カミナガレ (桜鬼 歌夜)
しおりを挟む

~神熊編~
第一話 一の選択


ひっそりと更新していきます。
投稿するのは初めてだし、分からないことはたくさんありますが、暇潰しにでも読んでくだされば幸いです。




自分が生きているうちは、何も起こらないで、ただ普通の生活をしていくんだと思ってた。

 

だけど、“普通”っていうのはわりと簡単に、突然に“異常”になってしまうってことを、知った。

 

「どこだよ…ここ…」

 

目の前に広がる不思議な光景は、果たして夢なのか現実なのか──……。

 

 

 

 

 

 

 

「おーい、じーちゃーん」

「おうおう、よう来たなぁ照彰」

 

高校二年生の夏休み。桃瀬照彰(ももせてるあき)は田舎の祖父の家にやって来た。

 

夏休みだから家族旅行や友人達と海に行ったりと予定があったのだが、両親は仕事で休みがとれそうになく、友人達も都合が悪くなってしまった。

そんな時、田舎に住む祖父から遊びに来いと連絡が来て、両親の勧めもあって夏休み初日から大きな荷物を持って泊まりに来た。

 

高校生になってからはなかなか来る機会がなく、最後に来たのは確か中学校二年生だったか。

その時から長い年月が経った訳ではないが、懐かしく感じる。

 

祖母は照彰が五歳の頃に病で亡くなり、祖父は一人で住むには大きい家にずっといる。

一緒に住むことを照彰の両親は勧めたが、祖父は思い出の土地を離れることを嫌がった。

強要することはできなかった為、今でも一人で祖父は暮らしている。特に困っていることもないようなので、照彰は母に「元気みたい」とメールを送った。

 

「ほれ、ここにいる間はこの部屋を使うといい」

「おー、サンキューな!」

 

祖父に案内されたのは中庭に面した客間。

あまり使われていなかった故に埃が溜まっているが、掃除すれば問題ない。照彰は室内用のほうきを借りて部屋を掃除した。

 

「あ、じいちゃん。今夜は俺がメシ作ってやるからな」

「ほーそうか。少しは上達したか」

「任せとけって!」

 

掃除を終え、居間でお茶を飲んで一息つく。

 

照彰は、す…と祖父の顔を見た。

 

白髪の増えた頭に、僅かに曲がった腰。

畑仕事をしていたのか、作業着は土でところどころ汚れている。

世話になるからには家事はしっかりするか、と意気込みを入れる。

 

「どうだ。学校は楽しいか」

「ん?ああ、まぁ、毎日バカやって騒いでるよ。テストはちょ~っと良くないけど」

「ははは。かまわんよ。勉強なんて好きな時に好きなだけやれば良い」 

 

ずずずと祖父がお茶を啜る。

 

「そういえば…」

 

祖父が湯飲みをコトリ、と机に置く。照彰は顔を上げて祖父に顔を向けた。

 

「三日くらい前にな、近くの森で何やら失踪があったようでな」

「え…!?」

「今も見つかっておらんから、その森は立ち入り禁止だ。お前も行くんじゃないぞ」

「あ、ああ…」

 

そう言って、祖父はまたお茶を啜った。

 

お茶を飲んだ後、ゆっくりすると良いと言う祖父の言葉に甘えて、照彰は部屋に戻った。

パタン、と部屋の障子を閉めてゴロンと音を立てて畳に寝転がる。

 

天井を見つめ、照彰は先ほどの失踪の話を思い出していた。

この田舎で事件とは珍しい、というのが照彰の感想だが、こんなに狭い村で見つかってないとすればここにいる可能性は低いのではないだろうか。

 

「それとも“神隠し”か…?」

 

ポツリとこぼしたその言葉。

 

照彰は、そういう類いのものを信じている。妖怪や心霊なんてものは存在しないとよく言われているが、それでも照彰は必ずあると確信している。

 

何故確信しているのか。

 

照彰は別に見たことがあるわけではない。

だが、世界は広く、科学では証明できない事柄は溢れている。

それに、「妖怪」や「心霊」なんて言葉があるのは、存在しているからだというのが照彰の考えだ。

 

それに本を読んでいくうちに、照彰はその不思議な存在に魅了された。

恐ろしいと思うことはあっても、存在を否定はしないし、会ってみたいとも思う。

 

一度で良いから……。

 

 

 

だんだん瞼が重くなってきた。

照彰は閉じていく瞼に逆らうことなく、昼寝をした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ねぇ、“生きる”って、なんだと思う?』

 

『“死ぬ”とは、なんだと思う?』

 

え…?

 

 

 

『『どうして命有る者は“生きる”のだと思う?』』

 

 

 

それは──……

 

 

『分からない?』

『知らない?なら……』

 

 

 

『『どうしてお前は“生きて”いる?』』

 

 

そんなの…決まってる…────!

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほぉ?夢でそんなことを聞かれたのか」

「うーん…あんまりよく覚えてないけど」

 

その日の晩、照彰は昼寝の最中に見たという夢の話を祖父にしていた。

現在は夕飯の時刻で、食卓には照彰が作った夏野菜サラダと素麺、そして玉子焼きが置かれていた。

 

祖父は玉子焼きを一口パクリと食べて、照彰の話を聞いていた。

 

「それで?お前はなんと答えたんだ?」

「それがさー、覚えてねぇんだよな。なーんか力強く言ってた記憶はあるけど、何を言ったのか……全く思い出せねぇし、今考えてもなーんも思い付かない。だいたい、何であんな夢を見たのか…」

 

今までに色々な夢を見てきたが、ああやって自分に質問を投げ掛けてくる夢は初めて見た。

気になるので照彰は後でインターネットで調べてみることにした。

 

「ごちそうさまでした」

「照彰。食ったんなら、もう風呂入って今日は寝ろ。遠くから来て疲れとるだろ?」

「あーまぁ…じゃあそうするわ」

 

食器を片付け、照彰は祖父が沸かしてくれた風呂に入り、寝るまでの短い時間を部屋で過ごした。

楽なジャージ姿だ。

 

「えーと…夢、質問……と。なんか出るかねぇ」

 

部屋に敷いた布団の上で、照彰は夢について調べていた。

様々な検索結果が出たが、よく分からなかった。

あの夢が何を意味しているのか。

吉夢なのか凶夢なのかもよくは分からない。

 

「ふーむ…わっかんね!寝るか!!」

 

携帯を枕元に置き、ボフンと枕に頭を乗せる。

夏ということもあり少しむし暑いが、都会ほどではなかった。

鈴虫の奏でる音色が照彰をだんだん眠りに導いていく。

 

 

 

『“死”トワナンダ?』

 

 

「──……っ!!」

 

 

 

 

 

突然鈴虫の音色も、風の音も止んだ。

 

そして耳元には、腹に響くような低い声が聞こえた。壊れた機械のような声だった。

 

驚いた照彰は勢いよく飛び起き、布団もそこら辺に放り投げた。

 

周りを見渡すが真っ暗で何も見えない。

 

 

真っ暗…?

 

あれ…?俺は確か…電気を付けたままだったはず…。

 

 

突然の不可解な出来事に照彰の心臓の音が大きく響く。

確かに電気はついたままだった。

だが、照彰の前に今見えているものはただの闇一色。

地面も天井も分からず、地についているはずの足は浮いているような変な感じだ。

手を伸ばしてみても何かに触ることはない。

 

「なんだよ…ナンなんだよ…っ!!」

 

 

闇の中に叫んでも何の返事もない。

 

『“生きる”とはなんだ?』

 

 

しかし突然、頭の中に響いた声。

ただ先ほどとは何かが違うような気がする。

 

そして、照彰の前に転がってきた一つの小さな毬。

中に入っている鈴がチリンと可愛らしい音を奏でる。

それを拾おうと手を伸ばすと、前から現れた子供の手。

 

毬を拾った子供は、まるで人形のようだった。

白い肌、二つの黒い瞳。無造作に伸ばされ、あちこちに跳ねているが美しく鮮やかな“虹色”に輝きを放つ髪。

身に纏う服は白い着物で、不思議なことに描かれている紅い金魚が泳ぎまわっていた。

年齢は10歳頃に見える。

 

「な、なぁ…ここはいったい……」

 

照彰は目の前の子供に話しかけた。

子供は毬を両手に持った状態で、照彰の顔をその黒い瞳でじっと見つめる。

感情の読み取れない、無の表情。

それが照彰に“怖れ”を感じさせた。

 

『現の迷い子 何を求めて ここ通る?』

 

「は…?」

 

『行きは歩いて 帰りは足なく えみが消える』

 

「なんだ?……うた、か…?」

 

『泣きたくなければ 流にのれや うまく泳げ』

 

子供は毬をつきながら、リズムをとる。そして不思議な歌を照彰に聞かせる。機械のようなノイズが混じったような声で、子供はしばらく同じ歌詞を繰り返した。

ポンポンという毬の音が立て続けになり、照彰は徐々に不安になってきた。

一体何をしているのか。

歌の意味は何なのか。

考えるが全く意味が分からない。

 

すると、子供は毬をつくのをピタリと止めた。

電池が切れたかのような様子に、照彰は更に不安になる。

 

『汝 我に何を望む ここが分岐点 汝 選択の時』

 

 

「望む…?選択…?」

 

子供は照彰をひたすらに見つめる。

その鋭い眼差しに息が詰まるような感覚の中、照彰は困ったように目線をさ迷わせる。

 

 

「とりあえず…君は俺にどうして欲しいか聞いてるんだよな?君が一体何者なのか分かんねぇけど、人間…じゃあないよな?」

 

『汝 我に何を望む ここが分岐点 汝 選択の時』

 

同じ言葉を繰り返され、会話がままならない。

とりあえず照彰は今、自分が何をしたいか考える。

その結果、このよく分からない暗い所から出たい、というのが答えだ。

 

照彰は子供の目線に合わせる為にしゃがむ。

子供も、見上げていた照彰の顔が自分に合わさったので元の位置に顔を戻す。

 

「ここから出たい。どうすれば出られる?」

 

『汝 選択した 流にノリ サガセ』

 

照彰の質問に子供は一切答えを寄越さない。やはり意味不明な言葉を言うばかりだ。

流やらサガセやら訳が分からない。

 

「なぁ、だからどうやったら──…」

 

『汝 一の選択は終わった』

 

「は?」

 

チリン──……。

 

 

子供の落とした毬が暗い地面に落ちる。

すると、落ちた部分が水の波紋かのようにゆらゆらと揺れ始めた。

 

「おわっ!なんだよいったい!!おいっ!!」

 

揺れる地面のせいでバランスを保てず、照彰は地面に膝と両手をついた。しかし子供が立つ部分は全く揺れていない。

 

『汝 先へ行くがよい』

 

子供がそう言うと、今度は地面に照彰の体が沈み出した。

 

「えっ!?おい、ちょ、待てよ!!」

 

照彰は沈むのが恐ろしく、地面から出ようと必死に暴れるが、体は順調に沈んでいく。

 

 

『現の迷い子 何を探して 前進む

 

行きは沈んで 帰りはどうだ えみはあるか 

 

笑いたければ 流にのれや うまく泳げ』

 

 

子供はまた毬をつき始め、同じメロディだが今度は違う歌詞で歌う。

 

子供に手を伸ばすが、だんだん薄れていく意識にパタリと手は落ち、暗い闇の中に照彰は沈んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ここまで読んでいただきありがとうございました!
これからどんどん書くのが上手くなればいいなぁ、と思っています。

桃瀬照彰くんがこれからどうするのか、ていうか沈んだ後どうなったのか。それは次回を読んでいただくということで。

そして一話では三人の登場人物が出てきました。
一人は主人公の桃瀬照彰くん。彼の活躍をこれから見ていただきたいです!
もう一人は照彰の祖父。お名前は出てきませんでしたが桃瀬克冨さんです。75歳のまだまだ元気な孫大好きなおじいちゃん。怒ると怖いです。
そして最後に謎の子供。少年なのか少女なのかは名前とともにまだ不明ということで。この子が歌っていた歌ですが、もちろん私が作詞です。すっげぇ恥ずかしい。作詞も勉強したいものですね。

次回は予定では四人の登場人物が追加されます。
どんな人達でしょうね。

今回はここまでということで。
後書きまで読んでくださった方、ありがとうございました!!
次回もお会いしましょう。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二話 出会い

二話になります。
新キャラが続々と登場します。


暗くて深い水の底に沈んでいるような感覚。

 

息苦しくて、体が動かない。

 

意識があるのかさえも、よく分からない。

 

 

 

うっすらと瞳を開く。

 

 

──なんか…このままじゃヤベェかも…。

 

 

 

ここが何処かは分からないが、ずっと暗い水の中を沈み続けるのは自分に“死”をもたらすのではないか。

そう思い、重たい体を懸命に動かす。

まずは右手、次は左手を上に伸ばす。

両足で水を蹴り、上を目指す。

すると、暗いだけだった“上”は、太陽の光が射し込むかのように輝き出す。

それに届くようにと、限界まで手を伸ばす。

しかし体力に限界がきたのか、腕の力が抜けていく。

水を蹴っていた足も、疲れて動かない。

意識もだんだん遠退いて、光に届きそうになった体はまた水に沈んでいく。

 

 

ダメだ…もう…体が……

 

 

『ソウダ ソノママシズメ』

 

 

まただ…また声が…。

 

『いいえ…沈んではいけません』

 

え…?なんだ…?

 

『こちらです』

 

優しい声が照彰を呼ぶ。どうやら光の方からのようだ。

照彰はその声に導かれ、腕を伸ばした。

それでも、頭の中では『シズメ』と言う声が響く。

その声を聞いても、照彰は光の方を目指して手を伸ばす。

光に届きそうになると、頭に響く声はより一層大きく、強くなっていく。

 

『シズメ シズメ シズメ!!』

 

 

「うるさい!!そっちにはいかねぇっ!!」

 

 

 

 

いつまでも響く声に向けて叫び、光に手を届かせる。

すると、光の中にある透明な水晶玉のような石が見えた。

照彰は、ガシッと両手でその水晶玉を包み込む。

すると水晶玉を手に取った瞬間、それはまばゆい光を放ち照彰自身を覆い始める。

 

「うわっ!」

 

照彰は眩しい光に耐えられずに、目を閉じて腕で顔を隠した。

 

 

 

 

 

 

 

「…っ!…──い…!……──おい!!いい加減返事しやがれヘンテコ野郎!!」

 

「ぶへっ!」

 

光に耐えていたら、いきなり誰かに頬を思いっきり殴られた。しかも、よく分からないが相手はなぜか照彰を「ヘンテコ野郎」と馬鹿にしている。

 

「いってぇぇぇぇ!」

「やっと反応しやがったな。ったく、お前…なんなんだ?」

 

ひりひりと痛む頬を押さえながら、照彰は己の状態を確認する。

照彰は今、どこかの森にいるようだ。

 

「は?なんで俺は、こんなとこにいるんだ?確か部屋で寝てて…あれ?そっからなぜか変な場所で変な子供に会って…そしたら水みたいな所を沈んでて……ほんで今はこの森の中…しかもなんでか殴られてる…とんだ乱暴野郎だな」

「おい、乱暴野郎って俺のことか?」

「ああ~~~わけがわかんねぇ!!こんなことは初めてだわ!!」

「おい、無視か?おい」

 

側で誰かが照彰に話しかけているが、聞こえていないようで照彰は反応しない。

今の状況にひたすら混乱し、頭をわしゃわしゃとかきむしる。

何がどうなって今の状況になっているのか、もしかしたらこれは夢なのではないか。照彰の頭は混乱するばかりだ。

 

「おい!!また無視しやがって、また殴られてぇのか?」

「うわああ待てって!結構痛かったから!」

「だったらさっさと反応しやがれっつーの!」

 

胸ぐらを掴まれ、右の拳を振り上げた少年を照彰は慌てて止める。

少年はパッと照彰から手を放して、すぐ近くの木に背をもたれさせる。

 

「えっと…お前…誰?名前は?」

「お前みたいな“人間”に名を教えるわけないだろ。お前こそ何者だ?変な姿をしてるが“妖霊(ようれい)”ではないな?」

「ようれい?変な姿?それを言うならお前の方が……はっ!!」 

「ああ?」

 

照彰は、まさかここは自分がいた場所とは違う別世界なのではないかと思った。

自分の姿は照彰にとっては“普通だ”。普通の高校の紺色のジャージ。わりと綺麗に使っているからシワもない。

髪も校則で染めるのは禁止だし、外人でもないため髪も瞳の色も黒だ。

それに対して少年は照彰にとっては“異常”だった。

まず、着ている物は平安時代などでなければ見ないような和服だ。

白い単に白い狩衣、単と同じ白い小袴で、白ずくしの服装だ。

月のような銀色の髪は短髪かと思いきや後ろで一つに纏めており、瞳は照彰と同じ黒だ。

年は照彰より下くらいか、顔は整っているが幼さがあった。その姿は、今の日本では珍しい。

 

そして彼の台詞。

 

お前みたいな“人間”、それから妖霊、という言葉。

 

 

もしかしてこの目の前のヤツは人間じゃない?

それから“ようれい”ってのが何なのかは分かんねぇけど、人間じゃないモノのことだよな?多分……。

 

「なぁ……もしかして、お前は人間じゃなかったり……する?」

「─っ!?……へぇ…どうやら分かるんだな。そういうお前こそ、この世界とは違う世界の人間だろ?」

「あ、やっぱり?だと思ったんだよなぁ~」

「は?」

「いやぁ、だってさ、何となく分かるって。まさか本当にそんなことが起きるなんてこれっぽっちも思って無かったけど」

「……」

 

少年は、何かを探るかのような表情で照彰を見つめる。

あまりジロジロ見られるのは気分の良いものではないので居心地が悪くなるが、今はこの謎の人物に話を聞かなければならない。そうでなければ照彰は何をどうしたら良いのか分からない。

 

「なぁ……俺はこれからどうするべきなんだ?お前が俺のことを“別世界の人間”ってことが分かるなら、何か知ってるんじゃないのか?」

「……別に。お前と同じ奴を知ってるってだけだ」

「同じ奴?なら、俺みたいなのが他にもいるってことか?」

「まぁな。でも俺は何も知らないぜ?これからどうするかはお前が決めろ。俺に聞いたって答えは得られないぞ」

 

そう言うと彼は腕を組んでそっぽを向いた。

照彰は、彼にあまり良く思われてはいないらしいことを感じ取った。

 

それから、彼に聞いても知らないと本人は言うので照彰はまた困ってしまう。

知らない場所を一人で歩くのは不安だし、彼のように照彰を変な人間だと思われれば目立ってしまう。

照彰は目立つことは嫌いだ。

かといって、彼に助けて欲しいと言っても助けてくれるかは分からない。

どうするか思案していた時、目の前の彼は一つため息をついてこんなことを言った。

 

「お前、考えてるとこ悪いがそろそろ出ていって欲しいんだが」

「え?」

「ここは妖霊の住まう場所。人間が立ち入って良い場所じゃない。いつまでもここにいれば、やがて妖霊に食われるぞ」

「はぁ!?」

「実際、お前は寝ている間に食われかけていた。人間の血肉は妖霊にとって毒だ。だからお前を食わせない為に俺がここにいる」

「食われる?そのお前が言うようれいって、人間じゃない存在みたいな!?動物じゃなくて妖怪とか、幽霊とかみたいな!!」

 

何故か少し興奮したような雰囲気の照彰に、彼は若干引いている。

照彰は、「食われかけていた」と言われたのにあまり怖がっていない。むしろ、獣以外で人間を食う存在が本当にいるかもしれないということが分かることに興味をそそられる。

 

「…お前が言う妖怪とか幽霊とかは、お前の世界での言葉だろ?妖霊は人間とは違う存在。ま、お前の言う妖怪や幽霊とほぼ同じだろう」

「へぇ~…やっぱりいるんだな…!たとえここが俺のいた世界と違ってても、別世界にいるってこと自体がもう“不思議なこと”だよな!なぁ!!」

 

照彰は目をキラキラと輝かせて、まるで子供のように喜んだ。

 

「俺に同意を求めるな。なんだお前、急に雰囲気変えやがって。…キモチワリィ」

「あー、いいよいいよ。気持ち悪くて」

 

照彰はそう言われるのは慣れているので、右手をヒラヒラと振って何故かドヤ顔をする。

対して彼は疲れたような表情をしている。

 

「…お前、怖がらないんだな。普通はもっと驚いたりするもんじゃないのか?」

「普通はそうだろうけど、俺は違うんだなぁ。ずっと会ってみたかったんだよ。過去にいた歴史人物に直接会う、みたいな感覚かな~」

「……」

 

ニコニコ笑いながらそう語る照彰。

だが直ぐに、「あ」と声を出して、パッと彼の正面まで跳んだ。

それに驚いたのか、彼はびっくりした表情をしている。

 

「…なんだよ」

「俺、会いたいとは言ったけど、死にたくはないからさ。お前が助けてくれたって言うなら、ありがとな」

 

微笑みながら礼を言うと、彼は礼を言われたことが意外だったのか、更に驚いた表情をする。

 

「……別に。もう良いからさっさとここから出ろ。俺も長い間ずっといられるわけじゃないんだ」

「…?」

 

そう言うと彼は顔を伏せて、何やら悲しそうな表情をした。

しかし直ぐに顔を上げ、照彰の後方を指差した。

 

「良いか?ここを真っ直ぐに行けば森から出られる。森を出るまでの間は、色んな奴に“声をかけられる”かもしれないが、絶対に反応するな。無視しろ」

「ん?お、おう…?え?なんか怖い…」

「分かったらとっとと行け」

「いてっ!なんだよもう…って、あれ…?」

 

彼の話についていく前に、背中を強く蹴られて前へ転ぶ。 

抗議するため後ろを振り返るが、そこにはもう誰もいなかった。

 

「どこ行ったんだ?」

 

キョロキョロ見渡すが、どこにも彼の姿は見えない。

照彰は探すのを早々に諦め、彼が指差した方向を真っ直ぐに進み始める。

歩いているうちに、確かにナニかが照彰に話しかけてきた。

 

『ねぇ──』

 

『こっちだよぉぉ』

 

『おいで…おいで』

 

子供だったり、老人だったりと様々な声が照彰を呼ぶ。

照彰は言われた通りに反応せずに、耳を塞いで無視した。

サクサクと草を踏み、木々を通り抜ける。

やがて聞こえていた声は止み、代わりに賑やかな声が照彰の耳に届く。

森を抜けると、そこには本や教科書、テレビなどでしか見ないような光景が広がっていた。

 

「なんだ…?ここは…」

 

照彰が森を出て立っている所は、まるで江戸時代の町並みかのような場所で、周りの人間は全員が着物姿。

ちらほらと見える店は茶屋、髪飾りを売る店、薬屋だったりと色々ある。

行き交う人々は、やはり照彰を見て不思議そうだったり、何故か嫌そうだったりという様々な反応を見せた。

だが誰も話しかけてこないし、すぐに見えないものかのようにして通り過ぎていく。

 

「はぁ…やっぱり不安…」

 

森を抜けたは良いが、結局どうしたら良いかは分からないまま。

しかも森を出たからと振り向けばそこに森は無かく、あるのはただの道だけ。

不思議に思ってもと来た道を戻ろうとしても、路地裏のように家と家の間の細い道で、奥は行き止まり。

森なんてどこにもなかった。

 

「は~、ほんとに不思議だなぁ…」

 

奥の壁を両手でベタベタと触る。

どう見てもそれはただの壁で、何のからくりも見当たらない。

 

「お前が新たに来た“現人(うつしびと)”か?」

「おや、今度の現人は若いですね。私達と同い年くらいに見えます」

 

壁を触っていると、突然後ろから声をかけられた。

振り返るとそこには、灰色の袴に黒地に金色で風車の刺繍が入った羽織り姿の背の高い美形な顔立ちの青年。髪は黒い短髪で、瞳は海のように青い。腰には何やら刀のような物を持っている。

そして隣にいるのは、いわゆる巫女服姿の少女。腰まであるこげ茶色の髪を先端で緩く結い、緑色の瞳を細めて微笑んでいる。こちらは可愛らしい顔をしている。

 

「……だれ?」

 

困ったような表情で首を傾げる。青年が言った「現人」というのも気になる。

 

「俺は(たまき)

「私は如月(きさらぎ)です。ある方に指示されて、貴方を迎えに来ました」

「えーと、俺は桃瀬照彰……ある方?」

「ある方とは私の師匠であり、この“神流(かんな)”一の巫女です」

「神流?」

 

如月の口からまた気になる単語が出てくる。

 

「そいつはお前と同じ現人だ。つっても、神流も現人も知らねぇだろう。それについても話をするから、とりあえず俺らについてこい」

「は、はぁ…」

 

くるりと方向を変えて二人が歩き出すので、照彰は訳が分からないがとりあえずついていくかとそろそろと足を踏み出す。

二人はスタスタと前を歩き、少し後ろを照彰はついていく。

周りの人々を見てみると、働く人間は忙しそうだが楽しそうで、会話をする者達は大きな声で笑い声を上げている。

それから、やはりいくら見回してみてもそこは照彰の知る現代の町並みではなかった。

時代劇でしか見ない風景に、少しテンションが上がってしまうが、帰るにはどうしたら良いのかという心配事が出てくる。

 

 

──まぁ、この二人についていけば、なんか分かるだろう。さっきの乱暴野郎と違って色々と教えてくれるみたいだし。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

緑の草の上を真っ白な足袋で進む。

その先にあるのは一つの屋敷。

そろそろと屋敷の入り口に近づき、扉を開こうと手を伸ばした瞬間、ガラッと扉が勢いよく開かれる。

驚いてビクッと肩を揺らして、怒った表情で怒鳴る。

 

「んだよ、驚いたじゃねぇか!」

「どこに行っていたんです。黙って出掛けるなとあれほど言ったでしょう」

 

中から出てきたのは、黄色の帯に赤地に色とりどりの蝶がたくさん描かれた着物姿の美女だった。紅い髪は団子にされ、両頬の横には二の腕辺りまでの髪が垂れ下がっている。

 

「人間が紛れ込んでいたから追い払っただけだ。その人間を食おうとしてる奴もいたから、毒をその身に取り込む前に止めてやったんだよ」

「それは良いことです。が、一言だけで良いので何か言いなさい。良いですか?鈴流(すずる)

「へいへい」

 

鈴流と呼ばれた少年は、適当に返事をして屋敷の中に入る。

 

「で、麗雅(れいが)。あいつは寝てんのか?」

「ええ。寝てるから起こさないように」

「別に起こそうなんてしねぇよ。…けど」

「なんです?」

「悠長に寝てられるのも今のうちかもな。……何か大きな事が起きそうな気がするからな」

 

縁側に座り、鈴流は暗い空を見上げた。

麗雅は考え込むような仕草を見せ、鈴流の隣に静かに正座する。

夜の冷たい風が庭の草花を揺らし、何かを感じ取ったかのように烏たちが木々から飛び去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




二話を読んでいただきありがとうございました!

