徒然なる方舟のままに (玖神 米利)
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生命を奏でる (完結)
ゆっくり歩くような速さで (サリア・イフリータ)



 評価・感想・お気に入り・誤字報告ありがとうございます
 今回は余韻を楽しむために前書きにもって来ました。ご了承ください。




 とある方のリクエストから、サリアとイフリータより
 サリアがサイレンスと仲直りしようと決意するお話


.

 

 

 

 

「サリア、貴女も来てたのね」

 

 

 

 -いつまでもこんな日常が続くと思っていた。

 

 

 

「サリアー遊ぼうぜ!」

 

 

 

 -でもそれはただの儚い幻想だった。

 

 

 

『第■研究室で火災が発生しました。職員は直ちに避難してください』

 

 

 

 -我目を疑った現実から逃げ出し。

 

 

 

「逃げ出した貴女にイフリータは会わせられない...!」

 

 

 

 -友とは深い溝ができた。

 

 

 

「...サリアと会いてーなー...」

 

 

 

 -そして、守らねばならない存在を守れず。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私は何をやっているんだろうか...」

 

 そう呟く女性は一つため息をついた。ロドス基地の甲板のベンチで風を感じながらも心中は今もざわついてしまっている。

 太陽に照らされながら女性、サリアは流れていく景色をボーと眺めてしまう。

 いつまでそうしていたのか、何も考えず、いや何も考えたくない彼女は近づいて来た人物に気づかなかった。

 

「何をしているんだ?」

 

「ドクターか。いや何も...」

 

「そうか?」

 

 声を掛けられ漸く誰が来たのか知るが、その声には覇気がなかった。Dr.も不思議に思いながらもベンチへ、サリアの隣へと座った。

 サリアはDr.を気にすることなく、また景色を眺め始める。Dr.もサリアが何を見ているのか気になる、同じ様に眺め始めた。

 十分程経ってから、眺めることに飽きたDr.がサリアへと声を掛けた。

 

「悩み事か?」

 

「ッ...!」

 

 Dr.の指摘にビクリとサリアは体を揺らした。サリアはどうしてと言いたげな視線をDr.に向けた。

 

「サリアは分かりやすいからな。大方サイレンスとイフリータのことだろう?」

 

「...そんなに分かりやすいか?」

 

「ああ、いつも気丈なのにあの二人のこととなるとな」

 

「そうか...」

 

 Dr.は元ライン生命組の事情を知っている、数少ない人間の一人であった。そのためサリアがどうして悩んでいるのかも知っていた。

 ため息をついたサリアは、顔ごと視線を下へと向けた。膝の上で握られる両手が小刻みに震えるの見える。

 サリアは胸の内で葛藤する。Dr.に相談した方がいいのだろうか、それとも巻き込まない方がいいのだろうかと。

 

「...」

 

 Dr.は顔を青白くして手の振るえが体全体に伝播するサリアを見ていられなくなった。

 戦闘では守りに回復、事務では周囲に配慮し作業効率を良くしようと動く彼女にDr.は何かしてはやれないかと、そう思う。

 そして何かを思いついたのか、サリアの下がった頭に手を乗せながら。

 

「ここは一つ、余計なお世話かもしれないが一肌脱がさせてくれないか?」

 

「ドクター...?」

 

 顔を上げたサリアの目は不安に揺れていた。Dr.はそんなサリアを元気づけるように一つ笑顔を浮かべると、頭に乗せていた手でサリアの頭を乱暴に撫で回した。

 

「や、やめろ!? ドクター!」

 

「ハハハ、まっここは一つ任してくれないか?」

 

 サリアは手を振り解き、抗議しようとDr.を見る。Dr.は口元に笑みを浮かべてはいるがその目は真剣そのものであった。

 数瞬の間逡巡するサリア。

 

「頼む」

 

「頼まれましたっと」

 

 サリアはDr.に託してみることにした、それが良い方向に向かうのか悪い方向に向かうのかは分からない。だけど立ち止まってばかりも居られない、そう思うから。

 

「それじゃあ準備出来次第、連絡するから」

 

「分かった」

 

 Dr.はそういい、早々に甲板から基地内へと戻っていった。

 サリアが空を見上げると、嫌味ったらしい程に光輝く太陽に眉をひそめた。

 

 

 

 

 -----

 

 

 

 

 

 それから数日後、サリアはDr.の連絡を受けてとある場所で待機していた。そこは基地内の奥まった角の先の場所にあり、まず誰も通らず人気のない箇所であった。

 Dr.はただ待っていればいい、そうとだけしか言わなかった。

 

「此処に何があると言うんだ...?」

 

 待つこと十分、特に何もなく時間が過ぎていき疑問に思いつつも、サリアはあの日のDr.の目を思い出すと去ることもできなかった。

 さらに数分が経つとカツンカツンと床を蹴る音が響いてきた。サリアは漸く誰か来たのか、もしや何か失敗してやって来たDr.なのではないか、そう思うと待ち疲れがどっと押し寄せてきた。

 ただサリアの予想は外れていた。

 

「え、サリア...?」

 

「っ!? イフリータ!?」

 

「サリア! 久しぶりだなぁ!」

 

 角の先から現れたのは特徴的な角をしたイフリータであった。予想していなかった人物に、サリアは体を硬くした。

 何故どうしてと迷っているうちに、イフリータがロケットもかくやといわんばかりにサリアに突撃した。

 

「ようやく会えた! サリア~」

 

「あ、ああ...。久しぶりだな、イフリータ」

 

 イフリータはサリアの体を両手一杯に抱きしめ、ぐりぐりと顔を押し付ける。初めは戸惑っていたサリアであったが、イフリータの喜びように素直に受け入れ抱きしめ返した。

 

「イフリータ、どうしてここに?」

 

「おう! ドクターがここに来ればいいことあるぞって、あ、でも誰にも秘密だって...」

 

 Dr.との約束を思い出したのか、サリアの腕の中でおろおろし始めた。サリアはあのイフリータが誰かの約束を守ろうとしている、それだけで何故か嬉しくなっていた。

 

「大丈夫だ。私もドクターに呼ばれてここに来たからな」

 

「え、じゃあいいことってサリアに会えることだったんだな...! よっしゃー! サンキュードクター、今度飴やらないとな!」

 

 にししと聞こえてきそうな笑みを浮かべるイフリータに微笑み返すサリア。

 二人は貴重な時間であると認識しており、近くにあったダンボールへと腰掛け語り合った。

 話しているのは基本的にイフリータでサリアは相槌を打ちながら自身のことも少なからず話していた。

 

 二時間ほどだろうか、初めは談笑していたが時間が経つにつれて二人の顔から笑顔が消えていった。話したいことはまだまだある、だけれども無意識だろうが意識的にだろうが避けていた話題に関してであった。

 遂に二人の口が閉じた。

 避けては通れない道である。そしてDr.が今回のセッティングをしたのもそういうことであると、サリアは覚悟を決めて口を開いた。

 

「さ...サイレンスは、元気、か...?」

 

 サリアは覚悟を決めた、だけれどもどうしても口が震えしまう。怖いわけではない、友なのだから。憎んでいるわけがない、逃げたのは自分自身なのだから。ただ、どうしようもなく不安なのだ。

 

「あ、ああ、元気だぜ! めちゃくちゃ、そう、元気元気...!」

 

 イフリータはサリアの負の感情が伝わってしまったのか、わざと明るく告げてきた。

 

「そう、か。そうか...元気、か」

 

「サリア...」

 

 静まり返る通路。サリアはただただ自分が情けなかった、こうなることが分かっていたはずなのにイフリータに心配かけさせてしまったことが。ただ、情けなかった。

 俯くサリアにイフリータは、ただ悲しかった。イフリータの中でサリアは強く気高く、全てから守ってくれるヒーローであった。だからサリアのこんな姿は見たくは無かった。

 

「...なぁイフリータ。イフリータは私が憎くないのか?」

 

「えっ...?」

 

 ポツリと呟いたサリアの言葉に、イフリータは何を言われたのか分からなかった。

 固まるイフリータに、サリアはぽつぽつと話し始めた。自分がイフリータを見捨てて逃げたことを、あの時のことをきっかけに逃げ出してしまったことを。話すべきではない事は伏せて、自分が悪いとでもいうように。

 話していてサリアは漸く気が付く。

 

(私は結局、サイレンスとイフリータに罵って欲しかっただけなんだ)

 

 それは逃げである。そう分かってはいても、望んでしまう。

 サリアはそんな薄暗い感情を持ちながら話し終え、ゆっくりと顔を上げてイフリータを見る。イフリータは涙ぐんでいた。

 サリアがギョッと驚くが、サリアが何かを言う前にイフリータは声を張り上げた。

 

 

 

「俺がサリアを憎んでるわけねーだろ!!!」

 

 

 

 呆気に取られるサリアにイフリータはボロボロ涙を流しながら言葉を続けた。

 

「俺には難しい、ことはわかんねー。けど、けどな、『家族』であるサリアとサイレンスが、喧嘩してるのは嫌なんだ...」

 

「イフリータ...」

 

「あそこで、俺に良くしてくれたのは、二人だけなんだよ。二人だけなんだよぉ! だから家族だって、そう思ってたのに...」

 

「イフリータっ! すまない、本当にすまないっ!!」

 

 イフリータの慟哭に、サリアは強く抱きしめた。

 

「サリアぁ...」

 

 泣き続けるイフリータに服が濡れるのを構わず、強く、強く抱きしめた。

 サリアの中には先ほどまでの薄暗い感情はなくなった。だがそれと同時に激しい後悔が胸の内を支配した。

 自分は一体何をしていたのか、幼い彼女を苦しめていただけではないか。そう、後悔するものの時は戻ってくれはしない、ならば前へと進むのみ。例え彼女に嫌われようとも。

 サリアはそう決意した。

 

 

 

 二人で一頻り泣いた後、抱きしめあっていた手を緩め離れた。そのさい、イフリータはサリアのベルトにサイレンスの贈り物が着けられているを視界にいれた。

 

「サリアは、サイレンスと会うことあるんだよな...?」

 

「ああ、そうだが...」

 

 サリアは不思議そうにするイフリータに首を傾げた。イフリータは自分が身に着けている、サイレンスの贈り物を手に取りサリアへ見せた。

 

「たぶんサイレンスもサリアのこと嫌ってない、と思う...。だって、サリアにあげた羽飾りを着けてるの許してるもん」

 

「...!」

 

 イフリータに言われて漸く気が付く。あの口下手のリーベリは直接口では言わず、親しい心を許したものにだけ自身の羽飾りを贈っていることを。

 サリアはサイレンスの羽飾りを片時も離していない、だから会うたびに口論になっているときもサイレンスは気づいているはずなのだ、自分が贈った羽飾りを。

 

「ああ、ああ! ありがとうイフリータ!」

 

「わっぷ!? ど、どうしたんだサリア?」

 

 自分はいつも気が付くのが遅い、でもまだ手遅れじゃない。そう確信を得られたサリアは喜びのあまりイフリータへと抱きついた。

 訳が分からないイフリータであったが、サリアの笑顔にイフリータも嬉しくなった。

 

「イフリータ、私はサイレンスと仲直りする。絶対にだ」

 

「ほんとか!?」

 

「ああ! なんなら指きりしようか?」

 

「絶対だかんな!」

 

 ロドス基地の奥まった通路の先、そこで指きりげんまんの声が響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 サリアとイフリータ、二人の声が響く角の先に二人の人物が耳を澄ませていた。

 

「これでもまだ許さないつもりか? サイレンス」

 

 黒のジャケットに身を包んだ男、Dr.は隣にいる女性に問いかけた。女性、サイレンスは嬉しいような怒っているような、変な顔になっていた。

 

「...許すつもりはないわ」

 

「そうか...」

 

 ダメだったか、と頭を掻くDr.だがサイレンスは言葉を続けた。

 

「でも、少しは考えてみる...」

 

 ぽつりと溢したサイレンスの言葉にDr.は漸く一歩、歩き始めることができたことを実感する。

 

「じゃあ私は行くから」

 

 心中の感情のうねりに耐え切れなかったのか、サイレンスは早足でその場を去った。

 Dr.は去っていくサイレンスの背に言葉を投げかけた。

 

「...ああ。今はそれでいい、ゆっくり歩くような早さでいいんだ。焦ることはない、時間はあるのだから」

 

 

 

 

 

 

 .

 



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止まった時間は次第に速くなり (サリア・サイレンス)

『ゆっくり歩くような早さで』の続き
 サイレンスメインでサリアとなんとか仲直りする話



.

 

 

 

「まだ起きてるのかサイレンス、体に悪いぞ」

 

 

 

 -いつまでも親友だと思っていた。

 

 

 

「なぁサイレンス...勉強...な、なんでもないぞ!?」

 

 

 

 -いつまでも守れると思っていた。

 

 

 

「っ!? ...すまないサイレンス。本当にすまない...」

 

 

 

 -分かってる、これはただの八つ当たりだ。

 

 

 

「なぁなんでサリアと喧嘩してるんだ...? 二人が喧嘩してるのは嫌だぞ...」

 

 

 

 -分かってる、これはただの我侭だ。

 

 

 

「イフリータ、私はサイレンスと仲直りする。絶対にだ」

「ほんとか!?」

「ああ! なんなら指きりしようか?」

「絶対だかんな!」

 

 

 

 -一歩だけど確かに二人は進んだ。

 

 

 

「ゆっくり歩くような早さでいいんだ。焦ることはない」

 

 

 

 -...私の歩みは、止まったままだ。

 

 

 

 

 

 

 ロドスの研究室の一つに、サイレンスとフィリオプシスの二人が端末の前に向かい合っていた。カタカタと端末を操作する音が部屋の中に響くが、その音の発生源は一つだけであった。

 音が止まっているのはサイレンスであり、その間にもフィリオプシスは自身の仕事を片付けていく。

 

「...」

 

 光を放つ端末、その中身は此度の医療実験の経過報告であり、ここロドスでは重要な案件の一つであった。しかしサイレンスの手は動かず、その目もどこか遠いところを見ているようで端末からの光を反射しているだけであった。

 十分かそこらが経って、ようやくサイレンスが再起動し端末を操作する音が増えた。サイレンスの様子に、フィリオプシスは業を煮やしたのか彼女の元へと向かった。

 

「サイレンスさん」

 

「...フィリオプシス? どうしたの?」

 

「提案。今日の業務を終了することをオススメします」

 

「いきなり何言ってるの...」

 

 端末越しに向かいあうが、唐突なフィリオプシスの提案にサイレンスは肩をすくめた。対するフィリオプシスはいつもの無表情だが、どこかサイレンスを気遣うような雰囲気を出していた。

 

「五回。本日、業務に手が付かず止まった回数です」

 

「うぐっ...」

 

 痛いところを突かれた、というより図星であった。サイレンス自身も昨日のこと、サリアとイフリータの指きりのことが頭の中でループして続けていることを自覚していた。

 自分はどうすればいいのだろうか、そればかりを考えるが答えは出ない。そして今もまた考え始めてしまい、頭が垂れてしまう。

 

「サイレンスさん、貴女は休むべきです」

 

 フィリオプシスの変わらない表情、だがその目には憂慮の念が込められていることがありありと分かってしまう。

 

「...分かったわ」

 

 余り見ないフィリオプシスの姿に、サイレンスは折れると同時に感謝した。今は兎に角一人の時間が欲しかったから。

 

「業務は此方で処理しておきます。ごゆっくりしてください」

 

「...ありがとね」

 

 サイレンスは一つお礼を言い、引継ぎを済ませると足早に研究室から退室していった。

 

「頑張ってくださいサイレンスさん。案外悪いほうにはいきませんよ。あとドクターに連絡を」

 

 

 

 

 

 

 -----

 

 

 

 

「どうすればいいんだろう...」

 

 自室へと帰ったサイレンスは、ベットに横たわると天井を見上げながらそう呟いた。

 頭の中では、ずっと昨日のことがループし続けてリフレインする。

 

 -許すつもりはないわ。

 

「ッ!」

 

 思い出し顔が歪む。誰かに見られてるわけでもないのに、泣きたいわけでもないのに顔を手で覆ってしまう。

 確かに再会した当初は少しだが恨みもした。何故逃げるときに一緒に連れて行ってくれなかったのか、親友という言葉は口だけだったのか、サリアの中でイフリータそして自分はその程度だったのかと。

 

 -許すつもりはないわ。

 

「違う...。違う違う...ッ!」

 

 分かってる。彼女、サリアがそんな人じゃないということはサイレンス自身がよく分かってる。だけど、でもどうしてと考えてもしまう。

 

 -許すつもりはないわ。

 

「ッ! ッ!」

 

 遣り切れない思いを吐き出すように、ボスボスと枕に拳を叩きつける。

 何故、昨日はあんな言葉を出してしまったのか、自身の思いとは裏腹に出てしまった言葉に苦しめられる。

 

 -でも、少しは考えてみる。

 

「...そうだ、考えなきゃ」

 

 吐き出した言葉は戻せない。それが今サイレンスにとって唯一の逃げ口であるのと同時に、苦しむ原因となっていた。

 

 一度頭の中をスッキリさせようとベットから立ち上がると、ビーという機械音と共に来客を告げる呼び鈴が鳴った。今は誰とも会いたくない、そう思うが聞こえてきた声に思わず反応してしまう。

 

「サイレンス、居るか?」

 

「ドクター...?」

 

 返答した時点でサイレンスは失敗したことに気づいた。返事さえしなければ居留守を使い、やり過ごすことができたはずだったのだから。

 だが時既に遅く、扉越しのDr.はサイレンスの存在に気づいてしまっている。

 

「すまない、少し話があるんだが」

 

 申し訳なさそうなDr.の言葉に、サイレンスは逡巡する。今は誰にも会いたくない、なのだがそれは叶わないならばいっその事、相談に乗ってもらおうか、そう考え至ると扉に手をかけた。

 

「良かった、ちょっと話をと思って。ってサイレンス、顔色悪いが大丈夫か?」

 

「大丈夫じゃないわ...。私もちょっと相談したいことがあって...」

 

 Dr.はサイレンスと顔を合わせると、憔悴した彼女の姿に面食らう。相談したいこと、と言うサイレンスに昨日のことを彼女なりに考えていたことがうかがえた。

 色々思うとこはあるものの、サイレンスはDr.を部屋の中へ通そうとすると、Dr.の後ろにもう一人誰かが居た。今の自分を事情を知らない人間に見られたくないサイレンスは、お引取り願おうとするが。

 

「サイレンス...」

 

「サ、サリア...!? な、なんで貴女が...!」

 

 今、一番会いたくて会いたくない、サリアがそこにいた。

 

 

 

 

 サイレンスの自室の中は重苦しい空気に包まれたいた。結局あのあと、Dr.の取り成しの下サリアもサイレンスの自室へと入れたのだが、お互い気まずいのか待てど暮らせど話が切り出されることはなかった。

 Dr.はため息をつくと二人の顔を見渡す。サイレンスは沈痛な面持ちで、サリアは強張った顔をしている。これでは何も始まらないため、Dr.は懐から書類を取り出す。

 

「サイレンス、これを」

 

「ドクター、これは...?」

 

「見れば分かる」

 

 サイレンスは突如出された紙束をおずおずと受け取る。表紙には何も書かれていない白紙であり、正規で承認を得たものではないことが分かる。

 訝しげに一枚めくると、そこには直筆で書かれたとある人物のカルテであった。筆跡からDr.が書いたものなのであろうそれに目を通すが、書かれてあった名前に目を細める。

 

「サリアの、カルテ...?」

 

「私の?」

 

 二人は首を傾げる。ロドスに所属している人員は全て定期的に検査を行っているためそこまで珍しいものではない、Dr.の直筆というのは珍しいのだが。しかしサイレンスは、カルテに書かれてあった日付を見て眉をひそめる。

 

「この日付、私が来る前のもの?」

 

 サイレンスの口からこぼれた発言に、サリアは過剰に反応した。焦りながら立ち上がり、サイレンスが持っているカルテを奪おうとする。

 

「待て!? それはダメだ! ドクターっ、止めるな!」

 

「必要なことだ。それにサイレンスには知る権利があるっ!」

 

 奪い取ろうとするサリアとそれを止めるDr.に、サイレンスは驚くと共にこのカルテには何かがあると二人の様子が告げていた。今はまだDr.が止めてはいるが、非力な彼では長くはもたない。サイレンスは急いでカルテに目を通し始めた。

 

「何よ、これ...」

 

 読み進めていくほどに、サイレンスの顔が青褪めていく。そこにはサリアがロドスに来た、否保護されたときの状態が書かれてあった。

 

「左腕及び肩甲骨の骨折、両足のヒビ、頭部裂傷、腹部貫通...っ!?」

 

 パッと見ただけでも重体、重傷と言える程であり軽傷も含めればカルテの枠に収まりきっていないのである。サイレンスの顔は青を通り過ぎて白くなり、体は震え冷や汗が流れ始める。

 パラパラと速読していくサイレンスを、サリアが奪おうとするがDr.がそれを阻止する。そして、サイレンスがカルテの備考欄の最後の一文に目を通した。

 

「...ライン生命の暗部組織に襲撃される可能性、あり」

 

 全てを読み終えたサイレンスは、持っていたカルテを手から滑らしてしまう。静寂が部屋の中を包み込む中、パサリとカルテが床へと落ちる音が響く。その時にはサリアも奪うのを止めており、顔を歪ませていた。

 

「...教えて、サリア。何があったのか」

 

「知らなくても、いいことなんだ...」

 

「知らなくてもいい!? そんな訳ないじゃない!?」

 

 静寂を破ったサイレンスはサリアに掴みかかる。それをサリアは避けることはせず、ただ顔を背けているばかり。そばで見ていたDr.は止めることはせず、成り行きを見守っている。

 

「ねぇサリア、貴女は私達を見捨てたわけじゃないんでしょ...?」

 

「結果的に、見捨てたようなものだ」

 

「それを決めるのは私よッ。お願いサリア...」

 

 縋りつくサイレンスに、サリアは心が揺れているのか目を泳がせる。後一押し、Dr.はそう感じ取るとサリアに語りかけた。

 

「なぁサリア、ここで一歩踏み出さないと何時までもこのままだぞ。イフリータとの約束、あるだろう?」

 

「ぅ、ぁ...」

 

 少々汚いとは思いつつも、Dr.はイフリータとサリアの約束を引き合いに出した。余程効いたのか、サリアは分かりやすくうろたえ、泳いでいた目が激しくなった。

 

「お願い、教えて。私も貴女と仲直りしたいの...」

 

「ッ! ...分かっ、た」

 

 サイレンスの言葉に折れたのか、サリアは苦々しくも話し始めた。

 

 

 -事の発端はあのイフリータの実験の後だった。施設内が混乱の真っ只の中、実験の副主任、そうサイレンスの部下だ、そいつがライン生命の上役と会話しているのを聞いてしまったんだ。内容は...イフリータに関してだ。

 

 -あいつらはッ! イフリータを、使い潰す、そう言ったんだ!! あと数回で死ぬから、今のうちだと。あの娘の命をなんだと! なんだと思っているんだッ!! ...すまないドクター。

 

 -あの時はまだ半信半疑だった。だから確証を得るために副主任を探ったんだ。サイレンスはそんなことを許すはずがないからな、初めから候補からは外していたさ。

 

 -あの副主任を探ったら、出てきてしまったよ。ご丁寧に上役のサイン付きでな...。血の気が引いたさ、イフリータがあと数回の実験で命を落としてしまうことが確定してしまったのだから。

 

 -何故伝えなかったって? しようと思ったさ。だがあいつ等も馬鹿じゃなかったみたいでな、監視されていて見つかってしまったんだ。機密事項だったようで警報などは鳴らなかったけど、その代わりにやって来たのが...、そう暗部だった。

 

 -その場は何とかしのいでそのままライン生命を逃げ出した。本当にすまない...。逃げ出したあとは、暗部に追われながら此処ロドスに来たわけなんだ。

 

 

 全てを話し終えたサリアは、何とも言えない顔をしたものの直ぐに顔を下に向けた。サリアの境遇は客観的に見れば仕方ないないことで済ませられるものだが、本人が負い目に感じているのだろう。

 対するサイレンスは絶句していた。サリアにも何かしらの事情があったのだろうとは思っていたのだが、サイレンス自身の想像を超えたものだった故にだ。

 

「じゃあ、私達に追手が来なかったのは...」

 

「サリアを追って出払ってたのだろうな」

 

 事実を知ったサイレンスはうつむき、手を握りしめ肩を震わせた。思えばライン生命から逃げ出す時に、上役が騒がしかったからだ。システム面でフィリオプシスの助力があったとはいえ、物理面での妨害もなかった。

 そこでふと、とあることにも気がつく。

 

「じゃあ直ぐにロドスに出会えたのは」

 

「サリアから頼まれて、な」

 

「そんな...」

 

 サイレンス達がロドスに合流及び保護されたのは、ライン生命から逃げ出して直ぐのことであった。その時は安心感からか疑問にも思わなかったが、今にして考えればロドスがあんな近くに居たことがおかしかったのだ。

 

「サイレンス、もういいだろう? サリアを責めるのも、自分を責めるのも」

 

「ッ!」

 

 Dr.に指摘されビクリとサイレンスの方が跳ね上がる。二人の様子を伺っていたサリアは、困惑しながら待ったをかけた。

 

「待ってくれドクター。サイレンスが私を責めるのは分かる、だが自分を責めてるというのは一体...」

 

「実はな、昨日のサリアとイフリータの話し合いを聞かせてたんだ」

 

「なっ! ...そうか」

 

「その時に「ドクター、大丈夫」...サイレンス」

 

「私の口から、言うから」

 

 サイレンスがDr.を止めると、サリアの前へと進み出た。サイレンスの目には覚悟が決まった光が灯っていた。

 久方ぶりにサイレンスと面と向かい合うことに気後れしたのか、サリアは半歩後ずさってしまう。だが、その際にサイレンスの悲しそうに歪んだ顔が目に入ってしまう。そして、昨日のイフリータとの約束のこともあり、半歩どころか一歩踏み出した。

 

「サリア」

 

 サリアの名前を呼び、息を吸いたっぷりと時間を取ってから口を開いた。

 

 

「ごめんなさい!」

 

 

 サイレンスはガバリと頭を下げた。サリアはサイレンスの謝罪に目を見開いた。

 

「貴女がッ、私達を見捨てるはずがないって、分かってたのに...。それなのに私ッ!」

 

「いい、いいんだサイレンス! 私は二人を見捨てたも同然なんだから!」

 

 涙を流しながらのサイレンスの心からの情動に、サリアはサイレンスの肩を掴む。肩を掴まれたサイレンスが顔を上げると、そこには涙目のサリアの顔があった。

 

「もう少し私が上手く立ち回って、いやサイレンスに相談してからにしておけば...」

 

「違う! 私がサリアの話をちゃんと聞こうとしてればッ!」

 

 二人は互いに思いの丈をぶつけ合いながら自身の非を言い合い、否定し合う。感極まってきたのか、目からは涙が流れ始める。

 サイレンスとサリアの様子に、Dr.は静かに部屋から抜け出した。二人の様子にあとはこのまま語り明かして貰うだけだと、そう感じたからだ。

 

「...ふぅ、イフリータに伝えないとな」

 

 部屋から離れていくDr.の顔には、笑みが浮かんでいた。

 

 

 

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 評価・感想・お気に入り・誤字報告ありがとうございます。

 活動報告にリクエスト箱ありますので、よろしければリクエストしていってください。


 シリーズものですがあと1話で完結予定です。


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活発に生き活きと (イフリータ・サリア・サイレンス)

 『止まった時間は次第に速くなり』の続き
 『生命を奏でる』シリーズの最終話
 イフリータメインで、三人の仲が戻ったことを実感する話



.

 

 

 

 

「また逃げてきたのか、しょうがないな」

 

 

 

 -いつもの日常。

 

 

 

「あと少しだからがんばりましょ?」

 

 

 

 -楽しかったあの頃。

 

 

 

「...そういうつもりじゃなかったんだ」

 

 

 

 -変わってしまった関係。

 

 

 

「近づかないでって言ったでしょ!?」

 

 

 

 -苦しくて、辛くて、何かもぐちゃぐちゃで。

 

 

 

 -でも

 

 

 

 -今はもうそうじゃなくて...! 

 

 

 

 

 

「なぁイフリータ、良い話と悪い話があるんだがどっちから聞きたい?」

 

「えぇ、何だよドクター。んー、じゃあ良い話からで」

 

「実はな―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 イフリータがロドス基地内を駆ける。イフリータが横をすれ違い、スタッフ達は驚く。その足の速さで驚いているわけではなく、イフリータの顔が満面の笑みであったからである。

 イフリータがロドスに来た当初は、怯えておりそれを隠すように周囲を威嚇していた。時が経ち、精神的に余裕ができてからもここまでの笑顔を浮かべていたことはなかった。

 眉間に皺が寄り、険のある表情ではなく年相応の無邪気な姿に、スタッフ達は眉尻を下げて温かく見送った。

 

 見守られているとは露知らずイフリータは、そのまま目的地であった食堂へと駆け込んだ。時間にして昼前であるが、既に食堂内は人で溢れていた。

 食堂内でズラリと受付に並んでいる人の列に、イフリータもその最後尾へと並ぶ。キッチンはフル稼働しており、どんどん人の列が少なくなる。

 

「早く順番こねーかな」

 

 イフリータの落ち着きがない呟きが漏れる。イフリータの前後にいたスタッフは冷や汗を流す、いつもだったら癇癪を起こしているところである。しかしいつまで経っても焦げ臭さやボヤ騒ぎは起こらない。

 気になった前に居たスタッフが、後ろをチラリと振り返る。そこにはそわそわして落ち着きはないが、こうして待っている間も楽しんでいるかのように喜色に染まっていた。

 

 前に居たスタッフは相好を崩し、目が合った後ろのスタッフに大丈夫だとジェスチャーする。後ろに居たスタッフは、首を傾げながらも気にしないことにした。

 それから十分ぐらい経って、食堂内に人が溢れ出すようになった頃にようやくイフリータの番が来た。イフリータは待ちきれないとばかりに受付へと食いついた。

 

「おばちゃん! 頼んでたやつ出来てる!?」

 

「はいはい、そう慌てなくてもちゃんと出来てるよ」

 

 イフリータは待っている間、受付台に手をついて小刻みにジャンプする。対応していた壮年の女性は苦笑しつつ、必要なものを取りに行くために一度奥へと姿を消した。

 まだかなまだかな、とぴょんぴょんジャンプするイフリータに後ろにいたスタッフがほっこりする。

 

「お待たせイフリータちゃん。はい、頼まれてた遠足用のバスケットだよ」

 

「ありがとなおばちゃん!」

 

 イフリータは満面の笑みでバスケットを受け取り、抱きしめるように抱えると食堂へ来た時のように走って出て行った。

 

「やれやれ、元気なのはいいことだけど走るのはいただけないね」

 

 なんて言う受付の女性だが、その顔には微笑みが浮かんでいた。

 

「まぁまぁおばちゃん、あの娘がああいう表情することなんて今までになかったんだから多目に見てやってよ」

 

「勿論分かってるさね。だけどね、まだそんな歳じゃないよ。お姉さんと呼びな!」

 

「ひっどいなーもー」

 

 軽口を叩く二人は、食堂の出入り口を暖かく見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 -----

 

 

 

 

 

 バスケットを受け取ったイフリータは、ロドス内にある休養施設である療養庭院へと来ていた。事前に話しが通っていたため、庭園の一区画に準備されていたイスへと腰を掛けていた。

 クロスが掛けられたテーブルにバスケットを乗せ、イスが三つある内の一つにイフリータがもう一つに管理人のパフューマーが座っている。

 

「この紅茶どうかしら、お口に合うといいのだけれど」

 

「...うん」

 

 パフューマーは待ち人が来る間、イフリータの話し相手になっていた。なのだが、当のイフリータは浮ついているのか生返事ばかりであった。

 イフリータの様子にパフューマーは機嫌を悪くする、所か我ことのように嬉しそうにしていた。

 

「ふふ、楽しみなのね」

 

「やっぱり、分かるか?」

 

 クスクスと微笑ましいものを見るパフューマーに、イフリータは罰が悪そうに顔を背けた。

 

「ええ、誰が見てもね。...でも良かった」

 

「?」

 

「こっちの話、気にしないで」

 

「おう、そうか?」

 

 その後、イフリータはパフューマーと会話を弾ませる。普段あまり喋らない相手ではあったが、パフューマーが聞き上手であったため苦にならなかった。

 話を進めていくうちに、浮ついた気持ちも落ち着いたイフリータ。既に時刻は十三時過ぎ、その頃になてようやく待ち人の一人が姿を現した。

 

「あら、来たみたいよ」

 

「え。あ、サリア!!」

 

「すまない待たせてしまったみたいだな」

 

 ゆっくりとした足取りでサリアがイフリータ達の元へとやってくると、残っていたイスへと座った。

 

「それじゃあ私はお暇するわね」

 

「パフューマー、また話そうな!」

 

 サリアが着席したのを確認したパフューマーが、気を利かせて立ち上がった。イフリータは思いのほかパフューマーとの会話が楽しかったのか、再度会う約束をしていた。

 ただサリアは首を捻った。庭園にはイフリータの誘いを受けて足を運んだのだが、てっきり自身とイフリータ、そしてパフューマーの三人で昼食会を行うのだと思っていたからだ。

 

「私よりもっと適任がいるわ」

 

「パフューマーよりも?」

 

 口に手を当て上品に笑うパフューマーに、サリアの頭に疑問符が増える。どういうことなのかと、イフリータに顔を向けても笑顔を浮かべるばかりであった。

 サリアは視線を交互に二人に向けるが、回答を得られず仕舞い。そうこうしている内に、足音が、それも小走りでやってくる音を耳が拾った。

 

「さて、来たみたいだから邪魔者は消えるわね」

 

「またなパフューマー」

 

「ふふ、またねイフリータ」

 

 立ち去るパフューマーと入れ替わるように、足音の主がやって来た。どうやら急いで来たらしく、荒い息遣いをしていた。

 

「ご、ごめんなさい。遅くなっちゃって」

 

「サイレンス...?」

 

「サリア!? ...貴女も呼ばれてたのね」

 

 振り返ったサリアの前には、最近になってようやく関係が修復できたサイレンスが居た。目を見開き驚くサリアにサイレンスも同様で、お互いが呼ばれていたことを把握していなかったことが伺える。

 

「これで揃ったな!」

 

 仕掛け人のイフリータは、悪戯が成功したと満面の笑みを浮かべていた。

 

 

 

 

 

 -----

 

 

 

 

 

「実はな、サリアとサイレンスの仲直りに成功したんだ」

 

「マジか!?」

 

 予想していなかった朗報に、イフリータは飛び上がらんばかりに喜んだ。研究所に居たときは、仲の良い二人を知っているため喜びも一入であった。

 全身で喜びを表現しているイフリータに、Dr.は今まで三人のために苦心した苦労が報われた気がした。

 

「ただな、イフリータ。仲直りしたとはいえ今までが今までだったんだ、まだわだかまりがあるはずんなんだ」

 

「...そう、だよな」

 

 神妙な声音のDr.にイフリータも思い当たる節があるのか、喜びが一転して沈痛な面持ちに変わる。

 

「そこでだ、私にいい考えがある。いいか」

 

 Dr.は誰にも聞かれないように、イフリータへ耳打ちをする。イフリータはDr.の考えを聞いていくうちに、強張っていた顔はどんどん解され最終的には真剣な顔で聞き入っていた。

 

「という感じだ。できるか?」

 

「あったり前だろ! 俺様を誰だと思ってる!」

 

「よし、その意気だ」

 

 あの二人のためなら幾らでもやってやる、そんな決意を抱いているイフリータは胸を張るように宣言する。

 Dr.はその様子に満足したのか、イフリータの背中を押してやる。

 

「善は急げだ。こっちでもお膳立てはしておいてやる」

 

「おう! とと、そうだDr.悪い話ってのは何だったんだ?」

 

 押されるがままの勢いでイフリータは駆け出そうとしたが、最初に聞いた話が気になり慌てて止まる。

 

「ああ、悪い方か。それはな―――

 

 

 

 

 

 -----

 

 

 

 

 

 

 時刻は十五時に差しかかろうとしていた。

 昼食会が始まった頃は、サリアとサイレンスの間にはどこかギクシャクとした空気が流れていた。けれどもイフリータがDr.から受けたアドバイスを参考に、二人の架け橋となることで次第に和やかになった。

 イフリータが食堂で受け取った昼食用のバスケットの中身は既になく、三人は午後のティータイムを楽しみながらロドスに来てからのことを語り合う。

 

「でさーDr.なんて言ったと思う?」

 

「なんて言ったんだ?」

 

「『勉強見てくれる人が増えるからこれから大変だぞ』って言うんだよ!」

 

「良いこと聞いた。これからはサリアにも手伝って貰おうかしら」

 

「そうだな、教えれる範囲で私も手伝おう」

 

「はぁ!? 勘弁してくれよ~」

 

 テーブルに項垂れるイフリータ、それを見て微笑ましいように見つめるサリアとサイレンス。

 過去にあった光景で、前までなかった光景、それが今目の前にある。その事実にイフリータは胸の奥が暖かくなっていっているを感じる。

 

「...また、三人で居られるんだよな」

 

 

 

 

 

 

「「勿論」」

 

 

 

 

「へへっ」

 

 

 

 

 .




 あとがき


 これで『生命を奏でる』は完結となります。読了ありがとうございます。

 元はリクエストで書いたものでしたが、投稿後続き書けるのではとふと思いつき書き始めました。
 いつものように行き当たりばったりでしたが、個人的にはよく仕上がったのではと思います。

 また、この話を投稿する間に、サイレンスメインの短編を一本投稿しましたが、このシリーズとは関係ありません。(そのときに書いておけばよかったと今更後悔)


 評価・感想・お気に入り、ありがとうございます。
 誤字報告も毎度ながら本当にありがとうございます。とても助かっております。(今回も多分あるかも...)

 リクエストもまだまだ募集しております。リクエストする際は活動報告にてお願いいたします。


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前門の狼、中央の狼、後門の狼 
拝啓ペンギン急便の皆さん、私は元気です。


さらっと書いた


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 拝啓

 

 暑さが日ごとに加わってまいりました。暑熱耐えがたきこの頃、くれぐれもご自愛のほどを。

 

 私がロドスアイランドに派遣されて一月あまり、特にこれといった騒動もなく平和な日々が続いております。

 一ペンギン急便の社員として、日々邁進しております。またドクターの研究も順調であり、治療法が確立されるのも時間の問題とのことで喜ばしい限りです。

 

 先ほど、平和な日々と言いましたがロドスアイランドにおいてはと但し書きがつきますが。ラップランドのことではないです。いえ、関係はありますが。

 

 事の発端は、レッドというロドスアイランド所属のループス族なのですが。何故か彼女と相対すると恐怖心に蝕まれるのです。これはあのラップランドも同じだったようで、彼女に対してかなりの警戒心を抱いていました。

 

 私自身も彼女のことを避けていたのですが、これから一緒に活動する仲間なのでなんとかしようとしたのです。ですが、これがいけなかったのでしょう。恐怖心を無理やり押さえ込んで彼女と友好を結べたのは良かったのですが、ラップランドはそうはいかなかったのです。

 

 彼女、レッドは同じループス族から避けられているため交流できるようになった私が珍しかったのでしょう。ことあるごとに近く近づいてくる彼女に、ラップランドが遠ざかるというのを繰り返すのです。そして彼女がいなくなるとラップランドが文句をつけてくるのです。

 

 申し訳ないですがテキサス殿、ラップランドを引き取ってもらえないでしょうか。

 

 敬具

 

 ○年○月○日

 

 ロドスアイランド派遣員

 

 ペンギン急便 テキサス様

 

 

 

----------

 

 

----------

 

 

 

 拝啓

 

 壮健そうでなによりだ。

 

 敬具

 

 ○年○月○日

 

 テキサス

 

 ペンギン急便 ロドスアイランド派遣員様

 

 

 

----------

 

 

 

 

 

「あ゛あ゛~~~....」

「どうした?嫌なこと、書かれて、あった?」

「いえ、そういうわけではないのですよ。というか背中にくっつくのやめて貰えませんか...?」

「ダメ?」

「ダメではないのですが...。ラップランドが凄い形相してるので」

「あの娘のこと?...モフり、してくる」

「あ!?ちょ、ちょっとレッドさん!?」

「バ!?お前、近寄るなぁ~!!!!!」

「モ~フ~」

「モフモフって、前まで言わなかったのに...!」

「ケルシー、教えてくれた」

「Dr.ケルシーぃぃぃいいい!!!」

「来るなぁぁあああああ!!!!」

 

 

 

 

 

-----

 

 

 

 

「あれテキサス、機嫌よさそうじゃん何かいいことあった?」

「エクシア。いや何平穏とはいいものだと思ってな」

「うん?まぁそうだけど、今戦闘中だよ?」

「お二人さんや!呑気にしとらんでなんとかしてーや!」

「ふぅ...今日もタバコが美味い」

「アップルパイうまうま」

「吸って食っとる場合かぁー!!

 

 

 

 

 

.



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かまえ! (ラップランド)

『拝啓ペンギン急便の皆さん、私は元気です。』の続きみたいなもの
ラップランドのキャラ崩壊酷いけどかわいいから許して?


.

 

 

 ロドスアイランドの地上走行基地内のオペレーターに宛がわれている一室。部屋の主が住み始めたのが最近ということもあり、基本的な家具以外は写真が飾られているのみであった。

 その部屋の主は事務イスに座りながら、訪問者の対応に苦慮している。ループス族特有の狼耳を出したフードを深く被り、表情が分からない。追加でいうと口元にはガスマスクをつけている故に声もこもってるから性別さえも分からない。

 

 当の訪問者は、手入れのされていない銀髪を携えたラップランドが不満顔で佇んでいた。余程不満を募らせていたのか、組んだ腕の指がトントンと叩いていた。

 暫く部屋の主を睨んでいたラップランドであったか、話を切り出さないことに業を煮やしたのか詰め寄った。

 

「構えよ!!」

「...はい?」

 

 一言の怒号に言われた方は首を傾げる。該当事項を思い出そうと、頭を捻るが特に思い至ることはない。

 そんな様子の部屋の主にラップランドは、恥ずかしいような照れたようななんとも言えない表情をしていた。

 

「最近あの赤いのにばっかじゃないか!少しはボクにも構ってくれたっていいじゃないか!?」

 

 言ってしまった、と俯かせるラップランドだが髪の隙間から見える顔が赤いのが見て取れた。

 長らく相方をしていて始めてる見せる姿に、ポカーンと呆けた顔で見つめる。聞き取れた言葉を咀嚼して、理解すると柔らかい雰囲気を纏いラップランドの頭を撫で始めた。

 

「貴方も変わり始めてるんですね。良いことです」

「...う~」

 

 変わり始めているラップランドに嬉しさを滲ませる。撫でられているラップランドは、構って貰えて嬉しい反面思っていた構うとは違うことに変な顔になってしまっている。

 なんとも言えない表情のラップランドだが、尻尾はゆっくりと左右に振られている。暫くの間、成すがままにされた。

 

「そうじゃなくて!」

「何か依頼でも受けましょうか?」

「そうそれ!分かってるじゃん!」

「長い付き合いですから」

 

 ひとしきり堪能すると、ロドス上層部に向けて退出した。

 

 

 

 

-----

 

 

 

 

 あの後、ロドス上層部へと依頼を受けに行くと、ちょうどよく盗賊討伐が近隣の村から出されていた。歩きで2、3時間とほど近いためすぐさま向かい、そして。

 

「これで最後でしょうか」

「アハハハハ!歯ごたえのない奴らだったよ」

 

 辺りに盗賊だった者達が、斬られ射られて夥しい血の池を作り地へと付していた。生き残りがいないのは明白であった。

 ラップランドのお眼鏡に叶うような強者はいなかったものの、久々の二人きりでご満悦な様子。対する相方は、短弓に矢をつがえながら周囲を警戒する。

 

「あとはアジトだけですね」

「早く行こうよ。殺しにさぁ...!」

 

 残りの工程を確認しつつ伝えると、嬉々とした顔で刀の血糊をふるい落とすラップランド。であったが、次の瞬間何かを感じ取ったのか相方の背後へと隠れた。

 

「ラップランド...?」

「アジト、いく必要、ない。終わらせた」

 

 音もなく、近くの樹上から降り立ったのは赤いコートを着たレッドであった。最近成長著しいラップランドの警戒感覚に引っかかった模様。

 

「赤いのっ...!」

「レッドさん?何故此処に」

 

 毛を逆立てたラップランドはレッドに威嚇するものの、レッドは意に返さない。

 

「ケルシーに、手伝えって。だから、終わり」

 

 簡潔に伝えるとジリジリと二人の距離を詰めていく。相方はレッドの言葉を吟味しているが、ラップランドはかなり引け越しになっており尻尾も股の間へと入っている。

 

「なるほど、でしたら帰りますか」

「赤いのとか!?」

 

 思考を咀嚼しきってると、帰ることに決めるがラップランドがうろたえた。相方は当たり前だろうと、顔を向けるがそこには若干顔を青くしたラップランドで目からは懇願の色が見て取れた。

 

「モフ、モフ」

「ち、近寄るなぁぁ~~!!」

 

 手をワキワキさせたレッドがダッシュしすると、それよりも早くラップランドは二人から遠ざかりすぐに見えなくなった。

 

「まだまだダメみたいですね」

「モフ...モフ...」

「ラップランドの尻尾が触れないからといって、私の尻尾をモフモフしないでくれませんか...?」

「ダメ?」

「ダメではないですが、今はラップランドを追いかけませんと」

「分かった、我慢する」

 

 

 

 

 

----------

 

 早く

 

 テキサスぅ~!?ボクとあいつを早くペンギン急便に戻せぇーーー!!!

 

 届け

 

 

 ○年○月○日

 

 

 

 ラップランド

 

 

 

 ペンギン急便 テキサス

 

----------

 

 

 

----------

 

 拝啓

 

 ペンギン急便として、業務を途中で投げ出すことは許されない。諦めろ。

 ラップランドの鉱石病のこともある、アイツが許してくれないと思うぞ。

 あと頭語と結語の使い方が間違っているぞ。

 

 敬具

 

 

 

 ○年○月○日

 

 

 

 テキサス

 

 

 

 ラップランド様

 

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かまって? (レッド)

『拝啓ペンギン急便の皆さん、私は元気です。』『かまえ!』の続きです。


.

 

 

 

----------

 

 

 

 恭啓

 

 ケルシーへ、今までも楽しかったけど最近はとっても楽しいです。

 レッドが触りにいっても大丈夫な狼と会えたから、です。耳も尻尾もモフモフしても、怒りません。幸せです。

 だけど、もう一人の狼が触らせてくれません。相方?相棒?と呼び合っていたので、大丈夫だと思ったのに。

 でも、相方?が協力してくれるので触れるようになるかもしれません。とっても楽しみです。

 ケルシーからなにかアドバイス、ある?

 

 敬白

 

 

 ○年○月○日

 

 レッド

 

 Dr.ケルシー様

 

 

 

----------

 

 

 

 

 読了した手紙を綺麗に畳み、机の上へと置く。そして自身の膝の上に顎を乗せているレッドを優しく撫でる。

 ケルシーは優しく微笑みながら撫でると、レッドの尻尾がゆらゆらと揺れ始めた。

 

「うまく、書けた?」

「ああ、始めてにしては上出来だ」

「ほんと!?」

 

 実際には手紙としてはおかしい部分は多々ある上に、字も少し崩れている。けれども形式としてはそうあろうとする努力が見られるためにケルシーは手放しでレッドを褒めた。

 褒められたレッドは、ニパーと輝くような笑顔を見せた。尻尾も先ほどより勢いがよく、微風が感じられるほどであった。

 

「文字も大分綺麗に書けるようになったし、添削もしてみようか」

「てんさく?」

「もっと上手に手紙を書くお勉強のことだ」

「レッド、頑張る」

 

 立ち上がりむふーと握りこぶしを作りながらやる気を満ち溢れさせる。そんなレッドにケルシーは良い方向に向かっていると、ペンギン急便派遣員に心のうちで感謝した。

 やる気に満ち満ちているレッドだが、思い出したかのようにケルシーに詰め寄った。

 

「ケルシー、ケルシー。銀色の狼、どうしたらいい?」

「銀色、ラップランドか。そうだなこういうのはどうだろう」

 

 Dr.ケルシーによる入れ知恵(悪ノリ)が始まった。

 

 

 

 

------

 

 

 

 

 それから数日が経ち、知恵を授けられたレッドは実行していた。が。

 

「...」

「...」

「ジー...」

 

 物陰からラップランドを見つめているだけなのだが。

 ただ多少効果はあったのか、初日は逃げていたラップランドが逃げなくはなった程度だけれども。それでも一歩前進とばかりにレッドは継続している。

 

「...なぁ」

「私は知りませんよ?」

 

 どういうことなのかと、聞きたそうに相方の袖口を引っ張るラップランド。当の相方も把握していないため、そっけなく返されてしまう。

 見られているためか、背筋がむず痒くなっているのか時折身震いをしている。不安そうに尻尾も垂れ下がっておりプルプル震えている。股の間に挟まなくなったのも、進歩なのかもしれない。

 

 暫く無視するものの、レッドの視線ビームに耐えられずにチラっと横目で確認すると。キラキラとした視線と重なった。

 

「っっ!何なんだ、本当に!」

「...ただ仲良くしたいだけじゃないですかね」

 

 項垂れるラップランドに相方が鋭い指摘をするが、耳に入っていない様子。

 流石にこれ以上はラップランドのストレスによって物理的な二次被害が出ると感じた相方が、救いの手を差し出した。

 

「ほら、行きますよ」

「どこに?」

「レッドさんの元に」

「い・や・だ!」

 

 ラップランドにとっての救いの手とはならなかったようだが。

 

「何でそうなるんだよ!?」

「いえ、レッドさんが満足してくれれば止めてくれるのではと思いまして」

「それは、そうかもしれないけどさ...」

 

 引きつった顔をしつつも納得できる部分が多いためか、語尾が弱くなる。相方とレッドを交互に見やりつつ渋面を作る。

 と、ここで何かを察したレッドがガザゴソと行動を起こし始めた。ラップランドは背を向けているため分からなかったが、対面している相方にはバッチリと視界に入る。

 

「レッドさん?」

「赤いの?」

 

 疑問に思い口にすると、確かめるように首だけ回して振り向いた。

 レッドの手には白い物体が握られており、それを優しく飛ばす。ふわりふわりと飛んでくるそれは紙ヒコーキであり、ラップランドへと向かっていった。

 薄れていたとはいえ、警戒していたラップランドは手が刀に伸びる。握り締め、切り上げようとした瞬間に相方に止められる。

 

「流石にそれはマズイです...!」

「うぐっ」

 

 過剰反応な自覚があるのか、大人しく刀から手を離すと飛んできた紙ヒコーキをキャッチした。

 真っ白な紙ヒコーキを広げると、多数の折り目がついた紙にこう書かれていた。

 

『仲良くしたいです』

 

 決して上手とは言えず、少し崩れた字であったが込められたモノが分かるものであった。

 

「あら、いじらしいですね」

「~~っ!分かったよ!やればいいんだろ!?」

 

 受け取った手紙と不安そうな表情のレッド、ラップランドもさすがに無碍にはできずやけくそ気味に叫ぶ。

 といっても畏怖が拭えないのか、相方を掴んでレッドへと近づいていくのだが。

 

 一歩一歩近づいていくラップランドに、徐々に表情を輝かせるレッド。対象的に相方の腕を掴んだ手には力が入り、尻尾も股の間へと入っていく。

 そこまで離れていたわけでもない距離を、多くの時間を使い手を伸ばせば届くところまで近づいた。その頃には満面の笑みのレッドと顔面蒼白のラップランドと対象になった。

 

 だがここまで近づいたはいいが、この後どうすればいいのか迷ってしまう。正面に捉えているだけで湧き上がる恐怖心に支配され、思考力が落ちているためだ。

 それに気づいた相方はそっと耳打ちをした。

 

「手をだして」

「...?」

「握手でいいんですよ」

 

 相方はラップランドの右手を優しく掴み、持ち上げる。

 

「あ、握手だよッ!ほらッ!」

「!、よろしく!」

 

 ぷるぷる震える差し出された手に、首を傾げるレッドだがラップランドの裏返った声に気がつく。

 花丸満点の笑顔で、ガシリッ!と硬い握手を交わした。

 

「あ、あ...」

「あー...」

 

 ガクガクと壊れた機械のようにラップランドが痙攣し始めた。この反応に相方は掴まれていた腕を無理やり外した。

 

「した!!握手したからなっ!?これで最後だから覚えておけよぉおおおーーー....」

 

 レッドの手を振り払うと、負け犬の遠吠えをかまして走り去ってしまった。これにはやってしまったと頭を抱える相方。

 

「すみません、レッドさん。彼女も頑張ったんですけど...レッドさん?」

「...触れた」

 

 弁明と慰めようとレッドへと話しかけるが、レッドは握手を交わした手を見つめ残った感触を確かめるように閉じたり開いたりしていた。

 その顔には悲観なものはなく、むしろ嬉しそうに見える。

 

「ケルシーー!触れたっ、触れたよー!!!」

 

 話しかけてきた相方には目もくれず、ケルシーの名前を叫びながらどこかへ走り去ってしまった。

 

「まぁ、よかったんでしょうかね...?」

 

 一人ポツンと残された相方は、悪くない方向に向かったことに胸を撫で下ろした。

 

 

 

 

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一応一連のシリーズはここまで、やる気が出れば続き書くかも

あと『ウォッカ・アイズバーグ』のあとがきにカクテル言葉を途中で追加しました。


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かまいませんっ! (プロヴァンス)

 『拝啓ペンギン急便の皆さん、私は元気です。』『かまえ!』『かまって?』の続きです。
 そろそろ独立させたほうがいいのかなと思う今日この頃。独立させません(アンケ結果)


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----------

 

 

 

 

 

 拝啓

 

 

 

 私達の門出をお祝いするかのように色とりどりの花が咲き乱れております。

 

 お送りいたしました手紙も、双方無事に届きましたこと嬉しく思います。

 

 その手紙の件において、龍門に帰省せよとのことでしたが申し訳ありませんが少々お時間をいただけないでしょうか。

 

 以前お話していたレッドさんに関してなのですが、是非私に相談したいという被害者の方がおられるのです。ロドスの幹部の方からもよくしてくれとのことです。

 

 ペンギン急便の社員として、ロドスとの友好関係を築く上で必要なことだと判断いたします。なにとぞ再考のほどを。

 

 

 

 

 敬具

 

 

 

 ○年○月○日

 

 

 

 ロドスアイランド派遣員

 

 

 

 ペンギン急便 テキサス様

 

 

 

 

 

 

 

----------

 

 

 

 

 

----------

 

 

 

 

 

 

 

 拝啓

 

 

 

 そちらのレッドの件、了解した。存分にやれ。

 

 こちらの用事も大したことではないからな、案件を全て処理してから来てくれればいい。

 

 

 敬具

 

 

 

 ○年○月○日

 

 

 

 テキサス

 

 

 

 ペンギン急便 ロドスアイランド派遣員様

 

 

 

 

 

 

 

----------

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、会社から許可は出ました。詳しく聞きましょうかね」

 

 手紙を読み終わった相方が姿勢を正して目の前の人物に向き直った。対面にいるのは菫色をしたループス族、プロヴァンスであった。

 

「えっとね、レッドさんのついてなんだけど...」

 

「なるほど」

 

 プロヴァンスの耳は垂れており、自慢の大きな尻尾に艶がなかった。恐らくレッドに追いかけ回されたのであろろう、体力的には問題なくても精神的疲労が重なっていることが伺える。

 

「彼女はただ尻尾を触りたいだけなんですが、難しいですかね?」

 

 分かりきってはいるが、確認の意味を込めて聞いてみる。がプロヴァンスは首を横にぶんぶんと振って意思表示をした。

 

「そうですか。私から止めるよう言うことはできますが」

 

「いやそうじゃないの」

 

「違うといいますと」

 

「どうしたら相方さんみたいに克服できるか、それを知りたくて...」

 

「ふむ」

 

 思案顔なプロヴァンスに、少々意外だと相方は感じる。他のループス族のスタッフからは止めてくれと懇願されたのだから。

 相方はじっと対面の彼女を見ると、確かに疲れは見えはするがその目は真剣であった。

 

「克服ですか。一つ言っておきますが私は克服してませんよ?」

 

「え!? でもレッドさんと触れ合って」

 

「我慢してるだけです」

 

 まさかの相方の発言に、驚いていたプロヴァンスの目が点になる。それもそのはず、特に何か対策なり訓練なりをしたのではなく根性論であったのだから。

 その事実にサーとプロヴァンスの顔から血の気が引いていく。

 

「な、何か対策が...」

 

「ないです」

 

「訓練とか...」

 

「ありません」

 

「こう便利な装置が...」

 

「残念ながら」

 

「帰ってもいいですか?」

 

「ダメです」

 

 徐々に涙になりながら、最後はイスから立ち上がり逃げ出そうとするが相方に羽交い絞めにされとめられてしまう。

 帰る、お家帰るぅ! と連呼しながらジタバタと暴れるが、研究者のプロヴァンスが敵うわけもなく再度イスに座らされた。

 

「最初のあの覚悟を決めた目はどうしたんですか」

 

「何かあると思ったんですぅー! そうすれば逃げずに済むかもって!」

 

「そんなものがあるならラップランドは逃げてませんよ」

 

「...そうでした」

 

 堪忍したのか、ガクリと頭を垂れた。プロヴァンスを落ち着けたところで仕切りなおす。

 

「先ほども言いましたけど、嫌なら止めれますよ? 彼女も聞き分けが悪いわけではないですから」

 

 机に置いておいたポットから紅茶を注ぐと、プロヴァンスに差し出した。座ってから俯いているプロヴァンスだが、素直に紅茶を受け取る。

 揺れる紅茶の水面をジッと見つめながら思い馳せる、ループス族に拒絶されて悲しそうにするレッドの背中を。

 

「レッドさんが可哀想で、なんかほっとけないんです...」

 

「...さっきは逃げようとしたのに?」

 

「あれは! 思っていたのと違ったからなんですっ!?」

 

 折角覚悟を決めたのに、茶化されたプロヴァンスは頬を膨らませた。茶化した当の本人は、プロヴァンスの今の姿にこれはいけると意を得たと一つうなずいた。

 

「一応、方法はありますよ」

 

「あるんですか!?」

 

「はい、少々手荒ですけど」

 

「構いませんっ! やりましょう!」

 

 プロヴァンスは対処法があると聞き、ガッツポーズしながら意気込んでいる。しかし張り切りすぎたせいか、相方が怪しい笑みを浮かべているのに気がつかなかった。もっともガスマスクで見えないのだが。

 

 

 

 

 

-----

 

 

 

 

 ペラ紙にレッド恐怖症克服室と書かれた紙が張られた部屋に通されたプロヴァンスは、背もたれがないイスへと座らされていた。

 どういうことをされるのか、一切知らされてないプロヴァンスは頭の中にハテナマークが乱立している。その間にも相方は着々と準備を進めている。

 

「あの、本当にこれでいいんですか...?」

 

「ええ、そうです。仕切り版降ろしますね」

 

「ア、ハイ」

 

 手足をイスに固定され、さらには尻尾を挟むように仕切り版と呼んでいる背もたれが設置された。これによってプロヴァンスは背後を見れず、抵抗さえできなくさえれた。

 

「では、暫くお待ちくださいね」

 

「待ってるだけでいいんですか...?」

 

「はい」

 

 プロヴァンスの頭の中は混乱の真っ只中、でもレッドのことを考えてぐっと堪える。

 相方は準備を済ませるとさっさと部屋から出ていってしまう。パタリと閉じられるドア、するとドアに張られていたペラ紙が落ち本当の部屋の名前が明らかになった。

 

 『ループス族お仕置き部屋』。

 

 

 

 

 

 

「いつまでこうしていればいいんだろう...」

 

 イスに固定されてから凡そ三十分ほど経つが、特に何かが始まることなく過ぎていった。体を動かすことができないため、暇つぶしにと背後の背もたれの向こうにある尻尾を左右に振る。

 大きな尻尾のため、背後では埃が舞っていることであろう。

 

「んぅ~、はぁ...。レッドさん...」

 

 出来る限りの伸びをして、赤い狼の名前を呟く。プロヴァンス自身は遠目から眺めるか、追いかけられるぐらいの接点しかないが、周囲のループス族以外から彼女の話を聞き込みしていた。

 曰く戦闘巧者である、曰く学がない、曰く幼いなどなどであった。総合すると大きな子供であるとプロヴァンスは結論付けた。

 子供または子供のような感性をしているのか、レッドはよく他者の尻尾を触りに行く。人肌恋しいのかはたまたモフモフと言ってる様にただ触りたいだけなのか、プロヴァンスには分からなかった。

 だがある日、ループス族のスタッフに拒絶された場面を見てしまったプロヴァンスは、彼女のことが放っておけなくなってしまったのである。

 

「これでレッドさんに近づかれても大丈夫になるといいんですけど...んん?」

 

 ぽつりと独り言をもらすと、さわり、と何かが尻尾に触れたのを感じた。先ほどから左右に振っていたため物ではないことは明らかである。

 さわりさわり、と徐々に触れる頻度が増す。同時にプロヴァンスは背中にゾワワと悪寒が走るのを感じた。

 

「な、何!? ボクの背後に何があるの!?」

 

 くすぐったいが嫌なものを感じるプロヴァンスは身をよじる。

 

「遅れましたプロヴァンスさん」

 

「相方さん! 何かが尻尾に...っ!?」

 

 すると相方が漸く部屋に戻ってきた。プロヴァンスは思わず相方に懇願するが、相方は平然としていた。

 

「ああ、もう始めてるんですね。大丈夫です、これがその方法なので」

 

「ほッ、ほんとうにッ、これがそのぉ! 方法なんです、かぁ!?」

 

 最早遠慮のない触り方に、プロヴァンスは体をひくつかせた。

 

「ええ、暫く我慢してください」

 

「我慢~~ッ! って、こんじょーぉう!? 論じゃないですか、ひゃう!?」

 

「ええ、最初にそう言いましたよね?」

 

「しょんなぁわっ!?」

 

 ここからプロヴァンスの地獄が始まった。

 

 

 

-ぬひぃ! ...あふん、あひゃ!? 

 

-んんんんぅーッ! んひゃ!? 

 

-はっ、はっ、はっ...あふん...

 

 

 

 一時間、プロヴァンスは地獄を耐え切った。息も絶え絶えで体は火照り汗もかいている、なのに鳥肌が立っていると状態である。

 

「ふむ、耐えれましたか。なら大丈夫でしょうか」

 

「...ほへ?」

 

 相方がプロヴァンスの様子を見てそういうと、仕切り版を取り除いた。そこには、プロヴァンスの大きな尻尾に抱きついているレッドがいた。

 

「モフモフ」

 

「え...?」

 

 レッドはプロヴァンスの尻尾を堪能したのか、相好を崩して幸せそうであった。

 対してプロヴァンスは、二度見三度見して漸く事態を把握すると背筋に弩級の悪寒が走りぬけた。

 

「...きゅう」

 

「モフ?」

 

 プロヴァンスはかわいらしい声と共に、気絶してしいレッドは不思議そうに顔を傾けた。

 

「まだ早かったみたいですね」

 

 相方の残念そうな声が室内に響いた。

 

「モフ、モフ♪」

 

 

 

 

.




 評価、感想、お気に入りありがとうございます!

 前話でも書きましたが、今回の投稿を最後に不定期に入らせていただきます。
 流石に書くのが辛くなってきたのと、リアルが忙しくなってしまうので。

 3月のほぼ毎日投稿、楽しんでいただけたら幸いです。


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かまうぞ (テキサス)

 『拝啓ペンギン急便の皆さん、私は元気です。』『かまえ!』『かまって?』『かまいませんっ!』の続きです。
 めっちゃ書けなかった。書きたいのに書けなかった、つらたん...。

 


.

