる所以か、倒されるたびに動きが洗練されていく爆豪。 それを目の当たりにしてきりたんは目をひくつかせ、後で録画をみればいいと画面を切り替えてゲームで遊び始めた。

 結局、施設利用時間が終わるまで爆豪はミルコのロボットに投げ飛ばされていた様子で、ぼろぼろになって帰っていった爆豪を見送る。 退出した部屋に向かい、個性を使って部屋を楽々綺麗にしようと赴くと、予想の三割増しでボロボロになっている部屋の壁、そして胡坐をかいている耳の無くなったロボットを見て思わず二度見した。

 




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Voice20 砂藤と口田 職場体験は奈落の底で

今更な気もしますが、タグに独自設定を追加しました
砂藤君と口田君の職場体験先が独自設定です


 職場体験が始まって数日が過ぎた。 雄英生徒は各々が希望した事務所でヒーロー活動を肌で感じている中、砂藤力道もまた希望した事務所で活動の一端を体験している真っ最中である。

 砂藤は緊張した面持ちで周囲を見渡しながら、希望した事務所の現役ヒーローと並んで街を歩いていた。

 彼の隣には、筋肉質の砂藤とは対照的にひょろりとした頭一つ高い男性。 赤い鉢巻に白いタンクトップ、黒のハーフパンツと蛇腹模様のベルトにいくつかのベルトポーチをぶら下げた姿のヒーローは砂藤を見てニカッと笑う。

 

「今日はこのまま見回りに行きますよ、砂藤君」

「う、うす! スウェルミートさん、ご指導お願いします!!」

「ははは、そんな硬くならずに。 今はミートでいいよ。 誰かいたらヒーロー名で呼んでくれ!」

 

 砂藤が頭を下げた彼の名はパンプアップヒーロー・スウェルミート。 個性は筋肉膨張。 自身の筋肉を一時的に膨らませ、パワーでヴィランを圧倒するヒーローである。 力み具合で膨張する筋肉量が変わり、個性を解いた後は使用した時間と膨らませた量に比例して脱力状態となる。

 似ている個性を持つ彼の場所を選んだ砂藤。 数人のサイドキックと事務員を抱え、小さいながらもヒーロービルボードチャート六百位後半に名を載せている理由を知るべく、彼はスウェルミートの事務所を選んだ。

 

「いやー、砂藤君が来てくれてよかった! サイドキックの一人が急病で人手が足りなかったから、本当に助かったよ!」

 

 初日から副業の引っ越し業務や多量の配達物を運送する等、砂藤は個性を生かして事務所の仕事に多大な貢献をした。 ヒーローの仕事と言われれば首を傾げる物ばかりだったが、関わった人々から感謝の言葉を聞いて、これも欠かせない仕事であると理解する。

 

「ヒーローって、思った以上にいろんな事をやるんですね」

 

 華やかなヒーロー業、その見えない部分を目の当たりにして、理想と現実のギャップを感じる砂藤。 夢見る若者が通る道を、彼もまた進んでいる光景にスウェルミートは肩をすくめる。

 

「そりゃね、ヴィラン退治だけで食っていけるのは大手か個人だけさ。 ヒーローの専業ができるのはヒーロービルボードチャートJPで上位の三百位くらいかな? それにエンデヴァー事務所みたいな大規模になると、上位でも別の仕事を取ってないと事務所の維持もできないからね」

「ヒーロー業界も世知辛いですね」

「ははは。 公務員なんて言われているけれど、実態はそんなもんだよ」

 

 カラカラと笑うミート。 世間では憧れの職業でもある仕事の現実を見せつけられて、砂藤は目指している世界でやっていけるか不安で少し肩を落とす。

 そんな彼の肩をミートはバシバシと叩き、腰にぶら下げているポーチの一つを指さした。

 

「頼んだお茶菓子用のクッキー、プロ顔負けの美味しさだったよ。 将来は雄英にいるランチラッシュのように、パティシエヒーローなんていいかもね! ヒーローと副業、どっちをメインにするかは人それぞれだけれど、尖った物があれば洗濯ヒーロー・ウォッシュみたいに支持されるから考えてみてはどうだい?」

「パティシエヒーロー……ですか」

 

 目指す職場の先輩が出した提案に、砂藤が考えを巡らせる。 今まではヒーローになる事だけを考えていたが、現役ヒーローから遠くない未来の選択肢を一つ提示され、歩きながらその未来に思いを馳せた。

 

「まあ、雄英なら……っと向こうが騒がしい。 見に行くぞ、シュガーマン!」

 

 言葉を続けようとしたスウェルミートは前方に人だかりを発見する。 事態を確認するべく彼が駆け出すと、ワンテンポ遅れて砂藤も後を追いかけた。

 

「は、はいミートさん!」

「ヒーロー活動する時にはヒーローネーム呼びが鉄則! 意識を切り替えるスイッチにするといいよ!」

「はい、スウェルミートさん!」

 

 二人は現場へ走って向かう。 スウェルミートは人込みに到着してヒーローが来たことを人々に告げると、ヒーローと雄英体育祭の参加者を見つけた一般人がワイワイと騒ぎ出した。

 

「パンプアップヒーロー・スウェルミートだ!」

「隣にいるのはもしかして、雄英体育祭に出てた一年生!?」

 

 携帯電話片手に囲んでくる通行人の間を縫って進みながら、野次馬が遠巻きにしていた場所へ視線を向ける。 そこにはビルとビルの間の道に面しているテナント募集の張り紙がある建物。 その勝手口から、見慣れない生き物が顔を覗かせていた。 羽毛のようにも見える、緑色の尖った鱗の蛇がテナントを募集しているビルの勝手口から顔を出し、踊るように体をうねらせている。

 

「シュガーマン、立ち入り禁止テープを張ってくれ。 僕は通行の妨げにならないように皆を誘導する」

「はい、スウェルミートさん!」

 

 スウェルミートは砂藤にヒーロー印の立ち入り禁止テープを張る指示を出し、野次馬達から情報収集をしながら原因に対応する姿勢を見せ、人々を現場から離れさせた。 珍しい蛇を見つけた通行人が集まっていただけらしく、二人が動いている間も体を揺らしながら、我関せずとその場から動くことの無い奇妙な蛇。

 誘導が終わったスウェルミートは、変わらずその場から動く気の無い目標を見ながら首を傾げた。

 

「何でしょうね、あの蛇は。 見た事がありません」

 

 蛇ではある。 が、西洋のドラゴンに似た姿は日本では見た事の無い種類である。 毒蛇の可能性が捨てきれないスウェルミートはヒーローネットワークへ情報を打ち込もうと携帯を取り出し、後ろから女性に声をかけられて振り返った。

 

「あれはヘアリーブッシュバイパー。 毒蛇よ、スウェルミート」

「おお、セルパファムじゃないか」

 

 上半身をアラビアンナイトに出てくる踊り子のような服と、蛇の目がデザインされたサークレットを身に着けている女性。 腰から下が蛇となっている脚をうねらせながら、のそりのそりと現れた。 彼女に付き添うように、岩石のように尖った頭部、口元は穴あきマスクで隠れているヒーローコスチュームに身を包んだ男性もやってくる。

 スウェルミートと同じ地域でヒーロー活動している、ラミアヒーロー・セルパファム。 個性はラミア。 並のヒーローよりも高い耐久力を持ち、五メートルもある強靭な蛇の部分でヴィランを簀巻きにして捕らえる。

 その長い体は変温動物である蛇の生態も受け継いでおり、寒い時期には動きが鈍くなるので冬季は雪だるまのように着膨れしないと活動が難しいのが目下の悩み。

 そんな彼女は個性に深く関わる蛇に詳しい。 砂藤達が見た事の無い蛇を資料も持たずに説明し始めた。

 

「アフリカの熱帯雨林地域に生息するクサリヘビ科……日本ではハブやマムシと同じ類。 神経毒と出血毒、二種類の毒を持っている。 日本に血清は無いから、無闇に近づくのは危険」

「それは……恐ろしいな」

 

 血清が無い。 毒を受ければ死を迎え入れるのと同義である事に、スウェルミートとその後ろにいる砂藤も恐ろしい生物だったことを知って唾を飲む。

 危険性を知った二人にセルパファムはその通りと頷くと、表情を変えないまま胸をドンッと叩いた。

 

「その為に私が来た。 今日は心強い助っ人もいる、アニマ!」

 

 自信満々な彼女の呼び声に、砂藤と同じ背丈のヒーローコスチュームに身を包んだ人が頭を下げる。 礼儀正しい彼に、砂藤は笑顔で名前を呼んだ。

 

「今日は一緒だな、口田……じゃなくてアニマ!」

「……!」

 

 相変わらず無口な口田は嬉しそうに手を上げると、その隣でセルパファムは同じ場所で揺れているだけのヘアリーブッシュバイパーを指さして彼に言った。

 

「アニマ、頼んだ」

「……!?」

 

 後方支援かと思いきや、早速の指名に口田の表情は「僕が!?」と驚いているが、セルパファムは目を輝かせてドラゴンのような蛇に視線を向けながら言葉を続ける。

 

「あの蛇は本来、日本にいない。 密輸の可能性がある。 無傷で保護する。 アニマの個性が有効。 時価数百万、できれば飼育したい」

「セルパファム、本音漏れてる!」

 

 スウェルミートの突っ込みに悪びれる様子なく、獲物を狙う目でヘアリーブッシュバイパーを凝視するラミアヒーロー。

 口田は戸惑ったものの、動物を操る個性・生き物ボイスを活用できる喜びと緊張でガチガチになりながら蛇の元へ向かった。 彼が近づいても逃げることなく揺れているヘアリーブッシュバイパー。 口田は恐る恐る近づくと、両手を口に添えて個性の力が宿る言葉を掛けた。

 

「風に身を委ねる勇ましき者よ 安寧の地へ行きましょう さあ、こちらへ」

 

 口田の声に反応したのか蛇は動きを止めると、首を部屋の中へ引っ込めて消えた。

 動物相手には無類の強さを発揮する口田の個性が通じない。 信じられない光景に砂藤が驚愕する。

 

「引っ込んだ!? 口……アニマの個性が効かなかったのか!?」

 

 一番衝撃を受けているのは口田自身だった。 動物に自分の個性が通用しないという現象が目の前で起こり、声をかけた姿勢のまま硬直している。

 砂藤は慰めの言葉が浮かばない中、セルパファムが口田の肩を優しく叩いた。

 

「きっと生まれた地域が違うから、怖がっただけ。 ここは私に任せて」

 

 口田を慰めると、親指をぐっと上げるラミアヒーロー。 自信満々な彼女に、スウェルミートがその根拠を聞いた。

 

「毒の対処は?」

「私は蛇から襲われない。 捕獲は簡単」

 

 そう断言すると、彼女は止める間もなく部屋の中へ入った。 行動の早い彼女にため息をつきながら、スウェルミートはどう動けばいいか迷っている砂藤と、未だに固まっている口田に指示を出す。

 

「建物の所有者には事後報告になるけど仕方ないか。 ま、器物損壊になるほど暴れないだろう。 僕らは三人で出入り口を塞ぐ。 ヴィラン退治じゃないけど、皆に被害が起こらないようにするのもヒーローの仕事だ!」

「はい!」

「……!」

 

 三人も室内に入り、最後尾の砂藤が入り口を閉める。

 灰色で何もない、殺風景な部屋。 勝手口から見えるのは大通りに面した曇りガラスの自動ドア。 奥には給湯器とシンクが見える小部屋、そしてトイレだろう扉が二つ並んでいるだけだった。

 先に入っていたセルパファムが給湯室から身を翻して出てくると、閉まっているトイレを見てから周囲を見渡す。

 

「私のヘアリーちゃんは何処」

「もう名前つけている。 いや、本当にどこに行ったんだ? 開いていた入り口はともかく、隠れられそうな場所は無いぞ?」

 

 飼う気満々のセルパファムに呆れつつ、部屋の中央で周囲を見渡すスウェルミート。 陰になるような柱もなく、蛇が入りそうな穴も無く、独特の風貌を持つ蛇が何処に消えたのかと、万が一にも砂藤達が襲われないように彼らを庇える位置で辺りを注意深く見回していく。

 砂藤達も普段は入れない、改装前の室内に辺りを見回している。

 

「本当に何もないな」

「……」

 

 二人揃って部屋を見ていると、背後からガチャリと音が聞こえた。

 砂藤が後ろを振り返れば、そこは入ってきた扉がすぐそこにある。 首を傾げながらも彼がドアノブを掴んで回そうとすると、鍵が掛かったかのように、僅かに回しただけで止まって開けることができない。

 外から鍵をかける必要のない現場での明らかな異常。 嫌な予感に鳥肌が立った砂藤はヒーローへ異常事態を伝えた。

 

「スウェルミートさん、入り口が開かない!」

「……何だって!?」

 

 砂藤が叫ぶと、スウェルミートは大通りに面した入り口へ走っていき、自動ドアを手で開けようと試みるがびくともしない。 出れないとわかると、彼は右手に力を入れて二倍に膨れ上がった右腕を振りかぶり、躊躇なく扉に叩きつけた。

 重低音を鳴らしながらも、ヒビ一つ入らないガラスを見て呆然とするスウェルミート。 背中に不安が混じった視線を感じとり、首元にある録音機のスイッチを押す。 静かに一呼吸入れて自分を落ち着かせると、彼らに振り向いて笑顔を見せ、脱出指示を出した。

 

「シュガーマン、スウェルミートが個性使用を許可する。 器物破損の事は考えず、今はここから脱出しよう!」

「……はい!」

 

 砂藤も許可を得た事で、個性を使って近くの壁へ拳を振るう。 口田はどうしていいかオロオロとしていたが、逞しい蛇の尾を壁へ叩きつけているセルパファムも彼へ指示を出した。

 

「アニマもパワーがある。 それと何か思いついたことがあったら、とにかく試してみて!」

「……!」

 

 口田は頷くとその体躯を生かし、一番割れやすいであろう曇りガラスへ体当たりを繰り出した。

 スウェルミートも再び拳を振るおうとした時、足元からパキパキと音が聞こえたかと思うと、全員が浮遊感と共に下へ落ちた。

 

「……!?」

「足元が崩れた!?」

 

 砂藤達は真っ暗な闇に飲み込まれた。 都市部であるはずが、下を見ても地面すら見えない暗闇に恐怖を覚えて頭上を見る。 あっという間に部屋の照明は小さくなり、不気味な黒に塗りつぶされた。

 異常な現状に砂藤が思わず悪態をつく。

 

「くそ、どこまで落ちるんだ!? これじゃ地面に……!」

 

 光一つない真っ暗な穴を落ちていく。 それでも四人はお互いをはっきりと視認できる奇妙な空間。 下へ下へと落ちる感覚に、いつ来るかわからない着地の衝撃を想像してしまった砂藤と口田は顔を青くした。

 そんな彼らとは対照的に、落ち着いているセルパファムは蛇の尾を伸ばして二人の体を捕らえて引き寄せる。

 

「奇妙な空間。 予測不可能、回避不可能。 万が一を考えて纏まる」

 

 彼女は器用に蛇の尾を渦巻かせて台のように平らにすると、二人をその上に乗せる。 さらに砂藤達の腰をがっしりと掴んで固定した。

 もう一人のヒーロー、スウェルミートは右腕の膨張を維持しながら、蛇の尾で作られた台の下に潜り込むと全身に力を入れる。 オールマイトと見紛うばかりに膨れ上がった彼は両腕を伸ばし、セルパファムの作り上げた台の下に手を当てて持ち上げる姿勢をとった。

 

「今日はとんだ厄日だ! 僕が一番下になる!」

「スウェルミート、頼んだ」

 

 学生二人を守る為、覚悟を決めたヒーロー二人。

 落下地点は彼らが着地の準備をした数分後、大きな水柱を立てて終わりを告げた。 きらめく水面が頭上に見えたと砂藤が思うと同時に、体が水面へ向かって引っ張られる。 腰が持ち上がるのを感じて、セルパファムが自分を引っ張りながら上へ向かって泳いでくれていることを理解した。

 顔に空気が触れ、砂藤は大きく息を吸い込んで肺に空気を送る。 隣で同じように呼吸している口田、青ざめた顔のセルパファム、彼女の背に乗っかっているほっそりとした姿のスウェルミートも息を吸い込んでいた。

 

「口田! ミートさん! セルパファムさん!」

「ははは、はぁ。 下が水だったことは素直に嬉しいけど、一体何が起きているんだか」

「しゃむい……懐炉、持ってきてない」

 

 比較的無事である砂藤と口田とは対照的に、ヒーロー二人は満身創痍の有様だった。

 セルパファムは変温動物の蛇であるが故に水によって体温が奪われ、砂藤と一緒に自分で浮かぶ事に精一杯である。 その為、スウェルミートが個性の反動で全身に力が入らないので、彼女に代わって口田が彼を支えて沈まないように足と空いている腕を使って必死に立ち泳いでた。 

 砂藤が沈みそうになったセルパファムを支えようとして、足元に違和感を感じて動きを止める。 本来であればそのまま沈むはずだが、不思議なことに彼は沈むことなくその場にとどまっていた。

 

「……地面がある!?」

「ふぇ?」

 

 セルパファムが気の抜けた返事をすると、隣の口田も泳ぐのを止めて目を瞬かせる。 先ほどまではなかったはずの地面。 気づけば首の辺りで揺れていた水面がどんどん下がっていく。 あっという間に水かさが減っていき、白いタイル張りの地面が見えたと思うと、靴底の高さまで水は引いていった。

 うっすらと水面が揺れる場所で、水を滴らせながら胡坐をかくスウェルミート。 立つ力も気力もない彼は気だるげに首を上げると、ヒーローよりは元気である二人に周囲の確認を頼んだ。

 

「はぁ、本当は休みたくないけど、状況確認すらできそうにない。 シュガーマン、アニマ、何か見える物はあるかい?」

「見える物……何だ、アニマ」

 

 砂藤が周囲を見渡す前に、口田が彼を突いた。 彼を見れば小さく震えているのを見て砂藤は首を傾げる。

 

「どうした、そんなに体を震えさせて。 寒いのか?」

 

 砂藤の言葉に首を勢いよく横に振りながら、口田は砂藤が背を向けている方を指し示す。 揺れる指先の方向へ振り向くと、周囲が見えない暗闇に代わって十数メートル先に現れた、棘を生やしたような緑色の壁。 いつの間にか現れたそれが、どこまで続いているのか見れば、円を描いて砂藤達を囲んでいた。

 高さ二メートルほどの部分が膨らんでいるように見える棘壁。 数回ほど目を瞬かせてから既視感を感じ、少し前に見たある物と酷似していることに気づいて彼もまた青ざめた。

 

「あの棘、あの色……ヘアリーブッシュバイパー!?」

 

 砂藤が叫ぶと、頭上から暗闇を突き破って蛇の頭が現れた。 四人纏めて一飲みにできる巨大な蛇を目の前に、蛇に睨まれた蛙のように動けなくなった二人。 大蛇が頭を下げると、その額に足を組んで座っている女性がいることに気づいた。

 緑のヘッドホンと赤いネクタイ、緑色のスーツを着た女性。 一見すれば、個性的な服装の会社員に見えるが、砂藤にとって不気味な出来事の最中に現れた不審者にしか見えなかった。

 現れた女性はにっこりと笑顔で、ヒーローたちに語りかける。

 

「どうも初めまして。 世間一般ではヴィランと呼ばれる者です」

 

 この奇妙な出来事の元凶だろう、得体の知れない空気を漂わせる女性。 相対した砂藤達は息を呑みながらも身構えた。




感想、誤字指摘ありがとうございます


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Voice21 Plus Ultra強制レッスン・口田編

今回は口田甲司の独自設定あり
考察・補足は後書きにて


 逃げ場の無い閉鎖空間。 空は真っ黒で天井すら見えず、周囲を棘壁のような大蛇の体で囲われた不可思議な場所。

 砂藤力道と口田甲司、パンプアップヒーロー・スウェルミートとラミアヒーロー・セルパファムの四人は元凶と思われるヴィランと相対した。

 個性を使った影響で、立ち上がることすら億劫なスウェルミート。 しかし彼は緩慢な動作で立ち上がると、砂藤達とヴィランの間に入って口を開く。

 

「いやー、参ったもんだね。 厄介な個性は数あれど、独自の領域を創り出すなんていう頓珍漢な個性は見たことも聞いたこともないぞ」

「スウェルミートさん!?」

 

 個性の使えない状態であるにも拘わらず前に出て、両手を腰に当て仁王立ちするヒーローに声を上げる砂藤。 前に出ようとする彼を水が滴っているセルパファムが割って入り、寒さで震えている頭を横に振って彼を止めた。

 相対する女性はヘッドホンの位置を直しながら、蛇の頭の上から細身のヒーローを見下ろす。

 

「思ったより驚かないんですね」

 

 天気でも聞くような問いかけに、ヒーローは笑って答えた。

 

「滅茶苦茶、驚いているさ。 こんなこともできる個性が、なんてね。 職業柄、色んな個性を見るけれど、空間そのものに作用する個性ってのは無かった。 どれもこれも何かを生み出したり、触れたものに影響を与えたり、体の一部から現象を起こすものばかりだからね」

「幻惑の個性とは、考えられませんか?」

 

 蛇に乗る女性は足元の蛇を片手で叩きながら、もう片方の手から水を滴らせる。

 流れ落ちる液体が地面に届く前に、虚空へ消えていく風景を視界に収めながら、スウェルミートは首を横に振って否定した。

 

「幻というのは、あくまで実体の無い映像を見せる物。 けれど、僕たちが落ちた場所は紛れもなく水場だった。 幻を見せる個性だとしても、感触も質量も再現できるならば、それは幻ではなく本物だよ」

「誤認識させる個性かもしれませんよ?」

「たとえそうだとしても、君が僕らにかけた個性は本物と認識できるほどだ。 全員が水と間違うほどならば、もうそれは水でしかないだろう?」

 

 スウェルミートとヴィランが言葉を掛け合いを続ける中、砂藤と口田は悠長にも見えるやり取りに、そわそわし始めた学生二人へセルパファムは小声で彼の意図を伝えた。

 

(情報収集ついでに時間を稼いでいる。 スウェルミートはまだ、個性が使えるようになっていない。 相手の個性もはっきりしていないから、迂闊に動くのは危険)

 

 彼女に教えられ、二人はヴィランと問答を続けているスウェルミートへ視線を向ける。 腰に手を当てている彼は、相手から見えない親指をピクピクと動かしていた。

 セルパファムは二人を自分の背に庇いながら、彼の奇妙な行動の理由も伝える。

 

(指を動かしているのは、個性を使えるようになったかどうかの確認。 もし、相手が仕掛けてきたら私も前に出る。 出口がどこにあるか分からない以上、ヴィランを倒さないといけないみたい。 だから、君たちはヴィランから逃げる事だけを考えて)

 

 問答を続けていたスウェルミートの指が少しだけ膨らむ。 個性を使えるようになった彼は、口角をわずかに上げて腰に当てていた手を離し、ファイティングポーズをとった。

 

「どうしても通してくれないのならば、仕方ないが力づくだ。 ヴィランを捕縛する」

 

 ヒーローの業務執行宣言に対し、敵対する女性は笑顔を崩さずに手を軽く振るった。

 パソコンのウィンドウに似た光源が複数現れる。 ヒーロー全員が警戒を強くする中、ヴィランは手を動かしながらスウェルミートに言葉を投げた。

 

「お芝居はこれくらいでいいでしょうか スウェルミートさん」

「ははは、ばれたか。 いや、ここに誘い出したのなら当然だな。 獲物の動向を見ていないはずがない」

 

 個性の公開はヒーロー活動を行う過程で必然的に晒されるのが当たり前の世界。 ヴィランとの戦いに身を置くのならば当然、時には目ざといファンに細部まで暴かれる場合もあり、よほど意識しない限り個性は元より、欠点も周知されることとなる。

 スウェルミートの欠点も調べれば、それほど時間はかかることなく知ることができるだろう。 尤も、この場に誘い出された時にヴィランが監視をしていないはずはなく、個性を使った後の弱体状態を晒していた事もあって相手には知られていただろうが。 

 女性は動かしていた手を止めて、ヒーローへ顔を向ける。

 

「用事があるのは後ろの二人なので、そろそろ退いていただきますね」

 

 ヴィランの狙いが学生である砂藤と口田だという言葉に、スウェルミートの表情が強張った。

 

「それを聞いて退くとでも? それなら尚更、僕に時間を与えたのは悪手じゃないかな!」

 

 彼は即座に全身を膨らますと、先手必勝とばかりに駆け出してヴィランへ接近する。 蛇の頭はおよそ十メートルほどの高さ。 ヒーローが間合いを詰めてくる姿を見て、ヴィランは驚く様子も慌てる様子もなく、一度だけ手首を回して光源を撫でるように触れた。

 

「データ抽出……記憶再現……フラワーナイトガール。 さて、まずは露払いですよ。 水影(アクアシャドウ)!」

 

 最初に異変を感じ取ったのは、様子を見ていた砂藤達の三人。 足元にうっすらと張っていた水が一気に引いたかと思うと、スウェルミートとヴィランの間に渦を巻いて水柱が現れ、地面から蛇の頭まで伸びて立ち塞がった。

 それを見たスウェルミートは、飛び越えてしまえと言わんばかりに体を沈みこませると、高く跳躍してヴィランへ向かう。

 ヒーローが空を飛ぶ中、水柱は蛇の頭の前で球体に変形すると、人の形をとった。 出来上がった造形を見て、空中にいるスウェルミートは目を見開く。

 

「これは……僕か!?」

 

 自分よりも二回り大きい、ほっそりとした姿のスウェルミートを模った水塊。 次の瞬間には、個性を使ったかのように体を膨れ上がらせ、巨大な拳を飛んできたヒーローへ打ち付ける。

 空中でよけることのできない彼は直撃を食らい、地面に叩きつけられてからバウンドするとヘアリーブッシュバイパーの棘壁に背中を打ち付けてがっくりと項垂れた。

 意識を失ったことで個性の発動が解けたスウェルミート。  微動だにしない彼を見て、セルパファムが悲鳴を上げる。

 

「スウェルミート!?」

 

 学生を護らなければいけない彼女は彼に駆け寄ることもできず、ヴィランを睨みつけるセルパファム。 その敵はやりすぎたといわんばかりに頭に手を当てて、眉間にしわを寄せていた。

 

「あちゃ、ヘアリーブッシュバイパーはちょっと選択ミスでしたかね。 まあ死にはしないので大丈夫、大丈夫」

 

 落ち込んだのも一瞬。 気持ちを切り替えたヴィランは、次なる障害であるセルパファムに視線を向けて手を振るう。

 

「では次。 用事を済ませたいので、さっさと潰れてください」

 

 スウェルミートの姿をした水が地面に流れ落ちると、今度はセルパファムの姿を模して襲い掛かった。

 

「っこの!?」

 

 セルパファムが尾を振って攻撃を試みるが、寸分違わぬ相手は片手で攻撃を受け止めると、水の尾が彼女へ巻き付いた。 自身の攻撃をたやすく受け止めた驚きに一瞬で締め上げられた彼女はもがいて脱出を試みるが、水の尾はさらに口から尾の先まで締め付け、セルパファムは声にならない悲鳴を上げる。

 

「セルパファムさん!?」

「……!?」

 

 身動きが取れなくなったヒーロー達。 砂藤と口田が上を見上げると、大蛇の目と視線が合って体を固まらせる。 その蛇の上から女性が身を乗り出して、まるで散歩を誘うような調子で二人に声をかけた。

 

「さて、邪魔者はいなくなりましたので、始めましょう」

「お、お前の目的は何なんだ!?」

 

 他のヒーローが来ないであろう奇妙な場所。 そして戦えるヒーローがいなくなった今、二人は自分たちで自衛しなければならない。 砂藤は震える体を誤魔化すように声を上げる。 虚勢を張る彼の質問に、女性はにこやかに答えた。

 

「貴方たちが強くなる為のお手伝いですよ」

「……何を言っているんだ!?」

 

 ヒーローを追い詰めた敵の予想外な答えに、砂藤は反射的に叫び返す。 彼の言葉にヴィランはきょとんと目を瞬かせた。

 

「あっれー? もしかして、八百万さんや耳郎さんから聞いてませんか?」

 

 今度は砂藤達が口を開けて呆気にとられる。 クラスメイトの名前を口走る相手は、世間話をするかのように話を続けた。

 

「その二人、私の仲間がちょちょっとご指導しましてね。 耳郎さんは、まぁ結果は芳しくありませんでしたが。 そのおかげで、八百万さんは見事に体育祭の二位へと上り詰めたんですよ」

「お、お前たちの目的は何なんだ!?」

 

 敵対しているはずのヴィラン。 その口から放たれる内容に理解が追い付かず、砂藤が再び叫んだ。

 そんな彼の反応に、ヴィランはやれやれと頭を振って指を立てて説明する。

 

「さっき言ったじゃないですか。 『貴方たちが強くなる為のお手伝い』ですよ」

 

 彼女は強調して言い直すが、相手はヴィラン。 教職員でもない相手どころか、世間では後ろ指を差される存在が何を言っているのか。

 混乱している雄英生徒二人を置いてけぼりのまま、蛇に乗った女性は言葉を続けている。

 

「強くなれば活躍の機会が増える。 その雄姿を見たいマスターもwin、強くなれる貴方たちもwin。 損な事なんて何一つありませんよー?」

「……!??」

 

 ヴィランの言葉に口田の体が少し跳ねた。 彼が見えない砂藤はその異変に気付くことなく、敵対者を睨みつけている。 ヴィランは口田の様子に薄笑いを浮かべ、スーツのポケットをまさぐりながら二人に語りかけた。

 

「とはいえ、個性の活用幅が広い八百万さんとは違い、耳郎さんや貴方達は身体そのものを鍛えるか、個性を伸ばさないといけませんからね。 どちらも長期間鍛えないと結果は出ません。 マキさんはそれで失敗しましたから……じゃじゃーん!」

 

 ポケットに入れていた手を高々と上げた。 試験管のような細長い容器にどす黒い赤色の液体がゆらゆらと揺れている。

 見ただけで本能が手にするべきでないと叫んでいる二人に、自信満々で持ち上げた物を紹介する女性の顔はとても生き生きとしていた。

 

「【個性拡張薬(エクステンション)】ー!! いえーい!!」

 

 テンションの高くなったヴィラン。 取り出した禍々しい物とは裏腹に天真爛漫な顔の彼女は、目を瞬かせている二人の視線に気づいて顔を赤らめながら、掲げている物を胸元まで下ろした。

 一つ咳払いを入れて、二人に向かって容器を放り投げる。 地面に落ちたそれは、カランと音を立てながら割れることなく二人の足元まで転がっていき、拾えと言わんばかりにつま先の目の前で止まった。

 

「これは個性の可能性を広げる薬品です。 首にぷすっと刺してください。 大丈夫、痛みも依存症もありませんよ」

 

 一歩も動かずヴィランを睨みつけている彼らに、興味を持ってもらおうと敵対者は人差し指を立てて語りだす。

 

「例えば、誰かに変身する個性。 その個性は姿形をそっくりに変えられますが、変身した人物の個性は使えません。 ある意味、その個性の欠点であるともいえます。 しかしある時を境に、変身した後でも個性を使えるようになりました。 出来なかったことができるようになる、個性の影響する範囲が伸びる……私達はそれを個性の覚醒と呼んでいます」

「……覚醒?」

 

 聞きなれない言葉に砂藤がつぶやく。 やっと反応をもらえた女性は嬉々として説明を始めた。

 

「この薬品はいわばチート(ズル)です。 本来、覚醒というのは追い詰められた時に本能が引き起こす、火事場の馬鹿力。 人間が共通して持っている肉体とは違い、個性となれば状況も噛み合わない限り、早々に覚醒することはありません。 その条件を無視して意図的に、強引に引き出すのがこの【個性拡張薬】なのです」

「誰が、そんな怪しい物を使うか!」

 

 都合のいいほど怪しい薬に砂藤が叫び、口田は不気味な液体の薬品をじっと見つめる。

 個性の出力を補助する薬。 世間一般に出回っている物は精々プラシーボ効果程度の影響でしかない。

 砂藤もまた、個性のデメリットを直そうと探し回った時期もあった。 結果はどれもこれも効果があるのか、胡散臭い物ばかり。 一般企業が販売している物でも、個人の感想で効果があるとうたわれる物しかなく、目の前の存在のように自信満々で言い切っているのを信じられるわけがない。

 彼らの否定に、ヴィランは困った顔で腕を組む。

 

「確かに、見知らぬ人から不用意に物を受け取るのはいけませんよね。 でも……」

 

 組んだ腕の中から右手の人差し指を立てる。 自身の姿をした水によって体温を奪われ、動く気力も残っていないセルパファムはさらに締め上げられ、痛みに背中を仰け反らせて目を見開く。

 

「使わなければ、人が死ぬとなったら?」

「セルパファムさん!?」

 

 水で捕縛されている彼女の体がじわじわと仰け反っていく。 これ以上力が加われば、人間では折れてしまいそうなほどに反り返ったヒーローの体を指さしながら、ヴィランは淡々と彼らを責め立てる。

 

「選べる道なんてありませんよ。 助けられる手段を目の前に、見捨てる事ができますか? それでヒーローを名乗れますか? それでヒーローを名乗りますか? 人を見殺しにしたのに? 早く解放してあげたらどうですか。 さぁ、さぁ、さぁ!」

「てめぇ……」

 

 選択肢を潰し、行動を強要してくるヴィランに砂藤は顔を歪める。 事実、現役ヒーローすら歯が立たなかった相手になす術は思いつかない。

 決断しない雄英生徒を見て、ヴィランは肩を落としながらため息をついた。

 

「先ほどから言っているように、私の目的はその薬を貴方達が使用する事。 それ以外はどうでもいいんですよ。 ですので、パパっと使ってください」

 

 再三、薬を使うことを勧めるヴィラン。 その間にも項垂れているスウェルミートのもたれかかっている場所から赤い液体が少しづつ広がり始め、セルパファムは水に覆われていない鼻で呼吸しながら、食いしばった歯の間から泡を吐き出している。

 砂藤の視界の端で、何かが動くのが見えた。 そちらに目を向ければ、口田が足元に転がっている薬を屈んで手に取っている姿を見つけて目を見開く。

 

「口田!?」

「……砂藤君。 もしも何かあったら、君だけでも逃げて」

 