今回新たに増えたキャラは照彰を殴った乱暴野郎こと鈴流くん。そしてイケメンな環くんと可愛い如月ちゃん。最後に出てきた美女は麗雅さん。
彼らについては次回も出てくる予定です。どんな者達なのか、如月ちゃんの言う“あの方”とは誰なのか。神流や現人とは何か。それも次回を読んでいただくということで。

ここで少し初期設定の話をしましょう。
主人公の照彰くんですが、彼は最初の設定として穏和でビビりという設定でした。しかし妖怪や幽霊が大好きで会ってみたいという願いがあるのにビビりだとキャラを動かしにくい、ということでビビりではなくなりました。口調も予定では穏やかな感じでした。

だから何という感じですが、キャラの話を私はめちゃめちゃしたいタイプです。なのでたまにこういう話しが入ってきますので、お付き合いくだされば嬉しいです。

後書きまで読んでくださりありがとうございました!
次回もお会いしましょう!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三話 保月神社の巫女

三話になります!

今回は説明が多いです。


「はあ~~~また不思議なことが起きた……」

 

現在、照彰はポツンと突っ立っている。 

どこにかと言うと、大きく立派な神社の前だ。古いというわけではないが、歴史ある建物と思われる。

後ろには石でできた長い階段があるが、照彰はその階段を登った記憶がない。 

一番下が見えないくらい長い階段を登ったのだとしたら、照彰は疲れて立っていられないだろう。

しかし、照彰は全く疲れていない。汗一つかいていないし、息も上がっていない。   

 

ではどこから…?

 

「えーと…確かあの二人についていって…そしたらなんか変な…夜道を歩いてて空にはすげぇ綺麗な星があって…しかもたまに流れ星も……あれ…?」

 

そう。照彰は、ただ前を歩く環と如月についていっただけだ。

ついていっただけだが、賑やかな町を歩いていたはずが、いつの間にか町も人も見当たらないただの道を歩いていた。

明るかったはずの空も、気づけば星が浮かぶ夜空に変わっていた。

あまりにも綺麗だったので上を向いて進んでいると、壁や障害物に当たったりしたが、たまに流れ星を見ることができた。

 

「ここは流星(るせい)様が作った結界の道です」

「へぇ~結界…本当にそんなのも存在するのか。……ところで流星様って?」

 

前を歩いていた如月が、照彰の近くまで来てそう教える。結界、という単語は知っているし、どんな物かも大体分かっている照彰は、それを作った「流星」という人物が気になる。

 

「流星様は、私が“あの方”と呼んだとても素敵な方です」

 

如月がニコニコと微笑みながらその流星という人物のことを語る。

どうやら如月は、その流星という人物を尊敬しているようだ。

 

そういえば、この如月って人が“師匠”って言ってたな…巫女とも言ってたし、いわゆる妖怪退治とかするのかも…。

 

「もうつくぞ」

「うぇ?どこに?」

保月(ほうづき)神社です。そこで流星様が待ってます」

「保月神社…」

 

すると、前の方から濃い霧が現れ、それは徐々に三人を包んでいく。

 

「うわっ!なんも見えねぇ」

 

霧は完全に三人を包みこみ、お互いがどこにいるのかさえも分からない。

前も後ろも判別がつかず、照彰はそこでじっと動けなくなる。

環と如月がどこにいるのか分かれば少しは安心できるのだが、残念なことに二人は全く喋りもしないので見つけることができない。

そうこうしているうちに霧は薄れていき、気がつくと目の前には神社が立っていた。

環と如月の姿を探すが、どこにもいない。仕方なくくるくる回って辺りを見てみたり、じーっと神社を見つめたりする。

正直つまらないので誰か来て欲しいところだが、大きな声で呼び掛けるのは神社という場所では良くないのではないかと思ってしない。

 

ふー、と息を吐くと今度はその場にしゃがんで足下の砂利を一つ拾っては少し遠くへ投げ、また拾っては投げを繰り返す。

 

「なんなんだお前はっ」

「あ、やっと来た」

 

その様子を見ていた環が、何やってんだという風な表情で後ろから出てきた。

照彰はすくっと立ち上がると、環の前へ行き腰に手を当てて彼の顔を見上げる。

 

「誰も来ないかと思っただろ!一人でおいてけぼりをくらう俺の身にもなれよ!」

「知るかっ!だからってあんな意味分からんことをするなっ!!しかも無表情で!なんか怖いわっ!!」

 

騒がしく言い合いを始める二人。

その大きな声に、神社の中から巫女服を纏う女性達が何だ何だと見つめている。

 

「環、静かにしてください。知らない人だからといっていじめるのはよくありませんよ」

「別にいじめたわけじゃ……」

「え、おいてったのわざと?」

 

そこへ如月が現れ、二人の言い合いを治める。

 

「すみません照彰殿。環は極度の人見知りなので、あまり気にしないでください」

「はぁ……」

「俺は人見知りじゃねぇっ!」

「さ、こちらへどうぞ」

「聞けよ!」

 

如月がペコリと頭を下げた。環が違うと怒っているが、完全に無視して照彰を神社の中へと招き入れる。

神社の中は隅々まで掃除され、埃一つ落ちていない。

歩く度に木の板の音が鳴り、この長い廊下を一気に走ってみたいという衝動にかられた。

 

 

神社の中に入るのって、初めてだ…。

 

 

照彰は物珍しそうにワクワクした目で中を観察する。環が「何がそんなに珍しいんだか」と鼻で笑っているが、「お前には分かんねぇよ!べーっ」と舌を出してやった。それにイラッときた環は「てめぇぇっ!」と照彰の頭を鷲掴む。

その様子に、如月はやれやれと頭を左右に振る。

 

そうこうしているうちに、三人は広い和室にやって来た。

中に入ると、奥の方にある御簾が目に入る。その近くにはこの神社の巫女であろう女性達が四人控えていた。

この部屋では静かにした方が良いと雰囲気で察した照彰は、環に突っかかることをやめて環も怒りの表情を抑えた。

  

「流星様、お待たせしました。桃瀬照彰殿です」

 

如月が御簾の前に行き、ゆっくりと頭を下げる。 

どうやら御簾の奥に流星という人物がいるらしい。

 

「…桃瀬照彰です……えーと…」

「初めまして、照彰くん。私はこの保月神社の主、流星といいます」

 

挨拶と共に御簾がゆっくりと上げられ、中から姿を現したのは、如月や他の巫女とは違った少し豪華な印象を与える巫女服の女性。

量の多い夜空のような深い青色の髪は、高い位置で結い上げられている。今は座っているが、立てっていても地面に髪がついてしまうのではないかと思えるほど長い。

瞳は髪と同じ深い青色で、静かで大人っぽいという印象だ。

座っている姿は気品に溢れ、歳は二十歳くらいに見える。

 

「色々とびっくりしたでしょう?私も最初に来た時は本当に夢かと思っちゃって。もう“五十年以上前”のことだけど」

 

流星は袖で口許を隠し、クスクスと笑った。照彰は正直怖そうな人物を想像していたので安心したが、彼女の台詞が照彰の頭にはてなマークを浮かばせた。

 

「五十年以上前…?え…?どう見てもそうには……いやていうか!最初に来た時は…?もしかして貴女は…」

「ええ。私も貴方と同じ世界から来たのです」

「エエエエエエエエーーーー!!!!???」

 

照彰は驚きのあまり腰を抜かした。

さっき森で会った不思議な少年の台詞から、他にも照彰のような人間がいるということは予想できたが、まさか実際に会えるとは思っていなかった。

 

「おいお前、うるさいぞ。頭に響いてかなわん。もう少し静かにしろ」

「いやだってさぁぁ!!」

 

大声を出してしまった照彰を環が睨む。

 

「ふふ、仕方ありませんよ。環、あまりそう責めないであげてください」

「けっ!」

 

流星は環にそう言うと、照彰の近くまで歩み寄ってくる。

いつまでも腰が抜けて座り込んでいる照彰の前に流星はそっと座った。

 

「一つずつ説明していきますね。先ず、この世界は“神流(かんな)”と呼ばれる世界で、私達のいた世界とは別の世界」

「神流……」

「そして、私達がいた世界をここでは“現世(うつしよ)”と呼んでいます。そこから来た私達は“現人(うつしびと)”と呼ばれる存在です」

「へぇ~…」

「私がここに来たのは五十年以上前…しかし私は歳をとっていません。それは何故でしょう?」

「え…?えーと…」

 

流星の問いに照彰は腕を組んで考える。そして「あ」と声を出して、流星に顔を向ける。

 

「もしかして…その現人…だから…?」

 

自信の無さそうなその答えに、流星はニコリと微笑んで頷いた。

 

「そうです。神流と現世では時間のナガレが違います。現人である私達に、この世界での時間は適用されないのです。私が来たのは約五十年前ですが…おそらく現世では一週間も経っていないのではないでしょうか?」

「あ…そういえば、三日前くらいに俺のじいちゃん家の近くの森で行方不明者が…」

「ああ。それ、私です」

「えー……」

 

話しを聞いて祖父から聞いた行方不明の話を思い出した照彰は、もしやと思いそのことを言う。

すると、流星はピースした手を右目に当てて楽しそうに自分だと言った。

どうやら見た目に反して茶目っ気のある人物のようだ。

そこで照彰は、ん?とあることが気になる。

 

「あの…じゃあもしかして俺も行方不明扱いになる?」

「でしょうね。ちなみにあちらでは神隠し、こちらではカミナガレと言います」

「そんな情報いらない!俺すぐ帰ります!」

「あら」

 

照彰が慌てて立ち上がり、バタバタしながら出口を探す。しかし出口は閉じられ、そこには環と如月が立っている。環は腰の刀に手をかけ、如月は笑顔で矢を刺した弓を構えて「出さないぞ」という雰囲気を醸し出している。

照彰は額に汗を浮かべてこれをどう切り抜けようか必死に考える。

 

「こらこら二人とも。武器はいけませんよ」

「だがまだ話は終わっていない。むしろここからが本題だ」

「ええ。環の言う通りです」

「いやいやいや!俺にだって生活があるんだよ!たとえ時間の進みが違ってもじいちゃんに迷惑をかけるわけにはいかないし!」

「では、帰りたいですか?」

「もちろん帰りたいよ!!」

 

たとえ不思議な体験をしたいという気持ちがあっても、人生に支障の出るような面倒事は勘弁してほしい。

それを我が儘だとは思っているが、嫌なものは嫌なのだ。

 

「……分かりました」 

「流星様!?」

「おいっ!話が違うぞ!!」

「強制させたくはありません。彼の言う通り彼にも人生があります。それに、危険に巻き込むことになるので」

 

三人が何やら深刻な表情を浮かべる。

何故か悪いことをしたような気分になり、照彰は話を聞くだけでも良いのではないか、と思ってしまう。

 

「あのさ、話を聞くだけなら…聞いてやっても良いけど…」

「…良いのですか?」

「……まぁ、後で聞かずに後悔してしまうよりは、良いかなって…」

「……」

 

我ながらに甘いな、なんて思いながら照彰は話を聞くために座っていた場所に戻る。

照彰が座ったのを確認した流星は小さく微笑んで、再び話を始める。

 

「照彰くんは、妖怪や幽霊を信じますか?」

「はいめっちゃ」

「即答ですね。それなら話しは早いですね。実はこの世界にもそれに似た存在がいます」

「ああ、妖霊っていうやつだろ?」

「──!?知っているのですか!?」

「えっ、あ、はい…ここに来て森でその話を…」

 

妖霊というものを知っていることにそんなに驚かれるとは思わなかった照彰は、何故知っているのかを簡単に説明した。

森で会った少年のことや、その少年に食われそうになったところを救われたらしいこと、その少年に妖霊という存在がいると聞いたこと。

 

その話をしているうちに、環や如月が何やら警戒するような表情を見せ、照彰は不安になった。

 

「なるほど…そんなことが…」

「あの~…」

「貴方が会った少年ですが、彼は妖霊です」

「まぁ、だろうな」

「それもかなり強力な」

「へぇ~」

 

そうは見えなかったけどな、と思いつい口に出してしまう。流星はそれに「色々な妖霊がいますから」と微笑んで話を続ける。

 

「妖霊には幾つか種類があります。そこは現世と大差はありません。鬼や河童に人魚と様々です。彼が何の妖霊かは不明ですが、ただの妖霊でないことは確かです」

「ふーん…」

「…既に会ってしまったのなら言いますが、はっきり言って彼は敵です」

「──っ!」

 

流星の声音が急に冷たいものになり、照彰は息を呑んだ。照彰を見つめる視線も鋭く刺すようで、そこに現れているのは明確な敵意だ。

 

「しかし、厄介なのは彼だけではありません」

「え…」

夜楽(やらく)っていう黒鬼で、そいつが現在の妖霊の頭だ」

 

環が流星に代わって説明した。

その説明に、照彰は首を傾げた。「鬼」は知っているが「黒鬼」というものは聞いたことがないからだ。

もしかすると赤鬼や青鬼のような種類なのだろうか。

 

「この神流では鬼にも色々いるのです。その中でも黒鬼は上位に位置します」

「そうなんだ…」

 

流星が照彰の様子から察して、黒鬼の説明をしてくれた。

どうやら黒鬼は強い部類になるらしい。

 

「妖霊側の夜楽、人間側の流星。二人を筆頭に人間と妖霊が対立してる」

「ほぅ…」

「その夜楽も、お前や流星と同じく現人だ」

「ふんふん……ってえええええっ!!??」

「うるせえ叫ぶなっ!!」

 

照彰が叫び、環が拳骨を食らわせた。

痛む頭を両手で押さえる。かなり痛かったのか涙が出ている。

 

「って~~~……んで?何でその夜楽って人が妖霊側に…?ていうかさっき黒鬼っていう妖霊だって言ったよな?現人なら人間なんじゃねぇのか?」

「もちろん、彼も人間です。いや、“だった”が正しいですね。いったいどうやったのか…今彼は黒鬼として生きているのです。ちなみに私よりも神流にいる時間は長いですよ」

「うぉ~~…まじかぁ」

 

急に色々な情報が入ってきて照彰は頭が痛くなった。

人間だったのに敵対しているという妖霊側の夜楽という人物。

色々と状況は複雑なようだ。

 

「とりあえず今日のところはここまでにしておきましょう」

「今日のところは?」

「だって話は聞いてくださるんでしょう?なら最後まで聞いていただいて終わったら帰る、ということで」

「うわ、聞かなきゃ良かった」

 

話を聞いてしまったことを後悔した照彰は、床に両手をついて「やられた…」とこぼす。対して流星はニコッと微笑む。

 

「今日はここに泊まってください。部屋と食事は用意するので」

「あ、ども…」

 

流星が如月に照彰の部屋と食事の用意を指示する。如月は「はい」と返事をして部屋を出ていく。

環はチラリと照彰を見てから、何も言わずに去っていった。

 

 

 

この時、照彰は予想していなかった。

 

これから照彰を巻き込んでいく騒動のことを──。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「へぇーそうなのか?」

「うむ。東の方でそのような噂が流れておる」

 

森の中の屋敷で縁側に腰掛けて緑色の鳥、風璃(ふうり)と話す鈴流。風璃は鈴流の隣で羽を休めながら話している。

 

「しっかし、なんでまたそんな噂が?」

「分からんが、どうやらそちらで何やら騒ぎがあったらしい」

「ふぅーん…騒ぎねぇ…」

 

何の話をしているのか不明だが、様子からしてあまり良い内容ではないらしい。

するとそこへ、鈴流の背後の障子を開けて麗雅がやって来た。

 

「鈴流。夜楽がどこに行ったか知っていますか?」

「あ?知るわけないだろ、あんなヤツ」

「おらんのか?」

「ええ。…まったく、どうして一言かけるということをしないのでしょう。風璃は、何も聞いていないのですね?」

「ああ」

 

麗雅が呆れたようにため息をつき、もう一度屋敷内をくまなく探すと言って姿を消す。

 

「……まさかあいつ…」

「何か心当たりでも?」

 

風璃の言う通り、鈴流には心当たりがあった。そしておそらくそれは当たりだろう。

鈴流はふんっと鼻で笑ってこう言った。

 

「どうせいつもの“あれ”だろ。今日また現人が来たからな」

「なんと…!なるほど…ならばあそこに行ったのか」

 

鈴流の言う“あれ”が通じた風璃が羽をバサッと広げた。

 

「あんな所に近づくなんて…あいつも飽きねぇよな。なんでそこまでして…」

「ヤツにもヤツなりの目的があるのだ」

「……」

 

鈴流が何か言いたげな表情をし、風璃がそんな鈴流の肩に飛んでとまった。

風璃の水色の目は、鈴流を心配しているかのようだった。

サアァと、静かに風の音がなって鈴流の銀の髪と風璃の羽毛がふわふわと宙に浮かぶ。

風の音に掻き消されて、二人の頭上を何かが物凄い勢いで飛んだのには誰も気づかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




三話をお読みいただきありがとうございました!

今回も新キャラが登場!この調子でどんどん出てまいります。
今回登場した保月神社の巫女、流星さん。りゅうせいではないんです。るせいなんです。彼女も照彰くんと同じ現世から来た現人です。
そして鳥の風璃。実はこの風璃というキャラは全く設定がなく、出る予定ではなかったキャラクター。見た目はキレイなオウムを想像してくだされば良いと思います。

この回で色々と分かったことがありますが、まだまだ始まったばかりです。
次回も新キャラが出ます。お楽しみに!!

それでは次回もお会いしましょう。








目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第四話 もう一人の現人

四話!

保月神社に泊まることになった照彰。
食事をすませてゆっくりしていると、外から彼を呼ぶ声が。
その先にいたのは──?


「ふあ~食った食った。美味しかったぜ!」

「ふふ、それは良かったです」

 

神社から少し離れた場所にある小屋で、照彰はもてなしを受けていた。

如月が運んできてくれた料理を食べ、照彰は満足そうに笑う。

如月も、料理を褒められて嬉しそうだ。

 

「では、今日はゆっくり休んでください」

「おう、ありがとな」

「いえ」

 

空になった茶碗たちを持って、如月は小屋を出ていった。

静かになった小屋の中で、照彰は昼間の話を思い出す。

この世界には妖霊という妖怪と似たような存在がいて、その妖霊と人間が対立している。ここまではまぁ分かる。

だが妖霊側の頭と言われていた夜楽という人物は、照彰や流星と同じ現人。だが、彼は黒鬼という妖霊として生きているという。

何故人間だったはずの夜楽は妖霊として流星と争っているのか。

人間と妖霊が仲良くできない理由はなんとなく分かる。今日、森で照彰は妖霊に食われかけていた、と銀髪の少年に言われた。

やはり世界が違っていても、人でないモノたちは人間を餌としているのだろう。まるでお伽噺のようだが、それがここでは現実なのだ。

人間は安全を、妖霊は餌を欲しているのだと照彰は考えた。

どちらも生きるためには必要だろう。

 

「…なんとかうまくやれないのかねぇ」

 

照彰はポツリと呟くと、ゴロンと如月が敷いてくれていた布団に寝転んだ。

真っ白な布団はフカフカで心地が良い。

天井を見つめながら、照彰は祖父の顔を思い出した。小屋の中が、祖父の家と重なってしまう。

祖父の顔が脳裏にちらつき、早く帰らなければという考えから少し焦り、不安になってしまう。

 

『…──帰りたいかい?』

「え…」

 

外から聞こえる声に、照彰は反応して起き上がる。

 

『帰りたいなら、外に出ておいで』

 

照彰を誘う声は静かだが、はっきりと耳に入ってくる。照彰は不審に思いながらも、「帰りたい」という気持ちに嘘がつけなかった。

まるで糸をつけられた人形かのように、フラフラと出口に近づいていく。

戸に手をかけると、横に引いて開ける。

 

『ほら、こっちだ』

 

声は近くの森の方からで、神社から出てしまう。だが、照彰はそんなのお構い無しで声の方にどんどん吸い寄せられる。

神社の石造りの塀を抜けると、照彰の意識がハッと戻る。

 

「やぁ、よく来たね」

「お前は…」

 

目の前で笑みを浮かべて、木の枝に腰かける青年。

漆黒のような黒に紫色がところどころ混じった肩まである長さの揃った髪。燃えるような紅蓮の瞳は視線だけで見る者を震えあがらせそうだ。

服装は現世で照彰が見たことのある黒のタンクトップにズボン、その上に紺色の羽織りを着て腰のところを金の帯で絞めている。。

 

「初めましてだね。僕は夜楽……君と同じ現人だ」

「…っ!?」

 

その名を聞いた途端、照彰の背筋が凍ったような気がした。

まさか妖霊側の頭である夜楽本人が、照彰の前に現れるとは思わなかった。

 

照彰の本能が、彼は危険だと言っている。

 

「そんなに緊張しなくても大丈夫さ。別に君を食おうとか、殺そうとか思ってないから」

 

夜楽は、緊張している照彰の空気を感じ取ったのか苦笑しながらそう言った。

どこまで相手を信じられるか分からないが、それを聞いた照彰は少し緊張が解けた。

彼から目を離さないように真っ直ぐ視線を向ける。夜楽は薄い笑みを浮かべており、全く感情が読み取れない。

 

「はぁ…まだ会って一分も経ってないのに随分と怖がられてるな。まぁ良い。…僕はただ君が現世に帰りたいと思っているだろうと思って来ただけだよ」

「え…!?」

 

夜楽の意外な発言に、照彰は驚いた。

帰る方法を彼は知っているということだろうか。

 

「帰り方を知ってるのか!?」

「当たり前だろ?逆に君は知らないのかい?」

 

知っていて当然、とでも言うかのような態度だ。照彰は知らない方がおかしいのだろうかと思ったが、ここには来たばかりだ。きっと知らないのが普通だろう。

夜楽は、左右に首を振った照彰を見て目を細めた。

 

「やっぱり流星は教えなかったのか。本当に性格が悪い奴だねぇ」

「え?」

「現人はね、いつでもどこでも現世への扉を開くことができるんだよ」

「……ほ?」

 

夜楽の言うことがいまいち理解できなかった照彰は、目を点にして首を傾げた。

夜楽が言うことを簡単にすれば、いつでも現世に帰れるということになる。

 

「まぁでも、自分が開けた扉には入れないっていう謎の決まりがあるから、別の現人に開けてもらわないといけないんだけどね」

「そうなのか…?」

「うん。それで、どうするんだい?帰るなら僕が扉を開けてあげよう。そうすれば、流星の話を聞き終えるより早く帰れるよ」 

「……」

 

夜楽の話を受けて、照彰はできれば帰りたいが、相手は元人間だが妖霊で、彼のことをよく知らない照彰は簡単に彼を信じて大丈夫かと不安になる。

妖怪の存在を信じているし、興味を惹かれるが、彼らは人ではない。

照彰は、頭のどこかでは彼らは人間の“味方”ではないと思っている。流星が言うように、敵なのだと。

 

「……僕を信用できないのは、まぁ分かるよ。けどね…」

「うおっ!」

 

夜楽が木の枝から飛び降り、照彰の目の前に立つ。

 

「君は流星のことも信用できるのかい?」

「は…?」

「同じ人間で現人…神社で保護され、もてなされる…それだけで君は彼女を信用する?優しくされたら簡単に信じてしまうのかい?それって…本当に大丈夫って言える?昔言われなかった?知らない人にはついていくなって」

「それは…」

 

照彰は顔を伏せて目を泳がせる。

そう言われては何を信じて良いのか分からなくなる。

初めてこの場所に来て、何も分からないまま流星のもとに行き、話を聞いた。目の前の夜楽に同じことをされたら、照彰はもしかしたら彼を信用していたかもしれない。現世だったらこのようなことは絶対にない。

どちらが正しいのか。この世界でのことをよく知らない照彰に分かるわけがない。

 

「君がこの神流に残るかは君次第だ。だけどその場合、流星につくか僕につくか……よく考えるんだね」

「どっちにつくかって…そんなの…」

 

照彰にとって、この世界で起こっている事は関係ないことだ。

しかし、ここに残る選択をすれば、現人として照彰はどちらかにつかなければならなくなるだろう。

その選択は、どちらを味方にし、どちらを敵にするか。

彼らのことを何も知らない状態で、照彰は簡単に結論を出せない。

流星のことも、夜楽が言うように簡単に信じても良いのか。

 

「…俺は…帰るべき……だよな」

 

ポツリと呟いた言葉は、夜楽に届いた。

 

「べきかどうかは自分が決めな。ただ、ここに残り流星と手を組むなら僕はここで君を殺すかもね」

「…それって脅しだよな?」

「そうとってくれてかまわないよ」

「…お前って、嫌な奴だな」

「誉め言葉としてとっておこう」

 

それを聞き、照彰は「帰る」という選択が一番だと考える。

照彰だって死にたいわけではないし、今のここの現状も分かっていない。

争うなら勝手にやれば良い。巻き込まれたくない。俺は関係ない。

そんな考えばかりが頭に浮かんで、照彰はほんの少しだけ自分が嫌になる。

だけど、「帰りたい」という思いはあるが、何故か照彰はそう口に出すことができない。

照彰の中の何かが邪魔をしているのだ。

残りたいと思っている訳じゃない。むしろ帰りたい。 

だが、帰ってはいけない。帰ったらきっと、後で後悔する。

そんな二つの思いが、照彰の選択の邪魔をしている。

そんな照彰を見た夜楽は、うんざりしたようにため息を溢した。

 

「優柔不断な奴は嫌いだな…良いかい?流星が君に手伝わせようとしているのは人間と妖霊の“戦争”だ。僕もそれを君にさせようとしてるけど、現人は何故か全員が強い霊力を持っている。だから流星も俺も強い存在としてここにいる。だから君も同じだ。どちらにつくかによって勝敗が決まってくる。今は人間と妖霊で一人ずつだからね。君が妖霊側につくなら構わないけど、人間側につくと言うならここから追い出す」

「…──何で、そんなことを?」

 

怒ったようにそう説明する夜楽に、照彰は恐る恐る尋ねた。何か大きな理由があってのことと思ったからだ。

すると、夜楽は一瞬嫌そうな顔をしたがこう答えた。

 

「僕は人間だったけど、人間が嫌いだ。己の欲の為に大切なものを奪っていく。妖霊も時に争うが、人間ほど醜くはない。だから僕は人間としての人生を止め、守りたいもののために妖霊を率いて人間と戦っている」

「……」

 

