もうひとつのソラ (ライヒ)
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第一章 他愛のない日常と少女の日記
第一話 前編「晴れ・今日はつなに家庭教師が出来ました。」


にじファンからの転載となります。

改稿完了


 

 

 

 

 

 イタリア。ヨーロッパにある半島で、長靴型の形をしている。人口はおよそ六千万人、首都はローマで、現在EU加盟国である。普段はきれいな風景で多くの観光客を集める観光名所も多い。……問題と言えばスリや犯罪が少しだけ多く、治安の面で心配な所か。

 

 そして、この国には裏の顔がある。

 

 裏の社会において絶大な力を持ち、時には国家さえも影から動かすことができるほどの組織、マフィア。イタリアはそのマフィアの総本山のような場所という、とてもデンジャラスな一面も併せ持っていた。

 そのイタリアにて、事情を知る裏の人間達が集まる吹き溜まりのような場所に、一人の赤ん坊がやってきていた。仕立てのいい黒いスーツに帽子、その上にはなぜかカメレオンが乗っている。そんな彼が店に入ってきた途端に、荒くれ者たちの視線が集中した。

 彼の名をリボーン。

 見た目は小さな赤ん坊だが驚くなかれ、こう見えても裏社会では一大マフィアのボスに一目置かれている存在である。

 

「リボーンか……。しばらくぶりだな、今日は何の用事だ? またオヤジからの呼びだし……だろうな。おまえはオヤジのお気に入りだからな」

 

 その中の一人がリボーンに話しかける。ちなみに、「オヤジ」とは簡単にいえばマフィアのボスの事。彼らの親しみと敬愛の念、そして忠誠心と信頼を込めた最上級の呼び名だ。

 

「ああ」

「何飲む? あんただったらツケでいいぜ」

「エスプレッソ。今日は仕事だからな」

 

 注文を聞きに来たマスターに何故かバーなのにコーヒーを頼みながら、男の問いかけにリボーンはそげなく返す。そしたらその男の隣の席に座っていた別の男が幾分からかいの感情を含めて問いかけた。

 

「あいかわらず、人気者はつれぇなー? んで、今度はどこだ? ローマ? ヴェネチア?」

 

 イタリアにある主要な都市の名前を羅列した男に、リボーンは一言。

 

日本(ジャッポーネ)だ」

 

「!!」

 

 ざわり、とその一言を口にした瞬間、周りの空気が総毛立つ。日本、彼が口にした言葉には、それ相応の重みがあった。

 

「なに……!」

「オヤジの奴、とうとうハラ決めやがったのか……!」

 

 ざわ、ざわ、と波紋のように騒ぎは広まる。声は反響し、跳ね返り、満たしていく。

 そして声の洪水の中、リボーンはポツリと。

 

「長い旅に、なりそうだ」

 

 そう呟いた。

 

 

 

 

 

第一話 前編「晴れ・今日はつなに家庭教師が出来ました。」

 

 

 

 

 

「桃凪ー、パス行ったー!」

「え、あ、うん」

 

 ふわりと飛んできたボールをこれまた軽く味方に飛ばす。流石に選んで飛ばせるほど器用ではないので、かなり適当だ。

 今は体育の時間、今日はバスケなのだが、男子と女子に分けてやるのは学校の恒例だろう。

 彼女、沢田(さわだ)桃凪姫(とうなひめ)は運動が得意というわけではなく、むしろ苦手な部類に入る。そんな彼女にとってこの時間は正直言って退屈以外の何物でもなかった。

 まぁもっとも、あちらに比べたら失礼な話なのだろうが。

 飛んでくるパスに悪戦苦闘しながら桃凪が見た先、そこには。

 

「ツナ! パスパス!!」

「えっ!? う、うわ……! ぐぇっ!?」

 

 ふわふわと逆立った癖っ毛が特徴の琥珀色の髪の少年……彼女の双子の兄である沢田(さわだ)綱吉(つなよし)が、ボールを顔面でキャッチしている所だった。

 桃凪は何でも出来るというほど万能でも天才でも無いが、それでも人並みには出来る方だ。しかし、ツナはまったくと言っていいほど取り柄も長所もない。勉強もダメ、運動もダメ。ついたあだ名が『ダメツナ』。

 しかも本人がそれを自覚しているのに直そうとしない所がなお(たち)が悪い。ゆえに周りの人間はどうにかしようと奮闘するわけなのだが、桃凪は特にそういうことをしようとは思わなかった。

 周りが何を言おうと、本人が変わろうと思わないうちは何をどうやってもダメなものはダメなのだ。ツナにしたってそう、自分で出来ないと思っているうちは出来ない。

 しかし、どうにも出来ないことこそどうにかしたいと思う心理は確かにある。こういう時に一番必要な処置は、これまでのすべてを丸ごとひっくり返すような、ええとそう、ショック療法。

 たとえば、そう――。

 一度死ぬくらいのショックがあれば、変わるのではないかな。と思う。

 

 

 

 

 

「ったく、お前のせいで負けたんだからな! 責任取れよー!!」

「ご、ごめん……」

 

 体育の終わり、結局何の役にも立てないどころかむしろ足を引っ張っていたツナに向かっての罵詈雑言。ツナもツナで反論できる理由が見当たらない。

 

「と、ゆーことでお掃除頼める? オレ達放課後は遊びたいからさぁ」

「ぅえっ!?」

 

 驚き、顔を上げたツナの目の前にはお掃除モップ。まさかこの広い体育館を一人でやれと。

 

「んじゃ頼んだぜダメツナー!」

「今日何処行くー?」

「ゲーセン行こうぜ!!」

「ちょ、ちょっと待ってよー!!」

 

 ツナの引き留めにも聞く耳持たず、いつしか体育館はツナ一人だけになってしまった。

 それでも渋々とはいえ掃除を始めるツナ。掃除中の愚痴には終わりがない。

 

「はいはい、どうせオレは馬鹿で運動音痴ですよー……」

 

 そんなツナがなぜ学校に来ているか、その理由は一つ。

 体育館の外から聞こえてきた無邪気な笑い声。それを耳にした途端にツナの顔が明るくなる。体育館の窓の外から見える景色には、二人の少女が並んで歩いていた。ショートカットの少女と、黒髪の少女。ツナの目線はショートカットの少女の明るい笑顔に向けられていた。

 ツナが学校に来ている理由はただ一つ。笹川京子が見られるから、だ。

 京子は簡単にいえばツナのクラスメイト。かわいらしい顔立ちと誰にでも向ける無邪気な笑顔。ツナの他にも密かに思いを抱いている人物もいるのではないだろうか。もっとも、本人はそれに全く気付いておらず、周りから言わせればその天然なところもイイ、のだろうが。

 

「あー……、やっぱかわいいなー……」

「ちょっとそこのお兄さん」

「ほわぁっ!」

 

 ほわほわとしていた所にいきなりの呼びかけ。思わずツナの口から意味不明の叫び声が漏れ出る。

 

「誰見てたのー?」

「な、何だ……、桃凪か……驚かせるなよなー」

 

 後ろを見たツナの目に入ったのは自分の双子の妹。小さい頃はよく、妹の方がしっかりしてると言われたものだが。いや、それは今も変わらずか。

 驚くツナの事は全く気にせず、桃凪は窓の外を見ると。

 

「ふむふむ、なるほどー。きょーこちゃん見てたんだ」

「そ、そうだけど……」

「きょーこちゃんいい子だもんねー?」

「そ、そうだね……。……あのさ、桃凪」

「ん?」

 

 いつの間に後ろに来たのかとか、その何か含んだ視線は何だとか、色々言いたいことはあるが、とりあえず一番言いたいことは一つ。

 

「……背、足りないんなら踏み台とか持ってきたら?」

「…………ほっといて欲しい。見えるのだから問題ないし」

 

 実を言うとこの妹、かなりのミニサイズだ。決して大柄とは言えないツナよりさらに頭一つ分小さい。多分小学生と言えば通ってしまうのではないだろうか。そしてそんな妹が窓の外をのぞき見るために目いっぱい背伸びしている光景は、正直言ってなんか痛ましく思えてくる。

 

「いやでも、結構足とか震えてるし」

「……あ!  だれかきたみたいだよ!」

 

 見ていてわかるくらい思いっきり話を逸らされた。普段は「身長なんて気にしてるわけねーだろ」みたいに構えてはいるが、意外と気にしてはいたらしい。少なくとも、指摘されれば不機嫌になるくらいには。

 ツナはしばらく胡乱げな目線で桃凪を見つめていたが、とりあえず窓の外に視線を移す。そこには。

 

「おまたせ京子!」

「あ、持田センパイ」

「それじゃ私行くねー。二人の邪魔したら悪いし?」

「む、もー花ったらー」

 

 ちょうど京子の待ち人が来ていたらしい。一緒にいた子が含み笑いしながら離れていった所を見ると、どうやらそれっぽいあれなのだろうか。

 

「んーと、あの人剣道部の主将だっけ。なんなんだろーか、付き合ってるのかな。……つな?」

 

 すぐそばで見ていたツナの方を振り返ると、何というか、がっくりと言うかズーンというか、とにかくそんな効果音が見えそうなくらいに落ち込んでいた。

 

「つなー?」

「やっぱ剣道部主将とできてたんだ……」

 

 桃凪の声もどこ吹く風。どうやら、かなり沈んでいるらしい。

 やがてツナはふらふらと立ちあがるとそのままモップを放りだし、見ているこちらが不安になるようなおぼつかない足取りで歩いていく。

 

「つなー、つなー。掃除は?」

「いい……サボる……」

「学校はー?」

「サボる……」

 

 失意のどん底にいる人間に何を言っても無駄、そのまま体育館をあとにしたツナ。残されたのは桃凪一人。

 

「……、しょーがないよね、うん」

 

 よし、と気合を入れなおすとモップを手に取る桃凪。このあと何をするかは、言わなくても解るだろう。

 彼女にとってこういう行動はさして珍しくもない。ツナが投げ出したりしたことを後からやってきて終わらせるのは、半ば彼女の義務と化していた。

 と言っても、多分桃凪は他の人の分をやれと言われた場合は渋るだろう。ただの便利屋ではなく、彼女が動くのは、あくまでツナのためだ。

 

「……うむ、上出来」

 

 数十分後、それなりに綺麗になった体育館の真ん中で汗を拭う仕草をする桃凪。その言葉通りに、体育館は初めと比べてわずかに綺麗に見えるかもしれない。あくまでも、かもしれない、だが。

 

「……まぁ、体育館なんてそんなに隅々まで見る人いないだろうし、……うん。問題ない」

 

 軽く自己完結してから掃除道具を片づける。

 さて、時間は放課後。特に部活などには入ってないためこのまま帰ってもいいが、まだ一つだけ仕事が残っている。ツナとは全く関係のない、しかしある意味どうしてもしなければならない仕事が。

 

 

 

 

 

「うわー……」

 

 教室に来て早々呟いたのがこれとは如何なものかと言われるかもしれないが、それは許して欲しい。

 だって、あの広い体育館を一人で掃除してきた帰りにこんなものを見せられては、怒るか泣くか呆れるかぐらいしかすることはないだろう。というより、これで笑い出す人間がいたらそれはもう色々キマってるに違いない。具体的に何が、とは言わないが。

 

「今日もまた多い……」

 

 目の前には書類、書類、書類の山。机の耐荷重量は何キロだっけ? と思いたくなるような枚数である。いや、もはや枚数ではなくセンチやメートルの単位で表した方が適切かもしれない。

 言っておくが、この書類、別に桃凪が片づけるのではない。ある人物へ届けるためのものだ。

 

「これは紐とかで縛ってまとめた方がいいよね、途中でぶちまけたら洒落にならんし」

 

 ちなみに、こうなることは半ば予想済みだったのでもう先生に頼んでビニール紐を貰ってきている。貰いに行った先生が何に使うのかといぶかしんでいたが、事情を説明すると真っ青になってよろしくお願いしますと頭を下げてきたので、正直反応に困った。

 とりあえず目の前にある紙束をとりわけてまとめていく。結構な枚数だが、頑張れば運べるかもしれない。

 

「うん、いける。頑張れ私、いけるいける」

 

 と自分に自分で自己暗示をかけながらも束を抱えると、やはり重い。桃凪はあまり力がないからなおさらだ。

 

「んぐ……大丈夫……距離はそんなにないから……大丈夫…………」

 

 言いながらも足取りはまるで先程のツナの如く。おぼつかないどころかいつ転ぶのかわからない。

 それでもふらふらと歩きながら言った所は応接室前。普段はとある理由があって通る人があまりいなく、もしいても早歩きで通り過ぎる場所だ。

 応接室の扉の前に立って、重大な事に気付いた。

 

「……どうやって扉開ければいいんだろうこれ」

 

 シミュレーション開始。

 手・両手ともにふさがっていて不可能。

 足・女の子として却下。

 頭・そもそもどうやって?

 体・体当たりの結果弾き飛ばされる未来しか予想できない。

 結論、不可能。

 

「扉の前に置いたら怒られるかな……」

 

 と、何やら不穏な事を呟く桃凪。ツナほどではないが、彼女も彼女で適当だ。

 

「いいかなー……? いいよねー……? わざわざこんな紙束に変な事する人なんていないと思うし……」

「……何やってんの? 君」

 

 桃凪の目の前でベルリンの壁の如き威圧感を持って佇んでいた扉がいとも簡単に開き、そこから学ランを着た黒髪の少年が。

 

「……あ、きょーや。お久しぶりです」

「昨日の放課後会ったばかりだけど」

 

 彼の名は雲雀(ひばり)恭弥(きょうや)。並盛中風紀委員長でありながら、不良の頂点に君臨する存在だ。

 彼こそが実質的にこの並盛中を、というより並盛町全体を取り仕切っているといっても過言ではない。

 その上『群れる』事が何よりも嫌いだと自分で豪語するだけあり、彼の目の前で少しでも『群れ』に値する行為をした者たちは例外なく潰されている。しかもこれで子供っぽい一面があり、気にいらなければ問答無用で『咬み殺される』。それゆえ、周りの人間からとてつもなく恐れられている。

 桃凪に風紀委員への書類運びの仕事が回ってきているのも簡単だ。出来れば雲雀に近づきたくない、だから他の人に任せたい、でもその人も怖がる。しかし書類が滞ってはいけない。その結果、特に雲雀を怖がらない桃凪にお鉢が回ってきたのだ。

 桃凪は雲雀を怖がらない、というより雲雀の評判やその他もろもろを気にしてない。そして雲雀も雲雀で桃凪の接近を許しているフシがある。何故かは解らないが、ある意味適任と言えるだろう。

 

「とりあえず、書類……」

「……君、前見えてないみたいだけど。そんな状態でよく来れたね」

「もう道を覚えてしまったからー」

 

 雲雀に開けてもらった扉をくぐり応接室に入る桃凪。相も変わらず応接室には雲雀以外誰もいない。群れるのが嫌いな彼らしい部屋だ、と思う。

 ふらふらと一番大きな机に近づいてゆっくりと書類を乗せる。その瞬間今まであった重りが消え去ったような感覚と共に、一気に体が軽くなった。

 

「あー、私は今……自由を手に入れた気がする……」

「何言ってんの君」

 

 訳のわからない桃凪の一人言にも律義に突っ込みを入れながらも、雲雀は積み上げられた書類の数枚を手に取る。

 しかし見れば見るほど凄まじい書類の量だ。なぜ風紀委員会にここまでの量の書類が集まるのか。いやまあ雲雀に常識など通用しないというのは百も承知だが。この間はバイクに乗っているの見たし、いいのか中学生。始末書……はたとえ地球が一巡してもあり得ないだろう。雲雀にそんなものを持ってくるはずがない。

 というより、雲雀はちゃんと仕事をしていたのか。てっきり部下に全てまかせっきりで自分は悠々自適に屋上で昼寝とか……。その瞬間、背筋になにかざわりと悪寒が。発生源は……きょーや?

 

「……言いたいことがあったら、はっきり言ったらいいと思うよ」

「ん、ちゃんと仕事してたのかー、と思って」

「……、」

 

 普通の人間ならこれだけ殺気を浴びせられれば真っ青になって口をつぐむものを、あっさりすっぱり言いきった。気づいてないわけでもあるまいし、気にしてないというのが一番適切な言い方だろう。

 

「んー? 何?」

「……いや、何でもないよ」

 

 何かタイミングをずらされた雲雀が若干不機嫌そうにもう一度書類へ目を通す。その様子を見ていた桃凪が何を思ったか。

 

「手伝おーか?」

「僕は群れるのが嫌いだ」

 

 今度は書類から目をそらさず言い放つと、桃凪は少しだけふむふむと考えた後。

 

「んー……」

 

 書類を数枚だけ手に取ると応接室の一番隅っこにちょこん。

 しかもそのまま書類を見つめ、なるほどなるほどそういうことかとペンを片手にさらさらさらり。

 

「……、」

 

 流石にこれは疑問に思った雲雀、もう一度書類から顔上げる。

 

「……何やってるの?」

 

 多分その言葉の中には、何を考えてるの? と、人の話聞いてた? の二つの意味が隠れているのだろうが、桃凪はそれを気にしない。気がつかないのではなく、気にしない。

 質問すれば桃凪が顔を上げ。

 

「だって、きょーや群れるの嫌いらしいから」

 

 それだけポツリと言った後にすぐに顔を書類に戻す。

 

「……」

 

 いや、それだけで片付けられても困るのだが。

 

「……だったらなんで出ていかないの?」

「出ていく必要あるの?」

 

 一応そういう意味で言ったのだが。

 

「詳しく説明するとね、きょーやは群れるのが嫌い、でもきょーやの手伝いがしたい、距離を離してれば群れには値しないんじゃないかと思ったの」

 

 ばばーん、と明かされた知りたくもなかった新事実。当の桃凪は褒めて褒めてー。と小動物の如きキラキラ目線。ちなみに、応接室はかなり広いので一応数メートルは離れている。

 

「……」

 

 もはやここまでくれば怒りを通り越して呆れるしかない。なぜここまで天然なのか、屋上辺りから他の草食動物と群れてる姿を見た時はもう少し真面目そうな感じがしたのに。もしかしたら人によって接し方が違うのだろうか。

 しかし、雲雀も雲雀で我が道を行くMr.(ミスター)going(ゴーイング) my(マイ) way(ウェイ)。疑問は疑問のまま処理され、深くは考えない。

 

「はぁ……」

 

 まぁいいか、困るわけではないし。と思い至った雲雀は再び書類に目を通し。なんかめんどくさくなってきた、草壁辺りに任そうかなどと委員長にあるまじき事を考えながらも仕事仕事。桃凪も頼んでないのに手伝ってくれてるし、これなら今日中に終わると思われる。

 それに、二人なら群れではない、し。

 

 

 

 

 

 結局かなり夕方になってしまった。

 

「書類はすごい……結局全部終わらないのにきょーやにまかせて出てきてしまった……」

 

 そこまで暗いというわけではないが、いつも帰る時間よりはやはり暗い。

 

「……ま、いっか。きょーやの役にも立てたし」

 

 思えば不思議な縁だったと思う。自分と彼は。

 たまにだが、桃凪は一人でゆっくりしたくなる事があって、そういう日には散歩しながら適当に並盛で人の少ない所を探すのだが、……なぜか、いつも狙い澄ましたようにそこに雲雀がいるのだ。一人で居たい者同士、思考回路が似るのだろうか。

 まぁ最初は間の悪い時に来ちゃったなとか思ったが、そんなことでも繰り返せばいつしか慣れる。といっても、別に話しかけたりしたわけではなく、居るのがなんとなく予想出来るようになった、と言うだけだが。

 そして並盛中に入って風紀委員会への書類運びを頼まれた時、初めて入った応接室にいたのには驚いた。あちらもあちらで自分がいたのには少し驚いていたみたいだが。なんというか、世間って意外と狭いんだなーと思ったのを覚えている。

 ……なんで小学生がここに? みたいなことも言われた気がするが、そういうことは覚えてるだけ無駄だと判断します。

 

「……あ」

 

 昔の事を考えていたらいつの間にか家の目の前に居た、ツナはもう帰ってきてるだろうか。

 

「ただいまー」

「あら桃凪! おかえりなさい」

「うん、ただいま」

 

 玄関の扉を開けると、自分の母親の沢田奈々が迎えてくれた。ツナは結構鬱陶しがる時も多いが、自分にとってはいい母親だと思う。父がいないという環境でここまで二人を育て上げた手腕は尊敬したいものだ。

 

「あ、そうそう桃凪」

「ん?」

「今日ね、ツナに家庭教師の先生が出来たのよー」

「つなに?」

 

 これはまた嫌がりそうな。

 

「ツナの成績が上がるまで住み込みで暮らすことになったのよ」

「ほぇ……住み込みとはまた珍しい」

 

 ということは今二階にいるのだろうか。

 そこはかとない興味をそそられた桃凪はいつもより速足で階段を上る。おそらくツナの部屋あたりだろう。そう考え扉を開けた桃凪の目の前には、

 ……なんか、この世の終わりかと言うぐらい混乱したツナがいた。

 

「……ちょっと、何があったん「と、ととと桃凪! どうしよう…!」……どうしたの?」

 

 なにやらいつもの数割増しの勢いで慌てるツナをなんとかなだめすかして事情を聞くと。

 

「笹川京子に…………告白しちゃったぁああ!!」

「……は?」

 

 何故に?

 

「……あのヘタレつなが何でそんな無謀な事を…」

「オレのおかげだぞ」

「え……?」

 

 

 ――後編に続く。




前編は終了です。
見返してみると、初期はまだキャラクターが定まっていないですね……。


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第一話 後編「晴れ・今日はつなに家庭教師が出来ました。」

改稿完了


 

 

 

 

 

 前回のあらすじ

 

 クラスの人気者、笹川京子にハートがドッキュンだった沢田綱吉、しかし京子が剣道部の主将と一緒にいるのを双子の妹である沢田桃凪と一緒に目撃してしまった。

 失意に沈むツナ、そんなツナの事を影から応援していた桃凪、一仕事終えて帰ってみればそこにいたのは灰と化したツナ。

 いったい何があったのかと聞いてみれば、なんとツナ『あの』笹川京子に告白してしまったとのこと。呆然とする双子の前に現れた謎の影、彼は一体……!

 

 

 

 

 

第一話 後編「晴れ・今日はつなに家庭教師が出来ました。」

 

 

 

 

 

「……誰?」

「オレはリボーン、ツナの家庭教師だぞ」

「家庭教師……」

 

 桃凪は絶句した。だって、リボーンと言ったこの人物、見た目どう見ても赤ん坊なのだから。

 いやまぁ、二足歩行だが。黒いスーツ着てるが、頭にカメレオン乗っけてるが。それにしたって突飛すぎるだろう。

 とりあえず、この子がツナの家庭教師であるということを仮定して、それでなぜ告白。

 

「このダメツナが京子への告白を渋っててな、だからオレの力を貸して告白させたんだぞ」

「そんな事誰も頼んでないだろ!!」

 

 いままで灰となっていたツナが復活する。どうやら、告白は彼の意思と反した行為だったらしい。

 

「オレは告白する気なんてさらさらなかったのに!」

「告白したくてもできなかっただけだろ?」

「うぐっ……! う、うるさい!」

 

 ぶにーとツナがリボーンの伸びのよさそうな頬を引っ張る。面白いほどよく伸びるほっぺだが、リボーンは無表情。次の瞬間、リボーンの手がブレた。

「……?」

 

 そして瞬きの後見たのは地面に倒れるツナとそのまま佇むリボーン。何が起きたのかは見えなかったが、なんとなくわかる。すなわち、あの赤ん坊はものすごく強いということ。

 

「あ、そうそう」

 

 くるりとリボーンがこちらを振り向き、桃凪を見上げる。

 

「お前の名前は? 俺はツナの家庭教師でもあるが、お前の家庭教師でもあるからな。生徒の名前を聞くのは当然だぞ」

「私?」

 

 どうやら本当に家庭教師らしい。桃凪は仮定の話を現実に進化させると、ペタンと座り込みリボーンの顔を見る。目と目を合わせて、しばらく考えた後。

 

「……桃凪。沢田、桃凪姫だよ」

「桃凪か。よろしくな」

「うんよろしく。……せんせーって呼んでもいい?」

「好きにするといいぞ」

 

 差し出された手を握り、お互いに笑みを浮かべる。

 

「んだよ……俺の時とはずいぶん態度違うよなー……」

「そりゃそうだぞ。マフィアは女には優しいからな」

(……、マフィア?)

「そういえばせんせー、なんでつながきょーこちゃんに告白できたの?」

 

 リボーンが手伝ったというのは解るが、あのツナが説得くらいでやろうと思うはずないし、もしそうだったらここまで後悔はしてないと思うし。

 

「簡単な話だ。オレがこれを撃ったんだ」

 

 そうしてリボーンが取り出したのは一つの銃弾。……どうやら本物っぽい。

 

「それ何?」

「こいつは『死ぬ気弾』。こいつに撃たれた者は一度死んでから死ぬ気になって生き返る」

「へー……」

 

 ん?

 

「せんせー……」

「何だ?」

「…………撃ったの?」

「撃ったぞ」

「…………拳銃で?」

「拳銃だな」

「……つなを?」

「ダメツナをだな」

「……、」

 

 とりあえず、言いたいことは。

 

「なんで拳銃なんて持ってるの?」

「オレは殺し屋(ヒットマン)だからな」

 

 ヒットマン……と言うと、よく映画などに出てくる殺し屋の事か。他にもスナイパーとか。スナイパーもヒットマンの一部だと思うが、そこら辺を桃凪は上手く理解していない。

 

「そういえば、マフィアって?」

「マフィアと殺し屋には密接な関係があるんだぞ。今回オレがお前らの家庭教師になったのも、俺がお前らを立派なマフィアにするためだからな」

 

 家庭教師で殺し屋でマフィア……ああだめだ、こんがらがってきた。

 

「マフィア……」

「! そう、それだよ!」

 

 あーとかうーとか唸っていたらツナがいきなり身を乗り出したため、下敷きにされる桃凪。ツナの体重では潰れるぐらい重いということはないが、やはり苦しい。

 

「死ぬ気弾って何だよ!? そもそもマフィアとかさ……、聞いたこともないよー!」

「ちょ……つな……重い……苦しい……どいて……」

「死ぬ気弾はボンゴレファミリーに伝わる秘弾だ」

「「ボンゴレファミリー?」」

 

 話の流れから見て、おそらく桃凪達をマフィアにしたがっているマフィアだろうか。

 

「オレはボンゴレファミリーのボス・ボンゴレ9世の依頼でツナをマフィアのボスに、桃凪をその補佐に教育するために日本へ来たんだ」

 

 聞けば聞くほど無茶苦茶な話だ。正直言って、容易には信じがたい。

 だが、何処の世界に二足歩行で拳銃を持った赤ん坊がいるのだろう? しかも実弾だし。そう考えるとあながち嘘や冗談では片づけられない。

 隣にいるツナの方を見るとこれまた微妙な表情をしていた。多分、色々悩んでいるんだろう。桃凪は見ていないので何とも言えないが、ツナはその身に死ぬ気弾を受けたみたいだし。

 

「ボンゴレ9世は高齢と言うこともありボスの座を10代目に引き渡すつもりだったんだ。だが、10代目最有力のエンリコが抗争の中撃たれた。これが写真だ」

 

 ぺらり、とリボーンが一枚の写真を取り出す。なんというか、グロい。隣でツナが軽く悲鳴を上げている。桃凪はちょっと見た後すぐに視線をそらしたのであまりダメージはなかったが、ツナはもろに見てしまったのだろう。

 

「さらに、若手No2のマッシーモは沈められて」

 

 もう一枚ぺらり。

 

「その上、秘蔵っ子のフェデリコはいつの間にか骨になってたんだ」

 

 さらにぺらり。

 

「い、いちいち見せなくてもいいから!!」

「ぅぇ……」

 

 とうとう両手で顔を覆って拒否の姿勢をとるツナ。桃凪もおおむね同じ気持ちだった。

 

「そんで、10代目候補として最後に残ったのがツナだけになっちまったんだ」

「はぁ!? なんでそうなるんだよ!」

「せんせー、つなはごく普通の一般中学生で日本人だよ? マフィアとなんか関わりないし」

「いや、そーでもねーぞ」

「「え?」」

 

 リボーンは話を続ける。

 なんでも、ボンゴレファミリーの初代ボスは早々に引退し日本に渡ったんだとか。それが桃凪達のひいひいひいお爺さん。つまり、血縁上桃凪達は立派にボンゴレファミリーの血を受け継ぐれっきとしたボス候補。

 

「な、何言ってんだよ! そんな話聞いたことねーぞ!?」

「うち、家系図とかないしねえ」

「桃凪、そういう問題じゃない……」

 

 ツナの抗議にも耳を貸さず、リボーンは早々に寝る支度を始めてしまう。パジャマに着替えながら一言。

 

「心配すんな。オレが立派なマフィアのボスとその補佐にしてやる」

「頼んでないよ!!」

「補佐……えー……」

「ちなみに、俺の眠りを妨げると死ぬぞ。気をつけろよ」

 

 ベッドの近くにはおそらく手榴弾と思われる危険物がゴロゴロ。しかもご丁寧にもう設置してある。

 

「家にトラップを仕掛けるなー!? つーか、オレのベッドで寝るなー!!」

「まぁまぁ……私の部屋で寝よ?」

 

 ツナの叫びはご近所に響き渡ったという。

 

 

 

 

 

 翌朝。

 

「つな……起きて……」

「うぁ゛~……、学校行きたくない……」

 

 布団の中で駄々をこねるツナに対して心底困り果てた表情の桃凪。朝からずっとこの調子である、そろそろ行かなければ遅刻してしまうというのに。

 

「そう言わず……行かなければ何も変わらないよ?」

「だってさー……同じクラスなんだぜ? もし目があったりしたら絶対気まずいって……」

「つな……」

 

 どうしたものか。

 そんなツナに忍び寄る黒い影。

 

「チャオっす」

「それに皆にだって広まってるだろうし、そもそも学校なんて行かなくても別にゴフゥッ!」

「つ、つな!」

 

 華麗に飛びあがったリボーンが重力に乗せてツナの腹にとび蹴り一発。ドフッ! と割とシャレにならない音がしていたが、とうのリボーンの顔は涼しいもの。

 

「朝からうじうじしてんじゃねーぞ」

「せ、せんせー……」

「学校行け。行かねーなら……」

 

 ジャキン! とリボーンが持っていた銃の照準をツナに合わせる。

 

「わわ、わかったよ! 行けばいいんだろ、行けば!」

 

 慌てて布団から飛び上がって支度を始めるツナに、それを呆然としながら眺める桃凪。リボーンは桃凪に小声で。

 

「……オレも学校に行くぞ。ツナがちゃんとマフィアのボスらしくしてるかどうか見るためにな」

「あ、そうなんだ……」

 

 学校に赤ん坊が入れるのだろうか? という疑問は、とりあえずスルーしておこう。それにせんせーの事だし、何とかなると思う。

 昨日までとは変わり過ぎた日常になんとなくついてけない桃凪は、(なか)ば夢見心地のような気分で眺めていたのだった。

 

 

 

 

 

「笹川京子と目があったらどうしよう……」

「つな、ファイト。ほら、思い切ってガラリと」

「う~……」

 

 所変わって教室の目の前。若干顔が青いツナと、それを応援する桃凪。実際、教室にくる時もツナはかなり渋っていて、桃凪はそれをいちいちフォローしながら来ていたのだ。なんというか、もう地球上に存在するありとあらゆる応援の言葉を使いきってしまったような感じがする。

 そして扉を開けたツナに待っていたものは。

 

「お、パンツ男のおでましだぜー!」

「ヘンターイ!」

「持田センパイに聞いたぞー!! めいっぱい拒絶されたんだってなー!」

 

 思いっきりからかいの声。その言葉を聞いたツナはもちろんのこと、席に座っていた京子も少し居づらそうな表情をしている。

 というより、パンツ? なんだそれ。

 

「あ、あ~う~……」

 

 だばー、と滂沱(ぼうだ)の涙を流しながらくるりとUターンしたツナ。桃凪も止めなかった。流石にこれはきつい。

 しかし、そんなツナの前に立ちはだかるもの多数。袴と着物、剣道部のユニフォームだ。

 

「おっと、帰るのはまだ早いぜー? 道場で持田主将がお待ちかねだ」

「ぅえ!?」

 

 先程から出ている持田という人物は確か、昨日京子と一緒にいた剣道部の主将だろうか。

 

「ちょ、ちょっ待っ!! わぁああああああああ」

 

 なんてことを考えてるうちにエイサホラサと運ばれていくツナ。行き先は先ほど話に出ていた道場だろうか。

 ツナが運ばれていったことにより必然的に桃凪の傍に人がいなくなり、教室で固まっていた女子がぞろぞろと集まってくる。まぁ、桃凪は今回の事件(?)の妹だ。そうなるのも仕方がないだろう。

 

「ね、桃凪ちゃん聞いた?」

「何がー?」

「沢田の事よー。なんでも、パンツ一丁でいきなり京子の所に現れたと思ったら、そのまま告白したらしいのよね!」

 

 そのうちの女子の一人が話した言葉に反応してキャーやヤダーなど黄色い歓声が上がる。その歓声をBGMにしながら、桃凪の頭はある一つの事柄に支配されていた。

 すなわち。

 

「……パンツ一丁?」

 

 何で、何でパンツ一丁なのだ? もっと他になんかあったんじゃないか? それだとただの変態じゃないか…。ツナ、君は一体何をやったんだ。死ぬ気弾のせいか? それにしたって何故脱げる。

 唖然としながらも手をひかれて道場に連れて行かれる、他のクラスメイトのほとんども道場に集合したらしい。野次馬根性旺盛で結構なことである。

 そして道場の真ん中にいるのは昨日の剣道部主将持田。見るからに怒り心頭な感じで、額に青筋が浮きまくっている。そしてその怒りを一身に受けるツナはまるで蛇に睨まれた蛙の如く。

 

「来やがったな変態ストーカーめ! お前のようなこの世のクズは神が見逃そうが、この持田が許さん!! 成敗してくれる!」

「そ、そんなぁ……」

「ふふん、心配するな。貴様のようなドアホでもわかる簡単な勝負だ」

 

 いつの間に成敗から勝負に格上げになったのだろうか。それとも余裕の表れか。ビシッ、と竹刀の先端をツナに向ける持田の顔には何やらあまりよくない笑みが浮かんでいた。

 というかあの持田と言う人、普段からあのしゃべり方なのだろうか。そこがすごく気になる。

 

「貴様は剣道初心者、ハンデは用意してある。10分間に一本でもオレから取れば貴様の勝ち、できなければオレの勝ち! 賞品はもちろん――笹川京子だ!!」

 

 堂々と人を賞品にすると言い切りやがりましたよ、この男は。

 そんな感じの唖然とした空気が道場を流れるが、持田はお構いなしで話を進めていく。

 周りで見ていた野次馬はもちろん、話のタネにされた京子は明らかにムッとしているのだが。桃凪もなんだかなまあったかい視線を送ってしまう。

 しかしだ。

 

「では行くぞ沢田……あれ!? 沢田は!?」

「トイレに行きたいというので行かせましたー」

 

 ツナがそれを受けるかどうかはまた別問題である。

 

「逃げたな……。あいつこういうときいつもトイレ行くからなぁ」

「まったくダメツナはよー」

 

 やはり逃げたか。ツナの性格からして、この場面で「よっしゃー負けねえぞー」と言うはずはない。何となく予想はしていたが、このほうがよかったかもしれない。

 あの持田を顔を見るになにか企んでいるのは確定だし、まともにやってもツナは勝てない。無駄に怪我が増えるだけだ。

 そして持田は持田で何やら高笑いしながら声高々に勝利を叫んでいるし、おかげで周りの先輩への評価は駄々下がりだ。

 と、ここで桃凪は思い出した。

 今まで忘れていたが、リボーンも今学校にいるらしい。具体的にどこで見ているのかはわからないが、今の状態も見られている可能性がある。

 

(つな、来るんだろーか)

 

 来ない方がいいとは思ったし、今までのツナなら絶対に来たりはしないと思う。だけど、今はリボーンがいる。リボーンが言う死ぬ気弾なら、あるいはありえるかも。

 その時。

 

「…………ぅぉぉおおおおお!!」

 

 何やら聞いたことのある声で聞いたことのない雄叫び。次の瞬間ズバンッ! と道場の扉が開け放たれ、

 

「いざ! 勝負!!」

 

 と何故かパンツ一丁のやたら荒々しいツナが。額に灯る炎は死ぬ気弾の効果だろうか。

 

「だから……何でパンツ一丁なの……!!」

 

 桃凪の叫びはまっすぐ持田に向かって走るツナの叫びと周りの野次馬の歓声で聞こえることはなかったのだった。

 用意された防具も竹刀も無視して一直線に走るツナ。それを嘲りながら持田が竹刀を振りおろす。

 普通ならここで打ちのめされて終わる所。しかし桃凪はそう思わない。

 何故ならば。

 

(いまのつななら大丈夫な気がする……)

 

 かなりの勢いで振り下ろされた竹刀がツナの顔面に激突する。しかし止まらない。そのまま竹刀を押し返し、走ってきた勢いで頭突きをぶちかました。ゴッ! と小気味いい音が響き、ツナの頭と持田の頭に挟まれていた竹刀が砕け散る。

 後ろにのけぞり、そのまま床に倒れ伏す持田、ツナはそのまま飛び上がると持田の上に()し掛かる。

 騒ぐ観衆、それにかまわずツナは片手を手刀の形にして高く掲げる。面を取る気か。

 しかし、聞こえたのは手刀を振り下ろす音ではなく、べリッ! と何かをひき剥がすような音。そしてツナの手元にはごっそりと抜けた持田の髪の毛。

 

「100本、取ったぁああ!!」

 

 静寂。そして

 

「考えたなツナの奴!」

「確かに何を『一本』取るかは言ってなかったもんなー!!」

 

 どっ、と一休ばりのとんちを披露したツナに観衆が沸きあがる。ぐい、とツナが審判に握りしめた髪の毛を突き出し判定を迫ったが、当の審判はツナのあまりの勢いに怯えていて話にならない。

 

「ちっくしょーっ!! うおおおおおお!」

 

 ブチブチブチッ! とツナが持田の残りの髪の毛をむしり取る。やってる事もあれだが、その般若のような表情も相まってものすごく怖い。

 

「こ、こえー……」

「あれ本当にツナかよ……」

 

 あまりにも普段と違いすぎるツナに観衆は怯えているが、桃凪は別に驚いたりすることはなかった。まぁ、いつものテンションと確かに違いすぎるので若干引いてはいるが、何がどうなってもやっぱりツナはツナなんだなぁという感覚が心のどこかでしている気がした。どこと言われると少し説明できないが、まぁいわゆる、双子特有のカン、というやつだ。

 

「これでどうだ!」

「しょしょしょしょ勝者沢田!!」

 

 完全に怯えきった審判が旗を上げるのと同時に桃凪は駆けだす。そのままツナに向かって、ダーイブ。

 

「つな!」

「! え、わっ!!」

「つなの勝ちっ!」

 

 どうやら死ぬ気モードが解けたらしいツナが少し驚いた顔を浮かべるが、桃凪は構わず満面の笑みで抱きつく。

 

「スゲェ! 勝ちやがった!」

 

 その後桃凪に後押しされるように周りの野次馬が一気にツナの元へと駆けだす。

 今まで隅にいたツナが、一番中心にいる。

 

「めちゃくちゃだけどいかしてたぜ!」

「何かスカッとしちゃった!」

「見直したぜー!!」

 

 何が起こったかよくわからない様子のツナに、桃凪はいつの間にか持ってきた救急箱で手早く怪我を治療し始める。これだけ混乱してれば消毒しても嫌がられないだろう。

 

「あの……ツナ君」

「ぅえ!?」

「手当て終わりー、ってきょーこちゃんだー」

 

 ああ、そういえば忘れていたが、ツナは昨日京子に告白していたのだったか。そこら辺ははっきりさせた方がいいだろう、まぁもっとも。

 

「昨日は怖くなって逃げ出しちゃってゴメンね……」

「えっ、いや……えと、あの……」

 

 あの様子だったらそんなに心配する必要もないか。

 

「…………ありがとー、せんせー」

 

 桃凪はどこにいるかはわからないリボーンに向けて、そっと感謝の言葉を述べた。

 本当に、人間死ぬ気になったら何でもできるんだなぁ…。




これで第一話は終了となります。
マルチ投稿禁止を知らなかったので、色々な方にご迷惑をおかけしました。


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第二話 「受動喫煙は体に悪いです。」

改稿完了


 

 

 

 ○月○日

 

 せんせーが来てから色々ありました。

 つなは前よりもいろんな人に頼られるようになってうれしそうでした。この間はバレーの試合に助っ人参加しましたが、前半はいつも道理にダメだったけど、後半はなんか顔つきが変わっていて、ちょっとかっこよかったです。

 そういえば、変わったと言ったらきょーやもちょっとだけ変わってたかもしれません。前みたいに書類のお手伝いしても嫌がらなくなりましたし。むしろ向こうから手伝ってと言われるようになりました。というか無理やり手伝わされました。……手伝ってる時になんか嬉しそうだった理由は、多分一生わからないと思います。

 毎日が楽しくて、嬉しいです。これからももっと楽しくなるのかな――?

 

 

 

 

 

第二話 「受動喫煙は体に悪いです。」

 

 

 

 

 

 今日、我がクラスに転校生が来た。

 先生の隣に立っていたのは銀髪に鋭い目つき、着崩した服に首から下げられたシルバーアクセ。桃凪の目線ではあまり近寄りたくない人種に見えた。

 彼の名前は獄寺(ごくでら)隼人(はやと)。イタリアからやってきた転校生だ。

 見るからに不良といった雰囲気の彼だったが、反面女子にはかなり人気があった。まぁ確かに、帰国子女、少し悪そうな雰囲気、しかも転入生、と女子の人気が出そうな条件はそろい踏みだ。反対に男子にはあまり好かれそうな感じはしないが。

 ちらり、と隣のツナを見るとこれまた面白くなさそうな顔、視線の先をみれば何処となくニコニコして見える(あくまでツナ目線の)京子ちゃん。ははぁなるほど、嫉妬ですか。

 密かにニヤニヤしている桃凪だが、ふと視線を感じ取った。視線は実際には自分に向けられたものではないが、自分の近くの…すなわち、ツナに向けられた視線。

 

「獄寺君の席はあそこの……獄寺君?」

 

 先生の言葉を無視してズンズンと進む獄寺、その先にいたのはツナ。何が起きてるかわからないうちに、ガンッ! と獄寺がツナの机に思いっきり蹴りを入れた。

 

「うわっ!?」

「あ」

 

 いきなりの事態に驚く桃凪と、跳ね上がった机を慌てて抑えるツナ。何故かツナにだけやたらとガンを飛ばしてくる獄寺を見て周りの男子がどういう関係なのかというか知り合いなのかと聞いてくるが、あいにく桃凪とツナに心当たりはなく。ツナの脳内には「なんかよくわかんないけど怖い人」という情報がしっかりとインプットされたのだった。

 しかし、かたや野太い声でざわざわ騒がれ、片や黄色い声でぽわわんと熱い視線を送られ、男子と女子でここまで対応の違う人は珍しいのではないだろうか。ちなみに桃凪の評価は少し男子寄り、かっこいいとは思うけど、やっぱりちょっと怖いよね。

 ふと、自分の方にも感じる視線、そちらを見たらやはり獄寺が。感覚的に、睨むとかいう類のあまり良いものではなさそうだが。

 

「ん~……」

 

 にこり、と視線に笑顔で返してみたら、かなりびっくりした表情をして目をそらされた。そんなに意外だったのだろうか。

 

(……確かに怖いけど、そこまで悪い人でもなさそうなんだけどな)

 

 

 

 

 

 時間は昼休み。桃凪とツナとの話題にあがっていたのは今日やってきた転入生――獄寺の事だった。

 

「あーゆーのってついてけないよなー」

「変わった人だったねぇ」

「それで片づけられる桃凪がすごいよオレは……」

 

 一連の出来事を「変わっている」で片づけてしまう桃凪にツナは軽く引いているが、桃凪からしてみれば変わってる以外に言う事もない。

 

「だってほら、べつにアフリカからの部族とか、宇宙人が転校してきたわけじゃないしね」

「だからその基準がおかしいんだって……!」

 

 槍と入れ墨でランバダランバダ言ってるような日本じゃお目にかかれない民族とかおっきな頭に真っ黒い目のリトルグレイがやってきたならともかく、イタリアからの転校生くらいで、ねぇ。イタリアだったら最近ちょっと身近になってきた所だし。

 

「それにねー、怖そうだけど悪い人じゃなさそう……ぉお!?」

 

 くる、とツナの方を振り向いて話をしていた時、前方確認を怠っていたのかどすんと体が誰かにぶつかった。反射的に謝りながら前を向くと、あら大変、目の前には悪名高き3年の不良が。

 

「どこ見て歩いてんだぁ? このガキ」

「あ、すいません……」

 

 ぺこりと腰を折り曲げて謝ったのだが、相手はそれじゃ許してくれなさそうだ。ツナも後ろで真っ青になって固まっているし、どうしたものだろうか。あーここできょーやが丁度よく登場してくれたりしないかなーと淡い望みを抱いていたが、特にそういうことはなかった。

 ぐい、とツナに体を後ろに引っ張られた。

 

「すいませんでした! じゃっ!!」

「わぁあああああ」

 

 そのまま脱兎のごとく。後ろの上級生が何かを言っていた気がするが、桃凪にはよく聞こえなかった。

 そのまま腕を引かれ連れて行かれ、校舎の外辺りに行った所でようやく一息つく事が出来た。

 

「はー怖かった……。桃凪、何やってんだよ」

「いやー、気が抜けてた」

 

 全身から元気を絞りとられてぐったりとしているツナと、その前でまるで「事故ですよ事故」とでも言いだしそうな様子の桃凪。

 そんな二人の様子を見てかは知らないが、どこからか隠そうとしていない舌打ちの音が聞こえてきた。そちらの方向に首をめぐらせた桃凪は、物陰に寄り掛かって煙草をふかしている獄寺を見つけた。

 

「あ、つなつな、転校生さん」

「へ? えっ!?」

 

 桃凪がぴしっと指差した先にいた獄寺にツナが素っ頓狂な声を上げる。ここは職員室から近い所にあるが、そのぶん死角となっているためによくこうやって不良がエスケープしていたりすることがある。獄寺もそのためにここに来たのだろうか。

 ツナの脳裏には朝、無言で机に蹴りを入れられたあの理不尽な出来事がよみがえっていた。桃凪はこの人吸いがらとかきちんと処理するのかなぁと思った。

 

「あ、じゃ、じゃぁオレはこれで……」

「失礼しましたー」

 

 君子危うきに近寄らず。そんな格言だったかを思い出し、そそくさと校舎に戻ろうとするツナと、そんなツナについていく桃凪。その背中に、獄寺は声を投げつけた。

 

「……テメーみてえなヤツを10代目にしちまったら、ボンゴレも終わりだな」

「……え?」

 

 何で、この人がファミリーの事を。

 一瞬何を言われたのか分からなくなって、思わず思考停止したツナの隣で、桃凪がぽつりと獄寺に言った。

 

「……もしかして、転校生さんはボンゴレから来たの? イタリアからやって来たって先生言ってたし」

「は!?」

「……フン」

 

 獄寺は否定も肯定もせず、ただ不機嫌そうにそっぽを向いただけだった。けれど、これは半分肯定のようなものだろう。

 混乱状態で頭がうまく回ってないツナはともかく、桃凪はそれなりに冷静だ。おそらく、獄寺はツナに挑戦するためにここにやってきたのだろう。理由? それはツナがボンゴレ十代目候補だからだ。

 ツナはまだまだ中学生、しかもいくら初代の血を引いているからとはいえ、今までマフィアなどとは全くと言っていいほど縁がなかったのだ。

 そしてボンゴレは大きい組織なのだろう。当然、何の取り柄もない極東の少年をよく思わない人物もいるわけで。

 目の前にいる少年は、その典型で、しかも行動派だったというだけだろう。

 

「テメーはボンゴレ10代目に相応しくねえ。お前にボンゴレの未来を託すくらいだったらオレが10代目になる。……テメーには、ここで消えてもらう」

 

 そして獄寺が懐から取り出したのは、細長くて茶色い、導火線がついたもの。いわゆる、ダイナマイト。

 ――――って、何故そんな危険物を懐に!?

 ツナの内心の突っ込みが獄寺に聞こえるはずもなく、獄寺は自らが(くわ)える煙草に導火線を近づけ、着火。まるで漫画のようにバチバチと導火線が焼き切れた。

 

「あばよ」

 

 ポイ、と。まるでゴミ箱にゴミを捨てるような簡単な動きでダイナマイトが放られた。だが放られた桃凪達の方ではたまったもんじゃない。

 

「なっ!? わ、わぁああああ!!」

「え、あ、ちょ、待っ」

 

 刹那の瞬間。突如駆け抜けた一発の弾丸が正確に導火線を撃ち落とした。爆発の危険が無くなったダイナマイトは、慣性の法則に従って少しだけ軌道をそらしながら地面に落ちる。

 いきなりの展開に獄寺は舌打ち。ツナは尻もち、桃凪は棒立ち。

 そして駆け抜けた銃弾の発射地点を見れば、そこにいたのはやはりリボーン。もっとも、桃凪の知る内で銃を持っている人物などリボーンしかいない。

 

「チャオっす。思ったより素早い到着だったじゃねーか、獄寺隼人」

「し、知り合いなのかよ!」

「やっぱマフィアの人ー?」

「おう。オレがイタリアから呼んだファミリーの一人だ。もっとも、会うのはこれが初めてだがな」

 

 しかし、なぜリボーンは出会った瞬間命を狙ってくるような人物を呼んだのだろうか……。ツナに恨みがあるとしか思えないような行動だ。でも、リボーンは常日頃から結構意味のわからない行動をする方だから、考えても無駄かもしれない。

 

「沢田を始末すればオレが10代目内定っつーのは本当だろうな」

「はぁ!? ど、どういう……!」

「そーだぞ。じゃ、続きな」

 

 あ、このままだとツナの命の危機だ、どうしよう。

 うろたえる桃凪だが、明確な案が浮かぶわけでもない。時間だけが刻一刻と過ぎ去っていった。

 

「オレを殺す気なのかリボーン! 今までのは全部ウソだったのかよ!!」

「ちげーぞ。戦えってことだ」

 

 チャキ、とリボーンが銃をツナに向ける。

 なるほど、つまりリボーンがやりたいことはこの平和な日本にあえて面倒事を呼びこむことによるツナのステップアップということか。

 さて、現実逃避はこれくらいにして、まずは自分にできる事を探そう。

 とりあえず、心身の確保。ツナと一緒にいればツナが逃げられる場面でも足手まといになる危険性がある。私はツナより体力ないし。

 そのうえでやれることは――――――。

 

「……、よし、消火活動」

 

 逃げたわけじゃない。

 

 

 

 

 

 ここから一番近い水道までの距離はどれくらいだろうか。頭の中で地図を広げた結果、校舎の中の体育館近くと言うことが判明した。

 なのでバケツ片手に水道へと小走りでかけていく桃凪。本気で消火活動をする気満々である。その時、曲がり角から声が聞こえた。声の調子と言うか、声色がついさっき聞いたような気がして思わず立ち止まる。耳を澄ませてみると、あ、やっぱりさっきの上級生だ。

 引き返して別ルートを、と思ったのだが、それより早く声がこちらに近づいてくる。さてどうするべきか。バケツをどこかに置いて物陰に隠れるか、それをするだけの時間はあるか。

 行動するなら早い方がいい、そう思って引き返して隠れようと思ったのだが。ここで桃凪の運動音痴が悪い方向に働いた。

 ずるっ、と足が滑る。

 

「あっちょっ」

 

 そのままずべしゃぁ! と桃凪は盛大に地面に倒れ込んだ。受け身も取れず、非常に痛い思い。しかもその時偶然持っていたバケツが宙を舞い、大きな音を立てて廊下に転がった。授業はもうとっくに始まっていて、静寂の校内にどこまでも響き渡っていく。

 

「ん? なんだ、今の音」

(うわっ……うわっ……)

 

 どうしようかこの状況。半分現実逃避かもしれないが、そう思わなきゃやってられん現実がそこにあった。

 

「あ、……さっきのガキ!」

「…………どうも、こんにちは。じゃあそういうことで」

「オイ待てコラ」

 

 とうな は にげだした!

 しかし まわりこまれてしまった!

 どうしよう。ここからオラ飛んでみろや金持ってんだろ的展開になってしまうのだろうか、それともちょっと顔貸せムカつくからぼこられろや的展開の方が適切だろうか。

 クエスチョンワン。

 この窮地を乗り越えるための選択とは何か。

 まるいち。実はマフィアボス補佐候補の桃凪の中にあるなんかすごいぱぅわーがきらきら放出され、不良たちを撃退する。

 まるに。偶然この場を通りかかった雲雀が群れを見てボコボコにする。

 まるさん。どうにもならない、現実は非情である。

 ……さて。

 

「まるよんがいいです」

「……は?」

 

 おっといけない、思わず声に出ていたようだ。

 第一、いくら自分の想像とはいえ非情すぎやしないだろうか。まるいちなんて実現しないことが分かっているし、まるには確実にどさくさにまぎれて自分もふるぼっこにされる、まるさんは直視したくない。

 というわけで、まるよん。まるよんになーれ!

 

「お前さぁ、財布とか持ってんのか? 出してくれたら見逃してもいーぜ?」

「……あいにくと私お財布は持ち歩かない主義でしてです」

 

 むりだよね。わかってるよ。

 とうとう打つ手がなくなり、桃凪が覚悟を決めようとした、その時。

 ばこんっ、と。擬音で表現するならそんな文字が適当なんじゃないか、というような小気味いい音が響いた。それと時を同じくして不良三人組のうちの一人がぐらりと体をかしげ、最後には廊下に倒れ伏す。

 倒れる不良を見た他の不良たちがあわて始める中、桃凪は高速で不良の頭部に飛来してきた物体がある事に気づき、半ば犯人を予測する。

 

「んお!? なんだこりゃあ!?」

「お、おい! 大丈夫か!?」

 

 ころころ、と不良の足元を転がったのは、

 キューピッドの矢。…………ただし矢じりの先についているのはハートではなくでっかい石ころである。それを見た桃凪は冷静に、実際はそうではなかったのかもしれないが、一言。

 

「なるほど、今日のコスチュームは天使ですか」

 

 

 

 

 

 だっぷんだっぷんとバケツが揺れる。ふらふらと桃凪が揺れる。

 先ほど無音で飛んできた石ころ付きの矢はやっぱりリボーンのものだった。実際不良三人が倒れた後何故か天使のコスチュームのリボーンが現れ、余計な手間掛けさせんなと一言お叱りの言葉を受けてしまったりもした。

 いやしかし、まさか一番近い給水所の付近のトイレをあの不良たちが溜まり場にしていると桃凪が気付くわけないという言い訳もあったが、リボーンにそういう弁明は聞かないと分かっているので、素直に謝っておいた。

 先ほどからすごかった爆発音は今は止んでいる。決着がついたのだろうか。……しかし、あれほどすごい音なのになぜ誰も気づいて様子を見に来なかったのか。

 

「……あ、いたー」

 

 遠くの方でツナ達が見える。どうやら死ぬ気弾を打たれたらしく、パンツ一丁のツナと、何故かツナの目の前で正座して土下座している獄寺。

 …………どうしてそうなった。

 

「えーと……遅かった?」

「!! 桃凪、今までどこに!?」

「水汲んできてた。えーと、なんか解決した感じですか?」

「してないから!」

 

 わたわたおろおろと慌てるツナ。獄寺は何だか感極まった顔をしているし、ほんとに何があったんだ。

 ツナと獄寺の周りには火のついたままのたばこと、火の消えたダイナマイトが落ちている。

 ……ツナの思考から予想してみよう。

 きっとツナの事だ、死ぬ気弾を打たれる前はぎゃあぎゃあ言いながら必死に獄寺から逃げ回っていたのだろう。そんであんまり詳しくないが、獄寺の今までの性格からしてそんなツナをイライラしながら攻撃してたんじゃないだろうか。

 追い詰められ、絶対絶命大ピンチになった時にリボーンの死ぬ気弾によってツナは覚醒したんだろう。何をやったのかまではちょっとわからないが、ツナだったら獄寺をどうにかするんじゃなく投げられるダイナマイトを吹っ飛ばすなんなりして危機を回避しようとするはずだ。

 そんで、どうしてこうなってるんだろう。流石にそこまでは分からない。

 

「(獄寺君がなんか怖いんだよ……。貴方こそボスに相応しいとか何とか言ってて……)」

「(はあ……?)」

 

 こしょこしょとツナが事情の説明をしてくれるが、正直言ってわけがわからなくて困っている。獄寺に直接聞いてみた方がいいだろうか。

 と、そこで桃凪の視線は獄寺の周りの地面で未だ火が点いたまま紫煙をくゆらせている煙草達に。流石にどんなに不良っぽい帰国子女でも、体中からたばこのにおいがするのはまずいんじゃないだろうか。それに曲がりなりにも中学校に煙草が散乱してるのも。

 屈みこんで地面に落ちている煙草をつまみ、ポイポイバケツの中にいれていく桃凪。そして一言。

 

「吸いすぎると体に良くないんだよ、背が伸びなくなるんだって。あと、これは一体何事?」

 

 カッ! と獄寺に何故か雷撃走る。なんと、この双子。

 敵だった自分の事を助けた挙句に、体の心配までしてくれている……?

 

「じゅ、10代目、桃凪姫さん……………………一生ついてきます!!」

「……はい?」

「はぁ!?」

 

 え、いやそんな。感涙されながら土下座されても、な桃凪と、何でさっきは怖い顔して追っかけてきてた人が土下座してんの!? なツナ。

 先ほど獄寺が感激していた理由は、うっかりミスで自分がダイナマイトを近くの地面にこぼしてしまった時、敵だったツナが死ぬ気モードで本人の自覚なく獄寺を助けたからなのだが、まぁそこらへんは説明されてもいないししてもわからないだろう。

 

「負けたやつは勝ったやつの下につくのがファミリーの掟だからな」

 

 そしていつのまにか近くにいたリボーン、本当に気配がない。

 獄寺の説明、というか独白によると。

 自分は本当はボスになろうとかそんな大それたことは考えていなかった。ただ、日本にいる10代目候補が自分と同い年と知って、どうしてもその実力を試してみたかった。

 そして実際に会ってみたら、ツナは獄寺の想像を超えていた。敵ですらも助けるその心意気、その優しさ、全身全霊を持ってそれを感じ取った獄寺は、めでたくツナの傘下になることを決めたのだった。

 しかし、そんなことを急に言われても困るのがツナだ。そもそもツナはマフィアの10代目になる気なんてないし、こんな怖い……もといクラスメイトを部下になんて出来ない。

 しかし、普通に友達じゃダメなのかと聞くと獄寺は「そうはいきません」と断固反対の構えだ。その目つきの鋭さも相まって、怖くて言い返せない。

 そしてリボーンはリボーンで獄寺を仲間に出来たのはツナの実力だなんだと別方向に褒め始めるし、桃凪はもう気にしないことに決めて普通に世間話してるし。

 

「ああもう……! なんなんだよこれー!!」

 

 ツナの叫びと疑問は、誰かに答えてもらうことは特になかった。




初めて予約投稿に挑戦してみました。
今の所はストックがあるのでトントン進みますが、無くなってからは大変です。


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第三話 「ねんざにはテーピングがいいらしいです。」

改稿完了


 

 

 

 

 

 ○月×日

 

 はやとが来てから、つなは少し困ってるみたいでした。

 この間は理科のテストが返されたのですが、そこでつなはまさかの20点台を取って先生に嫌がらせを受けていました。

 その後やって来たはやとはなんと全教科オール100。もう笑うしかありません。私の点数? そんなものどうだっていいじゃないですか。

 あと、せんせーが言っていましたが、死ぬ気弾は色々使い道があるようです。詳しくは面倒なので書きませんが。

 それとせんせーがいつもつれていたカメレオンは形状記憶カメレオンらしく、自分のサイズで何にでもなれるそうです。

 この間はつながグラウンドを真っ二つにしていました。すごい。

 しかし、今日の体育は野球です。これでもかというほど憂鬱ですよ……。

 

 

 

 

 

第三話 「ねんざにはテーピングがいいらしいです。」

 

 

 

 

 

「桃凪ちゃん! そっち行ったよー!」

「ちょ……! 無茶言わないで……!!」

 

 ただいま体育の野球の時間。桃凪の今日一番の憂鬱イベントだ。

 体力のない桃凪にとって広範囲を走り回る野球はサッカーと並んでの鬼門。数十分やっただけだが、もうバテバテである。

 そして、そんな状況に追い打ちをかけるように自分の所に飛んでくるボール。もうどうしろと。

 しかし期待されているのは事実なので頑張るしかない。疲れた体に鞭を打ってさらに動く。

 

「ていやぁー!」

 

 ズザー! とスライディングをしてまで手を届かせる。もうもうと立つ土煙。そして結果は。

 

「と、取れた……!」

 

 これで相手は2アウト、あと一回である。

 球を取れたということよりも、誰かの役に立てた感動に打ち震える桃凪。しかしただ一つの問題が。

 

「桃凪ちゃん大丈夫?」

「…………どうしよう。足、くじいたかも……」

 

 先程から鈍い痛みが足首を中心に広がっていて、全く動かない。捻挫(ねんざ)だろうか。

 

「じゃああっちに行って休む? 肩貸そうか?」

「いや、自分でいくよ。大丈夫だから」

 

 そう言う桃凪だが、どう見ても強がりにしか見えなかった。

 しかし気合と根性でどうにか立ち上がろうとして、その時。

 

「おー、大丈夫か?」

「え、うわっ」

 

 ひょいっ、といとも簡単に桃凪の体が持ち上がる。そして誰かに抱えられてる感触。いきなり自分の目線が高くなって、いわゆる、肩車。

 

「オレが連れてってやろうか?」

「や、やまもと……」

 

 肩車の犯人は山本(やまもと)(たけし)。高身長、たぐいまれな運動センス、と桃凪とは正反対な人物だ。気さくでさわやかな性格な為、クラスの皆からの信頼も厚い。女子人気もあり。実際、先程から「桃凪ちゃん羨ましいなー」などという声が聞こえている。

 

「あー、ごめん……」

「いーって事よ。それに桃凪は妹みてーなもんだしな」

「……」

 

 桃凪もこれでも思春期真っ盛りの少女なのだが、そこら辺を分かっているのであろうか。と言っても、山本のそれは皮肉でも何でもなく100%善意からの言葉、なんか怒るのも微妙になってきた。

 

「そういやさ、最近ツナすげーよな」

「む、そう?」

 

 そういった桃凪の視線の先にはボールを探しにあたふたと慌てるツナ。あれを見て言っていたとしたら、本当に疑問に思う。

 

「んー、なんつーかさ最近あいつすげーじゃん。剣道でもバレーでもさ、オレあいつに赤丸チェックしてんだぜ」

「へー……」

「いや、お前も人ごとじゃねーぞ」

「はい?」

 

 山本を…というより肩車されているため実際には山本の後頭部を見ながら、桃凪は首をかしげる。

 

「お前さ、ツナがすげー事やってるときにはいつも隣でフォローしてんじゃん? あれってさ、実際にはやろうとするとすごい難しいことだと思うぜ」

「……そう、なのかな」

「そうそう」

 

 気楽に笑う山本を見ているとどうしてもそうとは思えないのだが、とりあえず頷いておくことにした。

 

「おっし、とうちゃーく」

「あ、ありがと」

「んじゃーな、あまりはしゃぎすぎんなよー?」

 

 笑いながら男子の方に戻っていく山本、どうやら自分の番が来ていたらしい。それを置いといて自分を運んでくれたのだろうか。だとしたら本当にお人好しだ。

 でも、

 

「悪い気はしない……かも」

 

 そしてそこからそう遠くない場所でリボーンが、山本のファミリー入りの計画を立てていたのだった。

 

 

 

 

 

 ツナにとって山本は、人気者で、運動神経抜群で、明るくて、何もかも自分と正反対の人物だった。共通点など自分と同じクラスであることぐらいだろうか。

 異性としての憧れの存在が笹川京子だというのなら、こういうふうになりたい、こんな人になってみたい、そういう同性としての憧れはまさしく山本だろう。

 そんな山本が、ツナに相談してきたのだ。

 

「その相談の内容ってなに?」

 

 桃凪はツナにそう聞き返した。

 ツナは話してきたのは自分にも関わらず、テレビに映るゲーム画面に夢中になっている。どことなく意識を引っ張られたような状態で、答えた。

 

「スランプなんだってさー。野球がうまくいかなくて、どうしたらいいって言われた」

「つな野球苦手だよね? アドバイスできたの?」

「ほっとけ。あー……、努力とか?」

「つなが言えることじゃない気がするそれ」

「いや、まあ、ほら、えーと……。普通の人が言う感じの」

「一般論として?」

「それそれ」

 

 ぽんぽん軽妙な掛け合いだが、内容としては適当な兄を妹がたしなめているという所。

 山本は最近のツナが頼もしくて、つい相談してしまったと言ったらしい。まぁ確かにリボーンが来てからツナは色々と頼もしくならざるを得なくなっている。だって死ぬ気ですから。

 でもそれは実際の実力ではなく、死ぬ気による底上げだ。そもそもツナが死ぬ気になっているときは文字通り必死なので、どうすればいいのかとかそういうのは分かってないのだろう。むしろ、どうするまでも無く体が勝手に動いているという感じだ。直感力、とでもいうのだろうか。

 

「そんな適当な事言ってだいじょうぶ?」

「いやでも、同意してくれたし、山本もやる気出たみたいだしさ」

「ならよかった、病は気からとも言いますしな……」

 

 出来ないと思っていれば出来ない。ツナもそれだ。出来るわけない、出来る筈がない、そういうふうに思っているからいつまでたっても出来なかった。

 けれど、山本の出来ないは「いつも通りに出来ない」だ。いつもと同じことをしているはずなのに、前よりも劣って見える。普通の人なら自意識過剰かもしれないが、山本は野球部では有名な選手。それはあり得ないだろう。

 思い込みとは全く別の所に、原因があるような気もする。

 

「……ねーつな「その山本だがな」あう」

 

 それを指摘しようとした瞬間、リボーンに発言をかぶせられた。狙ってやったわけではないと思うが、……いや、リボーンだしな。

 

「ファミリーにいれるぞ」

「はぁ!? お前何言ってんだよ!」

 

 続くリボーンの爆弾発言にツナがゲームをやめてリボーンの方を見る。リボーンはいつものようにクリっとしたお目目にぷっくりほっぺの無表情。感情がうかがい知れないが、これまでの経験から碌な事考えてないのはツナにだってわかった。

 

「つーか、何でお前がオレの友達の名前知ってんだ!?」

「つな、せんせーは結構色んな所にいるよ」

「教え子の交友関係くらい把握してねーとな」

 

 さらりと告げたリボーンの発言で、ああそういえばこいつ殺し屋だったなと怯えるツナ。自分の日常の中に知らない間にマフィアがらみの事が浸食しているというのは、抜けだせない落とし穴に知らず知らずはまっているようで恐ろしい。

 そして、そんな事情に友達を巻き込みたくはなかった。

 

「山本は野球一筋なんだよ! 俺はそんな山本を応援してるの!!」

「その割にはアドバイスが適当だったよね」

「だ、だって何言ったらいいかわからなかったし……」

「相変わらずダメツナだな」

「リボーンうるさい!!」

 

 こうして、沢田家の夜は更けていくのであった。

 

 

 

 

 

「おい沢田、これ資料室まで頼めるか」

「うぃー? あ、はい了解です」

 

 授業で使った世界地図を、資料室の所定の位置まで戻してほしい。

 地理の授業の後、桃凪は地理の先生からそんなことを頼まれた。

 別に桃凪はクラス委員でも何でも無いのだが、何でかこういう頼まれごとをよくされる。雲雀の所に書類を持って行くのだって、最初は先生方の必死の頼みだった。

 都合のいい小間使いにされている感が否めなくもないが、特に問題を感じてもいないのでスルーしている。

 そして資料室へと続く道。暇なので歌を歌っていた。

 

「どーはどーなつーのどー」

 

 さっきまでは「かえるの歌」だったが、輪唱してくれる相手もいないのに一人さびしく歌うのがいやになってきたので、適当に知ってる歌を口ずさむ。

 

「れーは……れんこんのれー?」

 

 なんかちがう気がするがまぁ良いか。

 目的地である資料室はそこの角を曲がった場所だ。ほどなくしてついた資料室の扉を片手で開く。中は結構埃っぽく、かけられた暗幕が実に穴場スポットっぽさを発揮していた。

 

「みーはみーんなーのみー……ふぬぅっ」

 

 所定の位置、というのは恐らくあそこの『世界地図』と書いてある戸棚なのだろうけど、桃凪の身長では微妙に高かった。おのれ、先生の馬鹿。

 そーっと地図を戸棚に乗っけるように戻していたのだが、ふと、資料室の前を誰かが通り過ぎるような気配がした。

 

「ふぁーは……ん?」

 

 桃凪は思わずそちらのほうに顔を向ける。じっと集中すると、ゆっくりとした足音も聞こえてきた。

 なんだかそれがやけに気になって、さらに神経を集中させる桃凪。

 

「あれって……うわっ!?」

 

 そして床に垂れ下がっていた暗幕を踏みつけ、桃凪は盛大にすっ転んだ。しかもバランスをとろうと振った手が隣の棚の資料を直撃し、それも巻き込んでしまう。

 どさばさがたんごろっ!!

 

「う、うわぁああ……しまった」

 

 なんかの資料の紙とか、昔の硬貨とか、古墳で取れた土偶のレプリカとか、そういったものの中に埋もれてもぞもぞとうごめく桃凪。

 うめいている桃凪がいる資料室の扉が開かれ、突如光が飛び込んできた。もわりと立ち上がっている埃が、外からの光に照らされてキラキラと光を反射している。

 開かれた入り口に立っていたのは。

 

「……桃凪、か?」

「……やまもと?」

 

 あと数分で授業時間にもかかわらず、何故かそこには山本がいた。

 と、そこで桃凪は違和感を感じ取る。山本に、昨日は無かったはずのものが付け足されていたからだ。

 

「やまもと、その腕どーしたの?」

「え、……ああ」

 

 桃凪の視線の先にある、真っ白なギプスに気づいて、山本は笑った。桃凪の目からでもわかるほどに生気がなく、無理してると一発でわかるようなほろ苦い笑い方だ。

 

「ちょっと無理してさ、こんなざまになっちまった」

「大丈夫?」

 

 思わず聞いて、馬鹿かと思う。大丈夫ならそんなものつけていないだろうに。

 

「ん、やっぱいいや。今の忘れて」

「……おう」

 

 少し慌てて取り繕ってみたが、……余計な気を使っているように見えたかもしれない。というか確実に見えていたと思う。なんとなく気まずくて、視線を下に。

 

「……オレ、そろそろ行くな」

「え、う……」

 

 頭の上から降ってきた声、予想外の言葉だったというわけでもないのに、驚いてしまった。

 山本と桃凪はそこまで親しいわけでもない。山本の誰とでも仲良くできるスキルがあるから傍目には友人のように見えるが、性別、性格、趣味嗜好、なにも当てはまるところがない二人は、そこまでお互い深いところに踏み込む仲でもない。

 しかし、そんな桃凪でも今の山本を一人にしておくことはなんだかためらわれた。

 山本は桃凪に背を向けてどんどん進んでいく。桃凪は、その背中に向かって思い切って声をかけてみることにした。

 

「…………やまもとー!!」

「うおっ! な、なんだ?」

 

 いつも叫んだりしない桃凪が久しぶりに放った大声に、さすがの山本も驚いたようで肩を震わせ、振り返る。

 しかし、なんて言おう?

 

「…………そっち、屋上だよ?」

「……ちょっと風に当たりたくてさ」

 

 それだけ言って、また山本は桃凪に背中を向けた。

 桃凪の言葉は、届かなかった。

 

 

 

 

 

「んー……むー……」

 

 先生からの用事が終わった後、なんとなく教室に戻りづらくて桃凪はうろうろしていた。

 それというのも、山本だ。

 あの後、山本を追っかけて屋上まで行こうかと思ったのだが、山本の背中からはなんだか、関わってほしくなさそうなオーラが出ていて、どうも足を向けることができなかった。簡単な話、桃凪はビビってた。

 

「どうしよう……」

「行きゃいいじゃねーか」

「うわっ!? ……あれ? せんせー?」

 

 いつの間にか、というかこれももうお馴染みみたいになっているが、リボーンがいつものごとく桃凪の隣に現れる。しかも状況の把握を完璧にしている状態で。

 桃凪はちょっとだけ眉を下げて、リボーンに相談してみた。

 

「ねえせんせー」

「なんだ」

「私、あのとき山本に何を言ってあげたらよかったのかなぁ」

 

 あの時、去っていく山本になんて声をかけたらよかったのかわからなかった桃凪。励ますのも何か違った気がした。けれど、桃凪は励ます以外に山本にかける言葉が見つからなかった。だからこそ、あんな言葉になってしまったのだけど。

 もしも、

 

「私じゃなくて、つなだったら、なんか違ったことが言えたのかな」

 

 あの場にいたのがツナだったら。同じ男の子だったら、山本にかける言葉が見つかったのだろうか。

 

「それはオレにもわからねーな」

「……結構ざっくりだね」

「そりゃそーだ。何がどうしてたら、とかこれがこうなったら、とか、今更考えても仕方ないだろ」

 

 すぱりと切って捨てられた桃凪の悩みは、確かにそうかもしれない。

 結果というのは最後までわからない。ここにいたのがツナだったとしても、ツナが何も言えずに終了していた可能性だってないわけじゃないのだ。可能性なんて、それこそ無限大にある。

 

「まあ、ツナの答えなら聞けるぞ」

「え? それって……」

 

 どういう意味、と聞こうと思ったら、リボーンはもういなくなっていた。

 よくわからなくて、首をかしげる桃凪は、窓の外を見る。快晴だ。

 だけど、なぜだろう? なんとなく予感めいたものを感じて、桃凪は窓を開ける。涼しい風が吹き込んできた。

 そして、その風に乗って声が聞こえてきた。

 

『――だから、オレは山本と違って死ぬほど悔しいとか、挫折して死にたいとか、そんなすごい事思った事無くて……』

 

 この声は、間違えようもなく。

 

「……つな?」

 

 弾かれたように桃凪は窓から身を乗り出して、上を見上げる。ぶわりと風が頬を撫でて、桃凪の長い髪を巻き上げた。

 

(……あそこにいるのは、やまもと? つなは……声だけしか聞こえない)

 

 屋上のフェンスの外側に立っているのは山本。ツナの声は聞こえてくるが、声だけ。姿は見えなかった。

 

『むしろ、死ぬときになってすっごく後悔するような情けない奴なんだ……』

 

 でも、ツナの言っていることは、まさしくあの時、桃凪が山本にかけることができなかった言葉だった。

 

『どうせ死ぬんだったら、もっとちゃんと、死ぬ気になってやっておけばよかったって。――――こんなことで死ぬの、もったいないな、って』

(つな……)

 

 知らないうちに、桃凪は目を細める。眩しいものを見るかのように。

 羨ましい。本当に、ツナは羨ましい。

 桃凪は自分が結構臆病なことを自覚している。人よりも多く考えてしまうのはそのせいだし、どこか飄々とした態度をとってしまうのも、相手の敵意とか、そういったものを削ぐのがそれが一番だとわかっているからだ。

 だから、何かを選択するときは悩む。それはもう悩む。

 できれば1時間2時間悩んでいたいところだが、現実の時間でそんなに悩むことはできない。だからいつも、これでよかったのだろうか、これで大丈夫なんだろうかと、いつもそうやって悩んでいる。いつまでたっても、桃凪は悩みから解放されたことがない。

 だから、桃凪はツナがうらやましい。考えなくても、悩まなくても、そうやって答えを選ぶことのできるツナが。

 そう感傷に浸っていると、屋上での時間は進んでいた。山本とツナは相変わらず話をしていて、フェンスの外に飛び出している山本は、非常に危なっかしい。

 落ちてしまったらどうしよう、そんな風に考えたとき。

 

「……え?」

 

 グラリ、と山本の体が、そして今まで見えなかったツナが。

 落ちた。

 声も出なかった。視界だけがやけにスローモーションで、ゆっくりとバランスを崩してく二人が見える。

 ああ、助けなければ。

 そう頭では思ったのだが、体は動いてくれなかった。

 いや、

 

「……っ!!」

 

 動かなければ。見えて、わかっているのなら、動くことだってできるはずだ。

 窓から顔を引っ込め、足に力を入れる。行くべき場所は、二人が落ちてくる中継地点。間に合うか、いや、間に合わせる。

 体が重い。運動音痴の自分にはどうやら荷が重すぎたようで、たった数歩にもかかわらず心臓はもう爆発しそうなくらい鳴りだしていた。きっと緊張でもあるだろう。

 桃凪のすぐ上の階で爆音が鳴った。それは桃凪にとってつい最近聞きなれてしまった、銃の音。でもそんなことはどうでもいい。

 ようやくたどり着いた場所。窓を開けて、

 

「つ、なぁああああああああああああああああ!!」

 

 手を伸ばせ――!!

 

 上を向いたらすぐ目の前、目と鼻の先に山本を抱えるツナがいた。ツナも桃凪に気づいて、手を伸ばす。

 一瞬に近い刹那に、二人の手がしっかりと繋がった。

 だが、

 

「うぇっ!?」

 

 ツナの手を掴んだ桃凪に降りかかってきたものは、人間二人分の体重。ずしりと肩が外れそうな重量は、桃凪には少し荷が重かった。踏ん張っていた足はあっさりとはずれ、体が宙に浮いた。

 

(……あ、死んだ)

 

 どこか諦観を抱いた頭でそんなことを思ったのだが。

 宙に浮いていた重心が、しっかりとしたものに支えられる。それと同じタイミングで、窓のサッシを掴む手が見える。

 それは間違えようもなく、ツナの手だ。

 

「……ぅ、おりゃああああああああ!!」

 

 掛け声一発、ツナが廊下へと身を乗り出す。ツナのもう片っぽの手には山本が抱えられていて、慌てて桃凪も山本の体を掴んで引っ張り込む。

 三人で巻き込み転がりながら、どうにか安全な着地を果たす。どうもツナは死ぬ気になっていたらしく、額にオレンジ色の炎が光っていた。

 

「……は、はぁ……死ぬかと思った」

「……それは私のセリフなんだよ」

 

 廊下に大の字に転がりながら、虫の息で桃凪は答える。本当に、死ぬかと思った。

 かなりの紙一重、失敗すればツナと山本どころか桃凪まで一緒に落ちかねなかった。というか一瞬落ちかけた。けれどそうならなかったのは、運の良さとタイミングと、あとはほんのちょっとの頑張りだろう。

 

「! そうだ、山本! 大丈夫か?」

「ああ。……ツナ! おまえスゲーな!」

「えっ?」

「おまえの言う通りだ、死ぬ気でやってみなくっちゃな」

 

 屋上でしていた会話の深いところを桃凪は知らないが、この様子を見る限りいい方向へと進んでいるらしい、良きかな良きかな。

 山本の顔には先程までの陰鬱そうな表情はなく、何処となく晴ればれとした顔に。元に戻ったのだ。

 

「オレどーかしちまってたな。バカがふさぎこむとロクなことねーってな」

「山本……!」

「桃凪もサンキューな」

「いいよ、つなとたけしのためだし」

 

 山本からまっすぐ感謝されて、どことなく桃凪もうれしい気分に。呼び方もやまもとからたけしへと変わっていた。

 

「さて、まずはつな……服を着ようか?」

「え。……げっ!!」

「あっはっは。おまえら本当におもしれーなー」

「……あ、思い出したかもしれない」

「思い出したって……何がだよ?」

「んーつな、えーとね」

 

「ふぁーは『ふぁいと』のふぁだよ!」



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第四話 「小さい子は無条件で大事にするものです。」

 

 

 

 

 

 ○月△日

 

 この前、きょーこちゃんが家に遊びに来ました。なんでも、せんせーが財布を忘れて困っている所で出会ったとか。

 そんで、まぁ、色々あって。きょーこちゃんには本当に申し訳ない事をしました。……ごめん。

 それでその時、きょーこちゃんと一緒にテスト勉強をする事になったんです。せんせーに頼んでもよかったのですが、せんせーはつなにかかりきりな感じがしたので、頼むのやめときました。

 それに、私の部屋を爆破されたくはないし。

 というわけで、今日はきょーこちゃんとはなちゃんの3人で勉強に行ってきます。

 

 

 

 

 

第四話 「小さい子は無条件で大事にするものです。」

 

 

 

 

 

「きょーこちゃん、これの答えわかるー?」

「これ? んー……こうじゃないかな」

「ありがとー」

「あ、桃凪ちゃんこれわかる?」

「これは多分……こうかな」

「ありがとっ」

「あんた達ほんと仲良いわねー……」

 

 ただいまここは京子の部屋。桃凪は京子とその友人である黒川(くろかわ)(はな)と共にテスト勉強の真っ最中だ。

 ツナは京子と一緒に勉強できると聞いてとてもうらやましがっていたが、リボーンに捕まってしまったためあえなく不参加となった。出かける時にツナの悲鳴と爆発音が聞こえたが、あえて気にしなかった。

 

「やっぱ精神年齢が似てるのよあんたら」

「そーかなー?」

「否定できないかも」

 

 そんな感じで楽しく談笑していると。

 

『極限!! 帰ったぞぉおおおおおお!!!』

 

 ドバァン!! ととんでもない轟音と共に家を揺るがす大絶叫。

 

「な、何事!?」

「と、桃凪ちゃん落ち着いて」

「あー……」

 

 何やら訳知り顔の黒川と混乱する桃凪をなだめる京子。そしてそれにかまわずズンズンと近づいてくる謎の人物。

 

「京子ー! 帰ったぞ!!」

 

 そして今度は京子の部屋の扉がズバン! と開け放たれる。

 あんだけ大きい声ならわざわざここまで来なくても聞こえるだろうに。というかこの人は一体誰だ?

 唖然としながら謎の人物を見上げる桃凪だが、京子も黒川もこの人物が誰かわかってるらしい。

 

「もう! 友達が来てるんだからいきなり入ってこないでよ!」

「む! 京子の友人か、挨拶をしなくてはな!!」

 

 人の話を聞いているようで聞いていない謎の人物はくるりとこちらに向き直り。

 

「オレはボクシング部の笹川(ささがわ)了平(りょうへい)!! 座右の銘は『極限』だ!! 京子をよろしくな!」

「え、あ、はぁ……。沢田桃凪姫です。以後よろしく……」

「何……!」

 

 桃凪の名前を聞いた瞬間、クワッ! と了平の目が見開かれた。

 

「沢田とはあの沢田か!!」

「あ、『あの』……? えーと……双子の兄は沢田綱吉です……?」

「!! やはり……!」

 

 そのままの勢いでガシィ! と桃凪の肩を掴む了平。

 

「よし! 沢田共々ボクシング部に入れ!! 桃凪!!」

「はぃ!?」

 

 正直言って、ついていけない。

 なぜいきなりボクシング部? どうやら話を聞く限りボクシング部に所属しているらしき了平。ツナをボクシング部に入れたいのは分かった。しかしなぜ自分も、そこがまったくわからない。

 

「な、何故私も……」

「うむ! 良い質問だ」

 

 桃凪の肩を掴んだまま、解答を始める了平。というかいい加減痛くなってきたのだが。

 

「知っての通り、沢田は100年に一人の逸材だ」

(いや、多分違うと思う)

「だからこそオレは近々沢田にボクシング部への勧誘をしようと思っている」

(その話は初耳だ)

「そして! 何よりも!!」

 

 グォオ! と声のボリュームを一段階上げる了平。至近距離で聞いている桃凪の鼓膜は壊れんばかりだ。

 

「いいボクサーを育成するには優秀なトレーナーが必要不可欠!! そして沢田のコンディションを完璧にできるのは桃凪、お前だけだぁああああ!!」

「あ、あの! ゆ、ゆゆゆ揺らさないでぇええええ!」

 

 ノリに乗ったらしき了平のテンションと共に首がもげるのではないかというほどガックンガックン揺さぶられる桃凪。死ぬ、これは本当に死ぬ。

 

「お兄ちゃんったら!! いい加減にしてよ!」

 

「む……」

 

 そろそろお花畑が見えてきた桃凪に突如聞こえた救いの声。その声を聞いて了平の桃凪を揺さぶる手がぴたりと止まる。助かった。京子、本当にありがとう。

 

「ちょっと、大丈夫?」

「あー……うん……。ちょっと、おじいちゃんがあっちに…」

「本当に大丈夫!?」

 

 先程から黒川に意識確認をされているが、正直目の前がぼやけて何も見えない。うーむ、おじいちゃんは意外と若いというかツナそっくりだなおじいちゃん。いやツナがおじいちゃんそっくりなのだろうかこれ。

 

「あれほど桃凪ちゃんをボクシングに誘うのはやめてって言ったのに!」

「いやしかし例え京子の頼みでもこのオレの熱いボクシングへの情熱を止めることはできん!」

 

 どうやら了平はそのまま京子のお説教コースまっしぐらのようで。なんというか、力関係がわかりやすい兄妹だなと思う。うちの家は良くも悪くも半々くらいだし。

 

「京子ー。電話が来たわよー」

 

 階下からの声。あれは確か京子ちゃんのお母さんの声か。

 

「大体お兄ちゃんはね……え? 誰だろ?」

 

 それを聞いた京子はトントンと下に降りていく。そして残された桃凪達。

 

「ではな! 入部の話、考えておいてくれ!!」

 

 そして了平は自分の部屋に戻ったらしい。去り際に置き台詞を忘れずに。

 

「はぁ~。京子の家にくるとこれが毎回あるのよね~」

「そうなんだ……」

 

 だから黒川は京子の家で勉強すると聞いた時に渋ってたのか、と桃凪はいまだよく回らない頭でぼんやりと思う。いや、物理的な意味ではよく回っていたが。

 

「桃凪ちゃん、ツナ君から電話だよー」

「え?」

 

 ツナが自分に? 一体何があったのか。もしかしたらリボーンの指導が厳しすぎて息抜きに電話してきたのだろうか、そんなことリボーンが許すとも思えないが。

 そんな疑問を抱きながら受話器を取る。

 

「もしもし?」

『ああ、桃凪。ちょっと悪いんだけどさ――すぐ帰ってこれない?』

「なんでー?」

『いやー、いろいろあってさ『ぐっぴゃああああ!』あーコラまた!!』

 

 ブツン!

 …………、

 ……、えーと?

