帰る場所を君に (小池蒼司)
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CHAPTER:0
0.それは初めての


 

ーーもういいかい

 

「まーだだよ」

 

ーーもういいかい

 

「まーだだよ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それはよく晴れた日の事だった。

頭を強く打つ衝撃に意識が朦朧としていたせいか、視界に映る化け物がハッキリとは見えなかった。

きっとこれは夢なのだ。痛いのも、苦しいのも、目が覚めたら全部終わってるんだ。

 

痛みに耐えながら、助けようとした子供の方を向いた。無事に避難できたようで子供の姿はもうない。

 

ーー早く死なせてくれ

 

じわりと熱くなる目頭をきっかけに暗い感情がたちまち少年の身体を飲み込んだ。

 

 

 

「おーい聞こえる?」

 

 

薄ら目に女の影が見えた。目の前で手を振り少年の意識を確認している。しかし少年は声を出すことも動くことも出来ない。

 

「あー、こりゃダメだね。えーと、トリオン兵は……うん、悠一に任せた!」

 

女は薄ら開いた少年の目に手を当て閉じさせると、耳元で「ちょっとだけ待っててね」と呟いた。

抱えられる感覚となるべく揺れないようにがっしりとそして優しく掴む手。閉じられた瞳は真っ暗な空間と共に意識を一緒に持っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーー次に目を覚ます時は天国だと思っていた。

やっと死ねるのだと、開放されるのだと。

 

 

 

少年は目を開けるなり視界に映った光の眩さに驚いた。光に慣れてきた目は次第に白い天井を映し出す。

そんな、ここは一体。手にはシーツの感触がして、今自分はベッドに寝かされているのだと気づく。目だけを動かし辺りを見渡すと、そこは病院でも自宅でもないまるで知らない部屋。

 

そして___

 

「ん、起きた?」

 

焦げ茶にロングストレートの髪。青いパッチリとした瞳と長いまつ毛。綺麗だ、と思った。

少年を見下ろす女は濡れたタオルを手にし、ゆっくり起き上がろうとする少年に手を貸した。

 

 

「見た目の割に酷い怪我じゃなくて良かったよ。病院もすぐに退院出来たけどずっと意識ないんだもん」

 

心配したんだから、と笑う女に反射的に少年も苦笑いを浮かべる。そしてその裏でここはどこなのか、この人は誰なのかと考えた。

聞きたいことは山ほどあるのに、今はどれから聞いたらいいのか分からない。

 

「……僕が助けた子供は無事ですか?」

 

本当は他に聞きたいことがあった。けれど、真っ先に出たのはこれだった。

あの時怪我をしていた理由、それは単純に近くにいた子供を守っていたから、だ。

 

「他に聞きたいことあるだろうに、開口一番それ?んー、まぁそうね、かすり傷とかはあったけど無事だよ。」

「そうですか……」

「まぁまぁ、後でその話はするとして、とりあえず自己紹介するね!私は悠花(ゆうか)、24歳。趣味は暗躍です!よろしく!」

 

ずっ、と差し出された手を恐る恐る握れば勢いよく何度も振られる。悪い人ではないのだろう、と思う。趣味はちょっと分からないが。

 

「じゃ、次は君ね」

 

固く握られた手は案外あっさりと離され、女は手を引っ込めた。

 

「……的場(まとば)シオン十三歳です。趣味は……ないです」

「うんうん、趣味までありがとうね!まぁ君のことは全部調べてて知ってるんだけどね」

「は?」

 

ちょっと待て。"シオン"は"悠花"の言葉に眉を寄せた。さっきまで悪い人ではないのだろうと思っていた彼女に一気に怪しさを感じてきた。

 

そんなシオンに気付いたのか、

 

「あぁごめんね変な意味は無いの!ただ病院で診てもらう時に君の情報が必要だったし……」

 

と、悠花はモジモジしながら答えた。

 

「あの、ここは一体どこで貴方は何者ですか。治療して頂いたことは感謝しています。でも、僕は帰らなければいけません。なので……」

 

 

「君にこれから行く宛てなんてないでしょ?」

 

間一髪入れられた一言にゾクリと背筋が凍った。どこまで知っている?何を知っている?シオンの背中に壁の冷たさが伝う。

 

 

「さっきも言ったでしょ、君のことは全て調べた。悪い事に使うわけじゃないし、君も帰る場所がないからここにいる。それで終わり!」

「終わりって、何も解決してないんですけっ、いった……」

「ほらとりあえず寝た方がいいよ。傷口広がるから」

 

 

少し興奮したのが良くなかったのか、頭に巻かれた包帯越しに傷口を抑えた。突然の痛みに顔が歪む。

 

 

 

 

「ーーやっぱり、こうなると思った。だから悠花はやめなって言ったんだ」

 

 

ガチャリ、ドアが開いて現れたのは同じ歳程の少年だった。悠花は彼を見るなり「悠一!」と声を上げた。新たな登場人物にシオンは身構える。

 

「そんなに身構えなくていいよ。俺は迅悠一、君と同じだから」

「……僕と、同じ」

 

迅悠一、と名乗った少年は悠花に「どいて」と端へ追いやるとシオンの目の前に立った。

 

 

「俺も帰る場所がない。……というか、なかった。そして普通の人と違う。あー、まぁそれはこの人も同じだけど」

 

悠一は悠花を親指で差し、話を続ける。

 

「ここは機密組織ボーダーの本拠地。そして、君はここに来る前に見たよね、大きな機械みたいなの。それを殲滅しているんだ」

「ボーダー……」

「俺達はこの先起こる大きな戦いに備えて準備してる。それで、君の力が必要だと思ったから連れてきた。……まぁ瀕死の状態を発見した時は流石にビビったけど」

 

 

言っていることは全くと言っていいほど理解できなかった。否、理解するのに時間がかかった。

 

「僕は普通の人と違うけど」

「それでもいいよ、ってかそうじゃないといけない。俺達も普通じゃないし」

「……戦う力もないよ。知っての通りこんな怪我をするくらいには弱い」

「子供を助けるために身を挺する勇気と行動力は最強だよ」

「本当に、本当に僕が必要?」

 

縋るような気持ちもあったと思う。親に捨てられ、施設で育ったシオンは自尊心も自己肯定感も無いに等しい。必要だとされることも今まで無かった。

 

「ーー必要だよ。今の私達にはシオン君が」

 

 

