ダークリリィ:ゲーマーの僕が有名ゲームキャラたちと同じ空間に詰め込まれた件について (バガン)
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第1章
第1話


 「こ、ここは一体?」

 

 僕、平凡な高校生片桐遊馬(かたぎりあすま)!昨日は確かいつも通りにベッドで寝ていたはずだったけど・・・。

 

 素朴な疑問が口を通して出たのは、目覚めたらいたこの場所が明らかに自分の部屋ではないという事だけではない。。まず目に飛び込んできたのは、真っ白でフワフワの動く毛玉。

 

 「ぴょん?」

 「『月ウサギのラッピー』だ・・・。」

 「なにを見ていますの?」

 「『おじょボク』の西園寺美鈴?!『タイムライダー』のムラサメ・モンドもいる!」

 「やかましいやつだな。」

 

 どれも、僕の好きなゲームの登場キャラクターたちばかりだ。

 

 そう、ゲームのキャラクターたち。それが今、目の前で動いて、声を発している。それも僕に向けて。非常に驚いて、そして感動している。思わず声が裏返るほどハイになっている。

 

 「というか美鈴なんて立ち絵しかなかったのに!動いてる!」

 「立ち絵?」

 「まあアニメでは動いてたけど。ところで、この状況は一体何故?ゲームの世界に入ってしまったとか、そういうの?」

 「お前は一体何を言ってるんだ?ここは俺の世界・・・でもないわな、どう見ても。」

 「そう、モンドならまさしくそう言うだろうね。コスプレイヤー?」

 「誰がコスプレか。」

 

 サイバーパンクの世界を舞台に、時間を駆け抜ける戦士のモンドの格好は、コスプレ人気も高い。でも、目の前にいるモンドがコスプレイヤーのようには見えない。なにせ右手の義手からレーザーキャノンが飛び出しているから。

 

 「まあまあ、物騒な物は仕舞いなよ。ボクたちもいきなりここに連れてこられて混乱してるんだよ。喧嘩は無しにしよ、ね?」

 「チッ・・・。」

 

 露骨に舌打ちしながら、モンドは武器をしまう。彼を窘めたのは、赤いパーカーの青年。

 

 「『レッドパーカー』のトビー・ホランド?」

 「へぇ、ボクのことも知ってるんだ。ボクって結構有名人?サインほしい?」

 「そりゃもう、世界的に有名なヒーローだし。」

 

 一見人の好さそうなだけのこの青年トビーは、法で裁けぬ悪を追いかけ、追い詰め、打ちのめす、よいこの味方のコミックヒーロー、レッドパーカーなのだ。サインはいらないけど。

 

 「ところで、キミはやけにボクたちについて詳しいみたいだけど、何者なんだい?」

 「何者って言うほどでもないよ。僕はただの高校生だし・・・。」

 「Oh,ジャパニーズハイスクール。ヤオイってやつだね。」

 「えらく偏った知識だな。」

 

 レッドパーカーのデザインは、年代によって微妙に変わっている。この格好はたしか2000年代のものだったろうか。前に少しだけ昔の作品をネットで読んだことはあり、現在も連載は続いているけれど、今はどんな事件が起こっているかは知らない。

 

 「付き合いきれん。俺は勝手に行動させてもらう。」

 「待ちなよ、モンド?って言ったっけ?単独行動は死亡フラグってよく言われてるよ?」

 「ここに留まることが正解だとは思えん。」

 

 ここと呼ばれた部屋、一見すると学校の教室(僕の通っている学校のものではない。)の戸を開けた時、変化が起きた。

 

 「!?」

 「なんですの?!」

 「バクバクター?!」

 「らぴ?」

  

 見るからに健康に悪そうな色をしたカップケーキが飛んでくる。普通のカップケーキと違うのは、顔がついているという点。ラッピーのゲームに出てくる敵キャラの『カプケー』だ。一見するとおいしそうだけど食べるとお腹を壊す。バイキンがついているからだ。

 

 「敵か・・・。」

 

 多少ファンシーながらも、敵とみてモンドは身構える。ところがそのモンスターもふよふよと浮いているだけで何もしてこない。

 

 「なぜ、攻撃してこない?」

 「そういうモンドさんこそ、攻撃しませんの?」

 「・・・なぜか体が動かんのだ。」

 「RPGみたいに行動順があるのかな?」

 「もう訳が分かりませんの!」

 

 トビーに目配せしてみるが、ふるふると首を振るだけ。わめいている美鈴も多分違う。となると残るは・・・。

 

 「ラッピーの手番か?」

 「ぴる?」

 「状況がよくわかってなさそうだ。」

 「よっし、行けラッピー!」

 「らぴ!らっぴぃいいい!」

 「あ、待った!」

 

 机を足場に、ピョンピョンと高速で跳ねるラッピーだったが、カプケーにぶつかられて止まってしまう。

 

 「ラッピーはアイテムを集めないとロクに攻撃できないんだよ!」

 「えー!じゃあ今は弱いじゃん!」

 「らっぴぃ・・・。」

 

 ふっとばされてラッピーは足元に戻ってくる。時に勇敢だけれど、ラッピーは基本的に弱いのだ。

 

 「とにかく、ラッピーは自爆してターンを終えた。次は誰?」

 『クモモー!』

 「ぐはぁっ!」

 「どうやら、モンスターの手番のようだね。」

 「知ってる。」

 

 カプケーは、一番近いモンドに体当たりをぶちかました。ふわふわな見た目に反して重い衝撃がモンドを襲うが、モンドはなんとかその場に踏みとどまる。

 

 「次は?」

 「わ、わたくしのようですわね・・・。」

 「よし、行けミスズ!」

 「荒事はノーセンキューですの!パスですわ!」

 

 おじょボクは恋愛アドベンチャーゲームだし、原作の美鈴にも戦闘描写なんて当然ない。箸より重いものを持ったことがないという箱入り娘にはそりゃ無理な話だろう。

 

 「あっ、次ボクか。よーし、レッドパーカーの強さをみせてやる!」

 「よーしがんばれー!」

 

 教室の端から、トビーは一足飛びにカプケーに向かう。が、その空中で突如固まってしまう。

 

 「あ、あれ?なんか急に動けなく・・・。」

 「まさか、移動距離の概念もあるのか?」

 「そんなぁ・・・。」

 「ふん、そのまま空中で固まっていろ。俺がケリをつけてやる。」

 

 次はモンドの番だ。義手がビカビカと光り、武器の一つのレーザーガンが出現する。

 

 「こいつで吹き飛ばしてやる・・・って、あれ?」

 「武器を装備した時点でターン終了したのかな。」

 「なんだと?!」

 「最初から装備しておけばこうはならなかったろうに。」

 「『仕舞え』と言ったのはどいつだ!」

 「ボクです。」

 

 ともかく、これで全員に手番が回ってきた、という事は。

 

 「やっと僕の番か・・・。」

 「よしがんばれ!」

 「でも、僕はゲームキャラクターじゃないから、戦闘も何もできないよ。」

 「つっかえねえの。」

 「何か、アイテムとか持ってないの?それこそラッピーを強化できるような。」

 「ない・・・ん、なんだこれ?」

 

 ズボンのポケットに、なにか大きめの機械が入っていた。取り出してみると、中央にはモニターがついて、両端にボタンのあるゲーム機だった。

 

 「『ゲームPODネクス』?これまたレトロなハードが・・・。」

 

 もう10年以上前のハードだ。今では主流になっているタッチスクリーンもついていないし、電源は単三電池だ。

 

 「起動はするかな?」

 「そんなにのんびりしてていいんですの?」

 「ターンを渡さない限り攻撃もしてこないし、大丈夫でしょう。」

 「この状態で固定されてるのなかなか恥ずかしいんですけど?」

 「もうちょっと耐えてて。」

 

 こと、ゲームの話題となる片桐遊馬は目がない。レトロゲームだって履修範囲だし、なによりゲームPODネクスには良ゲーも多い。

 

 「あれ、この画面は・・・。」

 「なに?見えない。」

 

 タイトルもなにもなく画面に3Dマップが映されるが、その状況はまさに今目の前で起こっている風景そのままなのだ。ステージ端にモンドとモンスターがいて、教室の端にはラッピーと美鈴が、中央あたりにはトビーがいる。しかし、画面の自分がいるべき場所に、自分はいない。

 

 「そうか、僕は駒じゃなくて、プレイヤーとしてみんなに指示を飛ばせばいいのか。」

 

 ターンプレイヤーを表すウィンドウには、ラッピーの名前が表示されている。

 

 「となると、今は僕のターンじゃなくて、一巡してラッピーに戻ってきてるのかな?ラッピーは?」

 「ぴぃ・・・。」

 「すっかり萎縮しちゃってますわね。」

 「お前が変な指示飛ばすからだぞパントマイム。」

 「仕方ないじゃないか!知らなかったんだから!」

 

 ラッピーは行動の選択をしない。

 

 「何も出来ないか。ここはラッピーもなにもさせない。」

 「ぴぴっ。」

 「気にするなよ。変身アイテムがないんじゃしょうがない。」

 

 次、再びカプケーのターン。

 

 「また俺か!くそっ!」

 「モンドにダメージ!体力のステータスはどこだ?」

 

 リアルタイムで戦闘は続いているが、カチャカチャとボタンを押してウインドウを開いたり閉じたりする。

 

 「うわっ、モンドめっちゃいっぱいアイテムがあるな。ほとんど武器だけど。」

 「次、わたくしは何をすればよいでしょうか?」

 「うーん・・・あっ、美鈴は『ビスケット』を持ってるじゃないか。それを誰かに使ってあげれば?」

 「回復アイテムか!」

 「説明文を見ると『ライフを1回復する』と書いてある。」

 「たった1ぃ?!」

 「元々ラッピーのゲームの回復アイテムだから。」

 

 月ウサギのラッピーは横スクロールアクションゲームで、体力は最大6。1点のライフは大きいのだ。

 

 「じゃあ、ラッピーどうぞ。」

 「ぴょん!」

 「次、トビーの番!」

 「よし!今度こそ・・・また途中で止まった。」

 「つっかえねえの!」

 「てへへ。」

 

 「次、モンドのターン!」

 「やっとか、これで吹き飛ばしてやる!ファイヤ!」

 『グポォオオオオオ!』

 

 モンドの右手のガンから炎が奔り、カプケーを焼き尽くす。

 

 『戦闘終了』

 

 「よし、勝った!」

 「お、終わりましたのね・・・。」

 

 緊張の糸が切れるように、全員の硬直が解除される。戦闘から解放されたというわけだ。

 

 「ふんっ、ふざけた見た目のやつが、手こずらせてくれた。」

 「一番ダメージ受けてたのキミだろ。」

 「次に焼かれたいのはお前か?」

 「ストップストップ!やっと戦闘が終わったんだから、喧嘩はナシ!」

 

 苛立っているモンドを止める。戦闘が終わったからと言って、この状況そのものは解決していない。果たしてこれからどうするか。

 

 「そのゲーム機には何か表示されてないのかい?」

 「特には・・・そういえば、カセットは何が入ってるんだろ?」

 

 いったん電源を落として、背中に刺さっているソフトを確認する。

 

 「ダーク・・・リリィ?」

 「黒百合、ですの?」

 「それって、外に見えてるアレか。」

 「らぴ?」

 

 廊下側の窓を見下ろしながら、モンドは言う。全員が寄ってみれば、一目瞭然。

 

 「すごく・・・ブキミだね。」

 「花言葉は、『復讐』、『呪い』。」

 

 復讐の花畑が、眼下に広がり、そのどれもがうつむくように花を咲かせている。その様が、この閉鎖された世界そのものを表していると言ってもいい。



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第2話

 一体我々はなぜ集められたのか。

 

 「そりゃお前が『会議しよう』って言うからだろ。」

 「違うそういう意味じゃない。」

 「なんでゲームのキャラクターたちが、この世界に集められたのか、でしょう?」

 

 ここは、舞台となる学校らしい建物の一角、食堂だ。

 

 ここに来るまでに、色々な部屋を探して歩いてみたが、人影は一つもなかった。この食堂も例外でなく、環境音のひとつしない。電気や水、ライフラインが通っていながら、ここは外界と遮断された、閉じた世界だと確認も出来た。

 

 「一度整理しておこう。僕たちが行けたロケーションは、①保健室、②校門、③グラウンド、④屋上、⑤各教室、⑥食堂、⑦職員室、⑧花畑、ってところだ。」

 「一部の部屋や、階には鍵がかかっていた。」

 「それらを破壊することも出来なかった。」

 「らぴ!」

 「そして、全員その風景に見覚えはないと・・・。」

 

 校門の外へ出ようにも閉まっていたし、その上を乗り越えようとしても『見えない壁』に引っ掛かった。外の世界が『描画されていない』のか、『ロードされていない』のだろう。

 

 「そもそも、俺たちがゲームの登場人物で、ここがゲームの世界だって理屈がわからないな。」

 「同感ですわ。特に前者。」

 「コイツ(ラッピー)が何かしらのキャラクターだってのはわかるけど。」

 「りぴぃ?」

 

 だが、モンドと美鈴の二人はいまいち状況を飲み込めていないらしいが、それも仕方がない。自分が空想の人物だなんて言われても、『はいそうですか』と納得できるはずもない。

 

 「何か証明できる証拠があるのか?」

 「そうだな・・・僕はゲーマーだから、2人のことはよく知ってるよ?」

 「ほーぅ、何を知ってるんだ?」

 「ムラサメ・モンド、過去が無い男。様々な時間で悪事を働く『タイムドグマ』を退治する『タイムライダー』である。」

 「それぐらいじゃ信用できないな。」

 「実は元タイムドグマの1人で、タイムライダーを壊滅させるためのスパイ。だが自身を疎んじる上司の『アグロ大尉』によって記憶を消されて、あわよくば始末されそうになっている。夜はマメ電球を点けないと寝れない。ナメクジが怖い。」

 「待った、信じようそれ以上何も言うな。」

 「ナメクジ怖いんだ。」

 「忘れろ!」

 

 ヒーローにだって嫌いなもののひとつくらいあるだろう。

 

 「で、西園寺美鈴は『お嬢様とボーイとクリスタル』の登場ヒロイン。主人公とは学園入学時に出会って、生徒会に入る。」

 「あの子のことですわね・・・。」

 「変なタイトルの略し方なんだね。」

 「そうだね。それで、実は主人公は男の子で、水晶のように透明でピュアな心の持ち主で女子高に入れたんだ。」

 「えっ!?あの子が?!まさか・・・そんな・・・。」

 「で、さらに5月の体育祭のイベントで・・・。」

 「ストップ!ストーップ!!もう聞きたくありませんわ!」

 

 顔を真っ赤にして美鈴は待ったをかける。まあ、主人公が男だと知ったら、思い出すのも恥ずかしいことに・・・。

 

 「まあ、これで理解いただけたと思う。」

 「二人とも頭抱えちゃったけど。」

 「ちょっと酷なことをしちゃったかな・・・。」

 

 真実は、時に残酷だ。

 

 「そういえば、トビーは納得してるの?」

 「ボクはまあ、人生いろいろあるから。」

 「だろうね、例えるなら・・・。」

 「おっと、言わないでいいよ。」

 「あ、うんごめん。」

 

 レッドパーカーは歴史が長い。その歴史の中で、トビーは時に失恋したり、辛い別れがあったり、あるいは死んだりもしたことがある。自分がゲームの登場人物だと知ったところで、大したダメージでもないのだろう。

 

 「ラッピーは、まあいっか。」

 「ぴ?」

 

 ラッピーはラッピーだ。それ以上でもそれ以下でもない。常にお菓子を食べることを第一に考え、そのついでに時に世界を救ったり、魔王を倒したりしちゃっている。

 

 「それで、キミは一体何者なんだい?」

 「僕は・・・ただのゲーム好きの高校生で・・・。」

 「でも、ボクたちと同じ場所にいるという事は、キミにしかない魅力があるってことだよ。」

 「そのゲーム機はどうなんだよ?」

 「これね、ゲームPODネクス。」

 

 校内を歩き回りながら、少し動かし方を探ってみたが、どうにもつかめない。

 

 「とりあえず、マップとステータスの表示は出来るようになった。」

 「どれどれ?」

 

 

 ステータス一覧(HP以外の各ステータスの最大値は20)

 

 【ムラサメ・モンド】

 HP:9999

 DEX(俊敏):3

 INT(知性):12

 STR(力):18

 

 特殊スキル『タイムライダー』:1ターンの間、敵ユニットの行動を封じる。このスキルは一度のバトル中、1回しか使えない。

 

 「体力多いな。」

 「元がアクションゲームだしね。俊敏が低い代わりに、力は強いタンクタイプか。」

 「しかも能力がめっちゃチート。」

 「戦闘の要になることは間違いない。」

 

 【レッドパーカー】

 HP:100

 DEX:15

 INT:15

 STR:12

 

 特殊スキル『早業』:武器の『装備』にかかるターンを無くす。

 

 「全体的に高スペックだね。」

 「ふっふん、まあね。」

 「スキルも使いやすいし、頼りにしてるね。」

 

 【西園寺美鈴】

 HP:16

 DEX:12+5

 INT:14+5

 STR:5

 

 特殊スキル『お嬢様』:DEXとINTが+5、戦闘時仲間が生存している時、攻撃対象にならない。

 

 「実にお嬢様らしいね。」

 「攻撃対象にならなくて、俊敏が高いならヒーラーに相応しい。」

 

 【ラッピー】

 HP:6

 DEX:20

 INT:5

 STR:7

 

 特殊スキル【月ウサギ】:自分への全てのダメージは1になる。

 

 「ダメージを絶対に1にする、か。」

 「元々そういうゲームだったし。」

 「でも変身については書いてないんだね。」

 「あくまで『このゲーム』の中での設定なんだと思う。」

 

 ステータスはこんなもんだ。

 

 「あれ、アスマのステータスは?」

 「僕のは無かった。プレイヤー側の人間だからかな。あれ、2人ともどうしたの?」

 「スキルとかステータスとか、話についていけん・・・。」

 「同感ですわ・・・。何故そんな概念が必要になるのですか。」

 「ぴぴ?」

 

 たしかに、モンドはゲームをするような性格ではないし、美鈴も世俗には疎い。ラッピーはどこ吹く風と言うところだが。

 

 「話が通じるのは、ボクだけってことか。」

 「そういうこと、ホントに頼りにしてるからね・・・。」

 「まかせておいて。ボクもそこそこゲームは好きだし。」



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第3話

 キーンコーンカーンコーン・・・

 

 「おや?チャイム?」

 「授業の時間かな?」

 

 無人の校舎にチャイムが鳴り響く。トビーの言うように授業の開始・・・というわけでもないだろう。

 

 「何かイベントが進行したのかな?」

 「マップには何が?」

 「うーん・・・あっ、グラウンドに星がついてる。」

 「行けってことか。」

 

 いわゆる『どこ行くんだゲー』にあるような、行先に迷子になる要素もなさそうだ。

 

 「その前に、アイテムを探していきませんこと?」

 「そうだね、もしイベント戦闘だったら、戦力が低すぎるし。」

 「俺の戦闘力を舐めていないか?」

 「でも、キミ俊敏がたったの3しかなかったじゃないか。」

 「これだと、ほぼ確実に最後の手番になるね。」 

 「ぐぬっ・・・。」

 

 体力は確かに多いが、タンクになるには前に出てもらわなければ困る。行軍とは一番足の遅い者に合わせることを言う。

 

 「これじゃあ、モンドに壁役になってもらうには、全員が1ターン『なにもしない』を選択して、敵のターンを凌いだうえで、それでやっとモンドに前に出てもらわなくちゃならない。」

 

 2番目にHPの高いトビーでも100しかない。どの敵から、どの程度ダメージを受けるのかはまだわからないが、基本的にシミュレーションゲームで敵にターンを渡すのは危険だ。確実にイニシアチブを握るには、壁役の存在が不可欠だ。

 

 「足が遅いのって、致命的なんだね。困ったことがないからわかんなかったや。」

 「レッドパーカーはワイヤーでビルを渡るから、スピードが段違いだからね。」

 「ですから、先に動けるわたくしやラッピーがアイテムを使えれば、戦力増強になると思うのですわ。」

 「さすが知性19、なんて冷静で的確な判断力なんだ。」

 「俊敏アップのアイテムがあるかもしれないし、決して悪い話じゃないと思うよ?」

 「そういうことなら、早く行こうぜ。」

 

 ようやっとモンドも納得したようだ。

 

 「さて、そうと決まれば家探しだ!まずはこの食堂にある使えそうなものを集めてみよう。」

 「使えそうなもの・・・。」

 「回復アイテムなら食べ物系とか。」

 「ハンバーガーあるといいな、マスタードたっぷりの。」

 「それもうマスタードだけでいいんじゃないかな。」

 「目つぶしにもなるしな。」

 「そんなもったいない!」

 

 しばらくして。

 

 「集まったのはこんなもんか。」

 

 ・カロリーブレッド×5

 ・醤油

 ・塩

 ・ソース

 ・コショウ

 ・おいしい水×3

 ・キャラメル×1

 ・フライパン×1

 

 「とりあえず調味料一式は元の場所に戻してこようか。」

 「コショウは目つぶしに便利なんだけどね。」

 「どっちだお前。もったいないって言ったり。」

 

 実際レッドパーカーの投擲武器の中には『コショウ』がある。少量のダメージと目くらまし効果があるので、使おうと思えば終盤でも使える。

 

 「カロリーブレッドね。なにこれ?」

 「うーん、どのゲームにも出てこないアイテムだ。食べるとHPを少量回復するってさ。一人一個ずつと、前衛2人がもう一個持っていよう。」

 「キャラメルは?」

 「らぴ!」

 「キャラメルは1回復。けど、ラッピーが食べると『ハンマー』が使えるようになるよ。」

 「じゃあ、ラッピーに持たせましょう。」

 

 ようやくラッピーが戦力になった。ハンマーは威力が高くて、ギミック攻略にも使う有用な能力だ。

 

 「・・・お菓子って、使い捨てだよね。戦闘につき一回しか効果が出ないのかな?」

 「えっと、原作では基本的に能力は捨てるまで保持してるんだけど。」

 「じゃ、今のうちに使っておこうぜ。」

 「でもダメージを受けると確率で落としちゃうんだよ。使いどころは見極めないと。」

 「らっぴぃ!」

 「もう食べちゃいましたわ。」

 「もう!」

 

 ラッピーは嬉々として格子模様のハンマーを掲げている。まあ、楽しそうならいいか。

 

 「で、このフライパンっていうのは?」

 「うーん・・・ボクの趣味ではないかな。」

 「お嬢持っとけよ。」

 「わたくし、箸より重い物は持たない主義ですの。」

 「盾ぐらいにはなるだろうし、『装備』しておいたら?」

 

 しぶしぶ美鈴はフライパンを『装備』した。女の子にはフライパンが似合う。

 

 「では移動するぞ。」

 「おー!」



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第4話

 「で、移動するのはいいけど、どこに行く?」

 「目的地はグラウンドなんだろう?そこへ行けばいいじゃないか。」

 「まだ仕様とかわかってないし、もうちょっと色々試してから行きたい。いきなりボスと戦闘とかなったら、勝てるかどうかわかんないし。」

 「・・・そういえば、ゲームだったら『セーブ』とかないの?」

 

 忘れていた。何度かセーブするのを忘れながら、パーティが全滅して思わずリセットしたこともあった。

 

 「・・・セーブらしいものはないかな。」

 「じゃあ、ボクら全滅したらどうなるんだろ?全滅までしなくても、HPがゼロになったらどうなるんだろう?」

 「大体ゲームなら、最後にセーブした場所か回復ポイントにまで戻されるとかだけど。」

 「そのセーブが無いんだろ?」

 「回復ポイントって、どこ?」

 「ぴぽ?」

 

 ゲームによっては、ウインドウから自由にセーブできず、セーブポイントでしか出来ないシステムもある。

 

 「じゃあ次は、回復ポイントとセーブポイントを探すことを目標にしよう。」

 「なかなか先に進めないな。」

 「慎重に一歩ずつ。」

 

 どんな落とし穴があるかわからない。

 

 「むっ。」

 「どした?」

 「どうやらお客さんのお出ましのようだ。」

 「お客さん?」

 

 廊下の先頭を行っていたモンドが身構える。見れば、正面の空間が歪んで、3つの影が現れた。

 

 『ギ・・・ギギ・・・。』

 「タイムドグマの戦闘アンドロイド!」

 「俺の世界の同胞か。お友達になりに来たってわけじゃなさそうだけど。」

 「え?もともとお友達だったんじゃないの?」

 「知らん!そんな記憶俺には無い!」

 

 そう言って、モンドは義手からレーザーガンを抜く。その義手も、元はタイムドグマの科学者は作った物なのだが。

 

 さあ、戦闘開始だ!

 

 「一番早いのはラッピーだ。まずはモンドの後ろにまで移動して。」

 「らぴっ!」

 「次の美鈴も、モンドの後ろの方が安全かな。」

 「わかりました。」

 「次がトビーか。トビーは何か武器持ってたっけ?」

 「ワイヤーガンがある。これで引き寄せてパンチをお見舞い出来るよ。」

 「けど、一撃で倒せるかわからないし、その次にアンドロイドのターンが来るから、かえって危険かな。トビーもモンドの後ろに移動して。」

 「オッケー!」

 

 次、アンドロイドAはスタンロッドを起動させて向かってくる。アンドロイドBも同様だ。しかし最後のアンドロイドCは、銃を抜いて撃ってくる。目標はモンド。

 

 「ふん、この程度の攻撃、いつも躱して・・・。」

 「避けたらわたくしたちに当たりますのよ!」

 「ごめん、避けないでね。」

 「くっ、これは貸しにしておくぞ・・・。」

 

 タイムライダーは、様々な武器を切り替えながら、スタイリッシュに戦うアクションゲームだ。避けるのが基本なモンドは不服そうだった。

 

 「やっと俺の番だな。今回はあらかじめ武器を装備してあるから、前のような失態はない。喰らえ!」

 

 ドギャン!という炸裂音と共に、アンドロイドAの体は大きく吹っ飛んで動かなくなる。

 

 「おいおい、一番遠い銃撃タイプを狙わなくてどうするのさ!」

 「まあまあ、一撃で倒せるみたいだし。次・・・どうしようかな、ラッピーも攻撃してみるか。」

 「らぴぴ!」

 

 ラッピーはモンドの背後から飛び出すと、アンドロイドBにハンマーをぶち当てる。

 

 『ギギギギギ・・・!』

 「あちゃ、倒しきれなかったか。」

 「このままだと、ラッピーが狙われますわよ?」

 「でも、のこり体力はわずかだ。これなら美鈴のフライパンでなんとかなるんじゃない?美鈴はスキルで攻撃対象にならないし。」

 「最後の一体は?」

 「トビーのワイヤーガンで引き寄せ攻撃しよう。よしんば倒しきれなくても、銃の有効射程から外させることはできる。」

 「よし、ではそのように・・・。ミスズ、お願い。」

 「わ、わかりましたの・・・とう!」

 

 バゴンッ!と重い音が響くと、アンドロイドBも機能停止する。

 

 「あとはボクが・・・それっ、グラップルスマッシュ!」

 「あっ、カッコイイ。」

 「わたくしも技名をつけるべきでしたわ。」

 「技名をつけてもフライパンはフライパンだろう。」

 

 トビーの握る銃からワイヤーが飛び出し、アンドロイドCの首を捕らえると、巻き取りのスピードをプラスした拳が火を吹く。

 

 『戦闘終了』

 

 「意外と簡単だったな。」

 「わたくしも、案外出来るものですわね。」

 「どれどれ、ドロップアイテムは・・・。」

 

 アンドロイドは下級兵士だ。大したアイテムをも落とさないが、今はどんなものでも貴重品になる。ホクホクとウィンドウを開いて確認してみる。

 

 「なにコレ、『ジャンクパーツ』?ガラクタじゃないか。」

 「タイムライダーの武器のアップグレードに使うアイテムだけど、この世界だと役に立つんだろうか?」

 「開発や改造はドクにまかせっきりだからな・・・。」

 

 ともあれ、最初のイベント戦闘を覗けば、初となるザコ戦に勝利した。

 

 わりとあっけなく勝てたことによって、そこに少しの油断があったことを心に留めておくこととなるのはまだ先の話。



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第5話

 「ところで、モンドはどれぐらいダメージ受けた?」

 「これぐらいかすり傷だ。」

 「一回だけとはいえダメージはダメージだ。確認しておこう。」

 

 ゲームPODから、ステータスのウインドウを確認する。

 

 【ムラサメ・モンド】

 HP9989/9999

 

 「10ダメージか。」

 「でも、ボクは100しかHPがないし、ミスズは16だから一発貰えば瀕死だったね。」

 「ひええ・・・攻撃されなくてよかったですわ。」

 

 ゲームバランスはかなりピーキーなようだ。これでは本当に一手一手を慎重に選ばなければ、すぐやられてしまうだろう。

 

 「ん?この項目は?」

 「今度は何?」

 「『スキルポイント』の割り当て、だって。」

 

 どうやら先ほどの戦いでレベルアップしたらしい。レベルアップしただけではステータスは変化しないが、代わりにスキルポイントを貰えて、それを割り振ることで各キャラクターのステータスをアップできるらしい。

 

 「そこにDEXの強化はあるか?」

 「えっと、各ステータスのアップが最大+9まであるみたい。」

 「よし、ではさっそく俺の敏捷を強化しろ。」

 「でも、今の状態じゃ1しか上げられないみたい。」

 「たった1じゃなあ。元が3だし。」

 「焼け石に水ですわ。」

 「らぴ?」

 

 パーティメンバー全員に対して、スキルポイントは共通のようだ。それなら、他の戦闘に有利になるスキルを取得した方が序盤は便利になりそうだ。

 

 「くっ・・・だが、ポイントが溜まったら必ず強化してもらうからな!」

 「はいはい、それでどんなスキルがあるの?」

 「ふんふん、モンドは戦闘スキルを、トビーと美鈴はバフスキルが使えるようになるみたい。」

 「らぴ?」

 「ラッピーは魔法が使えるようになるみたいだね。」

 「あ、これなんかいいんじゃないですか?わたくしの『追い風の応援』!」

 「仲間1人を3ターンの間DEX+3か・・・。」

 「でも、それを使ってもモンドはやっと6だよ。敵を抜けるスピードになるかな?」

 「やっぱりヤケイシニミズだね。」

 「りる。」

 「そんな目で見るな。」 

 

 やはり初期3は遅すぎる。アイテムやスキルで相当バフをかけなければ、先行するのは難しそうだ。

 

 「でも、せっかく美鈴が先攻を取れるのに、手持無沙汰になるのはもったいないね。」

 「では、攻撃力のアップする『鼓舞の応援』はいかがでしょう?」

 「それなら、ボクにかけてもらって、ボクがワイヤーアタックで一体は倒せる計算になるね。」

 「なるほど・・・でもせっかくなら他にどんなスキルがあるのか見てみようか。」

 

 選択肢をスクロールさせていくと、最後のウィンドウにたどり着く。

 

 「最後のこれは、『プレイヤーのアヴァター化』?」

 「アスマがユニットになるってことだね。」

 「頭数が増えるのはいいかもしれないけど・・・。」

 「お前がどの程度の強さかもわからんしな。ヘボかったら、介護する相手が増えることになるぞ。」

 「DEX3の老人の小言なんか聞きたくないネ。」

 「なにおう!」

 「はいはい、喧嘩しないで。」

 

 プレイヤーの分身、いわゆる『勇者』だな。勇者なら強いスキルだって覚えるだろうけど、実際に戦いに出るのはちょっと怖い・・・。というか、勇者が倒れたら即ゲームオーバーになるってことも考えられる・・・。

 

 「よし、決めた。このアヴァター化を選ぼう。」

 「その心は?」

 「みんなばかりを戦わせて、僕だけ後ろで見ているなんて、なんかもどかしい。」

 「自分が一番手持無沙汰なだけとちゃうん?」

 「そうともいう。」

 

 はっきり言って、確かに怖いけどゲームを実際に体験できるなんて機会まずない。ここはせめて状況を楽しみたい。そう、ゲームなのだから。

 

 「それじゃあ、今回はこれを選択するけど、いいかな。」

 「OK。」

 「意義はあるけど、まあいいだろう。」

 「りぽ。」

 「かまいませんわ。」

 「よし、『アヴァター化』、オン!」

 

 決定ボタンを押すと、遊馬の体に光が纏う。冒険者としての、第一歩を踏み出した!



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第6話

 「さっそくステータスを確認しよう。」

 「これで敏捷1とかだったら俺は笑わせてもらうからな。」 

 「・・・まさかそんなことはないでしょう?」

 「やっぱりわたくしのスキルを取った方がよかったのでは?」

 「ま、まだそうだとは決まってないから!」 

 「いいから早く確認しようよ。」

 

 【片桐遊馬】

 HP:500

 DEX:8

 INT:9

 STR:9

 

 「・・・まあ、悪くないんじゃありませんの?」

 「いっそ全部1なら笑いのタネにもなったものを。」

 

 体力が500あるなら壁ぐらいにはなるか。

 

 「も、問題はスキルの方でしょ?!」

 「スキル持ってるの?」

 「これでスキルも微妙だったら荷物持ちな。」

 「そんなことない!さあ来い神スキル!」

 

 特殊スキル『プレイヤー』:味方の手番中、自由にアイテム・スキルを使える。この効果は1サイクルにつき1回しか使えない。

 特殊スキル『アヴァター』:基礎ステータス強化スキルを+18まで強化できる。

 

 「ほら、二つもあった!すごいでしょう??」

 「プレイヤーとアヴァターね・・・。」

 (どっちもアスム自身のスキルではないと思うけど。)

 (しっ、黙っておきましょう。)

 

 プレイヤーは、アヴァター獲得前から使えたようだった。これがあれば、実質DEXを無視して味方の補助に回ることが出来る。アヴァターの方は、強さの限界を底上げできるようだ。ゆくゆくは勇者らしく先頭に立つことも出来るようになるだろう。

 

 「じゃあつまり、どっちにしろ今は荷物持ちってことだな。」

 「ん、まあ・・・たしかに。」

 「じゃあ、アイテムの再分配で、回復アイテムも多めに持っておいてね。」

 「・・納得いかないなぁ!」

 「せめて払ったポイントの分ぐらいは働いてくださいね。」

 

 覆水盆に返らずとはこれ。まあ、我儘を通してもらったんだから、ありがたく持たせてもらっておこう。

 

 「で、次はどこへ行けばいいんだプレイヤーよ。」

 「普通に名前で呼んでほしいな・・・。回復ポイントと言えば、保健室かな。活動の拠点になるかもしれないし、あそこにも何か変化があるかも。」

 

 こういう時は、隠し要素やイベントのフラグがあったりするから、ゲーマーとしてもくまなく探索しておきたい。どうか敵とエンカウントしませんように。

 

 「マップは・・・ん?」

 

 自然と歩みが遅くなっていた遊馬の後ろに歪みが現れるが、気づくのが遅れた。またあの戦闘アンドロイドが現れると、間髪入れずに攻撃を仕掛けてくる。

 

 「奇襲攻撃か!」

 『ギギギギギ!』

 

 後方からの奇襲攻撃!敵全員は1ターン自由に動ける。

 

 「でも今一番後ろにいるのはアスマだから・・・。」

 「狙われるのもお前だな。」

 「そんなー!」

 「ちんたら歩いてたるからだろ。」

 

 歩きスマホ、並びに歩きゲームはやめましょう。

 

 「さっそく壁②役として役に立てると思えば・・・。」

 「出来ればカッコよく敵を倒す役がよかったけど、まあいい。さあかかってこい!」

 

 出てきた敵は、今回は近接タイプのアンドロイドが2体。どちらもスタンロッドを抜いて、遊馬に殴りかかってくる!

 

 「ぎゃびびびびびびび・・・!し、シビレた・・・。」

 「もう一体来るぞ。」

 「あぎゃああああああ!!!」

 

 初攻撃の前に、初ダメージを受けてしまった。その痛みは、これがただのゲームではなく、現実として起きている現象だという事を思い出させた。

 

 「大丈夫?」

 「へ、平気・・・。ダメージはどれぐらい受けたんだろうか。」

 

 膝はついてもゲーム機は手放さない。現実なら気絶必死どころか、命の危険もあるような攻撃を受けた気がするが、今こうして生きていられるのは、アヴァターになった効果だろうか。

 

 【片桐遊馬】

 HP:440/500

 

 一回30は喰らったのかな?ダメージのルールがよくわからない。

 

 (ステータスに防御力の項目は無かったし、STRの対抗なのかな?そこに武器の威力を加算ってところかな?)

 

 あくまで落ち着いて、頭を巡らせてみる。ステータス上のINTは決して高くないけれど、ゲームの知識までは抜け落ちていないはず。

 

 ゲームPODの画面から、ステータスを確認してみる。

 

 「敵のステータスは・・・一回戦った相手なら、図鑑とかないかな。」

 

 果たしてそこにあった。

 

 【アンドロイドマン】

 HP:120

 DEX:5

 INT:5

 STR:10

 

 武器についてのデータは載っていない。

 

 単純に『攻撃側の攻撃力ー防御側の防御力=ダメージ』の計算式なら、10-9=1の、さらに武器攻撃力を掛けて30になったと考えるべきか。

 

 (でもモンドの受けたダメージが10だった。最低でも10は喰らう仕様なのかな?)

 

 でもモンドが受けた攻撃は銃撃だった。銃にSTRは関係あるんだろうか?

 

 そもそも、モンドのHPは本当に9999なんだろうか?オーバーフローして10000以上ある可能性もある。実際は10以上のダメージを受けていた可能性も・・・。

 

 「うーん・・・考えれば考える程謎になってくる・・・。」

 「何やってんだ。もう終わったぞ。」

 「えっ、もう戦闘終了?」

 「また置いてかれるよー。」

 「待って!もう奇襲喰らうのは嫌だ!」

 



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第7話

 「ああでもない・・・こうでもない・・・。」

 「アスマ何書いてるの?」

 「ダメージの計算方式。なんか納得いかないくて。」

 

 保健室の端にある机に向かって、アスマはうんうんと唸っていた。アイテム捜索をいったんストップしてトビーが話しかけてくる。

 

 「そもそも、ダメージの計算方式ってどういうのがあるのかな?」

 「まず、『攻撃力‐防御力=ダメージ』って単純な数式のものがあるんだ。」

 「ふんふん、一番シンプルなんだね。」

 

 「次に『攻撃力×n倍ー防御力m倍=ダメージ』っていう、乗算が入るパターンがあるんだ。」

 「それぞれのステータスに、特定の数字を掛けてるんだね。」

 「レベルが上がるごとにどんどんインフレが激しくなっていって、序盤では1とか2とかだった通常攻撃が、終盤では4桁にもなるんだ。」

 「4桁の攻撃なんか、僕たちみんな一撃でやられちゃうね。2人除いて。」

 「ラッピーは能力で1にしかならないからね。」

 「らぴ?」

 

 自分のことを呼ばれたと思ったのか、ベッドで転がっていたラッピーが起き出してきた。

 

 「でも、このゲーム(・・・・・)のダメージ計算は、後者じゃないかと思うんだ。」

 「どうして?インフレするんでしょ?」

 「僕たちも、おそらく敵のステータスも、20で打ち止めになるから。」

 

 インフレするスピードはおそらく遅くなる、という考えだ。

 

 「多分だけど、20の半分の10が係数の平均でそこから数値が高くなれば割り増しになるんじゃないかな。」

 

 例えば遊馬のSTRは9でダメージにー10%の補正がかかる。トビーのSTRは12なので+20%の補正が乗る。つまりそれぞれ最終ダメージが0.9倍、1.2倍されるというわけだ。

 

 「トビーのワイヤーガン+パンチが100の威力を持っていればちょうど120ダメージになる。」

 「ミスズとラッピーの2人の場合は?」

 「ラッピーのハンマーが150でSTRは7、美鈴のフライパンが50でSTRは5、それぞれ105と25で130。アンドロイドの体力が120だから、これでそれぞれ倒せたことになる。」

 

 アンドロイドのSTRは10、スタンロッドの威力を30とすると計算が合う。となると、スタンロッドより強いフライパンとは一体何なのか・・・。

 

 いい線いってると思うが、この計算では防御力を考えないものとしている。防具を装備していると、もっと複雑な計算式になるかもしれない。

 

 それに、筋力に比例しないような銃撃などの威力の計算も不明だ。まだまだ考えることは多い。

 

 「なるほどな。頭が無いわけじゃなさそうだな。」

 「わっ、ビックリした。」

 

 とりあえず、今はペンを置いてアイテム捜索に戻ろう。



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第8話

 「花瓶の中からメダルが。」

 

 保健室を探して見つかった、めぼしいアイテムはこれだけだ。

 

 「たくさん集めるとレアなアイテムと交換できる、かな?」

 「金銭的な価値はなさそうだが。」

 「ゲームってそういうものなの。」

 

 RPGならよくあるものだ。

 

 「でもこれ、おかしくありません?」

 「そりゃメダルが隠してあったらおかしいでしょ。」

 「そうではなくて、花瓶の底にあったのでしょう?水で湿っていたら表面張力で張り付いて、取れなくなりますわよ。」

 

 生憎花は差してあらず、水も入ってなかったので普通に取り出せたが、確かに言われてみればそうだ。

 

 「何か意味があって花瓶の底に置いたのでは・・・?」

 「さすがに考えすぎじゃないかな。まあ意味があるのかは使い道がわかれば自ずと見えてくるよきっと。」

 

 それよりもだ、保健室には他にも意味のあるオブジェクトがあった。

 

 「どうやらベッドを『調べ』れば、休むことができるらしい。」

 「ちょうど5つあるし、ここを拠点にするのもいいかもしれないね。」

 「ベッドで休めばHPも回復するし、時間が『夜』になるらしい。」

 「夜になるとどうなるんだ?」

 「たぶん、別のサブクエストが発生するんだろうけど。今はメインクエストを進めるべきだと思う。」

 「その心は?」

 「さっきからずっと、グラウンドの中央で立ちんぼだから。」

 

 保健室のすぐ外にグラウンドはあるが、その中央に1人佇む影がある。

 

 ていうか明らかにこっちを見てる。

 

 「目を合わせたくないというか、あそこに行きたくない。」

 「言えてるね。」

 「ここから狙撃しちゃイカンのか?」

 「さすがに無理じゃないかな・・・。」

 

 と言いつつ、モンドが窓際に移動するのを追って、先に窓を開ける。

 

 ガチャガチャと音を立てながら、モンドはスナイパーライフルを手際よく組み立てると、スコープを覗く。

 

 「Shoot!」

 「気が散るから耳元で騒ぐな。」

 「当たった?」

 「いや、手ごたえ無し。」

 「外したの?」

 「外れたんだよ。」

 

 その後も何発か試射するが、いずれも効果なし。どうやら当たり判定すらないらしい。

 

 「チッ、弾がヤツの体をすり抜けやがる。」

 「やっぱり普通に接近するしかないか。」

 「戦闘になることを予想して、一旦回復したほうがよくない?」

 「別にいいだろ?俺はかすり傷だし。」

 「よくない!よくないから!」

 

 一番ダメージを受けているのはモンドではなく遊馬である。

 

 「まあ、試しにベッドを使ってみる?ボクここね。」

 「いきなり真ん中を占有するとは度胸ある。」

 「わたくし、一番奥を貰いますわ。」

 

 衝立とカーテンで仕切られているとはいえ、女の子と一つ屋根の下で寝るとは・・・。

 

 「何変な顔してんだお前。」

 「いやいや、なんでも?」

 

 気にしているのは遊馬だけだったようだ。なお、美鈴の隣にはラッピーが収まった。



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第9話

 さてグラウンドについたはいいが、話しかけるに話しかけられない。

 

 「なんかすっごいこっちを見てるんですけど。」

 

 そりゃあんだけ撃ちまくればな、文句の一つも言いたくなるだろう。

 

 「ほら、話に行けよリーダー。」

 「がんばってくださいね。」

 「こういう時だけリーダー呼びとかしないで。」

 

 まあ、話しかけるのはプレイヤーの役目だ。少々おっかなびっくりしながら、近づいていく。

 

 顔は黒いバイザーで覆われ、喪服のような黒一色のコートを着込んでいる。背丈はモンドと同じくらいで、成人男性よりも少し高い。性別はおそらく、男。

 

 その男と、残り5mほどのところで立ち止まる。風も吹かない、陽の暖かさも感じないこの世界にいながら、背筋に悪寒の走るような寒気を感じたから。やっぱ怒ってるんだろうか。

 

 「あのっ!」

 「・・・。」

 「・・・ノーリアクション。」

 

 第一声が『あの』は無いだろうけど、上ずる声を必死に抑えながらなんとか反応を引き出そうとする。が、彼はこちらを見てくるばかりで、うんともすんとも何の反応も寄越さない。

 

 途端に、遊馬は悪い予感がしてきた。あのコートの下には武器が隠されていると、そう思えてならないのだ。

 

 十中八九そうであろう。彼がこのゲーム『ダークリリィ』の登場人物なのか、はたまた我々と同じく集められた『駒』なのかは、定かではないが、イベント戦闘が挟まれるとすればそういう頃合いだろう。そしてその対象が、目の前の彼であるとも十分に考える。

 

 「モンド!代わって!」

 「しょうがないな。おいお前、何者だ。」

 

 モンドは迷わず、話しかけながら近づいていく。勿論武器をいつでも抜ける状態で。

 

 「おい。」

 「・・・ようやく来たか、『来訪者』たち。」

 

 来訪者、それは我々の事だろう。

 

 「どうやら、この状況について何か知っているようだな。なら全部話してもらおうか、一から十まで。」

 「俺『達』は待っていた。時計の針が進みだす、この瞬間を。」

 

 俺『達』と言ったか。この場にいない誰かなのか、それとも罠に嵌められたのか。ただ、バイザーの奥の顔が、小さく『笑った』ように見えた。

 

 「!?」

 「警報?!なんの!」

 

 先ほどのチャイムとは違う、警告を知らせるサイレンが流れてくる。

 

 すると突如グラウンドの一角が割れて、巨大な穴が生まれる。

 

 「こ、これは!?」

 「ロボットだと・・・。」

 

 エレベーターに載せられて、ゆっくりと上がってきたのは、全高5mほどのロボットだった。黒一色の彼とは相対的な、白一色の非常にヒロイックなカッコいいリアル・ロボット。

 

 「だが、俺達の希望を託すにふさわしいか、試させてもらう。」

 「そうこなくっちゃな。」

 「えぇー!?」

 

 まるで歓喜の声をあげるかのように駆動音が響くと、ロボットの胸が開いて、彼を迎え入れる。目に光が入り、ブレードアンテナが立ち上がる。

 

 「どどど、どうしましょう?」

 「Are you ready?」

 「ノ、ノー・・・。」

 

 もう少しレベルアップしてから来るべきだったかな?いや、今更悔やんでも仕方がない。

 

 『行くぞ!』

 

 初めてのボス戦が始まった。



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第10話

 「アスマ、作戦は?」

 「あのロボット、射撃武器は持ってないようだ。おそらく近接攻撃しか出来ない。」

 「いつも通り壁役になればいいか?」

 「セオリー通りに、モンドはタンク、トビーとラッピーはアタッカー、僕と美鈴はヒーラーで行こう。」

 

 一見するとマシンガンなどを持っていたり、装着はしていない。内蔵武器を持っている可能性は勿論あるが、5mというロボットものの中でも小柄な体格に、銃器を詰め込むということはリアルロボットとしては考えにくいと判断した。

 

 「背丈も小さいなら、バッテリーやジェネレーターを狙うのもアリかも。」

 「それってどこにある?」

 「太ももについてるのがそうじゃないかな。」

 

 駆動の邪魔にならない程度で取り外しが出来そうな円盤が、ロボットの足についている。機体サイズの縮小の割を喰らって、バッテリーも外付けになっていると思われる。実際、一瞬見えたコックピットも大して広くなさそうだった。さぞ窮屈だろう。

 

 『作戦会議は出来たか?』

 「よし、ラッピーは恐れず前に出て!」

 「らぴ!」

 「足を狙え!」

 

 ラッピーは軽快に跳ねながら、ハンマーを脛部にぶつける。

 

 「弁慶の泣き所とは、なかなか無慈悲ですわね・・・。」

 『人間ならな、だがコイツに痛覚は無い!』

 「だろうな。」

 『だがタダでは済まさん!』

 「反撃だと?!」

 

 ラッピーの攻撃に対して、ロボットの装甲から光が発され、ラッピーを焼いた。ラッピーに1のダメージ!

