うちのろどす・あいらんど (黒井鹿 一)
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第0話―さいしょのおはなし

 殺伐とした世界で生きるドクターとオペレーターたち。
 この世界で大切なものは3つ。

 仲間と、理性と、周回だ!


 源石(オリジニウム)――突如として世界中に降り注いだ、未知の鉱石。

 

 適切に扱えば魔法のような力を得られ、

 不用意に扱えば逃れられぬ死を被る、全ての源たる石。

 

 今日の発展と滅亡を同時に招いた、遠き宇宙からの贈り物。

 

「放してくれ、アーミヤ。俺は行かなくては」

「待って下さい、ドクター。もうこれ以上は……」

 

 源石によって生まれた鉱石病(オリパシー)の感染者は虐げられ、

 虐げている非感染者はいつ自分があちら側に堕ちるか恐怖する。

 

「無茶なのは承知の上だ。それでも、やらなければならないんだ」

「ドクター、私だって出来る限りあなたに協力したいです。でも、こればかりは……」

 

 そんな世界の構図に逆らう者達がいた。

 

 不当な扱いを受ける感染者に温かい慈悲を。

 けれど、不当な方法で問題解決を図る輩には容赦なき鉄槌を。

 

 感染者も非感染者の区別なく、ただ崇高な目的のために動く組織。

 

 その名を〝ロドス・アイランド〟

 

 

「さあ、戦術演習LS-5の周回を再開するぞ!」

「もう理性回復の上限に達してますから! ドクター、正気に戻ってください!」

 

 これは、そんなロドス・アイランドの日常の記録である。

 

        ***

 

「で、落ち着いたかね、Dr.黒井鹿」

「ああ、すまない。少し取り乱したようだ」

「少し、ですか。近隣のオペレーター総出でニ十分がかりで取り押さえさせておいて、少し、ですか……」

「……すまない。だいぶ取り乱したようだ」

 

 所はケルシーの診察所。そこでDr.黒井鹿はベッドに縛り付けられていた。

 部隊唯一の指揮官に対してその仕打ちはどうなのかと思われるだろう。しかし、これには深いわけがある。

 

 指揮官と言えば安全圏にいる印象があるかもしれないが、Dr.黒井鹿はオペレーターと共に戦場に立つ。

 だが、彼には自分の身を守る力すらない。一瞬の判断ミス、偶然の流れ弾で彼の命は掻き消える。

 その上、彼の双肩には自分の命だけでなく、仲間の命も乗っている。その重さは計り知れない。

 

 そんな極限環境下で、人の理性など一瞬で消費される。それを回復するには充分な休養が必須なのだ。

 

「だと言うのに君と来たら……」

「純正源石を用いれば理性は回復できる。何も問題はないはずだ」

「やり過ぎです。ドクターの安全のために回数制限が設けられているんですから、きっちり守ってください」

「そもそも非感染者たるDr.黒井鹿が源石を用いるという時点で、理性が失われていると考えることもできるな」

「ケルシー先生!」

「アーミヤ、そう怒るな。冗談だ」

 

 アーミヤの激しい剣幕にも、ケルシーは涼しい表情を崩さない。ビーカーに注いだコーヒーを啜りつつ、カルテを見つめている。

 

「先程の冗談は置いておくとして。Dr.黒井鹿、君に言っておくべきことがある」

「……なんだ?」

「鉱石病については、もはや何も言うまい。今更、と言う他ないからな」

「そうだな。本当に、今更だ」

「だが、それでもこれだけは心に留めておいてくれ」

 

 一拍置き、ケルシーはここに至って初めてDr.黒井鹿の方を向いた。

 

「君の身は君だけのものではない。君に何かあれば困る者、悲しむ者がここには大勢いる」

「…………」

 

 チラッとケルシーの視線が動く。その先には不安げな表情のアーミヤが立っていた。

 

「同時に、君は一人ではない。

 何か悩みがあるのなら、相談すればいい。

 何か痛みがあるのなら、分かち合えばいい。

 そう出来る仲間が、ここにはいるのだから」

 

 ただ黙ってケルシーの言葉を聞いていたDr.黒井鹿は、一分ほどの間を置いて口を開いた。

 

「ケルシー……」

「なんだ?」

 

「日付が更新された。周回に向かってもいいか?」

「ストップ! ストップです、ケルシー先生! そのメスシリンダーをどうするつもりですか!?」

「なに、ちょっとそこのドクターをメスにするだけだ」

「先生まで理性を失わないでください!」

 

 騒ぎに釣られたのか、それとも周回という言葉に呼ばれたのか、サリアやヴィグナといったオペレーターの面々が集まって来た。

 人の目が増えて正気に戻ったのか、ケルシーがメスシリンダーを机に置く。

 

「はぁ、行ってきなさい。ただし、理性回復の回数には気を付けるように」

「分かっている。行くぞ、アーミヤ」

「はい、ドクター!」

 

 拘束を解除されたDr.黒井鹿は歩き出す。

 

 彼は考える。自分に出来る事は何なのか、と。

 

 戦闘の指揮、基地の設計・開発、各種資材の備蓄管理に補充、外部団体との折衝など、やるべきことは無数にある。

 だが、彼は思うのだ。実はこれはたった1つの仕事なのではないか、と。

 

 仲間と共に戦うという、たった1つの仕事(為すべきこと)なのではないか、と。

 

 ロドスの置かれている状況は芳しくなく、敵は強くなる一方だ。

 それでも、彼は折れない。

 たとえ地に伏せ、泥を啜ろうと、立ち上がって前を向く。

 頼もしい仲間と共に、ただ前に進む。

 彼が為すべきことは、ただそれだけなのだ。

 

        ***

 

 その1時間40分後。

 

「ケルシー、聞いてくれ。なぜ戦術演習は『演習』なのに演習券ではなく理性を消費するんだ?」

「……アーミヤ、まさかと思うが…………」

「……はい、ドクターは既に10回の理性回復を行い、その全てをLS-5周回に当てています」

「やはり元々の理性が擦り減っているんじゃないか……?」

 

 そんなこんなで、ロドスは今日も案外平和である。




 ここまで読んでくださり、ありがとうござます。
 遂にリリースされたアークナイツ、皆さんも楽しんでいますか?

 しかし、ゲームをプレイしていて感じたのです。この世界は彼らに冷た過ぎる、と。
 というわけで、ゲーム内であまり笑うことのない彼らを目一杯笑わせてあげられたら良いな、と考えています。

 これからもぼちぼち書いていく予定ですので、また見かけた際は読んでいただけると嬉しいです。


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第1話―おかねのおはなし

 地獄の沙汰も金次第。そして現世も金次第。

 金がなくては強くなれないが、強くなければ金が手に入らない。
 Dr.黒井鹿はこのジレンマをどう乗り越えるのか!?


「ドクター、いい加減にしてもらおうか」

 

 Dr.黒井鹿が一人寂しく昼食を食べていると、正面に座ったサリアが開口一番厳しい言葉を投げてきた。

 

「いい加減に、とは何のことだ?」

「とぼけるな。今、私たちの目の前にある問題についてだ」

 

 ちら、と二人が視線を下げれば、そこには今から腹に収めるべき昼食が。

 

「これに何か問題があるか?」

「大ありだ。いいか、ドクター。これまで何度言ったか分からないし、これから何度言うかも分からないが、私は何度でも言わせてもらう」

 

 一拍置き、サリアは腹の底から叫んだ。

 

「いい加減もやし以外の野菜も買え! あと肉を増やせ!」

 

        ***

 

 しん、と静まり返った食堂で、Dr.黒井鹿はゆっくりと口を開いた。

 

「……言いたいことはそれだけか?」

「こんなもので済むと思うな。まだまだあるぞ。まず野菜だ。確かにもやしは優れた食材だが、それだけでは足りない。栄養価としても、満足度としてもだ。活動に必要なエネルギーを補給するだけなら錠剤で充分にも関わらず、私たちが食事にこだわる理由を考えたことはあるか? それは精神の安定だ。こんな極限環境下では肉体より先に精神が折れるケースが多い。その精神を回復させるための食事を、お前は何だと考えている。いいか? 健全な魂は健全な肉体に宿り、健全な肉体は健全な食事から作られる。つまりだな――――」

「いや、いい。お前の言いたいことは分かった」

 

 堰を切ったように溢れ出すサリアの言葉を、Dr.黒井鹿の掌が遮った。不服そうな顔のサリアだが、ひとまずDr.黒井鹿の言葉を待つようだ。

 

「サリアの言っていることは正しい。俺もその通りに出来れば、と常に考えている」

「ならば――――」

「でもな、金が無いんだよ!」

 

 今度はDr.黒井鹿の声が食堂に響いた。腹の底どころか心の底から噴き出したような声だった。

 

「ああ、俺だってもやし以外の野菜を食べたいさ! 肉の量だって増やしたいさ! 新鮮なニンジンとジャガイモとたっぷりの牛肉を煮込んだカレーとか、取れたてのタマネギとじっくり燻したベーコンを炒めたチャーハンとか、ちょっと身体に悪いが鶏のモツ煮と白米だけのご飯とか、そういうのが食べたいんだよ!」

「あ、あぁ。そうか……」

「でもな、金が無いんだよ!」

 

 二度目の台詞は、もはや魂が飛び出そうなほどだった。マスクの上からでも滂沱の涙が見えそうだ。

 

「こんなご時世、そうそう仕事が転がっているわけじゃない。具体的に言えば週に4日間くらいしか仕事にありつけない!」

「ま、まあ、そうだな」

「その仕事をもらえる日に全力で仕事をした場合、1日で稼げる龍門弊は約45万7千5百! もちろん諸要素により変化するが、現状ではこれがほぼ限界量だと考えて間違いない! そこでだ、サリア。お前の昇進1回にいくらかかるか分かっているか?」

「そ、そうだな。まず作戦記録閲覧用の機材使用費として2万7千弱、その後の昇進費用として3万ほどか?」

「ああ、それが1回目の昇進にかかる費用だ。2回目の昇進には更に大量の龍門弊が必要となる。昇進以外に求人や資材の合成にも金が必要だ。……サリア、お前が何度も食事の改善を訴えてきたように、俺も何度でも訴えよう」

 

「うちには! 金が! 無い!!!!」

 

 ない、ない、ない……と、Dr.黒井鹿の悲痛な叫びが木霊する。その声は基地の最下層でトレーニングに励んでいたスカイフレアにまで聞こえたとかなんとか。

 

「食事の重要性は俺も理解している。だが、これは如何ともしがたい問題なんだ……。ひとまず前線に立つメンバーが育つまで、俺たちはもやしを食べ続けるしかないんだ」

「ドクター……」

「ああ、でも前線メンバーが育ったら、次は特殊メンバーも育てたいな。皆それぞれに得意分野があるのだから、それぞれの持ち味を活かせるようにしたい。そうなると控えのオペレーターたちも――――」

「……ドクター?」

「だがまあ、いい加減オリジムシも食べ飽きたしな。他の食材を探すべきか」

「待てドクター! さすがにそれは聞き捨てならない!」

 

 Dr.黒井鹿の呟きを受け、食堂のあちこちで咳き込むような音が聞こえてきた。全員が食事の手を止め、じっと耳を澄ませている。

 

「ドクター……冗談、だよな?」

「冗談? 何のことだ」

 

 Dr.黒井鹿の声はあまりに平然としていた。それが余計に恐ろしく、食堂に戦慄が走った。

 

「オリジムシは様々な任務に現れる。奴らは鉱石病に感染しているが、患部を取り除けば食べられる。それに意外と可食部が多いんだ。なら食べない手は無いだろう?」

「なるほど、一理ある」

 

 いやねーよ。その時、Dr.黒井鹿とサリアを除く全員の心が一致した。

 

「サリア、気付いていたか? オリジムシは種類によって味や食感が違うんだ。通常種はクセが無くてあっさりと食べやすく、α種は耐久力を増すためなのか脂が乗っていて旨い。β種は歯ごたえが抜群で、噛めば噛むほど味が出る。オペレーターの皆と同じように、それぞれに特色があるんだ」

「だが、種が違えど結局は同じオリジムシ。そう大きな差ではあるまい。……そうだ。バクダンムシやハガネガニも食べられるのではないか? あれらも食材にできるのならば、食事の幅が大きく広がるはずだ」

「おお、なるほど! その発想は無かった。さすがサリアだな」

 

 オペレーター一同は思った。このままではマズイ。この二人を放置していたら、自分たちの食事は感染生物一色になってしまう、と。

 

「ドクター、さっきからの話を聞く限りとてもそうは思えないが、そろそろ理性が回復しただろ? さっさと護送任務に行こう」

「ああ、ラヴァ。もうそんな時間か。それじゃサリアも――――」

「いや、今回はサリア抜きで行こう。まだ飯を食べてる最中みたいだし、中断させちゃ悪いだろ」

「……まあ、これまでサリアに頼りきりだったしな。他のオペレーターたちの成長を見るためにも、いい機会か」

「ああ、行ってこい、ドクター。話の続きは帰ってきてからだ」

 

 その後、任務に向かう車両の中で、こんな会話が交わされたそうだ。

 

「ヴィグナ、オリジムシが湧くところは、いつもお前の担当だったよな?」

「そうですけど……ラヴァさん? そんな険しい顔をして、どうしたんですか?」

「重要なことだからよく聞け。いいか? オリジムシはメッタ刺しにしろ。殻と肉の区別がつかなくなるまで刺しまくるんだ」

「え、えーと、なんで急にそんなことを?」

「詳しく話している時間はない。ただ、これだけは言っておく」

「なんですか?」

「もしも一匹でもミンチにし損ねたら、お前は今日食堂にいた全オペレーターの恨みを買うだろう」

「ちょっ、どういうことですか!? 詳しく教えてくださいよ! ねぇ、ラヴァさん!!」

 

        *

 

 後日、ロドスはペンギン急便から定期的に食肉を仕入れることを決定。龍門の農家と契約することにより、野菜の品揃えも充実しつつある。

 日替わりで様々なオペレーターたちがそれぞれの得意料理を振る舞う食堂は、ロドスの安定のために欠かせない施設となっていた。

 時たまハイビスカスが厨房に乗り込もうとする姿が目撃されているが、未だ調理(犯行)には至っていないため、問題ないだろう。

 

 そんなこんなで、ロドスは今日も案外平和である。

 

 

 

 余談だが、オリジムシの食肉加工を行っていたDr.黒井鹿とケルシーはアーミヤによる大説教を受け、罰としてしばらくの間、給仕係をやらされたのだった。




 ここまで読んでくださり、ありがとうござます。
 今日も今日とて40万龍門弊ほど稼いだはずなのに、なぜか手持ちが15万ほどしかありません。何故でしょうか(Answer.レベル上げ)。

 ではでは、次回も気が向いて読みに来てもらえると嬉しいです。


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第2話―おむかえのおはなし

 新しいオペレーターを迎え入れる。それは心躍るイベントだ。
 どんなオペレーターが来てくれるのか、どんな戦術を組み立てられるのか。
 それを夢想する時間は何にも代えがたい。

 ただ一点、その後に待つ地獄を無視すれば、の話だが……。


 それは唐突に訪れた。

 何の前触れもなく、予兆もなく、襲来という他ない奇襲だった。

 

「ドクター、この状況は……」

「言うな、アーミヤ。分かっている」

 

 二つの人影を前に、Dr.黒井鹿の頭脳は限界を超えて稼働していた。

 抵抗は無意味、撤退にも効力は無い。

 何故なら、彼らは正面から戦ってどうにかなるような存在ではない。

 取るべき道は2つに1つ。だが、そのどちらが正解なのか、全く分からない。

 

 数々の困難を乗り越えたDr.黒井鹿をして混乱を極めさせるその存在とは――――

 

「小官は星熊と申します。これより重装オペレーターとして……む?」

「オレサマはイフリータ! ロドスは落ち着いて暮らせる場所って……あん? 誰だ、こいつ?」

 

 緊急育成対象(星6オペレーター)の2人同時増員である。

 

        ***

 

「作戦記録の在庫? なんでまた急に」

「これから大量に使いそうなんでな。確認に来たんだ」

 

 所は変わって資材倉庫。Dr.黒井鹿は倉庫番のスカベンジャーと話をしていた。

 

「それはいいが……わざわざ確認に来なくても、ドクターなら分かってるだろ? 昨日使ったばっかなんだし」

「……ああ、分かっている。だが、それでもほんの少し希望を抱くのが人というものなんだ」

「なに言ってるのかよく分からないが……あー、入門が27、初級が50、中級が26だな。上級は無しだ」

「そうだよな。そうだったよな……」

「ドクター、本当にどうしたんだ? 私の知らないところで、いったい何が――――」

 

 額に手を当てて深く溜め息を吐くDr.黒井鹿を前にして、スカベンジャーの表情に心配げなものが混じる。

 彼女の問いに答えようとDr.黒井鹿が口を開いた時、その答えが先に廊下を歩いて来た。

 

「だから言ってんだろ? 前衛はサリアがいんだから、オマエはいらねーんだよ。敵を全部燃やしちまえるオレサマの方がつえーんだよ」

「そちらこそ、認識を改めるべきかと。術師は既にスカイフレア殿とエイヤフィヤトラ殿、ラヴァ殿にアーミヤ殿と飽和状態。ならばその術師の方々を活かすために、前線で盾となれる小官が優先されるべきだ」

「あぁ!? オレサマがあんなザコ共より下だってのか?」

 

 ぎゃいぎゃいと言い合いつつ、基地の廊下を歩くオペレーター二名。

 片や、やや小柄な身体でずんずん歩く、火炎放射器を携えた少女。白を基調とした服の中で、所々に見える橙色が噴き出る炎を彷彿とさせる。

 片や、180cmを越える巨躯で窮屈そうに歩く、大盾の女。服も盾も黒い中で、その緑色の髪だけが鮮やかに色彩を放っている。

 

 イフリータとホシグマ。今日付けでロドスにやって来た彼女たちは、数多いるオペレーターの中でも特に優れた能力を有する。

 そんな優秀な人材が来てくれるのは喜ぶべきことだ。人数の多さは、そのまま取れる戦術の多さに直結する。刻一刻と変化する戦況に対応するためにも、様々なオペレーターがいるに越したことは無い。

 そう、越したことは無いはずなのだが……。

 

「くっ、なんでこういう時に限って作戦記録が無いんだ!」

「昨日ドクターが全てサリアさんに見せたからですよ! だから言ったじゃないですか。個人の戦力も大事ですが、全体としての戦力を考えるべきだ、って!」

 

 崩れ落ちるDr.黒井鹿にアーミヤが叫ぶ。ちなみに上級作戦記録3桁一気見を敢行した当のサリアは、目の前がチカチカするとのことで療養中である。さもありなん。

 

「アーミヤ、許してくれ……。俺だって、理性では分かっている。どれだけサリアが耐えてくれても、敵を倒せるオペレーターがいなければ意味が無い。そんなことは分かっているんだ」

「ではドクター————」

「でも、けれども、そうだとしても!」

 

 アーミヤの言葉を遮り、Dr.黒井鹿は力強く立ち上がった。

 

「俺はサリアを信じて突き進みたい!!」

「そういうことはある程度の戦力を整えてからにして下さい!!」

 

 アーミヤのツッコミがDr.黒井鹿の脳天に突き刺さり、立ち上がった勢いに倍する速度で廊下へと戻って行く。

 どうもこの兎少女、近ごろのDr.黒井鹿の奇行に感化されたのか、言動から遠慮というものが排除されている。

 地に伏したまま「1分で理性が10回復……」などと呟いているDr.黒井鹿を端に寄せ、アーミヤはなおも言い合いを続けているイフリータとホシグマに近付いて行った。

 

「あなたは感染者だ。それもかなり進行している。戦場に立つより、治療を優先した方が良いのではないか?」

「あぁん? こんなもんツバつけときゃへーきだよ!」

「あの、お二人とも!」

 

 アーミヤの声を受けて、二人はそれぞれの視線を向けた。イフリータは胡散臭げなそれを、ホシグマは上官に向けるそれを。

 

「お二人の意見は分かりました。ここからは私が現状を説明します」

 

 すぅ、と息を吸ったアーミヤは、全身を引き締めて叫んだ。

 

「次に育てるべきは私だと思うんです!」

「「「……は?」」」

 

 身構えていたイフリータとホシグマ、事の成り行きを見守っていたスカベンジャーも含めた三人の口から、間の抜けた音が漏れた。

 

「私は最初からドクターの元にいたんですよ? なのにまだ昇進1段階のLv40なんです。サリアさんなんてもう昇進2段階のLv60ですよ? 私よりずっと後から来たのに……あの泥棒ドラゴンンンン!!」

「あ、アーミヤ……? そんな大きな声を出してどうしたんだ……?」

「ドクターはしばらく眠っててください。とぅ!」

 

 意識を取り戻したDr.黒井鹿の首筋にアーミヤの手刀が突き刺さる。彼はまたしても理性回復の眠りに落ちた。

 

「他にもクロワッサンさんにヴィグナさん、ラヴァさんにフィリオプシスさん、ジェシカさん、メランサさん、ズィマーさん、サイレンスさんニアールさんアズリウスさんエイヤフィヤトラさんナイチンゲールさんハイビスカスさんスカイフレアさん…………あぁぁぁもう! なんでなんですか、ドクター!?」

「アーミヤ殿!? お待ちを。人の首はそれ以上曲がりません!」

「うぉ、すげーな。前後200度くらい動いてるぞ」

 

 半狂乱に陥ったアーミヤをホシグマが羽交い絞めにし、目を覚まさないDr.黒井鹿をイフリータがつつく。

 そんな光景を見ながら、スカベンジャーがぼそっと呟いた。

 

「育てるって話が出てるだけマシだよ」

 

 スカベンジャー。昇進0段階Lv45。ズィマーが採用されてからというもの、倉庫番が主な任務となっている。

 

        ***

 

 その後、目を覚ましたDr.黒井鹿はLS-5の限界周回を敢行。100以上の上級作戦記録を入手した。

 Dr.黒井鹿はその全てをアーミヤ……ではなくサリアに捧げ、アーミヤから怒りのソウルブーストを喰らったのであった。

 

 そんなこんなで、ロドスは今日も案外平和である。




 ここまで読んでくださり、ありがとうござます。
 どうしてレベル上げは終わらないのでしょうか? この世の不思議を噛みしめながら周回に励んでいる今日この頃です。

 いいペースで更新できているので、これからもキープして行きたいと思っています。
 それではまた明日(たぶん)も来て下さると嬉しいです。


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第3話―きゅうそくのおはなし

 忙しい時、辛い時ほど休息は必要だ。
 世界が滅びかけていようと、強大な敵が待ち受けていようと、まずは一服力を抜く。
 そういう精神が、いざという場面で好機をもたらすのだ。

 働けドクター、死なない範囲で!
 休めドクター、捕まらない範囲で!


 Dr.黒井鹿の朝は早い。

 

 日の出る前から起き出し、まず行うのは基地の巡回だ。夜通し働いたオペレーターたちを労いつつ、その成果を確認する。定期的に確認に行かなければ、基地の機能が止まってしまうからだ。

 その後、徐々に起き出したオペレーターたちを引き連れて日課の周回に向かう。月・木・土・日曜日はひたすら輸送任務を受け続け、4日間で1週間分の活動費用を稼ぎ出す。その他の曜日も殲滅戦の演習を行ったり、昇進やスキルのランク上げに必要な資材を取りに行ったり、食料用のハガネガニを捕獲しようとしてオペレーターたちにどつかれたり、とやるべきことは尽きない。

 だが、それらをやり遂げる前に理性回復回数の方が尽きてしまうのが常だ。まだ舞える、などと謎の主張を繰り返しつつオペレーターたちに引きずられ、ロドスに戻って来るころには事務仕事が出来るだけの理性が回復している、という具合だ。

 その後は理性が回復するたびに「周回に行きたい」と愚痴りつつ、サリアやアーミヤによる監視のもと資産運用や各地の組織との情報共有について指示を出し、一区切りつけば周回に乗り出す。

 そうこうしているうちに日が沈むと、資源節約ということでDr.黒井鹿は早々に眠りにつく。

 毎日がこの繰り返しだ。

 

 ……これは人間に行える生活だろうか?

 

 いくら不治の病――――仕事病(ワーカホリック)にかかっているDr.黒井鹿とはいえ、一切の休息なくこの生活をこなすことは不可能だろう。体力もそうだが、精神が先に朽ち果てそうだ。

 ならば、彼は一体いつ休んでいるのだろうか?

 

 睡眠? 否だ。それは身体と頭脳のための休息であって、精神の休息ではない。

 戦闘? 否だ。彼は戦闘行為によって快感を得るほど屈折した嗜好をしていない。

 やはり休憩していない? 断じて否だ。彼はそんな超人ではない。割と普通の人間なのだ。はいそこ。オリジムシを食べるやつは普通じゃないとか言わないよーに。今けっこう真面目な話をしてるので。

 

 彼はいつ、どこで、どのように精神の安定を図っているのか。

 その答えが、ここにある――――!

 

「は~、やっぱりサリアの尻尾は生き返るわ~……。この時間のために俺は生まれたのか……」

「……ドクター、感想を口に出すのは止めてくれと、以前言ったはずだ」

 

        ***

 

 Dr.黒井鹿は、ある種族特有の要素に萌えたり燃えたりするタイプの変態である。

 

 ウルサスならばその丸っこい耳に。

 コータスならばピンと立った耳に。

 アスランならばタテガミのような髪と尻尾に。

 フェリーンならば毛皮に覆われた、自在に動く尻尾に。

 ループスならば、内に秘めた思いを表す尻尾に。

 ペッローならば、ブンブンと風を切って振られる尻尾に。

 ヴァルポならば、相手を誘うように緩やかに動く尻尾に。

 フォーティならば、天を突く逞しい角に。

 カプリーニならば、知性を体現したかのような角に。

 エラフィアならば、袋状になった耳に。

 アナティならば、短い毛で覆われた尻尾に。

 ザラックならば、はしっこさを実現する尻尾に。

 リーベリならば、髪と一体化している羽毛に。

 クランタならば、スラッと伸びた尻尾に。

 サヴラならば、全身を覆う鱗に。

 ペートラムならば、背中に残る甲殻に。

 オニならば、時に狂気の源ともされる角に。

 サンクタならば、まばゆく輝く光輪に。

 サルカズならば、隠そうとも隠せない尖り耳に。

 アダクリスならば、硬い鱗に覆われた尻尾に。

 

 そして、ヴイーヴルならば――――

 

「この程よく筋肉が感じられる尻尾……。獣毛系の尻尾も良いが、こうして相手の熱を感じられるのはやはり良いものだな」

「だから感想を言うなと言っているだろう」

「それは無理な相談だ。サリア、お前だって自分が素晴らしい物を見つけた時、他人に自慢したくなるだろう?」

「それを本人に言うのが非常識だと言っている」

 

 二人の逢瀬――――と呼ぶにはあまりに一方的な交流は、基地の隅にひっそりとある執務室で行われていた。

 有事の際に備えて地図に載っていないその部屋は、Dr.黒井鹿が一日の大半を過ごす場所だ。

 基本的に何か用事が無ければ入室は許されず、そもそも用も無しに近寄る輩がいない。そんな場所だった。

 

 つまり、Dr.黒井鹿が休息(変態行為)に及ぶのに適した部屋というわけだ。

 

「ドクター、そろそろ仕事に戻れ。かれこれ三十分は私の尻尾を触っているぞ」

「大丈夫だ。今やれる仕事は全て終わっている。後はドローンの充電とショウの体力回復が終わってからだ」

「まったく、無駄に仕事の早いやつだ……」

 

 頭痛に耐えるかのように目頭を揉むサリアの前にあるのは、オペレーターたちのカルテだ。これらの管理はケルシーの管轄なのだが、彼女はアーミヤによって食堂の給仕係に駆り出されている。死に体で仕事をこなす彼女を見かねて、サリアがこっそり手伝いを申し出たのだ。

 

「悪いな。俺がその仕事も手伝えれば良かったんだが」

「いや、これは私が引き受けた仕事だ。そもそも、ドクターは働き過ぎなのだから、これ以上仕事を増やそうとするな」

「俺と同量の仕事をこなしているサリアに言われると、堪えるものがあるな」

「誰かがやらねばならないことだ。ならば、私がやるさ」

 

 それからはしばし無言の時間が続いた。それぞれが、それぞれの為すべきことに集中する。

 

 カリカリカリ、もにょもにょもにょ。

 ペラペラペラ、むにむにむに。

 カリカリカリ、もにょもにょもにょ。

 ペラペラペラ、むにむにむに。

 カリカリカリ、もにょもにょもにょ。

 ペラペラペラ、むにむにむに。

 カリカリカリ、もにょもにょもにょ。

 ペラペラペラ、むにむにぺろっ。

 

「~~~ッ! ど、どど、ドクター! いま私に何をした!?」

「? 尻尾を舐めただけだが?」

「な、舐め、なななめ!?」

「落ち着け、サリア。急にどうしたんだ?」

「それはこちらの台詞だっ! 貴様、いったいどういうつもりだ!?」

 

 Dr.黒井鹿、記念すべき「お前」呼びから「貴様」呼びへのランクアップである。なお、最終ランクにあるのが「あなた」なのか「抹殺対象(ターゲット)」なのかは気にしてはいけない。

 

「突然舐めてしまったことは詫びよう。サリアの目には舐めた態度と映ってしまったかもしれない」

「もう一度ふざけた冗談を言ってみろ。エナメル化したカルシウムの硬さをその身に刻んでやる」

「それは勘弁してくれ。……ああ、俺の言うことなど信用ならないかもしれない。だが、これだけは信じてくれ」

 

 右ストレートの構えに入ったサリアに向けて、Dr.黒井鹿はあくまで冷静な声で語りかける。

 その真摯な態度に思うところがあったのか、サリアの動きは腕を後ろに引いたところで止まった。

 

「俺は下心でサリアの尻尾を舐めたんじゃないんだ」

「では、なんだと言うのだ?」

「出来心だ」

 

 引き絞られた右腕が解放され、一瞬前までDr.黒井鹿が座っていた椅子を粉砕する。その拳は青白いアーツの光に包まれており、反対に顔は真っ赤に染まっていた。この赤さを羞恥によるものだと考える輩がいた場合、即刻頭の病院に向かうことをお勧めしておこう。

 Dr.黒井鹿とて伊達に戦場に出向いているわけではない。オペレーターから手解きを受け、護身術程度は身に着けている。それでも、今の一撃を避けられたのは奇跡に近かった。

 

 その奇跡を自覚しているのかいないのか、Dr.黒井鹿は更に燃料を投下していく。

 

「サリア、考えてもみてくれ。俺はこのところずっと、お前と二人で、この部屋で仕事をしてきた。その間中ずっと、俺はお前の尻尾を見せつけられ続けていたんだ。理性のたがが外れても、誰が責めることができる?」

「私は出来るぞ!」

「そうは言っても、尻尾を見せてきたのはサリアだろう? 俺はその誘いに乗っただけだ」

「人を痴女のように言うなぁっ!!」

 

 両拳、両足にアーツの光を纏い、狭い部屋を疾走するサリア。対するDr.黒井鹿は最小限の動きで攻撃を躱し、すれ違いざまに相手の尻尾を触るほどの余裕を見せている。

 あからさまにおちょくられている状況に業を煮やしたのか、サリアが奥の手を発動する。

 

「『硬質化』!」

「ッ!」

 

 ずん、とDr.黒井鹿の身体が重くなる。サリアの広域アーツ『硬質化』の効果だ。範囲内の味方を回復させ、敵の身体を変調させる。

 

「ふっ、サリア。技の選択を誤ったんじゃないか? これでは意味が無いぞ」

 

 だが、Dr.黒井鹿はかえって余裕の表情だ。

 

 そう、『硬質化』はたしかに強力なアーツだ。

 だが、その代償として彼女はアーツの維持以外の行動が取れなくなるのだ。

 

 その煽りを受け、サリアが示した表情は――――

 

「!?」

 

 ――――笑顔だった。それもニヤリ、という感じの、かなり悪めのやつだ。

 

 一拍遅れて、笑顔の理由が部屋に入って来た。

 

「ドクター、サリアさん、何があったんですか!? この部屋からすごい物音が……」

 

 アーミヤである。

 

「アーミヤ、実はこういった事情でな――――」

 

 アーツを維持しつつ、サリアはアーミヤに事の顛末を伝えた。Dr.黒井鹿もなんとか弁明しようとしたのだが、弱体化を強められ、あえなくダウンした。

 

「なるほど、そういうことでしたか」

 

 ふぅ、と溜息を一つ吐き、アーミヤが右腕を上げる。

 

「ドクター、あなたならご存知ですよね。サリアさんの『硬質化』の効力を」

 

 知らない訳が無い。なにせ、いつも戦場でその力を目の当たりにしているのだから。

 

「対象のアーツ被ダメージの増加――――どうかその身で味わってください」

 

 後日オペレーターたちは語る。その日、基地のどこかから怨霊の断末魔のような声が聞こえてきた、と……。

 

        ***

 

 後日、執務室にて。

 

「ドクター、あれから大事ないか?」

「ああ、問題無い。1週間ほど生死の境をさ迷っただけだ」

「まあ、その、なんだ。少しやり過ぎたと反省している。すまなかった」

「いや、俺の方こそすまない。いきなりあんなことをされれば、あの反応は当たり前だ」

「……そう言ってくれると助かる」

「そうだ、サリア。折り入って話があるんだが」

「ああ、なんだ?」

「……尻尾を舐めさせてくれないか?」

「……貴様、何を言っている?」

「いや、急にするのが駄目なら、許可を取ればいいんじゃないか、と思ってな」

「よしドクター、そこに直れ! もう一度、黄泉の国へ長期旅行に行かせてやる!!」

 

 そんなこんなで、ロドスは今日も案外平和である。




 ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
 ノリノリで書いたあげく、投稿予約しておくのを忘れました。ようやく気付いたのがこんな時間です。ライターズハイって怖いですね。

 ではでは、次回(おそらく明日)もお楽しみに。


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第4話―ぞうかいちくのおはなし

 自分だけの基地があれば……そんなことを考えたことは無いだろうか?
 樹上であったり、地下であったり、空中であったり。
 人の数だけ理想の基地があると言えるだろう。

 年を取って来ると変に現実的になり、なかなか夢想出来ない内容だ。
 だが、年を取っているからこそ思い描ける基地があるはずだ!

 そんな思いとは(ほぼ)関係無い内容です。


 万物は移ろいゆく。

 そこに原因はあれど理由は無く、意味はあれど意思は無い。

 動いている物は動き続け、止まっている物もふとした弾みに動き出す。

 そうしてこの世は廻っている。

 

 なればこそ、人はそれに歯向かうのだ。

 

 木を組み、石を積み、鉄を打つ。

 為すべき事が変わっても、人は理由と意思を持って万物を時に移ろわせ、時に留めさせて来た。

 

 そして、ここにその流れを汲む人の子らがいる。

 

「上官これ以上は無茶です撤退すべきです」

「何を言っている。まさにこれから、というところじゃないか」

 

 恵みと災いを同時にもたらす自然から身を守る。

 その一点すら進化させて切れていない人類の、その最前線で戦う者たち。

 地上だけでなく、地下までも生活圏とした、飽くなき開拓魂を秘めた冒険者(フロントランナー)

 

「さあショウ、上級補強材の加工、張り切って行こう! なに、あと精々30個程度だ」

「嫌です無理です撤退許可を求めます!」

 

 ……であると同時に、一度動き出したら自ら弾みをつけて加速する暴走者(スピードジャンキー)でもある。

 

        ***

 

 始まりは静かなものだった。

 

「サリア、聞きたいことがあるんだが」

「何だ? 変態的なことでなければ何でも聞こう」

「俺はサリアに変態的な話をしたことなど一度も無いぞ?」

「……また肉体言語で話し合う必要がありそうだな」

 

 すっ、と右腕を引いたサリアを見て、Dr.黒井鹿は即座に両手を頭の後ろに回した。万国共通の「降参」のポーズだ。決してアブドミナル・アンド・サイではない。

 

「はぁ。それで、聞きたいこととは何だ?」

「ああ、重要な案件だ。サリアの3サイズはオーケー分かった俺が悪かっただからアーツは止めるんだ!」

「……ドクター、この間龍門の者から聞いた格言がある。〝仏の顔も三度まで〟というものでな」

「……つまり?」

「ドクター。私は、仏では、ない」

「…………肝に銘じておこう」

 

 サリアがアーツを収めると、Dr.黒井鹿も腕を下ろした。顔が見えないので、本当に反省しているのか分からないのが難点だ。

 

「本題なんだが……ランク8以上へのスキル強化をするには、どうすれば良いんだ?」

「そんなことか。それなら基地に訓練室を造ればいい」

「訓練室か。なるほど、今以上の習熟を望むのなら、それ相応の環境を整える必要がある、ということか」

「そういうことだ。それにしても、だ。ドクター、意外ときちんと考えているのだな」

「どういうことだ?」

「いや、最近のドクターを見ていると、真面目に物事を考えているとは到底思えなくてな……」

 

 まあ、近ごろのDr.黒井鹿と言えば言動の9割が奇行と変態行為(主にサリア相手)で構成されている。信じられないのも無理は無い。

 残りの1割? 周回だ。

 

「腐ってもロドスの指揮官だからな。為すべきことは為すさ」

「それと同じように、為すべきでないことは為さない努力をしてもらいたいものだ」

「それは無理な相談だな」

 

 サリアの苦言をDr.黒井鹿は平然と受け流す。もはや定型句になりつつあるやり取りだ。

 

「それじゃ、その訓練室というのを造ればいいんだな? それならB205の空きスペースに――――」

「待て、ドクター。そこは事務室の予定地だっただろう? 最初に決めた設計通りにやるべきだ」

「くっ、そうだったな……。資材搬出の関係で加工所がB105、通信設備の都合で事務室がB205。ということは、訓練室を造れる部屋は……B305か」

「そうなると、先に制御中枢を強化しなくてはな」

「オペレーターの育成ばかりにかまけていたツケが回って来たか。まあ、いつかやらなくてはならなかった事だ」

 

 基地の地図を携え、Dr.黒井鹿は執務室を後にした。

 そう、全ては訓練室を造り、サリアを更に強化するため—―――!

