地獄の独裁者異世界へ行く (kohet(旧名コヘヘ))
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1.地獄の八大魔王ディザさん

地獄の門をはるか南の外れ。禁断の地と呼ばれる土地の山城に人間の男が住んでいた。

地獄に来て初期の拷問の影響で名を忘れた普通の人間と自称する異物である。

彼は「災厄神の災厄」Evil god of disasterと呼ばれている八大魔王の一人である。

なお、本人は気軽にディザさんと呼ぶように部下に強制(お願い)している。

 

 

そんなディザの一日はこんな感じだ。

 

執務室でディザはいつものように書類を片づけていた。

他の魔王共は罪人の拷問や天界への侵攻計画という名の飲み会で忙しいらしい。

一人に至ってはどこへ行ったのか誰も知らない。

 

考えを一時中断し、ディザは書類の山が崩れないように自身のそばにあった杖をつっかえ棒にした。

この杖——元槍——であるがこそディザの異名の由来なのだが、ディザは神を信仰せずとも信仰系回復魔法が使える便利な棒程度にしか思っていない。

 

考えを戻し、先の魔王だ。

部下に仕事を任せられる体制を唯一きちんと整えてはいるのでマシではある。

だが、ディザが数日仕事を休んだら自分と知らぬ魔王以外の領地で内戦が勃発すること間違いなしだ。

今は謀略や計略の真似事で何とか全地獄の平和を維持しているが、遊んでないで手伝って欲しい。

 

正直、自分でお茶入れる時間さえないくらい忙しい…

 

「お茶がなくなったな」

ディザはぼそっと呟いた。それこそ集中してないと聞き取れない程度の声である。

 

「ひ、ひあい!お持ちしました!!」

声が上ずっておかしな返事でお茶を差し出す部下。

これが美少女なら萌えるだろう。

 

だが、差し出した部下は筋骨隆々の男の鬼だ。

なお、鬼は種族特性でパンツやブラジャー等以外の服を着ると敏捷値が下がる。

他人の嗜好にケチをつけないディザはあらゆる種族が快適な服装で仕事をするように指導している。

——さらに男女差別は原則禁止だ。例えば先日のように女性にお茶くみを強制するようなことをしたらディザ直々に指導してあげている——

 

筋骨隆々の鬼がパンツ一丁で舌ったったったらずの幼子のような悲鳴を上げている。

 

気持ち悪い絵面である。

だが、遍く魑魅魍魎の全存在に優しい魔王ディザさんを自称するディザはそんな文句は言わない。

 

「ありがとう」

ディザは素直にニコリとお礼を言う。

本当は茶の濃さ等拘りがある。が、目の前の鬼はこの間「指導」したばかりの新人だ。

ディザは寛大な心で部下を許した。

 

ところが部下はその場で気絶した。

 

…普通にお礼を言っただけなのだが。

ディザは悲しかった。

 

倒れた鬼を別の部下が——この間、鬼にお茶くみを強制されていた女悪魔だ——即座に目の前の汚物を片づけにきた。

恭しくディザに頭を下げてからディザに新しいお茶を持ってきた。

 

「ありがとう」

ディザは素直にニコリとお礼を言う。

女悪魔は何故か感動した面持ちで、だがそれを隠すように丁寧な所作で部屋退出した。

 

部屋を出た後、何かに蹴りを入れるような物音がした気がした。

鬼を運ぶ時に何かぶつかったのだろう。

 

そう思いディザは業務を再開した。

 

 

このように糞忙しい。全宇宙の悪の魂を洗浄して送り返すついでにご飯とするような地獄の魑魅魍魎は拷問だけすれば良いと考えているような奴ばかりなのだ。

例外もいるし、母数の関係で人数だけみれば多い。だが、平和的に統治するためには程遠い。

かといって腕力で任せるわけにもいかない。

 

地獄にきてレベル1から何度も死に鍛え上げたディザではあるが、悲しきかな人間には強さの限界が存在した。

 

レベル100で打ち止めなのだ。そこからいくら鍛えてもゲームで言う経験値しか堪らない。

経験値消費系の能力があるので全く無駄ではない。

ディザの知る他の魔王はレベル80~90くらいしかない雑魚だが、強さという面では上には上がいる。魔王なんて中間管理職だ。

 

例えばこの地獄の頂点——ディザも五回くらいしか倒そうとしたことはない——はレベル4000もあるのだ。

もはや腕力でどうこうの次元ではない。

 

どうにかして内政の環境を整えて、地獄の頂点を早めに簒奪しなければ…

 

ディザは時間が欲しかった。

 

…端的に言えば、ディザは他から見れば大分頭がおかしい魔王であった。

 

 

 



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2.お前魔王クビな

地獄で魔王と言えば頂点みたいな風潮が地獄の住人にはある。

 

その証拠として魔王ディザ以外に他の魔王を止められる者が権力的にいないことが挙げられる。逆もしかりだが。

 

ディザも権力的には平等な同僚へは精々知られたくない性癖や黒歴史をばら撒くくらいしか嫌がらせができないでいる。悪魔かお前、辞めて差し上げろ。

 

だが、勘の良いカンビオンや長生きしたデーモン等はそうではないと知っている。

何故ならいくらディザが強くなったからと言って元人間の魔王。

——ディザも人間ごときに扱き使われて地獄で生きる者としてどうなのかと憤っている。お前が言うな——

 

ディザのこの増長を他の魔王が黙って見ているわけがない。

更に言えば魔王が二、三組めばディザは倒せなくもない。

ディザは分類上後衛。理論上は魔王が近接戦に持ち込めば倒せるからだ。

 

魔王が組む等という非常識を無視すれば貧弱なウィザード(かもしれない)は地獄の溶岩池の鯉のエサになるに違いない。

だが、ディザはその可能性を完全に無視して悪魔に自由と殺戮ではなく秩序と平和を求めてくる。大多数の悪魔達的にはふざけんな死ねである。

——最も、そういった者達はディザが日頃の憂さ晴らしとして経験値となるのだが——

横暴な絶対者である。まさに悪魔達の頂点として相応しい姿である。

 

話が大分脱線したが、何が言いたいのか。

つまり、魔王以上の何者かが存在していなければ魔王となる前にディザは潰されていたことに他ならない。

ディザが嫌いな混沌系悪魔達は媚び売っている金魚の糞と内心思っている。

実際は反逆5回もしている上にその内権力を簒奪すると公言しているのだが。

 

他の魔王は一人を除いて連座で殺されないか恐れている。

——なお、もう一人は喜んでいる。辞めろ、お前——

 

ディザはある意味、悪魔的なものとはいえ権威や秩序に歯向かう気満々の悪魔より悪魔らしい人間である。

 