そう語る夜楽は、どこか遠くを見つめている。 

照彰はそんな夜楽をぼーっと眺める。それに気づいた夜楽がハッとしてごほん、と一つ咳払いをした。

 

「それで、どうするんだい?帰りたいなら、今しかないよ」

「……人間と、仲良くすれば良いんじゃないのか…?」

「は?」

「いや、だってさ、なんか方法を探して両方ともが納得してうまく生きられないのかって…」

「はっ!できるわけがない。互いに存在が邪魔でしかないからね」

 

夜楽は鼻で笑って照彰の提案を一蹴する。

照彰は落ち込んだように「やっぱり…そっか…」と諦めたように夜楽に背を向けて後ろを向く。

 

「何を悩んでるんだい?君はさっさと帰るか帰らないかを選べば良いだろ。この問題は君が残るならどうするかまた考えなよ。君が今ここで悩んだって無駄さ」

 

夜楽がそろそろ早く決めろとでも言うかのように照彰を急かす。まるで焦っているようだ。チラチラと神社の方を気にしている。

それに気づいた照彰が不思議に思って神社の方向に視線を持っていく。

 

するとその瞬間

 

「邪魔だどけぇぇっ!!」

「ぎゃああっ!!」

 

刀を構え、草むらの陰から飛び出してきた環が夜楽に斬りかかった。

照彰は悲鳴をあげながらそれを間一髪で避け、地面に尻餅をつく。

斬りかかられた夜楽は「おっと」と、ひらりと避けて頭上の木の上に立つ。

 

「まったく…君が早くしないからバレたじゃないか」

「おおお俺のせいかよ!てかてめぇあぶねぇだろうが!!」

「うるっせぇ!そいつの前に立ってたお前が悪い」

「んだとおおおお!?」

「喧しいねぇまったく」

 

緊張感のない言い合いが始まる。

しかしすぐに、どこからか大量の矢が夜楽に向けて放たれる。

それも難なく避ける夜楽だが、巻き添えを食らいそうになる照彰を、環が首根っこを掴んで安全な場所に避難する。

 

「ったく、避けねぇと死ぬぞ」

「はぁ!?あんなの避けられるわけないだろ!」

 

そう言っている間にも矢の攻撃はおさまらない。それを簡単に避けている夜楽を見て、照彰は「やべぇな」と溢す。

 

「彼の力はこんなものではありませんよ」 

 

照彰の背後から流星が現れる。流星がス、と右手をあげると矢の攻撃が止まる。

攻撃がおさまると、夜楽はストンとその場に足をついた。

 

「流星…」

「お久しぶりです、夜楽」

 

静かな空間に緊張した空気が流れる。

辺りはひやりと冷え、流星と夜楽は鋭い視線で睨み合う。どう見ても二人が良い仲でないのは明白だ。

 

「はぁ…バレたなら仕方ない。今日のところは帰るよ」

「逃がすわけないだろうっ!!」

「環!」

「っ!!」

 

環が帰ろうとする夜楽に飛びかかろうとするが、流星に声だけで止められ、その間に夜楽は突然現れた霧に包まれ見えなくなった。

 

「答えはまた会った時に聞くよ。それまでには決めておくんだね」

 

霧の中から聞こえてくる夜楽の声は徐々に小さくなっていき、やがて完全に聞こえなくなった。

途端に、周りの巫女達の緊張が解け雰囲気が柔らかくなった。皆が弓を下ろし、霧が晴れると夜楽が本当に帰ったのか森の中を確認する。

 

「流星!なんで止めた!」

「あそこで彼に攻撃しても、無駄なことは分かっているでしょう?」

「っ!でもっ…!あいつの仲間には!」

「環。今は我慢してください」

「……」

 

環は流星に止められたことを怒っているようだ。拳を握りしめて、歯を食いしばっている。

 

「なぁ…なんであいつあんなに怒ってんの?」

 

照彰は側に立っていた如月に尋ねる。すると如月は暗い表情になり、環に心配する眼差しを向ける。

 

「…詳しくは分かりませんが、彼の仲間に何やら因縁があるようです」

「因縁?」

「はい」

 

ふぅーん、と照彰は環を見つめていた。それに気づいた環は照彰をキッと睨んで速足に立ち去って行った。

 

「気にしないでください。照彰殿、お怪我はありませんか?」

「あ、ないっす」

 

流星が照彰の手を取り、立ち上がらせる。照彰は流星の手に触れると、何かを感じたのか握られた手を見つめる。

 

「照彰殿、今日はもう遅い時間ですからお休みになってください」

「……流星さん、その…」

「なんでしょう?」

「……いや…やっぱり、良いや。おやすみなさい」

 

照彰は流星に聞きたいことがあったが、夜楽に言われたことは気にしないようにした。

夜楽の言うように、簡単に人を信じすぎたという自覚はある。だが、今は流星を信じることにした。

先ほど照彰を握った手が、暖かくて優しかった。照彰は直感でこう思った。

 

 

この人の手は、何かを守るためにあるんだ──。

 

 

 

「おやすみなさい。良い夢を」

 

流星と如月に小屋まで見送られ、照彰は布団に潜り込んですぐに眠った。

 

 

 

明日から照彰はこの神流で色々なことに巻き込まれ、また周りを巻き込んでいくことになる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぁ~」

「鈴流、眠いのならそろそろ寝れば良いだろう」

 

森の中の屋敷の縁側で、月を眺めながら欠伸をした鈴流。庭の木の枝にとまっている風璃は眠る準備を始めている。

 

「ん~寝たいけど…なんか来そうだからな…」

「来そう?」

 

目を擦りながら何かを待つ鈴流に、風璃は首を傾げる。この時間に何かがこの屋敷を訪れることはほぼない。

今はこの屋敷の主が出ているので、来るというよりは帰ってくる、の方が正しい。

しかし、鈴流の言い方からしてそのことを言っているわけではないらしい。

 

「…──けて……助けてください…」

「!…お前…“熊神”か」

「はい…」

 

屋敷の高い塀を跳び越え、鈴流の目の前に着地したのは茶色い毛皮に緑色の苔が背中に生えた熊、に見える者。

大きさは二メートルほどはありそうだ。

 

「何があった。東の山に住む熊神は、滅多に山を下りてこないのに…」

 

鈴流は目の前で頭を垂れる熊神と呼ばれる妖霊を、落ち着いた瞳で見つめながら尋ねる。

 

「子供が…人間に連れ去られました。仲間も怪我を…」

「人間に!?」

「だが、熊神の山は複雑な道で簡単には入れぬ」

「どうせまた汚い手を使ったんだ。案内しろ」

 

チッと舌打ちをした鈴流は立ち上がる。熊神は「はい。ありがとうございます」と頭を下げた後、鈴流を案内する為に背中に乗るよう促す。それを見た風璃は、熊神の背に乗った鈴流の前に移動した。

 

「待て鈴流!夜楽の帰りを待て!おぬしだけ行く気か!」

「あいつがいつ帰ってくるか分かんねぇだろ!その間に熊神達に犠牲が出たらどうする!!あいつらはもう数が少ないんだ!!行くぞ!」

「鈴流!!」

 

引き止める風璃の言葉を無視し、鈴流は熊神と共に屋敷を去って行った。

 

「どうしました?」

「麗雅、鈴流が…」

 

風璃は追いかけようとしたが、屋敷の中から麗雅が出てきたので説明しなければならない。その間に鈴流と熊神の姿はもう見えなくなっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




四話を読んでいただきありがとうございました!

今回は夜楽という人物が出てきました。彼がこれからどう動いていくのかにも注目していただきたいです。
照彰も今後どんな選択をするのかとか、熊神という妖霊の登場とか。事態はどんどん動いていきます。

いったいどうなるのか!!次回も読んでいただけると嬉しいです!!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第五話 少年と神熊

朝の日差しがポカポカと、寝起きの照彰の体を暖める。懐かしいような気がする照彰は、如月に案内された和室で朝食を食べていた。

ここが神流という異世界であっても、食べ物は照彰がいた世界と全く変わらない。

味噌汁に漬け物に野菜と白ご飯。定番の和食といった朝食は照彰の口にかなり合った。

すぐに朝食を平らげ、温かい緑茶をすすり一息つく。

 

「おはようございます照彰殿」

「あ、おはようございます…流星…さん」

 

如月をお供にして部屋に入ってきた流星は、昨日と変わらずきちんと身支度を整えている。

対して照彰は、服は今着ている高校のジャージしかないので昨日と服装は変わらない。

髪も寝癖でボサボサなので、照彰は少しでもしっかりしようと姿勢は正す。

 

「あ、楽なようにどうぞ。もう少しでお菓子も来ますから」

「なんかごめんなさい」

「いえいえ」

 

流星が柔らかく微笑みながら照彰の前の座布団に正座する。その様子は貴族の姫のようで無駄がなく、照彰は本当に彼女が自分と同じ世界から来たのか疑いたくなる。流星と違い、正座に慣れていない照彰は早々に体勢を崩してあぐらをかいた。

 

「では、昨日の話の続きをしましょうか」

「はぁ…」

 

こんなに朝早くから話さなくても、と照彰は思ったが、早く済めば早く帰れるということでもあるので、照彰は早朝に如月に叩き起こされても文句は言えなかった。

 

「続き、と言っても昨晩に彼から聞いたのですよね?現人は全員が強い霊力を持つと」

「ああ、まぁ…だから俺に力を貸して欲しいってことだよな?」

「ええ…」

 

照彰は、自分の前に置かれた桃色の桜餅を頬張る。

昨晩、夜楽の話を聞いた照彰は自分では自覚がないが、どうやら強い霊力を持っているらしいことを知って流星の考えはなんとなく分かった。

妖霊と戦うにはやはり力がいるだろう。

照彰は人間より妖霊の方が特殊な力を持ち、強いと思っている。妖霊に対抗するには流星や如月のような巫女や、環のように戦える人間でなければ敵わない。

自分が役に立つかは分からないが、流星は同じ現人である照彰に協力を求めている。

 

「俺…正直言って、どうしたら良いのか分からない…人間だから流星さんに協力するのが普通なんだろうけど、俺は妖霊に勝って得たいものも無いし、あいつらに恨みがあるわけでもないから、争うっていうこと自体が嫌なんだよな」

「……では、やはり帰るということでしょうか?」

 

流星が膝の上の拳をぎゅっと握った。側に控えている如月も、悲しそうな表情になる。

しかし、静かな雰囲気の中、照彰は流星の予想していなかった返事を返す。

 

「帰らない。もう少しここにいて、自分のできることを探す。なんかほっとけねぇし」

「はい?」

「だって別に今じゃないと帰れないわけじゃないだろ?それに…よく分かんないけど帰るわけにはいかない、って感じがしてさ。だからそんなに急がずに決めたい。良いか?」

 

帰ると言われると思っていた流星と如月は、驚きを隠せなかった。昨日もあんなに帰りたいと言っていた照彰が、まさかまだここに残ると言うとは思わなかった。

まだ正確に照彰が協力すると言ってはいないけれど、それでも構わない。

照彰がここにいることで、何かが変わると、流星は感じた。

 

「分かりました。貴方の答えを待ちましょう」

「…うん」

 

安心したかのように微笑む流星と照彰。如月もホッと安堵の表情を浮かべた。

 

「流星様!!」

 

すると突然、廊下をバタバタと走りながら流星を呼ぶ声が響いた。声の調子から、ただ事ではない雰囲気だ。

一礼して部屋に入ってきたのは、この神社の巫女であろう女性だ。

 

「流星様、失礼します」

 

巫女は流星の右隣に行き、周りには聞こえない声で何かを話した。

 

「…そうですか。分かりました」

 

流星が目を細めると、立ち上がってその巫女と如月に準備をするようにと指示をした。

二人が「はい」と返事をして部屋を出ていくと、流星は照彰にニコリと微笑んだ。

なぜ笑ったのか分からず照彰が首を傾げる。

 

「申し訳ありません。仕事が入ってしまいました」

「仕事…?」

「はい。なので、照彰殿はこの神社で待っていてください。困ったことがあれば、近くの巫女に言っていただければ大丈夫ですので。心配はいりませんよ、すぐ帰ってきますから」

「はぁ…」

 

照彰は自分に手伝えることは無いかと思ったが、流星は心配はいらないと言った。照彰はその言葉を信じて待つことにする。彼女の様子からして、あまり大したことはないのかもしれない。

流星が部屋から去ると、何やら一瞬外が騒がしくなったがすぐに治まる。

障子の閉じられた部屋の中、照彰はどうしようかと考える。

神社の中でどう過ごせば良いのか。持っていた携帯は電池が切れているのか動かない。照彰は何か暇を潰せるものは無いかと部屋中を物色する。勝手なことをして泥棒と言われても仕方がないような気はするが、暇だし、と照彰は部屋に置かれているたんすを適当に開ける。

 

「お、本がある」

 

たんすの中には、綺麗に整頓された本が数冊あった。少し古びているが、それがただの本ではないことを照彰は感じ取った。

すぐ手の届く場所にある緑色の表紙の本を手に取り、照彰はペラペラと捲る。

その内容に、照彰は心を踊らせた。

 

「すげぇ…!これ、この世界の妖霊の本だ!」

 

照彰は感動した。その本には、この神流に存在する妖霊の絵と説明が書かれていた。現世で言う妖怪辞典だ。かなり古い物らしく、ところどころ傷んでいるが読めないわけではない。照彰は興奮で震える指で一枚一枚丁寧にページをめくる。

 

「へぇ~俺の知らない妖怪ばっか。似てるのはいるけど全部知らないなぁ…これはおもしれぇ!」

 

照彰は今までにも図書館や本屋で妖怪に関する本を読み漁ってきたが、自身の知らないたくさんの妖霊という存在にどんどん惹かれる。ページをめくる度に、自分の知識が増えていくことに嬉しさや楽しさも増し、あっという間に読み終える。

次の本を手に取り、またページをめくる。先程読んだ本には山に住んでいる妖霊のことが書かれていたが、次の青い表紙の本は海や川に住む妖霊のことが書かれている。やはりそれにも、照彰が知っている者は一つもいなかった。海や川と言えば人魚と河童が先ず頭に浮かぶが、そのどちらも記されていない。

 

なんて楽しいんだろう──…、照彰はそう思った。

 

「ねぇ!助けて!誰か助けてっ!!」

「っ!!」

 

しかし、照彰が次のページをめくろうとしたその時、外から助けを求める声が聞こえた。少年の声で、疲れているのだろうか、はぁはぁという荒い息づかいも聞こえる。

 

「どうした?」

「あっ…!」

「──!おい、大丈夫か!?」

 

手に持っていた本をたんすの中に雑に仕舞い、障子を勢いよく開け外に出ると、地面に座り込んで腕に何かを抱える少年の姿が目に入る。

少年は遠い距離を走ったのか、草履を履いた足は土で汚れ、決して立派とは言えない着物は破けている。少年の顔も転んだのか少し鼻血が垂れていた。歳は十歳頃に見える。

照彰はその姿に驚き、直ぐ様少年の側に駆け寄る。

 

「あのっ、助けて!!ここが妖霊を退治する場所だって分かってるけど…!それでもっ、友達を助けて!!」

「…友達?」

 

少年が目に涙を浮かべながら、震える両手で腕の中の茶色い毛玉を抱き締めた。よく見てみると、その毛玉には緑色の苔のようなものが生えている。一体何なのか予想はつかないが、モゾモゾと動いていることから生物であることは分かる。苔が生えていることから、普通の犬や猫ではないだろう。

照彰はその得体の知れない生物に、恐る恐る手を触れた。

 

「ゥーッ!」

「っ!?」

 

すると、その生き物は少年の体に埋めていた顔を上げ、鋭く尖った牙を出して威嚇してきた。噛まれそうになった照彰は手を反射的に引っ込める。

 

「だめっ!大丈夫だから大人しくしてっ!!」

「ゥーッ!」

 

手を引っ込めても、照彰が害を及ぼすと思っているのかその生き物は未だに威嚇し続ける。

 

「なっ、なななな何だよソレッ!!?」

 

尻餅をついた照彰は震える指をその生き物に向けて尋ねる。

少年が強く抱き締めながら撫でていると、その生き物は落ち着いたのか牙を仕舞う。

 

「ふー…こいつは熊神の子どもなんだ」

「熊神?熊神……熊神って、確か華緑山に住む妖霊…だったよな…?」

 

少年が腕の中の生き物を熊神と言った。照彰は、先程読んだ本に書いてあったため、それがどういう妖霊か大体は分かった。

熊神は、華緑山という花と緑が美しい山に住む熊の妖霊。近くの村では守り神として崇められているとも書いていた。

 

「でもなんでこんな所に?」

 

華緑山がどこにあるのか照彰は知らないが、近くに山は無いため、少々離れた場所にあると推測する。近くでなければ、なぜ熊神の子どもがいるのだろうか。少年が連れてきたのだと思うが、何やら事情がありそうだった。

 

「悪い奴らに連れてこられたんだ!僕はそれを偶然見つけて…こいつと僕は友達だから…っ!だから助けて…それから…」

「あー分かった分かった!とりあえず中に入れ!なっ?」

「う、うん…」

 

潤んだ少年の瞳からポタポタと涙が零れる。照彰はこういう時どうするべきなのか分からず、とにかく少年を安心させなければと思い、神社に上がらせる。

誰か人を呼んでこようとも思ったが、少年が腕に抱えているのは妖霊だ。もしかしたら攻撃されるかもしれない。それは避ける為に照彰は誰にも知らせず、部屋の中に少年と熊神の子どもを隠した。

 

「えーと…まずは鼻血を拭かねぇとな。ほら」 

「う、うん…ありがとう」

 

少年に部屋にあった白い布を渡す。それを受け取った少年は、腕に抱えていた熊神の子どもをそっと畳の上に降ろした。降ろされた熊神は、まるで少年を心配しているかのように側から離れずに「キュゥゥン」と小さく鳴いている。

照彰はその熊神の様子から、少年のことが好きなんだと感じた。それと同時に、人間と妖霊が仲良くすることは可能なんだと確信し安心した。

 

「あの…僕は春太っていいます。こいつは“きのこ”!」 

「き、きのこ?」

「うん!」

「……」

 

少年が鼻血を綺麗に拭き取ると、礼儀正しく正座して自己紹介をした。そして春太は誇らしげに熊神の子どもの名前も教えてくれた。誇らしげな春太に対して、熊神の方は何か納得のいっていないという表情をしている。おそらく会話ができずに名前が分からなかったため、春太が勝手につけた名前だろう。

 

「いやそれでもきのこはないだろ…食いもんだぞ」

「何か言った?」

「別に…良いんじゃね?可愛い名前だしな」

「なに言ってるの?可愛いんじゃなくて、かっこいいの間違いだよ」

「へぇ~…」

 

正直な感想を言っただけだが、春太にとっては最高の名前だと思っているのだろう。嫌そうな熊神の様子に苦笑するしかなかった。

 

「あー、俺は桃瀬照彰だ。よろしく」

「…もしかして、最近やってきた現人?」

「あ?まぁ、そうだな」

「だったら助けて!!」

「うぇ?」

 

照彰が現人と分かった瞬間、春太は身を乗り出して必死な表情でそう言った。

 

「お願いだよ!現人なら流星様みたいに強いんでしょ!?だったら助けて!!」

「おおお落ち着けよ!一体何があったんだよ!」

 

照彰は春太の肩を押さえて落ち着かせ、事情を説明させる。

春太はポツリポツリと、ここに来るまでの出来事を話し出した。

 

「きのこは華緑山に住む熊神で、僕はその近くの村に住んでる。熊神は僕の村では守り神って言われてて、花を咲かせたり木の実を実らせたり…山では結構強い妖霊なんだ。だけど…それを狙った人間がいて…きのこはそいつらに山から連れてこられたんだっ…」

 

春太は怒りを我慢できず、拳をぎゅっと強く握りしめた。

まるで密猟だ、と照彰は思いながら話を聞いていた。

 

「僕ときのこはほとんど毎日遊んでて、昨日もそうだったんだけど、その途中で黒い忍者みたいなやつが現れて…きのこを連れていこうとしたんだ」

「黒い…忍者…?」

 

この世界は忍者までいるのかと照彰は驚いた。そいつが何者かは分からないが、悪い奴なのだろう。

 

「僕はなんとかして逃げないとって思って…きのこを連れて昨日から走って走って…気づいたらここに着いたから、流星様ならもしかしたらって…」

「昨日から!?じ、じゃあ家には…」

「帰ってない…僕もお父さんとお母さんに会いたい…きのこだって山に帰りたいんだ…だから帰してあげたい…!だけどまだあいつが追ってきてるし…僕だけじゃきのこを助けてやれないんだ!!」

 

春太が昨日からきのこを守る為に家にも帰らずここまで一人で頑張ったのだと思うと、照彰は何故だか胸が痛くなった。照彰よりも小さな少年が、友達の為に一生懸命助けを求めてここに来た。

不安だっただろう、怖かっただろう。春太はきのこを抱き締め、震えながら泣き出してしまう。

照彰は春太ときのこを助けてやりたい、そう思った。

 

だが、自分にできるだろうか。

この世界のことをまだ何も知らない照彰に、誰かを救うことが。

だが、そんな不安はすぐに消えた。

 

「……よしっ!俺が助ける!だからもう泣くな!なんとかするからさっ!」

「…ほんと?」

「ああ!」

 

照彰は決心した。よく祖父が言っていた言葉を思い出したからだ。

 

『まずはやれ。もしそれでうまくいかなければ、それはお前の覚悟が足りんからだ。人に限界はない。心の持ちようで、人はどこまでも成長できる』

 

その言葉は、まるで側で祖父に言われたかのように聞こえた。照彰は、フッと微笑んで春太ときのこの頭に手を乗せる。

 

「絶対大丈夫だ。俺がお前ときのこをうちに帰してやるから!!」

 

そう言って照彰は二人を安心させようと頭を撫でてやる。くすぐったそうな春太ときのこだったが、突然腹の虫が鳴った。当然だろう。昨日から家にも帰らず走ったのだから、腹は減っていて当たり前だ。

照彰は台所へ行って、ご飯のおかわりが欲しいと言って白ご飯と味噌汁に、魚を貰った。

照彰は、このことが後に大食いと呼ばれるようになることをまだ知らない。

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第六話 遭遇

保月神社から東にある一つの大きな山。名を華緑山という。緑色で覆われたその山の麓には、一つの小さな村があった。いつもは村人が畑仕事をしていたり、子どもたちが賑やかに遊んでいるが、今日は違っていた。

 

「ようこそお越しくださいました、流星様」

 

村の真ん中にある村長の家で、流星は話を聞いていた。流星がここに呼ばれた理由。それは、この村が「守り神」として崇めている熊神についてのことだった。

 

「これを…」

「…これが、熊神に受けた傷ですか?」

「はい…」

 

村長にしては若い青年は、奥の部屋で寝ている老人の足を見せた。

包帯が巻かれていたが、村長によって外されたそれを見て、後ろに控えていた環と如月は眉間に皺が寄った。

包帯の下は大きな獣の爪のようなもので傷つけられており、血は止まっているようだがガッシリと掴まれたのだろう痕があった。

流星がその傷に触れると分かるように、成人している流星よりも遥かに大きな獣の手だ。

 

「昨日、山でいつものように木の実を取りに親父が行ったのですが…なかなか戻らず村人数人で探しに行けば親父の悲鳴が聞こえました…急いで駆け付けたら大きく黒い熊神が、親父の足を掴んで引きずっていました…!」

「これはその時できた傷ということですね」

「…はい」

 

足に傷を負ったのは村長である青年の父親らしい。話を聞くと、最近年老いてしまった前の村長は、息子である青年にさっさと跡を継がせたようだ。

その矢先に起こったこの事件。

熊神に傷を受けたものの、村人が持っていた弓によって助けることができたそうだ。

矢が当たった熊神は早々に逃げたらしい。

 

「それが昨日の朝の出来事でした…しかし昨夜、五匹の熊神が山を降りてきて村を襲いました…幸い怪我人は出たものの死者は出ませんでしたが…」

「どうやって追い返したんだ?熊神は普通の熊よりも大きく奴等の長は土を操ることもできる」

「どうやら長は来ていなかったようなのです。村人達で弓や火縄銃を使ってなんとか…」

 

環の質問に答えた村長は、眠っている父親の包帯を直した。環はその返事に舌打ちをして出口に向かった。

 

「あんたら、熊神の恨みを買ったな」

「え?」

 

環はそう言い放つと、家を出てどこかに行ってしまった。

環の言葉の意味が分からない村長は不安げにどういうことかと流星に尋ねた。

 

「これは…どちらが先に仕掛けたか、によりますね」

「は?そんなの…熊神に決まっているでしょう!!いつも祠には供え物をしてやってるし、あいつらの縄張りとやらには一切足を踏み入れていない!!なのに何故こうなる!!」

 

青年は眠っている父親のことも忘れてそう叫んだ。その上からものを言う態度に、如月は違和感を覚えた。

流星は眠る彼の父親をチラリと見ると、もう一度村長の方に目線を向ける。

そこで己の発言にハッとなり、慌てて流星に謝罪した。

 

「…それで、私にどうして欲しいのですか?」

「…あいつらから守っていただきたいのです」

「それはこの村を、ですか?」

「もちろんです!!」

 

冷静なままの流星はしばらく村長を見つめると、「分かりました」と了承した。

村長は礼を述べ、頭を下げた。

 

「それでは、少し調べたいことがあるのですが…よろしいですか?」

「あ、はい…それはもちろんです…」

「ありがとうございます。村長は、ここで待っていてください」

「わ、分かりました…」

 

流星は如月に合図し、村長の家を出た。

如月は緊張が解けたのか、大きなため息を吐いて、どこかへ向かう流星の横を歩く。

 

「流星様…今回の件、何かおかしくないでしょうか?」

「どの辺りがです?」

「熊神はこの村の守り神で、元々穏やかなため滅多に人は襲いません。なのに、山にただ入っただけの前の村長が襲われたり、村が襲われたり…何かがおかしいです」

 

如月は顎に指を当ててう~んと唸る。色々彼女なりに推理しているようだが、数少ない情報では限界がある。如月は頭が痛くなり、結局そこで終わってしまう。

しかし流星はそんな如月を見て、「成長しましたね」と微笑んで頭を撫でた。

 

「る、るるる流星様!?もう子供ではありませんのでそのようなっ…!」

 

頭を撫でられた如月は恥ずかしさのあまり顔を赤らめて抗議する。

 

「えー?私にとって如月はいつまでも子供ですよ?」

「うぐっ…こうなったら、絶対に流星様より大人になってみせます!!精神年齢的に!!」

「あー、それはすぐに追い抜かれるかも…」

 