 

「……ところで、一番上のBだけでも教えてくれないか?」

「貴様B3まで直送してやろうか!?」

 

 強化より先に狂化が入ったサリアであった。

 

        ***

 

 訓練室を造ろうと思えば、必要になるのが中級補強材と上級補強材だ。これらは炭素材を特殊な方法で加工することで作られる物で、基地の増改築には欠かせない。

 

「という訳で、これから炭素材を集めに行く。ショウ、クリフハート、今回の要はお前たちだ。しっかり頼むぞ」

「了解です」

「任せといて~」

「残りのメンバーはいつも通り頼む。特別強いわけではないからな。そう苦戦することは無いはずだ」

「了解した。私が抑えて、術師たちで一斉攻撃すればいいのだろう?」

「ああ、そうだ。よし。資源確保任務SK-3およびSK-5、周回開始!」

 

 やるとなれば徹底的に。Dr.黒井鹿は一日で必要個数の中・上級炭素材を揃えた。

 当然のように「それじゃ龍門弊も集めよう!」などと言い出した彼をアーミヤが慣れた手付きで気絶させ、ロドスに帰還してから早1日。

 

 地獄は続いていた。主に冒頭の場面の宿舎とかで。

 

「どうしてですか何故小官ばかりが昨日から働き通しなのですか!」

「適材適所、というやつだ。Sk-5の攻略において、あの働きが出来るのはショウだけだ。だから起用した」

「それは有難いお言葉ですがそれと小官の現状がどう結びつくのですか?」

「そして、この基地で建築資材の加工スキルを持っているのもショウだけだ。なに、休息はしっかり取っているだろう?」

「休息してようやく回復したところに毎度上官がやって来るので全く気が休まらないのです!」

「そうか。まあ、身体が休まっているのなら、3日くらい不眠不休でも大丈夫だ」

「それは上官の働き方と考え方が異質に過ぎるだけではないかと」

 

 要塞殲滅作戦、通称SK-5の戦場には落とし穴が多い。敵が用意したのであろうその仕掛けを利用することで、半数近い敵を戦うことなく無力化できるのだ。

 そのためにはロープ、クリフハート、ショウといった敵を移動させることに長けたオペレーターの力が必須だ。

 中でもショウは重量級の重装隊長すら突き落とすことが可能で、この作戦に欠かせない存在となっている。

 

 それと同時に、ロドスに在籍しているオペレーターの中で、建築資材の加工に最も秀でているのもショウだ。少しずつ余った炭素材を集めて補強材を作り出し、炭素材の余剰を生み出す技術は、未だ誰も模倣出来ていない。

 

 普段はなかなか出番が無いのだが、いざ出番となるととことん使い倒される。それがショウというオペレーターの在り様なのだ。

 

「そもそも未だドローンの充電が完了していないはずですならばこれ以上補強材を作成しても無意味です!」

「それは2つの意味で間違いだ。今使わなくともいつか使う資材なのだから、作っておいて無意味ということは無い。そして、ラヴァ、イフリータ、Lancet-2のおかげでドローンの充電は終わっている。さあ、仕事の時間だ」

「上官は鬼ですか!?」

「オニを侮蔑語として使うのは感心しないな。ホシグマたちに失礼だ」

「では悪魔ですか!?」

「今度はヴィグナたちに喧嘩を売る気か?」

「決してそういう意味ではありませんただの比喩表現です!」

 

 断固として2段ベッドの上段に籠城を決め込むショウ。どうしたものか、と考えこむDr.黒井鹿に向けて、下段でリンゴを向いていたクリフハートが声をかけた。

 

「ドクター、さすがに休ませてあげたら? 嫌々やっても成果なんて出ないだろーし、それなら彼女以外にやらせても同じことでしょ?」

「それはそうだが……」

「ほら、いつもの周回にでも行ってきなよ。今日はまだでしょ?」

「と言われても、今のところ緊急で必要な資材は――――」

 

 その時、見計らったようなタイミングでサリアが部屋に入って来た。その手には書類の束が抱えられている。秘書業も板についたものだ。

 

「ドクター、またしても龍門弊が底をつきそうだ。早急に手を打つ必要がある」

「この間溜めたばかりだろう? 何故急に無くなったんだ?」

「補強材の加工だ。特に上級補強材を作るための機械は繊細で、1回ごとにメンテナンスするせいで金がかかる。ほぼ輸送任務1回分だな」

「……はぁ、今日の周回場所が決まったな」

 

 助かった、とばかりに目を輝かせるショウに、Dr.黒井鹿は1枚の紙を手渡した。

 

「上官これは何ですか?」

「俺が帰って来るまでに作っておく補強材のリストだ」

「上官には人の心が無いのですか!?」

「そう言うな。訓練室の建造が終わったら、お前の好きな物を奢るから」

「……小官は高級ナッツ詰め合わせがたらふく食べたいです」

「用意しておく」

 

 こん、と拳を合わせて約束の印として、Dr.黒井鹿はサリアと共に部屋を出た。

 

「……では作業に参ります」

「あれ、もう行くの? さっきはあんなに嫌がってたのに」

「…………不服ではありますが報酬の分は働くのが小官の主義ですから」

「そっか。それじゃ行ってらっしゃい。リンゴ用意して待ってるよ~」

「ありがとうございます」

 

 まだ休めと叫ぶ理性を無視して、重い手足を動かして、それでも期待に応えるために、ショウは部屋から一歩を踏み出した。

 

「――――それでサリア、せめてBの10の位だけでも――――」

「一足先に上まで行っていろ!」

 

 とりあえず、その瞬間に聞こえてきた会話と轟音は、幻聴だと思ってやり過ごすことにしたショウだった。

 

        ***

 

 後日、訓練室にて。

 

「あの、馬鹿ドクターは、一体、何が、したいんだ!」

「サリア殿、どうなさったのです? いつも冷静なあなたらしくもない」

「……ああ、すまない、ホシグマ。少し取り乱したようだ。もう大丈夫だ」

「そうでありますか。ああ、ドクターといえば、このところドクターの執務室からあられもない声が聞こえてくる、という噂があるのですが、サリア殿は何かご存知で――――」

「…………なえ」

「は、なんと?」

「……………………記憶を失ええええぇぇぇ!!」

 

 そんなこんなで、ロドスは今日も案外平和である。




 ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
 ようやくB401の宿舎が解放された弊ロドスです。さて、後は各施設のレベル上げだけ……ショウ、そんな目でこちらを見ないように。

 ではでは、次回(明日に出来ると嬉しい)もお楽しみに。


追記:タイトルの「第4話」を書き忘れていたため、追加しました(2月3日)。


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第5話―おいわいのおはなし

 祝いの席とはめでたいものだ。
 それが自分とは無関係のものであっても、何となく気分が上向く。
 そんな不思議な魔力が、祝い事には込められている。

 しかし忘れてはいけない。
 この世の全ては等価交換。
 誰かが祝われる立場にいる時、その裏で誰かを呪う立場に立つ者がいることを……。


 誰かが言っていた。人とは争う生き物である、と。

 

 二人いれば差が生まれ、三人いれば派閥が生じる。

 社会的な生物を自称する割に、人の性質はとことん集団生活に向いていない。

 外の敵より内の敵を探し、全体にとって不都合であっても自らの都合を優先する。

 

「皆、こんなことは止めるんだ。この行為に意味は無い」

「……そんなことは分かっています。それでも、そうだとしても、やらなければいけない時というものがあるんです」

 

 だが、それでも人は団結して生きてきた。

 時に衝突し、時に決別し、それでも一つの集団として生きる術を磨いてきた。

 自らを律し、他者を律し、集団の安定が崩れないように我慢を重ねて生きてきたのだ。

 

 ただ1つ、その出来事が起こるまでは。

 

「それではみなさん! 呪、サリアさん昇進2段階Lv90パーティを始めますよ! 主催はこの私、昇進1段階Lv40のアーミヤで送りさせていただきます!」

「「「YEAH! Let's Party! 」」」

 

        ***

 

 B401宿舎。

 そこは混沌(カオス)としか言いようのない空間と化していた。

 

「終わりだよな? これでひとまずLS-5周回は終わりだよな!?」

「シュッと捕まえて引く。シュッと捕まえて引く。シュッと捕まえて……」

「分かるか? いくら動かないって分かっててもな、術師が重装兵目の前にしたら怖いんだよ!」

「ドクターの居ぬ間に酒盛りだ! 飲め飲め~」

「オリジムシは念入りに刺す。オリジムシは念入りに刺す。ハガネガニは落としてもらう……」

「瀕死→回復→瀕死のループはもう嫌ー! 私にも作戦記録見せてよ!」

 

 酒によって各々の暗部が垂れ流される中、一際暗い一角があった。

 部屋の隅に凝ったようなその暗闇こそ、このパーティの中心たる場所だ。

 

「サリアさん、まずは最大レベル到達おめでとうございます」

「……アーミヤ、こんなことをして、何が目的だ?」

 

 そこにいるのは主賓のサリアと、主催者のアーミヤ。

 ロドスを支える大黒柱と屋台骨だ。

 

「目的なんて決まってるじゃないですか。サリアさんの成長を呪……祝うためですよ」

「嘘をつけ! 後ろの垂れ幕にしっかり〝呪! サリアさん育成完了!〟と書かれているじゃないか!」

「目の錯覚ですよ。作戦記録の見過ぎで、目が疲れてるんじゃないですか?」

 

 なお、この場に限っては被告人と処刑人の間柄でもある。

 

「これで晴れてHP・防御力の2冠達成ですね」

「じ、術耐性と攻撃力はアーミヤの方が高いだろう?」

「そうですね。HPは半分以下なので、私の方が打たれ弱いですけど。攻撃要員である術師の私と防御要員であるサリアさんなのに、攻撃力の差が25しかありませんけど」

 

 アーミヤの口調に普段のハキハキとした調子はなく、ひたすら暗く澱んでいる。

 いや、口調だけではない。意外とよく動く表情は死に絶え、前髪の隙間から覗く瞳は瞳孔が開ききっている。

 

「ねえ、サリアさん……」

「……何だ?」

「……どうして、私じゃないんでしょうか?」

 

 ポツリ、と。アーミヤの口から言葉が零れる。

 

「私だって分かっています。サリアさんのような前線の方たちが頑張ってくれているから、私たち術師は攻撃に専念できるんです。まず土台を固めなければならない。そんなことは分かってるんですよ……」

 

 それは、彼女がずっと秘めていた想い。

 言ってはならないと自らを戒め、胸の内に隠し続けていた想いだ。

 

「だから、これは私の我儘です。もっと頼ってほしい。もっと頼られる存在になりたい。何があってもドクターを守れるくらい強くなりたい。……ドクターに一番想ってもらいたい。全部全部、ただの我儘です」

「アーミヤ……」

 

 そうして抑え続けたものだからこそ、一度流れ出してしまえば容易には止まらない。

 躊躇いがちにポツリ、ポツリと紡がれていた言葉は、今では後から後から出てくるようで、次の言葉に押されてつかえているようだ。

 

「それでもロドスのため、みなさんのため、ドクターのためだと自分に言い聞かせて我慢してきたんです……」

「アーミヤ、君は――――」

 

 そのつかえが取れれば――――

 

「でもドクター! さすがに他のメンバーの昇進をほったらかしてスキルランク10を優先するのはどーかと思うんですよサリアさんはどー思います!?」

「ちょっと待ってくれ! それは初耳だぞ!?」

 

 ――――言葉は今こそ奔流となる。

 

「だって今日のドクターの周回予定、明らかにサリアさんのスキル強化素材を取りにいくつもりでしたよ?」

「いや、だが今日はいつも通りLS-5周回を行ったような……」

「そこは私が一服盛って考えを改めてもらいました」

「サラっとドクターの扱いが酷くないか?」

「ちなみに薬の調合はサイレンスさんにお願いしました」

「サイレンスー!」

 

 轟々と流れ出る言葉の波に、サリアは押され気味だ。そもそもアーミヤは基本的に大人しい性格なため、このように人に詰めよって声を荒げること自体が稀なのだ。えてしてそういうタイプこそ、いざ行動を起こした時の凄みがある。彼女はまさしくその典型例だ。

 

「なんでですかドクター! なんでいつもいつもいつもいつもいつもサリアさんばっかり!」

「あ、アーミヤ。とりあえず少し落ち着いて話を――――」

「おっぱいですか? おっぱいなんですね!? 私のおっぱいが永遠の0だからですか! これでも頑張って寄せて上げればギリギリ揉めるくらいにあるんですからね!?」

「落ち着けアーミヤ! 私とて胸は無――――って、何を言わせる気だ!?」

「嘘です! 私知ってるんですから。サリアさんって服で誤魔化してるだけで、実はそれなりにあるじゃないですか! 私の目は誤魔化せませんよ!」

「比較の問題だ! 胸の豊かさを言うならばシージやスカイフレアの方がよほど……ってアーミヤ! どこに手を入れている!?」

 

 言葉はいつの間にか濁流となり、行動にまでその効果を及ぼしていく。

 サリアの背後からアーミヤの魔の手が這い寄り、その身体を蹂躙していく。左手は首元から服の内に潜り込み、右手はすらりと伸びた脚を撫で回している。Dr.黒井鹿すらそこまでしたことは無いというのに。

 

「この掌に収まる安心感、張りのある肌に適度な柔らかさ……。たしかにこれは良いですね。病みつきになりそうです。それに滑らかな生足……なるほどこういうのがドクターの好みなのですね。私も足を出した方が良いんでしょうか……いえ、ここは差別化を図るべきですね」

「ひ、人の身体を冷静に分析するなぁ!」

「それにしてもサリアさん、昇進2段階になって露出増えましたよね。首元が空いて色っぽい鎖骨が見えるようになってますし、長袖で覆われていた腕も透明素材のおかげで見えるようになってます。それに何ですかこの脚! 太ももからバッチリ見えちゃってるじゃないですか! これは同性の私でも誘われてるようにしか見えませんよ」

「こ、これは機能性を追求した結果であって、決してそのような淫らな思惑があるものでは――――」

「本人の意思がどうあれ、いやらしいものはいやらしいです。くぅ、クロワッサンさんみたいに開けっ広げなら大丈夫なのに、サリアさんだとどうしてこうも……」

「あ、アーミヤ! いい加減に――――」

「すみません、今いいところなので黙っててください」

「んむ~~~~!?」

 

        ***

 

 こうして、アーミヤによる抜け駆けへの制裁という名のセクハラは、サリアが力尽きるまで続けられた。周囲も好き勝手酔っぱらっていたため、誰にも見とがめられなかったのは不幸中の幸いだと言えるだろう。

 ……余談だが、兎にも発情期があり、その期間中はどーしよーもない状態になってしまう、と記しておこう。あくまでも余談だが。

 

 そんなこんなで、ロドスは今日も案外平和である。




 ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
 真面目にいつ頃アーミヤを強化しようか考えつつ、とりあえず次の育成対象をホシグマに定めました。硬さは正義だと信じています。

 それでは、またのお越しをお待ちしております(明日も次が出ると思いますので)。


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第5.5話―うらのおはなし

 呪いの宴が開かれた夜。その裏で動く二つの影があった。

 ロドスの核たるその二人は、狂乱の宴に何を見るのか……。


 という、第5話の裏話です。


 好奇心は猫を殺す。

 

 九つの命を持つと言われる猫ですら、自らの好奇心に殺される。

 そんな風に自らを戒める格言だ。

 

 だが、好奇心なくして今日の人の繁栄は無い。

 どうすればより安全な住居を造れるのか、

 どうすればより簡単に食料を入手できるのか、

 どうすればより良い生活を送れるのか。

 そういった好奇心・探求心がなければ、このか弱い生物はとうの昔に滅びているだろう。

 

「ドクター、気にならないのかい? いや、そんな訳はないな。ただのやせ我慢か」

「……何とでも言え。俺はそれを見る訳にはいかない」

 

 それでも、踏み越えてはいけない一線というものがある。

 

 その先を見れば、ただでは済まない。

 その先に至れば、二度とは帰れない。

 

 そういった一線は、たしかに。存在するのだ。

 

「見たまえ、ドクター。この乱痴気騒ぎ、なかなかの絶景じゃないか」

「ケルシー、アーミヤにバレたら後が無いぞ?」

 

 例えば、乙女の集会を覗き見る、だとか。

 

        ***

 

 事の起こりは少し前に遡る。

 

「おはよう、ドクター。良く眠れたかな?」

「……ケルシー? ここは……医務室か。俺は執務室で仕事をしていたはずなんだが……」

「ふむ、どこまで覚えている?」

「たしかこれからの周回計画を立てていたら、アーミヤがココアを持って来てくれたんだ。いつもコーヒーばかりでは身体に悪い、と言って」

「君はそれを飲んだわけだ」

「ああ。そして気付けばここにいた。……あのココアには何が入っていたんだ?」

「過労ではなく服薬を疑うか。君もおかしな生活を送っているな、Dr.黒井鹿」

 

 眠気覚ましなのか、ケルシーはコーヒーを入れた。自分の分をビーカーに、Dr.黒井鹿の分をフラスコに入れ、話を再開する。

 

「まあ、君の読みは正しい。あのココアには睡眠薬が入っていたんだよ」

「睡眠薬か。穏当だな」

「一服盛られたことを穏当と呼べるかは分からないが……まあ、毒性のあるものではない。その分別は残っていたようだな」

「で、ケルシー。なぜ君はそれほど状況に詳しいんだ?」

「もちろん、私も一枚噛んでいるからだ。サイレンスが聞いてきたんだ。『この薬をドクターに飲ませたいのだけど、アレルギーとか大丈夫?』とな」

「まったく悪びれないな、君は……」

 

 オリジムシの件でアーミヤにしこたま怒られてからというもの、Dr.黒井鹿とケルシーの間には不思議な共闘関係のようなものが生まれた。気質が似ているのか、互いの言動に共感できる部分が多いことも、その関係を助長していたのだ。

 

「それで、いったい何が起こっているんだ?」

「ちょうど今日、サリアの育成が終わっただろう? そのお祝いだ」

「まだ終わっていない。スキルランクがまだ7/8/8だ」

「それを普通は育成完了と呼ぶのだよ」

 

 一旦Dr.黒井鹿に背を向け、ケルシーが手元のコンソールを操作する。

 すると、それまでオペレーターたちのカルテを映していた端末の画面に、別の映像が表示された。

 

「これは……B401宿舎か」

「ああ、ここが祝賀会の会場だ。壮観だろう?」

 

 そこは奇妙な空間だった。

 

 真面目な顔をして議論を交わしている者の横で、賭博に興じている者がいる。

 和気藹々と談笑している者の後ろには、コップ片手に泣き崩れている者がいる。

 そして一部に布面積が普段より50~100%ほど少なくなった者たちが……

「————ッ!」

「ドクター、どうした?」

 

 ありえない広さの肌色を認識した瞬間、Dr.黒井鹿の身体は180度逆を向いていた。ついでにもう180度ほど動こうとする足をなけなしの理性で抑え、壁のボルトを数える。これが周回の直後だったならば、彼はそもそも動くことすらできなかっただろう。

 

「ドクター、気にならないのかい? いや、そんな訳はないな。ただのやせ我慢か」

「……何とでも言え。俺はそれを見る訳にはいかない」

 

 気になる。ならないわけがない。

 多少特殊な立場に置かれているとはいえ、Dr.黒井鹿とて健全な男性なのだ。「裸は最も萌えない服装」などと口で言いつつも、肌色が増えれば嬉しいお年頃なのだ。そりゃーもうどーしよーもないことなのだ。

 

「見たまえ、ドクター。この乱痴気騒ぎ、なかなかの絶景じゃないか」

「ケルシー、アーミヤにバレたら後が無いぞ?」

 

 それでも、越えてはならない一線というものがある。

 たとえ誰にバレずとも、自分の記憶は残り続ける。そして、彼女たちのプライベートを覗き見たという罪悪感もまた残り続けるのだ。

 

「ふむ、残念だ。せっかくアーミヤとサリアの修羅場を見せてやろうと思ったのに」

「詳しく聞かせろそして見せろ」

 

 その一線を、Dr.黒井鹿は易々と踏み越えた。

 

「ここだ。飛び火を恐れてか、この周りには誰もいない。宴会の主催者と主賓が一番目立たない場所にいるとは、なかなか見られない光景だな」

「これが宴席の一場面か……? 俺には裁判か何かに見えるのだが」

 

 それも魔女裁判か何か。そう言いかけて、Dr.黒井鹿は口を噤んだ。あながち冗談になっていない。

 

「ケルシー、音声は無いのか?」

「あいにくと、ここは建造したばかりだから監視カメラがあるきりだ。盗聴器の設置には、もう1週間ほどかかる」

「設計段階で仕込んでおくべきだったか……」

 

 そもそも盗聴器なんぞ仕掛けるな、と叫べる常識人は、この場にいない。

 

「上からの映像だから顔が見えないが……アーミヤの様子がおかしくないか?」

「同感だ、Dr.黒井鹿。動きの節々に違和感がある」

「それになんと言うか……纏っているオーラが不吉だ。あの状態のアーミヤにはなるべく近寄らない方が良さそうだな」

「誰のせいであんなことになっていると……まあ、良い。そのうちまとめて払うことになるだろう」

 

 アーミヤの異常には気付けても、その原因までは思い至らない様子のDr.黒井鹿。彼がそのツケを払うことになるのは、また別のお話である。

 

「アーツや武力に訴えることは無さそうだが、アーミヤは素の状態で怖いからな」

「まったくだ。以前彼女のプリンを間違って食べたときなど、丸1月は出会い頭に『プリ……じゃなかったケルシー先生』などと言われ続けたんだ。あれは恐ろしかった……」

「それは全面的にケルシーが悪い」

 

 不穏な空気を感じつつも、二人は穏やかに宴会(?)の様子を見守っていた。映像だけでは何を話しているのかわからず、ただ歓談しているだけという可能性も残っていたのだ。

 

 その時までは。

 

「ッ! 突然アーミヤがサリアに掴みかかったぞ!?」

「いや、だが敵意は無いようだ。ただ肩を掴んで揺さぶっているだけのようだな」

「サリアもされるがままになっているな……。お、急に赤面したが何を話してるんだ?」

「やはり盗聴器を仕掛けておくべきだったか……。貴重なネタ……ではなくサンプルになっただろうに」

「ケルシー、お前に先生と呼ばれる資格があるのか、だいぶ不安になってきたぞ」

 

 画面の中では耳をパタパタ動かすアーミヤと、それ以上に激しく揺れるサリアが激しく揉み合っている。監視カメラの映像が荒いせいでそのように見えるのだが、実際にはアーミヤが一方的に動いているだけなのだ。

 

 そして、遂に決定的な瞬間が訪れた。

 

「おお、これはなかなか大胆な行動に出たな」

「……」

「何がどうなってこのような流れになったのかは分からないが……まあ、アーミヤはこのところ溜め込み過ぎていたからな。それを発散できたのなら良しとしよう」

「…………」

「いやしかし、彼女にこれほどの近接戦闘能力があったとは……案外、寝技は得意なのかもしれないな」

「……………………」

「む、そこまで行くのか。これは実にけしから……ではなく興味深い。念のためバックアップを取っておこう」

「…………………………………………」

「ドクター、知っていると思うが、トイレは扉を出て右だ。辛抱堪らなくなったなら行ってこい」

「やかましい!」

 

        *

 

 次の日のこと。

 

「Dr.黒井鹿、昨日はよく眠れたか?」

「……お陰様でな。ところでケルシー、物は相談なんだが……昨日の監視カメラの映像、俺の端末にも送っておいてくれないか?」

「……見返りは?」

「先週アーミヤが執務室に来た時の秘蔵録音だ。なかなか萌えるぞ」

「ふっ、良いだろう。交渉成立だ。お互いに楽しみだな」

「ええ、私も楽しみです。ドクターとケルシー先生がどんな取引をしているのか」

「「……散開!」」

 

 そんなこんなで、ロドスは今日も案外平和である。

 




 ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
 いよいよ明日からイベントですね。楽しみ過ぎて夜も眠らず昼寝しております。

 それでは、次回(イベント楽しすぎて忘れなければ明日)もお楽しみに!


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第6話—てきがたのおはなし

 こちらにこちらの事情があるように、
 敵にも敵の事情がある。

 彼らとて必死で生き、死に物狂いで戦っている。
 だというのに、それが見向きもされないのは、あまりに不憫だ。

 だから見せよう。
 彼らの闘争の1コマを……。


 戦闘で勝つために必要なものは何か。

 

 物理的な強さ? たしかに必要だろうが、それだけでは勝てない。

 冷静な判断力? これも必要だろうが、考えているだけでは勝てない。

 的確な行動力? 重要な能力だが、見当違いな行動では勝てない。

 

 

 強さは策略に絡め取られ、

 判断は情報に踊らされ、

 行動は戦況に誘導される。

 

「……集まったか」

「ああ、集まった。早速だが、始めよう」

 

 ならば、どうすれば勝つことが出来るのか。

 その答えはとうの昔に出ている。

 

〝己を知り、敵を知れば百戦危うからず〟

 

 この一言に尽きる。

 己の強さを知り、それを活かす術を知る。

 敵の弱みを知り、それを突く判断を下す。

 進退の期を知り、それを即座に行動に移す。

 

 どのような強敵と相対しても、それを打破しうる手立ては見つかるはずなのだ。

 

「それでは第6回『ロドスの連中どーやったら倒せんの?』会議を始める!」

 

 ただし、何事にも例外はある。

 

        ***

 

 レユニオンが拠点としている区画、その中でも奥まった路地に隠すかのように存在する場所で、その集会は開かれていた。

 

「ではまず一般近接部隊、報告を」

「はい。ご存知の通り、我々一般近接部隊は近接攻撃を得意とする兵士・双剣士・軽装兵・重装兵などの兵員により構成されています。個の力ではなく数の力による制圧を得意としているのですが……」

「だが、どうした?」

「……近頃はロドスの術師の活躍が目覚ましく、思うように戦果を挙げられていません」

「……一般近接部隊、隠さなくていい。取り繕わなくていい。お前の胸の内を聞かせてくれ」

「スカイフレアの隕石が怖いです! 先に魔法陣書いて『あ、これ逃げらんねーや』って絶望させてから落としてくるとか嫌がらせかよおい!」

 

 打ち捨てられた廃ビルの一室に、男の声が響いた。

 

「分かる。分かるぞ、一般近接部隊」

「分かってくれるのか、一般遠距離部隊!」

「ああ、あれは凶悪だよな。なんとか生き残ったやつも、ほとんどが再起不能になっちまう」

「そうなんだよ、そうなんだよ! しかもやたらめったら範囲広いしさぁ!」

 

 泣き崩れる男にハンカチを差し出したのは、アサルトライフルを抱えた男だった。一般遠距離部隊所属の射撃兵だ。

 

「スカイフレアと同じくらい、エイヤフィヤトラも怖いよな。1人にしか攻撃しないのかと思ってたら、急に広範囲に炎をバラ撒いて来るんだから」

「しかも単発の火力はエイヤフィヤトラの方が高いんだよな……」

 

 いつかの戦闘を思い出したのか、二人の身体が小刻みに震え始める。その口からは意味を成さない音が漏れていた。

 

「あー、これはしばらく戻って来そうにないな。それじゃ次、一般術師部隊」

「はい。こちらは最初から遠慮なしでいかせてもらう。……どこからともなく『動かないで!』という声が聞こえてきて、次の瞬間には仲間の頭が撃ち抜かれていた。その直後、今度は『ポイズン・キス』という声と共に無数の毒矢が飛んできたんだ」

「ジェシカにアズリウスか」

「そうだ。あいつら……動いても動かないでも撃ち抜くじゃんかよ! ならわざわざ言わなくていいじゃん! それとアズリウス! キスっていうなら顔くらい見してくれよチキショー! 遠すぎて見えねんだよー!」

 

 一般術師部隊代表のこの男、つい先日三十歳の誕生日を迎え、術師から魔法使いへジョブチェンジを終えたばかりである。

 

「ま、まあそのうちお前にも出会いがあるさ……。あー、次。一般特殊部隊」

「はい。ではまず私たち空挺兵から述べさせていただきます」

 

 この一般なのか特殊なのか良く分からない部隊は、空挺兵・砲兵・ゴースト兵・迷彩所持兵などの少々変わった戦い方をする兵を集めたものだ。

 

「とは言ってもたぶん、一般特殊部隊の各班、思っていることは1つだけです」

「それは何だ?」

「サリア強過ぎ。以上です」

「……また簡潔だな」

「それしか言うことがないんですよ。何なんですか、彼女。やたらと硬いし、少しぐらいダメージ与えてもすぐ回復するし、それに硬いし」

「まあ、医療オペレーターにならなかったのは硬過ぎたから、などという噂もあるほどだしな」

「……それに、最近のサリアはどこかおかしいんですよ。戦闘中にボーっとしてたと思ったら、急に顔を真っ赤にして猛攻を仕掛けてくる、なんてことが頻発しています」

「ほう、それは突くべき弱点なのではないか?」

 

 ようやく見つかった敵の弱点に、進行を務める男が喜色を示す。

 だが、空挺兵の口調は暗い。

 

「いえ、むしろ逆です。あの状態の彼女は手が付けられません。まるで他の何かに向けるべき怒りをぶつけるかのように、凄まじい攻撃を仕掛けてくるんです」

「……いったいロドスで何があったんだ」

「でも、あの状態はかなり可愛くてドキドキするので、個人的には好みです」

「よし。お前はこの会議が終わったら医者にかかれ」

 

 空挺兵の後ろではいくつもの人影が賛同するように首を振っている。

 この組織もうダメじゃね? そんな思いを押し殺し、進行役は話を続けた。

 

「気を取り直して、次だ次。操作兵器部隊、そちらはどうだ?」

「はい。これまでオリジムシ・バクダンムシ・ハガネガニ・各種ドローン等を駆使してきたのですが、我々はその過程で恐ろしい事実に気付きました」

「なんだ? 操作アーツに不具合が出てきたのか?」

「……オリジムシの死骸が少ないんです」

「それがどうした? 戦闘の余波で破壊されたか、どこかに吹き飛ばされただけではないのか?」

「…………そして、ロドス周囲に放ったドローンが、大量のオリジムシの甲殻を発見しています」

「よし次だ。上級近接部隊、意見を述べてくれ」

 

 一瞬頭をよぎった思考を振り払い、素早く議題を逸らす。こういった技術も進行役には必要だ。

 ……まさか、な。と、その場に集った全員が、それ以上の詮索を避けたのだった。

 

「……ヒーラーが多過ぎる。1撃与えた傍から回復されては、いくら攻撃してもキリが無い」

「やはりそうか。あちらは通常のヒーラーに加えて、サリアまでいるからな……」

 

 ちなみに上級近接部隊とは伐採者・ブッチャー・武装戦闘員といった、単身で敵陣に乗り込めるほどの力量を備えた者たちで構成されている。重装兵? 術耐性が低いから一般で。

 

「遠距離攻撃でヒーラーを落とせばいいんじゃないか?」

「アホか。その前に敵の術師に焼き殺されるわ」

「なら先に術師をやれば——」

「それだとまたヒールされるだろうが」

「じゃ、どーしろってんだよ」

 

 やいのやいのと勝手に議論を始める兵員たち。様々な意見が上がっているが、有効打に成り得るものは見つからない。

 

「……サルカズ部隊、何かないか?」

 

 進行役がそう言うと、ざわめきがピタリと止まった。そして、全員の視線が一方向に集中する。

 

 サルカズ部隊。体内に源石を持ち、強靭な肉体と抜群のアーツ耐性で戦場を蹂躙する、ボスランクに次ぐ猛者の集団。

 その代表が今、言の葉を紡ぐ————!

 

「……ホシグマが可愛い」

「「「…………はい?」」」

 

 辺りの困惑を余所に、サルカズ部隊の代表、サルカズ大剣士はどっしりとした低音で滔々と語る。

 

「巨大な体躯を目立たせないように猫背になり、それでも尚目立っているところ。それでいて一度戦場に立てば、その身体を存分に活かして仲間を守る。だが、戦闘が終わると他のオペレーターと共に持参した初級糖原をつまむ。あの様が実に可愛いのだ」

「ふざけてんのかテメェ!」

 

 その語りを中断させる、鋭い声が上がった。

 

「ホシグマは可愛いよりもカッコイイだろうが!」

「……ほう、貴様。この我と張り合おうと言うのか」

 

 声を上げたのは一人の兵士だった。特別な装備は持っていないが、数多の戦場を駆け抜けた猛者である。

 だからこそ、ホシグマを目にする機会も多かったのだ。

 

「たしかにホシグマは可愛い。そこは認めよう。だがそれよりも彼女を輝かせるのはそのカッコ良さだ! オニでありながら冷静さを忘れず、かと言って臆病になることはない。狂気を制御するあの姿こそ、彼女の本質だろうが!!」

「いや待て! 格好良さを問うのならズィマーも負けていないぞ! 誰よりも早く戦場に降り立ち、仲間の準備が整うまで前線を支え続ける! あの姿に感じ入らずして何が男か!」

「んだとおい。ズィマーこそ可愛い系だろうがよぅ! お前ドクターに耳と頭撫でられて慌ててる彼女見たことねえのか!? いっぺん見てみろ人生変わるぞ!」

「てめえらメランサを忘れてんじゃねえだろうな? あの他人との触れ合いにおいても防御力が薄いところは、他のやつには真似できない萌え要素だぞ!」

 

 そこから先は速かった。

 先程までの重苦しい空気は何処へやら。ひたすら敵オペレーターの誰が可愛いだとか、いや格好良いだとか、そこを併せ持っているのがいいんだとか、クール系が照れる瞬間が良いだとか、個人より関係性だとか、ガサツなタイプがドクターを翻弄しているのが良いだとか、それを見て混ざろうかどうしようか迷ってるのが良いだとか、いやいやそれを叱って留めるのが良いんだとか、そんな話ばかりが湧き出てきた。わりと皆話したかったのだろう。

 

「静まれ!」

 

 その熱い議論に、水をぶっかける男がいた。進行役の彼だ。

 

「黙って聞いていれば下らないことをウダウダと……。貴様ら、それでも漢か!」

 

 怒り心頭といった様子の彼に、他のメンバーもさすがにやり過ぎたと感じたようだ。話が脱線したどころの騒ぎではない。脱線した列車が横転で走り出したような騒ぎだったのだから。

 

「いいか。一度しか言わんから良く聞いておけ……」

 

 クワっと目を開き、進行役は声の限りに叫んだ。

 

「ロリこそ正義だ! つまりイフリータこそ正義である!!」

「「「おうてめえやんのかコラ!!!」」」

 

        ***

 

 同日、ロドスにて。

 

「ドクター、少しいいか?」

「ああ、サリアか。どうした?」

「どうも近頃、敵の様子がおかしくてな……。何と言えばいいのか……目の色が違う、が一番正確な印象だな。それに、戦闘後にも妙な視線を感じる」

「……それはどういった類の視線か、それは分かるか?」

「私の本職は研究者だ。そんな技能は持ち合わせていないが……だが、不思議と悪意ある視線でないことは分かる。それだけに不気味なのだが、な」

「なるほどな。……よし、俺の方でも色々と考えておこう。報告ありがとうな」

「なに、礼を言われるようなことではない。では、また後でな」

「サリア? 何故後退りして行くんだ?」

「決まっている。お前に背中を見せると、尻尾を触られるからだ」

「そんなことはしない。今日は角を触ろうと思っていた」

「同じことだこの戯けがぁ!」

 

 そんなこんなで、ロドスは今日も案外平和である。

 

 

 

「……それにしても、なるほど。面白いことになっているようだ。これは一度レユニオンの連中と接触してみる価値があるかもしれないな……」

 




 ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
 イベント楽しみだなー、とウキウキ書いてたら最高時速(字速?)を更新しました。この勢いのままイベント周回に突入したいと思います(現在イベント開始5分前)。

 それでは、(イベントで体力使い果たさなければ更新されるはずの)明日もお楽しみに!


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第7話—しょくじのおはなし

 食事とは不思議なものだ。

 ある人にとって、それは生命維持のための手段であり、
 ある人にとって、それは最大の快楽であり、
 またある人にとって、それは未知の可能性を秘めた大いなる探求である。

 そんな食事は、ロドスでは更に深い意味合いを持つものなのだ……。


 食事——それは、生存に欠かせない行為だ。

 

 安心安全だが何一つ物が無い部屋と、常に危険と隣り合わせだが命溢れる密林。

 どちらの方が生き易いか、という話だ。

 

 どれだけ安全な場所だろうと。

 どれだけ良好な環境だろうと。

 食べる物が無ければ話にならない。

 

「それでは、議論を始めよう」

 

 だが、人はその段階を突破した。

 

 命の危険を冒して狩りをすることなく。

 山の恵みという名の不安定な供給に怯えることなく。

 人は充分な量の食料を確保できるようになったのだ。

 

 だというのに、世の食糧難は解消されていない。

 餓死する者が減らない一方で、過食で死ぬ者も後を絶たない。

 

 未だ食事を栄養補給としてのみ行う者がいて、

 遂に食事を娯楽と見なす者が出てきた。

 

 そんな状況で――

 

「それでは、どのような食事がより多くの理性を回復させるのか、各自意見を述べてもらいたい」

 

 ――食事に新たな可能性を見出す知恵者(大馬鹿者)もいるのだった。

 

        *

 

 事の起こりは、昨日の早朝だった。

 

「さて、今日も一日頑張るか。……なんでロドスの日時更新は午前4時なんだろうな。おかげで眠くて仕方がない」

 

 そこはロドス7不思議の1つとされているので、深く考えない方が良い。

 

 朝起きたDr.黒井鹿の行動パターンはある程度決まっている。

 まず基地で夜番として働いていたオペレーターたちを休ませ、朝番を起こしに行く。

 それが終われば公開求人の結果を確認し、次の求人を出す。ちなみに今回もエリート・上級エリートの募集をかける許可は下りなかった。やはり都市伝説の類なのだろうか?

 その後はメールボックスを確認し、その日の周回予定を立てる。とは言っても、なかなかメールなど来ないので、すぐ作戦立案に入ることがほとんどだ。

 

 だが、この日は違った。

 

「何か入っているな。これは……ハンバーガーか?」

「ドクター、おはよう。今日の配給食品なのだが――」

 

 Dr.黒井鹿がハンバーガーセットを取りだした所で、サリアが執務室に入って来た。彼女は各施設の見回りを行っているため、いつも少し遅れて来るのだ。

 

「……遅かったか」

「おはよう、サリア。遅かったとは何がだ?」

「いや、過ぎたことを嘆いても仕方ない。とりあえず朝食としよう」

 

 丁度良いことに、ハンバーガーセットは2つある。

 2人は包みを開け、手を合わせた。

 Dr.黒井鹿はハンバーガーにかぶりつき、サリアはポテトを1本1本つまんでいく。。

 

「……サリア、まさかと思うがこのハンバーガーは……」

「お前の想像の通りだ。以前のクッキーやチョコレートと同様に、理性を回復させる効用がある。それも過去最高に強力な品だ」

「今食べるべきものではないな。午後の周回まで取っておこう」

 

 そっとハンバーガーを箱に戻そうとするDr.黒井鹿の手は、しかし空中で止まった。

 否、止められていた。

 

「……サリア、何をしている?」

「ドクター、お前こそ何をしている。食べ始めた物は、責任をもって最後まで食べろ」

 

 サリアの左手がDr.黒井鹿の右手首を掴んでいる。一見軽く添えているだけのようなのだが、どれほど力を込めようとピクリとも動かない。そんな状況でも、右手が1本ずつポテトを運んでいるのがなんともシュールだ。

 

「食べないわけじゃない。ただそんな便利な食事なら、食べ時というものがあるわけで」

「駄目だ。今食べるんだ」

「……理由は?」

「ここのポテトは、冷めると食べ物でなくなる」

 

 サリアの声音は重い。まるで実際に食べ物でなくなったポテトを山ほど食べたことがあるかのような調子だった。

 

「だが、理性がほぼ回復している現状で食べるものじゃないだろう?」

「だから遅かったか、と言ったんだ」

 

 ポテトを食べ終わったのか、サリアの右手がハンバーガーに伸びる。包み紙を器用に片手で剥き、またしても1口ずつ食べ始める。

 

「……分かった。今食べることにしよう」

「ああ、そうしてくれ。おそらく明日以降も届くだろうから、気を付けろ」

「分かった。……なあ、サリア」

 

 サリアの忠告を気にしたのか、Dr.黒井鹿はポテトを食べだした。まだ温かく、油と芋の美味しさが詰まっている。割合としては9:1ほどだ。

 

「このハンバーガー、怪しい薬品は入っていないんだよな? 麻薬の類だとか」

「ああ、心配いらない。前に成分解析を行ったが、おかしな物は検出できなかった。強いて言うなら塩分と油分が多過ぎるくらいか」

「以前のクッキーや塩卵チョコ、あれらも同じだな?」

「そうだ。塩卵味チョコレートはその味を出すためにチョコレートにあるまじき材料が使われていたが……それでも、市販されている食品で作られていた」

「なるほどな……。よし、サリア。今日の午後、緊急会議を開く。アーミヤとグムにも伝えておいてくれ」

「? ああ、分かった。何について話すんだ」

「決まっているだろう」

 

 Dr.黒井鹿はニヤリと嗤って告げた。

 

「食事について、だ」

 

 ただし、食事中でも口元は布で隠しているため、サリアには見えなかったが。

 

        ***

 

 かくして冒頭に至る。

 

「それでは、どのような食事がより多くの理性を回復させるのか、各自意見を述べてもらいたい」

「ドクター、そもそも普通は食事で理性が回復するなんてことはありませんよ」

 

 初っ端から会議を終わらせにかかったのはアーミヤだ。その顔にはうっすらとだが安堵が浮かんでいる。食用アシッドムシ(元から酸味が備わっているため調味料要らず! なお、中和に失敗すると舌が物理的にとろけます)などという議題を予想していたのだろう。

 

「今までの理性回復食はクッキー、チョコレート、ハンバーガーの3つ。クッキーは100、チョコレートは60、ハンバーガーは200の理性を回復してくれる」

「ついに自分の理性を数値として認識するようになったか……」

 

 サリアの呟きを黙殺し、Dr.黒井鹿は語り続ける。

 

「重要なのは理性回復量がどのように決まるのか、ということだ。これについて、俺は1つの仮説を立てた。ずばり摂取カロリーに比例して回復量が増える、というものだ。一般的にクッキーとチョコレートならばチョコレートの方が高カロリーだろうが、あのチョコレートは卵入りだ。ゆで卵は摂取カロリーより消化カロリーが多いと言わるなど、卵は……グム、なぜ目を逸らすんだ?」

「ううん、何でもないよ、ドクター。グムは何も知らない。あの卵味は……普通の卵味だから」

 

 何やら怪しげな供述を繰り返すグム。あとでクロージャを問い詰めよう。そう決めたDr.黒井鹿であった。

 

「まあ、話を戻そう。では摂取カロリーを増やせば良い、と考えると、今度は別の問題が出てくる」

「量の問題か」

「その通りだ、サリア。いくら理性のためとはいえ、人が食べられる食事の量は決まっている。ならば、少しでも密に詰まった物を選ばなければならない」

 

 そこで、とDr.黒井鹿が1枚の皿を取り出した。

 その上には何やら白く丸い物体が乗せられている。

 

「これは……」

「何ですか?」

 

 サリアとアーミヤがしげしげと物体を眺めるも、その正体に心当たりはないようだ。

 お前はどうだ、とばかりにDr.黒井鹿が視線を送ると、グムは少し考えてから口を開いた。

 

「お餅、ですか?」

「正解だ。よく知っていたな」

「この間、ホシグマさんが食べさせてくれたんです。龍門でお祝い事の時に食べられる料理なんですよね」

 

 ホシグマ曰く、このお餅というのは穀物を蒸し、それを捏ねて圧し潰して作るらしい。

 

「というわけで、早速やってみよう!」

 

 言うが早いか、Dr.黒井鹿はどでかい釜一杯分の穀物を取り出した。もちろん、既にしっかりと蒸してある。

 

「これを圧し潰せばいいのか?」

「ああ、だがその役目はサリアじゃない。アーミヤにやってもらう」

「わ、私ですか?」

 

 力仕事が回って来るとは思わなかったのか、アーミヤが慌てたような声を出す。

 何をするのか分からない3人を前に、Dr.黒井鹿は説明を始めた。

 

「まず、サリアの『硬質化』でこの臼を強化する。生物の骨から作った物だ。しっかり効果を受けるはずだ」

「また禍々しい物を作ったな。いったい何の骨で作ったんだ?」

「次に、その臼に入れた穀物を、アーミヤのアーツで圧し潰す。サリアが強化しているから、遠慮せず全力で撃ってくれ」

「分かりました。サリアさんごと撃ち抜く意気込みでやります」

「質問に答えろ! いったい何の骨なんだこれは!? あとアーミヤ、サラっと暗黒面を出さないでくれ!」

 

 ふっと、アーミヤの目からハイライトが掻き消える。こうなったアーミヤは触れるな危険、触らぬ神に祟り無し、だ。……その神がわざわざ近づいてくる場合は、諦めるしかないが。

 

「あのー、ドクター? グムは何をすればいいんですか?」

「メインは出来上がったお餅の調理だな」

「分かりました! 料理なら任せてください!」

「だが、その前に俺と共にやってもらうことがある」

「もう1つですか?」

 

 Dr.黒井鹿とグムの密談が終わり、(サリア)(アーミヤ)の準備も整った。

 ちなみに、アーミヤのハイライトは戻っている。

 

「行きますよ、サリアさん!」

「ああ、来い! アーミヤ!」

 

 スターン! スターン!

 ぐいっ! ぐいっ!

 

 アーミヤのアーツが穀物を打ち据える。その合間を縫い、サリアが穀物を掻き混ぜる。まあ、いざ直撃しても今のサリアならば耐えられるのだが。

 

 スターン! スターン!  スターン! スターン!

 

 一定間隔で刻まれる快音の隙間を埋めるように、調子良く響く声があった。

 

「切れてる! 切れてるよ!」

「アーツでかいよ! ナイスアーツ!」

「防御力が服着てるみたいだ!」

「ナイス攻撃ロドスタワー!」

 

 餅つきを行う2人から2mほど離れた位置。そこからDr.黒井鹿とグムが声援を送っているのだ。

 

 スターン! スターン!

 ぐいっ! ぐいっ!

 

「筋肉本舗、はいずどーん!」

 

 スターン! スターン!

 ぐいっ! ぐいっ!

 

「アーミヤ姉御! 付いてきます!」

 

 スターン! スターン!

 ぐいっ! ぐいっ!

 

「これぞ筋肉3ツ星評価!」

 

 スターン! スターン!

 ぐいっ! ぐいっ!

 

「仕上がってるよー! 仕上がってるよー!!」

 

 ……なお、これが本当に声援なのかどうか、そんなことは誰にも分からない。

 

「サリ、ア、さん!」

「なん、だ!」

「なんだか! 人が! 増えてませんか!」

「同、感だ!」

 

 餅つきの音に釣られたのか、それとも謎の掛け声に誘われたのか、いつの間にかそこには十数名のオペレーターが集っていた。何かの見世物だと思ったのか、早くもクロワッサンが出店を開き、冷えた飲み物を売っている。

 

「恥ず、かしい、ですし! そろそろ、終わりに! しましょうか!」

「ああ! そう、しよう!」

 

 気付けば穀物は1つの塊になっており、ほぼお餅の体を成している。

 最後の一押しをするべく、アーミヤは最後の力を振り絞った。

 

「『戦術詠唱γ』!」

 

 戦場ならば『ソウルブースト』を使う場面だろうが、餅つきにおいて軽い打撃など意味がない。

 重さを維持し、ただその速度を跳ね上げる。

 

 だが、それはサリアの負担増加を意味する。

 彼女とてここまで『硬質化』を維持し続けており、相当に疲弊している。

 それでも、彼女は倒れない。たかが餅つきであろうと、ここは戦場なのだから。

 

「はぁぁぁ!」

「くぅぅぅ!」

 

 二人の死力がぶつかり、文字通り火花を散らす。

 互いに一歩も引かず、ただひたすらに己が役目を果たすため、他の全てをかなぐり捨てる。

 

 そしてその均衡は――

 

「肩にちっちゃいジープ乗せてんのかい!」

「三角チョコパイいい感じ!」

 

 ――そんな声によって崩されたのだった。

 

        ***

 

 このように様々な苦労によって作られたお餅は……。

 

「……美味しいんだが、柔らかすぎて食べづらいな」

「調理しようにも手にくっついちゃう!」

 

 味は良いものの、それ以外に難があった。

 

「そんな……」

「あれほど苦労したというのに……」

 

 餅つき組の落胆は計り知れない。液体になろうとしているお餅を、暗い面持ちでもそもそと食べている。

 そこに救世主が通りかかった。

 

「餅ですか。珍しいものを作っていますね」

「ああ、ホシグマか。龍門出身者としてアドバイスを貰えないか? この通り、柔らかくなりすぎてしまってな」

「ふむ、少し失礼」

 

 千切って丸められた餅を1つつまみ、口に含む。

 しばらく味わってから飲み込み、ホシグマは開口一番こう言った。

 

「つきすぎですね。地方によっては米が半分ほど残っている状態で食すくらいですから、これほど念入りに潰さずとも大丈夫ですよ。……逆にどうすればこれほどの力でつけるのですか?」

「「……ドクター?」」

 

 死んだ顔のまま、サリアとアーミヤがDr.黒井鹿を探す。

 先ほどまで彼がいた場所には、こんなことを書かれた紙が置いてあった。

 

〝ごめん。やってみたかったんだ〟

 

「アーミヤ! 全オペレーターに通達。ドクターを発見した場合、即座に捕縛せよ! 報酬は苺のショートケーキかステーキ300gの好きな方だ!」

「了解です。サリアさんはこのまま捜索を開始してください。まだ遠くまでは行っていないはずですから!」

 

 日頃甘い物に飢えている者も、なかなか肉を口に出来ていない者も、全員が1つの目的のために動きだした。連絡員や監視員まで協力したため、捜索はものの数分で終わりになり、賞品はシージのものとなった。

 捕まったDr.黒井鹿はサリアとアーミヤに引き渡され、彼のその後を知る者はいない……。まあ、翌日普通に周回に向かっていたので、大事なかったのだろう。

 

 そんなこんなで、ロドスは今日も案外平和である。

 

 

 

 ちなみに、その日の監視カメラにはひっそりショートケーキを食べ、笑顔を零すシージの姿が記録されていたそうだ。

 




 ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
 ふとコイン交換所の最下層を見て、コイン5枚で龍門弊10という換金率の低さに涙しました。龍門弊100くらいくれてもいいんじゃないかと思ってます。

 それでは、明日の更新もお楽しみに!