 

 

 

 

「そないゆっくりしててええんか、テキサスさん。今日やろ? お礼参り」

「ああ。そろそろ準備しておくか」

 

 

 ペンギン急便の事務所にて、先に仕事を終えていたクロワッサンがテキサスへと声を掛けた。当のテキサスは、食べ終えた菓子の空箱を握りつぶすとソファから立ち上がった。

 

 

「確か丸組ちゅーヤクザのとこやったか。奴さんも馬鹿やねぇ」

「極東出身者の集まりの新参だ。大方箔付けのためだろうが、こっちとしては仕事が増えるばかりだ」

 

 

 この後行われることに、クロワッサンは同情も慈愛もなくただおかしそうに笑うのみ。対してテキサスは余計な手間が増えたことに対して顔をしかめる。彼女は面倒が嫌い故にだ。

 テキサスは最終確認として、服装、お礼参りするヤクザの事務所の場所とその名簿、武器である鉱石刀と予備が入っているボックス型のリュックと持っていく物全てのチェックを済ませる。勿論、タオルなどの拭うためのものもいくつか入れている。

 

 

「さて後はあいつが来るだけだが」

 

 -コンコンコン

 

 

 まるで見計らったようなタイミングでノック音が鳴る。ノック音は表側の玄関ではなく、社員用の裏口からであった。ペンギン急便の面子はあまり使わない裏口だが、約一名は頻繁にどころか裏口しか使わない人物が居る。

 

 

「来たか」

「おまたせしました」

 

 

 裏口から顔を出したのは皆から相方と呼ばれているループス族であった。数日前に仕事で呼ばれていたため、本日出社してきたというわけである。

 

 

「『トラヴィス』やん久しぶり~。どや、ロドスの生活は」

「皆さんよくしてくれるのでとても過ごしやすいですよ。社長の無茶振りもありませんし」

「メリットばっかりやん、うちも行きたいわ~...」

 

 

 トラヴィスは入室せずに、武器や小道具などを除いた荷物を放り入れる。クロワッサンは脱力したようにソファに埋もれてしまう。クロワッサンもつい先日、社長の『日頃の良い行い』の激戦の尻拭いを行ったばかりである。そのためトラヴィスのロドスの生活を羨ましく感じてしまうのも無理もなかった。

 

 

「準備はいいな。行くぞ」

「了解です」

「気をつけてなぁ~」

 

 

 それぞれ自身の武器などを持った二人は、クロワッサンに見送られながら開いている裏口出て行った。

 ガチャリ、と裏口が閉められ一人事務所内に残されるクロワッサン。本日の業務は終わらせているため、ボーとしたままソファに身を預ける。

 

 

「...やっぱうち、苦手や」

 

 

 静寂に包まれた中でポツリと溢したそれは、先ほどやって来たトラヴィスに対してのもの。

 クロワッサンは相方より先にペンギン急便に所属していた関係上、それなりに相方の人となりを知っている。

 出会った当初は丁寧な言葉遣いと物腰でわりと印象は良かった。だが一緒に過ごしていく内に変わっていき。

 

 

「不気味やなぁほんま。テキサスさんもよー付き合えてるわ」

 

 

 嫌悪するわけでもなく、ただただその在り方に対して不気味である。クロワッサンはトラヴィスに対してそう評価していた。

 クロワッサンは思考を切り替えるために、天井に向けていた顔を正面に向けた。とそこへ玄関から音が鳴る。

 

 

「不肖ソラ、只今戻りました!」

「不肖エクシア、仕事を無事終わらせてきました!」

「おーお疲れ様ってなんやそれ」

 

 

 元気よく勢いのまま帰ってきたソラは片手を額の前、所存敬礼のポーズをとっていた。それだけなら快活なソラらしいのだが、エクシアもソラのノリに乗っかっている。そのせいでクロワッサンは二人に怪訝な目を向けていた。

 

 

「ノリ!」

「さいで」

「もーつれないなぁ。お疲れ?」

「あれ? テキサスさんは?」

 

 

 エクシアとソラの二人の疑問に答えているのか、クロワッサンは裏口を指差した。裏口を見た二人、エクシアはそれだけで得心したがソラは気づかないのか首をかしげている。

 

 

「なるほど、帰ってきてたんだねトラヴィス」

「そーいうこと」

「えーと確か『オースティン』さんのこ、とッ!」

 

 

 ソラがそう言った瞬間、室内がザワついた。殺気のような害意があるものではない、だが確実にソラに突き刺すような空気が一瞬のうちに出来上がった。

 唐突な変化と異様な雰囲気に呑まれたソラは、喉が干上がっていくのを感じる。

 恐らく一分ほどで室内の異様な空気は霧散した。

 

 

「ハッ...! ハッ...!」

 

 

 荒い息をするソラにとっては、数十分にも感じいたのか疲労が浮き出ていた。

 ソラの様子に、先ほどの雰囲気を作り出した元凶のエクシアとクロワッサンは申し訳なさそうな顔をしていた。

 エクシアは飲み物を取りにキッチンへと向かう。クロワッサンはソラを手招きして隣に座らせると、ソラの背を優しく擦る。

 少ししてエクシアが戻ってくると、熱すぎない程度に温めたミルクをソラに手渡した。そしてエクシアはそのままソラの隣へと座る。

 

 

「ソラ。はい、ホットミルク」

「ありがとうございます...」

 

 

 ホットミルクを口につけ、程よい暖かさを手と体の中から感じ、ソラはようやく人心地ついた。

 危険な仕事先でも、血生臭い戦場でも、『あの』ラップランドが騒ぎを起こしても感じることのなかった雰囲気にソラは恐る恐る声を上げた。

 

 

「さっきのは一体...」

「びっくりさせてごめんなぁ。えーと」

「教えていいと思うよ。むしろ教えたほうがいいんじゃないかな」

「それもそうやな」

 

「いいかソラちゃん、トラヴィスの家名は言うたらあかん」

「トラヴィスさんの家名を、ですか...?」

「そや」

 

 

 神妙な面持ちのクロワッサンだが、ソラは何故言ってはいけないのかと首を傾げる。何故ならペンギン急便の社長たる皇帝(エンペラー)がポロっと言っていたのを聞いてしまっていたからである。

 

 

「何も説明せんとあんのクソ社長...」

「流石社長、怖いもの知らず」

「盗み聞きみたいなものですから...」

「不用意なことには変わらへん」

 

 

 呆れた顔の二人に一応の弁明はするソラだったがクロワッサンにバッサリ一刀両断される。

 

 

「まぁ兎に角、トラヴィスの家名は本人の前で言わないようにね」

「は、はぁ...」

「血ぃ見ることになるで」

「えぇっ!?」

「あ、そういえばロドスから手紙来てたんだった」

「ちょっとぉ!?」

 

 

 話は以上だと言わんばかりに、エクシアが一通の封筒を取り出した。

 ソラとしては気になる所ではあるが、先輩の二人が話したがらないことを察する。血生臭い気配を感じ取ったのもあるが。

 

 

「ロドスから? トラヴィスはん関連かいな」

「たぶんそうじゃないかな。えーと何々...『社会見学の一環でオペレーターを一人送る』?」

「トラヴィスさんではなくてですか?」

「...うん、そうみたい」

 

 

 封筒の中身を読みあげると三人は首を傾げる。

 

 

「じゃあこの後ここに来るってことですよね」

 

 

 ソラが室内を見渡して言った。今居るところは社員が使う休憩室、そのため部外者が来ることを想定していない、散らかっているとまでは言わないが外様に見せれないありさまである。

 エクシアとクロワッサンも部屋を見る。

 

 

「片付けな!」

「時間あるかな~」

「掃除道具持ってきますね」

 

 

 ペンギン急便の社員の休憩は終わりを告げ、急遽部屋掃除をすることになった。

 ただしばらくしてソラはふと気づく。

 

 

「手紙、誰が持って来たんだろう?」

 

 

 

 

 

 -----

 

 

 

 

 

 テキサスとトラヴィスの二人は事務所の裏口から屋上へと上がると、パルクールを行いビルからビルへと移動していっている。

 通り過ぎたビルが十を超えたあたりで、トラヴィスは前方にいたテキサスの様子がおかしいことに気がつく。しきりに首筋を擦り、チラチラと後方を確認している。

 トラヴィスも一度後方を確認するが、何かが居るわけでもなければ悪意や害意なども感じ取れない。不思議に思い声を掛ける。

 

 

「どうしました。何か気になることでも?」

「...いや、何でもない」

 

 

 テキサスは首裏がひりつく様な物を感じていた。それが何なのか、判断がつかず、一瞬迷うものの結局口に出すことはなかった。

 

 

「そうですか」

 

 

 テキサスが言わないのなら構わないのか、トラヴィスは一言で済ませた。

 その後、移動を続けるのだがテキサスは時折後ろを確認するような素振りを見せる。しかし、ついぞトラヴィスが再度声を掛けることはなかった。

 

 

「ついたぞ」

 

 とあるビルの屋上で立ち止まったテキサス。既に日は暮れており周囲は薄暗くなっている。そのため目の前の建物以外の灯りは消えており、そのビルと街頭だけが周囲を明るくしていた。

 

「目の前の雑居ビル、二階ですね」

「ああ。情報通り、今日はまだ居るみたいだな」

 

 

 道路を一本挟んだ向かい側の雑居ビル、その二階の窓から光が漏れていた。

 

 

「警備はなしと、構成人数は?」

「六人、うち一人が組長のはずだ」

「随分少ないですね。生死は?」

「龍門に来たばかりの弱小だからな。殺すな、ただ見せしめにはしろとのことだ」

「無知は怖いですね」

 

 

 二人は情報の刷り合わせを行いつつ、準備を進めていく。

 テキサスはリュックに詰められている原石刀を二本取り出し、一本をトラヴィスへと手渡す。トラヴィスは受け取った源石刀を腰に指すと、矢筒を背負い短弓を手に取った。そして短弓にはグラップリング機能が備え付けられた矢を番えた。

 

 

「正面突破は待ち構えられる可能性があるとはいえ、グラップで窓からですか。アクション映画の影響を受けましたか?」

「否定はしない。だが奇襲には向いている」

 

 

 軽い口調でやり取りしているが、トラヴィスが構えている短弓は弦が切れるのではないかと言うほどに引き絞られていた。

 

 

「窓ガラスが防弾ではないことに祈りましょう」

「む、それもあったか。なら私が先行する」

「アーツで強行突破ですか。カンフー映画染みてきましたねっ!」

 

 

 掛け声と共に放たれた矢は、側らに積まれてあったロープをグングン減らしていく。

 そして、向かいの雑居ビルの二階と三階の間へと突き刺さった。

 

 

「ヒット。刺さり具合は、OK」

 

 

 グラップリングを確認したトラヴィスは、屋上にあった大型室外機の足元へとロープをきつく結んだ。

 その間に目標の二階からは、俄かに慌ただしくなっておりブラインド越しに人影が窓際に寄って来ているのが見て取れた。

 

 

「では、行くぞ」

「私は後ほど」

 

 

 テキサスは原石刀の柄を使いロープを器用に滑っていった。トラヴィスもその手があったかと関心するが、掌側に鉄板が仕込まれた皮手袋を右手に着用する。

 先にグラップを滑っていき、半ば程まで到達したテキサスは突入のためにアーツを起動させ剣雨を発動できる状態にする。

 突入まであと少しといったところで正面の窓に人影が現れた。なにやらその人影は窓を開けようとしているようで、それを確認したテキサスはアーツを解き霧散させると蹴りの体勢へと入った。

 

 

「ったく、一体何だってんだ」

「フンッ!!」

「どべらばッ!?」

 

 

 哀れ窓を開けた下っ端は、顔面にテキサスの蹴りを受けて昏倒した。

 対してテキサスは、華麗に蹴りを決めたことにより勢いを殺すことで、室内へと安全に着地することができた。

 

 

「運がいい。互いにな」

「な、なんだぁてめぇ!?」

 

 

 突然の奇襲に敵の構成員は驚くものの、すぐさま各々の武器を握る。室内ということもあり短い刃渡りのドスや、取り回しやすいハンドガン(チャカ)といった顔ぶれになっている。

 武器を向けられたテキサスは、恐れるどころかいつものチョコ菓子を懐から取り出すと口へと咥えた。それをみた構成員は、なめられると感じ額に青筋を立てる。

 

 

「カチコミしてきやがったと思ったら菓子なんて食いやがって...! なめてんのか!?」

「なめるも何も、警戒する価値もないだろう」

 

 

 ポリポリをお菓子を短くしていくテキサス。ただその立ち姿に油断はない。

 構成員を挑発しながら数歩、横へずれる。

 

 

「このクソアマッ!?」

 

 

 大胆不敵で傲慢な姿に、沸点を超えた一人の構成員がテキサスへと銃口を向けた。

 銃口を向けられたテキサスは顔色を変えず、鼻で笑う。

 

 

「ああそうだ」

「ああ゛!?」

「襲撃しにきたのは私だけじゃないぞ?」

「お邪魔しますよっと!」

 

 

 開け放たれた窓から滑り込むようにして飛び込んできたトラヴィス。勢いそのままに部屋の中をかっとんで行く。

 そして着地する間に、短弓でテキサスへと銃口を向けていた構成員の肩を正確に射抜いた。

 

 

「ぎゃぁ!?」

「慢心するからだ」

 

 

 これで残り四人と、部屋の中を見渡すと組長らしき人物が逃げるようにして奥の部屋へと入っていくのが目に入った。

 

 

「トラヴィス! 今逃げて行ったのを追え!」

「了解です」

 

 

 逃げていく組長らしき人物を確認したトラヴィスは、短弓を背負うと鉱石刀を手に取り追いかけた。

 二人の会話が耳に入っていた残りの構成員はトラヴィスを阻止しようと動く。テキサスは足止めを行おうとするものの、位置関係により二人しか阻めず一人逃してしまう。

 

 

「行かせるか!」

 

 

 トラヴィスに上段から切りかかる構成員。それに対してトラヴィスは、一歩後退しつつ体を一回転させながら構成員の大腿へと切りつけた。

 構成員は痛みに膝をつき、トラヴィスは回転の勢いのまま、その首へと狙いを定め...途中で変更し胸元を浅く切りつけた。

 

 

「ぐぅ!」

不殺(ころさず)、というのも面倒なものですね」

 

 

 そうボヤキながらも、倒れた構成員を踏みつけ昏倒させるとトラヴィスは逃げた組長を追った。

 

 

 

 

 

 -----

 

 

 

 

 

 

 トラヴィスが奥の部屋へと入ると、逃げた組長は金庫を開け広げ中から様々な書類を取り出しバックへと詰めていたところであった。ご丁寧に、逃げ出すためなのか裏口を開けていた。

 方をつけようと組長に近づくトラヴィスだが、異変に気づき顔を上げトラヴィスの存在を目に入れると顔を青褪めさせながら懐からハンドガンを抜いた。

 

 

「近づくんじゃねぇ!」

「...」

 

 

 銃口を向けられ足を止めたトラヴィスに組長は勝ち誇った顔をする。

 

 

「そうだ、動かなけりゃー命だけは助けてやる」

「...」

 

 

 組長はバックを掴み、トラヴィスを警戒しながら一歩一歩裏口へと歩を進める。

 当のトラヴィスは、組長の勝ち誇った顔に首を傾げる。今居る部屋は広くなく、二人の直線距離は凡そ五メートルしかない。その程度なら、一足飛びに詰めることができる。

 故に..。

 

 

「動くなって言っただろうが!? これが見えねーのか!」

「見えてますよ?」

 

 

 強く銃口を向けられても尚足は止めない。

 

 

「なら止まれ!!」

「理由がないですね」

「てめっ!?」

 

 

 残り三メートル、我慢の限界を超えた組長は引き金を引き絞り。

 

 

「危ないの、ダメ」

「ゴッ!?」

 

 

 弾丸は発射されなかった。突然、音もなく組長の後ろに現れた存在によって昏倒されたためだ。

 床に倒れる組長、その後ろには赤いコートを羽織った銀髪のループス、レッドが居た。

 

 

「おや。なんでレッドさんがいらっしゃるので?」

「? 、ケルシーの、手紙。見てない?」

「存じ上げませんが...。まぁ事務所に戻れば何か分かるでしょう」

 

 

 和やかな会話をしつつも、昏倒した組長を縛り上げていく。縛り終えるとトラヴィスは組長を担ぎ上げた。

 

 

「さてテキサスさんも終わらせてますかね」

「テキサス?」

「ええ、ペンギン急便のリーダーなんですけど」

 

 

 ここでトラヴィスに電流走る。

 

 

「頼れる『ループス族』の上司なんですよ」

 

 

 チラリとレッドを見るとそこには既に居らず。

 

 

「な、なんだお前は!? 近づくな! 後ろに回りこむな!! 尻尾に触れるな!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぎゃぁぁああああああああああッ!?!?」

 

 

 大変面白いことになっているようであった。

 

 

 

 

 

 

 -----

 

 

 

 

 

 

 

 その後レッドを落ち着かせてから、組にケジメをつけさせてから事務所へと帰った。

 帰った先では事務所は大掃除がなされており、話を聞けばロドスからやってくるオペレーターを向けるためだという。尤も当のオペレーターはトラヴィスを追ってきてしまっていたわけだが。

 時間も遅く、上記のこともありレッドの紹介は後日に行うことにして事務所に残っていた面子は帰ることになった。

 そして、テキサスは事後処理を行うために、トラヴィスは荷解きをするために事務所に残った。

 

 

「なんだまだ残っていたのか」

「事務処理お疲れ様です。久しぶりに帰ってきましたからね、少しゆっくりしていこうかと」

 

 

 満月が天高く輝いている時間、ようやく書類仕事が終わったテキサスが見たのは窓際のソファに座り杯を傾けているトラヴィスであった。

 トラヴィスに近づき、側らに置いてある大ボトルを手に取る。

 

 

「大吟醸ケバブ...?」

「面白い名前ですよね」

「また変なのを。しかもこの匂い安酒だろうに悪酔いするぞ」

「ええ。酔えない体質ですし、酒精さえ感じられれば何でもいいので」

「まったく、少しは体を労わったらどうだ。普段の食生活も疎かにしているから余計にだ」

 

 

 くどくどとしつこいぐらいにトラヴィスに説教を始めたテキサス。トラヴィスはというと説教自体は右から左へと聞き流し、けれども早口になっているテキサスを見て笑みを浮かべていた。

 

 

「なんだ、何がおかしい」

「いえ、凄い饒舌だなと思いまして。...そんなに嫌です? レッドさんにモフモフされるの」

 

 

 笑みを浮かべたトラヴィスはテキサスの後ろを覗いた。そこにはテキサスの尻尾を抱きしめているレッドがいた。

 レッドはテキサスの尻尾を揉み込むのではなく、撫で付けるようにして楽しんでおり顔には笑みが張り付いていた。

 

 

「嫌に決まっているだろう!? 言い得も知れない、本能に訴えるような恐怖を感じるんだぞ! お前っ、気合でなんとかしたって手紙で書いてあったが嘘だろ!!」

「はて、なんのことですかねぇ」

「貴様ぁ...!」

 

 

 テキサスはとぼけるトラヴィスに恨めがましく睨みつけた。トラヴィスは普段見れないテキサスの姿に、もう少し見ていたい気持ちに駆られるが今後、レッドとテキサスの関係が拗れる可能性があるためレッドに声をかけることにした。

 

 

「レッドさん、テキサスさんの尻尾のさわり心地はどうですか?」

「モフモフ、なのにすべすべ、ずっと触っていたい」

「気に入ったのですね。ただテキサスさんもお疲れですし、それ以上触り続けると嫌われちゃいますよ」

「それはやだ!」

「私ので我慢してください」

「分かった」

 

 

 レッドはテキサスから離れるとトラヴィスの隣へと座り、トラヴィスの尻尾をモフり始めた。

 解放されたテキサスは、ゾワゾワと背筋に感じていたものがなくなりようやく人心地つきほっと安堵のため息をついた。それでもまだレッドが近くにいるため、首筋に嫌なものを感じてはいたが。

 

 

「はぁ...」

「お疲れ様です。一杯飲みます?」

「止めておこう、絶対悪酔いする」

「それは残念」

 

 

 まったく残念そうではないトラヴィスに、今度は疲れたようなため息を吐いたテキサス。

 することもなくなり、帰宅しようと踵を返すがあることを思い出して足を止めた。

 

 

「そうだトラヴィス」

「なんでしょう?」

「いい加減コードネームぐらい考えておけ。ロドスでもまだ申請していないのだろう?」

「ですね。...コードネームですか」

 

 

 杯を月にかざしながらジッと考え込む。

 

 

「『アーカンソー』」

「アーカンソー?」

「ええ、特に意味はありませんが」

「そうか、分かった。ペンギン急便の通達はやっておく、ロドスからはお前から言っておけ」

「了解しました」

 

 

 じゃあな、というとテキサスは自宅へと帰っていった。

 トラヴィス改めアーカンソーはテキサスを見送ると、残っていた安酒を飲み干す。空になった杯を置き、片手で隣にいるレッドを撫でまわす。

 顔を上げるとそこには綺麗な満月が浮かんでおり、フードとガスマスクを外しているアーカンソーの顔を照らし出す。

 男にも女にも見えるアーカンソーの顔には、表情が何も浮かんでいなかった。

 

 

 

 

 .




 評価、感想、お気に入り、ありがとうございます。

 めっっっちゃ書けなかった。本当に書けなかった...辛い。
 今話は主にオリキャラの掘り下げ多め。見切り発車でシリーズ化したのでなーんも考えてなかった。
 こいつ、未だに性別(筆者の中でも)確定してないんだぜ...どうしよう。

追記
 誤字脱字報告、本当にありがとうございます!
 そういえば、トラヴィスもオースティンもアーカンソーも元ネタがあるんですよ。と言っても今後の話に関係はないんですけどね。アメリカの州と属と都市名なだけなんで。


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ロドスの雪
雪やこんこ霰やこんこ (ドクター・アーミヤ・マッターホルン)


 童謡『雪』をモチーフにロドスの雪の日の日常。
 ドクターとアーミヤとマッターホルンが雪見酒をするお話。

 カランド貿易組をメインに据えつつ、全4話+オマケを想定してます。
 次回はドクターとクーリエとプラマニクスです。


 .

 

 

 

 

 季節は冬、いつものように書類仕事が長引いたドクターとアーミヤ。時刻は既に二十時を過ぎているのだが、覚醒している意識を落ち着けたい。ホットミルクか何かが欲しいと、食堂へと歩を進めていた。

 

 

「おー寒い寒い」

「一気に冷え込みましたね」

 

 

 両腕で体を擦りながら白い息を吐くドクターに、アーミヤは苦笑しつつ答えた。二人が言うように、ここ数日で気温が一気に下がっていた。一週間の天気予報でもゼロ度を超える日はなく、今年初めての降雪さえありえるとのこと。

 二人共、冬用に厚着を着込んではいるが体の芯を冷やされている。身を寄せ少しでも暖かくなるように肩を並べながら通路を歩く。

 

 

「...」

 

 

 アーミヤは隣にいるドクターの顔をチラリと見る。視界一杯にドクターの顔が広っており、触れ合っている肩からは感じるはずのないドクターの体温が感じられるようで...。

 

 

 

「アーミヤ、顔が赤いけど大丈夫?」

 

 

 チラ見するだけのつもりだったが、熱に浮かされたようにドクターを見ていたアーミヤ。それに気づいたドクターに顔を覗き込まれて、ようやく自分がドクターを見つめていたことに気がつかされた。

 

 

「えっ!?大丈ふゅ、大丈夫ですよ...?」

「そうか?体調が悪くなったらすぐ言ってくれ」

 

 

 慌ててしまい噛んでしまうアーミヤ。ドクターは気づかないふりをしつつ、アーミヤを抱き寄せると自身のマフラーを巻いてあげた。

 自分の首に巻かれていくマフラーを、呆けたように見つめる。巻かれきると、アーミヤはマフラーに顔を埋めた。

 

 

「...はい!」

 

 

 赤くなった顔は温かくなったからなのか、それとも別の要因なのか。

 

 

 二人は引っ付きあいながら足取り軽く、歩みを再開する。そろそろ食堂の入り口が見えてくるところまで来たが、不思議なことに食堂から灯りが漏れていた。

 この時間に食堂を利用する報告を受けていないドクターとアーミヤは顔を見合わせ、互いに首を捻る。もっとも食堂に個人的利用の制限は一切ないのだが。

 疑問に思いつつも入り口へと近いづいていくが、入る手前でパッと灯りが消えた。そして食堂から一人の巨漢が出てきた。

 

 

「ドクターにアーミヤ社長?」

「「マッターホルン」さん」

 

 

 手に手提げ袋とキャンプ用の片手鍋にガスコンロを持って現れたのは、マッターホルンであった。

 ドクターとアーミヤは驚きつつも、厨房にも立つこともあるマッターホルンであるならばと納得した。

 

 

「お二人とも仕事終わりですか?」

「ああ、目が冴えてしまってね。ホットミルクでも飲もうかと」

「マッターホルンさんはどうされたのですか?」

「あー、実はですね...」

 

 

 マッターホルンは言い難そうにしながらも、手に持っていた袋の中身を二人に見せた。

 二人が中を覗くと、そこには白色の真空パックと透明な液体が入ったビンがいくつか入っている。ドクターがパックの一つ取り出すと、『甘酒』と書かれたラベルがデカデカと貼り付けられていた。

 

 

「甘酒」

「甘酒ですね」

「はい、甘酒です」

 

 

 甘酒とは意外な選択であり、二人はマッターホルンの顔を見つめた。特にドクターは、マッターホルンがウォッカなどの度数の強いお酒を好んでいることを知っているため尚のことである。

 マッターホルンも自身も、二人からどう思われているのか分かっているのか苦笑をもらす。

 

 

「雪が降っているみたいなので、雪見酒をと思いまして。一応熱燗用に清酒も用意してるんですよ?」

「雪...?」

「気づいてないのですか?ほら」

 

 

 マッターホルンが窓を指し示されると、釣られるように顔を向けた。窓の外は真っ暗だが、通路の明かりに照らされた雪が上から下へとこんこんと降っていた。

 

 

「雪!雪ですよドクター!」

「もう降ってたのか、道理で寒いわけだ」

 

 

 窓に近付き、外を覗き込んだアーミヤは目を輝かせながら降り積もっていく雪を眺める。ドクターもガラス越しでも分かるほどの冷気を感じながら、アーミヤの隣へと並んだ。

 

 

「結構、積もってるな」

 

 

 そう呟きながらドクターは窓の下、月明かりもない暗い大地が白く染まっているのを見て取った。予報より早い積雪である。

 今の調子で降り続ければ、ロドスが雪に閉ざされることは明白であり外に行く業務はこなせない。尤も、明日はロドス全体で臨時の休日を設けているため問題はなかったりする。

 

 

「どうですお二人とも、よかったら俺の雪見酒に付き合ってくれませんか?」

 

 

 久々の休日、明日は何をしようかとドクターが考えているとマッターホルンが雪見酒に誘ってきた。

 マッターホルンが持っているお酒の量は、酒豪な彼なら消費しきれる程度ではある。そのためドクターは一度問うた。

 

 

「いいのかい?」

「ええ、複数人の方が楽しいですから」

「よし、ご相伴に預かろう」

 

 

 笑みを浮かべたマッターホルンに、ドクターは酒盛りをすることに決めた。

 男二人は目的地、甲板へと向かう前に足りなくなるであろうお酒をキッチンから少々拝借した。

 

 

 

 

 

 

 ----

 

 

 

 

 

 

 甲板に出ると、そこは一面の銀景色であった。雪雲が途切れたのか、雪は一時的に止んでおり雲の切れ間から満月の光で照らし出されていた。

 

 

「綺麗な雪がこんなにたくさん!」

「足元には気をつけろよー!」

 

 

 アーミヤは目を輝かせると、降り積もった雪に突撃していった。膝丈ほどまである雪の中を、くるくると回りながらはしゃぐ。年相応の姿に、男二人は頬を緩ませる。

 景色を堪能したあと、雪見酒の準備を始めた。ガスコンロに片手鍋、お酒各種と用意していくとふとドクターがあることに気が付いた。

 

 

「マッターホルン、湯煎用の水を用意してないがどうするんだ?」

「ああ、こうするんですよ」

「そうか溶かせばいいのか」

 

 

 寒い中での冷たいお酒というのもありだが、やはりここは温めて飲みたいというもの。それ故にドクターが危惧したのだが、マッターホルンは片手鍋を雪の中へ突っ込んだ。

 マッターホルンは慣れた手つきで鍋の中へと雪を押し込め、固めていく。鍋に押し込み続けて、最早雪とは呼べず氷になってようやく詰め込むのやめた。

 

 

「すごい詰め込んだな」

「ここまでしないと足りないんですよ」

「流石雪国出身」

 

 

 そして鍋をガスコンロへと載せ、火にかける。徐々に徐々に(こおり)は溶けていき、水へと姿を変える。

 マッターホルンは鍋の中を確認すると、湯銭に足りないと分かると雪を追加する。お酒を取り出しているドクターはというと、大半のビンの蓋を開封し幾つかを雪の中へと突っ込んだ。どうやら冷酒も作るようであった。

 それから十分もしない内に、鍋の中で沸騰が始まった。そろそろ始めるのかと、そわそわしだすドクターだったがマッターホルンはさらに一分ほど時間を置いてから弱火へと変えた。

 

 

「準備ができましたので、湯煎していきましょう」

「待ってました!」

 

 

 マッターホルンが言うが否や、ドクターは鍋の中に清酒が入ったビンを入れ始めた。誘うまでは遠慮していたドクターのウッキウキな姿に、苦笑を浮かべながらマッターホルンは甘酒が入ったパックを鍋へと入れた。

 暫くして、ガスコンロの火を完全に止めると、温まるまで暫く待つことになった。二人はなんとなしに、眼前の景色を眺める。月明かりに照らされた雪のなか、アーミヤが雪ダルマを作り始めていた。

 

 

「アーミヤCEOは、レムビリトン出身でしたよね」

「そうだが、どうしたんだ突然」

 

 

 ふと、マッターホルンが呟いた言葉に、ドクターは首を傾げた。ドクターが顔を向けると、そこには苦悩がありありと浮かんだ顔のマッターホルンがいた。

 

 

「いえ、あそこも雪国だったと記憶しているんですが...。先ほどの『綺麗な雪』というのが気になりまして」

「...確かにレムビリトンも雪が降る。だがあそこは鉱業と工業が盛んで環境汚染が、な」

「なるほど」

「もっとも、アーミヤの幼少期にも理由があるかもしれないが...。記憶喪失に加えてその頃の資料もないんだ」

「そして、あの年齢でCEOとなれば...」

 

 

 二人して険しい顔つきになる。

 重苦しい雰囲気の中、ドクターはマッターホルンへと問いかけた。

 

 

「重ねたか?シルバーアッシュと」

「...はい。シルバーアッシュ様はご両親が亡くなり、幼い身で当主になりました。右も左も分からない中、周りはそれを許さず...」

「ままならんもんだな」

「ええ」

 

 

 二人の会話が途切れる。ドクターは程よく温まったビン、熱燗を二本鍋から取り出すと、一本をマッターホルンへと手渡した。

 

 

「まぁ、色々ありはしたんだろう。だけどシルバーアッシュ家の面々は、ここで元気に過ごしてるんだ。それぞれが頑張った結果でもあるし、これからを良くしていけばそれでいいんじゃないか?」

 

 

 ドクターは言い切ると、熱燗をマッターホルンに差し出した。マッターホルンは、受け取った熱燗のビンをドクターのビンにぶつけた。

 

 

「ええ、前へと進むそれが大事ですから」

「もっとも、ロドスもこれからなんだがな」

「私も微力ながらお力添えしますよ」

「マッターホルンが手伝ってくれるなら百人力だな」

「フォルテだけに、ですか?」

 

 

 カン、という音と共に熱燗を呷り笑顔を浮かべる二人。

 と、そこへ一通り遊びまわったアーミヤが雪を被ったまま戻ってきた。ドクターはアーミヤに近付くと雪を掃ってやる。

 

 

「こらこら、風邪ひいちゃうぞ」

「えへへ...。ありがとうございます」

 

 

 アーミヤは、はにかみながら両手を差し出した。そこには雪で作られたウサギが乗せられていた。

 甲板なため、植物などがなく雪のみで作られていた。目の部分は窪ませて、耳はたくさんの雪が盛られていた。

 

 

「上手じゃないか」

「頑張りました!」

 

 

 ドクターは雪ウサギを受け取ると、冷酒用に突き刺しておいたビンの上へと乗せた。

 雪の中にいたためか、頬や耳を赤くしたアーミヤを座らせると、マッターホルンがカップを一つ差し出した。

 

 

「アーミヤCEO、どうぞ暖かい甘酒です」

「ありがとうございます。...ふぁ。身体の中から温まりますね...」

 

 

 両手でカップを握り締めながら、アーミヤは顔を綻ばせる。

 三人は静かに雪見酒を楽しんでいたが、月灯りのある中雪がちらつき始めた。

 

 

「また、降ってきましたね」

「むしろ雪見酒にはぴったりじゃないか」

 

 

 白い吐息が吐き出される中、談笑しつつその夜を過ごした。

 

 

 

 

 .




 評価、感想、お気に入り、ここ好き、誤字脱字報告ありがとうございます。



 ...あとがきっていざ投稿するときになると何を書けばいいのか忘れてしまう。


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降っても降ってもまだ降りやまぬ (ドクター・プラマニクス・クーリエ)

 童謡『雪』をモチーフにロドスの雪の日の日常。
 警備をしているクーリエと一緒にいるプラマニクスにドクターが差し入れする話


.

 

 

 

 ロドス・アイランドが積雪のために一日休日となった当日。もちろん最低限、基地を維持するために従事しているスタッフはいるが。

 昨晩、雪見酒を堪能したドクターであったが、朝日が昇ると同時に起床していた。

 

 

「ん~、早起きした甲斐があった」

 

 

 自室の窓から外の景色を眺めると、夜の間に積もった雪が朝日を照り返しており光のキャンパスのようになっていた。

 ドクターは一つ伸びをすると、コーヒーを淹れようと窓から離れようとした。が、チラっと視界の隅で人影を捉えた。

 

 

「あれは、クーリエ?それと...プラマニクス?」

 

 

 自室から見える搬入口の一つに立っており、どうやら自主的に警備に就いているようであった。ただプラマニクスが一緒にいる理由が分からない。さらにいうとイスを持ち出していることも。

 

 

「...ふむ」

 

 

 ドクターは窓から眺めつつ、顎を擦る。そして何かを思いついたのか、指を鳴らすと自室から退室していった。

 

 

 

 

 

-----

 

 

 

 

 

 

 

 朝日が少し昇った頃、晴れていた空が次第に曇り空に変わってきていた。警備を行っていたクーリエは、朝日でしかめていた表情を和らげた。

 

 

「これは、降ってきますね...」

 

 

 重苦しい灰色の空を見上げながら、ポツリと呟いた。

 隣でイスに座ってるプラマニクスは、反応することなく持ってきていた棒針で編み物を編んでいた。

 それから暫く、どちらも口を開くことなく時間が過ぎる。口から白い息が漏れるなか、二人の後方から足音が響いてきた。

 

 

「やぁクーリエ、プラマニクス。おはよう」

「ドクター、おはようございます」

「...おはようございます」

「朝早くからどうされたんです?」

 

 

 足音の主はドクターであった。二人に声を掛けたドクターは、手には水筒とコップを持っていた。

 クーリエは何故ここに来たのかと首を傾げた。

 

 

「差し入れにコーヒー持って来たんだけど、飲むかい?淹れ立てで温かいよ」

 

 

 寒い中、自主的に警備に従事している二人(一人は違うのだが)にドクターは差し入れを持って来たのである。

 ドクターからの心遣いに、クーリエは顔を綻ばせた。ただプラマニクスは、コーヒーを飲んだような苦い顔をしていた。

 

 

「大丈夫、嫌な苦さを出さないような淹れ方をしたから」

「本当ですね?」

「ほんとほんと」

 

 

 プラマニクスは別の機会のときに、ドクターから差し入れられたコーヒーを飲んだことがある。そのときはドクター好みの眠気覚まし用濃いブラックだったため、口に合わず盛大に顔をしかめた。

 ドクターもそのことを分かっているため、今回持って来たコーヒーは一工夫してきていたりする。

 

 

「はい、どうぞ」

「ありがとうございます」

「...ありがとございます」

 

 

 コップにコーヒーを注いだドクターは、二人へと手渡した。淹れ立てのコーヒーからは湯気が立ち昇っていた。

 コーヒーを受け取ったクーリエは一嗅ぎした後、口にした。

 

 

「香ばしさ、それに随分マイルドですね」

「かなり気を使ったからね。豆を粗くしたり軟水使ったり、温度もね」

「お店に出せるレベルですよ」

 

 

 クーリエはコーヒーを気に入ったのか、ドクターを褒め立てた。少々強張っていたドクターは、クーリエの言葉にホッと一安心する。その後、クーリエとドクターはコーヒー談議に花を咲かせた。

 その様子をぼけっと見ていたプラマニクスは、視線をコーヒーに落とした。暖かい湯気と共に、コーヒー特有の香りが鼻腔をくすぐる。

 

 

「ん...。苦、い...?」

 

 

 一口飲んだプラマニクスは眉間に皺を一瞬寄せたが、目を瞬かせて首を傾げた。

 苦いことは苦いのだ、ミルクも砂糖も入っていないブラックなのだから。けれども今回のコーヒーには、舌がひりつく様な嫌な苦さがなく酸味も少なく感じた。

 プラマニクスは二口三口と、続けて口にするが顔をしかめることはなかった。

 

 

「どうだいプラマニクス」

「...このコーヒーは好きです。スッキリ?しますね」

「よかったよかった。前回のでコーヒー嫌いになられたら、悔やんでも悔やみきれないからね」

「これと比べると、前のは泥水でしたよ」

「ドクター、なんてもの飲んでるんですか」

 

 

 美味しそうに、とまでは成らずともコーヒーを気に入ったプラマニクス。クーリエとドクターが軽口を言い合うのを、どこか遠い目をしながら眺めていた。

 そうこうしている内に気温がさらに低くなったことを感じたプラマニクスは、両手で包んだコップの暖かさを感じながら空を見上げた。

 

 

「降ってきましたね」

「やはりですか」

「おー寒い寒い。炬燵を全部出しておいて正解だった」

 

 

 はらはらと疎らな雪が空から降ってくる。寒さに慣れていない厚着をしたドクターは、両手を擦っているが、雪国出身の二人は自然体で空を眺めていた。

 ただドクターは、プラマニクスにどこか哀愁を感じた。

 

 

「プラマニクス、どうかしたかい」

「...久しぶりに雪をみたせいでしょうか、昔を思い出すんです」

「昔というと、ロドスに来る前のことかい?」

「いえ...。それよりももっと古い時のことです。私とあの人、兄がまだ家族であった頃を」

 

 

 プラマニクスの言葉に、クーリエはハッと息を呑んだ。

 プラマニクスとその兄、シルバーアッシュには確執がある。カランドの巫女を選抜する儀式を行うときに、プラマニクスは儀式の参加を拒否した。

 だがシルバーアッシュは家の再興に利用できると踏んで、プラマニクスを半ば無理やり儀式へと参加させたのである。

 そのような経緯もあって、プラマニクスとシルバーアッシュとの間にはとても深い亀裂が生じてしまったのである。

 

 

「ふむ...。こう大きな家で、暖炉の前で編み物をしているプラマニクス。そして近くで読書を楽しむシルバーアッシュ、元気一杯なクリフハートに振り回されるクーリエ。そこにお菓子を焼いてきたマッターホルン。ここまでは想像できたぞ!」

 

 

 そんな少々重い空気の中、ドクターの口から出たのは場違いともいえるものだった。家族団欒、いいないいな!とドクターは、どこか浮かれている様子である。

 そんあドクターに、二人は呆けてしまう。特にクーリエは困惑も大きく、何を言えばいいのかと迷ってしまう始末だった。

 

 

「ふふっ」

 

 

 ただ困惑しているクーリエを他所に、プラマニクスはくすくすを笑いを漏らした。ドクターが的確に過去実際あったことを言い当てたからなのか、それともそんな未来があったかもしれなかったのか。

 

 

「おかしかったかい?」

「いえ。ただありそうだなって、在り得たかもしれかったのかなって...そう思っただけです」

 

 

 プラマニクスは、しんみりとした声でぬるくなってしまったカップの中を覗いた。

 家族団欒とはプラマニクスにとって既に過去のものだった。家というものに取り憑かれているとしか思えない、そう思うと自然と視線が下がってしまう。

 

 

「ああ、確かに先のことを考えるとクリフハートはもうちょっと落ち着いてるかもしれないね」

「...え?」

「年齢を重ねて経験を積むと、自然とそうなるものなんだよね。...例外はいるけどさ」

 

 

 顔を上げてドクターを見るプラマニクスであったが、ドクターは呑気にコーヒーを飲んでいた。プラマニクスは困惑を隠しきれないままクーリエを見るが、何かを悟っているのか苦笑してるだけであった。

 

 

「あの、ドクター...。先、とは...?」

「ん?『今』は無理かもしれない、だけど未来である『先』はまだまだ分からないだろう?」

 

 

 ドクターは事も無げに伝えた。

 確かに未来ではどうなっているのか分からない、だがプラマニクスの中には、また裏切られてしまうのではないかと不安もあった。

 

 

「大丈夫さ」

「ですが...」

 

 

 期待と不安に瞳が揺れる。

 

「クーリエがいる」

「無論です」

 

 

 胸を張り答えるクーリエ。

 

 

「マッターホルンも大分気に病んでいたよ。それにクリフハートもいる」

 

 

 指を折りながらつらつらと上げていく。

 

 

「まだまだ居るぞ、ロドスの皆もそうだ。もちろん私もね」

「ドクター...」

「君たちはここに来てから変わってきている。そうだろう?」

「...はい」

 

 

 不安に揺れていたプラマニクスの瞳は、しっかりとドクターを見据えていた。ただ、嬉しいのにどこか泣きたくなるのを我慢するために視線を外へと向ける。

 ドクターとクーリエも釣られるように、意図してプラマニクスを見ないように雪が降りしきる外へと向けた。

 

 

「ん~、大雪だな」

「これでは明日も業務に支障がでそうですね」

「それは困るんだけどなぁ~」

 

 

 はらはらと落ちるのは外の雪なのか、はたまた...。

 

 

 

 

.





 評価、感想、お気に入り、ここ好き、誤字脱字報告ありがとうございます。

 このシリーズの次話からはちょっとギャグっぽくなる、かも?シリアスちっくにはなりません(宣言




 あとリクエストは依然として活動報告諸々で受け付けております(尚注意事項)


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このろくでもない素晴らしいテラ
宇宙人と配達業【クロス作品】(宇宙人ジョーンズ・エクシア・テキサス)


 宇宙人ジョーンズとペンギン急便

 なんか思いついたので。めっちゃ短いヨ!


【挿絵表示】



.

 

 

 

 

 この都市の人間は、いささか煩い。

 

 

 

「もっと、もっと速度上げてジョーンズ!追いつかれるっ!」

「ん、これで最高速だぞ」

「テキサスそれマジ!?」

「頭下げたほうがいいぞエクシア」

「おわ!?今弾丸掠った、掠ったよね!?」

「禿げてないから安心しろ」

「掠ったってことじゃんそれ!」

 

『さぁペンギン急便の皆さんがピンチです!』

『いいぞー!もっとやれー!』『逃げ切れよー!』

『ただいまのオッズ、ペンギンが1.5、襲撃者が1.4です!』

 

「うるさいぞ野次馬ー!」

 

 

 一度騒ぎが起これば喧騒となり、野次馬は祭りのようになる。

 

 

「ジョーンズ、この先工事で通行止めだぞ」

「どうすんのさー!」

「どうするもこうするも、なんとかするしかないだろう」

「なんとかって何するのさ!」

 

 

 しかも、この都市の人間は―――

 

 

「任せた、ジョーンズ」

 

 

 無茶振りが酷い。

 

 

 

 

 

-----

 

 

 

 

 運転席に座っているジョーンズは、前方に工事現場が見えたにも関わらずアクセルを緩める気配を見せなかった。

 真顔もしくは無表情とも言えるジョーンズに、後ろの座席に座っていたエクシアは焦りの表情を浮かべる。対するテキサスは、リラックスしたように腕を組んだまま動きを見せなかった。

 

 

「ちょ、ちょっと!?」

「少し落ち着け」

「むしろ何でテキサスはそんなに落ち着いていられるの!」

 

 

 ジョーンズがチラリと後方を確認すると、未だに襲撃者である二台の車両が追ってきていた。

 工事現場まで残り三十メートルになったとき、ジョーンズが動きを見せた。

 ハンドブレーキを引きつつ、ハンドルを大きく回したのである。時速百キロメートルで走行していた車が、急制動を掛けられながら回転し始めた。

 

 

「ぬわぁ~!!」

「「...」」

 

 

 多大な横Gを与えられ、情けない悲鳴を上げるエクシアに、一言も漏らさず顔色を変えないほかの二人。

 ジョーンズは回転する車を器用に操作すると、進行方向とは逆に向いた瞬間アクセルを全開にした。白煙を巻き上げながら、工事現場を背に再度走り始めた。

 

 

「エクシア、準備しろ!」

「もー!何がなんなのさ!」

 

 襲撃者達は工事現場が見えた段階で、離れていた。そして突如、向かってくるペンギン急便に度肝を抜かれていた。

 そのままジョーンズが操る車は襲撃者達の車両の間をすり抜けた。

 

 

「アップルパイ!」

「斬りつくす!」

 

 

 むろん、今までのお返しとばかりに銃弾と剣雨をあびせて大破させたのだが。

 襲撃者が完全に沈黙したのを確認して、三人をため息を一つついた。

 

 

「やるじゃんジョーンズ!」

「今日もいいハンドルさばきだった」

 

 

 

 

 

-----

 

 

 

 

 

 

 この配達という仕事はかなり過酷である。

 

 

「ここにいたのかジョーンズ」

 

 

 彼女達が何故配達を生業としているのかが分からない。

 

 

「今日も助かった。また頼む。あと缶コーヒーだ」

 

 

 だが、仕事終わりの缶コーヒーだけは、格別だ。

 

 

 

 

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 評価、感想、お気に入り、ここ好き、誤字脱字報告ありがとうございます。

 これ、続き書く、かも?


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宇宙人と探検家【クロス作品】(宇宙人ジョーンズ・アスベストス・マゼラン)

 アスベストスとマゼランの氷河探検にポーターとして働くジョーンズのお話


【挿絵表示】



 宇宙人ジョーンズと氷河探検

 

 

 

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 この惑星の探検家という存在は、自分の意思で危険地帯へと赴いていく。

 

 

 

「えー!!アスちゃんが人雇ったの!?」

「んだよ、アタシが人雇っちゃわりーか」

「だってアスちゃん、ほとんど一人で探検してるじゃん」

「...今回は特別なんだよ。例の極北にある渓谷を抜けていく」

「本気なの?」

「じゃなきゃ人なんざ誰が雇うか」

「...分かった。あたしも一緒にいく!」

「はぁっ!?」

 

 

 

 何をそんなに彼等彼女等を駆り立てるのか。

 

 

 

「わぁ~ジョーンズさんすごい力持ち」

「話には聞いてたが、実際に見てみるとヤベーな」

「あたし二人分ぐらいあるかな?」

「物資によゆーがあるのはいいが...。ルートは厳選しねーと踏み抜くぞ」

「ああ...クレバス...」

 

 

 

 そして、この惑星の辺境は―――

 

 

 

「いいか、ゆっくりゆっくりだぞ」

「大声も出しちゃダメだからね」

 

 

 

 とても過酷だ。

 

 

 

 

-----

 

 

 

 

 

 極北と呼ばれる北の辺境。一年を通して氷に閉ざされたこの地で、アスベストスを先頭にジョーンズとマゼランの三人が渓谷にある人一人分しかない崖の中腹を進んでいた。

 渓谷の中のため、正面から強い風がぶつかってくる。雪は入り込みづらいのだが、上を見上げればホワイトアウトしており真っ白になっていた。

 

 

「クッソ...これだから極北はッ...!」

「ここまで荒れるのも珍しいけどね...」

 

 

 アスベストスは悪態をつきながらも、足元を確認しながらハーケンを打ち込み一歩ずつ確実に進んでいく。

 ジョーンズはハーケンに通された命綱を伝い、後に続き最後尾にいるマゼランがハーケンを回収していった。ふと、ジョーンズが下を覗く、脅威的な視力で渓谷の中に幾つか遺体があるのを発見してしまう。

 

 

「大丈夫?ジョーンズさん」

「ダイジョブデス」

 

 

 ジョーンズの様子が僅かに変わったのを受けて、マゼランが声を掛けた。ただジョーンズは顔色も表情も変えずに答えていた。カタコトなのは相変わらずだが。

 暫く無言で進んでいくと、渓谷の終わりが見え始めた。

 

 

「出口、見えてきたぞ」

「あと少しだね」

 

 

 渓谷を抜けられるという事実に、三人は安堵のため息をついた。が、そこに突如として地鳴りが響いた。

 

 

「地震!?」

「こんな時にじょーだんじゃねーぞっ!」

 

 

 アスベストスとマゼランは命綱を、あらん限りの力を持って握りしめる。対するジョーンズは咄嗟のことで、片腕を氷の崖へと突き刺してしまった。

 時間にして六秒ほど揺れは続いた。上からは大量の雪とも氷とも言えるものが降り注ぎ、渓谷へと落ちていった。

 

 

「...治まった、か?」

「死ぬかと思ったぁ」

 

 

 揺れが止まった後、三分程時間をおいてから自身と背負っている荷物、そして命綱とハーケンを確認しした。

 

 

「異常なし」

「異常ないよ」

「イジョウ、ナシ」

 

 何も異常がないことを全員で確認して、そこでようやく一息ついた。全身に冷や汗をかいて少々寒く感じる。

 

 

「少し、先急ぐぞ」

 

 

 予想外のことが起きる、長年の経験からそんな予感を感じたアスベストスは新たにハーケンを取り出した。

 が、再度地鳴りが響いた。ただ先ほどの地鳴りとは異なり、渓谷は揺れなかった。アスベストスを除いて。

 

 

「なッ!?」

「アスちゃん!!」

 

 

 アスベストスがいる地点の、渓谷の崖が崩れ始めたのである。

 命綱がある、とは言えない状況であった。固定しているハーケンごと落下し始めたため、最悪他の二人も道連れとなる可能性があった。

 そのことに瞬時に気づいたジョーンズは、なんと片腕を崩れている崖に突き刺し支えてしまったのである。

 

 

「えええええッ!?」

「な、え...は...!?」

 

 

 普通であれば、腕が持っていかれる(というか氷に腕を突き刺すことはできないのだが)はずが、ジョーンズは顔色一つ変えず支えているのである。

 この事態に、ポカーンと口を開けて呆けてしまうアスベストスとマゼラン。

 

 

「ダイジョウブ、デスカ」

「お、おう。大丈夫、だぞ」

「すっ、ご~い...」

 

 

 

 

 

----

 

 

 

 

 探検家というのは不測の事態に巻き込まれやすい。

 

 

 

「ジョーンズ、コーヒー淹れたぞ。ほれ」

「アスちゃん、あたしのも~」

「ほらよ」

 

 

 

 先ほどまで談笑していた者が次の瞬間には遠いところにいってしまうかもしれない。

 

 

 

「天候不順に地震、今回は酷かったねぇ」

「滅多にないからな。その分スリル満点で、アタシとしちゃあ満足だがな」

「あたしは寿命縮んだよ...。でも、こんな綺麗な星空見えるなら許しちゃうかな」

「単純だな。...だがまぁ、同意するぜ」

 

 

 

 ただ、この星空の絶景を見れるのは探検家だけだろう。

 

 

 

 

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 評価、感想、お気に入り、ここ好き、誤字脱字報告ありがとうございます。

 やっぱり続いた。めっちゃ書きやすいんですよ。前回が50分、今回は1時間30分ぐらいで書けた。

 後ほど、シリーズとして章タイトルつけておきます。


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宇宙人と天災特使【クロス作品】(宇宙人ジョーンズ・レオンハルト・エアースカーペ)

 宇宙人ジョーンズがレオンハルトとエアースカーペと共に天災に対処するお話。


【挿絵表示】



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 この惑星には天災と呼ばれる自然災害が頻発している。

 

 

 

「レオンハルト!一体どれだけ頼んでるんだ!」

「えーいいじゃん、腐るわけじゃないし」

「流石に限度があるだろ、俺一人じゃあ無理だぞ」

「え?この人、えーと...」

「ジョーンズだろ」

「そうそう!ジョーンズさんが着いて来てくれることになってるよ」

「...初耳なんだが?」

「言ってなかったっけ?」

 

 

 

 人の身で事前に防ぐことは叶わない。

 

 

 

「こ、れは...」

「どうしたレオンハルト。おい、顔真っ青だぞ」

「戻るぞッ!!」

「だから、どうしたんだ!」

「天災だよ!一時間前に通り過ぎた村で起きそうなんだッ!」

「はぁっ!?ついさっき調べた時は予兆はなかったんだろ?」

「機器の故障なら無駄骨だったってことで澄む、けど...」

 

 

 そして天災は―――

 

 

 

「...ジョーンズ!車を戻せ!」

 

 

 

 無慈悲だ。

 

 

 

 

 

-----

 

 

 

 

 

「いそげー!物は持つなー!!」

「東だよ!東に真っ直ぐいくんだ!!」

 

 

 村に戻った三人は、急いで住人の避難を始めた。三人の鬼気迫る表情に、当初村人達は最初困惑していた。

 しかし時間が経つにつれ、空が暗くなり現在の時期では在り得ない方向からの強い風に吹かれる始めると村人達もようやく重い腰を上げた。

 

 

「慌てず、でも急いで!」

「家財道具なんて捨てていけ!死にたいのか!?」

「オチツイテー、アセラナイデー」

 

 

 暗く重い雲が頭上一面に広がると、村人達はパニックを起こし始め我先にと逃げ始める。

 なんとかパニックを押さえ込もうにも、三人だけでは到底不可能であった。

 

 

「ママー!どこぉ~!」

 

 

 混乱の最中、ジョーンズの耳に子供の声を捉えた。

 ジョーンズが急いで現地に向かうと、そこには一人の女児が涙を流しながら足を止めていた。女児の元にたどり着いたジョーンズであったが、泣いている子供をあやした事などないためどうすればいいのかとオロオロしてしまう。

 レオンハルトとエアースカーペに助力を頼もうと顔を向けるが、二人は村人の避難誘導に忙しくジョーンズに気づいていなかった。

 

 

「ママぁ~」

「アー、コッチオイデー?」

 

 

 一先ず女児を保護しようと呼びかけたジョーンズであったが、上空からゴロゴロと雷鳴が響き始めた。

 そして次の瞬間には。

 

 

「て、天災だ!!」

「ハリケーン。クソッ、間に合わなかったか...!」

 

 

 村とそう離れていない位置に、渦を巻いた大気が降り立った。ハリケーンはそのまま周りの木々を巻き込みながらなぎ倒し、自身の一部にしながら村へ迫ってきたのである。

 そして巻き込まれた木々を辺りに吹き飛ばしながら迫ってくるハリケーンに、取り残された村人達とレオンハルト、エアースカーペは呆然とするしかなかった。

 と、そこに女児を保護したジョーンズがやってくるのが見えてくるが、ジョーンズの背後からハリケーンに飛ばされた大木が迫って来ていた。

 

 

「ジョーンズ!危ない!」

「避けろジョーンズ!」

 

 

 ジョーンズの危機に気づいたレオンハルトとエアースカーペが声を荒げる。

 二人の切迫した声に、ジョーンズは背後を振り返る。迫り来る大木、振り返った姿のままのジョーンズ。もうダメだとレオンハルト達は顔を背けた。

 固く目を閉じたが、ドンッ!と大きな音は耳を揺さぶった。何事かと、ゆっくり目を開けるとそこには。

 

 

「保護シテ来マシタ」

「「ジョーンズ!」」

 

 

 片手で大木を握り締め、無傷のジョーンズと女児がいたのであった。ジョーンズは何事もなかったように女児を母親に預けると、目と鼻の先にあるハリケーンを一睨みした。

 ジョーンズの瞳が赤く輝くと、ハリケーンは何の前振りもなく霧散した。

 

 

「ハリケーンが...」

「消えた、だと...?」

 

 

 天災が急になくなったことに、レオンハルトとエアースカーペが驚愕の表情を浮かべる。

 

 

「俺達、助かったのか...?」

「生きてる、生きてるぞー!!」

 

 

 混乱の極みに達している二人を他所に、村人達は命の危険がなくなったことで大歓声を上げた。

 

 

 

 

 

 

-----

 

 

 

 

 

 

 この惑星の住人達は死と隣合わせなことが多い。

 

 

 

「ジョーンズここにいたのか。独りで缶コーヒー啜ってないでこっちにこいよ」

「...なんで天災が消えたのか分からねぇ」

「だが俺達も、村人達も命が助かったのは事実だ」

 

 

 

 災害に戦争と気の休まることがない。

 

 

 

「おーい!ジョーンズ、エアー早くこっちこいよー!」

「トランスポーター達のみなさーん!こっちですよー!」

「今日は宴じゃー!!ポーターさん達も飲むぞー!」

「やれやれ...。いくぞ、ジョーンズ」

 

 

 

 けれど、この惑星の住人達は温かい。

 

 

 

 

 

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 評価、感想、お気に入り、ここ好き、誤字脱字報告ありがとうございます。

 表紙はアイデアは感想頂いた方から、絵そのものはあまじゅんさんに描いていただきました。ありがとうございます!

 暫くはリクエスト消化をしていきます。


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宇宙人とホスト 【クロス作品】(宇宙人ジョーンズ・ミッドナイト)

 宇宙人ジョーンズがミッドナイトが所属するお店のホストになるお話



【挿絵表示】



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 この惑星の住人は、絶えず競い合っている。

 

 

 

「お前が」

「お前が」

「お前が」

「「「ナンバーワン!Yaaaa!!」」」

「...やっぱカッコイイよねナンバーワンは」

 

 

 

 そして無意味な順位をつけて喜んでいる。

 

 

 

 

「ジョーンズさんさぁ、ちょっとダサいよ」

「えー、私は好きだけどなぁー」

「ジジ専だったの?」

「渋くていいじゃん」

「私は向いてないと思うけどな~」

 

 

 

 ただ、この惑星の日焼けサロンは―――

 

 

 

「あれ?ジョーンズさんじゃん」

 

 

 

 すごい。

 

 

 

 

 

-----

 

 

 

 

 

 ピーカン倶楽部と看板に掲げられた日焼けサロンから出てきたジョーンズは、小麦色に肌が焼けていた。ついでと言わんばかりに金髪にも染められており、ジョーンズはどこか満足げだった。

 一息入れるためにジョーンズが缶コーヒーを飲んでいると、一人の男性が声をかけて来た。

 

 

「ジョーンズさん、こんがり焼いたねぇ」

 

 

 声をかけてきたのはジョーンズが働いているホストのナンバーワン、ミッドナイトであった。

 仕事着と普段着が同じなのか、マゼンタ色のワイシャツに黒のコートとスラックスという出て立ちであった。その顔には苦笑が張り付いており、どこか困惑したようにも見受けられた。

 

 

「うーん。イメチェンもいいけど、ジョーンズさんには似合わないかな」

「!?」

 

 

 突然のダメ出しにジョーンズは衝撃を受ける。染めた髪に小麦色の肌、これでナウ(死語)でヤング(死語)な若者に馬鹿ウケ(死語)だと思っていたジョーンズには途轍もない衝撃であった。

 ジョーンズの動揺具合に、ミッドナイトが逆に動揺する始末でる。

 

 

「い、いやいや。ジョーンズさんはチャラいような派手系じゃなくてイケオジの渋い系でしょう?」

「シブイ...?」

「もしかしてジョーンズさん、ファション疎い...?」

 

 

 言葉の意味すら分かってなさそうなジョーンズに、ミッドナイトは困惑する。ホストとしてやっていくには必要な知識がないのだから。

 この分では他の知識や技能などもないのだろう、それでよくホストをしようと思ったのか。ただミッドナイトとしても、訳アリでホストを始めるものを多数見ているためジョーンズのその一人なのだと勝手に納得した。

 そして面倒見のいいミッドナイトはジョーンズのことを放っておけなくなっていた。

 

 

「ジョーンズさん、俺でよかったら色々教えるよ?」

「ホントデスカ」

「仕事仲間で後輩なんだから当たり前さ」

 

 

 ミッドナイトの申し出に、ジョーンズも乗る気であった。惑星調査員として多くの情報を手に入れることができる、またとない機会なのだから。

 そしてジョーンズは、ミッドナイトに案内されるままに都市へと繰り出した。

 

 

 

 

 

 

「まずは服装だけど...え、肌と髪戻ってる」

 

 

 ミッドナイトが行きつけの洋服屋に着くと、ジョーンズの小麦肌と金髪が元に戻っていたことに驚いていた。身体操作など造作もないジョーンズにとってこのぐらい朝飯前なのだが、似合っていないと言われたことが相当堪えたようであった。

 

 

「モンダイアリマセン」

「あ、ああそういうアーツなの...?」

 

 

 世の中には摩訶不思議なアーツが色々あるため、ミッドナイトはとりあえず納得した。

 ミッドナイトは店の中にあるメンズエリア、それもスーツ売り場に着くと黒のスーツを手に取った。

 

 

「とりあえず、ジョーンズさんにはシンプルにスーツだけで十分だね」

「イツモキテマスガ」

「いやいや、飾りっけのないスーツがいいんだよ」

 

 

 ジョーンズの体格に合うスーツを探しながら、ミッドナイトは説明していく。

 

 

「白のワイシャツにワインレッドのネクタイだ。ジョーンズさんはキッチリ着込むほうが様になるからね。小物は、スクエアタイプの小さい眼鏡かな」

「ハイ」

 

 

 ミッドナイトから一通りものを受け取ったジョーンズは試着室で着替える。

 

 

「うん、やっぱり元がかなりいいから似合うね」

 

 

 試着室から出てきたジョーンズは、会社員というよりどこかの俳優にも見えるほど様になっていた。特に顔の彫りが深く目がやや細いジョーンズに、眼鏡の相性は良く仏頂面加減が緩和されていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 外見は纏まったため次に移るのだが、立ち話もなんだということで二人はカフェテリアに来ていた。

 軽食などは頼まず、飲み物だけ頼むとミッドナイトが切り出した。

 

 

「次に話術だ。ジョーンズさん、カタコトだけど...」

 

 

 話術、ホストは外見だけでなく客を惹きつけ楽しませる話術も大切だと告げる。ただ問題なのはジョーンズがカタコトでたどたどしいことなのだが。ジョーンズは自身の喉に手を当て、喉を整え始めると。

 

 

「ンンッ!一応、喋れます」

 

 

 カタコトではないジョーンズの声が出てきたのである。その声は低くはあるものの低すぎず、聞いている者にとって落ち着かせるような声音であった。そう谷○節さんのような声であった。

 

 

「おお!良い声してるじゃん!なんでいつもはカタコトなんだい?」

「疲れますので」

 

 

 ミッドナイトも絶賛する声なのだが、ジョーンズの素っ気無い返事に落胆する。

 

 

「勿体無い...。無理じゃなければ、仕事してる時はそっちのがいいよ。絶対ウケる」

「分かりました」

 

 

 ただ、ダメ元で勧めてみればあっさりと承諾するジョーンズにちょっとずっこけるミッドナイトであった。

 ミッドナイトは気を取り直して、ジョーンズにあれやこれやと話術に関する技術を伝える。

 外見の年齢的に覚えるのに時間がかかるかと思われたが、一度聞いてしまえばモノにしてしまうジョーンズにミッドナイトは舌を巻いた。もしかしたらナンバーワンたる自分さえも脅かすのではないかと思うほどに。

 

 

「んー、意外に教えること少なかったかな?」

 

 

 ミッドナイトの講義はあっという間に終わってしまった。それもこれも真剣にかつすぐさま覚えてしまうジョーンズにミッドナイトの興が乗ってしまったからなのだが。

 

 

「最後にとっておきなんだけど、極々たまーにでいいから笑顔を作るんだ」

「笑顔?」

 

 

 ミッドナイトが綺麗な笑みを浮かべると、ジョーンズは自身の口角を指で押し上げた。ただの口の形を変えるだけでいい、そう言われてジョーンズを首を傾げた。

 

 

「そう、笑顔。表情を変えないことが多いジーンズさんだからこそ、見れるかどうか分からない稀な笑顔が効果的なんだ」

「本当にそうなんでしょうか」

 

 

 自信満々なミッドナイトに、ジョーンズは懐疑的であった。ただ、今日だけで様々なものを教えて貰ったミッドナイトの言うことなので、暫くは挑戦してみようとは思うのであった。

 

 

「フフ、一ヶ月も経てば分かるさ」

 

 

 

 

 

 

 

-----

 

 

 

 

 

 

 この惑星の趣味や嗜好といったものは奥が深い。

 

 

 

「ジョーンズさん、今日も来たよ~」

「ダサいって言ってたのにドハマリしてるじゃん」

「昔のことはいいじゃんかよー。こう偶に見れるあの笑顔のギャップがね」

「分かる~。しかも話上手聞き上手、推しよ推し!」

「マジそれ」

 

 

 

 知らないことを知ろうとすれば際限なく知れてしまう。

 

 

 

「やぁジョーンズさん、お疲れ様」

「どうだいこのコーヒー。俺なりに色々試行錯誤してるんだけど」

「んーもうちょい苦いほうが好みかな?」

「ナンバーツーのジョーンズさんはどう思う?」

 

 

 

 ただ、コーヒーだけは全てを知りたいと思ってしまう。

 

 

 

 

 

 

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 評価、感想、お気に入り、ここ好き、誤字脱字報告ありがとうございます。

 まだリクエストあるけど生き抜きに。
 ファントム書き辛いんじゃぁ~...。


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宇宙人の帰還 (宇宙人ジョーンズ・ディピカ)

宇宙人ジョーンズが同郷(宇宙規模)と会話するお話
宇宙には様々な勢力がいるという捏造。なお現在は平和な模様。
ディピカ、配役として丁度よかった。少々クトゥルフ神話関連出てきますけど知らなくても問題ないです。いあ、いあ。



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 ジョーンズは龍門市街のワンルームを活動拠点にしている。拠点といっても本来の業務である調査のために、居ることさえ稀になっている。そのため家具などの調度品も必要最低限であり、使われた形跡もほとんどないため無機質なものとなっていた。その中でコーヒーに関するものだけやたらと充実しており、片隅には様々な種類の缶コーヒーが山となって積まれていた。

 そんな自室において、ジョーンズは来客を迎える準備をしていた。ジョーンズの家に来客が来ることは珍しい。仕事先で出会った人物達は基本的に龍門外なため、やってくるのは手紙ばかりであり唯一龍門にいるペンギン急便だが互いに居ないことが多いのを知っているため訪れることをしない。

 ジョーンズが歓待の準備(といっても茶菓子を用意してコーヒーを淹れるのに心血を注いでいるだけ)をしていると、玄関のチャイムが鳴った。

 

 

「こんにちは、ジョーンズさん」

「イラッシャイマセ、ディピカサン」

 

 

 ジョーンズは訪問者であるディピカを招き入れると、室内へと案内する。

 飾り気のない机とイスを勧め、ジョーンズはお茶菓子と共に淹れたてのコーヒーを目の前に置いた。目の前に置かれたものに、ディピカは目を丸くした。

 

 

「ジョーンズさんが嗜好品を嗜んでる…」

 

 

 ディピカはジョーンズに惑星テラへと来る前の質実剛健、質素倹約のイメージがあるため、嗜好品たるコーヒーにのめり込んでいることに驚いていた。

 ジョーンズ自身も、自身の変化に気づいているのか表情等変えることはなかった。

 

 

「ドウゾ」

「頂きます。…美味しい」

 

 

 ディピカの綻んだ顔に、ジョーンズは満足げにうなずいた。

 その後、互いの近状や母星に関して話が弾む。一時間ほど経って話題がなくなると、ディピカが今日訪ねた理由を話し始めた。

 

 

「それでねジョーンズさんの所にも来てると思うけど」

 

 

 そう言ってディピカは、封筒から一枚の紙を取り出した。それは母星からの帰還辞令書であった。

 ジョーンズも分かっていたのか、懐から似たような紙を取り出した。

 

 

「アタシは結構この星気に入ってて、調査以外にも落とし子討伐とかもあって下手な人員に交代すると星が荒れちゃうから残るつもりだけど…。魔術を(おおやけ)に使える星も早々ないし」

 

 

 ディピカが所属するアザトース・クトゥルフ派が、というよりアザトース系列は被害が尋常じゃないことになる。そのためジョーンズとしても、穏便にことを進めるディピカが残ってくれるのはありがたいのか安心したような顔を見せた。

 

 

「遺物討伐にしても、現地住民のハンター達がいるから衝突すると厄介なんだよね…。意味わかんないぐらい強いから返り討ちにされて全面戦争…、お仕事増えるから残ったほうがお得なんだよね」

「!」

「落とし子ぶっ飛ばしてたよ」

「ソウデスカ」

 

 

 落とし子、様々な種があるがどれも成人サイズからその三倍近くなるものでいるが、その大きさを吹き飛ばすことができる存在がいる。そのことにディピカとジョーンズは遠くを見つめる。

 二人は話を変えるために、コーヒーを口につけた。

 

 

「それでジョーンズさんはどうするの?」

 

 

 ディピカは自身のことは終わりとばかりに、ジョーンズに水を向けてきた。

 ジョーンズは手に持ったマグカップのコーヒーを見つめる。思い返すのは惑星テラに来てからの日々であった。

 鉱石病と戦いつつ、日々を生きる人々。未知への探究心があり、生活においても妥協することなく質を高める意欲もある。

 ただ光あるところに闇もある。戦争は止まるところを知らず、鉱石病の有無による差別もある。大地の荒廃も激しく支配者層の腐敗も酷い。だからこそなのだろうか、闇が大きいほど光を眩しく感じる。

 

 

「残リマス」

 

 

 ジョーンズは残ることを決めた。テラに来たばかりの頃であったなら、一も二もなく受諾していただろう。だがテラに住む者達と出会いと別れを繰り返し、様々なものを見聞きした。ジョーンズはもっと見てみたいと、そう思うほどにはテラに惹かれていた。

 

 

「そっか」

 

 

 変われば変わるものだと、ディピカは微笑んだ。

 

 

「それじゃ私の方から連絡しておこうか?」

「オ願イシマス」

 

 

 軽く頭を下げるジョーンズに、ディピカは名状しがたい声音を呟いた。星間すら跨ぐことができるクトゥルフ系列の呪文である。

 ジョーンズ自身も、後で上奏しておく必要があるとコーヒーに口をつけた。

 

 

 

 

「そうそう、ジョーンズさん。私、フリーの絵師を辞めて就職することにしたんだ。

 次の就職先は、ロドス・アイランドっていう製薬会社。世界中を周ってるから丁度いいと思ってね。

 未確認情報だと、遺物討伐してる現地住民の幾人かが所属してるみたいだし。

 ジョーンズさんも興味あったら連絡頂戴、紹介ぐらいならできると思うし」

 

 

 

 

 

 

 

-----

 

 

 

 

 

 この惑星の人々は実に興味深い。

 

 戦争、病、差別など争いに暇がない。

 

 こんな世界だというのに絶望しきっているわけでもない。

 

 日々の日常から、未知の探求から、暮らしの復興から、様々なところで希望を見出している。

 

 だからこそ、私はこの世界を見続けたいと思う。

 

 

 このろくでもない素晴らしい世界を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 評価、感想、お気に入り、ここ好き、誤字脱字報告ありがとうございます。

 最終回っぽいけどまだ続くんじゃよ。




 ここ最近、メンタルズタボロでした。回復するのはいつになるか...。


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1話完結の短編
ゆるふわクルース (クルース)


『お茶請け』を『お茶漬け』と読み間違えた人が2名いますが、お茶請けはお茶菓子のことです。


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「やっぱりドクターの執務室は落ち着くよねぇ」

 

 Dr.の作業室にあるソファーに寝転びながら、ダラダラしているクルース。ソファーの前にある机には、コーヒーとお茶請けがあり時折クルースがそれを摘んでいる。

 部屋主であるDr.は、クルースに構わず作業に没頭している。

 カリカリとペンを走らせている音とポリポリと齧る音が室内に木霊する。

 

 Dr.は長時間の事務作業で集中が切れると共に、体の節々が痛むことに気がついた。伸びを1つすると、体中からパキポキという音が鳴る。

 余程、長時間の続けていたのか肺の奥深くから吐き出したため息は重い。イスに浅く腰掛け直し、ゴーグル越しの目はどこか虚ろであった。

 

 虚ろな眼差しで正面に位置しているクルースを眺める。ソファーに座りお茶請けを頬張りながら、左右に体を揺らしている。

 メトロノームのように揺れる耳に目が行く。右、左また右と結ばれたもみあげと共に大きな耳が揺れる。

 

「ドクタ~、こっちこよ?」

 

 視線に気がついたクルースが、自身の隣のスペースを叩く。誘われるがままにDr.は、クルースの隣へ身を投げ出すように座り込む。視線は以前として耳へと注がれているが。

 見詰め合う2人だったが、クルースが何かに気づいたように立ち上がった。

 首を動かす気力もないのか、視界から外れたクルース(耳)を見るのをやめて天井を眺め始めた。働かない頭では思考が働かない、天井のシミを数えるだけで精一杯だった。

 

「おまたせ~。はいドクター」

「...あ、ああ。ありがとう...」

 

 戻ってきたクルースにも、一拍置いてから気づくありさま。手渡されたのは一杯の温かいコーヒー。

 

「砂糖多目に入れたからね~。疲れたときには糖分だよ」

「助かる」

 

 受け取りまず手のひらで暖かさを感じてから口をつける。コーヒーにしては少し甘ったるい、けれども今のDr.にはちょうど良かった。

 一口一口を堪能しながら飲んでいくと、クルースがお茶請けをDr.の口元に差し出してきた。

 微笑を湛えたクルースと摘まれたお茶請けを交互に見るが、未だに脳内がゆるい状態のDr.はお茶請けを食べた。

 

 食して飲む、それを2度3度とお茶請けをクルースから食べさせて貰っている。

 コーヒーを全て飲み終える頃には、残っていたお茶請けも全てDr.の胃の中へと収まった。

 少しながらも食したことでなくなった空腹感と糖分によって活性化した頭だったが、事務仕事の疲れに襲われ欠伸をかみ殺した。

 

「くぅぁ...」

「眠いの?ドクター、はい」

 

 差し出されたのはクルースの太もも、どうやらDr.を寝かせようとしているようであった。Dr.は一瞬考え込むが、クルースによって体を引き寄せられると成すがままに太ももへと収まった。

 Dr.はフード越しから伝わる、ちょっぴり高い体温と柔らかさに目蓋が下がり始めた。せめてもの反撃(?)にクルースの頭へと手を伸ばした。

 

「やっぱりドクターは変わらないねぇ」

「...記憶がないのにか?」

「うん」

 

 大きな耳と柔らかい髪を撫でる。クルースは暫く撫でられていたが、次第に自分からDr.の手に擦り付けるようになった。撫でてほしい所、主に耳を撫でて貰いご満悦な表情である。

 5分ほど続いたが、Dr.の手の動きが緩慢になるとクルースの頭の上からずり落ちた。

 クルースは優しくDr.の手をとると、楽な位置に置いた。

 

「寝ちゃった、かな?」

 

 Dr.の顔を覗き込んで、寝たことを確認する。

 

「ドクターは何も変わってないよ~。1人で頑張るところや、頭の撫で方とか」

 

 微笑みながらやさしくDr.のフード越しの頭を撫でる。

 

 

 ゆっくりと、ゆっくりと、Dr.の存在を確かめるように。

 

 

 

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ウォッカ・アイスバーグ (Ace)

シリアス、またはシットリ


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 Dr.がバーの扉を潜ると、淡い光が室内を照らすこじんまりとした店内だった。

 店内は狭く、座席はカウンターのみなため数名しか座れない。だが現在の店内はさらに狭く感じる、がっしりとした体格の同僚がいたからだ。

 

「よぉドクター、珍しいなこんな所に来るなんて」

「Ace居たのか」

 

 Aceは既に何回か杯を空けているのか、顔がうっすらと赤くなっていた。身体をDr.の方に向けると隣の席を叩き、飲みに誘う。Dr.も特に拒否する理由もないため、素直に席へと着いた。

 

「マスター、ジン・トニックを一つ」

「飲めたんだなドクター」

「...ああ、普段飲まないが飲めないわけじゃない」

「お疲れのようだな」

「少し、な。研究に行き詰って、気分転換にと思ってな」

「なるほど。なら今日はパーっと飲むべきだ!」

「医師に言うことじゃないだろ」

「たまには必要さ。特に今日みたいな日はな」

「まったく...」

 

 疲れを見せるDr.にAceは態と大げさな反応で対応した。自身を元気付かせるためだということに気づいたDr.は、心が少し軽くなったように感じた。

 そうこうしている内に、ジン・トニックが運ばれてきた。グラスを手に取ったDr.は一口目は唇を濡らす程度に、二口目で舌で味わい、三口目で飲み干した。

 

「おいおい、飛ばし過ぎじゃないか?」

「こういう時もあるさ。それに今日はバーっと飲むんだろ?」

「言ってくれるじゃないか。マスター、ウイスキーフロートを二つ」

 

 Aceはグラスに残っていたお酒を空にすると、Dr.の分も含めて追加で注文した。二人は注文を待つ間、肴を摘みつつ近況を話し合う。

 

「Ace、新入りの教練の方はどうなんだ?」

「教程はほぼ終了している。あとは実践を積ませるだけだな」

「それは重畳。頼りにさせて貰う」

「こっちの台詞だ。優秀な医者のお陰で教程を縮めることができたからな」

「それはケルシーに言ってやれよ。研究ばかりな方じゃなくてな」

「馬鹿言え、どっちも重要だ」

 

 肴を摘みつつ会話に花を咲かせる。そしてちょうど会話の切り目に、マスターからグラスが差し出される。二人はグラスの下半分が透明で上半分が琥珀色のウイスキーフロートを手に取った。

 

「一杯遅れたが」

「既に飲んでる奴もいるが」

「「乾杯」」

 

 カララン、とグラスと氷の音が鳴り響く。

 

 

 

 その後も話し込みながら、キール、エバ・グリーン、ロングランドアイスティー、カイピロスカなどを頼みグラスを空にしていった。

 そこそこの量を飲み干したAceとDr.の顔の赤ら顔になっており、酔いが回っていることが見て取れる。それでも飲む速度は変わらず、Aceはシャンディガフを、Dr.はスクリュードライバーを手に持っている。

 

「なんにしても、研究の方も大詰めか」

「ああ、あと少しだ」

「これで晴れてロドスも本腰を入れられるか。腕が鳴るなドクター」

「長いこと時間を掛けてしまった。今まで救えなかった分も含めて...」

「あまり一人で気負うな。アーミヤの嬢ちゃんにDr.ケルシーがいるんだ、勿論俺たちロドスのオペレーターも、な」

「...ありがとう」

「始めて聞いたかもな、Dr.からの感謝の言葉。あ?」

「グラスが。んん、こっちも?」

 

 二人が飲み終えたグラスを机に置くと、嫌な音と共にグラスが割れた。飲み干した後であったため、悲惨なことにはならなかったが何か不吉なモノを臭わせた。

 割れたグラスは酒場のマスターが見えていたこともあり、何か言われるまでもなく下げられた。

 

「もうここらで飲むのを止めろってことかもしれないな」

「大分飲んだしな」

「最後に一杯だけ飲んで終わりにするか」

「『ギムレット』を一つ」

「『ウォッカ・アイスバーグ』を」

 

 

 

 

-----

 

 

 

 

 時はチェルノボーグ脱出して1日が経ったころ、暗い自室のベットの縁でボーと座り込んでいるDr.は心あらずといった様子。

 

「ドクター、今いいでしょうか」

 

 控えめなノックのあとに聞こえた声はロドスアイランドの最高責任者アーミヤのものだった。

 

「...ああ、構わない」

 

 部屋の主たるDr.は、何度か声を掛けられて漸く返事を返した。そして入室した人物の顔を見て始めて誰が訪問してきたのか認識した。

 

「アーミヤ君か...」

「ドクター...」

 

 痛ましい姿のDr.が目に映り、呼ばれた名前に胸が苦しくなるアーミヤ。そしてそんな自分に嫌悪も抱く悪循環。

 辛そうな顔をしているアーミヤを不思議に思ってDr.が声を掛ける。

 

「アーミヤ君、どうかしたのかい?」

「あ、いえ、何でもないです...。ドクターに渡すものが」

「私に?」

 

 頭を振って、気を取り直すと一通の便箋をDr.へと手渡すアーミヤ。受け取ると、たしかに宛名にはDr.の名前が書かれており差出人には『Ace』と書かれてあった。

 

「Ace、さんから?」

「...っ!そう、です...」

 

 何気ない一言がアーミヤに突きつけられる。Dr.の記憶、そしてチェルノボーグでの一連の出来事を。

 Dr.も思い出しているのか、便箋を受け取った手が自然と下がり膝の上で止まる。

 

「私からは、以上です。失礼しました」

「ありがとう、アーミヤ君」

 

 胸のうちから込み上げるものがあるが、敬愛する人物の前では見せたくないのか小走りに退室するアーミヤ。しかしながら、退室すると堰を切った様にあふれ出たものが目から流れ落ちる。

 

 暗い室内でまた一人となったDr.は、動きが鈍い手をなんとか動かし便箋の封を切り中身の手紙を読み始めた。

 

 Dr.は記憶がない、勿論Aceとの記憶もない、ないはずなのに手紙を読み進める。読み進めると次第に手紙の文字が滲みだした。

 

 記憶がないから、ではなく記憶がなくても、なのかもしれない。

 

 

 

 

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ウォッカ・アイスバーグ「ただ貴方を信じて」




ジントニック       「強い意志]
ウィスキーフロート    「楽しい関係」
キール          「最高の巡り合い」
エバ・グリーン      「晴れやかな心で」
ロングランドアイスティー 「希望」
カイピロスカ       「明日への期待」
シャンディガフ      「無駄なこと」
スクリュードライバー   「油断」
ギムレット        「長いお別れ」
ウォッカ・アイスバーグ  「ただ貴方を信じて」


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Castling (オリキャラ)

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 蘭々と照明が照らすどこかの医療室の一つ、手術台の上には一人の男が手術衣姿で横たえていた。

 その手術台を挟むように、全身黒色の衣装を纏い側頭部に角を生やした女性と白い白衣の上に黒いコートを着ている男性が立っている。

 手術台の上の男が起きるのを待っているのだろうが、この部屋の中で異質なのは二人の男の顔が同じなのだ。似ているという次元を通り越して瓜二つなのである。

 

「眩しい...」

「起きたか、体調はどうだ?違和感はないか?」

「Dr.、いえ大丈夫です」

 

 起きたばかりの目に照明の光が入り、眉間を険しくさせながら男がゆっくりと手術台から立ち上がった。

 ふらつく事もなく、しっかりとした足取りで床を踏み締めるとヒヤリとした冷たさが足元から駆け上がった。

 冷たさはそのまま背筋を通り、男は身震いすると直ぐ横に置いてあったスリッパを履いた。

 

「手術は成功のようだな」

 

 Dr.と呼ばれた男性が手鏡を差し出しつつ言った。

 手術台から立ち上がった男性は、適度体を動かしながら鏡を見つつ自身の顔を確認し触りだす。

 

「不思議な感じです。自分なのにDr.の顔になっているなんて」

 

 ぺたぺたと触り、右へ左へ顔の角度を変えつつ鏡に映った不思議な顔をした自分を見つめる。

 

「本当に良かったのか...」

 

 低い声で悔恨を滲ませつつDr.が問いかけるが、男は朗らかに笑いながら受け流した。

 

「今更ですよDr.、後悔もしていませんしむしろ嬉しいぐらいです」

「...嬉しい?」

「ええ、これで漸くDr.に恩を返せるのですから」

「今までのお前の活躍で十分返して貰っているさ。だが、ありがとう」

 

 浮かない顔と晴れやかな顔、対照的な二人はお互いを称えるように抱擁した。浮かない顔の男は背を数度叩き、晴れやかな顔の男はしっかり抱きしめた。

 

「でもDr.良かったんですか、アーミヤちゃんやケルシーさんに何も言わずに」

 

 抱擁を解き、Dr.に問いかける。

 

「ああ、知っている人物は少ない方がいいからな」

 

 男としては、家族のように思っている二人には事情を伝えるべきだと思うのだが、覚悟を決めた顔で返答するDr.に何も言えなくなってしまう。

 固い表情になった男に気づいたDr.は、表情を緩める。孤児だった男を保護した時は、周りに警戒心むき出しだったあの男が、と。

 

「特にアーミヤは繊細だ、教えても背負い込んでしまう。ケルシーは聡い、恐らく何かをしようとしているぐらいは気づいているだろうな」

 

 男に注意しつつも、Dr.の胸のうちは穏やかであった。心根が優しく、これからすることがあったとしても家族同然のロドスを任せられると。

 労わる様に肩を叩きつつ、注意事項を挙げていった。

 

「ケルシーはまぁ大丈夫だろう。だがスカジとレッドには気をつけろ。勘と臭いに鋭いからな」

「ええ、よく分かります。特にレッドの嗅覚には助けられましたから。といっても、ですが」

「最後になる語り合いなんだ、細かいことは気にするな」

 

 苦笑しつつ業務事項であっても、Dr.との語り合いに花を咲かせる。

 

 Dr.に拾われた事、お互いギクシャクしつつも距離を縮めようと頑張った事、新天地のロドスで一悶着あった事などなど、今までのことを思い返すように。

 

 一時間ほどだろうか、十分に語り合い会話が途切れた。それを見計らった女が二人へと声を掛ける。

 

「『Dr.キング』、『ルーク』そろそろいいかしら」

「『W』、そうだね」

「すまないな」

「構わないわよ。最後になるかもしれないんでしょ...」

 

 Wは二人の事を思い、もっと語り合わせるべきだったとそう思ったのか顔を暗くする。手術衣の男、ルークがWに近づき抱擁した。

 視線を落としていたために、気づかなかったWが驚愕するが素直に受け入れて抱きしめ返す。

 

「ありがとうW。でも大丈夫、やり遂げてみせるさ。Dr.もWも居るしね」

「...馬鹿ね、ほんと」

 

 小さい頃にWもDr.に治療してもらい、ルークには心を救われた。今まで救われてきたばかりの自分が漸く恩を返せると、そして無条件の信頼に応えたいと決意を新たにする。

 息子のようなルークに、娘子のようなWに涙ぐんだDr.は感極まり二人を包み込むように抱きしめた。

 

「うわっ!」

「きゃっ」

 

 勢いが強すぎたのか、二人の踏ん張りが利かずに三人して床へ倒れこんだ。謝るDr.にルークとWは顔を見合わせると笑い合い、Dr.も釣られる様に笑い始めた。

 笑い、笑い、笑う。これからの不安を吹き飛ばすように、これからの未来に希望を見出すように。

 

 笑いすぎて涙目になった三人は立ち上がり、意を決する。

 

「それじゃあルーク、これを着て手術台に」

「分かりましたDr.」

 

 Dr.から手渡されたのはDr.と同じ着衣であった。白衣に黒のコートと頭巾、そしてバイザー。

 全てを着込み、手術台へと再び横になる。

 

「ルーク」

「ありがとう、W。Dr.のことを頼むよ」

「任せなさい」

 

 Wから手渡されたのは、水の入ったグラスと白い錠剤。受け取ったルークは錠剤を水で流し込んだ。

 

「記憶を消す薬、治療薬もあるしショックで戻ることもある」

「大丈夫ですDr.のことは信頼してますから」

 

 バイザーによって顔が隠れてしまっているが、恐怖を一切感じさせない声音でむしろDr.のほうが安心させられた。

 副作用の眠気が徐々に徐々にルークの意識を遠くする。

 

「行ってきます。『父さん』、また、あい、ま、しょ...」

「っ!ああ、いってらっしゃい、『息子』よ」

 

 深い眠りに落ちたルークに、最後の別れが聞こえたのか、それは記憶を取り戻した本人にしか分からない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「行こうか、W」

 

 Dr.は別の衣装へと着替えていた。それはWと似たもので黒と赤を基調としたものだった。牛のような仮面を被り、側頭部には角が取り付けてあった。

 

「私には娘って言ってくれないの?『お父さん』」

「ふ、そうだな。行こう『娘』。オペレーション『Castling』、始めよう」

 

 

 

 

 

 




 記憶のない人間は本人であると証明する術はない。
 という発想から、あのドクターは本人なのか?と始めた当初から疑問に思ってました。まぁそんなことないんだろうけどね。

 一応連載のプロローグ的なのですが、こんなん続けられるわけがねぇ!