 口田が喋った事に驚く砂藤。 彼が止める間もなく、口田は自分の首筋に薬を打ち込んだ。

 

 

 

 

 

 

 口田甲司という少年は、自身の個性『動物ボイス』に劣等感を少なからず抱いていた。

 

『ヒーローとは本来、一人で何でもできる存在でなければならない』

 

 現代ヒーローの風潮で在り方でもある、根底的思考。 動物がいなければ、他と比べて力が比較的強いだけの彼にとって、今の時代は生きにくいものだった。 誰もかれもが彼を後ろ指を差し、ヒーローにはなれないと嗤っているのが常日頃。 これでもまだ、同じ世代では希少となった無個性に比べれば軽いものではあるが、彼の心が多少でも歪んでしまうのは仕方がなかった。

 いつしか彼は人と喋る事を嫌い始め、動物か心を許した友人や家族にしか言葉を発しないようになった。 人に伝えるのは筆記が主で、時間が経つにつれて身振り素振りでも意思疎通を行うようになり、最終的に口を開くのは家族と動物だけと狭まっていく。

 それでも、彼は偶然にも飼っていた動物達の動物による介在療法(アニマルセラピー)によって、前向きに考えられるようになった事が幸いだった。

 動物に囲まれながら勉強して筆記試験を乗り越え、実技試験は持ち前のパワーと同年代では大きな体を活かして無事に難関校の受験を突破。 かくして彼は雄英の門を叩く権利を得た。

 そして、雄英に入ってからは環境が一変する。 クラスメイトで自身を見下すのは爆豪勝己のみ。 それも名前をまともに呼ばないだけで個性の事には何一つ言及しない。 他のクラスメイトからも、吠える犬を静かにできるか、どれくらい動物が逃げないようにできるのか等々。 緑谷出久に至っては「凶暴な動物を無傷で鎮めることができるなんて!」と、騒いだのは記憶に新しい。

 雄英高校に来たことで、心にできた傷を知らず知らずのうちに、静かにゆっくりと癒していった口田。 しかし、心の傷跡は決して無くなる事はない。 幼少期の人格形成に大きく影響した痛みは無意識下に染みついて取れることはなく、切っ掛けがあれば再び姿を現す。

 だからこそ。

 口田は罠であろうとも【個性拡張薬】を手に取った。

 動物を操るだけ。 劣等感の象徴でもある個性が変わるというならば、ヴィランから強要されることを言い訳に薬を打ち込むほどに、個性によってできた心の傷跡は深かった。

 

 

 

 

 

 口田の心の闇を知らない砂藤は、唖然とした表情で彼を見つめる。

 ゆっくりと薬が口田の体内に取り込まれ、十数分にも感じられた僅かな時間で空になった容器を彼は地面に落とす。

 打ち込んだ首筋を抑え、膝をついた口田が獣のような咆哮を上げた。

 

「あ、ああああ……があぁぁぁあ゛あぁああ゛ぁあ゛ああ゛あぁあ゛あぁああ゛!?」

「口田ぁ!? おい、しっかりしろ!!」

 

 明らかな異常。 砂藤が肩を掴んで揺すっても、意に介することなく叫び声をあげている様子に、すまし顔でこの状況を見ているヴィランを砂藤は睨みつけた。 蛇の上の女は彼の視線を受けて、大げさに肩を上下に動かして肘を曲げながら両手を広げる。

 

「てめぇ……!!」

「まあ、チートには相応の対価があるのが当たり前ですよね。 なんせ、体を書き換えるのとほぼ同じことをしているのですから」

 

 後出しで情報を出す敵を前に、砂藤は覚悟を決めて深く息をつく。

 彼には最早、退路はない。 ヒーロー達は動けず、クラスメイトも膝をついた今、自分がヴィランを倒すしかないと腹を括った。

 覚悟を決めたヒーローの卵に対して、砂藤と同じく口田の過去を知らないヴィランは、叫び続けている彼を眺めて様子を見ている。

 

「手に取ってもらうまで痛めつける予定でしたが、これは嬉しい誤算。 はてさて、どのように成長しますかね?」

 

 砂藤がヴィランに向かおうと踏み込んだ直後、不意に口田の叫び声が止まる。

 振り向けば、視線の先には肩を大きく揺らして息をしている口田。 彼はゆっくりと立ち上がってヴィランを睨みつけた。

 

「我が肉体よ 今一度 掛けられた枷を外し 敵を倒す力を解放し給え」

「口田……お前!?」

 

 見た目は変わらないが、明らかに雰囲気が変わった口田は駆け出す。

 スウェルミートよりは劣るが、それでも常人では出せない速度で走り出した口田。 セルパファムへ駆け寄ると、巻き付いているアクアシャドウと呼ばれた物体を引き離そうと試みる。

 液体だが、ヒーロー一人を閉じ込めるほどの硬度を持つ物体を口田が鷲掴みにして引っ張った。 徐々にだが離れていくが、完全に引き離すことはできず、捕らわれたヒーローを解放することができないでいる。

 その様子に、ヴィランは嬉々として目の前で起こっていることを、空中に浮かぶ板へ書き込んでいた。

 

「なるほどなるほど。 自己強化? いいえ、あくまで個性の延長ですから……人間、いえ動物型もしくは動物要素のある生物に対する増強効果? マスターの記憶に有る野生解放ってやつですかね? となると、動物個性の人間にも使えるようになったのでしょうか?」

 

 彼女の考察は、口田が取った次の行動で証明された。

 

「麗しき御使いの化身よ 邪悪なる束縛から逃れる為 内に秘められた力を解放せよ!!!」

 

 口田の個性が、捕らわれたヒーローの中に眠る潜在能力を引き出した。

 ラミアヒーロー・セルパファムは目を見開くと、全身に力を入れて水の牢獄を内側から弾き飛ばした。

 

「すごい。 力があふれてくる。 もう、何も怖くない!」

 

 飛散する水しぶきの中、先ほどまで弱っていたはずのセルパファムは体に活力を漲らせ、ヴィランを睨みつける。

 形勢逆転とも見える状況において、蛇に乗った女性は余裕の笑みを崩すことなくヒーロー達を見下ろしていた。




感想、誤字指摘ありがとうございます

・口田甲司の過去について
 物間寧人を調べていた所、彼は他人に頼ならければ個性を発動できない、本文にもあるヒーローの根底的思考である、『一人で何でもできる存在』ではないという理由で幼少のころから言われ続けて、あの嫌味な性格になったとのこと
……
対象が人か動物かの違いだけで口田君もあてはまらね?
というか口田君は異形差別も相まってより辛い過去持ってない?

というわけでこの作品では本文の過去持ちになりました
アニマルセラピーが無かったら、物間と同種かヴィランになってそうな過去してますね!(白目)


以下蛇足な補足

・水影(アクアシャドウ)
オンラインゲーム「FLOWER KNIGHT GIRL」水影の騎士に出演する敵
だいたい本文と同じで味方キャラクターと瓜二つの敵と戦う物語
ウメ団長です(隙自語)


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Voice22 Plus Ultra強制レッスン・砂藤編

この作品に目を通していただき感謝です
時事ではありますが、しっかり体を労わって体調を崩さないようお気をつけてください

それはそれとしてコロナは全て石鹸まみれになれ(殺意100%)


 ラミアヒーロー・セルパファムは蛇の頭の上に座っているヴィランを睨みつけながら、背後にいる砂藤力道と口田甲司へ指示を出した。

 

「君達はスウェルミートを担いで逃げられるようにしておいて。 出血がひどいようなら、彼のベルトポーチに止血用の包帯が入っている。 それを使って」

「は、はい!」

 

 砂藤の返事と共に、セルパファムは普段では出せないであろう速度で敵へと接近する。

 一拍遅れてヒーローを救出するべく走り出した砂藤は、並走する口田の肩を興奮気味に強く叩いた。

 

「すげぇな、口田!」

「……うん」

 

 素直に喜べない状況ではあるが、砂藤は窮地の突破口を開いた彼を褒めたたえる。 褒められた当の本人は、ヴィランが差し出した物を使ったという後ろめたい感情が残っており、僅かに頷くだけだった。

 スウェルミートの横に辿り着いた二人は、そっと棘壁からヒーローの体を離す。 そこに広がる不思議な光景に、口田が首を傾げる。

 

「……あれ、傷が無い?」

 

 気絶しているヒーローと棘壁の間。 確かに、地面には赤い水たまりができているが、スウェルミートの背中には傷跡どころか、服も破れていなかった。

 彼らが背中を触れて確認するが、やはりそれらしい傷跡は残っていない。 外傷は無いのに血の生臭さは漂っているという、今日何度目か分からない、不可思議な現象を目の当たりにして目を瞬かせた。

 二人が傷の確認をしている中、接敵したセルパファムは跳躍して大蛇の頭に向かって尻尾を勢いよく振り下ろした。

 その攻撃を大蛇の尻尾が守るように間に割り込んで主を守る中、ヴィランは揺れる蛇の頭の上で落ちることなく、ブラウザウィンドウのような物を浮かび上がらせてぶつぶつと呟いている。

 

「能力上昇率が口田君と蛇さんとでは違う。 蛇さんの方が高い……となると、人とそれ以外の比率で上昇力が変わるんですかね? もっとサンプルが欲しいなぁ」

「余裕か!」

 

 セルパファムは悪態をつきながら空中で体を捻ると、滞空したまま再び尻尾を打ち付けた。 その攻撃も大蛇に防がれると、自由落下に任せて地面に手から着地し、腕をバネのように使って再びヴィランの方へ跳躍する。

 口田の個性によって強化された身体能力を使い、彼女は休むことなく攻撃し続けた。

 連撃を放つヒーローを初めは無視していたものの、思考を邪魔する雑音を絶え間なく聞かされてヴィランの額に青筋が浮かんだ。

 

「ああ、もう! 落ち着いて考えられないじゃないですか! 静かにしてください!」

 

 絶え間ない攻撃の打撃音と振動に怒ったヴィランは、駄々っ子のように蛇の頭を叩きだした。

 

「というか、まだ砂藤君が【個性拡張薬(エクステンション)】使ってないじゃないですか!? 困るんですけど!?」

 

 専守防衛だった大蛇の尾が、守っていた時よりも数倍の速度で動いてセルパファムを鞭打つ。 急激な速さの変化と攻勢に回った敵の攻撃に反応できず、彼女は強かに打ち付けられ吹き飛んだ。

 狙ったかのように、固まっていたヒーロー達の方へ飛んでいった彼女を砂藤が受け止める。

 

「セルパファムさん、っく!?」

 

 意識を失っていた彼女は脱力しており、成人よりも重い体に砂藤は悲鳴を上げて膝をついた。

 砂藤力道は一般人と比べれば筋力も鍛えているが、個性を使わなければ鍛えた常人程度しかない。 個性を使えば苦にはならないが、デメリットで判断能力を鈍らせるのは現状では危ないと考えて使えないでいる。

 震える腕でそっとセルパファムを地面へ下ろす。 そんな彼をヴィランは見ながら顎に手を当て、名案を思い付いたと人差し指を立てた。

 

「ヘアリーブッシュバイパー、変形(トランスフォーム)!」

 

 拳を振り上げてヴィランが号令を出すと、円を描いていた蛇の胴体がズルズルと蠢きはじめる。

 脈動する棘壁の動向に二人が警戒していると、しばらくして動きが止まった。

 

「これは……」

 

 蛇の体で作られた、棘の天井と壁に囲われた一直線の通路。 その先には望んでいた脱出できる場所、登り階段が見えた。

 しかし、ここまでのヴィランがとった行動を考えても、この作り上げた状況を信じる事などできない。 だが、目の前に退路が現れたとなれば、否応もなく心に希望の灯が宿る。

 僅かな希望が見えたと考えた次には、背中にゾワリと悪寒が走った。 振り向けば、いつの間にか数歩の距離に大蛇の頭が鎮座して彼らを見つめていた。

 そしてゆっくりと動き近づいてくる大蛇に責め立てられるように、慌てた口田達はヒーローを担ぎ上げて逃げようと試みる。

 

「僕が、セルパファムさんを持つ! 砂藤君はスウェルミートさんを!」

「口田、分かった!」

 

 口田の提案に砂藤は頷き、ヒーローを担ぎ上げて登り階段へと駆け出す。

 逃走劇に仕立て上げたヴィランが浮かんでいるスクリーンの一つに触れると、通路の地面から壁が現れた。 先頭を走る口田が反射的に拳を振るうと、彼の力では崩すどころかヒビすら入らなかった。 壁に打ち付けた手が痺れ、彼は小さな悲鳴を上げる。

 その様子を見て、短時間であるならば彼以上にパワーを出せる自分が行くべきだと砂藤が前に出た。

 

「下がっていろ、俺が行く!」

「砂藤君!」

 

 砂藤は個性を発動して壁に拳を放つ。 軽々と壁を破壊するが、その先にはレンガ模様の壁がせりあがって再び道を塞がれる。 先ほどよりも硬い手ごたえの障害物に、砂藤は無心で拳を打ち続けて壁を壊しながら進んだ。

 

「景気がいいですね。 はい次!」

 

 ヴィランが手を上に振れば、再び通路に壁を創り出す。 次に現れた幾何学模様の壁に砂藤が殴り掛かると、先ほどのよりも硬く、ヒビが入るだけに留まった。

 

「口田! スウェルミートさんも担げるか!?」

「できる……やるよ!」

「すまん、任せた!」

 

 ゆっくりとした速度で追いかけてくる大蛇の頭を肩越しに確認しながら、砂藤はヒーローをクラスメイトに預けて自由になった両手を使い、拳の嵐で壁を粉砕した。

 壊した壁の先はまた同じ壁。 乱打で打ち破るとまた壁。 渾身の一撃で破壊するもまた壁。 何度繰り返せばいいのか、焦燥感に駆られる砂藤。 背後からは楽しそうに囃し立てるヴィランの声が聞こえてくる。

 

「まだまだ先は長いですよー? お薬、使っちゃいましょうよー?」

「くっ……!」

 

 ついに砂藤は糖分が足りなくなり、腰にあるポーチに入れている角砂糖を探ると、入れた覚えのない物が手に当たる。 取り出してみれば、赤黒い液体の入った容器が視界に入った。

 状況を一瞬でも打開できるかもしれない。 そんな悪魔の誘いを手に持った薬品ごと投げ捨て、糖分を補充して目の前の壁を打ち砕く。

 次に現れた壁は虹色のキノコ模様。 同じように拳の連打で壊そうとすると、拳を跳ね返す程の硬度にヒビを入れるどころか傷一つついていない。

 

「ぐ……」

「砂藤君!?」

 

 個性のデメリットでふらついた砂藤。 彼が糖分を補充している間、口田は迫りくる蛇との距離を確認する為に振り向いた。 大分離れているとはいえ、迫りくるヴィランの姿に対抗策を立てることができず、彼は冷や汗を流す。

 蛇の上に乗っている女性は、相手を追い詰めているものの、薬を使う気配の無い現状に退屈していた。

 

「むーん、このままではつまらないですね。 困難の追加、行きまーす」

 

 ヴィランがそう宣言すると、最初に壊した壁の地面に一つ目の様な群青色の模様が浮かび上がり、そこから同色の液体が渦巻いて何かが姿を現した。

 短い丸太の様な手足を生やした、頭から足の付け根まで卵の形をした胴体。 背中にはコウモリのような羽、頭部には二本の角を生やし、宝石のように赤く光る眼が砂藤達を捉えると、ぼよんぼよんと体を揺らしながら彼らの方へ歩き出した。

 

「後もう少しだってのに!」

 

 目測ではあるが、確実に階段のすぐそばまで来ているだろう砂藤は、目の前の壁を全力で殴り続けるがびくともしない。 これまで壊していたのとは違う材質の壁に拳を何度も打ち付けるが、砂藤は微動だにしない障害物を見て早鐘のように動く心臓を抑えることができないでいた。

 その様子を見ている女性は楽しそうに眺めながら、空中に浮かぶスクリーンに指を滑らせる。

 

「お薬使った方がいいですよー。 ほら、後ろの子はこんなに強いんですから」

 

 ヴィランが語ると、口田達と化け物の間に砂藤が壊せないキノコ模様の壁が現れた。 それを群青色の物体は足を止めて手の先を蛇のように変えると、壁を易々と食い破って再び歩き出す。

 二枚、三枚とヴィランが化け物の前に壁を作れば、ゆっくりと歩いている生命体は間を置かずに障害物を壊しながらも着実に砂藤達へと近づいてくる。

 迫りくる悪魔の様な姿の化け物に、藁をもつかむ思いで二人はヒーローに助けを求めた。

 

「スウェルミートさん、起きてくれ!」

「セルパファムさん、お願い起きて!」

 

 担いだヒーローは、声を掛けようと揺すろうとも起きる気配が無い。 そして、彼らに答えたのは蛇の上に座る女性だった。

 

「無理ですよ、絶対に起きないよう細工しましたから。 だからお薬使いましょ? そうすれば終わりですから!」

 

 ヴィランの宣告が二人の心を削っていく。

 一縷の望みをかけて、口田は化け物に向かって呼びかけた。

 

「空よりも蒼き巨人よ 今一度その歩みを止めて 疲れを癒し給え」

 

 口田の個性に反応することなく歩き続ける化け物。 ここへ誘い込んだヘアリーブッシュバイパーがそうであったように、ヴィランの眷属には効かないだろうと予想していたことが当たり、彼らは迫りくる脅威に対抗する術が無くなった。

 ゆらゆらと体を揺らして歩く化け物があと十数メートルまで迫る。 砂藤は自分の無力さに強く拳を握ると、ポケットに手を突っ込んだ。 取り出したのは捨てたはずの【個性拡張薬】。

 捨てた薬が再び戻っている事に考える余裕もなく、一瞬だけ迷った砂藤は容器を強く握ると自分の首筋に薬品を刺した。

 

「ヴィランを信じるのは癪だが、やるしかねぇ。 口田、二人を任せた!」

「砂藤君!?」

 

 彼の焦りに呼応するかのように、薬品は瞬く間に彼の体内へ吸収される。

 空になった容器を落とした砂藤は、頭を抱えて雄叫びを上げた。

 

「う、ぐぉおおぉぉおおおぉぉおおおぉおおおぉおおおおぉぉ!!!」

「砂藤君!?」

 

 薬品を使った砂藤の様子に、ヴィランは満足した顔で化け物の前に壁を出して時間稼ぎを行いながら記録の準備を始める。

 

「良い子、良い子。 彼の個性はシュガードープ。 糖分を消費して五倍のパワーを出すことができる。 覚醒したら、どのようになるのか」

 

 しばらくして雄叫びが消えた。 腕をだらんとぶら下げ、俯いて動かない砂藤。 その様子に、ヴィランは化け物の足止めに出していた壁を崩して向かわせた。

 迫りくる群青色の化け物を見て口田は後退る。

 

「さ、砂藤君、化け物が!!」

 

 友人の声に呼応するかのように、砂藤が頭をわずかに動かす。

 次の瞬間、彼は化け物の目の前まで移動して宝石のような眼に拳を放っていた。

 口田が突風を感じたと思った次には、群青色の化け物は目を撃ち抜かれてドロドロに溶けて地面へ気味の悪い水たまりを作っている状況に、さしものヴィランも目を点にしている。

 そして口田が化け物の末路を認識した時には、砂藤は既に敵の元へ駆けていた。

 

「おっとこれは予想外ですよ!?」

 

 ヴィランは驚きながらも虚空に手を振るう。 すると、周囲にハンマーを持ったカメが十数匹ほど現れ、向かってくるヒーロー見習いへ一斉に鈍器を投擲した。

 砂藤に鈍器が向かっていく光景をヴィランが眺めていると、次の瞬間に彼はハンマーを全て受け止めて投げ返していた。

 

「はいぃっ!?」

 

 予想だにしない挙動に、ヴィランが目を白黒させながらも投擲された鈍器を手を振って触れずに弾くと、ハンマーの後ろから現れた砂藤の拳が敵を捉えた。

 彼の攻撃は何の抵抗もなく、自分の拳と体がヴィランの体をすり抜け、今度は砂藤の目が見開く。

 

「なんだ……と……」

 

 殴り掛かった勢いのまま、砂藤は蛇の頭の上を転がって動かなくなった。 敵が呼び出したカメが気絶している彼を突いている間、ヴィランは記録していた映像からデータを抽出して意気揚々と解析を始める。

 

「おおー、これはこれは……。 パワーだけでなく、身体に備わっている能力が五倍って奴ですか? 先ほどのハンマーを全て回収したのも、脳の情報処理速度と反射神経などの行動速度上昇による力業。 シュガードープと同じ倍率ならば、五倍の速度で五倍の情報処理能力を使えるという事? 代わりに代償はもっと増えているみたいですが」

 

 微動だにしない砂藤をしり目に、ヴィランは口に手を当てて微笑む。

 

「デメリットはありますが、個性としては破格の強さですね。 ふふふ、これで活躍しないのは……あ、ダメだ。 次の期末試験じゃ、ほとんど役に立たないじゃないですかぁ!?」

 

 一転して怒り出した女性。 置いてきぼりにされた口田がオロオロしていると、落ち着きを取り戻したヴィランは深くため息をついて手を叩いた。

 

「……まぁ、目的は達成しましたし。 約束通り、これで終わりにしましょう」

 

 大蛇の体が動いて天井が開くと、光の見えない空からいくつもの水流が流れ落ちてくる。 あっという間に全てを飲み込むと、渦を巻いてヒーロー達を吸い込んでいく。

 悲鳴すら上げられず飲み込まれる口田。 ヴィランが蛇の頭から落とした砂藤やヒーロー達も飲み込まれ、水中でもみくちゃにされている中、聞こえないはずのヴィランの声が彼らの耳に響き渡った。

 

「では最後に。 私は"Vに名を連ねる者"京町セイカ。 "頭文字(イニシャル)V"という、素敵な仇名をありがとうございました」

 

 その言葉を最後に、砂藤と口田の意識はぷっつりと途切れた。

 

 

 

 

 

 ぼんやりとした灰色の視界。 砂藤はしばらくコンクリートの天井を見つめていたが、はっと我に返ると上半身を起こして辺りを見回した。

 

「……ここは」

 

 曇りガラスの入り口と奥に給湯室が見える、殺風景な部屋。 知らない場所だと思ったが、奈落に落ちる前のテナント募集していた一室だという事を思い出す。

 近くには、片膝を立てて座っているスウェルミートと、気を失っている口田を膝枕ならぬ蛇枕しているセルパファムがいた。

 

「やれやれ、災難だったね。 眠っているうちに負傷していないか調べさせてもらったよ。 目立った傷はないから、なにか異常を感じていたら報告してくれ」

「私のヘアリーブッシュバイパー……」

 

 ヴィランの姿は何処にも無く、肩の力を抜いているヒーロー二人は寛いでいる。 悪夢のような出来事があったにも関わらず、欲望が叶わなかったことに涙を流している女性を見て、砂藤は呆れて何も言えなかった。

 しばらくして口田も目を覚ますと、待っていたと言わんばかりにセルパファムが彼を尻尾で簀巻きにして、そのまま入り口へ向かう。 起きたら身動きをとれず連れていかれる彼は、目を白黒させながら抗議の声を上げる。

 

「せ、セルパファムさん、何で!?」

「すぐに二人を検査機関へ連れていく」

 

 口田は脱出しようと試みるが、強く締め付けられている為に振りほどけないまま、勝手口の前まで引きずられていった。

 

「大丈夫です、大丈夫ですからー!?」

 

 無口だった口田が喋っている光景に、砂藤は「あいつ、あんなに喋れるんだなぁ」と和やかな雰囲気で見ていると、セルパファムは振り返って厳しい表情で学生二人に顔を向けた。

 

「ダメ。 ヴィランの言葉を鵜呑みにできない。 万全を期す。 砂藤君も早く」

「そういう事。 ほら、砂藤君も行きなさい」

 

 有無を言わさない表情に気圧されながらもスウェルミートの後押しもあり、彼女が開けた扉から駆け足で外に出ていく彼の背中を眺めながら、強引な同職の行動にスウェルミートは苦笑する。

 手に持った棒状の物を空中に放り投げてから持ち直すと、彼も外に出る為に気だるさの残る体で立ち上がった。

 

「さて、相手の思惑通りに行くのは癪だが……報告しないとな。 これも、調べない訳にはいかないよなぁ」

 

 スウェルミートの手にはいつの間にか持っていた、赤黒い液体がほんのわずかに入った試験管のような容器。 厄介な代物を見て、彼はため息をついた。




感想、誤字報告、疑問の指摘等に感謝です


以下蛇足

・群青色の化け物
勇者の癖に生意気だシリーズに出演する『じゃしん』。姿はor2と3Dから
シリーズ皆勤賞。 姿が初代と上記の二作、VRのタイトルで姿が変わっている
彼の飛ぶ姿を見られる、3Dのドット製作者殺しと名高い(比喩にあらず)完成度のエンディングは必見

・鈍器を持った亀
じゃしんと同じく勇者の癖に生意気だシリーズより、アーケロン種と呼ばれるマモノ。
鈍器を投げるその姿はどう見ても某作品のハ〇マーブ〇ス


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Voice23  保須市にて 紲星あかりは叫んだ

轟君周辺、ほとんど触れてないからほぼ原作沿いだった_(:3 」∠ )_
逆に他と関わり合いが少ないから影響範囲も少ないという事実


「お〇ァックですわ!!!」

 

 怒号と共に紲星あかりは両手で持っている武器、自身の身長ほどもある長さの分厚い板チョコを振り回す。 大きい見た目に反して羽のように扱うヴィランを相手に、相対するヒーロー達が打撃と振り回す際に生まれる突風で薙ぎ倒される中、一番小柄な老人だけが足裏から空気を噴出して攻撃を躱す。

 距離を取った老人は黄色いマントをなびかせながら悪態をついた。

 

「とんだ大物が来たもんだ! 脳無よりも厄介な化け物を連れてきやがって!」

 

 少し前にヒーロー殺しが出没し始めた保須市。 今、この町は脳無と同時に現れた化け物が闊歩する混沌へと変わっていた。

 下あごから反り返った二本の牙を持つ鬼のような顔をした二足歩行の化け物が複数現れて人を追いかけまわし、遠くでは槍にも見える巨大な針を持つサソリの上に両手に盾を持っている騎士を乗せたような化け物が丸太の様な尾を振り回し、脳無共どもヒーロー達を吹き飛ばしている。

 幸いなのはその化け物たちが脳無とも敵対しているらしく、時たまぶつかり合っている事。 だが、ヒーローどころか脳無の攻撃すら通っているのか怪しいくらいに忙しなく動き回り、倒れることなく動き続けている。

 

「久しぶりの運動にしちゃ、かなりハードだな!」

 

 ヒーロー・グラントリノは教え子のオールマイトこと八木俊典がOFA(ワン・フォー・オール)を託した相手、緑谷出久の職業体験で東京へとヴィラン退治するために新幹線で移動していた。 そこに脳無が襲撃、騒ぎの中心である保須市へ乗り込んで見つけた脳無をしばいていると、唐突に現れた正体不明の化け物たちを指揮する"頭文字(イニシャル)V"と名乗る女性に目をつけられて今に至る。

 グラントリノは足に力を入れると、圧縮した空気を吹きだして三次元軌道でヴィランへ向かって飛んだ。

 目で追うのも難しい蹴撃を、振り回していた武器が変形したかと思うと渦巻き模様のキャンディが現れて蹴撃を受け止める。 久しい戦闘で加減が調整できていないにも拘わらず、一歩も後退ることなく受け切った上に迎撃の構えへと移行している相手を見て、グラントリノは距離を離して悪態をついた。

 

「一体どんな個性をしているんだ、この小娘は!?」

「秘密です! おっと、距離をとっても撃ち抜きますよ!」

 

 ヴィランの持っているロリポップを模した盾が、今度はショートケーキのような形に変形した。 断面に空いた穴から光弾をばら撒きつつ戦場を駆け回る。 かすっただけで腕が持っていかれそうな威力に、グラントリノは無傷の腕を一瞥しながら一回転して着地すると、弾丸の飛んで行った後ろを確認して舌を打つ。

 

「吹き飛ぶだけで無傷か。 その後が問題だな」

 

 放たれた弾丸は別の場所で交戦しているヒーローや脳無にも当たり、無差別に数メートル以上も吹き飛ばしていく。 唯一、闊歩している化け物たちは当たっても何食わぬ顔で歩き回っている姿を見て、グラントリノは誤射の不安が無い敵の攻撃にため息を吐いた。

 弾幕を張る相手にグラントリノは回避しながら反撃の機会を窺っていると、やりたい放題しているヴィランの横から炎の壁が彼女を飲み込む。 グラントリノは炎の発生源に目を向ければ、厳つい風貌に炎をアイマスクのように体から出しているヒーローが歩いて来た。

 

「無事か、ご老体」

「む、お主はエンデヴァー。 来ていたのか」

 

 グラントリノが手早くヒーロー許可証を見せると、エンデヴァーはそれを一瞥して黒煙が上がるヴィランのいた場所を見た。

 

「ヒーロー殺しの目撃情報があったが、よもや脳無と"頭文字V"も出てくるとはな」

 

 ヒーロービルボードチャート二位、エンデヴァー。 轟焦凍の父であり、トップクラスのヒーローである男は、別の場所で未だに暴れている数匹の巨大なキメラサソリと、十数匹はいるだろう二足歩行の化け物達を憎々しげに睨みつける。

 

「化け物は腹立たしいが、サイドキックに任せた方が無難だ。 焼こうが裂こうがびくともしないが、どのような手段であれ一定回数の攻撃を当てると溶解する。 幸い、脳無やヒーローを追い回すだけで一般人にも傷をつけていない」

「ほぉ、おかしなもんだな。 元凶がすぐそこにいるんだ、聞くとする……!?」

 

 グラントリノは直感で体をのけ反らせ、紙一重で赤色の光線をかわした。

 ヒーロー二人が発生源へと目を向ければ、煙の中からショートケーキを向けたあかりが涙目で愚痴を吐きながら光弾を連射している。

 

「あーもー! マキさん、実はすごく面倒な事になるの分かってたでしょー! やる事が多い! 早く帰ってマスターとご飯食べるー!!」

「騒がしいじゃじゃ馬娘だな!」

 

 グラントリノは弾丸の嵐をよけ続けて接近を試みるながら 近づく事すら容易ではない攻撃の隙間をかいくぐって辿り着いても、相手は即座に武器を変形させてヒーローの攻撃を受け流し、距離を取っては銃撃を開始するいたちごっこ。

 また、エンデヴァーも炎が効かないのでグラントリノの隙を埋めるように近接戦を試みるが、二人で仕掛けた途端に相手は接近戦を拒み、距離を取って遠距離戦を徹底しだすヴィランに舌を打つ。

 

「ヴィラン、大人しく投降しろ!」

「大人しくするなら、最初からこんなことしませんよーだ!」

 

 膠着状態とも呼べる戦場。 不意にあかりの頭上に影が落ちる。 全身を鎧の様なスーツに身に着けたヒーローが真上から現れ、ヴィランを取り押さえようと試みたが、彼女は素早く後方に跳躍してその攻撃を避けた。

 肘に生えている突起物から煙を出しながら、立ち上がったヒーロー・インゲニウムはヴィランを視界に入れたまま、グラントリノとエンデヴァーに呼びかける。

 

「インゲニウム、加勢します! あと、同じようなスーツを着た人はいませんでしたか!?」

「こんなごちゃごちゃした所で分かるか、阿呆!」

「サイドキックの管理程度、しっかりしろ若造!」

 

 手厳しい叱咤を飛ばしながら、直線軌道で上空を飛んでいくグラントリノの返事に合わせ、エンデヴァーは正面からヴィランへ向かい、インゲニウムも弧を描いて挟みこむように走り出す。

 数的不利に陥ったはずのあかりは、インゲニウムの姿を見ると笑顔を浮かべながら、ぐっと拳を握った。

 

「よし、全員揃った!」

「……こいつ、最初からワシらが目的か!?」

「望んだとおりの展開です!」

 

 グラントリノの疑問に、あかりは笑顔で武器を板チョコレートに変形させて迎撃の態勢をとった。

 次の瞬間、彼女は呆然とした顔になり、同時にヒーロー三人の蹴撃が直撃する。 今までの攻防は何だったのかと、確かな手ごたえにグラントリノは相手の見せた隙に目を見張った。

 あっけなく吹き飛ばされたヴィランを見て、エンデヴァーも追撃を止めて様子を窺う。

 

「……動かないな」

「……何だったんじゃ、こいつは」

 

 飛んでいったヴィランは、まるで人形のように道路を跳ねて地面に落ちると、指一本動かすことなく横たわっている。

 あっけない幕切れにグラントリノとエンデヴァーが眉を寄せつつも、しばらく待っても動かない相手に全員が戦闘態勢を解き、一番若いインゲニウムが捕縛するためにヴィランへ向かった。

 インゲニウムがヴィランにあと一メートルで辿り着くという所で、女性の体が不自然に腰から起き上がる。

 

「ヴィランが!?」

「やはり狸寝入りか!」

 

 背骨が折れているのではないかと心配するほどに、仰け反った体を勢いよく起こすと、ヒーロー達の目には奇怪な光景が現れた。

 ヴィランの顔は、肌がツヤのある黒色に変色しており、十を超える赤い目でヒーロー達を見つめている。 さらに体からは無数の触手が伸びて広がり、急速にその体積を膨れ上がらせていく光景を見てグラントリノが叫ぶ。

 

「いかん、早く離れろ若造!!」

 

 忠告通り、インゲニウムは加速してヴィランの隣を通り過ぎ、十分に距離を取って反転する。

 その時には、ヴィランと思われる化け物は十メートルを超え、両腕は複数の触手を束ねた禍々しい姿へと変貌していた。 かと思えば、化け物の頭部にひょっこりとあかりが現れる。

 仰々しい変身かと思いきや、眷属を生み出した事にグラントリノが突っ込みを入れた。

 

「お前じゃ無いんかい!」

「しかし、あの図体。 動き回るだけで面倒だな」

 

 面倒事が増えて顔をしかめるエンデヴァーに対して、ヴィランはどこか焦った様子で周囲をキョロキョロと見回している。

 その視線が一点を見つめると、乗っている化け物の頭をポンポンと叩いてヒーローに別れを告げた。

 

「この子と遊んでいてください。 構ってあげれば何もしませんので。 それでは、急用ができましたので失礼します!」

「な、待て!」

 