流星は自分が少々子供っぽい部分があるのは自覚しているため苦笑しか出ない。

 

「それで流星様。これからどうしますか?やはり情報収集でしょうか?」

「え?」

「はい?」

 

如月がこれからのことを尋ねると、流星はキョトンとした顔で首を傾げた。その反応に如月もポカンとして首を同じように傾げる。

 

「え?いや、あの、お仕事ですよ?それに、さっき調べたいことがあるって言っていたではありませんか!」

「あー…大丈夫ですよ。とりあえず調べものは環が戻ってからということで。…そんなに心配しなくても良いのに」

「心配します」

 

この村に来てまだ少し時間が経っておらず、また情報も少ないというのに余裕な態度な流星に如月は呆れ顔だ。本当に大丈夫なのかと心配になるが、流星は何やら山の方に視線を向けており、如月の表情に気づかない。

 

「……」

「流星様?何か山にありますか?」

 

こうやってたまにどこかを見つめたまま動かない流星は珍しくないが、流星の真面目な眼差しに、如月は山に何かあるのかと疑問を抱く。しかし、流星は「いいえ。特に」と首を左右に振る。

そして、前方から歩いてくる環を見つけると二人はそちらに駆けつけて、環が掴んだという情報を聞いた。

 

「…けっ、相変わらず勘の良い奴だな」

 

その頃、流星が見つめていた山の中で、木に登り村の様子を伺っていた鈴流が自分のいる場所がばれていたことに舌打ちする。

遠くから様子を見ていただけだが、流星に気づかれてしまったことに己の未熟さを思い知らされる。

 

「鈴流殿…」

「ん?お前、俺が戻るまでは村に近づくなと…」

「申し訳ありません…」

 

鈴流が登っている木の下から一匹の熊神が呼び掛ける。鈴流をこの山まで連れてきた熊神だ。鈴流は「はぁ」と息を吐くと、ピョンと木から飛び降りて熊神の隣に着地する。

 

「あいつらの怪我はどうだ?」

「薬がよく効いております。ありがとうございます」

「そうか。なら良かった」

 

鈴流がこの山に来てすぐに行ったのは、怪我をした熊神達の手当てだった。話を聞けば、熊神のまだ幼い子どもが人間に連れ去られ、探しに来たところを村人に矢で射られたという。それを聞い鈴流は人間に激しい怒りを抱いたが、まずは手当てをしなければと心を鎮めた。

幸い、熊神達の怪我は大したことはなく、持っていた薬を塗って安静を言い渡した。

そして次は熊神の子ども探しで、村の様子を伺っていたのだ。

 

「村にはあの流星が来てる。めんどくせぇことにな」

「保月神社の巫女が…」

「むやみにあの村には入れねぇ…これじゃあ熊神の子どもがどこに行ったのか分かんねぇな」

 

流星は妖霊達にとって厄介な存在だ。保月神社の巫女というだけで近づくのは危険だと言われるほどに。

 

「おそらくあの村にはもういないと思われます。昨日この村の子どもが連れていったとの情報が先程入りました」

「なんだと?…なら、俺はその人間のガキを探しに行く。それまで絶対に山を降りるな。人間にも近づくなよ」

「……分かりました」

 

鈴流が熊神にそれだけを言うと、その場から風のように駆け出して山を離れた。

どこを探すかは決めていないが、鈴流は熊神の匂いを頼りに子どもを探す。

何故人間の子どもが熊神の子どもを連れて行ったのか、鈴流には理由が全く分からない。

最初は村の人間が何らかの理由で熊神の子どもを連れ去ったと思っていたがどうやら違うらしい。

村の子どもと熊神の子どもとの間に何かしらの関係があるということか。それとも、ただの人間の子どもの悪戯なのか。何はともあれ、まずはその村の子どもを探さなければならない。昨日村から離れたのなら、子どもの足ならばそう遠くへは行っていないはずだ。

 

「とりあえず、人間のガキを見つけねぇとな」

 

『お前に何ができる』

 

走っている最中、頭の中に響いたのは自分を馬鹿にしたように笑う声だった。

 

『お前はまだ未熟な赤ん坊だ。何とかできるなどと思うな』 

 

いつでも厳しく、笑顔など見せてくれない彼はいつも鈴流にそう言ってきた。その度に鈴流は苛立ち、反抗的な態度をとって彼を避けてきた。何日も口をきかないなんてことはもう既に当たり前のこと。そうすると、いつも麗雅や風璃は「めんどくさい」と決まって言う。

 

「俺だって、力になれる…!」

 

走るスピードを速め、鈴流は少しでも短い時間で神熊の子どもを親の元に帰してやろうと決意する。

 

「さっさとそのガキ見つけて、神熊の子を……っ!?」

 

どれくらい走ったか分からないが、熊神の山「華緑山」からはかなり離れただろう頃、前方に気配を察知して立ち止まる。

一つではなく、三つの気配だ。一つは人間、もう一つは妖霊。そしてもう一つは…。

 

「何だ…?人間か…?」

 

もう一つはその三つの気配の中で一番霊力を感じる。妖霊の方は弱く、小さい霊力しか感じられず、人間の方は全く霊力を感じられない。

だが最後の一つは、退治屋かと思うほどの強い霊力だ。

ただの人間か、それとも退治屋か。しかし退治屋ならば何故ただの人間と妖霊が共にいるのか。

 

「少し様子を見てみるか…」

 

鈴流は真上の木の枝に跳ぶと、その三つの気配に慎重に近づく。もし相手が退治屋ならば無闇に近づくのは危険だ。

 

「…にしてもこの気配…似てんな」

 

似てる、と言ったのは気配の形だ。まるで流星や夜楽のようなこの世界にはいない“現人”の気配と同じだ。

流星は村にいたためここにはいないはずだ。夜楽だとすれば、共にいる妖霊は口煩い紅い妖霊ということになるが、麗雅とは比べ物にならないほどに、今感じている霊力は弱すぎる。そして仮に夜楽だとして、側に人間がいるはずがない。

となれば、他に鈴流には心当たりがない。

 

「一体何者だ…」

 

鈴流は徐々に距離を詰めると、目の前の木の上で一旦止まろうと枝の上に足を掛けた。

するとその時だった。

 

「あーーーーーーーっ!!!」

「!?」

 

枝の上で止まった途端、足下から突然大声が上がる。驚いて下を見ると、こちらの接近に気づいたらしい照彰が大口を開けて指を指していた。

鈴流は心底嫌そうに眉間に皺を寄せ、照彰のことを見下ろしている。

 

「何だよその嫌そうな顔。あといつまで見下ろしてんだ」

「…そうか、お前がいたのか……」

「何だそれ」

 

照彰は、この世界に来て一番最初に会った鈴流を見つけ思わず叫んでしまった。

鈴流は照彰のことをすっかり忘れていたため、気配の予想が出来なかった。

 

「何でここにいる」

「何でって…この熊神の子ども……きのこを親の所に帰してやろうと思ってさ」

「なに?」

 

照彰は春太の腕の中のきのこを見せた。きのこは神社で腹一杯になったため今は眠っている。それを見た鈴流は確認のために枝から飛び降りる。

 

「なんか、木から飛び降りる奴が多いな」

「あ?なんのことだ?」

「いや別に」

 

昨晩の夜楽のことを思い出した照彰は、はぁとため息を吐いた。

どういうことか訳が分からない鈴流は首を傾げる。

 

「ね、ねぇ…この人、妖霊じゃないの…?」

「ん?ああ、心配しなくて良いと思うぜ」

「お前、なに勝手なことを言ってる」

「だってお前は俺のこと助けてくれただろ?森の中で」

 

鈴流を怖がる春太は、きのこをぎゅっと抱き締めて照彰の背に隠れる。しかし照彰は鈴流のことを全く警戒していない。

それも、一度森の中で助けられたからという理由だけで。

 

「別に助けた訳ではない。人間の血は妖霊の毒だからと、あの時も言っただろうが」

「んーー、でも助けてくれたことに変わりはないだろ?」

「……お前、そんなので大丈夫かよ」

「さぁ?ところで何でお前はここにいるんだ?」

「あ?ああ、そうだ」

 

鈴流は春太が抱えているきのこをじっと見つめる。穏やかな寝息を立て、大きな怪我をしているわけでもない。そのことに鈴流は安心して、顔を綻ばせた。しかし、だからといってこれで解決ではない。

 

「お前ら、少し話を聞かせてもらうぞ」

「別に構わねぇけど…あ、その前に…」

「なんだ?」

「俺は桃瀬照彰だ。こいつは春太で、こっちはきのこ。お前は?」

「きのこ…?」

 

照彰はいつまでも鈴流に「お前」と呼ばれるのが嫌だったのか、勝手に名乗り春太達の名前も明かす。熊神の方は本名ではなく春太が付けたもので、「きのこ」という名前に鈴流は何か言いたげな目で照彰を見つめる。

 

「あ、言っとくが俺が付けたんじゃないからな。名前を教えねぇと、俺がお前に名前を付けるぞ!」

「はぁ?何だよそれ。教えねぇよ」

「じゃあお前のことは……餅って呼ぶ!白いから!」

「やめろ」

「じゃあ教えろよー」

「……」

 

頭にパッと浮かんだだけの呼び名では呼ばれたくない鈴流は、ジロリと照彰を睨む。しかし照彰はその眼差しを向けられてもニヤニヤと笑っている。

 

「……鈴流」

「…ふんふん。鈴流か」

 

名前を聞けて満足したのか、照彰はニヤニヤ顔を穏やかな表情へと変え、鈴流にすっと右手を差し出した。

 

「よろしくな、鈴流」

「よろしくはしない、てりやき」

「あ、お前それわざとか?照彰だよ、て・る・あ・き!」

「聞き間違えた」

「嘘つけ!」

 

右手をパシッとはたき、鈴流はニヤッと口角を上げると照彰をわざと違う名前で呼ぶ。照彰は訂正し、もう一度確認と言って名前を呼ばせるが、それでも何度も違う名前で呼ぶ鈴流に、諦めたのか肩を落として「もう良いや…」とつぶやいた。

 

「きのこ、てりやき、餅…じゃあ僕は字数が違うけど春巻きかな?」

 

そのやり取りを静かに見ていた春太は、楽しそうだなと感じた。そして春太は自分も食べ物の呼び名が欲しいという謎の気分になり、真剣に自分で考えていた。

 

その様子を、遠く離れた場所から観察している者がいるということには、誰も気付いてはいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第七話 重なる姿

「ふぅーん。熊神の子どもがねぇ…」

「で、どうするのだ?鈴流を追いかけるか?」

 

夜楽が照彰と接触したその日の晩。住み処である屋敷に戻ると、夜楽がいない間に起こった出来事を聞かされた。その内容は、華緑山(かろくさん)の熊神がやって来て、話を聞いた鈴流が一緒に飛び出して行ってしまったというもの。

 

「すいません、私がすぐに気づけていれば良かったのですが…」

「謝ることはない、どうせ素直に言うことを聞く奴じゃないんだから。まったく……どうして後先考えずに行動するんだか」

 

麗雅が申し訳なさそうに頭を下げる。夜楽は呆れてため息を吐くと、頭をガシガシと掻きながら「行くぞ」と言って歩き出す。

それにハッとした麗雅と風璃は一度顔を見合わせると、こくりと頷いた。すると麗雅の体が一度炎に包まれ見えなくなり、炎が消えたと思えば麗雅の姿はなく、代わりに真紅の蝶がヒラヒラと舞っていた。

 

「風璃。華緑山に飛べ」

「分かった」

 

蝶の姿をした麗雅が夜楽の肩にとまると、次は風璃が空でバサバサと羽で竜巻を生み出した。

竜巻は大きな音を立て、強い風に飛ばされそうな勢いだが、夜楽達はその竜巻の中へと足を踏み込む。

 

竜巻の中に完全に入ると、竜巻は空へと浮かび上がり、真っ直ぐに華緑山がある方向へと移動を始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅーん…黒い忍者みたいな奴か……なるほどな、大体分かった。だとすればこれは…」

 

華緑山へ向かいながら、照彰に事情を聞いた鈴流は一人で何かをブツブツと言っている。

言っていることを全く理解できない照彰と春太はそれを不思議そうに眺めるだけ。

 

「なぁ、さっきから何一人で喋ってるんだ?」

「…お前には分からないだろうが、その…きのことかいう熊神の子どもは、“誰かに依頼されて”連れ去られかけたんだ」

「誰かに…依頼されて…!?」

 

鈴流の言葉に照彰と春太は言葉を失った。

 

「お前の言う忍者みたいな姿をした奴は“夢幻屋(むげんや)”という名の集団の者だ」

「夢幻屋…?」

 

夢幻屋、という名の存在に照彰は首を傾げる。それは一体どういう集団なのか、照彰は一切分からないのだから。

 

「夢幻屋って…確かお金さえ渡せば、どんな仕事でも引き受ける闇の集団だって噂で…」

「はあぁ?」

「ああ。あいつらは妖霊退治や暗殺、要求する金さえあれば平然とやってのける連中だ。おまけに謎に包まれてて追えねぇ」

「そんなのがいんのかよ…」

 

夢幻屋について聞かされた照彰は一気に不安になった。話を聞く限り、戦闘もできるのだろうと照彰は考えた。そんな相手が関わっているのだから、不安にもなる。

しかし、照彰はここであることが気になる。

 

「…その、夢幻屋?は、誰かに要求した金を渡されて、きのこを連れていこうとした…誰が?あと理由も」

「誰かは知らんが、どうせ金儲けだろ。それか…熊神が村を襲わない為の“盾”とかな」

「え!?それって…」

 

照彰の疑問に鈴流は眉間に皺を寄せながら理由を述べた。するとそれに反応したのは春太だった。春太は青い顔で肩を震わせ、最悪の予想が頭に浮かんでしまったのだ。

 

「もしかして…村の誰かが、きのこを…」

「そう考えるのが普通だな」

「そんな…」

 

春太はきのこをぎゅっと抱き締めた。自分の村の誰かが、友達であるきのこを利用しようとしていることに、怒りと悲しみの感情が込み上げる。

自分の村の誰かが友達であるきのこを利用しようとしているなどと考えたくもない。

 

「村の人じゃないよ…!だって…きのこたち熊神は、僕の村では守り神様なんだもんっ…絶対に…違うよ…」

「春太…」

 

涙を溢す春太の背を、照彰が優しく撫でる。腕の中のきのこも、春太を心配しており悲しそうに鳴いている。胸に頭をこすりつけ、懸命に慰めている。

 

「春太、お前の村の人達じゃない。だから安心して泣き止めよ。大丈夫だから」

 

照彰が春太の両肩を掴んで励ます。正直に言って、村の人間でないと断言できる証拠はないが、春太を安心させるにはそう言うしかなかった。

 

「…そう、だよね……絶対に…違うよね」

「…ああ」

「ありがとう照彰さん、きのこ…」

 

春太は涙を拭い、笑顔を浮かべて見せた。照彰はそんな春太の頭をそっと撫で、きのこはペロペロと春太の手を舐めた。

 

「何故そう簡単に信じれる」

 

鈴流が睨むような目を照彰達に向ける。

 

「ほぼ村の人間が夢幻屋に依頼したのは確実だ。それなのに、何故そうだと認めない。村の人間ではないという証拠はどこにもないんだ」

 

諦めろ、と鈴流は言った。しかし照彰は、フッと小さく笑うと鈴流に視線を移す。

 

「確かにどこにも証拠はねぇけど…村の人だって証拠もないだろ?」

「はあ!?」

「ほぼ確実でも、違うかもしれないだろ。希望があるならそれに期待したってバチは当たらないだろ?」

 

照彰の前向きな意見に、鈴流は顔をしかめた。

淡い期待を抱いて何になるのか。後に後悔するのは自分だというのに。

後で後悔するくらいなら期待しない方が良いのだ。そんなことも分からないのか、と鈴流は思う。

 

「後悔するぞ」

「その時はその時だ。それに、信じずに後悔するよりマシだと思うぜ」

「……変な奴」

 

森で会った時も思ったが、照彰の考えることは鈴流には理解できなかった。

例え村の人間でなかったとしても、守り神と崇めていたのに矢や銃で攻撃した。所詮人間とはそんなものなのだと思っていた。

人間が嫌いな鈴流は、人間である照彰の言うことを理解する日は来ないだろうと思ったし、それで良い。人間のことなど、分からなくても困らないのだから。

 

「っ!?」

「鈴流?どうした?」

「シッ、静かにしろ」

 

突然鈴流が辺りを警戒し出した。声を潜め、物音を立てないように照彰と春太に指示する。

 

「何かいる…」

「はっ!?」

「バカっ、声が大きい!」

「わ、わりぃ…」

 

鈴流は一つの気配を感じ取った。人間のもので、霊力は感じられない。だがただの人間でないことは確かな気配だ。いつからいたのか分からないが、おそらく照彰達を追ってきたのだろう。

気づかなかった自分が腹立たしいと思いながら、これからどうするか考える。

チラリと様子を伺うと、照彰は狼狽えるだけで役に立ちそうもない。春太はただの人間の子どもで論外だ。きのこも熊神だがまだ幼いく、力は使えないだろう。

 

「チッ。お前、現人のくせになんもできねぇのかよ」

「俺はここに来たばっかりだ」

「何キリッとした顔してんだ」

「いだっ!頭殴ることねぇだろうが!!」

 

この場に役に立つ者がいないことにため息を吐き、鈴流は頭を抱える。鈴流が様子を見に行っても構わないが、その間に照彰達が危ないかもしれない。

気配の正体は夢幻屋だろう。

鈴流は夢幻屋には会ったことがある。それも一度ではない。何度も彼らが妖霊を殺しているのを見たことがある。その度に何度仕返ししてやろうかと考えたか分からない。だか悔しいことに奴らはかなり手強く、鈴流は敵わないと理解していた。だから、いつも夜楽や麗雅、風璃に止められると素直に従うしかなかった。

 

「こいつらを守りながらだと余計に不利だ…相手が一人なのがせめてもの救いだな…」

「おい、どうすんだよ」

「うるさい、少し黙ってろ」

 

正直言って鈴流が照彰や春太を守る義務はない。人間なのだから当然だ。同じ妖霊であるきのこを親のもとに帰してやることが今の鈴流のやるべきことだ。

ここで照彰や春太を囮にして、きのこを連れて逃げれば良い。

だが、何故かそう行動にうつすことができない。相手が簡単に騙されるわけないという考えだけではない。鈴流自身も分からないが、そうするときのこが怒るからだと自分にそう言い聞かせる。

 

「お前達、俺が合図をしたら走って真っ直ぐ華緑山に向かえ。俺が足止め役をする」

「は?お前…なに言って…」

「走れっ!!」

 

鈴流は右腕に氷の剣を出現させると同時に、大きく叫んだ。狼狽えながらも背中を鈴流がぐいぐいと押すため、照彰は春太の手を握り、言われた方向へ走る。

 

「なんだよっ!」

「良いから走れ!」

「っ!?」

 

ビュンッと風の音が後ろから聞こえ、その後にガキィンと金属がぶつかるような音が続いた。

立ち止まって後ろを振り返ると、どこから現れたのか刀を持った青年の攻撃を、鈴流が氷の剣で受け止めていた。

 

「誰だ…あいつ」

 

青年は腰まであるうねった黒髪を頭の高い位置で結い、この神流では見ない軍人が着るような黒い軍服を身に付けていた。年は照彰と同い年くらいに見え、顔つきは整っており、照彰は一瞬男か女か分からなかった。

 

「お前…見たことない顔だが、夢幻屋の人間だな」

「……」

 

鈴流が受け止めた刀を押し返し、青年は後ろへ跳んだ。

次の攻撃に備え、鈴流が構えの体勢をとる。

 

「一応聞くが、お前は誰に頼まれてこいつを狙ってる」

「……」

 

鈴流が問いかけるが、青年は翡翠の瞳でじっとこちらを見るだけで、何の反応もしない。

 

「…やっぱ答えねぇか」

 

答えるわけがないと分かっていた鈴流は、それ以上は無駄だと質問することはしない。

ピリピリとした雰囲気の中、照彰は春太の手を離さないよう強く握り締める。

どちらが先に動くか、互いに様子を見ている状態で、不意に相手の青年の左手が動いた。

即座に警戒を強めた鈴流だが、青年は攻撃することはなく、ただ眠気に逆らえないとでも言うかのように「ふわぁ」と大きな欠伸をした。

 

「欠伸かよっ!」

 

左手で口を覆う青年に、思わずそう叫んでしまう。

鈴流は馬鹿にされた気分なのか、青年を鋭い視線で睨む。

 

「随分と余裕だな…」

「……まぁ、簡単な仕事ではあるかな」

 

そこで初めて青年が言葉を発した。何の感情も読み取れない無の表情だが、声はまるで遊びに飽きた子供のような印象を与える。

 

「おい!さっさと行け!!」

 

鈴流は照彰達がここから離れる時間を作るため、青年に攻撃を仕掛ける。青年は表情一つ変えずに、それを難なく受け止める。それでも鈴流は負けじと氷の剣で攻撃したり、蹴りを放ったりと青年を照彰達から遠ざけようとしている。

 

「くそっ!気をつけろよ!!」

 

ここでは何もすることができないと分かっている照彰は、悔しそうな表情で春太の手を引いてその場を離れる。

しかしここで鈴流はある違和感を覚える。

 

「お前…熊神の子どもを狙ってるんじゃないのか…?」

「……」

 

夢幻屋である彼が、簡単に照彰達を逃したことが鈴流には意外だった。

そしてここで、あるもう一つの疑問が浮かび上がった。

その疑問とは、夢幻屋とは黒い忍者のような格好をしていたはず、というものだ。

だが今目の前にいる青年は、鈴流の見たことのない服を纏っている。

 

「……自分の相手は君。ただの足止め役だよ」

「っ!?まさかっ…!!」

 

鈴流が気づいた時には既に遅かった。

照彰達が向かっている方向から、無慈悲な銃声が響いたのだった。

 

「くそっ!」

 

銃声が聞こえたことにより、鈴流はすぐさまそちらに駆けつけようとするが、足止め役の青年はそれを許さない。背を向けてしまえば確実に負ける。襲いかかる刀の攻撃を受け止める手を休めるわけにはいかなかった。

 

「妖霊の氷でも、簡単に壊せる」

「なっ…!」

 

勢いよく刀が振られ、鈴流の首を斬ろうと刀身が迫るが、鈴流は何とかその攻撃を抑えることができた。

しかし、その重い衝撃によりヒビが入り、それを狙って青年は次々と攻撃を加えてきた。

 

「やばっ」

 

特殊な氷でできている為、普通の氷よりも簡単に砕けることも溶けることはない。だが、ついに氷の剣は粉々に砕け散り、青年の力の強さを鈴流は思い知った。

 

「…おやすみ」

 

武器の無い今のうちに仕留めようと、青年がもう一度鈴流の首を狙って刀を振る。

万事休す、かと思いきや。

 

「…お前、俺のこと舐めすぎだぞ?」

「…っ?…これは……」

 

鈴流の首を跳ねようとした刀の動きが、途中でピタリと止まる。

何故なら、青年の刀を握る手や、地についている両足が、いつの間にか氷によって固められていたからだった。

 

「こんなことも簡単にできるんだ。俺の剣を砕くのにも時間がかかったんなら、これから抜け出すのも苦労するだろうぜ」

「……」

 

青年の手も足も氷で固められ、身動きが取れない。表情はそれでも一切変わらないが、抜け出すのに時間がかかるのは事実だ。その隙に何とか照彰達の側に向かえば、まだ間に合うはずだ。

 

「じゃあな」

 

青年から離れ、鈴流は急いで音のした方向へ走る。

どうか無事でいてほしい。

それは、誰に対して思っているのか、鈴流自身も分かっておらず妙な気分だった。

今の鈴流は焦りと不安でいっぱいだが、とにかく急ぐしかない。

木々の間を通り抜け、細い枝が顔に傷をつけようと、土に足を取られようとも、鈴流は足を止めない。

やがて前方に照彰達の姿が見えてきた。銃で撃たれたかと思ったが、誰も死んではいない。

しかし、誰も怪我をしていないわけではなかった。

 

春太は地面に腰をつけ、ぎゅっと強く瞳を閉じ、力いっぱいにきのこを抱き締めている。きのこを守るような体勢だが、春太自身は、恐怖で震えるばかり。きのこも、そんな春太に小さな手でしがみついている。

そして、春太ときのこを背にして立ち、両手を横に広げて何かを睨む照彰の姿。右腕には、銃で撃たれたのか、照彰のジャージを赤く染め上げていた。

その姿に目を見開き、思わず立ち止まってしまった。その姿を、鈴流は昔に見たことがあるような気がする。

背に庇われていたのは、まだ幼かった自分と、数多の妖霊達。立ち姿も、視線も雰囲気も、何もかもが“あの時”と同じだった。

 

「ふぅー…関係のない人間を殺すのは、したくないのですが」

「へっ、だったらこのままどっかいっちまえよ」

「それはできませんね。僕達にも生活がありますから」

 

照彰の視線の先の影が動いた。右腕だけで銃身の長い銃を照彰に向けた、先程の少年よりかは少し年上に見える青年。深い緑のサラリとした短髪に、茶色い瞳は細められて笑っている。黒い忍装束に身を包んでおり、春太が言っていた忍者とはこの青年のことだろう。彼も夢幻屋の人間だということは確実だ。

 

「照彰!」

「鈴流…?無事だったのか…!…つっ!」

「おい!」

 

鈴流がすぐさま照彰に駆け寄る。鈴流の姿に照彰は安心したかのような笑みを浮かべ、痛む右腕を押さえてその場に膝をついてしまった。

重傷ではないが、出血を止めなければならない。しかし、敵が目の前にいるため、悠長に手当てをしている場合ではない。それに、鈴流達妖霊が人間の血に触れるのは良いこととは言えない。

 

「照彰さん!」

「おいお前、これでそいつの傷押さえてろ」

「え、う、うん!」

 

泣きそうな表情をしている春太に、鈴流は持っていた白い布を渡す。今はそれくらいしかできないが、何もしないよりはマシだろう。

 

「ふーむ…君がここにいるということは、六深弥(りくみや)は負けたのですかね?」

 

銃を一旦下ろし、首を傾げる青年に、今度は鈴流が照彰達を背にして立つ。

 

「誰のことを言ってるのか知らねぇが、変な服着た刀を持ってた奴なら、俺の氷で今は動けねぇぜ」

「…なるほど。…なら、誰も来ないうちに早く用を済ませてしまいましょうか」

 

下ろした銃をまっすぐ鈴流に向ける。鈴流は両手に冷気を纏わせ、氷をいつでも出せるように構える。

どちらも気を抜けない状況の中、徐々に霧が立ち込め、全員がそれに気づいた。しかも普通の霧ではなかった。

 