そんなディザにも弱点がある。

どうあがいても強くなれずとも、弱いなら弱いなりに戦うつもりでいるディザでも地獄で人間として生き…死んでいる?過ごしている以上、絶対なければならない条件が一つだけ欠いているのだ。

 

「災厄神の災厄」Evil god of disasterと呼ばれている八大魔王の一人ディザ。

彼には誰にも話していない秘密が確かにあった。

というより地獄に来て最初の10年くらいはことあるごとに言っていたのだが、諦めて権力簒奪へ方針転換したので秘密した。

 

それは…

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

三方を全長が知れない程の城壁に囲まれた町には中世を忍ばせる数千も数万ともいえる建造物を廃墟が残る。城壁内には赤い切妻屋根の家々と聖堂が見えるがどれも崩れている。

 

十字架はねじ切れ、ハンマーは石にしかみえず、朱鷺の死骸はアンデッドとなっている。

存在する神々の聖印が全て悪意をもって表されている。

 

地獄にはこんな町はない。

というのも聖印は神の力であり、これほどの数の神々を冒涜すれば世界のバランスが崩れるからだ。

——ディザが真似しようとしたら悪魔達の三割が死にかけたのだから間違いない——

 

地獄にない町。いや、この世界はたった一人のために作られたものだった。

 

善性を司るのが白金の竜たるバハムートであるならば、その対。

絶対にして最悪たる名すら語れぬ冒涜者。

神々との終末戦争に備える「絶対にして至高悪」である。

 

ディザは勝手に超魔王(仮)と呼んでいる。

 

 

「お前、魔王クビな」

そんな姿形も認識できない——脳が拒絶する——おぞましい何かがディザに魔王クビを宣告する。

 

魔王を辞める。それは今まで魔王として権力で守られてきた者に取って死を意味する。

魔王として好き勝手やっていた恨みつらみは凄惨な形で返って来る。

魔王たちが無謀とはいえ、形だけでも天界への侵攻計画を毎度練るのは超魔王から魔王の資格を剥奪されないためだ。

 

——形骸化し過ぎてただの飲み会となっていることについて魔王辞める前に超魔王(仮)に報告した方が良いだろうかとディザは思った——

 

「わかりました。では、引継ぎがあるので失礼いたします」

ディザはあっさり了承して帰ろうとした。

相手はまだ上役なので恭しく丁寧に頭を下げて退出する。

 

…いつかそんな日が来るとディザは思っていたので動じない。

ディザだって育てた部下等気になることは多い。…いや、多すぎる。

だが、自分が消滅したりした時に備えて引継ぎくらいしてある。

勿論、十年くらいは混乱するかもしれないがそれも経験として成長してくれるに違いない。

地獄の頂点に立つ策はまだ幾らでも残してある。

 

超魔王(仮)が変なことしない内に帰って…

 

だが、

「いや、もう地獄へは帰れない。…それと先の飲み会について教えろ」

超魔王(仮)の言葉に初めてディザは反応を示した。

 

——本人の了承も取らずに心を読むのはモラハラだと——

 

ディザは、アメリカ映画で「おまえはクビだ!」と宣告されたサラリーマンがダンボールに自分の荷物を詰めて叩き出されるのをふと思い出した。

 

 

 



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3.神に仇なす神敵め!誅殺してくれる!!

フォーセリア大陸の西にあるリアス聖王国。

 

国の北には真祖のヴァンパイアの蛮族が支配する王国があり、西には黒い森を挟んでデスロードが支配するアンデッドの王国がある。

幸いアンデッドは生きる者全ての敵であるため、アンデッドと蛮族が組むという状況は有り得ない。

それでもどちらか一方だけでもリアス聖王国を抜けて来たら人類存亡の危機である。

 

リアス聖王国は人類を守るという国是の誇り高き国である。

蛮族やアンデッドの侵入を防ぐ最前線であり、そこに集う冒険者達は英雄を超えたといえるような猛者揃いだ。

 

更にこの国には「絶対正義」を掲げる最強のアレス騎士団が存在する。

 

アレス騎士団はアンデッドや蛮族等の神敵を誅殺することに生涯を費やすという誓いを秩序の戦神アテナに捧げていることで有名だ。

中でも騎士団長エリスは戦神アテナへの信仰が深くそれだけ恩恵も色濃い。

エリスの死後はアテナの善悪の最終決戦で戦う聖騎士の一人として召し上げられることがほぼ確定しており、天国と地獄の情報までアテナから直接聞いたという噂まである。

 

神に愛された聖騎士団長の存在はリアス聖王国の誇りである。

 

——エルフのエリスがアテナの下へ行くまでが人類絶滅までの残り時間、聖王国ではエリスが言えば黒いカラスも白になるというブラックジョークがあるほどだ——

 

つまりはああなるのも必然であったのだろう。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

黒い森の奥深くにはアンデッドの侵攻により破棄された都市の遺跡が存在する。

 

その地下奥深くのダンジョンで7人のローブに身を包んだ魔術師達が祭壇に捧げられたハイ・エルフの女性を囲んで詠唱していた。

 

皆が黒のローブを包む中で一人だけ赤のローブを着た魔術師がいた。

名をレイド・パラディクトという。

彼は魔術師ギルドの本部メンバーという立場でありながら人類を裏切り、アンデッド側についた魔術師だった。

 

否、レイドからすれば圧倒的な実力がある自分を正当に評価しない魔術師ギルドが先に裏切ったのだと言うであろう。

人格に問題がある等という感情論を振りかざす魔術師ギルドは魔術師として失格なのだと。

 

——特にハイ・エルフの、王族の護衛という大任を自分より格下の若造に奪われたことが我慢ならなかった——

 

だから、王族の護衛を皆殺しにし、弟子達と共にアンデッドになるための触媒にわざわざしてやると決めたのだ。

 

問題は弟子の一人が不始末をやらかしリアス聖王国に所在がバレ、更には儀式まで遅れが出ていることか。

 

だが、問題ない。残り1時間もあれば儀式は完成する。

それまでにこのダンジョンを潜り抜けることは不可能だ。

アンデッドの王デスロードから頂いた護衛達がこのダンジョンの通り道にいる。

噂に聞くリアス聖王国の騎士団長ですら勝てぬに違いない。

 

だから、焦ることはないのだとレイドは自分に言い聞かせた。

 

今まさに新しい人類の脅威が、邪悪が出でようとしていた。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

邪悪な儀式魔法を完成させるとレイドが意気込んでから1時間5分後、アレス騎士団長エリスとS~SS級冒険者達計5人はついにダンジョン最奥の扉までたどり着いた。

 