 

 「攻撃に対して反撃するパッシブスキルもあるのか!」

 「この程度想定の範囲内じゃないのか?リーダーさんよ。」

 「もっと視野を広げてみる!」

 

 モンドからブスリと言葉の矢が刺さる。だが、ここで不信感を募らせては、勝てる見込みもなくなる。ここは毛色のいい言葉を発しておく。

 

 (他にもスキルを持っていてもおかしくはない。それに、どれだけの体力があるのかも・・・ゲームPODはどうかな?)

 

 自分にも何か使えるスキルが無いか、探してみる。幸いなことに、『プレイヤー』のスキルのおかげで、スキルかアイテムの使用は一回だけ自由だ。

 

 「あっ、『偵察』のスキルがあったのか。これで体力がどれだけあるのか確認できるな。」

 

 それっ、とさっそく選択してみる。するとスキャンするエフェクトが敵のロボットを囲い、ウインドウにステータスが表示される。

 

 【カサブランカ】

 HP:2895/3000

 DEX:9

 INT:11

 STR:15

 

 スキル『反応装甲』:ダメージの半分値の反撃を行う。

 スキル『復讐』:体力が1/3以下の時、ダメージ計算時STRが3上昇する。

 

 「これも強い能力だな。あらゆるダメージを半減できる・・・いや、半分を与えてるだけか、それでも強いけど。」

 「カサブランカも、ユリですわね。」

 「となると、やっぱりダークリリィとは彼の事なのか?・・・ん、カサブランカ?」

 

 どこかで聞いたことがある名前のような気がした。ただ、ゲームはなかったような。

 

 「映画じゃない?」

 「映画でもなかったような・・・まあ、今はいいか。美鈴はいつでも回復アイテムを使えるように待機していて。」

 「わかりました。」

 「次、トビーは少しだけ前進して。行動値を残しておくと、ガードも選べるようだし。」

 「そうだったのか。」

 「僕も今知った。」

 

 『ガード』を行うと、ダメージを半分まで抑えられるらしい。

 

 さて、次はロボット改めカサブランカのターン。

 

 『堅実に行かせてもらう。』

 「! スタン攻撃か!」

 

 カサブランカの指が変形してスタンロッドになると、モンドに狙いを澄ます。

 

 「ぐっ・・・体が痺れて・・・。」9989/9999

 『これで盾は無くなったな。』

 「しまった・・・。」

 

 スタン攻撃でモンドは『気絶』した。たった10の威力の武器で、大火力の武器も、盾としての役目を破壊した。

 

 「これは・・・おもったよりも辛い戦いになるぞ。」



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第11話

 数値とかを適当につけるから困ることになる


 続いて、遊馬のターン。とにかく使えるスキルがないか、ゲームPODのカーソルを動かす。

 

 「どうしよう・・・。」

 「アスマ、落ち着いて。キミの武器はゲームへの知識だろう?この状況を打開できる策もきっとわかるはずだ!」

 「ありがとう、トビー。」

 

 まず、全員の持ち味を確認しよう。まずラッピーは一回の攻撃に1しかダメージを喰らわない。反撃で受ける分を考えたとしても、1ターンに最大2しか喰らわないというのは、この状況では破格だろう。この戦い、ラッピーの攻撃が一番のキーになるだろう。

 

 次に美鈴。一発喰らえば即アウトな体力だが、ラッピーの次に行動出来て、ターゲットにもならないなら、率先して回復役になってもらいたい。

 

 あとは僕のスキルかアイテム・・・と言っても、大したものは持っていなかったはず・・・。

 

 「いやそうか、荷物持ちとしてモンドから何か渡されていたような・・・あった!『レ-ザーシェル』(ダメージ60%カット)!」

 

 タイムライダーのゲームの仕様上、防御武器の盾はあまり使われない。だから使わずに荷物として預けたのだろうけど、おかげで盾役としての責務を果たせる。

 

 「でもこれを『装備』しちゃうと、ターンが終わっちゃうんだよな・・・使うのは移動してから、『プレイヤー』のスキルで次のターンにしようか。さて、どう動いたものか・・・。」

 

 バトルフィールドを確認する。気絶しているモンドの目の前にカサブランカがいて、その斜め後ろの位置にラッピーが、斜め前に美鈴、3歩ほど前にトビー、そしてモンドの真後ろに遊馬がいる。

 

 ひとつ面白い図式が見えた。だが案外、筋が通っているし、挽回の奇策となるやもしれない。

 

 「よし、僕はこう動く!」

 「カサブランカの真横に?!」

 「危険じゃない?」

 

 大胆にも、カサブランカの横に陣取る。

 

 「僕の手番はこれで終了。そして、次のラッピーの手番で『レーザーシェル』を使用、『装備』!」

 

 手元に傘の骨のような盾が出現し、それを握ると光の膜が形成される。半透明の光越しに、カサブランカを見据える。

 

 「ラッピーはカサブランカの後ろに。美鈴も僕の反対側に!」

 「そういうことですのね!」

 『なるほど、これは・・・動けない。』

 

 カサブランカの四方を、元から高耐久のモンド、盾を装備した遊馬、1しかダメージを受けないラッピー、そしてターゲットにならない美鈴で囲む。射程1マスの近接攻撃しか持っていないカサブランカには、この4人しか射程に収めることはできない。名付けて、『人は城、人は石垣、人は堀』作戦。

 

 「このまま、トビーが遠距離攻撃を!」

 「All right!Take it!」

 『そうくるか。だがこの程度で俺は押し切れないぞ。』2775/3000

 「しかも、遠距離攻撃では反射は発生しないようだね。」

 

 なかなか穴のある反撃スキルだ。これならなんとかなる、と思えた矢先。カサブランカのターンだ。

 

 「ぐっはぁ!?そりゃ・・・ロボットなんだから強いよね・・・。」200/500

 

 一気に半分以上も削られた。ガードはしていないとはいえ、防具を装備していなければ確実に一撃で葬られていたことだろう。

 

 (これ、ジリ貧じゃないか・・・?)

 

 ガードで半分までダメージを減らせるとはいえ、それでも150もらう。

 

 一方回復できる数値は、100回復できるカロリーブレッドが、気絶しているモンドを除いて4つ、80回復のおいしい水が3つ。合計640.フルガードしてもあと5回しか耐えられない。

 

 その一方、あたえられるダメージは、最大でも225×5で1125。ラッピーやトビーもアイテムを使用する関係上、それよりも低くなるが、どうあがいても足りない。

 

 (いや、1ダメージしか喰らわないラッピーを攻撃してくれれば、14ターンぐらいは耐えられる。けど、そう何回も狙ってくれるハズないよな。明らかに雑魚とは違う思考ルーチンだし。)

 

 大体、マスコットがボコられるというのはあまり見たくない光景だ。

 

 となると、望みは一つ。

 

 「あと5ターンの間にモンドの気絶が治ること!」(遊馬体力200→300)

 「らぴぴー!」(ラッピー体力:4 カサブランカ:2670)

 「立ってヒーロー!」(遊馬:300→400)

 「キミが頼りだモンド!」(カサブランカ:2550)

 「グワー!」(400→250→350)

 「らぴ!」(ラッピー体力:3 カサブランカ:2445)

 「モンドさんカンバーック!」(遊馬:350→430)

 「それっ!」(カサブランカ:2325)

 「グワー!」(430→280→380)

 

 しまった、アイテムの使用順を間違えたかもしれない。

 

 「ラッピーは・・・そのまま攻撃!」

 「らっぴ!」(ラッピー体力:2 カサブランカ:2220)

 「くっ・・・アイテムがありませんわ。こういう時、手持無沙汰になりますわね・・・。」

 「モンド、ホントに起きてよ!」(カサブランカ:2100)

 「グワーッ!・・・水は、ラッピーに使おうか。」(遊馬:380→230 ラッピー体力:2→6)

 

 そして、運命のターンがやってくる。

 

 「らぴぴ!」

 「モンドさん!」

 「モンド!」

 「タイムライダー!」

 

 「やれやれ・・・うっとうしいぜ、お前ら。」

 

 気絶して5ターン目、ついタイムライダー、動く。

 

 『成程・・・。』

 「さっきはよくもやってくれたな、お返しだ!!」

 

 右手のガンに炎が奔ると、カサブランカの足を撃ち抜く。

 

 「大体お前ら、脚部のバッテリーがどうとかいう話を忘れてるぞ。」

 「どこかの誰かさんが気絶してくれたおかげで、すっかりそれどころじゃなくなってたんですけど?」

 

 ゲーム的には『クリティカル』だったんだろうか。モンドの一撃によってカサブランカは倒れ、動かなくなった。

 

 『戦闘終了』



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第12話

 「勝った・・・やった!」

 「ふっ、さすが俺だ。」

 「真っ先に倒れてた人が何か言ってる。」

 

 なにはともあれ、一行は危機を脱した。カサブランカは動かない。

 

 「さてと、まずはアイテムの獲得からだな・・・さぞかし、いいものを持ってるんだろう?」

 「どれどれなになに?『純白のブーケ』?」

 

 『純白のブーケ』:白ユリの花が束ねられた、気品のあるブーケ。所持時者はスキル:『白無垢の祝福』を得る。

 

 『白無垢の祝福』:3ターンの間、味方1人のDEXを3上昇させる。このスキルは戦闘中一回しか使えない。

 

 「おお、これは強いんじゃないか?即座にモンドをスピードアップさせられる。」

 「さらに、獲得したスキルポイントを付与すれば・・・?」

 「一気にDEX20にも?」

 「さすがに無理かな。元が遅すぎるし。」

 

 レベルが一気に5ぐらい上がったようだが、それでも貰ったポイントを全振りしても、6+3というところ。ようやく遊馬と並べる。

 

 「でも、今回みたいに何もできないうちに行動させられる確率は下がるかな。」

 「危ない橋はもう渡りたくないですわ。」

 「で、誰が持つ?」

 「誰って、ミスズじゃないの?」

 「今回のポイントも、モンドの敏捷に全部振ってしまうのはもったいないかもって思って。」

 「何故だ!前、ポイントが溜まったら優先して振り分けると約束したはずだぞ?」

 「そこまで言ってないような気もするけど、たしかにそれもいいんだけど、ブークは僕が持って、美鈴に他のスキルを覚えてもらった方が効率的じゃないかなって。」

 「というと?」

 

 今あるのは800P。ステータス上昇には1段階上がることにコストが上がっていき、DEXを3上昇させる頃にはもう他に振り分けられるポイントが残らない。

 

 「でも美鈴のスキルなら、2つも覚えられる。ひとつをDEX上昇の応援にして、もう一つ回復スキルを覚えてくれた方が、柔軟性は上がると思うんだ。」

 「一人だけを強化していくのは、効率が悪いということだね。」

 「なるほど、だが断る!約束は約束だ!」

 「って言ってるけどリーダー?」

 

 モンドは原作でも、プレイヤーのゲームスタイルや選択肢にもよるが、なかなか短気な性格をしている。特に今回のように、身動きがとれない状況というのは、ストレスが大きかったのだろう。

 

 「まあ、まだ序盤だろうし、レベル上げを地道にしていけばスキルにも困らないんじゃないかな?」

 「よし!」

 「なんかズルイ。」

 「次はわたくしのスキルを優先してほしいですの!」

 「ぴっ!」

 

 毎回こんな問答をするのは正直疲れるのだけれど。だが、こうして誰を育てていくか考えるのも、ゲームの楽しみの一つだ。

 

 

 



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第13話

 「さて、パイロットのあいつはどうなったんだ?」

 「これぐらいじゃ死んでいないとは思うけど・・・。」

 

 言われてみれば、倒れたロボットを前にして、内輪揉めをしている場合ではなかった。

 

 「おーい、出てこい。」

 「お前はもう完全に包囲されている。」

 「大人しく投降すれば命までは取らん。」

 「あなたのお母さんが泣いていますのよ。」

 「らぴ!」

 

 と、言葉を羅列してみるものの、カサブランカのコックピットは反応しない。

 

 「ならしょうがない、こっちから出向いてやるとするか。」

 「気を付けて!」

 

 モンドは武器を携えながら、のしのしと歩を進めていく。近づいてもやはり反応が無い。

 

 「スイッチはどこだ?これかな。」

 「開いた・・・。」

 

 仰向けに倒れるカサブランカの胸が開かれる。だが、中には誰もいない。 

 

 「いない?」

 「いつの間にか抜け出してたとか?」

 「そんな気配はしてなかったが・・・。」

 「騒いでたからわからなかったのかも。」

 

 危険はないと判断したのか、全員がカサブランカの周りに集まる。そして先頭にいたモンドが、空っぽのコックピットに転がるものに気づいた。

 

 「なんだこれ、ゲームカセット?」

 「これ、ゲームPODのゲームカセットだ。」

 「ゲームPODの?」

 「ゲームPODはゲームPODネクスの前世代機で、ネクスにはゲームPODのソフトを同時に挿して、連動させる機能もあるんだ。対応ソフトはそんなに多くなかったと思うけど。」

 

 背面の上側にはネクスの、下側には前世代機のカセットを挿入できる。

 

 「タイトルは・・・『カサブランカ』。」

 「なんかカサブランカって言葉がゲシュタルト崩壊してきた。」

 「カサブランカもユリなら、ダークリリィと関係あるのかな。」

 

 ゲームPODネクスにカサブランカのカートリッジを挿入する。そこでふと、遊馬はつぶやく。

 

 「思い出した。」

 「何を?」

 「カサブランカって名前。」

 「今度はなんのゲームなんだ?」

 「ゲームじゃない、アニメなんだ。たしか『開造機士カサブランカ』だったかな。」

 「どんなアニメ?」

 「火星に入植する話なんだけど、その火星から宇宙人がやってきて・・・。」

 「やってきて?」

 「そうだ、たしか太古の昔に栄えていた火星人のナノマシンによって、人間が改造されて、先兵にされるんだよ。」

 「たしか?」

 「よく知らないんだよ、僕が生まれる前のアニメだから!」

 「じゃあなんで知ってるの?」

 「ハイパーロボットウォーズって、色んなロボットアニメがクロスオーバーするゲームがあって、その中に参戦してたことがあるんだ。それでちょっとだけ知ってた。」

 

 あとで調べたあらすじとしては、主人公『天野川雄二(あまのがわゆうじ)』は、火星開拓団の唯一の生き残りで、古代火星人『アダム』から奪取したロボットで戦うという物語。

 

 「その主人公機が、カサブランカだった。」

 

 それが今は無残な状態で放置されている。オブジェクトが消えないという事は、また何かで利用する機会があるんだろうか。

 

 「アスマはアニメには詳しくないの?」

 「アニメはそんなにかな・・・。と言うか、カサブランカの影がものすごく薄かったし、印象に残らなかっただけかな。」

 

 ともかく、これで一件落着だろう。次のイベントが発生するまで、拠点で待機していよう。



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第14話

 「ふーん、このカセットは普通のゲームなのかな?」

 「面白い?」

 「よくあるシミュレーションゲームかな。」

 

 そのルールは、この世界のルールと近い。DEX順に行動し、ダメージ計算はSTRを基準に乗算している。

 

 なお、INTは指示を聞いてくれるかの指数で、あと探索パートでアイテムがポップするかの判定にも関わりがあるらしい。アイテム捜索には美鈴がいたほうがいいだろう。

 

 「しかし、ひとつ進展したけど、考えなくちゃならないことはいっぱいあるね。」

 「何事にも目標が無くては迷いますわ。」

 「クエストが提示されれば楽なんだけどなぁ・・・。」

 

 目下、目標としているのは元の世界に帰還すること・・・なんだろうか?各々の生活もあることだし、いつまでもゲームの世界に引きこもっているわけにはいかない。少なくとも遊馬はそう思った。

 

 「ゲームの世界ということは、ゲームをクリアすればいいのかな?」

 「でも、どうすればクリアになるのかな?ボスを倒すこと?アイテムを集めること?」

 「そこなんだよな。このゲームの目的もわからない・・・。」

 

 今やったことと言えば、現れた敵を散発的に倒しているだけ。もっと根本的な、重要な何かが抜け落ちている。

 

 「その中で、このソフトを手に入れたのは何か意味があると思う。僕はこのソフトをなんとかしてクリアしてみる。」

 「頼んだよ天才ゲーマー!」

 「別に天才でもなんでもない、普通の高校生だよ僕は・・・。」

 

 と、保健室で盛り上がっている。拠点はこの保健室に構えることとした。回復ポイント兼時間経過ギミックのあるベッドがここにあるということは、最初からそういう意図があってのデザインなのだろう。

 

 「ボクたちはなにすればいいかな?」

 「次のイベントが起こるまで自由でいいと思うけど。」

 「なら、俺は1人で探索に行かせてもらう。」

 「モンドが?一人で?マジ?」

 

 モンドは戸の前に移動する。

 

 「一人で大丈夫なんですの?」

 「1人にしてほしいんだよ。察しろ。」

 「いいんじゃない?モンドなら1人でも平気だろうし。」

 「そう?リーダーがそう言うならまあ・・・。」

 「でもどこへ行くんですの?」

 「どこでもいいだろう?」

 

 そう言い捨てるようにして、モンドは出ていく。

 

 「大丈夫かな、DEXまだ低いのに。」

 「大丈夫でしょ、自分でそう言ってるし。」

 「えらく信頼してるんだね?」

 「タイムライダーは強いし。」

 「それも、自分のターンが来ないと使えないんじゃない?」

 「そうじゃなくて、モンド自身が強いって意味。」

 

 それは、STRが高かったり、HPが多いとかそういう意味だけではない。ゲームのストーリーでのムラサメ・モンドという人物の強さを

遊馬はよく知っている。

 

 「でも、タイムゲドンの幹部なんでしょ?」

 「それでも、僕にとって間違いなくヒーローだから。」

 「その辺りの話も聞きたいな。」

 「確かに気になりますわね。」

 「ゲームの話なら任せて!まずモンドは記憶喪失のまま、未来都市デトロポリスにやってきて・・・。」

 

 この後、聴衆の2人がうんざりとしているのも知らず、遊馬はタイムライダーの魅力をとっぷりと語りつくした。



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第15話

 「と、言うわけでモンドは正式にタイムライダーになったんだ。」

 「うん、そこらへんでストップしておこうか。」

 「え、まだこれからなのに。」

 「もう、もういいですわ・・・。」

 

 現実時間ならすっかり夜になっていそうなほど喋っていた・・・というかまくし立てていた。トビ-も美鈴も参っている。

 

 「結局、モンドはタイムゲドンを裏切ったんだね。」

 「うん、そうして正義の味方として覚醒するんだ。」

 「ちょっと見直しましたわ。ぶっきらぼうな人かと思っていましたけど。」

 

 なにより、モンドのことを良く知ってもらいたかった。これから共に戦う仲間だから。

 

 「何を勝手に人の話で盛り上がっているのか。」

 「あっ、モンドお帰り。どこ行ってたの?」

 「それよりもだ、お前。」

 「僕?なに?」

 

 保健室の戸を開けて、モンドが帰ってきた。戦闘を経験したのか、少しダメージを受けているようだった。

 

 「俺はまだ納得してないぞ。100歩譲って、お前の世界では俺はゲームの登場人物なのかもしれない。だが、俺は俺だ。」

 「う、うん・・・。」

 「俺は、俺自身の意思でタイムゲドンと戦っている。それは間違いないことだ。」

 「そう、だよね・・・ごめん。」

 

 名前が同じだからと言って、同一人物だとは限らない。同一視するのは、そのどちらにも失礼と言うものだろう。

 

 「逆に言えば、アスマも何かのゲームのキャラクターなんじゃないの?」

 「そう言われると、なんだか不安になってくるな。」

 「遊馬さんの家族はどんな人なのですの?」

 「僕は、父さんが、なんか、作家?やってるみたい。よく知らないんだけど。」

 「ふーん、作家さんって大変そうだね。締め切りとか」

 「そうなんだよね。だから遊び相手はいつもゲームだった。ウチにはなぜかたくさんゲームがあってね・・・。」

 

 別にそのことで父を恨んでたりなんかはしない。むしろ、男手一つでよくぞ育ててくれて、感謝している。

 

 「それはそうと、モンドはどこ行ってたの?」

 「怪我治しますわね。」

 「ああ、あのロボットは地下から出てきただろう?ならこの学校にも、地下施設があるんじゃないかと思って、探ってみたんだ。」

 「それで、結果は?」

 「当たりだ。それらしい地下格納庫が見つかった。」

 「よし、次はそこを捜索しよう。」

 「ゲームの方はどう?」

 「あともう少しでクリアできる。どうやらストーリーがこの世界の成り立ちに関係あるらしい。」

 「どういうこと?」

 「格納庫を調べたら、もっと詳しく説明できると思う。」

 

 カサブランカの舞台、設定、それらを鑑みて、この学校の地下に基地があるという状況・・・それらは線で繋がることになる。



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第16話

 「ここだ。」

 「うわあ、すごいな。ドアが壊されてる。」

 「鍵が見つからなかったからな。」

 

 職員室のそばの地下への続く扉は、錠前部分が黒く焦げて、ドアが開け放されている。

 

 中は一見倉庫のようだが、その奥にスイッチがあって、そこからさらに地下へ向かえるようだ。

 

 「まさに秘密基地って感じだね。」

 「中は一通り踏破しているが、アイテムは探していない。敵もいなかった。」

 「そっか、じゃあさっそく・・・。」

 

 と、いざ乗り込もうというちょうどその時、チャイムが鳴った。

 

 「・・・イベント進行?」

 「そのようだね。目的地は・・・ここ。」

 「ここ?」

 「正確にはこの先、かな?イベントフラグが挟まったっておことは、多分アイテムや敵も再配置されてるかも。」

 「なら、気を引き締めて行く必要があるな。」

 

 ~10分後~

 

 「敵のバリエーションに変化はないのかな?」

 「ステータスがそんなに変わってないから、敵も変わらないのかも。」

 

 出会う敵をなぎ倒しながら、一行は施設の奥へと進む。戦闘には早速ブーケが役に立っている。

 

 「ここが、グラウンドの下なのかな?」

 「多分そうだね。」

 

 地上行エレベーターがある。ここがカサブランカのハンガーなのであろう。ちょうどゲームPODのランプは緑、安全を示している。ここには敵は出ない。

 

 「さて、このあたりを手分けして調べてみよう。」

 「OK!」

 

 ここならきっと、武器らしい武器が手に入るに違いない。

 

 「で、結果は?」

 「あったよ、レンチ!」

 「鈍器か?」

 「どう見たって工具でしょう。」

 「武器だよ。」

 

 大きなモンキーレンチをトビーは持ってきた。レッドパーカーは、身の回りのものを武器に変えるけど、レンチもそのうちの一つである。やけに大きいのは、ロボット用のボルトのサイズだからだろう。

 

 「これ気に入った!貰っていい?」

 「いいんじゃない?誰も使わないだろうし。」

 

 まあアイテムの分配はそこそこにして、本題に入ろう。

 

 「みんな、これを見てほしい。」

 「どれ?」

 

 格納庫の階段を上がり、制御室へと一行は移動する。よくわからない機械やレーダーが並んでいるが、そのいずれも電源が入っていない。

 

 「ここで整備や、敵の『アダム』の接近を見張ってたんだろうね。」

 「それがどうしたんだ?」

 「見て、この施設の、見取り図だ。どうやらこの学校自体が、アダムと戦うための基地らしい。」

 「学校が基地・・・。」

 「一体何故?」

 「ゲームの中のシナリオによると、生徒たちの中からアダムと戦う戦士を選ぶためらしい・・・コックピットがものすごく狭いから、子供にしか乗れないらしい。」

 「設計ミス?」

 

 無論、それだけが理由と言うわけではないだろうが・・・まあ今はそれは重要ではない。

 

 「それでだ、このカサブランカのゲームに出てくる学校がイコール、僕たちのいる世界だと考えていいらしい。」

 「なるほど、という事は・・・どういうこと?」

 「それだけ。」

 

 どっ、と全員がすっころぶ。仕方がないだろう、確信が一つとれたというだけなのだから。

 

 「だから、このまま探索を続けて行けば自ずとクリアの目標も見えてくると思う。」

 「そうか・・・まあいい。用がないならもう脱出するか?」

 「それなら、あのエレベーター使ってみない?きっとグラウンドに出るリフトだよ。」

 「いいね、楽しそう!」

 

 格納庫の広場に、エレベーター制御装置が置いてある。ここがそのまませりあがるのだろう。

 

 「わざわざ乗って楽しむようなものか。」

 「モンドは乗り慣れてるかもしれないけど、ボクたちはそういうのに縁が無いからね。」

 

 それはつまりモンドの未来世界よりも平和な世界に住んでいるということで、幸せなことなんだろうけど。まあ、男の子ならメカには目が無いというものだ。嬉々として遊馬は乗り込んだ。



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第17話

 エレベーターはやはりグラウンドへと通じていた。暗い地下から一転して、眩しい日差しが目に入ってくる。

 

 「外だ・・・。」

 「外に出たというのに、新鮮な空気を感じないな、ここは。」

 「花畑にでも行けば少しは違うかもよ?」

 「黒い花というのは、どうにも不気味だ。」

 

 ここはゲームの世界。風も吹かなれば、鳥の囁きもない。昼は復讐の花が目を伏せて立ち並び、夜には顔のない月がだけがある。

 

 「ところで、アレはどうしよう?」

 「カサブランカ、忘れていたね。」

 「なんだか、このまま放置しておくのはかわいそうですわね・・・。」

 

 主を喪った機械の兵が、無残な姿のまま横たわっている。

 

 「下に機材があったし、せめてハンガーに格納してあげようか?」

 「出来るんですの?」

 「クレーンならボクも運転できるけど。」

 「その行為に意味があるのか?」

 「ある、と思う。」

 

 現状、イベントも消化してしまってやることがない。つまりヒマなのである。こういう時は一見無駄そうなことをやってみると、案外サブイベントが発生したりもするから、決して無駄にはならないだろう。

 

 そうと決まれば行動は早かった。地下からクレーンを持ち出してカサブランカをリフトに運ぶと、ハンガーに掛けて直立させる。

 

 「こっちの足はどうする?」

 「替えのパーツがあれば直してあげられるのかもしれないけど・・・まあ、一緒に置いておいてあげようか。」

 

 モンドは義手の力で千切れた左足を運んでくる。もっとも、元は問い追えば千切ったのもモンドであったが。

 

 「そうえいば、パイロットのあいつは一体どこへ行ったんだろうか。」

 「カサブランカのパイロットってことは、あれが『天野川雄二』だったってことだよね?」

 「多分、そうだね。」

 「多分ってなんだよ。」

 「キャラが違い過ぎるから。雄二って、もっと明るい性格だったし、少なくともゲームの中では。」

 

 少なくとも見た目や恰好が違い過ぎる。

 

 「それに、あの人は私たちの事を『来訪者』と呼んでいましたわね。」

 「来訪者、それに『希望』とも。」

 「希望ね、一体何をさせたかったのか。」

 

 やはり情報が少なすぎる。手掛かりが小出しな上に、自分で推理しなければならないから、攻略難易度が高い。

 

 「ところで、誰かコックピットに入ってみない?」

 「遊んでるつもりか?」

 「ボクは気になるんだけどな、ロボットって初めて見るし。」

 

 と、トビーは開いた胸に一跳び収まる。

 

 「スタートボタンはどこかな?」

 「動くのか?」

 「動かしてみる・・・これか?」

 「・・・。」

 「ダメっぽい、アスマ交代。」

 「僕?」

 「ゲームやってるならわかるんじゃない?」

 

 トビーはスイッチやレバーをあれこれ弄った挙句、匙をパスした

 

 「そんなこと言われても、僕なんてもっと機械の事なんかわかんないし・・・。」

 「そう言いつつ嬉しそうだな。」

 「まあ、ね。」

 

 トビーに手を差し伸べられて、コックピットに引き上げられる。

 

 「どれどれ・・・たしか、意思を伝達することで動かせるんだったな。」

 「へー、脳波コントロールみたいな?」

 「いや、たしかナノマシンで神経を接続してるんだとか書いてあったかな・・・とにかく、僕たちじゃ動かせないと思うな。」

 「なーんだ、ちょっとザンネン。」

 

 トビーは興味が失せたのか、カサブランカの肩から降りてしまった。

 

 「でも、こうして乗ってると、なんだか落ち着いてくるな・・・ちょうどいい狭さだし、お菓子を持ち込めばずっとゲームしてられそう。」

 

 と、何気なくゲームPODを取り出してみる。

 

 「ん?なんだこのウィンドウ・・・。」

 

 見覚えのないメッセージが、画面には表示されている。

 

 『ARIGATOU』

 

 (ありがとう・・・?なにが?)

 

 「おーい、そろそろ戻ろうぜ。」

 「あ、うん、ちょっと待って。」

 

 これは今までにない反応。皆に伝えるべきだろうと、シートから立ち上がった時、ウィンドウは消えてしまった。

 

 「あれ・・・?」

 「どした?」

 「いや・・・なんでもない。」

 

 結果、謎が一つ増えた。だが着実に前には進んでいる。



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第2章
第18話


 「さて、ここらで一回『夜』にしてみたいんだけど。」

 「ベッドで時間を飛ばせるんだったね。夜になるとどうなるんだっけ?」 「何かサブクエストが発生するらしい。昼はメインクエスト、夜はサブクエストが展開するらしい。」

 

 ちょっと思い切った区分けだろう。だが、その分探索中に突然メインイベント進行に巻き込まれて強敵と戦う羽目になるという事態は避けられるだろう。

 

 「面白そうですわね!やってみましょうよ!」

 「こういう探索は好きだな、ボクは。」

 「よし、じゃあ全員ベッドで休もうか。」

 

 『時間を夜にしますか?→Yes No』

 

 「はい、変わったー。もう夜だよ!」

 「全然休んだ気がしないんだが。」

 

 勿論体力はしっかり回復している。が、まるで味のない食事をさせられたかのような肩透かしっぷりだ。

 

 「さて、イベントは発生してるかな?・・・ふんふん。」

 「どう?」

 「屋上と、グラウンドと、食堂にイベント発生らしい。」

 「3つもか、どれにしよう?」

 「屋上だ。」

 「バカと煙はなんとやら・・・。」

 「誰がバカだって?順番から行けばいいだろうって話だ!」

 「まあ、それでいいんじゃないかな。」

 

 特に正しい順番があるわけでもないだろう。メインクエスト進行に応じてサブクエストも増えていくなら、普通に上から順番にこなしていけばいいだろう。先のクエストを選択して、あんまり強い敵にポップされても困る。

 

 「屋上か、見晴らしはそんなによくなかったね。」

 「周囲は完全に花畑で囲まれていますからね・・・。」

 「花の色が黒でなければもう少しマシだったんだろうがな。」

 

 夜となると、なお一層不気味であろう。そもそも、夜の校舎というシチュエーション自体がもう恐ろしい。

 

 「学校って七不思議とかつきものだけど、この学校にはそういうのあるのかな?」

 「ないといいですわね。」

 「大体音楽室のベートーヴェンや理科室の人体模型や、二宮金次郎像が動き出すとか言われてるけど。」

 「なんでみんなそんなに動きたがるんだろう?」

 「普段じっとしてると肩が凝るんだろう。」

 

 死んでからもエコノミークラス症候群に悩まされるとは。

 

 「と、屋上に到着・・・カギはやっぱりかかってない。」

 「外に誰かいるか?」

 「いなさそう・・・だね。」

 

 そっと扉を開けて、外の様子を覗う。こちらを見ているのは月だけだ。

 

 「らぴぴ!」

 「ラッピー、どうした?ああ、月か・・・。」

 「満月だから結構明るいね。」

 

 月光の下で、月ウサギは踊る。その名前だけあって、月夜が好きなようだ。

 

 「ラッピーは月の光から魔法エネルギーを蓄えているんだ。」

 「へー、けど星も結構綺麗に見えるね。」

 「ああ、確かにな・・・。」

 「都会では見られないものですわね。」

 

 空想の世界でありながら、星空は本物のように見える。見覚えのある星座も、いくつか見当たる。

 

 「未来世界はどうなの、モンド?」

 「俺の世界ではこうは見えないな。多くの地域が暗雲に覆われているし。なにより誰も空を見上げることをしない。」

 「なかなかディストピアなんだね。」

 「つまらん世界だ。」

 

 そもそもタイムライダーの世界で時間跳躍の技術が発展したのは、とある狂気の科学者の実験によって時空連続体に穴が開き、様々な時間に繋がってしまった、という設定なのだ。世界の各地では天変地異が起こり、人々はドーム都市に寄り合いを作っている。デトロポリスもその一つだ。

 

 「と、そんなことよりもだ。ここに来たのはクエストのためだろう?」

 「そうだった。クエストマーカーとか無いかな?」

 「ありませんわね・・・。」

 「らっぴー♪」

 

 屋上では、ラッピーがくるくると足元を駆けたり転がったりして遊んでいるだけだった。

 

 「ラッピー、お前も遊んでないで探せよ。」

 「らぴ?」

 「らぴ。」

 「・・・って、あんた誰?」

 

 パーティメンバーは全員入り口近くに固まっている。一体ラッピーは誰の足元にいたのだ。



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第19話

 「・・・綺麗。」

 

 美鈴は思わず口にしていた。人の容姿を軽々しく口にすることはすごい失礼にあたることだと、幼少の頃より教えられていながら。

 

 『彼女』は人の姿でありながら、人ならざる者のような妖しい色気を湛えている。

 

 だがそれ以上に、『彼女』は『綺麗』であった。その髪は空に架かる天川のようで、その瞳は渦巻く銀河のようで。さしずめ、纏うオーラは星雲のようだ。

 

 特に目を引く点として、アンテナのような、あるいは白い羽のようなカバーが両耳に備え付けらており、時折ピクピクと動いて周囲の情報を集めているようだ。

 

 「おい、お前。何者だ。」

 

 そんな近寄りがたくもある雰囲気の持ち主であろうが、モンドは構わずに警戒心を露わにする。彼女が今回の敵という可能性もあるのだから、この反応は正しいのかもしれないが。

 

 「・・・?」

 

 が、彼女は返事をする代わりに小首をかしげて答えた。

 

 「モンド、ステイ。」

 「俺はイヌか!」

 「ひょっとして言葉が通じていないのでは?」

 「・・・?」

 「どうだかな。そういうフリをしているだけかもしれないぞ。」

 「考えすぎじゃない?いくらなんでも。」

 

 さて、遊馬は考える。この彼女も、何かのゲームの登場人物だったような・・・。だが、ビジュアルに見覚えは無い。

 

 「えーと、Hello?」

 「?」

 「ボンジュール?」

 「??」

 「ナマステ。」

 「???」

 

 いずれの言葉の挨拶にも、彼女は反応しない。

 

 「らぴ!」

 「りー?」

 「りっぴぴ!」

 「らぷ!」

 

 ただ1人、ラッピ-の言葉を除いて。

 

 「意思疎通出来てるみたいだね。」

 「いや、何語だよ。俺達には出来てないから。」

 「ラッピーのらぴ語だけはわかるのですね。」

 「らぴ語ってなんだ。」

 「まるで宇宙人と話しているような感覚だ・・・。」

 

 唯一話が通じると思ったラッピーとだけ、彼女は話(と言うよりもオウム返しのように聞こえる)を始めた。

 

 それにしても宇宙人か・・・。

 

 「あっ、そうだ。」

 「おっ、なにか思いついたアスマ?」 

 「ひょっとして、『エイリアンは恋ウサギの夢を見るか?』のレイ・リープじゃないかな。」

 「彼女はアンドロイドなの?」

 「エイリアンだって言ったじゃん。」

 

 それは、地球人のことを勉強しに来た宇宙人が主題のノベルゲーだ。泣きゲーとしての面が強く、遊馬も初プレイ時はラストのレイが宇宙に帰るシーンには大いに泣いた。

 

 「レイもウサギ型宇宙人だから、月ウサギのラッピーとシンパシーがあるのかもしれない。」

 「なるほど。なるほど?」

 「エイリアンってことは、危険な存在なのか?」

 「たしかに超能力は持ってるけど、そこまで危険ではないかな。」

 「超能力って、どんな?」

 「例えば・・・星を降らせたり、天候を操ったり、地球上から空気を消し去ったり。」

 「十分危険に聞こえたんだが。」

 

 「らぴらぴ!」

 「るーぷ♪」

 

 レイは指の先を光らせて、ラッピーとじゃれ合うように踊っている。願わくば、あの光を貫くのが僕らでないことを祈る。



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第20話

 「それで、俺達はなにすればいいんだ?」

 「レイがここにいるシチュエーションは・・・多分、一番最初の主人公の出会いじゃないかな。」

 「出会い?」

 「そう、天体観測のために真夜中の学校にやってきた主人公が、宇宙からやってきたレイと出会うんだ。」

 

 レイは、知的生命の生態を調べる職務に就いていたのだが、宇宙船が壊れて地球から出られなくなってしまった。そこで出会った主人公から、地球の言語や風俗を学ぶのだ。

 

 「らぴー♪」

 「れーい♪」

 

 今のレイの脳は、生まれたばかりの赤ん坊のように純粋だ。聞いた言語を学び、自分の言葉としてしまう。

 

 「じゃあ今らぴ語を学んでるのは、地球人の僕たちにとっては非常にマズいんじゃないの?」

 「人間語を喋れなくなる可能性もある。」

 「ラッピー、ストーップ!」

 

 ~10分後~

 

 「完璧にラーニングできたっぴ。」

 「完璧かなぁ?」

 

 どうにかレイ・リープは意思疎通ができるまでに言語を覚えた。

 

 「それで、レイはどうしてここに?」

 「レイにもよくわからないのだっぴ。レイはらぴの調査のために、らぴに降り立ったはずだったのに、いつの間にからぴにいた。」

 「思ったよりも単語へのらぴ語の浸食がヤバいな。」

 

 だが一人称以外のすべての名詞が『らぴ』で統一されてしまったようだ。これはこれで宇宙人らしい文化なのかもしれないが、ガワが人間と変わらない故に知育に失敗したようにしか見えない。

 

 「ともかくレイはらぴを見つける必要がある。」

 「僕たちも手伝うよ。きっとそれがクエストのお題だからな。」

 「らぴ!」

 「ラッピーも手伝いたそうだし。」

 

 現状そうとしか考えられない。この世界のどこかに、レイの宇宙船もあるのだろう。

 

 「実際原作でもそれがエンディングルートの一つだし、そうかもしれない。」

 「原作ではどこに落ちたの?」

 「ルートによって、山中だったり、海の底だったり、あるいは科学者に回収されてしまったり、様々なんだ。歩いて探すしかないか・・・。」

 

 勿論ルートによって、エンディングも大きく異なる。無事に宇宙に帰れるもの、地球に居ついたり、あるいは死んでしまうエンディングも・・・。この世界では、どんな結末を迎えるのかは、僕たちの活躍によるだろう。

 

 「レイはらぴたちの協力に感謝する。」

 「僕らのことも全部『らぴ』なのか。」

 「レイ的には僕ら全員『地球人』のくくりなんだろう。」

 「らぴっぴ!」

 「ラッピーもよろしく頼む。」

 「ラッピーだけは別なのか・・・。」

 

 とりあえず、レイが仲間になった!

 

 さて、探すと言ってもどこへ行ったものか。

 

 「多分校内には無いと思うけど、あるとすれば、グラウンド、花畑、あとプールかな。」

 「プール?」

 「さっき見たら開放されてた。」

 

 そのうちメインクエストでも行くことになるんだろうけど。と、ふと気づいた。

 

 (あれ?今さっき解放されたってことは、今やってるサブクエストも最新のものということになるんじゃ?)

 

 どうやら一番上からこなしていくのは悪手だったかもしれない。やはりバカと煙はなんとやらだ。

 

 「なぜ俺を見る。」

 「それはともかく、ゲーマーとしてはどこが正解だと思う?」

 「ん?んー・・・そうだな・・・。」

 

 ちょっと考える。原作では花畑以外のロケーションにイベントがそれぞれ用意されていた。グラウンドで天体観測したり、プールでは水泳の練習したり。

 

 「まずはグラウンドに行ってみようか。」

 「グラウンドなぁ、また戦闘にならなければいいけど。」

 「ノベルゲームで戦闘?」

 

 に、なりかねない。実際エンディングによっては、地球人を危険分子とみなしたレイの同胞たちによって、地球そのものが滅ぼされるルートもあるのだから・・・。

 

 そう考えるとなんだか恐ろしくなってくる。レイに対してネガティブな選択を取り続けると、滅亡ルート真っ逆さまだ。もしもこのクエストがそんな要素を再現しているとすると・・・。

 

 「おい、さっさと着いて来いウサギエイリアン。」

 「り?」

 

 さっそくダメかもしれない。

 

 「ちょ、ちょっとモンド?!モンドさん?!モンドさま?!」

 「なんだお前突然。」

 「なんだお前じゃねえよバカかキミは。」

 「は?」

 「初対面の女の子に対して、そんな反応はないと思いますわ。」

 「女の子って、所詮擬態したエイリアンだろう?」

 「だからってそんな態度はないだろう?」

 「るー?」

 

 そういえば、タイムライダーの世界には宇宙人も少数ながらいるんだった、そのいずれもが、地球人に対して敵対的なのだからこうなるのも仕方がないのかもしれない。

 

 「成程な、だがあのエイリアンの仲間は、地球を滅ぼすぐらい獰猛な種族なんだろう?警戒するに越したことはないだろう?」

 「獰猛・・・なのかな?さすがに同族を捕らえた挙句人体実験を施されたら、怒りだって湧くだろう?」

 「そりゃ・・・ひどいな。だが・・・いや、これ以上言うまい。」

 

 モンドもさすがに矛を収めた。地球人とエイリアン、どちらが狂暴なのかという議論をするつもりはない。

 

 「らっぴー♪」

 「らっぴー。」

 

 少なくとも、ラッピーと戯れている姿からは、そんな凶悪な宇宙人という様相は、おおよそうかがえなかった。

 

 「うーん、別に宇宙船が地面に突き刺さってたりはしないなぁ。」

 「そんなもの目立ってしょうがないだろ。」

 「宇宙船にはステルス機能が備わってて、目視じゃ見えないって設定もあるんだけど。」

 「それを先に言わんかい。」

 

 そういえば言ってなかった。サイズは1人乗りのポッドのような大きさながら、単機で地球の重力を振り切れるだけの出力がある。グラウンドに隠されているパターンとしては、地中に埋まっているというのがある。

 

 「らぴはレイのらぴのことをよく知っている?」

 「まあ、何周もしたし。」

 「ぴ?」

 「なんでもない。」

 

 レイに対しては、自分がゲームのキャラクターであるといった話はしていない。ただでさえ意思疎通が難しくなっているのに、ややこしいことになりそうだ。

 

 そもそもレイはどういう扱いなのだろうか?イベント用のNPCともどうやら違う。このまま仲間になってくれるのなら、すごく嬉しいのだが。

 

 「なにニヤニヤしてんだお前。」

 「いや、改めてレイって可愛いなって思って。」

 「うわキモ。」

 「待って、そういう意味じゃなくて。原作何周もプレイしたから、思い入れが強いんだって。」

 「二次元に恋するとか恥ずかしくないのか。」

 「お前らだって二次元だろうが!」

 「うわっ、アスマってば僕たちのこと内心ではそんな風に見下してたってわけ?仲間だと思ってたのに傷つくわー。」

 「最低ですわ。」

 「あー、ごめん、なさい。そんなことはないから、仲間だから。見捨てないで!」

 

 わすれちゃいけない。あくまで彼ら彼女らは、ゲームの世界からやってきた本人なのだ。レイのこれからだって、僕たちにかかっている。

 

 (あれ、てことはレイと仲良くするチャンス?これってめっちゃチャンスなんじゃね?)

