終わり往く者 (何もかんもダルい)
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主人公紹介
主人公ステータス


一度はやってみたかった原作風ステータス。参考程度にどうぞ。


名前:カイナ

役職:特殊

レアリティ:☆☆☆☆☆☆

職業:傭兵?

身長:181cm

体重:73kg

精通:暗殺・乱戦

出身:なし(抹消済み)

種別:ループス・ペッローのハーフ

誕生日:3月7日

所属機関:なし

イラストレーター:誰?

CV:知らん

 

オリパシー感染状況

医学検査の結果、感染者と認定

 

客観的経歴

元レユニオンにして元ロドス構成員の脱走兵という異質の経歴を持つ。現在は天災の少なさとロドスとの関係からイェラグに駐留しているらしく、シルバーアッシュと契約を結んでいるとされる。レユニオンは元よりロドスとの交流も避けていることから、どちらの組織に対しても負い目があるようだ。

 

総合診察測定

【物理強度】標準

【戦場機動】卓越

【生理的耐性】■■

【戦術計画】■■

【戦闘技術】卓越

【オリジニウムアーツ適正】優秀

 

潜在上昇信物

カイナの潜在能力を高めるために使われる。

安物のビー玉が入った小さな灰色の巾着袋。大きさ的にも大した価値はないが、それでも彼にとっては大切なものらしい。

 

臨床診断分析

造影検査の結果、このオペレーターの体内の臓器の輪郭ははっきりとしており、異常な影は見られません。循環器系内源石粒子検査にも異常は無く、両腕のみが表層から侵食されていく特異な状態でした。

 

【体細胞オリジニウム融合率】不明

 本来は両腕の侵食により17%とされていましたが、現在は不明です

 

【血液オリジニウム濃度】0.19u/L

 オリパシーであった一方、体内及び循環器については特筆すべき異常はありませんでした。

 

信頼相関1

自己肯定力が殆どなく、ことあるごとに自身を卑下し他人を評価する癖がある。結果として良くも悪くも平等で、ロドスで戦闘を教えていた頃には容赦のない評価に心を折られるオペレーターも多かったらしい。反面、経験と天賦の才に裏付けされた戦闘技巧と生存能力は凄まじいものであり、敵であると定めれば容赦の一切を消す冷酷さも備えている。

 

信頼相関2

 戦闘に於いて彼が行うキリングレシピは道徳的・倫理的に抵抗の強い行為も多く、「自分がされたら嫌なこと」をそういった観点を抜きにして積極的に実行できるのは正しく才能と言うべきだろう。

 真正面から殺せないから、他人の顔色を伺って嫌がらせの限りを尽くし、そして確実に殺す。尊厳も何もかもを踏みにじり再起させない凶悪な戦法は、仲間から見ても恐怖を覚えるほどだった。

 

信頼相関3

 血に塗れた天賦の才に対して彼の心は凡人そのもの。衣食住と生存のために所属した組織の中で止まらない殺戮と犠牲の螺旋に組み込まれ、彼は急速に心を病んでいった。そして同時、それに平然と耐えて戦い続けられる他のオペレーター達を見て「自分はこの程度にも耐えられない塵屑なのだ」と悟り、自尊心と前進への希望を放逐した。その結果が逃亡という惨めな末路を生んでしまった。

 「自分のような塵芥を使うのは、必ず何か裏がある」という根底の不信、そして「アイツ等が当たり前に出来ることを自分は出来ない、故に自分は無価値だ」という自己否定。彼の不幸は鉱石病になった事ではなく、この世に才を持って生まれてしまったことそのものなのかもしれない。

 

信頼相関4

 彼のアーツは「可聴域外の超高周波振動の操作」。刃に纏わせればどんな鈍も名刀と化し、直撃させれば対象を内側から炸裂させる不可視の爆薬。その一方、何かに纏わせなければ使えないという欠点があり、また高すぎる周波数に彼自身の体が耐えきれず損壊していく。もしも彼に極東のとある一族の血が流れていなければ、彼はとうの昔に自滅していただろう。

 更に、アーミヤのように制限を解放すれば周囲一帯を高周波振動で無差別に崩壊させる「生きた地震」となる。当然、その反動は計り知れないものだ。

 

 この力は彼の絶叫そのもの。助けを求めることを知らず、他者に怯え続ける負け犬の、誰にも届かない慟哭。聞こえず見えず、触れれば劇毒のように蝕み殺す涙の牙。

 

 もし、もしも、彼が「誰か助けて」と口に出せたのなら――――この力は、此処まで凶悪にはならなかったのかもしれない。

 

 

 

秘書任命

 運がないなドクター。こんな負け犬を任命したところで、何の役にも立たんさ。

 

会話1

 俺の信用? そんなもんないない、あり得ないね、賭けたっていい。

 

会話2

 ……生活を安定させたいだけだったのに、どうしてこうなるのやら

 

会話3

 ウチの家系には極東の一族の血が流れてたらしくてな。この治癒力が無かったら、今頃俺は野垂れ死んでただろうよ

 

昇進後1

 ……ドクター、アンタはどうして戦えるんだ。怖くないのか? ……そうか、そうだよな

 

昇進後2

 …………もう、どうだっていいさ。使い潰してくれよ、ドクター

 

信頼上昇1

 なあ、どうして俺みたいな塵を気にかけてくれるんだ……って、そりゃ当然か。仕事だもんな

 

信頼上昇2

 ……アンタみたいに頭が良かったら、俺も……いや悪い、僻み根性全開だった

 

信頼上昇3

 …………ドクター、次は何をすればいい? ……休憩? なら他の仕事に行ってくる

 

放置

 たまの居眠りも醍醐味だろうさ

 

入職(キャラ入手)

 ……あー、元レユニオンのカイナだ。まぁ、貰う待遇の分は働くさ

 

経験値上昇

 成長、か。あと何度繰り返せば、俺は……

 

昇進段階1

 もっと、もっと殺すんだろ? 任せておけよ

 

昇進段階2

 死に絶えろ、死に絶えろ、遍く全て塵になれ。……もう、何もかもどうでもいいんだよ

 

編成

 ああ、人殺しなら任せろ

 

隊長任命

 ……了解

 

作戦準備

 準備はどれだけ入念にしても足りないもんだ。常に想定外を考えておくと良い

 

戦闘開始

 ―――――殺してやるから、死ねばいい

 

選択時1

 ああ

 

選択時2

 了解

 

配置1

 ……殺す

 

配置2

 何でいつも、こんな……!

 

作戦中1

 弾けろよ

 

作戦中2

 辛いだろ? 分かるんだよ、俺もやられたら嫌だから

 

作戦中3

 いい加減に、しろよ

 

作戦中4

 さっきからウロウロと……邪魔すんじゃねぇぞォォッ!

 

☆4で行動終了

 ……やっと、終わったのか

 

☆3で行動終了

 裁縫道具、消毒しなきゃな

 

☆2以下で行動終了

 まぁ、こんなもんだろうさ

 

作戦失敗

 当たり前だろ、俺みたいな塵を起用するからだ

 

基地配属

 何も出来ないって言ってんのに……

 

タッチ

 ……っ

 

信頼タッチ

 触るなあッ!!

 

挨拶

 ……ああ、アンタか




 タルラに遭遇して逃げてなかったら鬱病拗らせてキリングマシーンになっていたという裏設定。昇進する度にドクターの心を抉るようにしたかった。後悔はあんまりない(致命傷)


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経歴その他公開情報

随時更新予定の公開情報。読みたい方はどうぞ。


 元レユニオン、元傭兵、元ロドスオペレーターと所属を転々としている青年。

 自己評価がかなり低く、事あるごとに自分を卑下しつつその事実を隠し、同時に他者を持ち上げる癖がある影響で表面上の人間関係は非常に良好。

 

 元々がアーツも教われるような高貴な家で、また幼い頃に捨てられ修羅場に身を置いていたことで戦闘能力が培われたという事実も相まって一度本気になれば上級エリートやレユニオン幹部に匹敵する殲滅能力を誇る。しかし、当人がとにかく誰かと武力で対峙することを病的に恐れているためにそれが露見する機会はかなり少なかった。

 

 死体損壊、挑発や嘲笑、拷問や無害な関係者への危害といった“他人を蹂躙する”事に対して相当に偏った適性を示す一方、カリスマなどの指揮能力ほか社会的に必要なスキルはどう足掻いても平々凡々の域を脱せない。

 この事実がかなり深いコンプレックスとして彼の精神に根付いており、「人殺ししか出来ない自分は当たり前に生活していあらゆる人間より劣等」という非常に拗れた価値観を有してしまっている。

 また、その価値観が原因で自分への善意を「狂人の行動」「気持ちが悪い」と解釈してしまう悪癖を生み出しており、特に自身へ向けられる好意や恋心といった強い感情へ相当な忌避感を持つ。

 

 

《経歴》

 

 生まれは所謂貴族階級だったものの、血統主義と根性論が横行する家だった。アーツを一通り学ぶものの、彼が発露できたのは高周波振動の操作という単一能力のみ。

 どれだけの教育を重ねようとも進歩の欠片も無い無才さと鉱石病を発症したことで、彼の両親は息子を捨てるという凶行に及んだ。

 

 スラムに唐突に投げ入れられた坊ちゃんが何も出来る訳はなく、ただ殴られ奪われ裏切られ、次第に彼は精神を病みながら他者を拒絶するようになっていった。

 その中で、彼が最初に覚えたのは見せしめというものの効力だった。内臓を引きずり出されたまま生かされ磔にされた悪漢を縄張りの前に晒すことで、精神的な苦痛を代償に安全圏を手に入れた。

 

 続いて覚えたのは、相手を殺さずに痛めつけること。爪を剥ぎ、歯を引き抜き、そしてそれを匂わせることで相手を近寄らせない。

 これらを繰り返すうちに、元貴族のお坊ちゃんはスラム育ちの狂犬へと姿を変えていった。

 

 そして、衣食住の充実を求めて彼はレユニオンへと入る。培った加虐技能で他者に危害を加えれば、それだけで安全な寝床と食べ物が提供される。地獄には変わりないが多少はマシという居場所だった。

 だが、此処で彼の経験が足を引き始める。他人から裏切られ続けた記憶が、自身を慕う部下や同僚への強烈な忌避感を増長させ始めたのだ。

 

 結果、そう遠くない内に彼の限界は訪れた。殺戮を熱望する部下や新入り達から向けられる視線が被害妄想というフィルターを通した結果、「実力が上回れば殺される」という異常な結論へと達してしまったのだ。

 

 彼は錯乱し、部下を惨殺して逃亡した。自身を弟として可愛がってくれた義姉も、父親代わりとなってくれた者も全てを切り捨てて、狂犬は首輪を噛み裂いて逃げてしまった。

 

 続いて彼は傭兵として活動し始める。当然少年を雇おうなどという奇特な人間はほとんどおらず、居たとしても捨て駒扱いが殆どだった。その中で色々とあったのだが――――それは省略するとして、生き残るために彼はアーツを乱用し続けた。未熟ではないにしても、それは結果的に暴走を引き起こす。

 

 結果、彼の鉱石病は本来内臓から進むはずの浸食が表層から内臓へと進む異常な状態へと変異した。寿命が延びた事にはなるにしても、皮膚病のように目に見えて進行する疾患は精神を病んでいった。

 

 苦しみのたうち回る中、遂に彼はロドスへの切符を手に入れる。

 治療こそ受けられたが、彼のスキルは戦闘、しかも後ろ暗く血生臭いものでしか発揮できず、上述の通りの価値観を形成し更に精神を病んでいった。

 

 そこから先はプロローグの通りである。タルラとの再会、部下の全滅。緊張の糸は弾け、無様に逃亡する末路を描いてしまった。

 

《能力》

 所持するアーツは超高周波振動の操作。

 射程範囲が絶望的に狭く、ほぼ接触しなければ発動できないという欠点こそあるものの、足裏から振動を付与し破片手榴弾の地雷のように使うことで牽制や加速に使う、武具に付与することで切れ味を増す、生物に叩き込むことで内側から破裂させる、振動の反響で周囲を探ると汎用性は非常に高い。

 また、自滅覚悟ではあるが振動を複数重ねて地震級の一撃と化す「狂乱振」という切り札もある。使用後即座に振動で打ち消さねば肉体を揺さぶられて瀕死状態を無限に味わう地獄に苛まれる。

 

 ただ、彼曰く「欠陥だらけのガラクタアーツ」。これは幼少期からフロストノヴァという特級の逸材が居た事も原因の一つではある。



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慟哭の塵狼/Crying Beast
疾走する者/Lostic-Beast


負け犬系主人公が書きたかった。後悔はやっぱりない。


 誰だって、最初の内は勇敢だ。明日を変えたい未来を変えたい、こんな世界は間違ってると、綺麗事を並べて自分の身を固めて、そして組織に所属して仲間を増やす。

 それは決して悪い事ではない、むしろ正常なことだろう。だが、問題はそこからだった。

 

 どんな組織であれ、それが人間の構成するモノである以上は『成長』という因果から絶対に逃れられない。自分より強い相手に勝つためには自分も強くならねばならず、大国を相手にするには自身も大国となるしかないのが基本の原則だ。

 しかし、『成長』が拡大するにつれ()()()というものは必ず生じてしまう。分かりやすい例を挙げれば、上層部の腐敗や市民・構成員の鬱憤の蓄積、そして目的の劣化だろう。組織が富めば富むほど上層部はその恩恵を受けやすく、必然金や権利の亡者が出現する。一方で、増えすぎて余った人員は対価を得るための労働に就くことも出来ずに富からあぶれ、そして怒りや不満といった他者への負の感情を娯楽として楽しむ生き地獄が出現してしまう。

 目的の劣化は言わずもがな、組織が結成された当初の理念というものは、トップの代替わりや組織の成長による価値観の絶対数の増加が手段と目的を逆転させてしまうことも珍しくない。

 

 かと言って、『成長』の反対、『退化』はどうだろうか。

 これはもう駄目だ。どう足掻いても先細り、そしていつか自然消滅する。加えて『成長』と同時進行で襲い掛かるリスクのような物なのだから恐ろしい。

 故に、『成長』し続けて『退化』に抗わなければならない。生物が熱力学における熱拡散に抗って熱生産を行うのと同じ。“法人”――――組織を法的に個人と見做す――――という言葉があるように、生物の群体である以上は生物の原則から逃げられない。

 

 負け続ければ熱的死、逆に勝ち続けても内側から自壊していく。そのバランスはすさまじくシビアで、歴史上滅びを経験したことのない国が存在する地域はないと言われれば納得できるのではないだろうか。

 時に此処は譲る、しかしここは絶対に死守するといったような譲歩が必要になる瞬間は何時でも存在している。戦記物の小説で大抵の場合主人公側が苦境なのは、“これ以上負ける必要が無い”という予防線を張る意味も持っているだろう。亡国が再興しても、いつかはその交渉や配慮の手札が必要になる瞬間はきっと来る。絶対に避けられない。

 

 当然、先程も言った通り「成長するな」とは言わない。それは退化と共に自滅への一本道だ。今をしのげても、いつかは崖っぷちに追い詰められる。無制限に停滞や後退を認めてくれるほど生存競争は甘くない。

 

 

 大言壮語というが、口に出し、夢に見る分には自由だとも。だが、目指した果てに惨めな結末が待っているとしたら、それは挑戦する意味などないのではないか、と思ってしまうのだ。十分な安全マージンを取って、その範囲内で事を済ませられる方向に努力するのが、結局は一番“賢い”と言われる生き方なのだろう。

 それこそ『退化』だ、という言葉も最もだ。目指せる奴はどんどん前へ前へと行けるし、出来ない或いはやろうともしない奴は前に居る奴を詰るだけ。敗者や弱者の中でもいっとう質の悪い連中だ。

 

 

 ―――――では、問おう。

 

 『主役』とは、何だ?

 

 『脇役』とは、どうやって決まる?

 

 先述の前へ進む者が主役だとしたら、後ろで陰口を叩くのが脇役だろう。それが好評であれ悪評であれ、口ばかりで何も出来ない者は問答無用で脇役になる。

 人類皆主人公なんて嘘っぱち。結局は成功者の美談の結晶体、氷山の一角でしかないのだ。

 

 それになぞらえるなら、ああ、自分という人間は『脇役』の側なのだろう。人としての器が小さい。大した理想や信念がある訳でもなく、その日をそれなりに平穏無事で過ごせればもう満足。それ以上など目指すべくもない。

 受動的で、情けない。

 

 それでも言い訳をさせてもらうのなら、己の人生について語らせてほしい。

 

 “鉱石病(オリパシー)”という単語を知っているだろうか? 感染性かつ致死率100%、そして感染源は感染者の亡骸と源石(オリジニウム)というエネルギー資源。その特異性故に世界各地で迫害が起きているのだが、自分の生まれ故郷は特に酷く、発見次第即殺されても文句が言えないという程。奇跡的に自分は感染を免れていたが、此処で悲運なことにオリジニウムを介した特異現象―――――通称“アーツ”の適性が見つかってしまった。

 

 悲惨だったのはそこからだ。過程は省略するが、簡単に言えば長く源石と接触し過ぎたせいで鉱石病を発症してしまった。

 

 そして一瞬で身寄りを失い、衣食住を失い、加入したのはレユニオンという感染者で構成される組織。これは特に何か恨みがあったからという訳では無い。レユニオンに加入し、その御旗を掲げれば、それだけで衣食住がある程度保証されるというだけ。

 そして、その中でアーツの適性を買われて略奪や殺戮、悪行の限りを尽くして()()()()()をし続けた。滑稽な話だ。ただ生活を安定させたいがために無辜の民に危害を加えまくり、結果としていつの間にか幹部扱い。バカなんじゃないかと思って、ああ結局こいつらは鬱憤を晴らしたいだけだと愛想が尽きた。

 

 そんな環境に嫌気が差して、次に加入したのはロドスアイランドという組織。こちらは鉱石病の治療を目指し邁進する製薬企業――――の皮を被った、感染者専門の対策組織。

 感染者の救助・雇用、支援、更には感染者関連の戦地介入まで。やってることは正しかったし、居心地も良かったには良かったが、やはりそこでも苦痛はあった。

 

 感染者には当然、怨念のままに殺し続ける連中だっている。そういう奴らは説得したところで無意味だから、当然殺す。

 

 多く居るが替えは聞かない戦力として、生き残るために死力を尽くした。

 だが、状況は改善の兆しも見せない。傷が癒えぬうちに次の戦場、そしてまた次の、次の次の次の次の……

 勝って成長してまた勝って、どれだけ繰り返しても状況が改善しないのだ。それどころか負傷や物資・人員不足が相まって難易度はどんどん上がっていく。

 

 身をすり減らしながら勝利すれば、より手強い無理難題。

 無数の犠牲と共に生き抜けば、不慮の事態でさらに犠牲が生まれる。

 当然、犠牲者が出れば悲しむ者だって出てくる。中には“何でお前だけが生き残った”と罵倒を浴びせるような精神状態の人間だっていた。そして、そんなことがあったとしても組織は『成長』のために止まれない。

 次の敵、次の課題、次の犠牲、次の烙印―――――――生存者が負うべき責務。

 

 お前は生き残った、即ち『成長』したのだから、さあ次の『成長』だ。次へ進むのは当然で、そして更に『成長』するのだ。……とでも?

 そんな生き地獄が生存者の責務と? ふざけるな、そんな話があってたまるか。

 

 誰でも同じ、()()()()()()()()()()()()()というのに、自分については成長したところで一向に何かが良くなった試しがない。それどころか自分で自分の首を絞めていく始末、嫌になるのも当然だ。

 そして、敗走や撤退だって何度も経験した。それについても同じく、誰かが慰めてくれたり何だかんだというものは一切なく、ただ「よく生き残った」「何故生き残った」の一点張り。泥水を啜り、ウジ虫のように地を這って逃げ帰ったことだってあるのに、誰も共感してくれなかった。

 正直言って、頭が可笑しくなりそうだった。同時、「自分はここに居るべきじゃなかったんだ」と強く感じてしまって、でも今の衣食住を手放したくなくて。

 もういいやと疲れ切って、このまま流され、長い物に巻かれで生活していこうと決めた。

 

 ――――――――そうやって、自分が卑小な存在だと受け入れたのに。

 

 

 

 

 ――――――頑張りましょう、もう少しですから!

 ――――――頑張れ、あと少しだ

 ――――――頑張れ、もうすぐだ

 

 ―――――――――――――あの瞬間、心はぽっきりと折れてしまった。

 この世界において、彼等こそが『主役』。自分は『脇役』と、悟ってしまったから。

 

 一世一代、最後の大博打に出て、そして全勝ちしてしまった。

 

 

 『成長』という、最悪の呪いを押されてしまった。

 

 

 

#####

 

 

「あ、ああぁ……」

 

 味方は全滅、武器は損壊。眼前には敵軍の大将。

 本来ならばその細い首を噛み裂いてでも勝利するべきなのだろうが、彼女を取り囲む地獄がそれを許さない。

 

 弾丸が水滴みたいに蒸発した。ビルが熱されたバターみたいに溶けた。道路が一瞬で炭化した。存在そのものが灼熱の恒星のような女は、その手の剣を振るうことなく、ただ一睨みするだけで全てを文字通りに()()させていく。

 文字通りの災厄、ヒトの形をした太陽。其処に存在するだけで全てを蝕む。

 

 逃げるにはただ一つ、勝つしかない。相手と同等の領域まで『成長』、して…………

 

「無理、だ」

 

 出来ない。十把一絡げではこいつには勝てない。こいつの領域まで到達できない。

 

 

「……哀れだな」

「……え、は」

 

 その声にすら圧力があるかのような恐怖に駆られる。相手に小馬鹿にされたことなど気にならない。

 ただ理解できるのは、眼前の女が自分へ()()の視線を向けているということ。

 

「……貴様も同胞、これ以上何もせぬというのならば、此方も手出しはせん。……去ね、塵狼(ビースト)

「ぇ、あ――――――――」

 

 剣が薙ぎ払われる。右から来ていたロドスの生き残りはそれだけで胴体を()()させられ、頭部だけを此方に転がしてきた。

 死すら理解できずに固定された生首が、自分の未来を映し出して―――――

 

 ――――――――――死ぬぞ、と、聞こえたから。

 

 

「ひぃ、あ、ひ…………」

 

 見ないでくれ、頼む、こんな浅ましい奴にそんな非難がましい目を向けないでくれ頼むから。だか、ら………………

 その目を止めてください、そんな、そんな縋るような目で――――今度は『成長しろ』、なんて。

 

「…………あ」

 

 二つの幻聴で、心が砕けた。もう、立ち向かえない。

 

 

 

 

「うあ、ああ、ああああああああああああああ――――ッ!!!!!!」

 

 女児の金切り声にも等しい絶叫と共に、地獄の中を駆け抜けていく。涙が止まらない、絶叫も止まらない。こわい、こわい、誰か助けてと子供のように心の中で祈りながら疾走した。

 走りながら死に掛ける筋肉と骨を無視して限界まで加速して、周囲の情景を見ないで済むように中空だけ見ながら走っていた。周囲の敵兵は一切此方へ攻撃をしないが、それすら狂乱した頭にとってはどうでもよかった。

 頭に浮かんでいたのはたった一つ、こんな絶望はもうたくさんだ。

 

「バケモノが、怪物が、勝手にやってろ近寄るなあああぁァァァァッ!! 目的のため野望の為と、御大層なお題目勝手にやってろ結構だ、好きなだけやってくれよ俺の知らないところでよぉ! そのまま何処かで野垂れ死ね、二度と眼前に出てくるなあああぁッッ」

 

 投げつけた罵詈雑言は誰一人として聞いちゃいないだろう。彼らは『主役』、自分は『脇役』。主役は脇役程度の言葉では止まらない。 

 だからこそ、もう二度と立ち向かったりなんてするものか。

 

「逃げるんだ、アイツ等の手の届かない遠くへ。ロドスは駄目だ、アイツ等に必ず関わる…………!」

 

 何処へ行っても感染者である限り、レユニオンとロドスからは逃れられない。だというのに言い訳をして、この体たらく。全くもってお前はゴミだと自嘲しながら言い訳を重ねていくのだろう。これからも、ずっと、ずっと。

 自分の一族が最も忌避してきた、“負け犬”という言葉の通りに。

 

 

 

 

 

 

「俺は、もう戦いたくない…………当たり前に生きて死にたい」

 

 絶対に叶うことのない願いすら吐き捨てて、暗闇の向こうへと逃げ去った。  




感想下さい(乞食)


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雑種狼犬と血統雪豹/dog and cat

えげつねぇことになっちまった


では、どうぞ


 体が痛む、魂が削られる。岩塩の塊をヤスリで削るように、じわじわと取り返しの付かない何かが失われていく感覚に囚われながら、青年―――カイナの目は覚めた。精神的なものに近い鈍痛はともかく、肉体のソレは何なのかと腕を見てみれば、痛みの根元である肘から先は両方とも存在せず、代わりに鈍色を放つ鋼鉄がへばり付いていた。

 

「幻肢痛だっけか、ああくそ、痛い」

 

 錆びた釘でも打ち込まれたかのように痛む架空の両腕。脂汗すら出てくる激痛を我慢しながら痛みの箇所を数度殴って金属音を発すれば、現実と妄想の境を矯正するかのように痛みは引いていった。存在しないが故に物理的な処置が通用しないなら、存在していることにして修正すればいい。かつて苦し紛れに思いついた方法だったが、それなりの効果を発揮していた。

 

 ちなみに喪失した原因というのはひどく単純で、鉱石病の進行によって発生した激痛に耐えかねて半ば狂乱状態で()()()()()()だけの事。後に切断された腕を見た闇医者曰く、「神経に刺さった源石を除去すれば喪失せずに済んだ」とのことで、自分の馬鹿さ加減に失笑すら覚えたのが記憶に新しい。

 

「得物、得物……あぁ脱衣所か、しまったな」

 

 衣類を着込み、顔を隠せる面頬付きのポンチョを羽織り、そして洗濯物の中に突っ込んだままにしてしまっていたベルトを着けてから「得物」を引き抜いて検分する。

 合成繊維の紐がグリップに巻かれた両刃の大型ナイフ。極東の地域では苦無(クナイ)と呼ばれる投擲武器に似た作りでありながら刃渡りが肘まであるソレを順手、逆手と持ち替えて義手に馴染ませる。

 

「……さて、錆落とし……と」

 

 ナイフを脚のベルトに付いた鞘へ戻し、雑に扱ってしまった義手の動きを確かめて問題がないことを確認し、数度深呼吸をして脱力―――――瞬間、一度納めたナイフを素早く引き抜いて構える。そのままジャグリングの要領で両手を順手、逆手で往復させて鞘へ。そして再び一瞬で引き抜き、今度は刀身を持って投げる動きを加えたジャグリング。体の一部として武器が扱えなければならないという名目の元、毎日病的なまでにナイフ捌きを訓練・確認するのが彼の日課だった。

 

「油断するな、敵はこちらを容易に越える」

 

 自身に言い聞かせるように、と言うよりは呪いとして刻み込むように独り言を呟き、ナイフ捌きに実戦の動きを組み込んでいく。まずは腕、次に足、続いて丹田、心臓、首。確実に死ぬ場所(バイタルエリア)を直接狙うのではなく確実に動けなくなる箇所、即ち腱から急所へと駆け上がるように潰す挙動。敵を確実に殺すための動き。

 彼や彼女のように一撃で倒す、足止めをするなどという事は到底無理だから、最大限相手の動きを封じる。そして、確実に息の根を止める。

 

 失血を信用するな、人間は気力で立ち上がる。窒息を狙うな、呼吸が止まっても10分は生きている。()()穿()()()()()()()()()、気を抜いた瞬間に別方向から牙が来る。運を信じるな、技巧を信じるな、生じた隙を信じるな。全てが最悪の状況で戦えないのなら生きることすらままならない。

 

 ロドスとレユニオン、双方から逃げた立場で、しかも感染者。そんな自分に加減をしてくれる相手なんて居るわけがないのだから。だから、徹底的に追い込め、そしてその状況で……

 

(ころ)――――!」

「……」

 

 逆手に持ったナイフを壁に突き立てようとして、そこで棒立ちになっていた女性の存在に驚愕した。咄嗟に行動を変更し、右手を殴り付けることでナイフを床へと叩き落とした。女性の方はといえば、眼前へ凶器が迫ったことで多少は驚愕したのだろう、目をいつもより僅かに見開いていた。

 かなりの勢いで殴ったことで振動が生身の二の腕まで伝わってくるが、問題はそこではない。

 

「……何でアンタが此処にいるんだ、()()()

「むぅ……身共とて人、休息は必要なのですが」

「そういう問題じゃないだろうが。そもそもウチに来る理由になってない」

 

 嫌味を込めて諭せば静謐で神秘的だった雰囲気は一転、子供のように頬を膨らませて反抗の意志を示していた。

 

 プラマニクス―――――イェラグという国に於ける宗教の最高権威者、カランドの巫女、神の啓示を受けし者、褒め称えられし者。イェラグを統治している貴族達ですら、彼女と会う時には必ず合掌の礼をしなければならないとされているほどの地位。当然その身分に見合う職務があるはずなのだが、どういう訳か数日に一度、下手をすれば連日来かねない勢いでカイナの仮住まいを訪ねていた。

