亡命の王女と王女様の騎士 (レーナ/アカデミア)
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1. ユースティアナと少年


騎士君主体ではないプリンセスコネクトのオリ主って少ないんですよね
というわけでよろしくお願いします。



 

 

アストライア大陸 - ランドソル王国

中央集権国家として古くから佇むその宮殿には、王女として将来を約束された1人の少女が寵愛を受けていた。

 

名を『ユースティアナ・フォン・アストライア』。

過保護な両親の方針で外に出ることを禁じられ、今日も1人中庭で読書に勤しむ最中だ。

 

「はぁ〜……」

 

一般市民が暮らす城下町、それより少し高地に宮殿は位置している。

ユースティアナは城下町を覗き込み、溜息をついた。

 

それもその筈。5歳という多感な時期であれば、少年であれ、少女であれ、色々なものに興味を持ち、触れてみたくなるのが子供というもの。

しかし、このユースティアナは『外の世界』というものをまだ知らない。

 

「私も普通の女の子だったら、あの子たちみたいに遊べたのかな……」

 

鬼ごっこ、かくれんぼ、探検、etc…

子供たちは今日も無邪気だ。

幾度となく眺めた眼下に広がる城下町の景観に、ユースティアナは想いを馳せる。

 

「……って、だめだめだめ!何を考えてるんですか!」

 

しかし、彼女は宮殿からは出られない。

アストライア家には、代々伝わる王位継承の儀が存在する。

その一つに、特定の年齢を超えると継承者は『武者修行の旅』に出なければいけないというものがある。この年齢は正確には定められていない、継承者の様々な要因によって判断される。

しかし、先程述べたようにユースティアナの両親は過保護だ。

彼女がいつこの宮殿を出られるか、それも定かではないだろう。

 

「——よし!早くお父さまとお母さまのお手伝いできるように頑張りましょう!」

 

 

《ガサ ガサ》

 

 

「んっ?」

 

ユースティアナが一念発起したその傍、庭の隅の茂みで物音がした。

その様子を伺うべく、ユースティアナは茂みに歩みを寄せる。

 

「なんでしょうか……今なにか音が……」

 

「やっと出れたーーー! あれ?ここは?」

 

草叢から飛び出て来たのは動物でもなく魔物でもなく

——少年だった。

 

「わ、わっ!? なんですか、あなたは!?」

「あっ、人だ。ねえ君、ここはどこ?」

 

ユースティアナの驚嘆する様子など、どこ吹く風のように少年は質問する。

 

「ここはランドソル王宮です……って、そうじゃなくて! あなたは一体なんなんですか!」

「俺? 探検の最中!」

「探…検…」

 

【探検】

ついさっきまで突如現れた少年に疑問を抱いていたユースティアナだったが、少年の口から発せられた探検というワードに意識を阻害される。

先程まで夢の様に眺めていた城下町の景観、それを目の前の少年は実現しているのだから。

 

「羨ましいです……私、おうちの決まりで外に出られないんです」

「ふ〜ん……」

 

少年は、少女の表情を見るなり何かを悟った。

 

「じゃあさ、俺についてきなよ」

「え?」

「俺が勝手に連れ出した事にすれば、君は怒られないでしょ、さあ」

「えっ、ちょっ……わわっ!?」

 

少女は半ば無理やり手を引かれると、少年に合わせて駆け出す。

息を切らしながらも、必死に。抵抗の意思はまったくない。

 

「君の名前は?」

「ユ、ユースティアナ!ユースティアナ・フォン・アストライアです!あなたは?」

「俺の名前はアサヒ!よかったなユースティアナ、これからはもっと外の世界を知ることができる!」

「外の…世界…。 はい……!アサヒくん、よろしくお願いします!」

 

笑顔の少女は坂を駆けて行く。

狭い箱庭、そこから連れ出してくれる『誰か』を、もしかするとずっと待ち望んでいたのかも知れない。

 

 

【彼との出会いによって】

【彼女との出会いによって】

 

2人の運命は

幼少期のこの出来事を境に、大きく動き出す——。

 

 

 

 

 

「んぅ……ん……」

 

時は進み、ここはランドソル郊外。

魔物犇めく野谷の中、臆する事なく1人の青年が木陰で仮眠を取り、たった今目覚めた様子だ。

 

この青年の名前は『アサヒ』。

アストライア大陸に隣接する土地からランドソルを目指し、その身ひとつで大陸間の移動をしていたが、疲労がピークに達し、体を休めていた。

 

「なんで急にあの頃の夢なんか……」

 

アサヒは夢を見ていた。遠い遠い昔、ユースティアナと呼ばれるあの少女と出会った事、彼女を外の世界へ連れ出した事。

 

「よし、行こう……!」

 

そして、その彼女と出会ったあの地を目指し、

再び歩みを始める——。

 

 

 

 

時をほぼ同じくしてランドソル郊外、1人の少女が滝を利用し、その体を清めていた。

 

「〜〜〜♪」

 

小粋に鼻歌なんかを歌い、少女は体を洗い終えた。

しかし、自ら手に持つ装飾品のティアラを目にすると一変、少女は悲壮感を漂わせた。

 

「……悲しんでいても仕方ないですよね」

 

少女は表情を戻し、所持している衣類一式を身に付けた。

後は剣を拾い——そう思った瞬間だった。

 

 

《ザザ……ザザ……》

 

 

「魔物っ……!」

 

 

やられる———そう思い彼女は目を閉じた。

しかし、肉体に痛みはない。

 

 

彼女は恐る恐る目を開けた。

 

 

「えっ……?」

 

 

目の前には青年が立ち尽くし、魔物を斬り伏せていた。

 

 

「ティア……ナ……?」

 

 

更に、彼は在ろう事か“その名前”を口にした。

“その名前”で彼女を呼ぶ人物には心当たりがある。

 

 

「もしかして……もしかして……アサヒくん!?」

 

「やっぱり!!ティアなっ!!?」

 

彼が喋っているのもお構いなしに、ユースティアナは彼に抱き着く。

ユースティアナは近付くと同時に、泣き崩れ、彼を精一杯抱きしめた。

 

「アサヒくん……!嬉しい…!会いたかった……!」

 

「うん……ティアナ……」

 

アサヒは震える彼女を抱きしめた。

何故彼女がここまで心細そうなのか、そんなことを聞き返しはしない。

今はただ、彼女の目一杯の抱擁に対し、彼もまた精一杯の抱擁で答えるだけだった。

 

 

 

【少年】と【少女】

両者を渦巻く時が

今————-再び動き始める。

 

 

 

《次回》

追想と追憶

そして、亡命の王女。

 





次回予告はサブタイトルのサブタイトルみたいな感じです、一応。
予定は予定。

主人公の現実での名前は 導 朝陽《シルベ アサヒ》です。

それと、騎士くんとは関係のないオリキャラなので騎士くんも出ます、一応言っておきます。

現在公開可能な情報はこのくらいです
次回をお楽しみに!


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2. 少年と少女と追憶と

ゲーム内ストーリー序盤を読むことを推奨します。



 

「えへへぇ……アサヒくん、アサヒくん……♪」

 

約10年の時を経た2人の邂逅から5分が経過した。

 

まるで縋り付く様な振る舞いから何らかの事情を察し、ユースティアナの言動を許容していたアサヒ。

しかし、それを加味しても大仰な拘束時間に疑問を持ち始めた。

 

「……ティアナ、いつまで抱きつくんだ」

「だってだって、ずっと会いたかったんですよ! はぁ〜 アサヒくんの匂い……」

 

そう言ってユースティアナは顔を擦り付け、更に深くアサヒの背中に手を回した。

 

「こうして抱きついているとわかるんですけど、アサヒくん、かなり大っきくなりましたね〜。昔はあんなにちんちくりんだったのに」

「そう言えば、昔はティアナに身長で負けてたっけ」

「はい!お父様とお母様に無断で私を外に連れ出したクセに、弱っちい魔物相手にも怯えたりするくらい小さくて」

「う"っ……」

 

触れられたくない記憶をこじ開けられ、アサヒは苦虫を噛み潰したような表情をした。

王宮に暮らす少女をいけしゃあしゃあと連れ出したものの、探索先で出くわしたのはプチグリフォンの住処。いくら小物と言えど、初めて魔物と出会う彼は怯えて足を震わせた。それが苦い記憶で無ければなんなのだろうか、と思っているとこだろう。

 

 

「それでも」

 

しかし。

ユースティアナにとっては。

 

「怯えながら……いつも私を守ってくれましたよね」

 

大切な記憶だった。

 

 

もちろん、魔物と遭遇するのは幼少期のユースティアナにとっても初めての経験だ。恐怖、不安。アサヒと同様に足を震わせた。

しかし、『彼』は自分の前に立ち塞がった。盾となり、決して何があろうとユースティアナを守り切ると奮起したのだ。

時には無傷では済まないこともあった。プチグリフォンは比較的大人しい魔物であり、その時は難を逃れたが毎度そう行くわけではない。ある時は腕にかすり傷を負い、ある時は膝を擦りむくこともあった。

だが、ユースティアナは一度も傷つくことは無かった。それは勿論、彼が盾となり、ユースティアナを守ったからだ。

 

 

「そして今日も、10年前と同じ様に私を守ってくれました!