騎士団員達は強力な戦力ではあるがダンジョンという空間では邪魔になってしまう。

そのため、冒険者ギルドから派遣された英雄達だ。

魔術師ギルドが土下座して頼み込んでやってきた英雄達の強さはまさに一騎当千の勇者そのものだった。

 

先ほど戦った数千ものアンデッド召喚能力があるミニングレスとそれを指揮するアンデッドジェネラルとの戦いは伝説の英雄譚に相応しいものであった。

 

冒険者達は聖王国最強のアレス騎士団長エリスですら連携して戦われると負ける強さだった。

…だが、それを喜ぶ暇はない。

 

リアス聖王国の王女様が囚われているのも勿論ある。

だが、それと同じ或いは以上に厄介なのが、この先にいるのはレイド・パラディクトだ。

 

レイド・パラディクトは失われた古代の転移魔法ゲートが使えると言われるただ一人の大魔術師だ。

戦っているのはバレた可能性が高い。考えたくないが、逃げられた可能性もある。

 

ゲートがこのダンジョン内でも使えるものならば非常に不味い。

 

先のアンデッド達を倒したのは儀式を中断するに値すると判断して逃げるだろう。

テレポートならまだしも不明瞭なゲートを使われて逃亡されたらもう手掛かりはないに等しい。

 

その弟子達も自分達であれば問題ないが大陸中央部の国々の兵士では対処不可能だろう。

…対処可能なのはあの北東の「氷の女王」の国くらいか。

 

余計な事を考えていたとエリスは気合を入れなおした。

敵はすぐそこにいるのだから。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

ーエリス視点ー

 

盗賊が最短で扉に罠がないことを確認し、後方のエリス達へハンドサインを出す。

 

「扉越しに申し訳ないが話をしたい」

中から否、自分の後方から声が聞こえた。

 

しかし、後ろには何もいない。

 

「ああ、すまない。私より格上の盗賊だと思われるが…少々手荒だったからね」

中の自称盗賊は壁越しに盗賊に詫びるがこれはブラフだ。

盗賊が後ろから声をかけることができるとは聞いたことがない。

 

盗賊は驚いているようだ。一瞬だけ驚愕の表情が出た。

いくら最短で調べるため少々簡素化したとはいえ英雄級の腕前が悟られたことに衝撃を隠せないらしい。

 

冒険者の魔術師を見る。魔術師が頷く。これは魔法であると。

魔法での探知か。随分杜撰なブラフだと失笑しそうになるが、何かおかしい。

まさかとは思うが…

 

「…中で何をしている!」

時間稼ぎのブラフと考えたが何かおかしい。

一度だけ話を聞くことにする。

アンデッドを従えている以上、人類の敵ではあるが。

 

…まさか、裏切りの魔術師レイドとは関係ないのではないかと。

 

「大事な人がいるのであれば返そう。私は通りすがりの冒険者だ。

 罠とか完全に無視して部屋に来たら悪い魔法使いがいたので退治した」

あからさまな嘘だとわかる。

扉を開けると皆で頷き合う。

 

「話は最後まで聞きなさいと親御さんから習わなかったのかな?

 こちらとしても争いたくはない。

 だから提案だ。君達は大切な人を、私は帰り路を交換しよう。

 壁越しに互いに向き会いつつ時計回りに移動しよう」

…恐らくだが、わかった。

 

こいつは逃げ遅れたレイドの弟子の一人だろう。

だが、その事実に落胆するのも激高して襲い掛かるのもまだダメだ。

王女様がブラフの可能性が高い。

だが、ブラフ込みでもこれを無視して王女様が殺害されでもしたら…。

 

ここまで思考が誘導された。

王女様奪還のために、急いだせいで情報が不足していたこと。

杜撰なブラフで拙い嘘を混ぜて認識を歪ませ、王女様という最大のブラフを仕込んできた。

このわずか数秒のやり取りで、だ。

 

「…扉を開けるので交換しよう。異論は認めない」

こちらがどうするか考える前に扉を開けられる。

 

するとそこには、

「神に仇なす神敵め!誅殺してくれる!!」

エリスは思わず叫んだ。

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

このエリスの叫びには確固たる理由がある。

 

エリスは詳細不明の男が持つ杖を見た。

 

かの杖は天界の一般的な神が見れば文字通り我先構わず襲い掛かって来る物だった。

 

エリスはアテナの加護を受けた聖人である。聖人故にこの衝動には耐えられない。

 

なお、この杖をどこぞの魔王は便利な棒程度にしか思ってない。

何故なら地獄にいる普通の人間(自称)だったから。

——それは理由にはならない——

かの魔王にその認識を修正できるものはいなかった。

——だって、怖いから——

 

その杖、否、槍こそは『災厄神トラウィスカルパンテクウトリの槍』。

最高善たる星の象徴たる善のバハムートに背きし、災いの星の邪神の槍である。

そして、『災厄神の災厄』Evil god of disaster八大魔王の一人ディザたる証であった。

 

魔王と神が出会って戦わないわけにはいかなかった。

 

『本人』を除いて。

 



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4.転生したはずが蛮族に襲われた件

ディザは困惑していた。

 

地獄も天国も追い出されたディザは、仕方がなく輪廻の輪まで押し入っていた。

行く当てもない魂は地獄の管理者だったものとして法に反するためだ。

上に立っていた者が法を守らなければかつての部下達に示しがつかない。

 

ファッ〇ュー神!最後の最後にそう思ってディザは輪廻の輪へ飛び込んだ。

——最後の言葉が本当にそれでいいだろうか——

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

…ところが、ディザが目を覚ますとどこぞのダンジョン最深部の祭壇にいた。

見ればどう考えてもド腐れ外道な魔法儀式の真っ最中だ。

生け贄は古代エルフのようだ。

 

…不死に近い存在である古代エルフ。それを贄にやる儀式等ディザは一瞬で察した。

 

なので、取り敢えずローブの男女7人をボコボコにした。

 

具体的にはディザの姿の全容がわからぬ内にタイムストップ。

からの背後に周り込んで杖で殴って気絶させた。

——これが名高き魔王の魔法(物理)である——

 

気絶させて7人を亀甲縛りにしたところで、こいつらの言葉がわからないことに気が付いた。

 

…一瞬喋ったが多分「何奴!捉えろ!」的な感じだったと思う。

しかし、聞いたこともない言語だ。学匠として地獄では名高いディザもこれにはショック。

 

相当遠い異世界に来たようだ。

 

仕方がなく翻訳魔法タンズで現地語翻訳し、マインドクラックで首謀者と思しき赤ローブの男の記憶を調べようと試みた。

——なお、マインドクラックは洗脳系エロ同人が可能な覚えているだけでドン引きの外道魔法である——

 