 勝手知ったる我が家とでも言わんばかりに茶葉とポットを取り出して、プラマニクスは茶を淹れてソファーに腰掛ける。その仕草は巫女としての粛々としたものではなく、年頃の少女然としたもの。座ってからも両手で茶の入ったカップを持ちつつぱたぱたと足を動かしており、どうにも落ち着きがない。

 

「その茶、高いんだから大事に飲んでくれよ」

「緑茶、でしたか。極東特産の発酵させない茶葉ですね」

「知ってて雑にやったのかよ……あーあ、床に盛大に零れてら、ヘタクソめ」

「…………むぅぅ」

 

 床に散乱した茶葉を箒で片付け、カイナは先程プラマニクスが使ったポットで茶を淹れる。通常のカップより一回り小さい、所謂湯飲み茶碗に淡緑色の湯が入ったところでカイナが顔を上げれば、慌てて目を逸らす姿が視界に映っていた。

 

「もう少し気配の使い方に気を遣った方がいいな。それじゃちょっと経験があるやつにはすぐ割れる」

「……例えば?」

お前のお兄様(シルバーアッシュ)とかな」

「…………むうぅぅぅ」

 

 再び子供のように頬を膨らませるプラマニクス。兄の名を使われたのが余計に気に食わないのか、そのまま首を横に向けて物理的に視線を切ってしまう。

 

「……あのなあ、お前は一応このイェラグの最高権力者の一人だろうが。こんな所で、それも住所不定職業不定の半浮浪者の家で油売ってていいのか」

「……つーん」

「我儘もいい加減にしろよ、お前の職務が大変なのはわかっちゃいるが、だからって子供みたいに振舞っていい訳じゃないだろうが」

「知りません」

 

 どうしてこうなった、とカイナは頭を抱える。彼女もそうだが、彼女の兄―――――シルバーアッシュは、カイナにとって核地雷にも等しい存在だった。仕事を寄越すというから契約を交わしてみれば、次の瞬間には国のトップとご対面。そして何が気に入ったのか兄妹双方から目を付けられる存在に早変わりしてしまったのだからどうしようもない。

 政治と戦闘、双方において極まった男であるシルバーアッシュはカイナにとって天敵以上の怪物(ナニカ)でしかない。可能ならばシルバーアッシュと関係の一切を断ちたいとすら思うのだが、眼前の彼女を見ればそれも無理かと嫌味を言いたくなる。

 

「…………ふふ」

「チッ」

 

 巫女として、神聖なる存在として祀られるプラマニクスとは異なる、年相応の少女の穏やかな笑顔。自然と眉間の皺は深くなり、視線に圧が掛かる。()()()()()()()()()()()()と、苛立ちばかりが募る。

 

 ―――――文武両道の兄に、強靭な精神の妹。欠点などなく、欠落もしなかった神童を前にすれば自分の惨めさを嫌でも自覚させられる。レユニオンを見限り、そしてロドスからも逃げた自分の罪を真正面から押し付けられたような気分で、剥き出しの精神が刺激されているような不快感に包まれてしまう。そして猶の事自分の器の小ささを突き付けられて、余計惨めになってくる。

 

「…………」

「……むぅ、それ程見つめられると少々居心地が悪いのですが」

「知らねぇよ、さっさと帰れ」

 

 ああ嫌だ。嫌いだ大嫌いだ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 落ち着かない、気に入らない。()()()()()()()()()()()()()()()()? 異邦人の自分なんてお前たちのような『主役』からしたら木っ端以下の塵芥だろうが、もう関わるな消えてくれ。お前が居ると自分がどこまでも惨めに思えて嫌なんだ。

 雪のような雰囲気の癖に、陽だまりのような暖かさを感じるのが余計に気に食わない。どうせなら吹雪みたいに無慈悲に凍らせてしまえばいいのに、どうしてこいつはそんな風に――――――

 

「……どうして」

「?」

 

 どうして、こんなに安らぐのだ。

 その安息すら嫌いで嫌いで仕方が無いのに、本気で排除する気になれない。そんな中途半端さが、余計に嫌になる。

 

「…………どうしたのですか、そんな顔で……?」

 

 どうやら相当妙な顔をしていたらしい。プラマニクスの顔は此方を案ずるような表情に変わっており、しかし巫女としての冷徹な側面は表出していなかった。

 それが引き金になって、頭の中で何かが()()()

 

「……出て行け」

「…………え?」

「出て行ってくれ、今すぐに。そして、もう二度と来ないでくれ」

「…………なん、で」

 

 泣きそうな顔をするプラマニクス。()()()()()()()()()()()()()()()()()()が、もう限界だ。こんなに心が毛羽立つ感覚にはもう耐えられない。もう二度と、この兄妹に関わりたくない。『主役』に絡まれて無理矢理大舞台に上げられるのは嫌なんだよ。

 

「住処を変える。二度とイェラグには関わらない。シルバーアッシュとも話を付ける。だから、此処で終わりだ」

「…………っ」

 

 遂に大粒の涙すら零した少女を一瞥もせずに、カイナは荷物を纏め始めた。嫌だ、行かないでと嗚咽を漏らしながら懇願するプラマニクスの声はもう届いていない。

 延々と無視を続ける青年の背中に耐えかねて、プラマニクスは扉を壊しかねない勢いで開いて出て行ってしまった。その音を聞きながら、()()心の内から誰かがカイナに笑い掛けた。

 

 ―――――ほら、また逃げた。

 

「……………………クソ、クソ、畜生」

 

 誰よりも何よりも、そんな自分の事が大嫌いだった。




どうしてこうなった(白目)

なお、これ書きつつヤンデレプラマニクスの設定組んでたらお兄様が襲来しました。怖いです(助けて)

あ、あと感想ください(乞食)


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雪豹の思惑/Before Hanting

あんまり進まないけど許して。戦闘はまだまだこれから。


 ―――――初めて彼に出会ったのは、息抜きと称して少しばかり外出した時、その路地裏だった。うだつの上がらない顔、死んだ獣のような目。何より印象的だったのは、血の通わぬ鋼の両腕。服装は質素だが動きやすいもの。聞けば、兄が新しく雇った傭兵とのこと。

 

「…………あー、傭兵こと一文無しのカイナっす。もう金輪際会わんと思いますけど宜しくお願いしまーす」

 

 そんな無礼極まりない挨拶と共に適当に下げられた頭。気怠そうに頭を掻いて溜息を吐く姿はいっそ滑稽で、同時に軽率、軽薄といったものとは全く別の雰囲気を感じてしまった。

 

「……貴方は…………」

 

 本当に小さな声で、誰にも届かないであろう音量で呟かれた独り言は、声を掛けた相手にすら届いていない。―――――彼は、()()()()()()()()。何もかも、こと自分自身に対して一切の希望を持っていない。ゆえに軽率、自他への影響を顧みない。

 

「まるで、痩せた野良犬――――」

「あ、分かります? 俺は()()の捨て犬ですから」

 

 へらりと笑う青年。だが、その気配はただの捨て犬などではなかった。

 怯え、憎み、そして淀んだ瞳から絶望をぶち撒ける。腰が引けてあばらの浮いた身体のまま、牙だけは剥き出しにして病毒の涎を垂れ流す狂犬。そんな濃密な悪意が滲み出ていた。

 

「そんじゃ、アンタみたいな見るからに高貴なお方の前からは消えるとしますわ」

「あ…………」

 

 ―――――どうしてか、その煤けた後ろ姿から目が離せなくて。何もかもに絶望したようなその目と合わせて、どうにも放っておけないと感じてしまったから。

 

「あの」

「…………なんです?」

 

 あと、声を掛けたらもの凄く嫌そうな顔をされたのが癪に障ったから。そんな風に理由をつけて…………

 

「少し休憩したいので、貴方のお家に寄らせては貰えませんか」

 

少しだけ、ほんの少しだけ、この飢えて怯える狼犬の世話をしようと思ったのだ。

 

#####

 

 

 

 イェラグという国は世界的には珍しくない貴族制でありながら、そこに宗教が強く絡んでいる特殊な国だ。宗教的トップの前では貴族の頂点ですら礼を欠かしてはならないと言えば、どの程度根付いているかは分かってもらえるだろう。また、その一方で天災が少ない地域であり、対策としての移動都市化の不必要性から文化の発展は遅れ気味で、排他的かつ封建的な政治色も強めだった。

 しかし、そこに一石を投じた貴族がいる。軍閥・カランド貿易のトップであり、シルバーアッシュ家の当主、シルバーアッシュ。陰謀により没落した実家を飛び出して留学、そして帰国後は天才的な手腕と外交で富を築き、血筋を再興させた麒麟児。外交のみならず経済貿易、国際政治、戦術立案にも長け、終いには剣術を始めとした実戦にも才を発揮するその様は、カイナからすれば紛う事なき『主役』側の人間であり、同時に『怪物』ですらあった。 

 

 ―――そして、そんな超大物その人が眼前の豪奢な建物に存在しているとなれば、小物(カイナ)としては腰が引けざるを得なかった。何の因果か流れ者としてイェラグに居着いた所を唐突に訪れられ、あれよあれよという間に金次第で仕事を請け負う臨時的な勤め先になってしまった場所でもある。

 最初に出会ったときは驚いたものだ。何せ、唐突に護衛二人を連れた明らかにビッグな人間がこれまた唐突に契約を持ち掛けて、こっちが怯えている間に交渉終了。おまけに初仕事で()()()()()()()()()()()()()()()()()ときた。これで苦手にならないはずがない。今でも金の臭いで足が引け、先程の出て行くと口走った事を無かったことにしたいとすら考え始めている。

 笑うなかれ、小心者の性だと自嘲しながらその大扉を開いた。

 

 中へ入れば空気すら一変し、煌びやかさで帰りたくなる。

 顔を見ても誰一人咎めないのは、自分がVIPだから。当主が直々に任命した無職こと何でも屋であるが故に、屋敷の人間は皆何一つ言わずに素通しだった。だからといって丁重にもてなされるわけでもなく、それこそいない者として無視される。

 

 屋敷の中を無言で歩いていく。村八分のような状況なのは、シルバーアッシュの家族との関係もあった。雇い主である当主に気に入られて鳴り物入りで雇用され、おまけにどういうわけか「巫女様」にも気に入られた流れ者の某か。そんな奴、自分だったら絶対に付き合いたくないというものだ。要は腫れ物扱い、しかしそれが逆に気楽でもあった。

 特別扱いしなければいけないが、しかし公にするのも憚られるし、あとそんな怪しい奴と関わり合いになりたくない。だからいつでもお好きにどうぞ、と。無音のままに促されて、遂に当主様(ヤツ)の部屋へと到着した。

 

 憂鬱が過ぎて苛立ちすら覚えながら戸を叩く。仕事の話となると三割り増しで目と勘と圧力が鋭いから嫌なんだよ、あの野郎。

 

 戸を三度叩き、返事が返ってきてから扉を開いた。

 

 

 

 

 

「…………それで、契約を破棄したいと」

「ああ、気に入らねぇなら今までの財産全部没収でも構わない。どうせ国から出て行く」

「そうか、分かった」

 

 想像していたよりもあっさりと終わった雇用契約の破棄。理由を問われることも無く了承されたことに拍子抜けになって、そんな簡単で良いのかと聞いた。

 

「こう言っては何だが、お前は優秀だが替えが利く」

「なるほど、納得した」

 

 つまりは用済み。興味があったから雇ってみただけで、優秀な人材は手持ちに幾らでもいるということだろう。それならそれで構わない。どうせ自分は唯の浮浪者、強い奴なら吐いて捨てるほどという輩の一種なのだから。 

 

「ならこれで自由の身だな、そんじゃ」

「ああ、()()()()()を楽しみにしている」

「……嫌だね、二度と会うものかよ」

 

 どうにも含みのあるその一言が喉に引っ掛かって、だがそれよりも一刻も早くあの強者(バケモノ)の眼前から離れたいという衝動には抗えずにカイナは足早に屋敷を後にした。

 

 

 

「…………本当に良かったんですか? 案外気に入っていると思っていたのですが」

 

 部屋の影から現れるイトラの青年―――クーリエの言葉に、シルバーアッシュは苦笑と共に嘆息を漏らす。それは長年仕える(クーリエ)をして珍しいと思わせる反応であった。

 

「あの男は元々、何処か一点に縛られるような質ではないからな。奴からすれば、恩や忠誠の類は納得はすれど理解し得ないものだろうよ」

「レユニオンを見限り、ロドスから逃亡した。その経歴であればむしろ納得いきますがね。しかしどうにも」

「相も変わらず覇気がない、か?」

 

 頷くクーリエ。カイナという男には奇妙な、というより歪な点が多い。

 戦いに身を置く人間なら大なり小なり持っている筈の信念や理屈といったものが凄まじく希薄で、恩義や忠義などの主従の精神論とは全く反りの合わない性格。その反面、一切の信念無き戦いは残虐そのもの。相手の心を踏み躙り、身も心も犯し尽くして殲滅する容赦の無さは敵味方双方から畏怖を抱かれたのだろうと推測できる。

 

 しかし、戦闘時は非常に及び腰で戦い慣れしているとは思えない怯え様を見せ、そして何かが気に障ったかのように突然ギアを跳ね上げ虐殺してみせる。かつて暗殺者の撃退で共闘した経験のあるクーリエとしては、その在り方に疑問を抱かざるを得なかった。

 

実力(カラダ)精神(ココロ)が釣り合ってない、とでも言えばいいんですかね。八つ当たりみたいな行動原理なのに、戦い方は熟練の暗殺者。レユニオンで培ったとか叩き込まれたとかならもっとこう、“壊れた”戦い方をすると思うんですが」

「要はあの男が独自に錬磨した技ということだな。それだけの地力が有りながら、自身の実力を欠片も信じていない」

 

 冷静に分析するも、しかし見えてこない。相応に熟達していた筈の暗殺者の集団を()()で惨殺した男は、一方で己を無力と本気で信じている。どんな経験をしたらそんな状態になってしまうのかと思えて仕方がない。

 

「だが、実力は確かなもの。戦力として失うのは惜しい」

「……それは、つまり」

 

 王者に相応しき風格と共に、シルバーアッシュは笑う。しかしそこに在るのは支配への圧ではなく、()()

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()さ。彼は余りにも恨みを買いすぎた」

「なるほど、それはまた……」

 

 “(カイナ)”は何とも不幸だと、クーリエは思わず同情してしまう。雪境(ひいら)の王者の元に居た一介の狼犬、放浪の雑種風情に蹂躙されて計画を台無しにされた連中はごまんといる。おまけにあの巫女様に異様に気に入られていながらの脱走となれば――――――イェラグ(ここ)に、シルバーアッシュ家以外の逃げ場など有りはしない。そもそも国外への脱出すら叶うか分からない。

 

 カイナの与り知らぬ場所で、彼を食らうべく包囲網は狭まっていく。どうしようもなく、一点の逃げ場も許さないと言わんばかりに。

 

 

 

#####

 

 

 ―――――苦しい、苦しい、悲しい。

 どうして、何でという感情ばかりが心を埋め尽くし、それでも身体は日々の雑務を難なくこなしていく。

 突如として告げられた離別。避けられることはあっても、あれほどに明確で強烈な拒絶を向けられることは一度も無かった。世話をするなどと適当な理由をつけて彼に付き纏って、彼も口であれこれ言う割には嫌がっていないように見えたのに。

 

 迷惑だったのだろうか、自分の錯覚だったのだろうか。本当は鬱陶しくて、自分のことなど視界に入れたくない程に嫌っていたのだろうか。いつの間にかあの家で寛ぐことを愉しみにしていた自分は彼にとって異物でしかなかったのかと考えると、嗚咽と涙が零れそうになる。

 彼の家で、彼に“帰れ”と言われながらもそっぽを向いて誤魔化して、そうやって時間を潰すことが楽しかった。奮発して買ったと自慢していたソファー以外には何もなく、暖炉代わりの野宿道具が広げられている以外は閑散とした家。それでも、彼と日々の愚痴を零したり零されたりの日々は、ほんの少しだけ自分の立場を忘れさせてくれた、大切な時間だったのだ。

 

「……っ」

 

 涙が零れそうになって、堪える。まだだ、まだ務めが残っているのだから鉄面皮を保たねば。

 皆の前では「カランドの巫女」として、有るべき姿でなければならない。それこそが、この身に課せられた責務。巫女として選ばれた者に、我欲など許されないのだ。

 だけど、ああ、それでも。

 

「…………」

 

 言葉にできない。辛いのに、苦しいのに、悲しいのに、身体はそれを表に出そうとせずに『巫女』として有るべき姿で在り続ける。

 最早、彼以外に自分の素顔をさらけ出すことは出来ない。彼のような人物はもう二度と現れないと、直感が告げていて、そして万が一現れたとしても拒絶してしまうだろう。

 

 ―――――()()()()()()()()()()()()()()()()

 巫女にあるまじき執着心が顔を出して、そしてそれを強引に抑え込む。()()()()()()()()()()()()()()()()()と、あくまで彼の事を考えて自身の心を縛り付ける。大丈夫、我慢するのは得意だから。耐え忍ぶことは得意分野だと自己暗示を掛けて、黙々と務めを果たしていく。

 

 そして、だからこそ、聞こえてきた言葉は何よりも心をかき乱す。

 

「―――――あの青年……カイナ殿だけど、シルバーアッシュ家から去るそうよ」

「本当に? てっきりずっとイェラグに居るものだと思っていたのに」

「元々根無し草だったみたいだから、一所に留まっているのが性に合わないんじゃないかしら」

 

 ずきりと軋む。世話係の者達の、いつも通りの井戸端会議。普段は気にも留めない筈のそれ一言一言が、地に滴る水滴のように心を削っていく。

 同時、言いようのない苛立ちが浮上してくる。()()()()()()()()()()()()()と理不尽にも咎めたくなって、それもどうにか抑え込む。

 

 巫女でなければ、巫女として相応しく在らねば。

 巫女として、巫女として、巫女として―――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――――でも、放浪の旅人って言うと何となく憧れがありますわね」

「―――――――もしかして、()()()()()()()()()()なんかもあったりして」

「やだ、ロマンチック~」

 

 

 

 ずがん、と。

 

 今度こそ、心を抉り取られた。

 




巫女様と当主様、スイッチオン。
次々回くらいに主人公は死ぬ。


Q.巫女様の世話係とか居るの? 居たとしても井戸端会議なんてする?
A.知らね。重要人物だから世話係の数人くらいいるだろうし人間なんだから井戸端会議くらいするでしょ(適当)

Q.口調に違和感ある気がする
A.むしろ完コピ出来てたら預言者では

Q.プラマニクスさんが恋する必要ある?
A.うるせぇこの世界線では恋するしヤンヤンするんだよ


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氷雪疾走/Hanting

…………生きろ、主人公。






 シルバーアッシュの屋敷から逃げるように離れた後、カイナは自宅に戻らずに市街地を目指していた。その目的は、義手の制作者を訪ねるため。迷路のように入り組んだ路地裏を迷うことなく進み、その突き当たりにあった武器工房(ブラックスミス)の扉を、ノックもせずに開く。

 

 扉の先の作業場で赤熱する鋼を打ち錬成していく老人は、一瞥すらせずにカイナへと声を掛けた。

 

「何をしにきた、中途半端め」

「アンタの実験台に成りに」

「……ほう、遂にイカレたか?」

「いいや、もうイェラグ(ここ)には来ないだろうからな。貰えるもんは貰っておこうかと」

 

 鋼の鍛造を止めて炉へ突っ込み、カイナへと向き直る老人。その罵倒を、カイは苦笑して肩をすくめる事で返事をする。鉱石病の進行により自身の腕を切り落としたカイナに破格の性能の義手を与えた闇医者(ろうじん)「クレバス」。彼は、その両腕を鋼に交換した際にとある提言をしていた。

 

「薬品による再生力の一時的向上、それによる両腕の再生。聞いたときはアホかと思ったけど、今のコイツじゃどうにも違和感が、な」

「ふむ……やはり、義手(それ)では貴様を劣化させるのみだったか」

「下手な再生力さえなけりゃコッチの方が良かったのかもしれんけどな」

 

 それは、()()()()。現在義手であり、触覚(センサー)が無い上に脳からの信号の伝達にラグが生じている両腕。欠損したそれを、カイナの身に宿る再生力を一時的に底上げすることで再生しようと言うのだ。

 会話をしながらクレバスは金庫の扉を開けて薬品の入ったアンプルを取り出し、注射器を準備し始める。

 

「“復活”するだけなら幾らでもできたが、それだけではただの肉塊だ。真に“再生”させるには、極東の一族の血が必要だった」

「そこに俺という最適の被験者が現れたってか……どのぐらいかかる」

「最短でおよそ三日、長くて一週間といったところか」

「この体でそれか、随分しんどいな」

 

 彼のアーツである高周波振動の反動で発生する()()()()を修復するのに最短で一晩。常人の治癒速度を考えれば遥かに早いが、本家本元の血筋は戦闘中にいつの間にか癒えるほどの再生速度だというのだから羨ましい事この上無い。

 仕事で散々撃退してきた連中から追っ手がかかる可能性を考えれば、今すぐにでも国を出た方が良いのだろう。だが、イェラグを出てから誰に義手のメンテナンスをしてもらうのかという事を考えれば、自力で修復できる生身の方がリスクは少ない。

 

「分かった、やってくれ」

「良いのか?」

「言ったろ、貰えるもんは全部貰うって」

 

 適当に返事を返し、奥の部屋の施術台へ寝そべる。準備が終わると同時にクレバスから義手を取り外され、麻酔を掛けられたことで眠りに落ちた。

 

 

#####

 

「…………それって、もしかしてロドスやレユニオンに置いてきた恋人とか?」

「有り得るわね。あれだけ目を掛けられて靡かないないなんて操を立てている以外に考えづらいわ」

 

「―――――――――――許せない」

 

 衝動が爆発する。想いに火が灯り、業火から溶岩へと変異していく。

 叶わぬ想い? すれ違い? ()()()()()

 

()()()()

 

 此処まで抑えてきたが、ああもう限界だ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 導火線に灯った炎が連鎖的に爆発を起こし、独占欲を加速させていく。爆発し、炸裂し、心の中で想いが火山の噴火のように溢れていく。

 

「カイナ、カイナ、カイナ、カイナ、カイナ―――――――」

 

 貴方が好きなの。貴方を誰にも渡したくないの。貴方が私から離れていくのに耐えられないの。

 兄の時はその選択に失望し、諦めた。だが、今度は諦められない。貴方が自分の意思で私の元から離れて、手の届かないどこか遠くへ行ってしまうなんて、ああ、ああ、嗚呼――――――――

 

「そんなもの認めない、許さない」

 

 傍に居てなんて言わない。今までみたいに一緒に居させて欲しいだけ。誰の許可を得て、なんて高圧的な物言いはきっと嫌われてしまうだろうし、自分でも言いたくない。けれど、どうやっても貴方が離れてしまうのなら、そうなる、くらいなら。

 浅ましいだろうか。先代の巫女達は私を嘲り詰るだろうか。我らが神は見限るだろうか。でもごめんなさい、これだけは譲りたくないの。この煮え滾るような熱だけは、他の何にも譲らない。

 

 他者からすればどれだけ薄い繋がりであったとしても、私にとっては大切な人だから。それにもう――――――

 

「渡さない、離れさせない…………カイナは、私のだ」

 

 

 

 ――――――この感情は、もう(たが)が外れ切ってしまったから。

 

 

#####

 

 

「…………さて、どうしたものか」

 

 思案する。己が主の決断を止めるべきか。

 カイナ――――彼の、()()()()()()()()()()()。主であるシルバーアッシュ曰く「どちらでも構わない」。要はカイナと自身のどちらを相手に力試しをするかと諧謔混じりに聞いてきたのだから笑ってしまった。

 

「申し訳ありません、カイナ。私は、何時でもあの御方の側と誓っていますので」 

 

 本当は彼を援護してあげたいという気持ちもある。無事に脱出して、そしてどこかで生きていてくれと願いたい。だが、自分にも立場や守るべき心情があるから、貴方の味方は出来ないとクーリエは内心で深く謝罪した。

 

 愛用のサーベルの手入れが終わり、それを再び腰のベルトで吊る。すると、タイミング良く扉が叩かれマッターホルンが入室してきた。その手にはいつも使っている盾と片手剣があり、彼も既に準備が出来ていることが伺える。

 だが、反面その表情は苦虫を噛み潰したようなものだった。どうしてこうなったのかと彼は今も深く煩悶している。

 

「準備は出来ましたか」

「……ええ、何時でも」

 

 互いに準備の有無を確認し、万全であると認識してから己が主の元へと向かった。

 

 

 マッターホルンとクーリエ、彼等がその胸に秘める決意と覚悟は、総じてシルバーアッシュのためのもの。例えどれだけ親しくなった者だとしても、()()()()()であるならば撃滅しなければならない。

 

 

 

 ――――――運命は、(カイナ)という異物を許さない。

 歯車に紛れ込んだ砂粒一つ。しかし、それが正史から外れる要因となった以上、彼を『脇役』のまま終わらせてはくれない。

 どこまでも、執拗に、苦難や試練という形で襲い来る。

 

 

 

#####

 

 

「…………」

 

 心停止するのではないかという程の圧力と殺気でカイナは目を覚ました。

 時刻は夜中、時計は見えず月明りも差し込まないために視界は一面真っ黒に塗りつぶされている。久しく感じていなかった生身の両腕の感覚は、これまで義手だったために機能していなかった分の遅れを取り戻さんとするかのように鋭敏に空気の流れを感じ取っていた。試しに力を込めてみれば、自身の象徴たる高周波振動のアーツは問題なく起動、脚のポーチに入れていた大型ナイフがガチガチと震えて音を立てていた。

 

「クレバスの爺さんは、どこに………」

 

 家主であるクレバスが居ない。嫌な予感がして、同時に何か違和感のある反響を感じて、鍛造用の炉へ向かう。何日経過しているのかは分からないが、炉は中まで冷え切っていて、そしてそれはクレバスが数日仕事をしていないことを意味していて――――――

 

「…………っ」

 

 灰の中に、棒状の異物が幾つも転がっていて、全てを察してしまった。

 いやに滑らかで手触りが良く、そして両端が盛り上がっていて棍棒に丁度いい。奥の方にはカーブしたものから籠状のものまで転がっていて、そしてその()()でもう分かってしまう。 

 

 ()()()()()()。それも大きさからして成人男性。周囲に血の臭いは無く、しかし炉のすぐ下に、クレバスの愛用品である工芸用ペンチが落ちていた。もう確定だ。あの闇医者兼エンジニアは、何者かに襲われてその存在ごと抹消されてしまったのだ。

 

「ああ、最悪だ」

 

 こうなってしまえば、もう案ずるも何もあったものではない。今すぐ逃げなければと頭が警鐘を鳴らし続けていて、衣服を着直してズボンのポケットに入っていたグローブを着けて、なるべく音を立てないように床に手で触れた。

 アーツを起動、蝙蝠のように反響音を利用して外の様子を探るが、それらしい反応は無い。もしや誰も居ないのか、いや、音の射程外で陣取っているのではと様々な憶測が頭を過るが、しかしこの現状、動かなければ手詰まり。

 

「クソ、行くしかない」

 

 意を決して扉のノブに手を掛け、慎重に開いて―――――そこにあったワイヤーに、怖気が走った。開いた瞬間殺すと言わんばかりに扉とその枠を繋ぐその鋼線は、そのまま顔の扉枠の爆弾に直結されていた。

 

 アーツを起動、ナイフに高周波振動を付与。起爆しないように慎重に切断し、一気に開いて…………

 

「しま―――――」

 

 足元のワイヤーに気付かず、起爆させてしまった。いつもこうだ、詰めが甘い。

 即座に靴裏へ振動を付与、衝撃波へと転じて身体を捻ることで爆風の直撃から逃れ、そしてゴロゴロと無様に転がった。

 全身打撲で痛くてたまらないが、この程度なら身体の側が勝手に直してくれる。問題なのは、今のミスで轟音を立ててしまったという事。この起爆を合図に下手人は真っ直ぐ此方へ向かってくるだろう。

 

「ぎ……っく、そ!」

 

 無様に立ち上がって、そのままもう一度、今度は靴を媒介に地面へと振動をエンチャント、起爆剤にして加速する。そのまま路地の壁へと激突するその瞬間、壁を蹴って()()()()()()()()した。可能な限り音を殺し、そして気配を薄めつつ上空へと跳び上がる。

 

 屋上へと着地、そしてそのまま疾走。足元に振動の地雷をセットしてコンクリートを激発させることでブースター代わりにしながら駆け抜ける。屋根から屋根、ビルからビルへ、屋上から壁面へ。縦横無尽に、かつ地上にいるであろう敵の目を避けるように最高速で移動していく。

 着地の際に両手足を使うものの、多少軋む以外に問題はない。試す時間こそなかったものの、再生した腕は問題なく機能しており、また殺しきれなかった衝撃で損傷する筋肉も端から治癒が始まり、1秒に満たない滞空時間の間に再生は完了する。

