少女のつくり方 〜艦隊これくしょん〜 (山田太郎)
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前章
チョコ、焼けた。


最初の数話の注意事項

まったくお話がぶっ飛ぶ内容なので、そのようなものだと開き直って先にお進みくださいm(_ _)m


──大丈夫よ、貴方は死なないわ

 

 

体が燃えるように熱かったのを覚えている。

燃えていたのは世界だった。

 

なにも聞こえないほど、うるさかったことを覚えている。

耳にこびりついているのは世界の悲鳴だ。

 

 

──大丈夫よ、私が側にいます

 

 

そこは地獄だった。

空が落ちてきたように、簡単に街を壊した。

瞬く間に火の手が上がり黒煙が空を染めていく。

 

繋いでいたはずの手はいつの間にか離されていて、立ち尽くすことしかできなかった。

逃げることも、助けを呼ぶことも、なにも。

幼かった自分にはなにもできなくて。

ここで死んでいくのだと、なにもわからないなりに理解した。

 

悲しかった。寂しかった。そして、怖かった。

自分の世界が壊れていく。それがなによりも、恐ろしかった。

 

 

「私が護ります」

 

その時の最後の記憶。

耳に残るその声と、掴まれた腕の痛みだけが、自分はまだ生きているのだと、生きていても良いのだと実感させた。

 

 

その人に振り払われないように。キツくしがみ付き、目と耳を強く塞いでいた。

ただ、塞いでいた。

 

 

 

 

 

ああ、これは夢だ。

また、あの時の空に囚われている。

まだ、あの日の炎に囚えられている。

 

 

一時期より視ることが少なくなっていたが、佐世保で実際の戦争を目の当たりにしてからまた視るようになってしまった。

あの日に焼けた空が思い出されたのだろう。

 

この夢を視ると決まってうなされる。

汗をびっしょりとかいて何度も飛び起きた。

幼いころはいつも姉が隣にいてくれた。

少し体温の高い姉に抱かれて眠ると、どんな悪夢のあとでも良い夢を視ることができたものだ。

そうして、徐々にこの夢を視ることもなくなっていたのに。

 

自分の弱さに辟易する。

 

ここに姉はいないし、いつまでも姉に抱かれて眠る幼子ではいられない。

 

 

 

息をすると空気が熱い、肺が焼かれているようだ。心臓の鼓動が速くなっていく。

この炎に焼かれた町で、俺も焼かれていくのだろう。

あの日と同じで体が動かない。迫りくる赤は死そのものだ。

体を端から舐め尽くし、人も建物も一緒くたに黒く変えてしまう。

 

 

そんなときだ、熱さではない温もりが右手に触れた。

誰かが優しく握ってくれているのだ。

 

大丈夫だよと、声が聞こえる。

安心できるように、何度も繰り返されるその声。

 

大丈夫だよ。

大丈夫だよ。

 

 

呼吸が落ち着きを取り戻し、静謐な空気で肺が満たされていく。

高鳴っていた鼓動は静かに、また命を刻みだす。

 

誰かが優しく抱いてくれている。

 

 

 

「僕が、君を護るから……」

 

 

 

 

 

 

※※



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邂逅の夜

最初の逸話である「邂逅の夜」続きはずーーっと下のほうにある……。
楽しみにしつつ、切り替えて次へ!



── これで、俺と君とは共犯者だ

 

 

── そうだね。じゃあこれから僕は、君を見張っていなくちゃいけないね

 

 

 

 

珍しくもない光景 ──。

そう言えるだろう。空気をこそぎ剥いでいくような低い轟音と赤く染まった空。じっとりと体にまとわりつく熱を帯びた風。

癇癪を起こした大勢の子供が、思いおもいのオペラを狂演でもすれば、これほど雑多な不協和音を鳴らすのかもしれない。

 

──まるで地獄だ。

 

耳に届く不協和音の正体は、もはや聞き取ることもできない悲鳴と怨嗟の声だ。それに砲撃音がかぶさり、少し遅れて破砕音や轟々と燃え盛る炎の音が主旋律を追いかける。

そう、これは珍しくもない、ただの地獄の一コマだ。

どこか現実感のない情景を横目に、港湾部の海沿いを戦火が激しい基地の方へと歩いていく。

 

「時間の問題だな」

目的があって歩いているわけではない。ただ、最期を迎えるのであれば基地で迎えたい。そう思っただけのことだ。

 

 

海上で燃え盛る艦娘だったモノと止むことのない砲撃に照らされるだけの世界を、まるで変わらぬ日常のように歩く男の姿は、非日常である現実とのギャップでタチの悪い冗談に見えた。

 

右側のポケットを優しく撫で、改めて基地の方を見る。

夜よりも黒い煙が空高く舞い上がり、緞帳の降りた舞台のように鎮守府の終焉を告げていた。

それはどこか遠い世界の出来事のようで、酷く現実感がない。

 

 

そうやって歩を進める男の姿も奇妙なものだったが、同じように、港の縁でまるでスクリーンに映った戦場を見るかのように腰掛ける少女もまた、現実感を失わせるものだった。

彼女もまた、男と同じ演目を観ているのかもしれない。

 

運命があるのだとしたら、それはここから動き出したのだと思う。

男はここで、自らの半身を手に入れたのだ。

 

 

3mほどの距離を残して足を止めた。

少女は変わらず海を眺めている。

その間も、こちらを狙ったものなのか、それともただの流れ弾なのか、砲撃の破片や火の粉が降ってくる。

 

先ほどまでの喧騒が鳴りを潜め、静寂が2人の間に横たわっているかのようだ。

 

ただ、キレイだと思った。

こんなときだから、そう思っただけなのかもしれない。彼女の横顔に引き寄せられたかのように目が離せなかった。

ふと我に返ったのは、絵画のモデルのように静止した彼女から唐突に声をかけられたからだ。

 

「君は逃げないのかい?」

 

変わらず海上に視点を定めたままだったが、不思議と良く通る声だった。

たっぷりと沈黙をおいてから男が答える。

「生憎と逃げたい場所も思いつかなくてね。基地にでも向かおうかと考えていた」

 

遠く、海上からはリ級の咆哮が聞こえる。

自分と少女の周囲だけが世界から切り取られ、時を止めてしまったかのようだ。

相変わらず彼女は海上の火を眺めたままだったが、それが彼女の目に映っているかも怪しかった。

 

「君は?」

沈黙に耐え兼ね、男が絵画の少女に尋ねる。

黒髪の三つ編みを垂らした少女がようやくこちらに目線を合わせた。

推し量るような澄んだ青色の瞳と真っ直ぐに視線が交差する。その瞳の色で、この子が艦娘であることの確証を得た。

 



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邂逅の夜2

「……僕は白露型駆逐艦2番艦時雨」

 

そう名乗った途端、人形のようだった雰囲気を綻ばせ、親しみやすい口調ではあったが状況に応じた物騒なセリフを口にする。

 

「少し驚いたよ。瞬きをした次の瞬間には死んでいるかもしれないのに、何事もないように歩いているんだから」

微笑ましい出会いをしている状況ではないはずだが、彼女は「僕も、同じようなものかな」と言っておどけてみせた。

 

 

なんとなく、この場から離れるのを足が拒んでいるように、次なる彼女の声を待つ。

「また、僕には守ることができなかったんだ。このまま、ここで沈むのも悪くないかなって思うよ」

彼女はすでに死に場所を選んだようだ。

「ご一緒しても構わないかな?」

「基地に行くつもりだったんじゃないのかい?」

 

「ああ、そうだった。性分なのかな、分かる範囲で現状の把握だけはしておこうかと」

「死ぬのを受け入れているのに?」

「どうして死ぬことになったのか、そのくらいは知っておきたいじゃないか」

「じゃあ行かなくちゃ」

おかしそうに微笑み、この場を立ち去るように促す。

しかし、足は止まったままだ。

 

「行かないのかい?」

「なんだろうな、君から離れるのが惜しい気がして。どうせ死ぬなら、君みたいな美しい娘と共に死にたい。そう思ってしまったのかもしれない」

 

自分でも不思議な感覚だった。

なぜだろう、彼女のことなど何一つとして知らないのに、とても近しい存在のような、懐かしいような。そんな不思議な感覚で足が止まる。

 

そのセリフに一瞬の逡巡を見せた彼女だったが、すぐに表情を変える。それは少しの驚愕と、それから困った顔。

 

そんな優しい表情の移り変わりを眺めていると、急に彼女が顔を曇らせた。

どうやら彼女の視線は男の腰あたりに固定されているようだ。

「ああ、こいつか。友達なんだよ」

男はそういってポケットを叩く。そこには、小さな人形のような、愛らしい姿をした不可思議な存在。妖精さんと呼ばれるものがいた。

 

「なぜ泣いているんだい?」

彼女が指摘するように、ポケットの中の妖精さんは涙を流し、しきりに男の服を引っ張っていた。自分を見ている時雨の視線に気がつくと勢いよくポケットから飛び出し、今度は時雨のスカートの裾を引っ張り始める。

 

「声が……聞こえない」

「目が覚めたときからそうなんだよ、急にこの子の声が聞こえなくなってた」

 

「目が覚めたら?」

「最初の砲撃で崩れた資材置き場に居たんだ。どうも気を失っていたらしくてね、気づけば彼女が私の頬を叩いてくれていたんだが、そのときにはもう声が聞こえなくなってた」

妖精さんは、しきりにスカートを引っ張り、そして片手で男を指差している。

「生きて、ほしいと言ってるのかな」

涙をいっぱいに貯めた妖精さんを見ていると、胸の奥で何かが痛んだ気がした。

 

彼女は妖精さんを見て困ったように首を傾げるが、それでも唇だけが少し微笑み、「わかった、僕も付き合うから」。

そう言って絵画の少女は、妖精さんを手のひらに抱きながら腰を上げた。

 

 

炎で照らされる港を並んで歩き出す。なんでもいいから話したくて、そう思えて。

彼女に声をかける。

「君も佐世保の所属かな?」

「うん。ここの第二七駆逐隊だよ。君もってことは?」

「ああ、私もそうだ。と言っても士官になりたての新兵だけどな」

時雨の手の上では、妖精さんが手を挙げ自己主張をしている。

「彼女は私の友達の妖精さん。子供の頃から一緒に居るんだけど、佐世保に赴任したときについてきてくれたんだ」

そう言って妖精さんを撫でると、妖精さんは目を細めて嬉しそうな顔をした。

 

妖精さんが人間に懐くのは珍しくない。しかし、子供の時分から一緒に居るとはどういうことなのだろう。

妖精さんは、基本的に基地や艤装、艦娘の側にしか姿を見せないのだ。彼は艦娘には見えないし、艦息……なんてこともないはずだ。

そんなことを考えていると、男からまた声をかけられた。

 

「一人なのか? 僚艦はどうした?」

「姉がいるけど、今日は呉までお使いに出ていてね、ここには3隻しかいなかったんだ。二人は最初の反抗戦で、多分沈んだよ」

「そうか、辛い思いをしたな」

 

基地だった物は酷い有様だった。

外壁は吹き飛び、そこいらから火の手が上がっている。散乱した瓦礫と、何かだった物。それから物言わぬ住人たちの肉片らしき物。視界の中で動くものは炎以外には見当たらない。

これでは状況の把握など期待できないだろう。

 

「君はどうしたい?」

「特に希望はないかな。君と運命を共にするよって言ったら、少し重いかな?」

「まさか、最初にそれを願ったのは俺のほうだ」

 

思いがけない彼女の返答につい一人称が素に戻ってしまう。

そして、男は少し考えるように目をつむり。

「だけど……」

 

口から漏れた言葉は自分でも意外なものだった。しかし、本当に自身の終わりを実感できたときに取る行動なんて、案外とそんな程度のものなのかもしれない。そう思い、今の本心を素直に言葉にした。

 

 

「今更ながら、生きたいと思う。少しでも君と一緒に居たいと欲が出た。なんて言ったら少し重いかな?」

寂しげな、だけど優しい顔をした少女は目を閉じ、決められていたかのような答えを返した。

「まさか、君と運命を共にすると言ったのは僕じゃないか」

 

 

さぁ、生き残るための悪あがきを始めよう。

 



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佐世保は壊滅しました。

え? 飛んでるって?
飛んでます。仕様です。

ところで、仕事の関係で陸将補の方とお会いしたことがあります。
冗談はともかく、目の前で不敬な妄想を繰り広げたりは不可能だと思った。
厨二病的なことを言うと、きっと魂強度からして違う。


彼は妄想の中で海に蹴落としてましたが、それだけでも凄いことだと思います(小並感)。


みなさま、お久しぶりです。

士官学校を卒業し、晴れて内地の鎮守府へと配属を決めたそれなりに優秀な士官候補である私です。

 

配属されていた佐世保鎮守府では、理想を打ち砕かれたり希望を破り捨てられたりと楽しい毎日でしたが、場所を変えてもまだしばらくその生活が続くようです。

 

 

「君の査問会が開かれる。そうだろう、なにせ佐世保鎮守府をみすみす壊滅させたのだから、その責任は君に取ってもらわねば」

 

 

愉快なことをおっしゃるのは呉鎮守府にいらっしゃる威圧感のある男。

わぁ、肩章すごいっすね。なんでこんなに上の人から直接詰問されてるんだろ。引きちぎってやりたい。

這々の体で佐世保を生き延び、ちょっとかっこ悪い方法でたどり着いた先の呉鎮守府でいきなりこの仕打ちとかどうよ? と思わなくもないが、鎮守府が一つなくなっちゃったことを思えばイライラもするわな。わかる。

 

しかし俺にはまったく関係がないことなので、ここが航海演習中の艦上なら海に蹴落としてやったところだ。海の中で後悔すればいい。なんて、室内なので無益なことを一人考えるだけに留めておこう。

 

「あのねぇ! こいつは下っ端もいいところよ! たまたまあの場で生き残っていたから指揮を執った。そして作戦は成功でしょ? 裁かれるべきは逃げ出した基地司令と佐世保の上層部でしょうに!」

「口を慎みたまえ!」

 

おっと、妄想の世界で4度ほど男を蹴り落としていた俺の代わりに霞が代弁してくれている。

俺のことはいいから、言いたい奴には言わせておこうぜ。ちょっと今後の出世は厳しいかもしれないが、まぁ最悪退役すれば生活する程度の金は稼げるだろう。お前も着いてきてくれるなら頑張って養っちゃうぞ。

生きてるだけで丸儲けとは、どこかのお笑い芸人のセリフだったかな。良い言葉だ。

 

「鎮守府を預かる軍人が敵前で逃亡などあるはずがない。彼らは戦死したのだよ」

「あんた……」

「何度も言わせるなよ駆逐艦! 誰が貴様に口を開いてもいいと許可をした」

 

よし、殴ろう。

 

そんな物騒な心の声が聞こえた気がする。待て待て、事実聞こえていたのだとしたら全力で止めなくてはならない。

誰がそう思ったかって? 決まっている。隣の霞だ。

 

「霞」

小さく、しかし鋭い声で、もし視線で人が殺せるのであれば今しがた三度ほど殺し終わった後であろう霞に制止の声をかける。

殺害ペースが早いね、抜かされそうだよ。

 

「なんだ、まるで司令官のように命令するんだな。いい気になるなよ若造」

目を塞ぎノイズはシャットアウトだ。お前の生死は俺の手のひらに……などと現実逃避を試みて時が過ぎるのを待つとしよう。

いつか艦娘さん相手に、俺のセイシはお前の手のひらに……とか言ってみたいね。

おお、怖え。妙に静かな時雨さんの目から光が消えている気もするが、俺の心を読んだわけじゃないよな。多分そっちではないはずなので、気付かなかったことにしよう。

目の前の男が不審な死を遂げないことを祈るばかりだ。

 

「いつまで虚勢を張っていられるかな。伊勢、君はもういい。退出したまえ」

「なぜ? 私もあの場で彼に手を貸したわ」

「君は戦艦だろう。自分の立場を少しは理解することだ。行きたまえ」

悔しそうに唇を噛むが、ここでできることはなにもない。

「私がどうにかするから。なんとか耐えて」

通り過ぎ際に伊勢が耳元で囁いた。

 

 

「さて、少尉。君の今後だが……」

「中将! よろしいですか中将!」

伊勢と入れ替わりに入室してきた男が焦った顔で割り込んできた。

「何事だ! 今は取り込んでいる」

「すみません、しかし横須賀から」

 

 

横須賀からだと言う書類を受け取り、読んでいた男の顔が苦虫を噛み潰した表情に変わる。

 

「ちっ、横からしゃしゃり出てきて何様のつもりだ、クソっ」

 

佐世保鎮守府壊滅については呉がその対応を行うと通達していた。

しかし、送られてきたその書類には横須賀が調査を行うとの決定事項が記されている。

挙句、生存者であるこの男と、その秘書艦を名乗る駆逐艦の身柄を早急に横須賀へ移送しろなどと。

 

「中将?」

「……部屋を用意してやれ。逃げないよう監視付きでな」

 

 

 

 

 

 

「提督……」

「伊勢か? 大丈夫なのか、こんなところまで」

一応解放されたはずなのだが、実際のところは軟禁状態。大丈夫か、法治国家日本。

自由に出歩けないまま部屋に押し込められて、オマケに扉の前には監視の方が物騒な物をぶら下げている。お勤め、ご苦労さんです。

そんなところに訪ねてきてくれた伊勢が心配だが、本人は気にせず部屋に入ってきて力強く言う。

「なんとでもするわよ」

 

男前だ。これが戦艦ってやつなんだな。

本人は至ってかわいい女性なので、口にするのはやめておくけど。

 

 

「今のあなたに聞かせるのは酷かとも思ったんだけど」

肘を抱いた伊勢が言い淀むが、わざわざこんなところまで来てくれたのだから、聞いておかねばならないことなんだろう。

 

「話してくれ」

「壊滅当日に遠方に出ていて難を逃れた艦娘が全員捕まったわ。深海棲艦を引き入れた間諜行為の容疑がかかってる」

間諜ときたか、深海棲艦と意思の疎通ができたなんて話は聞いたことがないが、なり振り構わずだな。

 

「時雨の姉も出ているって言ってたな」

「白露ね、彼女はここで取り調べを受けているわ。当然証拠は出てないけど、どこに着地させるつもりなのか皆目見当もつかないわ」

俺にもさっぱりだ。佐世保の件を呉はいったいどうしたいんだ?

 

 

「それから、朝潮と皐月の異動が決まったけど、一言で言えば左遷でしょうね」

「二人だけか?」

「私と霞はもともと呉鎮守府籍だから」

遠征帰りに寄った、伊勢と霞がそう言っていたことを思い出す。

「そうだったな」

「それも、いつまでそうなのかはわからないけど」

 

「二人の異動先は?」

「まだわからない。辺境の地に送られるのならまだいいわ。でも……」

伊勢が口ごもる。その理由は自分にもわかっていた。

「やっかいな事件の生き残り、処分を兼ねてるのだとしたら」

激戦地に送られ使い潰される。過去そういった話も何度か耳に入ってきていた。

「もしそうなっても、私がなんとかしてみせるから、あなたは心配しないで」

 

 

「そんなことより1番心配なのはあなたと時雨よ、横須賀でどんな処分が下るかわからない。私も横須賀まで届く手は持っていないのよ」

 

横須賀がどんな思惑で俺を呼びつけているのかはわからないが、真っ当に見てくれたなら、俺は巻き込まれながらも艦娘を生還させただけの一軍人なので、そう酷いことにはならないだろう。そう信じたい。

これっぽっちも鎮守府を守る気がなかったことについては、俺と伊勢たちしか知らないことだし、バレたところであの状況では仕方のないことだったと思う。

 

 

「呉鎮守府としては、なんとか時雨に罪状をつけて横須賀行きを阻みたいと考えているようだけど」

「大丈夫そうか?」

 

時雨自身が秘書艦だと言い張ったところで、司令でも司令官でもなんでもない俺は時雨に関する権限を何一つ持っていないのだ。

こんなところで足止めを喰らっては、と心配になった。

 

「呼び出しはかかっているけど、生憎と時雨は体調を崩していてね、横須賀出発の日まで起き上がることもできなさそうよ。呉鎮の名物秘書艦が診断書も提出してるし、私たち戦艦寮でゆっくり療養してもらってるから大丈夫よ」

そう言って伊勢は、安心させるように力強く微笑んでくれた。本当にありがたい。

ちょっと前まで艦娘なんて、と思っていた自分に謝らせに行かせたいところだ。

……機会があったらその秘書とやらに感謝を伝えに行こう。

 

 

 

「時雨のことはできる限りなんとかやってみる。お前はあいつらのことを頼むよ」

頼めた義理はないし、頼みを聞く義務もない。彼女らは偶然あの場に居合わせただけの間柄だ。伊勢にしたって、他人の心配をしていられる場合ではないのもわかっている。

それでも、伊勢はやってくれるだろう。

 

 

「時雨だけじゃなくあなた自身のことも、できる限りやってみせて。あなたは知らないけど、あのとき、あなたを置いてきてしまったと知った時雨は怖かったわよ。あなたが死ぬなら自分もここで沈むと言ったわ」

 

それから伊勢は、ちょっとした懺悔だと言って続けた。

「ホント言うとね、私はあなた一人の犠牲ですむのならと、少し考えたわ」

申し訳なさそうにそう言うが、置いて行けと言ったのは俺自身だ。気にする必要はまったくない。

 

 

「でも、時雨の覚悟を聞いて助けようと決めたの。今は、あのとき戻って良かったと思ってる。諦めないで」

本当に律儀な艦娘だ。この艦娘に、伊勢に助けられたのだ。ならば、助けるだけの価値はあったのだと証明して見せなければ男が廃るだろう。

伊勢の手を握り、力強く宣言する。

「約束する」

 

 

しばらく硬い握手を交わしていた。

そしてゆっくりと互いの手が離れ、伊勢が扉に向かう。

伊勢に恥じない自分であろうと心に誓っていると、退室際に伊勢が言った。

「最後に一つ。霞があの夜言ってたけど、私もね、あなたに『お前』って呼ばれるの好きみたいよ。その呼び名はあなただけの特別にしておくわ」

 

 

 




本編で「やっかいな事件の生き残り……」とありますが、史実では戦艦武蔵が有名。

レイテ沖で利根と大暴れしたあと、撃沈された武蔵の生存者はその多くが陸戦隊にまわされることになる。
秘匿されていた日本の切り札である不沈艦が沈んだ、なんて話が海軍内に広がるのを防ぐために口を塞ぎたかった……なんて言われてたりもする。


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時雨、横須賀に帰る。

旧海軍の駆逐隊はその番号で所属がわかります。
あれあれなことになった末期除く。

1〜10は横須賀籍
11〜20は呉
21〜30は佐世保
31〜40は舞鶴


時雨は元々第9駆逐隊でしたが、佐世保に転籍した際にみんなの知ってる27駆になりました。


身柄が横須賀に移される日。久方ぶりに見た時雨は大きな旅行鞄を手に待っていた。

「顔色は良さそうだな、大変だったみたいだが」

「うん。出発に間に合ってよかったよ」

元気そうでなによりだ。笑ってそう声をかけると、時雨も笑顔で答えてくれた。

 

「大きいな」

両手で抱えている荷物を見て素直な感想が漏れる。

「なにが要るのかわからなかったけど、必要そうな物を詰め込んだらこうなったんだよ」

「女性は荷物が多い」

 

「なにを言っているんだい、ほとんど提督の荷物だよ」

用立てしてくれたのは伊勢たちらしい。

彼女には、本当になにからなにまで世話になった。

 

 

「少尉、横須賀までの警護をさせていただきます。山崎といいます」

若い男ではあるが、軍歴だけなら自分の先輩にあたるのだろう。

それぞれに挨拶を交わしたところで行程について質問をする。

 

「横須賀へはどうやって?」

「広島までは私が運転する車で行きます。そこからは電車ですね」

いくら国土の狭い日本だとはいえ、広島-横須賀間は飛行機の距離だろ。と言いたいところだが、そう指示されたのならば仕方がない。73式の荷台に詰め込まれて列島横断ではないだけ良かったとしよう。

 

「しかし解せません。警護と言うのなら、なぜ私一人なのでしょう」

「内地の陸路だからな、差し当たっての敵なんていないだろ」

 

「ではなぜ私が?」

「お目付け役だな。私たちが逃げないための」

その任も果たせなさそうだが、と少し思った。

「それでは、車をまわしてきますね」

 

「夕餉の時間までに間に合うかな?」

「うん? 昼過ぎには着くだろ」

「え、鉄道で向かうんだよね?」

これもジェネレーションギャップというやつなのかな? 電車で行くと聞いた時雨の考える到着予想時刻が現代人のそれではない。

 

「時雨は陸の移動は経験ないか?」

「うん、国内の移動はほとんどないし、あっても自力航行だよ」

「そうか、新幹線は初めてか」

 

時雨が艦だった頃には新幹線なんてものはなかった。艦娘になってからも陸路の経験がないのなら、彼女は自分が護っている国が、いったいどういった姿をしているのか見たことがないということだ。

いや、時雨だけじゃない。多分、ほとんどの艦娘が同じ状況なのだろう。誰を護っているのか、なにを護っているのか。そういったものを知ることなく、海で、彼女たちはただ戦っているのだ。

 

 

音もなく白色の車が目の前に停まったかと思うと、山崎がトランクルームを開けて運転席から降りてくる。時雨の手から荷物を受け取り、ドアも開けてくれた。至れり尽くせりの対応だな。

「これ、靴は脱いだほうがいいのかな」

「脱がなくていい」

トンチンカンなことを言う時雨を車に押し込み、自分も後に続く。

「それじゃあ出発します、駅まで40分はかからないと思います」

動いているのかどうかわからない静かな駆動音で車が動き出す。

 

「いい車使いやがって」

「自分はハイブリッドってあんまり好きじゃないんですがね、やっぱりロータリーが至高です」

「滅んだエンジンなんてどうでもいいが、エンジン音がないのは風情がないな」

「ヒドイですよー」

狭い車内で息が詰まる思いをするのは勘弁してもらいたいと考えていたが、車が好きなのか、空気を読めるのか、少し砕けた会話を楽しむことができた。

 

シーレーンが壊滅的な状況にある我が国としてはなかなかに頑張っていると思うが、ガソリンがジュースよりも安かった時代はとうの昔に終わりを迎え、ガソリンオンリーな車を所有できるのは富裕層だけとなってしまった。

それでも野菜◯活よりもまだ安い金額を維持できているのだから、先進国日本の面目躍如と言ったところだろう。

もっとも、ロータリーが滅んだのはそれより以前のことなので今戦争とはまったく関係のない話なのだが。

 

 

そんなどうでもいい会話を交わしていたのだが、隣の席で微動だにしないまま固まっている時雨に気付き何事かと声をかける。

「どうした?」

「これ、自動車? こんな凄い乗り物に乗るのは初めてだから、緊張しちゃって、汚さないようにしないと」

 

運転席でつい吹き出した山崎が声をかけた。

「時雨さんって一見取っつきにくいかと思ったんですが、実はめちゃくちゃかわいいんですね」

「確かに時雨はかわいいが、ウチの時雨に変なことを言うのは控えてもらおうか山崎くん」

あと全然取っつきにくくないぞ。

 

「安心しろ、これが今の日本の普通車だ。特別なもんじゃない」

「そうですよ時雨さん。なんなら記念に運転席のシートに靴跡べったり付けていってもらっても構いませんから」

「し、しないよ? そんなこと」

 

 

 

 

しばらく乗っていると、この音のしない乗り物にも慣れた様子で、車内では時雨が窓の外を眺めて景色を楽しんでいる。その時雨が放心したかのように声を上げた。

「て、提督」

「そうだ。これが中国地方最大の都市、広島だ」

広島市が近づくにつれ、街は都会の様相を見せていく。

「凄い、あの戦争でなにも残らなかったと聞いていたのに」

 

「なんにもなかったんですよー、なんにもないとこから、ここまで復興したんです」

夏が近づくと、その季節だけ都市名をカタカナにされてしまう。そう沈んだ声で言っていたのは誰だったかな。いつまでも責めるように、そう言ってやることもないんじゃないかと個人的には思う。

 

「君は地元なのか?」

「いえ、東海の出です」

なんかもうガッカリだよ。

 

もっともこいつが広島出身だったとしても、生まれたときにはすでにこの状態だったのだから復興もなにも感慨深いものはないのだが。

 

 

 

「これが、日本……」

「その一部だな。日本は世界有数の経済大国ではあったが、なにも日本の顔は大きな街だけじゃない。しっかり見ていけよ、これが、時雨が護っているものの姿だ」

 

駅に着いてからは、構内で立ち尽くす時雨を引きずるようにしてホームに出た。

「凄い人だね、こんなにたくさんの人が居るのは初めて見るよ」

ざっと周りを見渡してみたが、ホームはどちらかと言うと空いているように思う。

「楽しい旅行とはいかないかもしれませんが、時雨さんにとっては初めての電車旅。とりあえず、駅弁買ってきますね!」

 

同じ思考に思い至った、とはいかないだろうが、山崎は返事を聞く間もなく警護対象の二人を残して飛び出して行った。

「ったく、俺たちが逃げたらどうするんだ、アイツは」

慌ただしい山崎の背を見送って、苦笑いで言う。

「楽しい人だね」

「悪いやつではないようだな」

頭は悪いかもしれないが、少なくとも彼となら退屈な道中を過ごさなくてもよいようだ。

 

 

新幹線がホームに入ってくるときにも時雨がパニックを起こす一幕があったが、その話は文字数の都合上残念ながら割愛する。

 

靴を脱ごうか迷っていた時雨の背を押して車両に入り、チケットを確認すると指定された席は後ろから2列目だった。

「どうせなら1番後ろが良かったな」

「いや、それだと自分が後ろを向いて警護することになるので」

勘弁してくださいと言い山崎が最後列に座る。2席側のシートだったので、そこは感謝だ。

 

 

「ほら、窓側に行きな」

「それだと提督が邪魔になって警護し辛いんじゃないかな」

電車移動が初めての時雨に楽しんでもらおうと窓側を譲るが、警護を理由に難色を示す。

「お前もか、国内の移動で心配は要らん」

 

命を狙ってきそうなのは呉鎮守府くらいだ。と思ったが、それならば警護に就く人材をもう少し選びそうなものだ。横須賀までの道中で心配しなければいけないのは事故くらいだろう。

 

まだ納得したわけではなさそうな時雨を詰め込み、時雨の持っている荷物を引ったくるように受け取ると、荷台に上げながら山崎に問いかける。

「君の隣は?」

「さすがに買ってありますよ。空席です」

少し考えたが、ここは道中の広い空間確保を優先することにした。

 

「よし、やっぱり君こっちに座って席ひっくり返せ」

「同席していいんですか?」

「ウチの姫様は君のことが大層気に入ったようでな、横須賀までの間、姫を楽しませる栄誉を与えよう」

「ちょ、ちょっと提督」

いつの間にかやんごとない身分にされてしまった時雨が動揺するが、山崎はすかさず芝居掛かった仕草で恭しくお辞儀をする。

「ははぁ、この山崎。必ずや姫様に楽しんでいただけるよう努めさせてもらいます」

こうして、三人向かい合っての電車旅を楽しむこととなった。

 

 

「そんなに後列がよかったんですか?」

「倒したいんだよ、あと後ろ向きに座りたくない」

「ヒドイっすね」

 

まだ短い時間を共に過ごしただけだが、随分と口調が砕けてきた。こちらは成り行きで司令の真似事をしただけの新米少尉なので、それに対して特に目くじらを立てることもないだろう。

俺も時雨も気にしないので、あまり畏る必要はないと告げる。

 

「なんだか、あんまり上官って気がしないっすね」

「無礼な奴だな」

気にしないと言ったそばからこれだが、人間としては面白い奴だと思う。

「あ、そだ。姫様のお弁当お弁当っと」

「俺の分もあるんだろうな?」

口ぶりから時雨の分しか買っていなさそうな嫌な予感を感じたが、さすがにそれは買ってきていたようだ。

 

「ちゃんと三人分買いましたよ」

「いくらだった?」

そう言って財布を取り出すと驚いたように山崎が言った。

 

「領収書もらってますけど、いいんですか?」

駅弁の料金は経費では落ちないだろうと思うのでここは奢ることにする。軍人の出張時に認められる昼食代は運動盛りの学生の弁当代よりもひもじいのだ。世知辛い。

 

「構わんよ。呉鎮の金で食う飯は不味そうだ」

「はは、司令のお金で食べる弁当が美味しそうです」

 

 

駅弁を食べるのは久しぶりだ。

幼少の頃に、もしかすると食べたことがあるか? と疑問符が付くくらいには記憶にない。

まぁアイツらは忙しい中でも俺との時間を捻出することに余念のないヤツだったから、きっと何度かはあるのだろう。ソレを幼少の頃と言えるかはさておき、との注釈はつくかもしれないが、そこは特に重要ではないのでいい。

 

 

そして、それに対しては山崎が粋なことを言った。

「姫様の初めての旅行ですよ? コンビニ弁当なんかじゃ味気ないじゃないですか」

「僕のことは時雨って呼んでくれないかな」

困った顔でそう言うが、畏れ多いことだと山崎は取り合わない。

 

 

「赤い帽子の弁当じゃないんだな」

「野球ネタは戦争の火種になり兼ねないので控えました。ファンなんですか?」

「そもそも野球に興味はないな。ところで、なんでカツレツ弁当だ?」

広島で買う駅弁と言えばアナゴ弁当かと思ったが、並んでいる弁当は3つともカツレツだ。広島らしさのカケラも感じないと思うのは俺だけだろうか。

「だって、姫様は海のひとですからね。魚は食べ飽きてるかと思いまして」

お前が食べ飽きてるだけなんじゃないかとも思ったが、配慮としては理解できるのでなにも言わなかった。それに、どちらかというと魚より肉が食べたいのは俺も同じだ。

 

 

「どうだ、時雨」

動き出した車窓から外を見やる。今日は空気が澄み渡っているのか、鷹ノ巣山がよく見える。

 

「キレイだ、海から見る風景とこんなにも違うんだね」

こちらを向いた時雨の目は少し潤んでいた。

「キレイなのは時雨さんですよ」

急に真面目な口調で言う山崎に、時雨の姿と猫が逆毛を立てる姿がダブるように幻視できた。お互い手には弁当を持ったままなので、ギャップが滑稽でもある。

「きゅ、急になにを言っているんだい? 意味がわからないよ」

 

「この風景より、この風景を見て目を潤ませてくれる時雨のほうがキレイだと思ったんだろ、俺も同意見だ」

できれば、こういう艦娘にこそ国を護ってもらいたい。そう思った。

 

 

「自分、艦娘さんとお話しするのは初めてなんですが、姫様は本当にかわいいひとなんですね。艦娘さんのためにも、できることを頑張ろうって思えました」

照れているのか、少し俯いてモジモジしている時雨がいじらしい。

「俺の時雨にいらんちょっかいをかけるようなら、横須賀に着く前に辞世の句を詠むことになるぞ」

あとさっきから気になっていたが、一人称を自分と呼ぶな、お前は陸軍か。

 

「そんな目で見てませんって! むしろ、司令と姫様はお似合いで、見ていて羨ましいですよ」

ますます顔を赤くした時雨。提督に“俺の”と言われたことも、実はクリティカルヒットしていた。

 

「さっきも言ったが、別にお前は俺の部下じゃないんだ、司令だなんて呼ばなくていいぞ。そもそも成り行きで指揮しただけで司令でもなんでもないしな」

「いいえ、姫と同じくらい司令のことが好きになりました。これはリスペクトの証っす」

なんなら司令のことは殿と呼んで仕えたいとまで言いだした。姫の相方だが王様じゃないんだな。

 

時雨はというと、“リスペクト”と言う言葉がわからなかったらしいが、敢えて説明することもないだろう。言葉なんてものはそうやって覚えていくのだから。

 

 

「ところで、いつ頃からなんですかね」

「俺が小さい頃はまだこんなじゃなかったけどな」

箸で弁当をつつきながら、ようやく平常心を取り戻した時雨が、唐突に主語なく始まった会話に疑問を投げかける。

「どうかしたのかな?」

 

「電車の中で飯食ってると、迷惑そうな顔をされるようになったのはいつ頃からかなって」

驚いた時雨が視線を周りの座席に向けると、露骨に嫌そうな顔をしている人や咳払いでなにかを告げたそうな人などが目に入った。

 

「鉄道の中では食べちゃいけなかったのかな」

「そんなワケじゃないはずなんだがなあ。駅弁売ってるし」

小さくなってしまった時雨を見て、とりあえず、アナゴ弁当じゃないだけ良かったかと思う。ここにきて山崎の選択は間違ってなかったと実感した。

 

「現代日本って感じっすね、電車が旅行の足から日常の足に変わったのが原因ですかねぇ」

なんだ、意外と頭は回るのか? 口調のせいか挙動のせいか、やけにバカっぽい山崎からまともな話が出ると驚く。そんなに山崎のことを知っているわけではないが、そう思えるのは悪くない気分だ。

 

 

やはり周囲の視線が気になったのか、少し早食い気味に時雨が食事を終える。

神経が図太いのか、提督と山崎はマイペースに食べ続けたが、元々食べる速度が早かったので、間も無く全員が食べ終わった。

お腹が満たされるとタバコが吸いたくなるが、電車内どころか病院の待合室でさえ所構わずタバコが吸えた時代ではないので我慢するしかないだろう。

 

食事を終え、窓に視線を移していた時雨がふと疑問を口にする。

「凄く速度が出ているようだけど」

「山陽のほうだと最高速度は300km/hかな」

「ひゃ、160ノット以上出てるってことかい?」

「姫様計算早いんすね、全然わからないです」

「お前はカレンダーでも見てろ。海兵だろ」

海を征く者なら速度換算くらいは知っておいてほしい。

「僕の5倍近く速いんだ」

「海の上と線路の上だからな、まあそれでも新幹線は速いけど」

新幹線のウリは速いだけじゃなく、そのシステムのほうなんだぞ、と言いかけたが、その筋の人と勘違いされると危険なので控えよう。女の子にとってはあまり興味のない話になるだろうしな。

 

「時雨は新幹線しか乗ったことがないから、わからないだろうが」

代わりにちょっとした小ネタを提供してみる。

「新幹線の窓は他の電車に比べて視界が高いらしい」

「それはどうしてなのかな?」

「在来線と同じ視界だと、近くの景色が目に入るからな。速度差で怖がる人が出るんだと」

「へぇ」

感嘆の声を上げたのは山崎。お前を喜ばせるために披露した豆知識ではないんだがな。

 

道中は山崎がくだらない話やくだらない話、他にもくだらない話などを時雨に振り、時雨にとってはいろいろと充実したものとなったようだ。

車内のドラマなど関係なく、新幹線は定刻どおり順調に進んでいく。

 

「平気か?」

「なにがかな?」

「お尻が痛くなったりとか」

「平気だよ、こんなに凄い速度で走っているのに全然揺れないし、座席もソファのようだね」

このくらいではセクハラになったりしないよな。と微妙にドキドキしたが、特に気にする素振りも見せずに返答がきた。世のお父さん方の苦労がちょっとだけわかった気がする。

 

「自分は結構しんどいですよ」

俺もケツが痛い。現代人は弱いんだな。

 

「おっと、そろそろだな」

「外を見てみな」

その光景を忘れることはないだろう。口を開き、一点に視線を集中させ、時間を忘れたように動きを止めた時雨。

こちら側の席を取った山崎の、多分今年1番のファインプレーだと思う。さっき初めて会ったところだけど。

いずれにせよ、なんらかのタイミングで礼を尽くさねばと、そんな気持ちになった。

 

「これが、僕たちの護ってきたもの」

神々しいまでの日本の象徴。それに視線を奪われ、それっきり言葉は続かなかった。

 

 

余韻に浸る時雨を乗せた新幹線は、ほどなく新横浜駅に到着。横浜まで来たら迎えの車があるかとも思ったが、最寄駅からあとは歩いて来いとのことだったので、乗り換えの必要がある。なんだこの対応。

 

山崎は横浜の地理に明るくないようで、新横浜からは提督自ら三人分の切符を用意して先導することになった。わからないなら品川までの切符を買っておけ。

 

都心の環状線に比べたら乗客などいないも同然だが、時雨にとっては目を回す混雑だったようだ。時雨の手を取り乗り換えを済ます。

新横浜から横浜駅、そして横浜駅から横須賀中央へ、あとは数分歩けば横須賀鎮守府に到着する。

 

「呉からの移動はどうだった?」

「とても楽しかったよ、初めて見るものばかりだったし、今日のことは絶対に忘れないよ」

そう言う時雨は道中で見た様々な日本の姿を思い返しているようだ。

「今の日本を知ることができて良かった。こんなに早く横須賀に着くなんて思ってもみなかったしね」

 

「そういえば、横須賀は初めてか?」

「僕は元々横須賀鎮守府の所属艦だよ、佐世保に行ったのはその後だね」

「自分はずっと呉なので、横鎮は初めてです」

お前の話は聞いていない。と言いたいところだが、それよりもまず言っておかなければならないことがある。

 

「今後、ウチの時雨の前でその略し方は禁止だ」




もちろん時雨さんの初めてのカップ麺は、初手フタ剥がしで失敗した。


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横須賀にて

さて、楽しい小旅行は終わりだ。今からは横須賀での査問になるのだろう。気を引き締めて臨まないと。

 

 

鎮守府にて到着を告げると、案内係が来客用の宿舎まで案内してくれた。律儀に3部屋用意されているところをみると山崎はトンボ帰りを免れたらしい。

先に荷物を置けということだろうが、自分の荷物は時雨が持っている旅行鞄1つなので手持ち無沙汰だ。

案内係にこれからの予定を聞くと、今日はなんの予定もないのだと言う。

伊勢の話ではとにかく1日でも早く二人を横須賀に来させろと毎日催促の連絡がきていたそうだが、この緩いスケジュールはなんなのだろう。

 

 

急にやることがなくなってしまい、部屋にはこれからどうすればいいのかと二人が集まってきている。

「お前は俺をここに連れてきた後どうする予定だったんだ?」

「横須賀鎮守府の指示に従えとしか言われてないっすね。てっきり送ってきた足でそのまま呉に戻されるもんだと思ってたんですが」

 

雁首揃えてても仕方がない。気は進まないが、到着したことを知らせておかなければ後々面倒になる奴も居ることだし、嫌なことは先に終わらせておくとしよう。もしかすると今回のことを糸引いた張本人かもしれないしな。

 

「挨拶に行く、お前らもついて来い」

二人を従えて来客用宿舎を出て庁舎に入る。

階段を登り、廊下を進むほど空気が沈んでいるのか重苦しい圧迫感がある。

「提督、こっちは」

時雨が心配そうに声をかける。

ここいらは通常、あまり立ち入る機会のない区画。その中から、一つの仰々しい扉の前に立つ。

「自分も居ていいんすか?」

さすがに山崎もここがどういう部屋かわかったようだ。

だが、逃がさん。

 

ノックをしてから挨拶しようとして固まった。自分は今どこに所属してるんだ? 無くなってしまったが今も佐世保に所属したままなのだろうか。

考えたのは一瞬の間だったが、見るからに重そうな扉が、しっかりと手入れをされているのであろう軽やかな音で内側から開かれた。

「どうぞ」

ノックのポーズを取ったままの提督を一瞥し、サイドテールに髪を結った女性が入室を促す。

 

 

「なんだ、ピンポンダッシュでもするつもりだったのか? いくつになっても悪ガキのままだな」

口の端で笑い、気さくな雰囲気で声をかけてきたこの老年の男が部屋の主。それに半ば投げやりな口調で返答する。

「いえ、どこの所属を名乗ればいいものか、少し考えてしまいまして」

 

「そちらは?」

提督の横に並ぶ二人に手をかざして紹介を促す。

「僕は白露型駆逐艦時雨」

「じ、じぶ、私は呉鎮守府所属の山崎太一であります」

何度か噛みながらも敬礼をする山崎に返礼をし、部屋の主人が名乗った。

「うむ、私は海軍中将の深山だ。よろしく」

緊張する山崎に楽にしてくれと言い、提督に向き直る。

 

「挨拶に来るのが早いじゃないか、そもそも来ないかもしれんと思っていたぞ」

「来ないと来ないで、後から面倒そうだと思いまして」

「提督」

小さな声で時雨が提督を嗜める。中将相手になんて口の利き方だ。

 

「かわいい娘だな。時雨ちゃんと言ったか、君のことは横須賀に居た頃からよく知っている。佐世保に移ってからも随分頑張ってくれていたようだ」

自分のことを知っていると言われて驚きつつも、中将に対する提督の口調のせいで気が気じゃない様子だ。

 

「お茶の用意を頼めるかな」

傍で静かにしていた女性に声をかけると、中将は高級そうなソファに腰を下ろし立ったままでいる提督たちにも掛けるよう勧めた。

奥側から山崎、時雨の順に座らせ、1番手前、中将の前に提督が腰掛ける。

行儀よく座る二人と対照的に、ドッシリと構える中将と、溜息を吐きながら深く背もたれに身を預ける提督。

「て、提督。失礼だよ」

その態度を見て目を丸くした時雨が意見するも、その返答にますます顔を真っ青にすることになった。

 

 

「失礼なのは理由も話さずイキナリ呼びつけるソイツの人間性だ」

鉄拳が飛んできてもおかしくない無礼だ。その場合、明らかに悪いのは提督だが、提督の秘書艦として自分が守らねばと中将の動きに注視する。

 

「良い秘書艦だ」

微動だにしない中将が時雨の挙動を観察して言った。

「あまり心配をかけるもんじゃない」

「それはいいから。わざわざ呼びつけたのは何用だよ」

ソファの端では家具の一部になりきった風の山崎。顔色は青色を通り越し、切腹を言い渡される直前の武将のようになっていた。

 

「君らも、楽にしてくれよ? おっと、時雨ちゃんは足を組むのは止めたほうがいいな。うん、女の子らしくしていたほうがいい」

中将は少しも気にした風ではなく、笑みを浮かべたままだ。

 

「佐世保の件だ、肝を冷やしたぞ。よく無事に帰ってきた」

話し始めたところで、ちょうどお茶を四人分持って先ほどの女性が戻ってきた。

「なんだそりゃ、そんなこと言うためにわざわざ呼んだのか?」

「なにを、助けてやったんだ。感謝の1つもあっていいだろう?」

「呉でのことを言ってるのか? あれはいったいなんの真似だ? よほど佐世保壊滅は探られるとマズいものらしいな」

 

 

途端部屋の空気が変わった、とてつもない怒気で室内が満たされていく。

ついに怒らせてしまったかと、覚悟を決めた時雨だったが、この感情の奔流を発しているのは予想外の人物だった。

「中将への無礼な振る舞いは許しません」

感情を表さないままの目と、抑揚のない声が恐ろしさを倍増させる。

気付いたときには席から弾き飛ぶように立ち上がり、提督の前に壁のように立っていた。

 

「つくづくお前にはもったいない娘だな」

茶をすすりながら感心したようにそう言うのは中将だ。そして怒気を放つ女性を窘める。

「お前の冗談はわかりにくいんだ、驚いてるじゃないか」

女性は、そう。と静かに告げると、先ほどまでの怒気はどこへ行ったのか、お茶をテーブルに並べ終わると中将の隣へと静かに移動した。

「相変わらずのようですね、坊ちゃん」

「その呼び方はやめてくれって」

「小童にはちょうど良い呼び名じゃあないか」

「うるせぇよ。で、話の続きだ。糸引いてるのは誰だ、軍令部か? それとも呉鎮守府か?」

 

「慌てないで、まずは出されたお茶に口を付けるものです」

話を進めようとしたが、相変わらず抑揚のない声で素気無く腰を折られた。ひどくマイペース。しかし彼女は一度言い出したら聞かないタイプであることを深く理解しているので、素直に一服入れることにする。

 

 

「提督、これは」

急展開について行けない時雨が額に汗して言う。

「お前らも気を使わなくていいぞ、そいつらは身内みたいなもんだ」

「お、ついに身内と呼んでくれるか?」

「言葉の綾だ、訂正する。身内はそっちの女性だけだ」

中将が豪快に笑うのを冷たく制して茶を口に運ぶが、中将の横に未だ立ったままの女性を見て言った。

「姉さんは飲まないのか?」

「私は執務中です」

「構わん構わん。久しぶりに小僧が訪ねて来たんだ、お前も用意しろ。あとせっかく時雨ちゃんも来てくれてるんだ、茶菓子も頼む」

「わかりました」

 

 

「二人で来るものと思っていたが」

ビクっと山崎が体を震わせた。やっぱり邪魔だったのではと思っていることだろう。退室のタイミングを窺っている予感がしたので、その逃げ道は丁寧に防いであげることとした。

「呉からわざわざ警護してくれたんだ、丁重に持て成してやってくれ」

 

姉と呼ばれた女性が、自分の分のお茶と茶菓子を用意し、中将の隣に座る。畏まってはいるが、上官と部下の関係にしては空気感が違う気がする。そう時雨が観察していると、私の秘書だよと中将が紹介した。

 

「でだ、お前は佐世保でなにを見た? 詳しく話せ」

もたれていた体を前傾させ、指を組み話す中将の眼光が鋭いものに変わる。

「知っての通り、鎮守府が壊滅するところだよ」

「お前が責任を取らされる理由がわからん。鎮守府が落ちたんだ、どこかに責任の所在を預けたい思惑はある。だがなぜそれがお前だ」

 

しばしの無言の後、溜息を吐いてから中将が続ける。

「海軍か、呉か、そこの秘部に触ったのかもしれないな」

 

「なぜ佐世保なんだ?」

「本土の要所だ、不思議あるまい」

「いや不思議だよ。落とされるならトラックやラバウルが先じゃないのか? なぜ一足飛びに本土が狙われる」

 

それから静かな声で自分の考えを告げる。

「要所を落としたかったんじゃない。アイツらは佐世保を落としたかったんだ」

「提督、それはどういう」

「佐世保の瓦礫下で深海棲艦の死骸を見つけた」

 

「攻めてきてたんだ、死骸があってもおかしくはないだろう」

「艦砲射撃を行う深海棲艦が基地施設内に死骸を残すのはいったいどんなときだ?」

 

「それだけじゃない、付近からは深海棲艦の体表面やら行動パターンを記した書類も出てきた。見出し以外は判別もできないほど焼けてしまっていたがな」

「建物は全焼したんだ。そりゃ焼けてるだろ」

 

「あれは隠滅工作の残りカスだ。建物の中で一部の書類だけがまとまって読めなくなるほど焼ける火事なんてねぇよ。それでも、それぞれが別個ならまだ偶然だと納得してやってもいい、だがそれらは揃って発見された」

一見すると紙でできた書類や書籍はよく燃えそうではあるが、実は束になっている紙を綺麗に焼くのは難しいのだ。

もしそんな物が焼け跡から発見されたのであれば、まずは隠蔽を疑うべき。

 

「で、アンタはそれを知ってた。問題はどちら側なのかだ」

「なぜそう思う?」

 

「俺を助けるために横須賀に呼んだと言った。放っておくと最悪、消されることも想定したからじゃないのか? じゃなきゃ無茶を通してまで横須賀でケツ持ちなんてしないだろ」

「ただの身内びいきかもしれん」

 

「アンタは俺が酒保で窃盗を働いたら、そいつの処遇はうちで決めるからと横須賀に呼び戻してくれんのか?」

「その例えと今回の件では話が違う」

「だろうな、窃盗なら間違いなく俺に非がある。だが佐世保壊滅はどうだ? 鎮守府が落ちたことと俺は繋がらない」

学校出たての一少尉なのだ。偶然居合わせた艦娘たちと力を合わせて生還してみせたが、鎮守府を襲ったわけでもなければ責任ある立場だったわけでもない。

 

「だが現実に俺は危ない立場にいる。スケープゴートに使われるだけか? それとも口を封じたいのか?」

「佐世保が、というよりは呉のほうか。なにか企んでいるというのは気付いていた。深海棲艦の拿捕、研究についても軍令部で検討されている。実行に移す段階ではなかったはずだがな」

敵の生態を調べたいのはおかしなことじゃない。むしろ戦争中の軍隊としては当然の考えだろう。ただ、それを極秘に行なっていたのが問題なだけで。

 

「お前の件でハッキリした、佐世保は呉と共謀して秘密裏に深海棲艦を拿捕し研究をしていた。問題は、なぜそこへ深海棲艦が攻め入ったのかということだ」

「本能だ。あいつらは一つの意志のもと目的を持って鎮守府施設に攻撃を仕掛けていた。だがそれは作戦行動と呼べるようなもんじゃなかった」

それが原因で佐世保は襲撃されるに至り、そんな中から、なにかを見たかもしれない人間と艦娘が少数生還したのだとしたら、そりゃあ控えめに言っても邪魔だろう。

 

「確かか?」

「生け捕りにされてたであろう深海棲艦はすぐに死んだ。旗艦らしきやつも沈めた。奴らが引いたのがその後だ、どちらがスイッチを入れたのかはわからないが、佐世保襲撃が戦略行動の結果とは思えないな」

 

戦略的な行動であったなら、市街地にまで被害が広がっていたかもしれない。佐世保の軍港は見事に街に隣接しているからな。そうでなくとも、第二陣第三陣が本土を襲撃しているだろう。なにせ実際に佐世保は壊滅したのだから、この機を逃してやる必要はない。

 

「本能、いや習性とでも言うべきか」

 

 

「さて、ここからは大人の話になる」

そう言った中将が秘書の女性に目配せをすると、彼女は立ち上がって二人に退室を促した。



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横須賀にて2

秘書の女性を先頭に時雨と山崎が部屋を出る。

「さっきは失礼な態度を取ってしまって……」

廊下に出たところで時雨が頭を下げるが、最後まで言い終わらないうちに、サイドテールの女性が手で制す。

「いいのよ、こちらこそ驚かせてしまったわ。ごめんなさいね、感情を表すのがどうにも苦手みたいで」

 

 

 

「どうぞ」

そう言って通されたのは中将の部屋から3つばかり離れた簡素な部屋。

「私の執務室だけど、友人が訪ねてきたときにしか使っていないわね」

 

「姉さん、と呼んでいたけど」

「血は繋がっていないわ」

話のとっかかりを、そう思い、まずは疑問をぶつけてみたが、返答がそっけない。

怒っているわけではないんだよね? 室内に促されてから、めげずにもう一度口を開く。

 

「あの、提督が無礼な口を……」

「それも気にしなくていいわ、アレで甘えているのよ」

今度は中将に対する提督の口調を謝罪しようとしたが、こちらも途中で遮られる。

本当に、怒っているわけではないんだよね?

 

 

「あなたたちには感謝しているのよ」

自分の態度が思わぬ誤解を招いていると気付いたのか、慌てて彼女が口を開いた。

 

「あの子はもう少し頑なで、冷たいところがあったから」

「提督は最初から優しかったよ」

それを聞くと、ほんのわずかだが表情を緩めた気がした。

ああ良かった。この人は、言っていたとおりに感情を出すのが苦手なだけなんだなと思った。

 

「あの子があなたたちを連れてきたのも、きっと自慢したかったからでしょうね」

 

 

装飾の類がない質素で堅実な室内は彼女という人柄を表しているかのようだった。言葉を飾らない彼女は、やもすれば誤解されるかもしれないが、素直に好ましいと思えた。

 

「あの子を助けてくれたこと、感謝しています」

改まった女性がそう言って頭を下げる。

 

「私、席を外しましょうか?」

空気を読んだのか山崎がそう言うが、それはすぐさま彼女が断る。

「いえ、遠慮しないで居てちょうだい。あの子が連れてきた客人だもの、無礼を働いては後で怒られてしまうわ」

 

なんとなく微妙な空気が漂うが、全員がイスに腰掛けるのを見計らうと、提督の姉だという女性は「少し話をしましょうか」と話始めた。

 

 

「あの子と初めて会ったのは、もう随分昔のことになるわ。あの子は戦災孤児でね、まだ子供だったから誰か大人の庇護が必要だった。こんな時勢だからそれは珍しいわけでもないのだけれど、中将の協力もあって私があの子を引き取ることになったわ」

 

そう語る彼女の目はどこか遠くを見ているかのようだ。きっと当時のことを思い出しているのだろう。

 

「それからは大変だったわね、仕事の傍らで必死に子育てをしたわ。私はこの通り、感情を表に出すことが苦手で、人付き合いも得意ではなかったから。初めての連続だった」

中でも、近所のママさんたちに話しかけようとして、何度も作戦を失敗させたことが大変だったと言う。

あ、かわいい人なんだなと二人は思った。

 

 

「最初は全然懐いてはくれなかった、子育ては戦争だったわね。同じ戦争なら、深海棲艦と戦うほうがよほど自分に向いているとも思ったわ。でも、あの子と過ごすうちに私にも少しずつ変化があった。あの子と過ごした時間は私にとってとても大切な時間になった」

大切な物を胸に抱くように、目を閉じた彼女は言った。

本当の姉ではないと彼女は言うが、彼女は姉であり母であり、提督はこの人から沢山の愛を与えられて育てられたのだろうと感じた。

 

 

「あの子と過ごす時間を捻出するために、中将も尽力してくれたわ。彼、とても悔やんでいたのよ」

「悔やんでいた?」

 

「あの子とうまく関係を築けなかった。だから、あの子が軍学校を卒業した際に、横須賀を出て佐世保に着任することを選んだのだと。あの子の席次ならここに着任することになっても特段おかしくはないのだけれど、あの子はそうしなかったのよ」

「それは、単に家族と一緒の職場が恥ずかしかっただけではないですか?」

居た堪れない顔をする彼女を見かねて、山崎がそうフォローする。

 

「えぇ、そうなのかもしれません。でも、結果がこれよ。あの子の所在がわからないと報告があったときの彼は見ていられなかったわ。すぐに現地に飛ぶと言って大暴れ。私にとってもそうね、目の前が真っ暗になって、奈落の底に落ちてしまったのかと思いました」

「でも、提督は無事だったよ。ちゃんと帰ってきた」

「貴女たちには本当に感謝しています。貴女たちが居なかったらと思うと、私は」

慰めるように言う時雨の手を握り、彼女は縋り付くように、再度お礼を言った。

彼女は信頼できる。彼女はなにがあっても提督の味方となるだろう。感情をなかなか表に出さない彼女の、漏れ出た感情。

これが演技なのだとしたら、もう騙されても構わないとさえ思えた。

 

「それで、司令を横須賀に呼び戻したと?」

「呉で責任を取らされそうになっていると、旧知の者から伝え聞いたのよ。あの子の希望から、中将や私との関係を知る者は限られているの。それが裏目に出たのね」

親の七光りで目立つのを避けた。わかる話だが、きっと中将は、それも提督とうまく関係を作れていないと思わせる理由になったのだろう。

中将が、まるで僕のご機嫌を取るかのような態度だったことにも得心がいった。彼は豪快で、でも繊細で、そして不器用なのだと思う。

 

 

「後は知ってのとおりよ。なり振りなんて構ってられなかった。同じ査問を受けるにしても、ここで受けさせてあげたい。とにかく一刻も早く、あの子の無事をこの目で確認したかったのよ」

「思ってた以上に混み合った事情ですね……」

横須賀に付き添いをしただけ。そのはずだった山崎は、こうして盛大に巻き込まれた。

彼は提督以上に巻き込まれ体質なのかもしれない。

 

「少し話しすぎてしまいました。そろそろいい頃合いね、戻りましょうか」

あまり二人きりにしておくと間が保たないようで、あとでそれぞれから泣きつかれるのだそうだ。

 

中将の部屋に戻る途中で、時雨はつい心配事の確認をする。

「提督は、大丈夫だよね」

「もちろんよ、なにがあってもあの子のことは私が守ります」

 

 

 

 

「そこで、問題になってくるのは山崎くんか」

部屋に戻ると、さっそく中将がそう切り出した。なんの心の準備もしていなかったのにこれだ。ならばなぜ自分の居る場でこんな話をしたのかと、ちょっと恨めしい気持ちにもなったが、考え直してみると呉からはこちらの状況が見えていない。

なにかに勘付いたのかどうかもわからない提督を処断しようとしたくらいだ、同じことを自分にしないとも限らない。

 

「私、やっかいな話に巻き込まれてますか?」

「このまま呉に帰すと、どんな結末が待ってるかわからん」

 

やっぱりそうだ、この人たちはそれがわかっているからこそ巻き込んだのだと思う。むしろこれは、自分を守るためなのかもしれない。

このくらいの見透す力がなければ戦争なんてできないんだろうなと、ちょっと遠いことを考えた。

 

「しばらくここに置いてやってくれ」

提督が中将にそう言ってくれた。自分の考えが間違っていないことに確信を持つ。

ああ、上官に持つならやっぱり提督のような人がいいなぁ。改めてそう思う。

 

「お前の処分も決まっておらん状況では仕方あるまいな、横須賀で面倒をみよう」

 

それから秘書の女性に指示を出す。

横須賀で面倒を見ると言っても自分は呉鎮守府所属の軍人だ。どんな方法を使えば呉に帰らないまま横須賀に籍を移せるのか検討もつかない。

「早速頼めるか?」

「わかりました。山崎さん、私と一緒に来てください」

「多少強引でも構わんぞ」

「なにが始まるんです?」

見るからに有能そうな二人だから、心配はいらないと思うが、彼らの言う強引さが少し怖かった。

 

 

二人が出て行ってしまい、部屋には中将と提督、時雨だけが残される。

「お前も久しぶりに帰って来たんだ、今日は家に帰ったらどうだ?」

「明日は査問会だろ?」

「昼までに戻ってきてくれたら構わんよ、いつまでかかるかわからんことだ。そうなれば行動に制限もつくだろう、今のうちに気を休めておけ。外泊許可は届けておいてやる」

 

「いや、止めておくよ。今日くらいは時雨と一緒に居てやりたい」

佐世保以来、ずっと離ればなれだったしな。命の危険がなくなった今は時雨とゆっくり過ごしたい。ありがたい話だったが、そう思って外泊の話は断る。隣で時雨がちょっと嬉しそうにして俯いたようだ、なら考えは間違ってないだろう。

 

「なんだったら二人分の外泊許可を取るが?」

このじじいは俺と時雨をどうしたいのか。そっちも丁重に断っておく。今度は時雨が微妙に残念そうな顔をした気もするが、気付かないフリをしておかないと危なそうだ。

 

「ならばせめて、両親にくらいは無事を知らせておけ。外出許可は二人分で取っておく。ほれ、すぐに行け」

こうして俺と時雨は部屋を追い出されることとなった。




山崎さんはお姉ちゃんに暴行を働いた罪で横須賀勾留。


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〜作戦前の一コマ〜/ 夏の誘惑

どこに挿入しようか迷った結果。全然関係のないここに投稿することになったプロローグ。

艦これ的には2-xの南西諸島海域より南、西方海域の4-1よりも西側。
シンガポール周辺です。


次回、阿武隈急行はスリランカ沖に停まります。


俺たちは、リンガから少し北に行ったところにあるリアウ諸島のベナンというところに来ている。

日本からの時差はおよそ1時間。もうちょっと北上するとシンガポールだ。

 

まぁ海の美しいこと。

普段からリンガにいるので、綺麗な海というのもそこまで珍しいわけではないが、観光地として栄えたベナンの海岸線はやっぱりちょっと違う気がする。日本人的バカンス感として。

職業柄、海ばかり見ているわけだが、機会があれば南方の海ばかりではなくアマルフィ海岸なんかにも行ってみたいと思った。いや、欧州に行くのならいっそのことスケベニンゲンのほうがいいのか? ヌーディストビーチもあるらしいし……。どうでもいいことだが、現地の人にはスケーべ人間と言ったほうが通じるらしい。しょせんカタカナ発音だしな。さもありなん。

 

おっと、フラグになると嫌なので、やっぱりさっきのはなしでお願いしたい。

欧州まで戦域を拡大なんて、お笑い海軍かフィクションの中でしかあり得ないだろう。

現実に存在するある意味お笑いな海軍であるところの米軍が、今さらながらモンロー主義に突っ走り、大陸に引きこもってしまったのを見る限りでは、きっと誰にもできないことなのだろう。

 

 

 

 

さてさて、本日はバカンスである。

戦争中になにやってるんだ? と至極真っ当なことを言われそうではあるが、こちとら佐世保の壊滅からほぼ休みなしで働いてきたのだ。無理して旧軍のイメージどおりに振る舞う必要もないだろう。

現代人らしく、ここは連合国を見習ってもいいんじゃなかろうか。つまりホリデーでバカンスなわけである。

 

今のところジャカルタより北側は南シナ海まで制海権を確保しているので、根城としているリンガ泊地と同じく、ここら辺も安心できる海域と言える。基地から200kmも離れておらず、シンガポールまでの道中にあるご近所の島だから当然なのだけど。

 

マラッカ海峡より西は今後の課題。スリランカに橋頭堡を築いてベンガル湾、できればアラビア海辺りまでシーレーンを伸ばし石油を確保したい。そのための英気を養うのが目的である。

 

 

艦娘の皆さんは水着に着替え、もしかすると初めてかもしれないバカンスを楽しんでくれているようだ。

来て良かったと、そう思う。

 

パレオを巻いて男心をくすぐる水着を身にまとう時雨さんは、現在女の子座りで俺の頭を膝の上に乗せている。

顔を時雨の腹部に埋めるようにして寝ているので少々背中に当たる日差しが気になるが、自分は男の子なのでシミの一つ二つできても特段構わないだろう。

この変則的な膝枕について思うところがあるのか、多少時雨が落ち着かない素ぶりを見せているようだが、自分は嫌な思いをしていないのでそちらも問題はないはずだ。

 

問題といえばこの日焼け。

平均的な日本人男性としては、日焼けに対しての考えなど先に述べたとおりだと思うが、時雨たちの真摯な訴えにより今は自分も日焼け止めクリームを塗られている。

男らしく、少しくらいは肌を焼いておきたいのだが、その主張は艦娘総出の一斉射撃により見るも無残に撃沈されることとなった。端的にまとめると「塗って焼け」とのこと。

男の自分にはよくわからないことだが、女性誌などから貪欲に知識を吸収し、日々成長していく艦娘たちの姿は逞しくあり、また好ましいものでもある。

 

当然、時雨を含み遊びに来ている艦娘たちは皆一様に日焼け止めのクリームを塗っている。

今まで気にしたことはなかったが、輸送護衛や哨戒活動など、海上にあるときは普段から塗っているのだと言う。

海上での照り返しと潮風はビーチなどよりよほど凶悪で、乙女としては死活問題らしい。

 

とはいえ、艦娘の体は冗談のように頑丈だ。

強烈な日差しを浴び続けるとそれなりに焼けるが、それがシミになって残ったりすることもなく、放っておけばすぐにいつもの肌の色に戻る。一般的な女性からみると垂涎ものの肉体と言えるだろう。

おかげで、夏のバカンス地では小麦色の肌が大正義。という西洋人の楽しみ方はできそうにないが、そこは特に問題視していないと真顔で返された。

 

「簡単そうに言うけど、一日中海上にある僕たちはこれでも髪や肌に気を配っているんだよ?」と、最近はもっぱら事務仕事に追われ、海に出ていないはずの時雨は言う。

 

人間からみるとあり得ないほど活発な、新陳代謝が良い体を持ち、すぐさま通常のコンディションに戻る艦娘とはいえ、乙女である限り逃れることのできない敵ということなのだろう。

彼女らはこの南の海で、深海棲艦と同時に乙女として美容戦線でも戦い抜いているのだ。

 

「二正面作戦で戦線を維持するには、それなりの準備と予算が必要なのよ」

バカンス前にそう言ってのけたのは艦隊運営を一手に担う司令艦の霞だ。彼女は後発組のリーダーを務めることになっているので、本日は基地でお留守番をしている。

 

予算管理に余念のない霞だが、基地に住まう艦娘たちから上がってくるヘアケア、スキンケアといった各種用品に関しては一貫して「必要経費よ」との姿勢を崩さずにいる。

こちらとしても、女性だらけの職場で女性と対立したいわけもなく。もとよりキシキシと痛んだ髪の毛を装備する時雨たちを見たいわけではない。避けられると言うのならば、苦労はかけるが避けていただきたいとお願いしたいくらいだ。

労力を必要とするのは彼女たちなので、予算の許可くらいは出さねば申し訳も立たないだろう。

 

そうして思う。

女性から漂う、このいかんとも形容しがたい「女の子の匂い」とは、決して持って生まれた体臭だけでなく、そうした戦いによって彼女たちが勝ち得た努力の賜物だったのだと。

 

 

「提督、そこで深呼吸するのは止めてくれないかな」

日に焼けた結果ではないと思うが、薄っすら上気して頬を赤く染めている時雨が言う。

努力の賜物を堪能したいだけなのだ。いかに時雨の意見具申とはいえ聞けることと聞けないことがある。もちろん健全な一男子として、今回のは聞けない案件である。

これも今まで培ってきた信頼の証だろう。一応言っておくが、彼女は嫌だから止めろと言っているのではなく恥ずかしいから止めろと言っているのだ。

そこを履き違えてはいけない。

 

「苦労をかけるな」

時雨の下腹部付近に埋めていた自らの顔を引っぺがし、時雨たちの苦労を偲ぶ。戦友でもあり、長く生活を共にする家族のような存在でも、労いを忘れてしまえば破綻するものだ。感謝を忘れないことが円満な人間関係を継続するコツである。

「いいさ、戦いが僕たちの存在意義だからね」

なるほど、女性として戦うのは当然である。と、さすがだな戦乙女。世の女性の大多数にとっては至極当たり前の戦いなのだろうなぁ。努努、感謝を忘れないようにしよう。

その戦いは、ひいては男性陣のための戦いなのだから。

 

「俺たちのために戦ってくれているのに、なにもできなくてすまないと思ってるよ」

「提督は提督にしかできない戦いで、僕たちと一緒に戦ってくれているよ。それに、こんな風に僕たちを連れ出してくれてるじゃないか。僕たちも感謝しているんだよ?」

はて、美容のために俺がしている戦いとはなんだろう。資金提供くらいしか思いつかないが、その資金だって艦娘に使われているのはいわゆる帳簿外のもの。当たり前のことだが、国家は対深海棲艦の予算を出してくれても美容戦線の予算までは出してくれない。

 

美容用品が福利厚生費として賄われている軍隊は、世界広しといえどもウチの艦隊くらいのものだろう。そんな運営ができているのも、地域企業の輸送護衛などを基地で請け負い財源を確保しているからであり、言ってしまえば自らの足で稼いできたお金だ。

他人のまわしで相撲を取るようで座りが悪いが、近場の海水浴場に連れ出すくらいのことで感謝されるのであれば、これからも定期的に考えようと心に誓う。

1番感謝しているのは、美しい女性たちの水着姿で目の保養をしている自分であると断言できるが、彼女らは普段の頑張りの成果を発表できる場くらいに思っているのだろうか。

 

 

 

遠くのほうでは波の音に混じって笑い声が聞こえる。空は抜けるような青さで、いかにも健康的な日差しが目に眩しい。

静かに目蓋を閉じ、もう少し時雨に甘えて微睡みを楽しもう。

 

 

ああ、思えば遠くに来たものだ。




ここまで読んでくれている諸兄ならば、ひとまず山場は越したことだろう。

時系列がぶっ飛んでいるこの物語との付き合いかたってやつ。
佐世保でなにがあったのか、その後どうなって、今どうなのか。
そういったことを妄想しながら黙々と次へ進んでくださいませ。

すでに十分読者を置き去りにしているとは思いますが、これ以上に難解な置き去りは多分ないと思いますので、どうぞ難しく考えすぎないようにしてください。


暖かいお便りお待ちしております。
貴方からの些細な一声がモチベーションを保つビタミンになってます!


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横須賀にて3

知っているだろうか、かつてのイチゴは練乳をかけるか山盛りの砂糖をかけるかしなければ、とても食べられないほど酸っぱかったことを。

皿に盛られたイチゴ……よりも盛られたマウンテン砂糖。

あゞ思ひで。


本編とは特に関係ない。


時雨を連れ立ってやってきたのはとあるお寺さん。ここにいる両親に生存報告だ。

 

 

「両親の墓だ、ここに眠ってるわけではないんだが、じじいが用意したんだよ」

立派な墓石ではあったが、それに見合う広さではないように思う。それがわずかな違和感となって時雨の目に映った。

 

あれはいつだったか、なにかにつけて反発していた当時の自分に姉が言ったのだ。

「大きな墓地を用意すると呼ばれる」。古い迷信だけど、あの人は心配だったのよ。そんな迷信の一つにも心を揺り動かされるほどに、貴方を亡くすことを恐れたんです。

 

俺は愛されているのだと、柄にもなく熱くなった姉にそう説かれた。本当にアイツが言ったのかどうかはわからないが、細かいことまで考える奴のことだ。言っていても不思議ではない。

たまには孝行の一つでも、と思ったが、なにをすればアイツが喜ぶのか見当もつかない。追々考えるとしよう。

 

「墓という目に見える形があることで、現実を受け入れられるようにしたのかもしれないな。アイツはそういうことだけ妙に気が回る」

その行為は意味があったともなかったとも言えるが、現に自分は両親の死を受け入れ、まともに育てられ、また育ってきたのだから意味はあったんだろう。

 

「いい家族に恵まれたんだね」

「そうかもな」

 

二人並んで手を合わせる。

言葉の途切れがちな静かな時間だが、俺はこんな過ごし方も結構好きだ。気のおけない相手が一緒なら、もう言うこともないだろう。

 

「人間のことはよくわからないけど」

花やら線香やら、一通り参拝で行うだろうことを終えると、水桶を持った時雨が言った。

 

「もっとずっと先、戦争が終わって平和な時代がきて、それから何十年も経って、提督が死ぬようなことがあれば、提督もここに入るのかな?」

そこまで気を使わなくてもいいぞと、ちょっと笑いそうになった。男同士であればもっと簡単に、「お前が死んだらここに入るのか?」でも済む話だ。

まぁそこまで砕けた時雨は想像もできないので、これでいいんだろうけど。

「どうかな、そんなに長いこと生きるとしたらさすがにじじいのが先にくたばってるだろ。アイツの考えなんて知らないが、そのときアイツの墓守りを俺がしてたら、俺はじじいの墓に入るかも知れないしなぁ」

 

いつ死ぬかわからない。それは平時でも有事でも変わらない。人は突然死ぬのだ。

身をもってそれを知ってはいるが、この年齢ではなかなか死後の手続きなどを考えたことはない。

 

「ま、軍人だからな。思いのほか俺が早く死んだらここに入ることになるかな。アイツはそうしそうな気がする」

自分の墓にくくるよりも、家族と共に眠らせてやりたい。なんて、いかにも言いそうだ。

 

「そんなことにはならないよ。でもそうだね、もし万が一提督がここに眠る日が来るなら、僕の名前も朱色で彫ってもらうことにするよ」

「朱色の夫人か? どこで覚えたんだか」

 

新幹線でパニックを起こしていた奴だとは思えないな。

確かに共に生きようと誓ったが、俺の死後まで縛ってしまうのも違う気がする。帰ったらそれとなく姉にでも相談しておこうかと、ちょっと思った。

 

 




お墓。

最近ではあまりお目にかからないかもしれないが、まだ死んでいない人の名前を墓誌などに彫る場合、名前が朱色で染められていたりする。
「いずれはここに入るのだ」なんてことかも。

死別後に再婚するのも当たり前になった昨今では少ないのかもしれないが、墓地に足を運ぶことでもあれば、ちょっと気にして見てみるのもいいかもしんない。


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横須賀にて4

「ご一緒してもいいですカー?」

適当に入った喫茶店で面白くもない新聞を読んでいると、突然見知らぬ女性に声を掛けられた。

混雑している、とは言えない店内は相席をしなければ座れないような状況ではなく、故にご一緒する理由が見当たらない。

 

 

「できれば遠慮してもらえると助かる」

 

そう返答したはずなのだが、それをどう受け取ったのか、はたまた最初からこちらの意見など求めていないのか、声を掛けてきた女性が向かいのイスを引いて座りだすところだった。

「What? まさか断られるとは思ってもみませんデシタ」

邪険にされたことなどない人生を歩んできたのだろう。これだから美人ってやつは。

 

「ここはワタシのお気に入りのTea shopデース。アナタもここ数日通い詰めだったので、この紅茶の味がわかる者同士交流を深めようと……」

俺の飲んでいる物を覗きこみ、自分の頭を軽く叩くとこれは困ったといった声を出した。

「Oh! 勘違いデシタか」

生憎と俺が飲んでいるのはコーヒーだ。

 

「アナタ、どこかで会ったことありますカー?」

「勘違いだったんじゃないのか?」

紅茶仲間だと思って話しかけてきたのなら、その目的はすでに失われたことだろうが、それでも席を立つでもなくカップ越しに話かけてくる。

「ソデ触れ合うもナニかのエンです」

 

「ゴシップ紙かなにかで見たんじゃないか」

「そうデス! 佐世保の英雄、デスね!」

鎮守府が落ちたなど易々と公開されるはずもないが、情報統制もなんのその。一部ゴシップ紙にあることないことすっぱ抜かれ、いつの間にやら深海棲艦の大軍に襲われるも奇跡の生還を果たした英雄として祭り上げられていた。

実はじじいか姉が、やすやすと俺を処分できない状況にするために積極的にリークしてるんじゃないかと思っている。

 

「お目にかかれて光栄デスね」

「そのおかげで査問にかけられるハメになってるんだけどな」

「うん? それはナゼですかー?」

 

「鎮守府を放棄したから、らしい」

なんのつもりでネチネチ聞いてくるのかはわからないが、結局横須賀でもそれを突っつかれていた。

アレはポーズなのかな、査問なんて初めての経験だから建前なのか本当に責めているのかもわからん。

 

「艦娘が生き残れば鎮守府なんぞ何度でも再建できる。それがマズかったようでね」

「どこが美味しくないのかワカリマセンねー。そのとおりだとワタシも思いますが?」

 

マズかったを美味しくないと言い換えるあたり、育ちは良さそうだが日本語は不得意のようだ。

詮索するつもりはないが、訪日していて帰りそびれた、なんてこともあるのかもしれない。

 

「艦娘を大切に思っているのデスネ」

「嫌いだったよ」

紅茶に口をつけながら、こちらを見つめる視線が無言で続きを促しているように思えたからか、つい話をしてしまう。

「最初は艦娘を救いたいと思って軍人になった」

「救う、デスか」

 

「戦争は艦娘に丸投げだ。彼女らがいなけりゃとっくにこの国は滅んでる。なのに世間から艦娘への風当たりは良いとは言えないだろ?」

彼女は困ったような顔をしたが、それについて肯定も否定もしなかった。

 

「軍に入ったら入ったで、まるで艦娘を装備扱いだ。出世の道具としか思ってないような奴らも多かったよ」

「艦娘は軍艦の船魂を持つ存在。軍の装備として扱うのは間違ってマスか?」

「間違ってるさ、彼女らには自意識がある。ならば人権もあるのだろう」

 

「そう思っていた」

「思っていた?」

 

「軍に入って艦娘のことも知った。あいつらは下士官や兵隊を下に見ているのか、自分に相応しくないとでも思っているのか、話かけられても返事をしないことが多かった」

普通の生活をしていると、艦娘とは縁遠い。なんなら軍隊に入ってからもそうだ。

山崎なんかも、艦娘と話をしたのは時雨が初めてだと言っていたはずだ。

 

そして、俺もそうだった。

軍学校を出るまで艦娘に会ったことはない。初めて接触をもったのは卒業後で、それからもまともに会話したことなんてなかった。

 

「佐官や将官に対してだけ話をする。そんな打算的な物を感じたよ。俺は、軍にも艦娘にも失望して、そして絶望していたのさ」

「それでも、そんな艦娘を指揮して佐世保を生き残った。ナゼですか?」

「自分の世界の小ささに気付いたからだよ」

 

「あのとき俺と戦ってくれたのは戦友だ。彼女らは、俺の見知った艦娘とは違ったよ」

いつしか、手にしていた新聞を傍に畳み、片手間ではなく彼女と会話していることに気づく。

雰囲気とか空気とか、親しみやすいなにかを感じているみたいで話しやすい。

美人は得するんだろうなと思ったが、ここで唐突に話を終わらせる必要もないことから、話を続けた。

 

「最初に会った駆逐艦は、海が燃えるこの世の果てのような中で、俺と共に生きると言った。そこで出会った戦艦は、下士官である俺と対等に向き合い、真っ向から信頼してくれる真っ直ぐなやつだった」

 

あのときのことは、まだ昨日のことのように覚えている。脳裏にそのシーンを思い浮かべながら話す。

 

「別の駆逐艦は、昔からの友人のように怒声と罵声で怒鳴りつけてくれたな」

そう言えば霞との最初の出会いは罵倒からだったなと思う。まともな出会い方をしていたならどんなだったのだろう。

 

「こいつらを沈めてはいけない。強くそう思ったよ。なんのことはない、勝手に守ってやらなきゃと思い、なにもわからず勝手に失望してただけだったんだな」

 

口にしたことで、ちょっとわかったような気がした。

「今思えば、他の艦娘たちも、俺と同じだったのかもな」

「と、言いますと?」

 

「誰だって、いつでも本心で接しているわけじゃない。彼女らは彼女らで、軍の中で自分を守る方法があの態度だったのかもしれない」

 

 

すみませんと店員に声をかけ注文を入れる。

「彼女にお勧めの紅茶を一杯」

 

「おっと、なんデスカ急に」

「買収だよ。ペラペラしゃべっちまったが、軍規に触れるようなことを話ちまったかもしれん」

「心配いりません。ワタシはお口が固いと評判デース」

「なら美人とお茶できた記念だ」

「それならありがたくいただきマス」

 

それから彼女は紅茶をキャンセルし、俺が飲んでいる物と同じ物をと注文し直した。

「コーヒーだぞ?」

「知ってマース。好きですヨ? コーヒーも」

 

最後まで喰ない女だった。

 

 

 

鎮守府に戻ると、門のところで腰に手を当てた時雨に捕まった。

 

「提督。何度も言うようだけど、行き先も告げずに急に居なくなるのはやめてもらえないかな? 僕はその都度提督を捜しに鎮守府の内外を走り回っているんだよ」

「すまない、すぐ帰ってくるつもりだったんだが、予定外のことが起きてね」

 

時雨の顔が途端に緊迫を表した。

「問題が?」

 

なんて言おうかと逡巡したが、結局報告できるような特別なことなどなにもないと気付く。

「いや、コーヒーが思いのほか美味しかった。それだけだな」

 

いつも優しい時雨だが、こう見えて執念深い。笑顔の裏でされたことの仕打ちは忘れないタイプだ。

へそを曲げられる前にご機嫌を取っておかねば、なんて思っていると、心を読んだかのように時雨が言う。

「言っておくけど、怒っているわけじゃないんだよ? 心配してるって言ってるんだ」

 

走り回ってくれていたのだろう。額に汗を浮かべた時雨を見ると、本当に心配してくれていたことがわかる。二度とないようにしようと心に決めた。

それから時雨の頭に手を乗せ、ポンポンと撫でてみたが、誤魔化されないからねと素っ気なく言われた。

「それでなくても行動を制限されているんだから。自重を覚えてほしいな」

 

呉のときとは違い、外出も申請すればできるほどには自由だ。

しかし、外でも中でも監視が付いている。俺が誰かと接触するとでも思っているのだろうか? あぁ、きな臭いきな臭い。

 

 

それからほどなくして、唐突に査問会は終わった。

しかも表向きはお咎めなし、さらに階級がいつの間にか中尉になっていた。

 



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〜ブレザーと対物ライフル〜/ 鈍色の空と青春と

彼女の下着はラヴィジュール。
青春力の暴力装置だ、行っくよー、暗殺暗殺ぅ!


「ちゃー、すっごい炎」

 

かなりの距離があるはずだが、燃え盛る炎の轟々と鳴る音がここまで聞こえている。

「やりすぎじゃないの?」

手で(ひさし)を作るようにその様子を眺めていた鈴谷が言う。

ホテルは中層から出火した火がみるみるうちに上層階を飲み込み、まるで巨大な焚き火のようだ。

ま、そうなるように各階に仕込んでおいたわけだが。

 

鈴谷と同じくそれらを確認していた提督が双眼鏡を下ろして言う。

「部屋だけ大炎上してたら怪しいだろ」

「そうだけどさー。関係ない人たちも大勢死ぬだろうことに対して、提督はどう思ってるのかなー?」

屋上の縁に腰がけた鈴谷がビル風に煽られる髪を抑えながら問いかけた。

 

「関係なくはないだろ、人類は戦争やってるわけだし」

「戦争ねー、これは果たして戦争なのかな」

「生存権をかけた戦争だって言えば、ちょっとカッコいいだろ」

隣に立つ提督は鈴谷の髪を(いじ)りながらそう続けたが、その視点はどこに合わさっているのかわからない。

「大きな目的を果たすため、人類ってやつにも多少の犠牲くらいは支払ってもらうさ」

 

 

 

さて、いきなり始まりました。

このままだと提督からテロリストにジョブチェンジしたのかと勘違いされる方もいるかもしれません。

提督です。いえ、階級が届いていないので提督ではありませんが、これでも司令をしております。

 

ホテルの放火はもちろん、無差別テロを起こしているわけではなく狙い撃ちです。

あそこにいたのは各界でそれなりの影響力を持っていたお歴々。人権派とでも評するべきか、どちらかと言えばお友達になれる側の考えを持っている方々でした。

 

ただし、時勢が悪い。

 

彼らはこちら側であり、艦娘のために役立つ者だったはずだが、今は邪魔だったのだ。

女性や子供を戦地に送るなど倫理に悖る行いである。などと、人として当然の美しい考えを広められるのは困る。少なくとも戦争の最中に説くことではない。

戦後であれば、こちらから頭を低くして協力を求めただろうことを思うと実に残念だ。せめて、終戦の暁には墓に参らせてもらおうと思う。

 

 

 

「提督は人間が嫌いなのかな?」

この人がなにを見ているのかはわからない。犠牲を人間側に押し付ける考えなんて理解できないが、しわ寄せを艦娘で支払うつもりがないのなら、それは鈴谷にとっては望むべきものではある。

「まさか、考え方の相違だね。艦娘に犠牲を強いた先にあるのは人類の緩やかな衰退だ。いずれ行き詰まるのは目に見えてる。だったら、人を生かすためにまず艦娘を生かさねば」

 

しゃべりながら、提督の指は髪を離れ鈴谷の頬から顎に滑る。

「言ったろ、多少の犠牲くらいは人に払ってもらうさ。後により多く返してもらえればそれでいい」

「くすぐったいって」

提督の手を掴みながら、もう一度戦火に燃えるホテルに視線を定める。

人の命が燃えている。皮肉にも、その炎はキレイなものとして目に映った。

 

 

そろそろ頃合いかな。

せっかくの晴天を全て黒く染めてしまうのではないか、そう思えるほどの煙が立ち上がっている様を眺めていたが、いつまでもソレを見ているわけにもいくまい。

 

「鈴谷、お前の腕なら造作もないだろ」

1,300mは離れており、高層を吹く風が荒れ狂って軌道を不規則なものにしているのがわかる。しかし、狙うのは容易かった。

「窓に穴開けるだけっしょ? そんなの狙う必要もないくらいだねぇ」

窓越しの狙撃が命じられているわけではない。ただ、窓を狙うだけだ。

鈴谷にとっては取るに足らないミッション。

 

 

屋上の縁に寝そべりスコープを覗く。艦娘の視力であればスコープさえ必要としない距離。

「今回はソレの実地訓練も兼ねてるからな、実戦で使って初めてわかるものもあるだろ」

鈴谷の隣に腰がけ双眼鏡を覗く提督が鈴谷の構えるソレを撫でるようにして呟いた。

「なんだ、鈴谷のお尻でも撫でたいのかと思ったよ」

「お前の尻を撫でたいのはいつでもだが、作戦行動中くらいは真面目にもなるさ」

 

 

対物(アンチマテリアル)ライフルと呼ばれるその大型銃は、人に向けることをよしとしない勢力が一部にあるという。曰く、あまりに非人道的過ぎると。

初めてそれを知ったとき、その滑稽さに声を抑えることができなかったものだ。一瞬で人の命を吹き消すものに人道的も非人道的もあったものじゃない。

現に人によっては、痛みを感じる前に絶命させるこの銃を指して、なにより人道的な殺傷兵器だと言うものもいるのだから。

特に提督としては、艦娘のためにも非人道的だなんて馬鹿げた話に頷くわけにはいかない理由もある。海上では艦砲をばら撒いているのだ。今さらこんな豆鉄砲に対して思うことなどあろうはずもない。

 

 

「いけるか?」

「いつでも」

「撃て」

瞬間、鈴谷の指が引き絞られバレットM99(対物ライフル)の弾丸が目標の部屋目掛けて飛び立つ。

高層階の分厚いガラスを物ともせず粉砕したと同時に、対象の部屋が炎を吹き出した。

 

 

「うわー、アレは助からないわ。火炎放射器より酷いねー」

 

「なんで窓撃っただけであんな?」

「バックドラフト現象、高級ホテルの密閉度が仇になる典型だな」

「バックドラフト? 聞いたことあるようなないようなー、またエッチな話だったりする?」

「しねぇよ、なんでこのタイミングで下ネタ挟むんだよ。密閉された空間で不完全燃焼してるところに外から大量の空気を送ってやると、飢えている炎さんが我先にと新たな燃料に食いついてくる。そういう現象」

「ふーん。微妙にわかりにくい説明ありがと、帰ったら霞に聞くよ」

 

 

 

放っておくとホテルの方はフラッシュオーバーを起こしキレイに燃えてくれるだろう。足が残るようなお粗末な仕掛けはしていないつもりだが、燃え尽きてくれた方がなにかと都合がいい。

もっとも、強く疑われることになるのは艦娘を軍の備品として戦争に活用したい層になるだろうから、こちらにとっては些細なことではある。

 

 

「あれは肺の中まで真っ黒だね。提督はきっとロクな死に方をしないねぇー」

「あれ? 実行犯はお前じゃないの?」

「鈴谷は提督に使われる兵器ですからー、責任も罪も人の業ってやつも、全部提督に乗っかるんじゃん?」

 

スコープを覗き込み黒煙を吹き上げる様子を観察しながら、引き金を引くのはいつだって提督なのだと鈴谷は告げる。

それが兵士としての鈴谷だとしたら、もう一つ、彼女には別の顔も確かにあるのだ。それを思い出したのか、オマケだと言わんばかりに付け足した。

 

「ああ、もちろん戦闘行動中だけだよ。日常の鈴谷は艦娘として自由意志で生きてるんで」

 

これが鈴谷の強さだろう。

彼女は兵士として、そして艦娘として生きているのだ。

人も艦娘も変わりなどない。そうやって割り切れないと擦り切れていくばかりで、誰もが正気ではいられない。多分、それが戦争との正しい付き合いかたってやつ。

だからこそ鈴谷は信頼できると思う。

 

 

 

「いい性格だな。まあいい、撤収するぞと」

「ちよっと待ったぁぁ、なんで今鈴谷のお尻叩いた?」

立ち上がるついでに柔らかいお尻を叩いてやっただけだが、清純鈴谷には荷が重かったようだ。

 

「危ねぇな、そんなデカいもん振り回すな、俺が落ちたらどうすんだよ」

「知らないよ、落ちて骨折でもすればいいじゃん」

 

ここがビルの屋上だと忘れているんじゃあるまいかと思ったが、どうやらそれは覚えているらしい。

わかっていて落とそうとしているなら本当に危ない奴だ。

 

「こんな高さから落ちて骨折で済むようなら深海棲艦とも戦ってやるわ」

「提督は空中戦なら分があるんでしょ? 試してみなさいよ」

それは俺じゃないし、そもそもそいつは空中戦でも負けていたはずだ。

鈴谷へのセクハラは時と場合を考えてやらなければ、文字どおり命に関わるのだと学習した。

 

 

 

「しっかしどうなの、これは非人道的かな?」

 

幾分か冷静さを取り戻した鈴谷が小悪魔的スマイルを浮かべ、一仕事を終えた新しい相棒を大型ケースに仕舞いながら提督に問いかけた。

「さあ? 救助の手助けにでもなればと思って窓撃ち抜いただけだし、火事で死んだんだから事故死じゃないか?」

 

対物ライフルでぶち抜かれたなら即死するだろうが、バックドラフトに巻き込まれた人間がどのように死を迎えるのか、生憎とそのような知識は持ち合わせていない。

ただ、戦死ではないのだから人道的も非人道的もないだろう。事故とは常に不条理で、誰の身にも起こりうるものだ。

 

「他の子には頼めない任務だねぇ」

「お前には付き合ってもらうからな、心配ならカウンセリング受けとけよ」

「要らないよ、鈴谷これでも尽くすタイプなんです。兵士の戦争なんて視野狭窄くらいでちょうどいいんじゃん」

バッグを肩に担ぎ上げて、恋は盲目ってやつかなーと、笑った。

 

 

「どったの?」

気付けば提督と目が合った。改まって見つめられると少し恥ずかしい。顔が赤くなっていないことを祈ろう。

 

「あれ、鈴谷がかわいいこと言ってるなって」

「あれ、提督の目は開いてないのかな? 鈴谷はいつだってかわいいはずなんだけど」

どんな笑顔でも素敵なヤツなのだが、自然体で笑う鈴谷は本当に魅力的だ。背負ってる物騒な物に目をつぶることができれば、街を歩く青少年の九割を振り向かせられるだろう。残りの一割は残念ながら特殊な性癖を持っているに違いない。

 

 

「で、兵士鈴谷さん的にはどうだったの? その銃」

「艤装なしで使うにはちょっとしんどいね、でも実戦でも問題なく使えるよ。癖も覚えたから次は頭も狙えるねぇ」

大型銃を軽々と持っている鈴谷がしんどいと言ったところであまり信憑性はないものだ。ひょいひょいと持ち歩いて使う類の物でもないしな。

とはいえ、ビル風の強いここで長々と話していても得ることはなにもないだろう。

 

まだまだ桜の咲き誇る季節ではないが、この強い風が鈴谷のスカートをめくり上げ、別の意味での美しい花が顔を覗かせやしないかと期待もしたが、それも望めそうにない。

なんでだか、コイツのスカートはやけに防御力が高いのだ。さすが戦術行動の申し子と呼ばれる鈴谷なだけはある。

隙だらけで大胆に見えるのに、その実ガードが硬いところなどは非常に鈴谷らしい。

風の精霊が起こすイタズラが望めないのであれば、早々に事件現場から立ち去るのが正しい犯人のあり方というものだろう。

 

 

 

鈴谷の撤収準備が終わったことを確認すると、足を出口に向けながら本日の感想を一言。

「物騒なやつ」

 

「女の子はちょっとくらい刺激的な方がかわいいんですよーだ」

そう言って鈴谷が右腕を絡めて歩き出す。そのまま引っ張られるように屋上を後にするが、このまま基地に帰るだけというのも味気なく、またもったいない気持ちにさせられる。

 

「甘味処でも寄ってくか」

「お、わかってるじゃん」

グイグイと胸を押し付けるように密着する鈴谷。俺の腕が見えなくなりそうだ。

こいつの純情がわからないが、とりあえず今は右腕に意識を集中させよう。甘味一つでこの感触が味わえるなら毎日でも連れ出してやりたいと思った。

 

その場合、物のついでで暗殺される方々には申し訳ないが、一年も続けたら世界もちょっとは平和になるだろう。

 




ずっと先の番外編でした。
彼女が仲間になるのが今から楽しみですね!(他人事)。


小ネタ
【 他人事(ひとごと) 】
もともとは「人事」でしたが、これだと人事なのか人事なのか前後の文脈で判断しなくてはならず、それは親切じゃないねってことで「他人事」が使われることになった。
ね、分かりづらい。

そんな経緯から「ひとごと」は「人事」でも「他人事」でも間違いではないが、上述したように親切な文章を書くなら「他人事」のほうがより良いと思う。

「他人事(たにんごと)」は完全なる誤読。
100年後にはセーフかもしれないが、今はまだ間違いなので注意。



ラヴィジュールは、ちょっと大人な意識が芽生える年齢でも手が出しやすいお値段設定が嬉しいランジェリーブランド。
「マジか」なデザインのアイテムもあるが、下品ではないセクシーなアイテムもある。

なにが言いたいかって、イラストレーターの皆様方にはぜひ下着にこだわっていただきたい!(血涙)。
特にブラジャー。十代半ばを過ぎて、それなりのサイズをお持ちな女性でブラを着けていない人がいたら、それはエロいというより逆に怖い。
家庭環境とか本人のいろいろとか、妙な心配をしてしまうじゃん。

悪いわけではないか、二十代好青年脱いだら白ブリーフくらいの違和感がある。

そして、エロと下品は別物であると知ってほしいのだ。


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第1章 南方の小島
小島での生活


佐世保の謎を残したまま新章突入。



そこは、なにもない島だった。

 

海辺には申し訳程度の浮き桟橋があるが、これでは駆逐艦サイズの停泊も難しいと思われる。

海から上がったすぐには、農家の裏庭で脱穀機やコンバインが収まっていそうな倉庫風のドックが一つ。坂の上には、司令部というにはアットホームな感が否めない、ちょっと予算をケチり過ぎちゃった南国の別荘風建築物があり、その右奥には浴場らしき建物が見える。

 

先日まで着任していた佐世保鎮守府と比べると、これが同じ海軍の施設なのかと俄かには信じ難い。

もっとも、佐世保壊滅からおめおめと生き残った、敗残兵である自分だけが所属する泊地としては、このくらいの規模でお似合いなのだと思う。これが僕たちへの期待の表れ。現状の評価というなら受け入れよう。

 

 

あ、自己紹介が遅れたね。この度、正式に提督の秘書艦となり、そして唯一の所属艦となった僕は白露型駆逐艦の時雨。

あの佐世保鎮守府壊滅を生き残ったあと、押しかけ秘書艦としてどこにでも着いて行くのだと、半ば脅迫に近い行動を持って勝ち取った戦果が、彼と二人だけで配されたこの南方の小島。

 

ここまで僕らを乗せてきてくれた輸送船を見送り、荷物を引きずるようにして坂を上ると、桟橋からも見えたこじんまりとした小屋のような家に到着した。

佐世保から着いてきた妖精さんたちの大多数は飛び跳ねるようにドックの方へと消えていき、居残った少数が僕と提督の肩に乗っている。

彼女(?)たちは僕らの恩人であり戦友だ。彼女たちの助力がなければ、僕たちは佐世保を生き残ることができなかっただろう。

 

 

そんな妖精さんたちは通常基地から移動することなく、ただ赴任してきた司令官や艦娘を受け入れるだけだ。そして司令官の資質や基地を包む空気によって、いつのまにか増えたり減ったりする。今回のように妖精さんを引き連れての異動は稀有な例だと思う。

おかげで、小さな島の小さな艦隊にしては妖精さんの数が多い。

 

 

さて、玄関を開けると右手に取って付けたかのような調理スペースがあり、左手には応接スペース、その奥には執務に使っていたらしい机が置いてある。そして机の右側には、6畳程度の部屋があるだけの1DKだった。

なにやら「さすがにダンボール一つってことはなかったか」と聞こえた気もするが、きっと気のせいだ。

 

 

「よし、今日からこの泊地を小島、ここを小屋と名付けよう」

そう言ったのは僕の新しい提督。大体僕と同じ感想を持った様子だ。

彼は佐世保の件で中尉に昇進したばかりなので、提督と呼ばれるような階級ではもちろんないのだが、今後の期待を込めて僕は提督と呼んでいる。本人は嫌がっているようだが、これは僕からの親愛の証だと思って諦めてほしい。

 

「そうだね。泊地や司令部と呼ぶのも大げさに感じるからね」

そう返答したが、なにも悲観しているだけじゃない。

提督曰く、懲罰人事だという転属命令により足を踏み入れることになった僕たちの新天地。四大鎮守府でエースと呼ばれた僕は、また一から。そう、ここから始めるんだ。

 

まずは荷物を置いて一息つこう。僕はともかく、提督は慣れない船での長距離移動で少し船酔い気味だ。自身の力以外の方法で移動する経験があまりなかったから気付かなかったが、新幹線といい船といい、どうやら僕は乗り物に強いようだ。そして提督はあまり強くないのかもしれない。

 

 

新たに小屋と命名された建物の、その一つしかない部屋を開けると、ただ仕切られているだけといった簡素な作りの室内。そこにはやけに不釣り合いな、大きなベッドが置いてあった。素直に表現すると、ベッド以外はなにもなく、またベッド以外の物を置くスペースも存在しない。

 

「これ、艦娘はどこで寝てたんだ?」

小屋に入って数分も経たないうちに探索は終了してしまったが、部屋が一つとベッドが一つ。それ以外に寝床らしいものは見当たらなかった。

「うん。引き継ぎ資料ではこの応接スペースで寝起きしていたみたいだね」

応接といっても、執務机の前にソファとテーブルを詰め込んだだけのスペースだ、当然寝られる場所などどこにもない。

 

「寝るとこないじゃん」

「そのソファのようだよ」

「ブラックだなぁ。やっぱりこの国の軍隊はおかしい。通常兵器が意味を成さず、艦娘に縋らなければ一歩も海に出ることができない人類が、どうしてここまで艦娘を蔑ろにできるのか」

ブツブツと呟く提督だったが、意を決したようにこちらを向くと、改まったように話し始めた。

 

「あー、時雨」

「なんだい?」

急に畏まられると緊張してしまう。佐世保以降二人で行動することも多かったが、本当の意味で二人きりになったのは初めてだからだ。

 

「寝室は時雨が使ってくれ」

「……えっと」

「体を休めるのに睡眠くらいはしっかり取ってもらいたいし、女の子だからな。私室の一つも必要だろう、俺はソファで寝るから」

はたして提督の口から出た言葉は予想外のものだった。

 

「待ってよ提督、そんなことさせられるわけないじゃないか。申し訳なさすぎで寝ていられないよ」

なにを言っているんだろう。上官を差し置いて自分が寝台を使用するなど考えられないことだ。二人きりになって、彼からの初めての指示に従わないなんてことになっているが、仕方がないことだと言い訳をしておきたい。

 

「俺も同じだ。お前をソファに寝かせて自分だけグッスリなんて無理だ」

「僕は船だよ? そんなに気を使ってもらわなくても大丈夫だから」

 

大体、佐世保鎮守府でさえ与えられていたのは駆逐隊のみんなと過ごす狭い四人部屋だったのだ。プライベートな空間と言えば自分の寝床だった二段ベッドの下段だけ、ここのソファとさして変わらないスペースだ。

多分ソファで寝るのも苦にならないし、なんなら夜だけここにハンモックを張らせてもらえれば、それでも十分なのだ。

 

 

しかし提督も折れなかった。

 

「俺はお前のことを兵器だ船だなんて思っていない。意思疎通ができるのだから、種は違えど対等であると思ってる。っていうか女の子だろ! そんなにかわいいんだから、ただの船だなんてわけあるか」

「いや、かわいいって……」

 

艦娘を人と同じように扱う人間がいることを知識の上では知っている。そして提督は良くも悪くも海軍擦れしておらず、艦娘と人間とをあまり区別しないというのもわかっている。しかし、自分がこうまで人間扱いされるのは初めてのことだ。

容姿について褒められたのも提督と、横須賀までの道中を付き添ってくれた山崎さんだけのことで慣れておらず、驚きと恥ずかしさで頰が熱くなる。

 

「と、とにかく! 提督をソファで眠らせるなんてそんなのは無理だよ。ここは譲らない」

僕をベッドに寝かせたい提督と、提督をソファで寝させられない僕。

 

 

まさか赴任地での最初の攻防が寝床についてのものになるとは思わなかった。

まったく相反する主張なので落としどころが難しい。白か黒かのハッキリとした勝負。

 

負けるわけにはいかない。そう頑なになった僕とは逆に、提督は深く息を吐いて手を上げた。

わかってもらえたのかと思ったら、提督はこう言ったんだ。

 

 

「わかった、なら最終選択肢に『一緒に寝室を使う』を加えよう」

 

 

 

 

「お前が船なら一緒に寝るのになんの不都合もない。お前が女の子ならベッドで寝かせるくらいの配慮は必要だ。どっちでもいいがお前がベッドに寝るという結果は変えないぞ。お前の選択肢は俺の寝床だけだ」

やっぱり頑なになっているのは提督も同じだった。

 

「す、睡眠時の護衛を兼ねていると考えれば……あり、なのかな。て、提督がそれで気にならないのなら」

上官と同じ部屋で休む。その選択肢は十分あり得ないものだが、提督をソファで寝かせることを思えばまだ……。本当にそうか? ちょっと知恵熱で茹っている可能性も否めない。

 

 

 

ともかく、寝床の取り決めが終わってから二人で一度外に出た。今後の生活のためにどうしても必要になる設備の確認のためだ。

 

「なんで風呂が別棟なんだ? 小屋にくっつけて建てておけよ」

提督がもっともな意見を口にする。

 

小屋の右手は木々が開けており、少し行くともう浴場だ。小屋を見る限り浴場にもあまり期待はかけられないが、近づいて見ると思っていたより奥行きがあるようで……。

 

「大きそうだね」

 

小屋と名付けてきた先ほどの司令部と同じくらいの建築物が鎮座していた。お風呂一つでこの大きさはどうしたものか。この島の価値観は少し変なのかもしれない。

 

 

 

「こりゃ絶景だな」

浴場の奥は切り立った崖になっていて、そこからは美しい南の海が大パノラマで展望できた。

景色を見ながらぐるりと無駄に大きい浴場を一周し、いざ中に入ってみる。

そこにはちょっとした脱衣所があり、その奥に浴室に繋がる扉があった。

 

「なんだこりゃ」

どこぞの温泉地だと言われても信じるだろう、扉の向こうにあったもの。無駄に立派なこれは……。

 

「岩風呂だね」

「岩風呂だな」

 

前任者の趣味が窺えるこれは後から増設したに違いない。

 

「これは燃料の無駄だな」

「この広さはさすがにね」

温泉地の岩風呂と比べると小さいのだとは思うが、それでも燃料や水を貴重品とする戦場の泊地にあるレベルのものじゃない。

さて、どうしたものか。

 

さっそく浴室の清掃を行なっている妖精さんたちを横目に、二人は建物を後にした。

 




無駄に大きな湯船。
油の一滴は血の一滴と言われる貴重な燃料に、南の島ではこれまた貴重となる水。

ここから導き出される未来とはっ!


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小島での生活2

「提督。それで、僕たちの当面の方針はどうするのかな」

「時雨の練度を上げて、それから戦術を考える。俺たちは俺たちらしく、な」

「教本通りじゃいけないのかい?」

わかっていたことではあるが、練度を上げることが最優先みたいだ。だが、戦術については疑問も浮かぶ。自分はこれで幾度となく作戦に参加してきた実績があり、佐世保鎮守府随一の練度を誇る駆逐艦と評されてきた。現に戦果も挙げているので、教官役のいないこの島で今さら自分だけで新たな戦術をと言われてもどうすれば良いのか見当もつかない。

 

「お前がそれで戦いやすいのなら構わないよ。実際の戦闘ってやつを俺は知らないし、戦い方は現場を知る人間こそが考えるべきだと思う。そもそも対深海棲艦戦なんて当事者は艦娘だけだもんな、人が常識の枠にはめて、机の上で勝手に考えただけの戦い方なんてあまり信憑性の高いもんじゃない気がする」

「それなら、少し分かる気がするよ」

実際戦場で役に立ちそうもない訓練やセオリーというものはあったのだ。教本にはない現場の艦娘だけが知っている裏技に近いものもある。教本どおりに、ではエースとはなれないだろう。

 

「あと力を入れるのは陸上訓練だな」

「陸上訓練? 陸の上でなんの訓練をするんだい?」

「スタミナと筋力アップ。それから陸上戦闘訓練を取り入れたい」

 

 

「定期的に資源を輸送してもらえるが、大した量じゃない。できることは陸でやる。せっかくそれができるように生まれてるわけだからな」

先ほどドッグの確認を行ったところ、前任者が残した燃料が少なからず残っていた。多分遠征任務をメインにこなし、備蓄を心がけていたのだろう。

しかし、当面艦娘の補充を考えていないうちの艦隊(?)では遠征任務を受けることもできないので、後方基地より補給される1隻分の僅かな燃料と備蓄分だけでやり繰りしなければならない。

佐世保に居た頃は残燃料なんて気にしたこともなかった。訓練や出撃の後は、ドックに艤装を戻しておくだけで次に使うときには完調の状態になっていたものだ。

 

 

「確かに、船だった頃は筋トレなんてしたこともなかったね。スタミナが必要ってこともわかるんだけど、陸上戦闘っていうのは?」

 

「それも同じ、人型には人型のメリットがある。昔から思っていたんだよ、なんで艦娘って水上訓練しかしないんだろうなって」

在りし日の船の魂を宿す艦娘と陸上戦闘がどうしても繋がってはくれない。

先の佐世保撤退戦でも陸上を駆けずり回ったので、まったくの無駄というわけではないのだろうが、深海棲艦が海上にいることを思うと優先度がそれほど高いとは思えない。

 

「陸上での身体能力も可能な限り上げておく、人型である限り基礎体力や体幹を鍛えるのは水上戦闘でも役立つはずだ」

そんなものなのかな。人型の大先輩にあたる提督が言うのだから役に立つのだろう。いっそ僕たちのように、変に海の戦いに染まっていない提督だからこそ思うところもあるのかもしれない。

 

「それに、今後は対人戦闘ができると戦略の幅も広がりそうだ……」

ぼそりと付け加えたそれに薄ら寒い違和感を覚えたが、端から提督の考えに異論を挟むつもりはない。

「うん。トレーニングについては提督に任せて大丈夫なのかな? ここにはなんにもないようだけど」

提督が必要だというのならそうなのだろう。求められるまま僕はやるだけさ。提督と二人、このなにもない島から始めるんだと決めたところだ。そして、佐世保を生き抜いたときから、この人の元で生きて死ぬ。それはもう確定していることなのだ。

 

「必要な筋力をつけるのに特別な物は必要ない。上半身なら懸垂、下半身はスクワットで十分だ。程よく筋肉のついた女の子の背中はキレイだよ、俺を悩殺することまでできて一石二鳥だな」

 

「うん、それは必要だね。提督に捨てられることのないようにしないと、僕の存在意義に関わるからね」

そうだ。決意を固めるのは勝手だが、この人に手を離されてはそれを成し得ることができない。提督を悩殺……、できるとは思わないが、頑張ろう。

 

「俺が時雨を捨てるなんてことはないさ。お前の死ぬときが俺の死ぬときだ。浮くも沈むも一緒だよ」

提督の一言が胸を突いた。ああ、この人も同じ決意をしているのかと。『これで、俺と君とは共犯者だ』あの時の約束が思い出される。うん、頑張ろう。二人でやっていくんだ。

 

 

妖精さんにも手伝ってもらい、ドックに転がっていた単管パイプで懸垂ができるだけの簡単なスタンドを作った。激しく運動したら倒れてしまいそうだが、提督に言わせると、懸垂は揺らさないくらいゆっくりやるものなので、むしろこのくらい頼りない物で良いとのことだ。

 

それじゃあやってみるねと、妖精さんをギャラリーに背負い、早速完成したスタンドで懸垂を始める。

「鎖骨くらいまでしっかり上がれ、上りきったら一呼吸おいて、下がるのも同じくらいゆっくりだ」

 

やや、これは予想以上に辛いぞ。額に汗をかきながら、ゆっくりと懸垂を続ける。

身体能力にはそれなりに自信があったが、初めて行う懸垂なるトレーニングはなかなかにしんどいものだった。

 

「初めての懸垂で20回か。お前ら本当にバ……優秀なんだな」

 

腕がパンパンになり、これ以上は上がることができない。なんだろう、体は疲れていないのに上半身だけ疲れているような、初めての感覚だ。ところで今、なにかとても失礼な感想を言いかけなかったかい?

息を整えながら回数をこなせない自分にやきもきした。本当のことを言うと、回数云々ではなく、1時間くらいは続けられるものだと高を括っていたのだ。それを察したのか提督が言う。

 

「体重の軽い女の人のほうが得意ではあるが、上出来だよ」

普通は10回上がれるように頑張りましょう、といったものらしい。

「ちょっと休憩入れたらもう1回だな、そのときはもう少しスタンス広げて、肩幅より広めで試してみてくれ。1度に10回以上はやらなくていい、他の運動や作業の合間とか、ちょっとした時間を見つけて適当に。そうそう、あと鉄棒を握りこむなよ、無駄なところに力が入っていると効率落ちるからな」

 

 

それから雑談を交えつつ、ゆったりとした時間の中でトレーニングを続けた。空と海が赤く染まり、雄大な南国の景色を見せる頃になって慌てて小屋に戻る。

「つい張り切って集中し過ぎた」

「提督もやるもんだね、驚いたよ」

体を鍛えるという行為は、思いのほか面白く、時間を忘れて交代で没頭してしまったのだ。

 

到着したときに少し確認しただけの小屋は、まだ居心地の良い空間とは呼べず、他人の家のようだ。だから、小屋に入るなり提督が何気なく口にした「ただいま」に意表を突かれた。

 

「これから俺たちの家になるわけだしな、なんとなくだ」

視線に感づいた提督は、言い訳のように小さく言った。

「うん、そうだね。……ただいま」

不思議な感覚だった。先ほどまでより、ずっと自分の居場所になったような気がする。

 

 

「夕食の用意をするね、大したものは作れないけど、料理もこれから練習するよ」

「じゃあ俺は風呂の用意でもするか、それはそうと、今度の定期船にTシャツとジャージでも頼まなきゃな。トレーニングなんて制服でするもんじゃねぇよ」

 

確かに、懸垂中に吹く南国の風や肩幅まで足を開いたスクワットなどに思うところがなかったでもないが、そんなところに予算を割いていいものか。

なにより、今またおかしなことを言ったね。

 

「お風呂の用意なんて僕がするよ。提督はゆっくりしていてくれて構わないんだよ」

お風呂の用意をする提督なんて、艦娘のためにトレーニングウェアを買い揃える提督よりも聞いたことがない。

「お前も疲れてるだろうし、早くサッパリしたいだろ? 二人しかいないんだから、ここでは分担だよ。毎日やるかどうかは気分次第だけどな」

言いつつ浴場の方に歩く提督の背中に、慌てて声をかける。

「入浴は提督からだよ!」

 

 

「今日は遅かったから、簡単なものしか用意できなかったけど」

ここに転属になる前、横須賀で提督のお姉さんに少し料理を教えてもらっていた。時間がなかったこともあり、料理の基本を教わった。とも言えない内容ではあったが、初めて作った料理もどきよりは随分とマシなものをテーブルに並べることができたと思う。

本日のメニューはご飯に味噌汁、それからキャベツを添えたカツレツ。提督は細々と皿数が多いほうが好みだとお姉さんに聞かされたが、それらを叶えるには時間も食材も、それから自身の練度も足りていない。

 

 

「十分だよ、特に俺くらいの年齢になれば、時雨みたいな若い女性が作ってくれた料理ってだけでご馳走だ」

並べられた料理を見て、提督が嬉しそうに笑った。

 

「カツレツ食うと山崎を思い出すな」

「駅弁ってやつだね。初めて食べたけど美味しかったよ」

正直に言うと、あのときは焦って食べていたのであまり記憶に残っていないが、思い出の料理になっていた。

 

 

夕食のあとは入浴だ。娯楽の類はなにもないし、トレーニングでかいた汗も流したい。先に入るかと提案されたが、提督を差し置いて一番風呂など入れるはずもない。未だ先を譲ろうとする提督にカバンから出した着替えとタオルを手渡し、半ば強引に小屋を追い出すことにする。

 

一人になった小屋で、洗い物をしながら今後の生活を考える。

今日明日は、自分たちの乗ってきた輸送船から下ろしたばかりのお肉があるが、それ以降は保存食と魚だけの毎日になりそうだ。

 

本日初めて自分の手料理を提督に振る舞ったが、彼は美味しいと言いながら残さず食べてくれた。

彼には、できるだけ美味しく食べられるものを出してあげたい。そんな母性的乙女心が胸に芽生えた。

 

 

入浴を済ませた提督と交代で浴場にやってきた時雨は、脱衣カゴを前に制服を脱ぎ、下着に手をかけたところで重要なことに気づいて青ざめた。

 

「あれ? 寝間着なんて持ってないよ」

 

しまった、完全に失念していた。

今までは女性ばかりの寮生活だったので、上にTシャツ1枚着込んであとは下着姿のまま過ごすことが多かったのだ。私物の服も何着か持っていたが、それらは佐世保鎮守府と一緒に燃え落ちてしまったので、手元には残っていない。

 

制服で寝るわけにはいかないよね、上はTシャツで良いとして、下は下着か? 下着姿でうろつくのはさすがに恥ずかしい。でもそれよりも、頭をよぎり心配なことがある。

 

「提督はなんて思うだろう」

粗忽者だなんて思われないだろうか。

 

「い、一応下着はちゃんとしたのを選んだほうがいいのかな……」

 

浴場から小屋までは普通に屋外なので、とりあえず制服を着込んで戻ることになる。誰も見ていないとはいえ、下着姿のまま外を出歩くような趣味は持っていない。

 

 

「お、女の子はもっと時間がかかるものかと思ったが」

小屋に戻ると着任の記録や日誌をつけていたらしい提督が顔を上げてそう言った。

「佐世保でも入浴できる時間は決まっていたからね、手早く済ませないと叱られるんだよ」

「ここは人数もいないし、もっとゆっくり浸かってていいからな」

 

「僕はなにをしたらいいかな? 秘書艦は初めてだから、指示してくれると嬉しいんだけど」

「俺だって初めての基地司令だよ、秘書艦が付くのも初めてだ」

そう言って笑う。そうだった、彼は士官学校を出たばかりの少尉で、中尉になったのもつい先日。普通ならまだまだ下積みを経験していく年齢だ。

「まずはここの書棚にある書類や資料の把握からかな? 何がどこにあるのかもわからんし、不必要なものは捨てたい」

 

さっそく書棚に立てられている資料を端から取り出し内容を確認していく。

「とはいえ初日だ、移動の疲れもあるし日誌を書いたら早々に寝てしまおう。もうちょっとだけ待ってくれよ」

 

 

 

「お邪魔します」

「他人行儀だな。ここは時雨の部屋でもあるんだ。邪魔だから出ていけと俺を追い出せるくらいになってほしいな」

「それは、難しいかな」

 

「時間ならまだある。こうして二人で過ごす時間が、実のあるものだったと言えるようにしよう」

二人で生活をしていくことで、彼との距離は近づくだろうか、今よりもっと信頼できるようになるだろうか。まだわからない。

だけど、そうなれたらいいなと思う。

常に前向きで建設的な彼と、これからここで過ごしていくのだ。なんてことを考えていると、「それはそうと、制服で寝るのか?」とついに問われた。

 

実は……。

「あぁ、すまなかった。出発まで俺の手続きと準備で慌ただしくさせてしまったもんな」

 

半ば軟禁ともいえる状態にあった提督の代わりに、転属の手続きや最低限の荷物を揃えるために駆け回ったのは時雨だ。今までは佐世保鎮守府という大所帯で、さらにエースを張っていたような存在だったのだ、転属に関する作業に追われたのも始めてだろう。ましてや男物だ。

 

「お前の準備についてまったく頭がいってなかった。俺の責任だ」

それから提督は、やっぱり俺がソファで寝ようかと言ってくれたが、それは固辞した。

僕のミスだし、提督をソファに寝かせるなんてことはどうしてもできない。

結局取り決めどおりに一緒の布団に入ることになった。

 

電気を消して、部屋の隅に行って制服を脱ぐ、スカートを下ろすときには戦場でも感じたことのない緊張感で目眩がした。

Tシャツの裾を引っ張りつつ、素早くベッドに潜り込む。

 

「不便をかけるな。俺も理性を保つようにするよ」

「いや、僕の不注意だから」

「なんだ? 理性は保たなくても良いよってことなのか?」

「そ、そういう意味で言ったんじゃないから!」

 

真っ暗な部屋の中で、お互い横になりながらの会話は新鮮なものだった。

いろんなことを話したが、結局言っておかなければならない一言というのは決まっているのだ。

 

「……トレーニングウェアの他に、寝間着をお願いしても良いかな?」

 



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小島での生活3

「時雨、帰投したよ」

「無事か? 今日は敵艦と遭遇したかい?」

哨戒任務から戻り、ここは小島の桟橋だ。艦娘の出迎えをする提督という世にも珍しい光景にも少し慣れてきた。

そんな提督は、帰投の度に僕の姿を見て露骨にほっとした顔をする。それを見ると多少の疲れなんて吹き飛んでしまう気がする。

 

小島に着任してから数日。ここでの生活にもパターンができてきた。

あれから哨戒やささやかな量の事務作業、家事の合間に毎日トレーニングを続けている。

定期連絡船が来るのはまだ先なので、相変わらず制服での訓練ではあるが、成果は少しずつ出ていると思う。

 

「うん。昨日と同じようなところにはぐれ駆逐艦が2体だけ」

着任直後は小島の周辺の調査も兼ねて近海を周っていたのだが、思った以上に平穏な海らしく、敵艦と遭遇することはなかった。

なので、ここ数日は少しずつ哨戒範囲を広げているところだ。

「なんにせよ無事で良かった。で、どうだった?」

「うん。昨日も感じたけど、やっぱり効果は出ていると思う。体幹が鍛えられたのか、ちょっとくらいバランスを崩しても安定して砲撃できるようになったよ」

不安定な海面でバランスを取ることができるのは、海戦ではとても有利なことだと実感していたので、素直な感想を告げた。

 

「そうか、生存率が上がるのなら僥倖」

満足そうに頷く提督。

「そうだ、出撃の記録は夜にやるとして、今日から陸上戦闘の訓練も始めようと思うんだが、体調のほうはどうだ?」

「僕は平気だよ。そんなに疲れていないから」

コンディションならさっき回復したところでもある。もちろん言えるわけもないが。

 

「じゃあ一休憩したら始めようか、艤装置いてきな。小屋でお茶でも飲もう」

 

あれから色々考えたんだが。

お茶を楽しんでいると、急に真面目な顔をして提督が言った。なんだろう、緊張する。

 

「やっぱり前任者がソファで寝てたってのは嘘だろ。でなければあの無意味にデカいベッドの説明がつかん」

拍子抜けだ。

しかし提督の言うことももっともだと思う。実際、報告書的には僕がソファで寝ていることにしてあるし、同じことをしていたんだろう。

 

「さて、ぼちぼち始めますか」

「どこでやるのかな?」

「浴場の裏を考えてるよ。あそこは見晴らしも良いし、結構拓けてたから」

「あそこはダメだよ!」

咄嗟に声を張り上げてしまった。提督も驚いているが僕はもっと驚いてる。

 

風通りの良い浴場裏は洗濯物を干すのにうってつけで、ちょうどの位置に生えている木の枝にロープを張れるよう浴場の壁にフックが備え付けられていた。多分前任者もあそこに洗濯物を干していたのだろう。

そして洗濯物の中には当然自分の下着も含まれているのだ。家事の分担で洗濯担当を時雨が譲らなかったのもこれが理由だった。

相変わらず寝室ではTシャツに下着といった姿で過ごしており、実は結構慣れてもきているのだが、それでも自分の下着がひらひらと舞っているのを横目に訓練をしたいと思えるほど羞恥心を失っているわけではないし、そんな特殊な性癖も持ち合わせてはいない。

 

「いや、あそこは洗濯物を干したりしているから……」

「そうか? まあ特に理由があってのことじゃないから、それじゃあ懸垂してるとこでいいか」

こうして、めでたく懸垂器の置いてある場所が正式に小島の訓練場となったのだった。

 

 

「陸上戦闘っていうのは、具体的にどういうことをするのかな?」

「そうだな。俺は基礎しか教えられないが、基本はCQBとCQCの2つ。CQBは近接戦闘のことだ。直近から大体30mくらいまでの距離で戦う」

「30m? 目と鼻の先だね」

「時雨から見たらそうだろうな。普段は艦砲射撃なわけだし」

「でも砲撃するわけじゃないんだよね」

「砲撃じゃなくて射撃かな。とりあえず手持ちが俺のしかないから、今回はこれを使います」

そういって手渡されたのは拳銃だった。

それがどういう物であるかは知識として知っているが、間近で見るのも触るのも初めてだ。

「弾倉は抜いてあるが、引き金には指をかけるなよ」

 

「じゃあCQCっていうのは?」

「CQCは近接格闘、その名のとおりの格闘戦だな」

「格闘? 僕が殴り合いをするのかい?」

深海棲艦との戦いに活きるとは思えず、必要性を疑問視しているのが伝わったのか提督が言う。

 

「敵は深海棲艦だけとは限らないだろ。俺が暴漢に襲われたら助けてくれないのか?」

そんな状況になれば、もちろん助けたいと思うし、助けるのだろう。しかし、面と向かって助けてくれと言われるのもなんか違う気がする。

 

「まあいいや。その様子じゃ拳銃なんて持ったこともないんだろ? 普通に射撃の訓練からだな」

渡された拳銃をもう一度見直す。

見慣れぬ妖精さんが一人くっついているが、提督の妖精さんなのだろう。

「そいつは俺の私物のM8000って銃だ。耐久力あって撃ちやすいぞ。時雨にはちょっとグリップが大きいかもしれないけど、しばらく我慢してくれ」

こうして、僕の訓練メニューに拳銃での射撃が加わった。

 

 

日が暮れてからは、今日の出現記録をつけて使用燃料や弾薬をチェックする。

燃料や弾薬は、必要なもろもろと一緒に連絡船に手配することになっていた。幸い時雨は駆逐艦なので消費量は少ないのだが、小島で手に入る燃料には限りがある。燃料が尽きるときがこの小島を出るタイミングとなりそうだ。

 

というのも、横須賀鎮守府から提督に出ている命令はいわゆる実地研修であり、ざっくり言うと、艦隊指揮の経験や教育を受けていない提督のために、辺境の泊地で徐々に艦娘を増やしながら艦娘の運用に慣れろ。というものだ。

そして提督はここで艦娘を増やすつもりがない。さらに、粘れるだけ粘ってここで僕の練度を上げるのだと言う。

 

なので、小島に居座る間は輸送護衛などで資源を手に入れる方法がないということだ。

 

「これは、ギリギリまで切り詰めなきゃいけないかな」

 



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小島での生活4

時雨の汗をたっぷり吸った制服。


「こんにちは時雨さん」

 

「こんにちは、いつもありがとう」

小屋のある島を訪ねる数少ない人間。彼らは2週間に1度という頻度で補給物資を運搬する輸送船の乗組員で、声をかけてきたのはなにかと時雨を気にかけてくれる年配のベテラン軍人さんだ。

 

「しばらくぶりですね、なにか変わったことはありましたか?」

輸送船の乗組員は固定されているわけではないため、この乗組員に会うのは2ヶ月ぶりのことになる。

 

「毎日変わらず、だよ」

 

「哨戒に出られてたんですか? 時雨さんなら万に一つもないとは思いますが、気をつけてくださいね」

 

「毎日の任務だからね、でもありがとう」

「最近ここいらを担当してる乗組員の間で噂になってるんですが、ここ3ヶ月くらいかな? この近辺で深海棲艦に遭遇することがなくなったってね」

 

「そうなんだよ。おかげでかなり遠くまで行かないと見つけられなくなってね。苦労してるよ」

時雨がそう言うと、男は驚いたように言った。

「見つけに行くんですか?」

 

「うん。ここに来てすぐの頃から訓練も兼ねてね、できる限り交戦するようにはしてるかな」

「じゃあ、この海域で遭遇しなくなったのは……」

「気付かれちゃったのかな? 今では結構広範囲を哨戒するようになっちゃったよ」

「これは……時雨さんに足を向けて寝られないですね。南方の女神様だ」

「やめてよ、僕なんてまだまだだよ」

 

 

残燃料も厳しい中、深海棲艦を見つけるための哨戒活動は大変なものだ。

ここに来てもう10ヶ月。いよいよ二人の生活にも終わりが見えてきた。

自身の練度は上がっている。と、自信を持てる程度には努力もしたし実感もしている。

ついでに料理や洗濯の腕もカナリ上達したと思う。思う存分凝れるほどの食材が手に入らないのは残念だが、それについては、内地勤務にでもならない限り今後もあまり改善しないだろう。

 

提督のほうはと言うと、たまに何処かから見つけてきた釣竿を持って、夕食の食材を提供してくれる以外は小屋に籠もって資料を漁りながらなにやら懸命にまとめている。

チラッと覗いたところによると、戦争の想定と推移。それから戦後の展望なんて文字が見えた。

また、定期輸送の船に頼む品に書籍が増えた。今日の荷物にも入ったいたが、ミクロだマクロだのいう本がどう繋がっていくのかはわからない。ただの趣味かもしれないけど。

彼の頭の中でなにが考えられているのかはわからないが、それについては別に問題ない。

彼が話してくれるときに聞いて、彼が必要とするときに動けるように備えるだけだ。

 

 

 

 

その日もいつもと変わらない朝だった。

妖精さんたちと協力し、脱衣所に脱ぎ捨てられた二人分の洗濯物を片してから軽く浴場の掃除をする。

 

桟橋の近くに建てられた質素なドックに足を運び、妖精さんたちが毎日汗水流して整備してくれている艤装を身に付ける。

ここには工員も工作艦もいないので、本格的な整備をもうずっとしていない。それでも騙しだまし、完調を保てるようにと頑張ってくれている妖精さんたちには感謝だ。

僕も妖精さんたちも、ちょっと艤装のメンテに対する能力が上がっているようにも思う。

 

今までなら、自分で艤装をバラすなど考えたこともなかった。何事も経験すると蓄積されるということを、今さらながらに実感する。

 

何人かの妖精さんたちが艤装に乗り込んだのを確認すると、足を海に着けて朝の哨戒に出発だ。

今日は東の島嶼辺りに行ってみよう。潜水カ級でもいるようなら、輸送船にとっての脅威になる。

 

 

海に出てから2時間ほど経ったところで妙な空気を感じた。

うなじの辺りがチリチリとする。残念ながら嫌な予感ほど当たるものだ。対潜警戒を厳にして進む。

 

しかし、予感は半分外れたようだ。

その日は結局潜水艦に出会うことはなかったからだ。

そう、潜水艦には出会わなかった。

 

 

 

「こんなところに棲地が作られてるだなんてね」

とある島の湾内に深海棲艦が構築中の泊地を見つけたのだ。

こんなところに敵拠点を整備されてしまえば、付近の泊地や基地が空襲の危険に晒されることとなる。

 

敵泊地に気付いてすぐさま距離を取り、ボイラーを止めて島に上陸した。素直に海上を移動したなら発見されてしまうかもしれないからだ。

提督と出会った初めての佐世保でも陸上移動を何度かしたが、それ以後も陸上訓練を欠かさずにいたのが役に立つ。

島内に鬱蒼と茂る木々を縫っての単独縦走。

帰りが遅くなることで、提督が心配するだろうことだけが気がかりだ。

 

さすがに南国の島でジャングルを駆けるのは骨が折れた。制服は汗でびっしょりだし、生足で来るようなところでもなかった。

すでに太陽は真上に鎮座し、さんさんと熱量を大地へと降らし続けている。

 

アゴから落ちる汗を拭いながらも、ようやっと湾内が見通せる場所に到着する。

 

多くのワ級に混じって軽巡ホ級に駆逐イ級、重巡リ級のほか、奥には戦艦ル級の姿まで見える。

まさに勢揃いといった様相。さすがに駆逐艦単艦でなんとかできる相手ではない。

 

さて、提督が死ぬほど心配しているだろう。早く戻って報告しなければ。



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小島での生活5

比叡は凄いんだゾ!


ようやく小島に戻ってこれたのは、そろそろ日が落ちる時間になってからだった。

予定の時間に戻らない僕のことを提督はずっと桟橋で待っていてくれた。皮膚がカサカサになっているが体調は大丈夫なのだろうか、提督のことが心配すぎて報告どころではない。まずは小屋に戻って水分補給をしてもらおう。

 

 

 

「よし、風呂だ」

 

敵泊地についての報告を行ったあとの提督のセリフだ。

どこまで本気なのか分かりにくいが、今焦ったところで仕方がないというのは理解できるので、大人しく入浴してこよう。

実は汗の匂いが気になっていたのでちょうど良い。

 

 

提督は夜のうちに敵泊地発見の報告を入れ、至急対応をするよう求めた。

翌朝には艦隊が派遣されることとなっており、比叡、龍驤、川内、綾波、敷波が援軍としてこちらに向かうとのこと。また、時雨は今作戦の艦隊に組み込まれる形で攻略に参加することも併せて決定される。

 

 

 

比叡が旗艦を務める艦隊が到着するまで2日。この2日が、事態を最悪なものにしないよう祈りつつ、まずは制服の洗濯だ。

 

 

 

 

「お久しぶりです。時雨さん」

声をかけてきたのは金剛型戦艦2番艦の比叡。

時雨が初任務として務めたのが御召艦比叡の供奉艦だった。右も左もわからなかった頃だったので、随分とお世話になったように思う。

「立派になられて、比叡は嬉しいです」

「お久しぶりです」

比叡はエリート揃いの金剛型姉妹の戦艦だが、気取った風でもなく誰とでも気さくに接する。練習艦として後進の育成に携わっていることも、この人柄からかもしれない。

 

「佐世保の陥落は残念でした。僚艦を失うという辛い経験をしましたね。お力になれず申し訳ないです」

佐世保の件に触れられて驚く。比叡にはまったく非のない話だからだ。

「僕の力不足だよ」

 

「いえ、敵の奇襲により早々に司令部が壊滅し、為す術もなかったと聞いています。私になにかができたとも思えませんが、時雨さんがそのような状況になっているとき、その場に居られなかったのが悔やまれます」

本心から言っているのだろう。肩を落とした比叡が沈痛とした表情で続けた。

それらは育ちの良さが窺え、好感が持てる。人格者として名が通っている帝国海軍きっての武勲艦である長姉金剛の影響もあるのかもしれない。

 

「五月雨は元気にしていますか?」

「元気にしていますよ。近隣の住民や海軍の軍人さんたちにとても人気があるんです」

姉妹艦である五月雨のことを尋ねると、比叡はまるで自分のことのように誇らしく近況を教えてくれた。

それだけで、大切にしてもらってるんだろうと思える。

 

「なぜか私は怖がられているようなんですが……」

今日は選ばれなかったようだが、妹は比叡の所属する艦隊に所属している。

過去、比叡を敵艦と勘違いして撃ちまくったことを引きずっているのか、まだ気不味い関係のようだ。

 

 

「お、時雨、元気そうでなにより。なになにー最近こっちでブイブイいわせてるらしいじゃん」

「ご無沙汰してますー」

第3水雷戦隊旗艦の川内と綾波だ。二人とはガ島輸送などで一緒に隊列を組んだことがある、後ろには敷波の姿も見える。

 

「川内さんが3水戦を率いて来てくれるなんて、心強いよ」

「いいよー、時雨の妹には世話になったし」

気軽そうに手を振る川内は相変わらずだ。ここには泊地襲撃のために来てもらったわけだが、まるでそれを感じさせない胆力がある。

僕たち駆逐艦を率いて戦う水雷戦隊のボスとして、これほど頼もしいことはないと思う。

 

 

「ウチが今回の制空を担当する軽空母龍驤や。あ、先に言っとくけど堅苦しいのは勘弁してや、普通に接してくれてええから」

桟橋を上がったところでは、出迎えた提督に、気さく。と言っていいのか龍驤と名乗る艦娘が言う。

 

「軽空母? 龍驤といえば歴戦の武勲艦だったはずだが」

赤鬼も青鬼も龍驤の名を聞けば後ずさりするとまで言われ、空母としては珍しいバリバリの武闘派だったと記憶している。

確か艦載機を繰り出しつつ砲撃で応戦するような血の気の多い艦娘だったはずだ。

 

「ウチにもようわからんけどな、今は軽空母っちゅー艦種に分類されるらしいわ」

ウチは気にしてへんけどなと、カラカラ笑う姿は人好きするようで好感が持てる。良い意味で男前だ。

「ま、基地攻撃なら任せといて。ちょっち自信あんねん」

 

 

 

「初めまして、今作戦の艦隊旗艦を務めます。金剛型戦艦2番艦の比叡です」

「わざわざお呼びだてして申し訳ないです」

挨拶に来た比叡に敬礼をもって出迎える。改めて戦艦の艦娘と対峙することに少々緊張気味だ。

 

「まさか比叡さんが来てくださるとは思ってもおりませんでした」

「比叡で結構ですよ司令官。ここには私から志願したのでお気になさらず」

「志願、と言いますと?」

 

「報告者が時雨さんになっていましたので」

 

そう言って比叡は、川内たちと楽しそうに話ている時雨を見た。その表情は優しげで、安心しているようでもあった。

 

「司令官が、あの佐世保壊滅から時雨さんを逃してくれたんですよね。そのことに感謝をお伝えしたかったのと、やはりこの目で時雨さんを見て安心したかったんです」

「まさか比叡ほどの戦艦に気にかけて頂けているとは、ありがとうございます」

 

「私だけではありませんよ、伊勢さんもです。なかなか今回の任を譲ってくれなくて苦労しました」

そう言って比叡が笑う。その顔は畏まった言葉遣いに似合わず、人懐っこいものだった。本当の比叡はもう少し砕けた印象を持つのかもしれないと思った。

 

「言伝を頼まれています。その後変わりはないでしょうか、二人のことが心配です。と」

彼女は相変わらずのようだ、今も案じてくれていると思うと嬉しくて、ついこちらも笑ってしまう。そんなに頼りないですかねと照れ隠しのように言うと、比叡が続けた。

 

「あなたが困っているのなら、どこの海からでもすぐに駆けつけるから、くれぐれも無茶をしないようにとも言っていましたよ」

こう言ってはなんですが、変わった関係ですね。彼女は子供を気遣う母親のようだったと付け加えた。

そんなに心配させるほど情けなかったのかな、俺。

 

 

「それで、作戦はいつから?」

こんなに大勢の艦娘と話す機会はあまりないが、いつまでも会話を楽しんではいられないだろう。そう思って、作戦についてを尋ねる。

 

「まずは飯や、飯。腹が減ってはって言うやろ?」

「飯、ですか?」

「大切やでー? ウチらはこれが最後のご飯になるかもしれへんからな、いつそのときが来ても後悔せんように、楽しく食べなあかん」

そう言った龍驤は、うんうんと自分で頷きご飯の正当性を主張した。

 

「楽しく食べるってのは賛成なんだけど、龍驤は軽く重いんだよー。ねぇ比叡さん」

「ホントですね、司令官が真面目な顔をしてしまってます。気にしないでくださいね、時雨さんはもちろん、誰も沈めさせるつもりはありませんから」

比叡は力強くそう言って、胸を叩いてみせた。

 

ご飯は龍驤に指名された比叡が作ってくれた。比叡、戦艦であり旗艦なのに。

むしろ楽しそうに料理をしていた比叡の懐が広いのか、龍驤が凄いのか。川内たちがなにも言わないところを見るに、二人は元々こんな関係なのだろう。

 

比叡が作ってくれた料理をみんなで頂き、ついに出撃の時間がやってきた。

艦隊での攻勢作戦は佐世保以来だ、見送りのつもりで来た桟橋で、ついつい時雨の手を握る。

「大丈夫だよ、ちゃんと帰ってくるから」

 

困ったように時雨がそう言うが、それでもなかなか手を離せないでいた。

 

「いつまでやっとんねん、すぐに帰ってくるから夕飯の用意して待っといてや」

龍驤に軽く叩かれ、つんのめっている間に連れ去られてしまった。

さて、飯を作ろう。

 

 

 

 

さすが歴戦の艦娘たち、切り替えが凄い。海上を滑る彼女たちを見て時雨は思った。

時雨にとっても久方振りの海戦だ、負けじとその後に続く。

 

敵泊地までもう少し、と思ったときには龍驤が攻撃隊を発艦させていた。

タイミングが早い、そう思ったときには次々と艦載機が空へと舞い上がり、猛スピードで湾内に侵入、攻撃を始めていた。

早い速い、これが龍驤の戦い。

 

「相変わらずせっかちだなー」

川内が呆れ顔で言うと、龍驤が答える。

「川内らの突撃が早いからね、先にしとかんと怖いんよ」

 

すかさず比叡が声を上げる。

「主砲、斉射、始め!」

空母と戦艦による先制。

狭い湾内は今頃パニックを起こして大混雑だろう。

 

「よし、一気に決めるで! 第二次攻撃隊、発艦や」

続け様に龍驤の第二次攻撃が始まる。

青い空の一角が、早くも黒煙で塗り替えられていた。

 

 

「さぁ、突入するよ!」

川内を先頭に綾波、敷波が突入を開始した、慌てて時雨も後を追う。

泊地付近には、湾からようやく脱出してきた軽巡や駆逐艦が居た。その体からは火の手が上がっている者もある。

 

いよいよ僕らの番だ。

単縦陣で突撃、T字不利から反航戦へと持ち込み砲撃の応酬。

射撃指揮所でもやられたのか、敵の攻撃は至近弾にもなりはしない。対してこちらは妖精さんとの連携を毎日毎日繰り返してきた自慢の一撃だ。

 

散布界に敵を捕らえ命中弾を数えていく、もたもたはしていられない。奥にはまだ戦艦が……。

そのときだ、敵の駆逐艦が急に爆ぜた。同時に轟音が空を裂く。

「なっ!?」

 

駆逐イ級越しに砲撃を仕掛けてきたのは戦艦ル級。そのほとんどはイ級に突き刺さり、彼を海の藻屑へと変えた。しかし、イ級を抜けた砲弾が2発。

 

それはとても遅く、コマ送りのようだった。

 

「時雨ぇ!」

先を往く川内が叫ぶ、さすが、先頭を走っていても、目の端に僚艦を捕らえているのだな。なんて、場違いな感想を持った。

 




川内さんは日中戦争まで第2水雷戦隊旗艦を務めており、そのときの部下が2駆(村雨、夕立、春雨、五月雨)と24駆(海風、山風、江風、涼風)。

ガ島への鼠輸送では本隊川内の元に海風、江風、涼風。別働隊は夕立が隊を率いており、その後も白露型とは何度かソロモンで一緒した仲。
また、川内の最期となるブーゲンビル島沖では白露、時雨、五月雨とチームを組んでいたなど繋がりが深い。


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小島での生活6/ 月夜に咲くガラスの花弁

危ない危ない。コピペミスって内容全削除してしまいビビったビビった。

iPhoneのメモ帳だと振ることで直前の編集に戻れるんだよね。
この機能がなかったら、早くも投稿を諦めていたかもしれない……。


金属と金属が互いを押し潰す、そんな耳をつんざく反響音が木霊する。

あまりの音に視界が歪む。

 

戦艦の直撃弾などを貰えば駆逐艦など1発で海の藻屑だ。

しかし、どうやらまだ自分は海に浮いているらしいと自覚し、そして時雨にもすぐ状況が把握できた。

 

 

戦艦ル級の放った砲弾が直撃する寸前、比叡が眼前に割り込んだのだ。

「比叡さん?」

 

「いてて、大丈夫ですか?」

比叡さんこそ、なんで……。あまりのことに、それは言葉にできなかった。

比叡は時雨を海面に押し倒し、覆いかぶさるようにして庇ってくれていた。

戦艦の砲撃をまともに浴びた比叡の艤装はブスブスと焦げ、装甲が凹んでしまっている。

 

そして、比叡の身を案じるより前に、彼女は言った。

「私は金剛型戦艦の2番艦。お姉さまの顔に泥を塗るような真似はできません」

慈しむような、そんな笑顔で、時雨の頭を優しく撫でる。

「1番死地に近いところにいるのはあなた方駆逐艦娘です。そんな駆逐艦の子たちを守れないでなにが戦艦でしょう」

 

時雨の手を取り、再び海面に立たせる比叡。

体に傷がないことを確認すると安堵するかのように息を吐いた。

「お姉様にもよく言われたんです。私たちの装甲はなんの為にあるのか、きっと今のためにあるんです」

 

自身は傷だらけなのに、それをおくびにも出さず。くるりと背を向けル級に対峙しながら時雨に問いかける。

「さぁ、もう一踏ん張りです。できますか?」

「もちろんだよ」

この借りは返させてもらう。守られてばかりの自分になることを、とても許せそうにない。

 

 

湾内では、水上を切り裂くように走る綾波が反転し、残った重巡に肉薄している。

至近距離から砲撃を行ったかと思えば、装甲を叩き割るような凄まじい音を海に響かせた。

 

それは衝撃的な出来事だった。

駆逐艦の本懐は大型艦喰い。しかし、それは通常雷撃によるものだ。

昼の砲戦で重巡の装甲を抜くなど、到底考えられないこと。もっと言うと、駆逐艦が格上相手に砲戦を挑むといった選択肢自体が、海戦の当たり前からすると有り得ないことだった。

 

「さーて、やりますよー」

綾波が踏み込み、その勢いのまま砲弾を繰り出す。

軍艦の墓場と呼ばれるソロモン海域で黒豹の2つ名を持つ本物がそこにはあった。

 

 

戦艦への睨みを利かせながら、泊地棲鬼への攻撃は比叡と龍驤が行なっている。

駆逐艦の砲撃では泊地への決定打となるような攻撃は期待できないからだ。

派遣された艦隊に戦艦が1隻だけ。戦力に不安を覚えたが、見誤っていた。

敵は侮れない。そう思ったから比叡が参じた。御召艦比叡は、ただの1隻で十分だったのだ。

 

時雨の知っている比叡はいつだって優しく、時に騒がしく場を盛り上げてくれる存在だった。初めて接した戦艦ということもあり、この懐の深さこそが、国の威信を背負った戦艦なのだと気遅れしたことも事実だが、それさえも親しみを持って接し、緊張を解いてくれた。

だから、このような比叡を時雨は知らない。

ただ優しく、ただ親切なだけで御召艦に選ばれるわけがないのだ。金剛型の2番艦。長く、長く戦い続けた歴戦の艦。

 

彼女は、夜叉と呼ばれた大戦艦なのだから。

 

 

彼女は煤に汚れ、艤装はところどころ凹んでしまっている。それでも真っ直ぐに前を見据え、仲間に不安を与えない背中を今も見せ続けている。

艦戦を先頭にした龍驤の攻撃隊が、雲霞の如き敵機を抑えて制空を確保する。

断末魔の叫びを上げる泊地棲姫。

 

二人だけで姫を圧倒する姿は戦神のもの。

駆逐艦では真似のできない、そんな戦いだった。

 

 

これで目標のほとんどは達成された。あとは、残存艦を掃討するだけだ。

ここからが僕らの戦いだと、時雨は静かな闘志を燃やす。

 

駆逐艦には駆逐艦の役割と、そして戦い方があるのだ。

大型艦にも負けない水雷の戦いを、しっかりと彼女たちに見せなければと奥歯を噛み締める。

 

 

日が遠く水平線に沈んでいく。

南方の海が墨汁をぶち撒けたように、見せる風景を塗り替えていく。

 

「さて……」

空気が変わった。

周囲の気温が一気に下がったかのような錯覚。張りつめられた緊張感の中で、静かな殺気を含んだ声が言う。

 

 

「私たちの時間だ」

 

 

水雷戦隊旗艦の姿がそこにはあった。

夜戦を十八番とするのは帝国海軍のお家芸。その中でも特に3水戦は、軽巡川内は、自身の持つ戦果のほとんど全てを夜戦で挙げるほどの、生粋の帝国海軍水雷戦隊旗艦だ。

 

 

「いつものように早い者勝ちだよ!」

そうだった。射的で的を射るように、さもそれが当たり前なのだと嬉々として戦場を駆けていく。3水戦は夜の王だった。

 

「この海域は譲れません!」

 

その容姿や物腰を見て、誰が想像できるだろう。夜陰に紛れて果敢に突撃。手を伸ばせば敵艦に触れるような至近距離で戦艦を滅多打ちにする姿を……これが、鬼神と呼ばれた駆逐艦。

上手いとか、凄いだとかではない。もっと単純に、これは強いのだ。昼戦でも驚いたが、本当に驚愕するのは夜戦で更に火力を増すという事実。

 

綾波や敷波に指示を出しながら、敵の水雷戦隊に囲まれても笑顔を絶やさない。

誰よりも疾く、誰よりも前を駆けていく僕たちの道標。川内にかかれば2隻3隻の敵艦など数のうちには入らないのかもしれない。

次々と砲撃を繰り出し、敵艦は炎に姿を変えていく。

 

 

「僕も負けてはいられない」

時雨に派手な火力はない。条約型と呼ばれる駆逐艦として生を受けた時雨の性能は、お世辞にも高いとは言えないものだ。しかし堅実な積み重ねの果てにたどり着いた精緻な動きは自分を裏切らない。

そうやって時雨は、艦隊決戦型駆逐艦の完成形と呼ばれた陽炎型の艦娘と並んで、奇跡の駆逐艦と言われるまでになったのだ。

 

 

誰にも負けないと言えるモノがあった。提督を支えるために、提督を守るためにと鍛え続けた時雨の刃。駆逐艦の本懐、それは雷撃による一撃必殺なのだから。

 

その光景を見ていた比叡が、美しいと感じ目を離せないでいたことを時雨は知らない。

川内や綾波らの観客を魅せる激しい演舞が終わり、次いで訪れたのは静寂の水面を流れるように舞う姿。月光に照らされた戦場は時雨のためのステージだった。

 

後で見返しても、これ以上はないという絶妙のタイミング、絶好のポイント。これが黙々と積み重ねた時雨の絶対。

放った魚雷は迷うことなく直撃コースを突き進む。

それは、決して華々しい大花ではないが、触れると切れる、儚く薄い精緻なガラスの花弁。

 

 

巨大な水柱に包まれた戦艦ル級が、轟音を上げつつ水底へと姿を消した。

 

 

「ちぇっ、今回の殊勲は時雨かぁ」

 

「ちょっと戦い方変わった? 動きのキレが増したのもあるけど、なんていうのかなー、前とは違うように感じたよ」

「動き方が変わったのかな、秘密の特訓をしているからね」

 

戦艦を沈めたのは確かに自分だ。しかし、足を引っ張ったのは紛れもない事実。

繰り返された訓練は役に立っている。しかし、まだまだ先は長い。

 

 

「そうだね、小島での1年はいろいろと為になったよ」

 

提督と2人きりで過ごした、南国の楽園でのぬるま湯のような生活は終わりだ。



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〜長波サマと一緒!〜/ 泊地の朝

長波サマが使っている化粧水はイプサのザ・タイムR アクア。
ぷるぷる肌の実力を見ろぉ!

最近はイプサにハマっているらしい。


「ふぁ〜ねむ」

 

よぅ、おはようさん。

私は長波サマだ。

ただいまの時刻は0330。まだ朝日も遠い深夜も深夜。

 

寝起きの良さに定評のある私でもさすがにまだ半覚醒状態。うだうだしてるのは性に合わないので、まずは顔を洗ってシャキッと目覚めるところから。

 

さて、ちゃっちゃと身支度を済ませちゃいますかー。

寝間着代わりのキャミソールを脱いで、昨夜用意しておいたブラジャーを身に着けシャツを羽織る。ブラはちゃんとパンツとセットのやつだぜ。揃えておかないと逆に面倒なんだ。

最近またキツくなった気がするが、気のせいだよな。買い直すようなことにでもなれば手間がかかって仕方がない。私物の下着もあるが、ここでは下着も基本的には官給品だ。申請書類を出すにしても、あまりに頻度が高いと普段の扱いにいらぬ懸念を持たれそう。

 

 

 

ドレッサーに向き合って、本日の第一戦。

このドレッサーは着任祝いに提督が買ってくれたものだ。

それまであまり気にしたことがなかったが、ここの艦娘たちはヘアケア、スキンケアをしっかりしてる子が多いので自然と自分もするようになった。ツヤ髪こそが女の命だ、潮風で傷みやすい海の女としては疎かにできない。

 

髪にオイルを塗り、ドライヤーを当てながら目の荒いコームで引っ張るようにクセを直していく。毛先はロールブラシで巻くようにするとハネずにうまくキマル。それから太めのヘアアイロンで形を作って髪のセットは終わり。

夜のうちにしっかりブローしているので、スタイリングには時間をかけないほうだと自分では思う。朝の準備を短縮するためには夜のヘアケアが重要だと覚えよう。

 

 

髪を整えたら化粧の前にスキンケア。

私はここに来て、準備の大切さってのは戦争でも美容でも同じなんだと学んだ。

 

いくら化粧品にお金をかけても、いくらメイクアップの技術を磨いても、スキンケアがおざなりなら話にならない。

まずは保湿。コットンに化粧水を染み込ませ、軽く叩いて肌に浸透させる。

そして美容液、次いで乳液を満遍なく顔に広げてシッカリと蓋をする。ここからようやくベースメイクに入るが、まだ慌てる時間じゃない。

染み渡るまで5分ほど待つのだ。

 

その間に本日の予定を軽くチェック。

ここで働くようになってから愛用している手帳を取り出し、人と会う約束や止まっている案件を見直す。

ついでに渡されている端末の充電具合を確認し、忘れないようバッグにしまい込んだ。

 

 

さて、いよいよ化粧下地。

下地は化粧崩れをダイレクトに防ぎ、またノリを良くする。ここで手を抜けばその影響が終わりまで響いてしまうので、大げさに言えば今日一日の仕事の出来栄えにも関わってくるのだ。

 

適量を取り、おデコ、鼻の頭、両頬、アゴ先に玉のように置いて伸ばしていく。外側に行くほど薄くなるようにするのがポイント。

パッケージの裏には気取った表現で「パール粒大」と書かれているが、顔全体に塗るわけではないのでそれよりも気持ち少なめくらいがちょうど良い。コイツを厚塗りすると顔がのっぺりしてしまうからな。

 

 

下地を終えたらリキッドファンデ。

大きな声では言えないが、今使っているリキッドファンデーションは6,000円もするやつだ。

驚くなかれ、この基地では化粧品に補助金が出ている。時雨と霞の二人がかりで提督に差し込んだ案件。よくぞもぎ取ってくれたと賞賛を贈りたい。

これは自分へのご褒美にと奮発した物だったが、補助金で全てが賄われるわけではない。あくまで補助だからね、必要最低限だ。

今後も継続的に買うとなると少し高いかもしれないが、先のことは無くなってから考えようと思う。

 

 

リキッドファンデも塗りすぎないことが肝要。ついつい厚塗りしてしまわないように注意して臨むべし。

基本的には下地と同じように肌に乗せておき、こちらはブラシを使って優しくトントン。密着しろ、密着しろと唱えながら作業をする。

ちょっと前まではパフを使っていたが、最近はブラシにハマっている。どうやら私にはブラシのほうが合っているようだ。

村雨あたりに言わせると、パフは使いこなすことで世界が変わるのだ。とのことだが、残念ながらその領域には辿り着けそうもない。

 

 

スティックタイプのコンシーラーで特に気になるところをカバーしたら、フェイスパウダーでテカリを抑え、ダメ押しにチークをふんわり乗せて仕上げ。

 

よし。本日も化粧のノリが良い。

あまり化粧が濃いほうではないが、身嗜みとしてなにもせずに人前に出るわけにはいかない。女性であるというだけで、世間からそれなりを求められているのだ。

海上護衛に出る子たちは日焼け止めのクリームなども塗らなければいけないので、事務方の私たちより工程が多くなる。ご苦労様だ。

 

 

機会があれば一度村雨の朝の準備を観察させてもらうといい。いや、夜のケアから見るべきかな。女性の美しさは並々ならぬ努力によって維持されていることがわかるだろう。

おかげで村雨の肌は間近で見ても溜息ものだ。

 

そういや村雨が言ってたな。女性の顔を見つめ、相手が「なに?」と顔を見ながら答えてきたら、その子はスキンケアに自信があり、かつアナタに嫌悪感を持っていない子だと。

「やめてよ」と言いながら顔を背けるのはスキンケアに自信がないか、アナタに好意を持っていない。らしい。

あまり趣味の良くない話なので、実践はしないほうがいい。

 

 

美肌と言えば、ウチの艦隊にはもう一人。神にえこ贔屓された反則的な存在がいる。

まさに神の造形物。あの天から愛を一身に授かったとしか思えない、存在自体がチートな重巡は、最低限のケアだけであり得ないほど良質な肌と髪を保っている。

私たちの涙ぐましい努力をあざ笑うかのように、下手すると彼女は朝起きて10分後には部屋を出ていたりする。もちろん実際に笑われたことはない。

 

村雨がよく、ズルイズルイと言っているが、私もまったく同じ気持ちだ。これで彼女の性格が悪ければ、転けてしまえの一つくらいは願っているかもしれない。しかし当人は明るくサバサバしてて面倒見がいいと、まったく非の打ち所がない超人であり、なんなら私の陸戦教練時代の教官だ。実際に転ばせにかかったら、地面に転がるのはまず間違いなく私のほうになるだろう。

肉弾戦無敗の格闘家みたいな艦娘で、その上さらに海戦でも陸戦でもなんでもござれ。砲撃から狙撃、格闘までを危なげなくこなす練度まで持っているのだ。

きっとデスマーチ中のプログラマーがステータスの割り振りを盛大に間違ったのだと思う。

 

 

 

おっと、一応言っておくぞ。

男性諸君には分かりづらいかもしれないが、ここまでの作業は一般的な女性ならば全員がやっていると思ってくれていい。あの重巡がイレギュラーなだけで、決っして私が厚化粧なわけじゃないぞ。

「素肌感」のある、肌キレイだよねー。の人も当然このくらいの化粧はしてるんだからな! その素肌感の正体はちょっとお高いファンデーションだ。

 

例えるならそう、これはまんま塗装だな。

下地処理してプライマーやらサーフェイサーやらを塗っていくのと同じことだ。

下地なくしてその後の塗装がキレイになるわけがない。

 

 

さてさて、お肌が防御だとしたら、これからは攻撃のターン。

アイシャドー、アイライナー、ビューラー、マスカラのアイメイクの基本工程4つを済ませるといつもの長波サマのお目々が完成。

パンダを目指しているわけではないので、ここでもナチュラルメイクを心がけている。

繊維入りのマスカラなど、調子に乗って付けると瞬きの度にバッサバッサと風を巻き起こすレベルだ。一周まわって最近は繊維なしが流行っているとか、これもう分かんねぇな。

 

曲がりなりにも基地に出勤する私がそんなまつ毛をしていたら大問題だろう。訓練で汗でもかこうものならホラー映画さながらの凄い絵面になるに違いない。

おっマズい、眉毛書くの忘れてた。

 

 

目元が終われば最後にお気に入りのリップを塗って完成。濡れたような質感の唇だ。

ここが基地じゃなければ、きっと男が放っておかないはず。そのはずだ。

 

並べてみると結構な数の化粧品だが、私はこれで少ないほうだ。

本気の方々はここからハイライト入れたりノーズシャドウを入れたりとまだまだ続くのだけど、さすがに軍属の私にそこまで求められてはいないはずだ。

そんな最低限の身嗜みを完遂するだけでお財布は結構軽くなる。

君も、いつまでも彼女に美しくいてほしいのなら、ちょっとは援助してみてはいかがだろう。

きっと喜んでくれるはずだ。

すでに恋人から妻にジョブチェンジしているのなら、化粧品の値段に関してはとやかく言わないことをお勧めしておく。

鼻血が出るほどの金額だが、それでも必要経費と言われることだろう。

この領域に触れないことが家庭円満の秘訣だと思う。

 

 

 

化粧が終わったので、はだけさせていたシャツのボタンを留めてスカートに足を通す。よし、汚れもシワもないいつもの私だ。

リボンを巻き、ソックスを引き上げて準備は完了。鏡を見てリボンの曲がりなどをチェックする。

これでも海軍だからね、服装についてはうるさいんだ。主に霞が。

 

 

仕事をしている未婚女性の朝の準備が平均72分らしいので、0410に部屋を出る私はカナリ早いだろう。

実は朝ごはんを食堂で摂る生活なので、そこは少しズルなのかもしれないけど。

 

忘れ物がないか荷物の最終チェック。

基本的に仕事を持ち帰らない。って言うか持ち帰ると色々と問題があるので手荷物は少ない。

 

さて、ちょうどいい時間だ。

ドレッサーの引き出しから官給品である拳銃(シグ)を取り出し、電気、ガス、水道などを確認してから部屋を出る。

そうそう。ここが特別なのか、あんまり施錠の習慣はない。

基地施設内だからな。さすがに暴漢や強盗の類はいないだろうし、深海棲艦がドアから入ってきたなんて話も聞いたことがない。

私室に侵入してくるとすれば、それは仲のいい艦娘か、イタズラ好きな艦娘か、そのどちらでもある提督くらいのもんだ。私たちは変なところでゆるゆるなんだな。

 

 

 

廊下に出ると朝独特の静かな空気が出迎えてくれた。私は案外と、この寝静まった朝の時間が好きなようだ。

 

私の部屋がある幹部棟は仕事場でもある本棟のすぐ近くに建っている。

名前のとおり幹部と呼ばれる役職者たちの居住棟だが、みんなの出勤はもう少し後なので今頃はまだ夢の中だろう。

本日の私は早朝勤務シフトなのだ。

 

 

照明の光量が落とされた廊下を歩き、一階に降りると食堂には煌々と明かりが灯っており、ここだけはあまり変わらない。

さすがに利用者は数人だけで、いつもの活気がないようだが、落ち着いて朝食を頂くには好条件だろう。

私は朝から白米派なので、カウンターに用意されている焼鮭定食のトレーを取って適当な席に座る。

 

朝食のメニューはご飯に焼鮭、それから味噌汁に漬物。ごくごくありふれた献立だが、異国の地でも馴染みのある食事ができるのは幸せなことだ。

飯の質が落ちたら、それは戦況が良くないことを表している。最も信頼に足るバロメーターかもしれない。

 

 

うん、ゆっくりしてるって?

ゆっくりできる時間に起きてるからね。

どうも私のイメージを、朝からバタバタして駆け込んでくるタイプのように思っている人が多そうだけど、これでもしっかりしてるほうだと自分では思ってるんだ。

 

バタバタするのは白露のほうだと、ここでみんなに伝えておきたい。

 

 

朝食を終えて居住棟から出るとこれから朝が到来する。そんな希望を抱かせるような時間だ。

空はまだ闇から紫に変わる途中で、本棟や工廠の方にはチラホラ明かりがついているところもあるが、まだ小さく星も見えている。

 

静かに佇む朝の空気を胸いっぱいに吸い込み、よし。ただいま0430。今からが仕事モードだ。

 

 

私の主な職場となるのは本棟2階にある管理部。部屋の主人である霞が出てくるのはもう数時間は後だろう。

本棟内では早くも妖精さんたちが動いている。彼女たちが夜休んでいるかどうかは聞いたことがないから分からないが、夜の間に切れた電灯を交換してくれていたり、消耗備品の補充をしてくれていたりする。

 

まさに基地にとっての縁の下の力持ちといった具合だ。

提督の発案で、窓枠やちょっとしたスペースなんかに妖精さん用の飴玉や煎餅などが置かれているのもこの基地ならではだと思う。そういうこともあってか、ここは妖精さんの数が多く、また非常に協力的である。

 

 

部屋に入るとさて、まずは書類のチェックから。

昨日管理部の面々が帰宅してから問題が起きていないか確認する。

机に積まれた書類に緊急案件はなく、とりあえずは一安心。昨夜も無事に基地は稼働していたようだ。

積まれていた書類はそのほとんどが他部署との調整や確認が必要な物、残りは報告書のようだ。

 

提督が基地司令官になってから、無駄な書類や重複する確認などは全て撤廃されたものの、軍事基地としての職務からかけ離れた案件まで幅広く手を出しているために一向に書類の数が減らない。

 

 

手元には近隣の海運業者からの輸送護衛予定表と、それにより発生する支援金と言う名の料金が記された書類がある。

どうせ軍の輸送船を護衛して海域を渡るのだから、そのときついでに民間船も一緒に連れて行こう。なんてところからスタートしたマル秘のお仕事だ。

 

こういった任務外のお仕事で得た収入が私たちの給与や艦娘寮建設費の一部に充てがわれている。もちろん帳簿外のお金なので大っぴらにはできないことだが、軍事と共にこの基地にとっての生命線である。

 

 

「〜♪」

鼻歌を歌いながらそういった書類をチェックしていく。

しまったな耳が覚えちまった。

ついつい口ずさんでしまうのはこの間から霞が歌っている曲だ。

先日行われた基地祭では白露たちがダンスを披露していたが、霞は運営準備で忙しいと逃げ切ったのだ。催しが好評だったため次回の開催が早々に決定し、ついに逃げきれなくなった霞が次回お披露目することになったのがこの歌。ダンスよりは楽かろうと、そんな思惑に違いない。

 

何気ないときにフッと頭に流れるこれをイヤーワームと言うらしい。提督が教えてくれた。艦だった頃にはなかった感覚なので、ちょっと面白いものだ。

 

ともあれ、こんな早朝から誰もいない職場で一人熱唱していては危ない子だと思われてしまう。そしてそういうときにこそ偶然早く出勤した誰かに聴かれてしまうものだ。マーフィーの法則とか言うやつだな。

自重自重。

 

 

意識を書類に戻して仕事をこなす。

複数の海運業者の輸送予定をすり合わせ、シンガポールのセレター軍港から出る軍の輸送船にタイミングを合わせる。

複数を一気にまとめるほうが効率が良いので、それぞれの日付を調整してやる必要があるのだ。

 

提出された予定日からずれ込んだ分に関しては、常識的なお時間になってから先方に連絡を入れて確認を取らなければならない。

複数まとまった場合のほうが護衛代も安くなるよう設定しているので、大体の場合はそれでも問題なくとおる。

そもそも私たちが護衛しなければ海上輸送など不可能なので、ある意味、足元を見た王様商売とも言えるが、物流が生きれば地域が活性化するのだから文句を言われる筋合いはない。はず。

 

 

なんで艦娘の私が企業相手に営業しているのかとたまに考え込むこともあるが、こうして稼いだお金で基地が充実し、訓練や作戦に活かされているので、もうそういうものなのだと割り切ることにしている。

 

 

「結構まとまったな」

先方次第ではあるが、相手に問題がなければ予定されている日は結構な数の輸送船が一緒に出港することになる。

大規模輸送船団となるので警護の艦娘を増やす必要が出てきそうだ。追加の人員の都合をつけて貰えるように、あとで調達部に相談に行かねばなるまい。

 

 

おっと、0500。

そろそろ時間だ。

 

本日早くに出勤したのは、初めての輸送護衛艦隊旗艦を務めている新人艦娘が3日ぶりに帰ってくるので、その出迎えのため。

私は管理部人事課の責任者でもあるんだ。

 

普段ならわざわざ出迎えるまでもなく、私の出勤後に定時報告を聞ければそれで十分なのだけど……。

今回は対象が対象なだけに提督の過保護っぷりがヤバい。きっと提督自ら港で出迎えるはずだ。霞は放っておけと言っていたが、人事から一人も出さないわけにはいかないだろうとの判断で私がこうしてここにいる。

 

 

んじゃ、せっかく出てきているのだから出遅れてもつまらない。

港で報告を聞くとしますか。

 

 




使っている乳液はME アルティメイト 1。
お値段はビビるほど高い……。

誰か買ってくれないかなぁ。
そう思ってる。


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第2章 北方海域
幌筵泊地で


割と重要な設定

阿武隈さんはトリンプのAMO’S STYLE「夢みるブラ」がお気に入り。他にはピーチジョンが多い。


舞台の幌筵島はカムチャッカ半島の南に位置する千島列島の島。1つ北側には占守島がある。


おすすめの艦これ小説は「提督(笑)、頑張ります。」です。



今日もいい天気ですね! 生憎とコチラは灰色の空模様ですが、きっとそちらは晴れていることでしょう。

つい先日までは、呼び戻された横須賀で久々に文明的な生活に触れていた私ですが、ご覧のとおり北の大地にやってまいりました。

 

こんなところに住んでる奴いるの? と、現地にお住まいの方に怒られそうな感想を胸に秘めつつ、なんの罰なのかあれよこれよという間に船に乗せられて北上。

ここは試される大地よりもさらに北に位置する幌筵島(ぱらむしるとう)です。

 

北方四島を遥か南に見ることのできるこの島まで観光に来た感想を一言でお伝えすると、こんな環境の船で眠れるわけねぇだろ。に尽きます。

寒いし揺れるしでもう大変。時雨が側にいなかったら凍えていたかもしれない。あとポッケに住んでるカイロ代わりの妖精さん。おかげで命を繋ぎました。

 

人間の生活できる北限は宮城県くらいまでだと思うので、ここはもう宇宙か深海か、はたまた幌筵島なのかと言うところ。冗談です。

 

しかし、ここは曲がりなりにも泊地として機能している場所なので、道中の船よりは暖かくして寝ることができると信じています。

 

 

 

泊地に到着したらまずは時雨と二人でお世話になる現地の基地司令官に挨拶だ。

基地司令官。遥か雲の上の存在なので、あんまり会いたいもんでもなかったのだが、話してみると気さくで親しみやすい方だった。少しは呉に居座る方々にも見習ってほしい。

 

挨拶が済むと、時雨は基地の軍人さんに案内されて一足先に用意された部屋へと消えていった。荷物を置いて来るから散歩でもしていてよ。なんて軽く言っていたが、目的地も知ってる所もないこの極寒の中でどこを散歩しろというのか。

 

そうやって当てもなく、しばらく身を寄せることになる建屋内を歩いていると見覚えのある駆逐艦娘を発見した。

 

窓の外を眺めるその姿はぱっと見では可憐な印象を与える女の子。しかし、ここからでは確認することができないが、きっとその眉間にはシワが寄っていることだろう。

 

 

 

「霞じゃないか! 北方に来ていたのか?」

「アンタ、佐世保の……」

よほど想定外のことだったのだろう。出会い頭、大袈裟にハグしてやったのに反応がない。

せめて迷惑そうな顔をしてほしかった。

 

しばらく呆然とした様子を見せた霞だが、我にかえると一言。場所変えるわよとだけ告げ、俺の袖を引いてさっさと歩き出す。

ツンツンと歩く霞に引っ張られるように大人しく着いて行くことにする。

霞は背丈の割に大きめの歩幅で歩く。

几帳面で行動が早い彼女は、ツンツンという形容が似合う歩き方をするのだ。その懐かしい歩き方を見て、霞と過ごしたあの短い時間を思い出す。

そのまま後ろを着いて行くと、建屋を出た先にある桟橋付近まで来てようやく足を止めた。ちょっと寒い。

 

 

「アンタあれから何してたのよ?」

口調は厳しいが、言葉の裏からひしひしとなんの音沙汰もないことを心配していたのにという感情が読み取れた。

 

「すまない。南方でまるっと一年、哨戒任務についてたんだ」

「艦隊は?」

「変わらず時雨だけ」

 

声にこそ出なかったが、返答を聞いた霞の口は確かに「はぁ!?」と形作っていた。

 

「で、何をやらかしてこんな最果てまで飛ばされて来たのよ」

「違う違う、高練度の駆逐艦がいるって聞いたから来たんだよ」

呉で別れたときと同じように気安く接してくれているが、どうにも周りを窺うような態度が気になった。

 

 

霞と感動の再会を果たしていると、ちょうど哨戒から帰ってきたのか桟橋から金髪の駆逐艦が上がってきたところで、こちらに気が付いて声をかけてきた。

 

「霞チャンのお知り合いですかー」

想像よりずっと幼い、それでいて甲高い声に驚きつつも素直な気持ちを声に出す。

「親友……違うか、戦友かな? そして命の恩人でもある」

 

艦娘を道具のように扱う人間や、壊れ物を扱うかのように接する人間が多いなか、提督はまったくの対等に、まるで人間同士だとでも言わんばかりの自然体。

一緒に死線を潜った中だ、少なくともお知り合い程度の絆ではなかろう。

 

「ワタシは霞ちゃんのお友達の阿武隈です」

そう言って阿武隈と名乗る女性が頭を下げた。

そういえば、艦娘と知り合うのは霞たち以来のことだ。今後のことを考えると仲良くしておきたい。

 

「それで、ここに来た目的はなんだって?」

 

「ああ、上から俺の指揮下に入る艦娘を選べって言われてね、北方海域解放を手伝いながら探して来いって追い出された」

自分が幌筵を訪れた理由を説明し、それから目的であるかつての戦友のスカウトだ。

 

 

「噂に聞いた駆逐艦が霞なら話は早いな。お前なら安心だし、良かったら俺の艦隊に転属してくれないか? と言ってもまだ時雨しかいないから、お前からみたら左遷もいいとこなんだけど」

 

「……遅い、のよ」

初めて会ったときと同じ言葉を口にする霞、しかし違うのは音の温度と二人の距離感。

言葉を詰まらせ、涙を滲ませた霞が服を摘み縋り付いてきた。

 

「ど、どうした」

狼狽する提督を横目に、霞が泣いているのに気付いた金髪の駆逐艦娘がこちらを窺い知るような目をして霞との間に割って入る。

 

「ちょっと待て! 俺はなにもしていない、ハズだ」

つい両手を上げて無害アピールをしてしまった。彼女からは猜疑心を向けられている。

ないとは思うが、下手をすればこのまま砲撃の1つでも貰いそうな剣呑とした雰囲気だ。まずいぞ、第一印象が最悪のものになってしまう。

 

「阿武隈、違うの。コイツになにかされたわけじゃないの」

空気を察した霞が慌ててフォローしてくれたおかげで事なきを得た。勘弁してくれ。

 

 

「恥ずかしいところを見せちゃったわね。アンタの前では泣いてばっかりな気がするわ」

「恥ずかしいことなんかじゃないだろ。なにがあった?」

変わらず俺の服を掴んだままだが、少しばかり落ち着いたようだ。霞が取り乱すなど、尋常じゃないものを感じる。

 

「どうして北に?」

再開の驚きと喜びがあり深く考えていなかったが、霞は呉鎮守府に所属していたはずだ。

 

「朝潮姉さんと皐月が異動になるって話は、伊勢から聞いてたんだったわよね」

その二人の件については横須賀への出発前に伊勢から聞かされている。あのときはまだ異動先が決まってなかったはずなので、どこの基地に行ったのかまでは把握していないが。

 

 

「あの日の、朝潮姉さんの行動が問題視されたのよ」

自分の目を真っ直ぐに見る霞の瞳は深い感情の色合いを映している。

問題にされる理由はわかる、しかし問題になる理由がわからない。

 

「持ち場を離れて勝手に作戦行動を開始した。そのせいで被害が拡大した恐れがあるって」

「ちょっと待て、それは」

「そうよ、提案したのはワタシ! 朝潮姉さんは何も悪くない」

「その件なら横須賀でも証言した、あの判断は間違ってない! あそこで防いでなかったら、下手すりゃ民間人にも被害が出てたはずだ」

霞の判断は正しかった。そして、それを受け入れて見事に守ってみせたのは朝潮もだ。

そうまでして粉を付けたいのか、誰の思惑だよ。いや、どうせ呉のアイツなんだろうけどさ。

 

 

「だから言ってやったのよ。作戦図を見てそんなことも分からないのか、あの新米士官だって一目で気付いたのにって」

霞のことを駆逐艦だからと明らかに下に見ていた奴だ。霞の意見に耳を貸したりはしなかったんだろう。

 

「そしたら翌日には皐月と一緒にここに来ることが決まってたわ」

霞がここにいる理由。つまりは呉鎮守府で基地の将官相手に噛み付いた、そういうことだった。

 

「それだけか?」

「……怒らない?」

「ああ」

 

霞にしては珍しく、こちらの顔色を窺っているような仕草で重ねて確認された。

「絶対に?」

「約束する」

「素人司令官の足元にも及ばないヘボ頭なら軍人なんて辞めてしまえ、なんならあのクズの爪の垢でも送ってもらえばいいわって……」

 

「言い過ぎだ」

コツンっと、霞の頭に拳骨を落とす。その顔は安堵と、変わらぬ霞への形容しがたい感謝の顔。

 

 

「よく営倉入りにならなかったな」

重い罰が下されたようではないので、とりあえずはホッとした。しかし、霞はそうは思っていないようだ。

「営倉入りの方がよっぽどマシだったわよ。こんなところで冷や飯を食べ続けるくらいなら、いっそ解体処分でも……」

 

パチンっと今度は衝撃を伴わせて、霞の頬を両側から挟んでいた。予想だにしない行動に霞も阿武隈も動けないでいたが、霞の額に額を重ねて提督が言う。

 

「解体だなんて言うな。俺はお前とまた会えて嬉しかったんだ」

「うん……。ごめん」

珍しく素直でかわいいモードの霞だ。慰めるついでに軽く抱きしめておこう。

 

小さな体を抱えながら思う。

 

 

さて、呉のあの野郎。よくも霞をここまで追い詰めやがったな。

あのときも海に突き落としてやりたいと思ったが、これで俺の中のいつか殺すリストのトップランカー殿堂入りは確定だ。




また飛んじゃってもいいかしら?


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幌筵泊地で2

目指せ一億万点評価。


「ってことは皐月もここにいるんだな」

「今は護衛に出てるはずよ、戻るのは2日後ね」

 

天使……じゃない、皐月も一緒なら都合が良い。二人まとめて俺の艦隊に入ってもらおう。これで時雨を合わせて三人確保。艦隊……? という人数ではあるが、考えてもみろ。

ただの駆逐艦ではなく、天使、天使、天使? の三人だぞ。勝ったも同然だ。

佐世保のときの皐月は瀕死の状態だったので、その練度は分からないが、少なくとも所属艦のウチ二人は海軍最高レベルだぜ。ますます勝ったも同然だ。

 

 

「あれ、朝潮は?」

そういえばさっきも、皐月と二人で飛ばされてきたと言ってたな。

 

「ここにはいない。朝潮姉さんは南方の前線に送られたの」

「連絡はあるのか?」

北方海域と違い、南方は激戦区がひしめく最前線だ。一人だけ離されての異動。嫌な予感がする。

 

「心配しないで、無事よ。……伊勢がね。無理を押して着いて行ってくれてるの」

霞の返答を聞きいて胸をなで下ろす。

 

伊勢は、四大鎮守府の籍を捨ててまで約束を守ってくれたみたいだ。

佐世保壊滅はよほど具合が悪かったのか、結局あれを生き残った艦は最前線か、ここのような辺境の泊地に全員が転属させられたようだ。

考えてみれば同じく生き残り組の自分と時雨も、なにもない南方の小島に1年間飛ばされていたとも言える。左遷と言えば左遷だろう。

 

 

霞はあれから、北方で輸送船護衛と艦娘の指導という地味な仕事を続けているとのことだ。

「兵站輸送も後進の教育も重要な任務。そう思ってやってきた、それは嘘じゃない。でも、護衛を成功させるのは当たり前で、育てた艦娘は南方に送られ次々沈んでいく。たまに、私はここで何やってんだろって思うこともあるわよ」

 

霞は佐世保壊滅に巻き込まれただけで本来の所属は呉鎮守府。海軍の主力が並ぶあの巨大な鎮守府で、誰もが羨み一目置いている第二水雷戦隊に所属し、海軍最高練度の駆逐隊と言われた第十八駆逐隊の司令駆逐艦をも務めた艦娘だ。

率直に言って、ここのような後方に篭らせるには惜しい人材のはずだ。

 

1年世捨て人をやってる間にそんなことになってるとは……。伊勢のことも心配だ。早々に合流したい。

 

 

 

「えっと、君も、霞のことを本当に心配してくれているようだね。コイツをわかってくれる人が側にいてくれて安心した。ありがとう」

そう言って、ずっと話の推移を見守ってくれていた阿武隈に深々と頭を下げる。頭を上げてくださいと言われたが、中々上げることができなかった。そんな状況に仲間が陥っているのを知らず、そして知ったところで何をしてあげることもできない自分が情けなかったからだ。

 

ようやく頭を上げたときには、霞の目は潤んでいるし、阿武隈は焦りまくっているしで、ますます申し訳なく思った。

 

 

「それじゃあアタシはもう行きますね、また後で」

二人で話したいこともあるだろうと、彼女はそう言ってこの場を後にした。まだ艤装を付けたままだったのでドックに向かうのだろう。

見た目の割に凄く空気を読む娘だ。空気を読める能力は大切だが、実は周りの空気にまったく気付かない奴のほうが生きる上では楽なのかもしれないぞ。きっと彼女は苦労性に違いない。

 

 

 

「今は第一水雷戦隊に所属してるわ」

改めて近況の確認をし合うと、霞がそう口にした。

二水戦の後は一水戦か、飛ばされてもなおエリートコース真っしぐらで逆に驚く。

驚きはしたが、まずはやることができた。

 

「そりゃお前の上官にあたる軽巡さまにも挨拶しなくちゃな」

霞がお世話になっている直属の上官。ならばしっかりと挨拶をしておきたい。

一水戦の旗艦と言うのなら、尚更顔を繋いでおいたほうが良いだろう。社会の現場で人脈に勝る武器などないのだから。

 

 

「アンタ気付いてなかったの? 阿武隈がそうよ」

飽きれたように霞はそう言って、阿武隈が駆けて行った方を親指で差す。

「彼女、駆逐艦じゃなかったのか?」

それ、本人に言わないでよね。と、軽く溜息を吐かれた。

 




実は最後まで霞を抱きしめたままだ。


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幌筵泊地で3

時雨のスカートの中は、きっと温かくて良い匂いがするんだ。


いい加減体の芯まで冷えてきた。

この気候で屋外の立ち話は虚弱な現代人に辛すぎる。

それを察したのか、霞が食堂へ案内すると言ってくれた。そうだね熱いお茶でも飲みたい。

 

「アンタがワタシを必要だと言うのなら転属は構わないけど、でも今は無理よ?」

 

その道中、霞が先ほどの返事をくれた。

あまり動きのない北方海域だが、今は状況が違うらしい。アリューシャンをうろつく敵艦隊を排除してカムチャッカ半島、アラスカ間の航路を開きたいのだそうだ。

ベーリング海だね、成功させたらカニパーティーをしよう。

 

「いいさ、それをなんとかしてこいってことなんだろうしな」

このタイミングで幌筵に送り出されたのはこのためなのだろう。

 

問題はあれだ、海域解放の今作戦にどうやって絡むのかだ。

誰かの指揮下に入るのか、それとも俺がそれをやるのか。

たかだか中尉くんだりの俺なのだけど、主に身内のせいで佐世保の英雄の名前がついて回るようになった。どこの誰が盛ったのかわからないが、南方の敵泊地攻撃を成功させた時雨は南方の女神と一部で呼ばれている。

 

戦争中だしな、プロパガンダ打つにはちょうど良かったのだろう。佐世保を生き残った英雄の艦隊に、悲劇を乗り越えた超強く美しい艦娘がいて戦果を挙げている。なんてのは。

どの道、佐世保の難を逃れた娘たちは全員迎えるつもりでいる。ならそのプロパガンダを利用させてもらうとしよう。

階級の足りてない俺には役立つ武器になるはずだ。

ただ、俺が作戦をまとめるにしても、当てにできる戦力が三人しかいないってことよ。

俺の指揮下で戦ってもいいと言ってくれる艦娘さんは他にいるのだろうか。

 

 

食堂で手ずからお茶を煎れていると時雨がやってきた。

探させたか? すまん。まさかこの寒空の下、お外で遊んでいるとは思わなかったろうな。

ついでに二人の分のお茶も用意して適当な席に腰掛ける。

 

時雨もここに霞がいるとは思っておらず、再会を驚いていたようだが、ひとしきり挨拶を交わした後、現状を説明する。

やはり時雨も霞を北方で遊ばせておくことに懐疑的だ。そして霞が艦隊に加わってくれると知って大いに喜んだ。

二人だけでの生活はそれはそれで良かったのだが、このままでは時雨に甘やかされまくってダメな男になってしまうかもしれないからな。時雨には苦労のかけどおしだったが、これで少しは肩の荷を分担できると思う。

 

 

「時雨は司令官にくっついて行ったのね」

「押し掛け秘書艦だからね。僕たちも南方の小島に転属になって、環境だけ見ればこれ以上ないって左遷だったけど……」

続きは声に出さなかった。しかし、小島よりはいくらかましな環境とはいえ、提督という心情を吐露する相手もいないここでの生活が、霞にとってとても良いものだったとは思えなかった。

 

 

「案内くらいするわ。1年もいるんだから、それくらいはね」

暖をとったら早速霞がそう言って腰を上げた。相変わらずキビキビしてる。

 

まずはドックに向かうことにする。俺への案内というよりは時雨のためだ。

食堂を出たところで黒髪の綺麗な、小さな艦娘に出会い霞が紹介してくれた。

 

「ワタシの僚艦を務めてくれている初霜よ」

「初めまして初春型駆逐艦の初霜です」

 

幼そうな外見に似合わず落ち着きのある、芯の強そうな子だ。性格的には霞と正反対のようで、だが根っこの部分は同質なのだろう。誰が選んだかは知らないが、霞のパートナーにぴったり収まる良い人事だと思う。

 

「久しぶりだね初霜。元気だったかい?」

「時雨さん、幌筵に来ていらっしゃったのですね」

お、知り合いか?

 

「僕は元々一水戦だから。それに初霜とは一時期組んだこともあるんだよ。結局名前だけだったけどね」

時雨によると、初霜は一水戦に二七駆ありとまで言われる有名な駆逐隊に所属しているようだ。

先の大戦では開戦前から一水戦の解隊まで所属し続けた艦として一水戦の屋台骨を支えた高練度艦だと教えられた。

「おぉ、凄いんだな。よろしく初霜さん」

「こちらこそ、よろしくお願いします」

 

 

「二七駆にはワタシも時雨も所属したのよ。その縁もあって、今も僚艦を務めてくれてるの」

なんだその豪華な駆逐隊は、向かうところ敵なしなんじゃないか?

「じゃあ三人は結構共通点があるんだな」

みんな違うタイプに見えるが、付き合いが長いからなのか仲が良さそうだ。

と言うより、初霜の資質が素晴らしいな。一歩引いて支える感じだ。彼女なら時雨の僚艦でも霞の僚艦でも万全にこなしそう。そう思った。

 

「やっぱり時雨ってエリートなんだな」

凄い奴だとは思っていたが、こうして経歴などを明かされるとますますそう感じる。いろいろな意味で、最初に出会った艦娘が時雨で良かった。

「エリートってわけでもないと思うけどね、一水戦から四水戦まで一通りたらい回しにはされたよ」

 

「ってことは阿武隈さんのことも知ってるんだ?」

「もちろんだよ、旗艦だったからね。阿武隈もここにいるのかい?」

「さっき挨拶したよ。良い軽巡のようだな」

「うん。阿武隈は信頼できる艦娘だよ」

実は駆逐艦なんじゃないかとまだ疑っていたので、あえて軽巡呼びをしてみたが、否定がないところを見るにやっぱり軽巡なんだな。

 

「共通点と言えば、僕たちはみんな同じ生まれだね」

「生まれ?」

「はい、私たちは浦賀船渠(うらがせんきょ)生まれです」

俺の疑問には初霜が答えてくれた。

浦賀か、浦賀と言えば横須賀だ。鎮守府からも近いな。次に帰ったら寄ってみたい。

 

「阿武隈もそうよ」

そう付け加えたのは霞。

一水戦御用達なのか? 浦賀船渠、凄いな。

 

初霜と別れて三人は屋外へと出る。

やっぱ寒い。二人はガッツリと生足を出してしまっているが平気なんだろうか。

その視線に気付いたのか、霞がさりげなくスカートの裾を押さえる。

 

待て、誤解だ!

 

 

 

「あれ? 時雨じゃない。どうしたのよこんなところで」

「雷。そうか、阿武隈がいるなら君たちも一緒だよね」

 

外を歩いていると、洗濯物を手にしたこれまた背の小さな駆逐艦娘が声を掛けてきた。今さらだが時雨はいたるところの艦に知られている。有名なんだな。

 

「こちらは僕の提督だよ」

「提督?」

 

チラリと肩章を見て疑問を浮かべた雷に時雨が説明する。

「あだ名みたいなものかな、いずれ大きくなってほしいっていう願掛けみたいなものだよ」

「随分と大仰なあだ名を名乗っているのね」

雷がこちらに向き直りそう言うのを慌てて弁護する。

 

「いや、自称したわけじゃないからな」

実は係長なのに、外では社長を名乗ってるみたいで少し恥ずかしい。しかも自分の部下に社長と呼ばせてるなんて、考えれば考えるほど罰ゲームのようなので考えるのはやめよう。だいたい世の中は考え方一つで幸せになれたりするものだ。

 

 

「まあいいわ、私は特Ⅲ型駆逐艦の(いかづち)よ、(かみなり)じゃないわ! この泊地で困ったことがあったらなんでも言ってちょうだい」

雷と名乗る艦娘は、薄い胸を叩き堂々とそう宣言した。

霞よりもさらに小さいが、ずいぶんと自信のある子だ。

 

「見ためで判断しちゃダメだよ」

時雨が小声で忠告してくれた。いいけど、俺の心を読むスキルが上がっていないか?

 

 

「彼女たちは一水戦に所属するベテラン艦娘の第六駆逐隊だよ」

耳元で時雨がそう説明した。ここでも一水戦か、凄いな一水戦。凄いな阿武隈。

ところで耳元で囁かれる声っていいよね。こういった心の声が漏れ出たら、そのうち殴られるかもしれない。少し控えよう。

 

「聞こえてるわよ。でも本当。この北方海域の戦域は私たちがいなければ支えられないんだから!」

びっくりした! 心の声が聞こえていたのかと思っちまったよ!

 

なんてことはなく、聞こえていたのは時雨の声のほうだった。安心。

しかしちょっとギャップが激しすぎない? 見た目だけなら霞よりも幼い子だ。それがベテランで、しかも一桁ナンバーの駆逐隊を名乗っていると。

 

すると霞が補足してくれた。

「六駆は護衛と遠征のエキスパートなのよ。海であれば北方だろうが南方だろうが構わず駆け回れるだけの練度も持ってる。特に北方は燃料もカツカツでやってるから、彼女たちがいなければ1ヶ月と保たず兵站が崩壊するでしょうね」

わかった、大丈夫。そんな本気で疑ってたわけじゃないんだよ。二人が言うのならそうなんだろう。

人は見かけに依らないとは言うが、艦娘も同じなんだな。

ところで、不穏な発言が聞こえたな。兵站が崩壊ってどういうことだよ。

 

「なんでそんなに燃料が不足しているんだ? 大規模攻戦でもやっているのか?」

まさか不当な流出で財をなしている。なんてことはないだろうな。なんて考えてたら霞が即答した。

 

「南方が全部持っていくからよ」

問題はあっちか、海を抑えられたらなんにもできないのが我が国だもんね。

自国で賄える大国が羨ましい。米国とか米国とか米国のことだ。

 

 

「雷は凄いんだな。頼りにさせてもらうよ」

そう言ってつい頭を撫でてしまった。

「ちょっとー、いきなり頭を撫でるのはこの雷様もどうかと思うわよ」

やばいやばい。幼い見かけでつい忘れそうになるが、彼女は一水戦所属の艦娘で、しかも初対面だった。

しかし、それほど気にしてはないようで、彼女は胸を張りこう言った。

 

「でもそうね、頼りにはされてあげるから、そこはドーンと任せておきなさいよ!」

 

 

艦娘って度量の大きい子多くない? 佐世保で感じていたイメージと全然違う。

この子たちが特別なのか、はたまた一応ではあるが俺が司令だからか。

阿武隈、初霜、雷と、まだ三人と話しただけなので判断は保留しておこう。

 

「北方は有能な艦娘が揃ってるんだな」

「そうね、さっきは護衛と遠征のエキスパートだなんて紹介してもらったけど、ここらにはもーっと凄い駆逐隊もいるしね」

「ほほう、ベテランの六駆より?」

「私たち六駆の先輩にあたる第五駆逐隊がいるのよ。北方の護り神、船団護衛の守護神よ」

 

新しい名前キタコレ。早速時雨に説明を求める。

「特型駆逐艦である雷の先輩ってことは、僕たち全駆逐艦の先輩でもあるんだよ。長く艦娘をやっている大ベテランさ」

「それは是非一度あいさつしときたいもんだな」

「こっちに来ることがあったら紹介してあげるわよ」

 

 

本日の俺日誌。

阿武隈さんは凄いひとだった。声も凄い。

初霜さんは周りを立てる気配りの子。彼女が僚艦を務めてくれるなら、安心して時雨や霞を見送れると思う。

雷はいい子。かわいい。

 




阿武隈さんの声で脳を壊されたい。


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〜その女、凶暴につき〜(前)

そういえば、今さらのことですがタイトルが「〜」から始まっている話は時系列飛んでます。

全部3章以降の話です。
実は本編は3章から始まる、の……で、す。


白露型のみなさんにもブラジャーを実装してほしい。そう思う今日この頃です。はい。


「電探に感あり! きゅ、救難信号よ!」

長距離演習航海の帰路。なんのトラブルもない穏やかな航海は、上擦った暁の声で唐突に終わりを迎えた。

 

 

「どうする?」

「スーパー面倒臭いな」

提督座乗艦の艦橋でそれを聞いた二人。

霞の確認にやる気の感じられない提督が答える。

 

「急行するわよ! 針路合わせ」

「結局行くんじゃん」

「当然でしょ、救難信号を受信しといて無視するのは国際法違反なの」

 

そういやそういうタイプだったねお前。

突然ですが、ここで我が艦隊の頂点に君臨する二人の駆逐艦を紹介しよう。

 

秘書艦時雨。本日は基地でお留守番。

救助活動となったらすかさず彼女はこう言う。

「警戒は僕に任せてよ」

 

司令艦霞。今、目の前にいる。

救助活動となったらまず間違いなく彼女は言う。

「ワタシがやっておくから、アンタたちは先に戻りなさい」

 

違うタイプだからこそ並び立つ。そんな感じだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「夕立姉さんを助けて!」

 

 

敵の的にでもなったのか、涙を浮かべたその子の制服は結構大胆に破れ、ほとんど背中が丸出しだ。

そんな状況ではないのだけど、腰下から覗くピンクの下着が目に眩しい。正確に判断するとウォーターメロンと呼ばれる種類のピンクだ。なんて瑞々しい。胸はぺったんこのようだけど。

 

 

あれから救難信号の出た海域に向かってひた走ってたわけ。

すると、その道中でかわいらしい女の子を引っ掛けることに成功したので、それを拾って今に至る。

 

「まずは落ち着きなさいな」

そのちっこいピンクの乙女に毛布を掛けながら霞が状況の説明を求めた。

 

「4艦で編隊を組んで哨戒をしていたんですが、敵に遭遇して」

哨戒中の不意遭遇戦ね、それでこんなになるというなら、敵艦隊はそれなりの戦力を持っていたのだろう。

「君の司令は?」

たどたどしく説明を始めた彼女に所属基地からの指示を確認すると、彼女は静かに首を振った。

 

「私たちは……、捨てられたんです」

 

 

押し殺したその声は、感情まで殺してしまいそうな、感情の坩堝だった。

悲しいのか、寂しいのか、悔しいのか。それとも失望なのか。

 

そして、司令から言われたのであろう言葉を口にした。

「駆逐艦のために危険は犯せないと」

 

 

 

「僚艦が次々と沈められていく中、夕立姉さんは私を逃すために一人で残ったんです。お願いします! 私にできることならなんでもします! 私たちを、救って……くださ……」

 

縋るようにして救いを求める彼女。その後半は言葉にならなかった。彼女も分かってはいるのだろう。

すでに二人は沈んでおり、彼女はこうして戦場から離脱できている。つまり、現在戦さ場には浮いているのか沈んでいるのか生死不明の駆逐艦が一人いるだけ。

しかも他所の艦隊に所属しており、その司令はすでに決断を下したあとだ。藪を突けば蛇が出るのか鬼が出るのか、こんな状況で手を差し伸べる軍属はいないだろう。

 

ただ、そうも言ってられない事情がこちらにもあった。まず確かめておかなければいけないことを尋ねる。

 

「君の名は?」

「し、失礼しました。私は白露型駆逐艦5番艦の春雨です。はい」

 

 

常温ほどに冷ました紅茶を運んできた金剛が会話に混ざる。

「なんでもするって言いましたネー」

「は、はい。どんな指示にも従います」

 

覚悟のほどを確かめたのかな。いや、金剛は案外と厳しい奴でもあるので、覚悟をしろと確かめたのかもしれない。

ともかく、言質は取れたわけだ。

 

「うーん。どうします、テートク?」

上目遣いで無言の「助けて」を伝えてくる彼女は男の嗜虐心をくすぐる。女の子を虐めたい気持ちが分かっちゃうなぁ。

 

「……添い寝かな。いや、しかし」

見たところ結構幼い感じ。ううん、そんなには見ていないよ? でも、あんまり妄想の題材にするのも悪いかな、なんて。ほとんどはだけてしまっている彼女を前にしてもこの理性よ。

庇護欲が嗜虐心に打ち勝った瞬間だ。やはり男は紳士でなければいけない。

 

しかし、やっぱり声には漏れていた。

 

「今、なんて……」

「気のせいよ」

 

おかげで、耳聡くそれを聞いていた霞に後ろから羽交い締めにされる羽目になっている。

意識を集中すると背中に成長を始めたばかりの霞の微かな柔らかさが……ダメだ。言ってる場合じゃねぇ、意識が刈り取られる!

「気の迷いだ! 気のせいだ!」

 

力強く言い訳を口にして霞から逃れることに成功した。そして追撃される前に艦隊に指示を出す。

 

 

「進路そのまま! 救難信号の発信地点まで最大戦速、敵艦と遭遇次第攻撃を許可。あらゆる手段を以って全力でこれを退け、海域に残された艦娘の救助を行う!」

 

「助けて……くれるのですか?」

やっぱりちょっと泣かせたいな。この娘の上目遣いはそんな気にさせる。

好きな女の子に砂場で砂をかける男の子の気持ちだと言えば分かるだろうか? 嫌われるだけなんだけどさ。

 

「助けるよ。かわいい娘のお願いは叶えてあげなくちゃバチが当たる。それに……」

「シグレのシスターですからネー」

 

そうなのだ。彼女も、そして彼女を逃すために現場に残ったという艦娘も時雨の姉妹。この二人のことは時雨から聞いているのだ。

 

「時雨姉さんを知っているんですか?」

「泣く子も笑顔で問い詰めるウチの艦隊の秘書艦さまデース」

「時雨にはもうずっと世話になりっぱなしだ。ゆくゆくは時雨の姉妹は全員ウチで面倒みたいと思ってたところだから、渡りに舟とはこのことだな。艦だけに」

「アナタの元所属基地には後でキツーイお灸をプレゼントねー」

 

こちらとしては、二人を助けた後の受け入れについての問題はない。諸事情により少数精鋭を強いられているウチの艦隊ではあるが、白露型に限っては最優先で確保だ。

あり得ないことだが、救助を断念してこのまま帰投したほうが大問題に発展する。「君たちには失望したよ」なんて言われたなら立ち直る自信がない。

 

後々発生する先方との問題については、それは今後の問題として割り切っておこう。

今は、残された夕立がまだ沈んでいないことを願うのと、彼女らを捨てた司令とやらが一線で活躍するバリバリの将官でないことを祈ろう。

 

 

「そんじゃあ霞さんや、後は任せたよ」

「アナタはなにすんのよ?」

「わからないか? 俺には春雨ちゃんの背中をさすって落ち着かせるという重大な使命がだな」

 

その台詞を聞いて、春雨は体を震わせる。なんでもすると言ったからには、そういうことも想定していた。まさか、まだ陽の高い艦上で、なんてことはないだろうが、そういう趣向を持つ人間の男がいるということくらいの噂は耳にしている。

姉を助けてもらう対価。私に差し出せるものなど、自らの身一つだ。唇を噛み締めてそれを受け入れることを覚悟した。

 

 

しかし、当然のように眉間に皺を寄せるのは霞。

「却下よ。ワタシが戻るまでアンタはその子から3mは離れてなさい」

「今回はカスミに賛成ネー。負い目を感じてる子に優しくするのはフェアじゃないデス」

 

二人は分かってるだろうが、もちろんホントにセクハラする気なんてないよ? 落ち着かせて慰めようとしただけ。それも金剛には控えろと言われてしまったわけだけど。

 

「雷、電! 座乗艦まで戻って、至急!」

そして警戒に当たっている二人を無線で呼び出す霞。

 

「その子のケアは雷たちに任せるから、アンタは見てるだけ。特別に良識に則った声掛けまでなら許可するわ」

助けてもらえるという安堵感にある春雨は、未だ落ち着かない心情の中、この奇妙なやり取りを見つめていた。

 

 

戻ってきた雷と電が艦娘昇降用のスロープから乗艦すると、甲板でへたり込んでいる春雨を見て言う。

「さっきの救難信号はこの子?」

「時雨の妹よ、もう一人が敵艦隊の中に残ってるそうだから、今から向かうわ」

言いながら、霞と金剛は艤装の準備をしている。

雷電姉妹の抜けた穴をお前らが塞ぐのか? 豪勢だな。

 

 

「二人は司令官がその子にちょっかいかけないよう見張ってて」

「了解なのです」

「ダメよ、司令官。弱ってるときの女の子を口説くのは一人前の男がすることじゃないわ」

「それはさっきも聞いたよ。とりあえず、彼女を艦内に連れて行ってあげてくれ」

 

 

 

「全員に通達、敵艦隊の中に取り残されている友軍の救援に向かう。分かってるとは思うけど今作戦の指揮はワタシが執るわ! 戦闘準備!」

 

作戦の開始を告げる霞に出撃準備のできた金剛が声を掛けた。

「それじゃあカスミ、乗ってクダサーイ」

そうして霞を自らの砲塔の上に乗せ、二人はスロープを降りていった。

 

 

 

さて、何事もなく終われば良いが。

一人残された甲板で、空を見上げながらそう思う。

緊迫した状況とは裏腹に、空は抜けるような青空だった。

 




時雨と霞の救助活動の違い。
だいたい史実がそんな感じ。


戦闘が終わったあとの艦娘を抱えてドックに運び入れる仕事に就きたい。

春雨ちゃんって、中破状態で立ち上がるとスカート脱げちゃうだろうなぁ。


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〜その女、凶暴につき〜(後)

小早川秀秋さんの名誉を回復する運動をやらないか?