「黒い…霧…?」

 

照彰の言う通り、その霧は黒い色をしており、まるで黒煙のようだった。

 

「なんだ?これは…」

 

青年もその霧がただの霧ではないことに、何かがいるのではないかと警戒する。

 

「…お前ら、じっとしとけ」

「なんなんだ?この霧は…」

「……“あいつ”が来たんだ」

「あいつ…?」

 

鈴流が静かに照彰達にそう言うと、すっとその場にしゃがんだ。その様子から、鈴流はこの霧の正体を知っているようだ。

 

「夢幻屋の二哉(つぐちか)。ここは手を引いてくれないかな?」

 

声が聞こえたのは、青年の後ろからだった。

その姿に、照彰は「ああっ!」と、痛む腕のことも忘れて指をさす。

青年も銃はそのままで、首を後ろへと振り返らせる。

 

「夜楽…ですか」

 

霧の中から姿を現したのは夜楽だった。彼の登場に、二哉と呼ばれた青年は少しばかり雰囲気が冷たくなった。殺気すらも感じられる。

 

「手を引くわけないでしょう。また邪魔をしに来て…ここで始末しておいた方が、これからの活動には最適ですよね?」

「それはやめておいた方が良い」

「それはなぜでしょう」

 

二哉は攻撃体勢に入っているが、夜楽は余裕な態度で笑う。それを不審に思いながらも、二哉は銃をいつでも撃てるように引き金に指をかけるが、その手は夜楽の側に現れた麗雅によってピタリと止まる。麗雅の小脇に、鈴流が先程まで戦っていた青年が抱えられていたからだ。

 

「六深弥…!なぜ…!」

「あちらの方で寝ていたので、連れて来ました」

 

小脇で眠っている仲間の姿に焦りを隠せない二哉は、銃を慌てて下ろす。

麗雅の発言に、照彰は「寝てた?」と、どういう状況で寝ていたのか疑問に思った。

 

「鈴流の氷からは抜けていたけど、草の上でぐっすりしていたよ。いつもこうなのかい?」

「ああもうまたか!!」

 

夜楽は苦笑しているが、二哉は頭を抱えて嘆いているのか怒っているのかよく分からない。

「またか」と言っていることからこれが初めてではないらしい。余裕からなのか単に眠たかったのか。どちらにせよこの状況は二哉にとっては不利だ。

 

「…分かりました。今日は帰りましょう」

「そうしてくれ」

 

二哉はため息をついた後、銃を黒い袋に仕舞うと背中に背負う。

すると黒い霧がモワモワと濃くなり、やがて周りが何も見えなくなる。

黒い霧が全てを包むと、不安からか春太が照彰の腕にしがみつく。そんな春太の背を照彰は撫で、霧が目に入らないように固く瞼を閉じた。

 

音が無くなり、腕を掴まれているはずなのにその感覚もなくなる。

次第に眠気にも襲われ、照彰は瞼は閉じたまま、そのまま意識を手放した。

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第八話 決断

ピピピ、と小鳥の囀りが聞こえ、照彰の意識が浮上していく。

どうやら照彰は、どこかの部屋で寝かされているようで、薄い布が体に被せられている。

ゆっくりと瞼を開けると、心配そうにこちらを見つめる如月の顔が見えた。

如月は照彰が目を開けたのに気づくと、パアアッと表情を輝かせる。

 

「良かった!目が覚めましたか!」

「…えーと……はい」

 

如月の安心した表情を見て、照彰は笑みを浮かべる。出会ってあまり時間が経っていないが、如月がこんなにも照彰を心配し、目が覚めれば喜んでくれる。そのことが照彰は嬉しかった。

だが、照彰は今どういう状況なのか分からないため、如月に説明を求める。

 

「ここはどこなんだ?」

「ここは華緑山の麓にある村です。貴方が一緒にいた春太という男の子の村ですよ」

「っ!ここが…!?あイテテ…!」

「あまり激しく動かないでください!大した怪我ではありませんが、安静は必要ですから!」

 

勢いよく体を起こしたことで腕に痛みが走り、如月が慌てて無理をしないように言う。

腕を見てみれば、ジャージの上着は脱がされ、半袖のシャツの下に真っ白な包帯が巻かれていた。

 

「もしかして…如月、さんが…?」

「如月で構いませんよ。はい、私が手当てをしました。薬も塗ってあるので、直ぐに治りますよ」

「…ありがと」

「いえいえ」

 

巻かれた包帯を見つめ、微笑む照彰に如月も小さく笑う。そこへ、戸を開けて環が入ってきた。

環は無言で照彰に近づくと、一瞬だけ照彰の包帯を見てから、また照彰の目を見つめる。

 

「今回の件、詳しく知りたいか?」

 

照彰の側に立って見下ろす。照彰は少し迷うような素振りを見せるが、すぐに何かを決心したかのような表情になり、そして首を縦に振った。

環が用意されていた座布団に腰かけると、事の顛末を語りだす。

 

「まず、つい最近熊神の子供が何者かに連れ去られ、怒った熊神達がこの村の前の村長を山で襲った」

「え、そんなことが?」

「ああ。熊神は数が少なく、仲間意識が強い。熊神はこの村の守り神と昔から言われていたが、子供が連れ去られ、更にその原因がこの村にあれば怒らないわけない」

「…じゃあやっぱり…この村の誰かがきのこを…」

 

静かに聞いていた照彰は、自身にかけられている布団をぎゅっと握り締める。この村の人間だと信じたくなかったが、それが真実ならば認めるしかない。悲しむ春太の顔が頭に浮かんでしまう。

 

「お前は夢幻屋に会ったそうだな。夢幻屋に依頼したのは今の村長だった」

「えっ!?」

 

照彰は驚愕の表情を浮かべる。村長である人物が、何故そのようなことをしたのか。鈴流が言っていた通り、「盾」にするつもりだったのだろうか。

 

「今の村長は昔から熊神のことを好いてはいなかったようだ。なんでも、子供の頃に母親を流行り病で亡くしたらしい」

「…それで、守り神なのにお母さんを助けてくれなかったことに、幼かった彼は熊神を憎んでしまったようです」

「……」

 

その話を聞いた照彰は、何も言えなくなってしまう。照彰が読んだ本には、熊神は華緑山の主で、山や草木を司る妖霊だと書かれていた。流行り病から人々を救う術は持ってはいない。村長もそれを分かっていただろう。しかし、母を亡くした悲しみから、何かを憎まずにはいられなかったのだろう。

 

「夢幻屋に依頼したのは六日程前らしい。たまたま夢幻屋に出会えたんだとさ。どういう経緯で会えたのか、覚えていないみたいだが」

「覚えてない?」

「記憶を一部消されているのです」

「そんなこともできるのかよ…」

 

強いだけでなく、記憶まで操作することのできる彼らに、照彰は「怖い」としか思えなかった。銃で射たれた時のことを思い出せば、あの時はとにかく必死で春太ときのこを守ることしか頭に無かったが、今はよく頑張ったなと自分で自分を褒めてやりたくなる。殺意を向けられることは勿論初めてだったのだから、恐怖でしかない。照彰は震える手を、包帯の上に置いた。

 

「…それで……今はどうなってるんだ…?」

「何がだ?」

「その…村の人達とか、熊神とか…」

 

照彰は言いにくそうにそう尋ねる。今この村と熊神は敵対している。その状態は現在も続いているはずだ。だが、この村は何故だか異様に静かだった。寝かされているこの家の中も、外のどこからも音が聞こえない。もしかしたらこういう村なのだろうか、と照彰は考える。

 

「…先代村長と、熊神の長が話し合いをしている」

「えっ、話し合い!?」

「ああ。今回のことで、互いに“どうするか”のな」

「どうするか…」

 

照彰はそれを聞いて、掛け布団をはがして環に投げると、枕元に置かれていたジャージを取って家を出る。後ろから環が「こらああっ!!」と叫んでいるがお構い無しだ。照彰は華緑山に向かって走った。

その途中、村の民家を見てみると、家の中から外を伺う村人達がいた。どうやら家の中で待機しているようだ。

 

「おやおや。そんなに急いでどこに行くんだい?」

「あっ、夜楽!」

 

村を出たところで夜楽の姿を発見する。腕を組んで細い木に体をもたれさせている。

 

「お前、鈴流の仲間だったんだな」

「仲間ねぇ…まぁ、違うわけではないけど違うかなぁ」

「は?なんだよそれ」

 

意味の分からない返しをされ、照彰は首を傾げる。それでも、照彰は夜楽が夢幻屋から自分達を助けてくれたことを素直に感謝した。礼を言うと何故か「気持ち悪いからやめてくれ」と言われ、照彰は夜楽を睨んだ。

 

「そう睨むなよ。ま、こっちもわがままな赤ん坊の面倒を見てもらったから、礼を言わないとね」

「赤ん坊?それって鈴流のことか?あいつ赤ん坊って年じゃねぇだろ」

「見た目じゃなくて中身だよ。それにあいつの年齢だって、妖霊からしたらまだまだ生まれたてだよ」

「え、そういうもんなのか」

「そういうもんだよ」

 

そんな会話を交わす中、照彰はあることに気がついた。鈴流の話をする時の夜楽の表情が、いつもより穏やかなのだ。普段は何を考えているのか分からない笑みを浮かべているが、今はそうではない。優しい印象を与える、柔らかな笑顔。

 

「お前、あいつのこと大事にしてんだな。優しいとこもあって安心したよ」

「はぁ?何を言っているんだい?射たれたのは腕のはずだけど」

「あー!てめぇそういうこと言うのかよ!!」

「もしかして頭の悪さは元からかい?かわいそーに」

「遊んでるだろ!」

 

口を手で隠してプププと笑う夜楽に、照彰はもう話したくないと思った。

すると後ろからダダダッという激しい足音が聞こえ、照彰は「ん?」と音の方へ顔を向けた。

 

「どけえぇぇぇぇっ」

「うわまたかよっ!」

 

前と同じように刀を構えて夜楽に突進してくる環を、照彰は巻き込まれないように避ける。夜楽も少しだけ体を傾けただけでそれを避け、環の刀はどこにも当たらなかった。

 

「まったく、君もその真っ直ぐな突進をやめなよ。当たるわけないだろ」

「うるせえっ!」

「はぁ…麗雅のことを憎んでいるなら、僕を攻撃するのは違うだろ」

「お前はあいつの仲間で、妖霊の頭だっ!お前を攻撃する立派な理由はあるんだっ!」

 

あの時の夜と同じように刀を夜楽に向ける。夜楽はやはり余裕そうにただ怒る環を眺めるだけ。

 

「メンドクサイなぁ…ほんと、君は“何も知らない”くせに」

「なんだとっ」

「だってそうだろ?君は正確に“あの現場”を見たわけじゃないのに、何故そこにいただけの麗雅を恨む。人間ってそういうとこあるよねぇ」

「…テメェ」

 

ギリッと刀を強く握り、環は鋭い視線を夜楽におくる。その様子を見ていた照彰は、環が激しく怒りを燃やす理由に、麗雅という人物が関わっているのだと理解する。

 

「……じゃあごゆっくり~…」

「あ、行くんだ」

 

止めるべきなのかもしれないが、照彰は二人をそのままに、先を急ごうとする。夜楽は面倒だから照彰に止めて欲しかったようだ。しかし照彰は止めることはしない。

 

「…だって、俺は関係ないだろ。本人達で解決してくれよ。…それに、環は誰にも関わってほしくないんだろ?自分で解決したいから」

「……」

 

照彰は、環が怒る理由を知らない。知らない自分が、環のしようとすることを止める権利はあるのか。そう考えると、一番良いのは「ここから離れる」ことだ。それに、照彰が例え止めようとしても、きっと止められないだろう。余計な怪我をするだけだ。腕の怪我もあり、如月にも安静と言われている。

 

「俺は急ぐから、後はお前らでやれよ。環、頑張れよ」

「え…」

「君、もしかして頭の悪さは元からって言ったの怒ってる?」

「うん」

 

親指を立てて環を応援し、夜楽にべーと舌を出した。環は意外なことを言われたからか、驚いた表情をしている。

 

「じゃーな」

 

手を振って照彰は華緑山に入っていく。持っていたジャージを羽織り、色とりどりの美しい花が咲いている道を歩いていく。

赤、桃、黄色、青、白。たくさんの花が地面を埋めつくし、周りの木の葉は心が落ち着く明るい黄緑色で、太陽の光が射し込んでキラキラと輝いている。

 

「うわぁ~…」

 

その美しさに、照彰は感動した。祖父が住む家の近くにも似たような景色を見ることはできるが、この華緑山は鮮やかな花に眩しい木の葉。そして山に住んでいるリスや小鳥。とても神秘的で、このまま山に入るのが恐れ多い気さえしてくる。

 

「照彰殿」

「流星さん!」

 

景色を楽しみながら進んでいると、木の後ろから流星が姿を現した。流星の登場に照彰は驚き、そういえば仕事だと言っていたなと思い出す。

 

「流星さんの仕事って、熊神のことだったんだな」

「ええ」

 

流星は穏やかに微笑みながら、照彰に手招きする。流星の側に行くと、彼女は直ぐに歩き出す。普段山道を滅多に歩かない照彰は少し遅れて流星の後ろをついていく。流星の方が動きにくそうな格好をしているが、慣れた様子で進んでいく。ただ、普通に歩いているので地面に近い着物の部分は土で汚れてしまっている。それでも気にせずに流星は歩いている。そういうことには無頓着なのかもしれない。

 

「さぁ、どうぞ」

「どうぞって…ここは…?」

「熊神の長と前村長の話し合いの場です。貴方のお話を伺いたいようですよ」

「俺の話?」

 

流星が照彰を迎えに来たのはどうやらそれが理由らしい。何故自分が呼ばれたのか。おそらくは、きのこが関係しているとは思うが、照彰は何故だか緊張してしまう。

流星に背をぐいぐいと押されて、照彰が来た場所は木が少なく森の広場のような所で、立派な杉の木で作られた屋根がある。

まず目に入ったのは、屋根の下に座る老人と、照彰が見る限りでは一番大きな熊だった。老人は足に包帯が巻かれており、楽な姿勢で座っている。そして、老人の前に座っているのは、流星の言う熊神の長という者だろう。大きな体に、普通の熊神よりは濃い茶色の毛に、緑の苔に、小さな可愛らしい桃色の花がいくつか咲いている。

 

「お二人とも、彼が桃瀬照彰殿ですよ」

「ほうほう、君が現から来た少年か」

「は、はぁ…」

 

流星に紹介され、小さく会釈する。怪我はしているが元気な人物で、照彰は少し祖父の顔を思い出した。

 

「ふむ…まだまだ子供ではあるが……なるほど、霊力は確かに現人のものだな」

 

熊神の長は照彰を観察し、鼻を動かして匂いを嗅いでいる。

 

「照彰殿、こちらは前村長の吉春(よしはる)殿。そしてこちらが熊神の長である榛摺(はりずり)殿です」

「どうぞよろしく」

「榛摺だ。我が一族の子である葉支那(はしな)が世話になったこと、皆を代表して礼を言いたい。ありがとう」

 

榛摺が深く頭を下げる。照彰は葉支那をきのこのことだと瞬時に理解し、ちゃんとした名前があったことに苦笑した。それに榛摺が「何か?」と尋ね、照彰は慌てて「いいや何でも!」と返す。

 

「それで、少しをしたいのだが…構わんか?」

「あ、や、その前に!俺の話を聞いてもらっても…?」 

「…なんだ?」

 

榛摺が話を始める前に、照彰が先に話を聞いてもらおうと許可を求めた。榛摺が吉春と顔を見合わせ頷き合うと、榛摺は先を促した。

照彰はビシッと背筋を伸ばして数歩前に出る。

 

「えーと…熊神達は、正直に言って村の人達に対して怒ってる…?」

「……」

 

照彰の質問に、榛摺は沈黙するだけで返事はしなかった。だが話は聞いてくれているようで、照彰は様子を伺いながら話を続ける。

 

「もし…熊神達が許してくれるなら、これからも村の人達を守ってやって欲しいんだ!今回のこと、少ししか聞けてねぇけど、きの…じゃなくて葉支那が無事だったってことで許してくれないかっ!?」

「……」

 

照彰は真剣に榛摺に向かって訴える。ここに来たのはそれが言いたかったからで、照彰は簡単に聞いてはくれないと思いながらも必死にお願いした。

だが、榛摺は未だに無言でただ聞いているだけだ。

 

「頼むっ!簡単に聞いてもらえない願いとは思うけど…それでもっ…!」

 

照彰は頭を思いっきり下げていた。無理なお願いだと充分理解している。しかし、それでも願わずにはいられない。今の村長の悲しみを考えれば、関係ないとはいえ熊神を憎んでしまったことを照彰は責められない。

 

「…何故、お主はそこまで気にしている?お主は熊神でも村の人間でもない。なのに何故?」

「え、いや、それは……なんというか…えーと…」

 

照彰は何と言ったら良いのか分からず、困った表情をする。

皆が照彰を待ち、静かに見守った。

 

「…とりあえず、誰も傷つかなきゃ良い、かなって…」

「ほぅ…」

「そうは言っても、吉春さんは怪我してるし、多分熊神も被害は出てるんだよな?だから、誰も傷つかないってのは無理だったけど…これ以上増やすことはないかなって…仲良くできないかなって」

 

照彰の言葉に、全員が目を丸くした。照彰はあまりの沈黙に困惑し、助けを求めるように流星に視線をおくるが、何故かニッコリ笑われるだけだった。

 

「ははははははっ!!」

「うおっ」

 

すると突然、榛摺が大声で笑いだし、照彰は驚いて肩が跳ねた。

何故笑っているのか分からず、不安になる。

 

「なんとまぁ不思議な現人だなぁ。“あの方”を思い出す」

「!」

 

榛摺が「あの方」と言うと、流星がピクリと小さな反応をした。それが気になるが、何だか聞いてはいけないような気がして、照彰は榛摺が話すのを待つ。

 

「お主の気持ちは分かった。吉春の子が母を失ったことは知っている。もちろん、我らを恨んでいることも」

「……」

「我らには何もできなかった。我らにできることは、植物に関するものであり、病をどうにかする力は無い。それでも、どうにかしてやりたかった…我らが知る薬草ではどうにもならなかったのだ」

「妖霊は万能ではありませんからね」

 

榛摺は悲しげにそう語り、吉春も妻を亡くしたことを思い出して顔を伏せた。その中、流星だけは冷静に「仕方がない」と言う。

 

「葉支那が無事だっただけで我らは充分。今回はお主のおかげだ。お主の願いを叶えよう」

「えっ…」

「今回のことは不問にする。仲間の怪我も、鈴流殿のおかげで完治したしな。吉春、これからはより一層協力していこう」

「っ!!」

「ええ」

 

不問という言葉に、照彰は顔を輝かせる。そして何度も何度も「本当か!?」と確認する。榛摺はそれに付き合って優しく「ああ」と繰り返す。

吉春は静かに一礼すると、村人に報告するために村へど戻った。どうやら吉春と榛摺の話し合いはほぼ終わっており、結論は出ていたのだろう。

 

「良かったですね、照彰殿」

「ああ!本当に良かった!!これで春太ときのこも遊べるだろうし、安心だな!」

「きのこ…?まぁ、これで問題は解決したので帰れますね」

 

榛摺も山へと帰り、流星に連れられて照彰も山を出た。

すると出口には、葉支那を抱いた春太が待ち構えており、照彰の姿を見つけると大きく手を振る。

 

「照彰さん!村長から聞きました!これからもきのこと遊べます!!本当にありがとう!!」

「はは、そんな大したことはしてないさ」

 

春太に抱きつかれ、葉支那にはペロペロと頬を舐められる。

二人の姿を見て、無事に解決したことを心から良かったと思えた。二人がこれからも友達として過ごせる。その時間を守れたことに、照彰は満足することができた。

 

そして、自分のやるべきことを見つけたような気がした。

照彰はぐっと拳を握り、春太と葉支那に話しかけている流星の側に行くと、晴れやかな表情でこう言った。

 

 

「流星さん!俺、ここに残る!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『現の迷い子 何を見つけて 旅するか

 

行きは踊って 帰りはどうだ 宝はあるか

 

笑顔にしたくば 流にのれや うまく泳げ』

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第九話 やりたいこと

熊神との問題を解決したその日、照彰はへとへとになりながらも保月神社へと戻ってきた。既に夕日が沈み、空を飛ぶ烏達の鳴き声が響いている。

 

「戻りましたね。では早速、これからのことを話しましょう」

「そうだな」

 

流星は嬉しそうにそう言い、巫女達に食事の準備をするように指示をする。

流星と如月は一度汗を流してくると言って、風呂場へと向かった。

それを見送り、照彰はずっと静かにぼけーっとしている環に話しかける。

 

「で、どうだった?夜楽のことぶん殴ったのか?」

「ああ?ああ…あの後すぐに逃げられた」

「チッ、あの野郎、殴られれば良かったんだ」

「お前は何をそんなにキレてんだよ」

「頭悪いって言われたんだぞ!そりゃあ学校のテストはちょーっとあれだけど、それだけだっ!」

 

照彰は夜楽に言われたことをまだ怒っているようだ。環は「てすと?」と、知らない単語に首を傾けているだけで、特に慰めるつもりはないらしい。

そうこうしている間に一人の巫女が照彰と環を食事を準備した部屋へと案内し、照彰は我慢ができずに一人で食べ始める。

環はゆっくりと座布団に座り、「いただきます」と小さく言ってから黙々と食べる。

 

「それで、お前はここに残ることにしたんだろ」

「ん?ああ、まーな」

 

口にいっぱい食べ物を詰めたまま話す照彰に、環は呆れた表情を向ける。向かい合って食べているので表情はよく見えるのに、照彰は気にせずバクバクとご飯をかきこむ。

 

「残ってどうするんだ。何か目的ができたから残るんだろ?」

 

そう尋ねられ、照彰は一瞬食べる手を休め、口にたまっていた物を飲み込む。

 

「意外だな。お前はすぐに「帰れよ!このボケかす!」くらい言うと思ってた」

「さすがにそこまでは言わないぞ…」

「あはは」

 

照彰に自分は何と思われているのか、少し心配になる環だが、確かに残られるよりは帰ってもらいたかった。何故なら、本当の意味で環はまだ照彰を信用していない。だが、照彰がここに残ると選択したことでこちら側が有利になるならば迎えても良いとは思っている。

 

「俺さ、春太ときのこがこれからも遊べるんだなって分かって、すげぇ嬉しかった。あいつらの喜ぶ顔を見た時、なんかこう…胸があったかくなったんだ」

 

春太ときのこの顔を思いだし、微笑みながら自分の胸を押さえる照彰を、環は静かに見つめる。

 

「それでさ、人間と妖霊が仲良くなることは不可能じゃないって分かって…なら、争って傷つくより和解して平和的に暮らすのが良いんじゃないかって」

「…そんなこと、無理に決まってる」

 

落ち着いた声音で話す照彰に、環は無理だと諦めの台詞を吐いた。

 

「何でそう簡単に決め付けるんだよっ」

「決め付けじゃねぇっ!事実だっ!」

「はあぁ!?」

 

静かに食事をしていたのに、気づけば騒がしく喧嘩が始まってしまった。

そんな騒ぎを聞き付け、風呂場で汗を流してさっぱりした流星と如月が部屋に入ってくる。

 

「何を騒いでいるんです?」

「俺が、人間と妖霊が仲良く平和的に暮らすのが良いって言ったら、こいつが無理だって決め付けるんだよ!」

「当たり前だろっ!人間と妖霊が仲良くなんてできるわけねぇっ!」

「あーもー、分かりました。いったん静かにしてください」

 

まるでこどものように言い争う二人に如月は頭を抱える。

如月に静かにするよう言われ、二人はにらみ合いをしながらも黙る。

 

「……」

 

そんな中、何故か流星は一人でどこか遠くを見つめるかのように、ぼんやりとしていた。

 

「…?」

 

それに気づいた照彰は首を傾げた。そして、何故そのような表情をしているのか、照彰なりに考えてみる。

流星の表情は、少し驚いているように見える。照彰の考えが、流星には予想していなかったものなのだろうか。

 

「ここで喧嘩をしても意味はありません。照彰殿、貴方のお話を伺いますので、構いませんか?」

「…え、あ、ああ」

 

如月はそう言うと、話を聞くためにぼーっとしている流星に座るよう促し、自らも座る。流星は如月に言われてハッと意識を戻し、慌てて座布団に座った。

 

「それで、照彰殿はここに残ると決めたわけですが…はっきり聞きます。我々と夜楽、どちらにつくのですか?」

「……」

 

流星は先程とはうってかわった様子で照彰に質問する。それを問われた照彰は、流星の顔をじっくりと見つめた。流星の瞳は、照彰がどちらにつくか探っているかのようだった。

本当にはっきりだな、と照彰は思い、一つ深呼吸すると自分の答えを音にのせて発する。

 

「どっちとかじゃなくて、俺は人間と妖霊が仲良くなれる方法を見つける」

 

力強く、はっきりと聞こえる声で照彰はそう述べた。

照彰の答えを聞いたこの場の全員が「本気か」と驚いた表情をしている。全員のその顔を見て、照彰は人間と妖霊が平和に暮らすのがいかに難しいのかがなんとなく分かる。だがもう決めたことだ。照彰は春太と葉支那を見て、二人と同じように互いに仲良くしたいと思っている者達がいるに違いないと考えた。それに、互いに支え合い協力していけば、誰も傷つくことはないとも思っている。

 

「きっと互いにうまくいける方法がある!俺はそれを見つけて、人間と妖霊が共存できるようにする!こっちじゃあ時間の流れが違うから、長くなったって良い。余計なお世話かもしれないけど、俺の決めたことだ。俺は、互いに仲良くして欲しいから、なんとかする!これが俺のやりたいことだっ!!」

「…そんなの、できるわけねぇだろっ!あいつらは人間の敵だっ!共存なんかできるわけねぇっ!」

「じゃあお前はいつまでも敵だ敵だっつって、安心できない世の中が続いても良いのか!?無理だって決め付けたらちっとも前に進まねえんだよ!!!」

 

怒鳴り声を上げる照彰と環に、如月はどうしたら良いのか分からず狼狽えている。

 

「……それができれば、どんなに良いか…」

 

どちらも譲らない言葉の攻防戦を止めたのは、流星の小さな声だった。

照彰と環は一瞬にして静かになり、如月は流星を心配するかのような表情で彼女に視線を向けた。流星は悲しそうな表情で、膝の上に置いた手を見つめていた。

 