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第8話―じんざいのおはなし

 どの程度の人数を雇い、どのように育てていくのか。

 様々な組織が独自の戦略に基づき、それを行っている。
 そこに絶対的な正解など無い。
 ただ、後から振り返って反省することしか出来ない。

 まあ、振り返れる状況に至れれば、の話なのだが……。


 戦闘において重要な事とは何か。

 有史以前から問い掛けられ続けた問題だ。

 そして、とうの昔に出た答えを未だ否定できていない問題だ。

 

 個の力は、数の力によって引き潰される。

 蟻とて無数に集まれば獅子を喰い殺すのだ。

 

 いくら知略を凝らそうと、それを実行出来る兵数がいなければ意味が無い。

 そして、充分な兵数がいるのならば、そもそも戦略を練る必要が無い。

 

 戦の勝敗は力の多寡で決まり、兵の数とは力の量なのだ。

 

「ドクター、今回ばかりは無理ですよ。諦めましょう!」

「いいや、どれほどの犠牲を出してでも、これはやり遂げなければいけないんだ」

 

 だが、人とは夢を見るものだ。

 

 ただ一人で全てを薙ぎ払う強者を。

 ただ一人で全てを防ぎ切る強者を。

 ただ一人で万の働きをする強者を、人は夢見るのだ。

 

 そして、夢とは叶うものではなく、叶えるものだ。

 熱い思いと砕けぬ意志をもって進み、自らの手で勝ち取るものなのだ。

 

「さあ、サリアピックアップ人材発掘! 全力で回せぇ!」

「ドクター本当に何回やる気ですか! もう3桁乗ってますよ!?」

 

 なお、夢を叶える手段も数の暴力(課金して石砕き)が手っ取り早い当たり、世知辛いものだ。

 

        ***

 

 誰かがこんなことを言っていた。

 Dr.黒井鹿の戦闘方針はサリアを中心として組まれている、と。

 

 実際のところ、全くもってその通りだ。

 記憶を失ったDr.黒井鹿の元に一早く駆けつけてくれたオペレーターであるということもあるが、それ以上に元々彼の戦闘スタイルとサリアの能力は合っていたのだ。

 

 重装兵によって防衛線を敷き、その背後から遠距離攻撃兵によって敵を殲滅する。

 基本中の基本である戦術だ。それだけに、敵も対策を取りやすい。

 具体的に言えば、重装兵にある程度のダメージを与えられる兵を集めるだけでいい。そうなると防衛線維持のために衛生兵を配置する必要が生じ、結果的に遠距離攻撃兵が少なくなる。

 そうなると後は一瞬だ。重装兵とて足止めできる敵の数には限度がある。攻撃が薄くなればなるほど敵は減らなくなり、次々と防衛線を抜けていくだろう。

 

 だが、もしこの時、重装兵が回復も行えるとしたら?

 

 ある程度の攻撃ならば衛生兵を配置する必要がなくなり、その分を攻撃に回すことが出来る。

 遠距離攻撃兵を多くすれば重装兵が攻撃を受ける時間が減り、結果としてダメージが減る。

 1度こうなってしまえば、ほぼ崩されることはない。

 

 これを可能にするのがサリアなのだ。

 状況に応じて継続的な単体回復、範囲回復、瞬間的な範囲回復と弱体化を使い分ける。これは彼女にしか出来ない芸当だ。

 

 では、もしもの話だ。

 もしも、これまで数多の戦場を共に駆け抜け、苦楽を共有した彼女を、更に高みへと至らせる機会が訪れたとしたら、何をするべきだろうか?

 

 答えなど、聞かれる前から決まっている。

 

「全リソースを注ぎ込め! 回路が焼き切れても構うな! 回せ、進め! 回せ! 進めぇ!!」

 

 精魂尽き果ててでもやり遂げるしかねえだろおおおぉぉぉ!!!!

 

「ドクター落ち着いてください! もう合成玉の備蓄がありません!」

 

 てなわけで、久々にガチの方で理性が溶け切ったDr.黒井鹿の登場である。

 

        ***

 

「ドクター、深呼吸! 深呼吸です! 人材発掘を行おうにも、もう資材がありませんから!」

「この日のために1万8千個も溜めた合成玉はどうした!?」

「もうとっくの昔に無くなってます! 聞かれる前に言っておきますが、純正源石もありませんからね!」

 

 執務室にテンションを振り切った男の声と、心配ゲージを振り切った少女の声が木霊する。完全防音の扉を抜け、廊下まで聞こえそうな声量だ。

 

「ドクター、もう無理なんです。ドクターの気持ちは痛いほど分かりますが、それでも不可能なことはあるんですよ……」

 

 少女——アーミヤの声は悲し気だ。彼女とて、出来る事ならDr.黒井鹿の願いを叶えたいのだろう。だが、彼が半ば狂っている以上、誰かがブレーキを掛けねばならない。そう思い、心を鬼にしているのだ。

 別に自分が排出されないガチャをぶん回すDr.黒井鹿を見てキレている訳ではない。たぶん、きっと、おそらく。

 

 対するDr.黒井鹿の声は、かつてないほど生き生きしている。きっとマスクの下は人様にお見せ出来ない状態になっていることだろう。明らかに様子がおかしい。

 

「大丈夫だ、アーミヤ。俺に考えがある」

「ドクターの立てる作戦は、たしかに素晴らしいものです。私たちが今でも生き残っているのは、あなたの指示のおかげです。それでも、こればかりはどうにも——」

 

 いくらか落ち着いたのか、Dr.黒井鹿が久しぶりに真っ当な声を出した。なにせここまで発掘結果を見るたびに文字化できない奇声を上げ続けていたのだ。喋れるようになっただけでも、かなり冷静になったと言えるだろう。

 

「特殊オペレーター:ユキチの準備は出来ている! さあ、行け!」

「ドクター、考え直してください! 彼の攻撃はドクターのお財布へのアーツ攻撃ですよ!?」

 

 特殊オペレーター:ユキチ。

 それはロドスの者ならば誰もが知る、忌まわしき名である。

 

 彼は神出鬼没だ。一瞬で現れ、役目を果たせば一瞬で消える。

 呼ばれなければ出てこないし、呼んだからといって来るとも限らない。

 だが、一度現れれば、その攻撃力は絶大だ。

 

 具体的に言うと、1月分の食費に成り得る金額が、財布から掻き消える。

 

 防御は不可能。回避など出来るはずもない。

 Dr.黒井鹿に出来ることと言えば、ただ耐えるのみ。

 

 そんな禁忌のオペレーターが、数十分前はDr.黒井鹿の背後に10人ばかり並んでいた。

 それが今では1人しか残っていない。

 

「駄目ですドクター! そんな数のユキチさん……まだ月初めなんですよ!? この先どうやって生活するつもりなんですか!」

「衣と住は既に整っている。食なんてオリジムシがあれば充分だ! 前に作った燻製オリジムシと干し肉オリジムシで半月は生きていけるさ!」

「前に執務室が煙かったのはそういうことですか! なんてもの作ってるんですか!!」

「さあ、ユキチよ。遠慮せずに来い!」

 

 Dr.黒井鹿の命令を受け、ユキチが重々しく頷いた。

 

 目を閉じ、精神を統一する。

 思い描くは真なる人の姿。(こいねが)うは眼前の男の大願成就。

 その生涯ただ一度の役目を果たすため、ユキチは全霊を持って拳を振るう!

 

「ぐふっ! ……ふ、ふふ、ふふふ。これで純正源石が175個……50連回しても釣りが来る……」

「ドクター……もう充分じゃないですか」

「アーミヤ……?」

 

 アーミヤの変化を感じ取ったのか、Dr.黒井鹿が我に返る。

 視線の先のアーミヤは今にも泣きそうだ。

 

「たしかに、ロドスの戦力を増すことは大事です。多くのオペレーターがいれば多くの戦術を取れますし、普段の業務も分担できます。人手が多くて困ることはありませんから」

「ああ、だから——」

「でも、もう充分じゃないですか! 今日だけでサリアさんの印3つ、シルバーアッシュさんの印1つ、エイヤフィヤトラさんの印1つ、アンジェリーナさんの印3つ、イフリータさんの印1つ、スカイフレアさんの印3つ、他にも分からなくなるくらい色々な人の印を入手してるんですよ!? ついでに新しくエクシアさん、シャイニングさん、スペクターさんとか新しいオペレーターもたくさん加わって、シャイニングさんとスペクターさんに至っては潜在強化最大じゃないですか!」

「アーミヤ……」

「私は……私は、最初から傍にいるのに。なのに!」

 

 腕を振り、頭を振り、溢れ出る思いを少しでも逃がそうとするかのように、アーミヤが叫ぶ。その周囲には、黒い帯が現れては消えて行く。彼女の激情に反応したのか、アーツが暴走しかけているのだ。

 

「どうしてですかドクター……。どうして私じゃないんですか!」

 

 明滅していたアーツが、次第に形を帯びてゆく。戦闘能力の無いDr.黒井鹿が触れれば、たちまち手足が落ちるだろう。

 

「アーミヤ!」

 

 しかし、そんなアーツに構うことなく、彼はアーミヤとの距離を詰めた。

 

 肩を掠めるものを無視し、足を貫きかけたものを前に進むことで避け、ただひたすらに突き進む。

 

 そして、アーミヤの眼前に1枚の紙を突き付けた。

 

「アーミヤ、これを見てくれ」

「……ドクター、これは?」

「今日の周回予定と獲得コインの使い道だ」

「…………この期に及んでも、私の気持ちなんかより周回が大事なんですね」

 

 アーツの光が消え失せる。だが、それは彼女が落ち着いたことを意味するものではない。

 その暗さは、彼女の心境そのものだ。

 

「……もういいです、ドクター。あなたは私なんかより——」

「アーミヤ、よく見てくれ。コインのところだ」

「だからコインがどうしたって——あれ? 上級源岩って緊急で入用でしたっけ? 今のところ、使用する人がいなかったと思うのですが……」

「……アーミヤ、それは本気で言っているのか?」

 

 本当に分からない、といった顔で、アーミヤは紙を食い入るように見つめた。

 その表情が徐々に変わって行くのを、Dr.黒井鹿はただ黙って見ていた。

 

「……上級源岩10個を交換し、残りは全て作戦記録へ注ぎ込む。ドクター、これは……?」

「……そういうことだ。長く待たせたからな。ちょっとしたサプライズにしようと思っていたんだが……。すまない。アーミヤがそこまで思いつめているとは気付かなかった」

「ドクター……」

 

 アーミヤの目尻に涙が浮かぶ。

 先程とは別種のその涙を我慢する必要は無い。

 その涙を流しても、その涙を見ても、悲しむ者などいないのだから——

 

「邪魔するぞ。ドクター、購買部に私の印が売られていたぞ。資格証に余裕があるのなら——」

「そうか購買部って手があったかこうしちゃいられない今すぐ行ってくるアディオス!」

 

 ——などと良い雰囲気になったところで、入室してきたサリアによって全てがぶち壊された。

 

 Dr.黒井鹿は風より早く走って行き、後に残されたのはサリアとアーミヤの2人のみ。

 

「ああ、アーミヤ。すまない。取り込み中だったか?」

「……サリアさん」

「あ、ああ。なんだ?」

「スキル『キメラ』、限定強制発動!」

「ま、待てアーミヤ! そのスキルは何なんだ? そもそも何がどうなっているんだ!?」

「うるさーい! サリアさんはいつも乳繰り合ってるんですから、たまには私に譲ってくれたっていいじゃないですか! 何でいつもいつもいつもいつもここぞって時にいいいぃ!」

「誰と誰が乳繰り合ってるだと!? ちょ、待っ、あああああああ!!」

 

        ***

 

 その後、執務室に戻ったDr.黒井鹿が目にしたのは破壊しつくされた部屋と、その中で倒れ伏す2人のオペレーターだった。

 2人とも極度の疲労状態にあり、すぐさま医務室に運ばれた。ケルシー曰く「1日寝ていれば大丈夫」とのことだったため、Dr.黒井鹿は他のオペレーターを連れてイベント周回を敢行。大量のコインを持ち帰り、予定通り上級源岩と作戦記録を手に入れた。

 

 アーミヤは無事に昇進2段階に入り、その勲章を大事そうに眺めていた。

 なお、その横ではサリアが心の底からアーミヤの昇進を祝っていた。理由を聞かれても答えず、ただ良かった、良かったと繰り返すのみであったという……。

 

 そんなこんなで、ロドスは今日も案外平和である。

 




 ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
 そろそろ目がグルグル渦模様になったアーミヤに刺されそうだったので、とりあえず昇進まで持って行くことにしました。レベル上げをどこまで行うかは未定です。

 それでは、また次回もお楽しみに!


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第9話—せいさいのおはなし

 せいさい……。
 これを正妻とするのか、制裁とするのか、聖祭とするのか。
 様々な意見があるだろう。

 だが、ただ1つ確かなことがある。

 どの字であっても、マトモなことにはならないであろう……。


 争いの種は何処にでも転がっている。

 

 容姿、思想、信条、生活形式、保有資源……他者と何かがほんの少しでも違えば、それは争いを生む事が出来る。

 

 では、争いにおいて最も解決困難なものは何だろうか。

 

 ある人は金銭と答えるだろう。

 ある人は宗教と答えるだろう。

 ある人は格差と答えるだろう。

 

 こんなものは些細な問題だ。

 何故なら、これらにおいては両者に戦う理由があるからだ。

 

「……さあ、決着をつけましょうか」

「待ってくれ。私はそんな……」

 

 最も面倒な争いとは、片方のみが争う意思を持っている場合だ。

 

 片や命を賭してでも戦う理由があり、

 片やそもそも仕掛けられる理由が分からない。

 

 そんな場合が、最も泥沼化しやすいのだ。

 

「さあ、サリアさん! どちらがドクターの正妻に相応しいのか、そろそろ決着をつけましょう!」

「いやだから私とドクターはそんな関係ではなくてだな!?」

 

 つまり何が言いたいのかというと、

 第一次正妻戦争の開幕である。

 

        ***

 

 事の起こりを辿れば、それはずっと前に始まっていた。

 

 Dr.黒井鹿が目を覚ました時、ロドスに在籍しているオペレーターは少なかった。

 ビーグル、レンジャー、ラヴァ、ハイビスカス……たしかに各役職が揃っていたが、やはり力不足が否めなかった。指揮次第でどうとでもなったのだろうが、記憶を失ったDr.黒井鹿には無理な話だ。

 

 そんな時、支えてくれたのがアーミヤだった。

 彼女のアーツは敵を容易く粉砕し、瞬間的な攻撃速度は他の追随を許さなかった。

 

 アーミヤは戦場を蹂躙する最強の矛であり、同時に敵に攻撃をさせないという意味で最強の盾でもあったのだ。

 

 サリアがやって来る、その時までは。

 

 サリアが来てからというもの、Dr.黒井鹿の指揮は変わった。

 敵が防衛線に到達する前に倒すのではなく、押し留めた敵をまとめて焼き払う戦法を取るようになったのだ。

 そのためには範囲攻撃を得意とする術師、そして何より前線を維持する重装オペレーターの育成が必要となる。

 

 アーミヤに向けられていたリソースの大半が、他のオペレーターに回されることとなったのだ。

 

「——それで私に残された仕事といえば、敵の重装兵を撃ち倒すことくらいですよ。それすら後から来たエイヤフィヤトラさんに奪われかけましたし……」

「……知っているとも。耳にタコができるほど聞かされたからな」

「サリアさんが昇進1段階になって、でも全体の戦力強化のためだからって自分に言い聞かせて。ようやく私も昇進したと思ったら、いつの間にか三足先くらいにレベル最大になってるし。あげくになんですか? 私がLv40でくすぶってるうちに昇進2段階とか本当におめでとうございます喧嘩売ってるんですか?」

 

 などという回想と呼ぶべきか愚痴と呼ぶべきか微妙なものが垂れ流されているのは、アーミヤの自室である。狭いながらも整理整頓の行き届いたその部屋は、実際よりも広く感じられ、とても居心地が良いものだ。

 

 ただ一点、現在進行形で増えつつある空の瓶に目を瞑れば、の話だが。

 

「聞いてるんですか、サリアさん? またしても私が昇進する時にはレベル最大になってたサリアさん?」

「アーミヤ、ひとまずレベルの話から離れてくれ。吐きそうだ」

 

 すっかり出来上がって真っ赤になっているアーミヤと反対に、サリアの顔は真っ青だ。作戦記録の耐久視聴を思い出しているのだろう。

 

「アーミヤ。何度言ったか分からないが、私とドクターはお前が想像しているような関係ではない」

「じゃあ、どんな関係なんですか?」

「ただの指揮官と秘書兼任のオペレーターの関係だ」

「そうなんですか。私はあられもない声を出させる人と出す人の関係だと思っていましたが」

「ごはっ!」

 

 口に含んだ水を吹き出し、サリアが盛大に咳き込む。その水の直撃を受けてなお表情を変えないアーミヤが恐ろしい。ただ淡々とグラスの酒を飲み、空になれば次を注いでいる。

 

「あ、あら、あられもない声などと……何を根拠にそんなことを言っ——」

「もちろん盗聴器です」

「いったい何がもちろんなんだ!?」

 

 ペンギン急便裏カタログ、商品番号0899〝壁の耳くん〟。

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(注:この商品によって生じるあらゆる問題に関して、ペンギン急便は一切の責任を負いません。予めご了承願います)

 

 そんな文言が、アーミヤのベッド下に隠された冊子に踊っていた。

 

「ドクターと二人きりでナニをしているのかと思えば、毎日毎日飽きもせずよくヤりますね」

「探っているようで最初から答えを出しているじゃないか! それに毎日飽きもしないのはドクターの方だ!」

「では、サリアさんの方は少々飽きがきている、と?」

「いや、そういうわけではないんだが……。飽きる以前に慣れることも出来ずにいると言うべきか、飽きるよりも呆れていると言うべきか……」

「ふーん、ところでサリアさん、いいんですか?」

 

 何やらごにょごにょと呟くサリアに、アーミヤのジト目が突き刺さる。

 

 何か失敗しただろうか? いや、きちんと否定しているのだし、このまま毅然とした態度でいれば大丈夫なはずだ。

 自分を落ち着けるため、サリアは水を一口含んだ。

 

「さっきからヤってること自体を否定してませんけど、つまり確定事項としていいわけですね?」

「ぶふっ!」

 

 そして、またしても飲み下すことなく霧へと変化させた。

 

「いや、その、ちが、あ、あれはだな!」

「あれは?」

「その、えと、あれはだな……」

「あれは? 続きは何なんですか? ねえ、サリアさん。あれは、の後は何なんですか?」

「~~~~ッ!」

 

 アーミヤに負けず劣らず赤くなったサリアは、手近なところにあった瓶を開け、中身を半分ほど一気にあおった。その瓶には「67%」の文字が。何の数字かはご想像にお任せする。

 

 マッチに吹きかければ燃えそうな息を吐き、サリアの声が一気に大きくなった。

 

「いいか! あれはドクターが一方的に行っている行為であり、それもお前が想像しているようなものではない!」

「私が想像しているものって、どんなものですか?」

「それはセッ……性こ……ね、粘膜的な接触のことだ!」

 

 まあ、まだ理性が残っているようだが。

 

「ナニじゃなければ何をしてるって言うんですか?」

「ドクターが私の尻尾を弄んでいるだけだ。それ以上のことは断じて無い!」

「ふーん、じゃあ、これを聞いてもらえますか?」

 

 そう言ってアーミヤが取り出したのは、小型の再生機だった。おそらくペンギン急便から買ったものなのだろう。

 スイッチを入れると、ザーという雑音の後、意味を成した言葉が聞こえてきた。

 

『ど、ドクター。こんなところでする気か?』

『どうした。怖いのか?』

『いや、怖いわけではない。ただ、こういうことをするには相応しい場所や時間というものがだな……』

『だが、辛そうにしているのはサリアの方だろう? ほら、身体は正直だ』

『んんっ! ドクター、急にそんなところ——』

 

 机ごと叩き壊す勢いでサリアの拳が振られ、それをアーミヤのアーツが迎撃する。結果として、サリアの行動は再生機の停止ボタンを押すに止まった。

 

「ナニにしか聞こえないんですが」

「ただのマッサージだ! 周回後に事務作業をしていた時、ドクターがマッサージを申し出てきたことがあったんだ。私は仮眠用のマットではなく、医務室のベッドの方が良いと伝えようとしていただけだ!」

「この後、湿った音も聞こえてきたんですけど」

「ドクターが飲んでいたコーヒーの音だ!」

 

 ふーん、とジト目を崩さず、アーミヤはまたしても再生ボタンを押した。

 

『ほら、どうしたんだ? 手が止まっているぞ?』

『ドク、ター! こ、これ以上は……ッ!』

『サリアの仕事が終わるまで。そういう話だっただろう?』

『くっ、この……。これしきのことで私が屈すると思うなよ……』

『まだ余裕があるみたいだな。これでどうだ?』

『ひゃうん!? ドクター、それは——』

「アーミヤァァァ!!」

 

 昇進衣装で動かしやすくなった脚から、強烈な蹴りが放たれる。オリジムシ程度なら一撃で倒しそうなその攻撃を、アーミヤは少し後ろに下がるだけで回避した。今の動きといい寝技といい、術師と無関係な技術ばかり向上しているようだ。

 

「特殊なプレイにしか聞こえないんですが」

「だから言っているだろう! ドクターが私の尻尾をいじっているだけだ!」

「でも、サリアさんも受け入れてるじゃないですか」

「どう聞けばそうなるんだ!? ドクターがなかなか仕事をしないから、自分の分が終わったら私の仕事が終わるまで尻尾を好きにしていい、と言ってしまって引き下がれなくなっただけなんだ!」

「つまり誘ったわけですか」

「ちがう!」

 

 叫んだせいで喉が渇いたのか、サリアがまたしてもラッパ飲みを敢行する。部屋に転がる空き瓶がまた1つ増えたのだった。

 

 一定の距離を保ちつつ、サリアとアーミヤは対峙する。酒のせいか顔どころか手まで赤く、目も焦点があっていない。明らかに尋常な状態ではなかった。

 

 緊迫した空気の中、アーミヤが三度スイッチを入れた。

 

『ドクター、電気を消してくれないか……』

『何故だ?』

『わ、私にだって羞恥心はある。さすがにこう明るくては、その、だな……』

『……いいや、駄目だ。俺はしっかり見たいんだ』

『ドクター……』

『恥ずかしいのは分かる。でも、俺はずっとこの時を待っていたんだ』

『そ、そうまで言うのなら……。ああ、私も覚悟を決めよう。来てくれ、ドクター——』

 

「……初夜にしか聞こえないんですが」

「尻尾の付け根を見せていただけだあああぁぁぁ!!!!」

 

        ***

 

 翌朝のこと。

 

「よし、それじゃ今日も張り切って周回を……ってサリア? アーミヤ? 酷い顔色だが、体調は大丈夫か?」

「……いえ、ドクター。お気になさらず」

「……ああ、お前が心配するのが一番厄介だ」

「まあ、お前たちがそう言うなら深くは聞かないが……いや待て。サリア、顔が真っ赤だぞ。熱があるんじゃないか?」

「い、いや、これはそういうわけじゃ……」

「戦場で倒れるわけにはいかないだろうが。いいからおでこを出せ」

「お、お前がそういうことをするから話がこじれるんだぁ!」

「いや待て話が見えなぶふぉあ!」

 

 

 そんなこんなで、ロドスは今日も案外平和である。




 ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
 アーミヤを昇進させたところ、その姿のおどろおどろしさに自分が描いてきたアーミヤは間違っていなかったのだと確信を得ました。たぶんこれからもうちのロドスの良心と狂心を一身に宿したオペレーターとして活躍してくれると思います。

 それでは、そろそろ次回を表すネタも尽きてきましたが、次回もお楽しみに!


同日追記:アホのような誤字を自分で見つけました。たぶん色々やらかしてるので、見かけた際は報告していただけるとありがたいです。


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第10話—みっかいのおはなし

 夜に紛れ、集まる者たちがいた。
 善悪も、敵味方も、全ての境界線を暗闇に溶かし、交わるはずのない者が交わっていた。

 これは、ありえたかもしれない過去の話。
 もしくは、ありえるかもしれない未来の話。

 誰かが望んだ、希望の話——。


 戦闘において、数とは力である。

 

 例えば、こんな状況を考えてみて欲しい。

 無類の強さを誇る1人が、無数の一般人と戦っている。後者の攻撃はダメージを生まず、前者の攻撃は10人の敵を吹き飛ばす。

 この場合、勝つのはどちらだろうか?

 決まっている。無数の一般人だ。

 

 無をいくら足しても無だが、ただ時間が経つというだけで人は疲弊する。振るわれ続けた腕は力を失い、ほんの少しずつでも形勢は動く。

 

「おい、しっかりしろ!」

「ありえねえ、ありえねえ、こんなふざけた事があってたまるか!」

 

 もちろん、これは机上の空論だ。

 真に無数の敵など存在し得ないのだから、自分が疲弊する前に滅ぼしてしまえば良い。

 言うは易く行うは難いが、不可能ではない。

 ただ、不可能と断じてしまって問題無いほど困難なだけだ。

 

「衛生兵、衛生兵ー!」

「立て、立つんだ! おいどうした! 何があった!?」

 

 その不可能が、今為されていた。

 

 1人の男が歩いている。そこらを散歩するような軽い足取りで、敵の只中を歩いている。

 敵に触れる事すらなく、ただ手を向けるだけで無力化し、何事もなかったかのように歩を進める。

 一般兵も、重装兵も、狙撃手も、術師も、誰も彼もが一瞬で倒れ伏した。

 

「なんでだ……なんでなんだよ……」

 

 暗闇に溶け込む黒の衣装。手袋を嵌め、顔すら面で覆った怪人がいた。

 その者の名は——

 

「……ロドスのドクター自身に戦闘能力は無いはずだろ!?」

 

 ——Dr.黒井鹿という。

 

        ***

 

「ドクター、こんな時間にどちらへ?」

「寝る前に外の空気に触れたくてな。なに、すぐに戻る」

「気を付けてくださいよ。まだまだ物騒なんですから」

「分かってる。ああ、そうだ。帰りは裏口を使うから、この出入口は閉めてくれて構わない。たまには早く寝て休んだ方がいいぞ」

「ドクターに言われると説得力があるような無いような……」

 

 日が沈み、夜番以外の人員が眠りについた頃。Dr.黒井鹿はロドスを出た。

 と言っても、これ自体はさして珍しい事ではない。

 彼はしばしば散歩に出かけるのだ。仕事を放棄しているわけではないし、メンタルケアにも良いだろう、ということで特に問題視はされていない。精々アーミヤから

 

「独り歩きは危険ですから、誰か連れて行ってください。ほ、ほらわた——なんでそこでサリアさんなんですか? ねえドクター。何故そこでいつも一緒にいるサリアさんを選ぶんですか?」

 

 などと言われるくらいだ。なお、この時のアーミヤの状態について、詳しく語る事は出来ない。

 ……語り手だって死にたくないのだ。

 

 こういった理由で容認されているDr.黒井鹿の散歩なのだが、この日は様子が違った。

 静穏性が売りのバイク〝覆面ライダーΛ3〟(ペンギン急便裏カタログ、商品番号5050)に乗り、基地を後にしたのだ。

 彼が向かった先は、レユニオンの部隊が潜んでいると目されている廃墟だった……。

 

        ***

 

 かくして、冒頭に至る。

 

「ドクター……貴様、仲間に何をした!?」

「ふふ、少し天国を見せて上げただけだ。焦らなくていい。ほら、君にも見せてやろう……」

「ま、待て、な、何をす——ぐぁぁ!」

 

 また1人、Dr.黒井鹿の前に敵が倒れ伏す。

 天国の言葉に偽りは無いようで、地に伏せる男たちは一様に良い笑顔を浮かべている。

 それがより一層、この状況の異質さを際立てていた。

 

「……お前たちは下がっていろ。これ以上の犠牲を出す訳にはいかぬ」

「さ、サルカズの剣兄貴!」

 

 Dr.黒井鹿を脅威と判じたのか、遂にサルカズ大剣士までもが集まって来た。身の丈に迫るほどの大剣を担ぎ、ゆっくりと歩を進める。

 それを見てなお、Dr.黒井鹿の態度は変わらない。

 

「何を思ってこんなところまで来たのかは知らぬが、またとない絶好の機会だ。その首、土産に置いて行けぃ!」

「お前なら……こうか」

「……なん、だと?」

 

 大きく振られた大剣は、Dr.黒井鹿の眼前で止まっていた。完全に間合いに捕らえ、必中の一撃を放ったにも拘らず、当の本人が剣を止めてしまったのだ。

 

 そして、彼も他の者と同じように崩れ落ちる。

 

「サルカズ剣兄貴ー!」

「もうお終いだ……ドクター自身がこんな能力を持ってたなんて……」

 

 恐らく、サルカズ大剣士がこの部隊最大の戦力だったのだろう。その彼もが不可解な手段で倒され、部隊に動揺が走る。

 

 だが、その不可解さから答えに辿り着くものがいた。

 

「……なあ、なんで全員倒れ方が同じなんだ?」

 

 言われて見てみれば、レユニオンの戦闘員はみな身体を折って倒れている。しゃがみ込んだまま前に倒れたよう、と言うのが分かりやすいだろうか。

 まあ、その、もっとぶっちゃけた言い方をすれば——

 

「……お前ら、なんで腹側を見せねえんだよ」

 

 ——股間のあたりを隠すため、腰を引き続けた結果として倒れたよーな姿勢なのだ。

 

「これだけやれば、さすがに気付くか」

 

 見てはいけない。

 そう思いつつも、その場にいた全員がDr.黒井鹿に目を向けた。向けてしまった。

 そして、見てしまったのだ。

 

「さあ、レユニオン。この世の天国を見る時だ」

 

 飲み会で(規律とか服装とか色々な意味で)乱れに乱れたオペレーターたちの姿を。

 

「「「ふぉぉぉ!!?」」」

 

 身体に満ちていた力が一点に集中したかのように崩れ落ちる男たち。その顔はどこまでも晴れやかであった。

 

「く、くそ……。なんて破壊力だ……」

「スカイフレアのやつ、普段のあれでまだ抑えていた、だと……」

「飲みのときでも腕甲外さないあたりいいぞエフイーター……」

「クリフハート、その緊縛術はいったい……」

 

 誰もが見悶える中、なんとかDr.黒井鹿へと視線を向ける男がいた。以前の集会(第6話参照)で進行役を務めていた男だ。彼も彼とて「酒を飲もうとしたところをサイレンスに叱られてむくれるイフリータ」を見せられて撃沈していたのだが、持ち前の精神力で復帰したようだ。

 

「ドクター、貴様の狙いは何だ? 我々の弱点を探りに来たのなら、もう目的は達せられたはずだ。我々が立ち直る前に去ることだな。あ、ただし写真は置いて行ってくれお願いします」

 

 未だダメージが抜けきらない進行役の言葉に、Dr.黒井鹿はこっそり笑みを深めた。

 ああ、こいつらならば大丈夫だ、と。

 

 地に伏す彼らと視線を近付けるように、Dr.黒井鹿はどっかりと腰を下ろした。

 

「今日、俺はお前たちと話をしに来たんだ」

「話、だと……? 対話が成り立つようなぬるい関係は、とうの昔に終わっている。今更何を——」

「まあ、まずは聞け」

「ふん、聞く耳持た——」

 

 そして、静かに問うた。

 

「お前ら……可愛いもの、格好良いものは好きか?」

「「「詳しく聞かせろ」」」

 

        ***

 

「俺は指揮官だ。戦場には立つが、一場面に捕らわれることは無い。あってはならない。誰よりも広く、誰よりも深く戦況を見るのが、俺の役目だ」

 

 廃ビルに、静かな声が木霊する。

 

「ある日のことだ。いつもの様に指揮を執っていると、何とも言えない違和感を覚えた。その時は何故なのか分からなかったんだが……2日、3日と重ねるごとに気付いたんだよ。俺はこの目を知っている、と」

 

 声を張り上げているわけではない。広々とした空間を考慮するならば、その声量はかなり小さいほどだ。

 

「次に考えたのは、どこで見た目なのか、だ。これはすぐ気付いたよ。なにせ、四六時中見ていたのだから。気付かない方がおかしいくらいだ」

 

 それにも関わらず、その声はしっかりと通っている。

 何故なら、その声以外のあらゆる音がしないのだ。

 

「あれは俺の目だ。俺と同じ目だ。そこが分かったのなら、その先だって分かるだろう?」

 

 気を抜けば聞き漏らしてしまいそうなその声を、しかしその場にいる全員がしっかりと聞いていた。その耳で、その心で、1人の男の言葉を聞いていた。

 

「……お前たち、うちのオペレーターの武器じゃなく耳とか尻尾とか角とか、その辺ばっかり見てただろ」

「「「そうだよちくしょう文句あんのかゴラ!」」」

 

 今まで黙っていた分だと言わんばかりに、間欠泉の如く叫びが吹き上がった。

 

「ああそーだよ見てたよ見てましたとも! しょーがないだろ? こちとらムサ苦しい男所帯なんだよ! たまの目の保養くらいいいじゃんかよ!」

「そうだそうだ! そんなところに美少女&美女揃いの部隊当ててくるとか当てつけかこんちくしょうが! この外道! 人でなし! いいぞもっとやれ!」

「俺はそんなところ見てないぞ! 俺が見てたのはエクシアちゃんの光輪だけだ!」

「同じだバカが」

「つーかドクターてめえズルイぞ! 俺だってオペレーターを愛でたい! ショウの尻尾に埋もれて寝たい!」

「寝心地を言うならプロヴァンスだろ! あの尻尾で眠れるのなら鉱石病が悪化しても構わない!」

「いやいやいや、そこはプラマニクスだよ! あの太い尻尾とたっぷりの髪、そしてホワホワした耳! あの人の隣なら永眠できる自信がある!」

「……起きた時の『おはようございます。私の尻尾、寝心地はどうでした?』を聞かなくていいのか?」

「「「お前天才かよ」」」

 

 そんなアホな会話が咲き乱れる中、Dr.黒井鹿は進行役とサルカズ大剣士に挟まれるという窮地に立たされていた。

 辺りの和気藹々とした空気とは隔絶された、3人だけの空間。そこはぴんと張った糸のような緊張感に満ちていた。

 

「……ホシグマが可愛い。これは確かな事実だ」

「イフリータこそ至高。異論は認める」

「よーしお前らそこに正座しろ。サリアの素晴らしさについて、日が昇るまで語ってやる!」

 

 もっとも、その緊張感は当事者のみのもので、傍から見る分には他とまったく同じなのだが。

 

「それで、ドクター。そろそろ本題に入ったらどうだ?」

 

 空気が、今度こそはっきりと変わった。

 返答次第では弁解の隙すら与えず斬り捨てる。その思いが形を取って見えるようだ。

 

「……俺はな、これをやりたいんだ」

 

 明確な殺意を向けられても、Dr.黒井鹿の態度は変わらない。

 これまで通りの静かな口調で、ぽつぽつと喋るだけだ。

 

「敵だの何だの抜きで、皆で馬鹿やって騒ぐ。感染経路すら定かでない鉱石病なんてもので差別されることなく、区別されることすらなく、普通に笑って過ごしたい。……俺が望むことなんて、精々そのくらいだ」

「……そんな世迷言を抜かすために、わざわざ敵地に来たのか」

「ああ、その通りだ」

「底抜けの馬鹿か、貴様は」

 

 そう吐き捨てる進行役の口元は、何かを堪えるかのように震えていた。

 それに気付いているのかいないのか、Dr.黒井鹿の言葉は続く。

 

「何かを壊すのではなく、創るのでもなく、ただ少し考え方を変えるだけで、俺たちは協力できるはずなんだ」

「……ふざけているのか、ロドスのドクター?」

「ふざけてるのはそちらだろう、レユニオン」

「貴様——ッ!」

「なあ、レユニオン。お前たちの願いは何だ?」

 

 瞬時に剣を向けられ、矢を向けられ、それでも微塵も揺るがない。

 Dr.黒井鹿のぞっとするほどの冷静さに当てられ、レユニオンの面々は半ば判断力を失っていた。

 

「なあ、何なんだ?」

「と、当面は龍門の攻略を——」

「それは作戦目標だ。願いじゃない」

 

「各地の感染者に奮起の呼びかけを——」

「だから、それはただの行動指針だろうが。俺は願いを聞いてるんだ」

 

「非感染者に相応の報いを……」

「本当にそうか? 本当に、それがお前たちの願いなのか?」

 

 数で勝り、力で勝り、技で勝っている圧倒的多数が、たった1人の弱者にやり込められている。

 ただ揺るがないというだけの人物を動かそうと躍起になり、逆に自分が動かされているのだ。

 

「なあ、本当に、それがお前たちの願いなのか?」

 

 その問いに答える声は無い。

 

「……言ってみろ。ここには俺たちしかいない。ロドスのオペレーターも、レユニオンの幹部も、お前たちを差別してきた一般市民もいない」

 

 その呼びかけに応える声も無い。

 

「地面に掘った穴に叫ぶようなものだと思って、言ってみろ」

 

 何度目かの声が響く。

 

 虫の声すらしない静寂が生まれ——

 

「——たい」

「……何だ?」

 

「……もう1度、普通に暮らしたい!」

 

 ——破られた。

 

 1度決壊してしまえば、それはもう直らない。

 次から次へと言葉が溢れ、廃墟を満たしていく。

 普通に、平和に、幸せに——ただそれだけを願う声が、宙に消えていく。

 

 その声には、応える声があった。

 

「ああ、よく言った。なら、俺はそれに全力で協力しよう。ロドスの総力を上げて、な」

 

 Dr.黒井鹿の提案した方法はいたってシンプルだ。

 

 ロドスとレユニオンはこれまで変わらず戦闘を行う。レユニオンが民間人を襲い、ロドスがそれを抑える。この時、ロドスはその民間人の説得を行い、少しでも感染者への認識を改めさせるようにする。

 要は感染者と非感染者の人間的な差異は無いこと。それを分からせればいい——とはDr.黒井鹿の弁だ。

 

 当然、様々な反応があった。

 好感を示す者。今一つ実感の湧かない者。明確に否定する者。

 最も多かった意見は「それが上手く行ったとして、元レユニオンの生きる場所はあるのか?」だ。

 これに関して、Dr.黒井鹿は一言で斬り捨てた。

 

「お前らの仮面は何のためにあるんだ?」

 

 これは草の根的な活動だ。どれだけ早く実を結ぶとしても、十年は先になるだろう。

 それでも、2つの組織が協力し、裏で手を結んで歩むことが出来るなら……不可能な話ではない。

 

 話が終わり、最初に口を開いたのは進行役の男だった。

 

「……この話に乗ったとして、我々が得られる短期的なメリットは?」

「まず死傷率の低下だ。こちらの指揮する部隊や戦術を調整すれば、不自然でなく均衡を作り出せる。そうすれば、お互いに痛い目を見なくて済む、という寸法だ」

「……弱いな。日々の戦闘による損害のみを考えるなら、今ここでお前を殺すのが最も確実で手っ取り早い」

「そう来るだろうと思ったから用意はしてある。……見ろ」

 

 言いつつDr.黒井鹿はコートの前を開き、内側を周囲の男たちに見せた。酷い言い方をしてしまえば、露出狂のポーズだ。

 そこに在った物とは——

 

「俺と手を結べば、こういった写真が手に入るぞ」

「「「よし乗った!」」」

 

 ——オペレーターたちの写真だった。

 ……露出狂のポーズで何一つ間違っていなかったよーな気がするが、深く考えてはいけない。

 

「クロワッサンって普段はこういう風に笑うのか。戦場での笑顔は見た瞬間には遥か彼方までぶっ飛ばされてるからなぁ……」

「シージって甘い物好きなのか。……菓子作りの勉強、してみるか」

「ニアールの寝顔カワイイ……あ、やばい昇天しそう」

「シルバーアッシュの兄貴、いつ見てもイイ身体してんな……」

「……半分寝てるサイレンスって、阿呆の子っぽく見えていいな」

 

 途中で1人ちょっと毛色の違う輩がいたかもしれないが、そこは多様性ということでどうか一つ。

 

「まあ、対価としてWやタルラの写真をいただくがな。オペレーターたちの日常風景ってのは新鮮だろう?」

「ああ、この注射から目を逸らすイフリータ……ドクター、焼き増しは幾らだ?」

「1枚100龍門弊、またはそれに相当する素材、もしくは写真同士で交換。これでどうだ?」

「いいだろう。交渉成立だ」

 

 交渉役がイフリータの写真を懐に収め、代わりにクラウンスレイヤーの写真を取り出した。そこに写る彼女はのんびり武器の手入れをしており、戦場での冷たさが幾分和らいでいる。

 それを今度はDr.黒井鹿がポケットにしまい、2人は固く握手を交わした。

 

「……正直なところ、俺は未だにこの作戦が上手く行くとは思えん。我々のような斥候部隊1つと手を組んだところで、組織同士の融和にまで繋がるとは考えられないのだ」

「ああ、それでもいいさ。焦る話じゃない。ゆっくりと、少しづつ変えていけばいいのさ」

「ああ、そうだな……。結果を急ぐあまり、こんな基本的なことすら見落とすとはな……」

 

 交渉役が自嘲気味な笑みを浮かべた。だが、それはすぐに掻き消えた。

 

「さあ、ドクター! 同盟結成の祝いだ。今宵は語り明かそうではないか!」

「おうとも。サリアの良さをたっぷり分からせてやる」

「……貴様とはしっかり語り合う必要がありそうだな。よし、酒を出せ! 飲むぞ!」

「あ、帰りバイクだから、俺は飲めないぞ」

「…………貴様、変なところで律儀だな」

 

        ***

 

 同日同時刻、ロドスにて。

 

「こそこそ出かけて行ったと思ったら、こういうことですか。まったく、無茶が過ぎますね」

「……無断で出て行ったドクター、その身体に盗聴器を仕込んでいるアーミヤ。私はどちらを責めるべきなんだ?」

「ドクターには護衛のドローンを付けてあるので大丈夫ですよ。あの部隊程度なら、今すぐにでも制圧できます」

 

 出所は当然のようにペンギン急便裏カタログである。

 

「……まあ、犠牲を最小限にして問題を解決できるのなら、これはこれで1つの手なのかもしれないな」

「独断専行が過ぎますけどね。色々な意味で」

「その通りだ。いつか説教をしなければな」

「……それにしても…………」

「どうしたんだ?」

「……飲み会になってからというもの、サリアさんとホシグマさんとイフリータさんのことしか聞こえてこないんですけど」

「……この男、一度じっくり話し合う必要がありそうだな。場合によってはイフリータの視界に入るまえに始末を——」

「サリアさーん? その前にこっちの話をしましょうか~?」

「いや待てアーミヤ。この間もそれで二日酔いになっただろう? だから翌日周回がある日は飲まない方がいいんじゃないかと——」

「うるさいですね。それ以上言うと、口移しで飲ませますよ」

「既に酔っていないか!? ちょ、ち、近寄るなあああぁぁぁあむっ!?」

 

 

 翌日、サリアとアーミヤ、Dr.黒井鹿までもが揃って寝坊したのは言うまでもない。

 

 

 そんなこんなで、ロドスは今日も案外平和である。

 




 ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
 ノリに乗った結果、あやうくバイトに遅刻しかけました。2話分くらい文字数あるのは気のせいです。きっと、たぶん。

 それでは、(今度こそはたぶん本当に)十五時間後もお楽しみに!