 色々考えている裏設定なのもあるけど、続けないから別にいいかなと省いてたり。

誤字訂正
最神話→最新話 (神話じゃ)ないです





 評価くだちぃ


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私の太陽 (スカジ・グラニ)

グラニ←スカジ のようなもの、微百合ですらない、と思う
解釈違いの方はお戻りくだされ


.

 

 

 

 

「ドクター!アーミヤー!」

「グラニか、走ると危ないぞ」

「もー子供じゃないんだから大丈夫!」

 

 通路上で話し込んでいたDr.とアーミヤを呼んだのはグラニであった。小走りで駆け寄りDr.に注意された。膨れ面を作るも、すぐさま笑顔に変わる、互いに冗談だということを分かってやっているようだ。

 

「ところでグラニさんはどうしたんですか?急いでいたみたいですけど」

「そうそう、滴水村に行こうと思って声かけたんだ。近々移動しちゃうでしょ?そうなると簡単に顔出せなくなっちゃうからね」

「なるほど、そういうことでしたか。そうですね...」

 

 近々の予定を思い出そうと顎に指を当てて考え込む。そわそわと落ち着きがないグラニに、アーミヤが答えるよりも先にドクターが口を挟んだ。

 

「行って来ていいぞ」

「いいの!?」

「ドクター?」

 

 喜ぶグラニに、本当に良いのかと問いかけるアーミヤ。どうやらグラニに任せる仕事があったようで、その確認の意を込めたものだった。Dr.もアーミヤの問いを分かった上で、グラニを促した。

 

「次会うまで時間が掛かるからな、確り顔を見せて来い」

「ありがとう、ドクター!アーミヤ!」

 

 グラニは手を振り来た時と同様に小走りで走り去っていった。それを見送ったDr.は、アーミヤから書類を受け取ると今後の調整について確認し始める。

 あっけなく見送ったDr.に困惑しているアーミヤが問いかけた。

 

「よかったのですか?仕事の方もですが、荒くれ(トレジャーハンター)が居なくなったとはいえ」

「グラニの仕事はそれほど多くないし、こっちで再度振り分ければいい。揉め事の件も問題ない」

「大丈夫でしょうか」

「ああ、『彼氏面』が、っと噂をすればほら」

「『彼氏面』...?」

 

 Dr.が示した方向、グラニが来た通路とは反対側から蒼色の衣装に身を包んだ人物が近づいてくるのが見えた。

 その人物は真っ直ぐと二人の下へと歩を進めると、ただ一言問いかけた。

 

「グラニは?」

 

 蒼い衣装の人物はスカジであった。そして今日も今日とで極端な物言いで、意図が分かり辛い。本人としてはこれで十分なコミュニケーションだと思っている辺り、尚性質が悪い。

 Dr.は初めから何を聞きたいのか理解していたようだが、アーミヤは困惑しつつも言葉を噛み砕き漸く理解する。

 

「えっと、グラニさんならあっちに」

「そう」

 

 恐る恐る、グラニが駆けた方へと指すとさっさと歩き出した。スカジが聞きたいことを言い当てたことにほっと胸を撫で下ろすアーミヤだが、Dr.が一声掛けた。

 

「滴水村に行くと言っていたから用があるなら急いだ方がいいぞ!」

 

 Dr.に言われるや否や、スカジは駆け出し直ぐに見失った。

 満足げな雰囲気を出すDr.に、呆気にとられるアーミヤの二人であった。

 

「『彼氏面」ってスカジさんのこと...?」

「そうだぞ。あとスカジは『グラニの話をしていたみたいだけど、何かあったの?』と言ったんだぞ」

「普通分かりませんよ!?何で分かるんですか?」

「ふっふっふっ、指揮する上で理解する必要性があったんだ、そうあったんだよ...」

「...お疲れ様です、ドクター」

 

 哀愁を漂わせるDr.に憐憫の目を向けるアーミヤであった。

 

 

 

 

 

-----

 

 

 

 

 Dr.とアーミヤと別れたグラニは、ロドスの移動基地から既に降り立っていた。側らには栗毛の馬が一頭おり、鞍と轡を装着していた。

 馬はグラニが管理飼育しているようで、装着している最中にもグラニに顔を寄せていたりと愛情深いことが伺える。グラニも馬を大事にしているようで、笑顔で時折撫でたりおやつをあげたりしていた。

 そんなこんなで、準備を終えると背後から声を掛けられた。

 

「グラニ」

「あれスカジじゃん、どうしたの?」

 

 声を掛けたのは背に大剣を担いだまま、暫く駆けていたにも関わらず息を切らしていないスカジであった。汗一つかいていないため、急いで来たとは思わせない、実際グラニは気づいていない。

 

「私も行こう」

「滴水村にかい?いいよ、一緒に行こうか!スカジもキャロル達に会いたいんだねぇ」

 

 スカジの同行にニコニコと了承し、馬の装具の最終点検を行うグラニ。しかしながらグラニに見えてないところでちょっと頬を膨らませるスカジであった。

 

「あ、でもどうしよう。今残ってる馬はこの子だけだし...」

 

 ここで移動手段がないことに気づき頭を悩ませるグラニ。唸っている横で、スカジが何かを閃いたのか行動に出た。尚、表情が何も変わっていないのだが。

 グラニの背後へと周ると、そのまま持ち上げた。

 

「わわっ!どうしたのスカジ!?」

「乗って」

 

 突然のスカジの行動に驚くものの、スカジの脈絡のない行動には慣れているのか素直に言われたとおりに騎乗する。頭の中に疑問符が一杯になるも、黙ってスカジを見守った。

 グラニを騎乗させたスカジは、装具を新たに調整し直していた。そして全ての調整、最終点検を終えるとひらりとグラニの後ろに騎乗した。

 

「二人乗りで行くの?」

「そう」

「スカジの大剣重いけど、大丈夫?」

 

 ここで漸く意図を掴めたグラニは、馬に問いかけると馬は大丈夫だと言う様に一つ嘶いた。グラニは馬に感謝するように撫でた。

 

「それじゃあ、行こっか」

「ハッ!」

 

 手綱を握り締めたスカジは馬を歩かせ始めた。片手でグラニをしっかりと抱きしめながら。

 

 

 

 

 

 

-----

 

 

 

 

 

 滴水村、ひと時は財宝騒ぎで荒れていたものの今はそれも落ち着き平穏が戻ってきていた。荒らされた村や田畑も少しずつではあるが復興していっている。

 そんな滴水村の一角で、前は騒動の一翼そして今は復興の手助けをしているビック・ボブと滴水村の村長であるキャロルが話し合っていた。近くでは仮面を脱いだ元レユニオンと村人が手分けして復興作業をしており、彼らが受け入れられているのが見受けられる。

 

「キャロルー!ボブおじさーん!」

 

 二人に大きな声で呼んだ人物がいた。

 

「グラニ!」

「お嬢ちゃんじゃないか」

 

 グラニであった。二人のも下に駆け足で近寄り、キャロルとボブに握手を交わす。またグラニに気づいた村人や元レユニオンも各々声を掛け、挨拶を交わす。グラニも律儀に一人一人に返答していった。

 

「どうしたの突然」

「いやーそれがね。近くまで来てたロドス移動基地が、そろそろ移動するみたいなんだ。だからお別れを言いにね」

「そうだったの...。寂しくなるね」

「大丈夫、文通はできるからね!」

 

 キャロルにとっては数少ない同年代、かつ冒険をした仲のグラニとの別れに顔を歪ませる。けれどもグラニの太陽のような笑顔と、これからも連絡を取り合えることに顔を綻ばせた。

 女子二人で仲睦まじそうにしているなか、ビッグ・ボブはグラニへと問うた。

 

「そういえば、一人で来たのか?前よりかは安全になったとはいえ、荒くれ(トレジャーハンター)はまだまだ居る」

「それなら大丈夫だよ。スカジも一緒だから、ほら!」

 

 ビッグ・ボブの心配を晴らそうと、胸を張って自身の隣を手で示すものの。

 

「居ないよ、グラニ」

「ああ、居ないな」

「ええ!?」

 

 隣には件のスカジは居らず、二人に指摘されて始めて気づいたグラニは来た道を振り返った。そこにはグラニと一緒に来ていたはずのスカジが、牛歩の歩みで近づいており漸く顔の識別が出来るほどの距離であった。

 

「スカジー!遅いよー!」

 

 グラニが叫んで呼ぶものの、当のスカジは足を速める気配を見せない。10秒、20秒と一応は待ってみせるグラニだが、距離は遅々として縮まらない。

 

「ああ!?もう!」

「会ったときからですけど、スカジさんはマイペースですね」

「あれをマイペースと言っていいものか...?」

 

 業を煮やしたグラニがスカジへと駆け寄った。どうやら連れて来るようであったが、合いも変わらないデコボココンビにキャロルは微笑み、ビッグ・ボブは首を傾げた。

 

「ぜー、はー、やっと連れて来れた」

「私は話すことがない」

 

 スカジの背中を押してきたグラニは大袈裟に息を切らしていたが、連れてこられたスカジはいつものスカジ節。流石のグラニも、だまらっしゃい!と凄い剣幕で怒り、スカジも勢いに押されたのかたじろいだ。

 二人のやり取りに、思わず笑いがこぼれるキャロルとビッグ・ボブ。

 

「もう二人に笑われちゃったじゃん」

「...私のせいでは」

「スカジ?」

「ごめんなさい」

 

 コントのようなやり取りに、耐え切れなくなったキャロルとビッグ・ボブは声を出して笑い出した。一方はあの冷血な女性が、もう一方は賞金稼ぎのスターがと今までのイメージを崩された故に。

 

「まったく、じゃあボクは村の見回りと挨拶をしてくるね。二人ともスカジをよろしくね」

「...私は子供じゃない」

「子供じゃないならしっかりコミュニケーション取れるよね?じゃ、そういうことでまた後でね!」

 

 そういい残すとグラニは来た時と同様に駆けて行った。道々にいる村人と元レユニオンに声を掛けながら。

 滴水村組の二人は手を振り見送るが、スカジは呆然とグラニが駆けて行った方向を見つめていた。恐らく、本人も意識していないのだろうが一歩、足が動いた。

 

「いいのか?グラニのお嬢ちゃんとの約束を破ることになるぞ?」

「!」

 

 意地が悪いことだと思いつつも、スカジに声を掛けたビッグ・ボブ。スカジは指摘されて、二歩目は続かなかったものの踏み出した一歩は戻らなかった。渋々といったようにビッグ・ボブに顔を向けた。

 

「話すことはない」

「やれやれ」

「くすくす」

 

 キッパリと言い放つが、スカジが拗ねた子供のように見えるため、肩を竦めるのと忍び笑いを誘うことにしかならなかった。二人の反応に余計、拗ねたように口を尖らせ顔を背けるスカジであったが。

 

「でも良かったです。グラニの近くにスカジさんが居てくれて」

「だな」

「...何故そう思うの?」

 

 当初、会話をするつもりがなかったスカジだが聞き流すには惜しい言葉が耳に入り、思わず聞き返した。スカジが横目で見たキャロルとビッグ・ボブには安堵の表情が浮かんでいた。

 

「グラニって正義感が強いから、今回の私達の村みたいに無茶しちゃうんじゃないかなって」

「その点、お前さんなら腕っ節が立つからな安心という訳だ。まぁコミュニケーションに不安があるがな」

「むっ」

 

 スカジとしては、自身にまつわることは厄介ごとのため周りに迷惑がいかないようにしているだけなのだ。まぁそれが良い方向へ行くことはなく、本人が気づいていないため厄介極まりないのだが。

 

「コミュニケーションに関してはグラニに任せればいいんじゃないかな」

「まさしくデコボココンビだな。お互いを助け合えるいい関係じゃないか」

「コンビ...」

 

 二人してお似合いだと言われ、どことなく嬉しそうにするスカジであった。けれども次の瞬間には顔に影を落とした。スカジの事情を知らない二人は首を傾げるのであった。

 

「私が、私がグラニの側にいても...」

 

 いいのだろうか、その言葉が続かなかった。

 心配そうなキャロルに、ビッグ・ボブは顎に手を当てながら。

 

 

「いいんじゃないか?

 

 スカジ、お前さんがどんな過去を過ごしてきたのか俺には分からん。

 

 だがな、グラニの嬢ちゃんはお前の過去に何があって今もその厄介ごとを背負ってるとしても、気にするような奴だったか?

 

 俺にはそうは思えん。何せ敵対してたはずの俺のことを最後まで信じてたお人よしだ。

 

 スカジ、グラニはお前を見捨てるような奴だったか?」

 

 

「違う!!!あっ...」

 

「はっはっはっ!答えは出てるじゃないか」

 

 気づかされたとスカジは目を丸くし、ビッグ・ボブは豪快に笑った。側でハラハラしていたキャロルも、スカジの反応に胸を撫で下ろしていた。

 

「スカジさん、何も心配いらないんですよ。グラニですから」

「グラニだからな」

「...分かった。ちょっと、考えてみる」

「でもグラニのことは心配ですから」

「お嬢ちゃんだからなぁ」

 

「だから頼んだぞ」「頼みますね」

 

 

 

 

 

-----

 

 

 

 

 夜、 滴水村から出立しロドス移動基地との中間地点にグラニとスカジは野営していた。スカジが警戒と焚き火の管理している間、グラニは一時の眠りについてた。

 パチパチという音と共に寝息だけが聞こえる世界。グラニは昼間に村中を駆け回っていたため、起きる様子はない。

 

「...」

 

 側に居てもいい、スカジは隣で眠るグラニを見つめつつ思い出す。

 寝ているグラニの顔は安らかであり、昼間の太陽のような笑顔はない。けれどもスカジはグラニが近くにいる、それだけで胸の内が暖かくなる、そんな気がしていた。

 

「...グラニ」

 

 口からこぼれたのは、スカジが今まで出会ったことのない人であり、心地よさを感じさせてくれる人の名前。

 そっと、隣で眠るグラニの頬に手を添える。触れ合った部分が暖かい。

 

「...ス、カジ」

「っ!」

 

 寝言だったのだろう、グラニから呟かれた己の名前に驚いたスカジは手を引っ込めた。グラニが起きる様子はなく、むにゃむにゃと口を動かすのみだった。

 

「だめ、だよぉ...スカジィ、ちゃんと、しないとぉ...」

「...ふふ」

 

 夢の中でもスカジはグラニに迷惑をかけている。それはグラニの日常にスカジが居ることが当たり前になっているということ。その事実に頬が緩むスカジであった。

 

 

 

 

 

.




 百合は未履修やけん...


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しっかりものアンセル (アンセル)

アンセルとドクターとハーブティーと


.

 

 

 

 

 ロドスアイランド移動基地、資料室。ロドスが集めた資料及び学術書などの書籍が保管されている資料室だが、製薬会社であるために薬学などに偏っている。また資料室という名前であるが、規模はちょとした図書館のようになっている。

 ロドス所属者なら誰でも利用できる資料室内は、蛍光灯の明かりに照らされている。その明かりの元で一人の男性が勉強していた。借りてきた本と睨めっこしており、長時間勉強しているせいか眉間に皺がよっていた。

 

 勉強していた男性は頭の中で煮詰まってしまったのか、桜色の綺麗な髪をぐしゃぐしゃにすると机の上に突っ伏した。机の上に広がる桜色の髪と同色の垂れ耳、ぶつぶつ何かを呟いてた。

 

「やっぱり、私では無理なんでしょうか...」

 

 精神的に追い詰められているのか、弱気な言葉が紡がれた。男性自身も、弱気ではいけないと思いつつも疲弊した精神では負の方へと引っ張られてしまうは人の道理である。

 ノートを枕にして詰まれた本の山を死に掛けた目で眺めていると、目の前に湯気が立ち上がるカップが置かれた。数秒してからマグカップの存在に気づいた男性は、ガバリと起き上がるとマグカップを置いた人物を探した。

 前、左を見ても誰もおらず、右へ向くと一人の人物がマグカップを啜っていた。

 

「飲まないのか、冷めるぞ。調香師のパフューマーが見繕ってくれたハーブティーだ、疲れが良く取れる」

 

 白衣に黒のロドスジャケットという井出立ちの人物は、うまいと言いながら飲み進めた。突然の訪問者に戸惑うものの、態々淹れて貰ったものを拒否するのは悪いと口につけた。

 

「あ、ありごうございます...。あ、美味しい...」

 

 じんわりと熱すぎない温度に身体の中から温まり、ハーブティーの芳香な香りは頭を冴えさせと同時に落ち込んでいた気分を和らげてくれた。一口、二口、三口と、大事に大事に飲み進める。

 

「ご馳走様でした」

「お粗末様」

 

 マグカップを両手に包みながら一息つく。先ほどまでの憂鬱なものはどこからへと行ってしまったのか、眉間にあった皺はなくなり安堵へと変わっていた。

 それはそうと、と白衣とジャケットの人物へと体を向け、姿勢を正して礼をする。

 

「ありがとうございます。私の名前はアンセル、最近ロドスに就職した研修医です」

「そうか君が。私は、まぁドクターと呼んでくれ、ロドスのしがない医者の一人だよ」

 

 勉強していた男性、アンセルはDr.と名乗った男性の首にかけられた社員証を盗み見するとCOO、最高執行責任者の文字が書かれていた。

 何故そんな人物がここにいるのか、目を丸くしているとそれに気づいたDr.は社員証を隠した。

 

「これは気にしないでくれ、どんな地位に居ようがここロドスでは関係ないからな。特に医者に関しては、な」

「は、はぁ...」

 

 苦笑を溢すDr.に生返事を返すことしかできない。気にしないでくれと言われて実践できるのはそうは居ない、特に生真面目なアンセルには無理な話であった。

 固くなってしまったアンセルに、Dr.は自分のミスを悟り新たな話題を切り出し始めた。

 

「ところで何を勉強していたんだ?」

「あ、えっと。ケルシー先生からの課題でレポートを提出しないといけないんですが...」

「内容は?」

「『鉱石病の症状と治療、現状に関して』なんですが、資料が中々まとめられなくて」

「ほう...」

 

 自分の勉強不足だと気落ちするアンセルだが、対するDr.は我が意を得たりと言わんばかりに目を鋭くさせた。尚、俯き加減でため息をついていたアンセルには見えていなかったが。

 

「もうちょっとだけ頑張ってみます」

「手を貸そう」

「...え?」

 

 気を改めて、再度作業に手をつけようとしたところでDr.から待ったがかけられた。

 

「手を貸そうと言ったのだよ」

「え、でもこれ私の課題...」

「何少しアドバイスするだけだけし、私からケルシーに口添えしよう」

 

 困惑するアンセルにDr.はさらに畳み掛けた。

 

「勉強するのは良い事だ、しかしな何事にも限界というものはある。

 特に鉱石病は未解明な部分が多いから一人ではすぐに限界が来てしまう。

 けれども一人で無理でも二人ならどうだろう。新しく見えてくるものがあるかもしれない。

 ここは一つ、温故知新、私の為とも思ってどうだろうか」

 

 アンセルは目を見開く。その通りだと思う気持ちにあのケルシー先生が他人に頼ることがあるのかと、そして目の前にいるDr.の情熱に。

 しばし逡巡したあと、ケルシーから課題を渡されたときに他人の手を借りるなとは言われていないことを思い出したため恐る恐るながら手を貸してもらうことにした。

 

「それでは、お願いいたします」

「任された!」

 

 

 

 

 

 

 カツカツと硬質の床を歩く音と同調する揺れで目が覚めたアンセル。体の前面から感じる温もりに、開いた目蓋がまた閉じようとする。

 覚醒しきっていない脳内で、思い返す。

 

 課題を終わらせようと資料室に篭ったこと。

 思うように進まず諦めかけたこと。

 COO(最高執行責任者)のDr.に出会い手伝って貰ったこと。

 そして課題を終わらせた喜んだこと。

 そこまでは思い出せるが以降の記憶がないこと。

 

 温もりに包まれながらそこまで思い出すと話しかけられた。

 

「起きたかい、アンセル君」

「ドク、ター...?ドクター!?」

 

 ようやく覚醒すると、今おかれている現状を理解する。アンセルは課題を終わらせたあと、糸が切れたように眠ってしまったのだ。そして今、Dr.に背負われているのである。

 

「す、すみません!降ります、降ろしてください!?」

「おっとと、慌てるな慌てるな。疲れてるんだろう、大人しく背負われろ」

「ですが...」

 

 いいかいいから、とDr.は降ろす気配がない。そのためアンセルは大人しく背負われることになった。

 

 靴音と揺れる体、伝播する温もり。家族愛に飢えているアンセルはDr.の背に何を思うのか。

 

 

 

 

-----

 

 

 

 

「失礼しますドクター。いらっしゃらないのですか?」

 

 ロドス基地内、Dr.の執務室の扉を何度も叩いても反応がないため、失礼だとは思いつつも入室したアンセル。と、そこには執務机に突っ伏して寝入っているDr.の姿があった。

 

「ドクター、ドクター?風邪を引いてしますよ、起きてくださいドクター」

 

 手に持っていた書類を置き、Dr.の肩を揺するものの起きる気配がない。本当ならば、起こさなければならないと思いつつも肩を揺する手は止まる。

 Dr.が戻ってきてまだ数日しか経っておらず、記憶をなくしたために新たに覚え直すことの多いDr.が無理をしているのはロドス内では周知の事実。アンセルも例に漏れずそのことを知っているため、起こすのを躊躇ってしまう。

 

「仕方ないですね」

 

 仕方ないと、ため息をつくとイスからDr.を抱えて移動させソファーへと寝かせ室内にあるブランケットを掛ける。起きるまでは時間があるかと、湯を沸かしマグカップを二つ用意し始めた。

 かちゃかちゃという音ともに、湯が沸く音が鳴る。マグカップにハーブティーを淹れると、Dr.が起きたのかゴソゴソという音がし始めた。

 

「おがようございますドクター。どうぞハーブティーです。パフューマーさんのハーブティーです、疲れが良く取れますよ」

 

 

 

 

 

 

.

 



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兵どもが夢の後 (レンジャー他2名)

レンジャー、12F、Castle-3の捏造オンリー話
ロドス加入前にこんなんだったらいいなーとかいうの
あとCastle-3は改造(ロドスの姿)前というオリ設定、なので本来は銃弾(?)で攻撃するところが電気ロッドとなっております。


.

 

 

 

 

 

 夜が更け、月が頭上で輝く時間。しかしながら雲に覆われ月はその顔を隠している。

 

「ゲハッハッハッ!豊作だぁ!」

 

 夜の静けさを破るように下品な笑い声が響く。声の主は酒の入った木のジョッキを掲げながら続けた。

 

「酒!飯!金!これだから略奪は止められないな!」

「人聞き悪いことを言うなよ、これはあの村が恵んでくれたものだ!」

「そうだったそうだった!これからも恵んでくれるそうだからなぁ!」

 

 複数人の笑い声と騒ぎ声が遠くまで響いたのか、はたまた略奪者達が連れてきた大量のオリジムシが捕食したせいなのか、元々居た森の住民は近くは居ない。

 しかし、その略奪者達を見つめる双眸が二対、そして一丸カメラが一つあった。

 

「どうですかレンジャー殿」

「情報通りの人相、間違いないわい」

「あの方々が、許せませんね」

 

 瞳孔が縦に割れた特徴的な瞳に滑らかな肌をしたサウラ人の二人と、履帯を装着したロボットが一機が略奪者達を観察していた。サウラ人の二人は闇夜に紛れる為に黒色の外套を羽織り、フードを目深に被っている。ロボットも元の黒色塗装の上に木の枝などの草木が括り付けられており、簡易的なカムフラージュとしていた。

 

「さて、お二人様どうされますか?」

「そうじゃのう」

 

 カムフラージュされたロボット、Castleは二人に、特に最年長であるレンジャーに指示を仰いだ。もう一人のサウラ人である12Fも思考するも、視線はレンジャーへと向いており指示を待っていることは明白であった。

 一人、顎を擦りながら熟考するレンジャーは考えをまとめると一人と一機に作戦を伝えた。

 

 

 

 

 

「今回はこれっぽっちだが、次はたんまりと恵んで貰うとするか」

「お頭、次こそは女、女もお願いしやす!」

「しょうがねーな~、大切な子分のお願いは頭として聞いてやらんとなぁ?」

「よっ!流石お頭、太っ腹~!」

「ゲハハハ!まだ腹は出てねーぞ!」

 

 酒を浴びるように飲み、盛り上がる略奪者達を他所にオリジムシ達は一塊となって眠っている。積み重なるようになっているため山のようになっている。

 オリジムシの山の裏、どんちゃん騒ぎをしている略奪者からは見えない位置にある茂みに12Fが身を潜めている。

 

「こちら12F、位置につきました」

『私Castleめも位置につきました』

『わしも準備完了じゃわい。12Fよ、好きな時に動くがよい』

「了解です」

 

 12Fは通信機を仕舞い、握り締めていたオリジニウムアーツの発動媒体であるタクトを構える。精神を集中させ、オジムシの山へと狙いを定める。狙う箇所は、オリジムシの山の頂点。

 

-ドン!

 

 最初の攻撃でオリジムシの大半が死滅、そして爆発によって散らばった残りのオリジムシを続けて爆破していく。

 

-ドンドン!

 

「な、なんだ!?」

 

 ここで漸く略奪者達が襲撃に気づく、しかし酔いが回った頭では咄嗟の判断と行動ができず立ち上がっただけであった。そしていの一番に立ち上がったのが、荒事の経験が一番あった略奪者達の頭であった。

 

「てめーらっぁ!?」

「頭!?」

 

 指示を飛ばそうとした頭に、音も無く飛来した矢が頭部を貫いた。矢を放ったのは歴戦の戦士であるレンジャーであり、彼がこの隙を見逃すはずがなかった。

 

「しゅ、襲撃ぃ!」

「お邪魔いたしまーす!」

「な、なんだがががががが」

 

 頭を殺された略奪者達が恐慌状態に陥るものの、行動を移そうとしたときにCastleがエンジンを吹かしながら突撃しすれ違い様に一人を電気ロッドで渾沌させた。

 

「ぶ、武器を早く寄越せ!?」

 

 手放していた武器を取りにいくが、その武器は一箇所に纏められている。そして12Fは待ってましたといわんばかりに、略奪者が集まってきたところを爆破する。

 

「頭なし、武器なし、士気なし。三無しでチェックメイトじゃ」

 

 レンジャーが呟いた通り、その後略奪者達は一人残らず始末された。

 

 

 

 

-----

 

 

 

 

「今日も無事に終わりましたね」

「ケガもないので万々歳です!」

 

 略奪者達を討伐し終えた二人と一機は、襲撃地点から離れた場所で休息をとっていた。またレンジャーはCastleのエンジン熱で温めている鍋をかき回している。

 

「うーむ、しかしこの時間の活動は老骨に堪えるわい」

「いえいえ、レンジャー様の弓捌きは今日も冴えていらっしゃいましたよ!」

 

 肩を揉み、眉間も揉み解しながら身体を解すレンジャーに、12Fは苦笑しCastleは褒め称えた。レンジャーは気恥ずかしそうに手を振りながら、12Fから差し出された器を受け取った。器の中身は暖められたシチューのようなものだった。

 

「だがな、そろそろ腰をすえる時が来たやもしれん...」

 

 シチューを口に運びながら、レンジャーが切り出した。いつも言わないレンジャーの弱音に、一人と一機は何も言えなかった。レンジャーの戦闘技術は衰えていない、たしかにそうなのだが普段の日常の節々で感じていたことだった。読書をするときに目を顰める、旅路で一人遅れる、体に負担を掛けた次の日が辛そうなどなど、気づかない方が無理というほどであった。

 

「テラに生れ落ちて幾星霜。世界を見て、文化を知り、己の物語を紡ぐそんな夢を終わらせる時がな」

「レンジャーさん...」

「レンジャー様...」

 

 静かにシチューを飲み干すレンジャー。12FもCastleも、寂しげなレンジャーの姿に哀愁を感じられずにはいられなかった。しかし、豪快にシチューを飲み干し終わったレンジャーの顔には悲壮感はなく、むしろ楽しげでさえあった。

 

「何をそんな顔をしておる。むしろこれからじゃよ」

「これから、でございますか?」

「そうじゃ。わしが知りえたモノ、それを伝え残すのじゃよ。詩人、いや語り部とでも言おうか、残せるじゃろう後の者達にな」

 

 ニカリと笑うレンジャーの姿に、杞憂であったとそしてまだまだ旅は続くのだと安心する一人と一機。

 

「では、次の行き先は決まっているので?」

「おうともさ。あそこでならアウルの面倒も見てもらえるし、最近ガタが来てるCastleの整備ぐらいして貰えるじゃろうて」

「なんと!それは喜ばしい限りです!」

「して、その行き先というのは?」

 

 乗り気な一人と一機に、レンジャーは得意げに指を立てながら言い放った。

 

「製薬会社ロドスアイランドじゃ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

オマケ→

 

 

「ところでそのシチューに入っておられる、肉?のようなものは一体なんでございましょうか」

「オリジムシ」

「...今なんと?」

「オリジムですよ」

「だ、だだだ大丈夫なんですか!?」

「手軽なタンパク源じゃからの。昔はよう食ったもんじゃ」

「...慣れれば案外いけますよ。最初はきついですけど...」

「Oh...」

 

 

 

 

.




オリジムシむしゃむしゃ(((・ω・)))


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ペンギン急便の3分クッキング (オリジムシ)

うま...うま...


 皆様こんにちは、今日はオリジムシに香辛料などを使った燻製肉をご紹介していこうと思います。メインは私ペンギン急便の大天使エクシアと。

 

 ...同じくペンギン急便のテキサスだ。

 

 では早速作っていきましょう~。

 

 本当にやるのか...。

 

 カメラ回ってるから静かに!

 まず用意するのは、活きの良いオリジムシ・βを1匹です。オリジムシは足が早い食材なのでなるべく生きたまま、難しいようでしたら時間が余り経っていないモノをお選びください。

 

 普通は手に入らないぞ。

 

 まず、この生きたままのオリジムシ・βの息の根を止めます。頭からザックリ行きましょう。よろしくお願いしますテキサス先生!

 

 ...はぁ。

 

 ありがとうございますテキサス先生!とこのように頭を切り落としたあとは体液を抜くために逆さ釣りにします。体液が残ると生臭さ、エグさ、苦さの元になってしまうため食べれたものではありません。

 そして!こちらが逆さ釣りにして2時間たったオリジムシとなっております。

 

 体液が抜けたせいか大分縮んでいるな。

 

 はい、オリジムシは身体の8割が水分ゆえにこのように縮んでしまうのです。ではこれからオリジムシの甲殻を取り除いていきます。使用するのは肉厚の包丁で、薄いと甲殻に負け折れてしまいます。

 

 こうか。

 

 流石、普段から剣を振り回しているテキサス先生、手際がいいですね~。

 

 喧嘩売ってるのか?

 

 そして、このときの注意点として、オリジムシから生えている源石及び内臓は綺麗に取り除きましょう。源石は鉱石病の元になりますし、内臓は苦味の元となります。

 そして、甲殻、源石、内臓を取り除いたものがきちらです。

 

 ふむ、身だけ見れば綺麗だが、少し固い?

 

 いいところに気がつきましたねテキサス先生!このオリジムシ・βは他のオリジムシと比べて筋肉が固いのです。しかし燻製は塩漬けにしてから行うため、多少固くとも問題ないのです。

 

 たしかに戦闘時でも他のオリジムシより硬かったな。

 

 はい、では今からオリジムシに下ごしらえをしていきます。オリジムシの肉に塩をすり込みます。これでもかというほど塩を使い、余分な塩を落として水を適量、砂糖少々、ハーブなどの香草を入れてパウチし、冷蔵庫へと寝かします。

 

 どの程度寝かせるんだ?

 

 このオリジムシ・βで凡そ2、3日といったところです。

 

 結構長いんだな。

 

 で!こちらが既に寝かし終えたオリジムシの塩漬けになりまーす!

 パウチを空けて、塩を落としていきます。ちょっと落としすぎかな?ぐらいがちょうどよくなりますので、ガシガシ落としていきましょう。

 塩を落とし終わったらオリジムシを一度干します。風通しの良い日陰などがベストです。

 

 どの程度干すんだ?一晩?

 

 この後燻製にしていくので、表面が乾くぐらいで大丈夫です。そしてこちらが干し終わったオリジムシとなります。

 

 まて、どれだけ作るつもりだ。

 

 燻製には3種類の作り方があるのですが、今回は一番簡単な熱燻法でやっていきます。この方法は短時間でできるのと、温度管理が楽なので一番オススメです。

 そして用意いたしますが、この燻製器。

 

 デカ!?

 

 今回はこの後たくさん作るために大きいものを用意いたしましたが、ご家庭ならもっと小型の燻製器で大丈夫です。あと自作もできますが、初めてやるなら既製品を買うことをオススメします。そのときは是非、ペンギン急便へ配達依頼を。

 

 おい。

 

 おっと、失礼しました。

 燻製において一番重要な燃焼させる木材ですが、チップではなくウッドをオススメします。ウッドは一度燃焼させてしまえば温度管理の必要はないのですが、チップは直接燃やさず鍋などを挟むため温度管理がウッドと比べて難しいからです。

 そして木材の種類ですが、私としては極東の木、サクラをオススメしたいのですが。

 

 極東産はさすがに難しくないか。

 

 はい、値段がべらぼうに高いのです。なのでこちらカジミエーシュ産のヒッコリーを使っていきます。香りに癖がなくオリジムシ以外にも使えるのでオススメです。

 燻製器にオリジムシの肉を吊るして、最下部にヒッコリーウッドを入れ点火します。火がついたことを確認したら、燻製器を閉じて10分ほど待ちます。

 

 ...待つのか?

 

 そしてー!こちらが10分燻製したオリジムシとなっておりまーす!

 

 Shit!

 

 どうですかこの色とツヤ!では、テキサス先生一口どうぞ。

 

 ...は?

 

 どうぞどうぞ。

 

 や、やめろエクシア...!

 

 ...タバコ1か月分。

 

 くっ、た、食べればいいんだな。

 

 テキサス先生に実食いただきます!

 

 ぐぅ...、うん、うん...。

 

 お味のほどは?

 

 ...食えなくはない。がオリジムシの必要はあったのか...?

 

 では、またごきげんよう!!

 

 

 

 

 

.




オデ...オリジムシ...タベル...

かゆ...うま...





(ラテラーノじゃねーなと漸く気づく愚か者は私です)
(さすがにサブタイ変更しました)


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ぶちギレリスカム (リスカム)

ノリと勢い大事、あとシャゴホット
あんまりキャラ把握してないからごめんなさい

pixiv方でこち亀のBGMと言われたのでご用意してからお読みください。


.

 

 

 

 

 とある移動都市のはずれ、大規模戦闘があったのか廃墟となった一角で前輪がドリル、後輪が履帯となっている特殊な装甲車両が爆走していた。

 ドリルによる路面破壊の轟音を鳴り響かせながら、数台の装甲車を追い掛け回している。

 

「ね、ねぇリスカム」

 

 装甲車を追い掛け回している車両の上で、BSW所属のフランカがパートナーに縋り付いていた。縋り付かれているパートナー、リスカムは憤怒の表情で頭にある角からバチバチと紫電が走っていた。

 

「ねぇってばぁ...」

 

 半泣きのフランカは何度もリスカムを呼び、袖口を引っ張り続ける。そこに普段の悪戯好きの彼女は居なかった。

 

「リスカムぅ」

 

「うるさい!!!」

 

「ひぇ~」

 

 フランカから情けない声が出る。しかしこれは仕方ないと言える、普段の厳粛で生真面目な彼女からは想像できないほどで、実際フランカがリスカムに怒鳴られたのはこれが初めてだからである。

 敵装甲車から銃弾が飛び、瓦礫を吹き飛ばしながらフランカは何故こうなったのかを思い返す。

 

 

 

 

 -----

 

 

 

 

「今回の依頼人は都市公安局から、廃墟街を拠点にしている武装勢力の偵察とのことだ。くれぐれも気をつけてくれ」

 

「「了解しました」」

 

 BSW支部基地内の一室、そこで隊員のリスカムとフランカが新たに依頼を受領していた。

 依頼内容はよくあるものだったため、二人は特に気にすることもなく承諾。準備に取り掛かった。

 

「はぁ、またフランカと組まされた」

 

「なぁにその言い草は、ほんとは嬉しいんでしょ~」

 

 基本装備に着替えるため、更衣室内でリスカムがぼやく。耳聡く拾ったフランカは、リスカムの頬を指でグリグリと弄りながらからかい始める。

 リスカムはグリグリと頬を歪まさせられるのを無視するが、一向に止める気配のないフランカに額に青筋が出来始め角からパリパリと音が鳴り始めた。流石のフランカもマズイと気づいたのか、弄りを止めいそいそと着替えを再開する。尚、リスカムは不機嫌なままである。

 

「ごめんってばー、機嫌直してよリスカムぅ」

 

「ふん」

 

 リスカムは片手に中型の盾、ホルスターに拳銃という基本装備で通路を大股に歩いていく。追随するフランカも基本装備のエストックと、今回の依頼用に情報収集用の装備を一式背負っている。

 さすがにやりすぎたかなぁと後悔するも一切の反省がないのがフランカクオリティ。

 

「ほらほら、これ依頼の内容。謝るから、ね?」

 

「はぁ...いい加減にしなさいよ、まったく」

 

 リスカム本人もこのままでは依頼に支障が出ると思ったのか、差し出された資料を素直に受け取った。機嫌は治りきっていないとはいえ、一応の終着を見せたことによりフランカも胸を撫で下ろす。

 

「都市外周の廃墟街、そこを拠点にしているであろう武装勢力の偵察ね」

 

「この都市でドンパチして、人民解放、国家解放とか叫んでる奴ら?」

 

 うんざりしたようにフランカが問うも、リスカムは資料を読み進め首を横に振った。

 

「どうやら違うみたいよ。やつらが掲げてるシンボルがないのと、使われてる武装の特徴が別地域の物みたい」

 

「ということは、火事場泥棒しに傭兵かPMCの線が濃いかな?」

 

「たぶんね」

 

 めくっていく資料のうち、武装勢力の不鮮明な写真がありそこには装備が統一されあまつさえ装甲車も所有しているのが見て取れる。その事実に、最終確認のための偵察だということを認識する。

 

「そうなると、廃墟街までは車両に乗ってあとは徒歩かな」

 

「気づかれたら偵察の意味がない。集団行動も見つかる原因になる、か。戦闘行為は御法度よ」

 

「私もそこまで考え無しじゃないわよ。たぶん」

 

「そういうところよ、まったく...」

 

 何時も通りといえば何時も通りの二人は、車両置き場に到着するとそのうちの一台に乗り込み出発した。

 

 

 

 

 

 -----

 

 

 

 

 移動都市外周部の廃墟街、フランカとリスカムは廃墟と化したビルの屋上で監視を行っている。フランカが双眼鏡とカメラを持って眼下の広場を見下ろし、パートナーのリスカムは周囲の警戒をしつつ、インカムから流れてくる音声にも注意を払う。

 

 リスカムのインカムから流れてくるのは、集音装置を積んだラジコンドローンを広場へと向かわせ設置したものである。比較的距離が近いためか、多少の雑音はあるものしっかりと音声は拾っている。

 

「装甲車が、五台に人数が十九人か、規模としては大きめかな。武装も少数だけど火器の携帯を確認。戦闘用ドローンも数台と」

 

 カシャカシャと写真を撮りつつ、情報をメモに記載していく。声に出しているのは記載にミスがないかの確認に加えて、リスカムに伝えるためである。ここまではまだフランカとしても想像の範囲内であり、たんたんとしていたのだが、広場にある一際大きな物体を視界に納めると眉をひそめた。

 

「で、あれは何かしら」

 

「...シャゴホット」

 

「シャゴホット? それがアレの名前なの?」

 

「みたい、高い金払って買ったとか言ってる。...口ぶりから実戦は初じゃないかしら」

 

 シャゴホットという名前であろうソレは、装甲車よりも二回り三回り大きい。それに加えて前輪部分がドリルに、後輪は履帯となっている。

 

「やっかいね。生半可なバリケードじゃあ足止めにもならないわ」

 

 渋い顔で苦言を呈するフランカ。ドリルは大きく前に突き出ており突撃してバリケードなどを破壊するための兵器と思われるものだった。というのもドリル以外に目立った武装はなく、車両後方には兵員を乗せるためのカーゴがあるからである。

 

「でもこれで情報を得られた。どうやら無人操作、しかも無線式だからやりようはあるわ」

 

「それは朗報ね。車両外部にいる操縦手が見つかればだけど」

 

 傍受した内容を伝えられ、メモしていくフランカ。見たところ全周囲に装甲があるため、もし有人だった場合には破壊する必要が出てくる。その点、無人なら操縦手を無力化すればよくなるためマシなはずである。しかしフランカは胸の内がざわついて仕方が無かった。

 

「どうしたのよ一体」

 

「ちょっとおかしいなーって」

 

「何が?」

 

「車両に比べて人数が少ないのよ。特にドローン」

 

 これ以上得られる情報がないと判断したのか、双眼鏡やカメラを仕舞いこむ。胸のざわつきは収まることなく、むしろ大きくなる。

 

『ご明察どおりだBSWの諸君』

 

「なっ!」

 

 そしてフランカの悪い予感は的中する。男の声が響くと同時に、四方から音も無く戦闘用ドローンが現れその銃口を二人に向けた。

 武器を構え臨戦態勢に入る二人であったが、盾持ちが一人なため多方面からの攻撃から防ぐことができない。しかも屋上の出入り口は一つで距離もあり、飛び降りようにもここは地上十階、地上三十メートル以上負傷は免れない。

 

『さぁ手を上げてもらおうか』

 

 

 

 

 

 

 

 

 武装集団に捕まったリスカムとフランカは、武器などの装備をとられ拘束された。二人の正面には武装集団のリーダーがシャゴホットに腰掛け、手で顎を擦っていた。

 

「さーて、BSWの鼠は捕まえたわけだが」

 

「さっさと殺してしまいましょう」

 

「まぁまて、ふーむ」

 

 側近である人物が銃を手にかけ二人に銃口を向けるが、どうやらリーダーに何か考えるがあるのか側近の銃を掴み下げさせる。引き金から指を離しリーダーの言うことに従う側近、しかしながら拳銃は手に持ったままで警戒していることが分かる。

 

「さてお二人さん、依頼人は? BSWはどこまで知っている?」

 

「...」

 

「もう一度聞く、依頼人と得ている情報は?」

 

「...」

 

「やれやれ」

 

 情報を得ようとリーダーが問いただすものの、だんまりを決め込む二人に肩をすくめる。またしても手で顎を擦り考え込む。

 僅かながら時間を得られた二人は、目配せしながら状況を打開しよう動く。周囲に武装集団が囲っているため大きな動きはできない、しかし武装集団のチェックが甘く袖口から取り出したフォールディングナイフを使い、器用に縄を切っていく。

 

「そうだこうしよう」

 

 考え込んでいたリーダーが閃いたのか、弾かれた様に立ち上がった。縄切りに集中していた二人は、肩を僅かに跳ねさせた。

 

「BSWの~、そうヴィーヴィルのお前」

 

「...何」

 

「なぁ早く言ったほうがいいぞ。でないとこのヴァルポがどうなることやら」

 

「何が言いたいわけ」

 

 ニヤついた笑顔を貼り付けて、リスカムと同じ目線で語りかけ始めた。

 

「いやーなに、ただ情報が欲しいだけなんだがなぁ。痛めつけるのも勿体ないなと思ってなぁ」

 

「...っ!」

 

「うちは男所帯だし、働く前に一つ慰安があってもいいよなぁ」

 

「貴様っ!」

 

「落ち着きなさいリスカム!」

 

「おお怖い怖い」

 

 リーダーの挑発に激昂し、歯をむき出しに角から紫電は迸る。今にも噛み付きそうなリスカムに、フランカが止めようと声を張り上げながら焦り始める。

 当のリーダーは嗤いながら口角を吊り上げる。そして言葉を続ける。

 

「はっはっはっ見た目は良いからいい慰安になるなぁ!」

 

「...ろす!」

 

「まぁ? 勿論一番手は俺がいただくがなぁ」

 

「殺す!」

 

「リスカム!」

 

「いい声で鳴いてくrグァッ!?」

 

「リスカム!?」

 

 怒りが有頂天に達したリスカムの拳が火を噴いた。縄を切り終える前に、持ち前の馬鹿力で引き千切ったのである。

 予期していなかった出来事に、もろに顔面に拳を受ける。リスカムはパートナーの突然の強行に面食らうが、縄を切り終えるとリーダーの側近へと近づき銃を奪う。側近も突然の出来事で対応できず、フランカに簡単に奪われる。

 

「死に晒せ!」

 

「や、やめ、やめろっ」

 

 リスカムはリーダーに馬乗りになると何度も何度も顔面を殴り、頭を地面にバウンドさせる。周囲の武装集団は鬼気迫るリスカムに手が出せないでいる。

 

「ちょっとリスカム!? これからどうするの!」

 

「死ね! 死ね!!」

 

 側近の腕を捻り上げながら人質にとったフランカがリスカムに問いかけるものの、反応がない。すでにリーダーからのうめき声が聞こえなくなり、殴られ続けたことにより顔の原型がなくなってしまっている。

 痙攣していたリーダーの反応が完全になくなってから、漸く殴るのを止めるもののリスカムの怒りは収まっていなかった。リーダーの腰についていたロッドを手に取ると、シャゴホットの車体へ飛び乗り始めた。

 

「ちょっ、リスカム!? 何をしようとしてるの!?」

 

 先ほどからのリスカムの行動に振り回されっぱなしのフランカ、何がなにか分からず混乱している。

 シャゴホットの上の前方で仁王立ちしすると、ロッドを逆手両手持ちシャゴホットへ突き刺した。金属同士が擦れる嫌な音をさせながら、シャゴホットの装甲の繋ぎ目を貫通した。

 

「「「「「えええええぇぇぇぇ!?!?」」」」」

 

 シャゴホットの仕様を知っている武装集団から驚きの声が上がり、その異常性をよく表している。

 リスカムはそのまま突き刺したロッドを横倒しにし、めくれ上がった装甲を無理やり引き剥がした。

 

「「「「「はぁぁああああああ!?!?」」」」」

 

「何をしようと、まさか...!」

 

 またしても驚愕の大合唱、側近も思わず声を出した。そして何かに気づいたフランカは、人質の側近を放すと近くにあった自身とリスカムの装備を拾い上げてからシャゴホットへ乗り込んだ。

 リスカムは剥がした装甲を放り投げると、フランカが乗り込んだことも確認せずむき出しになった内部へ拳を振り下ろした。嫌な音を立てつつ手首まで突っ込むと、様々な配線を握り締めた。

 

「動けぇぇええ!!」

 

 バチバチとリスカムから放電され、配線を通してシャゴホットへと流れ込んだ。

 

「...リスカム?」

 

「...う、動くわけねぇだろ!?」

 

「は、はやく武器持って来、い...?」

 

 周囲から疑問の声が上がり、武装集団が混乱から立ち直ろうとした瞬間。

 

 -ブルォォオオン! 

 

 シャゴホットのエンジンが起動したのである。リスカムの角からも、先ほど放電したよりも強く電流が走る。どうやらシャゴホットからの電力が供給されているようで衰える気配を見せない。

 

「よっしゃ!」

 

「「「「「えええええええ!?」」」」」

 

「うっそ~...」

 

 唸り声を上げるシャゴホットが、ぎこちなく片腕を振り上げ。

 

「...何が、起こって...エ?」

 

 起きたばかりのリーダーの真横に振り下ろされた。起きたばかりのリーダーには刺激が強すぎたのか、白目を向いて気絶した。そして気絶したリーダーは側近に担がれ、避難した。

 

「う、動いたぞ!?」

 

「のののの乗れ乗れ乗れ! 逃げろぉ!」

 

「逃げるんだよぉ!」

 

「ぶっ潰れろ!」

 

 リスカムが操るシャゴホットが装甲車の一台を押しつぶす。それを見た残りの武装集団は装甲車に雪崩れ込むように乗車、そのまま広場から次々逃走し始めた。

 

「逃がすかぁ!」

 

「ひぇ~」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして冒頭に戻り、廃墟街で装甲車とシャゴホットのカーチェイスが開催されているのである。

 既に武装集団の装甲車は残り二台になっておりドローンを全てシャゴホットに潰されている。数少ない火器による攻撃は、フランカが手に持っているリスカムの盾で防がれてしまっている。

 

「もっと速度を上げろ! 追いつかれるぞ!?」

 

「これが限界だバカ、瓦礫が邪魔すぎる...!」

 

「く、くるなぁああああ!?」

 

 そしてもう一台シャゴホットに追突され、瓦礫の山へと突っ込んだ。

 

「あと一台ぃ」

 

「あー、もうめちゃくちゃだよ」

 

 順調に怒りが発散されて、当初のテンションが落ちているものの顔には釣り上がった口が張り付いていた。フランカは既に止めることを諦めており、サポートに周っている。もっともこの後の始末書に頭を痛ませているが。

 

「逃げろ逃げろ逃げろぉ!」

 

「ちくしょー!!!」

 

 そして最後の一台も、末路は決まった。

 

 

 

 

 

 -----

 

 

 

 

 

「はぁ~....」

 

「「すみませんでした」」

 

 BSW支部基地の一室で、リスカムとフランカが深々と頭を下げている。下げられている二人の上司は頭を抱えながら、搾り出すような声で話し始めた。

 

「事の顛末は分かった、二人の処分としては階級下げと数ヶ月の減給処分になる」

 

「...」

 

 二人は分かりきってたことだったが、顔を青くする。特に主犯であるリスカムは青を通り越して白くなっている。

 しかし続けられた歯切れの悪い、苦虫を噛み潰したような顔をした上司に首を傾げる。

 

「なるはずだったんだが...」

 

「もしかしてもっと重い処分が...」

 

 おかしな雰囲気にフランカは何かがおかしいと気づくが、リスカムは白くなった顔に加えて体が震えだしている。

 

「逆だ」

 

「「「逆?」」

 

「ああ、依頼主の公安に報告したところ、むしろ褒められた」

 

「「...はい?」」

 

 深く大きなため息をつく上司に、わけが分からないといった表情の二人。上司は頭痛を和らげようと、眉間を指でもみながら詳細を説明する。

 

「あのシャゴホットだったか? 公安によるとどうやらあれが稼動状態だった場合、止める術がなかったそうだ。それと本来公安から出された依頼は武装集団の排除だったのも合わさり、早期に壊滅させたことで褒められた、という訳だ」

 

「は、はぁ...」

 

「怪我の功名と言えるの、かな?」

 

 今一どういったことか掴めないリスカムは生返事に、フランカは結果オーライだったのかと首を傾げる。

 

「怪我の功名だ。故になぁ...、BSWとしては落第点だが依頼としては満点なんだ」

 

「つまり?」

 

「お咎めなしだ。ただ今回のことは査定から外れることになる、事が事だからな」

 

「や、やったー!」

 

「ただし! 今後このようなことがないように始末書は書いてもらうぞ」

 

「分かりました!」

 

 結果としてプラスマイナスゼロ評価となったものの、お咎めがなかったため喜ぶリスカム。巻き添えを食らったフランカとしては、骨折り損であったがそれはそれとして胸を撫で下ろした。

 上司から詳しいことは追って沙汰をくだすとのことで、退室を促された二人は室内をあとにする。

 室内に残った上司は深く深く息を吐き、背もたれに全体重を掛けながら最初から同室していた人物に話しかけた。

 

「ジェシカ君、あの二人が君の上司になる」

 

「え...え...」

 

 ジェシカと呼ばれた少女は見るからにうろたえており、目元には涙も滲んでいる。その姿に上司は無理もないと苦笑い。

 

「普段はあんなことしないんだがなぁ」

 

「本当に私の上司に...?」

 

「ああ、そうだ」

 

「そんなぁ~」

 

 ジェシカの情けない声が室内に響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、何でなの?」

 

「何が?」

 

「リスカムがあんなに怒ることなんて始めてだったじゃない。だから何でかなーって」

 

「当たり前よ、フランカにあんな...」

 

「あんな?」

 

「...言うわけないでしょバカ!」

 

「もう、素直じゃないんだから」

 

 

 

 

 .




発想元はヴォルギン

誤字修正報告ありがとうございます!ひっじょーうに助かります!


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絆された後の白金さん (プラチナ)

プラチナさんがロドスに来てから大分たった後のお話
初心白金さん


 .

 

 

 

 カタカタとキーボードを叩く音、カリカリと紙にペンを走らせる音。二つの音と二人の人物の呼吸音だけが室内に木霊する。

 

「...そんなに見つめて何が楽しいんだ?」

 

 ピタリと音が止み、そう言うのは部屋の主であるDr.であった。デスクに落としていた視線を上げ、対面の人物へと話しかけたのであった。

 

「別に~、何も楽しくはないわよ」

 

 プラチナブロンドに馬のような縦長の耳を持つ人物は、デスクに顎を乗せDr.からは頭からしか見えない状態である。その人物、コードネーム『プラチナ』は楽しくないと返すものの口角が僅かに上がっており、確かに何かを楽しんでいるはずなのである。

 

「...そうか」

 

「そうよ?」

 

 オウム返しされ、作業に戻るDr.は一体何が楽しいのか皆目検討がつかなかった。

 作業の音がまた室内に木霊するも、先ほどより幾分か音に間隔がある。何故ならDr.が集中しきれずに、プラチナの顔をチラチラと見ているからである。

 

 視線がバイザー越しとはいえ、無冑盟の騎士殺しのアサシンであるプラチナが気づかないはずがないのだがその視線すらも楽しんでいるのか、口角がさらに上がっている。

 Dr.は気が散り、作業が遅々として進んでいない。邪魔をされている訳でもないのに、今日は特に進みが遅くその原因を思い浮かべる。

 

 昼過ぎまではいつもと同じであった、順調に仕事を消化していたのだったが流れが変わったのはやはりプラチナが来てからであった。

 

「ドクター、お邪魔するわよ」

 

 ドアをノックせず、ひょっこり顔を覗かせながら入室してきたのである。といっても最近、ノックをしないことに慣れてしまったDr.はそのままプラチナの入室を許した。

 

「プラチナか、今日は非番だったか?」

 

「ええ、だから面白いこと探しに来たの」

 

「何もないと思うがな」

 

 いつもといえばいつものプラチナに、Dr.は気にも留めない。そして当のプラチナも、勝手知ったる我が家のようにコーヒーとお茶請けを用意し始める。

 

「はい、どうぞ」

 

「ん、助かる」

 

 プラチナは淹れ立てのコーヒーをDr.に差し入れると、ソファへと座りコーヒーを楽しみつつお茶請けを消費していった。

 それから暫く、コーヒーがなくなればまた淹れるという行為を繰り返していると、ふとDr.がプラチナに目をやるとすっとずっと自身に目を向けていることに気がつく。

 初めは気にならなくとも、時間がたってから目を向けてもDr.を見ている。プラチナが別のことをしていても気がつけばこちらに視線を向け、いつしか距離が縮まり、現在では。

 

「...顎、痛くないか?」

 

「そうでもないわよ」

 

「...そうか」

 

 隠す気もなくじっくりと至近距離で見てくる始末である。

 さしものDr.も、気にならないわけもなく集中を途切れさせてしまっている。

 手が止まり、Dr.を見つめているプラチナをDr.も見つめ返す。不思議に思ったプラチナは、頭をコテンと傾ける。

 

「どうしたの?」

 

 揺れる自身の名前を関する色をした髪と耳、Dr.は何を思ったのかおもむろにその耳へと手を伸ばした。

 

「あ...」

 

 Dr.の手が触れるとピクリとプラチナの耳が動く。

 プラチナの声で、漸く自分が何をしたのか理解したDr.は手を引っ込めるとすぐさま謝った。

 

「え、あっ! す、すまない」

 

 仲が良くなったとはいえ、プロ意識が高い彼女のことだから怒られると思って覚悟をするDr.。目を瞑りその時に備えるものの、何も起こらない。

 恐る恐る目を開けると、そこにはそっぽを向きながらも怒った様子はなくむしろ満更でもない顔のプラチナがいた。

 

「...優しくしなさいよね」

 

 カァッと頬が紅葉するプラチナ。Dr.は思いがけない事態に目を白黒させるものの、そろりそろりとプラチナの耳へと手を伸ばした。

 

「...ん」

 

 さわさわと控えめに耳を触ると、くすぐったいのかプラチナの口から声が漏れる。

 

「柔らかい...」

 

「当たり前、でしょ。ん、女は髪が命、なんだから。あ...」

 

 次第に遠慮がなくなってくるDr.の手に、プラチナは体を震わせる。

 

 どれほどそうしていたのか、Dr.は片手から両手に、そして耳以外に髪や頭さえも撫でるようになっていった。

 Dr.が遠慮しなくなってくるのと同時に、プラチナは強く目を閉じ体を強張らせていた。ただ、俯き加減になって見え辛い顔には朱が差している。

 

「...キレイだ」

 

「なっ!?」

 

 思わずといったようにDr.の口から漏れ出た言葉に、プラチナが大きく反応した。ガバリと身を起こし、Dr.から少し距離をとる、その顔は真っ赤に熟れたトマトのようになっていた。

 

「あっ」

 

「と、突然なに言うのよ!?」

 

 手から心地よい感触が離れたDr.の口から名残惜しそうな声が出る。

 

「もう、もう終わり! 今日は終わりよ!」

 

 そうプラチナは声を張り上げると、退出するのかドアを開ける。ただ、退出する前にDr.には顔を向けずに。

 

「ま、また今度、だから....」

 

 小さい声でそう言ったのであった。

 

 

 

 

 

 .