私は、そんなアサヒくんの事がだいだいだ〜〜〜いすきですっ!!」

 

両手を大きく宙に扇がせて、ユースティアナは『だい だい だい』を表現した。

そして勢いそのまま、再度アサヒに抱き着いた。

 

「ティアナ…」

「えっへへぇ……♪」

 

10年前と同じく、人懐っこくて、スキンシップが過剰な少女。

そんないつまでも変わらない彼女に、アサヒは安心を覚えた。

 

「それにしてもビックリしましたよ〜。怯えてるだけだったアサヒくんが、あんな剣術を身に付けて、私を守ってくれるなんて」

「勿論だよ。あの”約束”を果たすために、この10年間の全てを捧げたんだ」

 

アサヒはそう言うと、神妙な面構えで自らの剣を見つめた。

 

「あの“約束”……。覚えててくれたんですか……!?」

「当たり前だって。絶対、叶えような」

「はいっ……! ありがとうございます……!」

 

 

お互い、【約束】の内容を口にする事は無い。

口にせずとも、決して忘れてはいないという信頼が存在するからだ。

 

2人が10年間に交わした【約束】は今なお色褪せることは無い。

その【約束】は

 

2人を固く繋いでいた。

 

 

「そういえば、ティアナは何でこんな街外れに?この年齢ならもう、国政に関わってると思ったんだけど」

「あ、え、えっと、それは……」

 

アサヒの発言を聞いた途端、ユースティアナは神妙な面構えに変貌した。

アサヒの疑念は至極当然。

彼女の家庭を知っているなら尚更、王家に属するユースティアナあろう者がこんな平野にいるのはおかしなことだと感じるはずだ。

 

彼女には明確な事情があってこの場に居る。

 

 

 

 

 

 

《数週間前》

 

「いたぞ!! そこの路地だ!!!」

「陛下の名を名乗る指名手配犯め!!大人しく捕まれ!!!」

 

「っはぁ…! はぁ……!」

 

夕暮れの街頭、鎧を身に纏った集団が恐ろしい剣幕でユースティアナを追いかけていた。

 

「何で……何で誰も私を覚えていないんですか……!?」

 

ユースティアナは王位継承の儀として修行の旅へと出ていた。

しかし、ランドソルへ帰還した彼女を待っていたのは、祝福でもなく、労いの言葉でもなく、【民草からの糾弾】であった。

 

 

『誰だ!!お前は!!』

『陛下の名を偽る無法者め!!!』

『犯罪者!!』

 

 

かつての知人、王宮関係者、民間人、更には両親までも、自分へ笑顔を向けていた人物達は牙を剥いた。

齢17の少女にとって、心を折るにはその要因だけで十分だ。

ユースティアナの心は混迷を極めていた。

 

「誰か……誰か助けて……アサヒくん……!」

 

か細い声で嘆きながら、ユースティアナは街外れの草原に移動し、そこで食住を取ることになったのだ。

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

ユースティアナは疑心暗鬼になりかけていた。

かつての親愛なる人々が総じて犬猿の態度を見せたのだ。

アサヒの事は信頼している。だが、信頼しているからこそ、彼が自分を突き放せばどうすればいいのか。ユースティアナは頭を抱えた。

 

「ティアナ…?」

 

突然黙り込んだユースティアナに対し、アサヒは疑念を持ち、彼女の顔を覗き込んだ。

 

( 大丈夫……アサヒくんなら……アサヒくんなら、誰も信じてくれなかったこの話を、きっと信じてくれるハズです……! )

 

決心し、ユースティアナは口を開く。

 

「アサヒくん、実は–––––」

 

 

 

 

「–––––という事があったんですが…その…信じてくれますか…?」

 

アサヒに事のあらましを説明し終えたユースティアナは、怯える小動物のように彼の顔色を伺った。

それ程彼女にとって彼の存在は大きい。もしここで見捨てられる様なことがあれば、彼女は立ち直れないだろう。

 

 

「ティアナ」

 

だが、彼は手を伸ばし

 

「えっ……?」

 

彼女を優しく抱き締めた。

 

「辛かったよな……よく頑張った……。話してくれてありがとう」

 

「っ……!!」

 

 

アサヒと再開する前のユースティアナの心は凍り付いていた。

彼女はお人好しだ。誰でも信頼し、肯定し、その器はまさに王女に相応しいものだろう。

そんな彼女だからこそ、親しい人物に拒絶され時の反動は計り知れないものだったのだ。

 

しかし、アサヒは彼女の心を溶かした。

かつて自分に笑顔を振り撒いてくれたランドソルの民に拒絶され、罵倒され、疲弊しきったユースティアナの心を。疑心暗鬼になりかけていた氷のような少女の心を。

 

 

ぎゅうっ

 

「私……わたしっ……

ずっと心細かったんです…!もう誰も私のことを覚えていないんじゃないかって……怖かったんです……!」

 

ユースティアナはアサヒの胸に顔をうずめ、涙を流した。

 

「うん、もう大丈夫だからな」

 

「アサヒくんっ……うっ……あっ……うああああああああああああああ……!!」

 

 

 

 

 

 

「ティアナはこれからどうする?」

「ん〜そうですね〜。私はこの辺りを住処として、情報を集めようと思います!」

 

ユースティアナが諸々の事情を告白してから10分が経過した。

ようやく泣き止み、平素の様子を取り戻したようだ。

 

「ところで、アサヒくんは何でこのタイミングでランドソルに?」

「そういえばまだ言ってなかったっけ。俺は」

 

「【王宮騎士団】へ加入する為に来たんだ」

「えっ!? えーーーーー!!?」

 

 

【王宮騎士団(NIGHTMARE)】

ランドソルを統治する王家直属のギルドであり、その活動内容は王宮の警備、市民の保護など多岐に渡る。

 

ユースティアナが驚くのも仕方がないだろう。先述した通り王宮騎士団は王家直属のギルドなのだ。勿論王家とのパイプも太い。

 

 

「で、でも!何でアサヒくんが王宮騎士団に!?」

「俺の親父が情報に携わる仕事柄なのは知ってるだろ? 数週間前に突然警備の増強をするって告知が入ったらしくて、ティアナの下で働けると思って応募してみたらまさかの内定でさ、きっと王宮は人手不足なんだよ」

「そ、そうなんですか……アサヒくんが王宮騎士団に……」

 

淡々と説明するアサヒの傍ら、ユースティアナは俯いていた。

それもそのはずだ。現在の王宮には、ユースティアナから地位を奪い、民を欺く者が権力を働かせている。

アサヒがその懐に入ると言うのだ、良い気分ではない事は間違い無いだろう。

 

「でも」

「真面目に働いて、腕を磨いて、ティアナの役に立とうと思ってたけど、さっきの事情を聞いたらそうはいかない。ティアナ、俺はスパイだって何だってする」

 

「えっ? だ、だってそんなことしたら……!」

「ティアナ」

 

心配そうに取り乱すユースティアナの発言に、アサヒは被せるように発言した。

 

「言っただろ、俺にとってはティアナとの”約束”が全てなんだ。ティアナから地位を奪った奴が治める王宮になんて興味無い、どんな面か拝んでぶん殴ってやる!」

「アサヒくん……ありがとうございます……!」

 

 

少年と少女は、お互い笑顔を見せ合った。

 

 

 

 

 

 

「よし、そろそろ行こうか」

「はい! アサヒくん、どうかご無事で」

「ティアナもな。それじゃ、夜にまたここで会おう」

「は〜い!お気をつけて〜!」

 

 

ユースティアナは、剣を携え歩き出すアサヒを見送った。

その景観は、幼き日に彼と別れた時とどこか似ている。

 

 

 

 

「うっ…ひぐっ…アサヒくん……」

 

ランドソル王宮付近、幼い少年と少女、それを取り巻く様に両者の保護者が佇んでいた。

少女は泣きじゃくり、少年はそれを心配そうに見ている。

 

「こらティアナ、ちゃんとアサヒくんに別れの挨拶をしないと」

「イヤです……アサヒくんとずっと一緒がいい……!」

「もう……ごめんねアサヒくん、ティアナは貴方と別れるのが嫌みたいで……」

「………」

 

我慢しているが少年の目にも涙が浮かんでいる。

本当は少年も彼女とは離れたくないのだ。

しかし、少年は決心し、彼女の手を握った。

 

「ティアナ!」

「ふぇっ……?」

 

「約束する、俺は絶対このランドソルに戻ってくるから!