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第11話—おさわりのおはなし

 触る、触り。この言葉に不埒な響きを感じる人はほぼいないだろう。

 だが、おさわり。こう言うと途端にピンク色が漂い始めるのは何故だろうか?

 それを探るべく、我々は思考の海に沈んだのだった……。




 人とは探求心の塊である。

 

 野を駆け、山を越え、海さえ渡り、未知を既知に変えていく。

 その速度は、文明の発展と共に加速してきた。

 

 当然と言えば当然だ。

 生きるだけで精一杯では、探求よりも生存を優先せざるを得ない。

 逆に言えば、余裕が生まれてしまうと、人は探求心に抗えない。

 

「サリア、これは純粋な探求、調査の類だ。何も心配は要らない」

「勘違いするな、ドクター。私は心配などしていない」

 

 その探求心をもってして、人は今日の繁栄を築き上げた。

 野山を切り開き、村を作り、街に発展させ、都市を成してきた。

 探求心こそ人という種の強みだと言っても、過言ではないだろう。

 

 まだ見ぬ景色を、まだ聞かぬ音を、まだ知らぬ感触を求めて、人は今日も突き進む。

 

「頼む! その角を触らせてくれ! 先っぽだけでいいから!」

「それは先っぽで終わらせない輩の台詞だ!」

 

 なお、その進む道が正しいかどうかは問わないものとする。

 

        ***

 

 いつものように、Dr.黒井鹿とサリアが執務室で仕事をしている時のことだった。

 

「よし、仕事終わり! サリア、そっちはどうだ? まだかかりそうなら手伝うぞ」

「いや、こちらももうすぐ終わる。少し待っていてくれ」

「分かった。では……サリア?」

「どうした、ドクター。この世の終わりのような声だぞ」

「お前………………尻尾はどうしたんだ?」

 

 これまたいつものようにDr.黒井鹿が日々の癒し(サリアの尻尾)を堪能しようとした時、激震が走った。

 普段なら地面に触れないように椅子に巻き付けられているサリアの尻尾が、今日は影も形も見当たらない。そもそも服から覗いてすらいないのだ。

 

「ま、まさかお前……切ったんじゃないだろうな!?」

「トカゲの尻尾じゃあるまいし、切るはずがないだろう。脱皮直後で敏感になっているから、保護しているだけだ」

 

 言われてよく見てみれば、なるほど服の内側に仕舞っているようだ。微妙に居心地が悪いのか、時おりもぞもぞと動かしている。

 それを見て、Dr.黒井鹿の目が光った。仮面の奥でのことなので、気付きようは無いが。

 

「……いま敏感と言ったか?」

「ああ。なので先に宣言しておこう。ドクター、今日私の尻尾に触れた場合、この先二度と私に触れることは許さないからな」

「ぐっ……」

 

 そろそろと伸ばされていた手が止まる。いくら理性をほぼ失ったDr.黒井鹿とはいえ、一時の興味のためにこの先全てを捨てるほど愚かではない。

 ただ両手を床につき、声を限りに泣き叫ぶだけだ。

 

「サリア、嘘だろう……? 嘘だと言ってくれ!」

「嘘でも冗談でもない。1日くらい構わないだろう?」

「サリアの尻尾に触れないなら、俺は何のために仕事をしてきたんだ。何のために戦ってきたんだよ!?」

「ロドスのためだ。それだけ叫ぶ体力があるのなら問題無い。メンタルケアの必要も無さそうだな」

「うぅ、こんな非道が許されるのか……」

 

 力の抜けたDr.黒井鹿は五体投地の体勢となり、しくしくと泣いている。器用なことに、仮面にも涙のエフェクトが付いていた。どういった機構なのやら。

 

「サリアの尻尾無しで、俺はどうやって理性を保てばいいんだ……?」

「いや待てドクター。そもそも他人の尻尾に執着している時点で理性が失われているぞ」

「いや、そんなことは無い。ほら、これまでの俺の行動はかなり抑制されたものだっただろう?」

「貴様あれで抑えていたと言うのか!?」

 

 サリアが信じられないモノを見る目を向けると、Dr.黒井鹿はきょとんとした表情を浮かべた。まあ、仮面のせいで見えないのだが。

 

「人の尻尾を弄び、堪能し、あまつさえ舐めもして、それでも理性で抑えていた、と?」

「その質問に答える前に、1つ訂正だ。俺はただサリアの尻尾を舐めていたわけじゃない」

「ほう、ではどうしていたんだ?」

「味わっていたんだ」

「なお悪い!」

 

 そもそも他人の尻尾を舐めている時点で、良いも悪いも無いどん底である。そこに気付かないところを見ると、サリアは順調にDr.黒井鹿の思想に染まりつつあるようだ。

 

「俺だって本当はサリアの尻尾を×××××(ピーーーー)して、×××××(ピーーーー)×××××(ピーーーー)×××××(ピーーーー)することによって×××××(ピーーーー)を増幅させ、そこで満を持して×××××(ピーーーー)したいのに、それを必死で堪えていたんだぞ? かなり抑えたと自分で自分を褒めたいほどだ」

「お、お前はそんなことを、それほど子細に考えていたのか……」

「子細に? いや、こんなものではない。今のは概要だ。詳しく語るのなら×××××(自主規制)の話から始める必要がある。これは×××××(放送禁止)×××××(校閲削除)することによって生じるもので、×××××(倫理コード抵触)を高める作用がある。つまり、これを用いれば×××××(R18)×××××(閲覧禁止)し、最終的には×××××(見せられないよ!)することがふぐぁ!」

 

 突如立ち上がり、熱く語り始めたDr.黒井鹿の身体が宙を舞う。腹にめり込まされたサリアの拳に一切の容赦は無く、対象を壁まで吹き飛ばした。

 

「はぁ、はぁ……はっ、す、すまないドクター! あまりに気味が悪かったので、加減が利かなかったんだ!」

「ふ、ふふ、さすがうちの重装オペレーター随一の攻撃力……さすがだ……」

「ドクター……? ドクター! しっかりしろ! 戻って来い!」

「……………………」

 

 仮面と厚着のせいで、Dr.黒井鹿の状態は分からない。

 だが、オリジムシ程度なら一撃で潰すサリアの拳だ。非戦闘員が受けて無事で済むはずがない。

 

「ドクター、起きてくれ……。私の尻尾なんかで良ければ、いくらでも触らせてやるか——」

「よっしゃ言質取ったぞ!」

 

 そのはずなのだが、Dr.黒井鹿はピンピンしていた。多少のダメージは通っているかもしれないが、行動不能になるほどではない。

 

「ドクター……?」

「さあ触らせてくれ今触らせてくれさあさあさあ!」

 

 まあ、種を明かしてしまえば簡単だ。

 Dr.黒井鹿は殴られる瞬間に自ら後ろに跳んだのだ。壁に叩きつけられる時に受け身を取れば、怪我があっても打ち身程度のものだ。

 

「い、いやドクター、でも今の私の尻尾はだな……」

「尻尾が駄目なら角を触らせてくれ! いつか触りたいと思っていたんだ!」

「ち、近い近い! とりあえず離れろ!」

 

 距離を取り、改めて話を再開する2人。サリアは若干引き気味で、Dr.黒井鹿が前のめりになっているため、わりと丁度良い距離間である。

 

「サリア、良く聞いてくれ。俺はただの下心でこんなことを言っているわけじゃない」

「……また出来心だとでも言う気か?」

 

 少し落ち着きを取り戻したのか、Dr.黒井鹿の言葉に知性が戻りつつある。一応、会話が成り立つ程度に回復したようだ。

 

「サリア、これは純粋な探求、調査の類だ。何も心配は要らない」

「勘違いするな、ドクター。私は心配などしていない」

 

 ただ警戒しているだけだ。そうサリアは呟いた。

 

「頼む! その角を触らせてくれ! 先っぽだけでいいから!」

「それは先っぽで終わらせない輩の台詞だ!」

「いいじゃないか、減るものじゃあるまいし!」

「お前に触らせると人として大事な物が擦り減るような気がするんだ!」

 

 ぎゃーぎゃーと言い合い、揉み合うこと十数分。

 Dr.黒井鹿の熱意と謎理論のみで構成された説得は、サリアの理性を擦り減らしていった。あれよあれよと言いくるめられ、気付いた時には——

 

「なるほど、先っぽの色が違うところは暖かいのか……。骨の様に硬いのに体温があるとは、不思議な構造だな」

「ド、クター! あまり先っぽばかり……ちょっ、止め、~~~~ッ!」

 

 ——こんなことになっていた。

 

 椅子に座ったサリアの角を、後ろに回ったDr.黒井鹿が撫でまわしている。

 最初は軽く触れ、次第に力を加えていく。それでも痛みを与えるような真似はせず、じっくりたっぷりと堪能していた。

 

「尻尾のしなやかさも素晴らしいが、この角の感触も捨てがたいな……。先っぽ以外も内側の熱がじんわり感じられて、いつまででも触っていられる……。ああ、これで明日も頑張れそうだ」

「…………そう、か。それは……何よりだ」

 

 大ハッスルしたDr.黒井鹿がサリアの角から手を離したのは、実に1時間が経過してからだった。

 1時間もの間、Dr.黒井鹿はサリアの角を生え際から先っぽまで余すことなく調べ尽くし、触りつくした。おさわり以降の行為をどこまで行ったかは……語らないでおこう。あなたが許せる範囲の三歩ほど先が、Dr.黒井鹿が至った場所だ。

 

「ふ、ふふ……もう何も恐れるものなどない。この辱めと比べれば、もう何も怖くない……」

「あー、サリア? すまん、夢中になって少しやり過ぎたみたいだ」

「……これを少しと呼べるのであれば、お前の尺度は大幅に狂っている」

「……すまん、かなりやり過ぎたらしい」

 

 その後、Dr.黒井鹿はサリアに龍門の人気店でスイーツバイキングを奢ることになり、1日の貿易利益のほとんどを飛ばすことになった。

 彼は語る。サリアの角を触るためなら、この程度安い物だ——と。

 

        ***

 

『は~い、みなさんこんにちは~! みんなのアイドル、ソラのラジオのお時間です! 今日のコーナーは~……じゃじゃん! 「あなたの想いに答えます」! みなさんから寄せられた恋愛関係の質問に、私が答える定番のやつですね。毎度思うんですけど、恋愛禁止のアイドルが恋愛相談に答えるのってどうなんでしょう?』

『まあ、そんなことはどうでもいいですね! それでは、さっそく最初のお便り! ペンネーム〝白盾竜〟さんからのお便りです!』

『「こういったものは初めてなので、無礼があったらすまない。これは友人の話なのだが、その友人には少し——本当に少しだぞ?——気になる相手がいる。だが、その想い人がかなりの変人で、尻尾や角を愛でてばかりいるらしい。具体的には尻尾を弄んだ挙句に舐めたり、角を1時間も障り続けたり、他にもあんな、あんな……(ここからしばらく文字が乱れていて読めない)。教えて欲しい。この相手と付き合っていくには、どうしたらいいのだろうか?」』

『初手からすごいのが来ましたね。え~と、取れる手は2つですね。1つ目は相手の行動を変える。ある程度の常識や分別がある人なら、少し言えば聞き入れてくれると思いますよ。言っても聞いてくれない場合は手遅れだと思います』

『2つ目は相手の行動を受け入れる。まあ、簡単と言えなくもないですが、相手の行動がエスカレートする可能性があります。どこまでなら許容できるのか、それ次第ですね』

『と、こんなところでどうでしょう? たしかにドク——じゃなかった、お相手の方はなかなかの難敵のようですが、諦めずに頑張ればきっと道は開けますよ。ファイトです! それでは、これでサリ——でもなかった、ペンネーム〝白盾竜〟さんのお便りを終わります!』

『え~と、次のお便りは……〝兎耳少女の生きる道〟さん? ちょっとアブナイ香りがするのでスルーさせていただけると……』

 

 

 そんなこんなで、ロドスは今日も案外平和である。

 




 ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
 このところアークナイツにハマりすぎて、なぜ自分の隣にサリアがいないのか真剣に悩んでいます。……はい、ちょっとヤバそうなのでハンバーガー食べてきますね。

 それでは、明日も奇行……じゃなかった投稿をお楽しみに!


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第12話―まのてのおはなし

 ロドスに満ちる不穏な気配。
 誰かがいるような、誰かに見られているような、そんな気配。

 オペレーターから挙げられた報告に対処するべく、今、Dr.黒井鹿とケルシーが捜査に乗り出す――!

 はいそこ、一番怪しい相手に頼んでどーするとか言わないよーに。


 気配を察知する。それは戦士に必須の技能だ。

 

 隠れ潜む敵を見つけ出し、敵の奇襲を回避する。

 一早く事態に対処するため、一瞬でも早く情報を手に入れることが重要なのだ。

 

 当然、ロドスのオペレーターたちもそういった技を修得している。

 ある程度の差はあれ、彼らは自分に向けられた悪意・害意に敏感だ。

 

 その感覚が、このところ違和感を発している。

 それがオペレーターの共通認識だった。

 

「ふと気付けば、後ろに誰かが立っている気がする」

「誰もいない廊下なのに、誰かに見られているように感じる」

「敵意は感じない。だが、それだけに気味が悪い」

 

 そんな声が次々と届いていた。

 そこで調査に乗り出したのが、Dr.黒井鹿とケルシーだ。

 

「どう見る、ケルシー?」

「……良くない傾向だな。皆、不安に駆られている」

 

 基地外ならばともかく、事はロドスの内部で起こっているのだ。

 基地の内部構造、作戦の立案、そういった全てが敵に筒抜けだとしたら?

 そうだとすれば、ぎりぎり均衡を保っているレユニオンとの抗争は、即座にロドスの敗北で決着がつくだろう。

 そんな緊張感が基地内に満ちるなか――

 

「ふーむ、盗聴器に感付かれたか? 動作音などほぼしないはずなんだが」

「未だ確信には至っていないようだ。そうなる前に何か打開策を考えなければ、私たちはまたアーミヤに叱られることになるぞ。どうする、Dr.黒井鹿?」

 

 ――Dr.黒井鹿とケルシーは、全く別の緊張感の只中にいた。

 

        ***

 

 ケルシーとDr.黒井鹿の交流の根は深い。

 2人がお互いの嗜好に気付いたのは、Dr.黒井鹿がロドスに戻って数日が経った頃だった。

 

「ケルシー、邪魔するぞ。頼まれていた報告書を……って、いないのか」

 

 戦闘中のオペレーターの様子を報告してくれ。Dr.黒井鹿は、ケルシーにそんなことを頼まれた。

 早く名前と顔を覚えられるように、早く各オペレーターの特徴を把握できるように。そんな思いから生まれた依頼だったのだろう。

 それをまとめて持ってきたところ、たまたまケルシーと行き違いになってしまったのだ。

 

 報告書を置いて帰ろうとしたDr.黒井鹿は、モニターの裏に隠されたファイルを見つけた。

 わざわざ隠してある物を見てはいけない、そう思いながらも、彼は好奇心に勝てなかった。

 

「なん、だと……!」

 

 そこで彼が目にしたのは、のびのびと生活するオペレーターたちの素顔だった。

 

 いつも冷たい印象のフロストリーフが、日向で微睡んでいた。

 大きな設備が珍しいからか、カーディが大はしゃぎで基地内を駆け回っていた。

 マニピュレータの操作を誤ったのか、半ば服を剥かれてメイヤーが慌てていた。

 格言の通り、蜜柑を剥きかけのまま、ヘイズが炬燵で丸まって寝ていた。

 腹を丸出しにして眠りこけるクリフハートに、プラマニクスがそっと毛布をかけていた。

 出入り口に角をぶつけたマトイマルが、目尻に涙を溜めてうずくまっていた。

 

 執務室に引きこもって仕事をし続けていたDr.黒井鹿の知らないオペレーターたちが、そこに溢れていた。

 いや、きっとこれこそが彼らの真の顔なのだ。Dr.黒井鹿が見たいと思いつつ、見に行く努力をせずにいた顔なのだ。

 自分でもよく分からない感情に突き動かされるままページをめくっていると、彼の背後から声がかけられた。

 

「見ぃたぁなぁぁぁ?」

「うぉぉ、悪霊退散!」

 

 咄嗟に印を切り、振り返りざまに正拳突きを繰り出す。非戦闘員のDr.黒井鹿としてはよくやった方だろう。

 まあもっとも、しばらく寝込んでいた身体なので、ロクな威力など出ないのだが。

 

 だが、今回はそれが裏目に出た。

 

「……む?」

「……あ」

 

 相手はDr.黒井鹿の想定より遠くにおり、腕を精一杯伸ばして触れられるくらいの距離だった。

 それに気付いたとしても、踏み込むことも腕を引くことも出来はしない。

 伸ばされ切って勢いを失った彼の右掌は――

 

「…………」

「…………」

 

 ――声の主、ケルシーの胸に押し付けられることとなった。

 

 時が止まり、あらゆる音が遠くなる。

 ケルシーの視線は自らの胸と、そこに触れた手に注がれている。

 Dr.黒井鹿の視線は……分からない。だが、動揺のあまりブレまくっていることは確かだ。

 

 互いに無言のまま数秒が経過し――ついにDr.黒井鹿が動いた。

 いや、彼とて自らの意思で動いたわけではない。何が起こっているのか分からない状況下で、ただ条件反射で動いてしまったのだ。加えて言うと、彼は周回を終えたところだったため、理性が4程度しか残っていない。

 これほど擁護しなければならない、彼の取った行動とは――

 

「……(フニフニ)」

 

 ――胸を揉む(男の悲しい性)であった。形・張り・艶を確かめるかのような、掌全体を使った丁寧な揉みだ。ラッキースケベのお手本として教科書に載せてもいいレベルの揉みであった。

 それに対するケルシーの返答は――

 

「……(ドゴッ!)」

 

 ――これまた教科書に載せたくなるような、見事な金的だった。

 

        ***

 

「うぅ、ここは……?」

「目が覚めたか、ドクター?」

 

 Dr.黒井鹿が目を覚ますと、そろそろ見慣れつつある医務室の天井が見えた。少しずつ大きくなっている染みが人の顔に見え、寝起きの心臓に悪い事この上ない。

 

「ああ、ケルシー。頼まれていた報告書を持ってきておいた。確認してくれ」

「もう済んだ。なかなか良くまとめてあるじゃないか」

 

 まだ寝たいと叫ぶ頭を無理やり動かし、Dr.黒井鹿は何が起こったのか思い出す。

 何かの夢のような展開だったが、右掌にほのかに残る幸せな感触と、股間に痛烈に残る激痛のおかげで現実だと分かる。しかしケルシー、仮にも医者が躊躇なく急所を狙いに来るのは如何なものだろうか。

 

 そして、その前の出来事も思い出した。

 

「……ケルシー、その写真集は何なんだ?」

「ああ、これか? これは私の趣味だ」

 

 写真集を手に取り、パラパラとめくる。様々なオペレーターの様々な表情が、現れては消えて行った。

 

「彼らが明日もここにいる保証はない。戦闘、鉱石病、契約期間の満了……理由は様々だが、誰が急にいなくなっても、何も不思議なことなどない」

「だから、そうして写真に残しているのか?」

「こちらの記念としても、あちらの記念としても、な」

 

 最後のページまで眺め終わったケルシーはファイルを置き、ポツリと呟いた。

 

「まあ、総じて私の趣味だ。深い意味なんてない」

「そうか……。なら、1つ聞いてもいいか」

「なんだ?」

 

 若干前かがみになりながら立ち上がったDr.黒井鹿は、改めてファイルを見る。そこに収められたオペレーターたちは本当に自然体で……自分が写真に撮られていることに気付いていないように見える。

 そして、もう1つ不自然な点がある。

 

「どうしてどれもこれも盗撮のようなアングルなんだ?」

「もちろん、それが盗撮だからだ」

「胸を張って言うことか!」

 

 何を恥じる事がある? と言わんばかりの堂々たる態度だが、そんなもので騙されるDr.黒井鹿ではない。彼も得意とする手なので慣れているのだ。

 

「盗撮程度で君にどうこう言われる筋合いはない。この猥褻犯」

「俺がいったいいつそんなことをしたと!?」

「ついさっき私の胸を揉んだじゃないか」

「あ、あれは精々触った程度で――」

「……私の胸は揉むほどの量がないという気かね?」

「――揉みしだかせていただきました誠にありがとぅぐぁ!」

 

 ケルシーから吹き上がる殺気に慌てて訂正すれば、今度は鳩尾を衝撃が襲う。どうするのが正解だったというのだろうか。

 

「さて、気付いてしまったからには仕方がない。君も共犯者になってもらおうか」

「な、にを……。俺は、盗撮なんて決して……」

「ふっ、口ではどうとでも言えるが、身体は正直だな」

 

 そう言って笑うケルシーが見ているのは、Dr.黒井鹿の股間だ。今なお痛むのか、少し引き気味になっている。

 

「な、何のことだ? そういう台詞は身体に聞いた後に吐くものだろう?」

「直に蹴り上げた私が気付かないわけがないだろう?」

「気付くも何も、やましい事なんて何一つ――」

「……君の息子の状態くらい、すぐに分かるさ」

「――無いとはっきり言えないような気がしなくもないのでそれ以上言わないでくれ!」

 

 Dr.黒井鹿が抵抗するも、そんなものに意味は無い。相手はケルシーなのだ。記憶を失ったDr.黒井鹿が勝てる相手ではない。

 

「う、うぅ……。弄ばれた……。もうお嫁にいけない……」

「その時はアーミヤが貰ってくれるさ。ほらドクター、さっさと起きたまえ。カメラの設置場所を考えるぞ」

「くっ、俺の身体を自由に出来るからと言って、心まで好きに出来ると思うなよ……」

 

        ***

 

 などと言っていたDr.黒井鹿も、今ではこのざまだ。

 

「観葉植物の鉢はいいアイデアだったが、いかんせん数を増やし過ぎたな。それに育ち過ぎた」

「君が熱心に世話をするからだ。枝が茂り過ぎて写真に写り込んでいたぞ」

「だが、その枝を使って高所からの撮影が出来ただろう? 充分な見返りはあったさ」

 

 秘密のファイルは急速に数を増やし、早くも二桁に突入している。様々な場所の録音も含めれば、凄まじいデータ量になるだろう。

 だが、その勢い故に気取られることとなったのだ。

 

「ああ、そうだ。食堂から机の配置換えを行う、との連絡が入っていたぞ。またカメラを配置し直す必要があるな」

「くっ、せっかく最適な場所を割り出したばかりだというのに……。ケルシー、この間設置した訓練室の盗聴器、どうなっている?」

「やはり駄目だな。晒される衝撃が激しすぎるのか、すぐに壊れてしまう。かと言って壁の中では音が拾えない」

「うーむ、サンドバッグの中も駄目か。……そうだ! ウォーターサーバーに仕掛ければいいんじゃないか?」

「それだ、Dr.黒井鹿! 明日、早速取り付けよう」

 

 各所のデータを整理しつつ、2人は会話を続ける。長年の戦友のような、テンポの良い会話だ。

 

「……Dr.黒井鹿、そろそろロドスには馴染めたか?」

「お陰様でな。オペレーターたちも遠慮なくどついてくるようになった」

 

 それは馴染んだという一言で済ませていいものなのか。微妙なところだったため、ケルシーは無視することにした。

 

「……忘れているかもしれないから、今一度言っておこう。Dr.黒井鹿、彼らは明日も君の隣にいるとは限らない」

「……ああ、分かってる」

「一人欠け、二人欠け……そうやって、少しずつ減って行くかもしれない。そして、君はそれを嘆ける立場にいない」

「……俺は、指揮官だからな」

「そうだ。周りの誰もが悲嘆に暮れていても、君だけは前を見なければいけない。どれだけ悲しかろうと、どれだけ辛かろうと、それを表に出す権利は、君には無い」

「……構わない。それが、俺の選んだ生き方だ」

「……そうか」

 

 きっと彼は、本当にそうするだろう。誰が倒れようと振り返ることなく、前に進み続けるだろう。

 だが、それは誰よりも前に立ち、誰よりも多くの傷を負うということだ。

 たとえ身体は無傷でも、心に癒えない傷を負うということだ。

 

「……だからな、Dr.黒井鹿。そうなったら、私にだけは弱みを見せていいんだぞ」

「……いいのか?」

「メンタルケアも医者の仕事さ」

 

 ケルシーの言葉に、Dr.黒井鹿はしばらく返事をしなかった。

 数分後、彼はようやく口を開いた。

 

「……まあ、しばらくは必要ないだろうな。なにせ、この写真を見てればメンタルケアは充分だ」

「ふっ、それで済むうちは安泰だな。さあ、仕分けるべきデータはまだまだあるぞ」

「よし、気合い入れてくか!」

「あ、では私もお手伝いしますね」

「ああ、頼む。それじゃアーミヤはこの写真、を……」

「……Dr.黒井鹿? 今、誰の名前を呼んだ?」

 

 なんとか切り替わった空気が、今度は凍り付いた。

 

 油の切れた機械川獺のような動きで首を回すと、2人の視線の先で笑顔を浮かべるアーミヤがいた。普段通りの服装で、普段通りのニコニコとした笑顔だ。

 ただ一点、額に血管マークが浮き出ている以外は。

 

「ケルシー、データを持って逃げさせろ! ここはお前が引き受ける!」

「Dr.黒井鹿! それは色々と逆だろう!?」

「2人とも。そもそも1人でも逃げられると思ってるんですか?」

 

 加減されたアーミヤのアーツがDr.黒井鹿とケルシーの背中にぶち当たり、その意識を刈り取った。倒れた2人をベッドに横たえ、アーミヤは1人静かに溜め息を吐くのだった。

 

 

 そんなこんなで、ロドスは今日も案外平和である。

 

 

 

 なお、写真等のデータはDr.黒井鹿の端末にバックアップが取られていたため、全て無事だったそうな。

 




 ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
 先日引き当てたエクシアが早くも昇進2段階になり、またしてもグルグルお目目のアーミヤと対面することになりました。もっと育てろ、ということのようです。

 それでは、イベント後半戦で忘れなければ出来るはずの明日の更新もお楽しみに!


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第13話―じえいのおはなし

 敵の侵攻を受けた場合、どう対処するだろうか?

 何もせずに攻め入られるか、
 敵を追い返すにとどめるか、
 それとも返り討ちにしたうえ皆殺しにするか……。

 こういった手段とは全く別の自衛をお見せしよう。


 攻撃されたなら迎撃する。

 当たり前の行動のようだが、案外難しいものだ。

 

 武器を構えて襲って来たなら簡単だ。

 ただ返り討ちにすれば良い。

 

 数の差がある場合も簡単だ。

 多少やり過ぎてしまっても言い逃れが出来る。

 

「だが、奴の攻撃はそんな簡単なものではない」

「……そもそも、あれは攻撃なのでしょうか?」

 

 だが、そう簡単にはいかないものも多い。

 

 間接的な攻撃で、報復対象が分からないもの。

 まあ、この場合は中継地点を含めた全てを攻撃する、という手がある。

 

 遠隔からの攻撃で、対象の居場所が分からないもの。

 これもやり様はある。ひたすら暴れて「これを攻撃するのは悪手だ」と思わせれば良い。

 

 あるいは、そもそも攻撃なのか怪しいもの。

 これは対処が難しい。

 そう、例えば――

 

「では、ドクターの奇行から身を護るため、各々の意見を聞かせてもらいたい」

 

 ――Dr.黒井鹿のスキンシップ(変態行為)のような。

 

        ***

 

 Dr.黒井鹿の奇行は、日毎に勢いを増している。

 

 ロドスに帰還した当初は遠くから眺めるだけで満足していたのに、数日のうちに近くで見つめるようになった。

 契機になったのは、偶然サリアの尻尾を触った時だろう。廊下でのすれ違いざま彼女の尻尾に触れてしまったDr.黒井鹿は、その何とも言えない感触の虜になってしまったのだ。

 そこから先は転がりだした石の如く。触れるだけだったものが撫でるようになり、次第に頬ずり……は仮面の都合で出来ないため、首ずりをするようになった。

 最近は尻尾だけで飽き足らず、角にも手を出す始末だ。そのうち角を舐めさせて欲しいと土下座をかますことだろう。

 

「そうなる前に、私達は対策を講じる必要がある」

 

 会議室と化した自室に集まった面々に、サリアは重々しく告げた。

 だが、それを聞いた者の反応は冷ややかだった。

 

「私が見た限りでは、そんな大ごとと思えないんですけど……」

「そもそも、わたしたちはドクターからそのような扱いを受けたことがありません」

「あの、私なんで呼ばれたんでしょうか……? これってヴイーヴルの人たちの集まりなんじゃ……?」

 

 順にバニラ、リスカム、エステルである。

 バニラとリスカムは真面目さ故、エステルは臆病さ故に残っているが、全員顔に同じことが書いてあった。

 ――帰りたい、と。

 

「お前たち、何故それほど他人事なんだ! 今は私だけで済んでいるが、あのドクターは人の尻尾を舐めるような変態なんだぞ!?」

「それは普通の愛情表現ではありませんか?」

 

 叫ぶサリアに、リスカムが冷静に切り返す。とっとと終わらせて帰りたい。その考えが透けて見える声だった。

 

「バニラ、お前のその認識はヴイーヴル同士なら、の話だろう? たしかにドクターの種族は不明だが、あの出で立ちからしてヴイーヴルでない事はほぼ確定的だ!」

「たしかにそうですね。角は私くらい小さければ隠せますけど、さすがに尻尾は無理ですもんね」

 

 なるほどー、とバニラが頷く。どうせ自分の出番は無いと思っているのか、茶菓子をポリポリと食べている。ひとまず、菓子を食べ尽くすまでは部屋に留まるだろう。

 

「あの、いくらドクターでも私みたいなのを舐めたりはしないでしょうから、私はこの辺で……」

「待て、エステル。そういうことを言うからこそ、お前はここにいるべきだ」

 

 立ち上がろうとしたエステルの手首を掴み、無理やり座り直させる。怯えた様子の目を真正面から見据え、サリアは暗示でもかけるかのように言い聞かせた。

 

「エステル、いいか? お前はその身体、ひいてはその角を嫌悪し、他者もそれを醜いものと感じているはずだ、と思っている節がある。悲しいことに、ロドス外において、その認識は正しい。だがロドス内、ことDr.黒井鹿に話を絞るならば、まったくの誤解だ」

「そ、そうなんでしょうか? でもドクター、時々私の角をじっと見てて、やっぱり変に思ってるんじゃ……」

「いいや、違う。あの男がお前の角を見て思うことなど、触りたいだとか撫でたいだとか突いてもらいたいだとか、そんなことだけだ」

「そ、そこまできっぱり断言できるほどなんですか……」

 

 一応、どの程度の横幅があれば人とすれ違うことが出来るのか、どのような材質ならぶつけても痛くないのか、等も考えているのだ。割合は……言わぬが花、というものだろう。

 

「角と尻尾。この2つの要素を、普段着からも分かる形で備えているのは私達4人だけだ。つまり、ドクターが次に欲望の矛先を向けるのは、ここにいる3人である可能性が高い」

 

 他にもヴィグナは角と尻尾を併せ持っているのだが、尻尾の形状がかなり違うため呼ばれていない。まあ、その違いなどDr.黒井鹿の前では些細なものなのだが。

 

「徐々に慣れていったからこそ私は耐えられたが、いきなり今のドクターの魔の手にかかり、お前達が無事で済むとは思えない。そこで、奴の奇行を抑え込む案が欲しいのだ」

「そこまで言いますか……。サリアさん、いつもどんな事をされてるんですか? ちょっと参考までに聞きたいんですが」

「そうですね。わたしたちも状況を知らなければ、対策が立てられません」

「それもそうだな。では――」

 

 バニラとリスカムの問いを受け、説明を始めたサリアだったが、十秒ももたなかった。

 

「…………」

「サリアさん? どうしたんですか?」

「『仕事をしているとドクターが後ろから』の続きは何ですか? 説明を続けてください」

「あの、お二人とも……」

 

 黙り込んだサリアの顔は真っ赤で、口元は何か言いたげに波打っている。だが、肝心の言葉が出てこない。

 

「……………………」

「サリアさん? ほら、早く話してください。ノートにまとめますから」

「わたしたちは仲間ではないですか。仲間の危機は見過ごせません。しっかり聞いて、しっかり案を練りますから、じっくりたっぷり語ってください」

「あの、本当にお二人ともその辺りで……!」

 

 先程までの帰りたいオーラは何処へやら、バニラとリスカムがサリアに詰め寄る。バニラの表情は期待に満ちており、リスカムは普段通りの無表情だが、その瞳には悪戯心が輝いている。

 エステルがなんとか止めようとしているが、気弱な彼女にそんなことが出来ようはずもない。ただオロオロとするだけである。

 

「………………………………いいだろう! そこまで言うなら語ってやる! 後悔するなよ、小娘ども!」

 

 いったい何歳の差があるのか気になる台詞を吐き捨て、何かを吹っ切ったサリアがDr.黒井鹿との日常を語り始めた。それは最早説明などという生易しいものではなく、演説だった。

 Dr.黒井鹿の奇行を微に入り細を穿って描写し、時に自身の感想を交えつつ展開されたそれが終わった時、いつの間にやら時計の長針が1周していた。

 

「――と、これがDr.黒井鹿による私への変態行為の数々だ! なにか質問はあるか!?」

「ひ、ひとまず休憩を……」

「……情報過多で吐きそうです。なにか飲み物を……」

「えと、あの……世界にはいろんな人がいるんですね……。私の角くらいなんでもないことのような気がしてきました……」

 

 サリアの目は渦巻き模様になっており、全身からは闘気のようなものが立ち上っている。この状態なら攻撃力1000くらいありそうだ。

 対する3人は既に瀕死。自分の知らない世界を見せつけられた彼らの中で、Dr.黒井鹿のイメージは大きく変わったことだろう。

 

「……では、改めて聞きたい。ドクターの被害者を増やさないようにするため、何か案は無いか?」

「……ここまでの熱量を持ってる人を止める手なんて思いつきませんよ…………」

「えーと……もう1回記憶を失ってもらう、とかどうでしょう……?」

「エステル、それは冗談にしても……サリア?」

 

 エステルの発言にバニラとリスカムが苦笑を浮かべる中、サリアは至極真面目な表情だ。

 その口から、ボソッと呟きが漏れた。

 

「……アリか」

「「「ナシで!」」」

 

 全員が思考の海に沈む中、リスカムが口を開いた。

 

「サリア、1つ確認した事があります。あなたは、わたしたちがドクターの魔の手にかかることを避けたい。そうですね?」

「ああ、その通りだ。だからこそ、こうして対策会議を開いているわけで――」

「それなら、1つ案があります」

「本当か! 聞かせてくれ、どんな案だ?」

 

 パァ、と笑顔を浮かべるサリア。

 その笑顔に負けないほど良い笑顔で、リスカムは告げた。

 

「サリアがドクターの欲望を一身に受ければいいんですよ」

「「それだ!」」

「それじゃない!!」

 

 室内の笑顔が1つ減って2つ増え、結果として1つ増えた。つまり、この案はより多くの人が笑顔になれる案、ということだ。

 

「リスカム! 貴様どういうつもりだ!?」

「サリア、落ち着いてください。わたしは真面目ですよ」

「なら私の目を見て話せ! 横に逸らすんじゃない!」

「本当ですって。私は真剣にあなたのことを……プフッ」

「貴様ァ!」

 

 ガクガクと身体を揺らされても、リスカムの笑みは消えない。ますます深まっているようにすら見える。

 

「落ち着いてください、サリア。これはあなたの要望通りの案ではないですか」

「私はドクターの奇行を抑える方向の案を欲していたんだ!」

「でもまあ、たしかに『ドクターの被害者を増やさない』ってのには合いますよね。1人から増えないんですから」

「バニラ! 貴様覚えておけよ! 後でドーベルマンと話をしておくからな!」

「サリアさん!? それをやられると私や他の無関係のオペレーターにまで被害がくるんですけど……! この間も角で備品壊して怒られたばっかりなのに…………」

 

 やいのやいのと騒ぎつつ、なんとかシェイクを止めさせられたサリア。その瞳を真っ直ぐ見つめて、リスカムは言葉を紡いだ。

 

「サリア、戦場でのあなたを思い出してください。迫りくる敵を押し留め、後衛の味方を護る。いいえ、あなたは戦場の仲間、その全てを護っていると言ってもいい」

「だが、それは戦場での話で――」

「ドクターという敵がいるのなら、ここだって戦場ではないですか? その敵から仲間を護ることこそ、重装オペレーターの誉れではないですか?」

 

 なお、お忘れの方がいるかもしれないが、リスカムも重装オペレーターである。

 

「いや、だが、しかしだな……」

「サリアさん、あなたはロドス最高・最硬の盾です。あなたに護られているからこそ、わたしたちは安心して過ごせるのです」

「そ、そうですよ! サリアさんなら出来ます!」

「あの、その……ごめんなさい。サリアさん、お願いします……!」

 

 1時間の大演説で疲れ切った今のサリアに、リスカムの謎理論を突破する力は残っていない。この手の結論ありきの語りを論破するには、それ相応の熱量が必要なのだ。

 

「……まあ、分かった。私が抑えられるうちは、出来る限り抑えておこう……」

 

 疲労困憊といった体で呟くサリアを見て、3人は互いに頷いた。ひとまず、これで厄介事を押し付けることに成功したわけだ。

 

 まあもっとも、と。3人は思う。

 

 ――そもそもドクターがサリア(さん)以外に手を出すことはないだろうけど、と。

 

        ***

 

 翌日、執務室にて。

 

「……サリア、どこか体調が悪いのか? それとも悪い物でも食べたか?」

「き、急にどうしたんだ?」

「尻尾を触っても何も言わないから、てっきり何かあったのかと……。いや、だがこの尻尾の艶を見る限り、体調は良好なようだな。味も普段通りだし」

「だ、だからドクター! 舐めるなら先に言えと何度言えば分かる!? それと人の体調を尻尾で探るな!」

「何を言う。ヴイーヴルの健康を知るうえで、尻尾は重要だぞ。俺くらいになれば尻尾の状態からその日の起床時間まで分かる。サリアは……寝つきが悪かったのか? 眠りが浅かったうえに、少し寝坊したようだな。何か悩みがあるのなら、遠慮なく話してくれ」

「人のプライベートを覗くなぁ! この悩みの元凶がぁ!」

「がふっ! う、む。拳の威力もいつも通り。健康体だな……」

「パンチでまで体調を読むなっ!」

 

 

 そんなこんなで、ロドスは今日も案外平和である。

 




 ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
 そろそろヴイーヴル戦隊とか組みたいのですが、いつになってもそっちの育成に移れません。上級作戦記録と龍門弊が5千兆ずつくらい欲しいです。

 それでは、明日の18時もお楽しみに! ……と言いたいところなのですが、明日はテストがあるため18時よりは遅くなるかと思います。申し訳ありませぬ。


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第14話―たくらみのおはなし

 人の狂気は成長するものだ。

 昨日までの異常が、今日は平常かもしれない。
 自分の知らないところで、常識が変わっているかもしれない。

 そんな言い知れぬ恐怖を覚えたことはないだろうか?
 このロドスはそんな未知で満ちている……かもしれない。


 人の知性の発達と共に、人の邪悪も成長してきた。

 ならば、人の知性がある限り、人の邪悪は消えやしない。

 

 もっとも、何をもって邪悪と判じるのか。その基準は様々だろう。

 

 ある国では所持するだけで極刑に処される薬物が、別の国では市販されている。

 ある国では殺されても文句を言えないジェスチャーが、別の国では挨拶に使われている。

 ある国では触れることすら恐れ多いとされる神聖な動物が、別の国では食卓に上がっている。

 

「……気取られていないだろうな」

「……ああ、問題無い。この会合の存在を知っているのは私達だけだ」

 

 だが、絶対的に邪悪とされる事柄もある。

 

 正当な理由無く人を殺せば、それは邪悪だ。

 人の所有物を奪えば、それは邪悪だ。

 意図して人を騙せば、それは邪悪だ。

 

 ならば、これは間違いなく邪悪だろう。

 

「……それでは、『オリジムシ食用化計画』推進会合を始める」

「ドクター、その名前はもう少しどうにかならないのか?」

 

 皆の癒したる肉を、再度オリジムシとすり替えるなどという凶行は。

 

        ***

 

 時間は少し遡り、昨日の夜更けのことだ。

 Dr.黒井鹿は空き時間の暇つぶしとして、インターネットを眺めていた。

 

「ふむ、砥石と合成コールの産出所で乱獲発生? このままでは1週間ほどで閉鎖される……。マズイな、閉まる前にもっと掘っておかないと」

 

 既に合成コールを400、砥石を100以上乱獲しているDr.黒井鹿。自分が乱獲の主犯格であることに気付いてもらいたい。

 

 彼がフラフラとネットの海を漂っていると、とある記事が目に留まった。

 

「知り合いがオリジムシ料理を実践。それの生贄にされた、だと……?」

 

 それは個人のブログだった。日々の出来事を書いていく、ちょっと煙草が好きな人のブログだった。Dr.黒井鹿に喫煙の習慣は無いが、それ故に自分が知りようのない情報を教えてくれるこのブログを時たま覗きに来ていたのだ。

 最新の記事には「同居人に味覚を破壊された」との文字が。

 

「ネットで見かけた記事を基にオリジムシを調理、それを食べさせてきた……。メニューは様々、意欲作として……踊り食い!? なるほど、その発想は無かった! この同居人は天才か!」

 

 一瞬「あれ? もしかしてこのネットの記事って俺が書いたやつじゃね?」という考えがDr.黒井鹿の脳裏をよぎったが、華麗に無視することにした。インターネットは広いのだ。オリジムシを食べる人間の1人や2人……いるだろうか?