 技巧が鈍っていればこの治癒にも遅れが生じ、そして最終的に足を砕く羽目になる。一度経験して痛いほどに思い知って、そして死ぬ気で訓練した移動技術は今も健在だった。しかし一方で自分の血に流れる治癒能力が存在していなければ、今頃自分は半身不随で野垂れ死んでいたのだろう。

 だから驕らない、誇らない。ロドスの面々はこれを治癒能力抜きでやってのけたのだから、それと比べれば未熟も未熟と気を引き締める。常に下方の地上と前後左右を確認しつつ、音響に反応がある度に即座にルート変更を行って都市の外を目指す。

 

 そして居住区を抜け、雪原を足を取られないように疾走し、あと少しで国境、という所で。

 

 

「…………っが!?」

 

 ―――――肺まで凍りそうな銀世界の中、更に底冷えするような銀色の殺意が影と共に襲来した。考えてみれば当たり前だ。あんな惨状が起きていたのに無事に逃げ切れる訳が無かったのだから。

 間一髪回避できたのは正しく偶然。()()()()()()()()()()()()からに他ならない。ヒュルヒュルと鞭のような風切り音の後、再び迫る鎌鼬。居合にも似た技巧によって放たれる連撃をどうにかかわしていく。

 

 次いで襲来する黒い影。その手には盾があり、それを構えたまま、まるで雄牛のように突っ込んでくるが、その本命は盾の影になった片手剣と()()()()()から―――――

 

「くっ、そ、がァ!」

 

 絶大な衝撃を伴う刺突をナイフでどうにか受け流し、運動エネルギーを回転に変じて死角から迫った銀閃を弾き飛ばす。

 刹那、飛来するのは()()。眼球を狙って飛来したそれを首を傾けて回避し、同時()()()から一寸のズレも無しに襲来する剣戟の射程外へ逃れた。

 

 もう此処まで来てしまえば、敵手の正体など見ずとも分かってしまう。

 

「嘘だろオイ、何でだよ、最悪じゃねぇか……!!」

 

 此方へ刃を向ける三人―――――クーリエ、マッターホルン、シルバーアッシュ。同時に、後方からも気配が襲い掛かる。身体を無理矢理動かして回避すれば、先程まで立っていた場所に咲き誇る氷の花。もしも避けていなければあの中に閉じ込められて砕かれていただろうと考えて怖気が走る。そして、こんなことが出来る奴は自分は一人しか知らない。

 

「プラマ、ニクス…………!」

「……」

 

 見た事も無いほど凍り付いた表情は、何よりも雄弁に“逃がさない”と告げていて。苛立ちに任せて拒絶を叩き付けたことを今更になって後悔する。

 その動きに最大限警戒しながら後方へ目を向ければ、得物を持った三人もまた、無機質な殺意を此方へと突き刺している。その中で、シルバーアッシュが口を開く。

 

「カイナ、お前には()()()()()()()の嫌疑が掛けられている」

「な――――――」

「知人として傷つけるのは憚られる。投降するのなら武器を捨てて手を挙げろ。これはカランドの巫女殿からの直々の命であると心得よ」

 

 身に覚えなんてある訳が無い。放たれた言葉が示すのは唯一つ、()()()()()

 要は契約破棄を契機にして適当な理由を付けて捕縛し、イェラグで飼い殺すという意思表示だ。やけにあっさり解放してくれたと思ったら、此処まで仕込んでいやがったのかと歯噛みする。どうして気付けなかった、どうしてあの時疑問に思わなかったのだと過去の自分に向けて無数の罵倒を投げつける。

 

 そして、逡巡しているうちに時間切れ。此処から逃れるにはもう戦って出し抜くしかない。逃げの一手が通じるほど相手は甘くないが、しかし負ければどんな扱いを受けるか分からない。もう契約という庇護の無い異邦の犯罪者にどんな罰が下されるのかなんて考えたくもない。

 

 生きたい、嫌だ、勘弁してくれと泣き言を吐きたくなるのを堪えて四肢に力を込める。ただ勝つだけでは駄目だ。仮にシルバーアッシュとプラマニクスのどちらか一人でも再起不能にしてしまったら、それだけでイェラグという国はひっくり返りかねない。だからといって手加減して勝てるなんて妄言を吐くほど頭は逝っていない。

 

 勝率は最悪、勝っても取り分はゼロ。しかし負けても降りても手持ちのチップは全損の最悪なレートの中、必死の思いで戦意を固めた。




カイナ
装備:大型ナイフ
アーツ:高周波振動の付与・操作
状態:両腕は再生、しかし体表にまばらに結晶が発生中。



シルバーアッシュ「お前みたいな有能逃がすわけないやろ、気づけよ」
プラマニクス「他の女の所へ行くんでしょ? 逃 が さ な い」
クーリエ「主人がこう言ってるんや、すまんな」
マッターホルン「俺が仕えてるのは主人だから、すまんな」

主人公(カイナ)「」





次回、主人公は死ぬ
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病狼狂乱/Vibration

 今回、後半閲覧注意です。

 あと主人公が割とメンドクサイ。


 襲来する刃はまるで鎌鼬。どれ一つとっても致命打であり、カイナの身を切り開いて血と臓腑の花を咲かせる。

 

「――――ぎ、ぁ」

 

 刃が到達する寸前、三閃に生じるコンマ1秒の差を縫うように防御し、即座にその場から移動することで追撃のアーツをかわす。当然狙って可能な芸当などでは断じてなく、理由としては相手の太刀筋を何度も何度も食らっていたから。つまりは()()知っていたから。

 それを証明するかのように手は痺れている。()()()()()、連中の刃は幾度となく刺客を屠ってきた断罪の化身。手に持つナイフに高周波振動を付与して弾き飛ばすことで、どうにか一閃の間に隙間をこじ開けて身を滑り込ませているような状態。稼げる時間はほんの僅か、しかも油断していれば後方から絶凍のアーツが飛来するのだから堪ったものではない。

 

「ぐ、糞が」

 

 氷が飛んでくるといった物理的な攻撃は無いが、しかし此方を狙って的確に身体の節々を表面から凍てつかせることで機動力を削いでいく。対処法として振動を自分自身に付与して凍結を破壊し、己の血筋が損壊した肉体を再生させる。高周波振動による物理破壊能力と再生能力、そして連中の手の内のどれか一つ欠ければ自身に勝機は無く、だからこそ文句の一つも言いたくなる。

 ああ、きっとロドスやレユニオンの連中ならこんなもの鎧袖一触に出来るのに。()()()()()()()も出来ずに足掻いているから自分は落伍者なのだ。

 

 心中で自分自身を口汚く罵倒しながら弾き、躱し、そしてまた弾いて避ける。心の底から湧き上がる後悔と恐怖を必死に押さえつけて、そしてがむしゃらに敗北だけを拒絶して抵抗する。

 それは何か高尚な覚悟や何某かがある訳では無い。ただ、連中が『主役』で自分は『脇役』だから。『主役』の傍に居る『脇役』は否が応にも物語の壇上へ引き摺り出され、そして『主役』を輝かせるために華々しく、あるいは惨めに散っていく。

 そんな生き方は出来ない、自分はもう壇上にも上がらない何処かの誰か(わきやく)でありたいのだ。お前達(しゅやく)に引き回されるのは御免なんだよ。

 

 ただただみっともなく、無様に雪原を転がって足掻く。連中にはさぞ滑稽に映っていることだろう。

 頭を占拠するのは傷つきたくない、痛いのは嫌だという俗な感情。ああ畜生悪いかよ、これが俺なんだ勘弁してくれと泣きそうになりながら無我夢中で拒絶する。そして、その中で深く煩悶し続ける。

 

 ―――――どうするのが正解だ、どうすれば跡を濁さず終われる、そもそも自分は相手をどうしたいのか、決めたところで実行できる領域なのか、どうなんだ、と。

 分からない、そんなもの分かる訳が無い。分からないから足掻いているんだ。

 勝って成長して前へ進む、もうそんな無間地獄には戻りたくないんだよ、だからどうか許してくれと。

 

 依然、シルバーアッシュ達の攻撃は続く。それは止めどない暴風のようで、ほんの少し気を抜けば即座に自分は腹の中身を物理的に冷やす羽目になるだろう。彼らの練度は凄まじい。一端の傭兵としても十分食っていけるだけの業がここにある。

 そんな連撃を、やはり泣きそうな顔で拒絶し続ける。音速に迫ろうという刃の挙動を回避し、視認不可能なアーツの攻撃を発動者の視線を基に防御する。どれもこれも紙一重、繰り出される高度な連携と探知不可能な死角からの殺意を生存本能に臆病さでブーストを掛けて回避して、ああそれから。

 

「ぐう、っ」

 

 悔しさと疲労に声が漏れる。何せ()()()()も切りつけられて、()()()()もアーツの攻撃をどうにか防いで、そして()()()()()()()()()()()()()()

 

 こんなだから自分は雑種で劣等なのだ。例えばこれがロドスの()()()()()()やレユニオンの()()()()()()()()()だったなら、一体何度奴らに傷を与えられていたのだろうか。

 

 そして、そんなことを考えている暇なんて無いのに、ほら。

 

「ふ―――――!」

「せァ―――!」

「っ、がああぁ!!!」

 

 迫るマッターホルンのシールドバッシュをナイフの振動で弾き飛ばして回避、瞬間背後から迫るクーリエの一閃を屈んで回避、そしてプラマニクスのアーツにより凍結する膝関節を振動で破砕、再生している間にトドメと言わんばかりのシルバーアッシュの音速の刺突を火花を散らしながらいなす。

 どれもこれも一撃必殺、それが何重にもなって襲い来る様は狼犬(自分)よりも狼らしい。手口を知らなければ回避も防御も許されず、プラマニクスという援護によって生来の凶悪さに磨きがかかる。

 

 故に、「運が良かった」のだ。たまたま事前知識があったから手口を読み解けて、そして防御できるというだけ。それ以上も以下も無い、()()()()()()()()()とひたすらに言い聞かせつつ、刃の回避が紙一重であったことを重く受け止めて臆病さに拍車がかかる。

 

「くそ、どうして…………」

 

 怯えて逃げて逃げ続けて、()()すらも間に合わない。どうしてお前はそうなんだと言いたいが、それが自分だと自覚するたびに嫌になる。

 だから、ああ畜生、決断できない。いつやるべきか、今か、数秒先か、それともコンマ数秒先なのかと伺っても全く活路が見えてこない。そんな状況だから焦燥感ばかりが募って、おまけに夜の雪原という状況下で体温も奪われ思考能力は刻一刻と鈍る。

 

 迫るタイムリミット。焦りは確かに存在しているのに、それでも此処だと決める勇気が持てない。

 

 

 

 そして、ああそんなだから。

 

 

「っぐ…………!」

 

 一撃貰ってしまった。修復が始まるも、傷口を凍結されて阻害される。

 隙を晒して、その瞬間肩口へと何かが突き刺さった。見てみれば、それはシルバーアッシュの猛禽。先程から姿が見えなかったソレは、此方に隙が出来るのをずっと待っていたのだ。

 爪を引き抜いた猛禽は続いて嘴で目玉を狙ってくる。ナイフに振動を付与する暇もなく振り払えば、弾けはしたものの明確な隙となってしまい――――――

 

「ぜああぁぁぁッ!!」

「ご――――――――――――」

 

 マッターホルンのシールドバッシュをモロに食らってしまい、今まで弾いてくれたお返しだと言わんばかりに吹き飛ばされた。

 そしてそして、そんなもので終わる訳など到底なく。

 

「シィ―――――」

「   ――――――げ、ぱ」

 

 バウンドした自分の体にシルバーアッシュの鋭利な一閃が、喉仏へと命中した。全身の骨に亀裂が走り、そして急所への一撃。これでも死ねないのだから自分の体が恨めしくなる。

 

「―――――我らが神よ―――――――」

「は…………ぁ、ぐ」

 

 トドメと言わんばかりにプラマニクスのアーツが襲来し、全身の皮膚が凍結した。今動こうものなら筋肉ごと引き裂かれて砕けて使い物にならなくなるだろう。

  

 此処に、勝敗は決した。当たり前のような事実だけがカイナへと圧し掛かる。

 

 

 

「…………ああ、くそ」

 

 満身創痍、致死寸前。だというのにカイナの体は死を許さず、今この間にも造血と修復を敢行している。

 

 逃げるための準備だって、今となってはもう遅い。()()()()()()()のだ。あと一秒、ほんの一秒早く実行していたのなら、運が良ければ無傷で逃げ切れたかもしれないのに。

 接近してくる足音が地獄の悪鬼みたいに聞こえてくる。出来ない、無理だ、やりたくないと文句タラタラだった末路がこれかと自嘲だってしたくなる。

 

 だが、それでも嫌なのだ。死ぬことも、負けることも勝つことも、()()()()()()()()()。これだけ追い込まれているのに、そんな惨めな思考回路は変わらない。だから余計に嫌になる。自分は生きるべきではなかった、生まれるべきじゃなかったんだと言いたくなる。

 

「…………誰か、教えてくれよ……“成長”って、何なんだよ」

 

 誰に聞くわけでもなく、倒れ込んだまま呆然と呟く。

 シルバーアッシュなら、プラマニクスなら分かるのだろうか。“成長”とは何なのか、その答えが。応じてくれるのならどうか答えてくれよ。こんな惨めな醜態晒した雑種にも分かるように教えてくれよと泣きたくなる。

 

 “苦難(成長)”を越えて得られるのが“成長(苦難)”。結局のところ、どれだけ頑張ったって報われないじゃないか。

 もうどうしようもないんだ。なのに、こんなにも情けないのにどうして未練だらけなんだ。

 

 

 ――――――ああ、こんなものが自分の運命だというのなら。

 

 結局、病害を撒き散らして光に怯える負け犬だというのなら、もういっそ。

 

 

 

「―――――――――――――――吹っ飛べよ」

 

 

 

 刹那、雪原が爆発した。一か所の炸裂から連鎖するように、火薬を伴わない雪の破裂が周囲全域を包んでいく。シルバーアッシュ達は何事かと周囲を警戒し始めるが、()()()()

 

 全身へ付与した高周波振動が氷を自身の肉体ごと粉砕し、身体は最低限の筋肉を急速に再生していく。同時、ナイフへと振動を重ねに重ねて――――――

 

狂乱振(バイブレーション)

 

 一気に雪面へ叩き付けた。蜘蛛の巣のように広がる亀裂から粉砕された雪と氷が噴煙のように吹き上がり、前座の雪原の爆発が遊戯に思える勢いで周囲一帯を白色に包み込んだ。

 しかし、振動とは伝わっていくもの。当然狂乱するナイフから肉体へとそれは伝わり……

 

「ひィ、っぎ、ああぁぁァ!!」

 

 凍結した雪の塊が粉砕される程のエネルギーで全身を激震させられて無事で済むはずがない。無様に悲鳴を上げて、しかしその激痛で正気を保ちながら、好機は今しかないとカイナは全速力で離脱した。

 

 

 未だ地震のように揺らぐ視界と四肢を必死に操って、自分自身を誰より呪って、そして自分の力に蝕まれながら、狼犬は闇夜に紛れて何処かへ消えた。

 

 

#####

 

 

「…………逃げられた、か」

 

 仕込み杖を納めつつ、シルバーアッシュは呟く。カイナは()()()()()()()()()()()()()()()()()と認識して、やはりその判断能力に感嘆していた。

 

「どうしますか、シルバーアッシュ様」

「……戻るぞ。やるべきことが出来た」

 

 無言のままに主の決定を仰ぎ、クーリエとマッターホルンも去っていく。その中で、プラマニクスだけは雪原の向こうをじっと眺めていた。その目には先程までの冷たさはなく、ともすれば熱すら灯っているかのようで、それにシルバーアッシュは瞠目していた。

 

「……どうされましたか、()()()

「…………いえ、何も。身共にも、やるべきことが出来たというだけです」

「ほう、それはまた」

 

 あくまで他人のように振舞う兄妹。視線は一切交わらず、しかし向いている方向は同じだった。片方は己が手札を増やすため、そして片方は清冽で凄烈な胸の内をいつか“彼”へ吐露するため。

 

 今この一時、彼等は見る物を同じくしていた。

 

「行こう、ロドスへ」

「行きましょう、ロドスへ」

「「御意に」」

 

 

 ――――――――運命は、異物(カイナ)を逃がさない。

 

 

#####

 

 

 

 

「ああ、あああ、があああぁ…………っ!」

 

 決死の想いで逃げ込んだ洞窟の中、全身を揺さぶる運動エネルギーに耐えかねて、カイナは血反吐をぶち撒けた。

 

 まるで振り子のように反響する振動が、起動したままの電動カミソリの山に全身を突っ込んだと言わんばかりに破砕していく。のた打ち回る姿は文字通りの狂乱で、脳ですら激震しているせいで思考まで覚束ない。おまけにこんな状態でも肉体は修復を続けているものだから余計にダメージは積み重なっていく。

 

「いぎ、ひガ、あぎぃ……っぐ、あぁ、あひ、ひぎィア―――――」

 

 手首を噛み裂く、肉を食い千切る。激痛さえ上回ればこんな状態でも正気を保てるはずと、物理的に暴れ狂う頭でどうにか自分の状態を解釈して自傷行為に走る。しかし振動する歯ではうまくかみ合わず、唯管に肉を噛み潰してててててててて――――――

 

「とま、とま、とまあれれれええれれええええっっ!!?!?!?!!」

 

 発狂寸前、しかし死は許されず。脳が激震する苦痛に耐えかねて地面に頭を叩き付ける。ガンガンゴンゴン、めきりと頭蓋骨に罅が入るも、致命傷から癒えていく。そのせいで、振動は止まらない。

 

 皮膚の下で肉が弾ける。血管が砕ける。骨が潰れる。全身が溶岩にでも浸されたかのような神経がむき出しの激痛の中で、自分の行動を後悔し続ける。“狂乱振”と名付けたその技は、高周波振動を付与できる自身のアーツによって全く同じ波長の振動を重ね合わせて爆発的な威力にするというもの。そのエネルギーは大地震のそれにも匹敵するが、当然伝播した振動はアーツの発動者自身を崩壊に追い込む。

 

 通常の振動付与でさえ、血筋による再生能力が無ければとうの昔に自壊していた欠陥品。故に無価値、塵芥と卑下したくもなって…………

 

「ぎぃ、ああ、あがああ、ががが」

 

 生き残ることが出来ても、逃げるより先に振動を止めなければこうして自身のチカラで蝕まれていくのだ。地震にも相当するエネルギーを一身に浴びて無事でいられる訳が無い。

 

 損壊した内臓は端から修復され、そのせいで苦痛が長引く。なまじ瀕死状態が無限に続いているせいで再生能力が増大して、もう手が付けられない。息をしているだけで死へと向かい、そして生に引きずられる様はまるで四肢を牛に引かれて裂かれる受刑者のよう。

 

「潰す、潰す、振動、つぶ、すぅぅ――――!」

 

 崩壊しては再生する手でナイフを持つ。亀裂が入り、破損寸前のソレに、最後の力で逆位相の振動を付与する。こうでもしなければ死んでしまうと腹を括って――――――

 

 

 

 

「―――――っぎ、ああアァぁぁァァァァァァァァァァァァ!!!!!」

 

 肩口へと、切っ先を深く突き刺した。身を蝕む振動と逆位相の振動がぶつかり合ったことで混線し撹拌され、そしてようやく鎮まった。

 

 過呼吸のように定まらない息をしてどうにか酸素を取り込み、過敏になっている神経をなるべく刺激しないように寝転がる。思考は狂乱状態から解き放たれた影響で安定せず、身体は休息を求めて意識を落としていく。

 

 

 

「――――そこの貴方、大丈夫ですか」

「   ―――――、  ――――」

 

 誰かが話しかけてきたが、もう答えることもままならない。相手が男か女かの判別すら不可能な程に五感は損耗していた。

 

 話しかけてきた人物の顔が近づくのをただ眺めながら、カイナは眠りについた。




 口調なんて台詞見ながら書いたけど分からんべ……だれか教えてくださいな

 次回からはリアルの都合上更新が遅くなると思いますが悪しからず。基本不定期、書けたら投げる。

感想・評価お待ちしております


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狼犬彷徨/Stranger

 割と早く出来たので投下。ごめんね、カイナ君オリジナルキャラクターだし、どんだけいじめてもあんまりストーリーに関わらないからってやり過ぎたかも。
 でも☆6オペレーターって設定な時点で戦闘力はほぼトップクラスだと思ってるからその分の苦難は頑張れ、応援してる(鼻ホジ)


ではどうぞ


 ―――泥のような眠りの中で、過去の記録が再生されていく。

 幸福なんてありはしない、しかし珍しいわけでもない。ありふれた、当たり前に不幸な半生。

 

 気の狂った血統主義と実力主義、選民思想に差別意識。何かあれば自分の血筋と気合いと根性を盾に意味不明の説法、そして終いには無茶無謀をさせた果ての病で勘当。

 裕福なことは幸福なことではないのだと、たった六歳で悟ってしまった。教養があることは賢明なことではないのだと理解するには、生まれて六年で十二分に過ぎた。

 

 スラムに降りてからの方が気分は楽だった。何せ、生きるためならばあらゆる無法が許容される。勝てば生存負ければ全損の簡単な世界だったから、ただ遮二無二突っ走るように荒れていれば生きていられた。レユニオンに入ったのは確か九つの時。もてはやされるままに非感染者を殺していれば衣食住が提供されたからと、人畜無害だったのだろう人間を殺しに殺した。

 3年目位だろうか。組織の中でヒエラルキーが上になればなるほど息が詰まって、追いかけられたら困るからという身勝手な理由で直属の手下を()()()にして逃げた。

 

 

 逃げたは良いものの、結局困るのは自分だ。傭兵紛いとして生きてはみたものの、大した額も稼げず一日食いつなぐのが精一杯、真っ当な装備も買えずに鉱石病由来のアーツだけで足掻いて、結果として鉱石病が悪化して、オリジニウムアーツを暴発させた事を契機に()()()()()()()

 内臓は健全なまま、皮膚、筋肉、骨の順にオリジニウムに()()されるように浸食され、激痛に喘いで切り落とせば時間をかけて再生能力によりぐずぐずと補填される。ヒトデやナマコが欠損した肉体を再生するような気味悪さで、そして浸食と再生の両方で激痛を伴い始めたのだから堪ったものではなかった。

 

 

 そんな中で偶然届いた長期契約、相手はかのロドス・アイランド。一も二もなく飛びついて、ああこれで真っ当になれると馬鹿なことを考えていた。

 夢が破れるのは一瞬、当たり前だ。ロドスの本質は鉱石病感染者の治療法の模索と、職場の提供。衣食住のためには働かねばならず、交渉が出来るだけの能もない傭兵風情に回されるのは()()()()()。要は感染者の抹殺だ。

 

 容体が安定して仕事を割り振られるようになってからは、殺して殺して殺し続けた。時折情報を得るために心身共に限界まで嬲ってから殺して、得た情報を元に感染者やテロリスト、裏から操っていた政治家まで皆殺しにしてきた。

 

 

 

 そして、どれだけ殺しても心折れず立ち上がれる上に、自分より何倍も役に立つ技を多分に備えたオペレーター達を前にして、心は折れた。

 アイツならもっと早く、そして何も感じずに殺せる。コイツなら医療隊を呼ばずとも、他者に適切な治療を施せる。ソイツならもっと的確に、最低限の労力で事務仕事をこなせる。()()()()()()()()()()()()()()()()()、殺すことしか出来ない自分なんかとは大違いだった。

 

 同情される気は毛頭無い。だって要は自業自得だ。辛いから楽そうだからと逃げに逃げて、結局自分の無能と屑さ加減を存分に晒しただけ。今苦しいからと自分の短所を棚に上げて、分不相応なことをしようとしたから罰が当たったと思えば何も疑問は無い。

 

 正しいことは辛いんだ。間違っていることは楽なんだ。耐えて我慢して踏ん張って、そして明日を目指して前を向く。確かに辛くはあるが、しかし正しい。人として正しい姿、そうあるべき指標だろう。だが、それを実行できるのは一握りの人間だ。性根が凡人である限り、それらをこなすことなど到底出来はしない。

 

 ―――――だからこそ、そんな風に言い訳しかできない屑な自分が尚更嫌になる。こんなふうに、()()()()()()()()()()()()()()()()、自分が頭からつま先まで畜生なのだと認識して、自分への罵倒が止まらなくなって、それすらも嫌になるんだ。

 

 

 カイナという男はどこまでいっても畜生のままなのだ。『成長』と『主役』を拒み続ける限り、永遠に進めないのだろう。

 

 

 

#####

 

 

 意識が浮上する。体は鉛の鎖で縛られたかのように重く、そして覚醒した瞬間から激しく痛むのだから苦しくて仕方がない。

 

 ふと、カイナは自分が半裸で、体に布団代わりに自身の上着が掛けられていることに気づいた。また至る所が包帯やガーゼで手当されている。少なくともナイフ一本だけで逃亡した自分ではこれだけの処置はできず、同時に失神する直前に誰かが話しかけてきたのを思い出す。

 

 一体誰がと視線を洞窟内に巡らせれば、パチパチと音を立てる焚き火の前に腰掛ける黒衣の女性の姿が目に入った。傍らには長杖が置かれており、そしてカイナのナイフもそこに置かれていた。

 

「目が覚めましたか」

「アンタ、は」

「旅医者の、シャイニングと申します。吹雪から退避した洞窟に貴方が倒れていたもので、勝手ながら処置をさせていただきました」

「……ありが、とう」

 

 カイナの口から漏れた素直な感謝に、シャイニングは首を横に振ることで礼は不要と返す。そして、やれることをやっただけだと続けた。

 

「体の調子は、如何ですか」

「正直痛くてたまらないけど、慣れてる」

「……あの重体に、ですか?」

 

 カイナは小さく首肯し、自身のアーツについて説明する。殆ど天性の勘だけで超常現象を励起し操作できる、その代償とでも言うべき特異性を明かしていく。

 

「俺のアーツは、高周波振動の操作だ。周波数はある程度融通が利くけど、物体に付与しないと使えない上に、射程範囲は俺から3()c()m()……ほぼ直接触れないと励起できない」

「……」

「詠唱も道具も要らない、少し体に力を込めて意識すればすぐ発動できる上に応用も利く。……けど、その欠点が大きすぎる」

「つまり、大きすぎる振動によって自壊してしまう、と」

「そういうことだ。おまけに切り札を切った後はいつもこの通り、瀕死寸前でのたうち回る羽目になる」

 

 とんでもないアーツがあったものだとシャイニングは嘆息する。振動による物体の破壊や刃物へ付与することによる切れ味の向上、反響による周囲の索敵、周波数を上書きすることによる物音の攪乱。少し考えただけでこれだけ出てくる優秀な力でありながら、一度戦闘か何かで行使してしまえば意識不明の重体になる程の反動に襲われる。

 どうして無事だったのかとカイナに問い、極東のとある一族の血筋を引いているせいだと聞いて、彼女の頭に浮かんだのは一人の女性だった。

 

「……貴方は、マトイマルという方を知っていますか」

「…………何で、その名前、が」

「……なるほど、やはりですか」

 

 シャイニングが現在の所属を明かせば、カイナは観念したように深く溜息を吐く。そして諦め故の枯れた笑いを洞窟に響かせた。

 

「俺のこと、ロドスは探してるか?」

「……いいえ。しかし、MIAのリストには貴方のプロフィールがありました」

「はは、敵前逃亡の脱走兵が作戦中行方不明とはな」

「逃亡……()()()()()()?」

「タルラ―――レユニオンのリーダー」

 

 名前を聞いて瞠目し、よくぞ逃げ切ったとシャイニングは励ます。対するカイナの反応は芳しいものではなく、苦笑しながら情けを掛けられただけだと前置いて事の顛末を伝える。

 

「……何を思って逃がしたのかは分からない。けれど、俺が隊長だった部隊はヤツによって全滅した。ロドスに留まって、いつかアイツともう一度相対すると思うと、今でも戻りたくないんだ」

「……怯えるのも当然でしょう。私はタルラを書類上でしか知りませんが、彼女のアーツは凄まじいということは分かります」

「信じられるか? アイツがそこにいるだけで、何もかもが燃えるか溶けるかで消えていくんだ……まるで、太陽がヒトの形をしたみたいな圧力だった」

「……」

 

 その言葉の後に、重苦しい沈黙が場を支配する。火にくべられた薪が爆ぜる音だけが響いて、二人とも炎の揺らぎをじっと眺めている。

 そして、ふと気になってカイナはシャイニングへと尋ねた。

 

「アンタ、マトイマルと面識あるんだろ……最近はどんな様子だった」

「特に陰りがあるというわけでもなく、壮健ですよ。行方不明者の話になると表情が多少曇りますが……ああ、あとはカドウ? に誘われましたね。生憎と、苦笑されてしまう出来映えでしたが」

「はは、変わらないな」

 

 ロドスでの日々を思い出して苦笑する。唐突に「吾輩の遠い遠い親戚だな」と声を掛けられて、一方的に絡まれて、いつも模擬戦でボコボコにされてと下らないことばかりが頭に浮かんできて、言いようのない寂しさに包まれてしまう。

 また会いたいとは思うものの、今更どの面下げて帰ればいいのかと煩悶して、結局逃げることを選んでしまう自分が今は恨めしかった。

 