また一緒に冒険をしよう!」

「アサヒ……くん……」

 

少年の態度に呼応するかの様に、少女は泣き止み、口を開いた。

 

「じゃあ……もう一つ約束して欲しいです……」

「いいよ、何?」

 

 

そして 告げる

 

 

「私が王女になったら、王宮で、ううん……私のそばにずっといてください!」

 

その場に居合わせた少年と少女の両親は驚いた。

本人はわかっているのかどうかは知らないが、その発言とは皇帝の補佐として一生を遂げることを意味するのだから。

側から聞けば子供の冗談にすぎないのだろう。

しかし、アサヒとユースティアナにとっては違った。

 

「うん。わかった、約束する」

 

少年と少女は小指同士を結び、誓いを交わした。

 

少年は手を振りながら去って行く少年の背中を見送った。

その背中は小さく、魔物に怯えていた頃の彼を表していた。

 

 

 

 

だが、今は違う。

その背中は、幼い日に見た彼の背中より遥かに逞しく見えた。

 

「アサヒくん……もうすっかり、立派な男の子なんですね……」

 

(あ、あれ…?アサヒくんも立派な男の子なんだと認識し始めたら、少しドキドキしてきちゃいました…ヤバい…ですね…?)

 

「…って!!何を考えているんですか私はー!!きょ、今日の食材を探さないと!」

 

1人で赤面し、ユースティアナは慌てふためいた。

と同時に、彼女の嗅覚が何かを捉える。

 

「ん?これは? 炊きたてご飯の匂い!?」

 

ユースティアナは突風の様に、森の中から香るご飯に匂いに釣られて走り去って行った。

 

 

 

 

 

 

「ランドソル王宮……昔と変わってないな……」

 

通行証を差し出し、青年は門の中へと誘われるように移動する。

 

 

 

《次回》

 

【出会い】 と 〈出会い〉

 

そして、王宮騎士団【選抜試験】

 




予定は予定、未定に見せかけて未定ではないよ

皆さまのお気に入りがモチベーションです。
感想、お気に入り ありがとうございます。

次回はアサヒくんと王宮騎士団編。
専用装備が無い頃の彼女に勝つ事は出来るのでしょうか。
お楽しみに!


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3. 「◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎」vs「乱数聖域」


賢者の孫は好きじゃないんですけどね。



 

【ランドソル王城】

 

ランドソル城下町を見降ろす様にして標高高くそびえ立つ城が存在する。

この王宮が移動したという記録は存在せず、その身一つでランドソルの長い歴史を常に見守ってきた。

 

そして今日、10年来に城門を通過する青年が1人。

 

「ランドソル王宮、久し振りだな……」

 

青年は門番に通行証を差し出すと慣れた様子で王宮内部へ移動する。

 

 

10年前、彼とユースティアナが出会ったのは王宮の庭だ。

その日以降、アサヒは毎日のように草むらから王宮内部へ侵入し、ユースティアナを連れ出した。正門なんて言葉は幼き日の彼の中には存在しなかっただろう。

 

しかしある日、ユースティアナの侍従者に見つかってしまった。

大目玉を食らうことを覚悟したアサヒだったが、意外なことにその侍従者は快くアサヒを歓迎し、翌日から正門を通ることを許可するよう手配してくれたのだ。

 

アサヒがランドソルを離れる前日、侍従者である彼女はアサヒにこう言った。

「ユースティアナ様を外の世界へ連れ出してくれてありがとう」と。

彼女なりの、ユースティアナへの心遣いだったのかも知れない。

 

「元気にしてるかな…」

 

そんな親しい人物への想いを馳せつつ、アサヒは見慣れた王宮内部を難なく移動する。

見慣れた建造物、見慣れた通路、ユースティアナと遊んだ場所、彼女の両親と食事を共にした場所。

それらを目にすると自然と心が懐古に浸ることになる。

 

「ここかな……」

 

そんな事を思い出しながら業務説明会の要項に書かれた場所と思わしき場所に辿り着くと、そこは見慣れない場所だった。

それも当然、この場所はアサヒがランドソルを離れた後に増設された【王宮騎士団鍛錬場】だ。

 

「おや、君かな? 陛下が言っていた新団員というのは」

 

アサヒが鍛錬場に気を取られていると、背後から見知らぬ人物に声を掛けられた。

その人物は全身漆黒の鎧を身に纏い、如何にも王宮騎士団所属と言わんばかりの圧力を放っている。

 

「あ、はい……。貴方は?」

 

兵士という事を嫌でもアピールするその風貌にアサヒは一瞬面を食らったが、すぐさま質問に切り替える。

 

「ああ失礼。私はジュン、王宮騎士団の団長を務めている」

 

その返答にアサヒは驚いた。まさか王宮騎士団の団長と即座に出くわすとは思いもしなかったからだ。

しかしここはユースティアナにおいての『敵地』。この人物とも敵対する可能性がある、隙を見せず、常に冷静に振る舞わねばいけない。

 

「しかし驚いたよ。時間になれば正門に迎えに行くよう頼まれていたけど、まさか1人でここに辿り着けるなんて」

 

「あー、えっと、たまたまです、たまたま!」

 

危ない危ない、とアサヒは肝を冷やした。

そして急いで話題を逸らそうとする。

 

「名乗るのが遅れました。自分はアサヒと言います」

「うん、陛下が何度も言っていたから知ってるよ。それにたった1人の新入団員、忘れるわけないさ」

「1人……?」

 

【おかしい】。

その会話にアサヒが違和感を感じない訳が無い。

新たに加入するのは十数人と聞いていた。いや、()()()()()()()

そもそも王宮騎士団は人手が足りないと言う面目の元、団員を募集していたではないか。

更に、陛下……ユースティアナから地位を奪ったという『全ての元凶』が自分の名前をこのジュンに何度も伝えていたと言うのだ。一体どういうことなのだろう。

 

「時間だ、中へ入ろうか」

 

アサヒの心の中の猜疑心は拭い切れない。しかし、時間は待ってくれないらしい。

とにかく今は王宮騎士団に加入する事を第一としなければ。

そう思いながら、アサヒは扉の中へと誘われた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「–––––以上が業務の全内容ですが、何か質問は?」

「はい、わかりました。大丈夫です」

 

入室から約1時間が経過した。

係員より業務内容を説明されていたアサヒだが、幼い頃から王宮に出入りしていたアサヒにとって、王宮騎士団の内容は余りに理解し易い内容だった。

それにしても、わざわざ1人の為に仰々しい説明会を開いたのかと思うと、やはり疑念を抱かずにはいられない。

 

〈ガチャ〉

 

「やあ、そろそろ終わる頃だと思ってね」

 

扉が開かれると、そこには先程アサヒを招いた団長のジュンの姿が現れた。

 

「丁度良かった様だね。アサヒくん、君は最後にやらなければならないことがある」

「何ですか?」

「うん、ちょっと私について来てくれるかな」

 

アサヒは言われるがままにジュンに追従する。

ここはアサヒがランドソルを離れた後に建てられた場所だ、当然、今からどこに連れて行かれるかは彼にとって不明である。

そして数分後、アサヒは大きな木造の扉の前に立たされた。

 

「さあ、入って」

 

 

アサヒは扉に手を掛け、力を入れた

 

 

すると–––––

 

 

『おお、来たぞ!』

『お前が新入りか!宜しくな!』

『結構若いんだな』

 

 

王宮騎士団所属の兵士と思われる人物が十数人居合わせていた。

そして、アサヒに対する反応を送る者がいれば、歓迎の言葉を送る者など人それぞれの反応を見せせいた。

 

『なーんだなんだ?陛下のお眼鏡に適う新人が入ってくると聞いて見に来れば、ただの坊やじゃないか』

『こら、クリスティーナ!これから共に戦う仲間に何てことを言うんだ!』

 

各人が優待的なムードを見せる中、金髪の女性だけは不服といった態度を見せ、それに対して白髪の女性は反発している。

 

異質なムードに戸惑うアサヒだったが、後方に佇むジュンの方へ振り向いた。

 

「あの、これは……?」

「丁度業務が空いている者達に集まってもらってね、顔合わせさ。それと」

 

それだけ説明すると、ジュンは団員の方へと歩き出し、再度アサヒへ目を向けた。

 

 

「ようこそ

 

王宮騎士団(NIGHTMARE)】へ」

 

 

会場は拍手に包まれた。

側から見ればある種の内定式の様な、そのような集まりに見える。

 

「–––はい、宜しくお願いします」

 

ひとつ、会釈。

敵地と警戒心を怠らなかった彼だが、この空気には呆気に取られた。

王宮騎士団に対する意識変更が必要かも知れないと、そう思う程に。

 

「やあ、初めまして!私はトモ、これからよろしくね!」

 

先程金髪の女性と小競り合いを起こしていた人物がアサヒに握手を求めて近付いた。

年齢はアサヒより若いと見受けられる、彼は彼女に対し、友好的に握手で返した。

 