質問に答えたのは悠花だった。真剣な眼差しと瞳に、シオンは涙が出そうになる。本気でこの人は、この人たちは自分を必要としてくれているのだと。

 

「僕に出来ることなら、助けになりたい、です」

「よく言った!それじゃあ今日から君はボーダーの一員よ。ここが貴方の帰る場所、いいね」

 

 

はい。絞り出した声はちゃんと届いただろうか。

 

ぽつりと雫が布団に零れ落ちた。



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CHAPTER:1
1.あふれる可能性


【ブルーファンフラワー】

・・・ブルーファンフラワーとはクサトベラ科クサトベラ属の一つである。

花言葉は「あふれる可能性」

______________________

 

 

 

『昨日警戒区域で近界民出たの知ってる?』

 

防衛任務の為に、指定されたエリアを一通り巡回し終えると宇佐美栞からのチャット通知が飛んできた。

昨日(ゲート)が開いた事はもちろん知っている。

『知ってるよ』と返すとすぐに返信が返ってきた。

 

『近界民を倒した隊が分からないんだって、一番最初に現着した三輪隊が駆けつけた時にはもうバラバラだったらしいよ』

『誰がやったかわからない?』

『うん』

 

そういえばそんな話を昨日聞いた気がする。

しかし、レーダーにもログにも載っていない誰かが倒したというのか。

 

「でもすごいな、倒した人。……っ!?」

 

《緊急警報 緊急警報 門が市街地に発生します》

 

シオンの呟きと同時に大地の震える感覚、そして警報が鳴り響いた。

驚いて顔を上げると上空には門が開いていた。

 

「まじか!任務中で良かったッ」

 

シオンは携帯をしまうとその場を高く飛び、近くの建物の屋根へと登った。走って行くよりこちらの方が早いからだ。

 

 

 

「見えた」

 

大きな音が聞こえる。目的地へと辿り着いたシオンはその現状に目を細めた。

既に門から出たトリオン兵、モールモッドは暴れているようで、悲鳴と爆発音が聞こえてくる。

 

現場である中学校では避難した生徒が大勢いるのを見ると、被害者は居ないようだ。

そしてどうやら校舎内で何者かが戦闘中らしい。

 

「園田シオン現着っと。誰が戦ってるんだぁ?これ」

『戦闘中の隊員情報が分かりません』

 

校庭に降り立つと周りからは「ボーダーだ!」

「ボーダー隊員よ!助けが来た!」等の叫び声が沸き起こる。当の本人は無関心だが。

 

 

そして、耳元から聞こえるオペレーターの指示に従って戦闘中の校舎へ入ろうとした時、

 

ーードッッッッ

 

突然大きな爆発音と共に窓ガラスを突破ってモールモッドが吐き出された。

 

そして音が止まる。

 

『近界民の反応が消えました。どうやらもう終わったみたいですね…』

「うそー、何もしてないよ僕!」

 

シオンはそう言いながら真っ先に生徒たちのほうへ駆け寄る。

 

「遅くなりました、怪我人はいますか?」教師陣を一瞥するとまだ二人いないと告げられる。

 

「それにしても一体誰が…」

『今確認してみます、とりあえず現場調査と屋内にいる生徒を救出してください』

「園田了解」

 

 

 

 

 

 

 

その後、あとからやってきた嵐山隊に事情説明、そして三雲修というC級隊員が今回の近界民を倒した、という情報が手に入った。

 

訓練用トリガーでモールモッド二体を倒した彼は恐らく相当強いだろう。

もしかしたら昨日の件も彼がやったのかもしれない。

どちらにせよ、市民を守ることを優先した彼の心意気は褒められるべきだ。

 

「と、僕は思います」

 

会議室にやってきたシオンは入室早々今回の件について述べた。

三雲修の処罰についてだ。

仁王立ちになって堂々と言うシオンに三雲は安心感を覚えるが、それと同時に不安も感じた。

 

「迅悠一、お召しにより参上しました!」

不意に会議室の扉が開き二人の男女が入室した。

「…御苦労」城戸が静かに言った。

 

「あれ、もう始まってんの?」

 

迅は目の前にいるシオンを見て声をかける。

シオンは振り返るとハッとして「まだだよ、僕が勝手に喋っただけ」と申し訳なさそうに言った。

 

「揃ったな、本題に入ろう」

 

城戸は手を組むと"イレギュラー門の対応策"について話し出す。本来の会議内容ではあるが、今話したいのはそうじゃない。

シオンが待ってください、と言うよりも先にボーダー本部長である忍田が城戸を止めた。

 

「まだ三雲くんの処分に結論が出ていない」

「結論?そんなの決まっとろう、クビだよクビ!重大な隊務規定違反。それを一日に二度だぞ?」

 

忍田の発言に反発したのは本部開発室長鬼怒田だ。

それに続けてメディア対策室長根付も続けて反論をした。

 

「他のC級隊員にマネされても問題ですし、市民にボーダーは緩いと思われたら困りますしねぇ」

「そもそもコイツのようなルールを守れんやつを炙り出すためにC級にもトリガーを持たせとるんだ」

 

バカが見つかった、処分する、鬼怒田の言うことも正しい。

元々そういうルールだ。

それにしては酷い言われようだが。

 

「先程も言いましたが、僕は彼の処分には反対です。彼のしたことは確かに違反かもしれませんが、それで救われてる人がいます。彼の行動は間違いじゃない、僕は彼を支持します。」

 

シオンはキッと上層部のメンバーを見た。

お世話になっている根付や鬼怒田と言い合いになるのは避けたいが、こればっかりはシオンも譲れない。SE(サイドエフェクト)でもなんでも使って三雲の処罰を軽くするつもりだ。もっとも、そういった事に使えるような能力ではないが。

 

「私も反対だ、三雲くんは市民の命を救っている」

 

シオンの援護をするように忍田が発言した。

 

「近界民を倒したのは木虎くんでしょう?」

「木虎が彼の援助活動の功績が大きいと報告しています!」

 

根付の言葉に反論したシオンを見て、迅が感心する。それは木虎が三雲を推したことに対してだろう。

 

「さらに嵐山隊の報告によれば、三門第三中学校を襲った近界民は三雲くんが単独で撃退している。隊務規定違反とはいえ緊急時にこれだけの働きができる人間は貴重だ。彼を処分するよりB級に昇格させてその能力を発揮してもらう方が有意義だと思うが?」

 

忍田の怒涛の反論により会議室は一瞬静けさに包まれた。

 

