よう実 Aクラス昇格RTA Dクラスルート 番外編 (青虹)
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コンビニでの一幕

これは第一話なので初投稿です。



 生きるために欠かせないもの、それは水と食料だ。水がなければ3日、食料がなければ7日で人は死に絶えてしまうという。

 八遠愛は、これから始まる3年間の0円生活に備えて、最初の0円コーナー漁りをしていた。

 最優先は水と食料の2つ。水は自販機に0円で売っているので、確保すべきは食料のみだ。

 愛も立派な女子高生。化粧もしてみたいお年頃ではあるが、生きるためにはその欲は抑えなければならない。

 一度手に取った化粧品を再びカゴに戻した。

 

「これでいいか」

 

 各店舗月々3つまで。その制約がなければどれだけ楽なことか。そう思った愛だが、そもそもこの制約がなければ、クラス間争いに興味を失くす生徒が現れるかもしれないのだ。

 愛は小さくため息を吐きながら店を出て、すぐに次の店へ向かう。

 いらっしゃいませ、という決まり文句を耳に、愛はコンビニに入った。

 そして、見覚えの顔触れに出会った。

 

「あれ? 君たちは……」

 

 愛と同じDクラスの綾小路清隆と堀北鈴音だ。

 愛は当然その名を知っているが、実際に出会って言葉を交わすのは初めて。自己紹介も途中退席したため、どちらの名前も知らない。ここで口にしてしまっては、頭の切れる二人には一瞬で看破されるだろう。

 

「オレたちと同じクラスか?」

「うんうん。私は1-Dの八遠愛。自己紹介の時はどうしてもトイレに行きたくて抜け出しちゃったから、自己紹介が出来なくって」

 

 綾小路を見上げ、笑顔を見せた。まだ浮かれ気味な綾小路には、その愛の姿はどう映っただろうか。

 一方の堀北は、嫌悪感を隠し切れていない様子。しかし、そんな堀北にも愛は笑顔を貫く。

 

「貴方達は一体なんのつもり? 仲良くしたいなら貴方達二人で勝手にやってもらえない?」

「うーん。それは出来ないかなぁ。私は君と仲良くしたいんだから」

 

 堀北には友達という存在が理解できなかった。

 堀北は常にこの学校の生徒会長である兄の背中を追ってきた。

 優秀だった彼は努力家であることを知っている。武道を嗜んでいることを知っている。常に先頭を歩き、一人で歩んで来たことを知っている。

 

 ──そして、それが間違っていることを知らない。

 

 幼い時から兄の背中だけを見てきた堀北の目標はそこ止まり。それがDクラスという結果になって現れているのだが、今の堀北はそれを知らない。

 

「君はもっと色々なことを知った方がいいんじゃないかな?」

「……どういうこと?」

「そういうところだよ」

 

 本来ならば、堀北はDクラスにいてはならない生徒だ。

 堀北にはもっと成長して、引っ張っていって貰わなければならない。そして少しでも多くクラスに貢献する必要がある。

 

「何ならオレが教えても──」

「堀北鈴音」

「堀北ちゃんだね、よろしく!」

「ちゃん付けはやめなさい」

 

 綾小路の言葉を遮るようにして口早に言うと、堀北は深々とため息を吐いて嫌悪感を露わにした。しかし、愛はそれを気にすることもなく店内を見渡し、例の如く0円コーナーを見つけてそちらへ歩いていく。

 堀北と綾小路も、その存在に興味を抱いて愛の後ろをついていく。

 

「0円コーナー……?」

「うん。たまたま行った店にあるのを見つけてね。もしかしたら色んな店にあるんじゃないかなって思って」

「でも、全員に10万ポイントが支給されたはずだぞ?」

 

 愛の目的を知らない二人は、揃って首を傾げた。

 

「使えるものは使っておかないと。お金の貯金って大事でしょ?」

「10万もあるのにか?」

「うん。念には念をってね」

 

 いくつかの商品を手に取りながら愛は言う。

 綾小路が言うように、10万ポイントとは10万円と同等の価値がある。つまり諭吉10人分。高校生が持つには大金でないわけがない。

 しかし、この後控える船上試験の報酬や、次の一年生──宝泉や七瀬を始めとした学年──の一部には、綾小路を退学させるだけで2000万ポイントを与えるというものもある。要するに、ポイントはこれからインフレしていく。7桁単位でのポイントの移動は少なからず起こる。