「流星さん…?どうしたんだよ」

「いえ……そうですね…貴方の考えは素晴らしい…」

「え…?」

「良いでしょう。私は貴方の力になります」

「ええっ!?」

「流星!?何言ってやがるっ!!」

 

まさか流星が照彰の考えに賛成し、更にそれの為に力になるとまで言うとは思っていなかった。

 

「え、ほんとに?俺、もしかしたら怒られるかもって思ってたんだけど…」

「…かつて、貴方と同じような願いを持つ方がいました。その方の願いでもあるのだから、私は…」

 

いつもの優しい笑顔を浮かべていた流星が、泣きそうな笑顔で小さくそう言う。流星の言う、照彰と同じ願いを持った人物とは誰なのか。気になる照彰だったが、流星が話を続けた。

 

「熊神とあの村を仲直りさせた貴方の力…それを信じてみたいのです。照彰殿、私は人間と妖霊が平和的に暮らすことができる方法に心当たりがあります。ただ、簡単ではありません。それも、長い戦いになるでしょう。それでもやりますか?」

「っ!もちろんっ!やるに決まってる!!何をすれば良い?」

 

流星が方法まで知っていることに驚きながらも、照彰は素直に喜んだ。早く方法を教えてほしくてたまらないのか、身を乗りだして聞き出そうとするが、如月が後ろへ服を掴んで引っ張る。

 

「俺は認めねぇっ!流星が命令しても、俺はこれには一切関わらねぇ。保月神社を出て、一人ででも妖霊を退治していく」

「環っ!」

 

環は立ち上がると、そう叫んでドタドタと床を鳴らしながら部屋を出ていった。如月が追いかけようとしたが、流星に止められて追いかけることはしなかった。

 

「彼の気持ちも、分からなくはないんです。彼は妖霊を憎んでいるので…」

「なんとなく分かってる。今は無理でも、きっと分かってくれるって思ってる。つか、分からせる」

「ふふ、強いですね」

 

環が去った方向を見つめながら、流星が気を悪くしないで欲しいと言う。照彰は言い争いをしている間は怒っていたが、今は落ち着いて環を責めることは言わなかった。

そして、やっといつもの笑顔を浮かべた流星に安心したように小さく息を吐いた照彰は、話の続きを頼んだ。

 

「分かりました。実は、この神流には人間と妖霊の代表が存在するんです」

「代表?」

「はい。私達が今いるここは神流の真ん中に位置する場所で、人間側の代表は私、そして妖霊側の代表が…」

「夜楽か」

「ええ」

 

流星は如月に地図を頼み、それを見ながら話を続けた。長い間使っていたのか、ところどころ破けており、折った跡がはっきりと残っている。

地図には保月神社が立つ土地を、大きく四つに分かれた土地が囲んでいた。

一つは右上に「聖桜(せいおう)の都」。その下に「神青海(しんせいかい)」があり、その左横に「常夜(とこよ)の地」、そして最後にその上に「日向の雪城(ひなたのゆきしろ)」と名がついている土地。

 

「この土地には、それぞれ人間と妖霊の代表と呼ばれる存在が一人ずついます。そして、その代表達は【神印(しんいん)】と呼ばれる判子を持っているんです。これがその神印です」

「うわぁ…ピッカピカ…」

 

流星が着物の袖から取り出したのは「流」という字が刻まれた手の平に乗るほどの深紅の色をした判子だった。

 

「これは代表しか持つことを許されない物で、大昔に神から授かった物だと言われています。代表達が守り、子孫に伝えてきた宝…私も、これを師から受け継ぎました。神流で決まり事を定める際に必要とされ、これで判を押すと神に誓ったとして破棄はできず、それを守ることが絶対とされます」

「じゃあ、人間と妖霊が仲良く過ごすようにって決まりにそれを押して貰えれば…!」

「はい、代表が認めれば、それに従う者達も認め、共存は可能でしょう」

 

それを聞いた照彰は、顔を輝かせてやる気が出てきたのか、「くぅぅ~~!」と唸る。

 

「分かった!それを集めれば良いんだな!任せとけ!」

「しかし、先程も言いましたが、簡単なことではありませんよ」

「分かってる!ま、なんとかするさっ!」

 

神印を集めることを決意した照彰は、拳を握り締めて高く掲げた。流星はそれを微笑ましく眺め、如月は苦笑いを浮かべながらもどこか楽しそうであった。

 

「流星様がそう仰るのであれば、私は弟子としてお手伝いします」

「如月…環のように、私に従わずとも良いのですよ?」

「流星様!私は貴女の弟子になると決めた時から、いついかなる時でも貴女の側で修行すると決めているのです!それに……私も、誰も傷つかないのであれば、その提案に賛成です。平和が一番ですもの」

 

如月も手伝ってくれることになり、照彰はより一層やる気が増した。やはり一人より二人、二人より三人と、多ければ多い方が良い。

 

「では、私は神印を押すための書類を用意します。言っておきますが、全員の神印が集まらなければいけませんよ。私と夜楽以外の神印が集まったら、最終で私と夜楽が押すことになります」

「あいつ押してくれるかな~…ま、押されなかったらそん時はそん時で考えるか」

「まずは比較的に簡単な所から行きましょう。まずは【聖桜の都】が良いでしょう」

 

聖桜の都、と聞いて照彰は地図でその場所を確認する。ここから一つ山を越えれば、その先にあるらしい。

 

「聖桜の都は、神流で唯一人間と妖霊が既に共存している土地なのです」

「ええっ!?そうなのか!?じゃあ神印を押すまでもないんじゃ…」

「神印は押すことに意味があるんです。それに、聖桜の都は独自でそうしているだけで、神流全体となると話が違ってくるんですよ」

「へぇ~…」

 

如月が教えてくれた限りでは、聖桜の都は人間と妖霊が共存し、互いに協力して生きているらしい。聖桜の都には、【守桜(もりざくら)】と呼ばれる桜の木があり、それに宿っている妖霊が代表で、人間側は都の長らしい。

ただ、人間と妖霊が共に生きていることを周りにはあまり良く思われてはいないようで、そこに住む人々は都から出ることは滅多にないし、他の地の者が入ることもない。外との交流は一切しない土地なのだ。

 

「なるほどなぁ…んじゃあ、早速そこに行って、神印を貰いに行きますか!」

「今日はもう遅いので明日からの方が良いですよ。食事もまだ終わっていませんしね」

「あ、そだな」

 

話をしていたおかげですっかり冷めた料理を、照彰は最後まで平らげる。冷めても美味しい料理に感心しながら、明日から自分がやる仕事に心が踊る。だが、不安や心配がないと言えば嘘になる。

うまくいくのか、どうやったら良いのか。色々なことを考えながら、照彰は食事を終わらせると気分転換の散歩に出掛けた。

 

「ふぅ…すっかり夜だな」

 

夕日は完全に沈み、既に空は真っ暗だ。星が浮かぶ空に三日月が辺りを照らしている。

 

「君、本気なのかい?」

「お前さぁ、もう少し普通に出てくればいいのに…」

「これが普通さ」

 

神社を出たところで、暗闇から夜楽が姿を現した。内心いきなり現れた夜楽に驚きながら、それを悟られないように振る舞った。

そして、夜楽が流星との会話を聞いていたことを察し、照彰は夜楽の様子を伺う。

 

「…別に君の邪魔はしない。できるって思ってないしね」

「お前もそう言うのかよ」

「まーね。ていうか、そんなの嫌だね。できるできないじゃなくて、したくないんだよ」

「我が儘だな」

「それで構わないよ。大嫌いな存在と仲良くするなんてゴメンだね」

 

鼻で笑いながらそう語る夜楽。彼が「嫌だ」と言ったことで、照彰の不安が大きくなった。たとえ神印が集まっても、最終で夜楽が押してくれなければ照彰の願いは叶わない。

 

「…君って、本当に似てるな」

「あ?なんか言ったか?」

「いいや。頭だけでなく耳まで悪くなったかい?」

「うっっっざ」

「あはは……ま、頑張れば?うまくいくかは知らないけど、応援はしてるよ。それじゃあね」

「え、おい!」

 

急に現れて急に帰った夜楽に、照彰はため息を吐いた。しかしすぐ、彼が言い残した言葉が気になった。

 

「……応援はしてくれるんだ」

 

ぽつりと呟いた言葉は、照彰の後ろの人物に聞こえていた。

照彰の後ろの木の枝に腰掛けているのは、たくさんの菊とその花の間を数匹の金魚が優雅に泳いでいる着物を纏った、虹色のおかっぱの童子だった。人形のような表情の童子は、照彰が神社に戻っていくのを見ると、木から飛び降り、そのまま消えてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

〜聖桜の都編〜
第十話 聖桜の都


新章に突入しました!




「ぜってぇ判子集めるぞぉ~!!」

「喧しいっ!!」

 

保月神社の鳥居の前でそう高らかに叫ぶ照彰の頭をバシンッと、環が殴る。

 

「いってぇな!グーで殴ることねぇだろ!」

「朝からそんな大声で叫ぶんじゃねぇっ!遊びじゃねぇんだぞっ!それに判子じゃなくて神印だっ!」

「分かってるっての!んだよ、俺には協力しないとか言ってたくせに」

 

殴られた部分を撫でながら不服そうな顔をする照彰。それに対して環も口を尖らせている。

 

「仕方ねぇだろ。俺のとこに入った依頼が聖桜の都だから一緒に行けって流星に言われたんだよ」

「お前、わりと流星さんの言うこと聞いてるよな」

「もうどうでも良いので行きませんか?」

 

如月が呆れた表情で二人の言い争いを止めた後、一人で鳥居を抜けようと歩き出す。

環が照彰から顔を逸らし、如月の後に続く。照彰は舌打ちをすると、環を追い越して如月の隣に並ぶ。それを見て如月は「はぁぁぁ」と盛大なため息を吐いた。

 

「あの…子どもみたいなことするのはやめてください」

「子どもじゃねぇし。にしても、これがスタンプラリーの用紙か。なんか高級そうな紙だなぁ」

「何ですか、スタンプラリーって」

「こっちの世界の遊びみたいなもんだよ」

 

照彰が流星から渡された一枚の紙を目の前に掲げる。それは縦長の上質な紙で、一番上に二つの欄が用意され、その下に横二、縦四の欄がある。左の方が右の欄より横に長く、そこに名前を書き、右には神印を押すことになっているらしい。

そして一番下には「仲良くします」の一言。照彰は「この一言いるか?」と思ったが、気にしないことにした。

 

「無くさないでくださいね、その紙。余計な一言が入ってますが、かなり貴重な物ですから」

「あ、余計な一言って言っちゃった」

 

如月は案外はっきりと言うタイプなのだと理解した照彰は、少し意外だと感じた。如月は、流星にとにかく従うタイプなのだと思っていたからだ。

 

「如月は、何で流星の所で働いてんの?」

「働いているのではなく修行しているのです。私の故郷では、私が思う刺激のある人生を送れないと思ったので」

「へぇ~…そんなこと考えて流星さんの弟子に…やっぱり大変?妖霊を退治とかするのって」

「私は修行中の身なのであまり経験はありませんよ。ただ、確かに簡単ではありませんね。気を抜けば死んでしまう程には」

「うへぇ」

 

紙を折り、流星に渡された青い布にくるむと、何故か朝目が覚めると枕元に置かれていた黒いリュックサックに入れると背負い、上を見上げた。

今朝は快晴。雲が所々に浮かび、太陽が眩しい光を放っている。こんな気持ちの良いスタートがきれることに心か踊る。

不意に、チラリと後ろを振り返ると、そこにいたはずの環の姿がなかった。そのことに「あれ?」と思い、周りを探してみるがどこにも環の姿はない。

 

「なぁ如月…」

「どうしました?」

 

歩くスピードは変えずに、隣を歩く如月に知らせようとするが、如月は地図を眺めており、環のことにはやはり気づいていない。

 

「環がいねぇんだけど」

「え?ああ、どうせ勝手に離れて別の道から行ったんですよ」

「え?良いのか?あいつ道分かるのか?」

「彼は何故か道に迷わないんです。知らない場所に行くときも、気づいたら辿り着いているらしくて…実を言うと彼に先を歩いてもらおうと思ってたのですが、きっと別行動すると思ってたのであまり期待はしていませんでした」

「道に迷わないって…逆に俺は迷ってばっかだな。地図も読めないし。ま、ほっといて良いなら良いか」

 

環が消えたことは予想通りと知って、照彰は考えることをやめた。方向音痴で地図も読めない、更に知らない場所ということもあり、道案内は如月に任せることにして自分は彼女の少し後ろに下がる。如月は地図を眺めたまま迷わず進むので驚きながらも安心だなと照彰は気が楽になる。自分の目標の達成を目指す為には先ず場所に辿り着かなければならない。だがその心配はもうしなくて構わない。後は到着するのを待つだけだ。

 

「囲まれた」

「囲まれましたね」

 

地図にある森の中をひたすら歩き、時には休憩をしていると、やがて都会の高層ビルのような高さの柵で隠された場所を見つけた。

しかし、それと同時に槍や刀を持って二人を睨む数人の男達に囲まれた。如月は全く焦っていないが、照彰はビクビクと体を震わせる。

 

「お前達、何用でここに来た?」

「聖桜の都の長と守桜に神印を頂きに」

「いやいや、こんな警戒されてるんだからそんな簡単には…ん?」

 

如月が目的を話すと、男達は互いにヒソヒソと何かを囁き始める。

 

「なんか話してる…こえぇなぁ…」

「これをやると言い始めたのは照彰殿ですよ。しっかりしてください」

「いやそうなんだけどさ…でも怖いもんは怖いよ」

 

果たして、男達は照彰達をどうするのか、もしや殺されたりはしないだろうなと心配になる照彰。

 

「これは失礼致しました。どうぞ、こちらからお入りください」

「入れてくれるんかーい!」

 

男達はビシッと頭を思いっきり下げると、一番前にいた男が二人の案内を始める。まさかこんなに簡単に入れるとは思っていなかったので照彰は少々驚いたが、如月が進むのでそれについていく。

 

門がゴゴゴと音を立て、開かれる。

中に入ると、先ず最初に目に入ったのは、風に運ばれて目の前を通り過ぎた何かの花びらのようなもの。しかもそれは一枚だけでなく、まさに「桜の雨」と呼ぶに相応しいほどの数。

 

「うわぁぁ…」

 

こんな光景が見られて感動した照彰は目を輝かせる。

 

「ここ、聖桜の都は常に桜が咲き続けているんです。しかもここの人達は基本は余所者を入れないので、外の者はなかなか見ることができないんです」

「へぇぇ~…じゃあ俺って貴重な体験してんだ。…でも、それ以外はわりと普通だな」

 

桜の雨以外は、特に変わったところはなく、照彰もよく見る田舎の風景だった。

畑や田んぼに囲まれ、店というようなものは見当たらない。

 

「自給自足の生活をしていますし、特産品は…あるにはありますがかなり貴重な物で…特に珍しいものはありませんね。その特産品と…あの桜以外は」

「ん?」

 

案内されながら都のことを話してくれる如月が、前の方を指差す。そこには、照彰が見たこともないような大きな大きな桜の木が立っていた。

 

「いやデカっ!」

 

その桜は標準の桜の倍、なんてものではなく、桜の上に大きな屋敷が建ちそうな大きさだと照彰は思った。

規格外の大きさだが、花は満開に咲いて都中に降り注ぎ、かなりの絶景だ。

 

「あれが聖桜…守桜と呼ばれる桜です」

「守桜?」

 

如月の台詞に首を傾げる照彰。

 

「守桜は、この都を守る妖霊が宿っている桜でな。都中に咲く桜は全て、守桜の子どもだよ」

 

そう説明してくれたのは、一人の老女だ。茶色い着物を身に付け、腰を曲げた少々ふくよかな人物で、怒ったら怖そうな人だと勝手に思った照彰が「こんちは」と挨拶をする。

 

「私は春音という。流星様から聞いているよ。神印が欲しいんだってね」

「はい。どうかこの紙に…ほら出してください。名前と神印を押して頂きたいのです」

「お願いします!」

 

リュックサックから紙を取り出し、春音と名乗った老女に見せる。春音はその紙をじっと見つめ、ニコリと笑うと、「もちろんじゃ。じゃなきゃ入れないよ」と言った。

それを聞いた照彰は「マジで!?」と顔を輝かせる。

 

「元気な若者だね。ああ、あたしだって仲良く平和に暮らしたいしな。それに、周りの連中から嫌われたままじゃ、生きづらいことには変わりないからね」

 

「よっしゃ!」とガッツポーズをして照彰は素直に喜びを表す。

しかし、その喜びは春音の言葉によりすぐに掻き消されることになる。

 

「神印は今は無い。見つかるまで待ってくれるかい?」

「………無いの?」

 

目を真ん丸にして、ガッツポーズをしたまま照彰は固まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十一話 春音と桜貴

あけましておめでとうございます!
今年もよろしくお願いいたします!!


「なぁなぁ…神印が無いってどゆこと?」

「さぁ…そんなことは一切聞いてませんでしたし…一体何があったのでしょうか…」

 

春音に「神印は無い」と言われてから何処かに案内されている。春音の後ろで、照彰と如月は言葉の意味を考えていた。流星から聞いた話では、神印は代表が必ず所持しており、「無い」なんてことはあり得ないはずであった。

 

「ところでこれ、何処に行ってるんだ?」

「このまま真っ直ぐ行けば聖桜の桜に辿り着きます。ということは、おそらくこの都の妖霊代表の所だと思いますよ」

「妖霊側の…」

 

妖霊代表に会う、と意識してみると、照彰は急に緊張しだした。たとえこの都で人間と妖霊が上手く共存していたとしても、やはり相手は人間ではない。そのことが、照彰に不安を与えてしまう。

 

「着いたぞい。桜貴や、話していたお客だ」

「桜貴…?」

 

聖桜の下で止まり、春音が高く上を見上げて誰かを呼んだ。

すると、穏やかな風が吹き、桜の雨が強くなった。揺れる枝の間から、薄桃色の布が現れる。それが着物だと分かり、照彰は目を細めてよく見ようとする。姿を現したのは、薄桃色の着物を黄色の帯で絞め、着物よりも少し濃い桃色の背中に流れる髪を持つ美女。細い瞳は若葉色で、緩やかに笑っている。

 

「うひゃあ~…正に桜の女神って感じ」

 

ふわりと重力を感じさせずに地に降り立った桜貴と呼ばれる妖霊の美しさに、照彰の口は開いたままだ。

 

「初めまして、桜貴様。如月と申します。こちらは…」

「桃瀬照彰です!今日は神印を貰いに来ました!」

「ふふ、元気な人間の子じゃ。流星とは違った感じの現人じゃのう」

 

袖で口元を隠してくすくす笑う。照彰の緊張は何処かに飛んでいったようだ。

 

「ここには外の者は来ぬ。私は都を守るのが使命。じゃから正直、他の地の人間達や妖霊と上手くやっていけるのかは不安じゃ。じゃが、このままではいかんということも充分理解しておる」

「じゃあ神印をくれますか…!」

「やろうやろう。今は無いがな」

「やっぱないんかい!」

 

真剣な表情で話していたと思えば、さらっとやはり春音のように「今は無い」と言われてしまい頭を抱えた。横では如月が現実逃避でもしているのか、ぼーっと空を眺めている。

 

「何で!?何で二人とも神印無いの!?」

「照彰殿!敬語をできれば使ってください!失礼です!」

「何故神印が無いのでございますか!」

 

「空眺めてたくせに!」と思いながらも言われた通りに、照彰なりの敬語で聞き直す。

春音と桜貴は互いに顔を見合わせ頷き合うと、春音が口を開いた。

 

「盗まれた」

「ふーん、マジかぁ…盗まれたのかぁ、それはそれは………え?ヤバくないの?」

「いや普通にまずいですよ」

「ヤバいよね!?なのに何で慌ててないの!?え!困るんだけど!!」

「そんなの分かっとる」

 

神流で大きな決め事に必要な神印が盗まれた。かなり大切な物を盗まれたにも関わらず、二人は全く困った様子はなく、むしろ楽しんでいるような雰囲気ですらあった。桜貴は微かに笑ってもいる。

 

「少し事情があってな。悪いが、神印を盗んだ犯人である二人から取り返してくれんかの?」

「え?俺らが?」

「うむ」

「今、犯人は二人と言いましたね?まだ都にいるんですか?」

 

如月が神印を盗んだという犯人について尋ねる。盗んだらそのまま都から去るのではないか、というのが如月の考えのようだ。

 

「まだおるよ。まだ、というかこれからもおるさ」

「…どゆこと?」

「なるほど…」

「何がなるほど?」

 

何が何だか全く分からない照彰は話についていけない。しかし、如月は何か気づいたのか、顎に手を当てて考え事をしている。

 

「私達が、その犯人から奪い返せば良いのですね?」

「そうじゃ。全力で頼むぞ」

 

ニッコリと微笑んだ桜貴の笑顔に照彰は何故か違和感を感じる。

何故自分達で取り返さないのか、何故そんなにも余裕そうなのか。

 

「…照彰殿、私達は犯人達から神印を取り返さなければならないようです」

「そうみたいだな…えー…俺ちょっと怖いんだけど」

「男でしょう。しっかりしてください」

「男でも怖いもんは怖い」

 

神印を盗んだというのだから犯人は悪い奴、というのが照彰の認識だ。その犯人が人間ならまだマシだが、もしかしたら妖霊かもしれない。人間と妖霊が共存することを良しとしない者が、実はこの都に存在するのではないか。そんな考えが浮かんでしまう。

 

「ちなみに何処にいるかは?」

「それは知らんな」

「そうですか…では地道に探すしかありませんね。犯人の特徴を教えていただけますか?」

「構わんぞ」

 

犯人は二人の男女。男の方は少々気弱そうで、薄紫の髪に黒の瞳。紺色の着物を着ているのだという。女の方は桜貴が幼くなった感じだそうだ。

ここまで聞いて照彰は「おいおいおい」と困惑した。男の方の特徴には特に違和感は無いが、女の方は怪しさが半端無い。

 

「もしかして犯人とは知り合いだったり…?」

「男は私の孫」

「女というのは私の娘じゃ」

「もーマジでどういうこと?何でその二人が?」

「それは…二人への“試練”ということでは?」

「試練?」

 

如月の「試練」という言葉に首を傾げる照彰。何故神印を盗むことが犯人である二人の試練になるのか。

 

「さぁーて!お二人には頑張ってもらわねばな!」

「そうじゃな。期待しておるぞ」

「えー…」

 

春音に「さっさと行け」とでも言うかのように手を振られ、桜貴には背中を押された。仕方なく歩く照彰と、ついてくる如月。

 

「なぁ…なんでさっき、二人の話を聞いて神印を盗むのが試練なんだよ?」

「ああ、それは…」

 

照彰が隣を歩く如月にそう尋ねる。

何故あの二人は自分の孫と娘にそのようなことをしているのか。孫と娘に、何らかの事情があるのだろうか、照彰には全く見当がつかない。

 

「照彰殿の世界では、“婚約”はどのようにして行われますか?」

「え、婚約?」

 

都を歩き回りながらそんなことを聞かれ、照彰は今の話に関係あるのかと気になったが、如月の質問に答えることにする。

 

「まずプロポーズして、そんで結婚式…かな?結婚とかしたことねーし、興味もねーから分かんねぇけど。あ、後は親に報告とか?」

 

照彰は首を傾げながらそう答えるが、結婚なんてまだまだ先のことだと思っており、そもそもそんな相手もいないということで考えたことも無かった。そのため照彰の中での結婚の手順を解説することしかできない。

 

「ぷろぽーずがよく分かりませんが、こちらではその土地の代表に認めてもらい、婚姻届に神印を押してもらえれば親が反対していても婚約することができるのです」

「へぇ~…」

「ただ、代表が結婚しろと言えば本人達の気持ちに関係なく結婚することもありますがね」

「あー、そういうこともあるのか」

 

どうやらこの世界で神印を手にする代表という存在は、逆らうことが難しい相手なのだと窺える。

 

「おそらく神印を盗んだ犯人である二人は、結婚しようとしているのではないでしょうか」

「え?それって、もしかして…」

「ええ、人間と妖霊の結婚になりますね」

 

つまり、聖桜の都の人間側の代表である春音の孫と、妖霊側の代表の桜貴の娘の二人が結婚しようとしているのだ。

 

「いくら人間と妖霊が共存する唯一の土地だとしても、結婚となると難しいのでしょうね。それも代表同士の結婚となると、神印を継ぐ時に後継者問題も起こるでしょうし。神印を受け継ぐのはほとんどが血縁者ですからね」

「そうなのか…なんか、めんどくさいな」

「まぁ…それがこの世界ですし」

「えー、好きな相手と結婚できないのに、幸せになるなんて難しいんじゃねーの?」

 

照彰はふと目に入った団子屋に並ぶ団子を見つめながら、思ったことを口にする。

如月はそれについていきながら、照彰の言葉に耳を傾けている。

 

「俺さ、自分が幸せになるために人生はあるんだって思っててさ。人生最後の時に、幸せだったって心から思えなきゃ、生きてきた意味がないって思うんだ」

「…幸せとは、そんなに大事なのでしょうか?」

「……」

 

団子を見つめながら語る照彰に、如月は僅かに顔を伏せて問いかけた。

照彰は不思議そうな表情で団子から如月の方へと視線を移した。

如月は悲しそうな、怒っているような、そんな表情をしている。

 

「大事だと思う。うまく言えないけど、幸せな人生じゃなかったら、生きてたって楽しくなんかないだろ?」

「…幸せでなくても、生きなければならない人がこの広い世界には大勢います。そんな人達の人生に、意味はないと?」

「如月の話だと、その人達にはこれからも幸せになることはないっていう風に聞こえるけど?」

 

如月がピクリと肩を震わせ、照彰に視線を向けた。その眼差しは驚いているようだ。

 

「今は幸せじゃなくても、生きてれば絶対に良いことはある。誰にでも幸せになる権利はあるし、人によっても生き方によっても幸せは違う。幸せは来るものじゃなくて、自分でつくるものなんだ。それを忘れたら幸せになんかいつまでたってもなれない」

 

照彰は優しく微笑み、それからまた団子を眺め始めた。

机に並べられている数種類の団子の中で、桃色の蜜のようなものがかかっている団子が気になるようで、そればかりを照彰は見つめている。

 

「結婚相手って、“一緒に幸せになる人”だと思うんだ。だから、なりたいって望んでる人じゃないと俺は嫌だなって…そりゃ、皆がそうなら良いけど、そうなれない人もいるし、やっぱ人生って難しいし、幸せになるって思ってるほど難しい。…って今思った」

 