 

「桃凪ちゃん? ツナ君なんて言ってたの?」

「んー、なんか呼ばれたから帰る事になった?」

「そうなんだ……、ねえ、今度はどこかに遊びに行かない?」

「……いいの?」

「いいよ!」

「……ありがとう」

 

 

 

 

 

「……ふむ」

 

 今の桃凪の精神状態を一言で表わそう。

 困惑。これ以外にない。

 

「どーもー、過去の桃凪さん」

「……誰ですか?」

 

 目の前にいるのはなんか、伊達男って感じの男性。年齢的に、桃凪と同じか少し上というくらいだろう。

 

「オレの名前はランボです。この時代だとまだまだ子供ですが」

「この時代?」

「それ」

 

 そういってランボが指さしたのは普通のバズーカ。いや、バズーカなんてものが普通に転がっている時点で普通ではないか。

 

「それは『10年バズーカ』と言いまして、それを自分に撃つと10年後の自分と5分間だけ入れ替わる事が出来るんですよ」

「へー……」

 

 なんでそんなものがあるのか、なんて事はつっこまない、つっこまないよ。

 

「……そろそろ時間のようですね。では桃凪さん、また」

「あーうん、またね」

 

 別れの挨拶をした途端、ポムンという音と共につい先ほどまでそこに佇んでいたランボの姿が消える。

 いや違う、消えたのではない。

 

「ほぇ……?」

 

 声は足元。視線を向けると牛っぽい着ぐるみを着た5歳くらいの男の子が。これが今のランボなのだろうか。

 ランボはしばらくキョロキョロとあたりを見回して、桃凪に気づいた。

 

「! おまえ誰?」

「桃凪だよ、君は?」

 

 もうすでに10年後のランボから聞いていたが、自己紹介と言うのは小さな子にはかなり重要なプロセスだ。これを無視することはできない。

 

「オレっちランボさんだよ! 好物はブドウと飴玉なランボさんだよ!」

「そうなんだ~」

 

 やはり、小さい子とは可愛い。普段は周りを見上げる立場の桃凪にとって、自分が見下ろす事になる存在と言うのはとても新鮮だ。

 

「あ、桃凪!!」

「ん?」

 

 玄関にずっといたために気づかなかったが、どうやらツナがランボの子守(こもり)をしていたらしい。所々ボロボロになっている姿はとてもシュールだ。

 

「つな、ただいま」

「お帰り……じゃなくて!」

「つな……」

 

 心底落胆した、という視線をツナに向ける桃凪。ツナはツナで何故そのような視線を向けられるのかがわからない。

 

「小さい子は大事にしなきゃだめだよ?」

「…………その小さい子がマフィアでウザくなかったら大事にするさ……」

 

 がくり、とツナが脱力する。

 

「小さい子は世界の宝だから」

 

 沢田桃凪姫。子供好きである。




ストックあるうちはサクサク行きますよー。無くなったらたぶん月一更新とかになりますよー。


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第五話 「スイカの美味しい季節です。」

 

 

 

 ○月□日

 

 この間はたけしの入ファミリー試験がありました。

 それにたけしは見事合格。はやともたけしの事を認めたようですし、一見落着と言ったところでしょうか。

 そしてつなはこの間とてつもなく綺麗なお姉さんに殺されかけていました。

 何を言っているかわからないかと思われますが、本当です。

 どうやらせんせーの事が好きらしいそのお姉さん、お姉さんも殺し屋らしくつなを殺してせんせーを自由の身にしようとしていたみたいでした。愛って怖い。

 どうもそのお姉さん毒殺が得意らしいです。なんか見るだけでおどろおどろしいものを作ってました。お姉さん命名「ポイズンクッキング」

 調理実習でおにぎりを作りました。しかしつなに食べられました。あんにゃろう。まぁ、別に誰もあげる人がいなかったからいいですけど。どうせつなにあげるつもりだったし。

 夏ですから暑いですね。せんせーはこの間「素麺が食べたい」って言ってましたから多分今日あたり食べるんでしょうね……。

 

 

 

 

 

第五話 「スイカの美味しい季節です。」

 

 

 

 

 

「暑い……」

 

 とある夏の日に、アイスを買いに行っていた桃凪は溶けかけていた。

 

「いや、夏は暑いもの……だからこれが普通……普通……」

 

 半端な自己暗示でどうにかしようとするが、やはり暑い。太陽はまるで突き刺すような日光を送ってくる。

 

「う~。だって家にアイスが無かったのが悪くて……ん?」

 

 そうやって考えていた桃凪は道の向こうに人を見つけた。

 何やら猛スピードで走っていく、獄寺を。

 

「おー、はやとー」

「すいませんまた今度!」

 

 声をかけた桃凪だったが、どうやら獄寺には自分の相手をする余裕はない様子。そのままどこかへと走って行ってしまった。

 

(……何だったんだろうか)

「あ! 桃凪ー!」

 

 そしてさらに向こうから走ってくるツナ。

 

「やっほーつなー。アイスが売り切れてたー」

「え……、いやまあそれはともかく!」

 

 一瞬戸惑った表情をしたツナだったが、売り切れてたものは仕方がないじゃないか。

 そんな風に考える桃凪にツナは問いかけた。

 

「獄寺君がどこに行ったかわからない? 確かこっちだったと思ったんだけど」

「あー、なんかものすごい勢いで走って行ったー……」

「そっか、ありがと!」

 

 桃凪の指さした方向に走っていくツナ。桃凪はそれを眺めて、

 

「……私も行こっかな」

 

 どうせアイスは今ないのだ、だったらいつ帰っても似たようなものだろう。

 

 

 

 

 

 獄寺は神社まで走ってきていたようだ。

 

「獄寺君……」

 

 神社の木にもたれかかり荒い息を吐く獄寺、ビアンキを見たことからこうなってしまったみたいだが、一体何が。

 

「あ……あの……ごめんねせっかく持ってきてくれたスイカ……あんな事になっちゃって」

 

 それと言うのもビアンキの事を視認した獄寺が条件反射的におもわず床に落としてしまったのだが、好意で持ってきてもらったのだ、ここは謝っておこう。いや決して怖いわけじゃない。

 

「……アネキとは8歳まで一緒に住んでました」

 

 そして獄寺は語りだした。自分とビアンキ、両者に深くかかわる過去を。ちなみに、獄寺がビアンキをアネキと呼んでいるのは、二人が血の繋がった兄妹だからだ。

 

「……なんで、こんな、雰囲気に……ゼェ、ハァ」

 

 そして少し離れた所でそれを眺める桃凪。ツナと一緒に獄寺を追いかけていたために息も絶え絶え。元々ツナのペースに合わせようとしたのが間違いだったか。

 それはともかく。

 

「うちの城ではよく盛大なパーティーが行われたんですが、オレが6歳になった時初めて皆の前でピアノを披露する事になったんです」

 

 さらりと城に住んでいた事を告げる獄寺。もしかしたら彼はかなりいい所のお坊ちゃんだったんだろうか。

 そんなツナたちの驚愕にも気付かず、彼は話を進めていく。

 

「その時、アネキが初めてオレのためにクッキーを焼いてくれたんです。それが彼女のポイズンクッキング第一号でした――……」

 

 遠くを見ながら目を細め、たそがれる獄寺。彼は今何を思っているのだろうか。何となく予想は出来るが。

 

「後でわかったんですが、アネキは作る料理が全てポイズンクッキングになる才能の持ち主だったんです」

「どーなってんのソレ!?」

 

 ある意味、究極の料理下手。しかも暗殺に使えるほど強力なやつだ。

 

「もちろん当時クッキーを食べたオレは激しい目眩と吐き気に襲われ、ピアノの演奏はこの世のものとは思えないものに……」

 

 むしろそれで済んで幸運だったと思うべきか、やはり昔は毒素が少なかったのだろうか。それとも獄寺が毒に強いかどっちか。

 

「でもそれはほんの序章でしかありませんでした」

 

 まだあるのか。

 

「そのイカレた演奏が高く評価されてしまったんです」

「「ええー……」」

「気を良くした父は発表会の数を増やし、オレはそのたびにアネキのクッキーを食べなくてはいけませんでした…」

「うわああ……」

「よく生きてたね……」

 

 原因がわかりきっている恐怖ほど怖いものはない。しかも逃げられないとなれば、ああなっても仕方がないだろう。

 

「その恐怖が体に染みついて今ではアネキを見るだけで腹痛が……」

 

 ああ何という悲劇。双子の思いはおおむね同じだった。

 

「うすうす感づいてたけど強烈なお姉さんだね」

「ええ大嫌いです」

 

 まぁそんな思い出があれば苦手になるのはしょうがないか。仲が悪い人達を見るのはあまり好きではない桃凪だが、仲良くなれと言ったら獄寺にかわいそうだ。

 

「オレはアネキに近づけません。10代目……アネキをこの町から追い出してもらえないでしょうか」

「ええ!? そ……そりゃあどちらかと言えばオレもビアンキがいない方がすごくうれしいけど……でも……オレじゃあ…」

「作戦があります!」

 

 そして獄寺は語りだした。実はビアンキにはリボーンに惚れる前にメロメロだった男がいたとの事。その恋人は事故で死んでしまったらしいが、いまだにビアンキはその恋人の事が忘れられないらしい。

 

「そこで、その元彼とそっくりな奴を探すんです。アネキをそいつに会わせれば地の果てまでそいつを追いかけるはずです」

「またぶっ飛んだ作戦だー!?」

 

 いくら世界には同じ顔の奴が3人はいるとは言われているが、そう簡単に見つかるのだろうか。

 

「これが元彼の写真です」

 

‎ 獄寺が取り出した写真。そこに映っていたのはビアンキと、

 

「こんな牛男見た事ある……!!」

「というより、見た目10年後らんぼじゃん」

 

 ならランボに10年バズーカを撃ってもらえば大丈夫なのか。少しだけ簡単になった作戦にツナは安堵して、

 

「じゃあ、がんばれつな」

「え、桃凪は手伝ってくれないの!?」

「うん、だって」

 

 桃凪は一言。

 

「暑いんだもん」

 

 

 

 

 

 家に帰って数分後。誰かの叫び声とかツナの叫び声とか聞こえてきたが。クーラーの利いた部屋で惰眠をむさぼっていた桃凪には届かなかった。




少しづつ内容が短くなっていく気がします。気がするじゃないです、短くなってます。確実です。


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第六話 「乙女心は盲目です。」

 

 

 

 

 

 ○月◇日

 

 昨日、面白い女の子に会いました。

 はるちゃんって名前の子です。

 はるちゃん、かなり思い込みの激しい子みたいで、つなの事をリボーンを悪の道に引き込もうとしている極悪人だと思っているみたいでした。

 さて、明日も学校ですがいつも通りに毎日が暑いです。それに眠くなるし……。

 きょーや辺りに頼んで、応接室に居させてもらいましょうか……。

 

 

 

 

 

第六話 「乙女心は盲目です。」

 

 

 

 

 

「暑い~」

「桃凪ホント体力ないから……」

 

 朝にしては気温が高かった、とある夏の日。

 

「それにしても、昨日の子は本当によく解らなかったな~」

「面白い子だったよー」

 

 ツナたちの話は自然と昨日会った女の子、三浦(みうら)ハルにと移っていた。

 

「女の子にグーで殴られるなんて初めてだったよ……」

「……確かに」

 

 傍目で見ていた桃凪も驚いたが、何より一番驚いていたのはツナだろう。そんな機会そうそうないのだから。

 そんな感じで世間話をしていた双子の耳に、不思議な音が聞こえてきた。

 ガシャン、ガシャン、と何か金属的なものをこすり合わせる音。

 最初は暑さの余り幻聴でも聞こえてきたのではないかと思っていたツナ達だったが、それが間違いである事に気付いた。

 だって後ろにいたのは。

 

「おはよーございます……」

「あんた何ー!?」

 

 何やら武将が着てそうな甲冑をまとい、片手にヘルメット、もう片方にはアイスホッケーのスティックを持ったハルだった。

 

昨晩(ゆうべ)頭がぐるぐるしちゃって眠れなかったハルですよ……」

「いくら眠いからってそういう恰好はどうかと思う」

「違いますよ桃凪さんー。それじゃハル変な子じゃないですか」

 

 いや十分変だアンタ。

 桃凪は内心でそう思ったが、思うだけでは伝わらない。

 

「リボーンちゃんが本物の殺し屋なら、本物のマフィアのボスになるツナさんはとーってもストロングだと思うわけです」

「な!?」

「何故……」

 

 そう言ったハルは片手に持っていたヘルメットを被った。

 なるほど、どうやらヘルメットをそのままつけて歩くことは怪しいと思うくらいの常識はあったらしい。もっとも、いくら彼女でも寝ぼけてなければこういう恰好はしないと思うが。

 

「ツナさんが強かったらリボーンちゃんの言った事も信じますし、リボーンちゃんの生き方に文句も言いません」

 

 そしてスティックを構えたハル。

 

「お手合わせ願います! あちょー!」

「うわっ、ちょっ、待てよ!」

 

 変な掛け声の割に思いっきりスティックをぶん回したハルの一撃は重い。ツナは悲鳴を上げながらハルの攻撃を避けるが、重い甲冑を着ている割にはハルの動きは俊敏だ。

 とりあえず攻撃が当たらないぐらい遠くに移動した桃凪はこのまま人を呼ぼうかどうか考えていると。

 

「10代目ー!!」

 

 人が来た。ただし、獄寺だが。

 

「下がってください!」

「え?」

 

 そのままダイナマイトを投擲。

 そして、普通の一般人であるハルにそれをよける術はない。

 

「はっ、はひー!!」

 

 ドガァン!

 橋の上での爆発。衝撃によりコンクリート製の橋が少し揺れた。

 そしてハルは橋の下、つまり川に落下。鉄製の甲冑を身にまとっている事を考えると、危ない。

 

「つな! 助けないと!!」

「え……う、うん! でもどーやって……」

「助けてやるぞ」

 

 そう言って橋の欄干に立つリボーン。しかし、リボーンが助けるとはつまり。

 

「ツナ、行ってこい」

「え、」

 

 そのまま脳天に死ぬ気弾を一発。

 川に落下していくツナ。それを見ながら桃凪はポツリと思った。

 

(……流されるな、服)

 

 

 

 

 

「ありがとーございました……」

 

 橋の下の河原、無事助け出されたハルは体育座りでうずくまっていた。そのハルに向けて若干不機嫌な獄寺が話しかける。

 

「ったく、反省してんのか? 10代目にもしもの事があったら、おめーこの世に存在しねーんだからな」

 

 ハルは無言。しかし、よく見てみると細い肩が細かく揺れていた。

 

「……プ」

 

 ついに耐えきれなくなったように口から笑いが漏れ出る。そのまま顔を上げたハルは満面の笑みで。

 

「『死ぬ気でハルを救う!』『オレに掴まれー!』……そんなクサイセリフ、テレビの中だけだと思ってました」

(反省してねぇ!)

 

 愕然とするツナに何やら夢見る乙女のような視線を向けるハル。

 

「すごく……ステキでしたよ。リボーンちゃんの代わりに飛び込んでくれた10・代・目(はぁと)」

「な!?」

「……うーん」

 

 どうやらハルはツナに惚れてしまった模様。これはあれだろうか、危機的状況に陥ると恐怖のドキドキと恋を勘違いするという。

 

「……吊り橋効果?」

 

 なのだろうか。それともピンチを助けてくれたツナに惚れたのだろうか、どちらもありえそうな感じがする。

 

「ハルはツナさんに惚れた模様です……」

「ん゛なー!? で、でも確かリボーンの事が好きなんだろ?」

「今はツナさんにギュッとしてもらいたい気分です!」

「えー!?」

 

 その後はまぁ、追いかけるハルと、必死で逃げるツナの鬼ごっこが始まったという事で。とりあえず学校はもう遅刻だろうね。

 

「つな、ファイト」

「何を!?」




ハルってアホ可愛いと思うんです。というかヒロイン二人は天然な所が可愛いと思います。


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第七話 「優雅で気品があふれる、そんな人に私はなりたいです。」

 

 

 

 ○月☆日

 

 夏休みに入りました。

 つなはテストの成績が悪かったせいで毎日が補習。夏休みに入ったのにちっとも夏休みな感じがしないよ! と嘆いてました。

 たけしも一緒だったみたいで、一緒にプリントを片づけてるみたいです。

 私は夏休み満喫してます。この間はきょーこちゃんと一緒に遊びに行きました。

 今日ははるといっしょにケーキ屋『ラ・ナミモリーヌ』に行ってきます。

 

 

 

 

 

第七話 「優雅で気品があふれる、そんな人に私はなりたいです。」

 

 

 

 

 

 突然だが。

 夏は遊ぶためにあるもの、というのはほぼ全国の中学生の意見として間違ってはいないだろう。

 

「桃凪さんはどんなケーキが好きなんですかー?」

「あそこのケーキは何でも美味しいけど、やっぱりピーチタルトが好きかも」

「ああ、美味しいですよねー。クリームの甘さが控えめで桃の甘さに見事にマッチしてるんですよね!!」

 

 女同士でキャッキャとケーキ談義しながらの散歩。ツナはあまりケーキが好きというわけではないし、正直言って楽しい。

 その時。

 

「あの、ちょっといいですか?」

 

 トントン、と後ろから肩を叩かれた。

 

「……失礼ですけど、この場所わかります?」

 

 サラサラとした金髪のブロンドを肩より少し下まで伸ばし、頭にはつばの広い真っ白な帽子。着ているものはふんわりとしたワンピース。手には地図と日傘。とどめに真っ白な肌と茶色い瞳。

 一見すると避暑地のお嬢様のような、そんな完全無欠の美女がそこにいた。

 

「……あの?」

「……。あ、えーと、どこの事ですか?」

「ここです」

 

 あまりの美しさに呆然としていた桃凪とハルだったが、お嬢様(?)の呼びかけにすぐ我に返る。

 そしてお嬢様(?)が白い指で指した場所には、

 『ラ・ナミモリーヌ』

 の文字が。

 

「はひ、お姉さんもここに行くんですか?」

「まぁ、では貴女達も?」

「はいー。案内しましょうか?」

 

 お嬢様(?)は少しだけ迷った後、やがてにっこり微笑みながら。

 

「では、お願いしますね」

 

 

 

 

 

「はひー、リータさんはイタリアからやってきたのですか」

「ええ、ちょっと旅行に」

 

 お嬢様の名前はリータと言った。なぜか、名字は明かしてくれなかったけど。

 リータの話では、彼女には弟がいるらしい。なんでも、ちょっと前までダメダメだったんだとか。

 リータの口から出てくる弟の姿は、とても、いやかなりのドジかつおっちょこちょい。もう少し何とかしてほしいと嘆いているリータだが、かすかに言葉の端に浮かぶ親愛に気づいているのだろうか。

 

「うちと少し似てますね」

「あら、そうなの?」

 

 もっとも、こちらは弟ではなく兄だが。

 女三人寄れば(かしま)しい、とはよく言ったもので。話題は尽きることはなく、いつの間にかケーキ屋の目の前に来ていた。

 

「美味しそうです!」

「迷うねー……」

「あらあら、これは壮観ね」

 

 店内のショーケースにずらりと並ぶケーキ。どれもこれもが自分の主張で忙しそうな逸品たちだ。

 

「りーたさんは、どれがいいのですか?」

「そうね……あのショートケーキとかいいかもしれないわ」

「ハルはこれに決めましたっ!」

 

 店内にはいつもより男性客が多い気がする、もしかしなくてもリータを見るためなのだろうか。実際、歩いているときも彼女は注目を集めまくっていた。もっとも、彼女はそれに気づいていなかったが。

 ふと、ハルが桃凪の買ったケーキを見て不思議そうな声を上げる。

 

「はひ? 桃凪さん、ピーチタルトの他にも買ってるんですね?」

「ああ、うん。家にいる人達の分」

 

 買ったケーキは五つ。ピーチタルトは自分で食べる物として、他の物はランボとビアンキとツナと母に。リボーンは甘いものをあまり食べそうにないので除外。

 

「ふふー……♪」

 

 家に帰るのが楽しみだ。

 

 

 

 

 

「でね。弟ったら、仲間の前だと恰好いいのに家だとまるで駄目なのよ」

「ほぇー。私の兄は誰の前でもおおむねダメですね…」

「ハルはそんな事思いませんよ! ツナさんはすっごくかっこいいです!!」

 

 帰り道。桃凪達は例の如く世間話をしていた。

 

「この間も夕飯の時に零してて、片付けが大変だったの」

「へー……そーいえば……」

 

 恐らく、ここに男性がいたらいい加減にしろよおまえらいつまで同じ話するつもりだとか思っていただろうが、残念な事にここにいるのは戸籍上も生物学上も女性なメンツだけだ。

 ちなみに、さっきの話はこれで三回目である。

 

「どこの家でも似たようなことはあるもので――――?」

 

 笑顔で話をしていた桃凪の言葉がぴたりと止まる。

 

「どうしたんですか? 桃凪さん?」

「……あれ」

 

 桃凪が指さした先、そこには。

 

『さっさと車の用意しやがれ! じゃねーとこのガキぶち殺すぞ!』

『落ちつきなさい! まずは落ちついて私達の話を――』

『うるせぇ!!』

 

「「「……、」」」

「は、はひー!? たたた大変ですデンジャラスですー! ちっちゃい子が人質に取られてます!!」

「……ごーとー?」

 

 顔を覆面で隠し、拳銃を持った人物。声からしておそらく男だろう、それと銃口を向けられている小さな子供。

 典型的な強盗の現場だ。

 どうやら犯人は周りを囲まれ追いつめられているらしく、震える指先は今にも引き金が引かれてしまいそうだった。それでなくとも気が長そうな方ではないのだ、ゆえに警察もかなり慎重になっている。

 

「あの子大丈夫でしょうか……」

「……どー見ても大丈夫じゃないよ」

 

 見てる方もハラハラとさせられる一幕。そもそも、この平和な(最近はそうでもなさげだが)並盛にこのような事件が起きる事が異例であって、そのために恐らく警察の数倍の野次馬が集まっていた。

 

(勇気がないのなら強盗なんてしなきゃいいのに……あれ?)

 

 しばらくそちらの方を見ていた桃凪は少し辺りを見回して、

 気づいた。

 

「……りーたさんは?」

 

 

 

 

 

「さっさと道開けろっ!」

 

 拳銃を振り回し、野次馬の中を突っ切ろうとする強盗。拳銃を向けられた民間人は悲鳴を上げながら道を開けて、

 一人だけ、道を開けない女がいた。

 

「っ! どけ!」

 

 拳銃を向け、威嚇する強盗。しかし女は譲らない。

 

「――! どけぇえええ!!」

 

 叫んだ拍子に、指の震えが最高潮に達して、

 

「――――まずは、その子を離して」

 

 ガギン! とどう考えても銃を撃ったものではない音が響き渡った。

 そして手首にくる鈍い痛み。見ると、そこには先程まであった銃がない。目の前には相変わらず女の姿。ただし、手にしていた日傘を振り抜いた形で止まっていた。女の遥か後方に、先程まで自分が持っていたらしき銃が落ちている。

 

「そろそろ離してあげたら? 可哀(かわい)そうよ」

 

 声は後ろから。目の前にいたはずの女の姿を確認する前に、強盗の視界は大きくブレ、緩やかな暗闇が覆っていった。

 あの一瞬で背後に回り込み、意識だけを奪う的確な攻撃をした彼女。そんな彼女は手もとにあるケーキの箱を眺めて、心配そうにポツリ。

 

「…ケーキ、崩れてないかしら?」

 

 

 

 

 

「はひ……。倒しちゃいました……」

「すごい……」

 

 すぐそこにいたはずのリータがいなくなり、強盗の目の前に現れるまで数秒。そして強盗を打ちのめし、子供を助け出すのに数秒。

 早い、とてつもなく早い。絶対人間業ではない。

 遠くにいたリータがこちらを見て手を振る、そして走り出して、

 

「あ」

「け、警察に捕まっちゃいました」

「……まぁ、怪しいよね」

 

 走ろうとしたリータが警察に話しかけられるまで数秒。ちなみにドサクサに紛れて強盗はちゃんと捕まっていた。

 しかし、先程の動きはすさまじいものがあった。あんなに長いスカートを着ているのに、あの身のこなし。

 でも、最近どこかで見たような気も――?

 

「……まさかねー」

 

 一瞬リボーンの事を思い出したが、即座に否定する。あんなに優しいお姉さんが、マフィアな筈がない。

 

「ごめんなさい、手間取っちゃったわね」

 

 ニコニコとリータが歩いてきた。強盗を思いっきり殴り飛ばしてもちっとも折れたり曲がったりしていない日傘もすごいが、あれだけの事があって笑っていられるリータもすごい。

 

「す、凄かったですよリータさん!」

「かっこよかったですー」

「ありがとう」

 

 誰もが見とれるような可憐な笑顔で笑うリータ。彼女は手元の腕時計に視線を移すと少し落胆したような表情を浮かべる。

 

「……あら、そろそろ帰らなきゃ」

「そーなんですかー……」

「残念です……」

「ふふ、私も残念よ。でも大丈夫」

 

 桃凪達から離れるように歩きだしたリータは背中越しに、

 

「――――――たとえどんなに離れていても、ソラは繋がっているから」

 

 告げた。

 

「じゃあね。桃凪、ハル、楽しかったわ」

「はい! 私もです!!」

「さよーならー」

 

 

 

 

 

「――という事があってね」

「へー」

 

 夕食時。桃凪は今日の出来事をツナたちに自慢(はな)していた。

 

「すっごくかっこよかったんだから。あんなお姉さんになりたいなー」

「なれるわよ、桃凪なら」

「ありがと、びあんき」

「私もいつかリボーンにふさわしいお嫁さんに……」

 

 買ってきたケーキは今は冷蔵庫の中。夕御飯の後に皆で食べるつもりなのだ。

 

(でも、不思議な人だったなー)

 

 その美貌もさることながら、プロ顔負けの身のこなし、深い知識と言葉の一つ一つに感じた優雅さ。こんなに完璧な人がいるのかと思うくらいの衝撃だった。

 ビアンキもそうだが、外国の人はあんなに美人揃いなのだろうか? だとしたら外国人に生まれたかった。

 

「また、会えるかなー……」

 

 

 

 

「~♪~♪」

「また随分とご機嫌だねぇお嬢」

「あら、わかる?」

 

 とある所のとある場所。そこにいたのはリータと彼女の仲間達。

 

「可愛らしい女の子たちとお話ししてきたのよ。楽しかったわー」

 

 優雅な外見に似合わず、まるで童女のような笑みを浮かべるリータ。

 くるりくるりとリータが回るたびにふわりとスカートが宙を舞う。このまま歌でも歌い出しそうな雰囲気だ。それに仲間たちは苦笑い。

 

「それはいいが、足元見ないと転ぶぜお嬢」

「あら、大丈夫よ。そこまで子供じゃ――うきゃぁ!?」

 

 ぐい、と長いスカートのすそが足に引っ掛かった。彼女の長い髪が尾を引いたように流れる。

 

「……?」

 

 転倒の衝撃に目をつぶるリータだったが、意外な事に何もない。それどころか、温かいものに包まれているような感覚がする。

 不思議に思った時。

 

「……ったく、何やってんだ」

 

 上から聞こえてきた声。それを聞いた途端、リータの頬が羞恥によって赤く色づいた。

 

「おっちょこちょいな所は変わんねーなー、『姉貴』」

「い、いつもこうな訳じゃないわよ」

 

 リータは慌ててよりかかっていた相手から身体を離し、身だしなみを整える。気を抜いていたとはいえ、恥ずかしい所を見られてしまったものだ。

 

「それで、今度はなに? 『    』」

「ああ、オレの弟分に会いに行こうと思ってな」

「へー……もしかしなくても、日本(ジャッポーネ)?」

「おう」

 

 再び現れた意外なチャンスに思わず感心するリータ。

 何というか。

 

「またすぐに会えそうねぇ……桃凪」

 

 そういって、リータは綺麗に笑った。




新しいオリジナルキャラクターが登場しました。といっても、とても分かりやすい立ち位置ですが。
個人的イメージでは、優雅なお姉さんという感じです。好きになっていただけたら幸いです。


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第八話 「明日から多忙になりました。」

 

 

 

 

 

 ○月※日

 

 この間あったりーたさん、せんせーに話したらなんか心当たりがあったみたいです。

 やっぱりりーたさんもマフィアの人なのでしょうか? そんな風には見えなかったのですが……。

 そういえば、最近私の部屋のクーラーが壊れました、毎日が蒸し風呂です。夜はつなの部屋に泊めてもらってますが、さすがに昼はずっといるわけにはいかないので。

 というわけで、今日は散歩に出かけてきます。

 

 

 

 

 

第八話 「明日から多忙になりました。」

 

 

 

 

 (しずけ)さや 岩にしみ入る (セミ)の声

 

 そんな俳句があった気がする。夏の日の事を書いた俳句だが、これだけを見るとどことなく涼しそうな印象を受けた。

 しかし、直射日光の下で聞く蝉の声などただ暑さを助長させるだけの物でしかないわけで。

 

「……、」

 

 もはや言葉を発する気力も桃凪にはない。頭は思考を止め、体を動かすのは理性ではなく本能。

 このようなか弱い少女になおも刺激的すぎる日光を浴びせてくる太陽に軽く殺意を覚えながら、桃凪は歩を進める。

 確か、もうちょっと言った所に桃凪お勧めの避暑スポットがあったはずなのだが、そこに行く前に力尽きてしまいそうだ。

 だから、目の前にリーゼントの学ランがいるのを見ても、桃凪は別に驚かなかった。

 というより、めんどくさい。

 

「沢田桃凪姫さん、委員長より言伝を賜っております」

「はぁ……どうも」

 

 目の前にいるリーゼントはどうやら雲雀の部下だったらしい。桃凪に手紙らしきものを渡すとすぐに去ってしまった。どうでもいいが、この天気の中であんな黒一色の学ラン、暑くないのだろうか。

 

『小動物へ』

 

 まぁとりあえず雲雀の手紙だし、読むか。というより小動物って何だ。

 

 そう思った桃凪はパラリと手紙をめくる。

 

『何で君携帯持ってないの?』

 

 ほっといてほしい。

 

「だって、必要ないじゃんかー……」

 

 でもこんな事を雲雀に言ったら、すぐ連絡入れられないから不便ださっさと持て、とか言われるのだろうなー。と思いながらも桃凪は手紙のつづきを見る。

 

『最近書類が来ないんだけど、ちゃんと持って来ないと咬み殺すよ』

「……もしかして、夏休み中にも書類はあるのか?」

 

 だとしたら、大変だ。

 書類を溜めている事で雲雀を怒らせてしまうということもあれだが、何より自分の机がどうなっているのかが。

 

「……、」

 

 桃凪はさっきまで向かっていた目的地と並中、どちらが近いか考えて。

 並中に行くことを決めた。

 

 

 

 

 

「…………泣いていいかな」

 

 というより、泣きたい。

 幸い、書類により机が大破しているという事態は無かった。

 無かったが。

 

「書類が多すぎて机が見えない……」

 

 なんということでしょう。一般の生徒より少し低めにデザインされていた彼女の机。それが、今は一面の純白により埋め尽くされています。シンプルな茶色い机は今は白い書類に、それなりに座り心地のよかったイスは白い書類に。

 なんだろうこのビフォーアフターは、劇的にもほどがある。

 

「……そもそも、これは運べるのかな?」

 

 常識的に考えて、一度では無理な気がする。ならば数回に分けるか。しかし、少しづつ運べばその分応接室に入らなければならないわけで。

 

「ダメだ……。運ぶごとにきょーやの冷たい視線が想像できる」

 

 考えろ、一番いい方法を。

 

「……よし。――台車借りてこよう」

 

 

 

 

 

 コンコン。と応接室の扉がノックされた。

 

「……入っていいよ」

 

 恐らく、時間的に考えるとあの小動物だろう。違ったら咬み殺す。

 

「おじゃましまーす……」

 

 少しだけ開かれた扉から除く顔は雲雀の予想通り。しかし普段と比べてやや弱々しい感じがした。

 

「あのー……、きょーや、さん?」

「何」

「書類、持ってきたよー……持ってきた、けど……」

 

 けど、何だ。いつもの彼女らしくない、人をイラつかせる喋り方。

 

「……だから、何」

「まぁ、見てもらえればわかる……」

 

 そうしてガラガラという音と共に応接室に入ってくる小動物。

 ……ガラガラ?

 

「溜まってた」

 

 一緒に入ってきた荷台に積まれていた、大量の書類。

 …………、

 ……。

 

「……、」

「……ごめんなさい」

 

 決定。咬み殺す。

 

 

 

 

 

 書類の手伝いを終わるまでやるという条件で何とか咬み殺すのだけは勘弁してもらえた。

 しかし、今日から朝早く起きては学校に直行。何故夏休みなのに毎日学校に行かなくてはならないのか。

 そして書類が夏休み中も来るという事を知った今は、書類の片づけが終わってからもちょくちょく学校に来なくてはならない。めんどうな。

 しかし、いい事もあった。

 

「応接室ってクーラーきいてるねー」

「ちゃんと手を動かしなよ」

「ごめんなさい」

 

 どうやら目の前の委員長は世間話も許してはくれないらしい。

 カリカリカリ……、とペンを動かす音だけが響き渡る。

 

(……まぁ、いっか)

 

 どうせ家に帰ってもクーラーは壊れているのだから、それに暇だったから散歩に出かけたようなものだし。

 散歩は好きだ。知らない所に行けば今まで見た事もなかった物に出会えるかもしれないし、知っている所を散歩するだけでも暇つぶしになる。ちっちゃい頃は散歩していたらいつの間にか迷子の捜索願いが出されていた事もあったが、今はそんなことはないし。

 少なくとも、何もやる事が無いよりは、ずっと楽しい。

 そう、思った。

 が。

 

 

 

 

 

「……すみません、もうそろそろ帰らせてください」

「まだノルマ終わってないよ」

「勘弁してください……」

 

 そろそろ夕方なのだが、まだ書類は終わらない。

 これがいつもなら普通にさっさと帰るのだが、この事態を作ってしまった張本人としての負い目もあってあまり強く出れなかった。

 嫌だ、さすがにこの年で捜索願いを出されるのは。

 

「明日も来るから……。お願いー」

 

 ちょこちょこと雲雀のデスクの近くにより、やや上目気味に雲雀を見上げる。気分としては王様に懇願する一般民衆の気分。しかし雲雀はどちらかというと人の上よりも屍の上に立っている方がそれっぽいような気もするが。

 

「……、」

 

 雲雀はしばらくそんな桃凪を眺めていたが、やがて諦めたように息を吐いた。

 

「……明日は朝八時に登校ね」

「わかった、十時に来る」

「……、」

 

 背後からの視線が痛いなんてもんじゃなかったが、無視して応接室を出た。

 仕方がない、明日は九時半くらいに来るか。




普段はボケる人をツッコミに回らせるのが好きです。苦労させるのはもっと好きです。


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第九話 「風邪のときはネギがいいそうです。」

 

 

 

 

 

 ○月∴日

 

 この間、またきょーこちゃんのお兄さん。……めんどくさいのでりょーへいさんと呼びます。りょーへいさんに会いました。

 つなをボクシング部に誘っているときのりょーへいさんはとてつもなく輝いていました。

 私が思うに、あの人はボクシング神か熱血神の化身なのではないでしょうか。

 それより、今日つなが少し具合が悪そうだったけど、大丈夫でしょうか……?

 いえ、つなの心配している暇ありませんでした。

 なんかあたまが……くらくらします。

 

 

 

 

 

第九話 「風邪のときはネギがいいそうです。」

 

 

 

 

 

 ある日の放課後の事だった。

 

「あれ……?」

 

 クラ、とツナの体が揺れる。風邪か何かだろうか。桃凪は今日は風邪で休んでいるし、移ったのかもしれない。

 

「なんか身体ダルいや……」

 

 それならそれで学校休めるから良いかなーとごく一般の中学生の意見を言うツナ。

 しかし、思わず額に当てた手のひらを見た時、その顔は驚愕に染まった。

 

「な、何だこれー!?」

 

 手のひらにはおどろおどろしいドクロのマークが。

 

「それはドクロ病っていう不治の病だ。ツナ、死ぬぞ」

「いきなり――!?」

 

 何やら不吉さを表すかのような影を背負って現れたリボーン。話した内容も相まって不気味すぎる。

 

「今まで何発の死ぬ気弾を脳天にくらったか覚えてるか?」

「は? な、何発って……知らないよそんなの!」

「ちょうど10発だぞ」

 

 死ぬ気弾で10回殺されると被弾者にとんでもない事が起こる、そう言われているらしく、恐らく今回のこれもそれなのではないかとの事。

 

「まさか不治の病とは……残念だ」

「終えるなー!!」

 

 勝手に自分が助からない事にされたツナ。ドクロ病なんてそんなもの、嘘に決まっている。洗えば落ちるだろう。

 

 

 

 

 

「ん……」

 

 ぼんやりとした意識の中、桃凪は目が覚めた。

 確か、朝起きて身体がだるくて、それで学校を休んだっけ。それでそのまま寝たんだった。

 

「……のどかわいた」

 

 風邪をひいているときは水分を摂取しないと脱水症状で大変な事になる。そう思った桃凪は鈍い体に鞭打ってベットから起き上がった。

 

(……なんか、騒がしい……)

 

 そして桃凪が下で見たものは。

 

「シャマルさん! お願い助けてー! まだ死にたくない~!! しかもこんな不様に~!」

「おいコラ! 男が抱きつくな! 虫唾が走る!!」

 

 よくわからない白衣のおじさんと、泣きながらそのおじさんに縋りついているツナ。何故かツナの体にはドクロのマークがびっしりとついていた。

 

「……、」

 

 普段ならここで何か思ったりツッコミを入れたりするのだろうが、風邪で思考能力が落ちた桃凪にはそこまで思いつかない。鈍った頭で考えるのは。

 

(……戻ろう)

 

 大丈夫、ちょっとくらい何も飲まなくたって死にはしない。

 さっきとまったく違う事を考えながら階段を上る桃凪。しかし、

 

「あ……?」

 

 グラリ、と体のバランス感覚が薄れる。そしてそのまま後ろ向きに階段から落下しそうになって。

 

「大丈夫?」

 

 ビアンキに受け止められた。

 

「……ありがと」

「まだ寝てなきゃダメよ。ただでさえ体力ないのに」

「……ん」

 

 コクリ、と頷いてから台所の方を指さす。もう声を出すのも辛い。

 要約すると『のどが渇いたので連れてってくれませんか』なのだが、ビアンキはそう思わなかったようで。

 

「……なるほど、病気の貴女に体力の付く料理を作ってほしいというわけね」

 

 何という命の危機。

 

「……いや、のどかわいたから……」

「そうときまれば上で待ってなさい、すぐに特性おかゆを作るから」

 

 どうしよう、聞いてない。

 ビアンキに寝室まで運ばれる中、薄れゆく意識の中で桃凪は思う。

 

(……死にたくない)

 

 それはもう切実に。

 

 

 

 

 

 目が覚めた時にあったのは、不思議な色の煙を出すおかゆではなく、ツナの顔だった。

 

「あ、起きた?」

「……つな」

 

 とりあえず、現状を確認して。

 

「……生きてる」

 

 安堵した。

 そりゃそうだ、ツナに似た神様など仕事が上手く出来ないに決まってるから。

 

「何か失礼なこと考えただろ……」

「あー……うん」

 

 ジトー、と咎めるような視線のツナに対して桃凪は無表情。表情を作るだけの気力がないのが理由だが、もとよりこの双子に表情に張りつけた笑みなど無用。

 昔から、ツナが一番自分の事を自分よりわかってくれていた。

 恐らく、ツナもそう思っているだろう。

 

「……ツナ、さっきのおじさんは?」

「あー……今下でビアンキにちょっかい出してる」

 

 何やら疲れた表情でそのような事を言うツナ。結局あの人は何者だったのだろうか。

 

「何かいる物あるか?」

「……飲み物」

 

 わかった、と言って桃凪の部屋から出ていくツナ。飲み物を取りに行ってくれたのだろう。

 

『うわっ!? ビアンキなんでポイズンクッキングなんて持ってるんだよ!!』

『どきなさい。私は今桃凪におかゆを持っていくのよ』

『桃凪を殺す気かよ!!』

 

 ドアの向こうでそんな話し声が聞こえたが、桃凪にあの中に割り込む気力はない。小さな声で、桃凪は呟いた。

 

「……つな、ファイト」




シャマルは恐らくあれです、フェミニストであってもロリコンじゃないって信じてる。


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第十話 「体を鍛えようかなと思いました。」

 

 

 

 

 ○月〃日

 

 この間の風邪はだいぶ良くなりました。これで学校に行けそうです。

 そういえば、風邪をひいていた時に来ていたおじさんはしゃまるさんと言って、女性しか診察しない人なんだそうです。腕はいいんですけどね。

 さて、2学期が始まってすぐに休んでしまった分、ちゃんと取り戻さないといけませんね。

 

 

 

 

 

第十話 「体を鍛えようかなと思いました。」

 

 

 

 

 

「もー秋か~。夏休みもあっという間に終わって何かさみしーなー」

「補習ばっかだったしな」

「アホ牛が最近ブドウブドウってウザくねースか?」

「ちっちゃい子は元気が一番だよー」

 

 ツナたちの学校は給食制ではなく、みな思い思いの昼食を買ったりしている。中学校ではかなり珍しい方式をとっていると言えるだろう。もしかしたら、集団で一斉にいただきますをするのが嫌いなどっかの誰かの指令なのかもしれない。

 しかし、給食制ではないためこのように屋上に集まって昼食をとったりすることもできるわけで。

 そして開放感あふれる場所には必ず本来いない者がいるというわけで。

 

「栗もうまいぞ」

「いだだ!?」

 

 さくさく、とツナに当たったのは栗。何故こんな所に、といっても犯人などわかりきっているが。

 

「リボーンだな! い゛っ!」

 

 くる、と振り返ったツナの腕に鋭い痛みが走った。

 

「チャオっす」

 

 そこにいたのは巨大すぎる栗。いや、栗ではなく栗の着ぐるみを着たリボーンが。

 

「これは秋の隠密用カモフラージュスーツだ」

「100人が100人振り返るぞ!」

 

 新学期に入っても、ツナのツッコミの切れは相変わらず。

 

「ファミリーのアジトを作るぞ」

 

 そしてリボーンの強引さも相変わらず。

 

 

 

 

 

「応接室って入ったことねーなー」

「10代目にふさわしい部屋だと良いんだがな」

「普通は行かないもんね……って、桃凪何持ってんの」

「んー、書類」

 

 応接室に行くついでに雲雀に書類を渡そうと一度教室に戻っていた桃凪。ツナたちと合流する時にはすでに応接室の前に来ていた。

 応接室に入る前、ふと、桃凪の頭を過ぎ去った言葉があった。

 

(……そういえば)

 

 まず山本が応接室に入って、

 

(……きょーや、群れるの嫌いだったなぁ)

 

 そして硬直した。

 

「君、誰?」

 

 この学校にいれば雲雀の噂を聞かない者はいないだろう。雲雀の姿を見た途端、山本の顔に緊張が走る。

 

「なんだあいつ?」

「獄寺、待て……」

 

 転入生である獄寺は雲雀の事を知らない模様。それに山本が歯止めをかけるが、とうの雲雀は獄寺が咥えている煙草を見咎めて。

 

「風紀委員長の前ではタバコ消してくれる? ま、どちらにせよただでは帰さないけど」

 

 明らかにこちらを見下した言葉。それに気が短い獄寺が反応した。

 

「んだとテメ――」

 

「消せ」

 

 ひゅっ、と。

 視認が困難なほどの速度で振り抜かれたトンファーが獄寺の煙草を吹き飛ばす。

 

「! なんだこいつ!!」

 

 その顔を苛立ちから驚愕に塗り替えた獄寺が雲雀から距離をとった。

 しかし、あれが雲雀のトンファーか。桃凪はちょっと前に持ってみた事があったが、重くて引きずってしまった。よく片手で持てるものだ。

 あの後雲雀に怒られたのは良い……とはいえない思い出である。

 とはいえ、ここで止めないと取り返しがつかなくなる。

 

「きょーや」

「っ! 桃凪!!」

「桃凪さん!!」

 

 獄寺と山本をかばうように雲雀の前に出る。桃凪と雲雀の繋がりを知らない二人には、今の桃凪の行為は自殺行為に見えたのだろう。

 そして、雲雀は。

 

「……、」

「え、あれ……?」

 

 がし、と。雲雀に腕を掴まれる。

 

「……、」

「えーと……」

 

 そしてそのままぐいと引き寄せられ。

 

「……何やってんの?」

「ふぇ……、わっ!?」

 

 足が浮く。そして襟首に感じる感覚。どうやら、持ち上げられているらしい。

 

「いや、あの、いきなり何を」

「何やってんの?」

 

 なに、と聞かれても。ただ友人と一緒に応接室に来ただけなのだが。

 しかし、何故かその理由を話すのはまずい気がした。無理やり目線を合わせられた雲雀の瞳はいつものごとく何を考えているのか全く分からない、が、なんとなく、桃凪には雲雀がイラついているのと同時に楽しんでいるのが分かった気がした。

 

「えーと、書類を届けに……?」

「……そう」

 

 雲雀がため息をつく。

 

「じゃあ僕の邪魔しないでくれる」

「にゃぁ!?」

 

 ポイ、という効果音が適切な感じで放り投げられた。重力に逆らえず落下する体。そして着地した場所はソファーの上だった、ばね仕掛けのソファーが大きく跳ねる。

 

(……なるほど)

 

 どうやら、自分は大変な思い違いをしていたみたいで。

 

(……止められる訳なかったねー)

 

 応接室に複数人が入った時点で、雲雀の機嫌は急転直下だったのだ。

 

 

 

 

 

「さて、」

 

 雲雀が発した言葉に、周囲の空気が総毛立つ。

 

「僕は弱くて群れる草食動物が嫌いだ。視界に入ると――」

 

 表情は相変わらず変わらない。しかし誰でもわかるほどの殺気を滲ませながら。

 

「――――咬み殺したくなる」

 

 まるで背筋に氷でも突っ込まれたかのような感覚。明らかに自分達に向けられた殺気に二人は息を呑んで。

 

「へー、初めて入るよ応接室なんて」

 

 する、と二人の隙間を抜けてツナが応接室に入った。

 

「まてツナ!!」

「へ?」

 

 瞬間、雲雀が動いた。軽い動作でありながらも重い一撃でツナを殴り飛ばす。

 

「1匹」

 

 ふっ飛ばされ、床を転がるツナに目も向けず。

 

「のやろぉ! ぶっ殺す!!」

 

 ツナを傷つけられ頭に血が上った獄寺の一撃を軽くいなし、返す刀でトンファーを叩きつけた。

 

「2匹」

「てめぇ……!!」

 

 山本の言葉に答えず、もう片方の手にもトンファーを装着する雲雀。そしてそのまま一気に山本の所へ踏み込んだ。

 応接室は広い事は広いが、元々部屋の中だ。避ける山本だが、動きにくそうなのは明らか。

 その上、

 

「怪我でもしたのかい? 右手をかばってるな」

「!」

 

 前に骨折した右手、そして骨折してからは出来るだけ衝撃を与えないようにしていた右手の事を突かれ、山本の動きが止まる。

 そしてその一瞬を雲雀は見逃さなかった。

 

「当たり」

 

 トンファーでの一撃から一転、いきなり飛んできた蹴りが防御していた山本の手をすり抜け鳩尾に当たる。

 

「3匹」

 

 吹っ飛び、壁に叩きつけられる山本を見下ろす雲雀。

 

「あー、いつつつ……!」

 

 そしてツナが目覚めたのはそんな時だった。

 

「ごっ……獄寺君! 山本! なっ、なんで!!」

「起きないよ、2人にはそういう攻撃をしたからね」

「え゛っ」

 

 それはつまり、ツナの視点から見ても強い事がわかるこの二人を相手にして、一瞬で倒してしまったということだ。

 ……つまるところ、大ピンチ。

 

「ゆっくりしていきなよ、救急車は呼んであげるから」

 

 何故こんな事に、ただ皆で応接室に来ただけなのに。

 そんな事を考えていたツナの目に、信じられないものが飛び込んできた。

 銃の照準を自分に向ける、リボーンだ。

 

「死ね」

 

 ズガン! と死ぬ気弾が脳天に突き刺さる。

 

「?」

 

 雲雀はそれを不思議そうに眺めていたが、その直後、ツナが復活した。

 

「うぉおおっ! 死ぬ気でおまえを倒す!!」

「何それ? ギャグ?」

 

 気合の入ったツナの叫び声は、雲雀にとって滑稽にしか聞こえない。ツナのパンチを軽々とよけ、そのままトンファーで顎を突き上げる。

 

「アゴ割れちゃったかな」

 

 そう思うほどに強烈な一撃。

 

「さーて、あとの2人も救急車に乗せてもらえるぐらいグチャグチャにしなくちゃね」

 

 倒した相手にいつまでもかまう訳もない、視線を外した雲雀だが、それは間違いだった。ツナはいつものツナではなく、死ぬ気なのだから。

 ググ……と自分の背後で動く音がする。

 

「ん?」

「まだまだぁ!!」

 

 振り返った雲雀を襲ったのはツナの鉄拳。

 もちろん、それでやられるような雲雀ではない。が、すでに倒したと思っていた標的、しかも軟弱な草食動物に殴られた、という事実が雲雀の思考を一瞬停止させた。

 そしてツナの手にやってきたのはカメレオン。ただのカメレオンではない、形状記憶カメレオンのレオンだ。

 ツナの手の上でカタチを変えていくレオン、そしてレオンがなったのは(ふち)にW・Cと書いてあるスリッパ。

 

「タワケが!!」

 

 スパァン! とスリッパで雲雀の頭をひっぱたくツナ。雲雀は少しフラフラしていたが、

 

「ねえ……」

 

 静かに、雲雀が言葉を紡ぐ。

 

「殺していい?」

 

 先ほどとは比べ物にならない怒気と殺気が辺りに充満する。

 

「そこまでだ」

 

 その時、制止の声がかかった。

 

「やっぱつえーなおまえ」

 

 感心したように雲雀に称賛の言葉を贈るリボーン。対して雲雀は興味もなく、

 

「君が何者かは知らないけど、僕、今イラついているんだ。横になって待っててくれる」

 

 そしてそのままトンファーをリボーンの方に向けた。

 が。

 キィン! とリボーンが取り出した十手によって雲雀のトンファーが受け止められる。

 

「ワオ、すばらしいね君」

 

 自分の必殺を止められた雲雀はむしろ嬉しそうな表情でリボーンを見据えていた。

 

「おひらきだぞ」

 

 リボーンが取り出したのは丸いフォルムに導火線がついた、要するに爆弾。

 応接室に、爆発音が轟いた。

 

 

 

 

 

「……うー…」

 

 後半、ほとんど存在を忘れ去られていた桃凪が吹っ飛んだソファの下から這い出てくる。

 何度か止めようと考えていたが、とても自分が追いつける速さじゃなかった。

 一か八かの賭けで雲雀の前に躍り出ることも考えたが、もしそれで自分が怪我をしてしまったら彼らはもう止まらなかっただろう。

 

「……きょーや?」

 

 辺りを見回すと、壊れた応接室には興味もなく空を見上げる雲雀が。

 ぽつり、と言葉がもれる。

 

「あの赤ん坊、また会いたいな」

 

 どうやら、お気に入りになったらしい。

 

「きょーや、楽しそう……」

 

 なんか、方向性は間違っている気もするが。




スランプの時とそうでない時の筆のノリの違いをどうにかしたいです。


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第十一話 「月のお小遣いの少しは絆創膏に使います。」

 

 

 

 

 

 ○月◎日

 

 体育祭の季節です。

 ええ体育祭です。これでもかというほど体育祭です。滅べばいいのに。

 運動が苦手な私にとって、体育祭は憂鬱でしかありません。準備は楽しくて良いですが、本番は少し……。

 体育祭ではA・B・C組にわかれて戦うのですが、男子で行う棒倒しの時などはもう大変です。いっぱい怪我人が出ますので、今すぐ治しに行きたくなります。

 きょーこちゃんが、りょーへいさんの事が心配だって言っていました。確かに私も心配です。いろんな意味で。

 だって、あのりょーへいさんが代表なら、つなにどんな事が起こるか。

 と思っていたら、ツナが棒倒しの大将にされました。

 救急箱、補充しようかな……。

 

 

 

 

 

第十一話 「月のお小遣いの少しは絆創膏に使います。」

 

 

 

 

 

「つな、大丈夫?」

「大丈夫じゃないよ……」

 

 体育祭当日。ツナは明らかに具合が悪そうだった。

 それというのも昨日、棒倒しの練習とかいうのを河原でやった時に、誤ってツナが川に転落してしまったからなのだが。

 

「しっかり。つなが具合悪いと何故か私まで悪くなる」

「うへぇー……」

 

 こんなんで大将が務まるのだろうか。

 しかし、今はツナの事を心配している余裕はない。

 何故かというと、桃凪の運動音痴はクラスでも知れ渡っているが、やはり体育祭という行事の上では最低でも一つは競技に出なければならないからだ。

 そして桃凪が出る事になった競技とは。

 

「……男女混合、二人三脚」

 

 

 

 

 

 並中の二人三脚はかなりの変則ルールだ。

 男女ペアでやることもそうだが、選手は男女別のくじを引いて同じ数字となった相手とペアを組む。

 事前練習ができない分、かなりのチームワークが必要になるルール。

 ちなみに、この時は学年の壁は全て無くなる。ある意味、友好を深めるには最適かもしれない。

 

「次、引いてください」

「はいー」

 

 箱の中に手を突っ込んで紙を一枚取り出す。書かれていた数字は十番。さて、誰と一緒になるのだろうか。

 

(できるなら、つなとがいい)

 

 それだったら息の合ったコンビプレイを披露できるかもしれないのに。いや、二人してコケる可能性の方が高いか。

 とりあえず、知り合いを探そう。

 

「はやとー、何番?」

「五番っス」

 

 違う。

 

「つなー、何番?」

「二番……」

 

 違う。

 

「りょーへいさん、何番ですか?」

「極限に三番だぁ!!」

 

 違う。

 

「たけしー。何番?」

「十番だな」

「!」

 

 どうやら自分の相手は山本らしい。

 さて、どうしよう。

 まず、歩幅が違いすぎる、ついでに身長も。さらに付け加えると運動音痴と運動が得意。これでは足を引っ張ってしまうだけだ。

 いや、待て。

 

「……あ」

 

 あるじゃないか、一番良い作戦が。恰好を想像して見るとかなり間抜けな図になりそうだけど、これしか方法がない。

 

「……という作戦でいこうと思うのだけど」

「いけんのか?」

 

 桃凪が話した作戦に山本は不思議顔で答える。こちらの目線と会わせるようにしゃがまれているのが何か微妙な気分だが、まぁいいとして。

 

「鍵はたけしだから。私にできることはあんまりない」

 

 つまり、一緒にやれば山本の足を引っ張る事になる。

 ならば、一緒にやらなければいいのだ。

 

「がんばれ、たけし」

 

 

 

 

 

「それでは、位置についてください」

 

 先生の言葉と共に辺りに緊張が走る。

 

「よーい、ドン!」

 

 パァン! というピストルの音と共に競技が幕を開けた。

 

『ほら、急いで!』

『う、うん!』

 

 やはり、大多数のチームは男性が女性をリードする方式。掛け声をかける者、手を叩くもの、それぞれ思い思いの方法で息を合わせようとしている。

 しかし、その中から一気に抜き出たチームがいた。

 山本、桃凪チームだ。

 

「おっ(さき)ー!」

 

「さきー……」

 

 走り方としては、桃凪が結ばれてない方の片足を宙に上げ、そのまま山本に体重を預けしがみつく。

 こうすれば相手側のスピードで走る事が出来る上に片方にそこまでの疲労はやってこず、しかも少しバランスに気をつければいいだけでチームワークはそれほど必要ない。

 そしてもとより足が速い山本の事だ、あっという間に他のチームと差をつけ、ゴールテープを切った。

 

「よっしゃ!!」

「あー、終わったー……」

 

 走り終わった後ガッツポーズを決めた山本は桃凪の足と結ばれていた紐を外して自軍へと走ってゆく。

 そして桃凪はもはややるべきことはやったというような感じで自軍の観覧席へと歩いて行った。

 思うことは一つ。

 

「早く終わんないかなー……」

 

 本当に、自分の苦手な事に関しては興味がない桃凪である。

 

 

 

 

 

「いやー……まさかあそこで乱闘が起きるとは」

「何言ってんだ、後半ほとんど寝てたくせに……」

 

 ツナが棒倒しでボロボロになった体でうめきながらそんな事を言う。

 リボーンの策略五〇%と獄寺・了平の暴走五〇%で相手側の大将が気絶してしまい、しかもそれがツナのせいだという事になってしまった。

 そのためにB軍、C軍連合VSA軍とかいう大惨事になってしまったわけだが、途中まではいい所までいっていたのだ。いったのだが、不仲が原因で結局は敗北してしまった。

 桃凪は持ってきた救急箱片手に素早くツナの治療をしながらも会話を続ける。

 

「だって私の番終わってた、しっ!」

「いだだだっ!! し、染みる染みるっ!」

「風邪で具合悪かったにもかかわらず言いだせなかったどこかの誰かに対するお仕置き」

 

 びみょーにだが、桃凪は怒っているらしい。

 

「具合悪い時点で言えばよかったのに、なんでそこで我慢するのかな。言いだせなかったとしても、ちょっと具合悪いから実力発揮できないかもくらいは」

「あの……桃凪?」

「何?」

「もしかして、心配してくれてる?」

 

 ぷぎゅる、と桃凪が手に持っていたジェル状消毒薬が握りつぶされる。

 

「……な、ナニヲイイダスノカナツナハ、ソンナコトアルワケナイジャン」

「あー、うん。わかりやすいなー……」

 

 苦笑いをしながら目線の泳ぐ桃凪を眺めるツナ。桃凪は嘘がヘタというわけではないのだが、いきなりの事だったので驚いてしまった。

 もっとも、表情を変えずに言った嘘であろうとも、ツナは見きってしまうだろうけど。

 

「むー……」

「はいはい」

 

 ムクれた桃凪の頭を撫でるツナ。こういうときは本当にツナはお兄ちゃんで、桃凪はそれが少し気にくわない。

 だって、産まれた時間なんてほとんど同じなのに。こういうときはいつもツナは自分の前を行く。

 自分は、ツナの隣を歩きたいのに。

 

「……治療終わったよ」

「ありがとな」

 

 ぱたん、と救急箱の蓋を閉じる。

 頭上には、一面の青空が広がっていた。



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第十二話 「ダイナマイトよりすごいものを見ました。」

 

 

 

 

 

 ○月§日

 

 この間は日曜日でした。

 私は眠かったのでずっと寝ていたのですけど、どうやらつなは色々大変だったようで、かなりやつれてました。

 それときょーやがつなの部屋に窓から入ってきたような気がします。いや、でも……どうだったのでしょうか? かなり眠かったし、寝ぼけてたのかも…。

 いくらきょーやでも窓から入るなんて。しますね、はい。

 それとらんぼの保育係の適性テストとかしました。途中で10年バズーカを使ってらんぼが大きくなったのですが、その時のらんぼがあまりにもかわいそう過ぎたので慰めたら、何かさらに泣かれました。

 きっと、色々溜めこんでたものがあったのでしょうね……。

 それと、この間はせんせーの誕生日でした。どうも、満1歳になったようで。おめでとうございます。

 

 

 

 

 

第十二話 「ダイナマイトよりすごいものを見ました。」

 

 

 

 

 

 ある日、不思議な子に会った。

 

「●※×□△▼!」

「えーと……」

 

 正直言って、何を言っているのかよくわからない。なんとなく中国あたりの言葉っぽい事は分かるのだが、桃凪に中国語がわかるわけはない。

 しかし、その子はかなり必死で、何かを聞いている事は分かる。

 

(……中国語わかる人の所へ案内した方がいいのかな……)

 

 その時。

 

「た、助けてぇええええ!!」

「……つな!?」

 

 なんとツナがかなり凶暴そうな犬に追いかけられている。一体何をやったのか、それは解らないが。まぁ、いつものように間違えて怒らせてしまったのだろう。

 

「!」

「あ、君!」

 

 そして、その声を聞いた小さな子はツナと犬の間に挟まる様に立ち塞がった。しかし、暴れる犬は見境無し。小さな子にもその牙を向けて、

 突如、狂犬がふっ飛ばされた。

 

「え……?」

 

 小さな子は手を触れていない。なのにふっ飛ばされた。

 

「あの……ありがと……」

 

 状況を理解できない桃凪と、とりあえずお礼を言うツナ。しかし、その小さな子はキッとツナを睨むとお辞儀をしてそのまま走り去ってしまった。

 

 

 

 

 

「「ただいまー」」

 

 二人声をそろえて帰宅。ツナと桃凪はそれぞれの部屋に戻って行った。

 

「さっきのちっさい子……本当に何だったんだろ?」

 

 不思議というかなんというか、自分では到底できないような身のこなし方だった。あの年でそこまでできるという事はよほど才能があるのか、それとも師がいいのか、はたまたその両方か。

 それに、犬を吹っ飛ばした時。手を触れていなかったはずだ。

 何か策や道具を使ったのか、はたまた

 

「超能力とか……」

 

 考えて、即座に否定。

 いくらなんでもあり得ないだろう、超能力など。

 

「……いや」

 

 それはあくまで今まで自分が持っていた常識という範囲内での出来事だ。これまでの…というより、リボーンと会ってからの自分の常識は宇宙より広くなってる気がする。

 最初から決め付けるのではなく、そういうこともあるかもしれないと思う事が重要なのだ。

 でも、トリックは案外簡単かもしれないが。

 

 

 

 

 

 次の日。

 

「掃除ってめんどくさいな~」

 

「でもやらなきゃ終わらないし」

 

 しかし、昨日は大変だった。何故かリボーンの顔中にトンボがくっついていて(本人いわく、秋の子分)びっくりしたし、超能力とか聞いたら何やら赤ん坊の癖に渋い笑みで笑われたし、何だったのだろうか。

 

「ん……?」

 

 ちらりと見えたのは、昨日のあの子。しかしリボーンといいこの子といい、昼間の学校に何でこんなにも部外者が乱入できるのだろうか。不思議でしょうがない。

 どうやら小さな子は京子と話している様子、お礼を言われている所を見ると、人助けでもしたのだろうか。しかし、お礼を言われたとたんに険しい顔になる小さな子。……あれはあの子なりの感情表現?

 

「つな、つな」

「ん?」

「昨日の子」

 

 ぴし、と桃凪が小さな子を指さしたのと、小さな子がツナを見て驚愕したタイミングはほぼ同じだった。

 小さな子は取り出した写真とツナを見比べると駆け寄り、人差し指を上に向ける。

 どうもこれは『用があるから屋上に来い』とかそういう感じなのだろうか。

 

「は……?」

「あー……」

 

 しかし、その答えを聞く前に小さな子は走って行ってしまった。行き先はもしかしなくても屋上か。

 

「あの子もツナ君の知り合い?」

「前の牛の子といい、沢田はヘンなガキ専門だな」

「変な言い方すんなよ!?」

「しかし否定はできないよね」

 

 めんどうだし、どうしようかなー。と思っていた桃凪だったが、ぐい、といきなり腕を引っ張られた。

 引っ張った相手は

 

「つなー?」

「桃凪、今めんどくさいって思ってただろ…」

「……むにゅ」

 

 これは、つまりあれか。めんどくさいからって放りだすなと、解りやすくいえば変な事態になってるこの場で一人にしないでと。

 

(まぁ、しょうがないか)

 

 ツナがそう言っているのだから、自分の決断は『叶える』以外にない。

 

 

 

 

 

「屋上に……到着っ! って、あれ……?」

 

 よくわからないが、違う場所に一歩を踏み入れる時は達成感があるものだ。雪が降った日の庭とかがいい例だと思う。

 できれば、そういうときは一番乗りが好ましいのだが今回は呼びだされているためにそれは叶わないだろう。まぁ、呼びだされているのはツナだが。

 そして屋上に到着した桃凪が驚きの声を上げた理由は、その小さな子にあった。

 

(服着替えてる……)

 

 さっきまでの服とは違い、今度は動きやすそうな中華服。しかしなぜ手にホカホカの中華まんが握られているのだろうか。しかもちょっと食べてあるし。

 

「桃凪ー……って、なんか着替えてる!?」

 

 何となく走ってきた桃凪の後ろからツナが歩いてやってきた。こちらも小さい子を見て驚いている。

 

「▼※?∴〃●☆¨Δ~! ★〒○×Θ″!!」

 

 ツナを指さし叫ぶ小さな子。しかし、悲しい事にツナと桃凪はどこの言葉かわからない。ニュアンス的に、宣言とか、そんな感じだが。

 

「『昨日は暗殺すべきターゲットとは知らずに助けてしまったが今日はお前を殺す』」

 

 ふと、ツナの後ろから声がかけられた。

 

「って言ってるぞ」

「リボーン!!」

「せんせー、知り合い?」

 

 どうやらリボーンは中国語も解る様子。ちょうど良いし、そのまま通訳してもらおうか。

 

「そいつの名はイーピン、殺し屋だぞ」

「え! 嘘ー!?」

 

 ぺこり、とお辞儀するイーピンを見ながら驚愕するツナ。確かに、これだけを見るとただの行儀のいい子供にしか見えない。

 『イーピン』という人物の話は前にリボーンがしていた。かなり強い殺し屋で、ついたあだ名が

 

「じゃ、じゃあこいつが人間爆弾!?」

「そーだぞ」

「Θ▼※○×★Δ?∴イーピン」

 

 身振り手振りを交えて話すイーピンの言葉に耳を傾けてみると、何となく自分の名前はイーピンだと言っているらしきことがわかった。しかし、考えるまでもなくこの状況はまずい。相手は一流の殺し屋、しかも昨日見た限りではよくわからない謎の力を使うのだ。どうしろと。

 しかし、どうやらイーピンが狙っているのはツナだけの模様。現に桃凪の事は気にしていない。恐らく自分は安全だと思う。ツナの方は危険だが。

 でも、気になる事が一つ。先程イーピンが見ていた写真が、恐らくイーピンが殺しを命じられた人なのだろうが。それがどう見てもツナには見えなかったのだ。

 

「ねえ……ちょっと」

「??」

「その写真……ちょっと見せてもらってもいい?」

 

 イーピンは少しだけ迷った後、ぴらりと一枚の写真を取り出した。

 

(……どうしよう)

 

 写真に写っているのは、ツナじゃない。というか、似ても似つかない。この子の目は節穴か?

 

「……これ、つなじゃないよ」

「!!」

 

 ガーン、という効果音が一番あうような感じで硬直するイーピン。その後、間違えた気恥しさからなのか、滝のように汗が流れ出る。

 

「え、ちょ、なんだよそれー!?」

「~!!」

 

 カチリ、とスイッチが入れ替わったかのように汗が引く。ツナの驚き声を聞いた事で何かが限界を超えたのだろうか、その表れのように額に六つの何かが浮かんだ。

 

「何あれ……?」

「”筒子時限超爆(ぴんずじげんちょうばく)”のカウントダウンが始まっちまったな」

「「は?」」

 

 聞き慣れない言葉に眉をひそめる桃凪達に、淡々と人ごとのように語り始めるリボーン。

 

「イーピンは極度の恥ずかしがりやでな、恥ずかしさが頂点に達すると頭に九筒(キューピン)が現れるんだ」

 

 そして額の筒子(ピンズ)は時とともに減っていき、一筒(イーピン)になってしまうとドカン。そのため、ついたあだ名が「人間爆弾」らしい。

 

「……それは、逃げないと危ないのでは?」

「そだな」

「何で二人ともそんなに冷静なんだよ!?」

「目の前に慌てる人がいると逆に冷静になるものなんだよ、つな」

 

 だからひとまず落ち着いて、とツナを諭す桃凪。しかし、

 

「あ、いたいたー。これ忘れてったよ?」

「京子ちゃん!!」

 

 恐らく、ツナを見つけた時においていたまま忘れていたのであろうイーピンの荷物を持ってきた京子。恐らくこのままでは、京子が危ない。

 

(……そーっと)

 

 そう思った桃凪はこっそりイーピンに近寄るとそのまま京子の元からイーピンを取り上げようとした。が、

 

「……ふぁれ?」

 

 手を伸ばした桃凪の手は何もつかめず、空をつかむだけに終わった。

 イーピンが京子にピットリとすり寄っていたからだ。

 

「イーピンはカウントダウン中恥ずかしさの余り人にすり寄ってくるんだ」

 

 淡々としたリボーンの説明だが、内容はシャレにはならない。

 急いでイーピンを引き剥がした桃凪はそのままツナの方を振り向き、

 

「つな! 投げて!!」

 

 ツナの方に思いっきり投げた。

 

「ええっ!? ちょ!?」

 

 もちろんツナの方に投げたことには意味がある。力の余り無い桃凪が投げるよりも、一応男子であるツナが投げた方が遠くまで投げられそうだと思ったからだ。

 

「う、うわああっ!?」

 

 いきなり目の前に爆弾を持って来られたツナは生存本能に逆らうことなくそのままイーピンを思いっきり投げた。イーピンもイーピンで大人しくしていたのだが、

 

「10代目! 購買の新製品ソーメンパン一緒にどースか?」

「獄寺君!?」

 

 投げた先に丁度よすぎるタイミングで獄寺がやってきてしまい、イーピンはそのまま獄寺の手の中へ。しかし炭水化物と炭水化物の合わせ技のようなパンだ。それを言うなら焼きそばパンもそうだけれども。

 

「獄寺君危ない!!」

「早くその子投げて、はやと!!」

「? はい」

「いやオレにじゃなくてーっ!!」

 

 獄寺がそのまま笑顔でツナにキラーパス。悪気があったわけではないが。

 

「うわっ! あと三筒(サンピン)!?」

 

 そのままツナが投げたイーピンは、

 

「パース」

「もどすなーっ!!」

 

 そのままリボーンがトスしてツナの元に、

 

「あと二筒(リャンピン)!!」

 

 今度こそ、と投げた先にはまたもや人影が、

 

「よーツナ。またオレとお前補習だってよ」

「山本!!」

 

 ポスン、と山本の所にイーピンが、

 

「? 何だこりゃ?」

「いいから山本!! 思いっきり投げてー!!」

「ん」

 

 投げる、の言葉で目の色が変わる山本。そのまま、

 

「しょっ」

 

 空高くへイーピンを放り投げた。

 そして額の筒子(ピンズ)はついにイーピンになって。

 

 ――――――ッドォオオオオオン……!!

 

 まるで花火のように、大輪と称しても差し支えない光が校庭上空に咲いた。

 

 

 

 

 

 ――――その後のイーピンは、もう二度とあのような間違いを犯さぬよう、また、未熟な己を鍛錬すると言う意味も込めて、日本で修業を始めたのだった。

 といっても、またふとした拍子で爆発しそうになったりしているため、まだまだ半人前だろうが。



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第十三話 「再開というのはいつも突然です。」

 

 

 

 

 

 ○月Π日

 

 いーぴんがド近眼だった事が判明。道理で間違えるはずですよ。あと女の子でした。こちらにも驚き。それとといーぴんとらんぼは仲が悪いみたいです、仲良くしなきゃダメですよ。

 それと、きょーこちゃんとはるがいつの間にか知り合ってたみたいです。二人ともケーキが好きみたいなので、今度一緒に行こうと思ったのですが、二人は当分ケーキは食べないらしいです。何かあったのですかね?

 

 

 

 

 

第十三話 「再開というのはいつも突然です。」

 

 

 

 

 

 えー今の状況を簡単に説明しますと、家の前にたくさんの強面で黒服の方たちが勢ぞろいしております。

 

「……えー」

 

 あまりといえばあまりな状況に思わず絶句する桃凪。黒服って、黒服って。

 

「あ、あのー……」

 

 恐る恐る近くにいる人(こちらも黒服)に声をかけてみた所、沢田家以外の者は通さないと言われたが、自分が沢田桃凪姫であるという事を伝えるとあっさり通してくれた。

 

(……見た目ほど怖い人達でもないのかな?)

 

 人は見かけによらないとよく言われるが、あの人達はその典型だったのだろうか。いやでもなんだかさっき目に入ったけど銃の手入れを道端でしてる人とかもいたし…。

 ぐるぐると思考の迷宮に入っていく桃凪と、そんな桃凪を心配しているのか、柔らかく頭を撫でてくれる黒服の皆さん。あ、やっぱり優しい人達なんだ。

 

「ただいまー」

「おう桃凪、帰ったな」

「せんせー? あの人達は?」

「エスプレッソ淹れろ」

「……うん」

 

 質問を軽くスルーされた挙句アゴで使われる桃凪。だが何も言わない、リボーン相手に言えるはずが無い。

 

「二人分な。なかったら紅茶でいーぞ」

「? うん」

 

 お客様でも来ているのだろうか。聞き返す前にリボーンはそのまま二階に昇ってしまったから、まぁいいかと考えてコーヒーと紅茶を淹れる。

 二階に上がって耳をすましたところ、どうやらリボーンとそのお客様がいるのはツナの部屋らしい。

 こんこん、と軽くノックすると、いつものリボーンの声と、陽気なお兄さんの声。

 

「失礼しまーす……」

 

 いつもツナがいる時はノックしたり声掛けたりはしない桃凪だが、今日はお客がいるので別。ドアを開けると、テーブルの前にいるリボーンと、なにやら外から持ち込んだらしき真っ黒いイスに座る。

 

「よっ」

 

 金髪のお兄さん。

 

「……どうも」

 

 …………どう……反応したらいい?

 

「桃凪」

「あ、うん……」

 

 桃凪を見上げるリボーンに促され、座った桃凪はリボーンにはエスプレッソを、金髪のお兄さんには紅茶を、それぞれ目の前に置く。ちなみに自分はどさくさにまぎれて作っておいたココアを。

 

「……はじめまして?」

「おう、はじめまして。ボンゴレの次期補佐さん。オレはキャバッローネファミリー10代目ボスのディーノだ」

「あー、なるほど」

 

 さらりと言われた問題発言をそのままさらりと流した桃凪に目を丸くするディーノだが、一拍置いてそのまま笑いだした。

 桃凪としては、ディーノの言っている事が本当なのだとしたら外にいる黒服の人達の事も容易に受け入れられるし、あのリボーンのお客さんなんだからそのくらいは普通なのではと思っていたし、なによりもディーノの纏う空気がそんじょそこらにいるではものではない感じがして……。

 そう思っていた故の反応なのだが、どうやらディーノからしたら意外な反応だったらしい。

 

「ははっ。中々度胸があるじゃねーか、リボーンもいい教え子持って幸せだろ?」

「問題無さ過ぎてむしろつまんねーくらいだぞ」

 

 撃ちがいがねぇ。と銃を持ちながらどことなく残念そうな顔を浮かべるリボーンに、桃凪とは言わずディーノまで頬をひきつらせた。

 

「そ、それでー……。で、でい……でぃーのさんは何でツナの家に?」

「え、あ……おう」

 

 話をそらそうとディーノに質問する桃凪。途中で名前が難しくて呼べないため所々噛んでしまったが、どうやらスルーしてもらえた様子。……それとも名前を間違えるような年齢の子供だと思われているのか…もしそうだったら後から訂正しなくては。

 しかし、わざわざ遠くからこのような大所帯でやってくるからにはそれなりの理由があるわけで、しかもそれがマフィアがらみになれば必然的に危険度は増しそうな予感がする。

 来たるべき衝撃に対して驚かないと決めた桃凪は緊張しながらディーノの言葉を待った。

 そしてディーノは、

 

「いや、別に遊びに来ただけだぜ」

「へぇー……へ!?」

 

 あまりと言えばあまりな発言に思わず桃凪は心の中で「そりゃないだろ」と突っ込んでしまったという。

 

 

 

 

 

「なるほど……兄弟子さん……」

「まっ、そういうことだな」

 

 その後の説明によると、なんでもディーノはリボーンの元教え子で、つまり桃凪達の兄弟子に当たるという。

 それで弟分の様子を見にわざわざ遠くからここまでやってきたとの事。暇なのかとも思ったが、あんな大勢で来るからにはそれなりの準備もしているのだろうし、まったくの暇というわけでもないのだろう。いや、あんだけ色々準備してやることが人に会いに来るだけなのだから、やっぱり暇なのか……?

 ところで、

 

「あの……、でぃーのさん」

「何だ?」

「…………何ですか? この態勢」

 

 そう、いま桃凪はディーノの膝に抱えられている状態である。

 膝に抱えられている状態である。

 

「なんつーかさー、町にいるガキ共思い出してよ」

 

 そのままなでなでと頭を撫でてくるディーノ。

 解せぬ。

 

「……私は、中学生、なのですが」

 

 決して小学生ではない、思春期真っ盛りの中学生だ。子供扱いは(確かにまだまだ子供だが)止めて欲しい。

 どうしたものかと悩んでいる桃凪はそのままディーノに背中を預けるように寄りかかる。ふと、ディーノの懐で何かがごそごそ動いているのに気づいた。

 

「……?」

「お、起きちまったみてーだな」

 

 そういいながらディーノが懐より取り出したのは、

 

「かめ?」

「ん、ああ。こいつはカメのエンツィオって言ってな、リボーンから貰ったんだ」

「へー……」

 

 物珍しさからか、そーっと桃凪が指をエンツィオに近づけてみると、

 がちんっ

 さっ

 

「…………」

 

 近づけてみると、

 がちんがちんっ

 さっさっ

 

「…………、」

 

 とにかく、気性が荒いという事だけは分かった。噛まれそうになったし。

 

「寝起きで機嫌悪いみてーだからあんまり触んない方がいいぜ」

「はー」

 

 そういえば、忘れていたけどツナはどこに行ったのだろう? いや忘れていた自分が言える事じゃないのだけど。

 すると。

 

「ごめんなさいね、手間かけちゃったでしょう?」

「い、いえいえ」

 

 ドアの向こうから聞こえるのは聞きなれたツナの声と、どこかで聞いたような。

 

「リボーン!! どういうことだよこれは!?」

「あらあら、ずいぶんディーノと仲良くなったのね」

 

 そこにいたのはツナと、

 

「りーた、さん?」

 

 年齢所属その他一切不明の麗しの美女は、にっこりとほほ笑んでいた。

 

「遅かったじゃねーか、姉貴」

「あ、姉……!?」

 

 いきなりの再開に呆然としている桃凪に、更に畳みかけるように情報が入ってくる。確かに、二人の顔立ちやら何やらを見比べてみると、かなり似ている。これなら姉弟でも納得できるが。

 しかし、もしそうだとすると。

 

「じゃあ……りーたさんが言ってたダメダメな弟ってでぃーのさんの事…?」

 

 ぽつりと、思わず考えていた事が漏れる。

 

「……おいおい姉貴。何桃凪に教えてんだよ」

「ふふ、的確でしょう?」

 

 傍目からは仲の良い会話をしている姉弟を見ながら、正確にはディーノを見ながら、桃凪は茫然とした。

 だって、リータいわく自分の弟はどうしようもなくダメダメで部下の前だとかっこいいけど家だとドジで…とか言ってたのに。ディーノを見ているとどうしてもそう思えない。それとも今が部下の前だからだろうか、とりあえず今の状態では想像が出来ない。ギャップが激しすぎる。

 

「桃凪」

「は、はい!」

 

 凛とした声。

 

「久しぶり」

「お、久しぶりです」

 

 思いもよらない再開の緊張で固まる桃凪に対してくすくすと楽しそうに笑うリータ。

 

「驚かせちゃったかしら?」

「はい……まぁ」

「ハルは元気?」

「元気です」

 

 少し元気すぎるくらいには、とは言わないでおこう。

 

「しかし、りーたさん。何故つなと一緒に?」

 

 疑問に思った事をぶつけてみると、リータは困ったように苦笑した。

 

「ああ、それね……。少し町を見てみたいと思って出かけたのだけど、道に迷ってしまってね。困っていた所に偶然この子がやってきたのよ」

「へー……」

 

 確か、桃凪とリータが出会ったきっかけも道に迷ったリータが桃凪に話しかけてきたからで、そして今回もそうであるらしい。リータは意外と方向音痴なのだろうか。

 

「やっぱり日本(ジャッポーネ)の町並みは珍しいわね。ついつい寄り道しちゃったわ」

 

 まぁ、でも。

 楽しそうなリータに何か言うのも無粋というものか。

 

「それで今回はどれくらいいるのですか?」

「んーとね……」

 

 頬に手を当て、少し考えるそぶりを見せたリータだったが。直後、その眼差しが鋭いものへと変わった。

 

「桃凪!」

「え?」

 

 ぐい、と桃凪を引き寄せたリータはそのままどこからか取り出した日傘を振りかぶり、直後に目の前にやってきた黒い塊を思いっきりかっ飛ばした。

 高速で飛来していく物体はリータの傘に弾き飛ばされ、窓の外へと飛んでいく。

 

「ディーノ、行ったわよ!!」

「おう! てめーら、ふせろ!!」

 

 リータによって外に飛ばされた鉄塊……形状を見るに手榴弾、をディーノが下にいる部下に当たらないように窓から身を乗り出し持っている鞭で更に空高くへ放り投げた。

 手榴弾の爆発をバックに華麗に着地するディーノ。その姿は元からの容姿の端正さも相まってものすごく、

 

「「かっこいい……」」

 

 思わず、といった調子で呟いてしまったツナと桃凪。

 

「いい? それはおもちゃじゃないの、遊びに使ったりしてはダメよ。解った?」

「う~……」

「○ΔΠ●……」

 

 視界の片隅ではリータが腰に手を当ててどうやら今回の出来事の犯人である(どうも、ランボが手榴弾を持ったままイーピンと追いかけっこをして、躓いた拍子に手に持っていた手榴弾が桃凪の方に飛んできた)らしいランボとイーピンを叱りつけていた。

 イーピンは元から聞きわけのいい子だから素直に謝っているようだが、ランボの方は納得していない様子。もっとも、あの無鉄砲なランボが大人しく説教を聞いているというのも珍しいと思うのだが。これもリータの持つ雰囲気、言うのならば天然のカリスマのお陰だろうか。

 なかなか謝らないランボの様子にリータはため息一つついた後、目線を合わせるようにしゃがみ込む。

 

「悪い事とは言って無いの……。楽しかったんでしょう? 私もその気持ちはよく分かるから、一緒に遊んでいると楽しいわよね。でも、迷惑をかけたんだから謝りなさい」

 

 優しく、しかし厳しく。二律背反でありながらも、それを押し通すことのできる強さと迫力。

 

(ふわふわして優しくて、でも強くて。不思議な人だなー……)

 

 そう思いながら見ていた桃凪。そしてとうとうランボが折れ、小声ながらも「ごめんなさい」を口にする。その瞬間花が咲かんばかりの笑顔を浮かべて二人をその胸の中にかき(いだ)くリータ。

 リータに抱きしめられたおかげか先ほどまでの落ち込みようが嘘のようにご機嫌になるランボとイーピン。子供の扱いに慣れているというか、人を説得するのが上手というか。

 

「陰ながらボスを支え、間違いがあれば優しく正す。それがボスの補佐だぞ。桃凪も見習え」

「そしてせんせーはすぐにマフィアに持っていくし……」

 

 半分以上はこじつけなのではないかと思われるリボーンの言葉に半分くらいは呆れながら呟く桃凪。とうのリボーンはそんなことも露知らず窓の外で部下と話しているディーノに声をかけた。

 

「ディーノ、姉貴と一緒に今日は泊まってけ」

「なっ!?」

 

 簡単に話を進められたツナが驚いていたが、そんなものリボーンにはどこ吹く風。

 

「ん。オレらはいいけどこいつらがな……」

 

 そう言ってディーノが親指で指したのは彼の部下の黒服達。確かにディーノとリータの二人ぐらいならともかく、この人数は泊める事は出来ないだろう。

 

「部下は帰してもいいぞ」

「おいっ。お前何勝手に決めてんだよ!」

 

 淡々と物事を進めていくリボーンに思わずといった調子でツナが突っ込みを入れているが、やはり聞いてない。焦れた様子のツナがこちらにも話を回してきた。

 

「~っ!! 桃凪もなんか言えよー!!」

「え? 私はりーたさんがいた方が嬉しいけど……?」

「あらあら、桃凪ったら……」

 

 きょとん、とした顔を浮かべながら言いきった桃凪と、何やら裏切られたような顔をしているツナ。そして口調では困りながらもどことなく嬉しそうなリータ。

 

「それに、つなだってでぃーのさんいてくれた方が嬉しいでしょ?」

「それは……そうだけど……」

 

 ツナがディーノに憧れじみたものを感じているのは解っているのだ。それでもツナが嫌がっているのは、これをきっかけに更にマフィアに沈みこんでいく事を気にしているだけで、ディーノには泊まってほしいと思っている。そう桃凪は思った。

 そしてディーノの方はディーノの方で部下たちは帰ったらしい。どこに帰ったのかと聞かれると疑問だが、大方ホテルなどの宿泊施設だろう。黒服で強面でどう見てもソッチ系の業界の人を泊めることになるホテルの人達、ご愁傷様です。

 

「よっしゃ。んじゃーボンゴレ10代目に説教でもたれるか」

「オ……オレのために――――。そ、そんなぁ~っ」

「よかったなツナ」

「嬉しそうだねつな」

 

 

 

 

 

「「いただきます」」

 

 夕食の時間。ツナの目の前には同じテーブルに座るディーノが、桃凪の前にはリータが、それぞれ食卓を囲んでいた。

 

「さー、何でも聞いてくれ。かわいい弟分よ」

「あー、あの……」

 

 ディーノと向かい合うツナの顔には困惑半分と嬉しさ半分。ディーノに気にいられるのは嬉しいが、マフィア関連の話はしたくない。といった感じだろうか。

 

「む、この卵焼き味が違う」

「それ私が作ったのよ、奈々さんみたいに上手く出来なかったけどね。隠し味にごま油じゃなくてオリーブを使ったから、桃凪からすると珍しいかしら」

「おー、イタリア風味……」

 

 そして桃凪とその向かいに座るリータは仲むつまじく卵焼きをつつきあっていた。しかし、強いし綺麗だし優しいしそのうえ料理も上手とは、なんなのだろうこの完璧美女は。

 

「そーいや、ツナお前ファミリーはできたのか?」

 

 ディーノの言うファミリーとは言わずもがな、マフィアのファミリーの事だろう。正直、マフィアになる気が無いツナにとってはファミリーなんて欲しいどころかこちらから願い下げだ。そんなのいるはずがないと言おうとしたのだが、

 

「今んとこ、獄寺と山本、あと候補がヒバリと笹川了平と……」

「友達と先輩だから!!」

 

 それより先に先手を打ったリボーンが彼の視点からしてファミリーに入っているらしいメンバーを上げていく。その四人とツナと桃凪を入れれば全員で六人か、ディーノのファミリーを見た後だとしょぼい感じがするが、少数精鋭だと思っておこう。卵焼きをもぐもぐさせながらそんな事を考える桃凪。思考回路が平和である。

 

「っていうかリボーンなんでオレなんかのとこ来たんだよ。ディーノさんとの方が上手くやってけそうなのに」

「ボンゴレは俺たち同盟ファミリーの中心なんだぜ。何にしてもオレ達のどのファミリーより優先されるんだ」

 

 驚きの事実、リボーンみたいな凄腕のヒットマンを家庭教師にできるのだからボンゴレはそれなりの勢力なのだろうと思ってはいたが、まさかそこまで大きな組織だったとは。ますます騒動が大きくなっていくことに辟易するツナと、自分の知らない世界の事情を知れて少し嬉しそうな桃凪。こういうときは両極端な双子だ。

 

「まぁ、ディーノ君」

 

 奈々が何かに気付いたような声を上げる。その視線の先には、

 

「あらあらこぼしちゃって……」

「うわっ!?」

「ある意味器用だ……」

「……だからあんたはナイフとフォークを使いなさいっていったのに……」

 

 ぐちゃぐちゃになった焼き魚と零れたご飯、散乱したおかずと、とても見ていられない惨状になったディーノの食卓。桃凪の前で呆れているリータを見る限り、いつものことのようだ。

 そういえば、リータは部下がいないとディーノは半人前なのだと言っていた。そしてこの場にいるのはリータとディーノと桃凪達だけ……。

 ということは、まさか……。

 

「またリボーンはそういう事を……ツナたちが信じるだろ? 普段フォークとナイフだからハシが上手く使えねぇだけだって……」

「な……なーんだ。そーですよね!!」

 

 ツナの前ではディーノがそんな事を言っていたが、はたして本当なのだろうか。リータの前情報があった身としては果てしなく心配だ。

 ふと、リータが思いついたように。

 

「そういえばディーノ。エンツィオは?」

「あ」

 

 今「あ」って言った! 「あ」って言った!!