 それに、一年生のこの時期に愛の目標ポイント分を与える機会を作るなど、現在の平穏さからはとても想像がつかない。

 初日であるにも関わらず、愛は思う。来年の今頃は何をしているのだろうかと。既にAクラス昇格を決めているのか。それともまだ志半ばなのか。

 

「本当に0円コーナーからしか買わないのね」

「物資がなくなったら買わざるを得ないかなって思ってるけどね。でも、残せるだけ残しておきたいっていうのが私の考えだから」

「でも、毎月10万ポイント振り込まれるんじゃないのか?」

「うーん。私は毎月ポイントが振り込まれるとしか聞こえなかったけどね。でも、散財して金銭感覚を狂わせるよりかはマシじゃないかな」

「八遠の言う通りだな」

 

 そう言ってレジに並ぼうとした時だった。

 

「ちょっと待てと言ってんだろゴラァ!」

 

 ドスの効いた大声が、狭い店内に響いた。愛は思わず耳を塞ぐ。

 そして綾小路の耳に囁いた。

 

「綾小路くん、なんとかしてよ」

「なんとか、って……」

「どうせ学生証を忘れたんでしょ。なんか怖そうでとっつきにくいから綾小路くんが行ってよ」

「はぁ、分かった」

 

 綾小路が須藤の方へ歩いて行き、立て替えているところを眺めながら自身の会計を済ませる。

 相変わらず、会計は0ポイントである。

 

「あの顔、何処かで見覚えがあるわね」

「それはきっと同じクラスの生徒だからだよ」

「アレと同じクラス? 冗談じゃないわ」

 

 しかし、彼──須藤のおかげで堀北は自己紹介を避けられたと言っても過言ではない。

 

「でも、同じクラスだって言われるとちょっと気が引けるかなぁ」

 

 愛は苦笑いを浮かべた。

 愛の会計が終わると、堀北も会計を進める。その間に須藤の件も落ち着いたようで、もう一方のレジには平静が取り戻されていた。

 

「ありがとう、綾小路くん」

「ああ」

 

 堀北の会計も終わり、3人で店を出ると須藤が店前にどっかりと腰を下ろし、カップラーメンにありつこうとしているところだった。

 そんな須藤の様子に綾小路が興味を示したようで、声をかけた。

 

「まさかここで食べるのか?」

「当たり前だろ。ここで食うのが世間一般の常識だ」

「その常識初めて聞いた」

 

 カップラーメンとは、家に持ち帰るか店内のイーティングスペースで食べるのが本来の常識……のはずだ。

 ここで食べる人など、不良やヤンキー以外で見たことがない。

 愛も堀北も呆れ、綾小路は困惑していた。

 

「私は帰るわ。こんなところで品位を落としたくないし」

「何が品位だよ。高校生だったら普通だろうが。それとも良いとこのお嬢様ってか?」

「そんな普通私しらない」

 

 須藤の反論に対しても、堀北は一貫して須藤を見ることはなかった。

 どうやら、その態度が癪に障ったらしい。須藤は地面にカップラーメンを置いて立ち上がると、堀北の方へ歩いて行った。

 歩き方は完全に不良のそれだった。

 

「あぁ? 人の話を聞けよオイ!」

「彼どうしたの? 急に怒り出して」

 

 わざとか何なのか、堀北は綾小路へ向けて質問した。堀北、そういうところだぞと愛は心の中で呟いた。

 

「こっち向けよ! ぶっ飛ばすぞ!」

「堀北の態度が悪かったのは認めるよ。でも、お前もちょっと怒りすぎだ」

 

 普通だったら須藤の放つ威圧感を前に怖気付いてしまうだろう。しかし、流石は綾小路。流石ホワイトルーム生。全く動じない。

 

「ああ? んだと? こいつの態度が生意気なのが悪いんだろうが、女のくせによ!」

「女のくせに。時代錯誤もいいところね。彼とは友達になら──」

「はい堀北ちゃんそこまでねこれ以上口を開かないようにごめんね迷惑かけちゃって」

 