 

 暫くそうして静かに語っているうちに洞窟の外が明るくなり始め、吹雪も収まった。身体はまだ余すところなく痛むものの、歩く分には問題ない程度に回復していたために上着を着込んでシャイニングからナイフを返して貰う。彼女も外の様子を見て身支度を始め、殆ど炭になっていた薪火を足で消して立ち上がる。

 洞窟の外は、青空の広がる快晴。雪原の白が目に痛いほどに輝いていた。

 

 

「……それでは、お元気で」

「ああ、世話をかけた。いつか恩返しでもできりゃいいんだがね」

「……ふふ、いつかどこかであったときにでも、と申しておきましょう」

 

 会釈をして、別方向へと歩き出す。シャイニングはイェラグ領地の村へ、カイナはそれと反対方向へ。さてどこへ行こうかと気楽に考えながら、しかしシルバーアッシュ達の剣幕を思い出して若干早足になりつつ逃避行を再開した。

 

 

 

 

「ーーーーーはい、はい、お願いします」

 

 報告を終え、支給品の携帯端末の電源を切り嘆息する。()()()というからどんな人物かと思えば、随分と苦労をしているような人間だった。

 ロドスは何やら躍起になって彼を連れ戻そうとしている様子だったが、()()()()貿()()()()()()()()()()()を聞いて得心した。

 

「……この一件、シルバーアッシュが絡んでいる……どうにも嫌な予感がしますね」

 

 大事にはならないだろうが、かといって一筋縄では収まらず、最低でも小競り合いは起きるだろうとシャイニングは眉を顰める。

 逃亡の理由について、彼は適当に誤魔化していたーーー否、本心で言っていたのだろうが、まだ隠している理由があると彼女は睨んでいる。陰謀的なものではなく彼自身の心因性のものだろう。だが、それは確実に彼を蝕んでいるナニカだと医師としての勘が告げていた。

 

「もう少し話していれば分かったかもしれませんが……仕方がありませんね」

 

 ロドスの者だと明かした以上、あまり長く引き留めようものならロドス自体が疑われて今後の接触を避けられる。資料を見る限り戦闘・潜伏においては彼の方が上手であり、逃げられれば次に派遣されるのはより荒事に特化したオペレーターだろうと考えて、彼の忌避感を増長させないためにも身を引くべきだと結論づけた。

 

 

 

#####

 

 

 

 

 首を刎ねる。腹を振動で爆散させる。容赦の欠片もなく、カイナは襲撃者を屠る。その服装は彼が仕事で何度も相手をする羽目になった()()()とレユニオンの混成部隊だった。見慣れたその衣装は数ヶ月前の滞在先のもの―――――つまりは、カイナに目論見を邪魔されたイェラグの貴族達の差し金。

 仕事としてではあれどシルバーアッシュ暗殺を何度も阻止し、おまけに巫女様に気に入られているせいで手が出せなかった()()()

 

 逃げる足を失った最後の一人の心臓にナイフを突き立てて絶命させ、そしてゆらりと幽鬼のように立ち上がる。返り血を拭い、反動に軋む身体をどうにか動かして現場から逃げ去る。そのまま留まっていれば次々に襲われてキリがないことを理解しているから、潰したらさっさと移動する。

 

「―――ぐ、げは」

 

 いつものように足下に振動の地雷を仕掛けて炸裂させることで加速しつつ、吐血する。どうやら伝達した振動で内臓がやられてしまったらしい。多少無茶し過ぎたかと自省するが、どうせ治ると無視してスラム街を屋根から屋根へと飛び回る。

 相変わらず融通の利かない力だと呆れながら、しかし無い物ねだりをする気力もなく、彼はこうやっていつも逃亡を選択する。

 

 また逃げた、次も逃げるんだろうと頭の中から責めるような声が響く。それは聞いたことのない声だが、しかしその出所が何なのかはよく理解している。

 これは後悔だ。今まで殺してきた連中の声を借りて、自分の中で増大し続ける後悔と無力感が自分で自分を責め続ける。

 

「……分かってる、分かってるんだよ」

 

 イェラグから逃亡して数ヶ月。移動都市を転々としながら日銭を稼いで食いつなぐ日々。

 本当はロドスに戻るべきなのだろう。だが、レユニオンにあの女(タルラ)が居るという事実がカイナの心を縛ってしまう。

 端的に言って怖いのだ。実力は元より、あの炸裂し続ける恒星のような悪意にもう一度直面した時に正気を保てるか分からない。だからほんの少しでも直面する可能性を減らしたくて、結局戻ろうという決心がつかない。

 

 怖い、怖い、何もかもが怖くてたまらない。信じられないわけではなく、()()()()()()。辛くて痛い思いをするのなら最初からそんな選択を頭から排してしまいたいのだと、情けない事だと自覚しながらもカイナはその思考を止められない。

 

「痛いことから逃げて何が悪いんだよ……」

 

 誰かが助けてくれる、誰かが手を差し伸べてくれるなんて()()()()()()()を掲げるほど馬鹿じゃない、なら保身のためには逃げるしか無いじゃないか。逃げて逃げて逃げて、そしていつか辿り着くだろう袋小路まで逃げ続けて、そしてそこで正しさに轢殺されるのだろう。苦しくて辛い最期を先延ばしにしているだけなのかもしれない。

 

「……くそ、畜生」

 

 ギロチンが上がるような音を立てて逃げ道が狭まる錯覚に陥る。イェラグはもう完全に駄目だろう。逃げ場としての選択肢から消失している。では次はどこに逃げればいい、どうすればいいんだと、頭の中は困窮していく。そして、ああもうどうしようもないと理解して、だからこそ分からなくなる。

 

 路地裏に立ち尽くし、ギリギリと歯が砕ける程に食いしばり、胸を掴んで頭をかきむしる。嫌だ嫌だ、痛い苦しい、何なんだこれはどうすればいいんだ、どうやって逃げればいいんだ。

 

「分からない…………」

 

 喉元まで出掛かっているのに分からない。感情(こたえ)をどう処理すればいいのか分からないから、諦めて放擲するしかない。

 

 倒壊寸前の廃墟のように軋む心。それを支える手段も思い付かず、スラムの一角で頭を抱えて座り込む。

 思い出しているのはロドスのオペレーター達の雄々しい姿、そして尚更惨めになる。辛いとき、苦しいとき、悲しいときにも前を向いて、明日は必ず来るはずだと立ち上がれる。

 ()()()()()()()()()()()()()()。どうして後ろ暗くならずに光へ光へと立ち向かえるんだ。お願いだからやめてくれ、自分にそんな輝きを示されても、そんな風には煌めけないんだ。

 

「どうすれば、よかったんだ」

 

 カイナは病に苦しむ狼犬だ。光に怯えて陰に籠もり、近寄れば牙を剥く。

 そして、()()()だからこそ病名を知らずに暴れ、治療法を理解せず、傷つけると誤認して逃亡し、余計に病巣を深くしてしまう。

 

 

 

 そして、ああ、だからこそ。

 

 

 

 

 

「見つけた、カイナ」

「…………」

 

 

 彼に選択は出来ない。悩んで迷って優柔不断の末に時間切れ、挙げ句の果てに逃げ場も無いまま逃げ惑って、それを延々と繰り返す。

 

 

「レッド、カイナ探してこいって、言われてた。やっと見つけた」

「…………」

「帰ろう」

 

 独特の気配に頭を上げれば、ぱたぱたと動く銀灰色の尻尾と特徴的な赤いコート。瞳は大粒の宝石みたいにキラキラしていて、耳まで動いてどこか嬉しそうにも見える。成熟しつつある体に対して、その精神は未だ発達段階という歪さを持っているから、嗚呼。

 

「―――――悪い、無理だ」

「……どうして?」

 

 尻尾の動きは一気に静まり、瞳にも陰りが生まれる。

 きしりと心が軋む音がするが、()()()()()()()()()()()()。目を閉じて深呼吸を一回――――三、二、一、零。

 

「実は別の仕事受けててよ、それが終わらないと帰れないんだわ」

「……」

「……寂しいだろ、けど、ごめんな」

 

 如何にも“君を案じています”と言わんばかりの表情でレッドの髪に手櫛を通して、そのまま撫でる。()()()()()()()()()()()()、レッドはロドスにいた頃から妙に懐いていたから、あしらい方だって分かりやすい。

 

「……もう少しだけ、我慢してくれるか、レッド?」

「…………うん、うん……」

「よし、いい子だ。ケルシー先生とドクターにも宜しくな」

 

 こくりと頷くレッド。オリジニウムだらけの手で頭を優しく撫でてやれば、戦い慣れしているとは思えない程柔らかくて小さな両手で包み込むように触れ、そして頬ずりをしてくる。まだ会えない期間が長引くのなら、せめて、そうせめてこの温もりを刻みたいと涙目で訴えてくる。

 

 ―――――心が軋む。怨念に追いつかれる。まだだ、まだだ、どうか保ってくれ。

 

「……もうしばらくしたら、また一緒に居られるかもしれないから、な?」

「…………うん」

「大丈夫、()()()()()()()()()()()()から。だから、あの場所で待っていてくれ」

「わか、った」

 

 嗚咽を噛み殺した声で肯定を示し、凄まじい速度でスラムを駆け抜ける赤い影。道中何度も此方を振り返るそれに手を振って―――――――

 

 

「…………く、はは」

 

 一欠片も視認できなくなってから、ああもう駄目だ、限界だ。

 

「っはっはははははははははは! なんだそりゃ、バカじゃねえのか!?」

 

 愉快そうに笑って、笑って、嗤って――――――――――――そして。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「っっざけてんじゃねぇぞ、このクソ下劣畜生がァァァッ!!!!!」

 

 ()()()()()()()。感情が濁流のように押し寄せて制御できない、逃げられない。

 溢れ出す感情は全て悪意。憎悪、嫌悪、忌避侮蔑、罵倒殺意、殺意殺意殺意――――――――――それらすべて、矛先は()()()()

 

「純真な子供に適当に好かれる動作して懐かせといて、いいように扱って嘘こいて遠ざけて!? なんだよそりゃ完ッッッ全にゴミ野郎じゃねぇかよオイ!?」

 

 狂い嗤いながら、自分の屑さ加減に涙すら流しながら周囲のガラクタへと無造作にアーツを暴発させて破砕する。逃げ場を求めて八つ当たり、ああなんて救えないんだお前は。否、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「何時になったら“成長”する気だお前はァ!? レユニオンの時から何ッッッにも変わってねぇな、結局そうやって逃げるばっかじゃねぇか!?」

 

 前へ進まねば。『成長』せねば。そうしなければいずれ破滅するというのに、齢20を越えてまだこの体たらく。いつまでもうじうじ自己嫌悪に勤しんで前へ進むことも『成長』することも、終いにはそのための苦難に立ち向かうことも嫌がって逃げてばかり、情けないを通り越して救えない。

 

「はは、ハハハ、あははははははははは!!」

 

 狂ったように嗤いながら、自己嫌悪に涙を垂れ流して四つん這いで呻くことしか出来やしない。

 

 

「ははは。うぅ、あ、はは、うああぁぁぁぁっ!!!」

 

 

 どうにか怒りをぶちまけようと絶叫して―――――頭の中に、声が響く。

 

 

 “ほら、また逃げた”

 

 “次もどうせ逃げるんでしょ”

 

 “だからお前は、永遠に『成長』できない”

 

 

 

 

 お前に『成長』は訪れない。生まれた時から病床に苦しむ負け犬だと、呪いのように殺してきた人間の声が反響していた。




Tips
オペレーター:カイナ

素質:嘘逃害悪
 全ての攻撃に対して30%の確率で回避し、10%の確率で強制撤退する

スキル1:拷虐技巧
 自動発動。敵撃破時に半径2マスの敵の防御-30%、全攻撃回避40%を獲得

スキル2:汚辱の狼犬
 手動発動。半径2マスの敵(最大6体)の攻撃・防御-50%

スキル3:狂乱振
 手動発動。半径3マスの敵全員へ400%の攻撃とスタン(5秒)。使用後は強制撤退および再配置コスト+10。



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末裔と病床

とりあえずポーイ(投稿)
もしかしたら改稿するかも。



では、どうぞ


―――――死に絶やす 死に絶やす 欠片も残さず屑になれ

 

―――――この身は既に病厄なれば、瘴気に飢えて牙は疼き、輝く者共を許せない

 

 

 戦場で聞いた、余りにも禍々しい文言。同時に飛来した無数の短剣が敵手へと突き刺さり―――――そして、腹の内側で火薬が爆ぜたように胴体が爆散した。

 

 瞬間自分の背後から飛び出した、下手人であろう青年。その戦い方は、およそ人の道徳からは外れていて。

 散らばった肉片を踏み躙りながら鷲掴み。何を行ったのか、次の瞬間には片手の生首がガタガタと動き始めて……投擲されたソレが、花火のように弾けた。

 

 骨肉と眼球、脳漿に血液。物理的な殺傷能力こそ無いが、精神へと与えるダメージは絶大。眼前で顔見知りの頭部が弾けてその()()を被ったことで、相手は一瞬動けなくなる。その間隙だけで青年には十分だったのだろう。接近して掌底を叩き込んだ瞬間、敵は先程の投刃を食らった者達のように炸裂して中身をぶち撒ける。

 そして、それだけに終わらず。いつの間にか手に持っていた肉片を相手の顔面へと投げつけ、動きが止まった瞬間に頭が胴体から滑り落ちた。

 

 

 

 まだ長引くだろうと思われながら一瞬で終了した戦闘。現場は凄惨の一言だった。

 十数人いたはずの練度の高かった敵手はその半分が断頭されて即死。残り半分は、説明されなければ人間とは分からない程にバラバラにされていた。気の弱い、或いは新人のオペレーター達はその光景だけで失神したり嘔吐を繰り返してしまう始末。

 

 当の下手人はと言えば、彼自身もどういう訳か吐血しながら武器の血を拭っている。血と臓物の海面に立ちながら、生者とは思えないほどに昏く濁った目で何処かを見ていた。

 

「ぐ、っぎ、ああぁ」

「……」

 

 青年の眼前で立ち上がったのは、奇跡的に生きていた銃火器を持ったレユニオン構成員。片腕は弾け飛んで、もう片方で必死に得物を構えている。

 

「なんで、どうしてだよ、()()()()()……どうして、アンタがそっち、に」

「…………ごめんな」

 

 驚くことに、オペレーターであった青年はレユニオンと旧知の間柄だったらしい。しかし、やはりその目に輝きは戻る事はなくて。

 

 

「―――――仕事だから、死ね」

 

 

 ひゅるん、と。間抜けな音と共に首が落ちて、血の噴水。

 あまりの容赦の無さと正反対に、その顔はどうしようもない程に泣きそうだった。

 

 

 

「――――なあ、君」

「…………俺か?」

「そう。君、鬼の血が流れているんだろう?」

 

 青年はまず驚愕したが、プロフィールを漁ったと言えば得心したらしく、同時に興味を失っていた。あえて明るく振舞ったが、向こうとしては鬱陶しいらしく避けられてしまったらしい。けど、やはり戦闘の時の泣きそうな顔が頭から離れなくて、どうにかしないと彼はじきに()()()()()()()()()()()と直感してしまったから、放っておけなかった。

 ああ、だから。

 

「なら、吾輩の遠い遠い親戚だな! 仲良くしよう!」

「え、あ、おいちょっと」

「まずは腹ごしらえだ! その後は訓練に付き合ってくれ、丁度相手を探してたんだ」

 

 多少強引に過ぎるかと思ったし、相手から避けられることも覚悟していた。眉を顰めて本気で嫌そうにしていたし、口振りも本心から苛立って鬱陶しそうだった。何かにつけて渋って、他のオペレーター達と関わる事を()()()()()()()()()ようにも見えた。

 けれど、そうやって自分が振り回している間だけは、あの朽ち果てた亡骸のような目ではなかったから。それが無性に嬉しくて、何時でも誰とでもその暖かさのある目でいて欲しいと思っていた。

 

 そんな希望なんて彼には欠片も無いと知るまでは。

 

 

「おーい、風邪ひいたって聞いたぞ、大丈、夫…………」

 

 彼とつるむようになり数カ月が経過した頃の話だ。

 数日姿を見せなかった彼を案じて部屋を訪ねて、絶句した。椅子も机も木っ端微塵、ベッドは半壊して使いものにならない有様。床には酒瓶が何本も転がり、血痕がそこら中に濡れた筆を振り回したようにように散らばっている。そんな中で、彼は部屋の隅でボロボロの布団に包まるようにして眠っていた。

 

「っ、カイナ!!」

 

 思わず手に持っていた見舞いの品を放り投げて駆け寄った。

 無造作に投げ出された片手には酸鼻極まる傷跡が刻まれ、抉り出された結晶が転がされたまま現在進行形で再生中。もう片方の腕は布団の端と共に短剣を掴んだまま。どれだけ荒れたのか、爪は罅割れ部分的に剥げて、指の関節は肉が抉れて白い何かが見えている。

 おまけに口から漏れる酒精が酷い。これは相当飲んでいるのだろうが、空き瓶の酒はすべて度数が異常な程に高い。中毒を起こしていてもおかしくない。

 

 状況的に確信していたが、自傷だとしたら酷すぎる。どれだけ自分を憎悪していたら此処まで凄絶に傷つけられるのだろうか。

 自身に流れる血を過信している? いいや違う、彼は戦闘中も病的なまでに、怯えるように負傷を避けていた。だというのにこの有様?

 

 破砕された机の傍に放り出されていた日記を見てみれば、其処には()()()()()()

 

―――――痛い、苦しい

―――――どうしようもないけど我慢するしかない

――――――今日も犠牲が出た。自分が意気地なしだったせいだ

――――――今日もだ。どうすればよかったんだ

――――――今日も死んだ

――――――今日も自分のせいだ

――――――今日も

――――――今日も

――――――今日も

 

 途中からは「今日も」としか書いておらず、ペンを握り潰したかのようにインクがぶちまけられて、紙面全体に「死にたくない」「生きたくない」とグチャグチャに書かれている。

 後悔、苦悶、慙愧全て自分へ向けた怨念の塊。読んでいて気が滅入るどころか、これを正常な人間に見せるだけで狂気への一歩を進ませるだろうもの。こんなものを書いていて正気が保てるわけがない。

 

 

 ふと頭を過るのは彼の服装。頭部以外を絶対に見せない理由は鉱石病の患部を見せる事を避けるためだと思っていた。

 だが、もし、もしも、だ。

 

「あの厚着は、自傷行為(コレ)を隠すために?」

 

 この予想が当たっていたら。

 こんな身体の外も内もボロボロにするような行為をずっと繰り返していたのだとしたら。

 弱みを見せないにも程がある。どうして助けを求めない? 辛くて苦しいなら態度に出すだけでもよかったはずだ。それすらせずに、ずっとこんなことをしていたというのか。

 頭の中が真っ白になっていたからだろうか。妙に冴えた頭は絶望的な仮説を高速で組み立てた。

 

「まさか、そんな」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()? そこまで、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()としたら?

 

 

 

 

 そこから先は、正直あまり思い出したくない。

 目覚め次第、彼は医務室で鎮静剤を投与されたうえで絶対安静となった。

 

 

 そして、数日後に消息を絶った。生存の確証がもたらされるまでの間、自分でも分かるほどに空虚だったのはよく覚えている。

 だから、正直に言おう。

 

 

「カランドの巫女、プラマニクスと申します。ロドスに協力をし、貴方方に祝福を―――――の、前に。不躾で申し訳ないのですが、依頼をしたいのです」

「……ああ」

 

 ()()が来たときに、吾輩は安心したんだ。嗚呼、やっと()()()の人物が来てくれた、()()()()()()()()()()()と。

 見た目こそ泰然とした、巫女という役職に相応しいであろう風格と佇まい。だが、その目に宿る猛烈な熱量は明らかにたった一人、()()()()()へ向けられたものだと直感で理解できてしまった。そして、依頼の内容を聞いて、その熱量の矛先はカイナだと確信した。

 

 カイナは自己否定の怪物だ。並大抵の衝撃ではあの悪癖は消えてくれない。普通の人間が重過ぎると表現するような、それこそ鉛の枷で縛り付けんとする程の愛情を叩きつけられる者でなければ、彼はきっと逃げてしまうから。

 

「ドクター、ちょっといいか?」

 

 彼を救えるのは、彼女しか居ない。あの絶望の奈落で震える獣を救ってやれるのは、彼女だけだろうから。

 

「この依頼、吾輩に受けさせてくれないか」

 

 ―――――戻ってこい、カイナ。今こそお前の病巣を取り除く。

 

 

#####

 

 

 空が白み始め、まだ日の昇っていない時分。カイナは広野で立ち尽くしていた。

 

 

「……やるか」

 

 心を一度鎮め、深呼吸を一つ。思い浮かべるのはイェラグで行われた戦闘。

 

「―――――四対一、敵は近接三アーツ一。逃げれば死ぬ、負ければ死ぬ……」

 

 恐怖をもう一度呼び起こし、ナイフを構えて、戦闘開始。

 

 

 幻影の敵手が放つ剣閃は鋭く、そして巧い。それが武器を変えて三人、加えて後方に強力なアーツ使いが鎮座。

 居合いにも似た視認限界の外からの一撃を反射で防御、死角から放たれるアキレス腱狙いの刺突をステップで回避、同時に回し蹴りを放つが避けられ、新たに生じた死角からシールドバッシュと同時に関節狙いで動きを封じるアーツが放たれる。

 シールドバッシュをナイフで受け流しつつ、盾の裏と背後から迫る切り上げを身体を捻りナイフで受けつつ回避、着地と同時にしゃがみ、左足を軸に回転して包囲網から外れて、最速でアーツ使いへナイフを走らせる。

 

 アーツ使いは基本的に近接が不得手だ。仲間が当然防御しないはずがなく、最速をさらに上回る神速で刺突が飛来する。

 回避すると同時に刺突剣士の懐へ潜り込み、顎を蹴り上げ次いで足に裂傷を刻む。数瞬遅れて攻撃してきた居合剣士の手の甲へ柄頭をたたき込み、一瞬怯んだ隙に狙うのは後方から迫る盾使い。盾で防御しつつ放たれる片手剣の大上段をいなし、右膝裏と左アキレス腱を切り裂く。

 

 機動力を失い膝を突く盾使い。油断することなく両腕を斬り飛ばし、崩れ落ちる身体を蹴って即席の盾として居合剣士の一撃を防いだ。瞬間盾使いの首を切断、そのまま無造作に掴んで刺突剣士へ投げ渡して動揺を誘いつつ、再びアーツ使いの元へ疾走、最短距離でその細首を切断しボールのように蹴って居合剣士へとパス。

 

 激昂しているのだろう一撃をかわしつつ、居合剣士の片腕を肩胛骨から切断。次いで宙を舞う腕からサーベルを取り上げ刺突剣士へ投擲、かわした隙に懐へ潜り込んで肝臓へとナイフを突き立て捻る。

 ナイフを刺したまま背後へ回り、手刀で仕込み刀を叩き落としてキャッチ、頸椎へ強引にねじ込んだ。

 

 そして、盾持ちの遺品である片手剣で攻撃してきた居合剣士の攻撃を十分にマージンを採って防御、背後に回り込んで首をへし折った。

 

 

「……ふぅ――――……」

 

 コレで全滅一丁上がり。終わって我に帰ると同時、()()はコレの数倍早くて巧いのだと自分に言い聞かせることで満足感を消した。

 怯えが足りない、恐怖が足りない。あの時の底冷えするような殺意はこんなものじゃなかったと、イメージトレーニングすらも否定して、どう足掻いても自分が勝てる訳がないと結論づけてしまう。

 

「勝てなければ死ぬ、負ければ死ぬ、逃げても追いつかれて死ぬ、殺さなければ死ぬ……」

 

 死、死、死、死、死。届かなければ死ぬだけだと暗示を掛けて、死にたくないという思いに火を点ける。相手が猛毒使いだったのなら掠めただけで死ぬ。相手が再生能力を有していたら速攻で首を刎ねないと殺される。相手が飛び道具使いだったのなら視線と指先の動きで狙いを判断できなければ死ぬ。

 

 

 足りない足りない、まだだもっとだ、()()()()()()()()()()()()()()と必死で言い聞かせながら素振りと影追い(シャドー)を繰り返す、その最中。

 

 

 

「傭兵さん、おはようございます」

「……おはようさん。早いな」

「扉が開く音がしたので……」

「ああ、それでか。起こして悪かった」

 

 カイナに声を掛けたのはまだ年若い少女。朝食の支度にもまだ早いだろう時間だというのに眠そうな様子もない彼女は、現在彼が傭兵として仕事を請け負っている依頼人であった。

 

 

 スラムで荒れに荒れた後、カイナは騒ぎの元凶として追い回されて滞在できなくなり、結局放浪する羽目になった。

 流れ着いたのはカジミエーシュの辺境。妙に近辺の治安が悪いと思って聞いてみれば、何やら「騎士の遺産」とやらを巡っての一悶着の後で、未だに自称トレジャーハンターのチンピラが彷徨いているらしい。

 

 その後は割愛するが、食事と部屋を提供する対価として村の警護を依頼されることとなり……

 

「まさか、こんな若い子が村長とは思わなかった」

「あはは、同じようなことを前にも言われましたね」

 

 朗らかに笑う眼前の少女こそ、現在の村長だというのだから驚くしかなかった。何らかの風習によるものなのだろうが、だとしてもこの若さで、しかも少女となれば予想も出来なかったのだ。

 世襲制であったとしても、長という称号は軽々と背負えるようなものではない。一体どれほどの責任感を小さな体躯に秘めているのだろうと考えて、そしてコータスの少女を思い出して……

 

「……凄いな、君は」

「いえ、私はそんな……」

「いや、凄いよ。人殺ししかできない俺より、何倍も凄い」

「いえ、あの、ううぅ」

 

 褒められ慣れていないのか、少女は恐縮してしまう。だが、()()()()()だから放置して素振りを再開した。

 縦斬りからの逆袈裟、アッパーカットによる腕狙いからの地に這ってアキレス腱を切断、這い上がるように膝裏の腱、大腿動脈、股間、肝臓と裂いて解体。油断狙いで後方から襲ってきたと想定して肘打ちの要領で突き刺し、一瞬の怯みの間に頸動脈を狙う。

 更に横合いから狙ってきたと想定し攻撃を中断、刺突を食らわせた相手の目へ指を捻じ込みつつ新手をナイフで斬り払う。

 

 まだだ、まだだ、まだ来るぞ。

 ほらもっと、5、7、10、20。相手は大群で、更に一人一人が自分より強いから、油断なんて許されない。徹底的に、嬲るように解体して、高潔な精神に泥を塗って時間を稼ぎつつ皆殺す。

 

 殺して、嬲って、嘲笑って、何もかもを貶めて自分以下にして殺す。

 そして、そんな最悪のやり口が何より爽快感を覚えるから嫌になるんだ。

 

「……すごい、ですね」

「……何が」

「その、ナイフ捌きが」 

 

 つい殺意を込めて睨んでしまう。凄い? コレが? ()()()()()()()

 こんな()()()()()()()()()()()が凄い訳なんか断じてない。

 

「……こんなの、あっさり破られる。当たり前に強い奴らに、こんなのは通じない」

「そうなんですか?」

 

 ロドスにはもっと凄い奴らが居た。

 心臓を一撃で貫き、胴を一撃で薙ぎ、天から刃の雨を降らせる。

 脳天を的確に撃ち抜き、敵の攻撃を全て受け切り、触れもせずに傷を治す。

 奇怪な攻防一帯のアーツを自在に操る。爆炎で全てを焼き払ってみせる。

 

 対して自分はどうだ? 心臓も脳天も一撃では穿てず、胴を薙ぎ払う膂力もない。受ければ骨折し、治す術も持たない。アーツは射程範囲ほぼゼロ、おまけに使えば損傷の欠陥品。

 戦うにはひたすらに逃げ回りながら肉を削り、相手の裏を掻くしかない。アーツだって、切り札のくせに使う場面を間違えれば即座に死への一本道だ。

 

「……こんな奴が、凄い訳なんかない」

「…………」

 

 ナイフを握る手に力が籠もる。爪が食い込み血が流れるが、そんなことも気にならない。

 苦しい、苦しい、痛い。痛いのが嫌で逃げたのに、それがさらなる苦しさと痛みを生み出してしまう。「成長」も「勝利」も激痛しか生まないから「逃亡」を選んだのに、それが更に首を絞めてくる。「敗北」なんて選べばその場で終わってしまう。だから……ああもう。

 

「どうすればいいんだよ……」

 

 漏れる言葉は、側に居た少女を置き去りにして心を軋ませる。

 だからこそ、()()()()()()()()少女はそれを見過ごせない。

 

「……とりあえず、手当しましょうか。そのあとご飯にしましょう」

「え、いやいいって。こんなの放っておけば治る」

「そういうわけにはいきません。傷が膿んで痛んだらどうするんですか」

 

 どう言い訳しても「それでは駄目だ」と食い下がる少女に、どうしてか直接的に反抗できない。一度アーツで弾いてしまえばいいのに、その一手が使えない。

 自分より弱いからではない。相手が女で年下だからでもない。分からない。

 

「……そう、だな。寝食の対価が護衛だからな」

「だから、そうではないと……もういいです」

 

 呆れる少女。しかしそこに浮かぶ表情は侮蔑ではなく、暖かい微笑み。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ―――――分からないから、抵抗できない。温かいから怖いんだ。




今更ながら卑屈過ぎないかコイツ?