 高々と飛んでビル群の中へ消えていったヴィランを追おうとインゲニウムが走り出すが、足元に突然現れた物体に躓いて転倒する。 勢いが消えぬまま、次いで突然現れた壁に激突して止まった。

 その様子にグラントリノがため息を吐きつつも、目の前に鎮座する化け物を見上げる。 エンデヴァーも化け物から視線を逸らさず、着信音が鳴っている携帯電話を手に取り、短い連絡を聞き終えてため息をついた。

 

「どういう意図かは知らんが、ヴィランの目的はワシらの足止めのようじゃな」

「全く、脳無とやらの捕縛は終わったと連絡が来たが、こっちはまだ手間取りそうだ」

 

 触手でできた壁に激突したインゲニウムがエアバックを取り外している姿を見ながら、エンデヴァーは効くかどうかわからない炎を燃え上がらせて巨体へと灼熱を解き放った。

 

 

 

 

 保須市の路地裏。 グラントリノに置いてきぼりにされた緑谷出久は一人、遠くで爆発音と悲鳴が聞こえる道を彷徨い歩いていた。

 

「何なんだここは、どこを進んでも道路にでない」

 

 最初は携帯電話による位置情報を確認しながら進んでいたが、いつの間にか位置情報は同じ場所から動かなくなり、当てにならないと判断してからはとにかく進むことにした。

 ふと、耳に異音が混じる。 叫ぶ声とエンジン音、そして誰かがしゃべる声。 それらが聞こえてくる横道を、緑谷は曲がり角からそっとのぞき込む。

 そこには人影が三つ。 唯一立っているのは赤いマスクにナイフから血を滴らせている不審者。 その人物が向ける視線の先には、壁にもたれかかっているインディアン衣装のヒーロー、そのヒーローの前で倒れているのは鎧のような、学校でも見た事のあるヒーロースーツが見えた。

 

「あれはヒーローと飯田君……それにヒーロー殺し!?」

 

 心当たりのある人物が倒れているのを見て、緑谷は頭の中が真っ白になると同時に、全身に力を込めて駆け出した。

 OFA"フルカウル"。 全身に制御可能な力を常駐させて身体能力を爆発的に上昇させる、グラントリノとの特訓で編み出した彼の個性を応用した技。 尤も、現在は本来の一割も性能を引き出せていないが、それでも今の緑谷にとっては自傷せず個性を活用できる状態なのは間違いない。

 走る音にヴィランが振り向いた時には、緑谷の拳が敵を捉えていた。 吹き飛んだ相手を凝視しながらも、緑谷はクラスメイトである飯田天哉を呼ぶ。

 

「飯田君、大丈夫!?」

「緑谷君、どうしてここに!?」

 

 緑谷は倒れたままで立ち上がらない友人に疑問を浮かべる。 その思案も、吹き飛ばしたヴィランの姿が見えて中断した。

 殴られた頬をさすりながら、ゆっくりと緑谷へ近づくヒーロー殺しのステインは深くため息をつく。

 

「ハァ、また余計な邪魔が入ったか」

 

 壁にもたれかかっているヒーローは光明を得たと言わんばかりに緑谷へ捲し立てる。

 

「こいつの友達か!? とにかくそいつを連れて逃げろ! ヒーロー殺しの狙いは俺だ!」

 

 ヒーローの提言に、緑谷は頭を振って否定した。

 

「逃げろって言われても逃げられないんです! 大通りに向かいたいのに、十分以上も裏道をずっと歩き回ってここに来たんですよ!」

「はぁ!? なんだそれ!? そんな道があるわけないだろ!! とにかく逃げろ!!!」

 

 訳の分からないことを言う相手に、子供たちを逃がしたいヒーローは絶叫した。

 緑谷の言葉にステインは足を止めると、少ない情報から変化していた周囲の状況を推測する。

 

「知覚を狂わせる類のヴィランか? ここに影響が無いとすると、外が騒がしい原因か別の意図か……どちらにせよ、後々で仕留めなくては。 たとえ子供だろうと、邪魔をするならば殺す」

「くっ!」

 

 殺人者の目でステインは緑谷を射抜く。 背中に走る悪寒を感じながらも、緑谷は飯田とヒーローを見て、拳を構えてステインに闘志を向ける。

 その姿に、ステインは少し前に招かれた敵連合、その首魁に見せられた写真の一つにあった姿と同一人物である事を思い出した。

 

(敵連合の標的になる子供か……)

 

 震えを隠しきれていないが、少しだけ怖気づいた後に戦闘態勢をとる緑谷の姿を見て、ステインは僅かに口角を上げる。 戦う姿勢の緑谷を見たヒーローが声を上げて逃げるように叫んだ。

 

「馬鹿! そいつは何人もヒーローを殺して回っている犯罪者だ、学生じゃ太刀打ちできないぞ!」

「だからって、じっとしていればいいんですか!? 目の前で襲われている人がいるのに、見捨てるなんてヒーローじゃない!」

「くそ、どうなっても知らないからな! そいつの個性は血を舐めた相手の体を動けなくするものだ、血を絶対に見せるな!」

「有難うございます!」

 

 ヒーローからの助言を受けて、緑谷が地面を蹴る。 フルカウルによって底上げされた身体能力は常人ならば反応できない速度で、緑谷はヴィランへと向かっていく。

 ステインが牽制のナイフを放つと、緑谷は防刃布製のグローブで弾き飛ばして懐へ飛び込んだ。 すかさずステインが次のナイフを取り出して切りつける。 緑谷はナイフに合わせて横に飛び、建物の壁へ足をつけて着地した。

 そこに間髪入れず、ステインは体を捻って刀を突き出す。 緑谷の顔を狙った致命の一撃。 しかし、僅かに緑谷が壁を蹴る方が早く、髪の毛を数本散らしながらも彼は地面に着地しステインへ向かって飛びこんだ。

 刀を振り下ろすには間合いが短すぎ、ナイフを突き出そうとするヴィラン。 そのナイフが緑谷に届く前に、彼の拳がヴィランの腹部を打ち抜き、ステインは吹き飛ばされた。

 

「おお、やった!」

 

 ヒーローが歓喜の声を上げ、勝利に緑谷も無意識に顔をほころばせた。 同時に緑谷は体に力が入らなくなり、崩れ落ちるように地面へ伏せる。 倒れた彼と反対に、吹き飛んだステインは受け身を取って立ち上がった。 その口元には僅かに赤い色が付いたナイフへ舌を這わせながら、感嘆の息を吐く。

 

「ハァ……良い動きだ」

「ぐっ、何で!?」

 

 緑谷の頭の中が疑問で埋め尽くされた時、脇腹に微かな違和感を感じた。 ステインは腹部に攻撃を受けた際、体を曲げながらもナイフを握っていた腕を伸ばし、緑谷に小さな傷を与えていた。

 彼の視界外で振るわれたナイフによってつけられた僅かな傷。 かすり傷でありながら致命的な攻撃を与えたステインは満足そうに呟きながら、ヒーローに向かって歩を進める。

 

「粗削りだが、生かす価値はあるな。 精々インゲニウムのように、他人の手が無ければヒーロー活動できない贋作にならないよう精進しろ」

 

 ステインの言葉に、倒れていた飯田が目を見開いた。

 

「貴様、兄さんを襲ったのか!?」

「仕留めそこなったインゲニウムの身内か」

「兄さんはヒーローとして多くの人を助け、導いてきた! お前に殺される謂れは無い!」

 

 激昂する飯田を見て、ステインは深くため息を吐く。

 

「ああ、貴様もまたヒーローの成り損ないか」

「貴様も!? 兄さんは立派なヒーローだ!」

 

 反論する飯田を、ステインはゴミを見る目で見下ろす。

 

「贋作に憧れる者も、贋作以上になることはできない。 先に貴様の結末を見せてやろう。 正しき社会の供物を」

 

 そう言い残して壁にもたれかかっているヒーローの前まで歩き、両手で刀を振りかざす。

 

「やめ……」

「やめろー!」

 

 飯田と緑谷が叫ぶ。 我を貫くヴィランの行動はその程度で止まるはずもなく、刀を振り下ろした。

 凶刃は、ヴィランとヒーローの間に水色の物体が現れて受け止められ、標的に届くことはなかった。 目の前に現れた物体を見て、ステインは眉を上げて呟く。

 

「氷……」

 

 刀を受け止めたのは氷壁。 地面伝いに続いている方へ、ステインが目を向けると人影が一つ。 赤と白に分かれた頭髪、左目のやけど跡にある感情の分かりにくい目がこの場にいる人物を見回す。

 周囲を確認するように現れた少年が口を開くと、その声は緑谷と飯田には聞き覚えのあるクラスメイトの声だった。

 

「クソ親父を探していたら、とんでもない所に出くわしたもんだ。 結果論だが、ここに放り込まれてよかったな」

「轟君!」

 

 轟焦凍はエンデヴァーに連れられて保須市に来ていた。 ヒーロー殺しを捕まえる為に遠出をしていたのだが、脳無と化け物が相次いで出現。 悲鳴と怒号が鳴りやまぬ世界と化した街で、轟は白い二足歩行の化け物の相手をしていると、他のヒーローを狙って振るわれたキメラサソリの巨大な尾に巻き込まれ、吹き飛ばされて一人だけ路地裏に放り込まれた。

 すぐに起きてみれば、目の前にはどこかの路地裏。 吹き飛ばしたサソリの影一つなく、進んでも進んでも大通りに出られないまま街を彷徨っていた。 そして、聞いた事のある声が耳に入ったのでそちらに向かうと、不審者が人を害そうとする場面に出くわし、その凶行を止めるべく個性を使った今に至る。

 轟はヴィランへ氷の波を放つと同時に、ヒーローとクラスメイトの足元へ氷の坂を作って全員を自分の後ろへ移動させた。

 刀で氷撃を切り払いながら、絶え間なく現れる邪魔者達にステインは愚痴を吐く。

 

「今日は次から次へと」

「情報通りの姿か。 ダチもヒーローもやらせねぇぞ、ヒーロー殺し」

 

 顔を強かに打ち付けて悶えているヒーローに代わり、緑谷が相手の情報を轟に渡す。

 

「ステインは血を舐めるとその対象の動きを止める個性なんだ。 みんなやられた!」

「なるほど、奴の個性を使うのに刃物を使うと……。 まあ、クソ親父が警戒していた相手だ、全力でいくぞ」

 

 彼がそう言うと、氷と同時に炎を体から噴き出した。 ヴィランに向かって炎を放ちつつ、足元に氷を作ってその上を滑り敵へと向かう。 ステインは横に飛び退いてナイフを構えるが、轟は右手に氷の塊を創り出して即席の投擲物を投げつける。 ステインがナイフで撃ち落とし、刀を構えて轟へ突進、炎に怯むことなく身を投げてその先にいる轟へ刀を振るった。

 

「っぶね!」

 

 間一髪、仰け反って避けると太ももに鈍痛が走る。 ステインから放たれたナイフが数本刺さっていた。 ナイフを掴もうと接近してくるヴィランに、足を守る氷柱を生み出しながら炎を最大出力で猛り狂わせる。 流石にステインでも身の危険を感じたのか、大きく後方に飛んで距離を開けた。

 刹那の攻防。 見ることしかできない緑谷は、ヴィランとクラスメイトの攻防よりも、彼が炎を使っている事に驚いていた。

 

「轟君、炎を……!?」

 

 緑谷の反応は尤もである。 体育祭では頑なに使おうとしなかった……緑谷との対戦でのみ使った炎を惜しげもなく使っている。 その光景に飯田も目を瞬かせていた。

 驚きの声に、轟は振り向かず自分を変える切っ掛けを与えた緑谷に心の中で感謝していた。

 

(体育祭の時、お前に言われた『自分の力』。 意を決して母と会ってみれば、あっさりと赦してくれた。 何にも捉われず進む事が幸せであると、目を見て言ってくれた。 もう迷わねぇ、俺の力でヒーローになる)

 

 新たな決意と共に轟はヴィランを見据える。 ヒーロー殺しと呼ばれる相手は品定めするように轟を見て呟いた。

 

「お前も、良い」

「勝手に言ってろ。 どんな理想を掲げようとも、やってる事が悪事なら他のヴィランと変わんねぇ」

 

 轟は氷の津波をステインへ放つ。 ヴィランは刀で切り払いながら、氷の山を迂回して轟へ接近する。 空中で身動きの取れない相手に炎を放つべく、轟は左手を向けると、ステインはニヤリと笑って数本のナイフを構えた。

 相手の視線は轟の後ろ、倒れているヒーローに向けられているのに気づき、即座にヒーローの下に氷を作り出して移動させた。

 ヒーローが一人だけ離れた場所に移動しながらさらに複数のナイフを投げるステイン。 轟の経験ではどの攻撃が危険であるか判断できず、大雑把に氷壁を作り出し、ヒーローを全ての攻撃から遮断した。

 ヒーローに対応している隙に、刀が届く距離まで接近したステイン。 迎撃に使う個性を、轟は出の早い炎と使い慣れた氷、どちらで迎撃するべきかという一瞬の迷いが出てしまった。 僅かでありながら致命的な間にステインは放たれた炎に曝されながらも、轟に刺さったナイフを抜き取り舌を這わせる。

 

「やられた……!」

 

 崩れ落ちる轟を見ながら、ヴィランは散らばったナイフを回収しつつ全員の血を再度舐めとり、全員の行動を封じてうつ伏せのヒーローに向かった。

 

「動きが大雑把だ。 だが、貴様も資格はある。 今は生かしておこう。 さて、多少時間が伸びたが、やるべきことをこなそう。 まずはそこの贋作からだ」

 

 ヴィランが氷壁を乗り越える。 僅かに顔を持ち上げ、青ざめながらも動けないヒーローを、眺める事すらできない飯田達は必死に体を動かそうと全身に力を込めた。

 

「くそ、動け、動けー!」

 

 学生全員がヒーローを助けようと、躍起になっている姿を遮断している氷壁を背に、ステインが刀を構えて標的を見据える。

 その時、緑色の光が音も無く緑谷達の目の前に落ちたかと思うと、分裂して三人を通り抜けて虚空へと消えていった。 何事かと緑谷が地面に手をついて光の消えた方へ顔を向ける。

 一拍置いて、緑谷は動けることに驚きの声を上げようとした瞬間、轟に口をふさがれて困惑の眼差しを彼に向けた。 その轟は氷壁に視線を向けながら、小声で緑谷へ意図を伝えた。

 

(何だか知らねぇが、奴の個性が解けた。 俺が体勢を崩す。 畳みかけるぞ)

 

 同じく動けるようになった飯田も静かに頷き、三人は手早く態勢を整える。 そっと壁から敵をのぞき込むと、背を向けているステインが何かを言いながら、刀を振り上げようとしていた。

 

(時間が無ぇ、行くぞ)

 

 轟の小声と共に、緑谷と飯田が個性を使って氷の壁を飛び越える。

 

「フルカウル!!」

「レシプロバースト!」

「っ何!?」

 

 異変に気付いたステインは困惑しながらも、冷静に二人を迎撃しようとナイフと刀を構え、足元がグラついて体勢を崩した。 地面には僅かな陽光を反射するほどに張られた、薄く硬い氷。

 咄嗟に地面に手をついて体勢を整えようにも、空しく転倒してるヴィランを轟は氷壁の向こうで不敵に笑う。

 

「足元がお留守だ、ヒーロー殺し」

 

 上の二人へ意識がいっている間に、氷を這わせてバランスを崩されたステインは、それでも迎撃を行った。

 ナイフは飯田の肩を裂きながらも勢いを殺すことはできず、刀は緑谷を捉えながらも防刃布の上から凶器が粉砕され、二人の渾身の一撃をまともに食らい、ステインは地面に叩きつけられた。

 緑谷と飯田は、倒れたままのステインに距離を取って警戒しながらも、動く気配の無いヴィランに誰ともなく安堵の息を吐く。

 窮地を乗り切れたとわかった途端、緑谷は先ほどの奇妙な光が気になり始めた。

 

「今さっきの光は何だったんだろう」

 

 その問いかけに飯田も顎に手を当てて考えるが、結論が出るはずもなく首を振った。

 

「考えてもしょうがない。 それよりも、早くヒーローと合流しよう。 外に出れば、兄さん……インゲニウムが近くにいるはずだ。 ステインはほとんど負傷していない俺が連れて行こう」

「じゃあ、僕がヒーローを担ぐよ!」

 

 飯田がステインを捕縛し、緑谷がヒーローを担ぐと、手持ち無沙汰になった轟は何かないかと二人に尋ねる。

 

「俺は」

 

 緑谷に担がれながらも、そわそわし始めた轟の脚が見えたヒーローが声を上げた。

 

「君は足を怪我しているから、手当が先!」

「……はい」

 

 担がれているヒーローの指示に従って、轟はしょんぼりと自分の手当てを始める。

 簡易手当てが終わり次第に彼らが歩き出せば、緑谷と轟が迷っていたことが嘘のように、あっさりと日の傾き始めた大通りへ出ることができた。

 保須市に残っていた化け物達も、まるで終わりを告げるように溶けて消えていき、街にはただただ脳無とヒーローによる戦闘の爪痕だけが残されている。

 

 

 

 関係者以外立ち入り禁止である、ビルの屋上。 銀色の髪をなびかせながら、あかりは眼下で起きている出来事を見下ろしている。

 ヒーロー殺しが脳無に連れ去られかけた緑谷を救い、立ったまま意識を失う光景を見てほっと胸をなでおろした。

 

「ふぅ、軌道修正完了……完了? まあいいや、帰ってご飯を食ーべよ」

 

 離れた所で双眼鏡を塵にしている、手の形をした装飾品を顔面に張り付けたヴィランを一瞥しながら、あかりはビルの中へ入っていった。




感想、誤字報告、指摘ありがとうございます

以下、補足な蛇足

化け物全般
作品『GOD EATER』に登場するアラガミと呼ばれる敵対種族

・巨大な尾を持つ二足歩行の化け物
オウガテイル……名の通り尻尾に鬼のような模様が見える小型アラガミ
ゲームだと雑魚敵だが、対アラガミ用武器でなければ一般人では傷一つつけられない恐ろしい存在(アラガミ全般の特徴)

・サソリに騎士を乗っけたようなキメラ
ボルグカムラン……巨大なサソリの針と盾を持つ騎士の様な姿が特徴の大型アラガミ
体を回転させて尾で薙ぎ払ったり、巨体で押しつぶしてきたり、槍のように針を突き刺してきたりする。 硬いのでプレイヤーからは嫌われ気味

・複数の赤い目をもつ巨大な化け物
ウロヴォロス……平原の覇者とも呼ばれる、強大なアラガミ
初代の世界観では単独討伐で騒然とされるほど脅威の代名詞だったが、作品が進むと狩り方が確立されてそれほど脅威でもなくなったちょっとかわいそうな子


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Voice24 四足から二足に変わる時

 平日の昼下がり。 白色に光る直管蛍光灯の下で、結月紫はみゅかりを抱えながら天井をぼうっと眺めていた。

 

「やる事が無い、暇だ……」

 

 ゲームアプリもテレビゲームもやり飽きた紫はボイスロイド達が出払っている現在、彼は部屋から外出しないように厳命されている。 みゅかりをいじり倒すことも飽きた彼は、部屋と外を繋ぐ唯一の扉を盗み見た。

 彼女達が言うに、この世界において紫の肉体はまだ安定しておらず、外を出歩くのは危険だと言われている。

 紫はみゅかりに顎を乗せてため息をついた。

 

「ヒロアカの世界、歩いてみたいんだけどな」

 

 様々な個性を持って生まれる世界。 紫の元居た場所ではありえない、多種多様な姿をした人類を直に見てみたかったが、彼女達は扉に近づく事すら過敏に反応し、意地でも外へ出ないよう即座に割って入り、彼が外に出ることを阻止していた。 紫も本気で妨害してくる皆を見て、悔しいが断念せざるを得なかった。

 周囲を見回し誰もいないことを確認して、みゅかりを抱えながら忍び足で扉へ近づいてみる。 扉の前に立ち、ドアノブに手を掛けようとした瞬間、腕に激痛が走った。

 

「あいだだだだだ!?」

 

 抱えていたみゅかりが全身の毛を逆立てて彼の腕にかみついていた。 もみあげのような腕でしっかり組みつき、振ろうが引っ張ろうが離れることなくガジガジと噛みつづける。

 

「みゅみゅみゅー!!!」

「悪かったって! だから噛むの止めて!?」

 

 振り回そうとしたい衝動を抑えながら、紫はベッドに駆け寄り飛び込む。 寝具にうつ伏せになると、口を離して一緒に飛び込んだ紫玉を恨めしそうに見つめる。

 一仕事を終えたというように、呑気にあくびをしているみゅかりを見て、ボイスロイドから生まれた存在を連れて外に出ようとしていた迂闊な自分に呆れて、彼は枕に顔を埋めた。

 

「……まあ、みゅかりに負けている時点で、外に出ても敵対している相手に襲われたら終わりだからなぁ」

 

 彼の迂闊な行動は今に始まった事ではない。

 この世界に来た当初、すぐに倒れてしまった自分を看病してくれた彼女達に、朧気ながらも感謝を伝えて「好きにしていい」と言ってしまい、彼にとっては不自由の無い生活を満喫している間に、ある日を境に彼女達はヴィランとして活動し始めてしまった。

 最初は真っ当に世の中へ溶け込もうとしていたボイスロイド達は、ある時を境に目の色が変わってからは東北じゅん狐堂を拠点に活動していたが、原作が始まってからは裏方だと思っていたチームが雄英A組を筆頭に、ヒーロー相手にも手を出し始めた事が頭痛の種となっている。

 記憶を共有している事は知っているがために、アンチである部分を前面に押し出して行動し始めた彼女達を咎めようか迷っている間に、既に戻れない所まで来ていた彼は、自分の優柔不断さに後悔を口にすることしかできなかった。

 

「ああー、もうちょっと皆に気を配っていれば……言うのが遅いってのはわかるけどさぁ」

 

 尤も、彼が放置してしまったが故に行きついた結果であることは理解しており、そうなってしまった事を後悔する程度には自身が悪い事を自覚しているのだが。

 物語の主人公でもなく、ただただ筋書を知っているだけの世界に放り込まれてしまった一般人が、諸手を上げて暴力が荒れ狂う物語の中核へと切り込めるほど、彼は勇敢でも無謀でもなかった。

 

「おまけに最近は、俺にも何かしているのは確実……本編が始まる以前の記憶があやふやだし。 夢だけどUSJの授業や職場体験っぽいの、出てきたヴィランの姿は違ったけれど、あれ皆だよね」

 

 ゴロゴロとベッドの上を転がり回り、天井を見上げて右手を掲げる。

 脳裏に思い描いたのは歯車の形をしたヨーヨー。 すると手の平に寸分違わぬ物が現れた。 紫は体を起こすと、先ほどの後悔から目を背けるように、ヨーヨーで遊びながら少し前に見た夢を思い返す。

 

「八百万が体育祭で二位。 いや、それよりも爆豪が騎馬戦で脱落した方が気になるなぁ。 それにセイカさんが変な表を持ってきたから、また何かしらやっているんだろうけど……この先どうなるやら」

 

 結局、思考は目を背けたい方へ向いてしまい、口をへの字に曲げてヨーヨーを放り出した。 空中で虹色のポリゴンとなって弾けた道具を見ながら、みゅかりを撫でつつ己に言い聞かせるように呟く。

 

「もう後戻りはできない。 犯罪者として裁かれるのは覚悟できた……と思う。 彼女達はできれば穏便に、っていうのは自分に都合がよすぎるよなぁ」

 

 自分が生み出した存在なればこそ、彼女達の罪も背負う事になるという事実に、見えない重りが彼の肩にのしかかる。

 彼自身の記憶の限りでは、根っからの善人ではないものの、進んで犯罪に手を染めるような悪人ではなかった。 特に秀でた能力を持たない彼は、平凡な人生で終わる一生か、場合によっては小悪党止まりの一般人で終わるはずだった。

 誰からの記憶にも残らない物語の主人公。 ありふれた人間の、ありふれた結末はいつ歪んでしまったのか。

 

「元々俺は、あれ? 元々……何だったっけ」

 

 ふと自分の記憶に引っ掛かりを感じ、紫は顎に手を当てて考え込む。 脳裏に浮かぶ、見た事の無いはずの風景を確固たる形にするべく、口を動かして忘れないよう、音で脳に刻み込むように言葉を絞り出す。

 

「夕焼け、目の前に人だかり、肩が熱い、誰かの顔が目の前に、涙が見え……」

 

 既視感を感じる風景。 あと少しで何か大事なものを掴みかけた瞬間、頭部からモフモフした感触と共に激痛が走った。

 

「みゅあ!!!!!!」

「あ痛ったぁ!?」

 

 いつの間にか頭に上っていたみゅかりに咬まれ、紫は痛みに飛び跳ねて正気に戻る。 一仕事終えたと鼻息荒くしているみゅかりをジト目で見ながら頭部をさすっていると、入り口の扉をノックする音が三度鳴り、間延びした声が聞こえてきた。

 

「マスター、入ってよろしいでしょうかー?」

「ん、イタコさん? どうぞ」

 

 白い狐耳に長い白髪を揺らしながら入ってきた東北イタコ。 片手に和菓子を持った彼女は扉を閉めると、中央のテーブルに菓子を置いてベッドにいる紫の隣へ向かって座った。

 

「調子はどうですかー?」

「大分よくなったよ。 ここ最近は倒れることもほとんど無くなったし」

 

 紫は体を軽く動かす。 世界に来た時に昏倒し、しばらくは寝たきり。 半年近くかけて体調が安定するまで、部屋の中で過ごしていた時間を思い出し、彼は苦笑いを浮かべた。

 そんな彼の頬にイタコは両手を添えて自分の方へ顔を向ける。 きょとんとしている紫に、イタコは彼と目線を合わせて口を開いた。

 

「マスターの思うまま、好きにしていいんですよ」

 

 イタコは優しい笑みを浮かべながら、紫を見つめて語りかける。 それは贖罪の勧めか、もしくは悪への誘い。

 

「私達はマスターの能力によって呼び出された存在。 本来であれば、マスターの指示によって動くべき者達です。 マキさんは自由にやっていますが、それもマスターと共有した記憶を元に、喜んでもらえるように行動をとっているだけですわ」

 

 彼女は一呼吸置いて、彼の背中を後押しする。 停滞していては手に入れることのできない未来を、自らの意思で決めて欲しいが為に。

 

「ですから、己の思うままに動いてください。 どのような結末であれ、役目が終わるその日まで、私達はマスターの味方ですわ」

 

 祈るように、願うように。

 言葉を紡ぎ終わり、答えを待っている彼女を、紫は半眼で見つめて呟いた。

 

「知ってる。 いや、知ってた」

「……あらぁ?」

 

 そっと彼女の手をどける紫に、予想外の答えだったのかイタコは首を傾げている。

 そんな彼女に肩をすくめながら、紫は天井を仰いだ。

 

「はぁー……この世界に来る前はただの一般人(その他大勢)だったんだけどなぁ」

 

 紫は頬を掻き、顔を叩いて気持ちを入れ替えた。 彼の目つきは日々を無為に過ごす人の無気力な鈍い輝きではなく、己の欲望に忠実となった悪の光を放ち始める。

 ニヤリと口元を浮かべて脳裏に思い浮かべるのは、自身の介入によって変化する物語の行く末。 元々、この世界が好きで二次創作を読み漁っていた彼は、同時に不満に思っていた部分を修正できるであろう未来に思いを馳せて決意を固めた。

 

「腹、括るか。 どっちにしろ皆がいなければ死んでいただけだし、今まで放っておいた責任を背負うついでに、好き勝手やってやろうじゃないの!」

「ちゅわー!」

 

 自らの意思で動き始めた主を見て、イタコは嬉しそうに頷いた。

 活力に満ちた紫は軽く体を動かしながら、 現状を把握するべくイタコに問いかける。

 

「よし。 悪の親玉ならば、高みの見物で盤面を指すってもんだ。 東北三姉妹と葵ちゃんは拠点維持の為にお店経営をやっているんだよね。 動ける他の子達は今何してる?」

「マキさん、茜さん、セイカさん、あかりさんは敵連合に向かっていますわ」

「……それって」

 

 紫は記憶を掘り起こす。 体育祭が終わり、職場体験も終わり、次に敵連合が関わる事件。 紫にとっても、ヒーローにとっても、敵連合にとっても、世界が大きく動く重要な分岐点(ターニングポイント)

 

「強化合宿の襲撃に便乗参加するためですわ」

 

 英雄と悪の帝王が堕ちる、神野事件の発端となる敵連合の開闢(かいびゃく)行動隊。 彼らに爆豪が攫われ、正義と悪、その頂点が同時にいなくなるという大事件にして、歴史が動乱へと下る坂道が始まる日がすぐそこに迫っていた。

 

「……オーケー。 とりあえず、情報共有しよう。 皆には覚悟を決めたって伝え……一斉に脳内へ直接声を通すのヤメロォ! 嬉しいのはわかったからぁ!」

 

 いつの間にか紫の頭部に現れた、七本のあかり草が「わぁ」と嬉し気に踊り揺れている。 その光景をのほほんと見守っているイタコ、そしてみゅかりは悲し気に鳴いていた。




感想、誤字報告、指摘ありがとうございます


某超重力を放つ加湿器と例えられている二次創作の影響で熱意がそっちに引き寄せられていますが
終着点は決まっているので、週一投稿はキープしたい所存
以下、蛇足な補足

・はぐるまヨーヨー
GBAソフト トマトアドベンチャーより、ギミックと呼ばれる武器
作品に登場する武器は設定されたコマンドの成否、さらに七段階の難易度によって威力が変わる
移動する棒を一定範囲内で止めるギミックで、最高難易度の成功判定は1フレームレートらしい


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Voice25 雄英高校教員 緊急機密集会 "頭文字V"

 雄英高校の一室。 学校の施設に襲撃してきた、敵連合の情報公開がされていた場所には、雄英の中核ともいえる教師陣が出揃っていた。

 プレゼントマイク、ハウンドドッグ、エクトプラズム、ミッドナイト、スナイプ、パワーローダー、ブラドキング。 そして、敵連合襲撃事件の時には席を外していた、十三号とイレイザーヘッドこと相澤消太もこの場に姿を連ねている。

 高校周辺にヴィランが出れば動ける者が即座に出動し、最小の被害で事件を解決できるフルメンバー。 そんな一同が部屋に揃っている中、腕を組んで事が始まるのを静かに待っているハウンドドッグの隣で、机に足を乗っけたプレゼントマイクが愚痴をこぼしていた。

 

「ったく、何で招集がかかったんだ。 誰か知らねぇ!?」

「内密かつ直々。 そして、根津校長の縄張り(テリトリー)である校長室で招集連絡を伝えるという、念の入れ様。 よほど他者の耳に入れたくない内容でしょう。 心当たりがあるとすれば……」

 

 いつもならば生徒達にマスコット扱いされながら、神出鬼没に現れては必要な連絡を入れる根津校長。 今回の回りくどい方法で招集をかけた事に唸っているハウンドドッグの横で、パワーローダーは明後日の方向を見ながら彼の言葉を引き継いだ。

 

「十中八九、保須市の件だろうな。 敵連合と"頭文字V"の出現。 世間ではヒーロー殺しの動画に夢中だが、ヒーローネットワークにはココ(雄英高校)を襲撃した脳無の情報、そして"頭文字(イニシャル)V"の報告もあった」

 

 記憶に新しい保須市の動乱。 ヒーロー殺しのステインが見せた、強い意志の宿る言葉が撮影された動画はインターネットに上げられ、あらゆる所に燻る火種が飛び火している。 水面下で活発になったヴィラン達の動きに影響を与えたステインとは裏腹に、敵連合と"頭文字V"の事はあまり話題に上っていない。

 しかし、公開されているヴィランの情報に、エクトプラズムは不満の声を上げる。

 

「内容ハ 同時ニ出現シタ トイウ事ダケダ。 公開サレタノハ 新タニ現レタ ヴィランノ容姿ダケデ、ソノ他ノ詳細ハ曖昧カ、伏セラレテイル」

 

 ヒーローネットワーク上に上げられた新たな"頭文字V"のメンバー。 個性も相変わらず推測の域を出ず、上げられた情報には内容も似顔絵と容姿の数行の文字列しか無い。

 実際に敵対した事のある彼は、自分の時に根掘り葉掘り聞きだされたのとは雲泥の差である内容に納得ができず、その有様にミッドナイトも相槌を打つ。

 彼女もまた、教職の片手間にテレビやネットワークに上がっている情報を精査しながら、警察の動きに疑問を感じていた。

 

「"頭文字V"と交戦したヒーロー達も匿名にされ、マスコミの取材をさせないように警察は情報を断っているみたい。 ヒーロー殺しの方が熱いから、目を向けられる数は少ないけれど、よほど世間に公開したくないものがあるのかしら。 あのグループが関わってくると碌な事が起きる気がしないわ」

 

 詳細及び正体不明、かつ明確に雄英生徒を狙って襲撃してきたヴィラン集団。 誰もが頭を抱える状況の中で一人、相澤は栄養食を飲み込んでそっけなく言った。

 

「ヴィランの考える事を理解する必要はありません。 奴らは自身の都合で好き勝手しているだけです。 無闇に個性を使うという、法を破る犯罪者以外の何物でもありません。 幸い、雄英生徒と関わったという報告は届いていませんから、予想していた生徒を標的にしていたという推測が外れた事は良しとしましょう」

 

 淡白な反応の相澤に、ブラドキングが彼に物申そうと顔を向けると、会議室の入り口が開く。

 入ってきたのは、私服に鞄を持っている警察官の塚内直正と、彼の肩に乗った根津校長。 警察の服装ではない塚内の姿に、彼と会った事の無い十三号は首を傾げていると、校長は集まったメンツを見回して頷いた。

 

「HAHAHA! 急な呼び出しに応じてくれてありがとう。 全員揃っているようだから、手早く始めようか」

「そちらは警察の方……ですか?」

 

 現れた公務員の出で立ちに違和感を感じている十三号。 塚内は頷いて校長を下ろすと、根津は自身の席へ走り飛び乗って腕を組んだ。 席に着いたのを確認した警察官は軽く頭を下げる。

 

「今日は警察であり、塚内直正個人としてもこの場に来ました。 よろしくお願いします」

 