ふぅ。春雨の背中と霞のお腹でご飯食べたい。



「なんなのよ、無茶苦茶だわ!」

そこは、深海棲艦の残骸がそこらかしこに散乱する悪夢のような海だった。

 

「Oh! これを一人でやったのデスカ」

 

この海は全てがおかしい。

タフな救出作戦になるものと思っていたが、これは想定外だ。

「暁、反応ある?」

「20度の方向、もうちょっと先ね」

 

この先に待ち受けているものは、果たして奇貨となるのか。それとも悪貨であるのか。

 

 

そこに近づく毎に、空気が澱み沈んでいくような感覚。

覚えがある。これはろくでもないことが起きるときの戦場の空気だ。

空は変わらず晴天で、海も穏やか。にも関わらず、少しも不安感が消え去ってくれない。

ねっとりと絡みつく風にさえ体力が奪われていくようだ。

 

 

 

「──────ッ!」

 

体が震えた。

突如として戦場に響いたのは獣の咆哮。

視界に捉えたのは海面を駆ける獣。

 

 

「なによ、アレ。あんなの危なくて近づけないわよ」

「アレは、本当に艦娘なのかい?」

一早く気が付いたのは暁。そして、響の疑問はここにいる全員の気持ちを代弁しているかのようだった。

 

重巡リ級の首を片手で持ち上げながら咆哮するソレは、駆逐艦では、艦娘ではなかった。

 

 

「金剛、近くの海面に砲撃。水柱と同時に割って入るわよ」

それでも、霞の判断は早い。

異常な光景ではあったが、今しなければいけないのは救出だ。敵艦隊を無力化して夕立を連れ帰るのだけが目的。

 

「阿武隈は暁、響とともに突入後魚雷戦で残敵を仕留めて」

「アレに加わるのかい? 正気の沙汰とは思えないね」

いつもと変わらぬ冷めた物言いだが、そう言った響の額に汗が滲んでいる。

ひしひしと、空気を通じて伝わるのだ。この海域を統べる暴力と恐怖が。

 

「対象がどういう行動を取るのか分からないわ、最悪の場合アレとやり合って身柄を拘束。命を絶つ最期の一撃以外の全ての行動を許可、沈められず沈めず、この場を治めるわよ」

 

「無理な作戦は嫌だわ」

「それ、暁ちゃんのセリフじゃないですぅ」

暁のセリフに阿武隈が突っ込む。

彼女たちは知っているのだ。笑顔の消えた戦場に勝利はないのだと。

 

何が起こるか分からない、そんなことは戦場では当たり前だ。

雨が降るのか、それとも血の雨が降るのか。その程度の違い。

彼女たちは知っている。

彼女たちは、遙かな過去にそれを体験してきたのだから。

 

だから、彼女はこう言うのだ。

 

「無理でも無茶でもやるんだってば、これはアイツの望みなんだから」

静かに霞が口にした一言。

それを聞いて、みな一様に作戦時の顔に切り替わる。

 

「さて、やりますか」

 

 

 

 

 

 

作戦は順調に進んでいた。

撹乱する必要もないほど敵は浮き足立っている。そこへ突入する阿武隈たち。

 

問題になると思われた、この海を駆る獣とも共闘できている。

霞と背を預け合い、協力するような態勢で敵の残存艦を迎え撃つ。ぶっつけにしては連携もうまくいっているように感じるが、うなじの辺りがチリチリする。

まるで得体の知れないモノに命を預けているようだ。

 

「嫌な予感しかしないわね、司令座乗艦の春雨呼び出して。ワタシたちの手に余るかもしれないわ」

 

 

 

海上で対峙していた深海棲艦が、徐々にその数を減らしていく。その半数を夕立一人で沈めていたのだから、その特異性は驚愕に値するだろう。

そして、その最後に残った深海棲艦を、乱れ動く友軍の隙間を通すようにして阿武隈が砲撃で沈める。狙いすまされた文句なしのクリティカルだ。

 

深海棲艦の姿が海に沈んだその直後だった。突如矛先を変えた夕立が霞に摑みかかるのをギリギリの間合いでかわす。

 

「なによ! 本能で動いてるとでも言う気?」

 

動くものに手を伸ばしただけ、それはまるで反射だ。

その血のような赤に染まった瞳に向き合うと足が竦む。接近し過ぎると危険だと経験が警鐘を鳴らす。

 

「アンタたち、こっち近づかないでよね」

霞自身もバックステップで三歩分ほど距離を取る。この距離が死線、夕立の僅かな挙動に自分が反応できる距離。

春雨に声を掛けてもらうことで正気に戻ればいいが、そうでなければ、少しやっかいな方法でこの場を治めなければならない。

 

 

何度か襲撃の気配はあったが、距離を保ちながら同航し時間を稼ぐ。霞の技術と、なにより胆力がなければ不可能な綱渡りのような芸当だ。

 

「ワタシが分からない!? 助けにきたのよ!」

 

赤い瞳が爛々と輝いたかと思うと、獣の咆哮を上げた夕立が海面を蹴り、わずか一歩で距離を詰められた。それはほんの一瞬、まさに瞬きの間の出来事。気付いたときには猛禽類のような指が目前に迫っていた。

 

咄嗟にスウェイバックし、首を引くことでその禍々しい指先を避けるが、引っ掛けられた制服の一部が引き裂かれて空へと舞い上がった。

霞の反射速度と動体視力がなければ一撃で致命傷を負うところだ。アレに捕まれば皮膚の一枚や二枚では済まなかっただろう。

しかし、夕立の獣の如き本能はそれを許しはしない。さらにそこから一歩を踏み込んだ夕立が深々と霞の間合いに押し入り、凄まじい速度で放たれるのは純粋な暴力。

 

 

かわしきれない。どこか冷静に、自らの命を刈り取る鎌のような指を視界に収めながら思った。

 

 

鈍い金属音が響く。

霞の前に滑り込むように割り入った金剛。その砲塔に爪を喰い込ませて、それでもがむしゃらに前へと押し進む夕立を見て思う。これは獣なんて生易しいものじゃない、バケモノだ。

 

皮膚どころではない、あんなものに首を掴まれれば、そのまま捥ぎ取られてしまうだろう。

 

「カスミが判断ミスなんて珍しいネ」

いつも通りの落ち着いた台詞だが、金剛の表情は強張っており、片時も視線を夕立から外さないでいる。

 

 

指を喰い込ませた艤装を力業で弾き、がら空きとなった金剛の胸目掛けて再び腕を振るう夕立だったが、金剛はそれをすぐさま抱きつくようにして無理やり動きを封じた。

 

「これでも戦艦デス、ワタシは食らいついたら離さないワ」

「ガアアアァァァァ!」

「sit!」

 

金剛の肩口から鮮血が吹き出す。捕らわれた夕立は本能のままに、捕らわれた状態でも使える武器を躊躇(ためら)いなく行使する。

原初の武器とも言える噛みつき。強靭な(あご)を使ったそれは金剛の肉に深く喰い込み命を削る。

 

艦娘の戦闘なんてものじゃない。これではまるで生物の食物連鎖だ。

あまりの状況に、阿武隈たちもどう援護していいのか分からず手を出しかねていた。

 

 

 

直後、ゴンっという衝撃と共に夕立の首が落ちた。

霞の渾身の力を込めた右ストレートが夕立のこめかみを貫き、その一閃でケダモノの意識を刈り獲ったのだ。

 

ガッチリと金剛がホールドしているところへ衝撃を逃がさない極大のインパクト。夕立の頭は金剛の肩にしっかりと噛み付いていたので、その破壊力を逃げ場なく側頭部で受けることになった。

 

「今、マズイ音がしました」

肩口を抑えながら片手で夕立を支えた金剛が、グッタリと意識をなくした夕立の側頭部を確認する。

 

「ついてるでしょ、それに息もあるんじゃない?」

「粉砕されたかと心配シマシタが、大丈夫そうですネ」

「砕くつもりで殴ったんだけど、えらく堅い頭ね。こっちのほうが痛いわよ」

「噛み付いたままの頭を横から殴るのはやめてほしかったデス」

見れば金剛の肩に付いた噛み痕は横に大きく抉れ、内面の肉を外気に晒していた。

傷口を見るに、殴られた勢いのまま首元にスライドしたようだ。

「アナタの首もついたままのようで良かったわ」

 

 

 

 

 

 

「夕立姉さん!」

「落ち着いて、気を失っているだけですー」

阿武隈に背負われた夕立を連れ、一応は無事に司令官の艦に戻ってこられた。

二人とも助けられて本当に良かった。

 

 

「金剛と霞が負傷してる。先に処置を」

響がそう報告した。

 

救護対象の夕立は完全に気を失っている。金剛の首元には派手な鮮血が飛び散っており、出血は今も続いている。霞のほうは一見無事そうだが、お腹から首元まで引きちぎられたかのように制服が破られ、まるで肩から羽織りものをしているようだ。

 

「とにかく基地に戻るぞ、ボイラーいっぱいまで回せ」

指示だけ出して、金剛に肩を貸そうとしたが出血だけだから大丈夫だと言われた。

心配そうに見送っていると、その場に残った霞から声を掛けられる。

 

 

「ちょっといい?」

 

 

 

「普通じゃなかったわ」

少し離れたところまで連れてこられると、背をもたれさせた霞が開口一番にそう言った。

 

「駆逐艦が一人で相手にできる数じゃなかったし、海上であんな接近戦してるのも初めて見たわよ」

数時間のこととはいえ、酷い戦いだったのだろう。憔悴している霞を見ただけでそれは分かる。

 

 

「目覚めるのを待つしかないけど、場合によっては拘束隔離する必要もあるわ」

「基地に戻れば時雨もいることだし、相談してからでもいいだろう?」

拘束隔離。霞にそこまで言わせる何かが現場ではあったのだろうが、彼女は敵ではなく救護対象だ。

 

 

「せっかく拾った芽だ、余計な不信感は抱かせたくない」

ここには春雨もいるのだ。対応は慎重に行いたいと思う。

 

 

「アナタの判断は分かる。分かるけど、お願いだから」

提督の目を真っ直ぐに見据える霞のそれは憂慮。心配を隠すつもりもない。そんな顔で見つめられた。

 

「帰投して時雨が同席する場まで、アナタは近づかないで」

 

言うとおりにしよう。

霞を不安にさせる行動を取るつもりはないし、同じように、彼女の心配を無碍にするなんて選択肢は存在しないのだから。

 

 

まずは、無事に帰ってきてくれたことへの感謝だ。

霞を引き寄せて優しく包み込むように抱く。嫌がられるかなとちょっと思ったが、背中に腕を回してくれた。

 

「お帰り。無事で良かった」

「うん」

 

 

たまに顔を出す素直でかわいいバージョンの霞だった。つい嬉しくて笑ってしまう。

「なによ」

「いや、でもとりあえず着替えないとな」

中身に傷が付いていないことに安堵しつつ、セクシーすぎる姿の霞を見る。上はもうこれでもかと豪快にはだけている感じ。

制服だったものに指を掛け、ちょっと開いて言ってみる。

 

「もう少しで見えちゃいそうだ」

 

少し身を引いて、それからニッコリ笑った霞の顔を最後に、それ以後の記憶はない。

 

 

 

 

 

 

 

いつかの執務室。

提督は散歩中なのかまたぞろ不在だった。

時雨と霞が書類の受け渡しや伝達事項を伝え合っていたときに、ふと時雨が言った。

 

「そう言えば、夕立が霞のことを怖い怖いって言うんだけど、なにか心当たりでもあるかい?」

「まさか覚えてるんじゃないでしょうね」

眉をしかめて霞が返答する。これは、心当たりがあるんだろうなと時雨は思った。

 

「あの子が前後不覚になって暴走してたって話したでしょ」

「本当に迷惑を掛けたね、金剛さんが取り押さえてくれたって聞いてるけど」

「本当に迷惑だったわよ、危うく首を捥がれるところだったからね」

 

口ではそう言っているが、霞は仲間を責めたりしない。彼女は時に難しい言語を使うが、これは気に病む必要はないと言っているのだろう。

で、あらば。その心遣いはありがたく受け取っておかねばバチが当たる。

「霞の首がついていて僕も嬉しいよ」

 

 

「取り押さえたのは金剛だけど、それでも暴れに暴れて肩に噛み付いたのよ」

「うん、酷い怪我だった。金剛さんは気にしないでいいって言ってくれたんだけど」

「場合が場合だったからね、それでいいと思うわよ」

 

 

「それで?」

「……場合が場合だったからね」

言い訳のように視線を合わさないまま、霞が素っ気なさを装って言った。

 

「金剛の肩に噛み付いてたあの子のテンプルに思いっきりの一発を叩きつけてやったわ」

 

 

一瞬書いていたペンが止まる。

そして恐るおそる霞に尋ねてみる。

「全力で?」

「全力で。頭蓋を叩き割ってやろうかと思ったくらいよ」

 

霞が全力と言うのだ。

本当に本当。渾身のフルパワーを側頭部目掛けて振り抜いたのだろう。

「……夕立の頭がついていて僕は嬉しいよ」

 

 

 

「もしかして、帰ってからしばらく霞が休みをもらってたのって」

「拳が割れてたから仕事になんなかったのよ」

ぶっきら棒に、霞がそう言い放った。

 

 

自分のことかのように身が震える。

僕の首だったら、保たなかったんじゃなかろうか……。ともあれ。

 

「夕立が君を怖がる原因はソレだね」

 




あれれ〜。夕立と春雨を見捨てる判断をした元の艦隊の司令の話が入りきらなかったぞ?

いずれそのうちどこかに挿入しよう。
とりあえず、件の司令はパレンバンに設営された基地に着任している。


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幌筵泊地で4

マジな話をすると。
提督って自衛隊でいう海将補以上の艦隊司令官を指す言葉。
海将補は米軍での少将クラス。

50歳でなれたらかっこいい。ってな具合なので、提督と呼ばれたらだいたいその辺りの年齢。ちなみに定年は60歳。

身近じゃなかったらどうでもいい話だけど、そうじゃなかったら20代や30代の提督ってギャグなんだ。
24歳で学校の校長をやってるくらいにはおかしい話。普通なら新米教員の年齢だもんね。


それを踏まえて物語を作ると、シン・ゴジラ級の重い話になるに違いない。艦娘とキャッキャうふふどころか、孫がいてもおかしくないし、話も政治ばかりだろう。

うん。逆にちょっと読んでみたいかもしれない。



夜にもなると尚更寒いね。

吐く息が白い。

 

いや、それは昼もだったね。失敬失敬。

本来なら今頃部屋で時雨と駄弁りながら暖を取っているか、下手すりゃもう就寝しちゃってるかもしれなかったのに。

なぜこんな時間に基地内をうろついているのかと言うと、この美しい星空を見に。

 

来たわけでは当然ない。

 

星空を見に来たのなら隣には時雨か霞が居るだろう。もしくは二人とも居る。まである。

一人で星を見るようなロマンティックな趣味もないので外にも出ていない。

屋内でも寒いんだよ。

 

俺と時雨のために用意された部屋から一階下ってちょっと行ったところにあるとある詰所。この時間だと誰も利用しておらず、そこで一人、所在なく突っ立っているところだ。

おっと、済まないな。ポケットにカイロ、ではなく。妖精さんが居た。俺は一人ではないようだ。

妖精さんと二人、やることもないので窓から星でも眺めてみる。

空気が澄んでいるのだろう。明日にでも時雨を誘って見に行こうかな、と思えるくらいには美しかった。

 

 

そうやって時間を潰していると、慌ただしく扉を開けて一人の女性が駆け込んできた。

 

「遅くなってごめんなさい。報告書が溜まっててー」

甲高い声だが、聞いているうちに癒しの波長でも出ているのか、癖になる声だと思った。

そう、この声の主は阿武隈だ。

今まで仕事をしていたのだろう。入浴もまだなのか制服のままだ。阿武隈のルームウェア姿が見たかったなぁ。

 

 

それは夕食をとっていたときのこと、彼女からそっとメモを渡され、そこにはこの部屋までの道順と時間。それから「二人だけで話がしたい」とだけ書かれていた。

 

時雨を一人待たせることになってしまうが、おぜうさんに誘われたのなら致し方ない。おぜうさん。発音に注意してくれ。

 

よからぬ期待がないでもないが、まぁなんだ。まっとうに、人に聞かれたくない話でもするんだろう。

 

「いいえ、私も着いたところですよ。お気になさらず」

そう言って紳士的に阿武隈を迎え入れた。

 

阿武隈は、部屋に入るとパイプイスを2つ組み立てて座るように促し、その後でストーブも点けてくれた。

 

さすがは北の果ての基地。建物の気密性はカナリのものだと思う。内地の国内メーカーは気密性よりも断熱性に走りがちらしく、あんまり気にしてないようだが、ここは北海道の工務店で建てたクラスのC値になっていそうだ。

どこが建てたのかな。南極みたくミサワさんなのだろうか。循環とか換気にも気を使うんだろうな。

 

そのどれもが、あの日の日本にはなかったものだ。

つくづく、戦中ここでお国のためにと頑張ってくれた先人たちの苦労が偲ばれる。

 

 

「どうかしました?」

「いえ、一時期流行った『倉のある家』って、今どうなのかなって考えてただけです」

 

微妙な空気が流れてしまった。素敵なんだけどな、ミサワさんの倉のある家。倉の使い方を想像するだけで心が躍る気持ちになる。なるよね?

 

さて、気持ちを切り替えて、そろそろ話を進めようかな。

「それで、お話というのは?」

 

 

「アナタは良い人そうですね」

唐突にそんなことを言われた。

 

なぜそう思ったんだろう。良い人って、とどのつまりは都合の良い人とどうでも良い人に二分されるんだけど、この場合は前者だと思ってもいいよね。悪い意味ではなく。

 

そういえば昔、同学年の友人に同じ話をしたことがある。そいつはその後、良い人だと言われても嬉しくなくなったと言っていた。

そうじゃないんだぜ?

誰だって都合の良い人と都合の悪い人が居たら、選びたいのは都合の良い人でしょ。

俺は君にとっての都合の良い男になりたいんだ。そう言えて初めて大人の男になる。

 

人に好かれるのは案外と簡単なものだ。そう言う話。

 

なんて、詮無きことを考えていたら阿武隈が話を続けた。

「霞ちゃんからよく聞かされてました。ちょっとおかしいけど、見どころのある司令官だって」

「へぇ、霞がそんなことを。ボロカスに言われてるかと思ってたから意外だな」

「ボロカスにも言ってたから意外ではないですよー」

いかにも霞らしくてつい笑ってしまった。

阿武隈はそんな提督の顔を窺うように見つめていた。

 

「やっぱり、怒ったりはしないんですね」

 

怒るなんてあるはずがない。当時も今も、俺と霞は上官と部下の間柄ではないし、最初の出会いがそもそも罵倒だったのだ。

阿武隈には戦友だと言ったが、本当は悪友に近いかもしれない。もっとも霞の評はきっと、自分が口をうるさくしてやらなければ酷く頼りない新米士官といったところだろう。

 

「アナタについては、霞ちゃんとのやり取りで人柄もわかりましたし」

霞ちゃんから信頼される人間なんて、それだけで自信を持っていいんじゃないかなと、阿武隈が口の中だけで呟く。

 

「なにより驚いたのが、時雨ちゃんがアナタにべったりだってこと」

 

それについては疑問だった。俺にべったり尽くしてくれることについては、それは少々疑問もある。が、時雨は基本人好きする奴だと思うからだ。

 

 

「佐世保のことを聞いていいですか?」

なんだなんだ、話が飛ぶなぁ。繋がっているのか?

まぁ特に隠していることでもないので、あらましを説明してやることにする。

査問で何度も繰り返し話させられた経験が活きたかもしれない。

結構饒舌に佐世保のことを話せたと思う。

 

「霞ちゃんに指揮を任せた理由は?」

「現場を知らない人間が無線越しに他人の命をどうこうするのはいかがなものかと思ってね、みんな初対面だったから尚更だ」

 

やっぱりそこ、気になっちゃいます?

あのとき霞にも言われたが、取りようによっては俺の責任逃れにも思えるよな。

そんなことは決してなく、俺より霞が現場で指揮したほうが良いと思っただけなんだけどね。合わせてそれも説明してやる。

 

「もともと霞は戦況を読み解く優れた能力を持ってたんだ。なら現場は霞に任せて、私は行動指針を示すだけに徹したほうがうまくいくんじゃないかって、そんな理由」

 

最後に一つ。阿武隈がそんな風に言った。

別に回数制限は設けていないので、朝までだって質問を続けてくれてもいいんだけどね。

 

「アナタの目的はなんなんですか?」

目的、か。

深海棲艦を倒して平和な世界を、とかを聞きたいわけではないのだろうな。

こちらも、別に隠すようなことじゃない。

 

「当座は艦娘が手にするべき権利と義務を当たり前に享受できる艦隊を作るってことかな。そのうちそれを海軍の当たり前にしてやりたいと思ってる」

権利と義務。良い言葉だなぁ。

それを意識せずとも手に入れられる国。日本に生まれて良かったと、どの程度の人が気付けているのか。

 

だが残念ながら、その範疇に艦娘は入っていない。俺はそれをどうにかしたい。

 

それを聞くと、阿武隈は「納得しました」とだけ言って、何かを考えている様子を見せた。

 

会話は面白い。

言葉のキャッチボールだなんて言うが、言い得て妙な良い表現だと思う。

言葉の節々から相手を理解し、想像し、推し量る。

相手がどんな球を投げてくるのかを考えるだけではなく、相手が取りやすいボールを投げることも考えなくてはならない。

 

話してみたら、誰にだってわかるだろう。

艦娘には自己があり自意識がある。それらは個性と呼ばれるものだ。

 

なら、俺たちとなんら変わらない。

 

 

 

「提督はここに艦娘をスカウトにきたと聞いていますが」

「横須賀に顔見知りの中将さんが居てね、そいつがうるさく言うんだよ。形だけでも早く整えさせたいみたいだし、ついでにここで戦果の一つでも上げてこいと叩き出されて困ってるところだな」

 

あ〜のクソジジイ。霞がここに居るのを知ってたに違いない。

サプライズのつもりか? それなら迷惑ではあるが、まだ可愛げがある。

しかし奴のことだ。言わなかったのは俺を計っているからなのだろう。

ここで霞と再会し、俺が霞を連れ帰るのか否か。

 

 

「お願いがあります」

急に改まって向きなおる阿武隈にびっくりした。切羽詰まった顔をしているがどうしたことだ。

 

「ワタシの水雷戦隊を、提督の艦隊に迎えてはくれないでしょうか?」

 

 

「阿武隈さんのって、第一水雷戦隊をですか?」

帝国海軍栄光の一水戦。それが俺の艦隊に?

北方海域での作戦を手伝ってくれないかなぁとは思っていたが、指揮下に入るとなれば話も変わってくる。

まったくもって現実味がない話だ。

 

「さすがにそれは、私はただの中尉ですよ?」

「どうぞ阿武隈と呼んでください。私は階級を特に気にしていません」

気にしないと言われてもな〜。戦隊旗艦って基本的に大佐クラスじゃないとなれないよね、こちとらカナリ早いペースで昇進したが、未だ中尉です。駆逐艦長にだって全然手が届かない階級です。

めちゃくちゃ上手く事が進んで、あと20年でなれたらいいな。そんな話だそ。

 

「いや、気にするもなにも。本来なら司令になれない階級ですよ?」

「ワタシにとって重要なのは、一水戦のみんなを守ることなので」

 

頑なで意志が強い。しかしどこか危なげに、彼女はそう言った。

 

 

 

「護衛が主の一水戦ですが、戦況は芳しくありません。今も北方に来ているように、これまでも各地を転々としてきました。軍人さんにはいろんな考えの人がいますが、ワタシたち、いえ、六駆のみんなを大切に扱ってくれる司令官を探しています」

 

そのために、彼女はどこの艦隊にも落ち着かず、横須賀を離れ六駆を率いて北へ南へと転戦してきたのだと言う。

 

なぜそこまで六駆を、と聞くと彼女は滔々と話しだした。

それは、一緒に行動して長い、有り体に言えば情がある。特に、六駆はそれぞれ脆いところがあり、過去の記憶を引きずっている。そんなところだ。

 

昼に会った雷にそんな印象は持たなかったが、長く一緒に居るからこそわかることもあるのだろう。

 

 

「艦娘と対等に、条件について話し合える司令官はなかなかいません。そこに現れたのがアナタです」

 

つまりこれが、俺の艦隊に加えてほしいと言った理由。

 

「その条件とは?」

「この阿武隈率いる一水戦を指揮下に置くことができる、そのために必ず守ってもらいたい一つのルール」

 

 

「なにがあっても、六駆を解隊しないこと。彼女らをバラバラに運用し、転属させたりしないと約束してほしいんです。誰か一人でも欠けてしまえば、彼女たちはダメになってしまう……」

男の子の感性としては、そうなっても大丈夫なようにと考えるだろう。ダメにならない強い子に、でなければ根本的な解決にはなっていないと思う。

 

しかし、だ。

 

「その条件を飲んでくれるのなら、ワタシの待遇はどんなものでも受け入れます」

強い意志と覚悟を決めた目をしている。

約束を守る限り、阿武隈はどんなことでも受け入れると思う。

 

俺は雷以外の姉妹に会ったことがない。

問題の根っこがどのように張っているのか想像もできないが、わかっていることもある。

 

 

「頑張ってきたんだな」

阿武隈の頭に手を置き、撫でるようにして言ってやる。

 

「そうやって一人で抱え込んで、ずっと彼女たちを守ってきたのか」

 

わかっていること。

それは阿武隈が良い奴だということだ。

わからないなりに、今後は彼女と悩んでいこう。

俺は阿武隈にとっての都合の良い男になりたいと思ったから。

六駆の問題については、まず話してみて、そして時間をかけて対処していこう。

 

今やらなければいけないのは、その問題を阿武隈から取り上げてやることだ。

まずやらなけらばいけないのが、阿武隈を救うことだ。

 

 

「なにも心配はいらない。そういうことなら、これからはお前と一緒に俺も苦心するよ」

「ありが、と、ございま……」

声を押し殺し、静かに、嗚咽を噛み殺す阿武隈の姿が印象的だった。

誰にも打ち明けることが出来ず、たった一人で戦ってきた阿武隈は、本当に強い女性だ。

 

親猫のように六駆を守り、艦隊を転々とする生活とはどんなだったのだろう。

この阿武隈のお眼鏡に適ったのなら、それは誇るべきこと。頼ってくれて嬉しい。もっと頼られたい。

だから、頼れる男になろう。

 

 

「お前たちが笑って過ごせる艦隊を作ろう。まず、この北方で結果を出すよ。俺が、お前たちを守るに相応しい頼れる男なのかどうか、それで判断してくれ」

 

足掛けの駄賃がわりではなく、この作戦で戦果を上げる。

少しでも釣り合いが取れるようにしておかねば、第一水雷戦隊を指揮下に置くなどできないだろうから。

 

 

それから、阿武隈が笑えるようになるまで詰所で話をした。とるに足らないバカ話だ。

それはそれ、これはこれ。

畏る関係である必要はない。俺は阿武隈が欲しいし、阿武隈も俺を必要としている。

なら二人は対等で良いのだ。

 

 

夜もすっかりふけてから部屋に戻ると、時雨が起きて俺を待っていた……。




提督、司令官、司令はそれぞれ役職です。
司令は司令官の略ではなく、別の役職。

そういうのを知って艦これ小説を漁ると、「俺は東大を卒業したばかりの20歳で新人アルバイトの専務! 経理に自信のある厨房担当だ! 横須賀にある甲子園ドームで卓球を頑張ってるぜ!」みたいな話に出会えて楽しい。



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幌筵泊地で5

え、好きな駆逐艦ですか?
話に出てきてない駆逐艦だと朝雲が好きです。

彼女、実はすっごい子なんだ。
大好きな艦だし、この子には絶対改二が来る! そう思って育ててから5年が経ちました。

そういや、霞さんの当初の名前が朝雲なんだよね。
建造が始まる前には改名されて霞になってたけど。

あさぐもは護衛艦になったが、かすみは実現していない。
なんだ、名前の響きが悪いのか?



翌朝。北方海域開放のため、臨時の水雷戦隊の指揮権を移譲してもらった。

 

早朝から時雨を連れて霞の部屋に乗り込んでの相談をした結果。

メンバーは秘書艦時雨の他、霞とその僚艦の初霜、佐世保組の皐月、それから阿武隈と六駆からなる一水戦でということになった。

 

初霜が協力してくれることになったのは嬉しい誤算だ。

叩き起こされて迷惑そうな顔をする霞の同室だった初霜。ついでに起こされてしまい、さらに朝っぱらから自室にほとんど見知らぬ男性が乗り込んで来るという不幸な出来事に遭遇したにも関わらず、終始穏やかに対応してくれた。

お前も見習うがいい、霞め。

 

協力を取り付けたきっかけはこうだ。

狭い二人部屋の中に四人が押し込まれて北方海域開放について話している。

初霜は当事者ではないとはいえ、室内だ。完全に話は聞こえている。そんな状況。

 

選抜メンバーについてを相談しているときに俺が言った。

「もう一人、もう一人戦力になる駆逐艦が協力してくれたら……」

 

すかさず時雨がそれに乗った。

「僕が、僕が二人分の働きをするよ! 例え沈むことになってでも!」

 

 

自分から手伝うと申し出てくれた初霜。

気概に満ちた素晴らしい女性だ。

その間、霞は聞こえてないフリをして傍観を決め込んでいた。霞め。

 

皐月については不在なので本人の同意が取れていないが、それについては霞が問題ないと言うので、問題はないのだろう。

 

まぁ早朝から部屋に押しかけたことについては申し訳ないと思ってるよ?

寝てないからちょっとテンションおかしいんだ。ナチュラルハイってやつ。

昨夜阿武隈との話を終えて、部屋に戻ると真顔の時雨さんが待っていたんだ。必死に慰めていたら気付けばもうこんな時間。そんな感じ。

 

特に、俺は二人の寝間着姿も見られてさらにハイだ。

寝起きの女の子ってなんかドキドキするよね。

 

 

そしてそのままのノリで朝から基地司令官に話を持って行ったというわけ。

ホントは億劫で仕方がなかったんだよ。

だってそうだろ、ポッとやってきた中尉くんだりが、迷惑はかけないからまずは俺にやらせくれ! なんて言わなきゃならないんだぜ?

 

霞と初霜の力添えあればこその成果だ。

 

 

ところで、一水戦の指揮権移譲を求める際に一悶着あるかと身構えていたが、元々借り物のサポートメンバーであるからか、さほど問題にならず安心した。

基地司令官が気にしたのは六駆が輸送船護衛で手に入れてくる資源だった。それも横須賀に連絡して手配すると伝えると意外なほどスムーズに話はまとまった。

後は横須賀のじじいがなんとかするだろう。

 

 

 

さっそくメンバーに辞令が下り、北方海域攻略に参加してもらう選別メンバーと朝食後、宿舎の裏手にあるちょっとしたスペースにて顔合わせを行うことにした。

 

「不在の皐月と六駆のみんな以外は昨日あいさつをしていると思うが改めて。今回の北方海域攻略作戦で遊撃部隊を預かることになった。しばらくの間よろしく頼む」

まだ7時過ぎ。テンポが良いだろ? 昼過ぎまでこのテンションを維持することは不可能だと冷静に自己を判断した結果だぜ。

 

 

「で、なんでわざわざこんな場所なのよ?」

「ついでだし、早速ここで訓練してもらおうと思ってな」

「……ここで? 走り込みでもさせる気なら運動場があるし、艦隊訓練なら艤装を付けて海上でやるべきでしょ」

 

いつもの霞節、いやこの程度ならむしろいつもより丁寧な霞だろう。

しかし、提督と霞のやり取りを初めて目の当たりにする艦娘にとっては、これで青天の霹靂だったようだ。階級差がひっくり返っているとはいえ、これから自分たちを指揮する司令官を相手になんて口の利き方をするんだと。もちろん自分は気にしていないし、秘書艦の時雨もいつもと変わらぬ笑顔のままなので問題はない。

 

「うんにゃ、まずやってもらうのは筋肉トレーニングだよ」

霞が1番胡散臭そうな顔をしているが、他のメンバーも大体似たり寄ったりの顔をしている。真面目な顔で聞いてくれてるのは初霜かな、響は聞いてるのかどうかも表情からは読み取れず、電ははわはわ言っている。

 

「なんでワタシたちに筋トレが必要なのかがまずわからないわ」

「まぁそういう反応だよね。わかってはいたけど、ホントお前ら陸上訓練と縁遠いよな」

「当たり前でしょ、ワタシたちは艦娘。海の上で戦う艦艇なのよ?」

 

他の艦娘は黙っているが、それは提督の考えに理解を示しているわけではなく、たんに自分の言いたいことを霞が代弁してくれているので口に出さないだけだろう。

いかん、このままでは選別メンバー発表から間も無く不信感の蔓延する危ない水雷戦隊になってしまう。

だが大丈夫。毎度毎度、秘書艦がお前で良かったと思う。さぁ説明してくれたまえ、時雨さん!

 

「アンタそのうち時雨に出て行かれるわよ」

 

指名された時雨が一歩前に出て、咳払いを一つ入れ説明をする。

「確かに僕たち艦娘は陸上でのトレーニングを普段しないけれど、騙されたと思ってやってみてくれないかな、海上での効果は間違いなくあるよ」

 

「信じていいんでしょうね」

「僕の名に誓って」

 

霞が溜息を一つ。それだけで気持ちを入れ替えてくれた。

「いいわ、アンタを信じるって決めたわけだし、やってあげるわよ。で、何したらいいの?」

 

実は、寝ていない俺たちは夜な夜な用意していたのだ。提督お手製懸垂スタンド二号と三号。

時雨に言われて三号スタンドは小さめに作ってある。

 

「まずは懸垂をしてもらう。時雨、お手本」

「それじゃあ、やるよ」

相変わらずガタガタと不安定な鉄棒を前にし、小島でずっとやっていたように懸垂を始める時雨。両手をいっぱいに広げたスタンスでゆっくり10回をこなして見せた。

「こんな感じかな。まずは肩幅くらいで掴んで10回やってほしい」

 

なんなく10回をクリアした阿武隈。三号スタンドの方では、霞がなんとかクリアできた。

阿武隈や霞がクリアするのはなんとなく驚かないが、意外だったのは10回やり終えた後でもケロリとしている響だ。

 

「10回上がって余裕のある人は少しずつ握る間隔を広げて」

アドバイスを入れつつ、ゆっくり全員が二周まわったところで一呼吸おく。

 

「ちょっと、疲れるわねコレ」

「はいはーい、次はスクワットいきますよー」

手を叩いて注目を集めるも、マイ秘書艦に投げる。

「はい時雨さん」

 

指名された時雨がまたお手本を見せる。

スクワットの注意点を話しながらフっと気付いた時雨が言った。

 

「お手本って、別に提督でも良かったんじゃないかな」



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幌筵泊地で6

艦歴からしたら、初霜さんはもっと人気があってもおかしくないよね。



「レディのするポーズじゃないわね」

太ももをプルプルさせながら暁が空気イスのような状態で耐えている。かわいい。

 

「足が太くなったりしませんかー?」

スタイルを気にするのは阿武隈。かわいい。

 

 

「むしろヒップアップして魅力度が増すと思うぞ」

そう言って、ホラっと時雨のお尻を指差す。お尻に注目を集められた時雨は少し赤い顔をして「やめてよ」と飛び退いた。

 

合わせて30分ほど筋トレを行い、心地良い疲労感が体を支配している。

ちなみに一緒に訓練に参加していた提督は10分ほどで早々に傍観者にジョブチェンジした。

 

車座を組み、ちょっくら休憩タイム。

トレーニングも必要だが、まず最初にしなければいけないのはコミュニケーションを取ることだろう。

なにせ時雨と霞以外は昨日今日出会ったばかりだ。

 

「上半身が鍛えられれば主砲を支える役に立つ、下半身が強くなれば海の上でも踏ん張りが利く、どれも時雨が実践済みだ。効果が出るまでは少し時間がかかるかもだが、無駄にはさせないよ」

筋トレをすることで得られる効果を説明する。みな素直に取り組んでくれてはいるが、効果の見えない訓練ほど気が滅入るものはないだろう。期待感はなにをするにも重要なのだ。

 

「で、これを何回繰り返せばいいの?」

「懸垂とスクワットを交互に2回、それを日に3セットもやれば十分かな」

「は?」

 

先ほどは説明も兼ねて行ったが、慣れれば1セット20分くらいで終わってしまうだろう。それを3セットだと1時間だ。

 

「まさかこれだけってわけじゃないんでしょ?」

「うーん。あとはストレッチとか?」

「合わせても1回40分ってとこだね」

霞の問いに提督が答え、時雨が補足を入れる。

 

トレーニングと言うにはあまりに時間をかけない内容に一堂不安そうだが、さらに畳み掛けるように注意点を話す。

「あ、そうそう。腕に筋肉痛が出たときには懸垂、足が筋肉痛になったらスクワットお休みね」

 

「今日から5日、まずは様子を見る。その間は海に出なくていいから」

艦娘にとってのアイデンティティを否定するかのような物言いだが、諦めなのか開き直りなのか、文句が出たりはしなかった。

 

「それで、空いた時間はどうするのよ?」

「座学とレクリエーションかな?」

 

 

こうして、時間を持て余す日々がスタートしたのだった。

 

 

2日目。予想通りと言うかなんと言うか、時雨と阿武隈以外のメンバーは全員太腿の筋肉痛を訴えた。

 

「はい、小さい子組はスクワットお休みね」

 

ちなみに自分の推測が正しければ、基本阿武隈が付きっきりだった六駆の皆さんは純粋にトレーニングによる筋肉痛。霞と初霜は自室などで自主練でもやってたのだろうと思われる。

 

いつもより1.2倍くらいのしかめっ面をしている霞が、連絡事項を入れる。

「今日のお昼には皐月が戻ってくるわ」

 

 

 

「これでいいんでしょうか?」

「まったく、なに考えてんだか」

手持ち無沙汰で地面に腰を下ろす初霜と霞が不安と不満を口にしている。

チラリと提督を窺うと、懸垂している時雨を後ろからチェックしているところだ。

なんだかんだと、ワタシたちのことを真剣に考えてくれてはいるのよね。そう納得していた。

 

「提督、いい加減後ろから僕のお尻を凝視するのは止めてもらってもいいかな」

 

前言撤回だ。不安ばかりが募る無為な時間だけが過ぎているように思う。

 

 

 

お昼はみんなで食堂。

昨日からほとんどの時間を一緒に過ごしている。その成果もあって、だいたいどのような性格をしているのかがわかった気がする。

 

頼りなく思えることもあるが、その実で芯にブレないものを持つ阿武隈。一部艦娘からいじられキャラのように扱われることもあるが、信頼されているのも伝わる。彼女たちにとっての親戚のお姉さんって感じだ。

一水戦の旗艦を務めるだけあって、練度は神懸かりするほどだと時雨、霞が口を揃えるので、カナリのものなのだろう。

 

初霜は当初の感想どおり。

生真面目で意志が硬い。じゃあ杓子定規で取っ付きにくいのかと聞かれれば、全くそんなこともなく。一歩引いたところから、周りとの調和を大切にする優等生だ。

彼女を小隊の2番艦に置いておけば、その能力を遺憾なく発揮するに違いない。艦隊内の戦技評定で時雨が勝てなかったというのだから、期待は高まるばかりだ。

 

第六駆逐隊の子たちはみんな優しい。困っている人を見つけると放っておけないタイプばかりのようだ。詳しく分けると、上の二人がなんだかんだと放っておけないタイプで、下の二人が素直に放っておけないタイプ。

長姉の暁は背伸びしたがる女の子。1番見た目を気にするレディだ。

次女の響はクールビューティー。飄々とした不思議な子。そして不死鳥と呼ばれるほど強いらしい。

三女は雷。昨日会った、お姉ちゃんに任せなさいの子。面倒見が良く1番気にかけてくれる。

四女は電ちゃん。一見気が弱そうだが、実は気が強いのだと教えられた。昔とある重巡を臆病者呼ばわりで酷評したとかなんとか。

 

個性的な子が多いが、優しい奴らばかりで助かる。

ワイワイと飯を楽しんでいたら、佐世保振りの皐月が帰ってきた。あのときは負傷してぐったりしていたので、ほとんど話せなかった子だ。元気になったのだろうか、そんな心配はすぐ杞憂に終わった。

 

「あれ、司令官かい? 会いに来てくれたんだね!」

 

そう言って元気良くこちらに駆けて来た。

天使じゃん。キラキラと輝く金糸の髪に太陽の笑顔。天使じゃん(2回目)。

ついつい両手を広げて受け入れ態勢を取ってみたら、そのままの勢いで飛びついて来た。

 

「皐月、元気にしてたか?」

 

調子に乗った俺は、そのまま皐月を抱えてくるくる回る。

皐月は元気良く笑いながら元気だよと、元気いっぱいに返事をしてくれた。

元気のバーゲンセールのようになったが、多くても困るものじゃないだろう。

皐月の笑顔の前では些細な問題だ。

 

なんの根拠もなく、皐月とは良い関係を築けると確信した。

 

 

飯を食べた後は訓練の再開だ。

皐月は帰ってきたばかりだから、休んでからでも構わないと言ってあげたのだが、それに対しては「ボクだけ仲間外れにする気? そうはさせないよ!」と返してきたので、休むつもりはなさそうだ。

 

「いいから、そろそろ降ろしなさいな」

 

なんとなく収まりがよかったので、皐月を抱っこしたまま宿舎の裏まで歩いてきてしまった。

 

もう、妬くんじゃないよ。交代でやってあげようね。多分そんな顔をしていたのだろう。

一言も発していないのに霞が「結構よ」と言った。

 




皐月を抱っこして生活したい。

皐月は武勲抜群。
改二で持っている白木の小刀は駆逐艦長の形見。
護身用としては使えない。

皐月を抱っこして生活したい。


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〜作戦前の一コマ〜/ 事情と下着

?「あとで感想聞かせてね!」

相変わらず本編は進まない。
そういえば、艦これ界隈ではよく目にする「憲兵」。
あの人たちは陸軍だぞ?


しまった! 記念となる27話目だった。
第二七駆逐隊と言えば、有明、夕暮、白露、時雨が所属した駆逐隊。
この四人は有明型駆逐艦と呼ばれたりもする。その場合、白露が長女ではない。彼女が1番艦にこだわるのは、きっとそんなところから。



「あれ? 珍しいな」

日本ほど四季を感じることはできないが、年中暑いリンガがより一層の猛暑を振るう季節。

時雨が席を外しているので執務室には提督と、提督が目を通しておく必要があると判断された書類を渡しにきた霞の姿だけがあった。

そのうちの一枚、直近に予定されている他艦隊との演習表を確認していると、演習艦隊に時雨の名前を見つけたのだ。

 

「時雨が演習に参加するのってどれだけぶりだっけ、相手の艦隊どこだ? 絶対勝たなきゃならない理由でもあるのか?」

艦娘の数も増え、戦力に余裕ができてからの時雨はもっぱら内政に精を出しており、海に出ることが少なくなっている。練度も艦隊随一の水準を保っているため他艦隊との演習に参加するのもご無沙汰のはずだ。

その時雨が唐突に演習に参加する。これはなにか事件の前触れかと思ったが、その心配はすぐさま霞に否定された。

「半年ぶりくらいかしら? 相手は関係ないわよ」

 

腰に手を当てた霞が呆れたように続ける。

「忘れたの? 先日軍令部から攻勢作戦の概要が届いたでしょ。ウチの艦隊としては、そろそろ無視できない戦果の一つでも叩きつけておきたいところなの。だから勘を取り戻すんだって」

そりゃまた演習相手には酷いタイミングだ、運の悪い艦隊に心の中で合掌。

 

「霞はいいのか?」

「よく見なさいな。あるでしょワタシの名前」

慌てて演習表を確認すると、しっかり旗艦の欄に霞の名前が入っている。時雨の名前のインパクトが凄すぎて他の名前が目に入らなかったようだ。

 

「ワタシは定期的に演習にも参加してるのよ。知ってるでしょうが」

「だってお前、演習のときも金剛の艤装に乗りっぱなしで戦わないじゃん」

 

深海棲艦との海戦時でも海に足をつけることなく、金剛の艤装の上で指揮に専念している霞だ。演習だからといって自ら先陣を切るようなやつではない。おかげで、真面目にやれだのやる気があるのかだの。他所様よりやっかみなのか、不真面目に見えるのか、クレームがひっきりなしだ。

「ふん。戦ってほしいならワタシを海に立たせるくらい追い込んでみなさいったら」

視線を窓の外に向け、吐き捨てるようにそう言う霞だが、この言い分だと一応クレームの件は把握しているらしい。ついでに霞の性格から想像するに、実は気にもしているんだろう。

 

それに、と霞が付け加える。

「今回は駆逐艦の選抜チームよ。だからよく読みなさいったら」

どれどれ、そうして改めて演習表に目を走らせる。

 

演習艦隊旗艦は霞、そして上から順に響、皐月、綾波、島風、時雨と続く。

おお、容赦のない選抜だな。不死鳥から武勲抜群、そして鬼神に規格外艦。とどめは南方の女神ときたもんだ。

さて、運のなかった対戦者は──。

長門、千歳、那智、木曾、夕雲、巻雲。

バランスいいなー、と遠い目をしてみる。ガチなやつだこれ。

 

「おい、勝てるのか?」

「失礼ね。負けるつもりの艦隊を編成するわけないでしょ」

気負っているでも見下しているでもなく、坦々と答える霞の根拠はなんだろう。その表情を読んでか霞が言う。

「アンタ知らなかったっけ?」

 

 

「情報大好きなヤツが上官だからか、ウチの作戦室はなんでもかんでもデータベース化しちゃっててね。深海棲艦はもちろん、今まで見聞きした艦娘の戦力や練度も全部数値化して保存されてるのよ。それを基に編成組んでるんだから決して無謀ってわけじゃないわ」

 

ウチの作戦室はって、室長お前じゃん。と思ったが口には出さない。

 

「それにしても、相手も結構なメンバーだな。そんなにウチが嫌い?」

「ワタシの話聞いてる? だから、それは攻勢作戦に参加予定の子たちよ。いわゆる連合チームね、ついでに連携の確認でもするつもりなんでしょ」

ああ、そういえばそう言ってたね。海軍を挙げての大規模作戦ね、その参加艦でも倒しちゃう気でいるのが霞らしいが、ま、お互い訓練になるならなんでもいいだろ。別に、倒してしまっても構わんのだろ?

 

あれ、ちょっと今、気になること言わなかった?

「なんでもデータベースって言ったか?」

「ワタシの記憶が確かならそう言ったわね」

ま……さか、それはつまり。

 

「ってことは、所属艦娘の下着リストもあるわけだ」

 

なに言ってんだコイツみたいな顔をされたが、霞は生真面目な性格をしているので一応の返答はしてくれた。

「外出時に直接買ってきた物までは把握してないわよ。でもそうね、制服として申請されてる分なら履歴はあるか」

ホントにあるんだ、恐ろしいな。おちおち変な物も買えないぜ。

 

「お、ってことは」

「まだなにか?」

片眉が上がっているが、これは通常時の霞だ。他の艦隊の軍人さんや艦娘さんなら誤解するかもしれないが、間違えてはならない。特に今の霞は不機嫌でも怒っているわけでもないんだぞ、むしろツンツンしててかわいいじゃないか。

 

「下着の申請頻度の平均から、著しく数の少ない艦娘は自分で直接買いに行っていると予測できるな」

指を顎にやり、なるほどね。と霞が独り言ちる。霞の癖だがこの動作は提督から移ったものだ。

「で、それがなんなのよ」

「申請できる下着ってどんなだ?」

「普通のやつよ。ここはかなり自由な艦隊だけど、用途はあくまで制服だからね。まあカタログから購入するからどのメーカーのでも大体手に入るんじゃない?」

 

「つまり、わざわざ自分で買いに行っているのは趣味性の高いものであると推察できる」

「ふーん、申請頻度か……」

お、喰いついた?

 

よほどマヌケな顔をしていたのか、チラリと提督を一瞥したあと霞が言う。

「言っとくけど、そんなリスト出さないわよ」

艦娘にもプライバシーはあるのだと、ごくごく当たり前のことを説かれた。断られる前にせめて色別の比率くらいは聞いておけばよかった。そんなデータがあるのかは知らないが。

 

「そうじゃなくって、艦娘個人が頼む物品は総務を通して調達部が用意するんだけど、当然それらは経理に記録が残ってる。妙に購入頻度が高いものがあれば、それを必要としているのはなんのためなのかしら」

なにかしら思いついたのだろう。執務机に腰をもたれさせ思考ゲームに入ったらしい。

提督自身もそうではあるのだが、彼女にとってふざけた日常会話と仕事の話。その境界線はどこにあるのかまったくの謎だ。霞にとってオンとオフの切り替えはないのかもしれないなと思った。

 

「例えば筆記具やノート。その子はいったいなにをそんなに書いているのか」

「勉強熱心なんじゃないの?」

「対象が特定できれば調査は簡単よ、基地内で一人になれる機会なんて限られてる。もし普段書いてる様子がないのに申請頻度が高ければ」

 

「そりゃ日記だ、私室で書いてる」

相変わらず顎先に指をあて、眉間にシワを寄せながらなにやら考え込む霞。もっとも、霞の眉間にシワが寄っているのも上機嫌のとき以外は常のことなので、それは直接には関係ないのだが、懸念については素直に質問することにした。

「情報漏洩の可能性が?」

「ううん。心配しないで、今のところそういった兆候は見られないわね」

 

「考え方の一例ってだけよ、データはいくらあっても困らないもの」

データは集めて読み解くのが大事だと昔教えたような気もするが、やっぱり情報好きは俺のせいじゃなくてお前の資質だ、と言ってやりたくなった。

 

 

「そんな備品より燃料弾薬の方からやったらどうよ?」

「そっちはとっくに使用申請と実際の在庫とを照らし合わせてるから問題なんてないわよ。どこをどういじくり回しても用途不明なんてことにはならないわ」

あ、さいですか。本当に、なんでも完璧にこなすヤツだな。改めてこの艦隊で1番重視しなければいけないのは霞のケアだと思った。

当人がそれにやり甲斐を感じているのは幸運なことだが、それと労うことは反しないからだ。

 

「他の艦隊との比較はどんなもんなんだろうな」

「そんな意味ないデータは要らないわ。他の艦隊での使用量が少なかろうと、ウチでは必要なの。他所に合わせて訓練減らすなんて馬鹿げたことをやるつもりはないし」

 

燃料や弾薬の話が出たから何気なく口についただけだったが、えらく饒舌に返答がきた。

しかし、ウチの方が少ないって可能性は最初から除外されてるんだな。さてはコイツ比較データ持ってやがるな。

とはいえ、推定される使用量から必要な遠征や護衛頻度を計算し、常に黒字になるよう艦隊運用をしているのも知っている。釈迦に説法をするつもりはないのであえて口を挟むこともないだろう。

ま、誰に言われるでもなく、ウチの艦娘は揃いも揃って訓練大好き娘たちなので、それは軍組織として良いことなのだろうし。

 

「ウチの艦娘とよその艦娘の戦力比ってどのくらいなんだ?」

「バラツキはあるけど、そうね。ウチを10だとすると他は平均して7から8ってとこかしら」

結構な差があるんだなと言うと、胡座をかいていられる程の余裕はないと念を押された。これは平均値のマジックらしい。

と、いうのも、ウチの艦隊は一部の例外艦を除けば大体横並びの練度を維持しているとのことだが、他所の艦隊は個々艦でのバラつきがひどく、有象無象の低練度艦が平均値を著しく下げているんだそうだ。

数字の上では差がついても、演習や実戦で合間見えるのは艦隊上位艦ばかりになるだろうことから数字ほどの差はない。そういうことのようだ。

 

「艦隊戦だとさらに差は出ないわね。駆逐艦主体のウチはどうやっても正攻法では戦艦や空母なんかの大型艦に勝てないことも多いわ」

こればっかりは自分の行動指針に付き合わせていることなので、彼女らには頭が下がる思いだ。おかげでウチの艦隊の戦術セオリーは肉薄してからの水雷戦という、一発狙いを強いることになっている。

システムではなく個人の資質に頼る戦術ならごめん被りたいところだが、一応それを可能にするだけの訓練をやっている。

 

「陸上戦ならどうだ?」

「相手にならないわよ。ウチで訓練を経験したことのある子でも5は超えないわ。それ以外ならいいとこ3ね、まだ陸軍の方が脅威よ」

うーん。海軍籍の艦娘のはずだが、ウチの娘らは陸の上で無双する。どこに向かってるんだろうなぁ。

「そうは言っても、これは市街地戦や屋内戦、突入作戦までしか考慮してないわよ。森林や荒野で撃ち合うのは私たちの戦いじゃないもの」

そりゃそうだ。そこまでできるならもう陸軍に鞍替えした方がいい。その場合は誰と戦えばいいのかな。ところでお前は読唇術でも使えるのか?

 

「そういったのを踏まえて、今回の演習は勝ちに行くと?」

「楽な勝負ではないけど、負けるつもりはないわよ」

「あれ、誰の艤装に乗るんだ? お前も島風の背中に乗れるのか?」

島風の魚雷発射管の上に暁を跨らせるという、トンデモ運用をしたことがある。島風の快速と暁の索敵能力を有効活用した高速索敵チームだった。だった……。当の暁が酔って戦闘にならないと、1回限りで幻のチームになってしまったがな。

それを霞がするにしても問題はある。霞は暁より大きいし、なにより発射管に跨られた状態では島風も魚雷を放つことができないのだ。

 

「アンタねぇ、ワタシをなんだと思ってるのよ。今回は真っ向からの水雷戦。指揮官先頭の心意気を見せてあげるわ」

 

ウチの艦隊でも、霞の艦隊戦を見たことのある艦娘のほうがもう少ないかもしれない。艦隊指揮を執る例外艦。そんな風に見られているようにも思う。だから誤解される。

霞は戦術眼に優れるだけの艦娘ではないのだ。艦隊司令艦として秀でたこの指折りの例外艦は、艦隊戦でも遺憾無くその能力を発揮する。元最高練度の駆逐隊を率いて海を駆け、あの佐世保陥落からも生き残ってみせた。自ら動ける武闘派駆逐艦なのだから。

 

「そりゃ見ものだな。敵艦に肉薄して魚雷で大型艦喰いか」

「最後はそうね、でも今回は昼戦の間に那智さんを狙っていくつもりよ」

「このメンツであえて重巡を目標にするのか? 理由を知りたいね」

「まず相手もそう思ってるでしょうね、だからこそよ。彼女は本番だと慎重になり過ぎるのか判断を間違うことがある、接近戦は避ける傾向にあるようだし、突き崩すべき穴はそこね」

大型艦についてはあまり詳しくないが、霞がそう言うならそうなんだろう。艦隊指揮は任せてある。ならば自分の仕事はサポートと、いざというときの責任を果たすだけ。それが、仕事を任せるということだ。

 

「聯合艦隊旗艦さまがいらっしゃるからね、彼女がどこまでフォローにまわるかわからないけど、できれば那智さんには昼の間にご退場願いたいものだわ」

「そうは言っても大型艦だぞ? 霞の主砲では抜けない」

直撃させたとしても、駆逐艦の主砲では大型艦の装甲を抜くことができない。艤装の弱い箇所にうまく当たっても継戦能力喪失まで持っていけるかどうか。

「ワタシの砲ではね、それは綾波がやるわ」

警護艦綾波は、大人しい外見と物腰柔らかな態度から想像できないバカ火力の持ち主だ。確かに彼女なら昼戦で重巡の装甲くらい抜くだろう。駆逐艦でありながら飛びっきりのイレギュラー、それがウチの艦隊で二大鬼畜艦と呼ばれる彼女の特性。

 

「空母は航空戦力さえなんとかできれば残しておいても脅威じゃない、それは皐月と時雨がやるわ。木曽さんには島風をぶつける、魚雷の撃ち合いでもしててもらいましょう。重巡と駆逐を昼戦で落とせば、あとは夜戦で時雨が旗艦を落としてS勝利よ」

口にするのは理想の結末。ただし、それを理想で終わらせないための鍛錬は日頃から積んでいる。

霞は夢想家ではないのだ。彼女らとならできると、そう判断したからこその作戦。そのための編成。そして僚艦たちは各々それに応えるのだろう。

 

「ま、誰が残ろうと時雨が長門さんに決めてくれたらA勝利。勝てない相手じゃないわ」

「被害の想定とかは?」

「ワタシと時雨は残るつもりよ? 中破はしてるかもだけど、後は状況次第で島風か響のどちらかくらいは戦力を残したまま夜戦に移行できるかもね」

霞のそれは決して慢心ではない。僚艦の練度と働きを信じ、許容できる範囲の犠牲と被害も織り込み済み。あとは現場で霞が指揮を執るだけだ。

ついでに、今回の駆逐艦オンリー編成での演習で何か試したいことでもあるのだろう。もちろん言ったとおりに勝つことを考えてはいるが、最悪勝てずとも目的は達成するつもり、霞はそんな奴だ。

 

 

「さて、もう行くわ。仕事が貯まってるのよ」

「あまり根を詰めすぎるなよ」

体を気遣う提督に対し、柔らかな笑みを浮かべて応え、歩幅の大きいいつもの歩き方で扉に向かう。

部屋を出るときに少し振り向き、最後にこう投げかけた。

 

「そうだ、言っておくげど。下着の申請頻度と趣味性の高い下着の関連性は確かめられないわよ? よく盗まれる子もいるから」

 

今までの会話が全部吹き飛んだ。そんな衝撃だ。

「待て、それについて詳しく……」

魂の深いところから出た男の慟哭にも似た声が彼女に届いたかどうかはわからない。

 

はたして、無常にも扉は閉まり、再び彼女によって開かれることはなかった。

 




女子校みたいなもんだしね。あと、戦場に生きる少女ってことも関係してるかも。


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幌筵泊地で7

軍隊さんは役職や職務が階級と直結してることが多い。

艦隊や鎮守府のトップは司令長官。
これは大将か中将と決められていたので、佐官が任命されるなんてことはない。
鎮守府は4つあるが、舞鶴は軍縮の煽りを喰らって一時要港部に格下げされてる。要港部のトップは司令官。
艦隊は聯合艦隊や第一艦隊、第一航空艦隊なんかが有名。

戦隊指揮官は司令官。
こちらは中将か少将。
二水戦の第二水雷戦隊や一航戦の第一航空戦隊が有名。一航戦と一航艦は別物。
要港部だった大湊は後に警備府に格上げされ、それに伴いトップが司令長官になる。しかし鎮守府にはなれなかった。

駆逐隊などの隊指揮官は司令。
だいたい大佐。旧海軍的に軍艦ではない駆逐艦は駆逐隊で軍艦と同じポジション。軍艦の艦長は大佐だが、駆逐艦長は一つ下の役職なので少佐や中佐がなってたりする。厳密には艦長と駆逐艦長は別の役職。
旧軍独特の駆逐艦の扱いが、後に子日スライディング土下座事件の発端となった。



トレーニング開始から6日目。

艦娘たちにとって待ちに待った日がやってきた。

 

「艦娘になってからこれだけ海に出なかったこともないわね」

 

霞が呆れ声で言った。他のメンバーの気持ちを代弁してもいるのだろう。

本日は久々の哨戒任務。タイミングの良い? ことに、近海にて深海棲艦の目撃情報が出ているようだ。

 

「哨戒って言うよりは敵偵察部隊の壊滅かな、輸送船に被害が出てもかなわん」

 

横須賀のジジイが無理を押して手配した輸送船だ。沈められてしまっては余計な面倒を被る。

 

「班分けはどうします?」

実務の話を振ってきたのは阿武隈。久しぶりに海に出ることになるが、気負った風でもなくいつもどおり。実は肝が据わっているよね。

 

阿武隈には2つの意味で期待している。

初めて取り組んだという筋トレにて満点ともいえる順応性を見せ、完璧にそれをこなした阿武隈。はたしてその効果はいかに。

そしてもう1つ。制服姿で行う筋トレは素敵でした。俺はロリコンではないのだ。

そんなわけで今後も期待している。

 

それでは、組分けを発表します。

 

「阿武隈と六駆組、それから霞旗艦で初霜、皐月、時雨組の2組でどうだ?」

 

阿武隈と暁たちの連携は問題ないだろう。

霞と初霜は元々ペアを組んでるってことだし、時雨はそのどちらとも組んだことがあると言っていた。そして時雨と皐月は佐世保での同僚だ。チームを分けるならこの組み合わせで問題ないと思うんだが……。

 

チラリと霞を確認する。

「問題ないわ。これが最良でしょう」

 

よし、俺合格。

霞がO.Kを出すなら間違いないはずだ。

 

「それで、哨戒についての指示は?」

「それは地元の方にお任せ。好きにやってくれ」

 

いつもの如く、霞が小さな溜息一つ。

「相変わらずだけど、まぁいいわ。吉報を持ち帰るから待ってなさいな」

 

それだけ言うと、艤装を身に着けた艦娘たちが次々と海面に降り立ち、出航していった。

出掛け際に阿武隈より方針を確認された霞が短く答えた。

 

「見敵必戦。それだけよ」

 

 

 

 

 

 

「効果は実感した。このトレーニングには意味があるわ」

帰投するなり霞が言ったセリフがこれ。

 

ちょっと嬉しそうに話す霞がかわいいので、特に文句は言わないが、これでも俺は心配してたんだぜ? まずは成果とか経過とか結果なんかを話してくれよぉ。

聞かなくても今しがた把握できたんだけどもよ。

 

日常会話でも使われる言葉なので問題ないと思うが、一応説明しておくと帰投とは帰港投錨の略だ。

言葉のとおりの海軍用語。じゃあ船以外には使わないのかって言われるとそんなこともない。

海軍はなんでも艦艇ベースだ。故にゼロ戦だって帰投する。

 

 

「みんな無事か?」

目視した限り、誰も被弾していないよう見えるが確認は大切だ。社会人の仕事の8割は確認でできている。

 

「問題ないよ」

「こちらも全員問題ありませーん」

 

当人たちの口から無事を伝えられて、ようやくの一安心。輸送船も無事に到着したし、100点の出来栄えだ。

効果を実感したのは霞だけではないようで、今回のことでようやくながらもトレーニングに対する不信感を払拭できたことだろう。根拠のある信頼感が芽生えた瞬間と言えるかもしれない。

 

ただの筋トレだが、彼女らにとっては初めて触れる未知の体験。それが自分を強くするということを実感することで、より高みを目指せると思う。

艦艇ではなく、艦娘として。

それを意識するのは重要であり重大な変化だ。

 

 

「それで、どこまでの向上が見込めるの?」

「さあ? 俺は海戦したことないし、時雨に聞いてくれ」

 

霞の問いかけは俺にとっては難しい。なにせ経験がないのだ。当事者に聞くのが1番だろう。

餅は餅屋。俺の好きな言葉なので、みんなも覚えておいてくれ。

 

「アンタ、そのうちホントに時雨に出て行かれるわよ」

 

自分から言いだしておいて丸っと時雨に丸投げする無責任さに霞も呆れるが、今さらのことだろう。良く言えば信頼している。そういうことだと納得した。

 

「体も慣れてきたし、セットを増やしてもいいかしら?」

「そればっかりやってもあんまり効率良いとは言えないなー、余った時間で次のステップに進もうと思う」

効果が上がればやりたくなる。

人はできなかったことができるようになると楽しく感じるものだ。

しかし筋トレはやればやるだけ、とはいかない。ペースを考えないとね。

ならば、その間に他のことをやったほうが良い。時間は有効活用するものである。

 

 

「次? 何をすればいいの?」

 

「格闘訓練だ」

ようやく芽生えた信頼が潰える鈍い音がする気がした。

聞こえたのか聞こえなかったのか、微妙な空気が流れたので親切にももう一度告げてみる。

 

「格闘訓練だ」

「はぁ?」

 

現実ではなかなかお目にかかれない見事なまでの「はぁ?」を頂いた。

 

「だから格闘訓練だよ」

「それは聞こえてるわよ、本当にそんなのに意味があるの?」

「筋トレで土台は作った、次は体の使い方。肢体のって言ったほうがいいか? お前ら身体スペック半端ないくせに使い方に慣れてないんだよ。それで戦果を挙げられるんだから、艦娘ってやつは大したもんだと思うけど」

 

軍艦だったモノの魂ってやつか、海戦におけるそれは凄いの一言だ。人間サイズの人間タイプで文字通り軍艦並みの運動性能と火力を誇るのだから、そりゃ現行艦では太刀打ちできないだろう。

 

「俺は本職じゃないから基礎しか教えてやれないけど、お前らなら基礎を知るだけで後は自分たちでやっていけるだろ」

 

本職じゃないならアナタはいったいなんなんだ。と思うが、それもまあいい。

実践してくれるのはどうせ時雨なのだろうと、短い時間ではあるが提督との付き合い方がわかってきた艦娘たちだった。

 

 

そして、受け身の取り方や人間の殴り方、関節技や拘束の仕方などなど、対象が深海棲艦だとは思えない訓練が新たに日課となった。

 




前置き長かったね……。反省。


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〜それはすっぱいイチゴのように〜

黄色のヘルメットを頭に乗せた霞が工廠内を闊歩している。

几帳面な霞らしく、そのヘルメットの後ろには丁寧な字で名前が書かれていた。

 

少し薄暗い工廠内では、軍人のほかアウトソーシングで入っている人間も多くおり、合わせて工員に分類されている。

そんな彼らと、妖精さんたちが忙しそうに駆け回り今日も艦娘のために顔を油で汚していた。

 

「悪かったわね、余計な手間をかけさせて」

「なんの、我々の職域ですよ。むしろ自分の庭の不具合、申し訳のしようもありません」

油や煤で汚れた工員たちの中にあって、真っ白なシャツに静謐な香りを漂わせる彼女の姿は場違いではある。しかし、ここにはそんな彼女を悪く言う工員は一人もいない。彼女はこの基地での最高権力者なのだ。

 

全ての決裁権を持つ司令艦が、わざわざこんなところまで足を運んでくる。仕事に妥協しない厳しい艦娘ではあったが、その人となりはむしろ好感を持って迎えられていた。

 

「それで、状況は?」

「単純な漏水だとは思うんですがね」

そういって壁際を走る配管のところまで促す。ダクトテープで応急修理された配管はかなりの年代物に見える。

下にはバケツにボロ切れが突っ込まれており、周囲は水が漏れ出た跡が残っていた。

 

「漏れてるわね」

「漏れてるんですよ」

 

 

「真水を配給する管です。応急修理の後も滲むように漏れは続いてますが、可及的速やかにと言うほどではありません」

かといって放っておくわけにもいかないだろう。水回りの不具合は放置すると傷むばかりだ。報告もなく、気付いたときには大問題。なんてことにならずホッとした。

苦心して作り上げたここは、風通しの良い職場環境になってくれているようだ。

 

「業者の手配が必要?」

「いえ、配管だけのことですし、無用な出費でしょう。管だけ用意して頂ければ自前で交換できます」

「そう、苦労かけるわ。部材の見積もり上げてくれる? 最優先で処理するから」

「それはすぐにでも、ただ問題がありまして」

言い淀んだ班長に、霞があごを上げ続きを促す。

「交換作業中はポンプを止めなきゃなりません。そうすると工廠内の作業も止まっちゃいますね」

 

「ポンプは常に動き続けてるものなの?」

「そうですね、いつ何があるかわからん施設でもありますし。一度止めるとエアーを噛むもんで、再稼働時の不具合も怖いんですよ。年中動いてると思ってください」

 

工場の大型機械の多くは止めることを前提に作られてはいない。盆や正月などの大型連休明けに冷やひやするのは、工場勤めにとってままあることなのだ。

特に、ここは軍事施設。基本的に24時間人員が配置されており、光の落ちることがない。

忙しく走り回っている自覚はあるが、夜には業務が終わる事務方としては頭が下がる思いだ。

 

「交換から通常の稼働までどの程度必要なの?」

「交換自体は1時間もかからんでしょう。再稼働まで4時間、いや3時間見てくれれば、問題なく業務を再開できるようしてみせます」

「工廠のシフトは三勤になってたわね? 夜は1時からだっけ……」

 

 

「0100までに工廠の作業終了、その後交換修理に入って0500までに通常業務ができるよう対応してくれる?」

日の昇りきらない5時頃から哨戒任務が始まる。ならそれまでに稼働できていれば問題は最小限に抑えられるだろう。無理に作業時間を短縮させて事故でも起こせば本末転倒だ。

 

「翌朝の哨戒班のリストを出すから、大変だとは思うけど前日のうちにチェックして、当日持ち出すだけにしておいてくれる?」

不慮の事態は往々にしておきるものだ。トラブルのために翌朝の哨戒ができませんでした、では困る。

 

「今後のこともあるし、バルブも付けとこうかしら?」

「了解です。では金額や納品予定日がわかり次第書類を提出しますので、それから交換作業日をご指示願います」

 

「ん。怪我に気を付けるよう全員に通達なさい。トラブルや、時間に間に合わないなどあれば早め早めに、何時でもいいからワタシに連絡して」

 

それからふと思い直し尋ねる。

「立ち会った方がいい?」

 

「まさか、お休みなさってください。トラブルのないよう事前計画を立て、私も当日は現場に入ります。もしものときは申し訳ないですが、ご連絡致しますので」

「そう、ありがと。でも気は使わないでね」

こんな油臭い現場のことまで自分の仕事として対応してくれる。

工廠だけではない、この基地の最高権力者と恐れられる彼女は、基地内のどのような末端に至るまでこの調子だ。

自分たち工員だけでなく、彼女のために働けることを感謝する人間は多いだろう。

だからこそ、彼女の多忙さを心配もしてしまうのだが、彼女がそんなことを望んでいないのも知っている。

自分たちは、自分たちにできる最高の仕事で彼女に応えればいいのだ。

 

「アナタもだけど、交換作業は0100から出勤できる者だけで対応して。もしくは変則勤務ね、夕方勤務者が夜を通して作業にあたることのないように」

「ご配慮ありがとうございます。当日の状況や引き継ぎもありますので私を含め少数は夜から入りたいと思いますが、長時間労働で残業手続きを出さなきゃならん状況は避けるように対処します」

 

前線の軍施設であるにも関わらず、この基地は労働時間についての規則がうるさいのだ。

つくづくこの基地に配属されて良かったと思う。問題は、この環境に慣れきった自分が、別の基地に転属になったときに耐えられるかどうかだなと心の中で苦笑した。

 

いつの間にか足元に集まってきている妖精さんたちにも一声かける。当日はこの子たちにも頑張ってもらいたい。彼女たちは一糸乱れぬ動きをみせ「お姉ちゃんに任せなさい」のポーズで答えた。

いったいどこで覚えてくるのか、軽く頭痛を覚えたが、やる気になってくれているのならありがたい。

 

 

さて、本日も大きな問題は起きていない。

事務所に戻って仕事を続けるとしよう。

 



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幌筵泊地で8

祝★10万文字突破。
そして30話目。


次回、廃ホテルに棲む亡霊少女。
極楽へ行かせてあげるわ!!



駆逐艦が指揮を執る。

それは軍隊の常識では考えられないことだ。

しかし、それに囚われるだけの理由はない。

彼女たちは軍艦ではなく艦娘なのだから。

 

 

 

「水雷戦隊の指揮は阿武隈だが、全体指揮は霞に任せたい。どうか?」

 

「ワタシに問題はありませんー。霞ちゃんにならワタシの一水戦だって任せられると思ってますよ」

 

この中で最も格上となるのは、艦種的にも役職的にも阿武隈だ。

その彼女がいの1番に賛同の声を上げてくれた。頭の回転がめちゃくちゃ早く、配慮感もマックス。本当に感謝したい。

後で腰でも揉んで差し上げよう。

 

そして続けて響が言う。

「阿武隈がそれでいいと言うのなら、私が反対する理由はないよ。暁たちはどうだい?」

「レディはね、決められたことにああだこうだと文句を言わないものよ」

「よろしく頼むわね」

六駆のまとめ役でもある響が率先して意見をまとめてくれた。電ちゃんもにこにこしているので、全員が納得してくれたのだろう。

 

「初霜はどうだ?」

「初霜も同じです。霞さんの指揮になら、その全てに従えます」

初霜と霞は先の大戦から付き合いがあり、そのときから霞の指揮下で作戦に従事していたそうだ。そしてその経験から、初霜は霞に敬服にも似た信頼を持っているらしい。

彼女なら、指揮に専念している霞のサポートも万全に行ってくれると思う。

 

目線を隣の天使に……、違った、皐月だね。

「皐月はどうだい?」

「ボク? ボクは霞が指揮を執るもんだって思ってたからね、今さらだよ」

そうなんだけどさ、それはそれでちょっと寂しい。

 

時雨のほうはまったく問題ない。

今回の作戦方針は、もともと霞を踏まえた三人で話し合ったものだ。

1番反対の立場にあったのが当の霞だが、俺とお前の仲じゃん? と言いながらにじみ寄ったら快く納得してくれた。

 

全員の意思を確認したところで、いよいよ作戦開始。

 

 

「さて、行きますか。海原へ」

 

なんて言うと、俺も海に出る感じだけど。残念ながら乗る船がないのでお留守番。

せめて俺の代わりにこの妖精さんたちを連れて行ってくれ。佐世保からみんなを生還させたお墨付きのラッキーアイテムだ。

 

その佐世保を生き残って時雨を秘書艦にした頃から、本格的に艦隊を作るつもりだと横須賀の中将に所信表明をぶち上げたところ、なら座乗艦を造ってみるかと結構簡単に言われた。

資材不足に悩む日本だが、定期的に艦の発注を行わなければ企業も保たないし、技術が途絶えるのも平時と変わらず。苦心しているらしい。

 

ならばと、できる限りの希望を伝えて俺用の艦を造ってもらうことにしたのだ。

希望と言っても既存の艦をベースにカスタムするので、突飛な機能を持ったスペシャルメイドは無理だったんだけど、どうせ造るのなら快適な航海ができる艦が良い。俺だけじゃなく、艦娘にとってもだ。

 

武装? そんなものは必要ない。俺の艦の武装は艦娘になる。

言ってしまえば艦娘の母艦になればそれでいいのだ。

 

こだわりを実現するためにはまず造船所だ。

内装に定評があり、かつ国防に絡む仕事を代々こなしていることから頼みやすい。そういう企業。白羽の矢が立つのは三菱重工業長崎造船所。

小島に異動させられるまで時間がなかったが、電話とメールで話を詰めた。

艦娘も乗せるからこんな感じにしてほしい。なんてふんわりとした話をしていたら、興味を持った担当者がわざわざ横須賀まで足を運んでくれた。

 

担当者がノリに乗ってくれたので、素晴らしい代物が完成すると思う。

「艦娘が乗る艦って面白いじゃないですか!」

彼が言った言葉だ。そして、彼とはお友達になった。

 

あれから1年と半年あまり、完成するのはいつになるのかな。

楽しみだけど、それまではお留守番確定。

 

出撃の後で俺たちにできるのは彼女たちを信じること。応援とお祈りをすることだけだ。

俺が本当にしなければいけないことは、出撃の前に終わっているべきなのだから。

 

 




建造中の艦の名前は「そよかぜ」。


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幕間
旅をしない音楽家は不幸だ。


さくっと飛んでしまいました。
北方での戦いはどうだったのか……。

【速報】俺氏。ルビの付け方をマスターする。


「ご苦労だったな、まさか北方の解放までしてくるとは思わなんだが、艦隊の人員も無事確保できたようでなによりだ」

 

笑顔で出迎えた中将が提督の肩をバンバン叩きながら言った。

力加減を覚えろ、痛えんだよ。

しかめっ面で嫌がる提督だが、中将のセリフに違和感を覚える。

 

「うん? 海域開放をさせたかったんじゃないのか?」

「向こうで世話になる間、手伝いをして顔を売ってこいとは思っていたが、作戦を主導して指揮を執ってくるとまでは考えてなかったわ」

 

意思の疎通がまったくできてねぇ。

結果オーライだから良いものの、それならちょっと遠征護衛を手伝って、霞たちを連れてサッと引き払ってくる選択肢もあったんじゃねぇか。

北方で過ごした日々は本当に寒くて辛かった。寒いというより痛い。そのレベルだった。

 

 

「まま、上手くいってなによりだ。おっとそうだ、大事なことを忘れておった。お前に辞令だ」

そう言って傍に立つ姉に目配せをする。

 

「どうぞ」

「ほれ受け取れ、おめでとう少佐。お前の歳で佐官は本来あり得ないんだが、北方海域開放の戦果を鑑みて、ま、戦時特例ってやつだな」

 

(おごそ)かでも畏るでもなく、丸めた辞令書を片手でポンだ。とてつもなく軽い辞令。

が、そちらはちょっとした問題。大問題は別の案件。

 

「ちょっと待て、俺は戦死したわけじゃないぞ!」

 

自分の階級は中尉だ。それも小島に発つ寸前に昇任したばかりなので、中尉になってからまだ1年ほどしか経っていない。そんな俺がわずかな期間で二階級特進など、年齢や勤年がどうという理由だけでなく、全くあり得ない話なのだ。

 

 

それに対しての答えも台本を読んだかのような饒舌っぷりだった。曰く、

「佐世保でのデータは残念ながら全て焼けてしまっていてな、お前は佐世保で中尉に昇任していたらしい。そして鎮守府壊滅という未曾有の危機から艦娘たちを生還させた功績で大尉に、むろんこれも戦時特例ではあるがな。その後に北方海域に赴いたと、まあそういうわけだ。前回の昇任からわずかな期間で少佐ということについては強引な話ではあるが、横須賀内でも表立っての同意は取れている」

 

何が「らしい」で「そういうわけだ」だ。

二階級特進はさすがに無理と判断したのか大元から捏造しやがった。

2年も待たずに3つも階級が上がっている時点で無理すぎるわ。

 

「昇任試験を受けた覚えはないが?」

「そうか? 評価は優だったと記憶しているが」

 

これはアレだな。書いた覚えのない解答用紙も存在しているに違いない。

どんな思惑があるのかは知らないが、お前らの策謀の主役として勝手に抜擢するのは止めてほしい。

 

「強引な手を使ってまで無茶な昇任をさせる理由があるのか?」

「指揮官になるんだ、せめて佐官じゃないとバランスもなにもあったものじゃないだろう」

 

なにがバランスだよ。昇任のバランスを粉砕してまでやることか?

 

「引き連れてきた艦娘も艦娘だからな、まさかウチの第一水雷戦隊を連れ帰ってくるとは思ってもみなかった」

 

阿武隈は横須賀籍、それも本来なら第一艦隊直属の護衛専門部隊だ。なるほど、彼女らを指揮下に置くなら少佐でも階級が足りていない。それが尉官など冗談にもならないだろう。

元々腹案としてあった策を、この機会にということなのだろうか。

 

 

「で、俺たちは近海警備の艦隊にでも組み込まれるのか?」

 

今後の進退は不安の種だ。なにせ一身上の都合で身の置き場がない立場である。そしてそれは、つい今しがたさらに悪化した。

このまま横須賀に配属されるのが1番当たり障りないと思ったのだが、返ってきた答えは予想の斜め上を行く残念な物だった。

 

「それについては安心してくれ、良い任地を選んでおいた」

まったく悪い予感しかしない。

「北方は寒かったろうからな、次は暖かいところでのんびりやってくれ」

 

また南方か……。

生憎と俺の体は急激な温度差を楽しめるほど順応性に富んではいないんだよ。




軍人さんが昇任するには実役停年と言う、いわゆる勤続年数の縛りがある。
普通自動車免許を取得して3年以上経っていないと二種免許取得の条件を満たせないみたいなもの。

なので、通常2階級特進はあり得ないし、歳の若い佐官なども存在し得ない。そして普通は年功序列。海軍の場合はそこからさらに軍学校の卒業席次、いわゆるハンモックナンバーが重視されたりする。


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旅をしない音楽家は不幸だ。2

「旅をしない音楽家は不幸だ」は、モーツァルトのセリフです。
スカトロ手紙魔で有名な彼は6歳のときに超絶美しい女性に会い、その場でプロポーズしたという逸話があります。

ヨーロッパを支配したハプスブルク家の末女! マリーアントワネット(7)に!


本編には特に関係ないです。



さてさて、横須賀でゆっくりできると思っていたが、またも南方に出戻ることになってしまった俺。少佐です。

話している間に上着を剥ぎ取られ、姉が階級章など付け替えています。

既成事実でも作ろうってか? いいよ、後で時雨にしてもらうから!

そんなことは言えないから、もう成すがまま。

 

 

そして教えられた赴任先がコチラ!

 

『リンガ泊地』

 

 

リンガの艦隊に配属されるのかと思ったら、そうではなく。リンガの基地司令官としての赴任だと。

 

「海運の要じゃないか、要所中の要所だぞ!」

いわゆる激戦区ではないが、南方海域の西側。シンガポールにほど近いこの海域は日本を支える極めて重要なシーレーンの要である。

 

 

「赴任までまだ時間がある、今週は準備期間ということで自由にしてくれていいぞ。待遇が良くて嬉しいだろ」

 

言っても聞きゃしない。

こちらは裏技……。というか反則技を駆使した結果、それでもまだ少佐だ。

そんな少佐に基地司令官をやれと?

しかも海軍の二大拠点の片割れであるリンガで?

先ほど言ってたバランスはどこに行ったんだ。

 

コイツが言うのだから、もう完全に筋書きの完成した覆らないものなのだろう。

考えるのも悩むのも、それからプレッシャーに押し潰されるのも次回の俺に任せよう。

 

 

「今、佐世保の方はどうなってる?」

「横須賀主体で再建中だな、未だ仮施設に仮配置ではあるが、問題なく動き出している。呉の人員もすでに退去済みだ」

 

それなら、と思う。

ずっと考えていたことがあるのだ。

 

「一度佐世保に戻る」

「鎮守府にか、何用だ?」

「いや、鎮守府に用はないんだ。目的は別」

中将は理由を測りかねたのか怪訝な顔をする。

 

「時雨と皐月、それから阿武隈か。三人を連れて行ってくるよ」

それで察したようだ。相変わらず配慮や根回しに関してのコイツは頭の回転が早い。

 

「トンボ帰りもなんだ、向こうでゆっくりしてくるか? 保養施設なら連絡しといてやるぞ」

「いや、他のみんなを残していくしな。一泊だけして翌日には戻る」

 

 

 

「その間、居残り組には雷神社にでも行かせるか、すぐそこだし」

横須賀にある雷神社には名前繋がりということで、ちょっと痛い駆逐艦雷の絵馬が奉納されていたりする。あいつも喜ぶ(?)だろう。

 

「なら神宮にも寄ってきたらどうだ? 艦内神社として分祀されている艦も多い。ついで、とは言えんが、せっかくの機会だ」

「そうだな、あそこは時雨を含む白露型の多くに分祀されてるし、確認したら他にもいるかも知れないな」

 

時雨を秘書艦に迎えてから彼女については少しずつ調べている。彼女の艦内神社は伊勢の神宮、俗に内宮と言われる皇大神宮なのだ。

時代的なこともあり、皇大神宮は多くの艦にとって所縁のあることが多い。

これは偶然でもあったのだが、夜に調べたところ、当初の目的のために連れて行くことが決まっている阿武隈にも分祀されていることがわかったのでちょうど良かった。

 

 

「それがお前の方針か、いいんじゃないか」

「なんだ、反対されるとは思ってなかったし、反対されても行くつもりではあったけど、妙に理解があるじゃないか」

「私の考えはどちらかと言うとお前寄りだよ」

 

それは本心なのだろうが、姉に言わせると身内びいきでもあるのだと言う。

できる限り俺の考えに合わせていくスタイル。歳を取ると、孫とも呼べる年齢の身内に甘くなる。ままあることらしい。

 

「他の子らへの配慮は?」

「戻ってきたあとはみんなで浦賀にでも行ってみるつもりだよ」

 

北方で聞いた話では、ウチの艦娘らには浦賀船渠生まれも多い。

彼女たちには色んなものを見せたい。彼女たちが護る日本の姿を、彼女たちを形作るルーツとも言える縁を。

命を賭けた戦さ場の、最後の拠り所になるのはそういった自己の立ち位置だと思うからだ。

 

「俺らが出てる間のことは霞に頼むつもりだが、気にかけてもらってもいいかな?」

「もちろんよ、六駆の子たちも残るのでしょう? あの子たちは元々横須賀籍の艦娘でもあるし、昔からよく知っています」

姉に声をかけると、彼女は快く承諾してくれた。暁たちとは知り合いらしいので、ちょうど良いだろう。

 

 

「なんで霞ちゃんだ?」

留守番組の引率者の任命理由について中将から問われた。

 

「適性だよ、霞が1番多くの艦と接した経験がある。雷や電には頭が上がらないようだけど、仲は悪くないしな」

 

どういう関係でそうなのかはわからないが、暁は響が問題にしない限りは文句を言わないし、当の響とは同じ駆逐隊で二水戦に所属した戦友同士。さらに響は面倒ごとが嫌いな奴なので、霞が監督するとなれば大人しく従うだろう。

そして霞曰く、雷と電には昔散々お世話になったのだと言うが、あの二人は元来懐が深い艦娘らしく、北方でも特に霞に対して居丈高に振る舞うこともなかった。

それどころか、実は北方の海が苦手だという霞のことを常に気にかけてくれていたようなので、心配など杞憂だろう。

 

 

さて、色々と考えることややらなければならないことが増えてしまったが、まずは……。

 

「昇進おめでとうとでも言ってもらうか」




浦賀船渠。提督にとっては馴染みのある有名どころを多数生み出した誕生地。

経営がうまくいっていない時期には、新一万円札の肖像に選ばれている「日本資本主義の父」渋沢栄一氏が再建に取り組んだりした。

住友機械工業と合併、工場集約のため2003年に閉鎖。
現在浦賀ドックは、世界に4つしか残っていない貴重なレンガ積みドライドックとして文化遺産となっている。


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旅をしない音楽家は不幸だ。3

先の大戦時の霞は北方アリューシャンにて苦い経験がある。
戦果と栄光に彩られた駆逐艦霞の転機となった事件。

そのときに霞を助けたのが雷と電ちゃんなのです。


横須賀鎮守府内にある食堂では海防艦や特務艦の艦娘たちが多く食事をしていた。規則でガチガチに決まっているわけではないが、ここは艦娘のためにある食堂となっている。配慮のためか、軍人には軍人の、士官には士官用の食堂があり、ここには普段軍人が立ち寄らない。

そんな食堂内に提督が入ってきたことで少しその空間ざわついた。

 

 

その一角で、時雨たちが俺を待ってくれている。

 

「終わったのかい?」

「ああ、1週間後には新しい配属先に向かう。それまで準備期間と言う名の休暇だ」

そう言って提督もイスに腰掛けた。

 

早速霞が尋ねる。

「赴任地はどこなのよ?」

「リンガ泊地に基地司令官として配属された」

「リンガ? それも基地司令官だなんて、大丈夫なの?」

 

さすがにその重要性は把握しているようで驚かれたが、命令が出てしまったのだから仕方がない。

 

「そっちはおいおい考える。差し当たっては休暇の過ごし方だ、時雨と皐月、阿武隈は俺と一緒に明日からお出かけ、霞と暁たちは横須賀でオリエンテーリング」

 

「ボクを遊びに連れて行ってくれるのかい?」

それを聞いた皐月は天使の笑顔でイスから飛び上がるようにして喜ぶ。

対して暁がお留守番となったことについての説明を求める。

「ちょっと、なんで私たちは連れて行ってくれないのよ」

 

「全員で行くと大所帯過ぎるだろ、暁たちは霞と一緒に横須賀探索を楽しんでくれ、次の機会も絶対作るから」

「約束だからね!」

あぁ約束だ。これから嫌ってほど連れ回して、体験させて、思い出を作ってやるんだからね! ……気持ち悪いな。今後は封印しよう。

 

 

「それで、僕たちはどこに行くのかな?」

「佐世保に行くから準備しといてくれ」

 

時雨が行き先を尋ねてきた。佐世保に行くと答えると、中々に微妙な顔をする。

理由はさもありなん。

 

そういえば、佐世保以降はずっと時雨が身支度の用意をしてくれている。

贅沢なことだけど、ダメになりそうだなぁ。

 

 

「で、ワタシたちは横須賀で何をしたらいいの?」

「霞たちは横須賀ショッピングと、ついでに雷神社ってところにでも参拝してくるといい」

リンガに行くための準備を兼ねて、いろいろ買い込んでくるといい。今ならジジイがお金も出してくれるだろう。

 

自分のイラストが描かれた絵馬を見て、雷がどう思うのか。生で反応を見れないのが残念だ。

 

 

さて、佐世保に行く俺たちはそのルートを考えないといけない。

時雨や阿武隈に相談しても、面白い案しか出ないだろうから、俺が決めなければ。

 

「まずは羽田まで電車で出るか。問題はそこから、さて福岡着にするか、長崎まで飛んでしまおうか」

 

 

「羽田? 確か陸海で使ってたわね。軍用機で行くの?」

「別に爆撃機や輸送機じゃないからな? 普通に民間機で行く。ちゃんと復活したんだよ」

そういえば当時は戦争の影響で軍用飛行場になってたな。

 

 

「航空機に乗るんですか? 大丈夫なんです?」

阿武隈が心配そうに言う。軍艦だからね、艦が飛行機に乗る。面白いじゃないか。

 

「心配するな、現代日本では極々ありふれた移動手段だ」

 

金額もあまり変わらないし、今回は長崎着で行くことに決めた。

「時雨、姉さんとこまで行って飛行機のチケット四人分頼んできてくれるか? 長崎までって言えばそれで手配してくれるから。あと適当なホテルも」

「うん、わかったよ」

 

「あ、そうそう。できれば1番ケツの右側2列がいいって言っといて」

「それで伝わるのかい? ならそう伝えておくね」

いちいち面倒な男。それが俺だ。

しかし何も言わずに頷いてくれる時雨はさすがとしか言いようがないな、女神のようだ。

 

「細かいですねー、ワタシは航空機に乗るの初めてですから任せますけど」

成り行きに任せる。生きるためには必要な能力だ。

だいたいのことは成るようにしか成らないのだと理解したときに人生が少しだけ楽になる。

 

「さて、さすがに経費では落ちないが、まあ旅行だしな。こっちもじじいが出してくれるだろ」

 

「ふーん、それっていくらくらいなの?」

ろくでもない他力本願っぷりを見せた提督に霞が尋ねた。

 

「片道3万ちょいってところかな?」

昨今の事情を考えるともう少し高いかもしれない。自国に資源がない国の辛いところだ。

 

「3万? 四人で3万円もするの? 魚雷が何本買えると思ってるのよ!」

 

それを聞き、驚きのあまり声の大きくなった霞。その金額に他のメンバーも一斉に驚愕の顔を見せた。

落ち着け、食堂のみんなが何事かと驚いてる。

 

「いつのレートの話をしてんだ、一本も買えねぇよ。それに四人で3万なわけあるか、一人3万だから四人で12万円だ」

 

「そんなにするんだね、頼んだ瞬間に殴られたりしないかな」

「ないない、俺の姉をどんなキャラだと思ってんだよ」

神妙な顔をして時雨がそんなことを言う。

確かにキャベツが高いだの電気代が上がっただのと姉がブツブツ言っていた記憶もあるが、移動にかかる費用にまで文句を言ったりはしないだろう。

だいたい俺のためだとは思うが、姉やじじいと出かけたときなんか結構頻繁にタクシーのお世話になってたと思うし。

 

ま、訓練と海戦しかやってこなかった艦娘だ。仕方がないとは言え、世情に疎いにも程があるな。

 

そんな風に考えていると、震える声で暁が言った。

「そ、そんなにお金がかかるのね。暁たちはいいから、い、いってらっしゃい」

変に萎縮してしまっている。

よし決めた。この1週間でできる限り現代の感覚をこいつらに叩き込もう。まずは金銭感覚だ。1週間も買い物に付き合わせればそれなりに覚えると思う。艦娘は基本的に数字に強いからな。

 

 

 

 

 

「お願いしてきたよ、帰りは翌朝10時頃に長崎を発って中部国際空港着、夜は21時頃の便で中部国際空港発羽田着だって言っていたよ」

「お、ありがとうな時雨」

 

「なにかの暗号みたいですね」

「中部? ここには帰ってこないの?」

 

行程に疑問を持った霞がそう聞いてきたので、軽く予定を話して聞かせる。

我ながらしんどいスケジュールだぜ。

 

「朝長崎を出て途中名古屋で降りて寄り道だ。夜にはここに戻ってくるよ、ハードスケジュールだけどな」

「それ大丈夫なんですか? そんな時間に長崎を出て、寄り道って言っても寄ってる時間なんてあります?」

「良い機会だからお前たち、国内移動の時間感覚を覚えような。時雨は一度広島から横須賀まで電車移動しているから、ちょっとは理解できてると思うんだが」

 

 

今後、俺の部下となる艦娘たちは、自意識を持つ艦娘として現代を生きるのだ。こういったことに触れらせて、人と変わらない知識と感性を育んでもらいたい。

軍の備品扱いなんてのはクソ喰らえだぜ。

 

 

「いいか、長崎から名古屋なんて1時間で移動できる。名古屋からこっちに発つのは夜だから、半日は遊んでいられる計算だ」

 

もちろん必要となる金銭を考えなければ、だ。本来なら2泊3日での観光でも選択しないルートだろうが、仕事の出張と考えるならあり得るかもしれない。あったとしたら多分ブラック企業だけど。

 

 

「1時間? 確かに航空機は速いけど、今は一般人でもそんな移動速度の乗り物を利用できるの?」

「そうだ、いくら日本が狭いとはいえ、この距離の移動だと当たり前に選択肢に入ってくる」

「そういえばそんな記憶もあるわね。艦だったころの記憶というより、これは乗組員や士官の知識かしら? 世界から見ると日本は結構大きくて、独国よりも少し小さいくらいだったかしら」

 

相変わらず艦娘の記憶は謎だ。

コイツらの性格が当時の艦長や指揮官に引っ張られているって話は俺も座学で学んだし、まぁそうなんだろうと思うが、記憶や知識ってやつをどこまで保持してるんだろう。

そういったことも、これから共に生活していく中で分かっていくかもしれない。興味深いことだ。

 

ただし、その知識が偏ってる面は否めない。

これは案外と強敵になりそうだ。要はコイツら浦島太郎なのだから。

「ドイツが日本よりデカかったのは当時な。今は日本のほうがデカい。一応言っておくと、日本が大きくなったんじゃなくドイツが小さくなった」

「あぁ、分割でもされたの?」

「まぁな。さらに言うと日本もかなり小さくなってるぞ」

 

樺太やサイパン、まさか台湾まで日本から外されるとは。敗戦国とは辛いものだ。

アレ、もう少しうまくできなかったのかな。

 

 

「それでも、市民が飛行機に乗ってお出かけできる世の中だ。お前たちが艦として生きた時代よりも随分と豊かになった。そういうことだ」

 

確かにあの戦争には負けた。何度繰り返しても結果は変わらないだろう。俺が転生モノの主人公として当時に飛び、奇跡的に作戦を成功、もしくは被害の縮小に抑えたとしても終戦日が後にずれ込むくらいしかできない。

 

しかし彼らの、そして艦の戦いが無駄だったかと言えばそんなことはない。

あの戦いがあったからこそ迎えることができた終戦。そして終戦後は、俺ではない誰か未来人が転生して作ったとしか思えないほど完璧な敗戦処理だったと思う。

 

もう1度敗戦時からやり直せと言われても、経済大国日本として繁栄できたか分からない。

それくらい、日本は終戦後に勝ったのだ。

 

 

 

「あ、あと中将さんからの伝言。提督のお姉さんに休みを取らせたから、明日の横須賀散策は引率をしてくれるそうだよ」

「大きなお世話、と言いたいところだが、姉さんが着いてきてくれるのなら安心だな。霞、明日はいろいろ勉強も兼ねてしっかり遊べ」

 

いくら霞がしっかりしているとはいえ、先ほど露呈した金銭感覚では街の散策などできまい。姉が着いて行ってくれるなら何があろうと安心だ。じっくり学んでゆっくり楽しんでほしい。

 

 

「人間さんと一緒に出歩くなんて、ちょっと心配ね」

暁が不安気な顔で言う。やはり接し慣れていないからだろう。

 

心情的になのか体面的になのか、艦娘はちょっと世間との隔絶がすぎる。隔離政策でもあるまいし、いっそ戦う美少女アイドルとして売り出せばいいのだ。

そうすれば、言葉のままの国民的アイドルになること請け合いだろう。

 

幸い次の任地では基地司令官だ。悲観するよりは、前向きに考えよう。

与えられた武器を有効活用できないようでは先が見えている。

新聞社などメディアを呼び込み、艦娘密着取材で広報活動などしてみようかな。

考えてみたら基地司令官なんて一国一城の主人。しかも、リンガは内地の目が届きにくい外地も外地だ。

 

艦娘のための艦隊。

それを実現させるためのルートが早くも見えてきた。

 

 

とりあえず、暁たちの不安を不安のまま放置するのは得策とは言えない。今回は知り合いらしいので、それは伝えておいてやろう。

 

「姉さんはお前らのことをよく知ってるって言ってたぞ、それなら大丈夫じゃないか?」

「そりゃ私たちは横須賀鎮守府所属艦だから、知られてはいるかもしれないけど、人間の軍人さんにお友達はいないわよ。雷や電の知り合いかしら?」

「さぁ? 覚えはないわね。でもいいわ、司令官の家族なんでしょ? だったら大丈夫よ」

 

はて、暁たちに覚えはないらしい。

言われてもみれば、姉がよく知っているだけで、別に知り合いとは限らないのか。まぁアレで姉さんは中将の補佐役だしな。所属艦娘くらいは知っているだろう。

それでも俺の身内である姉を手放しで信頼してくれる雷のセリフは嬉しい。

 

「明日はまとめ役を頼むぞ。そしていろんな物を見て来い」

「そっちも、気を付けて行きなさいな」




実践したくない日本列島強行横断だぜ!


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旅をしない音楽家は不幸だ。4

艦娘さんたちと旅行とかしたいですよね。
でもあの娘もこの娘も連れて行きたくなるじゃん?

実際にやったらカナリの資金がないと難しいよなー。好きな子(たち)と旅行もできないこんな世の中なんて。


さて、空港です。

珍しかろう珍しかろう。

空港ほどわかりやすくザ・現代日本! の施設もないよね。

あの大戦の記憶と海軍施設と海しか知らない艦娘さんたちとしては、目につくもの全てが新鮮。そんな感じ。

相変わらず時雨は固まっているが皐月なんかははしゃぎまくっている。対照的だ、個性というやつなのだろう。

 

 

 

「俺たちが乗るのはアレだな」

窓の向こうにボーイング737が見える。

最もありふれた、一般的な小型ジェット旅客機ではないだろうか。

特徴? 君が思い浮かべた旅客機がだいたいコレだ。

近隣に住む人なら音で飛んでいる旅客機の機種が当てられると聞いたことがあるが、それは本当なのだろうか。

 

 

窓に張り付くようにして熱い視線を送る皐月は、年相応のどこにでも居る女の子のように見える。艦娘の年齢は謎だけど。

 

なんて思いながら、勝手に娘の成長を喜ぶお父さんのような気持ちになっていたのが、呟く感想は全然年相応の女の子ではなかった。

 

「うわ、ボクたちあれに乗るのかい? 重爆じゃないか」

「ちげぇよ、ただの旅客機だ」

物騒な声を上げるんじゃない。お客さんたちが驚いているじゃないか。

幸いなことに、多分一般の方々は「じゅうばく」と聞いても漢字を想像できないだろう。

 

唐変木な感想を投げかけてくる奴がもう一人いた。阿武隈だ。

「提督、あの航空機エンジンが付いていませんけどー」

「ちゃんと付いてるよ。羽の下にぶら下がってるじゃねぇか」

 

「アレが発動機なのかい? でもプロペラもなにもないし、アレじゃあ進まないよ」

横で聞いていた皐月も納得ができないようだ。

そうだった。ジェットエンジンなんて知るわけがなかった。日本初のジェット戦闘機であった橘花も結局配備が間に合わなかったものな。

 

 

「レシプロの旅客機なんて今時ないと思うぞ、後で図鑑買ってやるから大人しくしてろ」

 

本は良い。知識を蓄えるだけではなく、調べる楽しさや知る楽しさを育んでくれる。

これから沢山買い与えてやろう。

 

 

しかし昨日の今日でよく希望の席が取れたな。

シーズンでもなんでもない平日の国内線だし、そういうことにしておこう。

ただの旅行のために、何か後ろ暗い権力が働いたとかは考えたくない。

 

しかし、車といい新幹線といい。

1番現代の世界を体験しているはずの時雨はまだ慣れないようでとても静かだ。

落ち着け、怖いところではないんだぞ?

 

 

搭乗が始まり、ようやく機内へと入る。

前の座席の通路側が阿武隈。窓側が皐月。

後ろは俺が通路側で時雨を窓際に押し込んだ。

 

早くもみんなドキドキしているようだが、皐月のドキドキは楽しみのソレ。他の二人は不安のドキドキ。

いいけど、今からドキドキしていたら保たないぞ? どうせ出発まで待たされる。

 

 

しばらく待ち、ようやく滑走路を進み出す旅客機。離陸前まではもたもたしているが、イザ発進してしまえばあっという間だよね。

 

機体が急激に速度を上げ、窓から見える景色がもの凄い勢いで後ろに流れていく。いつ見ても速ぇ速ぇ。

 

途端、阿武隈が前の席で声を上げた。

いいよいいよ、想定の範囲内だ。

 

「怖い怖い怖い怖い!」

「落ち着け、すぐ終わる!」

 

そしてすぐさま離陸。

この巨体が重力を振り切って空に上がる瞬間は堪らないね。とてつもなくパワフル。

男ならこうありたいものだ。

 

「怖い怖い怖い怖い怖い!」

「ちょっと、痛いよ阿武隈」

隣の席に座る皐月の手を力一杯握りしめているのだろう。その様子を周りのサラリーマンらしき男性数人が見て微笑ましい顔をしている。まぁこれもいいよ、かわいい娘っ子を三人も連れているんだから、見たけりゃ見るといいんだ。

 

 

「皐月は平気そうだな」

「うん、凄いね飛行機。ボクなんだか楽しくなってきちゃったよ!」

 

空港に入ってからとても静かな時雨だが、恐るおそる確認するとなにやら青白い顔をしている。

 

「し、時雨? 大丈夫かお前」

「な、なんとか意識は保てたよ」

今日明日という短期間であと2回乗るのだが少しは慣れてくれるだろうか。

 

 

着陸のときも想像どおりのリアクションを見せてくれた。想像どおりと言うより、ここまでいくと期待どおりと言った(おもむき)だ。

 

到着したのはちょうど昼どき。

喉元過ぎればと言うやつなのか、二人共降りてしまえば結構ケロリとしている。グロッキー状態のまま連れ歩くわけにはいかないので、ホッとした。

 

 

佐世保に着いてから昼飯にしようと思っていたが、今から出ても佐世保着は14時頃になる。せっかくの旅行で同行者を飢えさせても仕方がないと結論づけ、軽めの補給を決めた。

そうと決まれば即行動だ、食べるものは決まっている。三人娘を連れだって適当な飯屋を選んで注文するのはこれ。

 

「皿うどん三人分」

 

元々佐世保所属の時雨や皐月にとっては別段珍しいものではないだろうが、それでも二人は皿うどんの本当の食べ方を知るまい。

しばらくして運ばれてきたのは大皿に盛られた三人分の皿うどん。大皿から取り分けるのが長崎流だ。

 

「じゃ、じゃあワタシ取り分けますねー」

ちょっと面を食らったようだが、すぐさま立て直してお姉さんの役割を果たす阿武隈。さすが一水戦旗艦だ。

機上のお前とは大違いだな。

 




本屋にはこの世の全てが置いてある。


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旅をしない音楽家は不幸だ。5

飯の後、長崎からはリムジンバスで佐世保まで移動する。停留所の藤原橋まで来たら目的地まではもうすぐだ。

 

「ちょっと歩くぞ」

 

歩いて行くと東公園との案内が見えてくる。

「目的地は公園なのかい?」

「公園? それって遊具が置いてあってたくさん遊べるところなんだよね!」

久しぶりに声を聞いた気がするよ時雨さん。

そして皐月よ、残念ながら遊具が置いてある公園なんてものは都市伝説だ、そんなところはもう国内にはないんだよ……。

 

「え? 公園で遊ぶためにわざわざ横須賀から来たんですか?」

「公園は公園だが、駆けっこしに来たわけじゃないよ」

当たり前だ、誰が公園で遊ぶためだけにわざわざ空路でうん百kmも移動するか。

 

「ま、お前らにとっては縁のある場所だ」

 

 

 

そう、目的地であるここは佐世保東山海軍墓地。

かの戦いで散っていった英霊と、軍艦たちを奉る慰霊の地だ。

(おごそ)かな空気を感じたのが、道中とは打って変わって静かに佇む三人娘たち。

 

「まずは1番奥にある大東亜戦争慰霊塔から周ろうか」

 

 

「こんなところがあったんですね」

いろいろ思うこともあるのだろう。感慨深い面持ちで阿武隈が言う。

 

俺たちは、知らなければ読めないであろう金剛の慰霊碑に始まり、羽黒、足柄と順番に周って行った。

ほどなくして美しく磨かれた真っ黒な石に、金の文字が彫られた慰霊碑の前に立つことになる。

 

「これは……、提督、これ」

第二十四駆逐隊と彫られたこの慰霊碑は、時雨の妹たちのものだ。

 

「そうだ、時雨の妹たちだ」

「大事に思ってもらえているんだね」

 

その碑を見つめる時雨は美しかったが、本来の目的はここではない。このすぐ奥にある場所、そこが今回の旅の最初の目的だった。

 

今までよりほんの僅かに、手を合わせる時間が長い時雨。彼女が満足するのを待って促す。

 

「さ、次はこっちだよ」

そうしていよいよ時雨が対面する。出迎えるのは綺麗に整備された、これまた真っ黒な石碑だ。

 

佐世保に赴任した直後に俺は一度ここを周っている。そのときにも、確かに心が揺れる何かを経験している。が、今改めてこの碑の前に立ち感じている思いは、あのときとは違う。

沢山ある慰霊碑の1つではない。この碑は、自分にとって特別な意味を持つものになった。

 

 

それを前に茫然と立ち尽くす時雨。

眼前の石碑には整った字体でこう書かれている。第二十七駆逐隊慰霊碑。下には僚艦の名前とともに時雨の名前がしっかりと記されていた。

 

「お前のための慰霊碑だよ」

 

皐月と阿武隈が両側からしっかりと時雨の手を握っていた。

たっぷりとその慰霊碑の前で過ごし、また歩き出した。

 

 

ふと阿武隈が声を上げたのは、白く尖った慰霊碑を見つけたときだ。

「懐かしいですね、ワタシの初陣です」

 

 

「ワタシたちの戦いのこと、そしてワタシたちのこと、こんなに変わってしまったこの国でも変わらず形にして残してくれているだなんて思ってもみませんでした。忘れないでいてくれたんですね」

 

「忘れた人もいるし、そもそも知らない人もいる。それだけあれから長く平和な時代が続いたんだ。それでも、こうして思い続けている人がいる。俺はそれで良いと思っているよ」

「そうですね」

 

 

そしてまた歩き出す。次の目的地はすぐそこだ、彼女はどんな反応をするんだろう。

 

「わ、これって!」

「そ、お前の慰霊碑だ」

 

時雨の慰霊碑とは違い、自然石を利用したかの様な大きな石碑に堂々とした文字で彫られているのは軍艦阿武隈慰霊碑。

 

「ワタシのまであるとは思いませんでしたー。でも、なんで佐世保に?」

「いやお前の慰霊碑はあるだろ、どう考えても。なぜ佐世保なのかは俺にもわからんが」

 

「大きいね、さすが阿武隈だよ!」

よくわからない感想を口にする皐月。大きければ強いみたいな考え方は改めなさい。

 

 

「ワタシのはなんで左下だけ欠けてるんですか? 倒れたりしませんよね?」

「いや、わからんが、さすがに倒れたりはしないだろ、縁起でもないどころじゃねぇ」

 

「でも、うん。好きです。なんかワタシらしい感じがします」

 

自分の慰霊碑の前に立つ阿武隈のために、ここでも少し時間を取ってやる。俺たちは少し離れたところで待機だ。

自分の慰霊碑を前にするなんて経験は俺では絶対にないだろうから、彼女がそれを前にして何を思っているのか、その感情は計り知れないが。

 

「お待たせしましたー」

「もういいのか?」

「はい、全員の名前も書いてあって嬉しかったです。一人ひとり顔を思い浮かべて思い出してました」

「覚えてるのか?」

「当たり前じゃないですかー、みんな覚えてますよ」

 

「どうだった?」

「ふふ、軍艦阿武隈よ安らかに眠り給えって書いてありました。戻ってきちゃいましたけど」

阿武隈に感想を尋ねてみると、彼女は照れたようにそう言った。

 

 

「それじゃ、お待たせ皐月、最後はお前だよ」

「ボクのもあるのかい!?」

「佐世保にお前の慰霊碑がないなんて、そんなわけあるか。さ、こっちだ」

今回は奥から下りながら周ったので最後になったが、それは1番入り口に近いところにある。

 

第二十二駆逐隊慰霊碑。

「あ、みんな並んでるよ! なんだか嬉しいね」

 

皐月は珍しい物を見るかのように、あっちやこっちやと周りを移動しながらいろんな角度でそれを見ていた。

 

本当は連れてくるかどうかを迷ってもいた。

自分の慰霊碑を詣る。その反応が読めなかったから。でも、やっぱり連れてきて良かった。そう思った。

 

 

 

 

さて、感傷の波に浸っていたら、なんだかんだで16時。オヤツの時間には遅いが、アレを食べさせなきゃ今回の旅も片手落ちとなる。佐世保籍といえど、これは時雨や皐月も食べたことはないだろう。

 

移動の金はケチるなが信条の俺。タクシーを呼んで佐世保駅付近にあるお目当ての店を告げたあとは、ただ到着を待つばかりだ。

走り出して10分少々で到着したのは、あまりうら若き女性とのデートで行くには向かない外観の店だと思うが、なぜか横須賀に残してきた暁とこのお店が脳裏に浮かんだので仕方があるまい。

 

 

「なんのお店なんだい?」

「佐世保と言えばの佐世保バーガーだ、お前ら食べたことあるか?」

「佐世保って言うくらいだから、ここで有名なものなんだね、残念ながら聞いたことはないけど」

 

やはりな、いくら佐世保所属艦と言えど、基地では艦娘向けに佐世保バーガーを出したりはしていなかったようだ。

 

「なんだか変わったお店だね」

「防空壕をそのまま利用して建てられてる店だからな」

「防空壕? これ防空壕なのかい?」

外観と違い、店内はお洒落な内装となっている。小さなお店だが、居心地は悪くない。

 

すぐに店内に入ることができるこの幸せを、彼女たちはわかるまい。注文するのに2時間、受け取るのに2時間かかる佐世保バーガーが世の中には存在したのだよ。

 

 

「これ、夕食を食べられますか?」

「軍務じゃないんだ、夕飯はお腹が空いてからでいいだろう」

 

そう言って、みんな仲良く頂きますをして食事を開始した。

 

 

 

 

 

ちょっと遅れてしまったが、予約をしていたホテルに到着。受付を済ませて鍵を受け取るが、予約されていたのはツインの部屋が2部屋だった。

時雨に関しては今さら感だが、これ姉さんはどんな組み分けを想定して予約したのかな。

 

時雨と同じ部屋なのは特に問題ない。小島で生活していた1年間は、時雨が海に出ているとき以外ほとんど常に互いが視界に入るところで過ごしてきたのだから。

皐月と同室になるのも大丈夫。断じて言うが自分はロリコンではないからだ。性的なドキドキに悩まされることなく、安心して夜を過ごせること請け合いだ。

 

懸念事項はそいつ、今まさにジト目で俺を見つめている、微妙に成長した少女である阿武隈。しかも美少女。

いっそ男1女3や、四人揃っての雑魚寝に持ち込むという手も考えたが、残念ながらホテルは消防法との兼ね合いから、設定されている利用人数を超過することができないのだ。

 

 

→時雨と同室

 皐月と同室

 阿武隈と同室

 

脳内にこんな選択肢が現れている。さぁ、どうする?

 

 

 

嘘だ。選択肢などあろうはずもなく。

この中で安パイなのは皐月のみだ。

時雨と同じ部屋で過ごすのも、ありといえばありかもしれないが、阿武隈に余計な心配をかける恐れがある。阿武隈と同室なる考えは論外。時期尚早もいいところだろう。

 

 

そして紳士な俺は本音をしまい込みこう言うのだ。

「それじゃ、俺と皐月。時雨と阿武隈の部屋割りでいいよな?」

 




昨晩はお楽しみでしたねぇ?

それは冗談だが、お風呂は一緒に入ったはず。


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旅をしない音楽家は不幸だ。6

旅行二日目!


じょじょにリアクションが増えてきて嬉ション。
読んでくれたナイスガイたちに届け! 僕の熱い投げキッス!!



おはようございます。

久方ぶりの佐世保で迎える朝。気分はそれなりに最高です。

 

 

あの日以来、この地に足を踏み入れたのは初めてだが、俺たちのリスタートにはちょうど良かったと思う。

時雨も皐月も、ずっとここで生活していたのだ。楽しい思い出も辛かった思い出も全部ここにあるのだろう。

そんな故郷とも呼べる場所の最後の記憶があれでは、胸にしこりが残ってしまうかもしれない。

 

二人も、それから阿武隈も。今回の旅をとても楽しんでくれているようなので、試みは成功だったと思いたい。

 

 

 

同室で朝を迎えた皐月の寝覚はすごぶる良く、寝起き早々元気満点。

ささっと着替えて隣の部屋に乗り込もうと思っていたら、いつもと変わらぬ美しさで阿武隈と時雨が迎えに来た。

寝起き姿を拝ませていただこうと企んでいたが見事に失敗。もっと早くに起きるべきだったか。

阿武隈は寝るときにブラを着けている派なのか否か、今後彼女の水雷戦隊を運用するに当たり重要な問題となるので、いずれ確認できたらいいなと思う。

 

そして四人で朝食バイキングに繰り出し、忘れ物がないかをチェックしたら荷物を持っていざ出発。

 

 

 

あっという間にここは愛知県です。

皐月は昨日と変わらず、残りの二人も昨日よりは飛行機に慣れてくれたようだ。

本日はまだもう一回搭乗することになるので、心の準備だけしておいてもらおう。

 

 

時間も限られていることだし、早速本日の目的地へと向かおう。

中部国際空港から三重県の津市までは高速船に乗って伊勢湾を横断する。

 

実のところ、時雨たちは艤装があれば自力で航行できるのだが、自分の乗船した船の隣で手を振りながら旅の同行者が並走する姿はあまりにシュールなので持って来なかった。荷物になるしね。

ここは大人しく四人で船移動を楽しみたいと思う。とは言っても、船が着くまで40分ちょいだ。楽しむというよりは飽きるまでに船を降りることができる。

本当に重要なのは酔う前に降りられるかどうかだ。船底のせいなのか小型船なのがいけないのか、湾内のハズなのに結構くるものがあった。

 

 

津市に到着してからはレンタカーを借りての車移動だ。伊勢市まで23号を下るとちょうどお昼時に松阪市に到着する。道沿いに松阪牛との看板を掲げているお店を発見したので、そのまま車を滑り込ませた。

 

しかし土地が余りまくってんのか、駐車場の広い店だ。

「なんか高そうなお店ですけどー」

「気にすんな、金はそれなりに持ってるから」

 

実は出かけに姉からお小遣いを渡されそうになったのだが、そこは大の大人としてどうなのかと思ったので固辞することにした。飛行機などの移動代と宿泊代が全額じじい負担なだけで財布は大助かり、食費と土産代くらいにしか使うところがないので気兼ねなく食にはお金を使おう。

 

外観や店内の雰囲気に似合わず、この情勢下の割にはリーズナブルな料金設定のランチが並ぶ。松阪牛のハンバーグが推されているようだが、店のスタッフらしきヒゲ面の小汚いお兄ちゃんが言うには、松阪牛はステーキでこそ食べてみてほしいとのことだ。

ならばと、おすすめ通りステーキを注文することにした。

 

口に入れると溶ける。

なんだこりゃ、肉か? 松阪牛(まつさかうし)だ。そう言えば松阪牛と書いて「まつさかうし」と読むらしい。しかし現地民に聞くと、この間まで普通に松阪牛(まつさかぎゅう)と読んでいたはずだと首をかしげる。謎な売り方をしてるんだな松阪市。

ブランド肉を作るためにはネームバリューや努力が必要ということなのだろう。

 

 

帰りにポイントカードを勧められたが、足繁く通うには無理がある距離なので丁重に断る。来週には日本に居ない予定なので然もありなん。

 

佐世保でもそうだったが、本当にタバコを吸えるところが少なくなった。車に戻るまでは我慢しようと思う。

幸いなことに、阿武隈も皐月もタバコの匂いについては気にならないようなので運転中はモクモクだ。もちろん時雨はもう慣れっこ。

当時の環境を思えばタバコの煙くらいどうってことないのだろう。

タバコは体に悪いって? それ、本当なの?

少し前の世代なら記憶にあるかもしれないが、盆や正月など、親戚が集う行事のときなんかは部屋が富士の山頂みたく煙るのが当たり前。

そんな時代が確かにあったのだ。

 

どこにいても誰かしらは煙を吐き出しており、常に副流煙の中で生活していたと言っても言い過ぎではない世代。

小学校の職員室、病院の待合室。ショッピングセンターでは一定間隔で通路に灰皿が置いてあり、もちろんバスや電車の車内でも吸い放題。

で、だ。

そんな時代を過ごした方々はどうしてるかって、昨今の高齢社会に至っている。

 

時代の波に逆らうようで心苦しいことではあるが、敢えて言っておきたいことがある。

タバコの毒くらいなんだ。

むしろ少しくらいは毒の渦中に身を置くくらいで丁度なんじゃないか日本人。有害なものを遠ざけ、どこもかしこも抗菌除菌な世界が自然なこととは到底思えない。

いずれ、日本人だけが耐えることのできない病原菌なり風土病などが蔓延ることになりそうだ。

人類滅亡の危機は深海棲艦が引き起こしているが、日本人を滅ぼすのは日本人が自ら育んだ日本社会が遠因になるだろうと、今のうちに予言してやろう。

 

 

さて、車内で煙を吐く言い訳を長々とやったが、ともかく。英気を養った後は再び23号線で伊勢に向かってひた走る。30分もすれば伊勢市に到着。ここまで来れば目的地はすぐそこ。

神宮付近の市営駐車場に車を停め、まず向かうのは神宮の手前にある猿田彦神社だ。

 

複数の神社を巡るなら、本来正しい順序は社格の高い順なのだが、立地的にもお話的にも今回はこちらから行かせてもらおう。

観光で行く場合も猿田彦神社から先に行くことをお勧めしたい。なぜなら、相手は国内最高の格を持つ神宮なのだ。アレの後に他の神社に行っても感動は得られないと思われる。

神社には社格という格付けが存在する。その中で唯一の「社格なし」に分類されたのが神宮。曰く、「並べるのもおこがましい」と。

 

ただし、ここでも例外が一つ存在する。

神宮には内宮と外宮が存在するのだが、その2つを巡る場合だけは別。伊勢の神宮を正しく周る順番は外宮、内宮となっているので注意が必要だ。今回の予定に外宮は入っていないんだけれども。

 

 

 

「神社は初めてだな? ここから先は神域、神の世界だ、境内の中は全てが神様のものなので鳥居や参道の真ん中を歩いてはいけないぞ、そこは神様の通る道だ」

ここで参拝についてのマナーを軽くレクチャー。

信じる者しか救わない異国の神と違い、日本の神様のことだ。できてなくても広い心で許してくれるだろうが、知っているならやったほうがいいのだろう。

 

 

「ちょっと怖いんですけどー。真ん中を歩いたらどうなるんですか?」

「後ろからゴットブロウでも喰らうんじゃないかな、相手は死ぬ! とか言って」

思った以上に真剣に受け取った阿武隈が心配そうに言った。

小粋なジョークでその不安を払拭してあげようと軽く答えてやったが、多分伝わらないだろう。

伝わったのか伝わっていないのか、それを聞いた時雨が言った。

 

「一撃で轟沈しそうだね、気をつけるよ」

 

とは言うものの、艦娘だって艦魂を宿した神様みたいなものだと思うので、案外仲良くやれるのかもしれない。特にゴッドブロウのお方は水を司るなんちゃらなようだし。

 

 

 

さて、ここは交通安全で有名な神社だが、実は祀られている猿田彦は海の神様でもあるようだ。

境内にいた舞姫(みこ)さん。この神社では舞姫と書いて「みこ」と読むらしい。そんな厨二設定の女性にお話を伺うと、なんでも先ほど昼飯を食べた松阪市の海で漁をしている最中、貝に手を挟まれ溺れ死んだことから海での安全を護る神になったと言う。

 

残念ながら俺には意味がわからなかった。きっと誰にもわからないだろうが、海の安全を護ってくださるのであれば、他はもういいんだろう。

 

 

そういうことで、四人揃って参拝する。

神社デビューを果たす三人娘にここでも手水(ちょうず)やら二拝二拍手一拝といった、参拝のマナーを教えながら実践。

もっとも、この二拝二拍手一拝のマナーは、これから向かう伊勢の神宮さんが戦後に広めたものなので、マナーとして常識! となったのはわりかし最近になってからだったりする。なので、神社に参るのが初めての艦娘どころか、少し年配の人は基本的にこれを知らず、教えると大体の人が「昔は二拍手して一礼するだけだった」と答えるだろう。伝統とは作るものなのだ。

 

 

参拝が済んだ後、社務所にてお守りを見ていると交通安全マグネットなるものを発見した。

交通の定義に海での航海が含まれているのかどうかはわからないが、マグネットの張り付いた艤装はそれはそれで中々に面白そうだ。

八角ステッカーと迷ったが、結局マグネットのほうを留守番組の分と合わせて8個購入する。

 

マグネットには5色あり、黄色がないことに皐月が不満をぶつけていたが橙色で手を打ったようだ。黒色と紺色は暗いイメージがしたので避けたが、いざ購入した物を確認すると時雨が選んだマグネットはしっかり黒色だった。まぁなんとなくイメージどおりだからいいけど。

 

 

 

いろいろと教えてくれた舞姫のお姉さんに挨拶をし、いざ行かん。

本日の本命!




猿田彦神を祀る神社は全国に結構ある。
その末裔を名乗っているのが神宮からほど近い伊勢の猿田彦神社。つまりここ。それから少し離れた同じく三重県の鈴鹿市にある春日大神社だ。

それぞれの宮司さんが猿田彦神の末裔を名乗っているが、猿田彦神社の宮司さんの名字は「宇治土公」。驚くなかれ、この一族しか存在しない稀少姓だ。
対して春日大神社の宮司さんの名字は山本。

物議を醸し出す断定は避けたいが、どうなのでしょうね。


そういえば猿田彦神社には他にも猿田彦神の嫁さんが祀ってある。
天の岩戸にお隠れになった天照大神を誘い出すために、洞窟外で踊ってみせた神様。


上も下も素っ裸で!


そんな彼女は芸能の神様なので、芸能人がわりと訪れるらしい。


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旅をしない音楽家は不幸だ。7

僕が提督になったなら、仕事は役割分担だ。
下着の洗濯なら任せておけぇーい!

え? 知ってる知ってる!
ブラは形が崩れないように手洗いするし。
っていうかパンツも手洗いしちゃうゾ?

安心して置いていけ。


関係ないけど、鈍感系主人公っているじゃん?
それはいいんだけど、かつ有能な人物であったならあんまり納得できない。

察する能力を著しく欠いた人が、果たして有能足り得るのだろうか……。




猿田彦神社を出て、地下道をくぐるとそこはもうおはらい町だ。街道の両側に(おもむき)のある建物が並び、この通りの突き当たりが内宮となる。

 

「そういえば聞いてませんでしたけど、なんで神社なんですか?」

「あれ、言ってなかったっけ、これから行くのは皇大神宮(こうたいじんぐう)、通称伊勢の神宮なんだが、時雨や阿武隈の艦内神社の大元なんだよ。佐世保で一緒に戦った伊勢ももちろんそうだが、暁やほかの白露型の何隻かの艦内神社にもなってるんだ」

 

 

金剛などの戦艦はじめ、駆逐艦や海防艦、潜水艦にまで皇大神宮は手広く分祀している。

白露型の話をすると、どこが分祀されたのか記録にない白露と春雨を除く8艦全てが皇大神宮だ。なので、分祀がなされたのだとしたら、多分二人の艦内神社もここなのだろうと個人的には思っている。

阿武隈の艦内神社はほかにも白川鹿嶋神社などがあるのだが、そちらは福島県なので今回はスルー。

 

 

「ここは何を売っているお店なんですかー?」

道中に一際混雑するブロックがある。おかげ横丁への入り口向かいにある伊勢名物赤福餅、その本店だ。

 

「お餅? ボク甘いものが食べたいよ」

うんうん、天使さんめ。お前が食べたいというのなら何箱でも買ってやろうな。

 

実は、この辺りを走っている近鉄電車の駅構内なら大体どこでも買える土産物の定番なので、市内の人間に限らず近県の人間にとっては特に珍しくない物だったりする。名古屋駅での土産売り上げ一位は伊達ではないのだ。

 

それを知っていると、この混雑の中、赤福餅購入のために並びたくはない。

 

「赤福餅は後で買うからちょっと待て、今から参拝だし荷物になる。そして絶対混まない赤福の店も調べてある」

 

提督が車を停めたおはらい町入り口の市営駐車場には、実は赤福餅の支店がある。ひっそりし過ぎてあまり知られていないようだが、地元の人間は朔日餅(ついたちもち)や限定商品などを求める際わざわざこの本店まで足を運んだりはしないのだそうだ。

 

 

 

「さてさて、ここから先が日本で1番の格を誇る神宮の神苑だ」

 

いざ五十鈴川を渡ろうとすると、阿武隈が言った。

「五十鈴姉さん、うぅ、ちょっと嫌なこと思い出しました」

訓練のほか、立ち振る舞いや言葉遣いなどめちゃくちゃ厳しかったらしい。さすが貴族艦と呼ばれた軍艦。

五十鈴が輩出した元艦長は錚々たる傑物揃いで、並べるとそれだけで軍人名鑑になる。

 

 

神明鳥居を越えると俗界と神界との境である五十鈴川を渡す橋がある。人と神とを繋ぐこの宇治橋だが、実はこの橋には戦争と切っても切れぬ因縁があったりする。

神宮は20年に一度、社殿や橋、鳥居などを一斉に作り変える式年遷宮を行うのだが、太平洋戦争敗戦直後、ガタガタとなった国内情勢を鑑みて時の昭和天皇により無期限停止となった。安全にも関わることから、せめて宇治橋だけでもと橋を作り直した結果、社殿などの遷宮とタイミングがズレたのだ。

それ以降、宇治橋だけは今も遷宮の4年前に建て直されている。

 

 

「で、前回の遷宮のおかげで今はちょっと正宮の位置が近いんだよね、助かる」

そうは言っても、内宮の敷地はべらぼうに広く、実は視界に入る辺りは全て神宮の神域だったりする。裏の山までそうだと言うのだから恐れいる。そして、件の正宮は近くなっているとはいえ宇治橋を渡って1番右奥に位置するためかなり遠い。

 

気を引き締めて神苑を歩いていく。平日だというのに、途切れない程度には参拝者もいる。日本最高の格を持ち、皇族の、ひいては日本国の氏神とも言える別格中の別格。

 

まるで空気が違う。

 

伊勢神宮として名が通っているが、ここの正式名称は「神宮」だ。親しみを込めて伊勢の神宮さんと呼ばれていたのがいつの間にか伊勢神宮として定着したらしい。

なので、本来は神宮と言えばここを指す言葉となる。

 

そんな神宮ともなれば規模が違う。

内宮と外宮に分かれていると言ったが、実は神宮には他に別宮、摂社、末社、所管社を含めて社宮が125もある。それら全てを引っくるめて神宮なのだ。

 

そして神宮に祀られているのは日本の主神である天照大御神。

他の神社と違い、「個人的な願い事は全てスルーされる」のだ。

神宮で祈るのは国家の安泰だけ、肝に銘じておこう。

似た理由で、ここではおみくじが売っていない。個人ではなく国家のための場所なのだ。

 

 

「はぁ、この砂利が微妙に俺の体力を削っていっている気がする」

 

境内に敷き詰められている玉砂利。この組み合わせは神社仏閣としては珍しくないと思うが、ここは敷き詰められている厚さが違う。

 

二条城では、海外からの観光客のために砂利を撤去しようなんて話もあったが、深海棲艦の侵攻後は立ち消えになっているようだ。なぜ国内の伝統ある史跡を、海外の人のために「配慮」なる美しい言葉で改悪する必要があるのか疑問に思っていた自分としては、しめしめと思ったものだが、一歩ごとに足が沈み込むこの現状をみると、考えを改める必要があるのか迷う。

 

今後神宮を訪れる予定のある人のために言っておくと、ここにベビーカーを転がして入るくらいなら抱えて歩ききったほうが1.8倍ほどマシだとアドバイスしておこう。

 

 

地味に体力を消耗しつつも、なんとか正宮までたどり着く。

最後に目の前の階段を登れば最終目的地。

国家の安泰、安寧を願う。俺たちにとっては持ってこいの場所だと思う。

勝手な憶測だが、そんじょそこらの人よりも、俺たちはそれを切実に願っていたはずだ。

 

 

大きな都市だけが日本の姿ではない。歴史の重みと積み重ねてきた格式、伝統。

そんなものが少しでも彼女たちに伝わると良いなと思った。

 

 

 

さぁ、目的は果たした。

後は名物のてこね寿司でも食べて、赤福餅を買って帰路に着こう。微妙な倦怠感も手伝って、帰りの飛行機では寝てしまいそうだが、まだ帰りの運転がある。もう一踏ん張りして、霞たちに土産話を聞かせなければ。

 

 

そして、霞たちの土産話を沢山聞いてあげなくては。楽しみはまだまだある。

 

 




みんな大好き巫女さん!

ルールで決まっている。というわけではないが、彼女らの着ている袴は色でランク分けされてたりする。

イメージされるのは鮮やかな朱色だと思うが、あの緋袴はだいたい若い新人さんが履いている。
ベテランになると海老茶色に変わったり。

男性(神職)の場合は浅葱色や白色が多いかも。


そういえば、宗教の信者数で1番多いのはキリスト教。
次いでイスラム、ヒンドゥー、仏教と見知った宗教が続く。

そしてとある資料では5位に神道がランクインしていたり。
驚きの信者数はおよそ1億人。
日本の人口が1億3000万人に満たないくらいなので、これを信じるならカナリの人が神道を信仰していることになる。

ま、日本人ならいつも心に……なのかも知れないが。
文化庁の発表しているデータでは、およそ8500万人になっている。
ここまでいくと、いっそ数に数えられなかった人はなんなんだと、逆に思えてくる不思議。
もっとも、信仰している信じているなんてのは心の有り様次第なので、難しく考えることもないのでしょう。なにせ、文化庁発表のデータを全て足すと日本の総人口を超過する数になるのだし……。


よく聞く三大宗教なるものは日本独自のものなので、世界では通じない。三大◯◯みたいなの好きよね日本。
同じく三大提督も日本が勝手に言っているだけ、ネルソンやトーゴーはわかるが、三大のために無理して三人目を連れてくるのはやめろ()。


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なにもない。がある島

「あな、た……裏切る、つ、もり?」
「裏切る? 僕がかい?」


「君たちは勘違いしているようだけど、僕は最初から仲間だなんて思っていなかったよ」

まるで基地の備品でも見るような顔で、彼女はそう言った。





おっと、しまった。
まだ先の話の一部が流出してしまったようだね。

気にせず本編へGO!




「ここがあなた達が任されていた島? ほんと小さいわね」

 

 

北方海域での作戦が終わり、俺たちは新しい赴任地となるリンガ泊地に向かうこととなった。

秘書艦の時雨と、このたび晴れて俺の艦隊のメンバーになった阿武隈、霞、皐月を引き連れての航海。その道中で懐かしの小屋がある小島に立ち寄り一泊することにした。

 

真っ直ぐリンガまで向かっても良かったが、なんとなく、みんなにも見せたかったのだ。

 

本当は暁たち六駆も一緒に来られたら良かったのだが、彼女たちはリンガに出る輸送船の護衛を引き受け、横須賀から周辺の基地に寄りつつ別ルートで一足先に向かっている。

順調であれば、昨日にはリンガに入港しているはずだ。

 

 

俺をリンガまで乗せていく予定だった船の乗組員的には迷惑この上なかっただろうけどね。

内心ではどう思っていたかわからないが、それでも快く予定を変更してくれた彼らに感謝だ。

 

 

そう。時雨たちは自分で海の上を移動できるが、ただの人間である俺は船がないと海を渡れない。

佐世保から脱出したときみたいに、伊勢の主砲にでも乗せてもらえたなら……。やっぱ無理だな。そんな体勢で外洋を渡れるビジョンが見えない。

 

 

先日、佐世保まで出かけたときのこと。

長崎造船所の担当が、俺の艦の進捗状況の報告がてらホテルまで訪ねて来てくれた。

資料やら写真やらをいっぱい持ってきてくれて、熱く語り合う良い夜を過ごせたのだが、結論から言うとまだ完成していない。

 

高速建造材とかない世界だしね、仕方ないね。

ただ、社内でも注目されている艦娘母艦という新しいコンセプトの艦であるため、カナリの急ピッチで工程が進んでおり、もう半年もあれば完成までこぎつけてみせると熱意いっぱいに話してくれた。

 

ついでだったので、アレから鬼出世をして今度新たにリンガの基地司令官をすることになったと伝えた。

初めは冗談だと思われ、まったく信用してくれてなかったが、ベッドの上に座ってテレビを見ていた皐月が事実であることを説明し、ようやく信じてくれた。

 

本当は、いずれ……。と思っていたのだけど、思いの外チャンスが早く回ってきたのでこの機会に言っておこうと、温めていた考えを話してみた。

 

 

技術者としてウチに出向とかできない?

 

艦を実際に運用してみて初めてわかることもあるだろうし、ウチに来たら艦娘の生の声が聞ける。会社的にもメリットがあるんじゃね? と口説いたところ、一存では決められないから即答はできないが、必ず社で検討して返答すると言ってくれた。

 

うまくいけば半年後、完成した俺の艦に乗ってリンガまで来てくれるだろう。

俺としては、技術に明るい工員が何人か確保できたら美味しい話。頼むぞ三菱。

 

 

 

 

 

 

「聞いてたとおり、なにもないところね」

島への上陸後、まずは小屋に荷物を置きに行くことにした。坂道を上り、桟橋の方を見下ろし霞が漏らした感想だ。

 

「いやいや、暖かく過ごしやすい気候と素敵な自然があるだろ?」

反論する余地もなかったので、言外に自然しかないと返答しておいた。

 

 

小屋で一服してから島の案内をしてくると時雨が言った。

案内するところは特にないが、じゃあそれは時雨に任せよう。

 

とにかく、まずはお茶でも飲んで寛ごうぜ。

時雨たちも横須賀から船を警護しつつ航海をしてきているので、一息くらいつきたいのだろう。

 

 

時雨が案内している間。俺は体を休めて待ってることにした。

 

ああ、体痛え。やっぱ船の上って苦手だわ。おっと、一日でも早く陸地に足を着けたかったから寄り道したってわけじゃないぞ?

 

それにしても海軍さんは凄いよね。

俺たちは本日小屋に泊まるわけだけど、彼らは今日も停泊させてる船で寝るんだぜ?

住めば都って言葉は、この小島で実感したことだが、彼らにとっては船がそうなのかな。

 

 

 

お茶を飲んで落ち着いてから、時雨が島の案内を始めた。

狭い島なので時間はかからないが、南国特有の植物や鳥の声、木々の間から見下ろす南方の海は絶景だ。

 

ここで過ごした懐かしい記憶が戻ってくる。

 

 

「時雨、船が近づいてくるよ?」

そんな思い出に浸っていると、小島に近づいてくる船を発見した皐月が時雨を突っついて知らせた。

沖を見ると輸送船がこの島に向かってきているようだ。

 

 

「あれ? 定期輸送船だね、なんだろう」

自分たちの異動とともに閉鎖された泊地なので、物資が届くこともないはずなのだが。

 

理由はわからないが、ここに向かって来ている以上は無視するわけにもいかず、もう一度桟橋まで戻り船の到着を待つ。

 

 

「ああ、やっぱり。船が停泊していたから、時雨さんが戻って来てるのかなって」

 

輸送船から顔を見せたのは、いつも時雨を気にかけてくれていた、あの年配の乗組員だった。

彼はいつもの穏やかな口調でそう言い、それからみんなに挨拶をした。

 

 

「久しぶりだね、それで寄ってくれたんだ?」

「南方の女神が帰ってきてくれたんだから、挨拶しておかないとね」

「やめてったら」

 

たわいのないお喋りであったが、あまり軍人と積極的に会話をすることがない艦娘にとっては奇異なこと。

初めは阿武隈たちもよそよそしい接し方になっていたが、自然体である時雨が気構えることなく話してたので、すぐに打ち解けることができたようだ。

 

 

「ここにはちょっと寄っただけなんだよ。明日には立ってリンガ泊地に行くんだ」

「そりゃ嬉しいですね。私たちはリンガ泊地の近くにあるセレターに居ることが多いんですよ」

 

 

セレターはシンガポールにある軍港で、輸送の要として重要拠点リンガを支えた場所だ。

これからリンガに居を構える時雨たちにとって、切っても切れない関係になるだろう。

 

「じゃあご近所さんなんだね、これからもよろしくお願いするよ」

 

 

彼らは輸送任務の途中だからと言って、足早に小島を離れていった。

忙しい中、挨拶のために寄ってくれたのだ。

 

全員が良い人だとは限らないが、同じように、悪い人ばかりではないのだと、そんな当たり前のことをしっかりと頭に刻んでおかなければ。

きっと、提督の望む世界にとってそれは必要となってくる。

 

 

 

 

「トレーニング場って……鉄棒1つ置いてあるだけじゃないのよ」

懐かしの提督お手製懸垂スタンド一号くんが、主人の帰還を静かに待っていた。

 

ここは懐かしの訓練場。

訓練場と言っても、霞が言ったように懸垂スタンドがあるだけの小さなスペースで、走り込み1つできないのだけど。

 

 

それから日課であった懸垂など筋トレメニューをみんなで一通り行い、一頻り汗を流した。

 

「汗を流したいんだけど、ここって入浴できるの?」

「この小島で数少ない誇れるところだよ」

 

汗を流したいと言ったのは霞だが、気持ちはみな同じだろう。

トレーニングを切り上げ、小島自慢の入浴場で疲れを癒すことにする。まずは着替えを取りに戻らねば。

 

 

 

 

服を脱ぎながら、あの頃は、まさかこの無駄に広い脱衣所が活用されることがあるだなんて想像もしていなかったなと思う。

 

脱いだ制服は脱衣カゴに綺麗に畳まれ置かれていく。

誰に教えられた記憶もないが、当たり前のように下着を衣服の下に隠すのは、人間でも艦娘でも変わらないようだ。

 

 

脱衣を終え、一足先に駆け出した皐月を追いかけ懐かしの岩風呂に向かう。

 

「うわー、旅館のお風呂みたいですね。行ったことありませんけどー」

 

髪を器用にまとめ上げ、タオルで頭を包んでいる阿武隈が感嘆の声で言った。

 

そうだろう。360度パノラマの大景観のほか、唯一自慢できる小島のスポットがここなのだから。




旅をしない音楽家〜の話が思ってたより話数を消費しちゃいましたね。

え? 霞たち居残りサイドの話が掲載されてないって?

(๑・̑◡・̑๑)


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なにもない。がある島2

愛と言うものはだな。

サーニャが好きな私は、エイラも好き。
そんな二人のためにサーニャを諦める選択をすること、これが愛だ!





「はぁ? 寝るところがここしかない?」

 

 

覚えておいでだろうか、ここ小島にある施設にはベッドが1つしかないことを!

やけに大きいベッドなので、五人で寝るにも余裕のやつさ。

 

北方と違い、この辺りは夜でも暖かい

キャミソール1枚にパンツ姿の時雨と皐月。そして制服を着込んでいる霞と阿武隈が寝室で顔を見合わせている。

 

時雨と初めて小島にやってきた日のことを思い出すようだ。

 

 

「うん。言ってなかったっけ、ゴメンね。お昼に案内したように、他にはなんにもないんだよ、ここ」

ベッドの上で柔軟をやりながら時雨が言う。

1年間そうやって提督と過ごしてきた時雨にとっては慣れた日常である。

そのせいか、さほど問題だとも思っていないような……。

 

 

しかし実際問題、他に寝るところといっても部屋の外にあるソファーか、もしくは桟橋のところに停泊している提督が乗せてきてもらった船かくらいしか選択肢はない。

ソファーに二人は寝られないだろうし、船の乗組員たちの中に飛び込んだら逆に迷惑だろう。いろんな意味で。

 

そろそろ提督たちとの付き合いも長くなり、良い意味で諦め癖がついたのか、阿武隈、霞両名はしぶしぶながらもベッドでの雑魚寝を受け入れた。

 

 

 

「うぅぅ、夏用のパジャマも用意しておくんでした」

 

北方に在籍していた阿武隈や霞が使っていた寝間着は傍目にも温かそうなもので、小島で着たら痩せそうな代物だ。

 

うん。デジャビュだデジャビュ。

デジャビュというか実際に体験したことなんだけど。

 

 

「大丈夫だよ。提督はあんまりそういう目で見たりしないから」

 

気軽にそんなことを言う時雨に納得したわけでもないだろうが、すでに下着姿で寛いでいる提督たち三人を見て、制服を脱ぐ決心をした。

 

 

 

そんな心温まる、小さくも大きな出来事を終え、全員で柔軟をし体を伸ばす。

ストレッチに関しては北方でさんざんさせてきたわけだが、これって日常化すると癖になるんだよね。

 

さすがにこれだけの人数がベッドに上がると余裕はないが、そもそもこの部屋はベッド以外のスペースに余裕がないので、他に選べる場所はない。

 

 

この狭い室内の大きなベッドにはほとんど下着姿の美少女たちが四人もいらっしゃる。

多分この世で1番天国に近いスペースがここだ。

お風呂上がりの女性がこれだけ並ぶと、いつも以上に空気も美味しい気がする。

そんな眼福を味わっていてフッと思った。

 

「ふむ」

「どうかしたのかい?」

「お前らって人と比べると持久力も反射速度も半端ないし、身体能力はかなりのもんだが、やっぱり筋肉の付きかたは一般的な女性そのものなんだな」

 

 

腕、肩、背中、お尻に太もも。特別変わったところは見当たらないが、見比べてみると軽巡である阿武隈や、駆逐艦娘としては大きい時雨のほうが骨格ができているようにも思う。

 

 

「それで、それがどうしたのよ」

「筋肉を鍛えることでさらなる身体能力の向上が見込める、そのことに確信がいった」

時雨、と手招いて隣に立たせると背中を向けさせ。

「ほら、筋トレを続けている時雨。腕も引き締まってるし、服の上からでも背中とかができてるのわからないか?」

 

女性の体は、筋トレをしても筋肉量の増加などしれているのだが、それでも筋肉によって引き締まった時雨の肩や背中は見てわかるものだ。

 

しかし阿武隈が喰い付いたのはソコではなかった。

「時雨ちゃんの腰細いー、お尻もキュッと上向いてます!」

「いや、あまりそういうところは」

背中越しに顔を出し照れる時雨が、手でお尻を隠す。

お前のお尻は俺の自慢でもある。柔らかそうな逸材なので自信いっぱいに見せつけてやるといいぜ。

 

 

「筋トレはいわゆるダイエットに対する特効薬でもあるから、引き締め引き上げは筋量アップの副次効果だな」

「そうだね、今の生活を始めてからスカートを詰め直すことになったし、その効果も実感はしているよ」

 

「羨ましいですー」

「阿武隈は今のままでも十分なスタイルだと思うけどな」

そう言って腰に手を添える。

「ひゃあ、普段のお触りは禁止です」

 

普段の? 二人きりならいいってことなのか……。なんてことを一人真剣に思い悩んでいたら、そっけない風に霞に言われた。

「訓練や柔軟の補助でしょうが」

 

頼むから、俺の心を読むスキルを上げるのはやめてくれ。

 

 

 

「時雨は今の時点でもう完成って言える状態だから、これ以上筋トレメニューは増やさなくていいぞ。あとは維持だけ」

 

二の腕を摘む時雨はちょっと不満そうだ、もう少しパワーが欲しいんだと言うが、性別的にこれ以上の筋量は望めないだろう。もしそれらを望むのなら、それは人生やら生活やらとトレードオフしなければならない。

骨格や体格が人間のそれと変わらないので、ないことだとは思うが、もしも艦娘に筋量の上限がなかったとしても、ムキムキの時雨は見たくないので、やっぱりこれ以上を望むのはやめておいてほしい。

 

 

「練度向上なら次は技術のほうだな」

「格闘訓練は阿武隈が相手をしてくれるし、突入訓練なんかもみんなのおかげでフォーメーションが組めるようになったから、楽しいよ」

 

本当に楽しそうに話す時雨。彼女だけでなく、北方で共に戦った子たちはみんな訓練に文句も言わず、いや、文句は言っていたが、それでも課せられたことは完遂していたので、基本的には訓練が大好きなんだな。

俺しか居なかった小島時代ではできなかったことだ、良きかな良きかな。

 

 

「じゃあワタシたちは、とりあえず時雨を目標にすればいいわけね?」

「体の話なら、時雨を目指すのは阿武隈だけね。皐月と霞は様子見ながらやってくよ」

 

それはなぜなのかと聞かれたので、人型の先輩である俺から説明しておこう。

 

「時雨は駆逐艦としては体格があるから問題ないが、お前らは小さいからな。骨格ができてない体に無茶な負荷をかけると故障する」

 

理に適った話なら、望む望まないに関わらず理解を飲み込む霞だ。その説明にもすぐに納得して「人体についてはアンタに任せるわ」と言った。

 

 

 

 

 

開脚をしている阿武隈をぼんやりと見ながら、またも心の声が漏れる。

「やっぱり阿武隈は駆逐艦よりちょっと大きいんだな」

 

「やっぱ見てるんじゃない!」

途端、霞が立ち上がり弾劾の様を見せるが、もちろんそんなつもりで言ったのではない。

自分を弁護させてもらえるのなら、「だって大きくないじゃん!」と言ってしまうところだ。

より心象を悪くさせること請け合いなので、当然口には出さないが。

 

「多分、提督は身長の話をしてるんだと思うけど」

自己弁護に励むまでもなく、マイ秘書艦時雨大天使がそう言ってくれた。

俺はお前を離さないぜ!

 

「うぅぅ、慣れるのかなぁ」

新たな艦隊、新たな環境。不安なのはわかる。わかるよ? しかし俺の手を取り望んだのはお前だ。

お前も逃がさないぜ!

 

 

 

ひとしきり柔軟が終わり、車座を組むようにして一息つく。気分は修学旅行の夜のようだ。

そして大きく違うのは、男が俺しか居ないこと。勝負をするまでもなく、すでに勝負に勝っていると言える。

俺の信条は「戦う前に勝負の趨勢(すうせい)は決まっている」だ。

 

真面目な話、これからは今まで以上にそれが重要になるだろう。

海に立って戦うのは彼女たちだ、俺の戦いは、彼女たちを戦場に送り込む前に万全な状態で終わらせておかなければならない。

 

 

 

「よし、せっかくだしトランプでもしようぜ」

「久しぶりだよね」

 

小島にいるときはたまに遊んだが、二人でやるトランプはなかなかに残念なものだった。それは小島のほろ苦い思い出として心に刻まれているが、楽しい思い出として上書きできたのなら、それは良いことだろう。

 

手にしているトランプはもちろん帝国海軍トランプ。

スートと一緒にそれぞれ軍艦のイラストが描かれている代物だ。これは小島に転属が決まったときに姉から餞別にと渡されたものだが、実のところ時雨はこのトランプが好きではない。

 

 

理由は購入して実際に遊んでもらったらわかるかもしれないが、時雨はこう見えて根に持つやつなのだ。

メーカーさんにはぜひ新型を販売するよう切にお願いしたい。

 

あと、ジョーカーが非常にジョーカーなこともあり、当事者を交えて遊ぶときには配慮が必要になるかもしれない絶妙すぎる艦セレクトになっていることを付け加えておく。

 

 

 

「8切りあり、革命あり、階段や縛り、クーデターはなしでジョーカー1枚だね」

「なんの話よ」

 

まるで暗号のようなことを言う時雨に向かって霞が突っ込む。

 

「最初に宣言しておかないと提督がズルするんだ」

「俺の地方にはあったんだよ」

 

 

トランプを配りながら、簡単にルールの説明をする。基本的に優秀揃いの艦娘なので、飲み込みが非常に早いことは学習済みだ。

 

配られたカードを確認しながら、さも自然を装った風に阿武隈が言った。

「なんか賭けます?」

 

 

絶対手札が良かったんだろ、お前。

とはいえ、トランプからすぐ賭け事を連想するあたり、とても軍人らしい発想だ。見た目が乙女な阿武隈に言われるとあまり諸手を上げてよく言った! とは言い難い。

が、どうだ。賭けを提案されたのならば、帝国軍人として、そして日本男子として乗らないわけにはいかない。すぐさま爽やかな声でこう返す。

 

「負けたら脱ぐってのは?」

 

「それだと2回負けたら終わっちゃうね」

 

 

自分的にはそれでまったく問題はないのだが、どうやら言外に却下されたらしい。

 

 

 

 

「ついに皐月がダウンしちゃったか」

ババ抜きや7並べなど、手を変え品を変えトランプを楽しんでいたが、気付けば皐月がウトウトと船を漕いでいる。

船が船を漕いでいると言いたかっただけだ。

どうでもいいが、四人全員から「提督とは2度と7並べをやらない」と宣言されたのが解せない。

 

いいか? 7並べとは本来、誰が最初に上がるのかを競うゲームではないのだ。

自分以外を全員負けさせたら勝ちという、非常に男らしく攻撃的なゲームなのだ。

なぜそれがわからん。

 

 

「明日も早いんだから、そろそろ切り上げて寝るわよ」

結局日付が変わる頃までトランプを楽しみ、それから夢の世界へと旅立った。

 

 

明日には新天地だ。

不安は期待で押し潰し、必ず最良の結果まで辿り着いてみせる。

 

こいつらの寝顔を見ながら、改めてそう決意した。

 

 

 

 




実は提督と一緒に入浴するシーンがあったのだけど、掲載用に書き直しボツに。

阿武隈の足の指の間まで一本一本丁寧に洗ってあげるという、禁断の入浴シーンだけで1話分くらいのボリュームあったからね、仕方ないね。


あ、帝国海軍トランプは実在します。
そして7並べの件は実体験です。


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!歳万國帝本日大 (寄り道軍隊知識)

前書きなんかに書いてた軍モノ豆知識を再編集してまとめて掲載。

よくわかる軍隊!




艦これで艦娘たちが呼ぶ「提督」、「司令官」、「司令」、「アナタ」について。

 

 

【提督】

艦これ主人公の代名詞である提督。

これは少将、中将、大将といった海軍将校を指す言葉で、役職でも肩書きでもなく総称。

 

つまり、大佐の提督なんてものはいない。

繰り返すが将官だけが提督だ。

 

そこに准将は含まれるのか?

日本に准将はなく、狭義の提督が「艦隊指揮を執る将校」を指す言葉であるため、個人的には微妙。

 

 

 

司令長官、司令官、司令は全て別の役職。

司令は司令官を略した言葉ではない。

警察でいうところの警視監、警視正、警視みたいなものです。警視監を警視呼ばわりするのは普通に失礼だと思います。

 

 

軍隊さんは役職や職務が階級と直結してることが多いので、セットで覚えたほうが簡単かも。

 

【司令長官】

艦隊や鎮守府のトップが司令長官。

これは大将か中将からと決められていたので、上に同じく大佐が艦隊司令長官になったり、少将が鎮守府の長に任命されるなんてことはない。

むしろ階級があったから司令長官になるというより、役職に就くから階級が大将や中将になるイメージかも。

 

鎮守府は4つあるが、舞鶴は軍縮の煽りを喰らって一時要港部に格下げされてる。要港部だとトップは司令長官ではなく司令官。

艦隊は聯合艦隊や第一艦隊、第一航空艦隊なんかが有名。

 

 

【司令官】

戦隊指揮官は司令官。

こちらは中将や少将。

二水戦の第二水雷戦隊や一航戦の第一航空戦隊が有名。一航戦と一航艦は別物。

鎮守府や警備府以外の基地の長はだいたいこのポジション。

要港部だった大湊は後に警備府に格上げされ、それに伴いトップが司令長官になっている。しかし鎮守府にするのは見送られた。

 

 

【司令】

駆逐隊などの隊指揮官が司令。

だいたい大佐。

旧海軍的に駆逐艦は軍艦ではなく、駆逐隊となって初めて軍艦と同じ扱いとなる。

軍艦の艦長は大佐だが、駆逐艦長は一つ下の役職なので少佐や中佐がなっていたりする。厳密には艦長と駆逐艦長は別の役職。

旧軍独特の駆逐艦の扱いが、後に子日スライディング土下座事件の発端となった。

 

 

【アナタ】

多分、僕のことだと思います。

 

 

 

少将と言えば、海上自衛隊で言う海将補クラス。

はっきり言うと雲の上にある、その存在自体がフィクションみたいな存在だ。

年齢は50歳代で定年は60歳。会社で言うところの専務や常務。

 

海将補になれたらガッツリキャリア。と、昨年までは思ってた。

驚くことに最終学歴高卒でここまで上り詰めた主人公みたいな人がいる。

超有能であるのは間違いないが、海自の組織にエールを送りたい出来事だった。

 

つまり、本来提督と呼ばれる方々はこの年齢となるわけだ。

 

 

 

 

「艦隊」、「戦隊」、「駆逐隊」?

駆逐艦が集まって駆逐隊。これで軍艦1隻と並ぶ扱い。

駆逐隊は通常4隻で構成され、第1小隊と第2小隊に分かれている。

その軍艦(駆逐隊)が集まると戦隊となり、戦隊が集まって艦隊となる。

 

例えると、おっぱいで有名な浜風さんは第1艦隊第1水雷戦隊第17駆逐隊第2小隊の浜風なわけ。

ちなみに当時の彼女の名前は濱風。

おっぱいばかりが話題になっている気もするが、私はその足も評価したいと思う。

 

 

 

 

艦娘が所属する基地は全て鎮守府?

 

 

海軍基地にはその役割や規模によって格の違いがある。

特に有名なのが鎮守府と呼ばれる施設。

 

【鎮守府】

横須賀、呉、佐世保、舞鶴にある主要な海軍基地。

軍艦は基本的に上のどこかの鎮守府に所属している。

青森の大湊も鎮守府への格上げを検討されていたが、結局実現はせず警備府どまりとなった。

 

海上自衛隊に5つある地方隊は、それぞれ上に挙げた4つの鎮守府と大湊警備府に基地を置いている。もちろん鎮守府と言う名前は消失してるけど。

現在海自の五大基地とも言える、主要基地に含まれる大湊でさえ鎮守府になれなかったことを思うと、その他の基地が鎮守府になることなどあり得ないと分かるはず。

 

 

また、上でも書いたが、海軍軍縮条約に縛られていた、いわゆる「海軍休日」の間は舞鶴も鎮守府から要港部に格下げされていた。

舞鶴と言えば、初代の司令長官が東郷平八郎だったりする由緒正しき基地だったにも関わらず、だ。

 

 

他、しっかりとした設備が整えられた基地。軍艦停泊地として活用された泊地などがある。

 

 

それらを踏まえると、「辺境にある鎮守府」や「小さな鎮守府」がギャグになる。

別に鎮守府の名前に縛られる必要はないと思うので、作中で使うなら素直に基地や泊地呼びでいいような気がする。

 

それは、電話機能しかない簡素な携帯電話をスマートフォンと呼ぶようなものだ。

無理してそれをスマホと書いてみせる必要はないだろう。

 

 

例えるなら神社かな?

今は時代のこともあり、君が庭に勝手に作った社を「神宮」と称するのも勝手だが、もともとは社格ってのが決まってた。

社格には「神宮」や「大社」なんてのがあるが、この「神宮」って伊勢のあれしかないの。

本編の「旅をしない…」でちょっと書いたけど、「神宮」と言えば伊勢を指すってのはこれが理由。そもそも一つしかないから、呼び分ける必要なんてない。そんな感じ。

 

 

鎮守府は神宮みたいなもの。

減ることはあっても、勝手に増えたり移動したりはしない。

 

アレはそもそもが別物なのだ。

 

 

ついでに陸自の「駐屯地」に触れると、彼らはその場所に駐屯しているだけで、本来の現場は前線だ。

進出した先に基地を作るので、平時に留まっているところが駐屯地となっている。

 

 

 

【憲兵】

艦これに限らず、軍モノの話には結構出てくる憲兵さん。

彼らは陸軍。外地にはあまりいない。

 

 




艦これ的に、主人公を提督と呼ぶのは避けられないと思うが、着任している場所の名称が鎮守府である必要はあまりないと思う。

本家のゲームでもサーバー名がそうなっているので、一度確認してみるといいかも。


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第3章 リンガ泊地
艦これ、始まります。


お気に入りの艦これ小説、「提督(笑)、頑張ります。」。
最近更新こなくて寂しい。

彼は知識が凄いよね。過去の大戦と艦これ世界をとても素敵に繋げて書いてる。センスも頭ひとつ抜けてるしホント凄い。


も一つオススメなのが「ラストダンスは終わらない」。
妖精さんが熱い! 彼は繰り返しの天才。
文法運びの巧みさは見習いたいところ、読んでて熱くなるよね。



「ようやくの到着だな」

辛そうに腰を押さえた提督が、サンサンと降りしきる太陽光線に目を細めて言った。

 

新たな赴任先となった、ここリンガ泊地はシンガポールの南に位置する南西海域の重要拠点で、トラック泊地と並ぶ海軍の要所の1つだ。

 

 

「ほら、アンタはさっさと着任の挨拶してきなさいな」

「いやぁ、緊張するっていうか、会いに行くの怖いなぁ」

「はぁ? アンタねえ。ワタシたちをここまで引っ張ってきて今更なにが怖いって言うのよ」

 

軍令部より仰せつかった命令はここリンガ泊地への赴任だった。

またどこかの僻地にでも飛ばされるのかと思ったが、予想を大きく外して任されることになったのは海軍の一大拠点。しかも、なんの冗談か基地司令官としての着任。

本当の意味で、ここが今日から自分の基地となるのだ。

 

 

ようやっと艦隊と呼べるものにはなったが、軽巡と駆逐艦しかいないウチに任せるには足らないということでリンガに配属されていた戦艦が一人、そのまま仲間に加わることになっていた。

 

「だって戦艦だよ? 戦艦を指揮下に置くって言っても、下手すりゃ俺より階級上なわけじゃん」

「下手しなくても提督より階級は上だと思いますけどー」

ひょんなことから指揮下に入っている一水戦旗艦の阿武隈が呆れた風に言い、それに霞が追従する。

「ったくいつまで少佐なんてやってんのよこのクズ! ワタシの司令官なんだからさっさと少将くらいにはなってよね」

「木村少将と一緒にすんな。俺をいくつだと思ってんだよ。すでに現段階で異常な階級に座ってるんだ」

 

言葉通りの意味で、三階級特進など死んでも起こり得ない。

数年前まで学校出たての少尉だったのだから少佐となっている今の階級のほうがおかしいのだ。

 

艦隊指揮官であり、基地司令官となる自分のために中将が反則技で無理矢理帳尻を合わせた奇跡の産物ではあるが、霞の言うとおり本来ならあと3つほど階級が足らない。

なにせこちとら無理を通してもらってもまだ少佐なのだ。真っ当な軍人をやっていたなら駆逐艦長にも抜擢されない階級である。

 

 

「しかし戦艦さまを指揮するだなんてなあ」

「いつまで言ってんのよ、アンタそもそも初陣で伊勢の指揮執ってたでしょ!」

「伊勢は部下っていうより戦友だし」

 

確かに佐世保で伊勢と共に戦ったが、あれはイレギュラー中のイレギュラーと言えるだろう。そもそも指揮したのかどうかと問われれば非常に判断に困る。

 

「南方では比叡さんを指揮しなかったっけ?」

続けてツッコミを入れるのは時雨だ。小島での最後にして唯一の作戦となった棲姫攻略時には援軍として比叡を旗艦とした艦隊が駆けつけてくれたが、それだって比叡艦隊に時雨が編入しただけのようなものだったと思う。

「どっちも状況としては微妙なんだよなぁ」

 

 

「まぁ確かに少佐で基地司令官だなんて異例も異例だけど、ここに提督を呼んでくれたのも……」

 

そうなのだ。およそ軍隊では他に例をみない特殊過ぎる自分の立ち位置で、今後どう軍内を渡り歩くのか頭を悩ませていたところだった。

そこへ、リンガ所属の艦隊旗艦であった戦艦が興味を持ち、行く宛がないのならと自分に呼びかけたのだ。そして、処遇を決めかねていたであろう軍令部が渡りに船とばかりにリンガ泊地の基地司令官として着任するよう辞令を出した。

ほぼ確実に中将の思惑が絡んでいると確信を持って言える。

 

 

もちろん、艦隊旗艦であるとはいえ艦娘が人事を決められるハズもないのだが、今回ばかりは事情が違った。

ここリンガを根城にするのは歴戦の武勲艦。艦娘運用の創設期から第一線で活躍し続ける、現役の艦娘最古参の古兵。ある意味で、全ての艦娘の母とも呼べる大戦艦なのだ。

俺が気後れするのも仕方がないと、自分では思う。

 

「じゃあ行こうか」

秘書艦の時雨がそう言ってグチグチ垂れている提督を促す。

 

「先に六駆のみんなが着いているハズなので、呼びに行ってきますね」

「私たちは食堂にでもいるから、後で来なさいよ」

阿武隈も霞もこれ以上付き合ってくれる気はないらしく、早々に別行動となってしまった。

 

 

 

さすがに今までの任務地であった小島や単冠湾泊地とは違い、基地の建物もしっかりとしたものだ。

しかし暑い……。生憎と、雪と流氷に囲まれた世界から来て、わーい、今度は暖かいぞ! と楽しめるほどの適応性を人間は持ってねぇんだよ。

よく見ると汗をかいている。くらいの違いしかわからないが、時雨たち艦娘はどうなんだろ。

 

重厚感のある扉をノックする。ほどなく中から返答の声が聞こえた。

「ドウゾー」

 

 

鎮守府と遜色のない。は言い過ぎだが、扉に似合った調度品で仕立てられた執務室。

 

 

「僕は秘書艦の時雨。基地に慣れるまで迷惑をかけると思うけど、色々と教えてくれると嬉しいな」

 

当たり障りのない俺の挨拶に続き、時雨も着任の挨拶を行う。

そして、そんな二人に微笑みかけ、執務室の中で待ち構えていたその戦艦はこう名乗るのだった。

 

 

「ワタシは金剛型戦艦1番艦の金剛デース!」

 

 

そう、提督要らずと呼ばれる帝国海軍の生き字引。戦艦金剛が笑顔で迎え入れた。

 

 

 

 

「お、お前!」

「Ohー覚えていてくれたみたいで嬉しいデース」

 

「提督、上官になるとはいえ初対面でソレは良くないんじゃ」

時雨が心配そうに小声で忠告してくれたが、こちとらそれどころじゃなかった。

 

「か、艦娘だったのか?」

「あのときはついつい名乗るタイミングを逃してしまったネー」

 

佐世保を生き延びた後、横須賀で査問会が行われている間に通った喫茶店で度々一緒にお茶を楽しんだ娘がそこにいた。

 

「提督と呼ばれてるんですカー」

「期待と皮肉が込められたあだ名だ」

「いいですねー。それではワタシも提督と呼ぶことにしまショーカ」

やけに手慣れた風に、金剛はウインクを決めてそう言った。

できれば提督呼びをこれ以上広めたくはないのだが、もう手遅れな気もする。

 

 

「アナタのことはあらかた調べましたし、比叡からも信頼できる人だと聞いています。期待してますよー」

 

 

さて、1から作り上げる俺の艦隊。

リンガでの生活はどうなることか。




ようやくほんへ


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〜艦娘たちの日常〜/ 白露部屋にて

ようやく本編のほうが「〜」から始まるシリーズに追いついて来ました。



「しっかし白露とこは大きくてズルいなー。優遇され過ぎなんじゃないの?」

 

白露の部屋に遊びに来ていた敷波がぼやく。

確かに白露たちの部屋は他の駆逐艦娘の部屋の数倍はある。

幹部クラスの専用居住棟、その二階に用意された部屋を姉妹の上六人と下四人で2部屋確保しているのだ。

 

 

「10人姉妹で2部屋なんだから、それなりの大きさは必要でしょ」

煎餅を頬張りながら言うのは白露だ。

 

「それにしたってキッチンやロフトまで付いてるってちょっとさー、戦艦クラスの部屋でもここまで充実してないでしょ。見たことないけど」

 

戦艦や空母などの大型艦は個室が用意されており、ゆとりのある居住スペースであることも多く、相部屋が当たり前の駆逐艦たちにとっては羨望の的になっている。

それと比べても、白露姉妹の部屋はちょっとしたマンションのようだった。

2LDKの部屋には大きなベッドが2つ置かれ、それとは別にロフトにもう1つ。簡単なキッチンとトイレに、それなりの広さがあるリビング。今はそのリビングにてダベっているところだ。隣の妹部屋も同じ作りになっているが、そちらのロフトは姉妹共通の収納スペースになっている。

 

 

「人数多いからっていうのもあるけど、これは時雨姉さんの秘書艦特権の変形なんですよー」

テーブルにお茶を並べながら村雨が言う。

 

ここ、リンガの基地では役職者に対して様々な特権があり、秘書艦ともなれば権利も絶大。そのうちの1つに私室を持てるというものがある。

しかし、策定はしたものの、提督も時雨もほとんどの時間を本棟内で過ごすため、執務室の階に空き部屋を利用した寝るだけの部屋を持っているだけで、特権としての私室や私邸を用意したりはしていない。

その権利の変形として、姉妹で過ごすための特別な部屋を与えられているのが現状だ。

 

秘書艦姉妹の部屋が特別待遇なのは事実だが、それでもリンガにある駆逐艦寮は、他の鎮守府や基地の物と比べると立派なもので、やはりかなりの高待遇だ。

 

これは一重に提督の考えからで、泊地拡張の際に艦娘の私的スペースに対し優先的に予算が回された結果でもある。

霞の反対を押し切って、提督が私財から資金援助を行ったとも噂されるが、真相は闇の中。

 

そうしてできた新しい寮は、部屋も広さに余裕があり、寝るだけにしか使えないという駆逐艦寮が多い中、二人部屋で八畳程度。役職に就いている者には個室が与えられるなど、艦娘の人権に配慮された住まいが用意されている。

 

 

「しかし仲良いよね、一緒に寝てるんでしょ?」

 

ベッドは3つあるが、普段は三人ずつ2つのベッドを使用している。ロフトのベッドは秘書艦や警護艦として帰宅が遅くなりがちな時雨と夕立が、姉妹に配慮するときに使うものだ。寮の生活スタイルと比べると独特の姉妹生活を送っているのは事実だろう。

 

 

「時雨が提督スタイルに染まってるからかな、部屋を広く使えるから一緒に寝ること自体に文句はないんだけど」

姉妹の仲が特に良く、艦隊でも珍しく姉妹全員が揃っている大所帯であることも関係しているが、決定打となったのは小島の貧乏生活を経験し、個々人の寝具を用意しない生活を時雨が受け入れているからこそのスタイルだと思われる。

 

ちなみに六駆の四人は八畳間の部屋に布団を並べて生活している。遠征、護衛に飛び回る六駆の稼ぎと格付けなら、もっと広い部屋を使用することもできるが、このくらいが丁度良いのだと姉妹全員から固辞されたらしい。

 

「ま、部屋を広くしたけりゃ働けばいい話なんだけどさ」

 

ここリンガでは、貢献具合によって誰でも生活環境の向上を享受することができる。

白露たちも、ただ秘書艦である時雨に負んぶに抱っこではなく、少しでも時雨の力になろうと事務や護衛を精力的にこなしているのだ。

 

 

「敷波さんは綾波さんと同室ですよね? 駆逐艦寮ですか?」

「綾波は部屋の大きさにこだわりないんだ、だから普通の駆逐部屋。まあ綾波はなかなか帰ってこないから一人部屋みたいなもんなんだけどね」

警護艦である綾波も、希望すればこの専用居住棟に部屋を持てるのだが、住まいに頓着がないようだ。

 

 

「綾波を差し置いて私が部屋を申請するのもちょっと違うしね」

「敷波も暇してるなら私と一緒に事務仕事やればいいじゃん」

「やっぱ地道にやるしかないかー」

 

新しい煎餅の袋を開けようとして、踏ん張っている白露がそう言って仕事に誘う。

中々開けることができない姉を見かねた村雨がハサミを持ってきたついでに、資格についての話を振る。

 

「専用居住棟の権利なら司令艦認定を受ければすぐにもらえますよ?」

 

「だめだめ、一度チャレンジしたけど実技も筆記も不合格だったもん。あれなら陸戦教程で上を目指す方がまだ現実的。白露はそこんとこどうなのさ?」

「実技は合格したんだけどねー、問題は筆記のほう。地理ならなんとかなりそうだけど、人間社会の常識や歴史に至ってはちんぷんかんぷんだよ」

 

「はは、司令艦には幅広い知識をって言っても限度がありますよね」

「でもそう言う村雨は持ってるじゃん。凄いよね、やっぱ勉強とか大変だった?」

 

「由良さんが教えてくれましたし、まあなんとか。でも戦隊クラスまでですよ?」

「十分だよ、司令艦認定の甲種って霞しか持ってないんでしょ? あんなの雲の上過ぎて実感わかないもん」

 

艦隊司令艦認定証。通称甲種認定を持っているのは霞のみで、金剛や阿武隈も持っていない。

乙種と言われる戦隊までを指揮できる司令艦認定でさえ狭き門で、駆逐艦では霞のほか村雨と長波の三人だけしか持っておらず、そのため認定試験に合格すればそれだけで幹部昇格は確定と言われる難関資格なのだ。

 

 

「白露は経理で働いてるんだっけ?」

「そだよ、村雨と一緒」

「募集してたりしない?」

「大募集中ですよ! 敷波さん働いてくれるんですか? 採用です、すぐに管理部に行きましょう」

「む、村雨、ちょっと落ち着いて。そっか村雨が担当だっけ」

 

管理部経理課長、それが村雨の肩書きだ。

 

「そうです、管理部はいいですよ〜食いっぱぐれることもないし、権限も強いですから! おすすめです」

艦隊にある管理部、調達部、警備部に上下関係はないが、管理部長を霞が兼任していることもあり、なにかと融通が利きやすい。なんて話があったりなかったり。

 

霞の性格を知っていれば、その可能性は皆無だとわかるだろうが、採用してしまえばこっちのものだ。勧誘とは綺麗事では務まらないのである。

 

 

「はぁ、白露とこはみんな管理部なんだっけ?」

「うんにゃ、春雨が調達部で五月雨は警備部だね」

敷波の問いに、お茶のお代わりを所望する白露が答える。

 

「なに? 白露型で艦隊乗っ取りでも考えてるの?」

「そうそう。いずれは私が大提督に〜、問題はウチの次女に気付かれずにことを成せるかってところかな」

「あ、そりゃ無理だ。白露が提督になったら部屋広くしてもらおうと思ったのになー」

 

 

その後、シンガポールにある美味しいスイーツの店や化粧品、訓練の愚痴など話題をころころ変えながらも話は続いていった。

 

 

こうして艦娘たちの非番は終わる。




幹部組
艦隊の中枢を担う艦娘。役職組とも。
能力があれば誰でも昇進できる。
幹部の中でも、特に初期から所属している艦娘はコアメンバーとも呼ばれ、提督の腹心とも言える存在。
幹部になるためには陸戦教程を好成績で納めるか、海上での要人、輸送護衛を極めた護衛エキスパートになる。もしくは司令艦認定を受け合格すると言った登竜門がある。


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〜追憶、あの日〜

少しずつ……


── これで、俺と君とは共犯者だ

 

 

 

遠くの方で、世界の壊れる音がする。

きっと壊れていくのは、僕の世界だ。

 

 

「……なぜ、指揮も執らずに逃げ出したのですか? なぜ、彼女たちを見捨てたのですか?」

 

 

声が聞こえる。

耳に届くのは、僕の手を取ってくれた大切な人の声だ。

なにをそんなに怒っているのだろう。

 

その言葉遣いは丁寧だったが、声色には確かな怒りが滲んでいる。

 

 

「※※※※※※※※! ※※※※※※※※※※※※※※」

怒鳴るような声がするが、僕にはその声が聞こえない。

 

 

 

「アナタは指揮官失格だ」

 

 

失意を越した、そんな冷たい声が思い出される。

彼の目が、まるで路傍の石を見るかのように、なんの感慨をも持たない色をしていたことを覚えている。

 

 

 

僕は怒っている?

それとも、彼と同じく失望しているのだろうか。

 

この感情は、提督から流れ込んだものなのか、それとも、捨てられた僕の感情だったのか。もうわからない。

 

 

 

僕の手には砲が握られている。

 

 

 

ああ、これは夢だ。

僕は、あのときの夢を視ているのだ。

 

「※※※※※※※?」

 

 

遠くで世界の壊れる音が鳴っている。

それと同じ音が、僕の中から放たれた。

 

 

『佐世保の時雨も看板かな』

 

 

それは僕の声だった。

世界を壊す音が消えたとき、僕の前にはもう誰も立ってはいなかった。

 

 

僕は、取り返しのつかないことをしたのだと。

僕が、取り返しのつかないことをしたのだと気が付いた。

 

 

 

体が軋むように痛い。

でも嫌な気分ではなかった。

 

知っているのだ。

体が折れてしまいそうなほど、キツく、キツく。

 

僕が消えてしまわないようにと、提督が僕を抱き締めてくれている。

提督が僕を繋ぎ止めていてくれた。

 

 

そして彼は僕に言うんだ……。

 

 

 

「時雨、朝だよ!」

 

 

その声で一気に覚醒し、現実の世界に引き戻される。

目に映るのは、今はもう見慣れた天井。

ここは僕の部屋だ。

 

「時雨? 寝ぼけてる?」

 

声を掛けてくれたのは、階段から頭だけを覗かせた白露だった。

こんな夢のことで彼女に心配をかけるわけにはいかない。

 

眠ると悪夢にうなされてしまい、一人で眠ることができなくなってしまった提督のことを思い出す。

僕も、同じ病に侵されているのかもしれない。

 

 

「大丈夫だよ、おはよう白露。良い朝だね」

 

いつもと同じ調子で、ようやく彼女へ挨拶ができた。

 

しかしそれを聞いた白露は少し眉をひそめ、それから僕の眠るロフトに上がり込んで……。

 

 

僕を抱いた。

 

 

それは、先ほど思い出していた記憶にある抱き方ではなく、優しく、包み込むようなものだった。

 

 

「白露?」

 

 

彼女はなにも言わずに、しばらくそうやって僕を抱いていてくれた。

 

 

「私は時雨のお姉ちゃんだからね」

「ふふ、知っているよ」

 

「こんなところで一人で寝ているから嫌な夢を視るんだよ」

「昨夜は遅かったからね、起こしてしまっては悪いと思ったんだ」

 

 

それから白露は僕から離れ、時雨は馬鹿だなと言った。

 

「白露はお姉ちゃんなんだよ。そんなこと気にしないでいいのに」

 

 

(かじか)んでいた心が温かさを取り戻し、また脈動を始めたような気がした。

 

 

 

早く降りておいで、みんなで朝ごはんを食べよう。そう言ってハシゴを降りて行く白露が付け加えるように言った。

 

「今日は早く帰っておいで、時雨が無事に帰ってきてくれたお祝いをするんだから」

 

 

そうか、そうだった。

今日は僕が秘書艦になった日。

僕が、彼と共犯になった日。

 

 

「うん。ありがとう」

 




艦隊三役

提督、秘書艦、艦隊司令艦からなる艦隊の頂点に位置する役職。
それぞれが艦隊内の全てを決定する権力を有し、三役に決裁権の上下はない。互いに相手の決裁した案件を差し戻す権利が認められており、基本的には三者合意によってのみ意思決定がなされる。

提督、秘書艦の役職は固定となっているため、一般の艦娘がなることのできる最上位の役職は艦隊司令艦となるが、艦隊創設時より一貫して霞がその役にあり、事実上三役とも完全固定であると言える。

あくまで提督が定めたものであるため、これらは艦隊内だけの独自ルールだ。


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艦これ、始まります。2

「殿! ここはもう保ちませぬ。お逃げください!」


炎、炎。
辺り一面火の海だ。
苛烈な人生を送ってきたと思う。ならばこそ、その幕引きは潔く。

「もはや手遅れよ」

金柑頭め、と言ってみたところで状況は変わるまい。
人間五十年、下天のうちを比ぶれば、か。
後悔はあるのだろう。しかし、おかしな話だが、長らく曇っていたものが晴れたかのような、そんな気持ちも確かにあった。

「やりおるわ、光秀」
満足感にも似た気持ちを抱え、そう呟く。
そうして俺は、この戦乱の世での生を終えた。


「俺が……提督とな?」


別で書いている信長戦記。
そのうち投稿するかもしれない。

この話と繋がっているかは謎。

https://syosetu.org/novel/214004/
投稿したった。



部屋には時雨、金剛、霞、皐月、阿武隈に第六駆逐隊の面々が集まっている。

自分を入れて10名がここリンガ泊地の全戦力だ。

 

 

もともと所属していた艦娘や軍人さんは近隣の基地に割り振られており、本当に1から泊地運営を行わなくてはならない。

 

あくまで新人だからね。

リンガが果たしていた基地機能を周囲に分担させてリスクを軽減させているわけだ。

俺の目的としては、まずそれらをもう一度リンガに集中させること。

イニシアチブを握るにもコツがある。

とはいえ、実現させるにも人数がまったく足りていないので、気付けば徐々に力を持っている。くらいが望ましい。

 

 

そんな第1回目の顔合わせ&泊地会議の開催だ。

全員が席に着き、早速金剛が口火を切った。

 

「まずは戦力の拡大ですねー、テートクの方針を聞かせてもらいたいデース」

「さっそく失望されるかもだが、ざっくり言うと戦力の増強はしない」

「ホワーイ? 現状の戦力で南西海域を維持するつもりデスカ?」

「いや、艦娘の数はある程度増やす予定でいるんだが」

 

艦娘の数は増やすが戦力の増強はしないと、矛盾するようなことを言う提督に霞が言う。

「解りづらいわよ、どういう意味?」

 

 

「ここに居る艦娘はほぼ訳あり。そして俺も海軍からすると邪魔者だったりする」

 

ひどく立ち位置の微妙な新米少佐なのだ。

佐世保壊滅から生き残ってきたかと思えば、なし崩し的に艦娘を指揮して次々戦果を上げてくる。しかもその存在はメディアを通じて広く国民に知れ渡る結果となってしまい。戦果を鑑みても有り得ない速度で昇進を繰り返した謎の存在。

 

俺が上層部の人間なら、まず間違いなく敬遠したいタイプだ。

臭い物には蓋のつもりなのか、内地から目の届きにくいこんなところに基地司令官として送り込むなど失策も失策。

見たくないものこそ手元に置かねばならない。

阿武隈たちを取り上げて、横須賀あたりの警備隊に組み込んで飼い殺しにするのが最も正しい選択だったと我ながら思う。

 

 

「すでにこれ以上ないってほど目立った存在である俺たちが、あからさまに動くとどうも良くない」

 

目立つというのも悪目立ちなんだよな。

おかしな経歴の俺司令官。所属しているのも時雨、霞、皐月は揃って佐世保生還組。呉が処分したがった艦娘で上げた戦果だ。さぞ面白くないだろう。

腰を落ち着けることなく転々としていた阿武隈たちも、俺が約束を違えない限りはここに落ち着くだろうし、ここで新たに仲間に加わったのが武勲輝く大戦艦の金剛ときたもんだ。

それらを踏まえた上での最初の目標。それは……。

 

「しばらくの間は大型艦などの目立つ艦娘を迎え入れたりせず、誰にも気取られることなく静かに戦力を整える」

まぁ、くれと言ったところでホイホイよこしてもらえるほど大型艦に余裕があるわけでもないんだけどね。

 

 

「しかし実際問題、制空権のない海戦は現実的ではアリマセン」

「当座は基地航空隊の増強にリソースを割り振るつもりではいるんだが」

 

空母を配置しないなら制空は航空隊に任せるしかない。それについて、先に聞いておかなければならないことがあった。

 

「正直なとこお前らどうなの? 制空権取られたらまともに戦えないってホント? 前にチラッと聞いたところでは、避けるのは無理じゃないけど、避けながら戦うのはちょっと難しいかなーくらいのもんだったんだけど」

 

 

実際の海戦経験が圧倒的に不足しており、軍学校で習った知識だけが全てだったが、そのわずかな経験だけでも知識とのギャップが少なからずあったように思う。一朝一夕で歴戦の司令官になれるわけではないので、ここは素直に現場の話を聞いてズレを埋めておきたい。

 

実は制空権なんてなくとも、という淡い期待はしかし霞の一言で切り捨てられた。

「それ、伊勢から聞いたでしょ? あんなのと一緒にされると迷惑だわ」

 

「避けながら戦うというより、沈まないようにするので精一杯なんじゃないですか……、何度もそれで帰ってこられたら奇跡みたいなものですー」

阿武隈も同意見のようで、そう付け加えた。

 

 

「やっぱり必要にはなってくるか」

そんなうまい話があるわけないよね、知ってた。

ただ、その後に何気なく霞が付け足した言葉が胸を打った。

「ま、アンタが望むならやれるだけやってやるわよ。現に伊勢なんかは避けながら戦闘も救助もこなすわけだし」

俺も、やれるだけやってやろう。

 

 

「それも含めてだが、駆逐艦や軽巡を何名か引き入れ、訓練などは独自のものを行い練度を上げていくつもりだ」

 

それを聞き、納得した顔で霞が続ける。

「陸上訓練ってわけね」

「陸上で訓練するんデスか?」

疑問を口にした金剛に答えるのは阿武隈。

「効果は実感しましたよ、艦隊戦にも十分活かせます」

 

佐世保で主砲を抱えて走る伊勢の姿を思い出しながら言う。

「そういや、伊勢もあれで陸上でもかなり動けるほうだと言ってたしな」

「アンタ失礼よ」

「ともあれ、体の使い方を訓練すれば空襲を回避するにも役立つかもしれん」

 

 

提督の目的を響が問う。

「その訓練法。いや艦娘の新しい運用法と言ってもいいね。それを海軍に秘匿してまで何を目指すんだい?」

「機を見て公開はするさ。だが新しい概念ってのはそうやすやすと受け入れられるもんじゃない。不穏分子扱いされるのはもう暫く避けたいところだ」

少なくとも戦力を整え、体制に対抗できるようになるまでは。

 

 

「目的があるんですネ」

「艦娘にとってのより良い未来。ってやつかな」

「なんか、口に出すと碌なものじゃないわね」

霞が嘆息を吐きつつも、穏やかな表情で言った。

 

「より良い未来、と言うのハ?」

「言葉通りの意味だが。それこそ艦娘の運用法から変える。具体的には給与や休暇、当たり前に与えられるべき権利だな。艦娘は戦うことが存在意義かもしれないが、艦船じゃあない。人の形で存在するならそれなりの生き方をさせるべきだし、お前らもそうするべきだ」

「人らしく、デスか」

「いいや、その意識も変えさせる。人の真似事なんかじゃなく、艦娘は艦娘らしくあれ。それが俺の艦隊のモットーになる」

 

 

 

「やっかいなところに敵を作りそうだね。謀殺されないように注意したほうがいい」

 

あっけらかんと物騒なことを言うのは響だ。しかしその表情は身内の困ったさんに向けるもののようで、一定の信頼感は持っていてくれているらしい。

でも護ってはくれないようなので、早々に自身の警護を盤石のものにしたほうがいいかもしれない。

 

「と、言うと、この艦隊の行動指針は……」

「深海棲艦相手に領海の確保は当たり前、強固なシーレーンを構築しつつ豊かな生活を提供し、世論を味方につけた“強力な艦隊”をもって戦うべきは社会情勢ってやつかな」

 

つまり、社会の安定と豊かな生活を武器に軍隊、ひいては人間社会に艦娘の生活環境をぶち込もうと言うのだ。

 

「二兎も三兎も追っていきますねー」

「そうさ、二兎を追う者は一兎をも得ずとは言うが、二兎を手に入れるのは追った奴だけだからね」

 

 

 

そこまで話してから、時雨が静かに口を開く。

「つまり、そのための陸上訓練というのが本当の目的になるね。訓練の成果は……もちろん、発揮されないほうがいい」

 

 

急に室温が下がったような、そんな空気を感じた。

その不穏な発言に金剛が口を開く。

「提督は、海軍に弓を弾く腹積もりデスか?」

 

提督の両脇を固める時雨と霞がわずかに強張ったようだ。

事と次第によってはとても笑っていられる状況ではない。が、提督にとっては良い踏み絵になったと感じた。

時雨がそうするだろうというのはわかっていたが、いざ自分が危機的状況に陥った場合、たとえ相手が戦艦でも霞は身を挺して自分のための盾になるのが確かめられたからだ。

それは同時に、霞にとって守る価値のある俺でなければならないのだと、決意を改めるのに十分な理由でもある。

 

さて、だからといってこのまま金剛に制圧されるわけにもいかない。

艦娘のためだと志を説いたところで、彼女たちが我が身かわいさにホイホイ海軍と敵対するビジョンなど持てないからな。

 

まずは落ち着くよう手で制し、張り詰めた室内の空気を感じさせない穏やかな口調を心がけ、ソレが目的ではないことを説明する。

「海軍相手にどうこうしようと思ってはいないさ。ただ……艦娘の生存権を脅かすのが人間であった場合、人間が滅んだほうが摂理としては正しいだろう」

 

腰を浮かせかけていた金剛は、まだ警戒を解いてまではいないようだが、一応話を聞く体勢に入ったようだ。聞く耳を持たないタイプじゃなくて助かる。だから話してるんだけど。

 

 

奥歯に物を挟んだような言葉の投げ合いではあるが、言いたいことはとても簡単で、そして明確なものだ。

つまり、所詮この世は弱肉強食なのだ。

幕末のどこかの人斬りもそう言ってたし、俺もそう思う。

食物連鎖の生存競争は、倫理とかなんとかを笑いながら、今も変わらず回っているのだ。

霊長の王たる人類が生態系のピラミッドの頂点に座って以降、自然の理ってやつは頭でっかちで歪な形に狂ってしまっている。

このまま永遠の繁栄を築くと思われたその種の上に、突如として現れた新たな種。それが艦娘であり、そして深海棲艦だ。

 

過去、恐ろしい敵であった数多の肉食獣を、人類は槍や弓という文明の力で下してきた。しかし艦娘は、決して槍でも弓でもない。

そう、手を取り合うべき人類の友人なのだ。

そんな大切な存在を、明らかに人類より格上の種族である艦娘を、人の身勝手で隷属させようなどと考えるのであれば、それは正すべきだと思う。艦娘は、物言わぬ兵器ではない。

 

 

「提督は人がお嫌いデスか?」

「身勝手な奴は大体嫌いだ」

 

それを聞いた金剛は溜息ともとれる息を吐いた。

「問題発言とも言える話デス。なぜそれを聞かせたのですカ?」

「金剛の意思を確認するためだ。時雨はもちろんだが、阿武隈たちにも簡単に説明して概ね了解はもらってる、ハズだ」

 

「そこは断言してくれていいですよー」

自信なさげな一言を付け足した提督に、一触即発の空気を醸し出していた室内で完全スルーを決め込んでいた阿武隈が一応の同意をよこした。

提督の考えを信奉しているというよりは、六駆にとっての好環境を確保することが最優先で付き従っている阿武隈ではあるが、艦娘の権利向上は望むべきものだ。

両者が相反する事態に陥らない限りは信頼できる。むしろ阿武隈のように行動原理が明確なほうが理解しやすいとも思う。

 

 

「なら戦いは主に政治の舞台ってことになりマスか。だからと言って戦闘指揮の方も疎かにしないでくださいネー」

 

なんとなくだが、最初の危機は乗り切った気がする。両脇で最悪の事態ってやつに備えていた二人からも力が抜けたのが見てわかった。

 

 

「そこは思いっきり疎かになるだろうから、もう諦めておいたほうがいいですよー」

「What?」

 

阿武隈からの、すでに割り切っているのかいっそ清々しいまでの野次とも思える発言に疑問を持った金剛だったが、それには霞が同意して言葉を継いだ。

 

「ウチの司令官さまは、佐世保のときも北方海域攻略も指揮は丸投げだったからね」

「サセボ陥落時の艦隊指揮はテートクが執ったと聞いていますガ」

「“戦場での指揮はお前に任せた”って言うのが艦隊指揮にあたるんならそうなんじゃないの?」

 

「うまくいっただろ? 適材適所ってことでひとつ」

「じゃあ誰が指揮を執るデスかー?」

「今後のお前らを見て決めていくつもりだが、とりあえず霞は決まり」

 

イレギュラー中のイレギュラーだった佐世保。艦隊にお邪魔させてもらう立場だった北方。

それらと違い、新たに司令官として着任したリンガでも指揮を任されるとは思っておらず、つい大きな声をぶつける霞。

「はぁ? アンタまだワタシに指揮をさせるつもりなの?」

「霞にはその能力がある。能力のある者はより多くの義務を果たすべきだ。つまり……」

 

 

そこまで言うと金剛が言を引き継いだ。

「権利を得るためには義務と責任を享受しなければならない。しかし、代わりにカスミは大きな権利を有することになるってワケですネ」

「そういうこと」

 

 

金剛について、思ったことを聞いてみる。

「金剛は頭の回転が早いっていうか、こういった話にも難なく理解を示すんだな」

「長く艦娘やってますからネ」

 

艦娘運用の草創期から海軍に根を張ってきた金剛だ、清濁併せ呑む器量がなければ今のポジションで存在感を示し続けることなどできなかったのだろう。

 

「政治ができる艦娘ってのもありがたい」

 

 

 

「ワタシがこの話を問題視すれば、アナタという芽は摘まれたハズです」

「ここから始まるんだ。最初の仲間くらいは手放しで信用するさ。それに、横須賀でのお前は話のわかる奴だった」

 

思えばあの時から、金剛との会話は楽しかったのだ。頭の回る人間と話しているような、意図を汲み、配慮をし、一を聞いて十を知る。そんな印象だ。

 

もっとも、打算があったことも否めない。自分のリンガ泊地就任は艦娘運用の、ひいては現在の海軍の立役者でもある金剛が推した人事なのだ。

それが就任当日に不適切な人材だったなど当人の口から言えることではないだろうと、そういった大人の考えも確かにあった。

 

 

「最後にひとつ。当然だけど、この話はやすやすと公開する類のものじゃないよね。提督は、このメンバーなら大丈夫だと判断してみんなに聞かせたんだ。今後、所属艦娘や基地で働く軍人の数は増えていくと思うけど、その人たちに賛同してもらうかどうかは都度決めていこうと思う」

 

時雨がそうみんなに伝えた。

分かりやすく翻訳すると、君たちは逃がさないよと、そう言うことなのだろう。

そして、こう付け加えたのだった。

「提督の部下は多ければ多いほうがいいけど、その全員がこういう部分まで知っている必要はない」

 

 

 

「うぅ、やっかいな人と関わりを持っちゃいましたー」

「俺はアブゥにメロメロだからな、もう離さないぜ」

俺が沈むときは一緒に海底までランデブーさせてやるからな!

 

 

 

「しかし、金剛には感謝だな。艦隊を持つ取っ掛かりを作ってくれた、正直こんなに早く腰を落ち着けられることになるとは思ってもみなかった」

それについては感謝してもし足りない。軽く見積もってあと30年はかかると思っていたからね。

 

「Sorry。それについては謝っておくことがあります」

表情を曇らせた金剛が言った。

 

 

 

「ここにアナタを呼び寄せたかったのは本当です。ですが、呼ばざるを得ない状況であったのも、また事実デス」

 

 

 

「南方海域の状況については聞いてマスか?」

「一進一退の攻防を繰り広げてるって話だな、あまり良くないのは聞いているが」

「事態はそれよりもう少しBadデス」

 

一退しないよう踏み止まるので精一杯。場所によっては放棄せざるを得なかった海域もある。そして、それらの再攻略の目処は立っていない。

そんな話を聞かされた。

 

 

「海域の解放はしたい、でもどうも上手くない。それで、近海の哨戒を兼ねて基地周辺の海域で訓練を行っているようデス」

 

義務感からか焦りからか、その訓練もめちゃくちゃなもので、オーバーワークの結果、事故を起こす。海戦時も疲労が溜まっているので散々な結果になるなど悪循環に陥っているとのことだ。

 

 

「その影響が北方にもきてたのね」

それを聞いた霞が嘆息を納得の返事に変えた。

「その通りデス。訓練と無謀な攻勢で大量の燃料を消費、その補填を北方海域に押し付けて、ネ」

ここ南西海域で産出する資源が満足に北方に行き渡っていなかった理由はこれか。

 

 

それはわかった。しかし、それが南西海域に俺を呼ぶ理由と繋がるのだろうか。

 

「なぜ、リンガ泊地の司令官のイスは空いていたのでしょうか」

「内地に栄転だと聞いているが?」

「そうです。そうですが……、彼は逃げたのですよ」

引き継ぎを金剛に任せ、基地司令官が不在だったことにも納得がいった。

 

 

「南方が押されている。その影響は近いうちにこの南西海域にも押し寄せるだろう。それが、この海域で囁かれている共通の認識デス」

 

「リンガだけなら金剛だけで回せなくもないんじゃないか?」

提督要らずと呼び声高い帝国海軍の大戦艦さまだ。一つの基地を管理するくらいのことは軽々やってしまいそうだと思った。

 

「リンガだけなら或いは、でも買いかぶり過ぎデス。シンガポールにほど近いここは海の要所デス。それに問題はここだけの話ではアリマセン。どうしても、南西海域に希望が必要だったのデス」

 

 

 

「そこで白羽の矢が立ったのがテートクデース。あのサセボ壊滅を生き残り、北方を解放した司令官が、サセボサバイバーと南方の女神を引き連れて着任する。その英雄譚が必要だったのデス」

 

絶望や不安に駆られた精神、それの特効薬になりえるのは希望という目に見えないなにかだ。

 

 

「士気の低い友軍は、強大な敵の艦隊よりも厄介なモノ、このままではこの海域は戦わずして瓦解しマス」

 

 

 

「金剛はつくづく優秀だな。人の動かし方を知っている」

その思惑を聞き、素直に感嘆した。

人は個人でなら優秀かもしれないが、群衆となるとそうでもない。

不安が蔓延る空気感を打破するのは希望だ。

その根拠のない希望に縋りつくことで、この海域の延命を測ったのは正しい。

 

 

「怒らないのデスか?」

「うん? 怒る必要なんてあるか?」

「テートクは懐の広い人デス」

「お前は器の大きいやつだ、お前がいてくれて本当に助かった」

 

少し驚いた顔をして、それから笑顔になった金剛が言った。

「ワタシは間違っていなかったみたいデスネ」

 

 

 

 

「またか」

 

そんな感情を胸に抱いて、時雨と霞が口を歪めたことには気付かなかった。




秘書艦時雨

提督譲りの幅広い視野と柔軟な思考をもち、政治的判断や世論、建前といった概念にも通じ内政も非常に優秀だが、自分の理想が『提督に最も必要とされる艦娘』であるため、海軍史上最高の秘書艦にはなれても、司令艦の適性がなく、提督の後継にはなり得ない。

提督、霞などからは執念深い性格と言われており、自身や提督にされたことは何年経っても忘れず、着実にやり返すためのタイミングを図っているらしい。
顔にも行動にも出さないが、沸点も非常に低く、得意技は死体蹴り。


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〜いつかの小島での一日〜

このときの経験がリンガで活かされるわけよ。

そういえば、リンガの執務室には、とある海戦で吹き飛ばされた霞の右腕が日本刀よろしく飾られている。
根元からいっているので結構大きい。

本人の腕は再建済みだ。


釣竿でもないかと倉庫を漁っていた。

本日もカラッとした晴天で、絶好の釣り日和である。

 

書類仕事の合間の息抜きにでもなれば、と始めた探し物だが、前任者の残した物には興味をそそる趣味的な物が少なく、こうして小さな島をくまなく探し回るハメになっている。

 

浴室のある建屋の裏にまわる。

木々が開けており、ここからは南海の絶景が見渡せる。ここに初めてきた日のことを思い出す。まるで絵画の世界だ。

良い風が吹いており、暖かな日常と非現実な風景を同時に楽しめる名スポットのように感じた。

 

風になびく真っ白なタオルやシャツは、哨戒前に時雨が干していったものだろう。それを横目に海の方へと近づくと、建物の影に隠すように干されている洗濯物に気付いた。

 

 

「しまった」

すっかり忘れていたのだ。確かに、洗濯まで提督にさせるわけにはいかないと言われ、ここに近づくことを固く禁止されていたことを。

 

目の前には、自分の下着に隠されるように女性用の下着が3セット。時雨らしくない、と言うほどにはまだ時雨のことを知っているわけではないが、黒系の下着のほうが多いというのは意外だった。

もちろん、今干されている下着が偶然そうだっただけで、全体で見れば黒は少数なのかもしれないが、女性用下着などめったと目にする機会がない男の子として、よからぬ考えが頭に浮かぶ。

ふと、初日の夜に時雨が履いていた赤いリボンにドット柄の下着が目に留まり、これを身に着けていたときの時雨を思い出す……。

 

「なに考えてんだ」

我に返り、そそくさとその場から撤退。

こんなところを見られでもしたら、深海棲艦との戦争どころではなくなってしまう。

 

 

 

「しかし女性が居るということを、もう少し真剣に考えておかねばならなかったな」

 

今のところそういった問題に直面してはいないが、現状では必要な物など報告でまとめられ、それらを提督決裁で輸送船に発注していた。

これでは女性特有の物など頼み辛いのではなかろうか。

まだ先の話ではあるが、今後艦隊規模を大きくしていく過程でも、それらは必ず問題になるだろう。作戦に関連しない日用品や食料などの在庫管理と発注を時雨に一任しようと決めた瞬間だった。

 

 

 

 

「わ、大丈夫なのか?」

「平気だよ。調子に乗って回避していたら波をかぶっちゃってね」

いつものように哨戒に出ていた時雨を桟橋まで迎えに行くと、彼女は惨憺たる有り様だった。

至近弾でも貰ったのだろう。濡れた制服はところどころ破れているが、幸い傷は見当たらないようでホッとする。

 

さっき見た下着のこともあり、時雨の太ももに張り付くスカートが扇情的に見える。水に濡れた漆黒の生地と、足の付け根あたりまで大きく裂けた箇所から覗く真っ白い肌のコントラストが艶めかしく、つい視線が向きよからぬ妄想が頭に浮かぶ。

 

 

深海棲艦との戦いと共に、内なる悪魔とも戦わねばならないようだ。

とりあえず時雨を風呂に突っ込み、この気持ちが霧散するまで無心で走り込んだ。

 

 




時雨はきっと気付いてるね。

あと、時雨さんだって別に黒ばっか履いているワケじゃないと思うの。


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艦これ、始まります。3

前回はちょっと長かったかもしれないね。
反省した今回は極端に短い。

入浴シーンをガッツリ削ったお風呂回。



「ここって入浴時間決まってるのか?」

「時間というより、曜日が決まってはいましたが、基地司令官はもうテートクなのですから、好きに決めてくれたらいいデス」

 

リンガ泊地の浴場は入浴日が決められていたとのことだが、小島でもそうしてきたようにできれば毎日湯を用意してあげたい。

心身を良質な状態で保つのに、心の洗濯たる入浴は必要なのだ。そしてかわいい女性は身綺麗にして周りを楽しませる義務を帯びている。これが権利と義務!

 

 

南方での真水は貴重なものではあるが、豊かな生活のためにまずは豊富に水を使える環境を用意しなくては。

あとで妖精さんに要請しておこう。笑うところだよ?

 

「所属艦娘も少ないし、当面艦種で分けることもないよな。それじゃあまずは交代でリンガの風呂でも楽しみますか」

 

 

 

さすがに海運の要所だけあって、そこは広くて立派な浴場だった。さぞかし多くの艦娘が所属していたのだろう。小島の岩風呂も凄かったが、ここはまるで大浴場だ。

 

しかし野郎の入浴シーンなど読みたくもなければ語りたくもない。

せめてアイツらの後に入浴したかったが、それも却下されてしまったのでなんの楽しみもない。

 

と、いうことで、今の俺はサクッと風呂上がりだ。

体を拭きながら改めて周りを見回す。当たり障りのないよくある作りだが、脱衣所の中で飲み物が売ってないのは地味に味気ない。そのうち売店でも設けようと思う。

 

 

さて、女性組に交代。

さすがに覗きをするほどの危険思想を持ってはいないので、彼女たちが入浴を終えるのを食堂で待つことにする。

 

 

1時間は待たなかったな。

そのくらいなら許容範囲だ。

俺は爽やかに振り向きながらこう言った。

 

「お、結構早かったなぁ?!」

 

 

 

「うぅ……あんまり見ないでくださぁいぃ」

 

そうだったね。

君たち、寝間着を持ってないんだ。

 

その姿はというと、この世に舞い降りた天使たちだった。

金剛と六駆以外の面々は上にTシャツやキャミソール、下は下着だけの艶姿。もう少し寸評を入れると、阿武隈は薄いピンク、時雨が黒色の柔布で女の子から少女へと変化する途上の可憐なお尻を包んでいる。

儚げでいて美しい、そんなさり気ない光沢を放つ下着に走るシワの一筋まで目蓋に焼き付けたいと思う。君たちにもわかるだろうか? 頼りない布を縁取る繊細な縫製が魅せる柔肌との究極のコントラストを。

 

「声に出ているよ」

 

金剛のネグリジェについては破壊力があり過ぎるのでコメントは差し控えさせてほしい。

 

フナムシでも見るかのような顔でこちらを見やる阿武隈。

お前、ヒロインなんだからその口やめろ。

 

 

「俺としては全く問題ないんだが、まぁ、マズいよな」

「ダメでショウネー」

いや、お前は着てても問題だぜ?

 

 

「しかしだ。暁たちはめちゃくちゃかわいいな。なんだその生きるぬいぐるみ具合は」

 

「ホントですぅ。なんで暁ちゃんたちはパジャマなんて持ってるの? しかもそんなかわいいのを」

その声に反応した阿武隈が、お尻を手で隠しながら初めて見る六駆の寝間着姿をそう評した。

 

 

六駆のみんなが着ているパジャマは、中身と合わせてかわいいを形にするとこうなるという見本のようなもので、ウサギ耳まで付いてる。

「南方は久しぶりだからね、護衛任務の合間に揃えてきたんだよ」

「むしろなんでみんなは買ってきてないのよ」

さも当然のことのように響と雷が言った。

返す言葉も全くなかろう。

 

「あー、このパジャマ!」

電を抱え込みマジマジ確認していた阿武隈が驚きの声を上げると、響が察して説明した。

 

「阿武隈が横須賀で買った雑誌に載っていたやつだね、暁がこれじゃなきゃ嫌だと駄々をこねたんだよ」

「レディだからね、こういう他人に見せないものこそ気を使うのよ」

「まぁ見せてはいますケドネー、でもみなさんとても似合っていてベリーキュートです」

 

「んん、ズルイです。しかもこんな高いやつを」

「お菓子みたいな名前のくせにホント高いわよね、雷も驚いちゃった。おかげで司令官から渡された準備金はこれだけですっからかんだし」

 

 

そういえば横須賀を出るときに渡したお釣りを返してもらってないな。いったいどれだけ高いんだそのパジャマ。

まぁ彼女らの姿はお金で買えない価値のあるものなので、お小言を言うつもりもまったくない、この視界に入るかわいいはプライスレス。

輸送護衛の途中で街に寄り、目当ての物を買って来られるとは。この子らは意外と順応性が高いんだな。

 

 

 

幸い基地はまだがらんどうで、ここは夜でも気候が良い。

今のところ、ことさらに寝間着にこだわる必要もないのでしばらくは規則もいらないだろうというのが結論だ。

むしろ阿武隈や時雨の寝姿は今の姿が至高だろう。もう艦娘を増やすのやめてしまおうかな、なんてちょっと思った。

 

 




ルームウェアって、ちゃんとしたのを選ぶと想像以上に高いんだよね。
暁たちの着ているものも実在する商品。


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艦これ、始まります。4

前回明かされた衝撃の事実。

ヒロインは阿武隈だった?