いくらゲームだと合同宿舎だからって流石に個室くらいはあるやろと。自己解釈。


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潮汐と狼犬

お久しぶりです皆様。
何してたかって? 精神的疲労で死んでた。

まあ何はともあれ、今後も不定期更新ではありますが拙作と可愛いうちの子の一人ことカイナをよろしくお願いします。




…………多分今後もうじうじしてるから(ボソッ)


 痛い、苦しい。助けてお願い。

 

 響く絶叫。何度切り捨てたか分からないそれが、今も尚心を磨り潰しにかかる。

 無限に繰り返される夢。永遠に前へ進むことを許さず過去を反芻し続ける。

 

 内容は、いつも全く同じ。自身の過去が投射され、そして轢殺してきた命が全身を掴んで殴って叩き潰す。お前が前に進んでいい訳がない、どうしてお前だけが生きているんだと怨嵯の声が鼓膜を穿って脳へ直接ねじ込まれる。

 

 

―――――ほら、駄目じゃない

 

 

 声が聞こえる。優しい声。

 

 

―――――さあ、帰ろう? みんな待ってるよ

 

 

 思い出せない、いや違う。思い出さないようにしているだけだ。()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

―――――どうしたの? もしかして、■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 お前には関係のない話だ。

 

 

 だって■■■■■■■はもう、()()()()()()なのだから。

 

 

 そして、これを思い出す必要もない。

 

 

 故に忘れてしまえ。そして暗い路地裏のような世界を這い摺ればいい。

 

 

 

 お前に未来は必要ない。 

 

 お前に過去は必要ない。

 

 お前には、現在すらも必要ない。

 

 

 だってお前は―――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 嫌な寝汗による不快感で目を覚ました。どうやら相当悪い夢を見ていたらしいが、どうにも思い出せない。

 

 脱水のためか頭痛も酷く、思考が覚束ない。

 ズキズキとした痛みに悶えながら身体を起こして……

 

「……え」

 

 ベッドの側で、椅子に座った女性の姿があった。

 僅かに青みがかった白髪は動きもせず、姿勢を正したまま指一本も動かさずに目を閉じて熟睡中。特徴的なテンガロンハットと床に置かれた大剣を見て、それが誰なのか嫌でも分かってしまう。

 

「……」

 

 本気で驚いた。冷や汗だって噴出した。だが、ここで大声を張り上げる愚は犯さない。物音を最小限に、足音をほぼ無音にして衣類と装備を着込む。

 何でコイツがとかどうして此処にとか聞きたいことは山ほどあるが、まずは逃げなければ。こんな人間の皮を被ったゴリラと一緒にいたら何をされるか分かったものではない。

 

 なるべく静かに窓を開け、そこから飛び降りる。衝撃を全身の関節で逃がしつつ転がって、そのまま依頼人こと村長のキャロルを探した。

 

 

#####

 

「白髪の大剣を持った女性、ですか」

「ああ、俺が寝た後とかに尋ねて来なかったか」

 

 いいえ、と首を横に振るキャロル。だとすれば、彼女――――白髪ゴリラ――――はどうやってか(おそらく窓から)不法侵入した挙げ句自分の横で直立不動で寝ていたことになる。何をしに来たんだ。

 事情を伝え、自分の知人だということを伝えると安堵した表情を浮かべたが、続いて顔を赤らめていた。表情がよく変わる子だと思って見ていると、意を決したように口を開く。

 

「あ、あの」

「……どうした」

「傭兵さんとその人は、一緒の部屋で寝るような仲なのですか」

 

 質問が微妙すぎて反応に詰まる。合っているような間違っているような、とりあえずさほど険悪ではないしそれっぽい答えを返す。

 

「あー、まぁ仕事で一緒に寝たことはある」

「しっ仕事でですかっ!?」

「お、おう。それ以外じゃ殆ど会わねぇし」

 

 うわあ、うわあと言葉にならない声を漏らしながら、どこか尊敬するような眼差しを向けられる。おかしい、何かとんでもない勘違いをされているような気がする。焦燥感が止まらない。

 もう遅いかと思いつつも、一応弁明しようと言葉を連ねる。

 

「あのなお嬢さん? 一緒に寝たって言うのは文字通りの意味であって、決して―――」

「ストップです、傭兵さん」

「?」

「分かっています、ええ分かっていますとも。こういう仲は(いたずら)に公にしてはいけないんですよね、禁断のアレコレとかそういう部類の大人な間柄何ですよね! ね!!」

「いや違う、思いっきり間違えてるから。一緒に寝たってそういう肉欲的なヤツじゃなくて普通に―――」

「隠さなくてもいいんです、私分かってしまいましたから!」

「いやだからな」

「傭兵同士、いつ命を失うか分からない仲、そこから導かれる答えはただ一つです!! はぁ、なんて退廃的でロマンチック――――!」

 

 嗚呼もう駄目だ、一人の世界に入ってしまわれた。もういいや、あとで冷静になった頃にもう一度弁明しておこう。今言ったところで()()()の方面への独自解釈が進むだけだわコレ。

 

 妙に興奮して根掘り葉掘り聞き出そうとするキャロルを制し、村の見回りへと出かけた。

 

 

 

 

 

 傭兵の仕事というのはさして難しいものではない。依頼を受け、達成し、そして報酬をもらう。契約書を書いたり口約束だったりと千差万別ではあるが、基本的に日雇いの労働者と変わりはない。荒事か否かの差程度だ。

 今回の例であれば、“自称”トレジャーハンターの愚行から村を守り、見返りに衣食住を提供するという契約。行商の護衛であれば考える事は山ほどあるが、村の警邏となると精々が不審人物が居ないかどうかの確認だった。

 

 ぶっちゃけてしまえば見張り以外は暇なのである。酒や煙草は高額だからと自棄になりたいとき以外は嗜まず、読書や勉学に精を出したことも無く、そして趣味と言える趣味も無く。ただ自己保身と怯えを紛らわすための戦闘訓練に明け暮れていたカイナにとって、明確な「暇」というものは中々ない体験でもあった。

 

「騎士の遺産、ねぇ」

 

 依頼の原因となった品に思考を巡らせる。単に遺産というだけでの価値に考古学的な価値も合わされば、それこそ莫大な額の収入になるだろう。手に入れれば一生遊んで暮らすことも夢ではないかもしれない。

 だが、欲しいかどうかと聞かれれば否だ。はっきり言って金には興味が無い。最低限の道具を揃えられるだけの()()()()があれば十分、あとは現物支給でもしてもらった方が手荷物的にも楽。

 

 何より、彼は小心者。山ほどの金銭も高額な物品も、持っているだけで不安になる質だから余計に要らないと感じるのだ。

 

「…………妙、なんだよな」

 

 だからこそ、彼は奇妙な違和感を感じていた。高額な遺産を見つけ出して大儲けし、そして名を売るという目的なら、連中の目はもっと欲で濁っている筈。だというのに、それが見られない連中が混じっている。

 

 ()()()()()のだ。そういう奴らはまるで遺産が見つけられなければ後が無いとでも言わんばかりに余裕が無く、強硬手段も臆さず使う。加えて異様に()()なのも気に掛かる。この村の近辺は荒れ地が広がり、基本的に暑い。自分のような鉱石病でもなければ防護服など――――――と。

 

「まさか―――――」

 

 今更になって思い当たる。どうして気付かなかった?

 連中が鉱石病で、治療手段か何かを求めて莫大な金を必要としているとしたら、あの必死な形相にも納得が行く。

 

 だが、これはあくまで憶測。次に似た目をした連中に会った時に聞き出さないと分からない、のだが。

 

「……そんなもんあったら、とっくに独占されてそうなもんだけどなぁ」

「何を辛気臭い顔をしているの?」

「お前のせいだっつの」

 

 いつの間にか真横に並んでいた純白ゴリラへ吐き捨てる。何なのだろうかコイツは。というかいつから並んでいた?

 純粋に相手の接近に気づけなかった事実に怖気が走る。油断し過ぎた、これで彼女に殺意があったのなら死んでいたぞと自分で自分を罵倒する。

 

「貴方、こんなところで何をしているの? ロドスはどうする気?」

「……うるせぇ、お前には関係ないだろうが」

「……ふぅん」

 

 常にその大剣の射程範囲から即座に逃れるために足運びを調整し続ける。ギリギリまでアーツの処理に思考を割いて、振動地雷の設置をいつでも行えるよう準備する。

 

 隣の女の思考が解析できない。()()()()()()()()()()()()から、最悪のパターンを想定して下準備を整えていく。

 

 

 

 

 ―――――彼女との出会いは、傭兵だった頃だ。

 この仕事をこなさなければ冬が越せないと切羽詰まった状況で、よりにもよってターゲットが被ったことに端を発していた。

 

 背丈ほどもある大剣を舞うように振り回し、そして周囲の地形を滅茶苦茶に破壊していく。損害その他、一切お構いなし。自分の邪魔をするなら容赦は知らぬと奮われる大災害を前に、やはり自分は必死で逃げ惑う他に無かった。

 

 下手に手を出せば真っ二つどころか挽き肉確定の嵐。だが金を稼ぐにはコイツをどうにかして上回らなければならないという絶望的な条件下。

 進めば轢死、退けば餓死。今死ぬか後に死ぬか。結局()()()()()()だった。

 

 だから―――――

 

 

「ルアァ――――――!」

「ぐ、あああぁっ!!!」

 

 

 響く少女の断末魔と、獣のような唸り声。

 

 採った手段は逆襲。武器も防具も全て壊され、()()()()まで差し出してようやく作った間隙にあろう事か突っ込み、刃を振るわれるよりも先に布ごと肋骨付近の肉を()()()()()()吐き捨てた。

 脇腹という構造上筋肉の付きが薄い部分を狙っての全霊の一撃。出血と激痛で動きが怯んだ隙に後頭部へ本気の蹴りを叩き込んで意識を強引に刈り取り、満身創痍で勝利した。

 

 ……結局の所、直後に粉砕骨折した両腕の痛みと極度の疲労で失神してしまい依頼は未達成。赤貧のまま冬を迎えて震えながら南を目指す羽目になってしまった辺り、我ながら馬鹿らしい。

 最初から南進して寒波を逃れれば良かったのに、無駄に意地を張った結果余計に辛い目に遭ってしまった。

 

 

 

 

 その後、彼女―――スカジとは時折出くわしたが無視を決め込んでいた。だから向こうが何を考えているのかは正直分からないし、分かりたくない。これで仮にリベンジでも狙われていたらと思うと寒気が走る。あの怪力で噛みつかれたら肉どころか骨まで持って行かれそうで恐ろしい。

 

 

「そういうお前は何しに来たんだ」

「私は賞金稼ぎ(バウンティハンター)よ、仕事以外に何があるの?」

「ああそうかい」

 

 会話が続かない。自分から近寄って来るくせにコミュニケーションをとる気が皆無という意味の分からない性格をしているせいもあるのだろうが、必要なことすら話そうとしないのは明らかに欠点だろう。

 そのせいもあり、余計に彼女の考えを読みとれない。何故付いてくる、いつまで付いてくる……5W1Hで疑念が吐き出され続けるが、それをぶちまける気にはどうしてもなれなかった。

 

「……まだ怯え続けているのね」

「――――ッ」

「あの時から全く同じ。他人も自分も、天運すら信じていない」

 

 心の内を暴かれ、心臓を直接握られたかのような息苦しさに陥る。お前に何が分かる、と吐き出せばそれでいいはずなのに、相手が知ったことかと返してくるのが目に見えているから億劫になって怒りを飲み下した。そして、代わりと言わんばかりに敵意を叩きつける。どうせ何もかも受け流してしまうのだからこの程度の抵抗は何の意味も無かろうが、お前を信じていないという意思表示にはなる。

 

「何の用があるんだ? 物見遊山するような性格じゃないだろ、お前」

「私は賞金稼ぎ、やることは一つ。依頼主が変わるだけ」

「ああそうかい。…………で、()()?」

 

 スイッチを切り替える。敵意を殺意へ書き換えて、いつでも切り結ぶ用意をする。剣を構えたら手首を切り落とす。当然上手くはいかないだろうから、聴覚を奪うためにアーツを励起して―――――

 

「分かっているんでしょ? ロドス・アイランド。ただ、捕縛せよとは言われていない」

「……」

「依頼内容は貴方への()()()()()()()。相手が貴方をどう思っているのか話だけでも聞け、とケルシーからの伝言よ」

 

 淡々と事務的に事実を告げるスカジ。ロドスが自分に対してとった措置は、欠点である逃げ癖まで見抜かれた上でのものだった。

 子供のように駄々をこねて拗ねるな、いい加減に大人になれ。誰もそんなことを言っていないのに言外にそう告げられた気がして、勝手に息が詰まると同時に自分の卑屈さに苛立つ。()()()()()()()()()()()()()と強く自覚しているのに、その改善からも目を背けてしまっていた。

 

 アーツは既に霧散し、臨戦態勢は解けた。今大剣を振るわれれば自分は一瞬で両断されるだろう。だというのに、もう一度殺意をぶつける気にはなれなかった。

 

「……俺は、自分が嫌いだ」

「ええ、知ってる」

「そして、自己嫌悪しかできない自分がもっと嫌いだ」

「それも理解してる」

「もう、どうすればいいのか分からない」

 

 激痛を吐露する。自傷行為の痕を見せつけているような馬鹿馬鹿しさに失笑しそうになりながら、必死で言葉を探す。

 

「俺は、どうすればいいんだ? 親は屑で、信じることが死と同義のスラムで足掻いて、自分の生活のために顔も知らない人間を殺し続けて、あとは何をすればいいんだ」

 

 何を問いかけているのか、もう自分でも分からない。痛い痛い苦しい、頼むからもうやめてくれと叫びたいのに、その方法が分からない。どうすればいい、どうしたら逃がしてくれる、こんな痛くて辛いのはもう嫌なんだ。

 答えなど得られるはずもないのに、眼前で決して顔を逸らさない女性へ吐き散らすしかない。

 

 スカジが、口を開く。

 

 

 

「私が分かるわけないでしょう? それを見つけられるのは貴方だけよ」

「そう、だな。ああ、分かってる」

「だけど、これだけは伝えられる」

 

 

 一息置いて、目を閉じてからもう一度此方を真っ直ぐ貫く潮汐の使徒。その視線は揺らぎなく、今も昔もどこか一点を見据えたままで―――――

 

 

 

 

 

 

 

「――――――――()()()()()()()()()()()()()()。未来は何処までも追ってくる」

 

 言葉が耳に届いて、次の瞬間理性が沸騰した。それだけは、我慢できなかった。

 

「私もきっとそう。だから貴方は―――――」

「うるせえ黙れ、その口を開くな……!!」

 

 胸ぐらを掴み上げ、ありったけの怒りを叩きつける。運命? 未来? ()()()()()

 

「口を開けばそんなことばかり、()()()に何が分かる!? どいつもこいつも未来だの明日だのと、ふざけたお題目もいい加減にしろよ!!」

 

 ふざけた人生から拾い上げて、力を使わせて、苦しめて、そんな連中の言葉を前にして、到来するのは泣き言だらけの罵詈雑言。澱のように堆積していた悪意が留め具を失って溢れ出た。

 

「俺を見ろよ、こんな様なんだぞ…………」

 

 屑だ。矮小だ。負け犬そのもの、情けないだけじゃないか。

 何をするにも優柔不断、勝とうという気力も無く尻尾を巻いて逃げるばかり。改善の意思も薄弱極まり、そして今女の胸ぐらを掴んで脅迫するように叫ぶ最低さ。

 

 そんな輩に何が出来る? 運命なんて痛くて苦しくてどうしようもないだけじゃないか。逃げて躱して何が悪い、明日も未来も投げ出すことの何が悪なんだ。今現在の自分の保身だけで自分の器は一杯一杯で、他が入り込む余地なんて微塵も無いのに。

 

「もう、放っておいてくれ…………」

 

 怖いんだ。恐ろしいんだ。立ち向かうのも嫌なくらい足が竦んでしまう。だって、それは―――――

 

「正しい事は痛くて辛いだけじゃないか、間違ったことはそれを先延ばしにするだけじゃないか、だったら間違う(にげる)ことの何が悪い!?」

「…………今も、貴方は逃げ出したくてたまらないのね、カイナ」

 

 あくまで感情を乗せず話すスカジ。途方に暮れた迷子のように、カイナは小さく頷くことしか出来はしない。

 

「……私も、ある意味では同じ穴の(むじな)かしらね。危険な目に遭わせたくないから孤独を選んで、突き放して……料理や掃除だって、やってくれた人に感謝の一つも上手くできなくて、結局独りを選択してしまう」

 

 ――――――そうすれば、巻き込まないから。それが楽なんだ。

 誰もが遠巻きにしか見なければ、責任だって自業自得か近づいてきた方が悪いで済ませられる。下手に関りを作ってあれこれ背負い込むのが苦痛になる…………だから仕方ないんだ、自分が悪いんだからと自己弁護を重ねれば気が楽だから。

 他人には逃げずに向き合うべきだ。どんな相手であっても会話を重ね、繋がりを構築するべきだ。たった一人で何かをするより協力した方が効率だっていいだろう。

 

 

 そんなことは分かっているんだよ、愚物(おれ)だって。

 だというのに出来ない。命の危険が無い筈の時間ですらいつ終わるのかと怯え続け、そしてそれを自然なこととして受け入れて、他人を拒絶する。

 

 だから、どれだけ強くなろうが自分は敗者なんだ。逃げるだけが能の負け犬だと、恒星(タルラ)の殺意を前に悟ったはずなのに。

 高望みなんてするべくもない、その日暮らしが出来れば満足の塵芥でいいと妥協して生きて来たのに。

 

 

「お前らに、関わるんじゃなかった――――――あのまま死んでいれば良かった! こんな、こんな苦しさを抱えることが運命、未来だと? そんなもの要らないんだよッ!!」

 

 どうして、お前はそんなに輝かしいんだ。暗闇から引き出さないでくれ、俺は、お前達が―――――

 

「お前達なんて、大嫌いだ。明日でも未来でも、勝手に目指して死ねばいい」

 

 拒絶を告げて、スカジの衣服から手を離す。

 怨嗟が聞こえる、非難が聞こえる。

 

 ――――――自身を蝕む残響からも、目を逸らして逃げた。




 後半のカイナは吐いている言葉と頭の中の言葉がグチャグチャで自分で何言いたいのか分かっていません。逃げたいがために言い訳を重ねているだけ。この駄犬め(辛辣)
 
 スカジさん分からん……アンタ何なんや、コミュ障でももうちょい詳しめに喋れるぞ…………
 誰かキャラクターの脳内完全コピーできるアプリとか開発してくれねぇかなぁ(Siriを見ながら)

では次回、だんだん忙しくなってきたのでだいぶ掛かるものとみて気長にお待ちを。


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塵狼の牙と無垢な陽だまり、そして。

 難産だった…………クライマックスだけはしっかり決まってるのにそこから逆算したらえげつないズレが出て来てて笑うしかない

 感想でも言及されてましたが、騎士と狩人イベントはかっ飛ばします。だってグラニと相性悪すぎてイベント終わる頃にはカイナ君首吊っちゃうから…………


 情けなくもスカジへと当たり散らした後、彼女はいつの間にか消えていた。当然気分が良い訳もなく、胸の奥に吐き出せない引っ掛かりを覚えたままに夕暮れと共にキャロルの家へと戻った。

 

「……ただいま」

「あ、おかえりなさい傭兵さん」

 

 扉を開ければ、屈託のない笑顔を向けてくるキャロル。数週間寄宿していたせいか赤の他人同士という独特の緊張感が抜けており、まるで長年共に暮らしているかのような安心感すら感じてしまう。

 こんなままではいけない、逃げ続けてきた責務を果たさなければという焦燥感がじわじわと蝕んでくるものの、どうしても今の安寧を手放せずにずるずると……嗚呼本当に。

 

「情けないなぁ……」

「……? どうかしたんですか」

「ああいや、こっちの話だ」

 

 疑問符を浮かべて小首を傾げるキャロルを適当にあしらう。虐殺と殲滅という自分の所業を知ればすぐに切れてしまうだろうという程度の細く薄い縁、幾らでもあったはずのそれの一つを失うことに今更躊躇してしまっていることに失笑しか浮かばない。

 

「そうですか。何か困ったことがあったら気にせず相談してくださいね」

「いや、そこまで世話になる訳には」

「いいんです。これでも村長なんですから、少しは偉そうにさせてください」

「……そう、だな。その時になったら頼らせてもらう」

 

 健気さに涙が出そうになる。集落の皆からの信頼具合から見ても、それが上辺だけの態度で無いことはよく理解できている。だが、それでも少女という外見と村長という重責の掛け合わせというものは庇護欲を誘って止まない。

 自分が護衛を辞めたらこの子は生きていけるのか―――と考えて、その思考を吐き捨てた。()()()()()()()()()()()。眼前の少女は自分のような塵芥よりも余程人間が出来ている。少なくとも初見の傭兵相手に毅然と仕事の依頼が出来る程度には強いのだ。仮に自分が居なくなったとしても一人で踏ん張れるだけの胆力を備えている。

 

「……立派だな、君は」

「ど、どうしたんですか急に」

「いや、思ったことが口から出ちまっただけだ、気分を悪くしたのなら謝る」

「いえその、そんな嫌とかそういうわけではなくて……まだ背だって小さくて威厳もないし……」

「村長なんて立場をその年で背負いきってるだけでも、俺からすれば凄いよ」

「ぅあ、あの」

「こんな()()()()()より、ずっと立派だと本心で思ってる。胸を張っていいんだ」

「あの、もう止めてぇ……」

 

 また顔を真っ赤にして俯いてしまった。不機嫌になったというわけではないと理解してはいるが、それにしても褒められる事への耐性が無さすぎるのでは無かろうか? 悪い男に騙されないか割と本気で不安になってきた。自分が言えた口ではないのだが、少しはそういうことを諭した方がいいのだろうかと要らぬ世話を焼きたくなってしまう。

 

「相変わらずの天然タラシね、極悪というか最早クズと言うべきかしら」

「もう何も聞かんが、取り敢えず死角から出てくるな」

 

 何処かに行ったと思っていたのに、気づけば真後ろにスカジが居た。というか何故あの装備でほぼ無音かつ気配を消して近づけるのか分からない。何なんだ。気配の無さといい無駄な技量といい怖いんだよお前。あと罵倒の圧が酷い、他の奴にはそんなに饒舌じゃなかった筈だろうが。

 

「お前何処に行ってたんだよ」

「別に、何処でもいいでしょう? 貴方には関係ないはずだけど」

「ああそうかよ、お前はそういう奴だったな畜生」

「ええ、あんな風に女に八つ当たりするような男に話すことは何も無いわ」

「ぬぐ、それは……」

「あ、あの!」

 

 先程の醜態を盾に此方を追い詰めてくるスカジ。それを遮ったのは、どこか緊張したような面持ちのキャロルだった。先程まで寝ていた耳はぴんと立ち、瞳は妙に輝いてスカジへと向けられている。

 

 ―――――そして、それは最悪のタイミングだった。

 

「―――――ッ!」

「うわっ!?」

 

 

 

 スカジから殺気が漏れると同時、コンマ一秒のラグなくキャロルを抱えて民家から飛び出す。

 

 

 刹那、無数の凶刃が他ならぬ自分へ向けて投射された。

 舌打ちと共に足裏で振動地雷を励起、地面の破裂で一気に加速し敵手の射程から逃れる。同時に屋内から窓をぶち破ってスカジが突貫、手近に居た相手を地面ごと薙ぎ払った。

 

「ひ……!」

「――――クソが、頭下げてろ!」

 

 しかし、相手はそれを一顧だにぜず此方へと再び投刃を行う。一切の乱れなく行われる()()()()は淀みが無く、それはつまり正規の訓練を高密度で受けてきた連中という事。此処まで来れば、あとはもう分かりきっている。

 

「イェラグの貴族(ゴミ)共……」

 

 スラムでも追ってきた、イェラグ貴族の暗殺者とレユニオンの混成部隊。どういう訳か連中は自分が生存していることが相当我慢ならないらしい。保守派だの何だのとほざいていたくせに狡い手には先鋭的な辺り、まるで絵物語のような屑っぷりに苦笑すら出てくる。

 

 背後に着地したスカジへとキャロルを投げ渡す。

 

「きゃ!?」

「その子を頼む、死んだら()()()

「どうやら貴方の知り合いみたいね、後で説明してくれない?」

「ふざけろ、生きてられるかどうかも分からねぇってのに!」

 

 スカジがキャロルを小脇に抱えて疾走すると同時、ナイフを構え腰を落とす。暗殺者達は此方を注視して、スカジには目もくれていなかった。

 

「よくも此処まで生き延びた」

「そして、よくも此処まで同胞を殺したな」

「…………我らのために死ね、塵被りの狼犬(ビースト)

 

 顔を隠す仮面の下から、殺意と怨念を混ぜ合わせた重苦しい宣誓が響く。暗殺者の有する殺意にしては何処までも沸騰しきっていて、血糊だらけの錆びた鉈のような粘ついたものになっている。僅かに覗く瞳はどろりと熱量に濁っている。

 

 ああ、こいつ等の言い分はつまり()()()()()()()

 

「何だ、俺が殺した連中にお前らの知人でもいたのか?」

「…………」

「親、先輩、恩師、或いは友人恋人その他諸々、よくある話だな。汚れ仕事だからこそ育まれる絆がある。良く分かるよ」

 

 ぎち、と、ナイフを持つ手に力が篭る。胸の内と頭の芯で、汚泥のような感情が点火する。

 

()()()()()

「―――――」

 

 絶句する敵手。何が可笑しい?お前らだって羨望の一つや二つ、抱いたことくらいあるだろうに。まさか、俺がそんなに身も心も鋼みたいに凍った存在だとでも? そんなのは()()()()()()()だけで十分だ。

 羨ましい。生まれてこの方、肉親にすら抱けなかった親愛を素直に抱けるその真っ当な感性が羨ましくて仕方ないんだ。

 

 ああ、だから。

 

「いい加減にしろよ」

 

 点火した感情がまるでガソリンをぶち込まれたように爆発的に燃え上がって沸騰する。

 勝って、狩って、駆って、お前達と同じように血に塗れて戦ってきたのに、どうして俺にはソレが与えられない? 

 いつものように、まるで執拗な狩人のように追い立ててくる殺意の応酬、これが逃げに徹した罰だと? “成長”を拒んだ、“主役”から逃げた対価だと? ()()()()()()()()()()()とでも?