「本部長の言うことには一理ある。…………が」城戸はゆっくり口を開く。

「ボーダーのルールを守れない人間は私の組織にはいらない。」

 

「…!」

 

「三雲くん、もし今日と同じようなことがまた起きたら君はどうするね?」

「……それは………………」

数秒考え込んだ後、三雲は意を決して言った。

「目の前で人が襲われてたら……やっぱり助けに行くと思います」

 

ーー面白い

 

今は規定違反の話をしているのに、また同じことを繰り返すと宣言したのは、シオンにとって面白いと感じた。

それは唐沢も同じだったようで、一瞬目が合った。

 

「ほれみろまるで反省しとらん、クビで_」

「彼はボーダーに必要です」

 

鬼怒田の言葉を止めたのはシオンだ。

大きく立ち上がり、堂々と言う姿は負ける気がしない、と言ったところだろうか。

 

「まず今日の三門第三中学校の件ですが、嵐山隊の到着が遅れたのは事実です。もしその場に彼がいなければ中学校から被害が出ていたでしょう、そうすればボーダーの評価は下がったと思いますよ。到着する予定の隊が嵐山隊だったら尚更。ね、根付さん」

「それは…むぅ…」

 

ボーダーの顔として広報担当にされている嵐山隊が、到着に遅れて被害を出した、しかも中学校で、なんて信用度が下がるだけじゃすまないだろう。

 

「それに、今ボーダーには彼のような人材が必要だと僕は考えます。一日に二度も隊務規定違反?違います、一日に二度も自分の命を顧みず人を救ったのです。彼の行動は間違いじゃない、評価されるべきだ」

「だからルールを破っていい、そう言いたいのかね」

「城戸さん、ルールと人の命どっちが大事なの?」

「…」

「…」

 

数秒の沈黙が長く感じる。

 

 

 

「…あー、彼の処分は俺に任せてもらえませんか?」

三雲の肩に手を乗せ、迅が沈黙を破った。

「…なぜか説明してもらおうか」

「んーと、じゃあ説明する為にもイレギュラー門の説明してもらっていいですか?」

 

 

はぁ、とシオンは椅子に腰掛けた。

迅のおかげ、と言うべきかヒートアップした言い合いは一度止まった。

 

「ここまで話持ってきたのに台無しだよ悠一」

小声で迅に言えば「お前熱くなりすぎ」と軽く小突かれた。

 

 

「イレギュラー門の事ですが、先程の爆撃で分かっているだけでも十八名が死亡。重軽傷者は百名以上、建物への被害は数知れず。第一次近界民侵攻以来の大惨事です」

 

このままでは三門市を去る人間も増え、被害者への補償も大変な額になる、と根付は語った。

それに対し唐沢は

「いや、金集めは私の仕事ですから、言ってもらえれば必要なだけ引っ張ってきますよ。」

と余裕な表情を見せる。

 

 

「しかし今日みたいな被害が続くとさすがにスポンサーも手を引くかもしれませんね、開発室長」

「……それは言われんでもわかっとる。まぁシオンがいる分多少はマシだろう」

「…えぇー…」

「なんだ不満か」

「イイエ…」

鬼怒田から向けられた視線を逸らす。

 

「しかし開発部総出でもイレギュラー門の原因がつかめんのだ。今はトリオン障壁で門を強制封鎖しとるが…。それもあと四十六時間しかもたん。それまでにどうにかせんと…」

 

それで迅が呼ばれたわけか…と一人納得する。

玉狛支部支部長林藤も同じようなことを迅に聞いた。

 

すると、迅は話を戻すかのように「そ、れ、で」とまた三雲の肩に手を置いて話し出した。

 

「話を戻すんですけど、彼の処分は俺、あ、いや、俺達に任せてもらえませんか?」

 

さりげなく混ぜられた気がするが、流れに乗って頷く。

「彼が関わっているというのか」

城戸は表情を一つも変えずに聞いた。

 

 

 

「はい、俺のサイドエフェクトがそう言ってます」

「好きにやれ、解散だ。次回の会議は明日二十一時からとする」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふはー、疲れたー!!」

「あの、ありがとうございました」

 

会議室を出ると三雲が勢い良くシオンに頭を下げた。慌てて頭を上げさせるが、三雲からの感謝は止まらない。

 

「僕がやりたいからやっただけ、気にしないで!それに嵐山も上層部に掛け合ってくれてたから、お礼言うなら嵐山達の方だよ」

「はい、本当にありがとうございます」

「あ、あはは…」

 

ーー真面目なんだなぁ

 

何度も感謝を伝えてくれる三雲に悪い気はしない。第一印象は真面目そう、と言ったところか。

 

「さて、よろしく頼むぞメガネくん」

「は、はい!」

 

シオンの横をフッと通り三雲にそう告げた迅はそのまま鬼怒田、根付の順に声をかけて今後についてや様々な会話していった。

まるで先程の会議での険悪な雰囲気がなかったかのように空気が変わる。

 

「どうした?」

「あ、いや…迅さんは凄いなって」

 

ぼーっとしている三雲に話しかけると、予想外の答えが返ってきた。

確かに迅はすごい。自分で実力派エリートというだけあるようなやつだ。

 

だから、

 

「きっと、これから君はもっと凄いと思うよ迅のこと。」

 

 



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2.希望

【バラ】

・・・バラは、バラ科バラ属の総称である。

花言葉は「希望」

______________________

 

 

 

害虫駆除の連絡が来たのは、その日の昼だった。C級隊員まで動員した小型トリオン兵の一斉駆除作戦は昼夜を徹して行われた。

 

シオンも例外では無い。指令に従ってひたすら見つけたトリオン兵、ラッドを駆除した。

 

 

『流石迅さんだね』

 

関心するように宇佐美が言った。

 

「んー、まぁ僕のおかげでもあると思うけど」

 

シオンは茂みに隠れていたラッドを見つけると素早く捕え破壊する。ここら辺のはあらかた片付け終えたか。

 

『いやいやシオンくんは何もしてないでしょ、ずっと寝てたじゃん』

「それはそれ、これはこれ」

『今使う言葉じゃないんだなぁそれは』

 

そうかぁ。くすくすと笑う声がして少し疲れが吹っ飛んだ。あともう少し、がんばろう。

 

 

「ーーシオンさん」

 

急に声をかけられ肩をびくつかせるが、声で誰だかわかる。聞きなれた声だ。

 

「…どうしたんだ秀次」

 

三輪隊隊長、三輪秀次。確か駆除エリアは銀と別の場所だったはずだ。

 