 流石に周りの注目を集めすぎた。須藤の声がよく響くのもあるだろうが、堀北も大概だ。少し離れた場所まで連れて行き、ほっと息を漏らした。

 

「なぜ止めたのかしら」

「何でってそりゃあれ以上は危険だったし」

「危険? 私は彼に負けることは想定していないわ」

 

 いや堀北さん、そういう問題じゃないんですわ。心の中で盛大につっこんだ

 愛のせいなのか、堀北が喋っている間につかみかかりそうだったために慌てて隔離したのだ。コンビニの壁にはしっかりカメラが設置されている。問題を起こしたら5月に大きな影響が及ぶ上に、堀北が悲しい気持ちに包まれてしまう。

 

「とにかく、堀北ちゃんは我慢を覚えること! たとえ正論でも、穏便に解決できるような言葉選びをしなさい!」

「なぜ私が説教されているのか分からないわ」

「あっちょっ」

 

 慌てて手を掴んで止めようとしたが、あと僅かのところで手は空を切った。

 これ以上は今の堀北には無駄だろう。これからは、自らの過ちを身を持って知っていかなければならない。最初の目標は原作通りの和解だ。

 

 綾小路の方へ戻ると、既に須藤が退散した後だった。雑に放られたカップラーメンは、好き放題に中身を散らばせていた。

 

「綾小路くん、手伝おっか」

「ああ、ありがとう」

 

 店の人にティッシュやら布巾やらを借りて、匂いは残るものの粗方片付いた。

 

「うちのクラス、変わり者が多いよね」

「だな。クラス替えは無いって言ってたし、この先が不安でしかない」

 

 本当に不安だ、と愛は内心思う。けれども、それ以上に期待感が大きいのが事実だ。

 

「綾小路くんは友達出来そう?」

「いや……どうだろうな」

 

 綾小路は自己紹介が失敗に終わっている。第一印象は根暗な男になっていることは間違いない。

 

「じゃあ、私の連絡先教えてあげる。これが初めてかな?」

「いいのか?」

「もちろん! 一人でも多い方がいいでしょ?」

「そうだな。じゃあ、ありがたく交換させてもらおう」

 

 愛と綾小路は少してこずりながら、無事に交換を終えた。余談だが、お互い他人の連絡先を登録したのはこれが初めてである。

 

「私は他のところにも行くけど、綾小路くんはどうするの?」

「オレは一旦帰る。寮でゆっくりしたいし」

「……そ、そう」

「ん? どうした?」

「別に何でもないよ。じゃあね!」

「あ、ああ」

 

 綾小路、そういうところが鈍感だって言われる理由だからな。その言葉は心の中だけに留めておき、口に出すことはしない。

 その役割は愛ではない。愛は教科書でも何でもない、ただの空白の本に過ぎないのだから。

 愛は次なる目的地へ向けて歩き出した。




天沢の方法、盲点でしたね。
でも、ポイントを使えない愛ちゃんが対価を払う方法はあるのだろうか?

いやうん、あるにはあるけどここでは言えないしそもそも愛ちゃん貧s

愛「誰が貧相だって?」


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八遠愛と坂柳有栖の夏休み+堀北鈴音の水筒事件

この小説初の失踪をしたので初投稿です。

今回はこの小説シリーズ初の愛ちゃん視点となっております。

活動報告に書いて欲しいシチュエーションを書く場所を作っておくので、要望があれば書いてください。原作にあるなしは問いません。


「んー、疲れた」

「流石に半日もチェスをやると疲れますね……」

 

 手をぐぐっと上に伸ばすと、少し疲れが取れた気分になる。

 何故半日もチェスばかりしていたのかというと、あの時の戦いはどちらが勝ってもおかしくなく、改めてどちらが上手か勝負しようという話になったからだ。

 先に連勝した方が勝ち、という内容で始まったはいいものの、お互い一勝を積み上げて連勝が一向に見えなかった。

 そのまま、勝負がつくまでに半日を要してしまったというわけだ。

 

 まとまった時間が取れる夏休み中にしておいて良かった。

 

「いい時間ですし、夜ご飯にしましょうか」

「そうだね」

 

 私が有栖ちゃんに賛成すると「愛さんはそこに座っていてください」と言ってキッチンに向かった。

 これはもしかしてもしかしなくても……? 