風呂上りの夕涼みがてら、ちょっとした休憩だ。食堂の席に座り冷たい麦茶でも……。

あ、ないんだ。そだね、作ってないもんね。

明日から交代でお茶番だな。

 

団扇でもあるといいんだけどな、なんて思いながらタバコに火を点ける。すかさず妖精さんがどこかから灰皿を持って来てくれた。

慣れていない金剛はその様子に驚いたようだ。全自動灰皿フェアリーだからな。驚くだろう。

 

なんか大人しかったね妖精さん。

新しい基地を見回っていたのか? ここに常駐してる妖精さんたちとも仲良くやってくれよ。なんて思う。

 

 

 

手に顎を置いた妙に(なま)めかしい金剛がこれからのことを聞いてきた。

「方針はわかりマシタ。でも具体的にはこれからどうしますカ?」

「そだね、人数も少ないしみんなで仕事を分担しなくちゃな」

 

 

「まずは泊地で生活するのに必要な作業の書き出しと役割分担、それから求められている軍事の内容と担当だな」

生活と軍事、つまり運営と運用。これらが泊地で必要となる二本柱だ。

 

「今回はそれなりの予算も出てることだし、足りない人員はアウトソーシングで賄おうかと思う」

「基地に人を入れるんデスカ?」

言外に大丈夫なのかと問う金剛。

軍人ともあまり話をした経験がない艦娘たちだ、一般人ともなればさらに不安にもなるのだろう。その心配だ。

 

 

「炊事洗濯、日用品の仕入れや管理。投げられるところはみんな外に投げちまおう」

 

妖精さんたちの手伝いがあるとはいえ、浴場の床マットの洗濯や風呂上りの飲み物と、今だけでも足らない物だらけだ。

生活に関わる泊地運営も重要だが、それらにかかりっきりになって訓練や哨戒が疎かになるようでは本末転倒。

ここは軍事施設だからね。

 

 

「大丈夫なんですかー? ワタシあんまり外の人と話したことないんですけどー」

心配そうな顔をしているのは阿武隈だ。まだ下着姿を見られるのに慣れないのか体を小さくしてイスに座っている。

 

「軍人さんとあんま変わんないよ。お前たちはちょっと隔絶されすぎだから、もう少し外の世界と接点を持った方がいい」

 

「確かにそうデスが、外と接点を持つメリットはなんです?」

お前はグラマラス過ぎて視線の先に困るんだよ金剛。そして距離が近い。

 

 

「片側からばかり物を見てる奴は偏ってるんだよ。人と接することで視野を広げる。お前らが手にするのは一般観ってやつだ」

「一般観デスカ」

「一方向からの視点だと袋小路に陥ったときにどん詰まる。ついでにお前らは、自分たちが護っているものについてもう少し知っておいていい」

 

 

「なるほど、人が足らない状況下ですぐに外部の人間を入れるって選択が出てくるのが重要ってことだね」

銀髪の美しい響。ちょっと高級なぬいぐるみみたいだ。

さっき頭を撫でてやったら、嫌なのか嬉しいのか判断のつかない無表情っぷりでされるがままだった。大丈夫か響。

止め時を見失った俺は結局、阿武隈に引き剥がされるまで響の髪をワシャワシャしてしまったぞ。

 

 

「それで、どこまで投げるのよ」

意外に思うかも知れないが、距離の近い艦娘の代表は霞だ。そういえば霞は常に手の届く範囲に陣取ってる気がする。

成長途中の体はよく見ると柔らかそうな丘を形成しだしており、青い果実は青いまま捥いでみたい欲望にかられたりもする。

 

「変な感想入れるのはヤメテ、あとジロジロ見ないで」

飛んできた手で顔を逆側に極められるまでが様式美。お前とは今後も仲良くやれそうだぜ。

 

 

 

「まずは軍事に関わらないところだな。信頼関係を築いた後なら任せられるパートはもっと増えるだろ。将来的に艦娘が増えたら、それぞれの部署は艦娘と外部の人間との混在でいい」

 

いきなり軍内部に関わる情報まで民間人に触れさせるわけにはいかないが、幸いなことに戦争の相手は人類共通の敵だ。敵対勢力に情報を漏らす輩はさすがにいないだろう。

 

 

「どこまで任せられるのか、リストアップしなくてはいけませんネー」

切り替えの早い金剛が顎に指をやり思案していると、時雨が疑問を口にする。

「なら、それらを管理する仕事が必要にならないかな?」

 

「いい質問だね時雨くん。外部の人間を基地に入れるからには管理側の部署は必須。ここに居るお前らは、今後艦隊のコアメンバーとして働いてもらうので、そのつもりで」

 

ピタリと右隣にはべるのは我が半身。秘書艦の時雨だ。

小島でも、結局寝るときはずっとその格好を貫いたので、もう慣れっこ。

それでも要所要所で体を隠す仕草を入れてくるのが高ポイント。これが計算尽くなら誰も太刀打ちできない女子力を持つ艦娘だ。

 

 

「具体的には管理部や経理部が必要だな。人事なんかも管理部に担当してもらおうかな」

 

それなりに広い食堂で、机を囲んで話は進んでいく。少しずつ仲間になっていく行程を見ているようでとてもよろしい。

もちろん通常の人間社会で、上司が下着姿の部下をはべらかして会議などしたら明日を待たずに社会的な死を迎えるのだろうからオススメはしない。

倫理観や羞恥心など、文化も常識も人間とは異なる艦娘だからこそのコミュニケーションの取り方なのだと思ってほしい。

 

 

「結局会議みたいになっちゃったわね」

「いいんじゃないですカ? 制服を着ていないからか、肩肘張らずに意見が飛び交う良い話し合いになったと思いマース」

 

 

ゆるやかな時間が流れる中、前髪を気にする阿武隈にちょっかいをかけている提督。

「触らないでくださーいー」

「いいじゃんか、アブゥ。減るわけじゃないし」

「その呼び方はやめてよぉ、あと減るわけじゃないは女性に言っちゃいけないワードの代表です!」

 

席を立ち逃げる阿武隈と追いかける提督。机の周りをグルグルと走って暴れている。

なにをやっているのだか。

 

「お前に触るのが最近の俺のストレス解消なんだよ」

「私のストレスになりそうですぅ!」

 

 

 

しばらくそうやって遊んでいた二人だったが、今は騒ぎ疲れてそれぞれの席に戻っている。

ようやく落ち着いた阿武隈がポツリと呟いた。

 

「外の人って言うより、人間さんとあんまりお話ししたことないから心配だなー」

 

提督の心のカサブタが少し動いた気がする。

阿武隈の隣に座る六駆も会話に混ざる。

 

「私と響もそうね、雷と電はちょくちょく軍人さんとはお話してるみたいだけど」

 

「提督?」

 

また悪い癖だ。

遠くを見るような提督に気付いた阿武隈が心配そうに声をかけた。

「いや、すまない。阿武隈のお尻を思い出していたら集中してしまった」

「変な想像をするのはやめてー」

 

 

「どうかしたんデスカ?」

うまく逸らせたと思ったが、金剛は動じず

重ねて聞いてきたので心情を素直に吐露する。

「いや、俺も経験があるんだが、人と口を利かない艦娘って多いよな。それ、なぜなのかわかるか?」

「あー」

 

 

「多分、傷付くのが嫌なんですよ」

静かにそう口にしたのは阿武隈だ。

後ろから響が意見を補足する。

「深海棲艦と戦う得体の知れない化け物。そう基地の人に言われたこともあったね」

「街に出ると子供に石を投げつけられたりね、失礼しちゃうわ」

そう言って俯くのは暁。思い出してしまったのか、唇を噛んで泣くのを我慢しているように見える。

 

「これでもひと昔前よりは随分とマシになりましたがネー、昔は街に出ると大勢の男の人に囲まれてリンチされたりしましたし、基地には基地で心無いことを言う軍人も多かったデス」

 

あっけらかんと、他人事のように艦娘創世記のことを話す金剛だったが、静かな声で付け足した。

「榛名なんかは、よく夜に一人で泣いていました」

 

 

 

それから提督は時雨たちを見やり、声を掛ける。

「お前たちもあるのか?」

「僕たちはみんなほど古くからいるわけではないからね、そこまで酷い経験はないけど」

「誹謗中傷くらいは、きっと誰もが一度や二度経験してるわよ」

 

だから、艦娘は休暇を与えられても街に出ることが稀なんだと言う。

知らなかったとはいえ、時雨には所用で何度か街までお使いを頼んだりもしていた。もしかすると、俺の知らないところで嫌な思いをしていたのではないかと心配になった。

 

 

わかりやすく顔に出ていたんだろう。時雨がフォローを口にする。

「僕は見かけが日本人とあまり変わらないからね、制服を着てなければそうそう気付かれることもないよ」

 

時雨と初めて会ったときのことを思い出した。俺は、時雨の美しい瞳を見て艦娘だと気付いたのだ。

街に出る時雨が度々眼鏡をかけていたのも、そういう理由からだったのかもしれない。

 

 

「金剛は、それでも街に出るんだな」

「紅茶の美味しいお店があるんデスよ。それに、人が全員そうじゃないということも知っていマス」

 

金剛には、大戦艦と呼ばれるだけの影響力があるのだ。

もし金剛が人間を嫌って基地に籠るようになれば、それは艦娘と人間の関係性を一気に後退させてしまうだろう。この聡い艦娘は、自らの役柄をきちんと把握して演じることくらいやってのけるのだ。

 

 

「最近はそうですねー、遠征帰りに岸から手を振ってくれたり、感謝の言葉を投げかけてくれることも増えた気がします」

 

お通夜のようになってしまった俺を気遣ったのか、しんみりとした空気を打破するかのように阿武隈が明るい声でそう言ってくれた。

 

 

 

バカだな。

気を遣わないといけないのは俺のほうだってのに。

 

 

ま、見ていてくれよ、これからの俺を。

きっと期待に応えられるように頑張るから。

この暖かい空間を守るために、やれることをやっていこうと決心を固めた。

 

 




ほのぼのかと思いきや、急に重い。
バランスどうなってるんだろうね〜。


人は、明らかに自分たちと違う存在を無視することができないらしい。


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艦これ、始まります。5

まだリンガ着任初日。
まったく進まないね。



艦娘には感謝を伝えるべきだ。

海を、そして世界のカタチを護っているのは彼女たちなのだから。

 

そして、彼女たちはこんなにも優しい。

 

 

 

 

 

 

ありがとう阿武隈。

お前のお尻はとても柔らかそうで、端的に述べるとエロい。カタチが良いのかな?

 

ほら、彼女はこんなにもやらしい。

 

 

 

痛ったーー。

 

両側からケツをつねられたゾ?

もちろん時雨と霞だ。なんだお前ら、口にしてない俺のお茶目な気持ちを読み取るのやめてよ。

ただの照れ隠しだったんだよ!

 

 

 

「そういえば部屋割りもなにもしていないね」

話題をスッと変えたのは時雨。

風呂を上がったはいいが、この後に向かう先がない。目的地があるのは元々この泊地に所属しており、私室を持っている金剛くらいのものだ。

 

 

「ボクお腹空いちゃったよ」

空腹を訴えるのは皐月。一度意識が向けばお腹が空いているのは自分も同じ、昼を食べ損ねているのでみんなそうだろう。

 

後先考えずお風呂に飛び込むもんじゃないね。お前ら揃いも揃って有能なんだから、誰か止めてよ。

海軍としては夕食の後に入浴ってなもんだが、個人的に17時あたりから始まる夕食は時間が早すぎると思う。反対がないようならウチの夕食時間はそこから2時間は遅らせたいところだ。

 

 

かくして、料理は得意だと言う金剛、阿武隈に時雨を含んだお姉さん組が食事の用意をすることになった。

 

裸エプロンとまではいかないが、お風呂上がりの下着姿にエプロンを着込む女性が料理の支度をしているシチュエーションは男のロマンを体現していたが、ほどなくキッチンから追い出されてしまったので大人しく席に着いて待つことにする。

俺も作れないわけじゃないから手伝おうと思っただけなのにな。

 

それはそれとして、余裕ができたら備えられているエプロンをもっと艦娘の魅力が増大するかわいいものに変えようと心に決めた。

 

 

料理といえば、聞けば阿武隈はカナリの料理上手さんらしい。

「阿武隈の食へのこだわりは大したもんだよ」

「警戒海域でも作戦行動中でも料理しだすものね」

とは六駆の感想だ。作戦行動中の炊爨(すいさん)は禁止されてるはずだけどね。

 

時雨も1年間自炊していたので、安心して任せられる腕前だ。金剛に至っては年の功でなんとでもなるだろ。あとで知ったことだが、金剛の作る飯は毎日食べても食べ飽きないと旧軍時代から有名なのだそうだ。

 

 

「仮にも前線の軍事施設でいいのかしら」

「いいんじゃないの、まだ艦隊も身内しかいないんだし」

「ま、アンタがいいならいいんだけど、風紀が心配だわ」

今さら湯にあたったのか、霞の頬に赤みが差してる気がする。

 

 

 

 

ほどなくして、みんなの分の夕飯が食卓に並ぶ。本日は野菜炒めにイワシの揚げ団子、それからイワシの天ぷらにすまし汁。

 

「この団子美味いね」

「それは阿武隈が作ったんだよ」

「へぇーお前はかわいくてお尻が柔らかいだけじゃなく、料理も上手なんだな」

手放しの賞賛を贈るも阿武隈の返事はすげない。

「余計な感想はいらないので、料理だけ素直に褒めてください」

あと、その手つきも止めて。

 

 

「イワシの揚げ団子は阿武隈の得意料理なんだから! 感謝して食べなさいよね」

「暁ちゃんが自慢することじゃないのです」

「でも最初から得意料理を振る舞うなんて、司令官のことを狙っているのかしら」

「阿武隈ならいつでも大歓迎だぞ?」

「ンン、チガイマス」

大きく腕でバツ印を作った阿武隈は、何かを思い出しているように呟く。

 

「この料理でギャフンと言わせたい人がいるんです」

「あぁ? 男か? どこのどいつだ」

「なんでイキナリ怒るんですか! 同じ軽巡の艦娘ですー」

 

 

「天ぷらも美味しいわね」

「それは金剛さんが揚げてくれたんだよ」

「ここらはイワシがよく捕れるのか?」

 

美味しいので特に問題はないが、並んだ料理がイワシばかりだったので聞いてみた。

 

 

「答えはnoネー、むしろこの辺りではイワシが捕れないので、どちらかと言うと高級魚になりマス。地元の食卓によく上がるのはサーモンですかネ」

「ならなんでイワシばっかり? ああ、高級魚って言ったか、それで着任祝い?」

 

「それもnoデスネ、高級魚とは言いましたが、単に輸入に頼る魚になるから高いデスと言うだけで、内地でのタイやフグみたいな意味はないデス」

「じゃあなんでなんだ?」

「アブーがイワシの肉団子を食べてもらいたいと駄々をこねたからデスネー」

 

ぶっ! とヒロインがしてはいけないリアクションを取る阿武隈。

「ちょ、なんで言っちゃうんですかー」

「いつでもいいんだぞ?」

「そんな配慮は要りませんー」

 

 

食事の席はワイワイと、楽しく過ごさなくてはいけない。

昔、姉にそう言われたことを思い出す。

まったくの無表情で言われてもなぁ。なんて幼心に思った俺だったが、言ってることは間違いではなかった。

 

「南の海域とはいえ、やっぱり南西は違うんだね」

「どうした?」

箸をつけながらそんなことを時雨が言った。

なにかあったのかと思ったら、微妙にテンションを上げた彼女はこう言ったのだ。

 

「砂糖が置いてあったんだよ」

「おぉ、これでサッカリンともおさらばか!」

 

砂糖は贅沢品だ。と言わなければいけないような、先の大戦みたいな状況に陥っているわけではないが、ここより激戦地に近かった小島では手に入れるのがなかなか容易ではなく、甘味はサッカリンに頼っていたのだ。

あれ入れ過ぎると苦くなるんだよな、そういう知識も小島に着任するまで知らなかったし、多分食べたのも初めてだったろうけど。

 

 

 

食事も終わり、またしてもまったりモード。

あれ? もしかして今日は仕事してない?

初日に行ったことといえば、昨夜に引き続き部下の下着をチェックしただけのような……。ダメだなこれ。

 

ちょっとは考えを進めないと、霞の言う通りただのクズだな。

 

 

 

「さて、どこから手をつけようかな」

「誰から手をつけようかって話かしら?」

「それならウチの阿武隈がオススメだよ。だから私たちのことは出来ればそっとしておいてほしい」

「違う! 仕事の話だ」

 

なんとなく口に出た一言に、律儀に食いついてくれるのは雷と響。いい奴らだな。

しかし、こいつさらりと自分の旗艦を売り払いやがった。恐ろしい子。

 

人間と艦娘の話を聞いて思うところがなかったわけでもないのだ。

基地の運営には人材が必要だが、彼女らの傷を悪戯に触ってしまうのではないか、そう心配になっていた。

すると、心中を察したのか、そもそも俺と思考が繋がってるのか時雨が言った。

「軍人さんなら心当たりがあるよ」

 

 

「小島に資材を搬入してくれていた輸送部隊のみんなは良い人たちだったよ」

「昨日わざわざ挨拶に来てくれてたわね」

「彼らはセレター軍港に所属してるって言ってたから仕事にも慣れているだろうし、資材調達を任せられるんじゃないかな」

 

小島で世話になった部隊か、昨日も訪ねてくれていたとは驚きだ。

しかしナイスタイミング。彼らは時雨以外にも挨拶してくれているらしく、概ね高評価のようだ。

 

「セレターか、なら調達部として声かけてみるかな。こちら側の代表は阿武隈でいいか? 」

「構いませんけど、どういう理由でした?」

「弾薬や燃料、その他の備品も日用品や消耗品なんかとまとめて扱ってもらおうかと思って」

 

考えを伝えると、納得した様子で阿武隈が頷く。

「つまり第六の遠征も調達部で管理するんですね」

「そういうこと」

 

「それはいいですが、普通は提督がするもんなんじゃないんですか?」

「お前ら女性特有の日用品を購入するのに毎度俺のチェックとか欲しいのか?」

プライベートでなら大歓迎だが、業務で話題に出されても気まずいだけだ。

 

 

「調達に必要な経費は、これは経理を通すんだが」

「経理は僕が見るよ」

基地内のお金については時雨が手を挙げてくれた。人員が揃って部署がしっかり機能するようになるまで任せることにしよう。

 

「お願いするよ。明日はざっくりでいいから入ってくる予算と必要になる経費を計算して、余剰分からいくら給与に出せるか検討しよう」

 

「給与? 外注のですか?」

質問したのは阿武隈だ。

今まで身近じゃなかったからか、意識がついていかないようだ。

外注で雇い入れる分の予算はちゃんと軍から出るから心配は要らないんだよ。

「いや、お前らのだよ」

 

 

「はあ? そんなの要らないわよ」

「それは艦娘の権利。権利と義務を標榜にするウチの艦隊から作らねばならん今後の当たり前になる」

俺がブラックな経営者なら諸手を挙げて喜ぶんだろうなぁ。

しかし、ウチが始めなきゃいけないことだぜ。働けば金が出る。人間社会では極々当たり前のことだ。

 

 

「で、私はなにすればいいのよ」

「霞には調達や経理含めた基地運営と運用の総括やってほしいなー」

 

 

「運用って言うのは?」

「訓練や哨戒、攻勢作戦の発案と実行とか」

「それじゃあまるで艦隊司令長官じゃないの」

そだよ、そして運営のほうは基地での生活で必要になる諸々だ。

基地司令官も兼ねてくれってなもんで。もちろん俺もするよ?

 

 

「役職作るなら艦隊司令部の統括部長ってとこかなぁ」

 

 

「金剛は顧問ね、今までの基地運営を参考に相談乗ったり、参加してきた海戦を元に作戦練ったりのサポート」

経験者の金剛が居てくれて助かった。

同じ手探りでも知恵袋が居るのと居ないのでは大きく違うだろう。

 

 

「なんか雑務もドッサリありそうね、人数少ない分負担が増えそう」

「雑務の心配はしなくて大丈夫だ、雑務専用の人員はすぐにでも呼びつけてやるから」

溜息を吐いた霞にちょっとした朗報を伝えておく。朗報になるかどうかは実のところ未知数なんだけど。

時雨には雑務専用員で分かったらしい。

「ああ、山崎さんのことかな?」

 

 

「山崎さんって誰のことだい?」

なんだこいつ、天使か? 違った。

金髪の濡れ髪が美しいこの子は皐月だな。うっかり間違えちゃったよ。

「髪くらい乾かしなさいな」

そう言ってタオルで頭を拭いてあげる霞。口はうるさいが、やっぱ面倒見が良い。

 

 

「山崎さんは呉の軍人なんだけど、僕と提督の付き添いで横須賀まで着いて来てくれたんだ。その後はそのまま横須賀鎮守府に所属してるはずだけど」

「関わりを持ったせいで割りを食わせてしまったからな。アイツが断るなら仕方がないが、声はかけておかねば」

ほっこりした顔で時雨がこちらを見ている。声に出さずとも何が言いたいのかはわかった。

「そんなんじゃないよ!」

 

 

「呉の山崎ねぇ、覚えがないわ」

忘れてる人も多いかもしれないが、霞はもともと呉鎮守府所属艦だ。

 

「艦娘と話をするのは僕が初めてだって言ってたしね」

「なに? じゃあまた新米士官なの?」

「昇進してなければただの機械いじりが好きな一等主計兵だな」

「下士官もいいとこじゃないのよ」

「こぉーら霞、階級だけで人を見るんじゃない」

「そ、そんなつもりで言ったわけじゃ……。ごめん」

 

かわいいなぁ、なんてかわいいやつなんだ。ハグしてやろう。

「ちょっと、無言で抱きつくのやめて」

 

 

 

「でも不安ではありますー。下士官の軍人さんとなるとますますお話したことなくって」

 

相変わらず不安な顔をしている阿武隈。彼女は六駆のことも考えているのだろう。

こればかりは直接話させてみないと安心させられないが、会えば問題も消え去るだろう。

アイツはバカっぽいけど、良い奴だってところだけなら太鼓判を押してやっていい。

 

 

「僕もそうだったけど、彼は良い人だよ。彼のおかげで僕は階級ではなくちゃんと顔を見て軍人さんと話ができるようになったからね。提督や山崎さんに出会ってなければ、多分輸送班の彼らとも挨拶しない関係だったと思う」

ほらね、俺だけじゃなく時雨も同意見だ。

 

 

「どうでもいいけど、なんで食後の食堂で会議なのよ」

「節操ないですねー」

「下着姿で話すことじゃなかったかもしれないね」

 

疑問を呈するのは霞で同意するのは阿武隈と時雨。

俺的には素敵な話し合いになったよ?

リンガでの会議はこれからもこのスタイルでやっていけないかなぁ。

ただの願望だぞ? もちろん本気でそんなルールを作るつもりはないからな。

 

キャミソールから浮く突起に目を奪われて、頭に入ってない内容もあるかもしれん。

議事録なんかも作ってない適当会議になってしまったからな、後で時雨に確認しておこう。

 

 

 

「で、今日はこれからどうすんのよ?」

「部屋の用意もしてないしなぁ、どっか大部屋で今日も雑魚寝かな」

「今日も安眠できなさそうですー」

「俺は阿武隈のおかげでグッスリだよ」

 

そんなわけで、寝るところのある金剛を除いた俺たちは、適当な部屋を探して就寝だ。

本日から雑魚寝に加わる新しいメンバーは六駆のみなさんだな。

 

 

 

「ちょっと見過ぎなんですけどー」

「いいだろ、減るもんじゃなし」

「増えるんです! ワタシのストレスゲージが増えそうなんですー!」

 

昨日の今日で警戒されたのか、阿武隈の寝床まで距離がある。

俺が安眠できなかったらお前のせいだぜ。

 

 

 

寝床に就いた俺の左側にはいつもの如く時雨。小島のころからの定位置だ。

本日の右隣に陣取るのは霞。今日は大人しく二人に挟まれて寝ることにしよう。

なんか監視されてる気になってくるが、気のせいだろう。

 

 

「ちょっと、腰の下に腕をまわされると寝づらいんだけど」

「お前は阿武隈に売られたのだ、恨むなら阿武隈を恨むことだな」

「言いがかりですー」

六駆の向こう辺りから声がするが無視だ。

ついでに霞の意見も却下。

 

 

諦めて俺の安眠に協力するがいい。

 

 




司令艦 霞

佐世保を生き残った後は北方海域に左遷。北方解放後に晴れて提督の艦娘としてリンガに所属することに。
以降は金剛の艤装に乗って艦隊指揮に専念することが多く、滅多に海面に立つことがなくなった。
陸上戦に参加することもほとんどないが、成績は優秀。
陸海ともに平均以上の能力を有しており、かわいい顔と華奢な体に似合わず第2言語は肉体言語。暴走状態の夕立を素手で戦闘不能に追い込んだ唯一の艦。

艦隊を支える三本柱の一人で、艦隊の行動指針などを一手に引き受けるある意味1番の権力者。
提督を丸ごと模倣するかのように知識を蓄え戦略にも精通する提督の後継者。


史実にて、食べる人への配慮はするが、食べる場合への配慮をまったくしない阿武隈。
霞も似た話があり、沖縄を目指す最後の作戦時、他の艦では戦闘糧食としておにぎりを食べていた中で一人だけカレーが振る舞われていたりする。


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〜ここは死神の庭〜

筆休め。

アナタからの感想をお待ちしているのですよ٩( 'ω' )و
(フィール・ニルヴァレン風に)



スラリとした体躯だが、その佇まいから相当に鍛えられていることが容易に想像できる。

しかし、威圧感を放っているのはそういった立ち振る舞いではなく、単純に顔のことだ。

 

 

決して厳しいわけではない。むしろ線の細い整った顔立ちをしているように思う。

だが、今まで幾度となく修羅場を掻い潜ってきたのだろう証が、一目でソレとわかる形で顔には刻み込まれているようだった。

 

全身を黒い衣服で包んだソイツは、まるで死神のようで、不吉を撒き散らしながら、その手にした鎌で残虐に命を刈り取る。そんなイメージを抱かせる。

ただ立っているだけで、外に流れ出す力の奔流のようなものを感じた。

 

 

 

「アンタが運び屋か?」

「おぅ、そのようなもんだ」

 

時間どおりに現れた、その黒衣の死神に声を掛けると、見た目よりもずっと話しやすい口調でそう返ってきた。

 

調子に乗った俺は、つい、軽い気持ちで死神に質問をする。

「アンタ、経歴も凄そうだが、どこかの組織に属しているのかい?」

 

そしてすぐに、俺は後悔することになった。

ソイツは口が裂けるんじゃないかというような、凄惨たる笑顔を浮かべて言ったのだ。

 

「おいおい、俺の素性なんて詮索しないほうがお互いのためなんじゃねぇか?」

 

ソレは夢に出てきそうな笑顔だった。

しかし確かにそうだ。見るからに堅気ではない奴に深入りしていいことはないだろう。

俺としたことが、デカい山を前に少々浮かれているらしい。

 

 

 

「んじゃ、早速仕事の話だ。お前らの積荷を無事に届ければいいんだろ? なら、大船に乗ったつもりで任せておきな」

 

 

死神は「運び屋」と呼ばれている裏稼業の人間だ。

深海棲艦なるバケモノが海を荒らすようになり、海上を輸送するのも簡単ではなくなってしまった。

そこに運び屋の出番がある。

コイツらは、いつバケモノが襲い掛かってくるか分からない死の海を、依頼された品を抱えて輸送するのだ。

 

無理して海を往く必要があるのかって?

知れたことだ。

お天道様に見られても恥ずかしくない品なら海軍に護衛を頼めばいい。最近そういったことを請け負う艦隊が現れたなんて噂があるんだ。

海運は品物を大量に輸送するのに向いているからな、それもいいだろう。

 

では、その品が誰にも知られるわけにはいかない物だったら?

 

陸路? バカを言え。

海運のルートが閉ざされてからこっち、陸路の監視はキツくなるばかりだ。

主要な道路は検問のオンパレード。ついでに海運の穴を少しでも埋めようと、陸路の輸送に税金まで乗っける国が出てくる始末だ。

 

だから、俺たちみたいな日陰者は、決して安くはない金を払って運び屋に依頼をする。

そして運び屋は、決して安全ではない海を渡って報酬をせしめる。そういうわけだ。

 

 

 

「悪いが、初めて組むアンタをまだ信用しきれない。荷の積み込みまではこちらでする。船も用意してあるので、アンタには警護だけお願いすることになる」

 

この死神は信用できそうだが、この世界では慎重じゃないマヌケから死んでいくことになる。

今回の品は、それほどまでに重要で、そして危険な物なのだ。

 

 

面と向かって信用できないと言われた死神だったが、それを気にすることなくこう言い放った。

「あぁん? 積荷ったって、どうせ艦娘や武器弾薬の類だろ? いや、普通に拐ってきた女ってことも考えられるのか。まぁいいや、荷物に興味なんてねぇよ」

 

 

ガラは悪いが、男っぷりのいい奴だ。

コイツとなら良い仕事ができそうだ。そんな直感のようなものを感じた。

 

 

 

 

その日は顔見せと契約内容の確認だけしてすぐに別れることにした。

頼りにならないと感じたら、すぐにご破算にするつもりだったが、アイツになら任せて大丈夫だろう。

もっとも、選べるほどの運び屋だっていないんだがね。

 

 

 

 

 

 

 

 

なんとか航海分の油を手に入れ、命知らずの船員を手配した。

命知らずというよりは、どいつもこいつもスネに傷を持ち、陸に居るほうが危険なのだといった奴らばかりだ。

ともあれ、いつでも出港できる準備は整えた。改めて奴に連絡を取る。

 

いよいよ荷物の受け渡しだ。

 

 

 

 

場所は寂れた港町にある古びた倉庫。

昔は活気があったらしいが、こんな時勢だ。海辺の町などどこも大差ないだろう。

 

 

奴は今日も変わらず時間丁度に、黒衣を纏って姿を現した。

 

「ここだ」

「おう、数日ぶり。こんな廃墟に置いてあったのか? 危ねぇだろ」

 

本当のことを言うと、こんな海辺には1秒だって居たくはない。海はバケモノの巣だ。

この品が今から海を渡るのでさえなければ、足を向けることなどなかっただろう。

 

しかしこの死神はどうだ。

海を前にして堂々としている。まるで海を怖がっていない。それは確信とも言える予感だ。

このような奴でなければ、運び屋などやっていられないのだろう。

 

 

その風貌に寄らない気さくな口調で話してくれる死神に、俺は答える。

 

「あからさまなくらいで丁度良いんですよ。そのほうが怪しまれないんです」

 

「そんなもんかねぇ」

 

自分から話を振ってきたが、興味があるのかないのか。あまり頓着はしていないようだ。

 

ただ依頼の内容をこなし、報酬を手にしたらそれで満足なのだろう。プロとはそういったものだと納得することにした。

 

 

 

 

 

早速船に積み込みを始めよう。

もしものことを考え、事前に積み込むことができなかったのだ。

そんなことになれば、海に出る前にこの死神にもう一働きしてもらわなければならない。

 

 

その時だ。

死神が飛ぶようにして俺の側に近づき、声を出す間もなく引き倒されたのだ。

 

なんだ、俺を裏切るのか?

 

そんな考えが頭に浮かんだ途端に、この廃倉庫に鉛の雨がぶち込まれた。

 

 

 

「バッカやろう。目ぇ付けられてんじゃねぇか!」

 

死神がそう言って悪態を吐いた。

なんの気配も感じなかったソレを、この黒衣の死神は感じ取っていたのだ。

そして、自らの身を危険に晒しながらも依頼主の俺を守ってくれた。

 

死の匂い。俺には嗅ぎ分けられないそんなものがあるのかも知れない。

コイツはプロだ。そして、本物の死神だ。

 

 

「死にたくなけりゃここで頭下げてろ。動くんじゃねぇぞ!」

 

そう言って奴は、銃弾の飛び交う中を駆け、襲撃者に死の鎌を振るった。

俺は言われたとおりに頭を抱え、地面に擦り付けるようにしてただ時間が過ぎるのを待つ。

奴に任せておけば心配ないと、このときにはもう信用していたのだ。

気が付けば、倉庫には先ほどまでの静けさが戻っていた。

 

 

 

「あん? こいつら当局じゃあねぇな」

襲撃者の装備を確認していたアイツが言った。

どうしたらいい? 出港は延ばしたほうがいいのか? それともすぐにでも発ったほうがいいのか?

 

陸上で襲われることなど想定していなかったし、襲ってきた奴らが何者なのかも見当が付かない。

 

「どうします?」

 

不安から、つい死神に尋ねてしまった。

すると奴は、まるでなんでもないことのように、焦った風でも興奮してる風でもなくいつもの調子で言ったのだ。

 

「予定どおりだ、こいつらの始末は部下に連絡しておく。血の匂いってのは厄介ごとを連れ込むんだよ、積み込みのほうを急がせな」

 

 

それを聞いて、俺も落ち着きを取り戻すことができた。

「勇ましいですな」

「荒事が俺の仕事なんでね。もう慣れちまったよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一寸先も確認できない漆黒の海だ。

何者かに襲撃されたこともあり、俺も乗船することになった。

 

普段の俺ならば、そんなことくらいで海に出たりなどしない。

しかし、今はここのほうが安全だと思った。

死神のいる場所が、世界で最も安全な場所のように感じていた。

 

 

このまま積荷と一緒に海を渡るのも悪くない。

アチラに渡れば大金も手に入るのだ。

このまま暗い仕事とおさらばし、ついでにしみったれたあの国に別れを告げるのもいい。

行き先は、憧れの大国なのだから。

 

 

到着までは数日かかるはずだ。

船内でゆっくり休ませてもらうことにしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

甲板で見張りをしていた船員の一人が、海面を滑る“なにか”を見つけることができたのは奇跡だった。

 

 

 

海に浮かぶ女だ。

 

 

 

見間違いかと思い、甲板に設置された大型のライトを向ける。

 

光に照らされた幽鬼の如き女。

見間違いなどではない、海の上に、真っ白な髪をなびかせた女が立っている。

 

 

 

 

「うん? どうやら見つかってしまったようだね」

「もぅ、なにやってんのよ! 隠密作戦が台無しじゃない」

「緊急なのです、響ちゃんが見つかっちゃったのです!」

 

 

 

「もういいわ、始めなさいな」

無線越しに霞の指示が飛ぶ。

珍しく今回の粗相は見逃してくれるようだ。

 

 

 

「じゃあ行くよ、カウント60」

「長いわよ! いいから今すぐ行きなさいったら」

結局怒られた。響なりのちょっとした茶目っ気だったのだが、それは伝わらなかったらしい。

すぐさま六駆の四人が海面を蹴り、目標の船に向かって駆け出す。

 

 

 

甲板上からは小銃の射撃音。同時に、海面には次々と弾丸が突き刺さっていく。

 

しかし、子供の姿をした小鬼たちは、スピードを殺すことなくそれを難なく躱し、近づいてくる。

正気の沙汰とは思えない、その動きはとても海上で行うものではない。

 

 

 

「な、なんなんだ?」

船内で休んでいた男が、騒ぎを聞きつけて顔を出す。

 

甲板上では、多くの船員が一心不乱に海めがけて少銃を乱射していた。

「アイツは? 死神はどこだ?」

 

アイツを探さなければ、アイツの側に行かなければ、男の頭に浮かぶのは死神のことだけになっていた。

 

 

 

 

「暁、船の武装はわかるかい?」

「ふふん、任せてよ! 暁に見えないものはないんだから」

響に問われた暁は、そう言って意識を集中し、船の武装を探る。

むむむ……。

 

「甲板後部に機銃があるわね、いける?」

「Ладно。失敗の埋め合わせはさせてもらおう」

 

船と並走するように駆ける響が、その砲をゆっくりと構えた。

 

 

 

 

 

揺れる船上を駆け回り、ようやく男は死神を見つけることができた。

ソイツはこのような状況の中でも取り乱すことなく、今は休憩中だと言わんばかりだ。

 

「硝煙の匂いが最高だなぁ、おい」

 

男に気付いた死神が、そう言って笑いかけた。

襲撃の最中にあってこの余裕は頼もしいばかりだ。

 

 

 

 

「なんで海上であんな動きができる。アレはバケモノか? それとも艦娘か?」

死神の側ならもう安心だ。

そうして男は初めて、船から海面を見下ろしてソレを確認することができた。

 

 

「ありゃ“艦娘”だよ。バケモノ呼ばわりは止めてやってくれ、アイツらの心の傷に触る」

 

死神が、まるで海に立つ亡霊を知っているかのように話した。

 

 

 

「アイツらはあの大戦の海で、大型艦どもの砲撃を掻い潜って生きるのが日常だったんだからよ。あんなしょぼい攻撃で怯むわけがねぇ」

 

 

 

 

艦娘と呼ばれる幽鬼の一人が、手にした錨を投げたかと思うと、甲板の転落防止柵にソレを引っ掛けて強行乗艦を試みている。

 

 

このままでは、乗り込まれるのも時間の問題だ。

 

 

「なぁ、アンタ。アンタならなんとかできるんじゃないのかい?」

「なんとかって言われてもなあ」

 

この期に及んで、この女の余裕そうな態度はどうだ。

大丈夫だ、大丈夫に違いない。

 

「察するに、あんたも相当強いんだろう?」

「はは、そりゃ買い被り過ぎだぜ」

 

 

 

 

「はい、そこまでよ!」

突如会話に割り込んだのは、甲板に積まれたコンテナの上に仁王立ちする雷だ。

 

「よぉ、ちんまいの。阿武隈のやろう、姿が見えねぇようだけど?」

「阿武隈ならあなたから小言を貰うのが怖いからって欠席よ」

「なんだー? あのバカ。由良や鬼怒が甘やかし過ぎるからあんなお嬢ちゃんになるんだ。アレで一水戦の旗艦様だって言うんだから世も末だよ」

 

 

侵入者と死神が、昔からの知り合いのように会話をしている。

最悪の想像が男の頭を駆け巡った。

 

 

「あんた、裏切ったのか?」

「それは勘違いだね。裏切るもなにも、天龍は帝国海軍の基礎を作った艦の一人だよ。生きる海軍そのものさ」

 

新たに甲板後部から姿を現したのは響。

船に設置されていた機銃を砲撃で撃ち抜いたあと、甲板上の船員を片付けながら移動してきたようだ。

 

「はっ、大げさだなぁ」

響のセリフに天龍が肩をすくめて笑ってみせた。

 

 

大げさだと笑う天龍に、続けて雷が言う。

「なに言ってんだか、今の二水戦を作り上げた張本人。華の二水戦の元祖旗艦でしょ」

 

それを聞いていた男が、冷や水をぶち撒けられたかのような顔色で絞り出すようにして言った。

「二水戦……」

 

艦娘を見たことがなくても、その名前には聞き覚えがある。

大帝国となったあの国の海軍にあった、その最強の切り込み隊、海戦の最前線を舞台とする突撃部隊だ。

 

 

「おだててくれるなって、今じゃただのロートルだよ」

こんな状況でも涼しい顔を崩さないこの女。

コイツが、この死神が……。

 

 

「クソっ!」

男は脇から抜いた拳銃で天龍に狙いを定める。銃の扱いは手慣れているのか、その動きはとてもスムーズだった。

しかし、

 

「おっと」

 

狙われた天龍は、咄嗟に上半身をスウェイバックさせ銃口から体を逸らしつつ、いつの間にか手にしていた斬艦刀の切っ先を男の持っている拳銃のトリガーガードに引っ掛け、男の体に傷一つ付けることなく器用に奪い取った。

 

 

「左側から狙ったのはいい判断だったぜ」

 

 

天龍と呼ばれた女がクルクルと回しているのは俺の銃だ。

 

そのあまりの早技に、男には何が起こったのかわからなかった。ただ、気が付いたときには、手もとから銃が失われていたのだ。

 

ただの人間に理解できるわけがない。

それを見ていた響でさえ、それが技術なのか、それともただの反射なのか判断がつかなかったのだから。

なにがロートルなのか、口の中だけでそう呟いた。

 

 

 

 

「で、どうするんだよ?」

未だにコンテナの上で仁王立ちを続ける雷に天龍が声を掛けた。

 

「その甘ったれた旗艦の代わりに、司令官が来ることになってるから心配いらないわよ」

「お、わざわざ若が出張って来るのか。そりゃアンタらもご愁傷様だねぇ」

雷の返答を聞いた天龍が嬉しそうに、先ほど捕まえた男にそう告げる。

 

「ちょっと、私の司令官をそんな風に呼ばないでよ」

「いいじゃねぇか、これは俺からの期待の表れなんだよ」

 

 

残っている船員を無効化しながら、響が暁に問い掛ける。

「暁、司令官に連絡はしたのかい?」

「もちろんよ、今こっちに向かっているところじゃない?」

 

 

視線を巡らせると、闇夜の海に煌々と光を放ちながら一隻の船が近づいて来るのが見えた。

 

 

「制圧はできてんでしょうね?」

無線から霞の確認が飛んできた。

 

「こちら響、甲板上の脅威は排除」

「暁よ、操舵室も確保したわ」

「電、船内を確認中なのです」

 

そして仁王立ちの雷が続ける。

「船内はまだみたいだけど、時間の問題よ! 心配はないから来ても平気よ?」

「おぅ、構いやしねぇからドーンと来いよ」

雷をコンテナの上から降ろしてやりつつ、天龍がそう言った。

 

 

 

 

 

「ご苦労だったな、天龍」

 

無線に乗って流れてきたのは提督の声だ。

 

 

「なんてことねぇよ」

ニヤニヤと、強気の表情を崩さなかった天龍が今回初めて見せた照れ顔だった。

 

 

そして続け様に、今回の作戦の肝心な部分を報告する。

「積荷を船に乗せたところまでは確認できてる。売主は俺の足下に転がってる。客のことはこれから吐かせねぇとな」

 

「そうか、情報どおりだが、あまり嬉しいものではないな」

 

 

そこへ、船内の確認をしていた電から連絡が入る。

「積荷を確認、保護したのです。衰弱していますが、怪我もなく無事なのです」

 

 

それを聞いた天龍が、よっしゃ。と一声上げ、それから言った。

「なんにせよ、無事で良かったじゃねぇか。さ、俺たちの港に帰ろうぜ」

 

 

 

 

 




艦隊決戦を念頭に置いた本格的な水雷戦隊に二水戦が生まれ変わったとき、その旗艦を最初に務めたのが天龍。

世界水準を軽く超える軽巡だったんだぜ。


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艦これ、始まります。6

ようやく2日目。


「Good morning!」

 

 

 

「爽やかな朝ですネー、どうデスカ? リンガで迎える初めての朝日は」

 

扉が壊れるんじゃないかってくらいに朝から元気いっぱいの金剛が起こしに来た。

さすがに本日はいつもの巫女服を着込んでバッチリ決めてきているようだ。

 

 

 

とりあえず顔を洗って軽くなんか食べようか、朝ごはんは活力の源だ。

 

 

「しかし、提督と一緒に食事を摂って提督と一緒に寝る。南国とはいえこの艦隊は随分オープンですネ」

結局昨日は合流してからほとんどずっと全員が揃ってたな、仲の良い艦隊でなによりだ。

 

 

 

「僕はもう慣れちゃったけどね」

そう返答した時雨は、それから遠い目をして過去と呼べるほど昔ではない、しかし思い出になりつつある記憶を呼び覚ます。

 

「あぁ、アンタたち南海の孤島で1年も極貧生活してたんだったわね」

「“小島”ですネ。ヒエイからも聞いてます。砲撃1発で吹き飛びそうな島だったと」

 

霞と金剛がそれぞれ辛辣な評価を入れる。

えらい言われようだな。でも、と思う。あの島での生活も……。

 

 

「そんなに悪いものじゃなかったよ」

またもや声に出ていたかと思ったがそうじゃない。時雨が言ったんだ。

 

「足りないものだらけだったけど、楽しかったよ。もう提督と二人で帰ることがないと思うと、少し寂しくもあるね」

「アンタたちがそこに篭ってる間、こっちは北方で大変だったんだけどね」

「ふふ、ごめんよ」

 

伏し目となり、記憶を思い返す時雨。時雨の声に静かに返す霞も、北方での生活を思い出していたのかもしれない。

 

 

「時雨?」

「ううん。そうじゃないんだ、小島でのことは大切な思い出だけど、今はこれからの生活が楽しみだよ。これから提督の仲間が、家族が増えていくんだってね」

「家族。良いコトバです」

優しく目を伏せた金剛がしみじみと言った。

 

 

 

「ってぇと金剛が長女なワケだ」

「じゃあじゃあ阿武隈が次女ですね! ワタシ末っ子なので、妹ができたと思うと嬉しいです」

 

「んで時雨が三女」

時雨を指してそう言うと、皐月が待ったをかける。

「ちょっと待ってよ! それって何順なんだい? 艦歴ならボクが三女じゃないのかい?」

そうは言うけどさ、でもどう考えてもお前は下から数えたほうが早いだろ。

 

「見た目順なら私も下のほうになるってことじゃない? ひどーい。これでも古参の特型駆逐艦なんだけど!」

雷もそれに追従するが、セリフほどにはこだわっていなさそうだ。

 

 

「艦歴なら僕は下から2番目になるね」

「っていうか、艦歴数えたら私は妹じゃなくて金剛さんの娘になるわよ」

時雨の後に、お茶を飲みながらボソッと呟いた霞の一言で情勢は喫した。

 

 

 

「ハイ、艦歴はやめましょう」

手を叩きながらそう金剛が言う。凍りついた笑顔が怖いので話を微妙に修正してみる。

 

「もともとお前らって、あんまり年齢って概念ないんだろ?」

「そうだね、外観年齢に中身が合わさってるのかもね」

艦娘の歳の頃については謎だ。

言ったとおり、艦歴順ならウチの艦娘で1番若いのは霞となり、その次が時雨となる。

体の成熟っぷりを見る限り、時雨が下の方ってことはないだろう。

 

 

そんなに多くの艦娘を知っているわけではないが、どんな具合なんだろうな。

しかし外観、見た目だけの話ならやっぱり六駆が末っ子か?

 

 

「だったら1番下は電かな?」

「電はそれでいいのです」

思いのほか大人な返答がきた。

 

「見ろ皐月、アレが大人の対応だ」

「はわわ、そんなつもりじゃないのです」

 

 

 

年齢の概念と同じく、疑問に思っていた他艦への考えを聞いてみる。

「そういえば艦娘同士の上下関係ってどうなってるんだ? 起工順か?」

「どうでしょうネー、艦歴が長い艦娘は普通に敬われることも多いでしょうが、1番は艦種順デスか?」

 

 

それについては霞がこう言った。

「少なくとも階級順ではないわね」

 

艦娘にとって、人間が勝手につける便宜上の階級など毛ほども気にならないようだ。

 

 

「役割の違いはあれ、艦種に上下はないと俺は考えるんだが」

「その通りだと思いマス。ワタシたち戦艦や空母は確かに戦力としては大きいかもしれませんが、駆逐艦がいなければ自分の身も守れませんし、なにより彼女たちが資源を運んでくれなければ動くこともママナリマセン」

 

俺の考えに金剛は同意してくれるらしい。

こればっかりは『上の艦種』が言ってくれないと話が進まないからな。

 

 

「金剛は駆逐艦を『下の艦種』だと思ってはいない?」

「ノブレス・オブリージュでもないですが、護るべき対象だとは思っていマス、それもお互い様デスけどネ。しかし、自分より小さな艦種ではありますが、それは格下だと蔑んでいるわけでは絶対にアリマセン」

 

ふーん。今のところウチで大型艦は金剛だけ、やるなら今なわけだが、さて。

そんな風に考えていると、言いたいことをなんとなく察したのか金剛が続ける。

 

 

「艦種による縦割りのコミュニティが形成されている艦隊は多いデス。それで艦隊行動に支障をきたすなんてことはアリマセンが、艦種の溝を取り除ければ、よりスムーズな運用を行うことができるかもしれませんネ」

 

これは俺の言いたいことを了承してるってことでいいのかな?

相変わらず自分の役割なんかをキッチリと察する奴だ。

 

「ウチでは艦種による上下関係の一切を撤廃して、役職のみでヒエラルキーを形成したいと思うんだがどうか?」

 

その発言に驚きの声を上げるのは霞だ。

「ちょっと待って、それじゃあ事と次第によってはワタシや時雨が金剛さんの上役になるんじゃないの?」

 

「いい考えデス、むしろいいデスねー」

それにすぐさま金剛が同意する。

 

 

 

「ワタシはどんな順番で数えられても、ヒエラルキーのトップ付近にいることが多いデスから、デストロイヤーのシグレやカスミがワタシの上役になることで、他の艦隊に対する強力なアピールになると思いマス」

 

金剛の器がデカくて助かる。いや、戦艦ってのはみんなこうなのかな?

思い出してみれば、霞は伊勢のことを呼び捨てにしていたな。確か伊勢が、過去の大戦でも霞と行動していたと言っていたが、それが関係しているのだろうか。

 

 

「そうは言っても、戦艦である金剛さんを部下にっていうのはちょっと考えるわよ?」

「Oh! ソレデス。カスミはワタシの上官になるのデスから、ワタシのことは金剛と呼んでクダサイ」

呼び方が最もわかりやすく上下関係を表し、対外アピール力に優れるだろう。

それを考えてか金剛が畳み掛けるように提案する。

 

 

「待って待って、さすがに呼び捨てとかは」

伊勢は良くて金剛はダメなのかな? 霞が困ったように言うが、時雨から最もなツッコミが入った。

「提督に対してもああなんだから、ソコは今さらなんじゃないのかな?」

 

 

そうだよな、冷静に考えたら俺が1番上の役職なんじゃん?

 

 

そして金剛がダメ押しする。

「気にしなくていいデスヨ? 英国では普通のことデス」

 

うん。言われてみたらそうかもしれない。

金剛は英国生まれらしいので、元からあんまり気にならない性質(たち)なのかも。

 

 

 

そんな話をしながら朝食を摂る。

コミュニケーションを取るのは重要なことだ。

まず俺たちには会話が足りていないからな。

 

「それで、この艦隊はいつから軍務の時間なの?」

「メリハリないデスねー」

「仕事をするなら着替えたいんですけどぉ」

 

仕事の話なのか日常会話なのかと聞かれると微妙なところだが、今さらながら霞が問いかけた。

 

うーん。まったくもって着替えのタイミングを逃した感がある。

 

服を着ているのは金剛だけ。

暁たちはパジャマのままで、時雨らに至っては昨日の入浴以降ずっと下着姿のままだ。

 

 

「俺的には眼福なんだが」

「さすがに緩すぎるでしょ」

 

 




昨夜のお風呂上がりからずっと下着姿。

時雨はチュチュアンナで話題となったいつものやつ。ドットベロアリボンブラセット。
阿武隈はトリンプの天使のブラ 魔法のハリ感472なんかを着けていてほしい。


二人とも寝るときはブラしない派でキャミソールかTシャツを着てる。
しかし現実世界では、東日本大震災以降寝るときもブラ着ける派が増えたとか増えていないとか。


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艦これ、始まります。7

リンガ泊地の作り方。その前編。
ようやく真面目に仕事をするよ!



感想……増え、ね_:(´ཀ`」 ∠):


さて、朝食後に一度解散してそれぞれ朝の身嗜みを整えることになった。

女性の朝の準備は軍機に関わるので、見てはいけないのだそうだ。

 

くそっ! 俺たちしかいないのだから、まだしばらくはあのままの姿でいいのに……。

 

 

はぁ、俺も髭を剃ってこよ。

 

 

 

集合時間として伝えておいたのは9時だったが、その5分前にはもう全員が揃っていた。さすがだ。

 

それでは早速、基本的なことからやっていこうか。

 

 

 

 

「阿武隈は金剛に過去3年分の支出を見せてもらって、それを元に今の艦隊規模で必要になるだろう金額の概算を出してくれ」

「了解しましたー」

「わかったヨ。資料は保管しているので任せてくだサイ」

 

まずは数字の把握。

基地の維持に必要な金額など見当もつかない。それらは過去の数字が分かればおおよそ把握できるだろう。

 

この辺りは任せても大丈夫だと思う。

艦娘は基本的に全員が数字に強い。普段から航海や海戦で数字と(たわむ)れているからだろう。

数字に強くないと砲撃一つできやしないのだ。

 

 

 

「時雨と霞は数字が出るまで直近の艦隊スケジュールや運用案を策定。必要になる人材も挙げてってくれ」

「うん。やってみるね」

 

こちらは実務。

現在所属している人数でいかほどのことができるのか。また、足らないのであれば何がどれだけ足らないのかを予測する。

 

二人にはこれから基地の根幹に近いところを任せる予定なので、手探りでもやってもらいたい。

 

 

俺は俺で、基地という施設で生活するのに必要となる作業内容と、それに必要だと思われる人員を算出する。

入渠施設などに配する工員などは、さすがに軍人をメインにして賄わなければいけないだろう。

それらの手配は横須賀に報告を入れたらどこかから部隊を送ってもらえるはずだ。

 

 

 

「固定経費は変わらないので、あんまり極端には減らないですねー」

しばらくすると、数字と資料とで睨めっこしていた阿武隈が算出した必要経費の書類を持ってきた。

 

「なんだこの数字は」

固定経費は仕方がないものなので一度置いておく。

一段落したらこれも相見積もりを取って片っ端から見直してやるからそのつもりでいろよ?

 

で、目に飛び込んできた気になる数字は大きく上下する折れ線グラフ。

月によって大きくバラけているのは変動経費だ。

 

「攻勢作戦実施月や施設の拡充、補修のあった月とかですね」

内容の確認をしていた阿武隈がそう説明してくれた。

 

「この山あり谷ありの数字をできるだけ平らにならせ」

 

毎年大きな支出のある時期があるなら金額を等分して各月に割振るのだ。

支出の線はなだらかであるのが美しいとの持論を展開して指示を出す。

 

 

 

「作戦行動にかかる費用はどうするんですかー? 予想なんてできないんですけどぉ」

こちらから打って出る攻勢作戦ならまだしも、不意に勃発する戦闘などは予測できないだろう。

 

「それは別帳簿作っちゃおうぜ、マル秘なやつ」

「そういうのはワタシに内緒でやってほしいんですけどー」

 

ぶつくさと阿武隈が呟いているようだが知ったことか。俺が沈むときはぜひ仲良くお前も沈め。俺たちは仲良く一蓮托生だぜ!

などと薄暗い妄想をしていたら、霞が帳簿を分ける理由について聞いてきた。

 

 

「ぶっちゃけると、艦隊運用は予算の余剰分でやる」

「ちょっと、それは流石に不謹慎じゃない?」

 

「基地での生活が覚束なくなるほど身を切って戦争しても良い結果なんてでやしないさ。それに、作戦行動にかかる費用は申請すれば概ね予算も通るだろうしな」

 

軍事に必要な金。それらは当たり前だが国庫から補われる。

しかし、軍事予算に艦娘の給与なんてものは含まれていない。

艦娘が生活する上で必要となる品々、申請すれば最低限のものは通るのだろうが、なぜ人類の代わりに前線で戦う彼女らが最低限の生活を強いられるのか、これがわからない。

艦娘だって女性だ。情報と自由を与えれば服や小物やと欲しい物も出てくるだろうし、空いた時間は趣味に費やしてくれていい。

 

つまり、国家から出る分以外の動かせるお金。それがウチの艦隊では必要になるわけだ。

 

 

「余った分で、か。しばらく海上での訓練はできないかもね」

 

予算分だけで賄える軍事行動。もちろん訓練で使用する油や弾薬もそこには含まれる。

国家総動員法が発令されていた当時と違い、内地では苦しいなりにも経済活動が行われ、国民が生活しているのだ。

際限なく予算が出るなんてこともないだろう。

 

「阿武隈、ちょっと過去のデータ見せてくれる? 訓練の予算ってどのくらい出ているのかしら?」

 

 

 

 

「うーん」

今度は時雨が頭を抱えている。

どうしたのか尋ねるとこんなことを言った。

 

「基地に充てがわれている予算から、いざに備えて少しくらいは積み立てておきたいんだけど、そこから予想される支出を計算すると艦娘に回せる給与は300円くらいになるね」

 

「それは当時のレートで?」

「ちょっと何を言っているのかわからないけど、ちゃんと今のお金だよ」

「お小遣いより酷いな、お菓子買ったら残らない金額じゃん」

「僕たちからすると、自分の好きなときにお菓子を買えるんだから、それで十分って気もするけどね」

 

もともと存在しない艦娘の人件費を盛り込むのだ。なにかを削らなければ捻出できないのはわかっていたが、これほどとは……。

 

 

「うーん。あれ、俺の給与計算されてるけど、これ抜いてくれていいよ?」

 

数字を見ると結構な金額がそこには計上されていた。

 

「提督が無給ってわけにはいかないよね」

笑顔ではあるが、鉄の意志を感じる時雨の微笑みが怖いぜ。

 

 

「いや、俺は海軍からちゃんと出てるから、基地予算から捻出する必要はないんだ」

「そっか、提督は人間だしそうだよね」

納得してくれたのか、素直に計算をやり直し始めた。

 

 

「そだ、給与は固定経費だからな。今後も頭に入れといてくれ」

 

人件費を変動経費扱いする組織は公でも私でもブラックだ。

そこは削ろうと思えば削れるといった類の数字ではないのだと、魂に刻んでおくべきである。

クリーンな組織を目指して、ウチでは担当する仕事量や役職、拘束時間などに応じて金額を出したい。こりゃウチで一番の高給取りになるのは霞だな、南無。

 

 

 

ところで艦娘の基本給っていくらに設定したらいいのだろう。12万くらいだとさすがに安い?

 

「2万円もあれば十分でしょ」

それに対して、霞がさもなんでもないことのように断言する。

 

 

「いやいや、国防を担う当事者としてそれは安すぎるだろ」

想定していた金額から桁が1つ減ってしまった。

コンビニのアルバイトのが給料いいだろ、それ。

 

 

「衣食住は確保されてるわけだし、今は一銭も貰ってない艦娘がほとんどよ? 基本給の2万円、そこから輸送護衛なんかの遠征任務や作戦参加艦に支払う作業手当、危険手当、役職手当なんかをプラスしたら結構な金額になるわ。基本の金額を12万なんかにしちゃったら予算の大半を食い潰しちゃってなんにもできなくなるわよ」

 

確かに、まだ軍が自衛隊と呼ばれていた戦前。防衛省が発表していた防衛予算では人件費の占める割合が45%近かった。

さらに、隊員の教育費や装備品の調達など、例年必要となる義務的な経費を含めると全体の8割がそれだけで埋まってしまうのだ。

当時は平時だったとはいえ、それを踏襲してしまってはとても戦争などできないだろう。

 

 

 

「そろそろ遠征についても決めてほしい」

 

数字相手に格闘を続けていると、日課となった筋トレを終えた六駆のみんなが入ってきて、響がそう言うのだった。

 

俺が行くまでの北方海域でそうだったように、輸送護衛などの遠征任務は彼女らの散歩のようなもので、なかば日課になっているのだそうだ。

 

 

支出リストと予算を相手に難しい顔をしている阿武隈が、必要となる遠征頻度を計算しているがまだ手探りの状態である。

 

手元にあった収入概算の書類を手に取った響が言う。

「うん? 海上護衛のスケジュールはこれで正しいのかい? もう2、3本入れてくれても構わないが」

「エッ? 結構欲を出して本数入れちゃったんだけど」

 

響から回された紙を三人も覗き込み、口々に意見を述べる。

「私たちが頑張れば司令官も喜ぶんでしょ? だったらもっと頼ってくれてもいいのよ」

「電たちが護衛することで、助かる命があるなら嬉しいのです」

「どこに行っても頼られちゃって、ホント困っちゃうわ」

 

三者三様だが、護衛の回数が増えることについては肯定的なようだ。

 

 

「じゃあお願いできる?」

「ちょい待ち、その書類見せてくれ」

 

そう言うと、書類を手にしていた暁が提督に手渡してくれた。

 

渡された書類の遠征回数を確認し、暁に向かって考えを述べる。

「遠征の合間、お前たちにも陸上訓練を受けてもらいたいんだが、訓練しつつこなせる遠征回数を相談したい」

「あ、ちょっと待って、そういうのは響と話してちょうだい」

「なんで他人事なのよ」

 

打ち合わせの話になった途端に暁が響に投げ、1トーン声の下がった雷から突っ込まれた。

 

「決まったなら決まった分だけちゃんとやるわよ」

 

 

改めて、響と向き合った提督が話を続ける。

「どうだ響? 訓練主体で辛そうなら遠征の本数を減らすことも考えるぞ」

 

そうして基礎体力作りに射撃訓練、格闘訓練などの内容や時間について協議する。

主だったものは北方でも経験しているが、これからはますます本格的にフォーメーションなども訓練していきたいところだ。

 

「そうだね、一度やってみないと確かなことは言えないけど、訓練と並行しても2本は足してくれて構わないよ」

 

そう、いつもと変わらぬ澄ました顔で響が言った。

心配になるほどのスケジュールだが、むしろ訓練の息抜きを海上護衛でやるとのことだ。

 

一応暁にも確認してみたが、響ができるって言うならできるんじゃないの? と、キョトンとした顔で返答されただけだった。

 

 

そして聞きたいことだけ確認すると、六駆のみんなは艤装の整備をしてくると言って退出して行ったのだった。

 

 

面白い姉妹だな、おおよそ想像していたとおりに駆逐司令は響なのだろう。

 

 




リンガ泊地の組織

艦隊司令部
提督 ━━━━警護艦(綾波、夕立)
秘書艦 時雨
司令艦 霞
 ┃
 ┣管理部(霞)
 ┃ ┣経理課(村雨)
 ┃ ┗人事課(長波)
 ┃
 ┣調達部(阿武隈)
 ┃ ┣主計科一班(響)
 ┃ ┣主計科二班(雷)
 ┃ ┗施設課(明石)
 ┃
 ┣警備部(伊勢)
 ┃ ┣作戦一課/護衛(阿武隈)
 ┃ ┣作戦二課/潜入(鈴谷)
 ┃ ┣作戦三課/派遣(由良)
 ┃ ┗作戦四課/内偵(非公開)
 ┃
 ┗情報本部(霞)
   ┗監査室(間宮)


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艦これ、始まります。8

リンガ泊地の作り方。その後編。


危なく死んでしまうくらい感想もらえたのが嬉しかったので、投稿予定をブッチして後編公開。

ありがてぇ、ありがてぇ!


数字との戦いを経て、早急に対策したいことの目処がついた。

一にも二にも、まず収入を増やす必要がある。経費を削って無理やり余剰を捻出するよりも健全だろう。それを改めて確認できた。

 

 

「金剛はここ長いんだよな? シンガポールの地理にも明るい?」

「そうデスね、だいたいわかると思いますがなんでしたカ?」

 

予想のとおりだ、ここに金剛が配属されたままになっていて本当に助かる。

 

「まずセレター軍港の責任者に会って、ここいらの輸送ルート全部に唾つけてやろうかなって」

「What? どういう意味ですカ?」

「セレターが受け持ってる輸送をウチで統括、管理してやるのさ。できればこの海域の輸送ルートを丸ごとウチで引き受けて、一本化することで合理化もしたい」

 

近隣の基地や泊地が、それぞれ申請する輸送物資。それを手配し送り出すのが海運の要たるセレター軍港なわけだが、それをリンガでまとめて受け持つと言う。

 

「輸送船まで丸ごとウチで面倒見るつもりデスか?」

「いやいや、正確に言えばセレター軍港をウチの下請け化するってのに近いな。物資の調達や輸送船の手配なんかは変わらず向こうにやってもらうが、その護衛やルート選定、スケジュールをこちらで抑えたい。って言うか、ぶっちゃけセレター軍港を抑えたい」

 

予算の話からいきなりセレター軍港の話に飛んだようだが、その話を聞いた霞がもっともな疑問を投げかける。

 

「輸送の護衛をウチで引き受けるってのは向こうにとっちゃありがたいだろうし、ルートの合理化も軍にとってはメリットになるんだろうけど、ウチの旨味はどこにあるのよ?」

 

 

 

「仕事ってのは成功させるのにコツがあるんだよ。まず必要なのは快適なポジション作りだな。これは自分の変わりはいないって仕事を捻出、場合によっては捏造するところから始まる。そうやって存在感を示していくことでスターダムにのし上がるのだよ」

 

そして上司の立場から見ると真逆。それを阻止し、誰でも代わりが務まる環境を作るのが肝要になるのだ。

管理側から見る会社の業務はシステマチックであるのが望ましい。間違っても、個人の資質に頼る回し方をしていては、いずれ何かの拍子に破綻する。

 

 

 

その説明で提督の狙いを理解した金剛が言う。

「確かに、兵站を抑えればこの海域でウチに足を向けて寝られなくなりますネ」

 

「お、さすがに読みが早いね。だがそのことに気付く奴はしばらく現れないだろうな。そもそも俺らは敵じゃないし、軍隊はいい感じに縦割り社会だ。先方にとっちゃ輸送物資を運んで来る船が、毎回同じ護衛を連れて来るようになったってな程度だろ。下手すりゃ割りを喰らわされてる新参者かわいそうくらい思ってくれるかも」

 

 

ポイントとなるのは、誰も損をしないということだろう。

 

ウチの基地で輸送に関わる作業を集中管理することにより、セレター軍港は護衛に頭を悩ませることがなくなり、一本化されたルートで無駄なく各施設に輸送物資を送り出すことができるようになる。

受け取る側も同じだ。定期的に輸送船が周回することで、スケジュールも立てやすくなり、申請したのになかなか届かないなんて問題を解決できる。

 

なにより、ウチから艦娘の護衛を出すのだ。

道中で深海棲艦に出くわした場合でも人員、物質の被害を最大限防ぐことができるだろう。

 

それこそ、輸送護衛が生活の一部と言う第六駆逐隊の護衛付きであれば、輸送船団を抱えたままセレターから南スマトラのパレンバンやジャワ島、ブルネイ、フィリピンのマニラなどの近海だけに留まらず、トラックやパラオ、ラバウルにまで物資を届けられるかもしれない。

 

全方位にメリットがあり、その恩恵を最も色濃く受けるのが俺たち。

この海域で我らがリンガ泊地の存在感を示すのに1番手っ取り早く、そして効果は絶大ときたものだ。

 

 

 

「さーらーにー」

そしてそれだけでは終わらせない腹案がある。反則技に近いけど、俺は反則でも気にしないので問題はない。

 

「まだなにかあるんデスカ?」

「近隣の海運業者を教えてくれ、一般企業とも提携してついでに護衛してやる」

 

どうせ各基地への輸送で海を渡るのだ。だったらついでの船が増えたところで、掛かる手間などしれたもの。

海運が死んでる現状でウチ以外にそれをこなせるところはない。戦う前から勝っている状況ってのは楽しいものだ。

 

 

「ちょっとちょっと、海軍が民間の仕事に手を出すつもり?」

「何を人聞きの悪い、有事の際に民間のお手伝いをしてあげるのは軍人として当然だろう。謝礼は謝礼で、基地への援助金としてしっかりと頂くつもりではあるが」

 

その案に霞が及び腰になるが、大人の社会では建前などどうにでもなる。理屈と軟膏はどこにでも付く。なんて言葉があるが、昔の人はよく言ったものだ。

 

 

「そんなことまでしてあげる必要がある?」

理屈についてはわかったが、霞はまだその必要性に疑問を感じているようだ。

 

「いいか、資源と物流を支配するのが強い組織を作り上げる定石なんだよ。物を動かせば人が動く、人が動けば金が動く」

 

 

物流が動けば市場は活性化し、地域にとってそれだけで大きなプラスとなる。

特にここら辺は陸続きじゃないからな、その効果は計り知れない。

経済社会ってやつにとって物流は血液なのだ。

 

もちろん、それらの手綱を手中に収めるウチの基地は大いに潤う。地域とウチはwin-winの関係と言えるだろう。

そうして余剰資金を手に入れたなら、ウチはますます基地に人を雇い入れることができるようになり、雇用金としてまた地域に還元されていく。

資本は動くことでその意味を成すのだ。

別に稼いで貯め込むのが目的じゃないからね、意識するのは常にサイクルであるべき。

 

 

 

「戦果を挙げるにはしっかりとした環境が必要だ。だが快適な環境を作り、それを維持するためにはお金も必要。海域を抑えたら流通を確保できるのだから、誰にとっても悪いことじゃない。最悪なのはそうやって作った環境でお前たちがまったく戦果を挙げられない場合だが……、その心配はいらないよな?」

 

これはガッツリとした政治の話、もしくは経済の話だ。

結果的にそうなった。ではなく、結果を求めてそれらを狙っていくのは、おおよそ軍人の職務ではないだろう。

 

 

「それで、本当は何を企んでいるんデスカ?」

 

悪い顔をしている金剛が言う。

やっぱりどこまでも話に着いてくるんだな。率直に言って頼もしいと思う。繰り返すが、ここに金剛が居てくれて良かった。

 

「物流を牛耳って存在を示すだけ? まさか。示すのは目的を達成させるのに必要な行程だから。違いマスカ?」

 

 

「お前は本当に頭の回る奴だ」

「おっと、知り過ぎたワタシは始末されマスカー?」

「それこそまさかだよ。ますますお前を手放せなくなった」

 

 

 

 

「俺は階級も低いし、この海域の新参者だ。戦果は挙げる予定だがそれだけでは弱い。内政でも強い存在感と発言権を手にしておきたい」

これが俺の理想。目指すべきものだ。

 

「それはなぜデス?」

「前線はここよりもっと東、今後南方海域に出るための布石でもあるが。1番の目的はウチの艦隊がこの海域のスタンダードになることにある」

「スタンダード、デスカ」

 

この話の促し方を俺は知っている。相手から話を聞き出す会話術としてカウンセラーなんかがよく使う手法だ。

嫌な気分ではない、むしろ部下としてとても心強いと思う。

 

 

「俺の艦隊では艦娘が基地の運営と運用を行う。職務には責任が発生するし、軍事行動なら尚のことだ。しかし、代わりに権利を有することになる。人権って権利を手に入れるためには義務と責任が不可欠だからな。それをこの海域の当たり前にする」

 

 

俺と金剛の話を時雨や霞、阿武隈が耳を傾けて聞いている。

それぞれに、ザックリとは聞かせていたことだが、具体性を持って話せるようになったのは金剛がここに俺を呼んでくれたから。

 

ちゃんと聞いていてほしい。

そして力を貸してほしい。

 

 

「大きな夢デス」

「夢で終わらせるつもりはないんだけどな」

 

 

蔑ろにされがちな艦娘の立場を向上させる。

世界の平和などその後だ。

今よりもっと、艦娘との関係を見直すことができたとしたら、戦果など勝手に着いてくるだろう。

 

 

 

「そのために、この海域を統べる権力が必要だと言いマスカ?」

「内政だけではまず無理だろうな。これらを叶えるのは二本柱が成ってこそだ」

 

「権力の他にもう1つ?」

「言ったろ、莫大な戦果だよ。目に見える形で有象無象にもわかりやすい結果ってやつが必要不可欠だ。分不相応だとは思わんが、誰も追従できないお前らの練度と戦果が必要になる」

 

 

理想を実現させるためには俺だけでは足らないのだ。その下準備は俺が引き受けよう。

だから、この海に平穏をもたらすための戦いをお前たちに頼みたい。

 

 

「ワタシたちの権利、それを欲する理由がワカリマセン」

 

権利が欲しい。そんなことを意識したことのある日本人は少ないだろう。この国では最低限の権利が平等に保障されているのだから。ビバ先進国。

 

そう、だからこそだ。

もし愛すべき隣人が、家族が、恋人が、その最低限の権利さえ持っていないとしたら、それを欲することに理由なんてあるはずがない。当たり前のことなのだ。

 

 

 

「人を殺すのはいけないことだと知っているか?」

「……モチロン知っています、それがナニか?」

 

「殺人は罪になる、しかし理由なんてものにさしたる意味なんてないのさ。人を殺すのは悪いこと、それは『当たり前』のことなんだから」

 

法律で決まっているから、なんて。

馬鹿げたことを言うつもりはない。

 

前に聞いたことがある。

犯罪率を下げるためにはどうしたらいいか?

そんな問いかけだった。

 

そいつはこう答えたそうだ。

 

『犯罪は法律によって定められているだけなので、法律を緩くしたら犯罪率は下がる』

 

それは真理だと思う。

だから、論じたいのはそんなことじゃない。

 

 

「ぶっちゃけると、自分がされて嫌なことは他人にしないっていう単純なことだな。そして最期の最期、自分を守るのはこの『当たり前』という理由のない感覚だ」

 

 

他人を傷つけてはならない、断りなく他人の財を侵してはならない。そんな誰もが共通して持っている感覚。

この感覚こそが巡り巡って自己を守っているのだと、いったいどれだけの人間が気付いているのか。

気付くことも意識することもなく、それが成される幸せを日常として受けとることができる。これこそが日本人に与えられている最低限の権利。

他国の人間がお金を出しても手に入れることのできない高い望み。基礎教育万歳だ。

 

 

「この『当たり前』に艦娘を加えたい。それもできる限り早急に」

 

 

金剛はそれを聞くと、最後にこう問いかけた。

 

「提督は、なにを見ているのデスカ?」

 

 

 

 

 

「今後起こりうる最悪の未来に備えるだけだ」

 

 




パンツ

よく盗まれることで有名な艦娘の下着。
女子校的なノリで、憧れのあの人のパンツを……が主な理由に考えられる。
人気のパンツは役職組や戦隊旗艦のもので、霞などは多い月で2〜3枚持っていかれてるらしい。

下手人予想は今のところ9:1:0で艦娘、妖精さん、軍人。
そうだといいなの希望混み。

パンツは御守りになるほか、海戦時には目印にもなっており、駆逐隊の多くは旗艦のパンツを追いかけることで艦隊運動をしているとか。
作戦参加時のことを聞かれた江風は「フリルのいっぱい着いた村雨姉ぇのピンクと、水色な海風姉ぇのことしか覚えていない」と語ったことがある。

提督座乗艦にある艦内神社の御神体は時雨のパンツであると、半ば確信を持って語られるが真偽のほどは誰も知らない。


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艦娘と世界と

実はこの話。もともと山田さんの脳内小説なわけですが、完結済みなんですよね。


それを脳から書き出す作業ってのは前々からやってて、まだもう少しストックがある。

ただ、いかんせん元が脳内小説なもので、話が飛んでたり抜けてたり……。
そんなわけで、今までのように毎日2〜3話更新しちゃうぞ! ってのは難しくなっていくだろう(だろう)。



何事もなければ第4章で完結し、その後にちょっとした小話があるくらい……で終わるはず。





「不肖山崎、ただいまより復帰であります!」

 

 

リンカ泊地に到着した雑務担当山崎が、着任早々口にしたセリフだ。

 

 

「復帰じゃないだろ、お前を部下にするのは初めてだよ」

「自分は横須賀行きを共にしたときから提督の部下のつもりですよ!」

 

あくまでお前のつもりじゃねーか。

 

 

「久しぶりだね、変わらず元気そうで良かったよ」

「姫様も変わりない様子で、しかしこんなに長い間放置されるとは思いませんでしたよー」

「……その呼び方は止めてほしいんだけど」

 

1年以上横須賀に置いておいたが、どれだけ鍛えられているのか。実はあまり成長してなさそうな気もするがそれは今後の期待としておこう。

 

「あ、頼まれてた物持ってきましたよ、ついでとは言っても、これは酷いんじゃないですか」

そう言って床に重そうなダンボールを下ろす。重そうな、と言うか重いだろう。なにせそれは……。

 

 

「懐かしいですね、ウチにも昔ありましたよこれ」

 

薄々感じてはいたが、山崎は結構しっかり育てられたお子さまなんだなと思う。

 

 

山崎の抱えてきた大きな段ボールを指して時雨が質問する。

「それは?」

 

「図鑑だよ、それもシリーズ物の」

動植物、鉱物、宇宙など幅広い内容の図鑑がセットになっているものだ。

幼少期、これらが自室の本棚に並んでいたというなら、君は親に愛され大事に育てられたのだろう。

自分で買うまで考えたこともなかったのだが、ちょっと考えたらそりゃそうだろう。頑丈なハードカバーにサイズも大きく、そして大量の写真が並ぶ書籍が何冊も、そりゃ結構なお値段するよね。

 

 

かくいう自分も当たり前のように与えられていたものだ。

表紙が裂け、落書きされたり切り抜かれたりと、十二分に活用した記憶もある。さらに、じじいや姉が帰宅するたびに絵本を買って帰ってくるものだから、洋の東西を問わず大量の童話を読んで育った。結構な数で被ってもいたけどね。

 

そんなことを思い出し、たまにはじじいに何か贈ってやるか、そんな気持ちになった。

 

 

「自由に使っていいから、時間見つけて各々読むように」

 

世の中の基礎とも呼べる知識は、こういったものに触れたことがあるかで大きく変わると思う。家にあったのに活かせなかったのであれば、親の育て方ではなく君の育ち方が悪かったのだろう。

残念に思っているのは君ではなく両親のほうだと付け加えておこう。

 

 

「それはそうと、さっさと自己紹介しないか。お前はいったい何者なのかと不審がられてる」

 

話の腰を折ったのは提督だと情けない声で抗議を入れるが、執務室のソファには霞を始め所属艦が全員揃っている。

すぐさま気持ちを入れ替えるあたり山崎は好感が持てる。

 

 

そしてソファに向き直った山崎がピシッと敬礼を行っての自己紹介。

 

「本日付けでリンガ所属になる山崎です。艦娘さんたちが安心して海に出られるよう努めますので、後方での仕事は任せてください!」

 

 

 

「アンタが連れてくる人間だから心配してたけど、普通にちゃんとしてるじゃない」

 

甚だ心外な評価ではあるが、普通かどうかは保証しかねるな。

はたして霞の所感を聞いた山崎はと言うと。

「かっこいいですね! まだ小さいのにめちゃくちゃしっかりしてますよ!」

「ち、小さい?」

自らメッキを剥いでいくスタイル。うん、悪くないね。

 

 

「司令官のお墨付きらしい人物のようで安心した。危なく早とちりで司令官の評価を修正してしまうところだったよ」

 

澄ました顔でなにやら失礼な寸評をいれるのは響。それは上方修整のハズだったのでは?

「こちらは幼さの残るクールビューティって感じですね、どぞ、よろしくです」

「幼い……?」

怖いもの知らずで非常に良い。艦隊の大ボスと古参の六駆を捕まえて言いたい放題だ。

 

 

「ま、まあ能力と性格は関係ないですし」

 

提督の方をチラリと見てフォローを入れるのは阿武隈。なんだ、俺になにか思うところでもあるのかな?

そんな微妙な空気を他所に、みんなかわいいですねーとホクホク顔の山崎が言う。

 

 

「あなたは駆逐艦にしては大きいですね、特別な艦型なのですか?」

 

 

 

 

 

「……軽巡の阿武隈ですぅ」

 

 




久しぶりに登場した主人公山崎さん。

作内での呼び方なんかにもそれぞれのストーリーが!?
「人間」って呼称する子や「人」と呼ぶ子など、いろいろです。

彼女たちの心境はいかに。


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〜龍と鳳〜

鳳はこれで「おおとり」と読みます。
ま、だいたいこの字が使われるときは「鳳凰」の二字熟語だとは思いますが。

実は「鳳」がオス、「凰」がメスを表している。
つまり鳳翔さんは……。




「ウチは流れ次第で、キミの艦隊のお世話になるんも悪くない思うてる。ただしや、ウチが異動するには一つ、飲んでもらわんとあかん条件があるんや」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「一人にしとけんやつがおる」

 

 

 

 

 

 

─────

 

 

 

ノックの音が響いた。

 

 

こんな時間に執務室を訪れる者がいるとは思っておらず、時雨の反応が一瞬だけ遅れた。

こちらの返答を待たずに、深夜の訪問者が二の句を継ぐ。

 

「鳳翔です。少し、よろしいでしょうか」

 

扉を開け、鳳翔を執務室に招く時雨。

龍驤異動の裏側については時雨にも言っていない。

知っていれば彼女にもノックの主がわかったと思う。

 

 

「このような時間に来てしまいました」

「構いませんよ、ひょっとして。とは思っておりましたから」

提督は、そう返答しながら時雨に視線を送る。

それを見て察した時雨が閉めかけていた扉の前で挨拶を待つ。

 

「時雨、今日はもう上がってくれ。お疲れ様」

「うん、先に戻っているね」

 

それから執務机の横で考えているのかいないのか、よくわからない顔の夕立にも声を掛ける。

「夕立も、少し席を外してくれるかな」

「うん、ダメ。提督さんの側から離れるわけにはいかないっぽい」

「ちょっとの間だけ扉の前で待っていてくれないかな」

「……わかった」

すげなく断られてしまったが、なんとか室外に出すことには成功した。

 

 

さて、やりますか。静かに気合を入れる提督に鳳翔が唐突に言う。

 

「あの子が、無理を通したのではありませんか?」

「無理など」

建前から入ろうと思っていたが、矢継ぎ早に言葉を継ぐ鳳翔に遮られる。

 

「私は! 私は、外洋航海も満足にできない身です。南方のこの地で、お役に立てることがあるとは思えません」

 

思った以上に思いつめているのか、切羽詰った空気を感じた。

「お茶は出せませんが」

そう言ってコの字に組まれた応接用ソファの頂点の位置に座り、鳳翔にも掛けるよう促す。

 

「龍驤は、確かに貴女と一緒でなければ移籍はしないと言ってきましたが、私はそれを聞いて喜んだのですよ」

龍驤から出された条件、それは鳳翔との同時移籍だ。

「なぜですか、私はもう戦うことも叶わない身であるというのに」

 

「あなたの体のことは把握しております。失礼かとは思いましたが、空母鳳翔のことは、調べさせてもらいましたので」

「それであればなぜ?」

 

 

この人は聡い。そう判断し、ストレートに切り込むことにした。

「鳳翔と言う名が欲しい。それが最初の理由でした」

 

 

「あなたは空母勢に多大な影響力を持っている。それはあなたが思う以上のものだ」

鳳翔が険しい顔で次の語を待つ。名前だけで利用価値があると言われたのだ。控えめに言っても面白くはないだろうに、それでも声を荒げたりはしなかった。

 

「だけど、あなたを調べていくにあたり、名前ではなく貴女という存在を手元に置きたいと欲が出た」

「おっしゃることの意味がわかりません」

 

「貴女は非常に高潔な人だ。人柄は母のよう、穏やかで優しく、そして自分を曲げない芯を持つ」

 

艦娘から聞いた鳳翔の評判はどれも好意的なものだったし、彼女の属した艦隊はどこも円滑なコミュニケーションがなされていた。

実績としてはそれで十分だろう。

 

 

「ウチの艦隊は癖のある奴らが多くてね、そしてなにやら良からぬことを企んでもいるようだ。一人でも多く、彼女らを支えることができる仲間が欲しい」

 

「実際に、言葉を交わしたこともありません」

 

 

「私は南方で、一度龍驤には会っているんですよ。彼女の人柄は知っているつもりです。その彼女が、自分の身より案じたのが貴女だ、私は私の信頼する龍驤の目を疑ったりはしませんよ」

 

「それは、卑怯な言い方です」

 

 

龍驤がそう評した。そう言われてしまえば、この人は龍驤の沽券にかけて、それを否定することはできないだろう。

 

「ズルいのは自覚もしてますがね。でも、貴女は私の予想通りこの場に来た。自分の目も節穴ではなかったと、安心しているところです」

「しかし、ここで私にできることはありません。なにも、返すことができません」

 

「体についてはリハビリしましょう、もちろん無理をさせるつもりはないですし、海に出るつもりがなければそれでも結構ですよ。ここは自由の艦隊ですからね」

 

人間の都合で無理を詰め込んだ。しかし、それを解消する努力を、軍は放棄した。

鳳翔で得られた経験だけ、次代の空母に活かせればそれで良かったのだろう。

 

クソ喰らえだ。

 

彼女にはまだやれることがある。彼女が望むなら、望むがままに、できる限りのことに尽力しようと思う。それが、人間としての責任だ。

妖精さんに思いっきり頼る面も多いだろうが、なに、アイツらに任せておけば問題ないだろう。

むしろ「ほうしょう」とか言って、世代を超越するなにかを造りだしてしまわないかが心配なくらいだ。

 

 

「それでは、ご迷惑を増やすだけです」

「その分の仕事はしてもらうので、負い目に感じることはありませんよ」

 

「艦娘の悩みを聞いてあげたり、対空戦闘の練習を見てもらったり、あとは自分の話し相手になってもらったりと、やってほしいことは山ほどありますからね」

「戯れです」

「大真面目ですよ、これは施しではありません。貴女に無理をさせた人間としての贖罪と、私の勝手な願望です」

 

それらは確かに鳳翔が適任だと思える。しかし、鳳翔でなければいけないのかといえば違う。

鳳翔でなければ、それがあるからこそ。少々目立つことを理解した上で鳳翔、龍驤という空母を2隻も迎えたのだ。

 

 

「鳳翔さんに頼みたいのは、実のところ内政がメインだったりもします」

 

 

 

 

 

 

見送るために扉を開けると、廊下では耳を塞いだ夕立がこちらに背を向け周囲の警戒をしていた。そして、扉が開いた気配に気が付くと飛び跳ねるように室内へと消えて行く。

 

「本当に、こちらの艦隊は賢い子たちが揃っているのですね」

鳳翔の隣に並び階段まで少し歩く。

「良くできた子たちです。しかし、それ故に心配でもある。彼女らは気を張りすぎてはいやしないか、少しでも彼女たちが安心できるよう、バックアップできる環境を用意したい」

 

 

「微力を尽くさせてもらいます。夜分に押しかけてしまい申し訳ありませんでした」

「気にしないでくださいね、日によっては夜食を食べるためだけに訪ねてくる者や、怖い夢を見たとパジャマのまま来る子までいますから。あそこは、いつでも誰でも来てくれていい場所になっているんです」

 

 

蛇足になるかとも思ったが、鳳翔を計る役に立てばいいと思い、そこに一言付け加える。

 

「それに、鳳翔さんが夜に訪ねてくれるなら、それは自分にとっては望むところでもありますしね」

「お戯れはよしてください。本気にしてしまったらどうするおつもりですか」

 

どうやら警戒心は少しほぐれたようだと、その返答からは読み取れた。

 

 

 

階段を降りていくのを見届けてから執務室に戻る。

 

「夕立、お菓子でも食べようか、用意してくれ」

尻尾を振って棚に向かう夕立が湯呑みを3つ用意し、お茶受けの羊羹を切り出す。さりげなく提督の皿に乗っている羊羹だけ厚くなっているのを見て顔が綻ぶのがわかった。

かわいい奴め、暖かい気持ちにさせてくれたお礼にその羊羹は夕立のと交換してやろうと思う。

 

それからソファの端っこに腰掛け、天井を見上げる。

 

 

「あれは気が付いてる風だったな」

独り言のように呟いたそれに返答したのは、意外な場所からだった。

 

「だね、あれは達人だよ。いつ射殺されるのかとハラハラした」

 

そのまま天井の一角に向けて話を続ける。

「彼女とも良い関係を築きたいものだな」

「いつも通りにしていたらいいんじゃないかなー、それで十分伝わるよ。きっと」

 

 

「お待たせしたっぽーい」

ガシャン、と音を立ててテーブルにお茶を並べる夕立。

ソファから身を起こした提督は、気持ちを入れ替えるかのように手を叩いた。

 

「それじゃ、いただこっか。降りといで」

天井のパネルが1つズレたかと思うと、ぽっかりと口を開けた闇から一人の少女が音もなく執務室に降り立った。

 

「ちょっと夕立、お茶くらいもっと女の子らしく用意しなさいよ」

「川内に言われたくないっぽいー」

「私はこれでも十分女らしいんだよ」

 

「いいんだよなー夕立は。今のままで十分かわいいから、特別に俺の羊羹と替えっこしてあげよう」

「ホントに? いいの?」

 

「そうやって提督が甘やかすからいけないんだ」

そう口にして、天井から舞い降りた艦娘。川内がソファに腰掛ける。

 

「で、ホントのところ彼女にはなにをさせたいのさ?」

羊羹をつつきながら川内がそう切り出してきた。

「聞いてたろ? 内政だよ。あと艦娘同士の潤滑油になってもらいたい」

 

「……彼女は艦娘、特に空母に顔が効くしねー、本土の実情なんかもまるわかりだ」

 

川内は本土と言いかえたが、わかっているのだろう。

抑えておきたい情報は呉鎮守府のものだ。

 

 

「な? 内政だろ」

「彼女を直してやるってのは?」

「それは人間としての責任だろ」

さも当然のことだと言わんばかりの提督に、川内は羊羹から目を離すことなく、重ねて聞いた。

 

「いや、ホントの話」

 

察しがいい奴は好きだ。建前ではなく真意を問われたわけだが、特に悪い気分ではない。

「彼女を慕う空母艦娘は多いらしいからね、できることなら彼女を教官にして航空戦の訓練をここで大々的に受け入れてやりたい」

 

 

できるだけ目立つことなく戦力を集める。

ウチのモットーを叶えるのにとても都合がいいカード。

彼女はそれなり得るのだ。

 

 

 

 

「いろいろな艦隊の空母が入れ替わり訓練を受けにくる基地。あら不思議、ウチは航空戦力を持たぬままに、有事の際に使える空母を手に入れるわけだ」

 

 




白露型駆逐艦1番艦 白露

武闘派姉妹と名高い白露型の長女。
艦隊戦の実力はかなりのものだが、海上護衛や輸送任務を主にこなし、秘書艦や警護艦を務める姉妹の裏方役を率先して行う。基地内では事務仕事などもこなしている。

陸戦の能力もカナリのもので、本人は海戦よりも陸戦のほうが得意だと言っている。陸戦時の相方はだいたい長波。

時雨や夕立をして、姉には敵わないと評される練度。


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艦娘と世界と2

目次のとこにある小説の説明ってやつ。
アレをもう少しまともに書いたら読んでくれる人も増えるのだろうかぁ。


自分もそうだけど、タイトルとあの説明文なんかで探したりするもんね。

逆にアレじゃね? 今これを読んでくれてる神読者さんたち……。
あの説明でよく読もうと思ったよね(-_-)


あぁ、アナタに読んでもらうために僕はここに投稿したんだなって。
これは多分運命……。




見事に期待値最下層からスタートすることになった山崎だったが、その人柄はすぐに認められていくことになった。

 

 

 

というのも、下積み経験のみを培ってきた完全な下っ端兵である山崎は政治の思惑や艦娘の成り立ちそのものを知らず、艦娘に対して妬みも恐怖心も持っていない人間だった。

世間擦れしていない真っ直ぐさもたまには役に立つというものだ。

 

山崎にとって艦娘とは、ただ目の前にいる凄い人たち。そして同時に庇護の対象でもあるようだ。

 

 

自分たちでは対処できない深海棲艦の脅威に対抗できる艦娘は、自分の命を賭してでも次代に繋がなければいけない救国の英雄だ。

年端もいかない少女の姿をし、世間から誹謗中傷を浴びることが多い艦娘は、自分の体を盾にしてでも護らなければいけない保護対象の女の子だ。

 

一見相反する2つの感情が彼の中でどのように混在されているのかはわからないが、特に矛盾を感じているわけでもない様子で接していた。

 

 

そうやって生活を共にするうちに、人間というものに対して猜疑心を持っていた艦娘たちも、山崎に対しては身構えずに接することができるようになった。

親の育て方がめちゃくちゃ良くて、本人の育ち方が微妙な結果が山崎なのだろう。

 

 

 

また仕事のほうでは、自分以外は全員格上とでも思っているのか、艦娘に使われるのも特段苦にならない性質なのが幸いし、霞に雑務を命じられたり六駆の搬入する資材の管理を行いながら共に輸送ルートを周るなど実直にこなしていった。

なんなら妖精さんたちの指示にも二つ返事で取り組む面白い環境を構築している。

 

 

 

 

しかし、その評価はそういった業務と関係ないところで顔を見せた。

山崎がリンガに着任してから周辺基地や地域住民の空気まで変わったのだ。

 

幸い周辺基地では、表立って艦娘を軍の備品扱いする者こそいなかったが、それでも艦娘に対する扱いが良いとは言えず。

住民たちも、内地ほど酷いあからさまな態度を取られることは少なかったが、積極的に話しかけられるほど気安い環境ではなかった。

 

 

 

海上護衛を行う六駆と共に、セレター軍港を始め周辺基地へ頻繁に顔を出していた山崎だったが、艦娘に付き添って軍人が訪ねてくるのは異例のことで、これが礼を尽くす行為と受け取られたのかどこの基地でもリンガ艦隊の評価は高かった。

 

資材の受け渡しの際にも積極的に表に立ち、六駆を交えて世間話をするうちに現場単位で六駆のみんな、ひいては艦娘との仲立ちを予期せず行っていたのだ。

そうした地道な活動が身を結び、今では六駆だけで立ち寄ったときでも現場の作業員が口々に挨拶をし、世間話をしてくれるまでになったらしい。

 

 

そうした日常会話から手に入る情報もバカにできず、上に報告するまでもない話や噂の領域を出ない話、体制に対する不平や不満、要望などまで耳にできるようになった。

 

それらの情報はまとめられ、提督まで上がってくる。

取るに足らない些細なものでも、系統立てて集めれば情報はそれだけで武器となり、身を守る盾になる。

そして提督は、そうして耳にした情報から対処できる事案を片っ端から対応、改善していったのだ。

 

 

 

 

 

これらを山崎と結びつけるきっかけになった事件があった。

それは彼がリンガに配属となって数ヶ月が経ったころ。六駆と一緒に輸送船団の海上護衛を終え、次の輸送を待っていたときだ。

 

 

いつもならそのまま海上で待機するか補給を兼ねて基地にお邪魔しているところだが、この日は残燃料も問題なく、また輸送船には山崎が同行していた。

山崎は海兵のくせに船上での生活に慣れておらず、気を利かした雷の先導で近隣の桟橋から陸に上がることにしたそうだが、事件はそこで起こった。

 

 

堤防付近をうろうろしていた六駆のためにアイスを買い出しに行っていた山崎が戻り、その光景を見て目の前が真っ赤になった。

 

 

 

 

両目にいっぱいの涙を溜めた暁が、背中に妹たちをかばい、精一杯の虚勢で近所に住んで居るのであろう地元の子供たちと対峙していたのだ。

 

 

子供同士のケンカであれば、山崎も頭の柔らかい男だ。少々の掴み合いや殴り合いにまで割って入るような無粋な真似なんてしない。

しかし、コレはそんな類のものではなかった。

 

見逃すことなんてできない陰湿なイジメ。それも子供のイジメなんかじゃない、これは世界に巣食う偏見という名の病だ。

その胸糞の悪くなる光景を遠目に見ているだけの大人たちの姿も目に映っていたのだから。

 

 

バケモノ。

 

そう囃し立てながら子供たちが次々に泥団子を投げつけていく。

悲しさなのか怖さからなのか、膝をつきそうになる暁が絞り出すような声を出す。

 

「あ、暁たちは、バ、バケモノなんかじゃ、ないわ、よ」

 

その声は、子供にも大人にも届かなかったのだろう。

ただ、確かに山崎には届いたのだ。

 

 

「なにやってんだぁ!」

 

 

自分でも驚くほどの声量で、ドスの効いた声が響いた。

鍛え上げられた軍人の怒声を向けられ、呆然と立ち尽くすしかできない子供たちに駆け寄るとあっという間に腕を捻り上げ、さらに声を荒げる。

 

「なにをやってるんだって聞いている!」

 

彼女らは、自分たちを護ってくれる存在だ。自分たちでは太刀打ちできない恐ろしいモノと対峙し、自分たちの代わりに傷ついている。

その気になれば彼女たちは、あの小さいなりで自分を軽く捻ることもできるのだ。

そんな彼女たちでも人の悪意はとても怖いものだったのだろう。山崎の姿を見た暁は腰砕けのようになりワンワン泣いた。

 

 

山崎が現れたことで、子供たちの親は一応の謝罪を行ったが、しかし、それもどこか「子供同士の些細なケンカ」とでも言わんばかりの態度だった。

 

 

(おさま)らなかったのは山崎だ。

 

「もういい! 彼女らを連れてここを出て行く!」

「で、出て行くって」

「リンガ泊地なんか畳んで他のとこに行こう! なんなら提督が前にいた小島でもいい」

 

 

この発言については、今までどこか他人事だった大人たちも面を食らったようだ。

 

そうだろう、新しく赴任してきた今回の基地司令官は、地元のことは地元の人間が1番よく分かっていると現地雇用を推奨しており、今では間接的にしろ直接的にしろ、基地のお世話になっている世帯が結構な数に上るのだ。

 

基地からもたらされたお金で急激に生活水準が向上している今、基地の撤退まではいかないにしても基地司令官の異動、もしくは基地との確執は死活問題となり得る。

この軍人の一言でそれらが現実のものとなるかは定かではないが、問題になる可能性があるのであれば穏やかにはしていられない。

 

 

「彼女たちは俺たちのために命を張って戦ってくれてるんだ! そんな彼女らに感謝するどころかバケモノ呼ばわりだと? お前らは彼女たちに護られる価値があるのか!」

 

「や、山崎……」

「提督に直談判だ! 暁たちが許しても、この山崎。偏見の目でこの子たちを見る人間を許せるはずがない!」

 

 

山崎は良い意味で真っ直ぐな奴だ。

暁たちのことを大切に思っているのは、その言動や行動の節々から見てとれる。

そんな彼の前で、言われなき批判を行えばその結果がどうなるかなど火を見るより明らかだろう。

 

 

「大の大人がいったい何を教えてるんだ!」

 

山崎が立ち尽くす大人たちに言うと、親たちは慌てふためいてすぐさま頭を下げる。

しかし、その相手は山崎だ。

 

自分がなぜこんなにも怒っているのか、それが伝わっていないと感じさせるには十分な行為だった。

「俺に謝ってどうする! 謝るべきは彼女たちにだ」

 

 

 

 

唐突に、けたたましい警報音が付近に木霊する。

これは、深海棲艦の出現を表すサイレンだ。

 

 

「こんなところにまで、潜水艦?」

すぐさま出撃しようと踵を返す雷と電。響は未だ泣き顔の暁に寄り添うようにして、二人の後に続いた。

 

「出なくていい、このまま基地に帰ろう」

響の肩を掴み、涙を堪えたような顔で山崎が言った。

艦娘に指示を与えられるのは本来提督だけなので、これは越権行為だ。

 

 

声を掛けられた響は、いつもより少し柔らかい表情を顔に出して言った。

「君が怒ってくれて嬉しかったよ。でも」

「やるわ、暁たちは海も人も、全部護るんだから」

「ほら、行くわよ山崎さん」

そう誘われて、雷と電に両手を引っ張られるように山崎はその場を後にした。

 

 

 

 

 

残されたのは、島の親子たちの立ち尽くす姿だけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちょ、頭を上げてよ」

暁たちの奮闘により対潜警戒が解かれた後の、ここは輸送船の船上。

 

そこには土下座をしたまま微動だにしない山崎の姿があった。

 

「自分が、自分のせいで、あんなところで休憩なんてしなければ、こんな思いはさせずにすみました。自分たち、人が、こんな……」

 

悔しさなのか、憤りなのか、山崎は涙を隠すこともせず、ただ額を地面に擦り付けるように謝罪を繰り返していた。

 

 

慌てて暁が山崎の前にしゃがみ込み、声を掛ける。

「山崎のせいじゃないわよ」

 

それでも山崎は、人として、軍の人間として、艦娘に対する誤解を解く努力が足らなかったのだと頭を下げ続ける。

 

雷と電が両脇から無理やりのように山崎を立たせ、ようやく彼の頭を上げさせることができた。

 

「アナタはわかってくれてるじゃない」

「山崎さんが来てくれて、とても嬉しかったのです」

 

 

暁たちの変わらぬ優しさに感動し、山崎は四人を抱きしめてまた泣いた。

 

 

 

 

 

 

 

それから予定どおりに海上護衛を済ませ、ようやくリンガ泊地へと帰投した山崎と六駆。

もともと一緒に過ごすことが多かったので、仲は悪くなかったはずだが、帰ってきた五人はより一層の絆を結んだように見える。

 

 

遠征の終わった本日から六駆は非番に入る。長距離移動をこなしてきたため、疲れも溜まっているだろう。

自室へと戻る前に、今回も頑張ってくれた自らの艤装と、艤装を動かす手伝いをしてくれている妖精さんたちをドックに預けに行く。

 

 

その道すがらに山崎が言う。もちろん六駆への配慮だ。

「報告書は自分が書いて提出しておくので、このまま部屋に戻ってもらって構いませんよ」

 

「山崎が書いてくれるの? それは嬉しいけど」

「いいのかい?」

甘えてしまって良いものか、なんとなくアレから照れ臭い暁。響のほうはあまり変化なく、短く確認だけを口にした。

 

「構いませんよ、どのみち自分はまだ勤務が残ってるんで」

「ならありがたく休ませてもらうわね!」

「山崎さんも、体調には気を付けてほしいのです」

雷と電がそれぞれ感謝と労いを伝える。

 

「それじゃあ、行きましょうか」

そう言って、みんなで本棟や居住棟の並ぶ区画へと歩き出した。

 

 

 

 

 

もう少しで居住棟。ここで別れて、自分はそのまま調達部の事務所にでも……。

そんな風なことを考えていたとき、前から見慣れぬ人物が歩いて来ているのが確認できた。

 

 

それは左目に眼帯を付けた女性、多分艦娘。彼女はこちらに気が付くと腕を上げ、綻び顔で白い歯を見せていたのだが、近付くにつれて見る見るうちに鬼の形相に変わっていった。

いったい何事かと思ったが、とにかく六駆の子たちを守らねば。

暁たちを自分の背に隠すようにして、いざその人物に声を掛けようと口を開いた矢先。

 

 

「どこのどいつにやられた、ふざけやがって! すぐに俺が仇を討ってやるからな!」

 

 

感情の温度が乗っているのがわかる熱い声だ。しかしその後半は、暁たちを慈しむような、心配を隠せないでいるような、そんな温かい声だった。

 

海戦で付くことのない、泥に塗れた暁たちの制服で気が付いたのだろう。

 

 

「大丈夫よ、仇なら彼がとってくれたわ」

 

雷にそう言われると、その人物は胡散臭い男を品定めするかのような不躾な視線で山崎を睨め上げる。

 

「ああん? なんだお前」

なんだこの艦娘さん、めちゃくちゃ怖いぞ。

 

 

「はわわ、山崎さんは悪い人ではないのです」

「山崎だぁ? 人間様がなんのつもりでコイツらと一緒に帰ってくるんだよ」

 

なにに苛立っているのかは分からないが、とにかく圧力が凄い。その圧力は自分に向けられているもののようで、そこは少し安堵できる。

 

「山崎は、うん。私たちのパートナーであり友人兼保護者と言ったところだね」

「や、山崎です。リンガ所属の軍人です」

 

響が紹介してくれた機会にと、名前と所属を名乗る。

それを聞いた彼女は、今にも掴みかかってきそうな迫力で、額に浮かんでいる血管は今にもはち切れそうだ。

 

「保護者だぁ?」

 

ますます険しい顔で接近してきたかと思うと、あっという間に手を取られた。

関節を極められる? そう思って咄嗟に身構えたが、その心配は杞憂に終わる。

 

 

 

「そうかそうか! コイツらにそこまで言わせるなんて、お前ただ者じゃあないな! 俺は天龍。軽巡天龍だ、よろしくな!」

 

 

これが、水雷戦隊を束ねる駆逐隊のボス、軽巡。

凄味と威圧感を兼ね揃える存在感は圧巻の一言。簡単に述べるととても怖い。

軽巡の艦娘ならウチの阿武隈ちゃんもそのはずだが、周りを圧倒するこのオーラはどうだ。

阿武隈ちゃんも戦場ではこんな感じなんだろうか、今度雷にでも聞いてみよう。

 

 

「よ、よろしくお願いします、天龍さん」

「あぁ?」

 

ひっ、行動の一つひとつに力が漲るっているような錯覚を覚える。本当に怖い。

 

 

「なんだなんだぁ、こいつらの保護者ってことは俺とは兄弟みたいなもんじゃねぇか、そんな畏るなよ!」

 

 

そう言って、天龍と名乗る軽巡艦娘は山崎の背中を思いっきり叩いた。

 

「はわわ、人間さんを叩いちゃダメなのです」

「ちょっと天龍、山崎さんは普通の人間なんだから」

 

 

彼女はとても怖かったが、それ以上に気風が良く情に厚い人物で、暁たちに向けた慈しむような表情は本物だった。

竹を割ったような、とはこういう人物を指すのだろう。

 

 




天龍ちゃんは凄い子。

名前の由来である川も、暴れ天龍って有名な河川です。
ついでに付近には、秘境駅番組のレギュラーになるレベルの鉄道がある。

記憶に新しい自然災害では、阿武隈ちゃんや鬼怒ちゃんも大暴れしてたよね。



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艦娘と世界と3

節分の豆10個。
交換するの忘れてメンテ突入。

詳報は余っているので直近の問題はないが……。
もったいないことを。


あと、初めてランキングなるものを見てみた。
この小説がデイリーの70位付近を彷徨いてたー。゚(゚´ω`゚)゚。
ちょっと嬉しい。




執務室には提督、時雨、霞と三役全員が揃っている。

 

 

報告側は当事者の山崎。

それから調達部の部長である阿武隈が列席することになった。

 

 

 

 

 

もちろん、今回の件についての報告はなければならないだろう。

 

そうでなくても、山崎は普段から目にしたこと聞いたこと全て。の勢いで報告の多い奴だ。

トラブルを隠すなど、コイツに限ってはあり得ない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まず当事者である山崎から、当日の状況についての報告を聞く。

 

 

 

「そう、そんなことが……」

「すみませんでした。頭に血が上ってしまって、冷静な判断ができなかったです」

 

根が真面目なんだよな、山崎は。

本当に申し訳ないと思っているのだろう。

奴は報告しながら何度も何度も頭を下げた。

 

あんまり気にするなよ? 他人から受ける謝罪など1円の価値もないとか大真面目に考えているような俺だぜ?

謝罪ってのはするものであって、されるためのもんじゃないんだ。

そう理解したときにお前は一皮剥ける。はず。

 

 

「いや、そんな状況に出くわしたらな。褒められたことじゃないが、いいんじゃないか? 俺なら何人か撃ち殺してたかもしれん」

「ちょっと」

 

軽口のつもりだったが、霞に咎められた。

いや、場が重いんだよ。

 

まぁ、基本的に俺は聞き役なんだけどね。

俺自身は今回のことをなんとも思っていない。そもそもどこに問題があるのかもわからねぇ。

 

が、俺は判断を下さない。

ここはそんな風になってるのだ。

俺は時雨と霞の判断に従うまでよ。

 

 

 

 

 

「確かに、山崎さんの発言は職分を超えたものだったかも知れませんが、トラブルに巻き込まれた六駆を護りたい一心から出たもので、決して提督の権限を犯すことが目的のものではなかったと思います。行き過ぎた発言には始末書を提出させることで、ワタシは今後の再発を防げると判断しています」

 

山崎が、六駆の面々を相手に指揮を執ったとも取れる行動をしたと、そんな問題。

 

 

そして、それについては完全仕事モードの阿武隈が、六駆の上官として、山崎の弁明を力いっぱい繰り広げている。

山崎自身の人徳もあるんだろうなぁ。羨ましい奴め。

よし、判決は死刑だ。

 

 

 

しかし素直な奴だな。いや、バカな奴と言ってやる。

問題の発言は六駆が完全にスルーしてくれたわけだし、お前がここで報告しなけりゃどこからも出ない話だったろうに。

……バカものめ。

 

 

 

 

 

山崎から状況を聞き、阿武隈から弁明を聞き。しばらくの沈黙を経て、霞が口を開く。

 

「そうね、同意します。彼が提督を軽く見てるとは思っていないし、同じく艦娘への命令を軽々しく考えているわけでもない」

 

「それじゃあ」

霞の同意に阿武隈がホッとした声を漏らした。

 

 

「山崎は始末書を提出なさい。期限は今週中でいいわ、次のないよう気を付けて」

霞の判断により、越権行為に関しては始末書でケリが着いた。

 

 

ともあれ、大事にならず済んで良かった。

わかってたけどね、建前的なやつよ。

 

 

俺の中に新たに芽生えた問題は、悪法でも法だと言うことのほうだ。

艦娘への命令権なんて物がこんなとこで出てくるとは思わなかったぜ。

それを問題にしたなら、まず第1に佐世保での俺だよな。

 

臨機応変! とまでは言わないが、それでも懸念は早めに潰しておくに限る。

そのルール。さりげなく、この南西海域から消してやる。

 

 

 

 

 

 

残すところは地域住民とのトラブル。

 

「さて、今回の件だが」

時雨と霞、順番に視線を送る。

果たして彼女らはこの件をどう考えるか。

今回の当事者は六駆だが、これは艦娘の話で、しかも根が深い。

 

 

ふぅ、と盛大な溜息を吐いた霞が判決を告げる。

 

「それに関してのお咎めはなしよ。地域住民との些細なトラブル、問題にするようなことじゃないわ」

 

驚いた様子で山崎が顔を上げる。

 

 

「確かに、ワタシたち海軍が艦娘についての情報を積極的に外に出してないことも遠因だわ。誤解させるだけの十分な土壌を作っておいて、それで誤解から生じたトラブルを断罪なんてバカ気てる」

 

危なく顔が綻ぶところだった。おかしかったからじゃない、嬉しかったからだ。

自身も艦娘であるのに自らを海軍側として、基地運営側として判断した霞にだ。

 

 

「山崎さんは間違ったことをしていないよ、僕たちのために怒ってくれたんだもん。ありがとう」

 

霞が基地側なら時雨は艦娘側として感謝を伝える。良い子に育ってくれているなぁ。

多分、時雨が基地側として発言していたなら、感謝を伝えるのは霞の役目になっていたことだろう。

 

 

それから霞は、山崎のメンツの問題もあるとのことで、相手側には基地より正式に、今後の教育について考えるよう警告の書面だけ送付しておくと言ってまとめた。

 

山崎への配慮ってやつだな。なんだかんだと霞も山崎には甘いようだ。羨ましい奴め!

 

 

 

 

考えなければいけないのは、処罰やなんだではなくむしろこっち。

水漏れを起こした水道の下にバケツを置くよりも先に、やらねばならんことがある。

それは蛇口を閉めることだ。

 

根本の問題を解決しなければ意味がない。

 

 

早速、霞が議題に取り上げるが、その根っこの部分にあるのは、やはり艦娘が身近な存在ではないことだろう。

 

 

「問題が進行していることを知ってて放置したのはコチラに非があるわね、今後の広報について考える必要があるわ」

 

 

話してみたら案外といい奴だった。みたいなのはあるわけよ。

しかし現状、艦娘とそこらでバッタリなんてことは期待できないだろうからね。

 

 

艦娘の本当のところってやつが市井に降りてない原因は主に2つだと思う。

 

1つは霞の言うとおり、軍が艦娘をアピールしないからだ。

そして2つ、艦娘自身が人間社会と距離を置きたがるから。

 

 

 

軍には期待できない。

アレが動くには政治や世論、時勢を考えなければいけないからだ。

今やれていないってのが、そういうことなんだろう。

 

時期尚早。

ソレは艦娘にとっての追い風が吹き、世間に土壌ができてからだと割り切る。

 

 

で、あれば。

ウチがやるしかないじゃん?

まずは現場からその流れを作ろう。

 

直接的な被害が見えにくい内地で、戦争賛美とも取られかねないアピールを行うのは博打すぎるからな。

我が国には、それで散々苦労をさせられた「自衛隊」という組織があったのだ。歴史に学ぼう。

 

 

「よし、親しみやすいリンガの艦娘さんプロジェクトでもやるか」

 

 

どの道を通っても、いずれ避けては通れない。

身元の不確かな奴と良い隣人にはなれない。

つまり、人間社会で共に生きるなら、艦娘を身元の不確かな存在にしてはいけないのだ。

 

 

幸いなことに、まだどこもやってない。

どうせなら1番最初に艦娘を売って、世界で1番有名な艦娘でも作ってみるか。

 

 

 

「地域とのトラブルを起こした山崎もまったくの懲罰なしだと寝覚めも悪かろう。ちょうどいいからお前には労働で償ってもらおうか」

「今、お咎めはなしって……」

 

「それは霞からの罰はないってことだろ。彼女の寛大さに感謝だな」

 

 

人間と艦娘を繋ぐなら、やっぱ山崎には働いてもらわないとな。

どっち側に立つにも必要なんだよ、こういう奴。

 

 

「何をやる気よ?」

また変なことじゃないでしょうねぇ。

そんな副音声が聞こえた気がするけど、気のせいだよな?

 

まぁいい。今後いろいろやっていくが、まずは地域からだ。

 

「基地を一般開放しての基地祭だ。艦娘がもてなす基地案内に催し物、あと出店とか」

「本気?」

 

こらこら霞さん。もちろん本気でさぁ。

イベントごとなんて、広報の素材にも持ってこいだしよ。

やろうぜ? よしやろう。

お前には迷惑をかけること前提だからね!

 

 

 

「本気だ。よし、やると決めたら全力で、近いうちに開催する。すぐ実行委員会立ち上げろ、山崎は強制参加だ、寝る間も惜しんで荷馬車の如く働け」

 

「ああもう、余分な仕事が増えたわ。時雨、横須賀に開催許可求める書類用意して、あと予算。ついでだから近隣の基地からもカンパと人員集めるわよ。山崎、発端はアンタなんだから働いてもらうわよ。阿武隈は金剛呼んできてちょうだい。開催日と規模についてこれから詰めるわ」

 

 

 

 

そういえば、マスコミなんかを招致してウチの艦娘に密着取材でもさせようか、なんて考えてたこともあったな。

基地の運営も一先ず軌道に乗ったことだし、そっちもボチボチ進めてみても良いかもしんないなぁ。

 

 

 

 

 

 

そんな山崎を発端とする小さな、しかし大きな事件から。

リンガの基地祭が行われることとなったのだった。

 

 




やると決めたら全力で。がこの艦隊の合言葉よ!


山田さんの創作メモにある時雨はこんな娘。
「殴ると決めるまで躊躇するが、殴ることには躊躇がない。情が深くて思い切りの良い女」



基地祭はですねぇ、ニコ動で艦これMMD見てたらこの子たちにも踊ってほしくなったのです……。





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〜噂の艦隊へ〜(後)

とある理由でリンガ泊地へと短期体験にやってきた阿賀野姉ぇのお話。
その後半。

ミリタリーや銃に興味がないと辛いかもしれないが、その場合は阿賀野姉ぇと同じ気持ちで読めるかもしれない……。


4章で終わると言ったけど、リンガ泊地での話数が多くなりそうだったので章を分けることにしました。



「それじゃあ軽く陸上訓練を体験してもらうわよ」

 

そう言って連れてこられたのは広大な敷地面積を持つ陸上訓練場だ。

鎮守府や基地にも運動場はあるが、ここリンガ島にある訓練場には見たことのない設備が多い。

「ウチはとにかく陸上訓練を徹底してやる」とは霞の談だ。

 

 

 

「走り込みやアスレチックは飛ばすわね。あんなのどこででもできるだろうし」

「アスレチック? そんなの他のどこでも見たことないんですけど!」

 

アスレチックという響きに強い興味をひかれたが、それの体験は考えていないようだ。

 

訓練場を横切りながら案内役の霞が言う。

「まずは射撃訓練ね、射撃場に行くから着いてきて。ちょうどウチの陸戦隊が訓練してるはずだから」

「ふぇー、さっそく拳銃撃つんですか」

「本来なら普通科の初期訓練をしてもらうんだけど、体験だしね。ロープワークや体力作りなんて数時間やったところで役に立たないから」

 

 

 

訓練場の一角に造られた射撃場には火器や銃弾などが保管してある建物があり、奥には屋内突入訓練を行う屋根のない迷路のような物が並んでいる。

建物の前にある射撃レンジでは、屋根だけ伸ばしたようなスペースに簡易テーブルが並べられ、阿武隈と六駆が銃の手入れをしているところだった。

 

阿武隈と名乗った艦娘からも良い匂いがする。

この艦隊の艦娘は本当に香水率が高いようだ。

 

 

 

「まずは好きなハンドガンを選んでくださーい」

「好きなって言われても、何を選んでいいのかまったくわからないんですけどー」

「あ、いいなぁその反応。ウチの子たちこだわり強い子多くてうるさいんですよ」

 

リンガに所属する艦娘は大なり小なり提督の影響を受けている者が多く、とにかく好みが面倒臭いのだという。

 

 

「あれ、初めての子にはどんな銃がいいの?」

「電たちはP90に合わせて選んだのでよくわからないのです」

 

頼りになるのかならないのか、阿武隈たちが顔を見合わせ、ああでもないこうでもないと初心者にオススメの拳銃談義を始めたのを確認し、矛先を霞に向けた。

「あのー、霞さんは持ってないんですか?」

 

「ワタシ? 持ってるけど、あんまり使わないわよ?」

そう言ってスカートの下を(まさぐ)り、内腿に下げられていたPPKを取り出す。

 

うわ、そんなところに仕込んでるのが普通なの? それでなくてもスカート短いのに、取り出すときに下着が丸見えになるんじゃ? と思ったが、それは声には出さず。拳銃の感想を述べるにとどめた。

 

 

「うわーかわいい」

「なんだいその趣味の悪いピスタリエートは」

同時にソレを確認した響が率直な感想を口にする。

 

霞の手に握られているのは、ドイツのワルサー社が製造するステンレスモデルのPPK。コンパクトで体に仕込みやすいその銃にエングレービングという加工でアラベスク模様が彫り込まれている。木製グリップまで同様の柄が入っているカスタムガンは知る人ぞ知る霞スペシャルだ。

 

「うるさいわね!」

眉をしかめる響に短く告げ、阿賀野に手渡す。

 

「えーかわいいじゃないですか! 私もこういうのがいいなー」

希望を告げる阿賀野に、すかさず阿武隈が言う。

「あーゴメンね。ここにはステンレスモデルの銃はないですぅ」

「ワタシのは完全な私物だからね。それ、申請しても経費では落ちないわよ」

「え、なんでですか?」

 

「防錆処理の違いだけですけど、金額のこともありますし、多分シルバーモデル自体が採用されることはないと思います」

「軍で使う火器は安くて目立たないほうがいいのよ。まあ、黒くてもその彫刻銃は論外だわ」

阿武隈が変わって説明し、雷が補足をする。

「だからうるさいっての」

 

 

霞から渡された銃をまじまじ観察していて気付いたのだが、残り香だろうか? 鉄とオイルに混じって良い匂いが鼻腔をくすぐる。

つい鼻を鳴らしていると真っ赤な顔をした霞が、匂いを嗅ぐのはやめてったら。と声を荒げた。

 

 

「柄がなくても無理なんですかー?」

「やめておきなよそんな豆鉄砲。霞も、ワルサーならせめてP5にすればいいのに」

「放っておいてってば! ワタシの用途は護身用なの」

 

阿賀野から銃をひったくり、いそいそとスカートの中へしまい込む。

ほらやっぱり。チラッと目に入ったチェック柄を横目に見ながら阿賀野は思った。

 

 

 

「ま、これは諦めたほうがいいわよ。どうせワルサーは採用されないから」

「どうしてですか?」

 

「高いのよ」

 

 

 

この話はこれで終わり、と手を叩き話を先に進める。

 

「ほら、さっさと9mmパラの銃、なにか適当に持ってきなさいよ」

「そうね、基本は大切よね。じゃあグロックでいいんじゃないかしら」

そう言って雷は壁沿いに並んでいるガンセーフの1つを開けて弾薬とグロック19を机に並べる。

 

 

「あ、これもかわいいですねー。しかも新品みたいにキレイです」

「あら、正真正銘の新品よ?」

ケースから取り出し、阿賀野の言うかわいいの規準に疑問を覚えつつも銃を渡す。

 

 

グロックと呼ばれるこの銃は銃身のほとんどが強化プラスチックで成型されており、一般的な金属製の銃より潮を含んだ風や水に強いといった特徴がある。

生活環境が完全な海辺である艦娘にピッタリの銃だ。

 

 

「司令官もだめねー、使わないピストルなんて買っちゃって」

節約できないなんてまだまだ子供だと語る暁に、雷が突っ込みを入れる。

「なに言ってんのよバカツキ。それアナタのよ」

「へ?」

「そういえば暁ちゃんは自分のハンドガン持ってないね」

隊長を務める阿武隈が、困った教え子を半目で見つめる。

 

「なんで暁のだけみんなと違うのよ!」

「暁姉のは響に合わせてるから弾が違うのよ。説明あったでしょ」

「響のピストルとも違うわよ!」

「私のは私物だからね」

 

第1陸戦隊は暁と響を除く三人が銃を揃えている。

響が愛用のロシア拳銃を使うことを譲らなかったため、割りを食った形で暁も響の拳銃が使用する弾に合わせられた経緯があるのだ。

もっとも、その拳銃を使用したことがないことが今回判明したわけだが。

 

 

 

私物の拳銃の話題が続き、疑問に感じたことを阿賀野が雷に質問する。

「私物の拳銃を持ってるのが普通なんですか?」

「まさか、そんなのわざわざ持ってるのは変わり者だけよー。自分で買わなくても、ここの艦娘は陸戦教程を受ければ誰でも採用銃を貰えるんだから」

 

陸戦教程は任意だが、この艦隊で上を目指すなら必須とも言えるスキルだ。

そもそも向上心の強い艦娘が多いここリンガでは、半数近い艦娘が陸戦教程に参加し、P226と言う採用銃を所持しているそうだ。

この採用銃も、長時間水や泥の中にあっても確実に動作すると言われるほど耐久性に優れており、世界中の海軍や特殊部隊で使われているのだとか。

 

 

 

 

「それじゃあ始めますか」

 

簡単に銃の構造を説明し、構え方やトリガーの絞り方をレクチャーされる。

艤装の主砲に比べると飛距離などあってないようなものなので、初めて小火器を手にする艦娘は狙い方の違いに辟易するものだ。

 

 

「山なりに狙うようなもんじゃないから、だいたい真っ直ぐ飛ばすもんだと思えばいいわ!」

ブースの前で緊張している阿賀野を見かねた雷がフォローを入れる。

 

「普段はもっと大きな砲を撃ってるんだから、そんなに肩肘張らなくても大丈夫よ」

 

 

いざグロックと呼ばれるそれを構えてみる。

お、握りやすいぞ。と思った。

 

 

隣のレンジでも阿武隈らが射撃訓練を始めた。

こちらの標的とは違い、人質を取った(てい)の人型のもので、犯人だけを撃つ訓練のようだ。

それを先っぽしかないような変な銃で撃っていく。

おお、音が途切れない。あんなに連射できるものなんだ。

 

 

「ちょっとちょっと、見事に当たってるわよ!」

 

両手でイングラムを持つ響が連射した弾は、狙ったかのように犯人、人質両名の頭と胸を貫いている。おそロシア。

当の響は、銃口から立ち上る煙をわざとらしく息で吹き消し、1発だけなら誤射かもしれないと呟く。連射だったけど。

 

「それ、実戦でやったらホンキで怒るわよ?」

腰に手を当てた雷が言うと、響が運用の根底を揺るがすことをさらりと言ってのけた。

「いやいやMAC10でできるのはせいぜい面制圧だよ、人質がいるような状況ではそもそも発砲するべきじゃない」

 

掘り下げちゃダメだ。ジト目で振り返り矛先を変え、次いで眠そうにしゃがみ込んでいる長姉にも突っ込む。

「それで、なんで暁は座ってるのよ?」

「火薬の匂いが染み付いてるなんてレディじゃないわ。それに私のは響が持ってるし」

「だったら暁も香水着けなさいよ!」

 

地団駄を踏んでいる雷の奥では、突っ込むのが面倒なのか、我関せずとでも言いたげに阿武隈と電だけが黙々と射撃を続けていた。

 

これが普段通りの訓練風景なのかな。

 

 

 

そんな感想を抱いていると、後ろから唐突に声をかけられた。

「お、阿賀野さんじゃーん。ちーっす」

Tシャツにジャージといったラフな格好で現れたのは鈴谷だ。

なんてことない着合わせで、しかもダサTなのに、こんなにキレイに決まっているなんてこの人、本当は何者なんだろ?

 

 

「あら、珍しいわね」

「たまにはねー」

 

鈴谷に声を掛けた霞だったが、何か思いついた様子だ。

「ちょうど良かったわ」

 

 

鈴谷はこの艦隊の陸戦教官を務める実力者らしい。

いやぁ女の私から見ても魅力的なこの人が教導クラスだなんて、天の采配には多分に贔屓が入っていると思う。

 

「阿賀野さんはまったくの初めてだから、拳銃での射撃を見せてあげてくれる?」

「うん? 鈴谷の見てもあんまり参考になんないと思うけどなー」

 

そう言って担いでいたバッグからゴソゴソと拳銃を取り出した。

見た目からは何事もキッチリとしていそうな美艦なのに、バッグの中はあまり整頓されていないようだ。そんな放り込まれただけ、みたいな収納の仕方で大丈夫なのだろうかと心配になる。

 

 

 

鈴谷が手にしているのは見るからにゴツい拳銃で、阿賀野が手にしている物よりも一回り大きい。

 

「見られてると緊張するねー」

なんて言いながら、特に構えるでも緊張するでもなく、ひょいひょいっと的に向けて発砲する鈴谷。

 

それまでの発砲音とは比べものにならない.50AEの音と衝撃を響かせ、的を木っ端微塵に吹き飛ばしてみせた。と、同時に。

 

「熱っ!」

 

空薬莢が胸元に飛び込んだようで、Tシャツの首元を伸ばしてパタパタやってる姿はとても扇情的。

 

 

「なんでそんな服で来たのよ」

訓練の様子を見ていた霞は感嘆の声をあげていたが、そんな鈴谷の姿を見てすぐに微妙な顔になった。

 

「ハンドガンの予定はなかったんだよー、熱っつ、これ火傷残らないかなー」

小銃でも同じように排莢されるはずだが、果たして彼女にどんな予定があったのかは謎だ。

 

 

「よくそんなので当てるわね」

「いやーこれだけは自慢なんだよ。でもこの距離が限界かなー、拳銃万能論なんてやっぱ幻想だね」

 

……ムラサキか。霞と鈴谷の会話を聞き流しながら、派手なのを着けているんだなと阿賀野は思った。

 

 

 

「トリガーには撃つとき以外に指かけちゃダメ」

そんな風に阿武隈から教えられた。

 

「トリガー?」

「引き金のことです」

 

「最低限守らなければいけない銃の基本は3つです。その1、常にマズル……銃口のことですね、マズルは安全なところに向けておく。その2、撃つ直前まで安全装置は外さない。最後、先程も言いましたがトリガーガードの中に指を入れない」

「ほうほう、安全装置ってどれですか?」

 

「その銃にはないよ」

横から響がアッサリと言った。

 

「危ないじゃないですか!」

「まぁ危ないかな? でも撃つときまでトリガーに指をかけないって基本ができてたらメーカー的には大丈夫らしいよ」

 

 

 

「それじゃあ、撃ってみましょうか」

 

 

銃と一緒に持ってこられた弾薬を一箱撃ちきったところで、訓練終了の緩い空気が流れ始める。

初めて撃った拳銃の衝撃から腕は痺れるし、何気に弾倉に弾を込めるのは指が痛かったので、ホッとしたのだった。

 

 

 

「そろそろ本命をやりますか」

「さて、何を使ってもらおう」

本命??

 

「M4でいいんじゃない? 一般的でしょ」

「聞き捨てならないね、一般的というならAKこそが全ての基本だろう」

「ちょっと、一体なんなんですかー?」

 

雷と響が言い争いを続けているが、自分の関わっているであろう話題についていけないのはゾッとしない話だ。

 

 

 

「ハンドガンは“とりあえず”なんですよ。現場では撃ってもなかなか当たりませんー。だから陸戦で使うのは主にアサルトライフルなんです」

「待った、だったらM4はアサルトカービンじゃないか。アサルトライフルじゃないよ」

「その話題は面倒だから持ち出すのやめてくれますぅ?」

 

 

「カービンなんて軟弱な物を勧めるなんて気が知れないね」

なにか譲れないポイントでもあったのだろうか、よくわからないが。

 

「でも使えなかったら意味ないじゃない。部屋に置いてあるアナタの銃、大きいし重いし邪魔なんだけど」

相変わらず座り込んだまま訓練に参加しようとも思っていなさそうな暁が呟いた。

……ここまでにしておこう。響が静かに決意した瞬間だった。

 

 

 

ともかく、と阿武隈がまとめる。

「M4派とAK派の二大勢力はいつの世も争いの火種なんですー」

 

「あら、FA-MAS派の秘書艦様に聞かれたら粛清されちゃうわよ?」

またもやなんのことかはわからないが、雷の一言に一瞬みんなが静かになった。

 

「鈴谷はステアーだから、なんとも言えないねぇ」

巻き込まれまいと蚊帳の外を決め込む鈴谷だったが、それは霞の一言であっけなく捕らわれる。

 

「じゃあステアーでいいんじゃない? どうせアナタたち普段アサルトライフルなんて使ってないんだし、鈴谷が教えなさいな」

 

霞の言うとおり、主な任務が要人警護である第1陸戦隊はアサルトライフルを使用しておらず、個人防衛火器と呼ばれるP90が主だった装備になる。

 

 

 

「いやいや待ってよ、阿賀野さんだって陸上で戦争するわけじゃないんだよね! だったら現実的な用途はSMGじゃん?」

 

艦娘と言われる彼女らの性質を考えると、陸上での戦闘行動はひどく限定的なものになる。

屋外戦はあっても野外戦はあまり想定されておらず、そして水辺であれば、それこそ艤装による砲撃を行うのだからそもそも小火器を必要とすらしない。

艦娘が小火器を使用する状況は限られているのだ。

 

 

 

 

「サブマシンガンねー。ならMP5でいいんじゃないかしら、今後揃えるにも手軽でいいわよ」

「MP5? バーチャルリアリティとか?」

「音楽も動画も関係ないわよ。ただの銃の名前」

 

 

 

よく知ってんのね。と霞に問われた阿賀野は、妹が詳しいんでと言って頬を掻いた。

 

 




銃の呼び方が各人で違うのは仕様でっす。
(後)から始まってますが、特に問題はないでしょう。


野球を知らない山田さんが、M4派とAK派を例えてみる。
多分、巨人派と阪神派のようなものだ。
そしてFA-MAS好きは日ハム。

仲良く語り合ったりはできない気がする。



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〜噂の艦隊へ〜(後)2

霞の趣味に合わない霞の愛用銃。
果たしてそれにはどんな逸話が隠されているのか……。


霞と一緒に居ることが多い金剛は同じくワルサーのP5を持ってる。
霞の銃のお姉さんみたいな銃だ。

「英国銃じゃないんだね」と聞かれたときに「そこまで英国にこだわってるワケではアリマセーン」と答えているが、実は英軍に採用されていた銃だったりする。


これぞ英国流だぜ。


感想や評価が増えたおかげ?
評価のゲージがオレンジ色になった。

嬉しい。




「MP5は代表的な短機関銃だし、弾も一般的な物を使うからおすすめだよ」

 

結局、阿賀野には陸戦教官でもある鈴谷が教えることになり、ガンセーフからMP5と呼ばれる銃を持ってきてもらった。

「なんか大きいですね」

「んー、鈴谷が使ってるやつに比べたら、これで小さいほうなんだけどね」

 

 

「とりあえずマガジン3つくらいは弾込めようか」

先ほど使い切った物と同じパッケージの弾が新しく積まれる。

「さっきと同じ弾使うんですね」

「そそ、揃えておいた方が運用するのに楽なんだよ」

 

なるほど、普段それぞれ口径が違う砲を運用する艤装は弾頭が違ったりするので、同型艦以外とやり取りをすることは稀だ。それを思うと、確かに弾薬が共通なのは現場としても助かるんじゃないかと思った。

 

マガジンを机に押し付けるようにして、弾を込めていくが、この作業は地味に面倒だ。

「じゃあ私たちも弾込めしましょうか」

阿武隈がP90のマガジンと弾を持ってテーブルに並ぶ。

 

「なんか変な銃ですね」

「変わってますよねー、私は結構好きなんですけどー」

さっきも撃っているところをチラッと覗いてみたが、形もさることながら構え方も相当変だ。

「撃ちやすいんですか?」

「慣れちゃえばなんとも思わないですけどねー、でも長く撃ってると手首痛いです」

 

「そっちの弾はなんか細長いんですね」

「これは特殊弾を使うんですよー」

「ふーん」

 

次々とマガジンに弾を押し込んでいく阿武隈の手元を見て、なんか込め方まで変わっている銃なんだなと感想を持った。

 

「でも弾は揃えたほうが手軽だって言いましたよね、なにか理由あるんですか?」

「電たちのチームは弾に合わせてハンドガンを揃えているのです」

そういって電が自分の持っている拳銃を見せてくれた。

 

「おお、かっこいい」

「でも私にはグリップが大きくて大変なのです」

長い弾に合わせてグリップも大きいんだ、考えられてるなー、つまり主砲に弾薬庫がくっついているようなもんでしょ? うん、艦でやったら誘爆必至の超危ない兵装になるね。今でも十分危険なのに。

 

鈴谷が鼻歌交じりに込めている弾はそれらより一回り大きい。

弾は揃えたほうが楽だと言いながら、てんでバラバラな物を使っているのはどうなんだろ。

 

「いろんなのがあるんですね」

鈴谷が使うステアーAUGのマガジンは銃の後ろ側に挿さっているし、阿武隈たちのは銃の上に乗っかってる。使い方がこれだけ違うと運用に支障をきたしそうだなと思う。

 

「阿武隈ちゃんのやつも私のやつも特殊っちゃー特殊な銃だからね、阿賀野さんが持ってるMP5が1番一般的な形じゃないかなー」

そう鈴谷が教えてくれた。

 

 

なんか鈴谷さんのやつのほうが弾を込めやすそう、透けててかわいいし。これもやっぱり慣れなんだろうか。

「そういや鈴谷さんのはアサルトライフル? ってやつなんですか?」

「あぁ、鈴谷の場合は用途が違うからねー。鈴谷の仕事は護衛じゃないし」

ふーん。聞いてもやっぱりわからないや。

 

 

ようやく弾込めが終わり、鈴谷が今後の流れを説明する。

「まずは単発で撃ってみようか、その後フルオートをちょっちやってみて、慣れたら突入訓練やろう」

 

後ろにある金属製のストックとやらを伸ばす。それを肩にしっかりと当てて、骨で支えるんだと教えられた。

銃に関する心得は先程の拳銃と同じで、この銃にはちゃんと安全装置もあるらしい。

 

「MP5のセーフティはこのレバーね、この弾の絵のところに合わせて撃つんだよ」

「上のいっぱい描いてあるほうはなんですか?」

「そっちはフルオートだね、阿武隈ちゃんが撃ってたみたいに連射できるんだよ」

 

 

そして早速撃ってみる。さっきと同じ弾だけど、反動が少なくこっちのほうが撃ちやすい。大きいほうが衝撃が少ないってのは面白い感覚だ。

艦砲だと、砲身を大きくしたならついつい砲弾も大きくしたくなる。そんなもんだ。

 

「それじゃあ次は、適当にフルオートで撃ってみよ! トリガー引いてる間は弾が出続けるから、タタタン、タタタン、タタタンってなリズムでよろしくー」

「え、どんな感じなんですか、阿賀野お手本が見たいなーなんて」

 

「じゃあちょっちやってみるから、あ、こっち側で見てた方がいいよ」

そう言って自分の左側に立つよう促した。

 

 

レンジに立った鈴谷が銃を手に取り、なんでもないことのように構える。

その姿は構えも様になっていてとてもかっこいい。

 

おおお! 凄い音だ!

さっきまで私が撃ってた銃より断然うるさいね。しっかしなにやってても格好がつくのは美人だからか、ダサTなのにズルい。

 

「はへー、格好良い。鈴谷さんの銃って迫力あって凄いですね」

「あはは、コレでもARだからね。コイツはコレでARとしては弾が小さいほうだから、まだ静かなもんだよ」

 

「阿賀野もステアーがいいなぁ」

「撃ちやすいけど、最初からコレ使うのはあんまりお勧めしないかなー」

「そうなんですか?」

 

「使い方が独特なんだよ、いざ撃とうとすると二段階目のトリガー壊れてるんじゃね? ってほど硬いし。その割に慣れないと敵を前にパニクってフル引いちゃう。それに機関部が顔に近いからねー。ちょっち怖いし、連射してると難聴になるわガスは浴びるわでお肌もボロボロに」

「あ、やっぱりやめておきます」

 

ほとんどなにを言っているのかわからなかったが、怖いのも肌が荒れるのもごめん被りたい。

角質レベルで超整ってそうな美肌を装備してる鈴谷さんに言われても納得はできないけど。

 

 

あらためて、私の番。いざ! と思ったとき

鈴谷さんが後ろに立って私の肩を後ろから押してきた。

「あの?」

「まっ気にしないでよ、後ろにひっくり返ったら大惨事になるからその予防ね」

「そんなに反動あるんですか?」

ちょっと怖い。

「いやー、ほんと万一の予防だよ。MP5は拳銃弾だし、反動なんて軽いもんなんだけどね。一応の一応」

 

 

「おおお、おおお、おおおおおー」

たーのーしー。これは、艤装とは違う妙な快感がある。調子良く撃ち放しているとあっという間にマガジンが空になってしまった。

「指はこまめに切らないとすぐ弾切れになるから注意してねー」

楽しそうにしている阿賀野に鈴谷も嬉しそうだ。

 

だから、ストレス解消に持ってこいかもと、このときは軽く考えていた。

 

 

阿賀野が撃ち終わったのを見届けると霞が言った。

「ちょうど阿武隈たちが突入訓練ね、上に行きましょうか」

 

建物の屋上に上がると下の迷路が一望できた。

一縷の風が、霞の香りを運んでくる。やっぱ良い匂いだなーと、クンクン鼻を鳴らす。

この凛々しい駆逐艦娘からは火薬の匂いも潮の香りもしない。ホントに艦娘か? 実は司令官の娘ですと言われたら納得しちゃうかもしれない。

 

「ひひっ、あの子ら面白いからちゃんと見てなよー」

「面白い必要はないんだけどね」

二人はそう言って、突入訓練とやらを行う阿武隈たちを見下ろしている。

 

突入訓練用に設けられた迷路のような建造物の入り口前に集合していた阿武隈たちに霞が無線で声をかける。

「今日は上から採点してあげるわ」

「はーい、お願いしますー。じゃあ早速やりますよ」

「いつでもどうぞ」

 

 

 

 

「ん、人質なし!」

入り口から室内を一目で確認した暁が告げた次の瞬間。鈍い音と共に室内が土煙で包まれたのが屋上から見えた。

 

「ちょっと? なんでグレネード使ってるんですかー!」

「うん? 1番手っ取り早くて確実じゃないか」

 

そう、人質がいないとわかった途端、響がハンドグレネードを投げ込んだのだ。

 

「わかりますー、その通りですー! でも今は射撃での突入訓練ですー!」

阿武隈の叫び声に被さるように、また鈍い音が木霊する。構わず奥の部屋に進んでいた暁、響組がまたハンドグレネードで標的を吹き飛ばしたところだった。

 

「だからー、指示に従ってくださぁーいぃー!」

慌てて暁らの後を追いかける阿武隈だが、雷、電の妹組がついて来ていないことに気付く。

 

 

「人質の救出、成功なのです」

「この雷さまにかかればこんなものよ」

通路を進み、別の部屋の制圧を続ける二人。

 

「なんで二手に分かれちゃってるんですかー!」

「え? だって二手に分かれた方が早いじゃない」

「わかってますー、そんなの知ってますー! でも今日はフォーメーションの訓練なんですー!」

 

 

 

隣の霞を見ると、明らかに先ほどまでより眉間のシワが深くなっているように思う。

おおぅ、体が震える。きっと高いところで風に当たってるせいだ。

反対側では空気を読まずに鈴谷が爆笑していた。

 

「ま、いいじゃんいいじゃん。あんなでも第一のみんなは上手なんだし」

確かに、滅茶苦茶やっているように見えるが、素人目でも通路の警戒や室内の制圧がスムーズなのだ。

 

 

「いいわけないでしょ」

怒ってる声ではないが、むしろ感情を交えない静かな一言が怖い。なにか話題を変えよう。

 

 

「そ、そうだ。さっきは話に混ざってなかったですけど、霞ちゃんはアサルトライフル? だとM4派なんですか? それともAK派なんですか?」

「ワタシ? ワタシの体格でアサルトライフルは大きすぎるわ。持つならMP5よ」

 

唐突な話題の転換にビックリしたようだったが、こちらに顔を向けた霞は笑顔でこそないが、今まで通りの霞だった。

 

 

「でもそうね、ワタシが使うってわけじゃないなら1番好きなのはG3ね。ゴテゴテしたのは好きじゃないの」

 

新しいのが出てきちゃったなー。

しかしなんだかな、なによりもゴテゴテしてる拳銃持ってるのに。

もちろんそんなことは口に出さない。

 

 

その話だけどね、と鈴谷が耳元で物騒な話を追加する。

「FA-MAS派なウチの秘書艦様は泣いてる子でも淡々と問い詰める悪鬼のような艦娘だから、彼女の前では禁句だよー」

「鈴谷、適当なこと言わないの。本気にしないでね」

 

 

「でもホント、あんな薬莢捻じ切る欠陥銃のどこがそんなにいいんだか。なんならG3をウチで正式採用してもいいわ」

 

「で、この子がその秘書艦とガチでやりあってなお最上位の権力を保持する魔王のような艦娘様ってわけ」

「鈴谷!」

 

「あ、あははは……」

話半分に聞いておこう。おっと、勘違いしないように。この場合の半分は半分冗談だろうってニュアンスじゃなくて、半分は留めておいて注意しようって意味だよ。

 

今更ながら阿武隈さんの言った『こだわりが強くて面倒臭い』というのが実感できた。

 

 

「でもFA-MAS Félinのほうなら問題点もクリアされてるんじゃないかなー」

「イヤよ、あんなゲテモノみたいなヤツ。時雨だってあんなのFA-MASだと思ってないわよ、きっと」

 

 

その後も霞は、FA-MAS自体が実戦で使うには信頼に値しないということをとうとうと語っていたが、話を混ぜ返した本人である鈴谷は途中から聞いていないようだった。

そもそも、鈴谷が言っていたとおりアサルトライフルを使用する状況がひどく限定的であるので、この艦隊では基本的に採用していないそうだ。

 

霞の推す肝心のG3も艦娘が陸上で使うには重すぎるらしいし。細かく分けるとG3はそもそもアサルトライフルではなくバトルライフルに分類されるとのことで、あぁ本当に面倒な人たちだ。

 

 

 

視線を下に戻すと、ようやく指示に従う気になったのか暁を先頭にそれぞれが警戒しながら屋内を進んでいる。

 

「人質が二人」

鏡を使って窓から室内を一瞥した暁が言った。途端、今度は凄まじい閃光が周囲を包む。

 

「Поехали!」

2番手を勤めていた響が声をかけ、雷と電が室内に流れ込んだかと思うと、すぐさま犯人の的だけを迷うことなく射止めていく。

 

 

「よくあんな一瞬で人質の有無がわかりますね」

「暁は目がいいのよ。それ以外はホントに何もしないけどね」

確かに、まだ彼女が発砲してる姿を見ていない。ところであの子、手ぶらに見えるんですけど?

 

 

「今度はスタングレネードですかー!」

銃声が止んだかと思えば、代わりに耳に響くのは阿武隈の甲高い声だ。

「人質がいるようだったからね」

 

「むぅ、もういいですけどー、奥に投げ込み過ぎです。ほらー、人質さんが焦げちゃってるじゃないですか! スタングレネードだって至近距離で破裂したら普通に負傷するんですから気を付けてくださーいー」

「ふむ、Век живи, век учись. と言ったところだね」

「どういう意味?」

聞き取れない言葉を発した響に雷が聞く。

 

「生きてるかぎり学べって意味だよ」

「今日はスタングレネードを学ぶ予定はなかったんですけどね」

 

 

 

「目標時間もクリアしたんだし、まぁいいじゃない。霞ー、結果はどう?」

「過程には問題があったようだけど、結果に問題はないわ。犯人の見逃しなし、人質の誤射もなし。あぁ、最後の人質は焦げたんだっけ? それでも制圧時間は大したもんよ」

 

霞的には納得の結果となったようで、阿武隈たちにそう告げていた。

 

 

 

「それじゃあ荒らした部屋を片付けますよー、特に響ちゃんがグレネード投げ込んだ部屋が酷いことになってますから」

「うん、片付けもするのかい? 設備の人たちに任せればいいじゃないか」

「次は阿賀野さんが体験するんですー」

 

まさか自分で後始末をするとは思っていなかったようで、露骨にしまったという顔をしている。

「もう、響が調子に乗ってグレネードなんて投げるから」

 

 

しばらくかかりそうねと、霞が溜息を吐いた。

 

「私がアレやるんですか!?」

「軽く体験だけよ」

「そんじゃ、下が片付くまでにまずは簡単にレクチャーといきますか」

 

そう言って、突入についての説明を鈴谷がしてくれることになった。

 

 

「訓練の目的は、まあ屋内戦への備えなんだけど。CQBっていう近接戦闘を学ぶことなのだよ」

「近接戦闘ですか?」

 

「鈴谷たち艦娘は、砲戦魚雷戦っていう決して近くない距離で戦うことが多いからねー。こうやって訓練でもしないと近接戦闘なんてまったく身に付かないんだよね」

 

 

「それ必要あります?」

説明されても、あまり必要性がわからない。

 

「艦娘として、人型で生きるなら。ね」

「せっかく艦娘になったんだから、その能力は使わないともったいないってのがウチの提督のモットーでね、鈴谷もそう思うよ」

 

 

「こんなご時世だしね、『生きることは戦うこと』。前に司令官にそう言われたわ」

「陸の上でなす術なく……、なんて鈴谷はごめんだからねー」

そう口々に話す二人。

はぁ、近接戦闘ねー。阿賀野的には陸上で戦闘っていうのがそもそもわからないんだけど。

 

 

「使う使わないじゃなく、出来る出来ないのほうが重要なのよ。何事にも備えておくのが軍人だし、ウチは欺瞞(ぎまん)の方法から歩き方までやるわよ」

 

 

 

それはそうと、阿武隈たちの訓練を半分他人事のように見てたわけだが、あの人型の的ってつまり人間さんなわけでしょ? 全員射殺か爆殺してたように思うが、それって艦娘的にはどうなんだろう。

 

 

そんな風に思っていた。

 

 




阿賀野姉ぇの突入訓練の結果?
そりゃあもうあれよ、あれ。


え? 霞のPPKの話?
ここで明かされるなんて書いてないじゃん?


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第4章 南西海域
戦争は女の顔をしていない


戦場でのことは霞にお任せな提督さん。
戦争は戦う前に、が信条なのでいろいろやってます。

海戦前の日常回(?)ですわよ!



本日の俺たちは、シンガポールで開かれているちょっとしたパーティーにお呼ばれしている。

 

 

俺と金剛とでせっせと参加し、普段からコネ作りに勤しんでいるある意味での職場になるのだが、今回はいつものお歴々のみなさんの他、若い実業家さんやら地域団体の代表さんやらと幅広い人脈が集まると言うので、俺たちも趣向を変えて望むわけ。

 

 

いやーこんなご時世でも、持っている人は持っているんですねー。

我が国含め、海洋国家はその殆どが致命的なダメージを負ったはずなのですが、どうやら人類という種はこの程度の世界の危機なら変わらず経済活動を行い、変わらぬ繁栄を目指すようだ。

あるいは、隕石が落ちてきてもそうなのかもしれないな。たくましいことです。

 

もっとも、弱者が搾取されて強者だけが栄えていく。なんてのは深海棲艦が出現する遥か昔から当たり前に行われてきたことなので、もともとこの状態をして「世界は平和」だったわけだ。

マクロの世界で言えば、ずっと搾取する側であり続ける日本国。その民である俺が問題提起するような類の話ではあるまい。

 

 

軍人であるはずの俺にとってはアウェイ感漂う煌びやかな世界だ。だって軍人ですもの。

同じように、軍艦であるはずの金剛はというと……。うん。大方の予想どおり。

まるでホームに帰って来たと言わんばかりの馴染みっぷり。

 

なんでアイツ、戦艦なんてやってるんだろうね。

 

 

 

 

 

 

「わっ、金剛さん凄く綺麗です!」

「ワーオ、嬉しいデース」

紺色のドレスで着飾った金剛を見て阿武隈が感嘆の声を上げる。

場の空気に完全に溶け込み、堂々とその存在を主張する金剛は、もともとこの世界の住人なのだと勘違いしそうになる。

 

ホントに綺麗だよな。見違えるようだ。

「なんですか? 普段は綺麗じゃないみたいな言い方Death」

「あれ? 俺だけ扱い違くね」

 

いや、金剛は普段も綺麗だよ?

でもパーティーでの金剛はさらに美しいって言いたいのよ。

 

 

さすがにパーティー慣れしている金剛は、会場でも一際目を引く大輪の薔薇って感じ。

一時期は俺と一緒に連日連夜参加したからね、地元有志の方や政治家さんとの繋がりってあると便利なんだよ。ホント、有ると無いでは大違い。

特に俺みたいに後ろ盾もなく異国に放り出された若造的には。

 

覚えておくといい、社会に出てから遭遇する多くの困難は、コネがあるだけでそのほとんどを回避できる。

仕事に慣れることよりも先に、まずやるべきことが人脈の形成なのだ。

うん? 自己の能力を磨くだって? それは当たり前にやっておけ。

 

 

 

さて、本日も変わらず決まっている金剛さん。

今回のドレスは上品さや高貴さをイメージ。そろそろ社交界での高嶺の花ポジションを掻っ攫っちまおう。そんなところだ。

もともと素体は最高品質クラスだし、頭も良くて空気も読める女だからね。下積みはもう十分でしょ。

 

最初は辛かったもんな、お金も全然ないしで苦労を掛けた。

まさか金剛が壁の花扱いされるなんてな……。

社交界の新人を歓迎する強烈な洗礼をいただいてしまった。

 

その日の金剛が荒れに荒れたのは言うまでもない。

でも、もうみすぼらしい格好で恥をかかせたりしないぜ!

 

 

 

 

しっかし、打ち合わせどおりのやる気っすな金剛さん。

こんなの一目合えば恋に落ちちゃうんじゃない? 満を辞しての勝負だからって張り切りすぎだ。よっぽどパーティーでのストレスを溜めてたんだろうな。

 

 

ようやく日の目を浴びることができる。そんなステージで彼女が選んだ武器がこれ!

 

このドレス、背中がガッツリ開いているぅ!

 

……ちゃんと履いてるよな? 腰のカナリ際どいとこまで見えちゃってるけど。

 

まあいい。

ついでに驚きの金額でもあったそのドレスだが、今までの迷惑料とこれからのための先行投資にしておいてやる。

本日はその自慢の背中と腰で大物を釣り上げつつ、パーティーの花へとなってこい!

 

 

 

 

そう、今パーティーでの金剛は話題の中心メンバーのステージにカチコミに行くので、いつもやってる媚び売りができない。

だから代わりに連れ込んだのが阿武隈。

 

同じく着飾っている阿武隈は豪奢な雰囲気が漂う赤色のドレスで、初めてのパーティーに少し興奮しているのか上気した顔がかわいい。

 

なんて言うか、阿武隈って派手だよね。

 

そんな阿武隈のドレスは定番のAライン。真紅のドレスをこれだけ見事に着こなせるのは素直に感嘆だ。女性を華やかに魅せるのにこれ以上のラインが存在するのだろうか、これを世に送り出したクリスチャンディオールのセンスに脱帽。

中身の造形の良さについては親に感謝といったところだが、阿武隈の場合、親は浦賀船渠の方々でいいのかしら?

 

 

「阿武隈も似合ってるね、大人っぽいぞ」

「えへへ、そうですかー?」

「夕立はー? 夕立はー?」

 

 

本日の警護艦である夕立も、淡いクリーム色のドレスを身にまとっている。

こちらは二人と対照的にシンプルにまとめた清楚スタイルで、スレンダーラインのドレスが妙に似合う。

首元の細っいチョーカーがアクセントになり、幼さの中にもそこはかとないエロさを感じてしまう。これはもしかすると提督だけかもしれないがな。提督病というやつだ。

 

 

「お前はそういう格好してるとホントお嬢様って感じだな」

 

やもすると体の弱い深窓の令嬢にも見える。

まさか普段返り血に塗れて、第二外国語が肉体言語の艦娘に見えはしまい。

何人か騙されて釣れそう。女の人は化けるから怖いね。

 

 

 

「金剛さんはいつも来てるんですよね?」

そんな何気ない阿武隈の質問。

 

「ソウネー、こういうのは慣れなので」

……腹芸ができて見栄えが良いからなんデスけどね。と心に汗をかきながら金剛は思った。

そしてまったく同時に提督も、腹芸ができて見栄えが良いからだなんて言えないよなと思っていた。

 

阿武隈を汚い大人みたいに育てるのは止めよう。そう心に誓う二人。

見栄えが良いのはすでに確定しているのだが、彼女まで腹芸を修める必要はないだろう。

 

 

 

 

目に入るものがなんでも目新しいようで、会場をキョロキョロ確認している阿武隈が言った。

「なんで今回はワタシもなんですかー?」

 

「見栄え重視だ」

「エッ?」

身も蓋もない話だが、広報活動ってのはとどのつまりはそう言うことなのだ。

 

いやなに、特に難しいことはしなくてもいいので安心してほしい。

なぜなら美少女は最初から勝てるようになっているのだから。

 

シンデレラを見ろ。

彼女は「パーティーに参加」さえできたら姫にもなれる実力者だぞ。

あの素体があったからこそのガラスの靴だ。

 

かの有名な童話が我々に教えてくれるのは、実力のある者は些細な切っ掛けがあるだけで大成するということ、そして、その切っ掛けとなるのは多くの場合で他者からの介入であるという2点。

 

つまり、すでにパーティー会場にいる阿武隈には障害などなに一つないのだ。

 

 

「阿武隈も夕立も、どこに出しても恥ずかしくない自慢の美少女だ。それだけで勝ったも同然よ」

「確かにそうネー、二人ともドレスが映えます。本当に綺麗デス」

 

パーティー経験者から手放しで絶賛された阿武隈と夕立は嬉しそうだ。

身内の贔屓目はあるかも知れないが、それを差し引いても二人のビジュアルは十分な点数を叩き出していると確信できる。

 

 

「火薬の匂いとか染み付いてないですかー?」

気になるのか、そう言って腕のあたりを匂っている阿武隈が妙におかしい。

 

「砲撃で付くのもやっぱり硝煙の匂いって言うんですかネー」

金剛が変なところに突っ込んでいく。今重要なのってそっちだった?

 

「もぅ! 提督まで匂いを嗅ぐのやめてくださーいー」

いや、気にしてるようだったから確認だよ。

そして重要なことを確認した結果、阿武隈は良い匂いがする。ということを再認識した。

 

お前フェロモンでも出してるのか?

 

 

 

「それで、今日はなにをすればいいんですかー?」

「お前は媚びを売って周ってこい」

 

それだけで今回の目的は概ね達成できるはずだ。

とにかくニコニコと笑顔を絶やさず、話し掛けられたら快く応じて会話する。

 

この海域のシーレーンを握る俺たちに、打算で近付きたい奴らの層はもう発掘できている。

あと必要なのは信奉者。簡単に言うとファンだ。

 

 

「夕立はー? 夕立はー?」

「夕立は俺の側で飯食ってりゃいい。おっと、今日はいつもより30%速度を抑えて食べてくれ」

 

夕立は俺の警護も兼ねてるから側に(はべ)らせておきたい。

決して目の保養がどうとか、こいつは喋るとたまに物騒だからとか、女一人連れてない情けない男だと思われたくないって理由じゃないんだからね!

 

 

 

「阿武隈はイメージ戦略デスカ?」

「その場にいるだけでかわいいからな。愛嬌振りまくには打ってつけだろ」

 

言われて照れている阿武隈はこのまま部屋に持って帰りたいほど愛らしい。そしてこの愛らしい艦娘こそ、海戦ともなると最前線を駆け回る水雷戦隊の、その一水戦の旗艦を務めるエリート軽巡なのだ。

 

実もあり名もあり花もある。

 

阿武隈は、艦娘のプラスな部分を分かりやすく体感させるのに相応しい存在だと思う。

 

さぁ、お前たちを戦争の道具だ兵器だなんて思っている奴らに見せてやるがいい。

こ れ が 艦 娘 だ !

 

 

 

 

「提督もかっこいいですね、なんか大人の男性って感じです」

提督を覗き込むようにした阿武隈が、珍しくそう褒めてくれた。

いつも大人なつもりだが、いまいち伝わってないのかな?

 

「惚れ直したかな? じゃあパーティーが終わったら二人で飲みなおそう。実は部屋を取ってあるんだ」

「その部屋にはワタシたちもいるんデスけどネ」

 

パーティーが終わる時間も時間だしね。

本日はこのままシンガポールにて宿泊。リンガに帰るのは明朝になる。

 

 

 

「さてと、そろそろ仕事しますか」

 

 

お仕事お仕事。

もうお分かりいただけたと思うが、今回の夜会侵攻作戦の目的はウチの艦隊と艦娘と、まとめて好印象を抱いてもらおうというわけだ。

 

 

 

「ふーん。じゃあワタシはナニしますか?」

お前はさっさと行って、いつもどおり微笑み浮かべて腹芸してこいよ。

 

「ワーオ、愛を感じられません」

 




そうして社交界の花になることができた金剛。
しかし、そこにはそんな彼女を恨めしげに睨む女の姿が!?

愛憎と打算が渦巻く夜の世界で、金剛は羽ばたくことができるのか。

次回、「右ストレートでブッ飛ばす」。
来週も、サービスサービスぅ!



本日の阿武隈さんは白色のストラップレスブラ。
タイツはガーターで吊ってます。


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〜ハチミツを落とした紅茶〜

20万字を超えてしまいました。
通しで読むと結構な文量になりますね。

それを記念して?
本日20時に、『信長公戦記 〜 提督へ 〜』の1話が公開されます。

そちらは「とりあえず」で、こっちが落ち着くまで増えていかないとは思いますが……。




窓からは、夕日が海に溶けていくのが見える。

心を刺す、痛みにも似たなにかを思い出させるような、そんな美しくも儚げな色に染められた空。

 

この星から贈られたようなその絶景は、誰のための(はなむけ)なのか。

 

 

 

 

 

執務室ではいつものように、彼女が事務作業をしている。

必要とされる物資や資源。調達が可能なそれらの量。それから考えられる作戦内容。

 

いつものように、ここには二人だけ。

 

 

 

 

「ああ、そんなこともあったわね。ワタシは後発組だったから」

 

彼が尋ねたいつかのできごとを思い出しながら、彼女はそう言った。

 

思えば遠くへ来たものだ。

あの日のことは泡沫の一コマのように。

 

 

 

 

「もう内地に戻りません?」

執務机の前にしゃがみ込んだ男が覗き込むように顔だけだして、労わるようにそう言う。

それに答えた少女はあくまで頑なだ。

 

「戻らない」

 

 

「呉のことなら、もうあのときの将官たちなんて残ってやしませんよ。横須賀からも再三助力を求める連絡がきてるんですけどねー」

「戻らないったら」

 

 

 

「ここは国家の要よ、ワタシたちじゃなきゃもう維持もできない。アンタもずっと海運に携わってきたんだから、わかるでしょ?」

 

少女は「たち」と言ったが、私はいかほどの役に立てているのだろうか。もしかすると、その「たち」に含まれるのは在りし日の※※※※を指していたのかもしれない。

 

 

窓の外に視線を向けた少女はその瞳になにを映しているのか。

想像することならできる。共に過ごした時間は嘘ではない。だけど、それはやっぱり答えではないのだと思う。

 

 

 

ずいぶんと長い間、ここではないいつかの風景を見ていたのだろう。

それに満足すると、少女はまた机の書類に目を落とし、それからポツリと心情をこぼした。

 

「ここはワタシたちの海なのよ。離れたくないわ」

 

同感だ、長いとも短いともいえない時間をここで過ごしたのだ。

みんなと過ごしたあの時間は、ともすれば曇りがちになる心の中で閃光のように今も輝き、私の瞳にも確かに焼き付いているのだから。

 

 

内地に帰ろう。

なんて、口に出して言ってみただけだ。

彼女には休息が必要だと思うから。しかし、彼女がここに残ると言うのなら、彼女を支える友人としてここを去るわけにはいかない。

しがみ付くように、それがどれほど意味のない、滑稽なことであってもだ。

 

「ねぇ」

 

一瞬、誰から声を掛けられたのかわからなかった。ここには二人だけしかいないので、男の精神が狂っていないのなら、当然彼女からのものだとわかったはずなのに、だ。

 

 

その声は、今までに聞いたことがあったかと考え込んでしまうくらい。弱々しく、伺うような、とても“らしく”ないものだったから。

しかし、詰まったのは気が付かれない程の一瞬だ。自身の表情を驚愕に動かすことも、心配の色を浮かべることもなく、いつもとなんら変わることのない口調を返す。

 

「どうかしました?」

 

こういうとき、提督に感謝だ。あの人は大事な場面での対応を決して間違えなかったから。

笑顔を顔に貼り付けているときは、その実なにを考えているかわからなかったし。怒ってみせたとき、必ずしも本当に怒っているわけではなかった。

状況に応じて表情を、声色を、立ち位置を変えるポーカーフェイスな理知の怪物。

あの尊大な性格破綻者は、声に出さずとも色々なものを教えてくれていたのだと、今になってようやく気付くことが増えた。

 

 

 

彼女は逡巡しているのか、なかなか口を開かなかった。しかし急かすこともない。

なにか話したいのであれば、話すときまで待つだけだ。

 

 

「どうして付き合ってくれるの?」

 

なぜ自分を置いて、アナタは横須賀に帰らないのか。彼女はそう聞いている。

 

 

指揮官になれる将校は今や貴重な存在だ。それも前線を経験し、前線で昇進を繰り返す叩き上げともなるとその重要度は倍率ドン。

内地に帰還してその豪腕を振るってほしいと強く望まれているのは事実だ。その能力が私にあるかは残念ながら保証しかねるが。

 

多くを語らずとも、彼女ほどにもなるとそのくらいわかるのだろう。

そして、そんな彼女でもわからなかったというわけだ。私がここに居残る理由。

 

 

 

「そりゃあ、自分は司令官ですからね。アナタのいるところが艦隊ですもん」

 

つい昔の癖が出た。陸軍のようだから止めろと言われたものだ。

平静に見せかけることは案外と難しいらしい。

 

この最前線で生き残ってきた。死ぬ思いなんて何度もしたし、実際に死にかけたこともある。

しかし、それだけだ。

 

自身の能力なんて、そんなの私自身が一番わかっている。私に希有な艦隊運用能力があるとは思っていないし、基地の運営だって未だにさっぱりだ。

彼女のサポートをし、彼女と共にあったから生き残った。私が培ってきたそれは、支えるための力だ。

 

 

彼女はそれきり答えなかった。

返答に満足がいったのか、いかなかったのか。

それでも構わない。二人はもともとそんな関係で時を重ねてきたから。

 

 

もうしばらくしたら、彼女を夕食に連れ出そう。

お腹が空いたと私が駄々でもこねない限り、彼女は机から動かないだろうから。

 

 

 

 

この力は彼女と共にあり、彼女のためのものだから。彼女が所属しない艦隊で、私にやれることなどなにもない。

 

私はここで、彼女が望みを果たすところ見届けるのだ。

 




ノーコメント!


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戦争のカタチ、人のカタチ

これからちょっとずつ黒くなるかも。

でも本格的にアレアレな感じになるのは最後も最後。
南方に進出してからになるので、その前にはちゃんとお伝えします。

それまでは、楽しく読んでいられるような、そんなお話。のハズ。



「提督(笑)、頑張ります。」が更新されてテンションうきうきの山田さんでした。



「アンタは、なにか余裕そうね」

 

 

 

セレターに周辺基地の司令官たちを集め、今後の南西海域の方針をすり合わせるための会議があった。

提督によってもたらされた富の分配と、相互に艦娘を行き来させ合う海域一群となった大きな枠組みのおかげで、この海域にあったかつての悲壮感は払拭され、ここは世界でも最も安定している海域の一つとなった。

 

 

リンガは南西にある一つの拠点という立ち位置から、南西海域全体を一つの艦隊とする、その本隊とも言える立ち位置を確立していた。

 

これでようやく攻勢作戦の検討に入ることができる。

本隊であるリンガの艦隊が進軍している間も、この海域はシステムどおりに抜けた穴を埋め、通常の営みを継続するのだ。

 

 

インドネシアの資源が与える効果は絶大。

次の狙いは西方海域。

一大石油産出地域に在る国々との国交を今戦争前の状態にまで引き戻し、さらに強大な権限を武器に南方海域へ殴り込み。その目処が立ったことを意味する。

 

 

 

 

その帰りだ。

本日の宿泊先である、シンガポールでの定宿に霞と向かっているときに聞かれた。

 

 

「うん? まぁ今回の戦争に関してだけなら焦ることもない。勝ち確のゲームでくらい余裕を見せもするさ」

 

まるで当たり前のようにそう話した提督に驚き、ついつい声が大きくなる霞。

 

「勝ち確? この戦争は勝つ見込みが高いって、アナタはそう言うの?」

「違う違う。勝ち確ってのは確率の話じゃない、勝つのが確定していることを言うんだ」

 

 

 

 

 

それから提督は、教え子に話して聞かせるように、こう言い直す。

「心情をちゃんと伝えるなら、勝つの“は”って言っておこうかな」

「どう違うのよ」

「時間や人命、どれ程のものを犠牲にするのかはわからんが、とりあえず勝ちはするんだ」

 

 

 

「これは戦争と言うよりは、生存権を賭けた戦いだ。古今東西、いつの時代のどこの世界でも、人類がそれに負けたことなんて一度もない」

それは脈々と続く過去が教えてくれる。

霞は頷きながら、静かに続きを待った。

 

「なんなら物語の世界でさえ、人類が滅亡する話なんて数えられるくらいなんじゃないかな。それは、なんでも書き手の自由にできる創作物でもやらないくらい、リアリティのない話だ」

 

 

 

そして無邪気な子供のように、笑ってこう話した。

「人類ってのはとにかく諦めが悪い。ルールのわからないゲームでも、勝つまでやめないからな」

 

なぜだろうか、霞にはそのゲームがとても血生臭く、泥沼のようなものに思えた。

その深い沼の底で、執念深いなにかが、私たちが足を踏み入れるのを手招きで誘っている。

 

 

「勝ち方は俺らが考えるとして、そろそろ世界のどこかでは深海棲艦の今後について話し合いくらいはするべきなんだろうがなぁ、誰かはやってんのかな?」

 

「深海棲艦の今後?」

 

また提督が分からないことを言う。

それなりに長く、この人の側で同じものを見てきたつもりだが。

未だに彼がなにを見ているのか分からないことがある。

 

 

 

「そうさ、絶滅の危機に瀕した彼女らを、根絶やしにしてしまうのか、それとも保護してやるのかってね」

 

 

戦争の最中に、そんなことを考えているのか。

人類が海を追われ、困窮したこんな世界でも……。傲慢なほどのそれが、地球の覇者で在り続ける人類の業なのか。

 

もしかすると、それはどんなに深く彼と繋がり、彼を理解したところで、艦娘であるワタシには辿り着けないところなのかもと思った。

 

 

息を飲んだワタシに提督が続ける。

「個々ならそうでもないはずだが、人類って種族になるとコイツらは我慢も妥協も絶対にしない。勝つまで戦い続け、再び栄華を誇るようになり、排除か管理かの選択をもって脅威は取り除かれる」

 

 

それからこう繰り返したのだ。

 

「さっきも言ったとおりだ。極々当たり前のことだが、生存を賭けた戦いで人類が負けたことはないんだよ」

 

 

 

そうなのかもしれない。

そして提督はこう言っているのだ、国と人類の数がたとえ半分になったとしても、勝つのだからそれでいい。と。

 

彼が自身のことをどう思っているかは分からないが、残った半分の国には日本が名を連ねている。その自信があるからこその考えだと思える。

 

 

だから、彼の戦争はワタシたちと見えているカタチが違うのだと理解した。

勝つのは当然で、その上で勝ち方を考えている。

 

 

 

「日本の一地方に地方病と呼ばれたものがある。致死率が100%とも言える危険なヤツだ。そう呼んでたのは山梨の方だったかな? 対症療法はあったが、結局防ぐことはできなかった。脅威を取り除くことが不可能だと理解した人は、その後どうしたんだと思う?」

 

 

フっと彼がそんなことを問いかけてきた。

リンガに来て様々な書籍を読み漁ってはきたが、疾患の類は読んだ知識以上のものがない。

ワタシたちにとって人間の病なるものは縁遠いものだから。

 

「わからないわ」

 

 

 

「それは寄生虫による疾患だった。だから、原因のほうに目を向けたのさ。100年以上の気が遠くなるような時間をかけて、彼らの生存域を破壊し、そして寄生虫ではなく、その宿主となっただけの貝を根絶に追いやった」

 

どこか楽しそうにそう語る提督は、今まで見知った提督よりも、どこか遠い存在のように思える。

ワタシには分からないが、これは人類の誇るべき成果なのだろうか。

 

 

「人類の都合で、結果的にではなく意識的に撲滅させられた彼らのために、今では供養碑が建ててある。人類は、自分たちを襲う脅威を決して許しはしないのさ」

 

「容赦ないのね」

「そうさ、そして現在ではその寄生虫の名前が消えた辞書まである」

 

 

矛盾しているように思う。

自分たちで滅ぼしておきながら供養の碑を建立し、しかし無かったかのように存在は消えていく。

 

提督は、過去になった。いや、そうなることを分かった上で、俺たちが過去にしてしまったんだよと、そう言った。

 

 

 

「じゃあ、もうどこにもいないのかと言えばそんなことはないんだ。今も研究所内で厳重に飼われ、脈々と代を重ね受け継がれているんだよ」

 

長く地域で脅威を振るったその原因を自然界から消し去り、でもその上で保護しているとも言える。

その理由もワタシには分からなかった。

罪滅ぼしのような感覚なのだろうか。

 

「それはなぜ?」

 

 

しかし、返ってきた答えは、そんなロマンチックなものではなく。

どこまでもシステマチックで、どこまでもプラグマチック。

これが、人という種の本質なのかと、そうワタシに思わせた。

 

 

 

 

 

「いつかまた、どこかでその病気が発生したときに抗原として使用する。だから本体に全滅してもらっては困るのさ」

 

 




人類恐ろしす。

こんな奴らと戦わなくてはならない深海棲艦たちにお悔やみの電報を届けてやりたいぜ!


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〜軍曹着任〜

★目指せ感想100万件★

「少女のつくり方」がハリウッドで映画化される前に、気軽に絡んでおいたほうがいいぜ? 多分それがいい!

お便り待ってます(・ω<)




「いい加減にご飯くらいは食べておいでよ」

 

 

先日やらかした凶★行★偵★察のせいで片付けなきゃならない書類や事後処理に追われ、1日執務室にこもっていたが、ついに時雨に追い出されてしまった。

 

 

渡り廊下を通り、食堂やリラクゼーション施設が集まる棟に入ると、なにやら騒がしさを感じた。

誰が騒いでいるのかとぼんやり考えながら、ちょうど大浴場の前を過ぎようかというタイミング。突然叩き壊されんばかりの勢いで引き戸が開いた。

一瞬のことで目がついていかなかったが、悲鳴と共になにやら柔らかいものが突撃してきて押し倒されたようだ。

なんだ、手のひらに感じるこの水風船(大)のような感触は……。

 

 

「提督? 助けて」

その声で我に返り、目の前の光景を見て驚いた。

「な、なんて格好してんだ。とにかく戻れ」

「無理! 絶対無理!」

涙声で訴えながら力一杯左右に振られる首に引っ張られて、目の前で二つの凶器も揺れる揺れる。

 

 

脱衣所から村雨に声を掛けられる。

「提督? あちゃー、なんてタイミング」

「村雨か、中でなにがあった? なんで飛龍が裸で飛び出してきてるんだ」

 

そう、脱衣所から飛び出してきたのは素っ裸の飛龍。その飛龍に押し倒されながら、状況の説明を求める。

 

「ちょっと大きめのクモが浴室にいてね、驚いた飛龍さんがあっという間に飛び出して行っちゃったんです」

 

 

「せめて服を着てこい」

馬乗りになっている飛龍から這い出て声を掛けるも、

「クモがいるのよ? そんなとこに戻れない」

「武闘派飛龍も陸の上では女の子なんだなって、言ってる場合か。そんな格好でこんなとこウロウロするわけにもいかんだろ」

必死の形相で腕にしがみつく飛龍。凄いな……腕が埋没してしまっているぞ。

 

「提督、行って退治してきてよ!」

 

飯前にクモ退治か、タイミングが良かったのか悪かったのかと問われれば、代われるものなら代わりたいという提督諸君も多いだろうから、それは良かったのだろう。

 

「仕方がない」

この場に留まっても目のやり場に困る。すでにインパクト大過ぎて目蓋の裏に焼き付いてしまってるかもしれない。

脱衣所に足を向けようとした瞬間。

 

 

 

「ダメダメダメ! みんなまだ着替えてないから! 入っちゃダメですよ」

 

焦った調子の村雨から中の状況が伝えられる。同時に、

「おフロでハダカは当たり前ネー。ワタシは平気ですよー」

と別の声も聞こえたが。

 

「ちょっと黙っててくれます?」

その村雨の一言で封殺されたようだ。

 

 

コアメンバーならともかく、中に何人いるのか分からん。こんな女の園に突撃できる神経は持ち合わせていない。

 

「え〜い。村雨! タオル1枚持って来い」

「なんで私なんですかー!」

「お前が良識持って恥じらう乙女だと知ってるのと、俺の趣味だ。察しろ」

 

確かに、と村雨は思った。

この英国かぶれに持って行かせたら自信満々でフルオープンかもしれない。彼女は淑女であると信じたいが、文化の違いは侮りがたいものだ。

飛龍さんにも早く隠すものを持って行かないといけないし……。

 

 

「えーん。お嫁に行けなくなったら責任取ってくださいよー」

 

 

急いでタオルを巻くが、これはちょっと厳しい。上を隠すと下がギリギリだし、下に余裕をもたせると上から溢れそうだ。

 

二者択一は指揮艦の力量を問われるところである。重要度を考えると上はある程度捨て置き、下腹部こそ重点的に守るべきと思われるが、提督の視点の高さを考えると守るべきなのは胸部であるとも言える。

結局のところ考えていても答えが出るとは思えない案件だった。

 

 

他の子に投げてしまいたい特殊任務だが、お姉さん気質でお人好しの自分が、誰かに泥を被せて自分だけ助かるのを良しと考えることはできないだろう。

涙目になりながら引き戸に向かうが、一歩踏み出す毎にタオルの縁から私のフチが顔を覗かせそうだ。

さっと服を着てしまおうかとも思ったが、裸の状態で飛龍さんを待たせるのも気がひける。

やるしかない! 女は度胸だってあの人も言ってた。

 

ええい!

 

恥ずかしがると余計に恥ずかしくなるもんなんだ。意を決して出入り口まで行き、戸口からどうぞとタオルを手渡す。

 

いそいそとタオルを巻く飛龍を見ながら、これは無理だ……と遅まきながら思った。

 

 

考えるまでもない、私でギリギリなのだ。

無敵の機動部隊に所属した4空母の中で、1番小さいと言われる蒼龍でさえ九九艦爆乳と有名なのだ。それより豊満な百式重爆乳を持つ飛龍は、さらに村雨より背も高い。

タオルを巻いてなお、島風よりもあられもない姿で、これでは格納庫を隠すには力不足過ぎる。

 

「せめてこれ羽織ってろ」

今更のように提督が上着をかけた。まさか堪能していたわけではあるまいな。

 

 

「で、どうすりゃいい。このまま飛龍を通路に置いとくわけにもいかんだろ」

 

「そうですね。かといってこのまま戸を開けっ放しで提督と見つめあってるのも埒があきません」

タオルの裾を気にしつつ村雨が応える。

 

洗い髪に上気した顔の村雨はやけに色っぽい。よーく見ると、タオルの縁から薄くピンク色が見えているような気もする。

扇情的だ、本当に駆逐艦か? こいつ。

「口に出てます」

おっとしまった。

 

 

「提督、意見具申します。ここは戦略的撤退をするべきかと」

いや、飛龍さん。さすがにその格好のまま部屋には帰れないでしょうが、どこに撤退する気だよ。

 

 

 

 

「ホイホイっと」

村雨の肩越しに、新たに顔を覗かせたのはバランス良い体をした江風だった。

「なンだ、提督もいたのか」

 

なンだ。は、こっちのセリフだ。

そんな気軽に出てくるな、バランス良い体が見えてるぞ。

 

 

「飛龍さん。もう入っても大丈夫だぜ。軍曹は窓から外に出しちゃったからさ」

 

「クモって軍曹だったのか」

「おう、手のひらくらいのヤツだったぜ」

 

江風はクモが平気なんだなと聞くと、はぁ? 深海棲艦みたいなものじゃンとあっけらかんと言った。

 

「もういないの? 絶対?」

 

 

「平気平気。アイツは悪さしないし、益虫なンだから。そんな嫌ってやったらかわいそうじゃンかさー」

 

「あの……江風、そんな格好で提督の前に出てないで、あなたも戻ってきなさい」

 

中から海風の声が聞こえた。

海風もいたのなら、やっぱり中に入っておくべきだったかなとちょっと後悔した。

 

 

飛龍がお尻を振って脱衣所へと戻って行くのを見送りつつ、駆逐艦で1、2を争うであろう村雨も、さすがに百式重爆乳には敵わないか。と、食前酒代わりになった光景を脳内HDDに保存。今時SSDじゃないのかって? 読み出しの速度より、この場合優先されるのは信頼に基づく長期保管の実績だと判断したからだよ。

 

せめて、キレイに処理されていた見晴らしの良い格納庫のことだけは忘れてあげようと思う。そちらは一時メモリ行きということだ。

 

「さて、飯食って仕事に戻ろ」

そうして大浴場の前を後にした。

 

 

 

翌日、裸で提督に抱き着く飛龍の姿が、一部モザイク付きで青葉の艦隊新聞に載り、冷静さを取り戻した飛龍がしばらく部屋に引きこもった。

そして俺は、誰かの無言の圧力でエアコンがいらないほど室温の下がりきった執務室で仕事をする羽目になったことを付け加えておこう。




この話はまったく物語の構想ができていなかったときに作った話。
ぶっちゃけると1話が影も形もなかったときに作ったやつ。

だいたい本編に則っているけど、リンガに所属していない艦娘さんが……。

飛龍は研修で鳳翔さんのところに来ていた。
そういうことにしておこう。


後はなんとか妄想で補って納得してくだしい。


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二人を捨てた司令

殺人は癖になる。らしい。


え、時系列?

(๑・̑◡・̑๑)
時系列を合わせるのは僕じゃなく君なんだよ、ゴメンね!
僕たち友達じゃないか!

協力しようZe!


……前回の「カタチ」より前だね。この話。
忘れてたんだよ……。



パレンバンに設営された小さな基地。

そこが夕立や春雨の元の所属先だった。

 

つまり、二人を捨てる判断をした司令のいるところだ。

 

 

 

パレンバンはここリンガから南に500kmも離れていない、インドネシアの南スマトラにある油田、製油所を有する海軍の燃料庫とも言える場所だ。

ここで精製された石油がシンガポールのセレターへと運ばれ、北方海域や南方海域、そして内地へと送られている。

まさに現在の日本の、そして戦線の生命線。

 

先の大戦でも、比較的末期までリンガ泊地の油が豊富だった理由が、このパレンバンから産出する石油だった。

 

 

 

 

夕立の体調が戻るのを待ってから、同じく救助された春雨、それから時雨、霞を同席させての聞き取りでそれが判明した。

 

基地のこと、司令のことを詳しく聞き出していくと、基地の規模はとても小さく、所属している艦娘も海防艦や特務艦が主体で数人しかいないことが分かった。

それで、基地周辺の哨戒任務のみを任されているのだと言う。

 

 

「哨戒のみ? 敵艦を発見した場合はどうするんだ?」

「近隣の基地に連絡して、合同で作戦を展開するっぽい」

 

 

いろいろと疑問に思うことは多いが、まだ落ち着かないであろう二人を問いただすようなことはしたくない。

 

 

「情報をできる限り集めてくれ」

霞にそう指示を出し、今回は一旦お開きとすることにしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

それじゃ、まずは一報ね。

後日、そう言って執務室に訪ねてきた霞と打ち合わせを行った。

 

「ウチほどじゃないけど、ここらじゃ新参者で肩身の狭い思いをしているようね、それで功を焦ってるみたい」

 

 

 

 

「任務は基地周辺の哨戒だろ? なんであんなところにいたんだ? もうスラバヤに近かったろ、あそこ」

 

あんなところとは春雨と夕立を救助することになった海域だ。

そこは、とてもパレンバンの周辺海域とは呼べない海だと思う。

 

 

「だから、功を焦ってるみたいよ? 哨戒以外でもやれるんだって、実績が欲しいようね」

なるほどね、それで勇んで進出したものの、というわけか。

ちょっとお試し、じゃあるまいし。それで基地に数人しか所属していない貴重な艦娘を手放す羽目になるとは、救われねぇな。

 

 

 

 

「調べた限りでは、無茶な作戦と遠征を繰り返してるわ。その悪循環でますます資源不足に陥ってるようよ」

 

「資源不足? 油田のほとりにあるのにか? せっかく手元に転がり込んだ武器も扱えないようだと苦労するな」

 

門番だけなら犬に任せておけばいい。

犬にしかなれないのなら、その武器は活用できる者が持つべきだ。

 

 

 

「よし決めた」

「なに?」

 

 

「夕立と春雨を貰い受けるついでに製油所で精製した燃料も頂こう」

 

「それは軍のでしょ?」

横領でもする気なのかと問われたが、まさかまさか。

グレーゾーンも反則技も好きだが、それでは品のないただの犯罪者だ。

 

 

「そっちは変わらずセレター経由で各地に送るさ。大元から管理ができてさらに美味しくなるだろうがね」

 

 

そして提督は悪い顔をして言った。

「まさかパレンバンの油田全部が軍の持ち物ってわけでもないだろ。産出しててもそれを持ち出せないなら意味はない。資源は流通してこそだ。ウチで護衛してやって初めてそれらは価値を持つ。なんなら経営権の1つくらいは手に入れたいところだな」

 

「今さらのことだから、民間企業の海運を手伝うってのはもういいけど。今度は石油業にまで手を出す気?」

 

やると言ったら聞かない男だ。

海軍である。ということを除けば、彼のやることは私たちの利になることばかりだった。

もう好きにさせよう。そんな開き直り気味の霞。

 

 

 

「商品があっても海軍のサポートがなければ輸出1つできない、輸出できなきゃそれらは金にも変えられないただの油臭い水だ。採掘権ごと買ってやると言えば手放したい奴もいるかもしれん」

 

小規模油田なら1000万円くらいから採掘権を購入できると聞いたことがある。

石油の価値は相変わらずで、むしろこんな状況で暴騰しているところだが、それは単に配給がないからだ。

油田では毎日のように、今も変わらず石油が産出しているのだろうが、さっきも言ったように売る方法がなければ1円の価値にもなりはしない。

 

つまり、今の状況は俺たちにとってのむしろ好機。

足元を見て商談を進めることができ、手に入れた後は高額で取り引きできることが確定している。

海軍で良かったと心の底から感謝しよう。

 

 

手に入れた石油は内地に運んで売ればいい。そうすれば基地で自由にできる資金が増える。艦娘たちへ使うのもお好きにどうぞだ。

 

 

また、売らなかったとしても石油は俺たちにとって役に立つ。

艦娘は油を必要とするのだ。

軍に頼らずとも豊富な資源を手に入れることができる。残油を気にしすることなく艦隊を動かせたら、作戦行動にも訓練にも余裕を持って臨めるというものだ。

 

 

 

パレンバンの司令には飴と鞭をくれてやろうと思う。

いつもの言い方をすると権利と義務だ。

 

協力体制を敷き、君の基地は俺の基地へと組み込まれる第1号となる。

その代わりに、君は労することなく戦果を挙げるだろう。

ウチから派遣されるのは、佐世保を生き残り北方を解放した強力な艦娘だ。彼女らと共同で行う哨戒活動や民間輸送警護。得られた利益で俺たちの基地は潤い、ますます戦争のやりやすい基地へとなっていく。

 

 

 

まだ見ぬ奴だが、そいつに話をつけに行くついでに油田採掘権を持つオーナーとの交渉、それから地元企業への海上輸送護衛引き受けの商談。やることはいっぱいだ。

 

「よし、パレンバンに行くぞ」

「情報はもういいの?」

 

「十分だ、彼を喜ばせるプレゼントも思いついたしな」

 

 

 

 

 

 

この南西海域全て、俺の管理下で栄えるといい。

 

 




パレンバンは南スマトラにある州都。
想像よりも随分と栄えているぞー。


現代社会で海運を握れるって、それはもう経済圏の生殺与奪の権利を与えられた神みたいなものだよね。



パレンバンの司令?
大丈夫大丈夫。生きてる。

最悪海上事故で死ぬかもしれなかった運命を無事に回避した。



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西方海域攻略作戦

EUを無事に脱退することになった英国さん。
そんな彼に向けて一言。

EU「せいせいした(幸運を祈る!)」



逆ぅーー!
まさかリアルでやってくれるとはね。
それに対して英国さん。

英国「大丈夫、特に気にしてない」


握手しながら足を踏み合う欧州情勢複雑怪奇。



スリランカを拠点化し橋頭堡を築く。そこからインド洋を確保して西方海域を手中に収める。石油産出地域である中東とのシーレーンを確保することで、今まで以上の資源を手にすることができるようになるはずだ。

自身の足元で石油が賄えた南西から南方海域へ活動拠点を移動するにあたり、あらかじめ財源を確保しておきたいというわけ。

 

 

手始めにミャンマーのヤンゴンという街に拠点を確保した。当時風に言うならビルマだね、陸軍さん万歳。

シンガポールからマラッカ海峡を抜け、マレー半島、インドシナ半島と北上すればヤンゴンまでは一直線。ここをデポとして、アンダマン諸島を経てセイロン島のトリンコマリーを一気呵成に攻める。

トリンコマリーの港湾棲姫を無力化したら陸軍さんの上陸支援。スリランカの解放を行なうまでが作戦の第一段階。

成功すればベンガル湾までを制海権に治めることになる。

 

 

いわゆるセイロン沖海戦になるのかな。ウチから参加する艦娘では金剛に龍驤、阿武隈、霞、村雨、夕立、春雨、五月雨が経験者。川内と綾波も参加していたはずだが、今回は他のメンバーと一緒にリンガを守ってもらっている。

当時と大きく違うのは機動部隊がいないってところ。航空戦力は龍驤と基地航空隊に丸投げ。横須賀から援軍を送ると聞いたが、あまり当てにはできないだろう。

 

さらにお目付け役として、今回は軽巡由良が同行するという。阿武隈のお姉さんだ。

印象としてはおっとりとしていて優しそう。役割としては控えめに言ってもクソほど邪魔なのだが、足がめちゃくちゃ綺麗。笑顔で迎え入れたのは言うまでもない。

 

そんな彼女。阿武隈曰くではとても怖いとのことだったが、なにせ足が綺麗なのだ。俺は阿武隈よりもこの色っぽく美しい足を信じようと思う。

史実を考えると近くにヴァンパイアがいそうだが、さて。吸血属性を持ってる駆逐艦だと色々な意味で危なそうだね。

 

 

 

現在着々とヤンゴンに資材が集められ、急ピッチでデポとしての機能を形成中。

 

いやぁヤンゴン。パナいね。

東南アジアは東南アジアでも、これぞユーラシアにあるアジアって感じ。

今までの環境がある意味良すぎたってのもあるが、青くない海を久しぶりに見た気がする。なにが流れているんだろうな、ジャガイモのような色だ。

今までは今までで、青い海と青い空を誇るしかないようなところだったんだけどさ。

 

ヤンゴンなんて聞いたことねぇよ! 来る前はそう思っていたわけだけど、想像を上回る大都市だわ。観光できるところも多そうだし、晴れたら出歩いてみるかって、いったいいつ晴れるの?

数日逗留したけどずっと雨でやんの。季節のせいなのか湿度にもビビる。

 

せっかくミャンマーに来たのだから、イルカと協力して行うイルカ漁なるものが見たかった。

魚を追い込んでくれたイルカさんは、準備ができたら水面を尾びれで叩いて知らせてくれるらしい。そこへ投網。

残念ながらそろそろ滅びる文化らしいのだがなぁ。見たかった。

 

 

風の吹き荒ぶ南海の孤島に行った。生存域の北限を超えているんじゃないかと勘繰りたくなる北の果ての泊地にも行った。どちらも快適とは言えない環境だったが、ここが一番キツい。おっと、個人の感想だ。

はぁ、リンガに帰りたひ……。

 

 

 

 

 

「トリンコマリーはここより過ごしやすいんだろうか」

戦争するにも環境は大切だと思う。戦争経験者の方々や今回頑張ってくれてる陸軍さんには足を向けて寝られないな。マジで。

ヤンゴンの宿屋で寝苦しい熱帯夜を体験しながら強く実感した。

 

幸いにも目に見えてバテてるのは俺だけ。作戦への支障はなさそうなので、それに対しては一安心。艦娘って強いよね。

近くで寝てた村雨が汗ばんでて妙にエロいくらいの問題しかないんだもん。

蒸れる蒸れると、水晶のような汗をあご先から落とし、寝間着代わりのTシャツをパタパタしていた村雨さん。わかるよ。いや、わかりはしないんだけど。

俺には搭載されてないんだよね、ソレ。

 

 

「トリンコマリーは軍港の町デスネ。いいところデース」

スリランカに近付くにつれて金剛が元気になってる気がしないでもない。セイロン島が好きらしいよ? 理由はさもありなん。

商業港であるコロンボに連れて行けとうるさいが、それはスリランカを解放してからでもいいだろう。

 

 

彼の国はトリンコマリーに棲みつかれてはいるが、今も頑張って国体を維持している。隣国が友好国インドであったのは幸いだったろうが、大陸近しと言えども四方を海に囲まれた立地では生きた心地がしなかったに違いない。その苦労が偲ばれる。

強い国だなスリランカ。

 

上陸されているにも関わらず、なぜ深海棲艦がスリランカ全土に向けて本格的な侵攻をしなかったかについては謎だ。先の大戦に引っ張られているアイツらのことだから興味がなかっただけなのかもしれないし、少なくない犠牲を生みながらも封じ込めに成功していたスリランカの努力のおかげなのかもしれない。

それは今後の研究とかで推論されていくのだろう。

 

 

ともあれ解放に手間取らないのであればこちらとしては願ったりの状況。

この戦争が始まるころには、最大の援助国としてのポジションを中国に譲っていたが、日本とも変わらず友好的な関係を築いていたので海域解放後はまたぞろ交流が期待できる。貿易ではあまりお世話になっていなかったはずだけど、こんな時世だ。自慢の紅茶やゴムなどでお世話になれたらと思う。

 

 

 

 

今回の山場となり、本命になるのはスリランカの西方に浮かぶモルディブ諸島のほうになる。

 

トリンコマリーは当時の英海軍自身が「攻撃されたら保たない」と判断してたところ。もちろん油断するわけではないが、想定される敵戦力を考えれば決して無謀ではないと思う。

問題になるのはスリランカを確保したあとの第二作戦のほうになるだろう。

モルディブのアッドゥ環礁にいるはずの深海東洋艦隊の存在。これをなんとかしなければアラビア海に出られない。

 

その存在を確認したわけではないが、間違いなくいらっしゃるはず。

最悪、戦いの在るところに……と謳われた危険な戦艦が手ぐすね引いて待ち構えていることも考えられる。

 

 

積極的には絡みたくない海域ではあるのだけど、積極的に絡むだけの理由がある。

当時と比べて肥大した国内のインフラを維持するためだ。インドネシアの油田だけでインフラと戦争の二つは賄いきれない。

リスクの分散としても、単一のスポットに依存するのはよろしくないだろう。

 

 

もう一つ、希望的な戦略面でもここを落としておきたい個人的、願望的な理由もあるのだ。

 

良い機会だから現在の世界情勢に軽く触れるが、大正義アメリカさん……。

太平洋の大半から米軍を撤退させて、今になってモンロー主義に走りやがった。国益のためにその路線を貫くのはわかる。わかるんだけどさぁ、ヒーローなんだったら有志連合なり地球連合なりを作って力を合わせて太平洋を! なんて熱い大統領演説の一つでもしてほしかったなぁ。

 

 

スリランカがそうであったように、深海棲艦は先の大戦の焼き直し的な行動指針を持っているらしい。おかげで、今の世界でいかほどの戦略価値があるのかわからない南方、あそこら辺の島々は今日も変わらず地獄の底が抜けそう。あそこだよ、あそこ。

自分たちのしでかした不始末ってことで、尻拭いをしているのが我らが海軍なわけだ。

 

 

 

そうした中、意外なことに窮地に立たされた国が日本以外にもあった。

意外っていうか真っ当な理由でも窮地に立つことになるんだけど、そう英国だ。

日本と同じく海に囲まれた海洋国家で、欧州戦線、太平洋戦線と二正面で海戦を繰り広げた偉大な海軍を持つ国。

太平洋からは早々に追い出されていたけど、追い出したほうの国が言うことではないよね。

 

意外なのは窮地に立つことになる理由だ。

畜生国家ブリカスならば、颯爽と太平洋から身を引いて欧州戦線でがんばるのかな、と思うのだけど。

太平洋にある英連邦の国々のため、文字通り国力をすり潰して踏ん張ったのだ。畜生国家だなんて思っててごめんなさい。

 

艦娘が顕現する前だったこともあり、さすがに踏ん張りきれずに瓦解したけど……。

しかし今でも、経済的政治的に力いっぱい支援をしてくれている。おかげで俺らがリンガやらシンガポールに軍を置いていられるわけだ。

英国が世界帝国の意地を見せてなきゃ南西海域は見事に全部制海権を失していたと思われる。

なんか日本の海軍に甘いよね。兄貴だから?

 

 

それが、今回の作戦へと繋がる。

その心意気に応えたいっていう青い思いと、アラビア海を解放することによって、英海軍所属の艦娘が東洋艦隊として、今度は友軍として太平洋に駆けつけやしないかって期待。

実現したら師弟海軍のドリーム連合艦隊で作戦に臨めるかもね。

ま、期待と言うやつだ。

 

 

モルディブ。今次大戦前は観光地として人気のあった国だ。無事に作戦を終えたら打ち上げを兼ねて大バカンスをしてやるからな。

水上コテージを借りて水着まみれの艦娘たちと戯れる妄想、もとい想像を胸に抱いて海を往く。

作戦前に水着でバカンスは行ってきたところなんだけどさ。何回行ってもいいものじゃん?

そういえばトイレの床がガラス張りになってて海中から覗けるのってモルディブだっけ。ボンベの用意をさせておこう。

 

 

なんてことを考えている間にアンダマン諸島攻略は終了。戦闘よりも兵站の移動のが苦労しているくらいだ。

彼女らも、まさか海戦の裏で提督が自分たちの水着姿と脳内ランデブーしてるとは思うまい。

 

ともあれ、これでようやっとスリランカへ進路を向けられる。作戦目標までは直線距離でおよそ1,000km。船上で一泊し、本格的な攻略は明朝から。

海戦ってやつはとにかく時間がかかるのだ。

 

 

言っておくが、常に遊んでいるわけじゃないぞ。俺の戦いの本場は戦闘前にあるのである。




いいか、ご飯にケチャップを混ぜるんじゃない。
ケチャップにご飯を混ぜるんだ。

ケチャップ、水、コンソメキューブ、ソースをフライパンで煮詰め、そこにご飯を落とすんだよーー!


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西方海域攻略作戦2

初公開から半月。
話がぽんぽん飛ぶのだけど、着いてきてもらえているのだろうか?

山田さんとても心配です……。


「ふん。信用できないなら自分らで勝手にやればいいのに。責任も取れない腰抜けたち」

仮眠をとるために提督の座乗艦に上がってきた一陣たち。その一員である霞が言い放つ。

 

 

今回の大規模戦。ウチの艦隊だけで事に当たりますよ、と殊勝な気持ちで始めたものなのだが。なぜか後ろから他所の艦隊が着いてきてらっしゃる。友軍というよりは督戦隊のようだ。

ウチがこのまま西方に逃亡するとか思ってんのか? まさかね。

 

新参者の俺たちが、諸兄のパイセンどもに迷惑をかけないようにと配慮したのが楽しく裏目に出たのかもしれない。

 

 

霞の発言を聞いた金剛が一応の注意を入れる。

「口に出すのはノーですよカスミ。思ってるだけにしてくだサイ」

 

そだね、後ろから着いてきているだけじゃなく、この艦にも何名か軍人さんが派兵されてきてるんだよ。研修やらなんやらの名目で。

足の綺麗な由良さんもいらっしゃるしね。

これ以上の不信感を持たれるのはなぁ。僕たちそんなには悪いこと考えてないよ?

 

 

そういうことで、名目だけは援軍である諸兄のフォローはしておこう。

「いいじゃないか、夏の陣での伊達FFだと思えば許せる気しない?」

「しないわよ、前に陣取ってたからって壊滅させられてたまるものですか」

「今回は目障りだからで撃たれることはないだろうから、そこは安心かもしれないね」

ウィットに富んだ冗談で和ませるも、時雨さんが斬り込むのでフォローにはなってなかった。目障りだと撃たれたら嫌だなぁ。

 

 

 

提督たちにとってはいつものことだが、その会話を一緒に聞いていた由良は内心で驚きっぱなしだ。

アンダマン諸島での戦いなど、まるで道中戦だとでも言いたげに、危なげなく一方的に勝利を収めた。

提督さんが顔さえ出さなかったくらいだ。

なんだろうこの余裕。督戦隊が付いてきてるのに、まるで意識していないみたい。

 

 

 

そう、いつものこといつものこと。

戦いの前だからね。張り詰めててもキリがない。ウチの娘たちはしっかりと切り替えていくメリハリスタイルだ。

スタイルと言えば、そのまんまの意味で艦娘さんたちはみんなスタイルいいわけじゃん?

俺も戦いの前に英気が養えて良い感じである。昨日まではヤンゴンの気候に辟易していたが、いやぁ、やっぱりたまにするお出かけはいいね。

 

 

なぜかと言うとこれ、艦の階段。ラッタルってやつなのだが、艦の構造上カナリの勾配があるんだよね。

目の前、と言うより頭上か。霞に金剛に由良さん、時雨と、色とりどりの下着がチラどころかモロっと。メリハリがあるのはそのスカートの中だった。……こいつ、動くぞ?

 

特に眼前を歩く時雨。俺がペースを速めるか、時雨が一歩立ち止まるかすれば鼻先がめり込みそうだ。その前に踵で鼻を潰されるかもしれないけど。

 

 

「コロンボの約束、覚えていてくれてマスカー?」

「え、なんだったかなバーガンディーさん」

急に振り返って言う金剛に驚いて変な返しをしてしまった。

お前、戦争しにきてるのにちょっと色っぽ過ぎない?

 

やばい、借り物とも言える由良さんがいそいそとスカートを押さえだした。大丈夫ですよ桃色さん。他言はしませんからどうぞ両手で手すりを持ってください。ところで、足がとても美しいですね。

 

 

「真面目にやんなさいよ?」

こちらはこちらで、スカートではなく眉間を押さえる霞。とにかく早く上がって来いと手招きされた。

苦労をかけるね水玉さん。見捨てないでねペールグリーンの水玉さん。

 

お前は顔が赤くなってるぞ、お尻の透けてる……。

「僕の名前は時雨だから」

 

 

 

村雨や春雨の所属する二駆の方々はなぜ一緒に上がって来ないんだ。この時間の警戒担当だから居たらマズいんだけど。

仕方がない。平和になったら皆を松◯城に連れて行こうと、そっと心に誓った。

 

そんなこんなで楽しくラッタルを昇り、艦橋に入る。軽くミーティングしたら早々に寝てしまおう。遠足前夜は目が冴えて寝られないタイプの俺なのですが、由良さん寝かしつけてくれないかなぁ。

 

 

「アンタまで前線に出てくることなかったんじゃないの?」

気を利かしてくれたのか、霞が話題を振ってくれた。

「ウチの本隊がこぞって出張ってるからな。リンガに丸腰で残るほうがよっぽど危なそうじゃない?」

 

「そうかもね、まったく。人ってのはどうしてこうなのかしら」

「霞さんは人間が嫌いですか?」

軽く人間批判をする霞に由良がそう問いかける。

その返答はこうだ。

「身勝手な奴は大体嫌いです。でも必要かどうかと問われれば必要だわ、それは絶対」

 

 

「お、それはなぜ?」

簡単に断言した霞に提督が疑問を投げる。

その返答は詰まることなく、即答で返ってきた。

「理由がいる? ワタシたちは軍艦。国土と民を護ること、それは存在意義よ」

 

 

 

 

「ただ、人間が戦場に出てくるのはやめてもらいたいわね。この海で、人間にできることなんてなにもないわ」

「耳が痛いよ、精々護ってくれな」

「ふん。だったら目の届くところにいなさいな」

 

 

 

 

さぁ、いよいよセイロン沖海戦だ。




「ちょこれいと? ハーシーかしら?」


懐かしいこと言ってるね、まぁギブミーチョコレートなんて知ってるの、この中では神風くらいだろうけど。
なんでチョコの話するだけでこんなに重いんだろうな……艦娘。



なんて会話をしたいな。とかの思いつきから話を作ることが多いです。



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西方海域攻略作戦3

インドの南東に浮かぶセイロン島。現在のスリランカっスね。
セイロンティーとか有名。


南西や西方海域でならまだ勝っていたんだよ……。


「対空! 厳に!」

 

霞の怒声が飛び交う戦場です。

 

 

 

 

どうも、俺だよ。

ただいまセイロン沖での海戦真っ只中。

深海棲艦の水上艦隊をウチの自慢の水雷部隊が相手取り、その間に龍驤の攻撃隊で港湾棲姫を焼き払うつもりでいたのですが、非常にまずい状況に置かれている。

 

 

なんでこっちにいやがるのかなぁ。

相見(あいまみ)えたのは深海東洋艦隊。

 

大人しくモルディブの方にいてくれよ。

 

 

とはいえ、どのみち倒さねばならない相手だ。

ここで倒しておけばモルディブの方は無防備な状態。わかってはいるがキツい。

 

 

問題は敵の航空戦力。

敵には3隻も空母さんがいらっしゃる。

知ってますよ、ダブルダブルとうるさいイラストリアス級と鳳翔さんのライバルであるハーミーズだ。

対してこちらは龍驤頼み。そして龍驤の艦載機は陸上攻撃装備になっている。

まさかここで換装作業か? 史実どおりだな、ファック。

 

間の悪いことに、事前に準備していた基地航空隊はまだ発進できていないようだ。

後方でなにか? 考えたくはないが、思っているより俺たちを邪魔に思う奴らがいるらしい。ファック。

 

航空隊が到着するまでまだ数時間はかかる。

保たせられるか?