 

 Dr.黒井鹿はその記事を一通り読み、最初に戻ってもう1回読み、それはもう反芻するかのように読み込んだ。

 そして叫んだ。

 

「ただ1度の失敗で挫けるなど、天が許しても俺が許さん! さっそく取り掛かるぞ!」

 

 なお、ここで言う失敗とはポロっと漏らしてアーミヤにバレたことである。決して調理ではない。

 

        ***

 

「さて、この計画なのだが……実のところ、食用化までは済んでいる。そうだな、ケルシー?」

「ああ、その通りだ。オリジムシの患部除去、雑食故の生臭さを取る方法は確立されている。残りの問題は……」

「……オペレーター達の意識か」

「そんなものはバレなければ問題にはならない。俺たちが考えるべきはアーミヤだ」

「待てドクター! バレるまでの期間が長いほど、その問題は深刻化するんだぞ!?」

 

 違法行為はバレなければ犯罪じゃない、と平然とのたまうDr.黒井鹿。それを看過するほど、サリアは感化されていない。

 Dr.黒井鹿とサリアのタイマンならば、拮抗した勝負になっただろう。だが忘れるなかれ。ここにはケルシーもいる。

 

「Dr.黒井鹿、認識を改めろ」

「ケルシー……?」

「ケルシー、お前からも言ってやってくれ。最近のドクターは、私1人では手に負えない」

 

 お茶を一口飲み、ケルシーは静かに切り出した。

 

「君のせいで、アーミヤ以外にも警戒を高めているオペレーターがいる。彼らにもバレないようにしなければ、ゆくゆくはアーミヤにもバレるぞ」

「そうだった! さすがケルシーだ。読みが深いな」

「ケルシー、貴様もそちらに立つのか!? そもそも読む場所が違うと言っているんだ!」

 

 まあ、そもそも第1弾オリジムシ食用化計画はDr.黒井鹿とケルシーによって推進されていたのだ。今更そんなところを気にするはずが無い。

 

「サリア、俺の話を聞いてくれ」

「……最近、この手の切り出し方をドクターにされた場合、ロクなことになった覚えが無いんだが」

「なら、これを1回目にすればいい。なあ、サリア」

「……何だ?」

 

 仮面越しでも分かるほど真剣な雰囲気を発しながら、Dr.黒井鹿は問うた。

 

「お前は仲間と金、どっちが大切なんだ?」

「そこは人として仲間を取れ!!」

 

 サリアのツッコミ(物理)がDr.黒井鹿に突き刺さり、机や椅子を巻き込んで盛大に破壊を撒き散らす。

 だが、Dr.黒井鹿とて慣れたもの。空中を舞うかつて机だった物を踏んで勢いを殺し、壁への着地を果たす。この間、約0.5秒である。

 

「急に何をするんだ、サリア。あやうく怪我をするところだったじゃないか」

「Dr.黒井鹿、君はいつの間にそんな技を身に着けたんだ?」

「この間スペクターに教えてもらってな。相変わらず攻撃能力は皆無だが、生存能力は飛躍的に上がったぞ」

 

 まあ、Dr.黒井鹿は「最適な陣形考えるのも楽しいけど、圧倒的な個による数の暴力でフルボッコにするのも楽しいよね!」という脳筋タイプなので、「指揮官がやられたら終わりのゲームなら、指揮官を鍛えて倒されないようにすればいいじゃない」などと考えたのだろう。阿呆の発想である。

 

「さて、話を始めようか。まず、俺から2つの案を提示したいのだが――」

「……勝手にやっていろ。私は自室に戻らせてもらう」

 

 何事も無かったかのようなDr.黒井鹿の言葉を遮り、サリアが席を立つ。

 だが、サリアは気付いているのだろうか?

 

「……いいのか?」

「良いも悪いも無い。私は関わらないというだけで――」

「いいや、自分が共犯者扱いされる事件の会議に、出席しなくていいのか?」

 

 今の自分の台詞が、限りなく死亡フラグに近いことに。

 

「……どういうことだ?」

「言ったままだ。まず理由1つ目。以前の食堂で、サリアは俺に賛同する姿勢を見せた。そして、お前は今ここにいる。この時点で限りなく黒に近い」

「だが、実際に関わっていないことは、調べれば分かるはずだ!」

「分かってないな。サリア、相手にそんな理性的な意見が通用すると思うか?」

 

 一拍置き、Dr.黒井鹿とケルシーが口を揃えて言った。

 

「「あのアーミヤだぞ?」」

「そんなことは……ッ!」

 

 咄嗟に否定しようとしたサリアだったが、言葉に詰まってしまった。それこそが答えのようなものだ。

 たしかに、今までサリアがアーミヤから受けてきた仕打ちの数々を思い返せば、無理も無い。

 溜息を吐き、サリアが座り直す。ようやく会議の体勢が整った。

 

「……それで、そろそろ案を聞かせてくれないか、Dr.黒井鹿?」

「ああ、俺の案はさっきも言ったように2つある。1つ目は『市販の肉と区別が付かない味にする』ことだ」

「それが出来るなら万事解決だが……可能なのか?」

「正直なところ、難しい。あの独特な臭みがどうしても抜けないんだ。調理や香料によって緩和は出来るが、完全に消すには至っていない」

 

 イメージとしては羊の肉に近い。食べられないわけではないし、慣れてくればクセになる匂いなのだが、毎食それというわけにはいかない。何より、あまり一般的でない羊肉(に似た何か)ばかりでは怪しまれてしまう。

 

「ひとまず2つ目も聞かせてくれ。それから議論を始めよう」

「そうだな。2つ目は……『何の肉なのか気にならないぐらい美味しくする』ことだ」

「……1つ目よりも難しくないか、それ?」

「だよなぁ……。俺もそう思うよ……」

 

 サリアとDr.黒井鹿が頭を抱える中、ケルシーが手を打った。握った拳を反対の掌に乗せるという、普遍的な「何か思いついた」ジェスチャーだ。

 

「ケルシーも案があるのか?」

「ああ。と言うよりも、君の案を聞いて思いついたんだ。これを見てくれ」

 

 そう言って、ケルシーは小ぶりな瓶を取り出した。その中には薄い紫色の液体が入っている。

 

「これは何だ? 何かの薬品か?」

「ああ、大げさに言うと、魔法の薬だ」

「……ドクターに似合いそうな胡散臭さだな」

「いや、俺が魔法使いになるまで、あと10年ほどあるからな。俺には似合わんさ」

「そういう意味ではない!」

 

 いつも通りのやり取りを交わす2人を見るケルシーの目は冷ややかだ。なお、私も命が惜しいのでケルシーの年齢は記述しない。

 気になる場合は本人に聞きに行くと良いだろう。ただし、その場合は遺書の用意を忘れずに。

 

「あー、それで、だな。その薬品の効用なんだが……」

「勿体ぶらずに教えてくれ。どういった薬なんだ?」

「数滴飲めば天国に行けて、また飲みたくなる、というものだ」

「「明らかにヤバい薬!?」」

 

 よくよく見れば密閉された瓶の中なのに細かい空気の泡が出来ていたり、その泡が上下左右を気ままに動いていたり、なんなら泡同士が繋がって文字を形作ったりと、なかなかに個性的な薬の用だ。イフリータに燃やし尽くしてもらうべきではないだろうか。できればケルシーごと。

 

「現世に戻って来られるかどうかが運次第なところから、パラダイスロールと名付けてみた」

「なるほど、達成値いくつ以上で成功なんだ?」

「待てドクター! 平然と試そうとするんじゃない!!」

 

 なお、Dr.黒井鹿には下方ロールというものがあることも知っておいてもらいたい。

 

 サリアの剣幕に根負けし、ケルシーはしぶしぶパラダイスロールを引っ込め――ようとしてサリアに没収された。それを叩き割るのではなくそっとポケットにしまったサリアだが、いったい誰に使うつもりなのだろうか。

 

 その後も会議は難航した。様々な案が出されては消えて行った。

 中でも狂っていたのは、やはりDr.黒井鹿の案だ。ネットの記事に触発されたとかで、「1回オリジムシの踊り食いをさせれば、それよりはマシだと受け入れてくれるのではないか?」というものだ。そんなことをさせた日には暴動が起こること間違い無しだ。

 

「……まあ、有用な策がすぐに出る訳はないか」

「そうだな。ひとまずアーミヤにバレない程度の頻度で入荷するくらいか」

「うぅ、またアーミヤに怒られる理由が増えてしまった……」

「大丈夫ですよ、サリアさん。今更1つや2つ増えても誤差範囲ですから」

 

 あまり自然に会話に加わって来たからこそ、その声の異常さは際立っていた。

 瞬時に警戒態勢へと移行した3人だが、特徴的な兎耳はどこにも見当たらない。

 

「……幻聴か」

「は、はは。3人揃って幻聴とは、どうやら疲れているようだな」

「サリア、さっき渡した瓶を渡せ。あれなら多少の疲れくらい吹き飛ばせる」

「ケルシー先生、また新しい薬を作ったんですか? 申請を受けた覚えは無いんですが」

 

 またしても聞こえてきた声に、3人の警戒レベルは最大になる。だが、周囲には椅子や机が散らばっているだけで、隠れられるほどの障害物は無い。

 だが、3人は知っている。この声は間違いなくアーミヤのものだ、と。

 

「……どこだ?」

「こーこーでーすーよ~」

 

 どこぞの狙撃手のような抑揚で、アーミヤの声がする。その発生源は――

 

「「「上か!」」」

 

 ――3人の頭上の通風孔だった。

 

 反射的にそちらを見やった3人の額に、絞り込まれたアーツ攻撃が直撃した。

 心構えも気構えも出来ていなかった3人の意識は一瞬で闇に堕ちていく。

 

 最後に焼き付いた光景は、通風孔の奥で輝きを放つ、2つの瞳だった……。

 

        ***

 

 さすがのDr.黒井鹿も頭部へのアーツ攻撃は効いたのか、その後まる1日ほど眠りから覚めることは無かった。

 いったいどのような夢を見ていたのか、時おり「喫煙……俺で言うサリアの尻尾か」「手持ちの煙草全てを!? ああ、いや、夢だったならいいが……」「セキュリティが心配? ならペンギン急便裏カタログだ」などと意味不明なうわ言を漏らし、医療オペレーターから大いに気味悪がられたそうだ。

 

 

 そんなこんなで、ロドスは今日も案外平和である。

 

 

 

 余談だが、サリアが目を覚ました時、例の薬の瓶はなくなっていたそうだ。

 




 ここまで読んでくださり、ありがとうございます。

 先日ekaさん(『オペレーターと煙草を吸う話』を連載している方)より食肉オリジムシのネタを使いたい、というめっちゃ嬉しい問い合わせが来て、二つ返事で了承しました。
 そして投稿された『グムに味覚を破壊される話』を読み、「こいつは負けてられねぇ!」ということで、またしてもオリジムシの話になりました。

 原作の暗い世界観をしっかり残しつつ、しかし笑って楽しめる『オペレーターと煙草を吸う話』。みなさんも読んでみてね! (宣伝合戦)

 それでは、また明日もお楽しみに!


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第15話―こうりゅうのおはなし

 交流を重ね、親睦を深める。
 どのような関係も零から始まり、この過程を経ていくものだ。

 ゆっくりと、だが着実に。
 互いの距離が縮まって行く様を見て、彼らは何を思うのだろうか?


 人との交流を深めるために、対話は欠かせない。

 それはいつの世も同じだ。

 

 相手が何を好み、何を嫌うのか。

 相手が何を得手とし、何を不得手とするのか。

 そういったものを知るには、やはり対話が最も適している。

 

「……貴様、もう1度言ってみろ」

「我らの前でそのような寝言をほざけるのならば、の話だがな」

「おぅおぅ、何回でも言ってやらぁ」

 

 しかし、それは平和なものとは限らない。

 

 時にぶつかる事もある。

 時には離れる事もあるだろう。

 

 だが、対話を止めれば、そこにあるのは停滞だけだ。

 

 たとえ互いの意見が変わらずとも。

 たとえそこから一時は争いに発展するとしても。

 人は対話を続けなければならない。

 

「いいか? 人というのは個人で完成するんじゃない。他者との繋がりによって出来ているんだ。つまり、オペレーター同士の絡みがあってこその萌えなんだよ!」

「そんなことは分かっている。その中心点の話をしているのだ」

「……中心に立つべきはホシグマ」

「いいやイフリータだ!」

「サリアだっつってんだろいてこますぞレユニオン!」

 

 ……まあ、性癖談義などはぶつかりつつ親睦を深める対話の筆頭ではないだろうか。

 

        ***

 

 またしても夜更けに基地を抜け出したDr.黒井鹿。向かう先は当然、件の偵察部隊の野営地だ。

 

「おーい、来たぞー」

「お、ドクターか。よく来たな」

「ちょうど今から飯の準備するところだ。お前も手伝ってくんね?」

「任せておけ。厨房での罰仕事で鍛えられた俺の調理技術を見せてやる」

「お、おう。お前ロドスで何やってんだ……?」

 

 週に1回ほどのペースでここを訪れているDr.黒井鹿は、すっかりこの部隊に馴染んでいた。仮面やコートのおかげで風体が似ていることも要因の一つかもしれない。

 

「今日の食材は何だ?」

「オリジムシ」

「おお、β種か」

「ああ、今日は活きの良いのが入っててな。上手いぞ」

「せっかくの歯ごたえを活かすには……串焼きなんかどうだ?」

「お、いいな。そうするか」

 

 手早く調理の準備を進めるレユニオンのメンバー。それを見て、Dr.黒井鹿は改めて自分のオリジムシ食用化計画は間違っていなかった、としみじみ思った。勘違いだから考え直せ。

 

「む、待て。今、何をした?」

「何って……オリジムシを捌いてただけだが?」

「内臓はどうした?」

「さすがに食わねえよ。源石結晶が付いてるとこ多いし――」

「この大馬鹿者がぁ!」

 

 Dr.黒井鹿の叫びが響き渡る。下手をすれば野営地がバレかねないほどの大音量だった。

 

「いいか貴様ら、何度でも言うからよーく聞け!」

「そこは普通1度しか言わないところでは?」

「たしかに内臓の源石結晶を取るのは大変だ。体表の甲殻と違い、1つ1つ手作業で取り除く必要がある。これにはものすごく手間がかかる」

「あ、ああ。だから内臓は食べずに――」

「だがしかし! しかしだ、諸君! 手間がかかるからと言って、ただそれだけの理由で捨てて構わないと思っているのか? 生きていくためには他者の命を奪わねばならない時がある。だが、それならばその命を余すことなく使うのが礼儀ではないのか!?」

 

 それは、仮にも医者であるDr.黒井鹿の美学なのかもしれない。命を救う事の困難さと、命を奪う事の容易さを知っている彼だからこそ、食物となる動物の命に対する考え方も違うのだろう。

 

「それとな、オリジムシのモツ煮は美味いんだよ!」

「「「その話詳しく」」」

 

 ……食い意地から出た発言ではないと思いたい。

 

 Dr.黒井鹿の指示のもと調理が行われていると、進行役とサルカズ大剣士が戻って来た。周辺の哨戒に行っていたらしい。

 

「来ていたのか、ドクター」

「ああ、邪魔してるぞ。もうすぐ出来るから手洗って来い」

「……貴様は我の母親か」

 

 哨戒部隊が戻ってくる頃にはオリジムシの串焼きとパンが配られており、すぐ夕飯となった。

 Dr.黒井鹿が持ってきた写真を肴に各所で話が盛り上がる中、当の本人は今回も進行役とサルカズ大剣士を相手に火花を散らしていた。

 

「ホシグマは影の立役者というか盾役者タイプで、イフリータは中心に立ってるんじゃなくて台風の目なんだよ。そんな状況で、各所に気を配って全体をまとめてるのがサリアなわけだ」

「……異議あり。たしかにホシグマは前に出る性格ではない。だが、影は言い過ぎだ。彼女は仲間の前に立つのではなく、その横に立つ者。決して後ろに立っているわけではない」

「主張は違うが、俺も異議ありだ。過去に何があったのか知らんが、サリアは未だイフリータと接することを恐れているのだろう? その彼女が真にロドスの中心に居ると言えるのか?」

 

 この3人は会うたびに議論を繰り返しており、ひたすら平行線に終わっている。当事者は楽しんでいるようなのだが、傍から見ると恐ろしい事この上ない。

 なにせ戦闘能力最大のサルカズ大剣士、実質この斥候部隊の隊長である進行役、そして目下の敵組織の首領であるDr.黒井鹿が激論を交わしているのだ。話している内容がどうあれ、その絵面だけで破壊力があるのだ。

 

「てめえらサリアの尻尾触ったことねーからそんなこと言えんだよ!」

「触れるわけがないだろうが! いつもいつも接近する前に撃ちまくりよって! イフリータ・エイヤフィヤトラ・スカイフレアの3人コンボとか殺す気か! イフリータだけにしろ!」

「……ホシグマの般若、最近の威力ではこちらも長くは保たん。もう少し遠距離オペレーターを減らしてくれないか。そもそも触れられる距離になる前に死にかねん」

「む、たしかにそうか。よし、じゃあしばらくエイヤフィヤトラは基地業務に専念してもらうとして……アーミヤを連れてくるか」

「「あのウサギは怖いから止めてくれ」」

 

 アーミヤの恐ろしさはレユニオンにも知れ渡っているらしい。まあ、謎のスキルを2つも持ち、強力な攻撃を仕掛けてくる術師だ。恐ろしくないわけがない。

 

「……あのウサギ娘、サリアが前衛にいる時のみ攻撃が苛烈になるのだ。サリアに近寄れば近寄るほど、加速度的に火力が上がって行く」

「ああ、あれは脅威だ。何かの怨恨でも乗っているような火力をしているんだ。ドクター、あれはいったい何なんだ? 『硬質化』のスキルとも違うようだが」

「すまん、俺にも分からん」

 

 ……どうも術師としての恐ろしさではなかったらしい。

 まあ、武器よりもオペレーターの耳や尻尾を眺めていた部隊だ。アーミヤの異常にも一早く気付いたのだろう。

 

「それじゃ、次の編成はこんなとこで行ってみるか。たしか落とし穴がある場所なんだよな?」

「ああ、鉱山近くの村を襲う予定で、その近くには崖が何か所もある。そのうちのこことここに横穴を用意しておくから、出来る限りそこに落としてくれ」

「……真面目に撃ち合うと、手違いで死人が出かねないからな。なるべく誤魔化しやすい方法で処理してくれ」

「ああ、ならロープとクリフハートを両方とも連れて行こう。だが、あの2人はまだあまり育てられていない。ヒーラーは多めに置いておくが、くれぐれも撃ち過ぎるなよ」

「ヒーラーは誰を連れて行く?」

「ハイビスカスとフィリオプシスだ」

「……ならば問題あるまい。2人がかりの回復を越えるほどの火力を、そもそもこの部隊は備えていない」

「よし、じゃあこれで行こう。ヒーラーと引き落としに人員を割いているから、あとは軽めになるはずだ」

 

 その後も細々とした調整を進め、再度萌え議論に華を咲かせていると、あっという間に時間が過ぎていた。

 

「じゃあな~。また写真頼むぞ~」

「またシージの可愛い写真持ってきてくれたら、俺のタルラ様秘蔵写真と交換するぞ!」

「な、なあ、今度来る時はシルバーアッシュの兄貴のセミヌードとか……」

「……お前も好きだな」

 

 そんな声に見送られ、夜が明ける前にDr.黒井鹿は野営地を出る。互いにまだまだ語り足りないところだったが、これでもギリギリなのだ。

 

「ドクター、達者でな」

「……また来い」

「ああ、お前たちも無事でな」

「なに。ロドスが加減してくれれば大丈夫さ」

「……龍門の近衛兵程度ならば、負けはしない」

 

 進行役とサルカズ大剣士、2人と拳を突き合わせてから、Dr.黒井鹿はバイクに跨った。隠密作戦用のそのバイクは、音も無く発進し、その後、ロドスの基地へ音も無く帰還を果たしたのだった。

 

        ***

 

「だいたい週に1回のペースだな」

「そうですね。作戦内容を漏らすのはどうかと思いますけど、関係は良いみたいですね」

「……まったく。これほどの頻度で抜け出していては、私達以外にも気付く者が出てくるぞ」

「そうならないように、私たちで誤魔化してるんじゃありませんか」

「……アーミヤ、これでいいのか?」

「いいんですよ。もともと私はレユニオンと戦いたいわけじゃありません。全ての感染者を救うため、仕方なく戦っていただけです」

「……そうだな。ロドスの目的は感染者の救済であって、敵対組織の殲滅ではない。争わずに済むのなら、それが一番か」

「……ところでサリアさん」

「なんだ?」

「……なんで向こうでまで私、そんな怖いキャラ認定されてるんですかね……?」

「さ、さあな。強いて言うならそうやって時たま黒いオーラを出すからじゃ――」

「ほほう、詳しく聞かせてもらえますか、サリアさん? そうすれば、私もなんで黒いオーラを出してるのかお教えしますよ」

「い、いや、そういうわけじゃない! あ、アーミヤ。オーラではなく黒いアーツが出ているぞ!?」

「問答無用!」

「いや待て意味が分からな――ああああぁ!?」

 

 

 そんなこんなで、ロドスは今日も案外平和である。

 




 ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
 少し遅刻しまして、すみません。別に周回に勤しみ過ぎて遅れたわけじゃありませんよ? ホントですよ?

 それでは、明日もお楽しみに! ちなみに3話連続でオリジムシが登場するかどうかは未定です。


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第16話―くんれんのおはなし

 日々熾烈さを増す戦場で、指揮官とて弱いままではいられない。
 敵を打ち倒す強さは持たずとも、敵に打ち倒されない強かさは持たねばならない。

 そんなわけでドーベルマン教官、お願いします!


 右に、左に、身体を揺らす。

 

 振ってはいけない。揺らすに留めろ。

 止まってはいけない。揺らし続けろ。

 

 そんな言葉が、頭の中を駆け巡る。

 

「はっ、はっ、はっ、はっ、はっ……」

 

 そう、頭では分かっている。

 だが、身体はそれに応じない。

 

 揺らすだけだったはずが、大きく振られ。

 揺らし続けるはずが、節々で止まってしまう。

 

 無理な動きを強いられた身体は、抗議として大量の酸素を要求。

 それに血流が応えたせいで、脳の働きが鈍る。

 

 限界を突破してなお動いていた身体が倒れた時、2つの音声が響いた。

 

『対術師訓練Lv3、終了。被撃12、うち命中4。達成度B』

「まだまだだな、ドクター。早速もう1セット行うか」

 

 その声に応じるように、Dr.黒井鹿が突っ伏す、びしゃっという音がした。

 

        ***

 

「訓練を受けたい? どういう心変わりだ、ドクター」

 

 人材ファイルを睨みつつ昼食を取っていたドーベルマンは、Dr.黒井鹿の申し入れに怪訝な表情を浮かべた。

 

「そんなに意外か?」

「ああ。お前は以前、新入りたちの訓練風景を『地獄の鬼が泣き叫ぶレベル』と評していただろう? わざわざ自分から受けに来るとは思っていなかった」

「その評価は今でも変わっていないさ。ただ、そうしてでも俺は強くなる必要がある」

 

 そう告げるDr.黒井鹿の声は覚悟に満ちており、その全身からも気迫が感じられた。

 

「日々苛烈になるサリアとアーミヤの攻撃に耐えるため、俺は強くならねばならないんだ!」

 

 ……その気迫が、一瞬で希薄になる。濃縮還元5%ほどだ。

 

「なぜそんな事態になっているのかは分からないが……いいだろう。訓練を受けたいと言う者を無下にはしない。来る者拒まず去る者出さず、が私のモットーだからな」

 

 去ろうと思う者を出さないのか、去ろうと思った者を出さないのか。そんなことを気にしてはいけない。

 

「つまり、相手の攻撃を避けられるようになりたいわけか」

「ああ、そうだ。さすがにあの攻撃を耐えられるとは思っていない」

「サリアの攻撃は体術で衝撃を逃がせるが……問題はアーミヤだな。アーツ攻撃は避ける以外に手が無い」

 

 そもそも、Dr.黒井鹿は非戦闘員だ。敵の攻撃に耐える・避ける以前に、そもそも敵の攻撃を受けないようにするのが本来ではないのか。

 そんなことを指摘できる常識人は、この場にはいない。

 

「ならば、必要なのは実践だ」

「実戦?」

「いいや、実践だ。ドクター、訓練室に向かうぞ」

 

 ドーベルマンに連れられ、Dr.黒井鹿は食堂を後にした。

 その先には地獄しか待っていないと知りながら――。

 

        ***

 

「では、まず物理的な攻撃に耐える訓練だ。今から私が適宜ドクターを攻撃する。避けるでも受け止めるでも、好きに対応しろ」

「分かった」

「では、行くぞ!」

 

 訓練室に着くや否や、即座に特訓が始まった。

 まずは様子見ということなのか、ドーベルマンが軽くジャブを放つ。

 それを避けたDr.黒井鹿は、ドーベルマンの予想の逆を狙って接近を仕掛け――

 

「…………(さわさわさわさわ)」

 

 ――ドーベルマンの耳を触った。というより触りまくった。

 

「ドクター! お前は何をしている!?」

「好きに対応しろと言われたから、その通りにしただけだ。攻撃こそ最大の防御だろう?」

「攻撃か? これは攻撃なのか!?」

 

 一気に勢いを増したドーベルマンの攻撃を華麗に躱し、Dr.黒井鹿は攻撃という名のお触りを続行する。

 

「…………(さわさわ)」

「このっ!」

「…………(さわさわさわさわ)」

「ちょこまかと!」

「…………(さわさわさわさわさわさわ)」

「ひぁっ! お、おのれぇ!」

「…………(さわさわさわさわさわさわさわさわ)」

「ひん! ど、ドクター、その中は……」

「…………(さわさわさわさわさわさわさわさわさわさわ)」

「……だあああああぁ!!」

 

 ひらひらと避け続けるDr.黒井鹿にしびれを切らし、ドーベルマンは鞭を抜いた。彼女の主力武器たるそれは、まるで彼女の腕の延長であるかのように自在に動く。なお、さすがに先端はゴム製の物と交換されている。

 

 だが、それでもDr.黒井鹿は止まらない。

 

「どうしたドーベルマン? 攻めの手が緩んでいるぞ」

「こ、の外道……」

「ふっ、我々の業界ではご褒美だ」

「どんな業界だ!?」

 

 体勢を整えるため、ドーベルマンは普段服の中にしまっている尻尾を出した。これにより、彼女の鞭は更なる勢いを得る。

 しかし、それは悪手だった。

 

「もらったぁ!」

「なに!?」

 

 普段見る事の出来ないドーベルマンの尻尾。そんなものを見せられて、Dr.黒井鹿の理性が保つはずがない。

 鞭を、拳を、蹴りをかい潜り、ドーベルマンの背後に回り込む。

 

「ふむ、これがドーベルマンの尻尾か……。普段見えないからこそ、こうして触れた時の感動はひとしおだな」

「ふぁ、ドクター……」

 

 尻尾を触られたドーベルマンの動きが止まる。弱点だったのだろうか? それならば、普段しまっているのにも合点がいく。

 

「おぉ、このすべすべとした感触、少しこもった汗と毛皮の匂い……うむ、これはこれで良い!」

「見境無しかドクター!!」

 

 振り向きざまに放たれた拳がDr.黒井鹿のボディに突き刺さり、その身体を数メートル吹き飛ばす。どうも力を溜めていただけのようだ。

 明らかにヤバい勢いで飛びつつも、Dr.黒井鹿は満足げな笑みを浮かべたのだった。

 

        ***

 

「それで、何か弁解はあるか?」

「……ムラムラしてやった。今は反省している」

 

 数分後、水をぶっかけて起こされたDr.黒井鹿は、正座した状態で説教を受けていた。

 

「だが、後悔はしていない!」

「しておけ馬鹿者!」

 

 頭を引っぱたかれ、正座から土下座へフォームチェンジする。ゴス、という人の頭からすべきでない音が響き渡った。

 

「たしかに、好きに対応しろと言ったが、私を好きにしていいとは言っていない!」

「だが、尻尾を見せられて自我を保てるわけがないだろう!?」

「その前から好き勝手やっていただろうが!」

 

 反論と共に上げられた頭が、再度床に沈む。その上にはドーベルマンの足が乗っていた。

 

「知っているか、ドクター? 人の頭蓋というのは存外硬い。銃弾が当たっても、なかなか貫通しないほどだ」

「あ、ああ、知っているとも。丸みを帯びていることもあって、頭への攻撃は失敗することが多い」

「……その硬さ、自分の物で確認してみるか?」

「今既にわりと確認していだだだだ!」

「ドクター、それは私が重いという意味か?」

「いや、その身長としては理想的な体重だと思おおおおおお!?」

 

 その後、ひとしきりDr.黒井鹿に頭蓋の頑丈さを教え込み、ドーベルマンはようやく足をどけた。

 

「まあ、お前の力量は分かった。それだけの体捌きが出来るのなら、サリアの攻撃は問題にならないだろう。彼女の動きはやや遅いからな」

「その分、一撃あたりの威力が尋常ではないがな。あの攻撃力を戦場でも発揮してもらいたいところだ」

 

 サリアがそのアーツによって自らを強化し、仲間の回復を捨てて戦えばどうなるか。おそらく、並みの前衛よりも高い破壊力を発揮するだろう。

 

「では次だ。今からしばらくの間、ドクターに向けて疑似アーツの攻撃が飛ぶ。全て避けろ」

「い、いやさすがに連続は――」

「敵が待ってくれると思うのか?」

 

 ドーベルマンは非情な言葉と共にスイッチを押した。訓練室の壁が開き、中から機械仕掛けの砲が顔を出す。

 

「気張れよ、ドクター。あれは当たると痛いぞ」

「疑似攻撃じゃないのか!?」

「痛まねば訓練にならんだろう?」

 

 まだまだ言い足りないDr.黒井鹿の口を塞ぐかのように、砲が一斉に火を噴いた。

 

        ***

 

 かくして冒頭に至る。

 

「どうした、ドクター? まだほんの7回目だぞ?」

「な、なな、回、もった、ことを、ほめ――げっほえほっ!」

 死に体……というよりもはや死体である。厨房で捌かれる前の魚の方が、まだ生気がありそうだ。

 

「ドクター、なぜ急にこんなことを始めたんだ?」

「はじめ、させ、たのは、ドーベルマン。お前の、方だろう、が」

「違う。この訓練自体の話だ」

 

 倒れ伏すDr.黒井鹿の横に座り、ドーベルマンが問うた。

 それに対して、Dr.黒井鹿はしばらく何の反応も示さなかった。

 

「最近、レユニオンの力が増している」

「ああ、こちらの弱みを的確に突いてくるようになっているな」

「防衛線を突破されることも増えている。そんな時、俺が一撃でやられるようでは頼りないだろう?」

 

 少しでいい。ほんの少しでいい。Dr.黒井鹿が一人で耐えることが出来たなら、誰かが援護に向かえる。

 だが、その少しすら稼ぎ出せなければ、彼の命は一瞬で消えるだろう。

 

「だから、少しでも強くなろうと思ったんだ」

「ドクター……」

 

 Dr.黒井鹿の想いを聞き、ドーベルマンが穏やかな笑みを浮かべる。

 そのまましばらく、2人は黙って過ごし――

 

「ッ! ひああぁ!?」

「ああ、この感触も良いものだな……」

 

 ――その静寂を、Dr.黒井鹿の奇行がぶち壊した。

 

「ドクター! お前は何を考えているんだ!?」

「耳のこととか、尻尾のこととか、角のこととか、まあ、色々だ」

「偏り過ぎだ! ……お前、どうも命が惜しくないようだな」

 

 ドーベルマンが手元の端末を操作する。少し置いて、先程も聞いた機械音声が流れた。

 

『対術師訓練Lv9、開始。危険ですので、アーツ耐性15未満のオペレーターは退出してください。繰り返します。アーツ耐性15未満のオペレーターは退出してください』

「ドーベルマン!?」

「ではな、ドクター。私は術耐性0のオペレーターなので退出させてもらう」

「いや待て俺も術耐性なんてものは俺も持ち合わせていない! ちょ、ドーベルマ――」

 

 パタン、と。訓練室の扉が閉められた。

 

 

 そんなこんなで、ロドスは今日も案外平和である。

 




 ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
 ここまで毎日更新をしてきたこの作品なのですが、たぶんこれから2月末まで少し更新頻度が落ちます。すみません。ちょっと別件の締め切りがヤバいことになってまして……。

 それでは、たぶん明日ではありませんが、次回もお楽しみに!


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第17話―うわきのおはなし

 浮気――それは、不仲の理由として最悪の部類に入るだろう。
 元々あった人間関係を破壊し、新しく構築した関係にすらヒビを入れる。

 だがもし、もしも既に構築されたコミュニティの中で浮気が発覚した場合……。
 あなたならどうするだろうか?


 人は楽な方へ、楽な方へと流れていく。

 

 それを一概に悪と断じることは出来ない。

 なぜなら、その結果として人は技術を発達させてきたのだから。

 

 楽に獲物を仕留めるために武器を作り、

 楽に農耕を行うために家畜を囲い、

 楽に身を護るために社会を形成した。

 

 その歴史は悪ではない。

 その真価は悪ではない。

 

 だが、悪と断ずるべき面もある。

 

 楽に生きるため、他者から奪うようになった者。

 楽に生きるため、思考することを止めた者。

 そして、快楽に負けた者。

 

 この世は様々な楽で溢れている。

 他者を支配することを楽と捉える者がいる一方で、他者に隷属することを楽と捉える者がいる。

 この世は本当に、様々な楽で満ち溢れている。

 そのどれに惹かれるかは人それぞれだ。

 そのどれもが正解で、そのどれもが不正解だろう。

 

 だが、何かの楽に心惹かれた時、少しだけ考えてみて欲しい。

 それは近付いて良い楽なのか、と。

 

 そう、あの男、Dr.黒井鹿のように……。

 

        ***

 

「不審者?」

「そーなんよ。ほんま困ってまうわ」

 

 執務室でサリアが1人で仕事を片付けていると、クロワッサンが入室してきた。Dr.黒井鹿はと言えば、このところ執務室に来ないのだ。仕事はきちんとこなされているので、さして問題は無いのだが。

 ここ数日ほど、ロドス基地内で不審者が確認されているので対処してもらいたい、というのがクロワッサンの要件だった。

 

 不審者と言われ、サリアの脳裏に真っ先に思い浮かぶ人物がいた。その顔は仮面で覆われており、白衣の上に黒コートという謎の出で立ちをしている。

 両手をワキワキと動かす怪人物を思考の外に追いやり、サリアは問うた。

 

「その不審者は、具体的にどのような行動をしたんだ?」

「え~とな、女の子に後ろから忍び寄って角触ったり、尻尾触ったり、耳触ったりしてるみたいやなぁ」

 

 仮面の男が「呼んだ?」とばかりに脳裏に舞い戻るが、サリアはそれを殴り飛ばし、またしても思考の彼方へ追いやった。

 深呼吸を一つして、サリアは再度問うた。

 

「そ、その不審者の目撃情報は?」

「チラッと見たんはおるみたいやけど、しっかり見たいう話は聞かんなぁ。だいたい1人きりでいる子が狙われてるんよ」

「それでも、何となくの特徴くらいは分かるだろう?」

「ん~、みんなだいたい『黒っぽかった』くらいしか言わへんねん」

「黒、黒か……」

 

 黒コートがまたしても思考への侵入を果たし、「二重にかかってるだろ? もう認めちまえよ」と囁きかけてきた。それを力の限りに蹴り飛ばし、思考の大気圏まで打ち上げる。

 

「あ、そや! この部屋、たしか監視カメラのモニターあるんよな? それで確認したらええやん」

「あ、ああ。たしかにそうだな」

 

 資材の備蓄数を示していた画面を切り替え、監視カメラの映像を映し出す。クロワッサンの言う日時場所に合わせると、たしかに黒い影のようなものが映っている。

 

「あちゃ~、監視カメラでもこんなんかい。これじゃ誰だか分からんやんか」

「……」

「こーなったらうちが囮になって、サリアはんに捕まえてもらうとか……。ああ、でも重装2人じゃバランス悪いわなぁ」

「…………」

「それにこの不審者、別に実害は無いんよな。ただ誰なのか分からへんから気持ち悪いだけで」

「……………………ター」

「ん? サリアはん、どないしたん? 腹の具合でも悪いんか?」

「…………………………………………ドクター!!」

 

 大気圏突入を果たした男を、サリアは声を大にして呼んだ。

 Dr.黒井鹿。毎日毎日飽きもせず彼女の尻尾と角を堪能し、それこそが自らの生きる糧とすら豪語する男。

 そして、ここ数日ほど執務室に現れず、必然的にその生き甲斐に触れていない男。

 

「アーミヤ、どうせ盗聴器で聞いているだろう? ドクターの現在地を送れ!」

「あ、あの、サリアはん? 急にどないしたんや?」

「まず間違いなく、その不審者はドクターだ。だから、今から成敗しに行く」

「いや指揮官を成敗するのはマズイやろ!? それに盗聴器やら何やら不穏な言葉が聞こえたんやけど、ウチが聞いてもいい内容やったん?」

「そこは可及的速やかに忘れてくれ。でなければ強制的に忘れてもらうことになる」

「おーけー、そもそも何忘れなあかんかったんかも忘れたわ」

 

 2人の会話の合間、執務室にピロンという音が響く。端末がメッセージを受信した音だ。

 

『サリアさんの机の上から2番目の引き出し、その隠し底の中に無線のイヤホン型通信機が入っています。それを着けてもらえれば、私が誘導します』

「待てアーミヤ! なぜ君がその隠し底のことを知っている!? 中のノートは見ていないだろうな!?」

ピロン

『もちろん見ていませんよ。……今はまだ、そういうことにしておきましょう?』

「アーミヤァ!」

「ほ、ホントに聞こえてるんや……」

 

 サリアとアーミヤの口論(?)の合間に、クロワッサンの呟きは消えて行った……。

 

        ***

 

「それでアーミヤ、ドクターの現在地は?」

『地下4階を高速で移動中です。経路からして、おそらくB304宿舎が次の標的かと』

「今あそこで休んでいるのは……エステル1人だけだったな。ドクターめ、優秀さを無駄に発揮しているな」

目標(ターゲット)、地下3階に入りました。急いでください!』

 

 廊下を駆け抜け、B304宿舎の扉を開ける。

 そこでサリアが見たものとは――

 

「……………………(ピクピク)」

 

 ――息も絶え絶えで横たわるエステルの姿だった。

 

 そして、その横に佇む人影が1つ。

 

「……数日ぶりだな、ドクター」

「サリアか」

「随分と落ち着いているな」

「……まあ、そろそろだと思っていたからな」

「そうか。……では、覚悟も出来ているな?」

 

 そう言ってサリアが放った震脚はB304宿舎のみならず、基地全体を揺らすほどの威力があった。

 真下のB401宿舎で休憩していたヤトウからは「基地内で爆発物を使っている者がいる」と報告が入ったほどだ。

 

「ドクター、最後に1つ教えてくれ。……なぜ、こんなことをした?」

「それは……」

「私は、ある程度お前のことを信頼している。奇行に走ることはあっても、それにはお前なりの理由があるはずだ。それを聞かせてくれ」

「それは…………言えない」

「何故だ、ドクター?」

 

 相変わらず、Dr.黒井鹿の顔色は読めない。だが、全体の雰囲気から、彼が何かを迷っていることが窺える。

 膠着状態が続く中、サリアにのみ声が聞こえてきた。

 

『サリアさん、ちょっと私の言ったことを復唱してみてくれませんか? そうすれば、きっとドクターの言葉を引き出せます』

「……分かった。やってみよう」

 

 その声に口の中でだけ答えて、サリアはアーミヤの言葉を待った。

 

『ドクター、聞いてください』

「ドクター、聞いてくれ」

『たしかに、ドクターはたくさんのオペレーターに手を出しました。その事実は消えません』

「たしかに、ドクターは多くのオペレーターに手を出した。その事実は消えない」

『ですが、私たちは寛大です。浮気も先っぽまでなら許そうと思います』

「だが、私達は寛大だ。浮気も先っぽまでなら――ってちょっと待て!」

 

 Dr.黒井鹿に背を向け、サリアは通信機に小声で怒鳴った。器用なことだ。

 

「どういうつもりだ!? 浮気だとか先っぽだとか、いったい何の話なんだ!?」

『サリアさん、落ち着いてください。これでいいんですよ』

「これのいったい何が良いというんだ!?」

『いいですか? 今日のドクターはまだ周回を行っていません。なので、理性がかなり残っています。具体的には113ほど』

「理性を数値化するのはそれほど一般的なのか……?」

『理性が残っているのなら削るだけです。これから訳の分からない話を聞かせて、ドクターの理性を根こそぎ破壊します』

 

 一応筋の通った話を聞かされ、サリアはしぶしぶ折れた。再度ドクターに向き直る。

 

『ドクター、話してくれませんか?』

「ドクター、話してくれないか?」

『そこのエステルさんにしたように、いろんなオペレーターにあんなことやそんなことをしたんでしょう?』

「そこのエステルにしたように、様々なオペレーター達に……あ、あんな事やそんな事をしたんだろう?」

『正妻の私や側室のサリアさんにもしたことがないような、アレでソレな欲望のほどをぶつけちゃったんでしょう?』

「正妻の私や側室のサリア――って、これだと両方とも私じゃないか!」

『ズルいですよ、サリアさん! 正妻は私、わ・た・し! いつもニコニコあなたのお傍に這い出るウサミミ、アーミヤです!』

「それはキメラ以上に混沌とした名状し難き何かではないか!?」

 

 通信機越しにやり合っていた2人は、Dr.黒井鹿の前だったことを思い出し、同時に本来の目的を思い出した。

 

「ん、んんっ。続けるぞ」

『そうしましょう。……ドクター、何があったんですか?』

「ドクター、何があったんだ?」

『たしかにドクターはちょっと変な行動を取ることがありますが、その加減を知っていたはずです』

「たしかにお前は奇行や変態行為や悪質な詐欺紛いの言動をよく取っているが、ある程度の加減を知っていたはずだ」

『この前お渡ししたサリアさんの尻尾の抜け殻で満足するようになったのかと思っていたのですが、そういうことではなかったようですし……』

「いつの間にか無くなっていたと思えば、あれはお前の仕業かアーミヤ!」

『大丈夫です。私の抜け毛も一緒に渡しておきましたから!』

「いったい何がどう大丈夫なんだ!?」

 

 またしてもぎゃいぎゃいと言い争いを繰り広げる2人。その姿に何か感じるものがあったのか、Dr.黒井鹿が口を開いた。

 

「……俺は浮気などしていない」

『……ドクター、それはどういうことですか? 後ろに最新の浮気相手であるエステルさんが倒れているというのに、そんな言い訳が通じると思っているんですか?』

「いや、そもそも私達はドクターの奇行を責めているのであって、それが浮気かどうかなど重要な問題では……」

 

 アーミヤの言葉はもちろん聞こえず、サリアの言葉も届いていないのか、Dr.黒井鹿の語りは続く。

 

「……最近、同志と出会ってな。彼らと語っているうちに、自分に歯止めが利かなくなっていくのが分かった。だが、止められなかったんだ」

『たぶんその同志ってレユニオンのことですよね』

「……アーミヤ、それは指摘しないでやろう」

「このままでは、サリアに迷惑を掛けてしまう。どうすべきかと悩んでいたところを、ドーベルマン教官に誘惑されてな」

『教官が誘惑!? ちょっとドクター、それは一大スクープですよ!』

「黙れアーミヤ! 私にしか聞こえていないことを忘れてるんじゃないだろうな!?」

 

 全員の言葉はすれ違い、まったく会話になっていない。ただ互いが互いの言葉を聞き、各々の言いたい事を言っているだけだ。

 

「その誘惑に、俺は乗ってしまった。そして悟ったんだ」

『……ドーベルマン教官、後で詳しく話を聞く必要がありそうですね』

「……その状況で悟る事など、ロクな物では無いと思うのだが」

「そう! 溢れ出る欲望ならば、いっそ1回スッキリしてしまえばいい! たとえドーベルマンの耳に惹かれようと、エステルの角に惹かれようと、アズリウスの鱗に惹かれようと、ガヴィルの尻尾に惹かれようと、クオーラの甲羅に惹かれようと、他の誰に惹かれようと!! サリアに1番惹かれていることが証明できるのならそれで良い、と!!!!」

『……サリアさんも、後でゆっくり話しましょうか』

「いや待てドクター! 今1番引いているのが私だということにそろそろ気付け!」

「ここまで様々なオペレーターたちの魅力に触れたが、やはりサリアの角と尻尾が1番なんだ……。サリア、待たせたな!」

「待っていない! 断じて待ってなど――ってドクター、その速度は何だ!? あ、ちょ、だから角の先っぽと尻尾を同時には、あ、あ、ああああぁ~~~~!」

 

        ***

 

 気付くと、Dr.黒井鹿は医務室の天井を見ていた。長い夢を見ていたような気分で、寝過ぎたせいか異様に頭が痛い。まるで何度も力任せに床に叩きつけられたような痛みだ。

 だがまあ、この程度は日常茶飯事だ。今日も気張って周回に向かおう。

 そう決心して部屋を出た彼を待っていたのは、額に血管マークを浮かべたサリアとドーベルマン、虚ろな目をしたアーミヤだった……。

 

 

 そんなこんなで、ロドスは今日も案外平和である。

 




 ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
 別の小説を書く気分転換にこちらを書いていたところ、一緒に執筆をしていた2人にバケモノを見る目で見られました。解せぬ。

 それでは、次回もお楽しみに! いつになるかはよく分かりませんが!