 

「今日は一日中私に付き合ってくれたので、そのお礼です」

「ありがと」

 

 有栖ちゃんの手料理だヤッター! 

 どうやら料理が出来るらしい。手料理を頂くのはこれが初めてなので、かなり楽しみだ。

 それと同時に、本当にいいのかという感情も少しだけ湧き上がった。本人がいいと言っているのだから、私はそれ以上言うことはしない。しつこいと嫌われるからね! 

 

 しばらくテレビを見て時間を潰していると、美味しそうな香りが漂ってくる。

 ああ……ちゃんとしたご飯の匂いだ……! 

 それにしても量が多い気がする。気のせいかな? 気のせいじゃないね。

 

「0円だと満足に食事も取れないかと思いまして」

 

 確かにその通りだ。収穫量が少なかったり、配分を間違えたりして月末にひもじい思いをすることが何度かあった。

 そうでなくても、入学前の食事に比べて質素で、量が少ないのは自覚していた。

 

 そんな私に気を遣ってくれた、だと……!? 

 

「ありがとう有栖ちゃん!」

「そんな泣きついて喜ぶ程でもないと思うのですが……」

 

 私にとってはそれほどの大事なのだよ、有栖ちゃん。

 

「愛さん、冷めてしまわないうちに食べましょう」

「そうだね。有栖ちゃんの手料理なら冷めても美味しいこと間違いないけど、暖かい方が美味しいもんね」

「私はそんなに料理が得意というわけではないですよ」

 

 そんな有栖ちゃんの言葉を聞きながら、味噌汁を一口。

 その瞬間、全身を電流が走ったような感覚に陥った。

 小説なんかではこんな表現をたまに見るけど、実際に体験することになるとは……。

 

「……どうですか?」

 

 目線は味噌汁に向けられているので有栖ちゃんの表情は分からないけど、声で不安そうにしているのが分かる。

 

「美味しい……めっちゃ美味しいよこれ!」

「ふふっ、それはよかったです」

 

 何これ!? たまに私も作るけど、次元が違う。

 愛情が詰まっているというのかな。無心で作った私の味噌汁よりも、私のためにって作ってくれた味噌汁の方が美味しいっていうそういうものだこれは。

 間違えて食べたあの忌々しきスペシャル定食の味噌汁よりも断然美味しい。

 

 しかも、安心した表情を浮かべる有栖ちゃんを見ているとおいしさが倍増する。

 ……もう同性愛者でいいかな。

 いやいやいや、有栖ちゃんとはあくまでも友達だ。関係が進んでも親友まで。私はちゃんとノーマルでいたい。

 

「そういえばさ、この前面白いことがあったんだよね」

「何ですか? 面白いこととは」

 

 そう、あれは数日前のことだ。今でも思いだすと噴き出しかねない出来事だった。

 

「堀北ちゃんの腕が水筒から抜けなくなるっていう事件が……っ、起こってっ……さ」

 

 ダメだ、笑いが止まらない。例えば池や山内だったら鼻で笑って終わりなんだけど、堀北ちゃんとなると普段の真面目さとのギャップが笑いのツボを刺激するのだ。

 

「水道のトラブルで水が止まってた日あったでしょ? あの日のことなんだけどさ──」

 

 

 

 ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 とっくに日が落ちて、テレビを見て1日の終わりと新たな1日を迎えるだけとなった午後9時頃、突然私の端末が震えた。

 活発に出歩く人との関わりが殆どない私からすれば、端末が鳴ること自体珍しい。

 一体なんだと思って相手を見ると、堀北ちゃんの名前があった。

 

「もしもし」

『もしもし。突然だけれど、今時間あるかしら?』

 

 流石にこの時間だ。時間はいくらでもある。

 そういえば、この時期といえば堀北ちゃんの腕に水筒が突き刺さる時期だったか。知識が正しければ6時半頃に最初の連絡が綾小路の元に届いたはずだ。

 この程度のズレは誤差でしかないだろうけど。

 