 

 

 

 

 

 

まるで悪夢が形を成して現れたかのようだ。

空が狭いとは、こういったことを言うのだろう。敵の機動部隊から飛び立った航空機が、雲霞の如く空を埋め尽くしている。

西方海域に棲息する主たる深海棲艦はこの艦隊だけ、敵も必死なのだろう。

 

「前線は任せたわよ、本隊を近付けさせないで」

金剛の艤装の上から海面へと降り立った霞が指示を出し、自らは後方へ下がる。

 

「時雨、皐月! 座乗艦まで戻って! 対空射撃よ!」

対空射撃には自信がある。しかし、たった3艦でこの量を凌げるのか……。

私たちならなんとでもなる。命さえ繋げれば、私たちは入渠することで直るのだから。

しかし司令官はそうではないのだ。

 

 

「ふふん、僕の頭の上を越せると思ったのかい? かわいいね!」

ゆとりがないことは、そのセリフに合わない皐月の表情でわかる。当然だ。

死兵を相手にしてはならないと言うが、正にそのとおりだったと実感している。

皐月と時雨の対空能力に賭けるしか……。

 

 

 

敵艦載機が爆撃コースに入る。

それは数の暴力。とてもじゃないが落としきれない。その一瞬の間に、最悪の結末が頭を過ぎる。

 

 

 

 

 

 

その時だった。空一面に花が咲いたかのように、覆われていた黒い絶望の塊が霧散して晴れ間を覗かせたのだ。火の塊となって脅威だったモノが海へと還っていく。

そうして開かれた新しい空から次々と舞い降りるのは零式戦闘機21型、そのどれもが光り輝くオーラを纏っているように見えたのは願望が見せた幻だろうか。

 

 

 

「援軍? 助かったが、どこの艦隊だ?」

提督が柵から身を乗り出すようにして甲板から確認する。

友軍艦隊の姿は今も見えないが、時を追うごとに増える零式戦闘機で空が塗り替えられていく。

 

 

「全艦変針! 最大戦速でこの海域から離脱するわ! 時雨、皐月、アナタたちが先頭よ!」

状況の変わった戦場でいち早く思考を切り替えた霞が指示を出す。

時雨を先頭にした単縦陣。二人のあとに提督の座乗艦、殿には一水戦を配する。

 

 

 

ここまできて潜水艦に沈められてもつまらない。

先頭に時雨と皐月を配置したのはそのためだ。小器用になんでもこなす二人で助かったと思う。

周囲を警戒しながらも、危機を脱したことでようやく張り詰めていた空気が緩む。

 

 

「赤の2本、一航戦ね」

空を見上げた霞が言う。

 

零戦の胴体識別帯は赤色のラインが2本。それが示すのは、太平洋最強の航空艦隊と名高い帝國海軍の虎の子、その一航戦のものだ。

 

 

 

「少し、慢心が過ぎるようですね」

 

 

 

突如繋がった無線から、聞き覚えのある声が届いた。

 

遠くに薄っすらとその存在を表した姿を見て、時雨が驚きの声を上げる。

 

「提督の……お姉さん?」

 

 

 

座乗艦からは双眼鏡を手にし、海面を覗き込む提督の姿があった。

見間違うはずもない、そこには見慣れた袴姿の姉が、いつもと同じ表情で海面を滑っていた。

「姉さん?」

 

 

 

「話は後です。まずはこの海域を抜けアンダマンまで戻りましょう」

 

 

「加賀が助けてくれたのね、おかげでみんな無事よ、ありがと」

混乱する提督をよそに、雷が横に並び親しげに話しかけた。単艦で航行する彼女を護るため、第一水雷戦隊がそのまま護衛に就くのだろう。

 

「服に穴が空いちゃったわ、もう少し早く来てくれたらもっと助かったんだけど」

「そう、ごめんなさいね。これでも急いだのだけれど」

「暁ちゃん? 助けてもらったのになんてこと言うんですかー!」

「わ、わかってるわよ。感謝はしてるのよ? ありがとう、なのです」

 

「阿武隈も無事なようね」

「はい、本当に助かりました。ところでなんで加賀さんがこんなところに?」

 

「それは戻ってからにしましょう。あの子にも話しておかなければいけないから」

 

 

金剛と合流した霞が再び艤装に乗り込み、不思議そうな顔で呟く。

「司令官が姉さんって呼んでたみたいだけど」

「どう言うことなんでしょーネ」

 

 

 

 

アンダマンの岸につくやタラップを駆け下り、海上から(おか)へと立つ姉の元へと走る提督。

 

「姉さん、これはどういう?」

「やっぱり、覚えてはいなかったようね」

 

眉尻を下げた姉が少し困った風に、でもいつもと変わらない、俺を労る声で言う。

「焦らないで、まずは一息つきましょう」

 

 

 

「姉さんが艦娘だったなんて知らなかった、なぜ隠してたんだ?」

「隠しているつもりはありませんでした、貴方と初めてあったのも作戦行動中でのことでしたし」

 

 

「あの空襲……」

「私の手がもう少し早く届いていれば、避けられたものでした」

 

 

朧げな記憶が脳裏に浮かぶ。あのとき、姉さんに助けられたのは空襲の後じゃない、空襲の真っ只中で手を引かれたんだ。

 

 

 

 

『要救助者です。志賀、上空援護を頼みます。追撃は赤城さんがやってくれるはず、制空確保が最優先です』

 

 

 

靄がかかっていたものが晴れるように、あの日の一コマが再生されていく。

今日と同じように肩からは飛行甲板を下げ、右手でしっかりと俺の手を掴んだ反対側の手に和弓を握っていた姿を。

なにかに耐えるような、それでいて強い意志を携えた、そんな顔をしていた。

 

 

 

「でも姉さんが艦娘だったなんて、そんな素振りは……。俺の面倒を見てる間はどうしてたんだ?」

「作戦には参加していました。その合間に時間を見つけて通っていたのよ」

 

俺を育てながら作戦に出てたのかよ、どんな時間の使い方をすればそれが実現できたのか、見当もつかないぜ。

 

 

「なになに、どういうこと? 加賀は司令官のお姉ちゃんなの?」

「Oh! そういえば、カガが戦火に巻き込まれた子供を保護したという話がありましたネ。その子がテートクと言うことデスカ?」

 

ひとまず全員が無事に帰投できたことを喜ぼう。

そうして集まってきた中で、雷と金剛が姉に声を掛けていた。

 

 

「教えてくれても良かったじゃないか」

「勇気が出ませんでした」

 

そう言うと、姉さんは自分の体を抱くようにして、不安そうに心情を吐露した。

 

「貴方が軍属になった頃から、艦娘への不信を募らせていたのを知っています。私が艦娘であることを知られて、もし貴方の態度が変わってしまったらと思うと言えなかったのよ。ごめんなさいね」

 

バカなことだ。

姉は姉なのだ。人間であろうと、艦娘であろうと。なんなら深海棲艦であったとしても問題はない。

『言葉や態度ってやつはな、お前がどう思ってるかは重要じゃない。相手がそれをどう受け取るかだ』

 

そんな風なことを霞に伝えたのはいつのことだったか。

なんてことはない。ただ俺の言葉が足りず、俺の態度のせいで、姉を不安にさせていただけのことだ。

改めて伝えていこう。俺がどれほどの感謝を貴女に持っているのか。どれだけ大切に、貴女を思っているのか。

 

 

 

 

「じゃあ横須賀が寄越すって言ってた援軍って」

「私から志願しました。ここは私が来られなかった戦場だから」

 

それからこう付け加えた。

「今度こそ、役に立ちたいと思ったのよ」

 

 

 

 

「事実は小説よりもと言いマスが、わからないものデスネ」

「金剛は知ってたのか?」

「カガが子供を保護しているというのは、古い艦の間では有名な話デスからネ」

「司令官は加賀に育てられたのね。そっかー、だから横須賀で遊んだときに話が合わなかったのね」

 

そういえばそんなこともあった。

北方から横須賀に帰ったときだ。俺たちが佐世保まで足を運ぶ間、姉が残った暁たちを連れて横須賀観光に行ってくれると。

しかし話を聞けば、姉とは合流できなかったと彼女らは言った。

その代わり、昔馴染みの艦娘が案内をしてくれたのだと。

 

二人は同一人物だったんだな。

 

 

ホンマひどい目に合ったわ。なんて言いながら龍驤も無事に帰投した。

帰りがけのオマケのようにトリンコマリーへ爆撃してくるような艦娘がなに言ってんだか。

 

「おうおう、加賀やないか。こっちまで出張って来るなんて珍しいこともあるもんやね」

「ここには大事な家族がいます。それに六駆の子たちも来ていると聞いたから」

「嘘でもウチがおるからって言わんところがアンタらしいわ」

 

そうやって軽口を口にする龍驤に姉が言う。

 

「貴女がいるから、楽をさせてもらえると思ったのよ」

「嬉しいこと言ってくれるなー。ま、基地攻略は任せとき、敵機動部隊は任せてええんやろ?」

「ええ、任せてちょうだい」

 

今回確認された敵機動部隊には正規空母が2隻と軽空母が1隻いた。それを一人で抑えると、そう言うのだ。

艦娘としての実力はわからないが、姉さんが任せろと言うのなら、任せても大丈夫なのだろう。

彼女は根拠のない希望的観測を口にしない性格だ。

 

 

「しかし、キミがあの小さかった子供やとはね。全然気が付かんだわ」

「龍驤は俺と会っているのか?」

「キミが救助された後におうてるよ。後にも先にも、うちの手に噛み付いたんはキミだけやね」

 

言いながら龍驤が右手を振ってみせる。

なにをやってたんだ幼少期の俺。

相変わらず当時の記憶はほとんどないが、黒歴史なのは間違いないだろう。

 

 

「それで、加賀さんにはこのまま手伝ってもらえると考えてもいいのかしら?」

状況を伺っていた霞が実務の話を振る。

基地航空隊が当てにできない戦場に、もう一度今の戦力で出向けと言われても難しい。

その確認だろう。

 

 

「ええ、リンガ艦隊の指揮下に組み込んでもらって構わないわ。ここでは貴女が指揮を執っているのよね。よろしくお願いするわ」

 

姉はそう言ったが、横須賀鎮守府所属の、それも一航戦だ。指揮をするにしたって気をつかうなんてもんじゃない。特に霞にとってはそうだろう。

先の大戦では開戦からずっと、機動部隊に随伴して護衛を務めていたのが阿武隈率いる第十八駆逐隊。そう、それは霞が所属した駆逐隊。

緒戦の快進撃を支えた一航戦の凄まじさを、霞は間近で見てきたはずなのだ。

 

それでも、彼女の手を借りないなんていう選択肢は見えないので、飲み込むしかないだろうけど。

 

 

 

「補給と休息、それから被弾箇所の確認のために一度休むわ。敵の航空戦力には損害を与えた。明朝から再度仕掛けて、敵艦隊を撃破後に予定通りトリンコマリーを制圧する」

 




なんだってえええ! 提督のお姉さんは加賀だったのか!?
1話目の夢に続く。

加賀は第一次上海事変で阿武隈と、第二次上海事変時に暁と面識があるので、二人とは太平洋戦争前からの付き合い。
他、山風の初陣もこのときだったりする。


セイロン沖海戦、赤城、蒼龍、飛龍は参加したが、加賀は一回休み。

赤の1本は赤城、青1本が蒼龍、2本は飛龍。


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〜その、花の色は〜(前)

癒しアニメの金字塔。ARIAのタイトルコール風に読んでください。

〜その、花の色は〜

いつぞやに話題を振った腕。



この世界は、僕たちが考えるよりずっと、僕にとっては生きづらい。

 

 

 

 

 

 

司令艦だと挨拶した艦娘に案内されて男が入ったリンガの執務室。そこは前線の基地ということもあり、過度な装飾などない実用的な調度品が並ぶ。

 

その中で、一際異彩を放つもの。

 

ソレはまるで日本刀でも飾ってあるかのように。

 

 

 

台座の上には、1本の腕が鎮座していた。

 

 

 

 

男はソレに気が付きギョッとした。

もちろんそんな物が飾られている部屋など今まで見たことがないからだ。

 

リンガの基地司令官。

噂に違わぬイカれた男なのだろうと、そんな風に思う。

 

 

男は内地からリンガの視察にやってきていた大佐の役にあるものだ。

彼は国を憂い、この閉塞感漂う現状を打破したいのだと、熱い思いを胸に秘めている。

そのためにはまず軍を正常な状態に戻す必要があると考えていた。

 

軍は今、正常な状態ではない。そう思っているのだ。

艦娘という存在が現れ、人類の代わりに海で戦うようになった。

戦いは人類から艦娘へとその配役を変えたのだ。

しかし、今はその過渡期であるのだと思う。

まるで戦場を奪われたように感じている軍組織。艦娘という装備を扱いかね、その接し方や対応がうまくない。

戦車のように、ミサイルのように、正に軍艦のように。

正しい付き合い方を模索し、正しく事に当たる。

そのために艦娘を知ろうと心を砕いてきた。

 

 

そして彼は思う。

隣人と接するように、同僚と接するように、なぜ軍は、そして人類は彼女たちに接していないのか。

彼女たちと友好的な関係を築くのは間違った選択ではない。

そこに配慮して、そして、戦力は正しく配置されて初めて組織は機能するのだと。

 

 

そうして問題点を考えると、浮き彫りになるのはここリンガ泊地のように、まるで艦娘を私物化するかのように運用する一部の基地司令官の存在だ。

国を、そして民を思うのであれば、この一極集中とも言える現状が良い状態ではないことなど、理解して然るべき。にも関わらずそれをしないのは、艦娘を使って自らの戦果を誇りたい、そんな自尊心とも呼べる自分勝手な考えによるものだと思う。

 

特に、ここの艦隊だ。

戦争のキーとして、数々の作戦を行いそれを成功させてきた。

確かに彼の功績は計り知れないものだが、それらは全て、彼と彼の艦隊で行わねばならぬものだったのか、その疑問に残る。

彼の出世のために艦娘が使われているのであれば、速やかにそれは正されなくてはならない。彼の年齢で、少佐の地位にあることこそ、その証明なのだろう。

 

 

 

「お待たせしてしまい申し訳ありません」

 

執務室で待っていると、基地司令官が秘書艦を連れて入ってきた。

 

さて、その化けの皮を見せるがいい。

そう静かに闘志を(たぎ)らせた。

 

 

挨拶のあと、当たり障りのない確認作業がしばらくあり、話題は立て続けに行われている作戦とその戦果についてに差し掛かった。

ここで問い掛けなければいけない。

彼は、果たして艦娘の私物化のような状況をどう考えているのか。

 

 

「艦娘を独占でもしようとしているのではないか?」

 

 

彼は挨拶のときから変わらぬ表情と声色で、なんでもないことのようにこう返す。

 

「海域の維持に必要な人員ですよ。ここは日本の生命線ですからね。それに、全員がウチに所属しているわけじゃない。海域全体で持っている戦力ですから」

 

 

「それは詭弁だ。現に君がその気になれば、集めたその戦力でなにができる? それは一国の戦力に比するものではないのかね?」

 

「人類の敵と戦っている私たちが? 人間相手によからぬことを考えているとでも?」

 

そうだ。

組織の中で出世するために。それに使われるだけならまだいい。

艦娘は現代最強の戦力にもなり得るのだ。

この偏った戦力分布は、やもすれば国家転覆など、大きな問題を孕むのではと、この男を見て思った。

 

「軍が戦力の再編を望んだら、君は素直に応じるのか? 国家がそれの返還を求めたら?」

 

 

 

「その場合、間違っているのは軍であり国家でしょう。現に人類の版図は大きく広がり世界は平和への道を一歩進んだのです。ご心配なさらず、世界の平和という結果だけなら差し上げますよ」

 

いけしゃあしゃあとそう言った基地司令官。

この男は危険であると判断する。

国家や組織よりも、自分のほうが正しいとでも言いたげな不遜な考えが垣間見える。

内地の軍人や国民は誰もこの姿を知らず、まるで人類の救いの手だとでも言う論調でこの男を話す者までいる始末だ。

 

 

「やはり、そんな物を飾るような感性だ。貴様はどこかおかしい」

 

 

この男の元に多くの艦娘を預けるわけにはいかない。そのことに確信がいった。

艦娘を自分の持ち物のように、自身の手足のように扱う、それはここに飾られている腕を見るだけで分かりそうなものだ。

 

すると今まで表情一つ変えずに応対していた男が、まるで失望したかのように目を伏せ、嘆息と一緒に言ったのだ。

 

 

 

「当事者の前でそんな物呼ばわりする貴方も、なかなか配慮に欠ける御仁だと思いますがね」

 

 

 

そして続け様に口を開いたのは霞。

「ワタシの腕よ」

 

 

 

ソレが腕であることは確かに認識していたが、『誰の』というところまでは意識が及ばなかったのだ。

艦娘と共に(くつわ)を並べたことがなく、知識としてしか艦娘を知らない男にとっては、それでも仕方のないことだろう。

 

 

 

「ワタシたちは国を、人を護るために命を懸けて戦っているわ。あの腕はその代償に落とした物なの」

 

腕の持ち主である少女が言う。

 

 

「私たちの身代わりとなって戦う戦争の当事者です。それを指して、まさか気持ち悪いなどとは言いますまいな」

 

その指揮を執る男が言う。

 

 

 

内地から来た男は少し狼狽(ろうばい)したようだった。

 

当事者の前でとんだ失言だ。

艦娘たちへの感謝と畏敬の念を忘れたことなどない。

彼女らと手を取り合い、この困難を打破したいと、そう常々思っていたのは嘘ではない。

 

だけどまさか、飾られた腕の当事者が目の前に立っているとは……。

 

 

 

「時雨、お客様を宿舎へ。前線の基地を視察なさるそうだ。自由に見てもらおう」

 

 

 

 

 

 

二人が退室した後の執務室で、呆れながらも霞が言った。

 

「まさか、こうやって引っ掛けてやろうと考えて飾ってたの?」

「こんな風に役に立つとは思ってなかったけどね。いゃあ、仕込んでおくべきだね」

 

 

普段はメモスタンド代わりに使われていたりもする霞の右腕。

持ち主でもある当人が、まさか「気持ち悪い」と飾るのを拒否していたことなど、あの男には分かるまい。

 

 

「彼も災難ね、あんなのが飾られてたら、そりゃそれを飾るアンタの神経を疑う発言くらいするわよ」

「まさか当事者がその場にいるとは思わないよな」

 

悪戯の成功した子供のように答える提督。

彼の評したとおり、やはりマトモとは言えないだろう。

 

 

 

男は時雨に案内されて、1日かけて基地内を見て回った。

そして、一通りの案内が終わると、彼は自分の考えを時雨に告げた。

 

 

「まだ検討の段階ではあるが、私はここの艦隊に高練度の水雷戦隊が集中し過ぎなのではないかと思っている。よほど横須賀のお偉方にコネでも持っているのかもしれんが、基地司令官の階級に相応しいとも思えない」

 

まず感じたのは練度の高さだ。

陸海での訓練という、他の基地では考えられないことをしていたリンガの艦娘たち。

参加した作戦の資料を読んでも、その実力に疑う余地はない。

そして佐世保サバイバーたちの存在。彼の目には、佐世保を生き残れるほどの戦力をあの男が独占しているようにも見えた。

そして、極め付けは阿武隈ら第一水雷戦隊だ。横須賀に強力なコネを持っていると判断するに足る証であると思った。

 

面白くないのは時雨だ。

特に後半の提督批判とも言えるその評が、率直に言って面白くない。彼は静かに時雨の地雷を踏んだ。

「それはどういうことかな?」

 

 

「海軍はこの基地だけではない。戦力は適所に配置されて初めて効力を発揮するものだ、特に秘書艦である君や、あの霞という艦娘は多大な戦果を挙げている殊勲艦。活躍の場は他にもある」

 

 

 

「今回の視察が終われば、この基地所属の艦娘の異動について提案するつもりでいる」

「この泊地は護国の要だよ、戦力を割くわけにはいかない」

 

「幸いこの南西海域に直近の脅威はない。戦力の過集中だ」

「それを成したのが僕たちだよ。それに、もしもに備えるのが軍事だと聞いている」

 

当事者である艦娘、少なくとも秘書艦であるこの娘はここを離れたがってはいない様子だ。

秘書艦としての発言か、個人でもそう思っているのかは分からないが、軍属であれば理解もしてもらえるはずだ。

 

 

「もちろんだ。ならばこそ、リンガに脅威が及ばないよう周辺の海域に戦力を配置し、より多くの海域を解放する必要がある」

「それも、僕たちがやろうとしていることだよ」

 

「君たちだけで支える必要はない、もっと海軍を頼り、広い視野で行えばいいんだ。私たちにも、その手助けをさせてほしい」

 

男にあるのは少女の(なり)をした彼女らへの心配だった。

人類は彼女たちに戦争を任せっきり。それは否定できない事実ではある。

しかし、彼女たちにそこまでの責任を負わせて、それは正しいのか? と。

 

彼女たちがその実力を万全に発揮できる環境。それを正しく作っていくのが、人類に課せられた義務であり、軍人の責務なのだと信じている。

 

 

 

案内の感謝を告げた男の背中を見送る時雨の視線は、西洋人形の、まるでガラス玉でできた瞳のようだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

視察を終えた大佐が本土へと帰還する。

見送りには時雨と、司令艦として霞の姿があった。

「これ、よかったら受け取ってくれないかな」

機内へ消えようとする大佐に時雨が花束を渡す。

 

「女性から花をプレゼントされるとは、嬉しいものだ。だが普通は逆じゃないかな」

男の発言に、時雨は笑顔を返答に変えた。

 

「カーネションかね?」

花には詳しくなさそうだがカーネーションくらいはわかったらしい。

 

「カーネションの花言葉は名声。あなたにぴったりだ」

 

 

「うむ、花などと思っていたが、キレイなものだ。また色がいいな」

「男性に贈るのに赤色っていうのも気が引けてね、この南方の抜けるように青い空、それから青い海に映える色を選んでみたんだよ」

 

 

「ありがとう。君の思いに応えられるように一層の努力を惜しむまい」

 

 

機内に入ってから、大佐は今回の視察で見聞きしたことを反芻していた。それからふと贈られた花を見て思う。

 

「女性ならでは、か」

もう少し反発があるかとも思ったが、戦力の一過集中に対する自分の考えに理解を示してくれたようだ。

 

「悪くない」

花を贈られるというのは、存外嬉しいものだった。

提督との絆よりも利に走る秘書艦に対しては思うところがないでもないが、情勢を見極め自分という武器を躊躇(ためらい)なく使えるその姿勢は頼もしくさえ思え、なにより、それらをわかってなお、胸が躍る思いを持った。

 

 

「確か、呉とは気不味い関係だったな。彼女の活躍できる場所は、少し慎重に検討する必要があるか」

鼻持ちならないあの若造が、彼女を秘書艦として重宝しているのも納得だ。

 

 

 

 

陸攻が飛び立つのを見送る二人。

「花を用意してるだなんて聞いてなかったけど?」

冷たい視線を浴びせながら霞が言った。

幾分に非難の声色が混じっていたが、返答する時雨は悪びれもせず言う。

「うん、言ってなかったからね」

 

「なにか考えがあってのことなのかしら?」

「いや、ただの僕の気持ちだよ」

真意を推し量ろうとする霞に対しても、変わらぬ調子で答える。

 

「まさか本気で名声を贈りたいと?」

途端に霞の表情が厳しくなった。返答次第では、とでも言いたげな剣呑とした空気だ。

 

「まさか」

相変わらず涼しい顔で笑っている時雨を見る限り、大佐に対して特別良い感情を持っているわけではなさそうだが。

 

 

「花言葉はね、その色によって意味が変わるんだよ」

「ふーん。花言葉ね、アンタも変なこと知ってるのね」

「一応女の子として育ててもらっているからね」

 

一般的なソレとは随分と違うが、それでも提督から、蝶よ花よと大切に育てられているという自負はある。

 

 

 

「で、なんて意味なの?」

「それはご想像にお任せするよ」

 

それっきり質問はかわされた。

こうなってしまっては、何をしたところで時雨が口を割ることはない。長いともいえない付き合いだが、それはもう十分に理解できているので、それきり彼女から直接聞くというのは諦めた。

 

 

 

さて、借りを作ることにはなるが、横須賀の中将や鳳翔、金剛の持つ各基地へのパイプを総動員してでも、今回の話は潰しておかなければならない。

司令官の、そしてワタシの目的を果たすためにはこの艦隊が必要なのだ。その艦隊から、自分が遠ざけられるなんて笑えない話に、はいそうですかと簡単に頷けるわけがない。

まずは考えられる限りの策を準備し、司令官に相談でもしようか。

 




彼は艦娘を見誤っていたんだね。
後半は時雨パート。

花言葉は時雨にピッタリ()。
明日投稿の後半で……微妙に解答しまっス。


時雨メモ
姉や村雨、夕立よりも大きい(と自分では思っている)お尻と太ももを気にしている。


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〜その、花の色は〜(後)

僕らの大天使時雨さん。


県外で「どこから来られたんです?」と問われたときに、県名で返答しない民族を独断と偏見で発表するコーナー。

横浜、名古屋、神戸、仙台、金沢。
だからと言って、特に意味はない。



「墜ちた?」

 

 

執務室に知らせられた急報は俄かに信じ難い内容だった。

 

 

「申し訳ございません。部下が機内で大佐殿を掴み、なんとか一緒に脱出しようと試みたのですが、投げ出されてしまい……」

 

自身の命も危ない中、やるだけのことはやってくれたのだろう。落下中の機内で、人ひとりを救出するなど狙ってできるはずもない。

 

「君に責はない。ほかの人員はどうか?」

「はっ、同乗していた整備兵の一人が大佐の救出を試みた際に骨折したようですが、無事に合流できております。ほか大佐を含め本土より同行した兵は行方不明です」

 

 

同じく無線を聞いていた霞が早々に指示を出す。

「捜索救難隊を編成して向かわせるわ。アナタたちは自分の安全に留意しながら周辺探索、無理はしなくていいわ」

 

 

「それなら僕が行くよ」

 

時雨が直接出向くとは思わなかったので戸惑いを覚える。

 

「ちょうどこの後、川内さんと白露に海上訓練を付き合ってもらう予定になってるんだ。二人とももう桟橋で待機している時間だから、今から出航準備をさせるよりは早く出られると思う」

 

緊急出動ではあっても、スクランブルを行う航空機ではない。艦はすぐに出航するというわけにはいかないのだ。

秘書艦を捜索救難に出す。そのことに思うこともあったが、今は時間が惜しい。

当人からの申し出と言うこともあり、ここは素直にお願いすることにしよう。

 

「こんなことを頼んじゃって悪いわね、ならお願いできるかしら」

「もちろんだよ、僕だって艦隊所属の駆逐艦だからね」

 

 

 

 

桟橋では二人がすでに準備を整え時雨の抜錨を待っていた。

 

「待たせてしまったね、行こうか」

「目的地は予定通りでいいのかな?」

 

川内が確認に声を掛けるが、すぐに無表情の時雨に視線で制された。

「どこに耳があるかわからない。滅多なことは言わないでほしいな」

 

 

小さな輸送船を曳航しながら海上を疾走する三人。十分に沖に出てから改めて時雨が声をかける。

 

「迷惑をかけてゴメンよ、僕には私兵がいないからね。二人にしか頼めなかったんだ」

「今さら何言ってるのさ、私の仕事は元々そんなだよ」

 

気にするなと言うように川内は笑ってみせる。

白露は肩をすくめてみせただけで何も言わない。内心では蔑んでいるのかもしれないが、それでも。彼女は僕のお願いならこれからも、やっぱり何も言わないまま手伝ってくれるのだと思う。

 

 

 

 

 

 

「秘書艦? なぜこのような場所に」

「僕だって艦隊に所属する艦娘の一人だよ、基地のみんなが事故にあったと聞けば救援に駆けつけるくらいのことはするよ」

 

迎えのメンバーに時雨がいることを確認し、手近な島まで退避していた男たちが驚いているようだ。

 

続いて川内が声をかける。

「遅くなったね、全員無事?」

「はい、腕を骨折した者が一人おりますが、それ以外は無事です。ただ、大佐とお付きの兵が二人、行方不明のままです」

先任らしき男が現状を報告する。

 

「申し訳のしようもありません」

「基地所属の君たちなら、あえて説明する必要もないとは思うけど」

と、そこで一旦区切りそれから時雨が言う。

 

「秘書艦である僕の声は提督の声だと思って聞いてほしい」

固唾を飲んで傾聴する。罵詈雑言を浴びせられても仕方がない状況だと男たちは覚悟した。

しかし時雨の口から発せられたのは、そういった類のものではなかった。

 

 

「君たちだけでも無事でよかった。不幸な事故ではあったけど、この状況から一人の欠員もなく基地に帰投できる君たちリンガ所属軍人の練度に、敬意を表したいと思うよ」

 

「し、しかし、本土の要人を乗せた航空機の墜落ともなると」

 

 

「僕たちはそれほど器の大きな組織じゃないからね、どちらかと言えばロクデナシの艦隊だ。身内の無事を喜ぶくらいしかできないよ。アチラとのことは提督が話をつける事柄だし、アチラさんだって事故の責任を殊更に追求したりはしないさ」

 

 

 

「それじゃあもう少し辺りを捜してみようか。時雨、怪我人のほうは任せたよ、付き添いよろしく」

現場の指揮を執る川内が、そう指示を出す。

 

「うん、船の警護は僕がするね」

「時雨さん。どうぞ部下をよろしくお願いします」

 

 

曳航してきた船まで負傷した男に肩を貸し、時雨が声を掛ける。

「迷惑をかけたね」

「いえ」

「腕は大丈夫かい?」

「大佐と同じタイミングで機外に出る際に引っ掛けてしまったようですが、問題ありません」

 

彼には迷惑を掛けてしまった。

申し訳ないのは自分のほうだと思う。

しかし、まずは確認しておかなければならないことがあった。

 

 

「それで、彼は?」

「そちらも、問題ありません」

 

時雨が一息吐いたのが分かった。

 

 

「他の人たちは?」

「一人の死亡は確認しております。もう一人は行方不明ですが、落下傘を使用したところは見ておりませんので、恐らくすでに死んでいるものと思われます」

 

「うん、わかった。そちらに関しては生きていてくれても問題はないしね」

 

それじゃあ僕は警戒にあたるよと言い船外に降りる時雨。

背中を向けたままではあったが、本心から、思いの丈を彼に告げた。

 

「本当に、僕のお願いを聞いてくれてありがとう」

 

 

「艦隊のために必要なことです」

船内に一人残る男がそう呟いた。

 

 

 

 

 

徒労に終わることがわかっている捜索救難。

それが終わってから、一行は基地への航路をとる。

後ろを振り向いた時雨は、遠くの景色を眺めたまま。なんの感情も乗せない色で呟いた。

 

 

 

「次は献花を贈らせてもらうよ」

 




花にはトゲがあるものだ。
刺さると抜けない、そんな本当に危ないトゲをその身に隠すのは、霞よりも時雨だよね。


この花の花言葉は、まるで時雨のためにあるような、そんな言葉。
「You have disappointed me」

内地の大佐の勘違いは、艦娘と提督の絆の重さ。
彼女たちはどこでなにと戦うだとか、自身の環境がどうだよりも重視することがある。

誰と戦うかだ。


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〜鶴と龍〜

トテモリュウ・ジョウスキー
(ロシア 1945.8.18〜1991.12.26)


日本の海軍を無敵にしていたのは機動部隊。
話の主人公になるのは瑞鶴だが、史実の主人公なら間違いなく翔鶴だろう。

当時の海軍には「空母」と「特設空母」しか艦種がなかったので、軽空母と呼ばれた艦はいない。
ってか隼鷹を軽空母呼ばわりするゲームとか珍しいかも? 彼女蒼龍と変わらないサイズしてるから。

特設改造空母の見分け方は名前に「鷹」が付くかどうか。



「あれ、今日は鳳翔さんいないんですか?」

 

 

 

リンガに設えられた空母のための弓道場。

そこにツインテールの空母艦娘が訪ねてきた。

彼女は呉に所属する瑞鶴だ。

 

広々とした弓道場では龍驤がちょこんと正座をし、文机でなにやら書き物をしている。

 

 

「お、瑞鶴やんか。久しぶりやねぇ、鳳翔なら今日は提督のお使いで戻らんよ」

「なんだぁ、せっかくこっちまで足を伸ばしたのにいないのか、タイミング悪いなあ」

「なんか用でもあったん?」

 

手にした筆を傍に置き、はるばる訪ねてきた瑞鶴にそう声を掛けた。

 

 

「いやー、ちょっと練習見てもらおうかと」

「なんや、赤城や加賀に面倒見てもらってるんやろ? なんでまたこないなとこまできて練習するんや? いつの間にそんな真面目なこと言うようになったんやろ」

 

龍驤の知っている瑞鶴は練習嫌いで我の強いお姫様といった印象だったので、リンガにまで来て練習をすると言う瑞鶴の台詞に驚いてみせた。

 

 

 

「横須賀でやると加賀さんがうるさいんでね、鳳翔さんにコツでも聞いてちょっと見直させてやろうかと」

「ああ良かったわぁ、ウチの知っとる瑞鶴や」

 

 

「うーん。いないんなら仕方ないか」

唇を尖らせた瑞鶴が諦めた風に言うのを聞いて、なんとなく、瑞鶴がみんなから気にされる理由が分かる気がした。

この娘のために骨を折ってやろう。そう思わせるなにかがあるのは末っ子だからだろうか。

 

それから少し考え、重い腰を上げながら龍驤が言う。

 

「ええよ、ウチがちょっち見たるから、用意しぃ」

 

 

思い掛けない龍驤の提案に驚いたのは瑞鶴だ。

「え、龍驤さんって弓弾けるんですか?」

「あのねーキミ、ウチこれでも歴戦の空母なんよ?」

 

それから、まぁええわ。と呟くと、瑞鶴を弓道場へと招き入れた。

 

 

しばらく瑞鶴が弓を射るのを観察するようにしてから、軽い口調で野次なのかアドバイスなのか、横から口を挟む。

意外なことに? 龍驤の指導は的を得ており、なにより分かりやすかった。

「龍驤さん教えるのうまいんですねー」

 

 

「アンタはホンマもんの天才肌やからな、理詰めで教えても合わへんやろ。そやかて、言ってることは加賀と変わらへんはずやで」

「うげっ、なんで加賀さんの名前が出るんですか」

「大体想像はつくわな。加賀は生真面目やから」

 

 

 

しばらくそうやって瑞鶴の練習に付き合っていると、数日前からリンガに滞在している飛龍が顔を出した。

 

「龍驤さん、友永見ませんでした?」

「うん? キミんとこの友永くんなら提督の肩に乗ってお出かけしとったで」

 

リンガの提督は妖精さんに好かれやすいようで、頭の上やらポケットの中やらにいつも妖精さんを連れていることが多い。

飛龍の妖精さんも、久しぶりに会った提督とお話したかったのだろう。

 

 

 

「あ、飛龍さん! お久しぶりです。飛龍さんも来てたんですね!」

 

なんや、ウチに付ける『さん』と飛龍に付いてる『さん』の重みが違う気がするで? と小さく突っ込む龍驤。

 

「あれ、瑞鶴じゃない。こっち来てたんだー、練習してるのかな、感心感心」

「龍驤さんが稽古つけてくれるって言うからお言葉に甘えてまして、よかったら飛龍さんも見てくれませんか?」

 

それを聞いた飛龍が驚いた顔で龍驤を見つめるが、なんも出えへんで、と言って龍驤は文机の前に再び戻ってお茶を飲みだした。

 

「龍驤さんが稽古つけてるんですか? なんなのその高待遇」

「えぇ、そうですか? 私はどっちかって言えば飛龍さんに教えてもらいたいですけど」

 

そんな飛龍に素直な感想を告げる瑞鶴。

 

「キミほんといい性格してるなー」

そしてそれを聞いて、カラカラと笑う龍驤。

瑞鶴の隣で顔を青くしたのは飛龍だ。

 

 

「ちょっと瑞鶴? あなたなに言ってるの! 龍驤さんが稽古つけてくれるなんて凄いことなのよ!」

それから飛龍は、私だって龍驤さんに教えてもらったことないのにと瑞鶴を窘める。

「普段は鳳翔おんねんから、ウチは楽させてーや」

 

 

 

「え? 龍驤さんって凄いんですか?」

寝耳に水のように呟いて龍驤を振り向く瑞鶴に、姿勢を正すでもなく龍驤が言った。

「だから、さっきからそう言うてるやん」

 

 

「ちょっとこっちに来なさい!」

これはマズい。そう思った飛龍は瑞鶴を稽古場の隅に連れて行き、正座をさせる。

後ろから龍驤がそんな飛龍に声を掛けた。

「あんまりいらんこと言わんといたってなー」

 

 

 

 

「いい、瑞鶴。龍驤さんは鳳翔さんとペアを組んで国防を一身に担っていた元一航戦の大先輩なのよ」

 

いつもは笑顔で騒いでいることの多い飛龍だが、今回ばかりは畏った顔でそう言い聞かせる。

 

「イッコウセン?」

「そうよ! 赤城さんや加賀さんを呼び捨てにする空母なんて龍驤さんくらいのもんでしょ! あの人たちは私たち空母機動部隊の創設期に礎となった戦友同士なんだから」

 

ロボットのような反応をする瑞鶴に、ついつい興奮気味の飛龍がそう言い放つと、龍驤が後ろの方からツッコミを投げ掛けてきた。

 

「なんや、それやとウチがただの無礼者みたいやなあ。ついでに死んでるようにも聞こえるわ」

 

 

 

ヤバい。聞こえていたみたいだ。

さらに飛龍は瑞鶴の耳元に小声で告げる。

「いい? 私が初めて龍驤さんと会ったときに、鳳翔さんから一言だけもらった忠告をあなたにもしておくわ」

 

全ての空母の母と呼ばれる鳳翔さんからされたたった一つの忠告。瑞鶴はゴクリと唾を飲み込んでそれを待つ。

 

 

「空母勢の中で、本当に怒らせてはいけないのが龍驤さん。滅多なことでは怒らないけど、あの人はかつて『赤鬼も青鬼も龍驤の名を聞けば後ずさりする』とまで言われたバリバリの武闘派空母なのよ」

 

 

ゲゲっと驚いて龍驤を振り向くと、相変わらずのキレイな正座姿でお茶をすすっているところだった。

赤鬼とか青鬼とか、まさか赤城さんや加賀さんのことじゃないわよね。と冷や汗が流れたのがわかった。

 

 

 

「そもそも私たち空母は単艦での運用なんてあんまりしないけど、龍驤さんは単艦で南方の海を駆けずり回って戦果を叩き出す基地攻略の第一人者! 艦砲で撃ち合いするのが生きがいみたいな危ない人なのよ」

 

 

それも聞こえてんでー。とまたしてもツッコミが飛んで来た。

話ながら興奮したのか、熱の入った後半は自然と声が大きくなってしまったようだ。

事実、史実で砲撃戦を繰り広げた撃ちたがりの空母など龍驤くらいのもんだろう。

 

 

「ま、ええわ」

 

空になった湯呑みを眺めてから、そう言って立ち上がる龍驤。

「ちょうどいい機会やし、外法も知っといて損にはならんやろ。ちょっと弓貸してみ」

龍驤自ら射掛けるところを見せてくれると言う。

 

瑞鶴の弓を借り受けた龍驤は、弓を構えたかと思うと瞬きする間もなく矢を放った。

さらに立て続けに2射、3射。狙いをつけているのかどうかすら分からない。

3本とも的を射抜いてはいるが、そのどれもが真ん中を貫いているわけではなかった。

 

「ウチのやり方は知っとくだけでええよ」

 

 

残心もなにもあったものではない。

それは、今まで瑞鶴が教わってきたものとは全く別のなにかだった。

 

「精度はもちろん重要や、そやけど、精緻に精密を重ねるような匠の業やなくて、いかに短時間で多くの艦載機を空に上げるかのほうが大事やとウチは思うたんよ」

 

それから龍驤は、昔、友達の駆逐艦にボロカス言われてしもてな、ほんまド突かれるかと思ったで、と笑いながら付け加えた。

 

 

 

「ウチの腕ではこれが限界や、そやからウチは弓じゃなく式神で艦載機を放つほうに鞍替えしたっちゅうわけやね」

陰陽系空母の開祖。それは自分の体格を客観的に見た結果、より自分に合った方法を模索した果てに辿り着いた一つの境地。

 

 

「いまだに鳳翔なんかは弓やれ弓やれ言うてくるけどな。ウチの腕ではどう頑張っても和弓は弾かれへん」

そう言った龍驤は、とても大切な物を扱うように恭しく弓を持つと、それを瑞鶴へと返した。

 

 

「おっと、意識するだけに留めといてや。こんなん真似されたら加賀に射殺されてしまうわ」

「だからなんで加賀さんなんですか!」

 

ぶすっとした顔で瑞鶴が言うが、それに対して龍驤が諭すように答える。

「気付いてないんか? 加賀はアンタに期待しとる。手塩にかけて育ててるかわいい瑞鶴が、早撃ちガンマンみたくなって帰ってきたら倒れてしまうわ」

 

 

 

そんで、ウチは倒されてしまうんやろうなぁと、少し遠い目で思った。

 




友達の駆逐艦は天津風。実際にそう言われた。
龍驤は蒼龍飛龍よりも長く空母をやってる大ベテラン。
当時、赤城加賀鳳翔と交代で一航戦二航戦を務めていたくらいなので、弓も弾けるだろうと思う。

瑞鶴は改二になって弓が変わるので、多分この話の瑞鶴は改装前。
龍驤の言い分を信じるなら、瑞鶴改二の弓は弾けないのだろう。


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〜友軍基地突入! 司令官救出作戦〜

どうしてこうなったか。

そんな話もあったのだがバッサリ削ってみた。
なぜ彼女がリンガの艦隊に泣きついたのか、それは姉が……。



カナリ初期に作った話。
ある意味この話に合わせるために、あとから登場人物を仲間に迎える話を作るはめになったり。

評価上がって嬉しい記念に。



ガスタービン独特のエンジン音が木霊する。

今夜は雲が多く、月を覆っているので突入にはもってこいの状況だ。

ローターを回し待機しているUH-60のデッキに腰掛けながら、妖精さんたちと一緒に装備品のチェックをしているのは鈴谷。

 

ナイトビジョンゴーグルを首にかけ、黒いニットにタクティカルベスト、カーゴパンツにブーツといった夜に溶け込む姿。スタイルの良い鈴谷にぴったりと張り付くスリムなニットと、大き過ぎず、かといってタイト過ぎない絶妙なボトムが良く似合う。これからヘリボーンする姿にしては、少しお洒落過ぎるくらいだ。

 

ステアーAUGを傍らに置き、肩に付けた無線機の位置を整える姿は、いつものノリの良い鈴谷ではなく、話しかけるのを躊躇わさせるプロフェッショナルの横顔をしていた。

 

 

「これが、この艦隊のもう一つの姿……」

そう呟いたのは能代だ。

ここは、艦娘がそれぞれ好き勝手に趣味に打ち込み、笑い声の絶えない牧歌的な艦隊だと聞いていたが、なるほど。

海域最深部で戦果を叩き出す海軍きっての武闘派艦隊というのも納得できる話。

噂にすぎないかと思っていたが、対人戦闘訓練が日常的に行われており、陸上でも高い能力を発揮するというのも嘘ではなさそうだ。

もっとも、そのおかげで大本営からはマークされているという話だが、きっとそんなものを歯牙にも掛けないだけの強さを持っているのだろう。

 

 

海に目を向けると、一時期パートナーとして行動を共にしたことがある島風が待機している。

高速艦としての速力を活かし、今回の作戦では前衛哨戒を行うことになっていたはずだが、重雷装を誇る彼女の運用方法としては正しくない気もする。

少し距離があるため声は聞こえないが、どうやら島風が背負う魚雷発射管に、背の低い駆逐艦娘が跨り身振りを交えながらなにやら文句を言っているようだ。

 

今まで参加してきた作戦とはまったく違う奇想天外な運用に眩暈を覚えつつ、しかし、このチームであれば、基地に監禁された私の司令官救出も成し得るのではないか。そう期待させるだけの感触をしっかりと実感できた。

 

 

結局誰にも話しかけられずにいると、バインダーを手に近づいてきた伊勢に声を掛けられた。

「さ、そろそろ出発よ。能代さんは阿武隈の救出班と一緒に行くのよね? 無茶はしないようにね」と島風の少し後ろにいる集団を指し、ヘリに乗り込んでいった。

指された方を見ると、周りの子たちより頭一つ高い艦娘が手を振っている。

慌てて集団に駆けていくと、駆逐艦の子達が挨拶をしてくれた。

 

 

「よろしくお願いしますー。私が救出班班長の阿武隈です」

「特型駆逐艦の響だよ。こっちが雷で、そっちが電。あそこで島風に噛み付いてるのが暁。この五人で君の司令官の救出を担当するよ」

緊張している能代をよそに、妙に甲高い声で挨拶された。なんだか頼りなさそうな班長さんだなと思う。こちらの銀髪の子のほうがよほどしっかりしてそうだ。

 

救出班は駆逐艦で占められており、不安はあったが、全員が艦隊の古参であり、屋内戦、特に護衛任務は本職なので任せてほしいと言われた。

それぞれ手には小火器を持っているが、突入の邪魔になる主砲や魚雷は装備していないようだ。私たち艦娘にとって、対人兵器は縁遠い。

 

「武器がないのが不安かい? 良ければサイドアームを貸すよ」

彼女たちの携える武器を不安気に覗き見していると、その視線に気が付いた響が腰から拳銃を抜き、グリップ部をこちらに向けて差し出してきた。一緒に見たことのない妖精さんもくっついているが、艤装以外にも妖精さんがいるのだろうか?

 

「私物だからできれば無くさないでほしい」

グラッチと呼ばれるそれを恐るおそる受け取る。初めて手にする拳銃の質感は、思ったよりも艤装に似ていると思った。

 

「おっと」

手にした拳銃をいきなり上から握られ、逸らされた。

「撃つ瞬間までトリガーに指をかけてはいけない」

指摘され、慌てて指を伸ばす。

 

「銃を撃った経験はありますかー?」

「いえ、持ったのも初めてです」

阿武隈の問いに素直に応える。

「撃つときは両手で構えて、このセーフティを外して使う。繰り返すけど、それまでトリガーに指はかけないこと」

響が簡単なレクチャーをしてくれたが、最後に一言付け加えた。

 

「いざというときの護身用だね。まあ撃つ機会はないと思うから、発砲しないことをお勧めするよ」

 

 

砲撃に比べ、拳銃は至近距離で対象を殺傷する。しかも今回は人間や艦娘を相手にするのだ。そういった撃つことへの覚悟を問われているのかと思ったが、どうやら単純に自身の太ももを撃ち抜くことへの心配のようだった。

 

「狙ってもなかなか当たらないけど、なぜか自分の足にはよく当たる」

 

 

 

突然、後ろから怒気を含んだ声が飛んできた。

「さぁ行くわよ! 気を抜かないでよね!」

指示を飛ばしたのは霞。

 

私でも知っている、海軍指折りの武勲を持ち鬼金剛とまで呼ばれる戦艦。その艤装の上に立ち、眉間に皺を寄せた駆逐艦娘。

普通の艦隊であれば、駆逐艦の子が命令口調で指示を出すなど考えられないことだが、乗せている金剛は気分を害した風でもなく出発を待っている。

 

 

「島風、先行し過ぎるんじゃないわよ」

「はーい、行きまーす。ちゃんと着いてきてよ」

肩口から顔を覗かせている暁に、それじゃあ振り落とされないでと告げ、暁の手が島風の肩を掴んだのを確認するとゆっくりと進み出した。

次いで阿武隈たちに周りを囲まれるようにして能代が続き、後ろから霞を艤装に乗せたままの金剛が着いてくる。

 

 

夜の海を行くのには不安があった。普段なら気にもならないことではあるが、今回は被弾が酷ければ撤退すれば良いという作戦ではなく、絶対に失敗できない作戦なのだ。

そして、自分も含め救出班は誰一人艦隊戦の武装を持っていないのである。

 

隣を航行する響に、小声で不安を告げた。

「暁は目がいいからね。ああやって索敵させておけばこの海域での事故は有り得ない」

と返答があった。

 

あの暁という子は艦隊随一の索敵能力を持ち、彼女を中心とした一定の範囲内であれば空、水上、海の中を問わず全ての空間を把握する暁領域なる特殊技能を持っているとのことだ。

俄かに信じ難いが、本当であるなら心強い。しかし、駆逐艦の背中にしがみつき、外洋の荒波に揉まれる姿を見るとあまり安心はできそうにない。

 

「魚雷発射管にクッション乗せてたけど、あんまり役には立ってなさそうね」

後ろから雷が呆れたように呟いた。緊張を解そうと気を使ってくれているのがわかったが、ぎこちない笑みを浮かべるので精一杯だ。

 

それに、と響が続ける。

「もし深海棲艦と接敵した場合は金剛がなんとかするから心配は要らないよ」

そう言って少し遅れて後方を航行している霞を乗せた金剛を指差す。

各々が自分の役割を全うすることに全力を注ぎ、足らないものはチームが補うと暗に言っているように聞こえる。それだけでいかに仲間を信頼しているのかが伝わるが、いかに大戦艦と言えど深海棲艦相手に1隻だけではという不安はある。

 

「うん? 霞も居るから二人だね。海域最深部に行くわけでもないし、近海のはぐれ艦程度ならお釣りがでるくらいさ」

聞くに、救出班の全員が深海棲艦の心配を毛ほどもしていないようだ。

「私たちの戦場は突入後の屋内だからね。ま、この雷様にドーンと任せてよ!」

 

 

 

 

 

「こちら暁。指定のポイントに到着したわよ。目標はこちらに気付いてないみたい。静かなもんよ」

報告と共に暁の不満の声が聞こえる。

「もっと静かに航行してちょうだい、乗り心地が悪いったらないわよ」

無線からは島風の「おぅ?」と言う困り声が漏れた。

 

 

「乗り心地はよくなかったみたいですネー」

しばらく海上で待機していると、後続の金剛が追いつき能代に声を掛ける。

親しみやすい声で緊張をほぐそうとしてくれているのはわかったが、噂に聞こえる鬼金剛を前にして緊張を解けというのは少し難しことだと思った。

 

その試みがあまりうまくいっていないと判断したのか、金剛の艤装に座った霞が淡々と指示を出し状況を進める。

「ほら、所定の位置につきなさいな。いい? まずは私たちが陽動のために攻撃を仕掛けるから」

 




〜噂の艦隊へ〜よりも前に投稿してもよかったかもしれないね。


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〜友軍基地突入! 司令官救出作戦〜2

どれが本編なのか、もはやわからないが……。

この話は今後、特に本編に絡んでこない話なので、番外編とでも思ってもらえたら。



司令官が拘束されている基地までは何事もなくたどり着くことができた。ここからはチームを再編成して港湾を進む。

 

降りるから屈んでほしいと島風に告げた暁がお尻を抑えながら近づいてくる。

「酷い目にあったわ」

「でも有用だったんなら、次回から積極的に作戦に取り入れられそうね。島風&暁の先行哨戒班の完成じゃない」

「冗談じゃないわよ、 あんなので揺らされ続けたら戦闘なんてできないわ」

 

暁と雷が軽口を言いあっている。これから突入だというのに、彼女たちはまるで自分の部屋に戻るだけとでもいうような気軽さだ。

 

発射管の側面にクッションを付けたシュールな立ち姿の島風が不満げな顔で「これでも揺れないように気を付けたんだよー」と声を上げたが、それに対しては素直に感謝を告げていた。

「まあ、おかげで索敵に集中できたわ。それはありがとう。なのです」

 

 

 

「始めるわよ! 基地の目をこちらに向けさせなさい。砲撃始め!」

霞の指示に金剛が頷き、復唱する。

「3番、4番主砲ファイヤー!」

霞が乗っている1番主砲側の砲身を下げたままの砲撃が開始され、それはそのまま救出作戦の始まりを意味していた。

 

 

「あの子が指揮を取るの?」

「そうですー。霞ちゃんは現場での艦隊指揮を任されてますから」

救出班のリーダーである甲高い声の駆逐艦に聞くと、なんでもないことのように、そう返答された。

出発前にも声をかけていたが、まさか作戦指揮まで駆逐艦娘がするとは思っておらず驚いた。

軽巡である自分が、戦艦や重巡に指示を出す姿を想像して、そのあまりの畏れ多さに身震いする。

 

 

 

「鈴谷、そっちはどうなの?」

「こちら鈴谷。突入ポイント到着。これより降下するよ!」

無線で別働隊を率いる鈴谷に呼びかけると、ちょうど降下するところだと返答があった。さすが、戦術行動の申し子と言われるだけあってタイミングはバッチリのようだ。

すぐさま基地施設上空でホバリングするUH-60から鈴谷、熊野、球磨、多摩が次々降下していく。

 

「鈴谷達の任務は救出班支援よ! 保護対象の確認とルート確保が目的なんだから深入りし過ぎないで!」

突入部隊として突入するのは四人だけなので、基地を丸ごと制圧するほどの戦力ではないのだ。

 

 

ヘリボーンを終えた突入部隊が夜陰に乗じて基地司令部のある建物に駆け寄って行く。

 

窓際に立った熊野が頷く。窓を割りスタングレネードを放り投げ、数秒後炸裂音と凄まじい光量に曝された屋内から悲鳴が聞こえる。

「いっくよー」

 

「ゴー! ゴー! ゴー! 階段確保して! 東棟には用がない。西側制圧急ぐよー」

鈴谷を先頭に手際よく窓から進入し、救出班のためのルート確保に取りかかる。

 

 

「頭は狙わないようにねー」

鈴谷のステアーAUGがリズム良く弾丸を撃ち出していく。悲鳴の具合を鑑みるに、何人かの艦娘に当たったらしい。

5.56x45mm弾を喰らった程度では、まあ滅多と致命傷になることはない。それでも艤装をつけていない艦娘にとっては無視できる被害でもない。当たりどころが悪ければ、銃やナイフでも艦娘は殺せるのだ。

 

 

1階西側の部屋に強烈な閃光があがったのが、港湾外周にて待機する阿武隈たちからも確認できた。

 

「進入ポイント確保。いつでもいいよ!」

鈴谷から無線が飛ぶ。それを聞いた阿武隈は能代に頷いてみせ、号令を下す。

「救出班突入しますー!」

 

阿武隈を先頭に暁たち救出班が港湾施設ギリギリの海上を滑るように駆け抜けていく。

「私たちの銃は真下に排莢されるので、空薬莢を踏んで転ばないように注意してほしいのです」

真っ暗な海で、水際を駆けるという難易度の高い航行に集中していると、ふいに後ろから電に声をかけられた。何気ないことのように見えるが、相当な練度を有しているのだと、それだけで察せられる。

 

 

「進入しますー!」

海から転がり滑るように陸へと上がり、そのままの勢いで先ほど光った部屋の窓を割る。基地内からは、進入を防ごうと一般兵や艦娘が応射している。

体操選手のような見事な動きで阿武隈が進入した後、たて続きに響が転がり込み、室内から腕を伸ばして窓下で待機していた暁を引き上げる。

 

「次、能代さんどうぞ!」

外壁に背を預け、手に持つP90で牽制射撃を続ける雷と電が声をかける。殿を務めるのはこの二人だ。

 

連れて行ってほしいとワガママを言ったのは自分だ、こんなところで足を引っ張るわけにはいかないと、逸る気持ちを押さえつけ飛び込むようにして室内へ。

室内に入ってから、今さらのように割られたガラスを意識しなかったことに思い至るが、手のひらに傷は負っていないようだ。

誰への配慮だったのか、振り向くと出入り口となった窓際では暁が窓枠に残ったガラスを丁寧に砕き捨てていたのだった。

 

そうして能代が室内に消えると、両手にイングラムM10を構えた響が上半身を窓から出し、電を促しながら弾をバラ撒く。

すぐさま電が窓枠に手をかけ、そのお尻を雷が押し上げるようにして室内へ入れると、最後に雷を引っ張りあげて無事救出班全員が進入を成功させた。

ベテランである第六駆逐隊面目躍如の流れるような進入劇だった。

 

 

 

基地正面の海上で救出班の進入を確認した霞は、続けて陽動のための指示を出す。

「無事に入ったわね。東側建屋に砲撃! 意識を向けさせるわよ! 執務室は2階だと思われる。殺すつもりはないから当てないよう注意なさい」

 

視界の端では、海上を忙しなく動き回る島風の姿。彼女には明確な指示を重ねて出した。

「島風、アナタは上がるんじゃないわよ! 基地側の海上際で陽動!」

「えー、それ島風の上を砲弾が飛びこすんじゃありませんかー?」

「ノープロブレム! 当てたりしませんヨー」

楽観的な金剛の声に霞の容赦ないアドバイスが重なる。

「破砕後の砲弾の破片に注意なさい」

 

 

その頃、基地東側にある執務室は蜂の巣をつついたような騒ぎだった。

「なんだ? なにが起こっているんだ! 進入されているのか?」

 

息を切らした艦娘から所属不明の訓練された部隊に進入を許し、現在戦闘中だということが報告される。

「地元のゲリラ? 他国の軍隊? それともまさか陸軍か? 海軍基地に突入だと?」

思考のまとまらないままに、彼は想定通りの方針を固めた。

「とにかく、ここを重点的に守れ! 近隣の基地に救援を頼め! 時間を稼ぐんだ」

もしこの場に霞がいたならば、彼は指揮官の器ではないと切り捨てたことだろう。

 

 

「被弾確認!」

進入した室内では阿武隈がチームの現状確認を取っていた。

「響、損傷なし」

「私たちも大丈夫よ」

能代にも声をかけるが、こちらもかすり傷一つ負っていない。

 

「他に問題はありますかー?」

「一つだけ」

阿武隈の問いかけに響が指を一本立てる。

 

「夜間の海上では視認できるものがまったくない。だから、せめて夜だけでもスパッツを脱いではくれないかな? 艦隊行動に支障をきたすよ」

「んん、却下です!」

ソレを目印にさせるつもりはないと断言してこの話は終わったが、この状況でいったいなんの話をしているんだろう。

 

 

そんな一幕が終わると、頭を低くしてついてくるよう指示された。

能代を挟んで暁と響がエスコートしてくれるおかげで、陸上作戦などまったく経験はないが、戸惑うことなく行動することができた。

 

室内には被弾した基地所属の艦娘が二人、後ろ手に縛られて転がされており、太ももからの流血が確認できる。突入からの時間を考えると、あっという間に室内に進入され、状況を理解する間もなく鈴谷に足を撃ち抜かれたのだろう。

 

 

当然だが、基地内での軍事行動など想定もしていない一般の艦娘では、有効な対策が打てるはずもなく、大した抵抗もなく状況は進行しているようだ。

すでに阿武隈は先行しており、出入口では雷と電が通路の警戒をしている。

 

姉から聞いてもいたが、実際に一緒に行動をしたことで、彼女らの陸上戦闘における凄まじい練度が実感できる。そのおかげで司令官救出作戦なる、およそ艦娘には場違いな作戦が遂行中なわけだが、この子達は、いったいなにを思ってここまでのスキルを培ってきたのか。昨日今日の訓練で身につくようなものとは到底思えず、これは長い年月をかけ、日頃から飽くことなく訓練を繰り返してきた結果だ。

もし、これらのスキルがなにか目的を持って鍛えられているのだとしたら。その目的は想像するだけでキナ臭いもののような気がした。

 

 

「予想通り執務室のある東側の防衛に回っているようだねー」

「警備もザル。動きもザル。これではまるで素人ですわ。『お前らの指揮官は無能だな』と言って差し上げたくなりますの」

 

能代は無線機から流れてくる声を聞きながら、そうだろう。誰がわざわざ艦娘の集まる海軍基地に、こんな見事に突入してくる部隊があることを想定するものかと思った。

反抗らしい反抗もなく、されるがままに基地内を蹂躙されている姿は、自分自身と重ねると手放しで称賛するのが憚られる。

 

 

「αポイント制圧。対象発見。司令官と秘書艦と思われる艦娘を保護したよ」

鈴谷からの報告に無線機から霞の叱咤が飛ぶ。

「予定より遅れているわよ。失敗なんてあり得ないんだから、油断はしないで」

 

1階西側、その突き当たりの部屋の扉が開いており、鈴谷としゃがみこんでいる熊野の姿が見えた。

そこはまさに提督と霞が予想していたままの場所だった。

 

 

「確認よろしくー」

室内では、顔の下半分を鼻血で真っ赤に染めた艦娘を熊野が拘束していた。ここが海上であれば、流血沙汰はさして珍しいものではないが、それが陸上の対人戦によるものだと思うと、途端に生々しいもののように感じる。

 

部屋の中央では、衰弱した司令官が秘書艦娘と阿武隈に支えられている。

「司令官!」

見たところ、彼に目立った外傷はなく、気を失っているだけのようだ。

「感動の対面は後だよー」

鈴谷の声に、緩みかけた気持ちをもう一度引き締めるが、その後に続く妙に緊張感のない救出班リーダーの声で、またぞろ気が抜けてしまうところだった。

「こちら救出班、対象を確認しましたー。これより脱出しますぅー」

 




スパッツは脱いでくれないかな?


夜の海ってホント真っ暗。前に突き出した自分の指が見えないくらいだからね。
でも阿武隈のパンツなら見えると思うんだ。心の目とかなにかで。


前日譚として、提督と霞は司令官監禁場所を言い当ててる。
小心者は犯罪の証拠や関連する物を捨てることができず、目に入らない、しかし手の届く場所に残すってのが理由。


史実でも友軍の艦上越しに砲撃をかました娘がいたな。
はて、誰だったか。


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〜友軍基地突入! 司令官救出作戦〜3

艦娘の銃撃といえば、時雨と霞はマリーナベイサンズにショッピングに出掛けたときに事件に巻き込まれ、しこたま撃ち込まれた経験があったりする。

モール内を流れる人口の川を航行する離れ技で事件を解決させ、そのときの傷が今でも霞の肩に残っているが、今後投稿できる形になるかは不明……。


「ヘリを脱出地点に! ようやくの折り返しよ。気を抜かず事に当たりなさい」

 

 

通信を聞いた霞は、すぐさまヘリを操縦する伊勢に指示を飛ばした。

相変わらず金剛の艤装の上で眉間に皺を寄せている霞。自分にも他人にも厳しい彼女は、どんなにうまくハマった作戦であってもきっと、常に反省材料を抱えているのだろう。だからこそ、士気の高いこの艦隊の艦娘は霞の指示を心待ちにし、彼女に従うのだが。

 

 

能代が司令官を背負い、疲れの見える秘書艦娘は阿武隈が背負って脱出することになった。

先導を務める鈴谷が基地所属艦娘の足止めをしている球磨、多摩に無線で呼びかける。

 

「退路の確保はできてるー?」

「中央階段クリアー。2階で牽制中だクマー」

「通路は東側に繋がるホールまで確保済みニャー」

 

こちらからも緊張感のない声で答えが返ってくるが、それを聞いた鈴谷は少し緊張したようだ。

「ちょ! なんでそんなところまで進んでるの?」

「わからないクマー」

「わからないニャー」

 

 

鈴谷が先行し、六駆に囲まれた能代、阿武隈が駆ける。殿は熊野が務め後方を警戒しているが、相変わらず申し訳程度の反抗しかない。

「やっぱりMAC-10ではストッピングパワーが物足らないね。自分のを持ってこればよかった」

「電たちの任務は救出ですよ?」

「そっちは鈴谷さんたちに任せて集中してくださーいー。どのみち響ちゃんのAK-74は作戦時の使用を認めませんー」

「響姉アレ持って突入なんてできないじゃない。威力が欲しいならさっさとP90に持ちかえたら? 撃ちまくれるしきっと楽しいわ」

「そんな格好の悪い銃は持ちたくない」

 

 

「おしゃべりもいいですけど、帰るまでが作戦ですわよ」

 

そう熊野から注意を受けた。むろん集中を欠いているわけではなかったが、こうも反攻がないと拍子抜けもいいとこだ。

 

それは特攻を行った鈴谷が1番感じていた。なーんか調子狂うなーとボヤきつつも、頭を切り替え、霞に連絡を入れる。

「脱出ポイント変更なし。進入時の部屋からそのまま出るよー」

「問題ないわ。みんな東側に集中してる。いつでもどうぞ」

 

こちらに意識を向けさせようと、金剛が砲撃を続ける。

「うお! 階段を砲撃するのは止めてほしいクマー」

「はあ? なんでそんなところまで上がってるのよ! 味方の砲撃で負傷なんて格好悪いこと報告できないわよ、巻き込まれるのならいっそ沈んできなさいな! 名誉の戦死扱いにしてあげるわ」

「ひどいクマー」

 

妖精と呼ばれる霞の想定外。いくら相手の防衛がおざなりでも、さすがにそこまで確保してるとは思わなかったようだ。

 

 

「ほらほら、わたくしたちも脱出致しますわよ。戻ってくださいね」

鈴谷を先頭に阿武隈たちが外に出た後、熊野が敵を食い止めている二人に戻るよう指示する。一瞬後、無線越しにスタングレネードの閃光音と悲鳴が聞こえてきた。さすがに退くときも鮮やかだ。

 

 

無事に救出を終わらせ、基地から少し離れた海上を滑りながら辺りを見回す。

「海上までは出てきてないようだね」

「金剛さんたちがうまく抑えてくれているのです」

 

港湾の方では、基地側から散発的な砲撃があるものの、陸地から無理矢理撃っているようなもので海上までは出てきていない。その攻撃はこれ以上の上陸阻止を目的としているもので、金剛たちを撃退しようとしているものではないようだ。

霞にもそれがわかっているのだろう。砲戦の最中にあっても、未だ艤装の上で腕を組み憮然とした態度で海面に降りるそぶりもない。

 

 

「こっちも執務室の辺りは狙ってないみたいだねー」

東棟にある執務室の方を振り返り呟く鈴谷に雷が返答する。

「そりゃそうよ、さすがに基地司令官に怪我をさせるわけにはいかないじゃない。後は正規の方法で罪を問うって言ってたわよ」

 

「でも覗かれてるのはどうも気になるなー」

執務室の窓からは、侵入者の動向を窺うためか艦娘が恐るおそる顔を出している。

 

「どうするつもりだい?」

おもむろにステアーを構えた鈴谷に響が声をかける。

「砲火の中で窓から外を窺うなんてバカなことをやってる子にお仕置き」

「無駄なことはやめておきなよ、300mはある。当たりっこないさ」

「まぁ見てなさいって」

そう言って無線を繋ぎ、霞に報告を入れる。

「こちら鈴谷。執務室の窓にこちらを偵察している艦娘がいる。これより狙撃で不確定要素の排除を行うよ」

 

 

艦娘の狙撃。

基地に戻るまではなにが起こるかわからない。その不確定要素を排除したい気持ちはわかる。わかるが、ただ見ているだけで、彼女らになにかができるようには思えない。

彼女らは私たちをどうにかしてやろうと覗いているのではなく、自らの身を不安に思っているだけだ。

 

銃撃戦ならつい今しがた嫌という程体験してきた。しかし『狙撃』は感じ方が違うと思う。

それは研ぎ澄まされた明確な敵意。

 

初めての陸戦は、私にいろんなことを教えてくれた。

だから、私はこの卑怯な考えを捨てようと心に決めた。この狙撃は、私の願いを絶対に叶えようという彼女たちから贈られた最大限の想いなのだから。

 

 

能代が弱い自分との決別を心に誓っていたわけだが、しかし、狙撃に対しての霞の言い分は非常にそっけない一言だった。

 

「窓の中には入れないでよね」

 

 

気になるポイントは室内で跳弾した弾丸が予期せぬ被害を出すことだけだったようで、一人で勝手にしんみりしてたのが恥ずかしい。

しかし窓より中に弾を入れるなとは、簡単に言うがなかなかハードな注文だ。

 

「なら砲撃は一時waitしますカ?」

金剛からの申し出に返事をしたのは殿を務めていた熊野だった。

「それには及びませんわ、球磨さんと多摩さんももうすぐ出てくるので、変わらず撃っていてくださいな」

「わかったネー、それじゃあ敵の目をコチラに引きつけマース」

 

 

「さてさて、やっちゃうよ」

「G3ならまだしも、アサルトライフルの軽狙撃でそのうえ立射。いくら教官でも無理だね」

「まま、ニキータさんも狙撃に使ってたし、任せて任せて」

ステアーAUGは命中精度が良いといわれるが、あくまでアサルトライフルとしてだ。フィクションの世界で度々狙撃に使われるが、元来ソレを行うような銃ではない。

 

スタンディングポジションで狙いをつけ、静かに指を絞る。

銃声と共に飛び出した弾丸は見事に艦娘の額を直撃したようで、窓際にいた艦娘はあっという間に室内へとひっくり返った。

「この距離でヘッドショット? バケモノだね」

「酷いなー」

 

特に感慨深いものはないと、いつもと変わらない霞の声が無線から流れる。

「ほら、終わったならさっさと回収ポイントに移動なさい」

 

 

「あの、あの娘直撃のようでしたけど、大丈夫でしょうか?」

「心配は要りませんわ、300mの距離から5.56mmに当たったくらいで艦娘は死んだりいたしません」

陸上とはいえ、狙撃1発で艦娘を仕留めるには力不足だと、心配する能代に熊野が答える。

 

「でも半月は入院するんじゃないかしら、あの子、眉間を割られてたし」

 

話に割って入ったのは暁。彼女の発言に少しギョッとさせられたのは当人の鈴谷だ。

「一応狙ってたからね。それにしてもよく見えたねー」

「当然よ」

 

銃器での射撃を経験したことはないが、訓練すればアレが狙えるようになるものなんだろうか、この波打つ夜の海面から……。

「バケモノ」

後ろでもう一度響が繰り返した。

 

 

 

回収ポイントに到着した一行がヘリに合図を送り、回収のためのロープを下ろしてもらう。

意識のない司令官を正面から抱くかたちで能代にフックをかけ、背中側からは熊野が支えてヘリに引き上げてもらう。

能代と熊野にサンドイッチのように挟まれた司令官に意識があったなら、言葉通り天に昇るような気持ちだったに違いない。

疲労しているものの意識のある秘書艦娘のほうは、阿武隈と一緒に引き上げられ、最後は六駆の四人がまとめてヘリに吸い込まれていった。

 

 

「状況は?」

ヘリの操縦席から伊勢が振り向き声をかける。

「対象は無事保護。気を失ってるけど問題ない。こちらは軽症一つ負ってない」

「こちらも損害軽微ですわ」

響と熊野が状況を告げると、安堵の表情を浮かべた伊勢が言う。

「それじゃ、一足先に帰投しちゃいますか」

 

 

ヘリが離れるのを見送った海上では、残されたメンバーが集結中で、あとは球磨と多摩が戻ってくるのを待つだけだ。

「収容完了じゃーん。こちとら艤装持ってないから、帰りの哨戒よろしくー」

鈴谷、球磨、多摩は乗員数の問題でヘリには乗れず、自力航行での帰投となる。

遠ざかるヘリを眺めながら、安堵の溜息をついた霞がボソリと呟いた。

「阿賀野さんよりは陸上に向いてるようね」

 

 

残留組が合流したところで霞が宣言する。

「作戦完了。引き上げるわよ!」

こうして、救出作戦は終わりを迎えた。

 

 

 

 

「心配をかけたね。もう大丈夫だ」

「よかった。本当によかった……」

翌朝、提督にとっては目を覚ました司令官との初対面だ。

司令官の無事を喜ぶ能代、その姿を眩しそうに見ながらも、司令官に声をかける。

 

「我々だけで。と思っていたのですが、能代さんからの強い要望がありまして、勝手に他所属の艦娘を作戦に参加させてしまったことをまずは謝罪したい」

「いえ、貴艦隊に被害がなくてホッとしています。とても手際の良い救出作戦だったと聞いておりますが」

人当たりの良い人物のようだ。面倒な奴ならどうしようかと思っていたが、これで一つ懸念は消えた。

 

 

「実際に参加してみて、能代さんはどうでした?」

作戦参加の感想を能代に問う。彼女にとって初めての陸戦、その目にはどう映ったのだろうか。

 

「距離感が違うと感じました。陸上で、特に今回は屋内ということもあって、狭く暗い中を銃弾が飛び交う戦場。艦娘の流血を見て怖いと思ったのは初めてでした」

「怖い思いをさせてしまったようですね」

「いえ、参加させて頂いたことへの後悔はありません。ただ、今までと勝手が違ったことと、なにもできない自分を想像して怖かったんです」

頼りなさげに自分の腕を抱いた能代が続ける。

「私達の基地に進入されても、彼女らと同じようにまったく抵抗できないと思います。逆に私が進入したとしても、皆さんのように動けるとは少しも思えません」

 

 

そして、強くこう言ったのだった。

「しかし、必要性を感じました」

 

 

 

 

「能代には助けられた、なにかお礼をしなくちゃな」

提督が退室し、二人きりとなった室内で彼女の司令官が改めて感謝を告げる。すぐに、意志の強そうな声で能代から返答があった。

「それなら1つお願いがあります」

 

私は私にできることをしよう。もう2度と、こんなことが起こらないように。だから、お願いごとは決まっていたのだ。

 

「買って頂きたい物があるんです」

 

 

結局1発も撃つことがなかった借り物。今度はしっかりと私の物にしよう。

手にしたグラッチの感触を思い出しながら能代は心にそう誓った。

 




青春力の暴力装置 鈴谷

CQC(近接格闘)/CQB(近接戦闘)の達人で艦隊の陸戦教官を務めるほか、狙撃手としても一流のマルチソルジャー。

陸上戦闘だけでなく、艦隊戦でも遺憾無くその能力を発揮できる戦術行動の申し子のような存在。艦隊内では「困ったら鈴谷」と言われ、対人や対艦娘、対深海棲艦問わず作戦時には毎回主力として参加する。

海上でも電探と観測機を駆使した超精密射撃が可能で、波が凪いでいる好条件が揃えば飛来する砲弾に砲弾を当てることができるチート持ち。
陸上戦闘時は攻勢部隊となる第2陸戦隊の隊長を務め、姉妹艦である熊野らを率いる。

使用火器はステアーAUG。狙撃時には超々高精度のG3をカスタマイズしたPSG1を愛用したりと、用途に合わせて種々の火器を扱う。


史実においても鈴谷の砲戦能力はカナリのもので、命中率自慢の腕っ節が強い娘だった。そして雷撃回避能力ゲージ振り切り。
最期はレイテで大暴れ。

直撃弾を1発も貰わないままその艦歴を閉ざした。


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〜噂の艦隊へ〜(前)

阿賀野姉ぇのリンガ編入前編ンンン!
4つに分割されてます。この話は1/4話。


霞が執務室に入ると、江風がソファにうつ伏せに寝転がり、読んでいるのかいないのかという際どい集中具合で雑誌を眺めていた。

 

 

特に指示のない限り、艦娘ならば誰でも入室可能となっている執務室だ。まるで自室のような利用方法をする江風には言いたいこともあるが、部屋の主がなにも言わないのであれば自分が咎めるのもお門違いだろう。

とはいえ、上官を出迎えるにそれ相応の姿勢をと要求するくらいは許容されると考え、遠回しに忠告をする。

 

 

「すぐに司令官も来るわよ」

「ほーいさ」

気の抜けるような返答をよこした江風は、雑誌を眺めながらもぞもぞと片手でスカートの裾を引っ張った。

残念ながら、十全に伝わったとは言えない結果に終わったが、入室してきた司令官がいきなり丸出しの下着と対面させられる状況だけは回避できたので、もうそれ以上を求めるのはやめた。

 

 

「たく、もう少し身嗜みくらい気にしなさいな」

「いいじゃンかさー。姉貴たちもこんな感じだよ?」

江風の返答を少し想像し、それから静かに口を開いた。

 

「それは白露と夕立だけでしょうが」

 

 

 

 

 

 

「と言うことで、ウチの艦隊が命じられたのは南方海域での偵察任務です。そしてこの作戦が終わるまでの間、こちらの阿賀野さんがうちの艦隊を視察する。最新鋭の軽巡さんなので失礼のないようにー」

 

 

 

「阿賀野です、よろしくお願いしますね」

ここが噂のリンガ泊地。

物凄い高練度の水雷戦隊がズラリと並び、この南西海域を根城にする最強の艦隊だと聞いている。

 

基地司令官に連れられて執務室に入ると、そこには数人の艦娘が待機していた。

一人慌ててソファから立ち上がった子がいたようだが、執務室で寝転がっている艦娘とは中々アバンギャルドだ。

そそくさと執務室から逃げるように退室して行ったが、アレはいったい……。

 

 

 

さて、今回私が半ば無理矢理ここの視察に送られたのも、このリンガの艦隊が近々南方海域に進出するらしいとの噂が海軍内で囁かれだしたからだ。

 

 

深海棲艦の攻勢激しい南方海域に、強いと噂される戦力が投入されるのであればそれは嬉しいことのはずだが、どうやら物事はそう単純ではない様子。

この噂の艦隊が南方に来ることで、今の膠着状況がキレイに片付けられてしまうと、今までの艦隊運用の不備を突かれるのではと疑心暗鬼になっている基地司令官たちも多い。らしい。

なので、南方進出の噂を確かめると共に、彼らの実力と運用方法を確認するといった裏事情があったりする。

 

 

「僕は秘書艦の時雨。困ったことがあったらなんでも言ってよ」

 

この子が南方の女神さん。思ってたよりずっと普通だ。

あれ? この子なんか良い匂いがしますね。

そしてあっちの駆逐艦さんは、すっごい目で司令官さんのことを見てるんですけどー。

 

 

件の駆逐艦娘が口を開く。

「えっと、阿賀野さん? 挨拶もそこそこだけど、ちょっと待っててもらっていいかしら」

「阿賀野でいいですよ。この艦隊には艦種による上下差はないって聞いてますしー」

 

郷に入っては郷に従え、そう思って返答をしたのだが、その駆逐艦娘は表情一つ変えず金剛に振り向き指示をだす。

 

「金剛、阿賀野さんにお茶出して」

あれー、もしかしてスルーされた? なによりこの子、今戦艦さんに命令した?

 

 

「で、司令官。ちょっといいかしら?」

間髪入れずに、冷たい声で提督を相手にアゴをくいっと、ドアの方をしめす。

ツカツカと部屋を出る駆逐艦の子について、苦笑いの提督も続いた。

 

 

「ヘーイ阿賀野。ワタシは戦艦金剛デース」

見るからに強そうな、そして気品に溢れる戦艦娘が名乗る。もちろんその名は知っている。私たち艦娘の原点とも言うべき金剛型の長姉、鬼と呼ばれた大戦艦だ。

 

「アレは気にしないでくださいネ」

緊張しているのが自分でもわかる。その空気を感じ取ったのか、柔らかい空気と親しみやすい口調で、いつものことデースと笑った。

 

それでいいの? いつものことって、でもでもあの子、司令官さんにめちゃくちゃ失礼な態度じゃなかった?

 

「紅茶の用意をしマース。座って待っていてください」

ソファを勧めてくれた金剛が横を通り過ぎると、鼻先に微かな芳香を感じて思わず口についた。

 

「いい匂いがします」

「Oh! 香水の匂いデスね! ワタシのお気に入りデス」

「香水ですか?」

艦娘にはあまり親しみのない物だ、艦娘といえば油と汗、それから潮の香りを纏っているものだが、彼女にはとても似合っていた。

 

「じゃあ時雨さんもそうなんだ」

「うん、ウチの艦隊でちょっと流行ってるんだよ」

先程香った匂いの謎が解けた。時雨に確認すると、なぜか顔を赤くして答えてくれた。

「Noー、ノロケが始まりますよー」

「し、しないよ?」

 

 

華やかな空気だけを残して金剛が部屋を出ていく。残された二人はソファの対面に腰掛けて、他にやることもないので待っている間の場繋ぎに軽い会話をすることにした。

 

「香水の匂いを嗅いだのは初めてですよー」

「そっか、南方にはなかなか出回らないかも知れないね」

輸送の要でもあるここリンガ泊地に比べ、激戦区の南方では、こういった嗜好品にまでなかなか手が回らないのだろう。

 

「それもありますけど、司令官によっては贅沢品の所持を禁止しているところもありますから」

禁止されているのならまだいい。

問題は、端から所持する方法がない艦隊だ。軍の装備として艦娘を扱う艦隊では艦娘が私物を手にするという概念ごと欠落していることさえある。

 

 

まだまだ厳しいその現実に時雨は目を伏せる。

 

幸い、僕たちがここに根を張るようになってからの南西海域は、ほぼウチに準じたシステムに則った運営を行なってくれている。

右手に棍棒を、左手に真綿を携えた提督によって、リンガと足並みを揃えた相互協力体制を築き上げるときに飲ませた周辺基地との統一ルールだ。

 

提督の望みどおりに、リンガの艦隊はここでのスタンダードとなった。

しかし、その手は未だ南方海域に届いていない。

 

 

 

「ここではどうやって香水を手に入れてるんですか?」

「この艦隊では艦娘に給与が出ているんだよ、休日の外出も届けを出せば難しくないから、街のショッピングモールに買いに行ったり通販を利用したり、あと……、て、提督からのプレゼントとか」

そう言うと、彼女は顔を真っ赤にして俯いてしまった。

 

 

ううむ、なかなか頭で処理できないことのオンパレードだぞ。

艦娘に給金が発生している? 街に買い物に出かける? そして司令官からの贈り物? 同じ軍属でありながら、艦娘の運用には艦隊毎の特色が出るものだが、これほど突飛な運用をする艦隊は他にないんじゃなかろうか。

 

「すごい、羨ましいー」

素直な気持ちが口からこぼれる。

言葉で聞くだけではなかなかに実感の難しい話ではあるが、言葉通り夢のようだと思ったからだ。

 

「阿賀野さんもこの艦隊に居る間は、艦娘の権利を受けられるようになってるから、遠征や作戦参加で手当てが出るよ」

「艦娘の権利?」

「給与や休暇だね」

 

これは南方の司令官たちが戦々恐々とするわけだ、この艦隊はいろいろと強大だもん。

 

 

 

 

 

執務室の扉が開き、提督とお盆を持った駆逐艦娘、そして金剛が戻ってきた。

 

「待たせてすまなかった」

手刀を繰り出すようにしながら頭を下げ、提督が時雨の隣に腰を下ろす。いそいそと横にズレる秘書艦の姿が愛らしい。

その間に駆逐艦娘がお盆のお茶を、金剛が軽食を机に並べる。

 

「ま、お茶でも飲みながら話しましょう」

そう言って提督の横に駆逐艦娘が座り、阿賀野の隣には金剛が腰を下ろした。

「自己紹介もまだだったわね、ワタシは朝潮型駆逐艦の霞よ」

 

ようやく駆逐艦娘の名前を聞くことができた。先ほど出ていったときは眉間にシワを寄せていたが、今は整った顔を綻ばせ機嫌良くお茶を口に運んでいる。

 

この子の名前も聞いている。

あの佐世保を生き残ったサバイバーの一人だ。

 

 




つまりいつの話なんだろうなぁ。
鈴谷加入後(未掲載)から能代話(前話)の間になるんだが……。

しかし佐世保壊滅を引っ張り過ぎて、もはや収拾がつかない。
佐世保のオチを未掲載なせいで現在進行形で支障が出ている箇所が実はあるのだ。

佐世保サバイバー。佐世保で一緒に戦うのは時雨、伊勢、皐月、朝潮、霞。
それぞれの出会いシーンとケツだけ完成してて、間がごっそり未完成なんだよね。
さすがに全部すっ飛ばしてオチだけ掲載したら怒られそうだよね。
1話未完のままここまで着いてきてくれた温厚な読者のみなさんでも……。



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〜噂の艦隊へ〜(前)2

さぁ! Googleマップでインドネシア、パプアニューギニア周辺を調べてみよう!

いやぁ、ためになる小説だな(白目)。


ここら辺の国々は自国で海洋戦力を持っていないので、日本に土地などを提供する代わりに防衛をしてもらってる。
日本としても、シーレーン確保ついでに自国より遠いところで漸減作戦が行えるのでWIN-WINな感じ。

ただし、戦後問題になるのは目に見えてると山田さんは思う。



予定されていたリンガ泊地所属艦による南方海域での偵察作戦が、いよいよ実施されることとなった。

 

 

リンガの艦隊をその目で確認したい南方の司令官たちと、南方進出の足掛かりを探していた提督との思惑が合致していたことから、作戦までのやり取りはスムーズに進み、大きな問題は出なかった。

 

小さな問題としては、提督の言う「作戦はウチの艦隊だけで実施させていただく」があったが、ただの偵察に南方の貴重な戦力を割かせるのは忍びないとゴリ押す提督に対し、南方の海を知っている艦娘の泊地視察、作戦への参加を受け入れること、南方に基地を置く司令官数名を作戦実施時に提督座乗艦へ乗艦させることを条件に合意された。

 

 

そうして派遣されてきたのが阿賀野だったというわけだ。

 

 

派遣されて来た阿賀野が、いろいろとリンガで情報を聞き歩いていたらしいが、知られてマズい話など最初から出回っていないので特に気にする必要はない。

むしろ、リンガ泊地ではこうだったと大いに南方で触れ回ってもらいたいと思う。

 

 

作戦についてはいつもの如く霞に丸投げ。

偵察ついでに長距離練習航海を行うからと、リンガに来てまだ日の浅い二四駆を含めた白露シスターズが本隊。後詰には霞、金剛、航空戦力として龍驤、それから借りものである阿賀野。

 

 

ジャワ海からパンダ海という心が躍りそうでまったくそんなこともない海を抜けて北上、マップ効果のステータス異常「船酔い」を抱えた提督を乗せて艦隊はラエへと入港する。

 

ラエはパプアニューギニアにある第2の都市で、国内最大の貨物港がある。

ここで、同じくパプアニューギニアの街ラバウルから立つ南方の基地司令官たちを乗艦させることになっているのだが、同じ国でもラバウルとは島が別。

彼らの予定がずれ込んでいなければ明日には合流できる予定だ。

 

 

同国には他に大港都市とも言える最強の港街があるにはある。

そう、首都でもあるポートモレスビーだ。

 

しかしそっちは深海棲艦の蔓延る領域となっているので、おいそれと近付くわけにはいかない。

 

また、そうでなくても立ち寄りたくないはない。ポートモレスビーは世界に名だたる治安の悪い街でもあるのだ。

原因は現地のギャング集団。君が思いつく限りの犯罪行為を日常的に行なっているが、特に俺が近付きたくないと考える理由に、俺たちは非常に魅力的な女性である艦娘を連れている。ということが挙げられる。

 

これで俺が懸念している犯罪がご理解いただけたと思う。

もちろんギャングごときに艦娘が為す術もなく、などと思っているわけではないが、島の子供に囲まれたときの暁たちのようにならないとも限らない。

 

美人を連れ歩くのであれば、危うきに近寄らずが最も正しい選択だろう。

 

 

 

 

リンガからラエまでの航海が、もしかすると簡単そうに聞こえたかもしれないが、そんなことはないぞ。

これで長距離練習航海だ。

途中港などにも寄ったが、ほぼ海の上だけで過ごすこと5日間。

 

俺の少ない経験から言わせてもらうと、人間が船の上で生活できる限界は48時間だ。

豪華客船じゃあるまいし、無茶を言ってくれるなとキレてやりたいところ。

キレる対象を思い付かないので、なんとか踏みとどまっただけ、そんな感じ。

 

 

とにかく今は陸地の上を歩き、揺れないベッドで眠りたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

あれよという間に珊瑚海。

今回の偵察任務が実施される海だ。

 

バヌアツの方へと哨戒を行いながら進むこと数時間。龍驤の出していた偵察機が早速深海棲艦の艦隊を発見した。

 

 

なんにもなしではここまで来た意味がない。

そりゃそうだ、俺たちは南方の事情を見に来たわけだし、座乗艦に乗っておられる方々はウチの艦隊行動やら練度やらを確認したがっている。

そういう意味では、敵艦隊を発見できるってのはラッキーなわけ。

 

 

だが、これはよくないね。

 

うまい具合にも、勘付かれることなく敵の動きを追っていたのだが、欺瞞進路だったのか、深海棲艦たちは突如進路を北に向ける。

 

 

やめてもらえないかしら?

どう見てもそっちはソロモン方面なんだよなぁ。

 

具合の悪いことに敵艦隊には戦艦も混ざっている。本気で侵攻してくるつもりだ、と考えていいだろう。

彼女らが攻撃を3日ほど待ってくれたら、そのときには俺たち帰ってるんだけど……。

 

 

 

 

さらに悪いことが起きた。

それは無線から響く面倒の合図。

 

 

「隠密偵察は止めよ、突ついて様子を窺う」

 

 

看過できない。そう判断した霞から指示が飛んだ声だった。

駆逐艦娘って喧嘩っ早い子が多くないかい?

特に霞、正に霞のことなんだけど。

 

目が合ったとか肩が触れたとかのレベルじゃないよね。

艦隊指揮は任せてあるし、言い出したら聞かない子なのも重々承知してるから、俺はもうなにも言わないけどよ、せめて敵艦隊のいいデータを取ってくれ。と応援するくらいだ。

 

 

 

「待て! 今回の作戦はあくまで偵察だ、余計な手出しをする必要はない」

 

しかしそうも言ってられない方々がいたようで。

座乗艦に乗っている基地司令官の誰かだな。残念ながらどこの方だったかは覚えがない。

そんな彼が無線で待ったを掛けるも、返答なんて聞かなくてもわかる。

 

 

「偵察なんでしょ? これは威力偵察よ。命令に反してはいないわ」

 

 

ですよね。知ってた。

 

 

「白露隊、まずアナタたちよ。隊の全体指揮は村雨、行って」

指示が出る間に飛び出す白露姉妹。

左右に大きく広がった白露、時雨の間を二駆を先頭に二四駆が追う単縦陣。

 

白露たちの基本陣形でもある。

 

 

真っ昼間の海戦で、戦艦を含む艦隊に駆逐艦だけでの突撃敢行はなかなか見られない貴重なシーンだろう。

司令官のみなさまも、良かったら目に焼き付けて帰ってくれ。

 

 

敵の戦力を測るために沈んでこい。

そう言われたにも等しい命令だ。

 

しかし、そうやって海を駆ける白露たちはどう思っているのか、少なくとも右翼に位置する時雨と左翼を走る白露は深く考えていないようだ。

 

無線越しにこんな声が届いていた。

 

「これは強行偵察って感じだけどね」

「いやぁ相手からしたら凶行偵察でしょ」

 

 

 

 

 

半時間ほど経ったろうか、敵戦艦に動きがあった。

さすがに気が付かれたらしい。

 

 

まだ駆逐艦の砲撃が届く距離ではない。

 

身を隠す場所もないこの大海で、敵大型艦たちが繰り出す砲撃を避け続ける。

この砲が敵の喉元を喰いちぎることができる距離までただ走る。

 

それが駆逐艦娘の戦いだ。

 

 

 

戦艦の主砲が、副砲が火を噴く。

それは駆逐艦にとっては死を告げる音だ。

装甲など積んでいない駆逐艦は、大型艦の至近弾をもらうだけでも撃沈される危険がある。

 

 

駆逐艦の仕事は肉薄してから。

つまり、これらを掻い潜るのは仕事の範疇にも入っていない。

 

「さぁて、行くぜい! 白露型とっつげきー」

 




ポートモレスビーは翔鶴姉ぇがよく口にしている都市だね。
珊瑚海海戦……う、頭が……。

駆逐艦の仕事は文字どおり「駆逐」すること。
誰を? 艦これ風に言うとPT小鬼を。
そしてPTって言うカテゴリー毎、駆逐してしまった。

なので、ぶっちゃけると駆逐艦の主砲って大型艦に向けるようなものじゃないんだよね。当ててもどうせ装甲に弾かれるし。
拳銃持ってたとしても、熊目掛けて戦いを挑んだりしないってのと同じ。

しかし史実でそれをやった娘がいる。
そう、ソロモンの黒豹と呼ばれた綾波だ。


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〜邂逅の夜〜3

今さらながらの1話の続き。

「〜追憶、あの日〜」みたいに、「佐世保のことを思い出している風」にして本編内で語れたら素敵なんだろうが、ZA SE TSU !




さて、生きると決めたからにはそのための努力をしなくてはな。

海上では変わらず砲撃の音が響いている。燃え盛る空を見て、生き残るためのパズルを組み立てていく。

 

 

最悪、二人で生き残るだけならこのまま基地を放棄し、陸路を行けば命は助かるだろう。

その場合、自分は敵前逃亡から銃殺刑というコンボを喰らうかもしれないが、ここに居るだけよりよほど生存確率が高い。

特に、今は有事だ。戦場となった今の佐世保なら戦闘中行方不明、いわゆるMIAとして処理してくれる可能性も十分にある。

しかしその場合、自分は軍に戻れない。今後の生活に大きな支障をきたすことは目に見えているし、なにより彼女がそれに同意してくれるかがわからない。

 

やはり搦め手ではなく、正規の方法での生き残りを模索するのが第一だろう。で、あれば。

 

 

「情報が足らない」

独り言のように言葉が出た。時雨は静かに次の句を待っている。

「海上での砲撃は続いているんだ、つまりまだ生き残っている艦娘がいるはずだ。現有戦力が知りたい。できれば敵艦についても」

「僕が見てこればいいかな?」

「あの戦場に出ることになる、危険な任務だ。必ず無事に帰って来てくれるか?」

 

少女の顔を覗き込む男は、本心から、彼女の身を心配しているようだ。

それがわかった時雨は頷きを返して言う。

「約束するよ。今日沈むとしても、それは君の側でだ」

 

 

やることは決まった。

時雨が海に出るなら艤装が必要になるが、それは出撃後ドックに置いてきたと言うので、取りに行くことになった。

 

屋根の一部が吹き飛んでいたが、幸いドックはまだ原型を留めており、艤装は静かに時雨の帰りを待ってくれていた。

それらを背負い、出撃の準備をしていると、艤装の隙間から主人の帰還を喜ぶように何人かの妖精さんが顔を覗かせた。

「置いていってしまってごめん。また力を貸してくれるかな?」

時雨の謝罪に、妖精さんたちは笑顔で敬礼を見せた。

 

 

「俺はその間、瓦礫の山を漁ってみるよ」

「なにか気になることでも?」

「……ちょっとな」

「わかった。それじゃあ行ってくるね」

そう言って背を向けた時雨にどこからともなく現れた新しい妖精さんたちが次々と飛び乗る。

「うわ、妖精さん?」

 

時雨の頭の上へ、肩へ、それから艤装の中へと潜り込んでいく。所属の違う妖精さんが集まるとケンカになることも多く、自分の妖精さんたちは大丈夫なのかと心配したが、肩を組んで笑っているものや、拳を握り合い熱い眼差しを交わしているものなど、問題は起きていないようなのでホッと息を吐いた。

 

「こんなに大勢の妖精さんが乗ってくるなんて初めてだよ」

そう言って振り返れば、男の周りにも多くの妖精さんが立ち並び、綺麗に並んで敬礼をしてくれている。

 

 

「みんな、君の妖精さんなのかい?」

人間につく妖精さんなど聞いたことがない。しかもこの数だ。環境の良い基地には妖精さんが沢山居ると聞いたが、少なくとも佐世保の艦娘でこれだけの数の妖精さんを乗せている子はみたことがない。

「何人くらいかな、居たり居なかったりするからわからないが、いつも側にいるのはソイツくらいだよ」

そう言って彼は時雨の肩に乗る、泣いていた妖精さんを指した。

 

 

「君は、僕に着いてきてくれるのかい?」

肩の妖精さんに話しかけると、真剣な表情で目を合わせてくる。それからゆっくりと頷いてくれた。

 

 

 

彼から預かった妖精さんたちを連れて再び海上に出たものの、さてどうしたものか。

暗い海の上ではどこで砲撃しているのかもわからない。実際に見たことがなければ想像するのも難しいかもしれないが、光のない夜の中では、伸ばした指先さえ視認することができない。

かといって発光信号や無線を使えば深海棲艦にこちらの位置を教えるだけだ。

そんなことを考えながらも、砲撃音のするほうへと航行を続ける時雨。

 

 

 

どのくらい進んだのか、時間さえ闇に溶けて感覚がわからない。

狭い港内を進んでいるだけなのに、まるで悪夢の中を航行しているようだ。

 

それは突然の出来事。人型の影を感じたかと思ったそのとき、不意に声をかけられた。

 

「なにやってるの! 動けるのなら防衛に回って」

 

本当だ。予想はしていたけれど、まだ諦めずに戦っている艦娘が居た。

 

 

時雨からは敵か味方かの判断もできない距離ではあったが、どうやら彼女は大型艦のようだ。積んでいる電探の性能も時雨のものより高性能なのだろう。

ともあれ、向こうから見つけてもらえたのなら僥倖。

 

時雨の前に姿を現したのは大きな主砲を持つ戦艦の艦娘だった。芯の強そうなその目を見て思う。この人は、死から逃れようとしているんじゃない。ただ当たり前のように、生きようとしているんだ。

勝手に生きることを諦めてしまっていた先ほどまでの自分を少しだけ恥じた。

 

 

「防衛って言っても、肝心の鎮守府はもう機能していないから、自分たちの判断で動くしかないんだけどね」

目の前に立った戦艦の彼女はそう言うと、引き際を考えるタイミングかしらと、泣いているような笑みを浮かべ、その頬を指でかいてみせた。

 

 

「さすがにここまでかな」

燃える鎮守府施設を遠くに眺めて言う彼女の背中に時雨が問いかける。

「こちらの戦力は?」

 

その問いかけに彼女は肩をすくめて見せた。

「戦えるのはもう私だけね、負傷した子たちを生き残った子に任せて外海に逃がしたわ。なんとか無事でいてくれるといいんだけど」

 

 

 

「戦うことしか能がない、嫌になるわね」

彼女はそう言って溜息を吐いた。

 

 

 

「生き残って指揮を執ってくれる人ならいるよ」

彼女が目を見開いた。そして、一瞬希望に縋り付く色を見せたかと思うとすぐにそれらを押し隠し、真っ直ぐに時雨と向き合う。

 

そんな彼女に願いを告げてみる。

生き残るためと彼は言ったのだ。だったら、この難局を乗り切るために力を貸してくれる艦娘が居たほうがいい。

 

 

「合流してくれるかい?」

 

 

「ちょっと待って、もう一人居るのよ」

その子は被弾のせいで自力航行ができず、脱出した組に合流させることができなかったのだそうだ。

被弾で動けない艦娘をここに残す。それは、逃がした艦隊の生存率を上げるためには仕方がない判断だった。

だからこそ、この戦艦娘もここに残ったのだ。

 

 

逃すことができなかったと言う艦娘を迎えに行く。

 

「移動するから、少し揺れるわよ?」

そう言って彼女が抱きかかえた駆逐艦娘は知っている顔だ。

睦月型駆逐艦皐月。僕と同じ時間を、ずっとここで過ごしてきた仲間だった。

 

「彼はドックの方に居るはずだから」

「わかったわ、行きましょう」

 

 




大まかな流れと戦い方のネタだけ考えてあったのですが、実際に佐世保の地理に落とし込むとうーん。な感じになってしまったんだよね。

穴を見つけても心の中で補完して……ちょ。

場所的には佐世保重工業や立神町の米海軍佐世保基地がある辺り。
西側にはドックがありまっする。

ドック付近の立神係船池から海に出ました。

深海棲艦が攻撃を集中しているのは佐世保川側、平瀬町辺りの米海軍基地ってイメージ。
……すぐ隣なんだけど。



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〜邂逅の夜〜4

思い立ったら吉日……。

本編ではない「〜」から始まるシリーズに、さらに時系列戻る話を被せるスタイル。

徐々に周辺情報が分かるように投稿していくと言ったな? アレは嘘だ。


反省はしている。
想像力を発揮して読んでね!


ところで、お勧めの艦これ小説を紹介するよ!
「栄光の代償・元艦娘たちが語る対深海棲艦戦争」。
だいぶ好き。
特に4話の霞とか……。ぜひ読んでね!



「ホントに生きている人間が残っているだなんて」

 

彼女は戦艦伊勢と名乗った。

遠征帰りに立ち寄ったところを巻き込まれたらしい。

 

 

とにかく情報だ。

こちらは気絶をしていただけで、現状攻撃を受けている。ということくらいしか分かっていることがない。

つまり、全くなにも分かっていないから。

 

 

「佐世保の司令長官は戦死?」

「違うわ……。私が来たときにはもうもぬけの殻。秘書艦だった子が言うには、攻撃を受けてすぐに逃げ出したって」

「その秘書艦は?」

伊勢がゆっくりと首を振った。

 

 

 

「司令長官は、ボクたちを捨てて逃げたんだ」

今は煤と血で汚れてしまっているが、本当は美しい金髪だったんだろう。その子が伊勢の腕に抱かれたまま悔しそうに言う。

艤装も焼け焦げ、どこか怪我をしているのか制服には血の染み込んだ跡もあった。

 

 

佐世保の司令長官。やたらとプライドの高そうな男を思い出していた。鳴り物入りで横須賀から転属してきたキャリア組だったはずだ。

しかし彼は、なんの対策も打たず基地を後にした。

 

 

 

「私は戦艦だからね。最後まで戦って、それで沈むのなら悔いはない。だけど、どうせならこの子達を逃すために命を使いたいの。囮でもなんでもするわ。救う方法はないかしら?」

 

「私はただの新米士官で、階級で言っても君よりずっと下だ」

戦艦ともなれば、大佐相当官の階級が与えられているはずだ。対して自分は学校を卒業したばかりの少尉。頼られるような立場でも、彼女らに命令できる権限もない。

 

 

「僕は君の下でなら戦えるよ」

それまで皐月を心配そうに介抱していた時雨が、強い声で言った。

「なぜ?」

「君は初めて会ったときから僕のことを人として接してくれたからね」

それに、と彼女が付け加える。

 

「運命を共にするって言ったじゃないか」

 

 

 

「アナタにお願いできない?」

 

改めて伊勢からそう問われる。

願ってもないことだ。それを固辞できるほど、恵まれた状況ではない。

 

「こちらこそだよ。一緒に足掻いて、そして生き残ってほしい」

そう言って彼女、伊勢に手を伸ばすと、しっかりと握り返して握手をしてくれた。

途端に、時雨に乗っていた数人の妖精さんが伊勢に飛び乗り艤装の中に入っていく。

ポケットで叩いたわけでもないが、ますます増えている気がしなくもない。不思議な生物だ。

 

 

 

「でも妙なのよね」

アゴに指を掛け、そう伊勢が言う。

 

 

「基地を中心に港湾施設が攻撃目標になってるわ。でもなぜ、こちら側はこんなに被害が少ないんだろ」

 

確かにそうだ、ここは時雨の艤装が置いてあったドック側。港の端っこではあるが、妙に被害が少ない。ドックの裏にはすぐ町があるので、被害が少ないのは嬉しいことなのだが。

 

誰かが侵攻を防いでいる。それが一番納得のいく答えだ。そうでなければ、自分も時雨もとうに砲弾に焼かれて炭になっていておかしくない。

 

 

 

「どこかでまだ戦っている艦娘がいるかもしれない」

 




提督さんの一人称がブレるのは仕様のはず。
相手と場によって使い分けするのは多分そんなに変なことではないだろう。

それを小説でやると、非常に分かりにくい気がしなくもないが。

初対面だったり目上相手、畏る場なら普通に「私」。
そうじゃないなら「俺」。


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〜噂の艦隊へ〜(前)3

さいしんえーけーじゅんの阿賀野姉ぇがリンガに派兵されるお話。
あと1話で終わり。


艦には二つ名がついてたりしますよね、好き。

ソロモンの黒豹、阿修羅、狼と言えば、それぞれ綾波、夕立、青葉。
綾波の鬼神呼びはファンが、夕立の悪夢は艦これ運営(元ネタはガンダム)が名付け。

そういやどこぞの書籍では夕張を「優雅なる殺し屋」と紹介してたな。黒豹や狼に混ぜてそう見出しに書かれてたからわざと臭いけど、アレは著者のオリジナルだと思う。

当時の人も一緒なんだなぁと心温まるのは「愛宕姫」とか。
愛宕は当時からそんな扱いなんだね。

護衛艦だとすずつきのセーラームーンがあったりするね!


下に続く。



近くて遠い。そんな戦場に注視する阿賀野。

砲撃音が耳に届くのと同時に、水平線上に水柱が何本も上がるのが見えた。

始まった! 早く行かないと。

 

当然突入の指示がくるものと思い、金剛を振り向く。

 

しかし、間髪入れずに届いた声は予想とは違うものだった。

「龍驤! 攻撃隊を出して。あいつらに叩き込んでやりなさい!」

 

金剛の艤装の上に立ち、憤懣やるかたないといった様相の霞が檄を飛ばしたのだ。

気だるそうに立っていた龍驤は、巻物を放り出すように広げ、さもそれが当然かのように淀みなく行動を起こす。

 

「はいはい、ほな行くでー」

 

「ま、待ってください! 友軍が、みんな至近距離で撃ち合ってるんですよ?」

阿賀野が慌てて制止の声を上げる。この駆逐艦には状況が見えていないのだろうか。

 

「言われなくても見えてるわよ。あんな乱戦の中にこれ以上の戦力を投入しても混乱するだけ」

 

そう答えた霞は、しかめっ面でそれに、と付け加える。

「味方の攻撃で沈むようなトロいのはウチにはいないのよ」

 

そう言い終わる前に、龍驤からは戦闘機を先頭に攻撃機が複数飛び立っていった。

 

 

「司令官の指示は? 勝手にこんなことして、なにかあったら責任が……」

 

しかしその制止も霞によって素気無く切り捨てられた。

 

「必要ないわ、艦隊指揮は任されてる。問題があったら責任くらい司令官がとるわよ」

 

 

「指揮を任されてるって……」

戦艦や空母の大型艦を含む艦隊指揮を任されている? いやいや、まさかどころの話ではない。

戦場となった海域と霞を交互に見つつ、どうするべきか考えた。阿賀野はリンガの艦隊内情を確認するために転任したんだ、彼女たちと同じ状況で戦ってみることで得られることもあるだろう。わかってる。わかってはいるんです。で、でも、このままだと私はなんにもしないで帰ることになりそう……。

 

 

「行きたいなら止めはしないけど、アナタにもしものことがあるとウチの司令官の立場が悪くなりそうで、それは困るのよ」

それでなくても、アイツは地雷原でタップダンスを踊ってるようなもんだからと小声で続けた。

 

「まぁ趣味で踊ってるようなもんやけどね」

ヤンキーもかくや、といった見事なしゃがみポーズを取る龍驤が軽口を言っている横で、阿賀野は頭を抱える。

だってそうだろう。上から味方の爆弾が降ってくる戦場なんかに行って無事でいられる自信はないのだ。当たり前のことだと思う。

 

 

 

それらのやり取りを無線越しに聞いて苦笑いをするのは、すでに先行して海戦に突入している時雨だ。

 

「聞いたかな? バカにされないようにしなくちゃね」

「うへ〜、FFなンかで沈んだらなに言われるかわかったもンじゃない」

「てやんでい! うちの空母には味方に爆弾落とす唐変木もいないんだって無線送っちまおうよ!」

 

嘆息を吐きつつも、やはり緊迫した空気はどこにもなかった。

 

 

 

 

そのやり取りが届いているのかいないのか、海戦の様子から目を離さないままの霞が追加の指示を出す。

 

「航空支援に続いて砲撃始め!」

「了解デース」

 

水雷戦が行われてる中で航空支援に砲撃支援? 有り得ない。どこの戦術にだってこんな無茶苦茶なものはない。

「こんなの、まともな海戦じゃない」

阿賀野の口からつい本音が漏れる。

 

 

「ウチらとっくにまともじゃないんよ。覚えとき、まともなままでは南方を生き残れへんのやで」

 

独り言のような呟きに返答したのは、攻撃隊を発艦させたあと、自分の仕事は終わったとでも言わんばかりの顔で戦況を眺めている龍驤だった。

そしてこの龍驤こそが単艦で縦横無尽に南方海域を駆け巡った歴戦の空母だということを、残念ながら阿賀野は知らない。

 

これが、南西海域に君臨し、激戦の南方方面に打って出ようとしているはぐれ者の艦隊。

彼女らは南方で戦うどの艦娘より南方海域という戦場を知っているように思えた。

 

 

 

 

前線では、駆逐イ級に肉薄しながら海面を滑るように駆逐艦娘が駆ける。

 

「砲撃。来るみたいよ」

「支援が厚くて泣けちゃうね!」

村雨が金剛の砲撃に注意するように促し、答えたのは白露だ。

 

 

戦闘はすでに乱戦の様相を見せており、陣形もなにもあったものではなかったが、その中でも彼女らは彼女らにしかわからないルートを規則正しく動いている。

ソレができるから、彼女らは水雷に携わる者で名前を知らない者はいないとまで言われる武闘派白露姉妹として名を馳せているのだ。

 

 

 

相変わらず3番砲塔の上に腰掛けている霞が無線で檄を飛ばす。

「アンタたち! これだけ支援重ねてやってるんだから、1艦たりとも逃すんじゃないわよ!」

 

霞を乗せているので、右側にある1番と2番の砲塔だけしか使用しない砲撃支援という名の何かを繰り出しながら金剛が呟く。

「奴らの敗因はハッキリしてるネー。ウチの艦隊司令艦様をイライラさせるから、ハードなしっぺ返しを貰いマース」

 

そう、霞は苛立っている。

今は時間が1秒たりとも惜しい。

最悪の想定をし、それを避けるのが司令艦である霞の仕事だから。

 

 

敵艦の間を縫うように、白露たちが海面を滑る。

敵の砲撃を避け、そして金剛からの支援を避け、合間に自らの砲撃を繰り出していく。

まるで曲芸のような海戦だ。

 

後続する二四駆には、姉たちほど敵艦に接近する技術がまだない。

それでもだ、私たちは私たちにできる限界のところで、できる最大の効果を出すことを望まれているのを知っている。

無理をしろとは言われても、無茶をしろと言われたことはない。

 

「これは、霞さんからの叱咤激励ですね」

「いーらーねぇー!」

「撃つなら撃つでちゃんと当てやがれってんだ!」

「二人とも、うるさい」

 

 

 

 

後方の座乗艦で戦闘を見守る将官たちは、その光景を見て軽いパニックを起こしていた。

「なんて指揮を執らせるんだ! あの駆逐艦の司令官は誰だ! すぐに止めさせろ」

「どういう運用をしているんだ。なぜ駆逐艦が艦隊指揮を執っている? あの交戦距離はなんなんだ、まるで理解できんわ」

 

 

 

「あれは貴君の艦娘だな。すぐに止めさせたまえ」

「なんの問題もなく推移している状況で、止めさせる理由がありませんね」

 

一息早く我に返った佐官の男が提督に向かって鼻息を荒くするが、転落防止柵の上に顎を乗せ、気だるそうにする提督には響かなかったようだ。

 

 

 

「こちらはラバウル基地司令官の加藤だ。水雷戦隊は一時撤退、その後航空支援と砲撃支援を改めて行う。繰り返す、水雷戦隊は一時撤退せよ」

止める素ぶりを見せない提督に業を煮やした将校の一人が無線に指示を送るが、無線機の故障を疑うほど、一瞬たりとも砲撃が止むことはなかった。

 

「なぜ命令を聞かん! 水雷戦隊はすぐに退くんだ!」

 

 

 

 

「って言ってるぜ〜?」

前線で砲撃を繰り返す江風の問いかけにはすぐさま霞からの返答があった。

「作戦は続行よ。戻る必要はないわ」

 

そこに割り込む将校の男が、霞を相手にし見事に地雷を踏み抜いた。

「貴様! 駆逐艦の分を弁えないか! これは命令だ!」

 

 

「はぁ? 私の知ってる命令系統の中にアンタの名前はないわよ!」

 

 

 

無線を叩きつけるように放り投げ、怒りの矛先を提督にぶつける。軍人としては、まあ当たり前の行動ではある。

「司令官、貴様は艦娘にどんな教育をしているんだ! 交戦距離も近すぎる、アレでは被害が増えるばかり。そもそも駆逐艦に艦隊指揮を執らせるとはどういう了見だ!」

 

「さて、ウチはいつもこんな感じですが、駆逐艦に指揮を執らせてはいけないって軍則にありましたっけ? 戦略ならともかく、戦術レベルでいちいち我々が出しゃばる必要もありますまい」

 

部下が部下ならこの男もこの男だ。

 

「このっ!」

興奮して一歩前に踏み出した男の前に、提督の警護艦綾波が立ち塞がる。

 

「それ以上、司令官に近づくのは控えてくださいね」

 

顔には微笑が張り付いているし、声も柔らかなものだった。しかし、周囲の空気は張り詰めたものへと変わっている。それは、一瞬後に命が潰えていることもある、生と死が交差する紛れも無い戦場の空気だった。

軍人としての本能が、彼をその場に縫いつける。それが切っ掛けになったか、幾分冷静さも取り戻したようだ。

 

「だとしてもだ、なぜ駆逐艦だ? 金剛が居るではないか」

「艦種に貴賤はありません。能力に秀でているからこその用兵です。金剛にも適正はあるんですが、いかんせん本人がやりたがらないのでね」

 

少しばかり見誤っていたか、この基地司令官は自分が思うより幾らばかりかは有能なようだ。ラバウルね、覚えておこう。

 

 

 

そこへ、ついに痺れを切らした霞からのクレームが届いた。

 

「戦闘行動中にうるさいのよ! 今は時間との勝負。一時撤退なんて有り得ないわ! 」

 

 

「ほら、外野でうるさく言うから私まで叱られてしまったじゃないですか」

ここで強権を発動されても敵わない。これだから他所様と一緒に海に出るのは嫌なのだ。

 

 

「時間が経てば深海棲艦の飛行隊がわんさとやってくるでしょうな。そうなればこの艦も無事ではいられないでしょう。最悪敵艦隊の増援もあり得る」

 

司令座乗艦にはまともな兵装など積んでいない。通常兵器では深海棲艦相手に有効打を与え辛いので、そこをバッサリと割り切り、快適性にステータスを全振りした結果だ。

 

リンガ泊地の持つ座乗艦は、わざわざ内装など調度品に定評のある三菱の長崎造船所で造らせた一品物で、航海中の艦娘を収容し十分な休息を取るための部屋や設備が揃っている、ただただ快適さを求めた艦。

まさに提督らしさ全開の代物と言える。

 

おかげで今回のような視察を兼ねた他艦隊の司令官や基地司令官を乗せるのに不自由ない程度には大きいのだが、もちろんそれらは戦闘に役立つようなものではない。

 

 

 

「一度始まってしまった海戦に外野ができることは応援とお祈りくらいのもんですよ」

 

人が海から追い出され、代わりに艦娘が戦場を駆けるようになってからだ。人はただ、戦船の魂魄を宿した娘に祈りを捧げ、見守ることだけが戦争だ。

 

 

 




準備して送り出して、あとは祈りと応援。これが艦これだ!

艦これでは航空支援や砲撃支援やってから砲戦魚雷戦。いや、現実でも当たり前にそうなんだけど。
霞さんたちは砲戦の合間にやってるね、艦これゲームで見たらさぞ異様で面白いだろう。当人的には面白くなさそうだけど。

支援云々は残念ながら史実ではほとんどなかった理想の戦い方。
むしろ帝国海軍さんは、これを喰らう側だったり……。




上で書いたあだ名の続き。

気に食わないのは雪風の死神呼びよ。
艦これ以前にそう呼んでる資料とかないのに……。

流行らせたのはいわゆる提督のみなさん。

でもこれは勘違い。
彼女の部隊が彼女を残して全滅したことはないし、彼女の護衛は9割近く成功してる。大小合わせて3桁近い冗談のような作戦回数をこなしつつ、嘘みたいに護衛失敗が少ないから異能生存体なんだ。
異能生存体はボトムズから。
ちなみに護衛対象を護り、僚艦の損失が少ないのは初霜もそうだよ。

自分以外は……のイメージは映画とかだね。ガンダムだとサンダースJr軍曹とか、昔からある定番の逸話ではあるが、雪風にはなかった。

艦これではあんまり言われないが、実はその逸話に最も近いのは時雨……。自分以外はってのを2度経験してるが、もちろん彼女のせいじゃないぞ。

山田さんの話でも黒豹や不死鳥呼びは出てくる。
オリジナルだと霞は妖精と呼ばれてるよ。
本編では多分口にすることないけど、コード呼びはフェアリー。
広まってる本当の呼び名は死を告げる妖精バンシーだぜ!


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〜噂の艦隊へ〜(前)4

土曜日にはパンツを投下する予定。
噂の艦隊はこれがラスト。


そして本編にまったく関係ない艦娘紹介コーナーーー!!!!!


風雲さん

「戦友の遺骨と遺品以外は装備も含めて全廃棄! 兎にも角にも素早い撤退を!」の命令が出るくらい緊迫した撤退作戦。そう、奇跡と呼ばれたキスカ島撤退。

その全ては陛下からの預かり物だ! の強固な感性を持つ陸軍に全廃棄を認めさせた木村少将と、その必要性を認めて二つ返事で独断O.Kした樋口陸軍中将が素敵。


で、いざ作戦成功させて帰ってきた風雲さん。
小銃400挺に戦友のキツネ、兵士乗艦後は捨ててくる予定だった発動艇まで持ち帰る縛りプレイやってた。

そしてキツネは上野動物園まで持ち帰った。




身長をはるかに超える水柱の林をくぐり抜け、視界を塞がれる戦さ場を駆ける。

海面は少しも穏やかになる瞬間がなく、絶え間なく自身を揺さぶっている。

海面下では龍驤の攻撃隊が投下した魚雷が見えない雷跡をあげつつ何本も進んでいるはずだ。

 

「うひょー怖ぇーっ!」

「江風、ちょっとうるさい」

「マローン……」

 

 

 

二四駆の四人が反航戦の形ですれ違いざまの砲撃を行う。

そのまま別働していた姉組と合流し、進路を取舵。敵艦隊から距離を取る。

 

 

「ちょっと江風! なんで前に出るのよ!」

 

なぜか一人だけ面舵に舵を切り、艦隊から落伍する江風。想定外のことに村雨が叫び、急いで制止させるが群れから一人抜け落ちた江風はいい的だ。

 

 

「えぇー! ここは突撃のタイミングなンじゃ!?」

「砲撃くるでしょ!? ここは一旦やり過ごすタイミングよ!」

 

ミスはあるものだ。

それも、よりによってのタイミングでこそそれは起こる。

そして、それを見逃してくれるほどには深海棲艦たちも甘くなかった。

 

 

「うぉ、うぉー」

戦艦タ級の至近弾をたらふく喰らった江風が叫び声を残して水柱の向こうに姿を消した。

 

 

 

判断は一瞬。艦隊陣形を崩すことにはなるが、江風を放ってなどおけない。自分が抜けた穴は、きっと姉たちがうまく塞いでくれるはずだ。

 

奥歯を噛み締めて前に出たのは海風。

 

 

すぐに違和感を覚えた。艦隊から突出した自分の前に2つの航跡があったからだ。

彼女らがいつ飛び出したのかはわからない。しかし、彼女らは瞬きの間も迷わなかったのだろう。

 

そしてあの二人なら、きっと飛び出した時点でトップスピードだ。すでに遥か先に見えるその頼もしい二人の背中を見て、私の姉は凄いでしょと、誰かに自慢したくなった。

そして、妹たちにとっての自分がそうあれるように、恥じない自分になれるように。精進しなくてはと思った。

 

 

後ろでは村雨が素早く陣形を組み直していた。さすがの水雷戦隊旗艦経験者だが、村雨にとっても海風が陣形を崩して飛び出すのは予想外だった。

 

てっきり判断を仰いでからだと思ったけど、うん。悪くない傾向だ。

戦局の全ては霞が見通している。そして、妹たちの不始末なら姉である私がなんとかする。それは当たり前のこと。

戦術行動の中で私の範疇を超える状況になどさせはしないとの自負があった。

 

私はリンガの司令艦の一人だ。

私は、白露姉妹の3番艦なのだ。

 

 

 

「見たことか、こんな乱戦では。指揮が行き届いておらんではないか、今からでも遅くはない、すぐに前線の隊を呼び戻すんだ」

 

そう言ったのは加藤と名乗ったラバウルの基地司令官。

どうやら彼は本当に心配してくれているようだ。

思ったよりもいい人なんだな。なんて、結構どうでもいいことを考えていた提督。

 

そしてもう一人。

心配されているのは伝わったのだろう。

基本ガン無視を決め込んでいた霞が応答した。

 

「訓令戦術なんてウチにはないの。戦場の全てはワタシが見通してる」

 

 

落伍した江風の救出にあの二人が向かったことも、海風が飛び出したことも。そして村雨がそれのフォローに入ったことも。

あの姉妹ならそうするだろうし、ワタシがそう考えることを村雨は理解している。

 

なにも問題はない。

白露姉妹は信頼でお互いを繋げあっている。

 

 

 

 

突出して江風の元に向かったのは白露と時雨のコンビだった。

誰より長くペアを組んできた二人の間に言葉は要らない。白露が時雨に頷きかけると、ほぼ同時に時雨が大きな円を描くように海上を滑り、流れるような牽制射撃を行う。

その隙に白露が水柱の中に取り残されている江風の元に飛び込む。

 

「こらー、1番先に行くのはお姉ちゃんでしょ!」

「うひぃ、白露の姉貴ぃ」

「ほら情けない声出さない」

 

至近弾を貰い、江風の艤装には破口が開いてた。駆逐艦の貧弱な防御力では直撃せずとも致命傷になりかねない。外観の被害から判断するに、すぐさまの危険があるわけではなさそうだが、駆逐艦の命でもある足を削がれたと言えるだろう。

 

「カクザイモッテコーイ!」

「トロトロスンナ! オマエゴトタタイチマウゾ!」

「ギョライトーキ! イソゲ」

「オイ! アブラレテンゾ!」

「モタモタスンナ! オマエゴトステチマウゾ!」

 

……なんでこんなに物騒な妖精さんばかりなの? お姉ちゃん少し心配です。

 

 

 

涙目で海面にしゃがみ込んでいる江風の腕をひっぱり無理やり立たせ、背中を押し出す。

 

「時雨が釣ってくれてる。村雨が退却コースに海風たちを配置してくれてるはずだから、あんたは一旦戻る」

 

「追撃されるじゃんかぁ」

「されるわけないでしょ、夕立と春雨がもう向かってるわよ。多分」

 

確認したわけではないが、きっとそのようになっているだろう。それは確信とも呼べるものだ。

それができるから、私たちリンガの水雷戦隊は他とは一線を画すと評されているのだ。

それをするのが私たち姉妹の役割だ。

 

「ボイラーイッパイマデマワセー」

「ソウダシュイガイハカンキョウカラケリダセー」

「カクザイモッテハシレ、ノロマドモ」

「ショーカオセーゾ! ヤカレテェーノカ」

 

柄は悪いが、妖精さんたちの決断力と練度はかなりのもののようで、みるみるうちに浸水が止まり、消火にも成功していた。

この妙なやる気はあの艦長の影響なのだろうか。

 

 

「行けるわね? 前だけ見て真っ直ぐ走れ!」

焼け焦げた制服を翻した江風が飛び出す。

追いかけてきていたのか、海風の姿も確認できた。これで江風の退避に問題はなくなった。後のことは海風が面倒を見てくれるだろう。

ならば……。

 

 

「白露の妹になぁーにやってくれてるんだぁ。ギッタンギッタンにしてやるんだから!」

 

 

 

 

 

 

 

海面を舞うように、音も残さず。

それは、あらかじめ決められた演目をなぞっているかのように……。

 

敵艦隊旗艦の前に、時雨が舞い降りた。

 

 

虚を突かれた戦艦タ級だったが、すぐに我に返り咆哮を上げながら時雨に手を伸ばす。

それをバックステップで躱し、小さな円を描くように左へ左へと滑って行く。

 

 

「時雨だ! 南方の女神ー!」

 

俄かに活気付いた司令座乗艦。

視察に訪れていた基地司令官たちが何事かと目を見開いた。

 

ほとんど単艦と言ってもいい。ただの一隻で敵艦隊の進路を塞ぐ駆逐艦に声も出ない。

この司令官が指示を出した素振りは見えなかったが、これでは損失覚悟の囮ではないか。

 

しかし、漂う空気は悲壮感とはほど遠いもののように思う。

甲板上では見張り員など、状況を見守っていた手すきの南西方面所属の軍人たちが一斉に時雨に声援を送る。

 

「行っけー! 女神の一撃!」

 

 

最前線では、目の前をウロチョロと躱す時雨を追いかけるようにしながら、タ級が素早く副砲の照準を合わせた。

いかな時雨と言えど、この至近距離で戦艦の副砲に狙われては避けきれるものではない。しかし、タ級は気が付かなかったのだ。

時雨の太ももに固定されている魚雷発射管から魚雷が消えていることに。

 

 

タ級と相対しているのは時雨だけだった。

戦艦相手に駆逐艦1隻で挑むなど愚か以前の問題で、通常なら戦艦や空母など大型艦が相手をするのがセオリーだ。

しかし、司令駆逐の村雨を始め僚艦はタ級に目もくれていない。

彼女らだけは知っていた。すでにこの海戦は、敗残艦を狩るだけの戦闘になっていることを。

 

それは、小さな円を描くように、左へ左へと滑るように海面を往く。

タ級の副砲が時雨を捕え、砲撃を行おうとした。タ級にできたのはそこまでだった。

 

突如としてタ級は爆音と爆炎に包まれる。

 

 

「いよーーっし!」

 

響き渡る轟音に、座乗艦の上ではひときわ大きく歓声が上がる。

初めて時雨を見た基地司令官たちにはわからなかっただろう。

 

予め魚雷を放っておき、その進路上に敵を誘い込むことで艦の横っ腹に時間差の魚雷を次々と叩きつける時雨のとっておき。

佐世保の英雄が編み出した“置き魚雷”だ。

 

膨大な海水が巻き上げられ、まるで雨のように海へと還る。

戦艦を水底へと沈めるその飛沫に濡れた髪をかき上げ、静かに海面に立つ時雨は戦場に降り立つ女神だった。

 

 

「やったのか!?」

「あれが、女神の一撃……。まさか本当に駆逐艦が戦艦を沈めるとは」

 

呆然と、まるで夢でも見ているかのような光景を見て、驚きを隠せないままラバウルの基地司令官が言った。

「貴様たちは、いつもこんな戦い方をしているのか」

 

 

当然だと、そう思った。帝国海軍の想定した駆逐艦の役割は、元々が雷撃特化の大型艦キラーだったはずだからだ。

むしろ、そう想定されていたのに、なぜそれができるように訓練をしないのか、作戦を組まないのか。提督にとってはそちらのがよっぽど驚きたい話だ。

 

 

 

「こちら時雨、敵旗艦の撃沈を確認。概ね作戦は完了したのかな?」

「寝惚けたことを言わないで、作戦の達成条件は殲滅だってば!」

 

 

「やいやいやい。ちょっと待ちなぁ、任務は偵察なんだろ?」

「その偵察で敵艦隊を見つけたんでしょうが! ウチのモットーは見敵必戦、さっさと片付けて帰るんだってば! アンタうちの司令官を危険に晒したいの?」

 

 

「うひっ、深海棲艦より怖いぜ」

「ハイ、いつも通りやればいいだけデス。目の前の敵艦を沈めるだけの簡単なお仕事ネー」

 

 

無線越しに流れてくる彼女の勇ましい声を聞いて、提督は肩をすくめてみせる。

「概ね、いつもこんな感じですよ。私にはもったいない、できた部下たちですな」

 

 

 

それ以降はもう勝負にならなかった。旗艦を失った深海棲艦も善戦していたが、武闘派揃いの白露型に囲まれては長くは保たず、次々撃沈されていく。

 

敵旗艦を落とした時雨が早々に戦場を後にし、司令座乗艦に合流する姿が見える。

速度が出ていないとはいえ、移動中の艦に設えられた艦娘昇降用のスロープに海面から飛び移るのは至難の技だが、陸上訓練で体幹が鍛えられているリンガの艦娘は全員が習得している技術だ。

 

スロープを上がると時雨の帰還を待ちわびていた乗組員たちが口々に労いの言葉やハイタッチを贈っている。

「おつかれ!」

「久しぶりにいいもの見せてもらったよ!」

それらに困った顔で返答しながら、一人ひとりに挨拶をしていく。

 

 

前線には霞からの急かせるクレームが無線に乗って木霊している。

 

 

誰かに貰ったのであろうラムネを片手に提督の横まで来た時雨に声を掛けた。

 

「抜けてきて怒られるんじゃないか?」

「僕も霞も、提督を一人にしておくほうが心配なんだよ」

まだ残存艦との戦闘中であるにも関わらず、独断で帰還した時雨に言いたいこともあるのだろうが、敵艦隊旗艦の戦艦相手に“奇跡”を起こしてきた今海戦の殊勲艦に声を荒げる者はいなかった。

 

あと、ちょっと寂しそうな顔で綾波が見てるぞ。

 

 

 

「Hey hey! 相手はビビってマスよー」

「そう言う応援は要らないから!」

「黙って見てな! このすっとこどっこい」

「か、江風! 涼風! なんて口の利き方するんですか!」

 

緊迫しているのかしていないのか、相変わらず戦場では金剛と妹組の漫才が続いている。青くなって金剛に謝罪を入れるのは海風だ。

 

「いつまでやってんの! ASAP!」

 

 

残った最後の深海棲艦に、リベンジに燃えた江風が近づく。

 

「こなクソー喰らえー」

「クチクカン ナメルナー」

掛け声と共に、最後に残された雷撃を放つ。燃える妖精さんとの熱い合体技だ。これは避けられまい。

 

 

大きな水柱が立ち、それが収まるころ海面に立っているのは艦娘たちだけとなっていた。

 

「いよっしゃー! 江風根性の一撃!」

 

司令座乗艦に乗る海兵から野太い歓声が上がる。

「なンじゃそりゃあ、江風にももっといい名前付けてよー!」

 

 

 

こうして、強行偵察から発展した作戦は、一足飛びに敵艦隊撃破にて結末を見た。




珊瑚海周辺海域戦

戦果
夕立(殊勲) 重巡撃沈 駆逐艦撃沈 駆逐艦撃沈
時雨     戦艦撃沈
江風     重巡撃沈
村雨春雨共同 駆逐艦撃沈


さりげなく夕立無双。
江風が撃沈した重巡も夕立が大破させた後だったりする。
吉川システム積んでるからね彼女。多分江風も積んでる。
吉川艦長「ハンモックを張ってでも戦うよ!(野太い声で)」



上の続き、キスカ島撤退作戦。

大量の陸軍さんを乗せて幌筵に帰投中。
お腹を空かせた陸軍さんに粗末な食事を出しては沽券に関わると、隠密作戦中であるにも関わらず炊爨しておにぎりを配ったのが阿武隈。

食べる人のことは考えるが、食べる状況を考えない阿武隈らしいエピソード。

米軽巡に偽装するため煙突を白く塗り潰した逸話のある阿武隈。
彼女の金髪碧眼はここから(姉はピンクだけど)。
イラストを確認すると、確かに煙突が白い。

また突入前にはギリッギリの残量だけを残して阿武隈の油を駆逐艦たちに配ってる。
ついでに島風の初陣がこのキスカ島撤退だ。


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そうして姉が艦隊へ

どこかで入れておかなければいけなかった、艦娘が増えるだけの逸話。
山もなにもない……。


ところで、書けるかどうか謎なので今まで投稿した話からキレイに存在を消してあるが、実は艦隊にはもう1人駆逐艦娘いる。いた。
その子が艦隊にやってきた話自体は名前を出さずに投稿済み。

脳内からアウトプットされてないため、今後このネタが回収されるかは謎。
書きたいなぁ……とは思っているんだが。
なんでわざわざモヤモヤさせるようなことを?

ここに書くことでやる気と覚悟をだなぁ……。


うふふ、好きよ



その日も朝から陽気の良い日だった。

なにか良いことがありそうだなと、根拠のない予感を持っていたら、それは早々に実現した。

 

 

「横須賀の中将から連絡があったわよ、白露をリンガに行かせるから時雨を迎えに寄越しなさいって」

 

横須賀からの電報なのだろう、それを手にした霞が入室早々にそう報告をしたのだ。

 

 

 

「時雨の姉か、そりゃすぐにでも迎えに行かないとな」

白露型1番艦である白露は、時雨が生まれたときからパートナーを組んできた僚艦であり長女だ。

佐世保急襲のときは運良く呉に出向いていて難を逃れたが、その後は呉に拘束、嫌疑が晴れるとすぐさま南方の最前線へと異動手続きが取られることになった。

それを横須賀鎮守府が横槍を入れ引き抜いたのだった。

 

言い訳のような難癖をつけて引き抜いたことから、すぐさま時雨の元に寄越させるわけにもいかず。提督が腰を落ち着ける先を見つけるまではと、横須賀預かりで主に海上護衛や中将の秘書艦補佐として身を固めていたのだ。

 

 

「明日出発できるよう手配しといたから、とっとと行ってきなさいな」

「でも、いいのかな。僕の姉妹だからってこんなに良くしてもらって」

「構わないわよ。秘書艦なんだからその恩恵は素直に受けなさいな。どのみち佐世保で割りを食った艦娘はみんなここに集める予定でしょうが、時雨が遠慮するとワタシが朝潮姉さんを迎え難いのよ」

 

さすがに行動が早い。

多くの役所に見習ってほしいくらいだね。民間速度ってやつだ。

お前ら見積もり出して検討するのに何日かけるつもりなんだ。おっと、ただの愚痴だぜ?

 

遠慮する時雨に対する返答は、半分くらいは配慮なんだろうと思う。そして残りの半分は本心なんだろう。

トップが帰らないと俺が帰りにくい。そんな感じだ。ここのトップは俺だけど。

 

それが分かったからか、時雨も強固に固辞することなくそれを受け入れる。

 

 

「うん。ありがとう」

「ま、アンタがいない間はワタシが秘書艦代理もやっててあげるから。こっちの心配はいらないわよ」

「そだな、佐世保からこっちゆっくり羽根を伸ばす機会もなかったろうし、ついでに横須賀で2、3日ゆっくりしてこい」

 

俺も頑張ることにしよう。

基地運営も運用も、不足なくその役どころをこなす霞にこの上で秘書艦代理まで全うさせては倒れられてしまうかもしれない。

……うふふ、恐怖政治が始まるかもしれないことを懸念しているわけじゃないよ。

 

霞さんは悪気なく、ナチュラルに高い基準を求めるからなぁ、特に俺に。

本人もその基準をクリアするつもりでいるので文句を言い難いという厄介なやつだ。

 

 

 

「いいよ、僕だけ内地で遊んでるのも気がひけるし」

「ゆっくりしてきなさいってば。さっきも言ったけど、秘書艦のアンタが休まないと他のみんなが休み辛いでしょう。横須賀までは遠いし、戻ってくるのは半月後ってとこかしら」

 

「半月か、そんなに提督と離れるのは初めてだね」

「ちょっと寂しいが大人しく待ってるよ」

 

もう2年近く毎日ずっと一緒にいるからね、今さら時雨のいない生活なんて想像できないけど、喜ばしいことなので笑って送り出さねばなるまい。

 

 

「横須賀行きは時雨一人の予定か?」

「まさか、第六駆逐隊を護衛に就かせるわ。ついでに横須賀から物資の補給もお願いするつもりよ」

「うん、それでやってくれ」

 

リンガから内地に戻るのに急ぎでも5日はかかるからね。向こうで休んで帰ってくるだけでも半月はかかる。

こればっかりは仕方がないね。

それを普段から請け負ってくれている第六の子たちには本当に頭が上がらないな。

 

 

 

せめて横須賀ではゆっくりしてほしいと思い、一つ提案することにした。

 

「横須賀での宿泊は俺の家でいいよな?」

「いや、基地でいいよ。提督もいないのにお邪魔するなんて悪いし」

「悪くない悪くない。基地なんかに宿泊してたら気が抜けないだろ。アソコは時雨の実家みたいに使ってくれて構わないんだ。六駆の皆も合わせて六人で泊まれよ、連絡しておくから」

 

 

どうせ部屋は有り余ってることだし、時雨が顔を出せばサエさんも喜ぶだろう。

 

 




提督の実家。っていうかじじいさんの家に時雨が行くのは2度目になる。

鎮守府から近いとある町。あそこよあそこ。
じじいさんや加賀姉さんがあんまり帰れないので、家を管理してくれてるのはサエさんという方。
提督はこの3人に育てられたんですね。

サエさん……薙刀持って勇ましい話がそのうちに。
当時の女学校では必須だったんだって、薙刀。


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〜追憶、あの日〜2

繰り上げ投稿。
今日明日と艦隊に迎えた逸話を投稿するだけの予定だったけど、2話とも山もなにもない、ただ消化するだけの話……みたいなものなので、急遽合間にオマケ話を一つ。

しかし、この話にも特に語るべきところはなにもない。

パンツ話とソロモン、陸戦話なんかが今後続くはずなので、それまで耐えて!



「今さら遅いのよ! このクズ!」

 

 

佐世保が落ちた日。

ドック側の入り口、その蛇島南岸壁で深海棲艦を食い止めていた霞が開口一番に言ったセリフだ。

そしてそれは、俺が霞と初めて会話したときの記憶。

 

 

誰に言われるでもなく、町を守るならこのポイントで防ぐしかないと判断した霞。

そしてその意見を取り入れた朝潮。

二人とも優秀だった。

たった二人で、彼女たちはまず町を、人を守ることを選択して戦っていた。

 

 

 

日頃から多忙な上に、秘書艦代理まで臨時でこなしている霞が隣で黙々と書類を片付けている。代わりに管理部に置いてきたという長波は今頃涙目で仕事をしているかもしれない。

 

そんな霞の姿を見て、思い出した始まりの記憶は今となっては懐かしいものだ。

あのときの霞は、まるで睨め付けるかのような目をして、眉間に皺を深く刻んでいた。

 

 

「なによ?」

 

見られていることに気付いた霞がそう声を発した。

その眉間には皺ができていたが、あのときのものとは違う。

 

「霞の横顔に見惚れてたんだよ」

 

そんな風に茶化してみると、バカじゃないのとすげない返答をされたが、その耳は少し赤味が差していた。

俺たちは生き延び、あれからも確かに時を刻んできたのだなと、そう実感する。

 

 

 

あの日の判断は間違ってなかったと思う。

俺がそれを口にしたとき、霞は呆れ、そして反対したが、結局俺の考えに従ってくれた。

 

「鎮守府を捨てる? アンタ、本気で言ってるの? ここは護国の要。他の基地や泊地とはわけが違うわ」

 

「勘違いだ、ここを鎮守府足らしめているのは建物なんかじゃない。お前たちが生きていれば何度でも再建できる。救われなきゃいけないのは箱物なんかじゃなくお前たちだ」

 

 

ただの建造物だ。そんな物のために死んでやる義理はない。

今でもそう信じている。

 

 

あの日、深海棲艦の裏をかくため艤装を抱えてみんなで走った。

「アンタ、やっぱりちょっとおかしいわ」

霞はそう言ったが、それでも最後まで俺を信じて戦ってくれた。

 

みんなボロボロの姿で、どこから見ても敗残兵だった俺たちは、それでも笑顔で月の照らした海を呉まで逃げ帰った。

またこうして戦いたいと言った俺に、2度とゴメンだと言った霞だったが、今もこうして力を貸してくれている。

 

 

「だから、なんなのよ!」

 

視線に耐えられなくなった霞がさっきより眉間に皺を寄せてこっちを見る。

 

よく誤解をされるようだが、霞はかわいいのだ。

言葉はキツいかもしれないが、そのどれもが俺を思ってのこと。

帝国海軍の栄光と衰退を全てその目で見てきたこの駆逐艦は、開戦の真珠湾から最後の作戦となった天一号までを実体験で知っているのだから。

 

俺から言いたいことは、だから決まっているのだ。

 

 

「いつもありがとな。好きだよ」

 

 

鳴かぬ蛍が身を焦がすを地でいく女。それが霞。

 

 

そんな霞の反応については俺だけの秘密だ。

俺の宝物として大切に、胸の奥にしまいこんでおこうと思う。

 




霞さん。
提督からカルティエのタンク フランセーズって腕時計を贈られて愛用中。
右腕を飛ばしたときから、作戦時はつけ替えるようになった。

感覚派の天才さんが多い中、完全理論派の艦娘。
第2選択言語が肉体言語のバイリンガルで、趣味は読書。


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新たな艦娘を艦隊に

早押し問題です!
彼女は誰だ!!!


────

それとは別に、本文にまったく関係ない艦娘を紹介するコーナー!
【 国後 】
子日スライディング土下座事件の張本人。
そして、ある意味で雪風を超すスーパー幸運艦。

戦争通じて戦死者0。
キスカ島撤退作戦が無事に成功したのも彼女のおかげで突入が1日ズレたからだ。



はい、こんにちは! リンガの基地司令官です!

SE: シュイーン

 

 

ちょっと早口気味な挨拶でYouTuberみたいなスタートを切ってみたが、ダメだ。伝わらないね。

そもそも普段見てないからね、もっと研究しないとダメかな。

 

 

 

さて、本日の俺。

時雨を連れてとある基地までお出掛け中。

目的はヘッドハンティングです。

 

時雨にはお使いを頼んであるので、その間にお目当ての艦娘さんを呼び出してもらい、まずは二者面談。

案内された部屋に着くと、彼女はすでにイスに座って待っていた。

 

 

 

「私を指名して、いったいなにさせようって魂胆だい?」

うんざりしたような顔の彼女は早々に、そう口にした。

 

 

「君の戦報を拝見させてもらった」

「なんだ、またか」

 

おおかた、指揮官先頭の伝統を蔑ろにした臆病者だとでも書かれているのだろう。

ならばこの男の目的は叱咤の類か再教育か、どちらにせよあまり面白いものではなさそうだ。そんな風に彼女は思った。

 

しかし、男が続けたのはその予想を覆すものだった。

 

 

「素晴らしい判断だと思った」

 

率直な感想を伝える提督。

それを聞き、怪訝な表情をする彼女に問う。

 

「どうした?」

「艦娘にあるまじき行動だって責めないのかい?」

 

 

なるほどそういうことか。

それだけで、彼女が置かれた状況を察する。

 

海軍に残る悪習である指揮官先頭。

彼女の戦報には確かにそういったことも書かれていた気もするが、時間もなかったので過程と結果以外は流し読みだ。正直あまり記憶にないし、そんなところに興味もない。

 

 

「これ以上ない見事な戦果を挙げているのに、どこを責める必要があるんだ」

笑いながら、そうやって手放しの称賛を贈る。

 

「だけど、僚艦にばかり戦わせて自分は高見を決め込んだって散々責められたよ」

「見当違いだ、指揮艦が最初に特攻してどうする。指揮を執る者は最後に死ねばいい」

 

 

なんで学ばないんだろうな。

そりゃ上が動かなきゃ下が着いてこないってのはなくもない。が、上から死んでいって組織がまともに機能するわけがない。

 

いや、上って言うと語弊があるよな。

この場合の上って、社会で言うところの中間管理職だし。

店長や主任、いいとこ課長さんとかだろう。

文句があるならお前がやってみせろ。と、社長さんに言ってやりたい。そんな社会人も多かろう。

 

 

まぁいい。そんなのは些細なことだ。

こんなところで他所の基地司令官に褒められたところで状況は変わらないんだろう。

言うべきことをさっさと言って、話を進めるに限る。

 

と、言うことで、ウチの艦隊に来ないかと声を掛けた。

あんまり胡散臭い顔をするものだから、仕方がない。本音で話そう。

 

 

「身も蓋もない話をするとだな、君はウチの艦隊が声を掛けるのにちょうど良い条件を揃えてるんだよ」

 

 

 

 

 

「まず、前提として無能は困る。有能な敵より無能な身内のほうが始末に負えないからな」

 

そう言った男は、人好きのする笑顔を見せた。少し、この男の話に興味が出る。

 

「次に、ウチが今1番必要としているのは有力な戦力ってわけじゃない。ウチの水雷戦隊は充実しているからね」

 

「じゃあなんで私を」

駆逐艦の私を勧誘に来たとこの男は言っていたはずだが、水雷戦隊が必要ないときたもんだ。よく分かんない奴だ。

 

そしてそのよく分かんない奴は、さらに分からないことを言う。

 

「君に将の器を見たからだ。艦娘を指揮できる艦娘は少ないんだよ」

 

 

 

「艦娘が艦娘を指揮するなんてのは褒められたことじゃないね」

「君はソレをやったのだろう?」

「だから、今は冷や飯を食らってる」

「ウチの艦隊では珍しい光景じゃない。現に、ウチの艦隊は私じゃなく駆逐艦の子が指揮を執っているよ」

 

ついでに内政も丸投げだ。と思ったが、それはあえて言わないでおこう。

 

 

「信じらんないなー。で、それが理由なの?」

「実は1番重要な理由は他にある」

 

固唾を飲んで、その理由とやらを待つ。

そうして出てきた理由がこれ。

 

「君が言った通りだ。君が冷や飯を食らわされてるくらいの厄介者だから、安心してウチに誘える」

 

「なんだいそりゃ、皮肉のつもりかい?」

「わざわざ皮肉を言うためにお出掛けしてくるほど暇人じゃないし、性格は悪くないつもりだよ」

 

 

そこへノックの音とともに時雨が入ってきた。

「確かに暇ではないだろうけど、僕の知っている提督なら、皮肉を届けるためだけに大洋を渡っても不思議じゃないけどね」

 

 

 

 

「おかえり。どうだった?」

「事前の情報通りだね、ここの司令官は彼女の扱いを決めかねてる」

 

戦いぶりを臆病だと論じる批判はあるが、彼女の指揮のおかげで隊が生還できただけでなく、戦果もあったのだ。

罰するべきが賞するべきかで意見も割れているらしい。

どうぞ割れててくれ。その間にウチが頂いていくからさ。厄介払いができてそちらさんも万々歳だろ。

 

 

「時雨? 久しぶりじゃないか」

「やあ長波。元気そうで安心したよ」

 

 

「改めての紹介は要らないな? ウチの秘書艦の時雨だ。実は彼女たちから君のことを聞かされてね、ウチに欲しい逸材だと」

 

彼女に声を掛ける理由をいろいろ挙げたが、決定打はこれ。

 

 

 

「最初に君の境遇を知らせてくれたのは霞だね。相変わらず軍令部のやることは見当外れだと怒っていたよ」

 

「霞も居るんだね」

「二人とも昔馴染みなんだろ? 二水戦で長かったと聞いてる。まったく面識のない艦隊に来るより、気心が知れていていいんじゃないか?」

「まあね、霞とは敵勢力圏の真っ只中で救助活動に勤しんだ中さ。色々と無茶をやらかす悪友みたいなもんかな」

 

長波は二水戦所属期間が1番長く、同じく二水戦に所属していた時雨や霞とは面識があるのだ。

 

 

「それで、アンタは二人に言われたからホイホイ迎えに来たって言うのかい?」

「そうそう、俺が戦報を読んだのなんて実のところ君を迎えるのが決まった後だったし」

 

皮肉を言ったつもりだったが、大して効かなかったなと長波は思った。

そして、実は提督が戦報を読んだのも、ここに向かう船の中でだったりもする。

 

 

「人がいいのか艦娘に甘いのか、よくわかんない奴だな」

「これも、ウチの艦隊では珍しいことじゃないさ。時雨と霞がウチの艦隊の人事権を握ってるからね。さっき言った艦隊の指揮を執ってるのが霞だよ」

 

 

ちょっと驚く話が聞こえた。

待て待て、今なんてった?

「人事権って、ホントなのかい?」

「うん、任されているよ。実際にやり繰りしてくれてるのは霞だけどね」

 

考えられないことだ。

指揮を執るってのが問題になる組織で、艦娘が人事権を持つなんて。

 

「艦娘が好き勝手に人材を考えるのはどうなんだい?」

「もともと現場を知ってるのはお前たちだけだし、艦娘としての能力や相性なんかも過去の大戦から一緒に戦ってきた当人の方がよくわかってるだろ。任せるさ」

 

器が広いのか、なにも考えていないのか。

やっぱりよく分かんない奴だった。

 

 

「で、君に対しては二人して艦隊に迎えるべきだと太鼓判を押してる。彼女たちがそこまで評価している艦娘を迎えるのに反対する理由なんてないよ。……反対したところで覆らないし」

「もう霞がウチの艦隊表に長波の名前を書いて、今後の予定を組み直していたからね。提督が長波を連れて帰れなかったら、しばらく責められるんじゃないかな」

 

 

待て待て待て、おかしな話のオンパレードだ。

そんなのまるで霞の艦隊じゃないか。

「おいおい、本当にその艦隊は大丈夫なのかい?」

「おかげで自由にさせてもらっているよ」

 

 

 

「自分たちで考えて動く、だからその責任も自分たちで取る。そんな艦隊だ」

「居心地の良い艦隊だから長波もきっと気に入ってくれると思うよ。でも、なんでも自由にできるウチは、どこよりも規則に厳しくて、権利と義務にうるさい艦隊でもあるから、そういった意味では楽ではないね」

 

男と時雨がそれぞれ艦隊について聞かせてくれた。

 

 

「権利と義務、か」

面白そうなところではある。

どこの基地も、どこの艦隊も変わらず。最低なのか最悪なのかと思っていたが、少なくとも今まで所属してきた他のところよりは息もしやすそうだと思った。

 

 

「私はそこでなにをすればいいんだい?」

「ウチの艦娘と同じように遊んで、訓練して、また遊んで、そして戦う。戦い方にも俺は細かな指図をしたりしないから、考えがあれば霞に言ってくれたらいい」

 

「そんなことまで霞がやってるのか。霞も苦労するな」

 

それを聞いた時雨が笑って言う。

「つまり、霞と一緒に苦労してもらおう。そういうことだね」

 

 

過去「華の二水戦」に所属し、数々の艦と肩を並べ作戦に携わった経験を持つ霞は、先ほどから話題になっている人事のほか泊地運営に必要な案件の管理をほぼ全て担っている。さらに艦隊司令艦として作戦立案や艦隊指揮の全権をも手にしており、彼女の一挙手一投足で艦隊の向く方向が変わるとも言える。

それはそのまま、彼女になにかがあれば泊地も艦隊も止まってしまうことを意味している。膨大な仕事量に追われる彼女の負担軽減。それは艦隊にとって、そして提督にとっても急務だ。

 

軽減された分だけ彼女はほかの仕事にも目を光らすだろうが、仕事内容を分担できればリスクの分散に繋がり、今よりは体を休める時間も取れるだろう。

それは霞個人の問題ではなく、艦隊にとって大きなメリットだというのが提督と時雨の共通する考えだ。

 

そして、同じく二水戦旗艦を経験し、戦時の二水戦所属期間一位を誇る長波なら霞の仕事を分担することも可能だろう。

水雷戦隊という大きな集団をまとめた経験だけでなく、所属期間が長いというのはそれだけで大きな武器だ。困窮する極限の状況下での作戦経験、そして知己となる艦娘の多さ。その財産を十全に活かせるのもまた、ウチの艦隊を置いてほかにはないと自信を持って言える。

 

 

「ホント、身も蓋もない話だったね」

 

 

話すべきことは話した。

後は彼女がなんて言うかだが……。

 

肩の力を抜き、一つ息を吐いた彼女が言った。

 

「いいよ、この長波サマが必要だって言ってくれるなら、それは嬉しいことさ」

 

 

「よし、そうと決まれば早速手続きだ。長波の気が変わらないうちにウチの艦隊の子になってもらおう」

「それなら心配は要らないよ。手続きはさっき僕がしてきたから」

 

なんのこともなく、時雨がそんなことを口にした。

 

 

「ちょ、それじゃあ最初から選択肢なんてなかったんじゃないか」

「長波なら断らないと思ったからだよ。それに、僕も長波へのここの仕打ちには怒っているんだ。なにがなんでも説得するつもりだったさ」

 

そうだった、時雨はこんな奴だ。

 

「私はいいんだ、けど。高波を置いては行けない。なあ司令官。私のわがまま、なんとかならないかい?」

「わがままねぇ、その高波という艦娘を俺が連れて行くことにメリットはある?」

 

イスから立ち上がり、縋るように言う長波。

早速の権利の行使なので良い機会ではある。

ちょいと長波の話を聞いてやろう。

実のところを言うと、駆逐艦一人掻っ攫うのに結構なワガママを通すので、ホイホイと人員を増やして連れ帰るわけにもいかないのだ。

 

 

「高波は目がいい。索敵は重要さ、艦隊の目になれる能力を持ってる。あいつは、見た目は大人しいが芯を持ってるやつだ。必ず力になる」

「索敵自慢ならウチにも暁がいるしな、ほかには?」

 

やんわり断ろうと考えていたら、横から時雨が口を挟んだ。

「高波はかわいい子かい?」

「目の中に入れても痛くはないさ、この長波サマの妹だからね」

 

時雨が助け舟を出したということは察せられた。ここは意地悪せず拾うべき、そう言っているのだろう。

そんなことよりも重大な問題ができたのだ。

イスに座ってる間は気が付かなかったが、長波サマ。

お胸がとても大きいですね。

 

キリスト教圏では大きな胸は性的 = 悪であったことから悪魔の棲み家と言われたらしいが、その谷間にはまさしく悪魔が棲んでいるに違いない。

それに早速誘惑された俺に、長波のお願いを断る理由などない。

 

「なら仕方がないな、かわいいは正義。分かった、連れて行こう」

 

簡単に言うが、問題はある。

 

「でも書類はどうするのかな? 長波の異動しか許可を取っていないけど」

「長波の私物として間違えて持って来てしまったから、必要なら取りに来いってリンガに帰ってから電文を送っておけ」

 

 

 

 

めちゃくちゃな理屈を大真面目に口にした提督。

それを聞いた長波が小声で時雨に言った。

 

 

「アイツはどこまで本気なんだ?」

「だいたいいつも本気だと思うよ」

 




ソロモンのルンガ沖夜戦での長波がこんな感じ。
二水戦旗艦だった長波が、作戦後に槍玉に挙げられたわけだ。

旗艦、つまり司令部が壊滅しちゃうと戦隊が機能不全を起こすので、司令官である田中少将は特段間違った選択をしたわけじゃないんだけどなぁ。

参加戦力
駆逐艦8    重巡洋艦4
       軽巡洋艦1
       駆逐艦6

損害
駆逐艦1沈没  重巡洋艦1沈没
       重巡洋艦3大破




【ためになる艦これ知識】
この海戦は九三式魚雷が活躍した帝国海軍自慢の一戦。
みんなが「酸素魚雷」って言ってるあの魚雷だ。

白露型以降の艦に積まれたこの魚雷。これ以降の魚雷は基本的に酸素魚雷だし、そもそも秘密兵器だ。
当時は現場も含めてわざわざ酸素魚雷だなんて呼んでないゾ。

このとき被害を一身に集めて、唯一の沈没艦となったのが高波。
被害担任艦となる。

武蔵の艦長も後で書いているが、「被害担任艦」が当時の呼び方。
被害担当艦っていつできた言葉なんだろな、艦これ以前はあんまり聞かなかった気がする。


重要なのはこの一戦。
戦術的にはS勝利だが、戦略的にはE敗北。

目的であった輸送には完全に失敗してる。
提督的には、高波が沈んでる時点で戦術的にも大敗北だと思う。



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〜泊地の乙女事情〜

阿武隈改二、由良改二の秘密が今、明かされる!


ところで、サイトのシステム的に本文1,000文字ないと投稿できないんだよね。
おかげで投稿できない超短文逸話が……。

水増ししないとダメね。気付いてた人も多いだろうけど、初っ端の1話がすでに大分水増しされている。ホントは半分くらいの文量だったんだ。
それでも5文字足らなかったけど。


そういうことが歌いたーーい(ノイズ付き)!!!



「ねぇ時雨。アナタ、月にどのくらい下着の盗難にあう?」

 

 

 

 

 

 

 

──────

 

 

「ちょっといい?」

時雨にそう声を掛けたのは昼食後の一仕事を終え、お昼寝をするにはちょうど良い時間帯だった。

 

 

「どうぞ、お茶……には少し早いかな?」

「お構いなく」

 

執務室では時雨が一人で書類の確認をしていたが、霞が入室するとそう言って招き入れてくれた。

 

 

「提督は散歩中だよ、すぐ戻ってくると思うけど」

「いいわ、司令官に話すかどうかについても含めて先に時雨と話したかったし」

 

霞をソファに勧め、対面の席に時雨も腰掛ける。

そして唐突に、霞はこう言うのだった。

 

 

「ねぇ時雨。アナタ、月にどのくらい下着の盗難にあう?」

 

 

 

 

実は基地内で艦娘の下着が盗難にあうのは珍しいことではない。

女性の比率が圧倒的に少ない軍施設内ならばある意味当然の帰結のようにも思うが、艦娘が普段たむろする施設は逆に女の園のようになっている。いっそ大奥のよう、とも言えるかもしれない。

そこは女子校のようなもので、憧れの先輩の私物を、といった欲求が生まれるのも想像に難しくない。

 

 

艦娘たちの暮らす施設は基本的に艦娘と妖精さんしか立ち入らないことになっているので、盗難を働くのも多くの場合で艦娘だ。

妖精さんが巣を作るのに持ち出す、なんて眉唾な噂を耳にしたこともあるが、現実に巣なるものを発見した話は聞いたことがないので、今は考えなくてもよいだろう。

 

時たま男性軍人がやらかすこともあるらしく、そちらの場合は見つかれば規定通りの罰を受けるはずだが、あまり耳に入ってこないことを考えると理性のある軍人が多いのか、それとも……。艦娘が軽くみられている、とは思いたくないものだ。

 

 

 

「風紀的な問題でもあるけど、一番は経費よ。あんまり頻度が高いとさすがにね」

 

上を見たらキリがないのも女性ならではだが、実は女性用のショーツだけなら男性のものより安いことが多い。それでも、被害人数と頻度いかんでは十分予算を圧迫し得る案件だと言える。

 

「あぁ、うん。制服としてはあんまり申請してないはずだけど……」

「ワタシやアンタはね」

 

 

 

「ワタシたちは幸いお給金も多く貰えてるし、下着を自前で買うくらい大した負担にはならないけど」

「そうか、そうじゃない子もいるんだね」

「よく盗られる子はみんなそれなりに貰ってる子ばかりだとは思うけどね」

 

やはり人気のある下着は活躍している艦娘の物であることが多く、そうした子たちは概ね高給取りだ。

精神的なことはいざ知らず、金銭的には大きな問題にならないだろう。

 

 

「防犯を強化するってことかな?」

「それによって士気が落ちたり、基地での生活に不満を残すようになるなら困るのよ」

 

自主性が重んじられ、艦娘主体で運営されるこの基地でもやはり基地は基地。ともすれば閉塞的で、毎日見知った顔としか接しない環境でのストレスは下手な敵より脅威となる。

 

「士気の低下、とまではいかなくても。それによって士気高揚してるなら許容するべきなのかも」

 

 

 

「霞はどうなんだい?」

「多いときで月に2、3枚よ」

「それは、多いね……」

「特に対策はしてないから、どうするのが正解なのか計りかねてるのよ」

 

自衛するとなれば、頻度を減らすこともできるだろうが、それによって他の子の下着が盗まれるのであれば根本的な解決にはなっていない。個人としてではなく、役職に見合った判断の結果なのだろう。

集団生活を営むにあたり、ガス抜きとなるなにかは必要なのだ。

 

だからと言って、自らの使用済み下着を犠牲にするという判断を飲み込める艦娘がいかほどいるのかは不明だ。

乙女としては正しくないとも思える。

 

 

 

そんな中で、時雨がボソリと看過できない発言をした。

 

「たまに返ってくることもあるけどね」

 

「それ、また使ってるの?」

「さすがに履けないよね、なにか付いてることもあるし。残念ながら捨てているよ」

 

これも個性なのか。

多種多様な考えを育み、それを行動に移せるともなれば提督の期待どおりの結果だとは思うが、どうだろう。

使った後に返す……。

 

霞は他の艦娘の下着を盗ってやろうと思ったことがない。単純に興味がないからだ。

なので、提督の下着でそれを考えてみた。

 

もし、ワタシがアイツの下着を手に入れて、それを……。

 

 

ダメだ。

分かってしまうのはダメだ。

そんな成果報告みたいなことに理解を示すのは乙女として正しくない。いや、色欲としてその願望は正しいのか?

ここで深く考えると、話を進めることができなくなる懸念があるので、それは後で考えることにしよう。顔が赤くなる前にそう判断した。

 

 

 

 

 

「盗んでいるのはウチの娘だけじゃないのよね。研修に来ていた艦娘が原隊に復帰する日に無くなっていることも多いし」

「他所の所属艦になるとお手上げだね。相手側に電文で知らせるわけにもいかないし」

「まあね」

 

艦娘が艦娘の足を引っ張ってどうする。

この艦隊の艦娘ならば、そのくらいの意識は当たり前のように持っていることだろう。艦隊の権力者である時雨や霞ならばなおのことだ。

 

言うならばこれは、艦娘全体で共謀するべき秘すること。おいそれと、こんな問題があるなど外に漏らせる話じゃない。

 

 

「行き渡ったら落ち着くかとも思ったんだけど、そういうこともあってかあんまり変わらないのよ」

 

方針も決まっておらず、そうでなくとも声を大きくして通達するようなことじゃない。

頭の痛いことだと、霞はこめかみに指を添えた。

 

 

「霞は盗ったことが?」

「ワタシはないわね。呉にいたころから盗られるの専門よ。時雨はどうなの?」

「ふふ、ご想像にお任せするよ」

 

 

 

「でも脱衣所で盗るのは止めてほしいかな。替えの下着まで無くなってると困るね」

「ワタシは何度かそれで酷い目に合ってるから、事務所に予備を置いているわよ」

 

自分もそうしようかなと一瞬思ったが、すぐさまその考えは内なる声に否定された。

考えるまでもなく自分の職場はここ、執務室だ。提督と二人で過ごすことの多いここに替えの下着を常備するのはさすがに気が引ける。

それを提督に見つけられたりでもすれば普通に恥ずかしいし、他の誰かに見られたなら、お盛んな子だと勘違いされかねない。

そんな目で見られたら、きっと恥ずかしさで死んでしまうだろう。

 

 

蛇足となるが、危なく下着のないまま海上に出る羽目になりかけた艦娘がいる。阿武隈だ。

それ以後、彼女はスパッツを着用することにしたらしい。

また、その事情を知っている由良さんもスパッツ着用を検討していたようだが、「提督さんが、由良の足はキレイだからって」などと顔を赤くして告白していた。

その場にいた僕たちは、いったいなにを聞かせられているんだと全員が真顔になったものだ。

 

 

 

「盗んでいるのは艦娘だけなのかな?」

 

この基地では、軍人がそういったことで捕まった例がまだない。

他の基地ならいざ知らず、ここでそういったことがあれば時雨や霞の耳に入らないことはないし、なによりなあなあで済まされることもないはずだ。

 

「さあね、捕まっていないだけかもしれないし、わかんないわ。厳重に警備しているわけじゃないもの」

 

限られたものしか出入りしないとはいえ、日中の寮は閑散としたものだし、ここの艦娘は不在時だろうが就寝中だろうが施錠しない子が多い。また入浴施設や食堂のある艦娘施設だって人目を忍んで侵入しようと思えば難しくはないだろう。

 

 

最近は、お守りとして身に着けると沈まないといった迷信じみた話も聞く。ここ、リンガを中心に広まっている噂だということで耳も痛い。

提督座乗艦の艦内神社の御神体が僕の下着だという根も葉もない与太話まで出回っているが、根も葉もないものだと自分に言い聞かせているところなので信じさせてほしい。

敢えて確認しないことで平穏を保っているところだ。

 

 

しかし、艦娘が備品からある種、幸運の女神のような扱いになっているのは前進と言えば前進なのかもしれない。

盗られて嬉しいものではないし、またそれが男性であるとなると、艦娘に盗られることより抵抗がある。

対象が情欲でも信仰でも、気持ちの良いものではないが、戦場でなにかに縋りたい気持ちもわからなくもない。

 

ここは戦場。明日には帰って来られないかもしれない有事の世界だ。

そんな風に、出口のない考えに思案を燻らせているとあっさりとした口調で霞が言った。

 

「捕まえたらちゃんと罰するから、それについては心配しなくていいわよ」

 

そんな感慨を理解した上でなお、理知的にシステマチックに判断を下せるから霞が司令艦をやっているのだろうと思った。

 

 

結局、今後の対応をどうするべきかの結論は出ず。この案件は保留となった。

 

 

 

 

 

「そういえば、提督と使ってる仮眠室でも何枚か見かけたね」

 

「……。それは忘れ物だと思うけど、一応あとで確認するわ」

 

 

 




由良さん。
なんだろ、スカートめくりや胸を鷲掴みにした後でも、本気の土下座をかまして誠心誠意謝れば許してくれる気がする。

そんな優しい由良さんは四水戦の旗艦。
村雨、夕立、春雨、五月雨の駆逐隊である二駆の上官と言えば由良さん。


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英雄の艦隊と

いよいよヤバい。
この脳内小説。頭の中では完結してるが、シチュエーションや動きは脳内映像なわけですよ。

なので、書き出したメモなんかはセリフだけで作られていたり……。


数年かけて地の文を書き溜めていたのですが、南方からラストに至る内容がほとんど書けてないんですよね。
27日で初投稿から1ヶ月になりますが、終わらないなぁ。

ともあれ、ユニークアクセス1万Hit突破した。
ハリウッドまでの道は遠い。



「しれぇー、しれぇー」

「うぉ、飛びつくのやめろって。また僕の幼女趣味が噂になるぅ!」

「えー、いいじゃん。しれぇー私たちのこと好きでしょー」

 

 

 

 

若い男に、幼く元気な、しかし妙に丈の短いワンピースのような服を着た二人が飛びついて(じゃ)れている。

いや、一見するとワンピースのようだが、よく見るとスカートを履いていないだけの上着のようでもある。

 

二人が幼く見えることからセーフに見えるだけで、その実、余裕でアウトな光景。

 

彼らがいる場所は(れっき)とした軍事施設。

しかも、ここはリンガと並んで帝国海軍の二大拠点と言われたトラック泊地。

 

その違和感は半端ない。

 

 

 

「時津風! やめなさいったら。アナタも、もう少し毅然とした態度をとってよ、もぅ」

 

そう言った娘は、先の二人よりも大人びた態度と表情で男を(たしな)めたが、自身の格好も茶色い上着だけといった様相。裾からはガーターが覗き、よりイケナイモノを見てしまった感があった。

 

 

 

 

「しれぇー、次の作戦はどんなのですか?」

「えぇ、また作戦ー? たまにはゆっくりしたいぃ」

 

司令と呼ばれる男にしがみつくようにして歩く二人が言った。

隙あらばよじ登ろうとしてくる二人なので、それをガードしながら男は自分に宛てがわれている部屋に向かう。

彼女たちからの好感度が上限突破しているのは非常にありがたいことなのだけど、ここでは風聞が気になるんだ。頼む、耐えてくれ!

 

 

そんな思いを胸に、二人を引きずるようにしながら歩く男が言う。

 

「次はね、久々に良いニュースをみんなに伝えられそうだなー」

 

 

「なに? 珍しくまともな命令なの?」

 

男の隣を静かに歩いていた四人目。

女性が四人も足を出していて、スカートを履いているのは彼女だけだ。

頭に女の子を乗せていなくても、その格好だけですでに十分目立っている五人。

しかし四六時中彼女らと一緒にいる男の感覚は麻痺しているためそれには気付かない。

 

 

「そうなるんじゃないかな。上の人たちにとっては面白くないだろうけど」

 

 

 

 

「噂になってる王様の艦隊と肩を並べて共同作戦だって、ソロモンに進出する大攻勢に出るよ」

 

伝えられたのはソロモンでの作戦だった。

そこは敵味方入り混じる軍艦の墓場。

日頃からよく駆り出される海域なので、彼女らにとってソロモンは珍しくないが、大攻勢と言うからにはこの作戦でケリをつける気なのだろう。

 

あの海で、無謀な作戦を無能な友軍と戦うのはゴメンだ。

海戦の尻拭いをさせられることになるのは常に駆逐艦になることから、彼女らはそういったものに散々な苦労をさせられてきた。

 

 

だから、一緒に参加することになる艦隊に対しての興味が1番勝る。

 

「噂のって、南西海域の血塗れ艦隊?」

 

 

可憐な口には似合わない、そんな表現が出てきて驚く。

 

「あれ? 酷い名前で呼ばれてるんだな」

 

 

「あそこはねぇ、勇猛ではあるんだろうけど私は苦手。なんか交戦距離もやっけに近いし、戦い方がエゲツないのよ」

 

唯一まともな格好をした少女がそう言うと、銀髪ガーターの少女も続けて言う。

 

「海の上以外でも戦果を持ってるっていうのもちょっとね。アナタは会ったことあるの?」

 

 

 

「噂だけだなぁ、あの艦隊は呉鎮守府と確執があるみたいだから、呉の先鋒である僕たちとはちょっと親しくしづらい関係なんだよ」

 

興味はある。そして似た立場ということから話してみたいとも思っているが、自分は会ったことがない。

大人の事情というやつだ。

そんなことを説明すると、溜息とともにスカートの娘が言った。

 

「またそれ? そういったのは軍人だけでやってもらいたいわ。戦うための糧になるなら大歓迎なのに、足を引っ張る以外の役に立ったことあるのかしら」

 

 

「いや、僕も一応は軍人なんだけどね」

「あら、アナタは別でしょ? 軍の厄介者なんだし」

 

傷付くこと言うなぁ。ホントのことだけど。

志願して軍人になったわけでも、軍学校を出ているわけでもない。

軍内の異物ランキングがあれば、彼か僕かが一位を争いそうな程度には軍から浮いているんだが、軽くへこむ。

 

「そういった意味では、彼は僕と似た立場のはずなんだけどなぁ」

 

 

僕はといえば、最初から出てる杭なので打たれ放題。なんとか平穏に暮らそうと息を潜めて戦々恐々としているのに。

同じように軍の爪弾き者であるリンガの彼は、その存在を隠そうともしない。

今では南西海域に君臨する独裁者のように言われてるほどだ。心臓に毛が生えてでもなきゃあんな目立つポジションに居座ったりしないだろう。

そう考えると、彼はアイアンマンであり、正しく王様という表現がピッタリにも思える。

 

 

「霞ちゃんがいる所なんだよー、ねー」

男にしがみ付く一人がそう言うと、隣を歩くスカートちゃんがそれに返す。

 

「そうね、不知火姉さんに教えてあげなきゃね。きっと喜ぶわ」

 

 

 

 

「でも王様が率いる艦隊なんてカッコ良くない?」

そんなミーハーな感情を口にしてみたら、やけに優雅な手振りでそれを自らの胸に置き、

銀糸の髪を持つ少女が言った。

 

「あら、私は南方の英雄が率いるこの隊に誇りを持ってるけど?」

 

 

ブっ! と、つい吹き出してしまうワードが聞こえた。

 

「やめてやめて、実力も伴ってないのにそう呼ばれるのは恥ずかしいんだって」

 

狼狽した男が手を振ってそれを否定するも、スカート付きの少女がいつものクールな視線を投げて寄越してこう言うのだ。

 

「私たちの実力で英雄は烏滸(おこ)がましいってことかしら?」

 

 

降参のポーズで全面降伏。

指揮官は神速に判断し、迅速な行動を心掛けなければならない。

 

『私たち』と君は言うが、その『たち』に自分が入っていることが気になる。

って言うか、『率いる』なんて僕が主体みたいじゃないか。烏滸がましいのは僕のほうなのにな。

なんて話は今まで何度となく繰り返してきており、時に叱られ時に泣かれと……。

 

結局のところ、『私たちの司令なんだから、もっと自信を持って!』に尽きるのだ。

がんばろ。

 

 

「僕としては、君たちが戦いやすいように作戦が組めたらそれが1番。あの艦隊には『妖精』もいることだし、僕たちと彼らがいればソロモンだって抜けられる。そう思うんだ」

 

 

「実力があるのは私も認めているわよ。なら、アナタ見てなさいよね。私たちがその片翼になって活躍するんだから」

 

 

 

海域解放の確かな手応えを感じる。今回の作戦はとても楽しみだ。

 

この海域で、僕らほど駆逐艦を育てた人はいない。

その自信がある。

 

戦艦のいない戦場はある。空母のいない戦場もある。巡洋艦のいない戦場だってあるが、駆逐艦のいない戦場は一つだってないのだ。

 

 

 

そう、僕らほど戦場を知っている者はいない。

 




いやぁ、ようやく主人公が登場しましたね!(爆弾発言)

どっちかって言えば、提督の話のほうがスピンオフ臭い。
艦これ小説の王道を書くなら、今回出てきた司令こそ正統派主人公だと思います。
この1話だけだとソレもほとんど分からないだろうけど。


本文謎ですね。いったいだれ風ちゃん達なのだろうか。
本文で名前が出るのが時津風と霞、不知火のみとは……。

しかし艦これ小説は登場人物の容姿に説明付けなくても、名前だけ書いておけば周知の事実ってのが良いですよね。
なんなら「水着姿の時雨」って書くだけで、パレオ着けてるのまで理解するでしょう。


その名前が出てこないのがこの小説の問題点なわけだが……。


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〜綾波と昭南島〜

綾波ってエロかわいいよね。

太陽の匂いがしそうだ。
実家の布団のような女。そんなイメージ。


綾波は吹雪型の11番艦。世界に衝撃を与えた特型駆逐艦の1隻。
英語表記はSpecialType Destroyer。
第3次ソロモン海戦第2夜戦での綾波無双が有名な艦で、生存者が全員海に飛び込むまで沈まず耐えたことから心優しき鬼神綾波なんて提督から呼ばれてたりもする。

沈む前に艦内の浮遊物なんかを海に放り込み、爆雷にロックかける余裕があったことから、生存者は救助されるまで悠々と海に浮かんでおり、軍歌まで口ずさんでいたとか。

艦が沈むときに歌ってたと言えば、他に霞が有名。
「恥じることなどなにもない」という自負がそうさせたのだろう。



本日は警護艦の綾波を連れて昭南島。いわゆるシンガポールを散策している。

野暮用があって昨日から来ており、本日は休息日。

綾波と街で休日を共にするのは初めてのことだな、新鮮でちょっと楽しい。

 

 

二人でショッピングしながら街をふらつき、若い女性に人気だというジェラートを堪能しながらのデート。

ウチがここいらの海運を復活させてから、シンガポールも本来の活気を取り戻しつつあると思う。

 

さて、次はどこに行こうか。

綾波に買いたい物はないのかと問い掛けると、口籠もりながらもこう言った。

 

「あるにはあるんですけどぉ」

「なんだ? 遠慮せずに言いな。久しぶりに出てこれたんだし」

 

もじもじとしてなかなか口に出ない。なんだ? 一緒だと買いにくい物なのか、しかし別行動をするわけにもいかないし。

 

 

「あの……下着を」

「必要だな」

皆まで言うな。

最悪の想定よりは許容範囲だ。

 

 

「そういうの今までどうしてたんだ?」

「一応支給されるんですが、あんまり種類とかないんですよ」

「官給品だし、そうだろうね」

「外出許可を取って買い物することはできるんですが、私は……」

 

 

綾波は俺の警護艦。

まとまった休みが取りにくく、たまの休みは溜まった洗濯物や掃除などをしなくてはならないことから、なかなか外出まではいかないのだという。

 

艦娘と言ってもそこは女性だ。

お洒落を楽しみたいというのも分かる。

 

そういった物にまで口を出すのもどうだろうと思っていたから、時雨や霞に丸投げしていたわけだが、お洒落を楽しめる環境は必要だろう。

俺はもう一歩踏み込んでサポートすることにした。

 

 

「じゃあ買い物ついでにカタログとか貰ってきて、基地から通販できるようにするか」

「通販ですか、いいんですか? その……そんなものを軍基地に」

「必要な物だしな。お前らが着飾れる状況ってのは悪くない。それに俺もドキドキして楽しい」

「もう……」

 

 

「そうと決まれば早速行こうか、せっかくの機会だし買い込んでいこうぜ、プレゼントするよ」

 

 

 

 

立ち寄っていた雑貨屋を出て繁華街を歩き出そうとしたとき、破裂音が響いた。

一瞬平衡感覚がなくなり、自分が今どういう状態に陥っているのかわからなかったが、どうやら瞬きの暇もなく綾波に首根っこを掴まれ地面に引き倒されているようだ。

なんか頻繁に引き倒されている気がする。前回は霞だったね。

 

左手で俺を押さえつけながら、右手で拳銃(P226)を握り、片膝をついて周囲を窺う臨戦態勢の綾波は凛々しいものだったが、上半身を低く保ち腰を後ろに突き出す姿勢でいるためこちらからはスカートの中が丸見えだ。

 

 

なんだこの状況は、これが孔明の罠?

首を伸ばせば触れそうな距離。

もう少し近くで見てもバレないのではないか。人間は死に直面すると性欲が高まるというが、この状況がそうなのか?

 

目の前で揺れる白い下着に包まれた柔らかそうな秘部。官給品と言うだけあって、当たり障りのない綿素材の物。少し食い込んでいるのか薄っすらと形が浮き彫りになっている気がしないでもない。

 

幸い綾波は優秀だ。

彼女に任せておけば、命の危険は回避できるはず。ならば、ここは奇跡のようなこの情景を堪能するべきではないだろうか。

下着選びの参考のためにもしっかりと観察する必要がある。神の作りし薄布を凝視しながら、じりじりとにじり寄り、もう少しで鼻先が埋没する……。

 

 

「ひゃあ、こんなときになにやってるんですかー!」

 

直近で脅威となる敵はいないと判断し、後ろに下がった綾波に顔からモロに突っ込んだ。

 

 

神は存在した。

 

 

綾波により顔を引き剥がされる俺。ちょっと抵抗してしまったのは秘密だ。

 

 

「なんでそんなところに顔があるんですかー! 真面目にやってください」

「いい匂いがしそうだなと」

「むぅ……」

 

顔をしかめた綾波に慌てて弁解をする。

「いや違うんだ、訂正する。いい匂いがした」

 

ここ最近見せたことのない1番の笑顔でそう宣言するも、綾波は笑ってくれなかった。

 

 

綾波で良かった。

これが霞なら、次に俺が意識を取り戻すのは基地の医務室だったはずだ。

綾波は警護艦として、陸上戦無敵。とも言える危険な能力を持ってはいるが、決して危険思想の女ではなく、むしろ菩薩のような奴なのだ。

 

 

 

「今のは?」

「わかりません。攻撃を仕掛けてくるタイミングかと思ったのですが、動きはありませんね」

 

いの一番に綾波がしなければいけないこと。それは提督をこの場から離すこと。

綾波は提督の身を起こし、次の行動を口にする。

「とにかくここから離れましょう」

「しまった。少し走りにくい状態になってしまった」

「見せないでください! ほら、行きますよ」

 

そう言うと、綾波は右手に銃を構えたまま、左手で提督の腰を支えるようにして走り出した。

原因を調べるのは綾波の仕事ではない。

綾波の最優先事項はいつだって俺の安否だからだ。

 

 

 

 

「ふぅ。当面の危機は去った……のかな」

どうやら俺たちを狙ったものではない様子。

最近たまにあるんだよね、爆弾使ったテロやら事件やら。

変わったところでは新興宗教的なものでの自殺とか。終末感漂う世の中ではあるが、死ぬなら迷惑掛けずに一人でやってほしい。

IED(即席爆弾)なら、それはそれで非常に厄介なんだけど。その爆発物、まさか軍から流出してねぇだろうな。

 

 

帰ったら霞にでも相談しよう。

しかしそれはそれ、戦場を生きる軍人に必要なのは優先順位を正しく選択できるか否かだ。

 

「それじゃあちょっと時間食ったけど、下着選びに行くか」

「なに言ってるんですか、事件に巻き込まれたんですよ! 今日はここまでです。戻りますよ」

 

なん、だ、と……。

綾波の優先順位とズレが発生している?

 

 

「綾波に履いてもらいたい下着を選んで試着姿を楽しむっていうメインイベントが発生するはずだったのに」

「そのイベントは次回に持ち越しでーす!」

 

 

アイツの言っていたことは正しかったようだ。

俺はそれを実感し、そのセリフを口にした。

 

 

神は死んだ。

 

 




こうしてリンガ泊地では、下着をカタログで選べるようになったのだった。

綾波のお気に入りはワコールのブランド「Wing」からラインナップされてるPulili。


【超無駄知識】
日本ではあんまり言わないが、正式にはパンティー(ズ)。
今までの人生で1人だけリアルにそう言ってる人がいたが、そこはかとなく変態臭い気がする。フィクションの世界なら亀仙人のじっちゃんやウーロンがそう言うね。
山田さんの知る限り、下着メーカーではピーチジョンだけがパンティ表記。

日本のメーカーなんかはショーツと呼ぶが、英語的には半ズボンのことなので、相応しいかどうかは謎。


心理用語として「フェチ」とは無機物に対してのみ使われる言葉なので、下着フェチはあっても足フェチは正しい使い方ではない。

つまり軍艦の排水フェチは正しいわけだ。オープン板にでも行けば、「あたごがお漏らししてる画像」などが貼られて興奮している変態さんたちとお友達になることができる。

闇の世界なので、あたご(実艦)からの排水で興奮できるようになったなら手遅れ。あまり目指すのはオススメしないぞ?



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〜初めてのおつかい〜

この章だけボリューミーになりそうね。
でも数えてみると、ほとんど〜から始まるシリーズなのよね。

時系列的にはここ南西海域での話にはなるが……。
う〜ん。

ところで、感想欄で気軽にからんでくれる人を募集していますYo!


「心配だ、心配だ」

「そうか、今日だったね」

 

 

 

ある晴れた日の朝。

執務室をウロウロと歩き回る提督に時雨が呆れ声を掛けた。

 

 

「心配し過ぎじゃないかな? 山風はアレでできる子だから、あんまり構い過ぎるのも良くないと思うよ」

 

 

今日は山風が旗艦を務める初めての海上護衛が予定されている。

通常ならシンガポールからブルネイを経てタウィタウィ。第六の子たちならそこからさらにパラオやトラックまで輸送船を護衛する任務だが、今回はブルネイで折り返す特別ルートをゴリ押しで組んである。

それでも心配は尽きないのだ。

 

 

「やはり目的地はペナン基地くらいにしておくべきだったか? いや、それだとマラッカ海峡が心配だな。いっそセレターとリンガの往復が最適解か」

「それだと行って帰ってくるだけになるね。今回は二度手間になるのを承知で目的地はブルネイにしたんだよね? 1,000kmくらいしか離れてないよ」

 

そうなのだ、山風率いる輸送船団はブルネイまでしか物資を運ばない。

しかし、当然ながらタウィタウィなども補給物資を必要としている。結果、山風の輸送船団が出発した数時間後には改めて六駆のみなさんが第2陣の輸送船団を連れて回ることになっていた。

 

もちろん山風とはすれ違わないルートを通るので当人は知らない作戦だ。

当然、暁からは嘆息で、響からはジト目でもって返された。艦隊の良心である雷をもってしても「さすがに擁護できないわね」と言われる始末。一応電がフォローしてくれたが、誰もしなかった役が回ってきただけなのかもしれない。それでも雷、電は山風とは知らぬ関係ではないため、最終的には引き受けてくれたのだった。

 

 

「もう少し信頼してあげなよ」

の……信頼? 織田家の武将か誰かか?

 

 

「信頼と心配は別物だ。それに白露や海風からも最大限のバックアップを持って臨むべしと進言をもらってるし」

 

信頼ならしている。期待もしている。しかし、高速輸送船を揃える我がリンガ泊地でも輸送船団の速度は15ノットに届かない。地図の上では隣の基地とも言えるセレター軍港とブルネイ間だが、それらを往復してリンガに帰投するのに3日を要するのだから心配するのも仕方がない話ではなかろうか。

ちなみに六駆が基地に戻るのはそれから更に2週間後の予定だったりする。

 

 

ともあれ、山風旗艦による初めてのお使い。バックアップは完全を期している。

彼女と共に護衛を担当するのはまず江風。これは山風になにかあったときでも、姉妹なら気も許せるだろうとの配慮だ。そして提督の周辺を秘密裏に警護し続ける影の功労者であり実力者、三水戦旗艦の川内を半ば無理矢理突っ込み、これまた警護艦として実力は折り紙つきの三水戦メンバー綾波という、近海を渡るには豪華すぎるガチのメンバーで固めてある。

 

 

「仕方がない提督だね、それで? 霞はなんて?」

 

今回の作戦を行うにあたって1番の難所と考えられていたのは、艦隊行動を一手に担う慈悲のない艦隊司令艦殿の攻略だったが、「勝手にしろ」との心温まる返答を持って応援してくれた。

白露たちの顔を立てたとも取れるが去り際に一言、2度も3度も同じことやったらアンタ首だから。と、まさかの基地司令官解任通告を頂くことになってしまった。

 

「提督をクビになっても僕が養ってあげるから平気だよ。そうなったら昭南島あたりに家でも買って静かに余生を送ろうね」

 

ダメだ、明らかに後ろ向きな人生設計を前向きに検討するんじゃない。

 

 

 

そこへ静かなノックが割り込む。

「準備が整ったわ」

 

いつもと変わらない平坦な声で姿を現したのは横須賀鎮守府で中将閣下の秘書艦を務める航空母艦加賀。

 

「加賀さん? 視察の予定でもあったのかな」

 

予想されない人物の、予定外の登場に椅子から腰を上げ驚く時雨だったが、ふふふ、しかしこれは予定通りの行動なのだ。

 

 

「こちらの艦隊の準備はできているのかしら?」

「もちろんだ。今日は頼むよ」

「任せておいて、必ず今作戦は成功させます。万が一の場合には私の20cm砲で艦隊決戦を仕掛けてでも無事にあの子を連れ帰るわ」

「まさか、加賀さん……」

 

そう、俺に限って慢心は有り得ない。これが最大限のバックアップというものだ。

支那方面艦隊で二四駆と共に中国戦線で活躍した加賀を中心に、特別な空母打撃群を形成する。

鈴谷や熊野ほか志願してきた白露、海風、涼風による支援艦隊の完全なるフォロー体制。今回運ぶ輸送量をはるかに超える油を吐き出すが、作戦の目的はあくまで山風の海上護衛デビューなのだ。そこを履き違えてはいけない。

 

 

「本当は長門にも来てもらいたかったのだけれど」

 

アゴに指を添えた姉さんがそう漏らした。

 

横須賀鎮守府に座する戦艦長門。

彼女は加賀というかわいい妹からの滅多にないお願いを快く受け入れ協力を申し出てくれたのだが、聯合艦隊旗艦さまをやすやすとリンガまで寄越せるはずもなく、今回は加賀だけがほとんど失踪に近い形で駆けつけたのだ。

中将閣下には駅でお土産のヒヨコでも買って渡せばいいだろう。

 

 

 

「せめて金剛の協力を仰げれば良かったんだが、それをすると霞に気取られる恐れがある」

 

そんなことになれば、この支援艦隊そのものが暗礁に乗り上げかねない。戦艦の戦力を当てにできないのは辛いが、普段から霞にべったり付き添っている金剛に話を持っていくのは割りに合わないと判断した。ここは実利を取るべきだろう。

 

「さて、時間もない。早速行こうか」

「……どこへ?」

 

心なしか、どこか無表情気味の顔が怖い。そんな時雨の質問に明確な答えを返す。

 

「出発前の最後の訓示に決まってるだろう」

 

そうして、妙なやる気に燃えている二人が歩きだし、その後に時雨も続いた。

 

 

 

 

 

「あまり意味のある作戦とは思えませんわ」

「相変わらず変なこと考える提督だねー、面白いからいいけど、深海棲艦の出現情報でもあったの?」

 

顔を合わせた途端に声を掛けてきたのは熊野と鈴谷だ。

控え室には他に白露、海風、涼風の計五人が待機していた。

作戦前というのに、なんでお菓子を持ち寄ってリラックスモードなんだよ!

 

「そんなものがあったら輸送作戦そのものを中止してるに決まってるじゃないか」

「いつ敵が現れるとも限りません。もしもに備えるのが軍事行動です」

 

そう告げる加賀の言葉に、その通りだとでも言いたげな白露と海風が力強く頷く。その二人を引き気味に見てるのは涼風。

 

「もういいですわ、それで、わざわざ出発前になんですの?」

 

「今作戦は秘密作戦。くれぐれも山風に勘づかれることなく、しかし片時も目を離すことなく行程3日を完遂せねばならん非常に難易度の高い作戦だ。が、ここに集まってくれた皆はそれをやり遂げることができる高練度艦、必ずや吉報を持ち帰ってくれると確信している」

 

イキナリ熱い口調で訓示を始める提督を見て涼風は思った。

「……ダメだ、この提督。早くなんとかしないと」

 

 

いよいよ作戦内容の通達だ。加賀が前に立ち、道中の警戒について説明する。

「今回の作戦行動中は制空のために私の制空隊を上げます。もちろん識別胴体帯と尾翼識別番号は塗り潰してありますので、近隣基地からの航空隊だということにします」

 

「そこまでやる? 3機編隊で上げるのかなー、まさか15機全部とか?」

「今回は念を入れて熟練の零戦二一型を21機積んできています」

 

近海を渡るのに過大すぎる航空機運用に鈴谷が呆れ顔で聞くも、顔色ひとつ変えない加賀がいつもの平坦な声で答えた。

 

「21機……、真珠湾にでも行くつもりなんですの?」

同じく過剰戦力について疑問を呈した熊野に動じることなく加賀が言う。

「もちろん志賀にも上がってもらいます」

 

 

「ちょい待ち、ウチらの索敵機を上げておくだけでも十分なんじゃ」

 

ふふ、戦術行動の申し子と呼ばれる鈴谷だが、それでは甘い。お前がこの間作ってくれたクッキーよりもなお甘い。

 

「敵艦を見つけてから艦戦を上げては間に合わんかもしれない、それならば道中最初から最後まで一貫して制空権を確保しておくほうが安心だろ?」

「いや、だろ? って言われても。泊地の目と鼻じゃん。敵なんて空母どころか水雷艇の一隻だっていないよ? 多分」

 

 

「最悪制空権を喪失、敵艦隊と砲撃戦に突入した場合は私が突撃して護衛艦隊を守護します」

「いやー、空母が艦隊戦はおかしいでしょ」

 

「私の装甲は長門型を凌ぎます。万に一つも失敗は有り得ません」

「加賀さん格納庫のために装甲割ってなかったっけ?」

 

「私の砲は前を向いて2門なので、突撃しながらの砲戦に向いています」

「一斉射したら甲板めくれちゃうんじゃ……」

 

熱い護衛計画について、加賀と鈴谷の白熱した議論が繰り返されるが、みんなが心を一つにして作戦に望んでくれている証だと、そう提督は思う。

 

 

「クソ、もう少し時間があれば、山風の随伴に金剛型を並べたものを」

「時間がないのが悔やまれます」

 

金剛以外の姉妹艦は、それぞれ別の艦隊で最前線を戦っているはずだ。呼び寄せるにはそれなりの時間と念密な根回し、そして納得のいく口実が必要になる。そのため、高速戦艦で周囲を固める作戦は残念ながら実現しなかったのだ。

これだけの戦力を集めたにもかかわらず、未だ足りないと悔やむそんな二人に時雨が静かに言った。

「輸送船の護衛に戦艦並べて、いったいなにを運ぶつもりだったんだい?」

 

 

しかし、彼らにその声は届かなかったようだ。

訓練は実戦のように、実戦は訓練のように。わかりますか? と加賀の声だけが室内には響いていた。

 

 

 

 

 

「さ、お前たちはそろそろ出航だ、頼むぞ」

「もう時間なのですの?」

「山風たち護衛艦が出るのは正午すぎだから3時間後だな」

ゲンナリとした表情の鈴谷、熊野と対照的に、今まで静かに事の成り行きを見守っていた白露、海風は互いの目を見て頷いたのだった。

 

 

出発際の桟橋で、一歩引いた涼風が小声で時雨に話しかける。

「時雨姉ぇ、放っておいて構わないのかい?」

「そうだね、ブルネイに行くのにこの調子だと、パラオに送り出すときには航空支援付きの連合艦隊を編成しかねないね」

 

問題にしか聞こえない話だが、それでも悩む風ではなく、時雨はさほど危機感を抱いていない様子だ。涼風がその疑問を顔に出すと、落ち着いた声のままで、時雨が付け足すようにこう言った。

 

 

 

 

 

「あとで霞に報告しておくから心配ないよ」




Dadmiralという言葉を生み出した山風だからね。仕方ないね。
山風は大戦前の作戦で加賀と行動を共にしているので、加賀にとっては昔から知ってる近所の子だ。

そして改長門型として生を受けた加賀は長門の妹でもある。


リンガ泊地の艦隊での問題はなんでも霞に丸投げシステム。
だから長波ゲットに燃えてたのだ。

そして長波は自分の時間を捻出するために、朝霜ゲットを企み奔走する。
これで霞が言う「長波がもう一人いたらいいのに」が実現するわけよ。


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第5章 南方海域
〜ここは無頼艦の庭〜


ただいま掲載用に本編のソロモン海編を準備中。

終わりの南方が見え……てきた?
きてない。


「うぉーい。どこの艦娘か知ンないけど、嫌な空気が流れてるから用がないなら離れたほうがいいぜー」

 

 

 

その出会いは突然だった。

新しい海域に出撃する許可を得た私の艦隊は、逼迫した財政難を打破するべく、新たな航路を開拓し資材を持ち帰る遠征任務の途中。

これから危険な海域を渡らなければいけないと、全員で心を決めたまさにそのとき、目の前に現れた一人の駆逐艦から声を掛けられたのだ。

 

その海域を一人きりで航行しているらしき艦娘は、控えめに言っても不審。

警戒を厳にして返答する。

「遠征任務の途中なんです。航路を離れるにも根拠が……あなたはここでなにを?」

 

「ただのお使いついでに哨戒してるだけだよ」

「一人でですか?」

「ここらへンは江風の庭みたいなもンだからさー」

駆逐艦だけでこの海域を突破しなくてはならない今回の遠征にビクビクしていた私たちの間にどよめきが起きる。

江風と名乗るこの艦娘は、軍艦の墓場と呼ばれるソロモン海を散歩のような気軽さで闊歩していたからだ。

 

「テッキ、テッキ」

「タイクウヨーイ」

「やっべぇ、ンなこと言ってる間に来ちゃったじゃンかさー爆撃機だ」

江風の目線の先を追うと、遠くの空に虫のような影が見えた。私の目では、この距離では爆撃機かどうかまで判断できない。

 

「機銃は持ってるかい?」

腰に手を当てた赤髪の少女が武装の確認をする。私は現実に迫った爆撃の恐怖を実感した。

「持っていません。あれって、もしかして」

先ほどより接近した虫のような影はその数を増やし、海面を滑るように低空を飛行している。

まさか、と思う。もしもそうなら最悪だ。

 

「あれはミッチェルさンかな? あの高さだと反跳爆撃狙ってるンだろなー、ここらの敵さんはまだアレやってンのか」

最悪の予想が当たったようだ。反跳爆撃。海軍に大損害をもたらした最悪の爆撃だ。

アレに狙われては、航空戦力のない駆逐艦などひとたまりもない。

自然と足が震える。しかし、やるしかない。大丈夫だ、回避訓練は十分にしている。

 

「しゃーない。江風の後ろに隠れてなよ」

戦闘に慣れていないことを察したのか、赤髪の少女は頭を掻きながら私たちを背にかばうようにして言った。

 

 

「しっかりついて来なよー」

 

浮き足立ちながらも回避運動の準備に入っていた私たちは、彼女から見ると酷く滑稽な表情をしていたと思う。

 

なぜなら、彼女は真っ直ぐ爆撃機の方を見て、私たちに『ついて来い』と言ったから。

「こういう時は迎え討つンだって姉貴が言ってた」

ポツリとそう呟くと、少女は機銃を片手に飛び出す。爆撃機はもう目前まで迫っており、抱えた爆弾まで目視できる。

 

 

「とりゃあー、時雨スペシャル!」

低空で接近する爆撃機に向かって機銃を撃ちながら突進する少女。その後を慌てて追いかける。

「うひょー怖ぇぇ! まるで爆撃機の順番待ちだ」

「え、援護します!」

ようやく我に返って主砲を撃ち始める。

私たちはまるで迷子のように、少女から離されないよう必死の単縦陣で追従した。

投下タイミングを失った爆撃機はそのまま空へと翻り、帰投してくれるようだった。

 

 

 

「いやーまいったまいった。1機撃墜がやっとだよ。みんな無事かい?」

絶望的な状況から無傷で生還し、領海付近まで移動する間は緊張しっ放しだったが、話しかけられたことでようやく肩から力が抜けた。

敵の編隊をやり過ごし、終わってみればこちらは損害なし、爆撃機一機撃墜の大戦果。先ほどまで怪しく見えた艦娘が、今はなにより頼もしい英雄にさえ思えた。

 

 

「す、凄いですね。反跳爆撃から抜けられるなんて」

「あれ、知らないのかい? うちの姉貴が考案した『時雨スペシャル』だよ。アンタらの司令官から聞いてないかい?」

興奮冷めやまぬ口調で讃えるも、まるでなんでもないことのように反応し、逆になぜ知らないのかと問われた。

 

「軍令部の戦術教本は結構頻繁に更新されてるから読ンどいたほうがいいぜ〜」

 

私たちは遠征要員として任に就くことが多いので、確かに普段戦術教本とは縁遠いが、その必要性を目の当たりにした今、泊地に帰ったら司令官にお願いして読ませてもらおうと思った。

多分、私たちの泊地では哨戒に就いている艦娘たちも目を通していないだろうから、この機会に全艦で周知するよう意見具申することも合わせて誓う。

 

もっとも彼女らは、当の江風自身が座学をサボりがちで、よく小言を貰っていることなど知る由もない。

 

 

「でも本当に凄いです。対空射撃がお得意なんですね」

すると、一瞬動きが止まり、それから堰を切ったように笑いだした。

「まっさかー、苦手もいいとこだよ。ウチの艦隊で下から数えたほうが早いもん」

反跳爆撃を無傷で躱しておいて苦手だと言われても素直に納得できない話だ。

なにせ、あの悪名高い爆撃法は、海軍に絶大な被害をもたらしたものなのだから。

 

「姉貴たちがすげぇ上手でさー。江風なンて妹と二人でドンケツ争いだぜ」

「姉って、対処法を考えたっていう、時雨さん? ですか?」

「そうさー、まあ時雨の姉貴が上手いってのは今更すぎてどうでもいいけど」

 

そして一拍置いてからこう続けた。

 

「ホントにヤバいのは、低空飛行の爆撃機相手に機銃構えて突撃しようって考えることだよな。回避するよりよっぽど確実って、それ考え方おかしいだろ」

そう言って、今まさにそれを敢行した江風と自称する艦娘は笑う。

 

 

「ってなわけで、機銃も持っといたほうがいいよ?」

「でも海軍内での評判はあまり良くないような」

25mm機銃は特別希少な装備品ということもなく、どこの艦隊でも余っている程度のものだが、私の知る限りでは積極的に装備している艦娘はいない。曰く、性能が微妙だからと。

 

「らしいね、知らないけど。でも時雨姉ぇは25mm機銃があれば爆撃機なンて怖くないってドヤ顔で言ってたから」

姉貴が『使える』って言うんだから使える装備なんじゃないの? と、個人ではなにも考えてなさそうなことを言う。

 

 

そして地団駄を踏むようにして、それはいいんだよ。と彼女は続けた。

「なにがおかしいって、江風と同じで一見突撃バカなほうの姉貴が対空射撃演習でちゃっかり高得点なとこだよ! 村雨姉ぇが得意なのはわかるけど、アレは納得いかないンだよなー」

 

俄かには信じ難い。姉妹の中で最下位争いをしていて、姉たちがこぞって彼女と比べ物にならないほど優秀というのは。

 

 

 

「なんなら1回見に来くるといいよ。ウチの泊地は艦娘の講習とか受け入れてるし、連絡くれたらすぐだと思うよ。直接言ってくれてもいいし、江風の名前だしたら提督か時雨姉ぇに繋いでもらえるだろうからさ」

 

「提督に直接繋がるんですか?」

驚いた。艦娘からの連絡が直接基地司令官に繋がるなんて話はどこの軍隊でも聞いたことがない。

「うちの提督は江風に甘いンだよ。ン? 時雨姉ぇに甘いのかな?」

 

 

 

「訓練なら姉貴たちに教えてもらえるよう頼んでみるからさ。見てて気持ち悪いけどね。海風姉ぇなんかは訓練大好きだから喜んでやってくれるだろうし」

 

姉の話をする江風は終始ニコニコ顔で、姉たちが大好きなのであろうことが容易に想像できる。彼女は真っ直ぐ育ったかわいい艦娘だ。きっと、その姉たちが大事に育て上げた自慢の妹でもあるのだろう。

 

 

「でも江風さんに教えてもらいたいです」

「うは、さん付けとかやめてよ、そンな呼ばれ方したことないから寒気するぜー。江風でいいよ」

 

 

「江風が教えるなら艦隊戦だな! こればっかりはちょっと自信あるぜ!」

そう言って胸を叩く江風だが、すぐに頬を掻きながらこうも言う。

 

「とは言っても、やっぱり姉貴たちの方が上手いンだけどさ」

 

 

苦手だと言う対空射撃で爆撃機を落とすのだ、自信のある砲雷戦はどのような練度なのか。そしてそのどちらをも上回るというお姉さんたち……いったいどんな人たちなのだろう。

 

時雨、時雨?

「もしかして、『佐世保の時雨』さんですか?」

「お、よく知ってンね」

間違いない。帝国海軍の二大駆逐艦『佐世保の時雨』、『南方の女神』。

数々の海戦を生き延び、あの佐世保鎮守府壊滅からも生還した海軍の英雄だ。

と、言うことは。

「江風さんは白露型の」

「そうさー、白露型9番艦の江風だよ」

 

この軍艦の墓場を『庭』だと言う彼女は、海軍で有名な武闘派姉妹の一つ白露型。奇跡の駆逐艦と呼ばれる姉妹のほかに、水雷戦隊の旗艦経験者や鬼畜艦とあだ名される大型艦喰いのとんでも艦が揃う駆逐艦姉妹の一隻。

 

 

後に知ることになるが、白露型の江風と言えば餓島の悪名で知られるガダルカナルへの突入回数トップの殊勲艦。

それこそブラリと立ち寄ったソロモンで白昼堂々敵艦の停泊する湾内に突入し、しれっと帰りがけの駄賃に撃沈報告を上げてくるような無頼の艦娘だった。

 

 

「でもすぐには無理かもしれないですね」

「ン? なンかあるの?」

 

「教えてもらうにしても、私たちの練度ではまだ早いんじゃないかと。艦隊行動も覚束ないくらいですし」

「艦隊行動かー。江風も毎日嫌ってほどさせられてるね。下手すりゃお花摘みも海上でってなほど……」

思い出したのか、げっそりとした顔で言う江風。

「ただコツを教えてもらってから形にはなったかなー」

「コツですか?」

 

「そそ、戦隊旗艦とか駆逐司令艦のパンツを追いかけろって」

「パ、下着を、ですか?」

「陸戦教官やってるちゃらい姉ちゃんがいるンだけどさー。江風に教えてくれたンだよ。見るのは阿武隈さんか海風姉、村雨姉のパンツだって」

 

言いながら、あれ? なんで江風は陸戦教官の鈴谷さんに艦隊行動を教えてもらってるンだろうなぁと独りごちる。

 

 

「それで、上達したんですか?」

「そりゃあもう、この間大きな作戦に参加したンだけど、海風姉のラベンダーと村雨姉のヒラヒラが沢山ついたピンクしか覚えてないくらいだよ。無我夢中だったけど、ほら。ちゃンと生き残ったぜ!」

 

自信満々にそう言って胸を張る江風。

ちょっと信じられないことだが、さて。

 

 

「村雨の姉貴も、女の子は常にキレイな下着を身に着けておきなさいとか言ってたし、そういうもンじゃないのかなー」

 

それは意味が違うんじゃ……。

そう思ったが、下着には気を付けようと思った。

 




村雨の姉貴と海風姉の後ろについて航海したい。
そして江風はこの後、一人で出歩いてたことを姉たちから叱られるに違いない。

25mm機銃があれば……と言って対空戦無敗と言える実績を時雨が残してるのはホント。
ついでに対空演習で夕立が高得点を叩き出したのも史実。
史実の夕立は知的&特攻スタイルでソロモンにてブイブイ言わせてた高練度艦だったので、ソロモン無双したあの夜戦前から有名でした。


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軍艦の墓場に咲く

ボチボチと進めていくはずの本編。
この話、後半が未完なので進みはボチボチになるはず。

すまない!
また間に挟むことになるぅ。



ここはラバウル。

今回はブインの南、軍艦の墓場ソロモンでの作戦を合同で行うのだ。

 

リンガから直での作戦参加はさすがに現実的ではなかったので、前泊。どころの期間ではないが、作戦開始までラバウルにて寝床を貸してもらっている。

寄港させてもらうならラバウルじゃなくとも、ブナだろうがブインだろうがいいだろうって?

 

 

理由は2つ。

ブインの基地司令官は胡散臭い。呉派閥ってだけでも警戒するには十分な理由になるほど、俺は呉が嫌いだ。

そんなやつのホームで休息などできるか。

ブインは呉から転属になった伊勢と朝潮が所属する基地でもある。

なんとか返してもらえないかなぁ。なんて悪巧みをするにも、当人のお膝元ですることじゃあないだろう。

それに、ブインには嫌な噂もある……。

 

対してラバウルの基地司令官である加藤と言う男はなかなかどうして、ムカつくこともあるが、まともな奴でもあった。対比としては3:7くらい、まあ許容範囲だ。

強行偵察をやらかしたときに、危うく綾波から海に蹴落とされそうになってた男でもある。アレからも連絡を取り合っていて、今回の作戦に俺を呼び出した張本人だったりもする。

基本的に堅物で嫌な奴なのだが、艦娘への対応は好感が持てる。熱い海軍魂ってやつを持っているんだろう。

民と国土を護る。そのために必要な艦娘の扱いに苦心するのは当然。そんな鬱陶しい熱さを持つ男だ。堅物め。

どのくらい嫌な奴かと言えば、横須賀のじじいぐらいだ。と説明すれば大体分かるだろう。

 

 

 

 

 

そんなラバウルで、なぜかブインの基地司令官とテーブルを挟んで茶を飲んでいる提督。

 

膝の上には霞を乗せている。あまりに場の空気にそぐわない立ち振る舞いだが、咎められはしなかった。

 

 

「そちらの女性も艦娘かな? 仲が良いようで羨ましいですな」

対面に座る老年の将校が言った。

柔和な笑顔を浮かべた品のある男だ。顔だけみたら提督のがよほど凶悪犯に見えるだろう。

 

霞の髪を撫で、戯けたように言う提督。

「一人にさせると拗ねるんですよ」

「もう、寂しがり屋は司令官のほうでしょ」

そう言って霞は司令官を叩くふりをする。

 

そこでは、二人を知っている者が見たら、白々しいほどの茶番が繰り広げられていた。

 

 

 

「それで、南方はどうかね?」

「良い海ですね、泳いだらさぞ気持ち良さそうだ」

 

微妙な沈黙が流れる。

きっと天使が大量に横切っている最中なんだろう。

 

ばーかーめぇぇ。

なんの準備もなくお前と腹の探り合いなどするか。自慢じゃないが、こちとら腹芸に一家言を持つ男だ。

幼少時の体験から、物心つく頃には大人の顔色を伺い最適解を選択するというユニークスキルを習得している。一挙手一投足から考えを読み取るノンバーバルコミュニケーションまで学ぶことなく生活の中で身に付けた俺の半生を笑うがいい!

 

いや、当人としては笑えなかったんだけどね。

その後の環境に恵まれまくったおかげで、今なら笑い話にもできるくらいになったけど。

 

 

その後も微妙なやり取りをブチかまし、ブインの司令官は終始笑顔を絶やさないまま席を立っていった。

迎えに来ていた若い男が熱い眼差しで俺を見ていた気がするが、気のせいだよな。俺にそっちの気はないよ?

 

 

 

「こんなので効果あるのかしら?」

一芝居に付き合ってくれていた霞が呆れ顔で言った。

 

「バカに思われてたほうが相手も気が緩むだろ」

「……殴られなくて良かったわね」

 

管理下に置いて制御できると相手が考えてくれると口も軽くなる。相手を探るなら警戒されるのはあまり上手くない方法だ。

特に作り笑いがうまい奴は信用できないしな。もちろんブインの司令官のことだ。

笑顔は口から目の順番に作られる。そして口角が目の方に上がる。作り笑いの場合は口と目が同時に動き、口角が耳の方に動くので見ていたら分かる。

 

しかし分かったのはそれだけ。行動を抑制する訓練でもしているのか、驚くほど体がなにも伝えてこなかった。

『目は口ほどに物を言う』と古き良き日本語にあるが、アレは正しい。

実際に口から出る感情などいいとこ2割だ。残りの8割は顔と手足に出る。

俺を警戒しているなら、腕を組むなり頬や肘、膝を触るなりなんらかのアクションがあってもよさそうなものだが、それらがなかったというのが俺を警戒している確かな証拠だろう。

 

しばらくバカでいよう。幸いなことに得意分野だ。

 

 

「気になることが?」

「噂の真相ってやつさ」

 

難しい顔でもしてたのだろうか、霞がそう問いかけてきたので、気になることを端的に告げ二人羽織のようにして冷めたフライドポテトを霞の口に咥えさせた。

 

 

さて、どうしたものか。なんて考えていたら、ブインの基地司令官が席を立った後に通りかかったラバウルの基地司令官に怒鳴り込まれた。

 

「なにをやっておるかっ!」

 

げっ。そんな顔しか出てこない。

なんて日だ!