照彰は「ははは!」と笑い声をあげた。周りの人々が首を傾げたり、困惑したりといった表情を見せているが、照彰はそれに気づいていない。

 

「なんでこんなこと言ったんだ?喋ってて俺もよく分かんなくなってきたわ。んで、何の話してたっけ?」

「神印を盗んだ二人の話です」

「そーだった。で、どうする?どうやって探す?」

「……」

 

さっきの話のことは忘れたのか、照彰はいつもの調子に戻っている。

如月は一歩前に進み、団子屋の中に入り、照彰のように団子を見つめる。

照彰が見ていた団子の値段を見て顔をしかめたが、二本購入することをこの店の店主であろう年老いた男性に伝えた。

 

「まずは二人の特徴から聞き込みをしましょう。まぁこの都で二人を知らない人はいないと思うのですぐ見つかるとは思いますけど」

「あ、じゃあせっかくお団子買ったんだし、ここから聞き込みしようぜ!」

「そうですね」

 

お金を渡し、団子をそれぞれ一本ずつ受け取る。受け取ってすぐに照彰は団子に食いつき、串に三つ刺さっているうちの一つを食べた。もちもちの食感と、桃色の甘い蜜は食べたことのない味で、ほんのりと桜の香りがする。

 

「何これうまっ!!てかこの蜜がめっちゃ甘い!!」

「……聞き込みしないんですか」

「するけどっ!でもうまいんだもん!」

 

キラキラとした瞳でもう一つを口に含み、更に最後の一つをパクリと食べる。あっという間に団子は無くなり、照彰は売られている同じ団子をまた見つめだした。

その照彰の様子にため息を吐き、如月は自分の手にある団子を見て、静かに食べ始める。

 

「……甘い」

「なー!俺、甘い物って大っっ好きなんだよな!!」

「……だから何です?」

「もう一本買って?」

「ダメです」

 

手を合わせて真顔で頼む照彰に、如月はきっぱりと断った。照彰はこちらのお金のことを知らないため分からないだろうが、実はこの団子は一本だけでもかなりの値段で、そうポンポンとお金を出す余裕はない。

 

「この団子って、なんか食べると元気になるっていうか、ここまで歩いてきた疲れが吹っ飛んだんだよ!だからこれ食べて頑張るからもう一本!お願いします如月様!」

「もう一本買うと宿代や食事代が消えますよ」

「え?」

「野宿になるし川で釣った魚で過ごすことになります。それでも良いんですか?私は嫌です」

 

ニッコリという笑顔でそう言われれば諦めるしかない照彰は、がっくりと肩を落とし、ならせめて如月のを寄越せと視線を送るが無視されて三つとも如月によって食べられてしまった。

 

「……しかし、噂には聞いてましたが、本当に凄いですね。本当に疲れが消えたましたし、霊力が少し上がりました」

「え?そうなの?」

「ええ。まぁ、照彰殿もいずれ相手の霊力を感じ取れるようになりますよ」

「はぁ……?この団子にかかってるやつって何なの?」

 

照彰はずっと気になっていたことを尋ねた。すると、目の前にすっ、と手のひらにのる程の大きさの木箱が横から現れた。

照彰が「ん?」と覗き込むと、中には先程の団子にかかっていた桃色の蜜が入っている。

 

「これは聖桜の蜜といって、桜貴様が宿る聖桜から採れる蜜でな。この都の特産品じゃ」

 

そう説明してくれたのは、この店の主人の男性だった。

 

「へぇ~あの木から…だから桜の香りがするのか」

「そうじゃ。更に疲労回復、霊力の強化に怪我や病気なども癒すことができる。まぁ程度によって量を増やさなければいかんがな」

「しかもあまり多く採れるわけではないので、とても価値が高いんですよ。流星様からお金をいただいていなかったら買えませんでした」

「マジか。こりゃ感謝しとかんとな」

 

照彰はここにいない流星に向かって手を合わせた。如月はそんな照彰を見て再びため息を吐いた。

 

「オメーら、流星様の所から来たのか」

「はい。人間と妖霊が今後争わないで済むようにと、全ての土地の代表から神印を集めることになりました」

「ほー、そうかそうか。全部集まれば、気軽に外に行けるというわけじゃなぁ」

「え?じいさん、もしかしてあんまり都の外に出たことないの?」

 

 

空に向かって手を合わせていた照彰が、びっくりしたような表情を男性に向け、男性はそれに笑ってこう答えた。

 

「あんまりではなく、全くじゃな。都の外では儂らは異常らしいからな。同じ人間なのにな」

 

そう言って男性は愉快そうに笑った。なぜ笑ってられるのか、照彰には全く理解ができず眉間に皺が寄る。

彼らにとってそのような反応は当たり前なのだろうかと、なんだか照彰は悲しくなった。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十二話 環と神印の在処

 照彰と如月が聖桜の都についてしばらくした後。環も都を囲む柵の前に立っていた。

 

「はぁーついた。さて入るか」

 

環は懐に手を入れ、何かを探しながら門へと近づいていく。門番の男二人が環に気づくと、睨んで手に持つ槍を握りしめて警戒心を露わにする。環はそれを見てため息をつく。何のために俺がここに来たと思ってるんだ、と呆れてしまったのだ。

 

「そう睨むなよ。俺は依頼があったから来たんだ」

「依頼だと?」

「そーだ。ここからの依頼は初だがな」

 

 流星の名が記された依頼書を見せ、門番は驚いたような表情を見せたが、すぐに頭を下げた。

 

「失礼しました。春音様と桜貴様から聞いております。どうぞ」

 

 門番は門を開くと、環を中へ招き入れた。

 流星はこの都でもかなりの有名人だ。名前だけでこの影響力で、頭まで下げる門番に、環は手を振って中へと入る。

 桜の雨が環を出迎え、桜の香りが包み込むように漂ってくる。

 

「さて、依頼人を探すか」

 

 今回この都から来た依頼人は「藤光」という名の男性だ。しかもこの男性はこの都の人間代表である春音の孫だったと環は記憶している。何故彼から依頼が来たのか。環の仕事は妖霊退治で、当然妖霊に攻撃したり、場合によっては殺したりもする。人と妖霊が共存するこの都で環はどちらかと言えば「敵」と言われても仕方ないはずなのだ。

 しかし、こうして藤光は環に依頼してきた。先程の門番だって、環を最初は警戒していたが、それは余所者だからだ。環が妖霊退治に来たと分かっても入れてくれた。そして門番の言葉。

 

『春音様と桜貴様から聞いております』

 

 つまり、この都の代表二人は環が来ることを知っていたことになる。単純に考えれば神印を集めるために来るということを門番に伝えているのだろうが、照彰と如月が先にこちらに来ているはずだ。

 

「何かひっかかるな…」

 

 環は顎に手を当てて、神社を離れる前のことを思い出していた。

 都から依頼が来たから行け、と流星に言われた時だ。彼女は依頼書を見ながら何やら微笑んでいた。そしてこう言ったのだ。

 

『助けてあげてくださいね』

 

 妖霊を退治しに来たのだから、誰かを助けることにはなるだろう。だが、そういう意味ではないような気がするのだ。流星は誰にも何も言わずに何かを企んでいることがよくある。

 

「俺、もしかしたらあいつらの手伝いさせられてるんじゃ…」

 

もし照彰の手伝いになるならやりたくないが、こうして依頼が来ているのだからやらないわけにはいかない。

 環は「はぁー」と盛大にため息を吐くと、頭をガシガシとかいて依頼人である藤光を探す。何故か今回の依頼書には普通は書かれている待ち合わせ場所がなかったのだ。藤光の特徴を知っているから苦労はしないだろうが、待ち合わせ場所があった方が時間がかからないのに、とまたため息を吐きたくなる。

 

「待ってー!」

「こっちこっちー!」

 

 畑や田んぼに囲まれた小道を走り回る子ども二人。一人は人間、片方は妖霊だった。髪の色が桃色で微かに妖気を感じる。特徴からして、おそらく聖桜の木の小枝の部分が人の姿をしているのだ。おそらく力をつければ立派な木になることもできるだろう。

 そんな二人を見つめながら歩いていると、ドテンと音を立てて妖霊の子どもが前へと転んだ。それを見た人間の子どもは慌てて駆け寄ると、手を差し出して起こす。そしてまた笑いながら走って行ってしまった。

 

「……」

 

 初めて見た人間が妖霊を助ける姿。環が知らない世界。桜の雨が降り注いで幻想的にも見えるその景色は、環のかつての黒い記憶を塗り替えていってくれるようだった。

 しかし、次に目に入ったものに、環は息を呑んだ。

 道端の草花の周りを舞う一匹の白い蝶。どこにでもいる、よく知っている蝶。だが、「蝶」という存在は、環にとっては憎いものの象徴であった。

 蘇る景色。暗い家の中。黒く焦げて倒れている両親。赤い血にまみれた幼い己。

 そして、両親を冷たく見下ろす紅く燃える蝶。それは美しい女の姿に変えると、後ろを振り返り、恐怖で動けなくなっていた環を見つめた。その瞳は、炎のように紅く光っていた。

 

『メンドクサイなぁ…ほんと、君は“何も知らない”くせに』

『なんだとっ』

『だってそうだろ?君は正確に“あの現場”を見たわけじゃないのに、何故そこにいただけの麗雅を恨む。人間ってそういうとこあるよねぇ』

 

 頭に響く夜楽の声。彼の言う通り、環は正確に見たわけじゃない。何故かあの時、環には意識が無かった。

 だが、なら何故あそこに麗雅がいたのか。あのことがあってから、環は流星の下で育ち、妖霊退治を仕事とした。そうすれば、自分の目的を果たせるだろうと。

 

「あのぉ〜…」

「あ?」

 

 後ろからかけられた声で現実に引き戻される。振り返ると、そこには薄紫の肩に届く髪に黒い瞳の青年。紺の着物を着ており、その手には黒の布を手にしている。

 青年は何やら不安そうな表情で、環の低い声に少々怖がっている。

 

「誰だ?お前」

「ええ!?僕です!藤光です!この都の代表の孫の!」

「ああ、お前が…ヤッベ忘れてた」

 

 ガーン、と分かりやすいほど落ち込んだ青年、藤光。確かに環が知る特徴と一致する。少々気弱そうなところまで。

 

「てことは依頼人だな。俺は環だ」

「はい、知ってます。刀の達人で、今までにも悪い妖霊をたくさん退治していると…」

「あ?まーな」

 

 どうやら自分も流星とまではいかないが、有名人らしいことに悪い気はしない。

 

「で、俺に何の依頼だ。もしかして、この都の人間だが、退治してほしい妖霊でもいるのか」

「それはありません!皆仲良く協力して生きてます!退治だなんてとんでもないです!!」

「じゃーなんで呼んだんだ…」

 

 退治じゃないと言われて環は額を抑えた。何のために来たのか、なら依頼は何だ、殴っても良いかとか、色々聞きたい。

 

「実は今、お祖母様と桜貴様からの試練の最中で…"これ"を守り切らないといけないんです…」

「試練?…ってコレっ!!」

 

 藤光が着物の袖の中から巾着を取り出し、中から出された物に環は心臓が飛び出しそうなほど驚いた。

 藤光の手にのっているのは、深紅に輝く四角の判子。上の面には「流」の文字が刻まれているそれは、紛れもない「神印」と呼ばれる物。照彰が今、ここに来て探している物だった。

 

「何でコレがここにあるんだよ!まさか盗んだのか!?いくら親族だからって…!」

「わー!声が大きいです!とりあえずこちらへ!!」

「おいどこ行くんだよ!」

 

 神印を見て動揺する環を、慌てて引っ張っていく藤光。周りで畑仕事をしていた人々が「藤光様だ」「もう一人は誰だ?」「まさか余所者か…?」という声が聞こえてくる。が、二人はそんなのお構いなしにずんずん進んでいく。環は進むというよりは引っ張られているが。

 

「あ、おかえりなさい藤光!」

「うん、ただいま魅桜」

「誰だよっ!」

 

 環が連れて行かれた場所は、暗く人気のない民家と民家の間の細い道だった。そんな場所にいたのは、桃色の長い髪の先を緩く結い、白地に桜柄の袴を着た美少女。顔立ちは桜貴とそっくりだが、彼女より幼さのある容姿だ。

 

「紹介します。彼女は桜貴様の娘で、僕の…こ、恋人さんです」

「藤光の恋人さんの魅桜です!」

「ははぁ〜ん、なぁるほどねぇ〜」

 

 恥ずかしそうな藤光と、嬉しそうに笑う魅桜。恋人だというこの二人と神印を見て環は全てを理解した。

 

「お前ら、結婚したいのか」

「そうなんです!」

「だから今、お母様と春音様の試練を受けてる最中なの!」

 

 二人は結婚したい。しかし、人と妖霊が共存していても、結婚は簡単なことではない。それも人間と妖霊の時期代表になる者同士。神印の後継に影響が出るだけでなく、寿命や暮らしの違いにより悩むこともあるだろう。それに今までに人間と妖霊が結ばれ命を生み出した話はない。ただ確認できていないだけかもしれないが、今のところ前例がないのだ。

 

「お前ら分かってんだろーなぁ。人と妖霊の結婚なんて、簡単なことじゃないし、相応の覚悟が必要だ」

「それは勿論です!だけど、俺は魅桜と一緒にいて、魅桜を今よりも幸せにしたいのです!」

「私は藤光といられるだけで幸せだけれど、結婚は神に誓うこと…神に誓ってずっと一緒にいるって、とても素敵だもの!私は命ある限り、藤光といたい!」

「そのために今日一日、この神印を誰にも奪われずに守らないといけないんです!」

「あー…そう」

 

 二人の思いを聞いた環は、こういう時に何を言うべきなのか分からないため適当に返す。

 そこでふと「あれ?」と思い、もしやと気になることを聞いてみる。

 

「さっき誰にも奪われずにと言ったな。まさかとは思うが、俺への依頼って…」

「はい!僕達の幸せを邪魔する刺客から守ってくださいっ!!」

「断るっ!!!」

 

 即答した環に、二人はポカンという表情になる。しかし、二人は互いに顔を見合わせると、もう一度。

 

「守ってください!!」

「嫌だね」

「何でですか!!」

 

 二度聞かれ、環は心底嫌そうな顔だ。対して二人は断られると思っていなかったのか驚いている。

 

「あのなぁ、そもそも俺は妖霊退治を仕事にしてるんだ。お前らの依頼は俺の専門じゃない」

「で、でもっ…あなたしか頼れる人がいないの!」

 

 二人は必死に頼むが、環は首を縦には振らない。藤光は少し泣きそうになっており、魅桜は落ち込んだのかしょんぼりしている。

 

「てか、自分達の幸せなら自分達で守ったらどうだ?それができないなら、諦めることだな」

「…っ!」

 

 環の言う通り、他人に頼るべきでないことは、本当は分かっているのだろう。二人は黙り、藤光は拳を強く握りしめている。

 その二人の様子を見た環は、深くため息を吐き、もう自分には関係ないとここを去ろうと「じゃ」と二人に背を向ける。

 

「ま、待ってください!確かにあなたの言う通り、誰かに頼るなんて覚悟が足りないと思われても仕方ありません…でも!覚悟もあるし、神印の受け継ぎ先だってちゃんと考えてます!だからっ…!」

「お願いします!正直言って腕の立つ者が刺客の場合、私達は勝てる自信がない…だけど、二人で一緒にいたい!」

「そうは言ってもなぁ…」

 

 藤光が環の腕を掴み、魅桜は前に立ち塞がって頭を下げる。困った環はうんざりといった表情だ。

 しかし、ふと環はこう思った。

 神印が今、藤光と魅桜が持っている。そして、照彰がこの都に神印を求めに来ている。当然、照彰は神印を探すだろう。もし、二人の護衛をすることにした場合、照彰の邪魔ができるのでは、と環は思い至った。

 環は照彰のことを手伝いたくない。人間と妖霊は分かり合えない。仲良くするなど有り得ない。この都はそうではないが、ここ以外の場所では敵同士。

 そう考えると、環のやることは決まったも同然だ。

 

「良いだろう。守ってやるよ」

 

 環は口元に笑みを浮かべてそう言った。

 

「本当ですか!?」

「ああ。お前達の結婚を応援するわけではないが、少々事情が変わった」

「ありがとうございます!!」

「冷たい方かと思ったけど、優しいのね!!ありがとうございます!!」

「おーい、魅桜さーん、それは余計だぞー」

 

 引き受けてくれた環に、藤光と魅桜は手を合わせて喜び合う。嬉しさのあまり、飛び跳ねて喜びを表している。

 

「ま、頑張るか」

 

 環は照彰の邪魔ができればそれで良かった。照彰の目的を果たしてなるものか。神印を渡しはしないし、心底悔しがれば良い。そんなことばかりを考え、自分自身を「嫌な奴」と思ったがそれで良かった。

 妖霊は許せない。両親を己から奪った存在など認めない。悲しみしか生まない妖霊と共存なんてできっこない。

 環は目の前で幸せそうに笑い合う藤光と魅桜を眺めながら、そう考えていた。

 

『助けてあげてくださいね』

 

 そこで、流星が言っていたあの言葉。あれは、照彰のことを言っていたのか。それとも、もしや藤光と魅桜のことを言っていたのではないだろうか。

 

「いや、それはないか」

 

 流星は照彰の考えに賛成していた。流星が藤光や魅桜の助けを頼めば、環のようにそれは照彰の邪魔をするということになる。

 だが、流星は何を考えているか油断ならない人物であることは充分に理解している。もしかしたら、これすらも流星の予測通りという可能性はある。

 

「ま、考えても仕方ない…考えるのは嫌いだしな」

 

 考えるのは止めて、環は二人の神印が奪われないように全力を尽くすことにする。腰の刀をいつでも抜けるように手をのせ、周囲を警戒する。

 今いる場所は細い道で、民家の屋根の上から来る可能性だってある。どんな相手が来るか分からないが、気を抜くなんてことはしない。

 照彰の邪魔が目的で、刺客の方はおまけのようなものではあるが、やると言ったのだから自分にできることはするつもりだ。

 一応、二人にはしばらく動かずここにいようと言い、このまま見つからなければ良いと思いながら、大きな声で楽しそうに話す二人を注意する。

 

「はぁ…にしても、代表二人が試練を課すとはな」

「はは、まぁ厳しいですしね」

「厳しいのもあるけれど、ちょっと楽しんでるような気もするのよね」

「それは分かるよ」

 

 苦笑する二人に、環は「こいつらも大変なんだな」という感想が浮かんだ。

 

「そういえば、流星様ってどんな方なの?」

「あ、それは僕も気になります」

「あ?何で流星のことが気になるんだ?」

 

 流星は環のように妖霊退治を仕事にする巫女だ。かつて、妖霊の長というべき存在と大きな戦いを繰り広げたこともあり、有名である。しかし、人間と妖霊が共存するこの都では流星を良く思わない者もいる。だから、二人が興味を持っていることが意外だった。

 

「だって…違う世界から来た現人なのよね?そっちの世界の方が気になるっていうか…」

「ああ、そういうことか」

 

 流星は、神流で現世と呼ばれる世界から来た者。それはもう大昔のことで、こちらでの年齢は環を遥かに超えている。

 そんな流星に興味を抱くのは珍しいことではない。環も同じように気になって聞いたことがある。

 

『現世ってどんな所なんだ?』

『…醜く穢れた世界ですよ』

 

 あんな言葉が出てくるとは思わなくて、環は当時のことをはっきりと覚えている。かなり印象的で、そしてあんなに怒ったような表情の流星を見たことがなかった。

 故郷のはずのその世界を「醜く穢れた」と話す流星は、一体そこでどんな経験をしたのか。環には想像がつかなかった。

 だが、如月の話によれば、流星は現世に帰るかを問われた際、迷わず「残る」ことを選んだらしい。帰りたくないと思うほどの何かがあったということなのだろうか。

 時間の流れが違う神流で、少ししか時間が経たないとしてもすぐに帰りたがった照彰は、流星のように「帰りたくない」と思うような経験をしてはいないのだろう。

 照彰は何の苦労もしてない「頭お花畑野郎」なのだ。環は勝手に照彰をそう評した。

 

「このあだ名なんか良くないか?」

「どうしたんですか?」

「ああ、いや…何でも」

 

 素直な感想が漏れてしまい、慌てて何でもないと返す。余計なことを考えず、今は二人の神印を守ることに集中だ。

 

「あ、聞いてくださいよ環様!僕と魅桜の出逢いを!!」

「話すのー!?恥ずかしいよ藤光!」

「良いだろう?どうせすることなくて暇なんだから」

「うーんそれもそうね!」

「お前ら浮かれ過ぎだ」

 

 環が協力してくれるからか、二人は既に心配することなどないというようにはしゃぎまくり、勝手に話を始め、環は嫌そうな表情をしたまま一切話には耳を傾けなかった。

 

「それでね、藤光ったら私のために桜茶を淹れてくださってね!」

「聖桜の桜を使ったお茶は絶品だしね。疲労回復にも役立つし、何より美味しい!!」

「あー、そうかよ」

 

 適当に二人の話を聞き、「お茶飲みたい」と環は思った。現在環は何もしていないのに、二人の相手をするのは何故だか疲れる。とりあえず煩いのだ。これで見つかっても知らないぞと、環のやる気はどんどん無くなってくる。照彰の嫌がらせのためなのに自分が損してどうするのだ。

 

「もう刺客でも良いから来てくれ…暴れたい…」

 

 人間相手に刀を振りたくはないが、何が相手でも良いから思いっきり体を動かしたくなった環。

 すると、ふと藤光達の方向に視線を向けて目に入った光景に、環は固まった。

 

「あ、いた」

 

 藤光と魅桜の後ろ側に、指を指して突っ立っている照彰を見つけたからだ。

 

「斬らせろおおおおおおおおお!!!!!」

「ぎゃあああああああああああ!!!!!」

 

 突如、環が刀を抜いて鬼の形相で斬りかかってきた。照彰は大きな悲鳴を上げて全力で避ける。そしてそのまま近くにいた如月の背後に隠れてブルブル震える。

 

「た、たた助けて如月!なんかっ、た、環にそっくりな鬼が俺にっ…!か、かかか刀をっ!!」

「あー鬼にそっくりな環ですね」

「黙れえええこの疫病神!頭花畑野郎おお!!」

「変なあだ名つけられてるううう!!てかまた来たよおおお!!この突進馬鹿あああああ!!!」

 

 二人の追いかけっこは、如月が照彰と環を背負い投げして止めるまで続いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十三話 分かり合えない願い

「ふーん、春音さんの孫は藤光さん。桜貴さんの娘は魅桜さん、ね」

 

 照彰が環を見つける少し前のこと。照彰は団子屋のお爺さんに、神印を盗んだという二人の名前を聞いた。

 

「藤光様はちぃーと気弱だがお優しい方でなぁ。たまに手伝いをしてもらっておる。魅桜様は、桜貴様にそっくりのお美しいお嬢さんじゃ」

「そっかー。ちなみに、今はどこにいると思う?」

「あの二人は、めったに人がいる所で会わないよ?」

 

 照彰とお爺さんの会話に、買い物をしていた女性が入ってきた。

 

「二人っきりで過ごしたいんだろうねぇ。静かな場所で。でもたまに、大きな声で話してるから、どこにいるのか分かりやすいのよねぇ。で、それを聞いてあたしは楽しんでるのよ〜!」

「そっすかぁ〜…」

 

 あまりにも熱く語る女性に、照彰は苦笑した。藤光と魅桜は会話が聞かれていることに気づいているのだろうか。気づいていないのであれば、教えてやりたいと思う照彰だった。

 

「ありがとうございました」

 

 照彰は礼を言い、如月が頭をぺこりと下げて店を出た。

 

「静かな場所かぁ…なぁ、どこだと思う?」

「とりあえず人がいない所を探すしかありませんね。お二人も簡単に見つかるような場所にいるはずがないでしょうし」

「だよな」

 

 照彰と如月は、人の多いこの場所にはいないだろうと移動を始める。ここは店が並んでいるため人の目もある。おそらく藤光と魅桜はここではなく、人がおらず静かな場所にいる。そして隠れられる所。

 

「なんかあっちの方で妖霊退治の環様が藤光様と一緒にいたんだが」

「え!?環様が来てるなんて…この都でまさか暴れる気なんじゃ…」

「そんなまさか…」

 

 道中、若者が話しているのを耳にし、照彰は足を止めた。如月は「あらあら」という声を漏らした。

 

「ねぇ、如月。今さ、環が藤光って人と一緒にいたって…」

「聞こえましたね。少し話を聞いてみましょう」

 

 如月がその話をしている若者達に近づき、話を詳しく教えて欲しいと頼む。

 若者達の話によれば、ここより少し歩いた所に畑が並ぶ所があり、そこで環を藤光が引っ張っていたのを見たようだ。

 

「では、そこに行くしかありませんね。行きますよ、照彰殿」

「ああ、うん。でも、何で環が二人といるんだ?」

「さぁ…もしかすると、二人に守って欲しいとお願いされたのかもしれませんね」

「……え?」

 

 若者の目撃情報を頼りに歩いていると、照彰は疑問に思ったことを如月に尋ねた。何故環が藤光といたのか。ただ出会っただけかもしれないが、藤光の様子から環に用があったのは確実だろう。

 

「何で環なんだ?それに、頼まれて環は引き受けるのか?妖霊嫌いなら、人間と妖霊の婚約の手伝いなんて…」

「まぁ、そうですね。では、こう考えればどうです?あなたへの嫌がらせ」

「嫌がらせぇ?」

 

 照彰は怪訝な表情で首を傾げる。何故二人の婚約の手伝いが照彰への嫌がらせになるのか。

 照彰は冷静になってよく考えてみる。

 自分が今ここにいる理由。そのために必要な物。それは今、藤光と魅桜の所にある。つまり、このままでは照彰の目的は果たせない。

 そこで理解した照彰は顔を顰めた。

 

「うっわ、性格わっる」

「流星様は彼のそういうところを気に入っているらしいです」

「流星さんも大概だな」

 

 環の目的に気づいた照彰は頭を抱える。正直環が二人に力を貸しているならば、おそらく照彰に勝ち目がない。何故なら、環はいかにも強そうだし何よりも刀という武器を持っている。あれで斬られたらお終いだ。

 

「うーーーんどうしよう…これは予想してなかったぞ…」

「どうします?照彰殿が望むなら、私が環の相手をしますけど」

「え!?如月って環と喧嘩できるの!?」

「まぁ、環も流星様の弟子なのでそれほど戦力に差はありませんよ」

「すげーー」

 

 如月の意外な一面を見て、照彰は驚きを隠せなかった。如月が弓をできることは知っていたが、まさか環と同等だとは思いもしなかったのだ。人は見かけによらないとはこういうことなのだろうと、照彰は思った。