「いいけど、どうしたの?」

『私の部屋に来てもらえないかしら。そうすれば分かるわ』

「ん、すぐ行く」

 

 堀北ちゃんの部屋まではそこまで距離はないので、すぐに到着した。

 インターホンを鳴らすと、堀北ちゃんがすぐに出た。

 

「こんな時間にごめんなさい。とりあえず入ってくれる?」

「お邪魔しまーす」

 

 堀北ちゃんの部屋にお邪魔するのはこれが初めてだ。

 ちゃんと部屋は綺麗にしてあった。足場がないほど汚れてたら面白かったんだけどな……。

 

「それで、どうしたの?」

「これなのだけど……」

 

 恐る恐る差し出された右腕。そこには水筒が刺さっていた。

 笑いが堪えきれなくなって、少し漏れてしまった。

 

「ちょっと八遠さん、私は真面目に言ってるのよ?」

「ごめんごめん、これを抜くのを手伝って欲しいってことだよね? でも、それなら綾小路くんの方が適任なんじゃ……」

 

 力仕事に女を選ぶとは……。堀北ちゃん、見誤ったな! 

 

「その……八遠さんとは友達、だもの。頼りたくなったら頼って、と言ったのはあなただから……」

 

 うっ……。恥ずかしそうに目を背けながらそんなことを言われると、助けてあげないわけにはいかないではないか。

 無人島試験の時にそう言ったのを意識が朦朧としながらも覚えていたのか……。私まで恥ずかしくなってきた。

 

「じゃあ、ちゃちゃっと抜いちゃおっか」

「そうね。私のことは気にしなくてもいいから、思いっきり引っ張ってちょうだい」

「おっけい」

 

 重心を落として、しっかり水筒を持ち、全力で引っ張った。けれど、水筒は一向に抜けない。

 おい水筒、そこは私の定位置だぞと、冗談交じりに水筒を脅してみるものの、やはり動かない。

 無機物に脅しとか私何してるんだろ……。

 

「うーん、抜けなさそうだね……。綾小路くんを呼んだ方が良さそう」

「……そうね。須藤くんも連絡先が私の端末に登録されるのと同じくらい嫌だけれど、この際仕方ないわね」

「どれだけ嫌なの……」

 

 綾小路くんに事情を伝えると、すぐに来てくれるとのこと。

 綾小路くんの力をもってすれば、多分抜ける。

 

 しばらくして、インターホンが鳴らされた。堀北ちゃんが私に行ってくれと頼んで来たので、代わりに玄関へ向かう。

 

「いらっしゃい。入って入って」

「ここって八遠の部屋だったか?」

「ちゃんと堀北ちゃんの部屋だから安心して」

 

 綾小路くんを招き入れ、改めて事情を説明したあと、私がやったように引っこ抜いてもらう。

 けれども、やはり水筒は動かない。

 うんとこしょ、どっこいしょ。まだまだ水筒は抜けません。

 

「これはダメだな。このままじゃ抜けそうにない」

「石鹸とか使えば、抜けやすくなるんじゃない?」

「けれど、水道は使えないわよ」

「あっ……」

 

 災難だなぁ。なんで今日に限って水道が突き刺さって断水になるんだか。

 

「綾小路くん、悪いけど……」

「分かった。すぐに貰ってくる」

 

 そうしてまた、二人になった。

 

「はぁ……なんで今日に限ってこんな目に遭わなくてはならないのかしら……」

「こういう日もあるって」

 

 多分綾小路くんが水を持って来れば抜けるだろうし、大事には至らないだろう。

 このままだと話すことが無くなってしまうので、さっきのことを話題にしよう。

 

「それにしてもさ、最初に私を頼ってくれて嬉しかったな」

 

 最初は、言っても自分一人で突き進もうとしていた堀北ちゃん。ようやく一歩踏み出せたようだ。

 

「友達、だものね」

「うん」

 

 これから堀北ちゃんには、平田くんと一緒にクラスを引っ張っていってもらわなければならない。

 一人だと乗り越えられない壁でも、2人3人集まればきっと乗り越えられるだろう。

 

「これからは特別試験とか増えると思うけど、一緒に頑張ろ。綾小路くんもきっと助けてくれるし」

「そうね。これからはちゃんと頼らせてもらうわ」

 