 

「キャアアア!!」

 

 お風呂場に行ってくると言って席をはずしていた奈々の悲鳴。もしかしなくても原因は。

 

「母さん!?」

「どーしたんだ!!」

「馬鹿っ! ディーノ……!」

 

 ディーノが椅子を跳ね上げ立ち上がる。それを慌てたように止めるリータ。その理由は次の瞬間明かされることとなった。

 

「でっ!!」

 

 びたーん!! という効果音がとてつもなく似合う感じでディーノがすっ転んだ。

 

「だっ、大丈夫ですか?」

「つつつ……、自分で自分の足を踏んじまった……」

「は?」

「ほれ見ろ運動音痴じゃねーか」

 

 運動音痴というよりもはやドジの領域なのでは……と思う桃凪。自分で自分の足を踏むなんて、ツナどころか運動が苦手な桃凪ですらめったにやらない珍事だ。

 

「お、お、オフロに、オフロに~!!」

 

 バタバタと涙目で走ってきた奈々の混乱しきった言葉に従い、風呂の扉を開ける。と、

 

「……!!」

 

 人と同じくらいに巨大なカメ。しかし、どこかで見た事あるような。

 

「エンツィオのやつ、いつの間に逃げたんだ!?」

「「え!? あれさっきのカメなの!?」」

 

 エンツィオは水をかけるとふやけて膨張するスポンジスッポン。巨大化したエンツィオはその大きさに比例して凶暴化しており、家一軒は軽く食べてしまう。

 お風呂場に行ったのは水を求めるカメの帰巣本能みたいな何かなのだろうか……、と現実逃避しながら考える桃凪。ちなみに言っておくが、スッポンはカメ目に属しているためカメの仲間だが、種類名のスッポンではなくカメの方がかわいいからカメって呼ぼう。

 

「でもどっちかって言うとかめより爬虫類だったらかえるとかのほうがいいなー……」

「桃凪! しっかりしなさい!! 桃凪!!」

「かーえーるーのーうーたーがー……、はっ!」

 

 リータに揺さぶられてようやく意識を取り戻した桃凪。現実逃避というより現実逃亡をしていた間にも状況はどんどん動いているらしい。

 

「りーたさん……さっきの傘は……」

日傘(アンブレローネ)は狭いから使えないわ。それにエンツィオを叩くんじゃなくて止めるのが目的だもの」

 

 少し困った様子で答えるリータ。そして今回の騒動のほぼ元凶でありエンツィオの飼い主でもあるディーノは、

 

「下がってろ。誰も手を出すんじゃねーぞ。てめーのペットの世話もできねーよーじゃあキャバッローネファミリー10代目ボスの名折れだ」

 

 そういいながら鞭を取り出すディーノはかっこいい……のだが。

 

「…………桃凪。離れなさい」

「りーた、さん?」

 

 冷や汗かいたリータが桃凪を風呂場の外に追いやる。よくわからないけど、きっと何かがある。

 ディーノが思いっきり振り回した鞭があちらこちらいたるところにまったく関係ない場所に何故かクリーンヒットする音声をBGMに、リータがこちらを振り返る。

 

「ちょっと……いってくるわね?」

 

 にっこり笑うリータに対して、「どこにですか」とは絶対に聞けなかった。



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第十四話 「お見舞い行ったら色々な人に会いました。」

 

 

 

 

 

 ○月±日

 

 でぃーのさんは、かっこいいです。確かに少し不安な所がありますが、いつもはかっこいいですし、部下の前だと一騎当千な人です。

 しかし、いくらでぃーのさんでも許せない事はあると思うんです。

 つなを強くするために修業したのはいいんです。つなを強くすることには賛成でしたから。

 しかし、そこでうっかりつなに大けがさせるのはどうかと思うんです。

 話を聞くと、つながけがをしたのはつな自体のうっかりもあったみたいですが、しかし最初からえんつぃおが戦う相手というのもあれなんじゃないでしょうか。

 なんて事を考えていたら、つなが入院している先の病院にお見舞いに行くことになりました。

 というわけで、行ってきます。

 

P・S『勝手に読んじゃってごめんなさいね。面白かったわよ。ディーノにはよく言っておくから、あまり怒らないであげてね。あと、男の子に怪我はつきもの。怪我した分だけ成長するから、あまり心配はいらないわよ。 リータ』

 

 

 

 

 

第十四話 「お見舞い行ったら色々な人に会いました。」

 

 

 

 

 

「おお……いつの間に」

 

 桃凪がいつも書いている日記帳。その名も『桃日記』。ピンク色のノートにマジックで書かれた名前が子供らしさを感じさせる一品だ。

 そして一番最近に書いた日記のすぐ下に、流麗な字でコメントが書かれてあった。

 最後に書いてある名前を見なくてもわかる。十中八九リータのものだろう。

 しかし、いままでは自分以外に見る人などどこにもいなかったから色々書けていたが、見られているとなるとうかつな事はもう書けない。リータは「面白かった」と返してくれたみたいだが、それがどういう意味での「おもしろかった」なのか……云々。

 

「桃凪ー。お客さんよー」

 

 考え込んで悩んでしまった桃凪の耳に、下の階から呼んだのであろう奈々の声が聞こえてきた。

 

「? うん」

 

 この時間に誰だろう。恐らく時間帯からしてくるのは山本か獄寺か…そう考えていた桃凪だったが、玄関にいる影に思わず硬直した。

 

「どうも」

「……はい」

 

 大きい体格に野太い声。とどめは真っ黒い学ランにリーゼント。そして(はす)に咥えてある葉っぱ。

 

「お久しぶりです。くさかべさん」

「お久しぶりです。桃凪さん」

 

 草壁(くさかべ)哲矢(てつや)。雲雀が委員長を務める並盛中の副委員長であり、雲雀からの信頼も厚い。はたから見たらそうでもないが、雲雀から考えてみると厚い方なのだろう、多分。

 実を言うと、夏休みの時に雲雀からの手紙を届けてくれたのは彼だった。その時は暑さのあまり頭がよく回っていなかったが、冷静に考えるとこの図体は目立つ。時代遅れに見えるはずのリーゼントに学ランのコンビが普通にマッチして見えるほどに。

 

「それで、今回は」

「委員長より、言伝を承ってまいりました」

 

 またか。

 心の中でそう思った桃凪には気づかず、草壁はそのまま手に持っていた封筒をこちらに渡してくる。

 今回は一体何だろう。確か書類は片づけてるから溜まってはいないはずだし……。

 そう考えながら封筒を開けた桃凪だったが、

 そこに書いてあったのは、『○○○号室、メロン』の文字だけだった。

 

「……?」

「実は……委員長は今風邪をこじらせて入院していまして」

「へー風邪………………え?」

 

 草壁が言った一言、それに桃凪の思考がフリーズした。

 風邪? あの雲雀が? しかも入院? 風邪で?

 

(……いやいや分かってるよ。風邪だってこじらせれば大変だし、きょーやはよく屋上とかで昼寝してるし、それで風に当たり過ぎたのかな、風邪だけに。でもきょーやが風邪で入院とか変な冗談にしか聞こえない……。しかも、しかも最悪な事にあの病院にはつなが……)

「桃凪さん、桃凪さん」

「ふぁ……はい?」

 

 毎度おなじみの如く考えすぎでぐるぐるとしていた桃凪だったが、草壁の声で我に返った。

 そこでふと思ったことを聞いてみた。

 

「くさかべさん、メロンってあの果物のメロンですよね」

「恐らくは」

「メロン買うのって私なんですか」

「……恐らくは」

 

 うわーお。

 つなの入院見舞に行くだけだったのが、唐突に新たなミッションを言い渡され。

 

(……どうしよう)

 

 桃凪の心の声は、どこにも届かない。

 

 

 

 

 

「こんにちは、きょーや」

「遅いよ」

 

 結局、雲雀には逆らえなかった。

 がさごそとビニール袋を揺らしながら指定された部屋に行った桃凪の目に映ったのは、黒いパジャマに身を包む雲雀と、その足元に倒れ伏す者達。

 ……いつも通りの光景だ。

 特にツッコミを入れることも無く、桃凪はそのまま持っているビニール袋を雲雀に渡して帰ることにした。何か関わらない方がいい気もしたし。

 

「きょーや、はい、メロン」

「…………ねえ」

「じゃー私はこれで」

「ちょっと」

「あう」

 

 帰ろうとしたのだが、踵を返した瞬間に雲雀に襟首を掴まれ脱出不可能。どうしたのだろう、何か問題でもあったのだろうか。

 

「これ、何?」

「メロン」

「……、」

 

 ぐん、と後ろの雲雀からの殺気が増した気がする。

 終始無表情な雲雀だが、襟首に込められている力の強さが半端ではない。別に怒らせる気はなかったのだし、これで大丈夫だと普通に思っていたのだが、雲雀からしてみれば激怒に値するものだったようだ。

 そんなに嫌いだったのだろうか。

 

「美味しいのに……濃厚メロンキャンディ」

「メロンじゃないでしょ、これ」

「メロンだよ。メロン果汁70%配合のまごう事無きメロンだよ」

 

 ぎりぎりと見えない所での押し合いを続ける桃凪と雲雀。このままでは終わらないと判断した桃凪は少し考えた後、口を開いた。

 

「きょーや、中学生のお小遣いでメロン一玉は無理です」

「知らないよ」

「うわぁお」

 

 理論的な事を言ったはずだったのだが、そのまま暴君論で返されてしまった。もうどうしろと。カットメロンにしておくべきだったか。そもそも病人がお見舞い品のリクエストというのもあれなのだが。

 ちなみに余談だが、雲雀は桃凪にあまり武力行使をすることはない。たまにアイアンクロ―を決められたり襟首つかまれたりすることあるが、他と比べたら平和なものだ。

 一度その理由を雲雀に聞いてみた事があったのだが、帰ってきた答えは「何か、荒く扱うとすぐ潰れそうだから」だった。彼にとって私は一体どういう存在なんだろうと切実に疑問に思った瞬間でもあった。そんな虫を触るときみたいな言い方されると正直言って切ない気分になってくる。

 ふと、雲雀が掴んでいた手を離した。不思議に思い振り返ってみると、そこには呆れ果てたという表現が最も似合いそうな顔をした雲雀が。

 

「結局、いつまでたっても小動物は小動物だね」

「大丈夫、美味しいと思うから。食べたことないけど」

 

 それじゃ、健闘を祈る。と親指をサムズアップして帰ろうとした桃凪の背中に、雲雀から声がかけられた。

 

「? わっ」

「あげるよ」

 

 振り向くと同時に視界に飛び込んでくる飛来物。受け取る事が出来るような反射神経があるはずもなく、そのまま飛んできた物体は桃凪のおでこにぶつかって地面に落ちた。

 

「……?」

 

 目の前で閉まった扉を視界の片隅で見ながら、桃凪は飛んできた物体を拾い上げる。

 個包装がされていて、緑色の中に黄色いアクセントが可愛いそれは。

 

「メロンキャンディシークレット……パイナップル味」

 

 

 

 

 

 てくてくと廊下を歩く。すれ違う人は病院だけあって様々。

 車いすに乗った男の子もいれば、松葉杖をついたお爺さん。忙しそうに看護婦さんが歩きまわって、女の子たちが喋りながら歩いて行く。

 普通の光景。特に何かが思い浮かぶこともない。しいて言うなら、この空間にいる人々は皆楽しそうだ。日中の陽気だからなのか、それとも自由な時間に喜んでいるのか、それは分からないが。

 

「……あれ……?」

 

 ふらり、宙をさまよっていた桃凪の目線が一か所を向く。そこにいたのは見慣れた姿。毎朝会っている。

 

「たけしー」

「ん? 桃凪か」

 

 振り返った人物はやっぱり桃凪の予想通り。ツナの友達で桃凪の友達でもある山本だった。

 普段は学生服か野球のユニフォーム以外あまり見た事が無い桃凪だったが、今日はラフなジャケットにTシャツ、ズボンというとても山本らしい恰好だった。

 

「つなのお見舞い?」

「おう、親父が船盛り持ってけって言ってよー」

「持ってったんだ……」

 

 病院にいる人間に生魚を持っていくというのもアレだが、それをここまで担いで持ってきたのであろう山本もすごい。

 

「そういえば、つなの病室ってどこー? さっき行ったんだけど別の所に移ってて分からなかったの」

 

 そう。ついさっき桃凪はツナの病室にお見舞いに行ったのだが、肝心のツナがどこにも見当たらなかったのだ。同室の人に聞いても「知らない」の一点張り。心なしか顔が青かったのが印象に残っていた。

 それを聞いた山本はちょっと困ったように頬をかいて。

 

「ツナのやつか? だったら病室移動したらしいぜ。どこに行くのかまでは聞いてねーけど…」

「なんと」

 

 道理で分からないはずだ。

 しかし、だとするとツナは一体どこに?

 

「ねー、たけ……」

 

 ――――――ドォオオオン

 

「……今の音って、何だろ?」

「? 花火みてーな音だったな」

 

 音もそうなのだが、窓の外が一瞬光ったのも見過ごせない気がする。音といい、閃光といい、どこかで見たような気が。

 しかし、考える暇もなく自体は動いて行く。

 

「はい、どいてどいてー!!」

「しっかりするんだ、君!」

「うう……じゅ、十代目…」

 

 がらがらがら。と患者さんを運ぶストレッチャーと共に医師の方々が走っていく。そしてそこに乗っていたのはやっぱりどこかで見た事があるような。

 

「……あれさ。はやとだよね」

「あー……。そーいや、来る途中で何回か車にひかれたって言ってたからなー……」

 

 恐らく、ツナが心配で心配で注意散漫になってたのだろう。それは仕方ないが、ボスを守るべき右腕がボスと一緒に入院というのもおかしな話だ。

 

「……後でお見舞いに行こう」

 

 お見舞い品は、何がいいだろうか。

 

 

 

 

 

「……、」

 

 ツナのお見舞いにいざ行かんとしていた桃凪だったが、今はさすがにここはちょっとなー……。と思っていた。

 この、何に使われているかよく用途の分からない部屋。

 すごく、入りたくない。別に幽霊が怖いとかそういうのではないのだが、何か入りたくない。よくわからないからこそ入りたくない。とにかく入りたくない。

 

「おじゃ……」

 

 そこには。

 ぷくぷくとガラス管に浮く骸骨。なにやらよくわからない医療器具に、どこからか聞こえてくる物音。正直言って、マッドサイエンティストの研究所という言葉がしっくり来る。

 

「あ! 桃……」

「……ましました」

 

 ぱたん。と扉を閉じておいた。

 

「……帰ろう」

 

 ついでに、獄寺の見舞いに行って。

 

 

 

 

 

「と、桃凪さん!!」

「やっほーはやと、元気……じゃないね」

「さ、サーセン……お見苦しい所を……!」

 

 獄寺を探して三千里。さすがにそこまで長い距離を歩いたわけではなかったが、ちょっと病室が分からなくて迷った。まぁ、あの怪我では重症患者の部屋にいるだろうとは思っていたが。

 

「十代目は大丈夫っスか? なんかリボーンさんに別の部屋を手配されたらしいんですけど……」

 

 ああ、あの部屋はそれでか。

 妙に納得しながらうんうんと頷いている桃凪に獄寺が不安そうに声をかける。それに桃凪は安心するように返しておくと、獄寺にお見舞い品を差し出した。

 

「? それは?」

「お守り。怪我しないように」

 

 実を言うとここに来る前の売店で買ったものなのだが。

 しかし、そんな事情は知らない獄寺はプルプルと震えながらお守りを受け取ると、感涙した。

 

「オレの体をそこまで心配してくれるなんて……!!」

「うーん……」

 

 そこまで喜ばれると、なんというか。適当に選んだのが申し訳なく思ってくる。

 

「ごめん、もっといいの選んでくるべきだったね」

「いいえ!! 桃凪さんが差し出したものでしたら例え水道水でもアルプスの天然水以上ですから!!」

「そ、そこまで?」

 

 やっぱり獄寺のツナ好きは異常だ。いくらツナの妹だからって、普通の中学生の自分にもそこまでかしこまらないでいいのに。

 

「とりあえず、お大事に」

「はい! もうここから一ミリも動きません!!」

「それはやめておこうね」

 

 それではー! とぶんぶん手を振りながら見送ってくれた獄寺と別れて、桃凪は病院を後にした。外に出て、一回伸びをする。すると、

 

「あ! 桃凪発見だもんね!!」

「Δ●※∟!!」

「?」

 

 またまた聞き慣れた声に振り返ると、ランボとイーピンが駆けよってきた。

 久しぶりに見た気がする二人の姿にふわりと桃凪の顔が綻ぶ。やっぱり、小さな子はかわいい。

 

「ジュース買ってー!!」

「うん。いいよ」

「○〃★∴~♪」

 

 ぐいぐいと手を引かれて歩いて行く桃凪。ランボ達に合わせるように小走りで、しかし追い越さないようなスピードで歩いて行く。

 引っ張られながら、ふわりと思い浮かんだ事は。

 

(……濃い一日だったな)

 

 だった。




ストックが無くなりかけています。助けて。
頭の中のネタを朝起きたら小説に仕上げてくれる妖精さんとかいればいいのに。


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第十五話 「やっぱり運動は苦手です。」

 

 

 

 

 

 ○月Ξ日

 

 りーたさんはしばらく日本にいるようです。

 詳しい所は分かりませんが、お正月の時もいましたし、着物姿がとても似合っていました。

 そして私を七五三だと呼んだつな、後で覚えとけよ。

 授業参観もありましたが、途中からせんせーが乱入してぐだぐだに。つなまで暴走しだして……。大変でした。

 あと、昨日が体育だったんですよね。そして今日も体育なんです。いえ別にどうというわけでもないのですが。

 

 

 

 

 

第十五話 「やっぱり運動は苦手です。」

 

 

 

 

 

 サッカーである。

 

「ツナ行ったぞー!!」

「お、オーライ……ぶっ!?」

 

 そしてツナはツナである。

 飛来するボールを奇跡のタイミングで顔面にぶち当てたツナ、心配する獄寺の声が余計に恥ずかしい。

 

「だ……大丈夫だから!! ボール拾ってくるから他のボールで続けてて……!」

 

 恥ずかしさで顔を赤くしながらツナは皆の輪を外れてボールを探しに行った。

 

「おーいてて……ゲ、鼻血……。はやく終わんねーかな体育なんか……」

 

 ぶつぶつと呟きながらボールが飛んで行った方に歩いて行くツナだが、ボールの近くに人影がいるのに気付く。

 

「ん?」

 

 ストライプのマフラーにジャケットとジーンズ、年の頃は小学校高学年くらいだろうか。そんな少年が、ポツリと立っていた。

 

「何やってんだ……? あの子」

 

 不思議に思うツナだったが、とりあえずボールを取りに行こう。そう思って少年の足もとにあるボールを見たツナ。しかし、

 ふわり、とボールが宙に浮いた。

 

「え、ええー!?」

 

 ふわふわと、少年のすぐそばにあったボールが宙に浮かぶ。ボールだけではない、周りの落ち葉や小石もだ。

 そしてこの騒動を起こした原因であろう少年は浮いたボールには目もくれず、宙を見つめながら何事かを呟いていた。

 

「ツナ(にい)のダッシュ力8万6千202人中8万6千202位、脚力8万6千202人中8万5千900位、持久力8万6千202人中8万6千182位……」

 

 どこを見ているのかいまいちわからない瞳でほとんど分からない事を呟く少年。

 自分の目の前で起きる衝撃映像に唖然とするツナには気づかず、少年は淡々と分析(?)をしていく。

 

「――よってツナ兄の総合力ランキングは、最下位」

 

 ぱちり、と少年が一度瞬きする。すると先程のふわふわとした瞳から一転、年相応の少年らしいくりくりとした瞳に戻っていた。

 それに従い、周りに浮かんでいたボールや落ち葉も地面に落ちていく。

 

「半年ぶりだけど順位変わらずかー。とりあえず書いとくか」

 

 一つため息をついた後、ごそごそとジャケットの中に手を伸ばす少年。

 一方ツナは先程の映像を目の錯覚か何かかと考えようとしていた。が、

 

「よいしょ」

(本デカッ!?)

 

 恐らく少年の身長の半分くらいはあるであろう本、あれは懐に入るのだろうか。そもそも重くないのだろうか。

 そんなツナの心の叫びは知らず、少年はそのまま地面に開いた本を置いて何事かを書き綴っていく。

 

「これでパンチ力、キック力、走力と最下位か……。がんばってほしーよなーツナの兄キ」

「えっ? ……あ」

 

 いきなり呟かれた自分の名前に思わず驚き、声を上げてしまったことに気付いた時は後の祭り。こちらを振り向いた少年の目がいっぱいに見開かれた。

 

「ああ!!」

 

 きらきらした瞳がこちらを見る眼差しはなんというか……そう、「憧れ」というのが一番しっくりくる感じで、非常にむずがゆい。

 

「ツナ兄! 会えた会えた!! 体育してると思って遠慮してたんだよ僕」

「は!? だ……誰だっけ?」

 

 子犬のようにコロコロと表情を変えてこちらを見上げてくる少年には、残念ながら覚えはない。しかし向こうはこちらを知っているようで。もじもじと顔を赤らめながらこちらを見上げてくるその姿はある特定の性癖の人には垂涎ものだろう。

 

「か……勝手にツナ兄って呼ばせてもらってるよ! これからもそう呼んでいい?」

「はぁ!?」

 

 混乱するツナにかまわずどんどんと話を進めていく少年。だが、何かに脅えるようにびくりと身をすくめたと思ったら慌てて逃げ出した。

 

「さ、さいなら!!」

「あ、ちょ……、ってうわ!?」

 

 そして少年の後を追うように複数の黒服が真昼間の学校に大挙して走り抜けていった。無論、ツナをガン無視してである。

 

「……」

 

 なんじゃありゃあ。

 

 

 

 

 

 そしてその頃桃凪は。

 

「うにゅ~」

 

 応接室で絶賛サボタージュしていた。

 

「……………………………………………………、」

 

 そして雲雀の視線が痛い。

 しかし、なにも桃凪は体育が面倒だからとかそんな理由でサボっているわけではない。これにはちゃんとした理由があるのだ。

 

「体、痛い~……」

 

 どうやら原因は昨日の体育らしい。少しばかり張り切り過ぎてしまったようだ。

 それはともかく体超痛い、めちゃくちゃ痛い、これでもかというほど痛い。

 しかし、筋肉痛程度で体育は見学にならないのだ、たとえどれだけ筋肉痛が酷かろうと、筋肉痛では見学扱いはされないのだ。

 だったらもうサボるしかないじゃないか。

 というか、桃凪は運動音痴に加え運動不足なのではないだろうかと思う。動け。

 

「うぅ……」

 

 そんなわけでゴロゴロしていたのだが、よく考えなくても桃凪の話はまったくの詭弁。アキラメロとしか言いようがない。しかしこの場にいるメンツでは桃凪に懇切丁寧に注意してくれる人物は誰もいないのだった。

 そんなとき、

 

「……委員長」

 

 心なしか、困った様子の副委員長の声が聞こえてきた。

 申し訳なさそうに応接室の扉を開けた風紀委員副委員長草壁。ソファの上でダレていた桃凪に一度会釈をすると雲雀に向き直った。

 

「……何?」

 

 一方の雲雀は応接室の人口密度が増えたことで少し不機嫌な様子。これは私が出て行った方がいいのか、ああでも動くの面倒くさいな。などと桃凪が心の中で葛藤していると。

 

桃姉(ももねえ)!!」

 

 ぴょこん、と山のような図体の草壁の後ろから子犬がのぞいた。

 つぶらな目とマフラーが印象的な、小学生くらいの男の子。しかし桃凪に覚えはない。私に弟の心当たりはございません。

 が、やっぱりちっちゃくてコロコロしたものが抱きついてきたら抱きしめ返してしまうのは女の子の(さが)。しかもそのままぎゅうと抱きしめてしまうのも仕方がない。

 

「かわいいかわいい」

「あ、うー」

 

 ほっぺをむにむにしながら子犬となごなごしていると、自分の後ろに気配が。その気配の主である雲雀に、そのまま襟首を掴まれ強制的に応接室から放り出された。

 つまりあれか、群れるのなら出て行けと。

 

「……」

 

 キョトンとした目でこちらを見上げてくる男の子。ああもう可愛いなぁ。

 まぁ、とりあえず。

 

「名前は何ですかー?」

 

 自己紹介から始めようと思う。

 

 

 

 

 

「つまり、ふーたは自分の持っている情報とかを狙われてて、それで逃げ回ってるの?」

「うん……」

 

 桃凪が手を引いて屋上まで連れて行った少年の名前は、フゥ太というらしい。

 フゥ太が作るランキングは的中率100%で、外れたことはないらしい。そのためそのランキングを狙う輩というのもまた後を絶たず、今回フゥ太がここにやってきたのも、ツナに会いたいという理由の他に、ランキングブックを狙うマフィアから逃げ切るためとのこと。

 

「本当はツナ兄の家に行こうと思ったんだけど……」

「その前に取り囲まれちゃったの?」

 

 うなずくフゥ太に、悩む桃凪。

 桃凪の心象としては、何としてもフゥ太を守りたい。なのだが、現実問題難しいことも理解している。

 まず、人数の差。こちらは二人、あちらは不特定多数。

 次に、戦力。フゥ太のランキングブックが目当てな以上余り手荒なまねはしないとは思うが、あくまで憶測だ。

 

「うーむ……。そういえば、ふーたのランキングブックって、どうやって作ってるの?」

 

 疑問に思うことひとつ。フゥ太自身は戦う力や、どこかに潜入する力は持ってない。だとすると、どうやって調べているんだろうか。

 

「えっとね、ランキング星と交信するんだ!!」

「……ランキング星?」

 

 なんぞそれは。

 

「わかんねーんだったらやってみればいいと思うぞ」

「うわ、せんせー」

 

 ちょこんと、いつの間にか隣にいたリボーン。相変わらず気配がない。

 相変わらずのかわいらしい無表情で、次の瞬間リボーンは爆弾発言を落とした。

 

「内容は、そーだな。桃凪のここ数年の身長の伸び具合とか」

「せんせー!?」

 

 ちょ、おま。なんということを!!

 

「桃姉の身長ランキング……」

「ふ、ふーた。無理にやらなくても……、っ!!」

 

 フゥ太が虚空を見つめた瞬間、ふわりと周りの物が虚空に浮いた。ついでにリボーンも。

 

「な、なにこれ……!?」

「フゥ太が自分の脳をレッドゾーンに追い込んで何かをランキングする時、体内にため込まれていたエネルギーが放出されて奴の周りの引力を無効化させるんだ」

「???」

 

 とにかく、ランキングしているときは浮く、ということなのだろうか。

 

「桃姉の身長が一番伸びていたのは3年前の+2センチだね。それ以降は伸びが少なくなってきて、今年に入ってからは……」

「わー待って待って待って待って!! やんなくていい、やんなくていいから!!」

 

 

 

 

 

 少し話がそれてしまったが、とにもかくにも逃げる方法を考えなくては。

 

「せんせー、なんかいい案無い?」

 

 困ったときのリボーン頼み、とはまた何ともアレな話だが、これのほかに方法がないのだから大目に見てもらいたい。なんとかしてよリボえもん。

 

「そーだな……。これでも使え」

「?」

 

 ポイ、といい加減な感じで放られたのは何かのリモコン。それぞれのスイッチには意味を指し示すらしい記号が書いてあったが、桃凪にはよくわからない。

 

「……これは?」

「センスが良ければなんとかなるだろ。じゃーな」

「?? せんせーどこに行くの?」

「昼寝の時間だぞ」

 

 そういってクールにリボーンは姿を消した。

 残されたのは、リモコンひとつ。

 

「桃姉……」

 

 ぎゅう、とフゥ太が不安そうに裾をつかんでいるが、桃凪の目はリボーンから渡されたリモコンしか見ていない。

 

(……暗号?)

 

 まず桃凪が考えたのは、スイッチの模様が何かの暗号になっているということ。リボーンだったらありえそうだし、実際リボーンが手紙を書いているときに覗き込んだことがあったが、文面は文字ではなく記号。何かの暗号のようだった。

 恐らくこれも似たような系統なのだろう。ただ、桃凪にはその暗号を解くすべがないということだ。

 適当にボタンを押してとんでもないことになったらシャレでは済まされない。なんというか、あのリボーンが渡したのだから半端ものでは無さそうな感じがするのだ。

 まぁ、わからないものに悩んでいても仕方がない。

 

「……とりあえず、これは保留として。逃げようか、ふーた」

「! うん!!」

 

 緊張した面持ちでうなずいたフゥ太の手を取った桃凪。

 変化が訪れた。

 

「……?」

 

 くらり、と視界が揺れる。

 桃凪の頭に、ぼんやりと浮かび上がる『何か』。

 

 そう、あの時も、手を、握って、いや、取ったのは、自分? じゃあ、この手、この手の持ち主は、この、暖かくて、優しい、この手、は。

 

「……桃姉?」

「……」

 

 フゥ太の言葉で我に返る。頭に浮かんだことを反芻しようと思ったが、ふわりと浮かんだそれはもう欠片も見えなくなっていた。

 

 

 

 

 

 右見てもマフィア、左見てもマフィア。

 

「囲まれてるね……」

 

 物陰にてこっそり身を隠す桃凪とフゥ太、体が小さいからこそできる芸当だ。

 

「ふーた、こっそり足音をたてないように移動できる?」

「が、頑張るよ」

「おーけー」

 

 こそり、と居場所を変更する二人。地理的な面でいえば、ここは桃凪のホームグラウンド。初めて入った奴らには負けないだろう。

 

「こっち、だね。急いで」

「うん……」

 

 こそり、こそり。

 気分としては、ル○ン三世。美女を前にしたあのダイブは芸術の域だと思う。おっと思考がそれた。

 とりあえずの第一目標は、マフィアの連中に見つからないようにフゥ太をツナの家まで運ぶことだ。そして学校からツナの家はそんなに距離は無い、歩いていける距離だ。しかし、徒歩というのは手軽なぶん見つかる可能性が上がる。この場合とるべき方法は、

 

「も、桃姉!!」

「へ? ……うわっ!?」

 

 悲鳴じみたフゥ太の声に反応して振り向くと、いきなり襟首を掴まれて思いっきり持ち上げられた。きょーやにも似たようなことをされたことがあるが、アレより乱暴で思いやりがない。

 

「見つけたぞ!!」

「フゥ太を捕まえろ!」

 

 どうやら、自分の襟首思いっきりつかみやがったのはマフィアの連中らしい。首しまったらどうしてくれる。

 

「ふーた、逃げて!」

「え、で、でも……」

 

 戸惑うフゥ太。そりゃ、いきなり自分の事はいいから先に逃げてなど言われたら戸惑うか。でも、自体はそう簡単ではない。奴らの目的がフゥ太のランキングブックである以上、フゥ太には何としても逃げてもらわなければ。

 

「大丈夫、私もすぐ行くから」

「……絶対、絶対だよ!!」

 

 そう叫んで、フゥ太は後ろに向かって走り出した。やや足取りがおぼつかないが、外国からここまで逃げながらやってきたのだ、なんとかなるだろう。

 さて、今一番の問題は。

 

「逃がすな! 追え!!」

 

 この殺気立った兄ちゃんたちをどうするかだろう。

 

「…………離して!!」

 

 無駄だとは自分でも痛いくらいにわかってるが、ここは一応暴れてみる。

 襟首を掴む手に爪を立てて、それでも離れなければ引っ掻いて。自分の無力さに嫌になってくるが、やめることはできない。もうこれぐらいしかできることはないのだ。

 

「うー……! っ!?」

 

 ぶん、と体が宙を舞って、地面に投げ出された。離された、のだろうか。しかし、周りを見るとぐるりと怖いお兄さん。逃げ場がない。

 

「フゥ太がどこに逃げたのか、吐いてもらおうか……」

 

 どうやら、フゥ太が逃げる場所に当たりをつけて待ち伏せをするつもりらしい。そのために桃凪から情報を搾りとろうとしている、と。

 じりじりとにじり寄ってくるマフィア。絶体絶命の大ピンチといったところだろうか。人間、窮地に陥ると案外冷静なんだなと、他人事のように思う。

 ふと、リボーンから借りたリモコンが転がっているのが見えた。結局これは何だったのだろうかと思って、

 

 気付いた。

 

(……あれ? これって、もしかして)

 

 這いずるように進んでリモコンをつかみ取る、もう一度周囲を見回して、確認して。

 祈るように、スイッチを押した。

 

「さぁ、観念して「お兄さんたち」……あぁ?」

「上、上」

 

 桃凪の言葉に一瞬不思議に思ったマフィアが上を見上げると、

 (かな)だらいが落ちてきていた。

 

「ぐへっ!!」

「ぶごっ!?」

「べほっ!!」

「ぐはぁ!!」

 

 ごんがんごんげーん。と、一昔前のコントのように直撃する金だらい。

 当たった方も当たった方だが、当てた方も当てた方だ。まさか金だらいが落ちてくるなんて誰が想像しよう。少しだけ、リボーンのことが分からなくなった。

 簡単な話、スイッチの模様はリボーンの視点から見て一番目立つ建物やオブジェを記号的にあらわしていたもので、リボーンと同じ視点で見なければ分からないものが多かっただけだ。地面に投げ出されたせいでうつぶせにならなければ絶対に分からなかっただろう。

 

「まさかのまさかとは概ねこの事……」

「やっとわかったみてーだな」

「せんせー」

 

 すたすたと何食わぬ顔でこちらに歩み寄ってきたリボーン。その手には一丁の拳銃が、もしかしてあれか、ついさっきまで自分は人前で下着姿になるかどうかの瀬戸際だったのか。

 

「フゥ太はツナの家に向かってるぞ。ここの後始末はオレがしてやる」

「あ、うん」

 

 後始末をするというか、後始末を他人に押し付けるのをしてやるというべきだと思う。

 

「せんせー、なんか疲れちゃった」

「そーか」

 

 ごろり、と仰向けになって空を見上げると、きれいな青空だった。

 

 

 

 

 

 ちなみに、帰ってきたツナとフゥ太は偶然の遭遇をしたらしく、自分のランキングが初めて覆されたととてつもなくうれしそうなフゥ太が報告してくれました。かいぐりかいぐり。

 

「桃姉ぇはね、人に好かれやすいランキング上位ひとケタに入ってるよ」

「あー……予想通りって言ったら予想通りかもなー……」

「つな、それは一体どういうことかな?」




朝起きて見てみて感想が来ている至福、今日も一日頑張ろう。


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第十六話 「甘いものは好きです。」

 

 

 

 

 

 ○月Λ日

 

 ふーたのランキング能力は、かなりの高精度でした。いや、目の前で身長ランキングを言われた身としては信じざるを得ないとは思うのですが、あそこまで精度がいいとは思っていませんでした。

 さて、今日はあの日です。男性にとってはハラハラドキドキの日、女性にとってはワクワクドキドキの日。甘い思いをして勝ち組となるか、しょっぱい涙を飲み込んで負け組となるか、すべては女の子の気持ちしだい……。

 まぁ、平たく言えばバレンタインです。

 

 

 

 

 

第十六話 「甘いものは好きです。」

 

 

 

 

 

「桃凪、家に帰ったら台所に来なさい。ハルと京子と私でバレンタインのチョコを作るわよ」

 

 その時、世界が止まった。

 のちに少女は、そう語ったという。

 

 

 

 

 

 まだ寒さの少し残る季節。しかし周りは温かかった。特に、

 

「山本く~ん。これあげる!!」

「私も私も!」

「サンキューな!」

 

 山本とか、

 

「てめーらついてくんじゃねぇ!!」

「獄寺君チョコ貰って!!」

「カッコイイ~!」

 

 獄寺の周りは特に。

 逆にブリザードか永久凍土のごとき雰囲気を持つ生徒もいるが、それに関しては本当にご愁傷様としか言いようがない。イケメンがクラスに二人もいたことを嘆いてくれ。

 しかし、浮足立つはずのクラスの雰囲気を押し返すかのように、桃凪のオーラは重かった。

 桃凪の頭の中は、来るべき事態を回避するのでいっぱいいっぱいだったからだ。

 

 元々の発端は、ビアンキの発した何気ない一言から始まる。

 

『今日はバレンタインだから、手作りでチョコレートを作ろうと思うの』

 

 大量殺戮事件の前触れである。

 いや、わかってる。ちゃんと分かってるのだ。ビアンキに悪意などこれっぽっちも無いということは。ビアンキはただ、愛しい愛しいリボーンのために手作りチョコレートを作って、愛情をプレゼントしようとしているだけなのだ。しかし、悪意がないからって何をしてもいいというわけではないだろう。

 正直言って、桃凪に愛でハッスルするビアンキを止めることはまず不可能だ。というより、止めることができるのはリボーンだけだろう。

 

復活(リ・ボーン)! 死ぬ気で京子のチョコの行方を知る!!」

 

 なんか隣をパンツ一丁のツナが駆け抜けていった気もするが、桃凪は忘れることにした。

 

 

 

 

 

「さぁ、始めるわよ」

「「おー!」」

「おー……」

 

 結局何も良い考えが浮かばないまま、チョコを作ることになってしまった。

 家に帰った時にまだツナが帰ってないのには少し驚いたが、あのペースだとそうかからずに到着するだろう。

 あああああ、そう言ってるうちにビアンキのチョコから紫色の煙が出てきた。どうすれば、どうしたら……。

 

「……ん?」

 

 こそり、と。台所の入口に小さな影。あれはフゥ太と…ツナ?

 

(なにやって……)

 

 いや待て、ツナは恐らく、ビアンキのチョコ作りの阻止を図ろうとしているのだろう。ビアンキの事だ、チョコレートが完成したらついでといった感じでツナに食べさせようとするに違いない。食べされられるツナからしたら死活問題もの、どうにかして事態を収拾しようとするはず。フゥ太を連れてきたということは、

 直後、ぶわりと周りの物が宙に浮いた。材料もレシピも道具もすべて例外なくだ。

 

(これは…ふーたの、ランキング!?)

 

 ツナはこの状況でランキングをしてどうしようというのだろう。ビアンキを逆なでするだけな気が。

 ……逆なでするということ、つまりは怒らせる。怒らせてチョコレートから視線を外させる気か?

 

「は、はひー! 何ですかこれはー!?」

「先生ポルターガイストです!!」

 

 混乱して慌てる京子とハルだったが、ビアンキは冷静だ。リボーンへの愛を邪魔された事で怒っているようにも見える。というかあれは絶対怒ってる。

 そしてビアンキはリボーンと共に行動したこともある凄腕の殺し屋でもある。

 

「! そこにいるのは誰!?」

(つな、見つかっちゃった!!)

 

 美人というのは怒れば怒るほど恐ろしい。整った顔をしているがゆえに、それが歪む様子はまるで般若を連想させる。つまり何が言いたいのかというと、ビアンキマジ怖いということだ。恐らく子供に見せたらトラウマになるくらいに。

 

「び、びあんき! チョコレートから目を離すのは私どうかと思う!!」

 

 とにかく、ビアンキを止めなくてはいけない。しかし、止めるとその分ポイズンクッキングの完成が早まるわけで……。

 

(……腹をくくろう)

 

 桃凪ひとりだけでポイズンクッキング作成中のビアンキは止められない。ならば桃凪がするべきことは、出来る限りビアンキの手を煩わせず、自分の分のチョコレートを急いで作り上げることだ。

 ビアンキに構っていたら自分の分のチョコレートさえもポイズンクッキングになりかねない。少しでもツナ達にまともなチョコレートを食べさせるには、自分はここで他のチョコレートを見捨てる選択をとらなければならないのだ。

 ……製作者だから味見以外はあまり食べないと思うし。

 頭の片隅でそんなことを思う桃凪、意外と打算的である。

 

「ビアンキー、ツナ達のメインはチョコフォンデュだけど、私他にも渡したい人がいるから別に作っていい?」

「いいわよ。桃凪だったら問題ないでしょうし、持っていくわけにもいかないものね」

 

 確かに、あっつあつのチョコレートフォンデュを抱えて相手の家に行くわけにもいかない。よく考えればそうだが、ビアンキが素直に折れてくれたことが桃凪にとっては嬉しかった。

 しかし、チョコレートといっても何を作るべきなのだろうか。ビアンキのことで頭がいっぱいでそこら辺をまったく考えていなかった。

 

「何にしよっかなー……」

「ねえねえ、桃凪ちゃんは誰にチョコレートあげるの?」

「あ、それはハルも知りたいです!」

「ふぇ? 私ー? 別に……」

 

 えーと、とりあえずツナにはあげる。リボーンも甘いものが好きでは無さそうだけれども一応あげるし、フゥ太やランボにもあげる。イーピンは女の子だからそこら辺はどうしようかと思ったが、まぁあげても悪いことは起きないし、あげようと思う。獄寺山本は大量に貰ってたし、今更チョコレートあげても甘いもの尽くしはきついだろうからチョコではなくてクッキーやビスケットでもあげようと思う。

 他にも、桃凪の思いつく中では雲雀、了平、ディーノ、リータ、その他もろもろ、クラスの中のいい友達など。考えただけでもかなりの量になる。

 

「んー、結構いっぱい?」

「へー、私はお兄ちゃんのぶんかな。毎年あげてるの」

「ハルはお父さんにあげるんですよー!」

 

 なるほど、どうやら京子とハルはこの家で作るチョコレート以外に特定の誰かにあげる予定は無いらしい。兄や父だけとは可愛いものだ。これはツナも期待していいかも?

 ……背後でぶすぶすと煙を上げるビアンキチョコレートを見るに、生きて京子のチョコにありつけるかどうかは不明だが。

 しかし、ここで桃凪の想像通りならそろそろツナが次の手を打ってくるはずだ。先ほどのフゥ太のランキングは恐らくビアンキ関係のものだろうし、恐らく、ビアンキをランキングするために近くに来ていたのだろう。時間から見て考えついてるはずなのだが……。

 

「ちょっとリボーンにチョコレートの味見をしてもらってくるわね」

 

 と、煙を出すチョコレートが入ったボウルを持ってニ階に上がっていくビアンキ。桃凪はこれ幸いと自分の分のチョコレートを作っていたのだが、しばらくした後に上の方で破壊音と叫び声などが聞こえてきた。

 

「……? どうしたのかな?」

「なにかあったんですかね?」

「んー……気にしなくていいと思う」

 

 破壊音に混じって「ロメオォオ!!」とか言うビアンキの叫び声が聞こえてきた。ロメオって確か、ビアンキの元彼で、別れる時かなり険悪な仲だったらしい。ちなみに死因は食中毒。

 そして一番驚くべき所はここなのだが、なんとロメオは10年後ランボにそっくりなのだ。

 だから多分さっきの声は、何らかの理由で10年バズーカが発動して、10年後ランボがやってきた。その時ちょうどチョコレートを味見してもらおうとビアンキがやってきて、対面。ランボの事をロメオと勘違いしてキレたビアンキがそのままランボを殺そうとして、その後聞こえた銃声から考えるとリボーンがツナに死ぬ気弾を撃った。それで復活したツナは死ぬ気でランボを守っている……といったところだろうか。

 方法がアレだし、少々言いたいこともあるが、とりあえずビアンキはしばらく台所にはやってこない。それがツナの狙いなのかどうかはしらないが、この分だと桃凪のチョコレートの他にチョコレートフォンデュの方もどうにかできるかも。

 

 そしてチョコ作りを再開した桃凪たちだったが、数分後に帰って来たビアンキが「チョコレートが出来ているなら私はチョコにつけるクラッカーを作るわ」と言い出したため、結局ポイズンなクッキングになってしまったのだった。

 

 

 

 

 

「というわけで、辛うじて死守したチョコレートが、これです」

 

 ことり、と目の前に置かれた、包装紙に包まれリボンでラッピングしてある箱が一つ。

 

「……、」

 

 何やら長ったらしい前口上を言ったと思ったら、どうやら自分はこんなにも大変だったと言いたかっただけらしい。

 しかしこの自分に群れていた時の状況を話すとは、まともな人間だったなら絶対にしない。そういう意味でも彼女は大物かも知れないが。

 

「本当に守り抜くのが大変だったのですよ。ほめてほめてー」

「何言ってるの君」

 

 ぱこん、と丸めた書類で頭を叩けばあうー、と悲鳴を上げる小動物。訂正、これが大物とかありえない。ただ単に頭が足りないだけか。

 

「そんな家庭内害虫を始末する時のような感じで叩かなくても…」

「僕が小動物相手に本気を出すとでも思ってるのかい?」

 

 咬んでもおいしくなさそうだしね。とどこかずれた発言をした少女は、ソファから飛び降りて一緒に持ってきた袋を掴み、応接室の扉に向かっていく。

 

「じゃねー。きょーや」

「何処に行くの?」

 

 んーとね…。

 小動物は一度考えるそぶりを示した後、

 

「はやとにたけしにりょーへいさんに…チョコレートとか他いろいろ渡しに行くね」

 

 気持ちって言うのは隠しちゃだめな時もあるんだよー。

 そう、満面の笑みで話す少女の顔はなんというか、『幸せってこんな感じ』とでも言いだしそうな顔だった。




にじファンの時のやつと比べて、ちょっと文字量が増えました。
個人的にはスランプ中に書いたやつで気に入らなかったので、あと文量が少なかったし。
楽しんでいただけたら幸いです。
あと、毎日感想楽しく読ませてもらっています! 飽き症な作者にとっては感想は一番の燃料です……!


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第十七話 「鈍感にもほどがあると思います。」

 

 

 

 

 

 ○月¨日

 

 この間は皆で雪合戦しました。でも寒かったので、私は思いっきり着込んでたらつなに「だるまみたい」とつっこまれてしまいました。だって寒いんだもん。

 あまりの寒さに偶然現れたきょーやの学ランの下に潜り込んで二人羽織をしようとしたらつなに必死で止められました。

 この間はせんせーがたけしに新しい武器をプレゼントしていました。見た目は普通のバットなのですが、望遠鏡が付いていて、さらに高速でスイングすると刀に変形します。

 刀の性能はもちろん、打つ、叩く、殴るの三拍子そろった武器…らしいです。その三つは同じ意味だとか、つっこんじゃだめらしいです。

 

 

 

 

 

第十七話 「鈍感にもほどがあると思います。」

 

 

 

 

 

「沢田はおりますか?」

 

 そう言って授業中の教室に入ってきた了平。

 それが今回の始まりだった。

 

「実は、おとといにさかのぼ……いやおとつい……? おととい? …………ええいまどろっこしい!! 沢田を出せ!!」

 

 そう言って教師に詰め寄った了平を見たクラスの生徒(ツナ含む)が、いつもと変わらないなとひそかに絶句したのを了平は知らない。

 

「つな、つな。返事してあげなよ」

「え、あー……」

 

 確かに、先ほどから周りの視線が一直線にこちらに来ている。このクラスに沢田は二人いる――すなわち桃凪とツナだが。しかし、了平は桃凪の事を名前で呼んでいるため、この状況で呼ばれたのはツナだろう。

 

「あっあの……何か……」

「おお沢田! 実は頼みがあってな……」

 

 ツナの蚊の鳴くような声に反して、ツナを見つけた了平はいつもの声で話しかけた。周りの迷惑なんのそのだ。京子がものすごく恥ずかしそうな顔をしているが、あの様子では見えていないだろう。

 

「りょーへいさん、こんにちは」

「おお! 桃凪もいたのか。うむ、極限に久しぶりだな!!」

 

 いやいたも何も同じクラスだからいない方がおかしいのだが。

 まぁ、それはともかく。了平の頼み事とは何なのだろうか。なにやらろくでもない事な気もするが。

 

「ええいまどろっこしい!! 説明は後だ!!」

 

 なにしに来たのこの人!? と、またもやクラスの心は一つになった。

 

「りょーへいさん、「おとつい」じゃなくて「おととい」だと思います」

「そうか!! おとついか!!」

「いやー……あの……」

「桃凪ツッコむところそこじゃないだろ!?」

 

 

 

 

 

 その後了平の連れてきた人物の説明により(結局了平は説明しなかった)、最近並盛では道場破りが頻発している事、それによって付近の道場が困り果てているらしい。

 そのために、道場破りを何とかしてするために了平率いるボクシング部が名乗りを上げたとの事。つまりぶっちゃけツナの事をどうしてもボクシング部に入れたい了平によって巻き込まれたらしい。

 しかもそれにリボーンがのっかったから話は大変だ。町の治安を守るのはファミリーの務めだとか何とか言ってツナを無理やり道場へと連れて行ってしまった。

 そして残された桃凪。

 道場破り撃退とかになるとどうしても自分は役に立たないし、なにができるというわけでもない。そういう理由で残ったのだが。

 

(……、)

 

 ぽつん、と桃凪ひとり。

 いつもならひとりになることぐらいはどうってことないのだが、さっきまで騒がしい了平がいたために余計に今の寂しさが際立つ。

 いや、別にさびしいからと言ってどうというわけではないのだが。

 

「…………むむ」

 

 何か、何かが気に入らない。

 おいてけぼりにされて怒るような年ごろではないし、別にどうしても道場破りの現場を見に行きたいというわけでもない。

 しかし気に入らない、なぜか気に入らない、とてつもなく気に入らない。

 いったい何がそこまで嫌なのか。自分の思考だというのになにもわからない。

 

「むむむ……」

 

 頭を悩ませながら考えるが、やはりわからない。というかこの問題はひとりでは無理なのではとまで思い始めてきた。めんどいだけかもしれないが。

 だとすれば残された方法は、「人に聞く」以外にない。しかし自分の事情を話すというのも……正直言って恥ずかしい。

 

「聞きたい、聞きたくない、聞きたい、聞きたくない……」

 

 ぽん、と桃凪の肩に手が置かれた。

 

「うひゃぁ!!」

「ciao、桃凪」

 

 振り返った桃凪を見ておかしそうに笑うのは、なんかしばらくぶりに会うような気がする。

 

「りーたさん……」

 

 なんで、この人は、

 

「ちょっとあっちでお茶しましょう?」

 

 自分が悩んでいるときに限って、こうも絶妙のタイミングで表れるのだろう。

 

 

 

 

 

「ふぅん……そういう事」

「……なんか、よくわかんないけど、もやもやするというか」

 

 カフェテラスにて、興味深そうにテーブルに頬杖をついたリータに、気がつけば桃凪は全部話していた。

 自分の気持ち、もやもやぐるぐるとした胸の中すべて。

 

「そうねぇ……」

 

 可愛らしく小首を傾げた後、なんというか、にやりというか、とにかくそんな感じの意地の悪い笑みで笑うリータ。そんな顔初めて見た。よくわからない桃凪としては果てしなく不安なのだが。

 

「あの……りーたさん?」

「ん~、ふふ」

 

 ニコニコと笑うリータ、周りの人から見ればそれは女神の微笑みなのだろうが、今の桃凪には悪魔に見える。

 

「桃凪は……」

 

 静かに紡がれた言葉を、固唾を飲んで聞く。

 

「皆の事大好きなのね」

「…………ふぇ?」

 

 正直言って、「なにを言ってるんだろうこの人は」と思った。

 数秒たって、頭の中にじわじわと言葉が染み込んでいくと同時に、顔が瞬く間に赤く染まる。リンゴもかくやという感じだ。

 

「な、ななななななななにをいきなり……」

「あら、違ったかしら?」

 

 いや、だから、どうしてそんな結論になったのかを詳しく!!

 

「だって、皆が行ってしまってからそんな風になったんでしょう? 置いてかれて寂しかったの?」

 

 ぱくぱく、と陸に揚げられた魚のように口を開閉させる桃凪。

 確かに、確かに私は皆がいなくなって寂しいとは思った、けど、置いてけぼりにされた事については別に何とも思ってないし、行きたいとも特に思わなかったし、でも、でも!!

 …………寂しかったのは、事実なんだ。

 

「~~~~~~っ!!」

 

 いきなり表れてぐるぐると思考を占領していく謎の気持ちに思わず頭を抱えてテーブルに突っ伏す桃凪。ああ、わかった、これは「恥ずかしい」だ。

 それを見ながらリータは楽しそうに笑っている。鬼だ、鬼がいる。

 

「でも、よかったわ」

「な、なにがですか……」

「桃凪っていつもリアクション薄いでしょ? そんな風に仲間を大事に思ってるって分かって、よかったかも」

 

 もしかしたら自分は、相談する相手を間違えたのかもしれない。微笑むリータはとても嬉しそう。でもこちらのダメージは重大なのだ。

 

「……うー」

 

 全ての力を失ったようにくたりとテーブルに身を任せる。気づいてしまった、なんかこれ以上リータの顔を見ているととんでもないへまをしてしまいそうで。

 大切じゃないか、と聞かれれば、大切だ、と答えるだろう。でも、こう目の前で言われると何ともむずがゆいというか。今の今まで気づいていなかった己のもどかしさに穴があったら埋まりたい気分だ。

 

「……うわー! もう、あの、りーたさん!!」

「何かしら?」

「あー……、えっとー……。少々用事を思い出しましたので、これでー!!」

 

 言うや否や桃凪はダッシュ、走る途中で何回か縺れて転びそうになりながらも目的地へ向けて急いだ。

 最後に視界の端っこでちらっと見たリータは、相変わらず笑っていた。

 

 

 

 

 

「はふー……、はぁー……。ついた……」

 

 ついた場所は件の道場、道場破りが出るかもしれないからなんとかしてほしいと頼んできた所。つまり、ツナ達がいる道場だ。

 正直言って、自分に何が出来るのかなどと考えるまでも無く分かっている。なにもできない、それだけだ。

 待機しているはずだったのにどうしてこうなった、と思ったが。なんてことは無い、リータの言葉で桃凪の羞恥心のメーターが振りきれて前後不覚になってしまっただけだ。

 これはもうしょうがないので認めるが、桃凪は確かにツナ達においてかれたのが寂しかった。しょうがないから認める、本当にしょうがないが。それで、その自分が認めたくなかった部分をリータに見抜かれた揚句に「可愛いね☆」とか言われてしまった。そんで混乱しつつも自分の本心に正直になった桃凪は、そのまま道場までダッシュしたということだ。

 

「……入りたくないような、でも……」

 

 情報が正しければただいまここは道場破り真っ最中。それなのかどうかはわからないがなんか道場の中でやたらに大きな音が鳴っている気がする。いや、道場は本来鍛錬する場所なのだから、試合や組み手などで騒音や掛け声が出てもおかしくは無いが。

 と、そこで桃凪が躊躇しているおかげで、この災害は回避できた。

 道場の扉が内側からはじけ飛んだ。

 

「へ? ……わー! なにこれ……!?」

 

 扉を壊したのはガラの悪そうな男性。……いや、これは壊したということになるのだろうか。むしろ、壊れた扉と一緒に吹っ飛んできたと考えた方がいい気が。

 そしてあけっぴろげに解放された道場の中心には小柄な影。

 

「うわ、またやっちゃったー! あれ? 桃凪さん大丈夫ですかー!」

「…………いーぴん?」

 

 本来この世界ではまだ子供のはずのイーピンだが、何故かここに居るのは10年後のイーピン。道場にはどう見ても似合いそうにない恰好をしているが、おそらくランボの10年バズーカで入れ替わったのだろう。確か、殺し屋の仕事はやめてバイトしていると聞いていたが、かけているメガネを見るに勉強の途中に呼んでしまったのだろうか。だとしたらなんか申し訳ない。

 

「いやーなんか勉強の途中にいきなりここに来ちゃって。つい昔の癖でふっ飛ばしちゃったんですよねー、桃凪さん怪我は無いですか?」

「う、うん……。平気……」

 

 イーピンに悪気はない、悪気はないと分かっているのだが。人が色々悩んで入ろうか入るまいか考えていた矢先に問題が解決した時の何とも言えないこの気分、この感覚は誰にぶつけたらいいのだろうか。

 

 なんか今日、自分は空回ってばかりな気がする。

 

「うーむ…………。厄日かもしれない」

 

 

 

 

 

 その後、なぜか帰ってきたら妹が口をきいてくれなくて困り果てる兄の姿があったとか、無かったとか。




今回は、桃凪が色々なものに振り回されるお話です。自分の感情とか、ストレートに他の人とか。
……という注釈をつけていないと何の話だかわからなそうな気がしまして。


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第十八話 「桜と喧嘩は合いません。」

 

 

 

 

 

 ○月´日

 

 この間、せんせーが「ツナにあう動物を選んでもらう」っていって皆を動物園に連れてきました。

 しかし、皆は普通にいつものペースで動くので大変でした。

 りょーへいさんはクマと戦いたいというし。びあんきは珍しい食材を探すというし。動物園で食材探しというのは、水族館で刺身を食べようとするのと同じ意味だと思うのですが。

 話は変わりますが(いや、そんなに変わりませんかね?)私はおっきい動物がすごく好きです。あのどっしりとした感じ、憧れます。ほかにも、フラミンゴとかも好きです。ピンク色が可愛い。

 明日は、皆で桜を見に行くそうです。びあんきがやたらはりきってたので、少し心配なのですが。

 

 

 

 

 

第十八話 「桜と喧嘩は合いません。」

 

 

 

 

 

「ふぉおおおお……」

「どうしたのいきなり変な鳴き声あげて」

 

 さらりとビアンキが言う言葉にすぐには反論できなかった。

 ぴるぴると目の前の光景に怯えていた桃凪だったが、はっと我に返って何かコメントしようと頭を働かせる。というか鳴き声なのか。

 

「きょ、きょうのぽいずんくっきんぐはぜっこうちょうですね……」

「でしょう? 花見っていうから、はりきったのよ」

 

 はりきるって何を? 殺人?

 まだうまく回らない舌で何とか止めようとするのだが、そんなものビアンキにはどこ吹く風。あっという間に重箱にポイズンクッキングが詰め込まれていく。

 どうも、ビアンキには弱い。押しの強さで言うならば雲雀も似たようなものなのだが、尻込みしてしまうというか。これがあのレディーファーストなのかしら。桃凪も女だが。

 

「花見の場所取りは大変なんでしょう? 望む所よ」

「……びあんき」

 

 そわそわと落ち着かない瞳でビアンキを見ながら、桃凪は一つだけ質問した。

 

「びあんきが花見の場所取りしたら、人がいなくなる頃には毒で桜が枯れるんじゃないかな」

「あ」

 

 その顔を見ると、どうやらその可能性を考えてなかったのか、……そうですか。

 

 

 

 

 

 結局、花見の場所取り役は桃凪達と相成りました。よかったよ、ビアンキに「毒性の低いの作るから大丈夫」とか言われなくて。もしかして手加減できないだけかもしれないが。

 ちなみにいつの間にか巻き込まれていたツナは少し不満げ、花見会場を大量殺戮の現場にされないだけいいと思うのだけど。

 

「今日あたり満開だなー。いい花見になりそーじゃねーか」

「まだ早朝ですし、最高の場所をゲットできますよ!!」

「う……うん……」

 

 獄寺と山本は乗り気。ツナだけは朝の惨状を目で見ているのでとてもじゃないけどテンション高くは無理みたいだ。相手はあのビアンキ、もし場所取りができなかったら冗談でも何でもなくガチで殺されそうだ。彼女はリボーンと弟と女の子以外には厳しい。

 しかし、この人数なら自分が行かなくてもよかったかもしれない。むしろ家でビアンキが色々重箱に詰めようとするのを止めた方が良かったかも。触れあった箇所から料理がどんどんポイズンクッキングになってくからね。怖いよ。

 なんて考えている桃凪だが、正直言って場所取りに行きたくないだけなのだ。桃凪が場所取りに行くといつも先にやってくるおばあさんおじいさん方が「あらあらちっちゃい子ねぇ」「こんな朝に感心ねぇ。お菓子いる?」とか言ってくるのだ。桃凪は中学生である。これでも中学生なんだ。

 とか考えてるうちに花見会場に到着した。会場と言っても別に屋台とかがあるわけではなく、いたって普通の広場である。

 

「空いてるねー」

「お、ラッキー!」

「こ、これで殺されなくて済んだ……」

「一番乗りだぜ!!」

 

 三者三様の反応だが、ツナはそれでいいのか。

 その時、

 

「ここは立ち入り禁止だ」

 

 桃凪たちの背後から聞こえてきた声。振り向くと、そこには学ランにリーゼントという典型的な不良が。

 

「この桜並木一帯の花見場所はすべて占領済みだ。出てけ」

 

 有無を言わさない話し方に獄寺の怒りのボルテージが上がる音が聞こえた気がする。それに気づかない山本は普通に不良を説得しようとしているみたいだが、話を聞くくらいなら最初っから不良になどなって無いわけで。

 

「おいおいそりゃズリーぜ。私有地じゃねーんだしさー」

「誰も話し合おうなんて言っちゃいねーんだよ。出てかねーとしばくぞ」

 

 バキボキと手を鳴らしながら威嚇してくる不良だが、それが効いているのはツナくらいのようだ。天然一直線で大抵の事は受け流せる山本に、元々不良というか殺し屋な獄寺に、あの何様僕様雲雀様と話ができる桃凪。相手が悪すぎる。

 しかも元から不良にイラついていた獄寺。とうとうぷっつりキレた。

 

「るせえっ!」

「はがっ!」

 

 桃凪たちが止める暇もなく、獄寺のひざ蹴り一発で地に伏せる不良。倒れる不良を思いっきり見下す獄寺。面白い光景だ。

 そして桃凪といえば、別の事に気を取られていた。

 

(……学ランに、リーゼント)

 

 そう、不良は学ランにリーゼントだった。並盛町だとほぼすべての不良が学ランにリーゼントなためわかりにくいが、ここまできっちりと型にはまった不良というのも珍しい。

 もしかしたら、

 

「何やら騒がしいと思えば君達か」

 

 ふらりと現れた人影。

 皆さんお察しの通り、雲雀だった。

 

「どもー」

 

 ぱたぱたと手を振って挨拶する桃凪、雲雀はちらとこちらを見た後、またすぐに興味を無くしたように視線を外す。

 

「ひ、ひひひひ雲雀さん!? なんでここに……!」

 

 おろおろあたふたと狼狽するツナだが、倒れている不良の人が風紀委員だと知って見事なまでにその顔が青くなる。

 

「僕は群れる人間を見ずに桜を楽しみたいからね。彼に追い払ってもらったんだ」

「んな無茶なムグ」

 

 思わずぽつりとつぶやいた桃凪の口を必死で押さえたツナだったが、雲雀には聞こえていたらしい。形のいい眉が少しだけひそめられて、いかにも不機嫌ですという感じで桃凪の方を向く。桃凪は平然としたものだが、ツナの方はたまったもんじゃない。

 あの我の道を行く雲雀に口答えをしたのだ。

 

「…………別に、僕がどうしようと僕の勝手だ。小動物が口を出す事じゃない」

「あ、ああああの桃凪がすいません雲雀さんっ! ……って、あれ?」

 

 条件反射で斜め45度の角度で腰をまげて謝ったツナだったが、雲雀からの予想外の返答に思わず言葉を失った。

 

「でも花見をしたい人はいるのに、それはどうかと思うの」

「知らないね」

「きょーやは知らなくても私は知っているのです」

 

 とことこと無防備にもほどがある警戒心の無さで雲雀に歩み寄る桃凪。そしてそのまま口喧嘩(?)。

 そしてその光景を唖然としながら見守るツナ達。

 

「弱いのが悪いんだ。草食動物達はね」

「でもそれだと楽しくないよ。一緒にいるのが楽しいと思わないならそれでもいいけど、私は皆一緒の方がいい。きょーやは?」

「僕は一人の方がいい」

「むー」

 

 あの、あの雲雀が。口答えした相手に平和的に口喧嘩で戦って、あまつさえいい勝負を繰り広げている?

 そういえば、前も前でスルーしていたが、この間応接室に行った時も、雲雀は桃凪だけは咬み殺そうとしていなかった気がする。それどころか仲がよさげに見えた気がする。

 つまり、周りが疑問に思う事は一つ。

 ……この二人の関係って、何?

 

「あ、あのー……。雲雀さん、桃凪?」

 

 ここでツナ、果敢に二人に質問しようとしてみる。しかし二人の醸し出す独特な空気にあてられて若干引き気味だ。しかしこの二人、独特な雰囲気を醸し出してるのにそこにまったく甘酸っぱい物が存在しないとはどういうことだ。

 

「正直言うと早く花見がしたいだけなのです。だから一緒に見ようと……、なにー? つな」

「僕の都合に君の考えは関係ない。この場所は風紀委員が占拠した。だから……、なんだい?」

 

 くるり、と。囲っていた雰囲気が砕けて二人がこちらを見る。が、桃凪はともかく雲雀に睨まれるってそれどんな試練? できるものなら逃げ出したい。

 

「え、えーっと……。桃凪と、仲いいんです……ね?」

「……」

 

 冷や汗ダラダラでやっと質問してみたのは、恐らくこの場にいる全ての人間が聞きたがっていることだろう。

 それを聞いた雲雀は、一度だけ桃凪の方を見て、そしてツナに視線を向けて、そのままずっと逸らさない。

 彼は無言で言っている(ようにツナには見えた)。

 ――――――なに言ってんの? コイツ。

 

「あ、いえ! 別に逆らうつもりとかは全然ないんですけど、ただいつもみたいに咬み殺すとかそんなん全然言わないから何でかなーって……。あ、あははは「君は…」……はい?」

 

 無言の視線に耐えきれなくなったツナがまくしたてた言葉をさえぎるように、雲雀が声を漏らす。

 

「僕が『これ』相手に本気を出すほど暇だと思ってるのかい……?」

 

 何でそんな不機嫌になってんのー!?

 

「あ、あわわわわわわわ……」

 

 ぷるぷると携帯のバイブレーションもかくやという感じで震えだしたツナに、何処となく不機嫌さがにじみ出ている雲雀。そして桃凪は雲雀にとっての自分の価値はいったい何なんだろうと心底疑問に思った。どうも雲雀が自分の事を意に介していないというか、人間としてカウントしてないんじゃないかと思ってくるのだが。

 

「おもしれーことになってんな」

 

 そして、そんな場に現れた一つの影。

 場をかき乱す闖入者となるか、場を収める救世主となるか。

 恐らく前者だ。

 

 

 

 

 

「チャオっす」

 

 現れたのはリボーン。今日のコスチュームは着物に頭巾。どうやらコンセプトは花咲かじいさんのようだ。

 そしてリボーンが座っている桜の木の幹に寄り掛かる影が一つ。

 

「っか~。やだねー、ほとんど男ばっか!」

 

 でろん、と酒瓶片手に千鳥足のこの人物。名をシャマルと言って、凄腕のドクターなのだが、無類の女好きで女しか診ない。以前桃凪が風邪を引いたときにやってきたらしいのだが、結局桃凪は会うことはなかった。(それは大事な妹をエロオヤジの毒牙に掛けさせるわけにはいかないと思った兄の根性の攻防戦とかがあったのだが、桃凪は知らないようだ)

 

「しゃまるさん、おはようございます」

「お、桃凪ちゃんじゃねーか。相変わらずカワイイね~」

 

 ニカッと笑いながらぐしゃぐしゃ頭をなでられて、桃凪の目の前がくらくら揺れる。どうも、シャマルにとって自分は好みのゾーンから外れているらしく、むしろ桃凪への対応が親戚のおじさんそっくりなのだが。

 

「赤ん坊、また会えてうれしいよ」

 

 ロックオン。そんな言葉が一番ふさわしい感じで雲雀がリボーンを見る。雲雀はなぜかリボーンがお気に入りだ。多分強いからだろう。

 

「オレ達も花見がしてーんだ。どーだヒバリ、花見の場所をかけてツナが勝負すると言ってるぞ」

「なっ何でオレの名前出してんだよー!?」

 

 話のタネにされたツナには悪いが、それでも時間は過ぎていくわけで。過ぎていく時間に対応できなかったツナだって悪い……わけではないか。

 

「ゲーム……いいよ。どーせ、皆潰すつもりだったしね」

「あー……」

 

 スイッチが入ってしまった所申し訳ないが、このままだと花見の会場が喧嘩の場所になってしまう。恭弥自身もゲームだと言っているから、この間みたいに救急車のお世話になるまで殴る、ということはないだろうが。

 

「きょーや、せんせーも、待って待って」

「……何だい、小動物。僕は今忙しいんだけど」

「あいにくだが決定事項だぞ」

 

 あ、止められない。

 

「簡単に諦めるなよ桃凪……」

「でも……無理でしょ?」

「……」

 

 その言葉には、無言で返すしかなかった。でも、結局痛いのはこっちなんだけどな!!

 

「それにほら、大丈夫だと思うよ」

「何が根拠で?」

「うんとね……こういうときは、大けがはしないっていうお約束……ほら。『ギャグ補……」

「アウト!!」

 

 もうひとつのソラはメタは認めません。

 

 

 

 

 

 ルールは特になし、どちらかが膝をついたら負け。というのが、今回の「ゲーム」の内容らしい。

 膝さえつかなければ負けないということでもあるが、膝をつけば負けることができるということでもある。しかし、この場にいる者達(ツナ除く)はどう考えてもわざと負けるとは思えない、皆が皆、負けず嫌いだからだ。

 

「そ、それってケンカ……?」

 

 恐る恐る、といった風にツナが言葉を漏らす。殴りあいとかマジ無理、というのが今の正直な心境なのだろうが、周りの皆はそうでもないみたいだ。

 

「やりましょう10代目いややらせて下さい!」

「一応ルールあるし、花見してーしな」

「みんなやる気なのー!?」

 

 自分の周りにいる人って、自分を含めてちょっとずれてると思う。

 桃凪はちょっとだけそんなことを思った。

 

「心配すんなそのために医者も呼んである」

「あの人女しか診ないんだろ!!」

「そういえば、しゃまるさんはー?」

 

 シャマルさんはあちらにいました。

 

「へーお前が暴れん坊主か。お前姉ちゃんいる? のへー!!」

 

 そして殴られていました。

 雲雀のトンファーに殴られ、すっ飛んだ挙句近くの木にぐしゃっと激突したシャマル。元々千鳥足だったし、しょうがないとは思うのだが。

 

「お医者さんいなくなったね」

 

 隣で小さく獄寺が「バカだ」と呟いていたが、反論する者は誰一人としていなかった。

 そして混沌の中リボーンの鶴の声が一つ。

 

「しかたねーな。桃凪、お前医者役やれ」

「ふぇ?」

「救急箱持ってんだろ」

「? うん」

 

 そういってごそごそと懐から応急セットを取り出す桃凪。何処に入っていたのだろうか、とかは気にしてはいけない。いけないったらいけない。

 

「怪我人でたらお前が何とかしろ」

「あー、うん」

 

 流石に骨折とかは面倒見切れないけど、ちょっとした怪我だったら何とかできる。のだが、リボーンの中にはそもそも喧嘩をしないという選択肢はないのか。あるはず無いか。

 

「10代目、オレが最高の花見場所をゲットしてみせますよ!」

「えっ!? でも獄寺君相手は……」

 

 相手はあの雲雀だ、ツナの脳内ではこの前の応接室の一件、危うく病院送りにされそうだったあの瞬間の記憶が、まざまざとよみがえってくる。

 それに、こういうのもアレだが、獄寺はあの時雲雀に一敗を記している。精神論でもう一回立ち向かっても、勝てるのかと……。

 

「まぁ見てろ」

「! え?」

 

 そんなツナにリボーンがかけた言葉は簡単なもの。しかし、それの意味を他ならぬ獄寺自身が解明してくれた。

 

「よっしゃ!! ……テメーだけは、ぶっとばす!!」

 

 ひとつ気合を入れてのスタートダッシュ、何処からか取り出したボムに火をつけながらの特攻。そこら辺にいるヤンキーだったら恐怖のあまり固まってしまうレベルだ。

 しかし、雲雀はそんな獄寺に冷静に反応した。

 

「いつもまっすぐだね。わかりやすい」

 

 体のバネを使って、一瞬のうちに意識を刈り取る一撃。

 だが、それを予期していたかのように身をかがめた獄寺。雲雀の一撃は空を切った。

 

「!」

 

 予想外の手ごたえに一瞬硬直した雲雀、獄寺はその隙を見逃さなかった。手の内のダイナマイト、それを投げるのではなく、宙に離す。雲雀の周りに、まるで花に集う蝶のようにダイナマイトが静止して。

 

「新技、ボムスプレッズ。――――――果てな」

 

 閃光、そして衝撃。

 大きな音と共にダイナマイトははじけ飛んで、土煙に視界が遮られた。

 いくら雲雀であろうとも、あの中心にいて無事であるはずもない。というか普通は死んでる。つまり、

 

「ええっ!? まじで雲雀さんを!?」

「あのスピードと柔軟性は、強化プログラムで身につけたものだぞ」

 

 そしてリボーンのウソ臭い解説。ちなみに強化プログラムとは、以前獄寺が「もしかして自分は十代目の役に立ってないのではないか」と思った時、リボーンが提案した強化プログラムの事だ。正直言って見学した桃凪としては、あれは一体何をやっているのだろうか、コントの練習? みたいな状態だったが。

 まあ、それはともかく。

 

「……、」

 

 桃凪が透かし見るのは、いまだ見えない土煙の中心。

 

「で……?」

 

 そしてそこにゆらりと立つ人影を認知した時。

 

「はやと! まだ!!」

 

 桃凪の叫びと同時、もうもうと立ち込めていた土煙が、ぶわっ!! と吹き飛ばされた。

 

「続きは無いの?」

 

 そこに立つ雲雀は、無傷。

 

「なっ!? トンファーで爆風を!?」

「二度と花見を出来なくしてあげよう……!」

 

 驚愕する獄寺を気にした様子も無く、まさに戦闘狂(バトルジャンキー)の笑みを浮かべた雲雀は一気に獄寺の元に踏み込み、肉薄する。

 勝ったと思って油断していた獄寺には、あまりにも拙い。

 

「くっ!」

 

 高速で振るわれた雲雀の攻撃をどうにかかわす獄寺、しかしその膝は地面に触れてしまう。

 

「獄寺は膝をついた。ストップだ」

「やだよ」

 

 冷静な審判(リボーン)の声。だが、雲雀にはもうそんな言葉聞く必要もない。

 そのまま風切る音と共に振り下ろされたトンファーに、唯一反応を返した者がいた。

 

「次オレな」

「山本!!」

「……!」

 

 雲雀のトンファーを受け止めていたのは、いつだったかリボーンが山本に渡していたバット。高速で降ると胴体部分が潰れて刀に代わる、命名「山本のバット」とかいった代物のはずだ。実際はバットではなくバット型望遠鏡というヘンテコな代物なのだが、桃凪はそれを詳しく知らない。

 

「これならやりあえそーだ、なっ!」

 

 言葉と共に切りつけ、薙ぎ払う。師を持たないその一撃は型こそめちゃくちゃだったが、十分な早さを持って雲雀を狙う。

 しかし雲雀はそれをたやすくあしらい、そのままトンファーを振りぬいた。

 

「ふうん、どーかな?」

 

 この局面においての冷静すぎる表情。桃凪の感が告げている、もっと何かを隠し持っている顔だと。

 

「僕の武器にはまだ秘密があってね」

「……秘密?」

 

 不敵な笑みの雲雀に違和感を感じながらも、手を止めずにバットをトンファーに叩きつけた。

 そして見えた、笑みを消し去った冷酷な顔。

 

「!?」

 

 ガキンっ! という音。それと共に刃物と化したバットが雲雀のトンファーに『絡め取られる』。トンファーから飛び出していた仕込み鉤が、山本のバットを無効化していた。

 

「な、何アレ!? 何か出たー!?」

 

 ツナの驚愕の声と同時に振りぬかれたトンファー。風を巻き起こすそれを山本は紙一重でよけ、避けきれずに額を掠めていく。またかよと軽く呟きながらも、脳震盪(のうしんとう)によりしばらくは起き上がれなさそうだ。

 

「らうんどわーん。のっくあうと」

 

 ぽつり、呟いた桃凪の言葉が、ある意味で一番状況を説明していた。しかしバトルになると本当に自分は目立たないな。

 

「次はツナだぞ」

「ええー!?」

 

 獄寺も倒され、山本も倒された状況。まあ、普通はそうなる。

 

「お、オレは無理だよ! 何にも強くなってねーし!」

 

 狼狽しながら後ずさるツナに、そうでもないと桃凪は思った。

 だって、この間のつなはきょーこちゃんをかばってライオンの前に立ち塞がっていた。ちなみに動物園に行った時にライオンが逃げ出したので、町中にライオンがいるわけではない。

 

「昔のお前が体を張ってライオンから京子を守れたか? さっさと暴れてこい」

「ちょっ!? 待てよ!!」

 

 ずがんっ!

 花咲リボーンが銃声一発。脳天にぶち込まれた銃弾に、ツナの死ぬ気が覚醒した。

 

復活(リ・ボーン)!! 死ぬ気で雲雀を倒す!! レオン!!」

 

 リボーンの帽子に乗っていた形状記憶カメレオン、レオン。前回の雲雀との対決ではツナの手によってスリッパに変形したそれ。

 むにゅにゅとおよそ生物ではちょっとありえない変形をしながら整えた形は、金属製の細長い棒の先端に埃取りに最適なふわふわの布地が付いた、ハタキ。いつもいつも思うが、何であんな微妙なものに変形するのだろう。

 そのまま振り下ろしたハタキを、雲雀は何の苦も無く受け止める。受け止めた際ハタキの一番上の布地がぽふっと頭にかかっていたが、特に気にしていないらしい。

 しかし雲雀はわずか、そう、ほんのわずかだけ腕に感じた力に注意を向ける。いつもそうだ。弱々しく吹き飛ばされたと思えばこちらが意図しないタイミングで痛烈な一撃を加えてくる。強いのならば戦いたいけど、弱いのならば咬み殺したい。でもどちらかわからない。

 

「君は変わってるね。強かったり弱かったり、よくわからないから――――殺してしまおう」

「っだぁ!!」

 

 そのまま数合、はた目から見れば力量はほぼ互角、打ち合いの最中にぽふぽふとなるハタキが微妙に緊張感をそいではいるが。

 しかし、この拮抗は長くは続かない。元々、ツナは死ぬ気弾による一次的なパワーアップでやっと雲雀と互角なのだ、故に死ぬ気弾の効果が薄れてしまったら、ツナに雲雀と戦うだけの力は無い。

 ギィン! とひときわ大きく金属音が鳴り、二人が距離を開ける。そしてその時ちょうど死ぬ気弾の効果が、切れた。

 

「……い!? わっ! ちょっ待っ!?」

 

 死ぬ気モードが抜けた途端に元のツナに逆戻り。だが、雲雀は特に気にしない。まったく困ったことだが。

 

「ひぃっ!?」

「……あ」

 

 そしてそのまま、

 

 

 

 

 

 とん、と。

 地に膝をつけていた。

 ――雲雀が。

 

「……えー?」

 

 少なくとも、桃凪の目からは、ツナが雲雀に攻撃をあてていたようには見えなかったし、雲雀が体調不良だったというわけでもないらしい、ということぐらいしか分からなかった。

 ならばなぜなのか。

 そしてそう思ったのはツナも同じらしく、ひどく狼狽している。それこそ桃凪の比では無いほどに。

 

「えー!? 嘘っ!? オレがやったの……!?」

「ちがうぞ。やつの仕業だ」

「?」

 

 今この場で、雲雀に気づかれないように一撃入れる事が出来る者。そんなのリボーンと――、

 

「おー、いて。ハンサムフェイスに傷が付いたらどーしてくれんだい」

 

 そう、リボーン以外ならば可能性は一つ。

 

「Dr,シャマル!!」

 

 実はシャマル、雲雀に吹き飛ばされたあの状況で自身の技である「トライデント・モスキート」…何らかの病原体を持った蚊を使い、雲雀に病を発症させていたのだ。器用である。

 ちなみに、その病の名前が。

 

「わりーけど、超えてきた死線の数が違うのよ。ちなみにこいつにかけた病気は桜に囲まれると立っていられない「桜クラ病」っつってな」

「なんじゃそりゃー」

「……(またヘンテコな病気だ―――!!)」

 

 桜クラ病って、どう考えてもダジャレじゃないか。いいのかそんなんで。仮にも病名が。もし病気になって病院に行った人が医師から「桜クラ病ですね」なんて言われたらどう反応すればいいのだ、苦笑しかない。

 あきれ果てている桃凪だが、実際目の前にかかった人がいるのだ、雲雀が。

 

「……約束は、約束だ。せいぜい桜を楽しむがいいさ」

 

 そして雲雀はとんでもない方法で負けたのにもかかわらず、悔しさを一切にじませないまま(恐らく、内心ではかなり悔しかったと思うが)広場を後にした。……桜クラ病にかかったままだったため、足取りはおぼつかなかったが。

 

「あー、きょーやきょーや」

 

 それい気付いた桃凪、とてとてと歩み寄り、雲雀に肩を貸そうとして、やめた。雲雀はそういう手助けを嫌っているし、体格差を考えても無謀そうだと思ったからだ。

 

「つなー、ちょっときょーや送ってくる」

「え……? あ、ああ」

「…………いらないよ」

 

 むすっとしたまま断りの言葉を入れる雲雀をまったく気にしないまま、ふらふらした足取りの雲雀の傍に寄り添う桃凪。第三者の視点からすると、何やらやたらよろめいた足取りで歩く中学生男子とそれを助けもせずただ一緒に歩いているだけの小学生というとてつもなく変な組み合わせだが、気にしてはいないらしい。

 さて、この病気は桜に囲まれていると発症するものならば、桜から遠ざかれば症状はあらわれないはず。そして症状が消えれば雲雀は光の速さで桃凪に帰れコールを送ってくるはずなので、実質桃凪が雲雀と話せる時間はほんの僅かだ。

 しかし、何を話そうか。世間話とかだろうか。

 

「きょーやは集まるのが嫌い?」

「……そうだよ」

「別にそれはいいんだけど、人の善意は嫌いなの?」

「哀れみの目は気にいらない」

「……すごくそんな感じがする」

「僕は強いから、そんな目で見てくるやつはいないけどね」

「いなくなったって事ですね、うん」

 

 ……世間話?

