毎日あなたの膝の上。 (サクウマ)
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毎日あなたの膝の上。

 

 

 四人掛けのテーブルに、二人はちょっと広すぎる。猫の身からすれば猶更ね。

 

 

 

 

 元々が、さとり様もあたいも小食なんだ。だから二人で小鉢を並べたって、机の四割も使わない。やけに広々とした朝の食卓を見ていると、やっぱりあたいは少し寂しく感じるんだね。

 ましてや、昨日はここで残りの二人があるたけ元気をぶちまけてたんだ。取り分けたグラタンをかっこみながら、守矢がどうの、博麗がどうの、紅魔のやつらがどうのってさ。喧しいたらありゃしないけど、あの二人の話を聞いてると、なんだかすごく安心するんだよね。何故なんだかは知らないんだけど。

 

 

 だからそのぶん、お喋りな二人の出かけた後の、朝の食卓の静けさは、なかなかしみるものがある、って話。

 

 

 

 

 

 ついこの間まではこんなに頻繁じゃなかったんだ。時折お空が寝落ちちゃって食卓に座り損ねることがあっただけで、基本的にはいつもあたいとお空とさとり様、三人で食卓を囲ってたんだよ。

 それがこないだの間欠泉異変からこちら、お空はほとんど毎日のように家を空けるようになっちゃってさ。話を聞いてる限りではどうやら、守矢の神様方にヤタガラスの力の使い方とかを習ったり、或いは河童やらと共同でなにやらの実験をしてたりするらしいんだけど。

 別にそれはいいんだ。お空の付き合いなんてのはあたいのあずかり知らぬことだしね。

 問題はだから言ってる通り、お空が時々しか帰ってこなくなったことで、そのせいで食卓が寂しくて静かになっちゃったことなんだよ。

 

 

 いや、別に静かな食卓自体はあたいとしては嫌いじゃないんだ。

 

 そう、嫌なわけじゃない。なにか物寂しい机の上も食べている間は気にならないし、言葉の数こそ少ないけれどあたいの話はしっかりさとり様に伝わってる。なによりさとり様を独占できるのは嬉しいし、それにあたいも静かな場所が好きな質なんだから。

 

 だけど。

 

 さとり様がこいし様やお空の話を聞いて、幸せそうに微笑んでいるのを間近に見て。

 その記憶とこの食卓を見比べて、申し訳なさを感じずにいるのは、それは流石に無理じゃないかと思うんだ。

 

 

 

「お燐の気にすることではありませんよ」

 

 あたいの心を読み取って、さとり様はそんなことを言う。お味噌汁を静かに啜るその顔は平然と、悠然と、泰然としていて、確かにちっとも気にしてなんかいないように傍からは見える。

 

 さとり様はいつもそうだ。普段のさとり様は滅多なことでは表情を見せない。困ったときも驚いたときも疑問を持ったときだって、眉の一つも動かさない。――そういう意味ではこいし様と似てるんだよね。笑顔と真顔の違いさえあれど、真意が読めないのは同じだしさ。

 

「それは……少し、嬉しいですね」

 

 さとり様はそう応えてきて、けれどその顔は少し口角を上げただけ。さとり様の唯一見て取れる表情はその喜んでいるときの微笑みで、それも慣れるまではなかなか見て取ることは難しい。それで……

 

 

 あれ、何の話だっけ。ええと、そう、二人きりの食卓は寂しいって話だった。

 

 

 つまるところさ、さとり様があそこまで分かりやすく喜色を顔に浮かべているのは、お空やこいし様が帰ってきているときだけなんだよ。特にお空は、気付いているかもちょっと分からないけどさ。

 だからさとり様にとってはたぶん、あたいの知ってる限りでは、あの二人が帰ってくることよりも幸せなことはないんだよ。だというのに当の二人はちっとも帰ってきやしないし、時折帰ってきてもすぐ、半日も経たずにまた出ていっちゃうんだ。不孝者だよ。もしもあたいがその立場なら、いいや、そうでなくても、今だって――

 

 

「珍しいですね。お燐が嫉妬をするなんて」

 

 空になった茶碗をことりと机に置きながら、さとり様はそんなことを言った。

 

 