 「おーい、またキモい顔になってるぞ。」

 「よし、そうと決まれば即行動・・・まず手をつなぐところからだな!」

 「うわあ。」

 

 レイは手をつないでいる。

 

 「らっぴー♪」

 「らっぴー。」

 

 ただしラッピーと。

 

 「がーん・・・。」

 「まあ、なんだ。残念だったな。」

 「なにもそこまでショック受けなくても。」

 「そういえばそうだった・・・ファーストコンタクトはラッピーが済ませたということは、これはラッピーが主人公ということで・・・。」

 

 思わぬ伏兵があったものだ。今回の主役は月ウサギのラッピーというわけだ。ウサギつながりで仲もよい。

 

 「ええい、さっさと宇宙船を見つけて、このクエストをクリアするよ!」

 「急に元気になりやがって、躁鬱かよ。」

 「まあ、やる気になってくれたんならいいんじゃない?はいコレ。」

 「うぉおおおおお!!」

 

 トビーお手製の金属探知機で、遊馬はグラウンド中を駆けまわった。



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第21話

 「らぴぴ。」

 「らぴ?」

 「らっぴ!」

 「らぴらぴ。」

 「りりぴ!」

 「りっぴ?」

 「りぴらぴ!」

 「ららぴ。」

 

 二人でなにやら盛り上がっている。

 

 「だが何を喋っているのか全然わからん。」

 「お菓子の話・・・かな?」

 「わかるの?」

 「ラッピーの考えることと言えばお菓子の話ばっかりだし、そうかなって。」

 

 ラッピーはすごく楽しそうに話して(?)おり、レイは興味深そうに聞き入っている。

 

 一同は、グラウンドでの捜索に区切りをつけて、一旦休憩として食堂にやってきていた。少し探索をするとお菓子やジュースも見つかったので、お茶請けとしている。

 

 「そういえば、ラッピーはお菓子を食べると変身するんだったよね。どんなバリエーションがあるの?」 

 「そうだな・・・今はキャラメルでハンマーを装備してるし、ドロップで魔法弾、スパークリングサイダーで電撃、スパイシーチップスで炎を吐く。」

 「聞いてるだけで胃がもたれてきそうだ。」

 「あとシャーベットで氷攻撃とか、見た目で類推できるかな。」

 「一番強いのは?」

 「そうだな、電撃が射程も長くて威力も高いし、バリアも張れてすごい強いよ。ハンマーもロマン技なところがあって、意外なところで宇宙食で変身するアストロノーツが使いこなすと強くて・・・。」

 「宇宙食ってお菓子なの?」

 「ゲームの攻略情報じゃなくて、設定の話をしてくれ。」

 「設定?それだと、やっぱ『ムテキ』かな。」

 「ムテキ?ムテキってなんだ。」

 「ムテキは無敵だよ。あらゆるダメージを無効、接触するだけでボスでも一撃。」

 

 それにはフィールドに落ちている『コンペイトウ』を30個集める必要があり、効果時間も10秒ほど。シリーズでもその辺りはおなじみの要素だ。

 

 「でも、探してみたけどコンペイトウは見つからなかったね。」

 「さすがにそれが簡単に見つかれば、戦闘が楽になりすぎるしな。」

 

 「らぴらぴ♪」

 「らぴ。」

 

 2人は今度はお菓子を分け合っているようだ。と、レイから貰った何かを食べたラッピーは、宇宙服のようなメタルの装甲を纏う。

 

 「あれ、『アストロ』になっちゃったのか。」

 「でも強いんでしょう?」

 「まあね。でも今変身アイテムを使っちゃうのはもったいないな。ほれ、ラッピー。こっち食べなよ。」

 「らぴ?らぴ!」

 「レイも、いっしょに食べようよ。」

 「らぴー。」

 

 ラッピーがテーブルに移動したのに着いていき、レイも座る。

 

 「ちょっとしたパーティだね。」

 「何で乾杯するんだ?」

 「数奇な出会いに?」

 

 本当に奇妙な面々だ。出会う事すらなかったどころか、お互いの事を知ることもなかった。

 

 (その中に僕がいることが、一番奇妙か。)

 

 僕はただのゲーマー。皆のことはよく知っているのに、皆には知られるはずのない存在。

 

 さて、腹ごしらえも済んだところで、一同はプールへと移動した。風の吹かない世界にも関わらず、なぜか水面はさざ波打っている

 

 「張りっぱなしのプールにしては水が綺麗だな。」

 「なんだ、泳ぎたいのか?」

 「遠慮しておく。このプールには、溺れて死んだ生徒の亡霊が今も漂っていて・・・。」

 「ひええ・・・。」

 「じゃ、俺水抜いてくるから。」

 「無慈悲。」

 

 モンドはプールの栓を抜いた。数十分後、すっかり水の抜けたプールの底を、ひたひたと歩く。

 

 「うーん、ここには無さそうだな。」

 「水が入っていた場所を歩くって、なんだか不思議な感覚ですわね。」

 「そうそう、雨の日とか大変だよね。」

 「雨?」

 「人目につかないから追っ手を撒くのに便利なんだよね、下水道って。」

 「うええ・・・。」

 

 そこを歩くのは想像したくない。

 

 「けど、ここも何か下に空間があるみたいだよ。ソナーがそう反応している。」

 「さらに下?地下施設か・・・。」

 「どうする、壊すか?」

 「んもー、モンドまたすぐ暴力に走る。」

 

 しかし、水の下に秘密のサイロがあるというのはロボットもののお約束だ。

 

 「どうにかして下に行く方法を見つけるか・・・。」

 「らぴ?らっぴ!」

 「らぴ?」

 「なに、2人とも?」

 「レイに任せて。」

 

 遊馬たちの意思を汲み取ったのか、ラッピーがレイに『お願い』すると、レイは目を閉じて手を宙にかざした。

 

 「おっと・・・。」

 「超能力か。」

 

 レイのサイコキネシスで、プールの底が開いていく。プールの端の梯子で地下へと降りる。

 

 「ここは・・・やっぱり格納庫なのかな。」

 「宇宙船もここにあるかも。」

 

 グラウンドの地下にあった施設と同じく、無機質な雰囲気を湛えている。いかにも怪しい機械がありそうだ。

 

 「もうバラバラに解体されてたりして。」

 「るー・・・。」

 「モンド?」

 「悪い、言い過ぎた。」

 

 モンドの失言を諫めるが、実際そういうルートもある。全ルートを回収するのは本当に大変だったと、遊馬は思い出していた。

 

 「その内で最悪なルートはもう聞いたけど、2番目に酷いのはどんな結末になるの?」

 「2番目?うーん、順序着けるのも難しいな・・・。」

 「人は物事の結果を考えるとき、最高と最悪をまず想像するからね。現実は最悪より一歩マシか、最悪を越えた最悪になるものだ。」

 「玄人は語るってところか。」

 「人生いろいろあるからね。」

 

 トビーは見た目や年齢に反して修羅場を潜ってきている。勘や洞察力も、経験に裏打ちされた確かなものだ。

 

 「一番最悪なのが地球滅亡なら、2番目は・・・。」

 

 ならば遊馬も、ゲームで得た経験をゲームで生かそう。

 

  「ここにもない、かな?」

 「こんな意味ありげの場所なのに?」

 

 ひとしきり調べ回って出た結論がこれだ。ステルスになっている本体も、それらしいパーツ類も見つからなかった。

 

 「あとは、花畑?」

 「広いからあんまり探したくなかったんだけどなぁ・・・。」

 「少し休みましょうか。」

 

 右へ左へ、上へ下へ動き回って疲れた。お菓子の続きを食べる。

 

 「らぴ、モンド。」

 「なんだ?」

 

 少し離れた場所に腰かけていたモンドのところへ、レイがやってきて声をかけた。

 

 「このらぴを、あげる。」

 「・・・俺にか?」

 「らぴでは、らぴするとき、らぴを分け合うのだと、らぴから聞いた。」

 「何を言っている?」

 「レイはモンドとらぴしたいのだ。」

 

 何を言ってるのか全然わからん。

 

 「でもまぁ、貰おう。」

 「らぴは、レイの星のらぴだ。」

 「・・・角砂糖を齧ってるような感覚だな。」

 

 だが、何を言いたいのかはモンドにもわかった。

 

 「ほれ、代わりにこれをやろう。」

 「らぴ?」

 「『センベイ』というやつらしい。」

 

 一枚の煎餅を割ってレイに手渡す様子を見て、遊馬たちも胸をなでおろす。

 

 「意外といいところあるじゃん。」

 「まあ、心配はしてなかったけどね。」

 「本当ですか?」

 「らっぴ?」

 「ラッピーも食べる?」

 

 宇宙服から顔を覗かせるラッピーにも、煎餅をあげる。

 

 しばらくして、まるでニオイを嗅ぐようにレイは辺りに探りを入れると、ひとつの結論を出した。

 

 「ここには、らぴがあったらぴがある。」

 

 さて問題だ、今度はレイは何を言いたいのだろうか。

 

 「『船』があった『痕跡』だろう。」

 「らぴ!」

 「モンドわかるの?」

 「目を見ればわかる。」

 

 どうやら正解だったらしい。レイの耳のアンテナが、ピコピコと信号をキャッチしている。どうやら近くにあるらしい。

 

 「別の場所に移されたかのか?」

 

 一体何者が、何のために?

 

 「らぴ。」

 「おい、1人で行くなよ。」

 「らっぴー!」

 「ラッピーも・・・追おう!」

 

 レイとラッピーは先に施設の奥へ奥へと向かって行ってしまう。慌てて遊馬たちも追いかけるが、それはすぐに終わりを告げる。

 

 「らぴるぴ!」

 「るー・・・。」

 

 ラッピーは身構えている。敵だ。大きなハサミを持ったカニのようなモンスター。頭には黒い帽子を被っている。

 

 「ラッピーの敵の『ギャンザ』だ。中ボスの中でも硬くて弱点を突かないと倒せないよ。」

 「どこが弱点なんだ?」

 「腹の赤いところ。」

 

 右手のハサミがまるで盾のように弱点をカバーしており、左手にはハンマーのような大鋏を持っている。そして口からは泡を吐いて遠距離攻撃もしてくる。

 

 『戦闘開始!』

 

 「まずはラッピーからか。けど、防御されてると攻撃しても無意味なんだよな。」

 「らぴ!」

 「でもラッピーはその気のようだね。」

 「『アストロノーツ』には攻撃にチャージが必要になるからね。よし、ラッピーはチャージだ!」

 「ぴぃいいいい・・・!」

 

 宇宙服に備え付けられた光線銃に、パワーが込められていく。

 

 「次、美鈴はいつも通りに!」

 「はい!『純白のブーケ』!」

 

 美鈴がブーケをかかげると、白い花びらが舞い、かぐわしい香りがモンドに注がれる。

 

 「次は・・・レイ?」

 「レイは、『らぴ』を使う。」

 「えっと、『サイコキネシス』ね。」

 

 ゲームPODの画面にはそう表示されている。にわかにレイの耳のアンテナが羽を広げると、同時にギャンザの動きが止まる。

 

 「なになに、『念力で相手の動きを止める』か。攻撃する時だけしか弱点は見せてくれないんだけどな・・・よし、今のうちに態勢を立て直そう。動きが止まってる間にレイを後退させて、モンドは前進してガードを固める。」

 「ボクも攻撃するだけ無駄か。」

 「じゃあトビーも前進で。」

 「OK!」

 「俺も前進と・・・。」

 

 遊馬も前進して、最後にギャンザのターンだが、念力の拘束を解くのにこのターンは消費される。次、一周回って再びラッピーの番。

 

 「ラッピーは下がりながら、もう1ターンチャージだ!」

 「ららぴ!」

 「美鈴は後方でガード。レイも下がって!」

 「わかりました!」

 「わかった。」

 「モンドはさらに前進して、攻撃を誘発させて。」

 「よし。」

 

 モンドはフィールドの中央付近に来る。そこへギャンザは嬉々として攻撃してくる。

 

 『ザンギャアー!』

 「ぐおっ・・・なんつー衝撃だ・・・。」(HP:9999→8999)

 「1000も喰らった?!」

 「これを1にできるラッピーって・・・。」

 

 すさまじい土煙をあげ、地面はひび割れる程の衝撃をモンドは一身に受ける。だが、おかげで腹のウィークポイントを見せてくれた。

 

 「よし、行けラッピー!アストロカノンだ!」

 「らっ・・・ぴぃいいいいいいいいいむ!」

 『ぐぼぼぼぼぼぉおおおおお!』

 

 強力な貫通ビームが、ギャンザの腹を貫く。が、それだけでは倒れそうにない。

 

 「一撃じゃ倒しきれないか、ならレイ、もう一回サイコキネシスだ!」

 「らぴ?」

 「らぴだ!」

 

 らぴっ!と再びレイが念じると、ギャンザの体は硬直する。しかも、弱点を晒したままだ。

 

 「よーし!反撃だ!それっロケットレンチ!」

 

 トビーはレンチをワイヤーで繋いで、遠距離から殴る。

 

 「モンドはさらに『タイムライダー』の能力で、動きを制限して!」

 「ようやくこいつの出番か。」

 

 モンドは腕時計の竜頭を引く。

 

 「『ストップ・ザ・タイム』!」

 

 その瞬間、パーティメンバー以外の時間が停止する。

 

 「時間止められるって・・・やっぱスゴいね。」

 「めっちゃチートだよね。」

 「1ターンしか止められないんだから、話してないでさっさと攻撃しろよ!」

 「よし、ラッピーはもう一回チャージ!」

 「らぴ!」

 「レイも、攻撃できる?」

 「らぴがある。」

 

 レイも指先から『サイコレーザー』を発射する。

 

 「結構ボコボコにしてるハズなのに、硬いな!」

 「そうでしょう、ホントに無駄に硬くてテンポが悪くて・・・。」

 「それももう終わる。」

 

 続いて、トビー、モンドも攻撃をしてターンが終了。ギャンザも動き出すが、もう遅い。

 

 「らっぴぃいいいいいいいいむ!」

 

 再びのアストロカノンが、ギャンザを撃ち抜き、爆発が起こる。



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第22話

 「戦闘終了・・・っと。」

 「結構手強い相手だったね。」

 「うん、ラッピー、レイ、大丈夫?」

 「らぴ!」 

 「らぴ。」

 

 一番活躍したのはこの二人だろう。ねぎらいの言葉をかける。

 

 「しかし、なんで急に敵が現れたんだろう?」 

 「急にも何も、いつだって急にでてくるじゃねえか。」

 「そうじゃなくて、敵の反応は無かったのにって。もしかして、中ボスだから固定エンカウントだったのかな。」

 

 ゲームPODのランプは緑を示している。

 

 「結構ダメージを受けたから、一回回復に戻るのもいいと思うけど、とりあえずこの先になにがあるのかだけは調べておきたい。」

 「異議なし。」

 「右に同じ。」

 「まあ、いいだろう。」

 「らぴ!」

 「らぴ。」

 

 しばし息を整えてから、再び通路の先を行く。

 

 「でも、レイもすごい強かったんだね。まあ、そういう話は聞いてたけど。」

 「そうだね、ノベルゲームだから戦闘とか本当は無いはずなんだけど・・・。」

 「同じノベルゲームなのに戦闘力ほぼゼロな人が約1名。」

 「むきー!」

 

 まあ所詮は文章なので、どれだけ風呂敷を広げることも出来る。やろうと思えば、レイ1人だけで地球を滅ぼすのだって容易いことなのだから。

 

 「えーっと、レイのスキルは敵の動きを止める『サイコキネシス』と、防御貫通効果のある『サイコレーザー』、と・・・。」

 「そうだ、さっきの戦闘でスキルポイントもらったんじゃないの?」

 「そうだね、さーて誰に割り振るか・・・。」

 「当然、わたくしでしょう?約束しましたわ!」

 「おおう、そうだったね・・・けど、ちょっとレイのスキルも気になるかなーって・・・。」

 「わたくしもスキルが欲しいんですの!」

 「どうどう。見るだけだから、ね?」

 「らぴ?」

 

 美鈴が詰め寄ってくるのを、トビーが抑えてくれた。

 

 「どれどれ・・・回復スキルの『サイコヒール』に、ランダムでスキルが発動する『星の祈り』・・・超能力者とは名ばかりで、実際のところ魔法使いっぽいな。」

 「わたくしだって色んなスキルが使えるはずですわ!」

 「わかってるわかってるって・・・。そういえば、ラッピーのもよく見てなかったな。」

 

 美鈴のスキルは、DEX上昇の応援と回復の看護のスキルを取るとして、もうひとつくらい誰かのをとれる。

 

 「そういえばラッピーのスキルも気になるところだけど。」

 

 ちゃっちゃっと見て回ると、ひとつ面白いものを見つける。

 

 「あっ、『スイーツバスケット』があるな。アイテムじゃなくてスキルとしてあるのか。」

 「なにそれ?」

 「取るとランダムで変身するんだけど、このゲームでは『ランダムにアイテムを取得する』らしい。これも面白いな。」

 

 現状アイテムはカツカツで困っている。無償でひとつ手に入るのは利が大きい。

 

 「よし、じゃあこれもとっちゃおう。ラッピー、さっそく使ってみてくれ。」

 「らぴ?りっぴ!」

 

 ラッピーの頭上に、お菓子の詰め込まれたバスケットが出現し、それが弾けると、ひとつのアイテムがラッピーの頭に落ちてくる。

 

 「らっぴ。」

 「なにこれ、栄養ドリンク?」

 「『パワーDEシャカリキ』か。効果は・・・ワンナップ。」

 「ワンナップ?」

 

 要は体力がゼロになった味方を回復させられる。つまり体力がゼロになっても即死するというわけではないということだ。

 

 「これはちょっと貴重品だな。」

 「使う機会が来ないことを祈るけど。」

 「らぴ!」

 「よすよす、いいもの出してくれたね。」

 

 撫でられたラッピーは嬉しそうに跳ねた。

 

 「ここは・・・。」

 「外に出たのか。」

 

 通路を抜け、階段を上がった先にあったのは見慣れた校舎の壁。プール脇のポンプ室の外のようだ。

 

 「なーんだ、すぐそこに入り口があったんじゃないか。」

 「ということは、あのカニは施設の入り口を守るボスだったのかな?僕らは出口の方から入ったんだ。」 

 「かもしれないね。」

 

 すぐ外には花畑もある。レイもそちらの方を指差す。

 

 「らぴ。」

 「あっちか。」

 「花畑に入るのか。」

 

 花畑には未だ一度も入ったことが無い。敵がいるのかもわからない。よってここいらで一旦切り上げて回復に戻るのがいいだろう。

 

 「ってレイ、1人で行くと危ないよ!」

 「らぴ!」

 「ラッピーまで・・・しょうがない、追おう。」

 「まあ、ダメージ受けたと言ってもほんの1/10だし、大丈夫だよねモンド?よし大丈夫。」

 「おい。」

 

 足の踏み場もないほどに生い茂るクロユリをかき分けながら、レイとラッピーは進んでいく。花に触れる度、強い香りが発散され、花びらが散る。少しの罪悪感を感じながら、遊馬たちも轍を追っていく。

 

 そうしてしばらく走り続けると、突然レイは足を止め、その背中に追い付いた。レイは、前を見つめているが、その表情には驚きの色が初めて見えた。

 

 「こ、これは?」

 「み、ミステリーサークルだ!」

 

 レイの見つめる先にあったのは、踏みつぶされた花で描かれた幾何学模様。UFO発着の痕跡と言われるミステリーサークルである。

 

 これがここにあるっていうことは、すなわちここに宇宙船があったということ・・・。

 

 「らぴのらぴが、ここで途絶えている・・・。」

 「と、言うことは・・・。」

 

 宇宙船は、飛んで行ってしまったということか。

 

 「らぴ!」

 「レイ!大丈夫?!」

 

 その事実に、レイは崩れ落ちた。

 

 「どうすんだよ、これ。」

 「・・・とりあえず、保健室に戻ろうか。」

 

 まさかレイをこの場に置いていくわけにはいかない。気絶したレイはモンドが抱えている。しかし、本当に困ったことになった。

 

 「宇宙船がどこかへ行ってしまったのなら、クエストは失敗か?」

 「モンド、デリカシーないよ。」

 

 だが、誰もがそう思っている。目的が達せられない以上、クエスト失敗としか言いようがない。

 

 いやしかし、それはどうだろうか?あくまで宇宙船の発見は、目的の一つでしかない。

 

 「結末が用意されているわけじゃないのかも。」

 「どういうこと?」

 「決まったエンディングがあるわけじゃなくて、結末は僕たち自身が作るってこと。」

 

 要は、マルチエンディングの枠をさらに広げたようなもの。

 

 「よくわかんないが、こいつを仲間に入れるってことか?」

 「そうなってくれると、嬉しいんだけどな・・・。」

 

 レイの超能力は戦力として申し分ない。

 

 「らぴ・・・。」

 「でも、そうだよな。それじゃあレイが可哀そうだもんな。」

 

 ラッピーが悲しそうな顔を見せたので、遊馬は自分で自分の頬を叩いた。

 

 そんなことは、遊馬の我儘だ。レイの気持ちは、きっとラッピーのほうがよくわかっているに違いない。

 

 月に照らされて伸びた影も、しょんぼりとしているようだった。

 

 ひとまずは、レイを保健室のベッドのひとつに寝かせた。息をしているのかもよくわからないほどに静かだ。

 

 「これからどうする?」

 「とりあえず、レイが目覚めるまではやることないかな・・・。」

 

 このままメインクエストを進めてもいいのだが、それはそれで後味が悪い。やはり、この件をクリアするまでは先に進まないでおこう。

 

 「らぴ・・・。」

 「ラッピーはレイのそばにいてあげなよ。」

 「らぴ!」

 

 心配そうな表情を浮かべていたラッピーは、レイの枕元に移動する。

 

 「色々歩き回って疲れちゃったね。」

 「ダメージも受けたし。」

 「・・・あんまり眠れないけど。」

 「じゃあ、自由時間にしよう。」

 

 少し休んだ遊馬は起き出して、ゲームPODを手に外に出た。もう少しでこっちのゲームもクリアできるし、どこか落ち着ける場所で根詰めよう。

 

 「落ち着ける場所・・・あそこに行ってみようか。」

 

 階段を下りて地下施設へ足を運ぶ。そこには白いロボットが佇んでいる。

 

 「よっと・・・ふう、なかなか落ち着くなここ。」

 

 そのコックピットへと身を収めると、ゲームPODのスイッチを入れる。展開もいよいよクライマックス、征服された火星基地内部では捕虜にされた人々が反乱を起こし、それと同時に地球防衛軍による奪還作戦が実行されている。

 

 ゲーム的には、捕虜の一定数生存がクリア条件に追加されている。スタート位置の関係上、被害をゼロにすることは不可能なのがもどかしいが、むしろ捕虜を囮にして進んだ方が楽まである。遊馬もそうしている。

 

 「クリアできそう?」」 

 「余裕。って、トビー?」

 「1人でどこか行くから何事かと思って着いてきたんだよ。」

 「心配いらないのに。」

 「ならいいんだけどね。」

 

 余計な気を使わせてしまった。ランプは緑を示しているから敵とは遭遇しないと思ったのだけれど。

 

 「でもボスには反応しないんでしょうその危険探知機。」

 「既に行ったところだから平気だと思ったんだけど、確かに考えが足りなかったかも。ごめん。」

 「いいって、取り越し苦労だった。」

 

 特別苦戦することもなく、この面はクリアできた。いよいよ最終面にさしかかる。

 

 「ねえ、カサブランカの物語はどう?」

 「ん?衝撃的な展開だね。」

 「このロボットのことについては、なにか書いてある?」

 「うーん、言っていいのか・・・ネタバレになっちゃうし。」

 「ボクは気にしないし、教えて教えて。」

 「うーん・・・。」

 

 まあ、そんなにもったいぶるようなものでもないか。

 

 「まず、このロボット、カサブランカもそうなんだけど『レベリオン』って名前なんだよね。」

 「ふんふん。」

 「そのレベリオンは、人間に『アダム』のナノマシンが寄生することで改造されて作られるんだ。」

 「つまり、カサブランカも元人間?」

 「そう。で、そのカサブランカになった人間がヒロインの『エルザ』で、雄二の幼馴染でもあったんだ。」

 「それは・・・つらいね。」

 「辛いのはこれから。人類側も、アダムの脅威に対抗するために防衛軍を結成して、レベリオンの開発を始めるんだけど・・・結局アダムの模倣しかできなくて、地球人の改造に着手するんだ、」

 「おっと。」

 「それでも不備があって、地球製レベリオンのサイズが小さすぎて、パイロットも子供でないといけなくなったり。」

 「おっとぉ。」

 「パイロットも神経接続の後遺症で脳に障害を負ったりして、1人、また1人と脱落してくんだ。」

 

 そうして、最終決戦に参加する地球のレベリオンはカサブランカ一機になる。先の火星基地奪還の目的も、生産されたアダムのレベリオンをそっくり戦力に編入するための起死回生の一手なのだ。

 

 「それで、どうなったの?」

 「それはこれからプレイする。」

 「そっか・・・。」

 「ここからどうやってハッピーエンドに持っていくつもりなのか。」

 

 そう、どんなに悲劇的であろうと、所詮はフィクション。アニメの中の出来事なのだ。

 

 「でも、これは現実に起きてることでしょ?現実にキミはカサブランカに乗ってて、カサブランカのゲームをプレイしている。」

 

 ピタ、と遊馬の指が止まる。

 

 「ひとつ、思ってたことがある。」

 「なに?」

 「キミってさ、やっぱりこの世界を、ボクらのことも、所詮はゲームだって思ってるよね?」

 「・・・。」

 

 カサブランカのコックピットからはトビーの顔は見えないが、トビーの視線がグサリと突き刺さる。

 

 「最初にモンドやミスズが言ってたように、ボクたちにとっては少なくともともこれは『現実』。『フィクション』だと思ってるのは、多分キミだけだよ。」

 「それが、なに?」

 「・・・考え方の違いは、方向性の違いだよ。」

 

 遠からず、関係にヒビが入ることとなる。一人で出歩いたということが、なによりの証拠だ。

 

 「元の世界に戻るという点について、ボクたちは本気だよ。あまり軽んじないでほしい。」

 「・・・覚えておく。」

 

 それだけ言って、トビーの気配が消えた。遊馬もゲームの攻略を再開したが、ストーリーがイマイチ入ってこない。ただ淡々とボタンを押し続けていた。



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第23話

 エピソードを一部整理しました。


 【THE EMD】

 

 終わった・・・これでこのゲームはクリアだ。

 

 「ふぅ・・・。」

 

 しかし、僕の気は晴れない。エンディングに納得がいかないからとか、ゲームのボリュームについてとやかく言いたいわけではない。ゲームPODの電源を落としてごちる。

 

 「これは・・・リアルの世界なの?」

 

 暗くなった画面に、自分の顔が移り込み、そこに触れてみる。毎朝洗面所で見ている自分の顔と、なにひとつ違いはない。

 

 では周りを見て見るとどうだろう。よくわからないスイッチと、レバーと画面で埋め尽くされた、カサブランカのコックピットだ。これは・・・リアルでは見たことが無い。

 

 わからない、これがリアルなのかゲームなのか。そのどちらだとしても、何故自分はここにいるのか。

 

 この世界の、教室で目覚める直前の記憶は・・・。

 

 「思い出せない・・・。」

 

 何故あの場所にいたのか。何故、その状況を自然と受け入れられていたのか。

 

 「夢でも見てるのかな・・・今。」

 

 目が覚めたら午前2時ぐらいで、見慣れた天井を見上げているのだろうか。なんか、そんな気がしてきた。

 

 『YUME DEHA NAI』

 

 そうであったならどれだけよかったか。僕の意識をこの世界に引き戻す音のない声が飛来する。

 

 ゲームPODに視線を移すと、またも謎のメッセージが表示されていた。

 

 「夢ではない?」

 

 『SOU KOKOHA GENJITSU TOSHITE ARU』

 

 『WATASHI HA KOKONI IRU』

 

 「誰なの?」

 

 『WATASHI HA ELSA』

 

 「エルザ?」

 

 直近聞いた中で、その名前の人物には一人しか思い当たらない。

 

 エルザ、つまりこのカサブランカそのもの・・・。

 

 『ANATA GA GAME WO CLEAR SHITA OKAGE DE KONO SEKAI TO TSUNAGATTA』

 

 「繋がった?」

 

 『DARK LILLY NO MONOGATARI NI TSUNAGATTA』

 

 「カサブランカをクリアしたから、その続編に・・・ってことか。」

 

 『SOU』

 

 以前、ここで見たメッセージも、エルザからのものだったのか。

 

 「じゃあ、ダークリリィをクリアするにはどうすればいい?」

 

 『DARK LILLY HA CLEAR SURUKOTO GA DEKINAI』

 

 「クリアできない?」

 

 『DARK LILLY HA MIKANSEI NO GAME』

 

 『DARK LILLY WO KANSEI SASETE HOSHII』

 

 「完成?」

 

 僕はゲーマーであって、クリエイターではないんだけど・・・。でも、それが目的なんだな。

 

 「どうすれば完成させられる?」

 

 『BUTAI TO CAST HA SOROTTEIRU』

 

 「キャストと舞台。」

 

 『ATO HA SHINARIO GA HITSUYOU』

 

 「そしてシナリオか。」

 

 舞台が整い、役者がそろえば、キャラクターたちが勝手に動いてシナリオも出来上がっていく、と言うが。随分とアバウトな方法だ。

 

 『DAGA MONDAI GA ARU』

 

 「問題?そもそも問題だらけだろうに。」

 

 『KONO SEKAI NI CAST IGAI NO NINNGEN GA MAGIREKONDA』

 

 「キャスト以外の人間?

 

 つまり、僕たちのうちの誰かが、ダークリリィとは関係なくこの世界にやってきた、ということ?

 

 「それは誰?」

 

 『SORE HA WAKARANAI』

 

 「・・・使えないなぁ。」

 

 『WATASHI HA PILOT GA INAKEREBA UGOKENAI』

 

 『DAKARA ANATA NI TAYORU SHIKA NAI』

 

 僕にしか出来ない事、か。実に主人公らしいセリフだ。

 

 『JA SOYUKOTODE』

 

 「って、まだ話は終わってない!」

 

 『KOREIJOU HA MURI』

 

 『TSUKARETA』

 

 疲れたって、ロボットが疲れるものなのかよ。プッツンとゲームPODに表示されていたウインドウが閉じられる。

 

 けど、こういうところがまさにエルザっぽいというか。信憑性が高くなってきたということか。

 

 「あっ、おかえり。ゲームはどうなった?」

 「・・・ただいま。クリアできたよ。」

 

 しかし、おかげでまた謎が増えてしまった。一体この中の誰がダークリリィに関係のあるキャラクターで、誰がそうでないのか。そして、なぜそうでない者が集められたのか。

 

 「へー、じゃあどういう結末になったのか聞かせて。」

 「うん、それもそうなんだけど・・・。」

 「なんだ、歯切れが悪いな。」

 

 エルザと話したことを、伝えるべきか・・・とりあえず保留にしておこう。混乱させるだけの結果になりかねない。

 

 「さて、どこから話そうかな。」

 「火星基地への奇襲攻撃の話は聞きましたわ。そこからどうなったんですの?」

 「じゃあ、順番に・・・。」

 

 まず、火星基地を奪還して、捕虜のレベリオンを戦力に加えることが出来た。けど、それと同時にアダムの本拠地、『バルアーク』が活動し、地球への直接攻撃を開始する雄二とカサブランカは、バルアークを追って最後の戦いに向かう。

 

 アダムの目的は肉体を取り戻すことだった。アダムはかつて古代の火星において、人類と同じような肉体を持っていたが、宇宙線と気候変動によって滅びの危機を迎えた。そこで、一握りの人間の意思と精神をナノマシンに閉じ込めて、来るべき復活の時にまで封印した。

 

 「一握りだけ?」

 「そう、当時の火星人の中でも上層に位置する知識人や、貴族だけ。それもとびっきり選民思想の強い連中ばかりが生き残った。それが、現代に甦ったアダムの性質そのままになった。」

 

 一方、封印からあぶれた者たちは、最後の望みをかけて、自らの肉体を改造し、火星の兄弟星である地球を目指した。1人、また1人と数を減らしながら、最終的に地球に降り立ったのは1人だけ。それこそが、『最初のレベリオン』であり、旧約聖書に謳われる『アダム』である。

 

 「聖書の話を持ち出してきたか。」

 「アニメが放送されていた当時は、珍しかったみたいだけどね。」

 

 放送当時はちょうどノストラダムスの大予言も近かったこともあり、終末思想的な作風もウケたという。

 

 「で、だ。現代のアダムは『アダムによって地球人類は作られた。ならば、地球人類はアダムによって統べられることこそ道理』とのたまって、地球への侵攻を始めたわけだったんだ。」

 「自分の種族を見捨てるような連中が言えたセリフじゃないね。」

 

 カサブランカとバルアークの戦闘は熾烈を極めた。バルアークにはアダムのナノマシンが満載されており、その地球到達はすなわち全人類のレベリオン化、火星人による支配の完成に他ならない。その身勝手な野望を打ち砕くため、カサブランカ、雄二とエルザは命を捨てる覚悟を決める。

 

 「命を捨てる?」

 「レベリオンには、最終兵器が備わっていたんだ。」

 

 『宇宙を震わせる歌』とも呼ばれる波動兵器『リオンフォン』。レベリオンには標準装備されているが、カサブランカはその改造の途中で奪取されたために搭載されていなかったが、最終局面において最後の手段として自爆同然に使用。バルアークの頭脳部分を破壊する。

 

 さらに、地球からの援護射撃によって撃ち抜かれ、バルアークは宇宙の塵と化した。カサブランカを道連れにして・・・。

 

 「あれ?道連れに?」

 「雄二とエルザはどうなったんですの?」

 「んー・・・助かったらしいんだけど、正直僕も納得してない。」

 

 一体どうゆう理屈で助かったのか、ツッコミどころしか感じない。

 

 「でも、続編があるっていうことは生きてたってことなんでしょう?」

 「そのはず。そして、その続編を完成させることが僕たちの役割らしい。」

 「完成?その情報はどこから?」

 「クリアしたらわかった。」

 

 嘘はついていない。

 

 「まあ、とにかく最終目標はわかったということで、僕はちょっと休ませてもらうね。さすがに疲れた。」

 「だろうね、今はゆっくり休みなよ。レイもまだ目覚めてないし。」

 

 自分のベッドに寝転がる。が、しばらくしてもう一度ゲームPODを起動する。そこにはカサブランカのラストシーン、どこか知らない場所で二人っきりで暮らす雄二とエルザの姿だけが映されている。

 

 アニメ放映時には、なにかしらの描写が挟まっていたのかもしれないけれど、やはりどこか納得いかないところがある。

 

 なぜ、この二人はこんなに幸せそうな顔が出来るのか。

 

 しばし眺めたのち、ゲームを終了して目を閉じる。



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第24話

 「これは・・・マズいですわ!」

 「うん、ちょっとヤバイね。」

 「一体どうしたらこんなことになるのか。」

 

 はっきり言ってそんなにおいしくない。あえて言うなら化学調味料の味。

 

 現在、食堂にて格闘中である。戦っている相手は、モンドの作った『ラーメン』である。

 

 「らぴらぴ♪」

 「らぴ。」

 「文句言わずに食ってるのはこの2人だけだぞ。」

 「この2人の味覚と同列に語ってほしくはないかな。」

 

 この二人は、宇宙的なバイオロジーだから。効率的に栄養を摂取するために、栄養その物をとっているようなレイの舌には普通に感じられるのかもしれない。あとラッピーは味覚があるのかすら怪しい。

 

 「なんでよりによって、一番料理に疎そうなモンドがコックになっちゃうかな?」

 

 どんぶりの中身を半分ほど減らしたトビーが、椅子にもたれかかりながら水を口にする。美鈴は一口食べてギブアップした。

 

 「なんだろう、でもちょうど僕の通ってた高校の学食のラーメンもこんな味だったよ。醤油ベースというより醤油そのものな味。」

 「褒めてんのか貶してんのか。」

 「いや、ただなんとなく懐かしいなって・・・。」

 

 あまりいい思い出と言うわけでもないが。とりあえず遊馬は食べきれた。

 

 「けっぷ!」

 「らぴ。」

 「でも、レイもちょっと元気になったんじゃない?」

 

 目覚めたレイはひどく意気消沈していたところ、唐突にモンドがこうして手料理をお見舞いしてきたというわけだ。

 

 でも、悩んでてもしょうがないのは確かにそうだ。どんなに辛くても、時には前に進まなければならない。

 

 「モンド。」

 「ん?」

 「ありがとう。」

 「別に。ちょっと興味があっただけだ。」

 

 レイはちいさくモンドにお礼をする。

 

 確かにモンドのいた世界では、こうした料理というものは珍しいかもしれない。大体が固形の栄養食で食事が済まされるというのもあるが、それ以上に調理される前の『食材』というものが珍しいようだ。当然、それらを使った『調理』と言う工程も消費者であるモンドには馴染みがない。

 

 その中でも、食堂の中ではポピュラーなメニューであるラーメンのレシピを見つけ、モンドはどういうわけか調理しなくてはならないという観念に駆られた。

 

 「あっ、これが食堂のサブクエストだったのかな・・・クリアランクが出た。」

 「ランク?当然Aだろ。」

 「Cだね。」

 「Fじゃなくてよかったね。」

 

 【アイテム獲得】

 

 秘伝レシピ:スキル『滋養のある食事』を得る。

 

 滋養のある食事:体力を中程度回復

 

 「へー、で誰が持つの?ミスズ?アスマ?」

 「美鈴はもう回復スキルとか持ってるし、僕が持つよ。」

 「お前に料理なんか出来るのか?」

 「料理『なんか』とは聞き捨てならないね。これでも家事は一通りできるし、料理だって得意なんだよ。」

 「なら今度からお前が作るんだな。」

 「レイは、モンドのらぴの方がいい。」

 「だってさ。」

 「・・・気が向いたら、またな。」

 「らぴ。」

 

 話している間に、なんとかトビーも完食していた。美鈴の食べなかった分はラッピーの胃に収まった。

 

 「それで、これからどうするリーダー?」

 「・・・もう一回、花畑を調べてみるのがいいんじゃないかと思う。ミステリーサークルは結局調べずじまいだったから、何か手掛かりが残ってるかもしれない。」

 「たしかに。」

 

 とりあえず、一同は再び花畑にやってきたのだった。ミステリーサークルは変わらずそこにある。さて、何から調べた物か。

 

 「ミステリーサークルと言えば、ここで何かすればUFOを呼べるんじゃないの?」

 「宇宙船を探しに来たのに、そんな都合よくいくかな?」

 「べんとら~。」

 「なにそれ。」

 「UFOを呼ぶ言葉。」

 

 宇宙語で宇宙船を意味するらしい。が、地球では車の名前としてよく使われている。言いえて妙だな。

 

 「everybody say!ベントラー!」

 「ベ、ベントラー・・・。」

 「ベンタラ?」

 「らぴ!」

 「らぴ。」

 

 しかし、なにもおこらなかった。

 

 宇宙に関する言葉なら、まだ『らぴ』の方が信用性ありそうだ。

 

 「そういえば、ラッピーはどうやって宇宙から来たんですの?」

 「隕石に乗ってきたとかか?」

 「ううん、ラッピーはニンジンロケットを持ってるんだ。それに乗っていけば宇宙まで行ける。」

 「・・・それを使って宇宙船を追いかけるというのはどうですの?レイさんを伴っていけば信号を追えるでしょう?」

 「・・・その手があった。さすが美鈴何という冷静で的確な判断力。食堂からニンジンをとってこよう。」

 

 もしも何者かが、レイの宇宙船に乗ってどこかに行ってしまったとすれば、それは宇宙に他ならない。

 

 けれどここは、星も動かず、月は真ん丸なままの閉じた世界。宇宙へは上がれないのだ。よしんば行けたとしても、そこは『宇宙』というマップ。必ず同じ場所へ行けるはずなのだ。

 

 「でもその理屈だと、レイが宇宙船に乗っても、レイは自分の星には帰れないんじゃない?」 

 「レイの場合は、それがクリア条件になるから、マップの外にも行けるんじゃないかな。」

 「曖昧だな。」

 

 文句はこの世界を作った人間に言ってほしい。あれから何度かゲームPODを起動してはいるが、エルザのメッセージは来ない。やはりカサブランカの近くでないと交信できないんだろうか。

 

 「よし、ニンジンがあったぞ。ラッピー、これを。」

 「らぴ!」

 

 ラッピーがニンジンをかかげると、光が集まってたちまち丸い窓の付いたマンガのようなロケットに変わる。これなら宇宙までひとっ飛びというわけだ。

 

 「中狭くないかな?」

 「大丈夫、ゲームだから。」

 

 全員を乗せて、ロケットは発進する。驚くほどに揺れもなく、スイスイと雲を突き抜けて空の旅へ。



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第25話

 「あっ、あれは・・・。」

 「オービタルリングだ!」

 「よく見えませんの!」

 「らぴ!」

 「ちょっ・・・押すなっての。」

 

 学校を、いや地球を遥か3万6千km見下ろす、衛星軌道上をぐるっと囲うように、鋼鉄の輪が嵌めこまれている。

 

 オービタルリング、そして軌道エレベーター。これもカサブランカに登場する重要な舞台である。手軽に宇宙へと上がる術であると同時に、地球防衛の要塞でもある。

 

 「うぎぎぎ・・・あの大きなパラボラのようなものは?」

 「あれは衛星レーザー砲『トールハンマー』。あれで最後はバルアークを破壊したんだ。」

 

 元々は、太陽光を変換して地上へエネルギーを届ける内向きのマイクロウェーブ発振装置であったのを、地球防衛の兵器として外向けに改造されたのだ。

 

 そのスケールの大きさに、皆が言葉を飲んでいた。ロケットとしては大分小ぶりな、ラッピーのニンジンンロケット『キャロケット』は、そのリングの一部分に近づいていく。

 

 「あそこがステーションだな。」

 「あそこに駐車できないかな?ラッピー近づいてみて。」

 「らぴ!」

 

 エレベーターの到着点であり、シャトル発着場のある宇宙港もある。そのひとつが開け放たれており、そこからすんなりと侵入することに成功する。

 

 「中は・・・空気あるみたい。」

 「空気漏れを遮断するシールドが張ってあるんだね。」

 「ここを探すのか?」

 「らぴ・・・らぴは近い。」

 

 空気だけでなく、重力もあるらしい。キャロケットをステーションの一か所に停め、ぞろぞろと全員降りる。レイは再び宇宙船の反応を辿って歩き始める。

 

 「ここにも誰もいなさそうだな。」

 「敵はいるみたいだけど、多分ザコだね。」

 「それにしても、こんな施設が上空にあったなんて・・・。」

 「いずれはメインクエストで来ることになったのかもしれないね。今回はその先駆けってことで。」

 「ここにはどんなエピソードがあるんだい?」

 「そうだな・・・序盤では火星から帰還したカサブランカが敵と認識されて攻撃されたり、中盤ではアダムに占拠されて要塞にされたり・・・。」

 「あんまりいいイメージが無いのね。」

 

 作中の経過時間としては、序盤はアダムによって占拠されたオービタルリングにカサブランカが単身特攻するシーンで終わり、その次の回にはもう地球製レベリオンが開発され、訓練学校編がスタートする。

 

 結局カサブランカの単身特攻ではアダムを追い返すことはかなわず、訓練学校編のフィナーレで奪還されるまで、オービタルリングはアダムの手に落ちたまま。描写的にはオービタルリングは敵である期間の方が長い。

 

 「つまり・・・ここは敵の基地?」

 「いや、レーザー砲があるころには味方になってるから。」

 

 敵ではないのだけれど、絶対的な味方でもない。バルアークをカサブランカもろともレーザー砲で焼いたのも、ゆくゆくはカサブランカの存在が邪魔になるから始末してしまおうという考えであった。

 

 そう考えると、ラストシーンのどこか誰も知らない場所で、雄二とエルザが二人っきりで暮らしていくのは、アダムに利用され、人類に利用され、そして大人に利用され続けた2人にとって幸せなことだったのかもしれない。

 

 閑話休題。とにかくここでは戦闘が予想される。未探索の場所が多いという事は、アイテムが落ちているということでもあるわけで。

 

 「とりあえず探索だな。」

 「おー!」

 

 国際的な基地というだけあって施設は非常に広大で、セントラルスクエアにはお店も立ち並んでいる。いずれも無人だが。そんなところからお金も払わずに物を持って行っていいものだろうかという良心が、無きにしも非ずだ。

 

 「後で請求されないといいけど。」

 「そもそも、軍事基地になったのならお店とか元々開いてないんじゃないですの?」

 「軍人相手なら自販機があれば十分だしな。」

 

 モンドの指差した先では、宇宙食のプロテインバーやゼリーの他、ハンバーガーなんかが売っている。

 

 「うーん・・・。」

 「トビー、食べたいの?」

 「いや、お金持ってないし。」

 「お金と言えば・・・このメダルしか持ってないよね。」

 

 保健室の花瓶から見つけたメダルを取り出して見せる。結局これの使い道も判らない。

 

 「他には、武器とか落ちてないかな?」

 「そんなもの落ちてたら苦労しない。」

 「あったよ、溶接機!」

 「でかした!って、工具じゃないか。」

 「工具だって武器になるよ。レッドパーカーの手にかかればね。」

 

 トビーは機械工学にも優れている。さっきも金属探知機を作っていたし、トビーの持っている装備の大半はトビー自身の自作なのだ。

 

 「ワイヤーガン以外にも持ってたのか。」

 「まあね。」

 「他には何があるんですの?」

 「ちっちっ、手品師はタネを明かさないものだよ。」

 

 そういえば、トビーのプロフィールについてはあまり話をしていない。・・・本人が止めることが多くて話す機会がなかっただけだが。

 

 「これと・・・そうだな、ジャンクパーツに使えるものがあるかもしれない。」

 「戦闘アンドロイドからドロップしたアイテムね。」

 「ふっふーん、いいねェ。創作のイメージがムクムク湧いてくるねェ。」

 「なら、タイムライダーのドクとどっちが腕がいいか、お手並み拝見とさせてもらおうか。」

 「ぜひ話してみたいな、異世界の知識ってのも興味あるよ。」

 

 トビーが嬉々として、その腕前を振るっている間、一同はしばし休憩することとなった。

 

 「かーんせい♪溶接機の出力リミッターを外して、プラズマカッターが出来た!」

 「危ないから振り回すな。」

 「そのレーザーカノンもボクの手にかかれば、もっと強力にできるんだけどなァ?」

 「遠慮しておく。」

 

 トビーの提案をモンドはにべもなく断った。

 

 「らぴ。」

 「そうだった、早く宇宙船を追おうか。」

 「そうだ、このカッターはアスマに渡しておくよ。」

 「いいの?」

 「キミほぼ丸腰じゃないか。ボクはこっちのレンチもあるし。」

 「らぴ・・・。」

 「ほらほら、レイさんがご機嫌ナナメですわよ。」

 

 遊馬はプラズマカッターを装備した。接合するための機械が、切断するための機械に生まれ変わるとは、彼も思わなかっただろう。

 

 「もういいか?こっち。」

 「どんどん上の方に行くようだな。」

 「上って、指令室があるんじゃないかな。」

 「やはり、宇宙船には誰かが乗っていたんだろうね。」

 

 その誰かにも、もうすぐ会える。可能性としては、敵対する確率が高いので、気を引き締めて行くに越したことはない。

 

 「・・・。」

 「アスマ、何考えてるか当ててあげようか?」

 「言ってみ。」

 「レイの宇宙船を使えたという事は、高確率でレイと同族の宇宙人、もしくはレイと同じ世界の存在に違いない、と。」

 

 そうだ。エルザのメッセージにあった、『キャスト以外の人間』。これから出会う相手がそうかもしれない。

 

 「らぴ。」

 「ここか?」

 「もっと上。けど・・・。」

 

 レイは口籠る。

 

 「この先に、『何か』いる。」

 「敵、ってことか・・・。」

 「よし、全員得物をチェックしろ。セオリー通り、俺が前に出る。・・・行くぞ。」

 

 モンドは扉に手をかけた。



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第26話

 準備は完璧だった。戦術を誤ったこともなかった。敵を侮ったことも無かった。勝ちを急いだことも無かった。うぬぼれも無かった。

 

 「どうした?そんな程度か地球人!」

 

 あえて言うなら、想像が足らなかった。ラスボスよりも強い裏ボスクラスであろうな敵が、こんなところにいるなんて思いもよらなかった。初手で、全体攻撃の防御無視回避不可を放ってくるなど。

 

 「らぴ・・・。」

 「惨めだな、リープの子!こんな脆弱な生き物に絆されるとは。」

 

 地に跪くレイの放ったサイコレーザーをヤツは片手で弾き、その手で念力を放ってレイを掴み、残骸の山へ投げ飛ばす。

 

 「らぴ!!」

 「小動物が!」

 

 それを黙って見ていられるラッピーではない。チャージしたアストロキャノンを放つが、ヤツは虚空に黒い球を発生させ、アストロキャノンは渦に飲み込まれて消えていく。そしてその黒い球を放って、ラッピーの命を一つ削る。

 

 「ば、バケモンが・・・うぉおおおおお!!」

 「喧しいな。」

 

 モンドが放ったレーザーカノンが、ヤツの体に確かに当たった。が、ヤツは一切ダメージを受けた様子も見せずに、再び黒い球を打ち出す。

 

 「ぐぉおおおおお!!!」

 「モンド!」

 

 モンドの体がボロ屑のように宙を舞い、地に墜ちる。

 

 倒れているのはモンドだけでない。トビーも、美鈴も、地に伏して動かない。この二人は、最初の一撃でなすすべもなく粉砕され、物言わぬ骸と化していた。

 

 「さて・・・次は、お前だな?」

 「ひえっ・・・。」

 

 お前とは、固まっている遊馬のことである。とっくに遊馬のライフはゼロになっているが、ヤツにはそんな理屈は通じない。理屈どころか、あらゆる理を無視していると言っても過言ではない。

 

 なにせ、ヤツはこの『ダークリリィ』のルールが適用されていない。まぎれもなく『飛び入り参加』したキャラクターだ。

 

 この目の前にいるヤツについては、遊馬も知っていた。レイの物語、『エイリアンは恋ウサギの夢を見るか?』のエンドにおいて、二番目に最悪と考えるルートに登場する敵。二番目と言えば、『そんなものか』と思われるかもしれないが、その絶望感はおそらく最悪を上回る凶悪に位置する。ヤツとの戦いにおける敗北とはすなわち、エンディングにすら満たない『GAME OVER』なのだ。

 

 「バミューダ・・・。」

 「いかにも、俺が『バミューダ』だ。」

 

 顔の代わりに暗黒の穴が開いている、ロングコートを纏った巨漢。あまりの残虐性と危険性により『事象の地平(ブラックホール)』へと封印された『宇宙の魔王』。しかし、そのブラックホールの力すら手懐けて脱出してみせ、自身を封じたリープの子孫、すなわちレイ・リープへの復讐のために地球に追ってやってきた。それがバミューダだ。

 

 バミューダに勝つ方法はただ一つ。レイが自身の命と引き換えに、サイキックエネルギーを解放して再び封印すること。それがゲームの中で唯一の方法だ。

 

 「何かわからぬが時空嵐に巻き込まれたかと思った時はどうしたものかと思ったが、それもまあいいスパイスだった。なにせ、リープの子もこの宇宙に来ているとすぐにわかったのだからな。」

 

 「憎きリープの子を討つのもそれはいいが、それはそれとしてだ。面白い物があるじゃないか。」

 

 「手土産にこのレーザー砲を頂くとするよ。俺のブラックホールパワーで、時空連続体に穴を開ける『ブラックホール砲』を作ろうじゃないか。」

 

 倒れ伏した遊馬たちを尻目に、悠々とバミューダは自分の目的を語り始める。まるで演説を行うように身振り手振りを加えながら仰々しく。魔王とはいえ、やはり王様というわけか。しかしその政策は一般人な遊馬にはいただけない。

 

 「そのうえで、この宇宙を破壊しつくしてから、リープの星に凱旋と行こう。万来の悲鳴が俺を待っていることだろう。」

 

 こいつは一体何を言っているんだ。というのが普通な反応だろう。だが、そんなことをすれば地球もヤバいということはすぐにわかる。

 

 「だが残念だよ、実に残念だ。その様をリープの子に見せてやれないというのは。」

 

 「だがまあその前にこの星で出会えたお友達を先に逝かせてやるから、ヴァルハラでまた会えるから安心しろ。」

 

 「これはゲーム、これはゲーム、これはゲーム・・・。」

 

 一方遊馬は現実逃避を始めた。そう、これはゲームの世界。この世界の地球が滅ぼうが、遊馬の現実の地球にはなんの関係もない。

 

 「お前は何を言っているんだ?これは現実!フンッ!!」

 

 バミューダが手を上へと掲げると、にわかにステーションが揺れ始める。宇宙の魔王がその念力でもって、無理やりレーザー砲台を剥がそうとしているのだとわかる。

 

 「らぴ!」

 「これはゲーム、これはゲームなんだ!!」

 「らぴ!!」

 

 夢から覚めろと自分に言い聞かせる。ラッピーが何か言ってきているが、今の遊馬には何も聞こえてこない。

 

 「らぴ・・・。」

 

 そこからはもう、遊馬は目を閉じ耳を塞いだ。

 

 こんなクソゲーにはもう付き合ってられない。コントローラーを投げ捨てて、ゲーム機の電源を切るところだ。

 

 遊馬はめのまえが、まっくらになった。

 



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第27話

 んっ・・・。

 

 ビクッと体が跳ねる。目を開けると、そこには見慣れた天井があった。だが朝ではない、時計の針は午前2時を過ぎたところだった。

 

 夢か・・・。

 

 やけにリアルな夢だった。寝たままの手でカーテンを捲り、窓を開けるとにわかに柔らかな風が頬を撫でる。それがなにより僕を安心させた。

 

 「はぁ・・・びっくりしたな。」

 

 窓を閉めて寝返りを打つと、再び眠りに就こうとする。今度はいい夢を見れるように・・・。

 

 「・・・寝れないな。」

 

 心臓は未だにドキドキとしている。頭にはモヤがかってスッキリしない。

 

 こういう時何をするか。そう、ゲームだ。ベッドを抜け出して電気をつける。

 

 骨太でやり込み要素のあるアクションRPG『タイムライダー』にするか、謎を追いながらスリル満点なステルスアクション『レッドパーカー』もいい。あるいは、ここは癒し系横スクロールアクション『月ウサギのラッピー』もいい。

 

 (あれ、『おじょボク』がない?)