 しばらくして綾小路くんが帰ってきた。ちゃんと水を持って帰ってこれただろう。そう思っていたけど、帰ってきた綾小路くんは手ぶらだった。

 

「あれ、水は? 途中で飲み干してそのまま捨ててきたとかじゃないよね?」

「食堂にもなくて自販機も売り切れだったんだ」

「そっか……。じゃあ誰かから分けてもらうしかないか」

 

 リビングにいる堀北ちゃんにもそのことを伝えた。誰かから水を貰うべきだろう。でも、綾小路くんは持っていないらしい。

 私はまだ残っているけど、堀北ちゃんの腕に水道が突き刺さっているのが意外と面白いので、持ってないってことにしておこう。

 性格悪いねってよく言われる。

 

「綾小路くん、池くんとかに──」

「それは遠慮するわ」

「えぇ……」

「だって何が入ってるか分からないじゃない」

「池たちは菌じゃないぞ……?」

 

 綾小路くんには平田くんに連絡してもらったけど、なぜか繋がらない。もう寝たのだろうか。それとも誰かと寝ているのだろうか。

 

「じゃあ、佐倉さんに頼んでみるかな」

「佐倉さん?」

「ピンク色の髪のメガネかけてる子」

「誰か分からないけれど、信頼出来るのよね?」

「うん、女子だし大丈夫だと思う」

「じゃあ、お願いしてもいいかしら」

 

 堀北ちゃんの了承を受けて連絡する。が、中々繋がらない。作業中か寝ているかどっちかか。

 

「ごめん、繋がらない」

「……そう」

 

 残念なことに、ここに集まったのは友達がいない組。伝手はもうない。

 

「こうなったら堀北も相応のリスクを負うしかないぞ」

 

 綾小路くんの言葉に、堀北は警戒心を強めた。

 堀北ちゃんも察しているだろう。だから、リスクがどういうものか分かって警戒している。

 

「ケヤキモールだね。あそこなら水が出るしね」

 

 距離にして約5分。この時間帯なら出歩いている人は少ないだろう。

 

「どうやって行く? 水筒を晒したまま行くのはまずいだろうし……」

「タオルとか巻いて隠すとかどう?」

「やってみるわ」

 

 最初に持ってきたのはハンカチ。大部分は覆えているが、全体を覆うには小さいようだ。

 

「んー、バスタオルならどう?」

 

 次に持ってきたバスタオルは、水筒を隠すことに成功した。

 これなら行けそうだ。

 

「周りから何と思われるかしら……」

「何か聞かれたら私の風呂を借りたってことにしとけば良くない?」

「もうそれでいいわ……」

 

 堀北ちゃんが疲れてきた、早くしないと。

 

「出来れば階段で行きたいわ。エレベーターには監視カメラが付いているから、最悪映されるかも知れないもの」

「そうなると階段か」

 

 部屋を出て、近い方の階段へ向かう。が、ここでもまた災難に見舞われる。

 

「開かない……」

「仕方ないわ、反対側に行きましょう」

 

 出来れば誰にも遭遇しませんように、そう願いながら進んだが、いきなり敵とエンカウント。野生の櫛田桔梗が現れた。

 ここの部屋に遊びにきていたらしい。誰かは気にしないし、そもそもどうでもいい。

 

「あれ? こんな時間にどうしたの?」

 

 相変わらず、気持ち悪い仮面を被ってやがる。綾小路くんは直接、堀北さんは間接的に知っているとはいえここで煽る必要はないか。適当に会話してやり過ごそう。大事なのは堀北ちゃんに意識を向けさせないことだ。

 

「今断水してるじゃん? それで水がなくなっちゃってさー。今からもらいに行くところ」

「良かったら私余ってるから分けてあげよっか?」

「いいよ、迷惑をかけるわけにもいかないし」

 

 堀北ちゃんが嫌がるだろうし、私も櫛田には貸しを作りたくない。

 そのメロンを譲ってくれるなら話を聞いてあげよう。

 

「そっか、食堂は売り切れだからケヤキモールに行った方がいいよ」

「ああ、ありがとう」

 

 櫛田と別れを告げ、階段を降りる。13階から1階に降りるとか、苦行すぎないか!? 