その瞬間に冒険者達がやってきたのだ。大体十分くらいだ。

調べられたのは精々ここ数日の脅威に感じたこと。

印象に残っている断片しかわからない。大体二つだ。

①ハゲと不愉快な仲間達は冒険者と騎士だかに追われていること。

②レイドというこのハゲが極悪人だということ。

これくらいしかわからない。

 

結果、訳の分からぬまま事態が進んでこの有様である。

見目麗しかったであろう女騎士が初対面のディザに向かって野郎ぶっ殺してやる!である。

生まれてこの方何も悪いことしてないのに酷い。ディザはそう思った。

——おい、魔王——

 

…だから、突撃して来るエリスが何故いきなり襲い掛かってきたのかがディザにはわからない。

 

まるで突然巨悪に出くわしたかのようだとディザは思った。

——ディザは自分が魔王であったことを全力で棚上げしてそう思っていた——

 

幸いローブ共が起きた場合に備えて幻術とアイテムを併用して顔を変えている。

幻術見破られても問題ない二重の対策済みだ。

ここで逃げて後から人相書きが手配されるとしても無問題だろう。

 

それに、無詠唱魔法で矢除けや魔法防御等、古代エルフを保護している。

——ディザが無詠唱ではなく普通にハイ・エルフを庇っていたら流石に様子がおかしいと仲間がエリスを止めただろう。気が付かない紳士気取りである——

 

こいつらボコボコにしても全く問題ないな!

ディザは心の中でガッツポーズだ。

——本当に腕力で解決したがるこの男は一応魔法使いである。魔法使いとは一体なんだ——

 

そして、適当なローブの下っ端を奴…協力者として使う事にしようとディザは決めた。

ディザはレイドの記憶からほんの少し役立つ情報(ディザ目線)を読み取っていた。

——それは、ダイスでファンブルを出した可哀想な犠…幸運な人——

 

記憶にあった儀式に僅かに、だが反対していたレイドの弟子。

他に強く反対した弟子が殺されて、蘇生しないようにされるのを見て賛成に回った者。

その者の顔を記憶にとどめておくことにした。

 

雑魚一人くらい拉致っても問題あるまい。

後でこいつから異世界について聞き出し、ディザの奴…案内人として協力して貰わねば。

我ながら素晴らしいアイディアだとディザは自画自賛した。

——…哀れな被害者は地獄随一のサディストに目をつけられた——

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

先ほどの回想は大体三秒程の出来事だ。

 

——聖騎士エリスが襲い掛かって来た!——

 

そして、エリスのコマンドは自動決定だ。

 

「神に仇なす神敵め!誅殺してくれる!!」

エリスがディザに切りかかる。

殺意満々な上段切りだ。

 

ディザは思わず叫ぶ。

「話を聞かぬ蛮族め!」

ブチっとエリスから何かがキレる音がした。

——ディザからすればただの喩だが、蛮族絶対ぶっ殺すウーマンは激怒した——

 

思わぬ攻撃に反応が遅れたディザは肩辺りにきた剣を杖で受け止める。

そしてディザは剣を受け止めてから気が付いた。これはただの脳筋ではない。

 

「フッ!」

その瞬間、エリスは剣先を時計回りに巻き付けるようにディザの喉の辺りを突き刺そうとする。

 

ディザは杖を上方へ軽くズラした。エリスは剣をディザから離すと見せかけて下から腕を切り落とそうとしてきた。

この返しを予測していたディザは杖を思いっきり下へ叩きつけて剣を躱す。

 

「…フェイントか!」

エリスはディザの叩きつける衝撃を利用して斜め後ろへ回避する。

だが、腰を落として一瞬の間が見て取れた。

 

「天辺切りとは…ただのバーバリアンじゃないな」

ディザはいきなり感情で切りかかって来たように見えた蛮族(エリス)への評価を上方修正する。

先ほどのウィザード達とは次元が違う。

 

ディザは叩きつけた杖を下から斜め上へ流れるように体と共に動かし、杖をエリスへ叩きつけようとした。

 

すると、ディザは殺気を感じた。魔法じゃない攻撃だ。

 

ディザは体を止めて敢えて杖の勢いを増すことで杖を回転させる。

まるで丸い盾のようになるように回転する杖。

二発。銃声の音と何かが跳ね返る音がした。

 

「な…!杖で弾いた!」

驚愕する声がダンジョン奥深くで響き渡る。

 

だが、ディザはそれ以上に驚いた。

 

「魔法の銃だと!」

地獄でもない技術。しかも魔法。魔法と機械文明の融合の技術。

しかも、銃を扱うのは良く見れば女性型のアンドロイドだ。

 

——ディザが超魔王(仮)対策案としてあった“完成品”がずっと弱い物とはいえ既にあった。さらにはホムンクルスとは違う機械人間の存在——

 

ディザはこの推定異世界の脅威度を上げる。

 

「ファイヤーボール!!」

巨大な火玉がディザだけを狙って襲い掛かる。

 

だが、

「レベル50程度の花火が効くとでも?」

ディザは無詠唱のディスペルマジックで火玉を相殺する。

 

ここまでのディザと仲間の冒険者達の攻防を見て、ディザに仕掛けようとしていた推定盗賊と神官が止まる。

どうやらディザと格の差は一応わかったようだ。

 

戦闘を辞めて五体投地で靴を舐めるくらい誠意を見せてもらいたいとディザは思った。

——なお、ディザは本気でそう思っている。サディストである——

 

「そんな馬鹿な!エリス様と打ちあえるマジックキャスターだと!!」

火玉を放ったウサギみたいなのが叫ぶ。

何だあれは。非常食か。

この世界では非常食が戦うのかとディザは興味深々だ。

 

ウサギの叫びはどうでも良いが、ディザはこの五人の強さを把握した。

大体レベル50~60程度だ。一応、エリスだけちょっとだけ強い65くらいか。

 

本気でやれば魔法で吹き飛ばせるがそうはいかない。

誘拐犯と間違われて殺しましたのでは目覚めが悪い。だが、誤解は解けそうにもない。

かといって、ディザは近接戦をここ10年以上の書類仕事のせいでやっていない。

 

先ほどの魔術師連中のように一撃で気絶させる戦術は一応ある。

だが、この五人だと一人一人それを行うとなると魔力消費量が馬鹿にならない。

ダンジョン出たら、レベル100いましたとかあったらこちらがヤバい。

普通の魔法では魔法抵抗力がどの程度かわからない。下手すると殺してしまう。

 

…ゲートもできない。あの魔法は把握している場所じゃなきゃ転移できない。

この世界はダンジョンしか知らない。転移魔法を土壇場で試すのもおっかない。

 

ディザは、これどうしようと悩んだ。

殺さないでかつ切り抜ける方法だ。

 

…ふと、ディザは最高の解決策を思いついた。

 

殺して復活させて記憶弄って放置で良くね?