 教員たちが首を傾げる中、彼は鞄から書類を取り出して机に並べる。 顔見知りではあるが、部外者である彼が来た理由を根津校長が言葉を付け足した。

 

「彼は警察によるヴィラン対策の相談で呼んでいるのさ。 呼び出した名目はね」

 

 誰もが校長の言い回しに眉を上げて訝しむ中、資料が行き届いたのを確認すると塚内が説明を始める。

 

「まず、"頭文字V"に対する警察の意向ですが、この集団に関しては()()()、様子を見ることになりました」

「表向キ?」

 

 塚内が強調する単語にエクトプラズムが反応する。 誰もが嫌な予感を感じつつも、塚内の指示通りに資料をめくって内容に目を通した。

 

「保須市事件で関わったヒーロー及び住民の方から事情徴収を行った結果、ほとんどの被害は脳無によるものか"頭文字V"が連れてきたと予測される、モンスターへ不用意に近づいた住人だけです。 その住人も、現場を撮影しようとした際にモンスターに近寄りすぎて、吹き飛ばされて負った打撲傷だけで、実質"頭文字V"による人的被害及び物的被害はほとんど無いと言っていい結果となりました」

 

 保須市の被った損害の蓋を開けて見れば、酷い言われようだった街の被害は思った以上に微々たるものだった。 手渡された資料にも、化け物達の被害は大したことがなく、むしろ脳無と交戦していたヒーローによる被害の方が大きい可能性が高いという結果さえ出ている。

 

「よって、警察からは指定(ヴィラン)団体に登録する公式発表が後日、流れる手筈になっています」

 

 ヴィランに対する警察の措置に、納得のいっていないスナイプは帽子を被り直しながら反論を放つ。

 

「雄英の施設に不法侵入、生徒に暴行。 それに加えて保須市でも暴れた連中が、たとえ被害をほとんど出していなくても犯罪者だろう。 温情過ぎないか?」

 

 塚内は肩を落として申し訳なさそうな顔をしながら、鞄から一枚の封筒を取り出す。 その中からはジップ付きポリ袋が現れ、さらにその中に入っている白い布に巻かれた物品を取り出した。 三重に包まっていたのは一枚の写真。 塚内はそれを全員に見えるように掲げた。

 

「その件に関しては……まずはこちらを見てください」

 

 そこに写っているのは試験管の様な容器。 入れ物の底に、僅かに残っている物体をブラドキングは目を細めて凝視する。

 

「黒……いや僅かに赤が見えるな。 血ではないようだが。 いや、ヴィランの血だとしても、そこまで厳重に保管する程の物か?」

 

 個性故か、他の誰よりも赤色が混じる液体に反応している彼の疑問に、塚内は首を振って否定した。

 

「"頭文字V"が所持していた薬品、個性拡張薬……エクステンションと呼ばれる薬品です」

 

 彼の発した言葉に相澤が目を細め、十三号はマジマジと写真を見つめる。

 

「これは……随分と大層な名前を付けていますね」

「お恥ずかしい事ですが、現場にいたヒーローのセルパファムとスウェルミートによって確保されたこの薬品。 警察上層部の一握りが手に入れようと、密かに"頭文字V"へ接触しようと躍起になっています」

 

 額を抑えながら塚内が言った言葉に、相澤が勢い良く立ち上がり椅子が倒れた。 彼は注目されることも気にせず、目の前の警官と写真を睨みつける。

 

「ちょっと待ってください。 セルパファムにスウェルミート? そこは、口田と砂藤が職場体験に向かった事務所のヒーロー……まさか」

 

 相澤の発した生徒の情報に、ハウンドドッグとエクトプラズムが警官へ視線を向ける。 USJでも"頭文字V"によって襲われた八百万百と耳郎響香の記憶は新しい。 三人の脳裏に浮かび上がった最悪の予想は、塚内の言葉によって肯定された。

 

「非公開の音声記録とヒーロー二人の情報提供から、使用を強要されたのはヒーロー科A組の口田甲司君、砂藤力道君の二名です」

「戻ってきたあいつらは、そんな素振りは少しも……」

 

 襲われていた生徒の変化を気づきもしなかった事に呆然としている相澤。 震えるほど強く拳を握っている彼に、今まで静かだった根津校長が口を開いた。

 

「そこは僕が口止めさせてもらったのさ」

 

 相澤のみならず、教師達の視線が彼へ集まった。 その状況に校長は顔色一つ変えず言葉を続ける。

 

「スウェルミート君が音声記録を警察に持っていく前に相談されてね、学校の責任者であるボクは一足先に内容を聞かせてもらった。 ボクの伝手でその情報を警察上層部の信頼できる所に渡して、拡散することを最小限にしたのさ。 それでも情報は漏れて、求める人は出たようだけどね」

 

 根津校長の言葉に塚内は肩をすくめる。 もし、スウェルミートが情報をそのまま警察に持って行っていたならば、今以上に情報が拡散していたことは想像に難くない。 良くも悪くも、権力を持った人間が自己保身と利益を天秤にかけ、最大の恩恵を受けようとするために情報を抱えている事が情報の拡散を抑える結果となった。

 

「それに、砂藤君と口田君は事前に声をかけて『職場体験中にヴィランに襲われ、撃退した際に個性が強化された』というカバーストーリーを守ってくれているだけ。 彼らも大根役者ではなかったという事なのさ」

「……生徒への配慮、有難うございます」

「HAHAHAHA! それでも、人の口に戸は立てられないけどね」

 

 思いつく限りでは最善の策に、相澤は絞り出すように言葉を紡ぐと、椅子を立て直して席に座る。

 重苦しい雰囲気の中、エクトプラズムは話の中心である薬品に興味を示して書類を叩いた。

 

「ソノ個性拡張薬トヤラハ、イカ程ノモノカ。 目ノ色ヲ変エテ 探ス程ノ物ト 言ウコトハ 分カッタガ」

 

 彼は手に持っていた書類を机に放り投げる。 資料には薬品の詳細はおろか、その存在すら意図的に消されているようなスカスカの紙束。 根津校長は手元にあるそれで折り紙を始めながら答えた。

 

「精密検査の結果から、個性因子に影響が出ていたらしい。 詳しくは調査中らしいけれど、因子そのものが成長したという推測との事なのさ」

 

 淡々と伝える校長に、今度はミッドナイトが立ち上がった。

 

「ちょっと待って、個性因子そのものを!? 間接的に因子を刺激する個性因子誘発物質(イディオ・トリガー)はあるけれど、因子そのものに影響を及ぼす物質が存在するの!?」

 

 彼女は教鞭を振るう前、個性を増強する薬物の事件に関わっていた。 その薬ですら個性因子そのものには作用せず、あくまで活性化させる代物であり、長くとも使用後一時間以内には効果が収まる程度の物である。

 恒久的に個性を強化するという薬品は、現人類の目指す頂の一つ。 場合によっては個性を書き換えるにも等しいその薬を、ミッドナイトは起こりうるであろう奪い合う争いを思い浮かべて睨みつけた。

 写真越しに、真正面からヒーローの気迫を受けてたじろぐ塚内だが、一つ咳を払って説明を続ける。

 

「はい。 個性研究所による報告では、確かに存在する物質です。 口田君と砂藤君は短期間で個性が飛躍的に強化、もしくは変質していると検査結果に出ており、悪性の症状も確認されていません。 そして、この薬品は条件を整える事ができるなら、作り出せるとも聞いています」

 

 どよめく声が上がる。 夢のまた夢かと思われた、純粋に個性を強化する薬品。 粗悪品や紛い物が当たり前の中で、それが手の届く所まで来たという事実を知らされた面々は、誰もかれもが眉を寄せていた。

 下手をすれば、国を超えて戦争の火種にもなりかねない物。 世界を狂わせる品が目の前にあったとして、諸手を上げて喜べるほど単純な人間はここにいなかった。

 思い思いに最悪の予想を浮かべる中、コスチューム開発許可証を持っている技術者の一人、パワーローダーが手を上げる。

 

「それの安定生産は可能なのか」

「……机上の空論であれば」

 

 塚内の弱弱しい返答は、事実上の不可能という提示。 パワーローダーが続きを促すと、塚内は研究者から教えられた内容を思い出しながら答えた。

 

「ええと、個性拡張薬に使われる成分は、地球上全ての物質に含まれているそうです。 それこそ大気中から植物、動物、土の中にまで。 今まで観測できませんでしたが、残った薬品を元に判別する手段が見つかり、その存在が判明した……との事です」

「実質、ダークマター(正体不明の物質)だった物を解析しやがったってことか。 とんでもない事をしやがるな、"頭文字V"って連中は。 しかし、どこにでもある物……にも拘わらず机上の空論ねぇ? 素材がたんまりある中でも不可能に近いってことは、取り出す技術が難しいのか?」

 

 パワーローダーは鋭い目をさらに細める。 彼としても畑は違えど技術者の端くれであるが故に、現実不可能である理由を知りたがった。

 その問いに、塚内は先ほど見せた写真を再度掲げて答える。

 

「この容器を満たす場合……素材に関わらず、およそ東京ドーム百杯分の量が必要、とのことです」

「……?」

 

 提示された条件を瞬時に理解することができず、パワーローダー含めた教師全員が首を傾げた。 どう説明したらいいのか迷っている塚内を見て、情報を共有している根津校長が噛み砕いて補足する。

 

「物量的に実現不可能なのさ。 現代の技術力で抽出する量はフェムト(一兆分の一)単位が限界。 そして、そんな小さな物を生産するコストも馬鹿にならない。 実行するならば、日本の国家予算で最低限でも一世紀ほどの資金が必要だね。 事実上のオーバーテクノロジーなのさ」

What the hell are they(アイツら一体何なんだ)!?

 

 机を叩く音が部屋に響き渡る。 妄想の産物としか思えない代物に、この場にいる全員の思いをプレゼントマイクが代弁した。

 世界を覆す可能性を秘めた異物。 予想の遥か上を行く馬鹿げた存在を創り出すヴィランに、誰も彼もが呆れることしかできなかった

 そして、それよりも気がかりのある相澤は、真っ先に使われた生徒の扱いをどうするのか校長に問いただす。

 

「生徒二人の扱いはどうなるのですか。 場合によっては保護も視野に入れなければなりません」

「検査の結果では薬の性質は既に消失している。 薬品関係の情報はボクの伝手がある警察の上層部と関わった一部の研究員、そしてここにいるメンバーしか知らされていない。 世の中を混乱に招くものとして、既に箝口令(かんこうれい)が敷かれている。 現状はここにいる皆で薬品の悪影響が出ないか経過の様子見、そして秘密裏に身辺警護をすると言ったところだね」

 

 この時代には場違いな物品(オーパーツ)が引き起こすであろう惨状を理解して、可能な限り情報が表にでないよう警察も行動している。 薬品の詳細が今の所、それを世に出したヴィランと世間の平和を守る事が仕事の警察のみである事は、不幸中の幸いともとれる。 尤も、創り出したヴィランが広めてしまえば止める手立ては無いが。

 しかし、人の口に戸は立てられない。 いずれ世に広まるであろう火種に、頭を抱える一同は例外なく暗い顔をしている。

 燻る不安を少しでも取り除くべく、警察の方でも動いている事を塚内が伝えた。

 

「警察でも都市伝説として情報操作を行う意向です。 この件に関しては、欲に手を出す以上に世界規模の騒乱を引き起こしかねないとの見解が勝り、隠蔽することが決定しました。 口田君と砂藤君も、彼らの通学経路に私服警察を配置する手筈になっています」

「HAHAHA、雄英からも通学路を通る教師にそれとなく気を付けるよう言っておくよ」

 

 最善すらわからない状況だが、それでも何か手を打つ手段を模索して実行している警察と校長を見て、一同は気を引き締め直した。

 それでも、与えられた情報の重大さに肩を落としながら、ブラドキングがぼやく。

 

「はぁ……仕事が増えるな。 今の所、被害は数人だが、普通科や経営科を狙わないという根拠もない。 一番はとっ捕まえる事だが」

 

 責任という重りに潰されないよう、各々が改善策を模索する雄英教師一同。 襲い掛かるヴィランを相手取る方が気楽であるほどに、各自がヴィラン対策を思案する一同。

 解散の雰囲気が漂い始めた一室で、校長はまだ終わっていないと待ったをかけた。

 

「今回集まってもらったのは"頭文字V"の他にも、伝えたいことがあるのさ。 オールマイトの宿敵についてね」

「オールマイトの宿敵?」

 

 "頭文字V"の事ですら、教員達の胃に穴が開きそうな状態。 そこに追い打ちをかける校長に、教員は例外なく「まだ何かあるのか」という表情が浮かんでいた。

 しかし、校長は口を止めることはしない。 そもそも、"頭文字V"に関しては生徒の事以外はほとんどが警察に任せることになる。

 根津校長も、雄英生徒二人の事は相澤含む教員の目から隠し通せるとは欠片も思っていなかった。 故に、隠し事をするよりも暴露した方が教員達と自分、互いの信頼を崩す要因を取り除いたに過ぎない。

 教員にとっては長く、根津にとっては前置きである"頭文字V"の報告が終わり、校長が彼らを集めた理由を切り出した。

 

「オール・フォー・ワンと呼ばれるヴィランが潜んでいるという可能性の浮上。 個性を奪い、個性を与え、幾多の力を自身にため込んだ悪の帝王。 六年前に、辛うじてオールマイトが倒したはずだった相手が生きているかもしれない」




感想、誤字報告、疑問点の指摘ありがとうございます


原作沿いがやりやすい理由を思い知らされますね(白目)


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Voice26 雄英高校教員 緊急機密集会"AFO"

 個性を奪い、与える力を持つ存在。 事情を知っている根津校長と塚内直正(つかうちなおまさ)以外の教師陣は、先ほどの"頭文字(イニシャル)V"の話で全員疲れ果てているようで、気の抜けた顔を校長に向けている。

 一早く気を取り直したハウンドドッグが根津校長へ疑問を投げかけた。

 

「それは……個性が現れた背景に秘密組織がいるという、都市伝説の一つでは?」

 

 個性という異能が世界に現れてから現代まで、様々な憶測と空想が飛び交っていた。

 特殊な薬品によって体を作り替えられた、大国が秘密裏に作り上げたバイオハザードの一端、果ては神の降臨する前兆等々。

 個性因子が発見されて以降は、少しずつではあるが未知が解明されていくにつれて、根も葉もない風説は廃れていった。

 あやふやな記憶となって現代まで生き残っている民間記録の一端。 どれが嘘で、どれが真か。 根元すら見えなくなった形無き情報は、いつの時代でも興味を持った人間を躍らせている。

 その効果を意図的に私用する者は、効力を噛み締めるように小さく頷いた。

 

「今回もそう(情報操作を)しようとしているように、火の無い所に煙は立たないのさ。 根拠の一つとしてこれがある」

 

 根津が塚内に合図を送る。 彼が頷いて取り出したのは一枚の紙きれ。

 誰もがどこかで見覚えのある物と思えば、先日の敵連合及び"頭文字V"の会議の時に出てきた、悪口の書かれていたメモだった。

 

(A)フォ(FO)が動いたからこんなことになったんです。 ヒーロー仕事しろ』

 

 提示された物から、教師陣はそこに書かれた意図を察して眉を顰める。

 納得していない表情の教員達に、根津校長は言い聞かせるように口を開いた。

 

「以前に"頭文字V"が持っていたメモ書きの一つ。 これは奴を知っている人間だけが察する事のできる暗号が入っている。 アフォの上に書かれた小さいAFOの文字……オール・フォー・ワンの頭文字さ」

 

 さらに説明を続けようとする校長に、おずおずと手を上げたミッドナイトが言葉をはさむ。

 

「校長……その、オール・フォー・ワンというヴィランはどのような存在ですか」

 

 彼女の指摘に根津は言葉を止め、小さく舌を出した。

 若い世代が、かの邪悪を知っているはずもなく、焦りからか既知を前提で話を進めていた彼は、頬を掻いて不足している説明を始める。

 

「少なくとも百年以上前から存在した悪の帝王であり、裏の支配者。 個性は他人から個性を奪い、また他人へ移すことができる。 長らく裏から日本を操っていた存在、六年前にオールマイトが倒したと思われた相手が動いている可能性が出てきたのさ」

 

 現実感の無い話に、スナイプが帽子を目深に被り直しながら、疑問に思った場所を指摘する。

 

「百年以上……寿命が伸びる個性を持っている、と言う事なのですか?」

「確定ではないけれど、その類の個性を持っているだろう。 そして、個性がまだ異能と呼ばれていた個性黎明期の警察が所持していた手記に、AFOであろう情報が残っていたらしい。 その時期ならば、迫害対象だった能力を捨てたいという人は多かったろうね」

 

 架空から飛び出してきたような個性。 想像の外を行く存在に苦虫を噛み潰したような顔の教員達を、オールマイトから聞いていた塚内は彼らの心境に、苦笑しながらも同意する。

 個性を移動させるという能力(ちから)。 忌避すべき存在から力の象徴へと変貌した『個性』を自由に入れ替え扱える存在は、黎明期では個性によって迫害された人々を、現代では力に飢えた犯罪者を引き寄せるのは想像に難くない。

 ブラドキングが気を引き締めなおすように喉元をさすり、校長に物申した。 

 

「たとえそのようなヴィランがいたとしても、この情報量だけで疑りすぎでは?」

 

 根拠はたった紙きれ一枚。たとえハイスペックという個性によって頭脳が飛びぬけている根津と言えど、他者を説得するには少なすぎる。

 しかし……

 

「かもしれない。 けれど、敵連合という存在が現れ、そのトップらしきヴィランの人物像は『子供大人』とボク達は分析した。 おかしいと思わないかい? 警察の調べでは前科を犯しておらず、連合と名乗る規模の集団を管理できる思考があるとも思えない。 何より……」

 

 根津校長はAFOの脅威を知っている。 平和の象徴とまで謳われているオールマイトに深手を負わせ、彼に手加減を許すことなく戦った戦闘力を持つ悪の首魁。

 その可能性を放置してしまえば、ぬくぬくと育っているヴィランはやがて、親と同じ巨悪となって現れるであろう。

 

「脳無という、死者を冒涜する非人道的兵器を生み出した、人を素材としか思わない化け物(ヴィラン)。 子供におもちゃを与える親が必ずいるはずさ。 まぁ、AFOじゃなくても捕まえるんだけどね。 脳無なんて存在を生み出した相手で、真っ先に奴が浮かぶだけで」

 

 実験体として扱われた過去を持つ根津。 脳無に自身が辿る可能性であった末路の一つを見せられては、その怒りを簡単に静めることはできない。

 前回の会議では抑えられていた、根津の小柄な体躯から放たれる重圧が部屋を包み込む。 彼のため込んでいた怒りを初めて直に受けた塚内は、心を落ち着かせるために飲み物を口に含んだ。

 そんな彼を横目に、数年に一度は必ず現れるサポート科の問題児が原因で、この重圧を度々受けているパワーローダーが空気を変えるべく話題を出す。

 

「"頭文字V"も複合個性の疑いがあります。 奴らも、そのAFOと関係があるのでは」

 

 意識がAFOから逸れたのか、校長の重圧が少しだけ軽くなる。 雰囲気は変わっていないが、いつもの明るい口調でパワーローダーの質問に答え始めたのを見て、教員達は静かに息を吐いた。

 

「勿論、AFOの手下である可能性は捨てきれないのさ。 けれど、そうであったならばおかしい所が出てくる。 守るべき主の存在を仄めかし、保須市に現れた脳無を妨害し、敵である未来のヒーローに強引ながらも成長する機会を与えた。 別の組織を名乗ったことも踏まえて、AFOとは別の勢力であると考えるのが無難なのさ」

 

 机に置いてあった飲み物を一口飲んでから、根津校長は言葉を続ける。

 

「どちらも警戒するに越したことはないけどね。 "頭文字V"はともかく、敵連合は明確にオールマイト……そして生徒を殺そうとしていた。 普通のヴィランならば、折れない姿勢を見せつつ警察と連携、そして逮捕できれば僥倖だったのさ。 AFOの影さえなければね」

 

 根津は顔を伏せ、間を空けて重い口を動かす。

 

この件(AFO)に関しては、ヒーローも警察も当てにはできない。 全てから隠れ潜んでいた五年間、奴が根回ししていた最悪の場合を想定すれば、全てを疑わなくてはならない。 命を預けられる味方以外を頼るのは避けたい。 だから、奴と因縁のあるオールマイトと、この学校に勤めてくれた……ボクが命を預けられる君達を頼りたいのさ」

 

 根津校長の重い信頼。

 彼の信頼に応えたいのは、この場に集まった全員が一緒である。 しかしながら、果たしてその戦場に上がれるかと言われれば、それはノーとしか言えない。 戦闘では無敵とも思えるオールマイト相手に、生死を掛けた戦いができると自負できるほどの妄言者はここにいない。

 力になりたい。 けれど、そうできるほどの実力があるとは思えない。 下手をすれば足手まといどころか足を引っ張ってしまいかねない。

 誰もが頷くことを躊躇っている間に、その気持ちを相澤が代弁した。

 

「オールマイトが倒すことすら困難だった相手に、足手まといが加わる事は合理的ではありません。 ですが、校長ならば俺達を適切な場所に配置できます。 世間からも、校長からもその不安を取り除く為に、使われる覚悟はできています」

 

 彼の言葉に同意する教員達の視線が根津に向けられる。 誰もが根津を信じて次の言葉を待っていた。

 根津校長は静かに目を伏せながら、やるべきことを提示する。

 

「やることはたった一つ。 奴に対抗できるであろう、オールマイトの教務負担を減らす手伝いをしてほしいのさ」

 

 予想よりも呆気ない内容に、誰もが肩透かしを食らって呆けている。

 ハウンドドッグもまた、見回りの強化かと予想していた。

 彼は固まっていた体が弛緩するのを感じながら、手っ取り早く休ませる方法を提案する。

 

「……休職させればいいのでは?」

 

 彼の提案に、根津校長は首を横に振った。

 

「ゴシップを嗅ぎまわっているマスコミにエサを与えたくないのさ。 平和の象徴が弱っていると知られれば、今以上にヴィランを活性化させてしまう恐れがある。 オールマイトは授業を最小限にして、学校で身体回復のための専門家を呼んで、できる限り万全にしてほしいのさ。 それくらいしないと休まないだろうからね、彼!」

 

 根津の言葉を否定する者は誰もいない。 むしろ同意するように頷く者ばかりだった。

 既にオールマイトは通勤中にヴィランを逮捕して出勤時間に遅れそうになったり、ヒーロー基礎学でマッスルフォームを維持できなくなりかけたりと、教員としては赤点と認知されている様子に、友人である塚内は乾いた笑いを出していた。

 そこで、ここにいる教員達は気づく。 AFOに関しては中心になるはずの人物がいないことに。

 十三号がそのことを思わず声に出した。

 

「……そういえば、オールマイトの姿が見えないのは」

 

 根津校長はぐっと親指を立てる。

 

「今は検査が終わって、マッサージの時間だろうね!」

「手が早い」

 

 既に校長は先を見据えた行動をしていた。

 仕事が増えることに教員全員は先を思いやりつつも、微力ながらもオールマイトの手助けをできることに一同は気を引き締める。

 

「それと職員会議で決まった、一年の期末試験内容。 既に対人戦の組み合わせは決定しているけれど、オールマイトは休ませて代わりを呼ぶ事にしたのさ」

 

 ついでと言わんばかりに根津校長はあっさりと言い放つ連絡を聞いて、エクトプラズムは難色を示す。

 

「今、部外者ヲ呼ブノハ ヨロシイノデスカ?」

 

 彼の疑問に、校長は問題ないと手を振って答えた。

 

「大丈夫。 一人は裏取りは終わっている……というか隠し事がドヘタな子だし、もう一人は君たちと同じく命を預けられるボクの旧友。 準備抜かり無し、なのさ!」

 

 校長の言葉に、パワーローダーは腕を組みながら会議で決定した内容を思い出す。

 

「二人も必要ですか? オールマイトが抜けるなら、確か爆豪と緑谷のチームだったはず。 他に担当できる教員がいるのでは?」

 

 期末試験の実技テスト。 チームアップによる生徒達に対して、経験と実力共に上を行く教師陣との戦闘試験。

 根津校長が導き出したチームの問題点を教員が浮き彫りにし、それを克服できるかという試練とも言い換えられる時間を前に、抜けることが確定したオールマイトの穴を埋める一人は理解できるが、もう一人はどういう理由かという問いに根津校長は笑って答えた。

 

「オールマイトが担当する予定だった緑谷君と爆豪君のチームアップ試験にね。 戦闘面に対して飛躍的に伸びている爆豪君に合わせると、オールマイト以外を選出するのは難しい。 だから、彼らだけ変則的に対応することにしたのさ。 彼らならむしろ、オールマイトと訓練できなかった!! と嘆きそうだけどね」

 

 そうして、いつもの雰囲気に戻った校長が解散の宣言をする。

 一同は役目を果たすべく、会議で聞いた"頭文字V"とAFOの情報を胸に秘めながら、速足で各自の戦場へ戻っていった。

 

 

 

 

 

 

 この会議から僅か数分後。 とある研究所と警察関係者がいる場所に、タンポポ色の花が咲き乱れる奇妙な事件が発生。 ヴィランの攻撃かと思われたが、特に何事もなく収束した事から、警察はこの不祥事ともとれる事件を秘匿する事に決定した。

 とある薬品についての資料が跡形もなく消失し、誰も彼もが薬品とその記憶を忘れている事すら気づかずに。




感想、誤字報告、内容指摘、有難うございます
今回は文章が突貫気味過ぎる気もしますので、内容も遠慮なく物申してください
出したい情報は出ているはず……

紫「この手に限る(震え声」←この手しか思いつきませんでした




突貫気味な理由は仕事の都合により三日間MyPCから離されるのです
地獄かよ(執筆速度的な意味で)


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Voice27 好き勝手に生きるヴィランであるならば

感想に指摘してもらいました
後半部分に加筆する予定ですのでご了承ください
流れ自体は変わりません


 窓の無い一室から、二人分のワイヤレスマウスのボタンを押す音が聞こえる。

 部屋の中央に置かれているスクウェアテーブルで、琴葉葵と結月紫はしかめっ面でパソコンの画面を睨みつけていた。

 足元でみゅかりがあくびをしている中、最後の仕上げとばかりに不必要な程の力でエンターキーを押した紫は、脱力して椅子の背に持たれかかる。 軋みを上げる椅子に身を任せ、彼は疲れた表情でみゅかりを拾い上げて抱きしめた。

 

「あー、終わったぁ」

「みゅっみゅっみゅあー」

 

 紫は疲れた精神を解消するため、みゅかりのフカフカな体に顔を埋めて息を吐く。 同時に作業を終えた葵もまた、凝っていない肩を回して体を解している。

 計ったかのように部屋の扉が開き、お盆に湯飲みと和菓子を載せて東北きりたんが入ってきた。

 

「お疲れ様です。 お茶をどうぞ」

 

 机の上に置かれたずんだ餅へ飛びつき口に放り込んだ紫は、蕩けた顔で頬に手を添える。

 

「ああ、疲れた脳に和菓子の甘味が染み渡る……」

 

 しばらく極上の菓子を味わいながら休憩を堪能し、乾いた喉にお茶をゆっくり流し込んで紫は息を吐いた。

 

「いやー参った。 あの薬、想像以上にヤバかったんだな」

 

 開き直った紫はセイカに頼まれ、解いていた物の意味を聞いていた。 個性を強制的に強化する薬の開発データと言われた時には耳を疑ったが、当初は彼も特に問題視していなかった。

 A組の目立たない生徒達に使うだけと聞いていたので彼女に任せるまま、むしろ強化された個性でこれからどんな活躍をするのかワクワクしていた所に、僅かに残っていた薬品が解析され、予想以上にこの世界にもたらす影響を知って青ざめた。

 葵は泣きついてきた紫の姿を思い出し、口元を隠しながらも彼に同意する。

 

「フフ。 ええ、本当に。 まさか全部使い終わったと思っていた入れ物を、目ざとく拾って警察に回していたなんて……油断していました」

 

 数分前に雄英高校にて、秘密裏に行われていた会議。

 ヴィラン活動へ舵を切った紫が意気揚々と有用な情報がないかと、あかり草を介して会議の内容を聞いていれば、世界規模の戦争などという物騒な単語が飛び出していた。 望んでいない予想外のシナリオが起こらないよう軌道修正する為、部屋に来ていた葵と共に情報封鎖を行った。

 雄英高校の面子に記憶消去を行わなかったのは、単純に彼らならば広めないであろうし、広めようとしても意味が無いからだ。 薬品の情報を保管していた警察は、今はもう実物及び記録は消失しており、その情報を知っている人々もヒーローを除いて忘れさっている。

 現在、紫達以外に薬品の情報を知っているのは、実物を目の前で見せられたヒーロー二人と、雄英の機密会議に参加した面々のみ。 そして、薬品の詳細な情報は塚内含めて知らされておらず、薬品の情報を広めようとしても、証拠を出すことができずに戯言扱いされるのが関の山となる。

 "頭文字(イニシャル)V"が再び実物を残さない限り、個性拡張薬はヒーローにとって事実上の都市伝説となった。

 紫は思いつく限り最善の策を実行し終えた事に安堵すると同時に、行った事に対する労力の手軽さに手ごたえを感じることができず、葵へ再度確認を取る。

 

「葵ちゃん、これで本当に大丈夫なの? パソコン上にある、あかり草のステータスに記憶消去《個性拡張薬関連》っていう項目を追加して、検索に当たった相手を指定して決定を押すだけでいいの?」

 

 彼の問いに、葵はこくりと頷く。

 

「はい、問題無いですよ。 既に警察関係者で記憶を持っているのは塚内警部だけです」

「はぇー、すっごい。 ゲームのデータをいじっているみたいだ」

 

 葵の視線がパソコンに向けられ、紫もパソコンの画面を見た。

 複数のウィンドウには立体の建築物データが映っており、その中で青色の棒人間が頭に黄色い花を咲かせ、右往左往と動いている。 画面左上に『関連記憶消去率』と書かれた横の数字が、数十秒前では零だった数字はあっという間に百へ届き、コンプリートの文字が画面中央で点滅していた。

 

「個性『VR』で、まさかこんなことができるとは。 このゲーム好き一般人の目をもってしても見抜けなかった」

 

 まじまじと画面の戦果を見ている紫に、きりたんがツッコミを入れる。

 

「いえ、即座に見抜けられたら既知であるとしか思えませんよ。 実現できる範囲も、マスターが寝ている時間に皆で調べましたから。 あ、実験相手は木っ端ヴィランなので気にしなくていいですよ」

「ふーん」

 

 見えない所でヴィランが掃討されている話を聞き流しながら、紫はしかめっ面で画面を見ていた。

 完遂したにも拘わらず、晴れた表情をしない彼の様子に、きりたんが首を傾げる。

 

「どうかされましたか?」

「んー」

 

 抱えていたみゅかりを机の上に置いて、顔を画面に向けたままぼそりと呟いた。

 

「適当に名付けたけど、そもそも個性『VR』ってなんだろうなって」

 

 誰に言うでもなく、自身に問いかけるように、彼は言った。

 その言葉にきりたんは持っていたお盆を落としかけ、葵は体を硬直させ、二人の目が紫へ向く。 冷や汗を流し始めた彼女達を余所に、彼は首を傾げながらパソコンの画面を見つめている為、挙動不審な葵達の様子に気づくことなく言葉を続けた。

 

「VRって、仮想現実だっけ? 虚空から武器を取り出したから、VRMMOゲームアニメみたいな個性だと思って、そう命名したんだけど」

 

 彼の個性は検査機関などで調べたわけでは無い。 記憶の中で近しい現象を探し出して当てはめただけである。 本来であれば、然るべき検査機関で調べるのが妥当ではあるが、この世界に来た当初は間を置かず倒れてしまった。

 幸か不幸か、もし病院で検査した結果、このとんでもない個性が明るみに出た場合、潜んでいるAFO(オール・フォー・ワン)に連なる存在から目をつけられる可能性は否定できないので、検査を受けなくて正解ともいえるが。

 考え込んでいる紫にきりたんは目と腕を忙しなく動かしつつ、どもりながらもやんわりと彼の言葉を否定した。

 

「そ、そこまで深く考える必要はないのでは? ほ、ほら! 切り離した体を浮遊させる個性で『トカゲの尻尾切り』とかあるんですよ。 ぶっちゃけ、この世界で個性の呼び方とか、それっぽい響きで、いいんじゃないですかぁ?」

「うーん。 まあ、そうだけどさ」

 

 端から見ればパントマイムをしているようにも見える、挙動不審なきりたんを前に気にする様子もなく、紫は目を閉じて深く考え込んだ。

 

「知っている物を作り出す……いや、引っ張っているような感覚? なら、とりだした武器が、消えるときにポリゴンになるのはどういう意味だ? そう思っているから? ゲームから引っ張ってきたから? いや、自分がそう思っているから? なら、それこそ生み出しているような感覚が無いのは? そもそも、距離が離れているのに影響を与えられたのは」

「みゅ」

 

 紫の頭にみゅかりが飛び乗った。 もみあげの様な腕を彼の耳を通して顎にひっかけてしっかりと体を固定すると、弾むように体を上下に動かし始め、それに合わせてみゅかりと彼の頭が振動した。

 

「みゅっみゅっみゅっみゅっ」

「…………。 ちょ、ああたたまゆれるるみゅみゅかりり!?」

 

 リズムに合わせて頭が上下に動き、ガクガクと紫の頭が揺れる。 しばらくは無反応だった彼だが、おもむろにみゅかりを両手で掴んで引き離した。

 特に抵抗しなかったみゅかりは机の上に下ろされると、大きく口を開けて腕をぱたぱた動かして机を叩く。

 紫にとって見慣れた行動に、机の上に合ったクッキーを取ってみゅかりの目の前に持っていった。

 

「はいはい、おやつね。 ……それできりたん、何だっけ?」

 

 もしゃもしゃとお菓子を食べているみゅかりを撫でながら、彼は先ほど夢中で考えていた様子が嘘のように、きりたんへ聞いた。

 呼ばれた彼女は一度、咳ばらいをしてから人差し指を立てる。

 

「マスターがこれからどうしたいか、ですよ。 ようやく関わることに本腰をいれてくれたのですから、どんなヒロアカの世界が見たいのか、という話です」

「ああ、それね」

 