初心初心~


※前回の誤字報告ありがとうございます。とても助かります。


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チェン限界オタクホシグマ (ホシグマ・チェン)

 私は一体何を書いているのか、自分の中のキャラ像とかけ離れている。でも書けちゃったのよね...。
あとタイトルオチです。




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「こうして休日が被るのはいつ振りだったかな」

 

「18日振りですね」

 

「律儀に数えていたのか?」

 

 龍門市街で近衛局所属のチェンとホシグマが隣り合って歩いている。この日は二人の休日が被った日であり、久しぶりに一緒に食べに行こうと街を練り歩いているとこであった。

 ただこの二人、休日というにも関わらず仕事着でありましてやチェンは帯刀しているのである。どこかの製薬会社に文句を言えないぐらいの社畜具合である。ホシグマが愛用の盾、般若を持ってきていないのはその大きさ故だろうが。

 

「さーて今日はどこに入ろうか!」

 

「既にリサーチ済みです」

 

「そうかそうか、ホシグマが見つけてくる店にハズレはないからな。今からが楽しみだ」

 

 休日ということもあり浮かれ気味、というよりスキップするぐらいには浮かれているチェン。普段見せる、凛々しい隊長としての姿はそこにはなくリラックスしていることが見て取れる。

 ホシグマは公務中と変わらないものの、その足取りは軽い。そして視線はスキップしているチェンに向いており目尻も緩んでいる。姉か母か。

 

「私も楽しみです。しかし浮かれすぎると周りに迷惑を掛けてしまいますよ」

 

「おっと、私としたことが」

 

 ずっと見ていたい気持ちをぐっと堪えて、ホシグマが念を押す。チェンはスキップをやめ、恥ずかしそうにはにかんだ。ホシグマの魂がちょっと昇天した。

 

「ホシグマにはいつも迷惑かけるな」

 

「些細なことです。お気になさらずに」

 

「これからも、よろしく頼むぞ」

 

 チェンはパシっとホシグマの肩に軽く拳を当て、顔には満面の笑みが浮かんでいる。ホシグマは当たり前です、と見た目平常心で応える。内心、昇天しかかっているが。

 

「さーて案内してくれ、ホシグマ!」

 

「...」

 

「ホシグマ?」

 

「はっ! ああいえ、何でもありません」

 

 勇むチェンに、魂ココにあらずのホシグマ。微妙に噛み合わない二人であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「美味しかったー!」

 

「お口にあったようで」

 

 昼食を済ませる店舗から出ると、チェンは満腹になったお腹をさすりながら満足した顔で言い放った。

 

「流石はホシグマだ。ただ良かったのか? ホシグマの趣向じゃなかったろ?」

 

 チェンに褒められて得意げなホシグマであったが、続けられた言葉にギクッと肩を跳ね上げさせる。それもそのはず、今回どころか普段からリサーチしている飲食店はチェンの好みに合わせているからなのである。

 

「いえ、そんなことは...」

 

「思い違いだったか? たしかチュアンツァイ系が好きだったような、今回はジアンスーツァイ系だし」

 

「...よくご存知で」

 

 まさか自分の好みを知られているとは思ってなかったホシグマは、ついに白旗を上げた。白状したホシグマにチェンは苦笑を漏らす。

 

「私に合わせなくてもいいのだがな...。だが、ありがとうな」

 

「...」

 

「すみませーん、近衛局の隊長さん」

 

「どうした?」

 

 満面の笑みのチェンにホシグマ、昇天。

 だが幸か不幸か、料理店の店長がやってきてヘヴン状態の顔を見られることはなかった。

 

「貰ったサイン、お店に飾ってもいいですか?」

 

「勿論構わないとも」

 

「あとお二人の写真も」

 

「構わない。美味しい料理を食べさせてもらったんだ、なぁホシグマ」

 

「...」

 

「ホシグマ?」

 

「はっ! え、ええ構いませんとも?」

 

 再起動を果たしたホシグマに、不思議そうな視線を送るチェンだったがとりあえず横に置いておく事にした。

 店長を挟み、二人で並ぶとカメラを持った店員にパシャリと撮られる。

 

「ありがとうございます。いやーこれはいい宣伝になるなぁ」

 

 ウキウキとした商魂逞しい店長に、苦笑を漏らす二人であった。

 

 

 

 

「キャー! ひったくりよー!」

 

 二人が写真を撮った店員と料理談義をしていると、通りで女性の悲鳴が上がった。

 悲鳴からしてひったくりのようで、男が走ってくるのが見て取れた。

 

「クソ! どけ!!」

 

 人ごみを掻き分けながら通り過ぎる男の手の中には女性もののバックが。

 

「ホシグマ」

 

「無論です、チェン隊長」

 

 お互い確認を取り合うとひったくり犯に向かって駆け出した。残された店員に向かって、また食べに行くと告げながら。

 

「近衛局だ! そこのひったくり犯止まれー!」

 

「自首すれば今ならまだ間に合うぞ!」

 

「ゲェッ!? なんで近衛局が追ってくるんだ!?」

 

 犯人を追い、制止させようとするものの犯人の足は止まらない。そして今だ人ごみを掻き分け、時には通行人を転倒させているためいつ怪我人が出てしまってもおかしくない状況。

 

「どけ、どけぇ!」

 

「うわっ、痛ぅ...」

 

「貴様!」

 

 そしてついに負傷が出てしまった。突き飛ばされた男性が受け身を取り損ね、片手を抱え込んで蹲る。さしものチェンも我慢がならず激昂した。

 

「ホシグマぁ! 飛ばせぇ!」

 

「お気を、つけてぇ!」

 

 チェンの合図と共に、ホシグマは重ねた手を差し出しその強力を持ってチェンを投げ飛ばした。

 

「おぉ!」

 

「壁を走ってるぞ!?」

 

「正義の使者だ!」

 

 どよめく民衆。それもそのはず、チェンは建物の出っ張りを利用しながら壁を走っているからである。

 逃走する犯人を上から監視し、気を伺う。その間も勢いが落ちると共に、高度も下がっていく。

 そしてついに、犯人の周りから人が居なくなり好機が訪れる。

 

「そこだぁ! ...っ」

 

 チェンは飛び上がるのと同時に、刀を鞘ごと犯人の足めがけて投げつけた。

 

「ぬぉわっ!?」

 

 うまい具合に刀が犯人の足を絡めとり、前のめりに倒れこむ。そしてチェンは地面目掛けて落下していくが、体勢がおかしい。

 どうやら飛び上がった瞬間に足を打ったのか捻ったのか、万全であれば問題なく着地できたはずなのにである。

 

「隊長ぉぉおおお!」

 

 いち早くチェンの異常に気づいたホシグマが駆ける。倒れこんだ犯人さえも踏みつけて。

 

「ぐぅえっ....」

 

 哀れ犯人、余りの痛さに気を失う。

 そして犯人を踏み台にしたホシグマは、空中でチェンを横抱きにキャッチする。

 

「大丈夫ですか、隊長」

 

「すまないホシグマ...」

 

 お姫様抱っこのまま、綺麗に着地したホシグマに遠巻きで見ていた民衆から拍手が巻き起こった。

 

「なんか恥ずかしいな」

 

「...」

 

 近衛局として、当たり前のことをしただけだと恥ずかしがるチェン。対するホシグマは堂々な姿で受け入れている。のではなく、チェンをお姫様抱っこできた喜びに昇天しているだけなのだ。

 

「近衛局の警視よ! 犯人はどこに...あ」

 

「ゲっ!」

 

「...」

 

 そこに通報を受けた警官数名がやってきた。そのうちの陣頭指揮を執っている一人が、チェンを見て固まった。指揮を執っている人物、スワイヤーを見たチェンも変な声をだして固まった。

 

「チェ、チェン貴女...」

 

「放せ、放せホシグマぁ!?」

 

 フルフルと震えるスワイヤーにホシグマから逃れようと暴れるチェン。近くにいた他の警官は慣れたもので、テキパキと犯人を縛り上げている。

 

「ぶっわっはっはっはっ!! あ、貴女、お姫様...っ!」

 

「放せホシグマぁああああ!」

 

「....嫌です」

 

 龍門スラングは今日も平常運行である。

 

 

 

 

 

 

 

 

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 チュアンツァイ:川菜、日本だと四川料理のこと
 ジアンスーツァイ:江蘇料理のこと
 つまりチェンは旬の素材のうまさを引き出した料理が好き
 ホシグマは痺れるような辛さの料理が好き


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多忙なのも程ほどに (ロープ)

とある方のリクエストから「ロープと一緒に昼寝」より

ロープ、生い立ちが重いのに手癖は悪いけど捻くれてないとかいい子過ぎる。


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「ロープさん、ちょっといいですか?」

 

「アーミヤ社長じゃん。ボクに何かよう?」

 

「ええ、ちょっと協力してもらいたいことありまして」

 

「ふむふむ」

 

 とある昼下がりのロドス基地内の会話。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なぁアーミヤ」

 

「何でしょうドクター」

 

 Dr.執務室内、いつものように作業に執りかかっていたDr.であったのだが、最近疑問に思っていたこと口にする。

 

「書類、少なくないか?」

 

 デスクの上にちんまりと山にすらなっていない紙の束を眺めるDr.、自分の目がおかしくなったのかと目を揉み何度も確認するが紙束は変わらない。

 

「いいえ、そんなことありませんよ」

 

 Dr.は確認を取るものの、アーミヤは良い顔で否定する。それはもうニッコニコと満面の笑みである。

 

「そうかそうか」

 

「はい、そうですよ。今日も頑張りましょう!」

 

 ファイトー、と拳を突き上げて応援するアーミヤにDr.は後押しされ、書類を片付け始める。

 そして全ての書類が片付いたその時間、なんと30分。仕事が終わり、ペンをそっとデスクに置いた。

 

「んな訳あるかー!!」

 

「ドクター!?」

 

 短い、あまりにも短い仕事時間にDr.が吠える。普段ならこんな短時間では終わらず、就寝時間ギリギリまで処理していることが多いにも関わらずである。

 これはどういうことか、とアーミヤに目を向ける。その時、ゾクリとDr.の背筋に悪寒が走った。Dr.を見る、アーミヤの視線が底冷えするほどに冷たかったのである。

 

「ドクターがイケナイんですよ?」

 

「アー、ミヤ...?」

 

「たしかに仕事は終わらせなければなりませんし、放り投げるなんてもってのほかです。ですがそれにも限度というものがあるでしょう?」

 

「うぐっ」

 

 冷たく言い放たれた言葉にDr.は何も言い返せず呻くのみ。それもそのはず、このDr.自身の仕事以外にも他者の仕事も請け負っていたのである。

 そのせいで積みあがる書類の山を、理性をガリガリ削りながらこなして来たのだが遂にアーミヤに見咎められてしまった次第である。

 

「だ、だがそうであったとしてもだな...!」

 

 尚も食い下がろうとするDr.に、ニッコリ微笑みかけるアーミヤは指を一つ鳴らした。

 

「ロープさん、今です」

 

「アラホラサッサー!」

 

「ロープだt、うぉおおおお!?」

 

 天井から現れたロープに、Dr.は抵抗する暇もなく鍵縄で簀巻きにされてしまった。床に転がるDr.にロープとアーミヤが囲む、最早逃げ場はない。

 

「ドクターが悪いんですからね...?」

 

「まぁ今回ばかりは自業自得だとボクは思うなぁ」

 

「ど、どうするつもりだ!」

 

「ではロープさん、お願いします」

 

「ふっふっふっ」

 

 笑顔で見送るアーミヤを、お米様抱っこされたDr.はロープに連れて行かれた。

 

「や、やめろぉーー!?」

 

 

 

 

 

 

 -----

 

 

 

 

 太陽が頭上でサンサンと輝いている頃、ロドス移動基地屋上にて鍵縄で腰紐をつけられ逃げられない状態のDr.とバスケットを持ったロープが座っている。

 

「で、どういうことなんだ?」

 

 久しぶりの日光と穏やかな風を体で感じリラックスするDr.。そして逃げることは諦めており、隣に座っているロープへ問いかけた。

 

「どうもこうも、ロドス内で話題になってたよ。ドクターは働きすぎだーって」

 

「...話題になるほどだったのか」

 

「うん。はい、ハーブティー」

 

「...ありがとう」

 

 ロープはバスケットの中から取り出した魔法瓶から注いだハーブティーを渡した。続いてサンドイッチを出すとそれも手渡した。

 

「すまないな。うん、美味いな。ロープが作ったのか?」

 

「ボクなわけないでしょ。事情説明したらグムが用意してくれたんだ」

 

「そうか」

 

 会話が途切れ、黙々と食べ進める二人。日光による程よい暖かさと時折吹いてくる風が心地よい。

 ここまで穏やかなのはいつ振りか、普段は書類に追われ何かあれば作戦指揮を執る。当たり前であったが、やはりどこかで無理をしていたと実感するDr.であった。

 バスケットの中を空にして、食後のハーブティーを楽しんでいる最中にロープがDr.を見つめながら問うた。

 

「ねぇ、ドクターは何でそこまで頑張るの?」

 

「何でって...」

 

 不思議そうに頭を傾けるロープにDr.は咄嗟に答えられなかった。

 

「ロドスはさ、安全でお腹一杯食べれるじゃんそこまで無理する必要はないと思うんだよね。

 もちろんドクター達が頑張ってくれてるから、そういう生活が送れてるのは分かるよ。

 でもそれってドクター一人が背負う必要はないんじゃないかなって、ボクはそう思うしロドスの皆もそう思ってるよ」

 

「...焦ってたんだろうな俺は」

 

 ロープの語り掛けに、記憶をなくし自身の立場に不安を覚えて我武者羅に頑張ってきた。それが周囲に心配されていることに自覚出来ないほどの視野教唆に陥ってたことを、ここにきて漸く理解する。

 

「だからさ、たまにはこうやってお日様の下に出て頭の中空っぽにして寝ちゃうのもいいと思うんだ!」

 

 ごろんとロープは寝転がり、青空を見上げる。Dr.もそれに習うように寝転がり、広い広い青空と大地を照らす太陽を眺める。

 

「たまには、いいものだな」

 

「でしょ? こうしてるとロドスの日々が幸せだって、そう思うんだ」

 

「ロープ...」

 

 親に捨てられスラム街で盗みをしながら転々として、漸くロドスという安寧の地を得られたロープにとってかけがえのないものとなっている。そんな日々をドクターにも知って貰いたい、そんな一身から今回のことに協力したのだろう。

 

「...寝ちゃおっか」

 

「そうだな」

 

 悪戯顔で隣に寝転がるDr.を誘うと、Dr.もそれに乗った。

 暖かい日差しに心地よい風が眠気を誘い、ひと時もせずに二人は寝入ってしまった。

 

 

 

 

 

 -----

 

 

 

 

「ロープさん、バスケット回収しに来ましたよー」

 

 屋上へやってきたのはロドスの食堂を任せられているグムであった。どうやらロープへ渡したバスケットを回収しにきたようだったが、返事がなく寝転がっている二人へと近づいた。

 

「あら、あらあら、あらあらあら。ロープさんとドクターったら」

 

 そこにはドクターの腕を枕にして寝るロープの姿があった。気持ちよく寝る二人に、グムはそーと音を立てずにバスケットを回収した。

 

「グムは何も見てませんよ~」

 

 そう言い残して、グムは二人をそっとそのままにして後にした。

 

 

 

 

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ロープついてはプロファイルを調べることをオススメするよん


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あの日、あの時から (カーディ)

 とある方からのリクエストから、カーディメインで「戦闘描写のある日常」より
 ちょっと日常成分薄いしカーディがちょっと大人っぽいけど、こういうのもいいよね


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「おりゃーーー!!」

 

「カーディ! 前に出すぎです!」

 

「あらら、カーディちゃんのダメな癖が出ちゃいましたね」

 

「アドナキエル、口動かしてないで援護しなよ!」

 

「メランサ、押し通ります...!」

 

 レオユニオンとの戦闘を行っている行動予備隊A4だが、いつものごとくドタバタとしている。

 突出するカーディにそれを諌めるアンセル、肩を竦めるアドナキエルと手を動かすようにいうスチュワード、そして目の前のことしか見えてないメランサはカーディが引き付けている敵に肉薄する。

 

「あいつらは...!」

 

「まぁまぁ落ち着いてくれドーベルマン教官」

 

 後方で指揮を執るDr.の隣で青筋を立てているのは行動予備隊に教鞭を執っているドーベルマン、そして隣にいるDr.はそれを諌めている。

 

「しかしだな」

 

「たしかにカーディの突出はあまりよろしくない、今後直すべきところだろう。だが現状それを補佐するのが俺の役目だ」

 

 やはり教鞭を執る立場としては思うところがあるのか、ドーベルマンは渋るが、Dr.は気にせずに指示を出していく。

 

「メランサとアドナキエルは軽装の敵から潰して行け。スチュワードは敵重装兵を、カーディが抑えている方を中心に叩け。アンセルはメランサを優先に対処を」

 

「「「「「了解!」」」」」

 

 指示を出すとA4全員から元気に了承の言葉が飛んでくる。そして通信機の周波数を変え、別の人物へと指示を出していく。

 

「クルース、メテオ、そちらはほぼ終わっているだろう。予備隊A4の援護を頼む」

 

「は~い。狙って~行くよ~!」

 

「了解よドクター。遠距離支援は任せて」

 

「こんなものだろう」

 

「...本来であればA4だけで済んだはずなのだがな」

 

「さすがに厳し過ぎやしないか?」

 

 指示を出し終わり、一息つくとドーベルマンから厳しい声が出てきた。聞いていたDr.は苦笑する、確かに普段の予備隊A4であればギリギリ対処できただろう。しかしそれは、戦場という特殊な環境下においては心理的状況が変わってくるのである。

 そのため、ドーベルマンの言は厳しすぎると言わざるを得ない。

 

「だが...っ! いや、そうかもしれないな...」

 

「本隊がほぼ機能不全となって久しい。焦る気持ちも分かるがそれを彼女達にぶつけても、な」

 

「ああ...。すまないな」

 

 チェルノボーグからの脱出時に、多くのベテランオペレーターが命を落とした。二度とそのようなことを起こさないように、厳しい言葉飛ぶのはドーベルマンの優しさから来るものなのだろう。

 

「それに彼女達も成長しているんだ」

 

 そういうとDr.は予備隊A4へと視線を向けるようにドーベルマンを促した。

 

 

 

 

 

「うぎぎぎ」

 

「死ねぇ! ロドスの犬!」

 

 三人のレユニオン戦闘員から罵声と共に三人の巧みな攻撃を繰り返される。カーディはその全てを盾で防ぎきっている。だが防ぐことで手一杯なのか反撃に移れないでいた。

 

「俺達の邪魔をするなぁあああ!」

 

「邪魔なのは、そっちでしょ!」

 

 痺れを切らしたレユニオン戦闘員の攻撃が単調になり、そして僅かな隙が出来た。そしてカーディはその隙を見逃さずに、的確に反撃を加えた。

 

「ぐっ! だがこれしきのこと!」

 

 しかし手傷を負ったレユニオンは怯みこそしたがそのまま戦闘を続行した。

 

「まだ戦うの!?」

 

「行き場のない俺達が止まるわけないだろ...!」

 

 驚愕するカーディであるものの、後が無いレユニオンは既に死兵と化しているだから止まるわけがない。

 反撃はできた、だができただけで状況を打開することはなくむしろレユニオンの士気を高め攻撃が激しくなる結果に終わった。

 

「どけ、どけっ、どいてくれ!」

 

「俺達を先に行かせてくれ!」

 

「できるわけないじゃんか...!」

 

 レユニオンの猛攻を防ぎるカーディは、今このときほど教官たるドーベルマンに感謝したことはなかった。

 あの日、チェルノボーグから撤退したあの日から厳しくなった訓練をこなしていなければ、ここまで防ぎることができていなかったからである。ましてやこうして。

 

「そこぉ!」

 

「ぬわっ!?」

 

「悪足掻きを!」

 

「ぐっ...」

 

 絶え間ない攻撃であってもシールドバッシュで敵をよろけさせて、隙を作ることなどできなかったのだから。そして。

 

「斬らせていただきます!」

 

「いつの間に、ぎゃっ!?」

 

「おい、大丈夫か!」

 

「余所見してていいの、かな!」

 

 仲間の援護によって乱れた敵の連携を突き崩すことなどできなかったはずなのだから。

 メランサが一人、カーディがもう一人、そして最後の一人はアドナキエルが仕留めていた。

 

「全てドクターの計算通りでしたね」

 

 これでカーディが相対していたレユニオンは崩れた。他の近場も助けに入る前のメランサとスチュワードが仕留めており、近場に敵影はいなくなっていた。

 

「こ、殺せ...」

 

「俺、俺達...」

 

「終わりだ、何もかも」

 

 命までは奪われず、負傷し地面で転がるレユニオン戦闘員は口々に死を望む。それを聞いたカーディは、固く口を結ぶと。

 

「殺さないし死なせない!」

 

「バカが、俺達はレユニオンだぞ...」

 

 胸を張って宣言した。それを聞いたレユニオンは、息を呑み驚愕するものの愚かしいと口にした。それを聞いてもなお、カーディは胸を張り続ける。

 

「私達はロドスだ! 製薬会社だ! 医療機関だ! 

 

 例えそれが敵であっても、レユニオンであったとしても! 

 

 救うのが私達だ!!」

 

 殺し殺されあった、だがそれでもとカーディはレユニオンに宣言した。

 呆気にとられるレユニオン、数刻で正気に戻るがそこには悲壮感はなくなっていた。

 

「好きにしろ」

 

 ただそう言い残すだけであった。

 

 

 

 

 

 -----

 

 

 

 

 

「いつつっ」

 

「じっとしていてくださいカーディ。まったく無茶するんですから」

 

「えへへ、ありがとうアンセル君」

 

 レユニオンとの戦闘が終わり、カーディ達予備隊A4がいるのは野戦テントの中であった。ロドスオペレーターの死者はいないもの、軽傷者は出ておりさらにレユニオンの一部も治療を受けていた。そのため基地内部の医療施設では重傷者を優先し、軽傷者は基地外の野戦テントで治療されていた。

 特に今回の戦闘では、大人しく治療を受けるレユニオンが多くそのような処置になっている。

 

「まぁまぁ、カーディちゃんのお陰でレユニオンが大人しくなったんですから」

 

「大人しく治療を受けて、だろう?」

 

「あれ、そう言わなかったっけ」

 

「言って、ないです、よ...?」

 

 首を傾げるアドアキエルにやっぱり何を考えてるのか分からないとスチュワードは頭を抑える。メランサはいつもどおりおどおどとしていた。

 隊のいつも通りのやり取りにアンセルは無視しつつ、大人しく治療を受けるカーディに問いかけた。

 

「カーディ、味方も敵も救いたいのは分かります。ですが度が過ぎると」

 

「Aceさん達みたいになる、かな?」

 

 テント内が静まり返った。

 やはりAceを筆頭にベテランのオペレーターの急報というのは、予備隊であった彼等の心に大きな影を落としていた。良き先輩であり、学ぶことが多く常日頃から世話になっていたベテランというものは精神的支柱であったのだ。

 誰も何も言わない、いや口を開けなかった。ただ一人、彼女を除いて。

 

「大丈夫だよ、アンセル君」

 

「カーディ...」

 

 柔らかく、落ち着かせるような笑みを浮かべるカーディは言った。

 

「私は、私達はまだまだ弱い! だからAceさん達みたいに皆を護るってことはできない」

 

 カーディ自身も、思わないとこがあるはずがない。だがそうであったとしても、とも思う。

 

「でもね、救える人を救わないのはAceさん達先輩の顔に泥を塗るんだって、そう思うんだ」

 

 ニカリと頬にガーゼを貼り付けたカーディは笑う。あの日、あの時の悲しい出来事があったとしても、その心を失ってはいけないんだと。

 

「カーディ...。あなたには叶いませんね」

 

 飽きられた様に、救われたように笑みを溢すアンセル。他の予備隊A4も感銘を受けたのか、カーディに近づき抱きしめ始めた。

 

「僕も負けてはいられませんねこれは!」

 

「カーディちゃんはいいこですね」

 

「カーディ...!」

 

「うわっ! ちょ、皆やめてよぉ~!」

 

 もみくちゃにされながらも、その顔には笑顔が浮かんでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「これは入っていける雰囲気じゃないなドーベルマン」

 

「何、この後でなら時間はいくらでもある」

 

「しかし、これなら予備隊呼びは失礼じゃないか?」

 

「いいや、まだまださ」

 

「手厳しいことで」

 

 

 

 

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大きな悩み、でもそれは小さくて (ビーグル)

とある方のリクエストから「同期との日常」より
ちょっと方向性違ったかな?と思いつつもまぁええかの精神で投稿


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「はぁ~~...」

 

 どよんよりとした雰囲気を纏って、深いため息をつく彼女の名前はビーグル。通路上に置いてあるベンチに腰掛け、床を見つめている。

 

「...はぁ」

 

 何か思い悩んでいるのか、またしてもため息をつく。手には強く握り締められ、シワシワになった紙が一枚存在していた。どうやら彼女の悩みの種の正体らしい。

 何時からそうしていたのか、通り過ぎるスタッフは慣れてしまったのか誰も声を掛けない。そんな中、声を掛ける人物がいた。

 

「ビーグルちゃんじゃない。どうしたのかしら?」

 

「はぇ?」

 

 ビーグルが顔を上げると、そこには行動予備隊A6の隊長オーキッドがいた。彼女は項垂れるビーグルを心配しており、身を屈めて覗き込んでいた。

 オーキッドに気づいたビーグルは変な声を出すと、慌てだした。

 

「オオ、オーキッドさん!?」

 

「ええ私よ。それで何か悩み事かしら?」

 

「ああ、と。別にそんな対してことでは...」

 

 オーキッドに優しく声を掛けられ宥められる。ただビーグルは何かを言おうか迷うものの、言葉が尻すぼみになって押し黙ってしまう。

 オーキッドはうじうじするビーグルに、仕方がないと言う様に一つ息をつく。そして、ビーグルの頬を両手で挟みこんだ。

 ビーグルは突然のことに驚くが、ムニムニと頬を遊ばれる。

 

「ほ、ほーきっどさぁん?」

 

「ほら、辛気臭い顔してないで行きましょ」

 

 漸く顔を上げたビーグルに、頬を弄っていた手を放す。その際に、ちょっと名残惜しそうなのはご愛嬌。

 オーキッドはビーグルの手を取り、立たせるとある場所へと向かって歩き出した。

 

「い、行くってどこにですか...?」

 

「落ち着けるところよ」

 

 手を引かれて慌てるビーグルだが、オーキッドに引かれる手は振り解きはしなかった。

 

 

 

 

 

 

 -----

 

 

 

 

 ロドス内にある休養施設「療養庭院」にある一角、様々な植物が生え揃っている場所にビーグルは居た。温室となっているため、上部からは日の光が差し込み室内を暖かくしていた。

 

「あの、何で私は此処でお茶しているんでしょう」

 

「気分転換の為よ。通路で幾ら考えても仕方ないわ」

 

 ティーカップ一式と色とりどりのお菓子が乗ったケーキスタンド、それを眺めるビーグル。

 既にカップの中身は一度空にし、お菓子も幾つか頂いているのだが、今更になって疑問に思っているようである。対する連れて来た張本人であるオーキッドは、優雅にハーブティーを楽しんでいた。

 漸く落ち着いて来たと判断したオーキッドは、話を切り出す。

 

「それで? どうしたのかしら、努力家の貴女がらしくもない」

 

「えっと、ですね...」

 

 オーキッドに促されたビーグルは、ポツリポツリと話し始めた。

 定期的にある予備隊のテストで、周りが順調に成績を伸ばしている中自分はテスト項目で何一つ前回と変わらなかったこと。

 講評の時に、他の面子にはあった批評が自分だけはほとんど何もなかったこと。

 ロドスに来た時に決意した事が揺らぎそうなことなどなど、今までの溜め込んでいた全てを吐き出した。

 オーキッドは相槌を打ちながら、静かにビーグルの心の内を聞いていった。

 

「...以上です」

 

 ビーグルは全てを話し終えると、どこかスッキリとした顔になっていた。先程までの、通路で醸し出していた陰鬱な雰囲気はもう無かった。

 

「ビーグル、貴女は本当に頑張り屋さんなのね」

 

「え...?」

 

 聞き終えたオーキッドはそう言うと、席から離れビーグルに近づくと彼女の頭を優しく慈しむように愛おしそうに撫でた。その顔は直向に頑張る子を思いやる、母か姉のようであった。

 

「えっと、でも私結果を出せてないし...」

 

「いいのよそれでも」

 

「で、でも」

 

 不安そうになっているビーグルをオーキッドはそっと抱きしめた。優しく語り掛ける。

 

「貴女はちゃんと成長しているわ。その証拠に、講評の時に悪い所を指摘されなかったのでしょう?」

 

「...はい」

 

「私達の教官はあのドーベルマンさんよ。あの人が何も指摘しなかったの、分かるでしょ? あのドーベルマンさんがよ?」

 

「あ...」

 

「だから大丈夫、貴女はちゃんと成長しているわ」

 

「オーキッドさん...。ありがとうございます...っ!」

 

 成長していない訳ではない、指摘されて漸く気づいたビーグルはオーキッドを抱き締め返した。

 

「それにね、ここはその程度で見放すような所じゃないわ。勿論、貴女のお友達もね」

 

「ふぇ?」

 

 オーキッドが指差した方向へ顔を向けると、そこには低木の陰から顔を出しているフェンとクルースの姿が会った。二人は心配そうにビーグルを見ていたのだろうが、気づかれたことを悟るとおずおずと近寄っていった。

 

「ごめんねビーグル、気づいてあげれなくて...」

 

「ビーグルちゃん、ごめんね...」

 

「ふ、二人とも顔上げてよ!? 二人が謝ることじゃないよ?」

 

「「でも...」」

 

 付き合いが長い二人であったこそ、今回のビーグルの様子に気づいてやれなかったことに罪悪感を覚えている。しかしビーグルは己の未熟さのせいであると、二人に顔を上げさせようとする。

 中々顔を上げようとしない二人に、そうではないと上げさせようとするビーグル。三人の絆を感じつつ、オーキッドは新たにテーカップを用意した。

 

「二人とも、それだと何時まで経っても平行線のまま。一緒にお茶会しましょ?」

 

「そう、それがいいよ! オーキッドさんが淹れてくれる紅茶美味しいんだよ?」

 

 オーキッドとビーグル、二人に誘われればフェンとクルースは嫌とは言えずお茶会の席へと着いた。

 

 その後、療養庭院からは楽しげな四人の声が響いていた。

 

 

 

 

 .





 行動予備隊の面子、書きづらいよぉ...


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好きの周波数 (リスカム)

恋愛ザコのドクターとお酒よわよわリスカム


 .

 

 

「なぁリスカム、そろそろ止めにしないか」

 

「...私ではダメなんですか」

 

 薄暗がりの中で二人の男女が向かい合っていた。

 

「そう言う訳じゃない、ただ」

 

「私だって、私だって出来るんですよ!?」

 

 男性が止めてようと宥めるものの、対する女性は激昂し男性にさらに顔を近づける。

 なんとか抑える男性だったが、口は災いの元とはよく言ったもので。

 

「フランカに怒られて」

 

「今は私を見てよ!」

 

 宥めようとしたが逆効果で、女性が男性の襟元を掴み引き寄せた。

 鼻と鼻が接触しそうになる程の近さである。

 

「私だって、私だって...。どくたぁ~...」

 

「リスカム...」

 

 わなわなと振るえ、潤んだ瞳に昂揚し赤くなった頬をした女性リスカム。

 Dr.は仕方がないというように、リスカムの両肩に手を置いた。

 

「飲みすぎだ。酒臭いぞ」

 

「私だって飲めるも~~ん!!!!」

 

 そっとリスカムを引き剥がし、手に水の入ったコップを手渡した。

 

 

 

 

 Dr.は何とか落ち着かせることが出来たようで、リスカムはめそめそとカウンターに突っ伏しながらおつまみを貪っている。

 

「すまないなマッターホルン」

 

「いえ、お気になさらないでください」

 

 漸く一息ついたDr.は、コップに残っているお酒を消費する。

 バーテンダーのマスターをしており、事の成り行きを見守っていたマッターホルンは苦笑する。

 

「しかし、リスカムさんがここまでお酒に弱いとは思いませんでした」

 

「同感だ。まさかコップ一杯のウィスキーで何て...」

 

 そうベロンベロンに酔っているこのリスカム、コップ一杯も飲まずに酔ってしまったのである。

 下戸の中でも下戸であったのである。

 

「ですが、リスカムさんは何でまた、ドクターと一緒にお酒を飲もうと思ったんですかね」

 

「あー。この前フランカと飲んだことを話したら、自分もと言い出してな」

 

「なるほど、対抗意識ですか」

 

「何に対してなんだか...」

 

「ドクターは好かれますからな」

 

「...? そうでもないと思うが」

 

 事情を知ったマッターホルンは、リスカムを見つつ生暖かい視線を向けた。

 ただ当のリスカムは酔い潰れて、寝入ってしまっている。くぅくぅという寝息も立てている。

 

「やれやれ。フランカに連絡するか」

 

 リスカムをこのままにはしておけないと、Dr.は通信機を取り出し始めた。

 それを見ていてたマッターホルンは、複雑な顔をしつつやんわりと止めに入る。

 

「ドクター、連絡せずともよいのでは...」

 

「このままにはしておけないだろう?」

 

 訳が分からないと首を捻り、通信機の操作を続ける。

 本当に分かっていないのかとマッターホルンはDr.の鈍感さに驚かされている。

 

「もしもし、フランカか? すまないが、今いいか?」

 

 結局、マッターホルンは止まらなかったDr.にため息をつきつつ、リスカムに憐憫の目を向けた。

 もっとも本人には寝入ってしまっており、気づくことはなかったが。

 

「え! いやだがな...」

 

 通信機片手に何やら慌てだしたDr.、どうやら通信相手のフランカに何か言われているらしい。

 これはこれは、と流れが変わった事にマッターホルンの顔に喜色が浮かぶ。

 

「しかし、リスカムは嫌がるんじゃないか? そんなことない? むしろ嬉しがる? ...どういうことだ、って切れた」

 

 一方的に切られたDr.は、通信機を片手に途方に暮れる。

 つまるところ、フランカにリスカムはDr.が送ってやれとのことらしい。これにはマッターホルンもニッコリ笑顔である。

 

「いや、しかしだな...」

 

 パートナーのフランカ公認とはいえ、Dr.は踏ん切りが付かないのか腕を組み唸ってしまう。

 

「送って上げてくださいドクター」

 

「マッターホルン、お前もか」

 

 最後の後押しとして背中を押されるが、Dr.は裏切られたように感じたのか天を仰いだ。

 最早逃げ場はないと、Dr.は諦めてリスカムを背負い始めた。

 むにゃむにゃと何か寝言を言っているようだったが、きちんとした言葉に成ってはいなかった。

 

「まったく、送り狼というのを知らんのか」

 

「リスカムさんなら喜びそうですけど...」

 

 ぶつぶつと理解不能だと呟くDr.だが、貴方の方が理解不能だと思うマッターホルンであった。

 

「何か言ったか?」

 

「いえ何も。お気をつけて」

 

「そうか? まぁ、また来るよ。眠り姫を届けないといけないからな」

 

「ええ、またのお越しをお待ちしております」

 

 そしてそのままリスカムを背負ったまま、バーテンダーを後にした。

 

 

 

 

 -----

 

 

 

 

「ん...んぅ...」

 

 部屋に運ぶ最中、Drは時々起きそうなのかリスカムが身じろぎをするのを背に感じていた。

 もぞもぞと背中で動かれるため、くすぐったいのだがリスカムは起きる気配はなかった。

 

「すぅ...ん、どくたーの、匂い...」

 

「臭い...まさか加齢臭か?」

 

 力が入ってないリスカムは顔面をDr.の背に押し付けている。そのため、息を吸う度にDr.の匂いを感じ取っている。

 Dr.は戦々恐々としており、歳かなと思いつつも体臭についてどうしようかと考えを張り巡らせている。

 ただリスカムは、表情をへにゃりと崩しながら笑みを浮かべているため、そこまで気にする必要はなかったりするのだが。

 

「どくたぁ...。どくたぁのいい匂い...」

 

「おおう!?」

 

 どうしたものかと考え込むDr.に、リスカムはここぞとばかりに肺一杯にDr.の匂いを堪能する。

 ただ未だに寝ているため、リスカム本人は覚えていないだろうしDr.は気づいていない。

 しかし、気分が昂揚したリスカムが、弱いパルス電流を垂れ流してしまったことでDr.は驚き大きく揺れたことでリスカムも目を覚ましたのだが。

 

「ん、んん...。はえ、ドクター...?」

 

「お、おおう。起きた、か、リスカムぅん」

 

 リスカムから止まらないパルス電流に、Dr.は変な声を出しながら聞く。

 だが寝起きかつ、まだ酔いが覚めていないリスカムには声が届いていないようで。

 

「ドクターの匂いだ...いい匂い」

 

「おいぃ。嗅ぐなっ、嗅ぐなリスカム...!」

 

「にへへ...いい匂い」

 

 Dr.はリスカムを背負っていることに加えて手足で抱きしめられたことにより、振り解こうにも出来ない状態になってしまった。

 止めようと四苦八苦するものの、上手くいかずリスカムの笑顔を見てしまい止め様にも止められなくなってしまった。

 

「せめて電流はなんとかしてくれ」

 

「や。ぱちぱち~...」

 

「んんん! くすぐったい...」

 

 やることなすこと逆効果になってしまい、本格的に諦め始めるDr.だが背中がむず痒くて仕方がなかった。

 

「ドクターだけ...」

 

「ん?」

 

「これするの、好きなドクターだけだから...」

 

「...そうか」

 

 その後は、Dr.は黙って受け入れることにした。

 その好きというのがどういう意味なのかを考えながら。

 

 暫くするとリスカムの部屋と着いた。その頃にはパルス電流は収まり、Dr.の背からは寝息も聞こえ始めていた。

 

「お疲れ様ドクター」

 

 リスカムの部屋のドアを開けようとする前にドアが開き、中からフランカが出てきた。

 Dr.は多少驚くものの、リスカムをフランカへと渡した。

 

「フランカ。起きていたなら...」

 

「それは野暮ってものよ、ドクター」

 

 苦言を呈するものの、フランカはのらりくらりとかわしてしまう。

 ならば、リスカムのあの『好き』は何だったのかと聞くも。

 

「えっ!? おやまぁ、リスカムったら」

 

「で、どうなんだ?」

 

「私の口から言うこと程、野暮なことはないでしょ」

 

「...そうだな」

 

 さすがに無粋すぎたと、Dr.は聞くのを止める。ただその顔にはどうしたらいいのか分からないと書いてある。

 フランカは何かを思いついたのか、Dr.に耳打ちをする。

 

「明日、本人に聞いてみたらどう」

 

「いや、いいのか? たぶんほとんど覚えてないぞ」

 

「いいからいいから。私が保証してあげる」

 

「うーん...フランカがそう言うなら...」

 

 Dr.は不承不承と頭を傾けながらも、フランカの助言を聞いてしまった。

 フランカは明日が楽しみだと、口角を吊り上げた。

 

 

 

 後日、顔を真っ赤にさせたリスカムがフランカを追いかけ回したことは明記していこう。

 

「でどういう意味だったんだ?」

 

「ばっ!? まだ聞くのそれ!?」

 

「いや気になるだろ」

 

「す...」

 

「す?」

 

「......ドクターのバカー!!!」

 

「何だったんだ、本当に」

 

 

 

 

 .



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例の献立 (ハイビスカス)

 ハイビスカス、メシマズ系だけど方向性が珍しい感じ
 青汁とかそういうのめっちゃ勧めたり健康食品だけで味度外視したりするタイプ
 体に良い分性質悪いんよ...

 というか私は一体何を書いているのか、コレガワカラナイ


.

 

 

「ドクター、失礼します。昼食をお持ちしましたよ」

 

 時刻はお昼、直前まで仕事をこなしていたDr.の元に昼食を配膳しに来たハイビスカスが訪れた。

 

「ハイビスカスか、いつもすまないな」

 

 仕事量が多く、最近は昼食を取りに行かないことも多くなり、代わりにこうしてオペレーターが配膳しに来てくれている。そのことにDr.は申し訳なさを感じつつも、ありがたく頂いている。

 Dr.がデスクの上を片付けると、すっと配膳される。礼をいつつ、鳴いている腹へと食事を入れていく。

 今日は皆大好き(豆腐)ハンバーグだ。

 

「いただきます」

 

「どうぞ召し上がれ」

 

 今日の料理も美味いなと、食べ進めるDr.を他所に、ハイビスカスは斜め後ろへと控えている。この後食べ終わった配膳を回収するためだ。

 

 ハイビスカスは手持ち無沙汰になり、部屋の中を見渡し始めるとデスクの上に一つのお皿を発見した。

 それは深いお皿であり、中に細長い茶色い物体が幾つか入っていた。それが一体何なのか気になり、ジーと観察していると気づいたDr.が教えてくれた。

 

「ハイビスカス、食べてみるか? オリジムシの燻製肉」

 

「...はい?」

 

 箸を進めるDr.の発言にピシリと固まるハイビスカス。オリジムシの燻製肉、確かにDr.はそう言った。

 

「お、オリジムシ...?」

 

「ああ、これがまたイケるんだよ。ちょっと処理が甘い方が苦味があって」

 

 嬉々として語り始めるDr.に、昨日今日始めた物ではないことが見受けられる。

 ハイビスカスはよもや鉱石病罹患生物のオリジムシを食べているなどとは思っておらず、怒りで体を震わせる。

 

「...止です」

 

「え?」

 

「禁止です!!」

 

 この日、ハイビスカスの怒号がロドス内に響き渡った。

 

 

 

 

 

 ----

 

 

 

 

 

「ということがあったんだ」

 

「それはドクターが悪い」

 

 その日の夜、Dr.は執務室の中で夕食の大量のサラダをもっしゃもっしゃと食べている。

 話し掛けられたラヴァは、Dr.が取り上げられたオリジムシの燻製肉のうち隠し持っていた分を食べていた。

 

「てか苦いなコレ」

 

「酒のつまみ用だからな。というかきちんと処理された製品なんだが、何がダメなんだ」

 

「いやダメでしょ。オリジムシ云々もだけど、姉貴は間食の方を問題視してんだよ」

 

「そっちか」

 

「医者の不養生だぞドクター」

 

 漸く納得するDr.であった。

 

 

 

 

 それから1週間、Dr.はハイビスカスが作成した献立を食べることになった。

 ただそれを聞いた一部のオペレーターは恐怖した。Dr.はこの先生き残ることができるのか、と。

 ここで一つ、とある日の献立を取り上げて見ると。

 

 朝食

 ライ麦の黒パン

 海草のスープ

 山盛りのサラダ

 青汁

 

 昼食

 マッシュポテト

 青汁で煮込んだキャベツのみキャベツロール

 多用な豆の煮豆

 カフェイン抜きコーヒー

 

 夕食

 オートミール

 スターゲイジーパイ

 青汁

 

 となっている。このような食事を1週間、なんとかこなしてきたDr.であったが遂に爆発した。

 

 

「に゛く゛か゛た゛へ゛た゛い゛!」

 

「ドクター!? どうしたんですか?」

 

「まぁそうなるな」

 

 手をデスクに叩きつけて、心の底からの叫び声を上げる。

 一緒にいたラヴァは特に驚きもせず、納得顔で頷くが姉のハイビスカスは理由が分からずDr.に駆け寄った。

 

「お肉が食べたいんだよぉハイビスカスぅ...」

 

「え、でもたんぱく質はきちんと摂取できるようになってますけど...」

 

 駆け寄ったハイビスカスにDr.はさめざめと泣き付く。

 Dr.を抱きとめたハイビスカスはその頭を撫で慰めるものの、やはり理由が分かっておらず首を傾げるのみであった。

 

「そうじゃない、そうじゃないぞ姉貴」

 

「でも...」

 

「普通の男は肉が食いたいもんなんだよ。というか私も食いたい」

 

 姉の肩を掴み、真顔で語るラヴァ、実は彼女もDr.と一緒の献立であったりする。そのため表には出していないもの、本人も非常に肉が食べたいのである。

 尚、何故Dr.と一緒の献立なのかというと、オリジムシの燻製肉を食べていたのを見られたためである。自業自得なり。

 

「お肉食べたい...」

 

「...分かりました」

 

 余りにも弱弱しいDr.と真剣な顔のラヴァに、ハイビスカスがついに折れた。

 一度二人を引き剥がすと、室内にある棚から一袋取り出した。Dr.も知らなかったそれには、燻製肉の文字が書かれてあった。

 

「実は、一袋残しておいたんです」

 

「ぉぉおおお! オリジムシの燻製肉...! 

 

「オリジムシでも肉は肉!」

 

 ハイビスカスが取り出したるのは、あのオリジムシの燻製肉であった。Dr.とラヴァは、それを崇めるように持ち上げた。

 

「早く、早く空けよう!」

 

「まぁ、まてこれは酒のつまみ用なんだ。なら用意しないとな、酒を...!」

 

 逸る気持ちを抑えて、Dr.は人数分のお酒を用意し始める。そわそわとするラヴァは待ちきれないといった様子。

 これにはハイビスカスは苦笑い。肉を許しただけだったのだが、まさかお酒まで用意するとは思っても見なかったのである。

 

「さぁ乾杯しよう!」

 

「お肉の日に!」

 

「「カンパーイ!!」」

 

「か、乾杯...」

 

 ノリノリな二人に押される形で、ハイビスカスも控えめに乾杯した。

 

 

 

 

 

 酒盛りを始めて数時間後、そこには酔いつぶれたラヴァの姿があった。

 普段あまり飲まないお酒に、変なテンションが合わさって許容量を超えて飲酒してしまった。

 

「にく...にぃ...く...」

 

 肉肉と言いながら口が動いている辺り、夢の中でも肉を食べているようである。

 Dr.は元からお酒に強い上に加減を知っているため、多少酔っているのみ。ハイビスカスは元から飲酒の量が少なく酔ってすらいない。

 二人になり、静かに燻製肉を食べつつお酒を減らしていくDr.だが、ハイビスカスの手は止まっておりお酒の量も減っていなかった。

 

「どうした、飲まないのか?」

 

「...ドクター。この度はすみませんでした」

 

 Dr.に話し掛けられて漸く決心したのか、ハイビスカスはDr.に頭を下げた。

 

「ん? 謝られるようなことあったか...?」

 

「その、今回の献立が...」

 

「ああ! 気にするな気にするな。善意なのは分かってるから」

 

 畏まるハイビスカスに、Dr.は本当に気にしていないと言う。だがハイビスカスは、どこか納得いかないようで食い下がる。

 

「ですが」

 

 真面目だな、そう思うDr.であるが、ただまた同じ様な献立は勘弁願いたいのか。

 

「まぁ限度さえ間違えないでくれれば、うん。お肉も食べたいんや...」

 

「以後、気をつけます」

 

 心底お願いするように頭を下げた。

 Dr.のその姿に、今後は改めようと誓うものの飲む前の姿とのギャップに苦笑が漏れる。

 これにて献立騒ぎは終わりだと言う様に、Dr.はグラスをハイビスカスに差し出した。ハイビスカスも習う様にグラスを差し出し、軽くかち合わせた。

 

「日々の健康に」

 

「乾杯、です」

 

 

 

 

 

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 タイトルの後ろにメインキャラの名前を入れていく方針に決定しました。
 アンケートありがとうございました。


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サバイバルガイド (オリジムシ)

 ウルサス人のグリルスさん(オリキャラではないがゲームには出てこない)がオリジムシを食べます(迫真
 ウルサス人→熊人→熊→ベアー+グリルス

 あの人なら食べてくれるだろうなぁと。


 サバイバルガイド-テラと共に-

 

 出演:ウルサス人のグリルス

 

 

 

 皆さんこんにちは、ウルサス人のグリルスです。

 本日はこの惑星テラで、実践可能なサイバイバル術を伝授しようと思います。

 

 

 さて、テラにおいてサバイバルする時とは一体どういう時なのか。

 旅行中であったり災害時であったり、テロリストによる人災そして惑星規模で起きている天災。これらが挙げられます。

 

 

 その中でも天災は、何時何処で起きるのか分かりません。そのため常日頃からの備えが重要になっていきます。

 しかし幾ら備えたところで、備えそのものがなくなってしまっては元も子もありません。

 そのために身一つ、いえ欲を言えばナイフを一本持っていれば最高なのですが。

 

 

 それでは今回のサバイバルで狙う獲物ですが、それは『オリジムシ』です。

 ...嫌な顔しましたね? 私も嫌です。

 

 

 オリジムシといえば、野生の小動物が鉱石病によって変異した生物です。戦闘にも使われますが、基本的には数で押すか弾除けとしてですね。

 そのためオリジムシは集団行動をしているイメージがあるかと思います。しかし現実は違います。

 

 

 集団のイメージがあるのは、戦闘で使うために操っているためでしょう。オリジムシは弱いですからね、数が居なければ意味がありません。

 といっても、野生のオリジムシは基本的に単独で生活しています。

 中には数匹の群れを作っていることがありますが、まぁ手出ししないことをオススメします。体を齧られる趣味があるなら別ですが。

 

 

 そのオリジムシですが、多用な種類がいます。スタンダートなオリジムシから、α、βと強くなっていき、特殊個体であるアシッドなどなど。

 今回はそのうちスタンダートなオリジムシを狙っていきます。

 αやβでもいいのですが、狩猟するのに時間が掛かるのと肉質が少し固いので、アシッドは論外です。舌が解けます、物理的に。食べれないわけではないのですがね。

 

 

 まず用意しなければいけないのは、ナイフ一本、これで十分です。刃渡りは、そうですね二十センチ程あるのが理想ですが十五センチ程度あっても問題ありません。

 オリジムシは昼行性、我々と同じで日が昇っている時間帯に活動します。

 

 

 食性は基本的に草食で腐肉食でもあります。そのため餌となる植物がなくなると、群れを作り別の生物を襲い始めます。なので群れを見つけた場合は、そっと静かに離れましょう。

 オリジムシは歩行速度が遅く、木に登る能力もありません。見つけるのはとても簡単で、低木の下を覗けば、ほら居ました。

 

 

 見つけた場合、すぐに距離をとります。これが飢餓状態であれば直ぐに近づいてくるのですが、...近づいて来ませんね、OKです。

 次に確認すべきはオリジムシの色です。オリジムシなら黄色、αはオレンジ、βは赤色なのですが、黄色であっても安易に近づいてはいけません。

 

 

 そーっと確認してみます。色は黄色、そしてトゲ付きです。これはオリジムシですね。

 黄色だけの場合、オリジムシではなくアシッドの可能性があるのですが、アシッドにはトゲがないのです。トゲがあれば大丈夫です。

 

 

 さて、飢餓状態ではない新鮮なオリジムシを見つけましたが、持つときにはトゲを持つようにしましょう。このようにね。

 見てくださいこの歯、ヤスリの様に細かくそれでいて鋭い。円形に並んでおり、これで削りながら食べるのです。

 人も余裕で齧られます。私も軍時代に齧られましたが、もう二度とごめんですね。

 

 

 この捕まえたオリジムシ、締めるのは簡単で頭をナイフで一突きにします。ただ刺す時に体液が飛び散ってしますので注意しましょう。

 っと、よし締めました。次に頭を下側にしながら甲殻とトゲを取り除いていきます。このときに刃渡りが長いほどやり易いです。

 ナイフ以外にも、包丁や鉈でも大丈夫です。ですが、きちんと金属製のものを使わないと甲殻に負けてしまう点には注意しましょう。

 

 

 甲殻とトゲを取り除きました。うーん、これは気持ち悪い、特に黄色というのが。

 さて、次は甲殻を剥いだ背中側を開いていきます。内臓は源石が濃縮されているため、特殊な処理をしなければ危険です。

 間違っても食べようとは思わないことです。とくにウルサスではね、よくお分かりでしょう? 

 

 

 では、これで漸くオリジムシにありつけますね。ではまず一口...。

 おぅ、ぐ...っ、これは、とても酷いです。まず苦い、そして...口の中が痺れます。えぐみが凄いですね。

 このままでも食べれますが、好き好んで食べたくはありませんね。オススメできません。

 

 

 ふぅ~...、仕切り直して次の作業へ行って見ましょう。

 といっても水源を見つけるだけなのですが。勿論、手持ちに使える水があるならそれを使っても構いません。

 今回は探してみましょう。ですけど、主要街道なら比較的近くに河川があるはずです、なので苦労はしないでしょう。

 

 

 探してみましたが、やはりここにもありましたね。ではオリジムシの開きを処理していきましょう。

 この開きをそのまま河川で洗います、それはもうゴシゴシと洗いましょう。

 流石オリジムシ、肉の弾力が凄いですね。私の数日洗わなかったヨレヨレのTシャツより強靭です。

 

 

 よしできました。また一口頂いてみましょう。

 ふむ...まだ苦いですが許容範囲内ですね。普通に食べられます。生臭さを除けばですが。

 これでオリジムシの処理は終了です。ここからはこの肉を炙ってもよし、干してもよし、煮てもよしです。ただ調味料があるともっと食べやすいですね。

 

 

 今回はオリジムシの直火焼きにしましょう。

 ではサイバイバルガイド、オリジムシの食べ方は以上です。よきサバイバル生活を。

 

 

 

 

 -----

 

 

 

 

 

「何見とるんやドクター」

 

「おお、クロワッサンか。いや、気になるものを見つけてな」

 

「んん? おお!? これサバイバルガイドの幻の一話目じゃん!」

 

「幻? これが?」

 

「そや。ウルサス政府が鉱石病を広めるとは何たることかー! っていうことで発禁になったんや」

 

「あー、まぁ確かにな医者の視点からでも勧められないな」

 

「まぁそうやろな。で、ドクターは何食ってるん?」

 

「ん、オリジムシの燻製肉」

 

「...さっきの発言はどないしたんや」

 

「勧められないと言っただけでダメとは言ってない(キリッ」

 

「んなアホな...」

 

 

 

 

 .




 これ怒られない、大丈夫かな...。

 色々ミスがあったので修正


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羽角という贈り物 (フィリオプシス)

 とある方のリクエストから、フィリオプシスより
 私も羽欲しいな


 .

 

 

「サイレンス、居るか?」

 

「ドクターか。どうかしたのか?」

 

 談話室内にDr.が入室する。どうやらサイレンスを探していたようで、手元には種類の束が握られていた。仕事の話のようだ。

 

「実は頼みたい仕事があったんだが...」

 

「ん、分かった」

 

 サイレンスも凡その用事の検討が付いていたのか、手に持っていた物を置くと立ち上がった。しかし、Dr.の歯切れが悪いのと、どこか様子がおかしいことに気が付く。

 

「...てどうかしたのドクター」

 

「あーいや、お取り込み中だったかな?」

 

「ああ、これ」

 

 頬を掻きながら申し訳なさそうにするDr.だが、サイレンスは気にすることなく自分の目の前の人物を指差した。

 

「たまにこうして、フィリオプシスの髪を梳いてやってるの」

 

「そうだったのか。すまないな邪魔をして」

 

 手に持っていたのはブラシであり、それで梳いていたのであった。サイレンスは気にしないで、と一声掛けるとDr.から書類を受け取った。

 サイレンスはパラパラと流し読みし、全部読み終わるとため息を一つついた。

 

「なるほどね、確かにこれは私じゃないとダメみたい。行って来るわドクター」

 

「頼んだ」

 

 サイレンスは書類を持って談話室から出ようとするが、後ろからDr.も着いて来ていることに気づく。

 少し考え込みながら、ドアを通り抜けようとしたところでサイレンスは名案を思いつく。

 

「そうだ。ドクター、ここに残って貰ってもいいかしら」

 

「談話室に? 何故...?」

 

 指を一つ鳴らし、振り返りながら提案をする。Dr.はサイレンスの意図が分からず、首を傾げた。

 そんなDr.の様子に、サイレンスは得意気になりながら手に持っていたブラシを手渡した。

 

「はい」

 

「...はい?」

 

 素直に受け取るDr.だったが、未だに意図が分からず首をさらに傾けた。

 戦場ではその手腕を遺憾なく発揮するDr.であったが、こと人間関係となるとポンコツになってしまう。サイレンスは今一度このDr.悪癖を会議に掛けるべきでは、と頭を痛めた。

 

「この仕事は私だけで十分。だからフィリオプシスの梳かし、頼むね?」

 

「いや頼むって...。ああ、おい!」

 

「頼んだよ~」

 

 バタンと、サイレンスはDr.を談話室内に残したままドアを閉じたのであった。

 室内には綺麗な姿勢で眠るフィリオプシスと、ブラシ片手に呆けるDr.しか居なかった。

 

「...女性の髪を梳くなんて、やったことないんだが」

 

 Dr.の呟きは、静かな室内で響いただけだった。

 

 

 

 

 

 

 

「...」

 

「ふんふふ~ん」

 

 結局Dr.はフィリオプシスの髪をブラシ(軟毛)を梳いてやっている。しかも鼻歌を歌うほどに上機嫌で。

 

「しかし、綺麗だなフィリオプシスの髪は。それにサラサラでついつい触っていたくなってしまう」

 

 どうやらDr.は、フィリオプシスの触り心地を気に入ったようで二回梳いては一回軽く触る。これを繰り返しており、中々進められていないようであった。

 暫くそうしていると、Dr.の目には次のターゲットが目に入った。それは羽角(ウカク)であった。

 ミミズクにある、頭部に見られる左右一対の羽毛の束のことなのだが、フィリオプシスにもありそれが目に付いてしまったのだ。

 触りたい。その思考に脳内を占められたDr.はそわそわとしだす。

 

「...」

 

 まだ寝ている今がチャンスだ、と悪魔(サルカズ)のチビDr.が囁き。

 寝ている女性に無闇に触ってはいけません、と天使(サンクタ)のチビDr.が止める。

 もんもんと天使と悪魔が脳内で口論をするが、悪魔の「 既 に 触 っ て い る 」この一言で悪魔の勝利が確定したのだった。

 

「すまないフェリオプシス...! 羽角を触らせて貰うぞ...!」

 

「はい、どうぞ」

 

「!?!?!?!?」

 

 どんがらがっしゃん。意を決したDr.だったが、意識外の返答により後ろへひっくり返ってしまう。

 

「フィ、フィリオプシス起きてたのか!?」

 

「はい」

 

「い、いつから...?」

 

「髪が綺麗だと言われた辺りで、スリープモードから再起動しました」

 

「大分前じゃないか...!」

 

 予想外事態に、Dr.は床へ両手をついて凹む。当のフィリオプシスは微動だにせず、綺麗な姿勢のままイスに座っている。ただ、頬はほんのり上気しているようだったが。

 

「はぁ~....。あー、すまなかったな」

 

 たっぷり三十秒、落ち込みから立ち直るとフィリオプシスへと謝罪した。もうやらないという意志表示なのか、ブラシをとりあえずポケットに突っ込んでいる。

 

「いえ、気にしていません」

 

 背後から話しかけられたにも関わらず、フィリオプシスは振り返りもせずただじっと同じ姿勢で待ち続けた。

 さすがに何かがおかしいと、恐る恐るDr.は問いかけた。

 

「あの~、フィリオプシスさん? 動かないんですか...?」

 

「動く...? それよりもDr.、触らないんですか?」

 

「...いいのか?」

 

「どうぞ」

 

 よもやDr.は、本人の許可が出るとは思わず聞き返してしまった。しかしフィリオプシスは拒否せずにそのまま了承の意を唱えた。

 先ほどのこともあり、Dr.は慎重に慎重にフィリオプシスの羽角へと手を伸ばした。

 

「ん...」

 

「お、おお...!」

 

 さわり、と一撫でするとくすぐったいのかフィリオプシスは声を漏らした。ただDr.は触れたことに感動し、またその触り心地にも感動していた。

 

「硬いのに、滑らか。それでいてずっと触っていたくなるこの気持ちよさ」

 

「...っ。そんなに、いいですか?」

 

「....ああ!」

 

 頬を上気させたフィリオプシスに、Dr.は力強く返した。

 その後もDr.の満足いくまでフィリオプシスは羽角を触らせた。

 

「ありがとうフィリオプシス。良い者を触らせて貰った、あ゛...」

 

「どうしましたか?」

 

 突然のDr.のダミ声に、フィリオプシスは振り返りもせずに問うた。

 Dr.の手の中には羽が一枚、どうやら触っている間に羽角の一枚が抜けてしまったようであった。

 

「すまない、フィリオプシス...」

 

「いえ大丈夫です。抜け代わりだったのでしょう。痛みもありませんでした」

 

「しかし...」

 

 問題ないと言うフィリオプシスに、Dr.は言い淀んでしまった。これにはフィリオプシスも気にしすぎだと思うものの、ふとサイレンスの羽のことを思い出す。

 

「でしたらそれはドクターに差し上げます」

 

「いいのか?」

 

「はい。ドクターの黒の衣装には私の白い羽は映えるでしょうから、アクセサリーにでもしてください」

 

 そう言われてDr.は手の中に納まる羽を見つめる。たしかに羽先が黒でそれ以外は白の羽は、黒いジャケットには映えると思われた。

 

「ならありがたく頂こう」

 

 Dr.は大事に羽を仕舞った。

 フィリオプシスはその一言を聞くと立ち上がり、談話室のドアを開けた。退室する直前に。

 

「大切にしてくださいね」

 

 という一言を残して。

 贈り物であるのだから、当然大切にすると誓うDr.だが、ふとここで一つあることに気がつく。

 

「そういえば、フィリオプシスの顔見てないな...?」

 

 Dr.は知らない、彼女は顔を紅潮させていたことなどを。

 

 

 

 

 

 

 後日、Dr.は胸ポケットに白の羽をアクセサリーとして身につけていた。

 それに気づいたサイレンスは、その日一日フィリオプシスに生暖かい視線を送っていたのであった。

 





 前回、言い忘れていたのですが、お陰様で評価に色が着きました!
 ありがとうございます!
 始めて色が着いたので嬉しかったです、本当にありがとう!


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星のトランスポーター (アンジェリーナ)

 アンジェリーナ、トランスポーターの高校生。本名:安心院・アンジェリーナ。


.

 

 

 響き渡る剣戟と怒号、ここ龍門郊外にあるチェルノボーグ脱出区内でレユニオンとロドスアイランドが激突していた。

 飛び交う矢と銃弾、漂う硝煙と血の臭い、そして区域内に突き刺さっている源石の塊と混沌を極めていた。

 

 レユニオンは数の有利を生かして力攻めを基本として、時には重装兵などの堅牢な兵士で攻め立て、時には術師や武装ドローンで遠距離から攻撃し、時にはゴースト兵や空挺兵などの搦め手を使う。

 しかしながら、レユニオンの攻勢はロドスアイランドを指揮するDr.の手によって防がれてしまう。堅牢には術を、遠距離にはさらなる遠距離を、搦め手には真っ向からと、その全てを対策されてしまった。

 

 戦端が開かれてから四時間といったところで、レユニオンの攻勢が弱まってきた。さしものレユニオンも攻勢限界が訪れたためである。

 漸くこの度の戦闘の終わりを感じ、張り詰めていたロドス側の空気も緩み始めた。いくら腕利きのオペレーターであったとしても、長時間の戦闘で疲労は溜まっている上リソースも心もとなくなってきていたのだから無理もない。

 

 しかし、それが行けなかったのだろう。一人のレユニオンの狙撃兵が、苦し紛れに放った凶弾がDr.の胸を貫いた。

 

「ぐぅあっ!」

 

「ドクター!?」

 

 疲労があったから、気が緩んでいたから、言い訳など幾らでもある。だが胸から夥しい血を流して倒れ伏すDr.には何の意味もありはしない。

 

「医療班早く此方に!!」

 

 Dr.の一番近くに居たアーミヤが、出血を抑えるため直接圧迫を行いながらも指示を飛ばす。何度もDr.の名前を呼び、目からは涙を流しながら。

 

 

 

 

 

 -----

 

 

 

 

 

 今だ戦闘は終わってはいない。しかしながらアンジェリーナは急遽、作戦指揮所から呼び出された。

 レユニオンとの抗争が終わりそうなのに一体全体何なのか。疑問に思いつつも、アンジェリーナは指揮所へと入っていった。

 

「失礼しまーす。アンジェリーナ、只今参りました!」

 

 普段の陽気さを出しながら入室したものの、指揮室内の空気は重苦しかった。面食らったアンジェリーナは足を止めてしまうが、仕切の置くから呼びかけられた。

 

「アンジェリーナさん、こちらです」

 

「え、えっと。分かりました」

 

 その声はロドスCEOのアーミヤであったのだが、どこか憔悴したような力のない声であった。

 恐る恐る仕切りの奥へと足を運ぶと、そこには一つの簡易ベットとそこに横たわるDr.の姿があった。指揮を執っているはずのDr.が何故、と疑問が浮かぶが、それを口にする前にアーミヤの口が開かれた。

 

「心して聞いてください、アンジェリーナさん」

 

 要点を掻い摘むと

 一つ、Dr.が凶弾に倒れたこと。

 二つ、緊急処置は行ったものの重傷なのは変わらないため、ロドスにDr.を運ばなければいけないこと。

 三つ、戦闘の終わりが見えているとはいえDr.が倒れたことを伝えるとどうなるか分からない。最悪、戦線崩壊が起きてしまうかもしれないということ。

 三つ、上記のため緘口令を敷かねばならず少数で運ばなければいけないこと。

 四つ、アーツ特性およびトランスポーターとしての技量を見込まれアンジェリーナが抜擢されたこと。

 以上であった。

 

 思いがけない重大な役割は、アンジェリーナの心に重く圧し掛かった。握られた拳には大量の汗が溜まるほどに。

 

「...頼まれて、くれませんか。アンジェリーナさん」

 

 唇を噛み締め、震える声で頭を下げるアーミヤ。本当は自身が連れて行きたい、そんな思いがありありと分かる姿、だがロドスCEOという立場がそれを許さない。

 アンジェリーナはそんなアーミヤの姿を見て決心する。

 

「任せてください。私がDr.をロドスに連れて行きます」

 

「ありがとう、ございます...っ」

 

 全身が震えるアーミヤをアンジェリーナは抱きしめる。自身より小さく幼い彼女が耐え忍んでいる、ならば自分がやらずしてどうするのか、と。

 何より、アンジェリーナにとってDr.は...。

 

 

 

 

 

 ----

 

 

 

 

 廃墟と化したチェルノボーグ離脱区域内で、Dr.を背負ったアンジェリーナは無事な建物から建物へと飛び回っていた。

 彼女、アンジェリーナのアーツ特性は少々特殊で、物体を軽くしたり重くしたりすることができる。そのため自身とDr.を軽くすることにより高い機動力と速度を得ている。

 

 アンジェリーナはハーネスで固定されたDr.を気にしつつも、先を急ぐ。なぜならば。

 

「居たぞー!!!」

 

「もう見つかった...!」

 

 レユニオンに追われているからである。

 道中、先のロドスとの戦闘を回避していた部隊があり、それに見つかってしまったのである。Dr.のことを思い、視野狭窄に陥り先を急いだ結果だと自己反省する。

 

「その背負っている男を渡せっ!」

 

「誰があんた達なんかに!」

 

 追われているとは言っても、ビルを飛び回っているため普通の兵士では追いつくことができない。そのため追うことができているのは、背にジェットパックを背負ったレユニオン空挺兵が主である。

 ジェットパックという装備の関係上、空挺兵自体少なく今回追ってきているのも四人のみ。そして今、ビルを越えようとした空挺兵はアンジェリーナに体を重くされ、羽を失った鳥のように地面へと落ちて行った。

 

「早く、もっと早くしなきゃ...!」

 

 アンジェリーナは先を急ぐ。今はまだ防衛出来ているが、それをいつまで続けられるのか。アーツの扱いがまだ未熟なアンジェリーナではそうはもたない。

 今現在も、自身とDr.にアーツを行使しながらである。限界は近い。

 暫く追いかけっこの状態が続き、膠着していたが緊張と疲れからからアンジェリーナの足が遅くなる。そしてビルへの着地を失敗し、ふらつき体勢を崩してしまう。

 それを見逃すレユニオンではなかった。

 

「そこだ!」

 

「きゃっ!?」

 

 レユニオン空挺隊長が投げたのは、長い紐の両端に重石がついたボーラと呼ばれる捕獲投擲武器であった。

 足にボーラを受けたアンジェリーナは、元々体勢が悪かったこともあり簡単に倒れこんでしまう。その際、なんとか背負っていたDr.を下敷きにならないように庇ったが、出来たのはそれだけであった。

 

「いっつぅ...」

 

「漸く止まったな」

 

 背後から迫るレユニオンに、すぐさま体を正面に向けDr.を庇う。しかし相手は三人に加えて自身は動けず、またアーツによる攻撃は威力が低くましてや三人を同時に攻撃する術はなかった。

 隊長が剣を引き抜き、振り上げる。

 

「こいつを殺せば有利になる。悪く思うなよ」

 

 アンジェリーナは万事休すと、目を閉じた。

 剣が振り下ろされる、その時。

 

「諦めるのは早いんじゃないかしら?」

 

 凛とした声と共に、鈍い音が二つ鳴り響く。

 

「なんだっ」

 

「ハンティング」

 

「ぎゃっ!」

 

 そして残っていた空挺隊長は、背後から忍び寄られた凶刃によって倒れた。

 

「プラチナさん、レッドさん...!」

 

 凛とした声の正体はプラチナであり、鈍い音は放たれた矢が空挺兵の頭部を貫いた音であった。そして空挺隊長を背後から襲ったのはレッドであった。

 二人の助太刀により、窮地を脱したアンジェリーナは目に涙を溜めていた。ロドスのオペレーターとして活動していても、アンジェリーナはまだ高校生であり若く、ことこういう命の取り合いはまだまだ慣れていない。

 

「...取れた」

 

「ありがとうございます。レッドさん」

 

 足元に絡み付いていたボーラをレッドに切り取って貰い、手を借りて立ち上がる。今一度、背に居るDr.を確認するも血が滲んでいることもなく外見上は無事であった。

 そのことにほっと一息つき、二人へと向き直る。

 

「頑張ったわね。今からは私達が護衛に付くわ」

 

「レッド、二人、護る」

 

「ありがとうございます...っ!」

 

 思いがけない援軍、それも暗殺者として高い技量を持つ二人が共にすると聞き決意を新たにする。

 

 

 

 その後は三度程、レユニオンと交戦するも全てプラチナとレッドが処理、安全にロドス基地へと着いたのであった。

 

 

 

 

 

 ----

 

 

 

 

 Dr.が負傷してから三日が経った。ロドスについてからの処置により、Dr.は命の危機から去っていた。

 ただ、戦闘が終わってから知らされたオペレーター達は、ハチの巣を突いたような騒ぎになった。皆Dr.が心配で一斉に面会を申請するなどの混乱があったが、ケルシーの鶴の一声によって取り下げられた。

 そしてDr.の容態は安定していると伝えられると、混乱も徐々に収まっていった。

 もっとも、見舞いの品が次々と運ばれたのだったが。

 

 三日目の夜。快晴かつ満月のこの日、Dr.は目を覚ました。

 

「...ここは、病棟か?」

 

「ドクター...!」

 

「アンジェリーナ?」

 

 この日の当番として、Dr.の側に控えていたアンジェリーナ。目覚めたDr.に気がつき、目尻に涙を浮かばせた。

 

「俺は、たしか銃撃を受けて...。何日経った?」

 

「三日だよ。ずっと寝てて、皆心配して...」

 

「そうか、すまなかったな」

 

 その後のことをDr.はアンジェリーナから聞いていく。戦闘は無事終わったこと、Dr.の病室に多数のオペレーターが詰め掛けたこと、部屋一つ埋めるほどの見舞いの品があること、そして自身がDr.を運んだことを。

 

「ありがとうアンジェリーナ。お陰で助かった」

 

「プラチナさんとレッドさんに護ってもらったから...」

 

「だが運んだのはアンジェリーナだ。だからありがとう」

 

「...どうしたしまして」

 

 真正面から真摯にお礼を言われてしまえばアンジェリーナも受け取らないわけにはいかなかった。ただ気恥ずかしいのか、はにかみながらであったが。

 

 ふとDr.は窓から空を見上げた。そこにはいつもなら一人で孤独に輝いていた星に、寄り添う形で小さい淡い赤色に輝く星が存在していた。

 

「いつかパートナーになる星を見つけて、抱き合ったりする、か」

 

「ドクター?」

 

 ぼそりと呟かれた言葉はアンジェリーナには聞こえなかった。

 Dr.はそっと窓から見える二つの星を見るように、指を指した。

 

「これからも頼むよ。パートナー」

 

 

 

 

 

 .




 安心院って名前、世界観的に凄い違和感を感じてしまう...


 評価、お気に入り、感想ありがとうございます!

「しっかりものアンセル」の誤字報告ありがとうございます!
意図的じゃないです、素の誤字です...。いやほんと報告ありがとうございます。


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理性マイナス0 (ドクター)

 理性マイナスドクター、理性回復剤に溺れるの巻き
 どうしても理性回復剤が麻薬にしか思えなくて、そして医療用として大麻が存在する。となると、ねぇ?

※麻薬絶対ダメだかんね!


 .