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第18話―りゅうのおはなし

 角と尻尾ある者、それ即ちDr.黒井鹿の餌食なり――。


 古来より伝わる約定がある。

 角と尾を兼ね備えたる者よ、汝ロドスへ至るべし。

 さすればその力、十全以上に発揮されよう――。

 そんな益体も無い言い伝えだ。

 

「よく来てくれました、新たな同胞……」

「わたしたちはあなたを歓迎します」

 

 その伝承に従ったのかは定かでないが、ロドスには続々とオペレーターが到着していた。

 その中でも角と尾を持つ者は特別視されている。

 彼女らの戦闘能力は一様に高く、戦場には常に姿を現していた。

 種族は違えども同じ特徴を持つ者同士、彼女らは非常に密な信頼関係を築いていたのだ。

 

 そして今日、そこに新たに加わる者がいた。

 

「それでは新たな犠牲――ではなく仲間の着任を祝って! 乾杯!」

「「「かんぱーい!」」」

「待つんだ。今聞き捨てならない単語が聞こえたと思うのだが?」

 

 角と尾を兼ね備える龍種のオペレーター、チェンである。

 

***

 

 事の起こりは数時間前のことである。

 

「龍門近衛局、特別督察隊隊長のチェンだ。訳あってしばらくここに……ドクター、何を震えている? 体調が悪いのか?」

「い、いや、そうじゃない。気にするな」

「? そうか。まあ、これからよろしく頼む」

 

 チェンを自分の部隊に迎えられる。そんな話を聞いて、Dr.黒井鹿は即座に呼べるだけの特殊オペレーター:ユキチを招集した。なんとか取り押さえようとするアーミヤとサリアの手を逃れ、Dr.黒井鹿の元まで辿り着いた彼らの数は、五。翌月分を先取りする暴挙を犯して尚、この数が限界だったのだ。

 そんなDr.黒井鹿の決死の想いに応えたのか、チェンはユキチの力を借りることなく入職してくれた。役目を与えられなかったというのに、彼らは穏やかな笑みを浮かべて消えて行った。きっと次のガチャの時にでもまた湧いてくるだろう。

 

 そうして来てくれたチェンに熱い歓迎をカマしそうになったDr.黒井鹿を咄嗟にサリアが『硬質化』で止め、なんとか無事に入職式を終えることが出来た。

 

 そして、今。

 

「チェン、このロドスに正式に所属するにあたって、お前に言っておかなければならない事がある。お前自身の身を護るための、最重要事項だ」

「お前は……サリアだったか。防衛の要であるお前の言うことだ。心して聞こう」

 

 チェンはサリアの自室にいた。

 そこにはバニラ、リスカム、エステルといういつもの面子(ヴイーヴル+α)が集まっている。

 ジュースとお茶のボトル、それといくらかのお菓子を机に広げ、さながら女子会だ。

 

 その空気の中でも、サリアの表情は硬い。

 

「チェン、まず聞きたい。ロドスにおいて最も警戒すべき敵は何だと思う?」

「認めたくは無いが、レユニオンだ。個々人の力量はこちらに劣るが、奴らは数が多い。それに、こちらの意表を突く作戦に優れている。脅威ではないが、厄介な敵だ」

「的確な分析だが、間違いだ。レユニオンは三番目に警戒すべき敵だ」

「ならば、一番目は何なんだ?」

 

 サリアの顔には心配と諦念があった。そして、それは両方ともチェンに向いている。まるで彼女がこれから巻き込まれる事件を知っているのに、それを防げないことを嘆いているようだ。

 チェンは覚悟を固めた。サリアの口からどんな言葉が飛び出してきても驚かないように。たとえオペレーターの内にレユニオンのスパイが紛れ込んでいる、などと言われても平静を崩さないようにすると。

 そのチェンにとってすら、

 

「一番はドクターだ。Dr.黒井鹿こそ、このロドス最大にして最強の敵なんだ」

「…………………………は?」

 

 その言葉は予想できなかった物だった。

 

「ま、待ってくれ。それはどういう――」

「チェンさん、そんなに構えなくても大丈夫ですよ。それ、サリアさんの惚気ですから」

「わたしもバニラと同意見です。本人は至って真面目なのですが、完全にバカップルのソレですからね」

「あ、あの……お菓子、どうぞ……」

 

 まあ当然の如く、真剣な表情を浮かべているのはサリアだけなのだが。

 バニラは早くもジュースを一本明け、リスカムはナッツを一粒ずつポリポリと食べ続けている。エステルはと言えば皆のグラスが空けばお茶を注ぎ、お菓子が無くなれば新しいのを出し、と忙しく動いていた。

 

「だ、だがサリアはロドスの最大戦力であり、ドクターの秘書も兼ねているんだろう? ならばその言葉には一定の信用性が――」

「そうだ! 私は何一つ間違った事もふざけた事も言っていない! ドクターは角を、耳を、尻尾を、様々な部分を触ったり揉んだり撫でたり掴んだり挟んだり舐めたりしたいと常日頃から考え続けている変態なんだぞ!? それを知らせるのに早過ぎるなどという事は無い。被害に遭ってからでは遅いんだ!」

「……無いと思っていいか?」

「チェン!?」

 

 サリアの熱い語りを冷めた目で見つつ、チェンはお茶を啜った。エステルに差し出されたお菓子をつまむ彼女の横では、サリアが大演説をぶち上げていた。

 

「いいか、チェン。今はお前がこのロドスで真っ当な生活を営めるかどうかの瀬戸際なんだ。あのドクターの異常性を知らずにいれば、いつの日かお前は必ず奴に襲われる。それも『むこうが誘ってきたんだ』などという言い訳付きで、だ。それは性犯罪者特有の言い訳だぞ、ドクター! 冷静に考えてみればドーベルマン教官が誘惑などという真似をするはずが無いだろうが!」

「え、ドーベルマン教官がドクターを誘惑!? サリアさん、ちょっとそれ詳しく! 詳しく教えてください! 訓練生の間で共有します」

「話してもいいが……ただ訓練をしただけだったようだぞ?」

「大丈夫です! 脚色と捏造が得意な友達がいるので!」

「何がどう大丈夫なんだ!?」

 

 途中でバニラに割って入られ、リスカムに茶々を入れられ、エステルに差し出されたジュースを飲みながら、サリアの演説は続いた。

 

 そして一時間後。

 

「――というわけで、ドクターは特に角と尻尾を併せ持つ容姿を好むことが分かっている。チェン、お前はその要素を持っているだろう? つまり、ドクターの次の標的になる可能性が高いんだ」

「そう言われてもな……。今のところドクターの奇行はサリアの口からしか聞いていない。あいつは本当にそんなことをするのか?」

「気になるのなら、そこの3人に聞いてみるといい。全てが分かるはずだ」

 

 チェンの視線を向けられ、3人はまったく違った反応を示した。

 バニラはその軟体系の尻尾を掻き抱き、

 リスカムは何でもない風を装いながらも角を気にしている。

 極めつけのエステルはと言えば……丸くなって頭を抱えていた。尻尾がブンブンと振られていて、辺りのクッションを薙ぎ払っている。

 

「ま、まさか……3人とも……?」

「新しく来たお前とスワイヤー、ビーハンター、グレイ、ポプカル以外の女性オペレーターは、皆その毒牙にかかった事がある。この間、ドクターの欲望が暴走したことがあってな……」

「いや、私としてはそれ以前の行為ではまだ暴走していなかった点に恐怖するしかないんだが……」

 

 ここに至って事態の深刻さを把握したのか、チェンの顔色から退屈が消える。代わりに浮かぶのは兵士としての険しい表情だ。

 

「サリア、詳しく聞かせてくれ。ドクターの次の標的が私だとお前が考える、その根拠を」

「ああ、そうしよう。理由は大きく分けて2つ。角と尻尾を兼ね備えている点と、そのどちらもがこれまでのオペレーター達の物と違う点だ。前者はもう充分説明したな。後者に関してなのだが、まず角の話をしよう。お前の角はリスカムの角と『上を向いている』という共通点を持つが、それ以外の要素がかなり異なっている。リスカムの角がスッと伸びているのに対し、チェンの角は渦巻きか雷のように折れ曲がりながら伸びている。見た目には小さな違いかもしれないが、これは触ったり撫でたりした時には大きな違いだ。奴はきっとこの左の角の先端が返しのようになっている部分を狙ってくるだろうから、注意するといい。次に尻尾だ。見ての通り、私達の尻尾はある程度の太さ、厚みを備えている。どうもドクターはそこが良いらしい。ヴィグナほどに細くなると食指が動きづらくなるようだが、チェンのこれは適度な太さと弾力があり、何より先っぽに毛が生えているという特徴がある。ドクターはこれを嗅ぐ……いや、これで自分をくすぐってくれなどと言い出すかもしれない。そういう時は勢いに負けず、毅然と対応するように。更に他の要素として、ドクターは動きやすい服装――より具体的に言えば太ももやへそが出ている恰好を好むようだ。それもクロワッサンのように開けっ広げになっているものではなく、時おり見えるチラリズムとやらに萌えるらしい。チェン、お前のその見えそうで見えないへそはドクターの性癖を撃ち抜いていると自認しておくべきだ。いつ服の中に手を突っ込まれるか分かったものでは無いぞ。あとはだな――」

「待て待て待て待て! 長い! あまりに長い!!」

 

 怒涛の勢いで押し寄せる情報に、チェンは屈しかけていた。なにせ作戦を開始した瞬間に空挺兵がダース単位で降ってきたようなものだ。やるなとは言わないが、せめて準備期間が欲しい所だ。

 深呼吸し、お菓子を食べ、お茶とジュースを飲み、もう一つ深呼吸し。落ち着いたところで、二人は話を再開した。

 

「……要約すると、こうなるわけか。ドクターが私に手を出してくる可能性がある、と」

「可能性がある、どころの話ではない。その可能性が非常に高い、だ」

「それほどなのか?」

「ああ。更に言うなら、手だけでなく舌を出してくる可能性も、非常に高い」

「それほどなのか!?」

 

 いつも仮面を着けているDr.黒井鹿がどうやって舌を出しているのか。それは各人の想像力に任せたい。ちなみにチェンの脳内のDr.黒井鹿は仮面の下からすら伸ばしうる極長の舌を備えていた。

 

「だが、所詮はドクターだ。実力はこちらが勝っているはずだ」

「いいや、それはドクターを甘く見過ぎだ。奴はそういった行動を取る時にのみ、人外じみた運動性能を発揮する。あれを目で追える者はそうはいない」

「くっ、ドクターのイメージが崩れていく……。奴はいったい何者なんだ?」

「私でも全貌は掴めていない。だが、大いなる脅威であることは確かだ」

「ふむ、それなら――」

 

 熱く議論を交わす2人を余所に、残り3人はと言えば――

 

「このスナック美味しいですね。どこのやつなんですか?」

「あの、ペンギン急便で売ってるやつで……まだ部屋にありますから、持ってきましょうか?」

「いいですね。では、わたしもお勧めのお菓子を持ってきましょう」

 

 ――のんびりまったり女子会をしていた。

 

 2組の会話は時に交わり、時に離れつつ、緩やかに続いていく。

 時たま笑い、時たま語り、時たま叫びつつ、チェンのロドス着任初夜は更けていった……。

 

***

 

 翌日の周回後、訓練室にて。

「チェン、精が出るな」

「あ、ああ、ドクターか。キミこそ巡回か?」

「そんなところだ。……どうした。顔が赤いぞ? 風邪でも引いたか?」

「い、いや、そういうわけでは無いんだが……。なあ、ドクター」

「なんだ? 悩みがあるなら相談に乗るぞ」

「…………わ、私のことをどう思っているんだ? 角だとか尻尾だとか服装だとか、些細なことで構わな……ドクター?」

「……チェン、せっかく俺が俺自身を抑えていたというのに、お前から言ってくるとは…………。昨日のサリアの話を聞いていなかったのか?」

「いや、そういうわけでは――待てドクター! なぜ私とサリアが話したことを知っている!?」

「そんなことは気にするな! さあ、ここは訓練室だ。今から俺が全力で攻撃を繰り出すだから、可能な限り避けてみろ! 物理回避の特訓だ!」

「私は攻撃が専門であって回避は――って本当に人外じみているな!? なぜ天井からも跳躍音が聞こえるんんん!? 角の先端をさわっ! しっぽの先はっ、いや根本ならいいというわけではないからな!? ちょっ、ふ、服はやめろーーーー!!!!」

 

 その日、チェンは思い知った。上には上がいることを。そして、サリアの言葉の重大さを。

 

 そんなこんなで、ロドスは今日も案外平和である。

 

 

「……ところで、サリア。ロドスにおける二番目の敵は誰なんだ?」

「アーミヤだ」

「本当にロドスで何が起こっているんだ!?」

 




 ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
 ひっっっっさしぶりの投稿です。Dr.黒井鹿の狂気を忘れているんじゃないかと不安だったんですが、まったくそんな心配は要りませんでしたね。安心しました(いや待て安心していいんだろうか)。

 それでは、(もしかしたら)明日もお楽しみに! これからは更新頻度を元に戻していきたいと思ってますので!


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第19話―じっしょくのおはなし

 食とは生きることであり、すなわち人生そのもである。
 ならばその食を探求することは、果たして善なのか悪なのか……。


 実食――その言葉を聞いた時、ロドスの面々の反応は2つに分かれる。

 涎を垂らすか、冷や汗を垂らすか。

 この2つだ。

 

 前者は極めて自然な反応だ。娯楽に乏しいこの世界において、食とは重要な楽しみなのだから。

 では、後者の反応はどうだろうか。少しばかり異質だ。多少不味い物が出てきたとしても、冷や汗を流すほどではないはずだ。

 

 それが、Dr.黒井鹿の手によるものでさえなければ。

 

「さあ、出来たぞ。食べてみてくれ」

「こ、これは……」

 

 Dr.黒井鹿はロドスの食肉をオリジムシとすり替えようと画策しており、既に幾度も現行犯で捕まっている。そろそろ二桁に乗るかもしれない。

 そんな彼の出す料理は、必然オペレーター達の警戒を受ける。当然だ。

 

 だが、この場において、そんなことは関係無い。

 

「うおおお、うめええええええぇ!」

「ハガネガニってこんな美味かったのか!」

「戦力としてより食料としての方が使えそうじゃねえか!」

 

 なにせ、ここはレユニオンの部隊。ロドスではないのだから。

 

        ***

 

 恒例のDr.黒井鹿によるレユニオン偵察部隊の訪問。今回は手土産付きだった。

 

「ハガネガニ?」

「そうだ。ちょうどSK-5の強制移動漁でたっぷり獲れたんでな。差し入れに持って来たんだ」

 

 クリフハートとショウによって落とし穴に叩き落とされたハガネガニは、戦闘においては撃破した扱いになる。だが、彼らを放置していては、いつの日か落とし穴が埋まってしまうかもしれない。

 そう主張し、Dr.黒井鹿は時々落とし穴の清掃を行っているのだ。……まあ、真の目的は言うまでもないだろう。なにせ今目の前にあるのだから。

 

「あー、ありがとよ。でもハガネガニか……」

「どうした? 何かあるのか?」

「いや、オリジムシにも若干飽きてきたとこだったから嬉しいんだけどよ……。ぶっちゃけて言うと、ハガネガニって食べにくいだろ?」

 

 ハガネガニ(箱入り)を受け取った一般兵の言葉に、周りのレユニオン兵達もうんうんと頷いている。どうも以前食べたが不評だったようだ。

 

「ふむ、食べにくいというのは、具体的にどの部分が?」

「まず殻が硬過ぎて割りづらい。無理に割ると中身が潰れるけど、そのままじゃ金属臭くて食えたもんじゃない。どっかで切れれば便利なんだがな……」

「なるほど。そういうことなら、これで解決だな」

 

 言うなりDr.黒井鹿はナイフを取り出し、ハガネガニの甲殻の一点を突く。アーツ攻撃すら弾く金属製の殻は――なんと突かれた場所から花が開くかのようにきれいに剥けた。胴体部分が丸裸になり、そこから引けば脚の殻も容易に抜ける。

 

「え、ちょっ、えええ!?」

「ど、ドクター! 今のもう1回! もう1回やってみせてくれ!」

「ああ、構わないぞ。いいか? ここだ。ここに狙いを定めて、渾身の力で――こうだっ!」

 

 Dr.黒井鹿のナイフが振るわれるたび、ハガネガニが次々と裸になって行く。何箱分もいた彼らは、ものの十数分で剥き身になってしまった。

 

「おおおおお! こんな方法があったなんて……」

「ドクター、さすがだな! どうやってこれを見つけたんだ?」

「まあ、ちょっと色々あってな……」

 

 以前から、Dr.黒井鹿はオリジムシ以外も食用にできないかと考えていた。そこでまず対象になったのがハガネガニだ。アシッドムシやバクダンムシもいるが、前者は未だ群生地が確認されておらず、後者は倒すと爆発四散してしまうためサンプルを集められなかったのだ。

 そこで自室にハガネガニを持ち込んだDr.黒井鹿だったが、なんとそいつが仮死状態に陥っていただけで生きていた。助けを呼ぶことも出来たが、そうすればアーミヤの怒りを買うことは間違いない。それよりもハガネガニと戦うことを選んだ彼は三十分の激闘を制し、この解体術を身に着けたのだった……。

 端的に言って阿呆の所業である。

 

「で、ドクター。こいつはどう食うのがオススメなんだ? やっぱ生か?」

「それもいいが、もう1つお勧めの調理法がある。オリジムシα種の脂身はあるか?」

「ああ、余ってるが……何に使うんだ?」

「ハガネガニの味は淡白だからな。そこにあのちょっと癖のある脂の風味が移ると、何とも言えない美味さになるんだ」

「つまりバター焼きみたいなもんか。よっしゃ、ひとっ走り取って来るぜ!」

 

 Dr.黒井鹿の指揮の下、ハガネガニは様々な料理に姿を変えた。刺身、茹で、焼き、蒸し、オリジムシの脂包み、炊き込みご飯、吸い物等々……。見た目も匂いも、人の食欲を刺激してやまない。

 だが、忘れるなかれ。これはハガネガニだ。アーツ攻撃をほぼ通さず、物理攻撃にも強いがために崖下に叩き落とされまくっているハガネガニだ。断じて食用の蟹ではない。

 そのハガネガニ料理が、

 

「うおおお、うめええええええぇ!」

「ハガネガニってこんな美味かったのか!」

「戦力としてより食料としての方が使えそうじゃねえか!」

 

 Dr.黒井鹿とレユニオン兵の胃の中に消えて行く。それはもう吸い込まれるように消えて行く。

 多くの面子が美味い美味いと叫びながら食べている中、少しばかり様子の異なる机があった。

 

「刺身は少し鉄臭さが残っているな。身を洗えば落ちるか?」

「それでも少しは残るはずだ。なら醤油やポン酢をつけてみてはどうだろうか」

「そうするとハガネガニの味が消えてしまう。それでは駄目だ」

「刺身もそうだが、吸い物も改善の必要があるな。汁の味はいいんだが、ハガネガニの身自体から味が抜けてしまっている」

 

 少しずつ料理を食べ、検討を巡らせる者達。この部隊の料理の指揮を執っている彼らは、少しでも良い食事のために脳をフル回転させていた。……そもそもハガネガニなんて物を食べるな? そんなことを言って聞く連中ではない。

 

「……しばし水に浸しておく、というのはどうだ?」

「たしかに茹でた物では鉄臭さが飛んでいた。だがドクター、それではせっかくの食感が台無しだ」

「それもそうだな。ふむ、刺身としての味や食感を残しつつ臭いだけを除く。難しいな……」

 

 その異常者の群れにDr.黒井鹿は混ざっていた。もう本格的に駄目だ、こいつ。

 

「そういえば、例の二人はどうしたんだ? あの進行役の男(ロリコン)サルカズ大剣士(マゾヒスト)

「ああ、あの人らはちょっと本部に行ってるんだ。明後日には帰って来る予定だよ」

「そうか……」

「今日は討論が出来なくて残念だったな、ドクター」

「まったくだ。せっかく良い写真を持って来たのに」

 

 そう言うDr.黒井鹿は本当に残念そうだ。彼らとの語らいを楽しみにしていたのだろう。

 だが、それならそれで楽しみようがある。たまにはこうして他のメンバーと語らうのも良いものだ。そう考え、Dr.黒井鹿は談笑を続けた。

 

「ドクター、そっちで何か変わったことはないか? うちはいつも通り平和なんだけどよ」

「そうだな……。ああ、つい先日、チェンが入職した」

 

 歓談は、その一言で打ち切られた。

 

 部隊全員が黙り込み、Dr.黒井鹿に視線を向けている。その思いを代弁して、Dr.黒井鹿の正面に座る一般兵が口を開いた。

 

「ドクター、チェンというと、あの龍門近衛局のチェンか?」

「ああ、そうだ」

「俺たちと派手にやり合い続けた、あのチェンか?」

「ああ、そうだ」

「龍門で感染者を捕らえまくってる、あのチェンか?」

「ああ、そうだ」

 

 彼女のことは皆よく知っている。なにせ宿敵と言ってもよい間柄なのだから。

 そんな奴が入職したとなっては、心中穏やかでないだろう。

 

 しばし黙っていた一般兵が、再度言葉を発した。

 

「……ドクター、一つだけ聞きたい」

「……なんだ?」

 

 まさに一触即発。この問答の返答次第で、ここは戦場と化すだろう。そう確信させるだけの緊張感が漂っていた。

 そして、その問いが告げられる。

 

「…………彼女の角には、もう触れたのか」

「ああ、当然だ」

「「「爆ぜ散れこの糞リア充がっ!!!!」」」

 

 瞬間、そこは阿鼻叫喚の地獄となった。

 

「ちくしょうが! てめえだけイイ思いしやがって! おーい酒持ってこい! 飲まずにやってられっかこんちくしょう!」

「俺たちが……俺たちがあの角に触れようと、どれだけ努力したと思ってんだよドクター!? それをあっさり……あっさりやりやがってよおおおおおおぉ! 感想聞かせろやゴラァ!?」

「噂によるとお前、ほとんどのオペレーターに手ェ出したそうじゃねえか。エクシアの光輪の感触おしえてくれホントマジ頼む!」

「フロストリーフ! 普段クールなフロストリーフがどうなるのか教えてくれ! そしたらWの食事写真やるからよぅ!」

「し、シルバーアッシュの兄貴にも手出したのか? なら教えてくれ。兄貴は左右どっちなんだ!?」

「おいそろそろこの銀灰教徒の特定やっといた方がよくねえか?」

 

 次々に噴き出す嘆き、妬み、欲望……その中心で、ドクターはチェンについて滔々と語っていた。

 

「入職初日、俺はなんとか自分の欲望を抑えていた。頭の中でアレやコレやソレやドレをするに留めていたというのに、翌日なんとチェンの方から誘ってきてな。我に返った時には目の前にチェンが倒れていて、前後をサリアとアーミヤに固められていた。そこから後は記憶があいまいだが……それでも、この目、この手、この耳、この鼻、この舌に残る感覚は忘れようがない。彼女の角は細めなうえに、かなり曲がっているだろう? だから最初は先端からそっと触ったんだが、かなり丈夫なようでな。かなりしっかり撫でても平気なようだった。そしてあの尻尾……シージのものと少し似ていたな。両方とも先端に毛が集まって生えているんだ。だがシージの尻尾は全体が獣毛で覆われているのに対し、チェンのものは先端だけに毛が生えている。あの全体のスベスベとした感触と先端のホニョホニョとした感触のギャップがなんともな……。ああ、他にもだな――」

 

 流れるように出てくるDr.黒井鹿の自慢話(犯行の自白)に、レユニオンの面々は地団駄を踏んだ。一部の者にいたっては泣き崩れている。それほどショックだったらしい。

 酒を飲み、ハガネガニを食い、男達の夜は更けていった……。

 

        ***

 

 翌日、ブリーフィングルームにて。

「――と、以上が今日の周回予定だ。何か質問はあるか?」

「はーい、ドクター!」

「クリフハートか。なんだ?」

「なんで今日もSK-5なの? 炭素材はもう充分集まったでしょ?」

「……資源が多くて困るということは無いからな。集められる時に集めておくんだ」

「? よく分かんないけど、了解! 今日も張り切っていくよー!」

 

 駆け出していくクリフハートを見送り、Dr.黒井鹿はほくそ笑んだ。これでまたハガネガニが手に入る――と。

 そんなことを考えていた彼は気付けなかった。自分の後ろに迫るサリアとアーミヤの姿に……。

 

 

 そんなこんなで、ロドスは今日も案外平和である。

 




 ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
 遅刻したー! と思いつつも今日のうちだからセーフと自分に言い聞かせてます。

 それでは、次もお楽しみに! ……ちょっと別件の詰め作業があるので、明日やれるかは分かりませんけども!


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第20話―しこうのおはなし

 思考、至高、試行、嗜好……世の中には様々な「しこう」がある。
 その不可思議さをお見せ……するかもしれないし、しないかもしれない。


 疑問、疑念というのは不思議なものだ。

 そこに至らなければ何も気にならないのに、一度気付いてしまえば解決するまで……いや、解決した後ですら付きまとってくる。

 本当にこれで合っているのか。本当にこれで良いのか。

 そんな考えが、頭から離れなくなる。

 

「いいのか……? 本当に、これでいいのか……?」

 

 疑問、疑念、疑心、懐疑……言い方は様々だ。この種類の多さは、この感情に対する人間の苦闘の証とも呼べるだろう。

 この感情を表す言葉はこれで合っているのか? そんな戦いの証だ。

 

「分からない……。俺には分からないんだ……」

 

 その感情と戦う漢が、此処に一人。いや、独りと言ってもいいかもしれない。

 ただヒトリで悩み、疑い、戦い続ける。

 彼の口から、苦悩に満ちた声が漏れた

 

「このまま角と尻尾を愛でるだけでいいのか……? 他の要素にも目を向けるべきではないのか? いや、だがそれは浮気に当たるかもしれない……。ああ、分からない、分からない……」

 

        ***

 

 Dr.黒井鹿は悩んでいた。

 海より深く、山より高く、Big Adamより強大で、ファイヤーウォッチの攻撃範囲より広大な悩みを抱えていた。

 まあ、詳細は先ほど(8行前)の台詞の通りだ。……詳細と呼べるほど情報が無いことは勘弁して頂きたい。

 

「ヴイーヴルの……いや、ヴイーヴルに限らず、角と尻尾こそ至高だ。その考えに揺らぎは無い。だが、その主張によって他の全ての要素を撥ね退ける。それは思考停止ではないのか……?」

 

 きっかけはレユニオン部隊との交流だ。彼らの多種多様な好みと接するうちに、Dr.黒井鹿の中にある萌えが燃え上がったのだ。

 それらはしばし封印していたものだった。一度は堪えきれずに爆発させたが、二度と解放しないと心に誓ったものだった。

 だというのに、彼は再度考えてしまったのだ。

 

「好みを一つに限り、他の物から目を背ける。それは逃げではないか……?」

 

 逃げじゃない。逃げでも何でもないから大人しくしてろ。そんな事を言ってくれる常識人は、ここにはいない。

 

「あのフカフカとした獣毛に包まれたいと思うのも、耳の柔毛に触れてみたいと思うのも、人として当たり前のことじゃないか。なんで俺はそれを忌避していたんだ……?」

 

 もしも執務室でこんなうわ言を呟いていれば、サリアが諫めていただろう。だが、ここはDr.黒井鹿の自室である。止める人員がいなければ、彼の暴走は加速する一方だ。

 

「……よし、決めたぞ! 今日は角と尻尾以外を愛でる事にする!」

 

 Dr.黒井鹿、以前の暴走事件から何も学んでいないようである。

 

        ***

 

ケース1:メランサ(宿舎で休憩中に)

「あ、ドクター……。こ、こんにちは。えっと、貿易所の仕事が終わったから、休憩中で……ドクター? あの、何か不穏な感じがするんですが……あの、なんで何も言わないんですか? なんでだんだん近づいてくるんですか? ドクっ!? ちょ、あの、ドクター! ひゃっ、耳はやめてください! ま、またなんですか!? またタガが外れたんですか? え、今回は違う? ただ別の嗜好も試してるだけ? そ、そんなお試し感覚で――ひぁぁぁぁあああっ!?」

 

ケース2:スワイヤー(倉庫で物品の整理中に)

「あ、ドクター! 良いところに来たわね。食堂に行きたいんだけど道が分からなくて――ドクター? 息が荒いみたいだけど大丈夫? まったく、医者の不養生なんてそんなことぅるあ!? ちょっ、ちょっとドクター! いま私の尻尾に何したの!? え、触っただけ? そんなわけないでしょ? そんな生易しい感触じゃなかったもの! ……ついでに頬ずりして、匂いを嗅いで、根本から先っぽまで撫で上げて、最後に首に巻き付けただけ? 逆に今の一瞬でなんでそこまで色々とできるわけ!? は? 舐めるのは我慢した? …………死になさい!」

 

 

ケース3:シラユキ(訓練室で特訓中に)

「ふむ、御身か。斯様な場所まで何を……待て、其処より動くな。御身より邪悪な物を感知。説明を要求する。……耳と尻尾? 理解不能。シラユキの耳ならば、御身は診察時に触れている。ならば……何? 問答無用……其れは我が言葉。無体を働くというなら御身と言えど――ッ!? そ、その動きはなん、ッ~~~~~!?」

 

 

ケース4:サリア(廊下にて遭遇戦)

「ああ、ドクター。ちょうどよかった。この書類なんだが――ってなんで暴走モードなんだ!? そ、外はマズイ! せめて執務室に戻ってから――ひんっ! う、後ろに回り込むな! クラウンスレイヤーか、お前は! だ、か、ら、人の尻尾を舐めるにゃあああ!? き、貴様ついに口に含んだな? 今、私の尻尾を咥え込んだな!? …………今日という今日は許さんぞ、ドク――ッ!??」

 

「はっ!」

 

 Dr.黒井鹿の意識が戻った時、目の前にはサリアが倒れ伏していた。頬は赤く、瞳は潤み、口からはハァハァと荒い息が零れている。この姿はいつものことなので気にする必要は無い。……無いったら無い!

 問題は、この姿の彼女を見ないことを、先ほど誓ったはずだ、ということだ。

 

「サリア、無事か!?」

「こ、れが……無事に、見えるのか……?」

 

 息も絶え絶えに、サリアが返答する。Dr.黒井鹿の攻めを受けた後でまだ喋ることができるとは、彼女も成長したものだ。

 

「サリア、すまない……俺が不甲斐ないばかりに」

「いや、貴様がもう少し不甲斐なければ……こんなことにはならなかった」

「いや、違うんだ。そうじゃないんだ……」

「何が……違うと言うんだ……?」

 

 まあ、Dr.黒井鹿がもう少しだけ人間寄りの運動能力をしていてくれれば、これほどの事態にはならなかっただろう。サリアか、他の誰かが撃退できたはずだ。

 

「俺は……俺はただ、角と尻尾以外の属性も楽しみたかっただけなんだ!」

「待てドクター! 貴様また他のオペレーターに手を出したのか!?」

「まだメランサ、スワイヤー、シラユキの3人にしか出していない!」

「それは3人も、だ!」

 

 なお、スワイヤーに関してはまだDr.黒井鹿の理性が働いたのか、事件は未遂で終わった。……まあ、尻尾の分はしっかりと痛めつけられたのだが。

 

「くっ、今日は角と尻尾以外を愛でると決めたのに、どうして……」

「……そう言うのなら、せめて尻尾を撫でる手を止めたらどうだ」

「す、すまん。つい反射的に……」

「と言って角に手を置くな!」

 

 最早サリアといるときは角か尻尾を触っていないと落ち着かない体になってしまったようだ。末期である。

 

「はぁ、まったく……。今回はどうしたんだ?」

 

 Dr.黒井鹿の奇行にも慣れたもので、サリアは廊下に寝転んだまま聞いた。どうもまだ腰が抜けているようだ。

 

「……多様性は必要だと思ってな。自分の殻に閉じこもる者の嗜好……じゃなかった思考は偏って行く。ロドスの指揮官として、それは避けねばならない」

「つまり?」

「ムラムラしてやった。今はまだ反省も後悔もしていない」

「しておけ、馬鹿者」

 

 3人のオペレーターに手を出しても止まらなかったDr.黒井鹿は、サリアとの接触によって止まった。これはつまり、そういうことなのだ。

 不思議と温かい空気の中、二人がゆったり話していると……不意に黒いオーラが辺りを包んだ。

 

「「アーミヤ!?」」

「黒いオーラ=私なんですか。いえ、合ってるんですけどね」

 

 廊下の端を見やれば、曲がり角からアーミヤが覗いていた。顔の半分ほどしか出していないのだが、トレードマークの兎耳のせいで自己主張が激しい。

 

「お二人とも、イチャつくなとは言いませんが、せめて場所は弁えた方がいいですよ? なに廊下の真ん中でピロートーク繰り広げてるんですか」

「違う! アーミヤ、断じて違うぞ! これはだな――」

「乱れた息と衣服、とけた瞳、そして交わされる温かな会話……どこに否定できる要素があると?」

「悪意ある抽出だ! 見た目ではなく起きた事態を考慮に入れてくれ!」

「ドクターの欲望をサリアさんが体で受け止めたんですよね? やっぱり事後じゃないですか」

「だからそれが悪意ある抽出だと――」

「……だが、事実だな」

「ドクター!? 貴様まで何を言ってるんだ!?」

 

 Dr.黒井鹿の一言を受け、意を決したようにアーミヤが廊下に出てきた。その顔は……なんとも形容しづらい感情で満ちていた。

 

「ドクター、あなたの欲望はまだ収まってませんよね?」

「……いいや、サリアのおかげで収まったとも」

「嘘です。だってその証拠に……まだサリアさんの尻尾を触ってるじゃないですか」

「はっはっは、そんなわけは無……いと思ってたんだけどなぁ……」

 

 Dr.黒井鹿、注意された後も実はずっとサリアの尻尾を触り続けていたのである。本人は完全に無意識、サリアもなんとなくいつも通りの感覚で流してしまっていたのだが、ナデナデスリスリモニュモニュサスサスプニプニと、それはもう片時も休むことなく触り続けていた。

 

「……ドクター、あなたの前には2つの道があります」

「アーミヤ、できればその道は増設工事を行った後に選びたいんだが」

「1つはサリアさんと同じように私の尻尾も愛でる道」

「よしその道だ!」

「節操なしか貴様は!」

 

 叫んだDr.黒井鹿の頬を、サリアの尻尾が引っぱたいた。スナップの利いた良い一撃だ。たまらず彼の首が150度ほど回転する。日々鍛えているDr.黒井鹿でなければ即死の角度である。

 

「す、すまない。取り乱した。アーミヤ、もう1つの道はなんだ?」

「もう1つは……ドクターの股間をHAMELNに例えたとき、LとNをソウルブーストする道」

「1つ目だ! やはり1つ目しかない!」

「……いや、ドクターのHAMELN自体を取り除いてしまえば、ドクターの暴走を恒久的に止められるのではないか?」

「サリア、これまでのことは全面的に俺が悪かった! だからHAMELNは、HAMELNだけは勘弁してくれ! お嫁に行けてしまう!」

「大丈夫ですよ、ドクター。その時は私がもらいますから」

 

 元よりちょっとアブナイ思考回路のアーミヤに、若干Dr.黒井鹿色に染まって来たサリア。

 こんな二人を相手に戦えるほど、Dr.黒井鹿の精神は強靭ではない。狂人ではあるかもしれないが。

 

「こ、こんなところにいられるか! 俺は部屋に戻らせてもらう! ……サリア、『硬質化』を解いてくれ!」

「ゆっくりしていけ、ドクター。物理的な痛みだけでは、お前も退屈してきたころだろう?」

「さあドクター、力を抜いてください。大丈夫ですよ。痛いのは最初から最後だけですから――」

「いやそれ全部、あ、ちょっ、待っ、アッ―――――」

 

        ***

 

 その後しばらく、Dr.黒井鹿はサリアとアーミヤを見ると内股になるという変な癖を続けた。誰が聞いてもはっきりとは答えず、ただ「ちょっとHAMELNがな……」などと謎の供述を繰り返すばかりだった。

 女性陣が首を傾げる中、何かを察した男性陣はその間中Dr.黒井鹿に優しかったそうだ……。

 

 

 そんなこんなで、ロドスは今日も案外平和である。

 




 ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
 休憩として『賢勇者シコルスキ・ジーライフの大いなる探求 痛~愛弟子サヨナと今回はこのくらいで勘弁しといたるわ~』を読んだらこんなことになりました。思考汚染が凄いですね。

 それでは、明日……はたぶんキツイので明後日になると思いますが、次回もお楽しみに!


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第21話―せんじょうのおはなし

 たぶん初のシリアスです。

注意:ステージ5-10のネタバレがほんのり含まれているような気がしないでもありません。


 龍門近衛局の本部ビル奪還作戦、その最終戦にて、Dr.黒井鹿は苦戦していた。

 

「ドクター、ヒーラー! ヒーラーこっちにちょうだい! もうもたない!」

「それよりもクラッシャーの対処が先だ! ドクター、術師の配置を!」

「こちら重装部隊。どちらでもいいが、早く決めてくれ。敵が来るぞ」

 

 傷を与えても徐々に回復する寄生系の兵士、こちらのオペレーターをスタンさせるクラッシャー、高い攻撃力と防御力を兼ね備える特戦術師。これらだけでも厄介だというのに、ここにメフィスト、ファウストの2名が加わり、的確な支援を行ってくるのだ。

 攻撃役の術師はファウストに撃ち抜かれ、足止め役の前衛・重装オペレーターはクラッシャーにスタンさせられ、残った面子ではメフィストによる回復量を超えられない。

 

「頼むサリア、耐えてくれ!」

「ドクター、さすがにこれはもう――ッ!」

 

 ビー、と。音が響く。

 かくてDr.黒井鹿は、またしても負けたのだった。……ただし、演習で。

 

        ***

 

「こいつらの強さ、本当にこの通りなのか? いかんせん強過ぎると思うんだが……」

「観測班が送って来たデータの通りに再現している。それに、相手を強めに見積もって悪いことはないだろう?」

 

 時はa.m.04:03、天気は晴れのち曇り、そして場所は……機内だ。

 端末の画面を睨みつつ、Dr.黒井鹿とサリアは頭を悩ませていた。

 チェンの救援に向かう途中で、目的地での戦闘演習を行っていたのだ。

 

「メフィストと寄生系の連中はどうにかなるが、問題はファウストとクラッシャーだな。特にファウスト、こいつの攻撃が痛すぎる」

「バリスタに加え、本人の火力も高い。そのうえこの地形では、ある程度寄って来るまで手出しが出来ないな。どうする、ドクター?」

「……対策は2つか。

 1つ目、火力を上回るだけのヒーラーを用意する。

 2つ目、手出しできる距離に来たら即座に倒す」

 

 1つ目は先ほど試していた方法だ。だが、この方法では圧倒的にアタッカーが足りない。また、何だかんだと配置しても、ヒーラーがすぐに倒されてしまったのだ。

 

「だが、2つ目にしても、こいつが近付いて来るまでの回復は必要だぞ。私のアーツだけで耐えきれるほど、甘い敵ではなさそうだ」

「分かっている。そうだな……下の方のここにハイビスを配置すれば、どうにかなるんじゃないか?」

「それなら、もう少し上の方が良いんじゃないか? そうすれば上の通路も治療範囲に入る」

「いや、そこにはシラユキを置きたいんだ。彼女のスキルなら、相手のクラッシャーを事前にある程度削れるはずだ」

「では、上の通路はどうするつもりだ?」

「そこはサリア、お前に任せる」

 

 Dr.黒井鹿の言葉を受け、サリアが口の端を吊り上げ……かけて踏みとどまった。なんとか気難し気な表情を作り直し、話を続ける。

 

「私一人では攻撃の手が足りないぞ。そこはどうする?」

「中央の高台3つを、全てアタッカーに割り振る。その3人に両方の通路を攻撃してもらい、更に上の通路用にも1人、術師を配置する。……ただ、1つ問題がある」

「なんだ? 言ってみろ」

「……この配置では、上通路における攻撃は全てサリアが受けることになる。下通路はまだ分散するが、上の術師に攻撃を届かせるわけにはいかない。だから、その分もサリアに受けてもらわなければならないんだ……」

「なんだ、そんなことか」

「そんなことじゃない!」

 

 Dr.黒井鹿の声には苦悩が滲んでいた。

 サリアの防御力は高く、彼女のアーツは傷を癒す。だがそれは、傷を負っても問題ないということではない。

 倒れることはなくとも、傷を負えば痛みがあるし、武器を向けられれば恐怖を覚える。弾が飛んでくれば避けたくなるし、アーツを見れば身が竦む。

 

「サリア、お前にはいつも助けられている。日常生活はもちろん、戦場でもだ。お前がいなければ勝てなかった戦いもあった」

「急にどうしたんだ、ドクター?」

「前々から思っていたことを言っているだけだ。……でもな、サリア。俺はお前を戦場に立たせたくない。……お前に限らず、誰一人として戦場になぞ立たせたくないんだ」

「……それは、レユニオンも含めて、か?」

「レユニオンも龍門も、その他全部もひっくるめて、だ」

 

 戦場に、死地に、Dr.黒井鹿は仲間を送り込む。もう1度会えるのかと、生きて帰って来てくれるのかと不安に胸を焦がされて。それでも、彼は何も言わず、仲間を送り出す。

 

「傷つけず、傷つかず。それが俺の理想だ。黒井鹿一という個人の、願望だ」

「……それで?」

「だからな、サリア。俺はDr.黒井鹿として、こう言おう……」

 

「――任せたぞ」

 

「……ふっ、急に泣き言を言い出したかと思えば、勝手に立ち直ったな。作戦を変更するなんて言い出したら、喝を入れる口実になったというのに」

「それは勘弁してほしいな。こんな狭い機内では逃げようがない」

「抜かせ。普段、ロドスの狭い執務室で私から逃げ回っているのは、どこの誰だ」

「……ああ、ここの俺だったな」

「らしくないぞ、ドクター。お前は作戦後にどうやって私の尻尾を触るか、そんなことを考えている方が似合っている」

「はっはっは、否定できない辺り、俺の末期だな」

 

 Dr.黒井鹿の顔は仮面で隠れており、その表情は窺い知れない。だが、それでも分かる。彼は、とても穏やかな笑みを浮かべていた。

 

「サリア、改めて……任せたぞ」

「任せておけ。お前の指揮の下なら、どんな敵も恐れることなどない」

 

 握った拳を突き合わせ、二人は立ち上がる。

 機内に、Dr.黒井鹿の号令が響いた。

 

「作戦メンバー各位、降下準備! 誰一人欠けること無く、俺たちの基地()に帰るぞ!」

 

        ***

 

 屋上は戦場と化していた。演習の通り、敵の攻撃は苛烈を極め、ロドスのオペレーターたちは必死に抵抗していた。

 そんな中、特に戦火の激しい一角があった。

 

 二本ある侵攻ルートの上段、サリア――とアーミヤが担当している場所だ。

 

「計ったな、ドクター!?」

『サリア、どうした? どんな敵も恐れないんだろう?』

「恐れているのは敵ではなく味方だ! アーミヤの攻撃が私の方にばかり来るんだぞ!?」

『そちらの通路用に術師を配置する、と言っただろう? エイヤフィヤトラは中央通路に配置したが、アーミヤはうちの術師2番手だ。火力は問題無いはずだ』

「いや火力の問題だ! なぜか敵が私に近付くごとにアーミヤの火力が上がっている。あれは何なんだ!?」

『すまん、俺にも分からない。ただ通信で「ドクターが私に相談してくれなかった……。私じゃなくてサリアさんにイロイロ言ってた……ドクター……サリアさん……サリアさんサリアさんサリアさんサリアさんサリアさんサリアさんサリアさんサリアさんサリアさんサリアさん」と聞こえてな。怖いのでアーミヤからの受信だけオフにした』

「分かり切っているだろうが! ドクター、アーミヤをなだめろ! 私の命が危ない!」

『そういえばサリア、言われた通りに尻尾の触り方を考えていたんだが、首に巻くというのはどうだ? 神経が集中しているから感触を楽しめるうえに、急所を相手に晒しているというスリルも楽しめる。我ながら名案だと思うんだが』

「迷案の間違いだろう!?」

『えーと、こちらエクシア。二人とも、これ全体の通信だってこと忘れてない? さっきから怖くてアーミヤがいる方向見れないんだけど』

「『あ……』」

 

 この戦いに身を置いていたレユニオンメンバーは後に語った。

 最も活躍していたのがハイビスカス、

 最も厄介だったのがエイヤフィヤトラ、

 最も恐ろしかったのがアーミヤ、

 そして最も不憫だったのがサリアだった、と。

 

 

 そんなこんなで、ロドスは今日も案外平和である。

 

 

 

 なお、尻尾首巻はDr.黒井鹿の理性が飛びやす過ぎるため禁止された。

 




 ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
 2月いっぱいの予定が終わったため、新たにギャグ物を書き始めたらノリまくり、こちらを忘れ果ててました。申し訳ありません。
 もしかしたら、これからは毎日ではなく隔日になるかもしれません。……いやでもやっぱり毎日やりたいような。

 それでは、明日なのか明後日なのか分かりませんが、次回もお楽しみに!