 

 棚の一つをゲームソフトがズラッと占有しているが、そこを眺めても『おじょボク』だけが見つからない。ゲーム機が置いてあるデッキも覗いてみたが、どこにもない。

 

 「まっ、いいや。どれにしようかな・・・。」

 

 タイムライダーはもう何周もしている。レッドパーカーのミステリーも一回クリアしてしまうとネタを知ってしまっておもしろくない。ラッピーは、子供のころから何回もやり過ぎて、やりつくしてしまった感がある。

 

 じゃあこれら以外だとすると・・・。

 

 「『エイリアンは恋ウサギの夢を見るか?』・・・これにしようかな、久しぶりに。」

 

 たまには泣くのもいいだろう。ディスクをハードにぶっこむ。お菓子とジュースを用意し、セリフ送りをオートにする。映画を見るような気分で楽しめる。さあ泣くぞ。一番泣けるルートを選ぶ。

 

 地球にやってきたレイは、主人公と交流を深める。その中で、レイは知らない感情を覚えた。ある人が言った。それは『恋』だと。レイはいつの間にか、地球と、そこに住む人々と、そして自分と深く交流する主人公を。

 

 しかし、それは地球人の一面に過ぎない。レイの母星、リープの星では、地球がいずれ宇宙の癌細胞となると判断し、地球を併合してしまおうという考えに至っていた。

 

 地球の併合、それはリープの星と同じく管理された社会となるということ。自由というものは、真っ先に無くなることだろう。

 

 それを阻止するため、レイは宇宙へ帰っていく。

 

 『サヨナラ、地球。』

 『また会おう、だよ。ううん、今度は俺がレイに会いに行く。』

 

 そうして、主人公を乗せた星間航行ロケットが出発するシーンで締めくくられる。

 

 拍手喝采、スタンディングオーベーション。観客は皆手にハンカチをとる。

 

 「・・・うーん、やっぱりいいな。」

 

 遊馬もまた、ひとしきり泣いた。ポテチを一袋開けて、ジュースもボトルの半分ほどを飲み干した。頬を伝う涙に、画面の光が反射する。

 

 だが矢張りと言うか、初めて見た時ほど心が震えない。出来ることなら記憶を消して一番最初から読み直したいとは、このことか。

 

 「出会いも別れも、どんな一瞬も一度きり、か。」

 

 昔、父がそんなことを言っていたことを思い出した。

 

 さて、あと2時間ほど日が昇ってしまうが、眠気が湧いてきた。すこしでも寝ることとしよう。寝る前にはトイレに行って、歯も磨きなおす。

 

 自分の部屋へ戻る前に、ふと父の部屋の前を通る。さすがにもう寝ているだろうが、そっと戸を開けて覗いてみる。

 

 (まだ起きてたか。)

 

 机に向かって、仕事を続けているようだった。まあ、在宅勤務でいつものことだ。

 

 父は作家である。男で一つで僕を育ててくれている。

 

 そんな父の仕事を邪魔せぬよう、静かに床に戻った。

 

 (一度きり・・・か。)

 

 今日という日は、一度しか来ないように、感動との出会いも一度きりしかない。

 

 『エイリアンは恋ウサギの夢を見るか?』には、いくつものルートがあるように、いくつもの顔がある。泣きゲーとして、ある時は大いに笑うコメディだったり、ある時は冒険の香り漂うスペースオデッセイであったり。

 

  遊馬が最初に見て、泣いた感動も、あの瞬間だけのものだった。だからこそ、遊馬はこのゲームを『泣きゲー』と評した。

 

 「バミューダの出てくるルートは・・・やめやめ、寝よう。」

 

 少し、夢の続きを思い出してすぐに忘れた。夢の続きを見ることなどそうそうない、もう遊馬には関係のない話だ、今度は夢を見ることもなく眠った。

 

 翌日。と言ってもほんの2時間ほどで、遊馬は目が覚める。朝食の準備をしなければ。

 

 「お父さん、は寝てる。」

 

 一仕事終えたのだろう、父はベッドに横になっていた。まあ、よくあることだ。起こすこともなく自分だけ朝食を食べると、もう一人分をラップをかけておいておく。

 

 「いってきます。」

 

 身支度を整え、鞄を手に家を後にする。今日はいい天気だ。道を歩いて、横断歩道を渡って、電車に乗って、学校へ向かう。

 

 (なんだろう、この違和感?)

 

 ふと、何かがおかしいと気が付いた。だが一体何がおかしいのかまではわからない。夜更かししたせいか、気のせいだろう。自分と同じ制服の学生も、車内にはチラホラ見える。彼らに何かおかしいところはない。きっと気のせいだろう。

 

 電車を降りて、また歩く。そこでも違和感がまた湧いてくる。今度はもっとはっきりと。

 

 (あんなビル、あったかな?)

 

 なんだか、街並みが違って見える。疑問が脳と心を占めてくるが、そんな不安から逃げるように学校へと歩みを進める。

 

 「ここ、だよな?」

 

 学校も、なんか違う。同じ制服の生徒たちが入っていくが、なんか違う。

 

 そして、その違和感の正体に至る。

 

 「なんで・・・美鈴がアイドルやってんの?」

 

 誰もがそのアイドルグッズをカバンにつけたり、スマホで情報を見ている。歩きスマホをとがめるよりも、まずそんな疑問が湧いた。

 

 「しかも、名前が『イングリッド・天野川』?いや、別人なのか?」

 

 遊馬も自分のスマホを取り出して、情報を集めてみる。しかし、ドノページを見ても出てくる名前と、遊馬の知っている美鈴としての情報が一致しない。しかし、その写真に写っている少女は、間違いなく西園寺美鈴で間違いないのだ。

 

 「しかも、これって・・・。」

 

 『カサブランカMk.Ⅱ』、遊馬の知っている純白のカサブランカとは違う、黒を基調とした後継機。その活躍が報じられている。アニメ情報サイトではなく、ニュースサイトで。

 

 「どう、どう、どうなってやがんだぁあああ!?」

 

 思わず、大きな声が出たが、すぐに口を押えた。そそくさと隅に移動して、引き続き情報を集める。

 

 『侵略者アダムとの戦争終結から17年』『英雄の娘、アイドルデビュー!』『露帝と米連合の争い激化』etc・・・そのどれもが、遊馬の記憶には無い『歴史』のニュースである。

 

 「なにが・・・どうなってんだ・・・。」

 

 みるみる内に血の気が引いていくのを感じた。どこかで何かが狂った。いや、狂ってるのは、自分の方か。

 

 まだ夢見てるんだろうか。それとも、夜更かししたせいで頭おかしくなってるんだろうか。まだ朝だけど、帰って寝よう。

 

 そう思い至った時にはすでに、来た道を戻って電車に揺られていた。

 

 行きの電車は非常に混んでいたが、戻りの電車はそれほどでもなく、普通に座席に座ることが出来た。しかし、夜更かしをしたというのにちっとも眠くはならない。代わりにスマホで情報を集める。

 

 (レベリオンの開発競争激化、人類同士の争い・・・僕の知ってるカサブランカのストーリーでもない・・・。)

 

 確かに、ラストではそういう顛末を示唆していたが、そうなる前に物語はエンディングを迎えた。

 

 気が付くと、遊馬は自分の家の前にたどり着いていた。父はまだ寝ているようだったが、置いておいた朝食は片づけられている。食べてまた寝たのだろう。遊馬も休もうと、制服の上着を脱いでベッドに横になる。

 

 ピンポーン♪

 

 しばらくして、家のインターホンが鳴った。こんな時間に誰だろう?と遊馬が玄関を開けた。

 

 「動くな!」

 「ひえっ!」

 

 直後、その行動の迂闊さを呪い、唐突さに驚かされた。いきなり武装した男たちが、玄関から突入して遊馬に銃を突き付けてきた。それと同時に、リビングの方から窓ガラスの割れる音がしてくる。

 

 「そいつを連れてこい、抵抗するようなら痛めつけても構わん。ただし殺すな、利用価値がある。」

 「了解、これより片桐和馬確保に向かう。」

 

 武装した男たちはどんどん増えていき、遊馬はグルグルと目が回り始めた。

 

 「おら、立て!」

 「ぐえっ!」

 

 直後に、脇腹に走る痛みが、これが現実であると主張してくる。遊馬は立たされて、二階、父の私室の前へと向かわせられる。

 

 「開けろ!お前は包囲されている!こちらには人質もいる!」

 

 銃を突きつけられながら、遊馬はその光景を見ている。

 

 やっぱり夢を見ているんじゃないだろうか。早くもそんな考えが脳をよぎる。先ほど蹴られた脇腹がまだジンジンとしているにもかかわらず、だ。

 

 「おい、何をしている。早く蹴破れ。」 

 「しかし、あまり手荒にすると・・・。」

 「生死は問わないという指令が下りた。」

 

 既に手荒なことをされているのですが。ざわっ・・・と武装集団にも不穏が空気が流れた。

 

 「よし、では突入するぞ・・・GOGOGO!」

 

 扉がショットガンで破壊され、武装した男たちが入っていく。家がドンドン壊れていく。生まれ育って17年にもなる愛着のある家が。

 

 直後、鉄の拳が飛来し、壁を突き破って男の1人を叩き潰した。

 

 「うわぁああああ!」

 「ヤツが来た!攻撃開始!」

 

 生き残った男たちは、手に持った銃でその拳を攻撃する。壁の向こうには、鋼鉄の巨人が見えた。

 

 「ひぇえええええええ!!!」

 「あっ!」

 「放っておけ!」

 

 が、遊馬は脱兎のごとくその場から遁走すると、自分の部屋に逃げ込み、ベッドに滑り込んだ。

 

 「なん、なんなんだよ!!この状況は!」

 

 もうわけがわからん。夢から覚めたかと思えば、まだ夢を見ているような状態で、いきなり襲撃を受けたと思ったら、ロボットが現れて・・・もう夢でも現実でもどっちでもいい、この状況から逃避したかった。

 

 こういう時はどうするか。そう、ゲームだ。

 

 しばらくして、銃撃の音もしなくなっていたことに気が付いたが、そんあことよりもそんなことだ。家そのものが揺れた結果、棚からゲームソフトのケースが落ちてしまっている。

 

 「!・・・これは!?」

 

 そのうちの一つ、ゲームソフトではない、携帯ゲーム機を見つけた。

 

 「ゲームPODネクス・・・。」

 

 夢の中で何度も見た、そのゲーム機に導かれるかのように手を伸ばす。

 

 途端、急に部屋が暗くなった。窓を見ると、先ほどのロボットがこちらを見ていた。

 

 『見つけた!』

 

 ロボットは何かを言った気がした。だが、それが何だったのかを判別する前に、遊馬はゲームPODネクスの電源を入れた。

 

 ゲームソフトは『ダークリリィ』、選択するのは【CONTINUE】



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第28話

 「うっ・・・。」

 

 体が重い。ダメージを受けている。

 

 あれは・・・あれこそが夢だったのだろうか?夢だとしてもなかなか意味が分からなかった。カサブランカのシナリオが歴史としてあって、カサブランカMk.Ⅱなんてものがあって、それに何故か美鈴がアイドルをやっていて、そしてなぜか家が襲撃された。

 

 ウチには強盗に入られるようなお金や高価な物はない。築20年でなかなかボロボロだったのが、さらにロボットとの戦いでめちゃくちゃにされていた。

 

 そして、何故美鈴がいたのか。名前は美鈴ではなくイングリッド・天野川だったが、あの顔つきや髪は間違いなく西園寺美鈴だった。僕のいた現実ともカサブランカとも全く関係が無いはずなのに、なぜいる。

 

 なにより、遊馬の現実と、カサブランカの物語が混ざったかのような・・・。これが一番意味不明だ。本当に夢のような話だった。

 

 まあ今はそんなことよりもだ。僕たちは、オービタルリングはどうなった?たしかバミューダはレーザー砲を貰っていくと言っていたが・・・。レイは?他の全員は気絶しているのか、ピクリとも動かない。

 

 体を動かせているのは遊馬だけだった。なんとか体を起こして、ゲームPODネクスを見る。ステータスを確認すると、全員のHPがゼロになっている。遊馬のアヴァターも同様にHPがゼロだが、今動けているのはプレイヤーとしての権限のおかげのようだ。

 

 しかし、そのステータス表示の中にレイはいない。もしや、いやそんなまさか・・・。藁にも縋る思いで、あたりを見回す。さっきまでバミューダの立っていた辺りの場所もよく探す。

 

 「あ、ああ・・・!?」

 

 しかして、見つかった。見つけてしまった。白い羽のような機械、レイが耳に掛けていたアンテナ、その残骸を遊馬は拾い上げた。

 

 「そんな・・・レイ・・・。」

 

 頭をブン殴られたような衝撃が響き、脳が理解することを拒む。

 

 けれど、今わかった。これは紛れもない『現実』だと。この胸を貫くような哀しみ、心を引き裂くような痛みは『本物』だ。手に乗っているものの重さと、わずかに残った体温が伝えてくる。

 

 遊馬には、この哀しみに憶えがあった。あの時だけの『一度きり』の『一瞬』だったはずだった。

 

 「くっそぉおおおおおお・・・ううう・・・。」

 

 そして遊馬には、この無力感にも憶えがあった。あの時は、たしか自分がその場にいてやれたら、自分にも何かが出来ればと思っていたっけ。

 

 けど、それがどうだ。いざ目の前にして、自分は何をしていた?怯え、竦み、現実を見ようとしなかった。その結果がこれだ。

 

 自分は、決して諦めてはいけない『プレイヤー』だったのだ。

 

 そしてプレイヤーは、どんなに辛い展開でもボタンを押さなければならない。

 

 レイの遺したアイテムが、遊馬のインベントリに入ってくる。それを見てまた泣いた。

 

 入ってる、インベントリに、『地球の観察レポート』。

 

 しかし、それを確認する間もなく、異変は起こる。

 

 「おっ・・・なんの揺れ?!」

 

 揺れるはずのない宇宙が、金切り声を伴って震える。それは断続的であったり、時には逆方向に捻じ曲げられるように。

 

 そんな異変がしばらく続くと、ついに決定的な何かが破断するかのように、大震動が遊馬を襲う。

 

 「今のは・・・まさか!?」

 「Show must go onだよ。」

 「トビー!みんな起きたの?!無事?」

 「無事では・・・ありませんわ。」

 

 イベントの進行に合わせてみんな目を覚ました。が、体力は依然ゼロのまま。戦うことはできない。

 

 「一体、何が起こっている?」

 「ヤツが、バミューダがレーザー砲を奪ったんだ。物理的に。」

 「取り外したってこと?」

 「もっと強引にもぎ取ったんだ。そういうヤツなんだ。」

 「となると、悪党のやることのお決まりに乗っとれば、次は・・・。」

 「うん、地球を攻撃するつもりだ。」

 

 それも、わざわざ奪ったレーザー砲を使って。そんなことしなくても、自身のブラックホールの力を使えばいとも簡単に地球の一つや二つを消し去ることも出来ただろう。けれど、それじゃあツマラない。地球人の作った兵器で、地球を滅ぼす、そんなことを愉しみとしているのだ。

 

 「なんとかして止めないと!」

 「どうやって?」

 「誰が?」

 「とりあえず復活アイテムはひとつだけある。」

 

 ラッピーがスキルで出した『パワーDEシャカリキ』、これでワンナップすれば復活できる。 

 

 しかし、正面から克ち合っても勝負にすらならないというのは証明済み。なにか秘策が無ければ。

 

 「何か使えるアイテムが・・・ない。」

 「本当に?」

 「本当にない。」

 

 レイが遺したアイテムも、地球のレポートの他には『宇宙食』しかない。ラッピーがもう一度『アストロノーツ』になれるが、それも効かなかった。

 

 「そうだ、ラッピーならどんな攻撃も1ダメージに抑えられる。」

 

 そういえば一番最後まで生き残っていたのはラッピーだった。が、それだけでは押し切れない。

 

 「どうする・・・レーザー砲をどうにかしてブチ当てるか?」

 

 本来なら、レイが命懸けで再封印するという展開だったのに、肝心のレイがやられてしまっては・・・。既に手詰まりだ。

 

 「らぴ・・・!」

 「ラッピー・・・。」

 

 だがラッピーはやる気だ。

 

 「わかった、ラッピーが戦ってくれ。」

 「いいの?」

 「ラッピーがやるって言っている。」

 「らぴ!」

 

 らぴ語でも何が言いたいか、誰にでもわかった。

 

 「よし、ラッピー、回復だ!」

 

 『ラッピーはよみがえった!』

 

 あとは、この宇宙食を使ってもう一度『アストロノーツ』に変身させる。

 

 その時、初めて気づいた。一発逆転の秘策、勝ち筋が。それもとびっきりの。



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第29話

 「この星もまもなく消えてしまう・・・。」

 

 そう、オービタルリングの遥か上、もぎ取ったレーザー砲に自身のエネルギーを注ぎ込みながら呟く。その言葉には、一切の未練も惜しさも感じられない、ただこれから起こることを淡々と表しているだけだった。

 

 宇宙の魔王バミューダは、生れ落ちた時より『渦』の中にいた。しかし同時に、自分がいる場所が『中心』ではないともわかっていた。

 

 自分はリープの星の兄弟星で生まれた。他者より秀でていて、若くして星の王となった。だが、それだけで自身の内に溢れる『闇』を抑えることは出来なかった。そうして星が滅ぶまで時間はかからなかった。

 

 そして、仇敵たるリープがやってきた。いくつもの星をも巻き込んだ死闘の末、自身はブラックホールへと封印された。

 

 その封印から解放され、この銀河の辺境の星にリープの子を追って現在に至るのだが、1つ気づいたことがある。

 

 今言ったこと以外の記憶が、自分には無い。単純に覚えていないというわけではない。本当に『それ以外の記憶』がない。幼少期はどんな食事をしていたのか。あるいは、星の王となった時、周囲にはどんなニンゲンがいたのか。またあるいは、封印されていた間自分は何を考えていたのか。

 

 そして自分はなぜこの星にいるのか。いや、この『宇宙』と言うべきか。ありていに言えば、この宇宙は隔絶されていると言っていい。少なくとも、この宇宙にリープの星はない。それどころか、あのリープの子と、その仲間以外に生命を感じられない。

 

 そこでひとつしまったなと思った。その辺りを問いただす前に全員殺してしまったとあっては、情報源の一つを自分で潰してしまった。

 

 そうして、そんな行動を起こしたこと自体が、不思議でならない。

 

 話が逸れた。とにかく、自分の知らぬところで、因果めいた力が及んでいると、どうしてだろうか考えられてしまう。人並外れた叡智と力を持っているが故か、あるいは事象の地平の裏側を見たが故なのか。

 

 おそらく、これは『呪い』だろう。生まれ持った『運命』に付随する、『呪い』。

 

 ・・・そういえば、先ほど『渦』について述べたが、あのリープの子はその渦の中心に近い存在だと、なんとなく感じ取った。そしてその仲間たちもまた・・・。やはり殺してしまったことが悔やまれる。

 

 「らぴぃいいいいいいいいいいいいい!!!!」

 

 と思ったが、あの一番しぶとかった小動物がやってきた。どういうわけだか生きていたようだ。これは僥倖と見るべきか。

 

 いや、おそらくだが自分はここで負ける『運命』だろう。それを直観できてしまい、さらに受け入れられてしまうのは『渦』が見えるからだろう。やれやれだ。

 

 あの小動物はいま、まさに、大渦の『中心』にいるのが見える。

 

 「行けーラッピー!!」

 

 アストロノーツとなってブースターを吹かすラッピーの、その後を追うようにキャロケットに乗ったパーティメンバーたちが応援する。

 

 「らっぴぃいい!!」

 「フン!」

 

 ここからはラッピーの独壇場だ。ラッピ-のゲームの最終面には、あるひとつの特色がある。

 

 それは、最終面のみ『シューティングゲーム』になるというお約束だ。ラッピーは手に持ったキャノンを乱射しながら、バミューダの放ったブラックホールを高速バレルロールで躱していく。

 

 「いいぞー!その調子だ!」

 

 作戦はただ一つ、最接近して、レイの遺したアイテムを使う、それだけ。

 

 「やれやれ、何をしたいのかさっぱりわからんな。」

 

 バミューダは様々な弾幕を張って接近を妨害してくる。しかし、その様子はどこかしらけ気味だ。

 

 「らぴっ!らぴ!!」

 

 その弾幕の間を縫うように、ラッピーは飛行する。それがバミューダの心にどう作用したのか、弾幕に緩急をつけてくるようになった。

 

 「ほう、やるもんだな。」

 「らっぴ!」

 

 ブラックホール弾に続いて黒色光線を放ってくるが、ラッピーはスピードを緩めない。

 

 「これは面白い遊び相手だな。これならどうだ?」

 「りぴ・・・!」

 

 バミューダは重力波を放ってきた。一切の隙間が無く、回避不可能の攻撃にラッピーは被弾する。1のダメージ!

 

 「フハハハハ!どうしたどうした、そんなものか?」

 「らぴっ・・・りぴぴぴぴぴぴ!!」

 

 「がんばれ!もう少しだ!」

 

 あと少し、あと少しで有効射程に入る。しかし、なおも回避不可能の攻撃が続く。そしてついに・・・。

 

 「らっぴ・・・。」

 「あっ、変身が・・・。」

 

 解けてしまった。ブースターを喪い、失速するラッピー。

 

 「フン、やはりこの程度か。」

 

 よくやったと褒めてやりたいところだが、生憎とバミューダはそういう言葉を知らない。では代わりに、最上の一撃でもって葬ってやろう。

 

 「さあ、記念すべきブラックホール砲の、その第一射をその身に刻むがいい。」

 

 地球を狙っていた砲身が、ラッピーの方へ向くと撓むに撓んだエネルギーを解放させる。

 

 「うぉおおおお!押せぇええええ!!」

 「ラッピー!」

 

 「・・・らぴ!」

 

 力を失ったラッピーの背を、キャロケットが押す。ロケットの推力を得たラッピーはぐんぐんと加速していく。

 

 「はっ、全員仲良く、今度こそ死んでヴァルハラへ逝け!」

 

 真っ黒のエネルギーが、巨大なパラボラより放たれる。

 

 「今だ!」

 「レイ、君の力を!!」

 

 遊馬は、プレイヤーのスキルでラッピーにアイテムを使用する。掲げるのは、レイの遺した『宇宙食』。

 

 「ハッ、今更そんなものが何になるというのか!」

 

 「それは、お前が知らないだけだ!」

 

 ケースから取り出されたのは、小さなトゲの生えたような小粒の砂糖菓子。

 

 「レイにとってはただの『宇宙食』でも、日本人には『コンペイトウ』って名前があるんだ!」

 

 「それが、どうしたというのだ!」

 

 

 「らぴ!」

 

 ラッピーには、これが大好物だ。30粒も食べた日には、大興奮待ったなしだ!

 

 「『ムテキフィーバーノバ』!!!!」

 

 白い毛玉のラッピーの体が、金色のメタリックスパイクに変わり、スピードをぐんぐん上げていく!

 

 「なんだと!?」

 

 「らぴぴぴぴぴぴぴ、らっぴぃいいいいい!!!」

 

 ブラックホール砲の波を切り裂いて、黄金の流星は漆黒の宇宙を駆ける。

 

 「おのれ!小癪な!!」

 

 バミューダはバリアを張る。それは事象の地平そのものであり、3次元の物体には干渉することすらできずに、微塵に消しとぶという恐ろしいものであった。

 

 「らっぴぃ!!」

 

 「なん・・・だと・・・?!」

 

 だが、そんなもの『無敵』には何の意味も持たなかった。

 

 ラッピーの突撃は、一瞬のうちにバミューダの体と、レーザー砲を同時に貫いた。

 

 「こんな・・・まさか・・・リープの星を滅ぼす願いすら叶えられずに・・・この・・・俺がぁあああああああ!!!」

 

 ラッピーの貫いた孔から、ブラックホールのエネルギーが溢れ出し、メキメキとバミューダの体と、レーザー砲の残骸を内側へ折り込んでいく。

 

 「うぉおおおおお!巻き込まれるぞ!」

 

 ずんずんと闇の穴が、道連れにせんとキャロケットを飲み込もうと拡大していくが、金色の流星がそれを遮る。

 

 「ラッピー!」

 「らぴぴぴぴぴぴぴぴぴゅい!」

 

 ブラックホールの周囲をラッピーが飛びまわり、跡に残る光の軌跡が輪となってブラックホールを包んでいく。

 

 そうして光の幕にブラックホールが見えなくなると、空気の抜けた風船のようにしぼんでいき、最後にはパッと花火のように破裂した。

 

 「終わった・・・のか・・・。」

 「らぴ!」

 「ラッピー・・・お疲れ様。」

 「こんなに至近距離で超新星爆発が見られるなんてね。」

 

 ラッピーの起こしたスーパーノバのかけら、その一粒一粒はまた新たなコンペイトウとなるのだった。

 

 「いや、まだ終わってない。」

 「そうだね、まだ、最後の仕上げが、弔いが残ってる・・・。」

 

 キャロケットは、半壊したオービタルリングに舵を切る。



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第30話

 彼女とは、一緒に居た時間は非常に短かった。彼女の全てを理解していたとは、とても言えない。

 

 「それでも彼女は私たちの・・・友達でした。」

 

 オービタルリングの、宇宙港の一角を借りて、遊馬たちの会合が行われている。

 

 「ヤツに奪われていたこの船を今、君に返そう。」

 

 そこは、彼女があれほど望んでいた宇宙船の中。中央のガラステーブルのような端末に触れれば、プラネタリウムのプロジェクターのように星図が投影され、目的地まで運んでくれる。

 

 しかし、その機能はもはや意味をなさない。持ち主たるレイ・リープは、もうこの世には・・・。せめて、唯一残されたこのイヤーカフだけでもあるべき場所へと戻そう。

 

 「らぴ・・・。」

 「う・・・ひぐっ・・・。」

 

 ガラステーブルに彼女の遺品を置いたとたん、遊馬の心の奥底から熱を帯びた感情が込み上げてきた。

 

 「僕が・・・僕が・・・現実を見ていなかったせいで・・・ごめん・・・ごめんね・・・。」

 「遊馬さん・・・。」

 

 遊馬は、手をついて謝った。その様を見ても、誰も何も言わな。いや誰も声を掛けられない。

 

 「アスマ・・・、キミだけが悪いわけじゃない。ボクらには確かに何かできたかもしれない。けど、現実に無理だったんだよ。ボクらがやるにも、彼女一人が背負うにも、あまりにも大きすぎた。」

 

 レイが命を懸けたからこそ、今がある。ベストではなくとも、ベターなエンディングが。本当に敵は強大過ぎた。

 

 「クラックが、見える。」

 

 そっぽを向いて目を閉じていたモンドが、そう言い放った。

 

 「何の話?」

 「クラックだ。俺の世界に現れた、時空連続体に開いた裂け目。それが、この衛星の先に見える。ヤツはその先から現れたのかもしれない。」

 

 地球から3万5千km離れる、オービタルリングよりもさらに上。地球より10万kmの地点には、ケーブルを張り、維持するための重し『カウンターウェイト』が存在する。ちょうどその辺りに、星雲のごとく妖しい光を放つ時空の裂け目があるのだという。

 

 「あそこが、様々な宇宙とこの世界を繋げているのだろう。」

 「だから?」

 「・・・仮にヤツが勝っていたら、レイの宇宙だけでなく、様々な宇宙にヤツの魔の手が伸びていてたことだろう。」

 

 いわゆる、並行世界の危機というやつだった。それを未然に防ぐことが出来ていた。誰からも感謝されることはないだろうけど。

 

 「つまりだ・・・レイの死は無駄なんかじゃない。レイはあらゆる宇宙と並行世界を救ってくれた。」

 

 そこまで一気に捲し立てると、ふぅと息を吐いてモンドは目を伏せた。

 

 「すまん、こういうのはガラじゃないとわかってはいるが、それしか俺には言えん。」

 

 モンドなりの労りと慰めの言葉だったのであろう。それ以上はモンドも何も言わなくなった。

 

 「みんな、もうお別れはいいかな?」

 「ええ・・・。」

 「じゃあ、送り出してあげようか。」

 

 全員が船から降り、最後の見送りの準備に移る。

 

 目の前には、ステルスを解かれて白い翼のようなフォルムを見せている。

 

 「じゃあ、出棺だ。」

 「・・・さようなら、レイ。」

 

 トビーは自前のハーモニカを取り出して賛美歌を贈ると、跡のメンバーは白い翼の箱舟を宇宙へと押し出す。

 

 ふわり、と軽い感触でもって見送りに応え、空気遮断シールドを突き抜けた彼女の魂を乗せた白い翼の箱舟は、宇宙を羽ばたく鳥となった。

 

 

 

 【QUEST CLEAR】

 

 ランク:B 『宙に羽ばたく』

 

 

 

 ゲームPODの画面にそんな表示が出るが、未だ心は宇宙へ飛んで行った鳥に向けられている。

 

 「帰ろうか、地上へ。」

 「うん・・・。」

 

 思えば、まだ冒険の途中だった。これはあくまでサブクエストでしかない。この大いなる寄り道で得た物は何か、失った物は何か。

 

 少なくとも、手元に残ったのはレイの地球観察レポートだけだ。せめてこれだけはと、遊馬が我儘を言って手元に残させてもらった。

 

 言葉も少なく、キャロケットに乗り込んで地球へと舞い戻る。

 

 「ちょっと、来い。」

 「モンド?」

 

 宇宙へと飛び立った時と同様に、花畑へと着陸したところで、モンドが1人先に歩き始めた。

 

 「食え。」

 

 行先は食堂だった。そこでモンドはいつかと同じように、ラーメンを作って振舞った。

 

 「・・・・ん、ンマイよ。」

 「おいしい・・・ですわね。」

 「そうか。」

 

 ラッピーも黙って食べきった。

 

 「わざとマズく作ったつもりだったんだがな。そうか、ウマいか。」

 「ごめん、本当のことを言うと、そんなにおいしくはない・・・かな?」

 「ええ、前よりヒドイ気がしますわ・・・。」

 「なら、笑えよ。」

 「はは、ははは・・・。」

 

 ひどく掠れた笑い声が出た。

 

 「うん、マズいな。自分で作っておいて感心するほどに。」

 

 モンドも自分の分を食べて呻く。

 

 「こんなもん、好き好んで食うのはエイリアンぐらいのもんだ。」

 

 「もう一回食わせてやりたかった。」

 

 箸を置いて、一言呟く。

 

 「ご馳走様。」

 「ごちそうさまでした。」

 

 しばらくして、全員が完食した。

 

 「これから、どうする?」

 「・・・。」

 「アスマ?」

 「ひとつ、いいかな?」

 

 全員の視線が遊馬に集まり、少したじろぐが、意を決して遊馬は打ち明ける。

 

 「僕・・・今いるこの世界が、ゲームだって、所詮はゲームだって思ってた。」

 

 ズキリ、と視線が突き刺さるが、遊馬は構わず言葉を続ける。

 

 「正直言うと今でも、そう思ってる。ゲームPODにはそう書いてあるし、バトルがどうとか、スキルがどうとか、そういう風にしか思えないし。」

 

 ゴト・・・とゲームPODネクスをテーブルの上に置く。にわかに叩き壊してみたいという思いに駆られるが、それも置いておくとして。

 

 「でも、今わかった。この気持ちは紛れもなく僕の中で生まれたものだ。ゲームか現実かどうかなんて関係ない。まぎれもなく僕は、ここで生きてるんだって。」

 

 今起きているのか、それとも寝ているのかは、起きてみるまで分からない。

 

 ゲームは『現実』で『プレイ』しているものだから。ゲームも現実も、同じ時間の上にある。

 

 「だから、うまく言えないけど、僕はこの『現実』を全力で『プレイ』する。」

 

 それが僕の、ゲーマー宣言。

 

 「・・・いんじゃない?アスマが本気なら。」

 

 トビー、いつも背中を押してくれる。でも時にはブレーキもかけてくれる。

 

 「それがお前が、自分で考えて決めたことなんなら、俺は何も言わん。」

 

 モンド、頼りになる男。強くても、同時に優しくもある。

 

 「らぴ!」

 

 ラッピー、カワイイ顔して一番強力なやつ。何を言いたいのかは、言われなくたってわかる。

 

 「私にも・・・出来ることってあるでしょうか?」

 「じゃあ、今度はミスズが見つける番だね。」

 「・・・僕が思うに、美鈴はとても重要な存在だと思う。」

 「根拠は?」

 「・・・また言いづらい話なんだけどね。」

 

 よし、隠し事はやめよう。今まで黙っていたことは正直に言う。美鈴がまだ自分の目標を見つけられていないなら、今度は僕が助けるんだ。

 

 だって、共に生きてる仲間なんだから。



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キャラクター設定①

 30話時点での設定、まだ表に出ていない裏設定などを纏めています。これからも増えると思う。

 とりあえず仲間になったキャラクターだけを紹介


 片桐遊馬(かたぎりあすま)

 年齢:17 おうし座

 身長:168cm

 趣味:ゲーム、創作料理

 好きな食べ物:肉類、特にトンカツ

 

 ・『現実世界』の普通のゲーム好きの高校生。

 ・自分の事をごく普通の高校生だと思っているが、本当にその通りで、特別学校の成績が良かったりはしないし、モテたりもしない。部活はしていない。

 ・正直ゲームの知識とゲームPODネクスが無ければ、パーティの中ではただのお荷物にしかならなず、なかなかハラハラとした心持をしている。

 ・『ダークリリィ』の中ではゲームの知識を披露するが、それが有効にふるわれることは少ない。一人用ゲームばかりしているので、対人、あるいは不測の事態に弱い。

 ・でもなんだかんだリーダーとして頼られてはいる。

 

 

 ・小学生の頃に母は離婚し、父と二人暮らし。母にはよく『ダメな子』と叱られていたため、自分の事をよく卑下することがあり、同時に他人の心が自分から離れていくのを恐れ、他人の顔色を窺うようなことをするのも少なくはない。

 ・父は作家、脚本家で仕事が忙しく、家に居ても話をすることが少ない。ゲームだけはよく買い与えられていたので、ゲームが友達だった。ただ父の仕事の邪魔になるので、家に友達を呼ぶことは少なかった。

 ・その友達とも、進学するにつれて別の学校に行ったり、部活に入ったりで疎遠になっていく。

 ・『改変された現実』に戻った際、普通に登校しようとしていたが、実は『元の現実』では引きこもりになっていたので、登校しようとしている時点で改変の影響を受けている。

 

 

 

 

 

 モンド・ムラサメ(村雨主水)

 年齢:25ぐらい(記憶喪失のため)

 身長:182cm

 趣味:カメラ撮影

 好きな食べ物:とくになし

 

 ・アクションゲーム『タイムライダー』の主人公。長身痩躯で黒髪、ロングコートの下に武器を下げている。

 ・目が覚めると、自分が何者なのかを含めた一切の記憶を失っており、タイムライダーの資格証兼、タイムライダーの装備である『クロノバインダー』と、不可思議なメッセージ『赤い瞳を探せ』という書置きだけが残っていた。

 ・パーティの中では最も体力と力に優れており、タンク役として役に立っている。また、空白の時間を嫌う(短気)なせいか行動を率先して起こそうとする。

 ・右手が義手で、そこから出すレーザーキャノンが主武装。こういった武器は、タイムライダー隊の技術主任『ドク』によるものが多い。

 

 

 ・タイムライダーの舞台となる未来世界では、時空連続体に孔『クラック』があき、様々な時間に繋がった『混迷時空』にある。

 ・時空犯罪者とは、そういった繋がった時間の先で『タイムライダー法』を犯す者たちを指す。中には1つの時間を植民地支配するなど、大規模な犯罪を企てるものもおり、タイムゲドンもその一つである。

 ・タイムライダー法とは、その名の通り、タイムライダーのタイムライダーによるタイムライダーのための法律である。未来世界に非常に強固な支配を実行しており、なかなかの悪法でもある。

 

 

 ・実はタイムライダー隊とは敵対する時間犯罪組織『タイムゲドン』の幹部候補であり、タイムライダー隊の壊滅任務に当たっていた。

 ・そのために、新人隊員の『本物のモンド』に成り代わっていた。本当の名前は『ハル・ブリード』。

 ・本当は記憶を保ったまま任務に当たるつもりであったが、ハルを快く思わない上官『アグロ大尉』によって記憶と右腕を奪われいていた。

 ・父親はタイムドグマの科学者幹部『ケネス・ブリード』で、失われたハルの右腕を作った。ケネスの理想は、タイムゲドンと、その他の時空犯罪組織を纏め上げ、秩序をもたらす『悪のカリスマ』の擁立であり、ハルこそが相応しいと考えていた。

 ・記憶喪失のタイムライダーが、正義の味方『モンド・ムラサメ』になるか、悪のカリスマ『ハル・ブリード』となるかは、プレイヤーの選択に委ねられる。

 

 ・それはそれとして、『ダークリリィ』の世界にやってきたのはタイムライダー隊員として活動し、メキメキと頭角をあらわしてきている頃のモンド。自身のルーツよりも、目の前の平和のことを考えている頃なので、突然の遊馬によるネタバレには面食らった。

 ・未来世界での食事は、大抵栄養チューブでまかなっていた。そのため、『現代』がベースにあるダークリリィ世界にやってきてからは、料理というものに触れてカルチャーショックを受けている。

 

 

 トビー・ホランド

 年齢:22 みずがめ座

 身長:178cm

 趣味:ハーモニカ

 好きな食べ物:マスタード入りのハンバーガー

 

 ・アメリカの探偵コミック、およびそれを原作とするアドベンチャーゲーム『レッドパーカー』の主人公。若き科学者で、専攻は薬学、物理学。赤いパーカーにジーンズ、の下に強化服を纏っている。

 ・自身の発見した、生物の特性を強化する粒子『ソルガンマ』が、何者かによって奪われ、それを使った犯罪の濡れ衣を着せられたトビーは、遺されたわずかなソルガンマを浴び、自身の手で解決することを決断する。

 ・ソルガンマによって『人間』の特性を筋力や頭脳が強化されているほか、開発したガジェットや防護服で身を固めている。

 ・主に使うのは、鋼鉄の20倍の強度があるワイヤーを、100m撃ち出すワイヤーガン。筋力をさらに高めつつ、身体への反動ダメージを抑える『サスペンションコート』。

 ・パーティの中では、遠距離攻撃を主とする。また、遊馬の意見を纏めたり、考えを後押ししたりするなど、ムードメイカーとしての役を持っている。ただしモンドには挑発的。

 

 ・ソルガンマを浴びた生物は、興奮状態になると体が発光するようになる。それを隠すためトビーはフードを被っている。赤いパーカーはトレードマークになっている。

 ・ソルガンマを発見・研究することには危険が伴うとも判っていながら、それでも好奇心から研究を止められなかった。その贖罪を兼ねて、戦いに身を投じている。

 ・だが、好奇心や、テクノロジーへの探求心は止めようがなく、たびたび自身の行いのせいでトラブルを起こすマッドサイエンティストとしての一面もある。特にタイムライダーの未来世界への関心は高い。

 

 ・敵はソルガンマを奪ったライバル科学者の『アルフレッド』。最初はトビーの研究を危険視して止めようとしたのが発端だったが、その力に触れた途端に、破壊衝動や欲望が暴走。様々な生物を実験強化しては、町に放って強盗や破壊活動を行っている。

 ・しかし、ソルガンマを浴び続けた結果なのか、アルフレッドの肉体は崩壊して余命1年になってしまう。トビーの場合は浴びた量が少なかったせいか、それともソルガンマへの適正があったのか、不明。

 

 ・原作はゲームではなくアメコミで、非常に長い歴史を持っている。長い歴史の中で、テコ入れとして様々な事件が起きている。先述のアルフレッドの衰弱もその一つである。

 ・仕事と恋愛のどっちをとるかで結局仕事を優先して破局したり、さらに力を求めた結果老いたり、自分とそっくりなやつが現れたり、あるいは一時期死んでいた期間すらある。

 ・また長期連載に反して年齢は一切上がっていない、いわゆるサザエさん時空でもあるので、実年齢以上に達観しているところがある。

 ・ダークリリィの世界に来たトビーが、一体いつの時代のトビーなのかは遊馬にはイマイチ掴んでいない。服装から察するに2000年代からだとは思っているらしい。

 

 ・趣味のハーモニカは叔父さんからの受け売り。一人でいるときはよく吹いている。

 ・ソルガンマによる肉体変化の影響なのか、味覚や痛覚がやや鈍感になっており、辛い調味料、特にマスタードをついかけすぎてしまう癖がある。(そもそもアメリカ人って味付けが濃いイメージがあるけど。)

 

 

 

 西園寺美鈴(さいおんじみすず)

 年齢:16 さそり座

 身長:162cm

 趣味:占い

 好きな食べ物:お刺身

 

 ・恋愛アドベンチャーゲーム『お嬢様とボーイとクリスタル』のサブヒロイン。(パッケージヒロインではない。)銀に近い金のロングヘアーで、白い上下一体の制服を着ている。

 ・主人公が二番目に会うことになるヒロインで、舞台となるお嬢様学校『フェニクス女学院』の理事長の娘で、風紀委員でもある。

 ・主人公とはクラスメイトになり、席も近くて自然と仲が良くなる。他のヒロインのルートにも割とよく出てくるが、風紀委員ということもあって敵対的になることもしばしば。

 ・反面専用ルートではかなり甘い性格を見せる。近しい人間には気をゆるすタイプである。また、心を許した相手にはワガママになりがち、と他のヒロインのルートでは見せない顔も見えてくる。

 

 ・『お嬢様とボーイとクリスタル』通称おじょボクのストーリーは、4月の入学に始まり、8月に主人公の性別バレイベント(ルート確定イベント)、12月にクライマックス、3月にエピローグと、長いスパンをかけている。

 ・主人公の性別は当然男。だが非常に可憐で一見すると誰も男だと思われない。わけあって進学先に困ることとなり、親のコネでフェネクス女学院を受験して、不本意ながら見事合格。

 

 ・ダークリリィにやってくる前は、多分7月ごろのまだ主人公の性別がバレる前だと思われる。

 ・そのころは風紀委員としてキビしくなる前なので、まだ甘い性格をしている。

 ・パーティメンバーの中では頭脳担当、と言うかアイデア担当である。彼女のアイデアが、遊馬の知識を引き出すこともある。

 ・しかし、それを差っ引いてもステータスは非常に低い。元々アクションとは無縁なノベルゲーであるが故致し方なし。

 