 

 何とか1階に辿り着いた頃には、息が荒くなっていた。ここからケヤキモールまで歩いて水を貰って戻ってきて、また階段を上がらないといけないとか修行僧がやりそうなことだ。

 

「っ!」

 

 堀北ちゃんが何かを察知して、サッと身を隠した。何があったのかと思ったら、前から集団がやってきたではないか。クラスメイトではないけど、みられることには変わりない。

 階段で戻ろうにも、上から男子の声が聞こえてくる。

 

「はぁ、エレベーターで戻るわよ。振り出しになってしまうけど仕方ないわ。ちゃんと隠しなさいよ」

「綾小路くん、ちゃんとお姫様をお守りするんだよ」

「お、おう……」

「馬鹿なこと言っていないで早くしなさい」

 

 ボケを堀北ちゃんに一刀両断されながらエレベーターに乗り込む。

 13階を押して、スタート地点に逆戻りだ。

 

「やっぱり文明の利器ってすごいね……。階段はあんなに大変だったのに……」

「だな。もう階段は使いたくない」

 

 そんなことを話していると、エレベーターが減速していく。まだ13階ではない、5階だ。

 

「嘘でしょう……?」

「残念だけど嘘じゃないね」

 

 5階で止まった。誰かが乗り込むのだろう。

 

「あれ、高円寺くん」

「奇遇だねぇ、八遠ガール。そこのエレベーターボーイ、最上階のボタンを押したまえ」

 

 エレベーターボーイと綾小路くんがイコールなの……? 

 

「高円寺くんは先輩の部屋に行ってたの?」

「その通りだ八遠ガール。夏休みというものは些か退屈なのでねぇ」

 

 確かにそうだ。友達がいないと余計退屈に。ポイントが使えないとさらに退屈だ。退屈の3乗だ。

 

「あははは……退屈だよね、夏休み」

「友達がいないのが悪いのだよ」

「ストレートに言わないで!? ていうか友達いるし! インドア派なだけでちゃんといるし! 今度さかy──友達と遊ぶ予定あるし!」

 

 私が半ば喚くように言うと、綾小路くんが硬直した。

 私の勝ち。何で負けたか、明日までに考えておいてください。ほな、いただきます。

 

 エレベーターが再び減速し始め、扉が開く、今度こそ13階だ。

 

「じゃあね、高円寺くん」

 

 そう言った時には、懐から鏡を出していて、返事が来ることはなかった。

 

「八遠、よく高円寺とあそこまで会話できるな……」

「そうね。あれは常人にできる芸当ではないわ」

「2人とも、言い方!」

 

 確かに高円寺くんはおかしいけれど、不屈の心を持てば会話できるから! 

 

 その後、部屋に戻ると佐倉さんと連絡を取ることに成功して、無事に堀北ちゃんの水筒が抜けた。

 後日、綾小路くんが本当に抜けなくなるのかと子供みたいな好奇心で水筒に腕を入れたところ、本当に抜けなくなったらしい。

 

 

 

 ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

「ふふっ、そんなことが」

「そうそう。いやー、あれは面白かった。ちゃんと写真撮ったから後で送っとくね」

 

 堀北ちゃんの話をしていたら、いつの間にか食事の時間が終わっていた。

 堀北ちゃん、素晴らしい活躍だ。褒めて遣わす。

 

 食器は2人で片付けた。座ってていいと言われたが、流石に申し訳ない。ただでさえ杖が必要なのだから、手伝わせて欲しいと懇願した。

 

 その後、2人でテレビを見ていてふと思った。そう言えば最近、耳かきしてないなと。性格には7月に入る前からか。大分前からしてないなおい。

 一度気になりだすと、耳の中が気持ち悪い。

 

「愛さん、どうしましたか?」

「ううん、何でもない」

 

 それからというもの、なるべく気にしないように努めても、定期的に耳を気にしてしまう。

 それが有栖ちゃんにも気になってしまうらしい。

 

「耳がどうしたんですか?」

「実は最近耳かきしてなくて……」

 

 あー、家に帰ってからやらなきゃな……。

 そんなことを思っていると、有栖ちゃんの口から意外な言葉が発せられた。

 