「こちらのエリアが終わってこっちに来てみました。うちは陽介達がいたので、シオンさんは一人だと聞いて少し覗きに来た、ただそれだけで他意はないですよ」

 

無表情で話す三輪だが、恐らく駆除が上手くいってなかったら手伝うつもりだったのだろう。

 

ーー秀次らしいな

 

フッと微笑むと「なんですか」と不機嫌そうな顔をされた。

 

三輪はシオンの所属する玉狛支部が嫌いだ。特に一番嫌いなのは迅悠一、らしい。しかしそれでも何故かシオンにだけは懐いている。

三輪曰く、昔助けて貰った恩は返したいらしい。シオンにはさっぱりだが、嫌われていないのならそれで良しである。

 

 

 

『もう反応が消えたみたい、お疲れ様シオンくん』

 

宇佐美の声と同時に一斉駆除作戦の終了合図が耳に入る。

昼夜を徹して行われた小型トリオン兵一斉駆除作戦、これにて終了である。

 

 

 

 

 

 

 

ーー翌日

 

 

 

「よっ」

 

本部基地のロビーに奈良坂、辻、氷見の三人が談笑していた。

たまたま通りかかったシオンが軽く挨拶をすると三人はぺこりと会釈する。

 

「シオンさんこれから仕事ですか?」

 

氷見がシオンの片手に持つタブレットを指さして聞いた。このタブレットはシオン専用で、裏には小学生が好きそうなヒーローのシールが貼ってある。大分古いのか少し傷がついている。

 

「いーや、もう終わったよ」

 

へら、と笑って言うと次は奈良坂がシオンに話しかけた。昨日の小型トリオン兵一斉駆除作戦についてだ。どうやって小型トリオン兵に気付いたのか、作戦を実行することが出来たのか、奈良坂だけではなく氷見や辻も気になっていたらしく質問攻めにあうがシオンには答えられない。

 

「分かんないんだよね僕も」

 

ーー本当は近界民に教えてもらいましたなんて言えないし

 

実は昨日、迅に連れられイレギュラー門について知る人物へ会いに行こうと、三雲修と共に出かけたのだが。その人物がまさかの近界民だったのである。

 

分からない、と誤魔化しつつ迅のおかげだよ、さすがだねとここにはいない迅を煽る言えば納得したのか三人はなるほど、と頷いた。

とりあえず迅の名前を出しときゃ正解になるので楽なもんだ。

 

「あ、やば。そろそろ行くわ、じゃ!」

 

シオンはタブレットの時計を確認すると、ごめんねと一言断り駆け足でその場を抜け出した。

向かった先は玉狛支部だ。

 

 

今日は玉狛に帰って新入りとご挨拶をする予定が入っている。

迅が何日か前に新入りを連れてくると話していたのを、タブレットにメモとして残していた。シオンのタブレットには取引先との記録や迅の未来予知を元にしたスケジュールなどがあり、迅の暗躍に付き合わされる際にはこれを基準に行動している。

さて、早く帰らねば。新入りとはきっと昨日会った空閑遊真と三雲修の事だろう。

 

「また賑やかになるといいなぁ、昔みたいに」

 

支部の掃除をしなくちゃ、と軽い足取りで掛けた。

 

 

 

 

 

 

 

「遅かったなシオン」

支部長室に招かれたのは迅とシオン。待ちくたびれたと迅はシオンに軽くチョップするが、実は迅達もシオンとそんなに大差なく玉狛に着いた。

 

「ごめんごめん、仕事が立て込んでて」

 

それで用件は?、書類にまみれた支部長室で、掃除もせず良く平気で過ごせるなと思いながら尋ねる。

 

「シオンは昨日の小型トリオン兵一斉駆除で空閑遊真と会ってるな?」

 

林藤は確認するように聞いた。シオンは頷く。

 

「遊真と三雲、それと千佳。三人が玉狛に入るらしい」

 

ーーらしいって

推測的な言い方をするのはきっと迅がそう言ったからだろう。

 

 

ーーそれにしても

 

 

「…千佳?」

遊真と三雲は昨日の一件以来知らない仲ではない。

しかしその千佳という人物は対面したことがないためちんぷんかんぷんだ。

名前からして女の子だろう。

 

「きっと三人でチームを組む。いいチームになるぞ」

 

迅は自分の事のように嬉しそうな顔をしていった。

 

「でも待って、近界民を入隊させるなんてそんなこと上が許すはずがないよ」

「だから多分、遠征中の部隊が帰還して俺達のところに来る」

「…戦わなくちゃいけないわけか…」

「戦わなくてもいいようになるべく話し合いで解決したい。シオンも俺と一緒に出てくれるか?」

 

出る、それは遠征部隊と戦う可能性もあるという事だ。

あまり戦いを得意としないシオンとしては、前線に出ることすらあまり承諾したくないが、仕方ない。

 

「分かった。でも僕と迅だけじゃ無理だと思う。人数とか、それに」

「大丈夫だ、策がある」

「策?」

 

策とは一体。しかし迅の事だ、きっとそれなりに考えているだろう。



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3.困難に打ち克つ

 

【サザンカ】

・・・サザンカは、ツバキ科ツバキ属の常緑広葉樹。

花言葉は「困難に打ち克つ」

______________________

 

 

シオンは三雲と遊真の二人と入れ違いに支部長室をあとにし、リビングへとやってきた。

 

待っていたのは宇佐美と見知らぬ女の子。恐らくこの子が先程聞いた千佳という少女なのだろう。

 

「こんにちは、初めまして園田シオンです」

「は、初めまして…!雨取千佳です」

 

ーー雨取…?どこかで……

 

「初めまして〜、宇佐美栞です」

「栞は違うだろ」

 

礼儀正しい所は三雲に似ているなと感心した。

「あの、園田さんはーー」

「うん?」

「シオンさんは向こうに行ったことがあるんですか?」

 

向こう(・・・)近界民の世界。それを何故聞くのかは知らないが、「うん、あるよ」頷いた。

 

「少なくともシオンくんは私よりも沢山行ってるよ」

 

宇佐美の言葉に雨取は驚いた顔をした。

 

「栞の言う通り、遠征には殆どついて行ってるかな。今回のは人数的に行けなかったんだけど、前々回のは行ったし…まぁ玉狛の中では二番目くらいに行ってるかも」

 

指を折り曲げながら数える仕草をして答えた。それを見て雨取は凄い、と呟く。

 