 ・遊馬の見た『改変された現実』の世界では、彼女そっくりなアイドル『イングリッド・天野川』が存在している。勿論物語のキーとなる、予定。

 ・そんなわけで現状語るべきところが少ない。

 

 

 ラッピー

 年齢:わかんない

 身長:50cmぐらい

 趣味:食べること、お昼寝、サッカー

 好きな食べ物:お菓子全般

 

 ・横スクロールアクションゲーム『月ウサギのラッピー』の主人公。白い毛玉のような姿のウサギ。長くて先端が赤い耳が特徴。

 ・お菓子の国『シュガラーワールド』の月、『ケーキムーン』からやってきた不思議なウサギ。

 ・様々なお菓子を食べることで変身できる。特技は二段ジャンプと、キックで敵の攻撃をはじき返す『パリィ』。変身していない状態だとパリィで戦うしかない。

 

 ・お菓子による変身の一例として、キャラメルでハンマーを装備し、宇宙食で宇宙服を着たアストロノーツに変身している。宇宙食ってお菓子か?と思われるだろうが、ペーパー〇リオRPGに出てきた「うちゅうしょく」がお菓子っぽい見た目(というか『おかしのもと』が材料だった)のでお菓子としました。

 ・他、コンペイトウを30個集めると無敵になれる。無敵状態は10秒ほどしか持たないが、無敵状態なら当然あらゆるダメージを無効で、どんな敵も一撃で倒せる。

 

 ・今は語ることが少ない。けれど、ただのマスコットには出来ない活躍の場が用意されているので乞うご期待。

 

 

 レイ・リープ

 年齢:数千?数万?不明

 身長:160cm

 趣味:天体観測

 好きな食べ物:なし

 

 ・『泣けるゲーム教えろ』スレで毎回必ず上がるゲーム筆頭、アドベンチャーノベルゲーム『エイリアンは恋ウサギの夢を見るか?』のメインヒロイン。天の川だけにミルク色の髪に、青と赤の銀河のように輝く瞳、服装は舞台である『さつき台高校』の女子制服。耳には羽のようなイヤーカフを着けている。

 ・地球から離れること12万光年に位置する『リープの星』の宇宙調査員の少女。レイに限らず、リープの子(リープ星人)は強いサイキック能力を持ち、この力で宇宙の秩序を守ろうと活動している。

 ・リープの子らは、『宇宙の鳥人』と呼ばれており、鳥らしい意匠があちこちに施されており、宇宙船も白い翼のような姿をしている。

 ・地球には、当然地球人の観測のためにやってきたが、諸事情で宇宙船を失くしてしまったところを、主人公と出会う。宇宙船を失う理由は、ルートによって異なる。

 ・ルートによっては最終的に地球に居ついたり、宇宙へ帰ったり、結末もさまざま。そしてルートによっては熱いバトルになったり、コメディになったり、感動ものになったりと、見せる顔も様々。

 

 ・ダークリリィの世界には、オービタルリングよりもさらに上に開いたクラックを通ってやってきた。宇宙船はバミューダに奪われていた。

 ・バミューダの戦いの最中、刺し違えて再封印するのも原作のルートの一つであったが、この世界では今一つ力が及ばなかった。



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第3章
第31話


 「おい、返事しやがれ。ネタは上がってんだ。」

 「はぁ・・・どうしてキミはそう威圧的な対応しかできないのかね。」

 

 グラウンド地下の施設に鎮座しているカサブランカの前でモンドが吠えながら、拾った鉄パイプで叩くカンカンという音が響いている。

 

 「なにか反応ありますの?」

 「ない。」

 「ええい・・・本当にコイツが喋ったんだろうな?」

 「そうで間違いないとは思うんだけど・・・。」

 

 ゲームPODネクスを携えた遊馬がその後ろで首をかしげる。

 

 さて、何をやっているのかと言うと、遊馬がカサブランカのヒロイン『エルザ』と交信したことを仲間たちに伝えたところ、こうして全員でその真意を問いただしに来たというわけだ。

 

 「エルザさん、エルザさん、どうぞおいでください。」

 「そんなこっくりさんじゃないんだから。」

 「とりあえずもう一回乗ってみるってのはどう?」

 

 このままだとモンドがカサブランカをスクラップにしかねないので、早々に手を打たなければならない。

 

 「どう?」

 「・・・おっ、来た来た。スイッチをいじればいいのかな。」

 

 乗り込んだところで、さっそく反応があった。言われるがまま、カサブランカの動力スイッチを押すと、駆動音と共にシステムが立ち上がる。

 

 「なになに、右のレバーを手前に引きながら、左のペダルを押し込む?」

 「動かし方か?」

 「で、左足はそのままに、右のレバーを前に倒すと・・・。」

 「ぐほぉっ!!」

 「・・・って、あれ?」

 

 右腕を振り下ろして、目の前に立っていたモンドをハエのように叩き潰した。

 

 「な、なにしやがるこの野郎・・・。」

 「さっきカンカン叩いてたからでしょう。」

 『SONO TOURI』

 「おっ、エルザだ。」

 『SASSOKU DAKEREDO FUSOKU NO JITAI GA OKITA』

 「不測の事態?」

 「ボクにはなんて書いてあるか読めない。」

 「そうですわね、ローマ字なんて辞めて普通に書いてほしいですわ。」

 『あっそう?』

 

 普通にひらがなにしてきたよこの人。

 

 『まあ、本当は機械っぽく振舞っていたかったんだけど、そういうわけにもいかない事態が起きちゃったみたいなのよね。』

 「不測の事態って一体?」

 『どうやら、この世界そのものの危機のようなの。』

 「この世界そのもの?」

 「バミューダのこと?」

 『あの存在も、危機の一つでしかない。』

 

 『この世界は、本来私たちの世界を存続させるために用意されたものだった。』

 

 『そのために必要なキャストだけが、この世界に集められていたはずだった。』

 

 『けれど、そうでない者たち、イレギュラーなキャストたちも混じり込んできた。』

 

 『それによって、この世界の理も崩れている。』

 

 「つまり・・・どういうこと?」

 「ゲームのバランスやルールが変わった、ってこと?」

 

 先のバミューダの戦いがそんな感じだったんだろう。ゲームバランスもルールもうっちゃったような狂った強さもさることながら、発言から察するにここが何の世界かもわかっていないようだった。

 

 「やはり、あのクラックが関係あったのか。」

 「あのバミューダは、クラックの向こうの宇宙からやってきた『本物』・・・というわけか。」

 

 そして、それはレイも同じか。偶然この世界に紛れ込んでしまった、『本人』。ゲームの中の登場人物ではなく、生きている、いや生きていた『人間』だった。

 

 ふと、遊馬は所持品の中にあるレイの遺品を見やる。地球の観察レポートと銘打たれているが、その中身は実質僕たちとの記憶。

 

 リセットでやり直しができるゲームなどではなく、一度きりの彼女の人生の記録。

 

 思考が逸れた。

 

 「それで、僕たちは何をすればいい?」

 『それは・・・。』

 「それは?」

 『わからない。』

 「ずこー!」

 『そういうわけであとは自分たちで考えてね。そういうわけで、オヤスミー。』

 「待てーい!」

 

 説明してほしいことは他にも色々あったのに、すべてポイして逃げやがった。

 

 「あーちくしょうチクショウ、本当にいなくなりやがった!」

 「そんな・・・。」

 

 またモンドがカサブランカのボディを叩き始めたが、今度は誰も止めない。

 

 「これからどうする?」

 「そうだな・・・多分、本来想定されていたゲームの展開がナシになっちゃったんだと思う。」

 「つまり?」

 「これ以上カオスになるってこと。」

 

 これからどんなゲームが乱入してくるかわからない。やれやれ、退屈はしなくて済みそうだ。

 

 「なら、クラックを探してみようぜ。」 

 「あ、モンド満足したの?」

 「してない。が、ここで殴り続けていてもしょうがないしな。」

 

 持っていた鉄パイプを投げ捨てて、モンドも思考を切り替えたようだ。

 

 「クラック、次元の裂け目ね。」

 「レイと同じように、この世界に紛れ込んできたやつがいるのかもしれない。あるいは、俺達の内の誰かが通ってきたのかもしれないクラックがあるかもしれない。」

 

 クラックを通る瞬間のことは、誰も覚えていないのかもしれない。レイも何故自分がこの世界にいるのか、知らないようだったし。

 

 「それよか、メインクエストを進めるっていう方法もあるかもしれない。」

 「メインクエスト?」

 「僕たち、宇宙には前回行ったけど、メインクエストでは行ってないよね。きっとあそこでもイベントがあるんだと思う。」

 「クラックは宇宙にもあるしな。」

 

 『見えている目標』というのは現状宇宙にしかない。

 

 「それに僕たちはまだ『正攻法』では宇宙に上がってない。」

 「らぴ!」

 「ラッピーのロケットを使ったから。」

 「その正攻法だとどうなるんだ?」

 「正攻法なら、軌道エレベーターまで行く方法がある。」

 

 一見すると、この学校は外界と隔絶されているようだが、原作のカサブランカには、軌道エレベーターまで直通の地下鉄が敷かれていることになっていた。勿論、アダムからオービタルリングを取り戻してからの話だが。

 

 「なるほど、まだ見つけていないロケーションがあるってことだね。」

 「そこにクラックがあるかもしれないと思って。」

 「よし、じゃあまずはその地下鉄を見つけよう。」

 

 とにかく、目標が見つかった。今はこれでいい、今は。

 

 考えなければならない問題は山積みでも、たとえ今やっていることが回り道でも、歩みをとめなければいつかたどり着ける、そう信じて。



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第32話

 さて。

 

 「探すとはいっても、どこを探したもんかな。」

 

 時間は昼に戻って、廊下を歩きながら散策すると、適当な教室をいくつか荒らしまわってから、また食堂でたむろしてマズいラーメンにコショウをかけている。

 

 「問題はこの世界だけじゃないんでしょ?」

 「うん、僕のいた『現実』がカサブランカに浸食されてるらしい。」

 

 あれが夢じゃないんだとしたら。

 

 「現在進行形でレベリオンが開発されていると・・・しかも、そこには名前が違うミスズまでいる。」

 「うん、美鈴がいるのは気になるけど、アダムを退けて、レベリオンの開発が続いてるってところを考えると、それがカサブランカの『続編』なんじゃないかな。」

 

 それがエルザと、天野川雄二の願いである。それを叶えるために僕たちは集められた・・・それは十二分にわかった。

 

 「ところがクラックによって世界が繋がるイレギュラーが起きた。そのせいで遊馬の現実にカサブランカの世界も融合してしまったんじゃないかな。」

 

 スープに浮かぶ油の膜を、箸でつついて一つの大きな塊にしていきながら、トビーは自分の考えを述べる。

 

 彼らは『生きている』存在で、やはり『ゲームの中のキャラクター』という認識は捨てたほうがいいようだ。どうしてもその考えが頭から抜けないが。

 

 「世界の融合か。提唱はされていたが、実際に観測されたことはないな。」

 

 融合した後の世界の住人は、その世界が当たり前だとして誰も気に留めないことだろう。じゃあ何故遊馬はそれを知覚できたのか。

 

 「おそらく、アスマが『プレイヤー』だからじゃないかな。」

 「どういう意味ですの?」

 「ゲームの画面の外にいる、観測者たる第三者ってこと。」

 「なるほど。」

 

 果たしてこの一言でどれだけ理解できたのか。

 

 「プレイヤーがゲームからはじき出されるのは、ゲームオーバーになった時。」

 「つまり、負けたら現実に引き戻されるんだな。」

 

 確かに負けたタイミングだった。

 

 「現実もなんだか危険な目に遭ったからな、出来れば戻りたくない。」

 「強盗に遭ったんだっけ?」

 「強盗と言うか、特殊部隊、みたいな?」

 「お前の親父さん一体何やったんだよ。」

 「普通の作家のはずだと思ってたんだけど・・・。」

 

 そして最後にはロボット・・・あれもレベリオンだろうか、それが乱入してきたり。

 

 「ところで、アイドルっていうからにはミスズは歌とか上手いの?」

 「子供の頃から合唱団には入っていましたわ。」

 「なら歌は大丈夫そうだな。」

 「ダンスは?」

 「バレエをやっていましたわ。」

 「さすがお嬢様。」

 

 実際すごい人気なようだったし。

 

 「とはいえ、全部机上の空論なんだけどね。」

 「確かめてみる?」

 「どうやって?」

 「わざと全滅して・・・。」

 「却下。」

 「そうでなくとも、遊馬さんが『ゲームをやめる』と思えば、現実に戻れるのでは?」

 「そんな簡単に・・・。」

 

 

 「出来たわ。」

 『おかえり!』

 「やべっ。」

 『ちょっと待って!』

 

 即座にゲームPODネクスの電源を入れる。

 

 「あー・・・びっくりした。こっちの世界ではどうなってた?」

 「なんだ突然。」

 「まあ、戻ることは出来るんだってわかっただけで儲けものか。」

 

 戻ったところで謎のレベリオンに追い込まれてる状態なので、詰みなのは変わらないが。

 

 「何か知っているようではあったけど。」

 

 カサブランカについて調べたくなったときは、現実に戻るのもいいだろう。

 

 さて、作戦会議はこれぐらいにして、捜索を再開しようか。

 

 「さて、どこを探したもんかな。」

 「それでしたら、一度花畑を歩いてみません?」

 「花畑?」

 「あそこはあまり探索していませんし、何か見つかるかもしれませんわ。」

 「そうだな・・・。」

 

 そういえば、カサブランカの原作には花畑のようなものはなかったと思うのだけれど、一体何故花畑があるのか。そりゃあ、タイトルが『ダークリリィ』なのだから、クロユリがキーであってもおかしくはないのだけれど。

 

 「ま、いっか。行ってみよう。」

 

 それも歩いてみればわかるかもしれない。



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第33話

 外に出てみて、遊馬は一つ気づいたことがあった。

 

 「このニオイは。・・。」

 「ニオイがどうかしたの?」

 

 風に乗って、花畑の香りが漂ってくる。

 

 「風?」

 

 風だ。今まで吹いてこなかった風がを感じる。

 

 「これも、世界が融合を始めた影響?」

 「それか、クラックから風が吹いてきてるのかもな。」

 

 風とはすなわち空気の動くエネルギーに過ぎない。クラックから流れ込んでくる異世界からのエネルギーが、空気を動かすのか。

 

 とすると、花畑にクラックがあるのかもしれない。期待と不安を抱えながら足を向ける。

 

 「クラックはどこかな・・・。」

 「モンド、探知器とかは持ってないの?」

 「大型のやつがラボにある。」

 「つまり無いのか。」

 

 穴と穴は近づくと融合して、だんだんと大きくなっていくらしい。そうなると人や物も通れるほどのゲートとしての役割を持つ。

 

 それが大規模なものになると、世界が繋がって、最終的に世界同士が衝突するという。それはゲームをクリアした遊馬にも憶えがある。

 

 そうそうゲームといえば、

 

 「敵か。」

 「久しぶりのバトルだね。」

 「今度の敵は、どのゲーム出身?クラゲみたいだけど。」

 「シューティングゲームの敵だな。あんまりやらないから知らないんだけど。」

 

 クラックから敵がやってくることもあるんだった。気づいた時にはすでにエンカウントしていた。

 

 まあ特筆事項もなく戦闘終了だが。

 

 「よし、楽勝!」

 「よくよく考えたら、敵がこうして湧いて出てくるのもクラックのせいなんじゃない?」

 「そうか、ゲームPODがクラック発見器でもあったのか。」

 

 なんと、既に持っていた。元々は敵を警戒するためだけの機能だったのだろうが、逆に言えば反応する場所に近づくほど、クラックもあるということ。

 

 しかし、本来なら安全のための装置なのに、危険の方にあえて向かっていくことになるなんて。塞翁が馬というやつだろう。

 

 「それにしても、この花畑ってどこまで続いてるんだろうね。」

 

 地平線の先まで花が見える。地平線と言うか、ただ単に何もないだけなのかもしれないが。

 

 時折はなが風にそよがれて揺れている。

 

 「じゃあ、あっちのほうか。」

 

 クラックから風が漏れている。

 

 「あったよ!クラックが!」 

 「でかした!けど、閉じる方法ってなにかあるのか?」

 「え、遊馬用意してないの?」

 「してない。と言うか、クラックを閉じるシーンなんてないし。」

 「? あるぞ。」

 「え、あるの?」

 

 モンドは、手首に巻いた腕時計のようなデバイス、『クロノバインダー』を、空中に開いた赤紫色の割れ目に近づける。

 

 「時間と空間を圧縮すれば、クラックの隙間は狭まる。後は時間の自然治癒力によって勝手に塞がる。」

 「かさぶたみたいですわね。」

 「え?そんなことできたの?」

 「知ってるんじゃないのかよ、お前は?」

 「知らない・・・。」

 

 少なくとも遊馬は、クロノバインダーにそんな機能があったなんて初めて知った。ゲームで描写されないだけで、そういうシーンがあったのかもしれない?

 

 まあ、一旦考えるのは保留しておこう。ともかく一件落着で帰ろう。

 

 「あれ、アスマどうしたの?」

 「ちょっと、ミステリーサークルを見て行こうかなって思って。」

 「ああ、あれね。」

 

 ミステリーサークル、それを見る度にレイを思い出すけど、忘れたくはない。



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第34話

 さて。

 

 クラックをひとつ始末できた。だが所詮目の前の石ころを一つどけたに過ぎない。根本的な解決となる情報が必要だ。そう、情報が。

 

 「さあ吐け、今吐け、すぐ吐け!」

 「らぴー。」

 

 そのために鎮座しているカサブランカを叩いている。その人数は以前より増えているようにみえる。ラッピーはただ単にみんなの真似をしているだけなんだろうけど。

 

 「エルザさん、エルザさん、どうぞおいでください。」

 「だからこっくりさんじゃないんだから。」

 「じゃあ、もう一回乗っちゃって?」 

 「はいはい。」

 

 遊馬が乗り込んでしばらくすると、ゲームPODにメッセージが表示される。

 

 『はいはーい。』

 「次は何すればいいのさ?」

 『そうだなぁ・・・。』

 

 文字通り藁にも縋るようなほど、情報が不足している。カカシ同然のカサブランカに宿る天の声に導かれるしかないほどに。

 

 「エルザにはクラックの位置とかわかんないの?」

 「そもそも、このゲームPODとかは誰が用意したの?」

 『それは蟹の味噌汁・・・じゃなくて神のみぞ知るってところだね。』

 「どういうこと?」

 『私を作った人に聞いてね。』

 「誰なんだよソイツは。」

 『んー・・・脚本家?』

 「名前は?」

 『片桐和馬。』

 「え?なんだって?」

 『キミのパパ君だよ、遊馬くん。』

 「初耳なんですけど。」

 『詳しくは本人に聞いてね、オヤスミー。』

 

 そりゃあ、確かに作家だと知っていた。けど、こんな身近に関係者がいるとも思わなかったぞ。

 

 「これからどうする?」

 「・・・正直気は進まないけど、元の世界に戻ってみようかな、と思う。」

 「でも、出待ちされてるんでしょう?」

 

 そこが問題なんだよなぁ・・・と頭を抱える。敵でないという可能性もあるけれど、十中八九厄介ごとに巻き込まれる。既に厄介ごとになら巻き込まれているのだけど。

 

 「でも、話してみれば案外話せる相手かもしれないよ?少なくとも最悪ではないはず。」

 「そうだよね・・・よし、いっちょ戻ってみる。」

 

 ここから先は1人でしか行動できない。どんな危険が待っているかもわからない。たとえるなら、ホラーゲームで安全地帯からエネミーの出没する危険地帯へと出ていくような感覚。

 

 「じゃあ、行ってきます。」

 「いってらっしゃい。」

 

 

 「そして、ただいま。」

 『おかえり!』

 

 えらく散らかった自分の部屋に戻ってきた。窓の外にはやはり、レベリオンがこちらを覗き込んでいる。

 

 「さっそくだけど、アンタは敵?」

 『違う!あなたを保護しに来た!』

 「そう、父さんは?」

 『既に保護しました!』

 

 階下からは、ドタドタと乱暴に階段を駆け上がってくる音がしている。どうやら特殊部隊の増援が来ているらしい。

 

 「よし、わかった。よくわからんが連れてって。」

 『オーケイ!』

 

 レベリオンが手を伸ばしてきたのと同時に、ドアが蹴破られる。悠長に窓を開けている暇はないと直感した遊馬は、窓ガラスを破って外に飛び出す。

 

 「べっ!」

 「確保しろ!」

 

 破りたかった。だが現実の壁は思ったよりも厚かった。

 

 『ああもう、なにやってんの!』

 

 反対にレベリオンの腕が窓を突き破って、遊馬の腰を摘まんで引っ張り出す。

 

 「逃がすな!撃て!」

 『飛ばしますよー!』

 「ちょ、天地無用!」

 

 背後に受ける銃弾を無視して、レベリオンはバーニアを吹かして飛翔する、が頭が下を向いたまま掴まれている遊馬は生きた心地がしなかった。

 

 ともあれ、見る見るうちに自宅が遠ざかっていくのを見て、少しだけ冷静になる。

 

 「どこへ行くんだ?」

 『我々のHQへ。』

 「父さんもそこに?」

 『ええ。』

 

 レベリオンは受け答えもそこそこに、街を飛び、山を越え、ついには海に出る。日光が波間に反射して、キラキラと輝いて見える。

 

 『HQ、HQ、こちらデルタ1。片桐遊馬を確保しました。』

 『こちらHQ、了解した。』

 

 短い通信を行うと、にわかに海面に影が浮かんでくる。細長い、クジラのような大きさの影だ。

 

 「潜水艦?」

 『ええ。あれが我々の本部、『ネプチューン』です。』

 

 潜水艦、というよりはもはや戦艦のような大きさである。その潜水艦『ネプチューン』のデッキが開くと、その中にレベリオンは入っていく。

 

 何重もの隔壁を越えて、その先の格納庫でレベリオンが止まると、スタッフたちが機体のメンテナンスにやってくる。

 

 見れば、遊馬を連れてきたレベリオン以外にも、何機かがハンガーに掛かっている。

 

 『降りられます?』

 「大丈夫、よっと・・・。」

 

 ボーっと見ていたのを、降りられなくて困っているのかと思われたのか、それに応えるように手にぶら下がって降りる。

 

 と、その遊馬の元にも何人かのスタッフたちが集まってくる。

 

 「ちょ、ちょっと乱暴はナシで!」

 「大丈夫、発信機などを持たされていないか確認するだけです。」

 「なら、いいけど。」

 

 黙って遊馬はボディチェックを受け入れた。特にやましいことをした覚えはない。

 

 「これは?」 

 「あ、それ持ってく?」

 

 ゲームPODネクスまで持っていかれるのは困る。ゲームの世界に戻れなくなる。

 

 果たして、今の現実とどっちが『戻る』先として正しいのかはさておくとして。

 

 「それは大丈夫、遊馬にしか使えませんから。」

 「ハッ。お返しします。」

 「あ、どうも。・・・今のって。」

 

 同じ屋根の下で暮らして、よく知っているはずなのにひどく聞き覚えが無い声がした。

 

 「父さ・・・ん?」

 「ああ、遊馬。無事だったか。」

 「父さん、だよね?」

 

 遊馬は、確かにこの人が『父親』であると認識している。けれど、その顔のパーツの一部が、遊馬には記憶にないものだった。

 

 「父さん、そんな顔だったっけ?」

 「もうちょっと別な言い草とかないか?」

 「んー、ごめん。たしかに遠目にはちゃんと父さんの顔に見えてるよ。」

 「お前。」

 

 『言われてみれば』とかそんなレベルだ。髪型とか眼鏡とか。気にしないことにした。気にしないってわけにはいかないんだろうけど、ひとまずは気にしないことにした。

 

 「立ち話もなんでしょう?ブリッジへご案内します。」

 「えっと、あなたは?」

 

 気が付くと、後ろに女性が立っていた。背は遊馬よりすこし高い程度で、灰色の瞳と栗色の髪、そして白いパイロットスーツに隠しきれないほどのスタイル。

 

 「『シェリル・ランカスター』です。よろしく。」

 「ど、どうも。遊馬です。」

 「はい、知ってます。」

 

 ぐっ、と差し出された手を握った。女性らしい細くて白い指であったが、その握力は思いの外強かった。



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第35話

 シェリルが先導し、その後を遊馬と、遊馬の父・和馬が続く。

 

 「ところで、なんで父さん?がここにいるの?」

 「ハテナマークをつけるのをやめろ。」

 

 思うに、そのヒゲが悪い。変装でもしてるのかってぐらい印象が違い過ぎる。

 

 

 「俺が何故ここにいるかって話も、ブリッジでまとめてしよう。その方がいい。」

 「そもそも、ここってどこの組織の船なの?アメリカ?ロシア?」

 「そのどちらでもない。」

 「我々は、国家間の垣根を越えて、世界を侵食する悪意と戦う私立兵団。」

 

 父さんの言葉にシェリルが続いた。そして、ブリッジの扉が開かれる。

 

 「ようこそ、『ヘイヴン』へ。」

 

 上から下まで、バッと一糸乱れぬ敬礼で迎え入れられる。その中央に立つ、スーツ姿の男性。

 

 「よく来てくれた。レベリオンでのフライトはどうだったかな?」

 「まだ酔ってます。」

 「そうか、だが早々に慣れてくるだろう。」

 「あなたがここの司令官?」

 「いかにも、私がヘイヴンの司令官『クリス・ロジャーズ』だ。よろしくな。」

 

 気さくにクリス司令は手を伸ばしてくるのを、遊馬も悪手で応える。

 

 「さて、急に呼び出されて驚いているだろうが、聞いてほしい。事態は我々の世界に関わる。」

 「我々の世界・・・。」

 

 もう変わっちゃってるんだけどな。この人たちは、『ダークリリィ』の登場人物なんだろうか。

 

 「さて、まずはこの世界の裏で暗躍する、アダムに次ぐ敵を説明しよう。」

 「アダムに次ぐ敵?」

 

 ブリッジの一角で、椅子に腰を据えてゆっくりと話を聞くこととなった。全天周囲モニターによって、あたかも外の風景にいるかのように見せてくれているのは、気を使ってくれての事だろう。

 

 「17年前、人類はアダムを撃退することに成功した。その影には『1人』の英雄の尊い犠牲があった・・・知っているね?」

 「はい、まあ一応は・・・。」

 

 考えるまでもなく、英雄とは雄二のことだろう。

 

 「だが、世界が危機を脱した途端、今度は人間同士での争いが始まった。核兵器が、レベリオンに代わっただけだった。」

 「なるほど・・・。」

 「それも、ほんの2年前までのことだ。」 

 「2年前?」

 「2年前、オービタルリングより我々を頭上から狙い続けていた衛星砲『トールハンマー』が『バミューダ』なるテロ組織によって占拠された事件があった。」

 「バミューダ?」

 

 テロ組織、というからには団体なのだろう。究極の個人であった、あのバミューダ本人ではないはずだが・・・。

 

 「かつて世界を救った兵器が、またも人類に牙を剥いた・・・そんな時、新たな英雄が現れた。」

 「新たな英雄?」

 

 そんな危機的状況をひっくり返したのなら、まさしく英雄だろう。

 

 「その名は、『イングリッド・天野川』。先の英雄、天野川雄二の娘だ。」

 

 おまけにネームバリューも十分というわけだ。これで人気にならない方がおかしい。

 

 「彼女は瞬く間に時の人となり、平和の象徴となった。・・・というのが表向きの話だ。」

 

 そこまで話したところで、クリスはお茶を一口啜った。続いて遊馬もティーカップをとる。

 

 「では、裏の話をしよう。」

 「裏?」

 「表には、必ず裏がある。大きな光ほど、大きな影が出来るものだ。」

 

 お茶請けのクッキーを手に取り、裏返して見せる。裏にはチョコがぬってある。

 

 「都合がいいとは思わないか?突然全人類共通の脅威が現れ、それを取り除く英雄の颯爽とした登場。その御旗の元にすべてが丸く収まる世界。」

 「確かに。まるで台本が用意されていたかのような。」

 「そう、まさにそうだよ。全ては舞台の上の出来事で、人類は観客にしか過ぎなかった。」

 

 クリス司令の声に熱が帯びてくる。

 

 「その脚本家の名は、『エヴァリアン』。『アダムを継ぐもの』だ。」

 

 「エヴァリアン?」

 「アダムに関わるものが、トールハンマーによって全てが滅んだわけではない。アダム製のレベリオンにも、生き残りがいた。」

 

 火星基地奪還による、捕虜救出。捕虜とは、アダムによって改造されたレベリオンたちのこと。それらはアダムとの最終決戦にも投入されたのだが、当然生き残った者たちがいた。

 

 「その生き残ったレベリオンたちは、次は自分たちが標的にされると思い姿を隠した。15年もの間な。」

 

 バルアークと運命を共にしたカサブランカの姿を見て、火星出身のレベリオンたちは恐れおののき、そして怒りを覚えた。レベリオンとなってしまった我々には、地球に住む権利すら与えてくれないのだと。

 

 しかし、彼らも元は地球人。地球を攻撃しようという気にはならない。

 

 「だから、世界を裏からジワジワと支配していくことにしたのだ。」

 「・・・そして、2年前動き出した。」

 「おそらく、衛星砲を占拠したテロリストもマッチポンプだろう。」

 (多分違うんだと思うけど。)

 

 この世界のバミューダが、遊馬たちの知っているバミューダとイコールではないにしても、何の関連もないということはあり得ないだろう。

 

 事実、ゲームの世界でもバミューダは衛星砲を奪っていた。2年も時間に幅があるのが気になるが、ゲームの世界で起こした事件がなにかしらの影響を及ぼしているのだろう。

 

 「なるほど、なんとなく事情はわかった。けど、どうして僕や父さんが狙われているんですか?」

 「それは、俺が説明しよう。」

 

 黙って後ろで話を聞いていた父さんが、突然話しかけてきた。

 

 「お前ももう知っているだろうが、そのゲームPODは特別なものだ。」

 「誰が作ったの?」

 「誰が作ったかは大した意味はない。必要なのは、そのゲームPODがあれば並行世界へ意識を飛ばすことが出来るということだ。」

 「並行世界?ゲームの世界じゃなくて?」

 「並行世界は並行世界だ。」

 「そう。」

 

 父さんは念を押してきた。

 

 「並行世界で起こったことは、現実でも影響を及ぼすということが観測された。」

 「誰が観測したの?」

 「俺だ。」

 「父さんが?」

 「俺はな・・・エヴァリアンに協力していたんだ。」

 「え?」

 「事情はまた今度話すが、とにかく、その力は本物だった。」

 

 だが、並行世界への干渉の影響は、あまりにも大きすぎた。それこそ、現実が丸ごと書き換わってしまうほどに。そしてエヴァリアンは、その力に増長して行っていると。

 

 「だから、俺はエヴァリアンと手を切った。結果お前を巻き込んでしまった、すまない。」

 「いや・・・うん・・・頭が追い付かない。」

 「だろうな、少し休むといい。」

 

 遊馬もVIPとして、個室が与えられることになった。最小限の机とベッドしかない、なんとも簡素な部屋だが文句は言わない。若干足をもつれさせながら、ベッドに寝転がる。

 

 「おもったよりも・・・大変だぞこれは。」

 

 ゲームPODネクスを取り出すあ、電源を入れる気にならない。少し休むべきだと思い、目を閉じた。



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第36話

 おかしいな、話がどんどんゲームの世界から離れていく。


 「うーん・・・どれぐらい寝てたろ?」

 

 部屋に備え付けられた時計は、AM11時を指している。昨日拉致もとい保護されたのが10時ごろだと考えると、丸1日は経過したことになるだろうか。

 

 いったんゲームの世界に戻るか、いやそれよりも腹が減った・・・。ルームサービスとか無いんだろうか。とりあえず話を聞きに行こうとドアの前に立つが、外に出られない。

 

 「あれ?開かないの?」

 

 昨日は確か、スタッフに案内されるままに着いてきたが・・・そういえば、カードキーで開けていたような。

 

 あれ、ひょっとして、外からしか開けられないんじゃないだろうか。日本ではそういうのを『牢屋』って言うんだけど、ここの人たちはアメリカ人だったんだろうか。司令官が『クリス』だったし、多分アメリカ人が多いんじゃないかな。

 

 『シェリル』もたしか英語圏の名前だった。クリスとシェリル、たしかそんな名前の登場人物がいるゲームもあったな。たしか『サイリーンの鐘』だったか。鐘の音で蘇ったゾンビであふれかえる街から脱出するサバイバルホラーだった。数多くいるプレイアブルキャラクターのうちの1人がクリスとシェリルだった。

 

 潜水艦と言えば『大提督時代』も忘れられない。海戦をモチーフにしたシミュレーションゲームで、シンプルなようでなかなかハマりこんで戻ってこれなくなるプレイヤーも多数だという。

 

 えーと、それからそうだな・・・海中探索ゲーム『BlueMarine』も最近は人気だ。

 

 「おーい、出してくださいよー。」

 

 現実逃避していても、状況は変わらなかった。このままじゃ飢え死にしてしまう。ドアを叩いてアピールするが、返事が無い。インターホンかなにかがないか探してみるが、それも見当たらない。

 

 「これじゃあ、まんま拉致じゃないか・・・。」

 

 ベッドに戻ってへたり込む。ジタバタしててもうどうにもならない。こここは、一旦思考を切り替えてゲームPODを見る。一応情報は集まったので、一旦会議してもいいかもしれない。

 

 よし、と一息入れて電源を入れる。

 

 

 「おっ・・・ただいま。」

 「おかえり。」

 

 すでに見慣れつつある格納庫に戻ってきた。

 

 「こっちではどれぐらい時間たってた?」

 「時間?まったく経ってないぞ。」

 「いってきますって言って、3秒も経ってないんじゃないかな。」

 「こっちは1日経ったのにな・・・。」

 

 ゲームを再開する地点は、当然最後にプレイしていた地点なのだから、そうおかしい話でもないのかもしれない。

 

 「それで、どんな情報がわかったんだよ?」

 「えっとまずね・・・。」

 

 要点を纏めると、①カサブランカの世界と遊馬の現実は、クラックの影響によって融合した可能性が高い。

 ②このゲームの世界で起きた出来事は、現実においてもなにかしら影響を及ぼす。

 ③エヴァリアンに黒幕がいる。

 

 「って、感じかな。」

 「エヴァリアンの黒幕をどうにかしろと言うのは、俺達には干渉できないな。この世界で出来ることと言えば、これ以上クラックが広がることを抑えるぐらいか。」

 「そして、並行世界のミスズのバックにもエヴァリアンがいると・・・。」

 「並行世界の私・・・。」

 

 という事は・・・。

 

 「ひょっとして、美鈴になら動かせるんじゃない?カサブランカも?」

 「まさか・・・。」

 「ものは試しだ。やってみなよお嬢。」

 「う、うん・・・。」

 

 乗せられるまま、美鈴はカサブランカに乗り込む。

 

 「けど、アスマもちょっと動かしてなかった?」

 「あれはどっちかと言うと、エルザが動かしてた感じかな・・・。」

 「どうだ?」

 「スイッチが多くてわからないですわ!」

 「らぴ?」

 

 そもそも、壊れた足もまだ直していない。ちょっと焦ったかとも思ったが、そこへラッピーも入ってくる。

 

 「らぴ!」

 「これ、ですの?」

 「らぴ、らぴ!」

 

 ラッピーはロケットの操縦も出来るし、意外と機械に強いのかもしれない。ラッピーの言うままに、美鈴が計器をいじる。

 

 「お?」

 

 ガコン、と何か稼働音がした。かと思う音、カサブランカのコックピットハッチが閉まる。

 

 『ジェネレーター、稼働。損傷個所のバイパス回路接続、修復剤投入開始・・・。』

 

 「動いてる、動いてるよ!」

 

 『らぴ!』

 

 それからはもう早かった。美鈴が何をせずとも、血液のように機体内部を循環するナノマシンが破損した足を繋いでいく。

 

 「よし、こっちのエレベーターまで歩いてみて!」

 

 「歩く?どうやって?」

 『フットペダルを交互に踏めばいいわ。』

 「あなた・・・エルザさん?」

 『そうよ、お嬢さん。私がサポートするから、やってみなさい。』

 「は、はい!」

 

 カサブランカを実質動かしているのはエルザの意思で、人間は反射神経と判断力と感性を提供しているに過ぎない。

 

 「うご、うごいてる!すごい!」

 『興奮しすぎて舌噛まないようにね。」

 「らぴ!」

 

 けれど、美鈴の純粋な驚きや興奮を感じ取ったエルザも、実に楽しそうに応える。

 

 「よーし、ストップ!!」

 「エレベーター上げるよ!」

 

 興奮しているのは美鈴だけでなく、外にいる遊馬たちも慌ただしくリフトの操作盤を叩く。

 

 ゆっくりと上がっていく様子を、美鈴が物珍しそうにキョロキョロと首を振れば、カサブランカの頭も連動して動き、緊張からかレバーを握る手に力が入ると、カサブランカも手を握ったり開いたりする。

 

 「外だ!」

 

 カサブランカは、再び地上に立った。動かない太陽がその姿を照らし、影がスッと伸びる。

 

 「うっひょー!!かっこいいぞー!」

 「興奮しすぎだろ。」

 「そういうモンドこそ、顔が笑ってるよ。」

 「ふっ。」

 

 興奮している遊馬たちを、美鈴は少し高い目線から見下ろしている。

 

 「私・・・こんなことが出来たんですね。」

 

 レバーから手を放し、胸の前で指を組んではぁと息を吐く。その動作すらトレースしそうなほど、カサブランカのモーショントレーサーは鋭敏だ。

 

 『不安?』

 「ええ・・・けど、すっごくワクワクしてますわ。」

 『うんうん、女の子は元気でないとね。』

 

 「なんかポーズ取れる?」

 

 『ほら、やってみ。』

 「ええ。」

 

 美鈴はレバーを握り直し、手を上に掲げる。指で輪を作ると、太陽を囲む。

 

 日輪が、白百合の開花を祝福する。

 

 

 「・・・ついに動き始めたか。」

 

 「!?」

 「あいつは・・・。」

 

 『雄二・・・。』

 

 カサブランカの影から、ぬっと黒衣の男が姿を現した。

 

 「これは・・・。」

 「またひと悶着、かな?」



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第37話

 「雄二・・・。」

 「やっぱり、あれがユウジなんだね。」

 

 彼とは以前も同じ場所で会った。碌に会話する暇もなく戦いとなったが、今度はどうなるだろうか。

 

 「・・・やんのか。」

 「モンド、ステイ。」

 

 真っ先にモンドは銃を抜くが、制止される。

 

 「戦いに来たわけではない。ただ見届けに来た。」

 「見届けに?」

 『雄二・・・あなたはもう・・・。』

 「いいんだ。どうせ俺にはもう無理なんだ。」

 

 「おい、そっちだけで話を進めてるんじゃねーぞ。わかるように説明しろ。」

 「・・・。」

 『雄二、彼らはきっと大丈夫よ。』

 「そうか、ならいい。」

 

 剣呑な空気が流れていたが、どうやら戦闘にならずに済みそうだという流れに、モンドも警戒態勢を解いた。

 

 「まず話さねばならない、この世界の成り立ちを。」

 

 また説明台詞か、と遊馬はちょっと思った。

 

 「昔、俺達の物語があった。」

 

 世界を救った英雄は死んだのか、はたまた生きているのか、わからないままという、悲劇的な結末を迎えた。それでもその世界は救われたのだった。

 

 「『観客たち』のある者は英雄たちは生きていると言ったが、またある者は英雄たちは死んだと主張した。」

 「なるほど、シュレディンガーの猫状態になったってことか。」

 「なにそれ、どういうこと?」

 「続編が作られるまで、彼らが生きているのか死んでいるのかわからない状態ってこと。だからシュレディンガーの猫。」

 

 言われて見れば雄二の黒い恰好はクロネコっぽいかもしれない。

 

 「そんなところへ、『神様』がチャンスをくれた。神の子と、選ばれし者の選択によって、物語の『続き』が綴られると。」

 「ちょっと待った、どういう意味?」

 

 ちょいと難しい『外国語』を喋ってくれちゃってるおかげで、理解するのにうまく呑み込めない。

 

 『えっとつまりね、あなたたちが頑張ってくれたら、私たちの『カサブランカ』の続編が作られるってことなの。』

 「ああ・・・なるほど?」

 

 即座にエルザが『日本語』に翻訳してくれた。

 

 「しかし、続編?」

 「カサブランカは完結したんでしょう?」

 『ええ、けれど物語の『続き』を熱望する声はあるの。遊馬くんのいる現実の世界にね。』

 「物語の中の人物が、どうしてそんなことを知っている?」

 「『この世界』に来る前に、『神様』に聞かされたからだ。」

 「その『神様』って?」

 『脚本家、片桐和馬。』

 「父さんが?」

 『そう、『カサブランカ』の脚本家であるあなたのお父さんが、続編を書いてくれるというの。」

 

 なるほど、登場人物たちからすれば、作家は神様だろう。運命を紙の上で転がすことが出来る者など、神にも等しい。カミだけに。カミだけに。

 

 「二回も言わんでいい。」

 「じゃあ、神の子というのはアスマのこと?」

 「そして選ばれた者たちというのは、私たちのこと・・・。」

 「選ばれしものたちには、試練が課せられ・・・。」

 『雄二、ややこしくなる言い方はもういいわ。』

 「えっ?」

 

 サングラス越しの雄二の顔は、ちょっと不服そうに歪んだ。

 

 「お前たちがクエストやバトルをこなして、最終的にこのゲームをクリアすれば、晴れて続編の『ダークリリィ』が完成する、というシナリオのはずだった。」

 「はずだった?」

 「残念ながら、トラブルが発生してしまった。」

 『ここは、ゲームプレイヤーとキャラクターたち以外は介入できない『閉じた世界』のはずだった。けれど、次元の裂け目、あなたたちの言うところのクラックが発生したことで、穴が開いてしまった。』

 「そこから、本来のキャストではない者たちが入ってきた。この世界のルールに従わない者が。」

 

 考えるまでもなくバミューダのことだ。そして散々に暴れまわった。

 

 「結果、遊馬の世界とこの世界との天秤が崩れて、『カサブランカ』の要素が遊馬の世界に流れ込んできた。」

 「だから現実ではあんなことになっていたのか。でも、あれって『続編』なのかな?」

 「むしろ、脚本家の手を離れたって感じじゃない?だって、アスマのお父さんも巻き込まれてるんでしょ?」

 「そっか・・・しかしなんで父さんはそんなことを・・・。」

 

 まったくとんでもないことをしてくれた。と言うか、なんでそんなことが出来たのか。

 

 「とにかく、このままでは完全に『カサブランカ』の世界は遊馬の現実と融合してしまう。今わかっている阻止する方法は一つ、クラックを閉じることだけだ。」

 「それをやってほしいってか。」

 「最初から勝手な話だとはわかっている。だが頼む、このままでは何もかもが壊れてしまう。」

 

 初めて、雄二は頭を下げた。その姿を見て、モンドも喉を出かけた言葉を飲み込む。

 

  訳はわかった。わけがわからない状況には違いないけど、わかった。

 

 しかも、こっちの世界で起こした行動が、現実世界にも影響を及ぼす・・・。そしてふと気が付いた。

 

 あれ?この状況下で僕ってかなりレアな存在なんじゃないか?どちらの世界にも干渉出来て、いわば現実を好きに変えられる。何をすればどう現実に影響が出るかの法則性はつかめていないけど・・・しかも片方の世界に行っている間は、もう片方の世界の時間も止まっている。

 

 いや、だから現実では拘束されているのか?いやむしろヘイヴンは僕を利用するために拉致したのか?それはエヴァリアンも同じかもしれないが。

 

 手のひらに収まるゲームPODネクスが、この時ばかりはひどく重く感じられた。。



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第38話

 「事情はわかった。わけわかんない状況だって思ってるけど、まあわかったよ。」

 

 なんでこんな状況になってるのか、理解は追い付かないけど納得はした。真意を問いただすには、やはり父さんと話すしかない。けど、今は軟禁状態なんだ。今向こうに戻っても、何も出来ないと思う。

 

 「じゃあ、こっちの世界で何かアクションを起こしてみる?」

 「例えば?」

 「自分がヘイヴンに利する存在だと口で言うよりも、アピールすればいいんだ。」

 

 軟禁状態にもかかわらず、ゲームPODを取り上げられなかったというのは、つまりそういうことなんだろう。僕が危険分子なのかを見定めようとしているんだ。まるで迷路の中を走らさせられる実験ネズミのような感覚。

 

 「なら、ゴールしてみせよう。まずはクエストをこなしてみよう。」

 「そうだな、まずは軌道エレベーターに行ってみろ。」

 「雄二、さんは来ないの?」

 「俺は・・・足手まといになるだけだ。ここに残っている。」

 「カサブランカに乗れば戦力になると思うが?」

 「俺はもう、乗れないんだ。」

 

 実に残念そうに、雄二は答えた。

 

 「乗れない?乗ってたじゃないか。」

 『さっきまではね。けど世界が繋がった影響で、雄二の体が『成長』してしまったの。』

 「レベリオンは、子供にしか操縦できないほどコックピットが狭いんだっけ。」

 「そう。多分『あっち側』は『雄二が生きている』世界なのね。」

 「元からモンドと同じぐらいの身長だったと思うんだけど。」

 『細かいことは気にしなくていいんだよ。』

 

 所謂、後付け設定による矛盾というやつだろう。それもなんもかんも世界が融合したのが原因だ。

 

 『ところで、私も『エルザ』に戻っていいかしら?』

 「戻る?」

 「レベリオンは人間が変身した姿だから。当然元の姿にも戻れる。」

 『久しぶりに足も治ったことだし、いい?』

 「ええ、私も降りますわね。」

 「らぴ!」

 『ありがとう・・・。』

 

 美鈴とラッピーがコックピットから降りると、カサブランカは光に包まれて、徐々に縮んでいく。

 

 「ふぅ・・・久しぶりにこの体に戻った気がするわ。」

 「俺も久しぶりに見た。」

 

 光る人型は銀の長い髪をツインテールにした少女に変わり、光は集約されると、エルザの首から掛けられたペンダントに変わる。

 

 「マジで変身してたのか。」

 「変身するなら魔法少女がよかったけれどね?」

 「少女って歳でもなくなったろう。」

 「あら、私は永遠の17歳よ?マジで。」

 「笑えないぞ。」

 

 実際レベリオンに改造された者の人間態の外見は変わらなくなるという。つまり、火星にいた頃はエルザの方が雄二より年上だったということで、年上幼馴染とはエモい。

 

 「じゃあ、行ってくるわね。」

 「ああ、いってらっしゃい。」

 「エルザさんを借りていきますわね。」

 「ああ、面倒みてやってくれ。」

 

 エルザが仲間に加わった。そしてエルザの先導によって冒険が再開される。

 

 「地下鉄はこっちよ。」

 

 それはあっさりと見つかった。

 

 「しかし、本当になんでもあるんだなこの学校には。」

 「レベリオン基地だからね。人類の最後の希望だったから。」

 「けど、いくら世界の危機だからって、子供に戦争させるなんて本当にエゲつない話だね。」

 「書いたの僕のお父さんだけどね。」

 「いつもそんな話書いてるの?」

 「ううん、どっちかっていうとコメディが主体だって聞いたよ。作家としての活動は、僕が生まれる前からやってたみたいだけど。」

 