 

 

 時刻は深夜。既に日付は変わり、月も頂点から傾いた頃合。

 そんな夜更けでDr.は執務室で精根尽き果てていた。

 

「...」

 

 呻く事もままならない程疲労したDr.は、のろのろとした動きでデスクの引き出しからあるものを取り出した。

 特殊な小さいパッケージに包まれたソレを、Dr.は開封し中に入っているアンプルを取り出した。

 アンプルを折り、開封すると中身を一気に吸い込んだ。

 

「すぅ~~~~! ...あ゛あ゛あ゛ぁー....」

 

 極々少量の粉末を肺一杯に吸い込んだDr.は、恍惚の表情を浮かべた。

 エクスタシーを感じ、トリップしたDr.は暫しその余韻に浸る。

 

「もう一本...」

 

 効果切れるや否や、Dr.は引き出しを漁り始めた。ただ、幾らDr.が中を探ろうと同じものは出てこなかった。

 

「遂に、無くなってしまった。理性回復剤ぃ...」

 

 使用していたのは理性回復剤、それも上級と言われる高級品であった。だがそれもなくなり、Dr.は失意に沈んだ。

 心ここにあらず、Dr.は天井を見つめながらふと思いついた。

 

「...作るか。理性回復剤」

 

 果たしてそれは名案だったのだろうか、とりあえずDr.が先ほど使った上級理性回復剤は不良品だったことは間違いない。

 

 

 

 

 -----

 

 

 

 

 一眠りしたDr.が起きてから、その行動は早かった。爆速でその日の仕事を片付けると、理性回復剤について調べ始めた。

 ただ寝たのに理性ゼロとか、いつもそれだけ早ければ回復剤はいらないんじゃないかとか、ツッコムべき所はあったはずなのだがその日に限って誰も気づけなかったのである。

 

 そんなこんなで色々調べてみると、初級はほぼほぼ糖分補給用であり上級には芥子(ケシ)が使われていることが分かった。

 つまりほとんど分からなかったのである。それもそのはず、販売会社が飯の種であるレシピをご丁寧に全て明記しているはずもないのだから。

 

 だがそこでふとDr.(理性0)は閃いてしまった。初級は糖分、上級は少量の芥子、であるならば主成分はトリップするほどのナニかだと。

 今まで培ってきた医学、それも脳神経学の権威であるDr.(手遅れ)の脳はフル稼働した。

 

「...大麻か!」

 

 思い当たったら直ぐ行動、とばかりに飛び出して行った。

 近くには誰も居らず、そのため止めるものも居なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 数日後、アーミヤとケルシー、他数名の幹部が会議室内で今後の予定について話し合っている。その中にDr.の姿は無かった。

 現状、記憶がないDr.にはオペレーターとの交流を図って貰うためにこの場に呼ばないことが決定されているためだ。もっとも時期を見て参加させることは決まっているのだが。

 

 会議が終わり、緩急した空気が流れている。漸く終わったと片付けを始める者やゆっくり紅茶を楽しんでいる者などが居る中で、ふとアーミヤがとあることを思い出した。

 

「そういえば、最近ドクターを見てないような...」

 

 呟いてから最近忙しかったことも思い出し、そんなこともあるだろうと思いなおすアーミヤ。勿論、この後会いに行くことは彼女の中で決定事項となったのだが。

 ただ、そのぼそりと呟かれたそれを隣にいたケルシーの耳にも入っていた。

 

「アーミヤもか?」

 

「え、ケルシー先生もですか...?」

 

 これは何かがおかしい、そう思い他の幹部にも話を聞いていくが。

 

「ドクター? いや見てないな。それよりもラップランドがうっとおしい」

 

「盟友とは最近会っていないな。ふむ、たまには故郷の物でも持っていってみるか」

 

「いや見てないな。教練も大詰めに入っていてそれどころではなかったからな」

 

「妾にそれを聞くか? 心配せずとも不用意な接触はしておらんとも、無論最近もな」

 

 など他の幹部達も出会ってはいない様子であった。これはどうしたものかと、アーミヤは頭を捻るが幹部の一人であるクロージャが手を上げた。

 

「はいはーい、私最近会ったよ」

 

「クロージャさん! ドクターはどうでしたか!?」

 

「近い近い」

 

「あう...」

 

 クロージャはアーミヤに詰め寄られ、一歩引く。近くで見ていたケルシーがアーミヤの襟元を掴み引き剥がしたことで事なきを得た。

 

「あー、それでドクターだっけ。別にいつもと変わらなかったよ」

 

「そうでしたか...」

 

 ケルシーに襟元を掴まれ、ぷらんと宙吊りになったままのアーミヤはほっと息をついた。ただクロージャは気になることがあった様で、顎に手を当て考え込んでいた。

 それに気づいたケルシーはクロージャに問うた。

 

「クロージャ、何か気になることでもあるのか?」

 

「あーちょっとね。ドクターが珍しいものを買っていったんだ」

 

「珍しいもの?」

 

「うん、腐葉土なんだけどね?」

 

「「腐葉土?」」

 

 以外な物品にアーミヤとケルシーの声が重なった。Dr.が何故腐葉土を、と三人で首を捻った。

 

 

 

 

 

 

 

「すみませんパフューマーさん。ちょっとよろしいですか?」

 

「あらアーミヤ社長。構いませんよ」

 

 所変わってここはパフューマーが管理している療養庭院にアーミヤは来ていた。パフューマーは庭で花の水遣りをしていた所に声を掛けられ、作業の手を止めた。

 

「あの、最近ここへドクターが来ませんでしたか?」

 

 おずおずと用件を伝えるアーミヤ。あの会議室の後、アーミヤはケルシーに言われてドクターの捜索を行っていた。そして腐葉土を購入したということで、一番怪しいパフューマーの元へと赴いたのであった。

 

「ドクター君なら来ましたよ。といっても二、三日前だけどね」

 

「来たんですね! ドクターが!?」

 

「え、ええ。そうよ?」

 

 突如興奮しだしたアーミヤに引き気味になるパフューマー、これで本日二度目である。

 ただアーミヤも学習したのか、直ぐに冷静に戻った。

 

「ごほん、すみません突然に。それでドクターは何故ここに?」

 

「それがポピーが欲しいって」

 

「ポピー、ですか...?」

 

「ええ、それも新鮮な実を」

 

「んん?」

 

 Dr.が何故花、それもポピーの実を欲しがるのか首を傾げる。

 

「あと、医療用大麻の生育具合も聞いてきたかな。実験で使うから余剰分が欲しいって」

 

「実、験...? まって、そんな話聞いてませんけど」

 

「え? でも上には許可貰ってるってドクター君が...」

 

 ここで漸く気がつく。ポピーの別名は芥子であり、その実は阿片と呼ばれる麻薬を作れる素材となることを。そして無認可の実験に使われる少なくない量の医療用大麻。

 二人は、嫌な汗が流れるのを感じた。

 

「これは、ヤバイのでは」

 

「ヤバイかもしれないわね」

 

 アーミヤは直ぐにケルシー以下、全てのロドス幹部に連絡を取った。

 

 

 

 

 

 ----

 

 

 

 

 

 ロドス内が俄かに騒がしくなる中、Dr.(バカ)は使われていない研究室の一つで何やら調合を行っていた。

 

「乾燥した大麻...芥子からとった阿片を少々...そして、たぶん頭が良く(ハイ)になるであろう物を多数...」

 

 ぶつぶつ呟きながら何かを作り出していた。

 部屋には異臭がたちこめており、暗い室内に、アルコールランプの炎が淡く照らし出すDr.の姿はどこかの悪の科学者そのものであった。

 

 よく分からないモノを火で炒っていき、水分を飛ばす。完全に水分がなくなったところで火を止め、出来上がった固形物を磨り潰していく。

 

「ふ、ふふ、ふはははは」

 

 気持ち悪い笑い声を上げるDr.(悪役)には、最早理性ゼロどころマイナスにまで振り切れていた。何が彼をここまで掻き立てるのか、常人では理解できない。

 

「でぇきたぁ~」

 

 遂に作り上げてしまったそれを、Dr.(理性-)は掲げる。

 完成の余韻に一頻り浸ったあと、完成したナニカを数グラム薬包紙へと移し、パイプを手にした。

 

 

 いざ逝かん理性の彼方へ! 

 

 

 吸い込み上げようとした次の瞬間。

 

「ロドス懲罰委員だ! お縄につけドクター!」

 

「!? 誰だ!」

 

 ドアを蹴破ってきたのはロドス重装オペレーターのニアールであった。そしてニアールの後ろからぞくぞくと部屋に入ってきた。

 

「ドクター、逃げ場はありませんよ」

 

 部屋の中で半包囲されたDr.の目の前にアーミヤがやってきた。アーミヤは机にある様々な物を視界にいれると、瞳から光を消した。

 最早逃げることはできない、だがDr.(正気度0)は諦めが悪かった。

 

「俺には、俺にはやらなければならないんだー!」

 

「ちょっと、頭冷やしましょう」

 

「あべし!?」

 

 アーミヤに突撃をかますも、威力を極限まで下げたアーツ攻撃を額に受けて渾沌した。

 これにて漸く、お騒がせな理性マイナスDr.の事件は幕を下ろしたのであった。

 

 

 

 

 

 後日、目を覚まし理性が戻ったDr.は自身のしでかしたことに対して記憶しており各地に謝罪しにいった。勿論、その後にお説教を食らったのだが。

 あともう一つ付け加えると、今回の騒動の原因の仕事量。どうやら情報の伝達の行き違いがあり想定量を遥かに超える仕事が割り振られていたことが発覚する。

 むろん、直ちに是正されDr.の負担は軽くなった。

 

 

「これはもういらないな」

 

「いいのですか?」

 

 Dr.は適量になった仕事に、理性がなくなることはないと理性回復剤を棚へとしまう。

 またあのような凶行に及ぶのはごめんだと、Dr.は肩を竦める。

 

「ああでも、成分は気になるな」

 

「止めてくださいね、ドクター」

 

 研究者としての性質が出てしまったDr.に、アーミヤの目のハイライトがなくなる。背筋に冷や汗を流しながら、否定した。

 

「...冗談だ」

 

 

 

 

 .




 麻薬ダメ絶対!


 評価、お気に入り、感想ありがとうございます!
 そしてついに、日間総合ランキング入りしました。
 始めての日間総合でとても嬉しい限りです。ありがとうございます!




 「しっかりものアンセル」の誤字報告ありがとうございます!
 意図的じゃないです、素の誤字です...。いやほんと報告ありがとうございます。

 ...日間で出そうとするとどうしても誤字脱字が出てきてしまいがちに、よろしければご協力よろしくお願いします。


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夢は終わらせない (エフイーター)

 とある方のリクエストから、エフイーターで日常より
 日常というよりイチャイチャ?まぁこれも日常でしょう、たぶん


 .

 

 

 

 明朝の朝日が今だ顔を出していない時刻に、Dr.はエフイーターと共に居た。

 

「いいか、エフイーターもう一度聞くぞ」

 

 そして二人は三十階もあるビルの屋上、その縁へと立っていた。

 

「本気でここから飛ぶっていうのか...っ!」

 

 眼前にはビル群があるもののその全ては足元より低く、そして眼下には豆粒のようになった人と車両が行きかっていた。

 これにはDr.も体を震わせる。

 

「当ったり前じゃない!」

 

 震え上がっているDr.だったが、隣にいるエフイーターは胸を張り自信を持って答えた。

 分かりきっていた答えではあったが、だがほんの僅かな可能性に賭けていたDr.は無残にも潰えたのであった。

 

「クソが! 冗談じゃない! こっちはただの医者だぞ!?」

 

 両手で頭を押さえながらオーバーにリアクションをとり、体全体で拒否を示す。

 

「でもさドクター、もう逃げ場はないんだよ?」

 

 肩をすくめたエフイーターからの言葉に、Dr.はピタリと動きを止める。

 彼だって分かってはいるのだ。武装勢力に追いかけられ、なんとかエフイーターが対処をしていたもののこのビルの屋上に追い詰められてしまっている。そんなことは。

 だからといって、地上120mからの落下など助かる見込みはないのだが。

 

「だ、だからといってなぁ...」

 

 頭で理解はしていても、生物の根源的な恐怖には抗えない。Dr.は決心が付かず尻込みをしてしまう。

 そんな情けない姿のDr.だったが、エフイーターは仕方がないというようにDrに語り掛ける。

 

「ドクター、私はエフイーターよ。ロドスのオペレーターで、ドクターの手足よ! 私がドクターの期待に答えられなかったことなんてある?」

 

「...いや、ない。エフイーターにはいつも助けられている」

 

「でしょ? だから私を、信じなさい!!」

 

 両手を腰に当て堂々とするエフイーター。だが僅かにだが、手足が震えていることにDr.は気づく。

 

「エフイーター、お前...」

 

 エフイーターも怖いわけがないのだと、そのことに漸く気づいたDr.は決心した。

 

「俺の命、お前に預けるぞ!」

 

「任せなさい!」

 

 エフイーターから差し出された手を取る、その瞬間に屋上へと繋がる扉が破壊された。

 

「居たぞ、こっちだ!」

 

 声が上がると、ドアの向こうからぞろぞろと武装した集団が沸いて出てきた。

 エフイーターは、ドアが破壊された瞬間にはDr.と自身をベルトで固定し始めていた。一瞬のことでありDr.は成すがままにされる。

 

「もう逃げ場はないぞ!」

 

「大人しく捕まれ!」

 

 各々武器を構えながらにじり寄って来る集団に、エフイーターはにやりと笑みを浮かべる。

 そしてDr.を抱えたまま。

 

「バカ、止めろ!」

 

「アディオス!」

 

 集団からの静止を聞かず、そのままビルから飛び降りた。

 人は落下すると重い頭から落ちていく、その例に漏れず二人はどんどん近づいていく地面を高速で過ぎ去ってくビルの窓を視界に納める。

 

「エフイーター! 何か考えがあるんだろ!?」

 

 既に二十階まで降りたところでDr.の悲鳴のような声が上がる。

 

「...」

 

 しかしエフイーターは何も答えない。

 

「オイ、オイオイ! 冗談だろ...っ!」

 

 覚悟は決めた、だがいざとなると肝が冷えていくのは人間故か。

 十五階、十二階と来て最早これまでとDr.は諦めに入っていた。だが十階に到達する、その時。

 

「Flyawayーーー!!!」

 

「おわっ!?」

 

 エフイーターの掛け声と共に、Dr.は体に浮遊感を感じた。見る見るうちに地面からもビルからも離れていき、下から吹き上げる風ではなく正面から風を受けているのを感じた。

 恐る恐る背後を振り返ると、エフイーターの満面の笑みと背からは大きな三角形の帆、ハングライダーが展開されていた。

 

「どうドクター。スリルあったでしょ」

 

 悪戯が成功したようなエフイーターの笑顔に、Dr.はドッと疲れが押し寄せてくるのを感じる。

 

「満点過ぎるぐらいにな...。せめて一言ぐらいくれないか...?」

 

 エフイーターの腕とベルトだけという、頼りないはずなのにDr.はそれに安心感を覚える。

 

「ニヒヒ、でもDr.は信じてくれたんでしょ?」

 

「まぁな」

 

「...あ、ドクター見て。朝日だ」

 

 ビルとビルの間を滑空しながら、遊覧飛行を楽しんでいると太陽が顔を出してきていた。

 綺麗な朝日に見惚れる二人、ただDr.は朝日に照らされたエフイーターも見ており。

 

「綺麗だ」

 

「そうだね」

 

 そう溢したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「カーーーット!!」

 

 

 

 -----

 

 

 

 

 

 ガヤガヤと撮影道具やセットの機材などを片付けている現場の一角で、Dr.は横になっていた。

 エフイーターも隣、というよりDr.を膝枕をしている。

 

「あ゛ー...しんど...」

 

「お疲れ様ドクター。いやードクターもいい俳優になれんじゃない?」

 

「よしてくれ...今日のあれはほぼ素だ」

 

「素で俳優の素質があるってことじゃん」

 

 疲労状態のDr.が言っていたように、本日はDr.とエフイーターのワンシーンの撮影であったのだ。

 このワンシーンの発案は勿論エフイーター、だが幹部会ではそもそも撮影するメリットがないと却下されていた。

 それを広告に使えるのではとDr.が働きかけたことにより、実現したのだった。もっとも本人は出演することなど知らなかったのだが。

 

「でも、ありがとねドクター」

 

「気にするな、メンタルケアも医者の務めだ」

 

 膝枕しているDr.の頭を撫でながら、エフイーターはお礼を言った。

 彼女は武術の達人であり元アクションスターであった。それが鉱石病に罹患し、スターの道は閉ざされてしまった。

 ロドスに来てからも刺激的で充実した毎日を送っていたのだが、やはりどこかで俳優としての心が燻っていただろう。それに気づいたDr.が働きかけをしたという経緯なのだ。

 

「でもこれで吹っ切れそうだよ」

 

 俳優としての道も心も諦めた、そう言うエフイーターだった。だけれどもDr.にはその顔が泣くのを我慢している、そう見えた。

 

「諦める必要はないだろう」

 

「ドクター...?」

 

 そっと、Dr.はエフイーターの頬に手を当てる。

 

「お前の病気は治すさ、この俺がな」

 

 驚くエフイーターにそう宣言したDr.の顔は、とても真剣であった。その顔にドキッとさせられたエフイーターは、膝枕したままDr.の胸に顔を押し付けた。

 

「キザっぽいぞドクター! このこの~」

 

 恥ずかしさを、赤くなった顔を悟らせないように、おどけるながらグリグリとDr.の胸に顔を押し付けた。

 

「キザってなぁ...」

 

「でも、ありがとうドクター...」

 

 見えずとも、はにかんだ言葉だと分かったDr.は何も言わずに受け取った。

 

 

 

 

 

 

 

 

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門出と友 (フロストリーフ)

 とある方のリクエストから、フロストリーフの日常より
 プロファイルからの情報とストーリーでフロストリーフとアーミヤの仲が良さそうだったので


 .

 

 

 

「どうしてだケルシー」

 

 ロドス基地内、執務室で一人の少女がケルシーに詰め寄っていた。無表情であり分かり辛いものの、雰囲気から不満であることが分かる。

 少女に詰め寄られたケルシーは、胡乱な目で少女を見つめ返した。

 

「何度も言っているはずだフロストリーフ。今のお前に必要なのは任務じゃない、療養だ」

 

「うっ...」

 

 ケルシーが厳しい声でそう伝えると、フロストリーフは言葉に詰まった。

 彼女がロドスに来たのはほんの最近のことである、所属していた部隊の壊滅そして傭兵として放浪していたおりにロドスへと雇われたのである。もっともロドス側としては治療させるために雇ったのであるが。

 フロストリーフはその後の検査により、重度の鉱石病であることを始めて知った。彼女も分かってはいるのだろう、療養しなければ遠からず死んでしまうことを。

 

「しかし...」

 

 尚も食い下がるフロストリーフ、死んでしまうことは分かってはいる。だが戦い以外を知らない彼女はどうすれば良いのかが分からないのである。

 俯き、スカートを両手で握り締めるフロストリーフ。彼女の生い立ちを知っているケルシーは、一つ息を吐いてから告げた。

 

「フロストリーフ、今の生活に困惑しているのは分かる。ただ今は休め、いや休んでもいいんだ」

 

「あっ...」

 

 そっとフロストリーフの頭に手を当て、優しく撫でる。

 いきなり撫でられたことに驚き、困惑するフロストリーフだがその手を振り払うことはなかった。どこか暖かく、恥ずかしいはずのに。

 

「それに、任務に関しても今与えられないだけだ。お前の経験は貴重だからな」

 

「分かった」

 

 一頻り撫で終えると、ケルシーは考え込んだ。何も知らないフロストリーフを、このまま行かせていいのかと。

 今のロドスは忙しく、手漉きになっている者は少ない。そのため、フロストリーフと一緒に遊んでもらう人員は居ない。それに加えて、フロストリーフ自身が素直に遊ぶとも思えない。

 時間を使いかつ彼女自身も積極的に取り組めるもの、そういったものがないかを考え一つ閃いた。

 

「そうだフロストリーフ、読み書きを覚えてみないか?」

 

「読み書き? 確かに私はできないけど、読書をしたいとは思えない」

 

 ケルシーの提案に、にべもなく断った。フロストリーフの即断に、苦笑い。

 

「読書以外にも必要だぞ。今後任務に就くなら報告書を書かねばならない」

 

「うへぇ...」

 

「それに指南書や戦術書などを読めるようになる。今までの経験と知識、それらを合わせれば新しいモノに気づけるかもしれない」

 

「おぉ!」

 

 最初は嫌そうにしながらも、次に出されたものには食いついた。これにケルシーは苦笑いが出そうになるが、笑い事ではないことに気づく。そしてフロストリーフの意識改革は骨が折れることを確信する。

 

「読み書き、やってみるか?」

 

「やってみる...!」

 

 最終確認として問いかけると、フロストリーフは両の手を胸の前で握りこぶしを作り頷いた。

 

「よし、教師はこっちで用意するから、暫く待っていてくれ」

 

「分かった」

 

 

 

 

 -----

 

 

 

 

「ここがこうなって」

 

「ふむふむ」

 

「こうなるんです」

 

「なるほど」

 

 現在フロストリーフは、図書室内にある一室で読み書きの勉強をしている。既に数時間経過しているが、フロストリーフの集中は切れずに続けられている。

 そして教師役はなんとアーミヤである。本来多忙なはずなのだが、ケルシーが仕事を肩代わりして時間を捻出、そして歳が比較的近いということで選ばれた。二人が友になる可能性も考えて。

 

「...こうか!」

 

「そうです! フロストリーフさんは飲み込みが早いですね」

 

「アーミヤの指導が上手いからだ」

 

 一区切りついたのか、フロストリーフは出来上がったノートを持ち上げて誇る。教師役となっていたアーミヤも、我ことのように喜んだ。

 フロストリーフは長時間の慣れない作業に疲れたのか、首を回し肩を回し、深くイスに腰掛ける。今日の勉強は終わりなのか、アーミヤが教材や筆記具などを片付けていく。

 

「勉強は疲れる。でも新鮮だった」

 

「お疲れ様です、フロストリーフさん」

 

 図書室内では飲食禁止なのだが、併設されているこの部屋ならばそれが許可されている。そのためアーミヤはコーヒーを淹れ、差し出した。

 

「ありがとう」

 

「どういたしまして」

 

 部屋に緩やかな空気と時間が流れ始めた。カチカチという時計の音と共に静寂が訪れる。

 今まで戦場に居り、こういった安心ができる静けさというのを体験したことがないフロストリーフだったが、こういうのも悪くないとそう思い始める。

 

「これで指南書が読める...」

 

「指南書、ですか?」

 

「うん、槍術のやつ。調べて見つけて気になってた」

 

「そう、ですか」

 

 目を輝かせながら意気揚々と答えるフロストリーフに、アーミヤは顔を曇らせた。彼女は本当に戦闘のことにしか興味がないのかと。

 顔を俯かせたアーミヤに、フロストリーフは首を傾げる。

 

「どうかした? アーミヤ」

 

「いえ...。フロストリーフさんは他に興味があるものはないんでしょうか」

 

 アーミヤの問いに目が点になるフロストリーフ。暫し考え込むが。

 

「特にない」

 

 思いつかなかったようで、両手でコーヒーを啜りながらそう答えた。

 やはり思っていた通りだと、気落ちするアーミヤは何か彼女が興味を持つのものはないかと考え込む。

 

「そうですか...」

 

「でも、それは知らないだけかもしれない」

 

 思考の海に潜り込みかけたアーミヤは、フロストリーフの一言で戻された。当のフロストリーフはどこか遠くを眺めるような目をしている。

 

「ケルシーに言われて、始めて図書室に入った。文字は何一つ読めなかったけど、いくつか手に取った本の表紙にちょっと惹かれたんだ」

 

「フロストリーフさん」

 

「知らないだけだったんだ、本当に...」

 

 フロストリーフは今までの生活を振り返る、戦いに次ぐ戦い、心休まる日はなく戦い続けてきた。知識を得る機会もなく過ごしてきた、それがロドスに来て一変した。

 そんな呆けたようなフロストリーフに、アーミヤは詰め寄った。

 

「これから知っていきましょう! フロストリーフさん!」

 

「あ、アーミヤ?」

 

 アーミヤはフロストリーフの両手を包み込み暖めるように、陰鬱な空気を吹き飛ばすように声を張り上げて。

 

「フロストリーフさんは今は療養中なんです。時間はたくさんあります、だからこれから一杯楽しいこと面白いこと、知っていきましょう」

 

「アーミヤ、ありがとう...」

 

 鼻息を荒くしてそう告げるアーミヤに、フロストリーフは少し気圧されるものの胸に暖かさを感じる。

 

「では早速行きましょう」

 

「えっ!?」

 

 ささっと机にあったものを片付けると、アーミヤはフロストリーフの手を取った。

 突然の行動に驚くが、されるがままになる。

 

「アーミヤ、一体何処に!?」

 

「まずはお買い物です! フロストリーフさんも女の子なんですからオシャレしましょう!」

 

「今すぐじゃなくても」

 

「思い立ったら直ぐ行動、です!」

 

「アーミヤぁ~~!!」

 

 フロストリーフの悲鳴のような声がロドス内に木霊する。すれ違うスタッフも何事かと振り向くが、誰も止めようとはしなかった。何故なら二人の顔には笑顔が浮かんでいたのだから。

 

 

 

 

 

 その後、クロージャの購買でフロストリーフは着せ替え人形にされましたとさ。

 

「も、もういいんだが...」

 

「ダメです! フロストリーフさんは素材がいいんですから。あ、これ可愛い」

 

「勘弁してくれぇ~...」

 

 

 

 

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疲れた貴女に休息を (ガヴィル)

 とある方のリクエスト、ガヴィルより
 信念あるお姉さん、でもたまにはリラックスも必要


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 カツカツとDr.は手ぶらで通路を歩く。通路にある窓からは夕日が差し込み、ロドス基地を茜色に染めていた。

 本日のロドス内の業務時間は終わっており、オペレーターやスタッフとすれ違うことなく目的の場所へと着く。

 

「ありがとうございました~~!」

 

「おっと」

 

 Dr.は目的地の部屋から勢いよく出てきた人物を避ける。見た目から恐らく重装オペレーターのカーディだったのだろう、すれ違う瞬間に見えた顔に大きなガーゼが当てられていたのを見て取れた。

 

「ドクターごめんなさーい!」

 

「気をつけろよ~」

 

「は~い」

 

 元気のよい返事にDr.は苦笑をする。これではまたカーディは彼女の世話になるだろうと。

 Dr.は気を取り直して、当初の目的地である第三医務室へと入っていった。勿論ノックしてからだが。

 

「今度は誰だ」

 

「失礼するよガヴィル」

 

「おお、ドクターじゃないか」

 

 就業時間は過ぎているためか、部屋の主のガヴィルは荒々しく問うた。しかし入室したのがDr.であることを認識すると、一転して快く迎え入れた。

 そのことにDr.は、いつもの事ながら勿体無いなと思う。彼女ガヴィルは医療の腕もよく患者にも親身に接することができる人格者である。だがそれも元来の口調の荒さによって誤解を招いてしまっているのだから。

 Dr.も幾度か治してみたらと提案するも、当の本人が変える気が無いようなのだ。

 

「待ってろ、今茶を用意する」

 

「すまないな」

 

 ガヴィルは席を立つと、給湯室へと向かう。恐らく彼女が好んでいるドクダミ茶を用意しているのだろう。癖があり人を選ぶお茶だが、Dr.はこれが嫌いではなかった。

 

「ほら、いつものだが」

 

「ありがとう」

 

 ドクダミ茶を受け取ったDr.はちびちびと飲み進める。嫌いではないだけでがっつり飲めるほどでなかったりする。対するガヴィルは、一気飲みすると追加で茶飲に淹れていた。

 

「さっきまでカーディが居たようだが」

 

「ああ、また擦り傷作ってきやがってな。少しお説教もしてやった」

 

 一息ついたあとにカーディに関して聞いてみると、少し嫌そうに答えた。これはカーディのことが嫌いとかそういうことではなく、怪我をしてくること事態に対してである。

 その証拠に退室していったカーディに気負いがなかったことを裏付けている。もっとも、カーディは医務室の世話になる頻度が高いのが問題なのだが。

 

「ガヴィルは何だかんだ言って面倒見いいよな」

 

「何だ突然に」

 

「ふとそう思っただけだ」

 

「ふーん」

 

 Dr.の呟きに、ガヴィルは怪訝な顔をする。Dr.も聞かせるつもりはなかったため、取り繕う発言をするが当のガヴィルは満更でもない様子であった。

 素直ではないと口角を上げてお茶を啜る。

 

「だー! ドクター早速頼むぞ!」

 

「はいはい」

 

「はいは一回でいい!」

 

 Dr.に悟られたガヴィルは顔を赤くしてDr.を促した。

 

 

 

 

 

 ----

 

 

 

 

 

「あ~...そこ、いいぞドクター...」

 

「やはりまだ硬いな」

 

 ガヴィルは医務室内のベットにうつ伏せに寝転がっている。そしてDr.はベット脇に立って、ガヴィルの背を触っていた。

 

「あ゛、あ゛あ゛~...」

 

 枕に顔を押し付けてくぐもりながらも気持ち良さそうな声を出す。

 

「大分っ、上手くなっ、たんじゃないか? マッサージ」

 

「お陰様でな」

 

 そうDr.の用事とはガヴィルにマッサージすることであったのだ。

 ガヴィルは諸々の事情があり、戦士から医師へと転向した稀有な人物であった。医師になってからは誰であろうと何処であろうと治療しに回っていた。そう源石の採掘場であっても。

 それによりガヴィルは鉱石病へと罹患、だがそうであっても治療を止めることはなかった。ロドスに来た時には全身を鉱石病に侵されていたのであった。

 

「まだ硬いとはいえ、最初よりか遥かにマシになったな」

 

「...なってもらわないと困る」

 

「確かにな。...強くするぞ」

 

「ああ、かなり強くしていいぞ。ドクターは非力だからな」

 

「戦士だったお前と一緒にしないでくれ」

 

 Dr.を軽口でからかう彼女が重病者であるとは思えない。それもそのはず彼女の症状は表面上に現れない、内臓系であるのだから。

 ベットにうつ伏せになっているガヴィルに、Dr.は筋肉は勿論のこと色々調べてきた内臓へと効果があるツボを押していく。

 

「...っ! ...たぁ、...くっ」

 

 流石のガヴィルも効いているのか、気持ちよさそうな声から苦痛を感じている声に変わっていった。

 Dr.も心配なのか、一度手を止めガヴィルに確認を取る。

 

「止めるか、ガヴィル」

 

「いや...っ、いい続けてくれ。...効くやつなんだろう?」

 

 荒い息と共に、続けろというガヴィルの意思を尊重し再度マッサージを開始する。

 

「あ゛っ...つぅ...。はぁはぁ...ぅお!?」

 

 艶やかなガヴィルと、上気した肌、そして耐えるようにシーツを掴む手と健全なマッサージなのにどこかいけないことをしている気がしてきてしまうDr.であった。

 

「...っ、...! ....おぅっ!?」

 

「うぉ!?」

 

 マッサージを続けていくと余程効く場所があったのか、海老反りになる。数秒すると、ぱたりとベットに倒れこみピクピクと痙攣し始める。

 

「大丈夫か...?」

 

「...ぁう。...だ、大丈夫だ、かなり効いた、からもう一度頼む...」

 

「無理はするなよ?」

 

 顔を横にして、Dr.に続けろというガヴィルの顔は痛みで引き攣っていた。

 Dr.は止めるべきとは思うものの、ここで止めてしまえば頑固なガヴィルは不機嫌になることは明白。そのためDr.はマッサージを続けるしかなかった。

 

「......うっ。...ぁぅ...お゛っ!?」

 

「おっとと」

 

 再開し、先ほどの反応があった箇所から離れたところをマッサージしていく。そして再度、例の場所へとマッサージすると、大きな声を出した。

 最初と比べると体が大きく反応しただけであった、のだがガヴィルの尻尾がDr.の腰へと巻きついたのであった。

 Dr.は驚き、ガヴィルを見るがガヴィルは枕に顔を押し付けており気づいていない様子。どうやら無意識の行動だったようだ。

 Dr.は腰に巻きつた尻尾が、痛みに耐えるために親にしがみつく子供のようで、振り解くことはなかった。

 

「うう...、はぅ! ...あ゛ー....」

 

 その後はマッサージを続けていき、背から足、そして肩や腕など全身をくまなく行った。

 終わる頃には、ガヴィルは息絶え絶えであり、Dr.に巻きついていた尻尾ははらりと解けた。

 

「終わったぞ」

 

「......ありがとう。また頼む」

 

 

 

 

 

 

 

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託された先陣の旗頭 (ズィマー)

 とある方のリクエストから、カリスマなズィマーより
 ちょっとカリスマ性薄いかな? シリアスっぽいかな? 
 あとこの話は書いてよかったのだろうかと心配になります



.

 

 ズィマーにとって、ウルサスの勉学というのは無意味でありまったくの無駄であるという認識であった。何故ならウルサスの教育というのは、思想の押し付けであったからだ。

 やれこうしろ、やれああしろと言われ、少しでも外れたら頭ごなしに否定され押さえつけられた。

 

 だがズィマーは勉学が無意味なものであるとは思っていない。語学と数学ができなければ日常生活に支障をきたすし、他の学問も見識を広めるための下地として必要不可欠なのだから。特に軍事学を好む彼女にとって、勉学の必要性は熟知している。

 

 ただそうであったとしても、彼女は学び舎である学校を好きになることはなかった。凝り固まったウルサスの思想を学ぶよりも、己を鍛えるために他学区に殴り込んだ方が自身の益となるからだ。

 ズィマーは手始めに東区の学生自治団を制圧した。そして北区を始めとして中央区、南区、西区と街中の学生自治団を全て手中に治めた。

 

 ズィマーは全ての学生自治団を治めるようになったが、自治団を経営することはなかった。君臨すれども統治はせず、その代わりにズィマーの右腕となっているイースチナに全部負担がいってしまっているのだが。

 嫌な授業には出ず、気ままに他区の自治団に赴いては力試しをする。そんな生活を繰り返していた。

 彼女自身もそんな生活を来る日まで続く、そう思っていた。

 

 レユニオンがチェルノボーグを襲撃したと知るまでは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 チェルノボーグが襲われてから一時間が経過しているとき、ズィマーは自身が在籍している学校の体育館にいた。

 壇上で片膝を立てて座っているズィマーの側らには、竿に括り付けられた団旗と万能斧と呼ばれるファイアーアックスが転がっていた。斧を武器として使っていたのか、刃の部分には血がべっとりと着いていた。

 所々血と煤が付いた普段着のズィマーは、何かを待つように目を閉じていた。

 

「ズィマー、用意できたわ」

 

「...そうか」

 

 声を掛けられ、ゆっくりと目を開ける。壇上の下にはズィマーの右腕たるイースチナが、そしてズィマーと同じ様に血と煤を身に纏っていた。そして何時もは手に持っている学術書はなく、携帯電話とアーツ媒体が組み込まれた特殊な本を持っていた。

 

「これで全員か」

 

「...ええ」

 

 ズィマーは立ち上がり、館内を見渡す。そこには老若男女問わない人々がいた。皆一様に煤や埃だらけであり、そして怯えていた。ここに居るのは、レユニオンの襲撃から逃れてきた者達だ。

 ただ館内の一角に集まっている若者だけが怯えていてもその目は死んでいなかった。

 

「計117人、その内81人が武器を持てるわ。...戦えるかは分からないけど」

 

「十分だ。後は私がなんとかする」

 

 ズィマーは側らにある団旗を手に持ち壇上から立ち上がり、石突を壇上へと叩きつけた。はためく赤一色の団旗には、黒色の角ばった熊の手形が刺繍されている。ズィマーが率いている自警団のマークだ。

 避難してきた人々は、何事かと壇上のズィマーに顔を向けた。

 

「聞けぇーっ! 避難してきた市民共!!」

 

 咆哮、そう呼ぶに相応しい程の肺活量に館内の人間は気圧される。

 

「今ここチェルノボーグはレユニオンの襲撃を受けている! 奴らは老若男女も! 武装していまいおかまいなしにな!」

 

 ズィマーの言に市民は恐怖で顔を引きつらせる。彼等彼女等は実際見てきたのだから、親類が友人がレユニオンの手に掛かるのを。

 ざわつき、悲鳴が上がる館内だがズィマーはもう一度石突を鳴らし、市民を黙らせる。

 

「よって! 私達はここチェルノボーグから脱出することを決めた!!」

 

 静まり返る館内、だが一人の男が声を上げた。

 

「だ、脱出することはないだろうっ。軍が、そう! 軍が直ぐに鎮圧しに来てくれるはずだ!」

 

 初めは震えていた声が、僅かに見出した希望により強くなる。男の言葉に触発されるように、次々と声を上げ始める。

 待てばいい。篭城すれば問題ない。何様のつもりだ等々、次第に立ち上がったズィマーに罵詈雑言さえ飛んでくる始末。

 しかし、言われた本人であるズィマーはどこ吹く風といった様子。そして肺一杯に息を吸い、一息に吐いた。

 

 

 

 

「 黙 れ !! 」

 

 

 

 

 まさに爆発。窓ガラスどころか館内が揺れた、そう思わせるほどの迫力であった。立ち上がっていた男も、尻餅をついている。

 再度静まり返った館内に、ズィマーはイースチナに顎で指した。

 

「今から流すのは、本日午前四時頃に入手した天災の早期警戒情報です」

 

 そう言ったイスーチナは、録音機器の電源を入れた。

 

『こちら天災トランスポーターのプロヴァンスです! 現在チェルノボーグから距離十キロメートル地点に居ます! 聞こえていますかチェルノボーグ通信!? 早く進路を変更してください! 本日正午過ぎに天災が起きることが予想されます!! 聞こえていますかチェルノボー...』

 

 ここで録音は途切れていた。天災トランスポーターの身に何か起こったのだろう、だが問題はそこではなかった。何故なら、聞いていた全ての市民が顔を青褪めさせていたからだ。現在の時刻十二時十四分。

 時間は既になかった。

 

「だ、だが天災さえやり過ごせれば...!」

 

 苦し紛れの男の弁に、イースチナは首を横に振った。

 

「現在、ウルサス帝国はチェルノボーグを中心とした各都市が襲撃されています。恐らく陽動でしょうが帝国としては見過ごせない問題です。そのため、既に手遅れのチェルノボーグは見放される、いえされているのです」

 

「どこに証拠が!」

 

「今、帝国放送局で流れてるのが全てです。あの映像は、チェルノボーグ以外の都市の様子です」

 

 愕然とする男、だが男だけに限らずほぼ全ての市民がそうであった。国に見捨てられた、その事実を目の当たりにしたために。

 

「これよりこの私、東区学生自治団の団長"冬将軍"のズィマーが脱出を指揮する!」

 

 壇上で堂々と宣言する。自信に溢れ、気負うことがない姿のズィマーに市民達は希望を見出す。そして彼女の"冬将軍"というと通り名も後押しした。

 

「俺は着いて行くぞ! 待って死ぬのなんてごめんだ!!」

 

「俺もだ!」

 

 一人、また一人と賛同し、立ち上がる。次第に声は多くそして大きくなっていき、館内を震わすほどになっていった。

 連呼されるズィマーの名前、だが本人は苦々しい顔をしていたことは一番近くにいたイースチナだけしか気づけなかった。

 

 

 

「生き残る。そのために付いて来い!!!」

 

 

 

 雄たけびが館内に木霊した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ズィマー団長、B班準備完了しました」

 

「こちらC班、こっちもOKですぜ」

 

「D班、完了」

 

「ご苦労」

 

 ズィマーは館内の壇上で、報告を受けていた。宣言のあと、避難してきた全ての市民が脱出に賛同した。

 幾つかの班、戦闘とそれ以外に分けており、ズィマーは戦闘班のリーダーとしてどっしりと構えていた。

 危機的状況である現在、旗頭となっている自信が慌てるわけにはいかないと。

 

「ズィマー、こっちも準備できたわ」

 

「分かった。イースチナ、行くぞ」

 

 頷くイースチナ。斧を手にし、団旗を掲げながらズィマーは歩き始めた。後ろには武装した市民、中にはズィマーと同じ年頃で東区自治団のマークを入れている若者達もいた。

 

「これよりチェルノボーグから脱出する!」

 

 

 

 

 

 -----

 

 

 

 

 

 

 チェルノボーグ東区画は既に大半がレユニオン占拠されている。区画の中でも大きな通りをズィマー達は駆けていた。

 家々は焼かれ、略奪されたのか無事な建物はなく、さらに道々には多くの遺体が打ち捨てられていた。

 顔を顰めながらも、歩みは止めなかった。

 

「生き残り...! 生き残りがいたぞー!!」

 

 脱出まで半ば程、奇妙なまでにレユニオンと遭遇しなかったズィマー達だったが、ついに見つかった。

 数人の小隊だったレユニオンは、声を張り上げると武器を構えた。

 自治団のメンバーは荒事に慣れているためか、少々の緊張で済んでいるが市民はそうはいかなかった。顔は強張り、息は荒く歩みもぎこちなくなっていた。

 

「私に続けー!!」

 

 そんな市民達を鼓舞するように、ズィマーは先陣を切った。

 振り上げた団旗でレユニオンの一人の頭をかち割ると、逆の手に持っていた斧でもう一人の首を力任せに飛ばした。

 

「「「おおおーーーー!!!」」」

 

 自治団の若者達もズィマーに続き、残りのレユニオンを撲殺していった。

 無論、市民達も釣られるように雄叫びを上げながら、レユニオンへと襲い掛かった。

 

「こっちだ! 生き残りが大勢居る、他の区画から増援を呼べ!」

 

 最初に遭遇したレユニオンをあっさり片付けるものの、レユニオンは次々現れた。だが同時に、ズィマーは数が少ないとも感じた。

 その証拠に、レユニオンの数は今ある戦力で突破できるほどでしかなかった。

 

「どういうことだ...?」

 

 疑問に思いながらも、追加でやってきたレユニオンを全て倒し終える。

 

「足を止めるな! 進め!」

 

 血に濡れた団旗を掲げ、再度行軍し始める。

 駆け始めると、ズィマーの側にイースチナがやってきた。だがその顔は青い。

 

「どうした、何かあったのか?」

 

「ズィ、ズィマー、これ...」

 

 震える声で差し出されたのは携帯電話だった。しかも繋がっているようで、相手は東区の元自治団団長である。

 

『よう、いるかズィマー団長』

 

 携帯はスピーカーになっているようで、憔悴した声が聞こえてきた。

 

『イースチナ副団長から聞いてる、脱出するんだろう?』

 

「ああ、そうだ。お前は今何処に」

 

 居るのか、そう問いかけようとした瞬間、携帯から轟音が鳴り響いた。どうやら通話相手の背後で大きな爆発があったようで、轟音の後からは怒声と悲鳴、そして戦闘音が鳴り響いてきた。

 

「戦闘音!? どういうことだ! いや、そもそも何故集合命令に...っ!?」

 

『まぁ気づくよな...』

 

「馬鹿が! 何を勝手に"囮"を、誰が頼んだ!?」

 

 驚愕の余り斧を落とし、携帯に齧り付く。そしてズィマーの足が止まったことにより行軍していた全員が止まってしまう。

 ズィマーもおかしいとは感じていた。自分ほどじゃないにしろ、そこら辺の雑魚(レユニオン)如きにやられる玉じゃない元団長が集合に応じなかったことに。

 そして気づく、他の区画の元団長達も応じなかったことに。

 

「まさか、貴様ら全員...っ!」

 

『ああそうだ』

 

「っ!」

 

『助けようだ何て思うんじゃねぇ!!!』

 

 思わず、踵を返そうとしたズィマーに静止の声が入った。

 

 

 

 

『今、お前が預かっている命はどうなる! 

 

 いいかズィマー! 俺達は無駄死になんかじゃねぇ! 託すんだお前に! 

 

 俺たちの全てを、チェルノボーグ学生自治団の団長たるお前に!!!!』

 

 

 

 

 その言葉を最後に、激しい爆発音が携帯から聞こえてくる。

 

『頼..d...ぞ...!』

 

 携帯の通話が切れる。

 

「ズィマー...」

 

 棒立ちになるズィマーに、イースチナは携帯を仕舞いながら声を掛ける。

 俯き、微動だにしない。だが時は待ってはくれず、増援に駆けつけたレユニオンがやってきた。

 

「生き残りは殺せ!!」

 

 一気呵成に攻撃を仕掛けてくるレユニオンに、旗頭が止まった市民達は浮き足立つ。

 なんとか自治団の若者達でレユニオンの攻勢を防ぐが、長くは続かないだろう。

 

「死ねぇ!」

 

「ズィマーの姉さん!?」

 

「ズィマー!」

 

 前衛の隙間を掻い潜ったレユニオンが一人、ズィマーに向けて剣を振り下ろした。周りが守ろうと動くが、距離があり間に合わない。だが隣にいたイースチナがズィマーを突き飛ばそうと、力を込める。

 

「ガッ!? は、離せ!」

 

 しかしズィマーはイースチナの力ではびくともせず、逆に向かってきたレユニオンの頭を空いている手で鷲掴みにした。

 痛い、離せと叫びながらもレユニオンの兵士は振り解けないでいる。次第に兵士の頭から嫌な音が立ち始めた。

 メシリ、メシリと音が立つたびに、兵士の口からは泡を吹くようになり、そして最後には、グシャリという音ともに頭蓋を握力のみで粉砕された。

 余りの怪力にレユニオン、市民両方とも言葉を失う。

 

「...け」

 

 ゆらりと、幽鬼のように斧を拾う。

 

「...づけ」

 

 ポタリ、ポタリと透明な雫が流れ。

 

 

「私にっ!! 

 

 続けええええぇぇぇーーーー!!!!」

 

 

 ズィマーは団旗を振り回し、レユニオンに突撃していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後、彼女達市民は無事に脱出できた。その最、近くにいたロドスアイランドに庇護を求め、ロドスはそれを承諾した。

 

 彼女、ズィマーが使っていた斧はそのまま彼女の武装となり、団旗は半ばから折れてしまい使えなくなった。旗も血塗れでぼろぼろであったが、ズィマーは仲間を見殺しにした戒めとしてそれを腕に括り付けるようになった。

 

 

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 評価、お気に入り、感想ありがとうございます。


 特に!誤字報告ほんとうにありがとうございます!
 めちゃくちゃ助かります。


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ヘーゼルナッツ (ショウ)

 とある方がショウちゃんと言っていたので
 ただどうしてもSCP-243-JPが出てくるんですよねぇ
 まぁ書かないんですが
 あと前回頑張ったので今回はサラッと短く


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 停車しているロドス移動基地の外にある、大きな木の下に小さな人影が座り込んでいた。

 普段被っているヘルメットを側らに置き頭頂部にある耳と大きな尻尾はしな垂れていた。

 

「はぁ~...」

 

 大きなため息をつく彼女の名前はショウ、龍門の消防署からロドスアイランドへ移籍してきたオペレーターである。

 元消防職員ということで、ロドスの消防関連業務に従事している。来た当初は意気揚々と意気込んでいたのだが、タバコはまだ優しいもので、人体発火する者や火炎消毒しようとする者などロドス内には火気危険人物が多すぎたのだ。

 折角設置した消防設備は壊れてしまうし、それならばと意識改革のために先日講義を行ったのだが。

 

「失敗したであります...」

 

 結果は散々であった。元来の上り症緊張のあまり、講義を早口で進めてしまったのである。

 どんよりとした空気を纏う彼女に、普段は近寄ってくる野リスも木の上で眺めてしまっている。

 陽気な暖かい日差しの中で場違いといえる彼女の元に、一人の男性が近づいて来た。

 

「お疲れ様」

 

「上官!? お、お疲れ様であります!」

 

 袋片手に声を掛けたのはロドスのジャケットを着たDr.であった。声を掛けられ漸く気づいたショウは、慌てて立ち上がると敬礼したのであった。

 真面目なショウに苦笑したDr.は、袋からあるものを取り出すとショウへ差し出した。

 

「ヘーゼルナッツ、好きなんだろう? 一緒に食べようか」

 

「は...? えっと、ありがとうございます」

 

 ショウはヘーゼルナッツの小袋を受け取ると、すとんと座り込んだ。Dr.もショウの隣へ座ると、小袋を開けて食べ始めた。

 

「お、美味しいな」

 

「んん! これはあのお店のグレードの高い奴...」

 

 美味しいものを食べて、気分が上がったのか先ほどの気落ちしていた雰囲気はなくなった。

 無言で食べ進めると、野リス達も警戒しながらも近づいてきた。

 

「ん? ほら食べるか」

 

「どうぞであります」

 

 二人は野リスにそれぞれナッツを与えやると、肩に乗った野リス達も食べ始めた。その姿に和む二人であった。

 ポリポリと二人と二匹で食べると、小袋の中身はすぐになくなった。

 

「さて、ショウ。先日の講義お疲れ様だったな」

 

「...いえ、小官は無力でした」

 

 切りが良いと話し始め、Dr.が労わるがショウは顔を俯かせた。ショウとしては失敗だったのだろう、だがDr.はそうは思っていないようで驚いたような顔をした。

 

「いや、十分だぞ?」

 

「え?」

 

「初めから上手くはいかんさ。けどこの前の講義で少しは意識付いたんだぞ」

 

 気づかなかったのか? と首を傾げるDr.に、今度はショウが驚いた。

 

「スカイフレアの高温は抑えるようになったし、サイレンスがイフリータをさらによく見るようになった」

 

「まさか、そんな...」

 

「見るからに消防装置が作動する回数も減っている。アーミヤが感謝していたぞ」

 

 ショウは自身の失敗ばかり気にしていたため、気づかなかったが講義を行った成果は出ていた。

 うろたえるショウの頭にDr.は手を置き、ガシガシと乱暴に撫で始めた。あまりにも乱暴なために、ショウの頭ががガクガクと揺れる。

 

「あう~」

 

「はっはっはっ、そう落ち込むな。ショウはよくやってるよ」

 

「ありがとうございます、上官」

 

 優しく微笑み、撫でる手をゆっくりにしていく。無駄ではなかったと、ショウははにかみながらも漸く時間する。

 

「ほら、色々ナッツ買ってきたんだ」

 

「いただかせて頂きます!」

 

 太陽のような笑顔を見せるショウに、完全に警戒を解いた野リスが頬ずりする。

 

「俄然やる気が出ました。頑張りますよー!」

 

「その意気だ」

 

 ナッツで頬一杯にしたショウは天に向かって拳を掲げるとそう宣言した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そう言えば上官、どうして小官がナッツが好きだと知っているのでありますか?」

 

「ショウの元職場の人たちにちょっとな」

 

「そうでありましたか」

 

「大切にされてるんだな」

 

「...照れるであります」

 

 

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 評価、お気に入りありがとうございます!

 そろそろ日間途切れそう...

 誤字報告ありがとうございます!


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初めてのパイ (エクシア・ソラ)

 とある方のリクエストより、ペンギン急便の面子との日常より
 なんかエクシア・ソラの百合っぽくなった! 何故だ!? 


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 某日日も上がらぬ時間帯、龍門都市内にあるビルの一室で複数人がなにやら準備をしていた。

 あるものは銃を、あるものは薄い剣を、あるものは大盾とハンマーと丁寧に整備された武器を準備していた。約一名、武器とは思えないマイクであったが。

 防具などは着けず、武器以外は簡単な戦闘用具などを纏め終えると最後の一人を待つことにする。

 

 五分ほど、思い思いの精神統一を計っていると目的の人物がやってきた。

 灰色のニット帽にサングラス、金のネックレスを幾つも身につけている。そして身長130cmと小柄な彼の名前は皇帝、ペンギン急便の社長のコウテイペンギンである。比喩でもなんでもなく、姿形がコウテイペンギンなのである。

 

 先ほどから準備していた彼女達はペンギン急便の社員であるテキサス達であった。本日は皇帝の号令により、カチコミをかけるために朝早くから集合していたのだ。

 皇帝が来たことにより、無言で全員立ち上がと皇帝は口を開いた。

 

「あ、今日のカチコミ止めるわ。じゃ」

 

 そう言うと皇帝は入ってきたドアから出て行った。

 

「...え?」

 

 部屋内にはなんとも言えない空気が流れた。

 

 

 

 

 

 

 -----

 

 

 

 

 

 結局、早朝から行っていた準備は全て無駄になってしまった。しかも、本日の業務はカチコミだけにしていたため突然の休日となったのである。

 

「ほっっっんま社長さんのあの気まぐれなんやねん!」

 

「諦めろ、いつものことだ」

 

 うがーと吠え、机に突っ伏すクロワッサンに、テキサスは棒状のチョコ菓子をくわえる。口ぶりから、これが初めてでないことが伺える。

 クロワッサンは虚ろな目で、半開きの口から魂が抜ける様を幻視させる表情をしているが、彼女の特有のノリによってそう見せているだけだったりする。

 

「ゆーてもなぁ...ほんま勘弁してほしいわ」

 

「それは同感だ」

 

 特にやることもないと、二人はソファーに身を任せのんべんだらりとし始めた。

 すると二人の耳に、かちゃかちゃという器具がぶつかり合う音が聞こえてきた。

 

「エクシアとソラは?」

 

「キッチン」

 

 音の正体が気になりクロワッサン、テキサスが一単語という簡潔に伝える。クロワッサンが首だけを回して背後を見ると、エクシアとソラがキッチンでワイワイと何やら準備していた。

 

「何やっとんやあの二人は」

 

「カチコミ戦勝記念のパイを作るそうだ」

 

「はぃ? カチコミなんぞ始めてやないやろ、何で今回に限って...」

 

「アップルパイ食べる口実が欲しいだけだろう」

 

「ほんま好きやなぁ」

 

 エクシアのパイ好きに呆れる二人であった。

 

 

 

 

「只今からアップルパイを作ります!」

 

「いえ~い! パチパチ~」

 

 ドヤ顔でそう宣言するエクシアの前には、調理器具一式とパイ作りに必要な材料が全て揃っていた。側にいるソラもノリノリでエクシアに乗っかる。

 二人ともエプロンを着けているおり、エクシアが先生役でソラは助手として作っていくようであった。

 

「いつもはパイ生地から作るんだけど、今回は前に作り置きしておいたものを使うね」

 

「分かりました先生! パイ生地って作るの面倒なんですか?」

 

「いい質問です。ズバリ、面倒です。なので作るときは多目に作っておきましょ~」

 

「了解であります!」

 

 ソラが形だけのなんちゃって敬礼をし、エクシアは大仰に頷いてみせる。

 

「では早速始めていこー」

 

「おー」

 

 エクシアは初めにリンゴを手に取ると、包丁を使い綺麗に皮を剥き始めた。ソラもそれに習うようにリンゴの皮を剥いていくが、皮に果肉を付けてしまいリンゴ本体も不恰好になってしまっている。

 悪戦苦闘するソラに、エクシアが心配そうに声をかけた。

 

「ソラは包丁持つの始めて?」

 

「はい...。アイドルだからって持たせて貰えなかったんです」

 

 ソラがなんとか一個向いている間に、エクシアは既に三個剥き終わっていた。シュンとするソラに、エクシアは苦笑しつつ励ます。

 

「それは仕方ないね~。でも今回はいいの?」

 

「エクシア先輩、黙ってれば犯罪じゃないんですよ?」

 

「ソラも大分染まってきたね~」

 

 ペンギン急便に来た頃と比べると、見違えるほどに逞しくなった後輩にエクシアは嬉しくなった。これらなら今回なくなったカチコミでも大丈夫だと思えるほどに。

 

「じゃあいい機会だから包丁の扱いを覚えちゃおうか」

 

「よろしくお願いします先生!」

 

 エクシアは包丁を置くと、ソラの後ろに回りこんで手を重ねた。

 

「包丁はこう持って、リンゴはこう」

 

 優しくソラの手を支えるようにして、指導していく。密着する二人だが、エクシアは指導にソラはリンゴを剥く事に集中している。

 

「ゆっくりでいいから、手を切らないようにね」

 

「分かりました...!」

 

 ゆっくり、ゆっくりと丁寧に剥いていく。先ほど自身が剥くよりも時間がかかっているが、エクシアの指導によりソラは綺麗に皮を剥くことに成功した。

 

「で、できました! エクシア先輩!!」

 

 綺麗に剥けたことに感動したのか、ソラは目を輝かせて後ろにいるエクシアへと振り向いた。

 

「良かったね。二度目にしては凄い上手だよ」

 

 無邪気なソラに、エクシアは優しく微笑んだ。

 

 

 

 

 そんな二人を眺めていたクロワッサンは、変な顔をしていた。

 

「何しとるんやあの二人」

 

「パイ作りだろう」

 

「パイというか、タワー建てとるわ」

 

「...何を言ってるんだお前は?」

 

 

 

 

 

 -----

 

 

 

 

 

 

「はーい、おまたせしました。出来立てほやほやのアップルパイだよ」

 

「私も頑張って作りました!」

 

 それから一時間もしないうちに、クロワッサンとテキサスの元にエクシアとソラがアップルパイをそれぞれ持って来た。

 エクシアが持っているパイはいつも通り形が整っているが、ソラが手にしているパイは少し形が崩れていた。

 

「えへへ、ちょっと失敗してしまいました...」

 

 申し訳なさそうにソラが謝る。クロワッサンとテキサスが顔を見合わせると、躊躇なくソラのアップルパイを所望した。

 二人の希望に驚くソラであったが、破顔するとパイを切り分け二人に差し出した。

 

「うん、美味いな」

 

「おいしーわー。ソラは料理の才能あるんとちゃう?」

 

「あ、ありがとうございます」

 

 美味い美味いと食べ進める二人に、ソラははにかんだ。エクシアも料理の弟子が褒められて嬉しそうである。だがすこし悪いことを思いついたのか、一切れパイを切り取り、手に持った。

 

「なんだよー二人して、私のパイはいらないの?」

 

 態とらしく拗ね始めた。クロワッサンはなんやこいつと胡乱な目を向け、テキサスは無視した。

 ただソラは気づいていないようで。

 

「私はエクシア先輩のパイ食べたいです!」

 

 慌てたようにエクシアが持っているパイに食いついた。

 

「あら」

 

「...」

 

「美味しいです!」

 

 ペロリと一口で、それこそエクシアの指ごと食べてしまった。驚くエクシアに、何も見ていないと無言を貫くテキサス、ソラは満面の笑みであった。

 

「ほんま、何しとんねん...」

 

 クロワッサンだけが、ジト目を向けているのであった。追加でパイを一口食べるが、クロワッサンにはさっきよりも甘く感じるのであった。

 

 

 

 

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 評価・感想・お気に入りありがとうございます。

 明日ちょっと投稿できるか怪しい...

 誤字報告ありがとうございます!


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恋は無重力のハリケーン (アンジェリーナ)

 アンジェリーナ再挑戦、イチャイチャもの
 クロスタータ:イタリアの伝統お菓子、シラクーザという都市がイタリアに実際にあるそうなのでそこからとりました


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 ロドスアイランドに所属しているDr.には最近新しい悩み事ができた。

 別にレユニオンの新兵器だとかロドス内の問題児達がやらかしたとかそういう問題事ではなく、極々個人的なことであった。

 ただ、Dr.は悩み事を思い返すと始まりは最近などではなく、数ヶ月も前からであった。

 執務室で頭を抱えていると、ドアがノックされた。

 

「ドクター失礼します。今お時間ありますか?」

 

「ああ構わないよ」

 

 入室を促すと入ってきたのはアンジェリーナであった。

 

「どうした?」

 

「んふふ、ドクターに食べて欲しくて故郷のお菓子を作ってみたの」

 

 アンジェリーナはスキップしながらDr.に近づき、手持ったお盆を差し出した。お盆の上には大きなお皿に何やらタルトのようなものと小皿に食器、そして湯気を立たせているコーヒーが乗っていた。

 

「時間もちょうどいいし、貰おうかな」

 

「どうぞ召し上がれ!」

 

 時刻は十五時過ぎと、一息入れるのに丁度良い時間。そのためDr.はありがたく頂くことにした。

 アンジェリーナはお盆を奥と、持ってきていたナイフでさくりさくりとタルトを切り分けていった。切り口からは加熱されてトロリと溶け出したチョコレートが垂れ、香ばしいアーモンドの香りと共にDr.の鼻腔をくすぐった。

 

「これはなんていうタルトなんだい?」

 

「これはねクロスタータっていうお菓子なの。私の故郷のシラクーザだとおふくろの味って呼ばれてるんだ」

 

「そうか。チョコにコーヒーとはうってつけだな」

 

「でしょでしょ?」

 

 談笑していると切り分け終わり、それをアンジェリーナが小皿に分けDr.へと渡した。

 

「はいどうぞ」

 

「ありがとう」

 

 受け取ったDr.は、待ちきれないとばかりにフォークでクロスタータを口に運んだ。

 

「おお、美味しい。...うん、コーヒーにもマッチしてて食が進むな」

 

「ふふ、お口に合って何より」

 

 パクパクと食べ進めるDr.に、アンジェリーナは嬉しそうに微笑んだ。

 一切れ目を直ぐに食べ終えると二切れ目も食べようと、クロスタータを取ろうとするがアンジェリーナに止められた。

 

「ドクター、私がやるから、ね?」

 

「そうか? すまないな」

 

「いいの、好きでやるんだから」

 

 アンジェリーナはDr.の小皿へクロスタータを取り分けていった。それも上機嫌で、それこそ鼻歌が聞こえてきそうなほどに。

 Dr.は何がそこまで嬉しいのか首を捻るのみであったが。

 

「はいどうぞ」

 

「ありがとう、ってどうしたんだ? そんなにじっと見つめてきて」

 

 アンジェリーナは小皿を手渡すと、Dr.の顔を穴が開くほどに見つめ始めた。一体全体どうしたのか、Dr.の頭の中はクエスチョンマークで一杯であった。

 

「ドクター...、チョコ付いてるよ?」

 

「え!? 一体どこに...っ!?」

 

 ぴちゃり、とDr.の頬に生暖かいものが触れた。驚くDr.だが、視界には亜麻色の髪が一杯に広がっていた。

 

「...ここ」

 

 妖美に微笑むアンジェリーナは自身の右の頬を指差した。固まっていたDr.は自分が何をされたのか漸く理解すると、顔を茹で蛸のように真っ赤に染めた。

 

「そ、そうか...。ありがとう?」

 

 どもるDr.にアンジェリーナはクスクスと笑う。

 

「それはそうと! あまりこういうことはしないほうがいい...」

 

「大丈夫だよ。ドクターにしかしないから」

 

「そういう意味じゃない...」

 

 その後、食べるのを再開したDr.だったが、先ほどのこととニコニコと見つめてくるアンジェリーナにクロスタータの味は分からなかった。

 

 

 

 

 ----

 

 

 

「というわけなんだ」

 

 とある一室で項垂れるDr.は目の前の人物、ケルシーにことの顛末を話した。Dr.の悩みとはアンジェリーナのスキンシップのことであり、少しずつだが遠慮がなくなってきていることに対してであった。

 聞かされたケルシーは、ブラックコーヒーを飲みながらも苦虫を噛み潰したような渋い顔をしていた。

 

「それで、ドクターはどうしたいんだ?」

 

 砂糖を入れていないはずのブラックコーヒーが甘く感じる話に、ケルシーはため息をついた。

 

「どう、と言われてもな...」

 

 腕を組み、考え込み始めるDr.にケルシーはやや怪訝な顔をした。Dr.の顔は平常心そのもので、ケルシーが想像してた回答が返ってこないようであったからだ。

 

「彼女、アンジェリーナは魅力的な女性だ。周りはよく見ているから気配りができるし、料理もできる、そして器量もいい。だからあんなことをしているといつか襲われてしまわないかと...」

 

「はああぁぁぁ~~?」

 

「ど、どうしたケルシー。したらいけない顔になってるぞ?」

 

 あまりにもあんまりな回答に、ケルシーの顔が歪んだ。本気で言っているのかこの男は、とDr.は見るがどうも何も分かっていない様子。

 ケルシーも分かってはいる、記憶がなくなり現在ロドスがおかれている状況で愛や恋にうつつを抜かしている暇なぞ無い事は。だがそれでもと、同じ女であるケルシーは思ってしまう。

 

「くたばれこの馬鹿」

 

「何故だ!?」

 

 

 

 

 

 

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 評価・感想・お気に入りありがとうございます

 なんとか投稿できました。


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いつもの朝 (テキサス・エクシア)

 とある方のリクエストから、テキサスとエクシアの日常より
 普通の日常


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 a.m. 6:00

 

 -PiPiPi! PiPiPi! 

 

「...ふぁ、ぁぁ」

 

 目覚ましの電子音が鳴り響く中、ワイシャツ一枚だけのテキサスは目を覚ました。

 暖房が効いているため暖かく、それが眠気を誘う。目をこすり、カーテンを僅かに開けるが外は薄暗い。ガラス越しからの冷気に身を震わせながらもベットから起き上がった。

 

 あくびをしながらキッチンへと辿りつくと、冷蔵庫から卵とベーコンを取り出す。

 パタンと閉じる音を後にしながら、フライパンとトースターも用意する。二つのトースターに食パンを二切れずつ放り込み、二つ用意したフライパンをそのまま火に掛けた。

 

 暫くしてフライパンが十分熱くなった頃に、ベーコンを投入していく。少々厚めのベーコンからじゅうじゅうという焼ける音とともに、油がフライパンへと滲み出してくる。

 ベーコンをカリっと焼き上げると平皿に移し、ベーコンから出てきた油で卵を焼き始める。

 

 ベーコンの油が焼ける香ばしい匂いを漂わせていると、ガチャリとドアが開く音が響いた。

 テキサスの耳にも音が届いたはずだが、何の反応を見せずに調理を続けていく。

 

「おっはよー! テキサスぅ!」

 

「...おはよう」

 

 バタバタと足音を鳴らせながらやってきたのは、サンクタ族のエクシアであった。

 朝早いというのに元気な彼女に、テキサスは短く返しただけだった。若干けだるそうな顔をしたのはまだ眠気があるせいか彼女が来たせいなのか。

 

「あれ? 朝ごはん用意してくれてるの?」

 

「しないとブーたれるだろ、お前」

 

「テキサス、やっさしー!」

 

 ニコニコと笑顔なエクシアに、ため息を一つつく。

 

「ため息ばっかだと幸せ逃げちゃうぞ」

 

「誰のせいだ、誰の」

 

「...誰だろう?」

 

 本日二度目のため息に、エクシアも悪いと思ったのか謝罪しつつテキサスを手伝い始めた。

 テキサスが目玉焼きを焼き上げていると、チンッという音と共にトーストがトースターから顔を出した。

 二つのフライパンに掛かりきりになっているテキサスの代わりに、エクシアがトーストを取りに向かう。

 

「あちち!」

 

 焼きたてのトーストは余程熱かったのか、右へ左へお手玉しながら平皿に2枚ずつ置いていった。

 エクシアはちらりと横を見るが、テキサスの調理が終わっていなかった。それならと、電気ケトルに水を入れお湯を作るとマグカップを二つ用意した。

 

「コーヒー作るけどテキサスがブラックだよね」

 

「ん」

 

「よく飲めるよね~。私はミルクふ~たつ」

 

 テキパキと手馴れた手つきで準備をしていくエクシア。そうこうしている内に、テキサスは卵とベーコンが焼きあがり、エクシアは沸騰したお湯でコーヒーを作っていく。

 二人はそれぞれの平皿をテーブルへと運び、そしてテキサスはマーマレードをエクシアはリンゴジャムを手にしてイスについた。

 

「「いただきます」」

 

 まず初めに目玉焼きとフォークを使い切り分けると、半熟な黄身がとろりと溶け出す。それをトーストに乗せ一齧り。

 

「んー! 美味しい!」

 

「まぁまぁか」

 

 焼けたベーコンの油と黄身のまろやかさに、エクシアは絶賛しテキサスはいつも通りと食べ進める。

 目玉焼き、ベーコン、トーストと順番や組み合わせを変えながら食べていくと、トーストが一枚残ってしまう。

 二人はコーヒーを一口飲んでから、残ったトーストにそれぞれジャムをつけていく。

 テキサスは薄く伸ばすようにするが、エクシアは厚めに塗っていく。

 

「いつも思うが、それだとアップルパイと何が違うんだ...?」

 

 エクシアの好物であるアップルパイ、ちょくちょく食べているのに朝食でも似たものを食べていることに首を傾ける。

 ただエクシアとしては明確な違いがあるのか、目を見開き否定する。 

 

「分かってないなーテキサスは! これはこれ、それはそれ」

 

「説明になってない」

 

 手でジェスチャーしながら伝えようとするエクシアだがテキサスは呆れ顔。それならばとエクシアはテキサスに指摘し始めた。

 

「じゃあテキサスはワイシャツ一枚で寝るの止めなよ」

 

 ジト目で厚塗りジャムトーストを齧りながらエクシアは言うが、テキサスはどこ吹く風で。

 

「ここに来るのはお前ぐらいだ」

 

「そういう問題?」

 

「ああ」

 

 信頼されているといえば聞こえはいいが、テキサスの無防備さにちょっと心配になるエクシアであった。

 トーストも食べ終わり、食後のコーヒーも飲み終わると二人は食器をシンクへと持っていく。

 

「じゃあいつも通り洗っておくから」

 

「頼む」

 

 エクシアは袖を捲くり、食器を洗っていく。

 テキサスは自室へと戻り、着替え始めた。タイツにショートパンツ、白の長袖ジャケットと仕事着に着替え身支度も整える。

 

「準備できたぞ」

 

「はいはーい」

 

 テキサスがキッチンへと戻ってくる頃にはエクシアも食器を全て片付け終えており、テーブルの上を拭いていた。

 

「じゃあ今日も元気にお仕事いってみよー!」

 

 いつものように二人は揃って玄関から龍門へと繰り出した。今日もまたペンギン急便が一騒ぎを起こすのだろう。

 

 

 

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 評価・お気に入り・感想ありがとうございます!

 前回言い忘れてましたがゲームのほうでイベント始まりましたね。
 作者はとりあえずEP04(SW-EV-4)までクリアしました。でもちょっとオペレーターのレベルが足りなさそう...。


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看病する冷たい手の貴女 (フロストリーフ)

 とある方のリクエスト、フロストリーフのイチャイチャものより
 ただこれイチャイチャしてるかなぁ、むしろフロストリーフが変たゲフンゲフン


.

 

 

 

「ドクターあのですね...」

 

「皆まで言うな」

 

「いいえ、言います。バカですか?」

 

「グハッ!」

 

 アーミヤの強烈な一言にDr.はベットに沈んだ。ボスンと枕に頭を乗せると、Dr.は動かなくなった。その顔は赤く、息も荒かった。

 ため息をつくアーミヤは、Dr.の額に触れた。幼いといえる年齢のアーミヤ、アーミヤ自身の体温は高いのだがアーミヤの手から伝わってくるDr.の体温はとても熱かった。

 眉尻を下げたアーミヤは、水に浸したタオルを絞りDr.の額に置いた。

 

「風邪をひくなんて、医者の不養生ですよ」

 

「おっしゃるとおりです...」

 

「まったく、私は仕事があるのでこれで失礼しますが別の方を看病につけますからね」

 

「すまんな」

 

「暫くはお仕事お休みですからね、いいですか安静ですよ」

 

「ああ...」

 

 薬や水差しなど必要なものを置いてアーミヤは退出していった。

 病室に一人残されたDr.は、気だるい体を動かす気にならずそのまま寝入った。

 

 

 

 ----

 

 

 

 Dr.が寝入ってからそれほど時間が経たない内に、病室のドアを控えめなノックの音が鳴った。

 

「...失礼するぞ」

 

 入室してきたのは特徴的な赤と黒のジャケットを羽織っているフロストリーフであった。アーミヤに呼ばれ、Dr.の看病しにきたのであった。

 声を小さく足音は立てないようにしながらフロストリーフは、ベットの脇にあるイスへと腰かけた。

 

「ドクター...?」

 

 恐る恐るベットで眠るDr.の顔を覗く。体温が高くなっているのか、頬を赤くしており寝汗もかいている。

 フロストリーフは試しに額に乗せられたタオルを触れてみると、僅かに濡れてはいるがとても熱くなっていた。慌ててタオルをとると、水桶に戻してDr.の額へ自身の手を当てた。

 Dr.の額はとても熱く、フロストリーフは手のひらからアーツで冷気を出した。

 

「...ん」

 

 フロストリーフの手が気持ちよいのか、Dr.の顔から苦しさが抜けた。フロストリーフはほっと一安心、だが片手が塞がってしまったことに気が付く。

 気持ち良さそうに寝ているDr.を見ると手を退ける気になれず、片手で水桶をかき回すことにした。くるくると水桶の中でタオルが回る。

 

 フロストリーフは加減したアーツの冷気で水を冷やしていく。次第に水が凍っていくが、かき回しているためシャーベット状になる。それを確認すると、Dr.の額から手を離してタオルを絞っていく。

 キンキンに冷えた濡れタオルをDr.の額に宛がい、フロストリーフは漸く一息ついた。

 

 フロストリーフはイスに座りなおし、ベッドの上にいるDr.を眺める。じーと穴が開くほど見つめていると、見えている顔周りに寝汗が酷いことになっているのが目に入った。

 フロストリーフはこのままにしてはいけないと、乾いているタオルでDr.の顔を拭いていく。頬から鼻、そして逆頬顎から顎と拭いていき首を拭っていく。

 

 首を拭うさいに寝巻きのDr.の鎖骨がチラ見えする、思わず目を奪われるフロストリーフ。だがよく見ると寝巻きが汗でじんわり湿っていた。

 恐らく体の方も顔同様に寝汗をかいているのだろう。ただ拭うためにはDr.の服を脱がさなければならない、その事実にごくりと生唾を飲み込む。

 

 これは看病のためと心のなかで言い訳しつつフロストリーフはDr.の寝巻きを脱がしていく。ドキドキと鼓動が早くなる中、Dr.の寝巻きを脱がし終えた。

 医者であり研究者でもあるDr.は基本室内に居ることが多い、そのうえ外に出る際には肌を露出させないほど着込んでいる。そのためDr.の肌は白く、日に一切焼けていない。

 

 フロストリーフは綺麗なDr.の体に思わず指を滑らせた。特別鍛えているわけではないが肥満でもないDr.の体は、男性特有の硬く筋肉質でありながらキメの細かい肌であった。

 鎖骨から腹筋まで指を滑らせ、次に腹筋を撫で回すとわき腹までも触れた。フロストリーフは、寝汗のせいかしっとりとしているDr.の肌に夢中になってしまう。

 

「ん、んん...」

 

「!」

 

 余程くすぐったかったのか、Dr.が身じろぎをする。そこで漸くフロストリーフは我に返るが、自分がしでかしたことに羞恥心が込み上げてきたのか顔を真っ赤にさせた。

 気恥ずかしさを隠すように、いそいそとDr.の体を拭いていく。胸部と腹部といった体の前面は拭いたのだが、背部の後ろ側と腕部が出来ていない。

 

 少し考えフロストリーフは仕方がないことだと自分に言い聞かせて、Dr.の体を起こす。少々体格さはあるものの、鍛えているフロストリーフには苦にならなかった。

 Dr.を座ってる状態にすると、フロストリーフは抱きかかえるようにしDr.の寝巻きを脱がしていく。ほぼ抱きしめている状態かつ、Dr.の素肌が目の前にあるという事実に脳内でぐるぐると思考がループし始める。

 

 ギクシャクとロボットのようになりながらも、Dr.の体を拭き終わる。フロストリーフはこれで全部終わったと安堵するが、ふとDr.に顔を向けると目があった。気だるそうな熱に浮かされた目をしていた。

 ビキリと音がしたようにフロストリーフは固まってしまう。ここで叫んだりDr.を放したりしないだけ有情である。

 

「ふろす、とりーふ、か...?」

 

「あ、ああ、そうだ。...寝かせる、ぞ?」

 

「...? そうか、たの、む」

 

 余程高熱なのか寝起きだったためか、Dr.は自分が置かれている状況を把握できていない。フロストリーフはDr.を慎重にベットへ再び寝かせる。

 Dr.は以前として意識が覚醒しきっていないのか、ぼーと天井を眺めている。フロストリーフは心配しながらも、新しい寝巻きを取りに行く。

 

「ドクター、寝巻きだ。着替えられるか?」

 

「ん? ああ、大丈夫だ」

 

 体を起こし寝巻きを受け取るDr.だが、頭はフラフラとしている。その間にもフロストリーフは新しくタオルを濡らし絞る。

 

「...ふぅ」

 

「大丈夫、じゃないな。今はゆっくりと休むんだドクター」

 

「そう、させてもらう...」

 

 Dr.はそう言い残すとまた寝入った。静かな寝息を立てるDr.にフロストリーフは濡れタオルを宛がう。

 最初来た時よりも安らかになったDr.の寝顔に、フロストリーフは微笑む。

 

「頑張りすぎだぞ、ドクター」

 

 Dr.の寝顔を見ながら、その頬を突っつくフロストリーフであった。

 

 

 

 

 .