「何か向こうに行きたい理由でもあるの?」

 

雨取はシオンの問いかけに顔を俯かせ少し悩んだ。

何か言いづらい理由があるのであれば無理に言わせるのは苦だろう。

 

「言いづらいなら無理に言わなくても…」

「ーー兄と友達が」

 

 

__行ってしまったんです

 

儚げに吐いた言葉はか弱く、今にも消えそうだった。それでも芯は強く持っているような、この子は強い。

 

「そっか」微笑むと雨取はその笑みに固まっていた体がほぐれる。

 

「君、ボーダーに入ってみない?」

「…え?」

「向こうに行きたいんでしょ?その手もあると思うよ」

 

でも、と困惑した表情を向ける雨取に、詳しい事は栞に聞いてみて、と丸投げした。

栞は「了解!」と雨取とボーダーに関することをあれこれ喋り始め、その間にシオンは何となく、屋上へと向かった。

 

 

 

 

 

ーー向こうに行きたい理由が家族や友人を助けたい、か

 

階段を登りながら先程の千佳を思い出した。

ふと、脳裏に【師匠】が過ぎる。

頭を振って考えを吹き飛ばすが、もし自分に千佳と同じくらいの勇気があったなら、遠征中に何度も艇を飛び出していた事だろう。

 

「…大丈夫」

 

呪文のように唱えた大丈夫は誰に向けたものなのか、呟いた自分でさえもわからなかった。

 

 

 

 

 

 

支部長室にやってきた新入り達は全員入隊が決定し、三人は遠征部隊を目指すことを目標にやっていくこととなった。

 

「シオンさん、ありがとうございました」

 

突然雨取がシオンに頭を下げた。「えぇ!?!?」と手を振って慌てるが、雨取はそのまま話を続ける。

 

「ボーダーに入ってみないかって、提案してくれたおかげで入る決心が着きました。…私、必ず向こうに行って兄さん達を助けます。だから、ありがとうございました」

 

再度頭を下げた雨取に「いいんだよ」と頭に手を置いた。

 

「僕がやりたいと思ったからやっただけ」

 

だから頑張ってね、雨取に向けた言葉の裏に、傍で聞いていた迅は『僕の分も』というのが隠されていた気がした。

 

 

 

 

 

 

 

新入り三人は玉狛に宿泊し、早いことに翌朝がやってきた。

 

「さて諸君!諸君はこれからA級を目指す!そのためには……」

 

ホワイトボードの前に立つ栞が、ソファに腰掛ける新入り達を前にボーダー隊員のランクシステムについて説明を始める。

シオンは途中からやってきたため、邪魔しないように端の方に腰掛けた。

 

宇佐美の説明はボーダー隊員のランクシステムからポジションへと話が進み、いよいよ三人のポジション決めが始まる。

 

「防衛隊員は戦う距離によってポジション分けされてるんだよね、「攻撃手」「銃手」「狙撃手」の三つ……で、どれが千佳ちゃんに合ってるかって話なんだけど___」

「はいはいはーい!攻撃手とかどう!?」

「シオンくんはとりあえず静かにしてて」

 

へいへい、とわざとらしく言うと気を取り直して宇佐美が仕切り直した。

突然自分のポジションを決めろ、とか自分の向き不向きを伝えなくてはならない。

自分で考えるのが苦手そうな雨取にはきっと難しいだろう。

 

「まぁとりあえずさ、何となくやってみたいのとかでいいんじゃない?」

「やってみたいの……」

「そうそう」

 

 

ポジションの向き不向きはもちろんある。しかし、その向き不向き以前にやりたいと思える気持ちが大事だとシオンは言う。

 

「緊張してる?」

 

微かに震えている千佳の手を見てシオンが聞いた。いえ、と千佳は首を振るが、否定する割にはぎこちない。

 

「千佳ちゃん、握手しよう」

「?はい」

 

千佳の小さな手を優しく握る。次第に震えは止まり、落ち着いた。

 

「うん、大丈夫。自分の気持ちを信じて。やりたくないポジションは長くは続かない。やりたいと思ったものは君にあっているはずだよ。」

「……はい」

 

シオン、と迅が名前を呼ぶ。シオンはにっこり笑うと千佳に「ほら、言ってみて」と優しく声をかけた。

 

 

「あの、私___」

 

 

 

 

 

 

新人三人とのミーティング中に帰宅してきた玉狛のメンバー小南桐絵、木崎レイジ、烏丸京介は話の流れで新人育成に手を貸すことになりーー 小南が遊真の師匠、木崎が雨取の師匠、そして烏丸が三雲の師匠となった。

 

マンツーマンで指導を受けることとなった新入り三人は果たして師匠について行けるのか。

入隊試験までの残り三週間、彼らはみっちり訓練をつけてもらうこととなった。

 

 

「そういえば迅さんとシオンくんはコーチやらないの?」

 

一番実力あるのに、と持ち上げた宇佐美にシオンは苦笑して「やることがあるんだ」と答えた。

 

「それに、僕は黒トリガー以外あまり使ったことがないし、教えるにはちょっとね」

 

そう言ってシオンは迅と共に屋上へと上った。少し話がしたいと言われたからだ。

 

 

 

 

 

 

風が心地よい。ゆるく流れる風が髪を揺らした。

 

「お前さぁ、千佳にSE使っただろ」

 

屋上に着くなり迅が言う。さぁ、と濁すが迅には全てお見通しのようだった。

 

「人の心はもう読まないとか言ってなかった」

「仕方ないよ、握手したら聞こえちゃうんだもん」

 

シオンのSE、テレパシーは触れた相手の思考が頭に流れ込み読めるというもので、相手に触れていないと発動しないが触れると強制的に読めてしまう。そのため幼い頃から気味悪がられていた。

 

「まぁ、千佳が狙撃手になるのは視えてたけどさ」

「……お前だって未来視るじゃん」

「仕方ない、視えちゃうから」

 

迅悠一のSE、未来予知。名前の通り未来が見える。

この2人はお互いにSEと呼ばれる能力を持ち、それなりに苦労してきた人間だ。

 

 

 

故に、二人にしか分からないことが沢山あった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

新入り達が来てから数日、訓練も順調に進み、迅が玉狛に顔を出せない分仕事の合間を縫ってシオンが様子を見ていた。

 

 

「悪いな」

 

そんな中で、これから行う作戦のために迅とシオンは玉狛を出て大分先まで来ていた。

作戦開始位置近くまで来たところで、隣に立つ迅が前を向いたままそう言った。

 