 長く生きてりゃ暗い話も書くことぐらいあるだろうけど、あまりにもギャップが激しい。

 

 さて、そんなことよりも電車の状態をチェックしよう。

 

 「おっ、これはリニアか。これなら地平線まであっという間だろうね。」

 

 トビーはレールと車両を見ただけで即座に判断した。カサブランカの当時は、リニアモーターカーも夢の乗り物と言われていた。現実はもう追い付き追い越しそうなぐらいだが。

 

 「動きそう?」

 「うん、電気も通ってるし。すぐにでも発進できるよ。」

 「・・・けど、こういう地下鉄って、サバイバルホラーゲームだとボス戦フラグだよなぁ。」

 「嫌なこと言わないで・・・。」

 

 数分後、遊馬のその予想通りの展開となるのだった。



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第39話

 地下、日の光挿し込まぬ闇の世界。そんな地の底の世界を、備え付けられた照明が一本の線に見えるほどの速度で列車が突っ切っている。

 

 その背後に追いすがるのは、3列並列している線路をすべて占領する巨大なタイヤのような物体。

 

 「お前の言う通り敵が来たぞ、喜べよ。」

 「あんまり嬉しくないかな。」

 

 その敵は本来のノロマなイメージとは打って変わって、現実のリニアモーターカーのおよそ2倍の速度の時速1000㎞のこの列車にに追いすがってきている。

 

 「ヒィイイッ!?虫!?」

 「虫はすかんな。」

 「あれは・・・カタツムリメカの『エレスカルゴン』か。」

 

 電磁力によって爆走する、金属の装甲を光らせるカタツムリの姿をしたロボットだ。

 

 「今度はなんのゲームの敵なんだよ?」

 「シューティングゲームの『ブンボーグ・ウォーズ!!』のボスキャラだ。」

 

 『ブンボーグ・ウォーズ!!』、戦闘機ペンシル号で悪のイレイサー軍団と戦う、子供たちの戦争である・・・が、目の間の敵はおもちゃではなく明確な兵器だ。

 

 「しかしなんだって、こんなところで襲われるのか。」

 「言ったでしょ、お約束だって。」

 「まあ、心当たりがないと言えば嘘になるかな。」

 「確かに。」

 「らぴ!」

 「おっ、ラッピーはやる気のようだね。」

 「よし、いってこいラッピー!」

 

 シューティング面と言えばラッピーにも心得がある。宇宙食を食べると、アストロノーツのバーニアを吹かせて突貫する。

 

 エレスカルゴンは触覚からマグネットビームを放ってくる。トンネル内は狭いものの、ラッピーが紙一重で躱すには他愛もない。

 

 ラッピーがまごついているその間にも、エレスカルゴンは迫ってくる。追い付かれたらアウトってわけだろう。

 

 「ボクたちも見てるだけってわけにはいかないよね!」

 「エルザ、変身できる?」

 「出来るよ~。ちょっとここは狭いけど、格闘するにはちょうどいいかも。」

 「よし、じゃあ美鈴はカサブランカでアタックを!」

 「虫はニガテですが・・・わかりました!」

 

 エルザはペンダントをとると、高く掲げて叫んだ。

 

 「『リバイバル』!」

 

 するとペンダントから光が溢れ出してエルザの体を包んでいき、エルザを鋼鉄の機士・カサブランカへと変える。

 

 『よし!乗って!』

 

 開いたハッチに颯爽と美鈴が乗り込むと、すぐさまメカが明滅して、バトルモードが起動する。

 

 『行くよ!』

 「いきます!」

 「行ってこい!」

 

 そして勢いよく飛び出すと、線路の上に乱暴に着地する。

 

 『ブレードホイール、展開。美鈴ちゃん、スケートはできる?』

 「フィギュアを少々嗜んでいますわ!」

 『結構!走るわよ!』

 

 カサブランカの踵が変形して、ホイールになるとレールの上を滑るように走り出す。

 

 「って、次はどうすれば?」

 『キツ~イ一発を喰らわせてあげるの!』

 「はい!」

 

 エレスカルゴンのビームを、スピードスケートのように左右に振れながら躱し、急接近する。

 

 『それっ!アチョー!』

 「あ、あちょー!」

 

 ぶつかるギリギリのところで機体を上下反転させると、見事なサマーソルトキックをぶちかました。

 

 「ヒュー!やるー!」

 

 そのままカサブランカは天井に着地すると、壁を滑り降りてエレスカルゴンの前方を走る。

 

 思わぬ攻撃を受けたエレスカルゴンは、体をメタルの殻に引っ込め、N・Sマグネットによる電磁バリアを張って防御を固めた。

 

 「引きこもられたぞ!どうすればいい!?」

 「空中を浮いているマグネットを破壊するんだ!」

 「なら・・・ここは俺に任せろ!」

 「トビーは、列車の操縦をお願い!」

 「OK!」

 

 ラッピーも意図を理解したのか、飛び回りながらマグネットに攻撃をしかけ、モンドもレーザーキャノンで狙撃する。

 

 そうしてマグネットを破壊しきると、バリアが解除される。怒ったエレスカルゴンは、列車に向けてビームを発射してくる。

 

 『えー、本日はトビー鉄道をご利用いただき、誠にありがとうございます。まもなく路線変更します、手すりにおつかまりください。』

 

 「へ?うぉおおっ!」

 

 運転席でトビーがレバーを倒すと、隣のレールに乗り換える。遊馬は座席に身を打ち付けられる。

 

 「いてて・・・、とにかく今だよ!」

 『よっしゃー!ホワチャー!』

 「ほ、ほわちゃー!」

 

 今度はローリングソバットでエレスカルゴンを蹴りつける。

 

 「よーし、この調子だ!」

 

 調子づいてきたところも束の間、エレスカルゴンはさらにスピードを上げて追いかけてくる。その勢いに、カサブランカもラッピーも跳ね飛ばされる。

 

 「どうする!追い付かれるぞ!」

 「この列車を切り離してぶつけるってのは?」

 「面白そうだな!」

 

 遊馬とモンドが車両を一つさかのぼると、連結部分をレ-ザーカッターで焼き切る。

 

 「いいか?」

 「いいよ!」

 「「せーのっ!!」」

 

 合図と共に、切り離した車両を蹴り押すと、火花を散らしながらエレスカルゴンにクリーンヒットする。

 

 「やった!」

 

 『毎度ご乗車ありがとうございます。まもなく本列車はトンネルを抜けます。』

 

 ずわっ!と景色が変わり、一面の青。海の上を、天を貫く塔めがけて走っている。

 

 「あれが、軌道エレベーターか。」

 「地上から見ると圧巻!」

 

 雲を貫き、果てが見えない巨大建造物は、まるで絵のように見えた。

 

 などと、感動している場合じゃない。ぶつかってきた後部列車をスクラップにしながら、エレスカルゴンは追い上げてくる。その殻にはヒビが入っている。

 

 「あと一息のようだな。」

 「やっちゃえカサブランカ!」

 『よーし!パイルバンカーだ!』

 「ラッピー、モンド、敵の足を止めるんだ!」

 「よし!」

 「らぴ!」

 

 二人の射撃が同時にエレスカルゴンの脚部を焼き、少し動きが鈍くなった。

 

 『美鈴ちゃん、いい?ぶつけると同時にこのレバーを押し込んで!』

 「はい!」

 

 カサブランカは腕に杭を装備し、そこへバチバチと電流が流れ込む。

 

 『いっけぇえええ!今だっ!!』

 「ちぇすとー!!」

 

 カサブランカの拳が、殻のヒビに突き立てられる。それと同時に、杭がフレミングの左手の法則に沿って打ち込まれる。

 

 「とまった?」

 『爆発するわよ!離れて離れて!』

 

 殻の内部ではスパークが起こり、発生した熱によってパーツが融解、臨界に達する。ものの数秒で爆発四散した。

 

 打ち込まれた杭から放たれる電流によって、内部だけ破壊する『パイルクラッシュ』、カサブランカの数少ない必殺技である。

 

 『えー、本日はトビー鉄道をご利用いただき、誠にありがとうございます。まもなく終点、軌道エレベーターです。お降りの際はカサなど忘れ物のないよう・・・。』

 「もういいっての。」

 

 海上を突っ切って、軌道エレベーター地下のステーションへと無事に到着する。

 

 「ステージクリア、かな?」

 「まだまだ、ここから宙に上がるまでが遠足よ。」

 

 目の前には、地上と天空をつなぐチューブ。今度はどんな冒険が待っているのか。



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第40話

 「エレベーターは動きそう?」

 「大丈夫。スイッチひとつで動かせそうだ。」

 

 上部が派手にぶっ壊された記憶があるが、電源は問題なく稼働しているらしい。

 

 およそ4万km上空、地球一周分もの高さをこのチューブを通って行き来できる。ロケットを打ち上げなくても宇宙に手軽に行ける、まさに夢のごとき技術。リニアモーターカーといい、カサブランカが書かれた当時の科学の夢が散見される。まあ、SF作品だし。

 

 「よし、タイマーで自動的に発進するようにできた。」

 「よーし、エレベーターに乗り込めー!」

 「わぁい。」

 

 さすが国際的機関なだけあって施設内部は広いが、探索もそこそこにそそくさとエレベーターに移動する。

 

 施設に対して、人間用のエレベーターは小さめだ。電車のように座席に座り、シートベルトを締める。強化ガラスの嵌めこまれた窓から、外の景色を楽しむことも出来る。

 

 「ボク一番窓側の席ー。」

 「あっ、ずりぃ。」

 「これで宇宙に行けるのか。」

 「俺らもう行ったんだけどな。」

 

 と言っても、その方法はほぼウラワザのようなものだ。という事は、そんな方法を持っていたラッピーはこのゲームにとってはイレギュラーな存在ということになる・・・。

 

 「エルザ。」

 「なに?」

 「・・・やっぱ後でいいや。」

 「ん?」

 

 聞いてみようか、と遊馬は思ったが今はやめておこうと考えがよぎった。せっかく仲良くなってきたのに、わざわざ関係にヒビを入れるような真似をすることはないだろう。

 

 「今更しり込みする必要ないと思うよアスマ。きっとみんな同じこと考えてるだろうから。」

 「まあ、コイツはイレギュラーだろうなってわかるぞ。」

 「らっぴぃいいいい?」

 

 一番イレギュラーらしいラッピーはシートベルトで座席に縛り付けられている。苦しいのか身動ぎしている。

 

 「僕たちの中の誰かも、クラックからきたイレギュラーって可能性もあるわけなんだよね?」

 「うん、でもそれがどうしたの?って感じ。結局クリアできなければ帰れないって点では皆同じだし。」

 「それもそうか・・・。」

 

 と、そんなところでアナウンスが流れてくる。

 

 『ご乗車、ありがとうございます。まもなく、当シャトルは発進します。座席に座り、シートベルトをお締めください。』

 

 いよいよだ。初めて飛行機に乗った時も、こんな風にドキドキだった。

 

 『発進します。』

 

 「うぉおお・・・。」

 「ラッピーのロケットの方がGは少なかったね・・・。」

 

 あんなちんちくりんのロケットのほうが性能が色々高いというのか。ともあれ、ぐんぐんスピードと共に高度を上げていくと、雲を見下ろし、青い空がだんだんと暗くなっていき、ついには地平線をのぞむ。

 

 「高度1万km・・・1万1千・・・1万5千・・・2万km!」

 「大気はもう無いのか?」

 「1万㎞あたりでもう無くなったよ。」

 

 ポーン、と青いランプがつく。もうシートベルトを外していいようだ。

 

 「おっ・・・無重力・・・。」

 「うひゃー!」

 「らぴ!らぴ!」

 「はいはい、外してあげるね。」

 

 生憎機内食などは出されないようだが、自由に見て回れるらしい。地球の重力圏内では背もたれが下を向くようになっていたのが、重力圏から抜けると90度傾いてシートが下を向くようになる。

 

 「うわあ・・・これが地球か。」

 「実際に歩くことが出来ないなら、絵となんらかわらないが。」

 「たとえ歩けたとしても、これ全部を踏破するのほあ無理じゃないかな。」

 

 以前宇宙に上がった時も感動したが、初体験となる無重力の感覚と合わさって、また違った感想が出る。

 

 それは、地球の存在感。皆生まれた世界は違っていても、同じように地球で生まれたのだ。たとえ異世界の地球であっても、母なる存在であることには変わらない。

 

 「私はカモメ。」

 「地球は、青かった。」

 「俺の地球はこんなに青くはないだろうけどな。」

 「なら今のうちに目に焼き付けておきなよ。」

 「ああ・・。」

 

 対象物が無いのでゆっくりとしか感じられないが、それでも先ほど乗ったリニアより比べ物にならないスピードで、高度3万6千kmにあるステーションへまっすぐと向かって行っている。

 

 「私の場合は自分で飛んだほうが早いのだけれどね。」

 「レベリオンならね・・・。」

 「へー、中の人がGで潰れそうだけど。」

 「でも武器がパイルバンカーとスタンロッドしかないんじゃないのか?」

 

 そのパイルバンカーの杭も、スタンロッドと同じものであるから実質一つだけである。

 

 「本当はもっと色々武器があったのだけれど、ほとんど使い果たしてしまったから。」

 「アレでしょ、最終兵器的なやつがあるんでしょ?」

 「『リオンフォン』のことね。あれを使うには専用の改造が必要になるし。」

 「それに、使ったら自壊するし。」

 

 宇宙に漂う『波動エネルギー』を自身のエネルギーに変換するレベリオンだからこそできる芸当だが、もれなく自身の崩壊を招く。

 

 なお、波動エネルギーの転換装置は火星製のレベリオンにしか搭載されておらず、地球製レベリオンはプラズマバッテリーで賄っている。そのため、リオンフォンは火星製のレベリオンにしか搭載されていない。

 

 「そんなものを使って、よく生き延びられたね。」

 「そうだ、どう考えても死んだとしか言えないのに、どうやって助かったんだ?続編があるというからには、生きているのだろう?」

 「さあ、それは私にもわからないわ。あの瞬間、リオンフォンの発声装置が先に自壊した感触は覚えているのだけれど。」

 

 だとしても、その後にはトールハンマーが待っている。どちらしにしろ生存は絶望的だ。

 

 「けど、そっちの世界では雄二は生きている・・・。」

 「生きているとしたら、何を思っている?」

 「・・・おそらく、復讐。」

 「復讐?」

 「ええ、私たちを利用したあらゆる物への復讐心。それだけだと思うわ。」

 「根拠は?」

 「・・・この世界に来た時、まっさきにそのことを相談したわ。」

 

 復讐。クロユリの花言葉でもある。

 

 それから語られるは、ダークリリィのあらすじ。それは復讐の物語だった。



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第0話

 冷たい宇宙でありながら、燃え盛る地獄の窯の様相を見せている。そこはアダムの母艦『バルアーク』。

 

 そのブリッジで最後の戦いが行われている。純白のボディはあちこちが黒く焦げ、外装が剥がれて内部の機械が露出している、地球人類最後の希望『カサブランカ』。

 

 相対するのは、アダムのマザーブレイン。ありとあらゆる手を持って、目前の脅威を排除しようとしているが、それはいささか足りなかった。

 

 『これで・・・。』

 「終わりだ!」

 「『リオンフォン』!!!」

 

 たった今、火星で生まれ、火星を征服し、その手を地球に伸びさんとする悪魔には、死刑宣告が下された。。

 

 『ぐぉおおおおおおおおおおお!!!!消えてしまう・・・我らの命が・・・文明がぁあああああああああ!!!』

 

 「消えろ!この世界!!この宇宙から!!」

 

  リオンフォン、それはカサブランカの全エネルギーを、反物質粒子砲として放つ最後の切り札。だがそれは、引き金を引いた者の死をも意味した。

 

 「エルザ・・・これで、終わりだな・・・。」

 『ええ、やっと・・・。』

 

 崩壊するブリッジの裂け目から、光の奔流が差し込む。衛星砲『トールハンマー』より、バルアークを撃墜せんとレーザーが放たれたのだ。

 

 しかし、それを撃った者の目的はアダムの撃滅ではなく、カサブランカの抹殺であった。それを知っていてなお、カサブランカは最後の戦いに臨んでいた。

 

 『付き合わせちゃって、ゴメンね・・・。』

 「何言ってんだよ、最後まで一緒だって、約束しただろ?」

 『でも、雄二には生きていて欲しかった。』

 「お前のいない世界なんて、意味がない。」

 『そう・・・ありがとう。嬉しいな、そんな風に思われてたなんて。』

 「ずっと、言ってなかったな。俺は・・・お前を・・・。」

 『ああ、私もよ・・・。』

 

 光が、2人を包み込んでいく。

 

 この日、人類を襲った悪夢は終わった。偉大な英雄を引き換えに・・・。

 

 

 

 (ここが・・・天国か?いや、それとも地獄か。)

 

 気が付くと、雄二は真っ白な空間に浮かんでいた。

 

 あの時確かに、自分とカサブランカはレーザーで焼かれたはずだった。だが、体に痛みはない。

 

 そう、あれほど神経接続の影響によって痛んでいたはずの体が軽いのだ。

 

 「雄二・・・?」

 「エルザ・・・エルザ!」

 

 そして何より、目の前にいるではないか。自身の幼馴染で、半身と言っていい存在。銀の髪をツインテールにした少女、エルザが。

 

 「私たち、一体どうなったのかしら?」

 「わからない。だが今はこうしてお前の顔が見れた・・・。」

 

 雄二はエルザの頬にそっと触れた。柔らかい感触が返ってくる、たしかにそこにいる。

 

 『待っていた、いや待たせたなと言うべきか。』

 

 「誰だ?」

 

 『シナリオライター、片桐和馬。』

 

 「脚本家?」

 

 そこへ突然、ヒゲ面のおっさんがあらわれた。

 

 「だから誰なんだ。」

 『君たちを作った者だ。』

 「つまり・・・神様?」

 『そんな大層な物ではないが、まあそんなものだ。』

 「そうか。で、その神様が何の用だ。」

 

 カミって割には髪が後退し始めているようだが。すっと雄二がエルザの前に出る。

 

 『君たちにはチャンスが与えられた。』

 「チャンスだと?」

 『君たちの物語は、ここで終わる。だが、続きを望むものたちがいる。』

 「どういうこと?」

 『つまりだな・・・。』

 

 『界拓機士カサブランカ』それが雄二とエルザの物語のタイトルだった。それが最終回を迎えてはや十数年、今なお続編を望む声は少なくない。

 

 そうして、とある事情によって和馬は『好きな作品の続編を作る権利』を条件付きで得た。だからカサブランカに話がかかってきた。

 

 『だがそのためには、ある条件をクリアしてもらわなければならない。』

 「条件?というか、その話に乗るかどうかも返事をしていないのだが。」

 『残念ながら拒否権は無いんだ。俺よりもっと上の人が決めたことだから。』

 

 冷徹に、達観したように和馬は言った。残念ながら被創造物は創造者には逆らえない。

 

 『仮想空間に君たちがゲームの世界を作り、プレイヤーがそのゲームをクリアできれば、そこが続編の世界が構築されるというわけだ。』

 

 自分たちが被創造物であるという衝撃を飲み込めぬうちに、次から次に情報が飛んでくる。

 

 「待って、クリア?ゲーム?どういうことだ?」

 『その名の通りだ。ゲームの名前やルールはお前たちが決めていい。ただし、プレイヤーはこっちで用意した。』

 「そいつらに、俺達の未来を任せろと言うのか?」

 『そーだ。』

 

 やっと戦いが終わったと思ったのに、なんか新たに厄介ごとに巻き込まれようとしている。

 

 「・・・ちょっとエルザと2人で相談がしたいんだけど?」

 『いいぞ。3分間待ってやる』

 

 どうせゲームをビルドしなければならないというのは確定事項だしな、と言った。

 

 「どうする?」

 「どうするって、しなくちゃいけないんでしょう?」

 「・・・俺はもう戦いは飽きたんだが。」

 「私も。ようやく休めると思ったのだけれど。」

 

 はてさてどうしたものか。

 

 『時間だ、答えを聞こう。』

 「まだ40秒も経ってないだろうが。」

 「私も。もう戦うのは嫌なんだけど?」

 『ん?別に戦うだけがゲームじゃないぞ。ストーリーの選択肢を選ぶアドベンチャーゲームというのもアリなんだぞ?』

 「それならまぁ・・・。」

 

 のんびりとした世界なら、まあ悪くない。

 

 「私、学校ちゃんと行きたかったな。」

 「俺もだ。もっと普通な学園生活をおくりたかった。」

 『なら、学園アドベンチャーゲームにするか?』

 

 それに、もうひとつ願いがあった。

 

 「火星で生まれた花の種、あれを地球に持ち帰りたかった・・・。」

 「そうだな、あれが心残りだ。地球ではどんな花をつけるのかもわからなかった。」

 『ああ、そんなのもあったな。』

 「あんたの脚本だろ。」

 『十数年前に書いた序盤にしか出てこなかった設定を忘れるなと言うほうが難しい。』

 

 火星で生まれた種を地球に植える、それが小さいころからの夢だった。そう思うと、ムクムクと好奇心と想像心が湧いてくる。

 

 「わかった、やろう。」

 「うん、今度は戦いのない世界を・・・。」

 『よろしい、ではゲーム機に祈りを込めると良い。』

 

 そう言って和馬は携帯ゲーム機、ゲームPODネクスを差し出してきた。

 

 『雄二、お前の望みを込めろ。』

 「よし・・・俺の願い、俺の望む世界・・・。」

 

 日の当たる花畑の世界、暖かくて優しい世界を・・・創造する。

 

 しかし、そこに一陣の風が吹いた。

 

 「これは・・・?」

 『ん、なんだ?』

 

 風は、炎と闇を運んできた。

 

 「うっ・・・これは・・・?!」

 「雄二!手を放して!」

 

 ゲームPODネクスからは、禍々しい闇のオーラが溢れていた。

 

 「これが・・・これはどういうことだ?」

 『・・・どうやら、お前が創造したときに、邪念が混ざったようだな。見ろ。』

 「そんな・・・。」

 

 そこは、日の差さない暗黒の世界。地上には花が咲き乱れている、だがそれは復讐のクロユリの花。

 

 「・・・もう一回やり直せないこれ?」

 『無理だ。脚本家にそこまでの権限はない。』

 「そんな・・・。」

 「案外ヘボいな脚本家。」

 『うるせえ!まだ手はある!』

 「どんな?」

 『そうだな・・・そうだ。もう一つ手がある。ちょっと待ってろ。』

 

 ガチャッと空間に出来たドアを開けて出ていくと、数十分後戻ってくる。

 

 『あったあったあった、このゲームカセット。』

 「『界拓機士カサブランカ』?なにこれ?」

 『お前たちの物語のゲームだ。まずこれをベースに世界を構築する。』

 「そんなことが出来るのか?」

 『ゲームPODネクスにはもうひとつスロットがあるからな、これが雄二の作ったゲームに連動するようにしておく。そしてここに、エルザの願いを込める。』

 

 ゲームの中で二人の思いが一つになるというわけだ。

 

 「よくわからんが、どうにかできるんだな?」

 『そうだ、さあエルザ。今度はお前が望め。』

 「何を望めばいいかな?」

 「エルザの望む未来だ。」

 「私の望む未来・・・。」 

 『間違っても滅びの未来とか望むなよ?』

 「しない!ていうか余計な事言わないで・・・。」

 

 私の、エルザの望む未来は・・・。

 

 ポワ・・・と今度は白い光が漏れる。暗闇に包まれた世界に、光が取り戻された。

 

 「なんとかなったかな?」

 「けど、花は黒いままか・・・。」

 『それに、カサブランカに登場した施設が出現したようだな。軌道エレベーターとかオービタルリングとか。』

 「じゃあバルアークも復活したのか?」

 『そこまでは言っていないな。あくまでゲームを作るのはお前たちだ。お前たちの望んでいないものは登場しない。』

 「ほっ。」

 

 もう一度アレと戦わなければならないと思うとぞっとしない。

 

 『ともかく、これで完成だ。あとはプレイヤーを呼び込んでゲームスタートだ。』

 「そのプレイヤーって一体誰なんだ?」

 『俺の息子だ。』

 「あんたの息子って時点でもうなんか信用ならないんだが。」

 『心配はいらない。息子はプロにも引けを取らないゲームプレイヤーだ。かならずクリアしてくれることだろう!大船に乗ったつもりでいろ。』

 「本当かよ・・・。」

 

 それはそれでなんだか心配になるが。

 

 『さあ、始まりだ。覚悟はいいか?そのゲームPODのスイッチを入れるんだ。』

 

 愚問だ。拒否権は最初からなかったというのに。

 

 だが、雄二とエルザはいつもそうだった。拒否する権利は常になかった。その力が常に必要とされた。

 

 ともあれ、望む未来が手に入るというのなら多少乗り気にもなる。

 

 「行こう、エルザ。」

 「ええ、よくってよ。」

 

 これは、未来を賭けた戦い。他の誰でもなく、自分たち自身の未来を掴むための。

 

 

 「さて・・・。」

 

 誰もいなくなった空間に和馬は1人佇む。白い地面に落ちたゲームPODネクスを拾い上げると、その場を後にする。

 

 「遊馬。起きてるか?」

 「なに?今忙しい。」

 

 そして遊馬の部屋の前に行く。戸を叩くがその反応は素っ気ない。

 

 「ちょっと話がある。」

 「ほっといて。」

 

 時間は2時。午前ではなく午後の。それも平日の。遊馬の歳ならば普通は学校に行っている時間だが、遊馬はその限りではない。

 

 「大事な話なんだ、聞いてくれ。」

 「聞きたくない。からあっち行って。」

 

 遊馬は引きこもりである。そしてそうなった原因は和馬にある。

 

 その自室の扉は固く閉ざされている。

 

 「しょうがない、コレおいてくからな、プレイしてくれよ。」

 「わかったー。」

 

 その場にゲームPODネクスを置いて和馬は立ち去る。

 

 ~半日後~

 

 「やってないじゃないか・・・。」

 

 ゲームPODは廊下に置かれたままだった。

 

 「こうなったら仕方がない。」

 

 多少強引な手段を使って遊馬の部屋に押し入ると、ベッドで寝ている遊馬の手にゲームPODを握らせる。

 

 それにしてもひどく散らかった部屋だ。だが、この悩みもこれで解決される。

 

 「スイッチ・・・オン。」

 

 遊馬の意識は、眠ったまま異世界へと送られたのだった。



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第41話

 舞台は戻って、真空の宙。レールに沿って上へ上へと昇っていく箱がある。

 

 「そんなことがあったのか・・・。」

 「結局お前のお父さん何者なんだ?」

 「知らない。」

 

 明らかに超常的な表現が散見していたが、それも『脚本家』の力だというのか。

 

 「スゲェな脚本家。」

 「でも監督やプロデューサーには勝てない。」

 「悲しいな脚本家。」

 

 本当にそうなのかは知らない。ただ父さんはよく悩まされていたと聞いている。

 

 「ともかく、その時に雄二の願いに紛れ込んだのが『復讐心』だと?」

 「うん、そうかもしれないって言ってた。自分たちを利用してきた者たちへの憎しみ、怒り、そんなものが一瞬頭をよぎったって。」

 「憎しみ・・・。」

 

 それが復讐の黒い花を咲かせた。そしてそこが世界の始まりだった。

 

 「そのツケを払うために、雄二は俺達と戦ったと。」

 「そう、そして私の意識が込められたカセットをあなたに託したというわけ。まさかこんなに早くクリアしてくれるなんて、思ってもみなかったけど。やはり彼の言った通りに、名プレイヤーなのね。」

 「そんなに褒めるな。」

 

 本当ならもうちょっと楽しみつつプレイするのだが、今回はその暇もなく最短ルートでクリアしてしまった。旧ゲームPODのソフトなら、そんなにやり込み要素は無いと思うが、本当なら徹底的にやり込むのが遊馬のプレイスタイル。

 

 「じゃあ、エルザは何を願ったの?」

 「私は・・・そうね、穏やかな世界かしら。それに・・・・ちょっと恥ずかしいのだけれど、雄二との約束が叶う未来を。」

 「約束?どんな?」

 「この戦いが終わったら、結婚しようって・・・うれしかった。」

 

 典型的な死亡フラグのセリフだ・・・と思いつつもそんなことは口にはしない。きっと本当に嬉しかったろうに。

 

 「じゃあ、このブーケも?」

 「それはきっと、雄二が願ってくれたものね。」

 「じゃあ、これはお返ししますわ。」

 「・・・いいの、今はあなたが持っていて。あの人から直接渡されない限り、受け取れないわ。」

 

 エルザは、差し出された花束をそっと返した。生花でありながら、そのブーケは未だ生き生きと芳しい香りを発している。

 

 「結婚か・・・いいもんだね。」

 「そんな未来が来るように、私たちも頑張りますわ!」

 「ありがとう・・・。」

 

 以外にもトビーが反応を示した。

 

 『お知らせします。まもなく、オービタルステーションに到着します。シートにお戻りのうえ、シートベルトをお締めください。繰り返します・・・。』

 

 「到着か。」

 「さあさ、行こうよオービタルに。」

 

 特に道中は何の問題もなく、目的地のオービタルリングに到達した。エレベーターシャトルから降り、施設内部へ移動するとそこには重力があった。

 

 「さて・・・ここで何をするんだ?」

 「少し調べたいことがあるの。カウンターウェイト以外にも、この宙域にはクラックがあるかもしれない。それを先に閉じておきたいわ。」

 「なるほど。」

 

 まずは敵の湧きつぶしだ。それに、正規ルートから入ったことでイベント進行フラグを踏んだかもしれない。前来た時とは何か変化があるかもしれない。それはそれでなかなか面倒くさいが。

 

 「うわあ、ここは特に破壊されてるわね。」

 「バミューダのせいだよ。」

 

 一番上の指令室にまで来た時、エルザは飽きれたように言った。部屋はメチャクチャになっており、調べようがない。

 

 「すこしここでも調べごとがしたかったのだけれど、ここまで破壊されていちゃあね・・・。」

 「何を調べるつもりだったんだい?」 

 「バルアークについてよ。本当に破壊されたのかどうか、どうしても気になって。」

 

 画面の消えた機械をいじってみるも反応はなし。

 

 「実際に望遠鏡か何かで探すしかなくない?火星の方向でしょ?」

 「天体望遠鏡でも難しいでしょうね。」

 「一応望遠鏡はついているのよこの施設。ただ、ここからそれを確認できないだんとすると・・・。」

 「実物の場所さえわかれば、動かすことは出来ると思うけど?」

 「さすがトビー。メカニックは一流だね。」

 「メカニック『も』一流なんだよ。」

 「施設の外に出るなら、宇宙服や宇宙船も必要になるんじゃないのか?」

 「それもステーションにあると思うわ。行きましょう。」

 

 そうと決まれば話は早い。以前停泊するのと、レイの見送りに使ったステーションへと今度は移動する。

 

 「美鈴ちゃんは私に乗って、他の3人は作業用ポッドに乗って頂戴。」

 「ゲームセンターみたいだな、楽しそう!」

 「まるで空飛ぶ棺桶だな。」

 

 その呼び名で間違いないだろう。カサブランカのやられ役として活躍していたのがこの作業用ポッドを武装した『ドラムガン』だった。その名の通りドラム缶のような姿をしている。

 

 「うぇーい!」

 「らぴっ!」

 「こら、遊ぶんじゃねえ!」

 「なかなか楽しいねこれ。」

 

 ともあれ、その分操縦も簡単だった。簡単に操縦訓練をすると、カサブランカが先導していく先についていく。なお、ラッピーはまたアストロノーツで活動している。

 

 「これだよ、これが宇宙望遠鏡。」

 「へー、ハッブル望遠鏡みたいなもんかな。」

 「いいから早くアクセスしろよ。」

 「待ってて待ってて。」

 

 目的地にはすぐに到着する。この宇宙望遠鏡で、遥か遠くの宇宙を見張っている。

 

 「タタタ、ターン!と出たよ。」

 「でかした。」

 「どれどれ・・・。」

 

 トビーが操ると通りに宇宙望遠鏡は動き、火星方面にズームインするとその映像を各員の手元のスクリーンに映される。

 

 「へぇ・・・これもリアルだな。」

 

 目に飛び込んでくるのは、瞬く星々の光、渦巻く銀河、広がる星雲。仮想とはいえ、本物の宇宙がそこにはあった。

 

 その光のスクリーンの中、映る異物。

 

 「・・・これか。」

 「ひょっとしてこれ?」

 「これだろうな。」

 「バルアーク・・・。」

 

 赤と言うよりは紅。血が酸化したかのような赤黒い色。五芒星を象ったような戦艦が、半壊しながらも辛うじて原型をとどめている。まるでそこに乗っていたものの執念が、今も漂っているかのように。

 

 「あそこまで行けってことか。」

 「うん・・・あっ、でもイベントクリアになったね。」

 

 【ランクA:忘れられた艦】

 

 破壊されたと思われていたバルアークを発見した。いや、完全に破壊される前のバルアークが、雄二の念によって再現されたのかもしれない。

 

 「初めてA評価貰ったね。これが最善の道ってことなのかな。」

 「ひとつイベントをこなしたのなら、向こうでも何かが起こるんじゃないのか?」

 「そうだね・・・。一回戻ってみるよ。」

 「いってらっしゃい。」

 

 ひとつ進展したことを願い、一旦寄り道をすることにした。

 

 『気を付けてね、あれが見つかったという事は、そちらの世界にも・・・。』

 「かもしれない。」

 

 これで何が変わるのか。それを確認するのだ。



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第42話

 「・・・帰ってきたはいいけど・・・お腹すいたな・・・。」

 

 ベッドの上に寝転がって呻く。とにかく外へ出ない限り自体は好転も暗転もしない。

 

 「おーい、誰かー?出してくださいよー。」

 

 再びドアをノックするが、依然反応は無し。せめて外の様子を覗うために耳をそばだてる。

 

 「・・・。」

 

 ひたすら自分の心臓の鼓動だけが聞こえてくる。そうして何分間続けていただろうか?あるいはまだ数十秒しか経っていなかったのかもしれない。ただ嫌な時間が永遠にも感じられた。

 

 「うぉっ?!」

 

 そしてそれは唐突に終わりを告げる。耳を張り付けていたドアが急に開いて遊馬は外へと倒れ込んだ。

 

 「おっ。」

 「とと、びっくりした。」

 「こっちもよ。まさかいきなり倒れ込んでくるなんて。」

 

 肩を支えられてなんとか態勢を取り戻した。その手の主、シェリルは先ほどまで纏っていたパイロットスーツとは違う制服を着崩している。

 

 「それで ゲームをしていたようだったけど何か進展はあった?」

 「何故知っているの?」

 「監視カメラがあるのに気づいてなかったの?」

 

 ほら、あれ。と指差しされた先にを見るが、全然気づかなかった。

 

 「まあ、何があったかよりも先に食事よね。」

 「ずっと腹ペコだったんですけど、なんで閉じ込められていたのですか?」

 「ごめんごめん、勝手に出歩かれても困るからってね。」 

 

 だからって鍵までかける?しかも監視までしていたということは、信用されていないという事だろうか。

 

 「何が食べたい?なんでもあるよ?」

 「カレーライスとコーヒー。」

 

 食堂に案内され、好きなものを注文する。カレーはなかなかおいしい。コーヒーもインスタントっぽいが食後にはちょうどいい。まともに味わったのは、モンドのマズいラーメン以来になる。

 

 「いい天気ね。後で甲板に出てみない?」

 「あーうん、そっすね。」

 

 現在、本艦は潜伏状態を解除して海面に顔を出している。島影も何も見えない水平線の映像が、食堂のモニターに表示されている。

 

 食器を返却してまた廊下を歩く。時折スタッフたちとすれ違い、シャエリルには軽く会釈をするが遊馬には何もない。まあ当然だろうな、と遊馬はシェリルの背中を見つめる。

 

 パイロットスーツの時はタイツのようにパッツパツだったが、制服には幾分余裕があるらしい。が、それでも胸のボタンは締めきれていない。スカートも短く改造しているらしい。パイロットスーツの時とは違って、イケイケなギャルという印象を受ける。

 

 「今日はいい風が吹いてるわね。」

 「ちょっと強いですね。」

 「フライトするにはちょうどいいわね。飛んでみない?」

 「結構です。」

 

 生身でのフライトは欠航にさせていただきたく。

 

 「私ね、元戦闘機パイロットなの。空飛ぶの好きなのよ。」

 「へぇ。ではなぜヘイヴンに?」

 「自由に空を飛ばせてくれるって言うから。その割には海に潜ってばかりだから、騙されてるかな?」

 「僕も実質拉致されてると思ってるので、多分そうかと。」 

 「言うじゃない、あなた面白いわね。」

 

 「それに、今は飛行機よりも、レベリオンの時代だしね。安全で、低燃費だし。飛行機は飛ばすにはリスクが大きすぎるって。だから肩身が狭かったっていうのもあるわ。」

 

 単機で大気圏を突破できる出力を出せるのは火星製のものに限るが、地球製のレベリオンでも戦闘機は全く及ばない。需要が全くないわけではないが、それでもシェアを奪われていると言っていい。

 

 「また飛行機に乗りたいとか思わないんですか?」

 「そうねー、でもレベリオンに慣れ過ぎて腕がなまってるかもしれないわ。」

 

 否定的な言葉は並べても、決して否定はしなかった。

 

 「・・・風が強くなってきたね。中に戻ろうか。」

 「はい。」

 「他にも紹介したい人とかいるし・・・そうだな、指令室にいるかな。」

 

 にわかに冷たい風が吹いてきた。風上からは暗い雲が流れてきているのが見える。そこから逃れるように2人は艦内に戻る。

 

 「あっ、いた。」

 「ん?あぁ、ちょうどよかった。この子はパトリシア、私の後輩。」

 「どうも、遊馬です。」

 「こちらこそ!って、そうじゃなくてシェリルさん!勝手に連れ出しちゃいけないって言われてたじゃないですか!指令が呼んでますよ!」

 「はいはい、今行くところだから。」

 「珍しく自分から動いたと思ったら、こんなに道草食って!」

 「朝食は食べないと元気でないと思って。それに気分転換も。」

 「それはそうですけど・・・。」

 

 僕は室内飼いの犬か何かなのか。

 

 犬に例えるなら、このパトリシアは元気な子犬といったところだ。赤毛のショートツインテールを跳ねさせる、小柄な少女と言ったところだ。レベリオンのパイロットの資質としては、小柄な方が有利なんだろう。しかし一体何歳なんだろうか。高校生、いや中学生にしか見えない。

 

 「そういえば、レベリオンのパイロットなんですよね?パトリシアさんも。」

 「ええ、勿論。」

 「全部で何人いるんですか?」

 「5人だよ。」

 「たった5人?」

 「ちっちっ、選び抜かれた5人だよ。」

 「件の、イングリッドとどっちが強い?」

 

 ざわっ、とその場にいる全員、通りがかったスタッフも含めての、視線が遊馬に集まる。何かマズいこと言ってしまったか?

 

 「うん、まあ・・・ね。」

 「その『まあ』は・・・まあいいや、忘れてください。」

 「残念ですが、イングリッドとカサブランカMk.Ⅱには勝てません。私たち全員が束になってかかっても。」

 

 そんなにか。

 

 「そもそも機体のスペック差が大きすぎるし。腕前はそこまで差はないかな?」

 

 シェリルはそう言うが、その場の全員が目を伏せている。

 

 「そ、それよりも指令室行きましょうか。」

 「そうですね!ほら先輩も!」

 「本当だぞ?対等なタイマンなら絶対負けないっての!」

 

 英雄の子ということだけが、彼女を特別たらしめているわけではないようだ。

 

 そして、決してうぬぼれではないが、戦いのキーは僕が握っていると遊馬は予見した。



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第43話

 しばらく沈黙の回廊を歩き、最奥部の司令室へと到着する。

 

 「指令!お連れしました!」

 「ご苦労。」

 

 昨日と同じように遊馬は席に通される。今日のこの場にはクリス司令官と、父・和馬との他にも3人の女性がいる。

 

 「まず紹介しよう。我らヘイヴンが誇るレベリオン部隊のパイロットたちだ。」

 

 1人目は青いウィッグを挿したメガネのクールな女性。2人目は黒い長髪が、幽霊のように顔を覆い隠している。そして3人目は灰色の瞳に栗色の髪、シェリルによく似ている。

 

 「リーダーのセシルだ。」

 「・・・リーシャン・・・です。」

 「アリサ・ランカスターです。」

 

 それぞれ順番に名乗ってくれた。セシルということはフランス系?、でリーシャンは中国系だろう。思った通りアリサはシェリルと姉妹のようだ。ここにパトリシアとシェリルを咥えた5人が、ヘイヴンのパイロット。パイロットと言うかイロモノ集団と言うか・・・。

 

 「ちなみに遊馬のことを拘束しておこうって言ったのはセシルね。」

 「姉さん?」

 「だが誰も反対しなかった。」

 「・・・孤立無援。」

 「ひでぇ。」

 

 リーダーというだけあってセシルは冷厳らしい。制服もピッシリと着ているし、ネクタイもしっかり締めている。リーシャンは何を考えているのかよくわからないが、言葉の追撃が飛んでくる。

 

 「そのことに関して、本当に申し訳ないと思っている。だが、君の安全を守るための事だと思ってほしい。」

 「その割に飢え死にしそうだったんですけど。」

 「人間、1日食事を抜いたくらいじゃ死なない。」

 「そりゃそうかもしれないけど、出来ればそういう文明の中で生きていたい。」

 「それで、今後の方針について話す前に、聞かせてほしい。今度はどんなことがゲームの中ではあった?」

 

 と、真剣なまなざしが向けられる。

 

 さて、何を話したものかと思案する。問題なのは、こちらとあちらで認識に齟齬があるということ。正直この辺を説明するのも面倒くさい。事情を知っているであろう父さんは腕を組んで何も言わない。

 

 今は自分の有用性をアピールするのもいいだろう。とりあえず得られた情報を正直に話すとしよう。こっちの世界でも雄二が生きてる可能性があるという事も衝撃的な事実だろう。

 

 そしてバルアークが今もどこかに残っている可能性があるということも伝えることにした。アダムの生き残りであるエヴァリアンとしては喉から手が出るほど欲するものだろう。あるいは、既に確保されている可能性もある。

 

 「まさか・・・本当に?」

 「信じられないでしょうけど、それは確かに見ました。これから内部を捜索するというところで一旦戻ってきたのですけど。」

 「では、やはりあれは・・・。」

 「うむ、間違いないのだろう。」

 

 遊馬の意見を聞いた途端、にわかに慌ただしくなった。

 

 「あの、何か?」

 「うむ、実はつい今しがた、海底であるものを発見したのだ。」

 「まさか?」

 「そう、そのまさか。」

 

 スクリーンにパッと映されたのは、見覚えのある赤黒い物体。十数年もの間海底に放置された結果、フジツボや海藻が張り付いているようだが、それでも材質そのものは朽ちている様子はない。

 

 「消滅させられたと思われていた、バルアークの一部分だ。」

 

 カサブランカと、トールハンマーの攻撃によって破壊され、分離したバルアークの一部が地球に落ちたものだろう。

 

 「実はこのバルアークの遺物は、偶然発見させられたものなのだ。それもまるで今までそこになかったものが『突然出現』したかのようにね。」

 「突然?」

 「突然目の前に現れた、としか言いようがないように見つかった。やはり、君と、そのゲーム機には現実を変える力があるのだろうか・・・。」

 「それでもにわかには信じ難いことに変わりはありませんが。」

 「私は信じるよ。」

 

 クリス司令は指を組んでモニターを見つめる。その眼には光が灯って見えた。

 

 「これからなにを?」

 「勿論、調査する。何か情報が手に入るかもしれない。」

 

 エヴァリアンと比べて戦力の乏しいヘイヴンには、こういった掘り出し物はありがたい。文字通り沈んだ海賊船からお宝さがしが始まる。

 

 「よし、では調査に向かう。メンバーは私、リーシャン、パトリシアの3人で行く。」

 「・・・了解。」

 「了解です!それでは行ってまいります!」

 「うむ、くれぐれも気を付けてな。」

 

 3人が指令室から出ていくのを見送ると、クリス司令は遊馬に視線を戻す。とてもご満悦なようだ。

 

 「さて、何が見つかるかは彼女たちの頑張り次第として、よくやってくれたね遊馬くん。」

 「鍵のついてない個室を用意していただければもっと頑張れますよ。」

 「ハハハ、もとよりそのつもりだよ。ルームサービスもつけよう。欲しい物があれば取り寄せる、VIP待遇としよう。」

 「外に出すつもりもなさそうですね。」

 

 いい大人が、年頃の子供に引きこもりを推奨するとは。

 

 「司令!それじゃあ私艦内の案内を続けますね!」

 「う、うおっ・・・。」

 「姉さん!案内ってどこへ?」

 「色々!」 

 

 答えも聞かずに腕を掴んだシェリルによって、遊馬は指令室の外へと連れ出された。



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第44話

 「ちょっと姉さん!」

 「遊馬、レベリオンをもっと見て見たくない?」

 「姉さん!」

 「あ、これは私の妹のアリサね。ソックリでしょ?」

 「そうですね。」

 

 遊馬たちの後ろについてきたアリサ・ランカスターは、たしかに姉のシェリルによく似ている。『目元とかお姉さんそっくりですねー。』とかってレベルじゃないぐらいよく似ている。

 

 「双子?」

 「双子ではないかな。私の一つ下だよ。」

 「きっと苦労してるんでしょう?」

 「ホントにもー、この子ったら押しが弱いんだからすぐに面倒ごとを押し付けられちゃう困ったちゃんなんだよ!」

 「ちょっとシェリルさん黙ってて。」

 

 出しゃばりな姉に、苦労人な妹といったところか。遊馬には兄弟はいないが、アリサのことを心底同情した。

 

 「そうじゃなくて姉さん。なんで彼を連れ出すんですか?」

 「いいじゃない、長い付き合いになるんだから。」

 

 長い付き合いか、そうなるかもしれない。でもちょっとシェリルは距離感が近すぎる。長く良好な関係を続けるには、程よく距離を開くことだと思う。

 

 「部屋がもらえるなら、まずは見に行ってみたいんですけど?」

 「おっ、ウチ来る?」

 「いえ、結構です。」

 「ならアリサの部屋に行こうか。」

 「姉さん?」 

 「あっ、そうかー、ごめんねアリサ部屋散らかしっぱなしだったわ。とても男の子には見せらんないぐらいに・・・。」

 「散らかしたのは姉さんでしょうが!」

 

 このまま放っておくと延々と漫才を続けてくれそうだが、遊馬はややうんざりとし始めていた。この閉鎖空間で女性の黄色い声を延々と聞き続けていると頭がおかしくなりそうだった。部屋に引きこもってたほうがマシかもしれない。

 

 「あっ、一人で歩くと迷子になるよ。」

 「そうです!迷子になられても困ります!」

 「なら、早く連れてって。」

 「怒らない怒らない、リラーックス。」

 「居住スペースはこっちです。」

 

 さて、と居住区にまでやってきて足が止まった。

 

 「空いてる部屋は・・・。」

 「ここしかないんじゃない?」

 「ここか・・・。」

 「何か問題が?」

 「空いてるんだけど・・・空いてないんだよね、ここ。」

 「・・・幽霊でもいるの?」

 

 扉を開けると、中は確かに無人だった。代わりに、部屋主の帰りを待つように家具が鎮座している。机に積まれた本や、ベッドにはぬいぐるみが置かれている。

 