 評価・感想・お気に入りありがとうございます。

 日間は3月一杯までかなーと感じる今日この頃


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プリュムの初めての休日 (プリュム)

 とある方のリクエストから、プリュム休日の一日みたいなものより
 めっちゃ真面目ちゃん、けどロドスに来た理由がまったく分からない不思議ちゃんでもある


.

 

 

 朝早い時間、ロドス基地の自室でプリュムは祈りを捧げていた。リーベリ族であるが出身地がラテラーノであるため、敬虔な教徒であるプリュムは毎日この慣習を行っている。

 プリュムはこの祈りを捧げている間、精神を統一させ心を落ち着けている。のだが、今日に限ってはいくら祈っていても心のざわつきが治まらない。

 

「神よ、お助けください」

 

 カーテンが開け放たれた先を祈っていたプリュムであったが、遂には声にも出してしまう始末。何がそこまで彼女を追い詰めるのか、それは。

 

「休日の過ごし方をお教えください...!」

 

 なんとも言えない理由であった。そもそも神頼みするような事なのかという疑問があるが、本人はとても真剣であった。

 

 

 

 

 そもそも何故プリュムが休日に悩んでいるかというと、Dr.の秘書はローテーションが組まれておりプリュムが担当したある日のことであった。

 

「なぁプリュム、お前いつ休んでいるんだ?」

 

「突然どうされたんですか? ドクター」

 

 いつも通りの業務をこなしている最中に、突然Dr.に声をかけられた。

 

「いや、プリュムが休みの日でも訓練室に入り浸ってるって報告が上がってきてな」

 

「はぁ、確かに休みの日も訓練していますが」

 

 それが何か問題でも? と言いたげに首を傾げる。プリュムの反応にDr.は頭が痛くなった。なんの為の休日なのか、そう説教するのは簡単だがそれよりも手っ取り早く効果的な方法があった。

 

「プリュム、お前明日から休みな」

 

「え!?」

 

「あとドーベルマンに訓練室を使用禁止にするよう通達しておくから」

 

「ええええーー!?」

 

 百聞は一見にしかず、ということでDr.は強権を発動したのであった。

 後日Dr.はアーミヤに怒られる、と思いきや賛同されていた。どうやらプリュムの件はCEOの大きな耳にも届いてたのであった。

 以上のことから、ロドス全体でプリュムの(強制)休日が実施されているのだ。

 

「訓練以外にどうやって休日を過ごせと言うのですか...ッ!」

 

 本来簡単なことであるはずなのに、どうやらプリュムには無理難題と同意義であったようだ。

 一時間ほど祈り続けていたが、焦燥感は一向に治まる気配がなかった。これではダメだ、と祈りを切り上げると時間も丁度よいと食堂へと向かう。

 

 

 

「神に感謝します」

 

 いつものように木の実を使ったパンとリンゴにヨーグルトといった、ヘルシーな朝食である。

 食事前の挨拶を済ませ、食べ進めるがどこか据わりが悪い。チラリと横目で食堂を見渡すと、他のオペレーターと目が合う。

 

「...」

 

 横目で見ていたため、目が合っても逸らされることはなかったが直ぐにそのオペレーターは目を離した。そこでプリュムは別のところへと目をむけると、そちらに居たオペレーターも自身のことを見ていた。

 数度確認するが、そのどれもと目が合ってしまう。

 

「何故なんだ...」

 

 何故どうしてと頭の中でぐるぐると考えてしまい、折角の朝食の味が分からない。

 プリュムは言葉にできないものを感じていると、一人の人物に声を掛けられた。

 

「おはよう! 隣座るね?」

 

「え、ええ。構いませんが」

 

 とても元気よく声を掛けてきたのは、白と黒を基調とした肌の露出があるクリフハートであった。彼女の朝食であろうお盆には、白パンに加えて肉類が山盛りになっていた。

 クリフハートは隣に座ると、朝食をぱくついていき見る見るうちに減っていく。朝からたくさんの肉を食べる姿に、プリュムは見ているだけで胃もたれしそうになる。

 

「それにしても変なことになったね」

 

「変、とは?」

 

「あれ、知らないの?」

 

 唇を肉の脂でてからせているクリフハートは首を傾げた。

 

「ロドス中に通達されてるよ、プリュムに仕事させるな訓練させるなーって」

 

「なっ!? ...そこまでしなくても。というかさっきから目が合うのはそうことでしたか...」

 

 まさかここまで大事にされてるとは思わず、プリュムはため息をついた。休もうと思えば休めるのにと思っているのだろうが、さっきの祈りは何だったのだろうか。

 

「むしろここまでしないとダメだと思われてるんじゃないかな...」

 

「うぐ」

 

 呆れ顔のクリフハートに図星を刺されてしまい、プリュムは胸を押さえる。まさに痛いところを突かれたのである。

 

「で、実際どうするの? 休みなんでしょ?」

 

「...どうしましょう」

 

 もぐもぐと口に肉を頬張るクリフハートに、プリュムの顔に影がさす。祈っている最中から今まで考えていたのだが、いっこうに思いつかなかったのである。

 プリュムの様子に、クリフハートはDr.の予想が当たっていたと一つ頷いた。

 

「やっぱりね」

 

「やっぱり、とは?」

 

「ドクターがね、プリュムは休み方知らないだろうから教えてやれって」

 

「...そこまで見透かされていたのですか」

 

「うん。だから今日は私が連れまわすから、覚悟してね?」

 

「お手柔らかにお願いします」

 

 プリュムはこれも一つの経験だと思い、深々と頭を下げた。そのため、クリフハートの目が鋭くなり光っていたことに気が付いていなかった。

 

 

 

 

 

 ----

 

 

 

「あ、あの本当にこれを着るんですか?」

 

「勿論!」

 

 ロドス基地の購買部、その中でも服飾店に二人はいた。プリュムは試着室の中におり、困惑した声でクリフハートに問うていた。

 対するクリフハートはキメ顔で、ワクワクしながら待っていた。プリュムに逃げ道はない。

 

「あの、これ私に似合わないと思うんですけど...」

 

 控えめで恥ずかしそうにしながら試着室からプリュムは出てきた。

 

「おぉー! 似合ってる、カワイイよ!!」

 

「うぅ~...」

 

 試着室から出てきたのは、淡いピンク色を基調にしたフリルのついたワンピース姿であった。リーベリ用の麦わら帽子も被っており、帽子の隙間から一房の羽が飛び出ているのがワンポイントになっていた。

 プリュムが普段着ない色合いなため、とても恥ずかしいのかワンピースの裾を握り締めている。

 

「うんうん、可愛い顔立ちだしやっぱりこういうのが似合うよね」

 

 クリフハートはプリュムを右から左へ見渡しながら、何度も頷き自分の見立てが間違っていなかったことを再確認する。

 

「じゃあ、次はこれを着てみようか」

 

 一頻り満足すると、クリフハートは脇においていた別の服を手に取った。

 

「...え?」

 

「え? 一着なわけないよ? まだまだたくさんあるんだから!」

 

「あ、あははは...」

 

 脇に山盛りとなっている服に、プリュムは乾いた笑いしかでなかった。

 

 

 

 

 

 

 その日、プリュムはクリフハートに散々着せ替え人形にさせられた。訓練するより心身ともに疲れたが、自室のクローゼットに加えられた新しい服を見て。

 

「こういうのも、悪くないかな」

 

 

 

 

 

 .





 評価・感想・お気に入りありがとうございます!



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好きよ、ドクター (プラチナ)

 とある方のリクエストから、プラチナより
 今回は初心くないプラチナさん


.

 

 

 

 

「今日もいい朝だ」

 

 Dr.は日課にしている、朝日を浴びに甲板へ足を運んでいた。日頃、事務室でイスに座っているため、こうでもしなければ日を浴びることさえないのである。

 体全身を伸ばしたり柔軟体操しながら、甲板の周囲をぐるりと一周する。

 

「精が出るわね」

 

「おわ!」

 

 普段の早朝は誰もいないはずであるはずなのに、突然声を掛けられ飛び上がるほど驚く。Dr.は声の方向を見上げると、そこには外装に腰掛けているプラチナがいた。

 プラチナはDr.の驚きように、片手で軽く口を押さえながらクスクス笑っていた。

 

「プラチナか、おはよう」

 

「おはようドクター」

 

 挨拶をするとプラチナはひらりと軽快な身のこなしでDr.の前へ降り立った。運動音痴であるDr.では到底できないことに、プラチナに拍手を送った。

 

「やめてよ、そんな凄いことじゃないのに」

 

「俺からすれば十分凄いさ」

 

 実際、プラチナにとっては大したことではないのだが、Dr.は凄い凄いと褒めちぎる。さすがに褒められて悪い気はしないのか、照れたようにそっぽを向いた。

 一頻り褒めると、Dr.は首を傾げながらプラチナに問うた。

 

「プラチナはこんな朝早くにどうしたんだ?」

 

 そう、いつもなら誰も居ないはずなのに今日は何故かいるプラチナ、そのことを疑問に思っているのである。

 問われたプラチナは、背後に回している手を組みながら決まりが悪そうに体を左右に振っている。

 

「なぁに、私が居たらいけないの?」

 

「いや? 気になってな」

 

 プラチナはするっとDr.の前に滑り込むと、顔を近づけ上目でDr.の顔を見上げた。Dr.は上目遣いで覗き込んでくるプラチナに、素のままでで返答した。

 余りにも自然体なDr.に、プラチナは頬を膨らませた。

 

「もう...」

 

「...?」

 

 拗ねた様を見せるプラチナであったが、Dr.は皆目検討が付いていないのか腕を組み頭を傾けていた。

 Dr.の様子に、ほとほと飽きれるプラチナであった。だが思い返すと、こういう事に関してはDr.は鈍いことを思い出した。

 

「甲板、一緒に歩きましょ?」

 

「ん、構わないぞ」

 

 そういうと二人は甲板の上を歩き始めた。朝日とほどよい風を感じながら、ゆっくり、ゆっくりと歩を進めた。

 会話もなく、甲板の頂点へと到達した。遮るものが何もないせいか風がとても強い、そのためDr.はフードを押さえプラチナは流される髪を風に任せるままにした。

 ロドス基地が西へむいているせいか、朝日がとても眩しい。目にダイレクトに太陽の光が当たるせいか眉をしかめる。

 

「ここまでくると流石に風が強いな...! 戻るか!」

 

 あまりの風の強さと日差しにDr.は踵を返す。だがDr.は数歩進むと、隣にいるはずのプラチナが来ていなかった。

 

「プラチナ...?」

 

 Dr.は振り返ると、プラチナは甲板の手すりに腰掛けてこちらに体を向けていた。逆光のせいで顔色はよく見えず、風に流されている髪によって僅かに見えている部分も隠れてしまっている。

 目の上に手でひさしを作り、プラチナを良く見ようとすると彼女の口が動いているのが見て取れた。

 

「―――、――――」

 

 何かを言っている。風に流されてその程度のことしか分からなかった。

 

「どうしたんだ! プラチナ!」

 

 何を言ったのか、Dr.は声を張り上げてプラチナに問うたがプラチナの口が弧を描いていたことしか見て取れなかった。

 Dr.が困惑していると、プラチナは軽い足取りで近づいていった。

 

「乙女心が分からないと、苦労するぞ♪」

 

「え?」

 

 Dr.の頬をふにっと潰しながら、プラチナは基地内へと入っていった。

 

「何だったんだ?」

 

 終始プラチナに翻弄されたDr.は、しばし甲板の上で呆けていた。

 

 

 

 

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 評価、感想、お気に入りありがとうございます!

 そろそろ日間は終わりかなと、4月からは気分次第の投稿になります。
 もうネタないから内容が薄くなる一方だよぉ。


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空回りカーディ (カーディ)

 とある方のリクエストから、空回りカーディより
 久しぶりに書きました


.

 

 

 

 

 

「よし! 今日こそは...!」

 

 彼女の名前はカーディ、若くしてロドスアイランドのオペレーターになっている才女である。

 

「今日も頑張っていこー!」

 

 天高く突き上げた拳に誓い、今日も今日とではりきって基地内へと繰り出していった。一抹の不安を抱えながら。

 

 

 カーディが最初にやってきたのは厨房であった。たくさんの人員を抱えるロドスにおいて、厨房というのはある種の戦場と化している。

 そんな厨房であるが、現在は朝食の時間が終わっており一種の緩急した空気が流れている。もっとも、後片付けの現実から逃避してるだけかもしれないのだけれども。

 

「お邪魔しまーす」

 

「カーディ、手伝いに来てくれたの?」

 

「そうだよ!」

 

「わー! ありがとう!」

 

 厨房に入っていったカーディを迎え入れたのは、調理担当の一人のグムであった。カーディを歓迎しているものの、グムの顔は憔悴していた。今日の朝も激戦であったようだ。

 グムの様子に、カーディはいっそう気合をいれる。視界の隅には幽鬼のようになったスタッフが居ることも、気合入れの拍車をかけていた。

 

「よーし頑張るぞ!」

 

「いつもありがとね~」

 

「任せておいてよ」

 

 袖を捲くり、気合十分なカーディはお皿が山のように詰まれたシンクへと向かった。

 

 カチャカチャと食器を鳴らしながら、カーディは山を減らしていく。時折グム達、厨房スタッフが声を掛けてくれたり、手伝って貰いながらもこなしていく。

 カーディは食器一つ一つを丁寧に、焦らないように扱っていた。というのも、元来そそっかしい彼女なのだがつい先日、食器洗いをしているときに手を滑らせお皿を一枚割っているのだ。その時は始めてというのもありちょっとした注意で済んだのだが。

 

(焦らない焦らない。食器は逃げないんだから)

 

 自分に言い聞かせるようにしているカーディ、内心はかなり気にしていた。こうした手伝いはよくやるのだが、少なくない頻度で空回りやおっちょこちょいを発揮していたためだ。

 一山洗い終え、食器用の乾燥機へと持っていくさいも、抜き足差し足で恐る恐る持っていく。

 

「慎重に...慎重に...」

 

 余りにもゆっくりなため、緊張からかカーディの体は振るえそれが持っている皿の山へと伝播している。そんな彼女の様子に、厨房のスタッフは笑みを浮かべていた。

 

 

 

「これが最後の一枚!」

 

 時間にして凡そ二時間といった頃合、漸くシンクから食器の山がなくなりカーディが手にしている一枚のみとなった。

 終わらせた達成感と体の疲労、そして集中力を使いすぎたせいかカーディは呆けてしまう。

 

「ダメダメ! 最後まで気を抜いたらダメ!」

 

 ふと我に返ると頭を振って意識を変える、勝利が決まった瞬間その時が一番油断する時だとはDr.の談。

 といっても食器は既に残り一枚、カーディはそれを持って乾燥機へ入れるために踵を返した。

 

「最後の一枚、気を抜かないように...あっ!?」

 

 何がいけなかったのだろうか。心の端にあった油断か床に飛び散っていた洗剤を含んだ水のせいなのか、カーディは足を滑らせてしまったのである。

 後ろへ倒れる体にすっ飛んでいく食器。倒れるまでスローモーションでそれを眺めるしかないカーディの顔は、真っ青になっていた。また割ってしまうのかと。

 絶望の中、倒れる寸前にカーディは誰かに抱きとめられた。

 

「危ない危ない」

 

「わわっ! ...グ、グムさん!? ありがとうございます」

 

 ニコニコと笑顔でカーディを受け止める。十分に休息をとれたのか朝にはあったグムの疲労感はなく、すがすがしい顔であった。

 

「...あ!? お皿!?」

 

「これのことかな?」

 

 がばりと身を起こすカーディに、グムはすっと片手を見せる。そこにはカーディの手から抜けた食器が握られていた。

 

「よ、よかった~」

 

「んふふ、万事OKだね」

 

「グ、グムさ~ん」

 

 食器が割れなかったことに安堵したカーディは、グムに抱きついた。

 

「あ、でも...ごめんなさい」

 

「んん? 何に謝ってるの?」

 

「私、またお皿割っちゃいそうになって...」

 

 しゅんと項垂れカーディの耳も垂れる。そこで漸くグムは把握するが、少々飽きれたようにカーディを見つめる。

 その間に、他の仕事や休憩に入っていたスタッフ達が何事かと集まって来ていた。

 

「今回は仕方ないでしょ?」

 

「でも...」

 

「でもも何もないよ。カーディが頑張ってるのはグムも皆も知ってるんだから」

 

「えっ?」

 

 優しく揶揄すようにカーディに語り掛ける。そして遠巻きに見ていたスタッフ達が見えるように、カーディの視線を誘導する。

 グムに誘導されるがままにカーディは視線を動かすと、そこに満面の笑みを浮かべた厨房のスタッフ達が居た。

 

「カーディちゃん今日もありがとねー!」

 

「気をつけろよ!」

 

「今日も助かったよ! また次も頼むからな!」

 

 などなど口々にカーディを褒めていた。彼等彼女等も、今の二人の状況からどんなことがあったかのか、察しているはずなのにである。

 

「え、えっと」

 

「カーディは気負いすぎだよ、グム達は仲間なんだ。だから、ね?」

 

 そっと優しくカーディを抱きしめる。スタッフ達が指笛を吹いたりして囃し立てるが、二人には関係がなかった。

 そそっかしく空回りをよくすることを自認しているカーディにとって、グムの言葉は心内にあった重りが取れたような感覚であった。

 

「...ありがとうございます」

 

「どういたしまして」

 

 涙ぐむのを感じながら、カーディはグムを抱きしめ返した。

 

 

 

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 評価・感想・お気に入りありがとうございます。

 2ヵ月ぶりにやるゲームは楽しいゾイ

 あと活動報告にリクエスト箱ありますので、よかったらどうぞ


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うにゃ~ん (ジェシカ・フランカ)

 とある方からのリクエスト(を要請した)、ジェシカより


.

 

 

 

「いやー手伝って貰っちゃって悪いね」

 

「いえ気にしないでください。丁度手すきだったので」

 

 クロージャとジェシカが、通路を一抱え程もあるダンボールを持ちながら歩を進めてる。

 ダンボールの中はずっしりと重く、クロージャが二箱同時に持っていくことが出来ないところを通りがかったジェシカが捕まり、手伝っているのである。

 

「これ重いですけど、何が入っているんです?」

 

「ほとんどが薬品だねー」

 

「え゛。こ、こんなダンボールで、大丈夫なんデスカ...?」

 

 ただのダンボール、そう思っていたジェシカだったのだが思いがけない返答に体が硬直する。体がガチガチになってしまい、声も片言に。

 そんなジェシカにクロージェは笑いながら答えた。

 

「あははは、大丈夫大丈夫。危ない奴は専用のケースに入ってるから、万が一落としても問題ないよん」

 

「もう...驚かせないでくださいよぉ」

 

「ごめんごめん」

 

 クロージャの悪癖たる、人をからかう本性が出たようであった。ただ、ここで終われば全て済む話だったのだが、そうは問屋が卸さなかったようで。

 

「もう、クロージャさんのバカ。あうっ!?」

 

「あ」

 

 拗ねたジェシカが小走りに駆けたのだが、間が悪かったのだろう。丁度曲がり角からやってきた人物に衝突してしまったのである。

 

「あ、あっ!? えい!」

 

 バランスを崩したジェシカは、ダンボールがぶつかってしまった相手に落ちないように弾き飛ばした。先ほどのクロージャが言っていたことを咄嗟に思い出したからである。

 

「あ痛!?」

 

 ガシャン! と何かが割れる音がした。ダンボールそのものは通路へと投げ出されたのだが、投げる勢いが強すぎたのかダンボール口が開き、そこから液体入りのガラス瓶がいくつか飛び出してしまったのだ。

 

「何これ、ぺっぺっ。変な匂い...」

 

「フ、フランカ先輩」

 

 ジェシカと衝突したのはフランカであった。尻餅をついた状態の彼女は、ガラス瓶が当たったのか額の一箇所が赤くなっており更にはそのまま割れたのか顔中液体塗れであった。

 口の中に入ったのか、仕切りに吐き出そうとするが上手くいかない。フランカはハンカチを取り出して顔を拭き、そこで漸く事態を把握した。

 

「ジェシカ...? はぁ、まったくおっちょこちょいなんだから」

 

「あっちゃ~...」

 

 フランカが起き上がると、クロージャが近くまで寄って来ていた。割れたガラス瓶を手に取ると、そのラベルを見て頭を抱えた。

 

「クロージャ、どうしたのよ」

 

「うーん、うん。先に謝っておくね。ごめんね?」

 

「え、何が? ってジェシカ大丈夫」

 

 平謝りするクロージャに首を傾げながらも、ぶつかって来た後輩へと目を向けるフランカ。あの後輩のことだからケガをしているか、平身低頭してるのだろうとフランカは思っていたのだが。

 

「...ジェシカ?」

 

「ふにゃ」

 

 とろんと蕩けた目つきに紅潮した頬、体はふらふらと小さく横に揺れている。正気じゃない、そうフランカが判断したのと同時に、ジェシカがフランカに抱きついた。

 

「ちょっとジェシカ!?」

 

「ふんふんふん」

 

「くすぐったい、ってば!」

 

 フランカは振り解こうとするものの、がっちりと両手で身体を拘束されたフランカになす術はなくジェシカはフランカの首元を仕切りに嗅いでいる。

 

「ふむふむ、効果は抜群と」

 

「ちょっとクロージャ! 見てないで助けなさいよ!」

 

「うーん、ちょーっと無理かなぁ」

 

「何でよ!?」

 

 フランカは普段のジェシカとは思えないほどの力強さに焦りを募らせる。ついには側でメモ帳片手に事の成り行きを見ていたクロージャに助けを求めるも、クロージャから拒否されてしまう。

 ただ、クロージャもフランカを見捨てているわけではないようで、申し訳なさそうな顔になっていた。

 

「フランカが被ったその液体、フェリーン用の一時的な増強剤なんだけど」

 

「それでこんな力がッ、うぎぎぎ...!」

 

「ただ主成分がマタタビでねぇ」

 

「ちょっとぉ!?」

 

「まぁ、そういうことなんだよ、ね?」

 

「ね? じゃないわよこのスカポンタン!」

 

「うにゃ~ん」

 

 

 

 

 

 -----

 

 

 

 

 

「それでこうなってると」

 

「そうよ」

 

 結局フランカはあの後、抱きついたジェシカを連れて自室へと戻っていった。本来やるべき業務はDr.へと連絡し免除してもらうと、リスカムを呼んでジェシカを引き剥がした。

 シャワーで増強薬を洗い流すために引き剥がしたのだが、ジェシカは暴れるわ、うにゃんうにゃん煩いわで大変であった。

 

「なんていうか...ご愁傷様?」

 

「まぁたまには甘えさせるのもいいんじゃないかしら」

 

「フランカがいいならいいけど」

 

 リスカムは、フランカを正面から抱きしめているジェシカを微妙な目つきで見つめる。ジェシカは最初より幾分かマシになったとはいえ、蕩けた目つきにピンクに上気していた。

 

「ごろにゃ~ん」

 

「...。じゃあ私は遣り残した業務があるから」

 

「いってらっしゃーい」

 

 フランカから経口摂取ではないため、染み付いてしまった臭いが自然霧散すれば元に戻ると聞いている。それもあの状態のジェシカはどの道どうにもできないと、リスカムは退室していった。

 リスカムを見送ったフランカは、自身の頬に頬ずりするジェシカの頭を優しく撫でた。

 

「にゃ...」

 

「ふふ、本当に猫みたいになっちゃってるわね」

 

 それから二時間ほどは、頬ずり、匂い嗅ぎ、じゃれるなどといったことをジェシカはフランカに対して行った。対するフランカは時に頬ずり返したり、いなしたり、一緒に遊ぶなどをして思いのほか楽しく過ごした。

 ただ、換気している室内で時間が経過したためか、頬の上気はなくなり目にも理性の光が戻ってきていた。

 

「...ふらんか、さん?」

 

「なぁに? ジェシカ」

 

 漸く言葉を発した。といっても、今だ完全にマタタビの効果が抜けきっているわけではないのか、たどたどしい。

 

「わたし...いいの?」

 

「何がかしら?」

 

 ジェシカは言いよどみ、口をモゴモゴと動かす。

 

「よわい、わたしが。しぇんぱい達といっしょで、いいのかな...」

 

 瞳が、揺れている。ぎゅっ、とジェシカの手がフランカの服を握り締めた。

 

「ジェシカ、いいのよ。大丈夫、私達は知ってるから、貴女が頑張り屋なよく出来た子だって」

 

「しぇんぱい...」

 

 そっとフランカは、ジェシカの頭を自身の心臓のある位置へと持って行く。ジェシカはフランカの鼓動を聞いて安心したのか、目蓋が緩やかに落ちていく。

 

「だから、大丈夫」

 

 優しく、優しくジェシカの頭を撫でると、ジェシカの目蓋は落ちきり寝息を立て始めた。

 

「今はゆっくりおやすみなさい」

 

 

 

 

 

 

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 評価・感想・お気に入り・誤字報告ありがとうございます。

 明日から忙しくなるぞぉ(白目

 続きものでもここの短編集にあげていくことにしました。アンケートありがとうございました。

 活動報告にリクエスト箱ありますので、よろしければリクエストしていってください。


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大雨覆という贈り物 (サイレンス)

 とある方のリクエストから、サイレンスより
 サイレンスが納豆食べてるとは思わないけど、書きたかったから書いた、後悔はしていない
 あとイメージとして、サリアとの仲違い解消後としています。

 大雨覆(オオアマオオイ)とは、鳥類の羽の部位の一つ、胴体側中央付近の羽


.

 

 

 

 ロドス食堂内の一角で、サイレンスは食事を摂っていた。といっても食事に集中しているわけではないようで、心此処に在らずといった様子。

 何か考え事をしているのか、普段は食べない納豆をグルグル、グルグルと手に持った箸でかき混ぜ回す。既にかき回しすぎてあわ立つのを超え、ひき割りへと変貌していた。

 

「...はぁ」

 

 漸く納豆をかき回せ過ぎたことに気づいたサイレンスは、手を止めると醤油を一滴垂らして食べ始めた。

 先ほども挙げたとおり、サイレンスは普段洋食を好んでいる。そのため和食は口にしたことはあまりなく、今回の白米、味噌汁、塩鮭、おひたし、納豆という純和食は始めてなのである。

 バランスよく順繰りに食べ進めて行き、お皿を空にしていく。最後に味噌汁を一飲みした。

 

「ほっ...」

 

 食べ慣れていないはずなのに、どこか心が落ち着くようなそんな心地にしてくれた。

 

「ごちそうさま」

 

 綺麗に食べ終えた食器を重ねて、和食に合わせて持って来た緑茶を啜る。両の手で湯のみを持ちながら背もたれに寄りかかり、天井を眺める。

 そして、落ち着いた。落ち着いてしまった。食事中に考えていたことが再び脳裏に蘇ったのであった。

 

 -ゴンッ! 

 

 サイレンスは勢いよくテーブルへと額をぶつけた。

 食堂にいたスタッフやオペレーター達も、何事かと振り向く。机に突っ伏すサイレンスを確認すると、どうしたのものかとザワつくが、一人のオペレーターが足を向けたことによって一先ずの落ち着きを見せた。

 

「どうかしたのかね、お嬢さん」

 

「ヘラグさん...」

 

 サイレンスの目の前に座ったのは、老兵のヘラグであった。声を掛けられたサイレンスは、顔を上げるが顎で頭を支えるようにしていた。ちなみに眼鏡は割れてはいない。

 

「随分と疲弊しているようだが...」

 

 ヘラグの気遣わしげな声音に、サイレンスは考え込む。今、自身が持て余している悩み事を言うべきか否か。

 

「...」

 

「悩み事かね? 無理にとは言わないが、話す事で頭の中の整理ができるとも思うが。どうだね?」

 

 サイレンスは上体を起こすと、口を開いた。

 

「...実は」

 

 

 

 

 

 

 

 

「そうか、なるほどなるほど。つまり何時もお世話になっているドクターに、何かお礼をしたいということかね」

 

「そう、なるのかしら...?」

 

 一通り話し終え、そう結論付けると二人は緑茶を啜る。言葉にして出したためか、サイレンスの顔色は幾分かよくなっていた。

 

「ドクターなら気にしないとは思うが、それでは君の気がすまないのだろう?」

 

「ええ、そう。そうね」

 

「となるとだ、一番手っ取り早いのは贈り物だろう」

 

「贈り物...」

 

「そうだなぁ。貰ってその人だと分かるもの」

 

「分かるもの...あ!」

 

 サイレンスはヘラグの一言一言に頷くと、何か閃いたのかガタリとイスを鳴らしながら立ち上がった。

 

「おや」

 

「ありがとうございます! ヘラグさん」

 

 そういうとサイレンスは小走りで食堂から出て行った。残されたヘラグは、自身の残りの緑茶を啜る。

 

「若いとは、いいものだな」

 

 

 

 

 -----

 

 

 

 

 食堂から出たサイレンスが向かう先はDr.がいるであろう執務室であった。道中、自身の腕を翼にしたさいに、手ごろな大きさのものを一枚毟りとっていた。

 早歩きしながら毟りとった羽を見つめる。サイレンスにとって、自分の羽を贈るのには特別な意味がある。『あなたを信頼しています』、そう思いを込めて。

 

 サイレンスにとってDr.は頼れる人物である。ロドスに保護されるときも積極的に動き、オペレーターとなったときも医療班にも所属するときにも手を尽くしてくれた。

 そして何より、サリアとの関係修復を手助けしてくれたのが一番大きかった。ライン生命から抜け出す前後に悶着があったのだが、今はそれがない。Dr.のお陰である。

 

 手に持った羽の軸を持ちくるくると回すサイレンス。それを眺めていると、向かいから声を掛けられた。

 

「サイレンスじゃないか」

 

「ドクター!?」

 

 Dr.であった。思わぬ邂逅にサイレンスは驚き、思わず手に持っていた羽を背後に隠した。その間にもドンドン近づいてくるDr.に、サイレンスは気恥ずかしさから目を顔を合わせられない。

 

「今から食堂に行くんだが、サイレンスは?」

 

「え、えっと...」

 

「?」

 

 何も考えず勢いで行動してしまったので、咄嗟に返事ができずどもってしまう。サイレンスの様子にDr.は不思議に思う。

 

「どこか体調でも悪いのか...?」

 

 そう言いながら顔を近づけるDr.に、サイレンスは耐え切れなくなり。

 

「これ! あげるからっ」

 

 本当なら、ありがとうの一言でも伝えたかったのだが、手に持っていた羽をDr.に押し付けるとサイレンスはDr.の横を通り過ぎて去っていってしまう。

 

「あ、サイレンス!? ...行っちゃったよ」

 

 サイレンスを引きとめようと振り返るが、その背は既に遠く出していていた手は宙を泳ぐ。

 

「何だったんだ...。それにしても羽か。色合いからするとサイレンスのか?」

 

 サイレンスから貰った(?)羽をまじまじと見つめるDr.は、サイレンスの髪と同色でありながら綺麗なグラデーションに目を奪われる。

 いつまで眺めていたのか、Dr.は自身に近づいてくる足音に気づく。

 

「どうしたんだドクター」

 

「サリアか。いやサイレンスから羽を貰ったんだがな...ってなんだその顔は」

 

 Dr.の側に寄ったのはサリアだった。最初は不思議そうにしていたサリアであったが、Dr.の言葉を聞いたとたんににやついた顔つきへと変わった。

 

「そうか、サイレンスもドクターに渡したか」

 

「も? 何かこの羽に意味があるのか?」

 

「実はサイレンスはな――――

 

 

 

 

 

 -----

 

 

 

 

「はぁ...」

 

 Dr.に羽を渡し(押し付け)た次の日、サイレンスはため息をつきながら通路を歩いていた。ため息の原因はDr.に何も言わずに羽を贈ったことであった。せめて何か一言だけでも副えていれば、と今更ながらに後悔しているのである。

 

「やっぱり、ちゃんと言ったほうが...」

 

 ただ改めてとなると、恥ずかしさは倍増してしまいどうにも踏ん切りが付かないでいた。もういっそのこと、このまま何も言わなままでいいのではとさえ思い始める。

 そう悩んでいるうちに、サイレンスを呼び声が通路へと響いた。

 

「サイレンスー!」

 

「ど、ドクター!? あ、いや、ちょ...!」

 

 今一番会いたくない人物筆頭、Dr.であった。サイレンスの名前を呼びながら駆け寄ってくるので逃げる訳にもいかず、サイレンスはDr.に捕まった。

 

「ようやく、見つけたっ」

 

「大丈夫なの。そんなに息を切らして...」

 

 サイレンスを探してロドス内を走り回ったのか、Dr.は肩で息をしていた。整えるために暫く時間を要したが、息を整え終えるとDr.はサイレンスの手を両手で包み込んだ。

 

「サイレンス、ありがとう!」

 

「え、え?」

 

 突然のことに目が点になるサイレンス。手を取られるのもお礼を言われるのも心当たりがないのである。だがDr.は喜色満面といった様子。

 

「この羽、信頼の証なんだろ?」

 

「えっ!? な、なんでそのことを...!」

 

 Dr.は、片手でジャケットにつけていた羽飾りを手に取りサイレンスに見せた。Dr.はサリアから話を聞いた後、嬉しさのあまり直ぐにアクセサリーとして羽を改造したのだった。

 

「それが凄く嬉しくてさ」

 

「うっ、うん...。今までお世話になったし、これからもそうなるだろうなって思って...」

 

「そっか、これからもよろしく。そしてありがとう、サイレンス」

 

「...どう、いたしまして」

 

 Dr.の笑顔に、サイレンスははにかみながらそう返した。

 

 

 

 

 .




 評価・感想・お気に入り・誤字報告ありがとうございます。

 続きものでもここの短編集にあげていくことにしました。アンケートありがとうございました。

 活動報告にリクエスト箱ありますので、よろしければリクエストしていってください。


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女(装)難の相Inシエスタ (アンセル・カーディ・メランサ)

 とある方のリクエストから、女装アンセルより
 イベントは終わってしまって今更感
 あとInシエスタとか書いてあるけど今のところ続き書く予定はないです



.

 

 

 

 

 国家:シエスタにあるホテルの一室で、アンセルは窮地に立たされていた。

 

「ほらほら~、早くしなよ~」

 

「くっ...!」

 

 アンセルは苦虫を噛み潰したような顔をしながら、手に持つ一枚を睨んでいる。対するカーディは二枚のカードを持っているが、アンセルとは違いその顔は余裕綽々といった様である。

 そう二人はババ抜きをしているのである。しかも、罰ゲームつきで。

 

「え、えっと、二人とも頑張って...!」

 

 二人の間で応援しているメランサだが、既に一抜けしているため罰ゲームには関係ないため気楽なものだった。

 

「うぬぬ...」

 

 悩みに悩んで唸り声が漏れるアンセル。今までもこの手のカードゲームにカーディと興じたことはあるのだが、ここまで悩むことはなかった。何故ならほぼ全てでカーディが自滅していたからである。カーディは感情の起伏が大きいため、ポーカーフェイスとは無縁、ハッキリ言ってしまえば弱いのだ。

 

「ふふ~ん」

 

 弱い、はずなのだが今日に限ればそうとは言い切れなかった。アンセルに突き出しながらのドヤ顔に気負いは一切感じられず、逆にアンセルは圧倒されていた。

 カーディの持っているカードへ手を伸ばす、右、左とカーディの顔色が変わるのではと思いカードを触っていく。

 

「...、」

 

 何回か繰り返すと、右のカードに僅かに反応があった。そしてアンセルはそれを見逃さなかった。

 

「これだぁっ!!」

 

 天に拳を突き上げるようにカードを取った。恐る恐るカードを見ると、そこにはアンセルをあざ笑うかのような道化が居た。ジョーカーを引かされたのである。

 

「バカな!?」

 

 思わず叫び絶句するアンセル。今までなら、そう今までならこれで勝てていたはずなのにと。

 

「アンセルぅ、私が引く番だから早く早く」

 

「ッ! わ、分かった」

 

 にやけ顔のカーディは呆然とするアンセルを急かすように促した。アンセルは慌てながらも、後ろ手にカードを回す。

 冷や汗を流しながら、二枚しかないカードをペラペラと左右に変える。その間にもカーディの顔色を伺うものの、余裕の表情なのは変わらない。何がそこまでカーディに余裕を持たせてるのか、アンセルは動揺を隠せない。

 

「...はい」

 

「んんー、どれにしようかな~?」

 

 シャッフルし終わり、カードを見せる。カーディはもったいぶるように、左右のカードを吟味する。その後に右のカードを触れ、そして左のカードを触れる、とさっと取って行った。

 

「はいこれー、あがりー」

 

「なん、だと...!」

 

「お、お疲れ様...?」

 

 まるで分かっていたかのように、ジョーカーを避けてていった。カーディの手から二枚のカードがなくなり、アンセルは自身に残った一枚のカード、ジョーカーを唖然としながら眺める。意気揚々なカーディと茫然自失なアンセルに、メランサは一声掛けることしかできなかった。

 

「アンセル、罰ゲーム! 執行内容は、女装だぁ!!」

 

「...!?」

 

 カーディは片手を腰に当てながら、仁王立ちでアンセルを指差した。

 

「ま、待って」

 

「ダメだよ~。約束なんだから、さぁ、女装しようか? そして観光しに行くからね」

 

「私達も一緒だから」

 

 カーディからの宣言にアンセルは絶望する。唯一の救いのメランサも、カーディに乗り気なのか救いの手は伸びなかった。

 アンセルに、味方はいなかった。

 

 

 

 

 ----

 

 

 

 アンセルの罰ゲームが決まってから次の日、カーディとメランサはホテルの玄関前でアンセルを待っていた。

 カーディはビキニ水着の上にビスチェを、下はホットパンツを着ており頭には黄色の半透明なサンバイザーを被っている。カーディの活発さをよく表現されており、腰に手を当ててる姿は様になっている。

 対するメランサは露出の多いモノキニだが、華やかなパレオを腰に巻いている。頭にはハイビスカスがついたバレッタで髪を纏めており、華やかさと共に上品さも伺える。

 二人とも見た目がよいため、人目を引いているがそんなことをお構いなしに玄関へと注目している。

 

「どんな感じになってるかな! かな!」

 

「多分、似合ってると思う」

 

「だよねぇ。いや~一度やってみたかったんだよね」

 

 二人でキャイキャイと話しながら待っていると、ホテルの中がざわつき始めた。カーディとメランサも何事かと目を向ける。

 

「おお!」

 

「わぁ...」

 

 ホテルから出てきたのは、桃色の髪とロップイヤーを揺らしているアンセルであった。ただし、ハイネックにシースルーとフリルのスカート、顔を隠すためなのかラウンド型のサングラスもしている。

 カツカツとヒールの音を鳴らしながらアンセルが二人に近づくが、知らなければ男性だとは分からないほど似合い具合である。あと胸に詰め物はしていない。

 

「私の見立ては間違ってなかった」

 

「可愛い、可愛いよアンセルさん!」

 

 前日から絶好調のカーディはキメ顔で思い通りといった感じで、メランサは純粋に褒める。しかしながらアンセルにとってはそれが一番辛かった。

 

「くっ、殺せっ」

 

 苦い顔のアンセルは、地獄からの呪詛かと思うほどの低い声で呟いた。そう言いながら確り着こみ、尚且つ化粧までしてくるのは生真面目なアンセルらしくはある。

 

「...はぁ。それで今日はどうするんですか?」

 

「ふふん、きちんと事前の情報収集はしてあるよ」

 

「うん」

 

 人目を引いていることもあるため、早々に諦めるアンセルに。カーディは持っていた手提げバッグから、一冊のガイドブック『テラの歩きかた-シエスタ-』を取り出した。ガイドブックの至る所から付箋が飛び出していることから、読み込んでいることが分かる。

 メランサも、おずおずと『てらぶ』と表紙に書いてあるガイドブックを取り出す。

 

「じゃあ案内はお願いするよ。メランサ」

 

「分かりました...!」

 

 前日の前科を根に持っているアンセルは、カーディを無視してメランサと共に歩き出した。

 

「ちょっとー私は~?」

 

 置いていかれたカーディだが、その顔には笑みが浮かんでおり二人を追いかけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 三人は手始めに屋台で出されていたジェラートを堪能する。シエスタは暑い気候のため、氷菓子の冷たさが心地よい。

 

「冷たくて甘いですね」

 

「不思議な味」

 

「んんーッ! あったま痛い...ッ」

 

 アンセルはスタンダートなバニラ味、メランサは普段口にしないドラゴンフルーツ味を楽しんでいる。カーディはココナッツ味のジェラードをガッツいたため、頭がキーンとするアイスクリーム頭痛に見舞われている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ジェラートを楽しんだ後、ケバブなどの屋台料理をいくつか摘んだ三人は浜辺へと来ていた。

 

「ひゃー! これが海!」

 

「湖ですけどね」

 

「気分だよ。き・ぶ・ん!」

 

「大っきい~」

 

 サンダルを脱ぎ、砂浜を駆けるカーディにいつもは大人しいメランサも追随する。そんな二人をアンセルは木陰で見送る。元々はしゃぐ性格ではない上に、女装であることも相まって大人しくすることにしたのである。

 

「ほれほれ~」

 

「きゃっ、カーディ~」

 

 カーディがメランサに水をかけ始めると、メランサも負けじとやり返す。アンセルはそれを微笑ましげに眺めていたが、水辺で遊んでいた二人が徐に耳打ちし始めた。

 二人がチラチラとこっちを見てくるのに、アンセルは嫌な予感を感じる。予感を信じ、その場から離れようとした。のだが、手をお椀状にしたカーディがアンセルに向かって走り出してきた。

 

「まて~! アンセル~!!」

 

「ちょ!? その手、絶対水入ってるでしょ!?」

 

 逃げるアンセルに追いかけるカーディ、猫と鼠の追いかけっこのように砂浜を駆ける。ただアンセルは失念していた、カーディの手の中には既に水はなく、そして相手はカーディ一人ではないことを。

 

「え、えい!」

 

「あ、うわ!?」

 

 後ろばかり気にしていたアンセルの横合いから、メランサが水を掛けた。

 

「いえーい! 大・成・功!」

 

「い、いえーい?」

 

 水も滴るいい男になった女装アンセルを他所に、二人はハイタッチをした。策が嵌ったことに喜んでいる間に、アンセルは音を立てずに動いた。

 

「見たかアンセルゥブッ!?」

 

「きゃっ!」

 

 パシャリ、とカーディとメランサに水が掛けられた。パチクリと目を瞬かせ、水辺へと視線を向けると。

 

「...フ」

 

 手を濡らしたアンセルが、ニヤリと不敵な笑みを浮かべていた。一度濡れてしまったからと、容赦なく水を使ったのである。

 

「...やったな~!」

 

「カーディ、あんまりやりすぎるのはよくないよ」

 

「休暇なんだからさ、メランサ。遊ぼうよ!」

 

 遠慮するメランサの手を取ったカーディはそう言った。少し迷うものの、カーディの笑顔に釣られたのか。

 

「うん!」

 

「よーし、まずはアンセルをベッ!?」

 

「カーディ!?」

 

「...女装の恨み、ここで晴らさせて貰う!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「疲れた...」

 

 ベンチで体を休ませながら、アンセルは横にある大量の荷物を見ながら沈痛な面持ちになる。

 アンセルは砂浜で楽しんだ後、女性二人にショッピングへと連れられて来られたのであった。見た目が女性になろうとも男であることは変わらない、そのため早々にショッピングからは離脱した。もっとも、いくつか女性ものの衣服を見繕られたため、精神的ダメージも負っているのだが。

 

「はぁ...」

 

 ため息をつきながら空を見上げる。ベンチの脇に生えている木が影を作っており、太陽光を遮っている。影の向こうには、澄み渡る青い空に照りつける太陽があるのだろう。

 休暇としてシエスタにやってきては、音楽フェスティバルに熱狂し、火山とオリジムシの騒動で狂熱した。そして今、漸く落ち着いて観光している。

 

「や、やめなさいよ!」

 

 落ち着いたはずなのだが、と女性の声が聞こえる方へと頭を向ける。そこには三人の男が二人の女性に言い寄っていた。

 女性の内、一人は極度に怯えておりもう一人が庇っている。男達はナンパのつもりなのだろうが脈がないのは明らかであった。

 眉をひそめる。不愉快なのは男達にもなのだが、見て見ぬ振りする通行人に対してもだった。トラブルを嫌がったのか、それとも日常の一部であることだからか。

 

「何度も言ってるでしょ!」

 

 どんどんヒートアップしていってるのか、ついに男達が女性の腕を取った。

 

「や、やめッ」

 

「いいじゃねーか!!」

 

 いい加減見過ごすことが出来なくなったのか、アンセルが介入するために近づいた。

 

「そこまでにしたらどうですか」

 

「なんだテメー」

 

 アンセルは女性と男達の間に割り込み、女性から男の腕を払いのけた。女性二人を庇うように男達の前に出るが、男としてはやや背が低いため見上げる形となる。そのため睨みつけているのに、どこか上目遣いのようになってしまう。ということは。

 

「ってなんだ、可愛子ちゃんじゃん」

 

「かわっ、とにかく! 迷惑してるんですから諦めたらどうですか」

 

 思わぬ反撃? に動揺したアンセルは男達に引くように告げるが、当の男達はニヤニヤとするばかりであった。

 

「じゃあ君が相手してくれるんだ?」

 

「はぁっ!?」

 

 本人としては予想外、男でも見境ないのかと思うが悲しきかな、今のアンセルはどう見ても女の子なのである。男達としては飛んで火に入る夏の虫であった。

 ジリジリとアンセルににじり寄る男達。アンセルは後ろの二人だけでも逃がそうと後ろを振り返るが、一番怯えていた女性の腰が抜けているのか動く様子がなかった。

 

「ほらほら怖くなーい怖くな~い」

 

「楽しいことしようぜ~」

 

「くっ...」

 

 にじり寄りながら、男の一人の手がアンセルへと伸びる。とそこへ、男の伸びた手が誰かに掴まれた。

 

「今度はなんd」

 

「シッ!」

 

「だッわッ!?」

 

 男はグルンと、掴まれた腕を基点に一回転して道へと叩きつけられた。

 

「大丈夫ですか。アンセルさん」

 

「メランサ!」

 

 投げ飛ばしたのはショッピングから戻ってきたメランサであった。メランサはそのまま、倒れた男の腕を捻り上げ封じ込めた。

 突然投げられ倒された男は汚い悲鳴を上げ、残りの男達は突然のことに口を阿呆のように開けて呆けていた。

 

「ジャスティスキーック!!」

 

「どわっ!?」

 

 メランサが来たのなら彼女も当然来るだろう。呆けていた男の背に飛び蹴りをかましたのはカーディ、そのまま倒れた男を踏みつけ動けないようにする。

 

「正義の使者、カーディ様の参上。ふふん」

 

「カーディ、助かったよ」

 

 何時もだったらうっとおしいと感じるカーディのドヤ顔が、今だけは頼もしく感じる。

 一人になってしまった最後の男は、仲間二人が倒されたことにオロオロするばかりで何もできない。もっとも、メランサが睨みを利かせているしカーディも直ぐに動けるように体勢は整えているため何もできなかっただろうが。

 

「それでお兄さん、どうする? 尻尾巻いて逃げるなら今のうちだけど?」

 

「う、あ...。ま、参った! もう手出ししねぇ!!」

 

 降参と両手を挙げる男に、メランサとカーディは押さえつけていた男達を解放する。メランサに投げられた男は自力で、カーディに蹴られた男は無事だった男に肩を貸してもらいながらその場から逃げていった。

 男達が見えなくなってアンセルは漸く一息ついた。

 

「ありがとう、二人とも」

 

「アンセルさんが無事でよかったです」

 

「いいってことよー」

 

 共に笑いながら互いを労わる。とそこへアンセルの背後から声がかかった。男達にナンパされていた女性二人である。

 

「あ、あの! 助けていただいてありがとうございます」

 

「ありがとうございますっ」

 

「いえ、私はあんまり役に立ちませんでしたから」

 

 謙遜するアンセルに女性は食い気味になる。

 

「そんなことありませんっ! ...この娘、男性恐怖症で、本当なら直ぐに逃げるべきだったのに...」

 

「ごめんね、私のせいで...」

 

「いいの、気にしないで」

 

 悔いるように顔を俯かせる女性に、申し訳なさそうにする男性恐怖症の女性。互いに慰めている側ら、アンセルは固まった。男性恐怖症の女性は安心しきっている、つまるとこ完全に女性と間違われてしまったわけなのだ。

 

「...え」

 

「「...ぷっ」」

 

 中性的な容姿に声であることをよく言われていたが、まさかここまでとは...。驚愕のあまり固まる。逆に、男であることを知っているメランサとカーディは顔を背けて笑ってるのを堪えようとしたが、噴出してしまってるため無意味だった。

 とそこへ声を掛けてくる人物がきた。同じ行動予備隊の仲間であるスチュワードとアドナキエル、そしてDr.であった。

 

「あれ、カーディにメランサ、と~...?」

 

「アンセルだね」

 

「えぇ!? アンセルぅ!?」

 

 スチュワードは一見アンセルが誰だか分からなかったようで、驚きの声を上げていた。アドナキエルとDr.は気づいていたようであった。

 

「三人とも何してるんだ?」

 

「えーとですね」

 

 それぞれを代表してメランサがDr.に一連の流れを説明する。その間に固まるアンセルに対して、スチュワードとアドナキエルが揺すったり顔の前で手を振るが反応がない。カーディは頬を突っつくなどしていた。

 

「ひっ」

 

「大丈夫、大丈夫だから」

 

 突然近づいてきた男のスチュワードとアドナキエルに、男性恐怖症の女性が怯える。それを知らない男二人は首を傾げるが、カーディから教えてもらい納得すると一端離れた。

 

「本当にありがとうございました。何かお礼ができればよかったんですが...」

 

「いいよー気にしないで」

 

「失礼します」

 

 カーディは手を振りながら見送り、助けられた女性は頭を何度も下げつつその場を後にした。

 そして今になって漸くアンセルが動き出し、ガックリ肩を落とすと話を聞き終えたDr.に肩を叩かれる。

 

「災難だったな」

 

「...本当ですよ」

 

 アンセルは大きなため息をついた。

 

 

 

 

 

 

 その後、アンセル達とDr.達は一緒に帰路へと着いていた。

 

「カードゲームの罰ゲームで女装とは、運がないですねアンセル」

 

「今でも悔やまれる...」

 

「でもアンセルがカーディに負けるとは珍しい」

 

 行動予備隊の男性陣が談笑しているとき、後ろに居たカーディがDr.を見上げながら悪戯っこのような笑みを浮かべていた。

 

「カーディ、これが目的で聞いてきたのか」

 

「面白そうだなーって思ってね」

 

 呆れたようなDr.に、メランサは乾いた笑いしか出なかった。

 

 

 

 

 .




 初ハーメルンからのリクエスト一本目!
 女装! アンセル! 初め見たときはビックリしました(

 評価、感想、お気に入り、ありがとうございます。

 前回までにたくさんの誤字修正をいただきました。いつもいつも助かっております。本当にありがとうございます!


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ケーキは嘘、果物は真実 (アズリウス)

 ハーメルンのとある方のリクエストから、アズリウスより
 ドクターとアズリウスとケーキ


.

 

 

 

 

 夜23時、皆が寝静まり起きているのは社畜かゲーマーぐらいといった時間。そんな時間にロドスのキッチンに明かりがついていた。

 

 

「これで最後、ですわね」

 

 

 そう呟いたのは明るい青色のパーカーを着たアズリウスであった。満足そうな彼女の目の前には、彼女自身が作りあげた奇抜な色のケーキがずらりと並んでいた。

 アズリウスはお菓子作りを趣味としているが、この時間に作っているのは彼女に対する風評に原因がある。

 アズリウスに毒物生成能力があることは周知の事実。だがそれにより彼女は他者から避けられることとなってしまった。医療班からは問題がないと太鼓判を押されているが、アズリウス自身も誤解を解くことをしないため風評を覆しきれて居ない。

 現状のアズリウスのことを考え、キッチンにはこうして人が居ない時間帯でしか使えないのである。

 

 

「あとは冷蔵庫で冷やすだけ」

 

 

 ケーキが1つ当たり20個程乗っているトレイを計4つ、冷蔵庫の中へと入れる。

 アズリウスがこれだけ多くのケーキを作ったのは、趣味でもあるのと同時に厨房班から製作依頼が掛けられているためでもある。

 厨房班からすれば、デザート作りの技術があるアズリウスに手伝ってもらえないのは不満である。そのためバレなければ問題がないと、アズリウスの毒は無害であるという証明の実績作りの依頼である。

 このことはロドス幹部も承認していたりする。

 

 

「...片付けですわね」

 

 

 アズリウスは全ての作業を終え、エプロンを外しながら後片付けを行う。

 だがキッチンテーブルの上には一つだけ、まだケーキが残っていた。コバルトブルーのチョコでコーティングされたそのケーキは、今日一番最初に作ったものであり既に冷え切っていた。そして、先ほど冷蔵庫に入れたケーキの中には、同じ様な青色をしたケーキは一つもなかった。

 

 ガチャカチャと料理道具を片付けるアズリウスはチラリと、一つだけ残していたケーキを見る。手は動かしたままで、視線だけ固定するアズリウスはそのケーキを一つだけ残したのか。

 暫くそうして片付けを行っていると、足音が一つ厨房へとやって来た。

 

 

「アズリウスか、こんな時間までお疲れ様だな」

 

「あらその言葉、そのままお返し致しますわドクター」

 

 

 足音の正体は黒い衣装に身を包んだDr.であり、互いに軽口を叩く。アズリウスが夜の厨房に居ることはDr.も承知済みであるため、特に疑問は抱かない。ただアズリウスの声が少し弾んでおり、その顔には微笑みが浮かんでいた。

 

 

「ところで厨房に何か御用で?」

 

「少し小腹が空いて、何か摘める物を探しにな」

 

 

 Dr.はそう言うと冷蔵庫の中を漁り始める。色々物色するが、悲しきかな本日の食堂も大盛況だったため残り物などなく食材しか入っていない。それでも何かないかと、アズリウスを尻目に懸命に冷蔵庫の中を探る。

 

 アズリウスはDr.の姿に眉をしかめる。それは今のDr.の姿に対してではなく、こんな時間まで仕事をしなければならないDr.の境遇に対してである。

 ただ一介のオペレーターであるアズリウスには進言するぐらいしかできることはなく、既に何回もしている結果がこれなので半ば諦めていたりする。

 

 

「ねぇ、ドクター」

 

「何もない...。ん、どうした?」

 

「その、良かったらですけど...」

 

 

 見かねたアズリウスが、Dr.へと声を掛ける。不安そうに控えめにアズリウスは、一つだけ残していたケーキを指差した。

 

 

「ケーキ? いいのか?」

 

「ダメでしたら言いませんわ。...いかが致します?」

 

「貰おう、前から気にはなってたんだアズリウスのケーキ」

 

 

 Dr.はケーキを食べる、と快諾するとアズリウスは花が咲いたような笑みを浮かべた。

 アズリウスは少し準備があるからと、Dr.を厨房にあるイスへと座らせた。Dr.はされるがままにイスへと座るが、Dr.から見てケーキは既に出来上がっており何を準備するのかアズリウスを眺め始める。

 

 

「リンゴ、さくらんぼ、ブラックベリー」

 

 

 果物ばかりが入っている冷蔵庫を漁るが、どれもアズリウスのお気に召さないようで難しい顔をしている。

 

 

「...桃、これね」

 

 

 アズリウスが冷蔵庫から取り出したのは桃であった。満足そうに手に取った桃の皮をむき、一口サイズへと切りわけコバルトブルーのケーキの上へと乗せた。

 そして次にアズリウスが取り出したのは、ホワイトチョコでできたメッセージプレートとチョコペンだった。アズリウスは丁寧にプレートへと文字を書いていく。

 

 

「何をしてるんだ...?」

 

 

 夜食用のケーキに手をかけていくが、態々そこまでする意味が理解できないDr.は首を傾げるばかり。

 数分後、作業が終わったアズリウスがケーキとホットミルクをトレイに乗せて戻ってきた。

 

 

「どうぞ、召し上がれ」

 

「ああ、ありがとう」

 

「それじゃあ、これにてわたくしは上がりますので」

 

「え? そうか、ケーキありがとう」

 

「どういたしまして」

 

 ケーキを配膳し終えると、アズリウスはそそくさとその場を後にした。Dr.はアズリウスも疲れているのかと思い彼女を見送った。

 

 

「アズリウス謹製のケーキか。話には聞いてたが色が凄いな」

 

 

 鮮やかなコバルトブルーなケーキに、苦笑を漏らす。

 

 

「桃と、『The cake is a lie』...?」

 

 

 ヴィクトリアの言葉で書かれたそれに、Dr.は困惑する。

 

 

「スラングだったか、褒美は嘘、どういうことだ...?」

 

 

 考え込み続けるが、仕事終わりで疲れた頭では答えを導き出せない。結局、Dr.は諦めてケーキを一口食べた。

 

 

「ん! 美味い」

 

 

 絶妙な甘さと苦さが調和しているケーキに、Dr.は舌鼓をうつ。ケーキがなくなるのはそう時間が掛からなかった。

 

 

 

 

 

 -----

 

 

 

 

 

 厨房から離れたアズリウス、その足取りは軽いが速くそして顔には少しばかり朱が差していた。手には先ほど使った桃の残りが皿の上にあり、それを見てさらに足が速くなる。

 

 

「リンゴは『選ばれた恋』、さくらんぼは『小さな恋人』、ブラックベリーは『あなたと共に』」

 

 

 シャクリ、と桃を一つ齧る。

 

 

「『ケーキは嘘』、なら残った桃は...フフ」

 

「ドクターのことですから、気づかないでしょうけどね」

 

 

 アズリウスは気恥ずかしくなったのか、顔全体がほんのり赤くなっていた。

 

 

 

 

 

 

 .




 ハーメルンからのリクエスト二本目
 アズリウスはどこかで書きたいと思ってたので丁度良かったです。

 評価、感想、お気に入り、ありがとうございます。

 あと章分け(シリーズ物)の場所を変えようかと思います。移動させるのがちょっと、めんどう...

 追記
  誤字報告ありがとうございます。感謝、圧倒的感謝...ッ!


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極彩色のお茶会 (アズリウス・セイロン・シュヴァルツ)

 とある方のリクエストから、アズリウス・セイロン・シュバルツでアズリウスのケーキでお茶会より

 すごい長くなった...。


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 ロドス内に存在しているカフェテリア。その中にある一つの机の上にはティースタンドがあり様々なお菓子が並べられてあった。傍らにはキッチンワゴンがあり、ティーポットからは暖かな湯気が立ち上っていた。

 お菓子と紅茶、アフタヌーンティーを楽しんでいたのはセイロンであり従者としてシュヴァルツも侍っていた。

 セイロンは時々こうしてお茶会をしている。よくロドス職員を呼び多人数で開かれているのであったが、今日は二人だけとなっていた。

 ティータイムも終わりに近づき、紅茶お菓子共に少なくなってきた頃、セイロンは顎に手を当て何事か悩み始めた。

 

 

「うーん...」

「如何されましたか、セイロン様」

「ちょっとね」

 

 

 セイロンはお菓子を一つ摘むと、マジマジ眺める。セイロンが摘んだのは、型抜きのジャムサンドクッキーで中のジャムはレモンが使われておりクッキー生地の茶色がレモンの黄色を映えさせている。

 そのクッキーを口に入れる。クッキーの甘さがレモンの酸っぱさを引き立て、またその酸っぱさが紅茶の美味しさを引き立てておりお茶会に相応しい一品となっている。

 

 

「ご用意したお茶菓子に何か不備でもありましたか?」

 

 

 セイロンの一連の行動に、シュヴァルツが疑問の声を掛けた。それに対してセイロンを首を横に振り、否定する。

 

 

「いいえ、いつものように美味しいわ。ただ...」

「ただ?」

「代わり映えしないのよねぇ」

「...龍門には紅茶文化に馴染みがないですからね。紅茶に合うものとなると中々」

 

 

 二人して難しい顔をする。ロドスに来たばかりの頃、質の良い紅茶を探すのに一苦労した記憶が蘇る。もちろんその後、紅茶に合うお茶菓子を見つけるのにも苦労したのだが。

 そのため代わり映えしない、飽きたといって直ぐに別のものを見つけることはできない。二人は深いため息をついた。

 

 

「セイロンにシュヴァルツ、お茶会かい?」

「あらドクター御機嫌よう。ええ、そうよ」

 

 

 とそこに現れたのはロドスアイランドの指揮官も兼任しているDr.であった。どうやら書類仕事がひと段落つき、小腹を満たすためにカフェテリアに足を運んだようである。

 どうやらドクターは、二人を見つけ挨拶をしに来ただけのようでそのまま離れていこうとする。そこへセイロンが待ったをかけた。

 

 

「ドクター、軽食でしたらよかったらご一緒しませんか?」

「え、いいのかい?」

「ええ勿論ですわ。といっても残りは少ないですけれど」

「そこまでお腹が空いてるわけじゃないから、むしろ丁度いいぐらいさ」

 

 

 セイロンのお誘いにDr.は快諾すると、踏み出そうとしていた足を止めテーブルに着こうとする。

 そのさい、シュヴァルツがセイロンの正面のイスを引きDr.を誘導した。

 

 

「どうぞ、こちらに」

「ありがとう、シュヴァルツ」

「いえ」

 

 

 ニコニコと笑顔でDr.が着席するのを確認したシュヴァルツは、Dr.の前に紅茶を差し出しそのままテーブルの脇へと静かに控えた。

 紅茶を受け取ったDr.は、一口紅茶を口に含む。

 

 

「香りがいいね」

 

 

 そして次にティースタンドからお茶菓子、ジャムサンドクッキーを齧る。

 

 

「なるほど、紅茶の香りとクッキーの風味、互いに引き立てあってるんだね」

 

 

 そういうとDr.はそれぞれを楽しむように、ゆったりとした速度で堪能し始めた。笑顔のまま優雅にティータイムを楽しむDr.に、セイロンとシュヴァルツは目を見開き驚いた。

 

 

「驚きましたわ」

「ん?」

「ドクター、貴方楽しみ方というのをご存知なのですわね」

「セイロン様...」

 

 

 思わず出てしまったセイロンの言葉に、シュヴァルツが諌めるように名前を呼んだ。それにより自身の発言がDr.を咎める物言いだと気づいたセイロンは、すぐさまDr.に謝罪をした。

 一瞬、何のことか分からなかったDr.だったが、逡巡してようやくセイロンが失言したことが分かったが問題ないとばかりに笑い飛ばした。

 

 

「はははっ、別に気にしてないよ。普段はコーヒーばかりだからね」

「...よかった。でしたら何故?」

「最近、紅茶と自作のお菓子を持ってきてくれる人が居てね。楽しみ方もそのときに教えて貰ったんだ」

 

 

 紅茶はシュヴァルツの方が美味しいかな? と一言、視線と共に添えると淹れた本人であるシュヴァルツは小さくお辞儀を返した。

 セイロンはというと、自作のお菓子と聞いて目の色を変えた。

 

 

「ねぇドクター、一つ頼みごとがあるのだけれど」

「内容によるけど」

「そのお菓子職人(パティシエ)を紹介してくれないかしら?」

 

 

 

 

 

 

 -----

 

 

 

 

 

「というわけで、本人の意思確認をしないことにはってことで返答は保留にしてるんだけど...」

 

 

 Dr.は目の前にいる女性、アズリウスに事の経緯を話していたが言葉はどんどん尻すぼみになっていった。というのもアズリウスが渋面をしており、セイロンの提案を受けてくれそうになかったからだ。

 

 

「...ドクター、わたくしが厨房に立たない理由をご存知のはずですわよね」

「勿論、体質のことだろう?」

「そうですわ。現状、貴方以外にお出しするつもりはございませんので」

 

 

 にべもないアズリウスの物言いに、やはりダメだったかと消沈するDr.。

 アズリウスが自身の毒を生成する体質に対して嫌悪していることは勿論のこと、それを知った相手が対応を変えてくることに対しても同等以上に疎んでいることも知っていた。それ故に他者と壁を作り、交友関係を気づこうとしないアズリウスに、一つの切欠をと思いセイロンの提案を受けたわけだが。

 

 

「なぁ、アズリウス。君はその体質を知った相手が対応を変えてくるのが嫌なんだよね?」

「まぁ...そうですわね」

 

 

 今一度、Dr.は考えてみる。アズリウスの体質を知ったセイロンがどういった行動をとるのか。

 セイロンはお嬢様ではあるが研究者気質、それも危険が伴うフィールドワークであっても積極的に動こうとするタイプである。その研究者気質も、ロドススタッフを観察対象と呼称してしまうようなマッドな側面も併せ持っている。そしてあの天然属性。

 そこまで考え、Dr.は思った。

 

 あれ、これ会わせても問題ないんじゃね? 