 全く違う内容に、しかし紫は疑問に思うことなく彼女が切り出した話題に乗って考え込む。

 

「うーん、とりあえずは神野事件まで潜伏かなぁ。 オールマイトに勝てるわけが無いし、同戦力のAFOも当然。 これから物語は期末テスト、林間学校からの神野事件。 それでその後がインターンで……あー」

 

 物語を確認していると、紫は顔をしかめて声を絞り出す。

 

「インターンといえば、ほら。 あれだよ、うん」

 

 歯切れの悪い紫。 しかし、記憶を共有している二人も『あれ』という指示代名詞でありながら、言いたいことを理解して苦笑いを浮かべる。

 もしかしなくても、インターン編という物語の根幹を崩す一手。 ある意味、ヒーローアカデミアという作品で、最もシナリオのアンチヘイトを生み出した中心人物の一人。

 関わることで確実にシナリオが変わる相手へ干渉するのは、紫の考えからすれば悪手という他ない。

 

「うーん、やっちゃっていいものかなー? でも、ヴィラン側で動いてくれているマキちゃん達は敵連合に向かったし、あまり動きすぎてストーリーが変わりすぎるのもなー」

 

 しかし、唸って迷うくらいには『介入しちゃってもいいかな?』と思っている程に手を入れるか迷う相手。

 首を傾け脚で貧乏揺すりをしながら、指で机を叩いている彼の様子に、葵は立ち上がって傍へ赴き、紫へ助言を呈した。

 

「マスター。 私と東北の皆は外聞があるので大っぴらに動けませんが、多少ならば行動を起こすのに問題は無いと思いますよ。 いえ、うまく立ち回って見せます」

 

 紫が彼女を見れば、まっすぐ彼を見つめる青い瞳は、深い海のように光を吸い込んで彼の姿を映し出している。

 

「一番やってはいけない事、それは対抗できないオールマイトとAFOにマスターが捕まる事です。 逆に言えば、捕まりさえしなければ、何をしようとも問題ありません」

 

 紫は語りかけるその姿に既視感を覚えた。 まるで、ボイスロイドを起動して現れるウィンドウに映し出された、液晶の向こう側にいるような琴葉葵を見上げる。

 

「マスターの望むことを叶える……それが望みであり、存在意義です。 私達はマスターが楽しんでいる姿が好きです。 貴方が笑って、喜んでいる事。 それが皆にとって叶えたいことですから、マスターは気の向くまま私達に言ってください」

「葵ちゃん……」

 

 穏やかな顔で微笑む葵。

 紫はその表情を見て、目をそらし頬を掻きながら口を開いた。

 

「でもなぁ、万が一悪い方向に傾いたら嫌だしなぁ」

「えぇ……」

 

 踏ん切りの付いていない紫に、きりたんは半眼で肩を落とす。

 思いの丈をぶつけた葵は穏やかな表情のまま、紫の顔を両手で掴んで頬をむにむにと揉みしだきだした。

 

「そこは頷いてどうするか決める所ですよね? 恥ずかしくなってきたので、マスターの顔を好きにいじくりますね」

「あ、ちょ、やめ、その顔ダークサイドぉ!?」

 

 いつの間にか葵の顔が蔑むような表情で紫を見下ろしている。 心なしか額に青筋が立っているように見える彼女はぼそりと呟いた。

 

「牛と草しかない煉獄に連れて行ってあげましょうか?」

「割と洒落にならない地獄の指定はマジ止めて!?」

 

 二人のやり取りを眺めながら、紫の変わらない様子にこっそりと安堵の息を吐くきりたん。

 しばらくの間、じゃれ合っている様子を見ていた彼女は、ニヤリと笑ってコソコソと紫の後ろへ移動し、彼の脇の下に手を入れる。

 

「うぇっへっへっへ。 では、私は脇の下をマッサージして差し上げましょう」

「あっ、ちょっ、まっ!? そこダメ!? あははははは!! 息、息できない!?」

 

 悪乗りしたきりたんを葵は咎めることなく、むしろ二人掛かりで彼の体を押さえて紫の足裏をくすぐり始めた。

 じゃれ合っている三人の傍らには、机の上に放置されているパソコン。 葵の扱っていた方には、先ほどの作業をやっていた画面の他に、二人分の資料が映っている。

 

『雄英高校一年A組 期末実技試験官代理ヒーロー詳細』

 

 そこには、耳から二本の角らしきものが伸びてる女性と、頭部から角のようなものが伸びている男性に関する情報が映っている。

 結局、スリープモードで画面から映像が消え、様子を見に来たずん子によって二人の頭に拳が落ちるまでの間、紫は喉が痛くなるほど笑わされていた。




感想、誤字報告、指摘ありがとうございます

最早原作を読むのが
風景描写やキャラクターの性格や容姿の確認に使う程度になってきた



以下、補足な蛇足

・牛と草しかない煉獄
Steamで販売されているGrass Simulatorというシミュレーションゲーム
タイトルがシミュレーションなのに、遊び方はFPSガンシューティング
ギフト(お金を支払ってフレンドにゲームを送る)テロに上げられる作品
某動画投稿サイトには約180の動画がある
虚無ゲーなので動画にする場合、トーク力が試される草場


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Voice28 一年ヒーロー科A組 一学期期末 実技試験・前

 雲一つない快晴。 雄英高校が所有する広大な敷地にある訓練所の一つ、街を模したエリアに立ち並ぶ建物がドミノ倒しのように、轟音を立てて崩れていく。

 下手を打てば瓦礫の下敷きになる崩落現場で、黒色に白いラインの入った服をはためかせながら車道を疾走する少年が『Escape Gate』と書かれている場所を目指して悲鳴を上げながら向かっている。

 

「無理無理無理っ!! 逃げる以外にどうしろっつーんだよコレ!? 芦戸、なんとかできねーか!?」

 

 顔を向ける余裕すらない上鳴電気の後ろには、傾いていく建物ともう一人の生徒が追走している。 フェイクファー付きのベストを着た、ピンクの髪から角がぴょこんと生えている芦戸三奈もまた、悲鳴を上げながら背後に迫りくる恐怖から逃げていた。

 

「溶かすには量が多すぎるよ! とにかく脱出ゲートに……」

 

 二人が進む道路の先、左右にある建物が崩れて瓦礫の雨が降り注ぐ。 幸い、彼らから離れていた場所だったので飛び散る破片は二人に届いていないが、現状を終わらせることのできる場所へ続く道を塞がれ、脱出路が見えなくなった上鳴の顔が青ざめる。

 

「やべぇ、ゲートの道が!」

「上鳴! そこ危ない、こっち!」

 

 芦戸の声に疑問の声も出さず身を翻し、彼女を追ってビルの隙間へ飛び込む。 転がりながらも受け身を取り、少し前にいた場所へ視線を向ければ、上から広告看板が落ちて金属音を響かせながらひしゃげて地面に倒れる。

 轟音が遠ざかっていくのを聞きながら、上鳴は一難去ったとばかりに安堵の息を吐きつつも悪態をついた。

 

「くっそー。 B組に教えてもらっていた、例年通りのロボットが相手だったらなぁ! 一人でもゲートから逃げるか、ハンドカフスを先生につければ終わりだけどさ。 体重半分の重りっつーハンデ貰っても意味無くないか!? 制限時間三十分で、できんのコレ!?」

 

 上鳴は手に持ったハンドカフスを見て口を歪める。

 期末試験前日。 食堂にて、よく口の回るB組生徒が非礼を働き、そのクラスメイトからお詫びに教えてもらった期末試験の情報。 又聞きではあったものの、ロボットを使う試験内容と聞いて簡単に突破できるだろうと高を括っていた上鳴は、当日に知らされた試験内容の変更に、最も煽りを食らっていた。

 ロボットの代わりに相手となるのは頭脳派の根津校長。 被害を考えなければ、未だ姿を見せず二人を窮地へと追いやっていくという、現役ヒーローですら手を焼く手腕に、一生徒である二人は対抗する術を持たない。

 芦戸が音の無くなった道をのぞき込み、上鳴に向いて首を振った。

 

「どっちの道も無理だよ。 ゲート側なんて瓦礫の崖みたいになってる」

「登るにしても危ねーし、時間もかかる。 これ、もう校長見つけるしかなくね?」

 

 根津校長を捕まえる為の戦闘力で言えば、上鳴一人でも十分であろう。

 最大の障害として、個性『ハイスペック』を持つ根津が作り出した瓦礫の迷路を突破し、居場所の分からない校長の場所まで辿り着ければの話だが。

 大きな穴のある上鳴の案に、芦戸は拳を握って頷いた。

 

「それしかないよね!」

「だよな! 校長は個性『ハイスペック』、体を動かすのは苦手なはずだ!」

 

 良くも悪くも、上鳴と芦戸は情報を前向きに捉え、かつ単純に行動する傾向がある。 もう一人誰かが居たならば、個性による頭脳戦の警戒を提言するだろうが、生憎この場にいるのは二人のみ。

 

「建物が倒れていない所に行けば、絶対いるっしょ!」

「よし、行くぞー!」

 

 意気揚々と建物の陰から飛び出した二人。

 崩れる音が鳴り止んだ施設内は、既に大半の建築物が積み木のように重なり合っており、複雑な迷路と化した事を彼らはまだ知らない。

 

 

 

 上鳴と芦戸が元気よく走っていく姿を監視カメラが捉えている。

 その映像を映し出しているノートパソコンは、このエリア内で唯一建設途中の屋上にあるクレーン車の中。 映像を見ながら寛いでいる根津校長は両手の平を上に向けて言った。

 

「HAHAHA。 だめだね、こりゃ」

 

 試験開始と同時に校長は施設内にあったノートパソコンを重機内に持ち込み、狭い空間で入れた紅茶を嗜みつつ遠隔操作で監視カメラを操って、理想通りになった敷地内の瓦礫迷路を再度確認する。

 

「いくつかルートは残してあるけれど。 その場のノリで行動してちゃ残り時間全部を使ってもゲートどころか、ボクの所に辿り着くこともできなさそうだ」

 

 根津校長があれやこれやと考えていると、施設の至る所に設置されているスピーカーから、リカバリーガールによる試験突破の放送が流れた。

 

『報告だよ。 最初に条件を達成したのは轟・八百万チームさ』

「おっと」

 

 根津は即座に携帯電話を取り出し、放送されたチームを担当していた相澤消太へ繋げる。 きっちり三コール後に繋がると、校長は嬉しそうに口を開いた。

 

「随分と二人とも成長していたようだね、相澤君」

『はい。 ……特に八百万には驚かされました』

 

 打って変わって相澤の声は少しばかり重い。 常日頃聞いている同僚であれば、気落ちしていると気づく程度の変化。 根津もその感情を感じ取りつつ、続きを促す。

 

『エッジショット事務所で小道具を覚えてきたのか、煙幕を使いつつ搦め手で徹底的に対策をしてきました。 得意の鳥もちによる捕縛布の無力化。 轟の炎による乾燥の誘発でゴーグル越しでも目を瞬きする回数を増やし、予測した進行通路に赤外線センサーを設置してこちらの位置を把握。 建物の屋上から接近するように誘導し、空中から接近したところに予め作っておいたコンクリート模様の布による視線遮断、最後は布ごと轟の大氷撃で拘束……』

 

 一つため息を挟み、相澤は結果を述べる。

 

『敵の個性が既知である前提でしたので、合格範囲内かと』

「HAHAHA、声が渋い。 素直に褒めてあげなよ、喜ばしい事じゃないか。 ヴィラン鎮圧だけならば、もうプロヒーロー一歩手前にいるんじゃないかい?」

 

 校長の生徒を褒める言葉に、相澤は即座に否定した。

 

『いえ、まだまだです。 相手の個性が不明であれば、こうも上手く行かなかったでしょう。 実際に、八百万はセンサーとその予測した範囲外からの奇襲に動けませんでしたし、轟は最近になって炎を使い始めた弊害で扱いが大雑把過ぎます。 八百万は不測の事態に対する行動速度、轟は炎のコントロールが今後の課題です』

「HAHAHA。 一年生でこれなら、業界に入った後にヒーロービルボードチャートへ載る日も、そう遠くないね!」

『……』

 

 明るい未来を語る校長に対して、反応のない相澤。 彼も喜んでいないわけでは無い。 しかし、八百万の成長に深く関わっているのが、敵連合襲撃事件に紛れていた"頭文字(イニシャル)V"である事が気に食わなかった。

 会議によって方向性の見えた"頭文字V"の行動目的。 相澤には理由がわからないが、彼が教鞭を振るうA組を狙って身体と個性の底上げを図っている理解できない存在。

 たとえその行動信念が次代育成だとしても、薬品を使ってでも手段を選ばない行動に同意できるはずもない。 さらに、生徒の成長に大きく影響を与えている事実から、目を逸らせるほど小さい事ではなかった。

 腹の底に溜まっていく鬱憤。 表に出ない仏頂面に感謝する日が来ると思っていなかった彼は、話を逸らすべく校長が担当しているチームは、未だ終了のアナウンスが流れていない事への疑問を投げかける。

 

『そちらはまだ、終わっていないようですが』

「もう終わったようなものさ。 二人分、合宿の補習準備はしておいてね」

『……わかりました』

 

 電話越しでも分かる、落ち込んだ声を最後に電話が切れた。

 根津は紅茶を入れなおすとノートパソコンの画面を見る。 未だゲートにも校長の元へも辿り着けていない生徒二人の様子に、一つため息を吐いて別の試験会場に思いを馳せた。

 

「さて、他はどうだろうね? ボクの予測では砂藤君と切島君のペアが、ここの次に危なさそうだけど」

 

 頭の中でシミュレートしていると、スピーカーからリカバリーガールのアナウンスが流れ、試験終了者の名前が公表された。

 

『報告だよ。 蛙吹・常闇チーム、条件達成さね』

 

 合格した生徒のアナウンスを聞きながら、根津校長は優雅に紅茶を一口含む。 地上では未だに右往左往している生徒達をパソコン越しに眺めつつ、他のチームがどのように試験を突破するのか思考を巡らせていた。

 

 

 

 

 大氷塊が生えている施設から、数キロ離れた訓練場。 同じような街並みの中にちらほらと緑の見える公園がある場所で、脱出ゲートから離れた道路に灰色の蕾が咲いていた。

 コンクリートの花弁に包まれているのは、赤いツンツン髪に露出度の高いヒーロースーツを身に着けた切島鋭児郎と、黄色の全身タイツという覆面レスラーのようなコスチュームを身に纏っている砂藤力道の二人。

 道路に使われている身近な物質が盛り上がり、いくつも壁となって進路を妨害してくるのを、二人は片っ端から拳で粉砕していた。

 切島は目の前の壁を壊すと、拳を止めずに力道へ怒号を飛ばす。

 

「砂藤ぉ! 糖分の残りは!?」

 

 コンクリートへ与えられる打撃音と崩れ落ちる粉砕音が絶えず鳴り響く中、切島と同じく障害物を拳で砕いている力道もまた、腕を動かし続けながら大声で答えた。

 

「あと一袋!!」

「もう持たないって事だな!」

 

 自分たちが不合格一歩手前だという事を確認して、現状を打破するために立ちはだかる壁を手あたり次第に壊し続けた。

 二人の試験担当教員はセメントス。 個性・セメント。 コンクリートという、現代社会において圧倒的な使用率を誇る素材を自在に操り、敵対者を捕らえることを得意とする雄英高校教員の一人。

 自分達では手の届かない遠隔から無力化を仕掛けてくる相手に、力道達は打つ手無く消耗戦を強いられていた。

 不毛な攻防に、切島が悲鳴を上げる。

 

「終わる気配が無ぇ! つーか先生、始まる前に『積極的に行くよ』って言ってたけど! 積極的すぎるだろ!」

「セメントス先生は個性を使う場合、手が触れていないと操れない。 だから、攻撃を始めた位置からほとんど動いていないはずだ。 そもそも、この壁を突破できなければ、俺達は移動すらできないが!」

「砂藤、何か策ないか!? 俺は思いつかねぇ!!」

 

 教鞭を振るう時の温和なセメントスのイメージとはかけ離れた、確実に獲物を狙う狩人のような執拗さに突破口を探す暇すら与えてもらえない。

 自身の力が及ばない現状。 力道は状況こそ違えど、格上の相手と対峙した職業体験と今の状況を重ねていた。

 

(あの時に似ている。 敵が目の前にいるのに、何もできない無力感が……)

 

 握っていた拳をさらに強く力を入れて振り上げ、壁を破壊する。

 無尽蔵とも思える相手の攻撃に、職場体験の経験からヒーロー達の行動を思いだし、拳を振るいながら周囲を見渡した。

 

(どこかに突破口があるはず! あの得体の知れない空間じゃないんだ。 必ず……空間?)

 

 力道が思い出すのは、見上げるほどに巨大な大蛇。 記憶に導かれるように見上げると、そこにはコンクリートが幾重にも伸びて青を塗りつぶすように灰色がゆっくりと広がっている光景だった。

 彼はポーチに入っている角砂糖の詰まった袋を取り出し、入る分だけ口に入れて噛み砕き、喉を無理やり動かして胃に流し込む。

 個性を動かす燃料が体の中に行き渡ると、隣に立つ切島に提案を持ちかけた。

 

「切島! 負けるなら、逃げるのと立ち向かうのと、どっちがいい!?」

 

 端から聞けば負け前提の話に、切島は迷うことなく答える。

 

「そりゃ勿論! 漢はいつでも前のめり!!」

 

 力道は目の前に生えてきたコンクリートを粉砕すると、腰を深く落としながら自分の肩を指し示して啖呵を切った。

 

「俺の賭けに付き合ってくれ!」

「おうよ!」

 

 説明する時間など不要と、切島は力道の上に飛び乗る。 背中に乗った重みを感じたと同時に、力道は自身の個性を全て解放した。

 

 

 

 生徒達のいる場所から、約五十メートル離れている道路上。 直方体の顔をした雄英教員の一人であるセメントスは、手から伝わる違和感に目を細めて笑った。

 

「気づいたね」

 

 二人分の地面にかかる重さが一つになり、背負ったのか担ぎ上げたのかは分からないが、残しておいた道に気づいた事をセメントスは素直に喜んだ。

 

(とはいえ、ただ逃げるだけじゃすぐ同じ状況になる。 道路は基本的にコンクリートが使われているし、建物もそうだ。 君達は私の個性を知っていたからこそ、真正面かつ敵が圧倒的有利になる場所で戦うべきじゃなかった。 一応、この訓練場には広い土の公園や芝生の公園とかもあったんだけどね。 私の警告を無視してそっちから近づいてきたんじゃしょうがない)

 

「さて、彼らの次の手……!?」

 

 個性を扱うのに集中していたセメントスは、包囲網からでたはずの二人を目視するべく顔を上げて目を見開く。

 予想通り、彼らは覆っていたコンクリートの唯一である空いた天井から飛び出した。 ただ、その姿を見れたのは一瞬。 セメントスが予想した以上の速さで、切島を担いだ力道は弾丸のように上空へ飛んでいった。

 

「やれやれ。 聞いていたより、大分強くなっているじゃないか!」

 

 伝聞で聞かされていた砂藤力道の個性強化。 見違えるほどの出力に驚きつつも、セメントスは即座にコンクリートを操作する。

 彼らの狙いは明白だった。 投擲による切島単独のゲート一点突破。 高々度から切島を投げることで、セメントスに邪魔される事無くゲートに辿り着ける。

 

「でも、そのまま通す事はできないよ!」

 

 故に、彼は自身の背後から五メートル四方のコンクリート柱を天高く伸ばして妨害を試みる。 たとえ切島がいくら硬かろうが、壁の中で止まるか失速してしまえば、セメントスにとって捕らえることは簡単な事だった。

 しかしその考察が、彼にとって最大の誤算となる。

 力道は彼の予想通り、空中で振り上げた両手で切島の脇を掴んでいる。 その二人が視線を向ける先はゲートではなく、教員であるセメントスへ狙いを定めているのに気づいたのは、妨害壁を投擲予想高度まで伸ばしきった時だった。

 

「「シュガーキャノン・烈怒頼雄斗(レッドライオット)バレットォー!」」

 

 足場の無い空中であるにも関わらず、文字通り弾丸のように切島が放たれ、一直線にセメントスへ向かって落ちてくる。

 

「逃げずに向かってくるとはね!」

 

 セメントスは背にした灰色の柱を曲げて壁にするか、そこから壁を作るか、地面から壁を作るかの三択に一瞬迷った末、道路から次々と防壁を生み出して相手の攻撃に備えようとした。

 背の柱を曲げるのは時間がかかるが、柱から壁を生み出せば地面よりも早く自身を覆う壁を作ることができる。 しかし、セメントスの個性はあくまで特定の物質を流動させて作り上げているので、一部分だけを動かそうとすれば偏った質量により全体のバランスが崩れ、予期せぬ被害を招く可能性が高い。 特定の場所だけを動かす場合は物質の形状維持に集中せねばならず、周囲の安全を含めてどうしても操作が遅くなってしまう。

 セメントスは今までの経験から、反射的に速度を優先して複数の壁を作り上げる。

 彼が防壁を急ピッチで作り上げている中、そこに高速で飛び込んでいく切島は未知の恐怖に全身を強張らせていた。

 

(怖い! すげぇ、怖い!!! けど、ここで竦んだら漢が廃る!)

 

 力道から託された試験突破の一手。 彼は体の震えを誤魔化すように雄叫びを上げながら、腕を交差させて目の前に迫る壁へ突っ込んだ。

 

「うぉおおおおぁああああああああ!!!」

 

 灰色の防壁を次々と突破していく。 予想した以上の破壊力に、セメントスは追加で壁を作り上げようと地面につけた手に力を込める。 同時に、彼の目の前に出していた壁が轟音と共に崩れ、交差した腕と体の間に持っていたハンドカフスを構える切島がすぐそこに着地した。

 たかが一瞬、されど一瞬。 迎撃に迷っていた刹那の時間によって、丁度よくセメントスの前に切島が辿り着いた。

 セメントスは咄嗟に距離を離そうと、手に力を込めて地面を突き飛ばす。

 そして、彼は気づく。

 

(あー、これは)

 

 ハンデとして身に着けている重りによって、いつもの力では動きに必要なパワーが足りず、動作が遅くなってしまう事に。

 動かずに迎撃できる彼にとって、枷になっていなかったハンデが牙を剥き、切島の目の前に両手を突き出す格好となってしまった。

 そして、切島は罠を疑うことなく、罠があったとしても踏み壊す勢いでハンドカフスをその腕に掛ける。

 カチリとカフスがロックされる音が響き、試験の終わりを二人に告げた。

 切島はしばらくの間、ハンドカフスを掛けた姿勢で固まっていたが、セメントスが地べたに座り込んだのを見て勝鬨を上げる。

 

「っしゃあ!!」

「……お見事!」

 

 嬉しがる切島の隣で、セメントスは試験終了の合図をリカバリーガールの元へ送る。 すると、間を置かずにアナウンスが放送された。

 

『報告だよ。 切島・砂藤ペア、条件達成さね』

 

 自分達の試験が終わりを告げた事を理解し、切島は踵を返して力道のいるであろう場所へ走っていく。

 

「砂藤ー! 賭けに勝ったぞー!! すっげーなお前、何だあのパワー!!!」

 

 喜んでいる生徒の後ろ姿を眺めながら、一仕事終えたセメントスは手の平を閉じて開く動作を繰り返しながら呟いた。

 

「……もう少し、体も動かさないとな」

 

 彼が雄英に就職してから、教鞭の他には基本的に設備の修復業務が主となっている。 鍛錬不足を痛感したセメントスは密かにトレーニング増量を決意した。

 そこに、慌てて切島が戻って来るのを見てセメントスは首を傾げる。 帰ってきた彼は息を切らしながらもコンクリートに包まれた場所を指さして教員に助けを求めた。

 

「せ、先生! 砂藤が糖分不足で倒れています!」

「ふむ。 乗ってきたバスにスポーツドリンクがあるから取りに行きなさい。 その間に彼をここへ運んでおこう」

「了解ッス!!」

 

 切島がゲートに向かって走っていくのを見送り、セメントスはコンクリートを操って力道の居場所を確認する。

 二つの穴が開いている隣に力道は横たわっていた。 その穴は倒れている彼の靴底型をしたへこみだったので、着地までは個性を保っていたようだが足を抜いた直後に倒れたらしい力道を、コンクリートを流水のように移動させて連れてきた。

 試験突破の要だった彼はか細い声でうわ言を呟いている。

 

「糖分……糖分……」

「消耗戦に弱いのは相変わらず……と」

 

 セメントスは彼の口に、持っていた飴玉をねじ込む。 生徒が飴玉を無心に舐めだしたのを見届けてから壁を作って寄り掛かり、もう一人の生徒が戻って来るまでの間、彼は青い空に浮かんでいる丸い雲を眺めていた。

 

 

 

 

『次いで、口田・耳郎ペア。 条件達成さね』

 

 スピーカーから、次々と試験を突破したと情報が流れていく。

 周囲で破砕音と爆発音が鳴り響く中、緑谷出久は放送内容に気を割く余裕なく、崩れた壁にもたれかかりながら顔を持ち上げた。

 目の前には彼のチームに当てられた試験官である、赤い角兜と武者鎧を身に着けた老人が仁王立ちしている。 年寄りとは思えないほどの覇気を体から放ちながら、腹の底に響く重低音の声を武者は緑谷へ放った。

 

「無様。 その一言に尽きる」

 

 真正面からの侮辱。 しかし、ボロボロにされた緑谷は言い返すことができない。

 ヒーローオタクである緑谷でなくとも、ヒーローの情報を集めている者ならば誰もが知っている。 ヒーロービルボードチャートに名を連ねる強者の名前を、緑谷は震える足で立ち上がりながら噛み締めるように呼んだ。

 

「具足ヒーロー・ヨロイムシャ……!」

 

 オールマイトと同じく、もしくはより長く。 騒乱の時代を生き抜いたヒーロー。 現役の老兵が彼の前に立ち塞がっていた。




感想、誤字報告、ご指摘等有難うございます

原作に詳細が出てきていないキャラクターは基本的に独自解釈、独自設定のタグ通りとなります(今更)

てか何でヨロイムシャの出番がないのか
鎧か!? 書きにくそうな鎧が悪いのか!?

あと、感想で指摘された加筆修正部分は今月中には修正……したいなぁ


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Voice29 一年ヒーロー科A組 一学期期末 実技試験・中

 時は砂藤力道達が試験を突破した頃より少し遡る。

 各訓練施設へ向かうバス停留所。 雄英高校一年生のヒーロー科A組が根津校長によって試験の内容が説明され、二人一組のチームとその担当試験官が次々と割り当てられている中、最後まで残されたのは緑谷出久と爆豪勝己の二人だった。

 この場にいる教員の名前は全て上がり、緑谷は幼馴染から伝わる不機嫌を漂わせた空気に冷や汗を垂らしながら、姿の見えぬ担当を探して周囲を見渡していると、組み合わせを発表していた根津校長が腕時計を見て首を傾げる。

 

「さて。 残った二人の相手は、そろそろ来るはずだけど」

 

 校長が言い終わると同時に、上空から何かが落ちて来て突風を巻き起こす。

 予期せぬ展開に生徒一同が身構える。 そこには白色の長髪に褐色の肌、胸元に三日月マークが描きこまれた白いバニースーツのようなコスチューム、そして耳から兎耳を生やした女性がギラギラした目を生徒の方へ向けていた。

 現代のヒーローで、ランキング十番以内に身を置く女性を見て、峰田実が興奮した顔でその名を叫ぶ。

 

「うぉぉぉぉぉ!! ラビットヒーロー・ミルコだぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

 ほとんどの生徒が呆気にとられている中、ミルコは力強く生徒達の方へ進んでいく。 一直線に向かったのは、先ほどから不機嫌なオーラを隠そうともしていない爆豪。

 彼の目の前にミルコが止まると、背の低い彼女は僅かに顔を上げて爆豪の目に視線を合わせ、口の端を上げた。

 

「お前だな。 どっかの個性使用許可場で、私のダミーを半壊にしたとかいう雄英生徒は」

 

 施設を利用している者ならばその情報に目を見開き、知らない者は疑問符を浮かべている。 教員達もあんまりな人選に根津校長へ視線を向けるが、彼は呑気に紅茶を飲みながら成り行きを見守っていた。

 ジロジロとプロヒーローに見られている爆豪は、物怖じすることなく顎を上げて見下すような姿勢で言い返す。

 

「だったら何だよ、兎耳女」

 

 近くにいたクラスメイトが戦々恐々と数歩身を引く中、彼の態度を見ていたミルコはニカッっと歯を見せた。

 

「生意気な子供(ガキ)だ。 いいぞ!」

 

 何故か上機嫌になったミルコは、爆豪の腕についている手榴弾型のサポート装備を掴む。 彼女の唐突な行動に、爆豪は反射的に掴まれた手を振り払う。

 あっさりと手を離した彼女は素早く体を屈ませて足払いを放った。 まさか攻撃されると思っていなかった爆豪の体が空に浮き、ミルコは流れるように爆豪の首根っこを掴んで足に力を込める。

 

「さっさと手合わせやるぞ!」

 

 近くの試験場に狙いを定め、空へ飛ぼうと地面を蹴ろうとする瞬間、唐突に現れた赤い籠手がミルコの頭へ手刀を打ち込み、彼女の頭を地面に叩きつけた。

 目まぐるしく回る状況に、緑谷はミルコを地面に叩きつけた人物が視界に入り、ここにはいないはずの人物に目を見開く。

 

「え、具足ヒーロー・ヨロイムシャが何でここに!?」

 

 腰には刀、頭部の赤い鎧兜から鬼の一角が如く天へと伸び、同色の甲冑に身を包んだ老人が腕を組んでため息を吐いた。

 

「まったく、このじゃじゃ馬娘は。 ワシらは仕事に来た故、勝手な行動は慎まんかい」

 

 叩きつけられたミルコは勢いよく飛び起きると、ヨロイムシャを睨みつけて叫ぶ。

 

「邪魔するな爺!」

「お主の耳は飾りか? それといい加減、そこの小僧を掴んでいる手を離さんか」

 

 ミルコに掴まれていた爆豪は、突然現れた老人に呆気にとられながらも掴まれていた手が緩んだ隙に拘束から逃れ、鋭い眼光をミルコとヨロイムシャに向けた。

 爆豪とミルコの唸り声が聞こえてきそうな現場に、進展を見守っていた根津校長が割って入る。

 

「HAHAHA! 緑谷君と爆豪君の相手が来たね! 皆も二人を知っているだろうけど、今回はオールマイトが急用により席を外した為、急遽彼らに助力を頼んだのさ!」

「……うぁ」

 

 誰の声なのかわからないが、オールマイトの穴埋めにランキングトップクラスの現役ヒーローが二人掛かりで試験官を務めるという事に、A組生徒達は緑谷と爆豪へ憐みの視線を向ける。

 当事者である緑谷も、自身を見るヨロイムシャの眼光が鋭くなるのを見て背筋に悪寒が走った。

 

(え、何で睨まれたの!?)

 

 彼の疑問は、組み合わせの発表が終わった事で各々が試験場に向かうよう指示された為、答えてくれる者はいなかった。

 

 

 

 

 

『試験を始めるよ。 レディ、ゴー!』

 

 リカバリーガールの宣言と共に、緑谷は爆豪の速度に合わせて試験終了の一つであるゲートへ向かっていた。 移動中も試験開始後も一言も口を開かずに自身のペースで進んでいく爆豪に、緑谷が慌てながら着いていく。

 

「かっちゃん待ってよ! 離れたら各個撃破される」

「黙ってろデク」

 

 口を開いたかと思えば否応もない幼馴染の反応に、緑谷は覚悟を決めて彼の横に並んで声を掛けようとした。

 

「……かっちゃん?」

 

 粗暴な幼馴染の横顔は獰猛に笑っていた。 ヴィランに間違われても仕方ない形相を浮かべている爆豪に緑谷は言葉を失う。

 

(あ、すごくワクワクしている顔だ)

 

 この状態で緑谷が話しかけると、途端に爆豪の機嫌が悪くなるという、碌な思い出の無い状態だった。

 彼は幼馴染に話しかけるのを諦め、試験官であるプロヒーローを警戒して周囲を見渡していると、隣で歩いていた爆豪が立ち止まり、顔も向けずにぼそりと呟く。

 

「邪魔だデク」

「え……?」

「頭下げろぶっ飛ばすぞ!!」

 

 爆豪が叫ぶと同時に両手を爆発させて回転、勢いをつけた上段回し蹴りを緑谷に向かって放った。

 

「かっちゃ!?」

 

 突然の行動に、緑谷は言われた通り頭を抱えてしゃがみ込む。 空を切るはずの攻撃は、頭上で何かとぶつかる打撃音を鳴らした。

 

「え?」

 

 緑谷が頭を上げれば、足が二つ交差している。 幼馴染に意識を取られていた彼の目に映るのは、ラビットヒーロー・ミルコの姿。

 彼女は攻撃の反動で体を捻りながら、後方へ飛んで着地すると腕についた圧縮重りを鬱陶しそうに引っ張った。

 

「爺、これ外していいか?」

「止めんかい。 重しが無ければやり過ぎるのは明白、ワシの試験官補助員として来ていることを忘れるでない」

 

 建物の間から現れたヨロイムシャに緑谷が身構える。

 ヨロイムシャもまた緑谷を確認すると、顎を少しだけ動かしてミルコに指示を出した。

 

「さて、小娘。 約束通り二十分迄。それまでは、やり過ぎない程度に好きにせい」

「よっしゃ行くぞ爆発小僧!」

 

 嬉々としてミルコは爆豪へ向かって突進し、流れるような連撃を放つ。 爆豪も攻撃を受け流すが、勢いに押されて緑谷がいる所からどんどん離れていく。

 

「かっちゃん!?」

 

 遠ざかっていく幼馴染を追おうと足に力を込める緑谷。 彼の目の前を横切った棒状の何かが地面に衝突してコンクリートを抉った。

 緑谷は即座に後ろへ飛んで距離をとる。 離れていたはずのヨロイムシャがすぐ傍で振り下ろした朱塗りの刀を上げ、横に一振りしてから中段に構えた。

 

「小僧」

 

 老人の眼光が緑谷を貫く。 保須市で敵対したステインとは違う、しかし同格以上の強者が放つ威圧感に緑谷は息を飲んだ。

 

「少しばかり、老人の小言に付き合ってもらおうかの」

「くっ……!」

 

 緑谷は目を離していたわけでは無かった。 逆に一挙一動を凝視していたにも拘わらず、瞬きの一瞬で間合いを詰めた相手に驚いて体が硬直してしまい、僅かな隙を晒してしまう。

 ヨロイムシャはその好機を逃さず、赤刀で緑谷の腹を横殴りに振り抜いた。

 

「がぁ!?」

 

 老いているにも拘わらず、剛腕で振りぬいたヨロイムシャによって緑谷は弾丸のように吹き飛び、建物の壁を砕き貫いて室内へ飛び込む。

 土煙が舞う中、緑谷は痛む背中を庇いながら立ち上がった。 崩れた壁の穴から金属がこすれ合う音を鳴らしながら、存在感を隠す事無く入ってきた試験官に向けて拳を構える。

 ヨロイムシャが一歩踏み出す。 重々しい金属音を鳴らしながら近づいてくる老人は、数メートル離れた所で木刀の先端を杖代わりに突き立て緑谷へ言った。

 

「ここなら、誰にも邪魔されんじゃろうて。 のう、八木の小僧から個性を託された、OFA(ワン・フォー・オール)の後継者よ」

「……!? 何でそれを!?」

 

 ごく少数しか知らないOFAの情報。 さらに緑谷出久がOFAを受け継いだ事は、オールマイトを除いて思い当たるのは彼の職業体験先であるグラントリノだけだった。

 

「根津の旧友にて、空彦(グラントリノ)の腐れ縁。 どうせ空彦と八木の小僧の事じゃ、最低限の事しか話しておらんじゃろう」

 

 知らされていない繋がりに緑谷が口を開けていると、老人はため息を吐いて独り言を呟く。

 

「まったく……志村の小娘と並んで、あの師弟共は揃いも揃って報連相を疎かにする所は治っておらん。 困っている人間を助けるのは構わんが、不必要に周囲を困らせていては本末転倒じゃろうに」

「志村……?」

 

 緑谷の言葉に、ヨロイムシャは喉を鳴らして目を逸らす。

 

「人前で愚痴は言うものではないな。 聞きたい事はお主の師にでも聞くがよい」

 

 言葉は不要と、ヨロイムシャが刀を構える。 訓練用と彫られた木刀ではあるが、直撃すればタダでは済まない威力をその身に刻まれた緑谷は顔と体を強張らせた。

 

「さて、時間は有限。 戯言はここまでにするかの。 まずはお手並み拝見」

 

 ヨロイムシャが木刀を両手で持ち切っ先を緑谷にむけて目をつむる。

 

(来る!)