 「あれ、ラッピーのぬいぐるみか。」

 「知ってるの?」

 「向こうの世界の仲間の1人ですから。」

 「へー。」

 

 よく見ればそれは白い毛玉のようなウサギのキャラクター。遊馬には見覚えのあるラッピーだった。ぬいぐるみなのだから当然動くはずもないのだが、遊馬には動いていないことの方が違和感を覚えた。何気無しに拾い上げてみると、なかなか年季が入っているのかちょっとボロいと思えた。

 

 余程大切にされてるんだろうと思いながら、ぬいぐるみを元あった場所にそっと戻す。

 

 「この部屋って、誰か使ってた?」

 「まあね。私はよく知らないんだけど。アリサは知ってたっけ?」

 「私もよく知りませんが、セシルが出入りしているのを見たことがあります。」

 「へー、そうだったんだ。」

 「・・・ってシェリルさんのほうが先輩なんじゃなかったの?」

 「ううん、一番の新入りだけど?」

 「え?でもパトリシアさんは先輩って?」

 「ああ、あれはパトリシアが勝手に言ってるだけ。」

 「なにそれ?」

 「さあ。でもかわいいじゃない?」

 

 シェリル的には妹分が1人増えているからOK!らしい。実際年下ではあるから、妹には違いないという。

 

 まあ、人の趣味にとやかく口出しするつもりもないけど。

 

 「それよりも、この部屋はちょっと使えないです。」

 「そう?でもここ以外の部屋なんてないと思うよ?セシルが出入りしてるんなら、セシルに文句言わなきゃ。」

 「それもなんか申し訳ないので、気にしなくていいですよ。」

 

 人がいないのに片づけられていない部屋と、そこに出入りするメンバー。何か事情があるのはわかりきっている。

 

 「普段小うるさいセシルに意見できるチャーンス!」

 「姉さん・・・。」

 「冗談よ。けど何があったか知らないけど、いつまでも一部屋占領してるのはいけないことじゃない?」

 「そりゃまあそうですけど・・・。」

 「それのダシにされたくないんですけど僕は?」

 

 仲良くやっていこうと言っているその傍から、火花が散りそうなことを言わないでほしい。

 

 「でも他に部屋なんてないですよ?」

 「・・・いや、もう一部屋あるね。」

 「まさか?」

 「そのまさかだよ。」

 

 連れていかれたのは、艦の下部も下部、見覚えのあるエレベーターを降りて、廊下を歩いたところ。

 

 「ここでしょ!」

 「そういえば言ってなかったけど、ここ牢って言うんですよ。」

 「姉さん、いくらなんでも失礼でしょう?」

 「えー、別にいいんじゃない?ねえ、遊馬もそう思うでしょ?」

 「グ、グムー・・・。」

 

 他に部屋が空いてない以上、『個室』はここしかない。

 

 「まあ、いいや。」

 「えっ、マジ?」

 「マジって、勧めといて何を。」

 「いや、私は御免被りたいってだけよ。こんな狭いところになんて。」

 「姉さん・・・。」

 

 自由奔放と言うか、本当に何考えてるのかわからないという点ではリーシャン以上だったかもしれない。少しでも開けかけていた心が急に音を立てて閉まり始めていた。



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第45話

 さて、部屋の様子見もそこそこに、遊馬は格納庫へと連れてこられる。ゲームの中のそれと違うのは、常に慌ただしくスタッフたちが働いているということだ。

 

 「レベリオンって、自動的に修理や整備されるものでもないんだな。」

 「当たり前じゃん。こうしてたくさんの人の手がかかってるんだよ。」

 「さすが、一番手がかけられているだけのことはありますね。」

 「一番働いてるって自負ならあるわよ。」

 

 そのせいか、今もシェリル機の周囲には人が多い。埋まっている弾痕の除去や、ぶつけたマニュピレーターの検査、ワックスの塗り直しなど・・・とにかく暇がないらしい。

 

 格納庫の一角に目をやると槍、ライフルに盾といった装備品が置かれている。それらは人間が持って使えるようなサイズをしていない、当然レベリオン用の装備だ。近づいてみると、鉄とグリスのニオイがツンと鼻を突く。

 

 「あれがフォノンランサーで、あっちがフォノンライフル。」

 「でも、僕を拉致してに来た時は武装してなかったね。」

 「重くなるし、市街地での過剰武装は条約違反になりますから。」

 

 フォノンランサーは先端部に小さな刃がついているだけの簡素な槍だ。だがレベリオンが握れば、刃先から波動のブレードが出現し、物体を空間事切り裂くことが出来るようになる。

 

 フォノンライフルが発射するのはではなく、波動エネルギーの銃弾だ。しぼりを調節すれば、貫通力を高めることも、散弾にすることもできる。ただし弾代が高くつくためにあまり使われていないらしい。埃がすこし積もっている。

 

 あの時追撃してきた武装ヘリ程度、レベリオンなら内蔵武器と格闘だけで倒せてしまう。そして万が一にも撃墜して市街地に被害でも出してしまおうものなら、あっという間にヘイヴンは世間の敵になるというわけだ。世知辛いものだ。

 

 と、そんな風に案内されていたところ、壁に備え付けられた赤いランプが明滅し、警報音が鳴り響く。

 

 「あ、帰ってきたみたいね。」

 

 スタッフたちも白線の外にまで全員下がる。しばらくすると床が左右に開いて、下からエレベーターに乗ってレベリオンが3機海水滴るまま戻ってくる。

 

 それらが自分のハンガーに戻ると、胸のハッチが開いてパイロットたちが下りてくる。

 

 「作業開始ー!」

 

 それを確認してすぐさまスタッフたちも行動を開始する。海水に浸った機体のクリーニングやメンテナンス、非常に地味ながらも大変重要なお仕事だ。

 

 「おかえりなさい、何か収穫あった?」

 「ええ、まあ。これを解析班に回してちょうだい。」

 「疲労困憊。」

 「やっぱり海中は神経使います・・・。」

 

 慣れない水中での作業に皆疲れ果てていた。唯一セシルだけは涼しい顔をしながら、データカードをスタッフに渡す。一方、シェリルはパトリシアの肩をもんでいる。

 

 「アダムのデータを手に入れたわ。解析すれば何かの役に立つかも。」

 「それだけ?もっと他に何か無いの?」

 「船の一部だけじゃあそんなにいいものは見つかりませんよ。プレイヤー様にもっと頑張っていただけたなら話は別ですが。」

 

 じっ・・・と後ろにいた遊馬の方に視線が移る。そんな風に見られても困る。

 

 「わかった、部屋に戻ったらまた続きをするよ。」

 「あ、部屋と言えばセシル、あの部屋片づけてくらないと遊馬が使えないんだけど?」

 「ああ、あの部屋ですか・・・。」

 

 とたんに、セシルの顔に俯きの色が見えた。

 

 「あー、別に僕は気にしてないから・・・そうでなくとも今日は疲れてるでしょ?僕は最低限寝泊まり出来る場所があればいいから。」

 

 ただ遊馬は『気を使ってくれなくていい』という意味で言ったのだけれど、セシルには別の意味に聞こえたらしい。

 

 「いいえ、あなたはVIPなのですから、個室を用意していなかったのはこちらの失態です。すぐに用意します。」

 

 セシルは、1人居住区の方へと行ってしまった。

 

 「って、セシル!先に報告でしょ!」

 「ちょっと血迷い過ぎ。」

 

 パトリシアは、シェリルの腕を除けてセシルの後を追う。リーシャンは呆れたようにその背中を見送った。

 

 「少年、部屋が空いてないのか?」

 「え、ええ。監獄しか入れる場所が無いのは大分悲しいですね、自分で言っておいてなんですけど・・・。」

 「ふむ・・・たしかに一部屋が本当なら空き部屋だ。」

 「あれってなんか理由があるの?」

 

 シーッ!リーシャンは口元に指を立てて話を鎮める。

 

 「それは、いつかきっと語られる時が来るだろう・・・さらば。」

 

 何やら謎めいたことを言い残して、リーシャンもまた去っていった。

 

 「それで、報告は誰がするんだろう?」

 「代わりにやっておいてあげようか。」

 

 

 「と、いうわけで、かくかくしかじかで。」

 「これこれうまうまということか。わかった、解析班を待とうか。」

 

 以上、報告完了。

 

 「ところで、部屋は満足してもらえたかな?」

 「それがですね司令、・・・。」

 「もうこの展開いいよ。なんか訳ありなんだってのはよぉ~~~~~~~~くわかったから!」

 

 まるでこれから突入するダンジョンにはワナが仕掛けられているという情報だけを延々と繰り返されてるような感覚だ。存在ばかりを提示されたところで結局引っかかるんだから対処方法を教えてほしい。

 

 気にはしないといったが、気にしない方がどだい無理な話だ。どうせこの手の話にはお約束な、先に逝った想い人や先輩のことが忘れられないとかそんなんだろ?

 

 「実は誰もが知っている秘密なのだが、あの部屋は実は・・・。」

 「実は?」

 「セシルのラッピーグッズ置き場なんだよ。」

 

 ずこー!と拍子抜ける。

 

 「上手く隠されてはいるが、クローゼットやベッドの下にはラッピーグッズが山のようにある。」

 「へー、知らなかった。」

 「彼女のメンタルケアのために必要なことだったが、誰にも言わない秘密だよ?」

 「はーい。」

 

 つまり、遊馬にとってのゲームが、セシルにとってのラッピーなのだ。気持ちはわかる。

 

 「司令、お待たせいたしました。皆さんお揃いで何を?」

 「なんでもない。部屋の片づけは済んだかね?」

 「はい、もうOKです。」

 「よろしい。」

 

 どうやら、部屋を空けてくれたらしい。監獄を提案してくるシェリルよりもずっと大人な対応だ。

 

 「じゃあ、さっそく部屋に移動して続きをプレイしてきますね。」

 「ああ、助かるよ。吉報を待っているよ。」

 「こちらへどうぞ、部屋までご案内します。」

 

 一度案内されたので道はわかるのだが、それでもセシルの案内のもと遊馬は新しい自室へ足を運ぶ。

 

 「ここです。」

 「へえ・・・。」

 

 確かに積まれていた本や、ぬいぐるみは片付けられており、掃除もされているようだった。

 

 「ここにあったラッピーのぬいぐるみは?」

 「は?」

 「ああ、うん。なんでもないです。ゆっくりさせてもらいます、ありがとうございます。」

 「いえ・・・では。」

 

 一瞬セシルの顔色が変わったが、すぐに元のクールな表情に戻ると部屋を後にした。

 

 ようやく一人になれた。ベッドに横になると、何の気なしにベッドの下を覗く。

 

 そこには果たして何もなかった。クローゼットの中も開けてみたが、空のハンガーがプラプラと揺れているだけだった。クローゼットがあったところで、生憎掛ける服もない。

 

 そういえば着替えとかどうしようか。衣食住足りて礼節を知るというが、まだ未完成なわけだ。ま、その辺のことは後にして、今はゲームの続きをしよう。

 

 「ん?」

 

 勢いよくベッドに腰を下ろすと、何かが崩れるような音が聞こえた気がした。

 

 つづいて聞こえてきたのは、ミシミシという軋み音。なにか嫌な予感がする。立ち上がって音の出どころを探る。

 

 「ぬぉっ!?」

 

 直後、部屋の天井をぶち抜いて白い毛玉の群れが降ってきた。

 

 

 

 「セシル、あのラッピーグッズどこにやったの?」

 「秘密よ、秘密。」

 

 この後、セシルはたんまりとお説教を喰らった。



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第46話

 「さて、気を取り直して・・・。」

 

 ガムテープで補強された天井と、部屋の隅に積まれたラッピーグッズを尻目に、遊馬はゲームPODネクスを起動する。

 

 「ただいま!」

 「おかえり!」

 

 海に浮かぶ艦から、宇宙空間に浮かぶドラム缶に帰ってきた。どちらも」狭い閉鎖空間であるという事に変わりはないが、不思議とこちらの方が居心地がいい。

 

 『まずは、あの艦に向かおうか!』

 「おう!」

 「らぴ!」

 

 結構距離があるように見えるが、カサブランカの推力で引っ張ってもらえればすぐだ。

 

 宇宙に浮かぶ血の色をした戦艦、バルアーク。RPGの続編に出てくる、前作のラストダンジョン跡というのは決まって重要なアイテムが眠っているものだ。探索のし甲斐がある。

 

 特に何の支障もなく接艦できた。宇宙服を着こんだ遊馬、トビー、モンド、そしてラッピーとカサブランカに乗った美鈴が一様に壁を破壊されたブリッジに潜り込む。

 

 「ボロボロだな・・・。」

 『これは、あの時のままね・・・。』

 

 最奥部たるブリッジに鎮座していた主の姿はない。だが、まるでつい先ほどまで戦闘が行われていたかのような騒々しさの痕跡がここにはまだあった。

 

 『結局、雄二は、いえ私たちは、あの瞬間に縛られ続けているのかしら・・・。』

 「ねえ、エルザには復讐心とかないの?」

 

 ゲームPODのランプは赤く点滅しており、クラックが付近にあることを示している。その源を探っていたところで、トビーがふと疑問を口にした。

 

 「こんな時に聞く話か?」

 「気になったもんはしょうがないじゃん。だって、ユウジの復讐心がダークリリィを作ったのなら、エルザにもそれがあってもおかしくないんじゃない?この先どんな危険が待ってるかわからないよ?」

 「それはまあそうだが。」

 『そうね・・・抱いてないと言えば嘘になる、かな。』

 

 あの時自分が立っていたであろう場所にもう一度佇むカサブランカは、自身の心情をつらつらと綴った。

 

 『雄二が思っていたこと、私もわかってたつもり。何に復讐したいのかもね。』

 

 『まず火星で私たちを襲い、家族を奪ったアダム。でも、こいつらには私たち自身の手で引導を渡したわ。まさにこの場所で。』

 

 『次に、私たちを利用した防衛軍の人間かしら。私たちは命懸けで戦ったのに、ヤツらはのうのうと生きているなんて、ズルいわよね?』

 

 『あとは・・・最初に地球に帰ってきた時に、私たちを排斥しようとした市民かしら。誰のおかげで助かったのか、いまいちわかってないようだったし。そんなところね。』

 

 ふぅん・・・とトビーは聞いていた。モンドも思うところあるのか、何も言わずに聞いている。

 

 『けど、私はそんなヤツらに復讐しても何の意味もないって思ったかな。なんとなくだけど。』

 「そのなんとなくって?」

 『うーん・・・それ以上に、疲れてたからかしら。戦いが終わったら、どこか人の手のとどかない場所でゆっくりと余生を過ごしたかった・・・。」

 

 けれど、地球人類のエゴがそれを許そうとしなかった。その結果が、最後のトールハンマー発射に繋がった。

 

 「けど、そのせいでアスマの現実にエヴァリアンがいるのなら、その考え方自体は間違ってないと思うよ。」

 『そう?』

 「結局悪とされるのは、心で思ったことを実行に移すやつなんだよ。エルザは『何もしない』ことを選んだのなら、それは正解だと思うよ。」

 

 「じゃあ逆に、何を潜在的に望んでたと思う?」

 「いくらなんでもそれはデリカシーなさすぎじゃない?」 

 『そうね・・・一つだけ望むことがあるとすれば・・・。』

 

 機械の指を折り曲げながら、カサブランカは、エルザはつぶやいた。

 

 『子供をこの手に抱きたかったかしら。』

 

 「子供?」

 『私も雄二も、本当なら普通の人間として、普通な人生を過ごせたはずだったな、って。』

 

 子供という例えは、その最たる象徴であろう。次代に繋ぐという、生物としての原理。

 

 「・・・それって、エヴァリアンも同じなんじゃないのか?」

 「復讐心が?」

 「それもそうだが、次代を遺すという考えがだ。・・・復讐は遺伝子がそうさせるんじゃない。ミームだ。自分たちの中に生まれた、あるいは、アダムから受け継いだ悪意というミームが。」

 

 人間が他の動物と異なる点は、ジーンではなくミームも残せるという点にある、らしい。動物の中にも『文化』があるやつもいるようだし、正確には違うのかもしれない。まあそれはいいとして。

 

 つまりは子孫を残せないレベリオンは、子孫に代わる自分たちが生きた証を遺そうとしているのではないか。

 

 だが、結局のところそういう志も、有象無象の人間たちが甘い汁をすする糧にされてしまうことが往々にしてある。それこそが、遊馬の現実の世界の歪みなんだろう。

 

 「じゃあ、向こうの雄二さんは、エヴァリアンにいるんですの?」

 「どうしてそうなる?いや、うーん、その可能性も十二分にあるな。」

 「それでユウジのミームを継いだのが、イングリッドってワケ?」

 「だんだん繋がってきた感あるね、ウン。」

 

 閑話休題。

 

 「つまり、エルザの願いは子供が欲しいってことか。」

 「実に女の子らしいというか。」

 『なによー、私だって永遠の17歳よ?』

 

 17歳の母というのは、それはそれで危なっかしいものを感じる。

 

 「本質は同じなのかもしれないな、雄二の妄執とも。」

 『かもね、やっぱり私たち、息ピッタリだったわ。』

 

 さ、口を動かすのやめて、手を動かすのに戻ろう。



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第47話

 「これ、壁の模様かと思ったけど、何かの端末なのかな。」

 「スクリーンか?」

 

 バルアークはアダムの戦艦で、そのアダムが電子生命体・・・情報ナノマシンによる集合意識体とでも呼ぶべきものだった。そしてアダムが肉体として作り出したのがレベリオンであり、そのレベリオンは身長5mほどある。

 

 「ミスズ、エルザ、これ動かせる?」

 『どれどれ?あー、これね。』

 

 バルアークの一角の部屋、おそらく談話室だろうか?、にあった、一見すると壁に描かれた模様のように見えたそれは、レベリオンサイズのモニターだったのだ。隅の丸模様にカサブランカが手を添えると画面が点灯する。

 

 「まだ動いてるのかな。」

 「チャンネル回してみよう、リモコンはどこだ?」

 「テレビ見ようって時に限ってリモコン見つからないよね。」

 「テレビ本体にスイッチならついてるだろ。」

 

 画面が点いたとは言っても、どのチャンネルも砂嵐ばかりだ。

 

 「おっ、なんだこの画面。」

 「チェス?」

 

 現れたのは白黒の格子模様の画面。駒がいくつか散り散りに並べられている。

 

 「これは・・・詰将棋ならぬ詰チェスってことかな?」

 「唐突だな。」

 「これをクリアしろってことかな?サブクエストかも。やってみよう。トビー、チェス得意でしょ?」

 「えっ、ボク?うーん・・・。」

 

 しばらく長考して、宇宙服のスラスターを吹かして一手、二手と動かすが、途中で逆にチェックをかけられてしまった。

 

 「うーん、負けちゃった。」

 「得意なんじゃないのかよ。」

 「突銭言われても出来ないよ!」

 「私・・・ちょっとやってみますわ。」

 

 次に挑戦するのは美鈴。カサブランカでの細かい作業にも慣れたのか、器用に指を動かして駒を操っていく。

 

 「チェック。この程度、造作もないですわ。」

 『へー、やるもんね。私もチェス得意よ?』

 「じゃあ次はエルザさんがやってみます?」

 『そうね、久しぶりに頭の体操を・・・。』

 

 今度はエルザが操縦を変わって問題を解いていく。

 

 『できた!』

 「お見事ですわ!」

 「お前はチェス出来るのか?」

 「一応は。将棋の方が得意なんだけど。」

 

 仲睦まじく遊んでいる女子たちを、遊馬たちは後ろで眺めていた。

 

 「終わった・・・。」

 『これで全部かしら?』

 「あ、終わった?」

 「けど、何のためにこんなゲームがここにあったんだろう?」

 「アダムたちの暇つぶしじゃないのか?」

 「ならインベーダーゲームでも置いておけばいいのに。」

 「チェスが得意なんじゃないのかよ?」

 

 トビーが負け惜しみを言っているが、それはさておき。

 

 【ランクA:モノクロ・マスター】

 

 報酬:スペア・クイーン

 

 どうやらクリアしたらしい。報酬としてアイテムも手に入った。

 

 「どれどれ?身代わりアイテムか。」

 「身代わり?」

 「戦闘で倒されても、一回だけ蘇られるらしい。」

 「なら、レディファーストでミスズが持ってればいいんじゃないかな。さ、次行こう。」

 

 「でも意外でしたわね、エルザさんもチェスが得意だなんて。」

 『まあね、雄二以外には負けたことないわよ。』

 「へえ、雄二さんも得意なんですのね。」

 『というか、雄二から教えられてね・・・。』

 

 トビーにせかされ、部屋を後にする。どうやらここにはメインとなるものはなかったようだが、他にも実りがあったとみていいだろう。



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第48話

 さて、息抜きも済ませたところでバルアークの格納庫にやってきた。格納庫、というにはガラスの円筒が並んでおり、さながら実験場や培養施設のようにも見える。

 

 「この試験管が、レベリオンのベッドなのかな?」

 『戦闘特化のレベリオンは、人間の姿に戻れない代わりにこうしてメンテナンスマシンに入る必要があるのよ。』

 「その戦闘用レベリオンは、火星の捕虜たちと戦って、大半が死んだと・・・。どちらも元は同じ人間なのに。」 奴隷同士が戦って、片方の

 

 「この試験管の中身は、ナノマシン入りなのかな?」

 「これ俺達が被ったら、俺達もレベリオンになっちまうのか?」

 『調整用と改造用は別だから大丈夫よ。』

 「ふむ、科学者としてはじっくりと調べてみたいところだけど・・・。」

 

 ガラス管の中には割れているものもあった。底に残った液体のような、あるいはジェルのようなものをトビーは宇宙服越しに指でつついている。

 

 「でも、こんな液体で人間がレベリオンになるなんて、正直信じられませんわ。」

 「明らかに質量保存の法則を乱しているし。」

 『質量は異次元から持ってきている、らしいわ。』

 「まあなんにせよ、人類が持つにはいささか早いものだってのはわかるかな。」

 

 トビーも観察の手を止めた。

 

 「ところで、ここに来た目的ってなんなんだよ?」

 「うーん、目標としては現実世界の方でのバルアークを発見したい感じかな。一部は見つかったんだけどね。」

 「何か、目印になるものを立てておけば、現実でも見つかるんじゃない?」

 「そうか。何かビーコンとか、発信機になるかな・・・。」

 「けど、ブリッジは動かなかったようだし、他の場所から出せないものかな。」

 「これだけ広い艦なら、ブリッジ以外にも通信設備ぐらいあるだろ。」

 「例えば?」

 「・・・少なくともここではないどこか。」

 

 乗っていた連中が連中なので、余計なスペースとかは置いていないだろうけど、探せば通信機のひとつくらいある。そこを起動しておけば、現実に戻った時も信号を発してくれているという寸法だ。

 

 無論、ヘイヴンだけに通じる秘密の信号でなくてはならない。エヴァリアンに先に見つかったりしても大変だ。あるいは、エヴァリアンが既に艦を接収していたとしても、尻尾を掴む手掛かりにはなるだろう。

 

 さて、そうと決まれば移動だ。ブリッジから侵入して、一番最下層から順番に調べて回っているところだ。

 

 ここで言う最下層とは、すなわち錐状の艦の一番外側の部分だ。バルアークは一番背後の部分に五角形状に並んだブースターがあり、その上にボトルが立っているような姿をしている。

 

 表面が赤黒いということや、やや歪な形をしていることを除けば、地球人の作ったロケットと、そう大してイメージは違わないだろう。

 

 「どうやらこのあたりは、兵士たちの区画らしいね。」

 「中心へ行くほど上の階級になっていくのかな。」

 「だろうな。攻撃を受ければ一番最初に死ぬ位置だここは。」

 

 考えてみれば考える程、『艦』と言うより『棺』かもしれないと思えてくる。端っから火星から地球への片道用、一番守られている中心部、マザーブレインさえ地球に到達できれば、あとは知らんって感じなのかも。

 

 「そう考えると、その最終決戦地球侵攻作戦も、アダムが最後の望みをかけた大博打だったのかもね。」

 『かもしれないわね。ホント迷惑よ。』

 

 最も、地球に到達さえできればアダムの勝ちになるので、ただの捨て鉢作戦ではないのだけれど。

 

 『そう考えると、色々謎が残ってるわね。』

 「それこそ続編で語られるんじゃないの?」

 

 むしろそれを阻止しようとしているわけだが。さておき。中心部、上階に行けばいいものが手に入るかもしれないが、代わりになかなか時間がかかりそうだ。時間は無限に近いとはいえ、ざっくりと調べて、早く上の方に行ってしまおう。

 

 そのためには目星をつけたほうがいいだろう。さしあたって・・・ブリッジに一番近い区画とか。

 

 「マジ?ここから一旦戻るの?」

 「先に計画を立てて置けばよかったものを・・・。」

 「ゴメン、まさかこんなに広いとも思わなくって・・・。」

 

 予測を立てずに適当に散策するというのも楽しいと言えば楽しいのだが。これは遊びではなかった。途中思いっきり遊んでた記憶もあるけど。来た道を引き返すとともに、そのあたりのことも思い出していく。

 

 「兵隊たちも、元は人間だったんだよな。・・・やるせないな。」

 「何突然。」

 「あのな、言っとくが俺にだって慈愛の心とかあるんだぞ?・・・人であったものが、人として死ねないのはむごいことだと、俺は思っている。」

 

 奴隷同士が戦って、片方の奴隷が死んで、もう片方の奴隷が生き残った。そして生き残った奴隷は、新たに人類に牙を剥いた。

 

 「終わらない戦い、か。」

 「復讐も同じだと思う。報復に次ぐ報復、復讐に繋がる復讐、終わりが見えない。」

 『・・・けれど、それをあなたたちには止められる。あなたたちは、私たちの世界とは違う、『外の者』だから。』

 

 ふと、遊馬は自分の立場について考えた。結局自分のやっていることは、その復讐のどちらかに加担しているだけではないのか。『内』でも『外で』もない自分が、本当にやるべきことはなんだろうか。



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第49話

 さて。

 

 「今度はこっちの道を行こう。」

 「今度は大丈夫なんだろうな?」

 「今度は大丈夫!多分。」

 

 ブリッジに戻ってきた一行は続いて中央のブロックへと移動する。

 

 「これは・・・。」

 

 先ほどまで見ていた下層と違って、中心に近い上層の内装は見るからに違った。

 

 「なんか豪華。」

 「内装がしっかりしてるね。」

 

 無機質だった下層とは異なり、幾何学模様のような装飾が施された壁、床が目についた。それにどうやら、それらの材質もひときわ頑丈なようだった。

 

 「ふーん、どうやらこのフラクタル模様が、ハニカム構造としての役割も持っているみたいだ。」

 「文字通りの、上層階級向けの部屋ってことか。」

 

 つまり上と下で貴賤が分かれている。やはり、中心部・上層部に近づくほど、重要なものがあるようだ。

 

 「そもそも、アダムというものはかつての古代火星人の生き残りで、それも上層階級の者たちだけが生き残った者だった。だから、こんな貴族的思想が艦にも表れてるのかも。」

 「ヒトの姿を捨てた搾りカスが、いっちょ前に人間のフリなんかしてるのか。」

 「搾りカスって・・・。」

 

 まあ連中はカスみたいなやつらであることに違いない。肉体を失った電脳の塊であるアダムは、寄生虫となんら変わらないのだから。

 

 閑話休題。

 

 艦の中心部分に近づくごとに、フラクタル構造が目立つようになっていく。

 

 「それにしても、ここの構造はエンピツの芯みたいだね。」

 「エンピツ?」

 「中心部分に行くほど硬くなっていってる。ほら、エンピツの芯みたいでしょ?あるいはバナナの皮といったほうが通じる?」

 「それは俺がゴリラだとでも言いたいのか?」

 「いやいや、ゴリラの方がきっと頭いいし温厚だよ。」

 

 モンドは無言でレーザーキャノンの撃った。が、その流れ弾に当たった壁は傷一つついていなくて二度ビックリだ。

 

 「寄生虫・・・芯・・・まさか。」

 「おっ、ミスズも気づいた?」

 「なんの話?」

 「この艦、『注射器』なんじゃないですの?」

 「注射器?エンピツじゃなくてか?」 

 

 砂地に釘をまっすぐ落とせば、先端は深く埋まる。同じように、この艦が地球へ落下すれば、芯の部分は地球の地殻にめり込む。

 

 「そしてめり込んだ先端から、地球の地底へ侵入する。」

 「それがアダムの本当の計画だったのか?」

 「可能性はあると思う。地底全部を見張ることは人類には出来っこないし、地熱エネルギーを使えば長期戦にだって耐えられる。」

 「アダム地下帝国ってことか。」

 

 それももう潰えた過去の話なのだが。多分真相はこうなんだろう。

 

 「で、それでなにがわかるんだ?」

 「中心部はとにかく頑丈に作られている。それこそ、大気圏の摩擦熱にも耐えられるぐらいに。そんなものが、レーザーで焼き壊せると思う?」

 「まさか・・・。」

 「遊馬さんの現実でも、『芯』だけは生き残っている可能性がありますわ。」

 

 ゾッとする話だ。アダムの後継者どころか、本体がまだ生き残っている可能性が浮上してきた。艦の残骸が見つかったとなると、なおのことである。

 

 今なおどこかで活動を続けているのなら、エヴァリアンどころの話ではない。いや、そのエヴァリアンこそ、名前を変えただけのアダムの可能性も・・・。

 

 「ややこしくて頭が痛くなってきた。」

 「頭抱えてる暇もないぞ。この艦の所在を突き止めさせる方法を探さなければ。」

 「注射器の中身が入っていた部分、この芯の底部なら何か見つかるかも。」

 

 無重力の回廊を奥へ奥へと抜けていく。

 

 「ここか・・・。」

 「これは・・・ドーム?」

 

 行き着いた先で、ガラス張りの温室のようなドームが見えてきた。中に見えるのは、青々と生い茂る樹。

 

 「植物・・・のようだが?」

 

 樹に見えるが、その葉、幹、枝全てに金属の光沢がある。

 

 「この金属、記憶媒体のようだね。」

 「メモリー?」

 「『電子頭脳』・・・この温室が頭蓋骨で、樹は電子頭脳なんだ。」

 

 あるいは『鉄の樹』とでも呼べばいいのか、これが火星の生命の意識を統合し、繋いだものだ。

 

 「火星人は、植物型生命体だったのか?」

 「最終的にこの姿になることを選んだんだろう。進化で得た形質じゃない、この姿に改造したんだ。この鉄の樹なら、火星の環境でも生きていられたんだ。」

 

 そして何千何万何億という時が過ぎて、新たな『肉体』がやってきた。というところだろう。

 

 『じゃあ待って、私たちが戦ってた相手って?』

 「カサブランカが戦っていたのは、この艦のブリッジでしょう?」

 

 あくまでブリッジはブリッジ、頭脳は頭脳。だとすると、ブリッジで戦っていたと思っていたマザーブレインは、艦をコントロールするだけの一部分でしかなかった。

 

 『そんな・・・私たちの戦いが、無意味なものだったと・・・?』

 

  あー、続編あるあるだな、と遊馬は思った。前作で命懸けで戦ったのが、続編では無意味だったことが判明するというの。続き物としてのサガだけど前作の主人公の頑張りを無碍にするのはいただけない。それだけでなく、視聴者の顰蹙ももれなく買ってしまう。

 

 こんな脚本を書いたのは誰だ!と文句も言いたくなるが、それは遊馬の父親だった。後で文句を言ってこよう。

 

 「そもそも、お前の親父さんだったら全部のネタ知ってるんじゃないのか?」

 「そうですわ。聞いてみればわかるんじゃないですの?」

 「今度聞いてみる。」

 

 だが、どれぐらい設定を覚えているのか怪しいものもある。自分で書いた物語だろうに。

 

 「とにかく、ここなら発信機になる電波の発生源になるものもあるだろう。それを探そう。」

 

 お互いの世界に直接的に干渉できない以上、こうやってオブジェクトをいじることで、世界そのものを変化させるしかない。最初っからビーコンを持ってこれれば楽だったのだけれど。

 

 「あったよ、通信機!」

 「でかした!」

 

 ともあれ、これでクエストクリアだ。通信機の端末らしいものを見つけて、それを談話室と同じようにカサブランカが動かす。

 

 『うん、ここはまだ動きそう。あとは、どんな周波数にするかだけど・・・。』

 「それは・・・向こうで聞いてくるよ。あらかじめしろしめした波長なら、傍受される心配もないだろうし。」

 「OK、任せた。」

 

 やっとクエストクリアが見えてきた。ひたすらお使いシナリオみたいにいったりきたりするのも、グダグダするのも、単調でつまらないものだ。

 

 こんなシナリオを書いたやつはボツにされるべきだ。遊馬は父の顔を思い浮かべながら『ゲームをやめる』を頭の中で選択した。




 グダグダしすぎぃ!


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第50話

 「っと、ただいま!秘匿回線の周波数なら使っていいってさ。」

 「よしきた。」

 

 カチャカチャとトビーが機械をいじると、秘密の電波を放つビーコンが完成する。

 

 「セット・・・OK!」

 「じゃあ、今回の目的はこれで完遂かな。」

 「そうですわね、帰ります?」

 「帰るっつっても、なかなか大変な距離だぞ。」

 

 帰るなら宇宙を渡って、軌道エレベーターを降りて、リニアに乗る必要がある。

 

 「それももうラッピーのロケットを使った方が早いだろうね。」

 「らっぴ!」

 

 実際、最初はそれでオービタルリングまで来たし。ラッピーのロケットは、多少手狭でもGをほとんど感じずに、あっという間に宇宙にまで飛んでこれた。

 

 今回ここまで来るのに軌道エレベーターに乗ってきたのも、正規ルートをたどるためという目的があったからだ。今度からはラッピーのロケットを使おう。

 

 『ん?』

 「どうしました、エルザさん?」

 『動体反応・・・なにか来るよ!』

 「何かって?」

 「ボスでしょ。」

 

 それはすぐに扉の外までやってきた。全員身構える中、扉をガンガンと叩く衝撃が響いてくる。

 

 「あれは・・・。」

 「レベリオンか?」

 

 鉄の扉を破って姿を現したのはカサブランカとよく似たメタルの巨体。まるでゾンビのようににじり寄ってくる。

 

 『あれは、兵隊レベリオンのようね。』

 「生きてる・・・んだろうか?」

 『生きてはいないわね。命令に反応してるだけ。』

 

 グゴゴッ・・・とレベリオンもこちらを見止めたようだ。それまでの緩慢な動きとは打って変わって、戦闘モードに切り替わる。

 

 さあ戦闘開始だ!

 

 「まずは・・・。」

 

 と、いつものように戦略を立てようとした瞬間。敵レベリオンは手にしたライフルを撃ってきた。それはまるでめくら撃ちのように乱雑に放たれたが、驚くべきことはその点ではない。

 

 「あれ・・・避けられた?」

 「何避けてんだよモンド。」

 

 行動順が一番遅いはずのモンドが普通に動いている。というか、全員行動順とか無視して動けている。

 

 「これは、ルールが変わったのかな?」

 「と言うかリニアの時も普通にみんな好きに動いてたね。」

 「RPGがアクションRPGに進化したのかな・・・まあいいや。」

 「よくはないだろ。」

 

 これも世界の融合のせいか?兆候はバミューダとの戦いの頃からあったような気もするし、リニアでの戦いでもみんな好き放題やってた気がする。

 

 『とにかく、私たちが前に出るね!』

 「頼んだ!」

 「いきますわよー!」

 

 ともかく、目の前の戦いに意識を戻そう。銃を乱射するレベリオンに、カサブランカは突貫していく。

 

 「レベリオン同士の戦いか・・・。巻き込まれたくないな。」

 「邪魔にならないように隠れておこうか。」

 「お手並み拝見・・・。」

 「らぴ。」 

 

 『レベリオンの基本は格闘戦!手と足は殴るためについている!アチョー!』

 「あちょー!」

 

 ライフルの銃口を、自分へ向けさせないように掴みながら、鉄拳による攻撃を加えていく。

 

 『レベリオンの弱点は、人間のそれとほぼ同じ。クラッシュ!』

 「くらーっしゅ!」

 

 パイルバンカーで兵士レベリオンの胸を貫き、トドメを刺した。動かなくなったレベリオンを脇に倒す。

 

 「これで・・・終わり?」

 『いえ・・・まだのようね。』

 

 壊れた扉の先からは、わらわらとロボットの群れがやってきている。

 

 「全部で何機いるかわかります?」

 『およそ20機ってところかしら?まだいける?』

 「は、はい!」

 『よろしい!』

 

 美鈴はしり込みするが、歴戦の勇士たるカサブランカにはこの程度物の数ではない。

 

 『ちょうどいい機会だから、美鈴ちゃんも戦い方を覚えてね!』

 「わかりました!」

 

 しかし、勉強熱心なのが美鈴のいいところだ。思い切って美鈴も戦いに挑んでいく。

 

 『まずはひとつ、次!』

 「はい!」

 

 軽くいなしつつ手刀で腕を切り落とすと、一体目はすぐに動かなくなる。すぐさま2体目を蹴り倒し、3体目に殴りかかる。

 

 カサブランカには対レベリオン格闘術のスキルがプログラミングされており、エルザの思うままにそれらは発動する。しかし、より完全にそれらを発揮させるには、搭乗者の反射神経と感性が不可欠となる。戦いをこなせばこなすほどに、カサブランカは強くなっていく。

 

 『そりゃそりゃそりゃー!』

 「ハァ・・・ハァ・・・。」

 『美鈴ちゃん、まだ行ける?』

 「行けます!」

 

 おそらく元の世界では経験することのないであろう事態に、今まで使われることのなかった筋肉や神経が叩き起こされ、美鈴の体は悲鳴を上げていた。額には玉のような汗が吹き出し、手と足は震えている。

 

 だがそれ以上に、心にかかるストレスは甚大だ。箸より重い物を持ったことが無いという自称に違わず、箱入り娘の美鈴には『ケンカ』の心得がない。人を殴ったり、ぶっ飛ばした経験が無い。元々そんなものあっていいものではないが。

 

 振るわれるのはカサブランカの鉄の拳である。にもかかわらず、衝撃が手には返ってくる。この未知の感覚に、心の底から湧き上がる感情に、美鈴は震えた。

 

 『ラスト!』

 「これで・・・終わりっ!!」

 

 そうこうする間に、あっという間に20体を倒しきった。

 

 『お疲れ、美鈴ちゃん。』

 「はい・・・ふわぁ・・・。」

 

 美鈴はレバーを離して倒れ込んだ。モーショントレースを切ったことでその醜態を晒すことはなかったものの、カサブランカは機能を停止する。

 

 「・・・帰ろうか?」

 『ちょっとドライすぎない?言う事ない?』

 「ああ、お疲れ様、2人とも。」

 『ほんとにそれよ!』

 

 操縦能力を、レバーを離した美鈴から自身に切り替えたエルザが、ふっふん!とでも言いたげなようにふんぞりかえる。その姿は、先ほどまで荒々しく戦っていた戦鬼とはまた違う姿だった。

 

 「美鈴、強くなれると思う?」

 『なれるわ。スジがいいもの。』

 

 今は死んだように倒れ伏しているが、次に目覚めたときは、より強くなっていることだろう。

 

 今はただ休め。



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第51話

 「ふぅ・・・。」

 

 再び、ゲームの世界から現実へ帰ってくる。今度はどう世界は変わっただろうか。部屋を出たところでシェリルたちと合流して、司令室に戻る。

 

 「よくやってくれたね。今世界中にアンテナを伸ばしているところだ。直に見つかり、我々はそこへ向かう事だろう。それまでは皆休息をとっていてくれ。」

 「了解。」

 

 現状遊馬にやれることはすべてやった。あとは寝て待つだけだが、その前にうず高く積まれたラッピーグッズをどうにかしたい。

 

 そのために元の持ち主であるセシルの部屋にまで持ってきたのだ。シェリルと共に。別に頼んだわけでもなく着いてきてくれた。

 

 「ほら、自分の物なんだから、自分の部屋で管理しなよ!」

 「・・・わかりました。」

 

 ダンボール箱二つに満載されたグッズをセシルの部屋に持ち込んだ。

 

 セシルの部屋に入った遊馬は少し驚いた。ラッピー好きだというのに、ラッピーグッズがひとつも置いていない。あの少し汚れたぬいぐるみはどこにやったんだろうか?

 

 「へー、セシルの部屋って初めて見たけど、意外と何もないのね。」

 「そこにおいてください。」

 「あっ、はい。」

 

 これまた部屋の隅に箱は置かれ、セシルはそれを気にするようなそぶりも見せない。そこに違和感を感じた。

 

 「セシルさん、ラッピー好きなんですか?」

 「・・・いえ、別に。」

 「こんなにグッズ持ってて好きじゃないってことはないだろ?」

 「『私は』別にそんなに好きでもないですよ。このグッズも、私の物ではないですし。」

 「え、じゃあ誰の?」

 「司令のです。」

 「「えっ?!」」

 

 いやいや嘘だろう?あのいい年したおっさん・・・いや、年齢や外見で趣味を決めつけるのはよくないことだろう。

 

 「じゃあ、なんで司令の私物の置かれた部屋を管理してたんだ?」

 「それは・・・どうでもいいことでしょう?」

 「お前の精神衛生のためにあるって聞いたから。」

 「なっ、誰から?」

 「司令から。」

 「言うのか。」

 

 シェリルの口には戸を立てられないらしい。彼女に秘密を打ち明けるのはやめたほうがいいだろう。

 

 「ぐぬぬ・・・。」

 「意外と可愛いもの好きなんだなーって、思ったんだけど、好きじゃないの?」

 「・・・あまり人の心の中に入ってこないでください。」

 「そっか、ごめん。」

 「もう要件は済みましたか?」

 

 そして暗に出ていくように指示される。なにやらワケアリのようだが、彼女の言う通り人の心に入り込むのはマナー違反というものだろう。険悪な雰囲気のままに追い出される前に、自分たちの足で出ていくとする。

 

 「さて・・・これからどうしたい、遊馬君?」

 「そうですね・・・そういえば父さんはどこに行ったんでしょう?」

 「和馬氏?大体司令の傍にいるけど、そうじゃなければ部屋かな?」

 「どこかわかります?」

 「司令の部屋の近くだよ。」

 

 こっちこっちとまた案内される。遊馬同様か、それ以上のVIPな和馬の部屋も特別だ。

 

 「僕もそんな部屋が欲しかったかな。」

 「いいじゃんいいじゃん、ご近所さん同士仲良くしようよ?」

 「うん・・・。」

 

 部屋に文句があるわけではなく、近すぎることに問題があると言いたいのだけれど。司令の部屋は艦の上の方、対して遊馬たちは居住区画に一緒。健全な青少年としては、年頃の女子たちとすぐそばの部屋というのは、すごく気まずい。嬉しいけど。

 

 「さーて、和馬氏の部屋はここ。あっちが司令の。」

 「ありがとう、シェリルさん。」

 「ふーん、さん付けなんてしなくていいんだけどね。試しに『お姉ちゃん』って呼んでごらん?」

 「えぇっ?」

 「あはは、冗談ジョーダン!それじゃ、親子水入らずに話しておいで。」

 

 じゃねっ♪とシェリルは来た道を引き返していった。なんというか、距離が近すぎる一番の要因はシェリルにあると思う。すごく気まずい。

 

 (・・・けど、ちょっとイイにおいしたな。)

 

 もんのすっごく悔しいが、遊馬の中の『男』が反応してしまった。あの長い髪がふわりと揺れる度に、鼻と大脳新皮質をくすぐった。

 

 しかし悲しいかな、今の遊馬はただ手玉にとられているだけ。『男』をアピールするには、遊馬はあまりに貧弱、軟弱、脆弱。誇れることと言えばゲームの事だけ。

 

 いや、これこそゲームに例えるべきだろう。今目標が出来たのだ、現実では男らしさを磨いて、シェリルを見返してやる・・・いや、別に悔しいとかそんなわけではなくて・・・。

 

 「青春してるなぁ、うむうむ。」

 「おどりゃクソ親父。」

 

 廊下で悶々としていたところ、父が帰ってきた。なにわかったような顔してやがる。

 

 「話をしよう。そのつもりで来たんだろう?」

 「ああ、色々と聞かなきゃいけないことがある。」

 

 父さんの部屋は・・・、たしかに父さんの部屋だった。家にいた頃と変わらない、作業用の机があって、体を休めるためだけのベッドが置いてある。広い部屋にもかかわらず、ひどくこざっぱりとしている。

 

 「それで、向こうではどんな感じなんだ?」

 「父さんがなんらかの手段を使って、雄二とエルザにゲームを作らせたってことは聞いた。」

 「そうか、その話も聞いたか・・・。」

 

 あまりに抽象的過ぎで、現実離れしたような話だが、その当事者がここにいる。やっと、やっとだ。まるでゲームの謎に生き詰まって攻略サイトを覗いているような気分だが、その程度のズルは許してほしい。情報をろくすっぽよこさないズルをしているのは、そちらの方なのだから。

 

 「・・・父さんが、エヴァリアンに協力していたという話はしたな?」

 「うん、それとどう関係が?」

 「父さんは、カサブランカの続編の脚本を依頼されたんだ。」

 「依頼?誰から?」

 「エヴァリアンにだ。」

 「は?」

 

 そりゃおかしいだろう。エヴァリアンが存在するのは、この現実がカサブランカの世界と融合したせいだ。そして世界が融合したのは、ダークリリィのゲームの中で、クラックによって並行世界が繋がったせいだ。

 

 「順序が逆じゃないか。」

 「そうだ、だから俺はその依頼がエヴァリアンの策謀であるとわからなかった・・・。」

 「どういうこと?」

 「エヴァリアンは、既に並行世界を観測していたんだ。」

 

 つまり、先に手を出してきたのはエヴァリアンの方だった。エヴァリアンは、自分たちの世界を変えうる力を持つ存在を探し出した。

 

 「じゃあなに、父さんには世界を変える力があると?じゃあ、脚本家権限でエヴァリアンなんて消しちゃえばいいじゃない?」

 「消えないんだよ・・・何度消しても、脚本を続けている限りエヴァリアンは消えない。エヴァリアンは、この世界とガッチリ結びついている。だから必要なのは、エヴァリアンを倒すヒーローの方だった。」

 「それがヘイヴン?」

 

 机に向かって、エヴァリアンと戦う存在を書いた。するとどうだ、その通りの存在があらわれたのだ。

 

 「エヴァリアンとも、アダムとも異なる5人の戦士たち、それがカサブランカの続編の最初の構想だった。」

 「雄二とエルザは?」

 「あの2人は・・・俺の中では死んだつもりだったんだが、エヴァリアンは2人を生存させること、その娘がエヴァリアンに協力していることを条件に提示させてきた。」

 「それがイングリッド・・・。」

 「ああ、ちなみに西園寺美鈴と似てるのは、デザイナーがおじょボクでデザインを流用させたせいだ。」

 

 そうだったのか。あっけなく謎が解けてしまった。それにしても、随分自分たちに有利になるように手を回したわけだ

 

 「じゃあ、このゲームPODは一体?」

 「それとお前が最後の切り札だ。」

 「これと、僕が?」

 「そう、そのゲームPODはお前にしか使えない。俺が最初に、そのゲームをプレイできるのが、俺の息子だけに限定したせいでな。」

 「なんで僕に?」

 「それは・・・また今度にしよう。また続きを書かなければならない。話がまた動くぞ。」

 

 ネプチューンも動き出す。ビーコンへ向かって。まだ見ぬ未来に向かって。



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カサブランカの設定

 劇中で書いた設定、自分の中にある設定、自分でも訳が分からなくなってきたので、一旦箸休めのために設定を整理してみることにしました。

 


 書いた設定

 

 ・界拓機士カサブランカ:劇中の20年前の作品で、遊馬の生まれる前に放送されていた。全2クールのところを4クールに延長されて、最終的に3クールに短縮された。

 

 ・舞台は軌道エレベーターや、宇宙進出のはじまった未来の世界。人類は火星に新天地を見出し、開拓を始めた。しかし火星には先住民がいた。古代火星人の生き残り『アダム』がよみがえる。

 

 ・アダムは機動兵器『レベリオン』を駆使し、あっという間に月面基地、オービタルリングを支配していく。

 

 ・人類の希望は、火星開拓民の生き残り『天野川雄二』と、アダムを裏切った唯一のレベリオン『カサブランカ』に委ねられた!