 うん、世間話。世間話なのだこれは。そう思う事にしよう。

 どうも、意識すると上手く話せない。内心で首をかしげるが、どうしようもないことは一番自分がよくわかってる。といっても、雲雀と世間話など何をしていいのかわからないのも事実だ。普通に今日はいい天気ですねとか言っても話が続くとは思わないし。

 ま、いっか。悩むのはやめよう。

 

「きょーや、そろそろ戻るね」

「さっさと行けば」

「……むー」

 

 相も変わらずぶっきらぼうな言葉に傷ついたふりをしつつ、なんだかこうして話すのも久しぶりだと思いながらもツナ達の方に戻って行った。

 なんとなく、波長が合うのだろう。

 結論としては、それ。桃凪と雲雀はどこかの歯車がかみ合っているのだと思う。故に、ここまで会話が奇跡的に成立しているのだと。それだけで、特にどうとでも言うわけではないが。でも、たとえ少しでも自分の心の奥底を理解してくれる人がいるというのは、とても幸せな事ではないだろうか。雲雀に限らず、己の半身に対しても、同じセリフが言えると思う。こんな風にくるくるころころと興味の対象が変わっていく自分に、ちゃんと会話してくれたり、友達でいてくれるという事は、すごくうれしい。

 理解してくれて、ありがとう。

 

 

 

 

 

 ――――そこで終わればいい話だったのにな。

 

「いいから食べてみなさい。感謝の気持ちがこもってるからきっと大丈夫よ」

「だから無理だって言ってるだろ!?」

「あ、アネキ……ガハァッ!?」

「ははっ、仲いいのなー」

「ビアンキちゅわ~ん(はあと)」

「死ね!!」

「そろそろ昼寝の時間だぞ。オレの眠りを妨げた奴は殺す」

 

「…………結局、こうなるの、決定事項」

 

 しかたない。




ストックが、そこを、つきました。
続き書くの頑張ります。


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第十九話 「無駄なことでも努力はした方がいいと思うんです。」

 

 

 

 

 ○月£日

 

 ぐるぐると慌ただしい日々でした。

 えーと、箇条書きにしますとまずは、

 ・ろんしゃんっていうクラスメイトの人ができました。

 ・ろんしゃんは、マフィアの関係者でした。

 ・お母さんが抽選で南の島へのリゾート券を当てました。

 ・そのリゾート券は、マフィアの関係者の人たちが仕組んだものでした。

 ……見事なまでに、上げて落とされています。漫画でいったら起承転結が二重丸でしょう。あと二年生になりました。

 でも、悪いことばかりじゃないです。

 まず、マフィアランドではころねろっていう赤ん坊にあいました。銃を持った。ええ、間違いなくせんせーの関係者でしょう。青いおしゃぶり持ってましたし。

 今日は男子はプールの掃除です。プール開きまであとちょっとです、ね……。はぁ……。

 

 

 

 

 

第十九話 「無駄なことでも努力はした方がいいと思うんです。」

 

 

 

 

 

 突然で申しわけないが、沢田桃凪姫はカナヅチである。

 運動能力が底辺どころかぶちぎれている桃凪、ちょっと走っただけで息切れを起こしてしまう彼女が、全身を躍動させ水の中を飛ぶ水泳を出来る筈が無いのだ。

 それゆえに、彼女はプール開きの時になると決まって憂鬱になる。

 泳げないわけじゃない、浮かないんだ。似たようなものじゃねえかではなく全く違う←これ重要

 水の中で溺れるものをカナヅチとは言わない。水の中に沈んでいくからカナヅチなんだ。

 ……とまあ、色々書いてみたが。

 結局のところ、いま彼女はどうやって体育の授業を欠席するか、それに焦点を集めているのだった。

 

「と、いうわけで。なんか書類とかあったら今回からは出血大サービスでいまなら30%オフのお得な値段で引き受けようと思う」

「……、間に合ってるからいいよというかちゃんと出席すれば?」

 

 という提案を雲雀にしたのだが、なんだか不興を買って応接室を追い出されてしまったのだった。ちゃんちゃん。

 雲雀のよくわからない権限を盾にすれば、欠席しても咎められるどころか二重丸をつけてもらえそうだと思ったのだが、とうの雲雀の方が非協力的なのでどうしようもない。あれか、菓子折り持参で訪問した方が良かったのか。

 となると、できるだけ教師に目をつけられない方法で授業を欠席するというのは不可能に近い。体育教師の間では桃凪の運動音痴は知れ渡るどころか常識になってきているのだが、だからと言って休めるわけではない。桃凪そのこと知らないし。

 これはつまり、そろそろ桃凪の運動音痴を何とかして華々しい青春を送るがよいという神様からのお達しなのか。なんと人騒がせかつ押しつけがましい神様なのだろう。今度初詣の時は100円じゃなくて10円を入れてやろう。

 せこいとか言わない。

 

「…………腹をくくるか」

 

 

 

 

 

「市民プールに行きませんかー! つなー!!」

「うわぁっ!?」

 

 バァン!! といつもとは明らかに違う勢いでツナの部屋の扉を開けたのは、何やら決意とかに満ち満ちた顔をした桃凪だった。

 

「いきなりなんだよ、桃凪……」

「いやだから市民プールに……たけし?」

「よー、邪魔してんぜー」

 

 ぱちくり、と何やらまったく似合わない熱血とかに燃えていた目が、客人の言葉で元に戻る。ツナはただいま山本と遊んでいる……というわけではない。いや遊んでいると言えばそうだが、とある重要な計画の為に集まっている、というのが正しい。

 しかし、市民プール。

 なぜ桃凪からその言葉が出るのか。確かに桃凪の運動音痴は酷いとか言うレベルではないものだが、その桃凪が自分から運動するための場所に行くなどと考えられないのである。ツナ、何気に非道い。

 

「ちょーどいいや、俺達も市民プールで泳ぎの練習しようと思ってたんだ。一緒に行かね?」

「ふぇ? たけし達も?」

 

 実は、男子はプール開きの最初の授業のさい、最低でも15メートルは泳がなければならない。泳げなかった男子は問答無用で女子の近くでバタ足練習だ。これは恥ずかしい。

 そしてツナは泳げない。泳ぎ方が分からない、という方が正しいか。決して桃凪のように浮けないのではない。

 というわけで、水泳のみならずほっとんどの運動が得意な山本に教えを乞おうとしていたのだった。

 市民プールに練習に行くのも、その一環だったのだが……。

 

「一緒に練習すっか?」

「…………、いや、えと、……やっぱいいや」

 

 そう山本に言われた桃凪は、あっという間に口ごもってしまった。あれ? そこでやめるのか。何で? 今の桃凪だったら先頭に立って掛け声を上げそうなくらいだと思ったのに。

 

「(桃凪どうしたんだよ。具合悪いのか?)」

「(……つな)」

 

 すすす、とさりげなく部屋の入り口からツナのそばに移動した桃凪が、こそこそっと耳打ちする。

 少しだけ頬を赤らめて、若干恥ずかしそうに、無表情に話した内容とは。

 

「(……だって、私スクール水着しか持ってない)」

 

 だった。

 

「?」

 

 そしてこれに首をかしげたのはツナ。

 そりゃ桃凪は運動が苦手で、運動するための場所に行くことは全然無い。だから桃凪が学校指定のスクール水着しかもっていないのは当たり前の事なのであって、逆に別の水着を持っていたらいつの間に買ったんだと不思議に思ってしまう。

 

「(それで何でやめるんだ?)」

「(いや、ほら、スクール水着というのはですね、規格製の量産品ですので、素材が良くなければ意味を持たない代物なのです。この場合の素材の良さっていうのは要するに身体の黄金比を指しているから……云々)」

「???」

 

 ますます分からない。

 なにが恥ずかしいのかよくわからないけどなんだかすごく恥ずかしそうな桃凪と、桃凪の言っている意味がよくわからないツナ。そして見た目はすごく仲睦まじい兄弟をほほえましげに見まもってる山本。

 

「(……だからつなはつななんだよ。だからきょーこちゃんともいつまでたっても進まないんだよ。……ばか)」

「(はぁ?)」

 

 

 

 

 

 さて、市民プールに到着。したのだが。

 

「やだ」

「じゃあ何でプールに来たんだよ……」

 

 恥ずかしがるのを半ば無理やり連れてきた桃凪が、拗ねてプールに入りたがらないのだ。

 

「だって、私来たくなかったのにつなが無理やり連れてきた」

「最初のあのテンションはどこに……」

「無い。そんなものは幻ということで」

 

 タオルケットをひっかぶったまま体育座り、ろくに動かない状態。これは完璧に拗ねている。日焼けを気にしているわけでは無さそうだし、やっぱりツナにはよく分からない。

 

「まーまー、泳ぎたくねーっつーんなら無理して泳ぐ必要もないだろ。んじゃま、ツナから練習いってみるか?」

「え? あ、ああ……」

 

 そういえば桃凪の事ですっかり忘れていたが、自分はここに泳ぎの練習をしに来ていたのだった。心配していたリボーンはただプールに浮きながら昼寝しているだけだ。これならばあまり問題は無いだろう。

 

「リボーンのやつ涼みにきてるだけじゃねーか」

(ま、その方がよかったけど……)

「んじゃとりあえず泳いでみろよ。ここなら浅いから」

 

 山本の教育方法は実戦方式、習うより慣れろだ。山本の運動センスならばそれが可能だし、実際習うより実戦しながらの方が上手くいくこともあるだろう。

 

「う、うん……。よーし……」

 

 いつもやるみたいに、いやいつもやると失敗するから、とりあえず腕を動かさなければ。息を吸って、止めて、せーの。

 ばしゃん! ガボガボガボガボ…………!

 

「ツナ!?」

「ぶはっ!? ぐはっげほっげほっ!!」

 

 水の中に入った瞬間に上下の間隔が無くなって、腕まわしても進まなくて、軽いパニック状態に陥ったツナ。体で覚えるうんぬん以前に、そもそも基本的な運動さえうまく出来ないのだ。

 

「なるほどなんとか5メートルってとこだな。まずは呼吸の練習から始めるか」

「う、うん……げほっ」

 

 そして山本レッスン開始。

 レッスンその一。

 

「いいかツナ! ぐっともぐって、んーぱっんーぱっぐっぐって」

「え?」

 

 レッスンその二。

 

「そーすりゃすい――っといくから!」

(意味わかんねー!?)

 

 レッスン終了。

 

「んじゃすっすぃすぃ~っともう一本いってみっか?」

(感覚的すぎてついていけません――!?)

 

 頭のいい人間が他の人に勉強を教える場合、自分を基準に考えてしまうために過程を色々とすっとばして話を進めるから、逆に言っていることが分かりにくいということがあるらしい。山本の場合、その類稀なる運動センスですべての物事がかたづいてしまっているため、運動歴赤マル初心者のツナにはちょっと何いってるかわからないようだ。

 

「……とりあえずプールに潜ってみて、水面に顔出しながら、腕を前に向かって動かすと、意外と行ける?」

「おっ、そうそうそんな感じ!」

「桃凪!」

 

 ちょこんと、まだタオルを被ったままだが桃凪がプールサイドでしゃがんでこちらを眺めていた。

 そして何故あの難解な山本語を翻訳できるのだろうか。…………ああそうか、桃凪も桃凪で感覚で生きてる所があるからか。

 

「泳ぐ気になったのか?」

「……つなも頑張ってるし、頑張ってみる」

 

 無表情のままそう呟く桃凪はまあいいのだが、桃凪ほどの運動音痴がこの感覚式レッスンについていけるのだろうか? とツナは今更ながらいらない心配をしてしまう。しかし泳ぐ気になっている桃凪に変な事言ってすねられてもアレだし、言わないでおいた方がいいのだろうか。

 

「…………たけし、ちょっと聞きたいんだけど」

「なんだー?」

「…………」

 

 胸まで水につかった状態のまま、揺らめく水面をじっと見つめながら、桃凪は質問した。

 

「…………水に浮くにはどうしたらいいと思う?」

 

 ……まさか。

 

「……そこからかよ」

「いや、泳げないわけじゃないよ。泳ぎ方は分かってるんだよ。浮かないんだよ」

「同じ事だろ」

 

 同じことだけど桃凪からしたら違うらしい。まったく同じことだと思うが。

 

「見ててねー」

 

 そういって息を吸い込んだ桃凪、そのままゆっくりとプールの中に沈んでいく。

 とぷん……。

 …………ぶくぶくぶく。

 浮かんでこない。

 

「…………溺れてないよな?」

「んー、大丈夫じゃね?」

 

 結構長い時間沈んでいたため、だんだん心配になってきたツナだったのだが、山本からすると心配は無いらしい。そうしているうちに、さっきの光景の逆再生のような感じで桃凪の琥珀色の髪の毛が見えて、浮かび上がってきた。

 

「ぷはっ……。ね、浮かないでしょ」

「んー、水の中でぐっとすりゃ勝手にプカーって浮くぜ?」

 

 ……水の中でただ沈むのではなく、態勢を変更すればあとは勝手に浮かぶことができる、ということだろうか。

 

「……なるほど」

 

 そしてもう一回トライ。

 ぶくぶくぶく…………。

 

「……浮かない」

「あっれー? おっかしーな?」

 

 ……もう一回。

 ぶくぶくぷく……。

 

「がんばれ! ちょっと浮いてきたぜ!」

「……ぶほ、も、限界、です……」

「だ、大丈夫か? 桃凪、なんか貞子みたいになってるぞ」

 

 長い髪の毛はゴムで縛ってあったのだが、いつの間にか取れてるせいで水面に揺らめく髪の毛が某ホラー映画の最近は萌えキャラにされてる某人物みたいになってる。

 

「うむ……。前が、見えない……。疲れた…………、上がる……」

 

 水浸しの髪の毛でずるずるのままプール状に這い上がる桃凪。深夜のプールだったら悲鳴が上がるのではないだろうか、そもそも深夜のプールに人はいないが。

 近くのベンチに行くのも面倒なので、プールサイドでそのままぐったりと寝そべった。傍から見ると溺れた人に見えなくもない気がするとかちょっと考えたけど、動くのも面倒なので気にしないことにした桃凪なのだった。

 

「キャー! 助けて~! おぼれる~!!」

「……うぁ? この声……」

 

 そこには。

 

「助けてください! 泳いで助けてください~!!」

「ハル!?」

 

 思いっきり水面をばしゃばしゃ言わせながら溺れたふりをしているハルがいた。となりで小学生が何やってんだろうという感じで通り過ぎていくのがいたたまれシュール。

 

「な、何でハルがここに……?」

「それどころじゃないです、命が! ともしびですー!!」

「足つくだろ?」

「……」

 

 本人も無理があると思っていたのか、はたまたツナがあまりにも冷静だからタイミングを失ったのか。ぴたりと止まったハルの体が、次の瞬間勢いよく水面に現れた。

 

「リボーンちゃんに聞きました! 泳げなくなっちゃったって!!」

「は!?」

 

 リボーンはあれでもキチンと根回しをしていたらしい。根回しと言っても、それが良い事につながるとは言えないが。むしろリボーンにとっていい事になっている気がする。なんともまたせんせーらしい。

 

「ハルもツナさんが泳げるよう協力します! 前に川に落ちたハルを泳いで助けてくれたじゃないですか、きっとツナさんはハルのためだと泳げると思うんです!!」

「あ、あん時は……」

 

 実際にツナがあの時泳げたのは死ぬ気弾のおかげだったのだが、それを知らないハルにはわからないだろう。それでわざとらしくツナの目の前で溺れたふりをしていたわけだ。

 

「さあヘルプミー!!」

「やめろって!! そーゆーわけじゃないから!!」

 

 そして再び足がつく所で溺れたふりをし始めるハルだったが、周囲に居る小学生の無慈悲な変態発言が結構堪えたらしい。

 

 

 

 

 

「いちにー、いちにー、ぱっ」

「ばっ、ゴホッゲホ!」

 

 ハルが混ざった練習を始めてからおよそ十数分。

 

「だいぶ呼吸がさまになってきたな!」

「う……うんっ。ただ……やっぱり……ハルに手ぇひっぱってもらう練習恥ずかしいよ!!」

「まごころ指導が上達への近道です!」

 

 そりゃ確かに山本の分かる人にしか分からない感覚指導よりは効果的かもしれないが、ここは市民プールで、しかも昼間の一番盛況な時間帯で、そんな中で中学生がまるで幼稚園児にやるがごとき方法で泳ぎを練習していたら、それはいたたまれなくなるものある。

 そしてこっちは、

 

「ぷかー……」

「あー、もうちっとこうだーっとなりゃもっとぷかぷか浮くぜ?」

「ぷー、ぐだだ……」

 

 桃凪は山本の感覚指導を直感的に信じて無駄な努力をしていた。なんでも、力を抜くと体が浮くとかそういうことが言いたいらしい、山本は。

 そういえば昔、水の中に服を着たまま落ちた時のために水中で服を着たまま浮く訓練をしたことがあったなぁ。あの時も何故か全然浮かないので、絶対に水の中に落ちるなよ! 絶対だぞ! とか言われた覚えがある気がする。と現実逃避しつつ。

 なんとか水面に顔を出せるくらいまで浮くことができるようになったのは、恐らく大きな進歩だと思うのだが。しかし逆を返せば足はどんどん水の中に沈んでいって底に付いているので、底の深いプールや海などに浮かんだらぶくぶく沈んでいってしまうことは決定事項だ。

 でも水面から眺める空は青くてきれいだなぁ、と割合平和に考えていたら。

 

「10代目! 10ー代目ー!!」

 

 何故かプールのフェンスをのぼって来た謎の声がそのままプールに飛び込んできた。いや桃凪の知る限りでは人の事を10代目などという珍妙奇天烈な呼び方をする者など一人しかいなry

 

「ご病気ですかっ!? 泳げない体になってしまったなんて!!」

「うわぁ!? え、泳げない体……!? ……獄寺君、また何か勘違いを……!?」

「はひ! ツナさんは今ハルのまごころ指導の最中なんですよ!!」

「つーかお前ちゃんと正面入り口から入ったかー?」

「ああ!? んなことよりまず10代目のご病気を治す方が先決だっつーの!!」

「ご、獄寺くん! 病気じゃないから!!」

「お前ら、気付いてねーようだから言うがな。さっきから桃凪の姿が見えねーぞ」

「「「「え?」」」」

 

 そういえば確かにさっきから水面に顔だけ出して空を眺めていた桃凪がいない。不思議に思った4人が辺りを見回しても、やっぱりいない。

 と、そこで。

 ごぽっ、ごぽごぽごぽごぽ……。

 近くの水面、多分さっき桃凪がいたらしき場所から次々と浮かび上がってくる気泡。水面は人が大勢いるせいで揺れに揺れてて、底の方はぼやけて上手く見えないが、恐らく。

 

「……は、はひー!? 桃凪さんが溺れてますー!!」

「ちょっ!? 桃凪!? しっかりしろ、市民プールで溺れるなー!!」

「と、桃凪さぁあああん!! クソッ! 誰だこんなことしやがったヤツは!?」

「さっきお前が飛び込んできたときに出来た波じゃね?」

 

 

 

 

 

「すいません! すいません!!」

「…………め゛とはな゛の奥との゛どが痛いでず……」

「ちょっと休むかー?」

 

 溺れた桃凪はプールの監視員の方が助けてくれた。獄寺はプールに飛び込んだことで、ツナと山本は監視不行き届きでそれぞれしかられた後。水を飲んだりはしなかったが、器官に水がある程度入ってしまって盛大にむせかえった桃凪はバスタオルにくるまれながらのどの痛みと戦っていた。

 

「……私はいいから、つな、泳ぐといいと思う。見てるから」

「あ、ああ……。そうした方がいいかもな」

 

 これで水中にトラウマが植え付けられたりはしないとは思うが、気分的にはもう泳ぎたくは無いんだろう。

 そうして、途中から混ざった獄寺と一緒に泳ぎの再開をしたわけなのだが。

 

「いいですか10代目、このように上手く泳ぐには重力と浮力の重心が重要になります」

(理論指導だ……!?)

 

 獄寺は確かに頭がいいし、山本みたいに感覚的な指導をしそうなタイプには見えない。しかし、そこでホワイトボードと眼鏡を装着して理論の説明から入るなどとは誰だって思わないだろう。興味深そうな目でホワイトボードを眺めている体育座りの小学生のおかげで、その光景はいつもより8割増しで面白おかしい。

 

「せっかくプール来たんだし、体で覚えた方が早ぇんじゃねーの?」

「なっ! あのなあっ! 理屈が分かんなきゃ出来る事も出来ねーんだよ!!」

「ちょっ!? 獄寺君!」

 

 山本は運動センスにより動いているうちになんとなくやれるタイプで、獄寺はまず理論を徹底的につきつめて効率のいい方法を導き出すタイプ。同じ中学生でもやっぱりそこら辺は全然違うというか、本当に正反対だ。

 

「ハルは真心が第一だと思います」

「お、そりゃそーか」

「知ったよーな口聞くんじゃねー! アホ女!」

 

 そしてハルは真心的指導。人に教えるということを考えれば一番いいのは彼女の教え方なのだろうが、これはまた見事なまでに各々ばらばらなのは一体どういうことだろうか。

 

「だったら誰が一番教え方がうまいか競争です!」

「それいーじゃんじゃあ一人30分ずつな」

「のぞむ所だ! 10代目が何メートル泳げるようになったかで勝負だ!!」

「うそ!? ちょっと待ってー!!」

 

 もはやツナに教えるうんぬんより、自分達が正しいことを証明する戦いになってしまっている気がするが、一応これでもツナのためを思っているのだろう。

 

 まずは一人目、山本。

 

「そこでギューンぽっぽって」

「げほっ! ? ?」

「5m変わらずです」

「意味わかんねーぞ野球バカ!」

「がんばれー」

 

 二人目、ハル。

 

「バタ足じょーず! バタ足じょーず!」

「ぐはっ!」

「やっぱ5mだ」

「分かったかアホ女!」

「ふぁいとー」

 

 三人目、獄寺。

 

「腕をこの角度にすることにより推進力を……」

「う、うぅ……」

「5mですよ!」

「お前もダメじゃん」

「やればできるさー」

 

 おおよそ、個人練習から一時間三十分後。

 

「ダ……ダメだあ……全然上達しない! 15mなんて夢のまた夢だよ~っ!!」

「そ……そんなことないっすよ! かなりフォームは良くなったっス!」

「オレもいい線いってると思うけど」

「何がいけないんですかね?」

 

 それぞれがそれぞれの思う方法で教えた。内容はともかく、熱意だけは一級品だった。その証拠かどうかは分からないが、ツナも少しづつフォームもまともになってきたりした。けれども距離は相変わらず5メートル。一体何がいけないのだろうか。

 

「……みんな、ありがとう……。でももういいよ……」

 

 皆の頑張りは伝わってくるし、でも、だからこそ成長しない自分が情けなくなってくるなぁ、とツナは思う。

 

「そんな簡単にダメツナから変わんないよ……。これがオレの実力だよ、急に泳げるようになんてなるわけないって……」

 

 昔のツナでは考えられない思考だろう。ここに居るのがもし昔のツナだったのなら、自分の境遇に甘え、努力することすら放棄していただろうから。

 

「10代目……」

「……ツナ」

「ツナさん……」

「つな……」

 

 だから、それが思えるだけでもかなりの進歩であると言える。ならばツナに足りないものなど、現時点では一つしかないだろう。

 

「ヘコたれるんじゃねえぞ。おまえに足りないものを教えてやるぞ」

 

 ゆるり、とツナのすぐ後ろの水面で、黒いものがうごめいた。そこはかとなくぬめっとした質感で頭(だと思われる)部位がずんぐりと大きく、頭の近くに髭のようなものが生えているそれは。

 

「じしんだ」

 

 バリッ バチバチバチ!

 

「ひぎゃぁああああ!?」

 

 やたらリアルなナマズの着ぐるみを着たリボーンだった。

 なぜか着ぐるみのはずのナマズからばりばりばりばりと電気がほとばしり、プールの水面を伝ってツナに襲いかかる。ツナのあの様子を見るからに、恐らくかなり痛いのだろう。

 リボーン流ショック療法は結構だが、至近距離で電流をくらったツナは虫の息、かと思ったがすぐに復活した。そのタフさは見習いたい。

 

「これは自信と地震をかけたんだぞ、ナマズなのは地震を予知する……」

「うるさいよ!! つーかオレ以外にも何人かくらってるぞ!!」

 

 ご丁寧にも自分のギャグの説明を始めたリボーンにツナが突っ込むが先ほど流れた電流、ツナだけではなく恐らく周り一帯に流れたため辺りはまさしく死屍累々。プール監視員が飛んでこないのが不思議なくらいだ……と思ったら、何故か監視員がいなかった。リボーンの力で物理的に排除された、というわけではないと祈りたい。

 

「でも、リボーンちゃんの言ってる事正しいかもですよ」

「ああ、自信って大事だぜ」

「え……、で、でも自信って言っても……」

 

 自信と言われても、いきなりそのようなものが芽生えるはずがない。ツナの根本にはまだ「どうせオレなんか……」という思考回路が抜けていないのだろう、こういう時にしり込みしてしまうのが、その証拠だ。

 そこで、

 

「オレの出番のようだな!!」

 

 いかにもここぞという時のお助けキャラのように登場したのは、相変わらずそこに居るだけで周囲の体感温度が数度は上がっているのではないかと錯覚させる熱い(おとこ)、了平だった。

 

「京子ちゃんのお兄さん!!」

「りょーへいさんだー」

「おう! 沢田が泳ぎの練習をしているらしいと聞いたのでな、並盛の闘魚(ランブルフィッシュ)と呼ばれるオレの力を貸そうと思ってここまで来たのだ!!」

 

 了平はなんというか、ボクシングしかやっていないような印象が桃凪にはあったのだが、そこまで言うからには水泳もそれなりに出来るのだろうか。

 ボクシング部の勧誘ではないがスポーツの特訓ということでそれなりに盛り上がっているらしく、正直言って近くに座っている桃凪がちょっと引くくらいには真剣な目をしている。

 そんな了平の指導方法とは。

 

「スポーツが最後にたどりつくのはいつだって、熱血指導だ――!!」

 

 桃凪の感想、あーやっぱりかー。ツナの驚愕、一番受けたくない指導来たー!?

 桃凪は偶然この間見てしまったのだ、夕方あたりに絶叫しながら河原の土手を猛スピードで走っている了平を。

 最初は何やっているんだろうと思ったし、後になって考えてみてもなにか嬉しいことあったのかなぐらいにしか思わなかったのだが、……冷静になって考えてみると、河原を奇声をあげて全力ダッシュする奇妙な光景を、普通だったら変人ととるはずなのに嬉しいことあったのかなで終わってしまう了平、恐るべし。

 それはともかく、もしかしたらあれがトレーニングだったのかもしれない。

 つまり了平は、自分でやっている事と人がやっていること、どちらも出来ると思っている気がする。

 しかしいきなり登場してきた了平に獄寺はイラつきを隠せないようだ。いつも文句を言いながらも協力している山本とは違い、了平と獄寺は色んな意味で犬猿の仲。その反応はいただけないが、仕方ないかもしれない。

 

「オイ、芝生頭。テメー何しにきやがった」

「パオパオ師匠に聞いたぞ、テメーらのやり方が甘いとな」

 

 パオパオ師匠って確か、リボーンの変装の一つだったっけ? 何だか記憶があいまいだが、明らかにぎょっとしているツナの様子を見るにそれであっているらしい。表情が明らかに「余計なことするなよー!」とでも言いたげだ。

 そして日本一空気を読まない男(推定)了平は、

 

「さあ!! 血を吐くまで泳げー!!」

「ざけんなっ! てめーの好きにはさせねーぞ!!」

 

 と、その領域に至るまでにドクターストップがかかりそうなことをいっていた。案の定獄寺に止められたし。

 と、そこまで見届けて桃凪はぐるりと周囲を見回した。幸いにも、先ほどの特訓でつきかけていた体力は今現在においては上昇傾向にある。

 なんとなくだが、桃凪の予感がささやくのだ。こんな風に色んな人がやってきて、わちゃわちゃ騒いでいると、なにか、とんでもないオチがつく可能性がある。と。ギャグ漫画ではないのだしそう簡単に事態が収集したりしないと思うのだが、ことツナの周りでは何故かそんな事態が起きやすくなる。

 すると、そんな桃凪の考えを天が見透かしたように、ツナの方で悲鳴が上がった。

 

「あ!! 足つった!! いでででで!!」

 

 どうやら、いつもはしない長時間の運動による疲労によって引き起こされた事態らしい。プールの水深から考えればそう一大事ではないかもしれないが、いざそういう事態になると意外とパニックになるものである。今がまさにその状況だろう。

 

「あ! ツナさん!!」

「10代目!!」

 

 皆が思わずツナの方に注目した、助けようとした。そんな時、

 

「オレが助ける!! まかせとけっ! とうりゃ!!」

 

 そういってプールに飛び込もうとした了平、飛び込み寸前のその姿はまるで炎天下で日干しにされたカエルの如く。端的に言うと「なんつー無様な……!!」とは獄寺談。その後着水、したはいいのだが体の前面をぶつけるようなアレだったために非常に痛そう。思わずお腹どころか顔面その他もろもろを押さえたくなるような感じだ。しかもその後ぶくぶくと沈んでいったと思ったら水中で湯だったタコのような動きをしている、ひとしきりうにょうにょした後水面に上がった了平の第一声は、

 

「いやー泳いだ泳いだ!!」

 

 どうやらあれで泳いでいたらしい。以上、ダイジェストでお送りさせていただきました。というか、ツナを助けるのが目的ではなかったのか。

 

「いかん! 泳ぐのが楽しすぎてつい沢田を助けるのを忘れていた!! 泳いで引っ張ってってやろうか?」

「…………いや、歩いてでいいです……」

 

 ツナは思った。先ほどの了平の泳ぎはフォームもめちゃくちゃ、泳ぐ泳がない以前に泳ぎと呼べるのかさえ疑問に思ってしまうような。しかし、それでも了平は自信満々に泳いだと言っている。その光景を見ているとなんというか、自分でも出来るのではないかと思ってくるというか。

 

「…………自信湧いてきちゃった……。でも、こんな自信でいいのかな……?」

 

 ぼそりと呟いた言葉を桃凪たちは聞き逃さなかった。

 

「いいんじゃねーか?」

「そだよ。だって、つな頑張ってるし。だったら自信持っていいんだよ」

「そーだぜツナ、お前もうほとんど泳げてんだからさ」

「そっすよ! 10代目が泳げないっつーなら皆泳げてないっスよ」

「安心して自信持って下さいツナさん!」

「み、みんな……」

 

 温かい言葉にちょっとじんわり来た。そうだ、こんなに頑張ったのだから、もうちょっと頑張ろう。もうちょっとだけで出来るかもしれない。もうちょっとで泳げるようになれるかも

 

「つーことで」

 

 思考強制終了。

 

「すすっとやってみっか、なっ」

「新しいオレの理論を試していただきます」

「お魚ちゃんでちゅよー」

「甘い! あと100本だ!!」

(全部いっぺんにきた――っ!?)

「うん、みんないつも通りで大変だね」

 

 そして太陽が沈みかけ、カラスも家に帰る頃。

 

「んじゃ、ラスト一本いくぞ」

「う……う、よ……よーし……」

 

 もはや教える側も満身創痍。大きく息を荒げながらもそれでもツナが泳げるようになることを願ってやまない。

 

「よーい、どんっ」

 

 そして今日最後の挑戦が始まった。

 

「ファイトっス10代目!!」

「いけツナ!」

「極限だぁー!!」

「頑張れツナさん!」

 

 みんなの声援に押されて泳ぐ、泳ぐ。

 

「や、やっぱダメ! 苦しい……! 足ついたっ……!! ぶはぁっ!!」

 

 そういってツナは顔を上げた。後ろの方に聞こえる皆の呆けた声。やっぱり今回もダメだったかと肩を落としかけた、が。

 プールの目盛りを見てみると、15メートルきっかり。

 

「おっ、およっ、泳げてるー!! やったぁあああああああ!!」

 

 その瞬間聞こえる大歓声。

 

「さすがっス10代目!」

「やったなツナ!」

「ツナさんすごーい!!」

「極限!!」

 

 スポットライトこそないものの、その瞬間はスタッフロール開始5分前さながらの歓喜にプールサイド(会場)は包まれたのであった。

 

「ねー、見てみてー」

 

 と、そこで聞こえてきた桃凪の声に一斉に振り向く。

 

「浮いたよー」

 

 そう言った桃凪の体は、ぷかぷか水面に浮いていた。

 そんな桃凪の近くに浮輪着用のリボーンがそっと近寄り、

 

「よっ」

「あっ」

 

 背中の下に設置していたビート版を抜き去った瞬間、桃凪の体は数秒だけ水面に浮いた後に沈んでいったのだった。

 

 本日の成果

 ツナ……クロール:15メートル

     ???:不明

 桃凪……潜水:可能

     水泳:不可能

 

 

 

 

 

「なんか、今回のオチ要員は私な気がする」




ソロモンよ、私は帰って来た。
はい、更新遅くなりまして誠に申し訳ありませんでした。言い返す言葉もない次第です。
日常編終了まで後わずかですが、皆さんのお力とお声を支えに、最後まで走りぬけていきたいと思います。
……しかし、ジャンプ連載中の原作はいつ最終回を迎えるんだろうか。


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第二十話 「猫と犬なら猫派です。」

 

 

 

 ○月Σ日

 

 つなを中心にした、様々な出来事がありました。いや、流石にその全部がというわけではありませんが、とりあえずどれもつなが巻き込まれたりしてたことは確かです。

 えーと、七夕大会でそれぞれ出し物をすることになりまして、私ははると一緒に司会をやったのですが、それぞれがとっても個性的な出し物をしてくれました。

 あとらんぼが迷子になったので皆で探したりとか。

 この間は海に行きました。今回はちゃんと水着を買って行ったので恥ずかしいことは何もないのです。海に行ったらこう、なんというかでかでかと「不良」の看板を下げて歩いているような人たちに会いましたが、これは本筋とは関係ないので省略しましょう。

 今日は、夏祭りです。

 

 

 

 

 

第二十話 「猫と犬なら猫派です。」

 

 

 

 

 

「これも可愛いけどこれもいいわねっ! どうしようかしら~」

「ママン、この髪飾り使ってもいいわよ」

「あら、ありがとう!」

「……、」

 

 ただいまわたくし沢田桃凪姫は、母とビアンキの手によって着せ替え人形にされています。

 というモノローグを考えて現実逃避をしてしまいたくなるほど、今の桃凪は疲れていた。

 なんで、何でこんなことになったんだ。夏祭りに浴衣で行くのはまぁいい、京子達が浴衣で行くというから自分も……と考えたのは他ならぬ桃凪だし、一応雰囲気とか言うものを大事にしたい桃凪は浴衣もそれなりに好きだったし。

 そしてそれを奈々に話したら、「じゃあ私の若いころの浴衣があったから、それにする?」と言われたのもいい。母の浴衣のサイズは合わないのではないかと不安になったが、なんでもすでにサイズ調整はしていたらしい。

 しかし、この扱いはいかがなものか。

 こんな感じかしらあらちょっと色合いがいまいちねえーと確かここに違う色のがあったんだけどあらないわねうーんどうしましょうじゃあこの浴衣やめて別のにしましょうかそうすればこの帯にあうわねあっそうだどうせだったら下駄履いてけばいいんじゃないかしら可愛いしね!

 という感じである。

 ツナはもう先に行ってしまったし、京子達はもうすぐ来るし、早くしてほしいもうこのさい浴衣なんぞどうでもいいから。

 

「んー……もうちょっと可愛くしたいんだけど……」

「でも桃凪の目がちょっと死んできてるし、あとは髪を変えればいいと思うわ」

 

 そういって最終的に奈々とビアンキが選んだベストコスチュームは。あちらこちらに桜がちりばめられた桃色の生地に、思わず目を引くような青い帯。アップにまとめ上げられた琥珀色の髪の毛と、ビアンキから貸してもらったどことなくヨーロピアンなガラス細工の髪留め。

 ものすごい気合の入りようだ、ママン恐るべし。

 

「きゃああああやっぱり桃凪可愛い!! ピンク色って似合うと思ったのよー!!」

「そう、ですか……」

「髪飾りも似合ってるわよ、桃凪」

「ありがとうございます……」

 

 なんかもうどうでもいい今すぐ逃げたいこの場から。

 無我の境地に至りそうだった桃凪を現実から引き戻したのは、一回のチャイム音だった。

 ぴんぽーん

 

「あ、たぶんはるときょーこちゃんだ……」

「タイミングばっちしね! 桃凪、行ってらっしゃい!」

「いってきまーす……」

 

 どことなくふらふらとした足取りで持ち物を引っ掴んで玄関に歩いていく桃凪。奈々のテンションは先ほどから下降知らずのうなぎ上りなのだが、それに反比例して自分のテンションが急下降している気がする。

 

「お待たせー」

「わー、桃凪ちゃん気合入ってるね!」

「可愛らしいですー!!」

「うん、頑張ったよ……お母さんが」

 

 しかし、そういうハルと京子も十分、というかかなり可愛らしいと思うのだが。

 青色生地に金魚柄、黄色い帯が全体の可愛らしさを強調している京子と、オレンジの生地に波と葉柄、赤い帯でシンプルな分大人らしさが出ているハル。とても絵になる組み合わせだ。

 自分を顧みる、幼児体型、以上。

 

「……よっしゃー、じゃ、いこっか」

 

 

 

 

 

 暇だな。と雲雀恭弥は思っていた。

 そもそも、自分はこんな風に群れるやつらがいっぱいいる所に来るのは嫌だった。しかし、風紀委員会へのショバ代の回収に、風紀委員長である自分が来ないわけにはいかないだろう。それに、どうやら自分がさくりと屋台の店員にショバ代の請求をした方が集まりがいいらしい。めんどくさい、あとで咬み殺す。

 暇つぶしにもならないがショバ代を払わない、もしくは払えないせいで物理的に潰されている屋台を横目で眺めながら、そういえば花火の時間はいつ頃だっただろうかとつらつら考え服の裾を掴んでくる手を振り払おうと、

 

 ……、

 

 …………手?

 

 密度の濃い人混みの中、ちらりちらりと桃色の袖と細くて白い腕が見えている。そしてそれは雲雀を招くように行ったり来たり。

 

「……、」

 

 なんとなく、なんとなくだが予感がしたので、その腕を掴んで思いっきり引っ張り上げてみた。

 なんか釣れた。

 琥珀色の髪をまとめ上げ、桜色の浴衣は今はくたびれ見る果ても無い。炎天下の日に外においた観葉植物のようにくったりとしていたのは、あの無表情で無礼講な小動物。

 

「…………きょーや、かんしゃします……」

 

 でろりと脱力した少女は、そのままがくりと突っ伏した。

 

 

 

 

 

 死ぬかと思った。

 祭りに行った直後、いきなり京子とハルとはぐれた。今頃自分を探しているのではないだろうか、早く言って心配するなと言わなくては。

 そう思って色々あちこち回っていたのだが、人混みの中に入った瞬間流されるわ流されるわ、まるで離岸流の如く。最終的には自分の意志ではどこにも進めなくなっていた。

 そこに現れた神の使いもとい雲雀恭弥君。彼の周りはそれなりに人混みが空くので頑張って逃げようとしたが、彼の周りの人が一斉に後ずさった衝撃で流されたため無理だった。しかし必死の思いでどうにかこうにか服の裾を掴み、存在に気づかれることに成功。華麗にキャッチ&フィッシュしてもらえたのだった。

 

「もうやだ、お祭り怖い」

「うるさいよ」

 

 ぶつぶつと愚図りながら今度こそはぐれないように雲雀の服の裾を掴み祭りを歩く光景は、どう見ても迷子になった小学生と保護者のお兄さんだった。肝心のお兄さん怖すぎるけど、本当のお兄さんは別の所にいるけど。

 

「きょーやは花火見るの?」

「暇だし、集金が終わると丁度良いし、見るよ」

「ふーん」

 

 じゃあ一緒に見たいなーでもきょーやは一緒嫌だろうなーとか考える桃凪。そしてそれは大体あっている。

 

「あ、きょーやきょーや、林檎飴買っていい?」

「好きにすれば」

「わーい」

 

 本当に、まんま小学生と保護者のお兄さんだ。お兄さんが少し不愛想な上に最凶だが、それでも林檎飴を買うのを待っててくれるあたり面倒見がいいと思う。

 

「おっけーおっけー、あー、そういえばはるときょーこちゃん探さないと。あとつな」

「……、」

「とうとう返事してくれなくなったね」

 

 先ほどから桃凪の言葉に面倒くさげにも返事してくれていた雲雀が、とうとう無言になった。どうやらいないものとして扱われているらしい。それならそれでいっかと無言で林檎飴を食べ始める桃凪。

 この人混みの中でどうやってツナ達を探すか、色々考えてみたが、多分桃凪ひとりの力では不可能だ。だって絶対さっきみたいに流される。それくらい予測できない桃凪ではない。

 というわけで、雲雀についていくことにした。雲雀の周りは一メートルほどの絶対空間があるし、これならば桃凪も道に迷うこともはぐれる事も人混みに迷うことも無い。しかも今雲雀はショバ代の回収が目的らしい、つまりはこの祭り会場をくまなく歩き回るということでもあるので、必然的にツナに会う確率も高くなっていくのだ。

 我ながら完璧である。

 

「……あ、きょーや、ベビーカステラ買っていい?」

「…………」

 

 

 

 

 

 祭りに遊びに行ったツナは、何故か屋台でチョコバナナを売っていた。

 というのも、この前公民館で出し物をやったときに山本が公民館の壁をうっかり破壊してしまったからだ。……原因というかその要因に獄寺もいたが。

 そしてその修理費を払うために特別に夏祭りで屋台を出す権利を貰ったらしい。

 目標はバナナ500本。早急に全部売り払って、ゆっくりと祭りを過ごしたいものだ。

 そういえば浴衣を着るからと言ってツナを先に行かせた片割れ、今は何をしているのだろうか。奈々の気合の入り方を考えるとちょっと、いやかなり時間がかかっていそうだが、流石に今は到着しているだろう。

 その時、

 

「チョコバナナくださいな、つなー」

「お、はーい。って、桃凪じゃん、か……」

 

 聞こえてきた声は間違いなく先ほど考えていた桃凪のものだった。しかし、

 

「ひぇもなんひぇひゅなやひゃいやっひぇるひょ?」

「何言ってるか分かんねーよ!?」

 

 この、もぐもぐとほっぺたをハムスターのように膨らませながら立っている謎の生き物はなんだ? というかそれだけ食べてまだ食べる気か。

 だって確認出来るだけでも林檎飴と焼きそばとタコ焼きとお好み焼きとわた飴とべっこう飴とかき氷とベビーカステラを消費したらしきゴミが両手に大量だ。その上顔の斜めにはプラスチックのお面があるしすくったらしい金魚が一匹と水風船もひっかけている。何だコイツ、何でこんなにお祭りエンジョイしてるんだ。

 せっかくの桜色の浴衣も、冬眠前のリスのような頬袋を前にして色々とかすんでしまっている。色々と。

 

「だってさー、お祭りって全部見ちゃうと食べるしかやること無いじゃないですかー」

「だからってその量は無いよ……」

 

 そして先ほど手渡したチョコバナナを食べ始める桃凪。まだ食う気か。

 

「そうそうつな」

「? なんだよ?」

 

 その時、周りの空気が少しだけ変わったような気がした。夏の夕方の少しだけ湿っぽい空気から、絶対零度の永久凍土のような空気に。

 それに気づかないのか、それとも気にしてないのか、桃凪はいつものようにほんわかとした口調で言った。

 

「えーとね、風紀委員会からねー」

「5万」

「払ってだってさー」

「ヒバリさんー!?」

 

 そういえば桃凪に気をとられていて気付かなかったが、周囲の喧騒がやけに遠いと思ったら。並盛町全町民にとっての恐怖の象徴と呼んでも過言ではない雲雀がいたからなのか。

 …………ん?

 桃凪が現れてから雲雀がすぐ現れたのではなく、たぶん桃凪の後ろで雲雀はずっとスタンバってたということだろうか、これ。つまり、桃凪はさっきまでこの最凶風紀委員長と一緒にいたということでファイナルアンサー?

 

「正解ー、きょーや、ありがとー」

「5万、確かに回収したよ」

 

 そう言って桃凪には目もくれずさっさと去っていった雲雀、いつもは恐ろしく見えるその背中だが、さっきまで桃凪と一緒にいたと考えるとその背中もどことなくやさしそうに……は流石に見えない。無理がある。

 

「そういえばね、きょーこちゃんとはるとはぐれちゃったんだけどさ、つな知らない? 来てない?」

「え、はぐれたのか? うーん……、京子ちゃん達はまだ来てないけど」

「そっかー、じゃあここで待ってよう」

 

 そう言ってちょこんと座り込んだ桃凪に、ツッコミを入れることが出来ない、というよりもはや何を突っ込んだらいいのかわからないツナ。とりあえず、あのゴミどうするのとか聞けばいいのだろうか。

 と、そこで先ほどからチョコバナナを売るのに忙しくてちっとも会話に参加していなかった山本が桃凪に気付いた。

 

「おっす、桃凪」

「たけしー、そういえばさっきあっちに的当てあったよ」

「知ってるぜー。毎年やってるかんな」

 

 うむ、やはりたけしはいつも通りだ。とひそかに心の中で思う桃凪。そしてついでに毎年山本が行ってる的当ての主人に心の中で黙祷をささげたり。公民館の壁を壊した腕力だ、普通の屋台などどんなことになっても驚けない。

 というか、去年のお祭りでぶっ壊れてた的当ての屋台はもしかして?

 ……深く考えるのはやめよう。

 

「やっぱ祭りって楽しいよな。なんつーか、浮足立つっつー感じか?」

「皆全体的にテンション高いよね」

 

 桃凪はこのテンションの高さになんとなくついてけないので、祭りに限らず人混みとかは結構苦手だったりするのだが、でも毎回なんだかんだで来ている。

 人混みは嫌いだが祭りの雰囲気はそんなに嫌いではないし、屋台も見るだけで楽しいからでもあるし、何よりも他の人が楽しそうな顔をしているのを観察するのが好きだからでもある。

 

「オイテメーさぼってんじゃねぇよ山本!」

 

 しゃがみこんでいる桃凪に気づかなかったのか、反対側にいた獄寺が少々憤慨気味に山本の方に寄って来た。

 

「だいじょーぶだって。今人いないだろ?」

「ごめんねはやと」

「え、い、いえ大丈夫ですよ桃凪さん! 山本なんざいなくてもオレ一人でどうにでもなりますし!!」

 

 何でかはよく分からないが、獄寺はやけに桃凪に甘い所がある気がする。こういう場面で自分が口を出したりすると、獄寺は自分の発言を撤回してまでも桃凪のフォローに廻ったりするのだ。

 しかし、恐らくそれが桃凪でも無くてツナの場合でも、きっと獄寺は同じことをするんだろうな。と桃凪は思っている。そう考えると、なんか妙に保護者な目線で見てしまうのだった。

 

「あんまり無理したり、つなに心配かけたらダメだよ」

「10代目に心配なんてかけませんよ、むしろ、オレが10代目を守ります!!」

 

 やっぱり色々と心配である。

 

「桃凪さん発見です!」

「桃凪ちゃんっ」

 

 と、そこで聞こえてきた鈴の鳴るような声。

 

「ハル! 京子ちゃん!!」

「あ、良かったー。はるー、きょーこちゃん」

 

 ツナの言う通り、待っていたらハルと京子が来た。所々あたりをキョロキョロと見まわしていた二人が、桃凪を見たときに綻んだ。どうやらかなり探してくれていたらしい。申し訳ないことをした。

 

「桃凪ちゃんゴメンね、はぐれちゃって」

「いや別に、私も悪いしいいよ」

 

 本来謝るべきなのは誰でも無く、ただ単に状況が悪かっただけとも言うのだが、相手が謝っていると自分も謝ってしまう不思議。

 でももう少しで花火もあって歩き回る人も減るだろうし、その時にゆっくりと見て回りたいなぁと思う。

 

「ツナ君すごーい、お店してるの?」

「う、うん、まぁ……」

 

 京子の言葉にも生返事なツナだが、さっきから視線は京子にロックオンされている。憧れの相手のいつもと一味違う恰好に思わず浮足立っているということだろう。

 

「でもちょっと残念です。皆で花火見ようって言ってたんで……」

「そーだね……」

「なぁ!? 花火……」

 

 獄寺が二人にチョコバナナを売っているそのすぐ近くで、ツナの妄……想像タイムがスタートした。

 夏祭りの夜。あの子は浴衣で、空を彩るはきらきらしい大輪の花。言葉も無くそれに見入り、自然とかわされる少ない会話。肩の距離はゼロとなり、また来年も来ようねと笑いあう……。…………いい。すごくいい。

 

「じゃあ頑張ってくださいっ」

「またね~」

「あ、バイバイ……」

 

 と言っても、それは全てただの想像であるので、現実のツナはこうして友人と屋台でチョコバナナを売っている。しかし、一緒に見たかったなぁ……、と思わずにはいられないのだった。

 そんなツナの思いを知ってか知らずか、山本が唐突に、

 

「でも全部売っちまえばオレ達も花火見に行けんじゃん?」

「んー、まーな」

「はっ!」

 

 ぺかーとツナの脳内に天啓が走った。確かに、花火までまだまだ時間がある。別にお金を稼ぐために屋台をやっているわけではないし、ノルマを売りきれば解放されてもいいはずだ。つまり、先ほど想像したような京子ちゃんとのランデブーの可能性も無きにしも非ず、かもしれない。

 

「が、がんばって……。早く終わらせちゃわない?」

「10代目のお望みとあらば!!」

「あーそーだな」

 

 そんな感じで気合が入っていく面々。

 そして、桃凪はいつの間にか忘れ去られていたのだった。

 

 

 

 

 

 そろそろ辺りが薄暗くなってきていた。

 夕闇、というのはとても不安定な時間帯でもある。逢魔時とも言って、昼と夜が移り変わる時間帯、世界の主導権が交代する瞬間。

 

「……ふぁー」

 

 実を言うと、ツナと京子が話している時にすでに屋台を後にしていた桃凪なのだった。京子たちとも会えたし、特にやることも無いなぁ、と思ったし。屋台を手伝うというのも考えたが、あの屋台に四人がぎゅうぎゅう詰めになるのはちょっときつそうだったので、やめた。

 ゆっくりと空の色が茜色から青紫色に変わり始めて、もう少し時間がたてば深い紺色に変わるだろう。

 場所取りを始めた人もいるのか、最初の頃に比べていくらかは落ち着きを取り戻した人波に流されないよう、慎重に桃凪は歩を進めていた。

 キラキラと光を放つ夜店に、笑顔。その全てを余すところなく眺めるような気持ちで歩く。

 だからだろうか、

 人混みの中で、ぽつんと目立つ存在を思わず目で追ってしまったのは。

 

「……あれ?」

 

 人の多い所から少しだけ離れた場所、そこに向かって歩いていく人影がいた。

 でも、そこは。

 

「…………、」

 

 少しだけ考えた後に、桃凪はその人影を追いかけた。

 

 

 

 

 

 人の少ない木々の中、少女は辺りを気にしながら歩いていた。

 どちらかと言えば足元を気にしながら、屋台で買ったものではないビニール袋を揺らしていた。

 

「……あ」

 

 かさり、と草陰から出てきた両の光目。緑色の光を放つそれは、この暗闇では見つけるのも困難な夜の闇を纏ったような漆黒の猫だった。

 

「……おいで」

 

 そっと、囁くような声音でその黒猫に語りかける。目線を近づけるようにしゃがみ、ビニール袋の中の缶詰のキャットフードをとりだした。

 ぱかりと蓋を開けると、匂いにつられたのか黒猫がぴくりと動く。警戒したままゆっくりと地面に置かれたキャットフードに近寄り、鼻を近づけ、了承をとるかのように少女に向かって鳴き声を上げた。

 

「……いいよ」

 

 そう少女が告げると、得心したように黒猫の注意がキャットフードだけに向けられる。小さな舌がぺろりとキャットフードをひと舐めし、食べようとした所で。

 真っ白くて小さな手が、黒猫の体を持ち上げた。

 

「……、」

 

 小さな手が黒猫を持ち上げた後、まず見えたのは浴衣のすそ。桜が描かれた浴衣は可愛らしく美しく、どこか年期が入っているようにも見えた。

 少女の頭上で不満そうな黒猫の鳴き声がした。それにつられて少女が顔を上げていくと、透明な琥珀の瞳が、少女をまっすぐ見詰めていた。

 少女は最初、それがヒトだと思えなかった。だって、人間にしてはあまりにも透明で、あまりにも澄んだ眼をしていたから。

 今はまとめられているが、元々はかなりの長髪なのであろう明るい茶色の髪。幼い顔立ちは表情こそなかったものの、丸くて大きな瞳は愛嬌があって、綻ぶ前の花のつぼみのようだった。

 眩しいな、と思った。

 

「……あ、あの」

 

 次に少女が思ったことは、もしかしたらこの子はこの黒猫の飼い主なのかもしれない、ということだった。首輪はついてなかったが、野良猫にしては人に対する警戒が薄かったし、元々は誰かに飼われていたのかもとは思っていたのだ。

 目の前にいる女の子は黒猫の元、あるいは今の飼い主で、黒猫を見つけたのでここに来たのかも、と。そう考えて、余計な事をしたのかもしれないと思った少女は、少々委縮したように女の子を見上げる。

 それに対して女の子は何も答えずに、ただ少しだけ周りを見回した後、こう告げた。

 

「ここ、よくないよ」

「え?」

 

 幼い顔立ちに想像通りの高い声音で話された言葉に、少女は首をかしげた。危ない、ではなく、よくない、とはどういうことなのだろうか。

 

「あっち」

 

 そう言って女の子が指さした場所は、人混みと喧騒と明かりから離れたこの場所の、さらに奥。生い茂る木々が星明かりを通すことの無い、正真正銘の暗闇。

 飲み込まれるようなそこを眺めていると、何故か寒気がした。

 

「場所変えた方がいいと思うの」

「……うん」

 

 黒猫を抱え直した女の子が、残った片手を少女に伸ばす。

 

「……?」

「どーしたの?」

 

 一瞬女の子が何をやっているのか分からなくて、不思議そうに差し出された片手を見つめていた少女。さらにそれを見つめながらいっとう不思議な声音で訪ねてくる女の子。

 そこまで時間がたって、ようやく気付く。これはいわゆる、手を繋ごうということなのではないのだろうかと。

 それを自覚した途端に、戸惑いと羞恥の心が去来して、元から赤くなりやすい頬に熱が上っていった。

 

「……んーと、こう?」

「……!」

 

 なかなか手をとろうとしない少女を少しだけ見ていた女の子だったが、何やら思案するような表情を浮かべた後、差し出していた手を伸ばして、少女の服の裾をちょこんとつかむ。

 

「行こう?」

 

 女の子は首をかしげた。少女はそれに頷いた。

 

 女の子はこう言っていた、あそこは色々とよくないものが溜まる場所なんだと。自分はそう言ったものがちょっとだけ人より分かるから、ああいう場所にいることは良くない事なんだと分かるのだと。だから、女の子は少女をあそことは少し違う場所に案内したのだった。

 にわかには信じがたい話だがそれでもついてきてしまったのは、先ほど見た底の見えない暗闇と、この女の子が持っている独特の雰囲気だった。なんとなく、この子の前では全ての嘘が通じないような、心の奥の奥まで余すところなく理解されているような、一種奇妙といってもいい安心感があった。落ち着くのだ、この子といると。

 たとえこの女の子が人間ではなく別の存在だったとしても、迷わずついていってしまいそうなくらいには。

 それに、女の子は少女を見ていた。外見だけではない、少女の中身を見てくれた。それが少女にとっては嬉しくもあり、また戸惑いの原因でもあったのだった。

 女の子と一緒に歩く祭りの夜店を、初めて少女は綺麗だと思った。

 

「あの……、聞きたいこと、あるの」

「んー?」

 

 女の子の腕の中でリラックスした様子の黒猫が声を上げた。

 

「その仔……知ってるの?」

「? ん~、知らないよ。この仔のおばあちゃんだったら知ってるけど」

「……おばあちゃん?」

「昔ね、この仔のおばあちゃん猫見たことあるんだ。本当に孫の猫なのか分かんないけど、多分孫だと思う。なんとなく」

 

 黒猫の頭を撫でながら、優しげな眼をしている女の子。

 

「でもね、この仔。ちっちゃい頃お母さんと一緒だったから、良かったなと思うの」

「……そうなんだ」

 

「誰かが傍にいるって、幸せだから」

 

 女の子が案内したのは、先ほどの場所とそう変わらなく見えた。違う所と言えば、あの場所に会った飲み込まれそうな威圧感がないという点と、人の喧騒が近くに聞こえるくらいだ。

 

「ここら辺かな」

 

 黒猫をそっと地面に下ろす女の子。降ろされた黒猫は一度伸びをすると、そのまま少女の足元に歩いて黒い毛をすり寄せてくる。

 少女が黒猫の前にキャットフードを置くと、今度こそはと黒猫は缶詰に頭を突っ込んだ。今度は女の子も止めなかった。

 嬉しそうに缶詰を食べる黒猫を見ながら、女の子の桜色の浴衣が舞う。

 目があった。

 

「?」

「その……、えっと……」

 

 聞きたいことがまだあった。あの場所が危ないということは分かったけど、でも、何でそれを自分に教えてくれたのだろうかと。少女と女の子は、何も知らない赤の他人であるはずなのに。

 しかし、それを聞いた女の子はまるで何でもないことのように。

 

「だって、見ちゃったから」

 

 と、だけ答えた。

 打算も何も無く、ただ単に目に入ったから。それだけ、だけれど。

 それが、普通ならば出来ないことだと、この少女は分かっていた。

 

「……ありがとう」

「??」

 

 何でお礼を言われたのかよく分かっていない女の子。でも、それでいい。この言葉の意味は少女だけが分かっていればいいから。

 黒猫の声が近くに聞こえる。缶詰を食べ終わった黒猫が、少女の近くで毛づくろいをしていた。その後少女に向かって鳴き声を上げて、すりすりと頭を擦りつけてくる。どうやら、懐かれたらしい。

 

「んー……」

 

 その光景を見ていた女の子はちょっとだけ考えると、手に持っていた小さなバッグを覗いて、中から小さな鈴をとりだした。一つはピンク色、もうひとつはオレンジ色をしたそれがちりんと鳴る。

 女の子はその鈴の片方のうち、ピンク色の方を少女に差し出した。

 

「あげる」

「え……?」

 

 わけもわからなかったが、なんとなく受け取ってしまって。もうひとつのオレンジの鈴を黒猫の首につけている女の子を茫然と眺めていた。

 

「おそろいだよ」

 

 そう言って黒猫を持ち上げた女の子。にゃあにゃあ鳴く黒猫の首には、確かに少女の持っている鈴と同じデザインのものが掛けられていた。そう言えば思い出したが、この鈴は屋台に売っていたものだった気がする。もしかしたら、誰かとお揃いにするつもりで、女の子は買っていたのかも知れなかった。

 

「これでひとりじゃないね」

 

 女の子は微笑んだ。

 

 

 

 

 

「あ、桃凪、何処行ってたんだよー!!」

「ごめん、ちょっと迷子になってた」

「花火もう始まっちまうぜー」

「きょーこちゃん達と途中で合流したの」

「やっほー」

「ツナさーん!」

「京子ちゃん! ハル! な、なんでこんな所に?」

「オレが呼んだんだぞ」

「り、リボーン……おまえ……」

「かんちがいするなよ。ここは花火の隠れスポットなんだ」

「わー、ほらつなすごいよー」

「10代目、オレが何か買って来ましょうか?」

「え、いや良いよ。…………皆で見よっか!」

 

 

 

 

 

 ――――桃日記、追記

 

『皆で見た今日の花火は、今まで見た中で一番きれいでした。

 お祭りで会った女の子は、あの黒猫を大事にしてくれるでしょうか。』




後一話くらいで第一章完結です。
話を書き終わってから、一体どうしてあの子が登場したんだろうかと考える。


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第二十一話 「大丈夫。いつものように明日はきます。」

うぉおおおおただいまぁあああああああああああああああああ!


 

 

 

 

 

 そうして少女は日記を開いた。

 

 

 

 

 

第二十一話 「大丈夫。いつものように明日はきます。」

 

 

 

 

 

『○月¢日

 

 今までいろんなことを書いてきたこの桃日記ですが、そろそろページが無くなってきました。

 これは私の経験なのですが、こう、帯に短したすきに長しみたいな感じで、ページとかがちょっとだけ余る現象ありますよね。あれは微妙な感じがしてすごく嫌です。

 なので、今回はそれなりに長めに日記を書いて、ページを使い切りたいと思います。

 つまり、今日の記録が桃日記最後の記録となるわけです。

 

 さて、今まで色々なことがありました。日記を読みなおせば分かると思いますけど、本当に色々なことがありました。

 まず最初の「色々なこと」は、せんせーがやってきたことだと思います。せんせーがきてから、つなは色々と大変そうでした。でも、つなはそのぶん強くなったんじゃないかと思います。昔のつなの事は嫌いじゃないです。でも、いまのつなは大好きです。昔のつなも大好きです。そういうものです。

 最初は事あるごとにパンツ一丁になってしまうつなを見て色々と思ったものですが、今はそんなことどこ吹く風という感じで。私は死ぬ気弾を撃たれたことはありませんでしたが、私が死ぬ気になるとどんな感じだろうなーと思ったことはあります。ですが、それを口に出したら恐らくせんせーに撃たれる気がしましたので、言いませんでしたが。

 せんせーと言えば、最近せんせーといて話したりしたことを思い出してみます。

 ……なんかありましたっけ?

 あ、一個ありました。

 

 

 

 

 

 ここだけではないですが、つなは宿題とかあんまりしないんです。めんどくさがって。それで、それを見たせんせーがつなを無理やり言うこと聞かせて宿題をさせるんです。

 私は別に宿題をやらないなんてことは無いのでそういうことはあまりないんですが、宿題でどうしても分からない所とかがあった場合はせんせーに聞きに行ったりします。

 この前もちょっと分からなくて、聞きに行ったのですが。

 なんだかつなの部屋の前が焦げくさいので正直言って入りたくなかったのですけど、せんせーに聞かないと分かりませんし、意を決して入ったんです。

 そしたらやっぱりいつもより割増しでぐちゃぐちゃになった部屋の内装と、そこで机に向かいながらいつも通り焦げているつながいました。

 私はいつものように、

 

『せんせー、分からないとこあるの教えてー』

 

 と聞きました。つなは、

 

『とうとう桃凪が何も聞いてくれなくなった……』

 

 と嘆いていました。なので私はちょっとかわいそうに思ったので、

 

『つな何やってるの?』

 

 と聞いてみることにしました。そしたらつなは

 

『え。あー……勉強』

 

 と言いました。私は、つなの言ってる事って間違ってないけどおかしい気がするなぁと思いましたが、でも何も言いませんでした。でも今だから言いますけど、勉強してるだけで部屋が吹っ飛ぶのはどうかと思います。

 そんなつなとの会話も終了して、私はせんせーに問題を聞きました。数学がどうしても分からなくて困ってたのです。

 せんせーは分かりやすく教えてくれました。でも、一回間違えると私もつなの二の舞になりそうなので、絶対に間違えられません。非常にスリリングです。

 そういうときに思ったりするのですが、せんせーの教え方って習うより慣れろだなぁと考えます。一通りのことを教えた後に例題とかをたくさん出すタイプというか、なまじ間違えると危険なので必死でやるし。それでも覚えられないのはつなですが。

 私はせんせーの言うとおりに問題を解きました。私は苦手教科は体育以外にはないのですが、かといって得意教科があるというわけでもありません。

 普通ならそれでもいいのではないかと思いますが、私にはそれじゃダメな理由がありました。

 

『オレの生徒になったからには中途半端はゆるさねーぞ』

 

 せんせーがそういうので、最近は結構勉強しています。

 でも、よく出来た時は一応褒めてくれます。一応ですが。よくやったぞとかでも言われた方からすれば嬉しいものです。

 そんな感じで、せんせーは私に構ってきます。数学の問題が解けてすっきりした私はそのまま自分の部屋に帰りました。後ろでつなの悲鳴が聞こえました。

 ……こうやって人のことを書いてページを潰すのは意外といいかもしれません。どうせですから、今まで会ったいろんな人のことを日記に書いていこうと思います。

 

 

 

 

 

 次ははやとのお話です。

 はやとと初めて会ったのは、せんせーが来てからすぐのことでした。

 私はなんか変わった人が来たなくらいにしか思わなかったのですが、つなはそれなりに怖そうな人が来たなと思ったらしいです。実際マフィアのひとりだったのですから、つなの勘もなかなかのものだと思います。

 最初はかなり喧嘩腰のはやとでしたが、つなと戦った……あれは戦ったに入るのでしょうかね? まぁ、そんなことがあった後はつなを常時フィルターにかかった尊敬のまなざしで眺めていました。でも、あのきらきらとした目、なんで私もあの目で見られているのかすごく謎なんですけど。何かあったのでしょうか?

 そんなはやとですが、この間ちょっと悩み事を私に相談してきました。内容は、

 

 なんか、ボンゴレ(マフィアの事です)からすごく偉い立場に就任できるかもしれないと言われて、最初は嬉しかったけど、そうなるとつなの所から離れないといけない。

 そんで、つなのためを思うなら自分はイタリアに行った方がいいのだけれど、どうも踏ん切りがつかない……。と、大体こんな感じの内容だったと思います。私は、

 

『はやとは多分、つなの所から離れたくないんだよね?』

 

 と聞いてみますと、はやとはギクリとした顔をしました。

 

『いやオレは……! ただ単に、10代目はオレを頼りにしてくれてるから、いきなりそんな風に行っちまったら困るんじゃないかと思って……』

 

 そう言ってきたはやとに、私は何か返答しようと思ったのですが、返答する前に何故かどこからともなく現れたせんせーがこんなことを言いました。

 

『だったら、試してみればいいんじゃねーか? 今日一日、ツナが一度でもお前を頼ったら日本に残る。頼らなかったらイタリアに帰る。どーだ?』

『わかりました! っつーか、楽勝っスよ!!』

 

 そういって、一日はやとはまるでわんこみたいにつなが頼ってくる瞬間を待ちわびていました。

 しかしまぁ、お察しの通りつなはまるではやとを頼りませんでした。つなの中でははやとに頼るとなんでもダイナマイトで片づけられてしまいそうだという不安が無意識の内にあったのではないでしょうか、たぶん。むしろ頼られ率だとたけしの方が多いのではないかと。

 そんな感じで、はやとは日が暮れる頃にはすっごく落ち込んでいまして、自分は10代目に頼られてなかったのか……? と不安そうな表情をしていました。

 なんだかみているとあんまりでしたので、私はこうはやとに提案しました。

 

『あのねはやと、はやとが心配してるような事、本当は無いかもしれないよ。だから、確かめてみよう』

『そ……そっスか? じゃあ10代目に……』

『いやたぶん、つなに聞いても教えてくれないと思う』

 

 恐らくはやとを怖がって。

 

『だからー、私がそれとなくつなにはやとが遠くに行っちゃうこと言ってみるね。そんで、はやとはそれを物陰で聞く。どう?』

『了解しました! バッチリ聞いてますから!!』

 

 はやとの了解も取れましたので、私はつなの所へ突撃インタビューを敢行しました。

 夕方に縁側に寝そべっているつなの所で。

 

『ねえねえつなー。はやとがね、イタリア帰っちゃうんだってー』

『え? 獄寺君が!?』

『なんかすごい所にスカウトされたらしいよ? そんでね、行こうかどうか迷ってるって。つなはどう思う?』

『え、オレ? ん~、やっと身の危険から解放される~!! って言う感じかなぁ? 獄寺君と一緒にいると常に命がいくつあっても足らないし……』

 

 私はその時、はやとの体が地面に沈みこんでる感じがしました。いや、あくまでもそんな気がしただけですが。

 でも、その後つなは、

 

『……でも、友達としてはどうなのかなぁ……』

 

 と、呟きました。私はたぶん、つなはまだ別に言いたいことがあるんだな、と思いましたので、続きを待つことにしました。つなは続けてこう言いました。

 

『オレさ、獄寺君がオレのこと10代目10代目って言ってくるのはちょっと困ってたけど、獄寺君達と一緒に花火見たり遊んだりするのって結構楽しかったんだ。こう、桃凪と一緒に居るのとはちょっと別な感じで……』

『わかってるから、続きどうぞ』

『あー……ホラ、オレあんまりそういうことする友達いなかったからさ。だから、なんというか、獄寺君が行くって言うんならいいと思うけど、その。…………友達としては、行って欲しくないなって』

 

 たぶん、これを聞いてるはやとは絶対にイタリアに行くなんて言わないだろうなと私は思いました。

 そして予想通り、次の日になると元気100倍のはやとがいつものようにつなを迎えにやってきました。

 はやととの日常については、以上です。

 

 

 

 

 

 たけしです。それだけです。

 私はたけしの考えてる事がよく分かりません。いえ、考えてる事自体は分かるのですが、どうしてその結論に至ったのかがよく分かりません。たけしらしいと言えばそうなるのですが。

 そんないつものたけしらしいエピソードを、今回は解放しようと思います。

 

 たけしはちょっと前に、高校に行った野球部の先輩の新聞配達のアルバイトを手伝ったことがあるらしいです。

 私がそれを知ったのは、なんか朝早くに目が覚めたのでふらっと散歩に出かけたからなのですが。いきなり目の前をバッグを背負ったたけしが走り去っていったので、あまりの爽やかさ加減に驚いた記憶があります。汗がきらきら光るのも才能の一つだと思います。

 

『? たけしだ』

『お、おはよう! 早いな』

『おはよ。たけしは朝のランニング?』

『ああ、それもあんだけどさ、野球部の先輩のバイト手伝ってんだ』

『ほむほむ、なるほど』

 

 私は丁度暇だったし、体動かすのも悪くないかなと珍しく思ったので、手伝うと言いました。

 そんな感じで私は朝から新聞配達のためにご近所さんを走り回ることになりました。といっても私は走るのはあまり得意じゃないので、自転車を使って配りましたが。

 たけしは、基本的にお人よしです。じゃなかったらわざわざ掃除を押し付けられたつなの掃除を手伝ったり、あれほど邪険にされてもはやとを友達扱いしたりなんてしません。

 でもたけしの本当にすごい所は、そうやっている親切は全部自分からやりだしたことだという事です。しかも、押しつけがましくないんです。相手が困っているときにひょこっと現れて手伝って帰って行きます。そういうの、すごくかっこいいと思います。

 私が配り終わった事にはもうすでにたけしは全部配り終わってて、先輩らしき人と話していました。先輩らしき人はなんとなく優しそうな人で、何度もたけしにお礼を言っていました。

 私は終わった頃、もうすでに日は結構登り始めていたのですが、たけしとちょっと話をしました。

 

『たけしって、結構面白いと私、常日頃から思ってるよ』

『? サンキュー?』

『褒めてはいないと思う』

 

 まったく褒めてはいないと思いますがお礼を言っちゃうあたり、たけしは天然だなぁと思います。

 

『褒めてないけど、たけしはたけしだから気にしなくていいね』

『? おー』

 

 そう言う所がたけしの人気の秘密なのでしょうし、つながたけしを頼りにしている所でもあるのでしょうし、せんせーがたけしをマフィアにいれたがっていた理由でもあるし、はやとがたけしを邪険にする理由でもあると思います。

 私も、たけしのそういう裏表のない所が好きですし、人のために動ける真っ直ぐな所が好きです。

 その後は私はたけしと別れて、つなと一緒に学校に行きました。その途中でたけしとはやとに会いまして、今日二度目だねぇと私達にしか分からなかったであろう会話をしました。

 たけしとの思い出については、以上です。

 

 

 

 

 

 次はらんぼにします。らんぼは年が近いからかいつもいーぴんと遊んでいます。この間は二人で外で追いかけっこをしていました。

 らんぼはかなり特殊な生い立ちの子です、いや、特殊と言えばいーぴんもそうですけど。まぁ二人とも不思議な子と言うことで。

 それでも、らんぼ達は一見するとまったく普通の子供で、普通に遊んでいます。……いーぴんはともかく、らんぼは最初せんせーを殺すために来たとは思えないほどに毎日元気に遊んでます。

 でもやっぱり二人とも相性が合うのかどうかわかりませんが、いつも二人で遊んでいることが多いです。子供の遊び場は無限大なので、本当にいろんな所で遊んでいます。

 私は二人に結構懐かれていますので、遊びに誘われることがよくあります。遊ぶ方法はその時によってさまざまですが、だいたいらんぼが途中で飽きてとてつもなくストレンジな遊びを提案するので大変です。

 マフィアに育てられて感覚がマヒしているのか、らんぼは遊びの途中でよく手榴弾やバズーカやらを持ちだしてきます。恐ろしいです。しかもそこらへんの大人よりも使い方を心得ている所がさらに恐ろしいです。

 いーぴんはいーぴんで、常識人なんですけど、そこは子供らしくはじける時だってあります。はじけると言っても物理的に。本当に物理的に爆発するんです、子供って怖い。

 

 このあいだは私とらんぼといーぴん、あと途中で乱入してきたはると一緒にだるまさんが転んだをしました。

 最初の鬼は私とはるの内からジャンケンで決めて、私がパーではるがチョキ、私が鬼になりました。

 遊んだ場所はよくある公園です、ここによく来るにゃーさんに私はご飯をあげています。

 公園の時計の下に私は陣取って、柱に顔を伏せました。後ろの方から『いいですか……ランボちゃん、イーピンちゃん、ゆっくり近づくんですよ……ゆっくりですよ……』とかいうはるの声と、それに頷いてるらしきいーぴんの声、『わかったもんねー!!』という(おそらく分かってない)らんぼの声が聞こえてきました。

 だるまさん転んだに作戦会議も何もあるんだろうかと聞きながら思いましたが、私は勝負事で手は抜きません。全力で迎え撃ちます。迎撃準備万端です。

 私はちょっと息を吸い込んだ後、言い始めました。

 

『だー……るー……まー……さーんーがー……』

『ガハハー! 一番乗りだもんね!!』

『あ、ランボちゃーん!!』

『―――!!(聞き取れませんでしたが、多分「行っちゃダメ!」と行ってたんじゃないかと思います)』

 

 この時の状況は多分、開幕早々ダッシュを決めたらんぼに、忍び足で近づいていたはるといーぴんが必死でらんぼを止めようとしていたんじゃないかと思います。

 そしてこんな美味しい状況を逃す私じゃありません。一気に言いきって振り向きました。

 

『転んだ!』

『はひっ!?』

『お?』

『―――!(声も無く止まってました)』

 

 振り向いた私が見たのは、いきなり振り向いた私に追いつかずにうごいちゃったらんぼと、らんぼをとめようとしたのか片足立ちのまま両手だけ前に出した非常に芸術的なポーズで止まっていたはると、びしっと華麗に決めポーズをするいーぴんでした。私は吹き出しそうになるのを必死にこらえました。

 

『らんぼ、動いたー』

『う、動いてないもんねっ!! ランボさん、ちっともこれっぽっちも動いてないもんね!!』

『らんぼー、…………最初はぐー!』

『! じゃんけん、ぽんっ!!』

 

 私はパーでらんぼはグーでした。

 

『私の勝ちー、捕まるのー』

『うー……、仕方ないなー、ランボさん大人だから大人しく桃凪に捕まってあげるもんねー!!』

『おけー』

 

 という感じで、第二ラウンドの始まりです。ちなみに、いーぴんはともかくはるは結構長い間あのポーズのまま止まってたので辛そうでした。

 

『だーるーまーさーんーがー』

 

 この時は二人とも無言でした、つまらぬ。

 

『こーろー……んだ!』

『きゃっ!?』

 

 後ろに振りかえると、バランスを崩してしりもちをついた態勢のはるがいました。残念なことに動いてはいませんでしたけど。しかし、

 いーぴんの姿がどこにもありません。

 

『消えたー……?』

 

 私は一瞬そう思いました。でも、私の知るいーぴんは、少なくとも瞬間移動は出来ません。

 そんでもう一回よく見てみました。さっきまではるの隣にいーぴんはいて、私が少し目を離した隙ににいーぴんは忽然と消えていました。そしてはるの近くにあるものは公園のジャングルジム……。これから導き出される結論は一つです。

 

『!! いーぴん、上ー! 動いたー!!』

 

 いーぴんはジャングルジムを足場にして、上空高く跳び上がっていました。一瞬早くそれに気づいた私が上を見上げて見たものは、今現在も落下してくるいーぴんでした。いーぴんはそのまま落下してきて、私がキャッチしました。

 いーぴんは空中に静止する事は出来ないので、だるまさんが転んだのルールから言うと失格です。ので、捕まりました。

 

『よし、あとははるだけ』

『ま、負けませんよー!!』

『ハルー! 早くー!!』

『――――!(手をぱたぱた振っていました)』

 

 最終ラウンドは、はると私の一騎打ちでした。

 ……今になって思いますが、本当は一緒に遊ぶべき小さい子を差し置いて最後に残ったのが中学生の私達というのも、なかなか大人げなかった気がします。

 でも、そうやって一緒に遊んでたら、通りかかったおばちゃんに、私も小学生だと間違えられました。地味に辛かったです。

 らんぼはちょっとやんちゃな所もありますが、いつもはかわいい良い子です。たまに10年バズーカを使って大人らんぼと入れ替わる時がありますが、10年後らんぼもいい人です。

 でも、大人らんぼに何も悪いことはありませんが、おかーさんは私と大人らんぼが二人っきりで同じ部屋にいても何も気にしないんですよね。気にされても困りますが、気にされないとそれはそれですごく気になります。

 らんぼのことについては以上です。

 

 

 

 

 

 えーと、次はりょーへいさんにしようと思います。

 …………でも、私りょーへいさんのことあまり知らないんですよね。とりあえず知ってる事書きます。

 まず、りょーへいさんはボクシング部です。

 ……すいません、それ以外分かりません。きょーこちゃんの所に遊びに行くことがよくあるのですが、そういう時りょーへいさんは家に居ません。きょーこちゃんに聞いてみると、

 

『うーん、またいつもみたいにトレーニングで河原走ってるんじゃないかな?』

 

 というなんとも曖昧な返事が返ってきました。

 きょーこちゃん曰く、りょーへいさんの行動範囲は広すぎるのでよくわからないらしいです。恐るべし。

 そこで私、一体何を思ったか知りませんが、りょーへいさんを探してみようと思い立ちました。

 ええ、本当に何を考えていたんでしょうね私ったら。今思い出しても謎過ぎてわけがわからなくなります。あのとき思い浮かばなければ、その後の騒動にはならなかったのでしょうけど。

 

 とりあえず私は、りょーへいさんの行動パターンをメモする事にしました。何曜日の何時にどこで見つけたとか、そういう情報をメモにして、マッピングしてみようかと。

 えーと、書いたメモによりますと……、

 

 月曜日

 午後3時

 おつかいの帰り道、何でか近所の大型犬と気合勝負をしていた。

 

 火曜日

 午後5時

 いつものようにボクシング部で部活している。

 

 水曜日

 午後6時

 夕陽の河原を太陽に向かって吠えていた。昔のドラマみたいですね。

 

 木曜日

 午前7時半

 話しかけて挨拶する暇もなく、高速で隣を走り去っていった。

 

 金曜日

 午後7時

 公園で筋トレ。道路二つ挟んでも聞こえるくらいの大きな声でした。

 

 土曜日

 午前11時

 お昼少し前、川で熊の如く魚をとろうと奮戦していた。しばらく見ていたが、とれた数は3匹でした。

 

 と、いう感じです。こうして見ますと、行動範囲が広すぎて逆に良く分からないです。一応、平日はちゃんと学校に居る事と、門限は午後8時っぽいことが分かりました。実際、それ以外がよくわからなかったのですが。

 そして日曜日なのですが………………私、その日は特にりょーへいさんの行動パターンを分析する気はなかったんです。ただ、久しぶりに遠出しようかなと思っただけなんです。

 その日はとてもいい天気で、私も少し浮足立っていました。だから普段なら通らないような所を通ってみようかなぁとか思ったんです。本当に失敗でした。気温は程よくぽかぽかしていて、うららかなお天気にテンションが上がっていた時の事です。

 意気揚々と山道を進んでいる私、うっかり横道にそれてもあんまり気にしない私。陽気は人を馬鹿にします。

 

 そしてそんな天気に負けないほど元気に叫ぶりょーへいさんと、

 

 そのりょーへいさんの前でまるでやーさんのごとき威圧感で佇む巨大なくまさんが。

 

 いきなりですけど、本当なんです。本当にいたんです、私実際に見たんです。つなに行ってもそんなのあるわけないだろって流されるし、たけしに言ってもおもしろい冗談だなーって言われるし、はやとに言ってもあの芝生頭が熊に勝てるわけないじゃないっすかーって言われて信じてもらえないし、きょーやにいたっては話を聞いた瞬間馬鹿を見る目を向けてきたんですよ!? ひどいと思います!!

 

 …………ちょっと落ち着きます。

 そんなわけで、いきなりとんでもない光景を見てしまった私は、一瞬わけがわからなくなりました。だって学校でいつもあってる先輩が目の前でくまさんと激闘一歩手前だったら誰だって驚きます。でも、そんな私の驚愕はりょーへいさんは全くと言っていいほど知らないので、くまさん相手に意気揚々と宣言していました。

 私は混乱したまま、くまさんと遭遇してしまった時の対処法を思い出そうとしました。たしか走って逃げるのは逆効果だから、目を見ながらゆっくり後ずさるのが一番いいらしいという所まで思い出した後、りょーへいさんが危ないということに思い至りました。なんとか助けないと。

 

『りょ、りょーへいさん……こんにちは』

『ん? おお! 沢田か!! いい天気だな!!』

『そうですいい天気ですー。だからちょっとそこからゆっくり離れてください……!』

『いや待て! オレはまだ、この山の主との決着を終えていない! よって逃げるわけにはいかんのだぁ!!』

『くまさん山の主なんですか!?』

 

 りょーへいさんは聞いてくれません。泣きたくなりました。

 

『ではいざ! 尋常に勝負ー!!』

『りょーへいさーん!』

 

 そしてそのままりょーへいさんはくまさんに突貫しました。

 対するくまさんはまるで『ヤレヤレ、面倒な奴に関わっちまったぜ……』とでも言いたげな鷹揚な溜息を一つついた後、毛皮に包まれた丸太のような腕を一振り。それでべふんだとかばふんだとか言う感じの効果音と共にりょーへいさんをふっ飛ばしました。りょーへいさんは木にぶつかって伸びてしまいました。

 さて、ここで私は気がつきました。

 くまさんがこっちをじっと見ていることに。私はまたくまと出会った時の対処法を(略)

 そんな感じで動くことが出来なくなって固まったまま、しばらくくまさんとと見つめあっていた私の所に、何でかせんせーがやってきました。

 せんせーはくまさんと知り合いだったみたいです。

 その後、気絶したりょーへいさんの介抱をしながらせんせーとくまさん(喋りません)の話を聞く所によりますと、

 くまさんはりょーへいさんの言う通り、ここら一帯の山を仕切る山の主さんらしいです。せんせーとはせんせーがこの町に来てから知り合った仲で、たまーにこうやってティータイム(?)をする事があるとのことで。

 ちなみに、くまさん……名前もあって、だいごろーさんでした。そのだいごろーさんが唯一上だと認めているのがきょーやだそうです。きょーや、とうとう自然の生態系にも干渉を始めましたか……。

 

 そのまませんせーとだいごろーさんはお茶会を始めてしまったので、私はりょーへいさんを手当てする事にしました。手当てといっても、りょーへいさんは掛け値なしに丈夫なので簡単なすり傷の手当てくらいでしたけど。

 これまで色々りょーへいさんを観察してきた中で思ったことは、私はやっぱりりょーへいさんの事はなんにも分かりませんでした。考えれば考えるほど分かんなくなってきて、りょーへいさんは私の理解の範疇外の存在なんだなということがなんとなく分かりました。

 私がりょーへいさんが少し苦手な理由は、次に何をするのか全く分からない所です。なんというか、私の常識とは少しずれているというか、そこでどうしてそうなるんだろうという思考回路なところとか。

 でも、そんな私でもりょーへいさんはいい人なんだろうなということは分かります。いつも元気いっぱいで、悩むという事をしなくて、前に向かって全力ダッシュしているりょーへいさんは、見ていてとても楽しいです。

 私がりょーへいさんについて知っていることは、以上です。

 

 

 

 

 

 えーと次は、きょーやですかね。

 私、きょーやの事は友達だと思ってます。ですけど、大半の人にとってはそう思われていないようです。

 例えば、私が前にきょーやに言われて書類を運んだ時。前を行くきょーやの後ろをついていく形になったとき。

 

『…………雲雀さん、あんな小さな子風紀委員にいれたのか?』

『あの子、勇気あるなぁ……』

『雲雀さんがどういう人なのか分かってないんだよ……』

『大丈夫かしら……』

 

 と、やたら身の安全を心配されたことがあります。でも、きょーやの性格を考えるに、その発言は無理ないことだとは思いますが。

 きょーやは人に簡単に手を上げますが、きょーやなりの価値観の中で行動しています。……まぁ、その価値観が果てしなく子供っぽいとは私も思いますが。

 私はどうもきょーやの価値観に抵触しない人種のようです。なので一緒に居ても咬み殺されることがないのでしょう。

 そんな私ときょーやですが、たまには喧嘩します。……と、つなに言ったら『桃凪雲雀さんと喧嘩したの!? え、何で生きてるの!?』とかとてつもなくひどいことを言われました。

 喧嘩と言っても、戦うわけじゃないです。もし戦うような事になったらつなの心配通り私は三途の川を渡ることになります。それはすごく困ります。私水に浮かないのに。

 だから、きょーやとの喧嘩は大体口喧嘩です。きょーやと「口喧嘩」出来る時点で私がかなり変なのだとは思いますけど。

 一番印象に残ってる喧嘩は、えーと……。

 

 

 私がまだ、きょーやの名前とか肩書きとか、そういうのを知らない頃。つまり、学校じゃなくて町で会ってた頃ですね。

 その頃は私もきょーやの名前を知らないのと同じように、きょーやも私の名前を知りませんでした。だから、「そこの」とか、「君」とか呼ばれてました。いまも「小動物」とか呼ばれてますけど、個として認識されてつけられた愛称ではなく、群衆の一人としての呼び名だったというか。

 最初は会話もしませんでした。だって、そもそも人に会いたくて会ってたわけではありませんでしたから。人の居ない所に行きたくて行った結果、何故かお互いが鉢合わせするという奇跡のような状態でした。猫は家の中で快適な場所を察知する能力にたけていると言いますが、もしかしたら私達もそうなのかもしれません。

 それでも、ずっと鉢合わせしてれば顔は覚えますし、何度も会えばお互いの存在がいやでも目につきます。

 私ももちろん、きょーやの方もいい加減気になってきていたらしくて、でも話しかけるのがめんどくさい。といったふうに私を見つめてきていました。

 私は、これって話しかけた方がいいのかなぁどうなんだろうなぁなどと思っていましたが、結局視線に耐えきれずに話しかけてしまいました。

 

『ねぇねぇ』

『……何?』

『(視線を送ってきたのはそちらなのにこの反応はどうなのか)えーと、何であなたはここにいるの?』

『僕がここにいて何か悪いことでもあるのかい?』

『…………つまり、ここにいて悪いのは私なのか』

『よくわかったね』

 

 つまり、遠まわしに「出てけ」って言われてたってことなんですね私。でも森の動物さん達と戯れる貴重な癒しタイムが潰れるのはすごく嫌でした。

 大体ですね、いきなり出てけと言われてはいそうですかというわけがないじゃないですか。もしもあの時、私がきょーやの武勇伝を知っていたとしても、やっぱり出て行くという選択肢はありませんでした。

 私にだって命は惜しいという感情はありますし、痛いことは苦手だし、運動は辛いです。でも、なんというか、その時私は、きょーやがあまり怖い人には見えなかったんです。

 私達がいた所は森の中の日だまりがこぼれるぽかぽかした暖かい所だったのですけど、そこに寝っ転がって昼寝をしようとしていたきょーやが、なんだかすごくいやされた顔をしているので、私も何だか癒されてしまって。

 実際は癒されているのではなく眠かっただけなのかもしれませんけど、とにかくあの時の私にはきょーやが怖くは見えなかったんです。だからついつい反論しちゃいました。

 

『私いなくなるのやだよ、ここにいたい』

『……、』

 

 ここで普通の人は反論の言葉が来ると思うでしょう? ですが残念、相手はきょーやだったのです。

 まあ飛んできますよね、トンファーが。

 私の顔すれすれを通ったトンファーは近くにあった切り株に当たりました。切り株は哀れべっこりへこんで二つに裂けてしまいまして、本とか読む時の椅子がわりに使ってたのでちょっとショックでした。私が何か不穏な空気を感じ取って思わずしりもちをついてなかったら、多分当たってましたよあれ。

 

『僕がいなくなれって言ってるんだから、さっさと行きなよ』

『…………、』

 

 その時私、正直言って混乱してたんですよ。しりもちをついたこっちを見降ろしてくるきょーやを見上げながら、なんか現実逃避をしてしまったというか。だって、たまに見かける名前を知らない中学生さんが、まさかトンファー持ってるなんて思わないでしょう。

 だからつい言っちゃったんですよね。

 

『あ、小鳥乗ってる』

『……、』

 

 きょーやの丸っこい頭のてっぺんに、スズメだったかよく覚えてないんですけど、ちっちゃい小鳥が乗ってたんです。なのでつい言ってしまったというか。悪気はないんです、本当に。

 

『私の知ってる限りでは、動物に好かれる人は悪い人じゃないの』

『……、』

『だから、私もあなたのこと好きになれそうかもしれない』

『は?』

『多分これから結構会うのだから、私はあなたとお友達になりたいと思う。だから、一緒にお話ししよ』

 

 それを聞いたきょーやはどこか拍子抜けしたみたいにトンファーを下ろして、頭の上に乗っかっていた小鳥を手のひらで包んで木に放していました。

 そして、そのままこっちを見ることなくお昼寝を始めました。

 ……よく考えてみると、これは喧嘩をしてませんね。いつもきょーやが怒ったりする時は私が流したりしてるので、よくよく考えると喧嘩という喧嘩って無いのかもしれません。おかしいですね、最初に考えた時は結構あるなとか思ったのですが。

 やっぱり、喧嘩とかあんまりしてませんでした。

 まあ、私でもいきなり「お友達になろう」は変かなとは思ってました。けど、あの場面で怪我をしないように終わらせるには、相手の考えとは真逆のことを言って驚かせたりしないといけなかったんです。

 きょーやは多分、驚かれたり怖がられたり、そういうのに慣れているので、それこそきょーやが私を呼ぶ時のようないかにも「小動物」的な反応は慣れてないのだと思います。でも、いかな暴君とはいえ、誰かに慕われることを悪く思うはずはないと思います。

 私はきょーやの事を危ないなぁとはよく思いますが、それできょーやに対する反応が変わったり、きょーやの事を怖がったりすることはありません。ですから、きょーやとこのままの関係を続けていけるのでしょう。

 私がきょーやに関して思うことは、以上です。

 

 

 

 

 

 こうして、今まで書いた日記を見直してみて思った事ですけど。

 私の周りって本当に変な人ばっかりですね。まぁ、私が言える事ではありませんけど。

 そして、私の日記って本当に思った事を書き綴ってるんですね。

 日記一つとっても支離滅裂でまとまりがないです。日記とはそういうものなんだとは思いますが、読み返すとなんだかおかしいですね。

 でも、最近なんでか思うようになったんですけど。

 こういう、あったときには大事件だと思うような事も、文字にして後から読み返してみれば、何でもないように思えてくるんですね。起きた時は叫んだような事も、後で思い出せば笑い話になります。

 

 そういうのを、人は『日常』と呼ぶのでしょうか。

 

 当たり前ではないけど、愛すべきものです。

 …………何でいきなりこんなことを思ったのでしょうかね? 自分でも分かりません。

 あ、そうそう。今度つな達と一緒にお出かけするんです。どこに行くのかはまだ決まってないんですけど、私は博物館とか行ってみたいなぁ。でも、たけしとかりょーへいさんとからんぼとか、あとつなも、博物館とか暇だからやだとか言いそうですね。水族館とかの方が……だめですね、お魚さんを食べようとしたり、サメと戦おうとしたりするのが予想できます。

 どこに行くのかは相談して決めますね。

 

 ……あ、そろそろ本当にページが少なくなってきました。

 私、こんなにたくさんの文字をいっぺんに書いたことってあんまりないので、いまちょっと目と肩が痛いです。この日記を書き終わったら二冊目を書こうと思ってたんですけど、日記を買いに行くのはまた今度にしようと思います。

 

 

 ではまた、桃日記で会いましょう。』

 

 

 

 

 

 そうして少女は日記を閉じた。

 

 そして、

 

 

 

 

 

『○月£日

 

 つなへ

 

 

 私、行かなきゃ。

 大丈夫、ちゃんと帰って来るから。心配しなくてもいいよ。私の帰る場所は、つなの所だから。

 だから、

 

 

 いってきます。』

 

 

 

 

 

 新しい日記に彼女の愛した『日常』が綴られることは、もうしばらくない。




いつかやりたいなぁと思っていた、前編丸々桃日記。
これからの展開を知っている読者の方々にはおわかりでしょうが、しばらく桃凪が落ち着いて日記を書けるような状況は来ません。色々ありますから。
ですので、桃凪にとっての騒がしくも他愛のない日常の象徴としての桃日記は、日常編が終わるのと同時に無くなってしまいます。この話は、その最後の締めくくりと、波乱への幕開けとか何とか結構かっこいいこと言ってみたり。
それと書いてない所で色々と親交を深めてたんだよみたいな。

さて、次回からは第二章黒曜編…………の前に、幕間でいろいろあげていこうと思います。
……と言いますのも、にじファン時代にリクエストで応募したあれこれとか、急に思いついた桃凪とツナの幼少期の話とか、日常編にいれるにはちょっとなーみたいな話があるので、主にそれを載っけていく感じです。時系列的には日常編と黒曜編の中間あたりに起こった出来事ですしね。

では、ここまで見てくださった皆さん。何度も更新が停止したりなんだりして進みが遅い拙作でしたが、ここまで見てくださってありがとうございました!
また会えます事を祈りまして、後書きを終わらせていただこうと思います。

Arrivederci!