 

 緑谷が体を屈めると同時に、彼の目前に一瞬で移動したヨロイムシャの突きが空を切った。

 拳を強く握りヨロイムシャを見上げれば、老人は姿勢を保ち目をつむったまま微動だにしない。 英雄像のような姿を見て、緑谷は一瞬だけ思考を巡らせて斜め後ろに飛んで再び構えをとった。

 ヨロイムシャが目を開けると、鼻息一つ飛ばして口を開く。

 

「不用心に攻撃しないのは評価しよう」

「個性を考えれば、当然ですから」

 

 知っているのが当然と言わんばかりに緑谷は口を開いた。

 

「具足ヒーロー・ヨロイムシャ個性は『瞬動』かつては縮地とも呼ばれた歩法のように一瞬で移動する実際素早く移動している個性で扱いが難しいにも拘わらず素早くヴィランに接敵して薙ぎ倒す移動する速度ならばオールマイトと同等であるとも言われ日本のサムライヒーローと外国から呼ばれるヒーロービルボードチャートランキングJPの十位以内をキープし続け最も長く名を連ねたとギネス記録に登録申請中の」

 

 突風が室内を横切り、緑谷は口を塞ぐ。

 

「戯言は無用。 根津の言っていた通り、欠点も含めワシの個性を知っているようじゃな」

 

 ヨロイムシャは振るった木刀を構え直し、有無を言わさぬ圧力に緑谷は頭を上下に振るわせて頷いた。

 個性『瞬動』。 ヒーローオタクである緑谷が言ったように、簡単に言えば素早く移動する個性。 表面だけ見ればクラスメイトの飯田天哉よりも使い勝手がよさそうだが、目を背けるには大きすぎる欠点も存在する。

 個性を発動する前提として、目を閉じていなければならない。 たとえ薄目でも景色が見えてしまえば個性は発動できず、その場で棒立ちとなってしまう。 さらに地上でしか発動できず、直線しか動けない上、個性を使って動いている間は姿勢を変えられないというデメリットも抱えている。

 人に備わる感覚器官の中で最も使われているであろう、視覚を封じなければ使えない個性。 にも拘わらずヒーローの頂に名を連ねる老人は目の前の少年を見据え、安堵とも落胆ともとれるため息を吐いた。

 

「不用心に近寄れば、瞬時に往復して壁に叩きつけようかと思ったが、少しは頭が回るようじゃの。 あくまで小僧共の中では、であるが」

 

 欠点を補うために技量を磨き、培った経験則を以てヴィランを無力化して結果を残した強者。 ヒーロービルボードチャートに乗り続ける老人は目を光らせ、ここからが本番と体に力を込める。

 

「実力は計れた。 どこまで食らいついていけるか試させてもらおう」

 

 ヨロイムシャがそう呟くと、姿が掻き消える。

 

「やっぱり早ぃがはっ!?」

 

 見失った緑谷が僅かに見えた残像を追って右を見た瞬間、残像が横切ったかと思うと左脇腹がかちあげられる。

 そこから数分間。 緑谷は撤退を許される事無く、防戦一方で攻撃を凌ぐのに全力を注ぐ他なかった。

 

 

 

 爆発音と重い打撃音を聞きながら、緑谷はボロボロになった体を持ち上げ、崩れかけの壁に手を掛けながらも立ち上がる。

 その様子に、明らかに落胆した態度を隠す事無く見せるヨロイムシャが吐き捨てるように言った。

 

「無様。 その一言に尽きる」

「これが……具足ヒーロー・ヨロイムシャ……!」

 

 全身の痛みで動くのも這う這うの体である緑谷の様子を眺めながら、老人は自問自答するようにブツブツと独り言を言っている。

 

「八木の小僧は何故、こやつを後継者に選んだ? 個性を使わなければ身体能力は標準以下、その個性も馴染んでおらず一割も制御できておらん。 手合わせをすれば解るかと思ったが……」

 

 ヨロイムシャは目を伏せながらも言葉を紡ぐ。

 

「OFA以外の個性を持たぬ。 聞いた通り、お主は無個性。 それならば、OFAの制御が遅いのも納得がいく」

 

 聞こえた内容に緑谷の体が跳ねた。 その様子を知ってか知らずか、ヨロイムシャは口を動かし続ける。

 

「個性を持っている輩であれば最初は戸惑うとはいえ、動かし方の感覚は持っている個性を元に扱い方を習得する。 しかし、無個性ならば扱い方の解らぬ個性の動かし方を一から学ばなければならず、元から個性を持っている人間よりも習得に時間がかかる。 それこそ、天才と呼ばれる類でなければな」

 

 一呼吸置いて、目を開けた老人は緑谷に向けて言った。

 

「貴様以外であれば、誰であろうとも既に三分の一は引き出させている頃合いであろう。 ……小僧、何故その力を受け継いだ」

「……」

「だんまり、か」

 

 一言も口を開かない少年に、怒りを湛えた声でヨロイムシャは言い放った。

 

「その程度の覚悟で受け継いだというならば、誰かに投げ捨ててしまえ。 小僧には荷が重い」

「……僕は」

 

 弱々しく口を開いた緑谷。 しかし、それをヨロイムシャは聞く気が無いとでも言うように遮って言葉を続けた。

 

「悪への抑止力、正義の象徴とまで言われたオールマイト。 その偉業を果たすに至った個性。 お主より上手く扱える輩はそこら中に居るわ。 それこそ、先ほどお主の隣にいた小僧の方が上手く扱うわい」

「……!」

 

 何時か何処かで、誰かに言われるだろうと思っていた言葉。 目の前に突き付けられた事実に緑谷は拳を強く握りながらも、反論できずに俯いた。

 

 無個性でなければ、もっと早くOFAを扱えるようになっていただろう。

 文句を言わせない程の原石ならば、誰も憂うことが無いだろう。

 

 突きつけられた『後継者は緑谷出久でなくていい』という理由。 彼には否定できない言葉の羅列。 一風吹けば崩れ落ち、緑谷を諦観の谷底へ埋めるには十分な理由に、彼は俯きながらもか細い声で声を上げる。

 

「……ったんだ」

 

 緑谷は顔を上げ、ヨロイムシャの目を見て、大声を絞り出しながら言い放った。

 

「オールマイトは

 僕でも、

 ヒーローになれるって、

 言ってくれたんだ!」

 

 ヨロイムシャは涙目ながらも力強く相対する少年の様子に、肩の力を抜いて深く深くため息を吐て呆れた声を出した。

 

「何じゃ、あるではないかい」

「え……?」

 

 もはや怒気すら籠っていないヨロイムシャの言葉に、緑谷の思考が止まる。

 呆けている緑谷を余所に、老人はぽつりぽつりと語りだした。

 

「平和の象徴として、抑止力として。 世の平穏を護るために、滅私奉公して奔走した八木の小僧が託した相手。 ワシにとって『八木俊典』という男から初めて聞いた我儘。 あやつの横に並ぶことができず、頼りきりだった者が口を挟む道理など無いわ」

 

 それは懺悔にも聞こえる、寂しさが同居した肯定。

 

「OFAの後継者として八木俊典に選ばれた。 奴の気まぐれだろうとも、その権利をつかみ取ったのは間違いなくお主じゃ。 胸を張れ、顔を上げろ、何を言われようとも己の目指す先に向かって歩め」

 

 緑谷の中で渦巻いていた『自分が個性を受け継いでいいのか』という疑問を取り除き、前へ進む応援の言葉。

 

「幸運も実力の内。 たとえ偶然でも、掴み取った権利はお主の物じゃ。 他の連中の方が良い? 八木の目にも留まれなかった負け犬の遠吠えなど言わせておけ」

 

 まるで孫に接するような、自分勝手な優しさでヨロイムシャは緑谷の背中を押す。

 

「だが、与えられた権利には果たすべき義務も付随する。 せめてヒーロービルボードチャート上位には名を連ね続けられるよう精進せよ」

「……は、はい!」

 

 釘を刺す厳しさも忘れぬ老人に、呆気にとられていた緑谷は落ち込んでいた様子が嘘のように明るい声で頷いた。

 その様子に満足したヨロイムシャは、ふと持っていた懐中時計を取り出して時間を確認する。

 

「さて、時間も頃合い。 本業に戻るとするかの」

 

 木刀を構え直した相手に、緑谷は空気が一変したのを感じ取り、慌てて拳を構えた。

 

「あ、そういえば期末試験中……」

「うむ。 まずは外で暴れている二人の所に行こうかの」

 

 先ほどまでは手加減していたのかと思うほど、防御も回避も許さないヨロイムシャの一撃を食らって緑谷は外に向かって吹き飛んだ。




感想、誤字報告、文章指摘ありがとうございます

あれれーおかしいなー前後の二話で終わるはずだったのになー(棒読み)
インターン編の答えをここで出したから
インターン編はどうなってもいいよね(ゲス顔)

ヨロイムシャの個性に関しては独自設定です
イメージは何となくロックマンエグゼシリーズのフミコミザンから
え? ヒーロー名と関係ない?
古株だし昔はそこまで気にしてなかったんでしょう
古株ヒーローに該当するのがグラントリノくらいしか思い出せないけど(震え声)

今月末までに加筆修正箇所直せるか怪しくなってまいりましたぁ!
(戦闘クソ雑魚テラリアンの断末魔)


追記
活報にて現状報告
すみませんが次話はもう少しお待ちください


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Voice30 一年ヒーロー科A組 一学期期末 実技試験・後

 緑谷出久がヨロイムシャと戦っている中、爆豪勝己とラビットヒーロー・ミルコは既にボロボロの状態でありながら、お互いに壮絶な笑顔を浮かべながら拳を交えていた。

 個性で発生する爆風を物ともせず、爆風を利用して大きく距離を取ったミルコは鬱陶しそうに四肢についている重りを引っ掻いている。

 

「ああもう。 重り、本当に邪魔だな!」

 

 爆風を食らっても余裕を崩さないその様子に、爆豪がヤジを飛ばす。

 

「重り程度で一対一に苦戦するヒーローじゃねえだろ、ギア上げてかかってこいや!!」

 

 彼の煽りに、ミルコは一瞬だけ真顔に戻る。 すぐさま獰猛な笑みを浮かべ、地面に四つん這いになって言った。

 

「言ったな! 後悔するなよ!」

 

 ミルコが地面を蹴ると、先ほどよりも勢いを上げた速度で爆豪に突っ込む。

 飛ぶように迫りくる相手の攻撃を、爆豪は手の平から爆発を発生させて身をよじり、間一髪ミルコの攻撃をかわした。

 僅かに足が引っ掛かり、左腕のサポートアイテムが粉砕されるのを伝わる振動で理解しながら、予想よりも早くなった相手に爆豪は心の中で悪態をつく。

 

(まだ本気でもねぇ。 だが、反応できるギリギリで打ってきたのは解る。 ……舐めやがって、クソッタレ!)

 

 以前に近場の個性使用許可場で手合わせをしたロボットに比べ、明らかに手加減をしている事が分かる相手の実力。 

 施設管理をしている子供にしか見えない女性の説明から、ロボットは自動的に相手に合わせて出力を調整すると言われていた。 爆豪本人としては模倣であってもオールマイトと全力で戦いたかったのだが、偏った模倣ロボット一覧にその名前は無く、仕方なくその中で最もヒーロービルボードチャートの位が高いホークスを選んで施設を利用した。

 たかがロボットと思っていた相手に、爆豪の攻撃は一度も届くことなく、一方的に嬲られる結果となったのは記憶に新しい。 予想以上に容赦のないロボットに、爆豪は帰り際に施設担当者へ皮肉を吐き捨てるも、『個性の相性ですので』と一蹴される。

 相手がロボットと分かっていても、現役ヒーローを模したと謳う備品との実力差に顔を歪めながら、次に選んだのはランキング上位で同じ近接戦闘を行うミルコ。 が、戦いが始まってしまうとホークスのロボットと同じく、一撃も攻撃を当てる事ができなかった。

 

(兎耳女ですら、体の一部に個性を当てるのが限界だったってのに!!!)

 

 何故か爆豪が行くときには空きのある施設で、回数に回数を重ねてロボットと拳を交え、直近では耳に攻撃を当てる事ができた。

 そしてまさかの期末試験で、ミルコが試験官として来たのは喜びを隠せなかった。

 ロボットでしか知らない相手の実力を直に感じることができる。 意気揚々と挑んでみれば、通っていた施設管理者の言う通り、まるでロボットと同じように手加減されている空気をひしひしと感じて爆豪は歯噛みした。

 対して、今の彼女は煩わしい装備を付けている事すら忘れるほどに、凶暴な笑顔を浮かべて爆豪に攻撃を仕掛けている。

 

(そうだ、ヒーローはこうでなくっちゃな! ヴィランをぶっ飛ばす、それだけでいい!)

 

 実力差があるにも関わらず食いついてくるヒーロー志望の子供を相手に、彼女が仕事を怠る理由は無い。 むしろ、ヒ―ローの根本の一つである、敵を倒すための純粋な闘争心をぶつけてくる爆豪に好感を持った。

 本気で手合わせをしたいという思い。 叩けば伸びると確信できる相手に闘争心が膨れ上がり、建前も理性もかなぐり捨てて拳を交えたい衝動を抑える枷が外れかけた時、意識外から飛来した緑色の物体を直感で避けた事で我に返った。

 飛んできた人間が地面を跳ねて壁にぶつかっている姿に、戦いを妨害された爆豪が悪態をつく。

 

「邪魔すんな、デク!!」

 

 ミルコが立ち上がる人間に視線を向ければ、試験前に視界の端でちらちらと映っていたもう一人の雄英生徒である事に気づき、飛んできた方向を見る。

 ビル壁に空いた穴から、赤い鎧を纏った侍が出てくる姿が見えたので、反射的に彼女は叫んだ。

 

「邪魔すんな爺!」

「時間じゃ、本業に戻る。 それにしても、似た者同士じゃのう」

 

 ヨロイムシャは目の前で睨みつけてくる彼女と、同じく緑谷を睨みつけている爆豪の姿に、ため息を吐きながらも朱塗りの木刀を緑谷に向けて構える。

 その様子を見て、ミルコはつまらなそうに肩を落としてため息を吐いた。

 

「くっそー、これから楽しくなりそうだったのに」

 

 明らかにテンションが下がり気迫も無くなった彼女を見て、爆豪もまた横やりを入れたヨロイムシャを睨みつける。 その視線にヨロイムシャは鼻息一つ出すと、ミルコに向かって口を開く。

 

「目的を忘れるでない、今は小僧共の試験。 後で個性使用許可場に赴き、手合わせでもするのが良かろう」

「……よし、さっさと終わらせるぞ!」

 

 老人の提示にやる気を出したミルコ。

 寝ころんでいた緑谷も起き上がり、距離は多少違うが試験開始時と同じ二対二の構図に戻った。

 緊迫する学生を前に、ヨロイムシャは所持している懐中時計を開いて緑谷達に見えるように胸元で掲げる。

 

「さて、残り時間は十分を切った。 私用で時間を使った手前、このまま不合格とするのは理不尽。 故に、今からワシらはある法則の下でお主らと手合わせを行う」

「ある法則?」

 

 学生二人が疑問を浮かべながらも警戒している様子に、ヨロイムシャは気にすることなく言葉を続ける。

 

「うむ。 お主らの組み合わせが選ばれた理由を元に、根津から指示されていた行動をとる。 本来であれば、お主らが自力で気づかねばならぬ事だが、こちらの都合で時間を使ってしまったからの。 尤も、気づいたとしても攻略できるかはわからんが」

 

 挑発的な物言いに、爆豪の目つきがさらに鋭くなった。

 その視線を涼しい顔で受け流したヨロイムシャは木刀を一振りする。

 

「では、始めるかの」

 

 試験再開の合図をヨロイムシャが発すると同時に、ミルコが爆豪に向かって飛び掛かった。

 爆豪は彼女の攻撃を躱しながらも、敵意の篭った目を相手へ向けると、小馬鹿にするように一言言い放つ。

 

「ハッ! やる事は結局、同じじゃねえか!!」

 

 爆豪が手の平から爆発を発生させながら、加速させた拳を繰り出す。 突風の様な拳撃と蹴撃を、ミルコは余裕の表情でひょいひょいと掠めることなく避けていく。

 何度か攻撃を仕掛けた爆豪は、先ほどとは違う相手の戦い方に気づいて目を吊り上げた。 彼女が先ほどの戦闘で出していた攻撃の鋭さは消え、攻撃は爆豪の隙を狙い撃つ一撃に止め、曲芸を披露するような避け方で爆豪の攻撃を全ていなしていく。

 徹底的に避けへ転じた相手に、爆豪が苛立ちの声を上げる。

 

「おちょくってんじゃねぇ、兎耳女ぁ!!」

「これも仕事だ、悪いな!」

 

 その近くで、ヨロイムシャと緑谷もまた戦いが始まっていた。

 個性によって驚異的な加速で迫る木刀を、緑谷はギリギリの所で避けて老人に拳を放つ。 しかし、既に相手の姿は無く、視界端で姿勢を変えているヨロイムシャを見て緑谷は身をよじった。

 

「くっ!」

 

 間一髪、彼はヨロイムシャの姿勢から剣撃の軌道を予測し、避けることに成功した。 しかし、また視界に入った老人が姿勢を変えて襲い掛かる。

 立て続けに襲い掛かる相手に、辛うじて避け切った緑谷を見て、ヨロイムシャは満足そうに頷いた。

 

「うむ。 良き、良き。 やはりお主は観察からの予測を主軸にする方が良いの」

 

 彼はわざと緑谷の見える位置で構えを見せ、対処できるかを試した。 先ほどの私事でOFA(ワン・フォー・オール)の実力を見定めた老人は、自分なりに少年の美点を見つけるべく試練を課し、思ったよりあっさりと見つかった事に彼は僅かに頭を上下させた。

 その言葉に緑谷は言葉を発することはできず、荒い息で答える。

 さらに彼の後ろでは、隙を見せた爆豪にミルコの強烈な飛び蹴りが腹部へ突き刺さっていた。

 

「ほらそこ、ガラ空きだぞ!」

「ぐぉ!?」

「かっちゃん!?」

 

 吸い込まれるようにミルコのカウンターが爆豪へ決まったのを見て、緑谷は咄嗟に幼馴染の方へ飛んでいき、ミルコを引き離すべく走りながら拳を構えた。

 そこで、彼は違和感を覚える。

 

(ミルコがこっちを見ない?)

 

 向かっていく緑谷に一度は視線を向けた彼女は、しかし興味が無いと言いたげに爆豪の方へ視線を戻す。 緑谷が彼女に向かって拳を突き出した瞬間でさえ、視線を向けるだけで反撃どころか避けようともしない。

 

(あれ、何もしない?)

 

 ミルコに届きかけた緑谷の拳は、横から現れた朱塗りの木刀を腹部に叩きつけられて届くことはなかった。

 

「が!?」

「やれやれ、運が良いようじゃのう」

 

 ヨロイムシャの妨害で緑谷は吹き飛ばされ、再び建物へ衝突する。

 壁に人型の窪みをつけた彼はよろけながら立ち上がりつつ、痛む背中を忘れるくらいにヨロイムシャの言葉に思考を巡らせた。

 

(運がいい? ミルコが僕に何も反応しなかったのには理由がある? わざわざ行動に条件があること教えてくれたんだ、考えろ!)

 

 緑谷は疑問を解くべく再度ミルコに接敵しようと試みる。 しかし、ヨロイムシャの攻撃を掻い潜る事は難しく、手をこまねいている間に、再度ヨロイムシャの攻撃をもらってそのまま爆豪へ向かって吹き飛ばされた。

 爆豪が彼を避けるのをヨロイムシャは眺めながら、懐中時間を取り出して残り所間が僅かになった事を宣告した。

 

「さて、残り五分。 逃げるか抗うか、そろそろ決めねばならん時じゃろう」

「簡単には逃がさねーけどな!」

 

 爆風で少しだけコスチュームが焦げているミルコを爆豪が睨みつける。

 

「逃げる訳ねえだろーが!」

 

 いきり立っている彼に、緑谷が声をかけた。

 

「かっちゃん、一緒に」

「ウルセェ、俺に指図すんな!!」

 

 爆豪はクラスメイトの申し出を一蹴してミルコへ向かう。 迫ってくる相手の迎撃に、ミルコも同じく爆豪へ向かった。

 

「死ねぇぇぇぇぇぇ!!」

「はは! 威勢のいい生意気な子供だ!」

 

 爆豪の攻撃をいなし、カウンターを決めるミルコ。 既に何十回も見た光景に、緑谷も突っ込んでいった。

 

(ここで僕もミルコに行けば……!)

 

 彼女は爆豪の攻撃をかわしながらも、先ほどと同じように近づいてきた緑谷を一瞥して無視する。 先ほどは偶然だったが、今度は明らかに緑谷を無視して視線を爆豪へ移したのを見て、緑谷は彼女が意図的にこちらをスルーしている事が間違いでないことを確信した。

 彼は腰にぶら下げていたハンドカフスに手を伸ばす。 そこで再びヨロイムシャの攻撃が襲い掛かった。

 

「ワシを無視するとはいい度胸だ、小僧」

(ヨロイムシャもかっちゃんの近くに行っても見向きもしないで僕ばかり狙う。 もし、二人とも同じ条件で行動しているならば!)

 

 予め、妨害してくるであろうと予測していたヨロイムシャの攻撃をかわし、緑谷は幼馴染へ声をかける。

 

「かっちゃん! ヨロイムシャに向かって」

「指図すんなクソデクゥ!!」

 

 緑谷の提案を聞くことなく爆豪はミルコへ向かう。 軽々と攻撃を避けられてカウンターを入れられ、同時に緑谷の方はヨロイムシャの攻撃が直撃した。 二人は仲良く吹き飛ばされ、建物の自動ドアを突き破って室内に飛び込んでいく。

 その様子を退屈そうに見ていたミルコは、横目でヨロイムシャを見ながら口角を上げる。

 

「あの弱虫っぽいやつ、気づいたな」

「行動は変えるな。 これはあくまで小僧達の試験」

「解ってるっての」

 

 二人揃って歩を進める。 建物の中から言い争いが聞こえてくる様子に、ヨロイムシャは小さく息を吐く。

 

「しかし、あれでは……試験を乗り越える事は無理のようじゃの」

「あははははは! あの生意気な子供が早々に言う事を聞くか!」

 

 あっけらかんと笑うミルコを横目に、ヨロイムシャは歩を進めて室内に入った。

 試験官二人が外で会話をしている頃。 室内へ叩きこまれた爆豪がヨロヨロと立ち上がり、体を揺らしながらも外へ向かおうとする。

 同じく立ち上がった緑谷が声を張り上げて幼馴染に声をかけた。

 

「かっちゃん、話を聞いてよ!」

「デクは黙ってろ!」

 

 聞く耳持たない相手に、緑谷は諦めることなく声をかけ続ける。

 

「突破口が見えたんだ! それには二人で協力しなければ」

「黙れ! テメェの手を借りるくらいなら負けた方がマシだ!」

 

 向かい合って言い争いをしている二人の元へ、蹴撃と木刀が振るわれる。 引っ掻けられるように放たれた攻撃に、緑谷達は再び入ってきた壁穴から建物の外へ吹き飛ばされた。

 わざわざ回り込むように移動して攻撃したヨロイムシャ達は、避けられなかった二人へ檄を飛ばす。

 

「お主たちが今、追い詰められている事を忘れるでない」

「無駄に時間を使って余裕だな!」

 

 土煙を上げながら、道路の半ばまで跳ねて倒れる緑谷達。 建物の内へ外へと吹き飛ばされ、満身創痍の二人は気力を振り絞って立ち上がった。 荒い息を吐きながらも一人で敵へ挑もうとする爆豪に、緑谷は建物から現れる相手を指さした。

 

「ミルコを見てよ! いつも一人で事件に突っ込んでいくあの人だって、他のヒーローに背中を任せるときもあるし、今はヨロイムシャと共闘している! 負けた方がマシだなんて言うなよ、今は僕を使うくらいしてみろよ!」

「……」

 

 彼の声に反応したのか、肩を揺らしながら立ち止まる爆豪。 緑谷は彼の背中をじっと見つめて答えを待つが、動かない相手に痺れを切らしたミルコの飛び蹴りが襲い掛かる。

 

「余裕だな!」

「チッ!!」

 

 爆豪が攻撃を避けると、片手で目つぶしの爆発をミルコに放ち、もう片方の手を地面に向けて爆発を発生させ、爆風の勢いで体を一回転させて踵落としを放つ。

 疲れていようとも鋭さの失わない攻撃を、ミルコは目を瞑ったまま頭を横にずらすだけで回避し、さらに爆豪の足を掴んで素早く爆豪に背を向けて一本背負いの要領で地面に叩きつけた。

 顔を強かに打ち付けた爆豪を見て、緑谷が彼に向かうべく身をかがめる。

 

「かっちゃん!」

「させんよ」

 

 そこに、すかさずヨロイムシャが一瞬で近づき、両手で握った木刀で袈裟斬りを放つ。

 幼馴染に向かおうとしていた緑谷は一転してヨロイムシャに向き合うと、振り下ろされる腕を掴んで受け止めた。 相手の攻撃を防いだが、アスファルトに膝を打ち付けた緑谷は、痛みを堪えながら爆豪を呼ぶ。

 

「かっちゃん! ヨロイムシャにハンドカフスを!」

「あ˝あ˝!?」

 

 立ち上がった爆豪は目を吊り上げる。 ヨロイムシャが腕力だけで押さえつけてくるのを必死に押し返している緑谷が叫んだ。

 

「二人はお互いに決まった相手にしか攻撃しない! そして、目標と別の相手には迎撃しない! だから混戦に持ち込んで、一人でも数を減らせば勝て……グゥ!?」

 

 急にヨロイムシャの腕が持ち上がり、腕を掴んでいた緑谷は突然の事に対応できず、振り上げられた勢いに釣られた魚のように空中へ放り出される。 腕振り上げたヨロイムシャはそのまま緑谷の肩に向かって木刀を振り下ろした。

 ヨロイムシャは地面に叩きつけられ藻掻く彼を見下ろす。

 

「向こうへ行くと見せかけて受け止める。 今のお主では良き手筈だが、その後が続かなくてはな」

 

 そう言うと、視線を爆豪へ向けた。

 まるで好機を逃したのは自分だと責めているような空気に、爆豪が歯ぎしりを上げそうなほどに食いしばっていると、相対するミルコが小馬鹿にした態度をとる。

 

「だからお前は子供なんだよ」

 

 目をさらに吊り上げた爆豪に、彼女は胸を張って言い放った。

 

「今を全力で生きろ、死ぬ気で息をしろ! 私だってな、本当は試験補佐官とかやりたくなかった! けどな、どっかの誰かが私を模したロボットをぶっ壊そうと挑んでいるのを耳に挟んだ。 子供の癖に半壊まで追い込んだと聞いておいて、そんな面白そうで生意気な奴を放っておいたら私は絶対に後悔する。 だから此処に来た!」

 

 この試験に現れた理由を唐突に告白するミルコ。 呆けたように口を開く爆豪の事などお構いなしに彼女は捲し立てた。

 

「嫌な奴がいる? 適当にあしらえ! 嫌いな事に関わるのが嫌だ? なら、さっさと終わらせろ! 自分のしたい事をする為に、遠回りをするな! 生意気な子供らしく、一直線に最短距離を走ってこい!!!」

 

 ミルコが力強く胸を叩いた。

 彼女の言葉は、爆豪の心に絡みついていた何かを無理やり引きはがしていく。 本人ですら分からない心の動きに、彼は雄叫びを上げながらミルコへ飛んでいった。

 

「……クソがぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

 ミルコが構えると同時に、腕についている手榴弾型サポートアイテムのピンを引き抜く。 直線状の攻撃をミルコは易々と避けて迎撃の構えをとると、視界に入ったのは緑谷達の方へ向かう爆豪の姿だった。

 

「……はは! そうだ、さっさと終わらせろ!!」

 

 追いかける姿勢をとりながら、彼女は声援を飛ばす。

 緑谷もまた、幼馴染が向かってくるのを視界に収め、残っている力を振り絞ってミルコへ向かう。

 ヨロイムシャもまた、彼を追うべく構えをとるのと同時に、緑谷と爆豪がすれ違った。

 

「かっちゃん!」

「さっさと終わらせるぞ、このクソ下らねぇ試験を!」

「うん!」

 

 二人はハンドカフスを構え、それぞれ向かってくるヒーローを捕まえるべく振りかぶった。

 一瞬の交差。 爆豪と緑谷がそれぞれ追ってきた相手の攻撃を食らい、地面を転がって倒れる。 試験官の二人は互いに視線を合わせ、ヨロイムシャが片腕を上げた。

 その腕にハンドカフスがぶら下がっているのを確認して、老人は木刀を仕舞う。

 

「ふむ、終いじゃの」

 

 彼がそう言うと同時に、スピーカーからリカバリーガールの放送が流れた。

 

『爆豪・緑谷チーム、条件達成さね』

 

 聞こえた内容に、力尽きて立つことすらできないでいる緑谷が呆けた声を上げる。

 

「え? 何で?」

 

 理解できない状況に、ヨロイムシャが緑谷を担ぎ上げながら理由を話した。

 

「根津からの指示はもう一つあっての。 一人でもカフスを掛けることができたならば、そこで試験は終了と言われておった」

「……聞いてない!!!」

 

 思ったよりも元気そうな彼に、老人は施設の出口へ向かいながらもため息を吐く。

 

「当然。 言ってしまったら、片割れが勝手に合わせ……と、いかんいかん。 ここでバラして(答えて)しまうと試験の意味が無いわい」

 

 のっしのっしと歩くヨロイムシャに揺られながら、試験を突破できた事を実感していない様子を見て、ヨロイムシャが言葉をかける。

 

「何にせよ。 試験突破、おめでとう。 その個性()に驕れる事無く、精進を怠る事なかれ」

「…は、はい!」

 

 二人の横では、緑谷と同じく満身創痍の爆豪がミルコに引きずられている姿があった。

 

「終わった終わった! さあ、個性使用許可場に行くぞ!」

「イデデデデデ!! バンダナを引っ張るんじゃねぇ!!」

 

 そのまま外に飛び出しそうな勢いで走り出したミルコ。 乗り物を使わずに集合場所へ向かっていく姿を見て、緑谷は悲鳴を上げている爆豪に同情した。




感想、誤字報告、指摘ありがとうございます

細部変化×状況変化×原作にない戦闘描写=素人執筆難易度∞
ちかれた でも空想を形にするの好き


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Voice31 皆集まれ敵連合

 まばらな雲が浮かぶ晴れの日。 神野市にある廃ビルの一つへ、世間からはヴィランと呼ばれる人間が人知れず集い始めていた。

 戸棚には様々なビンが並び、カウンターテーブルとそれに沿って並べられている数個の椅子、部屋の奥にパソコンのモニターだけがポツンと置かれているだけの殺風景な一室。 バーとしては設備が少なすぎる場所に、六人ほどが顔を合わせている。

 カウンターと棚の間で入り口を見ているのは、黒い靄の様な体でグラスを磨いている男性、黒霧。 彼とカウンターを挟んで、顔を掴むように手のアクセサリーを身に着けた男、死柄木弔が椅子に座っている。

 彼の気だるそうな視線は部屋の入り口にいる四人へ向けられていた。

 

「で、そいつらは?」

 

 握りつぶしていた何かをパラパラと地面に落としながら、入り口にいる右前歯が欠けた男に問いかける。

 光加減では腸にも見える色と形をしたマフラーを首に巻き、小さめの丸いサングラスをかけた男は口にタバコを咥えながら問いかけに答えようとして、その男が口を開く前に三人のうち二人……セーラー服にミニスカートを身に着けた女の子と、彼女より頭一つ高いボサボサした黒髪に目の下や下顎の皮膚が焼け焦げたような色をしている男。 

 二人はそれぞれ言いたいことを発言した。

 