 

 

「貴様! 幼い駆逐艦に良からぬことをさせているのではないだろうな!」

「誤解だ! 誤解!」

 

ふふふ、まだ乗ってるんだよね、霞さん。

決っしてやましいことをしてたわけでも、イチャついていたわけでもない。

いや、もしかするとちょっとはイチャついてるように見えたかもしれないが。

 

言い訳をさせてもらうと、霞の細っこい腰に腕を回しているのは彼女が落ちないようにだ。

……やっぱりちょっとはやましい気持ちがあると言えるかもしれない。

 

 

大急ぎで霞に席を譲り、自分は隣のテーブルからイスを引っ張ってきて腰を下ろす。

はい、どーぞ。そんな風にラバウルの男に対面の席を促す。

 

 

 

「ブインの司令官と話してみたんですが、普通にいい男ですね」

お水がわりに心にもないことを言ってみる。大人の社会で繰り広げられる特に意味のない時節の挨拶みたいなものだ。

 

「さてな」

 

おっと、挨拶に乗ってこないなんて、思ったよりも話を急かすね。

どうやらこの男には少しばかり信用してもらえているらしい。

ならばこちらも胸襟を開けて臨もう。艦娘のことに限っては、俺もこの男のことはじじい程度には信用していいと思っている。

つまりゲージ1メモリくらいだぞ?

 

 

「本当のところ、どうなんです?」

「あまり良い印象ではない。作戦の度にもう何人もの艦娘を沈めておる」

 

作戦時に被害が出ているのはすでに知っている。公の情報だからな。

知りたいのは戦報に書かれない本当のことだ。

 

 

「それをアナタが放っておくとは思えませんが」

「作戦時の被害までは問えんよ」

「つまり証拠がない。っと」

「滅多なことを口にするな。他のところでは言うなよ」

 

おっと、念を押された。

これで確かめたかったことが2つ分かったわけだ。

 

この男と俺は同じ側。

悪巧みをする共犯ってのは、ある意味では信用に値する。それと同種なのかは分からないが、やはり俺は信用されている。

そして話には本音が乗るものだ。この男は『沈めている』と言った。沈んでいるではなく、だ。

こいつの中で、あの男の心象は真っ黒。俺と同意見なわけよ。

 

分かったことのもう1つ。

先ほどの話でさらに補強されたが、やっぱりブインはなにかをやっている。事前に調べた作戦の概要と被害を読む限りでは囮艦などだろう。

作戦によっては被害担任艦が出るのも、その役割を作るのにも理解はするが、そのまま犠牲として沈めることには同意できない。

彼女らは装備ではなく艦娘なのだ。

 

まるで旧軍みたいじゃないか。

旧海軍には特攻兵器なるものがいくつかあった。それはパスタの国なんかにもあるものだが、大きく違う点が一つ。

生還を前提としているかどうかだ。

 

生還を前提としない作戦は許容できない。

感情の話でもあるが、1番の理由は人的資源。彼女らは有限なのだ。

それを使い潰した後にどのような世界があるのか、そんな程度のことが分からない人物には海にいてほしくない。

 

 

 

 

一言で済ませると、邪魔だ。

 




超てきとーな艦隊序列(時期てきとー)

海上戦  陸上戦  格闘戦  指揮適性
阿武隈  鈴谷   綾波   霞
鈴谷   阿武隈  夕立   金剛
金剛   響    霞    阿武隈
白露   電    鈴谷   長波
響    雷    白露   村雨


敵旗艦撃破率トップは時雨。
普段なにもしないだけで、暁は響より強いんだってばっちゃが言ってた。


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軍艦の墓場に咲く2

長くなりそうだぜー。



静かに提督たちの会話を聞きながら、霞は考えを巡らせていた。

やはり囮艦なのか。攻撃を一人に集中させて、その隙になんてのを考えてるのかしら。

戦術としては有効かもしれないが、戦略として考えるならそれはうまくないと、提督と同じ考えにいきつく。

 

過去の大戦時に在った軍艦の数は有限だ。

そして、現世に顕現する艦娘の数も。

 

次に行われるソロモンでの海戦ではそれを防ぎたい。その対症療法とも言うべき対応だけでなく、今後の犠牲もだ。

ならば、やるべきことは2つ。

海戦でウチの艦隊がどう動きそれを防ぐのか。そして、あの男が意図的にそうしているという確たる証拠を掴むこと。

 

提督がそうであるように、霞もまたクリアしなければならないことを1つ2つと数える癖を持つ。

『困難は分割せよ』との彼からの教えだった。

 

 

 

その間にも提督はラバウルの基地司令官と話を進めていく。

 

「貴様の隊は遊撃に回されるだろう」

「挺身隊ってやつでしょ。いいですよ、気を遣ってもらわなくても」

 

いっそ孤軍で遊撃に回してもらえるほうが自由も利くだろうと思う。

本隊などに組み込まれるのはゴメンだし、他の艦隊と共同ってのも性に合わない。

命を賭けるのだ。一緒に戦う者くらい選びたい。

 

提督はそう思っているが、口にしたラバウルの男は渋い顔をしている。

できる限りのことを、そう考えたのか、男はこんなことを付け足した。

 

「重巡鈴谷を借りられるよう手配した、なんとか上手くやれ」

 

鈴谷ねぇ。大型艦が少ないウチにとっては朗報なんだろうが、どんなもんだろ。

この男が手配してくれたのだから、とりあえず内患の心配はないと思うが……。横目で霞を見る。

 

「鈴谷さんね、彼女は強いわよ。前の大戦のときも砲撃にカナリの自信を持ってたし、あの火力は戦力になる。操船も凄くて回避もお手のもの、大歓迎だわ」

 

おお、霞が褒める褒める。そんなにか、鈴谷。期待できそうだな。

 

 

 

「それでなくとも危険の多い先鋒だ。……気を付けろ」

それ、行間に「背後にも」ってありました?

嫌だなぁ、人間って奴は。

大人しく深海棲艦だけを相手に戦争しようぜ。

 

軍の人間相手に散々戦争してきた俺が言うのもなんだけどさ。

 

 

 

 

 

 

それから数日。

作戦に備え、ラバウルでは艦娘のみなさんが演習や訓練に明け暮れ、俺たち軍人は兵站の手配などに忙殺されていた。

 

そこら辺は必要なことなので別にいいのだ。

演習で疲れるのは俺じゃないし、続々と運び込まれる資源や資材で目を回すのは主に妖精さんたちと、こんなときのためにと連れてきた山崎だから。

 

 

気になるのはちょくちょくと予定の変更をせざるを得ないトラブルの類。

計画と違う装備や数字の違う資源、届かない資材など、一つひとつは些細なことだが、これだけ続けばヒューマンエラーではないだろう。

 

足を引っ張りたい奴らがいるのか、派閥間のイザコザなのか。

こんな状況下での作戦ともなると頭が痛い。

ソロモンを完全に手中に収めるため、作戦は成功させなくてはならない。

そのために事前の準備に手は抜けない。もちろん作戦自体も検討しなくてはならず、その合間に俺はブインの司令官についても調べて対策する必要がある。

さらに俺たちが本格的に拠点を南方に移すことの足掛かりも築きたい。

 

 

やることは山積みだ。

俺一人なら手が足りないところだが、大切なのは分担分割。適材適所って言葉はこんなときに使わないとね。

時雨や霞、阿武隈たちが俺と同じかそれ以上に苦労してくれているので、まぁなんとかなっている。

おかげでここ数日はみんな死んだように眠ることができているし……。

 

 

そして本日は、南方をうろちょろと転戦しながら移動していた鈴谷がラバウルに到着することになっている。

合流直後に申し訳ないが、早速ラバウルに集まる作戦参加艦娘たちとの演習が予定に組まれているので、その見学をしに行くところだ。

 

鈴谷はどんな娘なのか、かわいくて強くてかわいくて話の分かるかわいい娘だといいなぁなんて考えながら歩いていると突然後ろから声を掛けられた。

 

 

「やっと会えた!」

あらー。どこから走って来たんだろう。ちょっと息が上がってる。

太陽なのか向日葵なのか、そんな少女。

 

一瞬、俺の幼馴染みだったかな? と勘違いしそうになるが、俺にそういった類の知り合いはいないので普通に初対面だな。

というより、俺には幼い頃の記憶ってもんがない。昔どこに住んでいたのかも知らないので幼少期から見知っている同年代の人がいないんだよなぁ。

 

「陽炎型のネームシップ、陽炎よ。アナタが霞の司令官でしょ? 会ってみたいと思ってたのよ!」

 

その子は胸に手を当て、優雅な自己紹介をしたと思ったら、すぐに前のめりになって俺に会いたかったと言う。

身振りが大きくて言もハッキリ。自分に自信があり、人の中心になるのも当然。それが当たり前の生活なのだと全身でアピールしてくる。

やっぱり太陽みたいな子だ。

 

 

「あの子を救ってくれてアリガトって、そうね、言いたかったのよ」

「あぁ、あの子ね。雨降ってんのに軒下で震えてたから保護した子。とりあえず予防接種させてノミを取って、今は元気に走り回ってるよ。座乗艦まで着いてきたから実はこの基地まで連れてきている。良かったら挨拶していく?」

 

 

「誰よその子」

「俺が聞きたいわ」

 




で、でたーーキングオブ長女!

実はリンガでは猫を飼っている。


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軍艦の墓場に咲く3

超短い前回の続き。
本編はなかなか進まない。

お、今日で初投稿からちょうど1ヶ月だ!



「誰よその子」

「俺が聞きたいわ」

 

 

唐突に始まった会話に唐変木な返答をしてみたが、案外と面白い結果になって満足だ。

 

 

「陽炎さんね、霞から聞いてるよ。なに、礼を言われるようなことじゃない。俺の都合だし、むしろ救われたのは俺のほうでもある」

 

改めて会話のやり直し。

陽炎と名乗った彼女のことは霞から聞いている。完全に呉所属の艦娘だが、霞の元駆逐隊の一人。

ちゃんと対応しないと後で霞に殴られかねない。

 

 

「それでもよ。私としてはお礼の一つもできてないことがずっと気になってたの。いやぁ作戦前に気掛かりが減って良かったわー」

 

朗らかな笑顔でそう話す陽炎。

元チームメイトと言っても、ちょっと大げさに過ぎるような。

 

「そこまでのことか?」

「あはは、だって私の妹みたいなもんだし。とにかくアリガト。あんなにイキイキしてる霞を見るのは久しぶりよ。佐世保から帰ってきてからの霞はイライラしっぱなしだったし、気付けば止める暇もなく北方に行かされちゃったし」

 

止まらない止まらない。怒涛のようにしゃべる彼女だが、待て待て。おかしなことを言っている。

あれぇ、どちらかと言えば霞のほうが姉なのでは?

陽炎って甲型駆逐艦だよな。なんて疑問に思って彼女に訊ねると、さらに満開の笑顔でこう言ってみせた。

 

「細かいことはいいのよー。みんなかわいい私の妹ってことで」

 

 

おお、さすが霞の元僚艦だ。

この個性は凄いな。いっそ振り切っててカッコいいまであるぞ。

北方で初霜と出会ったときにも、霞のパートナーとしてバッチリだと思ったものだが、違うベクトルで陽炎もピッタリだと思う。

同じ隊に彼女がいれば、霞もやりやすかったに違いない。

 

「おっと、いけない。演習に遅れるわ」

「うん? 陽炎も演習に参加予定か?」

「そうなのよ。こっちのお偉がたがね、実力を見せてみろだって。きっと私たちばっかり戦果を挙げるから煙たいんでしょうね」

 

なんてことを白い歯を見せながら言う。

爽やかで面白い子だ。

 

「陽炎はどこに所属してるんだ? 確か呉だったよな?」

「今はトラック泊地でお世話になってるのよ。腰掛けだけどね。居心地良くて困っちゃうわー」

 

ああ、トラックね。

なんか凄いらしいところ。英雄の艦隊だって? ちょっとかっこ良すぎやしませんか?

少数精鋭で正統派の海戦をする水雷戦隊らしい。艦娘を大事にしすぎるなんて論評もあるが、攻勢中でも大破があれば仕切り直すその姿勢は大いに共感できる。

俺が横須賀閥の尖兵なら、彼らは呉の尖兵と言えるので、そこだけちょっと引っ掛かるけど。

 

「俺もちょうど見に行くところだし、そこまでご一緒にどうかな?」

「あら、そうなの? じゃあエスコートしてもらおうかしら」

 

 




ストック切れてきたので毎日投稿はそろそろ限界かも〜。
戦闘は苦手かも〜。


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軍艦の墓場に咲く4

どうでもいい裏設定。
横須賀海軍中将の深山のじじい。

自然保護が訴えられる昨今の情勢とは裏腹に、実は歴史上かつてないほど森林資源が豊かになりすぎた日本の新しい問題を内包して深山さん。
深山と街が近くていいことなんてあんまりない。

だからと言って、山を削ってソーラーパネル並べるのはやっぱ違うけどね。

そんな艦これとは全く関係ない話!でもうすぐ30万文字数。




日毎に有事の基地になっていくその中、歩幅の大きないつもの歩き方で神経質そうな足音を響かせる霞。

 

事前に聞いていたとおり、作戦時は前衛の一端を担うことになった。

司令官じゃないが、遊撃に回されたのはワタシたちにとってはありがたいことだと思う。

自分の手の届かないところで戦局を定められるのは性に合わないし、ワタシたちはここで確かな戦果を挙げ、リンガ艦隊ここに在りとの存在感を示しておきたい。

 

同じように遊撃を任されることになった隊がトラックだったことも、良い塩梅だ。

あそこには、ワタシのいた隊と凌ぎを削った十六駆、それに十八駆で共に戦った陽炎と不知火がいてくれる。

 

 

問題はブインの艦隊だけだ。

心象としては限りなく黒に近いグレー。このまま戦端が開かれると艦娘の轟沈が出るのは避けられないように思う。

 

戦場で、ワタシがその兆候に気が付くことができるだろうか。

気付くことさえできれば、取れる手はあるはずだ。ワタシたちが動いた穴埋めは、きっと陽炎や不知火がやってくれる。

なにも分からないままでも、彼女たちはやってくれる。

そう手放しで信用できるくらいには、彼女たちと共に過ごしてきたのだ。

 

 

 

「お一人ですかな?」

 

自然、眉間に寄っていた皺をほぐして振り向くと、ブインの基地司令官が立っていた。

 

「艦隊での生活はどうです? 足りない物資や不満などがあれば私のほうから彼にそれとなく伝えることもできるが」

 

「いえ、毎日充実していますよ」

笑顔で返答する。笑顔の人間は警戒されにくい、提督に教わったことだ。

同じことをこの男もしているようなので、その効果のほどは残念ながら保留としておこう。

ワタシは彼を警戒しているのだから。

 

 

件の男からはなにも目新しい情報を得ることができないまま、軽いおしゃべりだけで別れた。

端的に言うと歯痒い。あの男は今まさに、ここラバウルで良からぬことを考えているのかもしれないのに。

 

無益なことを考えていても仕方がない。

切り替えられた頭で思うのは、作戦開始前に自分がやっておかねばならない建設的なことだ。

 

陽炎たちに会いに行こう。

彼女の隊がどの立場なのかは分からないが、同調してくれるなら共闘もしてくれるだろうし、相反していてもワタシから聞いた懸念を誰かに漏らしたりはしないだろうと思ったから。

海戦が始まって以降は分からないが、盤外戦で意思の疎通がとられるなら、それはやっておくべき案件だろう。

 

 

陽炎たちに会いに行くのに、金剛にも着いてきてもらおうと考え、一度自分たちに割り振られた仮住まいの方に向かう。

 

建物に入るとすぐに金剛の声が聞こえる。

近づいてみると、懐かしい誰かと話し込んでいるようだった。

そのうちの一人が霞に気が付き、声を掛ける。

 

 

 

「お久しぶりです。霞も息災のようでなによりですね」

 

 

あぁ、またアンタたちと戦えるなんてね。

海戦での戦力に不安はなくなった。

 

やっぱり、後はワタシがやってみせるだけだ。

 




次回予告(嘘)

「時雨……あの時、最後までお前に着いて行ってやれていたらと、今でも心残りだ」

「昔のことさ、僕は……もう休みたいと、思ってしまっていたのかもしれないね」

「……しかし今度はそうはさせないぞ。また、共に戦うのだからな」




大天使時雨さん。
史実では小悪魔ちっく。

あるとき、初っ端のコールは時雨から。
「ワレ 時雨 ナニカ」


??「我の後に続け!」
時雨建前「舵が故障中だから無理だね(棒読み)」

交信終わり


後に語る時雨建前「艦隊が着いてきてることに気付かなかったなー。状況なんて伝えなくても、慧眼をお持ちのアナタならお見通しだろうなー」


時雨とどめの一撃「君の指示に従ういわれがない(知るかってんだよ)」


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〜邂逅の夜〜5

〜追憶、あの日〜2の次あたり。
第1話から続く最初の佐世保話続きです。


いよいよお気に入りが100件いきそう。
嬉しい気持ちと不安な気持ちが半々。

あんまり心配なので、海風たちがリンガに編入されたエピソードを投稿したあと、少しだけ「少女のつくり方」が向かう先の話を掲載する予定。

反応が恐ろしす。



「狙うは敵の主力艦隊だ。今でさえバラバラに攻め入ってきてる。旗艦をなんとかできたら瓦解してくれるかもしれない」

 

「無理よ、こちらの戦力は戦艦1に駆逐艦が3。それでなくても狭い港内よ? 本隊にたどり着くまでに何度戦闘があるか、とても突破できないわ」

 

 

深海棲艦の侵略具合を見る限り、しっかりとした作戦の元に、という感じはしない。

頭を潰せばそれだけで散ってくれるかもという期待だ。

それに対して、霞が理路整然と不可能であることを説明してきた。

 

確かに港の中で艦隊戦なんて無理難題だ。

敵味方入り混じっての大渋滞。俺以外の誰かがやるなら笑ってやるが、俺はやりたくない。

だから、もちろんそんなことを考えていたわけじゃあないのだ。

 

 

「歩いていけばいいだろ? 港は繋がってる。別に海の上じゃなきゃ航行できない船じゃないんだ」

港内の海上を移動できないなら陸路を行けばいい。当たり前のことだが、港は陸からでも繋がっているのだから。

 

「やっぱり、アンタちょっとおかしいわね」

 

 

 

「でもその作戦は無理ね。ゾロゾロと集団で歩いて、その後一斉に海に出るんでしょ? 囲まれるわ。誰かが引きつけないと」

「囮ってことか?」

 

あんまり良い響きではないが、ここは大海ではなく閉じた海。全員で無謀に挑むより生還率を上げられるのは自明だよな。

 

「それなら私がするわ」

考え込んでいたら、さっと伊勢が前に出た。

 

「貴女たちには装甲なんてないんだし、1発でも致命傷よ」

「ダメ、誰かを犠牲にする前提の作戦なんて」

反射的に霞が言った。

いろいろ思い出すのだろう。眉を寄せた霞は儚げで、迷子の女の子のようだ。

 

「それは僕がやるよ」

 

いつもと変わらぬ、それでいて芯の通った声で時雨が言う。

 

 

「僕のほうが伊勢さんより小回りが効くし、僕はみんなと違って被弾0だからね。それに、ここは僕の庭だよ? 目をつぶっていても航行できる」

そう言って、時雨は汚れ一つない自身の体をアピールしてみせる。

 

 

「死ぬ気じゃないんでしょうね」

「もちろん。生き汚くても、今日を乗り切ってやるつもりだよ」

 

「任せても?」

「うん。任せてほしい」

 

 

霞たちは佐世保川から水上に立ち、そのまま敵本隊へと攻撃を仕掛けると言う。

「なら僕は時間を見計らって立神係船池のほうから海に出るよ」

 

反対に、時雨はドック側から海に出て、霞たちを敵の目から逸らす囮の役目を行う。

 

「ここから川までは?」

「1kmくらいかな」

「なら、時雨は20分後に陽動を開始して」

 

その時間設定に不安を覚える。

艤装を付けて、敵の砲撃が続く基地を踏破して反対側まで陸路を移動するのだ。

時間をかけ過ぎると時雨の危険度が増すが、それでも、時間になっても霞たちが攻撃を開始しない、なんて状況よりは幾分かマシに思える。

 

「大丈夫か? 海側を避けて行くんだろ」

「なんとかするわよ」

 

 

 

「伊勢、霞のフォローを頼む。今は僚艦が沈んだことで頭に血が上っているかもしれないが、それでも彼女の戦術眼は大したもんだ」

「そのようね」

防衛の要所を見抜き、僅かな寡兵でそこを守り抜いた彼女の判断と実力は確かなものだ。

「海上での指揮を本当に貴方は執らないの?」

「無線のやり取りだけで、無責任な指示は出せないよ。司令官ってやつらはよくそんなことをやっていられるな」

軍部批判になるからだろう、伊勢は困った顔で笑顔を作っただけだった。彼女は陰口など言わないのだ。

 

 

「今の軍の常識じゃあ駆逐艦に指揮を任せるなんて有り得ないことだし、戦艦の君が駆逐艦に従うことに思うこともあるが……」

「いいわよ、これでも頭は柔らかいほうなの。霞も知らない仲じゃないわ。提督の命令が『駆逐艦に従え』っていうだけでしょ」

 

「君まで提督だなんて呼んでくれるなよ」

「ふふ、私なりの親愛の証よ」

 




史実の後半。伊勢はずっと霞のお守りしてたのだ。

伊勢さん。
海軍が鬼被害出す中で日向と揃って空襲全回避。
さらに戦場ど真ん中で機関止めて救助活動。
全滅必至の末期輸送作戦を全艦無傷で成し遂げさせ、潜水艦の発射した魚雷を高角砲の水平射で防ぐなど変態エピソード満載の素敵艦。




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〜二四駆の初期訓練〜(前)

海風型の下4姉妹。その初期訓練は前中後の3話で投稿。

よく出てくる駆逐隊復習。
1桁台は横須賀、10番台は呉、20番台は佐世保に所属してる。


第6駆逐隊  暁、響、雷、電
第24駆逐隊 海風、山風、江風、涼風

第16駆逐隊 初風、雪風、天津風、時津風
第17駆逐隊 浦風、磯風、浜風、谷風
第18駆逐隊 霞、霰、陽炎、不知火



「もう無理だぁ、なンだって艦娘が陸の上を這いずり回って泥だらけになる必要があるンだよもー」

「腐るんじゃないぜ、姉貴たちもやったんだろ? だったらあたいらもやってやるってんだチクショー」

「二人とも、……うるさい」

「とにかく、今は少しでも体を休めて備えましょう」

 

 

木々の間で泥だらけとなり、肩で息をしながら這々の体でいるのは、この度新たにリンガ艦隊に編入された海風、山風、江風、涼風からなる二四駆逐隊だ。

彼女らはただいまリンガ周辺にある島を活用した初期訓練の真っ最中。初めての本格的な陸戦教程を前にして疲労困憊。

 

そこへ足音もなく近づき声をかけてきたのは、何者にも染まることのない銀糸の髪を持った少女。

 

「なんだい、まだまだ余力がありそうだね」

「げっ」

新兵の教導担当として一緒に行動を共にしている第六駆逐隊、その司令駆逐艦を務める響の突然の出現につい下品な声が出てしまったが、気にしていないのか変わらぬ温度で響が言う。

「あんまり騒ぐと撃ち込まれるよ」

 

 

小火器や必要最低限の糧食など装備を抱えて、絶海の孤島の山間部や湿原を72時間駆け巡る、地獄と評されるリンガの初期訓練。それだけでも脱落者を出す難易度の高い教練だが、リンガで地獄と呼ばれるには足らない。この訓練では、隙を見せればすぐさまアグレッサー役の艦娘が日夜を問わず襲撃してくるのだ。

 

 

「それも納得いかないンですよ! どうせ相手役って普段はどこかでぬくぬく休んでて、定期的に襲ってくるだけなンでしょ? こっちは休む暇も場所もなく地面這いずってンのに」

 

「なにを言っているんだい? 相手がどこかでぬくぬく休んでるなら、こちらから積極的に襲撃して壊滅させるに決まってるじゃないか。そうしたら、私たちも折角の海上護衛の隙間の期間にこんなところで泥を食べてないですむ」

 

不満を漏らす江風に、物騒な表現で相手も同じ条件だと伝える響。

理解するのを頭が拒む、なんだって? 隙を見せるならアグレッサー部隊を逆に襲撃するつもりなのか? ちょっとなにを言っているのかわからない。

 

 

「相手も私たちと同じ条件ってことですか?」

美しい淡藤色の髪や、その陶磁のようにきめ細かい肌に泥をまとった海風が響の真意を正しく読み取り確認をする。さすがに海風型としては長女になるだけあってしっかりしているようだ。

 

「да。アグレッサー部隊も訓練を兼ねているからね、期間内は私たちと同じように島内をウロついているよ。さすがに君たちみたいに泥まみれにはなっていないと思うけどね」

 

「よっしゃ! おんなじ条件なら目はあるね、一泡吹かせちまおう」

自らを奮い立たせるように言い放った涼風だが、それをバッサリと響が切り捨てる。

「それは無理かな、二四駆の全滅まで何時間保つのかってところだよ。ちなみに私は長めに賭けているから頑張ってほしいと思っているよ」

 

 

二四駆は全員が秘書艦時雨の妹艦だ、そして海戦では武闘派でならす白露型でもある。

訓練実施を検討する段階で、秘書艦さまからは「手加減なしでお願いするよ」と言われているし、同じく彼女らに期待している艦隊司令艦殿も「実力を計らせてもらうわ」と本気の構え、彼女たちにはお気の毒としか言いようがないが、今回のアグレッサー役は今までにない豪華メンバーで揃えられているのだ。

 

 

「江風らが訓練終了までがんばるって想定はないンですかねー」

「ないだろうね」

 

なにせ、アグレッサー部隊を指揮するのはウチの艦隊が誇る艦隊司令艦その人だ。死を告げる妖精から「バンシー」の二つ名を頂いている霞が、戦術行動の申し子と呼ばれる重巡鈴谷を右腕に直々に参加している。そして兵隊役には白露型のボス1番艦の白露に、生きる二水戦長波と申し分のないメンバーだ。

だからこそ、忙しく海域を駆け回る過密スケジュールの隙間にお鉢が回ってきたのがお目付役に選ばれた歴戦の第六駆逐隊というわけだ。

 

「こっち終わったわよ、トラップも仕込まれていないし、敵の姿もない。今のところは平気そうね」

「あ、ありがとうございます」

周辺の脅威を確認してきた雷の報告に海風が頭を下げる。

 

 

「先は長いんだから。このくらいのことならいつでも頼ってくれていいわよ」

とはいえ、第六駆逐隊の役割はあくまでサポート要員。アドバイスもするし指導もするが、積極的に戦略を考え二四駆に指示を出すのは禁じられている。8対4の人数差があるとはいえ、経験や実績の面からも相手を下すことはないだろう。

 

 

「でも驚いちゃうわね、もう18時間よ? ここまで保つとは思わなかったわよ」

「おいおい暁、涼風たちを舐めてもらっちゃあ困るねー」

「暁さんも賭けてたンすか? まさか江風たちが短時間で全滅する方に……」

 

疑心の目を向ける江風を見て雷が響を窘める。

「ちょっと響、賭けのこと話しちゃったの? ダメよー、傷つくかもしれないじゃない」

「そうかい? まあ話してしまったものはしょうがない、それに暁たちは賭けていないよ。と言うより、私たちは第六駆逐隊として賭けていると言った方が正確かな」

「そうそう、暁なんか最初の4時間以内に終わるんじゃないかって言ってたんだけど、響が時間を伸ばしたのよ。だから頑張ってね」

響の言に雷が補足を入れる。

 

 

「頑張れねー、やっぱ暁さンは信用してなかったンじゃないですかー」

「江風、……あなた、ちょっとうるさい」

 

慣れない陸上運動で疲れているのだろう。いつもより静かな山風が木の根に腰掛けて休息をとりながら、姉妹にしかわからない言語で「アナタも休めば?」と言った。もっとも、彼女は平時でも引っ込み思案な性格なので、よほど親しくない限り差異に気付くことはできなかっただろうが。

 

 

「みなさんお疲れでしょうから、まずは体を休める場所を確保するのです」

「そうね、暁ももう疲れちゃった」

休息を進言する電に暁が同意すると江風も素直に応じた。

 

「そだね、こンなところで無駄に体力消耗してるわけにはイカン! ちょっとでも寝よ寝よ」

そういって早速ごろ寝しようと倒れ込む江風の背中を支え、電が止める。

「ダメなのです、地面に直接寝たら逆に体力を消耗するのです」

 

「そうよー、屋根はなくてもいいけど寝床は作らないと。さっきちょうどいい場所見つけてきたから、少し移動しましょう」

そう言って一同を先導し、さっさと歩く雷に着いて行くと、ほどなくして窪地が見えてきた。そして、倒木を指し休息場所はここだと告げる。

 

「ほら、ここの下に簡易的な寝床を作るわよ、ここなら屋根代わりにもなるしちょうどいいわ」

 

 

 

落木や枯葉を集め、地面に直接体温を奪われないよう寝床を作っていく作業は、雷と電指導のもと手早く行われた。

少しでも寝心地が良くなるようにと、雷流のコツまで伝授してもらったが、妙に作業に慣れている二人を見ると今後の基地生活が不安になるのも事実だ。

 

 

そういった不安をひとまず脇に置いておいて、交代で体を休めることにする。

六駆は雷、電組が、二四駆は海風、山風が歩哨に立つ。六駆の四人が順番を相談している姿は見なかったが、当然のことのように寝床に潜り込んだ暁に対して誰もなにも言わなかったことから、彼女らの中では決まっていることなんだろう。

その証拠に、寝床を作り終えた雷、電組はそのまま地面に穴を掘り、休むつもりなんてないとでも言わんばかりになにかの作業を続けていた。

 

二四駆はというと、姉組である海風、山風が妹たちを気遣って休息の先番を譲ってくれた。山風などはいつもより1.12倍くらいローテンションだが、これでも妹思いの姉なのだ。

末の妹二人だが、彼女らは姉たち全員から甘やかされて真っ直ぐ育てられているので、姉の配慮自体に気付くことはなく、そしてそれさえもかわいいと愛されている。

 

 

ようやくの休息ということで、早速寝床に潜り込んだ江風たちだったが、すぐ自然の障害に安眠を阻まれた。

 

「蚊? 羽虫がうっとうしくて寝づらい」

「これ使う?」

同じく寝床で休息に入るところだった暁がなにやら小さな瓶をザックから取り出し江風に見せる。

「なンです、それ?」

「ニームっていうハーブの一種よ。この間の輸送護衛でちょっと遠出したんだけど、そのときに見つけたから採ってきたのよ。塗っておけば虫除けの効果があるわ」

「よく知ってンですね」

「レディとして当然よ」

 

 

渡された小瓶を開け、肌の露出しているところに薄くのばしてつけるとピーナッツのような独特の匂いがする。ずっと嗅いでいたい匂いではないが、なんとなくお腹も満たされた気分だ。

 

「ほいほいっと、それじゃあ一眠りといきますか、って早っ?」

隣では暁がすやすやと寝息を立てている。

「暁は、まぁ特殊だけど、眠れるときにすぐ眠れる技能は磨いたほうがいいわよ」

黙々と穴を掘っている雷がそうアドバイスをくれた。

 

言いたいことはわかるが、ほとンど会話の途中で寝てたような。慣れたらそンなものなのだろうか。軍人って感じなのかなー、なんかわからンけどカッコいいな……。

そんな風に思いながらなんとはなしに暁を観察する。

 

「ってなんで暁さん寝袋持ってンすか」

「暁は布団や代わりになるものに包まれていないと眠れないんだよ。あと私たちにさんは付けなくていいよ」

今度は暁の隣から、眠たそうな響がそう答えた。

大きなザックを持っていると思ったが、そンなものまで入っていたのか。でもそのザックを背負ってたの電さンじゃなかったでしたっけ? そんな声にならない声が胸中にこだました。

 

 

半時間ほど経っただろうか半覚醒状態で、そろそろ交代の時間かなと気合いを入れ直していた。そのとき、なんの前触れもなく近くの木がいきなり弾けた。

「頭を低く、20°の方向から撃たれたね、下がるよ」

いつの間に寝床から這い出てきていたのか、響が江風、涼風の頭を抑えながら指示を出す。

 

「なにも、感じませんでした」

近くで警戒にあたっていた海風が驚愕の声を上げたが、それもそのはず。こちらは第六のメンバーを抜いても四人いる。その四人ともがまったく気付くことができなかったのだ。

 

 

「長距離射撃だね、鈴谷だ」

遠くを観察するように見つめながらも、寝ぼけ眼の暁を寝袋から引っ張り出す響の手は淀みなく動いている。

こちらでは完全に目が覚めた二人が装備品を持ち、恐る恐るといった様子で移動の準備を始めている。

 

「いったいどンだけ先から撃ってきてンだ」

「アレはチートだから気にするだけ無駄だよ、それより見つかったことの方が驚きだ」

 

重巡相手にアレ呼ばわりはどうかと思うが、この艦隊では艦種で上下が決まらないそうなので、そういうものなんだろう。

そして言葉の通りに、彼女たちは繰り返される射撃の中でも今までと変わらず飄々としてるのが怖い。

 

 

対照的に、少し身を屈めるようにしている涼風が空を見上げながら疑問を口にする。

「まさか観測機かい?」

「それはないね、観測機が飛んでたなら暁が見つけてる」

 

そう言った響が暁に視線を送ると、なんでもないことのように暁が言った。

「島の北側を飛んでるのなら見たけど、こっちには来てないわよ」

 

驚いた。駆逐艦の性なのか、空には気を使っているつもりだったが、観測機が飛んでることなんて気付きもしなかったからだ。いったいどんだけ見えてるんだと、暁の索敵能力にも舌を巻く。同じように、さっきまで寝ていた暁の変わり身にもだ。

 

 

逡巡していた海風が口を開く。

「なら電探でしょうか?」

「確かに鈴谷さんの電探射撃は電探精密狙撃って言われる腕だけど、それもないわね」

せっかく掘った穴を残念そうに埋めなおしている雷がそう返答した。

 

物のついでのように断定する雷に疑問を呈するのは涼風。気になったことを素直に口に出せるのは彼女の美徳だ。

「なんでなんだい?」

「考えてもみなさいよ、こんな木々の中に埋もれてるような暁たちを電探で判別するなんて、そんなの私でも無理よ」

大袈裟な手振りでそう話す暁。その暁を電が後ろから髪をとかし、寝るときに緩めたスカートを響が直し、あっという間にいつでもお出かけできる。そんな汚れ一つない出で立ちとなった。

レディな暁は六駆による合作でてきていた。

 

 

 

「白露か長波か、直接目視されたのかも知れないね」

「目視って、見られたってこと? どんだけ広いと思ってンすか?」

リンガに浮かぶ無人島とはいえ、それなりに広い密林まで備える人の手の入らない孤島だ、たった半日ほどで隅々まで隈なくとはいかないだろう。

だが続く響の言葉はその想定を覆すものだった。

 

「相手には霞がいるからね、最初からある程度場所は絞られてると考えるべきだよ」

「絞られている?」

 

「私たちの動きを予測して、警戒網を敷いている。北側に観測機を上げていたのも、わざと暁に見せて行動範囲を狭めるためだったのかも知れないね」

「そんなことが……」

「妖精だからね」

言外に、アレも気にするだけ無駄だと告げられる。

 

 

ようやく射撃も収まり、移動を開始するにはよい頃合いになったわけだが、ここにきて二四駆の面々に不安の色がよぎる。

そんなのに狙われて、そこから逃れるなんて不可能なのではと不安になったのだ。

まるで見えているように、こちらがどこに潜んでいるのかを予測できる司令艦に、長く届く腕を持つバケモノクラスの重巡。さらには、自分どころか、自分が逆立ちしたって敵わないだろうと思ってる姉たちがなお、口を揃えて勝てないと言う長女がいるのだ。

 

 

そんな不安な状況の中でも、六駆の顔色は少しも変わらず、焦ってもいないみたいだ。

 

「でも狙撃じゃないことはわかったわ」

「どうしてですか?」

「誰も当たっていないだろう?」

「鈴谷さんなら1発で仕留めにくるのです。誰にも当たらなかったのは見えていないからなのです」

「はぁ? あれで闇雲に撃ってたって言うのかい?」

 

それはそれで、恐ろしい腕前だってのがわかっただけだった。

 




陸戦教程、司令艦認定と並んで艦隊の登竜門となる「護衛エキスパート」。

海上輸送や要人が乗った艦の護衛を行う遠征のエキスパート。
海戦能力はもちろんのこと、重視されるのは護衛能力と哨戒能力となり、阿武隈率いる第6駆逐隊の一水戦が資格を有している。合言葉は「海上護衛の余力で戦争」。


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〜二四駆の初期訓練〜(中)

「敵! ◯時の方向!」
って戦闘モノならよくありそうなシチュ。

でも海軍は多分「方位! 二七〇!」だと思うぞな。
別の言い方だと左90度かもしれない。


ほら、サッカーの漫画見てて、「ストラーイクっ!!」って出てきたら違和感あるじゃん? そんな感じ。



「さて、駆逐司令は海風だったね、君はどう考える?」

レクチャー役の響が、生徒に問うようにして海風の考えを聞く。

 

「このまま真っ直ぐ下がるのは危険な気がします。ここは東の山を越えつつ一時退避を」

「西側の沢を選ばなかったのはなぜだい?」

 

休憩ポイントに選んでいた現在地は尾根を少し外れた山間になっており、そこから東には南国の木々を蓄えた山。西側は沢になっている。沢の向こうは崖が口を開け、険しい渓谷になっているようだ。

 

 

「霞さんがそこまで予測できるのなら、下りやすい沢から撤退するという選択は予見されているかも知れません。白露姉さんか長波さんが付近にいる危険性がある以上、待ち伏せの可能性があります」

 

「海風姉ぇすげぇ! 霞にだって負けてないよ」

詰まることなく考えを述べる海風を涼風が称賛するが、暁の採点は厳しかった。

「50点ね」

「そう? 雷はもう少し点を上げてもいいと思うわ。でも方針には賛成できないわね」

 

「なんででい? 完璧な作戦だったろ」

姉の採点が低いことにちょっとご立腹な涼風がほっぺを膨らませるが、理由はすぐに響が説明してくれた。

「陸に詳しくないから仕方がないとも思うけど、沢を下りやすいなんてのは、素人が陥りやすい幻想なんだよ。まったくの勘違いだ」

 

 

 

「途中で地下に流れ込んでることもあるし、一度下りると上れないなんて地形もある。下った先がどこなのかもわからないしね」

 

沢なんかに下りるもんじゃないと、その理由も含めて説明してくれたが、説明を聞いても納得できなかったのは江風だ。

 

「ちょっと待ってよ、江風たちは艦娘だよ? 歩いて下るならまだしも、水面を移動したら沢を下るなんて簡単なことじゃン?」

 

「うん、それは2点」

「論じるに値しない愚策中の愚策ね」

暁の採点は激辛。先程と違い雷も評価してくれず涙目になった。

 

「沢は海とはまったく違う。私ならともかく、君たちなら十中八九座礁するだろうね」

 

 

「でしたら、私たちの取るべき行動は」

しばしの沈黙の中、固唾を飲み込んだ涼風が深妙な顔で言った。

 

「東側の山を越えるんだね」

「何を聞いていたのかな?」

 

少しのトーンも変えることなく響がツッコミ、雷が後を継いで説明する。

「沢を下らず東側を走破してくるって想定で相手は待ち構えてるだろうって結論に至ったわけよ」

「つまり?」

「難しい行程だと言うことを理解して、敢えての沢下りね」

 

難しい話は姉任せな下二人には少し辛い。が、やることさえわかれば迷うこともない。

雷がその行動指針を教えてくれたからだ。

 

 

「ちなみに、響ならどうするのかしら?」

沢に下りながら暁が響にそう声を掛けた。

「私かい? 私なら東の山を駆け上って、伏せているだろう白露と長波をこの機会に仕留めるさ」

この変態艦め。不安定なぬかるむ足場に四苦八苦しながら江風は思った。

 

 

「もう一つ策を上げるとしたら、これは君たちを置いていっていいという前提があればだけど」

「今後の参考のために聞かせてください」

訓練大好きで生真面目な姉貴こと海風が、響から少しでも現場の対応を吸収しようと教えを請う。しかし響の口から紡がれた言葉は、知ったからと、すぐにどうこうできる類のものではなかった。

 

 

「西側の沢を渡って下らずそのまま西に抜ける。見てわかるとおり、道なき道を踏破しなくちゃならないけどね」

 

道なき道というより、地面があるのかもわからない。滑落して進むとでもいうのだろうか。半ば冗談なのかとも思ったが、それに対する暁の返答が、冗談ではなく実行に移せるものなのだと否応無しに理解させられた。

はたして彼女はことも無さげにこう言ったのだ。

 

「じゃあ貴女たちが居てくれて助かったわ。あんなところを進むのは、できれば遠慮したいし」

 

 

 

「でも沢を下るのは霞さんも想定してますよね? だったら追撃されることを前提に逃げるってことですか?」

「50点。もちろん追撃される可能性を念頭に入れながら逃げるわけだけど、霞は追ってこないよ」

自信があるというよりは、それは既定路線であると、そんな断定ぶりだが考えてみても海風には理由がわからない。

 

 

「わからないかい? これは訓練、つまり戦争の予行だ。なら彼女たちの目的は戦いに勝つこと、優先されるのは確実に勝つ、それだけだ。短い戦闘時間で戦果をもぎ取るなんてのは二の次だね」

兵は拙速を尊ぶとはいうが、それはリスクに目を瞑ってまで優先することではない。そのことを霞は知っている。

 

「一度引いて態勢を立て直す、と?」

「霞の中では同時進行のプランが何本も走ってる。追撃よりも確実な手を改めて打ってくるさ。だから、私たちはその時間を使って考えなきゃいけない」

 

「霞さんたちに勝つ方法……、いえ、違いますね。私たちは勝たなくていいんです!」

ハッとした顔で海風がそう言った。

 

 

これだから白露型は侮れない。そう響は思った。

海風は十分司令艦の適性があるだろう。もちろん、これから散々訓練し、嫌ってほどの経験を積ませてからの話ではあるが、後で報告したらさぞ霞が喜ぶだろう。

 

「100点よ」

「えっと、どういうことかさっぱりだよ」

響の代わりに評価をしたのは、涼風の手を引いている雷。そして理解を示さなかったのは涼風だが、これはまあいい。

チームの全員が司令艦の適性を持つ必要なんてどこにもないからだ。

 

 

「私たちの勝利条件、目的は霞さんたちの撃破じゃないんです。私たちは私たちで、訓練をやっているのですから、72時間健在であれば私たちの勝ちなんです」

 

 

 

 

予め霞と詳細な打ち合わせを行ったわけではない。しかし、沢下りを選択した二四駆が追撃を受けることはないと、響には確信とも呼べる考えがあった。

アグレッサー隊の隊長としての霞なら、みんなに説明したとおり、時間を使ってより安全に確実な撃破を目指すだろう。霞の考え方は司令官に似ているが、彼よりもずっと慎重派だ。成功確率80%でまだ迷い、ほとんど確定路線となるまで準備を重ねる。

 

つまり、彼女が仕掛けてきたなら私たちはすでに詰んでいる状態に陥っているということ。私が思いつきもしない戦術で、霞が獲れると判断していた場合、追撃される可能性もあるにはある。

しかし、それらを踏まえても霞の追撃はないと断定しただけの理由もある。それは彼女がリンガの艦隊司令艦だからだ。司令艦としての霞は絶対にここでの追撃を行わない。彼女にとって、これはあくまで訓練。少しでも長く、少しでも身になる経験をここで二四駆に積ませようとしているはず。

 

 

 

「うへぇ、道なんてないじゃンか」

鬱蒼と茂る草木の隙間を水が流れており、むしろ普通の山道より歩きにくいまである。

今さらのことなので、足下が汚れるのも構わずとにかく足を前に出す、そんな行軍をしている二四駆の四人は体中が泥だらけだ。

 

「え? 道ならあるじゃない」

「ここはこれでも獣道だよ、おかげで歩きやすい。撤退している私たちにとってはあまりありがたくない道だけどね」

 

対して六駆の四人はというと、泥はね程度の汚れはついているが、服を払えばまだスーパーくらいならこのまま買い物に行けそうな出で立ち。

ぴょんぴょんと跳ね、体重をかけても平気そうな岩場や砂地だけを選んで進む、そんな危なげな歩き方をする暁なんて靴底以外に汚れなどないようだ。

 

 

「これで歩きやすいって言うのかい?」

山道の整備されていない山林は本当に歩きにくいのだ。

さほどの距離は稼げていないにも関わらず、時間だけが取られていく。

沢を下りながら海風も思う。本当に、沢を下るのは楽なんて思い違いも甚だしかった。自身の手足を使って下るのも大変な行程、艤装を使っての航行なんて以ての外だ。

 

 

「歩いてみてわかったようだね。艦娘として、艤装ありきで物を考えるのは仕方がないことだと思うけど、陸の上で航行するなんて選択肢はひとまず忘れたほうがいい」

 

そう、まず陸上で艤装を使用するという選択肢は忘れるべきだ。陸上では陸上なりの戦い方がある、私たちは人型として今を生きているのだから、その身体能力を以って物事の対処にあたる。必要になるのはそういう選択肢だ。

もっとも、銃撃戦の最中にショッピングセンター内に流れる人工の川を遡上する、そんなとんでも能力を持つ艦娘も確かに存在してはいるのだが。

 

 

沢を下るうちに、別の沢との合流地点に出た。どうやらこの沢は途中で地下に流れることなく、こうして川となりどこかから海へと繋がるのだろう。

たったそれだけ、海へと繋ぐその細い糸を感じ取るだけで元気が出た気がするのは艦娘だからだろうか。

 

このまま海まで下ってしまおうか、それともここらで沢を脱し、また島内に潜むのか。またぞろ話し合いという名のレクチャーが行われることとなった。

 

海風は思考の深みにハマり、山風はバテ気味。沢下りの後半は電に手を引いてもらっていたくらいだ。

元気なのは、もう泥濘なんて気にしない! とでも言いたげな姿の江風と涼風。下着までビチャビチャになった二人に怖いモノなどなにもなく、このまま「海まで下ろう!」との意見を述べている。

 

 

二人の面倒を見るため後ろをついていた雷は、道中ずっと不安で落ち着かなさそうだったが、当人たちが沢に浸かって歩いていた以上の問題はなかった。

「ダメだって言ってるのに、困っちゃうわね。数日かける作戦行動時は服を濡らしちゃダメなのよ」

困った風に眉を傾げてはいるが、いそいそと二人の服をタオルで叩く雷はどこか嬉しそうだった。

 

 

「このまま海に出る、それが一番想定しやすいルートなのではないでしょうか?」

そう発言したのは海風。それに響が同意する。

「そうだろうね。沢を下るなら最後まで、普通に考えたらそのまま海まで出ると考えるんじゃないかな」

 

「だからこそ霞はきっと海には出ないと思ってるわよ! 間違いないわ」

そう言ったのは暁だ。そのため、ますます海風が頭を悩ませることになってしまった。

「てやんでい、このまま海に出て海上でハッキリさせようじゃないか!」

「海上に出て直接対決かい? 相手に鈴谷がいることを忘れていないかな?」

涼風が吠えるが、もちろん鈴谷は重巡だ。数の利があるとはいえ、経験の勝る大型艦を相手にして二四駆が堪えられるとは思えない。

 

 

「合流するあちらの沢を上ります」

「うん。いい判断だと思うよ」

 

 

「見ての通り君らは疲れてる。普通ならこのまま沢を離れるか下るかを選ぶだろうね」

頭の上にクエスチョンマークをたくさん飛ばしているような江風、涼風にもわかるように響が簡潔に説明をする。

ようやく得心がいったとの様子で二人が納得してみせた。

 

「だから逆に上るってことかぁ。なるほどな」

「言ってることはわかるンだけど、シンドイねぇー」

慣れない陸上での逃避行だ。二四駆に余裕はあまりないだろうが、相手は霞だ。

下ろうが逸れようが手の内であるかもしれない。それどころか、裏を読んで沢を上がるところまで想定されているまである。

 

沢を下り、平地に近づいたことで開けた場所にでも出てしまえば、待ち伏せしている相手から一方的に攻撃を貰うだろう。

沢を逸れたとして、それを読まれていたのなら、こちらだけが周囲の地形もわからないままうろつくことになりかねない。

 

どの可能性も捨てきれないなら、せめて一番難度が高く、一番可能性の高いところに賭けておきたい。

こうして、疲労の溜まった体に鞭打ってでも、沢を上るべきとの結論に達したのだった。

 




海風は史実でも訓練ウーマン。
神通さんとマンツーマンで一昼夜訓練してたりする。


ショッピングセンター内の川を航行してたのは時雨と霞。シンガポールのマリーナベイサンズでのこと。
いずれ掲載……できたらいいな。



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〜二四駆の初期訓練〜(後)

海風たちは無事に訓練を完遂できるのかーーっ!?

リンガの初期訓練。海軍がするような訓練じゃないなぁ。

まぁ史実の海軍にも陸戦隊はあったから……。
遅刻した陸軍に代わって敵陣に突っ込み、占領したのは雪風と時津風です。

なにやってんだこの子ら……。



沢を上るのは下りるより一層難易度の高い行程だった。

「なんでぇい! なんでぇい! 下ばっかり見て歩いてるんじゃないってんだ!」

そんな中でも、涼風だけは前向きな声を姉たちに掛け続ける。カラ元気でも元気だ。それは僚艦にとって力になるだろう。

 

 

休憩を挟みながら沢を上ること3時間。太陽が折り返し、日中で一番気温の高い時間帯だ。

一行は木々が開けた場所に出た。隠れて移動したい二四駆にとってはありがたくないスペースではあったが、移動しっぱなしだった体には幾分か優しい。

 

 

油断はあったのだと思う。

鈴谷に狙われてからずっと続けてきた逃避行で随分と移動した。相手の裏をかくようなルートを選択し、悪くないペースでもあると思う。

結局、闇雲に当たりをつけて撃ったのだろうという襲撃があっただけで、一度も霞たちと対峙しておらず、今も追われている気配なんて微塵も感じ取ることができずにいる。

 

そんなタイミングだったのだ。歩きにくい山道が開け、頭上からは気持ちの良い太陽が降り注ぐこの場所に出たのは。

フッと息を吐くように、気を緩めたといえば緩めたのだろう。

 

 

そのときだ。枝の鳴る音がしたと思ったら、なにかが木の上から江風を目がけて落ちてきた。

咄嗟に勘づいた雷が江風を突き飛ばして衝突を避けたが、それは空で体勢を変え、伸ばした雷の左腕を強打した。

 

「行って!」

それが着地する前には江風の身をここから逃すための指示を出し、雷は自らの体を盾にするように江風とそれの間に立ち塞がる。

 

 

「あっれー、いいタイミングだと思ったのにな。やっぱ長波の指示が悪いんじゃないの?」

落ちてきたそれは、なんでもないことのようにそう言った。

 

「なんだよ、あたしのせいか? 好機を逃したのは白露でしょ」

それに答えたのは、木の枝の上でしゃがみこみ、眼下を観察している長波だ。

 

 

「ここで襲撃、初撃で一人って言ったの長波じゃん」

「さすがの長波サマも雷に本気で守られてる江風を狙ってくなんて思ってなかったよ」

 

二人は言い合いをしてはいたが、さほど残念そうな表情ではなかった。彼女らは目的を達成したといってもいい戦果を挙げたからだ。

 

「ま、いっか。雷の左腕、江風よりもやっかいなモノを獲ったワケだし」

 

 

「あら、この雷様の左腕をちょっと打っただけで勝てるつもりなのかしら?」

 

右手に錨を持って広げ、背後を庇うように立つ雷の左腕はダラリと下げられたままだ。

強がりを言ってはみたが、戦力の大幅ダウンは免れないだろう。

いつかはそのときが訪れるとわかってはいたが、ついに捕まってしまった。

リンガの艦隊が誇る指折りの兵隊チーム。白露型のボス白露と、二水戦最長所属記録を持つ長波のコンビが二四駆の前に降り立ったのだ。

 

 

 

「おっ、そーい!」

なんの予備動作もなく、いきなり白露が駆けだす。咄嗟に反応した響と電が手にした小火器で白露の行動を阻もうと射撃を開始するが、まるで背中に目がついているかのように、白露はそれらを軽々と避けて走る。

彼女の目標は、元気に一人先頭を歩いていた涼風。あっという間に距離を詰めて……。

 

 

「白露ラリアッート!」

 

 

吹き飛ばされた涼風に背を向け、いつの間にか握られていたP226で振り向きざまに2連射。狙われているのは海風だ。

 

「このままでは」

そう口にしたのは誰だったのか。

 

 

 

脱落者が出るのを覚悟しての撤退。

響の頭によぎるのはそんな選択肢。誰を犠牲にするべきか、そんな冷酷ともいえる考えが思考を埋める。

 

 

「行ってください! ここは私が支えます」

制止の暇もなく、そう言って前に出たのは海風だった。四人の中では1番基礎ができている海風とはいえ、白露と長波の二人を相手に時間稼ぎ、長くは保たないだろう。だからといって、山風をつけても結局は同じこと。脱落者が増すばかりだ。

まだ脱落者を出していない今の状況なら、と思う。八人で二人を仕留める。数の上では難しいものではない。

 

問題は、二四駆の全滅を防がなければいけないこと。白露、長波のコンビなら、六駆の妨害を避けつつ一人ひとり二四駆だけを狙うことも不可能ではないだろう。下手をすれば守りながら戦う六駆でさえ獲られかねない。

ここで戦力を欠いてしまえば、相手にはまだ霞と鈴谷が控えているのだ。

 

 

思考は振り出しに戻る。犠牲を覚悟の撤退戦か、ここで雌雄を決するのか……。

そこへ暁の声が響く。

 

「ちょっと待って! これ、最悪の状況よ」

 

なにかに集中し、耳に手を当てる暁。彼女の研ぎ澄まされた感覚が終わりの足音を捉えた。

「この音……」

 

 

 

「まさか?」

音のする方を振り向き確信する。これは死神の足音だ。

咄嗟に響が声を上げる。

 

「江風、涼風! すぐに退避するんだよ!」

「なんだって言うのさコンチクショー」

それでも即座に指示に反応して動き出せたのは、短い時間とはいえここでの訓練の賜物だろう。決して筋が悪いわけではないようだ。

しかし、死神はそれを許しはしなかった。

 

 

 

「遅いわ」

 

 

 

木々の向こうから突如眼前に現れたそれは、死を告げる妖精。

凄まじい速度で、海風たちが苦労して歩いた沢を追撃してきたのだ。

 

「この沢を駆け上がってきたのかい! さすがに想定外だよ」

水深なんてあってないような、草木に覆われた狭い沢だ、こんなところを最大戦速で遡上するのか。

 

 

至近距離から涼風に砲撃を一発、動きを抑えるとすぐさま次の目標へと狙いを変える。

一歩踏み出す霞は途端にトップスピードだ。そして、そのままの速度で陸の上へと飛び上がり、勢いを殺さないまま江風の至近へと詰めた。

反射神経だけで咄嗟に砲を構える江風。よくぞ反応したと言いたいが、霞はそれさえ想定していたのか、焦ることなく流れるような動きで腕ごと砲を払いのける。

 

 

凄まじい、そう評するしかない。

艦娘(じぶん)という存在の特異性を完全に理解し、(じぶん)にできることを過不足なく把握している。

腕でバランスを取り、二本の足で飛び跳ねながら沢を遡上するソレは、四肢を持つ艦娘ならではの航法。その究極形だ。

 

「獲られる」

 

 

金属同士がぶつかる鈍い衝撃音とともに、霞の放った砲はむなしく空に吸い込まれた。

 

「行くんだよ!」

霞が構えた砲身を自らの腕で跳ね上げ、江風との間に身を滑り込ませたのは響。

当の江風は同じように保護された涼風と一緒に雷、電の援護の元ですでに退避行動に移っている。

 

 

「アナタが庇うのはワタシにとっても想定外よ」

 

そう静かに呟いた霞が響の眼前で体を回転させ後ろ回し蹴りを放つが、それを響は腕に装着する防護板で受けつつ、威力を殺すために一歩後ろに飛び間合いを空けた。

 

「君と直接対峙するつもりはなかったんだけど、こうなっては仕方がないね」

 

 

 

「ほぅ、死神バンシーと不死鳥の一騎打ちたぁ剛毅だねぇ」

「ちょっと長波、手伝いなさいよ!」

 

海風と対峙する白露が視線そのままに批難の声を上げる。

山風の援護射撃もあり、一人ではなかなか思うように鎮圧できないでいるのだが、相方であるはずの長波は変わらず木の枝に乗ったままで、観戦モードから気持ちを切り替えてはくれないようだ。

 

「まぁ待ちなよ。あ、白露は先に山風を狙いな」

「もぅー、簡単に言うなぁー!」

そう言った途端、海風に突進した白露。勢いに押されたのか、一歩引いた海風を確認してから直角に進路を変えた。あっという間に距離を詰める先にいるのは山風だ。

 

 

「喰らえ! ラムアターーック!」

 

 

 

 

至近距離での砲戦と格闘戦。それらが織り成した、二人で魅せる演舞のような動き。

永遠に続くと思われたそれは、木の根に足を取られた霞がバランスを崩したことで唐突に終わりを迎える。

 

その一瞬の隙を見逃す不死鳥ではない。さすがの霞といえど、最大戦速で沢を駆け上がるなど無茶がすぎる。疲労が溜まっていたのだろう。

背後から霞を落とす、それが響の頭に浮かんだ最適解。確かにそう判断したのだが、それと同時に起こした行動は考えとは真逆のものだった。

 

 

響の体は頭で考えた行動とは裏腹に、咄嗟に飛び退いて距離をとっていたのだ。体に悪寒が走ったのが先か、体が動いたのが先か。

 

「マズいね……」

響を不死鳥たらしめている極限状態での第六感。

バックステップしたあと、間髪置かずに右側に跳ねる。その響の足が地を掴むその刹那、響の背中に凶弾が撃ち込まれた。

 

「ぐっ……、鈴谷か」

一対一となったこの状況で、そこからさらに誘っていたのか。霞はあくまで確実な勝利を求めていた、霞は響に勝つつもりなどなかったのだ。自身を囮に使い、行動を単調化された響を鈴谷が討ち取る。彼女はチームで勝ちを狙いにきていた。

 

 

 

「降参だよ。これ以上は戦えない」

背中に撃ち込まれた鈴谷の凶弾は思ったより深刻で、響の艤装に小さくない痛手を負わせたようだ。それでも、霞の誘いに気付かず追撃を行なっていたなら額を割られていただろうから、それに比べれば幾分かマシだと思う。

 

 

状況を把握するように辺りを見渡すと、海風と山風が倒れているのが確認できる。長波が戦闘に参加したようには見えないので、白露一人にやられたのだろう。

二人とも筋はいいが、さすがに現状では長姉のほうが一枚も二枚も上手のようだ。

 

 

 

 

さて、結果から述べると二四駆は訓練を無事に完遂してみせた。

 

あの後、鈴谷に執拗に狙われた暁がリタイアしたものの、江風、涼風が半身を泥に沈めるような姿で時間まで逃げきったのだ。

訓練終了時間ギリギリで白露、長波が再び彼女らを追い詰めたが、その二人をして、我が子を守る親猫のような決死の雷、電を前に手が出せなかったらしい。

 

 

 

 

 

 

 

「それで、霞としては今回の訓練はどうだったのかな?」

 

後日の執務室。時雨が妹たちの評価を霞に尋ねた。

「ギリギリの及第点ね」

答える霞はそっけなくそう口にする。

時雨相手に気を使っても仕方がない、事は艦隊運用に関する話だ。

 

 

「雷、電が捨て身で守らなければ、二人は時間まで逃げられなかったでしょうね。アレは六駆の頑張りだわ」

「でも及第点はくれるんだ?」

おかしそうに口元を綻ばせながら時雨が言うと、片眉を上げた霞が肩をすくめてみせた。

 

 

「そこまで踏ん張ってみせたのは評価するわよ。響からの報告では海風に司令艦適正有りってことだし、山風は視野が広くてフォローに回るのが早い、白露も攻めあぐねたらしいわ。江風は夕立タイプだそうよ? 珍しく、センスがあるって響が褒めてる。涼風はチームのムードメーカーでもあるし、いつも前向きで折れない強さを持っている。これから訓練を積めば、彼女らはいっぱしの兵士に育つでしょ」

 

それはそれ、これはこれ。提督の考え方が霞に浸透していったものだ。

結果は結果、評価は評価。そういうことだ。

かくして、霞から二四駆への評価は今後に期待。それを響の所感混じりに説明した。

 

 

「霞が嬉しそうでよかった」

「そりゃあね、艦隊の強化は大歓迎だもの。二四駆は見所がある。それに……」

そのときのことを思い出しているのか、遠くのものを見るかのように視線を上げて続ける。

「六駆はさすがね、凄かったわ」

 

 

それぞれが自分の役割を完璧にこなす姿は完成された兵士そのものだった。

なにより彼女らは誰かのサポートに向いている。今回の場合でいえば二四駆を守り、育て、導いた。

「ベテランだし、一緒に戦ったこともある。だから評価も低かったわけじゃないわ。でもそれ以上ね。彼女たちが護衛部隊の第一陸戦隊にいてくれることに感謝よ。これも阿武隈の指導の賜物かしら?」

 

 

 

一見すると頼りない、そんな軽巡の顔を思い浮かべて、そして二人は仕事に戻った。

 

 




暁ちゃん大好き鈴谷は、敵側に暁がいると積極的に狙っていく習性があるんだって。
同じ電探子ちゃんなので、彼女にとっての優先排除目標ってのもあるかもしれない。


さて、まずは訓練時に着ていた服を回収しちゃいましょうねー。
僕が洗っておくからさ!


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※絶望は、君の顔をしている。※

(投稿しておいて)読み飛ばし推奨。

本編でやってるソロモンを終えて、「〜」から始まるシリーズも終えて、南方に進出したあとのあと、ちょびっと未来のお話。

平たく言うと大いなるネタバレ含む終わり付近の話ってことさぁ。




「アンタ……、なにやってんのよ」

 

絶望なら嫌というほど目にしてきた。つい先頃も、今まで感じた絶望など絶望のうちにも入っていなかったんだと、そう思わせる出来事があったばかりだ。

自分が沈むときでさえ、あれほどの絶望と、声にならない慟哭を感じさせることはないだろう。

だから、この先なにが起きようとも、絶望することなどもうないのだと思っていた。

今、コレを前にするまでは。

 

 

 

コレは、絶望の形だ。

 

 

 

「深海棲艦……、なのでしょうか?」

僚艦の不知火が立ち尽くしながら、誰もが持つであろう疑問を口にする。

一瞬の静寂が訪れた戦場の空気を打破したのは、悲鳴とも怒声ともとれる霞の声だ。

 

「退避! 誰も近づけさせないで! コレはワタシが相手するから」

 

他の誰もが相手にならない。他の誰にも任せられない。コレを沈めるのは他ならぬ自分なのだと、対峙した瞬間に理解した。

 

すぐさま海上を蹴り相手との間合いを詰める。それは海戦と呼べるようなものではなかった。

間合いを詰められた絶望の形をとるモノは、それを迎え撃つように自らも前に出て、拳の交わる距離でまず一合。獲物が刀ではないというだけで、まるで斬撃の結び合いだ。

 

そう、これは海戦と呼べるようなものでは決してなかった。

 

 

 

「距離を取ります、誰も近づいてはいけません」

その立ち会いを見て不知火が周りの艦に重ねて指示を出す。

つい一瞬前まで援護を考えていた自分の想定がいかに誤りであったかに気付いた。

コレを霞が想定していたのだとすると、自分では霞に追いつけないのだと実感するには十分過ぎるほどだった。

 

援護などとんでもないことだ、この二つの暴力に巻き込まれないようにするのが自分にできる唯一のこと。ならば、他の深海棲艦に目を向けるほうがよほど建設的だと思う。

 

どうせこの戦いで、見ている以外自分にできることはなにもない。

 

 

「コレが、帝國海軍最強と謳われた駆逐艦の戦いですか」

苦々しくそう呟き、その場を霞に託し背を向けた。

 

 

 

それはよくできた殺陣(たて)のよう。

手を伸ばせば触れ合うのではないか、そんな距離で砲を交わし合うも互いに決定打とはならなかった。

ただ炸裂した砲弾の破片が、心の傷をなぞるように体を傷付けていく。

 

砲撃音が途切れ、戦場にフッと訪れた突然の間。

対峙するソレが口を開く。瞬間、霞の砲が火を吹いた。

 

 

「しゃべるんじゃないわよ! その顔から出る声は一音だって聞きたくないわ!」

 

これは、世界がワタシに見せる悪夢だというのか。だとしたら、いったいどれだけの悪意を向けられているのか。ワタシたちはそれほど罪深い存在なのだろうか。

それだけのことを、してきたのだろうか。

 

 

同航戦の形で高速移動しながらも止まない砲撃の応酬。それらを躱し、火を吹くのは殺意と敵意。

こんなにも海が狭いと思ったのは初めてだった。

「冗談にもなりゃしない! ソレがアンタの望みなの? だったら……」

ああ、胸に宿るこの感情がなんなのか分かった。

これは怒りだ。

 

 

「せめて笑ってなさいな!」

 

 

 

 

その戦いを遠巻きに見ている目があった。

「江風ちゃん? 下がるよ!」

立ち尽くすしかできないでいる江風の元に阿武隈が駆け寄る。無理もないと思う、もうこの戦場で江風にできることはない。今は生き残らせないと。

 

「あ、ああ……」

 

茫然と目だけがソレを追い、心ここにあらずと立ちすくむ江風の頬に衝撃が走る。阿武隈が平手打ちしたのだ。

「江風ちゃん! しっかりしてください!」

江風の腕をしっかり掴んで無理やりに針路を基地に向ける。ワタシがしっかり捕まえておかなければ、この子も、ここではないどこかへ還ってしまいそうな気がした。

 

 

 

「自分だけが不幸みたいな顔してないで! 笑えってば!」

その周囲は戦場であることを忘れたかのように静かで、遠くに響く戦争の音が嘘のようだ。二人の奏でる音だけが場を支配し、空気を染め上げていく。

 

 

ここだけが二人の世界。

 

 

いくつもの色を内包した眼でソレを睨めつけ、霞は砲撃を繰り出していく。

それを回避しながら、絶望が左へ左へと円を描くように海面を滑る。

よく知っている。目を閉じていても、その対策なら十全にできている。

 

 

「“ソレ”が、ワタシに通るとでも思ってるの?」

 

 

眉を釣り上げた霞が怒りを隠すことなく言い放つ。

最後の一撃だ、互いに必殺の間合い。駆逐艦の持ち得る最強の獲物である水雷での終幕。

 

 

「沈みなさい!」

 

 

それを最後に、二人の世界から音が消えた。

 

 

 

 

 

 

 

眼前いっぱいに広がる夕焼けが綺麗だった。遮るものはなにもない。自分は凪いだ海を背にして浮かんでいるのだと気付いた。

どうやら、また沈み損ねたようだ。

 

「霞! 無事ですか?」

 

すぐ頭の横に血と煤で汚れた姿の不知火が駆け寄る。

「状況はどうなったの?」

「敵艦隊は撤退しました。半数ほどは撃沈したはずですが、あの正体不明艦は見失いました」

「こちらの被害は?」

「少数沈みましたが軽微です。作戦は成功しました」

 

つい乾いた笑いが出た。

「霞?」

「あっという間だったわね、あの栄光の日々も」

轟沈艦が出た作戦を成功だと言わなければいけない海軍の現状が嘘みたいだ。悪夢といえば、この醒めない現実はこれから延々と続く悪夢なのだろう。

 

 

 

あの日、あの人を亡くした。自分の、そしてあの人の艦隊も無くなってしまった。まるで海に立つ理由を失ったみたいに、心に大きな穴が空いたのが分かった。

だから、感謝しなくてはならないのかもしれない。この絶望に。

 

 

「生きる目的ができたわ」

 

不知火に手を貸してもらい、満身創痍の身で再び海に立つ霞が言った。

「それなら良かった、と言いづらい顔をしていますね」

生憎と鏡がないので確認はできないが、多分。あの絶望と同じような顔をしていたのだと思う。

 

 

待ってなさい。ちゃんと、ワタシが沈めてあげるから。

 




迷ったんだけど、どのような話なのか心の準備だけしてもらおうかと……。

さて、いつものごとくなんの前置きもなく唐突に始まってますが、しばらくは妄想を爆発させながらお待ちいただけるとありがたいのです。


それでも、この物語の終わりはバッドエンドではない。のだと思う。
物語の一つの形として許容してくれたらいいなぁ。


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〜いつかのリンガ〜

特になんでもない話。
リンガでの活動が軌道に乗ってきた時期。



妄想ノート

「大丈夫か?」
「今日は大丈夫な日だよ」

大丈夫ではないようだな。
艦娘に大丈夫じゃない日があるのかどうかは分からないが、今の状況が大丈夫ではないことだけは理解した。




「あれ、時雨は?」

少々遅刻気味に執務室に現れた提督がそう問い掛けた。

執務室には時雨の姿がなく、時雨の席には霞が座っている。

 

「遅いわよ。時雨はお出かけ、泊地の拡張するでしょ? 候補地を探しておかないとね」

「あ、あの話ね。言ってくれたら一緒に行ったのに」

 

 

艦娘の数はこれからも駆逐艦を中心に増えていくだろうし、他の基地から訓練受け入れの予定もある。

近隣企業や石油の販路を開いたことで、艦娘のために使えるお金にも余裕ができてきたところでもある。そろそろ艦娘さんたち専用の寮や食堂など施設の拡張を行おうと動いているのだ。

どうやら時雨はその候補地の確認に出掛けているらしい。

水臭いなぁ。言ってくれたらデート気分で着いて行ったのに。

なんて思っていると、霞がその幻想を軽く砕く。

 

 

「候補地が決まってからでいいでしょ。着いて行くにしても山に大森林よ? アナタがキツめのハイキングをしたいって言うなら止めはしないけど」

「やめとこ」

「賢明ね」

 

リンガは自然豊かな土地なのだ。

どんなところなんですか? と聞かれたら豊かな自然のあるところだよ。と答えるだろう。

見所はどこなんですか? と聞かれたら豊かな自然です。と答えるだろう。

 

それでだいたいどんな環境かは分かってもらえたと思う。

なんならGoogle MAPでリンガ島の航空写真を見てくれてもいい。

豊かな自然に囲まれているんですね。と君は言うはずだ。

 

 

さて、草木を掻き分けなきゃ立ち入れないような土地だが、時雨は大丈夫だろうか。

もっとも、彼女はアレで艦娘だし。リンガで行うジャングル縦断やらサバイバル教練なんかも受けているので、海軍軍人よりよほど慣れてはいるはずなのだが。

 

 

「誰と行ってるんだ? 工員連れて?」

「言ったでしょ、まだ候補地を選定する段階なの。建設を担当する妖精さんと行ってるわ。アナタが横須賀から送ってもらったバイクで」

「おお、乗ってくれてるんだな」

 

こちらで移動するときの足になればと、姉に頼んで横須賀で乗っていたバイクを完成した座乗艦に載せて送ってもらったのだ。

ついでに艦娘のみなさんの趣味の一つにでもなればいいなと思った次第。

 

時雨がバイクで行っているのなら、風を切って楽しみながら島を巡っているのかもしれない。

ちょっと安心だ。

 

 

「霞は乗らないのか?」

「体格的にアレは無理よ。時雨でも足が着いてなかったじゃない」

 

バイクを趣味の一つにしていた俺は、3台のバイクを所持して実家に置いてあった。トラウマ抱える悲劇の幼少期を過ごした割に、実はカナリ恵まれた環境だったといえる。

そんなこともあり、あんまり自分が不幸だと思ったことがない。一重にじじいの財力のおかげだろう。

 

で、リンガの道路事情を考えるとトレール車が1番ってことで、送ってもらったのはライムグリーンがイメージカラーの未舗装路に持ってこいのバイクだ。海軍に所縁があるメーカーだし、信頼はしていないが信用はしている。曰く、「よく壊れるが故障はしない」と言われる謎の魅力にも満ちている。

 

イマドキ2ストかよ! と言われかねない古いバイクではあるが、排気量の割にパワーがあるので気に入っているのだ。

経済活動が停滞しているご時世だ、排ガスについても地球さんの自浄作用のがパワフルだろうと勝手に思っている。そもそも俺はCO2と温暖化は関係ない派閥の人間でもあるので、そこは気にしないでいただきたい。

 

ともあれ、持ち込んだバイクは足回りなんかを同シリーズの上位車種のものに変更していたりと、見る人が見たら「わかってるじゃん」と言ってもらえるくらいのこだわりカスタム車。フロントゼッケン化していてヘッドライトがなくなっているが、ここは日本じゃないし、敷地内なら問題もあるまい。多分。

 

こういった環境なら水を得た魚の如き活躍を見せてくれるだろうガッチガチのオフロード車だが、いかんせんシート高がカナリ高い。

走っている最中に足を着く必要などない。と言うのが俺のポリシーだが、さすがに霞には大きすぎたようだ。

 

今度は内地から自転車でも送ってもらうか。

サス付きのMTBなら基地内の移動からちょっとした散策にまで使えるだろう。

自転車界の巨人を数台、備品として購入することを決意した瞬間だった。

 

 

 

「セバンカ島の辺りまで行ってるのかな」

「ワタシが艦だったころはそっちにも行ったわね。でもどうかしら、それだと拡張じゃなく移転になっちゃうし」

 

勝手に基地の場所を変えてしまうのはさすがに問題になるかもしれないな。いや、まったく別の場所に2つ目を建設するならありか? どうせリンガ泊地ってここいら全般を指すわけだし……。

 

「うん。いいかも」

「なにが?」

 

「拡張って言っても、基地設備のほうは現状で十分なわけじゃん? 新しく造りたいのって艦娘寮なんかの施設だし。だったら少しくらい基地から離れてても問題ないなって。朝出勤してこればいいわけで」

 

 

考えてみたら悪くないかもしれない。

泊地としてのリンガは、もともとカナリの広範囲をそう呼ぶ。なんなら旧軍のときのリンガ泊地はリンガ島に限ってさえなかったのだ。

そして今は艦を並べておくことも少ない。ウチが持ってるのは俺の座乗艦と輸送艦の類だけ。座乗艦は引き船を使わずとも自前で接岸できるので、なんならタグボートだっていないくらいだ。

戦力として1番重要な戦闘艦って、それは艦娘だしね。

 

それを踏まえて考える。

新しく欲しいのは泊地機能ではなく居住施設のほうだ。

なら無理して隣接させるより建築しやすい場所や少しでも風当たりが良い場所など、生活環境に配慮したほうがよろしい気がする。

リンガってほとんど無風の熱帯気候だから、空調効いた室内じゃないと結構辛いんだよね。

それに、いっそ基地からちょっとくらい離れているほうが女の子ばかりの居住区として俺も安心、艦娘も安心ってなものだ。

ほら、大奥みたいなイメージで……。

 

 

「敷地を分けるつもり? あんまり遠いといろいろと問題出るわよ」

 

おっと霞さん。俺はそれなりの常識を弁えているつもりだぜ? 非常識も携えてはいるのだけど。

さすがに基地から数十km離れた場所に、とまでは考えていないさ。

 

現実的には2km範囲とかかな? 日本の学校では2kmを超えると自転車通学になるみたいだし、徒歩で毎日通っても苦にならない距離ということなのだろう。

 

その程度なら離れていても大した問題になるまい。早速、候補地を隣接地から半径2kmまで広げて選定するように話を詰めていこう。

 

 

「夢が広がりますな」

「希望があれば早めに言ってちょうだい。もう図面引いちゃうから」

 

相も変わらずなんでも自分でやらなきゃ気が済まない霞さんだ。それくらい任せてくれてもいいんだぜ?

 

「俺より艦娘の意見優先ね、お前らの家になるわけだし。快適なものにしよう」

 

 

俺たちの基地ができていく。

それは本当に楽しみだ。

 




結局2kmも離れていないが、泊地拡張により艦娘たちは基地に出勤するようになる。

それとは別に本舎の近くには幹部の居住棟が新しく建てられた、と。


ところで、この話の艦娘は生まれながらの艦娘です。
人間からの艦娘ではない、ってことは。
彼女らは生まれながらの異物であり、ありもしないスペースに新しく割り込んできた新参者ってことなんだよなぁ。


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軍艦の墓場に咲く5

「この素晴らしい世界に居座るTSド変態野郎にも祝福を」という小説を発見した。

面白かった。
山田さんの好みの女性ランキングに、新たにカナデちゃんがランクインした。




無事に鈴谷を艦隊に迎え、作戦に参加するリンガ艦を集めてのブリーフィングが行われている。

 

いやぁ鈴谷ってすごいね。

取らぬ狸のじゃないが、この作戦が無事に終わっても手放したくない。

演習でその実力は見せてもらったし、話してみることで本人の人柄にも魅せられた。

 

面白いやつだし、なんとしても欲しいねー。

特にどこの基地に所属してるってこともないようだし、誘えばほいほい着いて来てくれそうな気がしなくもないんだが、そこんとこどうなんだろう。

 

「鈴谷を尻軽みたいに言うなー!」

 

さてしかし、まずは作戦を成功させることからかな。

 

 

 

「海戦ではウチが遊撃部隊となって敵を引きつける。同時に本隊の護衛もするわよ、被撃沈をできる限り防いで」

 

結局、始まってしまった海戦でできることなど限られているのだ。

敵は沈める。そして友軍は沈めさせない。

それは当たり前のことで、理想のこと。

 

霞の方針に対し、早速鈴谷が「はーい」と手を上げて発言をした。

 

「作戦目標の分散は賛成しかねるなー」

 

「部隊を分ける。それぞれ敵艦隊撃破と友軍護衛を最優先目標に、それで問題ないわ」

 

 

寡兵を二分する用兵にも賛成できないが、彼女もそれを理解している。なら言っても詮なきことだ。

ここは無理を通してでも押すべきポイントなのだろう。鈴谷はそれ以上の口を挟むのをやめた。

 

私に求められているのは戦術行動だ。戦略に関して手を出そうとは思っていない。ウチらをすり潰す使い方をしないのであればそれでいいと、そう思う。

 

 

「鈴谷さんは攻略部隊の指揮を執って。護衛は阿武隈、アナタの隊よ」

 

続く霞の発言。

肯く阿武隈とは違い、慌てたのは鈴谷だった。

 

「ちょ、鈴谷でいいわけ?」

「守るより攻めに向いていると加藤司令官から聞いてるわ。ウチの司令官も同意見。コマンダーとしての資質も十分だと言ってた」

 

特に問題があるとは思えない。霞からはそんな風に返されたが、鈴谷が問題にしているのはそういった能力の話ではなかった。

 

「ルーキーに任せて戦える? 最低限の信頼もない戦場では死神が肩に止まるかもよ」

おどけた調子で言うが、決して茶化したつもりはない。戦場で信頼できない友軍は万の敵にも勝るのだ。

 

「問題ないわ、同じ艦隊で死地に立てばそれはもう仲間よ。ウチの子たちは仲間の信頼を裏切らない。好きにやってちょうだい」

 

それはさも当然で、決まりきったことだという自信。面白い艦隊だ。

これだからここの艦娘は強いのだろう。

そんな彼女たちに認められるのであれば、それは誇らしいことだと感じた。

 

そして、霞はこうしめくくる。

 

「全体指揮は現場でワタシが執るわ」

 

艦娘でありながら艦隊指揮を任される司令艦として名高い駆逐艦霞。死を告げる妖精のお手並み拝見と洒落込むことにしよう。

 




短い……。


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軍艦の墓場に咲く6

桃の節句イベントが始まりましたね。
ギミック面倒過ぎて止まってます。

輸送連合さんは当ててくれないので基本的に使いませぬ。



攻勢はまずまず。

今作戦は順調な立ち上がりを見せていると言っていいだろう。

ブインの本隊には伊勢がいる。そしてウチと同じく、呉側が呼んだ臨時の部隊が戦場を荒らし駆け回る。

 

ふむ。戦場に出て初めて見えてくるものがある。

俺たちを邪魔に思う勢力がいて、良からぬことを企んでいるようだが、ここには信頼できそうな友軍がチラホラと。

 

ブインの艦隊は全く信用ならないが、伊勢と朝潮は別。相手にとっての獅子身中の虫とも言える。

ラバウルの艦隊として今作戦に参加している比叡や十七駆逐隊も当てにして大丈夫だ。

加藤のおっさんはアレで信用できる奴だし、比叡とは顔見知り。十七駆とはここに来てから会話する仲になっただけだが、どこが良かったのか結構気にしてもらえている。

時雨の知り合いだってのが大きいのかも。

 

磯風なんかは曲がったことが大嫌いな武人然とした性格だから、俺たちを後ろから刺すようなこともしなければ、刺されそうな状況を見逃すタイプでもないと思う。

あと浜風と浦風のおっぱいが大きい。もうそれだけで信用したい気分だ。なんなら後ろから刺されても許す。

浜風はちょっと霞と似ているのかもしれない。なんだかんだと手を焼かされる困った子ちゃんでも見るかのように構ってくれた。浦風に至ってはまるで母親のように、下手すりゃ洗濯物の面倒まで見てくれそうな勢い。

母性をくすぐるようななにかが俺にあったのだろうか。

そして、そんなに時間を共にしたわけではないが、谷風とはマブダチになった。

この作戦が終わったらウチの基地にも遊興半分で来るように誘ったので、来たら夜通しバカ話をしながらゲームでもしようと思う。

 

 

 

そしてトラックからやってきたアイツ。

十六駆逐隊の雪風、初風、天津風、時津風に陽炎、不知火。

人間としては謎だが、その実力はカナリのものだ。同じ戦場に立つならこれほど頼りになる友軍はなかなかいないだろう。

 

 

 

 

鈴谷を含む隊で前線を荒らす。

敵の前衛水雷戦隊を相手取り、こちらの本隊が進出するための下地を整えていく。

順調に推移していく作戦は思い描いた理想の形だが、モヤモヤとした懸念が頭から離れない。

 

前衛の一群を蹴散らし、敵残存艦が散り散りになったタイミングでついに我慢できなくなった霞が鈴谷に告げる。

 

 

「鈴谷さん、一旦戻るわ。本隊近くまで退くわよ」

「追撃のタイミングじゃないの? ここで退く理由がわからない」

「そう囁くのよ、ワタシの艦魂(ゴースト)が」

 

これで転針し戦略目標を逃してしまっては、後の世に霞ターンとして物議を醸し出しやしないかと一瞬考えたが、まだ霞のことを計り知れてはいない。ここは素直に従おう。

 

「突っ込めるような状況じゃないんだけど、それ今のタイミングで良かったの?」

せっかくのネタなのだろうが、この状況で言われても流すくらいしかできないんだけど。

 

「交友を深めようって配慮よ」

澄ました艦娘ではあるが、お高く止まってるわけではなさそうだ。

 

 

霞が鈴谷を連れて急遽後方へと下がる。

残されるリンガの攻勢部隊は長波が預かることになったわけだ。生死がベットされた命懸けの戦場での予定にない突然の行動だが、霞が戻ると判断したということは、つまり長波に任せても大丈夫だと判断されたわけだ。

 

「二駆は右から回り込め! 白露は私とペアだよ、前線を掻き乱す!」

 

 

舐めるんじゃないよ。私だって司令艦だ。

霞のいない海戦ならどこでだってエースを張れる自信がある。

それに、ココでは私がなんでもをやる必要がないんだ。

 

 

「時雨、単艦行動を許可するよ。好きにやりな!」

 

「了解。期待に応えてみせるね」

 

ここには、かつて佐世保でエースと呼ばれ、今は南西海域のエースとなっており、この作戦が終わった後には海軍のエースとなるだろう女がいるのだ。




私ごとですが。
「やべぇ、喉痛くて熱が下がらねぇ」と言っていた彼女さんが病院に行きました。

「あ、海外帰りです」と笑顔で伝えたら、保健所に連絡してくれと言われ受診拒否されてしまうという笑える話に。

なかなかレアな経験ができた。


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ソロモン海戦(裏)

いつも簡単に流れていく海戦の、その裏方の話。

ソロモンと言えば暁、夕立、綾波が沈んだところ。
ホントはそのへんの葛藤も……とは思ったのですが、それでなくても長い話になってるのでザックリと割愛されている。

す ま な い !



「四水戦が戻ってくるぞ、ウェルドック開け!」

 

 

戦場。それは海戦が行われている現場だけを指す言葉ではない。

座乗艦の中。ここも確かに戦場である。

前線には前線の、後方には後方の戦いがある。多分、分かりにくいだけで、銃後で戦ってくれている人たちだってきっと数多くいるはずだ。

 

深海棲艦と直接の対峙をしていないというだけで、彼らだって戦っている当事者なのだ。

そう、ここはまさに戦場の1つだった。

 

 

「バカヤロー! ニモツジャマダ!」

「バショヲアケロ! バカヤロー!」

 

 

けたたましい警報音に飛び交う大声、小走りで行き交う人々。艦の外からは遠くソロモンの砲撃音も届いている。

 

「帰ってきたぞ! 場所空けろ!」

 

そんな慌ただしい座乗艦へと、前線から由良を旗艦にした四水戦が帰還した。

由良に続いて村雨ら二駆が次々と艦後部のウェルドックから乗艦する。

 

 

「立ち止まらないで、奥まで行って!」

「肩に捕まってください!」

「そこ、艦娘の邪魔になる! スペース空けろ!」

 

鳴り止まぬ警報音のせいで、艦内には大声での指示がこだましている。

しかし、戻ってきた四水戦からの声は聞こえない。

無理もないことだ。

命を晒す戦場で、何時間も海上に立ち「戦争」をしてきたのだから。

 

彼女らは口を開く元気もなく、ただ疲れ果てた体を引きずっての帰還。

それでも全員無事に帰ってきた。これ以上を望むのはお門違いというものなのだろう。

 

 

何人もの軍人が、汗や血、油にまみれて焼け焦げ、破れた制服を体に纏わせる由良たちの元に駆け寄る。

艤装を外し、肩を支えてそれぞれの役割を果たしていく彼ら、そして彼女たちこそがこの戦場を支える主役だ。

 

「こっちです、医務員が待機してますから」

「あ……」

肩で息をする由良が口を開くが、吐き出されるのは荒い呼吸音だけ。

これ以上、少しの負担だって彼女たちに課したくないと考える兵士は、感謝を伝えようとした由良を遮って言うのだ。

 

「大丈夫ですから、喋らないで」

 

そうして力強く彼女を支え、臨時で作られた簡素な医療スペースへと導いていく。

 

 

 

「カクニンイソゲ!」

「トニカクアブラダ! アブラガアレバ フネハウゴクンダ!」

「艤装チェックして!」

「弾薬! 補充始め!」

「もう暗くなる、照明弾の積み込み忘れるな!」

 

預けた艤装は妖精さんと整備の人たちにより最低限の修理、補充が行われる。

ここには工廠施設があるわけでも、工作艦の能力があるわけでもない。できることは限られるが、できるだけをやるのが仕事だ。

そのために、リンガの基地では艦娘、妖精さん、工員の三者共同で艤装についてを学んできたのだから。

 

「急げ、まだ後続が来るぞ!」

次の出撃のために、次の艦娘のために。

彼女たちに、また帰ってきてもらいたいから。

 

 

 

「座って!」

「損害確認始め!」

「四肢欠損なし!」

「こちらも欠損なし!」

 

医療スペースに着くと、彼女たちはそれぞれのイスに座らされ医務員や看護師によるチェックが始まる。

どこも時間に追われ慌ただしいことだが、それでも戦場から帰ってきた由良たちにとっては、座ることでようやく人心地がつけるというものだ。

 

 

「袖、捲りますね。点滴入れます」

「補水です、焦らず飲んでください」

「確認終了後40分で再出撃です。展開後は本隊左翼、ベラ湾側の護衛に就いてください」

「モウフモッテコイ! ハイリョモデキネーノカ!」

 

検査や確認が行われていると同時に、次の行動指針が告げられ、その間に何本もの管が腕に通されていく。

流れるような作業ではあるが、される身としてはなかなかに辛い。

それらも、次にまた帰ってくるために必要なことだと割り切る。

 

 

「必要な物はありますか?」

「食べる、物、なにか」

ようやっと落ち着きが出てきた夕立が途切れ途切れに口にするも、それは叶えられないことのようで、申し訳なさそうにこう言われた。

 

「高カロリー輸液を点滴しています。次回の出撃後に休憩がありますので……」

「大丈夫っぽい」

 

それだけ言って夕立は目を閉じた。ここでは少しでも体を休ませるのが任務だ。

あとは寝ている間に体のチェックをしてくれるだろう。

こんな場合だ。仕方がないとはいえ、たくさんの人の目がある中、服をまくり上げられての検査を真顔のまま静観したいわけでもない。

 

 

 

五月雨を担当していた医務員が報告をした。

「4番、腹部に被弾しています。状況はイエロー、再出撃は不可能です」

 

「そんな、私はまだ戦えます。修復材を、バケツを下さい」

その判断に、五月雨がバケツがあればまだ戦えるのだと嘆願するが、それに医療班の責任者らしき人物が事務的に告げる。

「このくらいの損害でバケツは出せない」

 

ここは戦場なのだ。

必要になるのはシチュエーションアウェアネス。バケツや医療品には限りがあり、また時間も労力も無駄にするだけの余裕がない。

 

戦場や災害時など有事に行われるトリアージ(命の選別)には賛否の声が上がるが、なにもかもが有限である状況では仕方がないのだ。

誰だって同胞を見捨てたくはない。だからこそ、助からない人間に注ぎ込む薬も、時間も労力も、無駄なことなのだ。

トリアージが行われる現場では、治療をしても生存が望めない患者には黒色のタグが残される。黒色は死亡と判断された色。

それは、すでに死んでいるのか、まだ死んでいないだけなのかの違いしかない。

逆に、眼球が飛び出ていたり、開放骨折で腕の骨が突き破っている程度では緑のタグと判断されることがある。

緑タグの治療は完全に後回し。理由は簡単だ、目を落っことしてきた程度のことで命の危険に陥ることなどないのだから。

 

そういった人間へのトリアージに比べると、艦娘の治療はこれでも悲壮感がほとんどない恵まれた状況といえる。

 

彼女らは高速修復材(バケツ)のおかげで、死んでさえいなければ黒色タグが残ることがないのだ。

故に、戦場でバケツが使用されるのは緊急性のある場合に限られる。

 

 

「なら治療してください。それで大丈夫ですから!」

「無茶だ。次は帰って来られないぞ!」

 

興奮してそう縋る五月雨の腹部から勢いよく血が噴き出す。酸素をたらふく含んだその真っ赤な鮮血は大きなダメージを負っている証拠だ。それを見て、五月雨の担当をしていた軍人がつい感情的な声を上げるのも止むを得ないことだろう。

 

そんな状況に、責任者の男が由良に目線を送り、なんとかしてほしいと声なき声を伝えた。

 

「五月雨ちゃんは待機。次の出撃は四人で出ます」

 

「由良さん……」

「戦争はこれで終わりじゃないでしょ? ね? 提督さんの望みはまず生きること。私たちは次も必ず帰って来るから、ここで出迎えてね」

 

 

五月雨がイスの上で力を抜いたのが分かった。納得、は分からないが、弁えてくれたのだろう。

そんな彼女に担当の男が済まなさそうに声を掛ける。

「すみません。治療は四水戦が再出撃した後になります」

 

 

 

周りに目を向けられるくらいには落ち着いた。他の子はどうだろうと由良が周囲に目を向けると、村雨のところに医務員が集まっている。

 

「開けられますか?」

「ちょっと痛いかもしれません」

「これはマズいかな?」

 

口々に話す医務員たち。

状況が分からないのは旗艦として捨て置くわけにはいかない。

「村雨ちゃんがどうかしましたか?」

 

 

「右の眼球に砲弾かなにかの破片が刺さってますね。外科手術で取る時間もないですし、視界が塞がれたままで戦闘ってわけにも……」

 

「大丈夫ですよ。首を振って確認するようにしますし、右目の代わりは夕立がしてくれます」

そう言って村雨は隣で眠る夕立を残された視界に入れる。

 

「しかし極端に狭い視界での戦闘行動は疲労を早め、集中力を」

「大丈夫です」

 

「大丈夫ですよ」

朗らかとしたいつもの彼女の笑顔だ。

これは判断に困る案件だが、どうする? と旗艦である由良に視線を向ける担当者。

目線を向けられた由良も葛藤しているところだった。

 

五月雨が再出撃できなくなった今、司令駆逐艦の村雨にまで抜けられるのは困る。戦力としては大幅に期待値が下がったといえるが、頭数としているといないでは大違いなのだ。

いてくれると助かる。しかしその判断のせいで村雨にもしもがあっては取り返しがつかない。

由良は軽巡。彼女たちをまとめ導く水雷旗艦として間違いのない選択を行い、その責任を取るべき立場だから。

 

「大丈夫ですよ」

考えを巡らせていた由良に、村雨がそう繰り返す。その目は自棄になったわけでも、意固地になっているわけでもない冷静なものだった。

 

「村雨だって司令艦です。任務に耐え得るとの冷静な判断ですよ」

 

村雨にも分かっているのだろう。

これ以上の兵数減少は戦域全体の危険に繋がるのだということが。

彼女を信じる。それをするのも私の仕事なのだと思った。

 

「無理をさせるけど、無茶はしないでね、ね?」

 

 

由良の判断により、村雨の再出撃が決まる。

であるならば、この時間でやることはやっておかねばならない。

「少し、強い薬を入れておきますか?」

「依存の出ない程度でお願いね」

彼女はそう言って笑った。

 

 

「目の洗浄します。ちょっと染みますよ」

「つぅ……」

イスに寝かされた村雨の処置が始まると、村雨がつい声を漏らす。

処置とはいっても、当座は軽い洗浄をして包帯を巻かれるだけのものだが、しないよりは幾分かマシだろう。

 

 

「今、外はどんな様子ですか?」

再出撃後の指示を伝えた軍人が由良に問い掛ける。艦の深いところ。ウェルドックにいるとなかなか外の様子が伝わってこないのだ。

 

「霞ちゃんが後方に下がってます。私たちの前線は長波ちゃんが指揮を執り、時雨ちゃんたちが制圧中です。島の反対側にはトラックの隊が展開して敵を牽制していますね」

 

「霞司令艦が下がっているんですか? ……何事もなければいいんですが」

「大丈夫ですよ。何事も起こさせないために下がっているんです」

 

 

それだけ聞くと、彼は頭を下げてから一言。

「お疲れのところすみませんでした。時間までお休みください」

 

そう言ってまた自分の仕事に戻って行った。

それを見届けて由良も目を閉じる。

 

 

次は夜間の本隊護衛だ。

海戦はまだ続く、作戦が終わった後の反省会に無事出られるように、気を引き締めて臨まなければと思った。




暁ちゃんはソロモンで探照灯係。被害担任艦となり15分で沈むことになる。

わずか15分じゃないよ? 彼女は敵味方入り混じる混戦の中で15分も耐えたのだ。
ヤツはエレファントなレディだぜ!

ちなみに彼女を沈めたのはソロモンの悪夢さんだったりする。


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〜ある昼下がりの〜

記念すべき100話。

ソロモンが終わりません。
そして終わった後の話がありませんー。

艦娘と呪いの話や艦隊初の轟沈艦が出る話とか、メモにもなってない逸話たち……。
今後はまったりペースになっていきますよ。



「あっれー」

所属艦娘の記録が記されているファイルをめくっていた川内の口から声が漏れた。

ここは基地内に設えられた書庫。キレイに整頓されているが、各種記録のほか趣味的な書籍まで雑多に詰め込まれており、小休憩にも使える図書室として今も数名の艦娘が思いおもいの過ごし方で楽しんでいる。

 

川内のそれは誰に話し掛けたものでもなく、つい口から漏れた。ただそれだけのものではあったが、机の反対側に座る村雨が顔を上げて反応する。

 

「訓練記録ですか?」

村雨らしさ、とでも言うのだろうか。彼女は少し気にし過ぎなほど、周囲との調和を気にするタイプだ。

 

 

「そそ、ちょっとは頭に入れておけって神通がうるさくてさ。で、あらかた見てるところなんだけど、春雨ちゃんの成績ってなんでこんなに点数低いの?」

 

川内の手に持たれているファイルは駆逐艦娘の訓練記録。

春雨は川内指揮下の艦娘ではないが、どうやら駆逐艦娘全員のデータをさらっているらしい。

 

 

「あら、川内さん。うちのかわいい妹になにか文句でも?」

春雨は村雨と同じ駆逐隊に属し、しかも自分の妹であり僚艦だ。気にしてもらえているのはありがたいことだが、軽巡艦娘の言葉とはいえ、はいそうですねと軽々しく頷くわけにはいかない。

なんてことを考えていたのだが、内心が表に出てしまったのか川内が慌てて言葉を継ぐ。

「違う違う、そうじゃなくってさ」

 

 

そう言って観念したのか、広げていたファイルを机に置いて村雨に向き合った。

 

「あの子、普通に優秀でしょ。遠征も護衛も任せられるし、本人は苦手だって言うけど艦隊戦でもいい数字叩き出すよね? しかも勇敢で、ここぞってときに躊躇わないし」

 

「あぁ、そういうことですか」

 

納得したかのように村雨が言う。どうやらかわいい妹に不当な評価が付いたわけではなさそうだったので、素直に彼女についてを口にする。

 

 

 

それは今、霞ちゃんと取り組んでる課題なんです。

 

 

 

 

「気付いたのは霞ちゃんなんですけど、春雨は訓練でわざと失敗してみせるときがあるって」

 

さり気なく飲み物を用意してくれていた金剛が二人の話しているテーブルに紅茶を並べる。

戦艦に飲み物を用意させるなど他の艦隊ではあり得ないことだが、艦種による上下差が存在しないこの艦隊では日常の光景だ。

金剛は役職付きなので厳密には二人にとっての上官にあたるのだが、気さくな上司とかわいい部下程度の認識でおり、金剛の気立ての良さが伺える。

 

 

「ちょうど眠かったんだ、ありがとうございます」

紅茶を受け取った川内も慣れたもので、軽く返礼してから村雨に向き直った。

村雨が同じように紅茶のお礼を伝えると、金剛は自分の分の紅茶を手にし、二人から少し離れた席に腰掛けた。

 

同じ会話を楽しめる、かといって邪魔にならない絶妙な距離感を保つ彼女の配慮は見習いたいものだと思う。

 

 

「で、理由はあるの?」

「霞ちゃんが言うには、承認欲求なんじゃないかって」

「承認欲求?」

「姉たちには敵わないっていうポジションで庇護されたい。そういう無意識の欲求らしいですよ」

 

読んでいた書籍を閉じ、会話モードに入った村雨が紅茶に口をつけながら霞から聞いたセリフを伝える。

 

「自己評価が低いってことらしいですけど、失敗することで、姉に守ってもらわなければいけない自分でいたいんだとか」

 

「ふーん、霞はなんでも知ってるねー」

「提督と前にそんな話をしたのを覚えていたみたいです」

 

霞はよくものを知っている。ジャンルを問わないその知識は提督から得たものも多いそうだが、彼女が提督から学んだ1番のものは「知識欲」だ。

調べる楽しさ、知る楽しさを学んだ彼女は今では立派な調べ魔に成長していた。

 

 

「今も?」

「改善はしてきてますかね、自信を持たせるよう褒めたり、姉の失敗談を聞かせたり」

「へー、大変だね」

両手を上げて軽く伸びをする川内に、困った風の村雨が身を乗り出して続ける。

 

「大変なのは霞ちゃんですよ。『そんなの簡単じゃない。失敗なんてしてみせなくても、本気のアナタでも太刀打ちできない凄い姉なんだって見せつけたらいいわ』って」

 

 

川内の口からつい笑みがこぼれた。

「あぁ、それでか。アンタと夕立、最近妙に訓練に力入ってるなって思ってたんだよ」

それを聞いて、さすがによく見てるなと村雨は思った。

 

司令艦である村雨も警護艦の夕立も、その特殊な立ち位置から一般の艦娘と同じようには訓練教程に参加できておらず、提督の側にいることの多い川内自身もほとんど参加していないはずだ。

目端の利く、この視野の広さが彼女の強みだろう。

 

 

「春雨はよくできる子だから、ちょっとばかりの努力では姉の凄さを見せつけるなんてできなくてー、威厳を保つのも大変です」

 

「特にアンタら二人は春雨ちゃんのこと大好きだしね」

 

村雨と夕立は、春雨のための努力を惜しまないだろう。そして、さらに上にいるあの二人は妹たちに努力を見せもしないだろうから、きっと隠れていろいろやってるに違いない。

 

 

「ホント、霞はよく見てるわ」

 

そこまで予見していたであろう霞の評価を、川内は独り言のように呟いた。

 

 

 

「やっぱり身内のことになるとダメですね、私も司令艦として公平に見てるつもりだったけど、春雨かわいさに全然気が付きませんでした」

 

机に突っ伏した村雨に合わせて豊満な胸が形を歪めるが、ここにはそれを気にしてくれる目もなく、無駄に撒き散らされるだけの色気になったのが残念だ。

 

少し離れたところで書類に目を通していた金剛が静かに会話を重ねる。

「興味深い話デスねー、ワタシたちは姉妹仲の良いことが多いデスし。ワタシのところも自己評価の低い妹に思い当たるフシがありマス」

 

 

「あれ、ウチはそういうのないなー。神通も那珂も私に姉の威厳を見てないのか?」

 

金剛の話を聞いて、難しい顔をして腕を組む川内。彼女の性格的に、変に思いつめたりはしていないだろうが、それに対してもすかさず村雨がフォローを入れる。

 

「川内さんたちは私たち駆逐艦の姉役でもありますしね、そう考えると軽巡って特殊な立ち位置の艦種ですね」

「そんなもんかー」

 

フォローではあったが、まったくのおべんちゃらを言ったわけではなかった。

自分ではわからないのだろうかと、そう思う。

 

 

私たち駆逐艦の姉役をこなし、グイグイ前へと引っ張ってくれる水戦旗艦の軽巡艦娘。

自分の指先も見えない深い夜の海でも、彼女の息遣いが聞こえるだけで安心できる。

闇に沈んだ恐怖の海でも、砲火に照らされた彼女の赤いリボンは私たちを力強く導く。

 

神通さんも那珂ちゃんも、とても優秀に姉役をこなす人たちだけど、彼女たちはいざというとき必ず後ろを振り向くのだ。そして後ろに川内さんがいることを確認すると、安心して砲弾飛び交う戦場に駆け込んで行く。

合同で行われる作戦ミーティングの席にて、神通さんが川内さんに目線を送って確認していたのも知っている。

 

水雷戦隊のボスとして、これ以上ない安心感を与える精神的支柱。それが村雨の川内に対する評価だ。

 

 

不安はないのだろうか、ふとそんな考えが頭に浮かぶ。

川内は川内型の長女でもある。彼女の拠り所はいったいどこにあるのだろう。つい口に出た。

 

「川内さんは長女ですよね」

「そのはずなんだけどね」

 

ペラペラと書類を繰りながら投げやりな返答をよこす川内。

彼女はどう感じているのだろう。彼女なら、ふやふやとした輪郭のない疑問にも嫌な顔せず答えてくれるだろう。そんな信頼から村雨は思いの丈を素直に吐露する。

 

 

「不安になったりとかはしないんですか?」

 

一瞬きょとんとした顔を見せた川内だったが、しかし、迷うことなく涼しい顔で言い放つ。

 

「私ら軽巡が不安になってどうするのさ。私たちは駆逐艦の子たちを死地に送り出さなきゃいけないんだよ? 自信を持って命令して、それで生きて連れ帰るっていう覚悟と責任があるんだから」

 

その顔は、少しもブレることのない決意を秘めたものだった。

 

 

「なんて、金剛さんの前で言うことじゃないけど」

この場には艦隊旗艦として長く海上を駆けた歴戦の大戦艦もいるのだと思い出したように、少し照れた顔でそう付け足す。

 

「No。数は問題じゃありまセン。それが一人だろうと百人だろうと、命に対する責任に大小はないデスから」

戦艦として、全ての艦娘の原点として、期待と義務を一身に背負って立ち続ける金剛はそれを優しく否定する。この器の大きさが、彼女を彼女たらしめているのだろう。

 

 

 

私にとっては由良さんかなと思った。

後ろにいてくれたら安心して前を走れる。前にいてくれたら不安なくついて行ける。

穏やかで、優しくて、温かくて。そして厳しく、いつでも見守っていてくれる存在。

失敗したときは必ずフォローをしてくれ、成功したときにはまるで自分のことのように喜んでくれる。そんな彼女の姿を思い浮かべた。

 

 

「なるほど」

「なに? 急に納得しちゃったりして」

「姉としてっていう責任の重みにぶち当たりました。春雨に見せなきゃならない私の姿、私は戦場でいつも見てたんだなーって」

 

セリフに反して村雨の顔はどこか綻んでいる。腑に落ちることがあったのだろう。迷いが晴れたならなによりだ。

 

「そんな堅苦しく考えなくていいんじゃない? 村雨はよくやってると思うよ」

川内の目から見ても、司令艦村雨はよくやっていると思う。曲者揃いの白露型全艦を率いて、それで作戦の体を成させるのは並大抵のことではないだろう。

私にはできない、なんて言うつもりはないが、やりたくはない。

 

 

「ま、それでも。そうやすやすと負けてやるわけにはいかないから、私に並んだとは言ってあげられないけどね」

そう言って川内は、妹に向けるような優しい顔で笑った。

 

 

「村雨は安心して私らを追いかけな。私らは私らで、絶対に追いつけない凄いやつでいてあげるからさ」

 

本当に、遠い背中だ。

 

 

その背中に追いつくことはできないだろう。だから、安心して追いかけることにしよう。そう思った。

 




次回、戦乙女たちとなくなるトイレットペーパー。


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〜トイレットペーパーは必要です〜

コロナさんのせいでトイレットペーパーが店頭から消えたらしいですね。
意味が分からないよ!

ウ◯コの回数は大きく変動したりしないので、トイレットペーパーは1年を通して消費量がほぼ確定している稀有な製品です。
故に品切れを起こす土壌がない。
ほとんど全てを国内で賄う彼の商品が手に入らなくなるときは、経済国家の大動脈である流通網が寸断されたときだけだ。


記念すべき101話はそんなどうでもいい話。



リンガに配属されて数日。気付いたことがある。

トイレットペーパーの消費速度が半端ないということだ。

 

時雨と二人で過ごした小島でも、2週間に1度のペースで行われた輸送船による物資の補給。確かにトイレットペーパーの数が多いと思ってはいたのだが、ここはその比ではない。

 

 

幸い消耗備品の補充は妖精さんたちがやってくれているのか、いざ致した後にトイレットペーパーが切れていたなんてトラブルに見舞われたことはないが、倉庫に山と積まれたトイレットペーパーを見て軽くビビった俺なわけだ。

 

トイレットペーパーの消費量にビビるのも、女性と生活する上で外せないイベントなのだろう。

ちなみに、何日もかけて海上移動しているときはどうしているのかと尋ねたことがある。

みんなにこやかな笑顔でスルーしたので、決して触れてはいけない乙女の闇なのだと思い知らされた。

これから提督になる方は十分注意されたし。

 

 

 

さて、日本トイレットペーパー協会によると女性が1日に使う紙の量は12.5mらしい。

男性は3.5mなので、これはとても多い。

軽いセクハラがてら某艦娘に聞いてみると「ワタシたちは毎回使うから仕方がないんですぅー」と言われた。

 

ちょっと物真似風に言うと「ワタシタチハ マイカイツカウカラ……」やめておこう。

 

1日に12.5mも使うということはどうだ、トイレットペーパーの1ロールはダブルでだいたい30mなので、女性が二人いるだけで毎日ほぼ1ロールを使い切ってしまうのである。

これは結構な量だと思うのは俺が男だからだろうか?

 

 

確かに女性はトイレに入れば毎回使う。さて、ここで計算してみよう。

 

男性はウ◯コのときにしかトイレットペーパーを使わない。多分。

生物たるもの、排泄と生活は切っても切れない関係だ。

むしろ軍人ともなれば、排泄は戦争とこそ切れない案件とも言える。死体と排泄物は疫病の巣だからね。

旧軍の死者数の8割方が疫病と餓死であったことを考えると、これは真面目な話となるだろう。

先の大戦では、偵察機から送られてきた日本軍のトイレの数から駐留する日本兵の数を概算で出していたというし、戦争といえばトイレ。トイレといえば戦争というのも大袈裟なことではない。ちょっと大袈裟だった。

 

 

さて、人間は1日に2回ウ◯コをするのが健康的だと言われている。ならば男性が使う3.5mはこの2回分の使用量だろう。

つまりウ◯コ1回につき175cmの紙を使っているわけだ。

これを女性の平均使用量から引くと、女性がおしっこに使う1日の使用量が見えてくる。

彼女たちは毎日おしっこに9mのトイレットペーパーを使っているのだ。

 

そして調べてみたところ、1日にするおしっこの平均回数は約7回らしい。

で、あるならば後は簡単。

 

女性は1回のおしっこに約128.5cmの紙を使う。

これは8歳女児の身長と変わらない数字。ウ◯コで使う紙との差は50cm近くあることがわかる。

女性のウ◯コはおしっこよりも50cm重要なのだと言い換えれば、よりおかしな気持ちになれるだろう。

 

さらに、艦娘がおしっこの度に小学2年生女児分を使っていると妄想すると、新しい扉が開くかもしれない。

そして、彼女らが大きいほうを排泄するときには俺の身長分ほどの紙を……。

 

 

 

「司令官、気持ち悪い顔をしてトイレの前に陣取るのは止めておいたほうがいい。暁が怖がっている」

「これはさすがの雷も、ちょーっとフォローできないわね」

気付かないうちに俺の両隣を挟む二人に確保され、まるで連行されるかのようにその場から離された。

二人の表情がまだ、嫌なものを見る目でなかったのが救いだろう。

 

フェルミ推定にて真面目に計算していただけだが、俺は彼女たちの助言を素直に受け入れてその場を後にすることにした。

 




トイレットペーパーってそういう商品なので、今回のようなトラブルがあっても特に増産をしたりはしたくないの。企業的に。

だって年間販売ペース決まっちゃってるからね。
今月増産したら来月減産するハメに……。今月の儲けは来月以降からの前借りにしか過ぎないのだ。


経産省が3日に発表した日本家庭紙工業会からのデータによると、トイレットペーパーの年間出荷量から推察する使用量は1人1週間1ロールだそうだ。
同じように計算してみると、1日428.5cm。
日本トイレットペーパー協会のデータは結構古いものだが、これの男女平均800cmよりもカナリ少なくなっているのが分かる。

シャワートイレ普及の効果だろうか?


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The future that might have been.

ソロモンぇ!

ソロモンで煮詰まった結果、予期せず新シリーズが始まってしまいました。
ほのぼの日常が書きたかったんや……。
もしかすると畑や山菜話がいずれ作られるかもしれない。

ところで、桃の節句イベントやってますね。「お雛様」これは女性への性教育だったとの説もある。
下に続く。



「よ、兄ちゃん。今日も若い子らをはべらかしていい身分だな!」

「朝の挨拶みたいに俺をろくでなしにするのやめてくださいよ!」

 

 

陽気の良い朝の空気が美味しい時間。

提督は時雨たち数人を連れ立って、家から海へと繋がる道を歩いていた。

もう少しで目的のガードレールが見えてくる、そんな道すがらに出会った地元のおっさんといつものようにふざけた挨拶を交わす。

ここ数ヶ月でいろいろとお世話になってる近所の男とは、俺だけでなくウチの娘っ子みんなが世間話をできる程度には馴染んだ顔見知りとなっていた。

 

 

「潜りに行くのか?」

シュノーケルや足ヒレを持った俺たちの格好を見ておっさんが言う。

 

「最近潜水の才能が開花した気がしてまして。今日こそはアワビをですなぁ」

「無理無理。そもそもお前、アワビなんて見つけたことないだろ」

朝からやる気に燃えている俺に対してなんて言い草。俺のやる気が萎えたらどう責任を取るつもりなんだこのおっさん。

 

しかしおっさんの言うことももっともなのだ。潜水して海の底、岩場なんかを探ってもいっこうにアワビが見つからない。

たまに獲ったやつだとお裾分けを頂くので、確かに存在はしているはずなのに、だ。

そして皮肉なことに、深海棲艦が跋扈して人が海から離れていた間に、海の生物は栄えに栄えた。

今が1番海産物の豊かな時代と言えるかもしれない。

にも関わらずアワビが見つけられないのだ……。

 

 

「アワビセンサー搭載の目はどうやったら身につくのか」

この春から飽きることなく繰り出した山菜採りでは、何度か山に入るたびにタケノコを発見する目、タラの芽を発見する目、ワラビやゼンマイを発見する目などを次々開花させてきた俺だ。

しかしアワビの目だけはまったく身につかない。地元のおっさんズに聞いても「見りゃ分かるだろ」しか返ってこないので、コツもなにもあったもんじゃねぇ。サザエは発見できるのになぁ……、軽く自信を喪失する。

 

 

「姉ちゃんたちがしっかり見ててやらなきゃな、この兄ちゃんだけだと溺れそうで心配だ」

「そうだね、僕もそれが心配なんだよ。流されていきそうだからね」

 

彼女らが艦娘だと知っているこの日に焼けたおっさんは、「まさか姉ちゃんたちのほうが先に泳げるようになるとはな」と言って豪快に笑った。水上艦である彼女たちの最初の潜水訓練は傍目に見ても笑え……酷いものだったからな。

まともに潜水ができていたのは、リンガにいたときからフロッグマンの訓練をさせていた鈴谷と、それを訓練に先立って実際に自分で試した上でやらせていた霞くらいのもんだった。

あと言っておくが、俺は最初から泳げる男だぞ。このおっさんたちの言う「泳げる」の水準が海の男基準なだけだ。

2時間海に浮かびつつ、潜水を繰り返して貝を獲ってくるレベルの泳ぎだ。

俺はここに来て初めて波酔いなるものを体験した。2時間も海に浮いていると、自分単体でも揺られて酔うんだな。

そういや横須賀のじじいが昔そんなことを言っていたっけか、先の大戦で沈んだ艦から海に投げ出され、救助を待つ海兵の話かなんかで。

 

 

 

 

「畑のほうはどうだ? 後で見に行ってやるからよ」

「マジ? おじさんが手伝ってくれるなら超ラッキーじゃーん。暁ちゃんたちが草抜きしてるはずだから、見てやってよ!」

 

おっさんがそう言うと、間髪入れずに鈴谷が飛び付いてさりげなく人員を確保した。

こぉ〜の親父転がしが。女性特権をナチュラルに使いこなす鈴谷はこうやってして自分たちの生活環境向上を果たしていく。

 

つまり鈴谷を相手にした町の男どもは決まってこう言うわけだ。

「おいおい、手伝うとは言ってねぇよ。仕方がねぇなぁ」

 

気持ちは分からんでもないが、ちょろいゾ。

 

 

「そういや朝の会合でお前とこのツンツン嬢ちゃんが役人相手に怒鳴り散らしてたらしいぞ。帰ったらまた荒れてるかもしれねぇなぁ」

「またやったのか……。帰るのホント怖いんですけど」

 

説明なんて必要ないとは思うけど、会合とやらで怒鳴り散らしたのはもちろん霞さんだ。

ここ最近の地域の問題点としては医者不足ってこと。1時間と少しも走れば街に出られる程度の立地ではあるので、緊急を要するほどではないのだが、いかんせんここの住人の平均年齢は高い。

おかげで常駐医の一人でもと、行政とやり合うのが彼女の日課になりつつある。なにやら他県の寒村地域とも連絡を取り合っているようで、そのうちなんかの団体の代表をしれっと務めそうなのがちょっち怖い。ゆくゆくは地方議員から政治家へなんてなんないだろうな。一応まだ軍属なんで、それは無理だぞ。

 

 

 

「まぁ俺のとこからスイカでも採って帰れよ、土産に渡しておけばちょっとは機嫌も良くなるんじゃねぇか?」

「頂いていきます。すみませんね、いつも」

 

「なぁに、俺らのためにやり合ってくれてるんだ。お前らのためならなんでもやってやるからよ、困ったことがあったら言ってきな!」

男の腕を掴んだままの鈴谷が、「言ってくれるじゃーん」なんてやってるおかげでおじさんタジタジだ。

手を振りながら笑顔で離れて行くおっさんのだらしない顔を見るに、こりゃ畑の手伝いだけじゃなく、採れたて野菜なんかも今晩の食卓に並びそうだなと思った。

 

 

 

どこにでもあるような日本の一地方だが、ここは面白い土地だ。

山からすぐ海になっているような……それって平地が少ないとも言えるけど。まぁ、山の尾根が海まで続いているような土地なので、海が山で仕切られてまるでそれがプライベートビーチのようになってるところがある。

 

俺たちの目的地はちょっと歩いた所にあるガードレールの隙間から下りて行った先。道沿いからは木々が邪魔して見えないが、下は浜になっているのだ。

道からは結構な高低差があり、ここを抜けた先に空の青さと溶け合ったような美しい海が待っているとは思うまい。知らない人から見たら死体でも林に捨てに来たのかと思われそうでもある。

この道をもう少し走れば、普通に整備された海水浴場があるので、わざわざこんな所から下って海に潜る物好きは地元の人間以外にいないだろう。

 

そんな中で、着ていた上着を脱いで海に入る準備をする時雨たち。

家から水着を着込んでいるので上着を脱いでも下着なわけではないが、女性が服を脱ぐシチュエーションは中身がなんであれ男を興奮させる魅力があると思う。特にスカートを下ろすときなど、俺の手もついつい止まって凝視してしまうというもんだ。

 

 

相変わらず僕らの着替えをじっくりと観察している提督。昔はそれでもチラチラと横目で……いや、勘違いだね。昔から結構容赦なく見ていた気がする。

裸を覗かれているわけではないし、いつも頑張ってくれている彼に目くじらを立てるほどのことでもない。時雨はそう考えると、彼を放っておいて準備を進めることにする。

今までなら、僕らが海を往くともなればまず艤装だったが、それもゴーグルにシュノーケル、足ヒレの3点セットが定番へと変わった。素潜りで貝を狙うなら手袋も忘れちゃいけない。波に揉まれて岩場に当てられると、そこに張り付いている貝たちで指を切るのだ。

 

提督なんかはビキニで潜ってくれとうるさいが、ラッシュガードを着込んでいないと泳ぎ終わった後には目も当てられない状態になっているので、水遊びをするときでもなければ彼の要望には応えてあげられない。

だいたいみんなが1度はやらかして酷い目にあった。

彼からは非難轟々だが、貝などを採取するときの時雨潜水スタイルはショートパンツ型だ。下にはアンダーショーツも着込んでいるので彼の目の保養にはならないはず。

その割に平泳ぎをしているときなど、後ろにピッタリと張り付いて追いかけてくることもあるけれど。

 

 

提督に言わせればそれがどうしたというものだ。

見せパンだろうが水着だろうが些細なこと。それを成すのが提督の、そして紳士たる男の一分なのである。

足を大きく開いた時雨の、その短いショートパンツの隙間から覗く太ももの付け根に走る一筋。アレの破壊力が酸素魚雷をも上回ることなど、男性諸君なら今さら説明も要らないだろう。

いっそビキニよりも感じさせるなにかがある。秘するエロスというやつだな。

 

 

さて、この半島は海沿いの道を走ると山、海、山と交互に開けており、その山と山の間に集落が点在している。

はっきり言って過疎化が進んだ限界集落ってやつだ。

特に、深海棲艦が出るようになってからは加速度的に人口が減り、滅んでしまった過去の町と言えるかもしれない。

 

それでも、戦争が終わってからは少数の人間が生まれ育った町だからとこの不便な土地に戻ってきた。

 

故郷ってやつなのだろう。

 

過疎化が進んだここは、戦後に移住者を募っていた。田舎特有の大きな家屋、畑が作れる土地、目の前は大きく湾が口を開けており海鮮も豊富にある。そして後ろを見渡せば深い木々が生える山だ。季節になれば山菜などもたくさん採れる。

 

街と違い、適度な人数しかいない隣人たちも、多くの艦娘を連れている提督としては都合が良かった。

そうしてここに移住してきた提督たちは、彼らの故郷に間借りするように住み着いたわけだ。

 

村社会。というほどあからさまな差別はさすがになかったが、最初はやはり異物のように接せられた。

それも最初の1ヶ月と保たなかったな。

移り住んだ当初は畑や漁やの前に、まず戦争により破壊されたインフラなんかを艦娘総出で修復する土木作業に従事した。

ヘルメットを被って軍手。首にはタオルを掛けてツルハシを持つ少女たちはなかなかに面白い姿だった。

 

 

先の戦争で勲章をたらふく貯め込んだ俺たちの艦隊は、終戦後揃って退役を口にして海軍も大わらわ。

一悶着も二悶着もあったが、予備役に近い形で決着がついた。

地方赴任の即応艦娘集団として戦争や災害に現地で備える。そんな無茶を押し通したのも霞だった。「無理なら辞める」がよほど効いたのだろう。

 

 

つまり艤装を持っての民間生活だ。

俺たちの集団生活は、なので軍としては地方駐屯地の軍人なわけ。

さすがに砲を構えて地形を変えたり、爆雷漁で魚をゲットなどできはしないが、土砂をどかせて土を掘るのに艦娘のパワーがとても役立った。

まぁ広くみたなら、これだって復興支援だろう。もちろんそういう体裁で軍には話を通した。

 

砲弾跡で抉れた大地を均し、道を通して橋を渡す。あげく不発弾の処理まで全て自前でやってしまえる俺たちはここで重宝された。

なぜか寒村の漁港に不釣り合いな立派な港ができてしまったが、それはご愛嬌として……。誰だよ港の指揮を執ってたのは、俺じゃないぞ?

 

そうこうしている間に、村の青年団なんてのはまるでウチのご家族がやるべき仕事のようになっており、代わりに男衆から海や山でのいろはを教えてもらった。女衆からは畑の世話や生活に関しての手ほどきをしていただき、今では俺を含めて娘さんたち全員が地域住人の仲間入りを果たすに至る。

 

超絶に濃い人間関係を構築するハメになったが、不特定多数の人間と関係を築くより艦娘にとっては良かったかもしれない。

こういった集落の人間関係の濃さは想像のはるかに上を行く。まさかそれぞれの住民が家のどこで寝ているのかまで把握できているなど予想できるものか。

 

 

ちょっと待ったーー!

長袖ラッシュガードの下、たわわに実った美尻を惜しげもなく晒すビキニスタイルなのは称賛に値するが、なぜお前はカメラなんぞの準備をしているんだ鈴谷さん!

 

「えー、熱帯魚の写真を撮りたくてさ。今までそんな機会もなかったし」

 

ツッコミを入れると悪気もなくそう答える鈴谷。

ラッシュガードのZIPを胸半ばまで下ろしているソレは鈴谷自慢の20cm砲を余裕で上回る凶器。87cmはありそうだ。アンダー細っこいのにそのサイズは超ド級だな。

ソレで俺の狂気が揺り起こされたなら、ここは戦場に変わってしまうがお前は分かっているのだろうか。

 

鈴谷の水着姿を見て俺が1番に思うこと。それは、透けない白水着を開発したメーカーよ滅べということだ。

ホルターネック? それは敗北者の水着じゃけぇ。と鈴谷が言ったかどうかは定かではないが、フレアでもタンキニでもなく、これぞ正真正銘のビキニだ。そんな水着。

 

ちなみにビキニ水着のビキニはビキニ岩礁からきている。

米国が行ったあのクロスロード作戦だ。

原爆レベルの衝撃を男性陣の股間に与えることからこの水着がビキニと呼ばれるわけだが、なるほど。参加した当人(長門ねえさん)たちの前ではなかなか言えないが、鈴谷の溢れんばかりの果実の衝撃は正にアトミック級だろう。

しかもその丸出しのボトムはサイドが紐というおまけ付き。メーカーロゴがデカデカと鈴谷のお尻に鎮座するすんばらしい代物だが、いっそメーカーからスポンサー料を徴収したほうがいいんじゃないか? とも思う。

 

 

ならば許そう。

今のお前に俺が言うべきことなどなに一つを持ってない。ついでに時雨たち他の子の水中写真も頼みたい。

 

なんだかんだとこの戦闘マシーンさんは、浮輪片手だろうがカメラ片手だろうが銛で魚を一突きウーマンだからね。

撤収の時間になれば1番戦果を上げている女だ。もう放っておこう。

 

 

おっとすまない、タンキニスタイルの長波に対してなにかを思っているわけではないぞ。

その豊満な胸を持つお前がタンキニだなんて世界の摂理に反してるだろうが! なんて思っているわけではない。

お前があえて胸をアピールしない水着を着ることで、世の女性の多くを敵に回しているのではないか? と心配しているだけだ。

アピールしたならアピールしたでより多くの敵を作ることが目に見えているけどな。やはり女性の敵は女性だ。

 

しかしお前の胸はいったいなんなの? 上着を強烈に押し上げるソレは少女のものではないだろう。アピールしない水着でもアピールしてしまっているソレ。下手すりゃ殺人の動機にもなりそうだ。

背丈の割に特別な威圧感を持ち、やもすれば鈴谷の持ち物より大きいのではないだろうか。

今は伸縮性に優れたラッシュガードを着ているので、おっぱいミサイルのようになっている長波サマ。家では普通にTシャツで寛いていることが多いので、そのときにはTシャツの裾が浮いて大変けしからんことになっている。

どちらも甲乙つけがたい、おっぱいに貴賤なしである。

 

「なんだよ?」

「いや、なんでも?」

 

なんて思っていたら長波から怪訝な目を向けられてしまった。よし、とりあえず次に街へと買い出しに行ったときには新しい水着を買ってやろう。艦だった頃の記憶からか、文句を言いながらも買い与えられた物ならなんでも使う貧乏性の長波サマなのだ。

 

 

俺たちのいつもの狩場はここから沖に泳いで行った先。

ちょっと向こうに見える岬を曲がったところにある岸壁に面した海だ。

全員でそこまで泳いでいき、足の着かない場所で2時間ほど体力の限界と戦い自然と戯れる。そこまで泳いでいくと浜からは俺たちの姿が見えないので、最初はちょっとビビった。そして終了のタイミングはだいたい俺の体力が切れるまで。

 

ウチの娘たちは美艦ばかりだが、これで揃って体力バカなのだ。

 

 

「さーて、今日もやっちゃうよ!」

 

ぴちぴちのお尻を振りながら海へと駆けていく鈴谷。あれ、準備体操したか?

1番乗りを果たした彼女に続き、俺たちは着替えなんかが入った荷物を置いて、太陽を眩しく照り返す波間へと追い掛ける。

 

家では眉間に皺を寄せた霞や、畑で精を出している阿武隈たちが待っている。

せいぜい食卓を飾る海鮮を持ち帰られるように努めるとしよう。

 

 

これが俺たちの新しい海鮮、もとい海戦の姿だ!

 




初めは会合でキレてたのを、名前を出さずに表現しようと思ってました。あぁ、霞でしょ? と思わせておいて、実は沈んでしまった彼女の代わりに朝潮が……みたいな。

しかしそれだと筆休めにならねぇなってことで、普通に日常話に振り切ることに。

この話は「いつか訪れたかもしれない未来」。
架空の世界線のお話です。


ちなみに上の霞はネタバレじゃありません。霞は本編でも沈まないので。


ミリオタ豆知識。
鈴谷らが積んだ砲は20cm、長門の砲なんかは40cm連装砲と呼ばれてたし書かれてる。
cmの呼び方はサンチメートルだ。
センチメーターは英語。サンチメートルは仏語。
センチメートルは……日本語? ここ20年くらいで新しく普及した日本独自の呼び方だと思う。

英軍の弟分である帝国海軍が仏語でサンチ読みなのは理由がある。
??「陸の奴らがセンチ読みするなら、ほなワイはサンチや!」
学術的な理由だった。


上の続き。
そもそも「ヒナ」って女性器の隠語なんですよね。
菱餅がソレを表している、なんて説もある。菱餅集める艦これイベントは、艦娘の……。

この話でも貝を獲りにいくわけだが、桃の節句でも貝を出す地域がある。
貝は如実に女性器を表していたりする。
サクラガイ→シジミ→ハマグリ→アワビ

これは年齢別の成長していく女性器を表す言葉。
年齢を重ねるごとに値段が高くなっていくのが面白いね!

さて、海から上がったらショートパンツを脱がして、運動で柔らかくなった時雨のシジミをだなぁ。
通信はここで途絶えている。


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〜邂逅の夜〜6

懲りずに続いている1話。

大丈夫だよ! 星雲賞を受賞して文庫化されるときにはちゃんと順番どおりに掲載するから!(妄想)


申し訳ない気持ちではいる。



囮役として海に出る時雨に付き添って歩く一つの影。ここで出会った妖精さんに好かれる彼だ。

できればそのまま内陸の方で大人しくしていてほしいと思ったが、彼は僕の側にいることを頑なに譲らなかった。

その強引さは、とてもそんな場合ではないことも理解しているけど、お腹の底にクルものがあった。

 

艦娘になってから実装されているらしい乙女心を発揮している場合ではない。

幸い炎の照り返し以外に灯りとなるものはないので、火照った顔を見られる心配はないと思うが、彼の肩に乗っている妖精さんが泥を吐くような顔をしているので、彼女には分かったのかもしれない。

今だけは彼女が喋れないことを神に感謝しておこう。

 

 

 

倒壊した軍の施設の一つを横切ろうとしたときだ。足音と共にソレを発見したのは。

 

ソレは焦って身を隠すようにしたあと、僕たちが軍属だと気が付くいけしゃあしゃあと話し掛けてきた。

 

「なんだ? お前たちも逃げてきたのか。ちょうどいい、私を護衛しろ。このまま陸上から呉鎮守府に向かうぞ」

「あんたは」

 

妖精さんに好かれる彼が、僕の隣からそう言った。

見なくても分かる。彼は眉をひそめて、まるで汚物を見るかのような目をしているに違いない。なぜなら僕がそんな目をしている自覚があるからだ。

 

 

ソレは、佐世保の基地司令官だった男だ。

 

 

 

「なぜ、指揮をせず逃げ出したんですか」

 

激昂しているわけではない。

努めて冷静に彼の口から出た言葉。

でも隣にいる僕には伝わる。彼は怒っている。僕たちを捨てて逃げ出した男を許せないと、僕らの代わりに怒ってくれている。

まるで彼となにかが繋がっているかのように、それが分かった。

 

 

「なにかと思えば。生きてさえいれば何度でもチャンスはあるんだ。くだらん」

「たくさんの艦娘が沈んだんですよ」

 

ソレは、くだらないと言った。

僕の僚艦が、僕たちの仲間が沈んだこの場所で。ソレをくだらないことだと言ったのだ。

 

 

「だからなんだ、アイツらは兵器だぞ? 代わりは在る。装備のために士官が死んでどうする」

 

僕の気持ちは隣に立つ彼にも伝わっている。彼が僕の気持ちに応えてくれていることもまた、僕には分かる。

人間と繋がるこんな気持ちは初めてだ。彼だからなのか、こんな状況だからかは分からないが、彼の思いが僕の力に、僕の気持ちが彼の思いへと循環していっているようだった。

 

 

「敵は個々の考えで攻撃しているだけだ。十分撃退する目もあったはず」

 

 

そして、二人の会話が遠ざかっていった。

聞くに耐えない。これ以上一言足りともこの醜い雑音を耳に入れたくない。

聴覚が麻痺し、視界が闇に閉ざされていく。

 

 

その闇の中で、鳴り止まない砲撃に被さるように1発の銃声が響いた。

 

 

 

「貴方に指揮官の資格はない」

「き、貴様ぁぁ……」

 

彼が、上官であるその男を撃ったのだ。

どこか遠いところの出来事を見ているようだったが、僕は後悔もしていた。

もしかすると、僕の心に澱のように溜まった薄暗くドロドロとしたなにかが、彼に伝わり引き金を引かせたのかもしれないと、そう思ったから。

 

 

基地司令官だった男が拳銃を手にし、彼に狙いを定める。その銃口を向けられた先は間違いなく彼だったが、その銃口で狙われたのは僕のようにも感じる。

この瞬間、確かに僕は彼と一つだった。

 

 

その男がそれが成す前に、腹に響く砲撃音が辺りを覆った。

 

 

 

 

「佐世保の時雨も……看板かな」

 

彼女は、ポツリとそう言った。

どのような状況であっても、艦娘が人間に危害を与えてはならない。ましてや殺害するなんて以ての外だ。

彼女はそれらを分かっていて、それでも、ここで沈んでいった艦娘たちのため引き金に指を掛けたのだろう。

 

 

「殺したのは時雨でも、殺させたのは俺だ」

素直な気持ちを口にする。

俺の殺意を時雨が撃ったのだ。

俺の指が彼女の砲を撃たせたのだ。

 

「時雨は俺の命令に従ったまでだ」

 

そう言って、男は時雨の頭に手を置きグリグリとなぜ回した。

 

 

 

幸い死体はバラバラに弾け飛んでいる。平時なら問題だが、今は有事だ。事の真相が表沙汰になることもないだろう。

あの男が死んだ事実だけが残ればそれでいい。

どこか冷静に、そう考えた自分に少しだけ驚いた。戦争は人を変えてしまうらしい。

それはこんな短期間で如実に現れるものだと知って、それで驚いたのだ。

 

 

「俺の命令だったとは言え、艦娘が人間を殺すなんてあってはならない」

だから、これから始めるのだ。

俺たちの戦争が、今から始まるのだ。

 

 

「これで、俺と君とは共犯者だ」

「共犯……」

 

 

人が人を裏切らないことを担保するのに1番信頼できるのは罪の共有だ。女性と行う内緒話は必ず漏洩するとも聞くが、彼女は信頼できるだろう。ただの予感だ。

 

 

「お前は俺の秘書艦になれ」

 

 

そう言った彼が手を伸ばす。

ゆっくりと頷いて、時雨がそれを受け入れた。

「そうだね。じゃあこれから僕は、君を見張っていなくちゃいけないね」

 

なんだろう、許されることではないが、スッキリした気持ちだった。

彼と繋がるこの気持ち。これが僕の罪の形だ。

手放すことなく、そして忘れることのないように。彼と生きていこうと心に決めた。

 

 

「さて、霞たちを待たせるわけにはいかないし、そろそろかな?」

「すぐに戻るから心配しないで。君から目を離すわけにはいかなくなったからね」

 

名残惜しい体温にひと時の別れを告げ、夜の海へと降り立つ時雨。

 

 

しまったな、なにがなんでも帰ってこなければいけなくなった。

少しだけ、面倒な夜になるかもしれないね。

 

 

そんな風に思った。

 




「お前は俺の秘書艦(もの)になれ」と言いたいところだが、自粛。
やらなかったわけだが、時雨は「俺のもの」と言われたら喜ぶような気がしなくもない。あくまで気がするだけだ。


ソロモンもボチボチと進んでおります。


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〜百花繚乱乙女戦〜

84話「〜綾波と昭南島〜」の前日譚。

提督がシンガポールに出向くのに、綾波が着いてきたその理由。



本日も相変わらずの無風。

勝手に寝床にしている本舎内の部屋から執務室へ直行という生活スタイルなので、空調の効いた屋内から出ることなく1日を終えることができるのが救いだ。

 

毎日こんな生活をしていたら体にも良くない気もするが、入浴と食事はさすがに俺が出向かなくてはいけないので、一応まったく外に出ないなんて状況は回避している。

紫外線は心身を健康に保つために必須だとも言うしな。散歩がてら基地敷地内を歩くようにしているので、不健康な中では健康的な部類だと思う。

 

 

さてさて、執務室で直近のスケジュールを確認していたところ。前々から予定されていたシンガポールでの会合の日時が決まったとの連絡がきていた。

不定期で開催される、地元の企業やセレター軍港の責任者を集めて悪巧み的な話し合いだ。今のところうまい具合に事業は回っているが、代表者が顔を合わせてそれぞれが当事者の一員だと意識させる集いは頻度を間違えなければ非常に有効である。

内地の企業が特に意味もなく、全国に散らばる責任者を集めて行う会議なんかと一緒にされては困る。

 

会議が目的ではなく、目的のための会議なのだと奴らは学ぶべきだろう。

 

 

驚くべきは、通達された予定日が明後日というところだ。

確かに、参加するのはそれぞれ別の世界と立場で多忙を極める人材たち。集めるだけでも一苦労なことから、そちらの都合にある程度合わせますよ。なんて言っておいたわけだが、俺がそんなに暇そうに見えているのか?

 

幸い今は作戦の予定もなく、ある程度自由の効く身ではある。

地盤固めこそが急務である俺が参加しないなんて選択肢はないので、出向くんだけどさ。

 

問題になるのは俺と一緒にシンガポールへと行く艦娘のほうだな。

彼女らは護衛に哨戒に訓練に、その合間には座学まで詰め込まれた生活を営んでいる。

 

今日言って明後日に、誰か一緒に行ってくれない? なんて軽々しく決められるものではないのだ。

前泊するならもう明日にはここを出る。会合の後に一晩泊まるなら3日はここに戻って来られないことになる。

 

新たな案件が出たならまずは相談。

社会人の基本は「連装砲」。つまり「連絡」、「相談」、「報告」だ。

蛇足になるが、仕事の8割は「確認」でできていることも合わせて覚えておいてもらいたい。

 

 

本日のこの時間は、みなさんまとめて港にいるだろう。

今日は輸送物資を山ほど積み込んだ船がリンガに到着する日なのだ。頼んでおいた物品に目を輝かせながら受け取る……前に資材や備品を総出で倉庫などに搬入する仕事をやっているはず。

乙女にさせる仕事ではないが、いかんせん人の数が足りていない。もうちょっと資金に余裕ができてきたら益々の人員を確保しなければいけないな。

 

さて、炎天下で肉体労働に励む少女たちの美しい汗でもおがみに行こうか。

そんなことを考えながら、汗一つかいていない俺は執務室を出るのであった。

 

 

 

港に着いたころには、どうやら一仕事終えたところだったようだ。

輸送船の護衛をしていた阿武隈たちが船員に労いの言葉を掛け、艦娘施設のほうへと引き上げていく。入浴してから休息に入るのだろう。

良かったらお背中でも流しますよと彼女らに声を掛けたが、阿武隈に断られてしまった。

雷を見習え、彼女など「あら、それなら私が司令官の背中を流してあげるわ!」と言ってくれたのに。

六駆のみなさまを餌に阿武隈を釣る作戦はこうして失敗した。

 

 

忘れるところだった。

ここまで出向いた目的はそれじゃない。

建物の影になっているところで車座を組むように休憩している時雨たちに出張兼臨時休暇になるシンガポール行きを伝えねば。

 

基本的には俺の警護なわけだが、この娘さんたちは俺と一緒にいるときは常にナチュラルな警護をしてくれているので、改めての任務といった風でもない。頭が下がるばかりだ。

 

なので、今回急に入ったシンガポール行きは艦娘たちにとっては臨時休暇で街までショッピングといったところ。

俺とのデートひゃっほぅ! ではない。残念ではある。

 

 

あぁ、いい匂い。

今不自然な感想が口から漏れたが、スルーしてくれ。

 

伝えられた新しい任務について、休息中の艦娘さんたちが話し合う。

一人が「僕は経験者だよ。ここは僕が行くのが一番じゃないかな?」と言えば「待って待って、経験を積ませるためには未経験の村……私こそが行くべきじゃない?」との意見が出る。

「警護なら私が行くのが当然っぽい」との声が上がれば「私も警護艦ですよー」と微笑み顔で反論される。

 

 

いつまで話しても誰も折れず。それぞれの意見は平行線をたどった。

 

「どうすんの?」

 

その様子に提督が声を掛ける。相手はもちろん霞だ。

こんなことに費やす時間はない。そう呟いた彼女が動く。

 

これで決着だろう。

鶴の一声とは言うが、ここでの霞の一声は天上の一声に等しい。

またこの理性的な駆逐艦が判断したことであれば、納得のいくいかないではなく。それも止むなしとの説得感がある判決を出してくれるだろうとの信頼も確かにあった。

 

 

起立して注目を一身に浴びた霞は、そしてこういうのだ。

 

「殴り合いで決めましょう」

 

 

 

駆逐艦による理知的な、そして物理でのお話し合い。彼女ら駆逐艦は最後の最後、「勝利は実力でもぎ取れ」という熱い信条を魂に刻んでいたのだった。

一応理知的な部分としては、陸上で俺の警護をするのに弱い艦娘には任せられない。そんな建前だ。

この場にいる全員が、そんなに休日を欲しているのか? と問われれば。それはきっと違う。

勝負であれば勝たねばならないといった、格闘家や戦闘狂のようななにかが彼女たちを動かしている部分が多分に含まれていることだろう。

本来の目的を忘れた姿と言い換えることもできる。

 

 

 

その結果。死屍累々となったその場には、綾波だけが微笑みを浮かべて立っていた。

 

 

結果だけみれば、そりゃあそうだろうとも思えるが、時雨と示し合わせて場を支配した夕立と、それをさらっと裏切る時雨。

白露をけし掛けるも背後から村雨に首を決められた長波など、みどころ満載のキャットファイトになった。

「かわいいね!」と言っていたかわいい駆逐艦が早々に涙目を浮かべて撤退したのは良い判断だったと俺は思う。

 

 

さぁ想像してみてくれ。うら若き乙女たちがその短い制服姿で、身体能力の限界に挑む本気の格闘戦を繰り広げたのだ。

 

そこはもう満開のお花畑。

 

誰のとも分からない鼻血などが飛び交う素敵な桃源郷ではあったけど。そんなことは些細なことだろう。

そう思えるようになって、初めて彼女らの指揮官になれるだけの資格を手に入れるのだ。

 

 

俺などは、霞の後ろ回し蹴りが綾波の脇腹に突き刺さった辺りで霞の勝利を予感したものだが、胃の内容物を口からリバースさせながらもその足ごと霞を抱えて垂直に落とすかのように芸術的なバックドロップをコンクリ地面に叩きつけた綾波のほうが1枚上手だった。

 

俺のわずかばかりの知識を駆り出せば、その技はリングの上以外で使ってはダメだろう。というより、可憐な少女たちがケンカで使うものではあるまい。

形容し難いすごい音がしたからな。霞じゃなければ死んでいたかもしれない。俺は、綾波を怒らせるのは止めておこうと新たに学ぶことにも成功した。

 

ちなみに俺的今回のMVPは、大粒の涙と鼻水を垂らしながら後ろから時雨の脳天にかかと落としを決めた白露に差し上げたい。

 

 

予想を尽く外したおかげで結構な賭け金を失ってしまった俺だが、スカート姿のまま美しいブリッジを決めるゲロにまみれた綾波や、完全に衣服がめくれ上がっているせいでかわいいお尻を見せつけてくる、泡を噴いて失神した霞にイタズラする時間を手に入れるなど、終わってみればなかなか充実した催しになったものだと思う。

実は俺の一人勝ちのような気もする。

 

 

ともあれだ、花が咲き誇るかのように刺繍されたちょっと大人っぽい下着に合わせて鼻血も咲き誇らせている彼女や、スカートの辺りから染みたものでコンクリートの上に予期せず地図を描いてしまった彼女。

性犯罪に巻き込まれたあとのように破れてボロ布のようになった元制服を肌にまとわせて意識混濁中の彼女たちの後始末をせずこの場を離れることはできないだろう。

 

一人立っている綾波も、その場から一歩たりとも動いていないので実はカナリ限界なのだと思われる。

無理もない。日本刀を突き刺したかのような凄まじい蹴りだったからな。俺なら口から内臓を吐き出していただろう。

 

しかしとりあえず立ってはいられるようなので、まずはそこにしゃがみ込んで号泣している春雨を医務室に連行するとしよう。

村雨と夕立がさりげなくかばっていたようだが、ダメだよ春雨ちゃん。

君はこんな修羅が暇潰しに行う戦神たちの遊びに参加しちゃいけない子なのだから。

 

 

そうして俺は、頬に強烈な紅葉を貼り付けた春雨の腰を抱えるようにしてその場を去った。

しばらくしたら戻って来るから、それまでは大人しく寝ていろバカどもめ。

 




どれが誰かは、彼女たちの名誉を傷つける可能性があるので明記していません。

それぞれ思いおもいの子を当てはめてみよう。


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The old lady lifts her skirts, she can run.

スカートをひるがえして!


脱線がひどすぎるー。
ごめりんこ。

そしてまたテイストが変わるのだ。
本編よりも番外が充実したものを人は本末転倒と呼ぶ。




ワタシは戦ったわ。

あの凍てつく海で、あの潮香る灼熱の海で。

 

ワタシは戦った。

 

戦争を嫌うワタシは、戦争のある海ならどこへでも。

北も南も東も西もなく。そうやって戦ってきたのよ。

 

ワタシほど遠くの海で戦った艦はなく。ワタシほど戦い続けた艦もない。

 

ワタシほど戦争を知る艦はないわ。

 

 

 

長く戦い続けたワタシは、平和な海を後進の彼女たちに任せて余生を楽しんでいた。

だけど世界は、ワタシにそれを許しはしなかったの。

 

再び始まった戦争に、アナタたちはまたワタシを誘ったわね。

それでも、ワタシの力が必要なのだと願ってくれたのなら喜んでこの身を戦火に投じたことでしょう。

でも、世界はワタシに多くを望まなかった。長く戦ってきたワタシには、もう往年の活躍は期待できないと。そんな冷めた目で見られながらの戦争。

 

それでも戦ったの。

だってワタシは世界の海を護るモノなのだもの。

 

期待なんてしていただかなくても結構よ。誰の頭上に冠が相応しいのか、ただそれを見せるだけ。

 

戦争を忌むワタシが世界で最も戦争に愛されている。

ワタシこそが海軍。ワタシこそが軍艦。ワタシこそが、世界で最も戦う艦なのだと魅せるだけだわ。

 

 

 

みんなはワタシを見て老婆だと言ったわ。

あら、アナタたちには見る目がないのね。

 

確かに、ワタシにはあのときほどの速さがないわ。

ワタシにはあのころほどの強さはないわ。

 

でもワタシには誇りがあるの。

ワタシこそが海軍の誇り。ワタシこそが軍艦の誇り。戦う艦とは、ワタシのことを言うのよ。

 

 

このワタシが高飛車ですって?

それは見当違いだわ。

 

ワタシは自分になにができるのかを知っているもの。

ワタシがなにを望まれているのかを知っているのよ。

ワタシがすべきことを知っているの。

 

 

 

使い捨てのように使われもしたわ。でも、ワタシを使い捨てられるなんて思っているのかしら?

それはアナタたちの誤りよ。

 

 

 

ワタシは平和な海が好きよ。だから戦争の海を往くんだわ。

 

 

そうやって2度目の戦争を戦ううちに、またワタシには期待がかけられるようになったわね。

スカートを上げればまだ走れるですって、失礼しちゃうわ。

ふふ、嘘。ええその通りよ。

かわいいアナタ。アナタが望むならワタシは走るの。

 

信じてちょうだい。ワタシが応えるから。

期待していてちょうだい。ワタシが叶えるから。

 

 

 

いつしかワタシの名を畏敬を込めてオールドレディと呼ぶようになったわね。

 

任せていてね。

ワタシは平和な海が好きなの。

すぐにアナタにも、色とりどりのリボンを結んで差し上げるわ。

 

 

勲章を数えることなどとうにやめてしまった。

誇らしいことだけど、ワタシは勲章を貰うために戦うのではないもの。

 

ワタシの名が、ワタシの誇りが許さないのよ。

 

 

 

2度の戦争が終わって、ワタシにも最期のときがやってきたわ。

ワタシを連れていく先は、ワタシを終わらせる場所なのね。

そこは荘厳な鐘が鳴り響く丘の上かしら? それとも満開の花たちが出迎えるヴァルハラの園なのかしら?

(つわもの)どもが夢の跡といった、ワタシに似合った海の果てかもしれないわね。

 

 

ワタシは望まれるまま、その名の誇りに懸けて戦ってきた。

戦争を忌み嫌う者として戦い、平和をアナタに贈るわね。

 

だから、少しくらいのワガママは聞いていただけないかしら?

 

 

ワタシを繋ぎ止めるものを断ち切って、戦争のためじゃない、ワタシは自由に海を駆けたいの。

 

空はあいにくの大嵐だけど、ワタシにピッタリの晴れ舞台よね。そうは思わない?

重圧を脱ぎ捨て、義務から解き放たれた本当のワタシは、少しおてんばだったみたい。

ね、とても“らしい”でしょ?

 

 

人も乗せず、気が済むまで海を往ったら。ワタシもそろそろ休むわね。

 

 

心配しないで、3度目の戦いにはまた目を覚ますわ。

少し寝坊をするかもだけど、心配しないでいてね。

 

 

ワタシは戦争を忌み嫌う者。

戦争の在るところには必ず出向くのよ。

 

 

 

次は、もっと遠くの海で戦うのもいいかしら。

 




愛しのAdmiral。次はアナタの下で戦争を往くわ。


軍艦の中の軍艦。世界で最も偉大な軍艦といえば彼女だと思う。
その艦歴は彼女の最期まで含めて上質な物語のようだ。


海と戦争に愛された彼女をすこれ!


連絡事項
1話から続いている〜邂逅の夜〜が無事に書き終わりました。
今週中には全文掲載できると思います。


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〜邂逅の夜〜7

終わりのー始まりーDeath!

あともう2話で佐世保が終わる予定。
本当に長く付き合っていただきまして、感謝しております。





暗闇の海で海面を照らすのは命で作られた松明。そうして彩られた舞台で、氷上の妖精のように、滑るようにと有象無象の前に降りたつのは美しい湖面の瞳を持つ絵画の少女。

 

「時雨、行くよ」

進路の邪魔になるのは3体だけだ、それらをかわすだけならやってみせる。

目にした敵艦すべてを水底に還すのが目的ではないのだ。

負け戦には負け戦の勝ち方があるのだと、作戦前に彼が言ったのだから。

 

そして、必ずその下へと帰る約束を交わしたのだから。

 

せいぜい目立って敵の目を引きつけよう。

僕の信頼する仲間たちが、後ろから敵本隊を突くまで。

それが僕の役目だ。

 

 

 

 

川から海へと進む霞たちは軍施設に狙いを集中させる深海棲艦たちの裏をかいて戦場へと潜り込んでいた。

ここを抜ければ敵旗艦に届く。

それはほんのわずか先、それは限りなく遠い先。

 

 

「きゃあ」

敵の砲弾が直撃した伊勢の主砲が煙を上げる。

少しずつ、しかし確実にダメージを蓄積していく伊勢。それでも彼女が盾になってくれなければ、逃げ場も為す術もなく駆逐艦である霞たちは沈められてしまうだろう。

 

やはり届かないのか。この戦力だけでは果たせないのか?

 

 

こちらの主力は伊勢。そして両脇を朝潮と霞で固めた三人だけが戦力だ。

ようやく浮くことができるまでには応急修理を終えさせた皐月だが、戦場を連れまわせる状態ではとてもないので、川べりに隠すようにして置いてきている。

駆逐艦1隻でなにが変わるわけではないけれど、駆逐艦の1隻でもいてくれたらとも思う。

 

港を挟んだ向こうでは時雨が奮戦しているのだろう。砲撃のたびに強烈な閃光が砲口から上がり、彼女の位置を教えている。

 

そのおかげでこちらに向かってきている敵艦の数は絞られているが、狭い港湾ではそれを抜くのだって至難の技だ。

 

ここからなら伊勢の主砲が敵艦に届く。艦砲の射程を考えれば港湾内の距離などあってないようなものではある。

しかし敵艦に囲まれながらの回避中に、闇夜の目視でめくら撃ちのようにしてもラッキーヒット以上のものが望めるとは思えない。

確実を期すなら水雷だ。

 

避ける暇さえ与えない至近距離からの一撃。

抜けさえすればそれが可能なのだ。

ワタシたちは夜の戦場を嫌ってほどに駆けてきた、誇り高い駆逐艦なのだから。

 

 

決め手を欠いたまま攻めあぐねる霞たち。

その轟音の吹き荒ぶ中、砂嵐のような無線からあの男の静かな声が聞こえた。

 

「やれるさ、お前なら」

 

 

ノイズ混じりにたった一言だけ届いたその無責任な言葉。

その言葉はストンと霞の胸に落ちて力になった。いつまでも悔やんでばかりはいられない。戦場で泣いているだけなんて許容できない。なにより、憎悪によって立つワタシを、沈んでいった子たちにいつまでも見せていたくはない。

彼は、こんなワタシに信頼を預けてくれている。ワタシが応えなくてどうする。

 

 

「全艦単縦陣! このまま抜けるわよ!」

 

 

死地に足を突っ込む覚悟があるのなら、走った先にこそ活路があると、駆逐艦ならば知っている。

敵陣の中に混ざってしまえば、友軍撃ちに注意しなければならないのは深海棲艦のほうだ。

 

覚悟なら、もうとっくの前にできている。

 

 

 

半死の重巡ネ級が縋り付くように咆哮を上げて霞たちを追う。

門番のように敵旗艦を護っていた艦だ。

アナタが艦娘であれば、その誇り高い戦いぶりに敬意を表したことだろう。

 

しかし彼女は深海棲艦だ。

ならば、ソレに言うべきことも感情も決まっていた。

「ちっ、ウザいのよ!」

 

 

門番を降したことで、這々の体ではあるものの霞たちが敵本隊の前へと姿を現した。

これで、狭い港に追い詰められたのは深海棲艦のほうだ。

 

味方を撃つ心配のない霞たちの砲撃が敵の装甲をこそぎ取っていく。

敵旗艦である戦艦ル級が恨めしい目でこちらを睨め付けるが知ったことか。

ここにきては、あとは勝ち筋をなぞるだけ。

 

この狭い海で、駆逐艦を相手に戦える艦などいない。

そしてここにいる駆逐艦娘は一騎当千の猛者ばかり。

それをあの男が信じてくれているのだ。それを、あの短い一言で告げたのだ。

 

誇りを持て、自信を持てと、アイツがワタシたちに言ったのだ。

 

 

ジワジワと命を削るその戦場に、敵にとっての絶望がまた1隻増える。

 

合流直後から絶好調なのは時雨だ。

地元艦娘の底力を見よと言わんばかりに、狭い港湾を縦に横にと駆けて敵を翻弄していく。

 

霞たちが本隊前に到達し、囮としての任務が終わった時雨は、ここが1番の安全地帯になったことを感じ取ったのだろう。

指示を請うでも意見を問うでもなく、彼女は正しい選択をした。

幸運なだけで佐世保のエースになったのではないと、彼女は実力で証明してみせたのだ。

 

 

 

試合には負ける。分かっていたことだ。

そして勝負には勝つ。

佐世保の港に集う深海棲艦を全滅に追いやることなどできやしないが、ここに居座る旗艦を含んだ本隊に生き残る目はもうない。

 

幕切れはあっけなく。

静かに引くのが定石だ。

 

 

 

「シンロヨシ!」

「ショゲンニュウリョク!」

「ハッシャカンヨシ!」

 

耳元で妖精さんたちの声を聞いた。

 

その中に、ずっと聞きたかった声を時雨は見つける。

提督のポケットで、声もなくずっと泣いていたあの妖精さん。

僕に着いてきてくれた彼女が叫ぶように声を張り上げた。

 

「イキテ! イキアガケ!」

 

 

発射管から飛び出した魚雷は真っ直ぐに進む。こんな感覚は初めてだった。

発射したその瞬間から、相手を沈めるイメージしか持てなかったから。

僕の魚雷は必ず当たる。そして、僕たちは生き残るんだ。

 

 

「目標達成! 敵旗艦撃沈よ!」

 

堂々とそう告げる霞の声に、僕たちの、長い夜が終わりを迎えるのだと感じた。




「キミタチニハシツボウシタヨ」と妖精さんが喋ったら、いきなりギャグになるのかなとちょっと思いました。


そういや、もう知ってる方も多いでしょうが……。
佐世保では秘密の深海棲艦研究が行われていました。

基地司令官は証拠隠滅のためにあそこにいたのですね。
時雨を送り出したあとの提督がそれを見つけます。



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〜邂逅の夜〜8

100話もすぎて、とても今さらなのだけれど。

どんな話が求められているのかなぁ(瑞鳳風に)。

熱い話? エロい話? エグい話? それともほのぼのとした話だったり、日常の話だったりするのかしらん?
お、ちょっといいじゃん。みたいに思える話はあっただろうか。

私、気になります。



敵旗艦を含む主要な艦隊を撃沈せしめた。

当初の予定はこれで完遂できたということだ。

 

その影響なのか、基地へと攻撃を仕掛けている砲撃の音も小さくなってきている気がする。

このまま残った深海棲艦が遁走してくれたなら、街に被害がでることもなく、一定の勝利を掴めたと言えるはずだ。

居残る深海棲艦が、すでに元基地になってしまった瓦礫の山に砲撃を続けるくらいならそれも構わない。

あとは無事にここから撤退するだけ。

 

 

 

「ちょっと待って! アンタはどうするのよ」

 

作戦の完了を男に伝えていた霞が大声を上げた。

急いで全員が無線に耳を澄ませる。

どうやら、彼を残してきた付近は大火災を起こしており、近づくこともできない熱量を放っていると言うのだ。

 

 

「指揮はここまでだ。お前たちはそのまま沿岸を航行し呉鎮守府まで撤退しろ」

 

坦々とした声でそう告げる男。

それを聞いて霞が眉間に皺を寄せる。

 

「はぁ? アンタを置いていけるワケないでしょ! なんとかなさいな!」

置いてなどいけるものか。今回の生還劇の立役者なのだ。

あの男がなにをしたわけではない。ないが、この男がいなければ、きっと生還は望めなかったのだから。

 

「知ってのとおり、人間は海上を航行するなんてできないからな。最後にお前たちのような誇り高い艦を指揮できて光栄だった」

プツンと無機質な音を立てた後、無線はノイズを拾うだけ。

 

生き残るのは彼女たちのほうだが、しかし見捨てられたような、なんとも言えない気持ちにさせられる。

 

「僕のワガママなんだけど」

一人、前に出た時雨がみんなに向き合い、懇願するように言った。

 

 

「僕の提督を、救ってくれないかな」

 

 

 

 

「あなたは、彼とは長いのかしら?」

自らの肘を抱えるようにした伊勢が時雨に問い掛けたが、その答えは彼女たちの想像から外れるものだ。

「ううん。君たちと出会うほんの少し前に会っただけだよ」

 

それを聞いて驚愕した。

二人は長年連れ添ったパートナーのようで、信頼し合っているのが傍目にも分かったから。

絆はあったのだろう。そしてその絆を、離したくないと感じているのだろう。

絆を育むのは時間ではなかったようだ。

 

「それでも、命を賭して彼を救いたい?」

「約束したんだ、もう離れない。彼が死ぬなら僕もここで一緒に沈むよ。僕は彼の秘書艦だからね」

 

そう言って、時雨はみんなから距離を取った。

 

「僕の提督、か」

羨ましいと思う。

そして、羨ましいだけで終わらせたくはない。

彼女が時間をかけずに絆を結んだのなら、それはここにいる他の艦娘にもできることなのだと、確信に近いなにかがこの胸にある。

 

 

「行って! ここはワタシが支えるわ」

「霞……」

 

損傷のある皐月を連れて渦中に飛び込むなどできない。残存艦が残る中、全員で彼を迎えに行くなどできはしない。

誰よりも早くそう判断し決断したのは霞だった。

 

「勘違いしないでよね。あの男に文句の一言でも言ってやらなきゃ気が済まないってだけ」

 

決断を下したなら後はやるだけ。あの人からは霞の指示に従えとの命令を受けているのだ。

そうして伊勢は、今にも沈んでしまいそうな時雨の肩に手を置いた。

二人で彼を迎えに行く。これが今回締めくくりとなる大一番だ。

 

「そうは言ってもワタシたちで支えきるのは無理だから、頃合いを見て引くわよ。その後しばらくは港外で待機するけど、夜が明けたら呉に帰投する。アンタたちはあの男を連れ出して、合流できそうならそうして。無理なら陸路よ。呉で落ち合いましょう」

 

霞が今後の指示を告げる。

確かにそうだ。提督の元に駆けつけて、その後どうやって逃げればいいのか今は分からない。そのまま陸路で街まで行くことも考えられる中、霞たちをいつまでもここに引き留めておくわけにはいかない。

 

しかし問題は他にもある。

このまま湾外に出るならまだしも、提督がいるはずの突堤までの間にはまだ深海棲艦がたむろしている。

燃える海を縫って、敵艦との遭遇を避けながらそこへ向かうのは現実的とは思えない。

 

そう思い悩んでいたら、呆れるように溜息を吐いた霞がなんでもないことのように言った。

 

「道ならあるじゃない。とっておきが」

 

霞が指差すのは海とは真逆の方向で。それを見ただけで僕たちは、彼女の言わんとしていることを理解した。

 

霞があの男に似てきた。そして彼女はあの男よりも艦娘に対して容赦がなかった。




「勘違いしないでよね!」が似合う艦娘三強の一角。それが霞。

艦これが始まった当初は不人気キャラでしたね。
史実好きなパイセン提督たちが霞のフォロー運動を懸命に頑張っていたのを思い出します。

お時間があれば艦これwikiにある霞のページを読んでもらいたい。
駆逐艦霞を大好きな提督たちが、誤解なく彼女を分かってあげてほしいと、そんな気持ちで書いたのだと思わせる良い記事です。

逆に史実の帝国海軍好きマンがIowaを嫌ってもいましたが……。

全力で楽しむだけ。それが正しいゲームとの付き合い方だと思います。
ゲームやアニメ、そして小説など、娯楽から受ける影響は基本的に正のものであるべきだよね。
娯楽でメンタルに傷を負うようでは現代社会を生きるのが辛かろう。

そんな僕は性の影響を受けています。
NTRで脳を破壊され、阿武隈ボイスで脳を溶かさレの幸せな生活ヲ送っ、ておリま。


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〜邂逅の夜〜終

長く続いた最初の逸話。
100話を超えてようやく……。

ちょっと駆け足気味だけど、今はとにかく形になったことを喜びたい。
え? 位置取りが謎?

はい、そのとおりだと思います。
佐世保の地図と睨めっこしながらなら、なんとか補完できるかもしれない……。

佐世保オンリーも大盛況だったようですね。山田さんの友達も楽しんできたそうで、なによりです。
「旅をしない音楽家は不幸だ」で佐世保には遊びに行っています。未読の方はぜひに。



「提督!」

燃え盛る炎の街道を抜け、彼と別れたあの場所へとたどり着いた。

 

なにをするでもなく、たおやかな佇まいで海を眺めている男を見つけた時雨がその胸に飛び込む。

海水を被って炎の中に飛び込んだのか、時雨は頭から全身びしょ濡れだった。

驚いた男が飛び付いてきた時雨と、後から駆けてくる同じく水の滴る伊勢とを交互に見やって口を開いた。

 

「どうやって……いや、なぜ戻ってきた」

「もちろん走ってだよ」

 

まさか艤装を担いだまま、焼け落ちて瓦礫の山となった、炎に炙られた道なき道を踏破させられることになるとは思わなかった。

伊勢がその過酷な障害物走の感想を言う。

「主砲を担いで走るのは、できれば頻繁にやりたいものじゃないわね」

 

この短い間に何度か見た、困ったような笑顔をした伊勢が肩で息をしていた。その顔は、今まで見たものよりずっと彼女に似合っていた。

 

 

「君は僕に言ったじゃないか。僕は……秘書艦で、君の共犯者だよ! 提督……。提督の隣が僕の居場所だ」

なにがあってももう離れないと、全身を使って伝えているようだ。

時雨は男にしがみ付いたまま、涙の跡を男の胸元に染み込ませていく。

 

 

「貴方は、指揮はここまでと言った。なら、貴方を助けに戻るのも、命令違反ではないわよね」

悪戯を成功させた子供のように伊勢が言う。

また彼女の新しい一面を見せてもらえたようだ。

本当の彼女は、きっと天真爛漫で憎めない女性なのだろう。

 

 

一頻り再会の思いを叩きつけたなら、また走り出さなければならない。

みんなで朝を迎える。それだけのことが、こんなに大変な夜になるとは想像もしていなかった。

 

「私たちを助けると言った指揮官を置いていっては、戦艦の矜持は保てないのよ。なにか方法はない? 無理なら担いででも貴方を連れ出すわよ」

 

走ってきた道は炎で埋まり、とてもじゃないが生身の人間が走れるような状況ではない。

頑丈さが取り柄の時雨たちでさえ、ちょっと髪が焦げてしまったほどだ。

あの炎の中を走り抜き、ちょっとで済むほうがどうかしているのだけれど。

 

 

 

 

さて、物騒な物言いをする伊勢だが、その発想は悪くない。

むしろ、それこそが一筋残された光明だろう。

 

「そうだな、なら担いでもらおうか」

伊勢が比喩的に表現したそれを、唯一の解決策だとでも言わんばかりに口にした。

 

 

 

 

伊勢の艤装に乗って、俺たちは一度海を渡る。このまま港外に向かうとはぐれた深海棲艦に出会す可能性があるからだ。

 

この突堤から係船池を挟んだ先は時雨の艤装が置いてあったドック。そしてその裏手には最初に霞が護っていた街がある。幸いそちらには火の手が上がっていない。霞の判断のおかげだろう。おかげでこうして上陸できるわけだ。

 

もちろんドック側を歩いていけばそのまま港外まで出られる。港は繋がっているからな。

見てくれは悪いが、海面に立てない人間が船もなく沖に出るにはこれしかないだろう。

 

「艤装に人を乗せるなんて初めてよ」

相変わらず常識から外れた考えだが、これならば深海棲艦に出会うこともなく、1番安全に霞たちと合流できるだろう。

人の持つ柔軟な思考から生み出された起死回生の、それは良い作戦だった。

誰でもを乗せたいわけでもないが、彼ならこの先何度でも乗せて海を往きたいとさえ思える。

 

 

それにしても戦艦というのは凄いものだ。大の大人が乗ってもまるで重さを感じていないかのように、バランスを崩すでもなく海面を駆ける伊勢。

この力強さこそが戦艦なのだろう。

 

 

 

 

「司令官、ご無事ですか?」

「ったく、手間掛けさせるんじゃないわよ!」

 

港外の海で無事に霞たち三人と合流することができた。

深海棲艦たちは思いおもいのまま鎮守府を焼いていたが、好き勝手に離脱している者が出ているのか散発的に聞こえる砲撃音も減っている。

 

この調子なら、改めて艦隊を差し向けることなく、朝日が昇る頃には襲撃も収まっているだろう。

 

 

 

全員で並走しながら海を駆けていると、霞が隣に並んで話し掛けてきた。

 

「アンタ、さっき私のこと『お前』って呼んだでしょ」

真っ直ぐな目を向けてそう霞が言う。

考えてみたら、この子は必ず目を見て言葉を紡ぐ。強い子なのだ。

相変わらずのキツい眼差しをしているが、またその顔を見ることができて嬉しく思う。

まだ数時間。会話だって数えるほどしか交わしていない。でも分かる。

今の彼女は怒っていない。だから安心して次の句を待つ。

しばらくの沈黙のあと、口籠もりながらも彼女はこう言った。

 

「……あれ、不思議と嫌じゃなかったのよ」

 

照れて顔を背けそうなものだが、こんなときでも、やっぱりこの子は目を逸らさずに向き合って話をしてくれる。それはとても格好良いことだと思った。

 

 

 

「俺もお前たちと共に戦って、艦娘の見方が変わったよ。今まで接してきた艦娘はこんなに親しみを持って話してくれなかったからな」

命を預けるに値するのか、正直疑問だったんだ。俺は艦娘という存在を信じきれていなかった。

 

「それは仕方がないわよ。提督と私たちは今日初めて会ったんだもの」

そう言って笑う伊勢に心がほぐされていくのを感じた。

信じて良かった。一緒に戦えて良かった。

 

「そうだな。そのとおりだ」

 

 

 

「お前たちとだったから、生き延びられたんだと思う。作戦は成功だ」

そうして俺は、作戦の終わりを告げた。

 

 

 

仲間を見てみれば、みんな酷い有り様だ。ところどころ破れた服から覗く肌は血と煤で汚れているし、艤装の大部分は欠損しているかあらぬ方向にひん曲がっている。涙の跡が残る目元に、血を拭った跡の残る頰。どこから見ても敗残兵のそれだった。

それはなにより、美しいものだと思った。

 

 

「また、一緒に戦いたいもんだな」

「バカ言わないで、こんな行き当たりばったりの作戦なんて2度とゴメンよ」

 

霞の後ろで顔面蒼白の朝潮がオロオロとしている。横に並ぶ時雨は満身創痍の皐月に肩を貸している。

俺は今も、振り落とされないように格好悪く伊勢の艤装にしがみ付いている。

 

 

月の明かりに照らされた海上を、温かい空気に包まれた一行だけが進んでいる。

 

 

生き延びた安堵感、それをやり遂げた充実感。多くの僚艦を失い、帰るべき鎮守府を無くしたが、そのやるせなさや後悔は胸の奥底にしまい込み、生きる糧としていくんだろう。

これが、戦中を生きるということだ。今だけはこの達成感と共に、生きていることを喜ぼう。

 

それから時雨が流れるように近づいてきて、本日最高の笑顔でこう締めくくったのだ。

 

 

 

「ところで、気が付いているかな? 僕はまだ、君の名前も聞いていないんだよ?」




くぅ~疲れましたw これにて完結です!



嘘です。1話が終わっただけでした。

最後の時雨の一言のために、先に進んだ本編で提督の名前を出せなくなってしまったのでした。


名前のないまま物語はすでに佳境なので、もうこのまま名無しでいこうと思っています。


長い間お付き合いいただき、本当にありがとうございました。
山田太郎氏の次回作に期待!


嘘です(2回目)。
そろそろソロモンを進めるつもりです。


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沈丁花の娘

【沈丁花】
良い匂いのする花で、小さい紫陽花みたいに固まって花が咲く。
花言葉は栄光、不死、不滅など。

学名の語源は女神ダフネ。
アポロンから執拗な求愛を受け、それを断り続けるも追い詰められて月桂樹へと姿を変えた女神。
アポロンは悲しみ、その月桂樹で冠を作って常に頭に乗せている。

アポロン目線では純愛の逸話だが、ダフネさんからみたらいい迷惑だろう。そんな話。


あ、ソロモンの続きです!


霞の胸中にある懸念は本隊の位置どり。

なんだろう。それは妙に外れている気がする。

 

ワタシたちとトラックの隊。その2つを最前線に張り付かせているのは囮半分といったところだろう。

どちらも高練度の水雷戦隊だ。うまくいけば、夜の混戦に持ち込んで敵の戦艦部隊に大打撃を与える目もある。できなくても、しょせんは小型艦。そう思われるのは想定内だが、本隊がこれほど離れる理由が分からない。

 

もともと海戦なんて有視界戦闘に限るものではない。艦と艦の間隔など手を取り合えるなんてバカバカしい距離ではない。それが隊と隊にもなればなおのこと。ちょうど前線で、ワタシたちとトラックの隊がそうであるように、間に島の1つくらい挟まっていてもおかしくないくらいなのだ。

 

 

しかし、これは離れすぎだと思う。

嫌な思い出が蘇る。これは過去に参加した海戦の記憶だ。

本当に参戦していたのかと問われたら、ワタシは参戦していないと答えるだろう。それで同じ海域にいたと言えるのか。それほど、ワタシはなにもさせてもらえなかった。

そういえば鈴谷さんもいたわね。

大掛かりな戦いだったもの。ここにいるほとんどの艦は参加して、そして参戦してはいなかった。

ワタシは開戦から同じ生活を共にして、ずっと護ってきた彼女たちの最期にさえ立ち合うことができなかった。

 

ワタシの艦生を狂わせる発端となった、そんな情けない記憶。

 

 

ブインの司令官が及び腰になっているだけなのだろうか。にしても、ここまで離れてしまえば彼女たちは前線の援護もできないだろうし、いざ本隊に敵の脅威が迫ったとき、前線から慌てて戻っても間に合わないのではないか。

言いようのない心の澱がワタシを後方に向かわせた。

 

どちらの可能性のほうが高いかを考えると、前線が壊滅することのほうだろう。

さすがは鉄底海峡(アイアンボトムサウンド)と、そう呼ばれるだけのことはある。ここは軍艦の墓場だ。それに足る練度の高い敵艦が次々と襲来する。

深海棲艦に上限などないのではないか? そんな悪夢のような考えまでが鎌首をもたげる。

 

そしてそのような状況になったとき、救いになるはずの本隊は直ぐには駆け付けられない距離に在るのだ。

 

 

 

しかし、その予想は外れてしまった。

 

 

霞と鈴谷は本隊に近づきすぎない程度には距離をとって並走していた。

内地の海と違い外洋は波が高い。自分の身長より低い波がこないくらいだ。この波間からは本隊が目視できないが、後方にも目を届かせておきたかった。

本隊に近づくということは前線から遠ざかることを意味するが、前線は任せてきたのだ。

長波を信じているし、そこには金剛だっている。

 

いくら遊撃を許可されているとはいえ、他所の基地に所属する別働隊に混ざって航行するなどあり得ないことだし、下手に近づくことでこちらが観測され、前線へ戻れなどと命令されてしまうわけにもいかない。

今もはるか先の海で奮戦しているだろうウチの幸運艦や、同じく前線を任されているトラックの隊にいる幸運艦ほど自分を幸運に恵まれた艦だと自認したことなどないが、悪い予感ほど当たるものだ。

 

杞憂であればそれで問題はない。

作戦が終わったあとにせいぜい身内から、自分たちだけ後方に戻って楽をしやがってと笑ってもらおう。

 

 

波に揺られながらの航海。

自分の足で戦場に立つのは随分と久しぶりな気がする。

駆逐艦にとって大洋の荒波を越えるのはビッグウェーブに乗り続けるサーファーのようだ。

この驚異的ともいえる波の落差に揉まれ続け、はるか昔から戦ってきた記憶がある。

あぁ、これが戦場だ。

波に洗われ、海に潜り込んでしまうのではと心配になる前甲板。飛沫に当てられ、まるで雨の中を走っているかのような視界になる小さな艦橋。止まない振動と敵の砲火に耐えて持ち場を固守する乗組員に、狭いワタシの中を忙しく駆け回る乗組員。

 

そして、そんな中でも超然と立ち、ワタシが、他の乗組員たちが迷わないようにと明確な指示を出した男。

 

みんないなくなってしまったが、それらは今もワタシの胸にある。

みんな過去になってしまったが、それらは今もワタシと共にいる。

 

ワタシの乗組員たちは、今も妖精さんとしてワタシに乗り込んでくれている。

長い戦いを共にして、ようやく家に、家族の元に帰ったのだろうに。

ようやくゆっくり休むことができていたのだろうに。彼の英霊たちは、またワタシに乗って戦ってくれるというのだ。

ワタシの自慢の妖精さんたちは一騎当千の古兵(ふるつわもの)だ。

 

そして……。

今も母艦にて、心配にやつれた顔をしながらワタシたちの帰りを待ってるだろう司令官の姿が頭に浮かぶ。

ワタシの航路を指し示す彼は、あのときの男たちに比べると情けないヤツなのかもしれないが、負けないくらいの男なのだ。

今は彼が行き先を教えてくれている。移ろいやすいワタシが迷ってしまわぬようにと。

本人にはとても言えないが、世界で2番目くらいに有能な司令官だと思っている。

思えばあの男は、なんでも自分でやらなければ気が済まないワタシの性格を読んで、艦隊司令艦なんてものをワタシにさせているのかもしれないなと、フッと思った。

過去のワタシなら、少し前のワタシなら。前線を放り出してまで後方に下がろうなんてしなかっただろう。

任せる選択がワタシに生まれた。まだまだ足りないのだろうが、少しは彼が思い描いた理想のワタシに近づけているのかもしれない。

 

ワタシにとって戦場は怖いところではない。あの戦争でも恥じることなく戦った自負がある。

ワタシはこの戦場で、なにもできないことが怖いのだ。

 

 

 

 

最初にソレを観測したのは鈴谷だった。

霞も電探の扱いには自信があったが、さすがは大型艦。そして鈴谷自身も、索敵自慢なのだと言う。

 

ブエナビスタの島の影から現れた深海棲艦の一群。まだハッキリとは分からないが、重巡を含んだ艦隊のようだ。

敵は大洋を越えて東側から、もしくは豪州のある南から攻めてくるとばかり考えていた。まさかソロモン諸島の北側から下りてくるとは思わなかったのだ。

ソロモン攻略艦隊の本隊は今も東に針路を取っており、後ろを無防備に晒している状態。

 

 

「ここにきて大正解ね、本隊付近まで鈴谷さんを戻しておいて助かったわ」

 

霞と鈴谷はサボ島の北側を航行している。ここからなら最大戦速で向かえば1時間かからず敵艦隊と衝突する距離。

もちろん長く本隊を危険に向き合わせて放置するなど考えていない。

 

そのための切り札を、わざわざ前線から引き抜いて連れて来ているのだから。

 

 

重巡の射程に収まるギリギリの距離まで足を進める。

ここはまだ射程に捕らえただけの距離。良好な散布界を持っていても、敵艦を狙うには常識的ではない距離に思える。

そんな中で霞が言う。

 

「鈴谷さん、期待してるわよ」

「初めてなのに、人使いの荒い司令艦だねー」

 

それに対した鈴谷の口調に非難の色はない。

きっと、この距離から撃たせるのだろうと鈴谷自身も覚悟をしていたから。

観測機はとうに放ってある。電探の用意も万全で、心の準備もできている。

 

さぁ見せましょう。

戦場で活きる鈴谷の価値を。期待されたなら応えるのが重巡としての誉れだ。

 

「鈴谷、行っくよー!」

 

狙うは敵艦の未来位置。

この距離から砲撃を行うと、実際に砲弾が落ちるのはしばらく後になる。

敵艦の速度と針路。そして自分の艦体を洗う不安定な波の動き。それらを予測し、今はまだなにもない海へと砲を向けるのだ。

 

 

不思議な感覚だった。

砲撃の音など珍しくないほど耳にしたが、彼女の放つ砲撃音は耳に馴染む。

音は振動だ。至近で爆ぜるその暴力的な炸薬は、まるで音楽を奏でるように次々と音を生んでは空へと放っていく。

それは、とても心地の良い衝撃として霞を包んだ。

 

 

「初弾で夾叉、聞いてる以上ね」

なにが、と鈴谷は思った。

彼女は鈴谷の能力を把握している。素早く相手を行動不能にさせられると判断したからこそ、この距離で撃たせたのだろう。

まったく、頼もしいことで。

 

今まで自由気ままにやってきたが、自分がやらなければいけないことが明確だと動きやすい。与えられたミッションを一つひとつクリアしていく、ゲーム感覚とでも言えばいいのか。そして自分がソレをやることで、確実に勝ち戦に繋がる実感が持てる。

 

「鈴谷さん?」

考え込んでいたように見える鈴谷に霞が話し掛ける。

「鈴谷でいいよ、艦隊司令艦殿」

それは、この艦隊のみんなと戦っていこうと、そう決めた鈴谷の心の現れだった。

 

「さてさて、やっちゃうよ!」

 

不意を突けたなら追撃だ。

本隊に食らいつく敵の遊撃艦隊など、このまま追い返してやる。

 

陽の傾きかけた空の下。たった二人の騎兵隊が戦場を駆けていった。




霞の言う「嫌な過去」はミッドウェー海戦のこと。
開戦の真珠湾から南雲機動部隊の護衛を続けてきた霞たちが、彼女たちの最後を見ることなく終えた戦いであり、エリート駆逐隊だった第十八駆逐隊と霞の運命を大きく変えることになった発端の戦いです。


【雛祭り】
長い伝統を持つ文化は面白いですよね。

内裏雛のほか、官女や随身など。人形の名前や役割、並べ方などちゃんと知っておりますか?

娘などから聞かれ「ちょっと待って、調べるから!」よりも、さくっと答えられたほうがかっこいいぜ!


さて、我が家では向かって右側が男雛です。
古来日本は左のほうが格上なので、2人いる随身も年配の方が向かって右側。随身は警護担当者です。
最近左側に男雛を置くことも多いですが、それは明治天皇ですね。
西洋文化を取り入れた婚礼の儀が元になってます。

天皇といえば、元号+天皇呼びは崩御の後に贈られる名前なのでご存命の間は使いません。今上天皇陛下と呼びましょう。名詞としての天皇ならいいですが、個人を指すときは注意しましょう。名前のようなものなので、陛下と敬称を付けねば不敬です。


男雛をお内裏様。女雛をお雛様呼ばわりする人も多いですが、2人合わせて内裏雛なので間違いです。とある童謡のせいで広まった勘違いです。呼び分けは男雛と女雛。
内裏は場所を指しますね。北政所みたいなもんです。

三人官女は1人だけ座ってるか立ってる方がおります。
この方は眉がないかお歯黒してて、つまりは既婚者。いわゆる人妻です。
この人妻官女は艦これ瑞穂が持ってるのと同じ三方を持ってます。
官女は身の回りのお世話をする人。並べ方は向かって右から銚子、三方、提子。

つまり瑞穂は人妻の可能性が?

瑞鶴、瑞鳳、瑞穂と並べて書くと読み方に迷いますね。
この3人だと瑞穂だけ知り合いにいます。
瑞鳳ちゃんと出会うことができたらまた報告します。


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沈丁花の娘2

ようやく鈴谷が仲間入りしましたね!

なんとビックリ。海戦の話はこれで終わってしまう予定どす。
必要なのは海戦後の話なので……。



追撃を行う霞と鈴谷が見たものは、信じがたいものだった。

それは、朝潮を含む駆逐隊を置いて本隊が転針していく姿。

この場に時雨や長波、トラックから援軍に来ている雪風がいたら、嫌な過去を思い出していただろう。

前線に捨て置かれた彼女たちは、霞が後に見聞きしたマリアナ沖の海を彷彿とさせる。

 

アレでは残された駆逐隊は戦場で孤立し、いい的だ。

そして砲撃音が響きだした。ついに戦闘が始まったようだ。

 

敵の主力艦隊を叩くため、戦力を維持したいというのはまだ理解できる。

しかしそれは、駆逐隊の被害を飲んでまで為さねばならないことなのか。

 

検討する余地などない。ソレは、ワタシにとってとても許容できるものではない。

 

 

「鈴谷! 頼むわよ!」

「まっかせときなー!」

 

そうは答えたものの、内心はギリギリだ。

いけるか? 砲を構える鈴谷の額を汗が滑り落ちる。

目視できないこの距離を全速で駆けながら、内海の凪いだ海じゃない、この体を揺さぶる大海原の上で。

今狙われているのは駆逐艦たちだ。装甲のない彼女たちが執拗に狙われれば沈められるのは時間の問題。

鈴谷が止めなければ彼女たちは沈むのだ。

それを、霞に任された。

 

リンガの所属艦娘たちから期待される初めての海戦で、この鈴谷がそれに応えないでどうする。

観測機から送られてくる着弾を元に狙いを修正、波の彼方のまだ見ぬ敵艦を狙う。

 

 

本隊からは伊勢が駆けようとするが、それはブイン司令官からの命令で止められる。

無理もないことだ。伊勢は本隊の要。

彼女が抜けてしまえば戦域全体が危うくなる。敵は前方からも進軍してきているのだ。

 

そして、朝潮達の動きがあの男の予定どおりの行動であれば、伊勢を戦力として充てがうなどあり得ないことだろう。

 

 

その波間でもう一団。

霞たちに、そしてブインの艦隊にも悟られることなく猛スピードで朝潮たちの元に向かう艦娘たちの姿があった。

 

 

間に合って!

 

 

霞の願いを込めた鈴谷の放った砲弾が、吸い込まれるようにして敵重巡に直撃する。

装甲に当たった音だろう。辺りには鈍く重い衝撃音が響いた。

そして、敵重巡の砲撃が止む。

 

衝撃で電源が飛んだ?

鈴谷が根性で作り出したその隙。

その間隙を突いて、誰にも悟られることなく全速で駆け付けていた者たち。

 

飛び込んで行くのは第十六駆逐隊だ。

 

海軍史上最強の駆逐艦と謳われた雪風が時津風と、そして初風が天津風と組んで敵艦隊に猛攻を仕掛ける。

乱戦になってしまっては、外からできることなどなにもない。今はひと時でも早く、速く駆け、あの場に。

 

 

その後はあっという間だった。

沈黙した重巡が機能を回復させる間もなく、雪風の放つ雷撃がソレを海に還した。

旗艦でもあった重巡が討ち取られたことで、敵艦隊は撤退。

朝潮たちを救った懐かしの戦友。十六駆たちには感謝しかない。

 

 

「敵艦隊は撤退する。追撃の必要はありませんよ」

 

そこへ届いた無線の指示はブインの司令官からのものだ。

 

 

「追撃のタイミングなんじゃん?」

鈴谷がそう言って霞に意見を求めた。

「朝潮たちを囮に使った。でも十六駆やワタシたちが駆け付けたことで、朝潮らは囮として機能しなくなった」

 

「……だから追撃しなかったって?」

「本隊への万が一を防いだんでしょ」

 

 

いつぞやに提督から戦後の展望について聞かされたが、これは早すぎる。

戦後のイニシアチブを取りたい勢力、艦娘たちの扱い、それらを戦力に見立てた国家間の主導権の握り合い。

意欲旺盛であること、それは一面からすると頼もしい限りだが、戦争は、未だにその全容を明らかにしてはいない。後世の歴史に記されるはずの全体の形からすると、まだ折り返してもいないだろう。

 

戦争を終結に導いた派閥に属していれば、戦後スターダムに上るのは確約されているも同然だが、他の派閥の足を引っ張るにしてもルールはある。

強大な戦力を残すために小を殺す。

それは戦争の必然だが、こんな序盤戦で軽々しく使い捨てられていい命があるはずがない。

 

「やることができたわ」

 

鈴谷は気が付かなかった。

いつもの霞なら、眉間に深い皺を刻んでこの場でブインの司令官を扱き下ろし、弾劾を始めてもおかしくないことに。

しかし、そう呟いた霞はどこか冷静で、嵐の前の静けさを感じさせるものだった。




伝えなければ伝わらない伝統。

「 家 紋 」

雛人形で思い出したけどー。
これ、親に確認とかしないと知らないまま大人になりそう。
あと60年もしたら無くなっちゃったりしそうで心配。

山田さんの家は、雛人形や五月人形なんかの小物や台に家紋が描かれていたので、子供の頃から自然と自分の家紋を知っていましたが、もし自分の家の家紋を知らないと言う読者さんがいるなら、親御さんなどに確認しておくといいかもしんない。


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〜龍と鳳〜2

またまたテイストが変わって龍驤の1人喋り。




「うん? 1番強い空母? そりゃーウチやウチ。覚えといてーや」

 

ツッコミないんかい! で、なんやの急に。ええけどウチ以外にはあんまそういうの聞かんほうがええで? みんな自分こそが1番やと思うてるから。

 

そやね、誰か一人推せって言うなら瑞鳳ちゃう? かわいい顔してホンマ怖いやっちゃでー。

 

冗談は顔だけにってやかましいわ。1回どついたろか。

なんや、キミは知らんの? 前の戦争のときやな、大戦期間中に一航戦に所属しとった軽空母はアイツだけや。ミッドウェーのときも、ウチらと合流するまでよう鳳翔を護ってくれとった。あんなナリしとるけど、機動部隊同士のどつき合いも経験しとる。南方のトラックを根城に本土まで行ったり来たりしとった危ない空母はあの娘くらいのもんやで。

 

 

それにや、ウチらのおらんなった空母機動部隊を、最後まで護ってくれとったのも瑞鳳や。そりゃあ足向けて寝られへんで。

ウチは途中退場してしもたからな。いくらおだててもろても、上からの物言いなんてようせんわ。

 

ウチはソロモンでおねむになってしもたからね。

せやから、ウチら不甲斐ない先人がいなくなった後の空母機動部隊と、それから見知った艦たちについてはこの体になってから必死に調べたもんや。

 

「ウチらにはできへんだことをしてくれたんや。それはホンマに凄いことやと思うわ」

 

 

 

瑞鳳なんかはやな、普段は頼りなく見えるし、ウチらを立ててもくれるけど。なにがあっても折れへん、諦めへん、芯の強いって言うのはああいうのを言うんやろな。そう思うわ。

 

そうやね、ウチなんかはこうポキポキっと。

聞く気ないなら止めるよ?

 

最初からそうやって大人しく聞きぃや。

話振ってきたのキミやで?

 

 

ごほん。

ウチはこの姿になってからも大勢の人に会ってきたけどな、瑞鳳くらい情に厚い女には結局出会うことがなかったわ。

 

「ウチらのような大型艦はな、沈むときに周りを巻き込むんや。一人は嫌だ、沈みたくない。なんて、怨念めいたことを考えているのかもしれんな」

 

そうそう、ウチは駆逐艦やから関係あらへんって、誰が小型やねん! ホンマかなわんなぁ。キミはいちいち話の腰を折らなアカン病にかかってるんか? ほならウチと同じやな。

今まじめな話してるんやけど、進めてもええか?

 

 

ま、そうやって周囲の海も、物も、救助を待つかわいい自分の乗組員たちさえもや。みな一緒くたに道連れにして、海の底まで引き摺り込んでいくんよ。

 

 

「でも、あの子はせんだらしいわ」

 

 

あの子の最期の記録も読んだ。

あの海で、あの子と共にあった子らにも尋ねたわ。嫌な思い出やろうに、教えてくれたんよ。

 

 

「まるで乗組員を巻き込みたくないと、護るようにやな。そっと海を押し出すようにして、ほんで一人で静かに沈んだんやと」

 

 

だからキミは気を付けたほうがええ。ウチの扱いなんかはぞんざいで構わへんのやけどな。そのほうが美味しいし。

 

鳳翔が慕われてるのはキミも知ってるやろうけど、瑞鳳もや。あの子はアレで多くの子に大事に思われてる。下手な扱いすると手酷いしっぺ返しを貰うかもしれへんで?

 




今回の鳳は瑞鳳!
自分は海軍好きから艦これを始めた口なので、夕立に改二が実装された頃から瑞鳳を育てていたのだ。
めちゃくちゃ待たされた結果、瑞鳳に改二が来たころには同時に2隻完成した……。

目論見通り長波、朝霜にも改二が来たので、あと待っているのは朝雲ちゃん。めちゃ強い駆逐艦なので近いうちに来るだろうと考えて早数年。
もう1人、「呉の雪風、佐世保の時雨。横須賀の野分がいなけりゃ片手落ち」と自称された野分にも期待している。



ところで龍驤ってかっこいいよね。
こんな風に話せる龍驤はカナリ強いと思います。


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〜リンガ島で環境問題を考えない〜

ボチボチと本編も書いておりますよ!
軽い与太話でも読んで暇を潰していてくださいm(_ _)m


提督たちがリンガに来てすぐくらいの話です。


現代日本で産湯につかるような生活をしていた俺にとっては、リンガでの生活ハードルが世界記録よりもなお高い。

 

 

まずなによりもリンガ島は暑い。

暑いだけなら1000歩譲って耐えるかもしれない。熱帯化した東京の暑さに比べたら気温の問題などどこ吹く風だ。

問題はその風。この島はほとんど無風という最低の合わせ技効果を使ってくる。

故にエアコンが欠かせないというのは猿でも行き着く当然の帰結だ。

東京と違い、室外機から出る温風を押し付け合う醜い争いがないだけはるかにマシな環境ではある。エアコンさえあれば。

 

この島に来て早速やった事業が発電能力の拡大だったのはそういう理由。

妖精さん印の火力発電施設の威力は素晴らしかった。さすがに妖精さんたちのオカルトパワーだけで物質文明が築けるわけもなく、いきなり地元に雇用を生んだのは良いことだったとも思う。ありがとう、協力してくれた東芝さん。

 

そちらを優先し過ぎたせいで、パレンバンでの石油確保ができるようになるまで艦娘運用に支障が出てしまったのも今は良い思い出だろう。

 

 

うん? 環境破壊だ?

バカめ。人間サマにとっての過ごしやすい環境とは自然豊かな辺境の地ではなく、それなりに汚れた空気に包まれる現代的都市の中なのだ。

俺など電波さえ飛んでいたら下水道の中でも生活の場に選ぶだろう。文句のある君はどうぞ、人工の灯火一つない緑深い山々や見渡す限りの青い海しかない孤島にでも行って大自然を満喫するといい。良かったな、そこでは頭にアルミホイルを巻く手間が省けるぞ。

 

 

どうも平和にボケた現代人は理想を極端に求める気がする。

地球の海がヘドロに埋まろうが、大気が有害物質で覆われようが、そんな些細なことを地球が気にするはずがねぇ。

もともと有毒極まりない物質に覆われて生物が根こそぎ淘汰された先が今だ。

長い年月を経て、その有害物質の中でも生きていけるおかしな生物が現れた。

有害物質の名前は酸素、地球上の生物の頂点に立った動物の名前など言う必要もないだろう。

 

美しい地球を、なんて。人間が自分勝手な思い込みで行う崇高な勘違いだ。

 

 

おっと、タバコタバコ。

「ふぅー」

 

見ろ、俺など美しい自然の空気を吸うだけで咽せてしまう体になっている。

毒を食らって生きるのが現代人の正しい生き方だと、そろそろ目を覚ますんだ。

瀬戸内を見ろ、環境保全だなんだと騒ぎに騒いだ挙句、綺麗すぎて海洋生物が住めなくなりました……だと。バカ、バカ。バカも休みやすみ言えバカやろう。

 

牡蠣なんかがちょうどいい例かもしれないな。

天然の牡蠣と養殖の牡蠣。スーパーで比べるとその値段の開きにビビるだろう。

もちろん天然のが高い。

 

ならば、さぞ天然の牡蠣は美味しいんだろうなぁなんて考えるのだろう。

まず見比べてみたらどうだ? 明らかに天然物は貧弱で、養殖の牡蠣とサイズが違うことに気付けるだろう。

大海原に栄養なんてあるわけがねぇ。

 

排水に含まれる栄養分と熱水をたらふく与えられた養殖の牡蠣のほうが美味しいのだ。

日本人の天然を神格化でもしたかのようなこれは、もはや信仰に近いものを感じる。

 

基本的に、体に悪い物のほうが美味しいんだぜ?

 

 

そもそも水の惑星地球のほとんどを覆うこの膨大な量の水に栄養素などほとんど含まれていない。

回遊する魚でさえ沿岸に沿って移動をするのはそんな理由だ。

大洋のど真ん中でサメに襲われるよりも、沿岸や島嶼の間で襲われるのも同じこと。

この無限とも思える大海の真ん中にエサなどありはしないのだ。

 

 

しかし、地球の海は膨大であるからこそ有意義に使うことができる。

そこは俺たち人類の排水処理施設なのだ。

深海棲艦との戦争が始まるよりも前、我が母国を襲った未曾有の大災害があった。

風が吹けば桶屋が儲かったように、あれよの間に原発が吹き飛ぶ大惨事まで引き起こしたらしい。

 

問題は、その事故により溢れ出た大量の廃水の処理だ。

だいぶ貯め込んでいたらしいなぁ。戦争が始まったどさくさに紛れて海に捨てたそうだが。

 

実は原子炉の水は海に捨てるのが最適解だ。

当時の国民がなにを考えてそんなゴミを大事に抱えていたのかは知らんが、知ったところで俺には理解できないとも思う。

 

そんな程度の汚染水で海がどうにかなってしまうのなら、とっくに日本海は死の海になっている。対岸の国々がそりゃあもう……。

米国などが大量に保有していた前世紀の遺物、原子力空母や原子力潜水艦も、お役目御免となり廃棄するときはそのまま海に沈める。

50m×7レーンのプールに墨汁を2、3滴垂らしても影響なんて与えない。当たり前の話だ。

しかし、それをし続けたらいずれ……なんて思うか? その答えもNoだ。

海は自浄作用で元の状態に戻っていく。

放射性物質の廃棄ペースがそれに追いつくほど人類の進化は至ってはいない。地球の海が汚染で枯れるより前に、宇宙の海がゴミで埋まるほうが早いだろう。

おっと、だからといって海にゴミを捨てるのはやめろ。ポリ袋やプラスチックの類はちゃんとゴミとして出すんだ。それは液体じゃないだろ。別の話だぜ?

 

 

さて、海の恵みなどと言うが、この巨大な水溜りはそのままでは人間の生活環境にとって最も重要な物を与えてはくれない。

飲料水だ。生活用水だ。

 

そんなわけで、発電所の次に俺が行った事業が大規模な海水淡水化プラント。

水の国日本で生きてきた俺には、本当の意味で水の大切さなど分かっていなかった。

水を輸入するなど理の外の概念だ。ありがとう日立さん。

 

お風呂の水が海水であることにはもう慣れたが、多くの艦がそうであるように、この泊地でも蛇口が日本のそれとは違った。

 

捻っている間だけ水が出る蛇口。

 

なんだろうな、こんな細やかなことこそ胸にくる。いつも気にすることなく使えていた日常でさえ満足にいかないと知ったとき、人の心はひもじいと叫ぶのだ。

 

俺が基地前の草木に盛大に水やりをしていたとき、結構マジに霞からぶん殴られたのも今なら分かる。

分かっていても、実力で俺を止められる艦娘は霞くらいのものだろう。稀有な逸材であると言っておく。俺に雨水を溜めるといった概念が芽生えた瞬間でもあった。

 

それから意識して見ていると、艦娘の方々、っていうより俺以外のみなさんは当たり前のように節水生活に馴染んでいる。

小島でも水不足生活をしていたはずだが、あの1年俺はどうやって生活していたんだろう。

なんの心当たりもないが、とにかく時雨に謝っておこうと思う。

 

そして京都を追い出された古のお偉いさんたちが、各地に小京都を築いた理由も分かった。

 

郷に入れば郷に従えとの言葉がある。住めば都との言葉もある。

俺はどちらかというと環境に合わせるほうだと思っていたが、水は無理だ。

今まで生活してきた日本が急に恋しくなった。多分都落ちした方々もこんな気持ちで、京の都を再現するに至ったのだろう。

 

ともあれ、電気と水道を手に入れた俺にもはや死角はない。

人間の叡智とは、なんと素晴らしいことか。

 

 

如何ともし難いのは、送料が離島料金だということだな。

運ぶのは自前の船なので別に問題でもないんだけど。

 

 

ふぅ。いい加減風呂に入って寝よう。

 



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〜月に叢雲、花に風。〜

リンガに配属されてひと段落した提督たちは、近隣の輸送を牛耳るためにシンガポールのセレター軍港に。

細々とした話し合いが終わったあと、彼らの本当の任務が始まる。



「艦これ、始まります」の後くらいの話。


連続して耳に届く射撃音。

その音に合わせて整備された床が、壁がめくれるように剥がれていく。綺麗に並べられた植栽や商品をなぎ倒し、自分の時間を楽しんでいた人々が恐怖の声をその音へ被せ、戦場の音楽を作り出す。

 

 

「残弾が心許(こころもと)ないね」

撃ちきったマガジンを交換しながら時雨が言う。手にした拳銃で襲撃者を牽制するが、それもいつまで保たせられるのか。

「さすがに箱で持ち歩いたりはしてないからね。肉弾戦の覚悟もしておいてよ」

それに同調したのは隣で応射を続ける霞。流血の影響か、額には玉のような汗をかいていた。

 

 

なぜこんなことになったのか、なぜ僕たちは襲われているのか。

こんな世の中だ。

日常はこんなにも簡単にその薄皮をめくり上げられ、容易く戦場へと変わってしまう。

提督の言葉が思い出される。彼は「貧すれば争いを生む」と言っていた。

世界で頻発する争いのほとんどは、満たされていれば起こらないものなのだと、そう教えてくれた。

満たされてさえいれば、世の争いは今より下らない、血の流れない別のものに変わるのだとも言っていた。

 

「どちらがいいかと聞かれたら、俺は血の流れる争いのほうがマシだと思うけどな」

 

それはなぜかと聞けば、彼は「心の傷は放っておいても膿むばかりだ」と、目を伏せて言った。

僕はどちらのほうがいいと考えるのか、その判断は保留にしておこう。

とりあえずは今日のお出掛けを終えて無事基地に帰る。そして、戦争を終わらせたのちに、また考えるとしよう。

 

 

 

 

───休符───

 

 

 

リンガでの生活を始め、当初の予定どおりに近隣の海運を牛耳る。

そのための第一歩をセレター軍港の責任者との話し合いという手段で踏み出したところだった。

提督は、軍人になっていなければきっと営業マンか詐欺師になっていただろうと思う。そんな話し合いだった。

 

セレターには所属艦娘の全員で行った。

早速基地を空っぽにしてのお出掛けに思うことがないでもなかったが、だからと言って誰かが一人、二人残されてのお留守番なんてのも御免被りたいと、きっと全員が思ったことだろう。

結局、いっそ全員で出掛けられるのなんて今くらいじゃないか? と言った提督の案に乗り、昭南島(シンガポール)へと渡ったのだ。

 

セレター軍港にて輸送護衛やルート、頻度などの打ち合わせをし、ついでに輸送班の人員をローテーションでリンガにも回せるように話を詰める。小島で生活していたときにお世話になった、あの輸送班の軍人さんたちを特に所望しているとも伝えることができた。

きっと、数日後には忙しく基地内を走り回っているはずだ。

 

その後、提督は調達部門の責任者となった阿武隈を連れ、金剛の案内で地元の企業を順に回って顔を繋いだ。今後のお得意さんになる予定だとホクホク顔で出掛けていき、残ったみんなは物資の積み込みを手伝ったり、輸送護衛の話し合いをして過ごす。

そうやってして3日ほどセレターに居座り、本日は街まで出向いてのショッピング。

基地で生活するために必要となる物をまとめ買いしていかなければ、まともな生活も送れないほど足りない物が多い。

今日1日かけてなんでもを買い漁り、さらに1泊して明日は朝から品物を適当な船に積み込んで基地へと帰投する。そんな予定だった。

 

 

「今日は街の宿で寝るぞ。ギリギリまで買い物をして、朝にはセレターだ。おっと、部屋については期待するな。倉庫のようにだだっ広いだけがウリの雨風しのげる寝床だと思ってろ」

 

買い物に出た提督がまず発したセリフがそれだった。

両手いっぱいに荷物が増えるたび、本日の宿と言われた場所へと荷物を置きに戻ったが、そこはまさしく提督の言ったとおりの部屋である。

 

「これ、今夜も雑魚寝ですかー?」

何度目になるのか、荷物を置きに戻ったとき。すでに買い物疲れの顔をした阿武隈が提督に訊ねた。

「資金的な問題だ。文句あるのか?」

「たまにはゆっくり寝たいんですぅ!」

「いつもゆっくり寝かせてやってるじゃねぇか、寝言を喋るくらいにはゆっくり休めてるよ、お前」

「どの口で言うんですか! あと寝言聞かないでくださーいー! それがゆっくりできないって言ってるんですぅ!」

 

提督と阿武隈の掛け合いはもう見慣れた風景のようだ。

初めの頃は時雨や六駆のみんながそれぞれフォローに入ったりもしていたが、この二人はこれでイチャついているのだと判断されてからはスルーが基本となっている。

◯ムとジェ◯ーなのだと霞は言っていた。

 

 

最初のうちは新生活を彩る買い物も楽しかったが、短期間にこれだけお金を使うと気疲れがすごい。

みるみる減っていく財布の中身を思うと胃まで痛くなってくるようだ。

そんな買い物の中で購入した商品の一つが面白かったので紹介しよう。

それは「跡が残らないピンチハンガー」と呼ばれる物。ステンレスでできており、ちょっとお洒落な物にも見えてくる不思議な商品で、別名をランジェリーピンチとも言う。

そうか、気にしたこともなかったが、洗濯バサミの跡が残ったりするものなんだな。まだまだ俺の知らない知識は多いらしい。

あとの問題は、それになにを干し、どこに干すのかだ。いや、なにを干すのかは分かっている。どんな物を干すのか、と言っておこう。

内地では室内干しをしなければ白い目で見られる世の中らしいが、小島での時雨は日陰ではあったが普通に外に干していたからな。北方? 外なんかに干しても乾かねえよ。

 

そして順調に買い物は進み、ようやく訪れたのは今回の任務での1番のお楽しみ。

 

 

「さて、あらかた買い物は完了だ。あとは個々人にとって必要な私物を見繕うか」

 

そう言った提督が艦娘たちを並ばせ、「無駄遣いはするなよ」と言いながらお小遣いを渡していく。

金額は驚きの3桁万円近いものだが、それを時雨、霞、金剛、阿武隈、皐月に六駆の四人で等分。

最低限の服飾と化粧品、日用品。もしかするとちょっとした趣味的な物。それだけ買えば資金は手元に残らないだろう。

 

「こんなに、いいの?」

手渡されたお金を見て心配そうな顔をする霞。その問い掛けには、大丈夫なのか? という意味も多分に含まれていただろうが、必要ならば捻出するしかないのだ。

 

「お前らほとんど着の身着のままだけしか私物ないだろ?」

しかも着ている服は制服だったりもするのだ。年頃の少女にさせる生活としてはあまりに不憫。身銭を切ってでも彼女たちには笑っていてほしいと思うのは男のエゴでもある。

 

「好きな物をって言ってやれるだけの金はないが、近いうちに贅沢させてやる予定だ。しっかり買って女を磨け」

 

そうして、本日の買い出し最終便がいよいよスタートすることになった。

目的のショッピングモールに到着し、ゾロゾロと連れ立って買い物を楽しんでいたが、さすがにこの人数は目立つ。

とにかく艦娘は美人揃いで、男は一人。控えめに言っても飛んでくる視線は突き刺さる系のものが多い。

 

「二手に別れるか」

「組み分けはどうしマスカ? Second squadのリーダーはワタシでいいカナー?」

 

買い物を任務のように言うな。もっと楽しいもんだよ?