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幕間 騒動は遠く、喧騒は近く
その一 「兄と妹」


加筆修正しまくって元々がクラッシュ。どうしてこうなったんだろう?


 

 

 

 

 桃凪の事? 妹だけど……え? そういう意味じゃないのかよ? 人間的に? なんだソレ。うーん……。

 そうは言っても妹だとしか言いようがないんだけどなー……。

 って、うわ!? ちゃ、ちゃんと考えてるってば!! だから銃向けるなって! 怖いだろ!?

 まったく……。……はぁ? オレと桃凪の小さい頃の話?そんなん聞いてどうするんだよ。

 ……他の奴に言わないだろうな。えーと、確か……小学生くらいの時に――――。

 

 

 

 

 

閑話その一 「兄と妹」

 

 

 

 

 

「つな、つな」

 

 ちょこちょこと、自分の服を引っ張る感覚がする。今年で9歳になる少年、沢田綱吉――周りからはよくツナと呼ばれている――の後ろにいるのは彼の双子の妹、沢田桃凪姫だけだ。

 いや、後ろに妹がいる事はツナには最初から分かっている。無視しているわけでもない、でも、今ツナは後ろを振り向くわけにはいかないのだ。

 だって目の前にいるのが、およそツナが会ってきた近所の動物さん達の中でダントツの危険度を誇っている、中田さんちのジョシー(犬)なのだから!

 

「と、と、とうな……はなれてろよ……」

「えと……?」

 

 唸り声を上げる犬に対して、じりじりと桃凪を後ろに追いやる様に距離を取りながら、ツナは目の前にいる犬に竦み上がりながらも果敢に立ちふさがっている。

 普通のツナだったら逃げている。しかし今日のツナは逃げない。桃凪が後ろにいるからだ。

 沢田家の家訓のようなもので、男は女を守るもの、というものがある。と言っても、それを言い出したのは『あの』父で、その隣で母はおかしそうに笑っていたが。

 しかし幼く純粋で、大人というものに憧れていたツナは、それを「かっこいい」事だと思った。

 それからのツナはそりゃもうすごかった。雨が降ろうが風が吹こうが朝も昼も夜も桃凪にべったり。周りからは「赤ちゃん帰りした」と笑われたが、それがどうしたとその時のツナなら言い返していただろう。

 そして今も例にもれず、大事な妹を脅威から守るために戦っている。……まぁ、その妹はなにがなんだかよく分かってない様子で犬とツナを交互に眺めているのだが。

 大体、桃凪は少し天然なところがあるのだ。道を歩いていると飛んできた蝶々を追っかけて迷子になった事もあったし、時々虚空をボーっと見つめてはニコニコ笑っていたりする。(決して怖いとか何を見てるんだろうとか、思ってはいない。決して)

 今はだいぶそのようなことは減ったが、それでもよくよく見てみれば放っておけない点は満載で、よく今まで無事だったと呆れるほどだ。天恵とか何かの加護とかがついていなくてはやっていけないと思う。

 だから、お兄ちゃんである自分が桃凪を守るんだと。

 

「つな?」

「だ、だいじょうぶだから…しんぱいすんな」

 

 そう思っていたツナだったが、やはり自分一人の力ではどうしようもできない事も存在した。その筆頭が今目の前にいる。

 安心させるように桃凪に笑いかけるツナだが、傍からどころか自分で見ても、桃凪の方が落ち着いている。笑いかけたはずが逆にこちらが諭されてしまっているようだ。

 隙を見て桃凪の手を引いて逃げ出そうと思っていたツナだったが、目の前の(てき)はそれを許してはくれないらしい。後ろに下がろうとすれば吠えられ、横によけようとすれば唸られ、背を向けた日には追いかけられそうだ。犬の瞳は「おうぼっちゃんええ度胸やな、ワイの噛みつきは痛いでぇ」とでも言いたげな様子でぎらついている。……どう考えても昨日の夜にやっていた任侠ものの映画の影響を受けていた。

 

「なにがしたいんだよぉ……」

 

 妹の前では泣き言は言うまいとは思っていたのだが、ついついポツリと言葉が洩れてしまう。自分達はただここを通りたいだけなのに、通ることすら許してくれないこの犬。ここまで来ると理不尽を通り越してなにか世界の意志のようなものを感じたりは、別にしないけれど。

 

「うぅ……」

 

 一度洩れてしまったら止まらない。次から次へとやるせない気持ちがこみ上げ、ツナの顔がくしゃりと歪む。それでも背中に桃凪をかばうのは、ツナの意地か、プライドか。

 そして桃凪は今にも泣いてしまいそうなツナを心配しながらも、別の事も考えていた。

 

(おかいもの……)

 

 そう、ツナたちは母である奈々から買い物を頼まれていたのだ。ここは並盛商店街へと繋がる道、ここを通らなければ、買い物はできない。……もっとも、ここ以外にも商店街に行ける道はあるのだが、それを思いつかないのは子供ならではというか、なんというか。

 どうしようもできない状況の中で立ち往生している双子。しかし、天は二人を見捨てなかった。中田家の人がジョシーの名を呼んだのだ。ツナたちには強気な態度のジョシーも家の人には従順なのか、一度だけこちらをちらりと見た後、唸るのをやめて家の中へと入ってゆく。ツナたちはその隙をついて一気に中田さんちの前を駆け抜けた。

 

「は、はぁ……こわかった……」

「つな、こわかったの?」

「! こ、こわくなんてなかった!! ぜったい!」

「そっか」

 

 思わず、といった調子でもれてしまった言葉を聞かれたらしく、桃凪が首を傾げ気味に質問してきたので、即座に否定の言葉を返した。桃凪の方はいつものように平然としていて、時折空を見上げたりしながらボーっと時間を過ごしている。

 そのまま宙に溶けて消えてしまいそうな妹の手をぎゅっと握りしめ、ツナはおつかいへの道を急いだのだった。

 

 

 

 

 

 第一関門を突破したツナたちの目には、活気ある商店街が映っていた。

 さて、次の問題は買い物だ。一応何を買うかはわかる、奈々からおつかいで買う品物が書いてある紙を貰ってきているからだ。しかし、なにしろ初めてのおつかい、どこの店に何が置いてあるのかも、今のツナにはあいまいだった。

 

「どうしよう……」

「つな、つな」

 

 途方にくれるツナだったが、くいくい、と自分の服の裾を引っ張る感触がもう一度。

 振り返るとそこには桃凪がやっぱりいて、おつかいメモを見ながらこう言った。

 

「てわけしたらいいんじゃないかな」

 

 つなが半分で、わたしがもう半分。

 ぐるりと商店街の右側と左側を指さす桃凪。たぶん、ツナが右半分、桃凪が左半分を担当して、それぞれおつかいの品を手分けして探そう。ということだろう。

 桃凪の言いたい事は分かる、手分けした方がすぐに終わるし、簡単だとツナも思う。

 でも、

 

「だ、だめ!」

「なんでー?」

「なんでも!」

 

 確かにそれなら早い、でもそれだと元も子もないではないか。ツナはお兄ちゃんらしく桃凪を守りたいのだから、ツナの目の届かない所には行って欲しくはない。

 絶対別行動はダメだと言うツナの態度に桃凪は首をかしげていたが、手を引っ張るツナの動きに逆らわずついてくる。少し安心したツナが手元の紙を見ると書いてあるのは簡単な食材。内容的に今日のご飯は肉じゃがかカレーだろうか。どちらにしても楽しみだ。

 

「やおやさん…やおやさん…」

 

 きょろきょろとあたりを見回しながら、確か奈々がよくおまけしてもらったりしてた馴染みの八百屋を探す。気前のいいおじさんが開いているお店で、ツナの事を「ツナ坊」と呼んでいた。

 しかし、探そうとしてもお目当ての八百屋さんがなかなか見つからない。奈々と来た時はそこまで迷ったりしなかったのに。

 そんな風に頭を悩ませていたツナの服の袖を、またまた桃凪が引っ張った。

 

「つな、やおやさん」

 

 ぐいぐいと手を引っ張られたツナが向いた方向には、なんのことはない、馴染みの八百屋の姿があった。八百屋にはいつもの通りに元気なおじさんがいて、通りに向けて威勢のいい声を張り上げている。

 

「……」

「なに?」

「……なんでもない」

 

 お兄ちゃんなのに妹に助けてもらった、とどこか胸にむっとくる思いを抱えていたツナだが、それとおつかいは別。桃凪と一緒に八百屋へと歩いて行った。

 近所のおばさんが集まって値切り交渉をしている隣をすり抜け、おじさんへ向かってぶんぶん手をふりあげれば、おばさんの相手をしていたおじさんの目がすっと細まって笑い顔になる。

 

「すいませーん」

「お、ツナ坊に桃ちゃんじゃねえか! お母さんはいないのかい?」

「きょうはおれたちだけです!」

 

 びしり! とまるで誇るかのように背筋を伸ばして宣言したツナの姿に、思わずおじさんが噴き出す。何で笑われたのかはツナは分かってなかったけど、偉いねぇと褒められると悪い気はしない。噴き出しそうになるのをこらえながらおじさんはリクエストを聞いてきた。

 

「んで、何が欲しいんだい?」

「ん!」

 

 貰ったメモを見せながら欲しい野菜を指さすと、はいはいと笑いながらおじさんが野菜を持ってきてくれる。それをかごに入れてもらった後、きっちりと財布から代金を取り出し渡した所で、隣にいる桃凪がやけに静かなのに気づいた。

 

「……あれ?」

 

 何か不思議に思って隣を向くと、あら不思議、さっきまでそこにいた桃凪はあとかたもなく消えておりましたとさ。いきなり居なくなってしまった桃凪。ツナはあたりを見回すけど、何処にもいない。もしかしたらあの時、お金を渡そうとして桃凪の手を離してしまったのが原因、だったのだろうか。

 とにかく桃凪は消えていて、ツナは朝から抱いていた嫌な予感が当たってしまった事に気付いた。

 

 

 

 

 

「つなー」

 

 大人ばかりの商店街でツナの姿を呼びながら、辺りを歩き回る桃凪。

 迷子になったときはその場に座って動きまわらないように、と先生から言われていたが、そのことは桃凪の頭からすっぽりと抜け落ちてしまっているらしい。むしろ、桃凪の頭の中では迷子になったのは桃凪ではなくツナということになっていた。

 

「つなー?」

 

 一体兄は何処に行ったのだろうか。そう思い、しばし立ち止まってツナの行きそうな所に頭を巡らせる桃凪。

 まず、ツナの事だから迷子になったと気づけば、真っ先に桃凪と合流しようとするだろう。そして合流するために、色々な所を歩き回るだろう。

 しかし商店街は広いので、中々桃凪を見つけることは出来ない。となると、桃凪はここで立ち止まっていた方がいいのだろうか。そうすればいつかはツナが桃凪を見つけてくれるだろうか。

 そう考えて自販機の横で休憩をとろうと思った矢先、桃凪の目に無視できないものが飛び込んできた。

 

「にゃあ」

「ねこさんだー」

 

 まだ子供らしい、幾分か小さな黒猫がこちらの足元にすり寄っていたのだ。真っ黒くてきらきら光るつぶらな瞳がこっちをじーっと見つめてきて、何かお話したいことがあるのかなぁと思った桃凪はしゃがんでお悩み相談をする事にした。

 

「ねこさんどうかしましたかー」

「にぃ」

「ふむふむ、なるほど」

「うにゃにゃー」

「うーんと、えーとね」

 

 わかんないや。しょぼんとした顔で猫と意思疎通が出来ないことを嘆いている小学生の隣を、微笑ましそうな眼をした大人たちが通り過ぎていく。

 とうの猫は気持ちが伝わらないことに焦れたのか、一度桃凪の方を振り向いた後、路地裏の方へかけて行った。

 

「あ、まってまって」

 

 なんとなくだが「ついてこい」と言われているような気がして、桃凪は慌てて黒猫を追いかけた。ツナの事はその時頭から抜け落ちてたのだった。黒猫はそこまで素早く歩いていたわけではなかったので、すぐに追いついた桃凪は足元の黒猫を見ながら話しかける。

 

「ねこさん、どこいくの?」

「にぃ」

「わかんないけど、だれかをさがしているとみた」

「なぅ」

「ほんとかどうかわかんないけど、それだったらおてつだいしてあげよう」

 

 会話は成立していないが、桃凪はそうと決めて黒猫の後をついて行くことにした。

 

 

 

 

 

「とーなー!!」

 

 桃凪が猫にくっついて路地裏に入って行った頃、ツナは先ほどから桃凪の想像通りあちらこちらを回りながら桃凪を探していた。

 

「とうなってばー!!」

 

 おつかいも途中だったが、おつかいよりもいなくなった桃凪の方が重要だ。きっと父も母もそういうと思う。でも、道行く人に聞いても、あたりを探してみても、桃凪の姿は何処にも無い。大人たちの喧騒の合間を縫うように進むツナは必死で桃凪の名前を呼ぶ。けれどどれだけ頑張って探しても、桃凪はいない。

 まるで、桃凪という存在そのものが突然消えてしまったような。

 桃凪なんて、始めからいないとでも言うような。

 

「……っ!!」

 

 最悪の想像を頭からたたきだして、必死で桃凪の影を追う。

 

「とうな……! とうな……!」

 

 ツナも何でこんなに必死になってるのか分からなかった。桃凪はいつものようにマイペースで、気がついたらいて、いつもそこにいるような存在だったから。

 だから今回もツナとはぐれたからと言ってもうとっくに家に帰ってるかもしれないし、もしかしたらおつかいをしてればいつかとなりにひょっこりと戻って来るかもしれない。そうだ、きっとそうなんだ。

 でも、そのはずなのに、

 

(みんなとうなはちょっとかわってるだけとかいうけど、おかしいよ……! だって、とうなはいつも)

 

 ツナだけが知っている。家族と話しているとき、誰かと話しているとき、その誰かの目が自分じゃなくて別の人を向いたとき。

 

(すっごく、こわいってかおするんだ……!)

 

 桃凪が何に怖がってるのか分からないけど、何に怯えてるのか分からないけど。

 それでも、ツナは桃凪のお兄ちゃんだから。

 桃凪を助けてあげたいし、桃凪を幸せにしてあげたいし、桃凪とずっと一緒にいたいと思うのだ。

 

 

 

 

 

「ねこさん、おかーさんをさがしてるの?」

「みぃ」

 

 返ってきた声は鳴き声なのか返事なのか分からなかったけど、とりあえず桃凪は返事だと思うことにした。

 相変わらず進んでる路地裏はじめっとしていて、日の光がちょっとしか入ってこない、とても暗い場所だった。

 昔の桃凪はこういう所に入るのが好きじゃなかった。というか、むしろ嫌いだった。今も好きとは言えない。

 こういう所に入ると桃凪は決まって、泣きたくなるような、怒りたくなるような、そんな不思議な気持ちになるのだ。だから、入りたくなかった。入ってしまった時、その感情に流されて誰かれ構わず当たり散らしてしまいそうで、自分の心が自分を離れて飛んで行ってしまいそうだったからだ。でも今は猫さんのためだから、と必死に耐えていた。

 

「ねこさん、わたしにもおかーさんいるんだよ」

「みゃー」

「そんでねねこさん、わたしのおかーさんね、わたしにみえるものはみえないっていうの。ふしぎだよね?」

 

 桃凪にとって、この世界の一番の不思議は、いつも身近にあるものだった。

 

「わたしね、ひとりぼっちのひとがいるのわかるんだ。でもね、ほかのひとはわかんないんだって」

 

 道路で、学校で、水族館で、遊園地で。

 いつもそこにいるけれど、まるでいないような扱いをされる人たち。

 だから桃凪は、彼ら彼女ら、あるいはそれらを「ひとりぼっちのひと」と呼んでいた。

 

「そのひとたちもね、わたしがみえるとおどろくの。なんでだろうね? とうめいにんげんなのかな」

 

 触ることは出来なかったけど、話しかけることは出来た。しかし、話しかけると毎回その人はとても驚いた顔をする。

 

「よくね、いっしょにいよう。っていわれるんだけど、わたしはつなのほうがいいから」

 

 お誘いを受けることは何度かあったけど、そういうのは受けちゃいけないって誰かが言ってたし、曲がりなりにも知らない人について行くのは駄目だろう。

 それに、桃凪のそばには父や母やツナがいるから、もし桃凪の姿がツナ達に見えなくなってしまったら、それはとても悲しいことだから。

 

「わたし、あのひとたちって、わすれちゃったひとなんだなっておもう」

 

 自分がここにいるわけも、そうなってしまった理由も、全て忘れてただ「会いたい」という気持ちだけでそこにいる人。とても寂しくて、とても純粋な人たちだ。

 そして、忘れてしまった人たちとは、逆にいえば忘れられた人たちでもある。と桃凪は思う。

 

「あのひとたちがほんとにあいたいなーっておもってるひとたちが、あのひとたちのことわすれたから、あのひとたちもぜんぶわすれちゃったんだ、たぶん」

 

 誰よりも会いたいと願う人達に忘れ去られて、色んな事を忘れてしまっても会いたくて、最後には『誰に』会いたいかも忘れてしまった。

 そんな悲しい人たちなんだ、あれは。

 でも、

 

「わたしね、わたしもあんなふうになったらこわいなっておもうの」

 

 彼らのあり方は純粋で、だから桃凪は怖かった。もしも、自分があんな風になったら。いつかだれにも見てもらえなくなって、掴もうとした手もすりぬけて、自分自身も、大事な人のことが思い出せなくなってしまったら。

 そう考えるといつも怖くて、ツナの服を握りしめてしまうのだ。

 

「……わたしってここにいるのかな。もしかしたら、わすれられてるのかな」

 

 そう問いかけたけど、それは猫に分かる事ではないだろう。

 それよりも猫は猫が探してる人の方が気になるのか、辺りを見回しながらひたすら、恋しいと言わんばかりに鳴いている。

 と言っても桃凪には犬のような嗅覚も耳もないので、ただ猫の後ろをくっついて行くことしか出来ないのだが。

 すると、

 

 ――にぃ――。

 

 ここの猫の声ではない。新しい鳴き声。それに、桃凪の隣にいた黒猫の耳がピンと立った。

 そちらの方向へ目を向けた桃凪は、

 

 

 

 

 

「いたっ!」

 

 ツナが桃凪を見つけたのは、路地裏への道がすぐの所にある狭い通りだった。もしかして大通りにはいないのかもしれないと思って捜索の範囲を広げたところ、入ってすぐに見つけることが出来たのは、ツナにとって運が良かったのだろう。

 そこにぼんやりとした顔で突っ立っていた桃凪は、ツナの声を聞くとビクリと肩を震わせて、またあの、「こわい」って顔をする。

 

「とうな、どこいってたんだよ!!」

「つな……?」

 

 近寄って行ったツナに恐る恐るといった調子で手を伸ばす桃凪。その小さな手がツナの服の裾を握りしめて、少し肩の力が抜けた。

 

「おつかいもとちゅうだし、しんぱいしたんだからな」

「つな……つな……」

「とうな?」

 

 ツナの言葉に反応しないで、俯いたまま顔を上げない桃凪。ツナの服の裾を握りしめる手が、震えている。

 

「ねこさんが……おかーさんをさがしてたの……」

 

 手と同じくらい震える声でぽつり、と呟いた。

 

「だから……わたしも、いっしょ……に……さがしてあげようと、おもっ……て……」

 

 とぎれとぎれに伝わっていた言葉が、ふと止まる。

 その姿を不思議に思ったツナが屈んで桃凪の様子を見ると、

 

「……っ……」

「とうな……?」

 

 桃凪の、ツナと同じ色をした瞳から、ぽろりぽろりと涙がこぼれていた。透明な液体は次から次へと落ちてきて、まるで桃凪の目からりんごジュースが溢れているようでもあった。

 桃凪は基本は泣かない。転んでも、怪我しても、からかわれても絶対に泣かないのに。

 

「おかーさんね、だめだった、の……」

「……だめってなんだよ?」

「……っ!」

 

 一体何がそこまで悲しいのか、目だけは泣いたまま、唇は引き結んで嗚咽をこらえたまま、しゃくりあげそうな声で桃凪が話す。

 

「おかーさん、もう『ひとりぼっち』になってたから……ねこさんのこと、おぼえてなかった……から……!」

 

 そこが限界だったのか、ぺたんとひざから崩れ落ちて。

 あとはひたすら、桃凪は泣くだけだった。

 

 

 

 

 

 夕暮れへの帰り道、ツナは桃凪の手を引きながら返っていた。

 もう怖い犬もいないし、おつかいもしたし、ただ帰るだけなんだけど。

 

「……」

「……」

 

 あのあと、ずっと桃凪は泣いていた。ツナはいつもはあんなに泣かない妹が珍しくも号泣している姿を見て動揺してしまって、慰める方法もわからなくて、服の裾を握りしめてくる桃凪の傍にずっといた。

 桃凪は泣きながら、同じ意味の言葉をいつまでも話していた。

 

 わすれないでね。

 

 どんなことがあっても、なにがあっても、つなは、

 

 つなだけは、わたしのことわすれないでね。

 

 それにツナは何と答えただろうか。ツナ自身記憶があいまいとしていて、よく覚えてない。でも、「あたりまえだろ」は絶対に言った、と思う。その後桃凪が泣きやんで買い物が再開されても、二人はずっと無言だった。

 ツナには、桃凪の言った言葉の意味がよくわからなかった。ひとりぼっちとは何なのか、桃凪が見ていたものと関係あるのか、それが見えないツナにはいまいちわからなかったのだ。

 でも、桃凪が自分が一人になることに怯えていて、とてもとても寂しがり屋だったのだ。ということは、小さいツナにもなんとなく分かった。

 

「だいじょうぶだからな」

「……、」

 

 あの小道で話しかけてから、一回も言わなかった一言を、ツナは自分の言葉に乗せる。

 

「わすれないから、おれ、ずっととうなのみかただから」

 

 それだけを言いきって、なんだか恥ずかしくなってくる。顔も熱いし、桃凪は無言だから余計に照れてしまって、夕日と同じくらい顔が赤いのが、ツナ自身でも分かった。

 桃凪は何も答えなかったけど、握っている手がぎゅうと握り返される。

 その暖かさを感じていると、なんだか無性にこみあげてくるものがあって、滲みそうになった視界をツナは服の袖でごしごしと擦った。

 

「……? つな、ないてるの?」

「なっ、ないてない! ないてなんかないぞっ!!」

 

 ツナの方が前を歩いているのだから、桃凪がツナが泣いているのかどうかが分かるはずない。けど、桃凪はツナにそう聞いてきた。

 それをツナが必死で否定していると、くすくすと後ろで桃凪が笑う音がする。先ほど泣いていたとは思えない変わりように、今度はツナがびっくりする番だった。なんとなく決まりが悪くて、半分こにした買い物袋をぶらぶら揺らしてしまう。

 

「つな」

「……なんだよ」

 

 まだかすかに笑っている様子の桃凪が一言。

 

「わたし、あんしんした」

 

 その時の桃凪の顔を、ツナはずっと覚えている。




ヾ( ゚∀゚)ノ゙よーし、幕間投稿するぞー
(´・∀・`)あ、その前に見直ししておかんば。えーと……
( ´∀`)どれどれ……
(;´∀`)…………これは、アカン
(`・ω・´)加筆じゃー!!
(・ω・`)加筆じゃ……上手く書けない……
(´;ω;`)…………
(´・ω・`)書きなおそう

そして現在に至ります。前の方が好きだったなーって方いたら、すみません。


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その二 「白。」

改訂しすぎてもはや別物part2


 

 

 

 初めてその人を見たときまず最初に感じたのは、例えようもない違和感だった。

 まるで水彩画だけの美術館に一枚だけ紛れ込んでしまった油彩画のような、歩く人が目を留めずにはいられない違和感。

 きっと、そのたった一つの油彩画である彼自身が、一番それを深く感じているのだろう。

 

 

 

 

 

その二 「白。」

 

 

 

 

 

 桃凪はいつもツナと一緒にいるわけじゃない。ツナだって桃凪に場所を教えないでどこかに遊びに行くのと同じように、桃凪もツナに場所を教えないでどこかに遊びに行くことだってある。

 今日の桃凪は、一人でデパートに遊びに行っていた。

 桃凪も年頃の女子であるからして、可愛らしいアクセサリーとか、ひらひらした服とかに興味がまったくないというわけじゃない。たいてい奈々が趣味で買ってきたりする他は、大体桃凪が自ら選んで着ているものだ。ちなみに蛇足だが、桃凪はどちらかというと大きめのサイズでシンプルなものをゆったり着る方が好きなのだが、奈々はやたらとふりふりひらひらのかわいいものを買ってきたりする。

 今日デパートに行って買ったのは、色とりどりのカチューシャやシュシュだった。アクセサリーは昔から持っている貰いものをいつもつけてるので特に今は必要ないし、桃凪は髪が長いので髪の毛をいじるやつが前々から欲しかったからでもある。

 今の桃凪の格好は、腿まであるミニのワンピースの下に長袖のシャツ、下には7分丈のズボンに、胸元にはもらいもののペンダント、といったいでたち。そんな格好でデパートを歩いて、お目当てのものを買った帰り。ちょっとデパートのフードコーナーでお茶を買って一息ついていた時。

 

 変わった人と会いました。

 

「ねー、ちょっといい?」

「えー?」

 

 まず一番最初の第一印象は「白」。髪の毛も白いし肌も白いし服も白い、他の色が見つからないほどの白い少年だった。

 そして次に見たのは表情。ニコニコと屈託なく笑っていて、はた目から見れば明るいと言えるものなのだろうけど、……桃凪の目には、少し貼りつけたように見える。

 そんな少年が、座ってる桃凪の隣に佇んでいた。

 

「なんですか?」

「同席してもいいかなと」

「あ、なるほど」

 

 お昼時ということでフードコーナーはそれなりに込んでいて、家族連れや友達同士で盛り上がってる席もある。ああいう所に同席するのは、精神的にきついだろう。

 桃凪は少し考える。ちょっと胡散臭いなとは思うけど、特に危険な感じはない。見た目小学生の桃凪に声をかけるなんて、……特殊な趣味でも無ければありえないし、邪なものはないだろうし。特に問題ない気がする。

 なので。

 

「どうぞ?」

「ありがとねー」

 

 手のひらで前の席を示せば、なぜか少年は桃凪の隣に座った。ここで思う、この人意外と性格ひねくれてそうだな。心の片隅でそんな事を思いながらも桃凪は隣の少年に視線を向けて、ある一点を見つめた所で凍りついた。

 その手に握られていたのは、多分丸々一個食べれば糖尿病になること間違いなしの激甘スイーツ。通称、「何故作ったし」との異名をとる、生地の中にたっぷりと練り込まれたはちみつが口の中に砂糖の膜を作り出し、さらに追い込むように中にトッピングされた生クリームと練乳とイチゴとチョコレートソースが大運動会してる、あの伝説の。

 

「練乳いちごチョコレートはちみつワッフル……だと……!?」

「ん? 食べる?」

「謹んでおことわりさせていただきます」

 

 桃凪は甘いものは嫌いじゃないし、むしろ好きな部類に入るのだけど、そんな大学生の飲み会とかで最恐の罰ゲームに使われるような獄甘は少し、遠慮願いたい。

 というか、何でそんなのを選んだんだろう、と少し疑問に思ってしまった。

 

「何でそれ選んだの?」

「新しい味に挑戦してみようと思って!」

 

 この人はチャレンジャーの才能でもあるのだろうか。それでもそれを選ぶのはチャレンジではなくて自殺行為なんじゃないかと桃凪は思う。

 目の前で砂糖の取り過ぎで死なれたらどうしよう、とかいらない心配をしてしまう。

 

「お、お茶あるからあげようか……?」

「アハハ、だいじょーぶだよ。いただきます。…………」

 

 軽く笑いながらそのままワッフルを食べた少年が、ぴたりと止まる。小声で「え、なにこれありえない」とか言ってるのが聞こえたような気がした、かもしれない。桃凪は無言で、持ってるお茶を差し出した。

 

 

 

 

 

 結局食べきれなかったワッフルはそのまま、もったいないけどゴミ箱に捨てて、フードコーナーから出て行くときにお店のおばちゃんが「あー仕方ないない」みたいな顔をしていたのが印象的だった。

 彼の名は白蘭(びゃくらん)と言うらしい。どこに住んでいるのかとか、名字(たぶん白蘭は下の名前だと思う)とかは一切聞かなかったけど。そして、いくら自己紹介をしたとはいえ、当たり前のように行動を共にしてしまっている事も、不思議と言えば不思議かもしれない。

 白蘭は中々面白い性格の人で、一歩間違えたら愉快犯になるんじゃないだろうかと心配してしまうくらい軽い。今まで桃凪の周りにはいなかったタイプだからかもしれないが、正直言って距離間に戸惑ってしまう。

 無邪気な笑顔でこちらと距離を詰めてきて、何か言う前に頭を撫でられる。危機感というものが発動しないというか、警報が鳴らないのだ。

 桃凪と白蘭は今、デパートの屋上にある遊園地に来ている。

 デパートの屋上遊園地は昔は結構あったらしいけど、今はそんな場所めったに見たこと無い。桃凪が知ってるのもこのデパートだけだ。

 そんでうっかりぽろっと白蘭に遊園地がある事を言ってしまって、それに目をキラキラさせた白蘭が行ってみたいと言い出して。

 

「どうしてこうなった」

「どーしたの? 桃凪チャン」

「うん、ちょっと世の中の不条理を嘆いてた」

 

 というのは冗談としても、自分はこんなに流されやすかったけなと思ってたのは事実だ。出会ってそんなにたってない相手と一緒に遊園地巡りだなんて、自分のこととはいえどうかしている。

 よくわからないまま、はしゃぎまわっている白蘭を後ろから眺めている桃凪。指定してくる乗り物がどぎついものばかりなので、それを丁重にお断りしながら遊んでいく。桃凪はあんまり体力がないので、遊園地に行くと必ず後半死に体になるからだ。

 

「へーへーこれってこうなってるんだー! うわー」

「……あんまりどっか行かないで……はぐれる」

 

 珍しいものを見てぴょんぴょことび跳ねて喜んでいる白蘭を見ていると、小さな子供を見ているような気分になってくる。本当に危機感の湧かない人物だ。何回目になるか分からないけどそんな事を思ってしまう。

 

「ねーびゃくらん、もうちょっと普通の乗り物にのろー。あっちにコーヒーカップあるし、ここはメリーゴーランドだし、あそこには観覧車もあるし」

 

 だいたい、某大型有名テーマパーク夢の国とかじゃないのだから、ジェットコースターはあってもそんなにバリエーションに富んだアトラクションなど置いているはずがない。大体が子供が遊ぶためにつけてるものだから、むしろそれだけ量があることに喜ぶべきだとも思う。

 

「たしかに珍しいのはないねー。どれに乗ろっかな」

「どれでもいいよ、びゃくらんが選べば?」

「桃凪チャンってちっさいのにしっかりしてるね。まーそんなんじゃないとこんな所に一人で来ないか」

「…………………………」

 

 なんか、非常に、不愉快な、勘違いを、されている、気がする。訂正、訂正、訂正だ。

 

「……私、たぶんびゃくらんと同い年だ」

「え?」

 

 何でそんなに驚いた顔するのか。

 

「あー……えーと、ごめん」

「別に、よくあることだからいいよ」

 

 ちゃんと謝ってくれるだけましだと思う。これで「えー全然そんな風に見えないやーあははー」とか言われたら、いくら温厚な桃凪とはいえローキックは免れなかっただろう。

 

「じゃあ、おわびに桃凪チャンが好きな奴に乗ろっか。どれがいい?」

「えー?えーと……」

 

 そうやってかがんでこちらに話しかけてくる白蘭に一瞬ほんとに話聞いてたのかと言いたくなったけど、元々この人はこういう性格だった気がすると思い直した桃凪。さて困った。

 別に遊園地が好きでも嫌いでもないし、特に乗りたいと思うようなものもないのだけど。白蘭が頑張って気を使ってくれているのが桃凪には分かったので、一応辺りを見回して探してみることにした。

 コーヒーカップは目がグルグルするし、この年でメリーゴーランドはちょっと恥ずかしいし、ジェットコースターは……あんまり絶叫系が好きじゃない。

 となると、残りは一つか。

 

「じゃあ観覧車」

 

 

 

 

 

「桃凪チャンって、変わってるって言われたりしない?」

「なんで?」

 

 まだ日の高い観覧車の中で、今度こそ向かい合って座る白蘭と桃凪。ゆっくりゆっくりと上昇してる観覧車は、てっぺんまでもうちょっと。

 それより、白蘭の言葉はどういうことだろうか。桃凪が変わっている? そんなこと、他の誰かに言われるまでもなく桃凪が一番分かっている。でも、今の白蘭の言葉はそういうことが言いたいわけではないのだろう。

 それを聞いてきた理由とは何だろう。

 

「危機感が薄いというか、警戒心がないよねー? 実は武術の達人だったりする設定でもあるのかな?」

「私は別に古武術の使い手でも無ければキッチンで必ず勝利する元特殊部隊のコックさんでも無いの」

 

 そんなに楽しそうに聞かれても、別にそんな設定(?)はない。むしろ、日々運動音痴をどうにかしようと思ってもどうにも出来なくて嘆いているというのに。

 観覧車はてっぺんに到着した。

 それに、危機感を抱けなくて一番戸惑っているのは桃凪だ。

 

「うーん、なんとなくだけど、びゃくらんは危ない人じゃないんだと思う。私も上手く言えないけど、びゃくらんって無邪気だし」

 

 無邪気。その単語が不思議と桃凪の口から飛び出して、耳からするりと心に浸透していく。そうか、そういうことか。

 白蘭には邪気がないんだ。敵意も、ましてや害意もない。だれが、興味本位でこちらに近づいてくる子供を邪険に出来るだろうか? 白蘭にとっては桃凪という存在そのものが興味をそそられる面白そうなものだという感覚しかない。害しようなどという気もないし、一緒に遊びたいだけなんだ。

 なるほど、これは納得する。

 

「なんかびゃくらんのこと分かったかも。ますます怖くないや」

「それは桃凪チャンの直感か何かなの?」

 

 こくり、と桃凪は頷く。今まで直感でそう思ってたのだけど、形容する言葉がやっと見つかった。言い含めるように口にする。

 

「無邪気なびゃくらんは怖くない」

「あはは~。ホント、面白いね」

 

 彼が面白いと思うなら、まぁそういうことにしておこう。

 

「びゃくらんは私を面白がってるみたいだね」

「だって面白いじゃん!!」

 

 どこまでも無邪気なニッコリ笑顔で言い切る内容ではない気もするけど、こういう所も含めて白蘭なのだろう、桃凪はそう思うことにした。いちいち相手の人間性にまで口出したり出来ないし、そもそも桃凪がするべきことでもない。別にいやだというわけでもないし、存分に面白がってもいいんじゃないかな。

 

「桃凪チャンみたいな子もいるし、この世界ってさー、もしゲームだとしたら相当作りこまれてるよね」

「びゃくらんは最近はやりのゲーム脳?」

「そういうことじゃないよ。……ただ、まるでゲームみたいに現実感がないよね。って思って?」

「……、」

「映画とかでもあったけどさ、現実とそうじゃないものの違いって、中にいる僕らにとってすっごく曖昧だと思……?」

 

 白蘭が全てを語る前に桃凪はとうにてっぺんを過ぎ去った観覧車の席から立ち上がる。揺れる観覧車の中、しっかりとした足取りで、突然の行動に首をかしげる白蘭に一歩二歩。

 そして白蘭の前に立ち、怪訝な顔をする彼の顔に手のひらをすべらせ、

 

「えい」

 

「ひゃ、いひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!?」

 

 みゅにーんと、みぎゅいーんと。

 桃凪の細い指が、ちぎれんばかりに白蘭の無駄に白いほっぺたを引っ張る。つきたての餅もなんのそのといった感じだ。

 

「……ふっ。びゃくらんの顔が劇的ビフォーアフターだぜ」

「ひょんにゃひょひょいっひぇうひゃらはひゃひへ!」

「すみませんが私日本人なんです」

 

 日本語だったら聞いてやらなくもない、とばっさり白蘭からのSOSを切り捨てる桃凪。白蘭は涙目だ、二つの意味で。

 ぱっ、と手のひらを離してみると、すぐさま白蘭はほっぺたを抑えうずくまる。思いっきり引っ張ったせいかほっぺたは真っ赤にはれていて、ちょっと爪の痕がついてたりした。

 

「い、いきなり何すんの……」

「びゃくらん、痛いでしょ?」

「痛かったけど」

「うん、つねられると痛い」

 

 そこで桃凪は白蘭の隣の席に移動して、自分の中に湧き出る言葉を慎重にまとめ始めた。

 

「びゃくらんがこの世界がゲームにしか見えなくても」

 

 ここに『白蘭』という一個の存在がいることは疑いようもなくて

 

「私は、ここにいるびゃくらんしか知らないから」

 

 別の世界に白蘭がいたとしても、きっとわからない

 

「私にとってのびゃくらんは、今ここにいるびゃくらんだけだよ」

 

 白蘭が感じている違和感は桃凪にはわからないものだし、理解しようと思ったりもしないが

 

「少なくとも、私が生きている事もゲームって言われて否定されたくはない、かもしれない」

 

 それとも、その頬の痛みさえ仮想だと思っているのなら、ひとつ言いたい

 

「本物じゃなかったら、痛い事を怖いなんて思ったりしないよ」

 

 白蘭の言ってる事が正しいのか間違ってるのか、桃凪にはわからないけれども

 

「痛いってことは生きてるってことだから、白蘭は間違いなく『ここにいる』よ」

 

 話は終わった。言いたいことは言い切ったとばかりに、桃凪は呆然とする白蘭の隣で自販機で買っていたりんごジュースを飲む。

 桃凪が本当に言いたかったことは、

 白蘭の抱えてる悩みとか、違和感とかは桃凪にはよくわからない。桃凪は白蘭じゃないし、テレパシーが使えるわけでもない。この世界がリアルなゲームなのかとか聞かれても、桃凪にゲームをしているつもりもない。だから、白蘭が言いたいことは桃凪にはさっぱり分かんないのだ。

 でも、桃凪もここじゃない別の世界があるかもということぐらいは信じてるし、それは白蘭の言う「ゲームの外の世界」なのかもしれない。だとしても、桃凪はその外の世界に興味はないし、白蘭がその世界からやってきたと言われても納得はしないだろう。

 桃凪にとって白蘭という存在は、別の世界にいるかもしれない会った事のない人物より、今ここにいる、甘ったるいワッフルを食べて沈黙したり、遊園地のアトラクションにはしゃいだり、会ってちょっとしかたってない人間に哲学的な話を振ってきたりする、目の前にいる少年なんだ。

 白蘭が自分という存在に疑問を持っていたとしても、桃凪はそれに対して「はいそうですね」とは頷かない。だからせめて桃凪が白蘭に出来る事といったら、今、ここにいる『白蘭』を全肯定してあげることくらいだろう。と、桃凪は思う。

 

「…………あはは」

「? 何で笑うの?」

 

 隣にいる白蘭が、ほっと息を吐き出すように笑ったのを見て、桃凪は少し不思議に思う。桃凪が言ってる事は、遠まわしだけど白蘭の悩みを投げ捨ててる事なんだけど。

 隣にいる白蘭を見上げた時、何だか、さっきとはまた違った笑顔を浮かべているような気がした。この顔を、自分は知ってるような。誰が浮かべていたものだろうか。

 そもそも、何でこんなに桃凪は白蘭に真摯になって受け答えしてしまったのだろう? 白蘭の事情に、何か感じるものがあったとでも。

 

「いやぁ、そんな風に言う人が現れるなんて思わなくってさぁ。話したこと自体、桃凪チャンが初めてだったしね」

「誰にも言えないっていう悩みは、分かるから」

 

 それが、相手と自分の決定的な差を表すというものならば。

 

「私も、そうで……」

 

 ――――――気付いた。

 そうだ、そういえばそうだった。

 見えるはずの無いものが見えて、それを理解してもらえないことが怖くて。拒絶されるかもと怯えていたのだ。……根本的な部分は違うのかもしれないけど、白蘭と桃凪にとって他者とはただ、

 

「分かるはずないと思ってた」

「だよね。この感覚は僕だけのものなんだ」

 

 分かって欲しいとは思うけど、理解されるとは思わない。近いはずの家族でさえ、こんなにも遠い。

 

(……でも)

 

 でも桃凪はそれでいいと思っている。理解されなくても受け入れてくれる存在がいることを桃凪は知っている。

 たとえば、桃凪の半身とか。

 

「でも、まさかこんな所で同じ悩みを持つ人に会うなんて思わなかった」

「それは思った。縁って分かんないもんだよねー」

 

 さっきの白蘭の顔、昔の桃凪と少し似ていたから、こんな風に受け答えして励ましてしまったのだろうか。少なくとも、いつもの桃凪ではなかったかもしれない。

 しかし、白蘭お悩み相談室を開幕してしまったことは置いといて、ここまで着たら桃凪が言うべきことは一つしかないだろう。

 

「びゃくらん」

「何?」

「友達になろうか」

 

 折角ここまで親しくなれたのだから、お友達認定してもいいと思う。本当はもうとっくにお友達のようなものなんだけど、やっぱり一応本人の了解は取っておくべきかと思って。

 そう思って言った桃凪だったが、何故かいきなり隣にいる白蘭が吹き出した後笑い転げたので、結局答えが聞けないままだった。

 観覧車は後ちょっとで元の場所に到達する。

 

 

 

 

 

「今日は楽しかったよ」

「そか、よかったよかった」

 

 夕暮れ時。デパートの屋上遊園地を下りて、正面玄関の前。

 白蘭とあの後遊んで遊んで遊び回って、なんかノリに乗って一緒にプリクラとか撮っちゃったりもした。その時のテンションと言ったらもう、いつもの桃凪を見たことのある人ならばなんか変な物食べたりしたのかと思ってしまうほどだったと思う。そしてプリクラどこに貼ろう。なんか、ツナ辺りに見つかると面倒なことになりそうな予感がひしひしと。

 みかんみたいな色をしている風景の中では、真っ白い白蘭も夕陽のオレンジに染まってちゃんと色がついたように見えた。

 

「また会えたらいいね! じゃねー」

「またねー」

 

 そう言って白蘭は子供のように手を振って、夕暮れの街に消えて行った。

 

「……、」

 

 こちらも手を振り返して、ため息をひとつ。

 今日の事を日記に書こうと思ってたけど、まだ新しい日記を買って無かったなぁ。桃凪お気に入りの日記帳はこのデパートには置いてないから、今度本屋に行って買おうと思った。

 

「……びゃくらんって何なのか、結局聞けなかった」

 

 詳しい事情とかそういうのを聞けないまま、友達になって一緒に遊んで、こうしてお別れしてしまったわけだが。白蘭の様子を見るに一日だけの友達とはならないだろう、と思う。

 ここに来たことが何かのきまぐれだったとしても、桃凪の方から白蘭に連絡する事は出来なくても、繋がった縁のようなものがある限りは、また会えるのではないかと思う。

 そして桃凪は一言。

 

「なんだか、つなに会いたいなぁ」




その二です。
今回のコンセプト(?)は、『本人達にしか通じない話題』です。正直私も奴らが何を言っているのかよく分かりません。
元々はリクエストの品でしたので桃凪を白蘭と話しさせる気はなかったんですけど、折角なのでその後の展開に繋がる伏線を仕込んでみたり。
でもなんかこれだと桃凪がボスキャラホイホイみたいになりそうですね。怖いわー。


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その三 「月に霧。」

 

 

 

 

『――――君はどうして月を見る?

 向日葵は太陽に焦がれた少女のなれの果てと言われていますが、古今東西、月下に咲く花はあれど月に焦がれた花は僕は知らない。

 ――――ん? ああ、僕のことは別にいい。それよりも、

 

 君が地面に寝てまで見る月の美しさ、僕にも教えてくれませんか?』

 

 

 

 

 

その三 「月に霧。」

 

 

 

 

 

「……、」

 

 ぱかり、と目があく。

 

「…………ゆめ?」

 

 ぼんやりとした感覚で、桃凪が呟いた言葉はそれだけだった。

 ここは現実だろうか。

 くるまっている布団の暖かさは本物で、深夜のしっとりと沈んだ空気も肌で感じ取ることが出来る。今夜は満月らしく、カーテンを閉めた窓から差し込んでくる月明かりは、神々しいまでに明るかった。

 砂糖水を流し込まれたような、うす暗い部屋の中。

 意識ははっきりとあるはずなのに、どうも目の前の光景を現実だと認識できない。まるで胡蝶之夢、夢の中で蝶だったのか、それとも人である今が夢なのか。その境界はあやふやで、本当は全て夢の中にあるのではないだろうか。そうっとベッドから足を下ろしてみると、カーペットのもふもふとした感触が指の間を通り抜ける。両足で立ってみる、ぐらつくことなく立てた。

 ここまでリアルなら、やっぱりこの世界は現実なのだろうか、やはり、確信が持てない。

 

「……」

 

 机に置いてあるペンダントを身につけて、ふらりとそのまま桃凪は部屋の外に出た。

 そして部屋の外に出てから気づく、何で自分は外に出てしまったんだっけ? 家の中は静まり返っていて、ツナも母もイーピンもランボも、たぶんリボーンも寝ている。自分の呼吸の音だけが暗い廊下に響いていた。そんな中。なんで。

 

  ――――……。

 

「え?」

 

 囁くような声音。

 今、誰かに呼ばれたような気がする。誰にだろうか、誰も起きていないのに。そもそも何処からその声が聞こえてきたのか、誰もいないはずの廊下で、一人で立ちすくみ桃凪は途方に暮れた。

 ぎゅっと胸元にあるペンダントを握りしめる。少し、声が遠くなったような気がする。

 

「……行ってみようかな」

 

 そして我ながら、何故そういう結論に至ったのかよくわからないのだけれど。

 声のする方へ行ってみよう、そう思った。

 もしかしたらこれは、桃凪の意志ではないのかもしれない。夢の中の続きのように、桃凪であって桃凪ではない、桃凪とは全く違う誰かがいるのかも。

 それでもいいや、と桃凪は思っているが。

 

 

 

 

 

(…………ふわふわしてる)

 

 夜道を歩いているだけなのに、どこか浮遊したような感覚だった。今だったら夜空の雲が全部羊になって、レモンキャンディみたいなお月様が笑い出しても驚かずに受け入れられる気がする。むしろ、夜眠る時は羊じゃなくて雲を数えたりするんだろうか、とかよくわからない想像が広がってしまうくらい。

 パジャマ一枚だから寒いかと思ってたけど、不思議と寒さも感じなかった。やっぱり、まだ自分は夢の続きを見てるんじゃないだろうか。

 ぺたぺた。ぺたぺた。

 

「……あれ?」

 

 足音を怪訝に思って下を見ると、なんと裸足で外を歩いていたではないか。靴を履くのを忘れたのだろうか、そもそも、玄関に行ったという記憶がない。これも夢特有の現象な気がする。気がついたら外に出ていて、気がついたら道を歩いていた。

 そして、気がついたら公園についていたのだ。

 

「……うん、取りたてて何も変哲がない感じのいつもの公園だよね」

 

 別に異世界が広がってるわけでもなかったし、へんな生き物がいるというわけでもなかった。そのまま中央まで歩いて行き、首を上にまげて夜空を眺めてみた。

 氷で出来ているような、白く輝く月が中央に位置していて、その明るさで他の星や何やらがかすかにしか見てとれない。満点の星空も好きな身としては、ちょっと残念だった。どうせなら、きれいな満月とキラキラした星、一緒に見れればいいのに。

 でも、もしそんなことになったら夜が明るすぎて眠れなくなってしまうかもしれない。それに、どっちもきれいな日ときれいじゃない日が出来てしまって、夜空を見ることが楽しくなくなってしまうかも。

 じゃあ、このままが一番いいのか。

 芝生の地面にごろりと横たわる。そうすれば視界は空で埋め尽くされて、いつも見ている景色は隅っこにちょっとあるだけだ。

 でも、少し不思議なことが出来た。

 

(なんかデジャヴ……?)

 

 ごく最近、こんな風に芝生に寝っ転がって夜空を眺めたような気がする。どこでだっただろうか。深夜に一人で出かけた事なんて今まで一度もなかった。なら、一体何処で夜空を見たというのだろうか。

 

「……どこで見たっけな、これ」

 

 思い出せない。

 とろとろとしてはっきりしない意識をそのまま溶かしてしまおうか、と瞼を閉じる。分からないことが山ほどあるが、こういう時にいくら考えても明確な答えが出ないということは、これまでの経験上分かっていた。

 思い出せないのなら、忘れてしまえばいい。そうすれば、いつか分かったときに思い出すはずだ。

 だから、今日もそうしようと思っていたのだが。

 

「夢じゃないですか?」

 

 閉じた瞼の表側、月のある場所から声が降ってきた。

 

「誰ですかー?」

「名前を聞きたいのなら、自分から名乗るものですよ」

「それもそうか……、沢田桃凪姫だよ」

「六道骸」

 

 声の主が何故ここにいるのかとか、さっきまで人の気配なんて何もなかったのにとか、そういうことを全部置き去りにして桃凪が最初に聞いたのは、相手の名前だった。

 しかし妙に冷静に正論を言われてしまって納得してしまった。そのノリで思わず名乗ると、相手も話してくれた。骸、とはまた縁起の悪そうな名前である。

 

「夢と現実の境界はあやふやですが、はっきりしたものですから。越える時にぼやけてしまうけれどね」

「あー……、確かに、夢の中かもしれない」

 

 夢の中じゃなければ、芝生に寝っ転がって夜空を眺めるような真似そうそう出来るはずもない。そしてごく最近と感じていた理由は、ついさっきまで自分がその夢を見ていたからだ。

 確か、桃凪の見た夢の中の月は、もうちょっと大きかった気がする。今の場所にある月がみかんとするのなら、夢の中の月はグレープフルーツはあった。…………そんなに変わらないだろうか。

 だめだ、ぼんやりする。瞼が上がらない。

 

「眠いんですか?」

「眠いような、眠くないような。微妙な感じ」

 

 地面に振動を感じる。声の主……骸が、桃凪のすぐそばに腰をおろしたのだろう。どういう人なのかは目を閉じているから分からないが、声の感じからするにまだ少年だろう。ツナと同じくらいかもしれない。

 夢のような現実のような場所で、公園の芝生に寝転がり夜空を見上げながら、あった事もない少年と会話する。とてつもなく、奇妙だ。奇妙過ぎて、瞼を開くことが出来なくなるほどに。

 

「私、ぼんやりしてるってよく言われるんだけど、今日はいつにもましてぼんやりしちゃってるような気がする」

「そうなんですか?」

「そうだよ。いつの間にここに来たのか分かんないし、何で来ようと思ったのか分からないし」

「……は?」

 

 桃凪は事実を言っただけだ、なのに、それをさも予想外だったかのように骸が声を上げた。今まで聞こえていた声とは全く違う、年相応のあどけなさが混じった声。そんな声も出せるのか、とほぼ初対面の少年に対してそう思う。

 

「どーしたの?」

「いや……まさか、無自覚だったとは……」

「むー?」

 

 無自覚、とは何のことだろうか。少なくとも桃凪の思いつく限りではそんな風に言われることに心当たりはない。まぁ、自覚がないから無自覚という単語があるので、今さらかもしれないが……。

 

「夢の続きは現実で」

「?」

「……と言ったのを覚えていますか?」

 

 ……そもそも、骸と話したのはこれが初めてなのだから、話すも何も……。

 

 ――――君が地面に寝てまで見る月の美しさ、僕にも教えてくれませんか?

 

 ……?

 おかしい、骸と話すのは初めてだ。なのに、自分は骸の声を知っている? それどころか、話したことがあるような気がする。なんかこう、やたらと詩的な台詞を言われたことがあるような……。

 でもどこで?

 

「……本当に忘れてしまっていたのか。あそこまで深い領域に潜れるのならあるいは……と思ったが、偶然か……?」

 

 隣で骸が何やらぶつぶつと呟いているが、聞いても桃凪にはそれが何か分からない。ただ、桃凪は何かを忘れていて、それが骸に関係する事だというのだけは分かった。

 

「私、どこかであなたとあった事あるっけ?」

「ああ、あるとも言えるし、ないとも言える。ここではないけれど、会った事はありますよ」

「???」

 

 意味がわからない。この人は謎かけが好きなのだろうか。ここではない、とはどういう意味か。

 でもでも、そんなに深く難しく考えるような事柄じゃないような気もしてきた。適当に、と言われると聞こえが悪いが、骸も骸で明確な返答は期待していないだろう。

 

「僕を呼んだのは君だ」

「……呼んでないよ」

「そうですね、呼んだのは君ではなく、僕かもしれない」

 

 桃凪は骸を呼んだ覚えはない。ないはずなのだが、骸は桃凪に呼ばれたと言い、そしてまた自分が桃凪を呼んだと言った。結局どちらなのか。この人は人を困らせて楽しいのか。

 

「それより」

 

 ぱちり、と骸の一言でスイッチが入れ換わる。場の雰囲気を一掃するような声。

 

「夢の続きを話しましょうか」

「何の話だったっけ?」

 

 覚えていない夢の事について話されても困る。というか、さっきから自分は疑問しか言っていない気がするような。少しくらい、こちらにもわかるような事を質問してほしいものだ。

 

「君が地面に寝てまで見る月の美しさ、僕にも教えてくれませんか?」

「それ、二度目だね」

 

 確か二度目だ。一度目は前の夢の中で、もう一度は今ここで。……すこしづつ、夢の内容を思い出してきたかもしれない。

 まず最初に月。薄く漂う雲の隙間から顔を出し、いつまでたっても動こうとしない虚構の異物。作り物めいてるのにため息が出るほど美しくて、人に創造することなど不可能だと思わざるを得なかった。

 次に湖。湖面に金色の光を写しだし、夜空の合わせ鏡のように凪いでいる。点々と咲く蓮の花が澄みきった湖に浮かんで、極楽とはこのようなものなのだろうかとぼんやりと想像した。

 あまりにも幻想的で、同じくらい現実感がなくて、俗界を離れた究極の一があった場所。それが、桃凪の見ていた夢の光景だった。どう考えても、桃凪の想像力の遥か上を行くような素晴らしい絶景。今考えると、夢にしてはおかしい。夢というのは見ている本人の想像力によって形作られるもののはずだ。だとすれば、桃凪の想像力の上を行くあの光景はありえない。

 

「……あー、つまり臨死体験したということかな?」

「は?」

 

 そうやって至ったとんでもない結論にゆっくりしている暇もなく桃凪はがばっと起き上がった。目を開けたらさっきよりも月の位置が微妙に動いているような気がしなくてもない。桃凪の視界に骸らしき人物は見えなかったので、多分桃凪の後ろにいるのだろう。しかし、そんなことより。

 臨死体験。魂が身体から離れて、別の場所に行くこと。とてつもなくファンタジックでミステリアス、どことなくホラーな雰囲気も漂うと思う。たぶん。

 

「初めての経験かもしれない……すごい」

「はぁ……。ちなみに補足しますけど、そうすればあそこに到ることは出来ますが、よほどの事がない限りはいけませんよ? 死にかけるとか」

「そうなの? でも私別に、死んだりはしてないなぁ」

 

 呆けたような声を上げた骸だったが、桃凪のどこかがおかしい結論に律儀に訂正を入れてくれる。意外と彼は優しいのかもしれない。でも、一つ疑問ができた。

 

「あ、そうだ。ねーねー」

 

 その疑問を解消する前に骸の顔を見たいと思う。今まで会話をしてはいたが一度も顔を見ていなかったのだ。今自分と話しているのは一体どんな人なのだろう、少しくらい気にしたって罰は当たらないはず。そう思ってくるりと振り返った桃凪だったのだが。

 

「……?」

 

 視界が急にぼやけてきて、ごしごしと目を擦る。けれど、ぼんやりした視界は治らず、さらに輪郭がおぼろげになっていった。

 目の前には骸がいる、はずだ。どうも、骸の方を見ようとすると霧のような何かが広がって、骸の姿を見ることが出来ない。判別しようとじっと見つめてみると、少し頭が痛くなってきた。

 

「うーむ……」

「それで、話を戻しましょうか?」

 

 何度かまばたきを繰り返している桃凪の様子など骸は気にした風もなく、あるいは気付いているけど無視しているのか。でも一つだけわかることがある。この目の前にいる人物、顔は見えないけど今絶対笑ってる。

 まぁ見れないということは見せたくないということだ。気にしないことにしよう。

 

「えーと、月を眺める理由、だっけ?」

「ええ、そうです」

「そんなの聞かれても分かんないよ。きれいだと思うから見るんだし、寝転がる方が満喫出来る気がするもん」

 

 なんで寝転んでまで月を見るのか、と骸は問うた。桃凪からしてみれば、月を見る時に寝転がりたくなるのは当たり前のことであって、特に意識してやっている事ではない。

 骸の言い分を聞くに、わざわざ寝転んでまで見るほどの価値を月に対して感じていないようにとれる。月を美しいと思うのはまぁ、個人の感性の違いだろう。だから、月をきれいだなぁと思う桃凪は、特にきれいじゃないと思う人からそんな事を聞かれても上手く答えることは出来ないのだ。

 それでもやはり、「感性の違いだから」で片づけてしまうのは少し寂しい。ほとんど初対面の人ではあるが、自分のいいと思う事を共有できないのはどことなくすっきりしない。相手からしてみれば大きなお世話なのだろうけど。

 しかしここで桃凪がやれることと言えば、ただひたすら月の美しさを目の前の人に語ることくらいだ。もし反対に自分がやられたらと考えてみよう。すごくしつこい、そしてうざい。

 

「ねぇねぇ。あなたは何で、きれいじゃないって思うの?」

 

 なので、相手に自分の事を分かってもらうのではなく、自分が相手の事を理解するように努めることにした。

 ぺたりと地面に座り込んで、ふわふわとした頭で骸からの返答を待つ。

 

「……別に、綺麗じゃないと思ったことはありませんよ。ただ、考えたことがなかっただけです」

「確かに、いつもそこにあるからね。暇じゃないなら、わざわざみて考えたりしないかも」

 

 自分だって、いつもいつも見てきれいだと思ってるわけじゃないし、同じ天体でも他の星々を寝転んで見たりすることはない。今日はたまたま気が向いたからだ。そういうと、骸は少し苦笑した。

 

「空の星を見て哲学する余裕があるのなら、僕だったら地上の泥でも眺めて思索してますよ」

「どちらにしろ考えるんだね。それとも、えーと、暗喩? だっけ? よくわかんないけど」

「さぁ?」

 

 形の無いものを必死に手につかもうとしているような、不毛な滑稽さを感じる。何を言っても相手は流してしまって、自分一人だけ無意味にあがいているような気分にさせられた。

 なんで彼は桃凪の前に現れたのだろうか。いくら夢の中であったとはいえ、桃凪は半分寝ているようなもので、目が覚めたら夢で片づけてしまいそうなほどあやふやだった。実際、彼があの時呼びかけてくれなければ――――そう、あの時桃凪に囁いたのはきっと彼だ。桃凪は夢だと一人納得してそのままベッドに溶けていただろう。

 この邂逅自体が、あるはずの無いことなのだ。なのに、なんで。

 

「興味があったからですよ。先ほども言った通り、僕の知る中であそこまで深い領域に潜れる存在はいなかった。だから、君に会ってみたいと思った」

「……」

「しかし、実際に会ってみれば、君は特殊な訓練も精神統一もしたことの無い一般人だった。つまり、無意識であの領域に足を突っ込んでいたんです」

 

 ああ、やっぱり骸が何を言いたいのか桃凪にはわからない。あの領域とは何だ? 特殊な訓練? 一般人……かどうかは最近ちょっと怪しくなってきてるけれど。

 要領を得ない会話。だが、不思議と苛立ったりしない。相手はこちらに意図を伝える気がないのは丸わかりで、ここまでぐだぐだと言われれば、普通ならばイライラしそうなものだが。

 骸の説明はさっぱり意味がわからないが、夢の中は意味分からないものである。夢なのかは五分五分の確率で謎だが。

 うん、夢だけど夢じゃない夢のような何かだ。そう納得する事にしよう。

 だから、夢の中の桃凪が何か不思議な力を持っていて、骸はそれについて話しているとか、そういう設定なんだろう、きっと。たぶん。……もしこれが夢じゃなくて現実なら、話を聞き流して適当に聞いている桃凪は相手に対して不誠実とかいうレベルじゃないけれど、桃凪に不思議な力はない。ならやっぱり夢だ。

 

「つまり、むくろは私と話がしたかったということでおーけー?」

「大体はそうです」

「そっか。んじゃ、どうでした?」

「ふむ……よくわかりませんね」

「ありゃ」

 

 それはそうだろう、眠気とふわふわが同居している今の桃凪はいつもの五割増しで電波を受信している自信がある。いばって言えることじゃないが。

 そうしているといつもは思わないことや、考えないようにしていることまで考えてしまって、しかもそれをうっかり口に出してしまったりする。だから無意識とは恐ろしいのだ。もしも目の前にいる骸がテレパシーや読心術の使い手なら、桃凪はもれなく顔から火を吹いて顔面大やけどで焼死してしまうだろう。大げさかもしれないが、そうなってしまいそうなくらいには恥ずかしい。ああ、また考えがずれてきている。

 

「分かんないのはどのへん? 私にわかる事なら聞かれたら答えるよ」

「君が知らないことを君に聞いても無駄でしょうね」

 

 ……見抜かれていたらしい。正直言って今の状態で上手く答えることは、骸の言うとおり不可能だろう。未成年飲酒よりもやばい不安定さだ。頭と口が別々になっているような、機械が誤作動を起こしているような危険。

 

「それに」

 

 目の前にいる骸が、笑う……ように見えた。

 それと同時にとても嫌な感じ、いや予感? が。

 

「これから調べますから」

 

 骸の手がこちらに伸びてくる。もやもやと霧に包まれぼやけているからよくわからないけど、高速で迫ってきたわけではないのに、何でか逃げることが出来なかった。すごく嫌な予感と怖い感じがしているのだが、動けない。

 ぺたり、と骸の手が桃凪の頬に触れる。暖かくも冷たくもない曖昧な手のひら。それと同時、桃凪の周りを骸と同じ霧が取り巻いて、繭のように桃凪を包み込んでいく。

 この霧は一体何なのだろう、骸にも見えているのだろうか。

 桃凪の疑問は口に出されず、骸は気づかないまま答えない。が。

 

「…………いっ!?」

 

 ずきん、と頭に釘でも打ちこまれたような痛み。反射で骸の手を払いのけて、頭を押さえた所でバランスを取れずに地面を転がった。こんなにも現実感がない状況なのに、痛みだけは笑い出したくなるほどリアルだった。

 言語が崩壊直前の桃凪は声も出さずにうずくまる。「たたたた……」とか「うううう……」とか言う感じの意味不明の音が出てはいたが、黙っていることすらも辛いから仕方がないだろう。別に痛い思いをした時にずっと黙っていなければならないという法律を自分に定めているわけではない。

 口がきちんとした言葉を話すのにそれなりに時間がかかった。それでも復活した時の第一声は、

 

「いっ、痛い痛い痛い痛い……!」

 

 と言った特に意味の無いものだったが。そんなに言わなくても伝わるというものである。わかっていたが、桃凪は痛みに弱い。

 

「あた、あたまが痛い……」

「そうですか。こうなった事例は初めてですね」

 

 桃凪の意思表示に骸は特に反応を示すことなく、冷静に淡々と状況を分析している。この痛みは突然来たものではなく、骸の口ぶりから察するに彼がやった何らかのことによる影響だと思う。つまり、原因は骸にあるはずだが、彼に罪悪感やこちらを心配する気持ちは皆無のようだ。

 ……この人はもしかしたら悪い人なのだろうか?

 そう怪訝に思って骸を見る桃凪だが、その骸は疑問が解消できて晴れやかな笑みを浮かべているような気がする。

 

「興味深くはありますが心配はいらないようだ。君はその力がゆえに、僕の敵にはなりえない。むしろ……いえ、言わないことにしましょう」

「そ、そういう心配より私の心配をしてほしい……」

 

 心配はいらない、わけがない。いりまくる。そんな軽口が叩けるくらいには桃凪の体調も回復していたが、骸の言った物騒な言葉に反応する気力は根こそぎ引っこ抜かれていた。

 

「……そろそろですね」

「? 門限?」

 

 こんな時間が門限なんて、あって無いようなものじゃないか。でも、ここに来てからどれくらい時間が過ぎたのだろう。結構経ったような気もするし、ほんの少しだけしか過ぎてないような気もする。

 

「門限ではありませんが、帰らなくてはいけませんので」

「そっか。……あ、じゃあひとつだけ」

 

 別れの時間が迫っていることを知って、何か名残惜しくなって。とっさに頭の中でまとめた言葉を口に乗せる。

 

「空をきれいと思いたいんだったらね、転んでもいいやーって思わないとだめだよ。下を気にしながら上を向いても、きれいだなんて思えないと思う」

 

 フラフラと歩いたまま上を見上げて、転んでしまってやっぱりやらなきゃよかったと思うより、転んじゃってもいいやと思った方が何倍も楽しめるというものだ。

 ……自分で言っていて、いい加減だとは思うが。

 

「……クフフ、やはり面白い。ええ、わかりました、気が向いたらね」

「おー、がんばー」

 

 かすかに含み笑いをこぼして、恐らく実現されないであろう約束を骸は言った。桃凪にもそれが嘘だと分かっている。けど、骸が笑っているから、別にいいかと思った。

 

「では、また会いましょう(Arrivederci)

「お、……? ありべで……?」

 

 流暢な言葉で何か言ったのだが、流暢過ぎてあいにく純日本産の桃凪にはわからなかった。祖先にイタリア人がいても生まれも育ちも戸籍も日本人なので、残念ながら多言語の理解は薄い。通訳はこの場にはいないことだし。

 でもたぶん、今の雰囲気を鑑みるに、別れのあいさつとかそんなだろう。

 なので、

 

「またねー」

 

 そうやって桃凪も手を振って別れを告げた。骸は振り返らなかったけれど、少しだけその歩みを止めて、またすぐ歩いて行ったのだった。

 

 

 

 

 

「……ん?」

 

 目が覚める。

 太陽の光が窓の中に差し込んで、ベッドのわきに置いてあるダンシングフラワー……確か父のお土産とかそんなだった気がする、がくねくねとダンスを踊っているいつもの朝。

 いつもの朝のはずなのだが、何かが致命的におかしい気がする。

 ……おかしい? なにが?

 

(……昨日どうやって帰ったんだろうか)

 

 そうだ。昨日、彼と別れた後にどうやって自分は帰ったのだろう。帰り道を通った記憶がない、どころか、去っていく背中を見送った後何をしたのかが思い出せなくて――……。

 

 ――――……忘れていいんですよ。

 

 …………?

 そもそも、自分は外にいつ出ていったのだろうか。深夜? ありえない。いつもの自分ならそんな愚は絶対に犯さないはず。ばれてしまったら大目玉だし、危険すぎる。

 だったらあれはなんだったのだろうか。

 いつもだったら絶対にやらないような行動、言動。それが指すこととはつまり。

 

「……つまり夢か」

 

 そうだ、夢だ。確か、夢で芝生に寝っ転がって月を見上げる夢を見ていたのだ。それで、寝っ転がっていた場所が夢の中だとたまたま近所の公園だったから、夢と現実がごっちゃになっていただけだろう。なるほど、納得した。

 しかし、夢の中の登場人物にしては随分とキャラが濃かったなぁ。彼の名前は何だったか。今となってはもう思い出せない。

 

「えーと、すごく縁起悪そうな名前だった気がする」

 

 そういうことは覚えていても、肝心の名前は思い出せなかったが。

 まぁ夢の内容にいつまでも頓着しているわけにはいかない。学生の朝は早いのだ、いつものように準備をしなくては。

 と、そこまで意識を変えて、気付いた。いつも机の端に置いてあるペンダントが、今日は何処にも無い。どこかに落としてしまったのか、それともしまったままなのか。辺り、特に床を中心に探してみたが、何処にも落ちていなかった。

 首をかしげていた所で、こんこんとノックの音が鳴った。

 

「おい桃凪ー。母さんが朝ごはんだってさ」

「あーうん」

「? どうしたんだ?」

 

 恐らく、いつまでたっても降りてこない桃凪をせかすために奈々がツナを桃凪の部屋に派遣したのだろう。でも、桃凪にはそれより気になることがある。

 誰から貰ったか覚えてないほど昔だが、とても小さい頃に貰ってからしつこいほどに下げているペンダント。学校でもいつも制服の下に下げているのだ、ないと落ち着かない。

 

「ねーつな。私のペンダント知らない?」

「は? 何言ってんだ、首にさげてるじゃん」

「え?」

 

 そうして下を見てみれば、確かに自己主張するピンク色の金属の塊が首に。なんだ、こんな所にあったのか。

 ……でも、桃凪は寝る前にペンダントを外したはずだ。寝る前まではきちんと記憶ははっきりしている、確実に外した。それなのに、なんで今首から下げているのだろうか。

 

「早くしろよー」

「あ、うん……」

 

 浮かんだ疑問はツナの声と共に溶け出して消えていった。覚えていないことを無理に思い出そうとすると、必ずこんがらがって思い出せなくなるのだ。こういう時は、いつかふっと思い出すのを待つしかない。

 そう思って、桃凪は部屋から出ていった。

 

 彼女が、日記を書き終わる数日前の出来事である。




不穏なフラグの立った音ー♪

お話を書いていると、中々胸にスッと来るものが書けないなぁ、と思う時があります。そういう時はイメージ的に固い岩山をゴリゴリ削ってやっとこさ前に進んでいるけど、その穴がいびつに曲がりくねってしまったようなもやもやとする気持ちの悪さがあります。
そういう時はいつもなんだかいやだなぁ、書きなおしたいなぁと思いますけど、そうするには曲がりくねった石の洞窟を抜けてもう一回新しく穴を掘らなくてはならないのがしんどくて、何だかんだで止まってしまう。いわゆるスランプですね。
でもそういう時に限って書いたものの方が何度も見直しているので、後から読むと良かったり。むしろノっているときに書いた方が怖いです。何が書いてあるか知れたもんじゃねぇ。
それとこれも問題だと思うのですが、どなたかの小説を読んでいるとその方に文体や雰囲気が似てくるのも作家として致命的な欠点の気がします。ちなみにこのお話は途中から「嘘つきみーくんと壊れたまーちゃん」を読んでいました。どこからなのかわかるかな?
……書いた話の説明をまったくしてないですね、はい。


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第二章 黒曜日の侵略者と少女の想い
第二十二話 「pacato&concitato」


※初めに※
この作品を読んでいただいている皆様。大変申し訳ございませんでした。前回の投稿からおよそ……数えるのがいやになるほど年がたってしまいました。
これは100%私の不徳の致すところで、続きを待っていてくれる皆様をお待たせしてしまいました。精進していきたいと思います。

※変更点※
原作のセリフを少なくして、それだけだと短くなるので一つサブエピソードをぶっこんでみました。あと前に書いてたポエムやめました。寒いので。
サブエピソードはいわゆる、RPGなどで「見なくても物語に影響は出ないけど、見たほうがちょっとお得な気分になれるよね」的なイベントのことです。それとタイトルも変えました。
主人公が身動きできない状況に陥ってしまうので、他の目線が必要だったとも言います。楽しんでいただけたら幸いです。


pacato…パカート:穏やかに
concitato…コンチタート:激しく

第二十二話「穏やかに、けれど激しく」


 

 

 

 

 

「……久しぶりね、並盛町も」

 

 さわやかな風で長い髪を揺らしながら、リータはそう独り言ちた。

 リータとディーノ、この姉弟は普段からよく並盛に来ているが、別に暇なわけではない。むしろ、暇を無理やり作ってきている、といったほうが正しい。

 キャバッローネファミリーはボンゴレの中でもかなり上の立ち位置にいる。けれど、そこのボスであるディーノの持ち前の気前の良さが災いして、色々と頼まれごとが多いので仕事には事欠かないのだ。

 リータはボス補佐、もしくはボスが何か騒動に巻き込まれ身動きが取れない時にボスに代わって判断を下すボス代理。なので普段の仕事はそれほど多くはない。……もっとも、ボスと比べて、だから十分多くはあるのだが。

 今日彼女は、ようやくできた休日を使い並盛町に来ていたのだった。

 

「時差の関係で夜になっちゃったけど……桃凪たち寝てるかしらね?」

 

 夜の街というのも物珍しく、きょろきょろとあたりを見回しながら歩くリータ。地元民に聞いても「さして特徴がない事が特徴」と言われるこの町も、昼と夜ではまた違った趣を見せる。

 ぽつりぽつりと点在している街灯の光によるコントラストと、薄い星空のプラネタリウムの中、ゆったりと歩くリータ。ワンピースの長いスカートが風になぶられふわりと揺れる。いつものように持ち歩いている日傘をぶらぶらと振りながら、リータはそっと言葉をこぼした。

 

「ところで……ここ、どこかしら?」

 

 知る人ぞ知るリータの方向音痴は今日も順調なようで、さっきから同じところをぐるぐる回っているにもかかわらず、リータはそれに全く気付いていない。

 

「うーん……?」

 

 どうも目的地に着かないことを不思議に思いながら、リータはその白魚のような指を頬に当てる。

 

 何気なく周囲に気を配っていて、気づいた。

 

「あら……」

 

 柔らかに漂ってくる夜の風。その中に、明らかにこの町にはふさわしくない香りが混じっていることに。

 

 

 

 

 

第二十二話 「pacato&concitato」

 

 

 

 

 

 人気のない深夜の時間帯、二人の少年が街を歩いている。

 一人はぼさぼさの金髪をヘアピンで止め、顔に真横一文字の傷のある少年。歩き方の大股加減や、発している雰囲気がなんとなく、路地裏にいる警戒心の高い野良犬のような雰囲気が漂っていた。

 もう一人は白いニット帽を頭に被り、頬にはバーコードの入れ墨、眼鏡の下の瞳はどこか無機質な印象を感じさせる少年だった。彼は音もなく、気配もなく、静かに足を進めている。

 どこをどう見ても共通点のない二人だが、眼光だけはそこらにいる普通の学生とは違い、鈍く鋭い光を放っていた。

 金髪の少年は城島(じょうしま)(けん)。ニット帽の少年は柿本(かきもと)千種(ちくさ)といった。

 どちらも、少し人には言えないことをしてきた帰りである。

 

「あーそういや柿ピー。明日は誰だっけ?」

「……犬、覚えてないの?」

「んなもん覚えてなくても帰ればわかるから問題ないんだびょん!!」

「……はぁ」

「なんらよー」

 

 じゃあ聞くなよ。という雰囲気を言外ににじませながら、いかにも面倒そうにため息をつく千種。それを見た犬はどこか拗ねた雰囲気を出して唇を尖らせる。

 一見すると仲のいい友人同士が、駄弁りあいながら夜の散歩をしているように見えた。

 けれど、大きな動作で歩いていた犬の学生服のズボンのポケットからポロリと何かが落ち、硬質な音を立ててコンクリートの地面を滑って、電気の切れかけた電灯の根元にぶつかり、止まる。

 

「落としたびょん!!」

「じゃあ拾えば?」

「言われなくても今拾うっつーの! 柿ピーはほんと細かいんだからー」

「……犬が大雑把なだけだと思う」

 

 ちかちかと明滅する電灯に照らされていたものは、ところどころに赤黒い錆のようなものがこびりついた、ペンチ。犬のポケットから落ちたものはそれだった。

 大股で歩み寄り、明らかに間違った使い方をされているペンチを拾い上げる犬。そのまま彼は適当に元々入っていたポケットにペンチを突っ込む。

 千種のほうを振り向いて、来た道を戻ろうとした所。

 

 

「こんばんは、坊やたち」

 

 

 声は上から降り注いできた。この夜の街には明らかにふさわしくない、海辺のコテージに吹く風のような声。

 何の危険もなさそうなその声を聴いて、ざわりと犬の肌が泡立つ。先ほどまで一切感じていなかった気配が、雨粒のように犬の体を貫いたからだ。

 

「!! 誰だびょん!!」

「犬! 上だ!!」

 

 いつもはぼそぼそとはっきりしない話し方をする千種が、珍しく声を荒げて叫ぶ。その言葉に素直に従い、犬は上……街灯の天辺を見上げた。

 

「でも、そんなに血の匂いをさせてどこに行くの?」

 

 月明かりに照らされ、長いスカートを風に揺らすシルエット。

 光を糸にしたような鮮やかな髪色。

 月光の下で見ると、より神秘的な美貌が際立っているように見えた。夜だからよく見えないというところを差し引いても、かなりの美女の部類に入るだろう。

 犬と千種は知らないが、彼女の名前はリータといった。

 月の下で微笑む金髪の女性、思わず息の詰まりそうな光景だが、今の二人は年上の美女を見てドギマギするような余裕も、気もない。

 リータの発する雰囲気は明らかに一般人じゃない。そもそも、どこに血のにおいをかぎ分けることのできる一般人がいるのか。極めつけは、自分たちがここまで近づかれても気づくことができなかった事。

 彼女は明らかに、危険だ。

 

「……!」

「それとも、どこに行って……あら?」

 

 先手必勝、千種が両腕を振り上げる。それに連動して、彼の両手のポケットから金属製のヨーヨーが飛び出した。子供の遊び道具と呼ぶにはあまりにもふさわしくない速さで、それはくるりとリータの周りを取り巻き、自分たちを見下ろす存在をとらえるべく巻き付こうとする。

 しかしリータはそれを見てふわりと街灯の上から飛び降り、そのままどう体を動かしたのか、とんとんと鋼糸を踏み台にして宙に躍り出た。リータの体が一瞬、重力の枷から解放される。しかし、その直後に若干の静止をもって地球の掟は彼女の体を引き摺り下ろした。

 落ちていくだけの無防備な状態、それを狙い、犬が獣のように跳躍する。長い牙に、研ぎ澄まされた爪。その姿はまさしくオオカミで、長く伸びた爪が鋭さを伴いながらリータに向かって振りかざされた。

 

「隙アリッ! だびょん!!」

 

 犬の五指がそのままリータの腹部を抉り取ろうとした、けれど、その手は何もつかむことなく空を掻く。動くことのできるはずもない無防備な空中で、リータは方向を変えることができていた。彼女は持っていた傘の柄ではなく先端を掴み、柄の部分を街灯に引っ掛け、そのまま遠心力に任せてぐるりと位置を変えている。ちょうど、街灯を挟んで犬と向かい合わせになる位置だ。

 

「……ありゃ? ぎゃん!?」

 

 対して攻撃の空ぶった犬は、リータの前にある電灯に思いっきり頭をぶつけ、ぼとりという効果音がしそうな感じで地面へと落ちてしまっていた。

 

「ねえ、私別に物騒なことする気はないのよ」

 

 地面に足を下ろし、靴の状態を確かめながら千種に声をかけるリータ。犬を軽くあしらった光景を見ていた千種は警戒しながら、距離を開ける。

 まだ空中にとどまってしゅるしゅると回転しているヨーヨーを見て、一気に後ろにバックステップをとった。

 相手はまだ気づいていない。千種の放ったヨーヨーの本体には細かい穴が開いていて、そこから一撃必殺の猛毒針が出る仕掛けになっているということに。

 リータが街灯を通り越し、こちらへと歩いてくる。

 一歩、二歩、三歩。犬を通り越して、今だ。

 

「ただちょっと……」

 

 今までは距離が近すぎて、一緒にいた犬も巻き込んでしまう可能性があったから放つことができなかったそれを、千種はこの時を待っていたといわんばかりのタイミングで射出した。

 音もなく、無数の針がリータを背後から串刺しにしようと襲い掛かった。人を殺せるように作られたそれの威力は十分で、針の勢いでコンクリートの地面が壊れ、土煙が上がるほどだった。リータは後ろからの攻撃に最後まで気づかないまま、土煙に紛れ見えなくなる。

 もうもうと上がる煙が、千種の視界を遮る。犬ならば獣並みの嗅覚で相手がどうなったのかを知ることができるかもしれないが、千種にそれは望めない。その代わりと言っては何だが、彼の中の冷静な判断力が様子を観察することを選択していた。

 

「……ねえ、聞いてる?」

 

 少しだけ機嫌を損ねたような、むすっとした声が聞こえる。

 一陣の風が吹き、上がっていた土煙が払われる。酷い惨状になった地面に中心に立つリータは、砂埃ひとつ、血の一滴も流れていない。差している日傘をくるくると回して、どことなく不満そうな顔をしたまま、佇んでいた。

 

「いつつ……テメーいったい何なんだびょん!!」

 

 額の痛みから復活したらしき犬がリータに向かって吠える。

 

「それはこっちのセリフよ。えーと……金髪の坊や。そんな物騒なもの持って、貴方達一体何者なの?」

「うるへー!! というかオレはそんな名前じゃねーし! ちゃんと城島犬って名前があるびょん!!」

「……犬、何やってるんだ」

 

 得体のしれない相手にわざわざこちらの情報を出すやつがいるか。と千種は思ったけれど、ぎゃんぎゃんと喚く犬はそれを察することはできないらしい。千種も千種で面倒だからそれ以上は言わなかった。

 

「ふーん、犬君ね。それで、話を聞いてくれる気にはなったかしら?」

「はぁ!? 誰が……!」

「……話とは」

「柿ピー!? なにやってんら! とうとう頭と帽子が一体化したびょん!?」

「ちょっと黙って」

 

 なんかとてつもなく不名誉なことを言われた気がするが、無視して話を進める。

 おかしいとは思っていた。

 攻撃してみてわかったが、この女性は千種たちに反撃したことは一切ない。必要最小限の動きで回避しているだけだ。始末できればそれが一番よかったのだが、どうやら実力はあちらのほうが上らしい。

 こちらを害する気がないのならば、大人しく聞いたほうがいいだろう。

 しかし、話を聞いてほしいと言っていた割には、リータは少し罰が悪そうに頬を掻いた。目線もどうにも落ち着いていないし、先ほどの余裕が嘘のようだ。

 

「あ、その、ね……えっと……」

 

 少しだけ顔を赤く染め、もじもじと指先を絡めるリータ。なぜそこまで恥ずかしがっているのか、正直言って興味ないからさっさとしてほしい。

 かなりの葛藤の上、彼女が絞り出した一言は、

 

「……ここ、どこか知ってる?」

「……はぁ?」

 

 リータの次の声は犬のものだ。まぁそういう反応をしたくなるのはわかる。千種だって、犬が言わなければそんな反応を返していただろう。めんどいからしなかったかもしれないけれど。

 

「え、いや、ここが並盛町っていうことはわかってるのよ? ただ、その並盛町のどこなのかがわからないだけで、……ほんとなの!」

 

 何やらあたふたと慌てた様子で弁解をしているリータだが、正直そんなことはどうでもよかった。

 でもその白い目がますますリータの羞恥心をあおったらしく、今度は身振り手振りまでつけ始めた。バタバタと非常に忙しそうだ。

 

「お前ばっかじゃねーの!? こんな小さい町で普通迷わねーびょん!!」

「ち、違……! 迷ってるってわけじゃないんだってば! ただ、知らないところに来ちゃっただけで……!」

「それを迷ってるっていうんだびょん! ばーかばーか!!」

「ば、馬鹿っていうほうがお馬鹿になっちゃうのよ! このお馬鹿ちゃん!」

「お前に言われたくねーし! このバカ女!」

 

 まるで子供のような言い合いだった。

 

「……あっちをまっすぐ行けば、コンビニがある。そこで地図でも買えば?」

「え、あ、ああ、そうね。地図は大事だものね! ありがとう!」

 

 とてもめんどくさそうに道を教える千種に、一転した明るい顔になった女性はお礼を言った。

 そしてそのまま、手を振りながら走って行った……コンビニとは逆方向に。

 

「何だったんだびょん……あのバカ女」

「めんどい……犬、帰ろう」

 

 そんな、夜の話。

 

 

 

 

 