「宜しくお願いします、自分はアサヒです」

「堅いなぁ〜。確かに私は先輩だけど、見た所貴方の方が年上だし、気軽にトモって呼んで欲しいな」

「こらこらトモちゃん、これからアサヒくんには大事な用があるんだから」

「あ、そうでしたね。じゃあアサヒさん、また後で!」

 

ジュンに注意されると、トモは瞬時に自分の持ち場へと戻って行く。

掴み所のない人物、それがアサヒにとってのトモの第一印象だった。

 

「アサヒくん、君は戦闘員志望だったね?」

「はい」

「では、これから君には【王宮選抜試験】を行ってもらう」

「王宮選抜試験……?」

 

その仰々しい名前の試験に、アサヒは顔を強張らせる。

 

「ああごめん、そこまで身構えないで欲しい。試験なんて名乗っているけど、これは適性検査。君の力量を測って、どの部署が適しているか見定める為の試験なんだ」

 

ジュンが試験のあらましを説明すると、雑務と思われる人物が試験用の道具を運んで来た。

 

「ルールは簡単。この模擬刀と防具を用いて団員と模擬戦を行う。その結果や過程を鑑みて、アサヒくんの役職を決めさせて貰う」

 

雑務員が提示した模擬刀と防具を一瞥し、アサヒはそれぞれを手に取る。

 

(つまり、ここで認められることがあれば高い役職を得られ、より王宮の情報を知ることが出来るのか……よし……)

 

アサヒは奮起すると同時に手に取った模擬刀を一振り。

納得した表情から見るに、どうやら彼の審美眼に間違いはなかったようだ。

 

「では両者、前へ」

 

審判の号令と共に、アサヒと1人の団員が所定地へ着く。

相手の背丈と風貌から察するにアサヒより年上と思われる。

 

 

(ティアナ……待っててくれ)

 

 

10年前に約束を交わした青年の長き戦いが

 

今、始まる

 

 

 

 

 

 

 

 

「驚いたな……」

 

〈一刀〉

いや、〈三刀〉

 

多くの者には一瞬で勝負が決したように見えたかも知れない。

しかしここにいる2名の人物だけが、その試合内容を把握していた。

一瞬で決する攻防の中、アサヒは相手の太刀筋を受け流し、その後的確に三本の斬撃で相手を斬り伏せたのだ。

 

10年の飽くなき鍛錬の末、アサヒはめきめきと成長を遂げていた。

剣術の才能があったのか、それとも何か他の要因があったのか、それはアサヒ本人にもわからない。

その剣術は、いつしか常人の技術を凌駕していた。

 

 

「ほほう……!」

 

大半の団員が呆気に取られる中、トモに『クリスティーナ』と呼ばれていた金髪の女性が不敵な笑みを浮かべる。

 

「あっ……おい!クリスティーナ!何をするつもりだ!」

 

トモの注意すら彼女には馬耳東風。

歩みを止めることなく、クリスティーナはアサヒに対して歩みを寄せた。

 

「ただの坊やだと思ったら面白いじゃないか…。よし坊や、私に勝ったら副団長権限でより高い位をくれてやろう。どうだ? 私と戦え、さあ、今すぐ!」

「ちょっ……クリスちゃん、流石に新団員に対して君が相手じゃ……!」

「やります」

「なっ……」

 

アサヒは本能で感じていた。

【彼女は異質】であると。この中の誰よりも。

そして、彼女に勝つ事がユースティアナの居場所を取り戻すことへの近道であると。

 

「はっはっは!いいぞ!そう来なくてはな」

 

クリスティーナは高飛車な態度を見せると、選ぶ事なく模擬刀を手に取り所定の位置に着く。

防具など微塵を付ける気配は無い。『自分が勝つ事しか見えていない』のだ。

しかしそれは驕りなどではない、彼女に取っては『絶対の事実』なのだから。

 

「こうなっては仕方ない……アサヒくん、無茶だけはしないようにね。もし何かあれば私が助けに入るから」

 

それだけ言い、ジュンは引き下がって行った。

王宮騎士団の団長にここまで言わせるのだ。彼女の力量は予想を遥かに凌駕するだろう……アサヒは警戒心を強めた。

 

 

「試合開始ッ!!」

 

試合開始の号令が辺りに響き渡る。それと同時にアサヒは相手の出方を伺った。

が、クリスティーナの様子はそれとは対極的なものだった。

 

「恐怖の時間だ!」

 

クリスティーナは地面と平行に両手で刀を携え、何かの所作を行った。

ここにいる団員の殆どは、それがルーティーンか、それとも何か別の所作かはわからない。

しかし、意味の無い行動では無いと、アサヒは直感で感じた。

 

「来ないのか? ではこちらから行くぞ!!」

 

先程の所作を終え、クリスティーナはアサヒに剣戟を浴びせようと振り掛かる。

その剣戟は余りにも剛直であり、一直線にアサヒを目掛けていた。

 

(防げる……!)

 

 

しかし

 

 

「ッ!?」

 

クリスティーナの刃を受け流そうと構えたアサヒの刃を『まるですり抜けたかのように』クリスティーナの刃はアサヒの防具を掠めた。

 

「避けたか……運の良い奴だ」

 

アサヒには理解が追い付かない。

しかし考えている余裕は無い、攻撃をし終えたクリスティーナはまるで無防備、反撃の好機–––––そう思いアサヒは斬りかかる。

 

 

 

 

「!?」

 

 

確実に命中したと思われる剣戟は『まるですり抜けたかのように』クリスティーナの体を通過した。

 

「ほらほらどうした!もっと私を楽しませろ!!」

 

動揺するアサヒの都合なんて考えるはずもなく、クリスティーナは重い一撃をアサヒに浴びせ続ける。

 

(一体どういう事だ……!?落ち着け、落ち着いて考えろ……!)

 

当たらないクリスティーナへの反撃を行いつつ、アサヒは思考を張り巡らせる。

そして、当たらない剣戟の中に『ある法則性』を見出した。

 

(そうか!)

 

ひとつ。

アサヒはクリスティーナの性質について『仮説』を立てた。

そして、それを立証すべく、次の一撃を繰り出した。

 

 

【カッ!!】

 

 

その一撃は

 

クリスティーナ本体に当たるには至らずとも、初めて彼女に刀での受けの体制を取らせた。

 

 

「あ、当たった……!」

 

試合に見入っていたトモは思わずその一言を発した。

その手のひらは汗で濡れている。

 

「ほう……私の絶対防御を破るか……」

 

クリスティーナは笑みを浮かべている。自分の好敵手と出会えた、まさしく戦闘狂そのものだろう。

 

「ではこちらはどうかな!!」

 

鋭く、重い、彼女の剣戟がアサヒを目掛ける。

先程までであれば確実に命中させられていたであろう。

 

 

しかし

 

 

「なに!?」

 

 

その剣戟は当たるに至らず、空を切った。

ここでクリスティーナはこの試合で初めて動揺の表情を見せる。

 

 

「ふぅ………」

 

アサヒが疲弊した表情を浮かべる。

 

それもその筈。

アサヒがクリスティーナ攻略に用いた方法は

『攻撃が当たらなければ、当たらない前提でその先を導き出す』

『攻撃を避けられないのであれば、避けられない前提でその先を導き出す』

というものだ。

 

どちらも理屈ではわかっていても本人の直感と経験のみで実行出来るものであり、かなりの神経をすり減らす。疲労は当然のことだ。

 

ようやく自分の攻撃を当て、敵の攻撃を避けたが、その表情に余裕は一切感じられない。

そう、これでイーブン。アサヒは褌を締め直した。

 

 

しかし、対面している戦闘狂はアサヒと対極である。

 

 

「ふっはっはっはっはっはっはっは!!!」

 

 

攻撃を当てられ、攻撃を避けられ、一瞬の動揺は見せたものの

彼女は余裕綽々のようだ

 

「やはりお前は面白い、私の審美眼に狂いは無かったようだ! ではとっておきを見せてやろう、感謝するんだな!!」

 

クリスティーナは明らかに何かを始めようと構えを見せた。

禍々しい空気がその場一体を包む。

 

「クリスちゃん、それは……!!」

 

 

 

【来る】

 

 

【何かが来る】

 

 

ジュンの声が無くともアサヒは直感で感じ取った。

 

 

【まずい】

 

 

そうアサヒが感じ取れる程に今のクリスティーナは異質だ。

素の状態で喰らえばタダじゃ済まない、何かが

 

 

 

 

乱数聖域(ナンバーズアヴァロン)!!

 

 

 

 

クリスティーナがアサヒに向かって動き出す

 

大気を震わせながら

 

このままだと確実にやられる

 

やるしかない

 

 

【アレ】を–––––––!