 

「なぁ…あの二人は?」

「さぁ…見たことない顔だなぁ。ここに余所者がいるなんてあり得ないから、知らない顔はないはずなんだが…」

 

 背後からそんな会話が聞こえてきて、照彰は自分達が来ていることを知らない人もいるんだったと今更ながらに理解した。

 しかし、すぐにその「二人」とは自分達のことではないと気づく。

 

「すみません。少し仕事で来ていて…用が済めばすぐに出て行くので」

「え?あ、ああ、そうだったのか」

「では、失礼します。ほら、行きますよ」

「ふわぁ…」

 

 コソコソと話していた男達に、緑髪の短髪に薄緑の狩衣姿の少年が謝っていた。少年の後ろには、腰まである長いうねりのある黒髪を流し、黒い着物に青地に骸骨の模様の羽織りという異色な格好の人物。少年はまだ幼く見えるが落ち着いており大人っぽい印象。対して骸骨の羽織りの人物は眠そうに欠伸をしていて、やる気がなさそうに見える。どういう二人組なのか一切見当がつかない。

 

「何だろ、あの二人。弟とお姉さんかな?」

「さぁ…仕事と言っていましたけど、何の仕事でしょう?」

  

 その二人を見ながら照彰は進むが、如月は特に気にせず後ろを振り返らなかった。

 ここで照彰はある違和感を抱いていた。

 

「なぁんか骸骨の羽織りの人…見たことあるような…」

「そうなんですか?現世でのお知り合いにそっくりな方が?」

「いやぁ、あんな美人な知り合いはいなかった、かな?まぁ良いや。今は環を探そう」

 

 照彰に神流で知り合いがいるはずはない。だが、何故か知っているような気がするこの奇妙な感覚。

 しかし、気のせいだろうと考えることを止め、照彰は前に視線を戻して歩く。

 背後で、その二人組が照彰を冷たい視線で見ていることに気づかず、目的の場所を探してただ歩いた。

 

「あ、ここら辺かな?」

 

 しばらく歩いていると、人通りの少ない民家が集まる場所に辿り着いた。今は昼間なため、大人は仕事や買い出しで、ほとんどの人間が家にはいないらしい。子どもも、家の中ではなく、外で遊ぶのが普通だそうで、遠くから子どもの笑い声が聞こえてくる。

 

「人もいないみたいだし、かなり怪しいな」

「そうですね。では、ここをよく調べてみましょう」

 

 照彰と如月は辺りをキョロキョロと視線を巡らせ、先ずは環を探してみる。

 本当は声を出して探したいが、もし来たことがバレたら逃げられるかもしれない。なるべく音も立てないように静かに探す。

 

「それでね、藤光ったら私のために桜茶を淹れてくださってね!」

「聖桜の桜を使ったお茶は絶品だしね。疲労回復にも役立つし、何より美味しい!!」

「あー、そうかよ」

 

 すると、どこからか声が聞こえた。気のせいか「藤光」とも聞こえたし、環の声もしたような気がする。

 照彰と如月は顔を見合わせ、一つ頷くと声がした方へと静かに近づく。

 

「ここか…?」

 

 照彰は民家の壁から頭をひょこりと覗かせ、様子を見てみる。

 するとそこには、固まった表情の環と、楽しそうに手を握り合い会話をしている男女の姿があった。

 

「あ、いた」

 

 照彰は指を指してそう声に出した。絶対にあの二人が藤光と魅桜だろうと確信した照彰。後ろから如月も姿を現し、三人の姿を見つける。

 だが、驚いたことに突然環が鬼の形相で照彰に斬りかかり追い回すため、如月が背負い投げで場を治める。

 

「何やってんですか」

「うるせぇ!こいつを斬らなきゃ気がすまねぇんだ!」

「いったぁ…」

 

 地面に倒れたままの照彰と環を、如月が腰に手を当てて見下ろす。如月に刀を取り上げられた環は叫ぶ。照彰は「俺が投げられる必要あった?」と泣きそうである。

 

「予想はしていましたが、本当に照彰殿の…流星様の邪魔をするのですね」

「当たり前だ。妖霊と共存のための計画に手なんか貸すかっての」

「たからってマジで斬りかかる奴があるか!殺す気かよ!」

 

 照彰と環は起き上がる。どうやら本当に環は藤光と魅桜に協力し、照彰の邪魔をしているらしい。

 

「あの…あなた方が刺客ですか?」

「あ、初めまして、藤光様と魅桜様。私は如月で、彼は照彰殿です。私達は神印を求めて来ました」

 

 遠慮がちに近づいて来た藤光と魅桜。二人は不安そうで、互いの腕にしがみついている。

 

「ぜ、絶対に神印は渡しません!僕と魅桜の幸せのために!!」

「そうよ!誰にも邪魔はさせないから!!」

 

 二人は怯えながらも照彰と如月を睨みつける。照彰は立ち上がると、ズボンについた土を払う。

 そして二人の様子を見て、照彰は本当に婚約しようとしていることを認識し、急に暗い気持ちになった。

 照彰は、自分の目的の為に二人の幸せを奪おうとしているのだから。

 

「俺は別にこいつらの結婚を応援するつもりはない。だか、こいつらの神印をお前に渡さなければお前の目的は達成されない。悪いな」

「悪いなんて少しも思ってないでしょう」

「うん」

 

 環も立ち上がり、藤光と魅桜の前に立って二人を守るように刀の鞘を手に持って構える。

 

「お前なんか刀じゃなく鞘で充分だ。かかってこい」

「マジかよ…」

 

 照彰は表情が引き攣るのを感じる。自分は人間と妖霊が共存できるなら何でもするしできると思っていた。しかし、ここで藤光と魅桜の神印を奪えば、自分がしようとしていることに矛盾が生まれる。互いに婚約という形で協力して生きていこうとしている二人の邪魔をすることは照彰はできない、したくない。

 だが、ここで神印を手に入れられなければ、照彰の目標を達成することができない。ここで終わってしまうことになる。

 

「ねぇ如月。二人の結婚を認めてもらってからもらうってのはダメかな?」

「無理でしょう。わざわざ私達が来るこの日を狙って春音様と桜貴様は二人に試練を課した…これはおそらく、照彰殿が試されているということなのでしょうね。どちらかを諦めろ、ということを」

「そんな…」

 

 あんなに優しかった二人が、そんなに厳しい試練を己に課していたということに驚きを隠せない。あの二人も照彰のような願いを持っていると思っていたが、どうやら違ったようだ。他の地とは関わり合いたくないのだろう。

 

「お二人は神印を預かる方々…この都を守る使命があります。そう簡単には認められないのでしょうね」

「それは…そうだろうけど…じゃあどうすれば…」

「諦めるしかないだろ」

 

 頭を抱える照彰に、環の冷たい声が投げかけられる。環は続けた。

 

「妖霊はいつだって人を傷つける。俺はそんな場面を今までに何度も見てきた。妖霊は敵なんだ。たとえこの都で共存をしていても、いずれ妖霊は人に牙を剥くだろう。こいつらだって、命の長さの違いから結婚しても続かない。妖霊が存在する限り、この世界に平和はない」

「お前っ…!」

 

 環は冷静に、静かに淡々と語った。環はすぐ側に、妖霊の魅桜がいることを分かってて言っているのだろうか。魅桜は両の拳を握り締め、悲しそうな、悔しそうな表情で環を後ろから見つめている。

 

「環っ!お前…!お前が妖霊を憎んでいるのは分かってる!だけど…決めつけなくたって良いだろう!」

「決めつけじゃねぇ、分かりきってることだ」

「先のことなんて分かんねぇよ!お前が決めつけて良いもんじゃねぇんだ!!」

「もう良い加減にしてよ!!」

 

 照彰と環の間に、魅桜が割って入る。彼女の目からは桃色の涙が流れている。

 

「何で何も知らないあなたにそんなこと言われなきゃならないの!?あなたが神印を守ってくれるって言うから信じたのに…あなたって本当に最低っ!!刺客なんかよりも、私達の幸せを邪魔する鬼よ!!嫌い!馬鹿ああっ!!!」

「魅桜!!?どこ行くんだ!!」

「あ!お待ちください藤光殿!」

 

 魅桜は環に思いっきり自分の気持ちをぶつけると、最後に頭をポコッと叩き、どこかに走り去って行ってしまった。

 それを如月と藤光が追いかける。如月はその際に環から取り上げた刀をその場に雑に落として行った。

 

「何かも知らない、か。そっちだって」

「環、お前だってそうだろ。あの子の気持ち、分かってやったのか?互いに分かり合わないと駄目なんだよ」

「無理」

「ったく…お前なぁ…!」

 

 俺は悪くない、と腕を組んだ環に、照彰は彼の胸ぐらを掴む。殴りかかりそうな照彰に、環はどうでも良いという風に黙って見つめている。

 その時だった。どこからかポーンという何かが弾む音がした。環もそれに気づいたようで、辺りを見渡している。

 更にもう一度、照彰の後ろからポーンと音がした。二人がそちらに顔を向けると、一人の童子の姿があった。その童子の手には白と紅の金魚が描かれた鞠を持っている。

 

「あれ?君は…確かあそこで…」

 

 目の前の童子は、照彰があの「暗い空間」で出会った童子だった。姿はかなり変わっているが、あの特徴的な"虹色"の髪を間違えようがない。

 

「あ?知り合いか?」

「知り合いってか…よく分かんねぇ」

「はぁ?」

「あの時とはかなり綺麗になったなぁ…おかっぱだし、着物もなんか豪華」

「あ?もしかしてこいつ…式霊か?」

 

 初めて聞く単語に、照彰は首を傾げた。

 

「式霊は現人から生まれ、現人の心が育てる分身みたいなもの…って、流星が言ってたな」

「へぇー、じゃあ俺の分身…?そんなのがいたのか…」

「"影"が来た」

「ん?」

 

 童子は口を開いてそう告げた。その声は男女の区別がつかないが、あの時のような機械的なノイズが混じる声ではなかった。

 

「影って…何それ」

「夢幻屋か」

「え?何で分かんだよ」

「何故か式霊は夢幻屋をそう呼ぶんだよ」

 

 環が童子を見つめながらそう言う。

 

「影は二人。既に出会っている。急げ」

「え、既に出会ってる?それって…」

 

 その言葉の意味を聞こうとする照彰だったが、突如横から勢いよく飛んできた刀が童子の頭を貫き、壁に刺さったことでできなかった。

 

「何だ!?」

「チッ!」

「おいっ!大丈夫か!?って、え!?」

 

 童子を心配した照彰だったが、童子の体は水となり地面を濡らした。そこに童子の姿は無くなっている。

 

「どういうことだよ…」

「安心しろ。あの式霊は本体であるお前が死なない限り大丈夫だ。だが、今はそれよりも…」

 

 環が警戒を強め、どこに敵がいるのか探す。すると、建物の間から人影が現れる。

 青地に骸骨の模様が描かれた悪趣味とも言える羽織り姿の青年は、ゆっくりと壁に刺さった刀に向かって歩く。

 

「現人だったんだ、君。ま、どーでも良いけどさ」

 

 青年は刀を壁から抜き取ると、刀を二人に向かって構えた。

 

「あいつ…!」

「あれは…殺し専門の刀の達人、六深弥じゃねぇか。まさか遭遇するとはな」

 

 環が思わぬ遭遇にニヤリと笑う。照彰としてはこの状況は一切笑えるようなものではない。何故なら、相手は熊神の事件の時に会ったことがある人物だ。刀の腕はよく知らないが、只者でないことは分かっている。あの日、自分の腕を撃ったニ哉の仲間。普通に怖いのだ。

 

「あんなに綺麗な顔しといて…着てる物もしてることもこえぇ…」

「まぁ、悪趣味な羽織りだよなぁ。だが安心しろ。お前は運が良いぞ」

「はあぁ?」

 

 環は不適な笑みを浮かべると、鞘を手に握り締めて構える。

 

「俺も刀の達人だ」

 

 自信満々といった表情でそう言う環に、照彰は目を見開いて見つめた。

 

「君とは初めて戦うね。早く寝たいから、しっかりと足止めさせてもらう」

 

 そう言うと、青年は「ふわぁ」と大きな欠伸をして、目に涙を浮かべた。

 

「余裕ぶりやがって。一体何が目的なんだ?」

「……」

「…だんまり。そりゃそうか。なら、俺が勝ったら教えてもらうぜ」

 

 照彰は緊張に包まれた雰囲気の中、環の勝利を願いながら、見守っている。

 

「さて、始めるか」

 

 環の言葉を合図に、二人は互いに駆け出し、勝負が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十四話 気持ちのぶつけ合い

 

「魅桜!待ってくれ!!」

 

 都の中を駆ける魅桜を、藤光は必死で追う。

 早く涙を拭ってあげないと。その思いでいっぱいだった。

 藤光は魅桜の腕を掴んで、その細い体を強く抱き締めた。魅桜の息を呑む音が聞こえる。魅桜の体は震えている。

 

「大丈夫だよ。泣かないで」

「ぐすっ…ふ、藤光…っ!」

 

 魅桜は藤光の背中に腕を回して抱き着いた。藤光の着物が濡れてしまうほど涙を流した。藤光はただ、魅桜の頭を優しく撫でていた。

 後ろには追いついた如月が、その様子を見守っている。

 やがて魅桜が落ち着くと、藤光は魅桜の頬を流れる桃色の涙を、己の指で優しく拭った。

 

「すみません、魅桜様。環には私からキツく言っておきます」

「いえ…私こそごめんなさい…あの人だって、辛いことがあったってことは想像がつくのに…私は自分のことばかり…」

 

 如月が環の代わりにと頭を下げるが、魅桜は首を横に振り、自らも謝罪した。

 

「私…諦めた方が良いのかな…結婚」

「え!?何で!?」

 

 突然の魅桜の発言に、藤光は目を大きく見開いた。それもそうだろう。結婚するために試練を受けているというのに。

 

「藤光…あの人の言う通り、私は人間じゃない。私はいずれ貴方に置いていかれる…そんなの、私は耐えられるか分からない…」

「魅桜…」

 

 魅桜は泣きそうな顔でポツポツと己の気持ちを打ち明けた。本当は心のどこかで思っていたのかもしれない。結婚など無理だと。

 

「それに…いつか本当に妖霊が人間に危害を加えるかもしれない…!その時私は…どうなってるか分からない…未来に…希望なんて無いのかも…」

 

 魅桜はそう言うと、藤光に背を向けてしまった。その背は震え、腕が顔まで上がっている。おそらく溢れ出る涙を拭っているのだろう。

 藤光は、そんな魅桜を黙って見つめる。手を伸ばして良いのか、己も諦めるべきなのか。

 

「……嫌だ」

「え…?」

 

 小さく呟いた藤光の言葉に、魅桜は戸惑いながら振り向いた。そして驚いた。藤光は怒っていた。いつも穏やかな彼が、両の拳を強く握り締め、目は完全に怒りを含んでいた。

 藤光は魅桜の両肩に手をバンとつくと、場所も考えずに叫んだ。

 

「嫌だ嫌だ!僕は魅桜が好きだ!大好きなんだよ!?君の為なら都を出たって構わない!!そうだそうしよう!そうすれば許可なんていらないし、二人で静かにこれからを生きていける。僕がやがて死んで君が悲しむなら僕は妖霊になったって良い!!だから…」

「藤光…?」

 

 声が次第に沈み、それに合わせて藤光は顔を下げていく。肩に置かれた手は徐々に力が増し、少し痛むが魅桜は我慢した。

 

「だから、諦めるなんて言わないでくれ…お願いだよ…」

 

 ぽたりと地面に涙が落ちて、地面を濡らす。

 

「二人で幸せになろうよ…僕は君を信じてるし、君にも信じてもらいたい。人間だとか妖霊だとか、関係ないんだ。そこに好きって気持ちがあれば、それで充分じゃないか」

 

 藤光は涙が流れるまま顔を上げて、いつもの明るい笑顔を魅桜に向ける。

 だが、すぐに「あっ!」と不安そうな表情になる。

 

「もしかして…み、魅桜は、僕のこと…嫌い、なの、かな…?」

 

 藤光の慌てた様子で魅桜の肩から手を離し、一歩後ろに下がる。

 

「……」

「魅桜…?」

 

 魅桜は俯いて顔を上げない。それに更に不安が増す藤光は、魅桜の顔を覗き込もうと顔を近づける。

 すると突然、頭を強く抱き締められた。

 

「ぶっ!」

「好きっ!大好きに決まってる!諦めたくない!!貴方とずっと、永遠に一緒にいたい!!幸せになりたいよおお!うわああああん!!!」

「魅桜っ!!」

 

 涙腺が崩壊した二人は互いに強く抱きしめ合いながら泣きじゃくった。それはもう子どものように。だが、どこか美しくもあった。二人の流す涙が地面で混ざり、魅桜が嬉しさから周りに桜の花びらを無意識に撒き散らした。その花びらが二人の涙で濡れた地面に落ちると、溶け込むように消えていく。

 

「おーおー、なんか熱い告白が聞こえたと思ったら、藤光様と魅桜様じゃないかぁ!」

「あらあら、お熱いねぇ!」

「はぁ〜綺麗〜良いなぁ私もお二人みたいに素敵な恋がしたい!」

 

 二人が抱き合い、泣く様子は絵になっていたが、ここは都の中。当然人がいる。人通りは少ない場所ではあったが、近くにいた人が来てしまった。更に、二人の話を聞いていたようで笑い揶揄う者や、羨ましがる者で周りが溢れた。

 だが、皆が手を叩き祝福の言葉を投げかける。この場の全員が、二人の恋を応援している。人間以外にも、花や蝶の妖霊達がそれぞれ花びらを撒いたり、羽を広げて舞ったりして祝福している。

 二人は聞かれていたことが恥ずかしいのか、顔を耳まで真っ赤にして顔を伏せている。それが微笑ましいのか、周りはまた笑う。

 如月も、気づけば微笑んでいた。

 

「良かったではないですかお二人とも。気持ちは同じようですね」

「あ、はい。だいぶ恥ずかしいですけど…」

「でも、あんなに嬉しいことを言ってくれるなんて、私はかなり驚いたのよ?」

「だってそれは君が悲しいことを言うから…」

「ごめんね。でも、もうあんなこと言わない。これからもずっと貴方と一緒だから」

「うん!」

 

 そう言うと、二人はもう一度抱きしめ合い、満面の笑みを浮かべた。周りの花の妖霊達が花吹雪を降らせ、人々は祝いだと言って食べ物をたくさん渡していく。

 

「……貴方が心配することは無さそうですよ、環」

 

 静かに、誰にも聞こえないような小さな声で如月は呟いた。環はただ心配なだけだということを、如月は知っている。

 環は、己のように妖霊が原因で悲しむ者を増やしたくないのだ。環の言うように、人間に危害を加える妖霊は当然存在している。だから退治屋である流星を筆頭に、環や如月がいる。

 共存は簡単なことではない。それを頭にきちんと入れておく必要がある。

 

「では、照彰殿と環の所へ戻りましょう。あまりあの二人だけにしておくのは不安なので」

「あ…私、あの人に謝らなきゃ…酷いことを言ってしまったから…」

「分かりました。では行きましょうか」

 

 如月が戻るように声をかける。二人の腕には様々な品が抱えられており、持つのは大変そうだ。如月は手伝おうと申し出るが、二人は「皆さんからのお祝いだから、自分達で持ちたい」と言って断った。

 如月は少し心配そうだが、二人がそう言うならと手伝うのはやめた。

 互いに心配し合いながら、楽しそうに歩き出す。

 

 どうか、幸せに生きていって欲しい。

 如月はそう思った。誰かの幸せそうな表情が、如月は大好きだ。だから、誰かが傷つけられるのを、如月は許せない。それが人間でも妖霊でも、同じことだ。己の幸せなど、願わなくて良い。誰もが平和に楽しく生きていられるなら。

 

「きゃっ」

「あ、すみません」

 

 突然、前から走って来た少年が魅桜にぶつかった。前が荷物でよく見えていなかった魅桜は贈り物を落としてしまい、自分も尻餅をついてしまう。

 

「大丈夫かい、魅桜!」

「へーき。ごめんなさい、前が見えてなくて…」

「こちらこそ、すみませんでした。急ぎすぎてしまって」

 

 藤光が魅桜の手を掴み立ち上がらせ、着物についた砂を払う。

 少年は頭を下げ、贈り物を拾い始める。如月もそれに加わり、少年をふと見た。

 どこかで見たことのある顔で、子どもらしくない無表情な少年が都の外から来た人物であることを思い出した。藤光と魅桜に会う前に見かけた二人組のうちの一人である。

 

「ご迷惑をおかけしました。それでは急ぐので」

「いいえ、ありがとう。気をつけてね」

 

 少年は贈り物を二人に渡して、もう一度頭を下げて駆け出した。

 しかし、如月は自分を走りすぎて行く少年の腕を素早く掴んだ。

 

「待ちなさい。私の目は誤魔化せませんよ」

「…何でしょうか」

 

 冷ややかな目線を少年に送る如月だが、少年の表情は変わらない。藤光と魅桜は驚いている。

 

「二人の幸せを奪うことは許しません。返しなさい」

「だから、何のことです?」

 

 相手が子どもであることもお構いなしに、如月は腕を掴む力を強める。少年はその手を振り払おうとするが、子どもであるがゆえにそれは叶わない。

 如月は懐から短刀を取り出すと、なんとそれを少年の首筋に当てる。ひやりとした刃物の冷たさが伝わり、少年は動きを止めた。

 

「き、如月様!?何を…!?」

「子どもよ!私にぶつかっただけでそれは…!」

 

 藤光と魅桜がただならぬ様子の如月を止めようと声をかける。

 しかし、如月は短刀を下ろす気は無いようである。

 

「ぶつかっただけ?それは違いますよ」

「え…?」

「魅桜様、貴女は今、神印を持っていますか?」

「神…印、ですか?それはもちろん、ここに……え?あれ…?」

「魅桜?どうしたんだい?」

 

 如月に聞かれて魅桜は自分が持っている筈の神印を取り出そうとするが、ある筈な神印はどこにも無いことに気づく。魅桜は焦りの表情を浮かべ、何度も何度も探るがやはり見つからない。

 

「どうして…落としてしまったのかな…どうしよう藤光…!!」

「落ち着いて!急いで探そう!きっと見つかるから!」

 

 涙をうかべる魅桜に、藤光は安心させようと笑顔を見せるが、藤光も焦っているのだろう、その笑顔はぎこちない。藤光の持つ神印と、魅桜の持つ神印それぞれが無ければ結婚は認められない。更に、大事な神印が無くなったとなれば都中の大問題だ。二人だけの問題ではない。

 

「お二人とも、神印の在処は分かっています」

「えっ…」

「この少年が持っています。さっきぶつかった時に素早く盗んだのですよ。そうですよね?」

「…………」

 

 少年に問いかける如月。少年は追い詰められている筈なのに、その表情は変わらず無だ。どうやって如月の腕から抜け出すか、それだけを考えているようで、如月の質問を聞いていない。

 

「君のような子どもが魅桜様に気づかれることなく神印を盗み出し、私に刃を向けられても何とも思っていない。……お前、もしかして夢幻屋なんじゃない?」

「夢幻屋!?」

「こんな子どもが!?」

 

 藤光と魅桜が驚きの声を上げる。夢幻屋に会ったことがない二人であるが、この集団のことは知っている。あまりにも有名すぎて、この世界に夢幻屋を知らない者はいない。

 

「誰の依頼で神印を狙ってんの?あと、もう一人いたろ?そいつはどこ?どっかに隠れてんの?てか黙ってねぇで神印を返せよクソ餓鬼が」

 

 いつもの口調とかけ離れた口調で話す如月に、少年は如月から発せられる明確な敵意を感じたのか、僅かに後ずさる。今にも如月の短刀が少年の首を斬り落としそうだ。

 口を開かない少年に、如月は目を細めるとぐっ、と力を込めて首に僅かな赤い線を引かせた。

 すると、少年は如月の右腕を蹴り上げると、懐から黒い物を取り出して自分の腕を掴む如月の手に向けて躊躇なくそれの引き金を引いた。

 

 大きな銃声が響いて、お互いに後ろへと跳び距離を取る。如月は咄嗟に腕を放し、銃弾を流れたが、着物の裾に穴が空いてしまった。地面には銃弾がめり込み、それを見た藤光と魅桜は悲鳴を上げ、周りにいた人々は驚いて逃げ惑う。

 

「驚きました。何ですか?それ」

「拳銃です。僕はあまり得意ではないですが、貴女が相手ならば頑張らないといけませんね」

「そうですか。頑張ってください、と言いたいところですが私は神印を返してくれればそれで良いです。そうすれば今日は見逃してあげます」

「僕達にも生活がありますから。僕達は僕達の幸せの為なら、誰かから幸せを奪い取る、そういう集団です。この世は幸せになれる者に人数制限があるんですから」

 

 如月の提案には乗らず、少年はくるくると拳銃を回している。少年の答えを聞いて、如月は背負っていた弓を手にし、矢をかける。

 

「幸せに人数制限?ハッ、ばっかだねぇ。幸せは奪い取るんじゃない、作るもんなんだってさ。……誰かから奪った幸せに価値はない。自分で作り、自分で育てた幸せに価値があんだよ。お前の考え、照彰殿に教えてやろうか?怒られるかもな」

 

 如月は普段の穏やかな笑顔ではなく、相手を馬鹿にしたような冷めた笑顔だった。

 

「……貴女の印象が変わりました。弱くて流星について回るだけのただの退治屋だと思っていました」

「……人は変われるんですよ。私は誰かの幸せを願い、守れるような強い人間になりたい。いつまでも子どもではいられないんですよ」

「貴女との会話はつまらない。何を話しているのかは分かりますが、意味は理解できません」

「誰かの大事なものを奪うな、私はこれが言いたいのですよ。少年くん」

 

 にこりと愛らしい笑顔を向け、如月は矢を放つ。真っ直ぐ少年に向かっていく矢だが、それは簡単に避けられると、すぐに銃弾が発せられる。

 それをかわすと、如月は思い切って少年へと近づき、神印を取り返そうとする。しかし、少年は一発だけ如月の足下に向けて撃ち、そのまま逃走する為に民家の屋根の上に跳び上がる。

 

「チッ」

「神印が!」

「追いかけないと!」

「あっ、魅桜!待つんだ!!」

 

 魅桜が逃げる少年を追いかけ、それに藤光が続く。

 

「…まったく、私が頑張っているのに環と照彰殿は何をしているんでしょう」

 

 如月はそう呟くと、二人の後に続いて追いかける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 ~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。