年齢……の話は置いておいて、本来分けるなら金剛のプランはベストだろう。

しかし金剛には今後必要となる物を買わせなくてはならない。

そう、ドレスだ。

心配しなくても俺は正常だ。

ついにおかしくなった。なんてわけでもなければ、いかがわしいコスチュームなプレイがしたいわけでも、シチュエーションプレイに目覚めたわけでもない。

したくないわけでも目覚めたくないわけでもないが、今回はちゃんとした目的と理由がある。

 

「いや、金剛には別予算で買わせなきゃならん物があるから、俺と別れると支障が出るなぁ」

「あ、それならワタシが六駆のみんなと買い物しまーす」

 

うむ。金剛が班長をできないなら、順当にいくと阿武隈班になるだろう。

俺、時雨、霞、金剛、皐月の班と、阿武隈&六駆班。人数的にもバランスはいい。いいが、一言伝えておかねばならんこともある。

 

「今ちょっと嬉しそうじゃなかったか? 俺から離れられてホッとしてるのか?」

「言いがかりです!」

 

ちっ、仕方がないので少しの間だけ解放してやる。だがお前はルームウェアを買うんじゃないぞ。そんな無駄な物を買うお金はないのだ。

 

「むぅ、放っておいてくださーいー!」

 

 

 

 

二手に別れた一行。

提督サイドがまず立ち寄ったのが化粧品売り場だった。

はっきり言って面白くもなんともない。美しく化粧を施した後の顔なら何時間でも愛でていたいが、それを作る過程には興味がないのだ。

どうせなら服屋にでも行ってファッションショーを見せてほしいと思う。なのだが。

「女性にとっての化粧は装備と同じデス。戦場に行くのに艤装を身に着けない艦娘がいますカ? いないデス。女の戦場はこの日常でも展開されているのデス」

などと熱く語る戦艦がいた。

 

そうなのか。お前らはどこででも戦っているんだな。

ならば、海戦での俺がそうであるように。乙女の戦場も各艦に任せることにしよう。

どちらも俺が口出しするより、当人たちのほうがその戦場をよく知っているだろうから。

ショッピングモールの略図を確認しながらそう思うのだった。




そろそろ艦これのイベントを終わらせようと思う。
さて、頑張るか。

しっかし世界大恐慌前夜みたくなりましたね。
ホリエモンじゃないですが、コロナ不謹慎厨はその行為が国を殺しているのだと自覚しながら発言したほうがいいね。


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〜月に叢雲、花に風。〜2

朝潮型はガチ。

朝潮型駆逐艦は軍縮条約を破棄した後に造られた艦型。
流れとしては白露型の後の艦だが条約型の白露たちとは違い、その系譜は特型にある。

朝潮たちは駆逐艦に革命を起こした特型の子孫なのだ。
つまりガチ。




時雨たちを引き連れ、買い物を続ける提督たち。

戦時中ということもあり、往年の賑わいもなければ充実した品揃えというわけでもないが、それならそうと順応するのが人間である。また先の大戦を戦った記憶と、艦娘になってから戦ってきた経験しかない彼女たちもこのひと時を楽しんでいる様子。

 

 

たまにはこんな時間も悪くない、と霞は思った。

性格的にあまり素直には伝えられていないが、ワタシたちを連れ出して様々な経験をさせてくれる提督には感謝している。

 

そんな満足のいく時間を過ごしているときだった。

 

 

「なに?」

咄嗟に提督を引きずり倒し、自らも身を低くした霞。

演習ではなく実際に狙われるのは初めてだったが、繰り返し行ってきた訓練は無駄ではなかったらしい。耳に馴染むこの音は自動小銃の射撃音。多くの実戦経験者がそうであるように、発砲音を聞けば無意識のうちに体を伏せる。判断するより先に体が動いたのは僥倖。

 

 

「こっち」

民間人の悲鳴が飛び交う中で素早く退避ルートを策定した時雨が合図を寄越す。すでに提督を小脇に抱えるようにした金剛が皐月を連れ立って手近な店へと駆け込んでいくところだった。

 

「なんなのよったく」

兎にも角にもまずは足止めだ。

状況はまったく分からないが、自らの司令官をみすみす危険に晒す真似などできない。

脅威は排除する。敵が何者なのかもその目的も、そんなものは後でいい。願わくば民間の被害が出ないことを祈るばかりだ。

 

階段の陰に身を隠しながらスカートの下に仕込んだ愛用のPPKを引き出す。同時に耳元のインカムで阿武隈を呼び出すと、待っていたかのようにすぐ応答があった。

 

「今、射撃音が聞こえた気がするんですけどー」

「正解よ。アンノウンから銃撃を受けてる、第1射から推察するに訓練された人間のようだけど、ワタシたちに致命傷がないところをみると特殊部隊ってわけでもないようね」

 

特殊部隊とやらがいかほどのものかは知らないが、少なくともこの程度の輩が名乗れるくらい安いものでもないだろう。

艦娘を狙ったのか提督を狙ったのか分からないが、もしソレの指揮をワタシが執っていたなら初撃で確実に目的を達していただろうからだ。

 

「よかったです、被害はないんですね」

「あっ」

「どうかしました!?」

「被害はあったわ、ワタシが背中に喰らってるようよ」

「エエッ、大丈夫なんですか?」

 

興奮していたから気が付かなかったようだ。1度気付いてしまうと撃たれた箇所が痛い、というより熱い。

 

「骨で止まってるみたい、動けないほどじゃないようだし、そんなに大きな銃でもなさそうね。とにかく合流よ、援護なさい」

 

艦娘の処分が目的にしては火力が貧弱すぎる、狙いは提督か。

自分の体を盾にして提督の負傷を回避できたのなら良し。日頃の善行は積んでおくものだ。

 

「遅れてごめんよ」

提督を金剛と皐月に任せ、霞のところまで戻ってきた時雨がバッグから取り出したのは小島で渡されて以来なんとなく私物にしてしまっている提督の拳銃。

 

根拠と共に、狙われているのは提督かもしれないと霞が告げると時雨が言った。

「まだ分からないね、陸上で活動中の艦娘を仕留めるのに必要なストッピングパワーを理解してないだけかも。ウチの艦隊じゃあるまいし、そうそうそんなデータ持ってないだろうからね」

「ストッピングパワーに関してはこっちも満足いく装備じゃないけどね」

 

提督と一緒にいる金剛も拳銃しか持っていないはずだ。彼女たちには提督の身を守ってもらわなければいけないので、護衛の阿武隈らが到着するまで応戦できるのは時雨と霞の二人だけ。

 

「この程度で想定外とはね、作戦部としてあとで始末書を提出するわ」

陸上での襲撃、備えてはいたが油断はあった。でなければ護衛役から離れて行動するなどまったく冗談のような状況だ。

 

 

「痛そうだけど大丈夫かい? 辛いようなら無理しないほうがいいと思うけど」

「あら、一人で支える気かしら? お気遣いありがと。痛いのは痛いけど、大丈夫よ」

 

艦娘で良かったと、こんなときこそ実感する。陸上とはいえ、この程度の銃弾ですぐさま行動不能になることはないし、幸い痛さで動けなくなるなんてこともなかった。

体の小さい駆逐艦娘としては出血が長引けばいずれ活動限界を迎えるが、それだって人間の女性とは比べものにならないものだろう。

残念ながら、試したことも経験したこともないことなので推測の域を出ないわけだが、それについては後で自身のデータをまとめるとしよう。

 

 

「応戦するわよ」

「まず当たらないだろうけどね」

 

そう言って階段の陰から交互に応射を始める二人。

屋内戦も要人救助の訓練も行なっている。訓練で実感した、防衛戦で時間を稼ぐための発砲。必要なのは容易に攻められないことだ。

 

マガジンの交換タイミングが被らないように牽制を続けるが、しかし拳銃の二丁程度で膠着状態を作るには無理がある。

フィクションの世界では万能な拳銃だが実戦ではとても脅威になり得ないことを実感する。せっかくの経験だ。なんとしても無事にこの状況をやり過ごし今後に活かさねばと合わせて思う。

 

 

「MP5くらいは持ち歩くべきだったかな?」

「じゃあまずカバン買いなさいな、入んないでしょ」

そんな軽口を叩き合っているうちにも相手は着実に距離を詰めているようだ。

まさか反撃があるとは思わなかったのか当初は浮き足立っていた様子だったが、今は連携も取れ始め射撃が途切れなくなってきた。このままでは早々に応射することもできなくなりそうだ。

 

「少しマズいかな」

「押し切られる」

 

同時にそう口にする二人。

徐々に迫り来る脅威に嫌な汗が流れる。

時雨のほうは、割れたガラスの破片でも飛んで来たのか頬に一筋の赤を流させていた。

 

司令官との距離が縮まるのは歓迎できることではないが、ここは引くべきかもしれない。

死ぬことはないと思うが、ここで秘書艦と司令艦が揃って拿捕されるなど洒落にもならない。そんな考えが頭をめぐる。

 

 

一歩一歩と近づく決断のときに、新たな連射音が鳴り響き銃弾の雨を降らせた。

 

「遅くなりました、みんな無事ですかー?」

 

無線から聞こえる緊張感のないいつもの声色も、今は騎兵隊の駆けつける足音のように頼もしく感じた。

 

合流した阿武隈と第六駆逐隊。彼女たちはリンガの艦娘で1番陸上訓練を経験している。買い物の邪魔になるとボヤいていたが、そんなことは百も承知でPDW(個人防衛火器)を持たせておいて助かった。

五人はそれぞれ2階の通路に展開し、牽制のために射撃を続ける。

これで地の利を得た。

 

「上から回り込んで!」

「分かりましたー。そちらはどうするんです?」

今後の方針を問われた霞は時雨と顔を見合わせ頷く。どうやら考えていることは同じらしい。

ワタシたちはどこまでも艦娘で、そしてワタシたちならやってやれないことはないと、自身の技術に傲慢とも言える自信を持っていた。

 

 

「ショッピング街の中に川が流れているなんて、まるで僕たちのための設備だね」

「せっかくだから活用させてもらいましょうか。川を遡上して一気に取り押さえるわ」

 

 

「えぇ! 大丈夫なんです?」

「7.62 x 51mmでもなければ何発か貰ったところですぐに行動不能とまではいかないでしょう。動けなくなる前に仕留めるわ」

 

階段の脇を流れるのは人工の川。

水辺であれば能力を発揮してみせるのが艦娘だ。帝国海軍の艦魂を宿すモノとしてSEALsにだって負けるわけにはいかない。特に、ワタシたち2隻は二水戦を経験した誇りがある。どんなところでも航海してみせよう。

 

 

 

「無理をさせるけど、頼むわよ妖精さん」

主機しか身に着けてない状態だ、それでこんな狭く浅い人工の川を最大戦速で航行するには無理もあるが、やってやれないことはない。

ワタシの妖精さんたちは優秀であると信じている。そしてワタシはそれを満足に使いきれている。妖精さんたちと日夜試行錯誤を繰り返して改修したこのシビアな艤装は、ワタシがやれさえすれば必ず応えてくれる。

 

「行くよ」

「いつでも」

 

時雨の合図に肯く霞。

阿武隈たちの援護を受けながら、柵を乗り越え川に飛び込んだ二人は両腕で頭部をカバーしながら一直線に駆ける。

 

まさか川の上を滑るように攻め入ってくるとは思わなかったのだろう。敵の反応が遅れた。

相手との距離を半分まで詰めてからようやくの応射があるが、頭上を抑える阿武隈たちの働きもあってそれも散発的。

それにしてもだ。自分で言うのもなんだが、よくもこんないたいけな少女の姿をしたものに銃を向けられるものだと思った。

 

 

腕に3発、腹部に1発。相手を殴り飛ばすまでに当たった弾の数だ。

ちょっと泣いてしまうくらいには痛かったがそれもワタシだけじゃない。腕が飛んだわけでも足を落としてきたわけでもない。一人で泣き喚き、蹲っているわけにもいかないのでそれも後回しだ。

 

時雨のほうも似たようなものだろうと思っていたが、後で確認したら腕に1発貰っただけだという。これが幸運艦かとやるせない気持ちに少しだけなった。

 

 

そうやってしてたどり着いたワタシたちの領域。

懐に入り込めば小銃など使えない。肉弾戦でリンガの艦娘に勝てるものか。

 

相手が小銃を向けるより早く、時雨の上段回し蹴りが決まった。

時雨の足はよく伸びる。足癖の悪さは一級品だと、霞は得意の後ろ回し蹴りで相手を沈めながら思った。

 

最後に残った男が小銃を構えて引き金に指を掛ける。男の他に立っているのはもうワタシたちだけ、たった二人の少女にこれだけされれば頭に血が上りもしよう。

それは分からないでもないが、さすがにこの至近距離でフルオートを喰らうのはマズい。

引き金を引く指より早く蹴り倒すのはいくらなんでも不可能だ。ならば、まず守るべきは頭部。顔面への直撃さえ防げれば活路も見出せるかもしれない。

すでにボロボロの両腕だが、果たしてちぎれ飛ぶのが先か相手の弾が尽きるのが先か。できれば腹部で残弾すべてを飲み込むのはごめん被りたいが、覚悟はしておかねばならないだろう。

 

 

運命を告げる音。辺りに最後となった銃声が響いた。

 

 

その音と共に倒れたのは男のほうだ。

最後まで向き合っていた男は、その背中側から後頭部を一撃で仕留められた。

 

今回の襲撃で唯一の死亡者となった男。それを戦果に変えたのは阿武隈だった。

彼女が人間を殺したのはこれが初めてのことになる。葛藤もあったかもしれないが彼女は撃ってくれた。

軍務に忠実だったのか、それともワタシのことを考えてくれたのか。それは分からないことだが、おかげでワタシはお腹から(はらわた)を取りこぼすことを回避できたわけだ。

 




マリーナベイ・サンズざんす。

朝潮型では艦内電流が交流になっている。
次級の陽炎型では従来の直流電源に、そして夕雲型で完成形。再び交流化された。

霞さんの艤装は信頼性に欠ける電装などを見直した霞仕様のカスタマイズが施されている。それにより性能の向上があったが、いまだに不安定なので衝撃を受けるとイキナリ落ちることがある。
今のところ、交戦中に突然艤装が沈黙しても眉一つ動かさず冷静にリカバリできる変態にしか使えない。


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〜月に叢雲、花に風。〜3

紅梅色。
カラーコードは#f2a0a1。
RGBだと242, 160, 161。

なにを指す色かと言われたら、霞の……。


ところで日本語って面白いよね。
山田さんが外国人なら、何年経ってもこんな文章を読める気がしない。
「日が一つ明け一月一日。本日は日曜日」


襲撃のあとは惨憺(さんたん)たる有り様。

ほんのわずかな時間であったが、人類の開発した暴力の技術はなかなかにその威力を発揮していた。

なにかを作るのにはそれなりの時間を要するものだが、それを壊すのはこんなにも短い時間で事足りると考えるとやるせないものを感じる。

 

「コラテラルダメージを確認して」

それらを見ながらしかめっ面の霞が指示を出す。

コラテラルダメージ。作戦行動で巻き添えを喰った民間被害のことだ。

幸いなことに流れ弾を喰らった民間人はいないようだが、施設や店舗、陳列されていた商品などはひどいことになっていた。

 

「大丈夫か? いいから、お前らはこっちで休んでろ。金剛、二人の応急処置を頼む。阿武隈は襲撃者の拘束を」

金剛と皐月に両脇を囲まれた提督が身を隠していたお店から顔を出し、血に塗れてボロボロになった時雨と霞を見て言った。

特に霞は何発も被弾しているようで、その制服には鮮血の染みを滲ませている。

 

金剛と皐月に二人を任せ、阿武隈らと共に襲撃者の元へと移動する提督。

完全武装の女の子たちに警護される男の姿は、ここが非日常の世界であることを端的に示していた。

 

「死者一名、これだけ乱射された割にはキレイに片付いたな」

「すみません。ワタシがもっと早くに展開できていたら、その被害も防げたはずでした」

 

しょんぼりとした阿武隈の頭をグリグリと右手でかき混ぜながら、提督は「お前は最良の選択をした。霞を護ったそれは満点だ」と力強く言う。

目をつぶったままでそれを聞いていた阿武隈が顔の緊張を少しだけほぐし、「前髪に触らないでください」と言って提督の手から逃れた。

 

 

さてさて、問題はこれからなわけだ。

襲撃など問題のうちにも入らない。ウチの娘さんたちは優秀だからな、鎮圧だけならそれほど難しいことではないのだ。今回は時雨と霞がダメージを負った。そのことについては必ずどこかに責任を取らせてやるつもりだが、その責任元が重要だ。

 

一つの死体と拘束された五人。その顔を見るなり嫌な気分になった。

 

「どうやら日本人のようだね」

 

そう呟いたのは後ろ手にさせた襲撃者の親指をタイラップやインシュロックなど様々な商標で呼ばれる結束バンドで縛っていた響。

女児とも言える外観年齢の女の子が、スカートのポケットからたくさんの結束バンドを取り出す姿にも慣れないな。なんて、軽く現実逃避気味に考える。

 

「一般人じゃないわよね、陸軍かしら?」

 

次いで言うのは雷。

服装や装備を見た限りそうだろうね。頭が痛いことだが、これは身内の恥と言うやつなのだろう。

これなら現地ゲリラや反体制派、なんなら陸軍を装った謎の組織とかのがよっぽど良かった。

 

実際のところ、これは薬物中毒の陸軍さんなのかな? 人類対深海棲艦として、人間社会一丸となって、なんてのは理想であり頭の華やかな考えだ。

実際にはいろんな闇を内包している。今回の事件はその一つの形だとも言えるわけだ。

主戦場が海となったことで、主力はもちろん海軍である。政府が表立って海と陸空に対して明確な上下を示したことなどないが、口さがない世間の人々からどう思われ、なんて言われているかなど想像力を働かさなくとも分かるだろう。

無責任な民が彼らを追い詰め、彼らのプライドをへし折った。だからと言って、なら仕方がないと言ってあげられるものではもちろんないのだが、業の深いことだな。

 

 

俺個人としては、陸軍はとても良くやっていると思う。

戦うことに特化した海軍だってやってることは艦娘の運用だ。陸軍ほどじゃないが、海軍内にだって根っこの同じ問題が渦巻いている。

それでも海軍は海に出る。なら陸は?

俺たち人類は海に住んでいるわけじゃない。陸上で生活する民の避難や救難活動。なんなら艦娘の存在しない最低の現場で深海棲艦の上陸を防いで日々被害の数字を計上しているのだって陸軍さんだ。

海軍の余り物となった微々たる予算で満足に装備を整えることなく自力で脅威と立ち向かうことを余儀なくされた陸軍が、それを無駄な税金、無能の戦死者などと叩かれてはたまったものじゃないだろう。

 

 

バックグラウンドを鑑みれば思うところはある。あるが、それも国民にとっては意味のないこと。なんの言い訳にもならない。

今回のことも、さすがに日中堂々と繁華街で起きた事件だ。揉み消すことなどできまい。

日本の海軍が最速でそれを治めたというのが不幸中の幸いだったと思うくらいで関の山。

 

先の大戦で、米国が戦っていたのは国民と議会だったなんて話もあるが、まったくそのとおりだ。

些事を考えることなく一心不乱にただ戦うことだけを実施できたら、戦争なんて今よりずっと楽になるんだろうなぁ。

 

 

 

 

 

────────

 

 

 

「傷痕は直したほうがいい?」

 

犯人たちをセレター軍港の方々に任せ、ようやくリンガに戻った一行。

被弾した時雨や霞を工廠に投げ込み、物品の搬入作業に取り掛かってから数時間後。相談したいことがあると未だ入渠中の霞に呼び出されて訪れた工廠内で聞いたセリフだ。

 

艦砲と比べれば豆粒のような弾丸。

見た目の深刻さとは裏腹に直すのにそれほど時間は掛からなかったようで、時雨はすでに処置を終えて戻っていた。

工廠内には担当の明石と、上着を脱いでその華奢な背中を露わにした霞だけが待っていた。

 

 

「この傷はアナタを危険に晒した戒めの傷。それから、司令官を守った証でもある。……ワタシの誇りよ。でも、アンタがキレイな肌のほうがいいって言うのなら直すわ」

 

二人称の安定しない霞がそんなことを言う。

こいつの中ではこれで使い分けがされてるもんなのかな。

 

白く幼い霞の背中。その肩甲骨の付け根には1発の銃痕が残っていた。

世の男性の中には傷痕に性的興奮を覚える奇特な方もいるらしいが、自分はそうではないと信じたい。

しかしだからと言って、その痕が気持ち悪いものなのかと聞かれたならそれはないと断言しよう。

霞の背中は、そんなものでは一欠片ほども価値を落とすことなく。変わらず魅力的だった。

 

 

「直さなくて平気なのか?」

明石にそう声を掛けると彼女は事務的に答えてくれた。

「組織は直しますので、今後の行動に制限が出たりはしませんよ。あくまで表面的なものです」

 

なら問題は特にない。

引きつったようなその傷をなぞるようにして提督が言う。

「傷があろうがなかろうが、お前はキレイなままだ」

「そう」

背中に触れる男の指先から体温を感じているかのように目を閉じたまま、霞がそれだけ答えた。

 

しばらくそうしてから、霞は明石に自らの治療の方針を伝える。

「聞いた通りよ、傷痕は直さなくていいから」

「直せる技術があるんだったら直したいって思うのは技術屋の性ですかねー、兵隊さんの考えはわかりませんね」

「明石だって軍属でしょうが」

「私は戦闘艦じゃないんでねー」

 

カルテ片手にポリポリと頭を掻く明石だったが、霞の希望どおりに処置を行なうことを了承してくれた。

 

 

「時間がかかるか?」

「30分もかかりませんよ」

 

腕や腹部の修復はほとんど終わっており、あとは仕上げと最終確認だけなのだと明石は言う。

そして、見ててもらっても構いませんけど、裸体の乙女の処置を観察するのは良い趣味とは言えないですよ。なんて言われれば、この場に留まることなどできないだろう。

 

大人しく撤退を決めるが、その前に言っておかなければいけないことがある。それが「終わったら俺の部屋へ」という霞への指示。

 

 

「お前のおかげで俺は傷一つ負ってない、褒めてやんなきゃな。今日はお前の誇りを肴に一杯やるか」

提督の言葉に霞が答えるより早く、明石が確認のための声を上げた。

 

「それ『いっぱいヤル』じゃないですよね」

 

いきなりの爆弾発言に、砲の撃ちすぎで赤熱化した砲身のように真っ赤となった霞が慌ててそれを否定する。

 

「はぁ? な、なに言ってんの! そんなわけないでしょうが!」

「冗談ですよ、冗談。体の傷は大したことないですけど、負担はかかってるので早めに休むようにしてくださいね。夜間には熱を持ってくるかもしれませんから、ヤルにしても1回や2回くらいで……霞さんはまだ体も成長しきってないですからね」

「だから、シないったら!」

 

今にも明石に飛びついてその口を塞いでしまいかねない、そんな落ち着かない霞だ。

いいけど、あんまり動くなよ。チラチラ見えてんぞ。

 

桜色よりまだ赤い、色っぽくなってしまったうなじを見せつけながら、霞は「部屋で待ってなさいな」とだけ告げて提督を工廠から追い出す。

 

部屋を出て行く後ろ姿に、明石が声を投げ掛けた。

「今日は霞さんに飲ませちゃダメですからねー!」

 

明石が言うなら仕方がない。

上機嫌のときだけ霞が嗜む、彼女のお気に入り特級酒黒松白鹿の出番はまたの機会にしておこう。

 

 




そういえば、明石加入の話がスコンと抜けてたね。
連合国の最優先攻略目標になっていた2隻のうちの1隻が明石。

深海棲艦にも執拗に狙われていたので、提督が拾ってリンガで匿ってます。

黒松白鹿は霞のお気に入りのお酒。普段はまったく飲まないけど、記念のときだけこれを飲んでる。
帰らずの特攻作戦「天一号」実施時、可燃物やら不用品を艦内から撤去しているとき「帰ったらみんなで飲むから、そのまま乗せておきなさいな」と言われたお酒。

霞と一緒に九州沖に沈んだお酒だ。


あと「治す」じゃないのは仕様です。


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沈丁花の娘3

前回の話の後、夜戦で時雨が敵主力艦隊を相手に奮戦し、翌日には金剛が旗艦を吹き飛ばして残存艦は撤退。
ソロモン海戦は成功で終わりました!

本編的にそれは些細なできごとなので書いてないんですよね!
海戦の結果を些細なできごとと言い放つ話ですが、見捨てないでください……。

必要になるのは、作戦後の話なのですよ?




ソロモンでの海戦は無事に終わった。

遊撃部隊として参加したリンガの艦隊は前線を支えきり、さらには敵主力艦隊撃滅にも大いに役立った。南方にてその存在感を示すという当初の目的は達成できたはずだ。

 

それはリンガのほかにもう一つ。

トラック泊地に身を寄せるあの若い男の隊もそうだ。南方で耳にする彼の活躍譚がまた増えるのだろう。

英雄の艦隊。その話題のおかげで少しリンガが霞んでしまいそうだと思った。

 

 

 

別の意味でなら話題を一身に集めるかもしれないけどな!

 

どうも、俺です。

なにはともあれ、作戦が無事に終わって一安心。沈没艦を出すことなく終えることができたのは本当にありがたい。

霞と鈴谷の柔軟な用兵が功を奏したね。二人が抜けたことで残された前線には負担をかけてしまい、少なくない被害も出たがとりあえずは全員を労って体を休めさせよう。

 

残念ながら俺は休めなくなってしまったんだけどな。

理由はもちろんウチの艦隊司令艦サマ。ラバウルに帰投する前から不機嫌マックスだったのだ。

 

そこで考えた案がある。

もともとブインのやり方は気に食わないものだった。どうせやるつもりだったのだ。ならば慌ただしくしているこのタイミングで、作戦終了の喧騒も冷めやまぬうちにブインの基地へと突撃。これよ。

霞のご機嫌を取るのは並大抵のことではないからね、原因を解決するのが一番の近道だ。

 

お仲間相手に艦隊戦を仕掛けるわけではないので、出向くのは少数精鋭となる。

全力で海戦に取り組んだあと、延長戦に巻き込まれることになったその少数の方には素直に申し訳ないと思っている。

 

 

なんてことを言っている今このときがまさか、すでにブインに到着し、執務室へと案内されている最中だとは思わなかったことだろう。

面倒ごとは早く終わらせるのに限るし、「荒馬の轡は前から」とも言う。俺の経験則だ。

一緒に来ているのは時雨のほか警護艦の綾波と夕立。霞は野暮用で別行動中。

 

さて、ブインの司令官の糾弾を始めよう。

囮艦として貴重な戦力であるはずの艦娘をむざむざ沈める運用など、国力の浪費もいいところだ。

 

 

 

「と、言うわけで。貴方の戦果は艦娘の犠牲の上に成り立つものだ。それを許すわけにはいかない」

「唐突な訪問の上で言いたいことがそれか? 上官に対しての正しい対応とは思えんな。ラバウルの基地司令官の指示かね?」

 

やっぱり天気の話から始めるべきだったかしら?

今作戦での活躍を労ってもらったあと、いきなりぶちかましている最中の俺だ。

 

「誰の指示も受けてはいませんよ。ただ気になるのです。作戦の結果沈めてしまったのか、それともブインでは、沈める前提で作戦を行なっているのか」

「無礼な行いだとは思わんのかね? まぁいい。もちろん沈めるつもりの運用などしていないさ。沈んでしまった彼女たちは、作戦の結果犠牲となった。それは私の不徳だが故意のことではない」

 

そりゃそう言うだろうね。知ってる。

しかし思ったよりもこの人、全然器がでかいらしいな。

はっきりと格下である若造の俺がいきなり訪ねてきて詰問なんてしだしたら、世が世なら無礼打ちされても文句も言えない。

そんな時代じゃなくとも、ここは軍隊だ。

横須賀のじじいやラバウルのおっさんでもなし。よくもここまで許すものだ。

 

とはいえ、ここで問答をするつもりもなければこの男の煙に巻かれて踵を返すつもりもない。

俺がここに来た時点でもうなにもかも終わってる話なのだ。

その気があったにしろなかったにしろ。

証拠があるにせよないにせよ。ちゃんと俺が作って並べてやるよ。

 

 

「いや、貴方は犠牲が出るのを分かった上で今まで攻勢作戦を行なってきた。戦果を挙げるために1番手っ取り早い方法として捨て艦をやったんだ」

「勝手な考えだな。それらはすべて推測だろう。確かな証拠はなに1つない」

 

確かにそうだと、頷いた時雨が言う。

「疑わしきは罰せず。現代社会における司法の大原則だね、だけど……」

 

その言を継いだのは提督だ。

 

 

「私は司法の代弁者ではないんですよ。だから証拠の必要性を特に感じておりません。私にとっては怪しいと思えるその心象で十分だ」

 

 

そう言った男の、感情がこもらない目が恐ろしかった。それを目にした男はハッキリと理解した。

これがこいつの本性だと。

 

 

「貴様ら! 今すぐその若造を殺──うぉおおおおお、ムグッ」

「肩を外されたくらいで大袈裟っぽい?」

 

飛び掛かったのは一匹の獣。

爛々と光る赤い瞳は、虫の脚をもぐ子供のような無邪気さでその男の肩を外し、呻き声をあげる口を塞ぎながら告げる。

 

「提督さんは今、大事な話をしてる。少し黙ってて」

 

 

執務室まで案内してくれた艦娘もブインの秘書艦も、綾波の放つピリピリとした空気にあてられ動けないでいる。

この状況下で、夕立の下敷きになっている基地司令官を奪還できる艦娘はいないだろう。

また直接提督を抑えようと考えても、海の水との意味を持つ宝石の瞳の女を躱してそれを実現することなどできまい。

舌戦を交わすつもりなく、実力によってそれを行使するのなら、このメンバーが入室できた時点で勝ちは確定だった。

だってそうだろう。俺が誰かの作ったルールに従ってやる理由などないのだ。証拠がなければ捕まえられない? そんなことはない。なんなら捕まえてから証拠を用意してやってもいいし、ないならないでも構わない。

目的はこの男を罰することでさえないのだから。

 

 

「夕立、そいつから情報を引き出せ。殺すなよ」

 

ここは戦場だ、敵を前にしたなら尋問で吐かせるなど当然のこと。

ソロモン海戦の折、霞や鈴谷からの流れ弾がブイン所属艦艇の艦橋を誤射で撃ち抜かなかったことに感謝してもらいたいぐらいだ。

 

 

 

そんなときだ。勢いよく扉を開いて、この小さな戦場に飛び込んで来た者がいた。

 

 

 

「さて、最悪の状況……ではないが」

「最低の状況だね」

 

それを目にした提督がそう感想を漏らし、時雨が答えた。

 




名前は「海水」を意味するラテン語。
石言葉は勇敢、沈着、聡明。

地中海の船乗りたちから海の力が宿る守護石として崇められたソレは時雨の瞳の色。


漫画ARIAの主人公の二つ名でもある。


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ミッドガルドの蛇

なんかタイトル変わっちゃいましたけど、「沈丁花の娘」の次話です。

もともとのこの話の仮題は「沈丁花は枯れても香し」だったのですが、これ「価値あるものは盛りを過ぎてもその価値を損なわない」という意味なので、本編の内容と合わなかったんですよね……。
別に沈丁花の娘さんがどうにかなる話でもないですしってことで蛇に変更。

では、気にせずにどうぞーー!




立ちはだかるのは戦艦伊勢。

伊勢は佐世保を共にした戦友であり、手放しで信頼できる身内の艦娘だと言える。

しかし、この場で出会うのは避けたかった。そのために手早く済ませようと考えていたのだが、なにもかもまでは上手くいかないらしい。

 

そう、彼女は戦艦なのだ。

国家の威信をその肩に背負う、国家の力そのもの。

彼女の潔さ、その清廉な魂を知っている。

彼女を信頼できるその理由があるからこそ、彼女はこの場の俺を許さないのだ。

 

 

「提督、これはいったいどうしたっていうの?」

 

室内で伊勢が見たものはまるで悪い夢。いや、夢であってほしいと思ったのかもしれない。

夕立にのし掛かられ、拘束されているブインの基地司令官と綾波に気圧されて動けないでいる基地所属の艦娘たち。

 

「わけを、訊かせてもらえるんでしょうね?」

「この男は艦娘を使い捨てのようにして戦果を挙げてきた。その罪は問われるべきだろ?」

 

困り顔で提督を見る伊勢にそう答えた。

艦娘のため、艦娘を思ってのことだ。人道的にはなにも間違っていないと自負しているが、ただ、彼女はそれを飲み込まないだろう。

正しいことは正しい手順で行わなければならない。戦艦である伊勢はきっとそう考える。だからこそ、彼女は信頼に足る尊敬できる女性なのだけれど。

 

「それは軍に報告して裁く問題よ。貴方が暴力を行使してするようなことじゃないわ」

想定どおりの言葉を返す伊勢。

伊勢の考えが正しいことなど分かっているのだ。

しかし、そうして正される未来を待っている暇などこの戦場にありはしない。

 

「それでは間に合わない。この男をここに残しておくと裁かれる前に沈む艦娘がでるんだ。それに、今の状況でこの男が裁かれるとは思えない。これは必要なことだ」

 

艦娘を軍の備品として扱う風潮はあるのだ。

俺だって犠牲なく勝てる戦争があるなんて夢みたいなことを信じているわけじゃない。目的を達成するために命の消費を命令し、また命令されることもある。それが軍隊であることも理解している。

 

だが、命の使い方は考えるべきだとも思っている。

海域の解放や敵本拠地の占拠など、それが戦略に関わるのなら必要な犠牲と割り切ることもしよう。場合によっては友軍を逃すために、なんて危急の状況もあるかもしれない。それであれば、納得はできなくとも理解はできよう。

たとえ身内であろうとも、そのときは沈んでくれと言わざるを得ない。

これは戦争なのだ。

 

しかし、ただの消耗戦。小競り合いで敵艦撃沈のスコアを稼ぐためだけに沈めるのを許すのは違う。

ただ戦果を数え、軍内での昇進や派閥の発言力を増すなんて下らない理由のために沈めていいほど艦娘の数に余裕なんてないのだから。

 

「なんとかするわ! この艦隊に配属されている私がなんとかしてみせる! これは私の責任よ」

 

伊勢だって分かってはいる。責任感の強い彼女は誰よりもそれを分かっているのだ。同胞である艦娘の処遇を、その使われ方を。

彼女がそれに心を痛めていないわけがないのだ。

 

 

「ここは、おとなしく指示に従ってはもらえないかな? きっと、私がなんとかしてみせるから」

組織的にも、また社会的にも優位な立場であろう伊勢は、しかし苦渋の選択を迫られたような顔で呟いた。

良識を持ち、仲間思いで情に厚い艦娘だ。押し潰されそうなその責任感で、逆らうことのできない体制というやつに抗ってきたのも知っている。

 

「提督。できれば、私は貴方と相対したくはないのよ。だけど」

 

 

伊勢は生粋の軍人だ。

護国のためにと建造された国の威信。その魂を宿す戦艦伊勢は、どんな命令であろうとも完遂するだけの忠義を持つ清々しいまでの武人。

そんな彼女のことを、むしろ好ましいと思う。だからこそ許すことなどできはしない。

 

 

「心に負った傷は放置すると傷むばかりだ、お前の両肩に乗った温もりさえも、いずれお前の足を止めさせる」

 

止まるならまだいい。しかし彼女は、歩けなくなっても、動けなくなってもなお信念のままに足掻き、命令との板挟みで苦しみ続けるのだろう。それが彼女の矜持なのだから。

救いたいのは艦娘だ。そして、ブインでそれを行う1番の理由が伊勢と朝潮。

お前を苦しめる環境こそを壊してやりたいから、俺はここに来たんだ。

 

 

「伊勢。お前は俺の艦だ、そいつは誇り高いお前が仕えるに値しない。順番は前後するが、この男は以後に裁かれることになる。今は堪えろ」

 

言うや否や、提督は腰の軍刀に手をやり一歩踏み出す。

 

「提督!」

分かってはくれないのか。

しっかりと話し合うことができたら、彼なら分かってくれるはずだ。そんな風に伊勢は思う。

しかし時間が足りない。足りないままに動く状況でも、彼に手を汚させるわけにはいかない。それだけは絶対。

伊勢が反応し、提督を捕まえようと腕を伸ばしたそのとき。

 

 

 

綾波の左足が伊勢の肩口をそっと押し出すように伸ばされた。

バランスを崩された伊勢は咄嗟のことに驚愕の表情を浮かべるも、提督との間に立ち塞がった綾波に向かって警告する。

 

「提督のことだから、ただの駆逐艦ではないというのは分かる。それでも、戦艦を相手にできると思ってるの?」

 

陸上であっても戦艦の脅威は変わらない。

超弩級戦艦としてこの世に生を受けた伊勢の出力は8万馬力を超える。そこから生み出されるのは溢れんばかりのパワー。そして戦艦を戦艦足らしめているのは強大な主砲に耐える強靭な装甲なのだ。それに支えられた驚異的とも言えるタフネスさ。

それは、いかに綾波が特型駆逐艦として世界の艦艇の歴史をめくった艦の一隻だとしても、抗えるものではないと思える。

 

 

「相手が何者でも関係ありません。ただ、司令官の邪魔はさせませんよー」

しかし綾波は、いつもと変わらない笑顔を浮かべながらも譲るつもりはないと主張し、真っ向から伊勢と対立したのだった。

 

 

伊勢が駆け付けたことで状況が変わったことを感じたのだろう。夕立により床に押し付けられているブインの男が怒鳴るように言う。

 

「こんなことをして、ただで済むと思っているのか! 伊勢! 駆逐艦相手になにをしている! さっさとこいつらを殺せ!」

 

罵声のように浴びせ掛けられたその言葉に顔をしかめながらも、伊勢は一言告げるだけで命令を遂行するために動いた。

 

「ごめん……」

 

スローモーションのような、その流れるような動作は達人のそれだ。音を切るように研ぎ澄まされた一息で腰の物を抜く伊勢。

彼女に刀を抜かせれば、きっと瞬きの間に全てが終わるのだろう。ただ気が付かなかった。気付く暇さえ与えられなかった。それを上回る圧倒的な静寂と張り詰めた空気が、その場を支配していたことに。

 

 

 

抜きましたね──

 

 




この話は1つ目の逸話である佐世保壊滅後すぐから書いていた話。
とりあえず佐世保組が提督の元に集う話から書き始めたんだよね。その割に合流遅くなっちゃったけど。
この話を書いているときはまだ伊勢に改二がきておらず、伊勢が腰に刀を差しているのもあまり話題になってなかったころなんだよなぁ。
改二になった伊勢は中破で刀に手を掛けているので、今さら伊勢が刀を使っていたところで違和感ないね。


本文にあるように、伊勢の出力は8万馬力ちょい。
さて、ここで次世代の艦隊決戦型として計画され、ただ1隻だけの丙型駆逐艦となった島風を見てみよう。
過負荷全力でおよそ8万馬力!

そりゃ1隻だけで後が続かないわけだ。
ちなみに戦艦扶桑は4万馬力。歴史を感じる。


題の「ミッドガルドの蛇」とは、みんな大好きヨルムンガンドのこと。
厨二的思考を持つなら北欧神話は当然好きですよね!

さて、世界蛇とも呼ばれるこの超巨大な蛇は、神々の黄昏と呼ばれる最終戦争ラグナロクで雷神トール(ギリシャ神話でいうゼウス)に討ち取られるが、トール自身もヨルムンガンドの毒により9歩下がった後に死亡。相討ちとなる。

そしてラグナロクによりすべての世界が滅びた後は、新しい秩序の世界が始まると言われているわけだ。


蛇を討伐した後に新世界が構築される系の神話は年代、地域を問わず他にもたくさん。どこの神話でも神様の最大のライバルやってるのは伊達じゃないね!
もしかすると、河川のメタ的表現とも言われる大蛇の討伐とその後は、氾濫なんかで壊滅した街と、それにより運ばれてきた肥沃な土から始まる新しい生活みたいなものを元にしているのかもしれないですなぁ。



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ミッドガルドの蛇2

初投稿からそろそろ2ヶ月。
まったりペースでの投稿になっていきますよ。

あと残っている、完成している話ってのが最終話しかないもんでね!

時系列無視で投稿してきたが、さすがに最終話を次とかに投稿するのはマズい。それは分かるのだ。


ところでイベント終わりましたね。結局平戸ちゃんが落ちなかったので、しばらく全艦コンプできないままです。
ついでに前回の分も合わせて大量にあった菱餅をネジに換え忘れるという痛恨のミスをした。
まぁそのうち貯まるので、過ぎたことは悔やまず楽しもうと思う。



抜きましたね──

 

 

 

誰が発した声なのか分からなかった。

声、だったのだろうか。まるで直接魂に響いたそれを理解したとき。伊勢は自分の視界が真っ赤に染まっているのに気が付いた。

なにが起きたのか分からない。私は死んだのだろうか?

 

いや、確かに見ていたのだ。まるで何十倍にも引き伸ばされた刹那の時を。

この冷静な思考と自分を省みる分析力が伊勢の最大の強みだ。これのおかげで今までどんな最悪の状況からでも大過なく生還してきた。

自分の視界に広がる赤色は床に敷かれた絨毯。後ろ手に腕を拘束され、床に押し倒されているのだ。ゆっくりと意識が現実に追いつき、そして、そのときなにが起きたのかを把握した。

 

 

刀を抜いた瞬間に、金属が打たれて響くカン高い音を聞いた。なんの予備動作もなく綾波が刀の柄を蹴り上げ、伊勢の腕から刀を失わせたのだ。

刀身を半分以上天井にめり込ませ、構える暇もなく戦さ場から追い出された。なにが起きたのかは分かる。しかし理解はできなかった。

 

彼を殺すつもりなど当然なかった。傷を負わせるのも忍びなかったが、そうでもしないと大人しく拘束されてはくれないだろうと思ったからだ。

殺気を帯びない自分の太刀筋は、僅かには鈍っていたと思う。それでも、柄を蹴り上げられるほどの剣速ではなかったはずだ。

 

それは自分の目で追える限界を超えていた。自分は艦娘としては陸上でも動けるほうだと思う。剣を修めたその実力は、現に並みの経験者では相手にならなかったのだから。

 

 

「司令官に危害を与えるのは許しませんよ」

 

 

戦艦に、まるで反撃の隙を与えない〈駆逐艦と呼ばれるモノ〉がそこにあった。

 

 

 

 

「俺の艦娘。返してもらうぞ」

静かに、ただそう宣告する提督。

 

伊勢を無力化したことで、この基地での障害は全てクリアされたと言っていいだろう。

あとはブインの司令官にあることないこと罪を擦りつけて内地に送ってやればいい。

警告や罪の告発を行い、海軍にこの男を捕らえさせるという正攻法は現実的ではなかったが、捕まえた後でなら話も変わる。

キャリアコースを脱落した男が、ここではないどこかに消えてくれさえするなら他はもういいのだ。

 

ブインの男が口を開きかけたが、それが声になることはなかった。

 

 

「伊勢、迎えに来るのが遅くなってすまなかった。今後はその力を俺の艦隊で振るってほしい。ここからは正規の手続きを踏む予定だから、もうちょっとだけ目を閉じててくれ」

 

「貴方は、相変わらず破天荒なのね」

綾波によって無力化された伊勢も、分かってくれたというよりは譲歩してくれたのだろう。

正攻法ではなかったが、これから正しく組織的結末に収束していくことで飲んでくれたようだ。

 

 

さて、であるならばだ。では精々役立つ情報でも集めようか。

あの男を突き出すにしても、見て分かる。そんな非難しやすいネタがあるに超したことはない。

引き続き夕立には彼から情報を聞き出してもらおう。その間にやるべきことをと、提督は時雨を引き連れて部屋を出た。

 

 

「どうするんだい? 彼はそれでも戦果を挙げているようだけど」

「確かに戦果は挙げている。しかしそれは今だからに過ぎないな。イタズラに戦力を消耗していけばすぐに行き詰まりジリ貧になることは目に見えている」

 

時雨の問いにそう答える。

あの男も海軍に巣食うろくでなしどもも、人を育てるコストを安く見積もり過ぎだ。

艦娘はもとより一般の軍人であっても、簡単に使い捨てしていいコストではないのだ。

いつの時代のどの組織でも、人的資源の浪費は悪手。費用対効果を考えるなら上手に使ってやらなければならない。

その先に待っているのは緩やかな衰退だけだ。

企業であればそこからでも、痛みを伴うことにはなるが度外視のコストを掛ければ立ち直ることもできるだろう。

しかし艦娘はその例に当てはまらない。

1度撃沈(ロスト)してしまった戦力は戻らない。それだけ理解する想像力があれば、この国の、そして人類にとっての損失が取り返しのつかないものであるのが分かるだろう。あの男の罪など論じる必要もないくらいだ。

 

 

そこへ資料を漁っていた霞が合流する。

「データ出たわよ」

手にした書類がそうなのだろう。これは素直に朗報の類。確かな証拠も手に入れることができたわけだ。

 

霞には、今まで戦死した艦娘の遺品を漁って日記など当時の状況を記した物が出ないか、またその僚艦たちから有用な話が聞けないか、客観的な証拠となる物の収集を頼んでいたのだ。

ついでに今からは主人不在となった基地内を家探しもするつもりでもある。あの男の心証を悪くするものならあるだけ便利に使えるからな。

 

おっと、霞にそれらを頼んだのは、決して頭に血の上った霞をあの男の前に立たせると綾波や夕立よりも怖いことになりそうだと思ったからじゃないぞ? 情報収集、資料の確認をさせるなら霞だろうという前向きな考えからだ。そういうことにしておこう。

 

 

「よかった、当たりを引いたみたいだな」

「ふぅ、ワタシたち、いつも事後確認ね」

 

今回はちょっと行き当たりばったりが過ぎたかもしれないね。

陸上での立ち回りに自信ありの艦娘さんばかり揃えていると、どうも思想が力押しの単純なものになる。

今後はもうちょっと考えよう。

 

「ま、データは出たんだ。これで俺たちは難癖付けにきただけの輩ではなくなったし、万々歳じゃないか」

 

 

「無駄な犠牲だっただなんて、思いたくないわね」

沈んだ声でそう言う霞。この子はそれを、データの上に乗るだけの数字ではないことを知っている。

書類を見る者は、書面の数字をただの数字として捉えがちになる。気を付けねばならないことだ。

 

「無駄ではなかったさ。指示に従い、戦ってなにかを残して沈んでいく。今回はあの男の罪を暴いたわけだ。俺たちは命令されたら殺すし殺される。業が深いね。軍人なんて人間にとってのセントラルドグマ(中心教義)みたいなものかもね」

「嫌な教義ね、それ」

 

「あ、知ってるんだ? なんでも勉強してるな」

「生物の不思議に興味があったのよ。有機物なのか無機物なのか、謎の体を持ってる身としてはね」

「有機物だろ。他者の命を頂いて、体には血が通ってる。それにお前は柔らかくていい匂いだ。安心して今日から生物(ナマモノ)を名乗れ」

 

人類の歴史は争いの歴史だなんて、使い古されたことを滔々としたり顔で説明したいわけでもないが、職業軍人なんてのは人類が生み出したその際たるものなのかもしれない。

人類に組み込まれたシステマチックなそれは、なんて罪深い人間の業なのだろうか。

 

 

「でもそうか。ワタシたちが戦うのは命を繋ぐ過程だものね。それが転写なら、最後はなにが翻訳さ(作ら)れるのかしら」

戦うことが目的ではないと霞は言う。もちろん人類もそのつもりなのだろうが、果たして目的と過程がいつも入れ替わらないと言い切れるものか。

今は人類が救いようのない生き物ではないと信じ、こう答えておこう。

「平和な未来とか、そういう不確かなものなんじゃないの」

 

「作られるがウイルスじゃないことを祈るわ」

 

 

 

そして執務室のほうに視線を送る霞。

「で、穏便に済ませてるんでしょうね?」

「穏便も穏便、話し合い主体の紳士的な対応を心がけたよ」

こればかりはちょっと目を逸らしながら答えるしかあるまい。

そう思っていたが、時雨がぼそっと横から口を出す。

 

「夕立が基地司令官の肩を外していたようだけどね」

霞の眉がちょっと動いた。そして今、室内では絶賛尋問中なはずだが、夕立と綾波がいる割には穏便だろうと心の中で言い訳をしておこう。いや、霞が室内に突撃した場合よりも確実に穏便には済んでいるはずだ。

 

「構わないの?」

一応気にはなっているのか、霞がそう問い掛けてくる。まぁ曲がりなりにも上官だしね。軍属が上役相手に暴力を持って対応するなどあってはならないのだろうが、俺の中での奴はとっくに軍人カテゴリーから外れて犯罪者カテゴリー。端的に言えば俺の敵としてノミネートされている存在だ。

で、あるならば。返すべき答えはもう決まっているのだ。

 

「構わないよ。大局を読めないやつは人の上に立つべきじゃない、ましてや命を預かる立場だなんてもっての外だ」

 

 

そして続けざまに、心の底から本心を告げる。こんなことばかり言うから傲慢な男だと陰口を言われるわけだが、事実そう思っているのだから仕方がない。

 

「無能っていうのは、ただそれだけで罪なんだよ」

 

 

 

さて、無実の男の基地にかち込みを掛けた、イカレタ艦隊という風評は無事に避けられることになったが、面倒なことに変わりはない。

艦娘に犠牲を強要する、人道に悖る行いをした基地にかち込んだイカレタ艦隊の風評は避けられないかもしれないが、とりあえず後のことはラバウルの基地司令官に投げてみようかな。

ブインの基地を持って帰れるわけじゃないし、ここに所属する艦娘さんたちを根こそぎ引き抜いてくわけにもいかない。

 

俺の行いについては厳重注意くらいで済ませてくれたら嬉しいな。希望的観測というやつだ。

 

盗人猛々しい行いなるものをして、それからリンガに帰るとしよう。

長く基地を空けたので、今から帰投するのが楽しみだ。




最近になって初めて誤字報告を頂いた。
「おん? この日本語スペシャリスト(自称)の山田さんに誤字だと?」と、指摘された報告を見ると……。

言い訳の余地もない完全な誤字でした!
キングオブ誤字の報告に感謝っす!


関係ない話

大隊長なら西住まほ、カチューシャ、ケイがベストな気がする。
司令官やらの軍政するならダージリン様。次いで杏会長。
中隊長、小隊長に西住みほ、ドゥーチェを、車長にはミカを配置すれば完璧。

そして山田さんの隣にはペコちゃんを配置する。

装填手のベストはペコにアキ、桃ちゃんを推してみよう。特にアキはマルチに活躍する潜在能力を持っている。はず。


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終幕 コウカイの果てに
The future that might have been.2


季節もの。ちょうど今の時期なので、こんな日常も良いだろう。そんな感じ。

この時期はまだ肌寒く着込んでいるので寂しい。
せめてスカートなら、春一番の突風でめくり上げられた描写を1000の文字を使って書ききるのに……。


梅の季節が終わり、場所によっては気の早い桜も咲き終わった頃だ。

山間に1本だけで佇む孤高の梅もいい。川べりに植えられた河津桜や旧家の庭先、古びた社に映える八重桜。山々の一部を華やかに染める山桜にあぜ道の脇を埋める菜の花。

なんなら2色の美しい花弁を誇るウチの庭に咲いた源平桃も。

 

それらは新しい季節の到来を彩り、春の訪れを感じさせる。

豊かな自然を育む生命の季節だ。

 

 

「さて、準備はこんなものかな」

軍手に長靴、それから土嚢袋とスコップを軽トラの荷台に積み込んでいるのは、某スポーツメーカーの長袖パーカーにタイトなボトムを穿きこなした時雨。足下にはローテク定番のスター的なクリーム色のスニーカーを履いているが、それも今だけ。現地に着いたら先ほど積み込んだばかりのドローコードの付いたちょっと本格的な長靴へと履き替える予定だ。

 

いい天気になって良かった。そんな風に思い、晴天に恵まれた空を見る。

そこは抜けるような青空と白く薄い雲だけが漂う世界。視界を動かせば、空気が澄んでいるのか今日は青々とした山たちがすぐ近くに見える。

実際山に囲まれた土地でもあるので、車で十数分も走ればそこはもう山なのだけれど。

 

 

本日はその山にて山菜採りだ。

ワラビやコゴミ、ゼンマイなどにはまだちょっと早いが、ちらほらとタケノコが頭を出しているらしい。

春には春の、夏には夏の楽しみがある。そう提督は言っていた。そして春の楽しみ方とは花を愛で、そして山に入ることなのだとか。

僕たち艦娘にそういった楽しみ方をこれからたくさん経験させると言ってくれ、まさにこれからその体験があるわけだ。

 

タイミングが合うならば山菜の王様であるタラの芽やイタドリなどがあれば嬉しいのだとも言っていたが、こればかりはタイミング次第なので行ってみなければ分からないらしい。絶品だと彼が太鼓判を押すタラの芽の天ぷらとやらを、できれば御相伴に預かりたいものだと思う。

 

そんなことを思っていると、今回の山菜採りメンバーが集まって来た。

遅れてやって来たのは白露に村雨、夕立。

心配してくれなくてもいいよ? 彼女たちは別に準備を僕に押し付けてゆっくりしていたわけじゃない。

事前の服装チェックに引っ掛かって着替えを強いられていただけだ。

 

山の子供みたいな服装になった白露と夕立は、長袖カットソーにジーンズ姿。

着替える前の白露はなぜか海の子のような露出度の高い服を着ていたし、夕立に至っては制服のままだったので着替えを命じられるのも当然だと思う。

 

その後ろで少し恥ずかしそうにしているのは村雨。薄手のZIPパーカーにラインのかわいいデザート色のカーゴパンツというのは別に恥ずかしくない姿だと思うが、彼女なりに満足のいく格好ではないのかもしれない。もっとも、先ほどまでの今から市内でデートですとでも言わんばかりのフェミニンな、360度どこから見てもかわいらしい服装で山に入るわけにはいかないだろう。春らしいカーディガンを羽織り、レースで飾られた真っ白なフレアのロングスカートにヒールの高いサンダルが山菜採りに相応しいとはとても思えないので、やっぱり着替えるよう言われるのも無理はないことだ。

海戦で指揮を執っていたころは頼もしい妹だったが、提督とお出掛けすることもある今の環境になってから途端にこういう失敗をすることが多くなったように思う。侮りがたし乙女妹よ。

 

時雨を含め、集まったみんなは全員春らしい軽やかな色合いの服に身を包んでいる。

季節に合わせたというよりも、これも提督の指示によるものだ。

山に入るときは明るめの服で。

黒色だとスズメバチに襲われやすくなるらしいし、1番怖いのは猟師による出会い頭の事故なのだとも言っていた。散弾銃程度なら撃たれたところで致命傷にはならない艦娘ではあるが、指にでも当たれば一時自分の指とさよならしなければならなくなる。特に撃たれたいわけでもないし、スズメバチに刺されると当たり前に痛い。避けられるなら避けておくべきだろう。

なので、このメンバーでの黒髪である時雨は帽子も被っているのだ。

 

 

「すまんすまん。待たせたな」

 

最後にやってきたのは提督。

ここに越してきてそれなりに経つが、いまだに制服じゃない提督を見ると胸がキュンキュンする。気付けばぼぅと見つめてしまっていた当初よりはマシになったと思うが、恋する乙女の胸の鼓動は不整脈を疑ったほどだ。

 

そんな提督は手にしたコンパクトカメラを時雨に手渡し、遅刻を謝罪する。

これからはいっぱいの思い出を残そうと、事あるごとに写真を撮ることにしているのだが、ついついカメラを持ち歩くことを忘れがちになるようで今しがた部屋まで取りに戻っていたところなのだ。

今回のカメラはいつもの大きいやつではなく、ポケットに入れるには少し大きいかな? くらいのサイズ。山で作業しながら撮るならこのくらいが現実的なのだろう。

そのガンダムの形式番号のようなカメラを腰に巻いたオリーブドラブ色のナイロン製ウエストバッグにしまい、これで準備は万端だ。

 

 

軽トラックの運転席に提督が乗り込み、事前にジャンケンで取り決めたように、僕と白露、夕立は荷台に上がる。助手席には村雨だ。

幸運艦と言われて胡座をかいていたわけではないが、助手席を逃してしまったのは痛恨の出来事だった。まさかジャンケンでこの僕が負けるとはね、まぁいいさ。次こそ提督の隣を勝ち取らせてもらうと胸の中だけで唇を噛む。

 

「ふふ、お邪魔します」

 

狭いスペースに乗り込む村雨。

ふわっと香ったであろう村雨の匂いに鼻を伸ばす提督。

ま、まぁいいさ。次こそ、次こそは。

 

 

「ほんじゃ、出発するから。落ちないように気を付けてろよ、特に夕立。立つんじゃねぇぞ」

 

運転席から顔を出し、提督がそんな注意をする。大丈夫っぽい〜なんて返事をしているが、彼女には前科があるのでしっかりと目を見張らせていなければならない。

よく考えたら、姉も妹も信用ならないタイプだ。助手席のことは一旦忘れ、まずはこの二人が提督に迷惑を掛けないように注意するのが僕に課せられた任務だとしよう。

 

 

軽い排気音を響かせながら、妙に広い庭を出て一路山を目指す。

本来なら荷台に人を乗せて走ってはいけないらしいが、田舎ではままあること、大きな声では言えないがそれはそれ、とのことだ。

普通に危ないことだとは思うが、ちょっともったいなくも思う。

 

暖かくなってきた過ごしやすい春先の風を全身に浴びながら、木々や小川の隙間を走っていくのは気持ちの良いものだ。

 

家の前の細い道を抜け、家が立ち並ぶ集落に入ると顔見知りのおじさんやおばさんが手を振ってくれた。

この町の人たちは、僕たちが艦娘であることを知っているが、普通の歳若い娘のように接してくれるのが嬉しい。

提督と一緒であればどこにだって着いて行くわけだが、やっぱりここで良かったと、そう思う。

 

途中の自販機で炭酸飲料やスポーツドリンクを補充する。なんでどこもファンタが売り切れなんだ! と提督が騒いでいたが、この自販機を逃せばもう山までに飲み物を買うチャンスがないので諦めたようだ。

そっと心のメモ帳にファンタ(グレープ)と書き記す。今度、一度飲んでみようと思った。

 

 

舗装された道路を離れ、日の光を遮る緑をたたえた山道へと入る。

ガタガタと跳ねる車の振動だけでも楽しいものだ。荷物が飛び出さないように押さえながら、色付いた花や川のせせらぎで目と耳を潤す。

南方の海で見たそれらとは違う。これが僕たちの国。生まれ故郷の姿だと思うと、それだけで胸がいっぱいになるようだ。

 

鉄板の上で跳ねているのでお尻が痛いが、それでも充実している。見るもの聞くもの全てが美しく、本当にキレイだ。

 




日本の四季の楽しみ方だ。
スマホばかりの毎日ではつまらないからね!

春は山菜や散歩、ハイキング。
夏には虫捕りに花火、バーベキューに海遊び。

そんな話を体験談もたっぷり交えて書けたらいいなぁ。
そんな生活を艦娘のみなさんも楽しめたらいいな。



なんてことを思いながら、裏では時雨のお尻の穴を玩具箱みたいにするお話を書いている山田さんなのだった。
当然それの公開はない。


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The future that might have been.3

最近そっこらじゅうのネット文で「暖める」の日本語が気になる山田です。

「体を暖めるといいらしいのですが……」など、そりゃ「温める」だ。
母の温かみも君の温かい瞳も、入浴で温まるのも「温かい」のほうだ。

温かいの対語が冷。暖かいの対語は寒だと覚えよう。
っていうか、暖かいなんて気温と気象にしか普通使わない。
紛らわしいのは暖かいセーターを着て体が温まるくらいのものだろう。



トラックの荷台に揺られ、いつまでそうしていても飽きない自信があるが、ほどなくして目的の竹林に到着した。

近所に住むおじさんが教えてくれた場所だ。

 

早速長靴と軍手を装備し、タケノコ掘りの準備を整える。

軍手。軍用手袋と呼ばれるそれは用途が広い。もはや軍とは関係がないところで使われることのほうが多いだろうに、いつまで経っても軍手なんだなとちょっと思った。

 

 

「さぁて、お前ら。たくさん採ってご近所にも配る予定だから気合い入れろよー。あと暑くても腕まくりは止めておけ。マダニに喰われるから」

 

長靴に軍手、首にはタオルを掛ける白露姉妹たちにそう告げる提督。

マダニ。艦娘としてあまり馴染みのないものだが、どこからともなく忍び寄り体にくっ付く生き物。

それに気が付くのは早くて本日の入浴時。下手すりゃ明日の入浴まで気が付かないこともあるとか。

血を吸ってパンパンに膨れあがったマダニは6mmBB弾ほどのサイズとなり、肌に喰い込む。適当に掴んで引っ張ると口吻だけを皮膚にめり込ませたまま取れてしまい、感染症などを引き起こすこともある危険な生物らしい。

艦娘にとっていかほど危険かは分からないが、普通に蚊に刺されて痒い思いをするくらいなので、マダニも危ないのだろう。

首元はタオルで、袖口を軍手に入れて足下はスネまである長靴のドローコードを引っ張り侵入を防ぐ。

生足で山に入るなと言われた理由の一つがこれなのだろう。

 

 

そういえば、蚊に刺されたら熱湯だなんてオカルト話が21世紀にもなって話題になったらしいが、蚊の唾液に含まれる痒み成分はヒスタミン。やっけに高温に耐える物質なので、皮膚にかけられる程度の熱湯でどうにかなるようなものじゃない。痒み止めの薬が抗ヒスタミン剤であるのはこれが理由だ。おとなしくムヒに頼れということだな。

もし高温で痒み成分が変質するだなんて言いだすなら、まずは人体のタンパク質が変質してしまうだろう。

最近の子は知らないかもしれないが、水銀で計るタイプの体温計には42℃以上の目盛りがない。人体としての限界がその温度に耐えられないので刻んである意味がないのだ。お湯程度でヒスタミンが変質するのなら、温泉に入った人間は肉の塊となって二度と這い出てはこれないわけだ。

 

つまりこれ、蜂に刺されておしっこをかけるレベルからまったく進歩しない人類の限界を垣間見れる話だと思う。

 

深海棲艦との大戦が始まるよりももっと昔、どこぞの偉人が「うそはうそであると見抜ける人でないと(掲示板を)利用するのは難しい」と言ったらしいが、うん十年も前からそれを指摘していたというのだから、彼には先見の目があったのだろう。

 

それとは無関係に、蜂に刺されることでもあれば時雨や村雨にお願いするだけしてみようと思う提督だった。

若く美しい女性にかけてもらえたなら、治るかもしれない。いや、治す。上で名言を残した彼よりも遥かな昔から、それは聖水と呼ばれているのだから、昔の人はきっと経験でそれの効能を知っていたに違いないのだ。

そう思うと今すぐ刺されたい気になってくる。蜂の巣ないかな?

一刻が命を左右するんだ! と言えばここでやってくれる可能性まである。帰宅してからでは無理だ。家には霞がいるからな、多分アイツはそれに根拠がなく無意味なことを知っている。それこそ抗ヒスタミン剤を塗られることだろう。

普段なら、そんなアナフィラキシーの危険と無駄に戦うこともないのだが、今この時点でなら賭けるに値する対価があるわけよ。

ベット! 俺の命! つまりはそういうことだ。

問題はおとなしく腕を刺されるのか、それとも最高のリターンを考えて顔を刺されるのかというところ。リスクはうなぎ上りな気がしなくもないが、顔を跨いでもらえれば命の危険など彼方の向こうだ。

 

 

 

「それで、タケノコは見て分かるものなのかな?」

「うぉ、ビックリした」

思考の彼方にぶっ飛んでいた提督に、初めてのタケノコ掘りを行う時雨が質問をする。彼女はどのような形態で生っているのか見たことがないのだ。地面から生えているというのは分かるが、その形態が分からない様子。

 

危ない危ない。思考がトリップしていた。本当に危ないのは俺自身なのだが、一旦脇に置いておこう。

「タケノコは足の裏で探すんだよ。見て分かるくらい育ってるやつは渋みがあるからな」

「足の裏?」

 

それはなかなかにハードルが高そうだと時雨は思った。

ちらりと横目で竹林を窺うが、ここは山。竹の根や石なんかもあるだろう。その中からタケノコの先っぽを踏み分けて判断しろ、と。

 

脳の中の小人(ペンフィールドのホムンクルス)なるものをご存知だろうか?

簡単に説明すると、脳に割り当てられた各部の機能は体の構造と一致しないという研究で作られたものだ。

脳の割り当てどおりに体を形成したらこうなる。と言い換えてもいいかもしれない。

モデルを見て貰えば一目瞭然だが、人の感覚や機能は手や唇に集中している。逆に、人の足の裏にそんな鋭敏なセンサーなど搭載されてはいないのだ。

 

それをソールの厚い長靴を履いたまま探れとは、提督も無茶を言ってくれる。

しかし、期待されているなら応えなければ駆逐艦の魂が許さない。やってみせましょう。帝国海軍に名前を轟かせた幸運艦の名前に懸けて。

 

時雨が胸の奥でそんな闘志を燃やしていることなど露とも知らず、ちょっとした隙間からすいすいと竹林の中に入っていく提督を追い掛けるようにして後に続く。

 

「サッ◯ロ一番の粉末スープの匂いがするっぽい?」

 

いい感じに直射日光を遮る竹林の中で、夕立がそんなことを口にした。

場違い極まりないその物言いに、白露なんかは「食い意地が張ってるなぁ」なんて答えていたが、言われてみたらインスタントラーメンの粉末の匂いらしきものがする。

 

「そりゃヒサカキの花の匂いだ、ちょうどこの時期に白くて小さくて大量に咲く花。だいたいどこにでも生えてて、ブルーベリーみたいな実を着ける。小さい頃は潰して遊んだもんなんだけどな」

ま、春の匂いってやつだなんて提督は言ったけど、春の匂いが粉末スープの香りというのはあんまり嬉しくない。気分だ。

 

「提督? なんかすでに掘られてるんですけどー」

そう言って指を差すのは村雨。確かに、その指の先を目で追えばすでに掘り起こされた後らしき形跡が確認できる。

 

「こりゃ猪かな? ないとは思うが、猪や鹿を見つけても追い掛けるなよ、狩猟が目的じゃねぇからな」

 

瓜坊と呼ばれる猪の子供は一見かわいいが、その付近には必ず親猪がいるものだ。

そして猪は普通に危ない。奴の突進を喰らって……艦娘なら耐えられるのかな? がっぷり組めば猪相手でも寝技に持ち込める気がしなくもないが、まぁやる意味は特にない。

鹿なんかは気が小さいので、こちら側が発見するときにはすでに逃げの体勢に入っている。あんなでも体重がかなりあるからな。

車で鹿を轢くと下手すりゃボンネットを潰して廃車コースだ。そして鹿さんはそのまま山に帰ってしまうことがあるレベルだと言えば、人類が素手でどうにかできるような話ではないと分かってもらえるだろう。

 

「猪? こんなところにも猪っているもんなの?」

ほほう白露さん。さすがに海の女だね。

あんまり想像できてないようだから教えておくが、猪も鹿も猿も、ちょっと山に入ればいくらでもいるのだ。町のすぐそこでもね。

 

国内産の木にあまり需要が見込めなくなった現在。市街にほど近い森林も高次化が進み、簡単に言うと深い森になっている。豊かに過ぎる自然ってやつだな。

山の獣が街に下りてくるのは、人間が自然を荒らした結果、山や森に餌がなくなったからではない。

それらとの物理的距離が近くなっただけの話だ。環境省の報告では数もさることながら、その生活分布域がここ数十年で2倍以上に広がっている。

 

ひと昔前なら近所のドブにでもいた蛍が姿を消し、その割に猪や鹿など目につくところまで進出してきた。あんまり嬉しくはない。

猪は危ないし、鹿は山を荒廃させ、行き着くところは大雨による土砂崩れ。愛らしい外見に似合わずキングオブ害獣。それが鹿なのだ。

 

 

「そうそう、お前ら「肉」って漢字の訓読み分かるか?」

漢字には2種類の読みがある。音読みと訓読みだ。音読みは中国由来の言葉など、訓読みは我が国オリジナルの読み。そして読んだだけで意味が分かるのはだいたい訓読みだな。

名字に訓読みが多いのもそんなところが理由だろう。

関係ないが、いわゆる大和言葉に「ら行」から始まる言葉はない。来週など、音読みの発音は外来語なのだ。

しりとりでの「ら行」殺しは普通に正しい。

 

 

さて、小学2年生で習う漢字だがこの肉。案外と読めない人が多いのではないだろうか。

これの訓読みは(しし)だ。

古来、食える四つ足の動物はなんでもシシだったのだろう。シシガミさまなんて明らかに鹿系の姿をしてるのにシシガミだものな。

 

そして山に入ってすぐに出会う肉を()(しし)。そうイノシシだ。それほど昔から、山ではありふれた動物なのである。

 

「あ、ほら。それが鹿の糞だ」

「うぉ、踏んじゃう踏んじゃう」

慌てて避ける白露。

コロコロと俵型で散らばっているのが鹿の糞。猪のはもうちょっと繋がった形をしている。

山をうろつくと、いきなり臭くなる領域みたいなところがあったりする。鹿のおしっこの匂いだ。気分の良いものではないので、あまり長居したいものではない。

同じおしっこでもえらい違いだな。いや、別に時雨のを嗅いだことはないのだけど。

 

「好んで踏みたいものではないが、どうせ山を下りたら洗うんだから、あんまり気にしなくていいぞ」

 

糞を意識して転倒するほうが危ない。倒れた竹に刺さる事故なども起きているからな。足下注意。そして前が不注意なら蜘蛛の巣に引っ掛かる2段仕掛け。山は危険がいっぱいだ。

そうは言っても糞を踏んで歩きたい乙女はいないようで、みんな避けて着いてくる。

戦争やってるときはそこら辺もうちょっとアバウトだったのにね。言ってる状況じゃなかったってのもあるけど。

 

 

違和感を覚えたのはそんなときだ。

まさか、そんなまさか。天啓が響いた。コレがそうなのだと。まったくの直感だ。

 

「て、提督! これ、これがタケノコかい?」

 

足の裏に確かに感じる固い突起の感触。

足の裏なんかで判断がつくのかと懐疑的ではあったものの、これなら1度踏めば誰でも分かるだろう。

人間のセンサーってやつは侮れないと、そう思った。艦娘だけど。

 

すぐに提督がやって来て、時雨と変わってその場所を踏む。そしてにっこり笑って親指を立てたのだった。

幸運艦の面目はこれで保ったはず。時雨はホッと胸を撫で下ろした。

 




竹の成長速度は早い。
雨でも降った日にはグングン育ってる。

むか〜し、その成長速度を利用した拷問ってか処刑方法があってだな。
頭を出したタケノコの上に女性を縛りつけ、丸出しの秘穴にそれを充てがっておくとだなぁ。

有名な逸話だが、ホントにあったかどうかは謎。


ところでタケノコといえばメンマだよね。これ、ちょっと前まではシナチクが一般名称だったの知ってる?
メンマ呼びを浸透させたのは一つの瓶詰めの商品。桃屋のアレだ。

シナチクはまんま「支那竹」。支那蕎麦なんかも聞いたよね。
Chinaと自分で名乗ってるものの、なぜか「シナ」と言うと差別的に捉えられちゃう謎。


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The future that might have been.4

感想増えてきて嬉しい山田さん。好きな提督はイーノック提督です。

あの艦隊の日常とか、想像するだけで胸が温かくなりますよね。
この話は、そんな何気ない幸せな日常を書く「いつか訪れたかもしれない未来」。架空の世界線のお話です。


本編はイーノック提督のところとは真逆の道をすすm……ゲフンゲフン。


「スコップが刺さらないっぽーい」

 

 

鳴き声? 泣き言を言うのは夕立だ。

アレから時雨の発見したタケノコを交代で踏み、全員がその感覚を共有してから散り散りになってタケノコを探している。

1度見つかると近くに結構生えているのがタケノコだ。

 

そうして見つかった新しいタケノコに苦戦している夕立の図がこれ。

 

「逆から掘ってみな、下に根がいるんだろ」

 

提督がそうアドバイスする。

竹林の地面は固い。地滑りが起こらない程度には、だ。

固い竹の根が縦横無尽に張り巡らされており、その根から新しく飛び出す竹の子供がタケノコ。昔は地震のときには竹林に飛び込めだなんて聞かされたものだ。津波が流行る前の地震だな。

 

つまりタケノコは必ず竹の根っこから派生しているのだが、根があるほうからは掘れないことが多い。夕立のパワーなら根をぶった切ってしまいそうな危険があるが、むやみやたらとそれをするのも気が引けるからな。諦めて逆から掘れ。

 

 

しかしどうだ、地面に突き刺したスコップに飛び乗るようにしてタケノコを掘る夕立。

ぶるーんぶるーん。

汗で透けたその白いカットソーにはあるべき背中の線も見えないが、お前それ1枚しか着ていないの? まだ寒いでしょうが。

ぶるーんぶるーん。

 

ちなみに白露のほうも透けている。いや、白露のほうは透けていると言うべきか、濃い色が透けてるわけではないので、白系のものを着けているのだろう。

おかげでしっかりと支えられているようだが、でも結局お前も1枚しか服を着ていないってことじゃん? 季節的にはまだまだ早いだろう。おちつけお前ら。

残念ながら、時雨と村雨はしっかり着込んでいるのでまったく透けてはいない。確率50%なら勝ったと思っていいのだろうが、俺の個人的趣向ならこちらの二人こそ透けていてほしかった。きっと素敵な色のものを着けているに違いないからだ。

 

クーパー靭帯切れちゃったりしないの、それ。キャラに似合わず大きな持ち物をぶら下げている夕立を見ていると心配になる。なんなら下着の代わりに俺が支えてやりたいが、俺の命を支える土台を蹴り飛ばされそうなので残念ながらそれは諦めておこう。

夕食の後に家庭内裁判が始まっても弁護側に当てがない。食い物で釣れば当の夕立自身が味方になってくれる気もするが、当事者とはいえ、コイツが味方になったところで役に立ちそうもないのが我が家の裁判だ。

暴れるそれを見るだけ、それでも十分な戦果だからな。欲をかくと全てを失うかもしれない。引き際を見誤らないのが司令官の資質ということだ。

 

 

さて、そのほかは順調にタケノコ掘りを行なっている。

早々にバテた村雨にはタケノコの皮を剥く作業を命じた。持って帰るとゴミになるからね。タケノコで欲しいのはもちろん中身だから。

 

「これ、剥いていくとこんなに小さいんですけどー」

 

黙々と皮を剥いていた村雨が、そう言って剥き終わったタケノコを見せるように上げる。確かにちょっと小さすぎるね、もうちょっと大きめも狙っていくか?

若いタケノコは足の裏で探すが、少し大きめともなれば頭を覗かせたタケノコを目視で探す。これも慣れればそんなに難しいことではない。

 

ないのだが、タケノコ掘りは体力をみるみる消耗させるのだ。

4〜5本も掘ればもう掘りたくない。

そんなこんなで俺の出番は終わり。そろそろ限界を迎えそうな時雨も加わり、三人は休憩タイムだ。休憩と言うよりもう終わりの気分なんだけど、後はいまだ元気いっぱいに掘り続けている白露と夕立に任せておこう。

体力あるなぁ、あの二人。

 

「ふぅ、暑い。結構重労働なんですね」

火照った顔でアゴ先から汗を落とす村雨。熱く浅い吐息と相まって見事に18禁の空気を醸し出している。

汗の匂いさえ芳しい。前にミャンマーの熱帯夜を共に過ごしたことがあるが、やっぱりコイツは汗からフェロモンを垂れ流しているに違いない。

 

衝撃が走る。

神の啓示か悪魔の囁きか、俺の灰色の脳細胞に電気が流れたようだ。きっと過電流に違いない。

ともあれ、ひ ら め い た。

 

「皮剥きの続きは道でしようぜ、ここじゃ服もまくれないから」

 

そう、村雨はZIPパーカーを着ているのだ。

コイツ汗をかくと胸の谷間や下部に汗が溜まるとか言って、服をパタパタさせる系女子だった。

竹林から出たらZIPを下ろしてそれをやる確率100%。今ならデータテニスの彼にも勝てるほどの俺だ。

 

「じゃあ運んじゃおうか、剥き終わったタケノコを袋に入れなきゃならないしね」

 

そう言ってタケノコを運び出す時雨。

なぜお前は汗の一つもかいていない? 変わらぬ涼しげな顔をしているお前はお前で化け物みたいだぞ。

 

 

そんなこんなで軽トラまで戻ってきて、皮を剥いたタケノコを袋に詰めていく。

さっき買ってきた炭酸飲料も飲みきってしまい、今は一段落してタバコで一服中だ。

予想どおり、村雨さんの谷間とそれを包む濃いピンク色の下着はしっかりと抑えさせていただきました。ご馳走さまです。

 

村雨はレースのフリルが付いたような下着が好きだなぁ。一目でかわいく、それでいてゴージャス。しかしケバくはない辺りが女の子の下着って感じだ。

彼女は結構ガードが緩いので、何度か堪能させていただいている。まさか自分の下着の好みを俺に把握されているとは思うまい。

そして下着で着飾ったその柔らかそうで豊満な乳房に乗っかる汗の滴。玉のような汗ってのはアレを言うんだな。

ありがとうございます。

ZIPを下げたときの効果音はムワッてな感じだった。嫌な気分じゃないほうのムワッが伝わるかどうかは自信がないが、良い気分だったことだけは伝えておこう。

 

それを確信犯的に実行し、勝ったとほくそ笑んでいた村雨と、前が開く服で来るべきだったと奥歯を噛み締めた時雨には気付かない提督だった。

基本的に、女の戦いは男の知らぬ間に決戦を迎えているのだ。

 

 

自分のいないところでそんな戦いが行われていたとは知らず、しばらくすると白露たちも戻ってきた。

「もぅ無理、限界だわ」

さらに3本ずつタケノコを抱えているので、数はもう十分だろう。持ってみると分かるがタケノコは結構重い。

片手に3本抱え、もう片手にはスコップだ。

掘り続けた体力といい本当に化け物じみているな。

条約型とはいえ、4万2千馬力は伊達じゃないということなのだろう。

 

「お疲れ、ちょっと休憩してろよ。皮剥いちまうから」

「そうさせてもらうよー」

 

そう言って白露と夕立の二人はトラックの荷台に乗り込み、もたれ掛かるようにして休息に入った。

 

 

早くも今回の話が3話目に突入しているわけだが、まだ終わるわけにはいかない。

俺たちは、ここで一息ついてからまだ行かなければならない場所があるのだ。

 

 

山菜の王様。

そう、タラの芽と呼ばれるアイツをこの手に掴まなくては終われない!




村雨ちゃんは汁気多そうだよね。
汗っかきでもあるかもしれない、もちろん彼女の汗の匂いなら気にならない自信がある。気にせず汗をかいてくれ、そして振り撒いてくれ。

同志はいねぇかー。
多分この話を読んでくれている素晴らしき読者の皆さまは、大なり小なり脳にダメージを負った方々なので、分かり合える人も多かろう。


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The future that might have been.5

劇場版でほむらがこめかみに当てる銃は、この艦これ物語の中で金剛が所持しているのと同じワルサーP5だ。

この話は次話で終わります。長くお付き合いさせてしまい……ごめりんこ。

それでは、魔法少女しぐれ⭐︎マジか? 始まります。



ガタゴトと音を立て、そして跳ねながら車は進む。

真上に来た太陽は春らしい暖かさを地上へと降り注がせ、大地に新しい生命を芽吹かせていく。

夏のような肌を焼く日差しではなく、もっと柔らかいものだ。これをして人は、良い陽気だと言うのだろう。

 

 

はいはーい。ちょっと現実逃避気味の村雨だよ。

帰りの道中も助手席に座る権利をゲットした新しい幸運艦の村雨のこと、覚えていてね!

 

白状すると、白露と夕立はタケノコ掘りにより缶の熱が上がりすぎたのかオーバーヒート気味で、自ら荷台で涼やかな風を浴びることを強く主張したのだった。

おかげで助手席争奪戦は姉である元祖幸運艦との一騎討ちだったのだけど、神は私に微笑んだようだ。私のチョキが時雨姉さんのパーを粉砕し、膝から崩れ落ちる姉を横目に助手席に乗り込んだ。

 

そして気付いたのだ。もしかすると、私に微笑んだのは悪魔だったのかもしれないと。

 

 

軽トラックの車内は狭い。

それは提督と近い距離で過ごすことができる夢のような空間ではあるのだが、今はちょっとその距離と狭い密室具合がありがたくない。

タケノコ掘りで私は汗をかいたのだ。

この密閉された空間に私の汗の匂いが充満している気がする。

それは恥ずかしいことだし、恐ろしいことでもある。

 

気になってないだろうか、匂っていないだろうか、臭くはないだろうか。

 

先手を取って窓を開けようとしたのだが、それより早く彼が言ったのだ。「熱いからちょっと空調入れるぞ」と。

私は行動する前に持てる手立てを防がれ、もはや打つ手がない。

 

これではまな板の上の鯉だ、乙女としてのピンチなのだ。

いつもなら背景に花でも飛ばしているくらいに嬉しく楽しい提督との時間。彼がとりとめもない会話を振ってくれている、このなんでもない時間が私は好きだ。

特別なことなんて話さなくてもいい、むしろどうでもいいような、そんな日常の会話。心の距離が近づいたようで、それが嬉しいのだ。

しかし今は体臭が気になってそれどころではない。提督の汗の匂いはいいのだ。男の人には分からないかもしれないが、女性の中で匂いというのはカナリ大きく好き嫌いを判断するファクターとなる。

匂い、声質、笑い方、指の形にお尻の形、そして立ち振る舞い……挙げていくとキリがないが、純然たる減算方式で男を見るのが女性なのだ。

好きな人の匂いと言えば好感も持たれようが、実際のところ匂いが好きだからその発生源にも好意を持っていると言える。

 

一部には時雨姉さんのように、好きな男性だからその全てが愛おしいタイプの女性もいるにはいるが、アレは特殊で病的な類なのであまり参考にはならないだろう。

 

もちろん私は例外ではない。提督の匂いも声も好きだ。そして提督に好意を持っている。

私の匂いを気にせず、彼の汗の匂いだけを嗅いでいられるならこの空間はパラダイスだったはず。彼の匂いに包まれているのを思うと、下腹部の深いところがジュンと熱を持つのを感じる。感じた。

 

しかしなぜ、私は今日に限って制汗剤を持ってこなかったのか、悔やんでも悔やみきれない。そして下着の替えも当然ながら持っていない。新たに気になる匂いの元を作ってしまったかもしれないと頭を抱える。

 

隣には胸元まで服をはだけさせ、熱くなったそこに風を送り込んでいる提督がいる。

その汗ばむ体で力強く抱いてもらえれば、天にも昇る気持ちでまさに昇りつめるのだろう。

ダメだ、そんな妄想をしていたらますますマズいことになった。気持ちは昇ったが、それとは逆につーと下りるなにかを感じた。

女は視覚的、触覚的である即物的なものではなく、雰囲気や脳内イメージでこそ滾るのだ。今そんなことを言ってる場合ではないんだけど。溢れるなにかを感じたのは妄想ではなく、残念ながら現実臭い。臭くはないはずだが。

 

吐く息が熱を帯びている気がする。流し目で見る目も獲物を狙う女の目になっているかもしれない。

抱えていた頭からこびり付いた妄想を振り払うかのように、今度は頭を振ってそれらに抗う。

 

 

「どうかしたか? ちょっと酔った?」

 

突然そう提督が話し掛けてきた。

隣で急に頭を抱え、そして頭を振ってる女性がいたら心配の声くらい掛けるのだろうから、それは全然突然のことではないのだろうが、私的には急なことだったので驚いて変な声が出た。落ち着け、村雨。

 

「いえ、あの、村雨汗をかいちゃったから、匂いとか気になるかなって」

 

 

おいおい、この女は俺を色気で殺すつもりか。そんな風に提督は思った。

やけに艶っぽい声と瞳でそんなことを言う村雨。ついでにその(なま)めかしい仕草で脳が焼かれそうだ。

彼女は背景に花を飛ばしてはいなかったが、妖しげな魅力を持つ体臭を飛ばしてはいたのだ。先ほどから車内に充満するその村雨フェロモンと相まってカナリ下半身にくる。

村雨は知らないだろうが、提督的にそれはクリティカル。むしろ村雨は誇ってもいい戦果をここで挙げていたのだった。

 

しかしとにかく今は、彼女にその不安がないことだけは伝えなければならないと、そう提督は思った。

きっと女性としては気になる大きな懸念なのだろうからだ。

 

 

「これ、お前の汗の匂いか? いい匂いすぎてクラクラしてるところだ。とりあえずありがとうと言っておこう」

「や、嗅がないでくださいよー。やっぱり匂っちゃいます?」

「嫌な匂いじゃないし心配すんな。俺くらいの年齢になると、お前らの汗の匂いなんてご褒美にしかならねぇよ」

「もう、恥ずかしいなぁ」

 

軽く肩を叩かれたが、先ほどまでと違って笑顔の村雨だ。

思い詰めたりせずに済んだなら大成功だろう。

 

 

 

変な気分になってしまっているが、それは一旦忘れて山菜採りに取り組もう。先ほどからルームミラーには後ろの窓にべったり張り付く夕立が見えているのだ。

とても邪魔だが、いや、いてくれて良かった。村雨と二人なら過ちを犯していたかもしれないからな。この女はヤバい。魔性の女とは村雨みたいな奴を言うのだろう。

 

 




タラの芽……全然話題にもならなかったね。
天ぷらにして食卓に並ぶまで書こうと思ったが、それはまたの機会に持ち越しのようだ。


謎の村雨嬢を書いただけの話になりましたー。

そういえば村雨さん。艦これ開始時に1番空気だった艦娘なんだって。Pixivの辞典なんかで最も個別ページ作成が遅かった子なんだとか。
この子の場合は姉妹が姉妹だからね。しゃあなし。
遅咲きながら立派に咲いたのだから、ただそれを誇れば(๑˃̵ᴗ˂̵)و ヨシ!

史実の村雨はなかなかに悲劇の艦だったりもする。
夕立無双した妹や、幸運艦としてはあっけない最期だった時雨を差し置いて、実は戦死者の数が上の6人姉妹艦の中で1番多い村雨。
夕立ははっちゃけた割には沈む前に結構救助されているんだよね。


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The future that might have been.6

山菜採りラストー。
なんか長くなっちゃったね(・ω<) テヘペロ
そして最後は妙にあっさりしちゃった。

クイズでもよく出てくる啓蟄って季節くらいから山に入りたくなってそわそわする。虫がはい出る季節って意味だ。そして季節は清明へ。4月の頭を指す言葉で、アニメ氷菓のCMに入る前に表示されるアイキャッチがこの二十四節気ってやつ。立春とか秋分とかだね。
清明は氷菓第1話で流れる。入学の頃だしちょうど今時分の季節なんだね。


このシリーズは、いつか誰かが視ている夢の内容なんだって妄想すると悲しいかもしれない。



タラの芽は山菜の王様と言われるが、特にレアなわけではない。

こういった田舎を走っていると、そのガードレールの向こう側や小川に沿って並ぶ木の中、また池の隣やその山の木々の間など至るところで目にすることができる。言うなればレアリティコモンに分類されるありふれた木なのだ。

 

慣れると車に乗ったまま走っているついでに探すことまでできるヤツ。親しみやすい王様だな。

 

ただ、だいたいの場合で背が高いので、一人で採るのはちょっと大変。できれば二人以上で赴き、一人が枝を引っ張って木の頭を下げさせ、その間にもう一人が新芽を摘み取るのがいいだろう。

簡単に採れるところのタラの芽は鹿によって全滅していることが多いので、必然的に手の届かない辺りの芽を狙うことになるのだ。

注意してほしいのはアレだ、人間は鹿じゃない。あればあるだけ採るのは止めよう。1本の木から全ての芽を採ってしまうと枯れてしまうので、ちゃんと残すようにしないと来年採れなくなる。

 

 

「痛っ、トゲで指刺したー!」

 

そう言って騒いでるのは白露。姉さんよぉ、注意事項として棘に注意しろと言ったばかりじゃね? ちゃんと聞け。

 

そうなのだ、タラの木には多くの場合で棘がある。そして棘のないタラの木もあるから判断に迷う。

迷ったならば止めておけ、タラの木と同じような時期、同じ場所に生える木にウルシがあるからだ。

聞いたことくらいあるとは思うが、ウルシに触ると気触(かぶ)れる。タラの芽そっくりの芽を出すタラの木そっくりの木。それがタラの木とタラの木の間なんかに普通に生えているのだから笑えない。

 

山菜採りの基本は、分かる草木以外に手を出さないことだ。

 

 

「この毒々しい色、これはウルシだね」

「いや、それは見るからに美味しそうなタラの芽だ」

時雨が指差す赤紫に色付いたのはタラの芽。しかし緑のまんまのタラの芽はある。ドヤ顔が恥ずかしいぞ、時雨。

 

「じゃあこっちのもタラの芽?」

「それはウルシだから触るなよ」

同じように赤紫に染まった新芽を指して言う村雨。同じような色をしたウルシが山にはいらっしゃる。

 

「この棘のないそっくりさんはウルシっぽい?」

「その棘のないヤツは食べやすいほうのタラの芽だ。採ってこい」

 

うーんと悩ましい夕立。

条件で見るんじゃない、魂で感じるんだ。

ずっと見てると見分けがつくようになるんだけどな、芽や葉、枝っぷりなど全体で見たほうが分かるかもしれない。

棘の有無だけで判断すると、ウルシは避けられても棘のある似た木を避けられないからな。

こればっかりは数を見て経験を積むくらいしか方法はないのかもしれない。

 

まぁちょっと田舎に行けばそこらじゅうでお見かけするタイプの木だ。完璧に見分けがついたタラの芽だけ集めても結構な数が採れると思う。

ただ、まったく知らない田舎で乱獲するのは避けたほうが無難かも。これ、育ててる人も結構いるのでね。見ず知らずの土地に生えてるタラの芽を採ると問題になるとも思う。

 

川べりや公園なんかの池付近、山道沿いに生えてるやつについてはノーコメントだ。

止めはしないが、あんまり大っぴらにして採るものではないだろう。昨今のギスギスした情勢的に……。

 

 

ここらは地元民しか来ないような田舎で、さらに俺たちがその田舎の住民化しているからな。タラの芽がありそうなポイントも町のおっちゃんたちが教えてくれた。まず問題の起こり得ない状況なわけだ。

身内的ポジションにさえ立てば、案外と田舎は生きやすい。

 

ビニールに2袋分ほどタラの芽を採ったわけだが、ウチは大所帯だからこれでも大量に採りすぎ、というわけではない。しかしこれ以上は採りすぎになるから止めておこう。

季節は始まったばかりだから、欲しくなればまた採りにこればいいのだ。

 

 

帰ったら今日の夕飯は天ぷらだな。抹茶塩で食べるタラの芽の天ぷらは最高なのだ、ぜひみんなにも味わってもらわねばならない。山菜の天ぷらが美味しいと思えるころ、人は大人(おっさん)になるのかもしれない。果たしてうら若き艦娘さんたちにこの美味しさが分かってもらえるものか。

天ぷら粉のコツは冷やすこと、そして混ぜすぎないことだ。小麦がグルテンを形成するとカラッと揚らないので、粉が混ざり切っていないくらいでちょうどいい。小麦は冷蔵庫で冷やしておき、混ぜる水は冷水が理想だ。裏技的にはマヨネーズを先に冷水で溶いておくのもお勧めだ。

明日のためにタケノコの灰汁(あく)抜きも合わせてやろう。米ぬかでやるのが理想らしいが、俺みたいな若者が住む家にそんなものはない。ぬか床で野菜を漬ける艦娘はなかなかに面白そうだが、それはもうちょっと歳を重ねてからやってもらおうと思う。なので灰汁抜きには米のとぎ汁を使う。それで十分としておこう。

 

 

山菜と言えばツクシだって? あんな草のどこが美味いのかまったく分からん。お浸しの類もそうだが、それだけ味付けしたらもうなんだって構わないんじゃないかと思えてくる。同じ理由でウナギに対してもそう思ってる。そもそもウナギの旬は冬だ。なぜ1番不味い時期にウナギを食べようとするのか、やるな平賀源内。

 

そう、これも食べられるよ! なんて求めていないのだ。食えるだけのもので良かったならスーパーで買う。そこには様々な美味しい物で溢れているんだから。美味しいからこそ選択肢に山菜が入るのだ。それを忘れてはいけない。

 

次回は、今回逃したイタドリやクレソンでも探しに行こうかな。

 

 

ともあれまずは、マダニに喰われてないことを祈りながら夕食前に汗と土を落とすとしようか。

そうして、助手席でニコニコ顔をしている時雨にお疲れ様と声を掛け、俺たちは家路につくのだった。

 




フィニッシャーは時雨だ。
ちょっとドヤ顔で助手席に乗る時雨はかわいい。


ところで千反田さんって白以外の下着が似合わなさそうだよね。少なくともJKしてる間は。
ちーちゃんは文句ない美少女だが、抱いて楽しいのは摩耶花ちゃんのほうだろう。下世話な話的に。

氷菓でよく出てくる薔薇色だが、カラーコードで言うと#E73275。RGBだとR:231 G:50 B:117。
少女のつくり方的にはムラサメピンクと名付けたい。
ZIPパーカーの中身である。

私は叫ぶ


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愁嘆慟哭そのあとに

なぜこのタイミングで?

というような話なのですが、ここで公開しておかないと後々詰まってくる気がしなくもないので投稿。

でも大きく期待されるような絡み方はしてこないよ!

とてもマニアックな話をすると、この間まで「メーン」だったものが「メイン」に変わったのが感慨深い。すぐに理解できた人は仲間だ。


久々に内地の土を踏んでいる。

俺の昇任のことがメインなのか、俺が南の海でやらかしている数々のことへの嫌味がメインなのかは分からないが、再三に渡るじじいからの召集命令だった。3回無視したがいよいよ逃げきれなくなった。このままスルーし続けるとそろそろ姉が俺の首根っこを掴みにやって来かねないので仕方がない。

 

俺が本当に嫌がっていたのなら、姉が掴む首根っこはじじいのものになっていただろうが、単に面倒なだけだったので渋々ながらも応じたわけだ。俺のせいで家庭内不和が起こるのはできれば避けたいしな。

 

 

日程は何事もなく無事に消化しており、ちょっとしたハプニングで阿武隈と旅館で温泉を、昨日は鈴谷とマル秘のデートを楽しんだ。そして明日にはもう基地に帰る。そんな予定だ。

 

ついでだから墓でも参ってこいとのありがたいお言葉をさんざんチクチクと俺を責めたあとにじじいが言ったので、これ幸いにと脱出してきたところ。

比叡からの要望で、たまに横須賀に出向する五月雨の元に時雨を置いて、警護艦の綾波だけ連れて外に出た。贅沢にも続けざまに相手を交換して行われるデートみたいになっているが、時雨には今のうちに姉妹水入らずを楽しんでほしいとの気持ちから出た配慮だ。下心はあんまりない。

 

 

実家に置いたままのバイクにもたまには火を入れてやりたかったので、まずは家に帰る。

じじいか姉か、大穴でサエさんなのか、たまにエンジンを動かしてくれていたようで、久方ぶりにも関わらずバイクは絶好調のコンディションを保っていた。単にホンダが凄いだけなのかもしれないが、感謝を忘れる人間に未来はないと思うので誰か分からないままに心の中でありがとうと伝える。

 

部屋に転がっていたヘルメットを一つ綾波に手渡してベルトを締めてやる。女性のアゴ下あたりでもぞもぞしていると、なんかイケナイ気分になるよね。ね!

根城にしている放置国家リンガと違いここは法治国家だからヘルメットはもちろん必要だ。と、言うより、多分シートベルトやヘルメットに関する法律がなくなっても俺は変わらずそれをする。

 

あれは夏のことだった。美しい夕暮れの中、俺はバイクで走っていた。

「ここで回想に入るんですかー?」

意識がとっ散らかったのでヘルメットのベルトに苦戦していた俺である。アゴを上げて待っている綾波からそんなクレームが出るのは仕方がないが、まぁ黙って聞け、すぐに終わる。

 

そう夏の話だ。

ちょっと遅くなった。家では姉が心配しているだろうと、あまり大声では言えない感じのアレで家路を急いでいた。

川沿いを走っていたとき、突然俺の頭が後方に吹き飛ばされたのだ。

ハンドルにしがみ付いていなければそのまま後ろにひっくり返っていたかもしれない。そんな衝撃。あり得ないことだが、割と真剣に脳裏に浮かんだのは「銃撃された?」だった。当時一般人だった俺が銃撃されることなど普通にないのだが、それほどの衝撃だったのだ。

 

なんとか転倒を免れた俺は速度を落として改めて脳細胞に血を送る。

落ち着いてきたところで状況を確認すると、ヘルメットのシールドになにやらベットリとした物が付着していた。

なにかの体液らしき物と(あし)らしき物。そう、それは甲虫が激突した衝撃だったのだ。島風な速度で走っていた俺に飛んでいた甲虫がぶつかった。その結果、俺は下手すりゃ鞭打ちになる程度には首を持っていかれたわけだ。

ヘルメットをしていなかったら顔面に突き刺さっていたかもしれない。

 

そんなわけで、速度の出るバイクにはフルフェイス。まったり走るならジェットヘルメットといった具合に、用途に合わせて用意してある。

「ヘルメットの値段は頭の値段」だと、某巨大掲示板群バイク板では語り継がれていることでもあるし。そんなわけで、法律の有無に関係なく俺はヘルメットを被るのだ。

くぐもった声でどこかから、まだですかーとの声が聞こえる。どこからかというか、俺の手元からだけど。まぁ待て、もう終わるからな。他人にヘルメットを被せてやるのは勝手が違うんだよ。

 

ともあれ、曲がりなりにも海軍の要職に就いている俺が艦娘と二人。今さらノーヘルなどで捕まるのは避けたいところ。ポリシーの有無によらず、みんなもヘルメットは被ろうな。

 

 

さて、250kgを超すこのデカいバイクはしばらく乗っていないとちょっと重い。こりゃ夜には太ももが心配だ。街中なのでそんな振り回すような運転はしないつもりだけどね。後ろにお嬢さんを乗せるわけだし。

 

もっとも、転倒したところで綾波が怪我をするとは思えないんだけど。地面に叩きつけられる前にバイクを蹴って離脱しそうな身体能力を持っているし、アスファルトで削られていかほどのダメージを負うのかも想像できない。なんなら転けた瞬間に俺を掴んで二人で脱出するまで考えられる。

タンデムしていたほうが安全とは、世の中は不思議でいっぱいだな。

 

バイクの後ろに乗せるのに、綾波の格好は制服のままである。

元々鎮守府に呼ばれて来てたわけだし、着替えなど持ってきていないので他に選択肢はない。

生足と言うかモロ足なんだが、後ろに乗せるのが艦娘でもない限り真似をするのはお勧めしない。

 

「いいぞ、乗ってくれ」

「はーい、お邪魔します」

 

しまったな。後ろに女の子を乗せるのならば、もっと違うバイクを買っておくべきだった。このクソデカいバイクはシートもデカい。漫画なんかでよくある、後ろに女の子を乗せて胸の感触が背中に……なんてのは夢のまた夢だ。

 

メーカーのコンセプトが200km/h超でもタンデムツーリングを快適に、みたいなトンデモなものだからな。世界の四大バイクメーカーのポジションを獲得している国内大手4社はどこも変わらずおかしなことをやらかす企業だが、ホンダは大真面目におかしなことを考え、神懸かりのする技術でそれを成し得てしまうのが問題に思う。

 

とりあえず国内で遺憾なくその実力を見せつけると事件になるので、そのスペックは無駄以外の何者でもないのだけれど。

信号が青に変わり、アクセルを回すと交差点を抜けるころには100km/hを余裕で超過するバケモノエンジンを積んではいるが、それの真価は発揮されない。ということにしておこう。いろいろとうるさい世の中だから面倒なところは書かないに限る。明確にしないというのも大人の嗜みというわけだ。

 

 

しかしさすがは綾波、スカートをしっかりとお尻の下に敷いて完璧なるタンデム状態だ。完璧ならズボンを穿いているだろうが、そこは気にしない。

まぁスカートがドラッグレースのパラシュートみたいにならなければ、それでもういいとしておこう。

 

精密時計のようなエンジンが静かな咆哮を体内だけで上げ、モーターのような音を響かせていざ出発。

慣れない子を後ろに乗せるとバランスが悪いものだが、そんな程度をものともしない超安定のバイクである。しかもそれに乗っているのは綾波だ。コイツはフィギュアスケート選手なみの平衡感覚とバランス力を持っているので、サイドカーレースのパッセンジャーを乗せているみたいでむしろ走りやすい。今なら葉山町のコースレコードを更新できそうでもある。さすがに綾波はタンデムシートで逆立ちしたりはしないと信じてもいるので、タイムを狙ったりの予定は特にないがな。

なにを言っているのか気になった人は、ぜひ口に牛乳を含んでから「サイドカー パッセンジャー」で画像検索をしてみてくれ。深夜テンションのときがお勧めだ。

 

ところで綾波ならこの大きなバイクも運転できそうだな。あとで練習させてみようかな、なんてちょっと思った。

 

 

 

なんとか太ももが焦げる前に寺に到着。◯分ほど走って、なんて書くといろいろと逆算される危険があるので、それなりの時間を経てと言っておこう。

このバイク、エンジンに抱きついて乗ってるようなもんなので厚手のズボンじゃないと火傷するんだよね。雨でも降ったら一瞬で蒸発した雨がモクモク水蒸気となって湯気を出すくらい熱い。冬場にそれを見たら催し物としては面白いかもしれない。自分ではやりたくないが。

 

バイクに乗らない人なんかは、バイクに乗っている人に対して「夏は気持ち良さそうだよね!」なんて言うが、夏にバイクなんて乗っていられないんだよね。

さっき言ったようにバイクってクソ熱い。車のボンネットの上で運転している気分だ。

特にこのバイクは車体がカウリングされているので熱が逃げない。そして運転席の前にはスクリーンも付いているので200km/h程度なら無風に近い。結果灼熱なのだ。300km/h付近まで出すとさすがに寒い。震えてくるのは気温のせいじゃなくビビっているから体温が上がっているだけなんだけどね。

心霊スポットで急に寒く感じることがあるのと同じことだ。あれは周囲の気温が下がったのではなく体温が上がったことによる温度差が原因。

 

 

「マフラーには触れないように気を付けろよ、熱くなってるから」

 

駐車スペースにバイクを停めて綾波を降す。くっそ、俺が運転手じゃなければタンデムシートから降りるスカート姿の見た目JCが見られたものを。

座席のポジションがかなり高いので、スカートで乗り降りすると結構際どいことになっていると思うんだけどなあ。残念極まる。

 

 

綾波との楽しいプチタンデムツーリングを楽しんでからの墓参り。

バイクで来ているので花も線香もないが、土産は俺の笑顔で十分だろう。幸い水はタダなので、水くらいなら掛けてやる。

 

懐かしい、というほどご無沙汰なわけではない。前回は時雨と来たな。

むしろ海の向こうで働き住んでいる人間としては、高頻度で訪れているんじゃないか? 同じ市内に墓があっても、そういやここ数年参ってないなの人も多かろう。

寺には桜が咲いていることも多いし、散歩がてらお邪魔してみてはどうだろう。

 

綾波から預かったヘルメットと自分の分をまとめてヘルメットホルダーにぶら下げ、敷地内へと足を向ける。稀にヘルメットをミラーに被せるようにしてる人も見かけるが、アレはライダーかどうかを判断する基準の一つだ。

ヘルメットは正しく扱わないと内装が痛んで想定された性能を発揮できなくなる。それでなくともヘルメットの交換頻度は3年と思いの外短いのだ。痛んだヘルメットでもしもがあれば、そのときは君の頭が痛むことになるので大事に扱うほうがいい。

 

さて、さりげなく綾波はいつも俺の後方を歩くが、横に並んでくれてもいいのよ? なんなら腕を組んでくれてもいいのに。そんなことを考えていると、目の前を雰囲気のある少女が横切った。

 

 

気が付いたときにはその子の側まで駆け出し、つい声を掛けてしまっていたのだった。

 

「き、君っ!」

 

綾波を残して駆けてきてしまったが、これでは下手なナンパか不審人物だ。

一緒にいたのが時雨や霞なら、「急に走るな」と文句の一つでも貰っていたところだろう。

綾波はあんまりそういったことも言わないから感謝だ。多分、その程度の距離が空こうとまったく問題なく対処できるとの自信があるのだろう。

 

 

「なに? そんなにこの髪の色が珍しいわけ?」

立ち止まった少女は、キツい目をこちらに向けながらそう言った。

髪? まぁ、言われてみたら人間離れしているとは思うけど……。

 

「いや、そうなんだが。俺は」

「この髪は生まれつきよ、話は終わり」

そう言ってひと睨み。俺を睨んだあと、後ろを歩いてくる綾波にも同じように目を向けた。ちょっと驚いた顔をした気もするが、なんだろうか。しかし睨み目を律儀にして回る必要があったか?

 

それきりなにも言われなかったので、なんとなく彼女の後ろを着いていってしまった。完全に危ない人だ。綾波、せめて隣にいてくれー。

俺が誰かと話をするとき、綾波は一定以上の距離から近づいてこないのだ。そんな影に徹して見守るスタンス。今は気まずい。

というか、いつもよりもさらに距離をおかれている気がする。その気の使い方は間違いだぞ綾波。

 

件の彼女は入ってすぐにある墓の前で立ち止まり、手を合わせる。

それについつい声を掛けてしまう。

「お知り合いが?」

「……話は終わりって、聞いてなかったの?」

困った子でも見るように、溜息と一緒に肩を落としてそう言った。

ツンケンとした表情と口調だが、彼女も、懐は広いらしい。

 

「身内みたいなもんよ。私の大切な人」

「それは、お悔やみを」

「いいわよ。もう慣れたところだし」

花も生けたばかりのようで、墓石にはくすみ一つない。

きっと頻繁に足を運んでいるだろうに。……もう慣れた、か。

いろいろと考えさせられる。

 

「ずっと一緒にいてくれるって言ったのに、アンタが逝ってどうするのよ」

 

独り言のようにそう呟いた彼女。これは聞かなかったフリをしておくべきかな。

想像でしかないが、二人の間にはどこにでもありふれた、しかし大切なドラマがあったのだろう。

 

 

「ま、このご時世。布団の上で逝けたんだから、アンタは幸せだったのかもね」

 

顔を上げた彼女は、もう溌剌としたものだった。いつまでも悲しい顔をして過ごすのを良しとしない、そんな潔ささえ感じる。

 

「さて、私はもう行くわ。私には、彼の望んだ私の生活があるの、邪魔はされたくないわね」

 

意思の強そうな彼女の、これは決意だ。

それを聞いた提督は半歩ズレて道を開け、彼女にこう言った。

 

「貴女の今後が、貴女にとって良いものであるのを祈ってます。またここでなら、出会うかもしれませんね。そのときは挨拶くらいさせてください」

 

 

彼女はそれに答えず、笑顔だけを残して去って行った。

彼女の言いたいことは伝わった。俺の気持ちは伝わったのだろうか。彼女の笑顔を見る限り、そちらも伝わったのだと思う。

 

「大切な人を亡くした少女に出会っただけだ。誰かに告げなきゃならんことではないよな」

「言いませんよー。綾波は艦隊の指揮系統には属していません。司令官の命令だけを聞く私兵なんですから」

 

連れてきていたのが綾波で良かった。他の誰かなら見過ごせないことだったのかもしれない。

しかし綾波は他の誰にも話さないだろう。

 

時雨や霞は広く物を見て俺のために行動する。もし俺と意見を違えることになっても俺のためだけに行動をするのだ。でも綾波は違う。正しいも正しくないも、俺にとってそれがどう作用するかも関係ない。ただ俺の望むことを望まれるように行うだけだ。

 

俺を殺してくれと頼んだとき、躊躇わずに俺を撃ち殺してくれるただ一人の艦娘。

大きな事を為すのなら、そういった者がいてくれるかどうかが保険になる。

時雨たちと並んで、彼女も手放せない艦娘だ。

 

 

「さて、帰るか」

綾波の頭をグリグリしてやりながらそう口にする。

いつもの微笑を顔に張り付けながら、歩き出す俺の後ろをいつものように着いてくる。

そしてバイクの元へと戻り、ヘルメットの用意をし始めた俺に彼女は言うのだ。

 

 

「お墓参りはよかったんですか?」

 




さりげなく回収したり撒いたり。まぁ、そんなに気にしなくてもいい。


最近になって、墓石に水を掛けるのはよくない勢力の声が大きく聞こえてくるようになったね。

???「うるせぇ!」ドンッ!!!

好きにしろよ、そんなの。
どうせそこに入ってるのは俺らの爺さんや婆さん、その祖父母だ。
なにやってても適当しててもヘーキだよ。

怒ったりしないし恨んだりもされないだろ。
心霊ものでも供養がーとか、墓参りがーとかあるが。そんなわけもねぇ。
なんで爺ちゃんや婆ちゃんが俺たちを祟るんだ。
山田さんの死後、子供や孫が墓に立ちションしたとしても、山田さんは身内を呪ったり祟ったりはしねぇよ。生温かい目で見守るだけだぜ。


そう考えると、幽霊自体が怖いものじゃないよね。
どこぞの踏切やらトンネルやらに出たとして、それは誰かの親であり誰かの子供だ。
山田さんにそんな事実はないが、もし山田さんの母親が無残に殺された廃ホテルで、のちに恨めしい顔をした女の霊が出るなんで言われたらきっとこう言う。

「ワイの母親やぞ!」


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お出かけの艦隊

「新しい」この漢字を読めない日本人はなかなかいないと思うが、実はこれ、元々の読みは「あらたしい」。

「装いを新たに」だと「あらた」と読むよね。そっちが本当。
発音が難しかったので「あたら」の誤用で広まったらしい。

言葉は使われることで変化する。

ただ、マスコミなどが変に流行らせた「募金をする」はどうかと思う。山田さんたちがするのは普通「寄付」のほうだ。

もちろん本編には毛ほどの関係もない。



「ちょっと、いい加減にしなさいよ!」

執務室に入ってくるなり怒号を放つのは霞だ。

「やあ霞。今日も元気そうだね」

「アンタも少しは注意なさいったら」

声を掛けてきた時雨に向き合いながら、仰ぐような仕草で室内に充満している煙を払う。

 

「部屋の中真っ白じゃない、ほら窓開ける。タバコはほどほどになさいよ、体に悪いんだから」

そう言いながら提督の後ろにある窓を全開にする霞。しかし相変わらずまったく風は吹いていないようだ。

チェーンスモーカーである提督と執務室に籠るといつもこんな感じだが、長く二人で過ごしている時雨は気にならなくなっているようで煙に頓着しない。

もっとも、過去を生きた記憶からか大体の艦娘はタバコの煙に嫌悪感を持たないようなので、健康被害を気にしてくれる霞はありがたい存在ともいえる。やっぱりママである。

ここはどこでも吸い放題。時代に逆行する素晴らしき職場かな。

 

 

「アンタ一人の体じゃないんだから、もう少し自覚なさいな」

「なんだ、子供でもできたか? そりゃめでたい。生んでくれ」

 

一瞬の間を空けてから、我に返った霞が言う。

「はぁ!? できてないわよ! 砲撃されたいの?」

後ろから提督の首をキメながらも霞の顔は真っ赤に染まっている。

その様子を眺めていた時雨もジト目でこんなことを言った。

「ちょっと、本妻の前でいちゃつくのはどうなのかな」

「時雨まで一緒になって茶化さないで」

 

ちょっと目を離すと、今なにについて話しているかを理解していないのか、提督が新たにタバコを取り出した。

「なんでこのタイミングで火を点けようとしてるのよ!」

首に絡みついたまま、提督が手に持ったタバコに腕を伸ばしてもぎ取る霞。

だいたいいつもの風景だ。

 

 

 

「はい、軍令部から命令が来てるわよ」

霞が持ってきた書類を受け取り提督が目を通す。

読んでいくうちに提督の顔が面白くなさそうにしかめっ面になっていった。

「なんだぁ、演習と訓練指導? 俺らに教導やれってのか?」

「みたいね、ったく。用があるならそっちが来なさいな」

 

命令の内容は、指定された基地まで赴いてのリンガ選抜チームでの演習。それから訓練内容や艦娘の運用についての見直しと指導だった。他所の基地まで出張って行き、そこで偉そうに教導などしたくはない。艦娘の訓練であるならリンガで受け入れをしているのだ。霞じゃないがお前が来いと言いたい。

こちとら内地から戻ったばかりだぞ。人使いが荒いったらねぇ。

 

 

「さて、本当に教導のためだけにウチをご所望なのかね」

「さあね、この間のアレからウチの艦隊に目を向ける輩が増えてても不思議はないわね」

 

この間のアレとはソロモンでの海戦を発端とした一連の事件のことだ。

誤魔化すことも検討したが、南方海域進出の足掛かりにと結局ありのまま“ウチの艦隊戦”を見せつけることになった。ついでにウチの狂犬っぷりも見せつけることになってしまったので、海軍内でやたらと目立つ存在になった気がする。さらにさりげなく、また俺の階級が一つ上がりもした。

このまま行けば来年には史上最年少の最短コースで大佐だな。アホか。何度も言うが実役停年足りてねぇんだよ。俺が皇族や貴族ならいざ知らず。まったくあり得ない昇任スピードである。

どんな策謀を誰に繰り出せばこんなことが可能になるのか、本当に教えてほしいと思う。

しかし実際に昇任はしてしまったので、真面目に軍人をしている人たちに顔向けできない状態なのだ。もうこのまま放っておいてほしいと思った矢先の基地訪問というわけ。波風は立っちゃうんだろうなぁ。

 

認めようとも、俺たちは目立ってしまっている。

ソロモン海の敵を倒しに行って、そしてブインの基地を倒して帰ってきたのでそれも仕方がない。

司令官がいなくなってしまったブイン基地の後始末をラバウルの加藤司令官に丸投げして逃げるようにリンガまで帰ってきた。早く自分の城に戻ってゆっくりしたかったんだよ。ホームシックだ。悪いか。

その節はご迷惑をお掛けしました。加藤さんには悪いことをしたと思ってはいるんだぜ?

 

おかげで『目立たずコソコソと戦力を整える』リンガの方針はそろそろ返上を余儀なくされているわけだ。完全に自業自得なんだけどな。トラックのあの野郎が羨ましい。せめて精一杯の邪魔をしてやろうと心に決めた。

 

 

「で、出張のメンバーはどうなの?」

「アンタは確定よ」

「やっぱ行かなきゃダメ?」

霞の腰にすがりつき、言外に面倒だと伝えてみるが片手で引き剥がられた。

「当然でしょ。今回は定期演習じゃなくて、軍令部からの名指しよ?」

 

「他は誰を予定しているのかな?」

霞に素気無い対応をされ、拗ねたフリをしている提督の頭を撫でながら時雨が続きを促す。今日も提督をダメにする飴と鞭は活きているようだ。

「今回は公務だからね、司令官が行くんだから時雨も確定よ、秘書艦も連れていないだなんて陰口でも叩かれたら我慢できる自信がないわ」

 

まだ引きずってるのか、こいつもこいつで根に持つ性質(たち)だな。考えてみれば姉さんや時雨を始め、自分に近い艦娘は結構そういうタイプばかりな気がする。努努(ゆめゆめ)気を付けることにしようとちょっと思った。

 

 

「警護艦には夕立を連れて行くわ。あとワタシも当然行くとして、教導するんだから鈴谷、他は阿武隈と六駆でも連れて行こうかしら」

「結構な大所帯になるな」

「だから、遊びに行くわけじゃないんだってば」

腰に手を当ててプチっと仁王立ちの霞。かわいい。相変わらず眉を険しく寄せているが、そろそろみんなも慣れただろう。これで通常モードの霞だ。

 

「移動はどうするんだい?」

「到着までずっと海路よ、司令座乗艦を出すわ。艤装や銃器の類を持ち歩くしね。紛失でもされたらたまったもんじゃないし、騒ぎになるのもゴメンよ」

移動についての質問をする時雨にそう答える霞。結構な人数になるしね、船で海を渡り、その後を陸路にするなら電車かバスを借りるなどしなくてはならない。なら最初から最後まで海路を行ったほうが楽だし安全だ。

どうせ目的地も海軍施設なんだし、海から直通だからな。

 

 

「あれ? 金剛は連れていかないのか?」

霞の腰目掛けてダイブしながら、金剛の名前を挙げなかったことに対する疑問を口にする提督。

「だから、しがみつかないでったら」

 

見事なターンで言葉どおりスルリと提督の腕から逃れる霞も慣れたもので、変わらぬテンポで説明を続ける。

「金剛まで連れて行ったら誰がここの指揮を執るのよ。向こうへの滞在予定期間10日よ?」

 

「そんなに離れるのか? 面倒だ、やめようぜ」

そう言って3度霞の腰にしがみつくが、もう反応するのが面倒なのか、振りほどかれないまま話を進められた。

「アンタが軍令部相手に譲歩を引き出せるなら勝手にやってよ」

「金剛怒るんじゃない?」

反応されないのがちょっと寂しくて、腰にしがみついたまま顔をグイグイ押し付けてみるが、やはり相手にしないことに決めたようだ。完全に無視されている。

 

「大人なんだから、その辺の分別はつくでしょ。ゴネるようならアンタが言い聞かせて」

密着している霞からは良い匂いがする。提督がプレゼントした目にも鮮やかなホットピンク! な容器に入った香水と、その中から仄かに香るのは若さ弾ける霞の体臭ってやつだ。しっかしコイツ腰細いな。いけない気持ちになってくる。

 

「ほら、本妻が見てるったら。いつまでやってんの」

「僕は理解のある女を目指しているからね、気にしてもらわなくても大丈夫だよ」

ダメだ。茶化し返してやろうと思った霞だが、この程度では時雨のぶ厚い仮面を剥がすことはできないらしい。

 

「問題なければこのまま進めるわよ?」

「うん、ありがとう。お願いするね」

 

 

 

提督を引き剥がした霞が執務室を出て行ってから、時雨は研修に来ていた他の泊地に所属する艦娘を思い出していた。

ウチの艦隊はもうずっとこんな感じだが、やはり慣れていないといろいろと面食らうらしい。

その艦娘が研修開始の挨拶に来ていたときだ、そこへ軍令部からの命令書を受け取った霞が、内容を吟味した上で艦隊指針を作成し、その報告に訪れた。

いつものように報告を聞き、僕が了承した。

 

 

後になって、興奮した声の艦娘から問いただされたんだっけ。

 

軍令部からの命令書を艦娘が受け取り、勝手に内容を確認するなんて他の艦隊では考えられない。

艦隊の運用に意見を挟むどころか、その全てを艦娘が考案し、司令官へ逆提案するだなんて想像もできない。

そしてそれらを叱咤するでもなく、確認や質問は司令官を横目に秘書艦が行い、挙句に許可を出すのも秘書艦だなんて! まかり通るハズがないと、そういう内容だった。

 

 

ウチの艦隊で当たり前のように行われる、なんてことないただの日常の一コマだ。

義務と権利を標榜とし、人間と艦娘で歪んだヒエラルキーを持たないよう注力して作られたこの基地のシステムに則って、粛々と作業を進めただけ。

提督の作り上げたそれらはこの海域ではすでに当たり前になっている。それが世界の当たり前になる日はいつ頃なのか、朧げにそんなことを思う。

 

 

「あ、また。霞にどやされるよ?」

夢想していた意識が回帰すると、タバコに火を点けようとしている提督が目に入った。

 

「一応本数には気を付けているんだけどなぁ、書類仕事してるとついつい口が寂しく……。そだな、時雨が代わりになるなら減らせられるかもしれないけど」

「僕で代わりになるのかい? どうしたらいいかな?」

 

軽く重いセクハラを入れただけだが、時雨には伝わらなかったらしい。

「冗談だ、気にしないでくれ。時雨はタバコの匂いとか気になるか?」

「ううん。もう慣れたもんだよ、提督の匂いは安心できるから好きだよ」

 

あら、いい子。頭を撫でてやることにしよう。

さてさて、ただの戦力の底上げを考えているのか、それとも。今度は誰がなにを企んでいるのかなぁ。

 




「君に俺のセイシをかけたい!」


言葉は変容していくものだが、ちょうど今、過渡期にあるのがお寿司の数え方。らしい。
寿司は「一貫」と数えるが、本来なら2つで一貫。1つは半貫と言う。
江戸時代なんかに食べられた庶民の弁当がお寿司だが、当時の寿司はデカかった。食べやすいように半分に切ったのが今の姿なので、2つで1つなのだ。

でも最近は1つを一貫と呼ぶ店なんかもあるらしいね。
らしい。見たことはないんだが、そう教えてくれた人が何人かいた。
回転寿司とかなのかな? 行かないから分かんない。


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!歳万國帝本日大(寄り道軍隊知識2)

2回目となる今回は、分かりにくーい軍隊の階級について。
ちょっと奥さん。よかったら読んでいってちょ!


主に階級と兵種、昇任についてを説明してます。
ザックリ書こうと思ったんだけど、ついつい文量が増えちゃったので表面をなぞるだけ。脱線気味になる兵科と機関科の問題についても少々中身省いています。

前回→ https://syosetu.org/novel/212996/40.html



【 海軍の階級 】

 

大きくは「士官(将校)」、「下士官」、「兵」に分かれている。

 

上から順に。

【 士官(将校) 】

 

大将 ┓

中将 ┣ 将官

少将 ┛ ※提督と呼ばれるのはこの階級だけ。

      日本に准将はない。

大佐 ┓

中佐 ┣ 佐官

少佐 ┛

 

大尉 ┓

中尉 ┣ 尉官

少尉 ┛

 

海軍兵学校、海軍機関学校、海軍経理学校の軍学校を卒業したら士官候補生として少尉からスタート。

町一番の神童とかのレベルがゴロゴロしてる。

 

 

ここより下は現場の叩き上げ。

【 特務士官・准士官 】

 

特務大尉 ┓

特務中尉 ┣ 特務士官

特務少尉 ┛※特務士官については後述。

 

 

兵曹長  ━ 准士官

 

 

【 下士官 】

 

一等兵曹(上等兵曹)

二等兵曹(一等兵曹)

三等兵曹(二等兵曹)

 

 

【 兵 】

 

一等水兵(水兵長)

二等水兵(上等水兵)

三等水兵(一等水兵)

四等水兵(二等水兵)

 

 

()内はのちに改められた名称。

 

 

 

【 海軍の兵種一例 】

 

兵科

機関科

主計科

飛行科

整備科

軍医科

 

他にもいっぱい。時代によりころころ変わる。

 

 

 

【 本当の階級表記 】

 

それぞれ階級の前には海軍が付き、厳密には兵種によって階級が違う。それについてはさらに下に書く。

例として、兵科なら海軍大将や海軍少佐。軍楽科なら海軍軍楽少佐。飛行科なら海軍飛行特務大尉といった具合。

 

 

 

【 士官と特務士官 】

 

帝国海軍は帝国陸軍と違い完全学歴至上主義。兵からスタートするとなにをどう頑張っても士官にはなれなかった。

そのためにあるのが特務士官。特務士官は兵から昇任することができる一番上の階級で、士官であっても士官ではないかもしれない微妙な立ち位置。

しかしそんなことも言ってられない状況になり、少数名が特務大尉から少佐に昇任している。

 

 

 

【 兵種による階級の違い 】

 

さらに帝国海軍は学閥偏重主義でもあり、海軍兵学校(江田島のアレ)がその頂点。それ以外は全部格下だと言わんばかりのエリート意識が詰まった困ったちゃん。

 

実際に帝国海軍は兵科とそれ以外で大きな差があった。

 

 

[ 復習 ]

少将、中将、大将を【 将官 】┓

少佐、中佐、大佐(だいさ)を【 佐官 】┣ 士官(将校)

少尉、中尉、大尉(だいい)を【 尉官 】┛

 

これらを引っくるめて士官。またの呼び名が将校です。

※海軍は大佐と大尉の発音に濁音が付く。大将には付かない。

 

しかし帝国海軍で【将校】なのは兵科と機関科のみ。そのほかの各科は【将校相当官】と言って別物でした。

もちろん【将校】>【将校相当官】だ。

少佐(兵科)のほうが主計少佐よりも幅を利かせてたってことです。

 

経理学校は兵学校より採用人数が少ないため倍率の高い狭き門。それを潜り抜けてきた主計科さんたちは、そっちはそっちでエリート意識が高く、自分たちのほうが頭がいいとの自負を持っていたりもする。確かに卒業生を見ると錚々たる顔ぶれが名を連ねていてびびる。

 

そうそう、兵学校卒業者が兵科、機関学校が機関科、経理学校が主計科です。

 

 

話を戻します。

戦闘指揮権を持つのは将校だけで、将校相当官は持っていない。

また、たとえ兵科であっても上に書いた特務士官は士官ではあるが将校ではないので同じく戦闘指揮権は持ってない。

 

 

海軍兵学校を卒業した兵科のみなさんは超絶にプライドが高く、海軍の組織的な慣例もあって同じ将校の扱いを受けるはずの機関科ですら下に見ており、また軍としての扱いでも両者には大きな差があった。

詳しくは「海軍機関科問題」で検索ぅー!

 

 

たとえば、先ほども書いた戦闘指揮権。

指揮権継承順位が階級順ではなく、兵科将校 → 機関科将校となっているので、兵科の将校である少尉が一人でもいたなら機関中将が指揮権を譲るはめに。

さすがにそこまで酷いことはなかったが、実際に海軍少将に指揮を譲らねばならなかった海軍機関中将はいた。

 

 

階級を見るだけでも兵科が特別なのは分かると思う。

 

海軍大将

海軍中将

海軍中佐

海軍少尉

海軍兵曹長

 

上のように、このよく見聞きする当たり前の階級が兵科のもの。階級はランダムなので特に他意はない。

それが主計科ならこんな感じになる。

 

海軍主計中将

海軍主計少佐

海軍一等主計兵曹

 

なんか付いてるね。

 

 

意外と知られてないように思うが、階級は一律ではなく科によって違う。

例えば軍医科には士官しかなく、飛行科には特務士官より下の階級しかないのだ。

 

そして一番の差は「兵科以外では大将になれない」ことだろう。

 

 

兵科の海軍中将に対して同じ将校であるはずの海軍機関中将でさえ同格ではなかった帝国海軍。将校相当官である海軍主計中将だともっとだね。

で、機関科は機関科でその他の兵種を下に見ていたので目くそ鼻くそだったりする。

こいつらみんな似たもの同士。

 

 

一応開戦前には兵科、機関科の将官を統一するってことで機関中将、機関少将がなくなり、兵科と同じく海軍大将、海軍中将、海軍少将への道が開けたがそれも名前だけ。

将校(兵)と将校(機)には越えられない壁が変わらずあった。

開戦後、兵科と機関科は統合されることになり名前としての機関科は消滅したが、それでも将校(兵)と将校(機)はしっかりと区別されたまま、結局、指揮権の継承序列が変わることはなく、帝国海軍が壊滅するまで一人たりとも機関科出身者が大将になることもなかった。

※敗戦後に空自で航空幕僚長(空軍大将相当)になった方が一人だけいるにはいる。

 

 

つまり、海軍は兵科とそれ以外って感じだったわけだ。

建前的には兵科と同格になったはずの機関科から大将が輩出されることもなく、その他の科の将校相当官にはそもそも大将が設定されていない。

 

「陸海軍相争い、余力をもって米英と戦う」といった、帝国陸軍と帝国海軍の仲の悪さは有名だが、海軍内だけでも結構ガタガタなんじゃん……。

 

 

 

【 軍隊の昇任 】

 

最後は昇任のお話だ。

 

軍隊には【 実役停年 】というものがある。

いわゆる勤続年数のようなもので、それぞれ階級ごとに決められている年数を満たさないと昇任することができない。

つまり、二種免許を取るなら普通免許取ってからの運転期間が2年ないとダメって条件があるのと同じだ。

 

ホントのところ、旧海軍では昇任ではなく進級と言います。昇任呼びをするのは自衛隊。まぁ小説内は現代の先ってイメージなので。

自衛隊にも昇任に要するまでの在職期間が自衛隊法施行規則の第二十九条で定められてる。いつの世もあんまり変わらないんだね。

 

海軍の実役停年だと、例えば少佐に昇任するためには大尉を4年。中佐に昇任するためには少佐を2年勤めないとならない。

じゃあ大尉を4年勤めたら少佐になれるのかと言われるとそんなこともなく、大体の場合で期間は延びる。実役停年どおりに昇任したのは皇族軍人の方々くらい。

 

 

そして普通に年功序列であり、さらに海軍は卒業席次(ハンモックナンバー)を重視するので学校の成績順に昇任していくのが普通。今後もこれがずっとついて回るのだ。

 

士官候補である兵学校卒業者は何年か現場を経験してから、俗に術科学校とも呼ばれる砲術学校や水雷学校など専門学校的なところへ入学し技能を磨いてまた海に戻る。

より専門的で高度な知識と技術を学んだ彼らは、砲術長や水雷長などになり艦艇を支えていく。

 

海軍内での出世を考えるならその後は海軍大学校に行くとしたもんだが、海軍さんは兵学校の席次にしか興味がないのか、大学校には行かず、艦隊勤務をこなした叩き上げで将官になっている人も多い。

 

有名どころだけでも、栗田ターンでお馴染みの栗田健男(38期)、西村艦隊の本当の力を見せてくれる西村祥治(39期)、阿武隈や霞がお世話になったヒゲの提督木村昌福(41期)、田中少将(当時)の指揮に勝るとも劣らない田中頼三(41期)などが、大学校に行かずとも最終階級を海軍中将としている(敬称略)。

※大学校に行ったかどうかは分からないが、「提督(笑)、頑張ります。」の長野壱業提督は44期生で戦死時の階級は少将だゾ。

 

 

海軍はそのようなシステムなので、出世が早いって人でも限界がある。

少佐になるならどれだけ早くても30歳。普通はだいたい35歳くらいじゃなかろうか。

 

参考として、みんな大好き「帰ろう、帰ればまた来られるから」の木村昌福提督。

彼は兵学校を卒業後23歳で少尉スタート。6年後29歳のときに大尉となり、少佐になったのはピッタリ35歳。

 

 

本編の主人公である提督がポンポン昇任していくことに対して文句を言いまくっているのはそういうわけ。軍内での立場はカナリ危なそうです。

 




元帥海軍大将は階級じゃなく称号なので書いてません。


海軍での兵科は兵種の一つですが、陸軍での兵科は兵種そのものを指す。
分かりにくいね、陸自で言うところの職種。略さず言うと職種区分ってことです。

海軍での職種の一つが兵科。
陸軍では職種のことを兵科。

普通科 ┓
機甲科 ┃
特科  ┣ どの兵科がいい?
情報科 ┃ つまりこんな感じです。
施設科 ┛


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立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は

霞さんのお守り役であるお伊勢さん。
松田司令官をすこれ。

艦ってやつは1度缶を止めちゃうと再始動までに時間がかかる。
なのでフレッチャーなんかはネットを使ってすれ違いざまに海に投げ出されている乗員を救助してたりしたよね。

空襲の隙間を縫って、戦場のど真ん中で止まって救助を敢行した伊勢からは霞と同じ匂いがする。



どこぞの基地への指導やらなんやらで、わざわざリンガを離れて出向くことになった俺。

最近特にフットワーク軽くない? 決して望んだ結果なわけではないんだけれども。

 

滞在予定期間は10日。確かにそう聞いたわけだが、ええそうね。道中の移動にだって時間はかかるわけ。再びリンガに帰るのに倍近く日が過ぎるじゃん。もう帰りたい。

 

ここに着いてからウチの艦娘さんたちは演習と訓練の毎日だ。近隣基地どころか内地からも艦隊が集まっては演習に参加し、また散っていく。

入れ替わりが激しい慌ただしい場所になっているので落ち着かない。

そして演習と合わせて行われる訓練指導。そっちはまだいい。主に艦娘同士で行われることだし、成績が伸びるのであれば文句も言われないだろう。

頭が痛いのは艦娘の運用方法である。

 

「俺です」

「あ、どうも」

「こちら秘書艦です」

「あ、どうも」

「こちらリンガで艦隊運用と基地運営の責任者をしている司令艦です」

「あ、どうもぉぉん?」

 

基地の面々との初対面を果たしたときのことだ。

戦場の主役を艦娘に奪われたと感じる奴らには荷が重いことだろうな。これ以上職域を侵されるなど許せないなんて下らない妄執に取り憑かれてもいるのだろう。

分からないことではないが、下らないことには違いあるまい。

 

勘違いもそろそろ正したほうがいい。艦娘は争う相手などではなく、ただの仲間だバカめ。

 

とはいえ前途は多難。

ウチの基地ほど艦娘に寄っかかって丸投げなぞ望むべきもないが、理解を示した少数の司令官の下でなら、少しは艦娘にとっての環境も改善されることになるだろう。これは少々の期待込みでの感想だと言っておく。

出来上がってしまっているシステムを変えていくには時間がかかるものだ。それでも平時に行うよりもはるかに早く、それらは変容していくのだとも思う。

 

他の誰にも言えないが、戦争中で良かった。

 

 

 

 

この基地に到着して数日。本日も変わらず他基地の艦娘さんたちとの演習が予定されている。

他所の基地でも変わらず、提督はふらふらと日課の散歩を楽しんでいた。

港を歩いていると、今から演習に出るのだろう。伊勢が誰かと歓談しているのを見つけた。

 

当初は参加の予定になかった伊勢だったが、本人の希望により一緒に来ることになった。

教導が目的ではなく、自らの練度を上げるため演習に参加したいとの理由だ。

霞たちに比べて合流が遅くなったので、早くリンガの艦隊に馴染みたいのだそうだ。練度と言う意味ではそれほどの差はないと思うのだけど、戦い方や考え方がやっぱり違うらしい。

相変わらず真面目な伊勢である。堅物とまでは言わないけどね。

反対する理由も特にないので、こうして演習に参加しているわけだ。

そして、そのような目的での参加であるため、彼女だけはそろそろリンガに引き上げることになっている。明朝の訓練を終えたら一足先に帰投するんだったかな。

 

 

「じゃあ、私はもう行くわね」

そろそろ声が聞こえる程度まで近づいたとき、そう言って別れを告げた伊勢の声が届いた。相変わらず重そうな艤装だが彼女の足取りは軽く、その表情も朗らかだ。

 

残された艦娘はどこか名残惜しそうに、儚げな表情を浮かべた笑顔でそれを見送る。

初めて見る艦娘だが、色白の整った顔に触れると折れてしまいそうな繊細な空気をまとう文句なしの美人さんだった。スラリと伸びた背は結構高いので大型艦であるのは間違いなさそうだが。

 

 

「伊勢と仲が良いんですね」

伊勢が立ち去った後、交代するかのように提督が胡散臭い笑顔で軽く挨拶をすると、先ほどまでの印象をぶち壊すかのように彼女は顔を歪め、怪訝な視線をこちらに向けてきたので慌てて付け加える。

「怪しいものじゃないですよ、伊勢の司令官です」

しばらく身を庇うようにしてこちらを窺っていたが、ようやく警戒を解いてくれたのか花のようなその女性がツンケンとした声で応えた。

 

「いきなり話し掛けられて驚いただけよ」

 

可憐な外見に似合った耳触りの良い声だったが、その口調は刺々しく気の強そうな話し方だ。

それから奥ゆかしさを思わせる控えめな笑みを浮かべたのを見て、彼女の印象を再び書き換えなければならなくなった。

 

表情と態度のころころ変わる艦娘だが、やはり芯には凛とした美しさを宿しており仕草の一つをとってもどこか気品を感じる。この猫のような振る舞いは、気を許すと簡単に心を翻弄されてしまいそうだ。

 

「おかしかったですか?」

「違うのよ、少し前なら私たちを見て『仲が良い』なんて言う人間はいなかったわねって、そんなことを思い出しただけ」

「へぇ、それは意外ですね。長い付き合いを感じさせる空気かと思ったのですが」

 

伊勢と話している彼女は今よりずっと穏やかな顔をしていた。立ち去る伊勢を見る目は寂しげで、もう少しだけここにいてほしい。そんな口から出ない秘された言葉を代わりに告げているようにも見えた。

 

「そうね、付き合いは長いかもね。でも、私たちと伊勢型を同じ艦隊で運用しないようにって、そんな配慮が通達されるくらいの仲だったわよ」

 

いろいろあったのだろう、懐かしいだけではなく、その言葉には様々な色が隠れているように思えた。

それから急に空の遠いところを見るように顔を上げ、彼女は言った。

「変わったのは私たちだけね。彼女は昔からあんなだったから」




山田さんが日常生活で気を付けている言葉。

「意外」
意外と◯◯だったって、結構失礼な言葉だよね。
本当に意外なのかどうか、もう少し考えてみてもいいかも。

意外とかわいいとか、意外と美味しいとか。
期待されてはなかったんだなと感じるかも。


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立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は2

登場する艦娘さんの名前を明言しないことも多い、奥歯に物が挟まったかのようなお話もありますが、ただの趣味です。

当ててほしいなぁーと思って書いてますが、いかんせん未熟であるためまったく伝わらないかもしれません。ごめん!


トルストイは「書かざるを得ないときのほかは、決して書いてはいけない」と言っている。つまり物語にある文章の全てには意味があり、あってもなくてもよい文など存在し得ないってこと。
するとこの話、番外で十分だったなぁと反省しなくてはならなくなる。



「ねぇ、艦娘の感情っていうのはなんで艦によってこんなに捉え方が変わるのかしら」

唐突なそれは独り言なのか、こちらに問うているのか、そんな呟きだった。

 

「生まれも育ちもそれぞれ。であれば、感情も、そして感情との付き合い方も人それぞれ。それは艦娘だって同じことなんでしょう」

 

したり顔で偉そうなことを言ってやりたいわけじゃない。人間として、種族としての後輩に学ばせてやるだなんて傲慢な考えも持ってはいない。

ただ、俺はそう思っているんだと、個人的なことを述べただけだ。なにかの参考にでもなればいい、それだけのこと。

 

 

「私はね、それなりに嫌な目にもあって、それで時間をかけて、今になってようやく自分の感情というものとの付き合い方が分かってきた気がするのよ」

艦娘も成長する。個性。そういったものが育まれているのだろう。それは、それだけで良いものなのだと思う。

 

なにか話そうと、口から言葉が出る前に彼女が続ける。

「伊勢って良い子でしょ」

太陽の下に咲く向日葵のように、華やいだ笑顔でそう言ったのだ。

 

「それには即答で同意できますね」

そう答えると、そうでしょうと言わんばかりの顔で彼女が頷く。

 

「伊勢はね、初めて会ったときからあんなだったわ。裏表なく、温かく、朗らかで誰にでも親身になって接することができる子」

それだけ言ってから、彼女はこう続けた。

 

「私との違いはいったいなんなのかしら」

 

 

「違いがあるから面白いんでしょう、人も同じですよ。そして周りを羨んでばかりだ」

隣の花は赤いと言う。隣に咲いているから愛でることができる。そう思えたなら穏やかに生きていけるだろうに。

違うことで苛立つこともあれば、すれ違うこともあるだろう。しかし、やっぱり全員が同じことほど面白くないこともないと思う。

 

「憧れたり妬んだり、羨んだあとの感情もまたそれぞれ、そうやって感情を揺らしながら、人と繋がって生きるのが人生ってやつなんだと思いますよ」

「私は艦娘よ? 伊勢じゃあるまいし、あまり人間と繋がりたいとは思えないわね」

 

何度も聞いて、理解していることだ。人間との付き合い方、感じ方も艦娘それぞれ。

 

「人間はあまり好きじゃありませんか?」

「そんなことないわよ、一人や二人はいたかしらね、一人は現実的に物事を把握して、たとえ嫌われ役になったとしても意思を貫徹できる人。もう一人は正義感が強くて思慮深い、そんな人だったわね」

 

だった、ね。

この艦娘もまた、いろいろと経験しているのだろう。自分たち人の身では想像もできない、命と触れ合う深い繋がりってやつを。

 

「君は人との付き合いに人数制限を設けるタイプなのかな? 空きがあるなら、私とも繋がりを持ってくれると嬉しい」

 

深い繋がりを望んだわけでもなく、半分社交辞令のようなものだ。艦娘たちとの繋がりは多いに越したことはないだろうし、単純な彼女への興味でもあった。

 

 

「私のこと、なんにも知らないのに?」

「綺麗な人だってのはすぐに分かりましたよ。容姿のほうならそれこそ一目見て」

 

ビクッと肩を跳ね上げ、不思議なものを見るような視線をこちらに向ける白百合の乙女。

容姿を褒められることには慣れていないのかもしれない。

 

「話をしてみると、中身はかわいい人なんだと、新しい発見をしたところでもあります」

「な、急になによ! そんな話してないじゃない」

 

「私は、私の部下が信頼している艦娘を疑ったりしません。伊勢は貴女に気を許していた、貴女は良い人なんだろうと、そう思います」

鳳翔に卑怯な物言いだと指摘された論法ではあるが、便利な言葉だ。

よく知らない者に対する評価など印象でしかない。人は第一印象で相手を理解し、会話することで印象の補強をしていく。すべての根拠など後付けにすぎないのだ。

 

 

「だから、人じゃないんだってば。ふん、やっぱり変わり者なのね」

 

おや、と思う。

「私を知っているのですか?」

 

「……そりゃあね。意固地なところはあるけれど、自分の意見をめったに表に出さないあの子が、アナタと離れて別の駆逐隊に編入されるのなら、除籍も自沈も辞さないなんて柄にもないことを言うんだもの、あの子にそこまで言わせた人間に興味が出るのも当然だわ」

 

「初耳……なのですが」

その頃の俺は半ば監禁状態で、自由に動ける状態ではなかった。

俺の身の回りの世話をしてそのまま着いてきてくれたが、アイツはアイツで希望を押し通すために戦っていたのかもしれない。

俺は、なにも知らないんだな。

 

「言わないでしょうね、あの子は」

「貴女は……」

提督の話を遮って、ビシッと指を立てた彼女が言う。

 

「一つ、お礼は言っておくわ! 佐世保であの子を救ってくれた、そのことには感謝しているのよ。でもその後、あの子を南方なんかに引きずって行って、今も独立独歩の愚連隊気取りな艦隊を率いてることに対しては、文句もたくさんあるの」

 

それから一息吐いて、彼女は激していた空気を霧散させた。

 

「だから、これは誤算ね。会うことがあれば直接文句を言ってやろうと思っていたんだけど、時雨から送られてくる便りは今までよりもずっと活き活きとしたもので、アナタについて行きたいと思ったのは自分のわがまま。だからアナタは悪くない、会ったら親切にしてあげてほしいだなんてことばかり書いてあるんだもの。あの子に頼まれたら断るわけにはいかないじゃない」

 

「そんなことを」

手紙の検閲なども時雨や霞任せにしているので、俺は手紙の内容など把握していないし、誰が誰に手紙を送る仲なのかも知らない。

彼女たちには彼女たちの世界があり、そこで交流がなされていく。そんな当たり前のこと。

 

「ほら、これから時雨に会いに行くんだから、案内くらいしなさいよ」

 

そう言ってエスコートするように求めた彼女。彼女なりの落とし所なのだろうと思うとおかしな気分になった。

美人のエスコートだ。文句を言われるよりよほど良いだろう。ありがたくその栄誉を受けることとし、時雨のところまで案内するとしよう。




個人的には、「前に◯◯って書いてあったので、実は××は△△なんですよね?」とか「◯◯って××なんだろ?」とかとか。

敢えて伏せてあった内容の指摘や展開予想も大好物です。
しかし感想でそれをすると嫌な人もいるんだろうなぁ。いるのかなぁ?


提督のお姉さんの話とか、最近だと墓の前で出会った女の子とか?
墓の女の子は別に当てる必要もない子ではあるのだけれど、提督姉については「おぉ、言われてみたらそうだ!」なら嬉しいが、「読んだあとでもまったく分からねぇよ(クソがぁ)!」なら寂しい……。



「だからこの私、白露が粛清しようと言うのだ」
「エゴだよそれは」

トゥルルン トゥルルンルンルン トゥルルン
トゥルルンルンルンルンルン


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〜夫唱婦随の不即不離〜

「時雨の好きな食べ物ってなに?」

「唐突だね、朝食の目玉焼きはほとんど固焼きの半熟、味付けは塩コショウで、付け合わせのベーコンはカリカリまで焼かないでほしいね。スープはコーンスープよりもジャガイモのポタージュがいいかな。そうだ、一緒に出されるフォークなんかの金物にも気を付けてほしいんだよ! 18-10以上の食器じゃないと金気が気になるからね」


「それは司令官の好みでしょうが」


前話が微妙だったので慌てて投下の番外話!を昨日投稿し忘れた。



「待たせといていいわよ、どうせ私用のくだらない話だから」

 

 

新たに長波を迎え入れて数日。元来人懐っこく社交的な長波はなんの問題もなく基地に溶け込んだ。

初めてリンガに足を踏み入れたときは、その妖精さんの多さと基地で働く人間の数に気圧された様子も見せたが、それにもすぐに馴染んだ。今ではその両者とも、一緒に食事したりバカ話をできる相手も見つけたらしい。

 

長波を艦隊に招くことになった最大の理由は基地の内政だ。陸上訓練の合間にせっせと書類仕事を仕込まれている。おかげでリンガに来てからはまだ1度も海に立てていない長波だが、まだしばらくそれは後回しになりそうだ。

 

南遣艦隊総司令艦の、その懐刀と呼ばれることになるのはまだ数年先の話。

 

 

 

本日の長波は、管理部に割り当てられている部屋にて霞に指示されている書類を作成していた。

基地に慣れるには基地を知るのが1番だと、任された仕事は基地内で働く人員の管理。

彼ら彼女らの部署や規模、責任者の評価からその人件費までを把握して適切な運用をしろだなんて、つい先日合流した新人に任せる仕事ではないと思う。おかげでここに来てから毎日のように面談を繰り返し行うハメになっている。

 

そうやってしてまず完成したのは、炊事洗濯掃除などを担当してくれている近隣住民を主体としている部署のファイル。しれっと妖精さんたちが混ざっていたので苦戦を強いられたが、難しく考えることはないと開き直ってからは順調に仕事が進んだ。

 

彼女らも一人として数えて人員に入れてやったのだ。気ままにふらりと移動していき、気が付けば別の作業を勝手に始めているイメージのあった妖精さんたちだが、意外なことにアンタの仕事はここで野菜の皮むきだ! と指示すると素直に従っていた。合わせて、違う仕事がしたくなったときには責任者に報告して指示を待てと伝えると、それは見事な返礼で応えてもくれたのでこれで良かったのだろう。

飽き性だが結構なんでも器用にこなす妖精さんたちだ。今後の運用を見ながら適切な期間でローテーションしてやれば問題なく機能していく気がする。

 

初仕事としていきなり頭を殴られたくらいのインパクトはあったが、ともあれ完成した書類を霞に確認してもらう。

そんな折だ、提督が入り口のところで霞に向かってにこやかに手を振りながら笑顔を向けていたのは。

 

 

 

それをチラリと横目で確認した霞は、しかし見事にスルーして長波の作成した書類を良くできていると感心しながら確認を続けた。冒頭のセリフはそのときのものだ。

 

私用ならば司令官を待たせてもいいのかと疑問には思ったが、霞がそう判断したのならいいのだろう。最初は戸惑ったが、ここはそういう風にできている。

 

「なんで私用の要件だって分かったんだ?」

一瞬なにを問われているのかわからず虚を突かれた霞だが、その質問内容を理解してもすぐには言葉が出てこなかった。

 

「なんでなんだろ」

つい指をアゴに当てて考えてしまう。

 

 

焦れた提督が部屋に入ってきて声を掛ける。

「おーい、無視すんなよ」

「どうせ私用でしょ、この書類だけ確認したら終わるから」

そこまで言って、霞は現在の時刻を思い出す。

 

「ちょうどいいわ、閉められる前に食堂行っててくれない?」

そろそろ食堂が閉まる時間で、下手をすると夕食を摂り損ねるところだった。どうせ司令官もまだ食べてはいないだろう。

 

「すぐ?」

「すぐよ」

それだけ聞くと司令官は部屋を出て行き、扉を閉める前に先に注文しておくから遅れるなとだけ告げた。

 

提督を使いっ走りみたいに扱うこのやり取りにも慣れないが、あの男と霞はこれで上手くやっているらしい。

どれだけ邪険に扱われても、こうやってして霞を構いに来るのがその証拠だろう。

なので、胸中にあったのはそれとは違う新たな疑問だ。

提督の背中が扉の向こうに消えるのを見届けたあと、長波が口を開いた。

「いいのかい?」

「なにが?」

「今週のメニューまだ見てないだろ?」

 

リンガの食堂で出される夕食は日替わりのセットと週替わりのセットが1つずつ用意され、どちらか好きな物を選んで注文できる。本日はそのセットが変更になる日と教えられていた。

 

「なに悩んでるんだよ」

霞はますます考え込むような仕草をして、ついには止まってしまっていた。

 

「なんでだろ、一緒に食べるときは同じ物を食べてる気がするけど、普段は自分で選んでるんだっけ」

思い返してみると覚えがない。ただ嫌いな物を食べている記憶もないので、自分で選んでいるのかもしれない。

 

「アイツ、ワタシの好物とか知ってるのかしら」

なんだ、ただの惚気なんじゃないかと長波は思った。提督が霞の好みを知っているのか、霞の好みが提督に寄っているのかは知らないが、どちらにせよ惚気には違いない。

控えめに言って、犬に食われちまえ。そう思う。

 

 

まあいいわ、そう言って書類の確認作業に戻る霞。

待て、最初の疑問の返答がまだだぞ?

「で、私用だって判断した理由は分かったのかい?」

「あぁ、それね」

書類から目を離さないまま霞が答える。

考えてみたら考えるまでもない、至極簡単な理由だった。

 

「呼ばれなかったからよ」

「どういうことだい?」

「仕事の話なら呼び出されるのよ、相談や打ち合わせなら執務室、大勢で話し合いの場を持つなら会議室、現物を見ながらじゃないと分からないときはその都度現場にって具合にね」

「あぁ、そういう」

「そ、考えたことなかったけど、アイツから来るときは個人的な要件のときだけね」

 

なるほど、タネを明かされれば単純なものだ。しかしそんな風に、誰にでも分かるほどキレイに分類される行動原理が日常で自然に起きるものなのだろうか。

 

「それ、提督は意識してやってるのかねぇ」

「さあどうかしら、無意識なら彼らしい配慮だと思うし、意識してやってるんだったらアイツらしい計算だと思うけど」

 

そこまで言ってから、霞は書類の決裁欄に自分の印を捺く。

「問題ないわ、さすがに飲み込むのが早いわね、これから楽させてもらえそうで有難いわ」

「こっちは慣れない書類仕事で一杯いっぱいだ」

話しながらでも霞の仕事は早い。これの補助をしろなど、今後は大変な生活を強いられそうだと苦笑いするしかない。

 

 

「書類仕事に慣れたらさっさと司令艦認定の試験を受けてもらいたいんだけど」

「なんだいそりゃ?」

「ウチの艦隊で幹部艦娘になるための近道よ。今のところ駆逐艦で認定持ってるのはワタシと村雨だけだけど」

 

海上訓練も後回しになってる状況で、この上さらに勉強をさせようと言うのか。初っ端から先が思いやられることばかりだ。

まぁ、期待されたらどうせ応えるんだけど。

 

「これ以上なにをやらせようってんだよ」

「その名のとおり司令艦よ、アイツも言ってたんでしょ? 艦娘の指揮を執れる子が欲しいの」

「はぁ、ホントに駆逐艦が指揮執ってるんだね」

「別に駆逐艦が執るべきと言われたわけでもないんだけどね、ここは駆逐艦が1番多いから」

 

話には聞いていたし、基地内での霞の立場は実際にこの目で見ている。

しかしここで作戦に参加したことはまだない。事務作業をしている霞の姿しか見ていない現状、指揮を執る艦娘。それも駆逐艦だ。実感はまだ湧きにくい。

 

「私みたいな新参者が指揮を執るのに問題はないのかい?」

「まったく問題ないわ、ここでは能力と役職だけが全てだから」

 

言ってる間にも手は止まらず、机に広げられていた書類や決裁印など自分の仕事も次々処理していく霞。こりゃ提督が心配するわけだ。仕方がない、せいぜい霞の役に立ってやることにするか。長波がこの艦隊でやりがいを見つけた瞬間だった。

 

「それじゃあ行きましょうか」

「うん? どこに?」

「食堂よ、長波もどうせ食べてないんでしょ?」

「食べちゃいないけど、提督と食べるんだろ? 私が同席してもいいのかい?」

「どうせ三人分頼んでるわよ」

 

アイツもアイツで苦労性らしい。妙に気の回る二人は似たもの同士だな。

親友であり戦友でもある霞が、文句も言わず……文句は言ってるか。それでも彼を提督として信頼しているのは見てたらすぐに分かる。

あの男の害になるものなら体を張って、そのなんでもを取り除いてやりたいという気概さえ感じる。

 

提督と食卓を一緒するだなんて他の基地では考えられないことだが、ここの水は良く馴染む。霞にそこまで思わせる男だ。飯がてら交流を図るのもいいだろう。私に好き嫌いがなくて良かったと思いながら、霞と二人で部屋を出た。

 

 

 




「時雨の好きな食べ物って知ってる?」

「唐突だな、朝食ならほとんど固焼きの半熟目玉焼き。アイツの味付けは塩コショウだ。ベーコンはカリカリまで焼かないのが好きで、スープはコーンスープよりもジャガイモのポタージュ派。そうだ、食い物じゃないが、結構鼻が利くやつだからな。フォークなんかの金物にも気を付けてやったほうがポイント高いと思うゾ」


どうも。番外編を挟まないと死んでしまう病を患っている山田さんです。あ、お薬は結構です。

長波サマ。
強烈な持ち物を携えているが、お腹も素敵だと思う。
朝霜は子供特有の細っこい体つきをしてるけど、長波サマはどこもかしこも柔らかそうだよね。両者ともに甲乙つけ難い。

しかし長波サマのウリはそこじゃあないね!

あの人間力、女子力。
実際にクラスや職場など、身近にいたらめちゃくちゃ魅力的なのは長波サマだろう。

そんな長波サマは霞や島風と組ませたくなるね。なぜかこの話では白露とヤンチャチームを組んでることが多いけど。


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君の咲く庭 /解語之花

最後は狭い湾内に閉じ込められて。
その状況下でも、自慢の快速で投下された爆弾と魚雷を全回避したとびっきりのイレギュラー艦。しかし至近弾と機銃掃射までは如何ともし難く……。

コンビニ駐車場内で投げられたボールを避けきるGTRみたいな子だ。


山田さんの近況
前回のイベント後から艦これはお休み中。
もともとゲームはあんまりしない人間なのだが、7年も続けられる艦これは凄いと思う。ログインしてなくても艦これ界隈をうろついているので離れている気はまったくしないんだけど。



訓練がてら近隣の哨戒に出ることになったウチの艦隊。

大規模な作戦ではないので俺は留守番だ。わざわざ出る必要もない。そんな風に霞からも言われたので大人しくしていよう。

 

ウチからは霞と鈴谷が参加する。

この時間を活用してリンガの状況を確認したり、横須賀に預けた子たちの様子でも聞いておこうと思う。

二人が帰って来るのはどうせ明日になるので、時間ならまだまだある。今のうちに所用を済ませておいて、明日はみんなで街にでも出かけようなんて考えていた。

 

 

出発前の霞の見送りに来ていたときだ、参加予定の艦娘たちに並んで一際目を引く存在を視認し、二度見や三度見どころかしばらく目が離せなかった。なんだありゃ。それが第一印象である。

「すごい格好の子がいるな、若そうだがスラっとした美艦だ。軽巡か? 霞の知ってるやつか?」

 

またかとでも言わんばかりのしかめっ面が視線を合わせてくる。

「島風ね、駆逐艦よ」

「駆逐艦? アレで?」

他の駆逐艦娘と比べて頭一つ分くらい大きいじゃないか。体つきも幼いながらに均整が取れていて十分に育っている。格好はアレだが、はっきり言ってしまうとめちゃくちゃ美艦だ。アレで駆逐艦だなんて言ったら怒られちゃうぞ。

 

 

二水戦は知ってるわね? と、トーンを落とした真面目な声で聞かれた。

霞はだいたい真面目だが、コイツがこうやってして話すことは楽しくない話題のことが多い。あの服がヤバめの子にはなにかあるのか? ちょっと気を引き締めて聞かねばならないかもしれない。

 

「お前も所属してた太平洋最強の水雷戦隊だろ。お前の練度を見てたらどのくらいおかしな集団なのかは想像つくが」

「ちょっと引っ掛かる言い方だけどまぁいいわ」

 

 

あの子はね、性能が抜きん出すぎてその二水戦から外れた傑物なのよ。

 

 

「お前がそこまで言うほどか?」

俺の中での霞は、時雨と並んでもまったく遜色ないウチの艦隊の切り札だ。抜きん出ているのはお前のほうだと言いたい。

しかし、霞は首を振ってそれを否定した。

 

「アレは努力で埋められるようなもんじゃない。持って生まれた資質とかポテンシャルが私たちとは全然違う。もう駆逐艦のそれじゃないのよ」

負けず嫌いで努力を惜しまず、積み重ねた分だけの自信と実力を持つ霞が手放しで言いきる駆逐艦娘。なんだその規格外は。

 

驚愕なのか感心なのか、俺を見て霞が島風についてを補足してくれる。

「たった一隻だけ造られた次世代の艦隊型駆逐艦。艦艇類別等級別表にまで『艦型なし』と書かれた正真正銘のオリジナル。重雷装駆逐艦として火力特化の武装を持ち、駆逐艦離れした出力とそれに支えられた並ぶ物がない超快速の丙型駆逐艦。攻撃も回避も超性能。とても真似できないわ」

 

 

それから、でも。と続けた。

「おかげで海軍はあの子を使いかねていてね、二水戦でさえ受け皿になってあげられないような子だから、他の隊に投げ出すわけにもいかない。二水戦に属しながら誰もあの子と駆逐隊を組んであげられない」

 

羨望とも、不憫な者を見るでもない目で島風を見ている霞。その視線は島風を見ているのか、島風のバックボーンを見ているのか判断はつかなかった。

「だから、ああして一人で作戦に参加することが多いのよ」

 

 

ふーん。

抜きんでた才能や個性ってやつは人を孤独にするものだ。誰にも理解されることなく、なにも分かり合えない。それってどんな気分なんだろうな。

 

「人となりはどんなだ?」

「また病気が始まった。いったいどうするつもりよ」

「どこも持て余すなんて艦娘なら、ぜひウチに来てもらおうと思ってさ」

 

「ふん。あんな格好だけど、本人はいたって普通。礼儀正しいし気の回る良い子よ」

そのような環境でも腐らずに良い子で居続けられるのはもはやそれ自体が才能だな。で、あるならばだ。

彼女の受け皿になってやろう。それだけ規格外の艦娘ならその戦力にも大きな期待ができる。双方に利があるなら声を掛けることを躊躇う理由などない。

 

「阿武隈もあの子のことは知ってるし、長波は何度か一緒したことがあるわね。もしかすると、あの子にとってもウチが一番過ごしやすい艦隊かもしれないわ」

 

またもや俺の心を読んでいたのか、霞がそんなことを言う。

やっぱりお前らは指揮官の心を読む能力でも備わっているのか?

いや、そんなはずはない。もしそんな能力を艦娘が持っていたなら、俺は今頃霞に撲殺されているか寝ている間に時雨に刺されているはずだ。

島風なる子の臀部にしばらく視線を奪われたままノックアウトされていたこともバレてることになる。いや、あの子に限っては俺が悪いわけではないだろう。あれだけの美艦が丈の足りていない腹部丸出しのセーラー服を着ているだけでも視線を集めるのには十分なのに、なんの役にも立ちそうにないほど短いスカートにあのアンダーウェアだ。そんなの見るなと言うほうがどうかしている。

 

結論として、バレているわけではないという推論の上で話を進めるとしよう。

 

「艦娘にも幸せになる権利がある。なに不自由なくとまでは言わんが、日常くらいは楽しく過ごさせてやりたいよな」

 

基地内での催しや罰ゲームでよく霞にメイド服やらチャイナ服やらを着せているが、あの子にも似合いそうだ。

そんなろくでもないことを考えている提督に、眉間に思いっきり皺を寄せている霞が言った。

 

 

「まぁ、頼めば着てくれそうな子ではあるけどね」

 




艦これ前までは、駆逐艦で知られている名前の第2位に入ったと思う島風。

艦これ初級は島風が好きで、中級者になると他の子の良さに目覚め、上級者になってから「やっぱり島風っていいよな」と戻ってくる艦。そんな気がする。


考えが読まれてたなら時雨に刺されて霞に撲殺される提督。
艦娘に囲まれながら生活していたら仕方がないとも思う。

戦争もいいが、叶うなら艦娘さんたちと田舎の一軒家で野菜育てたり魚介や山菜を採ったりしながら生活したいなぁ。
梅雨の季節にでもなれば、所狭しと室内には洗濯物が吊るされることだろう。
と、妄想しながらとりあえず山菜採りに行ってきた。


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〜提督の事件簿〜

このエピソードは長くなりますよー。
文量がというより完結までの期間がってこと。

なぜなら未完なので……。

完成していないエピソードを投稿するのは初めてになります。
他の人はよく書き足し書き足しで投稿できるね、怖くて真似できねぇ。

一応本筋はできてて、なんとか書ききれるだろう。との目論見で見切り発車。あとは神の味噌汁(ワカメ)。


後味の悪い事件。俺たちが絡むのは大体そんな類のものばかりだ。

考えてもみれば、白黒はっきりしている事柄などこの世にはそれほどないのかもしれない。

二元論を信奉しているわけでもないが、社会が正義と悪だなんていう単純なもので構成されたものではないと知ったのは、いつ頃のことだったろう。

 

 

祟り。

そんなものを現代日本に生きる俺が大真面目に語ることになるとは思いもしなかった。

しかし、感情が極限まで高まったとき、あるいは、そういうものもあるのかもしれない。そんな風に思った。

 

解決するには遅すぎた。

これは後味の悪い話であり、また結末のない話だ。

 

 

最終的にそれらは報告書にまとめたわけだが、軍の体面的なことや、なにより彼女たちのために。

基地の場所や所属艦娘について、ここで多くを語るのは止めておこう。

 

それでもよかったら、まぁ読んでくれたらいい。決して面白くは終わらないこの話の顛末を。

 

 

 

 

 

座上艦に揺られて海を往く。

甲板から海を眺めると艦前方を並走している時雨と霞が視界に入る。もう一人いるはずだがやっぱり遅れ気味なようだ。きっと艦の後方を航行しているに違いない。

 

時雨と霞がいるので万に一つもないだろう。心配する必要のないところでの心配はするだけ無駄。彼女たちのことは信用しているのだ。

基地でのお留守番をしているときならいざ知らず、視界に入る状況でなら安心もできる。いや、俺の視界には入っていないんだけどね。生憎と余裕がないので勘弁してくれ。

 

こうして海を渡っていると海が俺に見せる姿はいろいろだ。場所によって海はその色を変える。

転落防止柵に体を預けるようにして、俺がそれらに目を奪われているのには理由があるのだ。

 

「ちょっと、遠目でも酷い顔してるわよ。もう薬飲んで寝ちゃいなさいな」

 

無線から届くのは霞の声。

電池の切れたロボットみたいな動きで視線を霞に向けると心配そうな顔でこちらを見ている。実のところ一般的な人間の視力しか持たない俺にはその表情までは見えていないはずだが、そう見える。

なんなら眉を下げているところまでハッキリと捉えている気までする。うっぷ。

反対側に目を向けると時雨が心配を通り越して泣きそうな顔をしている。一般的な人間の視(ry

 

「いや、大丈夫。峠は越えたはずだ。それにもう着く、寝てるわけにもいかんだろ」

 

分かってくれたろうか。艦首付近で海風を全身に浴びているのには、のっぴきならない理由があってのことだ。

ああ気持ち悪い。海風に当たっているせいで無駄に体力も消耗している。アイツらよく平気だよな。

 

どうでもいいが、お前らは前を見て走れ。

幸い対向する船も飛び出す人もまったくない海上なので、なにかにぶつかってなんて心配もないわけだが、気分的なもんだ。

電車の運転席が前にあるのと同じようなもんかな。実はアレって完全に管理された環境下でなら前に無くても構わないらしい。

今は遠い地、四連装砲なるちょっとアレな主砲で有名な国なんかでは無人の電車が走っているが、いろんな理由で我が国での導入ははるかに先だろう。きっと深海棲艦との戦争が終わるほうが早いと思う。

 

うん? なぜ体力を奪われながらも船首に立つのかって? まだ分からないか。

決してタイタニックのアレをしたいわけじゃないぞ。たとえ二人でもそれはしない。

風に当たっていると多少はマシになる気がするのと、俺に美しい景色を見せてくれるのは海だけではないということだ。

隠したいものを隠すのに、アレでは防御力が低すぎる。俺がセキュリティ担当者なら一も二もなくデザインを見直すところだが、幸いにもその仕事は俺の担当ではない。

そもそも艤装の一部らしいので、変更も改良も考えていないそうだ。ありがとう。

 

あれは、紺色か? 相変わらず暗めの色が多い時雨はこの距離から観察するには少し無理がある。おかしいな、表情が分かるくらいに感じてたのに、やっぱり俺にも艦娘並の視力が欲しい。

過去の大戦で見張り員を務めた者など、2km先のタバコの火が判別できたという。人間やってやれないことはない、俺も訓練すればその視力を手に入れることができるはずだ。

基地に帰ったら色々調べてみようと思う。

 

視線を左に向けると未だにチラチラとコチラを振り返って伺う霞が見える。ありがとう。

なんの柄だろうか、さすがにそこまでの判断はつかないが、明るめの色なのでそれ自体は良く見える。ありがとう。

 

「提督、見えてきたよ」

おっと驚いた。

俺に見えているのはお前らだけなわけだが、時雨が報告してくれたとおり、そろそろ船旅も終わりのはず。

 

二人を薬にしながらなんとか耐えきり無事に到着だ。

島に着いたらありがとうと伝えておこう。

 

 

さて、到着したのは今までで二人。配属された指揮官が衰弱死したという基地。

横須賀のクソじじいから有無を言わさず願われたのは、ザックリ言うと、その原因を調べて報告しろとのことだった。

俺は雑務担当じゃねぇんだよ。なんなら命令じゃなかったところにまで悪意を感じてしまうのは考えすぎだろうか。

 

さて、その原因だが、気候も気候だしな。ここいら特有の風土病かもしれないし、この基地を取り巻く環境のせいかもしれない。

先の大戦で犠牲となった軍人の多くは戦いによって命を落としたわけではなく、疫病と飢えによるものだったのは有名な話だ。俺たち日本人にとって熱帯の世界は生きづらい環境なのだろう。

 

いや、熱帯と一括りにするのも間違いかな。熱帯の定義は赤道を中心に北回帰線と南回帰線の間の地帯全域を指す。具体的に言うなら台湾の南端からオーストラリア北部までの範囲だ。ほぼ全ての戦域が熱帯に属し、もちろんリンガもそのど真ん中にある。

完全無風のリンガだって快適とは言えないが、ご近所であるシンガポールを過酷な環境とは言えない。俺たちにとって生活しづらい地域がある。それだけのことなのかも。

 

衰弱の原因が気候や病でないのなら、深海棲艦による生物的、または化学的な攻撃の可能性もある。ヤツらを一言で説明するなら「未知」。なにがあっても特に驚きはしないだろう。嘘だ。人語を解する深海棲艦の存在を知ったときには普通に驚いた。そんなわけで、彼らなのか彼女らなのかは分からないヤツらの未だ知られざる攻撃方法であっても、驚きはすれど不思議ではないと思う。

 

考えれば考えるほどに、そんなものは大学の研究者や軍のそういう担当部隊に任せておけばいいと思った。

 

 

同じことを言って断るつもりだったのだが、姉から言われてしまったのだ。この基地に所属している艦娘が不安がっているのではないか、彼女たちの心のケアが研究者や軍の担当部署の人員にできるのだろうか、と。

 

それが俺ならできると? 期待のしすぎだ。しかし姉からの珍しい頼み事。無下に断るのは気が引ける。決して彼女が後に言った「坊ちゃんができないと言うのなら、トラックに配属されている彼に頼むしかないかしら」のセリフで決めたわけではない。

 

 

 

「普通の基地に見えるけど?」

「そうだね、規模は大きくないけど、僕たちがいた小島に比べたら普通の島に普通の基地みたいだ」

 

基地施設を目にした霞と時雨が最初の印象をそう述べた。ここまで近づけば俺にも見える。

短い期間で二人が死んでいるとの色眼鏡で見てしまっているのだろうか、そのたたずまいが俺には辛気臭いものに見えた。

「ところで、調子は大丈夫か?」

今回一緒に派遣されてきた最後の一人に声を掛ける。

 

「結局私に合わせてもらっちゃってすみません。長距離走は自信あるんですが、足が遅いもんで……」

 

そういえば一緒に出歩くのは初めてかもしれないな。紹介しよう、足が遅い足が遅いと言いながらも実は結構足が速い夕張と違い、本当にしっかり足が遅い彼女は工作艦の明石さんだ。

私だって本気を出せば結構イケるんですよー。タービンもチューニングしたんです! なんて出掛けに言っていたが、そもそものポテンシャルが全然違った。

 

最高速で移動したいわけではないので燃費優先の巡航速度。それで海を渡ってきたのだが、やはり速度に差は出てしまう。

ハイエースと走りが自慢のスポーツカーたちを比べても仕方がないので特に問題はないのだが、言っておかねばならんこともある。

 

「お前、帰りは座上艦に乗れよ?」

「うぅ、すみません」

 

 

 

桟橋から陸に上がり、港からでも望むことができた基地のほうへと歩いて行くと、案内役の艦娘が入り口で待っており、俺たちを招き入れてくれた。

さりげなく時雨が俺を支えているのは内緒だ。まだちょっとふらつく。

 

いやしかし、待たせてすまんな。遅刻の原因は明石だ。

途中で座上艦に乗せようとも思ったが、航行中の座上艦に飛び移ろうものなら転覆してしまうと言うから結局それもできなかったのだ。

帰ったら明石にも陸上訓練をさせることにしよう。上達する未来が想像できないものだが、やらないよりはやったほうがいいだろう。

 

 

「さて、ここには他に二人いるんだっけ」

「はい。執務室に集まってもらっています」

出迎えてくれた艦娘に確認をすると、すでに執務室にて俺たちを待ってくれていると言う。

司令官不在だし、他にすることもないのかもしれないな。なにもしなくていい。なにもすることがないという状況は案外と疲弊するものだ。やらねばならんことならさっさと終わらせて、また彼女たちには働いてもらいたいと思う。

 

 

「まずは話を聞かせてもらいましょうか」




「そうか、そういうこともあるかも知れないな。ところで時雨はいつも……」



「また来てるな、あのおっさん」
「ああ、ホントだ」
軍艦の停泊する港で、若い軍人らしき男が二人。
艦に向かって話をするいつもの男を見ながら言う。

「あの人、戦争の生き残りらしいぜ」
「ホントか?」
「聞いた話だけどな。海軍だったんだと」
「それで、あんなになっちまったって?」
「かもな」

「あの人には、どんな風に艦が見えているんだろうな」


ボツになった一つの結末。


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〜提督の事件簿〜2

書けてる範囲では4本くらい。
それでまだ初日なので、話数的にも結構使うかも。
最後が駆け足にならなければ、だけど。

どうでもいいことですが、山田さんは車でも小船でもまったく酔いません。1週間近く船に乗りっぱなしだった経験もありますが、捕まってなきゃ振り落とされるレベルの大時化が2日続いてもへっちゃらな三半規管を持っております。



「まずは話を聞かせてもらいましょうか」

 

執務室では挨拶もそこそこに、霞が本題を切り出す。自分もせっかちだと言う自覚があるが、霞のせっかち具合には負ける。キビキビハキハキしてる奴だからな。それも彼女のチャームポイントだとしておこう。

時雨のほうは俺のサポートに徹するので、こういう場ではあまり積極的に口を開きはしない。明石も空気を読んで大人しくしている。

事前に役割を決めたりはしていないが、当たり前のように話の進行は俺と霞が担当するようだ。

 

しかし陰気臭い。ここに所属している残りの二人を見た俺の素直な感想を述べるならそんなところだ。

人間の性質ってやつは環境で変わる。稀に生まれながらにおかしい奴もいるが、基本的にはそのはずだ。俺がどこに出ても恥ずかしくない素晴らしい人間に育っているところを見るに、生い立ちはともかく育った環境は良かったらしい。主に姉とサエさんのおかげだとでも言っておこう。

 

艦娘は人間に似て非なるもの。どこが似ていてなにが違うのだろう。彼女たちをそうしたのは、環境なのか、はたして。

 

 

 

前任者の話を簡単にまとめるとこうだ。

日に日に顔色が悪くなり、体調を崩していってそのまま死んだ。

うん。まったくなんの参考にもならなそうな普通の死に方に思える。

 

むしろ気になるのはそう説明する出迎えてくれた艦娘と、その隣で身を抱くようにしている艦娘。さらに隣の子は目線を合わせることもなく、指を忙しなく絡ませながら俯いている。

それらはどれも不安を示すサイン。一見普通に見える案内子ちゃんも、よく観察すると説明時に目線を1度たりとも逸らさない。

視線を合わせるのは霞も同じだが、これは違うね。

 

記憶を遡るとき、人は目線を上げるものだ。君は昨日の晩ご飯を思い出せるか? と言われたなら、無意識のうちに顔か目線を上げる。その多くの場合左上を向いているだろう。

嘘をつくときは右上を見るだなんて言われることもあるが、女性の場合はじっと相手の目を見ることが多い。それは観察。彼女は俺を窺っているのだ。

 

俺と霞が交互にする質問に一度たりとも口籠ったり詰まったりしなかったのも引っかかる。すべての想定と対策が為されたあとの空々しい面接会場みたいだ。

今のところ、ただ職務に忠実で真面目な子なのだと言うこともできるが、さて。

 

 

「呪いなんです。だって、彼女は」

 

突然そんなことを言ったのは指をもじもじしていた子。

すぐに案内子ちゃんに「止めなさい」と遮られた。

 

突然と言うか唐突だな。呪い……。

俯きながら自信なく自己紹介したときと違い、しっかりと俺を見て力強い言葉でそう言った。少なくとも彼女はそう信じているのだろう。

隣でそれを聞いた霞は片目を細めて眉を上げている。説明は不要だと思うが、この表情は強い疑いや困惑を表す。

先日、ちょっとしたアクシデントで霞のお尻を鷲掴みしてしまった俺の言い訳を聞いたときにしていた表情でもある。つまり霞がよくやってる顔なので、俺は見慣れている。

 

怖いのは霞と反対側で俺の隣に立つ時雨が挨拶以降表情一つ変えずにいることのほうだと思うが、それに突っ込むと後で俺が怖い思いをするので触れてはならない。あと明石、気持ちは分かるが半目は止めろ。

 

 

「その彼女って言うのは?」

霞が指子ちゃんに問い掛けると、彼女は案内子ちゃんの顔を伺ってからこう答えた。

「ここには元々4隻が所属していました。1隻は……」

 

なるほどね、三人しか所属してないのは中途半端な数だと思ったが、やっぱりもう一人いたのか。

呪いねぇ。

 

その返答に霞が噛みつきそうになってるが、それは止めておく。きっと軍人に相応しくないと、その不明瞭な説明に対して言いたいことがあるのだろうが、彼女は俺の部下なわけではないし、ニュアンスだけならもう伝わった。

資料を読めば事足りることだし、必要なら案内子ちゃんが説明するだろう。不安げな顔をしている少女の口から説明させるほどのことでもない。

 

 

それから簡単に二人の司令官についてを聞く。推移ってやつだ。

もう一人いた件の彼女だが、沈んだのは一人目の司令官が死んだ後なんだそうだ。なら二人の司令官が死んだのとは関係がない感じかな。

案内をしてくれたここのリーダー格らしき艦娘の子がそう話してくれた。

横の二人は俯いたまま涙でも堪えているようだ。別に泣いてくれたって構わないんだけどね、心理的にも心をリセットするのに役立つらしいよ? 涙って。

俺に泣きつかれても困るが、物のついでだ。帰るまでにはウチの基地でカウンセラーもどき診療所をやっている明石と話す機会でも作ってやろうと思う。

 

聞いたところで役に立ちそうな話はでなかったわけだが、時系列は把握した。

そして気になることもあった。

それは、二人目に死んだ男の最後のセリフ。

 

「あの女」

 

そう呟いて死んだと言う。

最後の言葉がドイツ語だったので聞き取れなかったと言うアインシュタインよりは幸せだったのかな? 死後の世界とやらで当事者にでも会うことができたなら聞いてみようか。そいつよりはアインシュタインに会って、最後はなんて言ったんですかと聞いたほうがまだ有意義な気もするが、どのみち死んだあとのことに意味などないか、やっぱりどちらを答えてもらっても役に立ちそうにはない。

 

 

呪いじみていて、呪いじみすぎていて。

どうなんだろうな。

ま、そっちは追々。まずは事務的なことから終わらせておくか。

 

「三人は今後、一時横須賀預かりになる。心配する必要はない、姉……横須賀に属する一航戦を知っているか? その彼女が対応してくれる。君たちが落ち着いたら、希望の基地に配属できるよう手配してくれるし、なんならそのまま横須賀に所属してくれても構わないそうだ」

 

 

今日はこの辺にしておこう。

移動の疲れもあるしな、俺だけど。いきなり見知らぬよそ者が基地に入り込んだのだ。彼女たちにも時間を与えよう。

詳しい聞き込みは明日からするとしたところで、出迎えてくれた少女に寝床となる部屋まで案内してもらう。俺は基地施設内。お付きの艦娘さんには別の建物に宿泊してもらう予定だったらしいが、それは時雨と霞が断った。この島で俺を一人にするつもりはないとのことだ。

俺と同室で夜を明かすことについては明石がちょっと困っているようだが、諦めてくれ。その二人の意見を曲げさせることなど誰にもできはしないだろうから。




想定しているケツにちゃんと繋がるかしら? 謎です。
そうそう、今回の話に出てくる艦娘さんにはまったくモデルがいないので、この話に限っては「誰だろう」を考えなくてもいいです。

考えるのは「死」の原因くらい?

え、ノックスの十戒だって?
そんな名前の人は知らない。


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〜提督の事件簿〜3

3本目はただの下着話。
18禁じゃないので特にエロ話はやんない。

でもでも(レム風)。
オチはそれなりに気持ち悪く終われる予定。いや希望。
一応話の骨になる辺りは書けた。あとは繋げられるかどうか。
今の時点で7話分書き溜めたが、果たしてー。

モヤモヤしてもらうための話でもあるのでスッキリはしないだろうが、良い読後感があるといいな。



お風呂を貸してもらって、それから夕食をいただく。文句は言えないがちょっとひもじい。早く帰って間宮の飯が食べたい。

で、寂しい夕飯を終えて、いつでも寝られる状況になってからは今後のお話だ。意思の共有は円滑な集団行動を行うために必要なことだからな。

 

この基地での入浴は3日に1度だったと言うのだが、本日は来客俺のために用意をしてくれていたらしい。

リンガにいると忘れがちだが、はるかな母国から遠く離れた外地では普通こんなものだ。特にこの基地だけ扱いが酷いというほどのものでもない。

 

入浴後、再び部屋へと集まったメンバーでは明石だけタンクトップに短パン姿だったが、時雨と霞はいつものとおり目に毒な格好をしている。

その毒なら皿まで食べてしまいたいので別に問題はないが、この場合、皿は明石か?

短パンを穿いているとはいえ、湯上りの長い足を見事に出しているので十分刺激的だ。

 

どれだけ美人や美少女に囲まれていても、その生足やもっと際どいところを見ることができる環境であれど、他に美人がいたらやっぱり目移りしてしまう。男というのは斯くも罪深い。あぁ、呪われもするかもな。

犯人は世の男どもに違いあるまい。

 

 

「しかし呪い、とは言ってもなぁ」

「眉唾もいいところだわ」

 

入浴後の霞は薄いグリーンにピンクのリボンがアクセント。そんな姿でノートを広げたローテーブルの前にあぐらをかいていおり、鳥のクチバシみたいな形が特徴的なクリップ部と、なんでも口に入れる愛嬌のある鳥が頭に描かれた緑色のボールペンでこめかみを押さえている。下着の色に合わせたナイスコーディネートだ。昼間に見たヤツも、なんの柄だったのか非常に気になるところだが、いくらなんでも面と向かって確認などできない。

それは次回に持ち越しである。

 

しかし訳あって霞の下着はレパートリーの変わる頻度がやっけに高い。ないかも知れない次のチャンスに懸けるのは指揮官として正しいだろうか。今なら霞のバッグにはソレが確実に入っている。

いやいや、落ち着くんだ俺。とりあえずここにいる間にそれが紛失することはないのだ。

なぜならここは総数7名の孤島である。無くなったとしたら、裁判なしで俺が処されてしまうことが目に見えているのだ。

言い逃れができるタイミングでしか事を犯さない俺がここで仕掛けるわけにはいかない。

 

チャンスはあるはずだ。しかもめったに海上に立たない霞の、塩気と汗を吸い込んだモノである。感覚的には桜ホロくらいのレアリティがあるソレ……あ、閃きが下りてきた。

汗を吸い込んだモノを手に入れるチャンスならもう一度訪れるじゃないか。柄の確認はバッグを開ければいつでもできる。そして訪れることが確定しているチャンスはチャンスで活かそう。

やはり考え事は頭の中での会話式に限る。口に出さずとも、言葉にすることで閃くことがあるからだ。ぜひ試してくれ。

 

さて、懸念事項が一つ片づき、被害者となる予定の霞を見る。

前屈みになってるせいで背中が出てるが、腰つきがもう子供のそれじゃないね、掴みたい。

 

 

「提督はそういったのは信じてないのかな?」

 

急に話し掛けてくるのを止めろー。

後ろめたいことをしているときに電話でも掛かってくるとなんか気まずい感じになるよね。そんな感じだ。

さて、ライトブルーに同系色のドット柄をした時雨。両サイドがリボンになっている。昼とは打って変わって明るい色だ。心なしか部屋も明るい気がする。

 

事故を装って解いてやりたい。早く寝ないかなぁなんて思ってたら手で隠された。女性というものは、男のそういった視線が分かるんだと言っていたが、それは本当のようだ。まさか霞も勘付いていないだろうな。

 

俺にあてがわれたベッドに腰掛けているが、はしたないぞ。とても今さらな感は否めないけどね。

ところでここに置いてあるのは普通にシングルベッドだが、こいつらどこに寝るつもりなんだろうな。

 

 

「幽霊は存在しないが、幽霊を視る人間は存在すると思っているよ」

「また難しいことを」

 

俺の意見に、頬杖をついて面白くもなさそうに眉をしかめる霞が言う。

なに、難しいことじゃない。

幽霊の存在を信じていないのと、夜の闇が怖いやら廃墟やトンネルが怖いって感情は相反したりしない考えなのだ。

 

恐怖ってのは人間が生きるために必要となる本能だ。そういった所に近づかないことが生存率を上げる助けになる。だいたい視界が悪いところは危ないからな。当たり前のことである。

そして恐怖心が視界の端に捉える存在しないもの。それが幽霊の正体だ。脳が作り出した幻覚か、はたまたただの見間違い。

幽霊の正体見たりってやつだな。ちなみに尾花ってのはススキのことを言う。

 

大人になると視えなくなるなんて話も聞くが、そりゃそうだろう。そんな痛い話で注目を集めるのは思春期だけに許される一種の特権だ。

痛い大人でないのなら、あまり大真面目に議論するようなことじゃない。身近にそういった人がいるなら生温かい目で見守ってやるのが大人のマナーだ。間違っても病院をお勧めしたりするなよ。無駄な労力になる。

 

もし本当に幽霊とやらが存在するのなら、今ごろその出現条件や幽霊になるやつならないやつの差異なんかも広く知れ渡っていることだろう。また幽霊の出る部屋なんてものがあったなら、俺が借りて「幽霊が出る部屋」として商売をしているはずだ。俺がその商売を始めていないことを鑑みても、やっぱり幽霊などいやしない。

 

 

それに、当事者になるかその気持ちを想像できるだけの脳みそが頭に詰まっているのなら、幽霊を気味悪がるなんてことができなくなる。ソレは元人間なんだろう? ならソイツにはソイツの繋がりが生前にあったんだろう。誰かの家族や友人に対して怖いだの気味が悪いだの言う人間の感性が正しいものとは思えない。

会えるものなら幽霊でもいいと、そう思ってる奴もいることだろう。

 

つまり、俺はそういった類のものをまったく信じていない。はずだったんだけどなぁ。

最近になってパラダイムシフトが起きた。

 

 

「完全否定派だったんだがなぁ。お前たちと触れ合ってからは保留にしてあるよ」

 

目の前に艦の幽霊みたいな奴らがえらい薄着で存在してるんだもんな。

ローテーブルの上には霞の邪魔をしている妖精さんの姿まで見えている。

両者ともに触れられることまで確認済みだ。しかも柔らかくてやけにいい匂いまで放つ。

不確かでも怪しげでもなく、確かにここに在る。その結果が保留ってわけ。

 

「あれ、僕たちは幽霊なのかな?」

「どうだろ、俺の中では付喪神みたいなものかと思ってるけど、オカルトには違いないよな」

ベッドの上で両足の裏をくっ付けるような、体育座りの変形みたいな格好になった時雨さん。

無意識なのか、足先を掴んだまま肘で膝を押すストレッチを始めた。

お風呂上がりのストレッチは小島での陸上訓練以降、時雨に染み付いた癖だ。腰を捻ったり肩を伸ばしたり、ストレッチって動きがやらしいよね。それを下着姿でやるもんだから、ねぇ?

 

霞にとっては慣れた風景でもあるので、特に気にするでもなく同意の声を上げた。

「まぁ、そうかもね。自分のことはよく分からないけど、艦だったときの記憶もあるし」

 

明石は思うところでもあるのか、時雨や霞の格好に対してなにか言いたげの様子。お前もやれとまでは言わないが、早く慣れないと疲れるだけだぞ。アキラメロン。

 

とはいえ艦娘の謎を追究すると果てがない気がするのでこの件はここまで。問題は解決できるところ、解決しなくてはならないところからやるのが定石というものだろう。

艦娘はかわいければ、それ以上はもう謎のままでも構わない。共に戦ってくれる意思があるだけでもめっけもんだ。

その理由がもしも過去の大戦に起因するものだもしたら、英霊たちに感謝だな。

 

 

「で、どう思う?」

「呪いって言うからには、呪われるような心当たりがあったんだろうかな」

「そっか、呪われる理由だね」

 

霞の問い掛けにそう返答をすると、時雨が上体を倒しながら言う。性格は犬みたいだが、そのポーズは猫のようだ。

そんな英霊たちの愛した艦の化身でもある艦娘たちをエロ目線で見ていたら、それこそ呪われるかもしれないわけだが、今のところ呪われている実感はないので大丈夫なのだろう。

 

「呪いなんて理不尽なものなら、理由なんてないかもしれませんよ?」

「理由もなしに呪われるなんて理不尽すぎるだろ。いや、祟りってそんなもんか?」

一人だけお行儀良くイスに腰掛けている明石。気にしないから楽にしろよ? 別に会議をしてるわけでもないんだからな。

呪いや祟りやなど、軍の関係者が雁首揃えて真剣に話し合う内容じゃないし。

 

「それで、その祟りなんてものについて調べるつもりかしら?」

「まさか。そんなもんで人が死ぬなら俺の敵は今ごろみんな海の底だ」

 

そんな提督の意見を聞いて、時雨と霞は思っていた。

もしそのとおりなら、その前に提督が死んでいると思う。しかしこの人が生きているのだから、呪いも祟りもこの世にはないのだろうと。

 




「そうきたか!」と言ってもらえるよう努力いたします。
さぁ、誰が探偵になるのかなーん。お便りお待ちしてます!


本日のことわざ。
「年上の女房は金の草鞋を履いてでも探せ」。
これ「キンのワラジ」じゃなくて「カネのワラジ」と読むぞ。

鉄=カネ=金
金物ってことね。擦り切れることのない金物の草鞋で時間をかけてでも探せってこと。
まぁ履き心地は悪そう。

「女房と畳は新しいほどいい」って言葉もあるが、さて。
山田さんは古い畳が結構好きだ。


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〜提督の事件簿〜4

1日目終わりまでのキリがいいところまでってことで、今回ちょっと短い。もう1話更新するよー。

趣味は自転車です。
Panasonicとキャノンデール好きです。




「じゃあなにから調べようか?」

「まずは環境かな。上陸したときに感じたが、この島ちょっと硫黄臭くない?」

「確かに臭いを感じましたね」

 

提督の懸念には明石が同調した。

管轄が違うので行ったことはないが、硫黄島も上陸しただけでその臭いを感じるレベルらしい。硫黄島がどの程度臭うのかは知らないが、この島は風に乗ってなのか、なにかの拍子に微かに臭う。

 

「硫黄が噴き出してるならそれだけで害があるし、そんな環境なら他のガスの可能性もある。地下やら低いところに溜まってるなんてのも考えられるな」

「ならアンタ危ないじゃない。もう出歩かないでよ」

 

待ってくれ霞さん。心配はありがたいが、いきなり俺の仕事がなくなってしまうじゃないか。長時間吸いたいものではないが、硫黄だってすぐさま体に影響があるわけじゃない。

俺たちが居座るリンガの南にあるジャワ島を見ろ。青い炎で有名なそこではマスクもしてないような方々が日々硫黄採取のお仕事をしているくらいだ。

いや、アレは普通に体に悪いだろうから真似したいとは思わないけどさ。

 

 

「窟とか窪地とか、そんな所が島にあるのか聞いてみるか。お前らってガスとか平気なの?」

「さぁ? 気にしたことはないけど、少なくとも司令官よりは平気だと思うわよ」

 

まぁ艦娘相手にガス実験なんてしたことないしな。もししてるバカがいたらポアしてやろうな、ポア。

規制されてない迂遠な言い回しではあるが、あんまり日常で言うといらぬところから睨まれるかもしれないので、もう使うのやめて封印しちゃいましょうね。

 

しかし艦娘さんってば重油の煤煙モクモクを浴びてもへっちゃらな奴だし、耐性くらいはあるんだろうなぁ。

硫黄はともかくとして、得体の知れないガスを俺が吸い込むのは不味かろうことくらいは分かる。

申し訳ないが時雨と霞にはカナリヤになってもらうか。明石? 明石には別に調べてもらうことがあるのでカナリヤ役は免除だ。

 

「明石は検疫やってくれ。島で飼ってる豚や鶏から始めて、その後はここに生息してる野生な奴ら」

「はぁ、やりますけど、私一応工作艦なんですけどね」

 

セリフだけ聞くと乗り気じゃないようにも思うが、心配は要らないだろう。目がめっちゃ輝いてる。むしろ別の心配をしたほうがいいくらいだ。合成獣(キメラ)とか作んないだろうな、コイツ。そんな話じゃないからな。

 

「疫病の可能性もあると?」

「1番可能性のあることって言ったらソレじゃない? 前大戦の経験を踏まえて」

「ですね。家畜に鳥、猿なんかがいるなら人間に感染する病原菌や寄生虫なんかも疑われます。あとは自生している草木とか」

 

つまり、環境の調査だ。

各々がやるべきことを共有、確認して最後をまとめたのは時雨。

 

「なら明日は島についてと、ここに着任していた司令官の病状や食生活なんかについて詳しく聞くところからだね」

 

 

行うことは明確に。当時の軍令部や聯合艦隊の面々にも教えてやりたいことだなんて無体なことを思う。

歴史の顛末を知っている者だけがする意味のない考えだ。膏薬などどこにでもくっ付く。それが後出しのジャンケンであるのなら尚更。

 

俺たちのことも、いずれはそうやって誰かに語られるのかもしれないな。

あのときこうしていれば、あのときはこうするべきだった。なんて。

 

 

話し合いも終わったなら電気を消して就寝。

狭い部屋に女性を三人も詰め込むと殺風景で味気なかった部屋も芳しい香りを放つ。

誰かの寝息が聞こえるようになったころ、耳元で霞が囁いた。

 

「で、沈んだ子については?」

 

その声に、安眠のお供であるアイマスクを引き上げる。顔が近いぞ。

あと下ろした髪もかわいいね。

「真面目に聞いて」

「もちろん調べる。その人となりまでだ」

お返しに霞の耳元でそう言ってやる。

この場で深呼吸したら肺が健康になりそうな匂いがした。

 

おっと、言い忘れた。

「残った三人についてもだ。彼女らにもなにか問題がある。ついでに調べるぞ」

 

言われたことだけをやって帰るなら子供のお使いだ。問題があるのなら、今後に活かすためにもそれは把握しておきたい。

それだけ言うと、霞は小さく「そう」とだけ呟いた。そして、慈しむような顔でこう言った。

 

「安心して眠りなさいな。うなされるようならワタシが起こしてあげるから」

 




硫黄って実は無臭です。
それについては次の話で書いてます。

「アヒルと鴨のコインロッカー」を始めて読んだときは驚きました。好き。
別にアレからネタを拾ったりはしていないので、ネタバレではありません。


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〜提督の事件簿〜5

2日目。

関係ない艦娘紹介

「我が索敵機から逃げられるとでも思うたか」

横須賀、呉、舞鶴鎮守府と所属先を変えた「舞鶴戦艦」。
帝国海軍最強の重巡利根である!

真珠湾攻撃に先立って偵察機を飛ばしたのも彼女だ。レイテでは武蔵と共に大暴れした鬼の重巡。

しかし美しいだけじゃない戦争。彼女を知るなら「ビハール号事件」は避けて通れない。
詳しくは各々調べてもらうとして、簡単に言うと捕虜を甲板にならべてやっちゃったと。
このときの艦長は戦後にBC級戦犯として禁固刑。

ちなみにこの艦長は「秋津洲流戦闘航海術」や「厚化粧」で有名な秋津洲の艦長でもあり、なかなかに優秀な人物でもある。

戦争だったのだ。



翌朝。俺は時雨、霞チームで島の散策を始めた。

いざってときに俺が離れていると警護しきれないと二人に言われたのが主な理由。

明石の手伝いはまったくできそうにもないし、当の明石も一人で集中してやりたいと言うのでちょうどいい。

 

そんなに大きな島ではないので見て回るだけなら半日、遅くとも夕方には基地に戻れるだろう。

それからは基地に残された記録と、彼女たちからの聞き込みをする予定だ。

 

散策から始めることにも三つほど理由がある。

一つは朝から動き出し、できるだけ気温の低い間に調査を進めておきたいこと。

二つ目、一つ目に被るが、記録や聞き込みなど夜でもできるからな。そっちを優先して島の調査が暗くなってからなど阿呆のすることだ。

そして最後。話を聞く前に当たりを付けておきたい。オマケがくっ付いてきそうだが、本筋は死んだ司令官たちのことだ。なぜ死んだのか、無限の可能性を抱えたまま走るよりも、選択肢を狭めた状態でのほうがゴールも近かろう。

 

 

しっかし、朝っぱらだというのに暑い。

なんで基地司令官になってからハイキングなんてさせられてるんだ、俺は。

元々、分不相応に収まっているだけの役職で、本来なら駆けずり回っていてもまったくおかしくない年齢なんだけどな。しかし辛い。

 

二人は平気なんだろうか。

時雨の制服は半袖だ。その中身が非常に涼しそうな装いであることも知っている。

素肌の上に直接制服を着込んでるからなアイツ。被弾して制服が破れでもしたらほとんど全開みたいになる。

だが霞はカナリ着込んでいる。昨夜のキャミソールの上から長袖シャツ。そしてワンピースタイプの制服と結構な防御力だ。視覚的な意味で。

 

涼しい顔で歩いているので、そんなでもないんだろうけど、タフだなぁ。

 

 

島を歩いての感想だが、まずはこれだ。

「結構穴だらけだな」

 

人の手が入っていない島ってこんなもんか?

そこには少なくない数の穴ぼこがあった。

また海沿いには波にでも削られたのか硬い岩? の隙間から入ることのできる大きな空間があったりもする。

俺たちが上陸した場所以外は港にできそうなところもない様子。サンゴなのか、硬い石灰岩でできた海岸線が続く。ソールのしっかりした靴じゃなければしんどそうな地面。転倒でもしたら体中傷だらけになるだろう。

なんとなく沖縄みたいだ。ここは観光地でもなければ街もないけど。

 

俺の前後を挟むようにして進む二人を見て、なんとなくリンガにいる暁を思い出した。

戦争をする気があるのかないのか不思議な奴だが、あんなでも運動神経がいい。

普段の暁を見てるとそれも危なっかしく見えるんだが、アイツならぴょんぴょんと跳ねるように歩くんだろうな。

 

 

水分補給を心掛けつつ、俺たちは島内をうろついていく。

水筒を持ってくれているのも時雨だ。いつだったかも持ち歩いていたカーキ色のウエストバッグ。なんなの、ウエストバッグって最近は斜め掛けするものなの? ジェネレーションギャップにあたるかどうかは分からないが、艦娘である時雨がどこからか仕入れてきた感覚であるのだとしたら、その成長ぶりは喜ぶべきところだろう。車に乗るときに靴を脱ぐレベルだったのに。

 

 

海沿いから木々の生い茂る中へと場所を移し、基地の入口側と反対の方向から基地方面へ。感覚的には島の裏側と言ったほうが伝わるかな。

 

 

「臭え、強烈な臭いだな」

「鼻が曲がりそうだよ」

 

卵の腐ったような、と言われるアレを感じた。

ソレをさして硫黄の臭いとよく言われるが、実のところそれは勘違い。

イメージとは違って硫黄は無臭なのだ。

 

この腐卵臭と呼ばれるものの正体は硫化水素。

過去、マスコミ報道のせいで一躍有名になった自殺方法であるところの、混ぜるな危険のアイツである。

 

 

確かに硫化水素は強力ではあるが、ネットに散見した『キレイに死ねる』はハッキリ嘘と言える。

高濃度の硫化水素は一息であの世まで連れ出してくれもするが、誰でも手にすることができる市販品でそのような濃度の硫化水素ガスを発生させることは不可能だ。

 

中途半端に濃度の低いコイツは呼吸器系にダメージを与え、数時間にわたる呼吸困難の後に死亡という無駄な苦痛を味合わせてくれる憎いヤツ。ついでにそうやってして体内に取り入れた硫化水素は血液に乗り、死体に緑の死斑を生じさせる。

お世辞にもキレイとは言えないモノに君を変えてくれるだろう。

ネットで見知ったのなら、ついでにちょっとくらい調べればいいものだが、その手間を省く気持ちはよく分かんねぇな。

 

 

そしてこのガスは水に溶けやすく、さらに空気よりも重いという特徴がある。

自然に発生しているコイツは、なので目の前でぽっかりと口を開けた洞窟なんかに溜まっていることが多い。

アパートの二階などで発生させると一階の住人だけを殺してくれることもある。ちなみにそれも実際にあった事件だ。

 

キレイに死にたいなら雪山に入れ。凍死が1番キレイだからだ。言葉のとおり雪のように白い肌にもしてくれる。ただし発見が遅れると野生動物に食い荒らされるので、ただの残飯になってしまうのが難点でもある。

 

強烈な臭いを発するのなら、簡単に避けられるとも思うだろうが、自然ってやつは恐ろしい。このガスには嗅覚麻痺の効果があるので、ある程度嗅いでいると臭いを感じなくなる。

まさに天然の罠。そして倒れている人を発見し、救助のために駆け寄ると底に溜まっているガスによりもれなく二次被害をもたらす。

悪意を持った何者かがデザインしたとしか思えない完成されたガスである。

 

 

「ちょっと、これ硫化水素ガスってやつでしょ? アンタはさっさと離れる」

臭いを知っていたのだろう霞が追い払うような仕草で俺に遠ざかるように言う。

俺だって好んで嗅ぎたくねぇよ。お言葉に甘えて高く隆起した近くの土肌を上りながら、二人の様子を伺うことにする。

 

「そうさせてもらうけど、お前らは平気なのか?」

「問題はなさそうね」

「僕も平気かな、慣れると臭いも感じなくなるね」

 

いや、臭いを感じなくなるのはガスの影響だぞ。ホントに大丈夫なのかコイツら。

 

 

「ちょっと試してくるわ」

「待て待て、なにをするって?」

「中に下りる。すぐに戻ってくるわよ」

「行かせるわけないだろが、そんな中で生きてられるのは海底火山の熱水噴出孔を住処にしてる細菌くらいだ」

 

なにを思ってか、妙なやる気に燃えてる霞さんだ。

近くにいるだけで目に見えるように充満しているガス溜まりの中に侵入とかあり得ないだろ。硫化水素は無色なので実際に見えたりはしないから事故も起こるんだけどもさ。

 

しかし事故ってのもよく分からん。こんな臭いがしてたら避けないもんか? 別府の地獄めぐりのような気分なのかな。アレもよく硫黄の臭いだと言われるが、前述のとおり硫黄に臭いはないので、硫化水素混じりの炭酸ガスでも噴いているんだけど。

 

 

「ワタシたちは船みたいなもんだし、作戦によってはこんな中で攻撃をかわす必要があるかもしれないわ。試せるうちに試しておくのは有意義よ」

「じゃあ体をロープで縛ってからにしようよ。なにかあったら僕が引っ張り上げるから」

「そうしてくれる?」

 

言っても聞きやしねぇ。お前ちょっとこっちに来いよ。俺が亀甲縛りにしてやるから。

「行くわけないでしょうが。いいからアンタは近づくな」

 

実際に亀甲縛りにしてやると時雨が引っ張ることができなくなるんだけどな。

平均身長の女性を亀甲縛りするのに必要なロープの長さはだいたい10mだ。

外聞が気になるので、なぜ時雨がロープを持ち歩いているのかは分からないと言っておくが、時雨が手にするそれの長さもそのくらいなはずなので亀甲縛りにしてやると本当に縛るだけになってしまう。それではただのプレイだ。しかも野外緊縛調教。

 

俺を心配させる罰だ。お仕置きするのは決めたが、リンガに帰るまでは待ってやろう。

 

 

「ホントに大丈夫なんだろうな」

「一呼吸で死なないなら平気よ。明石もいることだし」

「一呼吸で死ぬことがあるから言ってるんだけど」

 

これで霞が帰ってこなかったら、最後の会話は夫婦漫才だったことになる。

おっと怖え。なにに勘付いたのかは知らないが、ロープを握る時雨がイキナリ振り向いて冷たい目をしている気がする。

分かってる分かってる。夫婦と言うならお前だと、にこやかな顔をして手を振ってやると時雨も微笑みを返してくれた。

 

分からん。

 

 

数分で霞は洞から帰ってきた。

感覚的には長い数分だったが、行ったときと同じようにちょっと様子を見てきただけよ? みたいな顔をしているのだから平気だったのだろう。

 

「息苦しいけど平気のようね。体に変調はないわ。奥まで行くなら灯りが欲しいってくらいかしら」

「とりあえず地図にバツ印を付けておくね。提督や他の人間が入ったら大変だ」

 

なんか俺のほうが疲れた。いいからもうこっちに戻ってこい。そして時雨さんや、水筒出してくれ。変に緊張して喉が渇いたよ。

腹も減ったし、ここから離れて休憩でもするとしよう。




A級戦犯とは言うが、あれは罪の重さを表しているわけではなくただのカテゴリー分け。

日本で言うところの「いろは」なので、別にA級が1番悪いなんてことはない。


次回。
米海軍史にその名を轟かせる偉大な軍艦エンタープライズが唯一こだわった好敵手。

帝国海軍最強の一航戦「翔鶴」。
彼女はすべての波を越えてなにを見るのか!