 

 

 

 

 

 

 

 

クリスティーナが発動した異能【乱数聖域】

誰もがアサヒの敗北を予感した

 

が、しかし

 

団員の目の前に繰り広げられた光景は

 

【立ち尽くすアサヒと地面に落ちたクリスティーナの剣】

 

だった

 

『副団長のあの攻撃に……』

『撃ち勝った……!?』

 

ギャラリーはそれぞれの反応を見せる。

ただひとつ、一貫して全員が驚きの表情を見せていた。

 

 

「っはぁ……はぁ……!!」

「…………」

 

 

状況の優劣とは裏腹に、アサヒはかなり疲労の様子を見せ、クリスティーナは驚きつつも、この世の神秘に触れたような反応でアサヒを見つめている。

 

「私の乱数聖域(ナンバーズアヴァロン)を止められるとは……貴様は一体何者……いや」

 

 

()()()()?」

 

 

クリスティーナは何かを発見したかのような質問をアサヒに投げかける。彼女の直感で何かを理解したのだろう。

 

しかし、アサヒにはその質問の意味がわからない。

 

 

「し、失礼します!」

 

 

この場にいる殆どが動揺している中、勢いよく扉が開かれた。

すると、息を切らせた通達員が駆けつけてくる。

その人物は、アサヒを見つめていた–––––

 

 

 

 

 

 

 

 

アサヒが通達員に呼び出され、誘われた場所、それは彼自身がよく知っている場所だった。

 

(こいつが……)

 

王宮の玉座、であればそこに座る人物は当然–––––

 

「先程のクリスティーナとの試合、魔法で見ていたわ。面白かったわよ」

 

ユースティアナから居場所を奪った人物、他ならない。

 

「ありがとうございます」

 

アサヒは内心怒りで煮え滾っていた。

しかし、今はまだその時では無いと、冷静に振る舞う。

ただ、この諸悪の根源をよく覚えておく事、今はそれに徹することだ。

 

「後でそれ相応の役職を手配しておいてあげるから、今日はもう休みなさい」

「はい、失礼します」

 

アサヒはその言葉を最後に玉座に背を背ける。

昔はあんなに輝いて見えた場所が、今では汚れて見えて仕方がない。

 

(待ってろよ……必ず、必ず……!)

 

決意を胸に、アサヒはその場を後にした。

 

 

 

(行ったわね……)

 

「キャル、出て来なさい」

「はい、陛下」

 

アサヒが退出した事を確認した玉座に座る人物は、従者を呼び出した。

その人物は猫耳で、黒い魔装束を身に纏っている。

 

「明日からは彼も監視対象にしなさい、いいわね」

「はい、わかりました」

 

それだけ聞き取ると、猫耳の従者はその場を去った。

そして、玉座に座る人物は不服そうな表情を浮かべる。

 

(アサヒ……あんな人物、今までにいなかったわね……。それにキャルに渡したものと似通った【あの能力】……検討は付く。しかし何故彼が……?)

 

(イレギュラーだろうと、私の邪魔はさせない……)

 

 

 

 

 

 

 

 

玉座の間から退出したアサヒ、そこにはジュンとトモが出迎えていた。

 

「やあアサヒくん、お疲れ様」

「団長、お疲れ様です」

「アサヒさん、凄かったよ。どうやったのか気になるけど今日は流石に聞けないかな」

「うん、疲労もあるだろうし、今日は寮でゆっくり休むといい。歓迎会は今度行おう」

 

寮と言われ、アサヒは夜の約束の事を思い出した。

決して忘れてはいけない、彼女のことを。

 

「あー……ごめんなさい、実は今日の宿は予約してしまって……」

「そうなのかい? では明日、ちゃんと手続きするようにね」

「はい、わかりました」

 

ジュンとトモはアサヒに対して別れの言葉を送る。アサヒもそれに返す。

そして、ユースティアナの元へと走り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ランドソルの郊外に佇む野谷、その夕刻の草原をアサヒは歩く。

たった半日ほどの別れだが、彼はそれを特別久しく感じていた。

 

そして約束の場所には、ユースティアナの姿があった

 

「あっ! アサヒくーーーん!!」

「うわっ、と……! ティアナ、ただいま」

「はい!おかえりなさい!寂しかったですよぅ」

 

ユースティアナはアサヒに会うなり抱き着いた。

その様子はまるで飼い主を待ちわびる子犬だ。

 

「どうでした? 王宮騎士団? 大変じゃなかったですか?」

「ほんと色々あったから、後で話すよ」

「え〜気になっちゃいます。じゃあじゃあ、私の話を聞いてください! 今日ですね、ご飯王子とご飯姫に会ったんですよ!!それからそれから–––––」

 

ユースティアナはアサヒの手を握り、野営用のテントの中へと誘った。

 

 

 

 

 

 

アサヒとユースティアナの邂逅から3時間は経過しただろうか。

今はテントの中で、2人は枕を共にしている。

幼い頃からの慣習であり、気にかけることは微塵もない。

 

「––––それでですね、アサヒくん、私今度からはその偽名を使おうと思うんです。その方が何かと都合が良いと思って」

 

これまで明るかったユースティアナの表情が一変、少し悲壮感のある表情へと変化した。

会話の内容は、森の中で炊きたてご飯を振舞ってくれたご飯姫とやらに名付けられた【ペコリーヌ】という名前を名乗るということだ。

これにはアサヒも悲観的だった。

ユースティアナという名以外で彼女を呼ぶ事は、仕方がないにしても他人行儀である。

 

「……だから、今の内にいっぱい名前を呼んで欲しいんです。私の名前を……あなたに呼んで欲しい」

 

そう言うと、ユースティアナはアサヒの首の後ろに手を回した。

 

「……ティアナ」

「もっと……」

「ティアナ」

「もっとです……」

 

ユースティアナは更にアサヒに体を密着させた。

まるで、縋り付くように。

 

「貴方だけ……貴方だけが覚えていてくれた私の名前……もっと、もっと……」

 

彼女は怯えていた。

ここまで脆弱なユースティアナを見るのは幼き日を共にしたアサヒすら初めてだ。

それ程に信じられた者から裏切られる心の傷は深い。

もし自分ならば耐えきれるだろうか?

男の自分ですら耐え難い程の苦痛を、この少女は1人で抱え込んでいたのだ。

 

「……うん。何度でも呼ぶよ ユースティアナ・フォン・アストライア」

 

今はただ、少女の心の傷を塞ぐ為に自分に出来る事をするだけだ。

せめて、少しでも。

 

「アサヒくん……大好き……」

 

そう言いながら、ユースティアナはアサヒに抱きつき、目を閉じていった。

 

「おやすみ、()()()()()()()……」

 

そして

2人は眠りに就いた。

 

 

 

《次回》

 

【屋上庭園と謎の少女】

【アストルムを駆ける “2人”の騎士】

 





こ〜ねくてぃんぐはーっぴぃ〜♪

予定は予定 だけどしっかり実現したよ
感想ありがとう!モチベーション!

ペコリーヌがアサヒに語った内容はゲーム内ストーリー序章そのままだよ、ご理解よろしく
キャルと似た権能の正体わかるかな?
次回予告の2人の騎士ってわかるかな?

次回もお楽しみに!


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4. 導き、邂逅、出会い


自粛期間は当小説で決まり!



 

 

ㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤ経っㅤㅤまたㅤㅤㅤㅤㅤㅤ!』

 

 

––––––––––––––。

 

 

ㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤよ』

 

 

––––––––––––––。

 

 

ㅤㅤい!ㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤ!早ㅤㅤㅤㅤㅤろ!』

 

 

––––––––––––––。

 

 

『シㅤㅤム受理、ㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤす』

 

 

––––––––––––––。

 

 

 

 

 

 

 

 

「………?」

 

気がつくと、未知なる場所にアサヒは立っていた。

彼には状況が理解出来ない。

ユースティアナが就寝したことを確認し、自らも眼を閉じたと思い込んだ矢先、見ず知らずの場所に彼は立たされていたのだから。

 

 

澄んだ青空

輪状に広がる繚乱の花園

中央にそびえる噴水、それを取り囲む泉

 

 

雲に近く、遮蔽物が一切見られない外観から察するに、地上より遥か高地に位置する屋上庭園であることだけがわかる。

 

ただ、何故自分が此処に?

 

アサヒは一呼吸置いて状況把握に努める。

先程、一人称視点で見えていたものは夢だろうか。夢にしてはどこか鮮明で、でも自分の記憶とは食い違っていて。

それぞれの場景における声の主が誰かわかるほど上手くは聞き取れず、視界も明確ではなく欠損していた。

明らかに自分の経験とは異なるビジョン。だが、それでも他人事とは思えない何かがそこにはあった。

 

 

「ウソ……貴方……こんなのって……」

 

 

閑散とした屋上庭園に突如響き渡る声。

その声の発生源を探るべく、アサヒは振り向いた。

 

-エメラルドグリーンにパープルを混色させた髪

-背にはピンク色の花弁を持つモニュメント

 

振り向いた先には面妖な雰囲気を放つ少女が立ち、酷く混迷した表情で口を押さえながらアサヒを見つめていた。

突としてその様な姿の少女を目にし、アサヒの頭の中は疑問符で埋め尽くされ、只々呆気に取られた表情で少女を見るしかなかった。

 

「そ、そうよね……いきなりこんな反応されても訳わかんないわよね……。ごめん、少し落ち着かせて……」

 

そう言い、少女は襟を正そうと深呼吸する。

初対面であるこの女性が、何故混迷した表情でこちらを見つめているのか、アサヒに知る余地は勿論ない。

 

ただ、先程の不明瞭なビジョンが少女には明確に見えていたとしたら? その内容に驚いているとしたら?