——なお、本気である。鬼畜かこいつ——

 

ディザの不穏な雰囲気に身構える冒険者達。

今まさに慈悲なき刃(杖)が罪なき冒険者に振り下ろされそうなその瞬間。

 

「うーん…はっ!逃げないと!」

黒いローブの救世主——ディザの奴隷候補生筆頭——が目を覚ましてしまった。

 

 



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5.流れ星(閲覧注意)

黒い森を超えた先にあるデスロードが支配するアンデッドの王国シドゥ。

人類は勿論、蛮族すら忌避する太陽が昇らぬ国だ。

 

草木が枯れ落ちた廃城跡は見るだけで生理的な恐怖に侵される。

死と暗黒のデスロードが住まう城、寝物語で語られる忌むべきアンデッドの極夜郷である。

 

寂れた天井のない玉座の間にはレイス、デュラハン、ジャイアントゾンビ等多種多様なアンデッドで埋め尽くされていた。

さらには宝を守るように王座をドラゴンゾンビが囲んでいる。

だが、その玉座に座るのはこのアンデッドの国の王デスロードである。

 

デスロードは魔法的繋がりを失ったことを察する。

そしてその繋がりが途絶える前のジェネラルからの通信魔法メッセージ。

全てを悟った。

 

「そうか。レイドは失敗し、ミニングレスとアンデッドジェネラルが消滅したか…」

人間の英雄達が自らの配下を滅ぼしたという報だった。

 

デスロードの声は落ち着きを払っている。

一見すると部下の死を悼んでいるように見える。

だが、違う。

 

「フフフ…ハハハッ!…ハハハハハハハハッ!!」

デスロードは笑いが込み上げて仕方がないのだ。

 

「これから聖騎士エリスが国へ戻った時、人類はこう思うだろう。

 英雄が強大なアンデッドを倒した!アンデッド等恐れるに足らず!」

アンデッドを侮辱するような未来予想図を語るデスロード。

だが、無いはずの目が爛々と輝くような様子である。

 

一瞬の間、そして呟く。

「戻れれば…な」

デスロードは最初からレイドが成功しても失敗しても問題なかったのだ。

 

「…あの魔術師ごときに我が配下を授けたのは翻意を翻さぬようにするためだ。

 何故、同胞たるアンデッドでもない人間の魔術師風情にあそこまで肩入れするのか」

デスロードはこれ待っていた。

 

だが、自分以外には話さなかった。

同胞たるアンデッドジェネラルにすらも、だ。

精々、誰かダンジョンに入ったら報告せよ程度にしか伝えていない。

 

このデスロードの冷酷さに異を唱える者は玉座の間に誰もいない。

主たるデスロードが払う犠牲は全て大義のためであると知っているから。

 

「ハハハ!王女奪還のためには国が率先して動かねばな!

 冒険者が解決などしてみるがいい。聖王国は王女を冒険者に任せた。

 …これは国として面目が立たない。国からも人を出さねばな!」

デスロードは愉快で仕方がない。

 

国が動かなければ王女は死にレイドという戦力が増えるだけだ。

冒険者では絶対にアンデッドジェネラルに勝てないとデスロードは確信していた。

 

それだけでも部下を一時動かすだけの価値はあった。

強力な敵が減り、逆に味方は増える。一石二鳥だ。

 

だが、デスロードが敗れる可能性が一つ。

それが計画の真の狙いだった。

 

「最初から計画通りだ。レイドという魔術師が黒魔術に興味を持つのも。

 プライドが肥大化し怨嗟を生み出すのも。…人類を裏切るのも」

長い偽りの命を燃やすアンデッドの王はいつの世も愚かしい生者が現れるのを知っていた。

その時々の生者の傾倒から類推し、どうすれば行動を誘導できるのか。

 

それくらい学ぶ機会も教材もいくらでもあった。何せ永遠に存在するのだから。

 

「…全ては我が計画通りだ」

デスロードはニヤリと口を歪ませる。

 

「聖騎士エリスはダンジョン奥深く!我が配下を止められる者はどこにもいない!」

数日間のエリスの確実な足止め。これだけが目的だった。

 

デスロードをして、長い偽りの生からしても異常な程強い存在がいた。

聖騎士エリスだ。

 

デスロードが軍を整えた攻め込む時期に、神が不正を働いたようなタイミングで現れた。

エリスの死を待っている?…エリスが子を産み、第二のエリスが生まれたらどうする。

氷の女王とかいう中央部に現れた改革者の存在もある。

 

味方であるはずの『時間』が敵になった。

だから、ここまでお膳立てをしてやった。

そして、今が狩り時である。

 

「我がシモベ達よ!今すぐ聖王国を攻め滅ぼせ!」

デスロードは玉座の間から叫ぶ。

 

「「「「「ウオオオオオオ!!」」」」」

玉座の間の全ての魑魅魍魎が叫びに答える。

 

それはまさに死の咆哮だった。

 

 

…そう、デスロードの策は完璧だったのだ。

 

「…こんなことだろうと思った」

地獄の魔王——イレギュラー——がいなければ。

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

ローブで体を隠した少女がいた。

否、いるのだが誰にも見えずにそこにいた。

某魔王に渡された姿が見えなくなる魔法のローブのお陰だ。

 

魔法のローブで身を包んだ少女の名はミリエル。

 

ついさっきディザにお前らの本拠地はどこか思い出せと言われて、気が付いたら転移していた15歳の少女だ。

——少女に洗脳系同人可能な外道魔法使いやがったよあの男——

 

ミリエルの種族はナイトメア。タビット以外の人類から稀に生まれる種族だ。

彼女ミリエルは蛮族で滅ぼされた村出身だ。

ナイトメアは普通の生まれながらに鬼のような角が生える等異常がある存在だ。

そのため、ナイトメアは人より蛮族に近いと言われる。

 

幸運なことにミリエルの生まれた村ではナイトメアへの迫害はなかった。

極めて善良な両親と村の隣人達に囲まれてミリエルは生まれ育った。

 

だが、村が滅んだ後、ミリエルはこの世の地獄を見た。

 

余所者のナイトメアは凄惨な迫害を受けた。

理由は蛮族に与して自らの両親を殺した人類の裏切り者等々だ。

不満の捌け口として何から何までミリエルが原因とされた。

…勿論、そんなわけがない。

 

そのような日々を過ごす中で幼き彼女は迫害の中で力を求めた。

これは決して復讐というものではない。

何故なら人間の善性をミリエルは知っていたからだ。

自身の両親に村の皆、思い出がミリエルをどうしても狂わせなかった。

 