 とある日の日曜日の午後、沢田(さわだ)桃凪姫(とうなひめ)は困惑していた。

 桃凪が今いる場所は応接室。御多分に漏れず、この学校の風紀委員長である雲雀(ひばり)恭弥(きょうや)に書類を届けに行って、いつものように雲雀の書類を手伝っていた。

 しかし、

 

「……きょーや」

「なんだい」

「なんか、今日機嫌悪いね」

「うるさい」

 

 なぜか今日は雲雀の機嫌がいつにも増して悪かった。一人でいる時の雲雀の機嫌を標準とすると、今の雲雀は体育祭の集合ダンスを踊っている人達を見ている時のような感じ。わかりにくいかもしれない。つまり、とてつもなく苛立っているのだ。

 そして桃凪は気になることがもうひとつあった。たぶん、それが雲雀の機嫌の悪さと関係がある気がする。

 

「今日風紀委員の人少ないよねー。なんかあったの?」

「ちょっと、縄張りにちょっかいをかけてくるやつらがいてね」

「ふーん」

 

 話だけを聞いていると、ヤクザの抗争のようだなぁ、とは桃凪の談。

 もうちょっと詳しい話を聞くべきか、墓穴を掘るのをやめるべきか。悩んでいた桃凪だったが、応接室の扉が開けられたことによりその思考は中断される。入ってきたのは風紀委員副委員長、大柄な体と見事なまでのリーゼントが特徴的な男、草壁(くさかべ)哲也(てつや)だった。

 

「くさかべさんこんにちはー」

「こんにちは、桃凪さん。……委員長、お耳に入れたいことが」

 

 一度こちらに向けて軽く会釈をした後、すすっと雲雀の傍に近寄り、何事かを報告する草壁。聞かなくてもわかる、雲雀の不機嫌の元に関係する何かだろう。

 

「……また一人?」

「はい、つい先ほど報告がありました。辛うじて口の利ける者から聞きだしたことによると、相手は……の制服を着ていたようです」

 

 桃凪がいるからか、それとも話の内容が人に聞かせたくないものなのか、あるいはそのどちらもか。肝心、というか詳しい部分を聞きとることが桃凪には出来なかった。

 興味津津でこちらを見ている桃凪に気づいた草壁が、桃凪さんには関係の無い事ですよと言って苦笑する。関係ないと言われても、目の前でそんなにもひそひそと話をされると逆に気になるのが人のさがというもの。雲雀には聞けなさそうだが、草壁は比較的温厚な男だ。色々と聞いても怒られたり、めんどくさそうな目で見下されたりする心配はない。

 

「なんか物騒な感じなの? 教えて教えて」

「いえ、狙われているのは風紀委員だけですから心配はいりませんよ。念のため夜遅くは出歩かない方がいいとは思いますが、桃凪さんはその心配はいらなさそうですね」

「それはー、私は夜出歩いても襲われないという意味なのか、そもそも夜に出歩いたりしないだろうという意味なのか。議論が分かれそうです」

 

 草壁の性格から考えるに恐らく後者だろうけど、半分からかいの意味も含めて問い掛ける。まぁ相手は結構硬派な人なのでこの冗談が通じるかどうかはわからないが。……そもそも、桃凪自身が非常に本気か冗談かわかりにくい表情をしているということは考えの中には無いらしい。

 

「桃凪さんは女の子ですから、夜出歩くなど親が許さないでしょう。それにお兄さんもいる事ですし」

「んーとね、つなは見た目弱そうだから狙われないんじゃないかなぁ」

 

 言っててひどいとは自分でも思うが、屈強な風紀委員を何人も襲っているような相手なら、いかにも弱いですと全身でアピールしているツナは絶対に襲わないだろう。そういう点を見れば、桃凪も狙われる心配はない。

 しかし、そこで草壁が何かに気づいた様子で声を上げた。が、しばし考えた後に首を振って否定する。言葉に出してはいないので、傍から見ている桃凪には意味がわからなかった。

 

「くさかべさん?」

「ああ、いえ。少しいらない心配をしてしまっただけです」

「いらない心配ー?」

 

 それは一体どういうものだろうか。さらに詳しく草壁から聞きだそうと思った時、ガタンッ! と雲雀が応接室の椅子から立ち上がった。

 休日の学校の応接室でいきなり鳴った大きな音に思わず桃凪と草壁の視線が集中する。雲雀はその視線すらもうっとうしいと思っているかのように不機嫌な表情を浮かべると、そのまま出口へと歩き出した。

 

「委員長、どちらへ?」

「屋上」

 

 そう一言だけばっさり切り捨てて、雲雀は学ランをなびかせながら応接室から去っていった。多分、応接室の人口密度の高さに耐えられなくなったのだろう。桃凪は机に置いてある書類に目を向ける、まだ途中だ。終わっているものと終わっていないものに分けて、終わっている方を草壁に渡し、もう片方を机の上にまとめておく。

 

「きょーや、さらに機嫌悪くなってたね」

 

 ごくたまに、いや結構な頻度で風紀委員は雲雀の八つ当たり要因になったりすることがある。いかんせんすべては気分次第な男なので、注意報とか作りたくても作れないのだ。

 隣にいる草壁は溜息をついていた。その後、何やらしょうがないとでも言うように渋い微笑を浮かべる。

 

「恐らく、委員長は今回の件、桃凪さんに関わって欲しくないんでしょう」

「えー? なんで?」

 

 その答えは本当に疑問だ。雲雀が桃凪を心配する可能性など、砂漠の中の砂粒一つくらいしかないと思う。それに桃凪は進んでこの事件に関わろうなどというようなアクティブな思想は持ってないし、巻き込まれるような繋がりもない。

 ただ一つ、騒動の中心となっている風紀委員との繋がり以外は。

 

「相手がどこまでこちらを敵視しているかはわかりませんが、風紀委員会と親交のある桃凪さんを狙わないとは限りませんから」

「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い、ということ?」

 

 桃凪自体は一般人でも、風紀委員に関わってるからという理由だけで狙われるかもしれない、というのを雲雀は危惧しているのだろうか。一般的な模範解答だったらそれで正解だろうが、なにしろ相手は『あの』雲雀。

 

「でもくさかべさん。……きょーやにそんな真心あると思います?」

「…………いや」

 

 結論としては、雲雀にそんな親切心を期待するなどありえないということだ。

 そうやって論破した桃凪から、草壁はそっと目をそらした。別に泣いてはいない。

 

 

 

 

 

「ただいまー」

「あらお帰り桃凪ー。休日出勤なんてサラリーマンみたいね」

「せめてそこはOLのほうがいいな私女だし」

 

 家に帰ってすぐ、母親の沢田(さわだ)奈々(なな)に迎え入れられる。どことなく今日も天然の発言が目立つ母親との会話は、やはりほんわかとしていた。

 桃凪は食器棚からコップをひとつ取り出してテーブルに置く。冷蔵庫を開け、中に入っていた麦茶をそのままコップに注ぎ入れた。麦茶の容器もそのままテーブルに置いて、椅子を引いてテーブルの前に座る。コップを手に取り一口、二口、そして思いついたように言葉をはさんだ。

 

「そういえばねー、今日知ったんだけど、並中の風紀委員の人狙われてるんだって」

「え、そうなの? 物騒ねぇ……」

 

 まぁ並盛町は結構フリーダムな感じの町だが、傷害事件が表ざたになるような事はそんなにない。大体がマフィアや風紀委員関係だったりするので、マスコミに知られる前にもみ消されるからだ。たぶん。

 だが、今回の事は風紀委員でも証拠隠滅が難しいらしい。一応全国ニュースにはなっていないようだが、町全体にはすでに広まっているとみていい。相手の目的が不明で、どう行動するのかがわからないというのも、拍車をかけているのだろう。

 

「ツッ君にも護身術とか習わせようかしら?」

「つなはたぶん嫌がるよそれー」

 

 もともと、必要な事もやりたがらないのが、桃凪の双子の兄沢田(さわだ)綱吉(つなよし)、通称ツナだ。護身術なんて痛くて面倒なものやるわけがない。それに、ちょっとかじった程度で襲撃犯と渡り合えるとは思えないし。

 

「そういえば桃凪、なに買って来たの?」

「新しい日記ー。本屋さんでね」

 

 奈々が不思議そうな顔で持っていたビニール袋を見ていたので、桃凪はその袋から一冊の日記帳を取り出した。

 学校から家に帰るついでに、行きつけの本屋で新しい日記帳を買ってきていた。桃凪はいつも寝る前に今日の事を振り返って日記をつける習慣がある。この間使いきってしまったので、新しい物が欲しかったのだ。

 

「つな部屋だよね?」

「ええ。朝からゲームばっかりで……もう、あの子ったら」

「むむ」

 

 休日はゴロゴロしたり好きな事をする日だ、と桃凪も思っている。けれど、こちとら朝から学校に行って書類を片づけたりなんなりしていたのに、ツナは涼しい部屋でごろごろとゲームとは。

 よし、乱入してこよう。

 そう決めた桃凪は席を立ち、コップの麦茶を飲みほした後軽く水洗いして食器かごに戻す。麦茶の容器も冷蔵庫に入れると、二階への階段を上がって行った。目指すはツナの部屋、の前に、一度自分の部屋に戻って日記帳を置いてこよう。

 

「もうちょっとでご飯だからねー!」

 

 後ろで奈々がそんな事を言っていた。

 

 

 

 

 

 並盛町から外れた、廃墟にて。

 割られた窓ガラスとあちこちに意味をなさないがらくたが散らばる建物の中、所々に数人のグループを作って不良が固まっている。彼らは皆全員同じ制服を着用していて、同じ学校の生徒であることがうかがえた。

 その不良が集まる廃墟の中、唯一と言っていいほど、人の少ない一つの部屋があった。

 

「あーあー、ぜんっぜん当たりがこねー!! つまんねーびょん!!」

「犬……うるさいよ……」

 

 そこにいたのは犬と千種だ。犬は不満を隠しもせず、ボロボロのソファーに寝そべって足をバタバタさせている。その犬をたしなめる、というよりは文句を言っているのが千種。

 何を隠そう、並盛中風紀委員を襲撃していたのは、この二人だ。この間はその帰りにリータに会って、……まぁ、色々あったのだけど。

 

 けだるそうに壁に体を預けている千種に、犬はだるだるとした調子のまま話しかける。

 

「んなこと言ったってさー、ほんとは柿ピーもつまんねーって思ってるびょん? オレにはお見通しなんれすよー」

(むくろ)様の作戦……しかたない」

 

 口では了承しているような千種だったが、態度……というか雰囲気はいかにもめんどくさそうだ。

 彼らにとって今回の襲撃は手段でしかなく、目的が達成できなければ意味がない。だから、いくら働いても目的への道筋すら見えない今の状況は、ストレスをためて余りあるものだった。

 

「つーかさー! 骸さんどこいったんれすかー! 八百屋!? ナッポーと一緒に売られちゃってる感じな……ぎゃん!?」

 

 大声でここにはいない骸という人物の悪口(?)を叫んでいた犬だったが、突如として寝転がっていたソファーから何者かの手によって蹴り落とされた。ごつん、といったそれなりに痛そうな音が後頭部から鳴り響き、刺激を受けた団子虫のように犬の体が縮こまる。

 

「誰がナッポーですか、犬」

「む、骸さん……帰ってたんれすね……」

 

 その犬を冷たい目で見降ろしていたのが……まぁ、確かに犬の言うとおり某南国果実に見えなくもないような個性的な髪形をし、犬と千種と同じ制服に身を包んだ、赤と紺のオッドアイの少年だった。

 ……かつて、とある少女と邂逅を果たし、再開の予感を感じさせた少年。彼こそが、今回の事件の首謀者、六道(ろくどう)(むくろ)

 骸は犬を蹴り落としたソファーに腰を下ろすと、腕を組んで状況を考察する。

 

「まぁ、二人の心象もわかります。こう当たりが来ないのはいささかつまらない」

「ですよねー! あんな雑魚ばっか相手すんのめんどいびょん!! やりがいがねーし!!」

「……骸様、何かわかった事でも?」

 

 襲撃に参加しているのは千種と犬のみで、骸はいつもここのソファで考え事をしているか、ふらりと出掛けてどこかへと行っている。そんな事をすれば怪しまれる可能性や、敵に見つかる可能性もあるはずだが、二人ともその心配はしていないようだ。骸の『能力』ならばそれらをかわすことなどたやすいから、心配する必要は確かにないが。

 千種に問いかけられた骸は六の字が刻まれた赤の瞳を動かし、いかにも楽しんでいますとでも言うように笑っていた。

 

「残念ながら、何も分かりませんでしたね。よほど隠すのが上手いのか、それともこのような状況でも怯えて出てこない腑抜けなのか」

「結局これまでどおりってわけれすかー……。つまんねー」

「……」

 

 明らかに落胆する犬と千種を尻目に、骸はさらに楽しそうな笑顔を増していく。それは人が見れば休日に遊びの予定を立てる中学生の笑みでもあるだろうし、別の者が見れば相手を策にはめて愉悦を得る悪魔の笑みにも見えた。ちなみに犬と千種は思いっきり後者だった。

 こういう時、二人は骸に対して、畏怖の念と、それ以上の尊敬を感じるのだ。

 

「ええ、これまで通りに続けます。けれど」

 

 その色違いの目が細められる。とても酷薄に、人に裁きを下す天使のような無慈悲さで。

 

「少し、遊んでみましょうか」

 

 崩壊へのカウントダウンを唱え始めた。

 

 

 

 

 

 ぴちょん、と顔に水滴が当たる。

 

「む、うーん……?」

 

 温まった体とぼんやりとした頭。ゆったりと浸かっていた湯船で、桃凪は目を覚ました。どうも、お風呂で寝てしまっていたらしい。お風呂で寝てしまった人が溺れて死んでしまったりした事件があった気がする。疲れがたまっているとなってしまうそうだが、桃凪は別に疲れた記憶はない。いや、もしかしたら気付いていないだけで疲れていたのだろうか。

 

「……気をつけよう」

 

 妙に重たい頭を振ってお風呂から立ち上がる。急な動きに頭がくらりとして視界がちかちかするが、お風呂上りによくあることだ、気にしない。

 バスタオルで体と髪を拭いて、用意していた着替えのパジャマと、ペンダントをつける。濡れた髪のまま二階へ上がって、ツナの部屋の扉をこんこんとノックした。

 

「つなー。お風呂いいよー」

『今入るー』

 

 中ではピコピコとゲームをしている音がした。昼ごろ桃凪がツナの部屋に乱入した時もゲームしてたし、いくら休みだからってちょっとだらけすぎじゃないだろうか。

 自分の部屋に戻って、ドライヤーで髪を乾かす。桃凪の髪は長いので乾かすのに苦労するが、癖っ毛なので乾かさないで寝ると次の日にすごいことになるのだ。具体的に言うと、歌舞伎とかで出てくるもっさりした髪の毛の人みたいな。

 ドライヤーを当てながらも、まだ意識がぼんやりしているらしく、桃凪は何回か舟をこいで、そのたびにドライヤーを落としかける。

 乾かし終わってひと段落ついたころ、机の上に放置していた日記帳を思い出した。まだ何も書かれておらず、まっさらな表紙にまっさらなページの日記帳を。

 さてどうするか、まだ寝るには早い時間だし、いつもなら本を読んだりするのだが。本屋で日記を買った時に、お気に入りの作家の新作が出ていたのだ、これを読むのもいいかもしれない。

 

「……まぁいっか。読むのに夢中で寝落ちしてもあれだし」

 

 そう思って、筆箱からマジックペンを取り出し、日記帳に黒々とした字で『桃日記』と記す。そして表紙を開いて、シャーペンを手に取った。

 

「何書こうかなー」

 

 頭の中で今日起きた出来事をまとめてみる。朝起きて支度して、学校に行った。学校で雲雀と草壁と話して、帰り本屋に寄った。家に帰った後はツナと一緒に遊んで、ご飯を食べて、そんでまたツナと一緒にいた。

 それと…………ああ、忘れてはいけない。並盛中学校風紀委員襲撃事件もあった。漢字にすると長いなこれは。狙っている相手は不明、意図もわからず、目的も知らない。中々の難事件だ。

 

(きょーや大丈夫かなー。なんかきょーやのことだから場所が分かったらすぐ突撃しそうな気がする)

 

 それもとびきりの楽しそうな笑みを浮かべて、今の今まで溜まっていたストレスをすべてぶちまけるかのように戦うのだろう。

 そんな事を考えていた時、

 

 ぱきんっ!

 

「え?」

 

 固い金属がはじけるような小さな音。それの少し後に、カーペットの敷いてある床に何かが当たってぼとりと鈍い音を立てた。怪訝に思って下を見てみると、それは首に下げるチェーンの部分が無残にもちぎれ飛んだ、ペンダントだった二枚貝のアクセサリーが。さっきの甲高い音は、このペンダントの鎖が飛んだ音だったのだ。

 パラパラとチェーンの残骸が床に落ちる。さっきまで普通に桃凪の首にかかっていたものだ、なのになぜ。

 理解できない状況だが、とりあえずは散らかってしまった部屋をきれいにしようとする一般的な思考回路が先んじる。桃凪は呆然としたまま椅子から降りてかがみ、チェーンだったものを右手の指でつまんで左手の手のひらに乗せまとめてゴミ箱へ捨てた。

 

「これ、結構お気に入りだったのに」

 

 チェーンはもう修復できないから、新しい……今度はチェーンではなく紐でも買ってこようかと思いながらペンダントの本体へと手を伸ばし、その時。

 

 ――――……!!

 

 視界が反転した。

 

 

 

 

 

「並中大丈夫なの? また襲われたらしいじゃない」

「何それ?」

 

 月曜日の早朝。いきなり奈々がツナに言った一言は、それなりに物騒だった。けれど、夜遅くまでゲームをしていたせいで寝ぼけていたツナの頭には上手く入らなかったらしく、また身に覚えのないことでもあったので、そのまま聞き返す。

 と、そこでもうすでに起きて朝食をとっていたリボーンがその情報に補足を加えた。

 

「この土日で並盛中の風紀委員8人が重傷で発見されたんだぞ。やられた奴は何故か歯を抜かれるんだ、全部抜かれた奴もいたらしいな」

「……え!? マジで!? な、なんでそんなことするんだ……?」

「さーな」

 

 ツナの予想をはるかに超えた痛そうで物騒な話に、寝ぼけていた頭も覚めて血の気が下がる。それでも襲われたのは風紀委員で、無差別ではないらしいということがまだツナの危機感を薄くさせていた。

 

「ねーツナ、護身用に格闘技でも習ったら?」

「な!? なんでそーなるんだよ!!」

「そりゃ心配だからよ! 自分の身は自分で守らなきゃ」

 

 そう言って力説する奈々にツナはげんなりとした顔を向ける。護身術とかどう考えてもめんどくさそうだ、やりたくない。それに奈々のこういうのは結構突発的なのだ、いちいち付き合っているのは疲れる。ただでさえ、最近は家庭教師のおかげで気の休まる日がないというのに……。

 

「それに、男の子は強くなくっちゃね!」

「だな」

「余計なお世話だよ!? つーかオレ関係ないから! 不良同士の喧嘩だよっ! やられてるのは風紀委員ばっかりなんだろ?」

 

 そう、いわゆる他人事だ。いくらツナの在籍する並盛中学校とはいえ、風紀委員会は構成はほぼ不良。つまり、今回の事も不良同士の争いかなんかだろう。

 それでもなお護身術を勧めてくる奈々を何だかんだであしらいながら椅子に座ったツナだが、何かがおかしい事に気づく。それは奈々も気づいていたようで、不思議そうに首をかしげていた。

 

「桃凪、まだ起きてこないのかしら? いつもはツナより早く起きてくるのに……」

「本屋で新しい本買ったって言ってたしなー。読みふけってて寝るの遅かったんじゃ?」

「うーん……、ツナ、桃凪起こしてきてくれる?」

 

 そう奈々に言われて、視界の隅っこに護身術についてのチラシが大量に積まれているのも見つけて、ツナは慌てて席を立ち二階へ向かう。

 しかし、奈々に言われずとも桃凪がこんなにも起きるのが遅いのは珍しいのではないだろうか。妹はどちらかというと昼型だ、夜は早く寝るのが基本のはず。

 桃凪の部屋の前に付いたツナは軽くノックしようとする……が、突如として寒気のような何かを感じて縮こまった。背筋をぞくりと何かが通り過ぎるような感覚、思わずあたりを見回すが、なにもおかしいことはない。

 

「なんだ……? 今の……」

 

 風邪でも引いただろうかと思い二の腕をさするが、もうすでに寒気は何処にも無くなっていた。改めてドアをノックする、返事はない。

 

「桃凪ー。朝だぞ?」

『…………つな?』

 

 ドアの向こうから聞こえてきた、小さくてくぐもった声、何処となく不安定で、ゆらゆらと落ち着きがない。嫌な予感がまた浮かび上がる。この感覚は、昔感じたことがあったような。

 

「桃凪? どうしたんだ?」

『あー……ちょっと具合悪い、今日学校休む……。朝ごはんはいいや』

 

 とても具合の悪そうな声。体調が悪いとか、それだけだろうか。桃凪は嫌なことは嫌というし、痛いなら痛いと言う、だから心配はいらないと思うが……。

 

「そっか、……あんまりひどかったら病院行けよ?」

『うん、………………ねえ、つな』

「?」

 

 ドアに向かって背を向けたツナに、桃凪が声をかけてきた。振り返ったツナ。しばらく、両者音もなく。

 唐突に桃凪が告げた。

 

『ありがと。……元気出た』

「? うん」

 

 やはり、今日の桃凪は少しおかしい気がする。

 いつもと様子の違う妹を怪訝に思いながらも、ツナは階段を下りてキッチンへと行く。先ほどまではツナと奈々とリボーンしかいなかったはずだが、いつの間にかそこにランボとイーピンとビアンキが追加されていた。

 

「母さん、今日桃凪具合悪いから学校行かないって。朝食もいいらしいよ」

「え、そうなの? もう桃凪の分も作っちゃったのに」

 

 桃凪の分であろう料理のお皿を持って奈々が困った顔をするが、あとでお腹が空いた時に食べてもらえばいいかとラップをかけてテーブルの隅っこに置く。もうすでに全員分の朝食は作り終わっていて、キッチンは香ばしい匂いが漂っていた。

 

「ほらツナ、早く食べないと遅刻するわよ」

「え? ……ゲッ!? もうこんな時間かよ~!」

「ツナはもう少し早く起きればいいのよ。ママン、おかわり」

「イーピンのおかずいただきだもんねー!!」

「●@■°ΣΔ!!」

「お前ら騒がしーな。朝食はもうちょっと静かにくえねーのか」

 

 いつものようにわちゃわちゃと朝のひとときが始まり、日常が戻って来る。

 先ほどツナが感じた悪寒も、様子のおかしかった桃凪の事も、時間の流れに流されて忘れてしまった。

 

 

 

 

 

「ありがと。……元気出た」

『? うん』

 

 ベッドに寝転んでそう答えた。元気が出たのは本当だ。少なくとも先ほどよりは、ずっと。

 階段を下りるツナの足音を聞きながら、桃凪は脈動する頭痛をかみ殺す。

 ――――……。

 

「…………痛い」

 

 ずきずきとか、そういう安直な表現ではとても表せない激痛、鈍痛。昨日の夜初めて訪れたその痛みは、次の瞬間桃凪の意識を奪い去り暗闇の世界へといざなっていた。朝ツナに話しかけられるまで、気絶していたのだ。

 目が覚めても痛みは消えておらず、さっきからずっと、息をするだけでも激痛が走っている。心なしか寒気もしてきて、桃凪は蒲団の上の毛布を引っ張りくるまった。

 頭痛、と言うものの原因は主に疲労や病気……病気は種類が多すぎるから分からないが、目や肩の疲労で偏頭痛が起きたりすることがある。どくんどくんと脈打つようなこれは偏頭痛の症状かもしれないが、それ以上に視界がぼんやりとしていて明朗としない。薄い霧がかかっているようだ。

 急に訪れたその痛みの原因を、桃凪は探ろうと考える。しかし、

 

(……だめだ。まともに考えられない)

 

 思考を働かせるべきである頭が苦痛を発していて、とても頭を動かすことなど出来そうにない。パズルのピースを元に戻すために使う手が、折れてしまっていては動かせないのと同じように。考えることもできない今、桃凪は完全に無力なただの少女だった。

 でも、わかることがひとつ。

 自分はこの痛みの記憶がある。どこで体験したのかは思い出せないが、確かに覚えているのだ。

 ――――……。

 どこだったろうか、思い出さなければ。思い出さないと、この頭痛は一生続く気がする。頭痛の他に耳鳴りもしてきたのだ、こんなものが一生涯続くなんて御免こうむりたい。

 ずくんずくんと、こめかみに釘を打ち込まれたような痛み。目を閉じて回想を開始。

 ――――……。

 ぼんやり浮かび上がるのは、ほほに触れる暖かくも冷たくもない手。綺麗な満月に、体を覆う――。

 

「……霧」

 

 唐突に思い出した。

 ――――……。

 夢のような場所で邂逅した一人の少年。彼のその手のひらに触れられて霧が発生した。その瞬間、強烈な痛みが生まれたのだ。あの時の痛みと今の痛みは、程度こそ違うが非常に似通っている。

 もしやこの痛みは、あの夢の少年からの何らかのメッセージなのだろうか?

 

「…………、」

 

 頭痛の奥底、耳鳴りの遠く、深く深くにもぐりこむ。じわじわ滲んでくる脂汗をうっとうしく思いながら、聞こえてくる囁きに耳を澄ました。

 ――――……。

 砂嵐のように明瞭としない声から不純物を取り除いて、泥水を清水に直すように濾過していく。

 思い出せ。忘れていた彼の名は、月の美しさを理解出来なかった彼の名を。

 その名は、

 

「……ろくどう、むくろ?」

 

 ――――……。

 記憶の蓋が開かれ、パンドラの箱が放出する。それと同じく、ノイズのような耳鳴りが変化し、はっきりとした声となった。さらさらと流れる清流のように澄んだ声、今は余さず聞きとることが出来る。とても懐かしい声色、あの日聞いたままだ。

 骸が囁いた言葉とは。

 

 ――――……おいで。

 

 聞こえたのはそれだけ。単純にして明快で、仰々しい言葉もなく、飾るほどの語彙もなく。けれど、言葉通りの懇願では決してありえない、絶対的な命令。だからこそ逆らえない。抗えない。

 呼ばれている。呼ばれている呼ばれている呼ばれている。

 

「…………っ!」

 

 声を自覚した瞬間、痛みがより増してきた。自分の頭の中でまったく違う生き物が不気味に脈動しているような気味の悪さ。だんだんとそれは存在感を増していき、いつかは頭蓋を割って這い出てくるのではないだろうかとまで思わせる、恐怖。

 呼ばれて、いる。

 

「…………行かなきゃ」

 

 苦痛はそのまま鎖となって、桃凪の行動を束縛する。桃凪に残されている選択肢は一つだけ。選ぶのではなく、選ばされた。選択権はあるようでない、最初からそれ以外を選ぶことなど許されていないのだ。

 それでも、桃凪にだって意地があった。

 ぐらぐらする頭のせいで重心のとれない体で必死にパジャマから普段着へ着替え、そのまま這いずるように勉強机へと向かう。筆箱の中からシャーペンを取り出し、手のひらに痕が残るほど強く握りしめる。広げられたままの日記帳に、シャーペンを走らせた。

 

(……つな)

 

 メッセージ、と呼べるような高尚なものではないかもしれない。そもそも、呼ばれているとは言ってもどこに行けばいいのかわからないのだから、これから行く場所を書くことも出来るはずもない。

 ここに書き残すこと、それは宣言だ。

 どこに行こうとも、何になろうとも、必ず桃凪はツナのいる場所へ帰って来る。助けは呼ばない。絶対に、自分の足で帰って来ると。

 震える手で書き記す。

 

つなへ

 

 私、行かなきゃ。

 大丈夫、ちゃんと帰って来るから。心配しなくてもいいよ。私の帰る場所は、つなの所だから。

 だから、

 

「……いってきます」




読んでいただきありがとうございました。

今回の改稿作、桃凪側はあんまり変わりません。話が進むごとに少し変わるとは思いますが。
黒曜編は複数の視点から物語を進めていきたいですが、原作キャラの視点だとどうしても原作寄りになってしまうので、オリジナルキャラクターのリータに登場してもらいました。このお話はリータの掘り下げエピソードでもあります。全国のリータファン(いるかわからないけど)やったね!
それと考えましたが、少しだけ恋愛展開を入れたいと思います。と言っても恋愛が苦手な作者の書くものですので、そこまで大々的ではありません。スパイスとしてお楽しみください。

長くなってしまいましたが、最後に。

こんな作者ですけれど、見捨てないでくれるとうれしいですo(_ _)o


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第二十三話 「vicenda」

続きました。けどまだ新しい所じゃないですごめんなさい!


vicenda……ヴィチェンダ:変化

第二十三話「変化する」


 

 

 

 

 

 ふわふわと、どこか夢のような気分だった。

 でも夢ではなくて、これは間違いなく現実だった。

 だって、今自分の頭の中で鳴り響いている頭痛も、歩いているだけで荒くなってくる息も、こめかみを伝ってくる汗も、間違いなく現実のものだから。

 一体、自分はどれだけ歩いたのだろうか。それさえも曖昧になってくるほど、思考はぼんやりしていた。

 いっそのこともう、投げ出してしまえばいいかもしれない。自分の体と思考の所有権を一切合財投げ出してしまえば、この苦しみから逃れられる。なんとなく、そんな風に思うのだ。

 前に授業だったか、本を読んだときに見たことがあるのだが、人間の体は自分とは違うもの……他人の体の一部とかを移植されると、拒絶反応がおこるらしい。自分とは違う存在を、体が攻撃するのだ。

 この頭痛も、そういうものではないだろうか。自分以外の存在に抵抗するための、体の拒絶反応。

 だから、受け入れてしまえばいいのでは。

 

「…………だめかな」

 

 ちょっとだけ、そんな後ろ向きな考えが頭をよぎったが、すぐに頭を振って否定した。

 拒絶反応は、自分が自分であるために必要なものだ。その垣根を越えてしまったら、きっとそれは自分ではなくなる。

 

 桃凪は歩みをやめない。

 

 自分の意志で、進むのだ。

 

 

 

 

 

第二十三話 「vicenda」

 

 

 

 

 

 朝の通学路にて。

 いつものように学校へと登校しているツナだったが、今日はその「いつも」とは少し外れた日だった。

 まず、桃凪がツナと一緒にいないこと。具合が悪いらしい彼女は、今日は学校を休むのだそうだ。

 妹に対する心配ももちろんあるが、心のどこかで学校を休める桃凪に少し羨ましさを感じている……のは、この年頃の中学生としては当たり前のことだろう。

 

 そしてそんな違いなどどうでもよくなってくるほどの大きな違いが、もう一つ。

 

「本当、ツナ君に会えてよかったわ。あのままだったら大変なことになってたから」

「はぁ……えーと、どうも……」

 

 自分のすぐ隣で輝く光量最大の輝く笑顔。思わず目をそらしてしまうのは間違ってはいないだろう。

 

「お前、ディーノのことになるとしっかりしやがるのに、自分のことになるとダメダメだな。相変わらず」

「む、リボーン。それは違うわよ。確かに少し気が抜けてたかもしれないけど、私は私の弱点をしっかり把握してるし、それを克服しようと努力してる……はず、よ?」

「説得力ねーぞ」

 

 いつものようについてきていたリボーンと何気ない会話を交わしている彼女は、ツナにとって人生の先輩、もしくは憧れの相手でもあるディーノの姉、リータだ。

 実のところ、ツナはリータについてはよく知らない。彼女に懐いているのはむしろ桃凪だったし、リータが出すオーラというか、雰囲気が少しツナには近寄りがたかったというのもある。

 それに、

 

(うっわぁ……すごい視線を感じる)

 

 なんといっても、彼女が無意識に出している、人の目を引き付ける力……簡単に言えば、美しさだ。

 今現在もツナと同じく通学中の生徒達……それも男女問わずの視線が、それはもう集まってきている。人からいい意味で注目されることの少なかったツナには、正直言って少し居心地の悪い視線だ。

 そしてそれに全く気付いていないリータ。鈍感なのか、それともいつものことだからなのか……それはリータ本人にしかわからない。

 

「そういえばツナ君、桃凪はどうしたの? 今日は学校には来ないのね」

「あ、桃凪は体調が悪くて休むらしいです……」

「ふーん……」

 

 ツナがそう答えると、リータはゆっくりと朝の通学路を見回す。リータが視線を向けるほう、今まで彼女を見ていた他の生徒たちが顔を赤くして目線をそらした。

 やがてリータはある一点に視線を向けると、少し不思議そうに首を傾げる。

 

「……なんだか学生っていう割には毛色の違う人たちもいるのね。ほら、あそこの子たちとか」

「え? …………うわっ!」

 

 リータが指さす先にツナも視線を向ける。と、その顔がわかりやすいほど青ざめた。学校の校門前、同じブレザーを着た生徒たちにまぎれることなく、強烈な存在感を出す集団がいた。

 

「風紀委員だ……! あそこにもいるし……」

「そりゃあんな事件が多発してるからな。ピリピリもするぞ」

「? リボーン、事件って?」

 

 リボーンが言っているのは、今朝奈々が話していた並中風紀委員襲撃事件だろう。リータはそれを知らないらしいが、言われてみれば彼らの表情は一様に険しく、校門を通る並中生を眺めている。

 並中の不良に限らずどこの不良でもそうだろうが、基本不良とは売られたケンカは買う主義だ。襲撃犯の明らかな挑発に対してイラついているのか、きっちりと決まったリーゼントの下の顔は般若のように恐ろしい。

 

「こえー……。やっぱ不良同士のケンカなのかな……」

「違うよ」

 

 ツナの怯え交じりの疑問、それに答えたのはリボーンではなく、もちろん事件を知らないリータでもなかった。

 

「えっ……ひ、雲雀さん!?」

「チャオっす、雲雀」

「あら? この子……へぇ」

 

 風紀委員の特徴である学ランの上着を脱いで、涼しそうな半袖で歩いてきた少年、雲雀恭弥。風紀委員会のトップでもある彼が来た瞬間、辺りに散らばっていたリーゼント達が一斉に背筋を伸ばし、太い声で挨拶をした。

 相も変わらず、中学生とは……いや、人間とは思えない威圧感を出しているものだ。ツナの腰が引けてしまうのも仕方がないだろう。

 と、そこで雲雀の視線がリータへと向く。ここは並盛中の校門前であるからして、明らかに学校とは関係ないリータがあまりにも堂々と通学路にいることは、確かに傍から見てもおかしいとは思うが。

 しかしリータはそんな視線さえも意に介した風もなく、にこにこと雲雀を見返すだけだ。そのリータの余裕に比例してツナの顔色はさらに悪くなっていくのだが。

 やがて、雲雀は興味なくしたように……あるいはそれ以上に重要な事柄を思い出したように、目線をリータから外した。

 

(相変わらず、こえーなこの人……)

「雲雀、事件の犯人の目星は付いてんのか?」

「ちょ、リボーン!?」

 

 興味を無くしてくれたらそれでいい、そう思って何も話さず雲雀の視界から外れようとしたツナだったのだが、それを察したのかはたまた純粋な興味からか、リボーンが雲雀に質問した。

 雲雀は赤ん坊なのに馬鹿みたいに強いリボーンの事はそれなりに気にいって、認めている。ちらりと視線を向けた後、まだだよと簡潔に答えた。

 

「もちろん、逃がすつもりはないけどね。……降りかかる火の粉は、元から断つ」

 

 最後にそう言って、今度こそ雲雀はツナ達へと興味を無くした。その直後、

 

 ♪緑~たなびく並盛の~大なく小なく並~がいい~

 

 と、ツナにとっては朝礼や行事の時によく耳にする音楽、すなわちうちの校歌が流れてくる。今日は朝礼の予定はなかったし、そもそもどこにスピーカーがあるのだろうか。そう思ってキョロキョロとあたりを見回したツナだったが、何処にもそれらしきものはない。

 

(? どっから聞こえてくるんだ、これ)

 

 ピッ、と音がして校歌が止む。携帯の着信音? でも誰の

 

「僕だ。何かあった?」

(……雲雀さんの着うた!?)

 

 まさかの事実に愕然とするツナ。一体どれだけこの人はうちの学校が好きなのか。というかその着メロは自作なのか。

 まぁそれはともかく通話中に話しかけるのはよくない、と言うのは建前で早くこの場から抜け出したい。軽く会釈してその場から去ろうとしたツナ。リータは学校の中までついてくるつもりもなく、その場で別れることになった。

 はずだったのだが。

 

「……ふーん。ねえ、そこの君」

「は、はい!?」

 

 去り際、雲雀から声をかけられる。どこか嫌な予感を感じながらも、ツナは恐る恐る振り返った。

 そして雲雀から言われたことは、

 

「君の知り合いじゃなかったっけ。笹川了平、やられたよ」

「…………え!?」

 

 

 

 

 

 ずっと歩いて、歩いて。

 気が付けば、町の外まで行こうとしていた。

 歩いているうちに、進んでいるうちに、ひどかった頭痛はだんだんとおさまっていて、今は少しだけ視界がぼんやりと霞がかるのみだ。

 

「そこを、右、か」

 

 つぶやき、その角を右に曲がる。頭に響いてる(気がする)声のナビゲートはなかなか的確で、町の地図が頭にある桃凪からすると最短ルートで通っていると言える。

 ゆっくりと、しかし確実に骸へと近づいているのを桃凪は感じ取っていた。

 骸に会ったときに、まずは何から聞こうか。なぜ自分をここに呼んだのか? 目的は何なのか? そもそもこの力は一体どういう原理なのか? 聞きたいことはいろいろある。

 

(足痛い……)

 

 散歩とかはよくしていたけど、こんな体調で歩き回ったことは今までなかった。覚束ない意識を現実に強く繋ぎ止めてくれるのが、今まで歩きっぱなしだったことによって生まれた痛みだけだった。あとは、すべてのものが遠くに、絵本の中に見えてしまって、感覚が薄い。

 いつもは実感によってセーブしていることを、何気なくやってしまいそうで。案外、お酒を飲んだらこんな感じになるのかもしれない。

 とうとう並盛町を抜けた。何もない、田園地帯が広がるだけの大地に、一本の道路が通っている。そんな場所を、歩いて行った。……にしても、わざわざこんな距離から桃凪の家の近くの公園まで歩いてきたのだろうか、あの少年は。

 そして、

 

「……ここだ」

 

 ぴたり、と足が止まる。

 黒曜センター。おととしの台風で土砂崩れが起きたため閉鎖され、今もなお放置されたまま廃墟と化している複合娯楽施設だ。幼いころツナと両親とともに来たこともある。

 骸はこの中にいるらしい。

 廃墟なのだから、普通だったら正面の門は閉まっているはず。けれど目の前の門には錠もついていなくて、桃凪一人だったら楽々通れるスペースが開いている。誘い入れる気満々といった感じだ。一度入ってしまったら、出ることはなかなか容易ではないだろう。

 それでも、もう決めたんだ。

 

「……よし」

 

 掛け声ひとつ。桃凪は中に足を踏み入れた。

 骸がいるらしき建物はなんとなくわかる。今、骸と自分は見えない何かで繋がっているからだ。それが何なのかはわからないけど、繋がっているからこそ、自分はここに呼ばれたのだろうから。

 すっかり寂れてしまった施設の中を歩いていく。黒曜センターの中は不気味なくらいに誰もいなかった。元からそうなのか、それとも骸の差し金か。どちらとも知れなかったが、今はその方が都合がいい。

 やがて見えてきた建物は、いかにも廃墟だといわんばかりの有様だった。おそらく今の時間が深夜ならば、絶対に何か出るだろうという様相の。ところどころ崩れかけている箇所もある。でこぼこの地面を歩き、開いている入口からその建物の中に侵入した。侵入、で合ってるはずだ。望まれてここへ来たけど、自分は決して望んでなんかいない。

 こんな会い方など、望んでなんか。

 壊れかけの階段を上り、薄暗い通路を歩く。人の手によって作られた構造物であるはずなのに、まるで巨大な生き物の体の中に入り込んでいるような気味の悪い感覚がする。

 いや、それは間違いではないか。ここはもう骸のテリトリーなのだから。

 階段を登り切った先の通路、そこから繋がる一つの扉。

 

 そこに、六道骸はいた。

 

「……むくろ、久しぶり」

「……ええ、待っていましたよ」

 

 あの日と同じ声、同じ調子。ただ一つ違うことは、前はぼんやりとしていて定かではなかったその姿が、今ははっきり視認できること。

 

「私、こんなに早く会うことになるとは思わなかったよ」

「そうですか? 僕は予感していましたよ、いずれ必ず……君とは再会することになる、とね」

 

 そういう、予感じみた何かは桃凪も感じたことはある。さしたる確証も、理由もないのになぜか、「そうなる」という確信を持ってしまうことだ。大体、嫌な予感のほうが当たりやすいが。

 だがしかし、今はそれよりも、

 

「なんで、私を呼んだの?」

 

 これが、一番聞きたかった。

 桃凪はあの日の記憶を、頭痛がおこるまで――桃凪が骸に呼ばれるまで、覚えていなかった。忘れさせられていたから。夢の中の出来事だと、思わされていたのだから。

 招こうとしなければずっと忘れたままだったのに、忘れさせたのはそっちなのに、なぜ。

 思い出させてまで自分をここに呼んだ理由を、きちんと聞きたい。

 それを聞くと、骸は薄く眼を細め、口を少しだけ微笑ませた。菩薩のような、でも薄くて冷たい刃のような、笑顔。

 

「少し趣向を変えてみようと思ったから、ですよ」

「……えーと、趣向?」

 

 桃凪は首をかしげる。骸に言いたい、問題の答えだけを教えられても、その答えにいたるまでの過程がわからないのでは結局何もわからないのと一緒だ、と。どこがわからない、と聞かれれば、全部としか。

 

「ああ、趣向というのは……今やっていることについて。それはまぁ、気にすることではない。ただ、君を招いて、事態がどう動くのか興味があるんですよ。こちらもいい加減飽きがきていまして」

「……意味が分かんないけど、むくろは、私を使って何かしでかしたいってことだけはわかった……かもしれない」

「それでいい。君の疑問には、これから答えるつもりですから」

 

 この時、桃凪は何も知らなかった。はぐらかす様な彼の言葉に、理解が及んでいなかった。

 骸のしていることも、今の状況も、骸の目的も、骸自身のことも。

 だからこそ、

 

「君は、ボンゴレを知っているか?」

 

「……え?」

 

 だからこそ、骸の言った一言に、桃凪は凍り付く。

 ボンゴレ。今、彼はボンゴレといっただろうか。なぜ、その名前を。彼が。

 呆然と、何も言えずに立ち尽くす桃凪を見て、骸は笑った。その反応が桃凪から出たことが嬉しくて仕方がない、というような表情で、笑っていた。

 

「僕の目的を、教えてあげましょう」

 

 じわじわと、退路が断たれている。逃げ道が狭まれている。骸はそこから一歩も動いていないのに、見えない糸のようなものが、確実に。

 骸はまるで、物わかりの悪い生徒にやさしく教える教師のようであって、人をそそのかし罪を教える、聖書の中の蛇のようだった。

 

「ボンゴレとはイタリアを主体にする巨大マフィアの事だ。命令ひとつで容易く世界を動かすことのできる、裏世界の支配者」

 

 その話はもう、リボーンから聞いている。

 けれど、だからどうだというのか。

 桃凪は動けない。骸から発される、その威圧感。悪意とも呼べるだろうそれが、桃凪の足を地に縛り付けていた。石になってしまったみたいに、動けない。

 

「僕の目的とは、このボンゴレを乗っ取りマフィア間の抗争を起こすこと。そうやって世界を混乱させ、その混乱に乗じて世界中の要人を乗っ取りさらにこの世界を破滅へと近付ける」

 

 熱の無い演説のごとく、淡々と骸が語る話は荒唐無稽で、非現実的で、血なまぐさくて、到底信じることなどできない。

 しかし、それを否定する材料もまた、桃凪にはなかった。

 

「そのために…………むくろは、ここに、来たんだね」

 

 頭の中が真っ白になりながらも、かろうじてつぶやいた一言。その言葉に、骸は(わら)った。

 

「ボンゴレは、そろそろ代替わりの時期のようですね。ボンゴレの後継者がここ、日本にいると知り、僕は彼を炙り出すことにした」

 

 ぎゅう、と心臓が締め付けられる。動悸が早くて、耳のすぐそばに心臓がやってきたように、うるさい。先ほどの苦痛とは全く別の、でも同じくらい嫌な汗が滲んできた。

 

「とは言っても……ボンゴレの情報が何もなかったので、仕方なく非道な手段を取らせていただきました……仕方なくね」

 

 骸は少しだけ困ったようなふりをしながら、肩をすくめる。その言葉はまるでコピー機から吐き出される用紙のように薄っぺらかった。

 と、ここまで聞いて、桃凪はようやく危機感を覚え始める。骸はこちらを害する気はなさそうだが、もしそのような気になれば桃凪など一瞬のうちに下せるのだと、実感がわいてきたからだ。

 日常的に非現実的な危険に見舞われていたからか、それともそんな毎日をなんだかんだで生き残っていたからか、じわじわと内側から燃えてくるような焦りを感じながらも、意外と頭の中は静かだった。

 しかし冷静だからこそ、逆に分かってしまった。

 

「君のいる並盛中で起きていた襲撃事件は、全てボンゴレを見つけるためだった。気づいていましたか?」

 

 骸が標的としている人物は、自分の兄であるということ。

 そして、骸は桃凪をここから逃がすつもりがないということ。

 

(……どう、しよ)

 

 ツナには関係ないと思っていた。だから何も告げずにここに来た。自分一人で何とかするつもりで来ていた。

 でも、それは間違いだったんだ。

 相談するべきだった、助けてというべきだった、打ち明けるべきだった。そうすれば、

 

 自分のせいで、ツナが傷つくこともなかったのに。

 

 きっと、ツナは迎えに来るから。桃凪を、見失ったりしないから。

 たとえそこが、蛇の巣だったとしても、必ず。

 

「……わ、たしは」

「?」

「……いつの間に、私を忘れていたんだろ」

 

 気が付くと声が漏れていた。考えていった言葉ではなく、ただ率直に、感情の赴くまま、支離滅裂に吐き出された言葉が、それだった。自分でも、意味が分からない。

 

「…………君は、いや、その話は後にしますか」

 

 骸がソファーから立ち上がり、そのままこちらに一歩、二歩。ゆっくりとした足取りで歩み寄ってきた。こちらを捕まえようとか、そういった気概は全く感じられない、実にリラックスした足取りだった。

 それもまた当たり前だ。ここは骸のテリトリーで、領域で、王国なのだ。この中にいる限りは桃凪は骸から逃げられない。逃げられる可能性も、無くなってしまったのだから。

 

「僕の遊びに付き合ってもらいましょうか、沢田桃凪姫?」

「…………」

 

 詰んでいる。確実に、チェックメイトの状況だった。ここから逆転する可能性は万に一つもなく、あとはただ無慈悲に手が振り下ろされるのを待つだけ。そういう展開。リセットボタンなんてないのだから。捕まるしかない、けれど。

 

 それでも、桃凪はあきらめたくなかった。

 

 桃凪の中にある、負けず嫌いな部分が、この状況を良しとするのを拒否していた。

 曰く、

 

 こんな奴に負けてたまるか。

 

「……ッ!」

 

 そう思うと、体が勝手に動いていた。立ち向かうことではなく、逃れることを。己の中に建てた誓い……必ず、ツナの所に帰るのだと。その願いを支えに、桃凪は骸を背にして逃げ出した。

 しかし、

 

「うわっ!?」

 

 走り出してすぐ、何かに体がぶつかる。壁とかの障害物のように、衝撃の全てが自分に返ってくるような硬質さはなく、むしろ人肌の温かささえ感じられる。少し遅れて、それが人間なのだと理解した。

 一瞬、骸の仲間がやってきたのかと思い、すぐに疑問を覚える。ぶつかった衝撃はずいぶん軽かった。元から小さい桃凪が衝撃でしりもちをついていないのだ。桃凪よりも小柄など、小学生くらいしかいない。

 耳に聞こえてきた、ばたんと重たいものが落ちる音と、ばさりとそれで空気がかき乱される音。すぐ近くに、桃凪の身長の半分はあるのではないかと思うほど巨大な本があった。桃凪はそれに、その本の持ち主に見覚えがある。

 あるけれど、信じられない。

 目の前にいる少年こそが、その本の持ち主で、桃凪のよく知る友達で。でも、決してこんな場所にいていいような少年ではなかった。なかった、はずなのだ。

 

「…………ふーた、なんで?」

「……桃姉ぇ、ごめんなさい」

 

 桃凪の目の前に、フゥ太が立っている。最近姿を見ていなかった。でも、だからって。

 ひどく憔悴したような顔で、今まで見たこともないような表情で、フゥ太がこちらを見ていた。いつもはくるくると動くまあるい瞳に、じんわり涙がたまっている。

 もう意味が分からなかった。すべてがおかしかった。今まで信じてきたものは、いったい何だったのか。どうして、こんな目にあっているのか。こんな、危険な目に。

 …………危険。

 そうだ、危険は。

 すぐ、そこに。

 

「歓迎しますよ」

 

 声は桃凪の背後から、囁くように滑り込んできて。それと同じく、あの時のような霧が辺りを取り巻き、桃凪の意識は繭に包まれるようにおぼろげになっていく。ふわふわと、自我が緩やかに崩れていく音が聞こえたような気がした。

 ぐらり、と体が揺れる。

 ――――不確かな世界へと、桃凪は沈む。

 

 

 

 

 

 まるで災害でも起こったかのような繁盛具合。リータは並盛中央病院にて、漠然とそんなことを思う。

 ツナは病院について一目散に病室……笹川了平がいる所に駆けて行ってしまった。それをリータは追いかけて、運よく、病室までの正確なルートを進むことができている。

 彼女の中には、一つの疑念があった。

 リボーンから襲撃事件の話を聞いてから、ずっと、ある少年たちのことが頭をよぎっているのだ。あの夜に、道を聞いた少年二人。あの時は気にしていなかったが、あの身のこなしは明らかに裏の世界の人間だとリータは気づいていた。

 夜に徘徊している裏世界の少年たち、そしてボンゴレ後継者であるツナの学校で起きている襲撃事件。いくら何でも別件として片づけるには少々つじつまが合いすぎていた。

 

「……一体、何が……、!」

「きゃっ!」

 

 考え事をしながら歩いていたからだろうか、曲がり角から慌てて飛び出してきた影、避けきれずにぶつかってしまう。

 相手がバランスを崩し転倒しそうになっているのを見て、半ば反射で手を伸ばし、助ける。

 ぶつかった相手は、明るい色の髪を外はねのショートカットにしたかわいらしい少女だ。

 

「ごめんなさい、大丈夫? ケガは?」

「ご、ごめんなさい! 大丈夫です……あ、あの、7号室ってどこかわかりますか!?」

「え?」

 

 焦りで顔を白く染めながら、少女が縋り付くようにリータに聞いてくる。少女の剣幕に驚いたわけではないが、思わずリータは驚きの声を上げていた。7号室は確か、笹川了平が入院している場所のはずだ。

 

「……貴女、もしかして笹川了平君の知り合い?」

「! お兄ちゃんを知ってるんですか!?」

 

 お兄ちゃん、ということは了平の妹、ということなのだろう。となるとツナとも知り合いなのかもしれない。

 

「彼の知り合いのツナ君が私の知り合いなの、だからこれから様子を見に行くのよ。ツナ君は先に行っているわ」

「ツナ君の……?」

「ええ。ツナ君よりもリボーンとの方が付き合いが長いけどね。……それとね、少し落ち着きなさい。そんな様子で病室に行くと、入院している方に心配されるわよ?」

 

 少女の肩に手を置いて、リータはじっと目を見つめる。目の前の少女は明らかに冷静を欠いていた。せわしなく動く目が、心配そうに握られた手のひらが、それを示している。

 

「病人……まぁ怪我人だけど、にはね? そういう風に切羽詰った雰囲気が毒になるのよ。だから……ほら、深呼吸して」

「は、はい……」

 

 そのまま、少女は目を閉じて静かに深呼吸する。さっき会ったばかりの人間の言うことをすぐ聞くとは、純粋というより世間知らずと評したほうがいい少女だった。

 

「落ち着いた? じゃあ行きましょうか」

「……わかりました。……あの、お姉さんは」

「私はリータよ。貴女の名前は?」

「笹川京子、です」

「そう、京子」

 

 少しだけ冷静になった京子と一緒に、了平の病室へと行く。

 件の病室の扉が見える位置、どうやら我慢しきれなかったらしい京子がダッと駆け出し、急いで扉を開けて開口一番こう言った。

 

「お兄ちゃん! なんで銭湯の煙突なんて上ったの!?」

「なんとなくだ!」

 

 一瞬聞いただけでは意味が分からない言葉だったが、それに淀みなく、むしろ勢いよく答えている少年が恐らく、京子の兄である了平なのだろう。すぐそばにはツナが立っていて、なんというか「どんな言い訳だよ」とでも突っ込みを入れたそうな顔をしていた。

 

「お兄ちゃん……、それほんとに捻挫なの?」

「ああ!」

「嘘!? 捻挫で入院なんてするの!?」

「酷い捻挫だからな!」

「手の包帯も!?」

「手もだ!」

 

 どこか噛み合っているようで噛み合わない会話。それでも京子の心配は本物で、了平は京子に心配をかけまいとしているのは、傍から見ても感じ取れる。

 やがて、今まで張りつめていたものが崩れてしまったのか、京子の表情がじわりと溶ける。眉は八の字に寄せられ、肩が落ち、ゆっくりと瞳が潤んできて、最後は涙声になってしまった。

 

「でも……よかった……。生きてて……よかったよぅ……」

「な、なな泣くなと言っているだろ!」

 

 ベッドの上の了平もやはり、家族の涙には弱いのか。本来なら安静にしておくべき体をあたふたとさせながら必死に京子を慰めていた。

 ツナが空気を読んだのか、そっと病室を後にする。入口にいたリータもそれに倣い、そっと病室の扉を閉めた。

 病室を出て、少し歩いて、廊下について。

 ツナは頭を抱えていた。

 

「なんで!? お兄さん風紀委員じゃないじゃん! 一体どーなってんだこれー!!」

(……あら、ツナ君気づいてなかったのかしら)

 

 病院には並中生ばかりだった。あの学校の風紀委員の規模はどれくらいのものかはリータにはよくわからないが、少なくとも風紀委員の知り合いだけではここまで大人数が集まったりはしないだろう。

 

「ねえリボーン、私、この間の夜にそれなりに出来る男の子たちと会ったのよ。関係あるのかしらね?」

「確証はまだねーが、考えられる可能性はあるぞ」

「やっぱり? ……ふう」

 

 リボーンの心当たり、とは何かはわからないが、なんとなくは予測でき。思わずリータはため息をついた。とても面倒な問題になってきたからだ。

 この事件がボンゴレと何の関係もないただの襲撃事件ならば、リータはキャバッローネファミリーボス補佐としてのしがらみなど全く関係なく、ツナ達に手を貸すことができる。けれど、もしこれがボンゴレが絡む事件ならば、ボンゴレの傘下であるキャバッローネファミリーはボンゴレの指令を待たなければいけなくなるからだ。

 まだ若い子供が、将来のためとはいえこういった危険なことに巻き込まれる事実。マフィアの世界で生きている以上避けられないことだとは理解できているけれど、やっぱりどこか心が重くなってしまう。彼のように望まずに巻き込まれた少年を見ていると、特に。

 少し憂鬱な気持ちでツナに目を向けると、彼は同じく病院に来ていたらしき知り合いから事件のことについて詳しい話を聞いている所だった。

 

「……つまり、風紀委員だけが襲われてたんじゃなくて、並中生だけが襲われてたってこと!?」

「そうみたいだ……マジヤベーって明日は我が身かもしれないぞ!?」

「う、嘘だろ……」

 

 自分の近くにある危機的状況に合点がいったらしく、さぁーっとツナの顔から血の気が引いていく。今までツナは「自分は風紀委員と何のかかわりもない中学生」だと思っていた。だから、いくら危険が間近に迫っていても余裕を持っていられたし、自分が危険に陥る心配などこれっぽっちもしていなかったのだ。

 けれどそれは間違いで、自分が並中生である限り常に狙われ続けているのだとわかってしまって。外に出たら最後鬼みたいに強い襲撃犯にボコボコにされて病院送りになってしまう、そんな想像……実際に現実になるかもしれないそれが頭をよぎり、ツナの足は震えだしていた。その隣でリボーンが「やっぱり護身術習った方がいいな」と不穏なことを口走っていたのだが、あいにくツナの耳には入っていなかった。

 おびえた子犬というか、むしろ生まれたての小鹿のように震えているツナを見て、リータは感慨に近い何かを抱く。彼のその姿がどうしても、昔のディーノと被って見えてしまっているから。

 

(本当にそっくりね、あの二人。ディーノがあの子を気に入る理由がわかる気がするわ)

 

 少しだけ、今の視界に過去の状況を重ねていると、後ろから足音が聞こえてきた。その足音の主はリータからは見えないが、視界にいる並中生がそちらを確認したとたんに一斉に頭を下げるのを見えて、好奇心から彼女は後ろを振り向いた。

 廊下の奥の方から歩いてくる黒い影。リーゼントと学ランという、とても特徴的な姿をした少年たちだった。確か、朝校門にいた風紀委員もあのような服装をしていた気がするので、おそらく彼らは風紀委員だろう。

 口にはっぱをくわえた大柄な風紀委員と、それに付き従うように歩いてくるもう一人の風紀委員。視界の端で、ツナが先ほどの知り合いに頭を下げさせられている様子が見えた。暗黙のルール、というものなのだろうか。まるで大名行列のようだ。

 二人組の風紀委員はそんな周りの様子など気にした風もなく、淡々と会話をしながら歩いていく。

 

「では、委員長の姿が見えないのだな」

「ええ。いつものようにおそらく敵の尻尾をつかんだかと……、これで犯人側の壊滅は時間の問題です」

「そうか」

 

 そんな会話が聞こえてきた。

 

「どうやら、雲雀が動いたみてーだな。ま、当然だろ。ここらで一番強いのはあいつだからな」

 

 足元にいるリボーンが独り言のようにつぶやいている。

 

「雲雀ってもしかして、朝に会ったあの子?」

「そーだぞ。ツナのファミリー候補だ」

 

 朝、ツナについて行って学校まで行ったとき。周りの子たちとは明らかに一線も二線も違う雰囲気を出していた、鋭い目をした少年のことか。

 彼がどうやら、今回の犯人の所に単身乗り込んだらしい。

 周りでは、彼が動いたのならもう大丈夫だ、と生徒たちの安堵と喜びの声が聞こえる。普段は恐れられているが、その恐れのぶん、信頼されてもいるのだろう。

 

「……でも、本当に大丈夫なの?」

「それはわかんねーな。雲雀は確かに強いが、それでも一般人から抜け出ている程度だ。……犯人がマフィアならあいつより強くても不思議じゃねー」

 

 少しだけ、リータは息を飲んだ。こういう時のリボーンの観察眼は本物だというのが、彼女にはわかっていたからだ。

 もしリボーンの言っている可能性だった場合、一人で死地に乗り込んだ少年はどうなるのか?

 

「って言ってもな、相手が並のマフィアじゃ無理だろうな。よほどのことがない限りは大丈夫だ」

「……なら、いいけど」

 

 リボーンの言うことを信じたい。

 でも、リータはこの感覚に覚えがあるのだ。昔体験した、そんなはずはない、起こるわけない、そう思っていることほど、現実になりやすい。嫌な予感ほど鮮明で、叶いやすいものもない。今回も。

 だからそれが現実になってしまわないように、リータはそっと祈っていた。

 

 

 

 

 

 リータの祈り。それは実際に死地にいる少年……雲雀からしてみれば、てんで見当違いのものであった。

 まずは一人二人小手調べに。黒曜センターにて、雲雀は大勢の黒曜の生徒に囲まれながら自らのトンファーの調子を確かめていた。すれ違いざまに数人の男たちを殴りとばしながら、悠然と歩を進める。

 歩きながら襲ってくる奴をまず一撃、後ろから武器をふりあげられたので避けて相手がバランスを崩した所で一撃。これで四人。

 襲撃事件の犯人、雲雀からすると悪戯の犯人がどこにいるのかはわからない。しかし、そんなことは雲雀にとってさしたる問題ではないのだ。

 片っ端から潰していけばいい。

 五人、十人。そろそろ両手じゃ数えられなくなった。人探しをしているだけなのに次から次へと人が襲ってくるのは正直言ってうっとうしい。どうせ強くも無いくせに、群れで襲ってくるのはもっとうっとうしい。

 二十、三十。そろそろ数えるのが面倒になってきた。

 目に付いた建物に足を運ぶ。足元の割れたガラスが革靴に潰されぱきりと音を立てて割れた。

 雲雀の通った道、その道程には彼が倒した敵が積み上がっていて。先ほど不意打ちをしてこようとした奴もいたが、そんなことはわかっていたので特にどうというわけでもなく。

 驚くほど簡単に、彼は黒幕と相対出来ていた。

 

「やあ」

「よく来ましたね」

 

 相手は余裕と自身に満ち溢れた声をしていてむかつくが、この場面で怯えるようならそれはそれでつまらない。どっちにしろ咬み殺すのだけど。

 ああでも、それよりも。

 

「……それなに」

「? それ、とは?」

「それ」

 

 ぴっ、と雲雀が持っていたトンファーで、黒幕の少年の隣を指し示す。

 そこにいたのは、ソファーに寝転んでぐったりとしている、あのめんどくさい小動物だった。車で轢かれた猫のように動かないが、かすかに呼吸の音が聞こえる。まだ、生きているようだ。陽だまりで日向ぼっこしてるほうがお似合いの小動物が、なぜかここにいる。

 正直、いらない、すごく邪魔、必要ない。帰れ。

 

「……何でここにいるのか、ということでしたら。僕が招いたからですよ」

「…………ふぅん」

「知り合いでしたか?」

 

 認めたくないが、顔は知っている。

 

「クフフ……そうですか。ならば話は早い、彼女の身が惜しければ……」

「うるさい」

 

 知っているが、それがどうした。

 雲雀に人質など通用しない。だって、その気になれば一人でだって生きていけるのが彼なのだから。

 小動物がいたのは予想外だったが、別にそれだけ。情とか義理とかを求めているのならば、それは大きな勘違いというものだ。

 あの小動物は勝手に雲雀の傍に来て、勝手にそこに居座っているだけ。別に一度たりとも雲雀がそこにいて欲しいと頼んだわけじゃないし、居ても居なくても、どちらでもいいと思っている。

 だから雲雀が彼女を助ける理由など無いし、捕まったのなら勝手に抜け出せばいい。小動物自身も、雲雀が助けてくれるなど露ほども思っていないだろう。

 助けを求められたわけじゃないのに助けるなどばかばかしい。そういうことは弱い草食動物たちが自分たちのコミュニティで行えばいいだけだ、雲雀がそんなことをするわけがない。そもそもの話、

 

 あの小動物が、このような状況に陥った時、雲雀に助けを求めるはずがないだろう。

 

 勝手になんとかすればいい。それができないのなら、自分の隣にいる価値などないのだから。

 

「そんなつまらないことで、時間を消費したくないんだ」

「クフフ、随分と薄情ですね」

 

 もうこいつとは口を利かない、話しても話さなくても同じ結果なのだから。そう思って雲雀は歩を進め。

 ……。

 …………? 何かおかしい。

 

「おや? 汗が噴き出していますが、どうかなさいましたか?」

「……黙れ」

 

 冷や汗、なはずはない。恐怖など感じるはずもないし、焦っているわけでもない。戦いの時の緊張感とも違う。

 ならばこれはなんだ?

 

「しっかりしてくださいよ。ほら、僕はこっちですよ」

「……っ!!」

 

 足がふらつく、体のバランスがおかしい。三半規管が無くなってしまったような不安定さ。この感覚は、

 男が手元にあるスイッチをいじる。カチリという音と共に辺りが電灯に照らされ、今までよく見えなかった部屋の様子が鮮明にわかるようになった。

 

「海外から取り寄せてみたんです。クフフフ、本当に苦手なんですね。――――――桜」

 

 そこには、季節外れに狂い咲く、満開の桜の木。

 

 

 

 

 

 ぶち、という音がした。

 ツナが足元を見てみれば、ぴちぴちと跳ねまわる気持ちの悪い物体が。

 

「な、なんだこれ!?」

「あら、リボーン。レオンの尻尾切れたわよ」

「そーみてーだな」

 

 どっからどう見ても気持ち悪い光景なのにこの二人は何とも思ってないのか!? と一瞬ツッコみかけたツナだったが、むにゅむにゅと変化しているレオンの姿を見ていると、そんな考えは吹っ飛んでいた。

 

「だ、大丈夫なのか? レオンいろんなものに変わりっぱなしだぞ!?」

「尻尾が切れて形状記憶の制御が出来なくなってんだ。時間が立てば収まる」

「なんじゃそりゃ……」

 

 相変わらず思うが、レオンは本当に地球の生き物なのだろうか。宇宙からやってきたと言われた方がまだ信用できる気がする。形状が変化するカメレオンという時点でそもそもあれだが、生態が謎過ぎて。

 もっとも、リボーンも同じくらい謎だから二つ合わせればイーブンなのかもしれないが。

 その時、向こうの廊下からガラガラとキャスターの転がる音が聞こえてきた。病院だから担架に人を乗せて運んでいるのだろう。けれど、騒がしい音はツナの身をすくませる。この状況ならば、なおさら。

 

「どきなさい! また並中生がやられた!!」

「……え!?」

 

 担架に乗って運ばれていったのは、先ほど病院を出ていったばかりの風紀委員の片方だった。ツナには、彼が風紀委員副委員長の草壁哲也だとはっきりわかる。副委員長のまさかの様子に病院にいた並中生からざわりと動揺が広がった。

 

「草壁さんだ!」

「病院出てすぐにやられたんだって……!」

 

 そんな、確か雲雀が敵を倒しに行ったはずだ。それなりに時間が立っているから、今頃はもう相手のグループは壊滅していてもおかしくはないはず。なのに、何で。

 まさか、雲雀が負けた?

 

「……ねえリボーン、最悪の可能性、叶っちゃったんじゃないかしら?」

「レオンの尻尾も切れたしな。これが切れるってことは、不吉だ」

 

 あの雲雀が喧嘩で負けるわけがない。そう思っているのに、一度腹に落ちた黒くて苦い塊はなかなか取れはしなかった。ぐるぐると嫌な予感がして、気持ち悪い。

 吐きだしたくて大きく深呼吸をして、隣のリボーンを見たのだが。リボーンは何かを考えた後、レオンをツナに預けて草壁の所に走り出した。その後戸惑う周りの人間を無視し、気絶している草壁の口の中を確認した後戻って来る。それをリータは何やら憂鬱そうな顔で見ていた。

 

「リボーン、何してんだよ!」

「他に考えにくいな」

 

 いつものように何を考えているのかわからない表情をしながら、キャスターで治療室へ運ばれていく草壁を見送った後、リボーンは告げた。

 

「喧嘩売られてんのは、ツナ。おまえだぞ」

「……へ!?」




お久しぶりです。待っていたコメント、誠にありがとうございます。励みになりました。皆さんのコメントがこの作品の燃料になっています……。
リータをメインで動かすようになって、彼女のキャラ付けの難しさがわかったり……。

余談ですが、キャラクターにイメージソングを付けるのならどんな感じがいい?みたいな想像をしていると、なぜか桃凪のイメージソングは「ゴールデンタイムラバー」と「森之宮神療所☆」になりました。気になる方は検索どうぞ、首をかしげることうけあいです。


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第二十四話 「ripresa」

ripresa……リプレーサ:繰り返し

第二十四話 「繰り返す」


 

 

 

 

 

 雲雀が骸と話していた時。実は、桃凪は意識を保っていた。

 目を開けるという行為が億劫で、雲雀から見ると眠っているように見えたかもしれないけれど、桃凪は雲雀と骸の会話を聞いていた。

 正直、雲雀が来たときはああやっぱりなぁという感じだった。あの雲雀が、ここまで自分の縄張りに食い込んできた相手を放っておくわけがないのだから。

 しかし、まさかここまでどうでもよさげな扱いをされるとは。いや予想はしていたが、もしも来たのならそういう反応をするだろうなとは思っていたが。

 

(やっぱ、きょーやはきょーやだなぁ……)

 

 そして、それが少しうれしくもあった。

 なんというか、こんなによくわからない、非日常的な状況の中にあって、雲雀だけはいつものように普通だったから。ある意味では、安心した。

 

(……帰んなきゃ。早く)

 

 だからこそ、強く思う。

 ツナの所へ帰りたい、と。

 少しだけ保たれていた意識が再び、奥へ奥へと沈んでいく。

 沈んでいく中、

 

 誰かの背中が、見えた気がした。

 

 

 

 

 

第二十四話 「ripresa」

 

 

 

 

 

「ケンカ売られてるのがオレって……どういうことだよ!」

「ツナ、お前は被害者の特徴を覚えてるか?」

「え?」

 

 被害者、というのは襲われた並中生のことだろう。彼らにだけある特徴とは確か……。

 

「……全員歯を抜かれてるんだっけ?」

「そうだ。それも全員が全員、同じ本数抜かれてるわけじゃねー」

 

 先ほど襲われた草壁は、リボーン曰く4本。その前に襲撃された了平は5本だった。

 そしてリボーンの捕捉によると、了平の前に襲撃された森山は6本。その前の押切が7本、さらに前の横峰が8本、その前は9本で、そのさらに前は10本。そこまで聞いてようやくツナにも合点がいく。

 

「あ! 数字がきれいに並んでる……!」

 

 最初に襲われた人物は24本すべての歯を抜かれていたらしい。それから順番に1本ずつ、数が減っていっている。

 

「つまり、奴らは歯でカウントダウンしてやがる」

「な!?」

「……でも、リボーン」

 

 今まで意味不明だった犯人の行動に、全て何らかの意図と理由が込められていることを知って驚愕しているツナ。そして、冷静にそれを聞きながら、リータは一つの疑問を口に出した。

 

「相手がカウントダウンをしていたからとはいえ、それがツナ君を狙っているって説明にはならないんじゃない? ただ単に、遊び感覚なのかもしれないしね」

「それについてはこれから説明するところだ」

 

 そういってリボーンはぺらりと一枚の紙を二人に見せた。表題は「並盛中喧嘩の強さランキング」。唐突に渡されたそれにツナの理解が追い付かず、どういうことなんだろうとリボーンに聞き返す。

 

「えーと、これがどうかしたのか……?」

「おめーは鈍いな。襲われたメンツとそのランキングを見比べてみろ」

「???」

「…………あぁ、なるほど」

 

 何やら得心がいったように頷いているリータと、すでに見当がついている、というよりも事件の真相がわかっているらしきリボーン。その二人の様子にツナは何か嫌な予感を感じながらも、ツナは襲われた人とランキングの人物を見直した。

 すると、

 

「! ぜ、全員、ランキングに載ってる……!?」

「それだけじゃねーぞ、襲われた順番と歯を抜かれた本数が順位とぴったり一致してる」

「マジかよ!?」

 

 慌てて見直してみると、確かに。了平の順位は5位だし、草壁の順位は4位だった。24位から上は一人たりとも違うことなく、きれいに並んでいる。

 ここまで精密なランキングを作れるものなど、ツナは一人しか知らない。

 

「このランキングって、フゥ太のだよな?」

「ああ」

「な、なんでフゥ太のランキングを相手が持ってるんだよ!」

 

 そういえば今朝から姿を見ていない、自分のことを慕ってくれる少年。まだ幼いながらも彼の持つランキング能力は百発百中で、マフィアのボスも頼りにするほどだ。それゆえに多くの人から狙われている少年でもある。

 

「どうなってるんだよ、これ……」

「オレ達マフィアには「沈黙の掟(オメルタ)」というのがある。組織の秘密を絶対に外部に漏らさないという掟だ」

 

 フゥ太の秘密は業界では最高機密の扱いらしい。一般の人間がフゥ太のランキングの事について知るわけも無く、さしあたってこの秘密を知っているものはごくごく少数に絞られてくる。

 

「つまり、このランキングを入手できるのは……」

「あっ!」

 

 リボーンのまとめを遮るようにツナは声を上げた。犯人解明で忙しかったせいで頭からスポーンと抜けていたが、よくよく考えればこの場で悠長に話している時間など無い。

 だって、4位の草壁が襲われたのなら、次に襲われるのは3位の人間ではないか。

 

「そういえば3位っていったい誰…………なっ!? う、嘘だろ!?」

 

 ランキングに目を通し、3位に書かれている名前を見た瞬間、ツナは思わず絶叫した。

 そこに書かれていたのはツナもよく知る名前で、先日まで一緒に行動していた人でもあり、今日は見舞いに来て会えなかったが、いつもはツナと同じ教室で勉強する仲でもあり、……認めたくないが、マフィア関係の人でもあった。

 

「獄寺君じゃないか!」

 

 並盛中喧嘩ランキング映えある第3位は、ツナの友人、獄寺(ごくでら)隼人(はやと)だった。

 

「り、リボーン! どうしよう、どうすれば……!」

「なかなかヤベー事態になってきたな。ツナ、お前が行け。オレは気になることを調べる。あとリータも残れよ、聞きたいことがあるからな」

「へぇいっ!? お、オレー!?」

 

 ツナが何か反論する暇も無くリボーンは去り、その場にはツナだけが残された。

 戸惑いながらも考える。獄寺は恐らく、自分が喧嘩の強さランキングで3位になっている事も、それが理由で何者かに狙われている理由も知らないはずだ。とりあえずは獄寺にそれを伝えて、人が多い所や屋内に避難してもらわなければ。

 

「獄寺君どこだろ……、学校かな……!」

 

 平日の昼間なのだし、学校にいるはずだ。というか、そうであってくれ。

 そう祈りながら、ツナは病院から一目散にかけ出した。

 ……ツナがそうやって病院から走り去っていった後。

 

「ねぇ、私に聞きたいことって?」

「お前、ディーノと連絡取れるか?」

「ディーノと? ……何かあった時のために、常に連絡をとれる直通回線は持ってるけど……あの子に何か頼み事?」

「おう。ここ最近、イタリアのほうで何か大きな事件があったかを知りてーんだ」

 

 少なくともリータの記憶にはそのような事件はない。けれど、自分がイタリアから発ったのは数週間前だったし、その間に何か事件が起きていてもおかしくはないだろう。

 

「わかった、ディーノに連絡を取ってみる。……それと、リボーン」

「今回の件、お前は簡単には動くな」

「……やっぱり、そうなっちゃうのね」

 

 有無を言わさないリボーンの言葉に、リータは肩を落とす。

 リボーンがそう言う理由はわかっているのだ。リータの立場は非常に難しい所だし、彼女が勝手に動いては事態が悪化する可能性だってある。それはわかっている。彼女が落ち込んでいるのは、それとはまた別の理由だ。

 

「ツナが心配なんだろ? お前は昔から、身内には過保護なところがあるからな」

「それは……そうね」

「ディーノがへなちょこだったのもお前があいつを庇ってたからでもあるからな。だからこそ、オレはお前がいないところにあいつを行かせたんだ」

「……わかってるわよ。でも、仕方ないじゃない」

 

 かつて、自分はディーノを甘やかしていたことがある。

 ディーノは昔からキャバッローネファミリーの10代目になることを決定づけられていたが、本人のその自覚は薄く、また優しく陽気なファミリーに囲まれて育ったため、基本的に争い事が苦手な性格だった。喧嘩など起ころうものなら悲鳴を上げて逃げていくし、持ち前のうっかりさを発揮しよく野良犬の尻尾を踏んづけて追っかけられることなど日常茶飯事。そんな情けない、けれど優しい少年だったのだ。

 でも、血風吹きすさぶマフィアの世界において、その長所は短所にしかならなかった。ディーノとリータの父親である9代目は、そんなディーノを心配し、マフィアの世界で生きていくための家庭教師にリボーンをつけさせることを決める。それはディーノにとっては不本意なものであったが、後にキャバッローネの看板を背負う事になる「跳ね馬」ディーノを育て上げたのもまた、彼だ。

 そして、その時リータは、

 

「……私だけ、私だけは何も知らされていなかったのよ。自分がマフィアの生まれなことを。本来なら、先に生まれた私のほうが10代目を継ぐはずだったのに」

「言ってやるな。でっけー夢を持った娘のために、後ろ暗い世界を見せようとしなかったんだよ、お前たちの親父は」

 

 自分がマフィアの子供であること、本当なら、ディーノではなくて自分が後を継ぐはずだったこと。

 それらすべてを知らされないまま、リータは生きていた。

 知ったのは、本当の意味で全てが終わってしまった後。

 父親が、抗争で死んだ後だった。

 

「……あの時のディーノみたいな思いは、もうさせたくないの。誰かが傷つく原因を自分のせいだなんて思ってほしくないの」

 

 あの時、自分がすべて知っていたのなら。ディーノはあそこまで傷つかなかったのではないだろうか。自分が、ディーノの重荷の半分を背負ってやることもできたのではないだろうか。そう思うたびに、彼女はたまらなく泣きたい気分になってくる。ディーノが何も言わないから、さらに。

 ずっと姉として弟を守っていたというのに、肝心なところで守られていたのだ。

 だから、心配なのだ。あの子は、昔のディーノによく似ている。気弱で優しくて、マフィアになるには向かない子供。

 

「だからせめて、心配くらいしたっていいじゃない」

 

 

 

 

 

 人が倒れている。

 みんながみんな、白い服を着ている人だ。

 でも、赤い。

 白ばっかりなはずなのに、赤い。紅い。朱い。

 

 これはいったい何だろう?

 

「……う、 。けほっ……ごほっ……」

 

 息を吸うことを忘れていた。体に圧をかけられているみたいに、肺の動きが鈍っている。意識が戻ってきた体が、命を繋ぐために必死で呼吸を繰り返していた。

 頭がずきずきしていて、顔全体が熱い。熱が出ているのか、頭痛のせいでそう思っているのかはわからないが、現状、コンディションは最悪だと言っておこう。

 意識の覚醒は五感の目覚めを誘発する。最初に確認できたのは意外にも嗅覚で、埃っぽくくすんだ空気の臭いを感じ取る。次に視覚の情報が脳へとゴールした。室内なのに何故か霧に包まれてよく見えない。なんかの病気、とは思いたくないなぁ。

 触覚が今自分の寝ている場所を知る。柔らかくもなければ硬くもない、スプリングの壊れかけたボロボロのソファーの上。そして聴覚、誰かがこちらに歩いてくる音がする。

 

「起きましたか?」

「………………むくろ」

 

 ソファーの近く、こちらの顔を覗き込むように佇んでいるのは、おそらく自分の頭痛の原因となっているであろう骸だった。霧のせいで見えにくいが、緩やかな笑みを浮かべていることが確認できる。

 ああもう、最悪の目覚めじゃないか。

 

「…………きょーや、来てたよね。どこ」

「雲雀恭弥のことですか? それなら、すでに僕が倒しましたが」

「……倒したの? きょーやのこと」

 

 骸はあの時、桃凪が起きていたことに気づいていたらしい。起きていた、と言っても意識が保たれていたのはほんの十数秒くらいだったし、大体のものがぼんやりとしていたのだが、雲雀がここに来ていたのは覚えている。

 雲雀は強い、桃凪にはそれがわかる。だから、骸が雲雀を倒したといったとき、すぐに信じることはできなかった。

 重たい頭をゆっくりと動かして、部屋の様子を確認する。いつの間に場所を移動したのだろう、照明のない暗い部屋だった。壊れて床に散らばったガラスに、散乱しているガラクタ。でも、そんな部屋の惨状よりもよほど目を引くのは、

 

「……きょーや、だ」

 

 床に倒れ、ピクリとも動かない雲雀のことだろう。

 制服の白いシャツは所々血と埃で汚れ、近くには彼が愛用しているトンファーが転がっている。生きている、のだろうか。それが疑わしく思えてくるほど、彼の状態はひどかった。

 

「おや、やはり知り合いでしたか」

「…………ああ、まぁ、知り合い、かもしれない」

「疑問形ですか」

 

 いや、知り合いなことは決定事項なのだが、こう、親しい仲というと少し変な感覚がするというか。間に存在する情のようなものを感じ取れそうにないというか。

 それはともかく、雲雀だ。

 不調な体を動かし、ソファーから移動するべく力を込める。自宅から黒曜センターまでの移動か、それとも意味不明な頭痛の負荷のせいなのか、まるで全力で運動した後のように、力が入らなかった。

 

「う……、わ、あっ」

 

 ずるり、とソファーについていた肘が滑る。何かを感じるような時間もなく、桃凪はそのまま頭を地面に叩き付けそうになった。なった、というのは、直前で骸が桃凪を助けてくれたからだ。桃凪を支えてくれた手は、予想以上に人間らしい。

 

「大丈夫ですか?」

「……大丈夫だから、ちょっとどいて……」

 

 でもありがとう。と、自分をこのような状態に陥らせている原因に律儀にお礼を言う桃凪。意識が朦朧しているというより、頭が足りていないといったほうが適切かもしれない。

 骸は、そんな桃凪の言葉に少し驚いた様子で、桃凪がふらふらと横を通り過ぎるのもそのままにしている。

 雲雀は桃凪が近くに来ても反応しない。ぐったりと頭を地面に投げ倒していて、人形のように動かないままだ。

 

「きょーや」

 

 肩に軽く触れて、優しくゆする。触れた手のひらからぬくもりが、呼吸のかすかな動きが、生きている感覚として伝わり桃凪を安心させた。けれど、雲雀は反応しない。

 

「きょーや、ってば」

 

 揺すっているだけでは起きないと思って、うつぶせで倒れている雲雀を助け起こした。力の抜けた人間は予想以上に重くて、力を込めるたびに頭が割れそうに痛む。勘弁してほしい、痛いのは苦手なんだ。

 

「起きて、きょーや、朝だよー……」

 

 何度も何度も、反応するまで話しかけ続けていた。いつもの彼なら今は朝ではないとか静かにしろとか、そういった反応をもらえるのだが。

 

「――――……」

「……む」

 

 やがて、ぼそぼそと雲雀の口からつぶやきが漏れる。骸には聞こえなかっただろうが、至近距離の桃凪には聞き取ることができた。

 何を言っていたかというと。

 

「………………………………うるさい」

「……うん、ごめん」

 

 ああ、本当にいつも通りの雲雀だった。もう他に形容できないほどの雲雀っぷりだった。

 たとえどのような状況になろうとも、自分一人の力だけで立とうとするところ。それが、桃凪の知る雲雀の姿。

 

「きょーや、きょーや、平気?」

「…………」

「そっか。よかった」

 

 実際、何がよかったのかはよくわからないが、雲雀が「もうこれ以上喋るな」と思っているのだけはよくわかったので、大人しく話を切り上げることにする。

 雲雀はもう動く気力はないのだろう。敗北感からとかではなく、体力とコンディションの問題で。意識だって、今は辛うじて保たれているが、本当は落ちる寸前なはずだ。

 それでも、雲雀は心配されることを望んではいないだろうから、よかったでいいのかもしれない。

 

「話は終わりましたか」

 

 骸の声だ。どうやら桃凪と雲雀の会話が終わるまで律儀に待っていてくれたみたいで、二人の会話の切れ目にそっと、言葉をすべり込ませてきた。

 骸の声が聞こえた途端、ぎっ、と。雲雀から何か、圧力のようなものが発せられる。それは多分殺気と呼ばれるもので、対象ではないはずの桃凪まで震え上がってしまいそうな、研ぎ澄まされた刃が形になって見えそうなほど鋭利な殺気だった。

 けれど骸はそんなものなどどこ吹く風といった様子で、突き刺さる刃を受け流している。

 

「術はそこに彼がいる限りは解けませんが、大丈夫ですか? 見たところかなり辛いようですが」

 

 骸が言っているのは、桃凪の頭痛のことだろう。だからやっている本人が一番他人事なのはどうかと思うのだが、それを骸に言ったところで何も解決しないことなどわかっている。この場合、自分は骸になんと返すべきだろうか。

 

「辛いのは、そうだけど。それより……」

「?」

「むくろは今どうしようとしているのかを、聞きたいかも」

 

 というか、これから自分たちをどうするつもりなのかと。

 

「……えーと、ほら。私は別に、何ができるわけじゃないからいいと思うんだけど」

 

 桃凪は何の力もないから、ここから逃げることはできない。骸もそれがわかっているから、桃凪をどこかに閉じ込めたり、縛っておいたりはしていない。

 

「でも、私はともかく、きょーやは野放しにしておくには危険すぎる」

 

 けれど、雲雀はそうじゃない。いくら満身創痍とはいえ、そのままどこかに放っておくことはできないはずだ。両手両足が折れようと這いずってでも獲物を咬み殺そうとする、それが雲雀なのだから。

 

「だから、きょーやをどうするつもりなのかを、聞きたい……と思う」

 

 それが例えば、想像したくはないけど、始末する、とか言う物騒な方向ならば、役に立つ立たない以前に全力で抵抗しなければならない。

 もっとも、その可能性は薄いとはわかっているが。

 

「……なるほど」

「うん。で、どうなのかと」

「そうですね、彼は出番が来るまでどこかに幽閉しておくことになります。そろそろ、当たりを引きそうですからね」

 

 当たり、というのは。

 

(はやとか……たけし、かな)

 

 とりあえず、今すぐ雲雀をどうこうしようとは思っていないらしい。それは少し安心した。この分なら、雲雀から離れても大丈夫だろう。……本当は、片時も離れずに傷の治療をしたいのだけど。

 

「……そっか、まぁ、今のところは、安心……か、な」

 

 安心したら、なんか、どっと疲労感が。今まで緊迫した雰囲気のせいで忘れていたが、今桃凪はとんでもない頭痛がしているのだ。こうやって起き上がっていることも辛くて、もう、このまま床にぶっ倒れてしまいたくなるほどの。

 けれど、それをするにはためらわれた。

 だって、骸の部下が、今この瞬間にも獄寺や山本を狙っているかもしれない。傷つけているのかもしれない。それだけじゃない、ツナにだって、危険が及んでいるかもしれない。安心はあくまでも雲雀の身だけで、今並盛町にいるメンバーは何にも保障されていないのだ。

 そんなことはわかっている。

 わかっているが、どうにもできない。

 

 どうにもできないのなら、どうするべきか?