《一体 何を見ていたのだろうか》

そんな考えが彼の脳裏を横切る。

 

「取り乱して悪かったわ……。どうせすぐ忘れちゃうだろうけど一応名乗っておくわね。私はアメス、ごめんね……いきなりこんな所に連れて来ちゃって」

 

自らをアメスと称する少女は、続けて話す。

いつもなら何か返答したであろうアサヒも、この神秘的な空間に気圧され、口を噤んでいた。

 

「疑問だらけだろうけど時間がないから伝えておくわね……。貴方は、大きな運命の渦中に置かれた人物なの。そして、貴方は近いうちにもう1人の運命を背負った人物である“アイツ”と出会う」

「でもアイツ、今はほんと弱っちいから良かったら助けてあげて。貴方にも自分の使命があると思うけど、アイツとの出会いはきっと貴方とペコリーヌちゃんにも益をもたらすから」

 

アメスの発言ひとつひとつを反芻する時間など無い。

ただ、猜疑心は無い。

理由はわからないが、アサヒは彼女の発言に虚偽が無いことを本能で感じ取っていた。

 

「貴方をここに連れてきたのはそれを伝えたかったから。でも、それだけのつもりだったのに……こんなことになるなんて……」

 

「ごめんなさい………」

 

先程、一度落ち着きを取り戻したアメスだったが、やはり動揺は隠し切れず、再度取り乱した様子を見せる。

異質な少女の様子を気に掛け、アサヒは彼女に対して声を掛けようとしたが、上手く言葉に出来ない。

この場所に来た時から全身を覆う得も言われぬ浮遊感、それが彼の思考を阻害していた。

 

まるで

夢の中だ

 

「っと……少し話し込んじゃったわね。お姫様が待ってるから、そろそろ起こしてあげないと」

 

アメスがそう言うと、アサヒの体は光に包まれた。

 

「じゃあ……アイツに会ったら宜しくね。今の私には助言する事と、祈る事しか出来ないけど……」

 

 

【貴方に 太陽と星の祝福を】

 

 

その言葉と共に、アサヒは屋上庭園から姿を消し、アメスは穏やかな表情で1人の青年を見送った。

 

 

「頑張って……朝陽(アサヒ)

 

 

 

 

 

 

 

 

「–––––くん」

 

「–––––ヒくん!」

 

 

「アサヒくん!」

 

 

ランドソル郊外に位置するジュノー平野にて野営を行なっていたアサヒは、自分の名前を呼ぶ1人の女性の声で目を覚ました。

 

「ん……う……」

 

「あっ、やっと起きましたね〜。もう、お仕事遅れちゃいますよ?」

 

アサヒは寝惚け眼を擦りながら起き上がった。

寝起きという事もあるが、それ以上に彼の思考は鮮明では無い。

何か、何かを見ていた気がする。

それだけは覚えているが、内容が何なのか定かでは無い。

 

「ティアナ、おはよ……」

 

「はい! おはようございます、アサヒくん! それにしてもアサヒくんが寝坊なんて珍しいですね。朝、弱くないですよね?」

 

昨日、アサヒにエプロン姿を見せたいからと言って購入したらしいユースティアナのその姿に感想を投げかける余裕はなく、彼は起き上がったまま呆然と彼女を見つめた。

 

「どうしました? ぼーっとしちゃって。大丈夫ですか? もしかしてお仕事で疲れてるんですか? だっこしますか?」

 

そう言うとユースティアナはアサヒに密着し、体側に手を伸ばそうと試みた。

 

「ごめんごめん、大丈夫だよ」

 

ユースティアナの助力になろうとしている自分が彼女に迷惑を掛けたのでは元も子もない。

そう思い、アサヒは自分で立ち上がる。

 

「えぇ〜〜 折角アサヒくんと密着出来るチャンスだったのにぃ。それじゃあ、せめてアサヒくん成分を補給させて貰いますね! ぎゅ〜〜!」

 

ぎゅむっ

 

「あ、そういえば朝ご飯出来てるんで食べちゃってくださいね!」

 

そう言ったユースティアナの目線の先には、様々な手法で調理された料理が置いてあった。

が、肉質で分かる通り千差万別の異質な色である。

そう、これは所謂『魔物料理』だ。

 

「少し早く目が覚めたので、朝からお肉を取ってきちゃいました! さ、どうぞどうぞ!」

 

「いただきます」

 

その紫紺の肉を、アサヒは躊躇い無く口へと運んでいく。

ユースティアナが魔物料理を好きな事は既知であるし、幼少期から彼女は何度も魔物料理を振舞っている。

アサヒ自身、魔物料理に対しては耐性が高い。

 

「ん、美味しい」

 

「えへへ〜♪ いっぱい食べて下さいね!」

 

ユースティアナは、背後からアサヒに抱き着いたまま離れない。

アサヒは、抱き着かれたまま食事をする。

何とも奇々怪々な光景だが、幼い日よりスキンシップが慣習と化していた彼女に対して今更彼が疑問を持つ事も無いだろう。

 

結局、食事が終わるまで彼女がアサヒから離れる事は無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

【ランドソル国境付近】

 

肉眼でもその往来を確認出来る程、ランドソルは開放的な文化だ。

 

アサヒは王宮騎士団に、ユースティアナは昨日雇われたという飲食店へ、それぞれの目的地へと共に歩む2人は、ランドソル直前にて足を止めた。

 

アルバイトをするというユースティアナに対し、指名手配の身を案じたアサヒだったが、公的な機関でなければ管轄の目は厳しくないと彼女の口から告げられた。

何と歪な政治体系だろうか。

やはり、主君の座を無理やり改竄した今のランドソルは断片的に異常が含まれている。

 

 

「ここから一歩踏み出せば、私はペコリーヌです」

 

ランドソル入国直前、決意を胸に、少女は目を見開いた。

第三者から見れば勃勃たる少女の姿に見えるだろう。

しかし、その少女の手が小刻みに震えているのを1人の青年は見逃さなかった。

 

「大丈夫。絶対忘れたりしないから」

 

青年は、少女の手を強く握る。

彼だけが、彼女に対してしてあげられる精一杯の事を。

 

 

「行こう、()()()()()

 

「–––––はい!」

 

 

アサヒとペコリーヌは呼応する様に手を取り合う。

いつしか少女の手からは、震えが消え去っていた。

 

お互いが立てた誓いに

また一歩、近付く音がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ〜〜……」

 

夕刻に差し掛かる王都ランドソルの城下町を、1人の青年がまるで生まれたての子鹿のように疲労した様子で歩いていた。

王宮騎士団の初勤務を終えたばかりの彼だが、業務で疲労を感じている訳では無い。

 

事は、数時間前まで遡る。

 

 

 

 

 

 

「アサヒさん、おはよう!」

「やあ、おはよう」

 

例の陛下から言伝された自身の役職を聞く為、王宮騎士団内部の詰所へ訪れたアサヒ、そこにはジュンとトモの姿があった。

 

「団長、トモさん、おはようございま「来たか坊や!!」

 

アサヒの2人に対する挨拶は、突如部屋へと入室して来た『聞き覚えのある』声に阻まれた。

手入れの行き届いた金色の髪、突飛な黒鉄の鎧、高飛車な態度。

その姿を、アサヒが忘れる訳も無い。

そう、昨日鍛錬場にて刃を交えあった彼女だ。

 

「昨日は無粋な中断を受けたが今日は最後まで激しく愛し合おうじゃないか!さあ!剣を取れ!!」

 

彼女は止まる事なく一直線にアサヒに向かって進む。

しかし、1人の人物がその行く手を阻もうとした。

 

「おい、やめろクリスティーナ、困ってるじゃないか」

 

「どけ小娘、邪魔をするなら切り刻むぞ☆ 私は坊やに用があるんだ。それとも何だ、お前が坊やの代役をしてくれるのか? 役不足としか思えんがな」

 

邪険な2人の様子を見て、普段からこの様なやり取りをしているのだろうかとアサヒは考えた。

考えその通り、トモとクリスティーナの両名は何かと衝突を起こす事が多く、王宮騎士団でもちょっとした噂になっている。トモの正義像とクリスティーナの嗜好は正反対、まさに水と油のような存在だ。

 

 

「あっ おい!」

 