「ねえ、ステ様の仲間だよね! 入れてよ、(ヴィラン)連合!」

(ナマ)で見ると……気色悪いな」

 

 好き勝手言い放つ二人の横で、セーラー服の少女と同じくらいの背丈をした金髪の女性は、片手にぶら下げていたジェラルミンケースを足元に置くと、頭から二葉のように跳ねている癖っ毛を揺らして呆れている。

 案の定、死柄木は機嫌を損ね、黒霧にこの場から取り除くよう指示を飛ばす。

 

「餓鬼と、礼儀知らず。 俺の大嫌いなものがセットできやがった。 黒霧、飛ばせ」

「まあまあ、せっかくご足労頂いたのですから……話だけでも伺いましょう」

 

 黒霧が宥めていると、三人を連れてきた男……裏世界では大物ブローカーで知られている義爛(ギラン)が紹介を始める。

 

「まずそっちの可愛い女子高生。 メディアが個人情報を護ってくれてはいるが、連続失血死事件の容疑者として追われているトガヒミコちゃん。 そしてこっちの男は目立った罪は犯していないが、ヒーロー殺しの思想にえらく固執している」

 

 先に紹介された女の子、トガヒミコは拳を軽く握りながら言葉を発する。

 

「トガです。 トガヒミコ! 生きにくい世の中を生きやすくしてほしいです。 ステ様になりたい、ステ様を殺したい! だから入れてよ、弔君!」

「意味が分からん。 破綻者かよ」

 

 死柄木の短評に義爛が肩をすくめる。

 

「会話は一応成り立つ。 きっと役に立つさ」

 

 彼の言葉に、顔に着けた手のアクセサリーで見えにくいが、見ればわかるくらいに死柄木は顰める。 次いで義爛の紹介でこの場に来た男が一歩前に出て口を開く。

 

「今は『荼毘』で通している。 ヒーロー殺しの意思は俺が全うする」

「通すな、本名を名乗れよ」

 

 死柄木の言葉には反応せず、荼毘と名乗った男は死柄木とトガヒミコを見定めるように、全身へ視線を這わすと顔をしかめた。

 

「この組織は本当に大義があるのか? そのイカレ女も入れるつもりじゃないだろうな」

 

 上から目線の態度に、死柄木の機嫌がますます傾いていく。 その様子を見て、黒霧が宥めようと持っていたグラスを置くと同時に、今度は今まで黙っていた女性が口を開いた。

 

「私も自己紹介していいかな?」

 

 その場にいた全員の視線が彼女に集まる。

 敵連合の首魁とその側近、複数人を殺した少女にヒーロー殺しの意思を継ぐという男、そして二人を紹介しに来た裏世界の大物ブローカー。 その中に居れば一般人とも見える、この場に合わない雰囲気の女性が軽く頭を下げて自己紹介を始めた。

 

「弦巻マキです。 一応、少数メンバーのリーダーで、ヴィラン活動をしています」

 

 マキの言葉に、タバコを吸っていた義爛が補足した。

 

「別嬪さんの連れは三人。 琴葉茜、京町セイカ、そして紲星あかり。新参グループだが、実力は折り紙付きだ。 この中で一番ヤバイ奴だと俺は思うね」

 

 ブローカーの言い方に、死柄木が眉を上げる。

 

「へぇ。 聞いたことの無い名前ばかりだが、そう言うくらいならトガより殺しているんだろ?」

「えーっとね、半年くらい前からなら……」

 

 彼女は周囲を見渡すと、人差し指を立てて答えた。

 

「ここにある、指の数を二倍してからは数えてないかな」

「あん……?」

 

 はっきりとしない回りくどい回答に、死柄木も釣られて集まっている人間を数えていると、荼毘が先に答えを言った。

 

「最低でも六十人ってか」

 

 彼の言葉に、マキはクスリと笑って首を振る。

 

「残念、はずれ」

「……おいおい。 どういうことだよ」

 

 同じ答えに辿り着いていた死柄木が答えを否定されたことに、再び顔を歪めた。 その様子に、マキは自身の足を指さして回答を述べる。

 

「一人の指は手と足で二十本、それが六人分。 それと死柄木君の顔についている手も含めてプラス五本。 でも、黒霧さんは指が見えないので除外して五人計算とすれば、五に二十を掛けて百プラス五人……かな。 あくまで、それからは数えていないって事だけどね。 多分、黒霧さんの分を足しても足りないと思うよ?」

 

 さらりと宣った人数に、目を見開いたり眉を上げる者はいたものの、驚きの声を上げる者はいなかった。

 全員が思う疑問を荼毘が口に出す。

 

「四人で割って一人二十人くらいか。 しかし、それだけド派手にやっているらしいが、そんな話は聞いたことがないな。 でまかせにしても大げさすぎる」

 

 胡散臭そうに彼がマキを見ていると、黒霧が口をはさんだ。

 

「いえ、彼女の言っている事は本当でしょう」

「何で本当だってわかるんだ。 それだけ殺したなら、ニュースが静かな訳がないだろ」

 

 根拠を求める荼毘に、黒霧がマキを見ながら答えた。

 

「半年ほど前から声をかける候補に挙げていたヴィラン達に連絡が取れず、大半が消息を絶っています。 確認したヴィランは五十人足らずでしたが……全員が行方不明、もしくは拠点で死亡していました。 貴女の証言通りであるならば、その下手人が彼女達でしょう」

 

 黒霧の語ったマキ達の所業に、死柄木は軽く笑って手をぶらぶらさせる。

 

「おいおい。 数を誇るのはいいが、ヒーローを狙えよ」

 

 相手の態度に、マキは口から舌をチョロっと覗かせて弁明した。

 

「ごめんね? こそこそと手土産を集めていたら、随分と興に乗っちゃって」

 

 彼女の足元に置いてあったジェラルミンケースを持ち上げ、蓋を開けて中身を死柄木に向かって見せる。

 その中身を見せられた敵連合の二人は絶句した。

 

「ざっと一億。 襲った連中の所持財産がピンキリあり過ぎて、時間かかっちゃった」

 

 彼女が持つ入れ物の中にはぎっしりと詰まった札束。 金額を聞いたトガヒミコはマキへと身を寄せて、荼毘も視線だけではあるがケースの中を覗き込む。

 予想外の品物に、死柄木は頭に手を当てて体を揺らした。

 

「ははは、こりゃ確かにイカレているな」

 

 唯一、驚くことのなかった義爛が補足を加える。

 

「ちなみに、この子からは紹介料を貰っている。 今なら紹介料金はロハ(無料)。 大変リーズナブルだ」

 

 その情報に黒霧が黄色いラインのような目を広げ、カウンターから僅かに身を乗り出す。 黒霧は心を落ち着かせるように大きく息を吸い込み、一呼吸置いてからマキに向かって問いかける。

 

「とても美味い話ですね。 ですが、そこまでする理由は?」

 

 彼女はケースを閉じてカウンターの上に置くと、死柄木の隣に座り、天気の話をするような軽い口調で話し始めた。

 

「君がこの世界に、一石を投じそうだから」

 

 紡がれた言葉に、死柄木が顔を彼女へ向ける。 マキはお構いなしに、黒霧から出された飲み物をためらうことなく一口つけてから続きを語った。  

 

「つまらないんだよね。 単純に、現在()が。 個性が自由に使えない、窮屈な世界。 誰もが自分の持つ力を惜しみなく使える未来を、私は見たいんだ」

 

 そこでまた言葉を区切り、死柄木に顔を向ける。

 

「そんな時に貴方達、敵連合が現れた。 ステインの影に隠れているけど、それも意図的なんでしょ? これから何か、大きい事を起こす……そんな予感がしたから、ここに来たんだ」

 

 死柄木はしばらくの間、マキを見つめる。 そして、不意に体を揺らし始めると静かに笑い始めた。

 

「ククク、随分と買い被ってくれるじゃないか」

 

 喜びの感情を隠すことなく彼女へ向ける死柄木。 そんな彼に笑顔でマキは言葉を伝えた。

 

「私はただ、君が次にどんなことをしてくれるのか……近くで見ていたいだけだよ」

 

 まるで二人だけの世界を作っているような雰囲気に、トガヒミコは退屈そうにナイフを弄び、荼毘は彼らのやり取りに喉の下を掻いている。 目の前の黒霧ですら居心地悪そうにしている中、死柄木は人差し指を天井に向けて言った。

 

「ビルの好きな部屋を使え」

「死柄木弔!?」

 

 決定を下した彼に黒霧が諫言を挟もうとするが、死柄木は札束の入ったケースを指三本で救い上げて黒霧へ放り投げて黙らせる。

 

「紹介料はタダ、持参金も持ってきた。 理由も十分。 敵連合がやる事を手伝ってもらおうじゃないか」

 

 彼にとって十分な答えを持ってきた相手に歓迎の意を示す。 黒霧もまた、懐事情はあまり良くないため、歓迎したいのだが、マキに視線を向ける。 笑顔で死柄木を見る彼女を信用できるかと言われれば、その胡散臭さに否と答えるであろう。

 義爛が愉快そうに煙をふかしているのを背景に、マキは眉尻を下げながら頭を下げた。

 

「ごめん。 部屋は私の連れがもう使ってると思う」

 

 彼女がそう言ったと同時に部屋の扉が勢いよく開く。 近くの壁に背を預けていた義爛は驚いて転びそうになりながらも、たたらを踏んで体勢を立て直す。

 彼が入り口を振り向くと、グレーとブラックのマスクに身を包んだ人物がまくし立てていた。

 

「おいおいおい、まだお話し中か!? っと悪かった義爛、俺は悪くねぇ!」

「どうした、トゥワイス」

 

 死柄木が今いる者たちより先に受け入れたヴィラン、トゥワイスはやってきた方向を指さすとマスクの上からでも泣きそうな表情がわかるくらいに顔を歪めて叫ぶ。

 

「いきなり美人が三人、部屋を好き勝手に改装しやがった! あいつら怖いんだけど!? 両手に花だからもっと話してていいぜ!!」

 

 彼の特徴である、先に言った事が本音であることを知らないトガヒミコと荼毘が奇妙な言い回しに首をかしげていると、トゥワイスの腕に女性らしき手が伸びてがっしりと掴む。

 銀色の長髪に黄色いガラスのはまった髪飾りをつけ、三つ編みをぶら下げている女性がふくれっ面で彼の腕を引っ張った。 見た目よりも腕力が強いらしい相手に抗うも空しく、トゥワイスはカートゥーンアニメのように扉の前から姿を消す。

 

「ちょっと、トゥワイスさん! 途中で抜け出さないでください! 次はピザ十枚チャレンジですよ!」

「ぁぁぁあああ助けて大丈夫だぁぁぁぁぁぁ」

「大丈夫ですか! それなら次の炭酸飲料二リットル一気飲みも準備しておきますね!」

 

突風のように現れ、そして消えていった二人。 呆気にとられている面々の中で、その状況を引き起こした女性の仲間であるマキは苦笑しながらも、トゥワイスがああなっている原因を打ち明ける。

 

「あー、もう食事の用意が終わっているみたい。 トガちゃんと荼毘君もディナーはどう?」

 

 彼女の申し出に、トガは笑顔でお腹を擦りながら部屋の入り口に向かった。 荼毘も横目でマキを見てから、トガの後へ続く。

 

「わー、ちょうどお腹ペコペコだったんです!」

「……貰える物は貰っていく」

 

 一言残してさっさと出ていった二人。 トゥワイスが消えて間髪入れず退出したトガと荼毘に、自分には何も言わなかったことで死柄木は機嫌を斜めにしながらも椅子から立ち上がり、壁にぶら下がっているフード付きの黒いトレーナーを着て入り口へ歩き出す。

 

「……チッ、こっちの返答も聞かずにいなくなりやがって。 少し外をぶらついてくる」

「死柄木弔?」

「あいつらはステイン目当てだが、連合に引き入れとけ。 お前が言う大物ブローカーが連れてきた連中なら、利用する価値はあるはずだ。 都合よく金もあることだしな」

 

 現金が詰まったケースを指さして、死柄木はフードを被って外へ出る。

 義爛は黒霧に視線を向けると、取引先が頷くのを見てケースから札束を一つ取り出す。 ペラペラとめくって中身を確認すると、ジャケットの内ポケットに入れて手を振った。

 

「毎度あり。 商談成立ってことで、俺もお暇するよ」

 

 扉を閉めて義爛は立ち去った。 残ったのは黒霧と弦巻マキの二人。

 彼女は持っていた飲み物を煽って半分程流し込むと、静かにグラスを置いて黒霧を見る。

 

「さて」

 

 先に口を開いたのはマキ。 テーブルに肘をつき、上目遣いに黒霧を見上げて言った。

 

「皆いなくなったことだし、この先の予定を聞いておきたいな。 必要な物があるなら、できる限り調達するよ」

「その前に、こちらもお聞きしたいことがあります」

 

 黒霧は彼女の言葉を遮り、自身の持つ記憶と齟齬が無いか確認をとる。

 

「貴方は雄英襲撃のメンバーにいましたね?」

「うん」

 

 あっけらかんと答える相手に、彼は一度黙り込みながらも次いで疑問を投げかけた。

 

「私以外では雄英高校のヒーローが集結した、あの襲撃場所から脱出する術を持っていないはずです。 どうやってヒーローの手から逃れたのですか」

「個性のちょっとした応用」

 

 真面目に答える気の無い彼女の様子に、黒霧は小さくため息を吐く。 彼は頭をわずかに動かして、相手の用件を言うように促した。

 

「死柄木君が『先生』って呼んでいる人に会わせてほしいな」

「……どこで知りましたか」

 

 死柄木と自分、そしてもう一人の『ドクター』と呼ばれる協力者しか知らないはずの黒霧の上にいる存在。 その呼び方を知っている事に動揺を隠しながらも、黒霧は静かに聞くと彼女は顔を傾けて部屋の奥にあるモニターを見ながら言った。

 

「知っているから。 ただそれだけだよ。 それで、どうかな? 会わせてくれる?」

「……」

 

 相対するヴィランが放つ、得体の知れなさに黒霧は冷や汗を流す。 そこに助け舟とばかりに、奥にポツンと置かれていたモニターの電源が音を立てて起動した。

 映し出されたのは黒い椅子に座り、ワイシャツの胸元を緩めた背広姿の人間。 頭部は意図的なのか画面から見切れており、辛うじて首元に刺さっている何かの管を揺らしながらその男はマキへ声をかけた。

 

「先ほどの茶番。 弔が見抜くのは酷とはいえ、あまり煽てないで欲しいね。 弦巻君」

「ふふふ、ちょっかいをかければ出てきてくれると思ったからね。 オール・フォー・ワン」

 

 悪びれる様子の無い態度で相手の名前を口にするマキに、黒霧は警戒を強める。

 オール・フォー・ワン。 巨悪、もしくは悪の帝王とも呼ばれていた存在。 数年前にオールマイトと戦い、激戦の末に生き延びた彼は今、生命維持装置を繋いでいないと長期間の活動ができない体になっていた。

 現代の若いヴィランでも、都市伝説程度の情報しか出回らせていない程の隠蔽力でヒーローの目を掻い潜っていた、敵連合を裏で操る男。 癒えきらぬ体の傷跡を晒しつつも、液晶画面越しでもわかるほどの気迫を放ちながら、男は本題を尋ねる。

 

「ふむ、用件は何だい?」

 

 マキはグラスに残っていた液体を全て飲み干すと、立ち上がって一礼した。

 

「組織のトップに挨拶を。 と、いうことで改めて初めまして。 オール・フォー・ワン。 弦巻マキです」

 

 気迫をものともせず会話をしている彼女。 黒霧は義爛が言っていた『この中で一番ヤバイ奴』という発言に偽りが無い事を見せつけられている中、オール・フォー・ワンもまた挨拶を交わす。

 

「初めまして、弦巻マキ」

 

 オール・フォー・ワンが言葉を終えた瞬間、黒霧は近くから発せられた殺気に当てられて、心臓が止まったと錯覚した。 喉が潰れたかと思うほどに濃厚な殺意の発生源を見れば、弦巻マキが笑顔のまま高密度の殺意をオール・フォー・ワンへ向けている。

 雰囲気が一変した彼女に戸惑いながらも、オール・フォー・ワンへ異常を伝える口が動かない黒霧。

 その様子を知ってか知らずか、オール・フォー・ワンは次の言葉を発しない彼女に続きを促す。

 

「それで、用件は本当にそれだけかい?」

 

 その言葉と同時に彼女の殺気が霧散する。 知らずのうちに息を止めていた黒霧はカウンターに手をついて大きく息を吸っていると、マキは何事もなかったかのように、顎に指を当てて首を傾げていた。

 

「そうだなぁ……もし、話しても問題ない事ならば。 雄英の内部に潜ませている、内通者が誰なのか知りたいな」

「……!?」

 

 今度こそ黒霧は目を見開いてオール・フォー・ワンを見る。 彼ですら知らなかったことを平然と言い放つヴィランに対して、オール・フォー・ワンもまた顎に手を当てて考え込んだ。

 

「ふむ……」

 

 黒霧は自身が入り込めない領域で話している二人に挟まれ、居心地悪くなっている彼は空になっているマキのグラスに飲み物を注ぐ。

 マキが喉を潤していると、オール・フォー・ワンは首に刺さっている太いチューブを擦りながら口を開いた。

 

「弔に小遣いを持ってきてくれた礼として、それくらいなら答えてあげよう」

 

 黒霧もグラスを磨きつつ聞き耳を立てている中、オール・フォー・ワンは内通者の名前を口にする。

 

「______」

 

 伝えられた名前に、マキは僅かに目を見開いて少しの間だけ沈黙する。 そして、持っていたグラスの中身を一気に飲み干すと、心躍っているのか弾むような明るい声で独り言を呟く。

 

「ああ、そっか。 あの子かぁ……」

 

 黒霧が心当たりに記憶を探っている横で、楽しそうにカラカラとグラスの中に入っている氷を転がしている。 上機嫌な彼女の様子に、オール・フォー・ワンは彼女に問いかけた。

 

「それを聞いてどうするのかな?」

 

 有無を言わさず、答えなければならないという重圧を巨悪が無意識に放つ。 常人では白目を剥いてもおかしくない状況にもかかわらず、マキはただ肩をすくめただけで悪の帝王へ返答する。

 

「雄英の情報をどうやって集めていたのか、ただ単純に聞きたかっただけ」

「では、私からも一つだけ聞かせてもらおう」

 

 オール・フォー・ワンの言葉に、マキがモニターを見る。 相変わらず頭部の見えない映像が彼女に向かって言葉を紡ぐ。

 

「先ほど弔に語った言葉が本心では無いだろう。 君がなぜこの組織に入ったのか、私に聞かせてくれないか」

 

 彼女が死柄木に語った言葉。 当たり障りのいい台詞で死柄木を煽てているのは第三者、特に黒霧と義爛も理解できる程に薄っぺらいお世辞なのは明白だった。

 オール・フォー・ワンを見つめる彼女の顔は、端から見れば微笑みを浮かべている。 にも関わらず、傍にいる黒霧は感情が欠落していると思ってしまうほどの違和感を感じていた。

 彼女は先ほどと同じ様に、明るい声で答える。

 

「変わらない景色、動かない物語。 退屈な世界へ手を加えることができるなら、弄ってみたくなるでしょう?」

 

 マキはそう言って立ち上がると、モニターに向かって一礼する。

 

「それでは。 皆の所に行きますので、失礼します」

 

 退出の言葉を最後に彼女は部屋から出ていった。 遠のく靴音が聞こえなくなった頃に、オール・フォー・ワンが口を開く。

 

「黒霧。 次に行う弔の作戦まで、彼女達を見張っておきなさい。 幸い、人手と資金が転がり込んできた。 人員補充に凶悪犯を見繕っていたが、その必要もなくなった。 外へ出るのは控えて英気を養っておきなさい」

「……畏まりました」

 

 敵連合を裏で操る首謀者の指示に、先ほどの殺気を放っていた事を尋ねようか迷っていた黒霧は頷く。 オール・フォー・ワンは不穏分子を承知の上で受け入れた事に彼が口を出せるはずもなく、得体の知れないヴィランが消えた扉へ視線を移す。

 

「しかし、弦巻マキ……彼女は死柄木弔に悪い影響を与えかねないですね」

 

 彼の懸念に、オール・フォー・ワンは問題ないと一蹴した。

 

「それ以上に、気にかかることはあるけれど、ね」

「……何か彼女に?」

 

 弦巻マキを他より、一癖も二癖も有りそうなヴィランと捉えていた黒霧。 それとは違う別の何かを感じ取ったらしい影の支配者を見ると、オール・フォー・ワンは手を軽く振って話題を打ち切った。

 

「まあ、些細なことだ。 弔を頼んだよ」

「はい」

 

 その会話を最後にモニターの電源は切れた。

 

 

 

 閑散としたバーの一室とは別の場所、ゴチャゴチャと機械の置かれている薄暗い部屋。

 一つだけある黒い椅子に座っている人物は、大部分が瘢痕で覆われている頭を仰ぎ、唯一無事である口を僅かに動かす。

 

「あの声はどこかで……。 いや、覚えていないのであれば、その程度という事か」

 

 先ほどまで会話をしていた相手の声に、妙な懐かしさを掻き立てられた男は頭を振ってその感情を追い出した。




感想、誤字報告、指摘ありがとうございます

ヴィランサイドの話なのにUSJ編から始まって
三十話で敵連合が出てくる二次創作があるらしい……


あ、ボイロ組が入ったので君ら出番無しね
マスタード、ムーンフィッシュ、マスキュラー、マグネ「!!??」


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Voice32 接点V

 弦巻マキが敵連合の拠点で顔合わせをしているのと同時刻。

 世間は休日ということで、東北じゅん狐堂の看板娘である三人は平日よりも多い来客者への対応をこなしていた。

 やっと順番の回ってきた女性客……黒髪のツインテールに前髪を白く染め、リボンタイを付けたワイシャツ風コスチュームのヒーローがそわそわと品物を待っている。 

 そこに、売店の奥から注文した商品を持ってきた東北ずん子を見て、彼女は小さくガッツポーズをとった。

 

「ずんだスムージー四つ、ずんだシェイク三つ、それと特製ずんだ餅六つのご用意ができました」

「っしゃ! 今日は買えたっス! 事務所でみんなと食べるっスよー!!」

 

 箱詰めされた戦利品を高々と上げている彼女の隣では、頭部から髪の一部が伸び、その先に口の付いた球体が繋がっている和服の男性もまた、スタッフの東北イタコへ購入する商品を伝えている。

 

「ずんだ羊羹を一本、ずんだ煎餅を一袋。 それから……」

「ずんだロールケーキ十本にずんだモンブランケーキ十号をグェッ」

 

 勝手に喋りだした後頭部の口を、彼は強く握りしめて黙らせた。 眉間にしわを寄せながらも、彼は少し顔を赤らめて追加注文を口にする。

 

「……ロールケーキ一本とモンブランケーキ四号を一つ、お願いします」

「はぁ~い、ご用意しますので少々お待ちくださいませ~」

 

 ぱたぱたとイタコが奥に消え、数分も経たない内に戻って袋に入れられた商品を渡す。

 たった二人で売店を滞りなく回している様子に、店内でずんだ餅をつついているトイプードルの着ぐるみの様なコスチュームを着た女性ヒーローが眺めている。

 隣にいる同行者の男性……目の周りを青色の星形に塗り、紅白のストライプ服を着た男性ヒーローに言った。

 

「すごいなー、この店。 手際がいいし、お菓子も美味しいし! ね、鈴木!」

「トイトイ……それには同意する。 が、せめて事務所以外の場所ではヒーローネームで呼んでくれ」

 

 鈴木と呼ばれた男は肩を落とし、ずんだ餅を頬張りながら周囲を見渡した。

 店内では、イートインスペースで買った商品に舌鼓を打つ者、誰かのお土産にと持ち帰っていく者、そして個性使用許可場のキャンセル待ちで買った飲食物を食べながら、休憩スペースで時間をつぶしているグループに分かれている。

 売店の忙しさとは裏腹に、個性使用許可場の受付を担当している東北きりたんは予約制の為、人の並んでいない受付の椅子に座っているように見える。

 しかし、それは端から見ていればそう映るだけで、彼女はタブレットにペンを走らせながら、ブツブツと呟きつつ液晶画面とにらめっこしていた。

 

「Aルーム、ターゲット追加。 Jルーム、終了時間が迫ってるのでお知らせ……。 Dルーム、ドリンクを小型昇降機で搬送……。 え、Hルーム、ターゲットが足りない!? いやいや、確かに送ったはず。 ……ちょっとぉ、消費し終わっただけじゃないですか! ちゃんと追加っていってくださいよ、もぉ!」

 

 従業員がそれぞれ業務を全うしていると、飲食スペースにある柱時計から十二時を告げる鐘が鳴る。

 きりたんは視線を売店スペースへ向けた。 店の外まで並んでいる行列を見て、レジカウンターに向けてしゅっと片手を上げて立ち上がる。

 

「ずん姉さま、イタコ姉さま。 ぱぱっとお昼を済ませてきます」

「いってらっしゃい」

「ゆっくりでいいわよ~」

 

 二人の返答を聞くや否や、すたたたたたっと建物の奥へ小走りに駆けて行った。

 それを見ていた来客者達は一人早めの昼食かと思い、気にする者はいない。

 きりたんは売店スペースから人目の届かない通路の奥を曲がり、段ボール箱が積まれている行き止まりへ飛び込むと虚空へ消えた。

 次に彼女が現れた場所は灰色の通路。 真直ぐ伸びた四方を壁で囲まれた道に一つだけある扉。 紫のいる部屋の前に立ち、手の平を上に向ける。 すると、上からサンドイッチやハンバーガーなどが現れ、いつの間にかきりたんが持っているトレイへと落ちて並んだ。

 彼女は笑顔を浮かべ、意気揚々と扉を叩いて部屋へ入る。

 

「マスター、お昼ごはんです……よ?」

 

 そこには誰もいなかった。

 電気の消えた、がらんどうの部屋を素早く見渡すと、部屋中央のテーブルに乗っているメモ用紙を発見して拾い上げる。

 

『皆へ

 

 忙しそうだったので声はかけませんでした

 体調がだいぶ良くなったようなので

 運動がてら外を散歩してきます

 居場所は隠蔽しておくので邪魔しないでください

 

                     ゆかり』

 

 

「…………」

 

 メモを読み終え、半眼になっているきりたんは無言で昼飯の載っているトレイをテーブルへ放り投げた。

 放物線を描きながら、放り投げた物は白い楕円模様が浮き上がっており、突起物のある歪な黒い球となってテーブルに着地する。 変形したソレは二本の手のような足で立ち上がると、きりたんを一飲みにできそうな口から赤い液体を滴らせて、何かを探すように体をゆっくりと動かしている。

 きりたんへ歩いてくる黒塊を見て、彼女は口をへの字にして呟く。

 

「マスターがほとんど忘れていた存在も完璧に生み出せている……個性の出力が上がっているという事は、マスターはお休みの状態ですね。 ……まったくゆかりさんは。 いつも一緒にいるのに、独り占めして狡いですよ、もう」

 

 彼女を食い殺さんと大口を開けて襲いかかる化け物を背に、きりたんは軽く手を振って握る。 まるで握り潰されたようにひしゃげて飛び散り、蜃気楼のように化け物は掻き消えていく。

 その様子を見届けることなく、彼女は頬を膨らませて部屋から出ていった。

 

 

 

 

 

 雄英高校の近くで最も大きい商業施設、木椰(きやし)市区ショッピングモール。

 ヒーロー科A組の約半数が、林間合宿に必要な物を揃える為に買い物へやってきていた。

 それぞれが探し物を買いに散っていった後、緑谷はかつてUSJ事件で襲撃を仕掛けてきた死柄木に首を掴まれ、休憩スペースのベンチに座って問答を強要されていた。

 死柄木はステインと自分がどう違うのかを緑谷に問いかけ、「ステインの行動に納得はできなかったが理解はできた」という答えに、死柄木の中にあった眩しいほどに鬱陶しい原因を理解した。

 

「何でヒーロー殺しが鬱陶しかったのか、お前もムカつくのかがわかった気がする。 全部、オールマイトだ」

 

 寒気が走るほどの悍ましい笑顔を浮かべた彼はギリギリと緑谷の首を締め上げる。 喉仏を握りつぶされそうなほどの力に、緑谷は何かを言っているヴィランの拘束から逃れようとするが、死柄木は感謝を述べながらも、さらに締め上げて脅す。

 

「会えてよかったよ、緑谷! おっと、暴れるなよ。 人が死んでもいいのか? お前のせいでそこらを歩いている人間が簡単に死ぬぞ?」

 

 ヴィランの脅しに、緑谷は首を掴んでいる手に触れるだけで抗う事ができない。 締め付けられる痛みに涙を浮かべながら、酸欠の彼は我慢の限界に至り、空気を求めて無理やり喉を膨らませた。

 

「はぁーっ! はぁ、はぁ……あれ?」

 

 難なく呼吸ができるようになり、緑谷の目が点になる。 相変わらず首は死柄木の手で締め付けられている。 にも関わらず、呼吸どころか掴まれている痛みすら消えている事に彼は困惑した。

 その様子に、死柄木も盛り上がっていた気分が消沈して顔をしかめる。 本来は気晴らしに出てきただけなので、ここで騒がれても困るので黙らせるために再び強く握りしめるが、当の緑谷はきょとんとした顔で苦しそうな顔すらせずに戸惑っていた。

 力を込めているのに平然としている緑谷に、死柄木は元凶かと疑いの目を向ける。

 

「……おい、何なんだこれは。 お前の個性か?」

 

 死柄木の問いに緑谷はブンブンと頭を振って否定した。

 首に指が食い込むほど絞めているのに苦しくないという、奇妙な出来事が起きていると理解した彼は、いつの間にか目の前に立つ人影に気づいて視線を向ける。

 

「餓鬼、見世物じゃないぞ」

 

 死柄木の言葉に釣られて、緑谷も目の前に佇む黒いパーカーを着た人間を見る。 そこには緑谷よりも少し背の低いだろう人物が、二人を見ながら薄い黄色のソフトクリームを舐めている姿があった。

 黒兎の様なフードの中に見える顔は中性的で、よく見れば薄紫色のワンピースを着た女性であることに気づいた緑谷はヴィランに睨まれている彼女へ、必死に平静を取り繕った。

 

「あの、大丈夫ですから! 何でもないですから!」

「涙浮かべながら首を絞められておいて、何でもないは無いでしょうに」

 

 女性は半眼になってため息を吐くと、ソフトクリームを持った手の小指を伸ばす。

 すると、緑谷達の目の前に彼女が食べているソフトクリームと同じものが、文字通り虚空から浮かび上がって現れた。

 現状への理解が追い付いていない二人に、女性はクスリと笑って浮かんでいる物を食べるように勧める。

 

「ただの栗きんとん味のアイスですよ。 遠慮なくどうぞ、ガブっと」

「アイスは噛り付くものじゃないと思います……」

 

 緑谷の呟きに、我に返った死柄木が立ち上がろうとして、体が動かない事に気づいて怒号を放つ。

 

「お前、何しやがった!」

 

 ヴィランが放つ怒りの声を何処吹く風と、受け流している女性は悪戯顔で答えた。

 

「呪いをかけました。 目の前のアイスクリームを食べて、かつ私とお話をしないと、他人に認識されず、ここから移動できない呪いを」

「えぇ……」

 

 緑谷もまた腰を上げようとして動かない事に、少なくとも目の前の女性がどういう原理かは分からないが、この場に自分達が縛り付けられている事を把握した。

 食べかけのアイス片手に、女性は礼儀正しくお辞儀して名乗りを上げる。

 

「ああ、申し遅れました。 "頭文字V"という名称でヴィラン活動をしている、結月ゆかりと申します」

 

 堂々とヴィランを名乗る女性。

 それなりに大きい声で言ったが、彼女の後ろを通り過ぎている通行人は何も聞こえていないかのように素通りしている。 その様子を見て、緑谷は自称ヴィランが言った『他人に認識されない』という事が実際に起こっている事を理解する。

 同時に、ゆかりと名乗った女性を見て、緑谷の体の内側がむず痒いような、得も言われぬ感覚が沸き上がってきた。

 

(あれ、体が……?)