それ故にミリエルは自分が至らぬためだと自身へ言い聞かせ耐え忍んだ。

ミリエルは心が折れそうになりながら、心を削り取られながら必死に生きた。

 

そして魔術師ギルドに入り、『力』こそ至上とする魔術師レイドの弟子となったのだ。

…誇れる自分が欲しいから。

 

だが、数々の迫害を受け、骨身に染みた性根は中々治らなかった。

暴力から逃れるためには、ミリエルは卑屈な生き方にならざるをえなかった。

——だが、これは時間をかければ問題なかった。絶望の淵で立ち上がる勇気を持つミリエルならば——

 

しかし、そういった精神がミリエルに育つ前に師レイドは人類を裏切った。

さらにはレイドに反対した親しき兄弟子の死。

 

ミリエルはここで心が折れてしまった。

 

自身がどう足掻こうとも人の世は自分を裏切るのだと。

神に祈っても何を縋っても、自分が欲しくて足掻いても…

 

だが、ミリエルは知らない。

 

最後まで報われぬ人生を歩もうとも決して諦めなかった人間の可能性を。

死してなお地獄からをも幾億も這い出た精神の化け物にして気狂い。

物語にしては荒唐無稽な地獄の元魔王ディザの名すらまだ知らなかった。

——なお、決して善良な人格者ではない——

 

ミリエルの目の前に漆黒の楕円が現れる。

ミリエルは知っているこれは師レイドが使っていたものと同じ転移魔法ゲートだ。

 

「さて、…ミリエルよ」

ディザはゲートで待機していたローブで身を包んだミリエルに呼びかける。

姿を隠すローブ等意味をなさないと言わんばかりに直視する。

 

「ハ、ハイ!!」

見るからに死にたくないですと叫びそうな少女ミリエル。

——経緯からすれば当然である——

 

「花火というものを見たくはないか?」

ディザは『優しい』笑顔でミリエルにそう言った。

 

少女の記憶を僅かだが『見てしまった』ディザはデスロードに対して激怒していた。

知らぬとは言え雑な策謀擬きで可能性を奪った。ディザのそれはただの八つ当たりだった。

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

その日、フォーセリア大陸西部の黒の森の外れに流星群が直撃した。

アンデッドの王国シドゥの首都極夜郷が存在すると言われる辺りだ。

数日森は焼かれ、大地の震えは収まることの無いように思える有様だった。

 

森火事が治まった後、冒険者ギルドから派遣された冒険者達が黒い森から先の跡地で見たのは何もない高野だった。

 

 



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6.悪魔

死の国に流星群が降り落ち、黒の森が炎上する。

 

そんな中、奇妙な光景があった。

 

流星群が降り注ぐことはない。

そこだけ月夜すら見えるくらいの平静に包まれている四方25㎡の空間が存在した。

 

その異様な光景もさることながら、そこには一軒の家屋が見受けられた。

 

否、豆の蔓が家屋のような形に絡み合っていた。

四角に形成された蔓の中は空洞であり、そこには二人の人間がいた。

さらに、どこから持ってきたのだろうか簡素な石でできたテーブルと椅子が置かれていた。

 

一つの椅子に座るのは縮こまって困惑した様子の角の生えたナイトメアの少女ミリエル。

顔は蒼白でありまるで死を待つ死刑囚のようである。

 

絶望の象徴であるアンデッドの国シドゥが壊滅していくこの光景を悪夢というべきなのか。

ミリエルは思わず現実から逃避し、そのようなことを思っていた。

 

ミリエルは古代魔法を習熟した一端のウィザードである。

師レイドのような超一流に及ばずとも国等であれば準精鋭であろう自負がある。

だから、見たことはないがこの魔法の正体を自分の知識から類推していた。

 

この魔法はおそらく最高位古代魔法メテオ…だと思う。

だが、規模が違い過ぎる。

そもそも知識の習熟よりも実戦での力を求めたミリエルでは検討もつくはずがなかった。

しかし、これだけはわかる。

目の前の男性の桁が外れた力というだけでは済まされない存在であるということだ。

 

…機嫌を損ねたら死ぬ。ミリエルは泣きそうだった。

 

一方、机を挟んで向かいの椅子に座る男はそんな少女の様子を気にも留めていないようだ。

ミリエルも知っている魔術の本を読んでいるようなのだが、少し顔を顰めている。

 

「さて、空気が悪い。気分を変えるとするか」

そう言って、男が自身の手提げ袋に手を入れる。

 

手提げ袋から陶器の水差しとガラスのコップが取り出される。

どう考えても容量以上の物が取り出される。

 

だが、ミリエルはそれ以上に取り出された物に驚いた。

陶器はルビー、サファイア等の宝石で彩られ、ガラスには色鮮やかな装飾が施されていた。

どこかの大国の王族でもなければこのような物は持てないだろう。

 

ミリエルは財と力を持つ男性が何者なのか聞きたいが、怖くて聞けない状態でいた。

 

怯えるミリエルを見て男が言った。

「今、水かワイン、マヨネーズと酢があるがどれを飲みたい?オススメはマヨネーズだ」

男はにこやかな顔でそう言った。

 

「はい!マ、マヨネーズでお願いします!」

反射的に答えるミリエル。

 

男が陶器のルビーに触れたと思うと、陶器からグラスへ何かが注がれる。

…ミリエルへ並々と白い粘液状の物質が注がれたグラスを手渡す。

 

「さあ、飲みたまえ。君はマヨネーズを常飲するのだな。覚えておこう」

にこやかな笑顔で戯言をぬかすこの男の名はディザ。

 

地獄の八大魔王の一人にして黒の森の大惨事を引き起こした人の形をした災害である。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

「う…うぐ…」

泣きそうな顔でマヨネーズを飲み切ったミリエル。

 

ミリエルは水を頼めば良かったと全力で後悔したが、怖くて頼めなかった。

——ミリエルがマヨネーズを知らないだろうと思惑が成功してディザはご機嫌だ。糞である——

 

「さて、冗談はこれくらいにしてこれを飲むと良い。

 ハッキリ自分の意見を言うことの大切さを学んだようで私は愉し…嬉しい」

ディザは陶器の水晶に触れ、もう一つのグラスに並々と透明な液体を注いだ。

 

ミリエルへグラスを差し出す。

 

「…」

ミリエルは水が欲しいが、ディザの差出したこのグラスは本当に水なのか怖くて飲めない。

 

「そうか…。私は信用されていないのか悲しいな…」

あからさまに私悲しいですと言わんばかりのディザ。

 