トモの抑制も虚しく、彼女の腕を振り払ったクリスティーナと呼ばれるその女性は、アサヒの前に立ち塞がった。

 

「やぁ坊や、1日ぶりだな、恋しくてどうにかなりそうだったぞ」

 

「おはようございます……クリスティーナさん」

 

敵意は剥き出しだが、彼女も同じ王宮騎士団の同志。

アサヒは、他人越しでしか聞いていないその名前と共に、彼女に挨拶をする。

 

「名前を把握してくれているとは至極恐悦、クリスティーナ様は嬉しぞ☆ よし、有象無象の名前なら一々覚えないが、坊やほどの腕を持つ人間の名前なら覚えてやろう、ほら名乗れ」

 

クリスティーナのその発言を聞き、アサヒは彼女に対して自分の名を明かしていなかったことを思い出す。

2人は昨日、あれ程のやり取りをしておきながらお互いの名前すら把握してはいなかった。

そう、お互い名前も知らない相手に対し、刃を交えていたのだ。

 

「アサヒです、宜しくお願いします」

 

「よぉしアサヒ、今から私ともう一度踊ってくれるだろう? まあ拒否など決してさせないがな」

 

そう言い、クリスティーナは自身の愛剣をアサヒへと見せびらかすよう向けた。まるで、拒否をしても強制的に戦闘にしてやろうと言わんばかりに。

 

実際にクリスティーナはこの方法で過去何人もの人間と戦闘をしてきた。

問答無用に斬りかかれば相手は自衛の為に刃を向けるしか無い。それは人間の中に刻まれた本能なのだから。

 

 

しかし

 

 

「嫌です」

 

 

アサヒは、その意味を知っておきながら断固拒否の姿勢を見せた。

 

そのアサヒの返答に対し、クリスティーナは動揺は見せずとも一瞬怯んだ様な表情をした。

それもその筈、その方法で敵意を向けられた人物は覚悟を決め、向かってくる。もしくは怯えたまま挑むか逃げるかが大半だった。

面と向かって拒否する人物は過去にも片手で数えられる程しかいない。

 

「何故だ……? この状況が理解出来ないお前じゃあるまい」

 

「解ってます……。だけどあの日、誓ったんです」

 

そう、アサヒは、ユースティアナの為に剣を振るい、ユースティアナの為にその身を研鑽すると10年前のあの日に誓ったのだ。

 

「クリスティーナさんが刃を向けようが構いません、ただ、幾ら攻撃されようが絶対に此方からは反撃しません」

 

彼は私利私欲の為に剣は振るわない。

ユースティアナの立場を取り戻す為、こんな所で剣を振る訳にはいかないのだ。

 

 

「それに……」

 

決意めいた表情をしていたアサヒだったが、その言葉と共に、彼は神妙な表情へと一変した。

 

「多分もう……“あの手法”は通じない……」

 

アサヒが言う“あの手法”とは、昨日の模擬戦で用いた【絶対防御】とクリスティーナが自称した異能に対する攻略法だ。

 

『攻撃が当たらなければ、当たらない前提でその先を導き出す』

 

だが、彼女ならきっと1日でそれに対応してくる。二度は通じない。

1戦で伝わるほど彼女は類稀なる戦闘センスを持っている。それぐらい容易いことだろう。

 

 

「ふふ……ふふふ……」

 

「ハッハッハッハッハッハッハ!!!」

 

 

アサヒのその発言に続き、クリスティーナは剣を降ろし、突然高笑いを始めた。

アサヒにはその笑いの意味は解らないが、剣を降ろしたという事は聞き入れてくれたという事なのだろうかと彼は解釈し、胸を撫で下ろした。

 

 

「やはりお前は面白い☆ 必ずその剣を私に向かせてやるぞ、覚悟しておくんだな!!」

 

 

しかしそれは

見当違いだったようだ

 

 

 

 

 

 

それから昼食、休息中、勤務中、etc……

いかなる時間帯も戦闘を申し込むクリスティーナに付き纏われた彼は精神的疲労を味わわされ、今に至っている。

王都ランドソルの往来を歩く人々には、彼が肩を落として歩いている事が目に見えてわかるが、彼自身は疲労を見せまいと努めているようだ。

 

 

就業時間を終えた人々や夜の繁華街を求めて街を出歩く人で賑わう夕刻の王都ランドソルの中、彼はペコリーヌから伝えられたアルバイト先へと向かっていた。

目的地へ近付くに連れ、彼は辺りの景観に既視感を覚えていた。

 

(この辺って、もしかして……)

 

既視感を覚えるのも当然、彼が現在立っている場所は10年前にユースティアナと頻繁に訪れた場所だった。

アサヒに城下町へ連れ出され、最初に入店した飲食店の魔物料理が気に入ったユースティアナはアサヒと何度もその飲食店を訪れた。

 

「確か、あのあたりに……」

 

懐古心と共に、アサヒはその飲食店があったと思われる方角を向いた。

そこには、何やら人集りが出来ている。

明らかに異様な光景を不思議に思い、アサヒは野次馬心で近付いた。

 

するとそこには、彼がよく知る『ティアラを付けた少女』の姿が。

 

「ぷは〜〜〜! ご馳走様でした☆」

 

ペコリーヌの様子、多くのギャラリー、眼前に存在するよく通った飲食店、こんなにも判断材料が揃えば彼にとって状況を理解する事は容易かった。

 

「スゲェ嬢ちゃんだ……」

「見ろよ、巨漢の男が食い切れずに倒れてるぜ……」

 

数人の男性がチャレンジに失敗する中、ペコリーヌの様子は依然として通常運転である。

腹八分目、いや、彼女にとっては五分にも満たしていない。

 

「おめでとう嬢ちゃん。 はいこれ、景品ね」

 

「わ〜〜い! ありがとうございます!」

 

そう言うと、ペコリーヌは目を輝かせながら店員から景品を受け取った。

その景品には「食事券」と書かれている。あれだけの食事をしておきながらまだ食べる気だろう。

 

「あっ、アサヒくん!」 ぱあっ

 

用を終えたペコリーヌは往来に目を向けると、1人の男性の存在に気が付き、表情を一転させた。

 

「オイッス〜!」

 

先程の食事券を受け取る際同様に目を輝かせ、彼女はアサヒの下へと近付いた。

 

「お疲れ、()()()()()

 

「アサヒくんもお仕事お疲れ様です! あのですね、さっきこのお店の大食い大会で優勝してお食事券を頂いちゃったんですよ〜〜!」

 

「王家の装備全開だったな、見てたよ」

 

アサヒはそう言うと、ペコリーヌの頭部に装飾されたティアラに目線を向けた。

このティアラは王家の装備と言い、ユースティアナの血族であるアストライア王家に代々受け継がれている。所有者の筋系や身体能力を増長させる効果があるが、その対価として『お腹が空く』という何とも奇天烈な装備である。

 

幼き日のユースティアナはアサヒに対し王家の装備の効力を説明した。が、彼女の平素の食欲を考えると、『王家の装備が無くても無尽蔵に食べられるのでは?』とアサヒは思ったという。

そして10年後の本日、大食い大会で優勝した彼女の食欲が装備によるものか、彼女自身の食欲か、真実は定かではない……。

 

「アサヒくん、お勤めでお腹空いてますよね? お食事券もある事ですし、このお店で一緒にディナーといきましょう! さあさあ!」

 

ペコリーヌはアサヒの手を引き、彼を店内へと招き入れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ン〜〜〜、マい……☆」

 

顧客で溢れかえる店の中、アサヒとペコリーヌはテーブル席に座っている。

2人は現在、ペコリーヌが『上から下まで全部!』と言ってオーダーした料理を食べている最中だ。

 

「この魔物料理、燻し方が絶妙でマジパないですよ! ほらほら、アサヒくんも! はい、あ〜〜〜ん」

 

そう言うと、ペコリーヌは何の気兼ねもなく料理を彼の口へと運んだ。

 

「ん、ほんとだ、おいしい」

 

アサヒの口へと料理を運んだペコリーヌは、何かを待ち侘びる子犬の様にアサヒを見つめた。

 

「はいはい、落ち着いて」

 

そう言うと、アサヒも鸚鵡返しするかの様にペコリーヌの口元に自皿の料理を運んだ。

 

「はむっ。ン〜〜〜、美味しいです☆」

 

その後もペコリーヌは時折、アサヒの口元に料理を運ぶ。アサヒも、お返しするかの様にペコリーヌの口元に料理を運ぶ。

これは幼少期から彼らの中で反復して行われた行為であり、それはいつしかルーチンワークとなり、10年後の今もこうして強く根付いていた。

その為、大衆の前だろうが2人は一切気に留めていない。

 

 

「もしや……ペコリーヌ様?」

 

一心不乱に食事を続ける2人の耳に、背後から幼い少女の声が聞こえた。

 

「おや? 私をペコリーヌと呼ぶその声は……」

 