「私が耳かきしてあげましょうか?」

「ふぇ?」

 

 流石の私も今の不意打ちには対応できなかった……。

 

「嫌ならいいですが」

「じゃあお願いしてもいい?」

「分かりました」

 

 有栖ちゃんは優しく微笑むと、引き出しから耳かき棒と梵天を持ってきた。

 私梵天持ってない……。備蓄されている耳かき棒しか使ってないからなぁ……。

 予備も合わせて3本くらいあるからなくなることはないだろうけど。

 

「では、私の膝に寝転がってください」

「ん」

 

 ソファーに座った有栖ちゃんの太ももに頭を下ろす。

 これはこれは……。

 失礼なことだけど、有栖ちゃんはちょっと細すぎるから心地よさはちょっと不安だった。

 だけど、ちゃんと寝心地がいい。程よく肉がついてやがるッ! 

 

「大人しくしていてくださいね。人の耳を掃除するのは初めてなので、下手に動かれると耳が傷ついてしまいますよ?」

「りょーかい」

 

 耳かき棒が少しずつ耳に入っていく。耳の中を動き回って、耳垢が掻き回されていくのがわかる。

 何だこれ、気持ちいいぞ……。1人でやるのとは違う……ッ! 

 

「痛くないですか?」

「うん、大丈夫だよ」

 

 耳かき棒は、手前の門番を倒すと、さらなる敵を求めて奥へ侵入していく。

 それと同時に、気持ちよさが増してくる。

 ……もしかして私、耳が弱い? 

 

「んっ……」

「痛かったですか?」

「大丈夫、続けていいよ」

 

 どうしよ、声が……。

 今耳かきしてるのが綾小路くんとかだったら思いっきり殴り飛ばしてるところだった……。

 

「んっ……あっ……」

「もしかして愛さん、耳が弱いんですか?」

「しょ、しょんなことないよ!?」

 

 噛んだ? いや、噛んでない。

 それよりも、有栖ちゃんが完全にスイッチ入ったなこれ。声が大分弾んでたもん。

 

「あっ、愛さん動かないでくださいね。奥に大きいのがありますから。もし動いたり変な声を出したら、耳を貫いてしまいそうです」

「ちょっと!?」

 

 くっ、これは何としてでも耐えなければ……っ! 

 しゃっくりを止める時を意識して、呼吸を止める。その間にも快感が……っ! 

 

「……っ……ん」

 

 耐えろ耐えろ! 

 

「ふふっ、面白い顔をしてますよ」

「水を得た魚──いや、おもちゃを得た子供みたいな顔しないで!」

 

 くっ、弱点を見せた私が不味かった。何としても耐え切るしか……! 

 

「もう少しで取れそうなのでちょっとだけ我慢してくださいね」

「おうよ……」

 

 しばらく、くすぐりを堪えるようにしていると、取れましたよと声がかかって、肩の力が抜けた。

 

「ふぅー……」

「ひゃっ!?」

 

 と思ったらこの不意打ち。有栖ちゃん性格悪すぎ……っ! 

 暖かい吐息が耳ばかりか全身を駆け巡って、正直一番気持ちよかった。

 

「次は梵天です。まだ寝ていてくださいね?」

 

 どうやら、今の有栖ちゃんはずっと私のターン状態だ。それか、『ドロー、モンスターカード!』状態。どちらにせよ防戦一方だ。

 

「んっ……」

 

 耳かき棒とは違う、耳を優しく包み込む感覚。一瞬で骨抜きにされてしまう……。

 

「ふふっ」

 

 くそっ、1人だけ愉悦に浸りやがって! 今度は私が有栖ちゃんの耳かきをする、異論は認めん。

 

「終わりましたよ」

「やっと終わった……」

「次は反対ですよ」

「あっ」

 

 今日一番の笑顔を見て、私は絶望した。

 左耳で体力を使い切った私は、なされるがままに右耳を掃除され、快感に全身を支配され、終わった頃には息絶え絶えになっていた。

 おのれ有栖ちゃん、覚えとけよ! 

 

「ふぅー……」

「んひゃ!?」

 

 ……お、覚えとけよ! 

 




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