 

 

「ちょっと待っててくれないか?」

「え、ええ。構いませんことよ」

 

 

 アズリウスを見ずにDr.が端末を手に取る。自身を理解してくれていたことに照れていたアズリウスに気づかなかったのは、運がいいのか悪いのか...。

 それはそうと、Dr.は端末でセイロンへと掛けた。コール音が数回鳴る暇もなく、セイロンへと繋がった。

 

 

『で、で、どうだったのかしら。許可はとれまして?』

「いや、まぁ許可はまだなんだけど」

『そうでしたか...』

 

 

 端末から聞こえる興奮したようなものから一転、意気消沈したものへと変わり余程期待していたことが伺える。

 Dr.は苦笑しつつもセイロンに事の経緯を説明する。初めは大人しく神妙に聞いていたセイロンであったが、話が進むに連れて変わっていった。特にアズリウスの体質の話になるとテンションが最高潮へと達しした。

 

 

『是非ッ! 是非とも会う許可をとってくださいドクター!』

「会うって、お菓子の件はいいのかい?」

『勿論そちらもできればお願いしたいです。けれどもお話を聞かせてくださるだけでも構いませんわ』

 

 

 予想通り以上の食いつきに、Dr.はやや引き気味になる。けれども言葉の節々からは嫌悪といったものは感じず、純粋に興味関心があることが伺える。

 これなら二人を合わせても問題がないと確信するDr.だったが、ここで横槍が入った。

 

 

『あら? シュヴァルツどうかしたの? 代わって欲しい? 構わないけど、はい』

『セイロン様に代わりまして、シュヴァルツです』

「やぁシュヴァルツ、何か気になることでもあったのかい?」

 

 

 セイロンの従者シュヴァルツであった。Dr.は失念していたと思うものの、実際にアズリウスとセイロンが会うことになると必然とシュヴァルツとも会うことになるため、これはこれでよかったのかもしれない。

 

 

『はい。セイロン様が会いたがっているという御仁、毒を生成する体質とのことですか大丈夫なのですか? もしもセイロン様に何かあれば』

「ふむ」

 

 

 言葉を切ったシュヴァルツからは剣呑な空気を感じる。セイロンのボディーガードを勤める彼女としては見過ごせない案件であるため気持ちは分からなくもない。

 チラリとDr.は横目でアズリウスを見やる。アズリウスは我関せずとでもいうのか、明後日の方向を顔を向けていた。だがその目はどこか不安で揺れていると、Dr.は感じた。

 

 

「そのあたりは大丈夫、私が太鼓判を押すよ」

『しかしドクター』

「なんならこの後、公開できる可能な範囲で書類を持っていくよ。それに」

『それに?』

「これでも彼女の美味しいお菓子を幾度となく食べてるんだ、私自身が安全である証明だよ」

 

 

 とても弱弱しいためDr.は気づかなかったがポスリ、とDr.のわき腹にアズリウスが拳を当てた。このとき、アズリウスの顔は耳まで真っ赤になっていたことだろう。

 自信満々といったDr.の言葉にシュヴァルツは大きくため息をついた。

 

 

『分かりました。貴方がそこまでいうなら信用しましょう。ただし、お菓子作りの場に私が立ち会うのが条件です』

『ちょっとシュヴァルツ』

『譲れないところです。ご理解くださいセイロン様』

『過保護ねぇ』

「問題ないと思うよ。それにシュヴァルツとも相性いいと思うし、互いに紅茶とお菓子作りで教えあってもいいしね」

 

 

 シュヴァルツの過保護さに苦笑しつつ、Dr.は端末を切った。あとはアズリウスが首を縦に振るだけとなった。

 

 

「さてアズリウス、さっきの話のことなんだけど...」

 

 

 端末を懐に戻していざ説得をとDr.が向き直ると、そこには挙動不審なアズリウスが居た。しきりに周囲を確認してDr.の顔を見たと思ったら直ぐに反らす、けれどもアズリウスはDr.のコートを握っているほど近くに居る。

 

 

「アズリウス...?」

「へ!? え、ええ、コホン。先ほどの話でしたわね。...ドクターがどうしてもと言うなら、吝かじゃありませんことよっ」

「ほんとうかい! なら是非とも頼むよ」

 

 

 そっぽを向きながらも先ほどとはうって変わって、好意的な意見に変えたアズリウスにDr.は手放しで喜んだ。

 Dr.のためならというアズリウスとアズリウスのためにというDr.、両者のちょっとしたすれ違いがありながらもセイロンのお茶会のお菓子作りがここに決定された。

 

 

「あ、お菓子作るときにシュヴァルツっていうフェリーンの人が立ち会うんだけど、ついでに紅茶の淹れ方も教えてもらったらどうかな?」

「...は?」

 

 

 すれ違っているが故の事故も起こるさ。

 

 

 

 

 -----

 

 

 

 

 

 後日、厨房にてアズリウスとシュヴァルツが一堂に会していた。今からお菓子作りを行うのだが、和やかな雰囲気とは言えなかった。

 実態としては不機嫌なアズリウスに、どう言葉をかけていいのか分からないシュヴァルツという構図。

 今日作るお菓子の準備をしている間は互いに言葉を交わす必要がないためまだ良かったが、いざ作り始めるとなるとそうもいかない。

 

 

「...」

「...」

 

 

 エプロンを身に着けた両者が向かい合う。困り顔のシュヴァルツに、アズリウスが折れた。というのも原因はDr.にあるため、シュヴァルツ自身に非はない上に準備している間に頭が冷えたのである。

 

 

「ふぅ、ごめんなさいね」

「い、いや問題ない...。何かあったんですか?」

「...ドクターよ」

「ああ、なるほど」

 

 

 フン、と鼻を鳴らすアズリウスに、シュヴァルツは納得したのか大きく頷いた。どうやらシュヴァルツも過去Dr.の発言に振り回されたことがあるようで、二人の間には奇妙な一体感を感じていた。

 

 

「それでは本日はどんなお菓子を作られるのですか?」

「そうね~、紅茶を使うお茶会。って先に紅茶の味を見ておきませんと」

「それもそうでしたね。では準備してきます」

 

 

 あっ、と気づいた二人は一端調理道具を片付けて紅茶を淹れる準備を始めた。

 

 シュヴァルツはまず打ち出しで作られた銅製のやかんを二つ取り出すと片方は勢いよく水を入れ、もう片方は普通に水を入れた。二つともコンロの上に置き、水を沸騰させるがこの時勢いよく入れた方は弱火にして時間差を作る。

 水が沸騰するまでの間、耐熱ガラス製のティーポッドと茶葉、龍門産のキーマンでブロークン・オレンジ・ペコー(葉を揉捻する時にカットしたもので、大きさは2~4㎜ほど)を用意した。

 

 沸騰するまでの間にティーカップ、今回は二人分を用意する。この時シュヴァルツがミルクと砂糖が必要か聞くが、ストレートのままがいいとアズリスは返した。

 先に沸騰したやかんのお湯を使い、シュヴァルツは何も入ってないポットとカップにへと入れた。入れてから数十秒、ポットが温まるとお湯を捨てる。

 

 お湯を捨て温まったポットの中に二人分の茶葉をいれると、弱火で沸騰させたお湯を使い高い位置からポットへと注いだ。ポットのふたを閉めてポットの中を蒸らす。アズリウスは興味深そうにポットの中で上下に泳ぐ茶葉を見ていた。

 シュヴァルツは二分と少ししてからカップのお湯を捨てると、ポットの中を軽くひと混ぜさせてから茶漉しを使い二つのカップへまわし注ぎしていく。最後の一滴までカップに注ぎ終えると、カップをアズリウスの前に差し出した。

 

 

「どうぞ、龍門産のキーモン。ブロークン・オレンジ・ペコーのストレートです」

「...いただくわ」

 

 

 ティーカップの中の紅茶は澄んだ黄色がかったオレンジ色で、口に近づけるだけでキーモンの香りが鼻腔をくすぐった。

 飲む前から美味しい、そう思わせる紅茶に口をつけると口内から鼻を抜けるように独特なスモーキーな香りが抜けていった。渋みは少なく、マイルドで甘さを感じる。

 

 

「ほぅ...」

 

 

 思わずため息が漏れる。ホッと安心するような、香り豊かな紅茶にアズリウスの顔は綻んだ。

 

 

「とても美味しいわ」

「ありがとうございます」

 

 

 アズリウスの心の底からの賛辞に、シュヴァルツはなんてことはないように返すが背後で揺れる尻尾が彼女の心情を物語っていた。

 二人は無言で紅茶を飲み進めるが、紅茶が減っていくほどにアズリウスの顔が険しいものになっていった。

 

 

「どうかされましたか?」

「...負けましたわ」

「はい?」

「コホン。いえ、この紅茶に合うものを考えていましたわ。生地に果物を混ぜ込んだフルーツケーキ、これですわね」

 

 

 アズリウスは甘く熟成感のある香りをしているキーマンにはフルーツ、それもドライフルーツが合うと踏んだ。

 ただフルーツケーキと聞いて、シュヴァルツは少し眉を寄せた。あまり良い思いでがないようでアズリウスが声をかけた。

 

 

「フルーツケーキ、いいと思いましたのだけれど」

「ああ、いえ。戦闘糧食を思い出してしまっただけです」

「あんなパサパサなお菓子とも言えないものではありません、なのでご安心くださいませ」

「...お願いします」

 

 

 

 

「それはそうと、シュヴァルツさん」

「なんでしょうか」

「紅茶の淹れ方、教えてくださいませんこと? 代わりと言ってはなんですが、フルーツケーキの作り方をお教えしますわ」

「願ってもないことです」

 

 

 

 

 

 

 ----

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アズリウスとシュヴァルツが厨房に立った翌日。セイロンがアズリウスのお菓子を待っている間に、シュルヴァルツがアズリウスに関して話していた。

 

 

「ということがありました」

「まぁ、まぁまぁまぁ」

 

 

 話を聞き終わったセイロンは、口元に手を当てながらクスクス笑っていた。

 笑う要素はなかったはずなのにと、シュヴァルツは首をかしげた。

 

 

「ふふ、シュヴァルツに友達ができたのね」

「友達ですか。確かに彼女とは話が合いますけど...」

 

 

 シュヴァルツはアズリウスを友人として今一度考えてみる。

 小型大型の違いはあるもののクロスボウを使う同じ狙撃オペレーター。敵を倒すことに関しては効率的に行うシュヴァルツ、弄る事はせず毒を持って致命を与えるアズリウスと違いはあるものの速やかに敵を倒すという点では一致している。

 さらに、今回のことで互いに紅茶の淹れ方とお菓子作りを教え合うという、趣味の共有をしている。付け加えるならアズリウスの話し方がセイロンと似ている、互いに過去を詮索しないなどといった好材料が多い。

 そのことに気がつくいたシュヴァルツは、嬉しいような嫌なような何とも言えない複雑そうな顔をする。

 

 

「...」

「いいことじゃない」

 

 

 対するセイロンはシュヴァルツに微笑みかけていた。

 そんなこんなで二人が話し込んでいると、アズリウスがキッチンワゴンを押しながらやってきた。キッチンワゴンの上にはクロッシュ(料理にかぶせる金属製の覆い)が被せられた大皿が乗っていた。

 二つの意味で待ちかねたとばかりにテーブルに身を乗り出すセイロン。普段ならここでシュヴァルツから注意が入るはずなのだが、その当人はしまったと言わんばかりに口元を手で覆った。

 

 

「始めまして、わたくしが今回お茶会でお出しするお菓子を作りましたアズr「アズリウスさんですわね!」!?」

「セイロン様...」

「な、なんですの!?」

 

 

 シュヴァルツの懸念その一、セイロンの暴走が発動した。自己紹介していたアズリウスに向かって、今か今かと待ち構えていたセイロンが身を乗り出しながら両手でアズリウスの手を包んだ。

 イブニンググローブに越しとはいえ、普段他者と触れ合う機会がないアズリウスは突然のことに困惑し、ドン引きしていた。

 

 

「一度落ち着きましょう」

「そうね、時間はまだまだありますわ」

「...帰りたくなってきましたわ」

「すみませんセイロン様が...」

 

 

 シュヴァルツの取り成しによって、セイロンは手を離し着席し直した。それでもまだ鼻息が若干荒くなっているため、シュヴァルツはこの後のお茶会も気をつけなければと気合を入れなおす。

 手を握られたアズリウスは、一歩二歩後ろに下がり心拍数が跳ね上がった心臓を押さえていた。

 アズリウスが落ち着くまでに少し時間があると、シュヴァルツは紅茶の準備を始める。紅茶の準備が終わり、周囲にキーモンの香りが漂う頃になるとアズリウスは落ち着きを取り戻していた。

 

 

「はぁ...。それでは改めますわね。アズリウスですわ」

「セイロンですわ。今日をとても楽しみにしておりましたの!」

「ええ、先ほどので十分分かっておりますわ」

 

 

 ワクワクしたように落ち着きのないセイロンに、疲れたようなアズリウスはクロッシュに包まれた大皿をテーブルの上に置いた。ただシュヴァルツはその大皿に納まっている中身を知っているため、複雑そうな視線を向けていた。

 

 

「コホン。本日のお菓子はフルーツケーキとなりますわ」

 

 

 かぱりとアズリウスはクロッシュを開ける。そこには一切れずつに切られたフルーツケーキがあり、焼きたての香ばしさと共に生地に練りこまれた果実のやさしい匂いを漂わせていた。

 だけであればよかったのだが。

 

 

「わぁ!」

「...」

「キーマンの甘く、独特な熟成感のある香りには果実の酸味が合うと思いましたのでベリーや柑橘類を使いましたわ」

 

 

 会心の出来なのか胸を張るアズリウスとフルーツケーキに好奇の視線を送るセイロン、そして頭を抱えるシュヴァルツが居た。

 懸念その二、アズリウスのフルーツケーキの色である。

 

 

「カラフルですわね」

 

 

 そう、本来なら茶色系の色になるはずが、赤青黄色といったショッキングな色合いになっているのである。

 二人の様子にアズリウスは気づいていないのか、切り分けられているフルーツケーキを小皿に分けていた。

 

 

「どうぞ召し上がれ」

「いただきます」

「えっ!?」

 

 

 セイロンがどう反応するのか、どこかで止めた方がいいのか。シュヴァルツがそう考えをめぐらせている間に、セイロンは躊躇いもせず口に運んだ。

 

 

「甘さ控えめで果物の酸味が美味しいですわね。これはキーマンと合いますわね」

「ありがとうございます」

「...え?」

 

 

 当たり前のように食し、当たり前のように評価するセイロンの姿に、シュヴァルツは目が点となる。

 固まるシュヴァルツを他所に、アズリウスはセイロンの目の前の席へと着席した。

 

 

「この色合い、珍しくて新鮮ですわ。お茶会も華やかになりますし」

「そう言っていただけたなら作った甲斐がありましてよ」

「ねぇアズリウスさん、その体質のことだけれども私非常に興味がありますの」

「怖くないの?」

「まさか!」

 

 

 色鮮やかなフルーツケーキを食べながら、二人の会話はどんどん進んでいく。

 シュヴァルツはため息を一つつく。そういえば危険な生物がいる火山に単独で行くような破天荒かつ探究心の塊のような人であったと、この程度では動じもしないことを失念していた。

 どうやら友人と呼べる存在が出来て浮かれていたと、シュヴァルツは少しだけ己を戒める。

 

 

「シュヴァルツ、シュヴァルツ」

「え、ああ、すみません」

「貴女もボーとすることがあるのね」

「お見苦しいところをお見せしました」

「構わないわ。それより紅茶のおかわり、いただけないかしら」

「すぐ準備します」

「わたくしにもお願いいたしますわ」

「ええ、勿論です」

 

 

 その後はシュヴァルツも席に加わり、賑やかにお茶会は過ぎていった。

 

 

 

 

 

 -----

 

 

 

 

 

「その、ドクター。少しいいだろうか...」

「やぁシュヴァルツ、どうしたんだ?」

「アズリウスに教わったフルーツケーキを作ってみたのだけれども...」

「おお! アズリウスと交流してるんだ。そうかそうか」

「食べてみてくれませんか?」

「いいけど、セイロンじゃなくて...なんでカラフルなの?」

「普通のも作ったので食べ比べ」

「どれどれ、うん、うん? え、カラフルな方が美味しい...」

「ですよね」

「...この色に何か秘訣があるのだろうか」

「それがさっぱり」

「不思議だ」

 

 

 

 

 .





 ハーメルンでのリクエスト二本目。これで全部消化、銀灰?シランナ。

 評価、感想、お気に入り、誤字脱字報告ありがとうございます。とてもたすかっております。


 活動報告で今後の予定について投稿してあります。簡単に言うと、9月10月はくっっっそ忙しいので投稿できないよ!というだけですが。

 現状、別のところからリクエストを受けているため、今リクエストされても11月12月以降の投稿となります。それでもよろしければリクエストしていってください。


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次回のデートは二人っきりで (アンブリエル)

 とある方のリクエストから、ドクターとアンブリエルとのデートより

 思春期の複雑な気持ちとか分からぬ、分からぬ...

 護衛出てきてないけど、空気呼んで遠巻きに見てた感じです。


 .

 

 

 

 

「ドクター、デートしよ」

「いきなりどうしたんだアンブリエル」

 

 

 いつもの執務室内、ソファで寝そべっていたアンブリエルが唐突に言い放つ。ドクターは書類を処理している手を止めずに、首を傾げながら聞き返した。

 

 

「ドクターさー、仕事しすぎだと思うんよね」

「そうか? いつも通りだが」

「それが多いって言ってんしょー」

 

 

 ソファに座り直したアンブリエルは呆れ顔のような膨れっ面をしていた。普段ほどほどに仕事をしつつも、肩の力を抜く(サボる)ところはしっかり抜く彼女からしたらドクターの仕事量はしすぎと言えるのかもしれない。

 

 

「いい! 明日デートだかんね!」

 

 そう宣言すると、ソファから立ち上がりドアへと歩を進める。開けたドアの前で振り返りドクターを指差しながら。

 

 

「忘れないでよね!!」

「あ、おい。行っちゃったよ...」

 

 

 ドクターが口を挟む前に、バタンとドアを閉じ出て行ってしまった。

 困ったように頬を掻きながら、ドクターは端末を取り出しケルシーへと連絡を取った。

 

 

「すまないケルシー。ちょっといいだろうか」

『ドクターから掛けて来るとは珍しいな』

 

 

 端末から聞こえてくるケルシーの声からは、滅多に出さないであろう驚きのような声音であった。

 片手で手帳を確認して、明日に予定が入っていないことを確認する。

 

 

「実はアンブリエルから買い物に誘われてね。予定もないし、久々に外に出るのもいいかと思って」

『デートか』

「本人はそのつもりみたいなんだけど...」

『言いたいことは分かる。彼女には悪いが、狙撃手に護衛は務まらん』

「だよねぇ」

 

 

 ドクターはため息をつき、二人っきりとはいかない事実に心の中でアンブリエルへと謝った。

 

 

『ふむ。ん、いいだろう。急ぐ案件もない今のうちに羽を伸ばしておけ』

「恩にきるよ」

『アーミヤにはこちらからぼかして伝えておく。護衛も用意してやる。ただし』

「顔を隠すためと、分かりやすいようにロドスのジャケットを着ていけ、だろ?」

 

 

 ドクターはロドス内に居ても尚、フード付きのジャケットにバイザーをしている。それもこれも鉱石病の第一人者であるため、あらゆる国と組織から身柄を狙われている。

 顔を隠し身体情報を与えず、かつ用意に判別できるようにしているのである。ドクターからすればシエスタでもこの格好には物申したかったのだが、命には変えられないため泣く泣くアロハシャツを諦めたこともある。

 

 

『アンブリエルには悪いが、おめかしは化粧だけに留めてもらおう』

「重ね重ねありがとう、ケルシー」

『楽しんでこい。ではな』

 

 

 ドクターはケルシーとの通信が終わると、今度はアンブリエルへと掛けた。

 呼び出しのコール音が幾度も鳴るが、一向に出る気配がない。掛け間違いかと通信相手を見るが、表示されている名前はアンブリエルで間違っていない。

 

 

「どうしたんだ...?」

 

 

 

 

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 執務室から出たアンブリエルは駆け足で自室へと戻ると、そのままの勢いでベットへダイブし。

 

 

「あ゛--!!! 言っちゃった言っちゃった言っちゃった!」

 

 

 枕を抱きしめながらジタバタと悶えていた。どうやらドクターをデートに誘ったことに今更ながら恥ずかしさを感じているようであった。

 一頻り悶えると、ピタリと動きを止めた。

 

 

「ちょっと強引じゃなかったかな...。でも息抜きも必要だし」

 

 

 羞恥心が過ぎ去れば、今度は不安が襲い掛かってきた。眉を八の字にさせながら、ブツブツと呟き抱いている枕をきつく抱きしめる。

 

 

「そう、これはドクターのため。ドクターの息抜きにデー...デ、デ、デ、デートをぉ...っ!」

 

 

 ドクターのためと自分に言い聞かせていたが、ドクターとデートすることを思い出して顔を赤面している。

 意識しないようにと思えば思うほど逆効果になり、脳内で自身とドクターが腕を組んでいる姿を思い浮かべてしまい余計に顔を赤くする。

 羞恥で頭が茹って来たのか、プスプスと煙が上がっているのが見えるまでになったアンブリエル。枕に顔を埋めていると、突然アンブリエルの端末が鳴り響いた。

 

 

「何!? なんなの一体!」

 

 

 妄想に没頭していたアンブリエルは飛び上がり、音の正体である端末を探り当てるとホッと胸を撫で下ろした。が、端末に表示された着信相手を見て飛び跳ねた。

 

 

「なんだ通信が来た、だけ、ド、ド、ドクター!?」

 

 

 驚きすぎるあまり端末を放り投げてしまう。慌てて掴もうとするが上手くいかず、ジャグリングを行うはめになった。

 三度、四度と繰り返してようやくキャッチする。ホッと息をつくが端末は鳴りっ放し、アンブリエルは端末と睨めっこすると意を決して通話ボタンを押した。

 

 

「もしもし...」

『ああ、よかった繋がった。取り込み中だったかな?』

「なっ、んでもないよ?」

 

 

 端末から聞こえたきたドクターの声に、アンブリエルは声が上擦ってしまう。聞こえていたはずのドクターは態々指摘することもなく、話を進めてくれるのだがそれが余計にアンブリエルの羞恥が掻きたてられてしまう。

 

 

『それで明日のことなんだけどね』

「う、うん」

 

 

 来たかと言わんばかりに身構えるアンブリエルは、固唾を飲んだ。

 

 

『ケルシーにも確認とったけど、大丈夫一緒に行けるよ』

「...マジ!?」

『マジだよ』

 

 

 ドクターとデートができることが決まった。その事実にアンブリエルは思わずガッツポーズ、明日は何を着ていこうかと思考が先走る。だからなのか端末から聞こえてくるドクターのすまなそうな声音にはきづけなかった。

 

 

『ただ、幾つか条件があるんだ』

「なになに~?」

『一つ目が服装はロドス制服のみ』

「...え」

 

 

 浮ついていたところに冷や水を浴びせられたアンブリエルは、茫然自失となる。辛うじて端末は落とさずに済んだものの、ドクターの声を右から左へと流してしまう。

 

 

『―――ということなんだ。すまないね、私の事情で...」

「...え、あ、うん。仕方ないっしょ」

『本当にすまない。明日、楽しみにしてるよ』

 

 

 通話が切れると同時に、アンブリエルは仰向けにベットへ倒れ込んだ。

 デートにいける嬉しさと着飾れないことに対する落胆が頭の中で混ぜこぜになる。アンブリエル自身も理解している、もしドクターの身に危険が及んでしまったらと考えると。

 

 

「...ッ」

 

 

 顔が歪んでしまうのが分かる。ドクターが少しでも傷ついたのを想像しただけでこれである、死ぬなんてことになったら恐らく自分は耐えられないだろう。予感なんてものじゃない、確信を持って言える。

 ドクターを外に連れて行く、危険な目に合わせてしまうかもしれないデートに誘ったことそのものが間違いだったのか。思考がだんだんとネガティブな方へ沈んでいく。

 

 

【明日、楽しみにしてるよ】

 

 

「...」

 

 

 ドクターと通話した最後の言葉。そこには気負いや恐怖といった負の感情はなく、どこまでも明朗で負の感情はなくむしろ弾んでいるような―――。

 

 

「うっし、いつまでもウジウジしてられないっしょ。服装がダメなら別のものなら問題ないよねー」

 

 

 一番大切なのは、その人そのものである。そう結論づけたアンブリエルは、気合を入れなおして明日の準備へと取り掛かった。

 

 

 

 

 

 

 -----

 

 

 

 

 

 次の日、ドクターは外へと繋がる昇降口の前でアンブリエルを待っていた。いつもの装いであるロドスの制服であるジャケットを羽織っているが、皺などは一切なくパリっとさせており卸し立てなのが分かる。

 また、いつもならジャケットの下は白衣であるところをドクター精一杯のカジュアルなものを着てきている。もっとも私服なんて余程のことがない限り着ないため。無地で飾り気のないものだったが。

 

 

「――ター!」

「来たかな?」

 

 

 ソワソワしながら待っていると、通路から反響してくる声にドクターの顔は綻ぶ。

 通路に目を向けると、小走りに駆けてくるアンブリエルの姿が見えた。

 

 

「ドクター! ごめん!」

「おはようアンブリエル」

 

 

 アンブリエルはチラリと腕時計を確認すると、既に約束の時間を五分過ぎていた。五分程度とはいえ遅れてしまったことに苦い顔をしてしまうが、時間ギリギリまで準備していたから自業自得ではあるのだが。

 

 

「...待った?」

 

 

 何を当たり前なことを言っているんだと、口に出してから後悔するがもう遅い。

 アンブリエルは俯いていた顔を少し上げ、ドクターを見上げる。フードとバイザーに隠れて顔は見えないけれども、肩が小刻みに揺れているのが見て取れた。

 

 

「...今来たところだよ」

 

 

 どうやらドクターは典型的ななカップルのやり取りがツボに入ったのか、口元を押さえていた。

 申し訳なさや不安で一杯だったアンブリエルは、口を開け呆けてしまう。

 

 

「...ん゛ー!」

「ごめんごめん、あまりにもテンプレだったから」

 

 

 頬を膨らませたアンブリエルは、人の気持ちも知らないで! と抗議するようにドクターを睨む。ごめんごめんと、ドクターは謝りつつアンブリエルの顔がよく見えるようにと、前髪の一部を耳に掛けたりして乱れた髪を直す。

 

 

「あれ? 香水...?」

 

 

 睨むのを止め大人しくしていると、ふわりとドクターから甘さと透明感を感じさせるような香りが漂ってきた。

 普段のドクターからは、医薬品や硝煙時には血の鉄錆といった戦場の匂いを漂わせているためアンブリエルは不思議に思い首を傾げた。

 

 

「折角のデートだからね。アンブリエルの隣にいても恥ずかしくないようと思ったんだ。こんな姿だと焼け石に水かもしれないけどね」

 

 

 そう言って空笑いするドクターにアンブリエルはようやく気づいた、ドクターが許容範囲内だが精一杯のオシャレをしてきていることを。そしてテンプレカップルのやり取りも、本当にそう思って言った言葉であると。

 

 

「...ずるじゃん」

「何か言ったかい?」

 

 

 昨日から胸の内に抱えていた負の感情のモヤモヤが、今度はドキドキするものへと変わったことを自覚する。

 自身の顔が火照っており、これは見られたらダメだと思い至る。そう思えば思うほど顔の温度が上昇していく。

 見られたくない、ならばとアンブリエルはドクターの手を取った。

 

 

「なんでもない! ほら、早く行くよー!」

「お、おぉっ!」

 

 

 少々速い足取りのアンブリエル、ただ一つ失念していた。顔を見られてはいないが先ほどドクターが髪を直した故に、赤く染まった耳がドクターからはバッチリ見えていたことを。

 

 

 

 

 

 

 -----

 

 

 

 

 

「冷たくて美味い」

「でしょー」

 

 

 朝早くから龍門へと繰り出した二人。時刻は午後十六時を過ぎた頃合、ベンチで休みつつ屋台で買ったカキ氷を味わっていた。

 二人の両脇には大きな紙袋が幾つかある。それはアンブリエルがドクターへ、ドクターがアンブリエルへとお互いに買った物が詰め込まれている。アンブリエルはファッションに疎いドクターのために服やアクセサリーといったものを、ドクターは日頃のお礼を兼ねて小物などを贈りあっていた。

 

 

「んぐっ!? ...頭がっ!」

「もー一気に食べすぎ。はい、飲み物、少しはマシになるっしょ」

「...ありがとう」

 

 

 アンブリエルから飲み物を受け取り、ドクターは口の中で転がして温める。

 ドクターがアイスクリーム頭痛と戦っている間、アンブリエルは返してもらった飲み物片手に固まっていた。何故なら、ドクターに渡した飲み物はアンブリエルの飲みかけだったのである。

 顔を赤くさせたアンブリエルは横目でドクターを確認するが、まだ頭痛が収まっていないのか頭を抑えている。ドクターは今アンブリエルを見ていない、この隙に飲み物を一口つけて。

 

 

「んくっ...ッ!!」

 

 

 ボンという音が聞こえてくるほどに真っ赤になる。

 

 

「ん゛~~~!! ん゛ぅっ!?」

 

 

 顔を見られない様に、火照った顔を冷やすためにカキ氷を口にかき込んでいく。案の定、アンブリエルもアイスクリーム頭痛に見舞われる結果となった。ただアンブリエルにとって幸運だったのは、頭痛によって顔色が戻ったことだろう。

 頭痛が治まったドクターも、アンブリエルの様子がおかしいことに気づく。

 

 

「何でアンブリエルも...。ほら、飲み物」

「サンキュー...」

 

 

 先ほどとは逆の構図となる、勿論アンブリエルが受け取った飲み物はドクターの飲みかけである。アンブリエルは頭痛で気が回っていないため気づいていないが、ドクターは。

 

 

「...ふぅ」

 

 

 平然としていた。フードとバイザーで顔が隠れているため、そう見えるだけかもしれないが。

 

 

「さて、いい時間になってきちゃったね」

「もーそんな時間? 楽しいと過ぎるのが早すぎるよー」

「ほんとうにね」

 

 

 夕方というには早く、だが太陽は確実に傾いている。

 デートも終わりに近づいていることに一抹の寂しさを感じつつも、暗くなれば危険度は増してしまい必然的にドクターが巻き込まれる可能性がある。それはアンブリエルとしても避けたいため仕方ない、仕方ないことなのだが。

 

 

「はぁ...」

 

 

 理解と納得は別のもの、どうしても下がっていく気持ちにアンブリエルはため息をついてしまう。

 

 

「じゃあ最後に、私の買い物に付き合ってもらおうかな」

「ドクターの?」

 

 

 ドクターは立ち上がりアンブリエルへ手を差し出す。ドクターに買いたいものがあるとは聞いてなかったアンブリエルは、少し困惑しつつもその手を取った。

 

 

 

 

 

 -----

 

 

 

 

 現在ドクターとアンブリエルの二人は、大通りから外れた路地裏へと入り込んでいた。

 薄暗く人が通らない場所であるため、ゴミが散乱している。ただホームレスといった浮浪者は居なかった。

 

 

「この先にお店なんて本当にあるの?」

「あるある。何度も行った所だから大丈夫だよ」

 

 

 背負っているガンケースに収めている銃をいつでも取り出せるようにしつつ、周囲を警戒しているアンブリエルはドクターに問いかけた。軽く返答したドクターはある程度の警戒はしつつも、足取りは軽く慣れている様子である。

 路地裏を暫く歩くと二人の前に小さいネオン看板が掲げられた建物が現れた。

 

 

「もしかして、ここ?」

「うん」

 

 

 ネオン看板にはOPENとしか書かれておらず、さらに扉は鉄製、窓ははめ込みかつ曇りガラスで金属格子が取り付けられておりいかにも怪しい雰囲気をかもし出していた。

 どんなお店か分からず、顔が引きつるアンブリエルだがドクターは店へと入っていく。

 

 

 ―チリンチリン

 

 

 ドアベルの音を鳴らして店へと入ると、そこには様々な種類の銃火器が陳列されていた。

 

 

「ガンショップ?」

「大っぴらに売買できないからこんな所にあるんだ、珍しいでしょ」

 

 

 ドクターが案内したのはガンショップ、テラにおいて銃はラテラーノのみで取り扱われる武器であり本来なら他国の市場に出回ることはない。ただ、闇ルートは何処にでもあるもので此処もそういった場所の一つなのである。

 

 

「誰が来たかと思えば、ロドスのドクターじゃないか」

「やぁ店主、久しぶりだね」

「今日はどうした、弾薬は納品したばかりだろう?」

 

 

 ドクターは奥から出てきた店主と気安い挨拶を交わす。二人の様子に度々訪れていることを察したアンブリエルは店内を見て回ることにした。

 拳銃、小銃、散弾などといった銃器から投擲物や弾薬といった消耗品など品揃えが豊富である。ただ銃器に関してはラテラーノで使われているものより一世代以上古いものしかない。アンブリエルとしては好みではある。

 

 

「今日は個人的な用件で来たんだ」

「お前さんがか? 言っちゃあ悪いがお前さんド下手だろ」

「いや私じゃなくてね」

 

 

 アンブリエルはドクターが店主と話し込んでおり、時間が掛かることを確認すると銃器一つ一つをじっくり見ていくことにする。

 ショップ内にある銃器の四分の三は新品で使われた形跡がない、ただ残りは誰かに使われていたのか細かい傷や磨耗が見て取れた。さらに目を凝らすと、サンクタ族の守護銃である証が刻まれているものも陳列されていた。といっても、その証の隣にラテラーノの公証がつまり守護銃ではなくなったことを示すものが刻まれている。

 

 

「なんだ、まっとーなお店じゃん」

 

 

 懸念が一切なくなったアンブリエルは気をよくしながら、さらに店内を見て回る。

 ガンショップだからこそというのか、銃器のアタッチメントや細かな部品などもあり自分の銃に使えないものがないかと吟味する。いくつか目ぼしいものがあり、買うか迷っているとドクターから声が掛かった。

 

 

「アンブリエル、ちょっといいかな?」

「どしたのー」

「はい、これ持ってみて」

「えぇ? 行き成りなんなのさー...」

 

 

 アンブリエルがカウンターへと近づくと、ドクターは有無を言わさずに一丁の拳銃を握らせた。

 困惑しつつも、言われたとおりに握ってみる。手渡されたのは中折式回転式拳銃であり、重さは普段使っているリーエンフィールドNo.4MkⅠと比べると(小銃と拳銃を比べること事態おかしいが)断然軽い。ただ握った感触がしっくりこない。

 

 

「どう? どこかダメところある?」

「ちょーっとグリップが太いかな」

「どのくらい削った方がいい?」

「1.5cmぐらいかなー。って聞いてどうすんの?」

 

 

 不思議に思うものの、ドクターに拳銃を返すとドクターはそのまま店主へと渡した。拳銃を受け取った店主はその場で木製グリップを削りだした。

 

 

「アンブリエルへのプレゼント」

「あたしの? でも銃なら既にあるけど」

「戦闘用じゃなくて護身、護衛のためのやつだよ」

「あっ! そっちかー」

 

 

 ようやく合点がいく。

 

 

「うん、今日のデート二人っきりじゃなかったでしょ? 次回は二人っきりでと思ってね。ただアンブリエルには負担を掛けちゃうけど」

「ドクター...」

 

 

 この日最後の買い物でプレゼントが色気も欠片もないものとなったことに、申し訳なさそうに苦笑するドクター。だがアンブリエルはそんなことは一切気にならなかった。

 二人っきりで次があり、ドクターとの証としての贈り物となるならばどんなモノでも構わないと思っている。

 

 

「ほれ、できたぞ」

「ありがとう店主。アンブリエル」

 

 

 作業が終わった拳銃がアンブリエルに手渡される。先ほどとは違い、グリップをしっかりと握ることができ満足がいく仕上がりとなっている。

 

 

「エンフィールド・リボルバー、ラテラーノじゃあ骨董品とも言える中折式回転式拳銃だ」

「骨董品? むしろあたしの好みっしょ」

 

 

 アンブリエルは背負っていたガンケースを開き、中に納まっていたリーエンフィールドを見せる。色々カスタマイズされたそれをみて、店主はニヤリと喜色を滲ませながら笑った。

 

 

「ほぉ、いい趣味してんじゃねーか」

「じゃあ店主、弾薬と共に買わせて貰おうかな」

「おう、後日ロドスに送ればいいか?」

 

 

 ドクターと店主が話しを進めようとすると、アンブリエルがドクターの裾を引っ張った。

 

 

「そうだね、そうして、ん? アンブリエル?」

 

 

 何かあるのかとドクターが問いかけると、アンブリエルはモジモジしながら控えめに口を開いた。

 

 

「今、欲しいなーって...。ダメ、かな?」

「...わーはっはっはっ! ドクターも隅に置けねーなー! 色々おまけもつけてやるよ!!」

「うー...言うんじゃなかったかも」

「私は嬉しかったけどね」

「ドクター!」

「あはは」

 

 

 

 

 

 -----

 

 

 

 

 ロドス内にある射撃訓練場、本日の訓練が終わったにも関わらず射撃音がしている。合計で六発分の音が鳴ってからしばらく時間を置いて、再度射撃音が鳴り響く。

 音の主はアンブリエル、その手にはこの前ドクターからプレゼントされたエンフィールド・リボルバーが握られていた。

 

 

 ―ガンガンガン

 

 

 アンブリエルは今までは訓練であろうとほどほどにサボっており、ここまで力を入れることはなかった。

 

 

 ―ガンガンガン

 

 

 穴だらけになっている的、長時間行っていることが伺える。そして的の中央部分は既になくなっている。

 

 

「ふぅ」

 

 

 撃ち切ったアンブリエルは今一度、手にしている拳銃を眺める。グリップにはロドスのロゴがあり、下には『Dr.』の文字が刻まれている。

 刻印をじっと見つめから一撫でしたアンブリエルは、思わず頬が緩む。この銃はドクターとの証、あの日の思い出であり、これからの思い出を作るための証。

 緩んだ顔を引き締め直して、再装填を行い的に向かって構える。

 

 

 ―ガンガンガン

 

 

 その後も、訓練場内で射撃音が響き続けた。

 

 

 

 

 .




 評価、感想、お気に入り、誤字脱字報告ありがとうございます。とても助かってます!

 今回試験的に、地の文の『Dr.』を『ドクター』にしてみました。
 再度アンケートとりますのでよろしければ投票していってください。(前回は『ドクター』表記のが多かったです)


 『ここすき』機能、知らない人が多いのかな?
 スマホ版ではスワイプ、PC版ではダブルクリックで一文だけ評価することができます。
 完全匿名なため、結構評価しやすいのではないかと思います。
 この作品は現在一件しか来てないのでちょっと寂しい。


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我が身を省みよう(エクシア・グラニ・モスティマ・スカジ)

 エクシアとグラニが愚痴を言い、モスティマとスカジが身の振り方を考え直すお話。
 モスティマとスカジ、こんな反応しないだろ、と思いつつも面白いからヨシ!

 久しぶりの執筆で、予定を全部ぶん投げて執筆感を取り戻すために書きました。これからなんとか書ける様になるといいけど...。


.

 

 

 

 

ロドスアイランドの移動基地は広い。そのためスタッフやオペレーターも多く、休憩所として使われているラウンジも基地内に点在している。

 そのラウンジの一つに、赤毛に天使の輪を持つペンギン急便所属のエクシアが居た。

 

 

「はぁ...」

 

 

ソファーに座りながら机に突っ伏すエクシアに、普段の溌剌とした姿はなかった。どんよりとした雰囲気を纏いながら、中身が無くなった缶ジュースを指先で突いている。陰鬱な雰囲気のせいかキノコが生えているようにさえ見える。

 

 

「...」

 

 

エクシアはかれこれ昼食が終わってから2時間以上、ラウンジで無為に過ごしていた。コト...コト...と、揺らした缶が机に当たり音を鳴らす。

 暫く缶の音だけだったが、カツカツという足音が混じり始めた。エクシアは近付いてくる足音に気づくことなく、缶を揺らし続けている。

 

 

「つっかれたー!」

「わぁっ!?」

 

 

 足音の主は大声を出しながらラウンジに入って来た。心の準備が出来ていなかったエクシアは、突っ伏していた体を飛び起きさせた。

 カーン! エクシアが揺らしていた缶が床に落ち音を立てた。

 

 

「あれ、エクシアさん?」

「あーびっくりした...。驚かさないでよグラニ」

 

 

 動悸が早くなった胸を押さえるエクシアに対して、グラニは謝りながら自動販売機へと向かった。

 エクシアは大きく息を吐き、ソファーに深くもたれ掛かった。顔を上げて、ラウンジの無機質な天井を呆けたように見始めた。

 

 

「どうしたの?何か悩み事?」

 

 

 そこへ飲み物片手にグラニが声を掛けた。グラニは気遣わしげにエクシアを見つめながら、隣へと座った。

 エクシアはソファーに座りなおし、やや疲れたような顔を見せながら苦笑した。

 

 

「ありがと。ちょっとね...」

「愚痴ぐらいなら聞けるけど」

 

 

 言葉を濁しながら、グラニを見つめる。エクシアが憂鬱になってる原因、それはモスティマに関してだった。

 放浪癖は以前からあったため少し気になる程度なのだが、一番の問題は何も言わないことであった。モスティマがロドスに出向するにあたって、仕事で外に出ることになっても逐一報告に戻るよう言われている。にも関わらずモスティマから声を掛けてくれることは少なかった。

 誰かに相談しようにも、『よく分からない』という評価をされるモスティマが対象では躊躇われた。

 だがエクシアは、目の前にいるグラニには相談してもいいかと思えた。何故なら、あの『何を考えてるのか分からない』と評されるスカジに対して対等に接しているからであった。

 

 

「そう、だね。ちょっと聞いてくれる?」

 

 

 

 

 

 

-----

 

 

 

 

 エクシアとグラニがいるラウンジへと、私用で長らく外に出ていたモスティマが足を運んでいた。

 といっても、モスティマは二人が居ることを知らない。二人がいるラウンジは基地内でも端の方にあり、利用者が非常に少ないため人との関わりを避けるのに向いている場所である。そのためモスティマのお気に入りのラウンジであった。

 ラウンジの入り口が見え始めたころ、鈍色の長髪に黒色の衣装を纏っている人物が入り口に入る前で足を止めていた。

 

 

「おや。こんなところで奇遇だね」

「貴女は...モスティマ、だったかしら」

 

 

 薄い笑みを浮かべながら声をかけると立ち止まっていた人物、スカジが振り返った。スカジは声を掛けてきたのがモスティマだと分かると、顎でラウンジの中を見るように示した。

 モスティマはスカジに促されるままラウンジを覗くと、エクシアとグラニが居た。珍しい組み合わせだなと、耳を澄ませてみると和気藹々(わきあいあい)とした会話が繰り広げられていた。

 

 

「あの二人がどうかしたのかい?」

「会話をよく聞きなさい」

「盗み聞きとは関心しないなぁ」

「いいから」

 

 

 小馬鹿にするような笑みをするモスティマに、スカジは無理やり入り口近くへと引き寄せた。ゴリラ以上の腕力を持つスカジには逆らえず、モスティマは素直にラウンジの中を盗み聞いた。

 

 

「スカジは、言葉足らず過ぎるんだよ!」

「分かるなー。でもモスティマよりマシじゃない?そもそもモスティマは言いさせしないんだもん!」

 

 

 ラウンジから聞こえた声に、モスティマは体を硬直させた。そしてブリキのおもちゃのように顔をスカジへと向けると、そこには顔を強張らせ冷や汗を流しているスカジがいた。

 モスティマは確認を取るように恐る恐る、自分、スカジ、ラウンジへと順番に指で示した。それにスカジは大きく頷いた。

 

 

「方向性は違うけど、どっちもどっちだよ」

「ほんとほんと」

 

 

 続けてラウンジから聞こえてきた声に、モスティマとスカジの二人は壁にへばり付くようにして盗み聞きの体勢へと入った。

 

 

「もうちょっと、どうにかならないかなぁ...。スカジにも事情もあるんだろうし、コミュニケーションを取れとは言わないけど作戦行動中の連携ぐらいはって」

「モスティマも、せめて置手紙とかで行き先ぐらい伝えて欲しいなーって常々思ってるよ。なんで出来ないんだろうね?」

「...コミュ障だから?」

「ブフッ!?あははは!違いないね!」

 

 

 何気ないグラニの一言に、肯定したエクシアの言葉が大剣となってモスティマとスカジを貫いた。特に、先に聞いていたスカジは重傷で両手両膝を突いていた。今のモスティマには見える、スカジの身体を貫く幾つもの言葉の剣が。

 ふらつく足に、喝を入れてなんとか立ち上がろうとするスカジに、モスティマは手を貸してやる。

 

 

「グラニはさ、スカジの相手してて嫌にならないの?」

「んー、嫌って訳じゃないけど...」

 

 

 スカジが完全に立つ前に、ラウンジから追撃が入った。手を貸していたモスティマが、スカジをいくら引っ張ろうにもピクリとも動かなくなってしまったのである。

 あ、まずい。とモスティマが思ったときには、ラウンジの会話が進んでしまっていた。

 

 

「見切りをつけちゃおうかな、って何度か頭を過ぎったことはあるよ」

 

 

 スカジにクリティカルダメージ! スカジは倒れてしまった!

 いきなり倒れてしまったスカジをなんとかしようと、するものの起こすのもままならなかった。どうしようかと、モスティマが悩んでいると唐突にスカジがゆらりと立ち上がり、そのままどこかへ歩き去ってしまった。

 呆然と見送るモスティマだったが、彼女は逃げるタイミングを失ったのであった。

 

 

「やっぱグラニもか...」

「そういうエクシアさんも?」

「うん。あたしにとってモスティマは特別なんだ。でも、時々揺らいじゃうんだよね...。それにその特別がなくなったら、あたしにとってモスティマって何なんだろうって」

 

 

 モスティマにクリティカルダメージ! モスティマはなんとか持ちこたえた!

 致命傷で済んだ、そう言えるような顔面蒼白で両手両膝をついたモスティマ。これ以上ここには居られない、そう思い立ち上がるが続けて聞こえてきた声に足を止めた。

 

 

「でも、エクシアさんにとってモスティマさんは特別なんでしょ」

「勿論。あたしにとってモスティマは特別だよ。こうやって愚痴ることはあっても、たぶんこれからも変わらない。グラニもそうでしょ?」

「うん。私も同じ。何だかんだ言ってスカジのことは放っておけないんだ」

「あたし達も、似たもの同士みたいだね。そうだグラニ、あたしのことは呼び捨てにしてよ」

「分かった!よろしく、エクシア!」

「こちらこそよろしく、グラニ!」

 

 

 ここまで聞いたモスティマは、ラウンジから離れていった。先ほどまでの、顔色の悪さはなく足取りも軽かった。

 

 

「ちょっと、身の振り方変えたほうがいいかな...」

 

 

 

 

 

 

 

 

-----

 

 

 

 

 

 後日、ロドス内ではスタッフ達がざわついていた。グラニに付いて回って各所を手伝うスカジに、エクシアに積極的に話しかけるモスティマが目撃されたからである。

 

 

「スカジ、今日はどうしたの?」

「どうもしてないわ」

「そんなわけないでしょ。私についてきて手伝いするって」

「どうもしてないわ」

「うーん。いいこと、なんだけど怪しいなぁ~」

「ど、どうもしてないわ」

 

 

「やぁエクシア」

「モスティマ!?どこ行ってたのさ!」

「まぁまぁ、それより今から時間あるかい?」

「え、特に何もないけど...」

「じゃあちょっと一緒に出かけようか」

「ええ!?どうしちゃったの、モスティマ!?」

「....ほんと、身の振り方考え直さないと」

 

 

 

 

.




 お久しぶりです。仕事忙しい...今年は83連勤、クソが!!
 これからは断続的に書ける、といいなぁ...(白目


 評価、感想、お気に入り、ここ好き、誤字脱字報告ありがとうございます。とても助かってます!

 ここ好き、色々分かって良い機能ですね。


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第一回ダークマター批評会 (ハイビスカス・フォリニック・マッターホルン・グム・クーリエ・カシャ)

 とある方のリクエストからハイビスカスがフォリニック、マッターホルン、グム、クーリエに健康料理腕の辛口評価より

 料理系は書くの辛いよ...。


.

 

 

 

 

「これより!第一回ダークマター批評会を開催します!」

 

 

 ロドス移動基地にある撮影スタジオ内にて、カシャがマイク片手に高らかに宣言した。スタジオ内には撮影機材と共に様々なスタッフがいるのだが歓声は一切上がらず、カシャの声だけが虚しく響いた。

 

 

「この批評会の目的は、無自覚な料理下手な人に自覚してもらおうという企画です!おっと、批判なんてしないでくださいよ?方々から承諾を得たものですので!」

 

 

 スタジオ内の空気を無視してカシャは、本企画の趣旨を伝える。

 そしてカシャが左手でカメラを誘導してやると、そこには無表情もしくは苦笑いをしている面々がおり三角名札には審査員と書かれてあった。ある意味、被害者とも言える。

 

 

「審査員の方々をご紹介させていただきます。一人目は医療部門からこの方、フォリニックさんです!」

「どうも」

「医療部門に従事しているフォリニックさんには見た目の華やかさや味よりも、栄養学的観点からの評価を期待したいです」

 

 

「二人目はカランド貿易からマッターホルンさんです」

「ど、どうも」

「マッターホルンさんはあのお貴族様であるシルバーアッシュさんの舌を満足させているとのことです。その味覚には定評があることでしょう!」

 

 

「三人目はウルサス学生自治団からグムさんです!」

「えへへー、グムだよー。よろしくね~」

「グムさんは若いながらもロドスの厨房に入ることを許された才女なのです!常日頃からお世話になっている方も多く、その腕前を疑う人はいないでしょう」

 

 

「四人目はまたしてもカランド貿易からクーリエさんです」

「お手柔らかにお願いします」

「何故クーリエさんが。とお思いの方もいらっしゃると思いますが、クーリエさんは各地に赴くことが多く地元料理なども食べ慣れていることでしょう。もしかしたらゲテモノなんかも?期待大です!」

 

 

「以上四名の方に審査員をしていただきます!なお!今回の出演者には料理批評会と伝えておりますのでお気をつけください!」」

 

 

 カシャの紹介に、スタッフ達から疎らな拍手が送られた。それでいいのかロドスの上役はと、審査員達は微妙な表情で迎えた。

 そんな空気の中で笑顔のカシャは気にもせず、審査員とは逆の側にある今回のために設置されたキッチンの側にある垂れ幕へ手で指し示した。

 

 

「では、栄えある第一回ゲストのご登場です!」

 

 

 カシャの言葉と共に、BGMが流れ垂れ幕が引かれた。演出の白煙から出てきたのは、菫色の頭髪に二本の角が飛び出ているハイビスカスであった。

 微笑みながらステージ中央へとやってくるハイビスカスに、カシャが言っていたように本来の目的を知らされていないことが窺える。

 

 

「ハイビスカスさん、本企画への参加ありがとうございます」

「いえ、私こそ参加させてもらいありがとうございます。腕によりをかけて作っちゃいますよ!」

 

 

 ハイビスカスは細腕で力瘤を作る動作をとるほど気合十分であった。ただ、ハイビスカスの料理を知っている審査員の表情は優れないどころか、顔を青くしていた。

 

 

「では、第一回ということもあるので指定する料理はありません!こちらで用意した食材を自由に使って、調理してください」

「わぁ...!分かりました!」

 

 

 舞台外から大きなワゴンが二台、多種多様な食材を乗せてやってきた。普段使えないような高級食材もあり、バイビスカスは目を輝かせる。ただワゴンを押してきたスタッフは、これから目の前の食材が無残な姿になるのを止めらない物悲しさを感じていた。

 

 

「時間制限は、スタジオを使用できる時間もありますので一時間とさせていただきます。ではスタート!」

 

 

 審査員とスタッフ達の不安を他所にカシャの宣言によって、銅鑼が高らかに鳴り響いた。

 

 

 

 

-----

 

 

 

 

「さぁ始まりました第一回料理批評会!ハイビスカスさんは一体何を作るのでしょうか!」

 

「最初に手に取ったのは、小麦粉!篩にかけてた後にバターを加えて切る様に混ぜていますね。現段階で何を作るか分かりますか、マッターホルンさん」

「そうですね、恐らくですがパイ生地を作っているのだと思います」

「ほうほう、パイ生地ですか」

「ただ...。バターの量が些か少ないような気がしますね。このままだと生地が固くなってしまうかと...」

「あとパイ生地は寝かせる必要があります。本来は一晩、短くても一時間は欲しいところでしょう」

「マッターホルンさん、それはつまり...」

「微妙に時間が足りませんね」

「Oh...」

 

 

 

「何やら先行きが不穏ですが、ハイビスカスさんは冷蔵庫に生地を入れて寝かせているようです。待ち時間が出来たわけですが、ハイビスカスさんは何やら乾物を幾つか手にとってますね」

「シャクヤク、ソウジュツ、ショウキョウ...」

「フォリニックさんはハイビスカスさんが手に取っている物が何かご存知なんでしょうか」

「...全部、漢方薬に使うものよ」

「え゛!?」

「料理に使うものではないわ。そもそもなんで食材としてあそこにあるの...!」

「あ、あたしにも何であるかまでは...。スタッフー!!」

 

 

 

「えー、どうやらスタッフが手当たり次第に食材を集めたみたいです。それでハイビスカスさんは食材を切り分けているようですが、先ほどの漢方薬とタマネギに加えてあの白い四角の物体は...?」

「あれは豆腐だね。極東発祥の大豆を加工した食品だよ」

「なるほど、大豆の加工品なんですねグムさん」

「ただ、パイ生地と合わせて使うことは滅多にないかな?」

「そうなんですか?」

「うん、豆腐は水分を多く含むからパイ生地と相性はよくないかも。グムは豆腐より高野豆腐か厚揚げのが相性がいいと思うの」

「それは、かなりまずいのでは...」

「んー、豆腐自体は癖が一切ないから一重にダメとは言い切れないかな?」

 

 

 

「い、色々ありましたが、ハイビスカスさんは食材を炒めたあと卵と牛乳と生クリームを混ぜ合わせていますね。ここは別段おかしいところはないように見受けられますが...どうでしょうか、険しい顔をしているクーリエさん」

「あの...調味料はどこですか?」

「えーと、見当たりませんね」

「恐らくアパレイユを作っているのだと思います。先ほどのパイ生地と合わせるなら、キッシュロレーヌが出来上がるでしょう」

「ふむふむ」

「ほとんど味のない、という枕詞つきますが」

「味のない、ですか?」

「ここまでまったくと言って良いほど調味料が使われていませんので...」

 

 

 

「...なんだか完成する前から色んな意味でお腹一杯です。がハイビスカスさんはパイ生地を型に、事前に温めておいたオーブンで焼き上げましたね。

 焼きあがった型に、チーズを加えたアパレイユを注ぎ入れてオーブンに入れましたね。

 

 チン、という音ともに出来上がったキッシュロレーヌですが。まって!まってください!?なん、なんで灰色になってるんです!?入れる前まではクリーム色だったじゃないですか!!」

「完成です!健康第一キッシュロレーヌです!」

「......はい」

 

 

 

 

 

 

-----

 

 

 

 

 

 

 

 調理時間の終わりを告げる銅鑼が鳴らされ、焦げたのかと見間違う一品が審査員の前に一切れずつ置かれた。スタジオ内が重い空気に包まれるなか、焼きたてのキッシュロレーヌを凝視する一同。

 司会役のカシャは、気が進まなくとも無慈悲な宣告をしなければならず冷や汗を垂らしていた。

 

 

「...それでは審査員の皆様、実食をお願いいたします。評価は一人十点満点で、お手元にある札を掲げてください」

「自信作なので、忌避のない意見をお願いします!」

 

 

 にこやかな笑顔のハイビスカスに審査員は、誰が最初に食べるのかと視線を交わす。

 沈黙が支配されて数秒後、最初に動いたのはクーリエであった。点数が書かれた札を勢いよく、卓上へと叩き付けたのだ。

 

 

「ゼロ点です!!」

「「ええ!?」」

 

 

 初っ端からゼロ点評価、しかもまだ食べてさえいないのにも関わらずなのに。これにはカシャもハイビスカスも驚き声を上げた。

 対するクーリエは、何かに耐えるように顔を俯かせており声を搾り出しながら発する。

 

 

「料理はですね...!最初に見た目なんですっ!なんですかこの真っ黒な物体は...!そしてパイ生地が崩れて中身が飛び出している、盛り付けもなってませんっ!...それになんで無臭なんですか、匂いも食欲を刺激する大切なものなのに完全な無臭ッ!味以前の問題、故にゼロ点です」

 

 

 クーリエは全てを言い切ると、卓上に突っ伏してしまい動かなくなってしまった。

 最早動く気配のないクーリエに、カシャはどう進行していくのか悩み始める。企画自体、止めてしまったほうがいいのではと思い始めていると。

 

 

「グム、食べます!」

 

 

 一口分のキッシュロレーヌをフォークで突き刺したグムが言い放った。その目は覚悟が決まった目、などではなくただのヤケクソのやけっぱちなグルグル目をしていた。

 皆が呆気にとられている中、グムは口一杯に頬張った。一回、二回、三回と咀嚼するが、四回目で動きが止まった。

 グムが動かなくなって一分ほど、カシャが声をかけながら肩を揺すると

 

 

「ぐ、グムさん...?グムさん!?」

 

 

 グムがなんの抵抗もなく後ろへと、イスごと大きな音を立てて倒れてしまった。

 

 

「た、担架ー!!」

 

 

 

 

 

 

-----

 

 

 

 

 

「グムさんですが、気絶しただけで命の別状はありません。では引き続きやっていきたいと思います」

 

 

 撮影を始めた当初の元気はなく、事務的になってきているカシャに残された二人の審査員は冷や汗を流す。残された二人、フォリニックとマッターホルンが視線を交わすとフォリニックが一つ頷いた。

 フォリニックがフォークを手に取り、キッシュロレーヌを半口分口へ運んだ。フォリニックが咀嚼し始めると、眉間にどんどん皺が刻まれていった。言い表すなら、とても苦い青汁をさらに濃縮されたものを飲んだときのような顔であった。

 

 

「...んっ、ふぅ」

 

 

 何とか飲み込むと、コップ一杯の水を流し込んだ。口の中の苦さが和らいだのか眉間の皺は幾分薄くなり、フォリニックは点数が書かれた札を手に取った。

 

 

「一点、ですか」

 

 

 意外と言えばいいのか、一点だけとはいえ点数がついたことにカシャは驚いた。

 

 

「ええ、多種多様な野菜に必要かどうかは分かりませんが漢方が入っているため栄養価が高い故の一点です」

「それ以外は?」

「...」

 

 

 評価するべきところがあったからこその一点であるとフォリニックは言外に語った。逆にいえばそれ以外は...。

 これ以上語ることはないと、口を噤んだフォリニック。審査員最後の一人となったマッターホルンは、覚悟を決めた。

 

 

「ではまず最初に、この色ですね。使われた食材を見ても何故このような真っ黒になるのか理解できません」

「本来ならありえないと?」

「ええ、それに焦げ臭さもないので不思議ですね。そもそも無臭なのも不思議なのですが...」

 

 

 どうやったらこうなるのかと、首をしきりに傾げるマッターホルン。そのままフォークでキッシュロレーヌ(?)を切り分けるが、パイ生地は硬く中身のもボロボロに崩れてしまう。

 

 

「パイ生地は硬いです、いえ一部生焼けですね...。本来のキッシュロレーヌでは中身がボロボロになることもないのですが」

 

 

 不安しかないキッシュロレーヌを四分の一口分、口へと入れる。

 

 

「ンウフッ」

 

 

 むせた。

 

 

「...失礼しました。ふぅ...、口に入れた瞬間に苦味、次にエグミ、最後は口の中の水分を全てとられましたね。食感も硬いのか柔らかいのか、いえ同時に来てハッキリ言って気持ち悪いですね」

 

 

 マッターホルンもフォリニック同様、コップの水で洗い流すかのように飲み干した。

 もう終わりたいとカシャが思うほどに色々と酷い結果になった今回の企画、どこか上の空なマッターホルンに問いかけた。

 

 

「...マッターホルンさん、点数はいくつでしょうか」

「申し訳ありません、ゼロ点です。これは、料理ではありません」

 

 

 分かっていたことだが、辛口な評価であった。

 

 

「では、ハイビスカスさん作キッシュロレーヌの合計得点は一点ということなりました。ハイビスカスさん、今回の結果を受けてどう思われましたか?」

「まだまだ栄養価が低いみたいなので、もっともっと色んな食材を使っていきたいと思います!」

 

「「「違う、そうじゃない!!」」」

 

 

 

.




 評価、感想、お気に入り、ここ好き、誤字脱字報告ありがとうございます。


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押地斬・玉砕 (ウタゲ)

 とある方のリクエスト、ウタゲより口数少ないクール系ドクターから
 ウタゲがドクターに色仕掛けをするが返り討ちになるお話

 普段は天然とか鈍感とかのドクターをよく書くのでクール系は初挑戦、だけどいざ書いてみたらクールというかドライになった。


.

 

 

 

 

 

 ウタゲは元々留学生としてロドスアイランドにやって来たのだが、一般人としてはかなりの戦闘力を見せたためにオペレーターとしても活動するようになった。またロドスに来てからは金銭的余裕と環境に恵まれたからなのか、ファッションに多大な興味関心を抱くようになった。その結果として金欠に陥っているのだが。

 そんな彼女が今一番御執心なのは。

 

 

「ドークタッ!」

 

 

 オペレーターの指揮を執っているドクターであった。一体全体、ドクターのどこにウタゲが惹かれたのかウタゲはドクターの背に抱きついた。

 このウタゲの突飛な行動に、スタッフ達も驚いていたのだ既に恒例行事と化しているのか気にしている様子はなかった。一部男性が、豊満なウタゲのモノがドクターに押し付けられているのを見て羨ましそうにしてはいるが。

 

 

「...飛びつくな、ウタゲ」

「えぇ~、役得じゃあいだっ!」

「馬鹿なこと言うな」

 

 

 そんなドクターはというと、背に張り付いたウタゲに対してデコピンを食らわしていた。隙だらけだったウタゲはもろに食らい、ドクターの背から離れた。

 ウタゲのウタゲ(意味深)が押し付けられていたドクターは気にした様子もなく、痛みに悶えるウタゲを呆れたように見るだけだった。

 

 

「報告書、提出しておくようにな」

「ぬぐぐぐ...」

 

 

 そう言い残してドクターはウタゲをそのままに去って行き、残されたウタゲは恨めしそうにドクターを見送った。

 

 

「ほんとウタゲちゃん飽きへんな~」

「クロちゃん!」

 

 

 眉間に皺を寄せたウタゲに、一部始終を見ていたクロワッサンが声をかけて来た。とはいえクロワッサンも呆れたような顔をしているあたり、心配しているわけではないようであった。

 ウタゲは金欠仲間が来たことに、眉間の皺がとれ笑顔になった。と次の瞬間には、思案顔になるとクロワッサンの手を取った。

 

 

「な、なんや?」

「クロちゃん、手伝って!」

 

 

 クロワッサンは突然手を取られた上に、縋るようなウタゲに困惑する。ただ金欠仲間でもあり話の合うウタゲの懇願に、クロワッサンは手を振り解けなかった。

 一先ず、話だけは聞こうとウタゲの手を解いて姿勢を正してやった。

 

 

「手伝うって...」

「ドクターをメロメロにする方法」

 

 

 聞かなければよかった、と顔を手で覆い嘆くクロワッサン。

 

 

「...あのドライクールな旦那はんをか?」

「うん」

 

 

 クロワッサンから見たドクターは、兎に角クールであるという印象であった。戦闘中では一切動じず冷静に対処し、平時では口数が少なくドライな感じであった。そんなドクターを魅了するなど、クロワッサン的には。

 

 

「無理やろ」

 

 

 一刀両断であった。危機契約二十等級を超える難しさである。

 

 

「そこを何とか!」

 

 

 ウタゲも難しいことは織り込み済みである。それでも諦めきれないのか、両手を合わせて拝む始末であった。

 クロワッサンも、ウタゲの頼みを無碍にはできず考えを張り巡らせる。数分考え込むと、クロワッサンに電流が走った。

 

 

「あっ」

「何か思いついた!?」

 

 

 思わず声に出してしまい、ウタゲが食いついてしまった。しまった、とクロワッサンは思うが解き既に遅く期待がこもった眼差しのウタゲに観念するしかなかった。

 

 

「保障はせんし、むっちゃ恥ずかしいで」

 

 

 もうどうにでもなれと、予防線を張るクロワッサンだったが。

 

 

「教えて!」

 

 

 乗り気なウタゲは止まらなかった。

 

 

 

 

 

 

 -----

 

 

 

 

 

 

 ロドスの執務室内、ドクターが書類にペンを走らせる音だけが木霊していた。室内にはドクター以外居らず、一人で黙々と仕事をこなしていた。

 既にほとんどの仕事を終わらせているのか、机上には書類はほとんどなかった。目途がたったドクターは一度休憩しようとペンを置くと同時に、扉がノックされた。

 

 

「どうぞ」

 

 

 恐らくウタゲだろうと、ドクターは何も確認せずに部屋へ通した。

 

 

「しっ、失礼しま~す...」

 

 

 入室してきたのはドクターの予想通りにウタゲであったが、いつもの元気さが一切なかった。それに加えて今まで着たことを見たことがないロングコートを羽織っており、オシャレの欠片もなかった。

 ドクターは普段のウタゲとは違うことに訝しむ。とはいえウタゲの手に持っている書類が報告書であることが分かるので、ドクターは受け取るために席を立った。

 

 

「報告書、ご苦労様」

「う、うん...はぃ」

「...?」

 

 

 近付いて報告書を受け取ったドクターだが、恥ずかしがり蚊の鳴くような声のウタゲの顔をマイマジと見つめた。顔どころか、耳まで真っ赤なウタゲがそこにいた。

 

 

「体調でも悪いのか」

「ぅうん...」

「部屋に戻って休め、お疲れ」

 

 

 今一状況が掴めないドクターは、部屋に戻るようにウタゲに言うと執務に戻るために背を向けた。

 

 

「待ってドクター!」

 

 

 ドクターが数歩進んだところで、焦った声のウタゲが手を掴んだ。

 

 

「どうしたんだいった、い」

 

 

 ウタゲに呼び止められたドクターが振り返ると、そこにはコートを脱いだウタゲがいた。問題はコートの下の服装にあり、ドクターは言葉を詰まらせた。

 胸元と背中がバックリ開かれたノースリーブのセーターに、スカートの類は一切履いていないためセーターがギリギリ下着の類を隠せている程度であった。オバーニーソックスも身に着けていないため、なまめかしい生足を晒していた。

 

 

「どう、かな?」

 

 

 ウタゲは羞恥が一週回って感覚が麻痺したのか、先ほどまでの恥ずかしそうな様子をなく自身の身体をドクターに見せびらかしていた。

 対するドクターは、頭を抱えながら大きなため息をついた。

 

 

「ウタゲ、早くコートを着ろ」

 

 

 手に負えないと、再度ため息をついたドクターは踵を返した。さしものウタゲもここまでして反応一つされないのが癪に障ったのか、ドクターの腕をその胸に抱え込み密着した。

 

 

「洒落や冗談でこんなことしないんだから! あたしは本気でっ!?」

「ウタゲ」

 

 

 ドクターはウタゲの言葉を遮った。それもウタゲの背後にあった扉に押し付けるように、片手を頭の横に叩きつけて。

 唐突な壁ドンに目と鼻の先にドクターの顔が、しかも真剣な表情があることにウタゲは顔を一気に上気させた。

 

 

「はひ」

「ウタゲ、いいか俺も男だ」

 

 

 言葉にならない声を上げ頭が下がっていくウタゲに、ドクターは余していた手の甲を使って強制的にウタゲの顔を上げさせ視線を合わした。

 

 

「あまり誘うようなことすると、食うぞ」

 

 

 冗談ではない本気の言葉に、ウタゲは緊張の限界を迎えてしまい。

 

 

「はぅ...」

 

 

 気絶してしまったのである。

 力なく倒れるウタゲをドクターは優しく受け止めた。

 

 

「まったく、気絶するぐらいなら始めからするな」

 

 

 

 

 -----

 

 

 

 

「で、どうやったん?」

「聞かないで...」

「朝チュンしちゃったん?」

「...つしちゃった」

「ん?」

「恥ずかしすぎて気絶しちゃった...」

「...ご愁傷様や」

「んんん!! もー! 次こそは絶対ドクターをメロメロにするんだから!!!」

「無理やろうなぁ」

「クロちゃん! 手伝ってもらうからね!?」

「堪忍してやぁ~」

 

 

 

 

 .




 評価、感想、お気に入り、ここ好き、誤字脱字報告ありがとうございます。

 新年あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします。
 といっても今年はいつまで執筆できるか分かりませんがね...。

 アンケートもありがとうございました。とりあえず間隔は2行でやっていきます。


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風切羽という贈り物 (グレースロート)

 とある方のリクエストから、グレースロートよりドクターのデートと羽の贈り物より

 風切羽とは、推進力を得る羽であり飛行にとって重要な役割を果たすためのものである。
 グレースロートはスズメ目サンショウクイ科のベニサンショウクイがモチーフとのこと、風切羽は羽の3分の1までの根元部分が鮮やかな黄色で残りの3分の2が灰色になっている。


.

 

 

 

 

― 夢を見る。父と母と一緒に過ごした夢を見る。 ―

 研究者だった両親はいつも家に居て一緒に過ごすことが多かった。

 

 

 

 

 

― 夢を見る。厳格で誠実な父と優しい母を夢に見る。 ―

 医者でもあった両親は沢山の人から慕われていた。それがなによりも誇らしかった。

 

 

 

 

 

― 夢を見る。あの暖かい家で友達と遊んだあの日を夢に見る。 ―

 患者の人に連れられてやってきた子供たちとよく遊んだ。とても楽しかった。

 

 

 

 

 

― 夢を見る。家を壊されたあの日を夢に見る。 ―

 数日前までは笑いあっていた人が家族の家を壊していた。

 

 

 

 

 

― 夢を見る。目が血走った患者達に父が飲み込まれていくのを夢に見る。 ―

 周囲に飛び散る真っ赤な血、手を繋いでいた母の手はとても冷たかった。

 

 

 

 

 

― 夢を見る。知らない人が、患者が、友達の親が、友達が町を壊しているのを夢に見る。 ―

 騒々しいほどの商店街も長閑な住宅街も綺麗な公園ももうそこにはなかった。

 

 

 

 

 

― …夢を見る。…夢を見る。…夢を見る。 ―

 

 

 『悪夢を

     見た』

 

 

 

 

 

 

-----

 

 

 

 

 

 

 

「グレースロート!!」

「ハッ!?...ハッ、ハッ、ハッ。どく、たー...?」

 

 

 グレースロートが目を開けると、目の前にはドクターの顔があった。ドクターの顔には焦ったような表情に不安げな瞳が揺れている。

 心臓の鼓動が早く波打ち、荒い息遣いをしているグレースロートは呆けたようにドクターを見続けた。

 

 

「大丈夫か。随分と(うな)されていたみたいだが...」

「夢を見てた。あの日の悪夢を...」

「そうか...」

 

 

 事情を把握したドクターは、グレースロートの側から離れた。自身を覆っていたドクターがいなくなり、寝起きのグレースロートの目に室内灯の灯りが突き刺さった。

 強い刺激に顔を歪ませながらグレースロートは起き上がると、そこでようやく自身が寝汗でグッショリだったことに気が付いた。体中の水分を出し切ったようで、喉が酷く渇いていた。

 

 

「グレースロート、水だ」

「...ありがとう」

 

 

 ドクターから差し出されたコップに、グレースロートは礼を言いながら口をつけた。冷たい水が喉を通り、火照った体を冷ましていく。

 息遣いも鼓動も収まったグレースロートだったが、気分が晴れることはなかった。項垂れるグレースロートに、ドクターは声をかけた。

 

 

「なぁグレースロート、明日出かけないか?」

「...え?」

 

 

 

 

 

-----

 

 

 

 

 

 

 

「私、何でドクターと一緒に居るんだろう...」

「嫌だったかい?」

「嫌じゃないけど...」

 

 

 二人は糖葫芦(タンフール)と呼ばれるサンザシ飴(サンザシ:バラ科の落葉低木、小さい林檎のような実)を片手に龍門市街を歩いていた。

 どこか納得してなさそうなグレースロートにドクターは飴を楽しんでいた。二人の服装はいつものロドス制服のままであり、ちょっとだけ目立っていた。

 

 

「急に出かけるなんてどうしたの」

「ちょっと気分転換したくてな」

「...どっちの」

「俺の」

 

 

 グレースロートが問いかけるも、素知らぬ顔のドクター。ジト目を向けてもドクターは飴を美味しそうに食べるだけで答えは得られなかった。

 ため息をつきつつスレースロートも飴を齧る。

 

 

「美味しい」

 

 

 サンザシの酸味と飴の甘味が絶妙であり、舌鼓をうつ。ゆっくりとした歩みの中、街中の喧騒が鼓膜を揺らし日差しが体を温める。

 二人は無言のまま、足を進めていくと次第に人が多くなってくる。ドクターとグレースロートの肩が触れ合うほどに近くにいても、人の波は押し寄せて来た。そしてグレースロートがドクターと離れていってしまった。

 

 

「えっ」

 

 

 寸前にドクターがグレースロートの手を握り締めた。手を繋いだことにより、これ以上離れてしまうことはなくなった。

 人の波はまだまだ続き、グレースロートはドクターの手を引かれながら着いて行くので精一杯であった。

 

 

(大きい、男の人の手...)

 

 

 自分より大きく男性特有の骨ばった手を、握り締めた手から感じる。そして幼少の頃に、父に手を引かれたことを思い出す。

 一緒に出かけたことを、遊んだことを、家族と共に過ごしたことを思い出す。記憶は思い出は、辛いことだけではなかったことを。

 

 

「お父さん...」

 

 

 ぼそりと呟いた言葉は、町の喧騒に消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ、凄い人混みだった...」

 

 

 人混みを抜けて一息ついたドクターは、グレースロートの手を離すと一つ伸びをする。ポキポキと関節音が鳴っているのは、普段から動くことが少ないからか。

 

 

「大丈夫だったかグレースロート。...グレースロート?」

 

 

 ドクターが振り返るとグレースロートは自身の手を見つめていた。ドクターは気づいていないが、その手は先ほどまでドクターが握り締めていた手であった。

 不思議に思ったドクターが再度呼ぶと、グレースロートは見つめていた手を握り締めた。

 

 

「何でもないよ」

 

 

 グレートスロートは笑みを浮かべながら答えた。

 

 

 

 

 

 

-----

 

 

 

 

 

 

 

 

 夕刻、ドクターとグレースロートの二人は龍門市街から帰って来ていた。行く前までのどこか鬱屈とした雰囲気はなく、表情もすがすがしいものであった。

 

 

「今日はありがとうドクター」

「礼を言うならこっちだと思うんだが?」

 

 

 グレースロートも最初から気づいていた。ドクターが気遣っていただけで、今回のお出かけは自分のためであったことなんて。

 ドクターのすっ呆けた言動に、グレースロートは苦笑する。今とこれからのことを気づかせてくれたドクターに、グレースロートは感謝していた。

 

 

「私がお礼を言いたいだけだから」

「何のことか分からないが、受け取っておこうか」

 

 

 最後の最後まで真実を口にしないドクターに、グレースロートはクスッと笑う。

 グレースロートの様子に、ドクターも肩の荷が下りたのかリラックスしていた。とそこにグレースロートが何か思いついたのか、懐から一枚の羽を取り出した。

 根元辺りが鮮やかな黄色で他の部分が灰色の大きな羽であった。

 

 

「ドクター、これ感謝の気持ち」

「ん?大きな羽だな」

「風切羽。鳥にとって大きく羽ばたくための羽」

「ありがとう、大事にするよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

― 夢を見る。夢を見る。夢を見る。 ―

 でもそれはただの夢。悪夢のような現実があったとしても夢は夢。

 

 

 

 

 

― 夢は見ている。 ―

 今の私はまだ囚われてる。でも前には進めるし進みたい。

 

 

 

 

 

― 夢は未来じゃない。 ―

 楽しい思い出はこれからも作っていける。

 

 

 

 

 

― 夢は過去なだけ。 ―

 忘れる必要はないけど乗り越えていけるもの。

 

 

 

 

 

― …夢を見る。過去を見る。今も見る。 ―

 

 

『未来を

 

    見たい』

 

 

 

 

.