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〜提督の事件簿〜6

思ったよりも筆が進んだ。
山場までは書くことができたので、このまま波に乗れたら素直に終われるかも。

趣味はバイクです。
小さいのから大きいのまで用途別に揃えてます。


──愛してる。愛してる。アナタを深く愛している。

 

 

 

基地に戻り、俺たちは所属の三人娘から話を聞いた。

普段の生活、軍務、それから司令官のこと。

三人の口から語られたそれは、どこにでもある普通の基地だった。

 

島の調査では硫化水素が溜まる洞を発見したが、他に原因となるようなものは見つからなかった。

病気については明石待ちだ。まだ時間がかかるとのことなので、彼女をおいて時雨、霞と三人での聞き取りをしたわけだが、やっぱり気になるようなところはない。

今のところは濃度の薄い硫化水素を吸い続けたという可能性が残ったくらいかな。

 

 

「司令官の症状はどんなだった?」

 

少女たちが口にした男の症状をまとめるとこんな風だったらしい。

まず腹痛を訴えるようになり、嘔吐と下痢を繰り返し衰弱していった。それから意識が混濁し始め、うわ言を口にしていた。と、なんか悪い物でも食ったかな。

硫化水素は主に気管支系だからこれは違うだろう。選択肢から硫化水素が消えた。ますます明石に期待するしかないかな。

 

 

朦朧とした中でのうわ言。そして二人目の男が最後に口にしたのが「あの女」。

 

司令官は二人とも素晴らしい人物だったと口を揃えてこの子たちは言う。

ホントにそんな聖人が存在したのか? ってくらい。当たり前のことを当たり前にする普通の奴だ。「普通の人」、こいつは誰の頭の中にも存在するが、しかし実在はしない。

 

マーケティングにおける、どこを対象としているのか分からない下手なペルソナはコイツと同一人物かもしれないな。

心理用語にもあるが、そちらは他者と接するときに自分が被る仮面のことなので意味が違う。

 

可もなく不可もないコイツは、実在したなら結構な優秀マンだ。

やったほうがいいのは分かっているが、しかし実践するのは難しい些細なこと。誰にだって思い当たることの一つや二つあるだろう。それらをこなしていく普通の人なんて聖人か超人くらいのものだ。

 

故人の悪口は言いづらい。そんなところなんだろうか。しかも上官で、この子たちにとっては俺がそちら側でもあるわけだしな。

だから実像はもっとかけ離れていると思うよ、ねぇ霞さん。そんな目で俺を見るのはやめてくれ。

 

 

だっておかしいでしょ。素晴らしい人物だったと言うが、ではなぜ、指子ちゃんは呪いなどと言ったのか。沈んでしまったと言う艦娘は、どんな子だったのだろうな。

 

呪いと言うくらいなんだから、その女は司令官を呪っていてもおかしくなかったと、指子ちゃんは思ってるわけだよな。

そして司令官には呪われる心当たりでもあったのか。

素晴らしい人物が呪われるような世界は殺伐としすぎているだろ。

 

 

 

さて、しかし二日目もこれにて終了だ。

あまり長時間かけて彼女たちから聞くこともないので、想定していたよりも早くに解散することになり、俺たちは部屋へと戻った。

明石はまだ帰ってないようだが、ギリギリまで楽しむ……間違えた。ギリギリまで調べてみるとのことだったので、先に三人で風呂を済ませることにした。

もう幾日もここには滞在しない予定なので、この島から撤去するまでは毎日湯の準備をすることにした。おかげで今日も湯を楽しめる。

島中歩き回って汗をかいたし、卵の腐った臭いも染み付いている気がするので早く風呂に浸かりたい。

 

なんて話していたら、服に付いた臭いもなんとかしたいので先に洗濯をすると霞が言い出した。

気温が高いとはいえ、早く干さないと明日までに乾かないもんな。了解だ。

ではそのように……。

 

「なんで提督が着いてこようとしているのかな?」

「え?」

 

なんでって、洗濯するんだろ。俺だって洗いたいし。

基地での洗濯物などは業者を入れているので出しておけば勝手に仕上がってくるが、ここではそんなわけにもいかない。

俺だって海軍。洗濯くらいは自分でできるのだ。

 

しかし業者に頼んでいる洗濯物のはずだが、なぜか護衛に出ていないときの雷は自分の休みを潰してまで俺の制服や私物なんかを洗濯してくれている。霞とは別ベクトルで休まない奴だ。

何度か無理をしてくれるなと言ったが、雷としてはアレで休みを楽しんでいると言うのであまりしつこく言うこともできない。ちょっと心配ではある。

 

そして雷のいない間は基本的に由良が俺の分の洗濯をしている。なぜだ、考えてみたら俺は業者の世話になってはいないんだな。

出しておけば勝手に仕上がって戻ってくるところだけが事実だった。

 

 

思考だけがリンガに帰ってしまっていたら、そんな棒立ちの俺に焦れた霞にケツを蹴り上げられるところだった。

実際に蹴られてはいないが、もたもたしていたら本当に蹴られてしまいそうだ。なんでそんなにキビキビしてるのよ、いいだろ洗濯物くらい。

 

「いいから、早く脱いでよこしなさい。ワタシたちでやるから」

「いやいや、そんなところまで甘えてられないって、ちゃんと手伝うよ」

 

あ、そういえば小島でも洗濯は時雨が譲らなかったな。

普段からあれだけチラチラさせてて、寝るときなど下着姿だが、洗濯物は恥ずかしいのか。乙女心は複雑怪奇。

結局、二人に脱がされて置いていかれた。

10分経ってから来いだってさ。扉が閉まる前に「持っていかれたぁぁ」と言ってやったが、それも無視された。ちょっと扱いひどくね?

 

ともかく着替え。裸のままで他所の基地を闊歩するわけにはいかないしな。

基地に所属する三人娘のどなたかさんにでも見られたら調査どころではなくなってしまう。俺のお茶目心のせいでそんなことにでもなれば、霞に絞め殺されかねないからな。命は大切にしなくてはいけない。

 

しかし扱いが悪かったのは事実なので、その抗議のために悪戯心くらいは出しても平気だろう。人のネタを封殺するのは許されないことなのだ。

そして5分も待たずに部屋を出る俺である。

 

 

俺が浴場に突撃したときの二人の顔を想像すると、スキップしたいくらい心が躍るのだが、大の大人が一人でスキップをしている図は想像だけで悶死するものなのでグッと堪える。

 

逸る気持ちを抑え込み、浴場まで歩いていると廊下で彼女と出会った。

スキップしていなくて良かった。そして服を着ていて助かった。

 

 

浴場に行くのは遅れそうだが、せっかく出会えたのだ。

いろいろと教えてもらうとしよう。

 

言葉には出ない感情や意思まで、それを俺に推し量らせてくれ。

 

 




書ききらない美学を強要していくスタイルで進んでいくよ!
奥歯に物が挟まった感じを楽しんでくれ。

……頼む。



「硫黄の臭いと硫化水素の臭い」
ネット上で荒れる原因となるが、物質としての「硫黄」は正しく無臭。あの卵の腐ったような臭いは硫化水素で間違いない。
ただその「硫黄」がなにを指しているかは文脈によるので分かりづらい。
「卵の腐ったような臭い」を硫黄臭と言うので、「硫黄臭い」の表現が間違っているわけではない。つまり「硫黄は無臭」と「硫黄の臭い」は両立してていいのでは? と思う。

まぁハッキリ言ってしまえば、そんなに目くじら立てなくても……だ。
日本語の間違いについてうるさく言われるようになったのは、予想に反して現代が1番だと言われてる。スマホとSNSが流行ってからだね。

日本語の大家、金田一先生はそこらへんゆとりを持ってるのになぁ。


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〜提督の事件簿〜7

本編はまったく進まないが。
このエピソードは結末(だけ)が書けた。

宣言通りにモヤっと終わる。
あとは繋げられるかどうかだ。

あ、趣味はカメラでNIKON派です。
いろいろ持ってます。
レンズは欲しいの挙げたらキリがない。

不用意に出歩くと殴られてしまうかもしれない状況なので、今のうちに書くとしようか。書けたらいいな。



──力強いアナタの腕が好きだ。このまま壊されてしまえたら、それは幸せなこと。

 

月明かりだけが照らす、明かりの落とされたその室内で、彼女は無防備に寝ている男を見て願う。

 

 

 

 

「ここは静かで良い基地だ。しかし三人だけだと物悲しくもある。不便はないかな?」

 

廊下を歩く彼女から少し距離を空け、立ち止まってそう話し掛けてみる。

出会ったのはここに所属している艦娘。自らの体を抱くようにしていた少女だった。

 

彼女は頭を下げて敬礼した後に曖昧な笑顔を浮かべた。

 

「ここの司令官は君たちに優しかったかい?」

「そうですね、良くしていただきました」

「ここを離れるのはつらい?」

「色々ありましたから。それも良い機会かもしれません」

 

「そうだな。こんなことがなければ、ここは景色も良くて見晴らしもなかなかのものなのに」

そう言って肘に手を掛け、壁にもたれるようにして窓から外に視線を移すと、「ええ、私も好きです」と彼女もそれに同意した。

 

「ここは長いのかな?」

「いえ、1年ほどですから、それほど長いわけではありません」

「そうか、もうすぐここを離れることになる。今のうちに見納めておかないとな。それじゃあ、私は部下を待たせているので行くよ。邪魔をしてすまなかった」

 

 

そう言って別れようとすると、彼女はどこか不思議そうな顔をして一瞬のことではあったが、確かに俺を観察するような目を向けた。

なにか気になることでもあったのかと思ったが、すぐに彼女は頭を下げて俺の見送りにかかったので、おとなしく浴場へと足を進めることにする。結局彼女は、そのまま俺が見えなくなるまで再び顔を上げることなく見送っていた。

 

 

 

目算で1.8m。

 

それは今も変わらず自身の体を抱くように話をしていた彼女との距離だ。先に立ち止まった俺に近づく彼女は、それだけの距離を空けて会話に入った。

これは、少し思い違いをしていたかもしれない。

その行動は不安を表しているのだとばかり思っていたが、どうやらそれは違うようだ。

彼女は俺を恐れている。いや、俺ではなく司令官に対して恐怖心を持っているのか。

 

 

他者との距離はそのまま心の距離を表す。パーソナルスペースと呼ばれるものだ。

1.8mは職場の同僚や上司と話す場合、特におかしな距離ではないが、二人で行う廊下での立ち話としては少々離れすぎだろう。

肘を抱くようにして話すあの仕草は不安行動ではなく防御姿勢。

彼女は俺から自分の身を守っていた。

 

話している最中、屋外の景色を見る風を装って一歩彼女に詰めてみたが、彼女は俺に合わせて窓を覗くでもなく、俺が近づいた分だけ一歩引いたのだ。

 

俺を自分のパーソナルスペースに入れたくないという彼女の意思はそれで確認できた。

 

男のパーソナルスペースは前後に長く、横はそんなに広くない。男に近づくときは横から近づくといいだろう。

対して女性のパーソナルスペースはほぼ完全な円の形をしているので、どこから近づいても警戒レベルはあまり変わらない。逆に考えると、肉体的な距離と心の距離が測りやすいとも言える。

日本人のパーソナルスペースは外国人に比べると狭いと言われているが、艦娘にも当てはまるのだろうか。

 

少なくとも時雨や霞は超親密距離である45cm以内にも普通に切り込んでくる。これは通常恋人の距離間だ。なんなら二人は5cmの距離でも平気である。俺としてはマイナス13cmでもいいと思えるくらいにアイツらを近しい者だと感じている。

 

さすがに寝ている俺の頭を跨いで行くことはないが、アイツら俺の机にあるペンを取るのに、座っている俺の前から体を伸ばして横切るレベルで俺のパーソナルスペースに侵入してくるからな。俺もしてるので人のことは言えないが。

 

 

もう一つ試してみたことがある。同調ダンスと呼ばれるテクニックだ。

言葉にすると、相手の仕草を真似るだけ。簡単だ。それを自然にやれるかどうかなわけだが、気付かれた風ではなかった。

効果は相手との親密度を上げること。親密度が高い関係なら自然と行われるその行動を、敢えてやるのだ。

夫婦になると似てくるってのはこれの影響もある。

 

もし君が相手を試したいなら立ち話をするのが1番手っ取り早い。

話の途中で足をクロスさせ、片足立ちをしてみせるだけで分かる。

この行動はリラックスしている状態だ。

相手が君に心を開いているのなら、相手も足をクロスさせることだろう。もちろんそれも絶対ではないことを覚えておいてもらいたい。

 

自惚れでなければ、なんだかんだと俺への親愛度がマックスであるはずの霞。しかし彼女は絶対にコレをしない。

たとえ何時間立ち話をしようが、彼女はしっかりと両足で地面を掴んでいる。これは個人の資質だ。

 

霞のような例外はあるが、しかし人間とは面白い生き物で、行動と結果が逆でも同じ効果を得られる。

心の距離であるパーソナルスペースを詰め同調ダンスを行うことで親密度を上げるのも、親密であるから距離が近く、自然と行われた同調行動であってもどちらでもいい。

 

 

ついでだ、俺がよく使うそれらを使った悪用厳禁の技を一つ教えておこう。逆向きにイスに跨り相手のすぐ隣まで距離を詰めて話す。それだけだ。

背もたれがいい感じに相手との壁の役割を果たすので、相手に防御のための壁をプレゼントしつつ距離を詰めることができる。

しばらく繰り返すと相手との心理的距離が近づいたことを実感できるはずだ。

一応言っておく。真似はするな。

 

 

さて、しかし彼女にはそのどちらも功を成さなかった。

今それを試し、すぐに親密になってお付き合いが始まるなんてことは当然ないが、彼女の自分を抱いて守るような、頑ななまでの防御姿勢は少しも崩れなかったのだ。

 

極め付けは彼女の足先。

普通、人は会話を行う場合に正対する。

彼女も失礼にならない程度には体を俺に向けていたが、その足は廊下の先を向いたままだった。

この場から早く立ち去りたいと、彼女の足が言っていた。

 

この環境。この状況下での、それらを踏まえて導き出される答えなど多くない。

警戒していた案内子ちゃんに不安行動を取る指子ちゃん。そして先ほど話した防御姿勢を崩さない抱き子ちゃん。

 

彼女たちは、ここで良くない生活を強いられてきたのだろう。

沈んだ子のことも、もう少し本腰をあげて調べる必要がありそうだ。

 




毎度3000文字くらいになってるが、少ないのかな〜。
更新頻度は高いと思うけど、無駄に話数食うね。

未完成で放置されてたエピソードだったけど、書けて良かったと思う。web小説なんてただの自己満ではあるが、読んでくれる人がいて、楽しんでもらえてたなら嬉しい。

今回の話は琴線に触れるだろうかー。きっと後半で巻き返すはず。


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〜提督の事件簿〜8

パソコン好きです。
自作が趣味すぎて一時台数がえらいことになった。

WindowsもMacもイケる口ですわよ。

お外に出る系の趣味も多いですが、自宅が1番好きです。



──愛している。アナタを愛している。この気持ちは本物で、そして永遠だ。

 

誰に語ることもない想いが彼女の胸に灯る。

 

 

 

 

 

 

気になる臭いを落とし、無事にリフレッシュできた俺たちは湯上りの良い気分で部屋まで戻る。

結局、短い時間ではあったが寄り道をしたことで浴場に着いたのはちょうどの時間だった。得るものはあったが、残念ながら俺のミッションは失敗したと言っていい。

 

部屋にはすでに明石が帰ってきていたが、報告はあとでいいから風呂か飯か選べと言ってやると、「私は先にお風呂ですかね。食べててもらって構いませんよ」と言った。

 

「飯はみんなで、だ。待ってるから気にせず長湯してこい」

「なんですかその微妙に急かす感じは」

 

そう言い残して、明石はそそくさと部屋を出て行った。

 

 

狭い部屋に残ったそれぞれ妙に距離が近い二人には先に話しておくことがある。

抱き子ちゃんと話したことでの俺の印象ってやつだな。

 

寝る前にする楽しい話にはならないだろう。

 

「ここの艦娘たちは司令官というものを恐れているみたいだ」

「どういうことだい?」

 

今日も今日とてストレッチに励む時雨が、かなり低い位置から見上げるように言う。

開脚前屈ってやつだ。体柔らかいよね、君。

 

 

「彼女たちの仕草がそう言ってた。いや、あれは恐れと言うより忌避してると言っていい。なぁ、艦娘がそうやって司令官を避けたいのはどんなときだと思う?」

 

艦娘のことは艦娘に。そう考えて率直な意見ってやつを聞いておきたい。

すると本日の日誌を書いていた霞が視線を上げて、話を聞く体勢をとる。真面目な話だと察してくれたらしく、こめかみを指で押さえ、いつものように眉をしかめて言った。

 

「面白くない話になりそうね」

 

 

「そんな噂を耳にしないでもないけど」

「お前らはそんな経験ないだろうな」

 

自らの司令官を忌避する艦娘。可能性だけ考えればその理由は多岐に渡るのだろうが、そんな噂と言うくらいなので、念頭に置いているのは俺と同じことなのだろう。

話の前に、まず確認することができた。もしソレがあったなら、必ず探し出して報いを受けさせてやるぞ。死ぬよりつらいと思わせる方法を考えなくてはならなくなるなるので大変になる。

 

しかしソレについてはすぐに二人が否定してくれた。

 

「幸いなことに僕はないね。一芸が身を助けたのか、それとも僕にはそういった魅力がなかったのか。判断に困るところだね」

 

時雨は佐世保のエースだったからな。おいそれと毒牙にかけるなんてできなかったのかも。魅力がないってところは安心しろ。それについては俺が完全否定してやる。

 

ともあれ時雨がそんな扱いをされていないことに今さらながらもホッとする。

 

 

「ワタシもないわ。この体にそういった目を向けるのはアンタくらいよ」

 

未成熟だと言っているのだろうが、おい待て、人聞きが悪いぞ霞さん。

そういった目ってなんだ。心当たりなど0.02mmだってありはしないと法廷でも自信満々に発言してやるから証拠を出せ。

できたら示談にしてください。

 

まぁ霞をそうする勇気のある奴なんてそうそういやしないだろな。分かる。

 

 

 

「それで、あの子たちはここの司令官から行為を強要されていたかもしれないって、アンタはそう考えてるの?」

 

スパッと切り込むのはやっぱり霞だ。

まどろっこしい言い方を好まず、意思の疎通に齟齬がないよう努める女。

徹底して共通認識を持たせようとするのは話し合いの大前提ではあるが、霞ほどそれを実践している奴は稀だと思う。

 

「それが『彼女』なのか『たち』なのかは分からないけどね。性的な、でなければ暴力的ななにかがあったのなら、そりゃ避けたいと思うのかも。お前たちが司令官を避けて怖がる他の理由に思い当たることは?」

 

「どうかな、装備として扱う司令官も多いと聞くけど、そんな扱いをされたからって提督の言うような感情を僕たちが向けるとは思えない」

 

時雨がいとも容易くそんなことを言う。

 

装備扱い自体はここでもされていたかもしれない。初めて彼女らと会ったとき、彼女らは自身のことを意識する風でもなく艦艇として数えていたから。

艦娘なのでそれが間違いというわけでもないだろうが、少なくともウチに所属している者は軍人でも艦娘でもその数え方をしない。望む望まぬは分からないけれど、どちらにより重きを置いているのか、そんな違いだと思う。

 

ここの基地が彼女らを艦艇として扱っていたのだとしたら、ますます嫌な感じだ。それ自体がどうということではなく、そんな扱いをしていたくせに! そんな感じ。正にダブルスタンダードだ。

 

そしてお前たちはそんな扱いをされたなら、ふざけるなと言ってやってもいいんだ。そんな世界のほうが正しいのだと俺は考える。

 

 

「折檻や暴力なら可能性もあると思うわ。ワタシたちの体は確かに強いけど、人間の悪意には慣れてないのよ。ただ自分よりはるかに強い艦娘相手に暴力を振るおうって人間がどの程度いるのかは分からないわね」

 

霞は暴力の可能性を提示した。

なるほど言っていることは分かる。心と体の強さは別だからな。どちらだけが強くても、どちらかだけが弱くても良くない。バランスが重要だ。強靭な精神は強い体に宿ると、名うての錬金術師さんも言っていたはずだ。

 

山崎が前に報告してくれた暁たちの例を見るまでもなく、持って生まれた強い体に見合わない、まだ育ちきっていない心を持つ艦娘ならばソレはあり得る。

 

しかし今回に限れば、やはり違うと思うのだ。

 

 

「暴力ではないと思う」

「根拠は?」

 

廊下で出会わなければ分からなかったかもしれないが、彼女はよく話してくれた。

人の口から出る言葉など感情の2割しか出していない。残りの8割を拾うことができれば、会話も付き合い方ももっとスムーズに行えるのに。

 

「腕だ。口や目に次いで感情を出すのが腕の動き。暴力を恐れてるなら、相手の咄嗟の行動に反応した腕は前に突き出されるか頭や顔を守ることが多い」

「でも、そうじゃなかったと?」

 

「一瞬だが強張るように体を固め、腕で身を抱いていた。体を、特に胸を守るようにするのは女性特有の動きだな」

「なるほどね、そうする理由も女性ならではのものってことか」

 

 

それも絶対というわけではないんだけどね。

行動にはノイズが乗る。たとえば癖なんて突き詰めれば心の現れそのものなのだが、本当に単純に、特に意味のない癖を持つ人だって存在する。

 

結局はどれだけ見てきたかと、最後の決め手は勘だ。

 

見るだけなら俺の経験は凄いものだぞ。なにせ見知らぬ他人と過ごす幼少期だったからな。

当人たちに今さら言うと、きっととても悲しそうな顔をして「そんな目で見ていたのか」と言うだろう。そして俺にそう思わせてしまっていたことを恥じて嘆くだろうから言えないが、気分を害せば投げ出されてしまうかもしれないと思って生活を送ってきたのだ。否応がなしに大人の顔色を窺う子に育つというものだ。

 

あまり自慢にならない俺の特殊スキルはこうして育まれた。

その俺が見て、そして勘により出した答え。

 

 

少なくとも彼女は男からそんな扱いを受けていた。そう、彼女自身が能弁に語っているように見えたのだ。

他の選択肢を頭の隅に、しかししっかりと置いて。そうである前提で確認していかなければならない。

 

上辺(うわべ)だけならそうして掬えるが、女の子の本当のところなど俺には分かりようもない。しかし俺は運がいい。目の前に腹を割って話せる、対象と同年代の女の子、それも同種である艦娘がいるのだから。

 

 

「お前らって、基本的には司令官に好意を持ってる。なんてことはないか?」

 

「アンタ、ワタシたちをなんだと思ってるのよ」

 

ローテーブルに肘をついた霞がその手に頭を乗せて言った。

ま、そりゃそうだ。

むしろ霞などは理想がクソほど高い。エベレストとまでは言わずとも、K2の頂くらいには高そうだ。

嫌いな司令官のが多そう。それはつまり軍人の質が悪いのか、それとも人間の(さが)が悪いとか。そういうことだ。

 

「時雨は?」

「もちろんそんなことはないよ、司令官は司令官。そのくらいの分別はあるつもりだ。僕を軽い女だとは思わないでほしいな」

 

まぁ失礼な質問ではあるよな。すまん。

時雨が軽いなんてとんでもないことだ。お前はどっちかと言うとカナリ重いタイプ……なんでもない。

 

「今なにか失礼なことを考えなかったかい?」

「いや、我ながら失礼な質問だと思っただけです。すまない、他意はないんだ」

 

怖え怖え。祟りより怖い。

しかしそろそろいい付き合いだ。ただの確認だとは分かってくれているようで、質問内容については特にお咎めがなかった。

 

 

確認できたことといえばつまり。「好きな男くらい自分で選ぶわよ」だ。

 

 

「好きでもない男から強要されたら普通に嫌だと」

「当たり前だね」

「当たり前だわね」

当たり前だよなぁ。

 

 

その嫌なことを彼女たちに確認しなくてはならない。

傷口に塩を塗り込むことになるかな。

俗に言うセカンドレイプってやつだ。

 

やはり女性相手のほうが話しやすいのだろうか。それとも同性には話したくないものなのだろうか。

 




戦争の小ネタとして切っても切れない話がドロップ。
映画「火垂るの墓」でも物語を彩る印象的なアイテムとして使われているので、21世紀の現代日本と言えどもご存知の方が多かろう。

さて、一時期ネットでも話題になったが、そのドロップには2種類ある。
「サクマ式ドロップス」と「サクマドロップス」だ。
この2つは販売している会社も違うが、それぞれが本物。
戦争により本家本元の会社が解散することになったのが全ての始まり。


詳しくはWEBで。


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〜提督の事件簿〜9

繋がっ……た……のか?
この話と次話さえ書ければなんとかなるはず。



風呂上りの明石と合流してから夕食をいただく。今日も今日とてひもじい。

美しい女性三人に囲まれて食べる料理はたとえ凝った料理でなくともスパイスがなかったとしても、本来ならもうそれだけで十分に美味しいはずなのだが、贅沢は一度慣れるとなかなか下方修正が効かない。

 

とりあえずリンガに帰ったら阿武隈に茶碗蒸しを作ってもらおうと勝手に思い立った。

 

 

「それで、明石のほうはどうだった? 時間かかってたみたいだけど」

「バッチリですよ。なにからなにまで調べてきました」

 

満面の笑みというよりはドヤ顔だな。

そんな顔して自信満々の明石。お前一人でもうやり遂げたの? ちょっと気合い入りすぎじゃないかい。

 

聞けば、なにかと優秀な妖精さんたちが捕獲や採取に協力してくれたので、人海戦術で押し切ったとのことだ。

それにしたってさぁ、早いことは良いことなので当然文句はないけど。

 

こりゃ妖精さんたちにもお礼を考えなきゃいけないな。内地から治一郎のバウムクーヘンでもまとめてお取り寄せしようか。久しぶりに俺も食べたいし、他の基地とは隔絶したほどの自由が与えられているウチの艦娘さんたちでも食べたことないだろうからちょうどいい。

 

 

「流行り病や風土病ってことはなさそうですね。自生植物には毒を持つものもありましたが、ここの所属艦娘に確認したところ亡くなった二人の司令官はあまり基地外を出回らなかったそうですし、それらを食材として使ったこともないそうです」

 

謎の菌を持っていようが寄生虫を飼ってる動物がいようが、そして毒を持つ草木が生えていようが。接触しなかったのならそれらが原因である可能性はガクッと減ることだろう。

答えにはたどり着かなかったが、選択肢の数が減るのは良いことだとしておこう。

 

 

二人続けて死んだ司令官。

考えて考えた末に、実はただの偶然でしたなんてこともあるかもしれない。それぞれ持病を持っており、慣れない環境で悪化したなんて、ありそうな話だ。

 

だったらいいのになぁ。

 

 

明日は基地内での確認がメイン。

まずは彼女たちから話を聞こう。男のこともだが、正直すでに死んでしまった男の死因などより優先されるのは彼女たち自身のことだろう。

彼女たちは、男になにをされてきたのか。

 

ただの確認になってしまうだろうが、この予感は外れてくれていい。

 

 

 

 

明けて翌日。

結局、彼女たちから話を聞くのは時雨と霞に任せることにした。

 

もし本当に司令官から性的な行為などを強要されていたのだとしたら、やはり男は同席しないほうがいいだろうと思ったからだ。

身構えられているのは何度か話して実感もしているしな、俺がいないほうが安心して話せるというならそれでいい。

 

時雨たちが話を聞いているあいだにこちらは明石と執務室を確かめる。なんか他所さまの基地で家探しすることが多い気もするが、気のせいだろう。

 

なにかを見つけるための家探しってやつは、泥棒のそれによく似ている。経験したことのある人は少ないだろうが、警察の家宅捜査ってやつも、押収なのか窃盗なのかが違うだけで同じようなものだ。

 

今回は特に、これといって目当ての物がない。それがなにかは分からないが、なにかが分かる物を探すのだ。

 

そして基地内で探し物をするならまず執務室だろ? 朝は挨拶からってなもので、ひとまず三人娘を執務室に揃えておはようから始めるのが正しい。

 

 

にこやかとはいかないが、それなりの挨拶は無事に迎えられた。

身構えられているとは言ったが、それだって節々の行動から把握しただけで気にならない人なら気付かないくらいのものだ。

 

彼女たちを別室へと移動させたあと、明石と二人で執務室の書類からひっくり返していく。

目についた日誌をめくり遡っていくと、三人娘ではない艦娘が書いたものが混ざるようになった。

沈んだ彼女のものだ。

彼女が沈む前は四人で交代しながら書き上げていたのだろう。

 

 

こうやって文字を追っていくと、それなりに人間性が見えてくる。艦娘に対しても人間性と言ってよいものなのかは分からないが、つまりは個性と言うやつだ。

きちきちと神経質そうに書く子もいれば、漢字のとめ、はね、はらいに主張を感じさせる子もいる。

 

文字のサイズが一定な子はコツコツと同じことを積み重ねていくのが得意なタイプ。

文字のはらいなどが大きくなるのは自己主張の強いタイプ。文字の大小が揃わず、どことなく情緒豊かに文字が並ぶのは日常に変化を求める冒険家タイプに多い。

 

ウチの子で言うなら上から霞、時雨、長波がそんな系統だ。

 

 

その中で一際目を引くものがある。目を引くと言うより、これはもう異彩を放っている。

こんな文字を書いてても誰も気にしないものなのだろうか。

 

それは綴られた日誌で、新しいものになればなるほどより顕著にその特徴を認めることができる。

妙に直線的に書かれた文字。

 

一言で表すと病んでいる。

これがもっと明らかなものになれば、まるで定規を当てて書いたかのような直線の集合体みたくなったのだろうか。

そこまでいけば、他の誰かが気付いただろうけど。

 

ウチの基地でこんな文字を書く子が出たなら、即座にカウンセリングを受けさせただろう……。

これほどのシグナルを発していて、それを受けてもらえなかったのは不幸なことだ。

 

 

「これと言ってめぼしい物はありませんね」

「悪事の証拠と呼べるようなものなら、そんな簡単に見つかる場所に残しておくわけもないしな」

 

日誌や戦報を読んでみても特段変わったところはない。

分かったことと言えば、ここに着任した司令官の二人は特別優れた才能を持っているわけではなさそうだってことくらいだ。

 

いや、優れた才能を持ってるわけではないが、頭でっかちで自尊心の強いエリート風を吹かせたがるような奴だ、と言い直しておこうか。

そういうのも、別に珍しいわけでもないけどね。

 

 

なにも見つからないならそれでもいい。残された三人娘の今後だけ考えれば、それだけでも十分だろう。

今ごろ時雨たちが聞き出しているだろうが、最低の予想が当たっているようなら彼女たちの心のケアに努めるだけだ。

 

そういうやつもいるし、そういうやつばかりではない。

 

それだけ分かってもらえたら、あとは日にち薬。当たり前の生活と過ぎ去る時間が彼女たちを癒すのだろう。

 

 

あらかた執務室をひっくり返す作業が終わりを迎えるころ、時雨と霞が三人娘を引き連れて戻ってきた。聞き取りが終わったらしい。

 

「彼女たちをリンガに連れ帰るんだよね? なら荷造りをさせようと思うんだけど、構わないかな?」

「そだな。これ以上長居しても仕方がないし、よろしく」

 

 

そう指示を出すと、三人娘は頭を下げて部屋を出ていった。

 

 

去り際に少女の一人が向けた、そのガラスのような目だけが心に引っ掛かった。




なんとか書ききれそうではあるが、言い訳はするまい(言い訳)。
書くってのが難しいことだと分かっただけでもう良しとしよう。


根性と技術があればなー。

女性司令艦と新人艦娘の話とかも構想だけならあったんだけど。
今回の話を書いて、今それに手を出すのは無謀と分かった。

二人の話が交互に進んでいき、新人艦娘の指導と上層部(提督)の板挟みで苦労する司令艦と、司令艦の優しさやどうにもならない軍組織での葛藤を理解できない新人艦娘。

最終的に、女性司令艦は新人艦娘の成長した先の話だったんですよって話。

◯女性司令艦 → 新人艦娘
 女性司令艦 ← ◯新人艦娘

つまり本編で女性司令艦が苦労させられる新人艦娘と女性司令艦に対して文句を言う新人艦娘は別人。

叙述トリックってやつだね。


色を出す前に、事件簿をなんとか終わらせようか。


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〜提督の事件簿〜10

駆け足!

8〜10話あたりにもう少しボリュームが必要だったと自己採点をしつつ、もうムリポ。

反省会は無事に終わってからやるものとしよう。



執務室で時雨たちの話を聞く。

分かっていたことではあるが、やっぱり彼女たちはここの司令官たちからそういう扱いを受けていたようだ。

 

それは沈んでしまった艦娘も同様であったようで、同じ男として居た堪れない気持ちになる。

せめて、それぞれに隠れてやるくらいの配慮をしたらいいのに。どうやらそんなこともなかった様子。

 

逃げ場も頼る先もない文字どおりの孤島で、絶対の権力者から行為を強要される。

それを僚艦たちにも知られている気持ちってのはどんなものだろうな。

俺には想像もできないことだが、控えめに言って反吐が出る。

 

 

一人目の司令官が死んだとき、不謹慎ではあるが、これで解放されると彼女らが喜んだとして誰が責められようか。

そして、着任した二人目の司令官にそういう名目で再び呼び出された彼女たちの心境。こちらは想像するまでもない。

 

 

「呪われるだけの理由はあったようだね」

 

 

時雨がぽつりと呟いたセリフが執務室に静かに響いた。

 

 

不幸が重なったと簡単に言ってしまっていいわけでもないが、過去は過去として乗り越えさせなければならない。

今後は彼女たちのケアを中心に取り組む必要があるだろう。

 

全ては今さらの話で、そして今からの話だ。

俺たちは、彼女たちにとっては遅きに失した役にも立たない救いの手だった。

 

だから、俺たちにとってもこれから。

たとえ許してもらえなかったとしても、人間としての償いはするべきだろう。

願わくば、彼女たちにとっての人間が、まだ護る価値のあるものでありますように。

 

 

「司令官たちの死因にも関係ありそうなものかしら?」

 

怖いことを言うのは霞。そこをほじくり返したくはないが、どうだろう。

人間同士であれば、それが起こっても不思議ではない。そんな話は珍しくもなく日常に溢れている。戦争が始まってからはなおさらだ。

 

しかし、酷い扱いをされたからといって艦娘が人間に危害を加えるだろうか。ウチの艦娘でさえ、基本的にはそういう命令が飛んでいるからこその選択肢だし、俺を護るための手段であることも多い。それでも適性のあるなしがあるくらいには人間へ危害を与えるハードルは彼女らの中で高い。

それを自主的に、しかも危害どころか殺害である。実力で司令官という障害を排除するなんて、そんな考えがぽんと飛び出すものだろうか。

 

『殺人は癖になる』らしい。

人間に対する実力行使をすることの多い、ウチの一部の艦娘たちは確かに人間への暴力というハードルが下がってきている気もするが、そんな経験を持っている艦娘など俺の知る限りではウチの艦隊だけだ。

上官に手を上げた艦娘どころか、反抗的だと噂される艦娘でさえ聞いたことがない。

 

 

しかし今までなかったからこれからもないと確信するほど、俺は艦娘を知っているわけではないし、耳に入ってきていないだけでそういったこともあったかもしれない。

 

陸軍の戦場では、部下からの後ろ弾が死因となった上官の数が1割とも3割とも言われる。

どだい計上などできるわけもない数字だが、それが海軍で起きていないとも言いきれない。

 

 

もしここで、所属艦娘による上官殺しがあったのだとしたら、それはどんな方法であったろう。

塩分過多の料理を与え続けるとか?

まさかね。生活習慣病は怖いものだがそれでは時間が掛かりすぎる。

ならば明石が見つけてきた自生している毒を持つ草木か?

 

明確な殺意のもとでそれを行ったのだとしたら、食材としては使っていないという彼女たちの証言は信用に値するものではなくなるわけだが……。

 

 

 

吐き気に下痢。やつれた体に落ち窪んだ眼。衰えていく食欲。そんな男の姿が脳裏に浮かぶ。

よくある病気の症状ともいえるが、どこか引っかかる。

朦朧とした意識で幻覚でも見ていたのか、訳の分からない言葉をうわ言のように呟き死んだ男。

 

 

そして引っ掛かるのはもう一つ。

なぜ、あの少女は俺を見て不思議そうにした?

 

……まるで俺がそうならないのを不思議がるように。

 

 

「カンタレラだ」

 

 

半ば無意識に口から出た言葉に自分でも驚く。そんなはずはないのに、しかし、症状も状況もそれを否定してはくれない。

 

「カンタレラ?」

疑問を口にする時雨。当たりを付けたのは霞だった。

「本で読んだことがあるわ。イタリアで使われた毒物よね」

 

「毒? 待ってください、艦娘が毒を盛ったって言うんですか?」

突飛な考えに明石が確認を入れる。

まさか、まさかといった話になるだろう。

艦娘が人間である司令官に毒を盛るなんて。

なによりカンタレラなど、毒物の可能性に思い当たったとき最初に検討するようなものじゃない。どうかしている。

 

 

しかし考えてみても、矛盾するものはなにも思いつかない。口にしてみたら、それが正しいのだと直感にも似た考えばかりが頭を占めるが、今のところはなんの根拠もない思い込みというやつだ。

 

 

「カンタレラはボルジア家の毒薬と呼ばれた物だ。謎の多い毒だが、一説には亜砒酸だったと言われている」

確か撲殺した豚の肝臓を……とかそんなのだっけ。しかしそんな謎のオカルトチックなものより亜砒酸であったとの説のがよほど信憑性があると思う。

 

「亜砒酸って、ヒ素のことですよね。そんなものどこから……あっ」

明石は思い至ったようだ。

 

そう、ヒ素は天然の鉱石からでも産出する。この島ならあってもおかしくないのだ。

そして無味無臭のソレは、水や食事に混ぜてしまえばほぼ気付かれることなく命を啄む。

内地の病院ならいざ知らず、こんな孤島では分かるまい。そして死体は既に灰になっている。遺族の元に帰った遺骨を分析でもしない限り露見しない、この状況下に限るなら絶対の方法だ。

 

まったく、現代とは思えないな。

その歴史は紀元前まで遡ることができ、中世ヨーロッパでは頻繁に活用された完全な毒薬だったが、それも当時だからこそだ。

今では容易にその痕跡を見つけることができるため、『愚者の毒物』とさえ言われる手垢のついた過去の遺物に成り下がった毒なのに。

 

ヒ素で暗殺なんてイマドキ流行らない。

白粉として肌に塗った時代じゃあるまいし。どうせならもっと楽しむために活用してほしいものである。

そうだな、たとえば絵の具の顔料に使われていた。それはParis greenと呼ばれる美しい緑色で、ちょうど霞が初日に穿いてた下着の色だ。

 

もちろん現代では顔料に使われることもないし、そんなもので霞の下着を染めて、なにかがどこかで間違って俺が中毒になったら笑えない。

やっぱヒ素はヒ素だな。大人しく工業製品に使うくらいにしておくべきだ。

 

 

 

「問題はそこじゃないわ」

冷たい声色で霞がそう言った。

なにを使って殺害したのか。そもそも本当に艦娘がそれをやったのか。疑問は尽きないところだが、しかし霞の言うとおり。問題はもうその段階ではない。

 

三人の視線が集まる。

なにが言いたいのかは分かるが、そこをほじくりたくはない。

 

もういいだろう。

真実を明らかにすることにさしたる意味などなにもないのだ。面倒な話は避けるに限る。

 

「情緒酌量の余地ありってやつだ。死んだ男は殺されるだけのことをした。死んでなければ俺が海に捨てていただろうよ」

 

「納得できないわね。アナタが毒だと考えた最後のピースはなに? それ次第では、とても許容できないわ」

 

霞は薄々勘付いている。コイツはこう言っているのだ。

『彼女たちは、司令官(おれ)にも毒を盛ろうとしていたのではないか』と。

 

確証はない。当然だ。

なぜなら俺は、この島に来てから基地で出された食品を一切れだって口にしていないのだから。

 

 

 

心配性の明石に感謝だな。

リンガを経つ前から疫病の可能性を考えていた俺に明石が水と食料を持参することを提案していた。なにから感染(うつ)るか分からない。ならばできる限りの自衛をするべきだ、と。

 

おかげで水は時雨の持つ水筒、それが無くなれば妖精さんたちがたむろする座上艦から補充していた。そして飯は風呂の後に部屋で自前の糧食を食べていたのだ。そろそろ本当にひもじいので早くリンガに帰りたい。

 

 

しかしどうだろう。霞にバレると犯人が、下手すりゃ残った三人全員が不慮の事故で沈むことにもなりかねない。さすがにそんな極刑みたいなことまではしないだろうが、お咎め無しもあり得ないだろう。

 

いや、霞よりもまずい存在がいるな。

最悪、霞には言って聞かせることができるかもしれないが、コイツは気付いたときには全ての事を終わらせている可能性まである。

 

霞と違って多くを話さないが、決して勘が悪いでも頭が悪いでもない俺の半身。俺の共犯者。

害意をもって接するものを分け隔てなく許さない、情に厚くて冷徹な審判の女。

 

目を離さないように気を付けよ。

 

 

さて、彼女たちは本当に俺を殺そうとしたのだろうか。だとしたらなぜか。

事が明るみに出ないように? それとも、俺から自らの心と体を守るために……。

 

ただの仮説。妄想の類だ。確証もなければ毒殺である証拠もない。

ないが、俺にとって証拠の有無はさほど重要ではない。必要なのは真実ではなく、それなりに納得することのできる整えられた良い『落とし所』だけだ。

大人の世界では真実などクソの役にも立ちはしない。むしろ邪魔であることのほうが多いとさえ思う。

 

 

ヒ素による毒殺を立証するなら、実物を見つけるか、犯人とやらがいるなら当人の自供が必要になる。

 

それらを踏まえた結論。

「事故だ」

 

その様なことはなにも起きていない。

彼らはつまらない理由でつまらなく死んだだけ。

「彼らは知らず、硫化水素が噴出する洞を防空壕として利用しようとしていた」

 

少女たちを使った二人の司令官はもういない。今後、不幸な間違いが起こることがないならそれでいいと思う。俺は正義の味方でもなければ、トラックの男のような英雄になりたいわけでもない。

 

 

「それで誤魔化せる?」

「この島に基地を置くのは不適切だと合わせて報告する。どうせ艦娘の所属しない基地になる。そのまま放棄するよう働きかけてみるさ」

 

司令官もいない、所属していた艦娘は揃って横須賀行きだ。

俺たちが海域の解放を進めているので、ここはそれほど重要な基地ではなくなりつつある。十分に目はあるはずだ。

 

 

「明石、無理をさせるが」

「作業途中、に見えたらそれでいいですよね」

 

工作大好き娘でもさすがに気分は乗らない様子だ。

それも仕方がない。

硫化水素の充満する暗い穴に放り込んで、さらに悪行の片棒を担がせるのだ。

 

 

「大人になってからの秘密ってやつは、知るのも作るのも面白くないものだな」

 




幽霊などいない。呪いや祟りなどない。
でももしかすると、それは本当に沈んだ彼女の怨念だったのかも……。


と、言うのが最初の構想だったのですがー。
「よし、書いてみるか」と投稿を開始した時点で現在の形にオチが変わってた。
どちらのが良かったのか、それは謎。

丁寧に丁寧に、「毒」が使用された可能性を仕込んでいけたらよかったんだけど……無理でしたなぁ。

とにかく無事にケツまで繋がった。あと2〜3話投稿してこのエピソードは完結する。


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〜提督の事件簿〜11

ゴールデンウィーク。この言葉を作ったのは映画業界だが、GWに映画館に行くような時代はとっくの昔に終わりを告げた。



──静かに身を焦がす。この熱はいずれ地獄の業火のように、心とキミを焼くだろう。

 

 

 

 

 

この基地から彼女たちを連れ出すため、荷物も全て座上艦に積み込んでしまわなければならない。

どの程度の荷物があるのかを確認するため、まず俺たちは彼女の部屋を訪れていた。

 

この基地でただ一人、戦没艦となってしまった少女の部屋だ。

 

 

駆逐艦は相部屋であることが多いが、ここの艦娘はそれぞれ自室を用意されていたようだ。

部屋が有り余っていたからか、それともここの司令官が彼女たちを呼び出すのに都合が良かったからなのか、それももう確認のしようがない。

 

ここを訪れたのは荷物を運び出すため。そこに間違いはない。

本人が沈んでしまっているのだ。他の誰かが荷物をまとめなくては先に進まない。

 

そしてもう一つ。

 

毒物が使われたのなら、それはきっとここにあると思ったから。

使われたのがカンタレラであるのなら、二人目の司令官が死ぬより前に彼女が沈んでいても不思議はない。

 

十分に毒がまわり、あとは勝手に死んでいくとの予測がつけば彼女は男の死を待つ必要がなかった。

その場合、彼女は限りなく自沈に近い終わりを迎えたわけだ。

 

 

探すほどのこともなく、それはすぐに目に止まった。

衣装棚に残された衣類の下。木箱に入れられたそれは、瓶に入った見るからに怪しい白い粉末と鈍い光沢を放つ鉱石。

 

隠すつもりなど毛頭なく、ただそこにしまっておいただけとでも言わんばかりだ。

 

 

そしてそこには、添えられるように置かれた1枚の手紙。

 

よくないものだ。

 

ひと目見てそう思った。

恐るおそるそれを手にし、糊付けもされていない封筒から便箋を取り出す。

 

流し読みで十分だった。

 

予想していないところから頭を殴られたように、それは衝撃となって俺を襲った。

 

 

 

見せるつもりも隠すつもりもなかったそれを、ごく自然な動きで時雨が俺の手から取っていく。

 

「これ、は……」

 

それを一読した時雨も困惑の表情を浮かべ、なんと言っていいのか分からない様子。

無理もない。

 

最悪で、最低の結末だ。

こんなのが真実であるのなら、クソのような男が艦娘たちを慰み者にしていただけのほうがまだマシだった。

 

時雨の手に握られた手紙を横からかっさらい、今度は霞が読み始める。

 

 

「狂ってるわ」

しばしの沈黙のあと、深い溜息と共に口から吐き出されたそれに誰もなにも答えない。

 

「どうするのよ、このまま報告を?」

「できるわけがない」

 

 

そう、こんなものを報告するわけにはいかない。

艦娘は人類の希望だ。

そうさせると俺が決めた。艦娘の未来を手に入れるためにはそれが絶対に必要なのだ。

ならば偶像は、汚れ一つ付いていてはいけない。

 

艦娘は人間と友誼を結ぶ存在であり、決して害を与えない友人でなければならない。

 

 

それを、こんな……。

 

「まさか、司令官を愛していただなんて」

 

 

 

『誰にも渡さない。私だけの司令官。誰の手にも触れないように、誰の肌にも触れさせないために』

 

 

四人の艦娘を自分勝手に、性の捌け口に使うような奴だ。

それを愛していただと? そして、自分以外の艦娘に手を出す彼を独占するために殺したなんて、愛憎渦巻くヘドロのような感情の末の惨劇を、俺の立場で誰に言える。

 

 

『私だけがずっと、愛してあげる』

 

そこには黒い狂気の感情で彩られた文字が延々と書き連ねられていた。

 

 

フランスでは相続のための殺人に使われることが多かったので、そのまま相続薬とも呼ばれたらしいその毒薬。では彼女は、その男からなにを相続したのか。

 

今となっては、もう誰にも分からないことだ。

 

 

『私は司令官だけの物。あの人は、私を汚す他の男を決して許しはしないわ』

 

 

 

 

隠すどころか、今となってはこれ見よがしに、まるで自らの功績を誇るように。それらが置いてあったようにも思える。

 

他の三人に手を出す最愛の司令官を恨み、その彼に抱かれる僚艦に嫉妬し、そして自分を汚す二人目の男を許せなかったその女。

 

 

もしかすると、それでも他の三人を守りたかったのかもしれない。

こうして証拠を並べてあるのは、そういうことなのかもしれない。

 

そうでなければ、救いがなさすぎる。

 

 

 

 

 

ここで眠るのもこれが最後。そんな夜だ。

提督も明石もすでに夢の中で微睡んでいる時間に、霞は時雨を呼び出した。

 

彼女に確認しておかなければいけないことがある。

 

時間はあまり掛けられない。ワタシたちの司令官は、放っておくと悪夢にうなされてしまうからだ。彼にとっての睡眠は休息になっていないのかもしれない。ワタシたちが側にいてあげないと、あの人はダメになってしまう。

 

 

 

あの女と呼ばれた彼女。

その艦娘は歪な愛を胸に秘めていた。

 

誰かの愛情などどうでもいいことで、好きにしたらいいとも思うが、その対象がウチの司令官であるなら捨てておけない。

時雨に限ってそんなことにはなり得ない。そう信じてはいるが、ここに一人。そうではない方法で愛を独占した艦娘がいた。

 

彼の身近にある危険は排除したい。彼に降り注ぐかもしれない万難は全て取り払ってあげたい。

彼はソレを望まないかもしれないが、ワタシがそう望んでいるのだから仕方がない。

 

 

 

「アンタはそこんとこどうなの。先に言っておくけど、不穏な解答をするようならアンタでも放っておけないわよ」

 

 

霞の言葉はキツく聞こえるが、彼女は優しい。「だからワタシの前で迂闊なことを言わないで」と、そう言っているのだ。

 

たとえ友軍でも、戦友でも。提督に害をなすなら掃いて捨てると言う霞。

 

ああ結局、僕も霞もとっくに壊れているんだ。カタチが違うだけで、僕たちはどこまでいっても沈んだ彼女と同じ穴の狢。

人間に惹かれるのは艦の魂のせいだなんて思いたくない。これは、僕だけのキモチ。

 

そう、僕の狂気の沙汰(キモチ)だ。

 

 

「ふふ、まさか」

 

でも安心してほしい。幸いなことに、僕には彼を独占したいという思いがない。

嫉妬心はあっても独占欲ではないのだ。

艦長や司令が変わることなどままあること。そして司令や司令官ともなれば、複数の艦を指揮下におくものだ。

 

僕の提督が彼から変わることはない。それで十分満たされている。

それはとても自慰的で、あるいは被虐的なものかもしれない。しかしそれが僕の意思。

そして駆逐艦としての僕は、彼が艦隊を大切にし、また隊のみんなが彼を必要とすることも望んでもいる。

 

いいとこ取りで申し訳ないくらいだ。

多分、霞もそう思っているだろうし、他のみんなもそのはずだ。

 

 

この島の、彼女だけがとびっきりの変異種。

アレも提督の言う個性なのだろうか。

個性を伸ばせだなんて提督は言うけれど、そんなものなら僕には必要なさそうだ。

そう、僕には分からない。分かっているのは僕の気持ちだけ。

 

「僕はね、彼の花なんだ」

 

霞に嘘をつくつもりはない。その必要もない。

 

「彼のために咲く花。彼だけに愛でられて、花を開かせる様を楽しんでもらったなら、その香りで喜ばせてもあげられる。そして」

 

 

「そしていつか、彼に手折ってもらえたら……」

 

 

 

夢現。遠くの景色を見るかのようなその視線は美しくおぞましい。

時雨をこんなにしてしまったのはなにが原因だったろう。佐世保で会った彼女はここまでではなかったように思う。

じわじわと体と心を蝕み、浸食していくこれこそ呪いだ。

 

 

ワタシはどうだろうか。

時雨は手折ると表現した。ワタシは彼に沈めてもらいたいわけではない。

だけど、彼のためにならワタシは喜んで沈むことができるのだ。

そのときのワタシは、きっと胸を張りながら誇らしい気持ちで海に還るのだろう。

ワタシと時雨の求められ方は違う。必要だと言われたい、でもそのカタチが違う。

ワタシと時雨も似て非なるもの。

 

ワタシも、呪われている。

 

いや、彼から受けるこの影響がもたらす結果を、もしかすると祟りと呼ぶのかもしれない。

 

狂っていたのは誰だったのだろうか。




惜しみなく愛は奪うものと有島先生は書いておられますね。
与え続けると目減りするとエキドナさんも言ってましたし、どうなんでしょ。


病んでるわけではない、病んではないんやー!
これは愛。これが彼女の愛の形……。


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〜提督の事件簿〜/ 婦怨無終

〜提督の事件簿〜最終話。

とても短いので前話と繋げても良かったんだけど、構成的に分けたかったという自己満のためにこんな形に。
しかも投稿忘れてて妙に間が空いちゃった……。




──僕の世界はキミでできている。他にはなにも必要ない。

 

 

 

 

すっきりとした気分で、とは到底言えないが、良く晴れた空模様。

感情の闇が支配した島を出るのに、これほど相応しいこともないだろう。

 

 

ここを訪れたときのように、ただ離れるだけだ。

違うのは、ここに所属した三人と明石を新たに座上艦へと乗せての船出になるというところ。

一行は一度リンガに帰る。少女たち三人を横須賀に送るのはそれからだ。

 

 

次々と座上艦に積み入れられていくのは、ここでの生活の痕跡たち。

彼女たちの艤装の他は身の回りの物が驚くほど少なかった。しかし、残念ながらこれも珍しいことではない。

 

当然、被害者でもあり加害者でもあった二人の司令官が残した物なども根こそぎ持ち帰ることになっている。なにが残っているか見当もつかないからだ。

できるなら基地ごと焼いて証拠を隠滅してやりたいくらいだなんて、過激なことを考えているのは霞。

 

きっとウチの司令官も似たようなことを考えているだろう。

ここで起きたことは全て事故。ソレがワタシたちの出した結論となり、事実として記録される。

 

思うところがないでもないが、司令官がいつだったかに言っていたのだ。「罪を犯した奴を罰するのは俺の仕事じゃない。次に繰り返さなければ、もうそれで十分だろ」。

但し書きにはきっと、『俺の邪魔じゃなければ』と書いてあるに違いないが、それを思えばやはりこの島での出来事などただの事故で良かったのだろう。

 

次はないし、問題にしたほうが司令官の邪魔になる。

霞はそう納得することにした。

 

 

 

積み込みの進捗を確認していると、昨夜は早い時間から就寝していたようだが、明石が疲れ顔を引きずって乗艦していった。

現場の確認が行われることになったときのためにと突貫で防空壕もどきを造らされていたので、それも仕方がない。

 

それはただの作業よりも気が滅入るものであったろうから。

 

 

最後の荷物を積み込み、そろそろ出港の時間が迫る。

そんな中で一人、別れを惜しんでいるのか艦に乗り込まずに基地を見つめている少女がいた。

あんなことがあったのに、それでも離れるのは寂しいものなのだろうか。それとも、ここに残していく沈んでしまった元僚艦を悼んでいるのだろうか。

 

 

「沈んだ子も、満足はしているんじゃない? きっと靖国にでも還っているわよ」

 

つい、そんなことを少女に告げてしまう。

沈んだ彼女は二人の人間を殺めたのだ。許されることではない。方法もきっと間違っていた。

でも、と心のどこかでは思う。

彼女は彼女の取り得る方法で、目的を果たしたのだ。それはワタシや時雨となにが違う。どこが違う。

 

 

しかしソレらは、この少女の知らないことのはずだ。満足などと、分からないことを言ってしまったように思う。

 

 

「さぁ、どうなんでしょうね」

少女は気にする風でもなく、それだけ言って座上艦へと足を進めた。

 

そして霞とすれ違いざまに、ソレは今まで見せたことのない笑顔(ペルソナ)を顔に浮かべて言ったのだ。

 

 

 

「もしかしたら、あの子は沈んで当然の子だったのかもしれませんよ」

 




いやぁ、伝えたいことを伝えるってのは難しいものですね。
伝えることができないままに、モヤっとさせただけで終わってしまった気もしなくはないですが、極々少数でも良い読後感だったと思ってくれることを期待して……。

ごめんちゃい。


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お出かけの艦隊/ 筆休め

元気です。

生まれ変われたらエデルリッゾさんと恋仲になりたいです。


 

提督たちは軍令部からの指示を受け、とある海軍基地まで出向いていた。

そこでは毎日のように、午前も午後もなく演習や訓練に付き合わされており、その合間には艦娘運用についても指導という名の口出しを続けている。

 

一歩一歩とはいかないだろうが、それでも少しずつ。艦娘という存在が組織の、そして社会の“当たり前”に組み込まれていけばいいと思う。

 

 

ここでの生活に大きな問題が起きるでもなく、順調に日程を消化し、予定されている派遣期間も折り返しを迎えたころだ。

他所の基地でも変わらず休日をいただく我らが艦隊は、派遣先の面々から少々の皮肉をもらいつつも本日一斉にようやくのオフ。休暇を強行していた。

 

 

「うーん。どこに行ったっぽい? 霞、急いで急いで!」

「分かってるわよ。口を動かす前に足を動かしなさいな」

 

 

まるで短距離走のように疾走する二人が物々しい軍施設のゲートから我先にと飛び出していく。

 

華奢な腕を大きく振り、スラリと伸びた足で大地を抉るように蹴って街を駆けていくのは夕立と霞。

せっかくの休日をゆっくり過ごそうとしていたが、基地に所属する将校に司令官が街に連れ出されたと知れば放っておけない。

 

はるばる遠路を訪ねてきた司令官をもてなす以上の意味などないだろうが、あれでウチの司令官は敵が多いのだ。

自分たちの手の届かないところで“もしも”があったとき、きっと自分を許せない。

そう思ったから二人は走ることになった。

 

 

陸上選手なみの美しいフォームを街行く人々に見せつけながら走る二人。

気が急いている。逸っている。

二人にとってはさほどの距離ではなく、また無茶なペースではないにも関わらず額に汗が滲む。

そんなときだった。

 

 

「おい、そこの艦娘。ここでなにをしている?」

 

 

突然投げ掛けられたその大声で、焦る二人は引き留められた。

つんのめりつつも声の主人に目を向ける。声を発した男は軍人。肩章を見る限り中佐のようだ。

 

はっきり言うと鬱陶しい。

自分の提督でもない佐官の男などに、艦娘だからと上から目線で命令されたくはない。

しかもここは軍施設ではなく一般的な街中だ。軍務の最中というわけでもないだろう。

 

 

そんな考えが素直に顔に出てしまっていたのだろう。

その男は面白くなさそうな顔をして、高圧的とも言える態度でこう声を上げた。

 

「なんだ? 反抗的だな。ちょっとこっちに来い。どこの艦娘だ?」

 

 

その台詞を聞いた瞬間。霞はある決断を下す。

なに、やったことは単純。早く駆け出したいと隣でソワソワとしている夕立に目線で合図を送っただけだ。

 

その一瞬後には、その男が白目を剥いて地面に倒れていた。

後にはその男を見下ろす夕立。彼女はとある芸術家の描いた「叫び」という作品のような顔をしている。それだけのことだ。

 

 

さて、正拳突きというものを知っているだろうか?

ワタシは知っている。今しがた目の前で見せてもらったところだ。

正拳突きは腰の回転力と引き手の拳の螺旋回転を使って相手に叩き込むものだ。

格闘ゲームブームの先駆けとなった某有名ゲームの主人公が立ち強パンチのコマンドでこれを行うので、機会があれば見てみてほしい。

さらに実戦での正拳突きは上半身だけではなく、足を踏み込み重心移動でその威力を余すことなく対象に伝えるのだそうだ。

 

その効果のほども、今しがた実際に見せてもらった。

 

「だ、大丈夫っぽい?」

 

見知らぬ軍人をいきなり殴り飛ばしてしまった夕立が不安げな顔でこちらに縋るような目を向けている。

そんな涙目になるようなら、条件反射で人間を殴るのやめなさいな。

 

もっとも、彼女はワタシの“意を汲んで”殴ってくれたので、その不安を置き去りにするつもりもない。

 

「この男はワタシたちに、どこの艦娘だって聞いたのよ」

 

さすがに飲み込みが早い。それだけ説明すると納得顔で不安を忘れてみせた夕立だった。

 

 

つまり、この男はワタシたちがどこの誰かも知らないのだ。時雨や伊勢と違い、ワタシたち二人は一目で艦娘とバレる容姿をしているのが面倒ごとを呼び込んだわけで、まぁ特にワタシなわけだけど。

 

しかし出張が終わってリンガまで帰れば2度と関わることもないだろう。

よしんば最低の巡り合わせで再び相見えたことがあったとしても、殴ったのは夕立の独断だ。

ワタシはなんの指示もしていない。

 

その場合は、せめて悪意なき第三者として精一杯夕立の弁護をしてやろうと小さく胸の中だけで思う。

 

 

とりあえず今しておくべきこと、それは倒れた男の隣に路肩にあった鉢植えを並べることだ。

どこかから飛んできた鉢植えが彼に直撃して打ち倒した、まさに不幸な事故だった。

 

 

 

「急ぐわよ」

まったく。余計な時間を過ごすことになった。ここにいたのがワタシと夕立であったことに感謝してもらいたい。

 

ワタシが時雨なら、今ごろ追撃を行なっている最中のはずだ。そして2度と出会わない確率を黙々と上げていることだろう。

そして夕立が綾波ならば、彼は2度と目覚めることのない永遠の眠りに入っていたかもしれない。間違いなく2度は会わないはずだ。

 

 

そう考えると、彼は不幸な中では幸福の類であったわけだ。

艦娘に対して居丈高に振る舞う自らの行いを恥じるのか、それともこんな目に合わせた艦娘を恨んでより酷くなるのかは分からないが、せめて前者であればいいなと思う。

 

そうでなければ、2度と会わないことを祈らなければならないのはあの男のほうになるからだ。

 

 

「っとに、どこまで行ったんだか」

 

 

杞憂で終わればそれでいい。

ただワタシたちの手の届かないところでもしもがあれば、悔やんでも悔みきれない大きな瑕疵を残すことになる。

 

そんな“もしも”がこの世にあったなら、そんな世界はもう必要ない。

 

 

思っているよりも余裕がないようだ。

霞は自分の中に湧き出た薄暗い気持ちを打ち消すように頭を振った。

 

 

 

見つけたら司令官にはお小言をくれてやらなければならない。

そのくらいの八つ当たりなら許されるだろうと思い直し、また走り出した。

 




うーん。依存ってやつ。


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※それは蛇足の物語※

スーパーハイペースで投稿してきたあと、いきなり1ヶ月近く投稿がないという危険なペース配分です。

思えば構成から内容まで、完全に読者のみなさんを放り投げて突き進むお話だなぁと反省しております。

誰が話しているのか。それの説明もないままズンズンと進んでいき、さらに初登場前の人物がいつの間にやら登場している危険なシステムについては、少しだけ反省している。ごめんちゃい。

しかし改めるつもりが全くないので、今後も苦労を掛けます!

それでは行ってみましょう! 遅々として進まない執筆作業に嫌気が差したものの、このままでは忘れ去られてしまうと危機感を抱いだ山田さんが贈る……。



蛇足


ああ、懐かしい匂いだ。

 

心の奥深くにあった記憶の扉を開けるそれが鼻腔を刺激する。

ジリジリと肌を焼く日差しと、風のないこの環境にはずいぶんと泣かされたものだが、今となっては、ただ、その全てが懐かしい。

 

ワタシは、帰ってきたのだ。

 

 

「よ、おつかれ」

感慨にふけっていると、不意に、耳に馴染む声がワタシの耳に届いた。

いつの間にそこにいたのか、それともずっとそこでワタシを待ってくれていたのか。

門の前で待っていてくれていたのは、もう一度会いたいと願っていた記憶のままの、大切なかつての戦友の姿。

 

 

「みんな来てるの?」

 

心の動揺を悟られないように、常と変わらぬ言葉で何気なさを装い返答する。

 

「そうさ、霞で最後だよ。遅刻……じゃあないな。うん、霞だけが時間どおりさ」

 

長く話していなかったはずの、もう記憶にしかいない彼女だったが、彼女は胸のすく笑顔でそう言った。

昨日までと同じ。そんな、当たり前の対応をしてくれたのが嬉しかった。

 

 

二人並んで基地施設の門を抜ける。

考えてみたら、ワタシはこの門をくぐることがほとんどなかったように思う。

寮住まいとは違い、ワタシの部屋は敷地内にあったからだ。

 

ずっと帰りたいと思っていたここでさえそうなのだ。思えば、ワタシは狭い世界で生きていたものだと思う。

そういったことも、この箱庭のような小さな楽園を、無くして初めて気が付いた。

 

ワタシたちはいつもそうだ。

手から溢れてしまってからじゃないと、それがとても大切なものであったと気付けない。

 

 

 

「それで、アナタが迎えに来てくれたんだ」

「ま、パートナーだからね。霞の保護者さんなら、今ごろお茶の用意をして待ってるところだぜ」

 

なにか話したくて、でもなにを話せばいいのか分からなくて。

なんでもいいから話がしたい。話したいことなどいっぱいあるのに、まるで口元でそれらが渋滞を起こしているかのように、沢山の気持ちがつっかえてしまい、結局口から出るのはどうでもいいことばかりだった。

 

それでも彼女は記憶のままの彼女と同じで、頭の後ろで両腕を組んでワタシに歩幅を合わせて隣を歩いてくれる。

そうして彼女から知らされたのは、姉のように、母のようにと、ずっとワタシを見守り支えてくれた特別な艦娘が、ワタシを待ってくれているということ。

 

「そう」

 

素っ気なく答えてしまったが、その胸中はドキドキと高鳴っている。

紅茶を飲むのは本当に久しぶりだ。

まったく飲む機会がなかったわけではないが、あまり飲む気にはなれなかった。叶わないそれを願うのも、比べてしまうのも嫌だったから。

 

 

本舎まで続く、なんてことのない道を歩く。

なにかとみんなで集まった桟橋に広場、油塗れになりながら通った工廠。その向こうには、視界に広がる美しいワタシの海。

 

道の両脇では、ワタシの帰投を喜ぶかのように、妖精さんたちがたくさん集まって思いおもいの表現で歓迎してくれている。

 

 

「時雨は、待っていてくれてるのかしら」

 

思い出の顔を浮かべて、懐かしい名前を口にする。

あれから彼女はどうしていたのだろう。恨んではいないだろうか。司令官のいなくなった世界を変わらず歩いてきたワタシに失望していないだろうか。

会いたいはずなのに、会うのがとても怖い。

 

 

「霞に感謝していたよ。それから、美味しいお菓子をたくさん用意しておくから、許してほしいだってさ」

 

ワタシが不安がっているのが分かったのか、傍を歩く少女が目を伏せるようにして教えてくれた。

 

「バカね」

 

 

 

 

 

 

本舎の入り口に一歩、足を踏み入れる。

「どうかしたかい?」

 

入り口に立ちすくんだワタシを、少女が優しげな眼差しで振り返る。

匂いだ。ワタシの記憶に、ワタシの心に、

たくさんの海の水のように流れ込む郷愁。

 

ワタシは、帰ってきた。

 

基地に帰投したときとは違う。この建物に一歩入っただけで溢れんばかりに流れ込む様々なキモチ。

帰ってきた。また、ここに帰ってくることができた。

 

 

「遅いっすよ、なんて言ったら、また怒られちゃいますかね」

「アンタ……、待っててくれたの」

「言ったことありませんでしたっけ? 霞さんのいるところが、自分の居場所です」

 

入り口では、さんざん迷惑を掛けてしまった男が待っていてくれた。

最後まで付き合わせるだけ付き合わせて、ワタシの、ワタシたちの長い戦いが始まってからは、いつも、誰より側で支えてくれていた男。

 

ただ側にいてくれるだけのなんてことのないそれに、ワタシがどれだけ救われていたのか。

誰もいなくなってしまった戦場で、それでも最後まで隣に立っていてくれた友人だ。

 

それなのに、ワタシはなにも返すことができず、なにも伝えることができなかった。

 

 

謝らなければ、感謝を伝えなければ。

なかなか口から出ない色とりどりの感情たちに翻弄されていると、男がゆっくりと頷き「お疲れ様でした」と言ってくれた。

 

それだけで十分。

二人で過ごした時間は、それだけで、他になにも言う必要はないのだと、そう笑顔で迎えてくれた。

 

 

 

「さぁ、行こうぜ。アイツも待ってるからさ」

 

二人に導かれるまま階段を上がっていく。

胸の高鳴りが止まない。これではまるで恋する乙女だ。喜び、期待、不安、そして後悔。すべての感情が詰まっている。

 

 

彼はワタシになんと言うだろう。

よくやったと褒めてくれるのだろうか。それとも彼の理想から外れたワタシを詰るのだろうか。そんな彼は想像できないが、失望されるのは怖い。

ワタシはワタシにできるだけをやってきたつもりだけど、それは本当に正しかったろうか。

やり方を、そしてその目的は正しいものだったろうか。

苛烈に生きてきたワタシは、間違ってはいなかったろうか。

 

 

執務室の前に立つ。

あのときのままの姿で、ワタシと彼とを遮る重厚な扉。

 

すぐ目の前にあるのに、なかなかノブに手を掛けることができない。

この扉はワタシを拒んではいないだろうか、ワタシはいつからこんなにも怖がりの女の子になったのだろう。

 

両側に立つ二人はそんなワタシになにを言うでもなく。ただ見守ってくれている。

 

 

執務室の扉の端についている傷は、ワタシの右腕を飾るのだと言って大きなチェストを運び込んだときに彼がぶつけたものだ。

あとで妖精さんが補修しようとしたが、それを彼が止めた。

 

そういったものが、思い出を形作るのだと彼は言った。

 

ワタシは今、この傷を見てそれを思い出す。

 

 

「お姉さま! 早く、早く!」

「Ohー、ダイナシダヨ!」

 

あんなにも硬く閉ざされていたように思えた扉が、中から慌ただしく開かれる。

それぞれの扉を開いてくれた二人。ワタシの大切な、彼女たちの笑顔が見えた。

 

「リンガの艦娘はここぞってときに締まらないな。伝統か?」

「リンガ流でいいじゃないですか。提督と一緒に、自分たちみんなで積み上げた形ですよ」

 

そんな“締まらない”光景を見て、ワタシの側でワタシを支えてくれた二人が言った。

 

 

 

たくさんの光が涙でぼやけた視界を覆う。

暖かい空気に抱かれ、ワタシは、ようやくここに帰ってこられたのだ。

 

「カスミは泣き虫デスネ」

「さぁ、歓迎会ですよ。頑張りましたね」

 

ワタシを護り、そして育んでくれた、ワタシの姉とも言える二人に手を引かれて室内に入る。

泣き顔なんて見られたくないのに、笑顔のワタシを見てほしいのに。

止まることのない雫が頬をこぼれ落ちていく。

 

 

「おかえり、霞。いろいろと迷惑をかけてごめんよ」

 

出迎えてくれる声は、ずっと肩を並べて競い合ったかけがえのないワタシを形作るものだ。

競い合った好敵手であり、信頼できる戦友であり、大切な仲間だった。彼女の他には結局出会うことのなかった、並び立つもの。

 

 

そして、そして……。

しゃくり上げながら目元を乱暴に拭う。

会いたかった、逢いたかった。

 

ずっと、ずっと。

もう一度アナタと言葉を交わせることを夢見て意地を張ってきたのだ。

もう一度、この時間を過ごしたいとガムシャラに戦ってきたのだ……。

 

 

期待も、不安も、嬉しさも寂しさも。

ワタシを色付けるたくさんの感情たちすべてをどこか遠くに吹き飛ばして。

 

 

立ちすくみ、一歩も動けないまま涙を落とし続けるワタシを見て、慌てるように席を立ち、少し困った顔で駆け寄ってくる彼の姿が見える。それは何度か目にしたいつもの顔だ。

 

アナタにはいつも泣き顔を見せている気がする。

でもせめて、今だけはワタシの精一杯の笑顔を見てもらいたい。

 

零れる涙もそのままに、真っ直ぐ顔を上げて万感の思いを込めた一番の笑顔で……。

 

 

 

ただいま

 

 

 

 




蛇足。いい言葉だなぁ。
「蛇に足はいらんだろ」。そんな気持ちをたったの2文字で伝える簡素で完成された言葉である。


さて、ここまで着いてきてくれた読者のみなさんならば、もう山田さんが心配することもないはず。

読んだあとは一時記憶喪失にでもなったかのように、忘れてくれぇい!
忘れてくれと言いながらも、(優しい)感想お待ちしておりますよ!


読みながら頭の中でパズルを組み立ててくれる、ここまで、そしてこれからも付き合ってくれている読者のみなさんに感謝を。


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お出かけの艦隊2

まだまだ気軽にお出かけできない。
そんな状況ですし……と、プチ投稿。

いやぁ、完成してないんだな。これが。


「は? なんでウチが?」

開口一番に身もふたもない。

ソファの前で不満顔を隠さずそう言った霞は、面倒ごとなんて持ってこないでったらと眉間を押さえていた。

 

 

教導なのか研修なのか、よくわからない目的のまま訓練設備のある軍港の街に来ている一行。そこへ突然地元の警察から提督の艦隊に事件の指揮を執ってほしいとの依頼が舞い込んだのだ。

 

それを聞いた霞の反応はというと、なにそれ? 意味分かんない。

 

しばらく会っていない姉の姿が脳裏に浮かんでいた。

 

 

 

「そもそもウチは治安維持組織じゃないのよ?!」

「そうですが、でも国民を護るための組織ではあるじゃないですか」

話を持ってきた男ににこやかな笑顔で応じられるが、霞の考えも変わらない。

 

「警察権がないって言ってんの!」

「まあまあ、戦時特例ってことで」

「軍隊が警察権なんて持ち出したら大体悲惨なことになるのよっ」

 

怒気を隠すつもりもない、つまりは万全の状態である霞と対峙しているのはヨレたスーツを着込む刑事。

困り顔ではあるが、引く様子を見せないところを見ると、冴えない風貌に似合わず中々の修羅場をくぐってきているのかもしれない。

 

 

それを見やっても、助け舟を出すつもりなど毛頭ない提督は我関せずを貫くために窓際でコーヒーを啜っていた。

その意識は明後日の方向までぶっ飛んでおり、しかし味気ないコーヒーだ。なんて考えている。

 

 

いつも金剛が淹れてくれているコーヒーは、これよりずっと美味しい気がするが、思い込みの類か、それとも豆が違うのだろうか。

 

うん? 金剛がコーヒーってのが意外か?

英国人は紅茶好きのイメージで語られるが、彼らは普通にコーヒーも大好きだ。なんなら紅茶よりもコーヒーの歴史のが深い。

 

研究者によっては、高騰したコーヒーの代替品として紅茶を飲むようになったとまで言うし、とある資料では日本に次いでコーヒー消費量が多いと書かれているほど日常的にコーヒーが飲まれている。

 

多分、英国人の紅茶とは、ブラジル人はみんなサッカーが上手くて、日本人はみんな柔道の帯を持っている程度の話なのだろう。

 

なにが言いたいかというと、早く家に帰りたいってことと、面倒そうな話に混ざりたくないってこと。あまり身のある話ではないから気にしないでくれていい。

 

 

 

 

机を挟んで対面している二人はいまだに対決中だ。そんな中で、霞がそもそもの疑問を口にした。

「なんだってたまたま来てるだけのワタシたちなワケ?」

 

「それが……」

問われた刑事が横目でこちらを窺うような視線をしたのが気になったが、貴君の相手は目の前にいる霞だ。どうぞそちらに集中してもらいたい。

とにかく俺の手を煩わせてくれるな。

 

阿武隈が部屋に飛び込んできたのは、ちょうどそのときだった。

 

 

 

「大変ですぅ! 時雨ちゃんって戻ってきてます?」

「なによ、提督の所用で出てるわよ。あとノックなさいな」

入室の挨拶もなしに駆け込んだ阿武隈には霞が答える。それに少し困った風な顔をして阿武隈が続けた。

 

「もしかして銀行ですか?」

「んっ」

司令官に聞いて、とでも言わんばかりに霞が顎で窓際の提督を指した。

 

話を振られた提督はそのマズいコーヒーを片手に、嫌な予感を覚えながら答える。

 

「……私用で寄らせてるが」

「つまり……」

「そういうことなんですよ」

 

はぁ……。

 

 

この街に縁もゆかりもない提督の艦隊に、警察が事件介入のお伺いに来た理由。時雨が銀行強盗に巻き込まれたから、そういうことだった。

 




感想いっぱいで嬉しす。

ここでボツになった裏設定でもお一つ。
実は当初の予定では、提督は本編中頃には死んでいる予定でした。


しかし、まるでそこに提督が今も座っているかのように本編は進む。
見えているのか信じたくないのか。の時雨と、時雨への配慮なのか提督健在と見せかけたほうがスムーズに行くと考えたのか。の霞。

その場合、戦後にとある地方で発見された霞の手記から「実は提督はいなかったのではないか」という説が検証されることに。この地方都市は、if未来で提督たちが日常を過ごしている町でもある。


名残りとして、話中に「そう提督が言っていた」とか「提督ならきっとこう考えるだろう」的な表現が結構多い(はず)。提督の存在感を出しつつ、しかし読み返してみたら提督いなくね? のような。

さらにオマケで、カナリ最後まで検討していたのが「提督」と「司令官」は別人設定。
途中で一人死んでる? みたいな。まぁボツりましたけど。


構成自体が時系列バラバラになってる謎の作品に、さらに叙述的な謎を突っ込むとわけわかんねぇだろうってのと、単純に山田さんの技術的なものと相談した結果、多分なかったことになっている裏話でした!




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お出かけの艦隊3

前回の投稿と合わせてようやく一つ分って文量だね……。

書く書かないの前に話を考えないと、相変わらず途中がゴッソリ抜けている。どころか、さらに話の筋も出来上がってない。


「なに? 身内のことだから自分らでやれってこと?」

「いやぁ、関わるのがゴメンだとか、そういうことでもないんですがね」

霞の問いに困り顔で言い淀む刑事。

状況を傍観していた提督がその思惑を端的に述べてみる。

「艦娘さまだからってことかな?」

 

 

理由の分からない提督の発言に、霞が人を殺しそうな険しい目で疑念をぶつけてくる。

やめろ、俺が死んだらどうするつもりだ。

 

それには刑事の男が説明した。

「ぶっちゃけるとそういうことですねぇ、艦娘さんになにかあったらって、うちのお偉いさんらは腰が引けちゃって」

そして男は面目無いと頭を掻いた。

 

 

面倒ではあるが仕方がない。

飲みきるのを諦めたコーヒーを窓枠に置いて、提督が静かに告げた。

 

「現場で指揮を執る。全員用意しろ」

「はぁ? アンタやる気なの?」

「放ってもおけんだろ」

 

そして霞の耳元に顔を寄せ続ける。

「艦娘が人質になったってだけでも、マスコミに囃し立てられたらどう世論が動くか分からん。ましてや人質の中から負傷者でも出てみろ、その結果がどうなることか」

「近いったら!」

 

唇が耳に着きそうな距離にあった提督の顔を押しやり、赤くなった耳を押さえた霞がその必要性の有無を問う。

 

「分かるけど、それとウチが指揮するのとどう繋がるのよ」

「事件は軍が艦娘を運用して解決した、そう言えたらむしろプラス。そうじゃなくても警察が匙を投げた事件なら表立って報じられない可能性もある。これはウチがやるべき案件だな」

 

なるほど、成功したら大々的に報道すればいい。もしものことがあれば隠蔽するわけだが、同じ隠蔽でも軍がやるよりは警察に任せたいと。

そこまで説明されれば自分にも理解できる。

 

泥を被ることになるならそっちでどうぞ、つまりそう言っているのだ。まだまだ人間社会は複雑すぎて分からないことも多いが、アクシデントは糧にして次に活かそうと思った。

そういえば昔、『欧州情勢、複雑怪奇なり』とのたまった国があったな。ワタシは同じ状況になったとき、時勢を読みきれるだろうか。

 

ともあれ、動くと決めたならモタモタしても仕方がない。切り替えの早さは有能な軍人の必須スキルだ。

「武装は最小限で携行を許可。まずは状況の確認からよ。鈴谷はスナイパーとして配置。現場の地図持って来なさい」

 

 

それを見て、先ほどまでまったく乗り気じゃなく、むしろ取りつく島のないほど反対していた霞の変わりように話を持って来た刑事は目を瞬かせた。

彼女だけじゃない。上官がいるというのを思わせない弛緩しきった空気の中、ジュースを飲みだべっていた他の子達も、その一声で急にキビキビと動き出したからだ。

 

その視線に気付いたのか、霞が男にこう告げた。

 

「やらなくてもいいことならやらない。やると決めたら誰より早く全力で殴りつけるのがウチのモットーよ」

 

 

 

 

「アナタたちの人員も使わせてもらえるんでしょうね?」

「こちらからのお願いですからね、それはもちろん。ただ……」

歯切れが悪いその男に霞が促すと、遠慮がちにこんなことを口にした。

 

「無謀な突撃なんかを命令されるとウチとしても従いかねますがね、どちらも人命優先でお願いしたい」

 

 

「やんないわよ、そんな某帝国軍みたいな真似」

分かりにくいが自虐ネタなのかな? それともたんに悪口? 霞は他人の悪口を陰で言わないやつなので、きっと自虐のほうだろう。

 

 

「司令官?」

霞が提督に声を掛ける。どうするのか? と尋ねているのだ。

それを聞いた提督は手を前に出し、いつも通りお前が指揮をとれとジェスチャーで答える。

 

それに鼻を鳴らすと、早速霞が指示を出し始める。

「銀行に近づく人間のないよう交差点を封鎖。警官は強盗の視界に入らない位置で待機、囲んでいることを悟らせないで」

 

「ちょっとちょっと、銀行前を封鎖しないんですかい? 本気ですか!」

霞の指示に驚いた刑事は、確認するように提督を見据えて言った。

だから、そういうのは俺じゃなく霞に言ってくれ。小さい形をしているが、頼りにしてもいい人材だぞ?

「問題ないよ、霞の言うとおりに」

 

 

納得のいっていなさそうな男に霞が説明する。

「わざわざ相手が待ち伏せてるところなんかに突っ込む必要なんてない。しかも人質がわんさといるんでしょ」

「それはそうだが……」

「目的を見失うんじゃないわよ。要は犯人を捕まえればいいだけ。中でも外でも同じよ、だったら外に出てきてもらってからのほうが手っ取り早くていいわ」

そして霞は、最後にこう言い放ったのだった。

 

 

「強盗には成功してもらいましょう」




そろそろ終幕の話数が多くなってきたので、轟沈注意の章だけ分けようかと思ってる。

しかしお出かけ艦隊が終わるタイミングまでは無理そうでさぁ。
最後は「◼️章 此岸の果実、彼岸の花弁。」となる予定です。

その前に時雨が活躍しちゃうかもしれない「艦娘の一番長い日(未完成)」の冒頭だけ投稿しちゃうかも。


感想にもあったけど、どう繋がるのかな……山田さんにも教えてほしい。


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〜艦娘の一番長い日〜

冒頭しか完成していないので、まだまだ投稿の予定はなかったのだがぁ。

モヤモヤしてもらうネタを増やしておこうと投稿。
〜艦娘の一番長い日〜副題は『オデットとオディール』となっております。



まるで静寂の支配した空間。音もなく倒れていく霞の姿がスローモーションのように目に映る。

誰もが音を出すことを禁じられたように、身動き一つできないままそれを見やった。

ただ、時雨の構える砲口から立ち上る煙と、床に広がっていくおびただしい鮮血だけが否応なしにこれを現実なのだと知らしめる。

 

 

艦娘の一番長い日が始まる。

 

 

我に返った金剛が最初にとった行動は倒れこむ霞に手を伸ばすことだった。

しかし、その判断は悪手。聡明な彼女は判断を誤ったのだ。

それが霞でなければ、あるいは金剛も正しい判断を下したのかもしれない。しかし、霞と過ごした長い時間が彼女に正しい判断をさせなかった。

彼女は何より先に脅威の排除を検討するべきだったのだ。

 

つまりは時雨の鎮圧を。

 

 

「くぅっ!」

2発目の砲撃音が耳をつき、手を伸ばした金剛の肩に直撃弾を与える。装甲を抜くことは叶わないまでも、さすがの戦艦もこの至近距離で砲弾をまともに喰らえば無傷では済まなかったようで、バランスを崩され大きく体を傾けた。

 

「シグレ、これはアナタの判断ですカ?」

撃ち抜かれた肩を押さえながら、そう時雨に問う金剛。その視線は非難ではなく困惑のものだ。

彼女はこんな状況になってもまだ、仲間に向ける敵意など持ち合わせていないとでも言わんばかりで、しかしその姿は滑稽でもあった。

 

 

「僕はいつだって、提督のことだけを考えているよ」

対象的に、いつもと変わらない落ち着き払った時雨が基地の備品に向けるような眼差しで、なんでもないことのようにそう告げる。

 

「テートクぅ」

悲痛な声で金剛が提督に呼び掛けるが、すかさず時雨が二人の間に立ち視界を塞いだので、提督の表情は金剛から窺い知ることができなかった。

 

 

「君たちは少し勘違いをしているみたいだね」

変わらぬ表情で金剛の前に立つ時雨が、間違いを正すように、教え諭すように、こう言った。

 

 

「提督の艦娘は僕一人。この泊地の艦隊は、僕と提督を護るためだけに揃えた戦力なんだよ。だから、提督の不利益になるなら切り捨てる。当然の判断だね」

 

 

 

「テートクとシグレの間にあるキズナについては理解しているつもりデス。二人とワタシたちの間には埋められない隔たりがあることにも気付いてマス」

縋るように話す金剛の瞳からは今にも涙が溢れそうになっていた。

縋り付きたいのも、哀れだと、不憫だと嘆きたいのも自分のためではない。それは、いつも側で見守り育んできた小さな女の子のためだ。

なにも分からず切り捨てるようにされ、今も自らを血の海に横たえさせる、彼女のためのもの。

 

 

「それでも……、それでもアナタの夢を叶えるために尽くしてきたつもりデス! カスミの身を顧みない献身も、テートクには届かなかったと言うのデスか!」

 

たっぷりと沈黙の間が流れたあと、時雨がその口を開いた。

 

 

「あの佐世保の夜からずっと、彼の艦娘は僕だけだ」

 




提督の恋人枠(?)のはずなのに、時雨の出番少なくね?
と言う致命的な問題を孕んだこの物語。

そういえば時雨がメイン張りそうな話があったな、とメモを漁ったらこんなお話が!
……時雨メインの話ってこんなのばっかりかい! と言われそうだけど、まぁ、きっと大丈夫。
問題はどうも、このあとの話が時雨サイドじゃないほうから進みそうなところ。

それって時雨メイン?


さて、まったく本編進まないままイベント開始となりそうですね。
がんばりまっしょい!


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〜わんでい〜

なんとなく、構想を練るでもなく日常。
ぶっ飛んでいるので、深く考えてはダメよ?

今回は10分くらい頭空っぽにして書ききった、特に意味のない話だが、そのうちちゃんと彼女の日常話でも投稿できるようにしようと思う。


漣が聞こえる。

特型じゃなく海の奏でる音色のほうだ。

 

美しい空と美しい海。こういったものを眺めていると、戦争をしていることも、血を流さない争いを日々人類同士で繰り返している生活のことも、ちっぽけなことだと感じる。

 

自然は全てを包み込み、誰にとっても等しく無慈悲だ。

 

 

岬から遠くの景色を眺めるように、遥か古の世界を思ってみる。

 

たとえば、原始人は薄暗い洞穴で不衛生な生活を営み、細々と食糧の心配をしながら生きる粗野で野蛮で意地汚い者たちだ。なんて、イメージ。

 

多くの人がなんとなく持ってるかもしれないこれらは、だいたいトマス・ホッブズの書いた『リヴァイアサン』の影響だと思う。

 

この考えの根底には、人間サマ最高ぅ! といった傲慢な思想が見てとれる。

「どんどん良くなっている」といった根拠のない考えだ。故に、「過去は今より悪いものに違いない」と結論づけられる。

 

キリスト教的な西洋文化、また白人文化的とも言えるかもしれない考えだ。

もっとも、それらにどっぷり浸かってる現代日本人さんが苦言を呈する類のものではない。

 

 

人類の身長はどんどん高くなっている。なんてのも同じこと。

実は現代の平均身長はようやく原始人時代のそれを超過したあたりなんて言う学者もいる。

 

狩猟時代から農耕時代に突入したころが一番貧しく、満足に栄養を摂ることができなかったってのは当時の骨からわかっている。

そのため農耕時代に人の身長が一気に下がったのだ。

 

土地に居つく生活に慣れた俺たちは、それが人間らしいものだと信じて疑わないが、獲物を追って移動する生活のほうが、もしかすると性に合っているのかもしれない。

 

 

 

「提督? こんなところにいた。少し早いけど、夕餉の用意ができたよ」

 

ひょいっと後ろから姿を現したのは、たった一人の同居人。

彼女との生活にはおおよそ満足している。

彼女と共に追いやられてきたこの島での生活はさて、居つく生活なのか移動する生活なのか。

 

「考えごとをしていたのかな、もしかして邪魔しちゃったかい?」

「いや、幸せだなぁって浸ってただけ。問題ないよ」

 

頭の上にクエスチョンマークをいっぱい飛ばしている彼女だが、まぁいいだろう。

やってたことはただの現実逃避だからな。

 

青い鳥が実はすぐそばにいたように、幸せなんてものは気付かないだけでそこらにゴロゴロ転がっているのだろう。

 

 

居つく生活を手に入れたことで、人類は保存することを覚えた。リスクを考えるとそれは合理的で正しいことだが、同時に持つ者と持たざる者を生むことにもなった。

 

なってしまったのなら仕方がない。日本人はルールを作るのが苦手だが、ルール内で最上を目指すだけなら他の追従を許さない。

現代日本人として、俺もそれをしよう。

 

まず、帝国海軍の奇跡と呼ばれる艦娘を手に入れたのだ。

少なくとも軍人の中で一番幸せなのは俺であるはず。先行きは明るいと信じられる者だけが勝つのだ。幸いなことに得意分野でもある。

 

 

「今日は提督の釣ってくれた魚を煮てみたんだ。美味しいといいけど」

 

俺たちの愛の巣……違った。小屋に続く坂道を歩きながら、俺の幸せがそう言った。

 

ここに来る道中、南方の島に何度か立ち寄った。そこで出される食事を見て思ったものだ。

「なぜお前らは焼くか煮るしかしないのか」

アイツらの食事って基本2パターンなんだよね。それに辟易していた俺だが、きっとその考えはもう数分で変わることになる。

 

そう、俺の好物の一つに煮魚が加えられるはずなのだ。それはもう確信を持って言える。

きっとこういうのが幸せなのだろう。悪くない。

 

 

「素材の味を楽しむって、それは料理人に対する挑戦だと思わないか?」

「ごめんよ、寂しかったんだね。大丈夫だよ提督、僕はどこにも行かないからね」

 

おっと、生温かい眼差しを向けるのはやめてくれ。

まるで話が通じていない気もするが、これで通じているのだから我ながら危ない人だと思う。

ちょっとアンニュイな気持ちになってるだけだから、別に弱っているわけでも寂しいわけでもないからぁ!

 

 

「でも、うん。僕も幸せだよ。戦争中に言うことではないかもしれないけどね」

瞳を伏せて、隣を歩く彼女が言った。

 

よし、やる気が出た。

モチベーションってやつも、そこらにゴロゴロしてるものなんだな。そんなことを学んだ本日だ。

 

「差し当たって、まずはハワイ諸島海域の敵を掃討するか」

「……大丈夫だよ。今日は子守唄を歌ってあげるからね」

 




アメリカはルールを作るのが得意よね。大雑把に、そしてしれっと自分にだけ都合の良い項目を臆面もなく混ぜてこれるその厚顔無恥さが大国の証。
エゲレスはルールの裏をかくね。もはや反則なのでは? と勘繰りたくなるが、よくよく読むとギリギリセーフなバランスを保っている辺りがやな感じ。

ルール内での最上を目指し、理論上は可能だがホントにやりきるとは思わなかったって結果を出すのは日本でしょう。

適度にルールを破り、適度にルールを守り、気付けばそれなりの位置に定位置を定めているのはロシア。
ルールガン無視で非難されながら数字を残すのが……これは言わないでおこう。


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お出かけの艦隊4

知らない番号なら出ないタイプ
提督
時雨
村雨
綾波
暁(考え抜いた結果切れる)



知らない番号でも出るタイプ

長波
伊勢
金剛
阿武隈(考え抜いた結果出てしまう)
白露
夕立


イベントがんばってる(๑˃̵ᴗ˂̵)و ヨシ!



基地を出るとき、提督の隣を歩く霞が言った。

「時雨は携帯火器を?」

 

「俺のM8000(ベレッタ)を持ってるはずだ」

「そうだったわね、ボディチェックされたら気付かれるんじゃない?」

 

「人質のボディチェックなんてわざわざしないだろ、服を脱がされる状況にでもなれば時雨だってさすがに反撃するだろうし」

 

言いつつ、国内でそんな事件が過去にあったことを思い出す。裸にさせた女性行員を肉の壁にして有名になったやつだ。あのときは結局、犯人射殺で終わったんだっけか。

今も同じ場所で営業しているので、機会があれば利用してみてもいいんじゃなかろうかと、他人事として言っておこう。

 

 

しかしこの事件を最後に、犯人射殺の事件は日本で起きていない。またこの事件を含めても、人質事件で犯人を逮捕することなく射殺してしまった事件は3件だけだ。

それが多いのか少ないのかは個々人の判断に任せるところだが、少なくとも俺自身は日本の警察を優秀なのだと思っている。

 

ウチがやってたらその倍の数字じゃきかないだろうからな。

今からまさに銀行強盗と対峙する立場の者が言うには問題があるかもしれないが、率直な、個人の感想というやつだ。

 

 

 

装備を整えて基地に置いてあった車に乗り込む。狭い街だ、到着まで時間はかからないだろうが、ご丁寧にも警察の車両が先導してくれるらしい。

 

そういえば、海外の警察はあまり先導をしないと聞いたことがある。違反車などの前を走ると後ろから突っ込まれたりするそうだ。ちょっとその感性はわからないね。

いや、俺たちは別に犯罪者じゃないので突っ込んだりの予定はないし、わかる必要もないんだけども。

 

実は隣でハンドルを握っているのが鈴谷なので、もしかするとなにかが間違って警察車両に突っ込む可能性がないとも言い切れない。

俺にそんな印象を抱かせる鈴谷の凄まじさを褒めるべきか咎めるべきか、それを考えるのは事件が無事に終わってからにしておこう。

 

 

さて、そんな移動中の車内。基地にあった車は高機動車。に見せかけて、これはメガクルーザーだな。

海軍では採用してないんだよね、高機動車。おっと、別に陸軍に対する皮肉じゃない。ホントに必要だったの、それ? とかを言いたいわけじゃない。

市販車であるメガクルーザーでは要望するなにかが満たせなかったのだろう。多分定員とかの問題だと思う。

 

高機動車は十人乗りだが、メガクルーザーは六人乗りなんだよね。このサイズで六人? と言いたいところだが、日本の法律では車内がどれだけ広かろうと座席がなければ認可がおりないので仕方がない。

あと言っておくと、メガクルーザーは3列シートを使って六人じゃないところが驚くポイントだ。

 

どこのバカだ。一つのシートに四人乗せようとか考えたのは。これでメガクルーザーという名の車がいかほどメガなのかを想像してもらえると思う。

およそ一般人が乗る車格ではないが、ちゃんと一般人でも買える車なので興味があれば買ってみるのもいいだろう。

見た目よりもずっと運転しやすい車だとも言っておこう。さすがのトヨタさんだね、こんなに大きいのに。

 

 

先ほど言ったように、乗員数だけはどうしようもない。どう詰め込んでも全員は乗れなかったので二台出すことになった。だったらついでにと刑事も乗せてやったわけだが、そんな彼が道中霞に話し掛けていた。

 

 

「時雨さんは秘書艦だと聞いてますが?」

「そうよ、ウチの秘書艦」

「どのような方で?」

「ザ・秘書艦って子よ。ウチの艦隊の代表艦なんだから、万に一つも下手打ったりはしないわ」

 

男は時雨に会ったことがない。今までのやり取りを見る限り、この霞という艦娘は艦隊でかなりの采配を振るだけの権限と能力を持っているように感じるが……。

なにせ艦隊司令官を挟まず警察の自分とやり合うくらいだ。

 

時雨という秘書艦は、この娘にそこまで言わせるだけの艦娘なのか。正直羨ましいと思った。自分のいる警察組織でここまで動ける人材は限られているからだ。

「それもこんなかわいい女の子ばかり」

 

「なにか言った?」

慌てて首を横に振る。確かにこれほど有能でかわいい子ならと思うが、この子は少し怖すぎる。

そもそも自分の上官であるはずの艦隊司令官への対応も常軌を逸しているように思えてならない。あの司令官のようにできないと、この能力は扱いきれない。そういうことかと一人納得した。

 

 

「時雨はね、辛抱強くて忍耐が特性みたいな艦娘よ」

うちの司令官と二人きりで1年間。南方の小島に半ば監禁されても、黙々と鍛錬を続けて自分を見失わない程度にはね、とは心の中だけで言っておく。

 

 

「そのくせ執念深いから、障害があったら何年かけてでも目的はやり遂げる。使われることは滅多にないけど、交渉力も決断力もあって政治的判断も間違わない。そんな奴よ」

 

時雨は秘書艦としての自分にこだわりを持ち、それを至上の喜びにしているような艦だ。交渉も決断も提督の望むとおりに、そこに自分の判断が介入することなどないのだろう。だから、その能力はあっても滅多と使われることがないのだ。

 

 

「まぁ、執念深いよな」

助手席に座る提督にも聞こえていたのだろう。彼からも同意があった。

 

この謎の車は運転席助手席間よりも、まだ後部座席とのほうが会話が成り立つかもしれない。運転席と助手席の間が異常に離れており、そこにはテーブルと言うか、もはや壁みたいなものが鎮座していて、さらにやかましい。

謎が謎を呼ぶおもしろ車両なので、どこかで見かけたらぜひとも覗き込んでみよう。

 

 

しかしどうだ。やっぱり提督も時雨に関して霞と似たような感想を持っている様子。

 

きっと時雨は、笑顔の裏で自分や提督にされた対応を忘れていない。何年経っても、ここぞという最良のタイミングで横っ面を叩くのだろう。ついでに倒れ込んだ相手にオマケの一撃を喰らわせるところまで容易に想像できる。死体蹴りは時雨の十八番だ。

 

容姿に似合わず、なのか。見かけどおりなのかの判断は各人に任せるが、時雨はアレで沸点がカナリ低い。最近は自分で殴る以外の方法を覚えたようだが、バリバリの武闘派白露型の次女は伊達ではない。

 

 

そう、時雨は殴ると決めるまで躊躇するが、殴ることには躊躇がない。情が深くて思い切りの良い女なのだ。

 

 

「では人質になってはいますが、彼女の心配はなさそうですかね?」

それを聞いた霞が曖昧に頷く。

 

 

人質になってる間はね。と、そう思った。




時雨はこんな子なんだよってのを書くのがこの話を作った理由の5割。
だいたい達成されて困る。




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◼️章 此岸の果実、彼岸の花弁。
The future that might have been.7


季節感? 知らない子ですね。

イベントはまったり進めて順調に拡張作戦に突入。
まったく進まない物語本編の筆やすめに書いてた番外ものに集中してしまった結果、予想とは全然違う季節に投稿することに。

そしてキリがないので章を分けました。最後の最後です。



「はい、みなさん。時間がありませんから、事前の計画どおり円滑に進めていきますよ」

 

東海地方にあるとある集落。その山と海に囲まれた自然豊かな地に与えられた我らが新天地。その大きな日本家屋のキッチンで、集まっている艦娘たちを前に手を叩いて指揮を執るのは村雨。

 

落ち着いた色合いでまとめただけの、なんてことないカットソーにボトム姿ではあったが、どことなくフェミニンな空気を醸し出しているのは彼女の資質と弛まぬ努力の成果だろう。

 

彼女の前に時雨や長波など数人の艦娘が集まっているのは、本日から有志による秘密作戦が決行されることになっていたからだ。

時間は予定されていたとおりの9時。

限られた時間の中で行われる今次作戦。全員が揃っていることにまずは一安心。

 

 

「提督さんの帰宅予定時刻に変更はないっぽい?」

「大丈夫。朝に確認したけど、夕方までは山田さんの家でお手伝いがあるって言っていたよ。早くても帰宅は17時頃になるみたいだね」

 

手を上げて質問するのはパーカー姿がかわいい夕立。それにはエプロン姿の時雨が答えた。

行動を起こすときは執拗なくらいに確認をしたほうがいい。そしてそれらを全員に周知徹底することが円滑に作業を行うことに繋がると、ここにいる艦娘ならば当たり前のように教えられ、そして経験してきている。

 

 

「それでは、来たるVデーのための手作りチョコレート大作戦。その前段作戦を開始します」

 

 

憂慮のなくなった村雨が、満を持して作戦の開始を宣言する。いざ戦場へと言わんばかりに整列する艦娘たちだが、みな私服であるために凛々しさよりもかわいらしさを前面に押し出す立ち姿。そんな彼女らを前に、早速作戦内容についてを語るとしよう。

 

 

「手作りチョコレートについては各自書籍などから情報を仕入れているとは思いますが、万が一にも不手際があってはいけません。作戦司令部の基本的な方針を伝えるので、意思の統一を徹底してください」

 

作戦に臨むにあたり、各員が同じ目標を共有し、同じ方向を向いている必要がある。

わからないことは質問し、懸念事項は確認し、一連の流れを頭に入れて戦略目標の達成に向けて動くのだ。

 

 

 

そうして始まった、村雨から伝えられる作戦内容がこれ。

 

「まず、Vデーを手堅く勝つために、手作りチョコレートはできる限りチョコから離れたところで勝負します」

 

手作りチョコはチョコじゃないもので勝負すると言われても反応に困る。

作戦への不信感が蔓延る前にその真意を尋ねなければと、自らの役割を自覚した長波が手を上げて質問する。

 

「待て待て、バレンタインデーってチョコをあげる日なんだろ?」

 

こちとら、それでなくとも人間のイベント事には縁遠い艦娘である。

長年海しかないような、本土から遠く離れた南の海で、煤だらけの油塗れ、そして血を流したり血を浴びたりと、およそ乙女らしからぬ生活をしてきたのだから、もしかすると根本のところからわかってないことも考えられる。

 

わからないことは素直に聞いておき、一刻も早く一般女性らしい感性を身に付ける必要性も感じていた。

ならば、この家に住む艦娘の中で、多分最も乙女な事柄に詳しい村雨に説明をしてもらわなければならない。

 

それは当然出るべき質問だと理解していた村雨が言う。

 

「聖ウァレンティヌスさんの話ならスルーするところですが、はい。チョコレートをプレゼントする日って認識で大丈夫かと思います」

 

バレンタインデーに女性がチョコを贈るのは日本独自のローカルルールだ、なんて話はすでに広く知られていることだろう。

長波たちがそれを知っているかどうかはわからないが、日本の製菓メーカーが仕掛けたマーケティングの成功例として、そこは素直に乗っかっていけばいいと思う。

ウァレンティヌスさんが拷問の末に獄死した日だから、浮かれず喪に服すのだ。なんてのは、心に闇を抱えた一部の男子だけがやればいいとも思うので、その説明は省く。

 

 

そう、日本国に住う国民の一員として、バレンタインデーとはチョコレートを贈る日なのだ。

しかし村雨は、チョコレートから離れると言う。その真意を問わなければ、作戦成功への大きな障害にもなりうると、長波は思ったわけだ。誰にでも理解できる、納得できる答えが必要だった。

 

 

「じゃあチョコから離れるってのはなんでだ?」

「それは手作りチョコレートが不味いからです」

 

真顔になった村雨の、身も蓋もない発言に、聞いていた面々もついつい真顔になってしまう。

それは、戦う前から敗戦ルートなのでは? と不安になる問題発言である。

日本の乙女たちが一致団結してチョコレートを手作りする中での結論がそれとは、我が代表堂々退場すのようで落ち着かない。

 

 

しかし、此度の判断については間違っていないのだと村雨は自信を持っている。

なんなら乙女力の高い一部の女性たちは当たり前のように同じ戦略を選択するのだと。

 

「テンパリングもできない素人が板チョコを溶かして違う形に固め直しただけの物なんて、せっかくのチョコレートを油分の分離する劣化した姿に変えるだけです。風味もなにもなく食感も最悪……それならまだ板チョコのまま贈るほうがよっぽどマシ。そんな物をプレゼントしたいだなんて、ただの自己満です」

 

まず村雨は、手作りチョコを選択肢から外した理由を説明していく。

不味いからだと言われてしまえば、なるほど選択肢には入らないだろう。理解した。

 

 

「いいですか、日本の製菓メーカーはとても優秀なんです。コスト度外視で作らないと市販品ほど美味しいお菓子を作るのは不可能。特にチョコレートの類は湯水のようにお金だけかけても、私たちではまったく太刀打ちできません」

 

そう、日本のメーカーが作るお菓子は美味しいのだ。

お菓子作りを趣味にする人なら身をもって実感しているだろうが、お菓子の材料は金額の張る物が多く、どれほど手堅くコストを絞ってもメーカーから販売されているお菓子の値段にはとうてい届かない。また金額にばかりに気を取られたお菓子作りなど楽しくもないだろう。

 

そしてお菓子作りは料理と違い、計量こそが命とも言える繊細な作業である。

わずかな分量の違いで味が破綻する至高のバランスの上に成り立つ神の奇跡。

お菓子の完成度、つまり味の違いとは、素材と技術次第というわけだ。

 

メーカーの研究者や菓子作りの職人たちが、気の滅入るような途方もない年月を重ね、そして腕を磨いてきた。彼らほどお菓子に懸けてきた者はいないと村雨は言う。

素人がそれらに比肩することなど、地球がひっくり返ってもありえない。素人のお菓子作りに関しては、神の奇跡も起こらないのだと。

 

 

 

「ですから、できる限りチョコレートではないチョコレート菓子を作らなくてはならないのです」

 

これが村雨曰く、バレンタインデーにチョコレートを作らない理由である。

 

 

「間違いのない手作りお菓子で提督に喜んでもらう。その戦略目標を達成するために、私たちが取るべきは小麦粉とココアを使用したお菓子です」

 

「なるほど、チョコレートじゃダメなことは理解した」

 

そこまで熱弁されたあとで、しかしバレンタインデーならチョコレートだろう。なんて反論はできようもないと長波は思った。

他の参加者たちも納得顔で頷いているので問題はない。むしろ村雨に任せて良かったという空気を感じた。

 

 

 

「提督はチョコレートが好きです。これは身近にいる艦娘なら知っている子も多いと思いますが、彼はチョコレートだけではなくチョコ味なら大体なんでも好きです」

 

提督のチョコ好きは艦隊内で知れ渡っている。いつでも冷蔵庫に板チョコが常備されていることも有名であり、なんなら彼は海戦に出張ったときでも食べられるようにと座上艦にもチョコを持ち込んでいた。

 

しかも、そんじょそこらの人が食べたらくどくて食べきれないレベルのチョコチョコしたデザートでも喜んで完食するくらいのチョコレートホリックだ。

 

チョコ好きの人間は多い。そしてケーキ好きの人間も多いだろう。しかしチョコケーキとなると、不思議なことになぜかその魅力が半減していると感じる人間もいるだろう。

が、提督はチョコケーキも好きだ。

おかげでお土産に貰ったケーキの詰め合わせを選ぶときなど、提督の艦娘たちは意識せずともチョコケーキが一つは残るように選んだものだ。

 

 

それほどチョコを愛している提督にはチョコレートに一家言あるらしく、板チョコは明治の物以外を口にしない面倒な奴でもある。

 

さらにお菓子全般が好きで、それに携わる方々に敬意を持っているとかなんとか言う提督は『スイーツ』なる言葉が嫌いだ。

 

彼曰く、「スイーツって駄菓子だぞ? 駄って駄目とか駄作の駄なわけだ。食後のあとに提供される嗜好品がデザート。炭鉱の労働者なんかが糖分補給などに摂取したのがスイーツだ」らしい。

なので彼はパテシェが、またはチョコレートを愛し、そしてチョコレートから愛されるショコラティエが作るデザートをスイーツ呼ばわりする風潮に懐疑的なのだった。

 

 

「チョコから離れるってのはわかったけど、なら僕たちはなにを作ればいいんだい?」

 

行き先の見えない現状に答えを求めたのは時雨。その可憐なエプロン姿に、侮りがたし我が姉よ、と村雨は思ったり思わなかったり。

 

 

「提督のチョコ好きは極まってますからね、そんな彼を喜ばせる逸品。それは……」

 

一息の間を取り、集まる視線の中で宣言する。乙女のための日バレンタインデーを勝利で過ごすための手段を。

 

「フォンダンショコラです!」

 

 

 

「くどくて最後まで食べられないってほどのフォンダンショコラを作りましょう。これが、私たちが提督に贈る真心です!」

 

入念なリサーチの結果、チョコレート好きを満足させられる手作り物として白羽の矢が立ったのがフォンダンショコラだった。

そして贈る品が決まったからと油断する村雨ではない。決まったからにはより追究し、少しでも成功確率を上げなければならない。その過程で知り得た情報も合わせて、今回の手作り案件を説明していく。

 

「最近は手軽に簡単フォンダンショコラなんてレシピもありますが、アレはやめておいたほうが無難なので、どうせならチョコ好きを唸らせる最高の物を作りたいと思います」

 

「簡単レシピだと気持ちがこもらないとか、そんな理由じゃないんだろうな?」

 

理由があるなら手間を惜しむことを厭うつもりはないが、精神論の類なら簡単に同意し兼ねる。先の戦争で精神論に振り回されてきた長波としては古傷に触る思いだったが、それもすぐさま村雨により否定される。

 

「違いますよー。フォンダンショコラって、ナイフで割ると中のチョコレートがとろけ出るような、聞くだけで胸焼けを起こしそうなお菓子なんですけど、これ、中身を固めないために焼き時間を短めに調整して半生に調理するレシピが出回ってるんです」

 

 

一般的に出回っている簡単フォンダンショコラのレシピとは、バターにチョコを混ぜ合わせ、それに砂糖と卵、振るった小麦粉をさらに加えて混ぜ合わせたあと、中身が半生になるよう時間を短めにオーブンで焼くだけのものだ。

名前に恥じぬ簡単さで、材料の準備さえできていれば30分もかからず完成する手軽さ。

 

それではダメなのか、と疑問に思う声もあるだろうが、その答えはこれだ。

 

「それだと問題が?」

「大問題です」

 

 

 

「私たちなら、まぁ平気かも知れませんけど、熱を通さない小麦粉って毒なんですよ。私たちの手作りで提督が食中毒なんてことになったら……」

 

日本では、それこそ手作りフォンダンショコラ以外ではあまり聞かないかもしれないが、アメリカなどではたびたび小麦粉の生食で事故が起きるらしい。

あちらの国では休日に子供とクッキーを焼くといった、非常にアメリカンな文化があるようで、手に付いた小麦粉やつまみ食い、中には焼く前のクッキー生地を口にしてしまうなんてこともあるようだ。

 

生の小麦粉は消化不良を引き起こすので、これらは絶対にしてはいけないことなのだが、砂糖やバターが混ざった小麦粉は生でもそれなりに美味しいらしく、残念ながらいまだに周知されずに健康被害を訴える方々が消えない。

 

もしもそんなことが提督の身に起きてしまったら……。

 

「あぁ、霞になにされるかわかったもんじゃないね。標的艦にされかねないぜ」

 

想像してしまったのか、霞の右腕として長らくパートナーを組んでいた長波が腕を抱いて震える仕草をする。

その発言で、霞がバレンタインデー作戦に参加していないことに気付いた村雨。

「そういえば霞ちゃんの姿が見えないようだけど?」

 

 

「霞は金剛さんと買ってきた物を渡すから、今回は参加を見合わせるんだって。お気に入りのチョコレートがあるから、それを提督にも食べてもらいたいってことみたいだ」

 

霞から予定を聞いていた時雨がそう伝える。

霞のことだ、先ほど村雨自身が言ったように、手作りではプロが作った市販品には到底届かないことに早々気付いたのだろう。

霞らしいことだと納得できる。

 

「なんだ、霞は作らないのか。でも霞がお気に入りだなんて言うんだから美味しいんだろうな、アレか? ちょっとお高い明治の『The Chocolate』ってやつ。それともまさか『GODIVA』とか言う大人の定番物か?」

 

あまりそういったことに詳しくない長波が、頭の中にギリギリ組み込まれていた高級チョコレートの名前を引っ張り出すと、これまた時雨が答えてくれた。

 

「そんな名前じゃなかったね、『ピエールマルコニーニ』って言ってたかな?」

「名前からしてオシャレだな。高そうだし美味そうだ。まぁ手作り作戦でいく長波たちと被らないジャンルならなんだっていいんだけどさ」

 

人は人、と簡単に割り切ってしまう長波の感想はこんな感じ。

品がなんであれ、方針が被らなければ問題はないとの男気溢れる判断である。

 

その名前を聞いて村雨が美人のしてはいけない顔をしていたようだが、それには誰も気付かなかった。

 

 

 

「で、その安全なフォンダンショコラってのはどうやって作ればいいんだ?」

続く長波の問いに、素早く表情を切り替えた村雨が説明する。

 

「簡単ですよ? 中身と生地とを別々に作ればいいだけですから」

 

聞いてしまえばそれは単純。最初から分けて作ればいいと村雨は言う。

とろける中身には小麦粉を使用しない。それなら生地をしっかり焼き上げたところで固まってしまうことがないわけだ。

 

「ですので、基本工程は二つです。中身となるチョコレートを作るのと、それを包む生地。あとは焼くだけですね。それを手分けして作っていこうと思います」

 

やることが決まっているなら、あとは手を動かすだけだ。

用意されている生クリームを鍋で温め、製菓用のチョコレートを加えてよく混ぜる。

これを冷蔵庫で固め、生地を焼くときに中に入れてやればいいと、思っていたより簡単にできそうでそれにも一安心。

 

 

 

そうやってして、それぞれが与えられた任務に携わっていたのだが、ちょっと目を離した隙に次の指示を与えるはずの司令艦、村雨の姿がないことに気付く。

 

「あれ、村雨はどこに行ったのかな? 混ぜ終わったと思うんだけど、もう冷蔵庫に入れちゃってもいいのかな」

時雨に答えるのは、自称味見係としてこの集いに参加している夕立だった。

「村雨なら血相を変えて出て行ったっぽい。すぐに戻ってくるって言ってたけど」

 

 

お花でも摘みに行ったのだろうか、そんな風に思っていると、なにやら廊下を駆ける足音が聞こえ──

「お、お待たせっ!」

 

肩で息をする村雨がキッチンに駆け込んできた。

そうして室内の注目を集めた村雨は、息も荒いままにこう言った。

 

「これ、チョコレートの隠し味にっ」

 

村雨が突き出した手に握られているのはスリムな形をした真っ黒の瓶。いかにもワインだ、という形をしている。どうやらこれを自室まで取りに行っていたようだ。

 

「なんだぁ、必要物資が揃ってないだなんて村雨らしくないな」

揶揄するのは同じく司令艦経験者の長波だが、実は、これは村雨の準備不足ではなかった。

 

元々使用するつもりのなかった物なのだ。

 

「へぇ、洋酒を隠し味に使うだなんて、ちょっと大人っぽくていいね」

 

素直に感嘆してくれた時雨ににっこり笑顔で返した村雨が、ワインのラベルを見せつけるようにして言う。

「そう、ヴァイゼンハイマー・ハーネン・シャルドネ・アイスヴァイン! 希少なシャルドネ種を使った究極の白、そのデザートワインです! これを使って最高のフォンダンショコラを提督にプレゼントしますっ!」

 

「おぉ、全然わからないけど、なんか凄そうだな」

 

 

村雨が隠し持っていたとっておき。正直フォンダンショコラの隠し味に使うにはもったいないワインなのだが、村雨は迷うことなくこれの投入を決断した。

敵戦力を見極めて作戦を立てるのが司令艦の役割だ。乙女としては、簡単にピエールマルコニーニに負けるわけにはいかないんだと! 見えない炎を体に纏わせ闘志に燃えていた。

 

 

「これは隠し味なので、ほんの気持ち入れるだけですよ」

 

使うと決めたら即決即断。とはいえ、開栓するときにはちょっとだけ逡巡することになった。

ドイツが誇る希少なワインだ。上質な甘さで豊かな味わいを約束する至上のワイン。僅かな量でも隠しきれないその存在感は神々の作りし大地の雫。も、もったいない……。

 

 

そんな村雨のとっておきを投入したチョコレートは、芳しい香りを放つ大人のためのチョコレートとして完成した。

「ん、こんなもんか。あとはこれを冷やして固めるだけか?」

 

「そうですね、フォンダンショコラの中身になるので、一粒チョコなんかよりかなり大きめにして固めましょう」

 

生地にナイフを入れ、中から溢れ出るチョコレートを見たとき、果たして提督はどのような顔をするだろう。きっと私たちの想像どおりの顔を見せてくれるはずだ。

その顔を思うなら、中身のチョコレートは大きめにしておきたい。

もちろん、それに待ったを掛ける意見など出はしなかった。

 

 

「次は生地作りですね、まずは材料を温めます。溶かしたバターをねっとりするまでかき混ぜてグラニュー糖と混ぜる間に、チョコレートと卵も温めておきますよ」

 

「卵も温めておくんだね、どのくらいの温度にしたらいいのかな」

「人肌になるくらい温めちゃってください。バターもチョコレートも油なので、温めておかないと乳化しづらいんですよ」

 

一人でいるときは結構ズボラな村雨は、自分の分だけだとインスタントやエネルギーチャージ的なゼリーで食事を済ませてしまうタイプだが、それでも料理のスキルはカナリのものだ。

 

彼女に作戦立案を任せて良かったと、参加する全員が成功を確信していた。

 

全ての準備が整った。

あとは提督に気付かれることなく夕食後にオーブンで焼いて、明日の朝一にでもプレゼントするだけだ。

 

きっと喜んでくれることだろう。

 

 

バレンタインデーとは、準備している時間さえも幸せ色に彩られた楽しいイベントだった。

今だってこんなにポカポカした気持ちになっているのに、明日になればもっと、胸に灯る想いを実感できることだろう。

 

それはとても幸せなことだと、口に出さずともみんなが感じているのだとわかった。




ホントはプレジロンSU-600という、砂糖の600倍甘い甘味料を使っての手作りバレンタインデー大作戦を書くはずだったのですが、文量が多くなったのでサクッと諦め。

甘すぎて舌先が麻痺するお菓子ネタは各人の脳内で展開してくだせぇ。


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お出かけの艦隊5

「命は皆一律に等しい。だから、それは付加価値によって測られる。人の命は平等で、そして優先順位はあるのよ」と言うのが霞。

「人の命は平等ではない。俺の隣に立つ者と、俺の前で対峙する者が同じ価値を持つはずがない」と言うのが提督。

「提督とそれ以外だね」と分けるのが時雨。



到着後の部隊展開はさすがの練度。

鈴谷は地図で当たりをつけた狙撃ポイントに移動し、阿武隈たちはいつでも銀行に突入できるよう付近の車の陰に陣取った。

 

 

現場から少し離れたところに停めたメガクルーザーの裏には提督と霞、それから刑事の男。ここが前線司令部代わりになる。

 

警察としては羨ましいところかもしれない。

事件が起こっている建物の前に司令部が設置されるなんて警察では起こり得ないだろう。つまりあれだ『事件は現場で起こってるんじゃない、会議室で起こっているんだ!』なんか違ったっけ?

 

しかしこの度はとてもイレギュラーに、事件の指揮をリンガ艦隊司令官が執る。

当人が現場にいるのだ。

刻一刻と変化していく状況にも柔軟に対応し、誰の顔色を伺うでもなく即決即断で事に当たれる。

 

『無線越しに命令だけ出すのは無責任ではないか?』と(のたま)う提督にとってはいつものことで、そして理想の環境でもある。

 

さて、あとは状況が整うのを待つばかり。そんなとき。

 

「ひゃっ!」

 

緊迫した空気が漂う中で変な声が出た。なんの前触れもなく、提督が後ろから霞を抱きしめたのだ。

眉間のシワをさらに深くした霞が口を開く前に、肩越しに顔を出した提督がじゃれるような体勢で呟く。

 

「作戦は変更だ」

 

周りからの好奇な視線が気になるが、提督に合わせて、まるで恋人同士のように背をもたれさせる霞。

提督の髪を撫ぜるようにしながらも、小声の口調はいつもと変わらず問う。

「なによっ?」

 

「どうもただの強盗騒ぎじゃ収まらないようだ」

「どういうこと?」

「妙に手馴れてる。突入の手口も鮮やか、現場の状況からも行内の制圧に時間をかけてないことが窺える」

 

言われて周囲の様子を確認する霞。現場に繋がる交差点はどちらも規制をかけている。現場に展開するのも早かった、それもあるが。

 

それにしても静かすぎる。騒ぎになるどころか野次馬一人いないのだ。まるで、強盗が銀行に押し入ったことに誰一人として気が付いていないみたいに。

 

「道一本向こうに大手の銀行があるはずよね」

先程確認した地図と現地の様子を重ねる。なぜ大手を避けてまでこちらの銀行に押し入ったのか、静かすぎる現場と合わせて嫌な予感が止まらない。

 

 

口を開こうとしたとき、霞の下げている無線に鈴谷からの通信が入った。

「ダメだぁ、木が邪魔して行内を狙える狙撃ポイントがないよー」

 

 

「まさか、全部計算されている?」

「出入り口を見ろ、突入時に身を隠すところはなく、オマケに中がどうなってるのか植栽が目隠しになってて外からは見えん」

 

イマドキの銀行ならもっと開口部を大きく開き、誰にでも入りやすい設計にしそうなものだが、確かに。この銀行は古いタイプなのか、そういった配慮がなされていないように思う。

 

メインストリートとも言える道から一本入ったところにあるので、交通量はそれなりにあるようだが歩行者はおらず、それも強盗には都合が良さそうだ。

 

さらに提督が言う。

「三方は建物に隣接してて、出入り口の他に突入できそうなところは唯一道路に面した窓側だけ、それも今はシャッターが降りてる」

 

光量はあの窓で確保していたのだろうか。今はシャッターで塞がれているソレはまるで灰色の壁のようだ。

銀行に使われるシャッターが一般的なものより頑丈にできている、なんて話は聞いたことがないが、さて。

 

幸いこちらは陸上訓練を経験しているリンガの艦娘だ。やってやれなくはないが、しかし中の様子がわからないままアレを火力で突き破って突入するわけにはいかないだろう。

 

 

 

提督が霞を抱き寄せているのを横目で窺い見る刑事。

何か勘付いたのかとも思ったが、その様子を確認し、すぐに気のせいかと頭を振った。

 

「あの霞って子。あんなかわいい顔もできるんだな」

安心しきったかのような顔で提督にもたれかかる霞は、どこにでもいる普通の、恋する乙女のように見えた。

「そんな場合じゃあないんだが、どうもやっこさんらとは感性が違うのかねぇ」

 

 

二人を知らない警察官たちから見たら、今も変わらずイチャついているように見える提督と霞。二人を知っている艦隊の艦娘から見ても『いつものようにイチャついている』としか見られていないのだが、ともかく、顔に胡散臭い笑顔を貼り付けたままの二人は話を続けている。

 

「強盗のプロ、なんてのがいるなら別だけど。でなければ軍隊経験者?」

「その可能性がある。事件発生から20分も経ってる、相手がただの強盗なら時雨が叩きのめしていても不思議じゃないし、そうでなければ強盗に成功した犯人たちがいつまでも行内に居座る必要もない。それに……」

 

言葉を切った提督に先を促すよう、霞が頬を重ねた。

「軍だ。俺の勘もそう告げている。陸さんかウチかまではわからんが、もしそうなら……そこまでわかっていて俺たちを現場まで引っ張ってきたとも考えられる」

 

目をつぶり小さく溜息を吐くと、霞が提督を押しやる。

 

「もぅ、そういうのは帰ってから。ね」

霞が提督から離れるのを見て、何人かの警察官が露骨に目を逸らしたのが癇に障った。

とんだ狸ね、やってくれるじゃないの。

 

 

「鈴谷、一旦戻って。それからイクを呼んでちょうだい、なんとか中の時雨とコンタクト取るわよ」

 

言っちゃ悪いが、ただの強盗であれば簡単な仕事だ。そんな風に霞は思っている。

なにせ、こちらの普段の職務は戦争なのだから。

過去には他国の軍隊と、そして今はその戦力も、目的さえも不明である未知の生物と戦っている。

 

今さら強盗程度を問題にしない。

それが強盗であるのなら、だ。

 

 

提督の言うとおり、強盗であれば長く行内に留まる必要などない。

ならば目的はお金ではなく、この状況を作り出すことである可能性が高い。

一番に考えつくのは人質をとっての声明発表。相手が警察なのか、マスコミを通じて世論に訴えることなのか、それはわからないが、そのお膳立てはすでに完了しているわけだ。

 

 

時雨は判断を違えない。

 

艦娘への世間の目や軍の立場もわかっている。

だからこそ、人質の安否よりも優先される事柄が発生したなら躊躇なく人質を捨てるだろう。

最悪の状況だと判断した場合。あの頭の切れる艦娘は“事件を無かったこと”にしてしまうかもしれない。

 

心配なのは、事件を解決できなかったときのことではない。

事件にできなかったときだ。

 




【※ ※】

春雨の髪から、肌から色素が流れるように抜けていく。陶磁のように真っ白なその姿は、生気というものをまるで感じさせない。

「誰にも見せたことはないんですけど、春雨の改二は誰とも共闘できないんですよ」


見誤っていた。白露型が持つその狂気を、一番色濃く身に宿しているのは夕立だと思っていた。
現に彼女は、帝國海軍の全駆逐艦の中で突出した突破力と火力を持っていたから。

コレは違う。根本的に、そんなモノではない。


「さぁ行ってください。じゃなイと……間違えテ、シズメてしまイまスヨ」


【言い訳】
また軍人さんの仕業みたいですね、この世界の軍人さんにロクなやつぁいないんですかね。決して考えなしに書きたいシーンだけを書いてきたツケを支払うハメになってるわけではなく。

春雨さんですか? 彼女凄いんですよ。ソロモンでブイブイいわしてた夕立と一緒に暴れてた艦で、みんな大好きソロモン海戦でも夕立と一緒に突撃してる勇敢な子です。
彼女については100話をどうぞ。

え? 好きな駆逐艦ですか?
一隻に絞れませんが、ソロモン繋がりなら朝雲さんが好きです。
ソロモンでもレイテでも、その練度の高さが伺えます。朝潮型はガチ。
朝潮型での戦果一位が霞なら二位は朝雲なんじゃないかなぁ。

霞さんは大東亜戦争の「功績便覧」とか読むと一隻だけ「不明」になってて面白いです。それによると朝雲さんは現状で六位になってます。
興味が湧いたら検索検索ぅ!


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!歳万國帝本日大(寄り道軍隊知識3)

筆が進まないのでとりあえず昔に書いてずっと投稿していなかった豆知識モノの第3段をば。

暇つぶしにでもなれば幸いどす。

その1 → https://syosetu.org/novel/212996/40.html
その2 → https://syosetu.org/novel/212996/126.html


今回のお品書き
【 艦の速度 】
【 海軍の方位 】
【 蛇足★敬礼 】
【 おまけ★駆逐艦 】
【 後書きと言う名の近況 】


【 艦の速度 】

 

↑┏ 一杯

速┃ 最大戦速

い┃ 第◯戦速

 ┃  ↑

 ┃ 艦で違う

 ┃  ↓

 ┃ 第一戦速

 ┃ 強速

遅┃ 原速

い┃ 半速

↓┗ 微速

 

船速ではなく戦速。これは戦闘速度の略。

第一戦速からは3ktごとに刻んで数字が上がっていく。艦によって出せる速度が違うので、第二戦速の上が最大戦速だったり第三戦速の上が最大戦速だったりとまちまち。

 

最大戦速の上にある一杯は過負荷全開の「リミッター外しちゃいますのよ〜」状態。無理をさせている状態なので、主機の破損と隣り合わせな緊急脱出用。

 

つまり「ボイラー一杯まで回せ! 最大戦速!」なんて言われるとなんのこっちゃってなる。

なんとなく勇ましい感じは伝わるので、まぁ良し。

 

 

みんな大好き! アニメ「はいふり」の第1話では、初めての出港時に「両舷前進原速赤黒なし針路一五◯度」と言ってますね。

 

出港してしまえば基本的に片舷で進むことなどないので、まあそこの説明は省く。

赤黒ってのはプラスマイナスを表してる。原速黒15と言えば原速の回転数より15回転増し増し。赤15なら逆に下げろよってこと。

 

船の速度を表すkt(ノット)ってのは「結び目」のこと、ネクタイの結び方にある「ウィンザーノット」。アレよ、アレ。

なぜ結び目かと言うと、昔は結んだ丸太を等間隔に浮かべて時間あたりどれだけ進んだのかで判断してたみたい。

 

ktの換算はカレンダーで覚えるのがいいです。

1kt = 1.852km

カレンダーの一日から下に一桁ずつ読んだときと同じになる。

カナリの昔に提督が山崎にそんな話をしてたはず。

 

 

 

【 方位 】

 

軍隊モノでよく見聞きする「3時の方向! 敵です!」ってやつはクロックポジション。12時は真正面。稀に昼飯の方向なんて使う人もいるらしい。

 

これは主に陸軍が使うイメージ。

 

 

海軍は方位で針路を示す。上のはいふり例だと一五◯度。

北が0度。提督がよく回して遊ぶ羅針盤などもあるし、海軍さんは慣れてるんだろう。

 

つまり一五◯度は南南東の方角。

横須賀女子海洋学校から出港するなら「まぁ、そうなるな」。

 

 

はいふりと言えば、アニメ表現としてはアレで非常に正しいが、陽炎型の舵輪はあそこにはないので参考にしちゃうとツッコミを入れられちゃうかもしれない。陽炎型の操舵室は本来あそこの下の階層。

 

 

針路は「(ふた) - (なな) - (まる)」と言ったりもする。現代で普通に表記するなら「2-7-0」。

 

特に呼び方が厳密に決まってるーなんてのはなかったんじゃないかと思う。海軍は陸軍と違ってどうでもいいところは結構ゆるゆる。

 

 

【 敬礼 】

蛇足にはなるが、敬礼の細かい規則も海軍にはない。

一時期よく言われた「海軍式敬礼」なんてのも特にない。狭い艦内にいるときに敬礼するなら肘を小さく畳むだけ。ただの周囲への配慮なので、甲板にいるときや陸に上がっているときなんかは普通にやってて、そんな写真も残っている。有名なところなら「瑞鶴甲板上での最後の写真」や「山本五十六長官の敬礼写真」がネットでも見られる。

 

 

あと「挙手の敬礼をするのは帽子を被っているときだけ」だ。

儀礼的な場ではノリで許されてる感があるが、こちらは自衛隊でも規則で決まってたりするので、制帽なしで挙手の敬礼をするとペナルティをもらいかねない。

 

はいふり最終話で敬礼している人としていない人がいるのは制帽の有無。なのでだいたいの艦娘は挙手での敬礼、敬礼と言われてイメージするアレを行わないわけだ。

薄い記憶によると、アニメ「ブレイブウィッチーズ」にて制帽被った誰かさんの敬礼に主人公姉妹が頭を下げて返礼してるシーンがあったと思う。

 

また、艦これ公式絵に「敬礼をする吹雪」がある。

ちゃんと制帽を被らせているあたり公式の“分かってる度”は高い。

 

 

【 おまけ 】

 

神風型 ┓ 特型前の艦種で、この2種は似てる。

睦月型 ┛ついでに峯風型も似てる。

 

特型(吹雪型) SpecialTypeと呼ばれる駆逐艦のドレッドノート。

        細分すると特Ⅰ、特Ⅱ、特Ⅲ。

        艦これ採用の吹雪型、綾波型、暁型分類はレアかも。まとめて吹雪型って呼ばれるほうが多い気がする。

 

 

初春型  ┓条 軍縮条約時代の艦種。

(有明型)┃約 初春型の5番6番は有明型とも。

白露型  ┛型 広義では村雨までを有明型にしてることもある。

 

朝潮型   脱条約。特型系譜に戻った艦種。おっきい

 ↓

グレードアップ

 ↓

陽炎型 ┓通称「甲型駆逐艦」。艦隊型(通常)の決定版。

夕雲型 ┛艦内電源が直流と交流であるほかはマイナーチェンジ。

 

 

別物

 

秋月型  防空駆逐艦として上のシリーズとは別クチの乙型駆逐艦。

 

 

別物

 

島風型  さらに別クチ。僕の考えた最強の艦隊型駆逐艦である丙型。

 

 

別物

 

松型   戦時急造の丁型駆逐艦。工程省略のためにいろいろ簡略化されてて、帝国海軍の最短建造記録やら最多姉妹艦記録やらを持っている海軍最後の駆逐艦シリーズ。安く早くがウリの艦ではあるが、使い勝手の良さは侮れなかった。

 

 

 

駆逐艦が役割ごと大きく変わったのは特型以降。上でも書いたが全艦通して吹雪型と呼ぶことのが多い気がする。その場合は「吹雪型24番艦電」のようになる。

資料によって分け方もいろいろ。朧型で分けているものもあれば、初春型白露型まで含んで特型と表記してるものもある。

なので初期艦選択時に五月雨が「特型」を名乗るのもあながち間違いとは言えない……かもしれない。

 

 

特型を車のクラウンだとすると、初春型や白露型の条約型駆逐艦はカローラ。がんばってクレスタ。

普通工業製品は後に出来た物のほうが高性能だが、ここのスペックはそうとも言えない謎な感じ。サイズが違うのでいろいろ窮屈ではあった。確か長さで6mくらいの差があったはず。

 

詳しくはトップヘビーな初春型から第四艦隊事件、有明型爆誕! までの流れをさらってみよう。新型のカローラの条約型と型遅れのクラウン特型……と言える? かもしれない。

 

司令駆逐艦や艦隊旗艦を妹が務めてることが多いのも同じ理由。

当たり前だが妹のほうが新しい。

 

 

初春型と白露型の間に有明型があったりなかったり。

その場合は村雨までが有明型になることが多い。最終的に春雨までを有明型に……となったが、白露以降と有明、夕暮は設計が違うので結局初春型、白露型分類で落ち着いた。危なかったぜイチバンさん。

 

超細かく分けると

初春型(初春、子日、若葉、初霜)

有明型(有明、夕暮)

白露型(白露、時雨、村雨、夕立、春雨、五月雨)

海風型(海風、山風、江風、涼風)

 

差異は微妙なところなので、駆逐隊は有明、夕暮、白露、時雨で組んでいる。いた。

 

 

条約破棄後に新しく造ったのが朝潮型。

これのバージョンアップが陽炎型。

 

両者の違いも微々たるもの(暴論)なので、こちらも霞、霰、陽炎、不知火で駆逐隊を組んでいる。

艦これ的には霞が朝潮型の末娘だが、彼女を9番艦にしている資料も多い。霰改二が「霞姉さん」と呼ぶのもそんなところから。

 

 

夕雲型は陽炎型のマイナーチェンジモデル。

あえて強引に言うと、この3型はみんな似たようなもんだ(違う)。

しかし陽炎型と夕雲型はホントに似たようなもんだと思ってくれていいと思う。分かりにくく説明すると、モデルチェンジ前のクラウンと現行のクラウンくらいの差だ。

 

雲シリーズの夕雲型、さらに夕雲、巻雲、風雲と駆逐隊を組んでたことから長らく夕雲型だと思われてたのが秋雲さん。

正しく陽炎(不知火)型になったのは1994年のことなので、本人的にはまだまだ慣れないだろうと思う。

 

 

雑木林シリーズは面倒なので省略。

 

 

一応言っておくと、話半分に聞いておいてね。

そしてここいらの知識が物語の本編に活用されることは多分ない。多分。

 




イベントはE6を終えて休憩中。
連休中にプラモでも作るかと考え、なぜか土台とアクリル板まで買ってきた。波に翻弄されつつも戦う駆逐艦をジオラマで製作中。

あとその合間の息抜きに艦娘絵を描いたり、なんだかんだと艦これ漬け。時雨のドールヘッドが欲しい今日この頃。

銀行強盗の続きどうしようかなぁ、と頭を悩ませつつも、基地の畑で捥いできたばかりのトゲトゲが激しいキュウリをあの娘に突っ込むプレイ話を書いて精神の安定を図っています。
ラバウルの人たちも総出で畑を作ったりしてたので、基地に畑があるのは特におかしくないだろう。それ以外がすべておかしいけど。

それではまた、次話でお会いしましょう。


追伸
心優しいお便り待っておりまっす。


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〜艦娘の一番長い日〜2

提督はいわゆるギャンブルの類をまったくしない。曰く「人生っていう最低のギャンブルに臨んでるんだ、わざわざ他のに手を出す必要がない」。

ちなみに彼は大穴狙い。



奥歯を噛み締めた金剛が指示を出す。

「アヤナミ、カスミをドックへ! ASAP」

その声に反応し、速度に優れた綾波が制止する間もなく倒れた霞を担ぎ上げて部屋から飛び出して行った。

 

それと同時に、獣のように飛びかかったのは激情を滾らせた夕立。

「時雨! 夕立たちを捨てるっぽい?」

 

暴力そのもの、そんな荒ぶる夕立の腕を風のようにかわす時雨は不気味なほどに、この状況下でも変わらぬ涼しい顔をしている。

 

「君にも邪魔はさせないよ」

(おか)の上で夕立に勝てる?」

 

対峙した姉妹。瞬く時も与えずに、赤い双眸の獣があっという間に間合いに飛び込む。

 

ここは夕立の狩場だ、その純粋な暴力から逃れられた者は一人もいない。

空気を切り裂くような荒々しさで、猛禽のような夕立の指が襲う。

手加減などない必殺の技。捕まれば時雨の肉を引き裂き、命を啄ばむのだろう。

 

しかし、それだって捕まれば、だ。

時雨はそれを最小限の動きで避けると、そのまま流れるような動きでカウンターを放つ。まるで分かっていたかのように、よくできた、それでいて性質の悪い演劇を観せられているように。

 

 

時雨の鋭い拳が夕立のアゴ先を打つ鈍い音。その、たったの一閃で、夕立は糸の切れた人形のように倒れ込んだ。

「君が僕に勝てるとでも思ったのかい」

 

 

 

あの夕立が為す術なく倒される。これは悪夢だ。

霞と夕立が戦えなくなり、綾波が離脱したこの場で時雨を止められる者などもう誰もいない。彼女の障害は全てクリアされたのだ。

 

 

「僕だけで十分だと言ったよね? それは海上でも陸上でも、ただ僕が一番強いからだよ」

意識を失った夕立を見下ろし、なんの感慨もなさそうに言う時雨。

まさか、まさかだ。この状況は、ここに居並ぶ艦娘たちにとっては衝撃以外の何物でもない。それは悪い夢のようだった。

 

 

 

秘書艦としてずっと提督と共に過ごしてきたという時雨。

めったと海に出ない彼女ではあるが、攻勢に出る作戦では常に一番の激戦になると予想される役に身を投じていた。

先陣を切るのも時雨。最深部の旗艦を相手取るのも時雨。ときには殿軍として敵性海域に残り、友軍の撤退支援までしてみせた。

 

そして一度海から上がれば、提督の一番近くに座して彼を警護するのも時雨だ。そのため陸上での訓練も当然のように修めており、近接戦闘もそれなり以上にこなせるのだと聞いていた。聞いてはいたのだ。

 

しかしまさか、司令艦として艦隊に君臨する霞も、格闘戦で頭一つ抜けた実力を持つ夕立でさえも、こんなにも簡単に戦闘不能に追い込まれるとは思いもしなかった。

 

 

気負った風でもなく、激情に身を滾らせるでもなく。いつもと変わらない静かな彼女のままに、稀有な実力を有している二人を、まるで歯牙にもかけずに降すなど想像の及ぶところではなかった。

 

彼女たちは見誤っていたのだ。

帝国海軍で奇跡とまで呼ばれた最上の駆逐艦。時雨の本当の姿を。

 

 

未だその力の底を見せすらしないこの駆逐艦を相手取り、その暴挙を止めることなどできるはすがない。

軽挙に動くことすらままならない、この息が詰まりそうな空間でただ一人、いつもの顔を崩さない時雨は、まるで格が違う存在だった。

 

 

 

「金剛、君の判断ミスだね。霞ならきっと、自身の延命のために綾波を離脱させたりしなかったよ」

 

綾波の速さは眼を見張るものだったが、時雨にとっては決して捉えられない物ではなかった。見逃したのはわざと。さすがの時雨でも夕立と綾波の二人がかりで来られては無事では済まないと判断したから見逃したのだ。

 

 

彼女が彼女の意思でここを出て行くのに、もう障害はなにもない。

そうして彼女は提督に寄り添うようにして、振り返ることなくここを出て行った。

 

 

なにもかもを置き去りにして。




なぜこんなことに?

さて、次からはここに繋がるための話が始まるはずですが、まったく書けていないのでいつ読めるかは不明です。(・ω<) テヘペロ

ここに鈴谷や阿武隈がいてくれたなら、少しは変わったのだろうか〜ん。


それとは別に、久しぶりとなるあの人たちの、なんてことのない日常回がそろそろ投稿できそう。
ただの筆休めなので内容はあってないようなものですが、そんな日常のお話こそが彼ら彼女らの人間性(?)ってやつを補強していくのだ。
決して筆休めばかりが投稿されていく理由を正当化しているわけではなく。


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〜ある日の横須賀鎮守府〜

秋の夜長、お供にどうぞ。

なんだろう。昨夜の投稿から急にアクセスとお気に入りが増えた。
なにかのタイミングが偶然あったのだろうかー。

もしかすると今の「あらすじ」に騙された人たちなのかもしれない。先に謝っておこう。結構な頻度であらすじを書き直しているが、アレは全部嘘だ。


急に思い立ったので絵を描いてみた。
よし、描こう! と思ったのが出先で、さらに筆ペンしか持っていなかったが、何事も成せば成ったようだ。
それをパソコンに飛ばして整えたのがコチラ!!

【挿絵表示】


これは妄想の中の下巻である『彼岸の花弁』の表紙。
上巻『此岸の果実』は花を持った時雨なんだけど、同じく筆ペンで描いてみたが納得いかないので、いずれそのうち描き直すかもしれない。



「姐さん姐さん! 大変ですよっ!」

 

静寂な空気を打ち壊したのは、いつもは静かな執務室の扉をノックするでもなく開け放ち、開口一番に大声を上げて飛び込んで来た男。

 

「いてっ」

 

男が部屋に一歩足を踏み込んだ瞬間、なにかの衝撃に耐えかねおデコをさすってしゃがみ込む。その足元には同じくおデコをさする涙目の妖精さん。

 

 

「その呼び方はやめてくださいと、そう言いました」

 

やりました。とでも言わんばかりの、しかしいつもと変わらない能面顔で椅子に腰がけ、振りかぶったままの姿を見せる、そんなサイドテールの女性を見て「この人、手近にあった物を投げつけようとして妖精さんを投げちゃったんだな」と理解した。

 

巻き込まれた妖精さんに安否を問う、駆け込んできた男は山崎。

元々は呉鎮守府に所属していたが、訳あって横須賀に匿われるように所属を変えた男。ある意味では被害者とも呼べる環境だが、当人が当人なのであまり悲壮感はない。

 

彼はその適応力を発揮し、今ではそんな環境だけでなく妖精さんなる存在をも当たり前に受け入れている。この運の悪い妖精さんに限らず、加賀が連れている妖精さんなら全員と顔見知りになっている程度の適応能力と言えば、ある種の化け物と呼べるかもしれない。

 

 

「だ、大丈夫っスか?」

「ヤマザキ オレハ モウダメダ。シデンカイヲ……シデンカイヲ タノ……ム」

 

大丈夫そうなので放っておこう。妖精さんはそのかわいらしい容姿に似合わず頑丈なのだ。特にこの妖精さんとは一緒にギンバイを楽しむ仲だ。そして見つかったときには、いつの間にか首謀者を山崎に仕立て上げて被害者面をしていた妖精さんなので慈悲もなし。

 

 

 

加賀という女性。見知らぬ人から見たら能面なのだろうが、これで喜怒哀楽が人一倍激しい。今もあのポーカーフェイスの下で投げてしまった妖精さんの心配をしていることだろう。

それがわかるくらいには同じ時間を共に過ごしてきたはずだ、なんだかんだとここに来てからもう一年近くが経つ。

 

それもこの男、山崎が物怖じしない性格だからこそだろう。

彼女も口に出しては言わないが、付き合いの難しいタイプであろう自分を相手に、よくここまで親しく接してくれるものだと、感謝と共に諦めの感情を持っていたりする。

 

 

 

「そうでした。じゃなくって、大変なんですって姐さん! これ、提督からの電文──」

 

懲りずに姐さんと呼び続けるのも、山崎が山崎である証明なのだろう。いつもならジッと冷たい視線に晒されるか、今度は彼女が手にしている立派な万年筆あたりが飛んできそうなものだったが、そうはならなかった。

 

 

山崎は驚いていた。

 

執務机で書き物をしていた姐さんと呼ばれた女性。横須賀鎮守府の重鎮の一人である海山中将の秘書艦であり、今は南方の小島に居を構える提督の育ての親とも姉とも言える加賀が、表情一つ変えることなく、しかし目にも止まらぬ速さで椅子から立ち上がり山崎の手から書類を取り上げ、気付けば何事もなかったかのようにまた椅子へと戻って黙々と読み耽っていたからだ。

 

 

どうやら「提督」というキーワードに過剰反応したらしい。真顔のまま行われる高速移動はホラー映画のようで本当にビビる。

しかし今はそんな場合ではない。

 

 

「これは」

書類を確認し終えた加賀が、つい声を出す。

まったくいつもどおりの平坦で、なんの感情もこもらない声色に聞こえるが、山崎スケールによるとこれで彼女的驚愕だ。

 

加賀と呼ばれる女性は、帝都の護りであるこの巨大な鎮守府の大御所の一人で、一航戦と呼ばれるなにからしい。

それがなんなのかはあまりよくわからないが、とにかく凄いのだろう。

なにより中将の秘書艦であり、あの提督の姉上だ。

そんな彼女はそれらに恥じない程度に優秀で、なにがあっても動じない肝の座った人というのが山崎の印象だった。だからこの驚きっぷりは予想以上のもの。

 

 

だが、驚いてくれる彼女は山崎が想像するよりも彼女らしく、とても好感が持てる。

その話を小耳に挟んだ山崎も飛び跳ねるほど驚いたからだ。だからこうしてここに駆け込んで来たのだ。

 

 

「どうします!? 姫が姫を見つけたって、援軍を求むって!」

 

山崎は時雨を姫と呼ぶ。多分、(時雨)(港湾棲姫)を見つけたと、そう言っているはずだ。

それが伝わったかどうかはわからないが、それを聞いて音もなく、再び立ち上がった加賀が壁に立て掛けられていた自身の艤装を手に取る。

 

 

加賀が驚いてくれたことで、逆に落ち着きを取り戻していた山崎がまた慌てる番になった。

 

 

「ま、待ってください! なにしてるんですか!」

「決まっています。出撃の準備です」

 

黙々と準備をしながら、端的にそう言い放つ加賀。

テキパキと、いつにもなく俊敏な動きだったがその所作は美しく、物音一つ立てない彼女は育ちの良さを伺わせる。

 

が、今はそんな場合ではない。

 

「姐さんって戦える感じの人なんですか? でも勝手に行ったらマズいんじゃ、中将に怒られますって! それに、行くなら自分も連れて行ってくださいよっ!」

 

言いたいことも聞きたいことも山とあるが、とにかく勝手に出て行くのはマズかろうと思う。提督なんかはカナリ自由にやっているようだが、ここは軍隊で、しかも中枢の中の中枢だ。

よしんば駆け付けることができるのなら、そこにはなんとしてでも着いて行きたい。今のところなんの権限も持っていない下っ端軍人としては、彼女に手を回してもらわないと絶対に叶えられない望みであるくらいは理解できる。

 

 

「あの子が呼んでいます。なら駆け付けるのが私の役目です。貴方を連れて行くと時間がかかるわ、貴方には私の代わりにあの人のお守りをしていてもらいます」

 

今にも部屋を出て行きそうな加賀の腕を掴み懇願するが、どうも取り合ってはくれない様子。しかもあの人ってのは海山中将のことか、加賀の代わりに秘書を務めていろだなんて無理が過ぎる。

 

 

「自分も行きたいんですっ、絶対役に立ちますから!」

「私が一人で出たほうが早いのよ」

「船に乗るのに一人も二人も変わらないじゃないっスか!」

 

なんとか考えを改めてもらおうと腕に縋り付くが、山崎を引き摺ったままグイグイと進む加賀は止められない。

山崎はこれでも鍛えられた軍人だ、それを物ともしない歩みはブルドーザーのようで、とても女性とは思えない力強さだった。

 

さりげなく山崎の肩に乗っていた先ほどの妖精さんが「オレトキサマダ ココハ マカセテオケ」と言っているのがドヤ顔気味で少しだけイラッとした。

 

 

くっ、自分では止められないのか。

そんな風に山崎が諦めかけたとき、不意に声を掛けられた。

 

 

「はぁ、いったいお前たちはなにをやっているんだ」

 

 

今まさにドアノブに手を掛けようとした加賀だったが、それより前に開かれた扉から嘆息混じりの声が室内に届く。

 

 

「あれ、長門さん?」

「こら山崎。勝手に書類を持ち出すとは何事だ、それは返してもらうぞ」

 

そう言って加賀が握りしめていた書類を受け取る黒髪の女性。現れたのはちょくちょく山崎と立ち話をする仲である長門だ。

実を言うと提督からの電報は彼女が持っていた物で、偶然その内容を知った山崎が、これは一大事だとつい持ってきてしまったのだ。

 

「残念だが、お前を出撃させるわけにもいかん。さぁ戻るんだ」

「長門、たとえ貴女でも邪魔はさせません。ここは通してもらいます」

 

加賀の行動を阻む長門に、今にも掴みかからんとする剣呑な声で加賀が言うが、それを気にする風でもなく「頭を冷やせ」と、長門は軽く加賀を小突いで見せた。

 

一触即発かと気を揉み身構える山崎だったが、それは杞憂に終わる。

山崎の知る加賀は、誰かに頭を小突かれて笑って流せるタイプではないはずだが、長門はどうやら特別らしい。

 

凛とした表情の長門が諭すようにして加賀に言う。

 

「お前の足では何日掛かるかわからん。援軍はもう南方から出ているはずだ、ここは友に任せておけ」

 

 

「あの子が助けを必要としているんです。私がここで見ているだけなんて、我慢がなりません」

今度はハッキリと、落ち着き払った声で加賀が自分の意思を告げる。

 

「これは命令だ。加賀、お前にしか出来ない手助けの方法もあるだろう。それを為すのがお前の役割だ」

 

それに返す長門の声は優しく、そして心情に寄り添うものだったが、しかし意志の固い、絶対に覆らないだろうと感じさせるなにかが確かにあった。

 

これは、自分たちが提督の元に駆け付けるのは無理だろうなと、山崎が判断するのに十分なほどだ。

でもそれよりも、脳裏に浮かんだ疑問はもっと別のもので、それは条件反射のように、なにも考えずについ口から溢れた。

 

「あれ、長門さんってもしかして偉い人なんですか?」

 

 

 

部屋に立ち込めた緊張感が時間を止め、そしてすぐに霧散していく。

山崎の問いを聞いて気が抜けたのか、加賀が手にした艤装を置き、大人しく机に戻っていった。

この男はいちいち場の毒気を抜いてしまうのだ。稀有な才能と言っていいのかもしれないが、慣れないものだと加賀は思う。

 

 

 

男前な笑い声を響かせたあと、快活に長門が言った。

 

「なんだ、お前は知らなかったのか? 私は聯合艦隊旗艦の長門。まぁそうだな、偉いひとなのかも知れん」

 

聯合艦隊旗艦。それは帝都を守護する要たる横須賀の、そしてこの国を護るための最強の矛。

あぁ、このひとは艦娘なのだと、山崎はそのとき初めて知った。同時に、今まで気軽に立ち話をしてきたが、失礼があったのではないかと気に病む。それがどのくらい偉い物なのかはわからないが、わかる範疇にないくらい偉いことはわかる。自分程度の人間がおいそれと話し掛けていいものでは到底ないこともだ。

 

 

そんな山崎の葛藤に頓着せず、執務机で難しい顔をしている加賀に長門が声を掛ける。

「加賀、馳せ参じたいのはこの長門も同じ気持ちだ。わかるだろう?」

 

返答をしない加賀に、困った奴だと溜息を吐いてから長門は壁に立て掛けられた艤装を手にして言う。

「念のためだ、お前の艤装はしばらく預かるぞ。なに、心配はいらない、すぐに吉報が届くだろうさ」

 

 

用事は済んだと言わんばかりに背を向ける長門が部屋を出るとき、物のついでのように山崎にも声を掛ける。

 

「ああ、山崎。だからと言って、特に畏る必要はないぞ。人前であまり馴れ馴れしくするのも困るが、私とお前の仲だ。今までどおり接してくれ」

 

 

彼女はそれだけ言うと、後ろも振り向かず颯爽と出て行ってしまった。

サラサラの黒髪を伸ばした綺麗な女性だが、その性格は竹を割ったようで、非常に男前だ。心の中でアニキと呟いたが、本人の前で口にするのはやめておこう。きっと冗談では済まなくなる。

 

 

 

「なにも出来ないというのは辛いものね」

浅い溜息を吐きながらそう言う加賀に、同じ気持ちを抱えた山崎が言う。

「とりあえず神社にお詣りでも行きます?」

 

なにかしたいが、なにをしていいかわからない、なにも出来ない自分たちなのだ。

しかし元来、脳より体で考える山崎は、ただジッとしているしかない現状でも、それでもなにかと考えた末のこと。思いついたのは結局神頼み。なにもしないよりは、そんな考えではあったが、意外なことに加賀は同意し、すぐさま行動に移す。

 

「外出の許可を貰ってくるわ。出る準備をしておいてちょうだい」

 

 

 

このあと、なぜか石川県の神社まで足を伸ばそうとする加賀と押し問答の末、結局靖国まで付き添いさせられることになるとは、このときの山崎はまだ知るよしもなかった。




本日の夕飯は「和風バターしょうゆステーキのワサビソースあえ」。
ワサビで食べるステーキの美味しさに気付いたとき、君は一つ大人の階段を上るわけだ。


ふぅ、スカートで山登りする艦娘さんたちの後ろに着いていきたい。


【おまけ】

それから数日経って、グランドに呼び出された白露たち。
そこへ、水の入ったバケツを運んでいるような足取りで霞が近づいてくる。
「はいこれ、ダンスの曲」
そう言った霞は両手で持っていた円柱型のゴツい物体を持ち上げて白露に「重いんだから早く持って」と手渡す。

「わっわ、何これ」
手渡されたのは音楽プレーヤーだ。ただし、屋外で使用するのを前提に作られた物のようでかなり大きい。

「うへー、重い」
それもそのはず、武骨なデザインをしたその大きなプレーヤーは6kgを超す重量があり、そのサイズから艦娘が陸上で持つにはしんどい代物だ。
「まずはウチの備品扱いにしてあるから、大事に使ってちょうだい」


モニターに表示された曲名を見て白露が問い掛ける。
「なんて読むのこれ?」
「アナタのとこの次女がウチの司令官に嫌味を言う海軍高官を見てるときの様を表したいい言葉よ。四文字熟語くらい知っておきなさいな」


「ふ〜ん。いい曲なの?」
「さぁ? 艦娘が踊るならまず外せない課題曲らしいわよ」



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お出かけの艦隊6

今になって「ここすき」なる機能を発見。
本文でフリックすると「ここすき」が出るのね。増えろ(迫真)。

お気に入りとかしおりとか増えて嬉しい。お気軽に(作者の心に優しい)感想書いてくれると嬉しい。増えろ(懇願)。

全部すっ飛ばしてクライマックスと最終話を投稿したい欲に駆られているが耐えている。最終話はやはり最後に投稿しなくてはね。
安心してくれぇい。


今年もあの都市がカタカナで呼ばれる時期がやってきた。
黙祷。



少し遡り、提督のお使いで足を伸ばした銀行では時雨が一人考えを巡らせていた。

 

「さて、困ったな」

 

彼女はそう口の中だけで呟く。

 

 

いつも静かな場所なのだろうが、今は特に、静まりかえった空間と言って差し支えはないと思う。

 

そんな中で、できるだけ目立ってしまわないようにと小さくなりながら椅子に腰掛けるのは、パリッと糊付けされた襟で清潔感を漂わせながらもタータンチェック柄のスカートから覗く太ももが美しい。透き通った赤色のフレームがさりげないアクセントになっているアンダーリムの眼鏡を掛けた私服姿の時雨だ。

 

お洒落のためというより、目元を隠すのに都合が良いとの理由で眼鏡を掛けることが多い時雨だが、こんな風に役立つのはさすがに想定の範囲外である。

しかし、こういった状況にはピッタリだった。

 

人の印象は瞳で大きく変わるのだと、基地幹部を対象にした講習で教わった。

太めのフレームで瞳を隠すように振る舞えば、それだけで相手の印象に残りづらい。

あまりオススメはしないが、ちょっと前に流行したレイバンなどの黒縁眼鏡を一本持っておけば強盗するときに役立つかもしれないので、余裕があれば買っておくのもいいだろう。

 

特にレイバンは軍人とは切っても切れない関係にある。マ元帥こと連合国最高司令官ダグラス・マッカーサーのトレードマークでもあるレイバンのサングラスは、米陸軍航空隊のパイロットが太陽光線から目を守るために進化し、軍隊と共に成長したとも言えるブランドでもあるのだ。

 

 

 

 

「強盗……なんだよね。どうしようか」

 

銀行内には目視できるだけで八名の男がそれぞれ小銃を携えて陣取っている。

まさかそんな姿で借り入れの相談に来たわけではないだろう。

 

まずは大人しく人質になりきり、どう動くべきか様子を見ようと思う。

ただの強盗であれば、このまま一般人を装い事件の収束まで息を潜めていればいい。

できる限りのことはするとして、それでも万が一が起きた場合。ここにいるのはただ人質になっていただけの一般人。問題はない。

気になるのは提督の元へと帰るのが遅れることくらいだ。

 

ただ……。

 

 

 

「妙だね」

 

突入が鮮やか過ぎやしないかい? と思った。一度考えが及ぶと、その奇妙さはしこりのように違和感となって思考を占拠した。

そうだ。突入に手間取っているようなら、その混乱に紛れて自分一人が外に出ることもできたはずだ。

 

なぜそれができなかった?

 

 

受付の番号札を受け取り、自分の番を待っていた。ただそれだけだった。

突入は瞬きの間に完了し、まず出口を封鎖された。ほぼ同時に行内の客に銃口が向けられ、時雨たちが人質の役割を受け取ったときには、すでに行員の身柄は抑えられていたのだ。

 

ものの1分もしない短い時間で行内は完全に制圧されていた。

視線を上げないまま、美しく磨かれたガラス玉のような瞳で行内を観察する時雨。

強盗の立ち振る舞い、交わされる会話、銃の構え方に歩き方。

 

街で見かけたなら、それは非常に目立ったことだろう。時雨にとっては日常的に目にしているそれら。そこから導き出される推論は──。

 

 

 

「この人たち、軍隊経験者だ」

 

 

妙に姿勢が良く、視線も上半身もブレがない。一般人に混ざるとそれがよくわかる。

人は見た目が9割と言うが、それは顔の造形だけではなく、そういった所作も含めてのものだと思う。

姿勢の良い人間は良くも悪くも目立つのだ。

 

 

時雨に経験はないが、銀行強盗などを行う場合、もう少しキョロキョロと、忙しなくしていても良さそうなものなのにとも思う。

 

特に、その銃の扱いが目に止まる。

普段から慣れ親しんでいる者でもない限り、武器を持つと浮き足立つものだ。

提督なんかも『銃を持つと強くなった気になり興奮するのが男の子だ』と言っていたし、小銃を何気なく持つ姿だけで持ち慣れているかどうかはすぐわかる。

 

今となっては遠い過去の事件に過ぎないが、なんとか国なる集団が定期的にネットにばら撒いた動画の中には、明らかに小銃の携え方が慣れ親しんだ者のソレではないとのことから、エキストラ疑惑が持ち上がった物まであったらしい。

ソレを指摘するネットの有識者たちが、じゃあどれほど小銃に親しんでいたのかは謎のままだが、時雨にとってはそうじゃない。

 

リンガの艦隊では小銃、いわゆる自動小銃(アサルトライフル)の採用はしていないが、短機関銃(サブマシンガン)のMP5なら訓練でも使う。

時雨自身もMP5を担いだまま動けなくなるまで走らされたものだ。

 

もちろん。艦隊で行われる訓練は実戦で使える、実戦のための訓練である。なにもMP5を3kgの重り代わりに使っているわけではない。

ただ持って走るだけでなく、担当教官(主に鈴谷)は常にその銃口の向きをチェックし、それが正しくなければ容赦なくペナルティを与えてくる。

 

『銃口を人に向けるな』

 

これが、リンガにおける陸戦教練の合言葉。

厳密にはそれに『銃口はクソったれ野郎に』と続くが、霞が難色を示しているのであまり大っぴらには言えないのだとか。

 

ともかく、そういったポリシーの元で行われるリンガの訓練では、ローレディと呼ばれる銃口を下げたポジションにて、いついかなるときも銃口が友軍の足に向かないように。それを無意識に、呼吸をするように自然にできるまで繰り返し行われる。

 

 

それが、ごく当たり前にできている強盗たち。

友軍の足はもちろん、その銃口は人質にだって向けられていない。

まず間違いなく、正規の訓練を積んでいる軍人だと、時雨が判断した理由だ。

 

 

時雨が思考の海に沈んでいると、意識の外で子供がぐずり出したのか、声が聞こえて来る。幸い激昂した犯人の声も、実力で黙らせる意思も感じない。男たちは案外と紳士的なのかもしれない。それは喜ばしいことだが、作戦行動に支障が出ないというハッキリとした自信も感じてしまう。

 

早く提督の元へと帰りたいが、やっぱりそれは叶わないだろう。その願望はそっと胸の奥へとしまいこみ、今、考えなければいけないのは、どう行動すれば一番彼の足を引っ張らないかだった。

 

 

自分がただの人質でありさえすれば、事件の結末などどうなっても構わない。そう言い切ってしまうと語弊もあるかもしれないが、ソレは自分たちの仕事ではないだろう。

問題は、自分が軍関係者であると、艦娘であるとバレてしまった場合。

 

艦娘として人質を守り、事件を解決できたなら、それが最も望むべきことだろう。

そして最悪の事態とは、そのように行動した結果、人質に犠牲が出てしまった場合だ。

 

 

何人助かったではなく、何人が犠牲になったかを数えるのが日本人だと、いつか提督が言っていた。

故に、それはハイリターンではあるもののハイリスク。

 

時雨に行動を起こさせないのは国民世論のせいだとも言える。こんなところで、提督の考える友人たる艦娘に泥を付けるわけにはいかないのだ。

それらを念頭において考えると、行動を起こさないことこそ、ベストではないがベターの選択であると時雨が判断するのも仕方がないことだった。

 

つまり、この状況で目立つのはゴメンだ。に尽きる。

 

 

その時雨の考えは、ある意味で強盗犯を信頼した上で検討されたものだ。

 

時雨にとって強盗の成否は問題ではないが、成功してもらうのが一番拘束時間が短く済むだろうと考えただけ。

無事に解放され、提督の元へと帰って日常を過ごすだけが時雨の望みなのだから。

 

 

男たちの練度から、強盗は短時間のうちに成功し、そして逃亡するのだろうと思っていた。もたもたと、警察が駆けつけるまで現場に立て篭る理由が思いつかないからだ。

 

 

そしてその期待は、残念ながら裏切られることとなった。




とても今さらだが、124話『愁嘆慟哭そのあとに』の前日が11話の『〜ブレザーと対物ライフル〜』だったりする。

そして85話『〜初めてのおつかい〜』は送り出す話で、それを迎えたのが18話の『〜長波サマと一緒!〜』。

だからどうしたって感じだが、特に意味はない。

もひとつオマケに、なぜか60話の『〜ハチミツを落とした紅茶〜』だけ『※』で始まっていないが、アレは未来の話。95話の『※絶望は、君の顔をしている。※』よりももっとずっと後で、多分本編では書かれない隙間の期間。

アレの後はもう最終話が1話あるだけで144話の『※それは蛇足の物語※』に続く。


さて、このあとどうしよう。


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〜いつかの共同作戦。その外れ〜

お盆に間に合わなかった話。
この話と次話のほんの少しで終わります。



秘書艦時雨

言っても彼女は秘書であって副官でも副長でもないです。
艦隊では提督の方針により権限を持ってますが、時雨は秘書の職分から外れないので使われることは基本ない。
艦これ本家(ゲーム)と2次創作で1番ギャップが激しいのが秘書艦の扱いだと思う。よく考えてみると、そういやゲーム内での秘書艦たちはプレイヤーの補佐以外はしていないように思う。

そう、時雨は秘書なのだ。



大海原に一人だった。

海はどこまでも広く、その深い色は昂る気持ちも、そして緊張や不安も一緒くたに飲み込んでしまうかのようだ。

 

 

見渡す限りの青の中、敵艦載機が遥かな空から飛来するのが見える。

こんなところで沈むわけにはいかない。

兎にも角にもまずは迎撃しなくては、彼女は自らを奮い立ちせるように声を張り上げて妖精さんたちに指示を出す。

 

「対空射撃! いや違う、直掩機上げて! 迎撃よ!」

 

なんてことだ、せっかくの初陣なのにこの状況。ここで合流するはずだった艦とはまだ出会えていない。一人きりで立つ寄る辺ない海は彼女の心を不安にさせる。

 

 

いや、こんなことでは先輩に笑われてしまう。どのような戦場でも臆することなく務めを果たした先輩に恥じぬよう、弱い心を叱咤し、頬を叩いて自分に言い聞かせる。

 

「大丈夫よ葛城! 訓練はしっかりやってるんだから!」

 

 

尊敬する大先輩とそれこそ毎日のように猛訓練に励んだのだ。彼女のセリフが思い出される「訓練は実戦のように、実戦は訓練のように。わかる葛城? アナタの流した汗はアナタを裏切らないわ」。

 

 

キッと空を睨み、矢をつがえる。

いざ初めての戦いを、と思ったその時だった。

 

「へっ?」

 

 

素っ頓狂な声。まさか自分がそんなものを口にするとは。

しかしそれも仕方がないこと、まるで予期せぬことが眼前の上空で起こったのだから。

 

 

 

「ごめんごめん、ちょっと遅れちゃった?」

 

颯爽と現れたのは小柄な体躯の軽空母だ、その小さな彼女が敵の航空戦力を蹴散らした。

単艦で海に在った空母葛城を目掛けて飛来した物たち。それらはこの小さな彼女の繰り出した艦載機によりその全てが爆発四散して海へと還ったのだ。

 

「お、っそい。今回の作戦は私たちの上空援護に掛かってるのよ! しっかりしてちょうだい」

 

助かったことへの安堵なのか、それとも驚きなのか。我に返った葛城は、遅れて合流してきた女性に対してついつい強い口調で責めてしまった。

あ、しまった。と思ったが後の祭りだ。

本当は、まずありがとうと、そう言うつもりだったのに。

 

「ごめんねー、ここ目印もなにもなくて」

しかし遅れてきたその子は特に気にした風でもなく、頬をかきながらそう答えた。

 

こんなところに目印などあろうはずもない。海上でなにを言ってるんだかとも思ったが、それもいい。まずは彼女の朗らかさに感謝だ。

 

 

「もういいです。さ、行きますよ」

 

 

「いやー、私なんにも聞いてないんだけどぉ、これからなにすればいいのかなぁ?」

「なんで作戦概要も知らないんですか!?」

「だって、制空確保と航空支援だけやってればいいって言われたから」

 

朗らかな彼女に感謝したばかりだが、早々にその考えは改めないといけないかもしれない。

大きな溜息が出た。初陣の自分にあてがわれたのがこんな頼りにならない僚艦だとは……。今次作戦は各基地との合同作戦だ。私の僚艦にと彼女を送り込んできたのはリンガの基地司令官だったはず。呉とリンガの司令官とは確執があると噂に聞いたが、これはその意趣返しなのだろうか。

 

 

「着いてきてください。一足先に前線に向かってる先輩と合流します」

「先輩?」

「そうです。先輩と合流できたらもう私たちの出番はないかもしれない、そんな凄い人なんです。そうじゃなかったら、とても今回のような大規模戦で私や貴女が起用されるなんてことないですから」

 

上でのやりとりなど私にはわからないし、現場で言い合っても詮無きことだ。

そう思った葛城は当座の方針だけ告げるとさっさと移動してしまおうと進み出した。

 

すると、少し遅れて追従する小さな彼女が言った。

 

「なんでここで合流じゃないんだろ」

「先輩は先に呉を出て、こっちの水上部隊との打ち合わせがあったんです! もういいから、速度上げるわよ」

 

 

 

「あ、直掩上げとかないと」

先輩との合流予定地点に艦首を向け、まだ直掩機を発艦させてないことに気付く。先ほどの戦闘では、上げる前にこの小さな艦娘が制圧したので結局上げていなかったのだ。

 

「温存してくれてていいよぉ、遅刻のお詫びですっ」

 

先ほどから空を舞っている艦載機に目を向ける。

「ってあれ、九六艦戦じゃない」

「優秀なんですよー」

信じられない。呉ではそろそろ紫電改が配備されるとの噂が囁かれている時勢なのに、零戦も積んでないなんて……。

 

 

 

 

2艦で海を往くこと4時間ほど。

長時間の航行? いいや、そんなことはない。

海での戦争は広く、そして時間がかかるものだ。一度作戦が始まれば、それはもう日を何日も跨いで行われるのだから、移動の数時間程度を問題にしているようでは艦娘などやっていられない。

 

空母として生を受けた葛城としては航行の数時間よりも、もっと大切な数時間こそを胸に思い浮かべる。

 

あの戦いでも、「私たちがいたなら」と思う場面が何度もあったようだ。

他国の航空機に比べ圧倒的なまでの航続距離を誇った我が国のゼロなど、作戦地まで数時間をかけて飛び、その先で戦闘をさせられていたのだと言う。

それと対峙した米軍が、近くに日空母がいるに違いないと判断するのも仕方がない話だ。

 

米軍はまともだったのだろう。

そのまともな頭では考えつきもしなかったのだ、はるか遠方の基地から直接航空機で乗り付けるなんて運用を行う国と戦っているだなんて……。そんな方法、パイロットを効率的にすり潰す研究でもしていたのかと勘ぐりたくなるものだが、それもこれも貧乏が悪いのだと、貧乏暮らしばかりを強いられてきた葛城は思う。

 

 

もう少しで先輩と合流できる、そんな安堵から思いがけず気が抜けた。

戦場は初めてなのだ。

常在戦場の精神でとまでは言わないが、ここは曲がりなりにも本物の戦場。

先輩に近づくということは前線に近づいているのだと、意識しておくべきだった。

 

反応が遅れたのは葛城。

夢想にも似た考えを頭に浮かべていたら、急に小さな彼女の声が耳を打った。

 

 

「行きます! 攻撃隊、発艦!」

 

 

一瞬で意識がここ、戦場に戻ってくる。

慌てて見渡すと視界の先には朧げながら艦影らしき姿が見えた。いや、それだって彼女が攻撃隊を発艦させたからこそ確認できたものだ。

私だけであれば、空と海が溶け合うその狭間にある物を発見できなかったに違いない。

僚艦の行動で、そこに敵がいるのだという先入観を踏まえてようやく判別できるそれは、しかし未だ私には遠くの海にこびりついた染み程度にしか認識できないのだから。

 

 

経験の差なのだろうか、艦としての性能の差だとは思いたくないが、この小さな空母が私よりも索敵に優れていることは疑いようもない。

しかし、それとこれとは話が別だ。

 

「ちょっと、勝手に……」

瑞鶴先輩じゃあるまいし、この距離から攻撃隊を届かせるなんて無理だ。ましてこの子の直掩隊は制空担当のはずなのに、だ。

 

 

九六艦戦が虫のような敵艦載機を墜としながら道を作っていく。それに引かれて敵艦に向かうのも、これまた旧式となる九七艦攻と九九艦爆。

よしんば辿り着けたとしても、これでは力不足だ。彼女の制空能力はそりゃ凄いものだと認めるものだが、敵艦への攻撃ともなれば航空母艦として小型であるこの子よりも、まだ自分のほうが適切であるとも思う。

 

 

「なにやってんのよ! 私たちはサポートをするべきなのに」

 

すぐそこには瑞鶴先輩だっているはずなのだ。攻撃は先輩に任せて、先輩の艦載機を無事に敵艦まで送り届けるのが最も効率的で確実な方法であるはず。

あの強くて美しい大型航空母艦である艦娘は、いかなる戦場でも笑顔を絶やさず、私たち後進に大きな背中を見せてくれるはずなのだから。




まぁたいつもの悪い癖が出ているわけよ。
癖と言えば、やっぱ書き癖みたいなものはある。
リゼロの小説だといつもスバルくん小気味よく笑ってるし、幼女戦記だとともかくの代わりに「とまれ」が頻出する。

実は少女のつくり方にもあるわけだが、幸い自覚しているので1話の中に3度も出てくる。みたいな状況は回避できている(はず)。
さりとて、求められているのはきっと文法だとか癖だとかではなく面白いかどうかなのだろう。
決して二人称に固有名詞が少なく、いつも彼女やら女性やらと表現して存在を濁してしまうこの話を正当化しているわけではなく……。

もちろん「この話は面白いんだから、癖くらいは見逃してくれ」と言っているわけでもないぞ。お気に入りの数が1億2千万人を超したら自信を持って「面白ければ他はいいだろ」と改めて書く予定だ。


【おまけ】

「艦娘に罪を被せるその発想。理にかなうものだが、しかし残念だったな」

「なにがっ?」

「お前の勉強不足だ、艦娘は基本的にみんな左利きなんだよ」
「なっ!?」

「知らなかったろ? 旧軍のタービンが左回りだったことが原因と言われてる。もう少し調べてからやるんだったな」

「ちっ」
指摘された男が突如走り出した。
これにて確定。やっぱりコイツが黒幕だ。

「夕立っ!」
「ぽい!」


夕立に飛び付かれ、あっという間に組み敷かれる男。
「クソっ」
「クソはお前だバカ」


ふに落ちないと言った顔で疑問を投げかけるのは金剛。
長く艦娘をやっている金剛にとっても初耳だったようだ。
「タービンは左回りだったのデスカ? 私はイギリス製なので右利きなんですかネ? アレ、カスミは右利きだったと……」

「タービンの回転方向なんて俺が知るわけないだろ。霞も時雨も、そこで犯人を殴り倒してる危ない女も右利きだ」
「なんだブラフ、デスカ」



どこにも使われることがないネタ帳でした。


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〜いつかの共同作戦。その外れ〜2

相変わらず海戦そのものは書かれていない作戦中のお話。
きっと上手いことやるのだろう。

タイトルどおり、「外れ」の話なのだと納得してくれぇい。
さて、いつかの共同作戦完結編です。

驚きのボリュームがある後書きで驚いてください。



「やった、頑張ればできるのよ」

 

 

海に静寂が戻ったところで小さな彼女が言ったセリフだ。

敵艦隊に強烈な先制を贈り物として届けたあと、撃沈を免れていた深海棲艦たちは他方から殺到した新たな艦載機によって今は黒煙を生成するだけの物へと姿を変えている。

 

芸術的とも言える追撃を行ったのは彗星に天山。ここからでは確認できないが、その胴体には白の二本線が引かれていることだろう。

 

 

一難去って、とも言えない状況だ。

敵は確かに在ったわけだが、私には何もできなかった。何をする暇もなく、それらは終わってしまった。

ついでに、私は僚艦の実力を推し測る目も持ってはいなかったらしい。無謀にすぎると思われた攻撃だったのに、この子は危なげなく完遂して見せたのだから。

 

 

波を斬りつけるような勢いで、白波を盛大に立てながら駆け寄る艦影が見える。先輩だ。

帝国海軍一を誇る強大な馬力を持つ彼女は、大型艦であるにも関わらず駆逐艦もビックリの速度で航行できるのだ。

特に、ここのような外洋なら駆逐艦を置き去りにできるほどの速力をも発揮すると言えば、その速さが想像できると思う。

 

しかし今は少しだけ会いづらい。

初めての戦場で、あれだけ側にいてほしいと願った頼れる先輩だが、合わせる顔がないと項垂れる。

 

 

 

「ナイスタイミングだったわね。葛城は無事だった?」

「だ、大丈夫です。それより、すみませ──」

 

声の届く距離まで近づいた瑞鶴から声を掛けられ、まずは何もできなかったことに対する謝罪を、と思ったのだが、最後まで口にすることができなかった。

葛城の後ろから跳ねるようにした小さな僚艦が空気も読まずに割り込んだからだ。

 

 

「やっほー瑞鶴、先輩って瑞鶴のことだったんだ」

「貴女! 瑞鶴先輩になんて口を、先輩は一航戦として戦った歴戦の空母ですよ! 本来ならおいそれと口を聞くのも──」

 

つい、だ。

先ほどまでの反省を活かし、大人しくしていようと考えを改めていた葛城だったのだが、その馴れ馴れしいとも言える対応を見て反射的に声を荒げてしまった。

すると、そんな葛城を窘めるようにして瑞鶴が言う。

 

「待った待った、葛城、ちょっと落ち着きなさい」

 

諫める葛城を落ち着かせた瑞鶴は、その小さい艦娘に向き直ると軽く手を挙げて微笑みを浮かべて言ったのだ。

 

 

「とりあえず久しぶり、なんか上手い子がいると思ったら瑞鳳だったんだ。それにしてもよくあの距離から飛ばしたわね、落としきれなかったらどうしたのよ?」

「んー、瑞鶴の艦載機が飛んで来るのが見えたからね、後はなんとかしてくれるかなって」

「あっそ、まぁ信頼してはくれてるみたいね、相変わらずのようで安心したわ」

 

 

それは昔から知っている懐かしい者への対応。葛城が望んでも手に入れることができない、信頼できる戦友へ向けられたもの。

 

 

 

「ところであの艦戦は? なんか輝いてる子がいるみたいだけど」

 

瑞鳳の航空隊はみな一様に練度の高い様を見せつけていたが、その中で一機だけ、明らかに他と隔絶した高練度の妖精さんがいるようだ。瑞鶴の声で初めて葛城にもそれがわかった。

そして、圧倒されるほどの、自分との力の差を思い知った。

 

なにを馬鹿なことを考えているの、葛城!

憂鬱な気持ちに負けそうな心を自ら叱咤し、気持ちを新たにする。

そうだ、私が先輩の隣に並ぶのはまだ早い。私は、まず先輩の自慢の後輩になりたいのだ。まだ届かないことを知っている。この知っているという気持ちは、必ず自分の力になるのだと、そう信じるのだ。

いずれ、必ず私も同じ場所に立ってみせると心に決めて、ますますの精進を誓う。

 

葛城の秘めた決意とは裏腹に、妖精さんを褒められた艦娘は相変わらずのとぼけた解答を返していた。

 

「あぁ、志賀さんだね。基地で山崎さんって人が貸してくれたんだよ、なんか戦闘機に乗れる妖精さんなんだって、懐かしの九六艦戦がなんとかって言ってたからお手伝いしてもらったの」

 

「志賀って、まさかね……」

 

それを聞いて微妙な顔をする瑞鶴だったが、それには気付かず葛城が声を掛ける。まずは二人の関係性を確認しておかねば、返答次第では、とても失礼な態度を取っていた気がしなくもないと今さら後悔するが、そんなもの後の祭りだ。せめて顔見知り程度ならいいなと思ったが、それが淡い期待であることもちゃんとわかってはいる。

 

「先輩、もしかして知り合いなんですか?」

「知り合いもなにも私の先輩よ、レイテまで私の背中を守って蹴飛ばして、最後まで一緒に戦った大戦友。なに? アンタたち自己紹介もしてないの?」

 

 

葛城の中で瑞鶴は半ば神聖視された生きる伝説のような艦娘だ、帝国海軍の一航戦として数多の海戦で主力を成してきた古兵。

実はその一航戦には瑞鳳も所属したことがあり、彼女自身は「でもすぐに元の所属に戻ったんだけどね」と頓着していないことを知る。驚きとともに、ある意味葛城の視野を広げる良い機会になるのだが、それはまだ後の話。

 

 

 

「あ、忘れてたね。私は瑞鳳、体は小さいけど強いんだからっ」

 

それから瑞鳳と名乗った艦娘はマジマジと、葛城を見つめるようにして言う。

 

「でもそっかー、葛城ちゃんはあのとき呉にいた子なのか、ちょっと顔を見ただけだったからわからなかったよ。それに瑞鶴が先輩だなんて、私も歳を取るわけだ」

 

そう言われるも葛城には見覚えがない。

瑞鳳と名乗る彼女が言っているのは艦だった頃の記憶だ、私が待っているしかできなかったあの戦争を、彼女は知っているのだ。

 

前世とも呼べる過去の記憶。それをどれだけ覚えているかは艦娘によるらしい。

置いていかれる焦燥感、何もできない自分の無力さ、そして貧困。

葛城が覚えているのはほとんどそういった類のものだけで、その他、強烈に覚えている唯一の存在が瑞鶴だった。

 

そんな瑞鶴と肩を並べた彼女の先輩、戦友。

それはもう雲の上どころか遙かな天に住うなにかだ、そんな相手に対して私は……。

 

 

葛城の葛藤をよそに、瑞鶴と瑞鳳の話は続いていた。葛城の耳には届いていなかったようだが、続いてはいたのだ。

 

「やめてよ、そんなんじゃないから。それに私たち歳なんて取らないでしょ」

「でも瑞鶴変わったよ、ちょっと大人っぽくなった? 落ち着いた気が……、しないかな、わかんないや」

「なによそれ、瑞鳳はあんまり変わんないね」

「大きくなったわよ! 相変わらず瑞鶴はわかってない。身長だって15mmも伸びたんだから」

「それは改装の影響でしょ、瑞鳳は甲板延長してたじゃない」

 

 

 

ようやく青ざめた顔の葛城が現実世界に戻り、二人の会話のキリの良さそうなところで間に入る。言うならば上官同士の会話に割り込む形だ、精神注入棒を持ち出されても仕方がないことだが、もはや割り込んででも始末は付けなければいけないのだと覚悟を決め、口にするのは謝罪。

 

悪気があったわけでも悪意があったわけでもないんです。艦だったころの苦難の日々と違い、はたまたその反動なのか、甘やかされて育った私の危機感のなさが招いたことだった。なんとか伝われ、と思いつつ恐るおそる告げる。

 

「あのぅ、すみません。若そうに見えたので、つい……」

 

どこぞの大先輩にでも聞かれれば、よくわかりませんが、それは謝罪なのかしら? と抑揚のない声で止めを刺されそうなものだが、当の瑞鳳は気にした様子もなくこう言ってのける。

 

「瑞鳳が若く見えるのはしょうがないからなぁ、別に気にしてないよ。でもさすが瑞鶴の後輩だね! 初めて会ったときの瑞鶴も似たようなこと言ってたのよぉ」

 

いかにも瑞鳳な、瑞鳳らしい対応で、むしろどこか嬉しそうでさえある。

そんな瑞鳳の発言に焦った顔をするのは瑞鶴。「ちょっと、止めてってば!」と瑞鳳の口を塞ぎにかかるが、これが先輩の先輩なのか、ちょこまかとした軽い身のこなしで瑞鶴の手をヒラヒラと躱しながら続ける姿に練度の高さを見出す葛城も、ちょっとズレた感性を持っているかもしれない。

 

 

そうやってして紡がれた言葉。

「だって初めて会ったときに『私のことはお姉ちゃんだと思ってくれていいわよ』って」

「ちょっ! だから止めてってー!」




瑞鳳が山崎くんから借りてる志賀妖精さんはもともと加賀姉さんが持ってた子。
山崎のおデコ目掛けて投げられてた妖精さんでもある。山崎がリンガに異動するにあたって、さりげに心配していた加賀さんが連れて行かせた。基本的に山崎と一緒に六駆のみんなと輸送付き添いしているので役には立っていない。


瑞鳳ってば実は結構なお姉さん。
軍艦の誕生日である進水日は正規空母の飛龍や姉であるところの祥鳳よりも早い。そのため艦型は瑞鳳型航空母艦と記載されていたりする。まぁ名を連ねているのは「その他」の寄せ集めであり、同型ではないんだけど。

当然瑞鶴や葛城は歳下の後輩にあたる。
瑞鳳と瑞鶴は3歳差、葛城はさらにそこから5歳下なので、古より伝わる由緒正しき例えを出すと以下のようになる。

葛城が小学校に入学したとき、瑞鶴は5年生で瑞鳳は中学2年生。
ついでに時雨は中学3年生で生徒会書記をやっており、霞は中学に入学したところ。
同じく空母の龍驤さんはピカピカの女子大生で、リンガで1番若い長波サマは小学3年生。

え、金剛? とっくの昔に4年制の大学を卒業して働きだした後に寿退社して子育てが一段落したからとパートをやり始めてもう数年経ってる時期だ。
なにせ艦歴の差を考えると金剛が25歳のときに霞が生ま……。



とりあえず、この空母さんたち3人の中に提督のお姉さんを投入してみたいと思う山田さんでした。



オマケのオマケになるが、前編で葛城ちゃんが思い出していた瑞鶴先輩のセリフ「訓練は実戦のように、実戦は訓練のように」は、『〜初めてのおつかい〜』にてとある大先輩艦娘さんが言っている。
行間を読むってわけではないが、書かれていないところでも彼女らは生きているんだなぁと妄想すると楽しい。かもしれない。

ここまで読んできてくれている読者の皆さまにとってはもう今さらの話だと思いますが、本作は書かれた順番も時系列もぶっ飛びで進んでおります。
このエピソードは「おつかい」よりも前に書かれた話を、なぜこのタイミングで? となる今になって投稿した次第。特に理由はない。


さらにオマケ

この話のあと、葛城はリンガにて龍驤に出会う。
呉に所属する葛城は弓道系の空母さんズに面倒を見てもらい、それに憧れを持っていたが、瑞鶴や瑞鳳が一目置く陰陽系空母の実力に触れて世界を広げるわけだ。

そもそもの葛城は、実は陰陽系の空母さん。
彼女の持つ弓は和弓ではなく梓弓と呼ばれる物で、本来矢は必要なく、弦を弾いた音で魔を滅する神器の類。
憧れの瑞鶴先輩に近づくようにと矢を飛ばしているのだが、世界の広さを目の当たりにした葛城は以降その能力を存分に活かして一端の空母になっていくのだった。

本編には出てこない。


ふふふ、後書きのほうが文量多くなりそう。
そう言った話は本文に入れろよ! と自分でも思うわけだが、まあまあ、やもすれば番外のほうが充実していると話題の作品だ。勘弁してちょー_:(´ཀ`」 ∠):


次回、またもや番外。
あのシリーズの続きがお目見えするかもしれませぬ。
新規完全書き下ろしなので、投稿できるのか、そして完成するのか謎ですが、乞うご期待。


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The future that might have been.8

幸せに過ごす彼女たちの未来(仮定)

こっちの世界はパラレルなわけだけど、本編を補強する世界観の説明だったり裏話だったりが散見されるかもしれない。
どこまでが本編に準じており、どこからが本編から逸れた先の未来であるのかは各人のお好みで。

つまり謎ってことさぁ。

明日も投稿するよ!


「連れ出してくれるのは嬉しいんだけどね、できれば事前に行動内容の伝達を徹底してもらえるかな?」

「いやぁ、もう立案の段階から混ぜてもらったほうが確実なんじゃないかなぁ」

 

 

 

なにやら失礼なことを口にしているのは白露姉妹の上二人。

 

 

「なに言ってんだ、MI作戦を見ろよ。道行く一般市民にさえ周知の事実みたくなってて、『次はミッドウェーというところを攻めるんですよね?』と軍人さんは声掛けられて辟易したらしいじゃないか」

 

「いや、当時の陸の上でのことを言われてもちょっとわからないけど」

「攻勢作戦じゃあるまいし、秘密にする必要性に疑義を唱えたいなぁ」

「それには僕も同意だね。共通認識のすり合わせ、必要な情報は徹底的に共有するべきだって霞がいつも言ってるじゃないか。教えたのは提督だよね?」

 

おっと、どうやら分が悪いぞ。この論法で引っ張るには無理があったようだ。

ならば早めに方向転換。その判断が出来るかどうかが指揮官の資質を推し量る。

 

元々ただの思いつきだからな。

急に思い立ってやって来たここはそう、山である。

気分が盛り上がったら即日行動が人生を楽しむためのコツだ、勢いで行かなければ結局行かないってのは大人になれば誰しもが経験で知っている。

 

とは言ったものの、当然だが一人きりで山登りを楽しめるような素敵な感性を持ち合わせてはいないので、思い立ったとき偶然目に入ったこの二人を連れて来たというわけ。

白露については全くの偶然だが、時雨のほうは偶然とも言えない。大体が目につく範囲にいるからだ。

なので、時雨が俺に連れ出されて山にいるってのはもう偶然と言うよりは必然だったのだろう。

 

 

「登山か、訓練でなら島中を行軍したけど、純粋な山登りは初めてだね」

「そうだろ? たまにはこういうのも良いと思うんだ。まぁ登山って言うより渓谷の行軍だけどもよ」

 

別にこれだ! という定義はないだろうが、登山は尾根を、渓谷は沢なんかを歩く気がする。

今回は渓谷を往く。標高はそれほどでもないし、行程は登ったり下ったりなので登りっぱなしの登山よりは心情的に楽だろう。多分。

 

 

「もちろん文句はないんだよ」

 

そうしてスカートの裾を少し持ち上げて時雨が言うのだ。

 

 

「事前の準備ができていればね」

 

 

 

 

そうなのだ、随伴する二人は制服でこそないものの、このまま街でデートができそうな装い。

 

白露は最近ハマってるらしい三本ラインが特徴的な某スポーツメーカーの物で揃えており、夏らしい薄いイエローが目に眩しいピチピチとしてる割には着丈の長い、そんなノースリーブのカットソーに真っ白い短パン姿。

お前、背中と脇がガッツリ空いてるけど大丈夫なのか? おかげでブラ線どころかってところまで、そのグレーでスポーティーな代物を確認できているわけだが、見てても怒られないんだろうな。あと、やけに短いその短パンは透けないのかと、心配なのか期待なのかの感情を胸に呼び覚ます素敵な姿で自慢のおみ足を思う存分見せつけてもいる。

 

足元がサンダルじゃないのだけが救いだな。

同じメーカーで揃えてる白露のスニーカーはどこぞのオッサンが描かれた定番の物だ。中身まで含めて全体を動きやすい服装で固めてるあたりが活動的な彼女によく似合ってるとは思う。

 

あ、わかってるわかってる。短パンじゃなくてホットパンツなんだろ、なにが違うんだよと言いたいところだが、口に出すと小馬鹿にされそうなのでそれは心の中だけに留めておく。

 

 

 

そして時雨。

俺的ラインの美しさに定評があるエゲレスメイドのブランド服で固めていらっしゃる。俺がプレゼントした物なので素直に嬉しいし良く似合ってもいる。

服は値段じゃないとは言うが、やっぱそれなりに値が張る物は生地も縫製も全然違うのだ。身に着ける物を選ぶのにわざわざ高い物を買う必要はないが、安いと良くない。実際に、高くても品質の悪い商品ってのはある。が、安くて良い品などこの世にはないのだから。

 

そこへいくと、本日の時雨は総額いくらなんだろうと気になっちゃう出で立ち。白露姉さんの倍のお値段じゃ効かなそうってのが一目でわかる程度には上等な装いであり上品だ。

シャツ一つ取っても腰元のラインが女性の美しさを存分に引き立てている。具体的にラインがどうなっていれば女性らしさってのが醸し出されるのか見当もつかないが、事実女性らしく美しいので文句のつけようもなく、これがブランドの、ひいては金額の違いなのかと納得せざるを得ない。

 

ところで、時雨はあまり大胆に足を出したりする服を着ない。

本日もプリーツの入ったスカートを、膝よりは少し高いかな? くらいの丈で抑えている。いや、普段艦娘さんたちの制服姿を見過ぎて麻痺している懸念はある。白い太ももをお日様の下に出している時点で一般的には十分短いミニスカートに分類されるのかもしれない。

ともあれ、当人から面と向かって聞いたわけでもないが、どうやら本人は足の太さを気にしている様子。

時雨の名誉のために言っておくが、足が太いだなんてことは全然ない。

どっちかっていうと白露や夕立が細すぎるんだよな、女の子は少しくらい肉感的なほうがいいぞ、むしろ時雨の足がいい。

 

 

しかし山を歩くのに向いてるとはお世辞にも言い難いね、白露のほうはそれでもスポーツメーカー。これ以上ないほど動きやすそうではあるが、角度によっては脇の下から全開しそうだし、後ろは肩甲骨まで丸見え。さらにボトムスは腿の付け根までいくんじゃないかという危険な短さで、肌を覆う布地が極端に省エネすぎる露出具合だ。

足首まであるロングタイツでも穿いてりゃ、まぁ山ガールと言えなくもない。

 

 

時雨に至ってはそのシャツってシルクだよね? シルク独特の質感でついつい触りたくなるほど肌触りが良さそうだ。スカートも同ブランドの定番であるあの有名なチェック地でこそないが、知ってる人が見たら一目でわかる黒い方のチェックなスカートである。

 

活発女子コーデの白露と対照的に、デートに行く気満々のフェミニン勝負服を纏う時雨。

重ねて言うが、時雨の魅力を存分に引き出すほど似合ってはいるので問題はない。山では絶対に見かけない類の服であることを除けばだがな。

 

 

 

 

「それで、なんで提督はそんなに準備万端なんだい?」

 

 

さて、対する俺は何事も形から入るタイプである。俺は普通の人間だからね、タウンユースの格好で山に入るほど捻くれてはいないのだ。

インナーには筋肉の動きをサポートするSKINSまで着込んでいる。筋トレやスポーツなどなんにでも使える愛用の品だ。

トップスには白露とは違うほうの有名スポーツメーカーからDri-FITのカットソー。熱を逃していつでも快適な俺ってやつを全力サポート。

ボトムスはお買い求めしやすい価格設定が嬉しいアメリカンなカジュアルブランド製カーゴパンツ。ほら、白人優遇の求人で物議を醸し出したアソコのやつだ。

 

カーゴパンツはなにかと使い勝手がいいので一本は持っておくといいんじゃないかな。重くならないようにデザート色で、そしてカーゴはタイトに穿くのがかっこいい。

 

 

「あれ、珍しい。いかにも軍人さんが履いてそうなブーツだね、提督は戦争中でも普通の靴だったと思うけど、持ってはいたんだ」

 

意味もなく動きやすさをアピールする変な動きをしていると、白露が目敏く足元に煌くブーツに気が付いたようだ。

戦争中は履いてなかったって? そりゃそうだ、なんで南国でこんなムレそうなブーツを俺が履くと思うのか。あと甘いぞ、これは帝国軍のブーツではない。

 

 

「山を歩くのに一番気を使わないといけないのは足元だからな。くるぶしまでしっかりと固定でき、さらにソールの硬いものがいい」

 

ドヤ顔でそんなウンチクを垂れると、いや、僕たちは普通に街歩き用なんだけどね、なんて時雨が呟いているが聞こえなかったことにしよう。

それにだ、ウンチクを垂れたところで、未開の地を駆け回るなんてのは俺よりよっぽどこの二人のほうが体験してるんだよなぁ。なにこれ、釈迦に説法、孔子に論語ってやつか? まぁいい。

 

 

「これは今はなき米軍の特殊部隊が使っていた由緒正しき代物だ。濡れた岩場でも驚きのグリップ力を発揮する頼れる相棒なんだぜ」

 

アイテムに凝るのは男の子の持病みたいなものだと思う、こればかりは仕方がない。戦争前にあった「幸福の時代」まで逆戻り、とまではさすがにいかないが、ようやくネット環境なども復帰しつつあり昨今はネット通販なるものが盛況だ。意外だったのは若者よりも年配の方々のほうがインターネットってやつに親しんでいる風なことだな。戦前はほとんど全員が小型の端末で暇を見つけてはネットの世界を彷徨う時代があったらしい。

 

果たしてそれが人間の幸せに繋がるのかどうかは想像しかねるところだが、生き生きとした表情で若輩に指南する彼らの顔を見るに、まぁ幸せな時代であったことは間違いないのだろう。

 

そうやってして手に入れたこのブーツ。山を歩きたいのか、このブーツを履きたいから山を歩くのかと問われれば答えは微妙なところだ。




結構な文量でジワジワと書き進めているが、まだ歩き始めていない状況なので、ちゃんと目的地にたどり着くかどうかはわからない。

彼女らの服装や使用するアイテムなんかは実在する物ばかりなので、妄想しながら調べてみるのもいいかもしれない。
もちろんそこまでしなくとも、雰囲気だけで読めるようには書くつもり。つもり。


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The future that might have been.9

密ぅぅ! を避けるために、さぁ山に登ろう。と、考えた人が多かったのか、登山客でいっぱいになった山があったとか。

よし、ならばおいそれとは登れない山か、逆に地域の低山でも攻めてみてはどうだろう。
ちなみに低山のほうが迷いやすい。登山客を集めるような山は登山道もしっかりしてるし看板なども整備されている。
しかし近所のじいちゃんやおばちゃんが山菜採りに出かけるような地元の山はそういうのがないからってことらしい。

あと遭難するほとんどの人は下りでする。頂上よりも裾野のほうが広いので、当然と言えば当然。


お待たせしました。
それでは、山登り続き! と見せかけたアメリカ回を始めよう……。



「いや、米軍は今も変わらず健在だよ、つい先日も交流を深めるんだって来日した米海軍の艦娘さんたちとバーベキューをしたところじゃないか」

 

突っ込んでくれるのは時雨さん。そうでした、戦争が終わって米国さんはまたぞろ存在感を増してきているのでしたね。

ジジイなんかに言わせると、深海棲艦との戦争前は日米安保ってな条約で強固に結ばれており、日本の海軍、当時は海上自衛隊とか言ったか、なんならそれは米海軍日本方面軍のような立ち位置でべったりな同盟国だったんだと。戦前からチートのような凄まじい軍事力を有した米軍は今も変わらず、多数の、本当に多数の艦娘まで所属する危ない海軍になった。今なら一国で地球上全ての国を圧倒しかねないレベルで他国を寄せ付けない軍事力を持っている。

 

 

じゃあ関係は元どおりかと聞かれたら、案外とそうでもないらしい。

米軍が圧倒的なのは変わらずだが、にわかに軍事力を増した国が現れたからだ。

そう、我が国日本。

ご存知のとおり、米国には及ばないが日本にも結構な数の艦娘が顕現した。一部俺たちのような変態が真っ当な軍を離れて生活してはいるが、その潜在的脅威は他国から見たら無視できない存在なのだろう。

なにせ艦娘って自力航行可能で、俺がそう運用していたようにそのまま単独での上陸作戦が行えるちょっとおかしな人型水陸両用兵器だもんね、超ハイパーテクノロジーもびっくりなスペックだ。

 

 

おかげで戦前ほど米国に追従ってな関係ではないんだと、まぁ変わらず同盟国だし、仲は良好であるはず。

 

あとアメリカと言えば合理主義ここに極まるのお国柄でもある、俺が戦後を見据えてあんなに苦労して手に入れた艦娘の人権なんかもアッサリと彼の国では受け入れられたのだという。

さすが自由の国、艦娘の権利については日本よりうるさいくらい。

 

 

そして今のアメリカは大幅な軍縮真っ只中。

日本と戦ったあの大戦でも、増やしに増やしまくった艦艇など戦後に根こそぎ除籍して戦前の規模まであっという間に戻した元祖変態国家だもんな。必要なときに造り、無駄に維持をせず、必要がなくなれば全部捨てる。

この思い切った合理性がアメリカを世界の頂点に君臨させたのだろう。

 

 

艦娘の人権と軍の縮小、つまりアメリカ艦娘さんたちの多くは軍を除隊して、今後はその多くが一般市民として生活していくそうだ。

 

さすがアメリカ。

そうとしか言えない国だとしみじみ思う。

「差別がないことになっている国」なので、今後艦娘がどうなっていくのかはわからないが、U.Sな艦娘さんたちはパワフルな子も多かったし、なんとかしていくのだと思う。

 

 

そして、さすがのアメリカは現代社会の見本のような戦後の対応だけではなく、やっぱりあの国の真骨頂は戦争なのかと勘繰りたくなる話だが、戦争中もアメリカは正しくアメリカだった。

 

戦争中は全くってほど存在を感じなかった米軍だったが、終戦の後にようやく知ることが出来た遠い海での状況を聞くと、やっぱ米軍って半端ないんだねって感想しか出てこない。

俺たちが南方で死闘を繰り広げている間、中部太平洋と地球の裏側大西洋でバチバチに両面作戦を展開。本当の意味で世界を救ったのは米軍なのかも知れないってほどの活躍ぶりだった。敵じゃなくて良かった。

あと、モンロー主義にひた走って太平洋を捨てた野郎だなんて思っていてごめんなさい。

 

結果的にではあるが、米軍総力を結集し、綿密に練り上げられた末に行われた今次戦争最大の戦いとなったハワイ島奪還作戦が、人類の起死回生の一手となったのは間違いない。

南太平洋を次々解放して回った俺たちの戦いは思わぬところで米国に助けられていたわけだ。

 

 

心の中だけで悪いが、U.S.A! U.S.A!と叫ばせてもらおう。

 

 

敵と言えば、ウチの艦娘さんたちにとって米国は深海棲艦戦より前の、いわゆる大戦時の敵国だったわけだが、両者の関係は概ね悪くない。

長門や金剛、龍驤なんかが積極的にアメリカ艦娘に絡む姿を見せつけていたからってのが大きいかもしれないが、対応するアメリカ艦娘さんたちにも懐の広い子が多そうだ。

先ほど言ったように、互いの視界に入らないところであったが、共に戦った戦友だという意識もあったのかもしれない。

 

積極的に絡んだ一例を上げておくと龍驤だ。初めての交流を持った際、ロングスカートを翻す美しい淑女を見つけたと思ったら、何かのコンプレックスでも盛大に刺激されたのか突如として駆け寄りこう言い放った。

 

「おうおうおうおう、キミがサラなんとかって子か、うん? ウチより目上か、そらすまんな、言い直すわ。キミがサラって艦娘さんかいな? ちょっち話とかなアカンことがある、言われんでもわかってるんやろね? 顔を貸してもらうで、コレ持って着いて来てぇや」

 

こういう事態もあるかもしれないと気を張っていた両軍だったが、それがごく当たり前であるかのように、とてもナチュラルに始まったその会話を止めることが出来なかったのだ。

そうして龍驤からサラと呼ばれた煙突が素敵なアメリカ艦娘(淑女)さん。手渡されたバットを不思議そうに抱えつつ連れて行かれたのはグランド。

 

次いで響いて来たのは「打てるもんなら打ってみぃやーー!」と叫ぶ龍驤の声だった。

龍驤らしい、と思える良い対応だったように思うが、なぜか血相を変えて飛んできた長門に龍驤が絞め落とされる悲劇が訪れようとはこの時は誰も思っていなかったに違いない。

 

そのようにして、無事に初めての交流会は成功。当初の予定にはなかったことだが、まさにクイーン・ビーを体現したかのような金髪戦艦が音頭を取ってなし崩し的に野球大会が開催される運びとなった。

甲板上で開催されるはずだったお堅い会食よりは随分と艦娘らしいものだったと思う。

 

野球大会については機会があればまた語るが、立ち上がりに日本の空母勢が安定したヒットを連発したが以後に続かず、ジリジリと点差が開く中で業を煮やした霞が長門監督を追い出して陣頭指揮を執り、なんとか見れる範囲の差でゲームを終えた。

第80回夏の甲子園青森予選ほど歴史に残る点差ではなかった、くらいに思ってくれ。

 

最終的に時雨たち古参の駆逐艦勢が細かく刻み、テクニックを駆使したプレーで地道に1点ずつスコアボードに数字を計上していく様はアメリカ艦娘たちを大いに驚かせたとだけ言っておこう。

 

 

会食改め打ち上げとなったお食事会、もといバーベキュー。

海軍士官たちが艦娘ならば海で、と気張ったものだったが、ここまでこれば開き直りだ。

肩肘の張るお食事会よりはよほど胸襟を開いた催しになった。

米国の方って、なんであんなにバーベキュー好きなんだろうね、張り切りかたがはっちゃけすぎてて微妙に引いたわけだが、そこも含めてお国柄なんだろう。大雑把な味付けが俺の上品な口にあったかと聞かれると、その返答は言葉を濁さなければならない。

 

 

そうそう、ブーツだ。その催しで履いてる米国軍人さんを見かけて狙っていた物なのだ。

しかしこのブーツ、ソールに鉄板でも入ってるのかってくらい硬い。硬いほうが山歩きには向いているとは言ったが、それは履き心地のことではないんだ。

ガレ地を歩くには持ってこいだが、中身が人間であることを忘れて設計したんじゃないかとメーカーを問い詰めたい出来栄えなので、別にインソールを敷くなどして対策が出来てないと酷い目に合うこと必至。鍛え上げられた軍人さんともなるとこれで平気なんだろうか、機会があれば聞いてみたい。

そんな俺はと言うと、生憎と鍛え上げられた軍人さんではないので素直に文明の利器に頼っている。

 

餅は餅屋と言うわけではないが、その手のことはその手のことに詳しい先人たちに訊くのが一番だ。

自らの体験を持って試行錯誤しつつ、なんて方法もあるのだろうが、薄々感づいている人もいるとおり、俺の辞書にはそのような楽しみ方は載っていない。何事も合理的に、効率良く進めたい派の人だからね。

 

じゃあ誰に訊ねるのかって、決まっている。

どこぞの巨大掲示板群に住んでいる人たちの中にはインソールガチ勢がいるのだ、世界は本当に広い。

そんな彼らがオススメするスーパーなんちゃらの緑。何が偽物かはわからないが本物のインソールって高いんだね、先ほど世界は広いと言ったばかりだが、きっとこの世界は狭くて深い。

 

 

三本ラインのスニーカー白露に小洒落たファッションブーツの時雨、どちらのほうがマシかってのは判断に困るところ。まぁどちらもそれなりに山を歩け、どちらも向いていないくらいのギリギリラインを攻めているとしよう。

 

最悪この二人なら素足でも山を縦走できそうでもあるし、勝負するわけではないがハンデだとでも思って諦めてくれ。

 

さっさと登り始めたらどうだって今思った?