 ……それにしても、シリアスだとまったく筆がノらないことが分かりました。これは素直にギャグを書けとそういう思し召しなんでしょーか?


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第22話―せいたいのおはなし

 生体、生態、整体、声帯……。
 様々なセイタイがあるが、Dr.黒井鹿が選ぶのはただ1つだ。

 曰く、サリアの角と尻尾は「聖体」である、と……。


 今更ながら、Dr.黒井鹿はその敬称の通り医者である。

 鉱石病を専門とする医者であるため多分に研究者としての要素を多く持つが、それでも彼の本分は医者だ。

 外科、内科を問わず、彼はロドスの医学書を片っ端から読み漁ってきた。失くした知識はまた得ればいいだけ。そう言わんばかりに。

 

「ドク、ター……そこは……ッ!」

「楽にしろ。じきに良くなってくるさ」

「そ、んな事を……言われても……くふっ!」

 

 その中で、彼が最も熱心に学んだ分野は何だろうか?

 

 外科? たしかに重要だ。

 鉱石病の主たる症状である身体の鉱石化、これを論ずるうえで外科の知識は必須と言える。

 

 内科? これも大切だ。

 元々の臓器の配置を知らずして、どうして内臓の異常陰影を判別できようか?

 

 薬学? あるに越したことは無い。

 根本治療のための特効薬を作るのならば、この分野の知識も必要不可欠だ。

 

 だが、どれも違う。

 Dr.黒井鹿は全てをある程度学んでいるが、どれもそれなりでしかない。

 彼が最も力を入れているのは――

 

「ほら、ここは特に凝っているだろう? 念入りに解さないとな」

「くぅぅぅ! 無駄に上手いのが腹立たしい!」

 

 ――解剖学。と言えば聞こえは良いが、要するにマッサージ術である。

 

        ***

 

 実のところ、Dr.黒井鹿がオペレーターをマッサージするという光景は、このロドスにおいて珍しいものではない。

 彼は巡回と称して基地内を徘徊しているのだが、そこで休憩中のオペレーターを見かけるとマッサージを申し出るのだ。そのためのマットレスが各宿舎に置かれているほどだ。用意周到にも程がある。

 

 そしてこのDr.黒井鹿のマッサージ、やたらと評判が良いのだ。

 

「ずっと悩まされていた肩こりが消えた」

「身体が嘘のように軽くなった」

「寝覚めが良くなった」

「宝クジが当たった」

 

 ……最後の1つは置いておくとして、おおむねこのような感想だ。

 だが、全てのオペレーターが共通して抱く疑問があった。

 

 ――これだけ耳や角や尻尾を目前にして、なぜドクターの理性が保たれているのか?

 

 その答えが、これだ。

 

「……分かっているな、ドクター? マッサージ中、私の角と尻尾に指一本でも触れたら、今日はもう触らせないからな」

「分かっている。『マッサージ中はマッサージに集中すること』だろう? そっちこそ覚えているだろうな。これを乗り切ったら、俺が満足するまで角と尻尾を触っていい、と」

「いや待てそんな約束をした覚えはない!」

 

 定期的にサリアをマッサージし、その間彼女の角や尻尾に触れないという苦行に耐える。そうすることで、他のオペレーターをマッサージした時に「あれを耐えられたのだからこの程度……」と思うことができるのだ。

 

「それにしても、やはりヴイーヴルの首と腰の凝りは深刻だな。角と尻尾が備わっている種族だというのに、筋肉の付き方が他の種族と変わらないのは、生物としての欠陥じゃないか?」

「そう言われてもな……。おそらく、私たちはまだ進化の途上なんだ。アーツの発動起点として角や尻尾を獲得したが、骨格等がそれに追いついていない。いつかきっと、ヴイーヴルは自らの重みに負けない身体を手に入れるはずだ」

「そういうものか……。あ、もう少し強めてもいいか?」

「ああ、もう少しなら……くぅぅぅぁぁぁ」

 

 弛緩した、というより身体を弛緩させようとするサリアの声が響く。それはのんびりしたもので、伸びをする時の声に似ている。

 互いに慣れたのか、もういつぞや(第9話)の時のようなあられもない声は出ない。

 

「今日は一段と凝っているな。何かあったのか?」

「誰のせいだと思っている……」

「……俺のせいなのか?」

「そうだ。まったく、力任せに無茶をして……」

 

 ……この部分だけをアーミヤに聞かせれば、またしても()ーミヤが爆誕しそうだ。

 だが、安心してほしい。

 

「この間の5-10作戦、何度もあんなことをされては身がもたないぞ。必要ならば何度でもやるが、やはり極力減らしてもらえると助かる」

「……すまない。あの作戦では、敵の攻撃をほぼサリアに集中させることになった」

「いや、そこではなくてな……。ドクター、アーミヤを私の近くに配置するなとは言わないが、それならそうと先に言ってくれ。覚悟を決めるのにも時間がかかるんだ」

「あ、そっちか」

 

 この通りだ。なにせDr.黒井鹿とサリアである。

 

「最近のアーミヤはどうしたんだろうな。時おり肉食獣の目をしているぞ(肩を揉みつつ)」

「彼女のアレは最近に限った話か? お前が目覚めてからというもの、常にあの調子だと思うのだが」

「そうだったか? 目覚めたばかりの頃はまだ正気だった気が……いや、そんなものか。思えばホシグマやイフリータが来たあたりから予兆はあったな(背中を揉みつつ)」

「ホシグマとイフリータ……ああ、あの上級作戦記録3桁耐久視聴か。あれのせいで、イフリータに会いに行く機会を逃したんだ」

「会いに行くというのなら、今すぐ行って来ていいんだぞ? イフリータは会いたがっているからな。まあ、サリアの心の準備と、サイレンスがどう出るかは分からないが(腰を揉みつつ)」

「い、いや、いい。やはりこういうことは手順を踏んでだな……」

「彼女が誘ってきたのに逃げるヘタレ男みたいな言い分だな(尻尾を揉みつつ)」

「いやそういう訳ではなく――ってドクター! 貴様どさくさに紛れてどこを触っている!?」

 

 のんびり喋りつつマッサージを進めているうちに、ふと気付けばDr.黒井鹿の手はサリアの尻尾(いつもの場所)に。そのあまりの自然さは、触られた本人すら一瞬気付けないほどだった。

 サリアが力任せに起き上がると、その背に乗っていたDr.黒井鹿は吹っ飛ばされた。そのまま猫のように空中で体勢を整え、彼は何事も無く着地する。

 

「ドクター、なんのつもりだ!」

「ああ、すまない。先に脚を揉むべきだったな」

「そういう話ではない! そういう話ではないぞドクター!」

「……たしかに、デスクワークにおいて凝るのは脚よりお尻だったな。だがサリア、いくら俺でもそれはマズイと思うんだ。いい歳の男女が密室で二人きり、そのうえ尻を揉むなど……俺のHAMELNがハメルンになってしまいかねないからな」

「お、お、お前は何を言っているんだ!?」

「お尻でもないのか? ……ああ、サリア。お前の言いたいことは分かった。よく分かったとも」

 

 Dr.黒井鹿が大きく頷く。そしてサリアに近寄り、その肩にポンと手を置いた。そこからはうっすらと、本当にうっすらとだが優しさや慈しみといったものが感じ取られる。

 サリアの経験則から言うと、これは盛大に勘違いしているときの特徴である。

 

「サリア、聞いてくれ」

「人に話を聞けと言う前に、お前は人の話を聞け」

「お前にはショックなことだろう。ああ、俺とてこれを告げるのは辛い。だが、誰かがやらねばならないことなんだ」

「おい、ドクター。いい加減に――」

 

「サリア、お前の胸は揉めるほど無んばるめぃっ!?」

 

 サリアと向かい合って立っていたDr.黒井鹿のHAMELNに、勢いよく上げられたサリアの膝がクリティカルヒットした。その姿は「私には胸が無くとも、この脚がある」と言っているようだった。……本人にその気は無いだろうけれど。

 

「く、うぉぉぉ……。サリア、なにもHAMELNに手を出さなくとも……。せっかく『ソウルブースト』の傷が癒えたのに…………」

「私はただ足を上げただけだ。それが当たるほどパーソナルスペースに踏み込んだお前が悪い」

「くっ、ライン生命に男性はいなかったのか……。1人でもいれば、こんな非人道的な行いが許されるはずが……」

「……あの連中に、人道などというものが残っているものか」

 

 サリアが吐き捨てるように言う。その瞳は目の前のDr.黒井鹿を映しておらず、どこか遠くを見ていた。

 

「……やつらは既に研究者ですらない。ただ他の命を弄ぶ、神様気取りの愚か者の集団だ。だから私は……ドクター、私は今、かなり真面目な話をしている」

ほうはは(そうだな)

「それが分かっているのなら、尻尾を舐めるな口に含むな甘噛みするな!」

 

 だが、すぐに移さざるを得ない状況に追い込まれた。

 

「ふっ、甘いな。俺がただ尻尾を舐めているだけだと思っているのか?」

「それ以外に何が……尻尾の凝りが取れている、だと?」

「資料室に『これで骨ヌキ! ヴイーヴル整体大全』という本があったんでな。ちょっと実践してみた」

「なんだ、そのドクターしか得をしない本は……」

「だが、楽になっただろう?」

「……ああ、そうだな。感謝する」

 

 少し前までの暗い表情を消し、サリアがほほ笑む。普段表情を動かさない彼女だからこそ、こうして時おり見せる笑顔は胸に来るものがある。……はいそこ、アーミヤに絡まれてる時は? とか言わないように。あれは表情を動かしてるんじゃなく涙目になってるだけだから。

 

「さて、これでマッサージは一通り終わりだ。……つまり、これからはおさわり(ご褒美)の時間だ」

「いや待てドクター。貴様、あれだけ尻尾を触っておいて何を言っている?」

「俺は約束通りにしたぞ? 『マッサージ中はマッサージに集中する』――俺がさっきまで尻尾に触っていたのは、純粋なマッサージだ。なにも 問題は ない」

「大ありだ! それは詐欺だろう!?」

「詐欺も何も、この文言はサリアが言い出したものだ。恨むなら過去の自分を恨むんだな」

「ま、待て。とりあえずその蠢く両手を下げ――いや、尻尾に向けて下げろということでは、あ、ちょっ、貴様――ッ!!!?」

 

 その後、執務室で何が行われたのか。それは分からない。

 だがまあ、Dr.黒井鹿のHAMELNはHAAAAMELNやハメルンにならなかった。それだけは明記しておこう。……そういうことにしておけば、皆幸せなはずだ。

 

        ***

 

 翌日、移動車両内にて。

「サリアさん、サリアさん」

「あ、ああ。アーミヤか。どうしたんだ?」

「……昨日はお楽しみでしたね」

「な、なぜそれを知っている!? 馬鹿な、執務室の盗聴器は全て破壊したはずだ!」

「……ふーん、お楽しみは否定しないんですね」

「い、いや違う! それよりも指摘すべき点があっただけだ!」

「……などと供述してますが、皆さんはどう思います?」

「「「……ノーコメントで」」」

「どういうことだ!?」

 

 

 そんなこんなで、ロドスは今日も案外平和である。

 




 ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
 ふと目覚めると、そこは13時半過ぎでした。危うく理性を溢れさせるところでしたよ。危ない危ない……。
 これからも理性は溢れさせず、ゴリゴリ削って精進してまいります!

 それでは、また明後日(たぶん)の投稿もお楽しみに!


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第23話―さいかいのおはなし

 再開じゃ。
 再会じゃぁ!


 ……一ヶ月以上前の出来事だ。

 Dr.黒井鹿が、唐突に行方をくらませたのは。

 

 行方をくらませたと言っても、ロドスからいなくなったわけではない。

 任務の遂行時は戦場にいるのだが、それ以外では影も形も見当たらない。普段ならば宿舎の隅で怪しげに目を光らせているというのに、探せど探せど見つからない。

 

 ならば、Dr.黒井鹿はどこに消えたのか。

 その答えをオペレーター達は知っていた。

 

 ――彼は執務室に監禁されたのだ。

 

 理由は簡単だ。誰もいないはずの執務室に、アーミヤとサリアが入って行く姿が度々目撃された。ただそれだけだ。

 しかし、ただそれだけの出来事を知ることができず、不安を募らせていた者達がいた。

 それは――

 

「ドクター、どうしちまったんだろうな?」

「あいつがいない戦場は寂しいぜ……」

「このところ飯食いにも来ないしな。……こうなったらいっちょ潜入でもするか」

「やめとけ。すぐバレるぞ」

 

 ――レユニオンの偵察部隊(Dr.黒井鹿の変態仲間)だ。

 

        ***

 

 彼らが異変に気付いたのは、三週間ほど前のことだった。

 

「なあ、ドクターが最後に来たのってどれくらい前だ?」

「もう二週間近く前だな。これまでは週一くらいで来てたってのに」

「だよなぁ。せっかく新食材のアシッドムシ仕入れといたってのに」

 

 この二週間ほど、レユニオンとロドスはこれまで通りに戦闘を続けている。適度に対立しつつ、双方に決定的な被害が出ない程度を保っていた。

 だが、それすらも異常が生じていた。

 

「なんか、このところのロドスの連中は怖いよな。戦い方に人間味がないというかさ」

「ああ、ひどく機械的だ。まるで決められた動きを繰り返しているだけのような……」

「あと、やたら同じ地域で戦い続けるよな。そんでこっちの資源根こそぎ持って行きやがる」

 

 そう。ロドスの戦い方が、画一的過ぎるのだ。

 

 戦闘に出てくるオペレーターが常に同じ。

 布陣や能力の発動タイミングが常に同じ。

 それが二週間。これまでのDr.黒井鹿の戦い方と比べると、あまりに異常だ。

 

 Dr.黒井鹿は基本的に当たって砕けるタイプだ。とりあえず事前情報なしで任務に向かい、行き当たりばったりでそれを乗り切る。

 故に、彼の布陣はよく変わる。反省を活かして戦略を練り直し、次に向かう。それが彼の戦い方だったはずだ。

 

「ま、そのうちひょっこり顔出すだろ」

「そうだな。盗撮がバレて折檻されてるだけかもしれないしな」

「それなんてご褒美だ?」

 

 小さな違和感を抱きつつも、レユニオンの面々はそれほど危機感を覚えていなかった。

 あのDr.黒井鹿なのだから、そうそう大事になっているはずがない、と……。

 

        ***

 

 そうして、更に三週間が経過した。

 

「……さすがにおかしい。あまりに異常だ」

「今日のオペレーター達の様子を見たか? 同じ任務の繰り返しで疲弊しきっていたじゃないか。あのドクターがそれを看過するはずがない」

「一ヶ月以上も似た事の繰り返しだ。そりゃ精神にクるだろうさ」

 

 そう話すレユニオン側も、既に疲労の限界だ。同じ敵、同じ戦い方との連続戦闘。訓練時代の模擬戦闘の方が変化に富んでいただろう。

 だが、それは三週間前と変わらない。

 

「ああ、それに何より――」

 

 だが、レユニオンは今日、Dr.黒井鹿の異常を示す決定的な証拠を見てしまったのだ。

 

「――あのDr.黒井鹿が、毛並みや甲殻の乱れを無視するはずがない」

 

 オペレーター達の、身嗜みの乱れを。

 

「あのドクターだぞ? 自分の顔を洗い忘れることはあっても、他人の甲羅の汚れには気付くはずだ」

「ああ、ドクター自身の頭が鳥の巣状態だとしても、他人の尻尾のブラッシングは忘れない。あれはそういう男だ。特に今は換毛期だしな」

「そもそも脱皮不全のオペレーターを前線に出している時点でおかしいんだ。下手を打つと後々まで痕が残るんだぞ、あれは」

「……ああ、だから、俺は帰って来たんだ」

 

 不安と心配の声の中、一際通る声が響いた。

 その声の源にいたのは――

 

「「「ドクター!?」」」

「心配をかけたな、みんな。今、戻ったぞ」

 

 ――Dr.黒井鹿だった。

 

「うおおおぉ、心配したぞこの野郎! とりあえず食え! 飲め! そして話せ!」

「ドクターの帰還祝いだ。酒持ってこーい!」

「誰かオリジムシ持ってきてくれ! たしか昨日作った燻製があっただろ!」

「ドクターが来たのか!? よし待ってろ。一番よくできたやつを持ってくる!」

 

 そこからは早かった。すぐさま部隊全員が集まり、大宴会となった。話題に上るのは、やはりDr.黒井鹿の今までの行動だ。

 

「ケルシーと協力して盗聴器やカメラの設置に勤しんでいたら、本業を忘れてしまってな。アーミヤに監禁されてたんだ。必要な時以外は執務室から一歩も出られなくて、もう辛かったこと辛かったこと……」

「そんなことに……。まあ、今はとりあえず飲め。飲んで忘れろ」

「ああ、ありがとう。……なかなか美味いな。何の酒だ?」

「アシッドムシの分泌液を果汁で薄めて、ハガネガニの甲殻で醸造したんだ。甘過ぎず辛過ぎず、なかなかいい出来だろ?」

「ああ、これは良い。……アシッドムシさえ手に入れば、ロドスでも作ってみるか。マトイマルあたりが興味を持ちそうだ」

「それならツマミも作ったらどうだ? バクダンムシから作ったタレが刺激的で美味くてな――」

 

 またも多数の被害者を出しそうなレシピを考案しつつ、夜は更けていく。

 全員程よく酔いが回ったところで、レユニオンの一人がポツリと聞いた。

 

「なあ、ドクター」

「なんだ?」

「言いづらいなら別にいいんだが……なんでお前は正気に戻れたんだ? 何かきっかけがあったんじゃないか?」

「…………近々、シエスタで音楽フェスがあるだろう?」

「ああ、あるな。それがどうかしたか?」

 

 

 

「……あの祭りを、みんな楽しみにしていたんだ。こんなご時世で、こんな情勢だが、だからこそ息を抜ける機会は大切にしたい。そう思っていたんだ。だが……」

「だが、どうしたんだ?」

「……今日、その前夜祭が始まったというのに、誰一人として明るい顔をしていない。それを見て正気に戻ったんだ。俺がすべきは執務室に籠もって仕事をこなすことじゃない、とな」

 

 そう、Dr.黒井鹿の本来の役目は鉱石病患者の治r――

「俺がすべきは! オペレーター達を愛でて愛でて愛でまくることだ!!」

 

 ……ハイ、ソウデスネ。

 

 そんなDr.黒井鹿の妄言を、ロドスならばサリアが止めただろう。

 だが、ここはロドスではない。すなわち、この後に待つのは……。

 

「よく言った! よく言ったぞ、ドクター!」

「そうだ、それでこそドクター(変態紳士)だ!」

「ああ、正直お前だけいい目を見てる気がしないでもないが、それでも構わん。これからも色々と横流ししてくれ!」

「ガヴィルの鱗が剥がれかけてたぞ。あれきっちり剥がれたら譲ってくれ!」

「シルバーアッシュの兄貴の毛玉とかなら言い値で買うぞ! 内臓売ってでも買うぞ!」

「おいこの銀灰教徒どうにかしろ! 目がイッてる!」

 

 御覧の通りだ。一応フォローとして記しておくと、彼らはもれなく酒を飲んでいる。そのため正常な思考ができない状態にあることをお忘れなく。

 ……まあ、酔っていようが何だろうが、まったく思っていないことは口に出しようがないのだが。

 

 そうして何だかんだと飲んでいるうちに、自然とDr.黒井鹿の横に二人の男が座った。進行役の男(イフリータ推し)サルカズ大剣士(ホシグマ推し)だ。

 

「お前たちか。久しぶりだな」

「ああ、久しぶりだな、ドクター。まずは、よく戻って来てくれた」

「……我からも。やはり貴様がおらぬと、張り合いがない」

 

 前回のDr.黒井鹿訪問時、本部への報告で部隊を留守にしていた二人とは一ヶ月半以上ぶりの再会だ。当然、語り合うネタには困らない。

 三人はふっと柔らかい笑みを浮かべ――

 

「おっし、そんじゃ前回の続きだ。『ロドスの中心にいるのは誰なのか』の議題。いいかげん決着つけようや!」

「周囲を振り回すイフリータだと言っているだろうが」

「……誰がどう見ようとホシグマであろう」

「だーかーらーなー! サリアだっつってんだろ!?」

 

 ――頭を突き合わせて議論に興じるのだった。

 

        ***

 

 飲み、食い、語り。気付けば夜が空けようとしている。

 そんな時間になっても、Dr.黒井鹿はいまだレユニオンの野営地にいた。

 

「くっ、今回も結論が出なかったか……」

「お前達が……頑固なせいで……」

「……まだまだ、だ。まだ、我の主張は終わっていない……」

 

 最早起きているのは三人だけ。残りはそこら中で酔いつぶれている。もしも今攻撃を仕掛けられれば、この部隊は為す術もなく壊滅するだろう。

 

「さて、そろそろ俺は出るぞ。アーミヤやサリアが起きる前に帰らないと怪しまれるからな」

「ドクター……また、来るだろうな?」

 

 進行役の声には不安が滲んでいた。

 またしても不意にいなくなるのではないか。その声は、言外にそう問うていた。

 

 それに、Dr.黒井鹿は力強く答えた。

 

「来るさ。来るとも。この一ヶ月、語れずにいた事がまだまだある」

「……そうか。それならいい」

「……また来い。今度は我の故郷の料理を食わせてやる」

 

 温かい眼差しを向けてくる二人に背を向け、Dr.黒井鹿は歩き始める。

 自分の居場所であるロドスへt――

「……しまった。酒を飲んだから運転ができん」

 

 ……………………。

 

「……あー、送ろうか? 移動用のバギーくらいはある」

「……ならば我は留守を守ろう。見張りすらいなくなる、というのは不用心に過ぎる」

「……すまん、恩に着る」

 

        ***

 

「それにしても、本当に監禁されていたのか?」

「ああ、そうだ。いつものようにアーミヤのアーツを喰らって気絶して、目が覚めたら執務室にいてな。それからアーミヤとサリアが交代で見張りに付いていて、ずっと抜け出せずにいたんだ」

「必要な場合以外は出られなかったと言っていたが、どんな用事なら外に出られたんだ?」

「サリアの場合は、トイレに行きたいと言えば出してくれたな」

「アーミヤの場合は?」

「……トイレに行きたいと言えば、瓶を出してくれたな」

「…………よく、生きていたな」

「ああ、我ながらよく耐えたと思っている。まあ、それでもこうして久しぶりに外に出られたんだ。終わり良ければ総て良し、だ」

「いや、外に出るのは久しぶりでもないだろう? 戦闘の指揮をしていたじゃないか」

「? なんのことだ? 俺はこの一ヶ月、一度たりともロドスの基地外に出ていないぞ」

「いや、だが俺達はたしかに戦場に立つお前を見たんだが……」

「……」

「……」

 

「「……アーミヤか?」」

 

 

 そんなこんなで、ロドスは今日も案外平和である。

 




 ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
 たいへんお久しぶりです。ちょっと色々と立て込んで更新が途絶え、なんとなーく再開のタイミングを掴めずにダラダラと来てしまいました……。
 これからまたぼちぼち更新していく予定ですので、よろしくお願いします。

 それでは、明日か明後日か明々後日あたりの更新もお楽しみに!


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第24話―おしゃれのおはなし

 流行――流れ行くという字の通り、それは移ろいやすいもの。
 だが、その一瞬一瞬に一喜一憂しているものがいることを、忘れないでほしい。


 時の流れとは残酷なものだ。

 少し目を離した隙に、あらゆるものが変わってしまう。

 

 例えば季節。

 例えば風景。

 例えば関係。

 

「待ってくれ、サリア。俺の話を――」

「話すことなどない。仕事にかかれ、ドクター」

 

 そう、人間関係など、移ろいやすいものの筆頭だ。

 相手と接すれば、近付く。

 相手と接しなければ、遠ざかる。

 どんな努力を為そうとも、人との関係を留めることなど出来ないのだ。

 

「これは仕事の能率に関わる話だ。早急に対策を考える必要がある、切迫した問題なんだ」

「それはお前自身の問題だろう? 私には関係ないことだ」

「いいや、違う。サリア、お前がこの問題の中心と言っても過言ではないくらいだ」

 

 そして、時に人間関係以上に流動の激しいものがある。

 ある人にとって、それは生死に直結するほどのものとなる。

 ある人にとって、それは路傍の石以下の価値のものとなる。

 絶えず動き、人々を苦しめる、それは――

 

「サリアがその尻尾と角のカバーを取ってくれれば、あとそれを存分に触らせてくれさえすれば、ついでだからあれやこれやをしてくれれば、それだけで俺は満足なんだ!」

「だけ、と言いつつ多くを要求するな!」

 

 ――おしゃれ、である。

 

        ***

 

 その日は、静かに始まった。

 

 いつものように、Dr.黒井鹿は自室で目覚めた。まず右腕に付けられた手枷をはずし、洗面所で顔を洗う。

 ……手枷が気になる? 寝ぼけたDr.黒井鹿が欲望のままに動かないように、という考えの下、ケルシー主導で造られた物だ。既に三回ほど脱出されているので、あくまで気休めに過ぎないが。

 

 顔を洗った後は、自室で朝食だ。午前4時――人によっては今から寝るという時間では、さすがに食堂も開いていない。なので、Dr.黒井鹿みずから作って食べるしかないのだ。

 

「ふむ、龍門郊外でオリジムシが大量発生。天敵であるハガネガニの減少が原因、か……。さすがに乱獲し過ぎたか。オリジムシを大量に調理……保存食に挑戦してみるとしよう」

 

 新聞の斜め読みが終わる頃には、朝食は綺麗さっぱりなくなっている。食器を流しに入れ、甲殻を袋に入れて隠せば、片付けも終わりだ。

 食休みもほどほどに、Dr.黒井鹿はいつもの服に着替え、部屋を出た。

 するとそこにサリアが通りかかった。

 

「ドクター、おはよう」

「ああ、サリアか。おはよ……ッ!?」

 

 その姿を見た瞬間、Dr.黒井鹿の全身に電撃が流れた。

 そう錯覚するほど、サリアの姿は衝撃的だった。

 

「さ、サリア……その恰好は、どうしたんだ?」

「何かおかしなところがあるか?」

「いや、おかしいわけではないんだが……」

「なら行くぞ。時間は有限だ」

 

 すたすたと歩きだすサリアの後を、Dr.黒井鹿は慌てて追った。

 一つ深呼吸をし、Dr.黒井鹿は改めて横を歩くサリアを見た。

 サリアの角と尻尾を。

 正確には、彼女の角と尻尾を覆う布を。

 

「そのカバーはどうしたんだ? まさかと思うが、怪我でもしたのか?」

「まさか。千切れでもしない限り、私のアーツでどうとでもなるさ」

「じゃあ、どうしたんだ?」

「ただのおしゃれだ」

 

 ふむ、と。Dr.黒井鹿は考えた。

 たしかにサリアとて女性だ。あまりそういったことに興味があるようには見えなかったが、それは自分が鈍いだけかもしれない。思い返せばヴイーヴルのオペレーターで集まって女子会を開くなど、それらしい面も見せていた。

 なるほど、と思い、Dr.黒井鹿は聞いた。

 

「それで、本当のところは?」

「こうしていれば、合法的にお前の接触を断てると思ってな」

「そんなことだろうと思ったよ……」

 

 まあ、おしゃれと呼ぶには、サリアが身に着けているカバーは地味に過ぎるだろう。かなり暗い灰色なのだが、普段の橙色との落差でほぼ黒に見える。そのぶん服の橙色が際立っているので、なかなか格好良くなってはいるのだが。

 

「よし、サリア。こういうのはどうだろうか?」

「却下だ」

「そのカバーを脱いでくれれば……提案を言い始める前に却下するのは、さすがに酷くないか?」

「ドクターのことだ。どうせロクな提案ではない」

 

 にべもなく断られて傷心したDr.黒井鹿の感覚に、曲がり角の向こうにいるケモミミの気配が引っかかった。これは……ジェシカ!

 

「あ、ドクター。おはようございま――」

「ケモミ――ミ?」

 

 そこに立っていたのは、ゴツい防護服だった。パイオニアシリーズと呼ばれる服、そのうちの一着を纏ったジェシカだ。重装オペレーター以上の重装備である。なぜ安全な基地内でこんなものを着ているのやら。

 それでも、普段ならば耳と尻尾は無防備に露出している。いくら防護性能を上げるためといっても、それらを塞いでしまっては歩くことすらままならないからだ。

 だが、今は違った。

 

「ジェシカ、その耳は……」

「こ、これですか? バニラちゃんがプレゼントしてくれた物で……。に、似合いますか?」

「あ、ああ。似合ってると思うぞ」

 

 黒地に赤い肉球のマークがついたその耳当ては、普段の服装ならば映える事間違いなしだろう。今は防護服のせいで返り血を浴びたように見えていたが。

 ジェシカはサリアにも挨拶をすると、重い足取りで去って行った。製造所での仕事を終え、部屋に帰るところだったのだろう。

 

「サリア、もしやと思うが……」

「想像の通りだ。ああいった装身具が流行していてな。角や耳を露出させている者はほとんどいないだろう」

「Damn it!」

 

 叫び、Dr.黒井鹿は床に拳を打ち付けた。その姿からは、この世の理不尽への恨みが立ち昇っていた。

 

「誰だ……? 誰がそんな非人道的な服装を思いついたんだ!?」

「それをドクターが言うのか? 肌を見せないことにかけては右に出る者のいない、年中厚着のお前が」

「それはそれ、これはこれだ!」

 

 全身に怒りを漲らせ、Dr.黒井鹿は立ち上がった。

 そして、天まで届けとばかりに吼える。

 

I am the born of my horn, tail, and kemomimi(体は角と尻尾とケモミミで出来ている)!」

「それだとドクター自身に角と尻尾と獣耳が付いていることになるぞ」

「仕事なんてしてる場合じゃない。すぐにこの流行の源の特定と、その阻害策を――」

「……アーミヤ」

「――立てるのは仕事を終わらせてからにしようか! やるべきことを先にやらないとな!」

 

 サリアの一言によって、Dr.黒井鹿の怒気は一瞬で鳴りを潜めた。名前を呼んではいけないあの人(アーミヤ)の名は、彼に対する特攻兵器なのだ。

 

「さあ、仕事にかかるぞ」

「う、うう……やはり力が入らない……。まずは尻尾を触ってからでないと……」

「大丈夫だ。この一ヶ月、お前は誰の尻尾も障らずに仕事をしてきた。同じようにすればいいだけだ」

「それをやると大切な何かを失う気がするんだ!」

「人の大切な尊厳をゴリゴリ削っておきながら何を言う!」

 

 そんな不毛な口論をしつつ、二人は仕事に取り掛かるのだった……。

 

        ***

 

 時は流れて昼飯時。この時間の食堂はいつも混雑している。

 

「あ、いらっしゃい、ドクター! 注文は~? グムのオススメはB定食かな。今日は白身魚のいいのが入っててさ~」

「……ケモミミを1つ」

「えっ? え~っと、ドクター? 大丈夫?」

「ああ、気にしないでくれ。グム、B定食を2つ頼む」

「あ、サリアさんもいらっしゃい! B定食2つだね!」

 

 その空間は、Dr.黒井鹿にとって地獄に等しかった。

 右を見れば尻尾、左を見ればケモミミ、正面を見れば角が見える。だが、その悉くが多種多様な布で覆われているのだ。

 食事で例えるならば、極上の料理があるにもかかわらず、それがガラスケースの中にあるせいで食べられない、という状態だ。そのくせして見た目や匂いはしっかりと伝わってくるため、否応なく欲望が刺激される。

 

「ドクター、無事か?」

「…………尻尾を見ることすら出来ない世界なんて滅んでしまえ」

「駄目そうだな」

 

 B定食の載ったトレイを運びつつも、Dr.黒井鹿の足取りは怪しい。まるで夢遊病患者だ。

 

「…………人は睡眠欲、食欲、触欲の三大欲求によって生きているんだ。つまりお触りを禁じられるということは3分の1ほど死んだ状態になるということで――」

「……分かった。では、こうしよう」

 

 その姿を哀れに思ったのか、サリアがこう提案した。

 

「今日の分の仕事が終わったら、終業時間まで私の尻尾を触っても――」

「終わらせてきた」

「馬鹿な!?」

 

 Dr.黒井鹿の姿が一瞬ブレたかと思うと、その手には書類の束が握られていた。その全てに対して、必要な処理が行われている。

 

「待て待て待て! ここから執務室までだけで三分はかかるだろう!? 今の一瞬でどうやって……」

「信ずるもののためならば、物理法則すら打ち破ろう」

「物理法則どころか時空すら無視していないか!?」

 

 叫ぶサリアに、にじり寄るDr.黒井鹿。その手はそれぞれが個別の生き物かのごとく蠢いていた。

 

「ま、待てドクター。まずは食事を――」

「もう済ませてある」

「本当にどうやって!?」

 

 いつの間にやらDr.黒井鹿のB定食は完食されていた。おそらく姿がブレたうちに食べきったのだろう。揚げ物のクズ1つすら残さない、見事な食べっぷりだった。

 

「いや、だがここでは人目があり過ぎるだろう?」

「大丈夫だ。俺は気にしない」

「私が気にするんだ!」

「なに、みんな食事に集中しているから気付かないさ」

「この騒ぎに気付かないようなオペレーターはクビにすべきだ! 危機察知能力が低過ぎる!」

「ふむ、そういうことなら、うちは優秀な人材に恵まれたようだな」

 

 言われて辺りを見回せば、あれほど混雑していた食堂は人っ子一人いなくなっていた。厨房にいたグムすらどこかに消えている。

 近くの机に置かれた紙には、こう書かれていた。

 

『ごゆっくり by リスカム』

 

「リスカム!?」

「さて、サリア。覚悟はできたか?」

「い、いや、ドクターの食事は済んでいても、私の食事がだな……」

「ああ、気にせず食べていてくれ。俺は勝手に堪能しているから」

「そういうことではなくてだな!?」

「ふっふっふ、では覚g――邪悪な気配!?」

 

 サリアに飛びかかろうとしていたDr.黒井鹿は、咄嗟に横に跳んだ。その残像を突き刺す、黒い帯状のアーツ。

 

「……お二人とも、こんな時間からナニをしてるんですか」

「「アーミヤ(人為災害)!?」」

「……とても不服な呼び方をされた気がしますが、無視します。用があるのはあなただけです、ドクター」

「用と言うと……暗殺か?」

 

 アーミヤの背後から尻尾のごとく伸びたアーツは、いまだ彼女の周囲を漂っている。いつその切っ先が再度Dr.黒井鹿を襲うか分かったものではない。

 

「私がドクターを暗殺なんてするはずないじゃないですか」

「そ、そうだよな。アーミヤなら暗殺なんてしなくとも、正面から堂々と倒せる強さがあるものな」

「ドクター、そういう意味ではないぞ」

 

 なお、暗殺とは「政治的、宗教的、または実利的な理由で要人の殺害を計画し、不意打ちをもって実行する殺人」のことなので、この場合は当てはまらない。ロドスとは特に関係ない豆知識だ。

 

「ドクター、私を見て何か思うところはありませんか?」

「禍々しい」

「……へえ?」

「さーせんしたぁっ! どうか命だけは!」

 

 つい本音がポロっと零れたDr.黒井鹿。一瞬で命の危機である。生存技能を磨く前に、こういったうっかりを直すべきではないだろうか。

 

「改めて、何かないんですか? ありますよね? あるはずです」

「え、え~と……」

 

 改めてじっくりと見ても、新しい発見はない。いつも通りの大き目な服、フードから飛び出た耳、禍々しいとしか言いようのないアーツ。まったくのいつも通りだ。

 と、そこでDr.黒井鹿は気付いた。

 

「ケモミミ……」

 

 そう、アーミヤは件の耳当てを着けていないのだ。さすがに付けられるものがなかったのかもしれない。

 

「そうです。こうしていれば理性を失ったドクターが本能のままに来てくれるんじゃないか……。そんな期待を抱いていたのに、なんで真面目に仕事をしてるんですか!?」

「いつも仕事しろと言って来るのはアーミヤなのに?」

「それはそれ、これはこれです!」

「いや、それとこれとは同じじゃないか!?」

 

 ツッコミが入るも、アーミヤの耳には届かない。彼女の耳は遥か彼方のDr.黒井鹿の声は聞こえても、すぐ近くの理性的な声は聞こえないようにできているのだ。

 

「さあ、ドクター。こっちへ来てください……」

「いやアーツを広げながらそんなこと言われても……」

 

 こうなってしまっては、頼れるのはサリアだけだ。なにせ彼女はアーミヤの次にDr.黒井鹿との付き合いが長い。1人では到底無理でも、2人ならば抵抗が叶う! ……かもしれない。

 

「サリア、なんとか逃げる隙を作ろう。俺がアーミヤの気を引くからその間に……サリア?」

 

 その一心で助けを求めたDr.黒井鹿が目にしたのは、机の上に置かれた1枚の紙だった。

 そこには、こう記されていた。

 

『ごゆっくり by サリア』

 

「サリアァ!?」

 

 それが、Dr.黒井鹿の最後の声となった。

 

        ***

 

 その後、耳当てや尻尾カバーのブームはすぐに過ぎ去った。

 理由は簡単、暑いのだ。これから夏に向かうという時に、そんな物をつけていられるはずもない。さらに、あれはけっこう手入れが大変なのだ。

 

 だが、サリアはしばらく角と尻尾のカバーを付け続け、Dr.黒井鹿を大いに苦しめたという。

 

 

 そんなこんなで、ロドスは今日も案外平和である。

 




 ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
 アークナイツのスキンはスタイリッシュでいいですよね。特にジェシカ、追加スキンで露出度が減るソシャゲを見たのは初めてです。
 ところでサリアのスキンが見当たらないんですが、どこに行けば作ってもらえるんでしょうか……?

 それでは、また次回もお楽しみに!


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第25話―ちかくのおはなし

 近くの物でも、人の知覚は曖昧である。
 錯覚によってありもしない物を見たり、記憶と混同して見たこともない物を見たことがあると思ったり……。

 これは、そんな感覚の曖昧さと戦う者の物語である(かもしれない)。


 人の知覚において、視覚の占める割合は非常に大きい。一説によれば、人は外界の8割以上を視覚からの情報で認識しているそうだ。

 試してみれば単純なことだ。視覚、聴覚、嗅覚、触覚、味覚――そのうち1つを封じた時、もっとも情報の減少が多いのはどれか。言うまでもなく視覚だ。

 

「見えず、聞けず、嗅げず、触れず、味わえず……。五感のどれか1つを失わせるだけでも拷問になるというのに、まさか全て塞がれるとはな」

「…………」

 

 音が聞こえずとも、匂いがせずとも、触れたことに気付かずとも、味がせずとも――それでも、人は生きていける。もちろん多大な不自由はあるが、致命の欠陥とはならない。

 だが視覚はどうか。

 音だけでは、正確な場所は分からない。

 匂いとて、風向きによってまちまちだ。

 どこにあるのか分からなければ触れることは出来ない。

 味がするころには手遅れとなるような毒物の可能性もある。

 このように、視覚とは人が個体として生きて行くに必須の感覚と言っても過言ではない。

 

「……だが、この程度どうということはない。俺の感覚はこの苦境を乗り越えたのだから」

「…………ドクター?」

 

 だが、それで良いのか。

 野に生きる獣ならば、それで良いかもしれない。だが、人は違う。そういった個体で生きられない者が生きて行けるように環境を、その者自身を変えていくのが人だ。

 見える物が全てではない。見える事が全てではない。

 知覚の1つや2つがなくとも生きて行くには何が必要か。それを想像し、創造する。これぞ人の新たな知覚ではないだろうか。

 

「カバー1枚程度なにするものぞ! 俺の眼にはサリアの尻尾が視えるぞ! そうか、これが『心眼』というやつか!」

「黙れ、ドクター! そんな濁りきった心眼があるか!」

 

 なお、上記の話とDr.黒井鹿の恥覚は一切関係無いのでご承知おき願いたい。

 

        ***

 

 件のおしゃれブームから1週間ほど後――

 

「ふむ、よし」

 

 ――サリアは、いまだに角と尻尾のカバーを愛用していた。

 部屋に備え付けの姿見には、これまでより橙色の減った姿が映っている。彼女の尻尾は厚みがとても薄く、通常のヴイーヴル用カバーでは幅が余ってしまう。また、角も上ではなく前を向いてうえに本数が多いため、同じくヴイーヴル用の物は使えない。

 というわけで尻尾は改造した薄型ヴイーヴル用、角はメテオリーテからもらったサルカズ用を2つ使うことで隠している。

 

 そう、サリアにとってこれはおしゃれではなく、自分の弱点を隠す防護服だ。そう考えれば、多少の着心地の悪さや手入れの煩雑さも許容できるというものだ。

 これを着用するようになってからというもの、Dr.黒井鹿によるお触り被害は脅威のゼロを維持している。……まあ、アーミヤの手で医療室送りにされていた期間もあるので、その影響もあるのだが。

 だが、これを着けている限り、Dr.黒井鹿が暴走する可能性は限りなく低くなる。あとはその欲望が他のオペレーターに向いた場合の対処だが……それはその時に考えればいい。それがサリアの考えだった。

 なにせDr.黒井鹿の行動に関しては、余人が考えても一切見通せないのだから。

 

「おはよう、ドクター。今日も仕事を――」

「Guten Morgen, Saria. Lassen Sie uns heute unser Bestes geben.」

「いや待て、どうしたんだ?」

 

 そう、唐突にこんなことをする人間の思考を、どうやったら先読みできるというのか。

 

「Was ist los? Bist du krank?」

「ドクター、とりあえず私が分かる言葉で喋ってくれ。話はそれからだ」

「ん、ああ、すまない。少し取り乱した」

「少し、なのか……?」

 

 執務室に入った途端に謎の言語で話しかけられれば、誰でも混乱する。それをこの短時間で乗り越えられるサリアの精神力は、ひとえにDr.黒井鹿によって鍛え上げられたものだ。……より正確には、Dr.黒井鹿の奇行に耐えるために鍛えられた、だが。

 

「それでサリアはん、どうしたんどすえ? 部屋に入るなり頓狂な声出しなはって」

「いちおう分かるが、普通に喋れ。その色々と間違えた喋り方はやめろ!」

「そげなこと言うでなか。これも場所によっちゃ普通の喋り方ばい」

「私はここでの普通を要求しているんだ!」

 

 その後、もう10個あまりの言語で何かを訴えたDr.黒井鹿だったが、サリアの拳にアーツの光が集まると途端に流暢に喋り出した。

 

「それで、どうしたんだ? 朝早くから変な声を出すなんて、具合が悪いのか?」

「それはこちらの台詞だ。朝早くから変な言語を話すなんて、理性がないのか?」

「あるわけないだろう?」

「なぜ寝起きなのに理性がないんだ!?」

 

 曰く、夢の中でも周回にあたっていたのだとか。それでは理性が回復しないのも道理だ。

 

「……その理性不足は、私の尻尾が原因か?」

「……まあ、そうだ。だが心配いらない。それに関しては解決策を編み出した」

「今の今まで心配する要素しか見当たらないんだが……聞かせてもらおうか。その解決策とやらを」

 

 ――あれ? これ理性回復を盾にすればお触り行けたのでは?