 評価、感想、お気に入り、ここ好き、誤字脱字報告ありがとうございます。

 「ここ好き」機能、個人的には面白いんですけど読むとき存在忘れちゃうんですよね...。



 グレースロートがスレースロートとかグレートスロートになっちゃうぅぅぅううう。(ただの誤字)


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黒猫と三毛猫と黒猫 (ムース・クリスティーン・ファントム)

 とある方のリクエストから、ムースとミス・クリスティーン、ファントムより

 クリティーン…?ファントムの猫のことであったるのかな…?
 あとファントムの(中二)口調分からん、初対面であんな演劇のような口ぶりは控えるだろうと勝手に解釈してます。


 今回は試しに三点リーダを【...】から【…】にしています。




.

 

 

 

 

 

 とある日の昼下がり、ドクターの静かな執務室に控えめに扉を叩く音が響いた。

 

 

「ドクター、居ますか…?」

 

 

 控えめなノックと同じく、控えめに扉から入ってきたのはムースであった。手にはお盆に乗せられたマドレーヌがあり、ドクターに差し入れに来たことが窺えた。

 ムースはきょろきょろと室内を見渡すが、ドクターの姿はなかった。どうやら所要で出ているようであった。

 

 

「居ない、のかな…?」

 

 

 手作りの焼きたてマドレーヌを手に、ムースの尻尾はだらりと垂れた。

 居ないのならば仕方がないと机の上にマドレーヌを置こうと近付くと、ドクターのイスの上に黒猫が丸まって寝ているのが目に入った。黒猫はムースに気づいているようで、耳をムースに向けてはいたが顔は上げずにいる。

 黒のスカーフを巻いている尻尾が二股になっている黒猫に、ロドスに居る全ての猫の世話をしているムースは黒猫に見覚えがなかった。

 

 

「知らないねこちゃん…?」

 

 

 自分の知らない猫がドクターの執務室にいることにムースは首を傾げた。艶のある毛並みに着飾られている様子から、愛情を込めて世話されていることが分かる。

 じーと凝視し続けるムースに、黒猫が苛立ったのか顔を上げた。黒猫の透き通るようなコバルトブルーの瞳がムースを捉えると、手に持ったマドレーヌへと視線が移った。

 

 

「にゃ~」

「ダ、ダメだよ!」

 

 

 イスから飛び上がり、机に乗った黒猫は鼻をひくつかせながら一鳴きした。その視線はムースの手に注がれており、マドレーヌを欲していることが一目瞭然であった。

 ムースが持って来たマドレーヌは人用であり、猫に食べさせるものとしては作っていない。そのため黒猫には渡せないとムースは拒絶するが。

 

 

「ダメだってば!」

「にゃうんにゃうん」

 

 

 マドレーヌしか目に入って居ないのか、黒猫はムースの体に両足をつけながら顔を近づけさせる。ムースも食べさせまいと、お皿を両手で頭上高く掲げ黒猫が届かないようにする。

 一人と一匹の攻防、黒猫はマドレーヌを追う様に体を伸ばしてくる。そのためムースの顔に猫の鼻息が顔にかかりこそばゆい。

 

 

「んんーー!」

「にゃ、にゃうんにゃうん」

 

 

 黒猫から必死にマドレーヌを守るムースであったが、黒猫は大きな体躯をしているためマドレーヌに届きそうになる。

 あと少し、そう思ったのか黒猫は腰を落とし飛び掛る体勢へと入った。盗られると思い、目を固くつむったムースだったが、横から伸びてきた手によって黒猫は抱きとめられた。

 

 

「ミス・クリスティーン。それは君が食べていいものではない」

「ほえ…?」

「にゃーん」

 

 

 ムースは両手を挙げたまま、声のしたほうへと視線を向けると黒一色の衣装に身を包んだ長身の男がいた。ムースが部屋に入ったときには居なかったはずであり、ロドス内でも見たことが無い人物であった。

 黒猫は抗議の声を上げるが、男は黒猫を宥めるように撫で抗議の声を黙らせた。

 

 

「えっと、ありがとうございます」

「礼を言われることではない」

 

 

 見るからに不審者な男ではあったが、ロドスには不可視(イーサン)存在感無し(マンティコア)隠密(レッド・グラベル)などを得意としている存在もいるためムースは特に疑問を抱かなかった。

 

 

「ドクターは夕刻までには戻る予定だと聞いている」

「そう、ですか…」

 

 

 現在正午を少し回った時間なため、夕刻までとなると長時間待つことになる。ムースはそのことに少し落ち込む。冷めても美味しいとはいえ、折角焼きたてで持って来たマドレーヌをどうしすればいいかと逡巡する。

 男はその間、黒猫を抱いたままムースを眺めていた。黒猫はマドレーヌの事を諦めた様子ではあるが、代わりにムースへと興味を示していた。

 ムースが考え込んでいると、黒猫と目が合った。そしてムースの視線はそのまま上へと上がり、男の双眸と交わった。

 

 

「ねこちゃん…」

「猫?」

「あっ、いえ、なんでもないです…」

 

 

 ムースが思わず溢してしまったのは男がフェリーンであるから、というよりも男の雰囲気そのものが猫っぽいというだけなのだが。

 ただ猫っぽいと感じたムースは男に親近感に似たものを感じた。手にはマドレーヌ、正面にいるのは猫っぽい人と黒猫ならばとムースは意を決して声をかける。

 

 

「あ、あの!よかったらお茶しませんか…」

「私と?」

「く、くろねこちゃんも一緒に!ねこちゃん用のマドレーヌを急いで作ってくるので…ダメ、ですか?」

 

 

 男は意外そうにムースを見た。気弱そうなのに今始めて会った自分とお茶をしたいなどと。ただ男としても抱いている黒猫は誰にでも興味を示したり懐いたりするわけではない、そのためムースが気になっていた。

 男は渡りに船とでもいうかのように、ムースの提案を受けた。

 

 

「私でよければ、マドモアゼル」

「ほえ」

 

 

 

 

-----

 

 

 

 

 

「わぁ~!上手に食べるんですね!」

「ミス・クリスティーンはマナーにうるさいのでね。気をつけるといい」

「はい!」

「にゃうん」

 

 

 ドクターの執務室で行われているお茶会。各々の前にはマドレーヌと紅茶が置かれており、舌鼓を打っていた。黒猫のクリティーンもイスの上に座り、行儀良くテーブルに乗せられているお菓子にありついていた。

 猫としてはありえないほど綺麗に食べるクリスティーンに、ムースは感嘆の声を上げていた。クリスティーンの姿に男、ファントムもマドレーヌを食す。

 

 

「…美味しい」

「お口に合ったようでなによりです」

 

 

 しっとりとした舌触りの良い生地に柑橘の香りが抜けていった。ファントムは考えるよりも先に、口から感想が漏れ出ていた。ムースはそれを聞いて、顔を綻ばせると自身もマドレーヌを食べ初めた。

 しばし無言の時間が生まれた。その中でファントムは、このマドレーヌが商品として販売できる程のものであることを理解する。

 

 

「美味しかった。感謝する」

「にゃ~」

「お粗末様でした」

 

 

 マドレーヌを食べきり、紅茶を飲みながら緩んだ空気が流れ始めた。

 クリスティーンが顔を綺麗にしていると、ファントムがムースに声をかけた。

 

 

「君は、以前パティシエなどをしていたのか?」

「…はい。見習いパティシエをしてました。今でもたまに厨房をお借りしてお菓子を作ってるんです」

「そうか…。私と同じ、か」

 

 

 恐らく鉱石病に罹ってしまったために、己の道を諦めるしかなくなったのだと。ただ、ファントムは憂いの無いムースの表情が少し気になった。

 

 

「ファントムさんは以前何をしていたんですか?」

「私は、劇団員をしていた。移動式の劇団で国内を回っていた」

「劇団!すごいですね。私、演劇とか見たことないんですよね…」

 

 

 膝の上に乗って来たクリスティーンを撫でながら、ムースは少し考え込む。それを見たファントムは、口を開きとある提案をした。

 

 

「単独だが、よければ演じてみようか?」

 

 

 それは今この場で即興劇をしてみるというものであった。ただファントムとしても、自身の口からこのような提案が出来たことに驚いていた。

 ファントムが内心動揺しているのを他所に、ムースは数瞬呆けるが次の瞬間には満面の笑みを浮かべていた。

 

 

「いいんですか!?」

 

 

 ムースのテンションは爆上がりであった。初めての演劇が、その道のプロかつ自分のためだけに行われるとあっては無理もなかった。

 

 

「…ああ、構わない」

 

 

 口は災いの元とでも言えばいいのか、最早取り消すことができなくなったファントム。しかし、この短時間で存外ムースのことを気に入ったのか、ファントムは即興劇を行うことは吝かではなかった。

 

 

「さぁこれより始まるのは、今この時のためだけの即興劇。お静かに、ご覧ください」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…以上を持ちまして、此度の即興劇を閉幕いたします」

 

 

 深々とお辞儀をしてファントムは締めくくった。ファントムが顔を上げるとそこには、目を輝かせながら大きな拍手をしているムースがいた。

 

 

「すごい!すごいです!何て言えばいいのか分からないですけど、兎に角すごかったです!」

「…ありがとう」

 

 

 惜しみない賞賛の言葉に、ファントムは劇団員時代を思い出す。たった一人の観客だが賞賛の言葉に大きな拍手は、多くの観客に仲間の劇団員のことを思い起こすには十分であった。

 ファントムはふと、先ほどの憂いの無いムースの顔を思い出した。

 

 

「君は自分の道が閉ざされたことに対して思うところはないのか?」

 

 

 ファントムの質問は不躾であった。ここロドスには様々な事情を抱えたものが数多くやってくる、ファントムのその一人であったのにだ。ただファントムは気になるのだ、何故未来を信じることができるのかが。

 

 

「私は信じてるだけです」

「信じる?」

「はい。ここロドスの皆さんとドクターが、鉱石病を治すことができるって」

 

 

 屈託の無いムースの笑顔に、ファントムはすんなり納得することができた。来る日も来る日も鉱石病治療のために東奔西走しているドクターを見ているのは自分だったのではないかと、ファントムは自戒する。

 

 

「そうだったな」

「はい。だからファントムさんもいつかきっと、多くの人の前でまた演劇できると思います」

「そのときには、私から招待させて貰えないだろうか?」

「ほんとですか!?やったー!」

 

 

 無邪気に喜ぶムースに、ファントムは笑みを浮かべた。

 

 

「にゃん」

 

 

 ただ、ファントムの肩に乗ったクリスティーヌは、そんなことも分からないのか、と言わんばかりに前足でファントムの頬を叩いていた。

 

 

 

 

 

 

.




 評価、感想、お気に入り、ここ好き、誤字脱字報告ありがとうございます。


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模様替えはレモンバームと共に (エイプリル)

 エイプリルがドクターを癒すお話
 リハビリとして、私のアークナイツ二次創作の原点の膝枕を少々。

 レモンバームの花言葉は「思いやり」、ハーブティーにするとイライラや不安、緊張をやわらげ心安らかな気分にしてくれるそうです。







.

 

 

 

 

 

「ふんふふ~ん」

 

 

 早朝の艦内にてエイプリルは、お気に入りのポータブルミュージックプレイヤーで、これまたお気に入りの音楽を聴きながらドクターの執務室へと向かっていた。

 エイプリルは一ヶ月程前にドクターの秘書係に任命された。任命当初は嬉しさ半分、煩わしさ半分であったが、とある件から嬉々として秘書の仕事を励むようになった。それこそ鼻歌まで歌うまでに。

 

 

「おはよードクタ~」

 

 

 執務室へと着いたエイプリルは、元気に挨拶をしながら入室する。

 中では既にドクターが書類を処理しており、エイプリルは眉をひそめた。

 

 

「ん?ああ、おはようエイプリル」

 

 

 ドクターは挨拶を返すものの、既に始めていた書類仕事を止めることはしなかった。

 一体何時から始めていたのか、秘書を始めた頃から変わらないドクターの姿にエイプリルはため息をつくしかなかった。

 ドクターに呆れつつも、エイプリルは扉脇に置いてあったダンボールへと手を伸ばした。

 

 

「それで、ドクター。何か手伝うことある?」

「いや…、現状ないよ」

「じゃあ今日もやっちゃうからね」

 

 

 二人は会話しつつも顔を合わせず手の動きも止めない姿に、短くない期間同様のやり取りがあったことが伺える。そして、エイプリルがダンボールの中から取り出したのは満開の桜が描かれた絵画であった。

 エイプリルは絵画を様々な方向から見て一つ頷くと、ドクターが座っている位置からギリギリ視界の範囲に入る壁へと掛けた。

 そう、エイプリルが嬉々として秘書の仕事を励むようになったのは、執務室の模様替えを許可されたからであった。

 

 

 

 

-----

 

 

 

 

 

 元々エイプリルは自身の生活環境に関して拘りを持っていた。鉱石病になってからロドスにやってくるまでの間は悲惨であり、衣食住揃ったロドスに来てからは拘りが加速した。

 そのためエイプリルが始めて執務室に入ったときは、飾り気がないを通り越して無機質な室内に絶句したものだった。

 秘書の仕事はドクターの補佐が主であり、そこそこ自由な時間があった。その時間を利用して執務室を模様替えしているのであった。

 当初エイプリルは、観葉植物等の運び込める程度のインテリアで模様替えをしていた。本当に些細なものだったのだが、ドクターの健康、特に精神面に対して良好な結果が得られた。そのため医療部門から本格的な模様替えの依頼されたという経緯があった。

 

 

「これで大体出来たかな?」

 

 

 積まれていたダンボールの中身を全て出し終えたエイプリルは、執務室内を見渡す。

 今回の模様替えのために、家具の配置や配色などに気を使った執務室は生まれ変わった。無機質だった室内は、リラックス効果が見込めるグリーンを基調として明るさを与えてくれるホワイト、アクセントしてシックなブラウンで彩られておりお洒落でありつつも落ち着いたものへ替えられていた。

 

 もっともリラックスを求めるならピンク系統、ストレスを感じにくいベージュ系統、作業を行うならばブラウン系統などがある。その内グリーン系統を選んだのはエイプリルの名前由来の新緑の春をイメージさせるものであり、エイプリルの意向が多分に含まれている。

 

 

「あとは小物とかだけど…、ドクターと要相談かな?」

「呼んだかい、エイプリル」

 

 

 独り言として呟いたエイプリルであったが、耳聡くドクターは反応した。

 

 

「ドクター。書類はいいの?」

「今ある分は終わらせたよ」

「さっすがドクター、早いね~」

「ここ最近調子が良くてね。エイプリルが模様替えしてくれたからだと思う」

 

 

 ありがとう、と面と向かって言われたエイプリルは気恥ずかしそうに視線をドクターから外した。

 そんなエイプリルの様子にドクターは微笑むと、一つを伸びをして席を立つ。

 

 

「十時ちょっと過ぎ、少し休憩入れようか」

「あたしお茶とお菓子持ってくるね!」

 

 

 ドクターからの提案に、これ幸いとエイプリルは小走りで準備しにいった。

 エイプリルの後姿を眺めながら、ドクターはソファに腰掛けた。ふわりと身を包むような柔らかさのあるソファ、これもエイプリルが用意したものである。

 ソファの柔らかさに身を解かされながら、ドクターは劇的に変わった室内に満足していた。たかが室内の装飾だと侮っていた昔の自分を殴りたいほどには。

 

 

「落ち着くなぁ…」

 

 

 あまりにも居心地が良く、意識せず口から零れた言葉。と、そこに運が良いのか悪いのか、エイプリルが戻ってきていた。

 ドクターのためにと、気合を入れて寛げる空間を作り上げてきたエイプリルにとって落ち着けると言われたのは十の感謝の言葉よりも嬉しいものであった。

 

 

「おまたせ」

「…あ、ああ。ありがとう」

 

 

 エイプリルは持って来たアイスハーブティーとソフトクッキーをテーブルへと並べる。その顔は少し赤くなっていた。

 対するドクターは過度に寛いでいたせいか、先ほど自分が口にした言葉にも気づいていない様子である。それがまたドクターの本心からの言葉であることが分かり、エイプリルは顔をさらに赤くした。

 

 

「ん、このハーブティーは初めてだ」

「レモンバーム、緊張をやわらげ心安らかな気分にするんだって」

「私にピッタリなハーブティーだ」

 

 

 ドクターはハーブティーを気に入り、クッキーと共に堪能する。その姿にエイプリルははにかみながらお茶を共にした。

 ティータイムを雑談を交えながら二人で楽しんでいると、ドクターが大きな欠伸をした。

 

 

「…少し、眠くなってきたな」

「もう、朝早くから始めるからだよ」

「ぐうの音も出ないな…」

 

 

 余程強い睡魔なのか、うつらうつらとドクターの頭が揺れ始めた。今にも寝てしまいそうなドクターに、エイプリルはとあることを思いついた。

 

 

「ねぇ、ドクター」

「…んぅ?」

「よかったらだけど、膝枕、してあげようか…?」

 

 

 言った瞬間、エイプリルの顔が一瞬で真っ赤になる。自分は何を言っているのかと、固まってしまう。

 だがドクターはそんなエイプリルにお構いなし、というより最早限界なのかエイプリルにもたれ掛かるようにして横になった。

 

 

「ぴゃ!?」

「枕…?すまない、貸して、くれ…」

 

 

 それだけ言うとドクターは寝息を立て始めた。

 変な悲鳴を上げたエイプリルは、たっぷり五分経ってから再起動した。気恥ずかしさはある、嬉しさもある、色々ごちゃごちゃになった脳内であったが安心しきったドクターの顔は嫌ではなかった。

 

 

「おやすみ、ドクター」

 

 

 

 

.




ちょっとして言葉遊び
「模様替え=グリーン系統=新緑の春=エイプリル」
「レモンバーム=思いやり」

【エイプリルは思いやりと共に】


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初列風切羽という贈り物 (ヘラグ)

 ヘラグがドクターに羽を贈る話

 途中、鳥の羽の種類がそこまでないことに気づいて頭抱えた…。
 というか、今更ながらリーベリは頭以外に羽生えてるのだろうか。


.

 

 

 

 ロドス移動基地内にあるラウンジの一つにて、老齢のリーベリ、ヘラグが休息をとっていた。

 少し前まで、戦闘オペレーターに手ほどきをしていたためかほんのり上気していた。とはいえ、教えられていた側は訓練室で死屍累々となっているのだが。

 

 

「ああ、いたいた。やぁ将軍」

「これはドクター。私をお探しだったのかね」

 

 

 そこに茶封筒を抱えたドクターがやって来た。ヘラグを探していたようで、軽く手を上げながら近付く。

 ヘラグもドクターに答えながら、姿勢を正した。

 

 

「訓練お疲れ様。これ最新のアザゼルに関する情報」

「ドクター…、前から言っているが呼び出しでも構わないのだが」

「いやいや、将軍には戦闘から参謀まで世話になってるんだからこれぐらいはしないとね」

 

 

 ヘラグは書類が入った封筒を受け取りながら、苦笑を漏らした。ドクターは世話になっていると言っていたが、それはヘラグも同様である。むしろ衣食住及び崩壊し離散したアザゼルのメンバーの情報収集に再建の協力など、ヘラグの方こそ世話になっているといえる。

 

 

「とはいえ、目新しい情報はないんだけどねぇ」

「いや情報が得られなかったという情報が得られた。ありがとうドクター」

 

 

 顔がバイザーで隠れて見えないが、すまなそうなドクターにヘラグは微笑みながらお礼を言う。

 実際、ロドスからもたらされるアザゼルの情報は多く、それによって合流したメンバーも多く居る。むろん時が経れば有力な情報も少なくなるのは当然であった。

 

 

「それじゃあ将軍、私はこれで」

「情報ありがとう。今度、何かお礼でもしよう」

「気にしないでいいんだけど…。ま、期待して待ってるよ」

 

 

 互いに微笑み合うとドクターはラウンジから去って行った。

 ヘラグはドクターを見送ると、ソファに座り書類に目を通し始めた。ドクターが言っていた通り、目新しい情報はなかった。

 書類を一通り読み終わる頃、ヘラグの居るラウンジへとやってくる人物がいた。小走りでやって来るのはヘラグの知っている顔、アザゼルのメンバーの一人であった。

 

 

「将軍~、ドクターが探してって、あら」

「おや、ドクターなら先ほど此処に来たよ」

「入れ違いになっちゃいましたか」

 

 

 ヘラグが茶封筒を見せると、無駄足になってしまった彼は額に手を当てた。

 

 

「しかし、走ってきた割にドクターに遅れたな?」

「いやー…、基地内を覚え切れてなくて、迷ってしまって…」

「ロドスは広い、最近やって来た君なら仕方ないだろう」

 

 

 苦笑いの彼に、ヘラグはフォローをする。

 彼は大きくため息をつくと、ヘラグの持っている書類を見る。感心しつつも申し訳なさそうな顔をしながら呟いた。

 

 

「にしても、ドクターもよくやりますね。自腹切ってまで…ありがたいことですけど」

「何だって?」

「え?将軍、知らなかったんですか?」

 

 

 彼の呟きにヘラグは驚き、そんなヘラグの反応に彼が驚いた。

 

 

「自分に接触したとき、『ロドスから』とは言わずに『ドクターから』って言われまして。気になって聞いてみたらドクター個人の依頼だって」

「まさか、ドクターがそこまで…」

 

 

 ヘラグは手に持った書類をまじまじと見つめる。二週間に一度程得られる情報が、ロドスという組織からではなくドクター個人からのものであるとは。

 

 

「もっとも、動かしてる人員はロドス外部協力者でしたしロドスの意向も多分に含まれているでしょうけど」

「ロドスの意向が含まれていようがいまいが、ドクター個人で動いてくれていることに違いはない」

「ですな」

 

 

 

 

 

 

-----

 

 

 

 

 

「さて、知ってしまったからにはしっかりとしたお礼の品を用意せねば」

 

 

 自室へと戻ったヘラグは、顎に手を添えながら思案する。まさあアザゼルの捜索にドクター個人が動いてるとは思ってもおらず、先に自身が言ったお礼に一層の気合が入る。とはいえ、既に贈る物は決めている。今ヘラグが片手で遊んでいる、自身の羽であった。

 リーベリ族には信頼の意味を込めて、己の羽を渡す習慣がある。もっとも信頼以外にも様々な思いを込める場合もあるが。

 

 

「そのまま贈るというのも味気ない…」

 

 

 無加工のままでも問題はないのだが、ヘラグは何か一手間加えたい様子。と言っても羽であるため出来ることは限られる。

 お手軽なのはアクセサリー等であるが、ドクターは後生大事に引き出しに入れたままにしそうである。そうなると普段使いできる小物か飾っておけるインテリアが望ましい。

 

 

「何かあればいいのだが」

 

 

 ヘラグは参考になるものがないか、部屋の中を見渡すとあるものに目が留まった。

 それを手に取り様々な角度から観察する。

 

 

「ふむ、これなら」

 

 

 先の条件全てに該当し、かつこれ以上のものはないと確信したヘラグは早速行動を開始した。

 

 

「資料室に工作室、あとはクロージャ嬢に頼むしかあるまい」

 

 

 

 

-----

 

 

 

 

 ヘラグが行動を始めて四日後、準備が終わり後は渡すだけになったヘラグはドクターの執務室前へと来ていた。

 丁寧に装丁された小箱を手に、ヘラグは扉をノックする。

 

 

「ドクター、少しいいだろうか?」

「やぁ将軍。構わないけど、どうしたんだい?」

 

 

 部屋の中には書類の山があり、忙殺されていたドクターが居た。ヘラグが入ってきたのを確認すると、手に持っていたペンを机に置いて立ち上がった。

 

 

「いやなに、この前の約束を果たそうとね」

「約束…。あ、お礼をするっていうやつ?」

「無論だとも」

「別に構わなかったんだけどな~」

 

 

 口では遠慮しているが、やはり贈り物というのは嬉しいのかドクターの声は上ずっていた。ヘラグもドクターの気持ちに気づいているのか、口元が緩んだ。

 受け取ってくれることが分かると、ヘラグはドクターに近付き小箱を差し出した。

 

 

「気に入ってもらえるか分からないが、受け取ってくれるかな?」

「どんな物でも嬉しいさ」

 

 

 ワクワクが抑えきれないのか、ドクターはそわそわしながらも装丁された小箱を受け取った。

 

 

「ここで開けても?」

「勿論、構わないさ」

 

 

 ドクターが装丁を解きながら長方形の小箱を開けると、中には小さな小瓶と二枚の羽根が入っていた。

 羽はそれぞれの羽先が黄色と青色をしており、軸の先端は加工されておりニブが取り付けられていた。

 

 

「これは、羽ペンかい?それにこの色合い…」

「想像の通り、私の羽を用いたものだとも」

「おぉ…」

 

 

 感嘆の声を上げながらドクターは慎重に羽ペンを手に取った。大振りな羽は持ちやすく、鮮やかな色合いは目を楽しませてくれる一品であった。

 

 

「貴重な物、ありがとう将軍」

「気に入ってもらえて何よりだよ」

「でも貴重すぎて使えないな~これは」

「いやいや、使ってくれたまえドクター。そのために羽ペンにしたのだから」

 

 

 羽ペンを壊れ物のように扱うドクターに、ヘラグは苦笑をする。

 

 

「付属にインクと換えのニブも入れておいたから、是非使ってくれ」

「将軍がそこまで言うなら…。大切な人宛のときに使わせて貰うよ」

「普段使いでも構わないのだがね」

 

 

 ある種の一目ぼれとでも言おうか、ドクターの入れ込み具合に嬉しいやら普段使いしなさそうなことに悲しいやら複雑なヘラグであった。

 

 

「そうだ」

 

 

 とそこに、ドクターが何か思いついたのか、白紙の紙を取り出すと小瓶を開け羽ペンを手に取り何やら書き始めた。

 羽ペンが扱い易く、すらすらと書けることに驚くドクター。書くことは多くないのか、数十秒もすると出来上がりそれをヘラグへと渡した。

 受け取ったヘラグが紙に目を落とすとそこには。

 

 

『素敵な贈り物をありがとう ドクターより』

 

 

 と書かれてあった。

 お礼のつもりで贈り物をしたはずなのに、逆に贈られたしまったヘラグは破顔した。

 

 

「どういたしまして、ドクター」

 

 

 

 

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小翼羽という贈り物 (セイロン)

 セイロンがドクターに羽を贈る話

※社交界に関しては、19世紀のロンドン社交界を参考にしています。
※服装に関してはウィーン舞踏会を参考にしています。
 調べる時間を惜しんだため、情報が統一されていませんがご了承ください。


.

 

 

 

 

 

 

 

 とある昼下がり、ドクターの執務室にて話したいことがあるとセイロンがやって来ていた。

 実験等で意見を交わす仲であるが、ドクターには改まって話したいことに心当たりが無かった。実験器具や設備、もしくは戦闘に関してか、はたまたシュヴァルツに関してかと呑気に構えていた。

 

 

「恋人になってもらえないかしら」

「…え?」

 

 

 セイロンから放たれたその一言にドクターの思考は完全停止した。

 沈黙の十秒間、ドクターは自身の聞き間違いを疑い耳に小指を突っ込んだ。

 

 

「ドクター、恋人になってもらえないかしら?」

「…ああ、うん。聞き間違いでも空耳でもないのね…」

 

 

 だが笑顔のセイロンに再度言われ、幻聴であって欲しかった願望を打ち砕かれる。

 大きく息を吐いて、気を取り直す為に冷め切ったコーヒーを一気に飲み干した。

 

 

「はぁ。それで、訳があるのだろう?」

「あら、私が恋人では不満かしら」

「その問いはずるくない?」

 

 

 悪戯が成功したのが嬉しいのか、クスクスと口元に手を当て上品に笑うセイロン。その姿にドクターは、取りあえず深刻な話ではないことを察してほっと一息ついた。

 

 

 

 

 

-----

 

 

 

 

 

「婚活パーティー?」

 

 

 セイロンから聞かされたのは、上流階級にしては俗物的なものだった。怪訝そうなドクターに、セイロンは新しく淹れた紅茶を口につける。

 セイロンの父親は独立都市シエスタの市長である。また、シエスタは都市国家であるため市長というのは国家元首と同等だといえる。そのためセイロンの存在は重要であり、婿になれば次期市長の座も夢ではなくなる。

 だからこそ不可解なのではあるが。

 

 

「君のお父さんは承知しているのかい?いや、してないとこんな話来るはずもないのだろうけど」

 

 

 ドクターが奇妙に思っているのが、シエスタ市長のヘルマンが一人娘たるセイロンを政略結婚させるとは思えないからである。その気があるならロドスに行かせることもないはずであり、件の事件において多少なりとも人となりを知っているから余計にである。

 そう思い問いたが、セイロンは苦虫を噛み潰したような渋い顔になり吐き捨てるようにして口を開いた。

 

 

「…断りきれなかったのよ」

「親族から、とか?」

 

 

 ドクターはあのヘルマンが断れなかった、ということは外部の人間ではなく近しいところからと当たりをつけるがセイロンを頭を振って否定した。

 

 

「親族の親族、とその周辺から結構な人数から来たらしいわ」

「それはまた…」

 

 

 烏合の衆とも言えるが、数は力でもある。シエスタは民主主義を採用しているとはいえ、有力者の支持があるとないとでは結果が違ってくる。そのためヘルマンも断りきれなかったのだろう。

 そこで出てくるのが先ほどの恋人になってほしい発言、つまるところ。

 

 

「私と一緒に参加することで男避けとする、か」

 

 

 呟いた言葉にセイロンは反応を示さない。理由も理屈も分かった、けれどもドクターは一つ疑問に思うことがあった。

 

 

「何故私なんだい?」

 

 

 ドクターが選ばれたことである。ルックスが特別良いわけでもなく、腕っ節もない。そのことが不思議であった。

 選ばれる理由がない、そう思うドクターだったが、セイロンは不思議そうに首を傾げていた。

 

 

「私がいいと思った殿方がドクターだったからよ?」

 

 

 あっけらかんと言い放ったセイロンの言葉に、ドクターは固まった。

 カチコチに固まったドクターだが、視界に入っていたセイロンの顔には弧に描かれた口があった。そしてクスクスという笑い声で、ドクターはようやく自分がからかわれていることに気づいた。

 

 

「冗談は程ほどにしてくれ…」

「ふふ、楽しくてつい。それで理由だったかしら、単純にドクターの顔が外部に割れてないから」

「顔…。ああ、探られて今回の企みが看破されたら再度同じことが起こるかもしれないのか」

「ええ」

 

 

 ロドス内でしか顔を晒さないドクター、あのオブシディアンフェスティバルの時でもフードバイザーの井出立ちだった。そのため探られても身元が判明し難くいとなると、なるほど適任といえた。

 ドクターは、相応の理由があるなら協力することは吝かではないため話を詰めていくことにした。

 

 

「私がパーティーに参加するにあたって停滞する仕事は?」

「ケルシー先生から許可は貰っていますし、なんとかするそうですわ」

「ドレスコードは?」

「こちらで準備いたしますわ」

「日程や会場までの交通、ダンスといった事前の準備も」

「勿論、こちらで」

 

 

 次々にドクターから放たれる問いに、淀みなくすらすらと返答するセイロン。

 

 

「分かった。協力しようセイロン」

「ありがとうドクター」

 

 

 双方全てを確認し終えると、ドクターが承諾の意を示した。

 セイロンは安堵の表情を浮かべながら、指を一つ鳴らすと執務室の扉が開かれた。

 入ってきたのはセイロンの護衛も勤めるシュヴァルツであった。入室するとシュヴァルツはドクターに近付き。

 

 

「失礼します」

 

 

 といいながらドクターを肩に担いだ。

 

 

「え!?何、シュヴァルツ!?」

 

 

 突然のことに僅かながら抵抗するドクターだが、悲しきことに腕力では敵うわけもなかった。

 

 

「よろしくね、シュヴァルツ」

「お任せください」

 

 

 そして二人の間では話がついているのか、当事者であるはずのドクターを置いてきぼりだった。

 ドクターを担いだシュヴァルツは、そのまま退室しようと足を動かす。ドクターは必死にもがくが抜け出せず、苦し紛れに言葉を発する。

 

 

「待って!?どこに連れて行かれるの!?」

「ダンスの稽古です」

「…今から?」

「はい」

 

 

 シュヴァルツが律儀に答えたために、目的も理由も分かったドクターだったが納得はできず。

 

 

「仕事がぁぁ~~~ああああ!!」

 

 

 ドクターの叫びは閉じられたドアによって遮られたのだった。

 

 

「いってらっしゃ~い」

 

 

 一人部屋に残ったセイロンは、笑顔を浮かべながら手を振っていた。

 

 

 

 

 

-----

 

 

 

 

 

 一ヵ月後の夜、シエスタのとある豪華な会場前。ドクターはセイロンから頼まれた社交界という名の婚活パーティー会場の入り口へと来ていた。

 ドクターは、ドレスコードである濃紺のタキシードに黒の蝶タイのブラックタイを着用していた。準正装と言われる格好だが、着慣れていないためか窮屈そうにしていた。

 

 会場入り口で一人で待っているためか、次々にやってくる参加者達が横を通り過ぎる。参加者には老若男女いるが特に若い男性が多く見受けられ、皆一応にドクターを訝しげに見ながら通り過ぎていった。

 居心地が悪いのかそわそわし始めたドクターの前に、一台の黒塗りの高級車が止まった。車のドアが開かれると、中から出てきたのはセイロンであった。

 セイロンはドクターを見つけると、微笑みながら近づいて来た。

 

 

「こんばんはジョン。今日はよろしくね」

 

 

 セイロンが呼んだジョンというのは、ドクターを本名でもドクターとも呼ぶわけにはいかないための偽名である。

 そして呼ばれた当のドクターは呆けたようにセイロンを見つめていた。

 濃紺のイブニングドレスに身を包み、明るい群青色の羽がついたクランチをバックを持っていた。髪もアプヘアに纏められており、大胆にも首筋から背中にかけて肌を露出していた。

 

 

「ジョン?」

「あ、ああ。すまない、見惚れていた。綺麗だよセイロン」

「ふふ、ありがとう」

 

 

 声をかけられ気を持ち直したドクターだったが、セイロンの仕草に目が奪われてしまっている。

 ドクターの様子に、セイロンは嬉しさの中に僅かな気恥ずかしさを混じる。実のところ、衣装も髪型もバッチリと決めたドクターは新鮮でありセイロンも見惚れていたりする。

 

 

「あら、ちゃんと着けて来てくれたのね」

 

 

 互いに見詰め合っていた中、先に声をあげたのはセイロンであった。その視線はドクターの胸元へと注がれており、そこには群青色の羽をあしらったブローチがあった。

 

 

「シュヴァルツから絶対着けていけと念押しされてまで言われたから着けてきたけど、本来なら社交界で男性がこういうのを着けるのはダメだと思うのだが…」

「今回はいいのよ。むしろ見せびらかさないと」

 

 

 困惑するドクターだったが、言い切るセイロンになにやら思惑があるのかと納得する。それこそ、ブローチの羽とセイロンの羽が同じ色合いをしていることに意味があるのだろうと。

 

 

「それじゃあ、エスコートしてくださるかしら?」

 

 

 セイロンから差し出された手を、ドクターはそっと下から支えるように手を取る。

 

 

「もちろんだとも」

 

 

 

 

 

 

-----

 

 

 

 

 

 ドクターとセイロンの二人が、社交界会場に足を踏み入れると、本日の主役、セイロンが来たと参加者が色めき立つと同時に動揺が走った。

 本来、社交界それも舞踏会のような場に参加するときに令嬢は、親族の女性から付添人を伴うはずなのである。それが今回セイロンは、親族ではない若い男性を伴ってやって来たのだ。

 セイロンの婚約者を決めるために開かれた社交界といっても過言ではなく、本人もそれを知っていたはずなのにである。

 

 

「…凄い見られてる」

「大丈夫ですわ。これが目的の一つなのだから」

 

 

 負の感情が多く混ざった視線を一身に受けるドクターは、勤めて冷静に振舞う。

 対してセイロンは、姦計を働かせた面子の鼻を明かせたことに上機嫌であった。

 

 

「誰だあいつは…」

「知らん。見たことない顔だ」

「セイロン様は未婚ではなかったのか…?」

 

 

 ヒソヒソという話声があちらこちらで聞こえるなか、舞踏会は始まりを向かえた。

 

 

 

 

 舞踏会が始まってから、ドクターとセイロンの二人は常に側に居ることを決めて、声をかけてくる参加者を相手にしていた。

 若い男性やその親族と思わしき人物達からは敵視を。浮ついた話が無かったセイロンが突然よい人を連れて来たことに対して色めきたってやってくる女性陣。セイロンを幼い頃から知る老齢な者達からは泣かれるといった有様であった。

 

 舞踏会も半ばまで進むと、音楽団が登場し曲を奏で始めた。舞踏会の本番である。

 ドクターは聞こえ始めた音楽に、緊張しながらセイロンに声をかける。

 

 

「私と踊ってくれませんか?」

「喜んで」

 

 

 ドクターから差し出された手をセイロンは取り、会場の中央へと向かった。

 ダンスを踊り始めるも、人を殺せるのではないかというほどの熱い視線を受けているためか、初めての舞踏会だからか、それともセイロンとダンスをしているためか、ドクターの動きはぎこちなかった。

 ドクターの姿に、周りから嘲笑が聞こえてくる。ドクターの努力を知っているセイロンは、その声にムッと顔をしかめた。なんとかドクターの緊張を解こうと、セイロンは声をかけることにした。

 

 

「ありがとう、ドクター」

「突然、どうしたんだい?」

 

 

 周囲にばれないように、小声で喋る二人。

 

 

「今回の件、引き受けてくれたお礼ですわ」

「大した事じゃないさ」

 

 

 ドクターにって社交界のマナーやルールを覚えたりするのは苦ではなかった。もっとも運動不足なドクターが、一ヶ月もの間シュヴァルツにみっちり扱かれ全身筋肉痛になったりはしたが。

 

 

「それに…」

「それに?」

 

 

 ダンスの最中だが、言葉を言いよどむ普段お転婆なセイロンが見せる恥じらいに、ドクターはドキリとさせられる。

 

 

「ドクターとこうして踊れることが、嬉しくて…」

「ッ!」

 

 

 予想していなかった言葉に、ドクターは驚き足元がぐらつく。だが、セイロンは予期していたのかカバーすることでドクターのミスを周囲から隠し切った。

 心臓の鼓動が早くなったドクターはセイロンに一言申そうとするが、口元がアーチ状になったセイロンを見てからかわれたことを察した。

 

 

「心臓に悪いよ、セイロン」

「ごめんなさいドクター。でも緊張は解れたでしょ?」

「…もっと別の方法にして欲しかったなぁ」

 

 

 セイロンにより、体の固さが抜けたドクターは先ほどまでよりスムーズにダンスを行えるようになったのは事実である。だが代わりに早くなった心臓の鼓動は、緊張が解かれたことによりセイロンの美しさを理解できるようになったため落ち着くことはなかった。

 

 ドクターの緊張がなくなったあとは、二人の踊りに目を奪われる参加者で溢れ返った。嘲笑もなくなり、セイロンはご満悦のまま舞踏会は終幕した。

 

 

 

 

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 社交界が終わった数日後、ドクターは執務室でブローチを手にとって悩んでいた。

 

 

「これ、返したほうがいいよね…?」

 

 

 舞踏会が終わって、ブラックタイなどの服装はセイロンに返却したのだが。群青色の羽のブローチだけはドクターの手元に残ったままだった。

 小さめなながらも、キレイな色の羽のブローチは舞踏会で一緒に踊ったセイロンを思い起こさせる。

 散々悩んだ挙句、セイロンに直接聞こうと腰を上げると、執務室の扉がノックされた。

 

 

「ドクター?いらっしゃるかしら」

「丁度いい、居るよ」

 

 

 聞こえてきたのは件のセイロンであった。これ幸いと、ドクターはセイロンを招き入れる。

 

 

「やぁセイロン。丁度よかった」

「あら、何かありました?」

「このブローチなんだけどね」

 

 

 ドクターがブローチを見せると、セイロンは納得がいったと様子であった。

 

 

「それでしたら、差し上げますわ」

「いいのかい?」

「ええもちろん。私の羽を使ったものですもの、ドクター持ってなくては意味がありませんわ」

「そうか、セイロンの羽…ん?」

 

 

 ドクターは思わず納得しかけたが、聞き捨てならない言葉があった。

 

 

「セ、セイロン、君の羽って…」

 

 

 リーベリから贈られる自身の羽には特別な意味がある。それを知っているドクターは、激しく動揺しセイロンに問おうとするが。

 

 

「それでは、ごきげんよう」

 

 

 当の本人はそそくさと退室していってしまった。

 

 

「待ってくれぇー!!セイローーーン!!」

 

 

 ドクターの絶叫は、パタリと閉じられた扉に遮られた。

 

 

「ほんと楽しい人」

 

 

 そしてセイロンは小走りでその場を去っていく。その顔に笑みを浮かべながら。

 

 

 

 

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おしかりポデンコ (ポデンコ・アーミヤ)

 ポデンコがドクターにメッする話

 ちょっとシチュエーションとか要素が過去作と被りすぎててどうにかしないといけない今日このごろ



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 ロドスアイランドCEO、アーミヤにはとある悩み事があった。

 その悩みを解決するために、自身で行えるありとあらゆる手段を講じても解決には至らなかった。

 二進も三進もいかなくなったアーミヤは、問題を解決できるであろう人物へと相談することにした。

 

「それで私というわけね」

 

 アーミヤが頼った相手は、療養庭園の管理者であるパフューマーであった。そして側らには仕事の合間に会いに来たせいか、パフューマーの同僚兼弟子であるポデンコの姿もあった。

 思い詰めた表情のアーミヤに、作業を行っていた手を止めたパフューマーは聞きの姿勢に入る。

 

「実はドクターの労働姿勢に対してなんですが…」

「ああ、ドクターくんの…」

 

 アーミヤの相談事とは、ドクターに関してであった。渋い顔をするアーミヤに、パフューマーは何ともいえない表情をしていた。

 側で話を聞いていたポデンコだが、療養庭園及び温室での仕事に追われドクターの普段の生活を知らなかった。そのため二人の反応に首を傾げた。

 

「ドクターってダメダメなんですか?」

 

 二人の表情から、マイナス方面に解釈したポデンコから飛び出た毒舌。アーミヤとパフューマーの二人は思わず噴出してしまう。

 

「フフ、違うのよ。困ったことにドクターくんは仕事をしすぎちゃうのよ」

「働きすぎってことですか。あれ、でもそれならアーミヤ社長の強権で休ませちゃえば…」

 

 納得するポデンコだったが、アーミヤが何故相談に来るのかが分からなかった。曲がりなりにもロドストップに立つアーミヤならば、方法なんぞ幾らでもありそうなのに。

 ポデンコの発言に、アーミヤは沈痛な面持ちになっていた。

 

「アーミヤちゃんにも原因の一端があるのよね…」

「うぐっ」

「…え?」

 

 どうやらドクターが記憶を失う前の頃、アーミヤとドクターの二人とも過剰労働の環境下にあった。その際に休んではいけない、ということを互いに口癖のように言ってたのだが。

 

「ドクター救出後、労働環境が良くなってもその口癖が抜けず…」

「それを真に受けてしまったドクターくんが、ワーカーホリックになっちゃったのよね」

「なんというか、ドクターもアーミヤ社長もちょっとバカなのでは?」

「うぅ…」

 

 歯に衣着せぬ物言いに、アーミヤは胸を押さえて膝をついてしまう。ちょっと的を得てるだけに、パフューマーはアーミヤをフォローできなかった。

 アーミヤはなんとか立ち直ると、藁にもすがる思いでパフューマーに縋りつく。

 

「パフューマーさん、なんとかできませんか…?」

「なんとかしたいのは山々だけど、この後暫くロドスを離れるのよね」

「そんな…!」

 

 望みが絶たれたアーミヤは再度膝をついてしまう。一応、アーミヤにはケルシーに相談するという選択肢があるがドクター共々説教される未来しかないため避けたいことであった。

 何か術はないかと思案するアーミヤにポデンコが声を上げた。

 

「私がなんとかしましょうか?」

「ポデンコさんが…?」

「はい、強気にガツンと言えば大丈夫です!」

 

 細腕でガッツポーズをして、力瘤を作るポデンコ。対するアーミヤは、毒舌によってドクターの心を折るだけなのではと冷や汗を流す。

 ただ、アーミヤとしては他に頼る術がすぐには思いつかないため一抹の望みをポデンコに託すことにした。

 

「そこまで言うならお願いします」

「任されました!」

「ふふ、それなら私は使えそうなものを用意しておくわね」

「お願いしますお師匠様!」

 

 

 

 -----

 

 

 

 

 

 ドクターはアーミヤによって療養庭園内にある温室へと呼び出された。特にこれと言って呼び出される理由が思い至らなかったが、ポデンコがドクターに用があるとのことであった。

 片付けなければならない書類もあったのに、アーミヤに全て盗られてしまい温室へと足を運ぶことになった。

 ドクターは温室に入ると、ポデンコが仁王立ちで待ち構えていた。眉間に皺が寄っているポデンコに、気圧されるがポデンコの案内のまま、ドクターをイスに座った。

 

「あー、ポデンコ用事ってなんだろうか?」

「ドクター、アーミヤ社長から聞きましたよ」

「アーミヤから? 何だろう…」

 

 責めるようなポデンコの声音に、ドクターの気分は警官に問い詰められる犯罪者。だが思い至ることがないため、首を捻るしかなかった。

 

「ドクターは働きすぎなんです!」

 

 ポデンコは机を叩きながらそう言い、ドクターに指を刺した。ぷんすこと擬音が付きそうなポデンコに、自覚があるドクターは渋面になる。

 とはいえ、ドクターとしてはこなさなければならないものであるため素直に首を縦に振ることはできない。

 

「そうは言ってもだな」

「ドクターが倒れたら皆さん心配するんですよ!」

 

 問答無用と言わんばかりに口を挟むポデンコ。口を挟むのは本来よろしくない行為だが、ドクターのワーカーホリック具合を知ったポデンコには関係なかった。

 ドクターは、ポデンコの言にも一理あると思ったのか考え込む。

 

「うーん…」

 

 考え込んだドクターを、まだ渋っていると判断したポデンコはトドメの一撃を入れる。

 

「というかもう心配されてるんですっ!」

「うっ」

 

 呻くドクターはこれには返す言葉もなく、白旗をあげるしかなかった。

 

「分かった。心配かけてすまなかった...」

「特に、アーミヤ社長が心配してましたよ」

「アーミヤが…?」

「はい。ドクターに無理させちゃったって、だからドクターが休めるようにするって言ってましたよ」

「そうだったのか、そういう事なら言葉に甘えようか」

 

 ある意味、元凶といえるアーミヤの保証つきとあってはドクターも吝かではなかった。そのためか、テーブルへだらりと体を預ける体勢になった。

 ドクターの様変わりに驚くポデンコだが、脇に準備していたものを取り出した。

 

「ドクター、緑茶とお菓子そしてお香です」

「緑茶か、いいね。そしてお香とは渋いね」

 

 テーブルの上に緑茶とお菓子が並べられ、火を着けられたスティック型のお香も置かれた。

 

「お香は初めてだけど、いいね。アロマとまた違う感じだ」

「お師匠様が特別に出してくれたんです」

「パフューマーが? 本当に心配させちゃってたんだな」

「色々な人に聞いてみましたけど、どなたも心配してましたよ?」

「うっ!」

 

 その後も、一時の休息を楽しみながらも時々ポデンコからチクチクと心にダメージを負う言葉を貰いながらもドクターは安らか(?)に過ごした。

 

 

 

 

 -----

 

 

 

 

 後日、ポデンコから諸々成功したことを聞いたアーミヤはドクターの様子を見にいくことにした。

 ドクターの仕事量の調節をしたことによって、休日どころか平日の休息時間も捻出できた。そのために数日掛かったが、本日午後十五時、所存おやつの時間に執務室へと赴いた。

 

「ドクター、いらっしゃいますか?」

「アーミヤかい? 入ってきて大丈夫だよ」

「失礼します」

 

 アーミヤが入室して、真っ先に目がついたのはドクターのデスクの上にあった書類の量であった。前までとは明らかに減っている書類に、仕事量を減らした効果があったことにほっと胸を撫で下ろした。

 

「はは、ありがとうアーミヤ」

「え、えっと…」

「書類、減らしてくれたのアーミヤだろう?」

 

 突然、ドクターから感謝されたアーミヤは驚く。どうやら、アーミヤが動いたことはドクターにはお見通しだったようであった。

 もっとも仕事漬けになった原因の一端を担っていた自覚のあるアーミヤは、ドクターの感謝を素直に受け取れなかった。

 

「原因は私にもありますし…」

「いや、大部分は私自身が原因さ。記憶喪失で戻ってきた頃は、何かしてないと不安でね…。それが癖になってしまって、ようやくロドスに馴染んだ今時分でよかったんだと思うよ。早くてもダメ、遅くてもダメ。だから、ありがとうアーミヤ」

「ドクター…。いえ、私こそごめんなさい」

 

 アーミヤはちょっと救われる思いだった。たしかにロドスに戻ってきた頃のドクターは、鬼気迫るものがあった。

 そんな朗らかな二人の間に、ノックの音が室内に響いた。

 

「どうぞ」

「失礼しまーす。お菓子持って来ました!」

 

 入ってきたのは件の立役者、ポデンコであった。両手にお菓子を持ってやって来たポデンコは、テーブルの上へと並べた。

 

「休憩の時間です!」

「あ、ああ、ありがとうポデンコ」

 

 胸を張って言うポデンコに、ドクターの声が少し震えていた。それを不思議に思うアーミヤだったが、邪魔しては悪いと退室しようとする。

 

「アーミヤも一緒にどうだい?」

「え、私もですか?」

「いいですね、アーミヤ社長もおやつにしましょうそうしましょう!」

 

 急に声をかけられ戸惑うものの、ドクターとポデンコ双方に誘われては断れないアーミヤ。ただドクターの様子が少々おかしなことに除けばだが。

 二人に誘われるまま、アーミヤも席に着く。焼きたてのクッキーと淹れたて緑茶のいい匂いが鼻腔をくすぐる。

 三人ともクッキーを齧り、緑茶を啜る。ほんわかとした空気の中、ポデンコが口を開いた。

 

「いやー丁度よかったです。ドクターだけじゃなくてアーミヤ社長にも言いたいことがあったので」

「え」

 

 そこからはポデンコの独壇場であった。どこからか聞き集めたのか、ドクターとアーミヤの勤務態度、主に仕事のしすぎなことに関してのダメだしであった。

 ここに来てアーミヤはドクターが自身を引きとめた理由を悟った。

 

「恨みますよドクター!」

「旅は道連れ世は情けだよアーミヤ」

「人を呪わば穴二つ、です!」

「聞いてますか二人とも!」

「「は、はい! もちろんです!」」

 

 以後、ドクターとアーミヤのワーカーホリックが治ったのは言うまでもなかった。

 

 

 

 

 

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 評価、お気に入り、ここ好き、ありがとうございます。

 誤字脱字報告ありがとうございます。ないとむしろ不安になります(


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サバイバルガイド2 (アシッドムシ)

まさかの2作目

食べたくなったから書きました。

追記
 どうやら途中までしか投稿されていなかったようです。
 現在では修正済みです。


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 サバイバルガイド2

  -テラと共に-

    出演:ウルサス人のグリルス

 

 

 

 皆さんこんにちは、ウルサス人のグリルスです。

 今回もこの惑星テラにおいて実践可能なサバイバル術を伝授しようと思います。

 

 前回も言いましたが、ここテラにおいてサバイバル技術は必要なものです。水の確保に火の起こし方、寝床の準備等々がありますが、まぁこの辺は常識の範疇でしょう。だからこそ私が教えるのは食料の調達、それも感染生物が対象です。

 

 前回も感染生物のオリジムシを食べましたが、何故感染生物なのか。それは自然に存在する生物のうち、捕獲しやすいのが感染生物だからです。

 一般の皆さんからすると、感染生物は軍用に使役されているため恐ろしい印象があることでしょう。大型で足も遅くない、というのは使役されているからです。使役された感染生物はその身を削っているため、自然に存在する感染生物はあまり大きくなく足も遅いのです。つまるところ、絶好の獲物なのです。

 まぁ味は最悪の一言に尽きますが、死ぬよりかはマシです。

 

 

 

 さて、今回狙う獲物ですが『アシッドムシ』です。

 よりにもよってアシッドムシ、酸を飛ばして無機物を溶解させる上に目に入れば失明してしまいます。非常に危険と言えるでしょう。ですがアシッドムシは足が遅く、酸も前方にしか飛ばせないため捕獲自体はし易いのです。

 

 酸はどうなのかって?大丈夫です。自然にいるアシッドムシは一度に放出する酸の量は少なく、有機物を溶かしにくいという性質があります。何もかも溶かしてしまうと、自分自身も溶かしちゃいますからね。その性質を利用して、アシッドムシの酸を使った美容用品などもあるみたいです。もっとも用法容量を守らなければ一生暗闇の中で過ごすハメになるみたですけどね。

 

 

 

 では用意するものですがナイフが一本、捌くのに必要です。次に必要なのが、手頃な鈍器です。鈍器であれば何でも構いません。その辺に転がってる木でも、バールのようなものやパイプでも何でもいいです。ただ長さがあれば安全度が上がります。絶対ではないので油断は禁物ですし、片手で扱えるのが望ましいです。

 

 アシッドムシの食性は鉱物性、そう鉱物を食べるのです。種類は多岐に渡り、岩石から金属、はてには源石までも食べてしまいます。酸も鉱物を溶かして食べるためにあるのです。飛ばすのは副産物ま自衛ですね。

 つまるところ、アシッドムシはその食性により山岳や荒野といった岩石がある地域、あとは川沿いにいることが多いですね。今回は川沿いに向かいましょう、川を見つけることはサバイバルの基本ですからね。

 

 

 

 近くの川へとやってきました。ここで一つ注意点があります。アシッドムシがいるのは川の中流から上流にかけて生息してます。下流は砂や砂利、泥といったアシッドムシの食性に適さないのです。もっとも、どんぶらこと流されて来てしまうことはあるようですがね。

 おっと、話していたらアシッドムシが川辺に来ましたね。うーん、遅い、亀の歩みより遅いです。捕らえる側からすると楽でいいですね。

 

 さて、アシッドムシで気をつけなければいけないのは酸のみです。そのため前方に立たなければさほど問題ありません。狙い目は一匹、複数居る場合は最後尾にいるヤツです。密集していた場合は、諦めましょう割に合いません。

 丁度よく一匹だけのアシッドムシがいますね、あいつを狙いましょう。まず後ろから近付きます。足音は気にしなくても大丈夫です、耳が遠いどうこうではなく存在していないので。

 

 狙ったアシッドムシの後ろにつきました。こちらをまったく気にしていませんが、アシッドムシは基本温厚なのでここまでは簡単です。

 いいですか、ここからが重要です。アシッドムシの足裏に手を入れたらすばやくひっくり返します。そしてすかさず足で体重をかけて動けなくしてしまいます!こうすることで一切酸を浴びることなく無力化できます。

 

 あとは鈍器を頭を数回殴り、動かなくなったら頭を切り落とします。切り落としたらすぐにひっくり返してください。死んだことにより筋肉が緩み、酸が垂れてきてしまうので。

 

 

 

 アシッドムシですが、食べられるのは足の筋肉のみになります。というのも、アシッドムシは食性により内臓といった部位に源石が融合してしまっています。食べるのは得策じゃないですし、風の噂では酷くまずいそうなので。

 足だけですがそれなりに量はあります。あと残った胴体ですが、ちょっとやってみましょうか。必要なのは胴体の前の方、柱方の突起の下辺りです。

 

 んんん、取れました。アシッドムシの酸袋です。私の拳三つ分ほどですね、この中に酸が入っています。この溜められた酸を小袋のほうに小分けして、筋肉の収縮によって飛ばします。この筋肉の収縮に頭を前後を振る必要があるので、あの独特な動きをするわけです。

 

 この酸の使い道ですが、サバイバルでは石に使い簡易的な石器を作ったり野生生物に襲われた際の牽制に使えます。過去にこの酸を使って脱獄したという話や金庫破りを行った記録もあり、都市には持ち込めないので注意が必要です。ああ、服を溶かそうとした変態もいたみたいですね。

 

 

 

 さて、一口いただきましょうか。貴重なタンパク源です。…ん、ブッ!ペッペッ、これは、かなりの覚悟が必要ですね。エグすぎます。

 恐らくこのエグさは岩石などに含まれるミネラルが原因です。そのため焼くより茹でたほうが美味しくいただけます。灰汁が凄いですがね。焼くときは事前に水に一時間ほど浸けることでかなりマシになります。干す場合も同様に水に浸けてくださいね、凝縮されるので余計酷いことにまりました。

 

 今回はここで茹でて食べてしまいましょう。

 ではサイバイバルガイド、アシッドムシの食べ方は以上です。よきサバイバル生活を。

 

 

 

 

-----

 

 

 

 

「ふむ、アシッドムシか…」

「なんやドクター、また食いたい言うんやないよな?」

「…酸を飲んで見たいな、と」

「アホか!?いやアホやろ!どこをどう見たら飲みたいなんちゅー発送にいたるんや!」

「だって有機物溶かさないんだよ?飲めるじゃん?」

「飲めるじゃん、じゃないわドアホ!…歯の材質はなーんだ」

「エナメル質、無機物!?」

「…ドクターの名が泣いとるで」

「くっ、味わって飲めないじゃないか…!」

「まず飲むことから離れや」

「でもなクロワッサン、胃チューブがな?」

「ドクターが飲まんとあかんのは理性回復剤や!」

 

 

 

 

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 誤字脱字、お気に入り、評価ありがとうございます!


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不思議な思い出の‐ (ドクター・ニェン・シー)

不思議な出来事とドクターとニェンとちょっどだけシー

以前ついったーで投稿したものをそのまま投稿。
夜中ふと思いついて書きなぐり、誤字脱字設定ミス多いと思ふ。


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 ドクターは生まれつきアーツが使えなかった。しかし、石棺から目覚めた日の夜から目の前の何もない空間が波打ち始めた。

 ドクターは不思議とそれが、水面のように感じ糸を垂らしてみると波打った空間に吸い込まれていった。ドクターは不思議に思いながらも、ただの竹に糸を括り付けただけの釣竿を作り、毎夜糸を垂らして見ていた。

 そんな不思議な水面とドクターともう一人のお話。

 

 

 

 

 夜、基地の甲板の端にてドクターは今日も釣りに興じていた。月明かりは乏しく、時々雲もかかり闇に包まれることが多々あった。

 

「...」

 

 今日も釣果がないドクターだったが、そんな沈黙の時間がドクターは嫌いではなかった。

 

「なにやってんだオメー」

 

 闇に誘われ、意識が朧げになっていたドクターに声を掛ける人物が現れた。

 片手に火が入った七輪を持ち、反対の手には酒と肴が握っているニェンであった。

 

「ニェン、晩酌かい?」

「まぁーな、というかそれどうなってんだ?」

 

 ニェンは自身とドクターの間に七輪を置くと、どかりと甲板の端へと腰を下ろした。視線はドクターが握っている竿の先へと向けられており、虚空へと消えている糸を見つめていた。

 

「さぁ?私も詳しい事は何も」

「なんだそれ。何か釣れたりは」

「さっぱり」

 

 何も分からない、知らないことに怪訝に思うニェン。七輪の火を使って干し肉を炙り、口にすると酒を一杯煽った。

 

「下手くそなんじゃないか?」

「釣りをした経験も、記憶もないからねぇ」

「こういうのは経験が大事なんだよ。貸してみろ」

 

 ドクターから竿を借りたニェンは、器用に竿先を揺らしながら獲物がかかるのを待った。一定のりずむにならないように、時には大きく時には小さく揺れる竿と虚空の水面。ドクターはどこか呆然とそれを眺めていた。

 

「こうしてると昔を思い出すなー」

「昔かい?」

「ああ。ガキの頃、部屋に籠り気味のシーを連れ出して釣りをな。つってもシーの奴は外に連れ出してもお絵かきに夢中だったけどよ」

「筋金入りだったんだね」

「懐かしいぜ...っておお⁉︎」

「おや」

 

 どこか遠い目をしながら思い出にふけていたら、釣り竿に反応があった。何かが釣れるとは思っていなかったからか、初動が遅れてしまう。しかしながら引きは強くないどころか、ニェンが軽く持ち上げただけで釣れてしまう程弱いものだった。

 

「これは、紙。いや和紙、かな?」

 

 釣れたものは魚どころか生き物でさえなかった。ドクターは首を捻るだけであったが、ニェンは目を見開き驚いていた。

 

「こいつは、また懐かしいもんが...」

 

 くしゃり、と折り畳まれた紙を広げたニェンは頬を綻ばせた。大切な宝物に触れるように、優しく一撫でした。

 

「それは?」

「ん?ああ、私の似顔絵だよ。どうだ、下手くそだろ」

 

 ニェンはドクターに見える様に紙を広げると、そこには子供が黒白で描いた辛うじてニェンと分かる似顔絵があった。たしかに下手ではあるとドクターは思ったが、ニェンの喜色満面な顔に口には出さなかった。

 

「これはシーの奴が始めて私を描いたやつなんだよ、ほんと懐かしいな。なんで釣れたのかイマイチわかんねーけど」

「それは、宝物だね」

「...むかーしの火事で焼けちまったはずなんだけどな。案外思い出せるもんなんだな」

 

 優しい眼差しで似顔絵を見ていたニェンであったが、一時の時間が過ぎると和紙を折り始めた。宝物であるはずのものを折ることに、首を傾げるドクター。

 

「...ニェン?」

「こいつは既に無くした宝物だ、思い出させてくれただけありがたいってもんだな。だから帰すんだよ」

 

 ニェンの手によって紙飛行機へと折られた紙は、虚空へと飛ばされた。ふらふらと飛んだ紙飛行機は、何もないはずの虚空に波紋を漂わせて消えていった。

 どこかスッキリとした顔のニェンに、ドクターは問わずにはいられなかった。

 

「よかったのかい?」

「いいさ、思い出せたことのが重要だからな。それに」

「それに?」

「今ならシーもロドスにいるんだ、描いて貰えばいいのさ。新しい宝物としてな」

 

 ニェンはそう言うと、釣り竿をドクターに返しその場を後にする。

 

「七輪と酒と肴、やるよ。じゃあまた明日な」

 

 ひらひらと手を振りながらニェンは去っていった。

 一人取り残されたドクターはそのまま釣りを再開した。古い宝物と新しい宝物、どちらが大切ではなくどちらも大切なもの。ドクターは残された七輪の暖かい火を感じながら、雲に覆われた夜空を見上げて酒を一杯煽るのだった。

 

 

 

 

-----

 

 

 

 

 

 次の日、ドクターが書類仕事をしていると珍しい人物が訪ねて来た。

 

「ドクター」

「ん?シー、どうかしたかい?」

 

 嫌そうで、でも嬉しそうにも見える表情のシー。恐らくニェンが何かしたのだろうが、複雑なシーの表情から上手く感情を読み取れなかった。

 

「昨日、ニェンと何かあったでしょ」

「確かに不思議な出来事はあったけど」

「...はぁ、これニェンからよ」

 

 色々なものを吐き出すかの様なため息をつくと、ドクターに一枚の和紙を差し出した。四つ折りにされたそれをドクターは受け取り、紙を広げるとそこにはドクター自身の似顔絵が描いてあった。

 絵を描いてさらには無償で差し出し、画材としては特段優れているわけでもない一般の和紙。終いには折り畳んでいたという事にドクターは驚いた。

 

「...言われたのよ、ニェンに」

「何をだい?」

「『始めて描いてくれた下手くそな似顔絵をくれ』って」

「それはまた...」

 

 直球なものいいに苦笑いをするドクター。シーは絵に関して誇りとプライドを持っている、さぞかし憤怒したのかとドクターは思うが。

 

「ほんと馬鹿じゃないの。あれから何年経ってると思うんだか、下手くそに描けるわけないじゃない...」

「シー...」

 

 存外、満更でもなさそうなシーに驚くと同時に、あの絵はシーにとっても大切な物だったのだと気づく。

 

「とっくの昔に忘れてると思ったのに...。聞けばドクターが関係してるとか、だからお礼よ。『下手くそな似顔絵』だけどね」

「いや...これ以上ない程の『宝物』だよ」

 

 

 

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 誤字脱字、お気に入り、評価ありがとうございます。

 リアルの方のゴタゴタと精神的ダメージが大きく執筆できない状態でした。以後も執筆予定は未定です。


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最新話
おやすみアーミヤ (アーミヤ)


 とある方のリクエストから、ドクターの膝上でうたた寝してるアーミヤより
 うたた寝というかがっつり寝た。あと久しぶりの一人称視点。


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 ロドスのドクターこと私には最近、悩み事がある。細かいものなら無数にある、仕事の量が多いことや戦闘指揮の効率化、自身の記憶なども今では些細ごとである。そんな中、大きな悩みというのはたった一つである。

 現在時刻、深夜一時を過ぎている。書きかけの書類を枕に、デスクに突っ伏して寝入っている少女。アーミヤが目下最大の悩みである。

 

「ドクター...まだ、休んじゃ...ダメ...」

 

 彼女の寝言も、私を働かせようとしているのはなく『私が働いているのだから自分も頑張らねば』と己を鼓舞するためのものである。もっとも、初めて聞いた時はまだ働かせるのかと戦慄したものだが...。

 とはいえだ、日付を跨いでまで働き、夢の中まで働いているというのは健全とは言い難い。幾度となく忠告はしているものの、聞き入れてはくれずほとほと困り果てている訳であるが。

 今日も今日とで、不摂生なせいで身長も体重も足りない眠り姫を居室へと運ぶ訳だが。

 

「ん、えへへ...ドクター...」

 

 毎度、運ぶ時に顔がニヤけるのは一体なんなんだろうか? 起きている訳でもないのに不思議である。

 

 

 

 

 ────

 

 

 

 最早己だけではどうする事も出来ないと、アーミヤの事をよく知っているであろうケルシーに相談したのだが。

 

「...この阿呆」

 

 まさかの第一声が罵倒であった。しかもため息付きである。こちらは真面目に悩んでいるというのに。

 心外だと抗議すれば再度大きなため息をつかれてしまった。解せぬ。

 

「ドクター、私が君に対して他者をよく観察し、相手の行動と発言の意味を考えろと言ったのは覚えているな?」

 

 無論だとも。そのお陰で個々のオペレーター達の癖が分かり、ベストもしくはベターな戦闘指揮が執れているのだから。的確な助言、感謝の言葉もない。

 む、どうしたんだ眉間を揉んで。やはりケルシーもアーミヤ同様、働きすぎではないのか? 

 

「違うそうじゃない」

 

 むむ、違うのか。ふーむ、そうなると私がまだまだ頼りないということになるのであろうか。しかしアーミヤもCEOとしての仕事もあるはず、であるならば互いに秘書を二、三人付けた方がいいのでは。ケルシーもそうした方が。

 

「そうではない。いいかドクター、既にヒントは示されている。何故アーミヤは君と一緒に居たがるのか、それも長時間に渡ってだ。そしてドクターに触れられた時の反応は何故なのか。そこから導き出される答えは?」

 

 ...仕事が遅い私を補助する為と良い夢を見ているから? 

 

「ドクター、君には失望した」

 

 そこまでか。ならば教えてくれケルシー、私はどうすればいい。どうすればアーミヤに健全な生活をしてもらえるんだ。

 

「本来なら、自分自身で答えを出さなければならないのだが...望むべくもないか。いいか、明日こうするんだ」

 

 

 

 

 ────

 

 

 

 

 現在時刻十三時。昼食もとり終え、午後の勤務が始まると共に満たされた食欲により睡魔との戦いが始まるこの時間に仕掛けるべきとはケルシー談。事実、アーミヤも昨日遅くまで仕事をしていた影響か眠気と疲労の色が見える。その割に、気力は充実してるのが不可解だが。ともあれ行動を起こすしかない。

 アーミヤ、ちょっといいだろうか。

 

「ドクター! どうかしましたか?」

 

 いやなに、次回の会議で使う資料の精査に協力して欲しくてな。

 

「会議の資料ですか? でもたしかケルシー先生が用意するものだったはずでは...」

 

 本来ならな。だがケルシーも忙しい身、急遽精査だけ頼まれたんだ。

 

「ここのところ手術が重なっていると聞いた記憶が...。分かりました任せてください!」

 

 まずは第一関門突破、とはいえ何も嘘を言っているわけではない。事実ケルシーは手術が重なり手が空いてない、それを利用しただけである。やっぱりケルシーも働き過ぎではないか? アーミヤの次はケルシーも休ませなければ、骨が折れそうだ。

 問題は次ぎの第二関門だ。ここさえ突破すればあとはなし崩しでいけるのだが、はてさて。

 

「あ、あの、ドクター?」

 

 どうした? 

 

「どうしたも何も、何故膝を叩いてるのですか? それと資料の紙は」

 

 ああ、すまないな紙はない、この端末に入っている。だから、な? 

 

「ドクターのひ、膝の上に...? 私は横でもいい、ですよ?」

 

 この資料、かなり多くてな。立ちっ放しは辛いだろうし、一度に二重でチェックできるから効率的だ。ああ、私に遠慮してるなら気遣い無用だぞ。

 

「う、うう...」

 

 たまにはこういうのも良いだろう、おいで、アーミヤ。

 

「...失礼します」

 

 第二関門突破、なのだがアーミヤが軽すぎる...。余計心配になる、労働環境含めて色々変えねばな。

 しかしアーミヤが硬い。まぁ仕事を始めれば硬さも抜けてくるだろう、アーミヤは真面目だからな。

 予想通り、暫く精査を進めていけば体の硬さがなくなってきた。むしろリラックスしているのか、眼前で耳がご機嫌に揺れている。そろそろだろう。

 

 足と手を使ってリズムを刻んでいく。ゆっくりと間隔を空けて、初めは知覚できないほどに小さく時間をかけて大きくしていく。

 元々近くで触れ合っているため体温が上がっているのに加え、太陽が少し傾き室内の気温も上がっている。そして人は心音のような一定のリズムを感じ取ると安心感を覚える。ダメ押しとばかりに昼食後のこの時間、眠気を誘うには十分な要素が揃っている。

 

「どくたー...?」

 

 現に、不審に思ったアーミヤが声を出すが眠気が襲っているのかふにゃふにゃである。とろんと蕩けた様な目をしたアーミヤを私を背もたれにするように優しく抱きしめてやる。既に限界だったのか、アーミヤは寝入ってしまう。作戦成功である。これほど上手くいくとは流石ケルシーと言わざるを得ない。

 

 

 アーミヤ、君はまだ幼いんだ。もう少し大人を頼って欲しい、記憶喪失な私が言っても説得力はないかもしれないがな。

 だが君を思っているのはかなり多いのだぞ? 今回でも私とケルシー以外に、今日の分を減らしてくれた事務方、昼食の時間やメニューを考えてくれた調理組みに今日のために部屋の内装を調整してくれたスタッフ達。

 もう少し、もう少しだけでいい、自分の体を大事にしてくれないか、アーミヤ。

 

 

 ふむ、さすがに心地良すぎる。私も少しだけ居眠りさせて貰おうか、アーミヤを抱き枕にするのは少々心苦しいが勘弁してもらおう。おやすみ、アーミヤ。

 

 

 

 

 

 ────

 

 

 

 

「うまくいってよかったねー、ケルシー」

「ああ」

「...ケルシー、嫉妬してる?」

「...少し」

「ケルシーさぁ、もうちょっとドクターの前で素直になればいいのに」

「うるさいぞクロージャ」

「難儀だねぇ」

 

 

 

 

 

 

 

 .




 誤字脱字、お気に入り、評価ありがとうございます。

 続いているシリーズもの、独立させようか悩み中。
 こんなに書くとは思ってなくて、話の順番入れ替えるのがすんごい手間。


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