「い、いただきます!!」

機嫌を損ねたら死ぬ。そう思ってミリエルは一気にグラスの液体を飲み干した。

 

すると、

「…水だ!」

ミリエルは水であったことに驚く。良く冷えた普通の水だった。

 

だが、この状況では神の甘露であった。

 

「私をなんだと思っているのかね」

ディザは若干ご機嫌な斜めなご様子だ。

 

「す、すみません!!」

全力で謝るミリエル。

頭を下げる勢いで風が起こりそうだ。

——いや、謝る必要ないから——

 

「私は寛大で慈悲深いといわせ…言われている。何、気にすることはないよ」

ディザはミリエルの謝罪で機嫌を取り戻したようだ。

——ディザはこれで場の空気を和ませたと思っている。とんだパワハラ野郎である——

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

——ミリエル視点——

 

「私の名はディザ。元八大魔王と呼ばれる役職にいたウィザードだ。

 色々聞きたいことがあるだろう。質問を許そう」

目の前の男性はディザというウィザードらしい。

質問と言われてもすぐに思いつかない。

 

何故、こんなことをしたのか色々聞きたいが地雷踏みそうで怖い。

まずは、無難な質問に…「って!!魔王!?」

 

「魔王というのは地獄の悪魔を統括する役職だ。他には?」

さらっと流されて次を促される。

 

「す、すみません!」

言葉に出ていた!ヤバイヤバイヤバイ…

 

地獄、悪魔…うん。納得しかないわ。

 

変なこと言いそうだから今のは聞こえなかったことにしよう。うん。

後は、ええと。

 

「す、素敵な水差しですね、どういう仕組みなんですか?」

さっき死ぬかと思ったが。

 

「これは地獄ではメジャーな水差しだ。私の元領土の輸出品としても有名だった。

 地獄は鉱石だけはやたらあるから君が思う程価値はおそらくない。

 それぞれの宝石に液状の物を収納する魔法があり触れると出てくる。

 例えば水晶なら水、ルビーならマヨネーズと言った具合だ」

凄い。凄いのだが、何故『まよねーず』なるものを入れたのだろうか?

 

…もう飲みたくない。これも違う。

 

「ええと、この家?は何ですか?魔法ですか?」

土に豆を蒔いたかと思えば凄まじい勢いで成長した。

10秒程度で家屋になった。魔法ならば凄い便利だと思った。

 

…すぐ隣で極夜郷が燃えるのを綺麗な花火と大笑いする魔術師にとても聞けなかったが。

 

「イビルビーンズという。仮設のテントみたいなものだ。

 かつて地獄の四分の一を壊滅させた地獄の植物を私が品種改良したものだ」

…凄いのだが、地獄を壊滅させたとかはともかくそんな危険なものを

 

「全部処分されなかったのでしょうか…」

思わず声に出てしまう。

…不味い!

 

「…ハハッ!」

あっ、これ聞いちゃいけないやつだ。

 

…何故か、先ほどから口が妙に軽くなる。

気を引き締めなければと顔を軽く振る。

 

「とはいえ、便利だろう?お陰で植物によって壊滅させ…した地域では売れに売れた。

 今でも地獄の生活保護の支給リストにあるくらいだ」

今、壊滅させたとか言わなかっただろうか?

聞かなかったことにする。

 

「生活保護とはなんですか?」

話題を変える。私は何も聞かなかった。

 

「私の元領土は悪魔の権利が認められている。その中の権利の一つだ。

 …簡単に言うと教会の孤児院等の代わりに物品の支給や職業訓練等を行う機関だ」

何だろう。地獄の方が現世より良さそうに思えてきた。

 

地獄とは一体…

 

この時、ミリエルは無自覚に地獄の存在とディザが魔王であると受け入れていた。

 

——感覚がマヒしたともいう——

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

その後、ミリエルはあれこれ聞いてみた。

だが、大よそ規格外の非常識というのしかわからなかった。

——隙あらば嬉々として相手の嫌がることをするサディストでもある——

 

想像以上に親しみを覚えるようなお方だ。

そう思わせているのかもしれないが…

 

突如、空気が変わるのを感じる。

…目の前の人物から有無を言わさぬ覇気を感じる。

 

「では、私からも質問をしよう。ミリエル。

 このままだと君は死刑になるが、どうする?…帰るなら送っていくが」

思わず固まるのが自分でもわかる。

 

沈黙が返事と受け取ったようで話が続けられる。

 

「言っておくがどう足掻いてもこれは変わらん。

 魔法儀式やら古代エルフの拉致やらその他諸々…。

 君の選択し、それらに加担したという事実は変わらない」

目の前の魔王の言うとおりだ。

確かにそう言われて否定できない。

 

…だが、どうすれば良かったのだ。

 

断ったら死ぬ状況だった。

反対すれば、見るも無残な肉片に変わっていく兄弟子。

賛同するなら肉片を灰になるまで燃やすように言われ、

 

私は…

 

「ゔっ!」

思わず口を押える。

目じりに涙が溜まるのを感じた。

 

「リムーヴ・ディジーズ」

魔法が私に降りかかる。

…吐き気が一瞬で収まる。胃のムカつきすら感じられない。

 

心なしか落ち着いたとすら思う。

 

私の様子を確認したのか話が再開される。

 

「…そこで話は変わるのだが」

現実を突きつけた上で、逃げ道の無いことを改めて示す。

…言いたいことがわかった気がした。嫌な予感しかしない。

 

「私はここまでの和やかなやり取りの通りほんの少し常識に疎い」

そうですね。思わず頷きたくなるのをぐっと堪える。

 

「そこで一人。奴隷…もとい良き協力者が必要であるのだ」

こういう存在を私は幼き日の寝物語で母から語られたことがある。

 

これはまるで…

 

「ああ、なんということだ!…君、そんな良き隣人に心当たりはないかね?」

——悪魔だ——

 

 

 



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7.今後の方針

ディザは奴…協力者となったミリエルからこの世界の様々なことを聞き出した。

——可哀想な被害者はぶっ続けで捲し立てられた。休み等ない——

 

ディザが聞いたことは一般常識。

この世界の国、宗教、政治、職業果ては芸能に至るまで様々だ。

そのお陰で大分齟齬がなくなったとディザは満足気だ。

今後を見据えた方針もディザの中で固まった。

——ミリエルは全く考えていない。考える暇がなかった。ディザは自己中である——

 

今後に備えた意識共有が必要だとディザは考えた。

 

ディザ的に問題なのはミリエルが魔法に偏った知識であるということだ。

魔法への探求で見識が狭くなるのはどこの世界でも同じかと思った。

 

だが、魔術師としてならともかくディザの奴…協力者としてはいただけない。

 