 

 その答えを出す前に、再び、桃凪の意識は緩やかな闇に包まれていく。雲雀を支えていた体がかしいで、廃墟の床が近づいてきた。

 

「安心、ですか。君はずいぶんと気楽で……おや、また眠るのですか」

 

 遠くで骸の声が聞こえる。

 もう、限界が近いようだ。床に倒れた感触さえも、定かではない。

 

(帰ったら……体とか、鍛えよう)

 

 この頭痛がそう言うものなのかはわからないが、体力をつけておいて損はない。そんな、今この状況で考えるようなことではない、どうでもいいことが頭を巡る。

 

「……おやすみなさい。次に目が覚めた時、君の目には何が映るのでしょうね? 変わり果てたボンゴレの姿か、それとも……」

 

 最後まで聞くことはできなかった。

 なんだか最近、こうやって意識を失ってばっかな気がするなぁ。

 骸の声に引っ張られるように、桃凪は深い眠りに落ちた。

 

 

 

 

 

「ええ、そう……ここ数週間でね、お願い。何か分かったら教えてってリボーンが言ってたわ」

『それくらいはいいけどよ……』

 

 リボーンと別れてから、リータはディーノに専用の端末を使って連絡を取っていた。専用の端末と言っても、携帯電話を改造したもので、見た目は普通の折り畳み式の携帯と変わりはない。

 しかし、リボーンの頼みだというのに、ディーノはやけに歯切れが悪かった。本人は隠しているつもりだが、伊達に姉弟をやってなどいない、お見通しである。

 

「……ディーノ、貴方、私に何か隠し事してるんじゃない?」

『なっ!? 何言ってんだよ姉貴! んなわけねーだろ』

「…………」

 

 怪しい。すっごく怪しい。

 今すぐにでも問い詰めたいところだったが、こういう時のディーノはやたらと口が堅いことは、長年の経験からわかっていた。

 だからこの場合は、

 

「……ねぇディーノ?」

『…………な、なんだよ』

 

 先ほどとはうって変わって、優しげな声音になるリータ。明らかに何かを含んでいるその声に、警戒心を高めながらもディーノは返事をした。

 

「貴方、私に対して隠し事ができると思ってる?」

『いや、だからしてねーって……』

「何を隠してるのか、当ててあげましょうか?」

『……は?』

 

 少しだけ、ディーノの声が固まる。

 リータは別に人の心が読めるわけではない、テレパシーとかも持ってない、しかし、リータならやってしまうかもしれない。長い間姉を見てきたディーノは、一瞬そんな疑念に支配されたのだ。

 その結果、コンマ数秒リータへの対応が遅れた。

 

「……ほら、やっぱり何か隠してるじゃない」

『え? ……あ』

「そんなことない、は通じないわよ。何年貴方の面倒を見てきたと思ってるの。後ろめたいことがなければ、そんな反応しないでしょ」

『……ああもう、わかったよ』

 

 勝ち誇るリータの声を聞いて、ディーノは深い、マリアナ海溝よりも深いため息をつく。

 ディーノの持論だが、兄弟関係というのは大体、生まれた瞬間から決まっている気がする。

 ツナ達のような、お互いがお互いを半身だと思っているような関係もあれば、ディーノとリータのような、上下の順位がわかりやすいほどあらわれている関係もある。

 ……別に、大事な時にはきちんとボスとして自分を支えてくれるから、文句はないのだが。

 

『…………あのよ、姉貴』

「……何?」

 

 少しの逡巡の後、少しだけ声のトーンが下がったディーノに、知らずリータも襟を正した。

 

『……墓参り、行ってきたのか?』

「――――――――」

 

 ――――――――。

 

『いきなりこんなになげー休暇取ったんだ、やっぱそう思うのが普通だろ』

「――――」

『あー、と。それによ、オレはその時いなかったから、あんまり知らねーけど、その、やっぱ、……まだ、引きずってんのか?』

「――」

『……姉貴?』

 

 ――――――――――……。

 

『……オイ姉貴! だいじょ「ディーノ」あ、あぁ?』

 

 ――――――――私は。

 

「――――――――……呆れた」

 

『……はぁ!?』

 

 長い長い沈黙の後、リータは、本当に、心の底から、呆れたように、ため息をついた。先ほどのディーノの溜息とはまた別の、自分ではなく相手に脱力してしまったような、肺から絞り出したため息を。

 

『呆れたってなんだよ!?』

「だって、呆れもするでしょう? いつになく神妙な様子だったから、何を抱え込んでるのかと思えば……そんなことだったなんてねぇ」

『そ、そんなこと……』

 

 自らの過去を、そんなことで片づけていいのか。そう聞きたかったディーノだが、リータはそれを聞く前にぴしゃりとディーノの言葉を遮った。

 

「そんなこと、よ。いい? ディーノ。私があの事を引きずっている、っていうのは事実よ。けれどね、それで動けなくなってるって思ってるのが、そもそもの間違いなの」

 

 つらつらとよどみなくリータはディーノに言葉を畳みかける。そこに一切の動揺はなく、躊躇いもなく、ディーノは本気でリータがそう思ってるのだと知れた。

 

「私は、引きずっていくことを選んだの」

 

 目を閉じると思い出す。

 どうして、なんで。そんな理不尽に打ちのめされた、あの時のことを。

 

「私の後悔も懺悔も、全部引きずっていくの。忘れないために、擦り切れないために、強くなるために。全部を引きずりながら、それでも貴方の隣に立つことを選んだのよ、私は」

『……』

「少しは私を信頼してよ。私がそんなに弱いと思った?」

 

 最後の言葉にはかすかに笑みを乗せて、彼女は己の本心を口に出した。それは紛れもなく本物で、一片の狂いもなく美しくて、惚れ惚れしてしまうほど純粋な、本心。

 だけど。

 

『……大丈夫か?』

「何が?」

『いや……こういうのもなんだけどよ。――――乗り越えたほうが、ずっと楽だぜ?』

 

 本心だからこそ、ディーノは心配してしまう。

 いつか耐え切れなくなってしまうのではないのかと。

 背負っていくものの重みに潰されて、彼女が死んでしまうのではないかと。

 彼女を信頼していないわけではない、むしろ誰よりも信頼しているからこそ、ディーノは彼女を心配しているのだ。

 マフィアになるには優しすぎる彼女が、これ以上傷ついてしまうのを。

 ディーノは彼女の「優しさ」を誰よりも信じているからこそ、誰よりも彼女の身を慮っている。

 

「…………大丈夫よ」

 

 そんな弟の様子がいじらしくて、それと同じくらいうれしくて、リータの声音は気づかないうちに優しくなった。

 

「大丈夫だから」

『……ん、ならいい。リボーンにあとで連絡するように言っといてくれ、情報があったらそこで渡す』

「はいはい」

 

 軽くあいさつを交わして、ディーノとの通話を終了する。

 

「…………」

 

 一息。

 

「……大丈夫」

 

 知らず知らずのうちに、リータはそんなことを呟いていた。

 それは遠い所にいる弟へのエールにも聞こえたし、自分自身の心を奮い立たせるための独り言にも聞こえた。

 大丈夫よね?

 今はもういない、思い出の中だけになった人に、リータは心の底で語り掛ける。お願いだから、見守っていてね。

 周囲には誰もいない中、ぽつりと、誰かの名前を呼ぶ声だけが、やけに強く響いたのだった。

 

「――――ステラ」

 

 それは彼女にとって、忘れられない人の名前。

 

 

 

 

 

 黒曜センターボウリング場。例にもれず廃墟らしく寂れぼろくなったそこ、動いていないボウリングマシンとコースに、久しぶりの音が帰ってきていた。

 所々に細かい傷がつきながらもまだまともに直線を走ることの出来るボウリングの玉を手に持ち、コースとの感覚をとりながら、犬が玉を放る。真っ直ぐ進んで行った玉はコースの先、ボウリングのピンだけではなくそこらへんにあったのだろうガラスの瓶や空き缶も一緒に並べてある手作り感あふれるセットの中心に当たって、甲高い音がはじけた。

 

「骸さ~ん、んで、どーだったんれすかー? 並中のボスの? スズメだっけアヒルだっけ?」

 

 見事にストライクを出した犬が振りかえり、ソファーに座る骸に聞いた。ついさっき帰って来たばかりの彼は骸が戦っている相手の詳しい詳細を知らず、ただ骸が彼に勝ったことぐらいしか分からなかった。

 それと帰ってきたら何故か人が一人増えていた事もよく分からなかった。何なんだろうか、あの小学生?

 

「ハズレでしたよ。歯をとるまで横になってもらってます」

「っひゃ~、生きてんのかな~? そいつ」

「それはともかく犬、千種は?」

「えー? ああ、柿ピーは3位狩りに参りました。そろそろ面倒くせーから加減できるかわかんねーって」

 

 確か千種が担当しているのは並盛で3番目に喧嘩が強い、とランキングに書いてあった獄寺隼人のはずだ。正直、犬も千種もたび重なるハズレによって疲労とストレスがたまっている。今までは殺さないように手加減をしていたのだが、それも出来るかどうか怪しい感じだ。

 

「その気持ちもわかります。なかなか当たりが出ないものね」

 

 骸はイラついた様子も無く、何を考えているのかわからないが、あまり好意的には取れない微笑みを口に浮かべたまま。どうやら今の機嫌は上々らしい。骸は機嫌の有無によって対応が変わったりするから要注意だ。今の状態なら世間話くらいは余裕で出来るだろう。

 

「そーいえば骸さん。なんらったんれすか? あの小学生」

「小学生? ……ああ、彼女の事ですか」

 

 一瞬誰の事を言っているのかわからない様子で戸惑っていた骸だったが、すぐに合点がいったらしく、ソファーに深く体を沈め呟いた。

 

「最初はあの体質が興味深かったのですがね、こうして話していると、彼女自身にもなかなか興味が持ててきました」

「? ふーん?」

「…………犬にこういった話をする意味はなかったですね」

「あ! オレ馬鹿じゃねーすよ! ほんとれすよ!!」

「はいはい」

 

 明らかにこちらを馬鹿を見る目で見つめてきている骸に反論する犬だが、その反論は逆に肯定しているようにしか見えなかった。かるーくあしらわれて終わる。

 呆れていた骸だったが、それでも話をやめることはなく。犬に聞かせるためというよりなんとなく漏れてしまった独り言のように、続ける。

 

「このような状況において、まだしっかりと自分の芯を保っている。それはなかなか難しい事ですからね」

 

 彼女は馬鹿ではない。今ここにいるということがどれだけ絶望的なことなのかはわかっているはずだ。

 けれど、それでも彼女の目には諦めとかは微塵も浮かんでいなかった。

 あるのはただ、強い意志。

 

「何か支えとなっているものがあるのでしょう。つまり、それが崩れれば一気に瓦解する」

 

 それは助けか、また別のものか。

 確信は持てていないが、骸はそれがボンゴレにつながるものだという予感がしている。

 今は眠り姫となっている彼女が、いったいどれだけのものなのか。

 

「さて、僕はそろそろ行きます」

「んあ? どこにれすかー?」

「さっき話題に上った人物の所にですよ」

 

 ソファーから立ち上がり、内に秘めたる好奇心を抱えたまま、骸はボウリング場を後にした。

 

 

 

 

 

「ボス、頼まれていた事調べてきたぜ」

「おう、ありがとな、ロマーリオ。ったく……リボーンも人使い荒いよなぁ」

「そう思うんだったら、頼まれたら何でも引き受ける癖なんとかしねーとな」

「ちぇっ」

 

 日本ではまだ朝方だが、時差の関係でイタリアでは早朝、というより深夜となる。本来ならディーノもぐーすか眠っている時間帯なのだが、彼は今とある用事で残業をしていた。

 その用事とは、先ほどの会話の通りリボーンからの依頼、というより頼み事だ。ツナ達のいる街で謎の襲撃犯が現れ、その狙いはツナらしいという事。故にリボーンはここ最近イタリアで大きな動きがあれば教えて欲しい、とリータを通して連絡してきていた。

 ディーノはそれを聞いたとき、まさかそんなことが、と少し呆然とした。あの時リータには言わなかったが、少し前にディーノのもとに舞い込んできた事件と、リボーンに頼まれた依頼が、ぴたりとひとつの線になって繋がったからだ。

 

「それで、顔写真と遺体の照合がすんだ。……もっとも、脱獄犯以外全員皆殺しだったから楽だったけどな」

「……ああ」

 

 つい2週間前、大罪を犯した凶悪なマフィアばかりを収容している監獄にて脱獄騒ぎが起こった。脱獄犯は看守と他の囚人達を皆殺しにして脱走し、それほど派手な大立ち回りだったにもかかわらず忽然と行方をくらませたのだ。

 ディーノに頼まれたのは脱獄した囚人たちの調査。顔を見た者たちは全員殺されてしまっているため、誰が脱獄したのかが不明だったからである。死屍累々の監獄の中に残されていた大量の死体と顔写真を比べて、誰が死んで誰が逃げたのかを分析する非常に地味かつ鬱な仕事だった。

 そして今日ようやくすべての解析が終わり、脱獄したメンバーが明らかになった。

 ロマーリオがディーノの机の上に置いたのは、件の脱獄犯たちの犯罪歴などを記したプロフィールと顔写真。

 

「これで全部か?」

「ああ。メンバーは延べ9人。少数精鋭だな」

「その中でも主要となったのが、城島犬、柿本千種、六道骸の3人組か……」

 

 9人。いくら凶悪な犯罪者とは言え、両手の指で数え切れるような数の人間がこのような大事件を起こした。しかも中にはツナと同い年くらいの少年少女もいるではないか。

 ディーノは渋い顔でプロフィールをめくりながら、顔写真に目を通してゆく。あとでこれはリボーンにファックスか何かで送らなければならない、そう思っていたのだが。

 並べられていく顔写真の中に、ひとりだけ見覚えのある顔が。

 

「……」

「……ボス。言いてぇことはすっげーわかる」

 

 思わず何とも言えない複雑な表情でロマーリオを見上げると、まぁロマーリオも同じ表情をしていたわけで。何度かロマーリオと顔写真の間で目線を往復させてから、ごつん! と勢いよくディーノは机に頭をぶつけた。

 顔写真のひとつを手に取り、ぴらぴらと空中で揺らしながらロマーリオに話しかける。

 

「……なー、ロマーリオ」

「なんだ?」

「こいつってさ、あれだよな」

「あー……。そうだな、お嬢が探してる奴だな」

 

 やっぱりか。

 お嬢、ことディーノの姉リータは昔からの探し人がいるらしい。似顔絵も見せてもらったことがあるからディーノもロマーリオも知っている。しかし、何でこのタイミングで現れるんだろうか。ロマーリオとディーノの気持ちはそれ一つだった。

 リータは穏やかで柔らかい物腰だから、一見すると押しが弱く見られがちだ。だが侮るなかれ、ああ見えてもかなり強引なところも持ち合わせている。ディーノは彼女と喧嘩して一回も勝てたためしはないし、先ほどの電話だって……まぁそれはまた別の機会に。

 リータがこの事を知ったら、彼女はどんな行動を起こすのか……。ボンゴレのこととかそういう事情全部を放り投げかねない。

 

「ボス、一応言っとくがな。9代目は今回の件はリボーンさんと10代目候補に一任するとよ」

「だよなーやっぱそうなるよなー……、マジでどうしよう」

 

 机にぐでーっと頭を投げ出した状態で、さらに頭を抱えるディーノ。どうしたらいいのだろうかこれは。

 

「そこまで悩むんだったら、伝えなきゃいいじゃねえか」

「あー、いやほら。だってよ……」

 

 至極もっともな正論をロマーリオが言うが、ディーノはそれに対してしどろもどろに返すだけだった。

 リータの性格を考えるに、知ってしまってはもう止まらなくなる。なら、内緒にして内々に片づければいいのでは。リボーンにあらかじめ伝えないように言っておけば、リータはリボーンの意見には従うだろうし。

 そういうロマーリオから目をそらし、もごもごと口を噤んでいたディーノだったが、その後気まずそうにロマーリオに告げた。

 

「もし今姉貴に内緒にしてよ、あとから伝えたとするよ」

「おう」

「姉貴はさ、『何で教えてくれなかった』って言うよな」

「そーだな」

「んでさ……たぶん、……………………泣くだろ?」

「……はぁ?」

「いやだから! ……怒った後に、確実に、泣くだろ!?」

「……ぶふっ」

 

 ロマーリオ、爆笑。

 

「な、ロマーリオ、テメッ! 笑ってんじゃねーよ!!」

「だははははははははっ!! いや、だってよ……、何を言うかと思えば……なぁ!!」

 

 部屋の外にも聞こえるくらいの大声で笑い声を響かせたロマーリオは、ひぃひぃと腹を押さえながら目じりに浮かぶ涙をぬぐう。笑いもするだろう。跳ね馬と恐れられる、あのキャバッローネファミリーのボスが、まさか姉の涙でここまでうろたえるとは!!

 

「お前知らねーから笑ってられんだって! 実際に泣いたとこ見てみろ! すっげーんだよ!!」

「いやぁ、うちのボスの一番の弱点はオレ達がついてねーとダメな所だと思ってたが……まさかお嬢の涙が一番効くとはなぁ」

「人の! 話を!! 聞けよ!!」

 

 近所迷惑とか安眠妨害とかをまったく考えていない、いい年した大人たちのはた迷惑なコントが始まってから数分後。一時休戦を希望したロマーリオの発言により、室内には一時の静寂が戻ってきていた。

 笑い過ぎて枯れた喉を気遣いながら、ロマーリオが話の軌道を戻していく。

 

「んでボス。結局の所どーすんだ?」

「……リボーンに任せる。アイツは姉貴のこともよく見てやがるからな」

「……ま、それが妥当ってとこだな」

 

 不機嫌な表情でリボーンからの電話を待つディーノに、やれやれとロマーリオは子を見る親のような視線を向けた。ディーノが幼いころ……それこそ、まだまだへなちょこだった頃から知っているロマーリオからしてみれば、まだまだディーノなど子供でしかないのだ。無論、ボスとしての信頼はきちんと置いているが。

 現在時刻は時計の針が12を過ぎてから数時間。まだまだ日は登らず、苦労人の男たちの眠れない夜は、いまだ延長中だった。




これから仕事やらなんやらでPCに触れること自体が難しくなってきそうです。ので、上げられるうちに上げておきたいと思いました。
やっと新しい場面に移せそうです。読者の皆様にはご迷惑おかけしました。申し訳ありません。


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第二十五話 「acceso affrettando」

acceso…アッチェーソ:火のように
affrettando…アフレッタンド:加速して

第二十五話 「火のように加速して」


 

 

 

 

 

 僕が彼女のいる部屋へ足を踏み入れた時、彼女はいまだ眠ったままでした。

 ソファーの上で眠りこける彼女のそばまで歩いていくと、少し前よりは幾分か快適そうな様子で、それでも苦しげな表情を保ったまま目を閉じていました。

 

「…………まだ眠ったままですか」

 

 ソファーは占領されてしまっているので、そのすぐ近くに腰を下ろして、改めて彼女を観察してみます。

 初めて会った時、彼女は僕しか行くことのできなかった精神世界にいました。

 何もあそこに行けるのは僕だけではありません。高位のシャーマンなどならば、修業を積めば行ける芽があるかもしれない。けれど、彼女はそのような修行を一切しないで、あの場所までたどり着きました。

 それで僕は彼女に興味を持ち、彼女に『声』を届けることで、現実の世界で彼女と接触してみました。

 彼女はどうも、あの世界にいた記憶があいまいなようでした。臨死体験などをした人間が偶然意識を飛ばし、深い領域まで踏み込むことがありますが、もしかしたらそれなのだろうか、と最初は思いました。

 それでも一応詳しく調べてみますと、彼女の持っている資質が、彼女をあの世界まで引きずり込んだということがわかりました。彼女はとても興味深く、そして面白い素材です。

 そんなことを、彼女の頬をつつきながら思い返しています。ぷにぷにしていて触り心地はなかなかいいです。

 

「……む、むぅ……」

 

 ちょっと触りすぎてしまったのかもしれません、彼女が嫌そうな顔をして唸っています。それでも起きないあたり、相当深い眠りのようです。

 まぁそれはともかく、そうやって暇をつぶしているうちに、ひとつ面白いことに気づきました。……どうやら彼女は今、あの日のようにどこか別の場所、深い深い精神世界へと潜ろうとしているようです。それも無意識に。恐らく、近くにそこに潜ることのできる僕がいるのも、その助けになっているのでしょう。

 これは面白い、と僕は。

 

 

 

 

 

第二十五話 「acceso affrettando」

 

 

 

 

 

 眠った桃凪は夢を見ていた。

 それはとても悲しい夢だ。

 この世界が大嫌いになってしまいそうな夢だった。

 

 いや、

 

 それはもしかしたら、夢ではなかったのかもしれない。

 

「…………、! ……」

 

 息が詰まりそうなほどの衝撃とともに、桃凪の意識は覚醒した。

 うとうとしているときに見る夢の中に、足を滑らせて落ちる夢というものがある。その夢を見ると、実際に落ちているわけではないのになぜか、体がガクッ! という感覚に襲われて目が覚めてしまう。

 今桃凪が目覚めたのは、そういった感覚によってだった。

 

「……ここは」

 

 上半身を起こして、辺りを見回すと、桃凪は廃墟の中にいた。

 なぜ自分は廃墟などにいるのだろうか。寝起き特有のぼーっとした頭で少しだけ沈黙して、思考をめぐらせてみる。

 

「……あ、そっか。家じゃないのか」

 

 今自分がいる所は、慣れ親しんだ寝室のベッドの上ではなく、黒曜センターの中にある壊れかけのベッドの上だ。

 状況の確認はできた。ここがどこかもわかった。

 けれどもどこか、落ち着かなくてそわそわするのは、ただ単にここに桃凪の居場所がないからだろう。まるで他人の家に上がり込んだ時のように、自分とは明らかに違う空気の中にいるときのように、手持無沙汰で何をしたらいいのかわからない。

 

「……」

 

 周囲には『誰もいない』。骸も、その仲間も。

 眠っていた間に移動させられたのだろうか、最後に桃凪が見た部屋ではなくて、もう少しだけきれいな場所だった。もしかしたら、仮眠を取るように整頓されている場所なのかもしれない。今更ながら気が付いたが、あの頭痛もなくなっている。ずっと寝ていた分ちょっとだけ頭が重いぐらいで、いたって快調だった。動くのが億劫だという感覚も、もうない。

 そっと、今自分が寝ていたベッド……どうも拾い物のようで、ところどころ破れている……から足を下ろして立ち上がってみる。ふらついたりすることもなく、普通に立ち上がることができた。

 しばらく意味もなく部屋の中をうろうろ、うろうろ。……なにもやることがなくて、どうにも暇な桃凪はこう思った。

 誰もいないのなら、どこに行ってもいいのだろうか。

 そう思った桃凪は念のため、部屋の入り口から頭だけを飛び出させ、きょろきょろと視線をめぐらせてみる。やっぱり誰もいない。

 骸の気配はどことなく感じるのに、肝心の骸はどこにもいない。なんだかとても違和感を感じてしまう。骸を、探さなくてはいけないのに。

 頭痛が無くなった分、桃凪の思考は少し明瞭になった。だからこそ思うことがあるのだ。

 

(むくろに会わなきゃいけない、気がする。私のことを私以上にわかってるのは、たぶんむくろだ)

 

 性格とか、そういう内面的なことではなくて。桃凪の不調の原因、言い換えれば桃凪に今働いている何らかの「チカラ」のこと。

 桃凪自身にすらわからないそれだが、骸はそれについてわかっていそうな気がするのだ。

 知らなくてはならない、と桃凪は思う。

 自分の事も、そして骸の事も。

 

「……むくろー?」

 

 部屋の外から足を踏み出してみる。辺りは耳が痛くなるような静寂が支配していて、骸を呼んだ桃凪の声だけがどこまでもどこまでも響いていく。スニーカーでは大きな足音はならなかったが、それでも地面に転がったガラクタやごみを踏みつけるたびに、色々な音が鳴った。普段は物音だらけのところに住んでいるからわからないけど、人間って意外といろんな音を鳴らしているんだなぁと再確認。

 知らず知らずのうちに息をひそめながら、桃凪は足を進める。なんだかすごく悪いことをしているような気分になってきて、心の中でごめんなさいと唱えながらも進んでいると、そこで。

 ドアが壊れて、蝶番ごと外れてしまっている一つの部屋。

 そこに桃凪の意識は集中した。

 

「……?」

 

 なぜだろうか。

 この中にとてつもなく、重要なものが入っている気がする。

 見た目はほかにある部屋と変わらない、けれども、まるで吸い寄せられるかのように桃凪はその部屋から目が離せなくなった。

 照明がついていないようで、中の様子はわからない。わからないのが、逆に不気味で、恐ろしい。

 入るべきだろうか。

 ぎゅうと目を閉じて、服の胸元を掴む。そこにいつもあったペンダントの感触は今はないけれど、少しだけ、ほんの少しだけ心が安らいだ。

 

「……っ……」

 

 覚悟を決めて目を見開き、そっと足をすべり込ませる。

 そこには、

 

 

 

 

 

「あああああああもう! なんでこんな時に限って獄寺君の携帯繋がらないんだよー!!」

 

 叩き付けるような勢いで受話器を公衆電話において、ツナは電話ボックスから飛び出した。

 先ほど、獄寺に危険を告げるために学校まで走って行ったツナだったのだが、当の獄寺は早退したと苛立ち交じりの先生から言われてしまい、一縷の望みをかけて電話ボックスへと飛び込んだわけなのだけれども。結果は空振り、獄寺の行方は今度こそ本当に分からなくなってしまった。

 

「獄寺君がどこにいるのかなんてオレわからないし……、どうすりゃいいんだよー!!」

 

 焦りと緊張のあまり涙目になって叫ぶツナだったが、ふと、道を歩いていた女子高生くらいの少女たちの会話が耳に入ってきた。

 

――あっ、もしかしてあそこにいる人並中生じゃない?――

――え? ……あ、ほんとだー――

 

 もう噂になる程度には有名になっているのか、と少し驚きもしたが、ツナが一番驚いたのはこの後の会話。

 

――関わらないほうがいいって、巻き込まれたくないしねー――

――そういえばさっき商店街で喧嘩してたのも並中の子だったよね。相手誰だっけ? 黒曜生?――

 

「! それって……」

 

 ツナの脳裏に一人の顔がよぎる。

 確証はない。確証はないが。

 

「獄寺君……!」

 

 なぜだかその可能性が頭から抜けなくて、直感に従うようにツナは商店街へと駆け出した。

 

 

 

 

 

 まず感じたのは、血の匂い。

 それもかなり濃厚な。

 

「なにこれ」

 

 予想以上に感情のこもらない声音になったのは、目の前の光景がよくわからなかったからだ。

 ここは廃墟であるからして、建物や内装はそれなりにぼろぼろだ。錆びてたり、壊れたり、無くなっていたりするものもある。

 けれどこの部屋だけは、そんなレベルじゃなかった。

 まるで、台風が通った後のようだ。大勢の人間がやたらめったらに暴れたらこんな風になるのだろうか。逆に言うとそれくらいのことがなくては説明できないほどの惨状だ。

 そして、その中心。

 濃厚な血の匂いは、そこから漂ってきていた。

 ゆっくりと近づいてみる。

 

「……人?」

 

 部屋の中心に、ぼろぼろになり、あちらこちらがありえない方向に捻じ曲がった人間が、倒れている。暗がりだから細かいところまでは見えないが、これはむしろ見えないほうがいい、そんなありさまだった。原形をとどめないほどに腫れ上がった顔からは誰なのかすら判別できず、よく目を凝らしてみると、どこかの学校の制服を着ているらしきことがわかった。つまりこの人物は学生なのだろう。

 なぜ、骸の根城にこのような人が倒れているのだろう。そう思ったとき、

 

 

「――――彼の名前は『ヒツジさん』ですよ」

 

 

 そんな声が、桃凪の背後から聞こえてきた。

 

「……むくろ」

「ずいぶんと面白いところに引っかかっていましたね、貴女の意識」

「え?」

「ここは現実ではありません。僕の記憶から作り出された仮想現実の舞台です。君の意識は体から離れ、ここに引っかかっていたのですよ」

 

 骸は桃凪の入った部屋の入り口に立っていた。視線は桃凪のほうにむけられていて、倒れている人物、骸曰く『ヒツジさん』のことは完全に無視していた。

 

「意識を受動的に体から離れさせることのできる人間は結構います。けれど、能動的に離れさせられる人間はそうはいない。君の場合は半受動的という感じですかね。制御できれば面白いことになるのでしょうが」

「はあ……?」

「……僕の話、理解していますか?」

「いや……残念ながら」

 

 何とも小難しい骸の説明を理解できない桃凪と、それを聞いてため息をつく骸。彼は少しだけ小首を傾げた後、こう切り出した。

 

「……まず、ここが現実世界ではないということは知っていますか?」

「えーと……」

 

 いやさっぱり。と答えることは簡単なのだが、それを言ったら今度こそ馬鹿を見る目で見られてしまいそうな気がするので少し考えることにした。

 といっても考えるまでもなく。

 

「ここは……確かに、よく見てみるとなんかこう……曖昧だね」

「細かいところは無視されているでしょう。記憶なんてそんなものです」

 

 先ほどまで大まかにしか注意を払っていなかったからわからなかったのだが、よくよく見るとずいぶんと粗が目立つ。骸が言いたいのは多分この事なのだろう。

 

「ここはイメージの世界ですから、君が何かに触れた時の感触などはほぼ君のイメージで作られています。……ほら」

「え、わっ」

 

 ぽい、と軽い挙動で放られたそれは地面に落ちていた鉄パイプだった。……ただし、赤黒いものがこびりついている。どういう用途で使われたのかは……想像したくはない。

 

「君はそれを持ったことがない、だからこそ、それの重さ、感触、質感などを大雑把にしか想像できない。ここが黒曜ランドなのは、君のイメージよりも僕のイメージのほうが強固だからです」

 

 確かに骸の言うとおり、触れていると違和感があった。こう、予想以上に重いとか、軽いとか、まぁこんなもんだろうなとか、そういった「実感」を一切感じ取れないのだ。

 まるでこれは……、

 

「夢の中、みたい」

「現実じゃないという意味では、それで正解」

 

 ぴっ、と骸が人差し指を天に向ける。

 

「『ここ』についての説明は以上でいいですか?」

「…………ちょっといいですかー?」

「なんです?」

「いや、どうしてそんなに詳しく説明してくれるのかなと」

 

 それもさっきのような、説明にならない説明とか、自分だけが納得しているものではなく。

 そう聞くと、骸は余裕のある笑みを浮かべた。

 

「もちろん、僕は「敵」にここまでの事は教えませんよ」

 

 それはつまり。

 

「私は敵にもならないってこと?」

「よくわかっているじゃないですか」

 

 完全に、見下されているということだ。

 その事実に桃凪は疲れたようにため息をついた。

 

「……はぁ」

「? あまり反感を抱いてはいないようですね」

「それはまあ、最初からわかってたから」

 

 自分では骸の敵になることはできない、それは最初からわかっていた。敵というのは自分を脅かすことのできる存在ということ。桃凪ではどうあがいてもそれはできないのだから。

 桃凪自身も、人に敵意を向けて攻撃することは苦手なほうで。それに骸が案外気さくな人物でもあるので、どうにも。

 

「だから、敵にならないって言うのなら、全部知らないことを教えてもらおうと思う」

「欲張りですねぇ」

 

 

 

 

 

 ずしん……! と空気を揺らす振動が、商店街にやってきたツナの耳に聞こえた。

 獄寺がいつも持ち歩いて、頻繁に使うせいで否が応でも覚えてしまった独特の振動音。

 

「今の音……獄寺君のダイナマイトの音……?」

 

 うろうろと歩き回っていた足並みを整え、音の聞こえた方向へと走り出す。先ほど聞こえた爆発音の後は静かなものだったが、音の発生地に進むにつれて人通りが少なくなっているということに、嫌な予感が止まらない。

 

(取り込み中だったらどーしよ……)

 

 自分たちを狙っている存在と獄寺が、今この瞬間に戦っていたらどうしようか。

 そんな不安を抱えながらそろそろと曲がり角を覗き込んだツナの目に飛び込んできたのは、ほっとしたように地面に座り込んで煙草をふかしている獄寺と、爆撃でも受けたような惨状となっている商店街の一角だった。

 

「あー、けっこーヤバかったな……」

「ご、獄寺君……?」

「! 10代目! どうしてここに!?」

「いや、なんか、獄寺君が黒曜中の奴に狙われてるかもしれないって噂を聞いて……」

「そのためにわざわざ……! 恐縮です!! 大丈夫ですよ! 倒したんで!」

「た、倒した……!?」

 

 風紀委員さえも倒すような屈強な襲撃犯を、撃退したといったのだろうか、目の前にいるこの少年は。

 

「な、なんか……さすがだね」

「いえいえ……! 10代目に危険が及ぶ前に何とかするのは、右腕の務めっすからね!!」

 

 苦笑いで言っているツナとしては、ほめているというよりは引いているのだけれども。それは獄寺には伝わっていないらしい。

 

「そこらへんに転がしといたんで、あとで締め上げて……」

「……獄寺君?」

 

 にこにこと笑いながら物騒なことをのたまっていた獄寺が、とある場所を見た途端にぴたりと静止した。

 おそらく、倒した敵がいただろう場所。焦げ跡が残る爆心地から数メートル離れたそこにいたはずの影が、どこにも見当たらなくなっていて、残っているものは数滴の赤い雫だけだった。

 

「……な!? い、いねえ!?」

「え、え!?」

 

 数秒の思考停止の後、驚愕に目を見開く獄寺と、その獄寺の言葉に状況を理解したツナが叫んだその直後。

 

 じゃり、と地面を踏みしめる音がした。

 

 

 

 

 

「むくろ、「ひつじさん」っていったい誰?」

「え?」

「その反応にびっくりだよ」

 

 そこでまさか、「そんな人いたっけ?」って言う反応をされるとは思わなかった。

 

「さっきから、そこに倒れてる……ん?」

 

 くるりと骸のほうから室内へ、振り返った桃凪だったのだが。

 先ほど漂っていた濃厚な血の香りはそのままに、それを発していたはずの彼の姿だけが、忽然と消え去っている。

 わけがわからなくて首をかしげていた桃凪だが、

 

「ああ、彼はもういいので、消しました」

 

 と、骸がこともなげに言うのを聞いて。そういうものなんだろうか、と思う。

 

「…………そっか」

「ええ」

 

 そこから少しだけ訪れた沈黙。桃凪は何を言ったらいいのかわからなくて悩んでしまって、骸はそんな桃凪が何を聞いてくるのかを楽しんでいるような素振りをしている。

 

「……「ひつじさん」は、むくろが、えーと……騙した人?」

 

 そう聞いて、何か言いたいことのニュアンスがまとまらないなぁ、と桃凪は首をひねった。聞きたいことの方向性は決まっているのだけど、こうと言える言葉が思いつかない歯がゆさだ。言い回しが随分と稚拙になってしまってなんだか恥ずかしい。

 

「騙したとは心外だ。僕はただ、彼に道を示しただけですよ」

「道?」

 

 ええ、と薄く笑いを浮かべながら彼は首肯した。どう考えても、楽しんでいるようにしか見えないのだが。

 

「彼は黒曜中の生徒会長でしてね、荒れていた黒曜中を真っ当に戻そうと努力していたのですよ。手荒な方法を使わず、言葉と姿勢と態度だけでね」

「それは……いいことなんじゃないの?」

「とんでもない」

 

 骸は語る。

 

「実際には何も変わりませんでした。どれだけ努力しても、月日を重ねても、僕が来た時と来る前、何一つとしてね」

「…………それも、当たり前なんじゃないかな、と思う」

「へえ?」

 

 桃凪の言葉に骸が少しだけ興味を示す。静観の姿勢になったので、桃凪は頭の中で言葉をまとめながら話すことにした。

 

「言葉とか、姿勢とかって、うわべだけの、形で見えるものが大切なんじゃないでしょ? その奥の、形にできないものが大切なんじゃないかな」

 

 それはきっと、心とか、誠意とか、そういったものだと、桃凪は思う。

 

「でも、見えないものを信じるのって、すごく難しいよ。だから、信じてもらうまでには時間がかかるよ。たぶん一年や二年じゃ足りないくらいに」

 

 誰だって、見て、触れて、感じることができるものが絶対だと思いたいものだ。見えないものを信じるということは、とても難しい。なぜならそれは、自分自身を信じるということだからだ。自分の確信を信じ、絶対として、己が一番正しいと思うことなど、よほど自分に自信のある人でなければ無理だろう。

 

「だから変わらないのも、しょうがないと思うよ。でも、それでも変わるって信じないと、自分を信じない言葉じゃ何も変わらないから。本当に何も変わらなくなるよ」

「君はそう思っていても、彼はそう思えなかった」

 

 また、笑顔。

 

「結局、彼がほしかったのは実績だったのです。自分の手で、自分の力で、何かを変えるということができるという確信だったのです。目に見える形でそれを欲しがったのですよ」

「それは……」

 

 人間ならしょうがない、という前に骸は続けた。

 

「ならばそんな回りくどい方法など使わず、もっと単純にすればいい。平和、協調などの偽善的な言葉を振りまくよりも、原始的な……恐怖、暴力により統治してしまえばいいと思いませんか?」

「…………それを、やったの?」

「いいえ。僕は何も」

 

 骸はまるで、ステージに立ちスポットライトを浴びる司会者のように大仰な手振りでこの部屋を見回した。荒れ果て、壊れつくしたこの部屋はまるで、先ほど倒れていたひつじの末路のようでもあった。

 

「言ったでしょう。僕は道を示しただけ、それを自ら選び、そこにのめりこんでいったのはほかならぬ彼です。実際変わりましたよ、彼が今まで費やしてきた年数がすべて、無駄に思えるほどの速さでね。…………まぁ、壊れるのも一瞬でしたが」

(……ああ)

 

 とてもとても楽しげに、誰かの心を壊したことを話す骸を見て。桃凪はようやく分かった。わかってしまった。

 

「むくろ」

「?」

 

「むくろは、悪魔だね」

 

 それも比喩とかではなく、真正の。

 悩み、苦しみを抱く人のそばにそっと近寄り、その心を誘惑し、破滅へといざなう悪魔。

 そう思い至った桃凪は、なんだかとても悲しそうな、苦しそうな、切なそうな、そんな表情を浮かべていた。

 

「私は今まで、むくろのことがよくわからなかったの。むくろって、悪い人に見えなかったり、危ない人に見えたり、怖い人に見えたりしたから」

 

 だから確かめたかったのかもしれない、彼が本当はどんな人間なのかを。

 理由もなく敵意を向けるのは簡単だ。理由があって憎むよりもずっと容易い。けれどそれはとても不毛なことだと桃凪は思っている。何も知らないまま疑い憎しみ敵対することほど、疲れることはない。

 だから知りたかったのだ。彼がどういう類の人間なのかを。敵なのだとしても、それを行う理由が知りたかった。

 そう思って話してみて、やっぱりどうも敵意を向けられずにいた。それは骸が桃凪にそう言った感情を持っていないからでもあったし、彼にとって桃凪はただの暇つぶしのおもちゃなのだろうということでもあった。

 けれど、

 

「むくろは悪い人だ。私に悪いことをする人、誰かに悪いことをする人、自分で悪いことをしてるとわかってる人。それがむくろ」

 

 たとえ彼自身がどれだけ恨めない人物であろうとも、やっている行いを許しておけるものではない。

 そうやって話して、理解して、気づいた。

 もうここが境界線なのだろうと。

 

「私はそんなむくろの味方にはなれないし、むくろのやることをそのまま見てることもできない」

「ならばどうするのですか?」

 

 骸がそう問うてくる。それに桃凪は、

 

「わからないよ」

 

 そう答えた。

 単純でわかりやすく答えたつもりだったのだが、なぜか骸はそれを聞いて心底驚いたような顔を浮かべたのだ。いやまぁ、その理由もわからないでもない。あれほど啖呵を切ったのだから、ここはもう少しとげとげしい言葉が出るべきであろう。それに対するかっこいい返答も用意しておいたのに、という顔だ。

 けれど桃凪は、わからない、と言ったのだ。それが骸にはわからない。

 でも桃凪からすれば、わからないのは当たり前の事であった。それが少し苛立たしく、情けなくもあるのだが。

 

「わかるわけがないよ。だって、初めてなんだもん」

「初めて?」

「そうだよ。こんな風に、誰かの事を許さないとか、思わなきゃいけないのって初めてだよ」

 

 今まで、何を変えても揺らがない強い感情などとは縁が遠い生活を送っていたと、自分でも思う。今まで大体の事は、桃凪がいつもの調子でいればおさまっていたから。

 目の前の相手を許しては置けない、それはわかっているのだが、そこから先がわからない。

 許さない、放っておけない、ならどうする?

 大体の人は、戦うとか、止めるとか、倒すとか、そういう方法をとるのだろう。実際、今まで読んだ本、見たテレビ、聞いた話も、そういうものが多かった。それも当然だ、戦わないで物事を収めるほど、難しくて盛り上がらない展開などないのだから。

 じゃあ、戦えばいいのか。

 こんなこと間違ってると、そう言って、自分のために、ツナのために、戦えばいいのか。

 なぜか、それを行うことを是としきれない自分がいた。

 

「……わかってる。本当は、怖いだけなんだよ。私、何も力がないから戦えない、自分ではそう思ってたの。でもそれはただの言い訳で、何かを攻撃するのが怖いだけなんだ」

 

 最初は帰れば終わると思っていた。ツナの所へ戻れば、いつもの日常に帰れるのだと。それが自分にとってのハッピーエンドだと信じていた。

 けれど、ことはもうそれくらいじゃ収まらなくなってきている。

 骸と話して思ったことはもう一つある。それは、骸がこうやって桃凪たちを苦しめる背景には、骸なりの考えと、思想と意義と、人生があるということだ。骸がこれまで通ってきた経緯が彼をこんな風に作り上げ、そして行動させている。

 骸を止めるには、骸のこれまでの人生すべてを敵に回さなければならない。人ひとりの人生を覆すことがいかに難しいか、それは桃凪にもわかっている。自分だって、これまでの人生をすべて捨て去り心変わりすることなどできそうにない。

 答えが出ない。

 

「でも、むくろをそのままにはできないの。それは多分私のために。むくろがこのままでいる限り、私は元の場所に帰れないから」

 

 そう、骸をどうにかしないと。

 彼を止める? 言葉で、それとも力で?

 どうにかできるのか、この自分が。

 

「でも、私は何もできない。だから、どうしたらいいのかなんてわからない……」

 

 結局、自信がないのだろう。信じられないのだろう。自分を信じられないから、自分自身を励ます言葉も浮かんでは来ないのだ。

 自分の両肩に乗っているものが自分の命だけならば、ここまで悩まなかったかもしれない。勝っても負けてもどう転んでも自分にしか被害が向かないなら、思い切って踏み出すことができたかもしれない。

 でも今、自分が消えたらきっとツナが悲しむ。ツナだけじゃなく、獄寺、山本、いっぱいの友達もきっと。

 そう思うと、何もできなくなってしまった。

 

「やめて、って言っても、止まってなんてくれないし……」

 

 そんな言葉で止まるのなら1億回だろうと言ってやるけれど、それで止まることなどない、それは骸を見ていればわかる。

 

(わからない……)

 

 唇を噛む。

 どう選べば正しいのか、どうすれば正解なのか。

 それがわからなくて、桃凪は――。

 

 

「――――なら、そこで一生立ち止まっていたらどうですか?」

 

 

「……え?」

 

 すっ、と。

 冷たい刃を刺し込まれたような。

 言葉というものに形があるのなら、きっと薄くて鋭利で焼けるように凍っている。

 そんな、骸からの否定だった。

 

(…………なんで)

 

 桃凪は愕然としていた。

 それは骸に言葉を否定されたことではなく、骸からの否定を聞いて、一気に取り残されたような心境になった、自分の心の中に、だ。

 よく考えれば、いや、よく考えなくても当たり前の事だろう。桃凪が先ほど言っていたことは、どう聞いてもただの泣き言だ。それを骸が慰める義理はないし、答えを示す義務もない。

 なのに、桃凪はそれを聞いてこんなにも絶望している。遊園地で親とはぐれて、もう何も頼るものなどないように…………。

 …………頼る?

 

(私、むくろに頼ってたの? むくろが助けてくれるって、思ってた?)

 

 今までがそうであったから。

 きっと、これからもそうなのだろうと。

 そう、無意識に思ってしまっていたのだろうか。

 だとしたら、それはなんて。

 なんて。

 

「身勝手な考えですね」

「っ……」

 

 骸の口から出た言葉は、自らの心の中で思ったことでもあって。桃凪は息が詰まるような心持ちだった。

 そんな桃凪を見て骸はにこりと笑い…………こちらに手を伸ばしてきた。

 桃凪は何ができるわけでもなく、それをただ眺めている。

 

「まあ、僕も鬼ではないので」

 

 視界が黒く塞がれ、最後に見たものは骸の笑顔。

 

「選ばざるを得ない状況を与えてあげましょう」

 

 その言葉の真意を悟る前に、桃凪は再び、意識あるままさらなる深くへと落ち込んでいった。

 

 

 

 

 

「ステラ、ステラ、笑ってステラ。星の光を固めて落として、それがあなたの涙になるの」

 

 ささやかな旋律。

 ぶらぶらと歩きながら小さく、童謡のような何かを歌うリータ。

 それはゆるりと風に溶け、空の中へ消えていった。

 

「小さな雫は砕けて散って、それはあなたの言葉になるの」

 

 紡ぎながら、思い出していた。

 ステラと初めて会った日のことを、あの笑顔を、言葉を。

 

「言葉を紡いで織り込んで、それはあなたの歌声で」

 

 そして、

 

「歌は響いて舞い上がり、世界はあなたで色が付く」

 

 その隣にいた、あいつのことも。

 ある日突然いきなり消えた、あの真面目で寡黙な男。

 

「私は見つめて憧れて、届かぬ星へと手を伸ばし」

 

 思い出はいつも綺麗なままで、現実はいつも過酷なもので。

 そう思っているからこそ、リータは何よりも思い出を大切にした。過酷な現実を、今を、支えてくれるものこそが思い出だと信じているからだ。

 

「伸ばした手はすり抜けて――、?」

 

 一人だけ、神妙な面持ちで歌っていたリータの耳に、何やら騒がしい喧騒が聞こえてきた。いや、それだけではない。

 これは微かな、――血の香りだ。

 

「っ!!」

 

 それを認識した時、リータはすでに駆け出していた。

 水の上を跳ねるような速度と軽やかさで地面を駆け、踵で華麗にターンし曲がり角を減速なしで曲がる、と。

 

「きゃっ!?」

「うごふぅ!?」

 

 ちょうど、曲がり角にいた誰かにぶつかってしまったらしく、その速度のまま相手を跳ね飛ばしてしまった。

 リータは軽くたたらを踏むくらいで済んだのだが相手はそうもいかなかったらしく、まるで交通事故でも起こしたかのように3回転くらい地面を跳ねながら転がっていった。

 

「あら……ごめんなさい、ツナ君。大丈夫?」

「げふっ…………だ、大丈夫です……」

 

 まぁ転がって行ったのはなんとなくわかったかもしれないがツナであり、そんな彼は心の中で「こ、この人もやっぱりマフィアなんだ……こえー……」とかつぶやいていたのだが、リータはそんなことに気をとられている暇はなかった。

 ツナと、その隣にいた人物を見て、ただ鋭く眼を細める。

 

「……なんか、色々と大変なことになってるみたいね」

「あっ……はい! 獄寺君が大変で……!!」

 

 ツナの隣にいたのは、胸を血に染めて気絶している獄寺と、彼に肩を貸している山本。大量の出血で気が動転しているツナはもちろんだが、いつも陽気な山本も、さすがにこの惨状では表情が硬かった。

 

「それで、えーと、今から病院に行こうと思ったんですけど、病院は危険だってリボーンが言って……」

「わりーけど、急いでんだ! ツナ、行くぞ!!」

「わ、わかった! それじゃリータさん、またあとで!!」

 

 それだけ言って、ツナと山本は駆けだした。リータは、それを追いかける。山本と一緒に獄寺を支え、手助けした。

 

「リータさん?」

「負傷した人員を抱えての撤退中に襲われないとは限らないもの。このくらいのおせっかい、してもいいでしょ?」

 

 そういって笑う。笑いながら、考える。

 リボーンが病院が危険、といったのは安全性の話だろう。病院というのは医療設備が整ってはいる、けれども良くも悪くも人が多い。たとえば、見舞いと称して、たとえば、医者や看護師のふりをして、いつ襲われるとも限らない。

 ましてや今回はマフィアがらみのきな臭い話だ、そういった警戒はするべきだろう。

 けれど、

 

(とうとう起こった……いえ、起こっていたのが、近づいてきただけ)

 

 開戦の火蓋はとうの昔に切って落とされていた。

 大雑把に、縦横無尽に、大体の目星をつけて振り回される手のひらは、確実にこちらを削り取っていた。

 これでもう猶予はない。あとは坂道を転がり落ちるように、物事は終結まで進んでいく。

 そしてその転がる先にあるものが何なのかは誰にもわからない。リータにも、ツナにも、リボーンにも、相手にも、それと。

 

 今はいない、小さな小さな少女にも。

 

 

 

 

「…………っ」

 

 悲鳴を上げないようにするのが精いっぱいだった。

 口元を押さえるのは吐き気をごまかすためだ。

 いっぱいに開かれた瞳には涙が滲んでいた。

 そうしてしまうほどの、理由が目の前にはあった。

 

「む、くろ…………」

 

 今、目の前にいるのがあの六道骸だというのなら。どうしてこんなにも幼いのだろう。

 今、目の前で繰り広げられている凄惨な光景が本当だというのなら、どうして骸がここにいるのだろう。

 今、目の前の状況が、骸の過去だというのなら。

 

 どうして、桃凪はここにいるのだろうか。

 

「なん、で」

 

 辺り一面は血の海だった。

 倒れているのは白衣を着込んだ大人たちだ。

 骸はその中心にいて、白い患者服が真っ赤な血にまみれていた。

 これらはすべて骸が起こしたものだ、桃凪はそれを知っている。骸が、顔色一つ変えることなくこの光景を作り出していく過程を、人を殺していく工程を、全て余さず見ていたからだ。

 立ち尽くす骸の表情は変わらない。存在しないのではなく、変わらない。表情自体は先ほどから一貫して、侮蔑と嘲笑を織り込んだ薄い微笑みで彩られていた。

 

 その顔は、幼い少年が浮かべていいものではなく、

 その眼はもう、純真な子供のものではない。

 ある人が称すれば賢者となるだろうし、別の人が論ずれば悪魔にもなるだろう。

 

 そんな、人としては決定的に間違った笑みだった。

 この充満する死の匂いの中で、そのほほえみだけは輝くような。

 血だまりから生まれた菩薩のような。

 

『選ばざるを得ない状況を与えてあげましょう』

 

 そういった骸の言葉を思い出す。と共に、彼が最後に浮かべた笑みも思い出した。

 あの時の笑みはこれと同じ、同じものだ。

 選ばざるを得ない、とは何をだろうか。これを見て、いったい何を選ぶことになるのだろうか。

 どちらにしろ、それはきっと自分にとっては最悪な結果になってしまいそうだ。

 でも、この言葉だけは飲み込んだ。

 口にしたら限界になってしまいそうだったから、今度こそ自分が、一人じゃ何もできない、誰かに頼って助けてもらうだけの、何もかもわかったような顔をしてその実何もわかっていない、ただの役立たずになってしまいそうだったから。

 だから桃凪は、

 

 助けて、とは絶対に言わなかった。




す い ま せ ん

1年かかる前に上げられて一安心ですけれども、そういう問題じゃねえんだよという声をひしひしと感じます……!
お待たせしてしまって申し訳ありませんでした……!

<こぼれ話>
新しい話を書き上げてあげるたびに一番気になるのは、書いた時間もそうですが、何よりも原作キャラの扱いです。
贔屓しすぎないように、できるだけ原作に近づけて、それなりのスパイス(これが一番難しい)をくわえつつ、一人の登場人物として動かしていく。大変です。ですが二次創作ものの一番楽しくてやりがいのあるところなので、これからも鋭意努力してまいりたいと思います。

次に更新できるのはいつになるかわかりませんが、気長にお待ちいただけると幸いです。さながら休刊になった雑誌の復刊を待つがごとく。


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第二十六話 「risoluto」

risoluto……リゾルート:決然と

第二十六話「決然」


 私はあなたの手を引いて、雨が降りしきる街並みを歩いていた。

 いつもは陽気な太陽と、鳥の声が聞こえるこの街も、こうやって雨に覆われればなりを潜め、静かな静寂と雨の音だけが聞こえている。

 私はその中で、服も、髪も、顔も、全身をずぶ濡れに濡らしながらあなたと歩いている。

 あなたは泣いている。

 ごめんなさい、ごめんなさい、と呟きながら、その瞳からぽろぽろ涙をこぼしている。

 私は、そんなあなたの手を引く以外できなくて、なんと言えばいいのか、喉で言葉がぐるぐる渦巻いていた。

 行き先なんてわからなかった。ただ、ここにとどまっちゃいけないっていう焦燥感だけで。

 私は振り向いて、あなたを見る。

 

「ステラ……」

 

 名前を呼んで、それから。

 どうしていいか、わからない。

 私が付いているから大丈夫? 私の知り合いのところに逃げましょう?

 そんなことを言えばいいのだろうか。それはただの気休めだ。

 なら――――。

 

「…………もういいよ、リータ」

「……えっ」

 

 そういえば。私が何かを話しかける前に、あなたが私の言葉をさえぎって、そんなことを言ったんだったか。

 

「もう、これ以上あたしと一緒にいさせられない。これ以上……巻き込めない」

「で、でも……」

「無理だよ!」

 

 そういったあなたの声はかすれていて、つないだ手は震えていて、本当は一人が怖いのだと雄弁に語っていた。でもその言葉は、私のことを拒絶している。

 行かないで、ここにいちゃだめ、助けて、放っておいて。

 相反する二つの気持ちが別々に流れ込んできて、それがあなたの健気さを示していた。

 

「だって……だってリータは」

 

 夜空を溶かしたような黒髪は雨で頬に張り付き、星の散らばる瞳は涙で潤んでいて。

 あなたは、

 

「リータは…………マフィアが嫌いじゃない。なら、あたしと一緒にいちゃいけないよ」

 

 そういって、私を優しく否定した。

 

 

 

 

 

第二十六話 「risoluto」

 

 

 

 

 

「なんで? どうして……隼人が入院しているのがここなのよ!!」

 

 不機嫌を余すことなく放出したまま、そして右手には毒素を放出する見舞品(手作り)を手に持って、ビアンキはしかめつらのままそう言った。

 ここ、というのは並盛中学の保健室のことで、そして保健室には女好きで有名のシャマルがいるのだ。シャマルはビアンキを見るとすぐにナンパしてくるので、リボーン一筋のビアンキとしてはうるさくて仕方がない。そのうえこいつはこれでも腕の立つ殺し屋でもあるので、なかなか殺しにくいところも二乗でビアンキを苛立たせていた。

 そんなシャマルはといえば、

 

「なんだよ病院が危険だって言って連れてきたのはリボーンだぜー? 男は診ねーけどベッド貸してんの。いいじゃんビアンキちゃんおじさんと遊ぼうぜ?」

「うるさい離れろ!!」

 

 いつも通りの飄々とした口調のまま、いつも通りにビアンキに粉をかけて、これまたいつも通りに撃退されていた。

 

「隼人の面倒は私が見るわ! あなたたちは出てって!!」

 

 そう、ビアンキは言うのだが。とうの獄寺はビアンキを見ると腹痛でぶっ倒れてしまうので、治るもんも治らんというのがここにいるツナ、山本、シャマルの男たち三人の共通見解だった。

 そしてツナは、

 

「…………獄寺君」

 

 ベッドの上で昏々と眠り続ける獄寺を見て。

 

「悪い山本、オレちょっと外行ってくる……」

「ん? おう」

 

 一応断りの言葉を入れてそっと保健室を後にしたツナは、保健室の扉から一歩離れると。

 

「…………あ~もうオレ馬鹿だ!! なんであの時行ったかなー!! 行かなきゃよかったのに!」

 

 そういって頭を抱えてうずくまった。

 自分があの時ビビって動けなかったから、そんな自分を守るために獄寺は自分をかばって、あんな大けがを負ったのだ。

 ダメツナである自分があんな場所に行ったって何ができるわけでもなかったのに、なぜ行ってしまったのだろうか。寸前で山本が助けに来てくれなければ、さらに言えば相手がやる気をなくして帰ってくれなければ、五体満足でいられたかも怪しい。

 自己嫌悪と後悔で思わず絶叫しているツナ、その視界にふと影が差した。

 

「……?」

「ツナ君、悩んでいるの?」

「え、あ! リータさん……」

 

 顔を上げたツナの目の前には、学校の中だと浮いてしょうがない日傘にワンピース姿のリータがいた。

 

「そういうところ、昔のディーノにそっくりね」

「ディーノさんに、ですか?」

「ええ、……ピンチになると逃げ腰になるけど、仲間の心配は頭から抜けないところ」

 

 そういってくすくすと笑うリータを見て、なんだか恥ずかしくなるツナ。だったけれど、

 

「仲良く歓談してる場合じゃねーぞ」

 

 そういう声が降ってきた。上から。

 

「え? …………えっ!?」

 

 なぜ上からなのだろうか、そう思ったツナが上を見上げると。真っ白い繭のようなものに包まれたリボーンがいた。いや、なんだあの繭?

 

「なんだそりゃー!?」

「これはレオンだぞ、さっきやっと静まって繭になったんだ」

 

 そもそもカメレオンは繭を作るのかとか、いろいろ聞きたいことはあるのだけれども、まず一番最初に言いたいことは。

 

「今までどこに行ってたんだよ! オレ達大変だったのにー!」

「ディーノと連絡を取ってた。イタリアで起きた集団脱獄事件についてな」

「え?」

 

 曰く、リボーンによると。

 2週間ほど前、凶悪なマフィアばかりを収監している監獄で脱獄事件が起きたらしい。脱獄犯は看守とほかの囚人を皆殺しにし、そのうえ日本へと高跳びしたとのことだ。

 リーダーはムクロと呼ばれる少年で、部下は二人。

 そして隣町の黒曜中学にて3人の帰国子女が現れ、あっという間に学校を手中に収めたのが10日前のことで、リーダーは六道骸と呼ばれる少年……とのこと。

 そこまで聞いて、ツナの口元がひくりとひきつる。

 

「あ、あのさ……そのムクロって、まさか同じ人? そっ、そそそそそんな危ない人が並盛中狙ってんの?」

 

 ツナは否定してほしかったのだが、リボーンの返事は首を縦に振るという最も簡潔な肯定の言葉だった。

 

「ま、マジかよ……そんなヤバい人たちに狙われて、オレいったいどうなっちゃうんだ……!?」

「どうなるって、どうにかなる前に撃退するしかねーだろ」

「で、できるわけないだろ!?」

 

 思わずツナの口から飛び出た言葉は嘘偽りのない本心で。

 けれどもそんなツナの意思など川を流れる葉っぱのように軽いものだと言わんばかりに、リボーンはある手紙を一枚、取り出した。

 

「できなくてもやらなきゃなんねーんだ。9代目から手紙が送られてきたからな」

「手紙!?」

 

 

 ――――親愛なるボンゴレ10代目。

 

     君の成長は君の家庭教師から聞いているよ。

 

     さて、君も、君の隣にいるであろう君を支えてくれる彼女も、歴代のボスたちにように次のステップを踏み出す時がやってきたようだ。

 

     ボンゴレ最高責任者として君達に指令を言い渡す。

 

 

「12時間以内に六道骸および他の脱獄囚を捕獲し、捕らえられた人質を救出せよ。幸運を祈る――――9代目。…………つーわけだから、逃げたくても逃げらんねーぞ」

「なっ……なんだそれーーーーーー!!!?」

 

 あまり見たことのない紙質、おそらく羊皮紙か何かにインクで書かれた文字が流れる手紙。見た目だけは古風で、年季が入ってるように見えるそれは、ツナにとってはとんでもない事実を突きつける脅迫状のようなものだった。

 

「ふっ、ふざけんな! なんでオレがそんなこと……!」

「ちなみに、成功した暁にはトマト一年分を送るらしいぞ」

「いらねーよ!? というか一年分!? 家に入りきらないしそもそも腐る!」

「トマトケチャップにしてもだいぶ余るわね……」

「そういう問題じゃないですリータさん!!」

 

 一通りツッコミ終えたツナはぜえぜえと肩で息をしている。

 

「だ、だって……ぜぇ……マフィアとか、10代目とか、そんなのオレ……はぁ……全然関係ねーし……そっちが勝手に言ってることなのに、そんなんで襲われるとか……!」

「ちなみに、断った場合は裏切りとみなしてぶっころ……」

「あー! 聞ーきーたーくーなーいー!!」

 

 続いてリボーンから言われた認識したくない一言を、耳を塞いで拒絶する。その時、

 

「ツナ! さっきからうるさいわよ!! 隼人がゆっくり寝れなかったらどうしてくれるの!」

「ひぃっ!? すんません!!」

 

 ものすごい勢いで開けられた保健室の扉から叩き付けられたビアンキの怒声に思わずツナは竦み上がり、そそくさと保健室の前を後にした。その後ろから、リボーンの声が聞こえてきたのだが。

 

「おいツナ……」

「うるさいオレは関係ないだろ!!」

 

 もうマフィアになんか関わってられるか。今までだって楽しいことなんて何もなかったのに、命まで狙われるなど冗談じゃない。

 走り出したツナの中にあるのは、そんな、人としてごく当たり前の恐怖心だけだった。

 

 

 

 

 

「まったく、仕方ねーやつだな。アイツは」

 

 ぱちくりとしたかわいらしい表情を変えることのないまま、リボーンはやれやれと嘆息した。

 ツナは人一倍ビビりだが、それと同じくらい友人思いなのだ。だから、この状況に何も思っていないわけがない。相手方のボンゴレ探しのゲリラ作戦は幸か不幸か、ツナの一番重要なところを抉り取っていた。

 それでも逃げてしまうのは、自分に自信がない証拠か。

 

「あの子、誰かに虐げられるのが当たり前って思ってるのね。奪われることになれてるみたい」

 

 リータの評し方はそれなりに物騒だが、言い方を変えればそういうことだ。昔から何をやってもダメダメで、それのせいでダメツナなんてあだ名をつけられ、しかもそれを本人も理解している。

 つまるところ、ツナの人生は負けっぱなしの奪われまくり。それで自分に自信を持つなど、ナルシストでもなければ不可能だろう。

 

「でも、無理だろーが何だろーがやるしかねーんだ。生きてりゃ必ずそういうときがくる。ツナにとっちゃ、それが今だったってだけの話だ」

「厳しいのね、リボーン…………ディーノにもそうだったの?」

「まあな」

 

 リータの問いかけにリボーンはそう答えたが、それは半分嘘だ。

 確かにリボーンは逃げないようにディーノの背中をけっ飛ばしたし、脅したりもしたが。

 そうする、そうしなきゃならないと最後に決めたのは、リボーンの言葉ではなく、ディーノの意思だ。

 ツナもディーノもそうだが、なぜか彼の教え子たちは自分が傷つけられても耐えるのに、仲間を奪われることだけは許せない奴らが集まってくる。

 

「あいつらは散々マフィアに向いてねーって言われてるが、それは一つの方向からしか見てねーからそう言われるんだ」

「一つの、方向?」

「ああ。……痛いのが怖いってことは、人を簡単に傷つけないってこと。臆病って言うのは、吹っ切れると大胆になるんだ」

 

 平穏を好むということは、守るべきものを知っているということ。

 立ち向かうことが怖いのは、失う辛さを理解しているからこそ。

 弱いことは罪ではないのだ。弱さを知らなければ強くはなれないし、弱さがあるからこそ、何にも勝る強さを得ることができる。

 リボーンは知っている。

 強くて弱い、その可能性を秘めているのは、ツナだけではないことも。

 リボーンにとっての教え子は、ツナとディーノだけではないことも。

 

 だからこそリボーンは、リータに一つの写真を見せることにした。

 

 

 

 

 

 帰って来た骸は、なぜかやたらと機嫌がよかった。それはもう、犬が気持ち悪く思ってしまうくらいには。

 

「うわっ、骸さんスゲーキモイ」

「死にたいですか?」

「すいませんでした」

 

 即座に腰を90度に曲げての綺麗な謝罪。いつもの犬ならば考えられないようなお辞儀の仕方だったのだが、骸にとっては物足りなかったらしく、そこから延髄のあたりに踵を落とされ犬の頭が地面にめり込んだ。

 

「いっ……たぁ~!! 骸さんひでーびょん!!」

「自業自得ですよ」

 

 ぎゃんぎゃんと喚く犬の前を通り過ぎ、骸はいつもの定位置のソファーに腰掛ける。その動作すらなんだか軽やかだ。

 

「楽しみですね」

「へ?」

 

 そのまま鼻歌でも歌いだしそうな骸の様子にそう見えずとも若干怯えていた犬を尻目に、骸は至極楽しそうにそう告げた。いつもの事だが、この人は基本的に言葉が足りない。

 身の内の楽しさを告げるように、トントンと組まれた指先がリズムをとっていた。その微かな音だけが、骸と犬、二人だけの室内に響いている。

 

「ねえ犬?」

「はい? なんれすかー?」

 

「もしも、僕が二人いたらどうします?」

 

 は?

 骸が、二人? それはつまり、今ここにいる骸が二人いると。全く同じ性格の、全く同じ姿かたちで、全く同じ髪型をした……。

 

「果物屋が開けるッスね」

「……」

 

 座った時の笑顔のまま、器用に骸の表情が固まる。そのままソファー近くに置いてあった愛用の三叉槍を手に持ち、目にもとまらぬ速さで犬へとぶん投げた。

 犬も反応できないスピードで投げられたそれは彼の頬のすぐ横を掠め、硬質な音とともに壁に突き刺さりかすかな震えを残して静止する。

 

「次は当てます」

 

 そう笑顔のまま、冷たい声で骸が言って、犬は今度こそ震え上がった。怖いのならからかうのやめればいいのに、というのは千種の言だが、犬としてはからかうつもりもなくただ思ったことをついつい口にしてしまうだけなのだが。でもそれがいつも骸のご機嫌を損ねているので確かに少し考えたほうがいいのかもしれない、とも犬は思った。どうせあと10分したら頭からすっかり抜け出てしまう戒めなのだけれども、一応。

 

「えー……あ、ハイ。そのー……骸さんが二人いたら? れすよね?」

「さっきからそう言っているでしょう」

 

 冷や汗を流しながらも話を元の場所に戻すと、骸のほうもまだ会話を続ける気力があるのか、そのまま乗ってくれる。なので、犬もちょっとまじめに考えてみることにした。

 

「んー……」

 

 と、言っても。

 

「でもやっぱ骸さんは一人っすからねー。増える? って言われてもこう、想像つかねーっていうか」

 

 骸の『能力』ならば自分そっくりの分身を作り出すことなど容易いだろうけど、それは骸が作り出した骸の支配の下にある人形と同じ。真の意味で骸が二人増えるわけではないのだ。

 誰かの体を乗っ取ったりもできるけれど、複数の人間の体を動かしていても、中にいる骸の精神自体はリンクしているから、それもやっぱりもう一人の六道骸というわけでもない。

 骸が複数いる光景は簡単に想像できるのだけど、別々の骸がいる光景はなんだか実感にわかない。

 

「それにホラ、骸さんやっぱオンリーワンのオレ様だから? 自分が二人いるとか嫌なんじゃないですか?」

「ええまぁ、そうですね」

 

 自分が二人いるなど冗談じゃない、と骸は語る。

 同じことを考えるということは考えていることがあちらにもわかってしまうということ、そして自分はたとえ同存在であろうとも必要とあらば利用することも辞さないような性格なのは、自分が一番よくわかっている。

 もし自分がもう一人いたら、いつ裏切られるかを気にして気の休まる暇がないだろう、と。

 

「案外、ドッペルゲンガーの伝承が「会うと死ぬ」なのは、お互いが自分の存在を守るために殺しあうからなのかもしれませんね。知ってます? 人体に有毒な作用を持つ物質の構造は、人体と似通っているという話。自分に近しいものほど、実は自分にとっては有毒なんですよ」

「へー……?」

 

 さっぱりわからない。わからないが、それを伝えるための上手い返しも思いつかないので、とりあえず聞いておく。

 

「でもですよ? 全く自分と同じ存在を人は本能的に疎いますが、逆に限りなく近い存在に対する反応は様々なんですよ。同族嫌悪が起こることもあれば、自己愛を抱くこともある。異常心理の人間が自分の子供に優しいのは、子供を自分の分身として見るからだとか」

 

 もう考えることを諦めた犬の反応を見ることなく、骸はそのまま言葉をつづける。

 

「僕だったらどうなるんでしょうね」

 

 検証しようもない疑問を口の端に乗せたまま、そう言って骸はこの話を締めくくった。

 言ってることはよくわからない、わからないが。

 

「でもオレがついてくのは骸さんだけれすよ!」

 

 それがどの骸なのかは犬にはわからないが、骸だからこそ自分は従うのだ。二人いようが三人いようが、たとえ世界の人間が全員骸になったとしてもそう断言できる。

 

「そうですか」

 

 それに骸は、当たり前だろう? とでも言いたげな様子で返事をする。そして、しばらく一人になりたいから出ていってくれ、と言った。

 骸の言葉に犬が素直に従い出ていくと、骸は座っていたソファーに全身を預け、脱力する。

 彼はそのまま天井を見上げ、

 

「…………そろそろ、終わりましたか」

 

 そう言って、静かに笑う。

 すごく、楽しそうである。

 

 

 

 

 

 お前に渡しておきたいものがある、とリボーンから一枚の写真を渡された。

 首謀者である、六道骸の写真だ。

 けれど、

 

「…………なによ、これ」

 

 その写真に写る顔から、リータは目が離せない。

 これが、六道骸?

 六道骸だとでも、言うつもりなのか。

 彼は、そんな名ではなかったはずだ。

 

「どういう、ことなの……!」

 

 ぎゅう、と。強く、力を込めて写真を握りしめる。握力の強さに比例して、薄っぺらい紙に皺が出来ていった。

 どれだけ見ようとも、確認しようとも、その写真が変わることはない。変わってほしいけれども、絶対に。

 

「どうする?」

 

 すぐ足もとにいたリボーンがリータにそう聞く。その「どうする?」には、様々な意味が込められていることに、リータは気づいていた。

 これからどうするのか、自分の立ち位置を、『彼』と会ってしまった時の対応を。

 その問いかけに、リータは。

 

「…………わからないわ」

 

 いや、わかっている。自分は何もしてはいけないということは。

 けれどもそれは頭でわかっているだけで、実際『彼』と会ったときは、感情のままに飛び出してしまうかもしれない。それを含めての、これからどうするか、自分がどうしてしまうか「わからない」だった。

 リボーンはそんなリータの言葉を聞いて、ただ帽子を深くかぶりなおした。

 

「……なるほどな、わかった。……一つ言っておくが」

 

 一息。

 

「もしも、お前がぶっ飛んであいつに向かっていくっつーんなら、そん時はオレが相手になるぞ」

「…………」

 

 それはつまり、もしもリータがこの戦いに手出しをしたのなら。

 この目の前にいる世界最強のヒットマンが、敵になるということか。

 写真を握りしめたままリータは少しだけ俯いて、すぐに顔を上げる。

 

「……ええ、そうして頂戴」

「いいのか?」

「いいわよ。リボーンが止めてくれるって言うなら、安心できるわ」

 

 その表情は先ほどのものとは違い、きれいな笑みで彩られていた。

 けれども、それが無理をして作ったものであることは、リボーンでなくともわかるだろう。

 無理もない、とリボーンは思う。

 彼女の話は人づてにしか聞いたことがないが、それでも凄惨な話であった。あの出来事が、まだ若く幼かった少女の心にどれほどの傷を残しただろうか。

 そんなリボーンの心中を知ることなく、リータはくるりとリボーンに背を向け歩き出す。歩行に合わせてふわふわとワンピースが風に揺れた。

 

「さて、と。そうと決まったら、ツナ君を迎えに行かないとね。桃凪も一緒に行くの?」

「桃凪はツナが行くっつったら勝手についてくるだろ。ツナも他の奴らがいく気満々なら流されてついてくだろーしな」

 

 ツナを焚き付けるのはリボーンの家庭教師としての仕事でもあるし、ほかのメンバーも声をかければかってに行くと言い出すはずだ。そうすれば桃凪も……。

 

「…………」

 

 そこまで考えて、リボーンは少し沈黙した。

 そういえば、最後に桃凪の姿を見たのはいつだっただろうか。今日ではない。昨日の、夜。その時の桃凪の様子を思い出して、

 

「……リボーン? 置いてくわよ?」

「……やられたかもしれねーな」

「え?」

 

 それは確証と呼べるものではなかったが、殺し屋として生きてきたリボーンの経験に培われた勘のようなものが、絶対の確信として彼の中に一つの結論を導き出した。

 さてこの場合、どうするべきだろうか。

 

 

 

 

 

 骸から部屋を追い出された犬は、どこへ行くでもなくぶらぶらと黒曜ランドの中を歩き回っていた。

 さっき帰って来た千種はそれなりにボロボロだったので、ある程度の治療をして今は安静にしている。となると話し相手がいなくなるので、犬は絶賛暇を持て余していた。

 どこをどう歩いたのかはよく覚えていないが、覚えていなくてもこの場所は犬の庭のようなものだ、問題はない。それにその気になれば臭いを感知することも犬には可能。いた時間はわずかだが、それでも強く記憶の中に風景は刻み込まれている。この部屋は骸の制服置き場で、この部屋は千種が一人になりたいときによく活用している場所、そしてこの場所は。

 そうやっていた時、かたり、と。自然では絶対にしないような人為的な物音が犬の耳朶を打った。

 

「んあ?」

 

 大きな動作で、けれどもその奥に警戒を秘め、犬はそちらの方向を見る。

 音が聞こえた部屋は確か一度入ってからその後は使ってない。ソファーが一個置いてあるくらいで他に何もなかったはずだ。

 骸がこれからボンゴレがこちらに来るかもしれないからと、ここに集まっていた(と言ってもほとんど雲雀とか言うのに倒されたが)黒曜生を帰らせたので、今ここにいるのは犬と千種と骸だけ。骸が呼び寄せた追加メンバーも来るまでにもう少し時間がかかるはずだ。となると、

 

(呼んでないお客さん、かなー?)

 

 そう結論付けた犬の顔が、少し楽しげになる。迷い込んだ子羊か、そうでないかはこの際どうでもいい。いい暇を潰せるきっかけができた。

 犬は少しだけ身をかがめ、戦闘態勢をとる。といってもすぐに終わらせてしまうのはつまらない。狩りの練習をする子猫は、獲物をあえて殺さずに逃がしながら追いかけるらしい。

 物音と、それに連なる気配を見計らい、息を殺して。

 

「……よっ!」

 

 そのまま犬は地面を蹴り、部屋の中へと飛び込んだ。一足で部屋の外の廊下から部屋のちょうど中央に到達、相手はいきなり飛び込んできた犬に驚いてるらしく、気配が少しだけ揺れているのがわかった。

 動揺がとてもわかりやすく伝わってくる、ということは一般人か。ならば、と犬は着地の勢いを殺すことなく、そのまま壁へと飛び上がった。空中でくるりと回転し、壁に足がつくように態勢を変え足場にする。そして持ち前の瞬発力を最大限に生かして、蹴る足で対象の背後へと飛び込んだ。

 相手はかなり小柄だ、少しくらい手加減をしたほうがいいだろう。そもそもここで殺しをするといろいろと面倒なことになるし、最初から軽く叩くだけに済ませておくつもりだった。

 

「もらいっ! だびょん!」

 

 爪も牙も使わず、軽く掌底を叩き込む。手加減してはいるがそれでも相手を壁まで吹っ飛ばすには十分な威力、速度で放たれたものだったのだが。

 

「……って、ありゃ?」

 

 相手の背中をとらえた、と思った瞬間。

 消えたのだ。

 犬の目の前にはただ無人の部屋だけがあって、いたはずの人影はどこにもいなくなっていた。

 何故だろう? そう思って犬の動きが少しの間だけ止まる。ほんの少し、だったのだが。

 

 ぺたり、と犬の首筋にあったかいものが添えられた。

 

 

(……はぁっ?!)

 

 危険のアラートが脳内に鳴り響くのと、その何かを反射的に払いのけるのはほぼ同時。思考はその後に遅れながらもついてきた。

 背後に立たれていた。そのうえ急所に触れられた。ありえない!