 斬撃を回避し、投擲された短刀を振動で破砕する。敵手の耳と尾が引き金となり、脳裏をよぎるのは柔らかく笑うフェリーンの少女の顔。

 

「気持ち悪い…………!」

 

 死ねよ、糞が。お前なんか大嫌いだ。家族、地位、名声、仲間、絆。何もかもに恵まれている癖に“自分は悲劇に囚われている”とでも言いたげなその横顔、思い出すだけで皮を剥いで捨ててやりたくなる。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()何でそんな風に満たされない顔ばかりしているんだ、だからお前達は嫌いなんだよ。

 

「お前を拒んだからか?」

 

 凶刃をいなし、蹴りで強引に距離を取る。相手に此方のやり口は割れている、当然のように一定以上の距離を保ちながら攻撃を仕掛けてくる。 

 

 あの笑顔を拒絶して切り捨てたからこんな目に遭っている、そんな錯覚が止まらないんだよ。例えそれが八つ当たりの類だと理解していても、“お前のせいだ”という感覚がどうしても消えてくれない。

 

 思案を重ねに重ねて、膨れ上がる感情を押さえつけて、そしてとうとう何かが切れた。連中の衣装を見るたびにちらつく記憶の影が鬱陶しくてたまらない。こんな感覚に陥らせるこいつ等が目障りだ。

 腹の底から炸裂するのは、いっそ清々しい程の悪意。口の端が歪につり上がり、目に喜悦が走る。

 

「何処までも何処までも延々と鬱陶しいんだよ、ストーカーみてぇにコソコソコソコソ付いて来やがって」

 

 邪魔だ、気持ち悪い。

 ストレスを発散するために、まずはどうしようか―――――答えは簡単。

 

「殺してやるから、死ねばいい」

 

 スカッとするために敵を散々に痛めつける。それは何処までも道徳から外れた行いで、だからこそ気持ちがいい。

 間違っていることは気持ちがいい。最低で、下劣で、だからこそスッキリする。大好きだろう、じゃあやろう。自分より優れた奴らを一方的に甚振って尊厳を踏み躙って、そして心も矜持も体諸共粉砕する。最悪最低、愉悦で身体が疼く。魅力的だ、やってやろう。

 

 

 ―――――さあやるぞ、と。意識を切り替えた後は簡単だった。

 まずアーツ使い―――先頭に直接参加していないことから治癒担当か―――だろう後衛を真っ先に狙い、防がんと殺到する近接担当の刀使いから腕を切り落とした。続いて腕を掴み、アーツで蝕む。ブルブルガクガクと震え始めた腕を投げ付ければ、弾道の途上で炸裂し血肉を撒き散らして視界と精神を一瞬奪う。

 それだけあれば、もう十分。刀使いのアキレス腱を斬ってから疾走、投刃使いから指を奪って、ついでに構えていた短刀も奪って投擲、膝と肘を得物で打ち抜いて標本に。

 

「3人いれば()()か」

 

 あとは簡単、背中を蹴って地面に転がしてから疾走、双剣使いの首を刎ねてその頭をぶん投げて、そして相手の眼前で唐竹割り。脳漿と中身でバランスを崩したボウガン使いの脳髄に刃を捩じ込んだ。

 最後に治療を行おうとしたアーツ使いの頭に先程拾った短刀を投げて、コレで終わり。

 

 さあ、ここからは蹂躙だ。プライドも何もかも泥を塗ってやる。

 

 

 

 

 

「あ、ァ……」

「いやだ、たす―――――」

「やめ、ひギィ」

 

 腹を破裂させ、喉笛を割き、全身の骨を粉砕する。なるべく苦しむように、そして見せしめにするために、いたぶり嬲って遊び殺す。

 

 一度意識を切り替えた後は、何処までも一方的だった。殺しを本職とする暗殺者とテロリスト紛いの暴徒では、どれだけ技量が有っても連携がままならない状態。一人殺せば後は芋蔓式に崩れていた。

 

 血と脂に刃が滑るが、振動で吹き飛ばせば新品同然の切れ味を取り戻す。顔面の皮を剥ぎ、鼻と耳を抉る。目はダメだ、神経に近いから失神しかねない。それでは意味がない。

 爪を剥いで激痛で目を覚まさせ、肋骨を一本づつ折って絶叫させ、太い血管から遠い骨を粉々に踏み砕いていく。ショック死を避けるように加減しつつ、失血死させないように開いた傷を最低限かつ乱雑に縫合・止血しながら極限まで嬲り上げた。

 

「あぎ、ひ、なん……で」

「おねがい、おねがいだから、死なせてよ――――」

「苦しんで生きてくれよ。自分で言ったろ、塵被りのバケモノだって」

 

 ケタケタ、ケラケラと嗤いながら、もはや存在しない揚げ足を取って心まで蹂躙し尽くす。“お前が悪いんだ”と、最低な理屈で人間を無視のように弄んだ。

 

 

 

 ―――――だから、その存在に気付かなかったんだろう。

 

「……何を、してるんだ」

「…………」

 

 震える声色に振り返る。そこに居たのは小柄な少女。尾と耳からしてクランタ族だろう。瞳は怒りに燃え、握る槍は握力で軋みを上げている。

 青みがかった髪を一つに纏め、特徴的なバイザーをした、変形機構を有する槍を使う、小柄な少女。ここまで情報が揃えば、脳は勝手に照合を開始していた。

 

「グラニか」

「カイナ……君は、何を」

「反撃、それ以外に何がある」

 

 胸ぐらを掴まれる。彼女にしては珍しく青筋を額に浮かべていて、それを冷たい視線で眺める。どうせ痛めつける必要なんて無いとか諭すつもりだろう、()()()()()()

 

「連中は報恩を知らない。助けたところで勝手に逆恨みして襲い掛かってくるぞ。“恵まれてるくせに”、ってな」

「だからって…………!」

「拷問の必要はないって? いいや有るさ。こういう手合いは目に見える恐怖がないと同じ事を繰り返す。()()()()が必要なんだよ」

 

 それっぽい結論を並べる。実際見せしめ狙いではあったが、それはあくまで理由の一つ。残る理由が心底どうしようもない、屑の理屈であることを自覚していたから語らなかっただけ。

 

 話は終わりだと視線で伝えて服を掴む手を払い、キャロルの元へ歩き出した。

 

 

 

 

 キャロルの依頼はご破算になった。

 自分がいる限り、今後も敵手はやってくる。被害を増やさないためにも去らなければ――――なんて、そんな綺麗事は当然建前で。あの後口論になったグラニの側に居たくなかったのが本音。

 

 彼女は太陽だ。タルラのそれとは違う、温かくて眩しい日溜まりを生む優しい星。そんな光の側にいたら、日陰でしか生きられない自分が余りにも惨めで死にたくなってしまって、遠ざかった。そして、惨めさと一緒に感じたのが、あんな日溜まりに自分が近づけばきっと陰ってしまうという経験則からの怯え。他人の輝きまで奪いかねない自分の存在が嫌で嫌で仕方なかった。

 

「罵倒して、死ねの一言くらいぶつけたっていいだろうにな……」 

 

 腰のポーチに入った()()に触れる。キャロルが臨時報酬だと笑って託してくれた餞別だった。

 あんな立派な子と、それを支える善人の村人達。自分なんか居なくたってきっと生きていける。けれどそれは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()という裏付けでもあって―――――

 

「………いいさ、どうせ人殺ししか出来ない屑だ」

 

 未練たらたら、後ろ髪を引かれる思いで、足元の亡骸を気にも留めずに集落を後にした。

 

 

#####

 

 

 ―――――どうした、と問われた。少し出てくると返した。

 

「彼、か」

 

 何らかの草食獣を模したのだろう仮面の下から、奇妙な口調で紡がれる声。それは確かに此方を案じ、そして同時に疑っている。

 

「心配しなくてもいい、少し話をしてくるだけだ。それ以上は何もしない」

「そうか、時間も無い、早めに、帰って来い」

 

 作戦が控えているのだから――――と後付けして、仮面の巨躯は去っていった。他の()()はあくまで我関せずを貫いている。相手が大震災(テラクェイク)と暗喩された大事件の元凶ゆえに、相当の警戒と共に無関心が不文律と化しているためだ。

 

 要は“接触する分には構わないが、それで痛手を負っても知らないぞ”という事。事実()()()()が挙がっているにも関わらず彼女達の誰もが動こうとはしなかった―――――これまでは。

 

「相も変わらず自分のやり方を嘆いているのか、お前は」

 

 中空へ向けてぼやくように言葉を投げた。傷だらけの手を星空へと伸ばし、そして握る。恨みも怒りも憎しみも無く、ただ食べ物と寝る場所が欲しいというだけでレユニオンへ入った異端者の少年を思い起こして、独り笑った。

 

 道中に待ち構えていた部下の姿を視界に収め、今度は苦笑する。

 

「お前達……」

「とうとう行かれるのですか」

()として、たまに様子を見るくらいは良いだろう」

「でしたら……」

 

 手で制し、二人までだと付け加える。レユニオンの白い衣装は目立つ、大勢で動けばあちこちの勢力から目を点けられてしまう。それに―――――

 

「あの子は臆病だ。山ほど押しかければどういう反応をされるか分からんぞ」

「…………そう言われては、どうにも弱いですな」

 

 部下の中でも年長の男が仮面の下で苦笑し、命令通り二人を選抜した。過去の大事件を知っていて、かつ“彼”とも面識がある二人だった。 

 

 

 

 

 ――――――雪の女王が動く。運命が稼働する。決して決して、彼という異物を逃がさない。




Tips

グラニ
 クランタ族。騎士と狩人イベにおける実質主人公。女の子だけどイケメン。
 陽だまりみたいな性格ゆえにカイナとの相性は最悪。ロドスにいた頃もカイナが一方的に避けていた。視界に入ったらすぐ逃げるレベル。当人は人格面では然程嫌ってはいなかったのだが、見せしめや拷問を良しとする戦い方とかで反りが合わなかった。

スカジ
 あんまりに重要なことを喋らな過ぎる白髪ゴリラ。戦闘の余波で山だか崖だかが抉れたらしい。海がどうこうってお前クトゥルフとでも戦ってんの?
 カイナの事は嫌いではないが好くほどでもない。仲間としては信頼してるが、男としてはないわーって感じ。

雪の女王
 何とかノヴァさん。コードネームかっこよすぎて惚れる。マップ兵器はマジでやめろ下さい。
 レユニオン時代に比較的同年代という事で親交はあったが、やはりカイナが避けていた。若干年下という事で姉のように振舞っていたことがある。揶揄されるとキレるので注意。

カイナ
 自己評価が地の底どころかマントル突き抜けてるので相対的に他人の評価が高い。しかもそれを素面で口に出して褒めるから余計タチが悪い。どっかの息の詰まる日々だった巫女さんにも同じことをしていた。コイツいっぺん死んで良いんじゃねぇかな。
 人殺し、というよりは相手の身も心も蹂躙することが得意。しかしそれが心の在り方とかみ合っておらず、自分の所業に自分で落胆する。いわゆる才能と気質の齟齬。


次回投稿日は未定。気長にお待ちくださいな。

感想・評価お待ちしています(乞食)


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人と獣、それから。

怨嗟と絶望の中で、光を目指し一心不乱に駆け抜ける。それはきっと、誰もが眩しく思うだろう。


しかし忘れる無かれ、「見たこともないものを追い続けられる」のは狂人の所業に他ならないのだと。



始まります


 龍門のスラム街。絢爛な摩天楼に近づくことすら許されなかった穢れの結晶。感染者が移動都市の外周に形成した地域の路地裏で、二人の人間が話をしていた。

 片方が金銭を渡せば、もう片方は喜色ながら警戒した面持ちで対価―――情報を明け渡していく。それは無法の場において暴力の次に有効な手段。感染者は新聞という情報媒体の入手ですら手こずり、法外な金をむしり取られる場合がある。故に()()()から直接得るほうが有益な場合も多分に存在しているのだ。

 

「チェルノボーグ…………ああクソ、タイミングが悪すぎた」

 

 レユニオンの蜂起。タルラが遂に動いたのだと知って絶望的な気分になった。

 チェルノボーグは龍門から比較的近く、そして感染者の恨みが募りやすい場所の一つ。まず確実に狙っていると見ていいだろう。感染者の扱いで言えば移動都市を抱える国などどこでも同じようなものだが、それは逆説的に近場であればどこが襲われてもおかしくないということでもある。

 

「……難民移動の先陣がつい数日前。今はもう続々と到着してるってことは―――――」 

 

 難民に紛れ、レユニオンの尖兵がスラムへ侵入していたとしても可笑しくない。戦力がある程度集結するまで無茶な行動はしない筈と信じたいが、怨念の塊のような連中だからそれも読めない。

 もっと情報を集めるか、それとも潜伏先を予備を含めて早めに決めるべきかと思案していると、先程情報を貰った壮年の感染者から声を掛けられた。

 

「なああんた、あんたも感染者なんだろ」

「まぁ、そりゃあな。というか感染者でもなければここには居ないだろ?」

「それは、そうなんだが、な」

 

 そう言うと、男は口ごもってしまう。泣きそうな顔で拳を握り締める男の手の甲には、黒光りする結晶が存在していた。天災に巻き込まれて飛んできた源石の欠片が腕に突き刺さってしまったのだという。

 言うべきか否かを迷った後で、憔悴した顔で男は自分へ訪ねた。

 

「なあ、感染者ってどれだけ生きられるんだ? 娘が居るんだ、まだこんなに小さくて、俺みたいに刺さったわけじゃないのに酷い速さで体中の石が増えてるんだよ」

「……」

「直す方法をなんて贅沢は言わねぇ。せめてあとどれくらい生きられるか、あんたの経験からでもいいからおしえてくれ。頼む、どうか……」

 

 藁にでも縋りたいと言わんばかりの顔だった。叶うなら治してくれ、いいや遅らせるだけでも―――――と。自分がどうなってもいい、だが子供はどうか、と懇願している。

 ……此処で理想論を語るほど、自分は優しくない。自分にできるのは、傷口が膿まないように焼いて消毒することだけ。だから―――――

 

「源石は、身体全体から見て何割だったか分かるか」

「……おおよそ、1割」

「…………夢を見せるのは残酷だからはっきり言うぞ。半月持つか、最悪あと数日だ」

「――――――――」

 

 男は絶句した。顔面が蒼白に変わっていく。そんな顔をするなよ、分かりきっていたことだろうがと叫びたいのを飲み下して、証拠となる経験を告げた。

 

「鉱石病は進みが速い奴と遅い奴が居る。基準は分からんが、身体に刺さらないでその進行速度だと恐ろしく速い。そもそもこの病気は体に出てきた時点で手遅れ一歩手前なんだよ。見た目で分かりづらいだけで、内側はこのクソ忌々しい石ころにどんどん置き換わってる。侵される内臓次第ですぐにでも飲み食いすら困難になる」

 

 自分の場合は体が表層から侵食される異常体質と鬼の再生力の二つを有しているお陰で、結晶部分を肉ごと削ぎ落して治癒を待てば強引に()()できる。だが、皆が皆こんな奇跡みたいな身体を持っている訳は無いんだ。むしろ、苦痛が長引かないだけ有情と言う奴もいる始末。致死率100%は伊達じゃない、必ず死ぬ。

 

「ロドスに縋っても、その子が持つか分からない。数日以内に治療を開始できなければ…………おそらく、間に合わない」

「そん、な……」

 

 男は声すら出せず、項垂れるしかなかった。ひとしきり絶望して、そして次にやって来るものは――――  

 

 

 

「…………けるな」

「……」

「ふざけるな、そんな、そんな……!」

 

 ()()だ。八つ当たりと知りながら、男は自分の両肩を指がめり込むほどの力で掴みかかった。

 辛いよな、苦しいよな、痛くて悲しくて、そしてどうしようもないから自棄になるしかない。そうやって負の螺旋階段を転がり落ちていくんだ。

 

「まだ5つなんだぞ!? 学校にも行ってないんだぞ!? あの日が誕生日で、妻と一緒に祝って、それだけだったんだ!」

「そうか」

「私はどうなったってどうでもいいさ、プロパガンダに騙されて散々差別をしてきた屑だと理解出来たからな! だが、だがあの子は幸せだっただけだろう!? …………当たり前の、ささやかな幸せを喜ぶことすらアイツ等は、レユニオンは罪だというのか?! 恨みを晴らすためなら子供の命を踏み躙っていいのか!?」

「…………そうだな、許されないよな……」

「―――っぐ、う……うう、うううう、うああああぁぁぁァァァッ!」

 

 路地裏に慟哭が響く。四つん這いで蹲って、無力と憎悪をどうにかぶちまけようと迸る叫びを止める権利は自分にはない。彼がたった一人で、近くに妻らしき女性が見当たらないのは()()()()()()だろうから。

 

「リオン、リオン―――――ッ、すまない、すまない…………無力な父さんを許してくれ…………」

「……」

 

 …………そうだ、彼を慰める権利は自分にはない。かつてこんな絶望を植え付ける側だった屑が希望を語るなんて、そんなマッチポンプは許されない。おまけに、その無差別な人殺しの動機が衣食住のためだったなんて―――――そんな塵に宥められたら、彼の慟哭まで貶められてしまうから。

 

 ―――――ああ、だけど。

 ナイフで指に傷を付け、近場にあった古新聞に血文字を刻む。唐突に行われた猟奇的ともいえる行動に、男は疑問を浮かべる事しか出来ない。

 そして、全てを書き切ってから血文字だらけの古新聞と共に数枚の硬貨を渡した。

 

「これ、は」

「……ロドスの裏番号だ。ここから100mも行けば無線式の公衆電話が置かれてる。誰が置いたかは分からないし、相当古いがまだ使えるはずだ」

 

 どうしても、どうあっても、自分は冷血になりきれない。

 中途半端に人間で、中途半端に狂犬で。自分の為なら他人を容易に貶められる癖に、こんな無形の激痛一つにすら耐えられない。

 

「そこで俺の名前を出せ、カイナだ。それでも怪しまれたら、“半端者のビーストから教えてもらった、()()()()()()()なら分かる”と言えばいい。―――――延命位なら、どうにかしてくれるはずだ」

「だ、だが、何で」

「行けよ。()()()()()()()()

「――――――――――!!」

 

 失う、その一言で男の瞳に炎が灯った。これ以上奪われてたまるかと、涙を拭って走り出す。

 

 

 

 

 

「…………何やってるんだろうな、俺」

 

 ―――――その泥臭くも眩しい姿を見届けて、カイナは路地裏へと消えた。

 

 

#####

 

 

 此処(スラム)が全ての始まりだった。

 選民思想と気合と根性に晒されて、無能扱いをされて放り込まれた掃き溜め。どうしようもない絶望の中で必死に足掻いた過去は、周囲の風景と共に否が応にも再生される。

 

 生き抜くためにまず必死で会得したのは人殺しの技。その頃にはある程度―――無いよりマシ程度だが―――アーツは使えたから、自分を傷つける敵を全て排除するための技を我流で覚えた。

 そんなことをしていれば、当然同年代の子供達からは浮く。そもそも同年代どころか年下の小さな子供すら信用していなかったことが一番の原因だろうと今は思う。周囲が徒党を組んで大人という強者に対抗していく中で、自分が覚えたのは住処の周囲に()()()()を置くことだった。

 

 スラムの強者は反撃されない弱者(カモ)を求める。なら逆に、自分と同じぐらいの体格の奴が無惨になっていたら? 例を挙げるなら、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()どう感じるだろうか。

 答えは簡単―――――“此処は近づいてはいけない”と、粗雑な直感で()()()()の周囲を避ける。

 

 日に日に腐りゆく肉の臭いと衰弱していく人間の姿を前にして、しかも無視して侵入してきた屑を血祭りにあげ続けて正気を保てただけでも奇跡だろう。実際は相当ギリギリだった瀬戸際でレユニオンという存在を知って、一も二も無く飛びついた。

 連中が掲げているようなお題目なんて何一つ興味も無く、ただ安全な寝床と飢え死にしないだけの食事が保証されるというだけで、暴力の渦に加わったのだ。

 

 端的に言って、自分で自分が情けない。だというのに面倒になったら切り捨てて逃げて、それを繰り返した果てに無駄に禍根やら繋がりやらをそこら中に残す結果を招いているわけで……

 

 

 

 

「もうバレてんだよ、黙ってないで出て来い」

 

 挙句今、こうして尾行を許してしまっていた。

 誰も居ない道端で振り返り、声を掛けるが帰ってくるのは白々しい沈黙。強引に引き摺り出そうかとナイフを構えれば、観念したかのように下手人は姿を現した。

 

「久しぶりだな、ビースト」

「今はもう唯のカイナだ。そっちは……スカルシュレッダーって呼んだ方が良いか?」

「ああ」

 

 ガスマスク越しの声は昔よりも若干低くなっているが口調は殆ど変わっておらず、それがどこか懐かしい。両手の榴弾砲は銃口が下げられてセーフティも掛けられており、攻撃の意思が無いとは確認できる。だが、逆に言えばそれだけだ。自分はレユニオンの離反者にして元ロドスオペレーター。後顧の憂いを断つために此処で完全に殺しにきているという線も捨てきれない。

 

 アーツによる音響探知の外側から波状攻撃でも仕掛けられれば完全に詰みだ。仮に回避し切れたとしても次の瞬間には眼前で榴弾が炸裂するだろう。スカルシュレッダーの榴弾砲は近接用の改造も施されており、切れ味はまともに食らえば骨諸共内臓が切り裂かれかねない程。遠近双方に対応した恐ろしさは良く分かっているだけに油断できないし、したくない。

 

「話がある、此処で誰かに聞かれるのは避けたいから付いてきてくれ」

「嫌だと言ったらどうする? お前には悪いが、こちとら前科持ちだ。アンタ達に粛清されるパターンだって想定してる」

 

 それを理解してか知らずか、此方に拒否させる暇も与えずスカルシュレッダーは依頼内容を告げた。

 

「―――――――――――――――――――」

「……」

「…………これは俺の個人的な話だ、断ってくれたってかまわない。傭兵としての仕事しかしないというのなら、俺に出来る範囲で報酬も支払う。だから、どうか頼む」

 

 依頼内容を馬鹿げたものだと自覚しながら、彼は頭を下げた。

 はっきり言ってしまえば、馬鹿正直に頼み事を聞く義理は無い。連中は最早テロリストだ。一方的に決別を叩き付けて、さっさと龍門から逃げてしまったとしても誰も非難しないだろう。()()()()()リスクとリターンを計算するのは当たり前であって、どれだけ実入りが良くてもリスクを鑑みて受けるか切るかの選択をしなければならない。

 スカルシュレッダーはレユニオンの中でも比較的若いが、だからと言ってその道理が分からないほど阿呆ではない。感情的になりやすい一方で、ちゃんと戦術や策謀を練れるだけの頭を持っている。

 

「……俺が何したか、知らない訳じゃないだろ」

「当事者だったからな。()()()()で、お前に頼みたい」

「何でそうまでする、他にも宛はあるだろう?」

「……正直言って、確証が持てないというのが一つ。レユニオンにはあまり関わらせたくないし、ロドスは論外だ。そうなれば俺にとって頼れる部外者は一人しか居ない」

 

 眼前の相手が同胞などではない、明確な()だと理解している。自分が過去に起こした所業を理解した上で、テロリストは“お前しかいないのだ”と嘆願していた。

 そうまでされたら此方も弱い。損得勘定だけで心からの頼み事を断り切れる精神性をしていない半端者だから、

散々迷ってから……

 

「…………分かった。気が向いたら、受けてやるよ」

「それでもいいさ。………有難う」

「止せ止せ、そういう無邪気な感謝は苦手なんだよ」

 

 相変わらずだとスカルシュレッダーは苦笑した。当然だ、数年で変われる程自分は()()()じゃない。それを知ってか知らずか、今度は茶化すように笑う。

 

 それから少しの間だけ、爆殺鬼(テロリスト)の少年と皆殺しの塵狼は互いの立場も忘れて語り合った。




Report

 先日の龍門スラムからの通報により、対象の位置が特定されました。

 対象はレユニオン幹部“スカルシュレッダー”と接触。何らかの交渉を行ったものと推測されます。

 しかし、今圧力を掛けてしまえば再び対象は行方を眩ませるでしょう。

 対象の観察段階は継続。捕縛段階の延期を推奨します。


補遺
 彼をこれ以上追い詰めないでくれ。
 彼はもう限界だったんだ。戦力には成りうるし、連中との交換条件にだってなっている。けれど、もう一度その渦中に叩き込まれたら今度こそ壊れてしまう。本物の“ビースト”に成り果てて、何もかもを皆殺すだけの戦闘兵器になってしまう。
 あんな生き方は人間じゃない。文字通り自分の肉を削ぎ落しながら延命する姿を忘れたのか? 訓練ですらも怯え続けて、オペレーター達の全てを避け続けていた姿を忘れたわけじゃないだろう。

 お願いだ。彼の身を本気で案じるのなら、彼から手を引いてくれ

―――――――オペレーター サリア
 

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塵狼と無垢、一方で。

お久しぶりです。
無気力と自堕落の極みで過ごしておりました。ごはんがおいしい()

今更ながらコイツ面倒臭いにも程があんだろ、なんなの君????


 何をしているのかと自問し、約束を果たしていると自答する。

 泣き叫ぶサルカズの少女の姿を、よく覚えている。 

 後悔に塗れたヴィーヴルの女性の姿が、己の所業に絶望するリーベリの女性の姿が脳裏に焼き付いている。

 

 欲望のままに知識を欲した同僚の姿を、よく覚えている。

 当たり前のように命を蹂躙していた白い悪魔を、よく覚えている。

 

 抱いた思いは、憤りだった。

 密かに協力者を募るも水泡と帰した。

 

「この世界は狂っている」

 

 怒りしか湧かなかった。憎悪、憎悪、憎悪憎悪憎悪。憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪。

 何なのだ、どうして此処まで汚泥のような悪意を無尽蔵に湛えられる? 己の為ならあらゆるものを轢殺しても構わないと?

 

「狂わせているのは、貴様達だ」

 

 誰も救わないのなら、私が救おう。

 誰も挑まないのなら、私が挑もう。

 誰も抗わないのなら、私が抗おう。

 

 ――――――天災断絶。この世から厄災の兆候を根こそぎ滅ぼす。

 前人未踏も絶対不可能も覆そう。

 

「お前達が好き放題するのなら、私も同じようにやらせてもらおう」

 

 死ねよゴミ共、お前達の居場所など要らんだろう。

 さあ、棺桶を開こう。

 

 

 

 

 

#####

 

 

 

「ライン生命で、事故?」

 

 拾った近日の新聞を暇潰しに読み進めると、その中に僅かな興味をそそられる記事が小さく乗せられていた。

 ライン生命が保有する研究所の一つでの爆発事故、ラボ一つが丸ごと吹き飛んだという大規模なものでありながら、犠牲者はたった一人。研究員の避難を先導していた博士が逃げ遅れ、多くの命の代わりに消し去られたというもの。

 当たり前のような悲劇。どこにでもありふれているだろう些細な事件。だというのに、どうしてかその小さな記事が心の何処かに引っ掛かっていた。

 

 分からない、分からないが、しかし何かが腑に落ちない。

 理解できない違和感が内心に巣食う。余りに気持ち悪くて仕方がない……の、だが。

 

「ライン生命は、ここからは遠い……なら、()()()()()

 

 今をどうするかにばかり思考が割かれ、遠い何処かでの事件を片隅へ追いやった。

 それを悪癖だと十二分に理解しながらも、それでも“今”にばかり目が向いてしまう。そして、そんな在り方にカイナは自分で失望し続けていた。

 

 

 ―――そして、足元でしゃがみ込む()()へ声を掛けた。

 

「それで、どうするか決まったか」

「……まだ、分からないです」

 

 ウルサスの少女は、どこか自失したようにぼやいていた。嫌味な程に透き通った青空を見上げながら、しかしそこに何かを感じる訳でもなく眺めていた。

 

「いきなり全部失って、弟が生きていたなんて聞かされても……正直、まだ受け止め切れてないです」

「…………まあ、そんなもんだろ。これで“はい分かりました”なんて言われてもこっちが困惑してた」

 

 そんな心の強さだったら敬遠して逃げていた―――とカイナが告げれば、耐えきれないように少女は噴き出した。スラムの荒くれ者から守ってくれた王子様のような青年は、その実王子様など夢のまた向こうな小物だったのだと知ったことで少女は苦笑してしまう。

 

「もう、女の子の夢くらい守る気は無いんですか」

「知らねぇよ、そんな偶像貼り付けられたら堪ったもんじゃない。英雄だの王子様だのなんてのは、そういう資格を持った奴の特権なんだよ」

 

 茶化すようにケラケラと笑いながら、カイナは手に持った新聞をバラバラに引き裂いて風に舞わせる。この世に夢など有りはしないと誰よりも絶望しながら、絶望を知った少女の傍に彼は居た。

 

 

 

 

「……でも、驚きました。まさかあの子が……」

「荒事には巻き込みたくない、だがロドスは論外ってのが奴の言い分だったからな。龍門に関しちゃ感染者となれば容赦はない。結局、頼れる伝手が俺だけだったんだろうさ」

 

 スカルシュレッダーからの依頼は、彼の姉―――ミーシャの保護だった。チェルノボーグ出身であった事から、今回の混乱で姉が近場である龍門へ漂着しているかもしれない、というのがスカルシュレッダーの言。確証はないという旨のことを話してはいたが、半ば確信してはいたのだろう。生みの親がチェルノボーグの高官である以上、まず間違いなく死亡するだろうという点も含めて。

 

「アイツと会いたいなら会わせてやれるぞ。……なるべく近寄らせないでくれとは言っていたが」

「……正直、迷ってます」

 

 ミーシャの胸中を占めていたのは、レユニオン幹部となった弟への罪悪感だった。当時はまだ子供で何も出来なかったとはいえ、見殺しにしたのには変わりがない。恨まれていたとしても何も可笑しくはないのだ。

 カイナを護衛代わりに寄越すなどで気に掛ける素振りを見せつつも直接の接触を避けている現状、それをどう噛み砕けばいいのかを彼女は未だ知らなかった。

 また、彼女を取り巻く現状も再開を躊躇わせていた。

 

「重要参考人、ね。理屈は分かるが……」

「本当に何も知らないんです。何も、知らなかった……」

 

 龍門からチェルノボーグについて何か知っているのではと追われる身。感染者となった彼女が、はいそうですかと受け入れられる訳は当然、無い。なまじウルサスのやり口を知っているだけに、何も情報を持っていないと分かった後どんな扱いを受けるのか、想像もしたくなかった。

 

「龍門は感染者には寛容って言うが、それはあくまで()()()だ。本当に感染者が庇護を求めるならロドスの一択だろうな」

「さっき言っていたライン生命では駄目なんですか?」

「ライン生命は確かにデカい研究機関だが、鉱石病に関しちゃ遅れをとってる。だからロドスに協力してんのさ、()()()()、な」

 

 ライン生命の抱える闇を、カイナは目の当たりにしている。――――上級オペレーターのイフリータにサリア、サイレンス。あの三人は特にソレに密接に関わっているのだろう。何せ、事あるごとに言動の端々に()()が滲んでいたのだ。自分の過去に対し誇りではなくそんな後ろ向きな物を抱くというのは、()()()()()があったはずだと経験則で察知していた。

 

「“何をしていたか”は知らんが“何かをしていた”のはほぼ確定と見ていいだろうな。最悪の場合、感染者を『試料』としてしか見ていなかった可能性もある」

「……では、感染者が頼れるのはもうロドスかレユニオンぐらいしかないんですね」

「それだけ鉱石病が厄介極まってるのが問題なんだろうな。止めたいなら完全な抑制剤でも作るか、あるいは……」

「天災を止める、ですか」

「それしかないだろうよ」

 