聞けばミリエルの元師レイドの実力主義は魔法に特化したものであった。

ミリエルは優秀で魔法そのものよりもどちらかというと実戦の力を重んじる。

ミリエルの価値観の修正は容易だろうとディザは判断した。

——他者の価値観を尊重しない。腕力で地獄の悪魔達を圧政していた横暴なる魔王らしい結論である——

 

故に、ディザはミリエルに講義してあげることにした。

余りのミリエルへの優遇っぷりに彼女が感涙して五体投地し出さないか心配な程だ。

——そんな奴はいない——

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

流石にミリエルを休ませて翌日。

ディザは早朝にも関わらずミリエルを叩き起こして今後の方針と称して席に座らせる。

どこから取り出したのか小さい黒板のようなものまで用意されていた。

 

起こしたミリエルとの適当な応答の後、話が始まる。

 

「結論に至る前に二、三話してからにする。故に聞くように」

ディザが何故、結論を言わないのか。

それは、ミリエルにこれするぜ!と言ったら『はいわかりました』となりそうだからだ。

完全なるイエスマンはディザはいらない。

——かといって、反対するとオシオキだ。凄く面倒臭い——

 

「私の使える魔法に4、50人の宿舎を創造できる魔法がある。これをどう思う?」

ディザはとりあえずミリエルとの共通言語である魔法で例えて説明することにした。

 

ディザからすればこの魔法は少し考えれば問題のある魔法だ。

ミリエルも実戦に携わるものならばディザが求める答えを答えられるはずと考えていた。

 

「す、凄い魔法だと思います!」

ミリエルはそう答える。

 

ディザはそっとマヨネーズの入ったグラスを置く。

ミリエルは顔面蒼白だ。

 

ミリエルのこれを飲めというのかと言わんばかりの表情を無視してディザは話を続ける。

 

「もう少し考えて答えるように。これが使えるのは戦争や災害時くらいだ。

 君がこの魔法覚えたとして使い道があるか?土地の権利やら何やら…無理だろう?」

ディザは話していてミリエルは法関係に疎かったかなと思いなおした。

 

更に言えば、ディザは先ほどの問では聞き方が悪かったかなとも思った。

『どう思う?』だと『凄いです』という感想しかないのも仕方がないかな、と。

——なら、マヨネーズを下げろ——

 

マヨネーズから目を離してディザの話を真剣に聞くミリエル。

マヨネーズに目を向けるディザ。

 

ミリエルは即マヨネーズを飲んだ。苦しそうだ。

 

ディザは話を続ける。

 

「魔法はあらゆる分野で応用可能だ。だが、個でみればこれほど不完全なものはない」

ディザはそうあっさり魔法を否定した。

 

ミリエルはディザ程の魔術師が魔法を否定し出したことに衝撃を受けたような顔をする。

 

師レイド等は魔術の探求がどうこうと魔法を万能視していた。兄弟子達も自分も、だ。

 

魔術師とは程度の違いこそあれど魔法を否定する者はいないという常識が否定される。

——こいつは使える物なら何でも良いだけだ。真に受けてはいけない——

 

「例えば私が知る魔法にエルフが使う食用植物の感知魔法がある」

ディザがそう告げるとミリエルは興味深げだ。

だろうな、とディザも思う。この魔法は効果だけ聞くだけだとかなり便利だ。

 

「日常でも役に立つし、冒険者なら食費が浮く素晴らしい魔法だ。

 だが、エルフにしか使えない」

ディザは思い返す。汎用性がなさ過ぎる実用に長けた魔法の存在を。

 

この魔法はエルフの感覚を高める魔法であるため人間には意味がない。

だが、そこまで話すと魔法体系の違いから説明しなければならなくなる。

ディザは省略した。

 

「正直、エルフでない人間なら植物図鑑でも買った方が何千倍も役に立つだろう?」

ディザはミリエルの反応を見る。

 

ミリエルはふむふむと聞き入っている感じだ。メモまでし出している。

だが、反応がないと説明している側からすると伝わっているのか判断し辛い。

違う世界の魔法等より身近なもので例えることにした。

 

「魔力を使う光源魔法ライトもランタンの方が魔力を温存できたりする。

 更に言えば、ライトを覚えるよりランタンの使い方を覚えた方が楽だろう?」

ミリエルを見るが納得しているようだが、疑問もあるようだ。

 

ディザはミリエルに目線で質問を促す。

——というか、しないと怒られる——

 

「し、質問ですが、ライトならば程度の低い物ならば子供でも覚えられます。

 汎用という意味では先ほどの例と当て嵌まらないのではないですか?」

ミリエルはディザの目線の意味を感じ取ったのかおどおどしながらも答える。

 

ディザはミリエルを優秀な生徒だと思った。

人によっては重箱の隅を楊枝でほじくるようだという者もいるだろうが。

 

だが、ディザが今回取り上げているのは汎用性の話題ではない。

少々話が脱線し過ぎたかとディザは反省する。

 

「最初に挙げたように今回挙げているのは魔法の個としての不完全さだ。

 だが、良い指摘ではある。水を挙げよう」

喉が渇いているだろうミリエルのことを思いやってディザは水の入ったグラスを差し出す。

 

「あ、ありがとうございます!」

ミリエルはディザに褒められてとても嬉しそうに喜んでいる。

——DV野郎に騙されてはいけない。そもそもマヨネーズを飲ませたのはディザだ——

 

ディザはそうだろうと頷いて話を戻す。

 

「今回言いたいのは魔法が汎用性ではなく応用を主とした学問であるということだ。

 環境に適合して魔法はそれぞれの国で進化している。

 砂漠なら渇きを癒し、雪国なら暖を求める等だ。使う側の環境に応じて発展している」

これはディザの学匠としての結論だ。

 

ディザは地獄の魔王として色んな亡者から話を聞くことがあった。

大概の魔法のない世界では時代が進むと科学が発達し、それ以外では魔法が発達している。

無論、例外も存在するが。

 

ミリエルは学徒として好奇心が刺激されているようだ。

——ディザの流星群のせいで従来の価値観が壊れたせいでもある。ミリエルの状態は不幸な時に悪質な宗教に嵌ったようなものだ——

 

「…話が長くなった。故に、私が出した今後の方針。その結論だけ言うとしよう」

ディザは当初の目的を端的にミリエルに言うことにする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私は冒険者になりたいと思っている。そのために今後は動くことにする」

ディザはミリエルへそう宣言した。

 

話は終わりと言わんばかりにディザは使わなかった黒板を回収し始めた。

さらに手提げからパンを出す。朝食のようだ。

 

一方のミリエルは脈絡がないディザの結論に呆然としている。

——魔法はどこへ行ったお前——

 

 

 



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