 先ほどの遊びとは違い、警告してくる本能に従い犬はその場を離脱。まさしく獣の瞬発力を使い、その何かから一気に距離をとる。そうして改めて自分が襲い掛かったものを見たのだが。

 

「……さっきのガキ!?」

「…………」

 

 なぜか骸がやたらと気に入っていた、ちょっと前にここにやってきたチビだ。

 背中に伸びる長い髪の毛は寝ぐせで少しだけ跳ね上がっており、体の比率としては少し大きめの頭は微かに右に傾いでいた。寝起きらしく、瞬きを繰り返す眼はどこか茫洋としている。

 どこからどう見ても弱くて非力なただの子供にしか見えない。そんな少女が、犬を出し抜き背後をとり、さらに急所に触れるほどのことができるのか。

 

「テメーさっきなにした!」

「……」

「だんまり決め込んでんじゃねぇ! なにしたって聞いてんだびょん!!」

 

 ビリビリと体から警戒と殺気を出しながら犬がそう叫ぶと、少女は犬の事をじっと見つめる。まっすぐとこちらを見てくるその眼がなんだか、なんというか。

 

「……ねえ」

「な、な、なんだよ」

 

 どこか、骸を思い出して。

 

 

「何をやっているの? 犬」

 

 

 お前に呼び捨てにされる義理はない、と思うのだが。なぜだか、気圧される。

 まるで目の前に、骸がいるような。

 

「いきなりだったから驚いて、少し驚かしてしまったんだよ」

 

 大丈夫? と少女が聞いてくるのだが、犬に返事をする余裕はなかった。

 ただ、一言だけ絞り出す。

 一言だけ、思わず口からこぼれ出ていた。

 

 

「…………お前、誰だ」

 

 

「私……?」

 

 犬のその問いかけを少女は口の中で転がして、

 

「私は……」

 

 その後、困り果てたように眉が下がった。

 先ほどとはうって変わり、まるで迷子になった幼い子供のような、不安げな表情で。

 

「私は、桃凪にしかなれないよ」

 

 ……今にも泣きそうな笑顔というのは、こういうものなのだろうな、と犬は思った。

 

 

 

 

 

 走り出したツナがたどり着いたところは、なんてことのない、いつもの我が家だった。

 

「つ、つい、た……」

 

 膝に手を乗せ、前のめりになり肩で息をしながらも、ツナはどこか安心したような表情を浮かべる。

 心を落ち着けて、気を休めることのできる場所。ツナにとって家はそういうものであるし、その認識に間違いはない。たとえ、もう本当の意味で安全な場所などどこにもないのだとしてもだ。

 

「ただいま!」

 

 勢いをつけて家へと飛び込んだのだが、不思議なことに家には母もそのほかの同居人の姿もなく、静寂だけが帰って来た。

 頭のどこかで、今日はたしか母が買い物に行く日で、ほかのメンバーはいつもそれについて行ってたはずだ、という情報が駆け巡る。だからいないのはそのため、だろう。

 けれども今日は、桃凪が家にいるはずだ。

 そう思ってツナは靴を脱ぐと一気に階段を駆け上がった。何でもいい、自分を日常へと繋ぎ止めてくれる誰かの声と存在がほしかった。

 

「桃凪! ただいま!」

 

 そう言って、桃凪の部屋の扉をたたく。

 桃凪からの返事はなかった。

 

「……あれ?」

 

 なんとなく、なんとなくだが。

 不安な気持ちが胃の奥からせり上がってきて、ツナの呼吸が走り通しだったのとは別の理由で荒くなる。

 その焦燥感に急かされるようにドアノブに手をかける、と。……回る。鍵は、かかっていないようだった。

 何故だろう。

 あんなにも待ち望んでいたはずなのに、あんなにも帰りたいと、声を聞きたいと願い乞うていたはずなのに。

 

 この扉を開けるのが、ひどく怖い。

 

「……」

 

 ゆっくりとツナは扉を引く。まるでホラー映画の演出のような軋んだ音を立てて扉は開いていき、ツナの目には桃凪の部屋が映る。

 フローリングの床に敷かれたモフモフのカーペット、ツナとおそろいの……少しだけ小奇麗な勉強机、彼女の趣味を反映する著書を詰め込んだカラーボックス、そしてピンク色のベッド。そこまで見渡して、ツナは気づいた。

 気づかざるを得なかった。

 桃凪が、どこにもいないことに。

 

「……桃凪?」

 

 主のいない部屋の中、ツナの声に応えるものはどこにもなく。

 開け放たれた窓から流れ込む風が、机の上の日記をぱらぱらとめくれ上がらせていた。

 

 

 

 

 

「つな……」

 

 黒曜センターの屋上で寝転がって、青空を眺めながら桃凪はつぶやく。

 ツナに会いたい。会って、話をしたい。そうしたらきっと、自分は大丈夫な気がするのだ。

 ああけど、もしかしたらもう、自分はツナの知ってる自分ではないかもしれない。今日一日でいろんなことが起こりすぎた。桃凪の身にも、いろいろあった。

 もう桃凪は、何を指して自分なのかがわからなくなっている。

 大切であったはずのものが大切じゃなくなっている。切り捨てたはずのものがなぜか両手に密集していて、ひどく重い。

 助けてほしいと思っていた時が、遠い彼方のように感じて。

 もう何もかも投げ捨ててしまいたい。

 誰かの人生とか、その意味とか。そんなものを考えて決断するのは、疲れた。

 自分が嫌だから嫌だ、相手のことなど知らない。世界には自分と自分の好きなものだけがあればいい、そのほかなんて、いらない。

 その冷たくて無責任な考えは、確かに今の桃凪自身が持っているもの。そう思うのに、

 それでも、

 優しかった頃の思い出が、走馬灯のようにしがみついて離れない。

 このままでいいの? と囁きかけてくる。

 このまま、骸を放っておいて、逃げてしまって。

 そうしたらきっと、今よりもっとつらくて悲しい思いをしなくちゃならなくなるのに、本当にそれでいいの? と。

 

「ごめんね。私たぶん、まだ帰れない」

 

 前に進むことはできないのだけれど、後ろに戻ることもできないので。

 結局、立ち止まり続けるしかないのだ。

 だから謝罪を。懺悔を。

 涙をこぼすこともないまま、桃凪は静かにそう告げた。




スランプに陥りなにも書けなくなってしまったあなた!そんな君でも大丈夫!この執筆法を使えば、スランプなんて何のその、スラスラ続きが書けちゃうんだから!!
さあいますぐお電話を!電話番号は「090……」



みたいな都合のいいものがあるのなら、きっと世界はこんなに厳しくない。

お久しぶりです。すいません。なんかもうあとがきで謝罪ばかりなきもしますけれど、すいません。
最新話をお届けさせていただきます。色々と不穏ですが、複線管理とか初めてなのでもしかしたら矛盾が生じているかもしれませぬ。


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第二十七話 「attacca」

attacca…アタッカ:休みなく次へ

第二十七話「最終決戦」


 

 

 

 

 

 リータは幼いころ、マフィアに誘拐されたことがある。

 それは当時キャバッローネファミリーの長であった父を脅迫しようと、他所からやってきた流れのマフィアが行ったことであった。

 ただ、小さいころのリータはそんなことは全く知らず、ただなんとなく、父のことを嫌いな人達がそのようなことをしたのだ、と感じていた。

 ――結果としては。

 脅迫は成立せず、間一髪でリータはマフィアから助け出されて。

 やっとのことで家に帰ると、弟はリータに抱き着いて泣きに泣いて、父はとても申し訳なさそうな、苦しそうな顔で「すまない」とだけ言ったのだった。

 だから、マフィアが嫌いになった。

 父を、弟を、家族同然の父の仲間たちを、悲しませるマフィアが。

 その後少しして、リータはかねてからなりたいと願っていた歌手を目指すために、遠くの街に留学することになった。その当時のリータは気づいていなかったけれど、今ならわかる。父は、マフィアが嫌いで、憎しみさえ抱いている娘を、自分がそのマフィアの子なのだと知らせないようにそんなことをしたのだと。

 でも留学中、リータはあれほど嫌いだったマフィアと、望まなくても関わってしまうことになる。

 マフィアに拾われ、マフィアで育った一人の少女と、その兄貴分との出会いによって。

 それはリータにとっては一つの転機であり、彼女が最も大切にする「思い出」の一つであり。

 彼女にとって、今もなお消えることの無い“傷”が生まれた日でもあった。

 

 

 

 

 

 第二十七話 「attacca」

 

 

 

 

 

「桃凪……?」

 

 誰もいない静寂の部屋の中、この部屋にいるはずの人の名前をツナは呼ぶ。

 けれど、いらえは返ってこなかった。

 開け放たれた窓から強い風がごうと入ってきて、机の上に置いてある日記帳がパラパラとめくれ上がる。何も書いていない、白紙の日記。

 しばらくの間、呆然としていたツナの背後に、いつの間にか立っていたリボーンが淡々と告げた。

 

「桃凪は、攫われたんだろう」

「さら、われた……? って、そんな、誰に!? なんで!?」

 

 その言葉で長い硬直から解放されたツナが勢いよく振り返り声を荒げる。リボーンもいつもなら「うるせーぞ」などと言うのだろうが、今日だけはそんなことを言わなかった。代わりに、言い含めるように言葉を続ける。

 

「いいか、奴らはお前を狙ってんだ。相手は脱獄のために全員皆殺しにするような連中だぞ、人質くらいは考えとけ」

「人質……って、桃凪が?」

「それだけじゃねえ、おそらくはフゥ太も人質にされてる。奴らがフゥ太のランキングを持ってたのはそういうことだろ」

「フゥ太を脅してランキングを無理やり奪いとったってことかよ……? で、でも! その、六道骸ってやつは、オレがどこにいるのかわからなかったんだろ!? 桃凪がオレの関係者だってわかってたら、並中生を襲うような、こんなひどい手使わなかったはずだろ……!!」

「ダメツナにしては頭が回るじゃねーか」

「ほっとけ!!」

 

 流れるようにツナを罵倒したリボーンが、紅葉のような手から三本、指を立てた。

 

「考えられる可能性は三つ」

 

 一つ目、捕まったフゥ太が桃凪がツナの妹であることを教えた。

 

「この線は薄いな。沈黙の掟を守るのはマフィアにとって基本だ。ランキングはフゥ太の本を無理やり奪えば見れるだろうが、フゥ太がツナの不利になるようなことを漏らすはずがねーからな」

 

 二つ目、桃凪が居なくなったのは、六道骸とは全く関係ない。

 

「希望的観測すぎる。大体、今日は具合が悪くて学校を休むと言ってた桃凪が、わざわざ外に出るような真似すると思うか?」

 

 三つ目、桃凪と六道骸は、ツナの関係ないところで関わりがあった。

 

「現状考えられるのはこれだな。どーいうわけか、桃凪は六道骸と何かしらの関わりがあった。それで骸は桃凪を攫った。利用するつもりか、仲間に引き入れるつもりかは知らねーがな」

「仲間にって……桃凪を?」

 

 リボーンの推論はどれもツナにはしっくりこなかった。凶悪な脱獄犯が桃凪に目をかける理由が思いつかないし、なによりもこの世のあらゆる暴力と桃凪を結びつけて考えることがツナにはできない。

 

(……でも、雲雀さんと桃凪、知り合いだったよな……)

 

 いやでも、雲雀と桃凪は同じ並中生という共通点があったが、骸にはそれがないし。

 想像をどうにか否定したくて、必死でツナはそのための材料を探した。

 

「と、とにかく、ちょっと部屋見てみるよ。桃凪も、割とすぐに体調がよくなって出かけただけかもしれないし……」

 

 そう言って桃凪の部屋に入っていったツナを、リボーンは止めることはせず見守っていた。

 ……しかし、こうやって妹の部屋をじっくりと見たのはいつ以来だろうか。昔は双子で同じ部屋に住んでいたけれど、思春期になったのだからと奈々が気を利かせて二階にあった空き部屋を桃凪の部屋に改装したのだ。桃凪がツナの部屋に遊びに来ることはよくあったけれど、ツナが桃凪の部屋に行ったことはほとんどない。たまに夜遅くまで本を読んだせいで朝起きられなくなった桃凪を起こしに行く時くらいで、その時はじろじろと部屋の中を眺めたりはしなかったし。

 試しにクローゼットを開けてみると、上着はそのまま残っていた。まあ、今はそこまで寒くはないから着ていかなかったのかもしれない。

 いつも桃凪が寝ているベッドは、ピンク色の毛布がパジャマと一緒にぐちゃりと丸まり、半分ほど床に落ちていた。いつもの桃凪にしては珍しいだらしなさだ。

 本棚はいつも通り整頓されている。少女漫画から歴史小説まで、相変わらずジャンル問わず色々な本を読んでいるようで……。

 

「……? これ」

 

 本棚を眺めるために屈んだとき、机の下にきらりと光る何かを見つけ、ツナはそれに手を伸ばす。手の中に収まった物はひやりと冷たい、金属の塊。

 それは。

 

「……桃凪が、いつもつけてたやつ、だ」

 

 ほんのりとピンク色に光る、二枚貝の形のペンダント。いつも、どんな時だってチェーンに繋いで首にかけていた、桃凪の宝物だ。そんなものがなぜ、机の下なんかに落ちているんだろう。

 ペンダントに見入っているツナの肩にひょいと飛び乗ったリボーンが、小さな手をそれに伸ばす。

 

「ちょっと貸してみろ」

「えっ、あ、おいっ」

 

 止める間もなく小さな貴金属はリボーンにとり上げられて。どこからかルーペなどを取り出し、様々な角度からリボーンはペンダントを眺めまわす。

 

「……これは」

 

 何かに気づいたらしいリボーンが、ルーペをしまい両手でペンダントを包むように持ち方を変えた。手首を捻ると、カチッという小さな音が鳴って。

 

「開いたぞ」

「こ、これ開くやつだったのか……」

 

 滑らかな流線型を描くそれは一見するとそのような仕掛けを感じさせる継ぎ目など見当たらない。もしかしたら所持者の桃凪ですら気づいていないかもしれなかった。

 貝の蓋が開くように、ぱかりと開いたそれの中入っていたのは。

 

「…………指輪?」

「こいつは……」

 

 中に入っていたのは、星空を描いた円盤ような装飾を持つ、ひとつの指輪だった。全て金属でできているようで、質感からして値打ち物のような雰囲気が漂っていたが、ツナにはその価値はよくわからない。

 だが、リボーンは。

 

「……こんなところにあったのか」

「リボーン?」

 

 普段と変わらない表情ではあったが、どこか驚いているような顔をしたリボーンが台座に嵌ったその指輪を取り出して、光にかざす。きらりと光るそれをしばし眺めて、ひとつ頷いた。

 

「間違いねえ。これこそ、大空を包む宇宙を現した指輪、(ソラ)のリング。――六年前に失われた、ボンゴレの秘宝だ」

 

 

 

 

 

「は、はぁあああああああああああ!?!??」

「ツナ、うるせーぞ」

「いや、だって……!!」

 

 唐突に告げられた衝撃の事実に、先ほどまでの焦りや不安が一瞬だけ吹っ飛んだツナが盛大な叫び声を上げる。まさか、妹がいつも持っていたペンダントが、ボンゴレの宝だったなんて。

 

「つーか、六年前!?」

「おそらくは、だがな」

 

 リボーンの話によると、元々この指輪を持っていたのは九代目の側近であり、従姉であるソフィアだったらしい。

 

「ソフィアは優しい女だったが、それと同時にとても病弱だった。八年前、ボンゴレで大きな抗争があってな。多くの犠牲が出たんだ。ソフィアはそれに大層心を痛めたんだろう、その時の心労が祟ったらしく、二年後に帰らぬ人となった」

 

 その時、彼女の遺品を整理したのだが……宙のリングだけが何故か見つからなかったらしい。

 ボンゴレの秘宝であるリングが無くなったなどと通常なら一大事なのだが、九代目は指輪を探すことをやめさせた。――昔から、仲の良い従姉弟同士だった。彼女の遺品という意味でも、宙のリングは欲しくて仕方がなかっただろうに、だ。

 

「その時の九代目の決定に異議を唱える奴らもいた。だが、聡明な九代目が下した判断だ、間違いないだろうという声の方が大きかった。だから、リングの在処はわからないままとなった――」

 

 風の噂によると、なくなったというリングを巡りそれなりの騒動が起きたらしい。軽いものではなく、人の生き死にに関わるような。それでもなお、九代目はリングを探させなかった。

 

「もしかしたら、九代目はリングがどこにあるのかわかってたのかもしれねーな。だからこそ、探させなかった」

「でも……」

 

 この指輪を巡る物語を聞いていたツナは一言、とても率直な疑問を口にした。

 

「なんでそんなものを、桃凪が持ってるんだよ?」

「それはオレにもわからねーな。桃凪はいつ、このペンダントを持ち始めたんだ?」

「え? えーと……」

 

 そう聞かれると、いつだろうか。気が付いたら持っているという感じだったような。ああでも、一度だけ、桃凪がこのペンダントをツナに見せに来た時があったような気がする。それは確か……。

 

「……大体、七年前くらいに。『おばあちゃんからもらった』、って……」

 

 桃凪は近所に住んでいる老人たちと仲がよかったから、そのうちの誰かから貰ったのだろうと、特に気にしていなかった。けれど今思うと、桃凪の言っている『おばあちゃん』とは、まさか。

 

「七年前、か。ソフィアの具合が悪くなりだしたのも、それくらいだったな」

「その、ソフィアさんって人から、桃凪がこの指輪を貰ったってことか?」

「桃凪自身にその自覚があったかはわからねーがな。なんせ巧妙に隠されていた。オレじゃなければ見つけ出せなかっただろう」

 

 あるいは、オレが見つけることをわかっていたのかもしれない。とリボーンは言った。

 ツナは複雑な面持ちでリボーンの持つ指輪を見る。

 桃凪は、自分と同じくマフィアなどとは関係ないと思っていた。血生臭い世界とは隔絶された、自分に日常を見せてくれる存在だと。けれども、ツナが知らないところで、桃凪はボンゴレと関わっていた。それに対するショックは勿論ある。けれど、一番ツナに堪えたのは。

 

(……オレ、なんにも知らなかったんだ。桃凪のこと……)

 

 知らないことなどないと思っていた妹は、ツナの想像以上に謎だらけだった。自分の知らないところで、知らない縁を結んでいて、それは普通のことのはずなのに、なぜかすごく、心が苦しい。

 簡単な話。

 桃凪は一人の人間だった。ツナとは違う、人間だ。

 一緒に生まれてきたからと言って、同じ存在というわけではないのだ。

 感傷に沈んでいるツナの顔を、おもむろにリボーンが引っ叩く。

 

「! ぶっ!?」

「なに落ち込んでんだシスコンダメツナ」

「い、いや別に……って、その呼び方やめろ!!」

「落ち込んでる暇があるなら現状を理解しろ」

 

 リボーンは手に桃凪の日記帳を持っていた。どうも、それの面で思いっきりビンタをしたらしい。進められるがまま受け取ってしまって、リボーンの様子をうかがうと、読め、と言われる。

 他人の日記って勝手に読んだらまずいんじゃないか、プライバシーとか……。と思いつつも渋々ページを開いた。最初のページに、三行ばかりの文章が載っている。

 気が進まない様子で目を通していたツナであったが、一行、二行と読み進めているうちに、その顔が驚愕に染まっていった。

 

「これ……」

 

 そこにあったのは、ひどく端的で、とても日記と呼べるものではない。

 

 桃凪の、ツナにあてたメッセージ。

 

つなへ

 

 私、行かなきゃ。

 大丈夫、ちゃんと帰って来るから。心配しなくてもいいよ。私の帰る場所は、つなの所だから。

 だから、

 

「……『いってきます』、って…………」

 

 短いそれを読み終わりまず最初に思ったのは、驚愕でも悲しみでもなく。

 

「……なんだよ、それ」

 

 純粋な、怒りだった。

 

「いつもは……なにも言わなくたって、勝手に喋ってくるくせに。なんで、……なんでこういう時に限ってなんにも言わないんだよ!!」

 

 ムカついた。とてもとてもムカついた。

 そりゃあ、自分は頼りがいのある兄だと口が裂けても言えない。つい少し前まで自分で自分の事をダメツナだと自虐するような奴だった。

 けれども、たとえそうであったとしても。

 

「オレは――――お前の、お兄ちゃんだろ……!!」

 

 そうであったとしても、ツナは桃凪の兄なのだ。

 兄だからこそ、言ってほしかった。こんなメッセージを残すくらいなら、朝話した時に。

 つな、助けて。と。

 

「桃凪の……大バカ……!!」

「そんで、どうする?」

「どう、ってなんだよ!?」

「桃凪が骸のところに居るのは恐らく決定事項だ。お前だってわかってんだろ」

 

 ああそうだ。もう、ツナは否定できなくなっている。桃凪が何よりも大切にしていた宝物をこんなふうに放り捨ててどこかに行くわけがないと。そうせざるを得ないほどの何かがあったのだと、書き置きを見た時点で嫌というほどわかってしまった。

 

「桃凪のことだけじゃねえ。奴らがお前を見つけるためにしでかしたことを忘れるなよ」

 

 それも、わかっている。

 ボロボロの了平を見た、涙を流す京子を見た、自分を庇って傷ついた獄寺を見た。自分が知らないところでも、何人もの人が傷ついているのだろうと。それも全てわかっている。六道骸がやっていることはおかしい。そんなことをする奴らに対して、憤りを感じているのも本当だ。

 けれども、

 

「……オレに、なにができるんだよ。ダメツナの……妹にも頼られなかったオレにさ」

 

 だからといって、立ち向かうことができるのか、この、自分に。相手が凶悪な殺人犯だと思っただけで、足がすくんで動けなくなりそうな自分に。

 感情はある、けれども決意がないツナに対して、リボーンはニッと笑いかけた。

 

「おまえはそう思っているみたいだけどな、お前の周りはそう思ってねーみたいだぞ」

「え?」

 

 ツナがその言葉にとぼけた声を上げた、数秒後。

 

「十ーーーーーー代目ーーーーーーーー!!!!!」

 

 窓の外から御近所圏内100mに響き渡りそうな大声が聞こえてきた。慌てて窓の外を見るとそこには。

 

「ご、獄寺君!?」

「敵のアジトに乗りこむんスよね!? 俺も行きますよ!!」

「アジト!? 乗りこむ!? ちょ、ちょっと待って今下に行くから!!」

 

 先ほどまで動けないほどの重体であったはずの獄寺が威勢よく大声を上げて手を振っていた。急いで下に降りて玄関まで走ると、新しく着替えたらしきシャツの下に生々しい白い包帯を巻いた姿の獄寺がにこやかにツナに話しかけてくる。

 

「先ほどはちっと後れを取りましたがね、今度はそうはいきません! あの眼鏡ヤローの息の音、バッチリ止めてやりますよ!!」

「獄寺君、ケガは!?」

「あんなのかすり傷ッスよ!」

 

 そうはいっているが、顔色はあまりよくないし時々ふらついている。やせ我慢なのはすぐに見て取れた。というか、いつの間に乗りこむことになっているんだ。

 状況についていけないツナをさらに混乱させるかのように、新たな人物がツナに朗らかに話しかける。

 

「よっすツナ。チビから「学校対抗マフィアごっこ」って聞いてやってきたぜ」

「……山本!?」

「チッ……ウゼーのが来やがって……」

 

 背にバットを入れる専用の細長いバッグを背負い、学生服のままの山本がまた斜め上に間違えていることを言いながら現れた。ツナの隣で獄寺が小さく悪態をつく。

 

「あれだろ? 桃凪が捕らわれのお姫様役で、勝ったら助け出せるって話じゃねーか。凝ってるよなー」

「いや山本、それ違」

「っっっっなにぃ!? 桃凪さんが!? 攫われた!? 十代目、確かなんですか!?」

「いやまだそうと決まったわけじゃ」

「その通りだぞ。よく来てくれたな」

「り、リボーン!!」

 

 混乱を極めていく状況を落ち着かせようとしたツナを遮るようにリボーンが獄寺と山本を煽る。いけない、このままでは流れに流され敵のアジトに乗りこむハメになりそうだ。

 

「ちょ、ちょっと待ってよ! オレは」

「奴らは新国道が通ってから人通りの少なくなった旧国道にある廃墟を拠点にしてるらしい。乗りこむための準備を30分取るから、準備できたら出発だ」

「無視すんなよー!!」

 

 いつもの如く、ツナの意思を華麗に無視して物事は勝手に進んでいく。今回くらい尊重してくれてもいいじゃないか。

 

「リボーン! オレまだ行くって一言も言ってねーぞ!?」

「だらしねえな。腹くくれ、桃凪に会いたくねえのか」

「ぐっ……」

 

 桃凪に会いたいのは、事実だ。

 だが、乗りこむ。乗りこむんだぞ。

 先ほど感じた命の危機がぶり返してきてまた総身に悪寒が走り始めたツナにさらに畳みかけるように、状況がトドメを刺してきた。

 

「待ちなさい! 隼人が心配だもの、私もいくわ」

「び、ビアンキまでぇ……!?」

 

 遠くからツカツカと歩いてきたビアンキが至極まっとうなことを言いながらリボーンの味方につく。そんなに獄寺が大事ならばベッドに縛り付けてでも療養させてほしい、と思うのだけれど。とうの獄寺はビアンキの姿を見た瞬間に倒れているし。

 

「よーっし、じゃあちょっくら家帰って準備してくるわ! 30分後にツナんちなー!!」

「では十代目、俺も行きます! 迅速に! 姉貴のいないところで!!! 準備してきますね……!!」

「……久しぶりね、リボーンと一緒に一つの目標に向かうのも。ふ、ふふふ……」

「なっ……」

 

 こうして、

 

「なんで……こうなるんだよぉおおおおおおおおーーーー…………!!」

 

 ツナは望まずして敵との最終決戦に挑むことになってしまったのだった。

 

 

 

 

 

 頭の中が混乱しきっていたから、しばらく何も考えないでひたすらにぼーっとしていた桃凪。しばらく大空を眺めていたら、ちょっとだけ心が落ち着いた。

(……頭、もう痛くない)

 

 心理的な意味では非常に痛いのだが、先ほどのように物理的な意味での痛みは、もう治まっていた。それはつまり、拒絶反応がなくなったということでもあった。

 骸は幻術と言っていた、桃凪に頭痛を贈り続けたこの力には、恐らく骸特有の波長が宿っていたのだろう、と桃凪は予測している。血液の中にある遺伝子情報のような、その人特有の波だ。それを叩き付けられた桃凪の体は自分と違う波長に対して強い拒絶反応を起こし、その結果頭痛を誘発した。治まったのは、なんのことはない、あまりに大量に浴びせられすぎて感覚が麻痺したのだ。

 

(あとは、少し混ざったから、かな)

 

 思いだすのは、深い深い意識の底で見せられた、凄惨なる骸の過去。

 骸はかつて、マフィアの行う人体実験の被験体だったらしい。

 常に死と隣り合わせの現場。周りにいた自分と同じような年の子どもたちは、明日には一人死に、次の日には二人死に、明々後日は自分かもしれない、そんな場所。骸はそんな場所で生きてきた。

 そうしてある日行われた実験の際、周りのマフィアを全員皆殺しにして、生き残った子どもたちと一緒に……残っていたのは自分を入れて三人だけだったけれど、脱出した。

 生きていくために他者を利用し、使い捨て、玩具のように弄び、壊しながら生き抜いた。幼い子供の必死さと言うには、あまりに残酷な悪意がそこにあった。

 彼はこの世界が嫌いなのだ。醜くて醜くて仕方ないのだ。聞いたことはないけれど、そうだと桃凪は確信している。

 だって彼の過去を見た時に、自分も同じ気持ちを抱いたから。

 それはその時の骸の感情が桃凪にも流れ込んできたからなのか、それとも、桃凪自身がそう思ったからなのか、いまいち桃凪にはわからない。だから起きた直後は自分が桃凪なのか骸なのかわからなくて、すごく混乱して、自分を襲った犬に対してまるで骸のように接してしまった。

 犬に、「お前は誰だ?」と聞かれた時、電流が走るような感覚であった。そう問われて、すぐに答えを返せなかった。

 自分は骸なのか、桃凪なのか。桃凪だったとしても、今の桃凪はかつての桃凪と同じものなのか。コーヒーカップの中で混ぜられたミルクとコーヒーは果たして混ざる前のコーヒーと呼べるのか。

 わからなかった。わからなかったけれど。

 骸と同じように、世界を憎みマフィアを殺せるかと聞いたら、それはNoになるので。たぶん自分は、まだ桃凪だ。

 

「私は桃凪、大丈夫」

 

 自分で何度か呟いて、自己を確認する。

 自分は桃凪で、ツナの妹。

 きっと、そのはずだ。

 それが自分に無理やり言い聞かせているものだと内心では気づきながらも、あえてそのまま押し通す。そう思ってないと耐えられそうになかった。

 それに、考えようによっては今の状況はプラスに受け取ることもできる。

 第一に、頭痛がなくなった。今までこれのせいで行動をかなり制限されていたわけで、煩わしい痛みから解放された今は頭の中も前よりは明瞭になっている。……悩みは依然、尽きはしないけれど。

 目が覚めてからすぐに骸に会いに行ったりはしなかったけれど、それで今追いかけられたりはしてないからこれも問題はないのだろう。つまり、この黒曜センターの中限定で桃凪は自由を手にしていることになる。まあ、骸の監視付きという制限はあるが。用心深い彼のことである、施設のあちらこちらに盗聴器などを仕掛けていてもおかしくはない。

 ここまで考えて、だいぶ骸の考えていることが予測できるようになってきたな、と思った。これは混ざった弊害か、否か。

 できることを、考える。

 ツナたちは恐らくここに来るだろう。外に出れない自分にはそれを止めることはできない。この施設の中で、桃凪一人というちっぽけな力で、できることはなんだろう。

 骸はきっとツナが来るまで桃凪を殺したりはしない。人質として使うつもりなら、恐らく。だから多少派手に動いても問題はないだろう、ある程度は痛い目に合うかもしれないけれども、それは、もう、仕方がないと覚悟を決めた。

 戦う力のない自分は、骸には手も足も出ない。だから骸を害することはできないし……あまり、やりたくない。一度でも彼に同情してしまった故の、躊躇いもあった。

 それでも戦わなきゃ、と先ほどまでの自分は思っていたからあんなにも追い詰められていたのだけれど。考えれば考えるほど無謀なのだ、無理がある。

 

(……そういえば)

 

 雲雀はどこにいるのだろう。骸の話が正しければ、まだ生きてここにいるはずだ。酷い怪我をしていた。治療道具とかそういうものは全部家に置いてきてしまったから自分になにができるわけでもないが、やはり心配ではあるのだ。

 雲雀には会ってみた方がいい、そんな気がした。

 ただ、

 

(きょーやなぁ……話しかけられたくなさそうだよね……)

 

 生まれて初めてだろう敗北に、プライドの高い雲雀が苛立ってないわけがない。最悪、会った瞬間に咬み殺される。

 でも、なんだろう、ホームシックだろうか。かつての桃凪を知っている人と、少し話がしたかった。

 雲雀の目から見て、自分は変わってしまったのか、否か。それが知りたい。

 そう思ったから、桃凪は今まで寝そべっていた屋上から起き上がり、のろのろとセンターの中へ戻っていく。

 

(きょーや、どこに、いるんだろ……)

 

 雲雀がどこにいるのかより、骸だったら雲雀をどこに閉じ込めるか、そう考えた方が早いかもしれない。そのくらいは予想できる。

 自分の思考回路の一部が骸になっている違和感に小さく笑いながら、桃凪はセンターの地図を頭に思い浮かべ、やがてひとつの場所を予測した。

 

 

 

 

 

 骸に痛めつけられた後、雲雀は地下にある小さな部屋に閉じ込められた。奴の考えることなど想像するのも嫌だから深い意味など知らないが、申し訳程度にかけられた錠などすぐに破壊できる。むしろ、闘志を回復させるのに必要な静寂と時間があるここは、雲雀にとって何の苦にもならない場所であった。

 そうして小部屋の中央で片膝を立てじっと座りこみ、一撃を放つ機会を待ち望んでいた雲雀の耳に、小さな足音が聞こえてくる。それが彼の興味をわずかに外界へと向けさせた。

 しかしそれは立てた膝に預けた彼の顔を上げさせるほど好奇心を刺激するものではない。やってきた人物の気配が、骸の関係者ではないとわかっていたからだ。

 錆び付いた錠を解くのにしばらくの時間を要しているらしく、不愉快な雑音を立てながら扉の前の人物が錠と格闘しているのが聞こえてくる。悲鳴のような金属音が数回鳴り響いた後、軋みを上げて部屋の扉が開かれた。

 

「…………きょーや」

 

 かけられたのは、やっぱり予想通りの少女の声だった。

 返事をするのが面倒で、こちらに目もくれず顔を下げ座りこんでいる雲雀の傍に少女の足音が近づいてくる。扉の向こうから少しだけ差し込む光が、小柄な影を映し出していた。

 

「だいじょう、ぶ?」

 

 雲雀の傍にしゃがみ込んだらしい。少女の声が近くなった。返事をするほどの価値も感じなくて、やはり無視する。

 

「……には、見えないね。ごめん」

 

 勝手に雲雀の状態を診断した少女は、そのまま雲雀の隣に座りこんだ。せっかくの静寂と暗闇がなくなったのが苛立たしくて、それでようやく声が出る。

 

「……邪魔」

「ごめん」

 

 何の得にもならない謝罪が返ってきた。それに雲雀の思考は少しだけ固まる。この生き物が謝罪をすると思わなかったから。

 俯いたまま目だけをわずかに少女の方へと移動させて。……その後すぐに、見なければよかったと心底後悔した。見なければ、余計な力を使うはめにはならなかったというのに。一度見てしまったら、あまりにも不愉快すぎてなにか言わずにはいられない。

 

「あの、きょーや」

「ねえ」

 

 いつもの表情に、少しだけ疲れたような雰囲気を滲ませた少女に一言。

 

「その草食動物みたいな顔、やめて」

 

 咬み殺すよ、と。

 それを言われた方の少女はかなりびっくりしているらしく、自分の手で自分のほっぺたをしばらくムニムニと伸び縮みさせていたが、やがて困ったようにこちらを向いた。

 

「……そんな顔してた?」

「今すぐどっか行くかやめるかしないと、咬み殺したくなる」

「そ、そこまでか……」

 

 眉を下げてこちらを見てくる顔は、やはり雲雀が嫌いな草食動物特有の『怯え』が見て取れた。この生き物は、今までどれだけ無謀であろうと決して恐怖だけはしなかったというのに。

 

「……少しね、わからなくなった」

 

 ぽつりと、俯いた少女が言葉を漏らす。雲雀に返答してほしいわけではないのだろうと思った。ただ、誰かに聞きたくて、言いたくて仕方がなかった思いが、ふと漏れてしまった。そういう雰囲気だと感じた。

 

「私ってなんなのかな」

「……」

「考えれば考えるほど、本当の自分がすごくダメな子に感じるんだ」

 

 聞いてやる義理はない。ただ、勝手に聞こえてくるだけだ。

 

「いつまでもぐだぐだ悩んで……決められなくて、すごくみんなに迷惑かけてる」

「……」

「私は邪魔な存在なのかもしれないね」

 

 誰かに迷惑をかけている、と呟いた時はひどく痛ましそうな様子であったのに。自らの存在を不要なのではないかと呟いている時、彼女の顔はどうでもよさげな無表情であった。

 

「つなも心配してるだろうし、むくろもたぶん私のこと呆れてるだろうし、……これできょーやにも嫌われちゃったね」

 

 自らの弱さを雲雀に吐露した。

 それは彼女にとって、雲雀に嫌われる理由としては十分なものであったようだ。いやむしろ、今まで好かれていたと思っていたのか。そちらの方が雲雀には驚きである。

 ああ、しかし。

 

「むくろの気持ちもね、今はちょっとわかるの。わかるけど……やっぱり、私はむくろみたいにはなれないなって」

 

 隣で喋る少女の声は、もう耳に届いてはいなかった。

 そろそろ、限界だ。

 脳内で燻っていたものが一気に爆発して、頭の中で弾けたそれは瞬時に命令として指先まで走り抜ける。力なく座っていた体がそれに従い放棄していた運動を再開させた。その命令はただ一つ。

 隣に座ってる小動物を、死なない程度に蹴り飛ばせ。

 一切のためらいなく忠実にその行為を実行した体は、軋むような激痛を発するがそんなことは気にならない。小さな部屋だから、すごい勢いで飛んでいった小さな体はすぐに壁にぶち当たり、跳ね返ってなんと雲雀のところに落ちてきた。小さいとはいえ人間一人分の体重なので、二人して床に転がる。少女の下敷きにされてしまったのはひどく不満だが、激痛で声すら出なさそうな少女の様子が少し留飲を下げさせる。

 しばらくの後、ようやく上に乗っている少女が口を開いた。

 

「……急に咬み殺しに来た……驚いた……けほっ……すごく、嫌われた感じ」

 

 だから別に好いてもいない。

 ……認めては、いたのだけれど。

 草食動物のように群れの中で弱さを舐めあう唾棄すべき生き方ではなく。

 肉食動物のように強さを極め他者の屍の上で孤高を貫く生き方でもなく。

 弱さを持ちながら、傷つける以外の強さのために孤独に選んだ生き方を。

 認めてやっていたというのに。

 お前はいつの間に、自らを草食動物だと思いこんだのか。

 

「小動物、が」

「っ……ぇえ……?」

「草食動物に、なれると思ってるの」

 

 上に乗っかる生き物の、長い髪の毛が鬱陶しい。動く腕で上の生き物を思いっきり押しのけると、小さく悲鳴を上げて横に転がり落ちた。今まですぐに潰れそうだったのであまり殴ったりしなかったが、この様子だと結構丈夫そうであった。これならもっと早くに始末しておけばよかった。

 

「君は、そういうの向いてない」

「そういう……の?」

「自分の事を、強くない、って思いこもうとしてる」

 

 ぽかん、と。絵にかいたような間抜け面だ。

 

「擬態するのは勝手だけど、自覚を忘れてもらったら困るんだよね。僕がイラつくから」

 

 弱い弱い草食動物の中に住んでいる故の錯覚だろうか。自らをその仲間だと思われると、非常に困るのだ。なぜならとても苛つくから。咬み殺さなければならない相手がいるのに、余計な体力を今は使いたくなかった。

 

「さっさとその間抜けな面を隠しなよ。早くしないと――咬み殺すよ」

 

 言いたいことは全部言いきったので、これで多少はすっきりした。

 今度こそ雲雀は桃凪の存在を完全に意識から消し去ると、壁にもたれかかり目を閉じたのだった。

 

 渾身の一撃を、あの嫌敵に撃ち放つために。

 

 

 

 

 

『自分の事を、強くない、って思いこもうとしてる』

 

 雲雀にそう言われた時、頭の中ではそんなことない、と思っていた。

 だって自分には現状を打破するすべはないし、骸と戦ったって瞬殺されるし。そもそも運動音痴だし。

 だから、強くなんて、全然ないと思うのだけれど。

 その言い方だとまるで、雲雀が自分を強いと認めているようではないか。

 問いただしたくても雲雀は今度こそ桃凪を意識の外に追いやったようで、壁にもたれかかったまま動こうとしない。だから自分で考えるしかなかった。

 否定から入ってはいけない、まずは雲雀の言葉の意味を読み解こう。

 

(きょーやは……私のこと、小動物って言うんだよね)

 

 それは桃凪の見た目からだと思っていたのだけれど、どうにもそれだけではないらしい。

 雲雀にとって草食動物は咬み殺す対象で、肉食動物は自分と同類、小動物はどれでもない、という感覚なのだというのはぼんやりとだが理解できる。『小動物が草食動物になれると思ってるの』、この言葉はようするに、桃凪は小動物なのだからどうあがいたって草食動物――群れを作る弱い生き物にはなれないということだ。自分の事を草食動物だと思いこんで、小動物だという自覚をなくさないように、と雲雀は言いたいのか。

 ここまで考えて、もしかして、これは雲雀なりの叱咤なのではないかと思い至る。

 いやまさか、あのきょーやが。

 真実はすでに応えを返さない雲雀しか知らない。雲雀の方も、桃凪がどう受け取るのかなど気にしてないのだろう。自分の言いたいこと全部言いきって満足した様子だったし。

 そう、受け取ってもいいのだろうか。

 それが許されるだろうか。

 自分を信じられなくなった桃凪を、まだ信じてくれる人がいる。

 そう思ってもいいのだろうか。

 

(ねえきょーや、きょーやには……私が、誰に見える?)

 

 そう聞きたかったけれど、聞くタイミングを逃してしまった。

 でもなんだろう、雲雀はきっと「小動物は小動物でしょ」と、そう言ってくれる気がする。そう信じる自分の心を、もう一度信じてもいいのだろうか。

 だから桃凪は、雲雀に一言だけ。

 

「……ありがとう、きょーや」

 

 雲雀は何も答えなかった。

 しばし考えて、桃凪は一つ、雲雀にお礼をしようと思った。これがお礼になるかはわからないけれど。

 少し息を吸いこんで、ささやかな声で歌いだす。

 彼が一番好きな歌を。

 彼の愛する、並盛の校歌を。

 雲雀は、うるさいとも邪魔ともいわなかった。

 

 小さく暗い小部屋の中から、子守唄のような優しい旋律が響いてくる。

 

 

 

 

 

 買い物から帰ってきた奈々に少し遊びに行くと嘘をついて、ツナは家を出た。

 山本は完全に行楽気分で、差し入れに寿司とお茶を持ってきてるし、獄寺はビアンキを恐れて近くによらないし、ビアンキも何故か山本とすごく張り合ってるし。前途が多難すぎて、もう頭を抱えたい気分だった。

 

「……こんなんで大丈夫なのかな、オレら……」

「こんにちは」

「あ、リータさん……」

 

 もう少しで出発というところで、リータがやってきた。

 

「えーと、オレ達これからちょっと出かけるんで……」

「知ってるわ。私、それについてこようと思ってきたから」

「え、じゃあ……!」

「一応言っとくが、リータは戦闘には参加しねーぞ」

 

 リータの実力を知っているツナは一瞬喜色ばむが、すぐにリボーンの声にがっくりと肩を落とす。そうまでして九代目は自分を戦わせたいのか。

 

「な、なあ……本当にオレ達だけなのか? リボーンも……」

「そうだぞ。オレは家庭教師だからな、生徒の戦いには手を出せねーんだ。できるのは死ぬ気弾を撃つことだけ。……ま、あと一発しか残ってねえんだが」

「えっ!?」

 

 なんでもないことのようにリボーンに言われた一言がツナを驚かせる。今リボーンが手に乗せている一発以外、死ぬ気弾のストックはないというのだ。なんでも、死ぬ気弾を精製できるレオンが尻尾が切れたことにより繭と化してしまっていて、この状態のレオンでは死ぬ気弾を精製できない、らしい。

 一発しか撃たれないのは嬉しい、嬉しいが、生身の自分だけでこの状況を乗り切れるのか。

 

「大丈夫よ」

 

 優しいリータの声がツナの耳を癒す。

 

「貴方たちなら、きっと大丈夫」

 

 でもツナの口から出たのは、感謝でも泣き言でもなく、

 

「あの、リータさん……大丈夫ですか?」

「え?」

「あ、いや、その。なんか……暗い顔してた、ように、見えたっていうか――」

 

 なんとなく、彼女が無理して笑っているようにツナには見えたのだ。一瞬だけだけれど、そんなふうに感じた。

 

「……す、すいません! 急にそんなこと言われても困りますよね、アハハ……」

 

 なんだか気恥ずかしくなってしまって取り繕ったツナの言葉に、しばし茫然としていたリータはハッと我に返った。

 

「いえ、ありがとう。心配してくれて、嬉しいわ」

「と、とにかく! いてくれるだけでも心強いです!!」

 

 こちらにお礼を言うリータの顔はやはり柔らかな笑みが見えて、先ほどの印象は何かの錯覚だったのだろうとツナは考え直す。

 

「おいお前ら」

 

 場の空気を切り替えるようなリボーンの声。

 

 

「行くぞ」

 

 

 こうして、決戦への火蓋は切って落とされた。

 この先がどうなるのかは、まだ誰も知らない。




お久しぶりです。
新人社員として全てを犠牲に働きすぎて死にそうになり、こちらに戻ってきました。
私は小説を書かないと死んでしまう人種だった。
出来る限り続けていきたいと思います。

皆さま、お待たせして申し訳ありませんでした。読んでくれて、ありがとうございます。


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第二十八話 「capriccioso」



capriccioso…カプリチオーソ:気まぐれに


第二十八話「気まぐれの放逐」


 

 

 

 

 

 ステラは私にできた初めてのマフィアの友人だった。

 彼女の性格を一言で言うのなら、天真爛漫。捨て子だったのをマフィアに拾われ、たくさんの愛情を受けて育った、快活な性格をした少女だった。

 最初は――受け入れがたかった。マフィアをまるで善の存在のように言う彼女の言葉は到底信じられるはずもなく、私には彼女が騙されているようにしか見えなかった。

 彼女は私のことを大切な友人としてファミリーに紹介した。彼女のファミリーは皆優しく、おおらかな人達だった。私はそれでも、マフィアを信じることができなかった。

 積もりに積もった疑心は最悪の形で爆発して、私は彼らの前でマフィアが一体どれだけ汚く下賤な存在なのか、私が信じてきたマフィアの形をぶちまけてしまった。

 ――――その時だ。

 

『お前の言い分を否定はしない。どれだけ言い繕っても、マフィアは世間一般には犯罪組織だ。だがな――』

 

 ステラと同じように、マフィアに拾われ、その恩を返すためにファミリーを守っていた“あなた”。

 

『――――何も知らないお前が、俺のファミリーを侮辱するな!!!』

 

 その言葉はとてもまっすぐで、とても芯が通っていて。決して否定することのできない強さがあった。

 

 それが、“あなた”との出会い。

 

 

 

 

 

 第二十八話 「capriccioso」

 

 

 

 

 

 黒曜センターに入ったツナたちはすぐに敵と遭遇した。

 金髪の少年は名こそ明かさなかったが、リボーンの入手していた脱獄犯の写真から、城島犬と呼ばれる人物だと判明する。

 犬の狙いは山本のようだった。山本が並中の喧嘩ランキング二位で、犬は山本を襲撃する予定だったらしく、まずは山本から――と以外に律儀に標的を山本に絞ったのだった。

 黒曜センターは前に土砂崩れが起きて大部分が地中に埋まっている。それに気づかずに入ってきたツナたちの足元の空間から奇襲を仕掛け山本だけを誘導することにより、彼を孤立させることに成功した。

 彼の持つ能力は『アニマルチャンネル』。対応する動物の牙を自らの歯に差し込むことにより、その動物の力を得るというものだ。最初は犬が優勢ではあったのだけれど、山本を心配したツナがリボーンに地下に蹴り飛ばされ落ちてきたことにより、友人を守るために捨て身の攻撃を放った山本の覚悟に軍配が上がる。

 気絶した犬を動けないように縛り上げた後、地下に落ちた山本とツナを引っ張り上げ、一行はしばしの療養と休憩をとっていた。

 

「……これでいいわ。できるだけ傷口を広げないようにしなさい」

「どもッス」

 

 利き腕を怪我した山本に簡易的な応急処置をビアンキが施し、とりあえず先に進もうと一行は立ち上がる。

 一方ツナは、山本の足手まといになってしまったことにひどく落ち込んでいた。

 

(怖くて全然動けなかった……オレやっぱこういうの向いてない……ヘコむ……)

 

 元々おっかなびっくり足を踏み入れた場所だ。いつものように歩くことさえ足が震えて難しいというのに、戦闘など出来るはずもない。結果的に山本に怪我を負わせてしまったことが、とても申し訳なかった。

 

「十代目、あいつ気絶してますけど叩き起こして桃凪さんの居場所を吐かせられませんかね?」

「え? お、起こすって……ま、また襲い掛かってこられるかもしれないし……」

「縛り上げたから大丈夫だと思うが、奴が桃凪の居場所を吐くとは思えねーな。骸に不利になるような情報は言わねえと思うぞ」

 

 気絶している犬を見下ろしながら獄寺がそんなことを言うが、逃げ腰のツナと冷静なリボーンの推測によりその話は取り消される。

 

「でもまぁ、わりかし楽な相手でしたね。眼鏡ヤローはまだ寝てるって言ってましたし、これなら骸のこともすぐにぶっ飛ばせそうですね」

 

 そう明るく言う獄寺の言葉を盛大な笑い声が打ち消した。先ほどまで気絶していた、犬のものだ。慌てて様子を見ると、縛られたままの犬が起き上がり大口を開けて笑っている。

 

「アニマルヤロー!?」

「か、完全に気絶してたのに……!?」

「死んだフリしてたんだびょん! まあ、お前らがあんまりにも馬鹿だからやめたけどな!!」

 

 滑稽で仕方がないとでもいうかのように犬の哄笑は止まない。骸を倒せるはずがない、顔を見る前に死ぬだろう。そのように言う犬に獄寺が突っかかるが、「うるさいわ」と人の頭くらいのサイズの岩を思いっきり投げ込んだビアンキの手によって犬は再び眠りにつくことになった。

 だが、六道骸を侮らない方がいい、とはリボーンの談。

 

「やつは今まで死ぬと思われたピンチを何度も脱出している。人を殺すという方法でな。やつが脱獄したのもやつの死刑執行前日だったはずだ」

「ひぃっ……ま、マジで……!?」

 

 やはりめちゃくちゃ恐ろしい人物らしい、六道骸。リボーンが渡してきた顔写真にも、筋骨隆々の鋭い目つきをしたいかにもな風体の男が写っている。

 こんなやつとこれから戦うのか……。緊張と恐怖に身を強張らせるツナだが、とりあえず進まなければ何も始まらない。治療も終わったことだし、犬が起きる前に早めにこの場から離れ奥へと進んだ方がいいだろう。そう思い、一同再び足を動かす。

 

「はー……にしても、こんな場所に本当に桃凪はいるのかよ……」

「桃凪さん……ひどい目にあってないといいんスけどね」

「桃凪は人質として捕らわれてる。死ぬようなことにはなってないと思うぞ」

「……でもそれは、逆に言うと『死なない限りはなにをしてもかまわない』とも取れるわね」

「び、ビアンキ怖いこと言うなよ!!」

「こりゃ早めに助けてやんねーとな、気合入るぜ!」

「山本ぉ……。うぅ……リータさんはどう思いますか? 桃凪と仲良かったし……」

 

 と、会話の途中で先ほどから口数の少なかったリータに話しかけようと思ったツナだったのだが。

 いない。

 

「あれ……?」

 

 いつの間にか、リータがいなくなっていた。

 

「り、リータさん!? え、なんで!?」

「オイオイはぐれたか?」

「ぇえええそれまずいよ!! あの人すごい方向音痴なんだよ!」

 

 リータの方向音痴は桃凪からよく聞かされていた。こんな場所で一人になってはぐれるなどとんでもないことだ、放ってはおけない。

 

「まずいって! すぐに探さないと……」

「いや、進むぞ」

「……リボーン?」

 

 慌てる一同の中、唯一冷静だったリボーンがぽつりと言った。

 

「あいつも一流のマフィアだ、一人になった程度でやられるとは思えねえ。ここ一番の勘は鋭い奴だし、すぐにこちらを見つけ出すだろう」

「でも……」

「あいつにはあいつなりの事情があるんだ。放っておいてやれ」

 

 そう言われて、ツナの脳裏によぎったのは先ほど暗い面持ちをしていたリータの顔。笑顔の中に時折見せる、水底から見上げる光のような眼差し。

 彼女なりの事情。それが、彼女をこの場についてこさせたのだろうか。

 急にはぐれた彼女に、以前から彼女を快く思っていなかった獄寺が疑心を滲ませ始める。

 

「あのアマ、もしや俺たちを裏切って骸側につこうってんじゃ……!」

「獄寺君……それはたぶん、ないと思う」

「十代目? どうしてですか?」

「いや、なんとなくなんだけど……」

 

 本当になんとなく、ただの直感だけれど。

 

「リータさんは、ただ、悲しんでるだけのように見えたんだ」

 

 ツナは、その推測が当たっていると、心のどこかで確信していた。

 

 

 

 

 

 千種が目を覚ましたのは、奇しくも犬が気絶したのと入れ替わるようなタイミングだった。

 

「……」

 

 目を開けた時は、まず直前の記憶を洗い出すところから始める。

 並盛中喧嘩ランキング3位の獄寺を襲い、そこから芋づる式にボンゴレ十代目候補、沢田綱吉を炙りだすことに成功した後、そこからの記憶がごっそりと抜け落ちていた。這う這うの体でアジトまで帰ったところまでは、なんとなく覚えているのだが。骸の元まで帰ったとき、張りつめていた気が抜けたのと単純に負ったダメージによる反動で気絶したのだろう。

 まだ抜けきらない疲労の中頭を巡らせ、近くに置いてあった眼鏡をかけ起き上がった千種の耳に、骸の声が聞こえてきた。

 

「おや、起きましたね。3位狩りは大変だったようですね? 千種」

「……骸様。ボンゴレの十代目と接触しました」

 

 そう、確かこの一言を言う前に気絶してしまったんだった。しかし骸は千種の様子を見てそれを察していたらしく、驚く様子もない。

 

「そのようです。彼ら、今遊びに来ていますよ」

「!」

 

 それは少し予想外だった。千種がボンゴレを特定したのと同じように、奴らも千種の特徴からこのアジトを特定したのか。にしても、早いような気もした。認識したのはほんの数十秒だけだが、沢田綱吉はこのような攻撃的な作戦を立てるような人物には見えなかったのだが。となるとやはり、ボンゴレについている家庭教師の仕業だろうか。

 しかしそうであるというのなら、自らもここで寝ているわけにはいかないだろう。そう思いベッドから離れようとした千種を骸が制した。

 

「千種は少し休んでいなさい。丁度、援軍が到着したところですので。……一人は遅れているようですけれどね」

 

 そう言う骸の背後に、五人の男女の影がある。

 一人はボブカットにした茶髪に前髪の片方をピンで留め、『MM』と書かれたトランクを傍に置く、勝気な目をした少女。

 一人は眼鏡の奥に陰湿そうな雰囲気を滲ませた、小鳥を肩に乗せた中年男。

 少し奥にいる二人はお互いそっくりの顔をしていて、人間というよりはホラー映画の怪物のような得体のしれない無機質さを感じさせる大男二人組。

 さらに奥にいるのは、帽子を目深にかぶり右頬に古い傷を持つ、どことなく鋭い雰囲気を持つ青年。

 この五人は、骸たちと共に牢獄から脱出した協力者たちである。皆一様に、黒曜の制服を身に纏っている。

 骸がどれだけ優れた力を持っていようと、一人の力ではやはり限界がある。故に骸はあの牢獄の中で「使える」人間を選別し、自由と引き換えに自らの脱出を手助けさせた。

 骸が彼らを選んだ理由は単純である。

 彼らは皆、あるいは金、あるいは趣味、そういう、個人の欲望のために人命をないがしろにできる、生粋の極悪人なのだ。

 無言で援軍を見つめる千種に、ボブカットの少女、M・Mが嘲るような声をかける。

 

「あいっかわらず不愛想な顔してるわねぇ、久しぶりに脱獄仲間に会ったって言うのに」

「……なにしに来たの?」

 

 これは率直な疑問であった。骸との契約は脱獄するまで。それ以降は縁は切れているはずだ。

 しかしそれを問われたM・Mはなにを当たり前のことを聞いているのかと首をすくめる。

 

「仕事に決まってんでしょ。骸ちゃんが一番払いがいいんだもん」

「スリルを欲して、ですよ」

「……答える必要はない」

 

 M・Mの言葉に続けるように、残りのメンバーも大男二人組以外はここに来た目的を言う。一人だけ、答えになってないものもいたが。……まぁ、それも仕方のない話だろう。

 あとは遅れてきている一人だが……。

 

「イヤー! 遅れちゃいましたネ!!」

 

 この場の雰囲気にそぐわない能天気な声が、部屋の入り口から聞こえてきた。

 そこには濃いピンク色の髪を大雑把に切りそろえ、フードのついたコートに半ズボン、背中に自らの体と同じくらいはあるのではないかと予測できる鞄を背負った、少女のようにも少年のようにも見える小柄な人物がいた。

 

「……“秘密屋”」

「ハイッ! 秘密次第で何でもこなす雑用のエキスパート“秘密屋”、ただいま参上しましタっ!!」

 

 この場に最初からいたメンバーが内部からの協力者というのなら、この人物は外部からの協力者。秘密屋は骸を外に出すための手引きをした、いわゆるなんでも屋というやつだ。

 しかし、秘密屋は金銭で動くなんでも屋ではない。

 彼、もしくは彼女が求めるのは、商談を行う人間の“秘密”である。その人物が隠している秘密、それを暴き、蒐集することを何よりの生きがいとしている、生粋の変人であった。千種からすると、その趣味ならばなんでも屋より情報屋をやった方がいいのではないかとも思うのだが、彼の人物は情報は一切扱ってない、とのことらしい。

 骸の脱獄を手伝う際も、骸の持っている“秘密”と交換にその力を貸したとのことだが……。

 

「まさか貴方が呼びかけに応じてくれるとは思いませんでしたよ、秘密屋」

「ワタクシ達にとっても六道様はお得意様ですので。貴方様にはまだまだ未知の“秘密”が眠っているご様子、これは行かねばなるまい、と僕の中の秘密トレジャーハンターの血が騒いだのでございますナ!」

「クフフ、そうですか。一応言っておきますが、任務が果たせなかった場合は僕の秘密は渡しませんよ」

「ソレハ勿論承知しております。我ら一同心を込めて誠心誠意働かせていただく所存ですヨ!」

 

 ぺこりと秘密屋がお辞儀をして、とりあえずは話はまとまったようだった。その時、隅からどさりと重いものを落とすような音が聞こえてきて、必然と全員の視線が集中する。そこには慌ててランキングブックを拾いあげているフゥ太がいた。まるで、今までずっと眠っていて今起きたばかりのような顔。その様を見て含み笑いを零す骸が、ふと何かに気づいたように外に目をやる。千種以外は気づかなかっただろう、わずかな間、骸の目が少しだけ細まった。

 

「……では皆さん、依頼内容は先ほど話したようにボンゴレの抹殺。やり方は個々の自由に任せます」

 

 その鶴の一声で一同は解散、各々、目的地へと向かっていった。

 

「さて、では僕も行きますか」

「骸様、何処へ?」

「件のボンゴレを、一回この目で見ておきたくて」

 

 一言、それだけを告げて出ていこうとする骸に、重たい体を起こした千種も後に続く。ついてこなくてもいい、と骸は言ったのだが、ここにいてもやることは特にないわけだし。体が動くのだから、できることもあるだろう。それにこの程度の痛み、かつて受けていた仕打ちに比べたらどうということもないのだ。そういう地獄に、千種はいた。

 二人連れ立って部屋を出る時、骸がふと出口付近で立ち止まって。

 

「……一回目は宣告しました。そして二回目は見逃しましょう。けれど、三回目も逃げるのなら、君は僕にとって本当に無価値な存在だ。――次はないですよ」

 

 誰に聞かせるでもなく、そう呟いたのだった。

 

 

 

 

 

「……ばれていた」

 

 いやまあ、隠れていたのはわかっているだろうとは思っていたけれど。

 骸たちが出ていったあと、ひょっこりと物陰から姿を現した桃凪は冷や汗を一つ。見逃された、ということでいいのだろうか。

 というか、フゥ太に会いに来たのに何で骸がいるのか。いやまぁ、フゥ太は人質の一人なのだから目の届く範囲に置いておくことは間違ってはいないのだろうが。

 

(覚悟を、決めろということ、なんだろうなぁ)

 

 骸の意志に賛同し、彼の味方につくか。

 彼のやることを否定し、ツナの味方のままでいるか。

 そのどちらに寄るのかを、早く決めろと言っているのだろう。中途半端なままふらふらするのは許さないと、そう言っているのだ。それは実にその通りで、もしも桃凪が骸の立場だったらそうする。むしろ三回目まで待たないかもしれない。

 どちらにつくのかはもう決めているのだけれど。

 ただ、それを告げるタイミングも、桃凪が持つ数少ないカードの一つであるから。

 今はまだ、言葉に甘えて逃げておこうと思った。

 さて、それはともかくとして。

 

「やっほぅ、ふーた」

「桃姉ぇ……?」

 

 広い部屋の隅っこで、一人ぼっちでうずくまっているこの小さな男の子に、桃凪は用があるのだ。

 歩み寄った桃凪はサラサラの髪を持つ丸い頭にそっと手を置いて、ゆっくりと撫でる。積もった心労ははあどけない子供の顔にべったりと疲労の色を塗りつけていた。

 

「……大丈夫? ちゃんと寝てる?」

「……ううん」

「ううむ、私の睡眠欲を少し分けてあげられたらいいのになぁ」

「なに言ってるの、桃姉ぇ……」

 

 桃凪の言葉に、少しだけフゥ太が微笑む。どことなく硬くはあったけれど。それを見て、桃凪は一つ、フゥ太に問うた。

 

「ねえふーた、つなに会いたくない?」

「……ツナ兄に?」

「うん。……たぶん、来てると思うの」

 

 今どこら辺にいるのかはわからないが、骸が合いに行くと言っていたし、たぶんもうすぐそこにいるのだろう。

 桃凪は半ばわかっているようなわかっていないような感じで骸のところに来たが、フゥ太はそうではなかったはずだ。きっと、会いたいのではないか。

 そう思ったが故の問いだったのだが、フゥ太の反応はあまり芳しいものではなかった。

 

「……僕、もうツナ兄に、会う資格がないよ……」

「どうして?」

「それは……」

 

 その先を口にしようとして、でもできないようで。くるりと丸い瞳に、隠し切れない涙と悲しみが浮かんでいた。

 ……人のことよりまず自分の事を何とかしろと言われるかもしれないが、大事な友達がこんなふうに悲しんでいるのを見て、自分を優先できるはずもなかった。

 

「……顔を見るだけなら、どうかな。物陰から、ちょっとだけ」

「……」

「だめ?」

 

 フゥ太はツナに会いたがっている、けれどその気持ちに無理やり蓋をしている。そういう風に桃凪には見えた。……だから。

 

「ほんの少しだけ、顔を見て、それで帰ろう。遠くからだったら、たぶんわからないよ」

「……僕、は」

「ふーた」

 

 手を差し伸べる。

 その手を、少年は。

 

 

 

 

 

「やっぱさー、全員で仲良しこよしで殺すなんて無理がある気がすんのよねー」

 

 廃墟を出てすぐ、土砂が積もり山のようになった場所で告げられたM・Mの言葉に異論を申し立てるものは誰もいなかった。皆が皆、その自覚があったからだ。

 それぞれが卓越した殺しの技能を持つ彼らの戦い方は協力には明らかに向いていない。一緒に戦おうものなら、味方の力で死ぬ可能性もあった。

 

「ナラバ、順番に戦うというのはいかがですか? 一人でも殺せるという自信がおありなのでしょウ?」

「私はそれでもいいけど」

「異論はありませんねぇ。双子はもう所定の位置につかせましたし」

「……好きにしろ」

 

 秘密屋の提案に全員が乗っかる形で、一人一人順番にボンゴレを殺しに行くということで話がまとまる。

 

「じゃあまず私から行くわよ。言っとくけど、私が全員殺すからあんた達の報酬はないから」

 

 そう言い放ったM・Mは先ほどまで居た高台から飛び降り、遠目に見えるボンゴレの元へと向かっていく。

 

「……さぁて、あの強欲女がしくじった時のために、私も現場へといきますか」

 

 バーズと呼ばれる中年男がM・Mを一切信用しない発言をしたのち、同じように高台から降り向かっていく。残されたのは青年と秘密屋だけであった。

 

「バカナ話ですよねぇ。わざわざ存在する数の利を捨てるんですかラ」

「……」

 

 個々で殺そう。そう提案したのは己である筈なのに、心底馬鹿らしそうな声で秘密屋が告げる。青年はそれに何も答えなかった。無言を貫く青年を秘密屋は興味深そうに見つめている。あまりにも見られるので、いい加減無視できなくなってきた。

 

「……俺になんの用だ」

「イエイエ、ちょっとした感覚のようなものといいますカ」

 

 にやり、と秘密屋が嗤う。

 

「アナタ、なかなかに素敵な秘密を持っていますネ?」

「そのようなものはない」

「カクさずともよろしいのですよ。俺はこんな名前を名乗っている以上他人の秘密には敏感なのです。あなたの秘密、隠していても伝わってきますねェ」

 

 うんうん、とまるで全てわかっているような顔で頷いている秘密屋の姿が、その日は非常に腹立たしかった。知らず、語気を強めて威圧するような言葉使いに変わっていく。

 

「なにも知らない貴様が、わかったようなことを口にするな」

「オヤ怖い。ではわたしはお口チャックさせてもらいましょうカ」

 

 青年の殺気にも秘密屋は動じず、相変わらず笑みを顔に貼り付けたまま、遠くから聞こえてくる戦いの音に耳を澄ませていた。

 

「……トコロデ、貴方、星が好きなんですカ?」

 

 ――――黙っていることができないのか、コイツは。

 怒りを通りこしていっそ呆れさえ感じている青年の様子など、最初から眼中に入ってはいないのだろう。そうでなければこんな射殺すような目をした男に何度も話しかけるものか。

 

「ホラ、なにもしていないときによく、空を眺めてらっしゃるでしょう。太陽を見ているわけでも、雲を見ているわけでもない。でしたら、見ているのは星かなって思ったのですガ?」

 

 真昼間の空に、星が見えるはずもない。秘密屋の指摘はてんで的外れだった。

 そも、星が好きなのは自分でなく――――。

 

「……っ」

 

 一瞬、遠く遠くに置き去りにしてきた幻影が鼻先まで近づいてきたような気がして、眩暈がした。脳裏に浮かんだ夜空の黒髪と光の金髪に、すぐに蓋をする。

 それはもう、かつての自分と共に捨ててしまったものなのだから。

 あれほどうるさかった秘密屋は、何故かその時はなにも言わず。ほどなくして聞こえてきた戦闘の音に耳を澄ませて、ただ男の隣に立ち尽くしていた。

 ――音がまばらになる。恐らく先鋒がしくじったのだろう。ならば自分が、と一歩進もうとした矢先、小さな影が翻った。

 

「デハ。お仕事開始ですネ!」

「……おい」

「真打は最後に出るものです、ヨ?」

 

 次は俺が、と言おうとしたのをわかっているかのように小首をかしげてそんなことを言う。己が真打なのだとは微塵も思っていない男に対して。

 

「ソレニ、わたしの方も色々と事情がありましテ」

 

 秘密屋が、笑う。

 この少年、もしくは少女が浮かべるにはあまりにもそぐわない笑みだった。賢者が微笑むのなら、このような顔をするのだろうか。そんな益体もない想像が頭をよぎる。

 

「――懐かしい顔に、挨拶をしておきたくテ」

 

 そう言って、小さな影は一目散に突撃していった。

 

 

 

 

 

 次から次へと襲ってくる刺客、MMとバーズ、そして双子を退けたツナ達。情報に全く載っていなかった敵に対しての動揺はそれなりのもので、特にツナは頭を抱えていた。

 

「こ、こんなヤバい奴らが居るなんて聞いてないよぉおおお」

「だってこいつらは無関係だと思ったんだもん」

 

 キャラ変えてごまかすな! とリボーンの方を向いて叫ぼうとしたツナだったのだが、突如として視界を染め上げる光の奔流に出ようとした言葉が引っ込んだ。その発生源は、ほかでもないリボーン……の首にかかっているおしゃぶり。

 

「えっ、な、なんだこれっ、!?」

「光ってやがんな」

 

 異常事態だというのになぜか当事者であるリボーンの方がツナより冷静であった。興味深げにおしゃぶりをしげしげと眺めているリボーンに、逆にツナの方が困惑する。なんでそんなに冷静なんだ。

 その時、

 

「ツナッ!」

「十代目!!」

「えっ、ぐぇっ!?」

 

 山本と獄寺の鋭い叱責。二つの腕に同時に引っ張られ、潰れたカエルのような声を上げて地面に転がったツナの頭上を、見えない『何か』が通過していくのが直感でわかった。

 ざぐり、と形容しがたい音が背後で聞こえてきて……地に伏せながら、恐る恐る確認したツナの目には、バスケットボール大に丸く抉れた木の幹が。恐らく、先ほどまで自分が立っていた場所の、丁度頭辺り。一気に顔から血が抜ける。

 

「あ、あれ、何……?」

「わかんねっス……変な音が聞こえたんで念のために庇ったんですが……」

「あっち、なんか光ってなかったか?」

 

 山本が指さした先、雑木林の奥。

 そこから、ガシャンガシャンと機械的な音が響いてくる。

 今度はなんだ、と身をすくませていたツナの目に映ったのは、意外や意外、小柄な子供だった。

 フードを被っているから顔はよく見えない、背中大きなカバンを背負っていて、濃いピンク色の髪をしている。そして両手で長い砲身を持つ大きな銃を抱えていた。まるで、この前見たSF映画に出てきたレーザー銃のようだと思った。

 そして、

 

「あの子も、光ってる……?」

 

 傍らのリボーンを見る。彼の胸元にあるおしゃぶりと、色は違えど同じ光を、子供の胸元、服の下から発している。リボーンの方が鮮やかな黄色ならば、子供の方は輝くピンク色。

 無言で子供の方を見ていたリボーンは、やがてなにか納得したようで。

 

「なるほど、今度はその姿にしたのか。……久しぶりだな、“ニューロン”」

 

 獄寺が小さく「神経細胞……?」とか呟くのが聞こえたが、ツナにはとんと心当たりのない名前であった。

 子供が笑う。見た目の年に似合わない、悟った笑い方だった。

 

「エエ、ええ。やはり貴方にはわかってしまいますね。そうですよ、僕の呪いはあなた方とは違うので、こうやってどんどん体を変えていかないといけないのですね。……でもまったく驚かないとは流石、流石ですよリボーン! ふふふ、お久しぶりですネ!!」

 

 聡さを思わせる含み笑いは、一転して狂気じみた哄笑に変わる。嬉しくて仕方がない、と言った様子で笑う子供に構わず、リボーンはツナ達に忠告した。

 

「気を付けろよ。あいつは恐らく、今までお前らが相対した敵の中でぶっちぎりでヤベー奴だぞ。なんたってあいつは……」

 

 

「――――同じアルコバレーノとして、惜しみない称賛を捧げましょウ!!!」




新しいキャラが出てきたすぐに正体がわかる展開、ストレスが少なくて私は好きですが皆さんはどうですか?


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第二十九話 「suffocato」

suffocato……スッフォカート:息を詰めるような

第二十九話「息の詰まるような」


 

 

 

 

 

 駆ける、逃げる、避ける。

 向けられる銃口から放たれる見えない攻撃は、走り抜けるツナを追うように地面を穿ち、瓦礫を消し去り木を抉る。足元スレスレを掠めた攻撃に冷や汗をかく暇もないまま、とにかく全力で射線を逸らすべく走り続けた。

 一塊になって動けば格好の的になるのは誰にでもわかる。だから取るべき手段はバラバラになって攪乱すること、なのだけれど。

 俊敏な山本は逃げきれた。手負いの獄寺は摘み上がる瓦礫をうまく利用して隠れながらニューロンの目を誤魔化している。ビアンキは料理を目くらましにしているようだ。

 しかし、ツナは。

 

「む、無理無理無理無理ぃいいいいいい!?」

「コラー! 逃げないでくだサーイ!!」

「いや無理だってー!!」

 

 現在、集中して狙われていた。

 それもそのはずで、元々彼らの狙いはツナなのだし、ツナは動きもそこまで早くないし、当然といえば当然のことだ。もちろん、狙われている方からしたらたまったもんじゃないのだが。

 

「コノ……っ! なんて逃げ足ですかボンゴレ十代目! ネズミでももうちょっと慎みありますヨ!!」

「なんだよその比較!?」

 

 ニューロンが手元のレバーを手前に動かすと空になった薬莢がバラバラと地面に落ちる。即座に新たな薬莢……リボーンの持っている銃の比ではないほど大きなそれを詰め直して、もう一回レバーを引く。そして、

 

「当、た、レェっ!!」

「ひぇ……っ!?」

 

 巨大な銃口がツナを捕らえて、思わず竦んだ体にもつれた足が瓦礫をひっかけバランスを崩した。

 あ、これは、死んだかも――。そんな風に思った瞬間、

 

「十代目、伏せてください!」

「えっ……ぶわっ!!」

 

 獄寺の声と共にツナの視界を白い煙が覆いつくす。伏せて、と言っていたがもちろん間に合うはずもなく、煙を盛大に吸いこんでむせ返っているツナの腕が誰かにつかまれ、抱えられた。

 

「よっし、ツナ確保だ獄寺!」

「山本!?」

「なにやってんだ早くこっち来い野球バカ!」

 

 怪我をしていないほうの腕で器用にツナを抱えた山本は野球部自慢の健脚で瓦礫を飛び越え、獄寺の声が聞こえる方へと飛び込む。煙幕に視界を塞がれながらも追従すべくニューロンが足に力を込め、跳躍しようとしたが。

 

「逃がしま……っ!?」

 

 さらに頭上で異音。じゅうじゅうと何かが溶けるような、あるいは溶岩が沸騰するような。危険を察知した頭が反射的にバックステップを取れば見計らったかのようにさっきまでニューロンのいた場所に彼の体ほどもある大きな瓦礫が落ちてきた。

 落下した瓦礫の衝撃で巻き起こった風により煙幕は消え去ったが、代わりに土煙が視界を塞ぐ。そこに混ざって感じる甘ったるい異臭は、元々瓦礫を支えていたであろう鉄骨に張り付いた物体からだろう。知っているものが見れば、桜餅……の変わり果てた姿、と表現する。幸いなのかはわからないが、ニューロンにはそれの知識はなかったのでただの「強酸性の毒物」としか認識できなかったが。

 それはともかく。

 

「……見失いましたネ……」

 

 晴れた土煙の向こうには、もう誰もいなかった。

 

 

 

 

 第二十九話 「suffocato」

 

 

 

 

 

「ははっ、今のはヤバかったなー」

「し、死ぬかと……今度こそ死ぬかと……!」

「十代目、ご無事で何よりです」

「こんぐれーで死にそうとか言ってたら先が思いやられるぞ、ツナ」

 

 ニューロンから丁度死角になる位置。積み上がった瓦礫の中でぽっかりと空いた場所に全員は集合していた。偵察を行っていたビアンキがニューロンはこちらに気づいていない、と告げると緊張から解放された三者は思い思いの反応をとるが、やはりいつものような余裕はない。地べたにへたり込んで大きく息をつくツナの足はがくがくと震えていたし、軽く笑い飛ばしている山本も少し息が上がっている。獄寺は苛立ちを隠せておらず、咥えている煙草のフィルターが噛み跡でぐしゃぐしゃになっていた。

 

「さーて、じゃあ作戦会議すっか。あのチビッ子をどう攻略するのか考えようぜ」

「テメーが仕切ってんじゃねえよ」

「攻略、って言っても……」

 

 そもそも、ニューロンとリボーンはなにやら知り合いらしい雰囲気を出していたのだが、それについて聞く前にニューロンが襲いかかってきたので今の今までうやむやのままであった。リボーンに聞いてみると、彼はリボーンと同じアルコバレーノと言う存在らしい。選ばれた7人の中の、番外の8番目。

 アルコバレーノについてはよくわからないけれど、リボーンと似たような存在はこれまでに何度か見たことがある。しかし、

 

「でも、ニューロンは赤ん坊じゃなかったぞ?」

「ああ、あいつはちょくちょく体を変えるんだ」

「体を、変える?」

「オレも詳しい原理はよくわかんねーけどな、会うたび会うたび姿かたちが変わってんだよ。共通点はおしゃぶりを持ってることぐらいだ」

 

 リボーンが最初にニューロンに出会った時は長身の男であったが、しばらくしたら妖艶な女性に変わっていて、さらにしばらくしたら今度は小柄な老婆になっていた、らしい。変装で片づけられるようなものではなく、けれども確かに目の前に居るのはニューロンである、とリボーンの勘は言っている。だから、そういうものなのだろう、とアルコバレーノ全員が渋々納得したのだ。

 ニューロンの秘密については現在どれだけ頭を捻ってもわからないのだが、この作戦会議の根本はそこではない。

 あの巨大な銃をどうするか、だ。

 

「さっき奴が弾を撃ってた時に見たんですけど」

 

 逃げながらもきちんと観察をしていたらしい獄寺によると、ニューロンの持つ銃の弾は“消える弾丸”なのではないか、とのことらしい。

 

「消える弾丸って……あれか、消える魔球みてーなやつのことか?」

「ちげーよ、ありゃボールの回転力やブレを利用してんだろ。そういうんじゃなくて、マジで“消えて”んだよ。着弾と同時に周囲の一定範囲が丸ごと虚空に消えてる。じゃなかったらあんだけデカい弾丸を使ってんのに瓦礫がほとんど飛び散らねえ理由にならねーだろ」

「消える弾丸って、なんだよその物騒な弾……」

 

 先ほど、逃げていたツナは運よくニューロンの銃をよけることができた。けれどもしも、一発でもあの弾丸が当たっていたら……。そう思うと、先ほどからずっとしている寒気がいよいよ深まってきて、ツナは自分の手で肩をさすった。

 一連の獄寺の考察を聞いていたリボーンは、少し考えるそぶりを見せた後おもむろに、

 

「そいつは、“消滅弾”かもしれねーな。天才科学者ヴェルデの開発した特殊弾……になる筈だったやつだ」

 

 特殊な加工を施した弾丸を発射の瞬間高エネルギーで負荷をかけ反応させることにより、着弾と同時に周囲の一定領域ごと消滅するという代物で、構想されていた当時は「証拠の残らない武器」として注目されていた。……が、弾丸の核に希少金属を微量とはいえ必要とすることと、弾丸を反応させるために使用されるエネルギーを作るためのリアクターの小型化が難しかったことから初期のプロトタイプがいくつか作られただけで量産には至らなかったらしい。

 元々ヴェルデ自体が実益を得るために発明をするタイプでなかったこともあって、このような発明は星の数ほどあった。恐らく本人が忘れているものもあるだろう。どうやってニューロンがあの銃を手に入れたのかはわからないが、あれは間違いなくヴェルデの作ったものだとリボーンは結論付けた。

 

「あの銃の部品のほとんどはエネルギーを精製するリアクターだ。恐らく限界まで小型化してんだろーが……あれが限界だったみてーだな」

「確かにチビッ子が持つにゃーちょっと厳しいデカさだよな、あれ。よく飛んだり跳ねたりできるもんだぜ、よっぽど鍛えてんだろーなぁ……」

「山本、なんでしみじみと言ってんだよ……?」

「……リボーンさん。限界まで小型化してるってことは、あいつの持つ武器に無駄な部分は一切存在しねぇってことですよね? となると……どこかが不具合を起こせば使えなくなるってことッスか?」

 

 精密機器と同じで、難しい動作をするために必要最低限を削ぎ落としていけばいくほど、物理的ダメージには弱くなる。無論、それを防ぐために部分的な強化などが行われている可能性はなくもないが……プロトタイプが作られて以降開発が頓挫したものならば、あるいは。

 

「可能性はある、な。くっついてるエネルギーリアクターのうちの一つでも壊れればもう使えなくなる筈だ」

 

 ただ問題は。

 

「うーん……でもよ、どーやって近づくよ? あのチビッ子、こっちを見た途端にガンガン撃ってくんぜ?」

「とてもじゃないけど近づける感じじゃないよな……」

 

 かすっただけでも致命傷の弾丸を雨あられと撃ってくる相手に、どうやって近づいてあまつさえ銃を破壊するのか。一番の問題点が一番どうしようもない。

 

「さっきみてーに獄寺の煙幕は使えねーのか?」

「あっちも見えねぇ代わりにこっちも見えねぇだろ。どうやって回避すんだよ」

「あっ、山本が遠くから適当な大きさの瓦礫を投げるとか……」

「それやるにはどこに当てたら致命傷なのかを見極めねーとな。一回失敗したら二度目はねーぞ」

 

 しばらく、あーでもないこーでもないと言い合っていたのだが、一向にいい答えは出ず。

 頭を悩ませていると、傍で作戦会議を聞いていたビアンキが痺れを切らしたように言った。

 

「あなた達、もうあまり時間が無いわよ。ニューロンがこっちに近づいてきてる」

「ゲッ!? ま、マジで……!?」

 

 このままここにいたら見つかってしまう、けれども有効な打開策は見えてこない。焦りがじわじわと積もっていく中、覚悟を決めたような顔をした獄寺が告げた。

 

「十代目、……オレが突っ込みます」

「獄寺君!? なに言いだすんだよ……!?」

「そーだぜ獄寺。そりゃいくらなんでも無茶だ」

「るせぇ! テメェは黙ってろ! ……勝算はあります。奴の“消滅弾”は消す物体を選べない。前の方にバリケード代わりにボムを撒いて突っ込めば、一か八か通る筈です」

 

 それこそ無茶な話だった。通常の弾丸より大きいとはいえ消滅弾が必ず散布されたボムに当たるとも限らず、第一そんな大量にボムを使えば爆風で獄寺の身が危ない。

 

「お願いします十代目! オレは十代目の右腕としてあのメガネヤローに一矢報いるまで死ぬつもりはありません! ぜってーにあいつを倒してみせます!!」

「ダメだよ! 絶対にダメだ!!」

 

 見つかるかも、といった危機感が消え失せて、気が付いたらツナは怒鳴っていた。隣で山本が驚いた表情を浮かべているのを見て、すぐに我に返る。

 

「あ、いや、……獄寺君怪我してるんだから、その……無茶はして欲しくないっていうか……」

「十代目……」

「ツナ……」

「そ、それにさ! 他に何かあるかもしれないじゃないか! 例えば……えーと……」

 

 おぼつかない頭を必死に巡らせて、どうにか作戦を考える。自分を含めた全員が無事でいられる作戦を。誰も傷つかない作戦を。考えて、考えて、考えて……。

 ふと、この間桃凪と一緒にゲームをやった時を思いだした。

 

 

『つなってさ、RPGのゲームすっごく下手だよね』

『なっ、いきなりなに言うんだよ……』

『だってさ、魔法使いも戦士も盗賊も、みんな攻撃しかしないし。魔法使いは強化の魔法とか使えるし、盗賊は敵を攪乱する特技があるよね? 戦士を強化して敵に攪乱して攻撃した方が強いじゃん』

『え、あ、あー……』

『適材適所、ってやつだよねぇ』

 

 

 そう言って、ふにふにと桃凪が笑っていたのを覚えている。

 

「……あのさ、考えたんだけど……協力、してみるとか……」

 

 発想がゲームから、というのは自分でもどうかと思うのだけれど。

 ええいとりあえず言ってしまえ! と半ばヤケになって自らの考えを話し始めるツナ。

 

 それを少し後ろから、満足げな顔でリボーンが見つめていた。

 

 

 

 

 

 さっきからずどぉんとかどごぉんとかすごい音がしてるんだけれど、何事だ。隣で一緒に歩いているフゥ太が怯えているじゃないか、というのが桃凪の大体の感想であった。

 

「なんかすごい音が鳴ってるね……」

「ツナ兄ぃ、大丈夫かな……」

「心配だねぇ……」

 

 荒れ果てて廃墟になってはいるけれど、かつては人がいた場所であるからそこまで道なき道を行くわけではない。これが山奥だったりしたら桃凪ではちょっと厳しかったかもしれないが、整備されていた道があってよかった。

 フゥ太と一緒に手を繋いで、ゆっくりと歩みを進めているのだが、後ろの方から誰かが追いかけてくる様子はなく。どうやらフゥ太と自分の逃避行(?)はあちらには咎められてはいないようだった。

 

(に、しても……)

 

 このままだと案外さっくりとツナ達に合流できてしまう。

 いや、合流が悪いわけではない。むしろ最良なのだ。ツナ達は人質の心配がなくなるし、桃凪たちの方は安心できる。フゥ太はどうも骸になにやらを吹きこまれているらしいが、だからといって骸のところにずっといる方がまずいだろう。だから、これが一番いいはず、なのだ。

 それでもどこか足が躊躇ってしまうのは、まだ自分が迷っているからなのだろうか。覚悟を決められないままなし崩しでツナ達の味方になることを、良しとできない自分の心の、現れなのか。

 

(……いつまでも考えてたって仕方ない。きょーやにも申し訳ないし、とりあえずできることは全部やってみよう)

 

 自分を見失うな、という雲雀の叱咤を思いだす。とりあえずは、あの信頼に背くことの無い自分でありたい。それが桃凪の本心だった。

 だから、考えるよりまずは行動、である。

 

「もうちょっとでたぶんつな達のいるところに行くと思うけど、ふーたは大丈夫?」

「……う、うん」

 

 桃凪だけならいくらでも飛び込んでいけるのだけれど、今回はフゥ太も一緒なので、聞くべきところは聞いておくべきだろう。そう思って隣のフゥ太に声をかけたのだが、返ってきた返答は硬い。桃凪も悩んでいるように、フゥ太もフゥ太で色々と悩んでいるらしい。不謹慎だが、ちょっと安心した。

 

「……とりあえず、遠くからちょっと見るだけにしようか」

「いいの?」

「いいよー」

 

 今登っている小高い雑木林を抜ければツナ達のいるであろう場所につく。あそこだったら隠れる場所もたくさんあるだろうし、遠くから眺めるだけなら簡単なはずだ。

 そう話していると、またずどぉん、と大きな爆発音が鳴った。これは獄寺のボムの音、だろうか。

 

「つな達、頑張ってるんだね」

「……ねぇ、桃姉ぇ」

「んー?」

 

 丸い目が、じっと桃凪を見上げている。恐る恐ると言った体で、フゥ太が口を開いた。

 

「桃姉ぇは、僕が……」

「あっ」

「えっ」

 

 それに注目していたのが仇になったらしい、ずるっと足元が滑る感覚。うんまぁ、廃墟なのだから、地盤も緩んでるし、こういうこともあり得るだろう、たぶん。フゥ太を巻き込むわけにはいかないと繋いでいた手を離すと、あっという間に世界は反転する。

 ……自分の運動音痴が、久々に恨めしくなった。

 

 

 

 

 

 ツナが思い付いた作戦に、獄寺と山本が乗っかって、それにリボーンが口を出して、ビアンキがリボーンに賛同して。

 あれよあれよという間に、いよいよ作戦開始という所になってしまった。

 

「獄寺が所定の位置についたぞ。ツナ、おめーもそろそろ腹くくれ」

「こ、これで大丈夫なのかな……」

「サーセン、これ煙出てんですけど、素手で触って大丈夫なモンなんですか……?」

「死んでも持ち続けなさい」

 

 引き攣った声を上げている山本といつも通りのビアンキの声を背後から受けながら、震える膝を必死に動かしてツナは前に出る。

 ツナがこの場所から飛び出すのが、作戦開始の合図。

 そこからはもう後戻りはできない、一本道だ。

 

(……い、今さらながら緊張してきた……! や、ヤバイ……なんでこんな作戦言っちゃったかなー!?)

 

 ツナとしては、本当に苦し紛れの思い付きだったのだ。成功率とか、できるかどうかとか、そんなもの考えもしないで言っただけの、案とも呼べないものだったのに。それが獄寺の頭脳と山本の行動力とビアンキの押しの強さとリボーンのダメ押しで、なんか、こんなことに。

 緊張のあまり思考が現実から飛び始めて、血の気が抜けた顔がどんどん蒼白になっていく。最初の一歩を踏み出そうとする足がブルブルと震えていた。

 そして、背後にいる家庭教師は鬼だった。

 

「さっさと行け」

「え、……ぐぇっ!?」

 

 小さな体でなぜそんな膂力があるのか不思議でならないのだが、とにもかくにも背中を思いっきり蹴っ飛ばされ、覚悟の決まらないうちからツナは戦場に放り出されてしまったのだった。

 蹴とばされた勢いで一歩踏み出して、瓦礫に躓きそうになってたたらを踏んで、悲鳴を上げながら転がり出た場所。

 数メートル前に、ニューロンが居た。

 

「ひぇっ……」

「オやァ……?」

 

 しばし見つめ合うこと、数秒。

 

「……見敵・必殺!!!!」

「あああああああやっぱりー!?」

 

 長い銃身を振り回し、即座に照準をツナに合わせたニューロンはそのまま凶悪な笑みを浮かべ引き金を引く……筈だったのだが。

 

「――っせるかよぉ!!」

「ムっ!? ……上ですネ!!」

 

 頭上から降ってきた声に反応して見上げた先には、瓦礫に隠れて巧妙に姿を消していたらしい獄寺と、上空にばらまかれた大量のボム。すぐ近くに敬愛するボスが居るというのに一切躊躇せず投げられたそれは一瞬だけ空中で静止して、その後重力に従い落下してきた。

 目の前で悲鳴を上げているボンゴレ十代目と、上空から降ってくるボム。

 どちらが重要かと言われたら、この時点では後者に軍配が上がった。

 

「――ッフ!」

 

 重たい銃身を振り回し、多少よろけつつも銃口を上空に合わせたニューロンはそのまま連続で5発。本来上空に向けて銃を撃つのは射出した弾丸がそのまま落下してくる危険性があるため御法度なのだが、この消滅弾に関しては射出されてから一定時間が経っても物体に触れなかった場合自動的に消滅するようになっている。証拠の残らない弾は伊達ではないのだ。

 撃った弾の内3発はボムに命中したらしく、破裂音を立ててボムの雨に穴が空く。安全地帯を即座に見極めて、そこに飛び込んで爆風をやりすごして次の機会を狙って――。

 

「て、ぇ、りゃぁああああっ!?」

「ヘァっ!? え、ちょ!?」

 

 警戒をしていなかったわけではなかったのだが。

 膝の笑っていたあの少年が、ボムが降ってくる場所に自ら突っ込んでくる姿の想像ができなかったのだ。

 文字通り全身全霊の勇気を振り絞り、ちょっと裏返った雄叫びを上げてニューロンの安全地帯に飛び込んできたツナは小柄なニューロンの体に攻撃を仕掛けるようなこともせず、そのまま一直線にニューロンの持つ銃に手を伸ばし、長い銃身にへばりつくように掴みかかった。

 流石に少年の体重で歪んでしまうほど柔い作りではないのだけれど、それを振り回すニューロンの腕力に限界はある。一時的に行動が制限され歯噛みするニューロンの思考を断ち切るように、落ちてきたボムが一斉に爆発した。安全地帯にいるとはいえやはりある程度爆風は受けてしまうので、咄嗟に右袖で口元を隠して熱風をやり過ごし、情けない声を上げながら銃身に張り付いている少年を引き剥がそうとしたのだが。

 

「ハ、な、れ、な、さ、ィ~!!!」

「い、や、だ~!! ここで離れたら死ぬぅううう!!!」

 

 確かに離れた瞬間思いっきり頭を吹っ飛ばしてやろうとは思っているが。しまいには長い銃身の端と端を持って、お互い綱引きのような状態になってしまう。

 

「ホンっっっっっ……とに離れなさいっ!! これヴェルデから買い取るのにどれだけ金かかったと思ってるんですカー!!」

「そんなんオレにいわれてもー!!」

 

 傍から見ていると玩具の取り合いで喧嘩する子どものような光景だったが、本人たちは果てしなく真剣だった。

 にしても、何かがおかしい。

 先ほどからしっかりとニューロンの銃にしがみついているツナだが、そこから何もしようとしない。ただ震えながら銃身を抱え込むように地面にうずくまっているのだ。

 

(……奪い取る、までは考えていないようですね……。ワタシに銃を使わせないため……? いやむしロ)

 

 銃を、動かないように固定しているような。

 

(――――ッ!?)

 

 まずい、と危険信号が走り抜ける。

 彼らの狙いは――――エネルギー生成のためのリアクターだ!!

 

「……ッふ、ざけん「ややや山本ぉー!! 早くぅううう!?」……!?」

 

 そろそろ体力的にも気力的にも限界が近づいているらしい少年が名を叫ぶ。その声に応じるように、少し離れた場所でざり、と地面を固く踏みしめる音がした。

 足を肩幅くらいに開いて立つ、黒髪の少年。

 

「おう、行くぜ」

 

 足を一歩前に踏み出して、右腕を後ろに下げ、大きく振りかぶって。

 

 

「――――そぉ、っら!!!!」

 

 

 手にした物の標準は、ニューロンの持つ銃の、リアクター。

 剛速球で投げられる球のことをレーザービームなどと評することもあるらしいが、確かにこうやって目の前で見ればその評価にも頷ける。狙いは正確、寸分違わずリアクターに直撃だ。その衝撃で銃身が一瞬横に逸れて、ツナの手の内から銃が離れる。

 行動の制限から解放されたニューロンは、続く球を警戒してひとまず距離をとった。

 

「ッハ! 残念でしたねぇボンゴレの皆さん! リアクター周りは念入りに補強したんですよ!! ちょっと遠くからなにか投げたくらいで、壊れるわけが――」

 

 ない、と言葉を続けることはできなかった。

 じゅうじゅうと溶けるような音が鳴る。振り回した銃身の軌跡を追うように、ドス黒い煙が上がっていた。鼻をつくこの独特な、甘い異臭は。

 

「……ウ、ソォ……?」

「ポイズンクッキング、溶解桜餅よ」

 

 どろどろと溶けているリアクターを見て呆然とするニューロンに得意げにビアンキが言った。後方で獄寺が胃を抑えている。

 

「ぐっ……と、とにかく、一番ヤベー武器は無力化できたな」

 

 腹痛と戦いながらそう口にした獄寺の言う通り、ニューロンの持つ銃のリアクターは完全に溶けて使い物にならなくなっていた。つまり、消滅弾を撃つ事はもうできないということで。

 

「さーて、あとはさっさと畳んじまうか……散々好き勝手暴れてくれやがってこのクソガキ……」

「(ご、獄寺君の方が怖い……!!)」

「まー、確かにやんちゃが過ぎたチビッ子には説教してやんねーとな」

 

 なにやら顔に濃い影を作りながら呟く獄寺と、あっけらかんという山本の間に挟まれて戦々恐々とするツナ。張り詰めた雰囲気が、少しだけ普段に帰ってくる。

 その時、使い物にならなくなった銃に手を伸ばしたニューロンが、ついていた部品を一つ、むしり取った。瞬間、半分ほど溶けかけているリアクターから凄まじい光が迸り、ツナ達の視界を白く染める。

 

「ッ!? 今度はなんだ!?」

「オイオイまだなんかあんのかよー! 多彩すぎんだろチビッ子!!」

「ななななにー!? 何が起きてるのー!?」

 

 白に塗りつぶされた景色の中、ニューロンの手に持つ銃から機械的な合成音が響いてきた。

 

『アラート。制御端末、破壊されました。リアクターの制御できません。アラート。制御端末、破壊されました。リアクターの制御できません。繰り返します。アラート……』

「……フフ……」

 

 俯いていたニューロンが、ゆっくり顔を上げる。フードに隠れた顔、逆光により少しだけ見えるようになった表情は、凄惨という言葉がぴったりな笑みだった。

 

「マッドサイエンティスト謹製の武器には――自爆機能がついてるって相場が決まってるんですヨ――――!!!!」

 

 そして続く絶叫によると。

 

「ボクの貯金の5割の重み……身をもって知りなさーーーーーーイ!!!!!」

 

 完全なる八つ当たりであった。

 

 

 

 

 

 なんかそのへんの木とかに当たって止まるだろうと楽観視していた転倒後のローリングは、なぜか一向に止まらなかった。

 すでに視界がぐるぐるに回っていてどっちが上でどっちが下なのかもわかっていないし、先ほどうっかり口を開けた時に盛大に口の中に土とか落ち葉とかが入ってきたのでもう口を開きたくない。なんだか向こうの方がすごく騒がしいので、もしこのまま止まれずに落ちて行ったら戦ってるど真ん中に放り出されるんじゃないだろうかと思う。それは、すごく、困るなぁ。

 

(あっ)

 

 今何か光った。一瞬だけではなく、今も光り続けている。待て、本当に何が起こっているんだ。

 転がり続ける。光が強まる。

 林を、抜けた。

 

 

「……ど、いてーーーーーーーー!!!!」

 

 

 何が起きたのか全くわからなかったのだけど、とりあえず坂道の先は小さな崖のようになっていて。回転により生まれた慣性の法則はすでに桃凪が止められるようなものではなくなっていたので、ぽーんと虚空に投げ出された桃凪の目には、まばゆい光の中に誰かがいることしかわからない。

 わからないなりに、巻き込んでしまうわけにはいかないと声を張り上げた。

 

「ハァッ!? 今度は何――――……」

 

 光の中心、小さな人影がこちらを見て、そして硬直した。

 

「……――貴女、ハ……」

 

 辛うじて見える口元が、何かを呟こうとした、のだけど。

 それより先に、桃凪の体がその人影に激突した。

 そうしたら、その人影が持っていた何かすごく大きい光る物体が、ぽーんと遠くに飛んでいって。

 伏せろ、と誰かが叫んでいた。

 

 ――――――――……。

 

 目がチカチカして、耳がぐわんぐわんする。

 なにも見えないしなにも聞こえない真っ白な無音の場所に放り出されたような感覚がしばらく続いて、うっすらと視界が戻って。

 目と耳は馬鹿になってしまっているが、それ以外は特に異常はないらしい。あの高さからあの勢いで放り出されたのだから擦り傷じゃすまないだろうと思っていたのだが、何かがクッションになって助かったようだ。そのなにかというのは、今自分の下で目を回している小さな人なんだろう。どうしよう。

 とりあえず心の中でお礼を言いながら、丁重にその人の上からどく。まだ視界は白っぽかったけれど、きょろきょろとあたりを見まわしてここはどこか探ろうとした。

 

「…………桃凪?」

 

 呆けたような懐かしい声が聞こえる。そのたった一言に、桃凪の心臓は強く脈打った。

 桃凪が振り向いた先。

 そこに。

 

「――――……つな」

 

 

 桃凪の、一番大事な人がいた。




リボーンの戦いって基本的に1対1の戦いが多くて、各々が役割分担して戦うような戦闘ってあんまりないよなぁと思ってました。それぞれやれることやできることが違うから、連携して戦うとすごく強い気がするんですよね。そんなことをやってみたくて書いたオリジナル展開。大変だけど楽しかったです。


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