「何だよ急に」

「遠征から帰ってきたばっかとはいえ、A級と戦わせることだよ」

「あぁ…」

 

今から行う作戦は玉狛にいる遊真を狙いやってくる予定の太刀川隊、風間隊、冬島隊、三輪隊を足止めし緊急脱出させること。

 

 

「お前もあんまり戦いたくないだろ、戦うの好きじゃないだろうし」

「大丈夫、ここを乗り越えなきゃ意味がないんでしょ?頑張るよ、先生と」

「まぁ、俺達だけじゃないから平気だとは思うけど…一人で突っ走るなよ、やばそうなら俺にーー」

 

 

静けさだけが残るこの場に、少しずつ風の音と物音が大きくなる。

 

 

「ーー来る」

シオンの言葉を合図に迅とシオンの目の前にはザッ…と予想通りのメンバーが立ちはだかる。

 

 

 

「迅……!!…と、シオンさん……」

「なるほどそう来るか」

「太刀川さん久しぶり、みんなお揃いでどちらまで?」

 

敵意剥き出しの三輪と、何を考えているのかわからない太刀川。

後ろに控える隊員達も皆戦意に満ちている。

 

「なんでシオンさんがいんの?てか久しぶりに会った気がするわ」

 

冬島隊、当真勇は続けて迅がいることにも触れた。

 

「久しぶり勇、冬島さんはどうしたの?」

「うちの隊長は船酔いでダウンしてるよ」

「余計なことを喋るな当真」

 

すんなり教えてくれた当真を止めたのは風間隊隊長風間蒼也。

シオンはそれにも関わらず話を続ける。

「冬島さんは相変わらずだね、遠征はどうだった?今回は僕行けなかったからお話聞かせて欲しいな」

「遠征艇が小さくてよー!近くの席が出水で___」

「当真。」

 

再び話を止めたのは風間だ。

シオンは心の中でチッと舌打ちをした。

 

「出来れば僕は皆にお引き取り願いたいんだけど」

「いくらおまえの言うことでも無理だな」

「そういうと思った」

 

シオンは黒トリガーを右手に構えると風間を前に戦闘態勢に入る。

 

「このシオンが珍しくこれなんで、ジャマしないで欲しいんだけど」

 

今にも風間達に飛びかかりそうなシオンを迅が手で制しながらそう言う。

 

「俺達の目的も分かってるわけだな」

 

太刀川はどこか余裕があるように言った。

 

「うちの隊員にちょっかい出しに来たんだろ?」

「なんだ迅、いつになくやる気だな。珍しくシオンも戦闘態勢に入ってるし、面白い」

 

 

バチバチと火花が散りそうな雰囲気の中、

 

「『模擬戦を除くボーダー隊員同士の戦闘を固く禁ずる』隊務規定違反で厳罰を受ける覚悟はあるんだろうな?迅、シオン」

 

風間の強気な台詞にシオンの体制が崩れる。

 

「それを言うならうちの後輩だって立派なボーダー隊員だよ、あんたらがやろうとしてることもルール違反だろ風間さん」

 

「立派なボーダー隊員だと……!?ふざけるな!近界民を匿ってるだけだろうが!」

 

三輪に反論するためにシオンが口を開いた。

"彼は正真正銘のボーダー隊員だ"と。

 

「いや、シオン。正式入隊日を迎えるまでは本部ではボーダー隊員と認めていない。一月八日まではただの野良近界民だ、仕留めるのになんの問題もないな」

 

太刀川の冷酷な目がシオンを写す。

 

「……なんて慶さんらしくない賢そうな発言…」

「邪魔をするな迅、シオン。お前達と争っても仕方がない。俺たちは任務を続行する」

 

風間がこの件を諦めないのは性格的にも分かっていた。だからこそこちらも諦めない。何としてもお引き取り願う。もしもそれがダメであればーー

 

「ほかの連中相手ならともかく、俺達の部隊を相手にお前達二人で勝てるつもりか?」

鋭い目線が刺さりそうなくらいだが、シオンはそんなの気にもせず呑気に「うん」と答えた。

「だそうで、うちのシオンもいるし、「俺達二人だけじゃない」からね」

 

「……!?」

 

迅の言葉と同時に近くの屋根に到着したのは

 

「嵐山隊現着した。忍田本部長の命により玉狛支部に加勢する!」

 

ボーダーA級五位、嵐山隊だ。

 

「忍田本部長派と手を組んだのか……!」

「遅くなったな迅、シオン」

 

タン、と地上に降り立った嵐山隊の面々は爽やかな顔でこちら側へついた。

 

「珍しいですね、園田先輩が前線に出るなんて」

「木虎久しぶり、何かを守るって時は出るよ、前線くらい。木虎こそ珍しいんじゃない?三雲くんのために来ちゃった感じ?」

「命令だからです!」

 

何はともあれ、心強い味方もいる。

これでこちらは勝ったも同然だ。

 

「嵐山達が居ればはっきり言ってこっちが勝つよ。おれのサイドエフェクトがそう言ってる。俺だって別に本部と喧嘩したいわけじゃない、退いてくれると嬉しいんだけどな、太刀川さん」

 

「なるほど、未来視のサイドエフェクトか……ここまで本気のお前は久々に見るな、面白い」

太刀川は弧月に手をかけ抜刀する。

 

「お前の予知を覆したくなった」

「やれやれ、そういうだろうなと思ったよ」

迅もまた「風刃」に手をかける。

それを筆頭にそれぞれが戦闘態勢に入り、互いが互いを見つめ合った。

 

「……太刀川、迅もいいがシオンにも警戒しろ」

「わーってるよ」

 



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4.冒険心

【ガーベラ】

・・・ガーベラは、キク科ガーベラ属の総称。

花言葉は「冒険心」

______________________

 

 

 

「シオンさんって不思議な方ですよね」

 

外で迅とシオンが戦闘をしている中、玉狛では修行中の三雲修、空閑遊真、小南桐絵、烏丸京介、宇佐美栞の四人が休憩がてらに談笑していた。

 

「不思議っていうか大分変よアイツ」

 

修の問いに答えたのは小南である。小南はシオンよりもずっと前からボーダーに属しており、年下ながらによく世話をしていたらしい。

 

「でもシオン先輩は迅さん同様(ブラック)トリガー持ちだし、ふわふわした雰囲気とは反対に実力の方はかなりの人だぞ」

「じゃあ小南先輩と迅さんとシオンさんだとだれが強いんだ?」

「うーんそうだな……」

 