 

 体内の変化に困惑している緑谷を余所に、昼下がりの公共の場で堂々と犯罪者を名乗る相手を前にして、死柄木は胡散臭そうに顔をしかめた。

 

「……で、お前は俺をどうしたいんだ」

 

 意図の解らぬ相手に死柄木が疑問を口にすると、ゆかりは肩をすくめながら答えた。

 

「先ほどから言っていますが、ちょっとお話をしたいだけですよ」

 

 彼女の言葉に、死柄木はつまらなさそうに鼻を鳴らす。

 

「必要ないな。 むしろ気分は最悪だ。 せっかく」

「せっかく『オールマイトのいない世界を創り、正義とやらがどれだけ脆弱かを暴いてやろう』と思ったのに、ですかね?」

「……!?」

 

 先ほどの緑谷との問答で、心の内に生まれたばかりの思いを明確に口に出され、彼は目を見開く。 その様子をゆかりはおかしそうに眺めながら、空いている手をひらひらと振った。

 

「ご心配なく。 別に脳内を読んだりとかはしていませんので」

 

 死柄木達を見ながら、アイスクリームを啄んでいるヴィラン。 得体の知れない相手に、死柄木は一挙一動を警戒して空いている左手の平を顔の前に構えた。

 

「……用件は何だ」

「繰り返し言ってますが、ちょっとお話がしたいだけですよ」

 

 繰り返すのに疲れたのか、アイスクリームの残りがコーン部分だけになってしまったゆかりは、ため息を吐いて呆れている。

 その態度に死柄木の苛立ちが増していく。

 

「だから、さっさと用件を言え!」

 

 彼の怒号に、ゆかりはすまし顔で鼻を鳴らす。 そして、まるで演劇役者のような動作で胸元に手を置いて言った。

 

「世間話の一つもできないんですかね。 例えば、目の前にいる美少女のこととか」

「美少女を自称している人、初めて見た……」

 

 目の前で好き勝手している女性に、緑谷は口を開けて唖然としている。

 死柄木は話にならないと、未だに目の前で浮いているアイスクリームを乱暴に掴んだ。 彼の予想と違って、五指で触れても崩壊しないソレに目を見開いていると、ゆかりは空いている手の指を振って無言の疑念に答える。

 

「残念ですが、呪いの効果中では個性は無効でーす。 しっかり味わって食べて下さい」

 

 彼女の言葉に、しかし死柄木は聞く耳持たず、ガツガツと口の中へ入れてあっという間に食べ切った。 緑谷の首から手を離し、額に指を当てながら彼は立ち上がると、舌打ちを一つ打ってゆかりを一瞥し、彼女の横を通って立ち去る。

 

「チッ。 お前の姿は覚えたからな。 オールマイトの次に殺してやる」

「ふふふ、それは恐ろしい」

 

 一欠片も怯える様子無く、ゆかりはひらひらと手を振って見送った。

 人込みへ消えたヴィランの姿に、緑谷は締め付けられていた首元を擦りながら、未だに体内で動いている何かを感じつつも、ゆかりと名乗った女性に声をかける。

 

「あの……。 ……!?」

 

 彼は突然、体を硬直させた。 体内に感じていた違和感が急に強まり、まるで誰かが無理やり彼を動かそうとしているように、緑谷はぎこちない動作で手を伸ばす。

 その先にいたゆかりは少しだけ首を傾げると、薄らとほほ笑んだ。

 

「ああ、そちらは反応がありましたか。 それだけでも散歩した甲斐がありましたね」

 

 体が無理やり動こうとする緑谷は、彼女の個性らしき能力でベンチに縛り付けられている為、ゆかりへ近づく事ができない。 段々と個性の出力が上がっていき、軋む体が引きちぎれるような苦痛を味わいながら、彼は口を動かした。

 

「あ、貴女は一体……」

 

 絞り出した言葉に、ゆかりは薄く笑みを浮かべ、彼に近づいてそっと耳元で囁く。

 

「"一流のバッドエンドよりも、三流のハッピーエンド"」

「それは何……ぐっ!?」

 

 個性の出力がさらに上がり、もはや言葉すら発することもできなくなった緑谷は、引き千切れそうな体を必死に押さえつける。

 それでも限界以上に苦痛を与えてくる体によって、彼の意識が消えそうになったその時、緑谷のよく知る女の子の声が聞こえてきた。

 

「デク君、ここにいたの?」

 

 緑谷は意識を強引につなぎとめて声のかけられた方を向く。 そこには、彼のクラスメイトである麗日お茶子が心配そうに緑谷を見ていた。

 

「結構探したよ。 ……どうしたの、苦しそうだけど大丈夫? それに、その人は?」

 

 若干、黒い感情の見える目を緑谷と相対する女性に向けながら、彼の傍へ寄る。 それを見て、ゆかりは残っていたアイスクリームのコーンを口に放り込み、体の向きを麗日の方へ変えながら言った。

 

「それでは私も行きますか。 ああ、それと緑谷君。 さっきの呪いというのは嘘ですから、もう動けますよ。 ついでに麗日ちゃんには置き土産です。 どうぞ」

 

 彼女はそう言って麗日とすれ違いざま、軽く肩へ触れる。 見た目は撫でたようにも見える動作に、当の麗日は悲鳴を上げて蹲った。

 

「いぁっ!?」

「う、麗日さん!?」

 

 何かされたクラスメイトを見て、緑谷は立ち上がった。

 

「あ、デク君。 大丈夫だよ。 ちょっとちくっとしただけ」

「そっか、良かった。 ……あ、あのヴィランは」

 

 緑谷はいつもと変わらない麗日を見て胸をなでおろすも、体の異変は何もなかったように消えており、ヴィランを名乗った女性の個性らしきものが解けている事に気づいた

 結月ゆかりと名乗ったヴィランが去っていった方を見る。 その姿は既に無く、地面に溶けたソフトクリームだけが残っていた。




感想、誤字報告、指摘有難うございます

次話の林間合宿を構想していたのに、大人の方も書かないといけなくなったのどうして(自業自得

冒頭に出てきたヒーロー二人はオリジナルじゃない、ほぼオリジナルキャラです
単行本4巻にいるのでお暇な方は探してみてはいかがでしょうか

以下、補足の蛇足

・白い楕円模様のある黒い球体
ロボトミーコーポレーション(Lobotomy Corporation)より
T-01-75 笑う屍の山
『その笑顔は不気味で悲しみに満ちています』
ゲーム内最高危険度ALEPH級アブノーマリティ
最高危険度の割りに弱いが、死体を食らって数を増やす習性があり、最大の三つまで増えると指定危険度に恥じない脅威となる
その形状から、だいたい団子と呼ばれやすい気がする


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Voice33 街角の一幕

 東京の繁華街の一角にある高級料理店「銀色水流」。

 勇ましいカジキマグロの看板に偽りなく、魚料理は勿論の事、野菜彫刻と飴細工等による精密な魚類の造形によって作り出される料理は、皿の上の水族館と呼ばれるほどに芸術的な食事を提供している料理屋があった。

 その店の一室で、やせ細った骸骨の様な姿をした八木俊典ことオールマイトは汗を垂らしながら縮こまっていた。

 相向かいに座っている小柄な老人、ヒーローネーム・グラントリノの名を持つ男、酉野空彦がたい焼きを片手に口を尖らせている。

 

「まったく。 こんな上品な場所でなくとも良かったってのに」

「根津校長のおすすめで、ここならば相談しやすいと教えてもらいまして……」

「だろうな! 人助けに明け暮れていたお前が探し出せるような場所じゃないしな!」

 

 グラントリノは笑いながら、持っているたい焼きを頬張った。

 オールマイトも魚群の意匠を凝らしたサラダと、グラスに入った野菜ジュースを少しずつ口に含む。 過去の激戦によって胃袋を全摘した為に、小食にならざるを得なかった英雄はゆっくりと食事をしていた。

 しばらくして、グラントリノは手に持っているたい焼きを皿の上に置くと、元教え子へ声をかけた。

 

「顔色がいいな。 体の調子が良さそうじゃないか、俊典」

 

 話題を振られたオールマイトは師へ頷いて答えた。

 

「根津校長の伝手で……整体師やセラピスト、マッサージ師等を毎日のように呼ばれていまして」

「がっはっはっは!! 今までのツケだ! 体の手入れをせずに人助けして、ボロボロになった結果を甘んじて受け入れろ」

 

 体調を整える事と教鞭を振るう事に手一杯で、ヒーロー業まで手が届いていないオールマイトの現状を、グラントリノは鼻息一つであしらう。 残っていたたい焼きを口に放り込み、緑茶で喉を潤して一息つくと、改めて元教え子の目を見て口を開いた。

 

「で、根津が密談に使うほどの場所で相談ってのは何だ」

 

 雰囲気の変わった元教師に思わず背筋を伸ばしたオールマイト。 彼も静かに一息ついて心を落ち着かせてから、用件を切り出す。

 

OFA(ワン・フォー・オール)についてです」

 

 強大な悪と戦うためにオールマイトが受け継ぎ、今は緑谷出久へ渡った個性。 長年連れ添った個性に拘わらず、先日のある出来事で予想外の動きを見せた個性の事を後継者から伝え聞き、悩んだ末に彼の思いつく限りOFAに詳しいであろうグラントリノへ内容を打ち明ける。

 

「昨日、ショッピングモールでヴィランに襲われた際、緑谷少年は体が勝手に動いたと言っていました。 肉体にかかる負荷を無視するほどだったらしいのですが、先代にもそのような事はあったのでしょうか」

「無いな」

 

 即座に否定するグラントリノ。

 

「少なくとも、体が勝手に動くなんていう話は聞いたことが無い。 お前こそ、思い当たる節は無いか?」

 

 老人の問いにオールマイトは無言で首を横に振った。

 

「となると、原因は相手側か」

「結月ゆかりを名乗ったヴィランですね」

「『頭文字(イニシャル)V』だな」

 

 食べかけのたい焼きを口へ放り込み、お茶で喉を潤してから続きを語る。

 

「保須市でも連中らしき小娘と戦ったが、聞いた連中は揃いも揃って個性があやふやだ。 ほれ、ヒーローネットワークに載っている京町セイカというヴィランも、霊体のような体で幻覚を見せる個性の可能性有りと、断定されている物が何一つない。 先日の結月ゆかりによって小僧が掛けられたのも、その場に縫い留める能力と個性発動を阻害するという複合個性らしい……ってな」

 

 グラントリノは警察から送られてきた資料を机に置いて言葉を続けた。

 

「おまけに警察の調べた情報には、京町という娘は半年くらい前にとある企業へ、企画の持ち込みをしていたらしいじゃないか。  何の企画かは……記録どころか説明された役員も記憶がないってのは怪しいがな」

 

 オールマイトも資料に目を落とす。 幾度となく目を通した資料には『頭文字V』メンバーの情報が纏められているが、ほとんどが数行で終わるほどの内容。 今、言及されている京町セイカの情報もまた同様だった。

 

「そして間を置かずにヴィランへ。 今を考えれば悪党の資金源になっていた可能性を防げたことは良い事だが」

「一度の失敗でヴィランへ転身したというのは……」

「ま、元々そういう方針だったんだろう。 資金確保に失敗したから本業に戻ったって可能性が高い」

 

 グラントリノは食べ終わった食器を机の端に寄せて結論を出した。

 

「十中八九、後ろはAFO(オール・フォー・ワン)だな。 敵連合襲撃時に死んだ娘が二人、保須市で暴れた娘が一人、ヒーローネットワークに載っている霊体の娘が一人。 そして、小僧と顔を合わせた一人を合わせて五人。 全員が可笑しな個性をもっているのが、混ぜ込んだような個性の持ち主が複数人、偶然で済ませられるわけがない」

 

 脳無という例外を除けば、複数の個性を体に宿す人類は希少である。 そんな存在をグループ単位で生み出せる者は彼らの知る限り、AFO一人しかいない。

 その考えに二人は既に辿り着いていたが、一つだけ引っ掛かる出来事をオールマイトが呟いた。

 

「しかし、AFOを仄めかしたのも彼女達です」

 

 黒幕を知る切っ掛けを与えたのも『頭文字V』だったという事に、グラントリノは肩を竦めながら一蹴した。

 

「内部分裂でもしたんじゃないか? どうにも『頭文字V』はマスターと呼んでいる人物の下にいるのは確かだ。 ……そう考えると『頭文字V』の人数は知る限り六人って事か」

 

 得体の知れないグループに顔をしかめながら、グラントリノはお茶を飲み干す。

 喉を潤した彼は口を曲げながらも言葉を続けた。

 

「ま、連中が小僧に影響を及ぼした理由は分からず仕舞いだが。 ……そういえば、雄英高校の近くに『頭文字V』を名乗ったヴィランの身内がいたらしいが、そっちはどうなんだ?」

 

 グラントリノの問いに、オールマイトも飲み物で口の中を軽く潤すと、友人の塚内から聞いていた事を伝える。

 

「東北じゅん狐堂に勤めている琴葉葵少女ですね。 警察やヒーローが監視していますが、特に目立った行動は起こしておらず、保須市の事件時には付近にいたそうです。 その時、ヒーロー殺しに襲われていたヒーローを見つけた第一発見者のようで……」

 

 オールマイトが机の上の資料をめくって彼に見せる。 グラントリノが目を向けると、現場にいた自分の見えない所で起きていた、ヒーロー殺しの現場である小道の写真、その隣に書かれている証言の内容をかいつまんで読み上げた。

 

「暴風が小道から吹いていたので覗いてみると、その場にヒーロー殺しはおらず、散らかった裏路地の中で倒れていたヒーローのみ……か」

 

 襲われていたヒーローが保須市で共闘したインゲニウムと知り、少なくない凶悪事件を起こして逃げ延びていたヒーロー殺しの魔の手から逃れていた事に感心している。

 共闘の記憶を思い出しつつも、彼の意識は最近立ち寄った店の方へと移っていった。

 

「にしても、東北じゅん狐堂か……ずんだ味のたい焼き美味かったなぁ。 そういや、その琴葉っつー娘の身内が雄英襲撃で死んだヴィランの一人らしかったが、どうなったんだ?」

「はい。 本人はとても嫌がっていましたが、家族という事で遺体を引き取り供養したと、塚内君から聞いています。 もう一人のヴィランも、馬鹿な姉の友人だったろうからと引き取っていったそうです」

 

 なぜそんなに嫌がっているのかグラントリノは疑問に思ったが、「姉は身勝手だった」という事をオールマイトから聞いて肩を竦め、頭を振った。

 

「ま、こんなご時世だ。 いつ誰が死ぬともわからん。 供養してくれるだけマシだ。 ……結局、今ある情報を見直してもAFOと『頭文字V』に繋がりそうな情報は無し。 相手を見つけ次第、ふん縛って吐かせるくらいしか思いつかんな」

 

 結局、今持っている情報ではAFOと繋がる線は見えず、本人たちから直接情報を聞くという結論に至った。

 他にも心当たりがないかと二人が話し合っている時、ふとグラントリノが耳に挟んだ話を切り出す。

 

「根津から聞いた。 林間合宿を強行するらしいな」

「はい、各学年のヒーロー科だけ、かつ合同という形になりますが。 行先は根津校長と合宿先のプロヒーローだけ、そして雄英から数人の護衛も選出されましたが、当日まで行先は知らされないと聞いています」

「念には念を、か。 上手く行くかねぇ」

 

 ヴィランに屈しない姿勢を見せながらも、グラントリノの自宅にやってきて飲み明かした中で愚痴を吐き、頼み事を言ってきた根津を思い返してため息を吐いた。

 

「なんにせよ、何も起きないことが一番だがな」




感想、誤字報告、指摘ありがとうございます


短い上に迷走しすぎてこれでいいのか状態
俺はこの先が書きたいんだよ、ということで投稿

さあ次は林間合宿編だぁ……


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Voice34 林間合宿の始まりは魔獣の森から

 午前九時三十分。 人工物が道路しかないような山道の途中にある、一面緑色の景色を見渡せる見晴らしのいい高台の上へ大型バスが向かっている。

 一台だけ駐車している乗用車の隣にバスが停まると、自動ドアが開くや否やブドウのような髪型の少年、峰田実が股間を抑えながら飛び出し、続いて雄英一年A組の生徒達が続々と降りてくる。

 

「トイレ、トイレ……トイレ何処?」

 

 生徒達は思い思いに体をほぐしたり景色を眺めている中、公衆トイレを探していた峰田の言葉を聞いて、切島鋭児郎と芦戸三奈も辺りを見渡す。

 

「つか、ここパーキングじゃなくね?」

「B組もいないね」

 

 クラスメイトがざわついている中、最後に降りた担任の相澤がバスの入り口を塞ぐように立ち止まって生徒達に言った。

 

「さて諸君、合宿の開始を宣言する」

 

 宿泊施設にすらついていない状態で林間合宿の開始を言い渡した教員に、その場にいた全員が顔を向ける。

 誰もが疑問の表情を浮かべ、その中で嫌な予感に顔をひくつかせた上鳴電気が声を上げた。

 

「ちょ、先生!? ここからっスか!?」

 

 彼の叫び声に相澤は返答せず、バスの隣に停車している乗用車へ視線を向けると、そこから二つの人影が飛び出した。 猫のようなヘッドパーツを身に着けた女性が二人、生徒達と相澤の間に飛び込んでポーズを決めながら名乗りを上げる。

 

「煌めく眼でロックオン!」

「キュートにキャットにスティンガー!」

「ワイルド!」

「ワイルド!」

「プッシーキャッツ!」

 

 大半の生徒がぽかんとしている中、飛び出してきた人物達を知っている緑谷出久が興奮気味に語りだした。

 

「プロヒーロー・プッシーキャッツ! 連盟事務所を構える四名一チームのヒーロー集団で、山岳救助等を得意とするベテランチームだよ! 結成した十二年前からヒーロービルボードチャートの上位を維持「心は十八歳ぃ!」

 

 ワンレンズのサングラスを身に着けた女性が緑谷の顔へ猫の手を模したグローブを押し付ける。 色違いで同じ衣装に身を包んだもう一人のヒーローはチームメンバーの行動に、ポーズを解いて頬を掻きつつ相澤へ声をかけた。

 

「久しぶりね、イレイザー」

「ご無沙汰しています、マンダレイ、ピクシーボブ。 一週間、よろしくお願いします」

 

 相澤が頭を下げると、マンダレイと呼ばれた女性も会釈をして、改めて生徒達の方を向いて見晴らしのいい方角を指さした。

 

「皆、ここら一帯は私らの所有地なんだけど、君たちが泊まる場所……マタタビ荘はあの山の麓ね」

 

 生徒達が指し示した場所を見れば、山の麓の樹海と表現できる場所に立ち上がる煙を見つける。 合宿場所の前どころか、徒歩で数時間はかかるであろう距離を確認した誰かの口が動いた。

 

「遠っ!」

 

 A組生徒は誰もが嫌な予感を感じてバスに戻ろうとするが、乗車口の前で立ち塞がっている担任を見て動きを止める。

 相澤は戸惑っている生徒たちの様子を見ながら、口角を上げて言った。

 

「初日にも言っただろ。 雄英は全力で君たちに苦難を与え続ける。 タダの合宿な訳が無い、そろそろ気持ちを切り替えろ」

 

 相澤が言っている間に、緑谷に拳を押し付けていた女性……ピクシーボブと呼ばれていたヒーローは生徒達から距離をとると、地面に両手をつけてニヤリと笑う。

 すると突然、緑谷達の足元が盛り上がってほとんどの生徒達はバランスを崩した。 波打つように動き出した土流に対処する間もなく、高台から崖下へ流されていく生徒達へ、マンダレイが声をかけて見送る。

 

「十二時半までに到着できなかったらお昼抜き! 私有地につき個性の使用は自由だよ! 自分の足で施設までおいでませ!」

 

 轟音と共に崖下へ流れる土滝の中で、はっきりと聞こえる彼女の言葉に疑問を持てたのはごく少数。 大多数は訳も分からず流れに身を任せながらヒーローの言葉を聞いている事しかできなかった。

 

「今から三時間、頑張って"魔獣の森"を突破してね!」

 

 

 

 

 

 流れ落ちていく土流の速度が弱まり、最後は包み込むように優しく生徒達を崖下へ送り届けた。

 ほとんどの生徒が口や服の隙間に入った土を取り除いている中、緑谷が地面に山盛りとなっている土を見つめて興奮している。

 

「これはピクシーボブの個性、土流だ。 これで何人も土砂崩れの中に閉じ込められた人を救ってきた個性だよ!」

 

 目を輝かせている彼とは違って、ほとんどの生徒は周囲を見渡しているか動かぬ土に目を向けている。 何の対処もできずに流され、現役ヒーローとの力量の差を見せつけられた瀬呂範太と青山優雅はげんなりと呟いた。

 

「何もできなかったなぁ。 ヴィランの気持ちになれたよ」

「これがプロの実力……とっても高い壁だね☆」

 

 彼らの言葉が言い終わると同時に、爆発音と共に誰かが上から落ちてきた。

 土流から逃れ、自力で降りてきた爆豪勝己は制服についた土ぼこりを叩きながら独り呟く。

 

「道理で土の流れにしちゃ絡みつくと思った」

「かっちゃん!」

「黙れデク」

 

 幼馴染の呼びかけを一蹴すると、爆豪は誰にも目を向けることなく森の奥へ歩き出す。

 

「さっさと行くぞ」

「ちょ、待てって爆豪!」

 

 切島が慌てて後を追おうと駆け出した近くで、目蔵障子は土の中から頭だけ出して動かない峰田をのぞき込んでいる。

 

「峰田、動けるか?」

「……無理」

「そうか。 ちょっと待ってくれ」

 

 おもむろに目蔵がノースリーブのワイシャツを脱ぐと峰田を引き抜き、他から見えないように小柄なクラスメイトへワイシャツを素早く巻きつけた。

 目蔵の唐突な行動に、峰田は目を白黒させている。

 

「障子!?」

「それで身を包め、汚れたままは気分が悪いだろう」

「障子ぃ……」

 

 峰田は涙を浮かべながらシャツの中で汚れたズボンを脱いでいると、爆豪を追って歩き出していた瀬呂と上鳴が叫び声をあげた。

 

「魔獣だぁー!?」

 

 落ちてきた生徒達を囲むように三体。 四足歩行でも二メートルの高さを持つ体躯に上向きの牙を生やした化け物が木々の隙間から現れた。 出てきた存在が動物という事もあって、生徒の中でいち早く動いた口田甲司が前に出て個性を使い、無力化しようと試みる。

 

「荒ぶる獣よ、その心を鎮め給え……」

 

 しかし、化け物は止まる気配が無い。 その様子を見て口田が拳を構えると、目の前で爆発が起こり、バラバラになった化け物の体が地面に落ちる。

 彼の上空を通って戻ってきた爆豪がつまらなさそうに肩を回している間に、他の二体は緑谷と飯田が一体を粉々に砕き、もう一体は轟焦凍が氷漬けにして動きを止めた。

 ボロボロに崩れて動かなくなった魔獣を見て、緑谷は魔獣に甲司の個性が効かなかった理由に気づいた。

 

「動物っぽいけど、土くれだ。 これ、多分だけどピクシーボブの個性で作られた奴だよ」

「やはりプロは多彩だな!」

 

 飯田がプロの技術に感動している姿を見た耳郎響香は静かにため息を吐き、イヤホンプラグを地面に刺して周囲を索敵しながら、誰にも聞こえない音量で呟く。

 

「プロっつーより個性の扱いだと思うけど。 でも羨ましいな、個性の応用幅が広いのって」

 

 響香の視線はクラスメイトの中でも抜きん出た技量を持つ三人、現れた障害物への対処法を模索している百と轟、そして余裕綽々の爆豪へと向けられていた。 

 

「この大きさのヴィランを捕縛するとなると……」

「地面に繋がっている部分を凍らせれば無力化できそうだな」

「ッハ! 土くれ操って怪獣ごっこか! 軽く捻れるわ!」

 

 意気揚々としている爆豪を見て、響香は周囲の索敵を終えてプラグを地面から引き抜くと、上鳴へ小声で話しかける。

 

「とりあえず、他はいないみたい。 ってか、また何か変わったよね、爆豪」

「お、耳郎もそう思う?」

「怖いって所はブレてないけどね。 こう、自信に溢れているっていうか」

「そうそう、そんな感じ。 追い込んでいるとか追い詰められているとか、今はそういう雰囲気が欠片もねーもんな、今のアイツ」

 

 何かある度に変わっていく爆豪の姿を見ていると、今度は襲われたにも拘わらず芦戸三奈が呑気な声を上げているのが聞こえてきた。

 

「皆~、ゆっくりしようよ~」

 

 おおよそ活発的な芦戸とは思えない発言に誰もが振り向くと、彼女はリラックスした表情で地面に座っている。 そしてその周りには尾白猿夫、常闇踏影と黒影、蛙水梅雨がリラックスした顔で寛いでいた。

 

「だな。 焦って体力を消費しすぎても、辿り着くかわからないしな」

「同意。 万全を期すべきだ」

「ヌヘ~」

「ゆっくりしましょう」

 

 その一団の近くにいた半裸の目蔵もまた、シャツに身を包んだ峰田を抱えながら胡坐をかいている。

 

「移動する前に一息つくか」

「おおい、急にどうした障子ー!?」

 

 轟は急にリラックスし始めた面々を見渡すと、クラスメイトの中で唯一、この結果を出せる可能性がある甲司へと声をかけた。

 

「これも口田の個性か?」

「ご、ごめんなさい! 皆にも影響が出ちゃった。 体の内に輝きを宿した者達よ、その力を発揮し給え!」

 

 轟の予想通り、先ほど魔獣へ語りかけた甲司の個性の影響を受けているクラスメイトは、彼の言葉によって目を見開くと力強く立ち上がり、迸る活力を全身から放ち始めた。

 

「おー、みなぎってきたぁ!」

「皆、早く行こう! 体を思いっきり動かしたいんだ!」

「魔獣彷徨うこの地に身を投じよう!」

「ヤッテヤルゼー!」

「行きましょう、皆!」

「行くぞ峰田ぁ!」

「ぎゃぁぁぁぁ!? 何かテンションの上下、激しくないかぁぁぁぁぁ!?」

 

 急に活発になった目蔵に振り回されている峰田。 緑谷は彼らを指さしながら、何度も目を瞬かせて甲司へ視線を向ける。

 

「口田君……?」

「……個性が強化された、らしくて。 動くならこっちの方がいいかなって」

 

 申し訳なさそうに口ごもる甲司に、切島がクラスメイトの背を笑いながら叩いた。

 

「職業体験でヴィランに襲われた時に個性が成長したんだよな。 襲われたのは不運だったけど、パワーアップイベントは羨ましいぜ!」

「すごい! 見た感じだと、一部の人にしか効かないみたいだけどどういう個性になったの!?」

 

 食いついてくる緑谷にたじたじになっている甲司。 そこに爆豪が詰め寄っている緑谷を強引に甲司から引きはがす。 突然目の前に現れた彼に甲司が戦々恐々としていると、爆豪は甲司を見上げて睨みつけながら言った。

 

「俺にはかけらんねーのか」

「その……ごめん。 常時発動型の個性にしか使えないみたい」

「そーかよ」

 

 興味をなくした爆豪はぶっきらぼうに言うと、何かに気づいたように甲司の頭上へ視線を移す。 釣られて緑谷達も見上げると人影が二つ、ゆっくりと空から降りてくるのが見えた。

 それがクラスメイトの姿であると分かった緑谷が二人の名前を呼んだ。

 

「八百万さん、麗日さん!」

 

 ふわりと二人が地面に降りると、葉隠透と響香が駆け寄って声をかける。

 

「ヤオモモちゃん、麗日ちゃん、見当たらなかったから心配したよー!」

「二人とも、お帰り! どうやって土から逃れたの?」

「麗日さんに協力してもらいまして。 皆さん、お待たせしました」

「私は浮いていただけなんだけどね」

 

 一息つく麗日に、明らかに自身へ個性を使っていたのを見た緑谷が慌てて駆け寄り肩を掴んだ。

 

「大丈夫!? 確か、麗日さんは自分に個性を使うと酔っちゃうんじゃ……」

「へ、平気なんよ。 何か最近調子いいし、いろいろできるようになって……あの、デク君。 大丈夫だから、肩から手を放してくれないかな」

「……あ。 ご、ごめん!」

 

 緑谷と麗日の間に流れる甘酸っぱい雰囲気に、周囲から生暖かい視線を向けられた二人は頬を赤くしながら顔を伏せる。

 空気を変えるように百が咳払いをして、クラスメイト全員を視界に入れて聞こえるように声を張り上げた。

 

「皆さん、森はとても迷いやすい場所です。 目印もなく進むのは大変危険ですので……」

 

 百が腕から四角い物体を作って見せるように掲げた。 薄いデジタル時計の様な物品の液晶には十字の線に方角、そして何かを示す点のみが映されている。

 

「急造ですが、目的地の大まかな方角を表示する簡易携帯端末を造りました。 お持ちになってください」

 

 次々に作り上げて生徒達に渡して歩く彼女に、上鳴が端末と空を交互に見上げてから百の方を向いて言った。

 

「データって木を登っただけでわかるのか!?」

「麗日さんに協力してもらいました。 上空から見えた建物へ位置データを送る発信機を発射しましたの。 発信機とカラースモークをボールに入れて無重力で打ち出しましたので、おおよその方角は合っていると思います。 いざという時は麗日さんの個性で上空に上がって方向を修正すれば、麗日さんの負担も最小限にできるかと」

「すごいわ、ヤオモモちゃん!」

「やったねヤオモモ! これで迷わなくなったよ!」

 

 いつの間にか空に浮かんで流れている赤色の筋を見て、テンションの上がっている蛙吹と芦戸に抱き着かれて目を白黒させている百は、静かに拳を握ってある人物へ感謝をささげた。

 

「エッジショットさん……職業体験で学んだ事を実践できましたわ!」

 

 彼女の職業体験先であるエッジショットの事務所。 現代の忍者とも呼ばれる彼と相棒(サイドキック)達から学んだ事の一つである位置情報の重要性について、一日掛かりで説明と実践を教わった。

 

『地の利を得る事はどの場所においても重要。 見知った地は元より、未知の場所であろうとも何処に何があるかを知れば、自ずと進むべき道は見える。 まずは己の能力でできる限り、歩く道を見定めよ』

 

 電子上のシミュレーションではあったものの、日本の大小ある市街地から様々な建物の内部、果ては森や水平線しか見えない海原の上まで。 付け焼刃ながら、あらゆる場面の仮想訓練に身を費やした彼女の努力によって今、自分達の進む道が示された。

 全員に端末が行き渡ったのを確認すると、誰からともなく頷いて端末の指し示す方向へ歩き出す。

 いくらヒーローが所有する土地であろうとも、彼らにとっては未知の土地。 切島は目の前に広がる魔獣の森を前に、震える体を抑えるように手の平へ拳を打ち付け、言い聞かせるように一喝した。

 

「よし、行くぞ!」

「おおー!」

 

 上鳴と甲司の個性によってやる気が漲っている一同が呼応して、雄英一年A組は魔獣の森へと入っていった。

 

 

 

 

 

 

 A組が崖下に移動してから約一時間。 高台ではピクシーボブが地面へ手をついて眉間にシワを寄せながら、ワンレンズサングラス―――高機能サイバーグラスに映っている情報と映像を見て唸り声を上げていた。

 

「んー……んんー?」

 

 思いのほか静かな彼女を見て、チームメイトのマンダレイは不思議そうに首を傾げる。

 

「随分と集中しているね」

「ええ。 ……ピクシーボブ、生徒達はどうですか」

 

 相澤に声を掛けられたピクシーボブは地面から手を離すと、腕を組んで彼の質問に答えた。

 

「対ヴィランだけなら、もうプロで通じる子がちらほら。 ポニテ女子は的確にこっちを拘束してくる道具を出してくるし、ゴツイ男の子は一声で味方を強化しちゃって、力を抜きすぎると普通に押し負けちゃう。 体育祭一位の子も十分動けるし、不良っぽい子は口調を何とか出来れば、ヴィランっぽいヒーローで十分イケる。 というか、正面から戦えば絶対に苦戦するなぁ……今年、豊作過ぎない?」

「逆に言えば、それ以外の生徒はまだまだという事ですね」

「雄英ってそこまで厳しかったっけ!?」

 

 彼女が挙げた生徒は後一歩でヒーローとして最低限動ける、現時点では破格の実力者であるはずだが、それを足りないと言い切った担任に目を見開いた。 相澤はその視線を受け流しながら、生徒達が落ちた森に目を向けて言った。

 

「ヴィランが活性化し始めた今、彼らにも自衛の術が必要です。 特に敵連合と"頭文字V"。 この二つは雄英をターゲットにしている節があります。 警察や通り道のヒーローにも秘密裏に護衛してもらっていますが、ヴィランへ即応することは絶対にできるとは言い切れません。 故に、彼ら自身が対応できるようにスケジュールを前倒しにして、ヒーロー許可証の仮免を取らせなければなりません」

 

 目に見える脅威が二つ現れた事に相澤は顔をしかめる。 どちらも社会の悪ではあるが、先の緊急会議でオールマイトの宿敵であるAFOが背後にいるかもしれないという、とんでもない可能性を聞かされてしまっては、最悪は自分も大捕物に参加せざるを得ない。

 自身が生徒を護る位置に居続けられない以上、少しでも生徒達が自分達の力で脅威から遠くへ逃れられるようにしなければならない。 それが相澤の急務となっていた。

 

(根津校長から聞いた話では、砂藤と口田の職業体験は明らかに雄英生徒を狙っていたと現場のヒーローが言っていた。 敵連合はオールマイトの殺害が目的だったが、"頭文字V"は明らかに生徒狙い。 全く、AFOという奴も大人しくしてくれればいいが)

 

 やらなければならない事の多さに相澤が小さくため息を吐いている隣で、彼の心労を知らないマンダレイは例年では考えられない生徒と世間の状況に苦笑した。

 

「生徒は豊作だけれど、ヴィランも活発になったと……難儀な年ね。 貴方も体には気をつけなさいよ、イレイザー。 そういえば、護衛として三人ほど人が来ると聞いてるけど。 何時来るのかしら」

「明朝には到着する予定です。 今の生徒たちの様子を見るに当初の予定通り、生徒の強化合宿に協力してもらう事になりそうですね」

 

 相澤の言葉に、ピクシーボブは笑顔で親指を立てた。

 

「了解、準備は万端だから……って、一直線にマタタビ荘へ向かっているし! もっと妨害しないとお昼過ぎには着いちゃうんじゃないの、この子達!?」

 

 サイバーグラスに映された情報を見て、彼女は個性を使うために地面へ手を付けようとして、そこへ相澤が待ったをかける。

 

「……ピクシーボブ。 手加減は無しでお願いします」

「え、いいの?」

「彼らが予想以上に奮戦していますが、それは一部の生徒が活躍しているからです。 全員の状態を確認するためにもギリギリまで押し込んでください」

 

 彼の提案に、ピクシーボブは唇を舐めて目を細めた。

 彼女の役割は生徒達の実力を測ると同時に、森で迷子にならないようにするための監視も兼任している。

 しかし、予想外に強い生徒達を見て彼女もまた、ヒーローを目指す生徒達の先輩としてやられっぱなしなのは黙っていられなかった。

 

「へぇ。 そこまでやっちゃっていいんだ?」

「はい。 明日の為にも、今日はぐっすりと寝てもらえる方が都合がいいので」

「相変わらずだね、イレイザー。 プロの実力を見せてあげようじゃないの! そいじゃ、私も森に入って来る! くぅー、逆立ってきたー!」

 

 相澤の了解を得たピクシーボブは言うが早いか個性で崖下へ下る道を作り出すと、あっという間に駆け下りて森の中へ消えていった。 マンダレイが同僚の張り切りように頬を掻き、この場所ではもうやる事が無くなったので、彼女達が乗ってきた乗用車に向かいながら相澤へ声をかける。

 

「それじゃ、マタタビ荘に行きましょう。 乗って、イレイザー」

「よろしくお願いします」

 

 相澤が車に乗り込むと乗用車が舗装された道を進み出す。 ほとんど利用者がいない道を車が飛ばせば一時間もかからない道のりを経て、彼らが目的地へ到着するまでの間も、森から土煙と氷柱が生まれ、そして爆発音が鳴り響いていた。




感想、指摘、誤字報告有難うございます


豪雨を許すな
なんやかんやありまして遅くなりました
文章やら展開やら動かしていたらもうてんやわんや

変なところはご指摘くださると幸いです


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