 あまりにも荒唐無稽だ。ロドスは鉱石病の進行を可能な限り遅らせる手段を開発してはいるが、あくまで遅らせるだけ。完全に止めることも直すことも現状では出来ていない。治療が実質不可能となれば後は元凶を止めるしか無いのが定石ではあるが……

 

「でも、源石が無くなってしまったら……」

「移動都市も都市自体のインフラ関連もほぼ全て停止するだろうな。加えてアーツも使えないとなればそう簡単に出来る事じゃない。()()()()()()()()()()()()()でも見つからなきゃ無理だ」

 

 アーツも源石エネルギーも、この世界に深く根付きすぎた。今更前時代的な暮らしに戻れといった所で、世界規模のバッシングを食らうことは目に見えている。かといって感染者を保護しようとしても、鉱石病は感染性を持っている。伝染する致死率100%の病とは、その字面だけで人間の忌避感を煽り、迫害という間逆の行動へと駆り立てる。実質感染者に居場所はなく、源石を巡る流れはあからさまな負の連鎖、袋小路への道だった。

 

「……ま、俺がロドスからもレユニオンからも逃げ出した立場なせいで、本当の意味で世界中どこにも居場所はないけどな」

「…………此処でその事実を突きつけますか、貴方は」

「現実はしっかり見据えるもんだぞ」

「なんとなくですけど貴方には言われたくない言葉ですそれ」

 

 呆れるような半眼が突き刺さる。仕方ないだろ、小物なんだから。人殺ししか出来ない半端者の末路にしては上等だ。

 居心地が悪くなって目を逸らせば、座り込んだ少女の口からこれでもかという溜息が吐き出された。再び向けられた視線は完全にダメ人間を見るそれだ。正直心に刺さる。やめて欲しい。

 

「……とりあえず、寝床に行くか。一応食料も貯めてある。……アレルギーの類はないよな」

「露骨に話逸らしましたねこのダメ男…………特にないですけど」

 

 遂には真正面から口に出してダメ人間認定されてしまった。自覚はあったが心に罅が入る感覚がした。なまじ整った顔をしているだけに余計言葉と視線の棘が刺さって痛い。

 微妙に気まずい空気のまま、路地裏の目立たない道を多用して隠れ家へと移動した。

 

 

 

 

 

 

 ―――――同日、ロドス。

 同所訓練場。

 

 刃が閃く。片方はフェリーンの青年、もう片方は――――

 

「せあぁぁ――――っ!」

「ふっ―――」

 

 フェリーンの()()。研鑽を重ねた刃に剣術という存在を知って数カ月の少女が拮抗するその姿は、見る者が見れば余りにも異様な光景だった。

 長身の男の錬磨された刃は一切の隙が無い。刺突を主体としながら切り払いを織り交ぜたソレは、牙を剥く雪豹にも似た怜悧さと獰猛さを秘めている。アーツを使えない訳では無いが、対人戦闘においては使う必要も無いほどに熟練したものだった。

 

 対して、少女の剣術には隙が多く、余計な力も籠っている。しかし、その隙を突かれるよりも前に刃を翻して刺突を打ち払う。

 純然たる天賦の才。才あるものが10年以上を要して得る筈の技巧へと、少女は生まれ持った感覚のみで追い縋ろうとしていた。生まれる時代か立場が違えばそれだけで剣鬼へと成長していたであろう存在として、幼い仔猫は歴戦の雪豹へと牙を奮う。

 

「よもや、このような逸材を―――」

「っく、あぁっ!!」

 

 しかし、少女が勝っているのはあくまで才のみだ。隔絶したものではあるが、しかし武器を握る手は未だ拙い。一合二合ならばともかく、時間が経てば経つほどその差は圧倒的になっていく。

 消耗する少女と、分析と共に更なる鋭さを得る青年。決着は、そう時間もかからずに訪れた。

 

「……参り、ました」

 

 片刃の直剣が弾かれ、地面へと甲高い音を立てて落ちる。当たり前のように勝利を手にした青年―――シルバーアッシュは、刃を鞘へと仕舞うと、それまで張りつめていた雰囲気を和らげる。それと同時に少女―――メランサも大きく息を吐き、そのまま疲労で床に座り込んだ。

 

「素晴らしい刃の冴えだった。だが未だ発展の途上、怠るなよ」

「はい、ご指導、ありがとうございました」

 

 どれだけ打ちのめされても礼節を欠かず、研鑽を積むことを厭わないその姿を見て、シルバーアッシュは眩しそうに目を細める。周囲に目を配れば、盾の使い手として重装オペレーター達と訓練をしているマッターホルンや先鋒として攪乱をメインにした足運びを享受するクーリエの姿も見える。

 

 そして――――ふと、誰かの()を見て、メランサへと尋ねた。

 

「そういえば、君は“彼”と面識はあったのかね?」

「彼、って……もしかして」

「カイナ、あるいはビーストか。彼もまた、ロドスのオペレーターであったと聞いている」

 

 その名前を聞いて、メランサは一瞬目を丸くしてから伏せる。先程のような訓練中の切り合いの最中、足運びや不意を突く剣閃の中に朧気ながらあの狼犬の面影が見えたのをシルバーアッシュは見逃していなかった。同時、あの()()が他人に技を教えることがあったのかと疑問に思いもしていたが。

 

「彼が剣術の訓練を?」

「今みたいな実戦での訓練だけですけど……不意を突くというか、予想外の攻撃が次々飛んできて対処しきれませんでした」

「環境を利用したと」

「あ、いえ、そうではなくて」

 

 曰く、目潰しの指を囮にして隙を誘った。ポケットに忍ばせていた胡椒を眼前で撒かれて五感を潰された。上着で視界を抑えられた、唐突にナイフを投げ上げた瞬間猫だましを炸裂させた、等々。

 食らった相手によっては激昂間違いなしの小手先のオンパレード。それを未熟な少女相手にふんだんにやっていたというのだから呆れればいいのか感心すればいいのか。

 

「……カイナさんからすれば私達を追い払おうと思って嫌がらせみたいに色々やってきたんだと思うんですが、それでも―――」

「不意打ちへの耐性と足運びの習熟には役立った、か。何ともはや」

 

 妙な所で押しに弱く、他者との関係性を捨てきれない辺りが()()()と青年は苦笑する。こうして細々とした繋がりをそこかしこに作っておきながら他人に怯え続けるのは如何なものだろうか。

 

「……いや、或いは怯えているからこそ、か」

 

 怖いからこそ、分析せずにはいられない。放って遠ざければいいものを、分からないまま放置することが何より恐ろしいといった性分なのだろうとシルバーアッシュは彼の精神構造を見定めた。

 何もかもを畏れて、己の全てを信用せずに他者の評価を釣り上げる。あまりに狂的な警戒心が生む理解不能の行動原理は、端から見れば気の触れた人間にしか見えないだろう。だが、彼の中では一本芯の通った真っ当な行動であるのだ。

 

「全く、エンヤも奇特な奴を好いたものだ」

「エンヤ……プラマニクスさんですか?」

「……ああ済まない、忘れてくれ。本来、私が口を出すべきでは無いのだろうが、どうもな」

 

 兄としては関わるべきではないとは思う。戦力としては上等だろうが、人間(なかみ)を見るならば首を傾げざるを得ない。ロドスのオペレーターの誰かを宛がった方が余程良いというものだろう。

 しかし、己に女の恋路の何たるかは分からないのだから、当人に任せるべきなのだろうとも思っている。唯でさえ巫女という苦を強いているのだから、と。

 

「ああ…………うん、そうですね、確かにカイナさんはちょっと、性格が……」

「当人としてはそれで願ったり叶ったりなのだろうがな」

 

 離れてくれるならそれで良し、衣食住を安定して与えてくれるなら他は必要ないと()()()()()()()()()()()()()

 逃げて逃げて、逃げて逃げて逃げて、逃げた先に、彼の求めるモノはあるのだろうか――――――?

 

 当人にすら分からない答えを考えながら、近く来る()()()()()()に各々の想いを馳せた。

 

 

 

#####

 

 

 

「―――――――お前の住処は、あの時から変わっていないな」

「―――、――――――」

 

 隠れ家へと戻ったカイナは、想定外の来訪者に思考を凍結させていた。

 何故、どうして、どうやって。疑問が山ほど浮かぶ一方で、身体は後方の少女を守るべく冷徹に稼働していた。アーツを目覚めさせ、ナイフを構えて足へ力を入れる。()退()()()()()()。出会った際のシミュレーションは欠かしてはいなかったが、しかし()()を前にしたのなら取るべき手段は射程範囲からの撤退しかない。

 

「どうした、昔のようにフゥ姉とは呼んでくれないのか?」

「――――動くなッ!!」

 

 一歩此方へ寄る相手。それに合わせるように下がり、その背後に構えた3()()を動かすまいと()()()大声で牽制した。

 同時、片手でミーシャを一緒に下がらせる。スカルシュレッダーとの約束を交わした手前、彼女を危険に晒すわけにはいかないと妙なプライドが生まれていた。

 

 ああ畜生、いつもこうだ。どれだけ降りかかる火の粉を払っても、次の試練次の苦難と条件と戦力差を悪化させて襲い掛かってくる。()()()()と、()()()()()と嘲笑いながら襲い来る。逃げたから、目を背けたから、今こうして安穏を求める事を退行だと詰るのか。

 殺意に火が灯る。苛立ちが加速する。もう嫌なんだよ、放っておいてくれと子供みたいな文句ばかり浮かんでくる。

 

「何で、何で今更になって来たんだ、()()()()()()()

「……」

「答えろ、お前は敵だ」

 

 女性――――フロストノヴァの表情が明確に陰った。瞳は悲しみを湛え、泣きそうにも見える。

 何だ、()()()()()()()()()()()? そんな気配を見せたせいで、彼女の後方に控える配下―――スノーデビルの一員が殺気立っているんだから勘弁してくれ。

 泣きそうになる表情を押し殺し、膝を屈しそうになる圧力を必死で堪える。フロストノヴァ無しでもその部下たるスノーデビル小隊はアーツ使いの精鋭、複数人を相手にして勝てるなどと思い上がれるわけがない。今までのイェラグの暗殺者やレユニオンの尖兵とは一線を画している。

 

「……悲しいものだな、離別というものは」

「…………」

 

 沈黙、そして開口されたのは紛れもない本心で――――

 

「お前と少し話をしに来た。本当に、それだけだよ」

 

 あの頃と変わらない、綺麗な傷だらけの笑顔で、姉代わりだった女性は笑った。  




調査資料 No■■
 オペレーターカイナのレユニオン離脱という履歴については、不明瞭な点も多い。極秘に調査を進めた限りでは彼の組織内での評価は比較的高く、一部隊を任されていたという証言も得られている。
 にもかかわらず、彼は自身の直接の配下を全滅させた上でレユニオンから離脱しており、その行動もまた唐突。人間関係のトラブルがあったのではと考えられるが、当時を知るレユニオン兵の証言では幹部クラスとの関係も良好で、彼自身にも何も問題が無いように思われたという。

 以上の点からロドス離脱についても同様の心境変化があったものと思われるが、しかし目的そのものは依然不明瞭である。
 何らかの精神疾患が原因であるとも考えられるが、少なくとも脳内の源石結晶は(過去の記録ではあるが)確認されていないため、心因性と思われる。

補遺1
 ドクター、今回の作戦、レッドにも参加させてほしい。負けたくないから。
 ―――――レッド

補遺2
 今回の龍門からの協力要請において、元オペレーターカイナの介入はほぼ確実だろう。
 彼は一対多の殲滅戦においては最悪の部類に入る戦闘能力を有している。カランド貿易及びイェラグの巫女の全面協力があるとはいえ、最悪の場合は遺書が必要になると考えておけ。
―――――ケルシー

補遺3
 同地域にてレユニオンの幹部であるスカルシュレッダー及びフロストノヴァ、ファウストの暗躍が報告されています。オペレーター各員は警戒を密にしてください。
―――――アーミヤ


 
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氷雪と人狼、揺らめく予兆

1カ月ぶりですね、ほんとにすんませんでした。色々あって想像力が死んでました。

唯一つ言えるのは、これからは自分の性癖に素直に生きようと誓ったことですね。エロとエモが世界を救う。

というわけで、己が性癖に従いまくるシリアス原作のシリアス二次創作だぞ、喰らえ☆


「何で止めるんだよカイナさん! こいつらは――――!」

「お前達をかつて迫害したからか?」

 

 地獄だった。

 何も悪いことをしていない筈の人々が、八つ当たりめいた理由で虐殺されていく。男も女も、果てには小さな子供まで、犯す価値すらないとばかりに血肉の海に変えられていく。

 

 何も、本当に何も悪くないのに。()()()()()()()()()

 

「そうだ! 俺達には()()がある!」

「こいつらに同じ苦しみを味あわせてやるんだ!」

 

 最悪だった。

 実力を買われ、宛がわれた部下は復讐に身を焦がす連中の中でも一等酷い連中だった。自分の所業を正当化して、後ろを振り向くこともしない。

 

 自分が悪いのに。大罪人であるという自覚から目を逸らし続けている。

 

「自分のやったことを分からせてやるんだ!」

「犯す価値も無いとこのナイフで刻んでやる!」

「親父の仇だ……」

 

「殺してやる」

「殺してやる」

「殺してやる」

「殺してやる」

「殺してやる」

「殺してやる」

 

「―――――――――――死ぬまでに、一人でも多く殺してやるんだ!!!!」

 

 

 それが、最後の引き金だった。

 ああ、()()()()()()()()と。悟ってしまった。仲間がどうとかよりも絶望が上回ってしまった。

 

 だから――――――――殺した。

 

 心臓を裂いた。脳を輪切りにした。

 肺をアーツで丸ごと破裂させた。脊髄を噛み砕いた。

 鉄パイプで耳から脳を貫通させた。動脈を切って失血させた。

 全身の皮を剥いだ。内臓を引きずり出した。

 

 今までの鬱憤を叩き付けるかのように、自分が築き上げたものを全て滅茶苦茶にした。自分のように衣食住の為だけに仕方なくこういうことをしている奴もいると信じたかったのに、そんな奴は何処にも居なくて。

 泣きたくて泣きたくてどうしようもなくて、けれど泣いたところで誰も助けてくれないから泣かなかった。

 

「……カイナ?」

「フゥ姉、ごめん、もう限界だ」

 

 叫び声で駆け付けたフロストノヴァの顔はきっと忘れられない。今まで見た事が無いほどに恐怖と驚愕で塗りつぶされていて、嘘だ、そんなとうわ言のように言葉が漏れていた。

 傷つけたことが痛くて辛くてたまらなかったから、そんな義姉の姿を直視できなかった。

 

「ごめん、ごめんなさい……」

「……」

 

 座り込んだ義姉が誰に謝っているのか考えたくも無かったから、何も言わず、振り向きもせずにレユニオンを去った。

 

 

 それからもう、彼女には会わないだろうと思っていたのに。

 

「ええと……こう、ですか」

「そうだ。意識を集中して、自分の内側とオリジニウムを繋げるイメージを持つんだ」

「……あ、オリジニウムが、熱い?」

「そう、上手いぞ。その熱を維持してみなさい」

 

「……アレで良いのか」

「素養があるのなら予め教えておいて暴発を防ぐ方が良い。いざという時の自衛手段も必要だろう?」

「まあ、そうなんだがなぁ」

 

 どんな手段を用いてか隠れ家を発見し侵入していたフロストノヴァとその部下。暫くは警戒していたが、いつまで経ってもアーツを使う素振りを見せず本当に交戦の意思が無いと確認したことで警戒を解いた。

 目的こそ分からないが、彼女は本当に話しに来ただけらしい。

 

「何年ぶりだろうな、こうして話すのは」

「さあな。そんなに経ってはないだろ」

 

 ひっそりと誰にも知られないよう用意したはずの隠れ家で、まるで我が家のように寛ぐフロストノヴァとその護衛だろう3人のスノーデビル小隊構成員。連中に至っては此方に警戒を向ける素振りすらなくミーシャへとアーツの基礎を教え込んでいる。

 

「ふふ、その態度も変わらない、か。喜べばいいのか悲しめばいいのか」

「成長してないってか、そんなもん知ったことかよ」

「多少は丸くなったかと思ったが、対人関係での粗は治っていないな」

「知らねぇって言ってるだろうが、親かお前は」

 

 風邪はひかなかったかとかパトリオットはどうしているかとか、話したいことは他にも沢山ある。だというのに、どうしてか話し方がつっけんどんになってしまう。心が毛羽立って落ち着かない。

 端的に言って、居心地が悪い。どうにも背中がむず痒くて仕方が無いのだ。

 

「……おい貴様、曲がりなりにもフロストノヴァ様の弟御だというのにその態度か」

「あぁ? 何だお前」

「この御方の家族として恥じない在り方をしようとも思わんか」

 

 唐突に尊大な態度で接されて、むず痒さが苛立ちへと一瞬でシフトする。色々言いたいことはあるが、まず一つ。

 

「名前名乗れよ。口も利けねぇアホを相手したくない」

「名など無い。フロストノヴァ様の部下であることが私の全てだ」

「……………………気持ち悪」

「何だと貴様!?」

 

 だってしょうがないだろ、気持ち悪いんだから。いくら怪物的な実力を有しているとはいえ女一人に此処まで入れ込まれると本当に気持ち悪い。同じ人間と認めたくない。何コイツ。

 

「……よく分かんないですけど気持ち悪いですね」

「だろ」

「そりゃぁな」

「やめろ、お前が話すと事態が拗れる」

「味方居ねぇじゃねぇかお前」

「……」

 

 ミーシャに罵倒され仲間に同意され、そして敬愛しているのだろうフロストノヴァ当人からも面倒認定。流石に傷ついたのか目に見えて凹んでいた。フードと仮面で顔は見えないのに空気で落ち込んでいると分かるあたり、相当心に深く刺さったらしい。

 話が進まないと判断し、視線を厄介男(仮称)からフロストノヴァへと戻した。

 

「で、本当に何をしに来たんだ。まさか本当に世間話するためだけに来るほどアンタも暇じゃないだろ?」

「本当に話をしに来ただけだといっただろう? 流石の私も多少は傷つくぞ」

「……信じられるかよ」

 

 フロストノヴァに聞こえないよう小さく悪態を吐く。自業自得とはいえ、自分はかつて部下を()()()にして逃げている。なぜ今になってという疑問こそあるが、これまで散々レユニオンの下っ端を殺してきた以上脅威性を鑑みて幹部が出てきたとしても何もおかしくない。

 ただ、それを追求すれば()()()タルラが自身を見逃した理由も正直言って不明瞭だ。当時は既にロドスで殲滅作戦を相当数行っており、その中にはレユニオンも多かった。

 

 此方の顔は明確に敵として割れており、それでいてこれまで殺意を伴ってレユニオンの上位連中が来たことはない。その奇妙さが警戒心を引き上げていた。

 

「はっきり言えばいいだろ、()()()()()()()()()()()()()()()って」

「だから……ああもう、どうしてそう疑心暗鬼を拗らせるんだ。いい加減怒るぞ?」

 

 ただひたすらに疑われれば苛立つのは自明だ。だが、それでも眼前の義姉だった女性を自分は信じられない。

 

 あの時、嫌気が差したという理由で同胞へ向けて虐殺の限りを尽くしたことは到底埋められない溝だろう。自身の内心の快適さと現状を天秤にかけて、あろうことか自己愛を取った醜悪さは絶対に許されていい物なんかじゃないはずだ。

 だというのに、その罪を理解しているのかいないのか。フロストノヴァは苛立ちを隠しもしない一方で悪意や害意といった感情を一切向けていなかった。

 

「まったく、私の威厳もさほどの物ではないらしいな。こうして弟の信頼も勝ち取れないとは」

「……パトリオットが勝手に気に掛けてただけだろうが」

「それでも、私にとっては可愛い弟分だったよ」

 

 弟、という言葉を向けられるたびに心がざわめいた。馬鹿を言うなと内心で舌打ちする。自分の在り方が珍獣のように見えて、パトリオットの興味を引いたから手を出されていただけだろう。

 絶対的な才能を持つ少女に、人類の多様性を経験させるための“教材”。それ以上の価値なんかなかったのに。

 

 一人ぼっちだったからとまるで家族のように振舞って、幹部二人から目を掛けられる分、余計な荷物まで背負わされて。

 安全な寝床と最低限の食事が貰えたのなら、それだけで本当に満足だったのに。向いていない幹部という肩書までつけられて担ぎ上げられた苦しみが分かるのか?

 

「絆なんてどこにあった? 効率的に人殺しするための道具としての価値しか、俺にはなかっただろうが」

「そう、だったのかもな。だが、私にとっては―――――」

「もうやめろ、聞きたくない。口先だけの妄言なんて沢山なんだよ」

 

 その言葉を聞いて、不快に感じたのか。フロストノヴァの手に力が入ったのを見逃さなかった。ああまた傷つけたと直感的に悟り、しかし襲ってくる後悔を顔に出さないように猶更心を封じ込める。

 そして――――

 

「そうか、それなら………」

 

 業を煮やしたのか、手に持っていた杖とナイフを放り投げてずかずかと此方へ歩み寄る。傷だらけでも整った綺麗な顔と気迫の篭った眼光に押されて後ずさるも、すぐに壁へと追い込まれる。

 刻まれたトラウマが抵抗を許さない。手を出してもすぐに殺されるという恐怖心が反撃を縛ってしまい、更にミーシャを見捨てないというスカルシュレッダーとの約束が逃走への一手を遅らせた。

 

「ひ、ぁ、止め――――――!」

「……」

 

 ―――――そして、時間切れ。

 もう逃げられない。絶対零度の手が伸びる。

 女王の機嫌を損ね、その罰として木っ端微塵に砕かれるのだと覚悟すれば――――

 

「そら、これならどうだ?」

「…………は?」

 

 

 視界が暗黒に包まれる。だが、それは死に瀕した時の魂を刺すような冷たさではなく、優しい暖かさを持ったものだった。

 頭を押さえつけられながら、同時宥めるように背を優しく撫でられる。

 

 端的に言えば、ハグされていた。

 それも、頭を胸元へ抱きかかえる形で。

 

「え、あの、な、なん」

「……どうだ?」

 

 唖然とするミーシャ、ああやっぱりと呆れる配下二人、そして凍り付いたように動きを止める厄介男。

 当然自分も想定外の行動に思考が停止した。どうにか理解できるのは自分がフロストノヴァに抱きしめられているということで―――――それすら理解不能だ。

 

「む、これでも足りないのか? それなら膝枕の一つでも――――――」

 

 

「な、なん、な――――にゃああああああ!?!?!? 何して、む、胸に、押し付け……ッ!?」

 

 

 スラムで経験もしなかった行動を目にして、ミーシャは顔を真っ赤にして絶叫した。余りの衝撃に取り落とした源石が情けない音と共に中途半端に破裂する。

 ボン、という音は彼女の感情の噴出を代弁していたかのようで、もう何が何やら手が付けられない。

 

 どうにか正気に戻ってフロストノヴァを引き剥がすが、顔が熱く動悸も早い。自分はこんなに初心だったかと考え、そんな経験を積む余裕も無かったと思い返して、そんな無駄な思考ばかりクリアになる。

 

「いやいやいや何でだ意味が分からんわ何がどうしてだ!?」

「そういう所は初心のままか、可愛いものだな」

 

 もう一度抱き締めようと手を伸ばしてくる彼女から距離を取る。コレは駄目だ、経験が無さ過ぎて心臓が爆発する。

 今までに体感したこともない部類のパニックで思考を切り替えられない此方を尻目に、フロストノヴァは愉快そうにくすくすと笑っている。それがどうにもくすぐったくて、ああもう。

 

「何なんだ、本当に何をしに来たんだ」

「何度も言っただろう? 話をしに来ただけだと。それと……()()()を晴らすために」

 

 ずきり、と心が軋んだ。ああやっぱりという思いも到来した。傷つけていたのだと当たり前の事実に後悔が溢れ出すが、しかしそれも長くは続かなかった。

 それは、思考を止めたのが原因だ。だが、自発的にではなく―――――

 

 

 

 

 

 

「レユニオンは龍門へ侵攻する」

「――――――」

「これは決定事項だ。そして、もうレユニオンは止まれない。……だから、最期に話しに来たんだ」

 

 フロストノヴァの一言で、止められた。意識が凍る、今彼女は何と?

 周囲を見渡せば、ミーシャも絶句しながらフロストノヴァを見つめていた。仮面とフードの下ではあるが、スノーデビル小隊の三人からも確かな覚悟が垣間見える。

 確かに現在のレユニオンの実力であれば、移動都市一つなど簡単に堕とせるだろう。それはチェルノボーグ事変で既に証明されている。だが、それは()()()()()()()()()()()()()()の話であり、またレユニオンにチェルノボーグ出身者が多かったからという点も考慮に入れるべきだろう。

 

 言い方は悪いが、レユニオンはテロリストというよりも組織化した暴徒に等しい。数による暴力は圧倒的だが、しかし正規の訓練を受けた兵士にはどう足掻いても劣ってしまう。

 

「レユニオンが感染者の集団である限り、ロドスは必ず出張ってくるぞ」

「承知の上だ」

「……断言する。アンタ達じゃ、ロドスには勝てない」

 

 止められないと分かっていたから、せめて事実を伝える。

 レユニオンではロドスに勝てない。どれだけ数の差があろうと、個々の質と練度で圧倒する。かつて所属し、そしてその凄まじさを目の当たりにしてきたからこそ出せる結論だった。

 

 しかし一方で、それで引き下がってくれるなんて思ってもいない。現にスノーデビルの3人は覚悟を怒りに変えて此方を見ているし、例の厄介男に至っては今この場で激昂しかねない程苛立っているのが手に取るように分かった。

 

「もう鉱石病だって手の付けられない状態なんだろ? どうして逃げ――――」 

「逃げら―――――――」

「逃げられる訳が無いだろう!!」

 

 我慢の限界だったのだろう厄介男が口を開いた刹那、それ以上の怒号が罵声をかき消した。声の主はフロストノヴァ。これまでにない程に顔を悲痛に歪めていた。

 

「余命が無いからこそだ。たとえどのような障害が待ち受けようと、我々は止まらない。もう、止まれないんだよ」

「…………」

 

 歯が軋むほどに噛み締め、拳も握り締めて忸怩たる思いを吐き出すフロストノヴァ。口ぶりから察するに、既に作戦は準備段階に入ってしまっているのだろう。

 もう誰にも止められない。勝者が誰になろうと、龍門は惨劇の舞台となることは確定してしまっている。

 

 そして、己が無力を誰よりも悔いながら雪の女王は呻いた。

 

「…………もし、もしもお前にほんの少し情があるのなら……頼む。私達を助けてくれ」

「それは、ロドスや龍門と戦えと?」

「そうだ。私一人では不可能だろう。だが、お前が居てくれればきっと、いや必ず。感染者に安住の地を約束できる」

 

 彼女は今も“レユニオンの感染者”の味方だ。ロドスとは最初から相容れず、また相容れる気も無いのだろう。自分達の力と約束を胸に、ただ感染者が迫害されない場所を作るためだけに残りわずかな余命を燃やし尽くすと固く誓ってしまっている。

 

 その目に宿る覚悟が眩しくて、まるで太陽に照らされた氷のようだったから、いいや、()()()

 

 

 

 

 

「ごめん、()()()。俺には…………まるで理解できない」 

 

 ―――――――それは、カイナという男にとって異次元の理屈でしかなかった。




姉を拒絶し、どうなる主人公。
当たり前だけど逃げ切れるわけがない。4~6章ぶっ飛ばして生きられる訳が無い。


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狂い始める渦中

お久しぶりです(白目)

何をしてたかと言うとですね、ちょっと6、7割くらい死んでました。残りは遊んでました。

お陰でカイナ君の台詞回しがおぼつかねぇぜ、ヤバイ


 ゴミを漁って食料を確保し、強姦目的で連れ去られる同い年くらいの女を無視する。路頭に迷った新参者を脅して金品を巻き上げ、追って来れないように片足の腱を切って逃亡する。

 成果物狙いでやってきたコソ泥を制裁し、一人を生かしたまま解体して見せしめにする。

 やられたことをやり返す。

 

 強ければ何をしてもいい、弱い者はあらゆる手段を尽くす。それが、俺が捨てられた場所―――スラムの常識だった。

 金を奪っては闇市の法外な値段の鉱石病抑制剤に費やし、弱者を甚振ってスッキリしている暴漢の脳天を後ろから鉄串で貫いて全てを奪う。

 カビの生えたパンや腐りかけの果物は当たり前、封が空いていないのに捨てられていた菓子があった時はラッキー。白昼は手に入れたものが奪われないか怯え、夜闇では不意打ちで殺されないか怯える。何度か()()()()時はこのまま死ぬのだと悟った。

 生きていたのは奇跡だろう。だから、何時でも油断しない。

 

 機会があれば殺す。チャンスがあれば奪う。例えそれが人道に反していても、わざわざそれを咎めるようなお上品な輩はこんな所には居ない。早々に殺されるか、見た目が良ければ男女問わず犯されて打ち捨てられて終わりだ。

 

 そんな世界に居て、同じような環境で育った奴が真逆の成長を遂げていた時、人はどう思うのだろうか。

 “俺”の場合は、ただひたすらに信じられなかった。

 

 

 

 初めて出会った時、“妙に小綺麗だ”と思った。傷だらけの顔とありあわせの物で作ったのだろう衣類は紛うことなく同類のものだったが、それ以上に砂埃や血脂の臭いが無いのが奇妙だと思った。

 ついでに髪もそれなりに整えられ、耳の毛並みもいい。これはおかしい、新参者でもシラミの一匹はいるようなバサバサの状態なはずなのに。

 

 だが、それだけだ。

 

 外敵除け(にくかい)を越えて、わざわざ自分の住処まで足を踏み入れた不届き者を許しておく道理はない。だから。

 

「死ね」

 

 まあ、いつも通り。

 排除するべく、手に握ったナイフを首へ突き立てた。

 

 

 ――――――――はずだった。

 

 

 次に目が覚めた時、自分は厚手の布に包まれて何処かへ運ばれていた。全身は夜中に降りた霜にやられた時みたいに凍えて動けず、指どころか肘や膝から先の感覚が無い。

 抵抗はできず、同時に失神に近い眠気もひどかった。何度も憶えのある状態、就寝前の警戒を怠って凍死一歩手前まで体が冷えた時と同じだった。

 

 ()()()()()()、自分を運んでいる連中からは一切の害意を感じなかった。こちらの意識が戻ったのを確認するや否や「良かった」「大丈夫か」と寄ってたかって声を掛け、あまつさえ暖房の傍まで連れて行って手当をする始末。

 ()()()()()()()。どうしてそんなことをするのか、本気で理解が出来なかった。

 

 

 

 だから、今もこうして。

 

 

 

「―――――」

「だってそうだろ、なんで死にたがりのためにマジになれるんだよ? 何も為せないまま死にたくないから、せめて今後の礎になるべくガソリンぶちまけながら爆死しろって? 冗談じゃない」

「違う、私は―――」

「同じだよ、フロストノヴァ。もうレユニオンはとうの昔に狂ってた。思想だけならロドスの方が何倍もマシだ」

 

 他人を想う優しさが分からない。いいや、そもそもこれは優しさなのだろうか?