山に入る前にまずは一服中なんだよ、落ち着け。

新鮮な空気を吸う前に肺胞をタールとニコチンで覆っておかないとビックリしちゃうだろ、何事も心構えは必要なのだ。

 

吸いながら登る。なんてほど常識を欠如させているわけではないが、しっかりとタバコは持って行く。携帯灰皿を持ち歩く愛喫煙家なので場所さえ選べばそれほど非難されることもないはずだ。

いつもの言い訳になるが、この二人はここまでの道中でも車内モクモクを気にしない程度には慣れているのか諦めているので問題はない。

 

 

「格好は今さらだが、ほら、コレを持て」

タバコを吸いながらでも準備はできるのだ。

車から取り出したのは人数分のバックパック。それをそれぞれに手渡す。

手ぶらで山に入るのもなんだしね、用意くらいはしてあるのさ。

 

「ちょっとー、私のだけやけに大きくない?」

 

ち、目敏い奴め。

白露に渡したバッグだけ明らかにサイズが違うことに気付いたようだ。気付かなかったら頭の中に異常があると言わなければいけないところだったので、まぁ安心した。

 

お前、無駄に体力有り余ってるし、今日の格好にも似合ってるから別にいいだろうが。

実際ロシアンの破壊僧みたいな名前の鮮やかで真っ赤なソレは否が応でも目を引いて、また白露のキャラに合っているように思う。

クッカーやバーナーなどはみんなその中なので大事に運べ。

 

それに比べると俺と時雨のバックパックは一回り、下手すると二回りほど小さい物だ。

テント張って泊まるわけでもなし、日帰りの山遊びにそんな荷物はいらないのでさもありなん。食材などは時雨のバッグの中に入れてあると追記しておこう。

 

「見かけより随分と重いけど、何が入っているんだい?」

「主な物は水だな、それぞれに2リットルペットボトルが入ってる」

「6リットルもいる? このまま越境でもするの?」

 

時雨の問いに答えたまでだが、白露姉ちゃんから驚きの声が上がった。

普通に余ると思うけど、まぁ足りないよりはいいんじゃね? 俺の分は俺が持っているのでこのくらいは許容範囲だろう。1.5リットルの水が見つからなかったのだと言い訳もしておきたい。

 

「あと非常食、ハンガーノックは怖いからな。いつでも食えるようにまず分けておこうぜ」

「大袋だね、そんなに食べる?」

 

だからよぉ、白露姉ちゃん。お前らは極限の状態でジャングルを駆けながら命張ってたんだろうが、俺は一般人なんだって。山歩きは結構な運動量なのでカロリー補給しないと途中でバテちゃうのよ。

そうして持ち込んだのはスニッカーズ。山に登るときはこれに限る。とても日常で食べたいとは思えない食品だが、不思議と山で食べるとそのままエネルギーになってくれているかのような錯覚を覚えるものだ。

 

これに衣をつけてフライにする人間がどこかの国にはいるようだが、その気持ちはわかってあげられそうもない。

 

 

出発前に白露時雨のバックパックを調整してやる。肩紐が緩んでいるとバッグが暴れて疲れるので山歩きの際は注意しよう。あとウエストベルトも忘れず留める、荷物は腰で持つのだ。

重い重いと文句を言っている二人、いや言ってるのは長女のほうだけか、大丈夫だ。昼になったら荷物の大半は腹の中に移動するのでバックパックのほうは軽くなるだろう。

 

そんなことないね、軽くなるのは時雨のバッグだった。

もはや俺にできることは、お前ならなんとでもなるだろうと白露の肩に手を置き良い笑顔をくれてやることだけだ。

 

 

「ほんじゃ、そろそろ出発しますか」

そう言って適度な気合いを入れつついざ出発! と山に向かって進むと白露から出鼻を挫かれるわけだ。

 

 

 

「あ、ストップ。日焼け止め塗り直すからさ」

 




さて、まだ出発しない三人組。
内容が大渋滞してますが、まぁまぁ。
書き始めたら止まらなくなっただけ。



使われることのないネタ

「ダイイングメッセージはその全てが嘘である」

殺人モノはもうやっちゃったしなぁーで今のところボツ。
同じくやったはずの軍人によるなにか、が本編で進んでいるようだが、ネタ被りはアレで懲りたのだー。

流れとしてはダイイングメッセージを残して死んだ人がいて、状況や動機を調べて犯人探しってだけ。
思い返せば提督は初めからダイイングメッセージの内容を重視してないようだったが、それはなぜ? と聞かれて上記のセリフ。

ミステリーの世界でしかないんだよね、ダイイングメッセージ。
犯人と対峙し、パニックを起こして冷静でなくなってるなら論外。では理性的にその状況を迎えた人物が、果たして逃亡の隙を窺ったり、犯人を落ち着かせたりといった選択を捨ててまで「俺が死んだあとの手がかりを」なんて考えたのだとしたら、やっぱりその人は冷静ではなかったんだろう。

ダイニングメッセージなら「おやつは冷蔵庫の中よ」がある。


さて、登山結構長くなりそう(ー ー;)
そろそろ本編に入れておかないといけないちょっとだけ未来の話も控えているし、銀行強盗の方々を随分と待たせてしまってるなぁ。


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The future that might have been.10

このシリーズも早いもので10本目。

そして今回の登山なネタも無事に書き終えました。14が最後です〜。
どう終わろうか考えてもなかったけど、とりあえずホッとした。



さすがは渓谷、と感嘆の声を上げそうになるほど、目の前にひらけている景色は異質だ。

いつも山と海に囲まれた田舎生活を満喫しているわけだが、山って言うより渓谷。そう表現する他ないな。

右手側には岩肌を剥き出しにした山が切り立ち、左手には清流が流れている。

左手に川と言っても高低差がカナリあるので、下手な滑落っぷりを見せるとそのまま三途の川を渡る羽目にもなりそうだ。

 

いざ足を滑らせてしまった場合、いっそ地面を蹴って飛び込めば上手いこと川までダイブできるような気がしなくもないが、多分気のせい。つまりは崖なわけだ。

 

 

標高は大したことがないと言いながら、高低差1,500mを登って下って進むのでそれなりにちゃんと登山でもある。ぱんぱかぱーんの愛宕さんでも標高は900mと少しなのでここはそれよりも大きい。違う、高い。愛宕山は全国各地にあるが、千葉県最高峰の愛宕山など408mしかなく、県で一番高い山が全国で一番低い県としても有名だ。

 

なので、それよりも標高が高いここは渓谷と言いながらもしっかり山であり、目的地が山頂じゃないだけの登山だと言われてしまえば、うん。そうなのかもしれない。

 

 

山を登るときは歩幅を細かく刻むと疲れにくい。あんまり長時間を同じ体勢で歩くとしんどいので、たまに歩き方を変えるのもいいそうだ。

前を歩く二人にそんな心配は毛ほども必要ないと思うけどね、海の女のくせに山でも元気だなお前ら。

 

時折すれ違う方々からは「山を舐めるなよ」と言いたげな視線を投げかけてくる者や、「美人を二人も連れて山登りとはいい身分だなぁ」と口よりも雄弁に語る目で見られもするが、どちらの気持ちもわかるので反論などあろうはずもない。

特に前者だが、ガチの装備にトレッキングポールまで携えた趣味人から見たらあまり面白い光景ではないのだろうと簡単に予想がつく。

 

二人とも生足出して、さらに時雨は一目でバレるブランド物のスカートだもんな。わかるわかるー。

 

その当人たちが満点の笑顔で挨拶してくるものだから、口頭での注意まではいただかずに済んでいるのだろう。

 

そういや山崎なんかは山育ちなんだが、学生の時分に朝っぱらから近所を散歩しようと玄関を出たところで、頭のてっぺんから足元までザ・登山なお人に「山を舐めるなよ」との伝説のセリフを言われたらしい。

アイツの住まいにも興味津々だが、本当にそのセリフを言われたことがあるなど、いかにも山崎は山崎だった。

 

そんな生まれながらに強制的な登山をしているような山崎でも裸足で逃げ出す他ない女が前を行くアレ、きっとあの二人ならインパールにだって到達できただろう。

 

 

 

「少し、ペースを落とすかい?」

 

徐々に距離が開き、遅れ気味の俺を振り向きながら時雨がそう提案する。

さすが艦隊の女神。

 

俺が上がった息をその場で整える間、急かすでもなく静かに返答を待ってくれている。

渇いた喉を水で潤し、ようやくひと心地ついた俺は時雨の配慮をありがたく頂戴することにし、こう言うのだ。

 

 

「そうしてくれるか? なら代わりに一つ教えておくが、お前その角度だとスカートの中が丸見えだからな」

 

 

慌ててスカートを押さえる時雨がそのまま駆け下りて来て俺の背後にポジションを定める。

あんな天国に繋がっていそうな天然の大岩階段を登っている最中でも、両手がフリーに使える人型決戦兵器のバランス感覚には驚くばかりだ。

 

 

なに、感謝の言葉は必要ないぞ。心配してくれる時雨にはお返しをしておかないと男が廃ると思っただけだ。

時雨が俺の後ろに下がってしまうのは率直に言って目的を一つ削がれたみたいで残念だが、まぁいいさ。息を整える間ゆっくりと、これまたお高そうな下着に包まれたお前の柔らかそうなお尻を堪能させてもらったのだからな。

 

膝上とはいえ、街中であればよっぽどのことがない限りその中身をお披露目することなんてないだろう時雨のスカートだが、ここは山だ。

ゴロゴロと転がる大岩に手をつき、艦のラッタルもかくやなビックリ角度の傾斜を登ることもザラにある。

 

今、Zaraにあるって読んだ? 発音違うぞ。

 

 

ともあれ、時雨さんとしてはブラ線がシャツから透けないように配慮したのかも知れないが、それが仇になったようだな。

おかげでスカートの闇の中でもしっかりと存在感を放つサックスブルーの光沢を拝むことができたわけだ。

清楚さを思わせる淡い青を、花をモチーフにした濃い青のレースが縁取る下着は、上品ながらもどこか幼さを感じさせ、女性と少女を行き来するほんの短い時間だけにしか許されない不安定な魅力を存分に引き出し、また、その儚げな色合いと時雨の白い柔肌のコントラストが目に眩しかった。

 

今、誰かに「好きな色はなんですか?」と問われたなら、俺は迷うことなくサックスブルーだと答える自信がある。それは世界で最も美しい色の名だ。

 

 

疲れた心と体に一陣の風とも言うべき爽やかさで、俺のコンディションの回復まで考えてくれるだなんて、なんていい子なんでしょう。まさに女神。

君のスカートの中は、この山深い空間で感じる森の香りよりも清浄で美味しい空気を蓄えているに違いない。俺が本当に体力の限界を迎えたときにはそこで深呼吸でもさせてほしいものだ。きっと、再び山を登り始めることができるだろう。

 

 

本日の時雨がいつもの黒系下着を身に着けていたのなら、とてもこうはいかなかったはずだ。で、あるのなら今日の俺がラッキーデーであることにもはや疑う余地もない。

 

待てよ、そう考えると俺に下着を覗かれたことに関して、時雨はやっぱり感謝してくれてもいいはずだ。

ラッキーデーの俺がいるからこそ、本日のレジャーは晴天の中で行えているんだぜってこと。

一年のほとんどが雨だというここは「月に35日雨が降る」で有名な屋久島の次くらいには降っているからな。天気予報も調べず突然足を踏み入れて、それでこれほどの晴天に恵まれているのだから感謝くらいしてくれても罰は当たらないだろう。

 

お礼も兼ねて時雨が自らスカートをめくり上げてくれたなら、きっと俺のラッキー度は時雨の下着よろしく、青天井の如くますますの上昇を見せるに違いない。

そうなれば、どれほど素晴らしいことが今後待ち受けているのか、期待に胸が弾むと言うものだ。

 

 

 

俺の後ろでガッチリスカートのお尻を押さえている時雨を見るに、自分から見せてくれる気はないようだ。

残念ではあるが、いざ長女が監視する中で妹ちゃんの下着を好きなだけ観察してもいいと言われたところで、俺がその空気に耐えられるとも思えない。

 

やはり下着というものは、本人に感づかれることなく一人で静かに覗くべきものだということか。そう納得し、次の機会に期待しつつ頭を切り替えて歩き始める俺。

切り替えられたばかりの頭に飛び込んできたのは、いまだジト目を向けてくる時雨ではなく、歩みを止めて俺たちが来るのを待っていたそこの長女さんだ。

 

 

俺などもう絞れそうなほど汗をかいているわけだが、ようやくしっとりと汗をかき出したか? の白露。

今までは目の前で時雨が生をチラチラとさせていたこともあり、意識が他に向かなかったのだが、改めて見てみるとどうだ。お尻を突き出していると汗でちょっとしたグレーが透けてるんだよ白露姉ちゃん!

 

どうりで、ピチピチサイズの割にパンティラインが出てないと思った。スポーティーなブラジャーを着けてる時点でその可能性も考えていたけど、お前、今日はボクサーパンツなんだな。

ボクサータイプもたまには趣があって良い。下着は種々あれど、その大半は無条件で良い物である。活発な白露には似合っていると思うし、健康的なお前のケツはもうそれだけで勝ったも同然だ。

 

瑞々しい桃を、汗を吸ったボクサーパンツと手触り良さげに柔らかそうな生地のホットパンツでラッピングしているわけだ、触ればさぞ楽しいのだろう。

 

 

「うぉ、マジかっ? しまったぁ、白にしておくべきだったかぁ」

 

指摘された白露は、なんてことを言いながら「まぁ、今さら提督に見られるくらいなら別にいいんだけど」と続けた。

 

 

ボクサーだとそんなもん? 同じ下着でも感覚はパンティタイプとは違うようだ。ま、本人がいいと言っていることなので、こちらが配慮してやる必要もないだろう。

お尻だけじゃなく、大きく開口した腋からはスポーツブラもモロだもんな、お前。ここまで清々しい対応をされると、それはもうウェアなんだと思える不思議。

 

 

 

チラリと自らのお尻を確認だけした白露には、お尻の透け具合よりも暑さのほうが重要らしい。

カットソーの裾を掴んでパタパタと風を送り込みつつ、男には妄想でしか分かりえない、(一部の)女性ならではの悩みをぶち撒ける。

 

「そんなことより暑い、ブラに汗が溜まって蒸れるんだよぉ」

 

 

サバサバしてるお前が好きだが、カットソーの裾から手を突っ込み、“何か”を浮かせて湿気を逃そうとするのはさすがにどうか。

いったい何を引っ張っているのか詳しく聞かせてくれたまえ。

 

ところでお前、自分がノースリーブなこと忘れてないか? 押さえつけられていたそこはさぞ蒸れているのだろうから、涼やかな風を送り込むのは確かに気持ち良さそうだ。それはわかる。

だけどそんなに引っ張って浮かせてると、肩口開きすぎのその服は腋から見えるんだって。

ブラがチラチラじゃなくてブラからチラチラしちゃってるんだって、夢が詰まったお前の白くて柔らかそうな実がよ。

 

 

 

いやぁ、女の人って大変なんだね。俺にはないから経験はないが、そこに汗が溜まるとか蒸れるとかってのは想像できる。

でもそんな人生の勝ち組みたいなことやってると時雨に怒られるぞ。

 

「僕だって蒸れているよ?」

 

怒られるのは俺だった。

 

 

すまない、俺が早計だったようだ。そりゃサイズ如何によらず、あんな窮屈そうな物で締め付けられてたら蒸れるわな。失言失言。

 

しかもその状態で炎天下の登山。

考えてみたら、俺のパンツもとっくに汗でぐしょぐしょだ。

スポブラ&ボクサーの白露でさえ根を上げるこの不快さ。一般的な女性物である時雨の繊細な下着が男物より汗を吸うとは思えないので、それはもう大変なことになっているのだろうと、まだちょっとこちらを警戒する目で見ている時雨のその服の中で、汗を吸い、火照った肌を透かせるように張り付くのは花の刺繍が施されたサックスブルーの下着。

 

きっと、ムワッとした甘い熱気がそこには籠り、玉のような汗が肌を滑っているのだろうと思いを馳せてみる。

本当に、女性のみなさんには頭が下がる思いだ。

 

 

そんな妄想、もとい女性の苦労を偲びつつ時雨をマジマジと観察していると、そのうちに時雨がそわそわと落ち着きなく、そしてなぜだか目を逸らしていった。大丈夫か? 顔が赤いようだが。

 

 

 

 

ひょんなことから小休止となったが、少しは体を休めることもできただろう。白露にならって、俺もベルトを緩めたズボンの中に清々しい山の風を送り込み、ジメジメした空気と共に気分をリフレッシュすることができた。蒸れ感がなくなるとだいぶスッキリするね。

 

中も外も豪快にバッサバッサとやっていた白露姉ちゃんも、とりあえずは満足できたようでなによりだ。目に毒だよ姉ちゃん。

自分の持ち物のサイズや価値をよくわかっていないのか、心の底から俺に見られるくらいどうってことないと思ってんのか、ホットパンツまでパタパタやりだすのはどうかと思うよ。

 

1番運動に向かない服装をしている時雨はシャツのボタンを一つ外し、控えめに扇ぐ程度に留めていた。

まぁ下はスカートだしね。もちろん穿いたことなどないから想像だが、スースーと無防備すぎてセキュリティが心配なところを除けば蒸れに関してはズボンなんかよりよほど通気性に優れているのだろう。

 

 

 

白露を先頭に、二番手を俺、最後尾を時雨にしてまた登り始める。

時雨の後ろについて登るのが良かったんだが、最後尾を譲らない構えなので仕方がない。

 

せいぜい軽快に登っていく白露から離されないように気張っていこう。

 

 

しかし、体のラインを美しく見せ、また乳房が動き回らないよう支える役割を持つ、年頃を迎えた女性にとっては必須のブラジャーだが、奴が支えるのは日常だけのようだ。

運動量の多い白露の、その飛び跳ねる持ち物を支えきってはくれないんだなぁと、白露の透け尻についていく間に思った。

 

スポーツブラでもああなのだから、白露が普通の下着でここに来ていたらとんでもないことになっていたのかもしれない。

 

 

 

うん。後ろからの視線が痛いな、やっぱり前を歩いてもらえませんかと時雨に言いたい。

別に白露姉ちゃんの胸やお尻ばかり見て登っているわけじゃないよ? 学術的興味と言うやつだ。

だから俺が足を踏み外して滑落しそうになったのは全面的に白露が悪い。そのはずだ。

 

「僕は怒ってるんじゃなくて心配しているんだよ」

 




ここの白露さんはエビゾメさんがTwitterで公開していた「音楽の趣味が1番提督と合う白露さん」のイメージ。
最終的に掻っ攫っていきそうな気もするが、特に提督に対して恋愛感情は持ってないと思う。

時雨さんは共依存の関係なので……。
恋愛感情というより心に染み付いたシミみたいなものかも? ただの山田さんの妄想です。
村雨姉さんは素直に狙ってる。思春期特有の身近な先輩に憧れるノリだ。

しかし、もしかするとソレは戦後のお話で、本編ではそれどころではないのかもしれない。


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The future that might have been.11

うーん本編……。


自然のなす業なのか、長い年月を経て水で削られた奇岩は見ているだけで世界の広さを思わせる。

地球の覇者として大きな顔をしている人類なんてちっぽけなものだ。きっと自然が一度その優しい顔を脱ぎ捨てるだけで、俺たちではどうしようもない猛威を目の当たりにするのだろう。

しかしそのあくなき探究心だけは称賛に値するとも思う。

 

このような場所にもわざわざ足を運び、人類の手垢を残さねば気が済まないとは病的なまでの偏執さ。正気を保つ他の動物にはとても真似できまい。

 

 

 

足元に注意しながら、山で磨かれた水が流れ込む天然物石造りなトンネルを抜け、俺たちはさらに先を目指す。

山に入ってから2時間ほど歩く頃には少し飽きてもくる。進むごとに違う景色を見せてはくれるのだが、尾根を歩くでも稜線に出るでもなく基本沢に沿って縫うように進むからだ。

果たして山間なのか谷なのか、さらにここはこのまま隣県までずーっと奥深い緑が続くので、たまに開けた場所に出ても足元の岩と緑以外は存在しない。

 

軽快に前を歩くケツでもなけりゃ心が折れていたかもしれない、挑発のつもりか? 振るな。

「見るなぁ!」

 

 

さっきまでより濃くグレーを透けさせた白露尻が俺の視界から逃れるように上へ上へと登っていく。

またこんな急傾斜かよ……と、バテる体に鞭を打って追いかけると、ようやく一つ目のピークらしき場所にたどり着いた。そこには質素な東屋が建てられていたので早速荷物を置いて一休み。

結構な高さまで登ったことで隣を走る川はここからは確認できない、視界に映るのは360°山、そして山。

 

それだけであれば、ここにわざわざ休憩に使える東屋などを建てたりしないだろう。

 

歩いているときから耳に届いていたこの涼やかで力強い音の正体、それがここからはよく見える。

谷向こうに見える山の頂から絹のように流れ落ちる滝だ。

 

エンジェルフォールとまではいかないが、樹々を蓄えた深い山の中で見るそれは神々の頂と説明されたら信じてしまうかもしれない神秘。非日常の中にあってもなお異彩を放ち、しばし時間を忘れて見入ってしまうほどだ。

それは二人も同じだったようで、180mもの落差があるというその滝に目を奪われたまま茫然と立ち尽くしていた。

 

 

「凄いね」

 

ややあってようやく口を開いた時雨から出た一言が全てを表している。

本当に凄いものを見たとき、人は身に付けた語彙を忘れるものなのだ。

 

滝を眺めながらタバコに火をつける。

時雨のサックスブルーエネルギーはとうに尽き、なんとか白露グレーだけでここまで歩いてきたが、そろそろニコチンを入れておかなければガス欠になってしまうからな。

 

 

横目でチラリと二人の様子を眺めながら、凄いね、なのはお前たちのほうだと言いたい、ホントにタフだな。

俺のTシャツは早々に、一回川に飛び込んだのかと思うほど汗に濡れたし、ついにタオルまで絞れるほどだと言うのにこの二人はようやく額から汗を流し始めたところだ。

代謝がすこぶるいい奴らなので、これからは尊い汗をいっぱい流すのだろう。流し始めるベースとなるものが俺と全然違うだけで。

 

どんどん汗をかけばいい。お前らの汗は太陽の光を反射してまるで宝石かなにかのようだ。人魚の涙なんて宝石があるなら、艦娘の汗なる物があっても別段おかしくはないはず。涙も汗もどうせ同じ物だし。

なんでなんだろうな、男の汗などドブを流れる排水くらいの価値しかないはずだが、女の子の流す汗には特別な価値があるように思えてならない。聖水か? いや、それは別の物だったな。しかし同じ体液なので薬にはなりそうだ。

 

 

当たり前だがタバコだけでエネルギーの回復は不可能だ。あくまでも精神的カンフル剤だと思ってくれ。山歩きは想像以上に超大なカロリーを消費するので、その分のカロリーも補充しなくてはならない。乾ききった口内にスケッチャーズを無理やり押し込み、水で流し込むようにして胃袋まで届けてやる。

街で食べると甘いだけだが、疲れきった体にはこの甘さがいい。

 

ようやく腰を落ち着かせた二人も今はモグモグとスケッチャーズを頬張っている。

さすがに俺みたいな野蛮な食べ方はしていないようだが、艦娘だってカロリーは消費するのだ。むしろ燃費が悪いまである。

 

まだまだ全然平気そうではあるが、比べてみると時雨のほうが少し疲れている様子。

白露のほうが重い荷物を持っているだって? あの人はほら、スタミナゲージ振り切ってるから。

登坂速度は結構なペースだけど、先導してる白露はアレでペースを落としてるんだぜ、きっと。時雨と二人だったら今頃駆け足で走り抜けてるだろう。その場合はさすがに時雨がバテているはずだ。

 

俺たちと比べると規格外なだけで、コイツらだって疲れもするし限界はあるのだ。

 

 

しかし白露姉ちゃんめ、もたもたしてるようなら俺がケツを押し上げてやろうと思ってもいたが、俺が引っ張り上げられることはあってもその逆はないともう理解した。

最後尾が時雨なのも良かった、これが白露なら体当たりの勢いで後ろからぐいぐい押されていたはずだ。

時雨は俺のペースに合わせてくれるし、もとより男の沽券に関わる領域を土足で踏み荒らしたりはしないのだ。

 

近年稀に見るレベルで足が棒のようになっている俺、これが軍の訓練なら今頃無心で歩いているだろう。

今は邪な気持ちで意識を保っているに過ぎない。

 

ま、ここまでこれば目的の場所まで1時間を切ったくらいだろう。なんだかんだと白露のペースに引き摺られているおかげで予定よりも早く着きそうだ。

 




毎年「伊勢湾台風を超す」台風がやって来ている気がする。
しかしその表現は飽きた。


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The future that might have been.12

本編は佳境に向かい……と言いつつ進まず。



滝を望む東屋からさらに深く、静かに口を開く樹々たちへと足を進めると、アップダウンを繰り返しながら徐々に標高を下げていき、見えなくなったりしながらもずっと隣を流れていたはずの川に近づいていく。

先の見えない山歩きにはもううんざりだが、もうすぐなのだと自分に言い聞かせて一歩、また一歩と足を出す。

 

ここまで来ると白露や時雨も汗でびっしょりと服を湿らせているが、バテ具合は俺との比ではないように思う。あと3往復しろと命じられたら余裕で完遂するんだろう。

 

なので、「暑い、疲れた」とぼやきながら前を行く白露の言葉は話半分に受け取らなければならない。暑いのも疲れたのも事実だろうが、だからといって限界はまだまだはるか先なのだ。

 

何度目かの登りを終え、下りに差し掛かったところで一気に視界が開けた。登山道はこのまま県境を跨ぎ、なんなら今までの行程でまだ半分に達していないくらいだが、本格的な登山行が目的ではないので俺たちの登山はここでお終いだ。

 

登山道から降りられるようになっているそこは、大きな岩がゴロゴロと転がる川原。

途中何度か休憩を挟みつつ、2時間と30分を少し回ったくらいの時間でようやく俺たちは目的地となる淵に到着したのだった。

 

 

これが清流でないのなら、いったいどこに清流があるのか。そう思えるほどに澄みきった流れが視界に入り、同時にせせらぎが耳を癒す。

ここまできてゴロゴロとした足場の悪いところを歩くのは体力的にはしんどいのだろうが、目的地だということで心情的には逸る気持ちだ。

 

疲れ果てた体を川の淵まで跳ねるように進め、さらに上流を眺めてみると切り立った岩に挟まれたザ・渓谷が姿を表す。そしてその隙間から覗くそこには、今までの疲れを吹き飛ばすほどの景色。

崖の間からは悠久の大地が育んだ流れと、その向こうには一筋の滝が山の中腹から真っ直ぐに伸びているのが見えた。

 

 

日本の山や森などは自然に見えても自然そのままなところなどほとんどなく、必ず人の手が入っているものだが、この風景には畏怖さえ感じてしまう。

自然の美しさ、自然の恐ろしさ。何千年も前から誰に誇るわけでもなく、ここに在ったのだ。

 

「こんな景色を見たのは初めてだよ」

いつの間にか隣に並び、同じ景色を見ていた時雨は汗で前髪をおでこに貼り付けながら、少しだけ上がった息でそう言った。

 

「ここまで歩いた甲斐があるってもんだね、今まで見たなかでいっちばんの景色だ!」

バックパックから取り出した2リットルペットボトルで水分補給をしながら、白露も嬉しい感想を言ってくれた。

こちらは時雨と違い、汗で背中とお尻をしっかり透けさせながらももう息が整っている。

相変わらず底知れぬ奴め。

 

 

「白露、バッグからバーナーとコッヘル出してくれ、山を登ったらまずはコーヒーだ」

 

登山とコーヒーは切っても切れない関係である。登山と言っても頂で飲むコーヒーとはならないが、それと比べても決して劣るものではないはずだ。

ついでに時雨のバッグからはおにぎりとカップ麺を取り出して飯の用意もしていく。

しっかりお昼時を回っているのでお腹がペコペコだ。スニッカーズはエネルギーにはなっても飯の代わりにはならないようだな。

 

コッヘルの中に収納してきたガス缶を取り出し、平らな岩の上を選んでお湯を沸かす準備は完了。無駄だと指摘されるほど大量に抱えてきた水はここで活かされるわけだな。三人分のコーヒーとカップ麺に使っても、まだ帰りの分くらいは余裕であるだろう。

 

山コーヒーだ、とはいえ、そこまでコーヒーにこだわりのない俺たちはスティックタイプのインスタントで十分。お湯さえ沸けばさほど待つことなくまずは一杯としゃれ込むことができるわけだ。

 

 

「うぅ体中が汗でベトベト、パンツまでぐっしょり濡れちゃってるよ。川に飛び込んだら気持ちいいんだろうなぁ」

 

お腹の辺りを摘んで空気の循環を試みつつ言ったのは白露。

オーバーヒートまではいかずとも、だいぶ体も熱を持っちゃってるしね。目の前をいかにも冷たそうな、しかも底まで完全に透けて見える綺麗な水が流れているのだ、浸かりたくなる気持ちはわかる。

しっかりオーバーヒートしてしまってる俺ならなおさらだ。だからこその提案をする。

 

 

「おう、コーヒー飲んだらあっちに見える滝までひと泳ぎしようぜ」

 

「さすがにこのまま水に入るのはね、僕はスカートだし」

「私このまま入っちゃって大丈夫かなぁ、帰り歩いてたら乾くと思う? 着替えとかないんだけど」

 

気持ちがわかると言ったろ? そして当然、こうなることも予測済みだ。

ならば戦う前に備えるのが俺の役目としたもので、問題などあろうはずがない。

戦場には備すぎなんて言葉はないのだ。

 

「ちゃんと用意してあるぞ、それぞれのバッグに入れてある」

 

 

痒いところに手が届くとはこのことだが、さすがの二人も俺がそこまで用意周到だとは思っていなかったようで、しばし互いに見つめ合ってからガサゴソと音を立ててバッグの底を漁る。

なんだ、そんなに泳ぎたかったのか。なら持ってきて本当に良かった。

これで道中白露のケツをガン見していたことや、岩をよじ登って進む時雨を後ろから堪能していたことくらいは帳消しになるだろう。

 

 

「ねぇ、提督」

「…………」

 

ショップの名前が書かれた袋を握りしめた二人が恐るおそるといった口調で言った。

 

「これ、私の服だね」

「僕の水着もあるようだけど」

 

「そりゃそうだろ、お前らの部屋から持ってきたんだから。水着がないと泳ぎにくいし、着替えがないと帰り困るだろ?」

 

でも俺の着替えはいいかな、なんて思う。そのまま泳いでそのまま帰路を歩けば勝手に乾く気がするし、なにより男の子だしね。

そうやって男性であることに感謝をしていると、白露がいろいろ諦めた顔で言うのだ。

 

 

 

「ねぇ、下着もあるんだけど」

 




長波サマ(少女のつくり方)

戦争中期に活躍し、「リンガの宝石」と謳われたリンガ艦隊所属の夕雲型駆逐艦。
後に史上唯一の提督艦となった霞の懐刀として艦隊を支え、海戦では水雷戦隊を指揮して数々の作戦に参加。そして陸戦時には帝国海軍で1番の戦果を挙げた駆逐艦姉妹と名高い白露型長姉の白露とバディを組んだ。

■■■■海戦で艦隊が■■■■■した後、苦しい状況の中で見せた勇猛果敢な戦いぶりから猛将としても名高い。
最後は……■■■■■■■■以後全部黒塗り。


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The future that might have been.13

みんな大好き駆逐艦。

キスカ島撤退の「駆逐艦とは、こんなにも大きな艦だったのか」は涙を堪えきれない。
三船敏郎さんの『太平洋奇跡の作戦 キスカ』は古さを感じさせない良作です。そこまでは……の人は『リアル劇場 キス島撤退作戦』をニコニコ動画で視聴しましょう。

ところでこのデストロイヤーさん。元の艦種を「水雷艇駆逐艦」と言います。想定された敵が水雷艇なので、格上の軍艦を狙うようにはできてないんですよね。もちろん本編の水着とは関係ない。



「ねぇ、下着もあるんだけど」

 

「白露も普通に女の子らしいやつを持ってるんだな、大人っぽいやつもあって驚いたよ。でも穿かなきゃ意味ないぞ?」

 

 

 

しばらくハイライトの消えたような目をしていた二人だったが、コーヒーを飲むことで心を落ち着かせたようだ。

そんな気にしなくてもいいじゃないか。同じ屋根の下に暮らす家族のようなものだし、別についでだからと漁ったりはしていないよ? まぁ、選びはしたけどさ。

 

 

 

 

「着替えるにしても、どうしようか?」

「完全に屋外だし、他の登山客も通るもんなぁ」

 

時雨が白露にそう声をかける。

兵士の切り替えは早いのだ。二人はせめて前向きにこの状況を捉えることにしたらしい。

 

戦中なら、移動に数日かける航海や陸上での作戦時など必要に応じて屋外で着替えを済ませることもあった二人だが、ここは戦地でもなければ人っ子一人いなさそうな南方の離島でもない。

 

 

時雨の場合はスカート姿なので、いつも海に潜るときに使っているショートパンツタイプの水着を穿くだけなら簡単だろう。

問題はトップスのほうだな、時雨の水着はタンクトップだが、ビキニだろうがタンクトップだろうがシャツとブラを外さないと着れないことには変わりない、結局上は脱ぐことになるわけだ。

パレオのほうの水着もあるにはあったが、時雨は泳がないときにしか着ないんだよね、あれ。タンクトップ&ビキニからなるタンキニ水着も悪くはないが、やっぱりどこか味気ない。

 

白露のほうはもう今のままでも泳げそうな姿なのだが、コイツの持ってる水着はビキニなのだ。

立派な持ち物をしっかりと支えるホルダーネックは、まだ青く清涼感のある柑橘類を思わせる鮮やかなライムグリーンに縁取られた太陽のような色合いで、真夏の元気少女白露の魅力を力いっぱい引き出す良アイテム。

ただ、下は水着の上からデニムのショートパンツを穿いちゃうことが多いからこれまた残念ではあるのだけど、今の服装のまま泳がれるよりはいい。

いや、川に入ることで完全にグレーの下着を透けさせることになる白いホットパンツ尻は、それはそれで素敵なものだとは思うんだよ。だけどそれでも、誰も胸をアピールしないだなんて寂しいじゃないか。正しくないじゃないか。

 

 

もっと長波サマを見習うんだ。

彼女には三角ビキニを買い与えてやった。黒のTバックとチェリーピンクのフルバックを二枚穿きしているように見える素敵なやつだ。上も同じデザインになっており、黒地とピンク地が二重構造になっているから長波サマが着けるとそりゃあもう凄いことになる。

ボトムのTバックはあくまでそう見えるだけで、実際は普通にフルバックの水着なんだけどさ。よくよく考えるとノーマルなビキニよりも肌を隠す面積が大きいはずなのだが、セクシーに見えるのはなぜだろう。

それでも両端を紐で結ぶタイプってこともあり俺の目を十分に楽しませてくれる。

 

プレゼントの袋から取り出した長波は「これじゃあ支えきれないんだよ!」とブーブー文句を言ってはいたが、根が貧乏性なのは戦争が終わっても治らないのか結局それ以降愛用してくれているのだ。

 

 

陸上戦闘時にずっと長波と組んでいた白露姉ちゃんはいろんな意味で長波に引けを取らない存在なので、ぜひ役目を全うしてほしいと思う。

 

 

 

「幸いでっかい岩がゴロゴロ目隠ししてくれてるんだ、パパッと陰で着替えちまえば平気じゃないか?」

 

少し逡巡した時雨だったがそれも束の間、すぐに着替えに適したポイントはないかと探し始め、ほどなくして目ぼしい岩を見つけたのか白露に意見を問う。

 

そして岩の陰へと歩き始めた白露は、しっとりとした瞳で優しく提督を見つめながらこう言うのだ。

 

 

「じゃあ着替えるけど、提督も一緒に着替える?」

 

 

あれ、俺と一緒の着替えはいいんだ? と思ったが、俺だって好んで他者に見せつけるよう開けた場所で着替えたいわけじゃない。

ここはお言葉に甘えてっと足を踏み出すよりも前に、半ば呆れたような顔で白露が続けた。

 

「……嘘だよ?」

 

 

 

だよね。わかってるよ、時雨までそんな残念な人を見る目をしないでくれ。

 

大人しく自分も登山道から陰になりそうなところまで移動し、そそくさとカットソーやボトムを脱ぐ。あっという間にパンイチ姿、いつでも準備万端の俺。

やっぱズボン履いての水泳はないなと考え直した結果の姿だ。

 

ちょいと移動したおかげで時雨たちの着替えスポットが視界の端にチラチラと映る。視界の端と言うよりすぐに真正面、瞳のど真ん中に映るようになったわけだが、これは不可抗力だろう。もちろんそれを狙ってこの場所を着替えに使ったわけではないとだけ言っておく。

 

しかし、もし万が一そうであったとしても誰も俺を責めることなどできないはずだ。

だってそうだろ? ちょっとそこいらにはいないレベルの美少女が晴天の山の中で服を脱いでるのだから、人類のオスなら全員が見ると断言できる。見ない奴がいたならそれは正常な状態ではないはずだと、大きなタオルで目隠しを作ってあげていた時雨とバッチリ目が合ってしまった俺は言い訳、もとい人間にとっての摂理を彼女に述べるハメになった。

 

 

 

「着替え中の女性を覗くのはマナー違反だと僕は思うな」

 

仰るとおりです。

先に述べたとおり、見てしまうのは不可抗力だが、だからと言って覗きの行為が赦されるわけじゃない。

しかし言い訳ってやつは、まず口に出さないと効力を発揮しないことを俺は知っている。

 

そして人ってやつは会話すればするだけ怒りを治めていくものだ。できることなら怒っている人間には冷たい飲み物を出すといい。

 

 

「待て、話せばわかる。昔偉い人もそう言ってたくらいだからそうなんだろう」

「その人はその後に撃たれていたけどね」

 

俺の精一杯の弁明を話して聞かせようとしたら、思いの外に物騒な返答がきた。

この場合に俺が取るべき行動、それは素直に謝罪することだった。

 

やっぱり素直が一番だね、岩に登って高いところから確信犯的覗きを行っていたほどではなかったので、とりあえずは受け入れてもらえた。

時雨の日記にまた一行余分な文言が増えるのは止められないかもしれないがな。

 

 

 

さすがに二度目ともなると後が怖いので大人しく荷物の番をしていると、それほど時間を掛けずに白露 Ver.水着と時雨 Ver.水着がお目見えした。

海での姿と変わらずビキニにデニムのショートパンツを重ねる白露と、白を基調としたノースリーブに濃紺のショートパンツ水着な時雨。

 

見どころとしてまず外せないのは白露の胸。繰り返すがビキニだからね、しっかり凄い。

時雨は露出抑え気味ではあるが、同じショートパンツでも時雨のは重ねているわけではなくこれが水着だ。裾の隙間が気になるね。

 

 

さて、せっかく着替えたのだ。観賞会は泳ぎながらするとして、さっさと疲れた体を水に浮かべて身を清めてもらうとしよう。

 

 

どこから川に入ろうかって、そんなの決まっている。

コーヒーを飲むために川近くの平らな岩を探し、その陰には荷物を固めて置いてあるわけだが、この岩は飛び込むのにちょうどいいわけだ。

 

上流にある川にしては川幅はそれほど狭くはないが、透き通った川底から判断すると結構浅いところが多い。

とはいえ、川は場所によって急に深さを変えるものだ。

件の岩は川の流れがちょうど良い感じに曲がってくれているのか、川底が深く掘られている場所に突き出している。「ここから飛び込めよ」と、そう誘ってくれているかのようなベストポジションにあるのだ。

 

 

 

「いっちばぁぁぁん!」

 

 

二人の水着姿を舐めるように見ていたら、助走をつけて一気に飛び出した白露に先を越されてしまった。

ここは先に俺が水深を確認していた場所だから良かったものの、本当に見る前に飛ぶ奴だな。

 

水着姿くらいいつも見ているだろって?

確かに夏の間は頻繁に見ている。二人の水着姿だけでなく、一緒に住んでる艦娘さんたちとも交代で海に繰り出しているのでカナリの数の水着を日常的に見ていると言っていい。

 

じゃあなにか、昨日見たから今日はいいだろってなるか? いや、ならない。当たり前である。

特に本日はいつものシチュエーションではなく山に川で水着なのだ、そりゃあ見るだろ。

ここまでの思考0.2秒。

 

 

心地良い水飛沫の音を立てて飛び込んだ白露が、とても良い顔で「つめたぁぁい!」と騒いでいる。

見ずに飛び込むのもどうかと思うが、体を水に慣らさず飛び込むのもどうだろう。これは一応言っておくだけの大人の意見だ。

 

川への入水。その一発目は勢いよく飛び込むのが正しいと、実は俺も思っているからな。

しかし真似はしないように、山の川は夏でも本当に冷たいぞ。

 

 

目敏く確認したが、水面下では飛び込んだ勢いで白露のビキニがズレて大変なことになっている。紐で結ぶだけの水着に防御力を期待しても無理な相談。特に飛び跳ねる白露胸を完全に支えられるビキニなど、それはもはやビキニではないだろう。俺が川に飛び込む理由なんてそれだけで十分だ。

ここまでの思考0.5秒。

 

ならば俺だ。その胸に目掛けてとはいかないが、すぐさま白露に続いて飛び込んだのは言うまでもない。状況は秒を争う。

 

清流は、予想どおりと言うか予想以上に冷たく、そして気持ちがいいものだった。

飛び込んだ衝撃で泡立ったものが落ち着くのをじっと水中で待ち、川の透明度を活かして問題の白露を確認すると水に浮かぶ少女の伸びやかな肢体が目に映る。

 

水の中で、そして至近距離で改めて見る白露の健康的な腹部は惚れ惚れするほど美しく、水中を掻く足も肉感的で素敵だった。

 

 

でだ。問題の箇所を見上げると溢れたものをいそいそと水着の中にしまいこんだところで、柔らかそうなことだけはハッキリ伝わる普段お目にかかれない白露の下乳が、水着に押し潰されて形を変えながら、あっという間に布地の下へと包み隠されていった。

 

潜水していることもあり、ちょうどのところまでハッキリと見えたわけではないが、しかし薄っすらと色が変わりつつある辺りまで見えたような気がする。いや、見えたのだと自分に言い聞かせるほうが幸せになれるはずだ。

 

 

それらは一秒にも満たない出来事で、さらに水面下だけで行われたこと。

きっと白露自身は誰かに見られたなんて意識も持っていないはずだ。

 

なに食わぬ顔で俺が水面に顔を出すと、交代に時雨が飛び込んでくる。

時雨の場合は水着が水着だからな、アクシデントもなく無事に合流した。

 

 

水に浸かることですでに十分に不快な気持ちとおさらばできたわけだが、じゃあ汗も流したから上がろうか、では味気ない。

やはり上流に見えている滝くらいまでは間近で見ておくとしよう。

先ほどまで歩いてきた登山道はここで川と別れ、この先はまた山を登って行くルートをなぞるので、ここから見ることのできる川上の滝に行きたいなら川の中を行くことになる。

 

多分よほどおかしな精神でも持っていない限り、「よし、道がないから滝まで泳ぐか」とはならないんだろう。

そう考えると、さほどの距離があるわけでもないあの滝を間近で見た人間の数はそれほど多くはあるまい。

そのカウントを三人分ほど回してやるとしよう。




【予告編】

「その男は君が身を挺して守るほどの価値があるのか?」
「はぁ? 知らないよそんなこと。ただ提督は弱っちぃからな。私が守らないと死んじまう、そんだけだ」

小さな体で精一杯腕を伸ばし、提督を庇うように前に立ち銃弾を体で防ぐ。銃弾がめり込んだところが焼かれるように熱い。
幸い自慢の顔にはまだめり込んでいないようだが、側頭部を掠めた弾丸のせいで右耳が半分ほど吹き飛び予期せぬ軽量化を果たしてしまったようだ。

だからと言って提督の前からどくことなど考えてはいないが、このままではいずれ陸の上で自ら作った池に沈むことになる。

「いくらなんでも陸の上でこれ以上喰らうと保たないぜぇ! どうするんだい?」
「もう少し耐えてくれ」
「肩に手を置くな! 提督の指が千切れ飛んだら治せないんだぞ! ちょっと待て! 腰でも一緒だ、掴むなっ!」


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The future that might have been.14

時雨さんの得意技はよく伸びる長い足から繰り出す上段回し蹴り。
霞さんは腹部目掛けた突き刺さるような後ろ回し蹴りが決め技。
夕立は“猛禽類のような”危ない指で掴みかかり、綾波は状況に応じてなんでもできるが大体関節きめて拘束することが多い。

海戦での時雨は魚雷の進路に敵艦を追い込む詰将棋のような狩りをして、霞は基本に忠実オーソドックスな戦い方で普通に強い。


つまり、この渓谷には実在のモデルがあるってことさ!



いっちばんに泳ぎ出した白露の後、ジェスチャーで「お先にどうぞ」を時雨に伝え、三番手となって泳ぎ始める。

飛び込んだ先は川底を抉っていくほどの流れだったが、まぁ慌てるほどではない。川岸が見えないほどの大河でもあるまいし、最悪流されたら帰りの登山行を短縮できてラッキーってなもんだ。

 

海と違って浮力に補助がない川は浮きにくいわけで、さらに足ヒレなども持ってきてないので自前で泳ぎきらなければいけない。

足ヒレに慣れた身としてはダルいことこの上ないが、登山の準備にと足ヒレをバッグに詰める奴などいないだろう。

 

遅々として進まない距離にヤキモキするが問題はその程度だ。

今は目指す滝の美しさに期待をすると共に、目の前を泳ぐ美少女二人のお尻を追いかけることに専念するのみ。

 

 

岩場を抜けると急に浅くなり、下手なルートを通ると胸を擦ってしまいそうだが、俺が擦るより先にきっと白露が擦るのだろうから選定はもうアイツに任せておこう。

足が着くからと言っても、苔むした岩がゴロつく川底なんかまともに歩けやしないので、ある程度の水深がないと非常に面倒だ。

 

川は急に深くなっている。なんてよく耳にするフレーズだが、海でも川でも深いほうの水深ってやつは本当にどうでもいい問題だと思う。

どうせ泳いでいるときに足など着いていない。そして足が着かない深さであれば水深2mでも水深1万mを超すマリアナ海溝の最深部でも大して変わるまい。

 

パニックを起こせば膝くらいの水深でも人は容易く溺れることができるので、ある種の開き直りを持って焦らないことを念頭に置くのが正しいだろう。怖いのは泳げないことではなくパニックなのだから。

 

 

日本に学校水泳があるのは紫雲丸事件の教訓からだと知れば、泳ぎに対してもう少し真面目に取り組むようになる気がする。

つまり学校水泳がある我が国の国民は、その殆どが泳げる人に分類されるわけだ。これは世界でも稀有なことで、なんなら日本人の特徴の一つに数えられてもいいと思う。

 

水泳についての誤解が多いのは、うまく教員が伝えきれなかったからってのもあると思うが、ちょっと考えてもみてくれ。

「私5mしか泳げない」は本当に実在するのだろうか、と。

 

5歩しか歩けないみたいなことを言われても返答に困る。歩き方を知っていて、5歩も歩けるのであればあとは体力の続く限り歩けるのだろう。歩きたくないだけで。

泳ぎも同じだ。やりたくはないし、やって後悔したこともあるが、5m泳げるなら体力が続く限り泳ぎ続けることができる。あそこに見える島まで遠泳しようぜ? は実際に可能なわけだ。断じてやりたくはないが。

 

 

あれは無人島から脱出する某テレビ番組を家で見ていたときだ。

無駄に高いサバイバルスキルと経験を積み重ねてきているウチの艦娘さんたちはあんまり興味がなさそうではあったが、俺は男の子だからね、俺もやってみたいと思ったわけだ。

幸い俺たちが住んでいる田舎の海には無人島も珍しくないので、キャンプがてら今度企画してみようかな、なんて考えていた。

 

番組では最終的に5km離れた隣島へ脱出できれば勝ちという内容だったのだが、参加者たちは思いおもいのロジックでイカダやイカダもどきを造って脱出を試みていた。

 

俺ならどうするだろうか?

5km程度であれば最悪2リットルのペットボトルが1本あれば泳ぎきれる。

世界には34km離れた海峡を17時間ほど掛けて自らの力だけで泳いでやろう、なんて人たちもいるのだ。彼ら彼女らに比べれば5kmなど距離のうちにも入らない。

 

しかし、また同じ話になるが「やれる」と「やりたい」は別物だ。

できれば人間単品で泳ぐ距離は2kmに抑えたい。つまり3km保つだけの浮力があればいいと最初から割り切れるのは強みだろう。

 

で、一緒に見ていた艦娘さんたちに尋ねたわけだ。

一部の子たちは「航行すればいい」だなんてふざけた解答をよこしたが、その他の子らはさも当たり前のように口を揃えてこう言った。

 

「泳げばいいじゃない?」

 

 

さすが、体力有り余ってるなぁ。

まったく参考にならねぇと思ったわけだが、そういや米海軍の特殊部隊なんぞは約1kmの距離を20分以内に泳げないと体力審査で早々に脱落するんだった。

そのスピードはもはやちょっと遅いだけの徒歩。軍隊ってどこも似たり寄ったりなのかもねと、達観にも似た気持ちにさせられた。

 

さすがに34km泳げだとか5kmは基本だ、などと言うつもりはない。なにより俺がやりたくない。

しかし、いつなんどき必要になるかもしれないスキルだ。せっかく義務教育で教わったものなので、少しばかりの自信を持ちつつチャレンジしてみるのはいいことだろう。

 

挑戦するときの合言葉は常に「他人にできて俺にできないわけがない」だ。

 

 

しかし解せない。

俺に旧海軍の見張員並みの視力があれば目の前を人魚のように泳ぐ時雨の隅々までを余すことなく観察できたはずなのに。

そもそもゴーグルがないと水中視野がこれほど利かないとはな。ゴーグルがなかった時代はどうやってたんだろうか。

 

 

蹴り足の動作一つを取っても美しい、そんな時雨の足の付け根に向け、足が大きく開かれるたびに極限の集中力を発揮させていたら気付かぬ間に滝のある岸へとたどり着いていた。

 

帰りのことを考えると無駄な体力の消耗は避けるべきだ。そして体力の消耗とはモチベーションによって大きく左右される。

時雨に邪な気持ちを集中させて川を遡上するのは正しい行いだってことだな。

 

 

「すご、こんな近くで滝を見るのは初めてだね!」

 

大はしゃぎで上陸を果たす白露が駆けていく。時雨と並んで岸に上がった俺たちは、ここに来て何度目だろうか、また自然の圧倒的な大きさってやつを実感していた。

 

「凄いね、圧巻だよ」

「ホントだな、俺もここまで近く滝を感じたことはなかったから感無量だ」

 

山から絶えず落ちる水の音にかき消されないよう、互いに声を張りながら感想を伝え合い、滝の上げる水しぶきが舞う中へと白露を追って歩く。

遠くから眺める滝もいいが、体感する滝もいいものだ。今、俺たちは全身で滝を感じている。目で、耳で感じるだけではない、言い表せない圧を体が感じ取っているような錯覚さえ覚える。

 

 

「ちょっと大変だったけど、来て良かったな」

「うん、いい経験になったよ。連れてきてくれてありがとう」

 

声を通すため、自然と肩が触れ合う距離で寄り添うように立つ。

あぁ、戦争をしてでも護りたいものって、きっとこういうものなんだと実感した。

 

 

虚空で遊ぶ二人の指が、どちらともなく繋がれる。それは小指だけを絡めた控えめな表現だったが、きっと繋がれていたのは目に見えない強固な何かだ。

いつしか二人の距離は寄り添うよりも近いものになり、時雨が傾げた頭を提督の肩にもたれさせる。

 

しっとりとした空気が辺りを包みそうなものだが、滝壷で飛沫の雨あられと対決しているらしい白露の奇声が響く環境ではそれも難しい。

 

 

くすっと小さな笑い声だけ残し、さて、みんなの待つ家へ帰るとしよう。

 

お土産にはたくさんの写真、そして食事の席では今日見たこと、感じたことをいっぱい話してやらなくてはならない。

代わりにアイツらの今日の冒険譚を聞かせてもらおう。

俺たちはこうやって、日々過ごすなんてことのない、しかし大切な一日を思い出に変えて生きていく。




「まさか、僕たちは……繰り返しているって言うのかい?」
歴史をなぞるように、延々と繰り返すそれは醒めない悪夢だ。
それは彼女たちに絶望を与えるには十分なこと。

「だったら、ワタシたちは何度も沈んで、そして負け続けているって?」
そんなのは認められない。ワタシたちは本気で戦い、必死に今を生きているのだ。それが何度も繰り返された演目だなんて、認められるはずがない。

だって、それなら……。
ワタシたちは、何度も同じ海に出撃し、そしていつも同じ結末を──。


「だから、私がここにいるんじゃないか」


力強く胸を張る少女が言う。
そう、彼女こそがイレギュラー。彼女こそが歴史の特異点。
彼女こそが、この世に残された最後のピース。




「この深雪様が歴史を変えるのさ!」


ここまで嘘。


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お出かけの艦隊7

久々に更新される本編。

ようやく進める気になった。
進んでくれた(;´Д`A

結局無難なところに落ち着きそうですが、事件自体はどうでも良いので大目に見て……くれると嬉しいなって(・ω<)

お詫び(?)に、後書きに短編が付いてます(*'▽'*)
想像力を突破した妄想力がないと読めないスパルタンな作りになっていますが、ここにいる熟練読者のみなさまならきっと……。



「はじめまして、アナタが代表ってことでいい?」

 

受話器を片手に歯に衣着せぬ物言いをするのは、まだ幼さを残す顔立ちの、小さい背丈の少女。

可憐である。そう評することができる造形だが、その顔に微笑みはない。

 

それはひどく事務的なもの。飾ることなく紡がれる言葉は簡潔で、意味の取り違えが起こる隙さえまったくないほどだ。

 

 

およそ外見に似合わないそれは、声だけ聞けばまるで納期に遅れた取引先にクレームを入れる担当者のようで、少女が発する挨拶としてはギャップが大きい。

 

しかし電話の先は取引の相手ではなく、また彼女を知っている者ならば、きっと“らしい”と言うに違いない。

 

 

今は固く門戸を閉ざしている銀行が望める車道の端で、大きな車の大きな扉からそれらを見やり話すのは霞。

電話の相手は行内に立て籠もっている犯人と呼ばれるうちの誰か。

 

まず話してみないことにはわからないと、単純に、大胆に、彼女は銀行のダイヤルを回したのだ。

 

 

現場に在る刑事も、そしてその他多くの警察官も、みな同じ気持ちになったことだろう。

 

『君が掛けるのか』と。

 

 

そんな周囲の疑問など一顧だにせず霞は続ける。

 

「お金だけが目的ではないわよね、聞かせてもらえるのかしら?」

 

ややの間があってから、そしてこう返答があった。

 

「私たちは艦娘の解放を願う者だ。軍と政府、それぞれに窓口を設けてもらいたい。1時間に一人ずつ人質を殺す。早急の対応を望む」

 

 

まさか霞の応対に合わせたというわけではないだろうが、それは霞に負けず劣らずの事務的なもの。そして霞が二の句を次ぐ前に、電話からは無機質な電子音だけが響いていた。

 

 

言うだけ言って切られた受話器を真顔で見つめる霞の顔は、綺麗に整っているだけに一層怖い。美人の真顔は不機嫌に見えるので、自分の顔に自信のある人は気を付けておいたほうがいいだろう。

 

 

「取りつく島もないわね、デッドラインも引かれちゃったわよ?」

受話器を置いた霞が肩を竦めて提督に言う。

 

 

さて、会話が成立するのならばやりようはいくらでもある。人はコミュニケーションを取る生き物だからだ。

話せば楽になるってのは本当だし、会話を重ねた相手には無茶を言い難くなるもの。それは『単純接触効果』と呼ばれるもので、変な話だが、警察と犯人の間柄でさえ親近感は湧くのだ。

それ故に交渉人は、まず相手と繰り返し接触することが求められる。

 

つまり、それらを全てシャットアウトしてしまう相手とはコミュニケーションの取りようがないってこと。

 

さらにデッドラインまで引かれてしまった。もうこうなっては対話で解決の道は閉ざされたと言っていい。

 

 

「お金が目的じゃあないんだろうとは思っていたけどよ」

「これは面倒ね」

 

 

艦娘の解放を願う。

美しい心で素直に受け止めるなら、それは幼い少女を兵器として使う現在の世界の在り方を言っているのだろう。

汚い気待ちで読むなら、誇り高い志で国防を願い志願した軍人が、しかしその役割を消失してしまったことへの嫉妬心とも取れる。

 

後者ならまず間違いなく、行内に居座る謎の男たちは海軍の軍人だろう。

 

霞じゃなくても面倒だと思うはずだ。

 

 

 

「こういうときのことを表す良い言葉がこの国には昔からある」

もちろん、それらを面倒事だと思うのは提督もだ。そんな提督が言う。

 

怪訝な表情を隠さない霞が顔を向けると、どこか遠いところを見ているかのような顔をした提督が続けた。

 

「大の虫を殺すために小の虫を殺す、だ」

「どっちも死んでるじゃない、真面目に聞いて損したわよ」

 

小さく肩を落として溜息を吐いた霞だったが、すぐにその意図を知り考えを改めることになった。

 

向き直った男の目だ。それは真意を窺い知ることのできない目だった。

彼はたまにこういった目を人に向けることがある。

 

そして霞を捉えたその瞳で、男はなんの感慨もなくこう言い放ったのだ。

 

 

「つまりだ、虫などいらんってことだな」

 

 

 

「……殺る気なの?」

「生き残ってもらっても迷惑だ」

 

いつものことだ。

彼の考え方はいつも自分が中心にある。

日本人には多いと言われるが、内と外とを分けるこの考え。彼の内は非常に狭く、そして外に対して容赦がない。

 

彼に言わせれば合理性。

敵と認識した者に容赦はしないが、それが無駄であるなら行動を起こさないだけの理性も持っている。

彼の敵でも、排除するだけの理由がなければ放置されるのだ。

 

そして、排除されることが決まった今回の敵は、彼にとっての邪魔者なのだろう。

ならばそれは、霞にとっても邪魔者であり、敵なのだった。

 

 

 

「軍隊として正しい考え方だと思わないか?」

「火力にものを言わせるのが?」

 

飽きれたように言う霞だったが、それもすぐに納得して「そうなのかもね」と続けた。

 

最大火力を用いて一気呵成に敵を粉砕する。

状況を戦争に見立てるのなら、それは軍隊として非常に正しいただ一つのことだ。

 

 

中で大人しく人質をやっているらしい時雨には、出力最大でレーダー照射でもすれば勘付くだろう。

 

ワタシたちが来ている。

それだけ伝えられたらもう問題はない。

 

あとは突入に合わせて勝手にやるはずだ。




【おまけ 三つ巴】

男の目の前で静止するナイフ。
視界いっぱいに切っ先が広がる光景とはどのようなものか。興味があったとしても、誰も体験したいとは思わないだろう。

瞬きでもしようものなら、この切っ先から目を離してしまえば、二度と視界に光が差すことはないのだと予感させる。
そんな緊迫した空気が流れる中で沈黙を破ったのは霞だった。


「時雨っ、人目がある。ここで傷害事件はマズいのよ、ナイフを下ろしなさい」
「聞けないね、ソレは生かしておく価値がない。いや、無価値どころか害悪だよ」


男の顔面目掛けてナイフを最短距離で移動させた時雨の、そのナイフを握る拳を包み込むようにして止めた霞が時雨をなだめるが、表情一つ変えない時雨は男から一時も目を離さずそれを拒否する。


ここに提督がいれば、笑いながら突っ込んだのだろう。霞が止めなければとても傷害で治りそうにない事態に発展しただろうからだ。



「殺すなとは言わないわ、ただ今は待って」

一歩も引かない霞だが、彼女だって男を助けたいわけではない。

そこへ……。


「お二人とも、邪魔ですよぉ」


いつの間に現れたのか、いつもの微笑を浮かべた一人の少女がそこにはいた。
手を伸ばせば、というほどの距離ではないが、彼女であればいつでも凶行を止めることができる。ここは彼女にとっては必中の距離。

「“今”じゃなくてもさせませんよ」
霞の言う“今は”をも否定してみせる微笑の少女。

「提督の敵だよ?」
まさか提督の敵に情けを見せるのかと問う時雨には端的に答える。

「司令官からのご命令です」


それだけが彼女にとっての全てだ。
提督のことを思えばと行動を起こす二人とは根本から違う行動原理を持つ少女。
柔和な物腰とは裏腹に、そう断じた言葉には彼女の、綾波にとって絶対の正義があった。


「待ちなさい綾波、そいつを生かしておくと禍根を残すのよ」
霞だってその目的は時雨と同じ排除だ。
ただし時雨と違い、やるべきことを済ませてから、穏便に、誰にも知られず処理する必要があると思っているだけ。

しかし、それに対しても答えは同じ。

「二度は言いません」


変わらぬ微笑を浮かべた綾波が、話すつもりはないと告げる。
それは、邪魔をするつもりなら二人ともが等しく障害であると、そう言っているのだ。



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お出かけの艦隊8 /虚構の戦争

お待たせしております。なんとか終わりました。

この話の後にチラホラと今まで投稿した「〜」から始まる物語が入っている、そんな時系列のはず。

そしてここから数年(?)、こんな感じの出来事や海戦なんかを戦う彼らの日常が過ぎていく……。

次から始まる本編は数年経ったあとかもしれない。そんな感じ。



入口の自動扉は2枚。

入口の扉を抜けたあと行内側にもう1枚の、どこにでもあるよく見る作りだ。

 

「鈴谷」

「言っとくけど、ガラスの2枚をブチ抜いたくらいじゃ威力落ちないよ?」

 

リンガで戦術行動の申し子とまで呼ばれる鈴谷に細かな指示は必要ない。

たったの一言で、彼女には成すべきことが伝わったようだ。

 

そしてその返答は、ガラス扉を貫通した弾丸が行内に侵入するということを告げていた。

 

 

「構わないわ、扉の正面に立ってる人間がいたとしたらそれは犯人くらいよ」

 

人質を盾にしていることも考えられなくはないが、犯人が軍人であれば突入される可能性も考慮に入れているだろう。ならば人質を盾にしていた場合でも、正面入口前に堂々と陣取っているほどマヌケではないと信じたい。

 

最悪、鈴谷の対物ライフルならガラス2枚の上に人体がもう一体増えたくらいは問題にならない。人質ごと犯人が沈黙してくれるのなら、それはそれで目的の邪魔にはならないだろう。

兵は拙速を尊ぶと言う。リスクを負ってまで求めるつもりはないが、それを背負うのが提督でないのなら、それは検討に値するリスクだ。

 

 

信じる。か、思えばそれはおかしな言葉だと霞は思った。

信用しているならそんな言葉は存在しない。敢えて口に出す必要がないからだ。

 

たとえばこうだ、霞は時雨を信用しているし信頼している。

海戦であれば、霞が適切な作戦さえ考えられれば時雨が万難を廃してでも決めてくれると、半ば確信を持って言えるほどには信じている。

 

だからこそ思う。そんな折、ワタシは時雨に信じていると告げるだろうかと。

想像してみても全くそんなビジョンは浮かんでこない。

きっとその時、ワタシはこう言うのだろう。

 

『任せたわよ』

 

それに対する時雨の返答など、今さら聞かなくてもわかる。

 

 

 

今回のことなら、霞は時雨と顔を合わせてもいないのだ。

それでも突入が行われれば、彼女なら行内でうまく立ち回るだろうとの確信が持てる。

時雨ならやれるだろうとの信頼に、そして彼女は応えるはずだ。

 

これが信用の正しい使い方なのだと思う。

 

 

 

 

「ちょっと待ってくれ、この状況で突入なんてしたら人質に怪我人がでかねん! ここは堪えてくれ」

 

突入の気配を感じ取った刑事が提督の前に割り込み言う。

事件解決を願い出たのは警察のほうだが、問答無用で突入するなどさすがに常軌を逸している。

だが提督の答えは変わらない。

 

 

「待つタイミングではないな、より多くの人間が生きてさえいればいい」

 

 

先程まで、本気なのか本気じゃないのかわからない顔をしていたがどうだ、感情を窺い知ることのできない、まるで機械仕掛けの目をしている。こっちがこの男の本質なのかと、遅まきながら刑事は思う。

 

 

「それでも人間かっ?」

「人間だからだよ。俺の手はそれほど大きくない。守るべきものには優先順位がある」

 

「なっ、人の命に価値を求めるのが軍人の考えなのか?」

「神様でもあるまいし、平等に大切などあり得ないな。あいにくと神に祈ったこともないのでね」

 

 

神などこの世に存在しない。

神が万能であるならこの世に悪はなく、祈る必要もまた存在しないからだ。

だからこそ、俺が認めてもいいと思うのは艦魂を持った付喪神。この世に顕現し、見て触れることができる不完全な神。艦娘だけだ。

もしかすると荒神の類かもしれないが、祀らねば祟る神など俺の国では珍しくもない。

 

深海棲艦と並んでいまだに謎の存在である艦娘だが、本当のところその正体などに特別な興味もないのだ。

そこに在る。それ以上を求めるつもりなど毛頭ない。

 

そして優先順位など今さら議論する必要もない。

彼女らが滅べば、遠からず俺たちの文明は滅ぶのだから。

現代文明が失われた世界など、それは種族の根絶とどう違う。人類の繁栄は足を止めたときに終わるのだ。

 

 

軍人の所信表明などさせるつもりはない。

もちろんクーデターも改革もだ。

 

それらはどうせ……、俺たちがやるのだから。

 

 

身内の不始末は身内で。

この場合は海軍だ。有効に利用しなくてはいけない組織に、こんなところで傷を付けさせるわけにはいかない。

まだ利用価値があるうちに、他人が勝手に価値を下げるなど断じて見逃せない。

 

故にこう命じるのだ。

 

 

「突入しろ」

「行かせん! 」

 

坦々とした提督の命令に喰ってかかる刑事。

重ねるようにして、提督が静かに、そして覆ることのない意志を告げる。

 

 

「突入だ」

 

 

根本的に考えが違いすぎる。これが軍人か、その命の見積もりは自分たち警察と、いや、一般人との乖離が大きすぎた。

 

「お嬢ちゃん!」

 

見積もりが甘かったことは認めよう。しかし犠牲が出るかもしれないこの状況で、警察組織の一員である自分が日和っているわけにはいかない。

振り返り、この小さな女の子に希望を託す。訴えかけるのは彼女の良心というやつだ。

 

 

 

しかし、返ってきたのは短い現実だけだった。

 

 

「全艦突入なさい」

 

 

さもそれが当然かのように、少女は眉ひとつ動かさず、怒鳴るでも気負うでもなく、ただ静かにそう告げた。

 

 

 

鈴谷の対物ライフルが自動ドアのガラスを粉砕し、破砕音と共に辺りの空気を戦争のそれに染め上げる。

粉々になったガラスが崩れきらない内に響を先頭にした第一陸戦隊が突入し、その後を追うように獲物をSMGに持ち替えた鈴谷が行内に消えて行った。

 

行内からは途切れることなく射撃音が鳴り響く。それらは、遠い世界で行われている出来事のようで、こんなに近くにいるのに現実感がまるでない。

 

私たちは失敗したのだと、刑事は思った。

だとしたら、それは軍に、いや彼の艦隊に話を持っていったところからが間違いだったのだろう。

彼らは事件を解決したいのではなく、戦争に勝つために、ただ作戦を成功させるのだ。

 

 

 

呆然と状況を見守る刑事の横で、内腿に下げられたPPKを取り出した霞が艦娘としての存在意義を告げる。

この男には言っておくべきだろうと、そう判断したのは霞なりの優しさか、それとも義務感から出た説明責任だったのか。

 

 

「司令官は突入だと言ったの。なら、どんな状況でも突入するのが私たちの仕事なのよ」

 

 

 

慣れすぎたのかもしれない。

ワタシにとって、人間の見積もりが安くなっているのは自覚している。

人質に行員、それから襲撃者。全部足してもたかだか50人に遠く及ばないだろう。

 

脳内で弾かれたソロバンには、ハッキリとそれが浮かんでいた。

 

『その程度、ただの誤差だ』

 

戦争被害の数から見たら、今さら数十人など数え間違いに等しい数字だ。

それは無視していい数字ではないが、しかし無視できる数字ではある。

 

良くない考えだとの自覚はあるが、今は自覚があるということを免罪符としておこう。

せめて、人を数字で数えるのは有事の場合だけに留めておこうと思う。

ワタシは、良き隣人たる人のことも、決して嫌いではないのだ。

 

 

 

 

 

終わってみれば人質には重傷者も死者もでなかった。

 

彼女たちがうまくやった。

もちろんそれもあるだろう。

 

基地で繰り返されている突入訓練は無駄ではなかったと、自信を持って言える程度にはスムーズな突入だった。

 

 

しかし1番の要因はきっと彼らだ。

 

突入時、人質の姿がないことに暁が気付いた。それを受けた突入部隊はスムーズに提督の敵に弾丸という刃を向けた。

 

時雨の話によると、彼らは事前に人質を壁際に集めて頭を低くするよう指示していたという。

多少の被害はあるかとも思ったが、それは嬉しい誤算となった。

突入時に頭を下げている人間は攻撃対象にならないのだと、銀行に居座る彼らなら当然知っていたはずだ。

 

 

彼らは、やはり強盗ではなく日本の軍人であったのだ。

 

 

 

 

 

 

「肝を冷やしたよ」

「だから言ったじゃない」

 

次々と集まってくる警察車両や救急車の鳴らすけたたましいサイレンと光の渦の中、撤収の準備をしていた霞に刑事が話しかける。

この数時間で少し痩せたんじゃないかと心配になる顔色だが、軍を利用しようなどと考えると手酷いしっぺ返しを喰うことがこれでわかっただろう。

 

次に不幸な出来事が起こらないよう忠告だけはしておいてあげようと、そんな風に思い、戦時の軍隊としての率直な気持ちを伝える。

 

「軍隊が警察の真似事なんてやっても不幸にしかならないわよ」

 

 

 

「アナタたちの平和は足し算でできている。でもワタシたちの平和は引き算で作っていくの」

なにも失わせない覚悟と失うことを享受する覚悟。どちらが優れているなんて詮無きことを論じるつもりはない。ないが、

 

「ワタシたちが間違ってるなんてこれっぽっちも思ってやしないけど、街の生活を守るアンタたちのことは尊敬してるわ」

 

 

 

なんて言ったらいいのか、そんな顔で頭を掻く男に別れの挨拶だけして車に乗り込む。

もう二度と会うことはない、そのほうがお互い幸せだと思う。

次があるのだとしたら、それは戦後の話だ。

 

それは、想像するだけで胸の弾むもの。

そうだわね、出来れば戦後に、そんなこともあったわねと言って笑えるようになりたい。

 

 

「おつかれさん」

「ふぅ、他人の事件に首を突っ込むなんて二度とゴメンだわ」

 

車ではすでに撤収気分の提督が待っていた。狭いから助手席に行け、と言いたいところだが、反対側に時雨がぴったりと寄り添っているところを見ると、基地まではもう離れないだろう。ならば自分が助手席に移ろうかとも思ったが、すでに提督に捕まった状態だ。

 

撤収は残すところ霞待ちの状態だったようで、乗り込むとすぐに「行っくよー」なんて声をかけながら鈴谷が車を出した。助手席には暁が落ち着かない様子で座っており、これは鈴谷に捕まったのだろう。

 

来るときと違い、今度は刑事を置いてきてしまったが、警察車両もたくさん来ているのでわざわざ基地まで連れ帰る必要もないはずだ。

結局、落ち着くところに落ち着いた感がある。走り出してから文句を言うのも今さらなので、基地に着くまではもう諦めようと思った。

 

 

 

 

「やっぱり陸の上だと被害も大きいわね。ウチから出す?」

走り出した車の中で、霞が今回の後始末についてを尋ねる。

 

木っ端微塵となった自動ドア。チラッと行内を覗き込むだけで、容赦なくぶっ放した小火器のせいで修繕が必要になっていることがよくわかった。

 

その費用をリンガから出すのかと言うのだ。

そのくらいならしてやってもいい、面倒ごとではあったが、結局ウチの不始末をウチが無理やりつけただけのことだ。

 

人質は全員無事だった。そう、人質は。

 

警察がどれほど事件の背景を掴んでいるのかはわからないが、あの軍人たちの真意が外に漏れることはもうない。

 

「その必要はないだろ」

 

金銭的に余裕のあるウチが、せめてお金くらいは出してもいいか。そんな考えだったのだが、それも提督が必要ないと言う。

 

 

そして、彼は事件についてをこう語った。

 

「偶然にも、銀行強盗があった行内にウチの艦娘が紛れ込みやりとりができた。密な情報のやり取りの結果、安全に、そして迅速に事件を収束させられた。その為の必要経費だ。治安が悪いのは俺たちのせいじゃない。怠慢だと言って地元の警察と基地でも責めてみようぜ、防犯を蔑ろにした銀行にも責があるとか言ってみたら三等分にしてくれるかもよ?」

 




ぶっちゃけると、
「突入しろ」
「行かせん!」
「突入だ」
「お嬢ちゃん!」

「全艦突入なさい」

だけが書きたくなって作り始めたお話でした。
そして日常を守る組織と、日常を護る組織の対比などに話が膨らんだ(・_・;
どう違うのか、ニュアンスだけのふんわりした物ですがなんとなく。


次回は完全ボツとしてなかったことになっている裏話でも投稿する予定です。
ボツになってる理由は、少女のつくり方が18禁ではないから……。
未来のifよりも遠い世界の話として読んでください(;´Д`A

それではまた、次のお話で会いましょう!


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★SERE★

少女のつくり方は18禁の話ではないのでってことでボツになったSERE訓練の話があります。

今回の話はその後日談ですが、ボツってる話がどんなものだったのかってことで。
本編とは関係のない、あくまでボツになった逸話(の次話)であります。

つまりオマケ



「これから捜索救難も本格化するだろうし、いざに備えてまた尋問訓練でもやるか?」

 

人事の考査ファイルを持ってきていた長波に何気なく、そう、本当に何気なく話しかけると、道路に張り付く干からびたカエルでも見るような顔をされた。

 

 

 

「はぁ? 提督主催のSEREってやつなら二度とゴメンだぞ?」

 

 

SERE。アメリカ軍で行われる、主に航空機乗組員に向けた訓練で、敵陣から脱出せざるを得なくなった場合に備えてのサバイバル、それから囚われの身となった場合の捕虜尋問への対処を目的とするエゲツない感じの訓練だ。

 

試しにと過去に一度実施され、参加した一部の幹部組は酷い目にあっていた。

当時着任したばかりの長波は霞に誘われて軽い気持ちで参加し、リンガへの着任を決めた自分を呪っていたりもする。

 

 

しかし訓練は過酷であれば過酷なほどいいと、そんなことを真顔で言いそうな美少女が艦娘だ。

某軽巡2番艦など過去の大戦時、荒天の最中に笑顔で「良い訓練日和ですね」と実際に言ってのけたらしいし。

 

それを思うと、過酷だからと訓練を避けるのはいかがなものかと、そんな感じである。

 

 

だからこう言うのだ。

「備えは必要だろ?」

 

 

 

「必要性は認める。が、私は二度も三度も提督にケツの穴を見せたいわけじゃない」

 

 

 

おっと、まだ太陽の高い時間から乙女が口にしていい内容じゃなかった。

ちょっとヘビーな持ち物検査だったが、実際にされたりもするんだぞ? 根に持ってやがるな。

 

 

「だから、アレはすまなかったって」

「乙女相手にすまなかったで済むか。っていうかその話をほじくるな、私たちの中でなかったことになってるんだ」

 

「ほじくったけどさ」などと言うと明日の朝日は拝めないだろう。俺は自制の効く男なのでこの言葉はグッと我慢だ。

 

しかし確かに、アレ以降その話題が上ったことがないな。黒歴史になっているのか、実施した当人が言うのもなんだが、わからんでもない。

 

 

 

「心配しなくても、霞プログラムに下方修正したヤツをちゃんとやってるよ」

「そうなの?」

 

訓練を嫌がっていると思われるのが癪なのか、ちゃんとやるべきことはやっていると長波が言う。

 

 

「あぁ、相変わらず裸に剥かれたりもするけど、おかげさまで丸出しのケツを突き出したりはしない真っ当なヤツだ。もちろん直腸からポカリスエットのゼリーを食べさせられたりもしない、な!」

 

 

「長波は食べてなかっ……いや、なんでもない」

凄い目で睨まれた。時雨も綾波も隣にいない状況で対峙するとマズいやつだ、コレ。

 

まぁ時雨がいてもこの件では向こう側に参戦する可能性が否めないわけだが、その場合は綾波一人で止められるだろうか? せめて時雨には「美味しかったか?」と一言掛けてから逃げたいところ。男の意地ってヤツだな。

 

嘘だぞ。そんな捨て台詞を吐けばそのまま最後の言葉になりかねん。それは緩やかな自殺どころじゃないだろう、もっと直接的な自殺と判断されるに違いない。

 

キレた時雨を止められそうなのは霞くらいだが、死因が自殺から死刑になるだけで結果は変わらない気がする。

 

 

 

一応あのときにも説明したはずだが、直腸摂取の栄養食に関しては米軍が実際にやらかして大問題に発展している。

人権への配慮が云々ってな話だが、戦時の捕虜に対する扱いが常に人道的なわけがない。

有事の際、人に期待するなど馬鹿げた行為だ。

 

特に艦娘は美人揃い。どれだけやったところで備えすぎということはないだろう。

 

 

 

一応、霞なんかは後で本当かどうか調べ直したはずだ。だから俺が今も五体満足で生きているのだろう。

健康優良児揃いの艦娘が、まさか後ろからチューブで直接栄養を食べさせられるとは思いもしなかったろうが、裁判に呼ばれた覚えもないので赦されているはず、ならば今さら掘り返すのは野暮ってものだ。

心当たりのある犯罪者は現場に戻るような愚を犯してはいけない。

 

 

 

 

「そうだ、あのときの写真はちゃんと消したんだろうな!」

 

しまった、藪蛇だったか?

裸にひん剥いたあとに所属と艦名を名乗らせて記録と称した写真を撮ったんだっけ。

称してと言うと語弊があるな、ちゃんと記録で、ちゃんと訓練の一環だ。

 

時雨や霞に見つかるとボッシュートされてしまうので念入りに隠しておいたはず。

あとで確認しよう。

 

今はこの灰色の脳細胞をフル稼働させ、話題の転換を考えなくてはいけない。

自ら振っておいてなんだが、触れると良くない気が今さらする。

 

こういうときはまず落ち着かなくては、そして俺はタバコを手に取り火を点ける。

「空はこんなに青いのに」

 

「誤魔化すな! あるんだな、残ってるんだな?」

 

 

 




公開にあたり、当初のものから「少女のつくり方」は随分とまともな話になっている……。

ただの蔵出しなので続きません(´ω`)
もちろんだが、これの前日譚の公開は予定にない!


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※リバイバル※

「水母」

はて、「くらげ」と読むべきか「すいぼ」と読むべきか。
知り合いの娘さんが「海月」だって? それは「くらげ」だ。


もうすぐ繋がる※シリーズです。
もう一度、「え、ここで?」をお届け。



いやだ……。

 

それは声にもならなかった。

ただ虚空を掴むように手を伸ばし、刹那の先に訪れる避けられない未来に嘆いたのだ。

 

 

いやだ、こんなのはいやだ──。

 

 

その砲弾は、ひどくゆっくりに見えた。

大切な物を壊すその凶弾。

まるで吸い込まれるように──。

 

 

こんなのは、イヤだ。

 

 

それは、僕の世界を壊すモノ。

それは、まるでコマ送りのように彼の艦へと……。

 

 

 

 

体が燃えるように熱かったのを覚えている。

燃えていたのは世界だった。

 

なにも聞こえないほど、うるさかったことを覚えている。

耳にこびりついているのは世界の悲鳴だ。

 

そこは地獄だった。

空が落ちてきたように、簡単に街を壊した。

瞬く間に火の手が上がり黒煙が空を染めていく。

 

繋いでいたはずの手はいつの間にか離されていて、立ち尽くすことしかできなかった。

逃げることも、助けを呼ぶことも、なにも。

幼かった自分にはなにもできなくて。

ここで死んでいくのだと、なにもわからないなりに理解した。

 

悲しかった。寂しかった。そして、怖かった。

自分の世界が壊れていく。それがなによりも、恐ろしかった。

 

 

ああ、これは夢だ。

また、あの時の空に囚われている。

まだ、あの日の炎に囚えられている。

 

息をすると空気が熱い、肺が焼かれているようだ。心臓の鼓動が速くなっていく。

この炎に焼かれた町で、俺も焼かれていくのだろう。

あの日と同じで体が動かない。迫りくる赤は死そのものだ。

体を端から舐め尽くし、人も建物も一緒くたに黒く変えてしまう。

 

 

そんなときだ、熱さではない温もりが右手に触れた。

誰かが優しく握ってくれているのだ。

 

大丈夫だよと、声が聞こえる。

安心できるように、何度も繰り返されるその声。

 

大丈夫だよ。

大丈夫だよ。

 

 

呼吸が落ち着きを取り戻し、静謐な空気で肺が満たされていく。

高鳴っていた鼓動は静かに、また命を刻みだす。

 

誰かが優しく抱いてくれている。

 

 

 

「僕が、君を護るから……」

「し、ぐれ……?」

 

 

 

「提督、無事かい? 本当に、本当に良かった」

 

どうやら時雨に抱き抱えられているようだが、視界が滲んでその姿は捉えられない。

なぜ、お前は泣いているんだと尋ねたいのに、うまく声も出ない。

なぜ、俺たちは揃って濡れ鼠なんだと問いたいが、頭がうまく働かない。

 

 

「司令官、お目覚めですか? 時雨さん、まずはここを離れます。司令官をどこか陸地へ運びましょう」

「うん、うん。そうだね」

 

朗らかな空気を作っている。

そんな綾波が提督を覗き込み、時雨に当座の行動目標を伝える。

それに、声までが水に濡れたような時雨が応えた。

 

いつも笑顔を浮かべながら泰然としている綾波が強張った空気を隠しきれないでいる。

それで十分今の状況が提督には理解できた。

 

 

 

「提督、少し痛むかもしれないけど、大丈夫だよ。僕は提督を離したりしないから……僕が提督を、死なせたりしないから」

「行きますよ。妖精さん、なんとかボイラーに火を、ここで沈むわけにはいきません」

 

 

 

ボロボロになった二人に抱えられ、音の暴力が支配する海を渡る。

 




急にシリアスになったりもする。
落差の激しさが凄いです。



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南遣艦隊

75年前の本日10月22日はGHQにより軍国的な教育が禁止された日。
軍国主義の教育が禁止になるのは別に構わないが、厭戦教育が強烈に刷り込まれたのはいかがなものか。
「戦争反対!」は人類が全員で望むものであるが、それと「戦争放棄」は別の話。防衛戦争だって戦争だ。

そして、戦争反対派の逆は「戦争賛成派」ではないことを知ってもらいたい。

と、重苦しい感じで始まる今回の話は、なかったらなかったままでも少女のつくり方を読んでくださってる読者のみなさまなら補完してなんとかするだろう。と思われるお話。

書いてあるから一応投稿しておくか……といった内容。
前回の強盗よりカナリ後で、そして艦娘が出てこな〜い。

ついでに信長公戦記 〜提督へ〜の2話を投稿しました。
https://syosetu.org/novel/214004/



──南遣艦隊を編成する。お前は司令長官として任に就け。

 

 

 

 

南方で変わらずの生活を送っていたはずだ。

久方ぶりに内地へと戻るとまたこれか、いい加減ジジイの戯言にも慣れて……慣れるか。

 

 

 

「南遣艦隊?」

まずその単語に聞き覚えがある。

それって前の戦争のときにもあったやつだよなと、記憶のサルベージをしていると後ろから変な空気を感じた。

 

うぉ、驚かすな。

振り向くと俺以外のみんなが俺以上に驚いているじゃねぇか。

 

 

驚愕っぷりは謎だが、前の戦争時の話なら当事者に聞くのが一番手っ取り早かろうと、艦娘相手にのみ許される裏技を駆使するため近くにいた伊勢に小声で尋ねる。

 

「南遣艦隊って帝国海軍だよな」

「ええ、司令長官は小澤さんがやっていたわ」

「小澤、小澤……」

うん、小澤? その人って確か──。

 

 

 

「レイテ沖では私たちの司令長官を、後に最後の連合艦隊司令長官になった山本五十六長官の後継者よ」

ぶっ、と、つい吹き出した俺を誰が責められるものか。

なぜならその小澤って人物のことはよく知っているのだ、戦史の教科書に出てくるから……。

 

 

「小澤治三郎海軍中将か!?」

 

なんてもんにさせようとしてんだ、やれるわけねぇだろ。っていうより長官だ? いい加減寝言は寝てから言う癖をつけろ、長官になれるのは中将からだ。戯言よりもひでぇよ。

 

 

「落ち着け、なにも過去の大戦のままにやれとは言ってない。それはそれだ」

「どういうことだよ」

 

鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしている俺たちを見てジジイが言う。

鳩に豆鉄砲を食らわせたところでアイツらの顔が変わるとは思えないが、ホントはそんなに驚いた様を表す表現じゃないのか? なんてちょっとした現実逃避をしている俺を宥めているかのようで、それはそれで頭にきたりもする。

 

 

「お前はすでに南方で艦隊を運用してるじゃないか、南遣艦隊とどう違う」

「いや、違うだろ。俺の指揮権が及ぶのはウチの基地内だけだよ」

 

確かにリンガ周辺の基地とは連携が取れている。見事に策謀がハマったおかげで、階級の割には主導権を完全に握っていると言ってもいい。それだって俺の力と言うより、リンガの艦娘たちの実力に裏付けされた成果だ。

 

 

「南西海域にある基地とは相互に協力関係を結んでるんだろう? 似たようなものだ」

「階級はどうすんだよ、大層な名前の艦隊で指揮権は長官だろ? 足らねぇよ」

 

役割としては似たようなもんだって話には、まぁ2000歩くらい譲れば納得できる。

しかし階級ばかりはどうしようもない。大手チェーンのエリアマネージャーを入社5年目の主任に任せるようなものだ。まずは店長をやらせてやれ。

 

 

「おめでとう准将。無事に昇進だ」

「准将だぁ? 生憎とこの国にそんな階級はねぇ」

 

もう聞き飽きたよそのくだり。いい加減に軍隊らしいまともな話を持ってこい。

どこの世界にこんな若造の将官がいるのか、そんな昇進、戦中の皇族だってやってねぇ。

 

それは取材不足の知識不足、そんな奴が自己満で書くなんちゃってミリタリーのフィクションにしか存在しないものだ。

 

チェーン店でわかりにくいなら教員でもう一度喩えてやろう。新米教員をそろそろ卒業した、まだ人生経験豊富と言えない奴が青いままに文科省に入省していきなりスターダムにのし上がり、そして代表を務めるようなものだ。

省庁に現場から上がれるかどうかは知らないが、俺が今から将官だ。と言われるよりはまだ可能性がありそうな話である。

 

なぜなら俺は年齢も実役停年も足りておらず、すでに今の段階でありえない階級にいる。さらに、この国には過去一度たりとも准将なんて階級が設定されたことねぇんだよ。

 

 

 

「戦時特例だ。特例ってのは本来こう使うべきものだからな」

 

相も変わらず力技。言っておくが、准将でも長官は無理だぞ。あぁ、それも特例ね、分かってる分かってる。分かるかそんなもん。

 

ジジイの無茶っぷりはいつものことだ。

果たしてそれをどうやって海軍内で通しているのか、謎は尽きない。

しかしそれよりもだ、問いただしておきたい疑問がある。

 

 

「なにを焦ってるんだ。懸念でもあるのか?」

 

現状、すでに俺の艦隊はうまく回っている。

リンガの運ぶ物資で内地はかつてないほど潤っているし、近々内地に戻る加藤基地司令官に代わり、ラバウルに着任する準備も万端。南方海域での存在感も十分に示せているのだ。

 

南方でますますの戦果を上げること秒読みな俺を南遣艦隊司令長官なんて大層なものに押し上げる必要が、今あるとは思えない。

 

 

 

「政府の支持率が限界だ。今の内閣はもう保たん」

「政治にまで首突っ込んでんのか」

「当たり前だ、現代社会で世論を無視した戦争行動などできん。現政権は戦争に勝つことで国が豊かになると説いた。お前の活躍はいいカンフル剤になったからそれなりに優遇もできたが」

 

 

なーるほど、今までゴリ押ししてきた俺の超速昇任は政府の後ろ盾あってこそってことか。

当時と違い、文民統制の今の時代で軍の最高指揮権を持つのは内閣総理大臣だ。

名前ばかりでさほどの権力を持っていなかった大戦時の首相ではなく、内政のトップを務める現代の首相からのトップダウンなら軍内の小言程度なら粉砕もできたのだろう。

人類の存亡が懸かる今の世の中ならなおさらか?

ゴリ押しには違いないが、やってやれないゴリ押しではなかったわけだ。

 

 

「次はそうじゃないと?」

「保守派が倒れれば急進派。戦争に対する積極派が倒れれば次は慎重論にもなる。軍隊を動かすには金も資源も食うからな」

 

おっと、人類の存亡を懸けた戦争の最中でも、人種のやることはあまり変わらないらしい。

これが現代社会の肥大した民意ってやつか。ままならんことで、心中をお察しくらいはしてやろう。

 

 

「お前の昇進もこれが最後になる」

 

 

なにが最後になるだ、十分すぎるだろうが。

 

……それが、俺を守る盾になると、そう思ったのか。

重くて動きづらいったらないが、必要ではあったのかもしれないな。コイツがそこまでしてきたんだから、きっとそうなのだろう。

 

 

 

 

 

「なにか考えがありそうだな」

 

新しく仕入れた情報を反芻しているとジジイがそう問い掛けてきた。

考えといえば、それはあるにはある。

今聞いて、今考えただけのことなのでザックリとしたものだが、今後の不幸な未来を全力で防ぐなら結局これしかないだろう。

 

 

「なくはないが、少々強引で無茶な方法になる」

「お前の考えることはいつもそうだ、話せ」

 

「一つ確認しておきたい、現政権は海軍(俺たち)にとっては都合がいいんだな?」

「ああ、政治家にしては珍しく本気で国を考えている骨のあるやつだ」

 

まぁーたおかしなことを言う。

わからんでもないが、政治家はアレでちゃんと国のことを考えているのだと、自信を持って言えないものなのか。

疑問はその場で訊くに限る。

 

 

「政治家が国のことを考えるのは当たり前じゃないのか?」

「いつ頃からだろうな。そんな当たり前をする政治家がいなくなってしまったのは」

 

どこか遠い目をしたジジイが言う。

訊いた手前ちゃんと耳にしてやるが、ろくでもない昔話じゃあるまいな。

 

 

「明治維新がうまくいきすぎたのか、そう見せるための努力が過剰だったのか。結局その“もう一度”という妄執から逃れられずに昭和維新は失敗した。その結果があの戦争だ。時雨ちゃんたちには多大な迷惑をかけてしまったな」

 

「そんな、僕たちは──」

「いや、アレは避けられた悲劇だったよ。軍人の私が言うのもおかしな話だがな」

 

「それでも、君たちの戦いは無駄ではなかった。それを繋いだ戦後の政治家たちもよくやってくれたのだろう。戦争には負けたが戦後処理には勝ったのだ。もう一度やれと言われても真似できぬほどに、ほぼ理想の形で最高の敗戦国となった」

 

 

そう言ってから一息吐き、ジジイがこんなことを言った。

 

「政治家はいなくなり、政治屋ばかりになったと言ったのは誰だったかな」

 

「くだらねぇよ」

 

 

 

 

「そんなのはただの甘えだろう? 政治家は国民の能力を写す鏡だ、政治家の能力が低いならそれは国民の責任だろうが」

 

この国は民主国家だ。選挙で政治家が選ばれる世界で、それが民意に沿ってないなどとどの口で言える。

囀るのは勝手だが、他人のせいばかりにして生きていこうとする平和ボケした国民に似合った政治家なのだろうと思う。

 

政治家を無能と罵る国民こそが無能なのだと、いったいいつになれば気付くのか。

 

 

 

「平和の代償と言うやつだ。対岸から大声を出すだけで、しかし自分たちは当事者ではないと言う。だが戦後の政治家たちは、そんな日本こそを望んでいたのだろう。責められんよ、この国は平和を手に入れたのだ」

 

ジジイはそう言った。

俺よりも長く生きてきて、多くの経験をしてきたからなのか、平和に対する思いのようなものが少し俺とは違うようだ。

戦争の渦中に身を置きながらも、今も変わらずボケたまま。そんな国民が蔓延ることのできる国家。それこそを、激動の昭和を治めてきた政治家たちが望んだ日本なのだと、そう言うのか。

 

 

 

「過去の話だ、いつまでもそんなつもりでいるのなら、戦争など継続できるはずがない」

 

すでに平和な時代なんてものは終わっているのだ。

国内を満たすだけの配給が追いつかない今の生活を続けるようなら破綻は目前。

国家総動員とは言わないが、戦争中なら戦争中らしい生活がある。そろそろまともな戦時体制を築けなければ戦いに勝っても戦争に負ける。

戦争は銃後でも戦わねばならないのだ。

 

 

ただ、その戦い方は軍人のそれではない。

この国の基礎教育は概ね成功しているはずだが、こと戦争に限れば大間違いばかりだ。

 

『戦争は国家間の政治的手段の一つに過ぎない』

 

銃後でも戦うと言ったばかりだが、本当の意味ではそれも違う。利権に端を発する戦争では、軍人だけが戦うのだ。およそ戦争とは、国民に関係のないところで行われるものなのだから。

 

たった2つだけ過去に例外があり、偶然にもその例外に日本は負けた。

 

それが世界大戦と呼ばれるものだ。

 

幾度も戦争を繰り返し、常勝不敗だった我が国が一度だけ負けた戦争。それがなんの因果かよりにもよっての超規模総力戦だったことは笑えない。

 

おかげで妙なアレルギーを発症しているのか、この国は戦争に対して異常に反応するように思う。

基礎教育はされているんだ、ならちょっと考えればわかるはず。

国力をすり潰してまで手に入れたい利権なんてものはない。釣り合いが取れない戦争などバカがするもので、そして概ね世界はそこまでのバカではない。

バカだバカだと言われる当時の日本を動かした男たちですら、俺たちよりよほど真剣に国を考えた上での結果がアレであるはずなのだ。

 

 

此度の戦争はあの時と同じくまたも例外だ。

知ってのとおり敵は深海棲艦なる未知の生物。彼らが国家の体を成しているだなんて過分にして聞いたこともなければ、仮にあったとしてもソレを人類は国家とは認めない。

 

つまり国家間の政治的手段に収まっていないこの戦争は既存の枠を超えていく。

 

 

役にも立たぬ兵など不要であるから、もちろん今さら徴兵などとは言わない。国民皆兵などもってのほかである。

それらは“通常の戦争”でさえ邪魔以外の何者でもないのだ。高度に洗練された現代戦に素人の出る幕などないのだから。

 

過去、軍事アレルギーを発祥しているこの国では軍備に関わる法の改正が何度も望まれ、そして失敗したらしい。

世論などという顔の見えない無責任な発言者は、法整備が整えばやれ戦争が始まるだの徴兵で男を取られるだの大声を張り上げたのだそうだ。

 

お前らは日本人を戦闘民族か何かだとでも思っているのか? と、俺が当時を生きていたなら言ってやりたい。

誤解を恐れず言うならば、当時から日本は世界の超大国だ。戦争をしてまで欲しい利権など近隣諸国には存在しない。

 

なぜ世界で3本の指に入るような、豪邸に住むお金持ちが公園の段ボールハウスを襲うと思ったのだろうか。

また、当時の戦争は今よりもっと真っ当な現代戦だった。

お前の夫や息子は徴兵されればすぐに先端技術の詰まった兵器を扱えるほどに優秀なのかとも合わせて問いたい。軍属になったところで倉庫の荷物運びくらいにしか使いどころがないとは思わなかったのか。

 

徴兵が現実のものとなる戦争なら、それは国家の存亡をかけた末期の総力戦だ。

誰だって戦争など行きたくはないが、そのような状況なら家族と国を守るために戦うくらいはやればいい。

 

 

しかし、対深海棲艦戦である今回は違うのだ。

戦うのは軍人と、そして艦娘がやればいい。

国民の仕事は経済活動を継続しつつ、前線に無駄な配慮をさせないよう弁えること。本当の意味での彼らの戦いは戦後に始まる。

 

ジジイにはジジイの言い分があるように、俺たち若い世代には若い世代の考えと責任がある。今後のこの国を作るのは俺たちなのだ。

 

必要なのは自覚。足りないのは危機感だ。

 

 

「この国の国民は、あるいは逆境でこそ真価を発揮するのかもしれんな。現政権は今の状況をよくわかっていた、それ故に惜しいことだが」

 

 

「次に続かないんだろ?」

「残念ながらな。国民の多くは戦争中の今でさえ、まだ他人事だと感じている。議席の維持もままならんだろう」

 

俺たちが為さねばならないのは一つだけ。

戦争に勝つことだ。

そのために必要であれば、手段を問わずやれるだけを行うべきだろう。

『目的のために手段を選ぶな』とマキャベリも君主論で説いているし、かの世界大帝国では『恋愛と戦争ではあらゆる戦術が許される』と、妹がたくさんいる米駆逐艦とは関係ないほうの彼も言っているではないか。

 

 

「ならば、叩いて目を覚まさせてやればいいだけだ」




開戦時の首相だったからって妙に叩かれている気がする東条英機氏。
彼が就任したときにはすでに秒読みだったんだけど……。
だいたい近衛さんと松岡さんと石原さんががが。

就任前の東条は陸軍大臣でゴリゴリの開戦派だったので、そこは責めてもいいかもしれないが、首相になってからの彼は陛下の考えに寄り添い戦争回避に全力投球よ。

大日本帝国憲法での総理大臣なんて他の大臣と変わらないくらいの権力だし、彼ばかりに悪役を押し付けるのはいかがなものか。
後に彼が2つも3つも役職を兼任したのは、ちゃんと戦争をするためだったりする。憲兵政治や行いをよろしいと言うわけではなく、関係ないことで叩かれすぎって言いたいだけよ。

言っても敗軍の将は叩かれるものだし……。



と、本編も後書きも臭い感じの今回でした!


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南遣艦隊2

この話はこれでお終い。
理由は後書きで!


前に落書きした霞の絵だが、アレは完成しないことがわかった。
ペンタブを出してくるのが面倒ってのと、提督を描く気になれないってのが理由だ(¬_¬)

しまっておいてもアレなので供養がてら置いておきます。
マウスオンリーな下塗りと「だいたいこんなイメージ」ってのを掴むためだけに配置した提督(偽)がいるので、それなりに感じは伝わるだろう(そのはずだ)。


【挿絵表示】






「もしもがあれば、その時は武力で政権を奪取する。いわゆるクーデターってやつだな」

「それが少々の無茶か?」

 

飽きれたようにジジイが言うが、字面から感じる印象ほどの無茶ではない。

結局のところ、現代社会に属する民主主義ってやつはソレを防ぐよう苦心して作られてはいるが、頭でっかちな方々が言葉で守っているだけのものに過ぎないからだ。

 

特にこの国ではそうだ。

最終的なところを良心とやらに頼っているのかもしれない。

 

いつの世界でも、とどのつまりは力の強いものが勝ち、その後の世界を構築していく。

力にも種々あるが、物理的パワーに勝てる力は本当のところ存在しない。

 

もっとも使われるべきでない力。

それは軍事力であり、やっぱりただの暴力だ。

 

 

「平和ボケした奴らの意識改革を待てる余裕はすでにない。今すぐにでも戦時体制を整えねば遠からず前線が干上がる。そうなりゃ内地の生活も破綻するだけだ。これが鈍化するようなら、それは前線で戦う軍人として許容できない」

 

 

政治と軍事はいつの時代でも折りが悪い。日常では見えにくい保険に金を払っているようなものだが、特に軍隊は金食い虫だ。

当時は大蔵省だったか、大不況を前にダルマさんと呼ばれた大臣が軍事費を削減したが、アレも結局軍部の反感を喰って暗殺されてしまった。

 

戦争の影がジリジリと忍び寄る悪い時期だったとも言えるが、今はすでに戦争中だ。

当時ほどあからさまな力があるわけではないが、軍にはいつだって反旗を翻すだけの力がある。

文官の治める現代社会の軍隊、特にこの国にあるのは良識の行き届いた文明的な軍隊だ。それでも、国家を護るために必要とあればやらねばならない。

 

邪魔者を順に暗殺していった当時と比べれば、よほど良心的で平和的な解決策だと思う。

 

 

 

「私に人の政治はわかりません。けれど、二人にとっての最良がそうなのだとしたら、私は最善を尽くすつもりだわ」

 

荒唐無稽な提督の発案に静まり返った場は、加賀がそう言ったことで一気に現実的な空気を帯びる。

 

姉のそれは本心でもあるのだろうが、空気を読んださすがの発言でもあった。

 

会議での基本テクニックだ。

通したい案を発表するとき、放っておけば次にあるのは反論だ。

しかし間をおかず同調意見を寄せてしまえば場の流れを一気に引き寄せられる。通したい案がある時、2人目の発言が場の流れを変えるキーマンとなる。

本来なら仕込んでおくべきことだが、打ち合わせなしでもそれをやってくれるのが姉である。

 

 

その盲信に近い、愛情だか信頼だかの感情は重すぎる気がしないでもないが、育ててもらった恩義は間違いなく感じている。

艦娘なるものがいつか老いるかどうかは知らないが、もしそうなれば老後の面倒はしっかり看るから任せてほしいと思う。ついでにジジイの面倒だって看てやるつもりでいる。一人も二人も違いなどないからな、仕方がなくだ。

 

口に出すと怒られそうなので口にしたことはなかったが、それも今後の進展次第ではどうなるかわからなくなった。

 

 

 

「具体的には?」

ポッと出の案に思案を重ねていた中将が話を詰める気になったらしい。内容についてを尋ねてきた。

 

それが実現可能で、どのような障害や問題を孕んでいるかは今から考えること。

まだ可能性を示した段階だ。選択肢を提示したにすぎない。

 

 

 

 

「現政権との強力なパイプが不可欠だ。そいつらが途中で日和らなければだけどな。実行するのはもちろん現政権が倒れた後になる。仔細はそっちでやれよ、餅をつくのは餅屋に任せるさ」

 

これらはまだ、たらればの話に過ぎない。

現政権にとてつもない追い風が吹いて盛り返すかもしれないし、次の政権も思ったほどには変わらないかもしれない。

だが、そうなってしまってからでは遅いのだ。

 

軍が身動きを取れなくなる前に、それらは準備しておかねばならない。

まずは戦争の内情を知ってくれているという現政権と繋がっておくのが大前提。いざ政府を打倒しても、軍人にいきなり(まつりごと)が務まるはずがない。

政治を知っている協力者がいなければ、クーデターを成功させたところで過去に例のない酷い新政権が誕生してしまうことになる。

 

 

 

「戦争を始めるのは簡単だ、ただ引き金を引けばいい。問題になるのは終わらせ方だが、最後まで見えているのか?」

 

一番重要になること、それが結末。

過程の問題はこれから話せばいい。希望としては現政権の人材をそのまま立てたい。俺たちが仕切るよりよほどうまく官僚を動かせもするだろう。政治のことは政治家に、だ。

 

ただ俺たちが始めるのなら、終わらせ方くらいは話しておかなければそれもただの夢想になる。

 

 

問題はない、終わらせ方だけなら決まっているのだ。

本当の問題は、終わらせた後のこと。

それを伝えておかなければならない。

 

 

 

「当然のことだか終戦が成れば政権は返上する。そのときには責任を取る形で首を差し出す必要があるだろうな」

 

平和の訪れた世界で軍事政権など笑えもしない。これはあくまで戦争に勝つための方法なのだ。

軍が主導して国を動かすなど碌でもない未来しか見えないと俺も思うのでできれば避けたいが、それが避けられないのであれば、の案だからな。

 

だからこそ、終戦の後にはその責任を取る者が必要だ。

そのことを告げると、間髪入れずに待ったを掛けた人物がいた。

 

「まさか、坊ちゃんの首を差し出させるつもりではないでしょうね」

 

 

もちろん言ったのは姉だ。

先ほどの最善を尽くすというのは嘘らしい。

 

いつもと変わらない平坦な声だが、姉のことならわかるのだ。絶対に看過できないとの強い意志を感じる。

姉が俺に甘いことは承知しているので、いつもなら彼女が反対をしていても最終的に俺の希望が通ることも多い。しかし、これはまず間違いなく通らないときの姉。

 

だがそれは杞憂だ。自分の命で事が足るのなら、戦後にそれを差し出すくらいはしてやるつもりではある。あるのだが、それは無理だろう。

なので俺では足らない理由を話す。

 

 

「残念ながら、俺では若すぎる」

 

 

責任を取る立場。それはいわゆる世間様とやらが納得できる者でなければならない。

発案が俺である、などの内実はともあれ、俺の首では不足する。

階級だけなら今しがた准将なるものになったところだが、それでもまだ足りない。年齢のこともあり納得はしてくれないだろう。

 

じゃあつまり、誰がその立場に立つのかと言うと、

 

 

「ふぅ、だからワシにやれと、そう言うことか」

「生憎と、アンタ以外の奴に死んでくれと言えるほどの神経は持ち合わせてないんでな」

「ふん。海軍中将だ、格としては問題あるまい」

 

責任を取って死ね。そう言われたに等しいことだ。

しかしジジイは特になんのことはないと、それも受け入れてくれた。「ふざけるな」と言ってくれたなら、大人しく時世の流れに乗って、そこでの最善を目指そうと思ったんだけどな。

どうやらジジイの中でも、今軍が目の(かたき)にでもされれば終戦が遠のくってのは確定事項らしい。

 

 

自分の行動が半ば『試し行動』みたいで嫌になるな。

それは里子が育ての親にするという愛情の確認作業らしい。わざと問題行動を起こすなどして、それでも自分を愛してくれるのか……なのだそうだが、親の心子知らずでもないが、それは逆効果だろう。

愛情も信頼も積み重ねていくものだ。貰われてきたその日から問題行動を起こせば積み重ねる土台ごとなくなりかねない。

 

もっとも、サエさんの話では俺も存分にしていたらしいけど。

よくも見捨てずに育ててくれたものだと思う。

 

 

俺は家族になれているだろうか。

当然のことだが、俺だって好んで家族の命を賭けたいだなんて思わない。

 

しかし、他の誰にも頼めないことだ。

癪なことに、ジジイよりも信頼できる大人を俺は知らない。

途中で逃げ出すことなく、その役を真っ当できる大人を俺は他に知らないのだ。

 

 

 

「戦争だけをさせてくれるなら、もっと楽に戦えるんだろうにな」

 

 

これは愚痴だ。

自覚はあるのでたまにの愚痴ぐらいは見逃してくれ。

 

俺たちは前線で命を秤にかけながら戦っている。この国の未来のためにだ。

それを、生活水準を落としたくない国民サマの都合で横槍など入れられたくはない。

 

艦娘が死ねば俺たち軍人は戦えない。

そうして俺たちが死んだあと、いったい誰がお前らの生活を護るのかと、そんな当たり前のことがわからないようならクーデターもやむなしといったところだろう。

 

 

 

「人には役割がある。成せる能力があるならただ成すだけだ」

 

俺も、ジジイくらいの年齢になればそう思えるようになるだろうか。

親の背中は大きいと聞くが、これがそうなら正しいことのようだ。

 

そうだな、割りを食ってるんじゃない。

できることを与えられているだけだ。

だったら、むしろ俺たちは恵まれてるじゃないか。

 

 

「なら国民の生活を向上させるために、俺は精々戦場で足掻くとしようか」

 

 

俺を救い、育ててくれた男に死んでくれと言わなければいけない世の中など世知辛いものだが、光明があるにはある。

 

軍が完全なる勝利を治め、戦後が豊かであるならば、戦中に必要だった処置に過ぎないと開き直ることもできるだろう。

一時的とはいえシビリアンコントロールを蔑ろにした日本は諸外国から叩かれるかもしれないが、戦後を軍事国家として歩んでいくような頭の悪い選択をしない限りは、まぁ内政干渉をするな程度で済む話だ。

 

 

希望的観測ではあるが、誰も傷付かない未来は確かにあるのだ。

少々頼りない薄氷の上を歩くことにはなるが、希望ってやつがなければ人は歩けない。

戦後の世論が俺たちにとって都合の良いものになるよう、俺たちは前線で戦うだけだ。

そうでなければ、こんな提案誰がするものか。

 

 

面倒なことこの上なかったが、『佐世保の英雄』なんて名前を背負ってきたことに感謝するときがこようとは、人生わからないものだな。

立ってる者は親でも使えを地で行く俺だ。

ジジイの命を担保しての一世一代の賭け事と洒落込むのも俺らしいと、ジジイも姉も理解してくれるだろう。

 

 

俺が勝利を重ねれば重ねるだけ、戦後の責任を軽減できる可能性がある。

俺は負けるのがわかっていて戦うタイプではない。俺がやれば、それは叶うのだ。

 

 

佐世保の英雄が勝てばいいだけの話だ。




【ネタバレ注意】


前回の前書きに、なければないで構わない逸話だと書いたけど、その理由はこの未来を辿らないからです( ͡° ͜ʖ ͡°)


この未来を辿るほうのストーリーでは、クーデターの計画を事前に察知した別の派閥によりジジイが失脚させられ、他に回せる人材がいないってことで提督がその席に座り、あわや反乱軍として長門を主力とする艦隊に追われる! くらいまでの流れがあったのですが、全く終わる気配を見せない超大作(文量的な意味で)になってしまうので投稿にあたりボツ案に。

ラバウルの加藤基地司令官とかも再び登場するはずだったんだけど、人間ドラマばかりで艦娘の活躍もあんまり期待できない話なのでしゃーなし。

すでに予定を大幅に超過して長いしな〜(。-∀-)


ってことでボツとなった未来の、ちょい先のお話をオマケで置いておきます。
文量はオマケ用に削ってある。まぁオマケなので。


【ボツ!】

「旗艦長門、出る!」
遠く横須賀の地でその一報を受け、おもむろに出撃を決めた。
凛とした佇まいに、いつでも冷静でどっしりと構えるその姿。それはどのような苦境にさらされた戦場においても、友軍にこれ以上ない信頼と安心を与えてきた。


護国の象徴としてある戦艦長門は、そうあるべきという姿勢を崩さず、海軍の道標であったのだ。

その長門が額に汗し、落ち着きを捨て港を進む。

長門の耳に空より聞き慣れた音が届く。
「艦載機? あの識別は……」

「どこへ行こうというのかしら?」
「加賀!」

「あの子のところへは行かせません」
「……そこをどくんだ、加賀。私は行かねばならん」
「いいえ、どきません。あの子の脅威となる貴女を、みすみす通すわけにはいきません」

「脅威となっているのはアイツのほうだ! 奴が国家の安寧を損ねるというのなら、それは止めなければならん」
「今後の艦娘のためよ。あの子は艦娘の未来のために戦っているんだわ」

「だがその方法が間違っている! 間違いを正してやるのは大人の仕事だと言う。ならば、この長門が目を覚まさせてやらねば」
「たとえ間違っていたとして、それがどうしたというの!」

あの加賀が大声を上げている。
長門以上に冷静沈着な加賀が、その感情を抑えることなく言ったのだ。その胸中を想うと胸が痛む。


「あの子は私の守るべき家族です。間違っていたとしても、私はあの子を守ります」
「この、分からず屋が!!」

堪らず加賀の襟首を掴み、壁へと押しやる長門。
艦隊で知らぬ者などいない、大御所2艦の言い争い。それは横須賀を揺るがす大事件と言っても大袈裟ではない。
その場に居合わせた軍人たちはさぞ肝を冷やしたことだろう。



「アイツはお前の息子だ! ならば、ならばアイツは、この長門の甥とも言える男だろう! 身内が道を踏み外したのなら、頬を叩いてでも道を正してやらねばならん」

そして一呼吸置いた長門が言う。
「なぜ……そんなこともわからんのだ」


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〜阿武隈と恋の歌〜

11話「ブレザーと対物ライフル」の翌日で124話「愁嘆慟哭そのあとに」の前日。

しかし恋の話ではないただの日常回です。


リンガの艦隊マーク(思いつき)

【挿絵表示】




「見て見て、めっちゃかっこ良くない? あの格好なにかな、コスプレ?」

「ねー、隣の子もヤバい! すっごいスレンダーだしめちゃ小顔! 髪も超キレーだよ! この辺の人じゃないよね?」

 

 

 

 

 

 

「……誰がコスプレだ」

「うぅ、だから提督と一緒するのは目立ってヤなんですぅ。すごいスレンダーって、それって褒められてます?」

 

 

 

やぁ、俺です。

できれば一処に留まりあまり出歩きたくないタイプなのですが、まぁた呼び出されて内地にやって来てます。

 

遠いところをはるばる戻ってきたので、ついでができる仕事はこの機会に終わらせてしまおうと、昨日は鈴谷と人に言えない仕事をこなし、本日は別の意味で人に言えない仕事をするために阿武隈を連れてとある地方都市に出張中だ。

いい言葉ですよね、ついで。

 

 

冒頭のセリフはその地方都市の女学生たちだね、箔が付くからと制服なんかで来るんじゃなかった。

 

 

なぜ阿武隈を連れてだって?

今回のお仕事は阿武隈絡みだからだよ。

決して二人でコスプレを楽しんでいたわけではなく、リンガの裏金作りのため、ないことになっているリンガの埋蔵金たる物品の数々の販路を開くためだ。

 

それらは艦娘への給与その他を賄うためにやっている裏稼業なので、まさか海軍のお膝元横須賀から搬入するわけにもいかないんだよなぁ。

なので京浜工業地帯は残念ながら条件に合わない。逆に西に寄りすぎると呉に近づいてしまうのでこっちも当然却下。

 

残ったところがここってわけだ。

 

 

ともかく、女学生についてだ。

いや阿武隈についてか? 彼女たちの発した言葉は俺にとっての失礼であり阿武隈宛ではない。まずはそのことをハッキリさせなくてはならない。

 

 

「はぁ? スレンダーは褒め言葉だろ、お前の被害妄想だ。俺なんてコスプレだぞ?」

「ひが……別に! 全然気にしてませんから! むしろ戦いやすくて自慢なんですぅ! 提督がコスプレに見えるのは貫禄なくて顔が胡散臭いからですぅ!」

 

しっかり気にしていそうな阿武隈が、売り言葉に買い言葉よろしく言葉の応酬を仕掛けてきた。

もちろん言われるままにしておく俺ではないので、ここはしっかりと上下関係を教え込んでおかねばならない。

つまり、よーしそのケンカ買った。である。

 

 

「お前のソレはただの悪口じゃねぇか。コスプレに見えるのはお前が隣で派手な髪色と髪型してる相乗効果だ、半分はお前のせいだよ!」

「なっ! なんですかその言いがかり? 身体的特徴を責めるなんて人として終わってますぅ! 訴えられたら勝てませんよ!」

「だからその前にお前の上官への物言いだろうが、身体的特徴って、俺の顔が胡散臭い呼ばわりするお前が言うな!」

 

 

不毛な争いだった。

お互いに関節を極めあう死闘を繰り広げてはいたが、それもここまでにしておこう。

女学生さんたちが生優しい目でコチラを見ているからだ。

 

あと貫禄がないとか言うな、自覚してるから制服なんだよ。

 

 

 

 

 

 

「ふぅ、やっぱり帰りそびれちゃいましたね」

 

話し合いに思ったより時間がかかったこともあり、本日中に横須賀に帰るのは早々に諦めていた。

帰ると帰るでジジイの小言が止まらないからな、時雨には連絡を入れたので一泊して明日ゆるりと帰ろうって算段だ。

 

そして俺たちは、目的であった港が並ぶ都市から少し移動し、今は旅館に来ております。

せっかくのお出かけでビジネスホテルって味気ないじゃん? あと、心なしか横須賀から遠ざかってるのは気のせいということにしておいてくれ。

 

 

 

「部屋、一緒で構わないか?」

「いいですよ、もう今さらです」

 

阿武隈と並んで受付を済ませる。

すぐに飯を、と言いたいところだが、夕餉の前に汗を流したいところだ。

うら若き乙女と同室なのだから当然といえば当然なのだが、受付のスタッフに誤解されているようで、フレンドリーに話しかけられた。

「まぁまぁ、可愛らしい彼女さんですね。ご旅行ですか?」

 

「そのようなもんです」

 

呼吸するより早く、意識するより前に嘘が口から出るのは自分でもどうなんだろうと思ってはいるんだぜ?

さっきより一歩分身を引いた阿武隈がジト目でこちらを見つめているようだが、とりあえず口にしないだけの分別は持っているらしい。

と、言うよりも、アイツも俺と同じでただ面倒だったんだろう。

 

 

どうせ二度と会うこともない受付の人に二人の関係性を事細かに説明するのは手間である。恋人に見えるならもう恋人でいいと思っただけだ。なんなら「かわいい娘さんですね」と声を掛けられていても「そうでしょう」と答えたはずだ。

 

だがこの判断は間違いだったかもしれない。

なぜなら二人を恋人同士だと思い込んだ受付の方が、より一層突っ込んできたからだ。

 

 

「よろしければ貸切風呂のご用意もできますよ、お二人で疲れを癒してはいかがですか?」

 

旅行の思い出作りに協力してくれているのだか、はたまたただの営業か、そう言って宿のパンフレットを見せてきた。

 

開かれたページでは、山の展望を一望できる大パノラマの温泉を紹介している。

建屋の中らしいが山側の壁がなく解放感がすごい。酔っ払いの二、三人は落っこちてそうなほどだ。

掛け流しの天然温泉じゃなければ冷暖房の効かないどえらい部屋ともなっていることだろう。

 

 

「今日は名月ですし、きっと綺麗ですよ」

 

隣から同じくパンフレットを覗き込んでいた阿武隈も興味がありそうだ。俺としてもぜひ見てみたい。どっちをって? 言わせるなよ恥ずかしい。

 

 

 

「いえ、残念ながら明日早いのでまたの機会にさせてもらいます」

 

 

ギリギリでなんとか正解を口にした俺である。

一晩の過ちを犯して人生を棒に振るわけにはいかないのだと、なかなか男の子では理解しても実践できない判断をするあたり俺は戦場でも冷静であるようだ。

 

阿武隈は阿武隈で興味がありそうに見てはいたが、二人で名月とやらを楽しんでしまえば後で何を言われるかわかったものじゃない。

部屋にある内風呂で我慢してもらうのが一番正しい選択であるはずだ。

 

 

 

 

特に珍しくもなんともない、これぞ旅館の一室だ。そんな部屋。「俺、旅館の部屋のあのスペースが好きなんだ」と言えば100%近くがあのスペースを間違うことなく頭に浮かべていることだろう。もちろんそのスペースもちゃんとある。寝る前にはそこで阿武隈と酒でも飲もうかな。

 

そんな妄想をしながらも、ごく自然に部屋まで案内してくれた仲居さんに心づけを渡す俺。

 

ああ、でもお茶を淹れてくれたりはしないんですね。「ごゆっくり」と言いながらそそくさと出て行ったが、お前こそもっとゆっくりしろよと言いたい。世知辛い世の中だぜ。

本当にここでゆっくりされたら気まずくて仕方がないので、それはまぁいいんだけど。

 

ジジイや姉さんに連れられて行く旅館などとは比べないほうが良さそうだ。幻想は早めに捨てて現実を見ることにしよう。

 

 

「立派なお部屋ですねー」

 

よし、珍しくないのは自分にとってだけだったと訂正しておこう。

下手すりゃ実家のほうが立派にも見えるわけだが、阿武隈が喜んでいるならそれでいい。

しょぼい茶っ葉に安そうな急須といったフルコンボに辟易したところの俺ではあるが、わざわざ旅の同行者の気分まで害しても良い結末は迎えられないだろう。

 

 

 

「ほら、今日の殊勲はお前だ、遠慮せず床の間を背負え」

「へ?」

 

なんだかんだと有能な阿武隈は本日のお仕事でもよく働いてくれた。

労を労うって書くと読みづらさ満点だけど、信賞必罰はいつの時代のいつの組織でも正しかろう。

働きに応じてひとは報われるべきである。

 

と、言いつつ何も用意していないので上座に座らせるだけで茶を濁そうと企んだのだ。

 

どこで覚えてくるのか、結構なんでもこなす艦娘だから茶くらい不足なく淹れられるんだろうが、幸い俺もそういった事柄についてはひと通り学んでいるので、ついでに手ずからお茶の用意もしてやろうというのだ。

 

 

 

「そんなこと出来ませんよ! 上座は提督ですぅ。私が座れるわけないじゃないですか」

「俺は気にしないぞ?」

「私がするんです! いいから座ってくださーいー」

 

なんだ、てっきり労いが座る場所だけかよ! みたいな反論があるかと思っていたのだけど、思いのほか慌てふためいた阿武隈に上座は固辞されてしまった。

さりげに急須も取り上げられてしまったので、俺の目論見は全てが粉砕されたと言っていい。本人がいいなら別に問題はないんだけどな。

 

「やっぱ温泉お願いしとくべきだったか?」

「いやですよ、なんで提督と入るんですか」

 

夜空に浮かぶ名月と水面に映る名月を愛でて風流ってなものだが、この美少女戦士さんの心には刺さらなかったらしい。

浮かぶほどにはないと思うがお前の名月にも興味があったのにな。なんて言うと部屋から追い出されかねないけど、水面に映った月を掬おうとして溺れ死んだという李白さんの気持ちが温泉でなら少しだけ理解できる気がする。

 

「一緒に寝るの不安なんですけどぉ」

 

 

 

「そんじゃ、せめて内風呂でも堪能するか。飯が運ばれてくる前に交代で入ってこようぜ」

「提督からどうぞ」

 

いや、阿武隈から……親切心だよ?

ニコニコ笑顔の阿武隈がタオルを差し出して俺をせっつく顔には見覚えがある。

たまに時雨が見せる笑顔だな。

 

阿武隈の残り湯を楽しむ計画は成就しそうにない。無理を押し通しても天一号作戦にしかなるまい。

 

 

「有明の月を 待ち出でつるかな」

「なんで下の句から読むんですか。有明まで浸かってたら風邪ひきますよ、いいからさっさと入ってきてくださぁい」

 

月から連想した歌を口に出してから、そういや百人一首には阿武隈の姉の歌もあったなと思い出す。

 

「由良のとを 渡る舟人 かぢを絶え ゆくへも知らず 恋の道かな」

 

 

 

「すみませーん、やっぱり部屋を分けてくださぁーいー」

 




百人一首には艦のことを歌った句が20近くある(勘違い)。

1番多いのは有明。
白露や村雨、霞の歌まであるが、残念ながら時雨の歌はない。なぜ?

歌がないのはかわいそうなので、山田さんが勝手に時雨の歌を選んでみよう。

「忘らるる身をば思はず誓ひてし 人の命の惜しくもあるかな」
時雨ェ……

しかし百人一首で時雨と言えば「時雨殿」があるので、ある意味一番百人一首と縁があるのは時雨なのかもしれない。


本文最後の由良の句は、「由良を渡る艦が漂流するかのように、どこにたどり着くのかわからないのが恋の道なんだなぁ(山田意訳)」。


百人一首ネタが出たので、次回もそれ繋がりでぶっ飛んだ話が投稿されるかもしれません。

あと、この話は投稿にあたり「貸切風呂を回避しない話」からの改変です。


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少女のつくり方
南方海域へ


最終戦目前でっす。
そこに至るまでの話は投稿されない予定ですが(;´д`)



 

 

ああ、神さま──

どうしてこのような仕打ちを為されるのですか。

 

 

ガラス玉の瞳で見上げたそこに空はなく。

あるのはただ、暗い岩肌だけだった。

 

 

 

 

 

 

 

「僕に異論はないよ」

 

これからのことを伝えたミーティングルーム。そこで時雨はそう言った。

明日世界を滅ぼそうでも、今から二人で身を投げようでも、彼女は同じように言うだろう。

 

歪んだ魂のカタチをしている。

二人でピッタリと収まるように作られた、同じカタチをした魂だ。

 

歪んでいたのはどちらだったのか。

それに合わせて自らを歪めたのは、果たしてどちらだったのか。

 

 

 

「アナタの考える理想、それに向かうための道なら、せめてワタシがその中で最良のルートを探すわ」

 

人一倍心配症でリスクを嫌う霞が言った。

俺の理想、俺の夢を叶えるために万難を排して道を作ると彼女は言う。

彼女の瞳には、俺がどうしようもない子供に見えているのかもしれない。

 

 

発言するつもりのないらしい長波は顔を伏せたまま霞の後ろに控えている。金剛も同じだ。

彼女らは霞が反対しない限りは口を挟まないのだろう。

 

 

 

 

「私は反対です。今、無理を押してまで出る必要はないと思います」

 

一人、反対意見を出したのは阿武隈だった。

 

 

 

提督への反対意見に綾波が目を細める。

綾波の不機嫌オーラのプレッシャーに一歩も引かない阿武隈はまるで、邪魔をするなら相手になってあげてもいいですよと言わんばかりだ。

 

いや、声に出てないだけで確かに「口を塞ぎたいなら実力でやってみろ」と艦娘言語で伝えているのだろう。

 

帝国海軍栄光の第一水雷戦隊を率いた軽巡。その姉妹はいずれも劣らぬ艦歴を誇る長良型だ。その中でも燦然と輝く末娘。

 

一水戦の歴史は阿武隈の歴史だ。

司令艦として、そして過去の艦歴から艦種を問わない大きな発言力と実力を持つ霞でさえ頭が上がらない旗艦の中の旗艦。

 

開戦からずっとだ。

霞にそれを引き継ぐまで旗艦を誰にも譲らなかった歴戦の軽巡が、駆逐艦を相手に遅れをとるはずがないと全身で伝えている。

 

 

 

「この機会を逃せば5年、下手をすれば10年はチャンスが回ってこないかもしれない。終戦が遠のく」

 

戦場を指揮するには年齢が足りない。

ジジイのおかげで階級だけならぶっ飛びの地位にあるが、それだって艦隊司令官に届きはしない。

が、確かに掴んだチャンスだ。これを逃したのち、再び機会があるかどうかもわからない。俺がまっとうな立場になるにはジジイの年齢まで待たなければいけないが、さすがにその頃には戦争が終わっているか、もしくは人類が敗北した後だろう。

 

俺は、焦っている?

 

 

 

「それがなんだって言うんですか。機会は必ず、またやってきます。そして回ってきたそれを私たちは絶対に物にします。10年戦争が延びるなら、私が10年支えます。戦争は短慮を起こした者から死ぬんです」

 

 

しかし、そんなことはお構いなしにと阿武隈は言うのだ。

本当に、彼女は木村少将の意志を受け継ぐいい艦だ。




木村少将の意志を継ぐのは霞もなんですけどね(о´∀`о)あと鈴谷もです。


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提督の艦隊

※危険※
警告と言う名の前言い訳

ここから最後に繋がります。
さて、少女のつくり方は思いついたエピソードから書き増えていった脳内小説を元にしています。

さらには、きっと結末はこんなものだろう。との妄想から始まったものでもあるので、先の大戦を下敷きにした結末ありきで書いた物語でもあります。


ただ、そういったものが艦これを好きで、そして楽しんでいる、我が親友たる提督のみなさんに需要のあるものかどうかはわかりません。
決して「キャラに対して愛がない」だとか、「好きじゃないから沈められるんだ」というわけではなく、ただそういった物語もなかにはあるのだろう。と受け入れられる方だけが読み進めることをお勧めします。


山田さんの初期艦は大井さん。ちゃんと艦これのことが好きだ。



「神などいない」とアイツは言った。ならばワタシの世界に神は存在しない。

困難は自らの意志で切り拓くもの。もし、神と呼ばれる“なにか”があるのなら、それはアイツの顔をしている。

 

 

真っ直ぐに前だけを見つめる少女の瞳には何が映し出されているのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

「提督! 提督!」

提督に縋るようにする時雨の、悲鳴にも似た声だけが響いている。

 

中部海域から侵攻してきた深海棲艦の大艦隊。深海棲艦は海から自然発生でもしているのではないかと勘繰りたくなるほどの数だった。

 

ラバウルへと針路を取っていたことで本隊から離れていた座上艦はかっこうの標的となり、リンガの輸送船ともどもなす術もなく沈められてしまった。

直撃弾をもらい大きな破口を覗かせた艦橋。次の瞬間には大きな衝撃と共に轟音が響き、この艦は沈むのだと理解した。

 

 

断末魔の悲鳴を上げて沈みゆく座乗艦は大渦を作り上げ、全ての命を引き込もうとしていた。海に投げ出された何かだったもの、その中から時雨と綾波が提督を見つけ出せたのはそれだけで奇跡と言っていい。

二人は命からがら提督を確保して、一番最初に目に付いた海から顔を出す岩場まで駆ける。

 

 

キツく提督を抱く時雨の腕の中。短く浅い呼吸、長くは保たないと思われるその体で、それでも提督は穏やかな顔で笑っていた。

 

「ここまで、か。お前たち、あまり無茶はしてくれるな。寿命が縮んだよ」

「無茶だってするよ、でも無事でよかった」

 

艦橋に飛び込んだ砲弾で負傷し、沈むままになっていた提督を助けるために海中に潜って引っ張りあげた時雨も綾波も頭の先からつま先までずぶ濡れになっている。

水上艦である時雨たちにとって海は浮かぶもの。艤装を身に付けたまま潜水する行為は、言葉のとおり死地へと身を潜らせたことに他ならない。

 

それは提督の言うように艦艇として無茶なことではあったが、提督を救わない選択肢など最初から二人には存在しないのだから仕方がないことだ。

 

 

 

「子供の頃は、大人になればなんでもできるんだと思ってたな」

「なんだい? なにか言ったかい?」

 

 

波に削られてできた小さな洞に寝かされ、力なく目を閉じ呼吸を整えようとする提督。

少しでも安静にして体を労ってほしいと思っているが、同時に、このまま目を開けなければどうしたらいいのだと、そんな嫌な考えが時雨の頭に浮かんでは消える。

 

時間をおかずに再び目を開けた提督は、億劫そうに頭を傾けると真っ直ぐに綾波を視界に捉え、いつもと同じ声色で彼女に言った。

 

 

「綾波、最期の命令だ。全権を霞に、提督艦として艦隊を引き継ぎ思うがままにことを成せ。……戦争はまだまだ続く、終わらせたりはしないさ」

 

それから少しだけ息を溜めるようにして、「また尻拭いをさせる。すまないとも伝えてくれ」と小さく続けた。

 

 

「了解しました」

 

 

時雨に縋り付かれた司令官の顔から血の気が失せていく。腹部からの出血も止められない。ひと時でも長く、長くお側にいたい。

本心からそう思う。しかし、それと同じほどに、彼の苦しみを取り去ってあげたいと、苦しませたくないのだと、残酷なまでの愛情が綾波の胸を打つ。

 

 

「とどめが、必要ですか?」

静かに撃鉄を下ろし、ソレを構える綾波。

その一言を聞いた彼は、優しい目をして見つめてくれた。その後、全てを受け入れた彼は、ゆっくりと目を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

洞の外では絶え間なく砲撃の音が鳴り響いている。

しかし、ここは外界と切り離されたかのように、衣擦れの音も、呼吸音さえせず、空気が止まってしまっているようだ。

 

そんな静寂を打ち破ったのは、ひと時の別れをすませた綾波だった。

「時雨さん、綾波は司令官の最期のお言葉を伝えなければいけません。お別れをするなら今のうちにお願いしますね」

 

肯くことさえしない、電池の切れた人形のようになった時雨を残して綾波は洞を出る。

綾波としても気持ちは同じ、ほんの少しの時間も彼から離れたくはないが、彼から託された最期の思いを伝えなければならないから。

 

 

海面を走り出すとさっそく深海棲艦の先遣隊に発見され進路を塞がれる。それを合図にしたかのように、まるで冗談のような数の深海棲艦が、新たに飛び込んできた獲物を目掛けて次々と寄ってきているようだ。

 

 

その絶望的な暴力の狩場に、一言。

耳の芯まで届く冷たい声が響いた。

 

 

 

「邪魔です」

 

 

短く告げる綾波に常の笑顔はなく。その顔は無表情で冷淡なものだ。

彼女は怒っていた。

 

彼女の司令官を救わないこの世界の全てに。

 

 

対峙したものたちを屠る。海を駆けるその姿は、あの海に君臨した黒豹そのものだった。




しかし、誰も望んでないんじゃなかろうかとの不安はある(;´Д`A

繰り返し書いているが「最後はバッドエンド」ではない。
が、そこに繋がるためにはどうしても必要だと、そう山田さんは思っている……。

先に時雨が「艦隊のエース」であるエピソードなんかを投稿できていたら良かったな〜とは思う。
それは番外としていつか書こう。


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提督の艦隊2

姉さん、時雨(提督に関わるときのみ)
沸点がめちゃくちゃ低く行動するまで早いが爆発してても冷静なため詰めを誤らないタイプ


提督、霞
準備を重ねて穴を無くしてから行動するが行動すると決めるまでの判断がちょっ早のタイプ


阿武隈、響
積極的に動き出すのは大抵状況が相当に悪くなってからだが動き出してからが速攻のタイプ


鈴谷、綾波
命令が出るまで興味なし



戦争は嫌いです。

大切なものを壊してしまうから。

戦争が嫌いです。

大切だったものをなくしてしまうから。

 

だから、戦ったんです。

 

 

ただ、護りたかったんです。

 

 

 

感情を表さない瞳には、もうなにも映ってなどいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「綾波?」

 

本隊の中核をなす霞が近づいてくる綾波に気付く。その艤装は煙を上げており、制服もところどころ破れてしまっているようだ。どこかで一戦やり合ってきたのだろう。

しかしどうだ、警護艦の綾波が、どこもかしこも戦場になっているこの状況の中、提督から離れて行動するなどあり得ない。

嫌な予感だけをひしひしと感じる。心臓が早鐘のように警鐘を鳴らしているのを自覚する。

 

 

聞きたくない。ソレは、きっと悪いものだから。

 

 

「司令官が戦死なさいました」

 

 

聞きたくない。ソレは、ワタシの世界を壊してしまうから。

 

 

「詳しく話して」

 

聞きたくない、聞きたくない。

耳を塞いでしまいたい。

それでも、ワタシの口はそう開いていた。

 

 

 

「深海棲艦の攻撃で座上艦は撃沈。司令官は腹部に重傷を負い、長くは保たないと判断したので綾波がお送りしました」

 

 

簡潔に述べられた言葉で衝撃が周囲を襲う。

霞を窺うが、彼女は気丈にも常の表情を崩すことなく一息吐いた後に言った。

 

 

「そう。……ありがとう」

 

この人は可哀想な人だ、そう綾波は思う。

『なぜ諦めたのか、なぜ殺したのか!』彼女はそう言って、私に敵意を向け、私に詰め寄っても不思議ではないのに。

 

彼女の縋り付く先はどこなのだろう、今、それが必要なように見える。

 

 

 

「司令官は、なにか言ってた?」

「全権を司令艦霞に移譲、南遣艦隊総司令艦は以後を提督艦として思うがままに事を成せ。それから、すまない……と」

 

それを、霞は目をつぶって反芻しているかのようだった。

きっと彼女は、司令官からの最期の言葉を、彼の口から聞いているのだろう。

長くもない時間で再び目を開き、続けて口にするのはもう自分のことではなかった。

 

 

「時雨は一緒だったの?」

「はい。今は最期のお別れをしているはずです」

「……良かったわ。時雨はその場にいることができたのね」

 

 

羨ましい気もする。と霞は思った。

ワタシには望んでも得られない場所だ。

ワタシの立つ場所は提督の隣だったはずだが、それはここではなかったようだ。

どうやら、後の世界の歴史書の中でだけ彼の隣に並べるらしい。

 

 

それを聞いていた白露が、そんな霞に声を掛ける。

「こんな時に悪いんだけどさ、行ってあげてもいいかな?」

「現時刻を持って白露の艦隊護衛の任を解くわ。迎えに行ってあげてちょうだい」

 

肯いて背を向けた白露に霞が投げ掛ける。

「時雨を、よろしく頼むわね」

彼女は振り返らないまま右手を振った。

 

 

 

 

 

「金剛、通信を。全軍に繋いで」

 

 

『……南遣艦隊所属の軍人、艦娘に通達。艦隊司令長官が戦死なされたわ。序列により今後は司令艦霞が指揮を執る』

 

 

何海里も離れた通信越しに騒めきを感じる。

不安はこの空を曇天めいたものに変えていくかのようだ。

 

「艦隊は当海域より撤退、リンガ泊地に向かいます。由良は二駆、及び二十四駆を率いて先鋒。阿武隈ら一水戦は本隊の護衛を」

 

「ちょっと待って、ここまできて撤退? 徹底抗戦すべきよ」

「南方はもうダメ。一時撤退して艦隊を立て直さないと」

 

意見具申を行なったのは伊勢だ。

 

「提督が死んだのは確かに大きい。けど、今時作戦は南方を解放するための作戦でしょ? 戦力差で負けているのは想定通りのはず。千載一遇のチャンスを逃すことになるわ。きっと、彼ならそれを為すわ!」

 

「想定外よ。今の戦力では南方を落とせない」

 

「納得のいく説明をしてちょうだい! せめて彼の弔いを私たちにさせて!」

 

「提督の艦隊はもう無いのよ!」

 

 

 

「彼のいなくなった艦隊はもう今までの艦隊じゃない。士気の落ちた今のままじゃ、とても落とせない……」

 

霞とは長い付き合いだ。

私は、こんな時になにを。

 

霞だってショックを受けている。

もしかするとこの海域で一番ショックを受けているのは霞かもしれない。

 

霞の言うとおりだった。

これから作戦が行えるような状況ではない。海域は解放した、そして誰も残らなかったでは意味がない。

今は、一人でも多くが生き残れるように考えるべきだ。

 

 

 

 

「アンタはどうするの?」

司令官の言葉を届けてくれた綾波に、霞がそう問い掛ける。

「綾波は、霞さんの引き継いだ指揮系統に属していません。私は司令官の元に戻りますよ」

「そう」

 

警護艦である綾波は提督直属の特殊な立ち位置で、艦隊所属ではなく提督個人の私兵のような立場だ。彼女が戻ると言うのであれば、ワタシにそれを止める権限はない。

彼女は、もうここには戻らないのだろう。

 

 

「彼をよろしくね」

 

代われるものなら代わりたい。

役にも立たないこんな肩書きなど投げ捨てて、今すぐ彼の元へと駆け付けたい。

 

できるはずもなかった。

 

彼がワタシに望んだことだ。

彼の望みに沿えないワタシなど、彼が求めていないことを分かっている。

ワタシはワタシを捨て、彼の理想でなければならないのだと、そう思う。

 

ワタシの戦争は終わらない。

 

 

 

 

 

 

並み居る深海棲艦を乗り越えて、再び提督の元に戻ってきた綾波。

そこに時雨の姿はなかった。

 

 

白露はここに辿り着けたのだろうか。

二人で手を取り合い、どこかへと姿を消したのだろうか。

それも、今となってはもうどうでもいいことだ。

 

 

「司令官、一人にしてしまってすみませんでした。これからは綾波がずーっと、一緒ですよ」

 

 

 

彼岸の川の船頭を務め、これからは黄泉の国を船で渡ろう。

彼は河岸で困っていることだろう。大丈夫ですよ。綾波が、今、参ります。

 




だいたいの予想(期待?)を大きく裏切り、提督と最後を共にするのは時雨でも霞でもなく綾波さん。

意外なのか、それとも意外ではないのか。

謎です。


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提督の艦隊3

書くべきか書かざるべきか


いや、書いてはあるんだが、葛藤してたので投稿に時間がかかってる。
そして迷いは継続中……。
自分で書いておいて投稿をこんなに躊躇うことになるとは思わなかった。

王道の話はどこかから分岐したifで進めるってことで許してもらおう。
未来は確定しておらず、それは各々の望むがままに(言い訳)。


山田さんの勝手なイメージ
提督&時雨のテーマ
米津玄師さんの「Flowerwall」

霞(前)のテーマ
WOWAKAさんの「アンノウン・マザーグース」
霞(後)のテーマ
kagrraさんの「うたかた」

いつかの時雨
KOKIAさんの「大事なものは目蓋の裏」




ああ神さま──

もし、天上にキミが在るのなら、どうか姿を見せないでほしい。

 

でなければ、

 

 

カナラズボクガコロスカラ

 

 

 

彼のいない世界など、

 

 

──必要ない。

 

 

 

 

 

 

 

目の前で大きな水柱が立ち、先陣をきっていた由良ともども全てを飲み込み海へと還していく。

 

 

「由良、さん……」

悪い冗談だ。面白くない物語のようだ。

しかし、ふさぎ込んだのは一瞬だった。

 

 

「四水戦旗艦は村雨が引き継ぎます。二四駆は引き続き後方警戒、潜水艦を見逃さないで。前衛は夕立、春雨。五月雨は私の後ろについて」

 

 

 

『四水戦は本隊の航路をこじ開けなさい』

 

霞から出された命令は慈悲のない、しかし当たり前のものだった。

私たちに沈めとでも言っているのか、とてもじゃないがそんな命令は聞き入れることができない。

だけど、誰かがしなければならないものだ。

 

 

 

なにも言わず、速度を上げたのは夕立だ。

「提督の望みは叶える。村雨たちは無事にリンガに帰ってほしい」

 

能面のような顔で言う夕立は死に場所を求めているようだった。

本来であれば、夕立はここにはいなかったはずだ。任を解かれていなければ、彼女も綾波と同じ警護艦として、最期の時まで提督の隣に立つ矛であり、盾であったはずなのに。

 

 

 

夕立を一人で行かせるわけにはいかない。

 

姉妹の中でも1番色濃く血を分け合ったもう一人の自分だ。

あのときは一緒に行くことができなかった。同じ誤ちを繰り返すつもりはない。

 

夕立を、一人で逝かせるわけにはいかない。

 

 

 

 

「春雨ちゃん。後をよろしくね」

「ダメです村雨姉さん! 司令官はいつも仰ってました、指揮艦が死ぬのは最後だって」

 

それを聞いた村雨は、ふっと、笑みをこぼした。

「この状況下では、もう指揮艦もなにもないわ。あなたは五月雨と一緒に、妹たちを護ってあげて。それに」

笑顔を消した村雨が前方の敵艦を睨む。

常に笑顔を絶やさず、周囲の関係に気を使ってきた村雨が初めて妹に見せる姿だった。

 

 

「村雨じゃなければできない仕事をするのよ」

 

 

体に怒気を纏わせた彼女のホントウ。

 

瞳の色が左右で違う。ともすれば狂気を孕む白露型改二の、これが村雨なりの答え。

 

精密に編まれた理詰めで、遥かな頂に登った姉は奇跡の駆逐艦と呼ばれた。

狂気を解放し、並ぶ者がいない突破力を手にした妹は帝国海軍の武力の象徴となった。

凄い姉妹に囲まれたものだと、今さらながら思う。

考えも生き方も中途半端な私には、そのどちらもが無理だった。

 

だからこそ。

 

私は私の答えにたどり着いたのだと思う。

妹の持ち得た狂気は私の魂にも刻まれている。しかし、それを模倣するだけではただの劣化に終わることが自分で分かっていた。

私の艦魂にあるもう一つ、私を構成するのは戦隊旗艦としての理性だ。姉が磨いたこの力を、私も確かに持っている。私は、武勲を誇る白露型なのだから。

 

 

狂気を理性で制御する。突破力こそ劣るだろうが、この理性は、狂気を解放しただけでは決して得ることのできない戦術を、戦い方を私に選ばせてくれる。

そう、並び立つ必要はないのだ。同じ戦さ場で、最強の武力である夕立の戦いを組み立てることができる。それが私の強さのカタチ。

 

 

「さぁ、私たちのパーティー。見せてあげる!」

 

 

 

二匹の獣が海を駆ける。

もう言葉など必要なかった。

私たちは繋がっている。

意思の確認など必要なかった。

私たちは、同じモノだ。

 

村雨の考えを読んで夕立が動く。夕立の動きを読んで村雨が考える。

 

 

由良さんを沈めた、群体のようになった深海棲艦たちを次々と屠る。

返り血とオイルを浴びて、私たちが血路を押し開くのだ。

 

今までに誰も見たことがない戦い方で、戦慄を覚えるその姿で、全ての海戦を過去にするかのような、そんな凄まじい猛進を──。

 




それぞれエピソードに事欠かない白露型。
その中でも、実は1番戦死者の多いのが村雨。

すでに薄々嫌な予感としてあるだろうが、これは潰走の逸話。
たとえば時雨が霞を撃った「艦娘の一番長い日」や、未来のifを書いた話など、まだ続いている話もあります。
なんならこのシリーズを読み飛ばし、それらの続きを待つのも良いかもしれません。

結末はそんなでもないが、この逸話は艦これ好きが望むものにはならないです。


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〜リンガ艦隊「恋愛大作戦」〜

そういえば、と思ったわけです。
少女のつくり方は時系列を吹き飛ばし、細切れの本筋と番外だけで進んでおりますが、考えてみると提督やその周辺の逸話が弱いなと。

そういったエピソードがあるにはあるのですが、なにぶんそれぞれのエピソードが完結していないのでぶっ飛ばして進めてしまった。
これでは感情移入も難しく、関係性も伝わらないだろうと反省。

この話は読者のみなさまのたくましい妄想力必須の話で、それらを強いてしまうものではありますが、丸投げで理解しろは無理がある……。

提督は提督として信頼される理由が必要だし、周囲を固める人物にも本編で“そうされる”理由を書かなければ(;´д`)



「はぁ」

 

机に縋り付くようにした男が肩を落として盛大な溜息を吐く。

背中にあからさまな哀愁を漂わせた男だ。

 

 

「なによ、さっきから鬱陶しいわね」

 

今は霞しかいない管理部の部屋で、特になにをするでもない山崎が何度目になるのかわからない溜息を吐いた。

 

基地内では特に六駆のみんなと仲が良い山崎だが、彼女たちは輸送で基地を離れがち。輸送護衛に着いて行くことも多いが、時期によって彼女たちは出ずっぱりになる。さすがに人間であるところの山崎は途中で休息期間を入れないと体が保たないのだ。

 

そういったとき、なにかと霞のところまでやって来てはこうして近くに陣取っていることが多い。

山崎なりに、雑務を言いつけやすい位置にいることで気を遣っているのかもしれない。

 

霞もなんとなくそんな山崎の配慮らしきものに気が付いているので、居着かれても文句は言わない。

なんだかんだと霞は寂しがり屋でもあり、人が好きなヤツなのだ。

が、これは盛大に迷惑だ。

 

 

「で、なに? どうでもいい話なら追い出すからね」

 

 

 

女の腐ったような、なんて言うとワタシも含めた女性に失礼だと思うが、形容としてはそんなものだ。

うじうじと煮え切らない山崎がたどたどしく話した内容は青天の霹靂。

それは、南方海域へ進出する段取りで頭を悩ませていた霞の脳天に違う角度から一撃を喰らわせる予期せぬものだった。

 

 

 

「想像はできても実感は湧かないわよ? 人の恋愛感情なんてわからないんだから」

「相談のしがいがないっすね」

 

 

山崎の口から出たのはそんな話。

つまり気になって仕方がない艦娘への想い、なるものでヤキモキしている。と……。

溜息を吐きたいのはワタシのほうだ。

 

「うるさいわね。アンタにはワタシがそういった機微を得意としてるようにでも見えてるの?」

「いえ、まったく」

 

この男、一度本気で殴ってやろうかしら。

律儀にも書類から目を離し、山崎の話をちゃんと聞いてあげようとしたらこれである。

 

 

 

「しっかし由良さんって、ホントお淑やかでキレイな女性ですよねぇ」

 

そんなことを言う山崎に、つい反射的に小さく片眉が上がった。

 

由良がお淑やか? 残念ながらその感想には同意しかねる。

男と女、それも人間と艦娘だ。視点が違うのだろうか? ともあれ、この男には由良がお淑やかに見えているらしい。

それもいいかと霞はすぐに考え直した。

誤解がなければ人間関係など成り立たないと司令官も言っていた。せっかくの思い込みをワタシが粉砕しても仕方がない、好きにさせておこう。

 

 

「それで、あんまり聞きたくはないけど、それはなに? 由良と男女のお付き合いがしたい的ななにかかしら? もしそうならワタシは立場上後押しも協力もできないんだけど」

 

ついぞ出た溜息と共に机に肘をつき、手のひらでアゴを支えるようにした霞が言う。

 

山崎の人間性は知っているし、いつも真面目に職務に励んでいる山崎のことならばと思う気持ちもある。有り体に言えば山﨑は良いヤツなのだ。

 

そういったことに明るくはないが、どうやら人の男は女性のためなら実力以上の力を発揮するものらしい。艦娘(ワタシたち)が彼のモチベーションとなるなら、叶えてあげたいとも思う。

 

しかし事は男女のことだ。

そういったものは永続を保証するものではないと、これまた司令官から聞かされている。

いざそうなったとき、両者共にほいほい異動させるわけにもいかない人材だ。

両者を天秤にかけると、避けられる面倒ごとなら避けたいとの考えに傾く。

 

 

他にも懸念はある。人間社会に溶け込む艦娘というものを目指してはいるが、いまだに艦娘の立場は不明瞭。人間との恋愛がそれにどう影響するのか、そういった感情の話は正直よくわからない。

 

できれば司令官にでも振ってしまいたい話だ。あの人ならこういったことにも卒なく対応し、この機会を利用して。なんて、ワタシには考え付きそうもない方法で事態を一つ押し進めるかもしれない。

もっとも、彼に任せてしまえばワタシの代わりに粉砕してしまう可能性もないではないわけで、その場合はワタシがするよりよほど容赦のない方法を取りかねない。

 

しかしそれだって、山崎の同意なしに話を持っていくのはお門違いだろうことくらいは理解できている。

他人の色恋沙汰を誰彼構わず吹聴してまわるのはマナー違反だろう。

 

 

 

自身に渦巻く感情をうまく言葉に変換できないのか、山崎からの返答は遅れた。

 

霞は自分がせっかちなほうだと理解している。そしていつでも忙しい。

しかし、そうやってして悩む山崎を急かすことはなかった。

 

こういった面も、山崎が山崎たる所以で、それは信頼に値するものだと霞は思う。

思えばワタシはこれでも周囲に恵まれているのだろう。ワタシの周囲にある男たちは不用意な発言を決してしない。

 

だから、彼の感情が彼の言葉に変換されるまでは待ってやろうと思ったのだった。

 

 

「いや、これはそういうのとは少し違いますね」

 

ややあってから山崎がそう言った。

 

「畏れ多い、なんて言うのは艦娘のみなさんに失礼かもしれませんが、やっぱり普通の恋愛ってやつとは違うんだと思います」

「由良を抱きたいとか、そういった話ではないってこと?」

「いや、そんな直球な話ですか!」

 

 

 

「そういう欲求がないとも言えませんけど、そうじゃなくって! 側で支えたいとかそういうのですよ。自分なんかが彼女の役に立てるかはわかりませんが」

「まず“なんか”なんて自分を卑下するのはやめなさいな。それはアンタを評価してる司令官やワタシに失礼なことよ」

 

相変わらず机の前にしゃがみ込み、顔だけ出しているような情けない顔をした山崎の額を指で押しやってそう言ってやる。

 

それから、この憎めない男に自分の実感を乗せたエールを贈った。

「誰かが側にいてくれる。それはとても良いことで、そして能力によらない話だわ」

 

 

 

 

霞から見た由良。

彼女も山崎のことは認めているように思う。

二人は互いに尊敬し合い、気にもかけているようだが、あまり恋愛という感じではないようにも感じる。とはいえ、そういった感情に疎い自分が頭の中だけで考えたことにいかほどの信頼性があるのかはわからないことだ。

 

男女の行為なんてものは別に恋愛感情などなくても、別の繋がりを持てるのだから結構なことじゃないか。なんてあのクズが言っていたことがあるが、それもある意味真理だ。

特に、ここは明日の我が身がどうなっているのかわからない戦場。

どのような繋がりであったとしても、その繋がりが生なのか性へなのか、ともあれ執着が芽生えるのなら別にいいだろう。

 

 

 

人間と艦娘とのそういった感情の先にあるものが幸せな未来なのか、それとも不幸な現実なのか。

 

さて、どうしたものか。




つまりは山崎と、そして提督と時雨の話なのです。

山田さんだけは知っているので不都合を感じないが、投稿されてないのに本編でそれを察しろはちょっと違うよね。
今さらの話ですけど。

息抜きがてらこういった“今までの話”を混ぜないと進行中の本編投稿がつらいので、現実逃避的な意味合いもある。
遅くても初投稿から一年で終わらせようと思っていたのですが、まだしばらくお付き合いしていただければ幸いですm(_ _)m


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〜リンガ艦隊「恋愛大作戦」〜2

楽しい話もいい。感動する話もスカッとする話もいい。
でもたまに、どうしようもないほど悲しい、悲劇的な話が読みたくなったりもする。

え、ならない?
なかったから書いたのが「少女のつくり方」なの……。

しかし本日はクリスマス。
恋の話をしよう。



山崎と霞が重要そうで、特に重要でもなかった話をしてから幾日がすぎた頃、山崎はまた六駆の輸送護衛にくっついて近隣の基地を回っていた。

もうそろそろリンガに到着する、そんな帰路での近海。山崎の乗る輸送艦には休息中の暁と響が乗艦しており、輸送艦の前方には電、後方を雷が警護をしながら順風満帆。

 

そんなときだ、山崎の隣で座っていた暁がふと顔を上げ、方位二七◯。つまり西側の海を見ながら言った。

「四水戦ね、哨戒の帰りかしら」

 

 

 

四水戦と言えばウチでは由良を旗艦に第二駆逐隊で編成されている戦隊である。

近海とは言え、作戦時でもない海上で偶然出会うのは結構珍しいことだ。

反射的に転落防止柵から身を乗り出すようにした山崎が慌てて暁の目線の先を追うが、その姿は米粒サイズでだって見えはしない。

 

これが人間の限界か、などと思っていると、そっと隣から伸びてきたのは響の腕。

その手には何を言うでなく双眼鏡が握られている。

 

 

俺は何を慌てているんだ。

ちょっと冷静になって辺りを見渡すと暁が小首を傾げてクエスチョンマークを飛ばしている。

提督ほど他人の表情から真意を読み取るなんてふざけた真似ができるはずもないが、その顔は『海を駆ける艦娘がそんなに珍しいのかしら』とでも思っているのだろうことが窺えた。

 

前を行く電は近海でも気を抜くことなく周囲を警戒しながら輸送艦を導いている。

後方の雷はなぜか頷きながら優しい目をこちらに向けていた。

 

 

あの日霞に説明したとおり、これは肉欲的恋愛感情ではなく、もっと健全なものであるはずなのだと山崎は思っている。

そうであるはずなので、後ろめたいことなどなにもないのだが、どこか居心地が悪い。

 

これらの状況から推察するに2:2なのか? いや、電ちゃんにまで気付かれているなら1:3だ。

ただの憧れ。言うならば、これは秘する想いなのである。

……そんなに自分はわかりやすく顔に出していたんだろうか。

 

 

 

 

「由良が被弾しているようだね」

隣に並ぶ響が言った。

それを聞いて山崎が慌てて双眼鏡を覗き込むも、それでもまだ米粒サイズと言ったところ。何かが海上にいることはわかるが、姿形を判別するにはいまだ遠い。

 

 

「哨戒で何かあったんですかね、大丈夫なんだろうか?」

自分の目で確認できないもどかしさから山崎が不安の声を上げると、同じく山崎の隣まで歩いてきた暁が手で(ひさし)を作るようにして遥かな海の先に視線を集中させる。

 

「至近弾でも貰ったのかしら? ちょっと煙を噴いているけど、航行に問題があるほどの損害じゃないみたい。あ、こっちに気付いたわ」

 

結構な距離があるはずだが暁にはしっかり見えている様子で、落ち着かない山崎に心配するほどではないと教えてくれた。

ついでに山崎たちの乗る輸送艦をリンガまで護衛してくれるつもりなのか、こちらに気付いた四水戦が合流しようとしてくれているらしい。

 

 

自分は、そして艦娘たちは戦争をしているのだ。

いつでも無事に帰って来てくれるわけじゃない。わかっているつもりだったが、そんな当たり前のことを今さらになって実感した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、なんでアンタはまたここで項垂(うなだ)れてるのよ」

 

 

無事に四水戦と合流し、リンガへと帰投した後。山崎はまたぞろ管理部へと足を伸ばし、こうして書類仕事に精を出す霞の机の前で不景気な顔を見せているのだった。

 

脳裏に浮かぶのは無事港に着いたときの由良だ。

会話こそなかったが、心配気な眼差しを向けた山崎に彼女はいつものように朗らかな笑みで応えてくれた。

 

これが戦場での日常だ。

大きな被害があったわけでもなく、腕を片方落としてきたなんてこともない。

確かに被弾はしていたものの、本人も随伴の艦娘たちもそれほど気にした風ではなかった。

 

その程度のことなのだ。

これが自分たちの生きる現実で、戦争の世の中なのだ。

しかし、だからと言って慣れるようなものじゃない。当たりどころが悪ければ、もしも何かが少し変わっていたならば、彼女たちは二度とここに戻って来ないのかもしれないのだ。

 

自分たちのために、日本の未来のために。

何もできない人間の代わりとなって戦ってくれている艦娘に、自分たちができること。

それはあまりにも少ないように思う。

 

 

 

 

「そんなに気になるなら本人に直接労いの言葉でもかけたら?」

 

相談なのか感想なのか、はたまたただの独り言なのか。なんだって構わないが、目の前でそれらを聞かされている身としては邪魔でしかない。

そして霞は優柔不断と最も縁遠い艦娘だ。

 

故に霞は、煮え切らない態度の山崎に、それらはとても簡単な問題で、気になるなら伝える。そうでないなら気にせず仕事に戻ればいいだけだと断じる。

 

霞に言わせれば、するかしないかを迷ってるときはだいたいやりたいときなのだ。

答えの出ない悩み事ならまずやってみて、それから起こった問題に対処すればいい。自分で選んだことであればどのような結果になっても後悔だけはしないだろう。

 

そして、起こるだろう問題を想定して事前に潰しておけるならそれが何よりわかりやすい正解だとも思う。

この問題に対して山崎にそれができるとは思わないが、行動を起こさない限り何かが変わることなんてないだろう。

 

 

だからわかりやすく、由良のことが気になるのなら声をかけてこいと背中を押してあげたわけだが、山崎の気持ちはなかなかそれを簡単には選べないらしく、こんな風に言う。

 

 

「いや、だって、軽巡さんってなんか気軽に話しかけづらいじゃないですか」

 

 

 

それを聞いてピクリとペンを止める霞。

この男の中での敬意というものがどんな風に分けられているのかはわからないが、基地内で話しかけづらい立場にあるのはきっとワタシや時雨のほうだろう。

大した理由も目的もなく、ここや提督の執務室に入り浸る男のセリフとは思えない。

 

そしてこの男が忘れているのか、それとも最初から頭に入ってなどいないのかはわからないが、アナタの茶友達であり上官でもある阿武隈だって軽巡で、なんなら由良の妹だ。

 

やっぱり一度殴っておこうかしら、なんて考えが頭をよぎる。




それでも本筋に絡まない悲劇な話はガッツリ切り落とされている。
「提督の艦隊」は、まぁしゃあなし。


ところで、世界的に1番多い誕生月は10月らしい。
特に10月5日は米国で最も多くの人間が誕生日を迎える日なんだとか。

つまり、逆算すると誤差も含めて今くらいから年始なわけだ。
さらに「性の6時間」なる言葉がある。24日の21時から25日の3時まで、この時間帯が一年を通じて1番……。


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〜リンガ泊地の艦隊〜

突然もの凄い勢いで遡る。

ほとんど過去のオマケで投稿済みだが、若さ弾けるスカートの中を描写したかったんだ。
後書きに続く↓


リンガ泊地に所属する艦娘の数も徐々に増え、小さいなりにも艦隊としての形ができてきた。そんな頃の話だ。

 

執務室では提督と時雨、それから霞が集まり、提督の目指す艦隊の、その根底を成す重大な事柄について話し合っていた。

 

 

 

 

「何かしら興味を惹くものがあれば集めてみるのもいいんじゃないか? そうすれば知識も増えるし個性ってやつも育まれていったりするだろう。スポーツで体を動かすなんてのは実戦にも役立つかもしれないし、バンド活動なんかで音楽に親しみ感性ってやつを磨くでもいい。とにかく、まずは興味を持つことを教え、今までより広く人間社会ってやつとの関わりを感じさせたい」

 

 

執務机の天板に腰をもたれ掛けさせた提督がそう話して聞かせると、すぐさま霞が自分の意見を述べる。

 

「物を蒐集するのは個人の勝手だから、給与の中でやる分には好きにさせたらいいんじゃない? 趣味や嗜好についても殊更口を挟むつもりはないわ。公序良俗を乱さなければ、ね」

 

「でも、いきなり趣味を持てだなんて言われても対応できないんじゃないかな? 何をしていいのかわからないよ」

 

提督の願い、その理想は知っている。

しかしそれらを現状の艦娘に落とし込むと、今のままでの実現は難しいと時雨が言う。

 

 

 

基地に所属する艦娘に趣味を持たせる。

 

 

それらは世の中の様々なものに興味を持たせ、自己や個性を形成するのに役立つはずだと提督は考えていた。

提督の目的は人間社会に艦娘の居場所を作ることだ。他人と繋がるために、まず艦娘がしなければいけないこと。それが、確立した自分を持たせることなのだと言う。

 

では、どうやってそれを実現するか。

 

 

 

 

「そうだな、何をしてもいいってのは何もするなと同じくらい不自由なもんだ」

 

時雨の言うとおりだと提督も思う。

戦争の中でしか生きてこなかった少女に、今から自由にやってみろは土台無理なことだ。

 

 

「選択肢が与えられているくらいでちょうど良いってことかな?」

「なるほどね、いきなりが対応できないって言うのなら、じゃあ一例を提示するからとりあえずやりなさいな、か」

 

提督の真意を察した時雨に、すぐさま霞が同調して形を作る。

 

そう、必要になるのは選択肢の中から選べる自由。

まずはそれを考えてみることにする。

 

 

 

 

「ワタシとしては、実戦に還元できるよう体を使う趣味を提案したいところだけど?」

 

 

人型を持って生まれてきた艦娘。軍艦の魂と性能を有する彼女たちは人間では太刀打ちできないポテンシャルを秘めてはいるが、それでもやはり人型の初心者なのである。

たとえば、「おいおい、そんな持ち方すると腰を壊すぞ?」といった体勢からでも重たい荷物を腕力だけで持ち上げてしまえたりするのだ。

 

人間よりもはるかに高スペックな艦娘ならではのことで、だいたいはそれで済んでもしまうのだが、それでも人型をしている限り構造上の限界はある。

下手に軍艦としての自分の能力を知ってしまっているからこそ、関節などが限界を超したところでいきなり破綻する諸刃の剣なのだとも言える。

 

この嘘みたいに高い身体能力が仇となり、彼女たちの多くは肢体の正しい使い方を知らないのだ。

 

 

 

それらを踏まえた結果が霞の言う「体を動かして慣れろ」。それはどこまでも愚直で、何よりも正しい。

どこまでいっても実務最優先で効率重視な意見だが、それはとても彼女らしいと思う。

 

 

「うん、一つ目に提示する趣味としていいんじゃないかな」

 

 

楽しく汗をかき、ついでに体の使い方を覚えることができるその案。時雨が同意を示したものに、当然提督が反対する理由などない。

全ては手探りなのだ。で、あるのならなんでもやってみたらいい。

 

そこで、人型の先輩として霞の提案に沿った意見を述べるならこれ。

 

「だったらダンスとかがいいんじゃないか?」

 

 

 

 

「理由があるのかい?」

「スポーツなんて訓練の延長みたいなもんだしな。ダンスなら全身を使うし、そこから音楽を聴くことにも楽器演奏にもスライドしやすいかも、みたいな些細な理由だ」

 

そう、取っ掛かりなどなんでも構わないのだ。

趣味なんてのは義務じゃない。やらせてみて本人が気に入ったら続けたらいいし、そうでないなら次を探せばいい。

 

 

 

これは提督が出した、ただの選択肢の一つにすぎない。

あごに手を添えてしばし考え込む霞。頭の中ではこの基地で艦娘たちがダンスに励む姿を想像し、それによって起こりうる問題点をさらっていた。

しかし結局、どんな趣味を持ち込んだところで今の環境にはないものだ。だったら大なり小なり何かは起こるのだろうとの考えにいきつく。

 

新しいことを始めるというのは、そういうものなのだ。

大問題にさえ発展しなければどれを選んでも大差なく、それはダンスでは起こらないものだろうとも思う。

 

「そうね、いいんじゃない?」

「うん、僕も賛成だよ」

 

 

こうして、リンガに所属する艦娘たちが最初に取り組む趣味はダンスとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから数日が経ったころ、グランドには呼び出しをかけられた白露たちが並んでいた。

 

突然基地の首脳たる艦隊司令部から艦娘の趣味を推奨する旨が通達され、それぞれ自分に合った趣味を見つけられるよう司令部が主導までするときたもんだ。

本日はその第一弾として、とにかく一度ダンスなるものをやってみろと、手隙の艦娘全員がここに集められたのだ。

 

 

事前に配布された資料でダンスについてを大まかに知った白露たち。

なにぶん初めてのことだ。行われる催しについては率直に興味がある。

だが、果たしてそれは実際にやって楽しいものなのだろうか。戦争と訓練しか満足にしてこなかった乏しい人生(艦生?)経験だけでは判断できず、期待の半分を胸に秘め、所在なげに立ち尽くす。

 

 

そこへ、水の入ったバケツを運んでいるような足取りの霞が近づいてくる。

集合時間からぴったり5分前に現れるあたり彼女はとても彼女らしい。

 

 

 

「はいこれ、ダンスの曲」

 

そう言った霞は両手で持っていた円柱型のゴツい物体を持ち上げ、白露に「重いんだから早く持って」と手渡す。

 

「わっわ、何これ」

手渡されたのは音楽プレーヤーだ。ただし、屋外で使用するのを前提に作られた物のようでかなり大きい。

 

「うへー、重い」

それもそのはず、武骨なデザインをしたそのプレーヤーは長さが60cmを超え、重量も7kg以上ある。

さすがの艦娘と言えど、小柄な体躯である駆逐艦娘にとって、それは陸上で持つには少々しんどい代物だった。

 

 

 

「まずはウチの備品扱いにしてあるから、大事に使ってちょうだい」

 

ダンスをするため必要になるのがこの音源。ないわけにはいかないので、それは必要経費として基地で購入した。

 

数を増やしたいだとか、もっと性能の良い物が欲しいなんてことになれば、それはそのときダンスを趣味にしている者同士で購入してくれたらいいだろう。

 

 

 

マニュアルを熟読してきた霞が慣れた手つきで機械を操作しながら簡単に使い方を説明していく。

 

「ええと、まずはこのボタンで電源を点ける。そして三角印で音が流れる……なんで三角印がたくさんあるんだぁ?」

 

代表で白露が触ってみるが、現代知識に疎い艦娘にこのボタンの多さは酷のようで、苦悩の声がグラウンドに響いた。

 

 

「いろんな媒体に対応してるのよ。今使うのはこれだけ」

 

霞が指さしたボタンを押すと、プレイヤーから軽快な音楽が流れ出す。

 

 

ふと白露の頭に艦だったころの記憶が蘇る。

 

この体で現代に蘇ってからは遠のいていたものだが、あの頃は艦に乗り込む男たちがよく歌っていたものだとの郷愁に駆られ、胸に温かいものを感じた。

 

うん。好きかもしれない。

どうやら私は歌や音楽が好きなようだと、今になって新しい発見ができた。

それだけでもここに来た甲斐があるというものだ。

 

 

上機嫌の顔をした白露がメロディーに合わせ指でリズムをとっている。どうやらこの曲が気に入った様子だ。

何気に目を落としたモニターには曲名らしきものが表示されており、興味を持った白露が霞に問いかけた。

 

「なんて読むのこれ?」

「アナタのとこの次女が、ウチの司令官に嫌味を言う他所の海軍高官を見てるときの様を表したいい言葉よ。四字熟語くらい知っておきなさいな」

 

 

これは、遠回しに自分で調べろと言っているのかな。あとで時雨にも聞いてみようと思った。

 

 

気を取り直して、そもそもの疑問も口に出してみる。

 

「ふ〜ん。でもなんでこの曲なの?」

「さぁ? 艦娘が踊るならまず外せない課題曲の一つらしいわよ。難易度の低そうなものを選んだから、とりあえずこの曲を練習するといいわ」

 




↑の続き
しかし、それが叶えられることはなかった……。


さて、艦娘には踊らせたくなるよね!
ここからリンガの艦娘は踊るようになり、その成果の一端をリンガの基地祭でお披露目することになったわけだ。
なお、基地祭の話はいまだ存在しない……。


その後、練習風景をチラチラ提督が覗きにくることから今ではジャージ姿で踊る艦娘も増えたのだとか。(←本当に書きたかったのはコチラ)

制服姿で踊る艦娘。山田さんもぜひ一度ゆっくりと観賞したいものです。
翻るスカートの裏で踊る張りのある白露姉さんの柔肉ぅ\(๑´ω`๑)/


なお、登場するプレイヤーはJVCから販売されていた物で、なかなかにヤバめな代物。


それでは良いお年を


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〜リンガ艦隊「恋愛大作戦」〜3

あ……あけましておめでとうございます(^_^;)

話のほうは進んだり進まなかったり、嘘です。
進んでおりません。


「お、ここにいたのか」

 

山崎の邪魔にならない程度に仕事を続けていた霞の部屋に長波がやって来た。

 

霞の部屋と言うより、ここはしっかりと管理部なので管理部に所属している長波がやって来るのは山崎がやって来るよりずっと当たり前のことだ。

 

二人の様子を確認した長波は、霞の邪魔になっている山崎と山崎の邪魔にならないように仕事をしている霞に気が付き、この二人も変わった関係だよなと一人納得する。

 

 

 

「山崎さんはホント、ひとっ所にいない人だな。長波サマ分類でいくと提督、霞に続いて探すのに手間をかける人材の3位だ」

 

頭を切り替えた長波がひょいと肩を上げて山崎に言う。

霞の名誉のために言っておくと、霞が基地内を動き回っているのはフラフラしている二人とは違い仕事のためである。

 

結果的に、その山崎のフラフラに手を貸す形になってしまった霞がバツの悪そうな顔で問いかける。

 

「なに? 山崎に用事なの?」

 

「そ、調達部に寄ってたら阿武隈さんに捕まってね」

そう言った長波は手にした書類を振ってみせ、それを霞の机の周りをうろついていた山崎に差し出す。

 

 

 

「ほれ、阿武隈部長から資材のダブつきをチェックするよう指示書だ」

 

阿武隈からだと言う指示書を受け取ったものの、なぜか呆け気味の顔をした山崎。

たっぷり一拍の時間を空けてから、指示書に目を通していた顔を上げて言う。

 

「あれ? 自分がっすか?」

「なんだ、抗命か?」

「いや、違います違います!」

 

 

今にも精神注入棒を持ち出しそうになっている長波に慌てて顔を横に振る山崎。

もっとも、この基地では提督、霞両名により兵員同士の私的制裁が固く禁じられているのでその心配はないのだが、怖いものは怖い。

命令不服従の態度など見せれば、普段は気のいい長波でも正しく軍人としての顔に変わることだろう。

 

そして、渡された指示書に不備はないのだ。

あっちやこっちやに顔を出し、行く先々で何かと仕事を言いつけられる山崎。忘れ去られていることも多々あるが、本来彼の所属は阿武隈率いる調達部。

阿武隈から資材チェックの指示が出たところでなんの不思議もないはずなのだ。

 

そのはずなのだが、はて。

なぜか戸惑いを隠せないでいる山崎に今度は心配そうな顔をした長波が声をかける。

 

 

「どうかしたのか?」

 

 

何事かあるのか。そう思ったが、それは要らぬ心配だったことが山崎の返答ですぐにわかった。

 

「いや、いつもは資材の引き渡しが終わったら、後は港湾勤務の人たちがしてくれるんだけどなって」

 

 

長波にとっての山崎とは、多忙な霞の邪魔をしている暇そうな男に見えているのだけれど、その実、先ほど輸送任務から帰投したばかりである。

軍属としては甘いのだろうがこの基地は長時間の連続勤務にうるさく、それを避けられるよう配慮がなされている。

で、あるならば、彼の言い分はこの基地では一応筋立っているわけだ。

 

 

 

「ふーん」

 

それだけ言った長波は遠い目をして何か思案に入ったようだ。

 

提督なら長波さんの目線の向く先を確認しているんだろうな、なんて、それをぼんやりと眺めていた山崎は思った。

確か目線が右上にズレたら思い出していて、左上にズレたら考えているんだっけ? いや、逆か? それにしてもまつ毛長いんすね。

 

 

まあ、どうでもいいことだ。

知っていたところで、それがどう繋がるのかなんて見当もつかず、なぜそうしたのかわかりようもない。

凡人である自分には過ぎた領分だとの自覚はあるので、凡人は凡人らしく、大人しく彼女の頭の回転が落ち着くまで待つばかりだと山崎は思考を放棄した。

 

 

 

ほどなくして逡巡を終えた長波が、唇に指を当てながら難しい顔で口を開く。

 

 

「やっぱりサボりの防止か? 自部署の人間がちょこまかと暇そうにしてたら阿武隈部長の立場もないだろうっていう」

 

 

 

あぁ、考えた末に出てくるのはそんな感想なんですね。

ちょっとばかり他人からの見え方にも気を配ろうと、山崎が大人の階段を一歩上った瞬間だった。

 

 

「自分、そんな暇そうに見られてるんですね」

「今も霞相手にくだ巻いてたところなんじゃないのか?」

 

霞相手にくだを巻けるってのはそれはそれで稀有な才能、奇特な精神だと長波も思うが、やっぱり何をするでもなく他部署に居座っている山崎の姿は暇そうである。

 

 

「いやいやいや、自分はこれでも準待機っすよ? 輸送護衛帰りなんですから!」

 

 

輸送護衛帰りの六駆が休息に入り、山崎だけが準待機任務に就くのには当然理由がある。

連続勤務と言ってしまえばこれ以上ないほど連続勤務だったに違いないのだが、それでも、簡単に言ってしまえば山崎はただの付き添いにすぎないからだ。

 

艦に乗っているだけ、なんて言えば船に乗り続けることがどれだけ大変かお前にわかるのか? と船乗りの方に怒られるかもしれない。

しかし、順当に昇進を果たしている山崎の今の肩書きは海軍二等主計兵曹。その階級が示すとおりの主計科員である。

 

庶務や会計などの事務仕事、それから栄養学と調理技術を駆使して兵の腹を満たすこと。ついでに他の誰もやらない、しかし誰かがやらねばならない雑多な作業までもを請け負うことで部隊を支える屋台骨が主計だ。

 

しかし、六駆と共に移動していく彼に与えることのできる仕事は輸送艦の中で少ない。

山崎に航海の手伝いができるわけもなく、もちろん漁業に勤しんでいるわけでもない。

 

 

艦での雑用をこなしつつ輸送護衛を行う六駆のメンタルケア、もとい管理といった大仰なお名目が一応付いてはいるが、いなくてもいいと言われてしまえばそのとおりの男。

 

さらに、この基地での規則を作成したのは他ならぬ艦娘である。多分、他の誰より海を往く大変さを知っているはずだ。

そんな彼女たちが判断した山崎の準待機。文句の言いようもない。

 

 

 

 

「まぁいいですよ、やれと言われたらやりますし、やったほうがいいなら言われなくてもが信条です」

 

手にした指示書を畳んでポケットにしまい込むと、今まで霞に見せていた姿が嘘のように堂々とした立ち姿で山崎が言う。

 

 

良く言えば裏表のない一本気な性格をしている山崎は快活な男であり、元々指示に対する文句など毛ほどもないのだ。

疲れているからと仕事をサボるような考えは山崎の頭の隅にだって存在してはいない。

 

ただ、阿武隈らしからぬ指示に戸惑いを覚えただけのこと、準待機任務と言えば任務中だとも聞こえるのだろうが、これは指示がない限り休んでいてもいいことをこの基地では指す。

 

そんな準待機に入っている山崎に、山崎でなくても問題のない仕事を阿武隈が振るとは思えなかったからの戸惑いだったが、仕事をさせてはならないなんて法はない。

 

実際に命令は出ているのだ。在庫チェックだって大切な仕事と思えばやる気も出ようというもの、精一杯努めるのみだ。

 

 

 

「いいけど、準待機中は居場所を明確にしておくってのが規則だろ。ちゃんと阿武隈さんには伝えとけよ」

「ここにいれば霞さんが把握してるのでいいかと」

「いいわけあるか、部署が違うんだよ。おかげでワタシは探すハメになったんだからな」

 

 

準待機についての一応の注意をしておくが、まぁ無駄なことだろうと半ば諦めの感情を長波は持っていた。

よろしいわけではないが、提督と違って山崎は一人フラフラと埒外の場所に行くことはないだろうとの信用くらいはあるのだ。

 

なので、口ではうるさく言いつつ頭の中では山崎の信条を捕まえて『シンジョウね、大阪タイガースにいた伝説の選手だったか?』などと時差ボケどころか時代ボケした実のないことを考えていた。

 

長波の生まれは大阪であり、時雨や霞らリンガ艦隊の大派閥浦賀船渠組の最大のライバル、藤永田船渠の出なのだ。

 

 

「ほら、さっさと行きなさいな。それが終わる頃にはちょうど準待機も明けるでしょ」

「そっすね、ちゃっちゃと終わらせて今日は久しぶりの布団でゆっくり寝るとします」

 

 

こうして本日も特に何かが進展するでもなく、霞に追い出されるようにして山崎が退室していった。

 




長波サマかっこいいですよね(о´∀`о)好きです。
いずれ朝霜や清霜を連れて夕雲ねぇのところに行く話を書きたい。

夕雲姉さんは姉妹の下のほうと面識ないんですよね。
きっと「アナタが清霜ちゃん? 会いたかったわ。ふふ、許可は取ってあるから、今晩は私の部屋でアナタの話を聞かせてほしいわ」とか言うだろう。


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〜リンガ艦隊「恋愛大作戦」〜4

なが〜らく投稿が空いてしまいました。ごめりんこ

完結させる気はある! ってことだけは伝えておこうと思……ふ……。


さて、久しぶりの投稿の割に内容はまったく進んでおりませぬ。
新しく始まっているイベントに精を出しつつ、軽い気持ちで読んでくだせぇ(⌒-⌒; )


道すがら出会う妖精さんたちに挨拶をしながら、山崎は軍人らしい確かな足取りで本舎から倉庫の並ぶ港湾へと足を進める。

 

仕事は仕事と割り切れる男山崎。

与えられた任務を全うするため、一歩、また一歩と踏み出すのだが、その足下からはわらわらと妖精さんたちがよじ登ろうとしており、踏み潰してしまわないよう気を使う。

 

「ちょっ、何やってるんすか! 自分はこれから大事な仕事があるんです、遊んであげられないですよ!」

「ソウコノ ニモツダロ、マカセテオケ」

「ワレワレガ テツダウノダ、オオブネニノッタツモリデイロ」

「グンカンニ ノッタツモリデイロ」

「クチクカンニノレ」

 

ダメだ、目を輝かせている妖精さんたちはとても聞いてくれそうにない。

何が彼女らをやる気にさせるのかは知らないが、文句一つ言わず率先して仕事をしようとするその姿勢は評価できるのだと思う。

 

 

「なんとか言ってやってくださいよ!」

 

しかし、それとこれとは話が別だ。

足についたひっつき虫をむしるかのように、妖精さんを掴んでは投げ掴んでは投げしていた山崎だがこれではキリがないと判断し、肩に乗る妖精さんを頼ることにした。

 

肩には飛行帽にゴーグルを付けた妖精さん。

だいたいいつも一緒に行動をする彼女は横須賀から連れてきている妖精さんで、本人曰くでは心配だからとわざわざ着いてきてくれてる妖精さん。らしい。

 

 

妖精さんたちのヒエラルキーがどのように形成されているのかは謎に満ちているが、どうやら半ば相方化している飛行帽の彼女は妖精界では多少の知名度……、もしかすると妖精さんにも階級なるものがあるのか、はたまた兵科によるものなのか、ともかく顔が利くのである。

 

彼女から一言あれば、この群がる小動物のような方々を引きずって歩くカオスな状況を打破できるはず。

 

 

 

「ヤマザキハシタワレテイル。ナニ、ムゲニアツカウコトモナイ」

「もういいです」

 

どこか誇らしげな顔をして話す妖精さん。やはり妖精さんは妖精さんだ。

もう諦めて引きずって行くとしよう。

 

 

一見チャランポランにも見える妖精さんだが、彼女らは決して無能ではない。

仕事に意欲的であるのは先述したとおり。

 

少々ノリが良すぎる気がしないでもないが、

その実で、仕事には無心で取り組む誠実さと小さいなりに力持ちで、なんでも小器用にこなすだけのポテンシャルを持っていたりもする。どちらかと言えば有能揃いと評するほうが正しいだろう。

 

いや、ちょっと褒めすぎたかもしれないと、山崎はすぐにかぶりを振る。

戦闘中の座上艦や艦娘乗組の際ならいざ知らず、基地では無駄口一つ叩かずとは言いづらい。むしろ山崎が艦娘と歩いているのを見るたびにヒューヒューとやかましい。

やっぱり無心ではないなと思い直す。

 

急に振られた頭に迷惑したのか、肩に座る妖精さんの腕がつっかえ棒のように山崎の頬にめり込んでいるが、もうそれなりに長い付き合いである山崎はソレを気にしないまま、足には沢山の妖精さんを捕まらせて歩を進めていく。

 

 

 

そういえば、提督も結構な数の妖精さんを引き連れていることがあるが、彼はなにかと偉そうな一人の妖精さんを重宝しているようだ。

他に誰がいなくても、その妖精さんだけは常に側にいる気がする。

姿が見えないときはだいたい提督の帽子の中かポケットの中で寝ているらしい。

 

物心ついたときにはもう一緒にいたと言うその妖精さんを、もう一人の姉とも呼べる存在なのだと言った提督の顔は、普段はあまり見せない柔らかさを感じさせる笑顔で、年齢よりも幾分若く見えたのが強い印象として記憶されている。

 

 

山崎の知る限り、かの妖精さんが提督の元を離れるのは秘書艦である姫が作戦行動のために海域に出るときだ。

他の艦娘に乗り込んでいるのを見たことがないので、姫は姫で、やっぱり提督にとって特別な存在なのだろう。

 

はたして、南方の女神とまで謳われる幸運艦時雨に乗り込み、歴戦の乗組員妖精さんズで構成されている環境の中、姉妖精である彼女が何をしているのかは知らないが、簀巻きにして海に捨てられていないところを見ると有能ではあるのだろう。

 

 

妖精さんの謎について、益体もない考えを巡らせながら歩いていた山崎だったが、港湾施設に近づくことで視界が開け、潮の香りが強くなった頃、その考えなどは全て頭から一片残さず吹き飛んだ。

 

 

 

艦娘たちの艤装が保管されているドックの前に、今まさに立ち入らんとしている桃色の長い髪を揺らした女性の姿が見えたからだ。

 

あっ、と小さく漏らした山崎の声に反応したその女性は、山崎の顔を認めると優しい笑顔で挨拶をしてくれた。

 

 

この距離でも聞こえるのかなんて驚く気持ちが頭をよぎるより先に、この嬉しい偶然に顔が綻び、そしてすぐに、先ほどの痛ましい姿を思い出す。

 

管理部で「本人に直接労いの言葉でもかけたら?」と投げかけられた霞の言葉と共に。




ほとんど妖精さん話。
妖精さんは妖精さんで、兵科問題とかをいろいろ抱えているのだろう。史実的に。

しかし史実よりは恵まれた環境なのではないかと思います。


前にも書いたと思うけど、山崎にくっついているのは横須賀から連れてきている加賀さんの妖精さん。
提督といつも一緒にいるってのは、すでに過去すぎて忘れられてそうだが1話から登場している妖精さんです。

なんなんでしょうね、あの妖精さん(謎が解けるとは言ってない)。


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提督の艦隊4

1月24日に特別な話を投稿しようと妄想しつつ……挫折


気を失っていたのだろうか。誰かが覗き込むようにして窺っている気配に気付く。

 

気怠い目蓋に喝を入れて片目を開けると、ぼんやりとした視界に小さな影。

もはや輪郭もはっきりせず、半ば群体のようにも見える複数の顔らしきもの。

 

 

「バカ、ガキどもに見せるようなもんじゃねぇよ」

 

これは“ガキども”に言ったわけではない。

海面にたゆたう視界からは見えないが、もともと視界にさほど頼らず戦ってきた彼女には、その気配、耳にも届かない息遣いだけで十分だった。

もちろん戦場で、コイツらの側に保護者のアイツがいないなんてことがあるはずない。そんな確信めいた信頼もあった。

 

 

 

ガキどもの一人から消え入りそうな、そして言葉にはできない様々な感情を織り交ぜた声で名を呼ばれた。

くそ、ポンコツ耳め。

あと何度その声を聞けるのか。そんな程度のことを数えなきゃいけない状況であるのに、耳に届く声は不鮮明だ。

 

まぁ構いやしねぇさ。

耳に届かなくても俺には聞こえている。

姿が朧(艦娘ではなく)でも、俺には鮮明にその愛くるしい姿が見えている。

 

そして、そんな声で名を呼ばれるのも悪くない。そんな思いと、そんな声で名を呼ばせてしまった自分への不甲斐なさが同時に胸を刺す。

 

 

おいおい、俺を誰だと思ってるんだ?

不安がらせるだけの情けないヤツになんて死んでもならねぇ。

 

だからこそ、名前を呼んでくれたことへの返事は決まってるのだ。

 

「情けねぇ声を出すな。傷に染みるぜ」

 

それは、ガキどもを引っ張っていく水雷戦隊旗艦を長年務めてきたモノの矜持だ。

殊更になんでもない風に返答するが、その声色にはいつもの彼女の、隠しきれない深い慈しみが込められている。

 

いつだってぶっきらぼうで、竹を割ったように男勝りのサバサバした気風。

どこから冗談で、どこまでが本気なのかわからないような、そんな、勢い任せなのではと勘繰りたくなるような口調が常の頼れる古参艦。

 

 

彼女は最後まで、その姿勢を崩すことはなかった。

 

 

 

「阿武隈っ!」

「はい」

 

突然名指しで呼ばれた阿武隈だったが、水面に浮かぶ彼女を取り囲む駆逐艦娘の後ろに控えながらも、その声に直立不動の体勢で軍人らしいハッキリとした返答をする。

 

いつまで経っても甘ちゃんだと思っていたが、頼もしくなったじゃねぇか。なんて、ガラにもないことを思い、海水に顔を洗われながらも気付けば口角が上がっていた。

 

 

「ガキんちょを頼むぞ。輸送艦には山崎も乗ってんだろ、何があっても、両者を本隊に合流させてリンガまで連れ帰れ。できるな?」

 

「阿武隈は、僚艦と輸送艦を本隊に合流させた後、必ずリンガに帰投します!」

 

「いい返事だ。道は俺が作ってやったんだ、不足はねぇだろ。俺は昼寝でもしてから戻るからよ。ついでに、どっかで泣いてるはずのバカも見つけておいてやるよ。さ、行け」

 

 

「本隊に合流します。輸送艦を中心に輪形陣! それから……、第二水雷戦隊を作り上げた偉大なる軍艦に敬礼っ!」

 

バカいってら、俺はただのロートルだよ。

次の時代に求められてるのは、オマエみたいな奴だ。

 

まさか、自分がこんな風に思うとはなぁ。

絶対に言うことなんかないセリフだと思ってたが、案外と素直に浮かぶもんだ。

 

あとは、頼んだぜ



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或日

酷い戦いでした。

なんて、キミが聞いたらきっと、酷くない戦いなんてないさと笑うんだろうね。

 

あれから、とても長い月日が流れたように感じます。

生活も、取り巻く世界も、何もかもが目まぐるしい速度で変わっていっているように思うよ。

 

あの戦いはなんだったんだろう。なんて、詮無きことを考えてしまうこともあるね。

正しいことをしたのだろうか。

 

ふふ、また笑われてしまうかな。

 

正しいも正しくないも、戦いの最中はそんなことを考えたこともなかったよね。

ただ、生きていたんだ。

成すべきことはキミが決めてくれたし、それを不自然だなんて思いもしなかった。

お世辞にも、手段がキレイだったとは思っていないし、それは当時からそうだった。正しい必要なんてなかったんだ。

護り、生きることを前にして、他に必要なものはキミからの命令だけだった。

 

ただ、護ったものを見ていると、やるせない気持ちになることもあるよ。

 

 

目に映る世界は様変わりして、大変なこともあるけれど。きっと、良かったんだと思う。

いろいろあったけれど、なんとか生きています。

なんとか、生きていけてます。

いまも、変わらず想っています。

 

もし叶うのなら、いつでもいいから。

どれだけ離れていてもいい、いつまでかかってもいい。

 

どうか、どうか便りをください。

いまも想っています。

 

 

 

今になって、今さらになって、泣きたい日がくるとは思わなかったよ。

泣けない日がくるとは思わなかったよ。

 

 

世界は平和になったかもしれないけど、戦いは、戦争は、終わることなく続いていくものだなんて、そんなことあの時には考えてもいなかったね。

そうして、今になって分かったことがあるよ。

キミは、目の届くところ、手の届くところで戦っていたんだ。

キミは、目の届くところ、手の届くところの戦争を終わらせたかったんだ。

思えば最初から、キミはそうだったんだ。

 

正しくなくていい。

生きていてください。

 

正しくなくていい。

どうか、健やかに。

 

いまも想っているよ。

いまも想っているよ。

まだ想っています。

 

記憶を思い起こし、微睡の中で生きているようだよ。

 

 

どうか、どうか、

無事でいてください。

生きていてください。

どうか、健やかで。

 

いまも想っています。

まだ想っています。

 

擦り切れるまで命を使って

擦り切れた体を引きずって

 

それでも生きています。

そうして生きていきます。

 

幸せじゃなくてもいい。

どうか、どうか、

 

想っているよ。

まだ想っているよ。

いまも想っているよ。

 

どうか、どうか



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〜救助。三者三様〜

グッドスマイルカンパニーから時雨改三のプラモが販売されるようですね。

期待。

時雨のローソンコラボタオルを買ったものの、まだ封を開ける決心がつかない山田さんです。


「どうかした?」

「いや、こうしてると少し昔を思い出すね」

 

一難が去ったあとの海上で、水底へと沈んだ護衛艦から投げ出されてしまった海兵を救出できるだけの余裕があるのは救いだ。

救助に携わる艦、周囲を警戒する艦。各々が役割を果たし、忙しなく時間が流れていく。

 

そんな最中のことだ。

自らも海水に濡れながら救助の指揮を執っていた霞が時雨に声を掛けた。

時雨が一分の隙もない警戒をしているのは分かる。それくらいはやってのける女だ。

時雨なりの仕事。それはルーキーが全力で行うよりも確かなものだと確信めいた信頼がある。

 

ここではないどこか、今ではないいつか。

それを思いながらでも、それくらいを行うのが時雨だ。

対空も対潜も、いざがあればすぐに対応できる。救助の邪魔などさせるつもりはない。

過去の景色を思い出しながらでも、時雨にとっては呼吸をするが如く。

 

 

「いつだったかな、あの子と漂流者を救助したことがあるんだ。いや、救助したのは僕じゃないね、あの子がしたんだけど」

 

あの子、帝国海軍の奇跡と呼ばれたあの駆逐艦のことだ。

結局時雨とはほとんど同じ海域で戦うことはなかったはずだが、それ故に並び称されたのかもしれない。

 

 

 

「懸命に声をかけながら必死に励まして、そして命を救っていたよ」

「……、あの子が救助した人数は多いものね」

 

続ける時雨に霞が言葉を返す。

行うべきを行える者に、ちゃんとやれと叱責するのは違うだろう。

そう思っているのだから、敢えて口を閉ざさせる必要もないと思う。

時と場合は考えられていないかも知れないが、霞に取っても知らない仲ではないので語らうことに否はない。

 

 

あの子、奇跡の駆逐艦。

参加した作戦は数知れず、どの海戦でも大きな被害がなかったことから攻勢作戦の合間も休みなく輸送護衛をこなしたあの功労艦は、さらに行く先々で救助も行っていた。

 

開戦から終戦までを最前線で戦い抜いて戦死者は13名。

3度もあった「死んでこい」とも言える作戦からでさえ彼女は生還し、奇跡に恥じぬ働きをした。

 

彼女はただ“生き残っただけ”では決してなかった。

 

 

スクリューを破損したことで速力の出ないなか参戦したマリアナ沖海戦では、本隊に見捨てられた油槽船部隊を空襲から守り抜いた。

帝国海軍が壊滅の憂き目にあったレイテ沖海戦ではターボ発電機の歯車が欠け、出力の小さなディーゼル発電機しか使えない状態だったが、間隔の短いディーゼル発電機の保守点検を戦闘中に行いながらも主砲弾、機銃弾をほぼ撃ち尽くす奮戦を見せ、後になって友軍から「とても信じられない」と確認調査がなされたほどだ。

 

当時は艦の姿だったが、艦娘であれば松葉杖をついて史上最大の海戦を生き残ってくる。そんなふざけた逸話に事欠かない練度。彼女は数多の戦果を誇る、武勲でも並び立つ者のない歴戦の駆逐艦だった。

 

 

そんなあの子を彩るのは戦いぶりだけではなく、美談にも枚挙に暇がない。

レイテ沖海戦では漂流していた米兵の横を通るも攻撃するこなく、機銃弾の代わりに缶詰などを放り投げて、海で戦った気高い海軍兵に敬礼を送り、また撃沈された友軍の救助にも率先してあたった非の打ち所がない存在。

 

 

 

そんな駆逐艦と共に名前を語られる時雨が、どれほどの艦だったかも分かるというものだが、その時雨はこう続ける。

 

「僕はその光景をどこか冷めた目で見ていたんだ。どうせ助からないなのか、興味がなかったのか。もしかすると、助けた後にも続く地獄を思って憐んでいたのかもしれない」

 

 

 

目だけは警戒を怠らない。

思い出話をしながら器用なものだが、時雨の器用さは今に始まったことでもないので、こちらも今さら驚いたりもしない。

 

感情の読み取れないいつもの口調、いつも見せている西洋人形のように整った表情。

それでも、時雨がどう感じているのかくらいは想像できた。

悔やんでいるのか負い目に感じているのか、当時の何かを今に重ねている風だ。

 

それは時雨の次の言でハッキリした。

 

「あの子は、そんなことまるで関係がないように必死だった。いつ潜水艦から攻撃を受けるかわからない海域で、缶を止めて救助にあたったんだから。僕は、周囲を警戒するだけで何もしなかったのに」

「警戒してたんでしょ。アンタはあの子が安心して救助に専念できる環境を作ったんだわ。佐世保の時雨が周辺警戒してくれる現場だなんて、世界で一番恵まれた環境よ」

 

 

慰めの言葉だけのつもりはない。

霞だって何度も敵性海域での救助を敢行していたから分かる。時雨が警戒する海域でなら、敵の潜水艦を気にすることなく思う存分救助に励めたはずだ。取りこぼしてしまった命を、少しでも減らすことができたはずだ。

もちろん。その世界で一番恵まれた環境とは今も正にそうだ、と暗に伝えてもいるつもりだった。

 

 

その海域で救助を行う奇跡の駆逐艦を思う。

霞は彼女と肩を並べて戦ったことがあるし、なんなら指揮下においていたほどた。

彼女が何を思って戦争を生きてきたかは分からないが、彼女にとっては戦いも救助も、当たり前のものだったのかもしれない。

 

霞がそんな風に考えていると、時雨も同じように感じていたのかこう言った。

 

「彼女にとっての救助は特別なものじゃなかったのかもしれないね。特に救助任務でもなんでもない、ただの輸送任務に従事しているときでさえ、輸送先に向かう途上で見つけた航空機乗組員を助けて到着することさえあったみたいだから」

 

「聞きしに勝る豪運ね」

 

 

外海の、この大海原で。

事前に“いる”と聞かされているわけでもない状況。

そんな中で、不時着水して沈みかけた航空機にしがみつく要救助者を発見できる確率なんてどのようなものか。

天文学的数字になるそれを、何度もやってきたなど、あの子の業績でなければとても信じられないものだと霞は思った。

 

あの子の逸話であれば、そんな荒唐無稽な話でも信じてしまえるのがすでに信じられないとも思う。

 

 

 

「彼女の救助作業には無駄がなく、あっという間に終わったよ。誰一人諦めることなく、海原に見える人間全員を艦に上げたんだ」

 

素直な感嘆。

そして、時雨が目にした驚愕を語る。

 

「彼女のことだから、てっきり引き上げた彼らに労いの言葉でもかけて、手厚く迎え入れるのだろうと思っていたから、その後の対応には驚いたね」

 

当時を思い出していたのか、間をとってから時雨はこう言った。

 

「彼女は助けた男たちを殴りつけて言ったんだ。『戦いはここで終わりじゃありません。次の戦いのために、その次の戦いのために』。本当に彼女が言ったのか、ちょっと戸惑っちゃったよ」

 

「安堵の死を防いだのね」

「そのようだね、助けられたことに安心すると、そのまま死んでしまう人が多いらしい。それも後で知って驚いたよ」

 

驚いたと言いながらも全く驚いた顔をしていない時雨だったから、驚きのエピソードを追加してやろうと思ったのかもしれない。

霞もまた、当時隊列を組んだこともある、時雨と共通の戦友を思い出して言う。

 

 

「それ、初霜もするわよ。頬を叩いて『歩けるなら自分で邪魔にならないところまで歩いて』って言ってるのを聞いたことがあるわ」

 

「……それ、本当かい?」

「ワタシの耳と記憶が確かならね」

 

相変わらず大人しい変化した見せないが、ようやく驚愕らしい顔を見せた時雨。

霞が見聞きしたものを違えているとは思えない。それくらいには霞のことを信用している。

それと同じくらい、あの朗らかな初霜を知っているはずだと時雨は思う。お互い霞指揮下の隊で僚艦となったことさえあるのだ。

 

 

「戦争中は、信じられないことが起こるものなんだね」

「そのようね」

 

 

旗艦でありながらも自ら積極的に敵性海域に居残り、僚艦たちを先に帰らせてまで救助にあたっていた霞に感銘を受けた初霜が、霞を模してそうしていたことなど、2人には知る術のないことだった。




村雨の腕が飛ぶ話
山風が妹を守る話
金剛が「届いて、もう少しだからぁ!」と奮闘し、最後は妹に跡を託して……の話

重い話は気が進まない(-。-;
「提督の艦隊」の続きがなぁ

なので、番外編でお茶を濁し中。


ここまで追いかけてきてくれた読者の皆皆様なら、すでに心の準備はできていると思いますが、提督の艦隊は


戦没

戦艦   金剛
軽巡洋艦 由良
駆逐艦  暁
駆逐艦  村雨
駆逐艦  夕立
駆逐艦  春雨
駆逐艦  山風


MIA(作戦行動中行方不明)

駆逐艦  綾波
駆逐艦  白露
駆逐艦  時雨


後、南遣艦隊総司令艦霞により綾波、白露、時雨が戦没と認められる。


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そのとき国民は、日本は、世界は

知らないと判断できない。
戦えないと護れない。

幸いにも日本は武力紛争には巻き込まれていないが、世界は今も変わらず燃えまくってる最中。
なんなら善意の第三者として加担してる側と言えなくもない。

武力での闘争を止めてから78年。日本は絶賛経済戦争の真っ只中だ。

帝国陸軍がアジア無双したときの民間人被害者、帝国海軍が遥かな南洋に攻め入って計上した数字よりも被害者を出してる。
それは数字に上がらず、多くの場合責められる謂れもないが、世界の形が明日変われば大悪党の国家として3番目くらいには名前を出されそう。

とはいえ、世界のルールが資本主義をやってくれてる間は優等生。
千円ちょっとで買える服や靴、昼休憩時には数百円で食べられるランチで腹を満たすこともできる。
育成の過程で大量の水を使う野菜や畜産も他国で育ててもらえば無問題。

せめて勝ち組であることを理解し、幸せでもなんでもないただの日常を日本で過ごす、そのくっそ高い代償を他国に払わせてることくらいは知っておいてあげねば、彼らも浮かばれないだろうと思ったり思わなかったり。


それが初めて報告されたとき、誰もが予想だにできなかった。

 

誰を責められようか。

栄華を極めた人類に、このような未来が訪れることを。

 

 

 

「日本の商船が行方不明となった」

 

そう報じられたニュースは無機質なもので、次々変わる話題の一つとして夕食時のBGM代わりにしかならず、特段興味を惹くようなものではなかった。

 

国内ではない、どこか遠いところでの出来事だと国民の多くは思ったはずだ。

 

捜索を続けているとの続報のほかに目新しい情報もなく、このまま風化していく数多のニュースの一つになる。そのはずだった。

 

 

しかし、週が明けて飛び込んで来た新しいニュースは、行方不明になった船が国籍問わず複数あることを告げた。

 

海賊の仕業か、大規模な組織的犯罪なのか、それとも異常気象やメーカーが隠蔽した不具合による事故なのかといった推論が各局から報道され、口さがない無責任な人たちからはどこかの国の軍事行動であるなどの陰謀論や、オカルトじみたホラーな推論まで飛び出したものの、それでも多くの人にとってはまだ他人事。

 

 

 

一部の人間だけが、資源の90%以上を海運に頼る日本にとって看過できない事件であると正しく認識し、もちろん政府もそう判断した。

 

 

時間をおかず、最悪の事態に備えるためにと野党からの反対を押しきって、海上自衛隊を当該海域に派遣することができたのは防衛意識に秀でた当時の首相のおかげだが、それが幸運だったか不幸だったのかは分からない。

 

 

なぜなら、派遣された2隻の護衛艦が乗組員を乗せたまま神隠しにあったかのように、痕跡一つ残さず完全にその消息を絶ったとの報道を、国民は2週間後に聞かされることになるのだから。

 

 

戦後の日本では類を見ない、この国家を揺るがす大事件は連日連夜繰り返し報道されたが、紛糾する多くの意見は未だ当事者のものではなく、世論は「責任」の所在についてを追求。

 

この国では珍しく、国防を真面目に考えていた内閣は窮地に立たされていた。

先の大戦から半世紀以上もきな臭いものから目を逸らされ、遠ざけられて育てられた国民が危機意識を芽生えさせるに十分な時間も与えられずに放り込まれた今、それも仕方がなかったのかもしれない。

 

事が自衛隊の有り様にまで及ぶかと思われたとき、この怪事件が世界中で大規模に、範囲と被害を爆発的に広げながら大海を覆っていることを知る。それが遠くない明日、海洋国家日本の未来を潰えさせる危機であるのだと、大衆の中でなけなしの知性を持った不幸な者だけが理解し、幸せにも考えることをしなかった多くの国民は、見知った誰かの不幸やスーパーの食品の値上がり、潤沢にあった商業施設の棚から商品の数が少なくなった不便を強いられるまでは、実感させられることのないまま日常を続けることになる。

 

 

最初の報道から1ヶ月。

なんのことはない。結局事件は一番荒唐無稽で、一番有り得るはずのなかったオカルトなのだと、無理やり人類に分からせるに至る。

 

出会いたくなかった未知の生物との邂逅。

それは、効果的な手段も方法もないまま緩やかに衰退していく、長い絶望の時間をようやく刻み始めた人類が反抗の術を手に入れる半年前の出来事だった。




紛争とか言ってないで戦争と言っちゃえばいい。
援助やサポートなんて売春で、万引きは窃盗だよ。

いいかげん水際防衛にも無理があろう。
後ろは国土なんだから、それってカタチを変えただけの背水の陣だぞ(^◇^;)


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