 ……ああ、そうだったんだ、ってあたいは納得した。

 確かにそうだ。あたいはさとり様に愛されてる二人が羨ましくて、その二人がさとり様の気持ちに気付いていないような様子なのが歯がゆくて、そして腹立たしかったんだ。

 だってそうじゃないか。昔に眼を閉じてしまったとはいえ、こいし様は今だってさとり様の一番の家族で理解者だ。あたいなんかが敵うわけがない。お空も神様を呑んでからはあたいよりずっと強くなったから、なにかあった時にさとり様がいの一番に頼るのは、きっとあたいじゃなくてお空の方に違いない。それに比べてあたいなんかは、頭の回りこそ二人よりかは速いかもだけど、さとり様にはちっとも及んでなんかない。さとり様の事務仕事を手伝えたりもしないんだ。だからあたいは――

 

 

 ――違う。違うって。そうじゃないんだ。

 

 

 あたいの気持ちなんてどうでもいいんだ。あたいが羨んでることなんて、今はどうだっていいんだよ。

 重要なのはさとり様のこと。さとり様があの二人を、特にお空を、どう思っていて、あいつに何を求めているかってことなんだ。

「さとり様は、不満はないんですか。なにかしてほしいこととか、せめて二日に一回は顔を見せてほしいとか、そういうものはないんですか」

 あたいは心の勢いに任せて口に出してまでそんなことを言って、当のさとり様の方は「そうですね、」と呟いて、静かにティーカップを傾けて、そうしてもう一度口を開いた。

 

 

「前の間欠泉異変のようなことは、勘弁して頂きたいものですね」

「ごめんなさい」

 

 

 あたいは尻尾を丸めて言った。

 

 そりゃもうほんとにあの件は心の底から申し訳ないと思ってるんだ。あれだってもともとは、さとり様に話せばそれで終わったかもしれない話だったんだよ。なのにあたいが余計な気を回して、だからさとり様の手を煩わせたくないと思って、だから地上に信号を送ったんだけどさ。それが結局あたいらの監督責任ってことで、さとり様はあの異変の後、閻魔さまだとか賢者さまだとかに随分と説教を受けちゃったらしいんだから。

 

 

「冗談ですよ。半分はですが」

 

 

 ふふ、って口元を緩めながらさとり様は言った。

 ちょっとよく分からないよ、とあたいは見事に混乱した。だってあたいは怒られるべきことをしたはずなんだ。さとり様に迷惑をかけたんだから、説教を受けて然るべきだ、って。

 でもそれが伝わったのか、いや伝わっているはずなんだけど、さとり様は椅子から立ち上がりながらさらに言葉を続けていったんだ。

 

 

「お燐が善意でああしたというのは私もよく分かっています。もちろんきっと、次はよくやってくれるだろうことも知っています。であれば、それ以上私が何かする必要はないでしょう」

 

 

 これが冗談側の半分です、なんてさとり様は言う。当のあたいは言ってる意味がいまいち頭に入ってこなくて、それなら残り半分は?ってそれでも入ってこないなりに心の中で問いかけた。そしてさとり様がそれに応える前にあたいのことを抱きしめてきたせいで、もっと混乱がひどくなった。

 

 

「正直に言うとですね」さとり様は言った。「あの頃お燐に会えなくて、実は非常に寂しかったのですよ」

 

 

 すっと、あたいの頭が冷えた気がした。ぐちゃぐちゃになっていた思考の渦が、一瞬ぜんぶ止まったんだ。

 証拠に、そのすぐ直後に、あたいの頬は煮え切らんばかりに燃え盛ったんだから。

 

 

「孤影悄然の妖怪が聞いて呆れるような話ですが――此処に越してきてからこちら、毎日顔を合わせていたものですから、どうやらすっかりあなたに絆されて、慣らされて、入り込まれてしまったらしいのです。ええ、あの異変の頃、お燐が私のことを避けていると気付いた時には、それはそれはもう動揺しました。なにより自身が動揺したことに、更に動揺したものでしたが……お燐? 聞いていますか?」

 

 

 ああ、さとり様。あたいはさとり様が望むんだったら毎日どころか一日中だってさとり様の傍にいますよ。それでさとり様が幸せに感じてくれるんだったらその程度まったく安いもんです。

 あたいは灼熱地獄もかくやというほどの熱にくらくらする頭で、それでもどうにかそれだけをさとり様に伝えようとして、つまりさとり様の言葉なんかはまるで聞く余裕すらもなかった。

 だけど、そんないっぱいいっぱいの脳みそでも、あたいの思念を読み取ったさとり様がにこりと、見たこともないような綺麗な笑顔を浮かべているところだけは、しっかり鮮明に記憶の中に焼き付いたんだ。



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