反射的に振り向いたペコリーヌとアサヒの目線の先には、シルバーブロンドのショートヘアーをしたエルフ耳の少女だった。

そしてもう1人、少女の後ろに追従するかの様に1人の少年が佇んでいる。年齢はアサヒとペコリーヌ相応だと思われる。

 

「昨日のご飯王子とご飯姫!! オイッス〜!」

 

「おい……っす? 相変わらず、食欲旺盛なのですね」

 

ペコリーヌがご飯姫と呼ぶ少女は目の前のテーブルに盛られた並々ならぬ食事の量を見て感嘆した様子だ。

その会話を聞いていたアサヒだが、ペコリーヌの2人への呼称を聞く限り、昨日彼女から告げられた2人と理解した。

 

「もしかして、ペコリーヌにご飯を恵んでくれた2人?」

 

「はい、恵んだと言うか食べられたと言いますか……。して、ペコリーヌ様、そちらのお方は?」

 

「おっとっと、紹介が遅れましたね。こちら、昔からの友人であるアサヒくんです!」

 

「宜しく。ペコリーヌがお世話になったね、君の名前は?」

 

「私はコッコロと申します。アサヒ様、宜しくお願い致します。そして、こちらは私がお仕えさせて頂いている–––」

 

コッコロの目線を辿り、ペコリーヌとアサヒは彼女が手を仰ぐ方向へと目線を向けた。

 

 

「主さまでございます」

 

 

その声と共に、紺色の外套を羽織った少年は一歩前に進む。

 

が、彼はアサヒを目にした途端、アサヒから目を離さず、無言を維持した。

 

最初は怪訝に感じたアサヒだったが、彼もまた、その少年から目を離せないでいた。

 

 

《……………》

(……………)

 

 

友人という訳ではない。旧知の仲という訳でもない。

ただ、2人は目の前の相手に得体の知れぬ【何か】を感じ取っていた。

 

「あ、主さま……?」

「アサヒくん?」

 

コッコロとペコリーヌが2人を気にかけるが、2人は白昼夢に包まれたような様子のままだ。

 

「どうしたんですか? じっと見つめ合っちゃって。あっ、もしかして恋でもしちゃいました?」

 

「ブーーーーーーーーッッッ!!!」

 

突如聞こえた背後からの吹き出す声にペコリーヌとコッコロは気を取られる。

するとそこには、黒装束を纏った猫耳の少女が立っていた。

 

「あっ、昨日の倒れてた人!どうして此処に?」

 

ペコリーヌはその少女に見覚えがあった。

と言うのも、昨日アサヒと別れたペコリーヌがコッコロと出会った際、傍に倒れていたこの猫耳の少女を介抱したのだ。

 

「先程主さまと飲食店を探していたところ、昨日の御礼にとキャル様がこのお店を紹介して下さったのです」

 

「そんな事情があったんですね〜〜。 ところでキャルちゃんはどうして吹き出しちゃったんですか? もしかしてまだ具合が悪いんですか? 大丈夫ですか? ご飯食べますか?」

 

コッコロの発言から猫耳の少女の名前を『キャル』と把握したペコリーヌは彼女の体調を憂慮し、迫り、料理の入ったスプーンを押し付ける。

ペコリーヌの圧力に気圧され、最初は後退りしていたキャルだったが、次第に逃げ場が無くなり、彼女のスキンシップの餌食となった。

 

「あんたが変な事言うからでしょ!! ……って、コラ! スプーンを頬に近づけんなぁー!!」

 

(あいつを監視してただけなのに何でたまたま入った店でこの女とも出くわしちゃうのよ〜〜!! それに意味わかんないあだ名で呼ばれてるし、しかも……)

 

ペコリーヌの猛撃に視線を取られていたキャルだったが、何か思う所があるのか視線をアサヒへと移した。

 

(陛下から監視を追加されたあの男までいるなんて……それもペコリーヌと一緒に……。陛下が気に掛けるだけあって、何か関係があるのかしら……)

 

キャルは思慮深く考えたが、結局結論が出せずペコリーヌのスキンシップ撃退へと専念した。

 

 

 

 

ペコリーヌとキャルが戯れている間も、アサヒと紺色の外套を羽織った『主さま』と呼ばれる少年は狐につままれた状態だ。

コッコロも依然としてその2人を見守っていた。

 

「主さま……?もしかして女の子のみならず、アサヒ様ともお知り合いなのですか?」

 

コッコロの質問は全くの見当違いだ、確かにこの少年はランドソルにて数多くの女性と友好関係にあった。しかし、アサヒとは初の面識で、彼自身何故目の前の人物に目を惹かれるのか理解していない。

 

そしてしばらくするとアサヒは普段の状態に戻り、彼の方から沈黙を破った。

 

「あ……ごめん。なんかぼーっとして……」

 

アサヒが覚醒したのを確認すると同時に、外套の少年も普段の様子を取り戻した様だ。

それに合わせペコリーヌ、キャルも彼らへと視線を注目させた。

 

《僕も……。ごめん……》

 

「お二人共、正気に戻られた様で安心しました……。何故あの様な状態になったかは気になりますが取り敢えず主さま、お名前を言えますか?」

 

コッコロはまるで幼児を誘導するかの様に彼に自己紹介を促した。

 

《僕はユウキ、宜しく》

 

その少年は自らを『ユウキ』と名乗った。

やはりアサヒには聞き覚えが無く、彼の謎は深まるばかりだ。

 

 

彼の自己紹介が終わるのを確認すると、ペコリーヌは2人に近付いた。

 

「ユウキくんですね、宜しくお願いします! お二人が何でああなったのか私も気になりますけど、今は皆んなでお食事しましょう☆ 私、このお店で大食いチャンピオンになって食べ放題券を貰ったんです! 昨日の御礼、しちゃいますよ〜〜〜」

 

「その様な事が……。では主さま、お言葉に甘えさせて頂きましょうか」

 

《うん》

 

「いや、私は……ってだから皿を近付けんなーーーーー!!!」

 

 

彼ら5人の晩餐と談笑は夜分遅くまで続いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【ランドソル王城前 / 愛の広場】

 

 

「ぷは〜〜〜、お腹いっぱい☆ 久し振りに大勢で食事が出来て楽しかったです!」

 

コッコロ、キャル、ユウキと別れたアサヒとペコリーヌは『門限まで時間ありますか?』というペコリーヌの質問の後、彼女の希望する地へと場所を移した。

 

「あの3人と食事するの、楽しかったな」

 

「はい! コッコロちゃん、キャルちゃん、ユウキくん、皆んな良い人でしたね。 また一緒に食事する約束もしちゃいましたし、楽しみすぎてヤバいです☆」

 

今朝は不安そうな表情を見せたペコリーヌだったが、その陰鬱な感情は完全に消え去った様だ。幼少期によく見た彼女の屈託無い笑顔に思わずアサヒも表情筋が緩みそうになる。

 

 

「ほらほらアサヒくん、こっちですよ、こっち!」

 

ペコリーヌに両手で手を引かれ辿り着いた場所は、ランドソル市井の夜景を眺望出来るスポットだった。

幼き日のユースティアナは、度々アサヒにこの場所へ来るよう頼んだが、今もなお、彼女の嗜好は変わらない様だ。

 

「わぁ……10年経っても綺麗ですね……」

 

「うん、変わってない……」

 

2人は握った手を離さないまま、一心にその景観を眺め続けた。

 

 

「私……お父様とお母様が守り続けたこの景色を守りたいんです。勿論、貴方と一緒に……」

 

 

その発言と共に、ペコリーヌの握る手は一層強くなった。

 

 

「うん、絶対」

 

 

そしてそれに答える様に、アサヒも力強くその手を握り返した。

 

 

2人は別れるまで無言で手を握り合った

言葉は無くとも、ただ相手を信じるかの様に

 

 

 

 

 

【ランドソル王城前 / 愛の広場】

 

ランドソルの絶景を見渡せる事ができ、多くの人々が交際相手に想いを告げる場所として利用された事からこの名前が付いた。

 

いつからかその話は一人歩きし

『願いは必ず成就する』

『誓いは遂げられる』等の噂が立つ様になった。

根も葉も無い噂に、世間では胡散臭い場所、名前負けするスポットと扱われていた。

 

 

ある【王女】が、1人の騎士と交わした約束を世間に公言するまでは–––––。

 

 

しかし今はまだ

想いを告げる際に利用されるただの名所である。

 

 

 

《次回》

【狂乱 再会 防衛】

【ギルド 設立】

 




次回予告詐欺わろた!w!w
まあアニメ見てたら色々インスパイア受けちゃうからしょうがないよね〜〜〜〜(マジでごめん)(バレる前に修正しよ)(ほんとごめ)

騎士くんを普通のかぎかっこで喋らせるとなんかちげーからこの形式にしたよ

予定は予定 期待しないでね!
お気に入りに登録モチベーション!さんくす!ぐーぐー!

次回もお楽しみに!


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