 そんなことを若干思いつつ、Dr.黒井鹿は口を開いた。

 

「人間の感覚は、その多くを視覚に頼っている。まず見て、次に聞いて、嗅いで、触れて、物によっては味わう。それが人の行動だ」

「そうだな。……ところでドクター。尻尾は味わう物ではないからな?」

「しかし、今の俺は五感を封じられた状態に等しい。カバーによって見えず、衣擦れしか聞こえず、匂いも届かず、触れることも出来ず、まして味わうことも出来ない。……これを地獄と呼ばずしてなんと呼ぶ?」

「無視するなドクター! 尻尾は――というか人の身体は味わう物ではないはずだろう!?」

「だが、どんな地獄でも人は慣れる。そしてそこから抜け出す術を見出せるのだ。それこそが人の本質、人の獲得した知性というものだ」

「人の話を聞け! お前が獲得しているのは知性ではなく恥性だ!」

 

 サリアのツッコミを上書きするかのごとく、Dr.黒井鹿は叫んだ。

 

「全裸がエロくないように! 脱ぎかけが最もエロいように! 見えぬからこその良さを視る! これぞ人の知覚の至高なり!!」

 

 なり、なり、なり……。通気口の中を、叫びが駆け抜けていく。

 そして、それに追いすがる大音声が、今生まれる。

 

「わざわざ見えないようにしているのだから見るな! ただそれだけのことだろうが!?」

 

 閉所で出していい声量ではなかった。壁が吸収しきれなかった音が跳ね返り、2人の鼓膜を打ち据える。

 だが、その程度で止まるわけはない。

 

「しかしだな、サリア。俺は既にその角も尻尾も見て、聞いて、嗅いで、触れて、舐めて、味わって、擦って、揉んで診て吸って包んで握って(以下略)……と隅々まで知ってしまっているわけだ。そこで情報を遮断されれば、以前の記憶を元に想像するしかないだろう?」

「そもそも想像するな、と言っているんだ! いや、それ以前に人の尻尾を弄ぶというのがだな……」

「弄ぶ? とんでもない。俺はそんな中途半端な触り方はしないさ。なにせお互いに明日があるかも分からない身の上だ。毎度毎度、この1回が今生の別れとなるかもしれない……そう考えて堪能しているだけだ」

「私の意思を無視して触っている点をもって弄んでいると言っているんだ!」

「だが、不快ではないだろう? ヴイーヴルに関する本を片っ端から買ってきて読んだからな。そうそう下手は打っていないはずだ」

「最近やけに書籍費がかさんでいると思えば、そういうことか!」

「そういうことだ!」

「開き直るな!」

 

 そんな調子で互いに意見をぶつけ合い、十五分後。

 

「…………喉が渇いたな」

「…………休憩にするか」

 

 2人は息も絶え絶えになっていた。十五分も叫び続ければ当然である。

 パフューマー特製のお茶で喉を潤し、2人は同時にふー、と息を吐いた。張り詰めていた空気が弛緩し、のどかな雰囲気となる。もし屋外だったなら、このままいい気分で昼寝に突入できただろう。あいにくと地下深くだが。

 

「まったく……。なぜお前はそうも尻尾に執着するんだ?」

「逆に聞きたいんだが、なぜ執着しないと思えるんだ?」

「ほとんどの人間は執着しないからだ」

「それは巧妙に隠しているだけだ。世の人々は尻尾に飢え、角を欲しているはずだ。俺には分かる」

「気のせいだ。絶対に気のせいだ」

 

 まあ、空気が和らいだところで話題は変わらないのだが。

 

「この調子では、そのうち尻尾を自作しそうだな……」

「それはさすがにな……」

「まあ、そうか。さすがのドクターでもそこまでは――」

「ああ、さすがに難しかった。いつか再挑戦したいところだ」

「ドクター!?」

 

 慌てて立ち上がったサリアは、腰に尻尾を巻き付けていた。犬で言えば後脚の間に尻尾を挟んでいる状態――つまりは恐怖心の表れである。

 

「ドクター、つまりお前は、自分の手で尻尾を作ったことがある、と……」

「……あれは尻尾と呼べるほど上等な物じゃない。精々が尻尾の紛い物、ハリボテだ」

「出来不出来の話ではなくてだな。……作ろうとしたことは、あるんだな?」

「ああ、あるとも。人として当然だろう?」

「そんな当然があってたまるものか!」

 

 そう言ってサリアは端末に指を走らせた。そこに表示された名前を見て、Dr.黒井鹿はフードの奥で顔を青ざめさせた。

『アーミヤ』……端末の文字はそう読めた。

 

「待ってくれサリア! 俺はただ純粋な好奇心で作ろうと思っただけで、やましいことなどこれぽっちしかない!」

「多少はあったんだな!? そもそもそんな材料をどこから手に入れた!」

「オリジムシβ種の殻だ。なかなかいいオレンジ色でな」

「……待て。なぜオレンジ色である必要がある?」

「…………それは、だな」

 

 口ごもったDr.黒井鹿の視線が向かう先はサリアの腰……もとい、そこに巻き付けられた尻尾だ。

 

「……私の尻尾を再現しようとした、と?」

「…………そうだ」

「アーミヤ、聞いてくれ。ドクターがな――」

「ストォォォップ! サリア、待ってくれ!」

 

 サリアの端末の電源を切り、力技で通信を止めたDr.黒井鹿。震える手からは恐怖、畏怖、安堵などが見て取れる。

 

「サリア、聞いてくれ。あれはほんの出来心だったんだ」

「出来心で尻尾を作るのか、お前は」

「ああ、さすがにいつもサリアに負担を強いては悪いと思ってな」

「その心掛けはもっと別のところで発揮してもらいたいのだが……」

 

 だがサリアとて悪い気はしないのか、ひとまずアーミヤへの通報は止めたようだ。無言で次の言葉を待っている。

 

「オリジムシの扱いは慣れているからな。造形まではうまくいったんだが、問題はその先でな。芯がなくてはただの抜け殻だ。しかし、しっかりとした芯を入れてしまうと、今度はただのオブジェになってしまう」

「待て、ドクター。お前の尻尾論よりも、なぜオリジムシの扱いに長けているのかについて説明を――」

「メイヤーに頼んで動かせるようにもしてみたんだが、やはり機械だ。決められた動きしかできず、見ていて物足りない。何より近付いたときにモーターの音がしていては興が削がれること甚だしい」

「おい、また無視するな! まさかと思うが貴様、まだオリジムシ食用化計画を諦めていなかったのか!?」

「だから今はメイヤーの設計待ちの状態だ。彼女には新型の武器だと説明していてな。己の腕の延長として使えるよう、こちらの意図をくみ取って動く芯の開発を依頼してある」

「メイヤー……、仕事を引き受ける相手は選べとあれほど言ったというのに……」

 

 だが、Dr.黒井鹿の話が真実ならば、メイヤーさえ止めればこの計画は頓挫する。

 一刻も早くその邪悪な尻尾Xの開発を止めるべく、サリアは執務室を出た。……否、出ようとした。

 その眼前を、橙色が遮った。

 

「……サリアさん、どこに行くんですか?」

「あ、アーミヤ!?」

 

 橙色の出所にいたのは小柄なウサギ耳の少女。周囲に放っている強烈な圧のせいで身長が伸びないのでは? と巷で噂のアーミヤだ。

 

「アーミヤ、その鞭(?)はいったい……」

「ドクターの部屋を荒らs……家探s……掃除していたら見つけたんです。鍵のかかったロッカーの中に鍵付きの棚があって、そこの引き出しに入れてあった金庫に入っていたんです」

 

 なぜそんな厳重な警戒態勢が敷かれているのか。なぜ掃除で金庫の中の物を発見できるのか。そんな常識的なことを聞くのは野暮というものだ。なにせDr.黒井鹿の部屋であり、なにせアーミヤなのだから。

 

「見た瞬間に分かりました。これはドクターが作っていた尻尾に違いない、と」

「あの、アーミヤ? 俺はその話をメイヤー以外の誰ともしていないんだが、なぜ知っているんだ?」

「……ちょっと小盗聴器に挟んだもので」

「それを言うなら小耳に挟んだ、じゃないか?」

 

 だが、盗聴器はDr.黒井鹿もそこかしこに仕掛けている。まったくもって同罪だ。

 

「メイヤーさんにも話を聞こうと思って持って行ったら、芯の試作ができたから、と言われたんです。試運転も頼まれたので、相手をしてくれる方を探していたんですよ」

「そ、そうか。だが私達は仕事があるからな。残念だが……」

「ええ、サリアさんは仕事を続けてください」

 

 そう告げると、アーミヤは手にした鞭……尻尾……鞭のような何かをユラユラと揺らした。そう、まるで本物の尻尾のように……。

 

「尻尾……おお、あそこに見えるのはサリアの尻尾ではないか……」

「ドクター、正気に戻れ! あれは尻尾の紛い物だとお前自身が言っていたじゃないか!」

「はっ、たしかに。……いや、だがあの見た目は間違いなくサリアの尻尾だ。これだけ離れていては視覚以外が機能しない。ならば他の四感を使える距離まで近付いて確かめるべきではないか? よし、そうしよう」

「待て待て待て! ドクター、お前にはアーミヤの目が見えないのか? あれは間違いなく命を取りに来ているぞ!?」

「サリアの尻尾で死ねるなら本望だ!」

「流れるように覚悟を固めるな!」

 

 どれだけ言葉を尽くそうともDr.黒井鹿は止まりそうにない。なにせこのところ深刻なお触り不足だったのだ。飢餓状態の人間が食品サンプルを目にしたら、とりあえず近付いて食べられるか調べる。それと同じことだ。

 だが、アーミヤの下にDr.黒井鹿を送れば、今度こそ帰ってこないかもしれない。彼は既に幾度もの黄泉の国訪問をしているが、そろそろ永住権を獲得しそうだ。なによりアーミヤの目が本気だ。きっとサリアの尻尾はあったのに自分の耳がなかったことにご立腹なのだろう。

 そこまで考えて、サリアは決断した。

 

「~~~ッ! ドクター!」

「放してくれ。俺はサリアの尻尾のところに……!?」

 

 Dr.黒井鹿の視界を覆う、橙色。だが、それはアーミヤの手元から伸びたものではない。

 

「……私がここにいるのに、あちらに尻尾があるはずがないだろう。少し冷静になれ」

「……」

「そもそも、あれはオリジムシ製だ。私の物とは匂いも手触りも違う。そんなもので死んでも構わないのか?」

「…………」

「あ、いや、今のは変な意味ではなくてだな!? お前が私の尻尾で死ぬなら、などと言うからそれに釣られただけで死ぬまで共にだとかそういったことではなく!」

「……………………」

「……ドクター?」

「…………………………………………こふぁ」

 

 飢餓状態にある者への正しい対処をご存じだろうか。

 まず、急に食べ物を与えてはいけない。弱った身体は食べ物を受け付けず、なんとか胃に流し込んだとしても消化の体力すら残っていないことが多い。

 ゆっくりと栄養を与え、徐々に元の状態に戻さねばならないのだ。

 

 だが、サリアは間違えた。

 極限状態にあったDr.黒井鹿に対して、顔を尻尾で覆うというこれまでやったことのない行為に及んでしまった。しかも、しかもだ。これまでのお触りは基本的にDr.黒井鹿の主動によるもので、サリアから動くことはほぼなかった。だというのに、今回はサリアが自ら動いたのだ。この差は大きい。

 つまり、何が起きたかというと。

 

「……ドクター? 返事をしろ!」

「…………尻尾道とは、死ぬことと見つけたり」

「そんな返事はいらない! ドクター、息をしろ! ドクター!!」

 

 いきなりの尻尾成分過多により、Dr.黒井鹿は急遽冥界まで日帰り旅行をすることとなった。

 

        ***

 

 後日、執務室にて。

 

「いいか、ドクター。触るだけだからな? 軽く触るだけだ。それ以上はするな」

「ああ、分かっている。そもそも、こちらは足を縛られているうえに腰も椅子に括りつけられているんだ。手の出しようがない」

「それでも抜け出しそうだから恐ろしいんだ……。よし、いいか? この距離なら触れるだろう?」

「……………………………………………………ああ、川の向こうに散って行ったレユニオンたちが見える」

「ドクター戻って来い! くっ、医療オペレーター来てくれ! ドクターがまたトリップした!」

「また、か。まあ、妾に任せておけ。ひとまず血を抜こう。ドクターの血はとても芳ばしい香りでな……」

「誰かまっとうな医療オペレーターを呼んでくれ!!」

 

 

 そんなこんなで、ロドスは今日も案外平和である。

 




 ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
 供給不足からの供給過多って体に悪いですよね。でも供給は増えて欲しいというこのジレンマ……。徐々に、徐々に増えてもらいたいものです。

 それでは、次回の更新もお楽しみに!


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第26話―いっしゅうねんのおはなし

 記念日と言われ、あなたはどんな光景を思い浮かべるだろうか。

 温かな食卓を囲む人々か、墓前に集う人々か。

 それは十人十色、千差万別。人の数だけ形が違う。
 だがそれでも、その人なりの記念日を過ごせることが最も重要なのだ。


 記念日というものがある。

 往々にして、それは喜ばしいものだ。

 

 例えば、誰かと出会った日であるとか。

 例えば、何かを為しえた日であるとか。

 

 例えば、何処かへ帰還した日であるとか。

 

 そう言った日を、人は祝う。

 喜びを分かち合える仲間と共に、かつての出来事を思い返すのだ。

 

 そして、ここにも一人、記念日を迎えた者がいた。

 その者は今――

 

「な、なんとか一段落……」

「ドクター、おかわりだ」

「ぴぎいいいいいいぃ!」

 

 ――喜びではなく、仕事に押し包まれていた。

 

        ***

 

 その日の朝、特別なことなど何も起こらなかった。

 

 Dr.黒井鹿はいつものように目を覚まし、いつものようにシャワーを浴び、いつものように感染生物の世話をしてから執務室に向かった。

 これまたいつものように部屋で待っていたのはサリアだ。2人のうちどちらが先に来るかは日によるが、どちらかというとサリアが先に来ていることが多い。

 そして、サリアはDr.黒井鹿に右ストレートを見舞った。

 

「いや待てなんでだ!? 俺は普通に仕事をしに来ただけだぞ!」

「……ああ、そうだな。3日間ほどサボった仕事を、な」

「…………まだ2日じゃなかったか?」

 

 Dr.黒井鹿がそう言った瞬間、今度は左フックが彼を襲った。それを避けると尻尾と右の回し蹴り。これを尻尾は受け、蹴りは流す。エフイーター直伝のカンフーである。

 

 その後も数分間、攻防が続き――

 

「……まあ、朝の運動はこのくらいにしておこうか」

 

 ――ようやくサリアが動きを止めた。

 

「仕事を始めるぞ、ドクター」

「……なあ、サリア。今のは朝の運動だったのか?」

「ああ、そうだ。軽い朝の運動だ」

「…………そうか」

 

 いくつも穴の空いた壁を見つつ、Dr.黒井鹿はため息を吐くのだった。

 

        ***

 

 とあるオペレーター曰く、ロドスの事務仕事は拷問と変わらないそうだ。

 無限に思える資料の山、こなしても増えていく未決書類、関係機関の多さから生じる手続きの煩雑さ。そういった諸々から、事務を担当する者たちは戦場に立っているのと変わらないと評されるほどだ。

 では、そんな仕事を3日間も放置したらどうなるのか。

 

「殺せ……いっそ一思いに殺してくれ……」

 

 結果はこの通りである。

 

「ほらドクター、手を緩めるな。訓練室から機材補充、食堂から人員補充、宿舎から菓子補充の要請書類だ」

「もう全部承認でいいだろ……。どれも必要なんだしな」

「駄目だ。予算は限られているからな。やるとしてもどれか1つが限度だ」

「あー、じゃあ宿舎への菓子補充で」

「それなのか!?」

 

 そんな調子で1時間が経ち、2時間が経ち、3時間が経ち……

 

「発電装置の調子が悪い、か。外部に依頼するほどではないな。あとでグレイに頼むか。次はヴァルカンから新しい金床……。自作するなら許可、ただし設置場所は応相談、と」

 

 ……7時間が経過した頃、Dr.黒井鹿は真面目に仕事に取り組んでいた。

 

 それを見たサリアは言った。

 

「ドクター、休憩にしよう」

「いや、まだいい。調子が出てきたところだからな」

「いいから休め。お前が真面目に仕事しているなど異常だ」

「酷い言いざまだな」

 

 そんな会話をしつつもDr.黒井鹿の手は止まらない。超高速で資料に目を通し、書類を捌いていく。その姿は非常に頼もしいものだ。

 だが、それを見るサリアの顔は険しい。

 

「お前がそうやって仕事を続けると、そのうち理性をなくして私の尻尾に飛びつくんだ。そうなる前に休め」

「いや、大丈夫だ。まだまだいけるとも」

「……時々、お前は私の角や尻尾を触るために仕事をしているように思えるな」

「…………そ、そんなことナイですヨ?」

 

 サリアの顔が更に険しくなり、Dr.黒井鹿の仕事スピードは更に速くなっていく。

 その気まずい雰囲気を打破したのはノックの音だった。

 

「ドクター、いる? 龍門警察との定期連絡を……ってすごい速度ね」

「ああ、スワイヤーか。そこに置いといてくれ」

「そこってどこよ。もう置き場ないんだけど?」

 

 机の上は既に紙束で占拠され、その支配領域は徐々に床を侵食しつつあるほどだ。このまま行けば出入口すら塞がれかねない。

 

「そう言えばドクター、このところ何してたの? 見つけたら即座に捕獲、生死は問わないって聞いたわよ」

「いや死なさないでくれよ!」

 

 知らぬ間に死の危険にさらされていたDr.黒井鹿。(仕事)前逃亡は死ということか。

 

「それで何してたのよ。急にいなくなるからみんな心配してたわ」

「……プレゼントを用意していたんだ」

 

 そう漏らすと、Dr.黒井鹿は机の下から包装された箱を取り出した。片手で持てる程度のサイズだ。

 

「プレゼント……誰にだ?」

「これはサリア、お前用だ」

 

 そう言って包みを渡すDr.黒井鹿。手に取ってみると見た目の割にはズシリと重い。中身は液体のようだ。

 

「ありがたくもらっておくが……いったい何のプレゼントなんだ?」

「今日で俺が救出されてから1年が経つだろう? その記念だ」

「あら、まだ2週間も経ってないはずじゃない?」

「……1年経ったんだよ。そういうことにしておいてくれ」

 

 時間軸とはいくつもある。つまりはそういうことである。

 

「この1年、みんなには色々と苦労をかけたからな。そのお礼も兼ねてプレゼントでも、と思ってな」

「苦労をかけないようにと思うなら、まず耳や尻尾を触るのをやめたらどうだ」

「サリア、それは俺にとって死と同義だ」

 

 お前の分もあるぞ、とスワイヤー用の包みも取り出したDr.黒井鹿。2人に開けるよう仕草で促した。

 

 その包みから現れた物とは――

 

『パーフェクト・サシェ~角用(ヴイーヴル向け)~』

『パーフェクト・サシェ~鱗用(ヴイーヴル向け)~』

『パーフェクト・ソフナー~耳用(フェリーン向け)~』

『パーフェクト・ソフナー~尾用(フェリーン向け)~』

 

 ――角や尻尾の手入れ用品だった。

 

「……ドクター、これは私たちへのプレゼントではなく、自分へのプレゼントと言うのでは?」

「い、いや決してそんなことは……」

「分かりきった嘘を吐くな! 明らかにお前の欲望そのものだろうが!」

 

 ド直球ストレートにDr.黒井鹿の欲望丸出しである。まあ、彼が今まで自身の欲望を隠したことがあったかどうかは不明だが。

 

 しかし、このサリアの詰問に待ったをかける人物がいた。そう、スワイヤーだ。

 

「ドクター、これ、本当にもらっていいの?」

「あ、ああ。存分に使ってくれ」

「ありがとう! これ欲しかったのよ!」

 

 意外にも好評だった。

 

「この会社の商品、今すごい人気なのよ。どこもかしこも品切れで手に入らなかったのよね~」

「そうなのか?」

「そうなのよ。これ、オペレーター全員分あるの?」

「ああ、職員全員分あるぞ。Lancet-2やCastle-3には機械油を用意した」

 

 スワイヤー曰く、一度使ってしまうと他の手入れ用品にはもう戻れないとの噂が絶えないそうだ。そのリピート率の高さも品薄の原因なのだとか。

 

「それを人数分とは……よく用意できたな」

「ああ、それは簡単だ。裏面を見てくれ」

「裏?」

 

 2人が箱を裏返すと、その右下には小さくこう書かれていた。

 

『制作協力:Dr.黒井鹿(ロドス・アイランド製薬所属)』

 

「あなたが作ってたの!?」

「いや、あくまで協力だ。だがその分の報酬ということで、今回こうして送ってもらったというわけだ」

 

 和気藹々と会話に花を咲かせるDr.黒井鹿とスワイヤーの横で、サリアは箱の裏面を見ていた。というよりも睨み付けていた。

 

「……ドクター」

「ん、どうした? サリア」

「この原材料名のところなのだが……『エキス』とは何のエキスなんだ?」

「健康に害はないタイプのエキスだ」

「…………」

「…………」

 

 瞬間、空気が凍り付いた。スワイヤーまでもが笑顔のまま固まっている。

 

「えーっと、ドクター……説明、してくれるかしら?」

「……また今度でいいか?」

「私の同僚にもこれ使ってる人けっこういるし、何より危ない物なら龍門で売らせるわけにはいかないし……。というわけでドクター、ちょっと任意同行してもらえる? ちなみに拒否権はないわ」

「任意の意味を調べて来い!」

 

 叫ぶと同時にダッシュ開始。しかし出入口は既にスワイヤーの鎖によって封じられていた。そしてそこに襲い来るサリアの拳。あまりに迅速な連携だ。

 しかも、その拳も普段のそれではない。スワイヤーの指揮によって鋭さを増しているのだ。これにはDr.黒井鹿も逃げの一手である。

 

 そして出入口以外から逃げるとなれば、脱出口はただ一つ。天井のダクトである。

 

「はっはっは、ではさらば! 俺はオペレーターたちにプレゼントを配ってくる!」

「待てドクター! ダクトはまずい!」

「三十六計逃げるに如かず、まずかろうがうまかろうが逃げ切れば勝ちだ!」

 

 狭い室内を走り、壁を蹴って勢いをつけるDr.黒井鹿。ダクトに通じる格子を蹴破って中に入ると――

 

「ドクター、お待ちしてました」

 

 ――アーミヤがいた。

 

 その後のDr.黒井鹿がどうなったかは誰も知らない。しかしその日、ロドスのあちこちで彼のものらしき悲鳴を聞いた、という報告が上がったという……。

 

        ***

 

 後日、件の手入れ用品を成分分析したところ、怪しい成分は検出されなかったそうだ。

 そしてロドス内部は「ドクターが協力したんだから性能は確かなはず」派と「ドクターが協力したんだから何かヤバいものが入っているはず」派に分かれて争ったという。

 

 そんなこんなで、ロドスは今日も案外平和である。

 




 ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
 最終投稿が去年の4月というのを見て、自分で愕然としていました。どうにもコロナ禍に入ってから時間間隔がおかしいです。コミケがないせいですかね。

 さて、なぜか時計の日付が1月17日となっていますが、アークナイツ的には午前4時までは16日のはず。というわけで1周年の記念日に投稿できました! (詭弁)

 それでは、次回の更新もお楽しみに!


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第27話―がちゃましんのおはなし

 あるはずの物がない。
 あったはずの物がない。
 たしかにそこにあったはずなのに、ない。

 その喪失感、虚無感は想像に難くない。

 ましてそれが人の手によって引き起こされたとあっては、その怒りは計り知れない……。


 男が叫んでいた。

 

 フードの奥で滂沱の涙を流し。

 骨が軋むほどに拳を握りしめ。

 そうして、男が叫んでいた。

 

「何故だ……何故だ、何故だ、何故だ!」

 

 長ソデはおろか長ズボンを履いている者すらいない状況で、ただ1人全身を黒ずくめのコートで覆っている男。

 その服装だけで人目を引くには十分だろうに、彼は叫び声でより人々の注目を集めていた。

 

「こんな暴挙があってなるものか! こんな理不尽が許されてなるものか!!」

 

 周囲の視線を一身に引きつけ、それを全く気にしていない男。

 魂を打ち砕かれたとばかりに悲痛な叫び声を上げている男。

 異様な気迫を纏って会場スタッフに詰め寄る男。

 この男こそ誰あろう――

 

「なんで6台目のガチャマシンが無いんだよおおおおおおぉ!!!」

 

 ――Dr.黒井鹿である。

 

        ***

 

 話は今朝――つまりオブシディアンフェスティバル3日目の朝に遡る。

 

「ふむ、いい天気だ。こんな日は周回に限るな」

 

 シエスタ市内のホテルで目覚めたDr.黒井鹿の第一声はこれだった。

 

 彼の中によみがえるのは1年前の思い出だ。

 本会場を奔走してチケットを集め、それをビーチサイドでコインと交換する。

 そしてそのコインを会場内に設置されたガチャマシンに投入すれば、様々な景品が貰えるという寸法だ。

 

「ふっふっふ、腕が鳴る。またたっぷり稼がせてもらおうか……」

 

 このシステムの良い点はDr.黒井鹿の負担が少ない所だ。

 彼の理性が擦り減るのはチケットを集める段階までで、交換はさほど大変でない。時間さえかければ普段よりもずっと効率よく素材を集められるのだ。

 え、何故チケットを集めるのに理性が減るのか? ……会場内っていろんな耳や尻尾で満たされてますよね? つまりそういうことです。

 

「さて、まずは昨日集めたコインでガチャを回しに行くか」

 

 そう言って彼が揺らした袋からガチャガチャと喧しい音が鳴る。どれだけのコインが入っているのか定かでないが、少なく見積もっても数千枚という単位だ。

 それを持ち上げようとし――

 

「……スカジを呼ぶか」

 

 ――1ミリたりとも動かせず、増援を呼ぶことにした。

 

        ***

 

 オブフェス中のシエスタに昼夜は関係ない。常にどこかで音楽が鳴り響き、誰かがそれに熱狂しているからだ。

 その証拠とばかりに、明らかに昨日から一睡もしていない人々がそこかしこにいる。中にはヘドバンしているのか船をこいでいるのか分からない者もいるくらいだ。

 

「それでドクター、こんな物を持って行ってどうするの?」

 

 そんな興奮と眠気がせめぎ合う路地を歩く女性が一人。こちらは明らかに眠気に支配されかかっているように見える。

 だが実のところ、これは彼女の素に過ぎない。表情が薄いだけで眠いわけではないのだ。

 

「ああ、そうか。去年のオブフェスの時には、スカジはまだうちに来ていなかったな」

 

 そう、スカジである。Dr.黒井鹿ではピクリとも動かせなかったコイン袋を片手で持ち上げ、そのまま平然と歩いてきたのだ。

 傍目に見ると、スカジの身体と袋のサイズが明らかにおかしい。中身が綿か何かでなければ持ち上げられないほどの比率なのだが、聞こえてくるのは金属音なのだ。普通ならば目立ってしかたなかっただろう。

 

 だが、今はオブフェスの真っ最中なのだ。そこいらの通行人を見るくらいならアーティストを見る。それがこの場の常識だ。

 

「そのコインを持っていくと資源と交換してくれるんだ。それも祭りの間は無制限でな」

「そう、それは便利ね」

「ああ、できればここで向こう数ヶ月分の資源を揃えたいところだ」

 

 まあ、その常識からすると、この2人は常識外れな存在だった。

 なにせライブには目もくれず、ただ淡々と歩いていくのだから。

 

「それで、どこまで持って行けばいいの?」

「たしかこの辺だったはずなんだが……ああ、あそこだ」

 

 そして2人が辿り着いたのは大きなテントの前だった。テントの前には「オブフェス準備会本部」と書かれた幕が下げられている。

 テント入り口の両脇には件のガチャマシンが設置されていた。

 

「これがその引き換え機なのね」

「ああ、5台目までは中身が決まっていて、それを引き切ることが出来る。だが6台目が曲者でな……。ひどい時には10回分全て純金だったこともあった……」

「そう。それでドクター……5台しか無いようだけど?」

「……は?」

 

 スカジに言われ、ガチャマシンを数えるDr.黒井鹿。

 入口の左に3台、右に2台。

 合わせて5台である。

 

「……はっはっは、何かの見間違いだろう。もう1度数えれば変わるはずだ」

 

 深く深呼吸し、Dr.黒井鹿は指差しで数え始めた。

 入口の左に1台、2台、3台。

 入口の右に1台、2台。

 やはり5台である。

 

「…………」

「ドクター?」

 

 5台目を指差したまま、しばし固まったDr.黒井鹿。

 次の瞬間、彼はテント入り口を開け放った。

 

「ガチャマシンが足りんぞおおおおおおおおおっ!?」

「えっ、ちょっ、どうされました?」

 

 唐突な叫びに驚く運営スタッフ。それに構わず、Dr.黒井鹿はズンズンとテントに入っていく。

 

「急に大声を出してすまない。オブフェスに来ている者なのだが、ガチャマシンが1つ足りなくてね。少しばかり取り乱してしまったんだ」

「ガチャマシンが、ですか? また盗難ですか……。それで、それはどこのマシンですか?」

「このテントの前だ」

 

 Dr.黒井鹿とスタッフが外に出ると、そこにはたしかに5台しかガチャマシンがない。

 しかし、それを見るとスタッフはホッとした表情を浮かべた。

 

「なんだ、ちゃんとあるじゃないですか」

「いやいや、何を言っているんだ? 5台しかないじゃないか」

「ええ、ですから5台ともあるじゃないですか」

「ん?」

「え?」

 

 どうにも会話が噛み合っていない。それもかなり不吉な感じに。

 そして、それを噛み合わせてしまったのはスカジの一言だった。

 

「……つまり、最初から5台しか置いてないんじゃないかしら?」

 

        ***

 

 こうして冒頭に至るわけである。

 

「嘘だ……こんな、こんなことがあるなんて……」

 

 これまでに発覚した事実はどれも悲惨なものだった。

 

 まず、ガチャマシンは5台しか存在しない。無限に回せるガチャが早まったわけでもなく、単に無限ガチャが無くなっただけなのだ。

 次にガチャマシン1台の内容物も大幅に減った。それはもう見るも無残なほどに減った。

 そして極めつけに……特に何か去年からプラスされたものがあるわけではない。ただただ資源が減っただけなのだ。

 

「このガチャのために頑張ってきたというのに……。このガチャのために効率的な作戦とか考えていたのに……」

「あの……お客さん? 大丈夫ですか?」

 

 泣き崩れるDr.黒井鹿に声をかけたのは、テントで応対したループスのスタッフだった。フサフサの尻尾を若干縮こまらせている。どうも警戒しているらしい。

 

「何故……何故こんな無慈悲なことを……?」

「申し訳ありません。去年のガチャマシンが盛況過ぎたんです。参加者の方がこぞって回したので景品が足りなくなってしまい、急遽手配したんですがそれでも間に合わず……。最終的にはスタッフの半分を各地へ資材周回に向かわせて賄っていたんです」

「だから今年は縮小した。そういうわけね?」

「はい……。あっ、でもそのぶんステージの方に予算を回したので、そっちは去年より凄いですよ! なにせ迫撃砲までなら撃ってよし、って話になってますから」

「それはパフォーマンスのうちに入るのかしら」

 

 たしかに、去年よりステージが豪華になっていることにはDr.黒井鹿も気付いていた。それはそれで嬉しいことだ。

 だが、それとこれとは無関係である。

 

「……せろ」

「え、はい。なんでしょう?」

「ヘルマンと話をさせろ!」

 

 スタッフ相手では埒が明かないと思ったのか、Dr.黒井鹿が叫んだ。ヘルマンとは当然、シエスタ市長のヘルマンだ。

 

「ヘルマン市長にって……そ、そんなの無理ですよ!」

「ロドスのDr.黒井鹿からの話だと伝えてくれ。そうすれば繋いでくれるはずだ」

「で、でも……」

「大丈夫。責められるとしたら君ではなく俺だ」

 

 渋々といった様子で無線を飛ばすスタッフ。二言三言話すと、その顔色が驚きに変わった。

 そして、無線機をDr.黒井鹿に差し出した。

 

「ヘルマンか? Dr.黒井鹿だ。久しぶりだな」

『そう久しぶりでもない。この間もメッセージで議論を交わしたばかりじゃないか』

「ああ、あれは素晴らしく有意義な時間だった。『最も幸福な死因とは何か』……。俺はずっと角だと思っていたが、君のおかげで尻尾で死ぬのも悪くないと思えた」

『私もだ。これまではモフモフの尻尾で窒息の一択だと考えていたが、鱗に包まれた尻尾で昏倒するのもアリだと知れた……。尻尾には無限の可能性が詰まっているな』

「その点には同意するが、角にも目を向けるべきだ。それぞれに良さがあってな――」

 

 などと本題を忘れて話し続けるDr.黒井鹿。そばにスタッフや観衆がいることなどお構いなしだ。そのせいでヘルマン市長の株が暴落を見せているのだが、それに全く気付いていない。

 

「――って、そうじゃない。ヘルマン、聞きたいことがある」

『なんだ? 君と私の中だ。秘蔵コレクションの隠し場所までなら教えよう』

「……なんでガチャマシンが5台しかないんだ?」

 

 Dr.黒井鹿の問い掛けを境に、空気が張り詰めた。静まり返った広場に、通信機越しのヘルマンの声が響く。

 

『……思っていたよりも遅かったな』

「そう言うということは……ヘルマン、君の指示なのか?」

『ああ、そうだ。苦渋の決断だったが……やむを得なかった』

 

 ミシっ、という音が聞こえた。Dr.黒井鹿が持っている通信機が軋んだ音だ。強化プラスチックで作られたそれが、今にも砕けそうな音を発している。

 

「……ヘルマン、何故だ。君ならあのガチャマシンがどれだけの価値を持つものなのか分かるはずだろう?」

『何故、と聞くか。逆に訊ねよう、Dr.黒井鹿。あのガチャマシンを成立させるためにどれだけの労力がかかるか、君は分かるはずだろう?』

 

 去年のガチャマシン6台目はたしかに凄まじかった。中級素材が惜しみなく投入され、それ以外も決して無駄になることのない必需品ばかり。まさに祭りにふさわしいラインナップだった。

 

 では、その大量の素材を集めるためにはどれだけの周回が必要なのか。

 

『ガチャマシンの案自体は前々回のオブフェスで出ていたんだよ。だが準備期間が足りず、1回見送る運びとなった』

「それが前回、というわけか」

『ああ、丸1年もかけて資源を集めた。発案当初の予想回数の倍までは耐えられる計算だったんだよ……。だが、まったく足りなかった』

 

 そこでヘルマンは言葉を区切り、深く溜息を吐いた。

 

『君だよ、Dr.黒井鹿』

 

 たしかに前回のオブフェスにおいて、Dr.黒井鹿は寝食を忘れるほど周回に没頭した。時間効率をかなぐり捨て、ただひたすら理性効率のために回り続けたのだ。

 だが、たかが一個人によって祭りの資源が枯れることなどあるはずが――

 

『私たちが用意した資源は初日のうちに9割、君に持って行かれた』

 

 ――あるらしい。

 

「いや、9割はさすがに盛っているだろう?」

『事実だ、Dr.黒井鹿。私はしっかり覚えている。スタッフの半分を急遽周回に向かわせることになったんだからな』

「ああ、それで警備が手薄になって、あんな事件が起こったのか……」

 

 1年前、ヘルマンはシエスタ市にいなかった。だがDr.黒井鹿によるガチャ乱獲は異常事態ということで、スタッフが直接ヘルマンに指示を仰いだのだという。

 

『しかしどれだけ集めても片っ端から君に吸われていく始末……。スタッフが漏らしていたよ。「まるで天災と戦っているようだ」とね』

「いやぁ、それほどでも」

『褒めているわけではないんだが……』

 

 ヘルマンの口調は重く沈んでいるが、Dr.黒井鹿に変化はない。

 だが、それがヘルマンの一言で一変した。

 

『その周回費用を捻出するため、私は「芸能人モフモフ尻尾名鑑」を全巻、質に入れたほどだ……』

「待ってくれ、ヘルマン! 全巻といことは、その、本当に全巻なのか?」

『ああ、そうだとも。当時の既刊87冊、全てだ』

「一目十万龍門幣の17巻も……?」

『そうだ』

「失くした尻尾すら生えてくると言われた31巻も……?」

『そうだ』

「先祖があの世に持って帰ったと噂される56巻もなのか……!?」

「……そうだ」

 

 その言葉を聞き、Dr.黒井鹿は崩れ落ちた。その姿はまさしく、罪を自覚した咎人のそれだった。

 

「ヘルマン、俺は、俺はなんという……」

『いいんだ、Dr.黒井鹿。全ては過ぎたことだ。今さら悔やんでも仕方ない。それに、君に悪意がなかったことは、私も分かっている』

「だが、それでも俺は……」

 

 6台目のガチャマシンが無いと知った時以上の涙を見せるDr.黒井鹿。そろそろマスクの中で溺死しそうである。

 だが、その涙がふと弱まった。

 

「あれ? そういえばヘルマン、この間裏垢で『宝をようやく取り返せた』などと呟いていなかったか?」

『ヴェッホ、ゲホッ! な、なんのことだね?』

 

 明らかに慌てたヘルマンの声を聞き、Dr.黒井鹿の涙が更に弱まる。

 

「……なあ、ヘルマン。1つ聞いていいか?」

『あー、私も忙しくてね。その話はまた今度――』

「ガチャマシン6台目をなくした割に……ステージの変化が小さくないか?」

『…………』

 

 ガチャマシンは前回オブフェスの目玉だった企画だ。予算の実に3分の1近くが注ぎ込まれていた。

 それを削ったというのに、ステージの変化は「言われてみれば豪華になってるな」程度のものなのだ。

 これが意味するところは……。

 

「ヘルマン、貴様……さっき『売った』ではなく『質に入れた』と言っていたな」

『さ、さあ? 記憶にないな』

「こんな時だけ政治家ムーブをするな。貴様……予算で名鑑を買い戻したな?」

『………………』

 

 その沈黙が何より雄弁に物語っていた。だが、未だ一応、確証には至っていない。

 ピンと張り詰めた空気の中、無線機が告げた。

 

『……テヘッ♡』

 

 瞬間、Dr.黒井鹿が吠えた。

 

「ヘルマン、貴様ああああああぁ!」

『仕方ないだろう! あれ無しでは、私は生きていけん!』

「それは分かるが他に手があっただろう!?」

 

 いや分からん。周囲が心の内で唱えたが、Dr.黒井鹿とヘルマンは一切気にしない。否、そもそも周囲など最初から気にしていないのだ。

 

『そもそも去年は私の私費を予算に充てたんだ。ならば今年は予算を私費に充ててもいいだろう!?』

「いいわけあるか! お前あんまりボケたこと言ってっとセイロンに性癖バラすぞ!?」

『その前にシュヴァルツに君の特殊性癖を暴露してやる!』

「はっ、甘いわ! そんなもんとっくの昔にバレてるよ」

『ふっふっふ、1ヶ月前に語り合ったことをもう忘れたのか……?』

「ま、まさかアレを……? 待ってくれ、そんなことをしたら共倒れだぞ!」

 

 ヘルマンの評価は既に地に伏しているので、いっそDr.黒井鹿を道連れにするのも良いかもしれない。……まあ、わざわざ意図せずとも、これだけ騒げばアーミヤの耳に入るだろう。その時点でDr.黒井鹿の未来は決まっている。

 

「そもそもだな、オブフェスはロドスにとって資源回収以上の意味があるんだぞ? 去年のポンペイでこの1年の食事を賄ってきたんだからな」

「お待ちくださいお客さん! あれは食べる物じゃありませんよ!?」

 

 さすがに堪えきれなくなったのか、スタッフがツッコミを入れる。だがDr.黒井鹿はどこ吹く風だ。

 

「あれほど食べ応えのある生物が周回ついでに手に入るんだ。そりゃあ食べるだろう?」

「そもそも人は感染生物は食べないんですよ! あの、あなたからも何か言ってください」

「ドクター、あれ、あまり美味しくないわ」

「お客さん!?」

 

 それからは混沌だった。ポンペイ食糧問題を皮切りに周囲でも大論争が起こったのだ。

 感染生物を食べるなど以ての外、いや食べたら意外とイケる、いやブヨブヨしていて食べづらい、たしか浜辺のBBQ屋でメニューにあったから食べに行こう、等々。

 

 Dr.黒井鹿はその論争に口を出しつつ、ヘルマンとの口論も続けていた。

 そうして騒ぎに騒いで1時間ほどが経過したころ、Dr.黒井鹿が行動を起こした。

 

「もういい! ヘルマン、今どこにいる? 1回きっちり話す必要がありそうだ」

『議事堂だ。警備員に話を通しておくからすぐに来てくれ』

「ああ、今すぐ行くとも。お前の尻尾至上主義、今日こそ叩き直してやる!」

『こちらも君の節操のなさには呆れていたんだ。今日こそ宗派を変えさせてみせる』

 

 ガチャマシンの話は何処へやら、Dr.黒井鹿とヘルマンは勝手にヒートアップしていた。その勢いのまま、彼は走り出す。

 全てはかの邪知暴虐の尻尾主義者を倒すため……!

 

 などという謎の空気の中、

 

「……グラニへのお土産、探そうかしら」

 

 取り残されたスカジは、とりあえず露店を巡ることにしたのだった。

 

        ***

 

 その日、シエスタ市議事堂近くで多数の痴漢事件が発生した。その犯人たちの多くがこのような供述した。

 

「なぜか周りの尻尾や角がやたら魅力的に見えた」

「尻尾をモフることこそ自分の使命な気がした」

「角のケアに全てを捧げようと思った」

「変な電波を受信したような気分だった」

 

 警察はオブフェス中の徹夜疲れから来る錯乱と判断したが、真実は闇の中である……。

 

 そんなこんなで、ロドスは今日も案外平和である。

 




 ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
 なんでガチャマシン減っちゃったんですかね……。あの夢と絶望のガチャマシンはどこに行ってしまったんだ……? ポンペイ乱獲祭りは……??
 真面目なとことしては、ソーンズ、アンドレアナ、ジェイを引いたのに全然周回できず、信頼度上げられないのがツライです。
 でもやはりストーリー良いですね。読んでて楽しいです。

 それでは、また次回もお楽しみに!


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