遊真の質問に悩む烏丸を横目に、代わりに宇佐美が答えた。

 

「一番は迅さんで、その次がシオンくんじゃない?って言ってもシオンくんの場合は黒トリガー使ってる時限定だけどね」

「ほう……?」

「シオンくんの黒トリガーはシオンくんと迅さんにしか適性がなくてね。だから本部もずっとシオンくんに持たせてるんだけど、それがまた相性が良くてさぁ」

 

首を傾げる遊真と修に宇佐美が分かりやすいように説明を始める。シオンの黒トリガーと迅の黒トリガーについてだ。

 

「迅さんの風刃は遠隔斬撃が出来る狐月に似たトリガーなんだけど、シオンくんのは本当に特殊で私も短刀のようなものとしか説明が出来ないんだよね。」

「た、短刀??」

 

ずる、と修のメガネが少しズレた。短刀のようなトリガーなんて存在するのか、実際にみた訳では無いし修には分からないが、実際シオンはそれで戦っているのだという。

 

「シオンくんのサイドエフェクトは知ってる?触れた相手の思考が十分間読めるってやつなんだけど……」

「いえ、今初めて知りました」

「そっか、まぁ今言っちゃったから話し続けるけど!で、その黒トリガーの短刀みたいなもので相手を攻撃するんだけど、どうやらシオンくんのトリガーはテレポートが出来たり足の速さが格段にあがるみたいでね。」

「なるほど」

「シオンくんは元々の足も速いし危機回避能力も高いからSEさえ発動すればそこそこ素手でも戦える強さなんだけど、まぁそれもあって使ってる黒トリガーとはかなり相性いいみたいなんだよね。不意打ちや素早い攻撃は優れてるよ。デメリットは超接近戦じゃないと役に立たないのと、あまり大きい武器じゃないし小さいから攻撃力が高くないことかなぁ。まぁそれでも!玉狛が誇る!先輩なのです!」

 

カチャ、とメガネに手を当てドヤ顔をする宇佐美を見て何故か烏丸が頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『狙撃手が……全滅しました……!』

 

その連絡は敵も味方も関係なく、確実に全員を驚きで震わせた。

嘘だろ、なんて声も出ないほどにそれは一瞬の出来事だった。

 

 

 

戦闘開始からわずか数分。一発の弾丸が彼に撃ち放たれ、それは彼の頬を掠めた。

撃った狙撃手、奈良坂は未来を予知し避けられてしまう迅を狙うよりも先に、戦いが好きではないという彼を狙ったのだ。

 

『よせ奈良坂!!』

 

しかし、それが間違いだった。

 

撃たれた彼はそれが嬉しいかのように笑顔で、そしてまるでこちらが見えているかのように、その笑顔をこちらへ向けた。

 

それからは一瞬だった。

 

気付けば緊急脱出、わけも分からぬまま後から狙撃手が全滅したと報告を受けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あー、良かった上手くいって」

 

 

ーー危なかった

 

 

屋根の上、そよぐ風に髪を揺らしながらシオンはため息をついた。

 

「何一人で突っ立ってんだ?」

「悠一」

 

トン、と隣に降り立った迅が聞いた。

「いい働きだったよ、狙撃手瞬殺と俺のサポート、ナイスというかパーフェクト?期待以上だった」

「そっか、なら良かったよ」

 

目を伏せて夜風を感じた。人の役に立てたのならそれでいい。それだけで満足するべきだ。

 

「にしても、お前のテレポート優秀すぎない?」

「だからこれテレポートじゃないんだって」

 

シオンの黒トリガーに付属されている能力として移動速度の倍増がある。目に見えないほどの速さで移動することが出来、元の機動性から思い切り走ればテレポートしているかのように見えるのだ。迅曰く、まるで忍者のよう。

今日の狙撃手襲撃は全てそういったシオンの活躍により終えた。

 

「でもま、本当相性いいよな、俺達は」

「……だな。お互いに師匠に愛されてるのかもな」

「ーーさ、そろそろ本部に行こう。最後の仕上げだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

会議室に入室すると見慣れた上層部の面々が揃っていた。

先程まで戦闘していたとは思えないほどのおちゃらけた態度で入室する迅と、数分で隊員数名を緊急脱出に追い込んだとは思えないほどの静けさを持ったシオン。

正反対の二人が揃って会議室に顔を出した。

 

やってきた理由は一つ、「風刃」を手放す代わりに空閑遊真の入隊を認めること。

 

 

「そんな事せずとも私は太刀川たちとの規定外戦闘を理由におまえからトリガーを取り上げることも出来るぞ?」

 

城戸の目は鋭く迅だけを見ている。

 

「その場合は当然太刀川さんたちのトリガーも没収なんだよね?それはそれで好都合。平和に正式入隊日を迎えられるならどっちでもいい」

「没収するのはおまえのトリガーだけだと言ったら?」

「試してみなよ、そんな話が通るかどうか」

 

まさに一触即発とはこの事である。

火花が散りそうなほど見つめ合う二人になにか言及出来る人間はここに一人しかいない。

 

「もし玉狛に遊真、黒トリガーが入隊すれば確実にうちは強くなる。けれどそれじゃ分が悪いから何としてでも阻止したい。そう思って今回の襲撃を仕掛けてきたのなら風刃を差し出す代わりに遊真の入隊を認めるっていうのはいい条件だと思います、むしろ良すぎる。迅の風刃だけでトップチームを蹴散らしたんですよ、風刃のその力も考慮した上で考えてください」

 

シオンの発言に城戸は迅に向けていた目線をシオンにずらす。

 

 

「さぁどうする?城戸さん」

 

 

 

 

 

 

その後、色々な話をした上で取引が成立した。

これで遊真は正式入隊日を迎えることが出来る。

 

玉狛に帰宅した迅とシオンは、屋上に二人並んでぼんち揚げを齧る。

 

「何とか上手くいったな」

「なぁ良かったのか」

「何が」

「最上さん」

 

 

ぼんち揚げの袋に入れた手がぎこちない。明らかに動揺しているのが分かる。珍しい。

 

「仕方ないさ、こうするしかなかったんだ」

 

何事もないようにぼんち揚げをまたひとつ頬張った。

 

「僕は寂しいと思ったよ。そんな簡単に手放しちゃうんだって」

「分かってるだろ、未来のためだって」

「そりゃ、分かってるよ。けど、悠一があんなに」

「もういいんだよ。俺達は未来を、前を見なくちゃいけない。いつまでも過去に縋ってたら始まらないんだよシオン」

 

ーーそれは僕に言ってるのか?