 見捨てておけない、放っておけない、だから俺が私が導くのだ。なぜなら……

 

「誰もが排斥されない、優しい世界に辿り着けると信じてるから? そりゃどだい無理だ。鉱石病の解決を掲げてるロドスが鉱石病の連中と戦うしかないのを見れば分かるだろ、そうでなくてもスラムを見たお前なら分からない訳がない」

 

 人間は、下を見て安心するから。

 無条件で見下していい、排斥していい者がいるから世界は回っている。自分達が生まれるよりもずっと昔から、そういう形で回ってしまっているのだ。

 

「レユニオンの敵が世界なら、ロドスの敵も世界だよ。そして、それ以上に世界は鉱石病の敵だ。俺達が鉱石病(した)である限り、永遠に上へは這い上がれない。当たり前に生きる健常者から正義の名の元に袋叩きにされてお終い……スラムの時から、一歩も進めていない」

「ロドスと我々が共存できると、本気で言っているのか貴様……!」

()()だよ厄介野郎。そうやって無意識に敵を求めて、しかもそれを同族に求めてる。だから未来永劫、寄り添えない。寄り添うという発想すら浮かばない」

 

 

 世界が愛しているのは人間で、未曽有の力を際限なく振るえるバケモノじゃない。

 人間が愛するのは優しい人で、目的のために暴力を際限なく振るえる奴は軽蔑される。

 優しい人が愛されるのは、それが“当たり前”だから。“当たり前”から外れた途端、全てが貶められる。

 

 厄介男の発言はおそらく本心だったのだろう。発言した後に気づいたように口を噤んでいるが、恐らくは自分達が同族より上でありたいという無意識の欲求に気付かなかった。

 それは決して悪い事じゃない。人間、ひいては集団で生活する生物なら必ず持っている本能だ。

 

 可哀想と言うな、哀れと思うな、それは驕りだ――――などと、したり顔で宣う馬鹿は一定数いる。だが、結局それも「自分は相手を対等に見て、お前は見ていない」という無意識の揚げ足取り(マウント)になってしまう。

 人間が人間である限り、未来永劫に逃げられない宿業。どう足掻いてもその渦からは外れることが出来なくて、どうにか逃れようともがく。もがいてもがいて、余計にその渦に呑まれていく。

 そして、辿りついてしまう。

 

「“俺達はこうしているのに、どうしてお前達はこうできないんだ?”ってな……できる訳がねぇよ、だって“出来ない奴は出来ない”んだから」

「……」

「俺は……不特定多数の人間のために戦うなんて到底できない。無理なんだよ、理解が出来ない」

「……そう、か」

 

 流れる沈黙は、フロストノヴァの冷気よりも冷たく感じた。

 皆が俯いて、その中で俺とフロストノヴァだけが相手を見ている。

 

 同じ時間を過ごした、間違いなくそこには絆があった、それでも分かり合えないものがある、と。決定的な亀裂が、地割れのように広がった。

 

 暫くすると、決心したかのように大きく一度深呼吸をして、フロストノヴァは隠れ家の入口まで歩き出した。

 

「お前の考えは良く分かったよ、カイナ。寂しいが、()()()()()

 

 感情を殺して告げられたのは、決別の言葉。“次に会えば敵だ”と、その瞳が何よりも雄弁に語っていた。

 

 ―――――ぎちり。まだだ、もう少しだけ。

 

 同じように敵意を込めてフロストノヴァを睨む。此処から先に、もはや家族の縁はありはしない。

 

 ―――――込み上がるマグマのような呪詛を封じ込めろ。

 

 

 

「―――ああ、じゃあなフロストノヴァ。アンタには勝てないから、二度と顔は出さねぇよ」

 

 最期の決別を。

 同時に響く“また逃げた”という怨嗟の声から耳を塞いで、心の奥深くに封じ込めた。

 

 

 

 

#####

 

 

 

 

 フロストノヴァが去った翌日。

 カイナは隠れ家ではなく、スラムの奥まった場所にひっそりと建つ診療所に居た。外見からは想像もできない程綺麗に掃除された内部は病院の診察室を切り取ったかのようであり、そこの椅子の一つにカイナは腰掛けている。傍にミーシャの姿はなく、代わりに奥の鉄扉をしきりに見ている。

 

 そして、陽が沈み深夜に差し掛かった頃。鉄扉の鍵が外され、その中から白衣の男が姿を現す。何らかの理由で負ったのだろう大火傷の痕(フライフェイス)が特徴的な青年は、異様にぎらついた目でカイナに相対していた。 

 

「多少の摘出操作と共に薬品を投与した。最短でも一週間は大丈夫なはずだ」

「すまん、ありがとう」

「これでも元研究者だからね。出来る事をしたまでだとも」

 

 腕に点滴を繋がれてベッドに眠るミーシャの表情は穏やかで、寿()()()()()()()()()()()ということをつかの間忘れてしまいそうになる。

 

「……まさか、ここまで一気に酷くなるとは」

「鉱石病については未だ未解明の部分が大半だ。確実に共通している事項なんて、それこそ片手に納まる程度しかない」

 

 感染してから短期間の間に、ミーシャの病状は信じられないほど悪化していた。フロストノヴァが去ってすぐに眩暈を訴え始め、一晩を明かした翌日の朝には昏倒してしまったのだ。

 スカルシュレッダーとの約束がある以上ロドスを頼るわけにはいかない。走ることもままならない少女を背負いながらスラム中を探し回り、何か手立ては無いかと聞き回って、最終的に青年―――サトウの元へと辿り着いた。

 

「それでも()()させることが出来たって辺り、流石は()()()()()だよ。お前が居なかったら確実にこの子は……」

「『元』を忘れないでくれるかな。今の私は、多少鉱石病に詳しいだけの流れの医者だ」

 

 男は、ライン生命という名を聞いた瞬間にこれ以上ないほどの渋面を浮かべていた。あまり触れてほしくない過去なのだろう。先日の爆発事故との関連性も気になるが、関係が有る無しに関わらずこんなところに非感染者で感染者を治療しているなんて奴は確実に《経歴に傷のついた輩》だ。詮索するべきではないと割り切って、話題を変えた。

 

「……にしたって、()()()()()()()()()()なんてとんでもない品をよく作ったもんだ。書類だけでも提出すれば一儲けできただろうに」

()()()()()()()()()の薬品を治療薬として発表しろと? そんな馬鹿なことが出来るほど私はイカレていないさ」

「マジかよ……って、ああ、なるほど。それでタダだったわけか」

「分かってくれたようで何よりだ」

 

 つまりは治験―――人体実験。作用機序も副作用も分からないから、データを取ることを対価として無料で貴重な抑制剤を投与してくれたという訳だ。

 そんな危ないものをとか倫理的にどうなんだとか、普通の人間なら文句は色々浮かぶのだろうが、こちとらほぼ無一文で人殺ししか能の無い浮浪者紛いだ。等価交換が発生しているとはいえ、金銭的な要求をしないでくれるのは有難かった。

 

 子供をあやすように彼女の髪に触れた後、サトウは顔を強張らせてカイナに向き直る。

 

「警告しておくが、あくまで効果は一週間。それまでにちゃんとした治療を受けられる機関へ預けなければ猶予はないと思った方がいい」

「……分かってる、んだけどなぁ」

 

 どうしても迷ってしまう。どんな理由よりも眼前の人命が大事だという事は百も承知なのだが、それでも。

 私情で逃げ出した脱走兵が古巣を頼ることなどあっていいのか。

 レユニオンを、スカルシュレッダーを裏切っていいのか。

 それだけではなく、龍門の重要参考人として扱われている彼女の立場をどうするべきか。治療が最優先、というだけでは連中は首を縦には振らないだろう。

 

 逃げた罪、背負った重荷。苦しくて、選択肢などない筈のそれを躊躇してしまう。ともすれば彼女をこの診療所に置いて逃げ出したくなる己の性根の浅さを、これまでない程軽蔑しながら苦悶する。

 

「何か問題が?」

「……いや、何でもない。ちょっとコイツの肉親が面倒臭いだけだ」

「ふむ、そうか」

「詮索しないんだな」

「“お互い様”、という奴だろう。此方が明かしていないのに相手を探るのは釣り合いが採れない」

 

 その受け答えに苦笑する。傭兵だった頃、何処だったかで出会った黒い羽根と輪のサンクタみたいに、面倒な理屈を並べたがる奴だと感じた。

 

 閑話休題(話が逸れた)。とにかく、やり口は狡いかもしれないがミーシャの命をちらつかせてスカルシュレッダーの了承を得るしか無いだろう。守る守らない以前に余命が半月以下になるかもしれないのだから。

 あとは、あまり信用ならないが龍門近衛局の良心を信じるしかない……のだが。

 

「感染者に対する慈悲なんて、持ち合わせちゃいないだろうな」

「当然だろう、彼らは感染者に()()なだけだ」

 

 問題は山積みで、どうしようもないほど壁は高かった。




Tips

名前:サトウ

役職:???

職業:闇医者(自称)

身長:176cm

体重:74kg

精通:鉱石病、戦場医療

出身:なし(抹消済み)

種属:不明

誕生日:4月5日

所属機関:なし
 

オリパシー感染状況

医学検査の結果、非感染者と認定

 

客観的経歴
 元ライン生命の研究員だったと語る白衣の青年。アーツも扱えるようで、戦場で幾度か姿を目にしたという情報もあるが経歴自体は未詳。
 現在は龍門スラムの一角に診療所を構え、感染者の健康寿命の延命に尽力しているとのことだが……?
 

総合診察測定

【物理強度】標準
【戦場機動】優秀
【生理的耐性】優秀
【戦術計画】普通
【戦闘技術】卓越
【オリジニウムアーツ適正】卓越


マトモに文章書けてるか怪しいの泣けてくる。
感想・評価お待ちしております。


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狼犬疾走

お久しぶりです。
フツーに忙しくて書いてる暇なかったでございます、許して亭許して(土下座)

とりあえず構想だけは最後まで出来たのでぼちぼちやっていきますわよ。ちなみに今は中盤序章ですわ。



ところで真面目な話オリジムシとかハガネガニって頑張れば食えそうじゃない?


 走る。

 スラムを超え、荒野の向こう。レユニオンのアジトへと一直線に。

 

 時間は無い。スラムの噂話からして、あと少しでロドスと龍門が動き出す。その前にスカルシュレッダー―――アレックスに弁明しなければと、カイナは風のように疾駆していた。

 

「……らしくもないよな、“誰にも死んで欲しくない”なんてさ」

 

 アレックスもミーシャも、ロドスに行けば延命は出来る。

 足掻く意味はある、信条を曲げる価値はあると説得しなければならない。

 

「おいそこのお前、止まれ! 此処から先は―――」

「待て、アイツは……」

「後でな、今は邪魔だ」

 

 下っ端を相手にしている余裕は無いと無視して突入し、その先へ。

 特徴的なフードとガスマスクの少年の元へと走り抜けた。

 

 

 

 

 銃剣付きのロケットランチャーを手に持ったまま、現状を聞いたスカルシュレッダー。だが、その反応は芳しいものではなかった。

 

「……それで?」

「ミーシャはもう余裕がない。すぐにでも治療を開始しないと……」

「だから、それで?」

「それでって……」

「ロドスに姉さんを渡すと? 納得すると思ってるのか、お前」

 

 首元に突き付けられる銃剣。切っ先を振るうまでも無く、そのまま引き金が引かれれば一発で終わってしまう状況。

 腰が引けそうで、震えが止まらない。けれど、やらなければ。

 

「納得しなくてもいい、生きていれば次がある、だから今は――――」

「次なんかどうでもいい。俺達はアイツらを信用していない。そして信用する気もない」

「……」

「同胞が何人やられたか知ってるか? アイツらは俺達を守るどころか、殺したんだ。信用なんかするものか」

 

 殺意が増す。周囲のレユニオン兵の憎悪が燃え上がる。彼らには次も後もない。ただ復讐をしたい一心、そこから先なんて考えてもいないから、揺るがない。

 何者よりも全てを蝕んで、そして栄光や幸福すらも捧げて燃料にする絶大な情念。それこそが、復讐心。

 負の力の絶大さは、他者の横やりを許さない。

 

「……姉貴は、いいのかよ」

「ああ」

「お前の復讐に、付き合わせていいと?」

「アイツらに保証の無い場所へ連れて行かれる位なら、一緒に死ぬ」

「…………そう、かよ」

 

 もう駄目だ。そう直感し、カイナはすぐさま諦めた。

 首元の銃剣を歯牙にもかけず、スカルシュレッダーへ背を向ける。

 

「……勝手にしろよ、俺もそうする」

 

 突き放し、捨て台詞を一つ。ほんのさっきまで持っていたはずの死んで欲しくないという願いを削ぎ落とす。

 

 そのまま、今にも襲いかからんとするレユニオン兵の間をすり抜け、最短経路で走り去った。

 

 

 

 誰にも死んでほしくなかったけれど、自分も死にたくなかった。

 両方を選べるだけの力なんて何処にも無いから、自分を選んで。

 

 そして、失敗し続ける。

 

 

 急いで戻ったスラムの診療所。もぬけの殻なだけではなく、そこに医療施設があったこと自体嘘だったかのように瓦礫の山と化していて。

 嫌な予感が総身を駆け巡った。

 

「――――ミーシャッ!!」

 

 瓦礫の山をアーツで砕きながら音響探知を行い探していく。だが、人型らしい反応はどこにもない。音響が届かないほど下にいるのか、それとも……と。

 必死で瓦礫を退かしていると、声がかけられる。同時に現れるのは、草臥れた白衣の男。

 

「……あの子なら、連れていかれた」

「サトウ……」 

「龍門兵に偽装していたが、中身は鉱石病患者だ。おそらく下手人はレユニオンで間違いない」

 

 押さえている脇腹には血が滲んでいるが、同時に手の平にぼんやりとした光も見えた。おそらく現在進行形で治療を行っているのだろう。

 

「どうするかね、あの子を連れ戻すなら協力するが」

「……いいのか」

「治療中の患者を強引に連れていく連中は嫌いでね。それに、これでも戦いの心得はある」

「それなら、頼む」

 

 軽く頭を下げると、サトウは苦笑し白衣のポケットへ手を突っ込む。そして、そのまま手の平大の携帯端末を投げ渡した。

 

「専用回線だ、龍門の距離なら基本は通じる。俺は市内を探そう。少々広いが……鉱石病ではない俺の方が動きやすい」

「なら、俺はスラムを片っ端から探す。頼んだ」

「そちらこそ、死ぬなよ」

 

 互いに走り出す。どちらも、たった一人を救うために。

 カイナにとってもサトウにとっても、「たった一人のために」という名目での協力は初めての経験だった。

 

 

 

 走る、走る、走る。

 壁を垂直に駆け上がり、屋上を跳び移り、地上へ降りて裏路地へ。考えうる限りの場所に探りを入れながら疾走する。

 

 走り抜ける間にもレユニオンらしき覆面の人陰や龍門らしき武装集団が視界に映る。

 

「時間がねぇ……けど」

 

 ミーシャの確保は最優先であることは変わらないが、別の焦りが生まれる。

 

「誰を頼る……?」

 

 すなわち、確保した後に身を寄せる場所。

 龍門は論外。そもそも鉱石病である時点でまともな対応が期待できない。他の移動都市もおおよそ同様。例外としてイェラグのような天災の届かない、また鉱石病に対する差別の薄い土地はあるが非常に遠く、ミーシャの体力が持つか分からない。

 

 組織で考えるならロドスが最有力候補だろう。だが、カイナ・ウルフドッグという男はロドスにおける脱走兵であり、信用が得られるか微妙な立場。加えて現在ロドスは龍門と協力体制を敷いており、治療前に龍門に引き渡されてしまう可能性が高い。

 また、ロドスを頼ればスカルシュレッダーは黙っていないだろう。必要のない戦いが増える恐れもある。

 

「八方塞がりかよ、畜生……」

 

 呻くように過去の行いを呪う。あの時ああしていれば、こうしていればと意味のない後悔ばかりが甦るのを強引に押さえつけ、目の前に集中する。

 失いたくない、全部抱えたい。けれど痛いのも辛いのも嫌だ。矛盾する感情が吐き出す気持ち悪さを無理矢理燃料に変えて再びスラムを駆けた。

 

 

 

 

「――――ケルシー、対象を発見した」

「様子見など考えるな。奴は一対多が本領、全力で潰せ」

 

 脱走兵に下される、無慈悲な号令。

 病を撒き散らした代償が、狂犬へと襲い掛かる。




カイナとかいう卑屈マンがいろいろ頑張っちゃったせいでロドス戦力が増強されてる設定
まーたこいつ自分で自分の首締めてるよ


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動き出す捩じれ

復帰しといてまた数ヶ月開けたバカが居るってマジ?

……はい。すんませんでした。仕事忙しいのぜんっぜんマシにならんかったです。一日をあと3時間くれ、いやほんとに


 龍門市内、その路地裏。

 本来であれば常に気を張って、そして素早く通り抜けるべき繁栄都市の裏側。

 

 そんな場所で、白衣の男は、さも当たり前であるかのように無防備に携帯端末で通話を行っていた。

 

 

『ミーシャの捜索は無理だ……けど、続ける』

「無理なのに続けると来たか。無茶苦茶だな」

『…………』

「分かっていると思うが、既に相手は動き出している。ロドスという古巣に戻らないというのなら、今のお前は孤立無援だぞ」

『知った上でだ。……お前さえ居れば、ミーシャは延命できるだろ』

 

 通話相手――――カイナの言葉は、あまりにも絶望的な状況を自ら望む選択だった。

 サトウとしては患者を見捨てないという一点のみでミーシャを匿うことが確定している。それはサトウのある種のプライドであり、数少ない彼の譲れないものだからだ。

 だから彼は何としてもミーシャを奪い返すと決めている。ミーシャという少女が裏に抱える秘密など彼にとっては知ったことではないし、そもそもどうでもいい。

 

 彼はトランスポーター用の車両を大型救急車として改造した移動拠点を龍門付近に隠している。本来の予定では、機材ごと患者を積み込んで逃げおおせる予定だった。

 だが、龍門近衛局とロドスが同時に動き出したとなれば話は別だ。下手に動けば察知され、ミーシャの身柄に用がある以上は追われる。

 加えてロドスも龍門近衛局との協定の都合上、ミーシャの治療を円滑に始めることは出来ない。ミーシャがどういう扱いになれど、レユニオンは動き出すだろう。そうなればスカルシュレッダーも当然動き出す。弟が動くとなれば、姉であるミーシャがどんな反応をするか想定できないという点も問題だった。

 

 

 ……つまり、ロドスを頼る事を諦め、レユニオンとも縁を切り、更に龍門を敵に回すであろうサトウの味方をするということは、少なくとも――――

 

 

「……つまり、何か? お前は()()()()()()()と?」

『……そうだ』

「……阿呆だな。それで付き合ってくれる勢力がどれだけいると思っている。よしんば居たとしてお前だけで子供一人を無数の思惑から守れると?」

『思ってねぇよ。……思ってねぇけど、やるしかなくなった。全部俺のせいなんだけどな』

 

 結果的に言えば、カイナ・ウルフドッグの今の状況は彼自身が引き起こしたものだ。

 律儀に約束を守りながら自己保身を願い、結局どうすればと右往左往。そんな様で跳ね返りが来ない訳が無い。

 

『……ミーシャは取り返す。そうしたら連絡を入れるから――――』

「龍門地下だ」

『……?』

「地下に行け。話はそれからでいい」

 

 言葉は少なく、苛ついているかのように携帯端末を()()()()

 それだけでサトウの思惑はカイナに伝わった。

 

『……分かった』

「患者が最優先だ。お前の手足程度なら良い義肢を付けてやる。這ってでも確保してくれ」

 

 そう言うと端末を地面に落とし、そのまま踏み砕いた。

 

 そして、首だけで背後を振り向く。

 そこに居たのは、ヴイーヴルとリーベリの女性、そしてサルカズの少女。

 

 

 

「何だ、今日は同窓会でもするのか、サリア」

「……久しぶりだな、アルバート」

「ああ久しいな。だが今の名はサトウだ」

 

 体も相手へ向け、薄く笑うサトウ。

 瞳に光が無く、裂けるように左右に伸ばされた口が生み出す貼りついたような笑みは何よりも不気味で、それが彼の不機嫌を何よりも証明していた。

 

「闇医者をしていたとはな、お前らしい」

「君こそ、未だにその盾で慣れない防衛戦をしているとは思わなかったよ……ああそうだサイレンス、()()()()は上手くいったかい? アレは私の中で中々に良い演技だったと思うんだがね。『勇敢な科学者ごっこ』も中々楽しいものじゃあないか」

「……」

 

 リーベリの女性――――サイレンスは口を開かない。真っ直ぐにサトウを見つめ、目を逸らさず臨戦態勢で構えている。

 サトウはいやに饒舌だ。瞳孔が歪んでいるのではないかと錯覚する細めた目付きで、笑いながら両掌を見せている。

 

「まったく、そこまで警戒しなくてもいいじゃあないか。旧知の仲だろう、私達は」

「……」

「……まあいいさ。イフリータ、元気だったかい」

「……っ」

 

 

 いくら待ってもサイレンスが口を開かないと理解すると、サトウはサルカズの少女――――イフリータに声を掛ける。

 名前を呼ばれたイフリータはびくりと肩を震わせるが、その身に奔る危機感だけを頼りにサイレンスの前に出る。

 

「その調子だと、まだ白衣嫌いは治っていないか。担当の医師に迷惑など掛けていないだろうね?」

「う、うるせぇ……オマエには関係ないだろ!」

「あるとも。私は君を案じていたからね。心配位させてくれ」

 

 穏やかに笑うサトウ。だが、纏う雰囲気は異質の一言に尽きる。

 言うなれば、喜びながら激怒している。

 それまでの冷静な闇医者という外殻(ペルソナ)は完全に剥がれ、快楽殺人鬼を思わせる醜悪な猟奇性だけが全身から噴出して止まらない。

 

 この圧力に耐性があるのは、この場においてはサリアだけだ。サイレンスが知る科学者の狂気とも、イフリータの知る『白衣』の恐怖とも合致しない、燃え盛るヘドロを想起させる凶暴な意思。

 ――――それは、もはや「闇医者サトウ」ではなかった。

 

「いい加減にしろ、“アルバート”」

「頑なだな。警戒心が高いのも併せて相変わらずか」

 

 その短い叱責と同時、サトウの背後に再び気配が出現する。

 ネコ科動物を思わせる尾と耳に、鎖付き鉄球を構える女性。そして、その背後に付き従うのは龍門近衛局。

 

「『闇医者サトウ』。貴方をテロ画策の容疑で拘束します。抵抗するなら手足の数本は確保なさい」

「……まったく、もっとそれっぽい容疑など幾らでもあるだろうに、よりによってテロリスト扱いとはね」

 

 

 わざとらしく肩を竦めるサトウ。

 ゆらゆらと揺れるように動き、そのまま壁に背を付ける。

 

「……私はね、集団が嫌いだったんだ」

 

 当然、サリア達も龍門近衛局も反応はしない。ただ何をするのか、サトウの全身に注視する。

 それを尻目に、彼は言葉を紡ぐ。

 

「具体的に言えば複数の思惑が入り乱れる現場、というものかな。……始まりは、そうだ。私が10歳の頃か。『鉱石病の治療薬を絶対に造る』とスクールの課題で発表して、周囲の全員から笑われたんだ。理解が出来なかったよ」

 

 さも当然の権利であるかのように懐から煙草を取り出し、吸い始めるサトウ。

 周囲に爆薬か可燃性の液体があるのではと近衛局員の感知系アーツが起動するが、反応はない。

 

「次にアカデミーでだったね。大真面目に鉱石病の治療の研究をして、卒業論文まで書いたのに、それが屑籠に捨てられていた。逆に鉱石病がもたらすアーツの増大についての論文は皆が賞賛していたんだ――――()()()()()()()()

「あら、そういうのって普通は喜ぶものじゃないの?」

「馬鹿を言わないでくれ。鉱石病は治療されるべき病だ。けっして祝福などではない」

 

 サルカズの傭兵が聞けば怒りかねない言葉を平然と吐き捨てる。

 落ち着くように紫煙を吸い、吐き、そして屋根で狭まった空を見る。生憎の曇りだ。

 

「最後がライン生命だね。そこで、私は絶望したよ。鉱石病を研究しているのは良い。だが、本気で治そうなどと考える同志は私の知る限り一人も居なかったのだから」

 

 

 言葉と同時、煙草を握り潰す。

 雨が降り出した。

 

 

「『掛かってしまったものは仕方がない』『少しでも長く生きられるように』――――愚図の発想だ。何故、どうして『絶対に治す』と奮起しなかった? ふざけているだろう。そんな諦めが常識だから差別など無くならんのだ」

 

 

 サトウの周囲に力場が生まれる。

 雨が逸れ、黒い結晶が舞う。

 

 

「……君達も同じだ。鉱石病を『仕方のないもの』として碌に研究しようとも、どうにかしようとも思わず対症療法を繰り返す。そして、()()()()()()()()()という理由でいつも私の研究も治療も邪魔をされてきた――――――――これに激怒せず、何に怒れと?」

 

 

 

 始まりは、男の足元からだった。

 バキバキ、パキパキと歪な音を立てて物体が白い結晶に置換されていく。

 それはサトウがほんの少し動くだけで麩菓子を握り潰すような音と共に砕けてしまう。

 

 石も、土も、硝子も、鋼ですらも。なにもかも、捩じれて壊れていく。

 全てが白い軽石になって死んでいく。

 

「――――死ねよ、愚図共。お前らのような力だけが自慢のゴミ風情に何が分かる? 碌に考えもせず、上の命令だからと従い、のうのうと停滞した今を享受し、ほんの少しでも可能性を模索しようとしない豚風情が」

 

 死が蔓延する。

 

 病が侵食する。

 

 すべて、すべて死んでしまえ。邪魔をするな死ねと、静かな叫びを代弁するかのように崩壊が進行する。

 

 

 

「消えろ。邪魔だ。治療を邪魔する精神異常者は皆殺しにしてやろう」

 

 

 

 これこそ、サトウ――――本名“アルバート・エリアーデ・ベスラー”がその身に宿した殺意の集大成。

 あらゆる物質を菓子よりも脆い構造に不可逆変換する最悪の破壊能力。

 

 白衣の使途が操る、病魔の象徴に他ならない。

 

 

 渦中にある狼犬とは別の場所で――――最大規模の暴力が、動き出す。

 

 




サトウ(アルバート・エリアーデ・ベスラー)

鉱石病を治療することを志し、研究職に邁進した。
しかし、誰もが彼の理想を嗤った。
――――不可能だ。
――――所詮若造の理想だ、流してやろう。
――――夢見がちだが有望だ。

ふざけるな、と。彼は静かに激昂した。
そして、全ての組織に見切りをつけた。

今の彼が力を貸しうるのは、辛うじてロドス・アイランドの実際の治療現場くらいなものだろう。



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