 

「…うん」

 

今日のぼんち揚げがやけにしょっぱく感じた。

 

 

 



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5.おおらかな愛情

【ストック】

・・・ストックはアブラナ科のアラセイトウ属。

和名はアラセイトウ。

紫のストックの花言葉は「おおらかな愛情」

________________________

 

 

ーーそれは今から六年前の事。

 

的場(まとば)シオン十三歳、悠花二十四歳の頃である。

 

生まれてすぐ親に捨てられたシオンは孤児院で育った。しかし施設では大人の手が足りずシオンはほぼ放置状態。五歳になる頃にはSEも発現し、触れた相手の心が聞こえるようになっていた。

 

当然周りからは気味悪がられ、話しかけたり触れる人などもいない。完全に孤独であった。

 

そんなシオンが十三歳になった頃、シオンは一つの決断をする。

ーー施設を抜け出そう

行く場所はない。しかし帰る場所もない。ただひたすら遠い場所へ走って一人になりたい。

 

そして逃げ出したシオンはその後様々なアクシデントの後、機密組織ボーダーに加入することとなった。

 

 

 

 

「触れた相手の思考を読めるサイドエフェクトか……」

 

ボーダーに加入して少し経った頃、普段なら悠花と稽古をするはずの日に、シオンは何故かとある部屋に連れていかれた。

師匠として正式にシオンの相手をしていた悠花は、「君のことをきちんと調べておきたい」とシオンの能力を解析し始めたのだ。

 

そして、検査を終えた悠花がパソコンを前に呟いた。

 

「……」

「所謂テレパシーってやつね!今のところ触れてから三秒間しか聞こえないみたいだけど、SEもトリオン器官も成長するものだからこの先どうなるかは分からないなー。もしかしたら一ミリでも触れたら聞こえてしまったり、触れなくても近くにいるだけで声が聞こえるかもしれない。」

「やっぱり僕は化け物なんだ」

「違う違う!凄い才能だねってこと!」

「才能……」

 

 

シオンは自分の力が嫌いだった。人の心が聞こえてしまうことは決して気持ちのいいことではないからだ。故に、今までその力を才能などと言われたことは無かったし、言われることはないと思っていた。

 

ーー悠花は初めて自分を肯定してくれたのだ。

 

「シオン、自分に自信が無いのは悪いことじゃない。でもこれだけは知っておいて。少なくともボーダーにいる私達は貴方を見放したりバカにすることは決してない。だから安心してここを貴方の帰る場所にして欲しい」

 

向き合った瞬間、瞳がぶつかり合う。

帰る場所にして欲しい。ーーそれは綺麗事にはあまりにも真っ直ぐすぎる、シオンにはもったいない言葉だった。

 

 

「悠花さんは変な人すぎる。」

「あはは!なにそれ!悪口?」

「ううん、凄く変だけどそこに救われた」

 

この人について行きたいと素直に思った。それは6年経った未来でも変わらない。

弟子としてだけではなく、的場シオンという人間として心から思っている。

 

「ねぇシオン」

 

悠花は優しい声で名前を呼ぶ。シオンは不思議そうに返事をする。

 

「あのね、この前最上さんや城戸さん達と少し話したんだけど……」

 

悠花は息を吸って、

 

「ーー私の苗字を貰う気はない?」

「……は」

 

吐くと同時に衝撃の言葉が耳に入り、シオンはぽかんと口を開けた。

 

「的場って苗字、あまり好きじゃないんでしょ?」

「……そう、だけどでも」

「私は師匠として、家族としてシオンを受け入れる覚悟は出来てるよ。貴方が良ければだけどね!」

「いいの?」

 

うん。コクリと頷く悠花が、小さく微笑む。

 

「やだ、何、泣いてる!?」

「ないてない!」

 

純粋に嬉しかったのだ。生まれた時から家族と呼べるものもいなかったシオンにとって、これ程の幸せはない。

 

「もー!悠一が見たらぜっったいまた私が泣かせた!って言うやつなんだからね!よし、落ち着いたら訓練行くよ。''園田シオン''!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

十二月も後半に差し掛かり、玉狛の新入り達の訓練もラストスパートに入っていった。

 

グツグツと煮える鍋を前に全員でテーブルを囲む。

冬には鍋だよね!とシオンが言ったことから今日の晩御飯は鍋になった。

 

 

「訓練お疲れ様、最近中々顔見せられなくてごめんね、どう?調子は」

 

煮えた鍋をよそいながら新入り達に聞いてみる。師匠組からある程度報告は聞いていたので順調なのは分かっているが、やはり本人からどんな調子かは聞いておきたいところだ。

 

「はい、おかげさまで」

 

三雲がははと苦笑しながらお茶を飲んだ。

 

「遊真は小南に勝てそう?」

「後少しってやつだ」

「ちょっと!後少しも何もぜんっぜんなんだからね!!!!」

 

むふふ、と余裕な笑みを浮かべる遊真と、それにすかさず否定を入れる小南。

随分と玉狛も賑やかになったものだと苦笑する。

 

まだ宇佐美も烏丸も来る前の事を思い出して、隣に座っている迅を一瞥した。

 

「何?」

「いや、賑やかなだなって思っただけ」

「あー、そうだな」

 

(師匠がいればもっと騒がしかっただろうにな)

 

迅は目を逸らし、シオンも気まずそうに鍋を見つめた。

 

 

「そういえば、宇佐美先輩から聞いたんですけどシオンさんの師匠ってどんな人なんですか?」

 

グツグツと煮える鍋の向こうで、少し曇ったメガネがこちらを見て尋ねた。玉狛の新人、三雲修。彼は迅の師匠である最上の事は話として知っているが、シオンの師匠は知らないので知りたい、と言う。

 

以前黒トリガーを見せてこれが師匠だとは言ったが、それ以外特に変わったことを言っていないからだろうか

 

「あはは、そうだなぁ。まぁすっごく騒がしい人だったよ」

「騒がしい人、ですか」

「うん。凄く騒がしくて明るい、そんでお節介な破天荒すぎるお姉さんだった」

 

ーーもしここにいたら、きっとびっくりするよ

 

シオンはポケットに入ったトリガーに触れて懐かしい師匠の顔を思い出す。彼女の話をしていると、何となく隣にいるような気がした。

 

 

 

 

 



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