 

 ・話が進むにつれて、アダムの正体が肉体を捨てた精神生命体、統合意識のようなものであると発覚する。

 

 ・レベリオンはアダムの戦闘用の肉体であり、その材料には人間が使われている。

 

 ・アダムの正体は古代火星人の生き残りであるが、それも火星人の中でも上層階級のごく一部だけ。

 

 ・そこからあぶれた下級階層の人々は、最後の賭けとして宇宙の旅を耐えうる体、レベリオンを作り、地球を目指した。

 

 ・その中で唯一地球に降り立ったのがアダムとイヴであり、地球人類の祖となった。アダムが地球人の肉体乗っ取りを出来るのは、その遠い祖先による影響。

 

 ・地球側も、アダムに対抗するためにカサブランカを基にレベリオンを開発するが、神経接続機能がどうしてもうまくいかずに、大人ではなく、神経が未発達な子供を鍛え、使うしかなくなる。地球製レベリオンには人体組織は使われていない分、バッテリー運用など火星製のレベリオンに比べて見劣りする。

 

 ・作中序盤、アダムによるオービタルリングへの襲撃を迎え撃つために単身カサブランカで雄二は立ち向かう、というところで1クール目が終了する。

 

 ・2クール目は時間が飛んでレベリオンのパイロット養成学校が舞台となる。成長した雄二もそこに通うこととなる。その間にオービタルリングにあったマイクロ波発射装置が、アダムの手によってレーザー砲に改造される。

 

 ・3クール目はオービタルリング、月面基地、そして火星基地の奪還、そしてアダムの母艦バルアークとの戦いでエンディングを迎える。最終回、雄二とエルザはバルアークのブリッジでマザーブレインと戦い、刺し違える形でバルアークの地球到達を阻止する。

 

 

 

 

 ・アニメとしては非情にマイナーな部類にあり、遊馬も全然知らなかったが、遊馬の父和馬が脚本を書いていた。なので兄弟にあたる。

 

 ・時代が飛んで、カサブランカも忘れられていく中にあったが、ある日和馬がその続編を書いたために、現実とカサブランカの世界が融合を始める。

 

 ・続編では新たな敵、アダムを継ぐもの『エヴァリアン』が世界の影に台頭してくる。エヴァリアンは、地球に見捨てられた火星のレベリオンたちの集まりであり、並行世界を観測できるなど、非常に高い科学力を持つ。

 

 ・対するは、国々が水面下でエヴァリアンに対抗するために手を結んで作った組織『ヘイヴン』。母艦ネプチューンを繰り、エヴァリアンに細々と対抗する。

 

 ・そして雄二の娘である『イングリッド・天野川』はアイドルをしている傍ら、エヴァリアンに協力している。

 

 

 

 

 

 

 

 書いてない設定

 

 ・ストーリー開始当初は火星開拓民による武装蜂起だと思うようにミスリードされていたが、実際のところは調査団がアダムの遺跡を発見したために、アダムに乗っ取られたのが真相だった。

 

 ・その調査団の中には雄二の父もおり、その命懸けの手引きによってエルザが改造されたレベリオン、すなわちカサブランカに乗ることが出来た。

 

 ・アダムは人間の神経組織に取り付くことで肉体を得る。戦闘用の肉体であるレベリオンに人間が使われているのは、人間の神経組織をそのまま流用するため。また、そのために脳、脊髄、神経だけを摘出されるため

コックピットとなる部分が非常に狭くなる。なお、その間も元の人間の意識は残されている。

 

 ・雄二とエルザは、物語開始当初はそれぞれ8歳と17歳でおねショタだった。が、エルザはカサブランカに改造される。その最中、かろうじて意識を取り戻した雄二の父が、カサブランカを雄二が乗れるように改造し、火星を脱出させた。

 

 ・1クール目終了と2クール目開始までには10年ほど経っている。

 

 ・その間も月面基地とオービタルリングが占拠されているのだが、アダムが地球への本格的な侵攻を開始しなかったのは、地球の大気の環境下では生きられなかったため。

 

 ・そのために、地球の大気の火星化、マーズフォーミングを行おうとしていた。

 

 ・大気改造霧発生装置『フォッグ』を地球へと打ち込むことを画策するが、それらをレベリオン訓練生、および地球防衛軍によって次々と破壊されていく。

 

 ・最終的にオービタルリングも月面基地も奪還され、アダムは最終作戦としてバルアークによる特攻を企てる。

 

 ・その目的は、アダムの本体である『鉄の樹』を地球に到達させること。

 

 ・戦いに敗れたアダムの脳髄、『鉄の樹』は月に落下する。

 

 ・それから劇中の世界は十数年の時が経ち、人類同士での争いにレベリオンが持ち込まれるようになる。この十数年の中で大人にもレベリオンが扱えるようになっていき、レベリオンの運用には条約が設けられるようになった。それでも高級品である。

 

 ・改変された現実ではイングリッドはエヴァリアンについていたが、本来ならヘイヴンについていた。

 

 ・アダムとイヴの最初のレベリオンの四肢が、ヘイヴンのレベリオンのそれぞれの四肢と換装することでパワーアップする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 整理がついていない設定

 

 

 世界改変の順番について

 

 ①カサブランカの世界でエヴァリアンが生まれた。

 ②エヴァリアンが現実世界の和馬にコンタクトをとり、『続編』を書かせる。

 ③そのために和馬は雄二とエルザにコンタクトをとった。

 ④その結果できたゲームの世界が、どこかの世界で生まれたクラックで繋がり、現実世界とカサブランカの世界が混ざった。

 

 

 わかっていること

 

 ・クラックが出来た場所は、モンドのいた混迷世界。

 ・エヴァリアンは世界が融合することまでは望んでいなかった。

 ・エヴァリアンとアダムは直接的に関係はない。

 

 わかってないこと

 

 ・何故和馬にゲームの世界を作る力があるのか。

 

 




 1番の謎は、元々は『色んなゲームがまじりあった世界を冒険する』物語を作るつもりだったのに、なぜこうなったのかということなんだろうけど。

 その場のノリで話を変えてはいけない(戒め


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第52話

 父との話を終え、自室へ戻りしばしの休息をとった遊馬だった。

 

 「はぁ・・・ゲームがしたい・・・。」

 

 この手元にあるゲームPODネクスではない、普通に最新機種のゲーム、そうでなくとも『普通に』プレイできるゲームがしたかった。もっとも、それらは全て家に置いてきてしまっている。窓も開けっぱなしなので、雨風にさらされているかもしれない。

 

 なんならトランプやボードゲームでもいいが、それには対戦相手が必要だ。

 

 「お?トランプ?いいよ。」

 

 それはすぐに見つかった。遊馬の部屋でポーカーを楽しむこととなった。

 

 「でもポーカーするにも何か賭けたほうがスリルがあっていい思うんだけど?」

 「あいにく賭けるものを持ってないので・・・。」

 「そう・・・。」

 

 お互いに山札から5枚ずつとると、まじまじと見つめて役のビジョンを組む。

 

 「2枚チェンジで。」

 「こっちは3枚。」

 「チェックで。」

 「こっちも。」

 

 お互いに役がそろったのでオープン。結果は遊馬が8とQのツーペアで、シェリルが6のワンペア。

 

 「あら、負けちゃった。」

 「やった。」

 「じゃあ・・・そうね・・・ひとつ隠し芸を披露するわ。」

 「へえ、どんな?」

 

 シェリルはすっと立ち上がると、両手を自分のズボンに突っ込みはじめた。

 

 「いい?よーく見ててね?」

 「うん・・・。」

 

 遊馬はその異様な光景に目を奪われつつも、なんだかイヤな予感がしていた。

 

 「おっし、取れた。ジャーン!」

 

 あー、困りますお客様ァー!かくし芸と称して自分のパンツを渡してくる女性など、非常に困る。

 

 「はい、あげる♡」

 「・・・いらない。」

 「なによー、女の子のパンツ欲しくないの?」

 「欲しい、けどいらない。」

 「じゃあ、誰のだったら欲しいの?」

 「誰のでも欲しくない!」

 「そんなこと言ってー、鼻の下伸びてるわよ?」

 「うるさーい!」

 

 そりゃあ、健全な男子学生としては、女の子のパンティーなんて喉から手が出るほど欲しいけど。

 

 「けど会ったばっかりの人のパンツなんて貰っても困惑しかないわ!」

 「おーほー?つまりもうちょっと仲良くなってから貰うつもりだったと?」

 「もうちょっと普通にしてくれたら、もっと仲良くなれたはずなんですけど?」

 「・・・そっか。じゃあ普通にしてる。」 

 

 ~30分後~

 

 「ほれ、脱~げっ!脱~げっ!!」

 「も、もう脱ぐものが無いんですが!」

 「まだ1枚あるじゃないの・・・よいではないか・・・ヨイデハナイカ!」

 

 哀れ遊馬はパンツ1枚にまで身ぐるみ剥がされていた。一方シェリルの方も元々隠しきれていなかったたわわな果実を、シャツの下から見せつけてきている。むしろそれが遊馬の集中力を大いに削っていた。

 

 「普通に接するって言ったじゃないですか!」

 「ポーカーにベットは普通でしょ!」

 

 状況的にはベッドイン直前に近い。むしろパンツ一丁まで文句を言わなかった遊馬にも問題があるが。

 

 「騒がしいですよ先輩!」

 「あら。」

 「まあ・・・。」

 

 最悪だ。妹と後輩(先輩)に嫌なところを見られてしまった。

 

 「・・・お邪魔しました。」

 「待って!助けて!」

 「近寄らないでください。」

 「ショック!」

 

 部屋にやってきたパトリシアの視線は、とても冷たく寒かった。多分パンツしか履いてないせいだろう。一方アリサは赤面して顔を背けていた。

 

 とりあえずこのままではいかんと服を返してもらう。

 

 「姉がすいません・・・。」

 「まったくだよ。」

 「まあまあ、集まってくれたのなら一緒に遊びましょう?」

 「ルールは?」

 「ん・・・テキサスホールデムをやってみたい。」

 「賭けは?」

 「ナシで。」 

 

 人数が増えたので多人数向けのルール、テキサスホールデムのルールを適用することとした。

 

 テキサスホールデム、それは各人2枚の手札を持ち札としてチェンジせずに持ち、場には公開情報のカードを最初は3枚、ゲームがすすむごとに1枚ずつ追加でオープンして置いていく。場のカードは全員が共通して手札にあるものとして扱い、役を作る。どちらかというと対人の心理戦が醍醐味になる。

 

 なお、チップの代わりにラッピーグッズを置いていくこととする。

 

 「来た来た、私は3ラッピー賭ける!」

 「・・・コール。」

 「私もコール。」

 「コールで。」

 「えっ。」

 「先輩、見え見えです。」

 「くっそー!」 

 

 4人でプレイするようになってから、急にシェリルはやかましく騒ぎ始めた。だが、そのおかげで楽しくゲームを楽しめている。

 

 「くぅ・・・お姉さんの私がドベとは・・・。」

 「お姉さんって言っても1つぐらいしか違わないじゃないですか。」

 「えーん、後輩が冷たいよー・・・。」

 「姉さんの自業自得でしょ。」

 「えへへ。」

 

 おどけた役を演じているシェリルが一番楽しそうだ。本質的にはいい人なんだろうけど、どうして遊馬にばかり変な絡み方をするのか。楽しませているつもりなんだろうか。

 

 「さて・・・じゃあそろそろお姉さん本気だしちゃおうかな?」

 「はいはい、次のゲームね。」

 「ドベの私が配るね。」

 

 サッサッと手際よくシェリルはシャッフルし、各人に2枚ずつ、そして場には5枚のカードを配置する。

 

 ♦A ♡3 ♦5 ♦9 ♠9

 

 (おっ・・・?)

 

 遊馬の手札には、クラブの2と4が入ってきた。場のカードと合わせれば1~5のストレートが作れる。9が二枚場に出ているが、ストレートならスリーカードよりは強い。

 

 「時計回りで、ベットは遊馬からね。」

 「ここは・・・2ラッピー賭けよう。」

 「コールです。」

 

 次にアリサが迷いなくコールした。

 

 「なら・・・私はレイズ、3ラッピー。」

 「攻めるわねパトリシア。」

 「さあ、先輩はどうします?」

 「私?私はね・・・。」

 

 もったいぶるようにシェリルは目を伏せる。

 

 「5ラッピーよ。」

 「なにィ?!」

 

 ドドン、と自信満々にラッピー人形を5体出してきた。

 

 「さ、遊馬。乗るか、反るか?」

 「ぐ、グム~・・・。」

 

 先ほどまでのバレバレなブラフとは明らかに違う。だが非常に自信のある一手だった。

 

 冷静に考えてみよう。場のカードを合わせてストレートに勝てるのは、ダイヤの2枚と組み合わせたフラッシュ。A・3・5を2枚、あるいはそれらのうち1枚と9を組み合わせたフルハウス。9を2枚のフォーカードだ。

 

 そして・・・いやらしいことに、いや半分不可抗力で一瞬シェリルの手札が見えていた。それはスペードの4だった。ダイヤではないのでフラッシュではなく、A・3・5ではないのでフルハウスでもなく、フォーカードでもない。

 

 ということは最低でもワンペア以上スリーカード未満、ならば、勝てる可能性は高い。

 

 だが、懸念事項はもうひとつあった。

 

 (もしや、イカサマ?)

 

 カードを切ったのはシェリルだった。ズボンを履いたままパンティだけを脱ぐ手先の技があればそれも可能・・・いや、イカサマとパンティは関係ないか。

 

 (・・・Aのツーペアで、ハッタリのレイズと見た。)

 

 「コールで。」

 「おー、男らしいね、ヘッヘッヘッ・・・。」

 

 遊馬がラッピー人形を追加したところを、シェリルはいやらしく笑う。

 

 「うーん・・・私は降りる、かな。」

 

 自信気にコールしていたアリサは、嫌なものを感じたのかダウンした。

 

 「・・・レイズ、6ラッピー。」

 「なっ、なにィイイイイイイイ?!」

 

 しかしパトリシアはさらに攻めてきた。しまった、シェリルにばかり気をとられて、この自称後輩(先輩)の役満の可能性を見落としていた。

 

 (これもブラフ・・・?しかしこの状況で臆せずさらに上乗せするとは、本当に強い手を持っている可能性が高い・・・。)

 

 遊馬のストレートは、ダイヤの残り10枚の内の2枚のフラッシュに負ける。ツーペアよりも可能性が大きい気がする。

 

 「コールで。」

 「ぐぬぬ・・・。」

 

 そしてシェリルもコールした。遊馬にできるのは、降りるか、臆さず進むか。

 

 「どうする?降りる?賭ける?」

 「ぐぅうううううう・・・。」

 

 パトリシアがツーペアでレイズしたとは考えにくいが、逆に言えばパトリシアもストレートの可能性がある・・・。その場合。ベットは山分けになるが、降りたら全部持っていかれる。

 

 「・・・コール!」

 「よろしい、ショウダウンね。」

 

 結局遊馬は乗った。

 

 「遊馬は?」

 「ストレート、クラブの2と4。」

 「同じくストレート、ハートの2とダイヤの4。」

 

 危なかった。まさか片方がダイヤだったとは。だがこれで引き分け、ベッドが折半される。

 

 「じゃ、フォーカードで私の勝ちね。」

 「「・・・は?」」

 

 まったく同じタイミングで、全く同じ素っ頓狂な声が出た。

 

 「は?え?」

 「ごめんあそばせ、私の総取りね。」

 「お、ちょっと待った!」

 「なに?」

 

 そして2人とも全く同じ言葉を吐きそうになったのを、これまた2人とも飲み込んだ。

 

 「おんやおんや~?ふたりともどうしたのかしら~?まるで『見てはいけないものを見てしまった』みたいな顔しちゃって。」

 「「・・・!」」

 

 遊馬とパトリシアは目を合わせた。

 

 「・・・シェリルの手札、片方はスペードの4じゃなかったの?」

 「同じく、片方はスペードの2じゃなかった?」

 「ナンノコトカナ?」

 「危なかった・・・。」

 

 一方、アリサはダイヤの2とハートの4のカードを見つめていた。

 

 やられた。やはりイカサマはあったのだ。全員がストレートの役になったのも、遊馬とパトリシアにはシェリルの手札が一瞬見えたのも、すべて手のひらの上のことだったのだ。

 

 「どう?ちょっとはお姉さんを見直したかしら?」

 「・・・参りました。」

 「うむうむ、よろひいよろひい。」

 

 この後、何度戦ってもシェリルには全員一度も勝てなかった。脱衣ポーカーだったら全員すっぱ剥かれていたことだろう。



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第53話

 「あー、遊んだ遊んだ!」

 「・・・負けた。」

 「そんな気落とさなくいいっしょ?ゲームなんだし。」

 「いや、色々となんか悔しい。」

 「それはドンマイ。」

 

 まさしく誤算だった。まさかシェリルがこんなに強かな人間だったとは。

 

 「まあ、これでお姉さんの実力はわかってもらえたかな?」

 「私も初めて知りました。」

 「パトリシアにも見せるの初めてだからね。」

 「かくし芸も?」

 「あれはよく見せてるかな。」

 

 一体普段どんな遊びをしているのか。普段のノリが遊馬への仕打ちそのものだとしたら・・・想像したいようなしたくないような。

 

 たまにはアナログゲームをするのも楽しい。というか、久しぶりに生身の人間と遊んだ気がする。ずっとデジタルゲームばかりやっていたけれど、こういうのも悪くない。

 

 「さて、もうそろそろ消灯時間だし解散にしようか。」

 「消灯時間なんてあったのか。」

 「そうですよ、あまり遅くまで起きているとセシル先輩が怒りますよ。」

 

 まるで修学旅行のようだけど、有事とあれば叩き起こされる。いついかなる時でも万全のコンディションを維持できるよう、しっかりと休むのは必要なことだ。戦闘員ではない遊馬にはあまり関係ないことだが、この『家』のルールなら従っておこう。

 

 「それじゃあ、おやすみね遊馬さん。」

 「おやすみなさい。」

 

 こうして眠りの挨拶をするのは、ここに来てからは初めてだ。隔離されたままだと、この空気を味わうことも出来なかった。

 

 「遊馬、もう一戦だけ付き合ってくれない?」

 「いや、もうおしまいでしょ?」

 「お願い♡」

 

 ただシェリルはベッドに腰かけてウインクしてくる。

 

 「・・・一戦だけね。」

 「オーケー、種目はババ抜きね。」

 

 山札からジョーカーを一枚だけ抜き取り、半分に分ける。2人でババ抜きをやるからには、カードの大半がが最初に捨てられる。

 

 「私って元戦闘機パイロットだって、前に言ったじゃん。」

 「うん。」

 「その戦闘機パイロットとしての最後の仕事のことなんだけどね。」

 「うん。」

 

 当然、2人しか参加していない以上、ジョーカー以外を引くだけでペアが揃っていく。それを淡々と遊馬もシェリルも捨てていく。

 

 「私ね・・・当時好きな人がいたの。私のチームの隊長だったんだけど。」

 「うん。」

 「その日ね、その人にプロポーズされちゃったんだ。受ける前にスクランブルかかったんだけど。」

 「うん。」

 「そしたらさ、そのスクランブルでレベリオンに襲われちゃって、みんな死んじゃった。あっという間すぎて、いつ誰が落とされたなんか考える間も無かったかな。」

 

 まるで、女子高生がヘアゴムでも落とした失敗談を語るかのような口ぶりだった。

 

 「それで生き残ったの私だけになって、でもレベリオンはまだまだ追ってきてて・・・私は空を夢中で逃げ回ってた。戦おうとも思わなかった。」

 

 「1機、2機と相手は増えていって、回り込まれたり、挟み込まれたりしてた。そのうち、相手の嗤う声が聞こえてきてたかな、被害妄想だけど。」

 

 手札と目を伏せて、シェリルは一方的に話し続けた。遊馬は言葉を挟む余地もなく、ただただシェリルの口から語られる過去に衝撃を受けていた。

 

 「それで気が付いたら、滑走路にランディングしてた。」

 

 「一瞬夢でも見てたのかなって思ったけど、すごい汗かいてるし、手と足はすごい震えてるし、本当にあったんだなって嫌でも思い出させられた。」

 

 なんならパンツも濡らしてたし、と茶化して付け加えるが、全然笑えない。シェリルは笑っていたが。

 

 笑ったところで、ババ抜きが再開された。お互いの手札が1枚ずつ減っていき、残りも少なくなる。

 

 「それから、パイロットはやめた。空飛ぶのが怖くなってね。それでもたまに夢に見るんだ。」

 

 「あの時死ねた方がいっそ楽だったかなって、思ったんだけどさ。でも避けながら飛びまわってる間は、『死にたくない』って必死だった。あはっ、矛盾だよね。」

 

 シェリルの残り2枚になった手札を差し出す。

 

 「さあ、引いて。」

 「・・・。」

 

 遊馬の手札はあと1枚。右か左か、アタリかハズレか、YesかNoか。

 

 「あーあ・・・また残っちゃった。」

 

 出来ることなら遊馬はこの時間を続けたかったが、悲しくも遊馬の勝負運が高かった。

 

 シェリルは手元に残ったジョーカーを未練もなく捨てると立ち上がって伸びをする。

 

 「話はそれだけ。ワガママ聞いてくれてありがとね。」

 

 遊馬は、揃ってしまったスペードとハートのQを見つめていた。

 

 「・・・あのっ。」

 「なに?」

 

 部屋を後にしようとするシェリルの裾を、カードを捨てた指で掴んだ。

 

 「シェリルのことよく知らないし、変な人だと思ってる。」

 「そんなに変?」

 「変だよ。けど、友達だって思ってる。」

 

 今日だって、こうして一緒に遊んだ仲だし。一緒にいた長さは関係ない。

 

 「・・・死んだほうが良かったとか言わないで。死なれて残されるのは辛いし、死んでくれたおかげで助かったなんてもっと悲しいから。」

 

 レイ、一緒にいた時間は長くなかったけれど、たしかに友達だった大切な仲間。今もその魂は、電脳の宇宙を彷徨っているのだろうか。

 

 「・・・そっか。そうだよね。」

 「変なこと言ってごめん。」

 「ううん、ありがと。」

 

 遊馬の唇に暖かくて柔らかいものが触れ、それから裾を掴んでいた手に小さな布をすべりこませた。

 

 「これ、勝ちの報酬ね。続きはまた今度・・・おやすみ。」

 「おやすみ・・・。」

 

 そのことに遊馬が反応する間もなく、じゃねっとシェリルは部屋を後にしてしまった。

 

 「・・・敵わないなぁ。」

 

 空いている方の指でそっと唇を撫でる。さっきまでそこに触れていたものを想起する。自然と頬も緩んでくる。

 

 「もしもし、そろそろ消灯時間なのですけれど?」

 「えっ?ああ、おやすみ・・・なさい。」

 

 ぼーっとしていたら、今度はセシルがそこにいた。慌てて現実に意識を戻す。

 

 いきなり声をかけられて、変な汗かいてしまった。持たされていたハンカチで何気なく汗をぬぐう。

 

 「・・・は?」

 「はい?」

 

 その様子を見てセシルに変な顔をされた。特におかしなことをしているつもりはないが・・・。ん?

 

 遊馬は、手に持っているものをもう一度確認してみた。ハンカチにしては、やけにフリルがついているのは気になるが、普通のハンカチ・・・。

 

 「・・・ぁあ?」

 

 結論から言うと、ハンカチだと思ったものは、ハンカチではなかった。それはつい最近見た覚えのある布・・・いや回りくどい言い方を止めると、シェリルのパンティだった。

 

 「えぇ・・・。」

 「いや、これは違うんですハイ!」

 「はい、近寄らないでください。」

 

 冷徹な目をしたセシルは、冷たく言い放つと部屋を後にしていった。

 

 「違う・・・これは違う・・・。」

 

 遊馬の弁明の声が、むなしく響いた。



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第54話

 ネプチューンの中での生活が2日ほど経過した。その間にレベリオンパイロットたちとも交流を深め、今は談話室で話し込んでいるところだった。

 

 『本艦は、まもなく八卦島ロケット基地へと寄港します。繰り返します・・・。』

 

 「八卦島?ロケット基地?」

 「ああ、宇宙行くんだよ私たち。」

 「宇宙に?」

 

 まさか現実の方でも宇宙に行くことになろうとは。しかし、なぜ宇宙に?というか、僕も行くの?

 

 「宇宙へ調査に上がるのは我々だけです。」

 「そっか、でもなんで宇宙に?それに、宇宙に上がるなら軌道エレベーターを使えばいいんじゃない?」

 

 使い捨てにするシャトルも燃料いらないのが軌道エレベーターの利点のはずだったろうに。

 

 「我々のレベリオンの推力では、大気圏突破は出来ませんから。それに、我々の行動は秘密裏に行われなければなりませんから。」

 「人員の移動だけならエレベーターでもいいんだけどね。」

 

 こうした、ヘイヴン所有の秘密のロケット基発射場は世界中にいくつかあるという。エレベーターがあっても、ロケットを使う人は使うのだという。例えば、秘密裏にレベリオンを宇宙へ移動させるためとか。

 

 「最初から宇宙用のレベリオンを宇宙においておけば、いちいち持って上がる苦労もしなくていいんじゃないの?」

 「そんな資金も資源も無いんです。」

 「毎回ロケットを打ち上げるのと、どっちが安く済むと思う?」

 「まだロケットの方が安上がりしてますね。」

 「そんなにレベリオンって高いのか・・・。」

 

 戦闘機10機分くらいかな?だとか、そんな安易に想像できるような値段ではないらしい。

 

 しかし、秘密裏に宇宙へレベリオンを上げるにしても、ロケットなんか打ち上げたら、噴射熱で一瞬でバレると思うんだが。

 

 「ああ、『ロケット基地』って名前は名残。実際に使うのは『マスドライバー』だから。」

 「なるほど、マスドライバーか。」

 

 マスドライバーとは、要するに宇宙までとどくバカでかい大砲だ。レールガンの要領で、主に物資を輸送するために使われる。

 

 「軌道エレベーター建造の資材を打ち上げるのに使っていたものを再利用しているんです。」

 「人間が乗り込んだら一瞬でGでペチャンコになるだろうけど、レベリオンに乗っていれば別。」

 

 いかにレベリオンと言えども、一度発射されたマスドライバーの弾丸を打ち落とすのは不可能。レーダー網を張っておけば事前に敵の接近にも気づけるし実際安全だ。

 

 「・・・で、なんで宇宙に上がるの?」

 「出発する前に司令に説明されていたでしょう?」

 「聞いてない。」

 「そうだっけ?」

 「そうだよ。」

 

 大体話は自分のいないところで進められている。いくらゲームで現実を変えることしかできないとはいえ、疎外されているのは心地よくない。聞かされたところで現実では何も出来ないだろうと言われればそうなのだが。

 

 「秘密保持のためです。今回の任務は、特に秘匿性が高いですから。」

 「もう話してくれていいんじゃないでしょうか?」

 「遊馬の用意したビーコンが見つかったんだよ、宇宙で。」

 

 正確にはトビーが作ったんだけど、それを知ってるのは遊馬だけだし何も言わない。

 

 「やはりまだ宇宙にあったのか。」

 「そう。で、それを調査しに行くのが今回のミッション。」

 「宇宙に人員いないんですか?」

 「人材不足よ。」

 

 本当にヘイヴンは国家組織なんだろうか。国際救助隊だって宇宙に主要メンバーを配置していたのに。

 

 「宇宙に着いたら、レベリオンはそのまま発進。月に向かうわ。」

 「月?」

 「信号は月から発せられているのよ。」

 

 たしか月にも基地があるはずだが、そこが接収しちゃうかもしれない。急がなければならないだろう。

 

 しかし宇宙へ行くのか・・・さしあたって遊馬に出来ることはないだろう。戦闘となればなおのことだ。ここは、お言葉に甘えてお留守番をさせていただこう。

 

 「ねえ遊馬、ちょっと風を浴びに行かない?ずっと潜りっぱなしだったし。」

 「風?」

 

 どうやら、艦は海面に出たらしい。もう間もなく八卦島ドックに入ることになるだろうが、一足早く外の空気を吸いに行くのも悪くはない。

 

 「ん~っ・・・いい天気ね。」

 

 白い波をかき分けて進んでいく先には、空へ向けて曲線を描く橋が見える。あれがマスドライバー、上に向かって落ちていくジェットコースターだ。

 

 「ジェットコースターは好き?」

 「うーん、嫌い。」

 「じゃあお化け屋敷も嫌い?」

 「お化け屋敷は平気。」

 「本当?」

 「ホラーゲームには強いし。」

 「ホラーゲームとお化け屋敷は違うでしょ。」

 

 実際のところ、遊園地なんて何年も行っていない。エンターテイメントならゲームで間に合っている。

 

 「ねえ、たまには外に出てみるのもいいと思わない?こんな風にさ。」

 「外は外でも、ここからはどこにも行けないよ。」

 

 実際、島に着いたところで遊馬にはどこにも行けない。

 

 「よし、じゃあこうしよう。今回のミッションが終わったら、デートしよ!」

 「デート?」

 「本当にお化け屋敷に強いのか、私が確かめてあげる!」

 

 ずずいっ、とシェリルの顔が鼻先にまで近づいてくる。

 

 「いいでしょ?」

 「う、うーん・・・。」

 「はい決定!楽しみにしてるからね!」

 

 返事も待たずにシェリルは一方的に決めてしまった。まあ、断るつもりもなかったのだけれど。

 

 しかし、デートか・・・。拙者、生まれてこの方年齢イコール彼女いない歴侍。当然女の子とのデートなんか経験無い。

 

 楽しみなような、ちょっと不安なような・・・。けどまあ、シェリルと一緒なら楽しくないってことはないだろう。

 

 去っていくシェリルの背中を見送りながら、色々と想像をめぐらすのであった。



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第55話

 「今回の任務は、月面で発見されたビーコンの反応を追い、バルアークの残骸を発見することだ。」

 

 八卦島ドックに無事寄港したネプチューンの司令室では、出撃前のブリーフィングが行われている。

 

 「以前、海底で残骸を発見した時と同様、ビーコンの位置も出現したばかりだろう。急ぎ我々が調査と回収に向かう。」

 

 結果だけを見れば、この世界にアダムの遺産を掘り返したのも同じだが、しからば回収する義務が生まれた。

 

 「これより我々は13:00にマスドライバーでレベリオンを射出し、宇宙に出ます。そこで『ウラヌス』に回収されてから、月へ向かいます。」

 

 ウラヌス、天王星ならびに天王の名を冠した宇宙船だ。ヘイヴンの数少ない、なけなしの宇宙戦力である。普段はスペースデブリに偽装されて軌道上を漂っている。

 

 「ステルス機能とか付いてないの?」

 「ステルスは高い。」

 「やっぱり。」

 

 軌道上ではオービタルリングの眼が常に光っている。ただでさえデブリ撤去運動、通称『地球を綺麗にしよう運動』で隠れ場所も少なくなっている状況で、安全に隠れているにはさらに高度なステルス性能が必要になってくる。

 

 「その点は、以前の残骸からサルベージしたデータから、この問題を解決しうる結果を得られました。」

 

 バルアークのステルス技術は、次元湾曲技術を用いて空間の狭間に隠れるという高度な物だとわかった。

 

 要はアダムの技術さえあれば解決できる。だからなんとしても手に入れたいというわけだ。

 

 「先遣隊としての調査と、ウラヌスの先導が今回の任務の内容です。」

 

 内容はいたってシンプル。まず調査隊となるレベリオン隊が先行し、標的を発見。その後ウラヌスで標的を回収する。

 

 「スピードおよび秘匿性が最優先となるので、戦闘になる可能性は低い。」

 

 本当か?ゲームに限らずそういうセリフが出た時って大抵乱入者が現れるけど。それをここで口にするのは空気が読めない行動なので心に思い浮かべるだけにとどめておくが。

 

 「それでは諸君、頼んだぞ。くれぐれも気をつけてな。」

 「了解!」

 

 司令がブリーフィングを終えた途端、慌ただしく動き始めた。

 

 「じゃあ、行ってくるね遊馬。ソッコーで終わらせて帰ってくるから楽しみにしとくんだよ!」

 「う、うん・・・。」

 「なに?なんの話?」

 「んっふふふ、それがデートなのよ、デート。」

 「デート!?」

 

 お願いだから火を広げないでほしい。

 

 「やるな、少年。」

 「いや、僕が誘ったわけでは・・・。」

 「先輩、まさか何かよからぬことを・・・。」

 「してないしするつもりもないよ!いやー楽しみだなー!そういうわけだからさっさと仕事終わらせちゃおうね!」

 

 シェリルはめちゃくちゃ上機嫌に司令室を出て行った。

 

 「うん・・・なんだ・・・青春しているな、息子よ。」

 「がんばりたまえ。」

 

 うう、みんなの暖かい視線がなんだか逆に嫌だ・・・。遊馬もいたたまれずに司令室を後にした。



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第56話

 『風向き、微風、発射には問題なし。』

 『シャトル、ならびにマスドライバーレールに異常ありません。』

 『投射ルート計測・・・射線上に障害物無し。』

 

 物々しい雰囲気の八卦島ロケット基地の司令塔では、旅の安全を祈るいくつもの情報が飛び交っている。

 

 『レベリオン、搭載完了。』

 

 続々と空へ向かう車両へと鉄の巨人が乗り込んでいく。シェリルの群青のレベリオンの他、紅色、黄色、シアン、ショッキングピンクと、色とりどりのカラーリングに、中にはマーカーを施した機体もある。

 

 『ちょっとシェリル、もっと中央に寄りなさい。』

 『別に席なんてどこでもいいだろ?』

 『バランスの問題なのよ!あなたが一番重いんだから!』

 『ああん?』

 『ごめん、言い方が悪かった。あなたの機体が一番重いんだから。』

 『ほーぅ?まあ、一番スタイルいいって自信ありますし?』

 『どうせ脂肪の塊でしょうが。』

 『お?僻みかお??』

 『アホなこと言ってないでいいから早く乗り込め。』

 

 その当人たちはというとイマイチ緊張感に欠ける掛け合いをしているが。パイロットスーツに着替えたシェリルたちは、自分たちのレベリオンをシャトルへと乗り入れていく。

 

 「大丈夫なのかな、あんなんで。」

 「なに、いつものことだよ。彼女たちを信じよう。」

 

 喧嘩するほど仲がいいとも言うし。遊馬と、他司令や和馬もネプチューンの指令室からモニタリングしている。

 

 『全機搭載完了しました!』

 

 「了解、ではセシルとシェリルは防衛に回れ。」

 

 『了解。』

 

 当然、何かしらの動きを察知されてエヴァリアンによる妨害が入る可能性はある。基地防衛戦力としては、対空砲台と簡易量産型レベリオンが数機あるだけだった。そのため、セシルとシェリルだけは機体だけを先に宇宙に打ち上げ、簡易量産型機に乗り換えて防衛に回るというわけだ。

 

 『ねえ、ところで結局デートってどういうことなの?』

 『遊馬の男気ってやつを試してあげちゃうってワケ。』

 『へー、なるほどなるほど。』

 『遊馬さん、セクハラがあれば遠慮せずに申告してくださいね。』

 『そんなことないもんねー?合意の上だもんねー?なんたってパン・・・。』

 

 「あー!あー!ところでさー!デートするって言ってもどこ行くんですかい?」

 「何いきなり大声出してんだ?」

 「ふっ、青いなぁ・・・。」

 

 遊馬としては隠しておきたかったことがどんどんみんなに知れ渡っていく。司令室のオペレーターの頬もわずかに緩んでいるのが見える。

 

 『仕事中なのだから、もう少しプライベートな話は控えてほしいのですけれど?』

 『へいへい、わかっております。』

 

 シェリルたちは格納庫で磨きたての簡易量産レベリオン、通称『ライトレベリオン』に乗り換える。

 

 簡易量産型、とあるようにヘイヴンに配備されているレベリオンの、いわばダウングレード品である。例えば装甲の素材は、本来のレベリオンには靭性、軽量さに優れた特殊宇宙鋼『カーヴニウム』が使われているのだが、ライトレベリオンには戦闘機と同じ『チタニウム合金』で代用されている。

 

 他、細かいパーツもレベリオンの部品の代用品が使われており、言いようによっては『ジャンク品』で出来ている。

 

 普通に地上で運用する分には問題ないのだが、このライトレベリオンをそのまま宇宙や水中に持って行っても使い物にはなってくれないし、そもそも最大出力が段違いに低い。

 

 作業用マシンとするには出力が過剰で、戦闘用にはパワー不足な、帯に短し襷に長しな中途半端な性能で、民間にもあまり浸透していない。

 

 つまり、やられメカだ。これを持ち出すぐらいなら戦車やヘリの方が維持費も安く済む。

 

 『訓練で何度も乗り回したから、動かすクセはわかるんだけどね。』

 『それで一体何機壊したのかと。』

 『というわけで、安全性は高いよ。遊馬も乗ってみる?』

 

 「遠慮します。」

 

 モーショントレーサーのおかげで、素人も少しぐらいなら動かせるが、飛んだり跳ねたり、それで戦闘などもってのほか。

 

 『マスドライバー発射まで、あと10分。』

 

 

 『油断禁物。奇襲の可能性はまだ、ある。』

 『何かしらの動きを察知されて、エヴァリアンによる妨害が入る可能性はあります。』

 

 今のところ異変の兆候はない。だが、何が起こるかはセシルの言う通りわからない。

 

 『けど察知されてたら、もうとっくに攻撃されてんじゃないの?』

 『一番効果的なタイミングは、発射の瞬間。気の緩む瞬間で、対応も出来ない。』

 『そのために私たちは外にいるわけだけど。』

 

 それからしばらくは、シェリルもセシルもライトレベリオンの動かし方を確認しつつ、比較的防備の手薄なマスドライバーのフロントで待機する。

 

 「異常ないな。」

 「あと3分です。」

 

 司令室のモニターには時間が表示されている。

 

 「60秒前!」

 「エネルギー充填開始!」

 

 カウントダウンの開始と共に、射出のためのエネルギーが砲身に溜められていく。

 

 「エネルギー、充填率・・・50%・・・70・・・80・・・90・・・100!」

 「発射30秒前!」

 「発射シークエンス開始!」

 

 マスドライバーのレールが展開し、宇宙まで届ける最適な角度に向けられる。

 

 「・・・これは?!」

 「どうした!」

 「レーダー範囲外から、急接近する物体が!物凄い速さです!」

 「レベリオンか?!」

 「いえ・・・これは!」

 

 『セシル、散会しろ!』

 『えっ?!了解!』

 

 何かを察したシェリルの号令に、セシル思わず体が動いた。そしてそれは正解であった。

 

 先ほどまでシェリルとセシルのいた場所は大きく地面ごと抉られ、コンクリートの地面が溶解していた。

 

 「砲撃?!どこからだ!」

 「レーダーの外!外からです!」

 「まさか、バレていた?」 

 「マスドライバーの展開を見て、何か察して超長距離から砲撃してきたとしか、考えにくい。マスドライバーは!」

 

 一歩間違えば国際問題に発展する、そんなことをお構いなしに仕掛けてくるなんて、今の世界には一つしかありえない。

 

 「マスドライバー、支柱部にダメージ!」

 「発射シークエンスは!」

 「止まりません!」

 

 天を突く大砲が、傾きはじめた。



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第57話

 『マスドライバーに動きあり。』

 「やはりか。フォノンスナイパーライフルで撃つ。」

 『待て!まだヤツらだと確認したわけでは・・・。』

 「このご時世、こそこそと旧遺物なんか使うのはヤツら以外にありえん。」

 『なにかの間違いかもしれないんだぞ!』

 「間違いの一つがなんだ。今ここで逃すことの方が間違いだ!」

 『待て!撃つな!』

 

 トリガーに添えられた指に力が入り、返ってくるのはたしかな手応え。

 

 「ライトとはいえ、警備にレベリオンなんか持ち出す方が過剰防衛だ。ここで何か重要なことやっていますと、言っているようなものだ。」

 

 また1つ、いや2つキルスコアを伸ばしたことを確信するが、そのカウントは却下される。

 

 「ほう・・・。」

 

 避けた、か・・・この地平線を無理やり押し上げた、高高度による超長距離狙撃を。

 

 「新兵や馬の骨の動きではないな・・・面白い。この俺手ずから『抹殺』してやろう!」

 

 自身を制止しようとする声を断つと、狙撃アームを解除して巡行モードに切り替える。1発撃つのに3分ものチャージがかかる狙撃銃など、接近戦では物干し竿ほど役にも立たない。

 

 バーニアを吹かして、獲物を目指して空を切り裂く。目標、八卦島ロケット基地。

 

 

 

 

 『・・・傾いてる。』

 『マズい!パティ!』

 『発射シークエンス中止・・・無理!!』

 『了解、手動で調整する。』

 

 支柱を破壊され、マスドライバーの先端は傾き始める。大急ぎでシャトルは自動航行から手動に切り替える。だがみるみるうちに傾きは強まっていく。

 

 「発射まで、10・・・9・・・」

 

 『セシル!支えるよ!』

 『嘘!わかった!』

 

 突然の襲撃に呆気にとられる間もなく、壊れた支柱にライトレベリオンが潜り込む。

 

 「3・・・2・・・1・・・!」

 「行けるか・・・!」

 

 一瞬のうちに第一宇宙速度を突破したシャトルが、レールの上を駆け抜けて、空を撃ち抜く。

 

 「行ったか・・・。」

 『ネプチューン!頭下げろ!』

 「レーダーに敵性反応!」

 「やむを得んか・・・緊急潜航!2人は敵を押さえろ!」

 『了解!』

 「敵はおそらく『アーマーギア』だ、気をつけろ!」

 「アーマーギア?」

 

 ネプチューンは海中に身を隠す。同じ攻撃に狙われれば、ネプチューンは即、波の枕に抱かれることとなる。

 

 「アーマーギアってなに?」

 「レベリオン用の拡張武装、いわば鎧だ。敵はおそらく、長距離狙撃用の装備で狙っていたんだ。」

 「という事は、敵はレベリオン?」

 

 それも簡易量産型では歯牙にもかけられないであろう、最新鋭機だ。

 

 「待って、じゃあ2人は置き去り?!」

 「遊馬、それ以上言うな。」

 「けど?!そんな・・・。」

 

 相対したとして、勝ち目は絶望的だ。それは誰もがわかっている。

 

 思わず遊馬は、ゲームPODネクスを取り出して、おもむろにスイッチを入れた。

 

 「みんな!」

 「おう、おかえり。今度は何だ?」

 「実は・・・。」

 

 困った時こそ、仲間を頼る。ゲームの世界の保健室で、今まであったことを説明する。

 

 「なるほどな。だからこっちに来たと。」

 「そう、なにか方法無いかな?」

 「無いでしょ。」

 「ええ・・・。もうちょっと真剣に悩んでよ。」

 

 意外というか存外にもドライな返事をされた。

 

 「だって、そっちの話はお前の現実だろう?俺達が直接俺達なにかできるわけでもなし。」

 「そんな・・・エルザ!雄二!」

 「無理だ。」

 「何もできないわ。」

 

 藁にもすがる・・・決してこの2人は藁なんかじゃないが、だからこそ頼りたかった。

 

 「でも、2人は英雄なんでしょ?」

 「英雄なんて、後の時代が作った像に過ぎない。」

 「最終的に流されたしね、私たちは。」

 

 お茶を飲みながら、自嘲気味に遠い目で2人が言うのを、遊馬は受け入れられなかった。

 

 「でも・・・でもなんか!」

 「あのな、俺達には無理だと言っているだけで、なにも諦めろとは言ってないぞ。」

 「けど、僕は現実では無力で・・・。」

 「なら信じろよ。俺達を信じたように、お前の『仲間』を。」

 

 さすがモンド、かっこいいことをいう。だが煎餅を齧りながら言われては様にならない。

 

 「・・・わかった。」

 「ええ、私達はこうしてのんびりして待ってますから。」

 「あれ?こっちは時間経ってる?」

 「ああ、お前がいない時間が増えたな。」

 「何かの影響か・・・まあいいや。」

 

 まあいいやで済ませていい変化でもないかもしれないが、とにかく今はまあいいやで済ませていい。今はここにいるべきではない。

 

 「・・・。」

 「何かあったか?」

 「いいや、何も出来なかった。」

 

 現実の、ネプチューンの司令室に戻ってくる。数秒前と何一つ変わっていない。

 

 「敵機、まもなく八卦島に到達!」

 「対空砲、迎撃準備!艦の撤退まで時間稼ぎだ!」

 

 冷静に指示を下すクリス司令を見て、遊馬も思うところあった。それを察したのか、クリス司令は遊馬に語りかけてきた。

 

 「あの2人の事を、心配してくれているんだな。」

 「ええ・・・シェリルはもう友達ですから。」

 「そうか。なら信じよう、君の友達を、我々のエースパイロットたちを。」

 

 まるで、すべてを見守る父のように力強く、信頼のある言葉だった。

 

 「・・・本当の父さんのことはどう思う?」

 「ちょっと黙ってて。」

 「ガーン。」



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第58話

 『行った!』

 「行きましたね・・・。」

 

 マスドライバーを支えていた2人が無事に発射を見届け支柱から手を離すと、バランスを失ったマスドライバーが傾いていく。

 

 『あー、ちょっちマズいかも・・・左腕が動かない。』

 「すぐに機体の交換を。敵は私が抑えます。」

 『頼んだ!』

 

 ライトレベリオンのいいところは、比較的安価なところだ。故障したらリペアではなくチェンジしてしまえばいい。

 

 「来た・・・!」

 

 けれど、その前にお客さまがお見えになってしまった。レ-ダーではなく、目視で確認できる位置にそれはいる。

 

 一見すると平たい円盤だが、だんだん大きくなってきている。じょじょにそのシルエットが見えてくると、その円盤が巨大なブースターであり、それがレベリオンの下半身に接続されているとわかる。

 

 「あれが、アーマーギア・・・。」

 

 資料で見た記憶がある。本来の自身の乗機であるシアンカラーの機体か、情報兵のアリサならば、即座にデータベースに接続して検索にかけられたのだが、どちらも今は手元にないセシルは脳内のデータベースを漁る。

 

 「『AG-23 ガスト』、大型ジェネレーターを搭載したブースターを持ち、高出力フォノンビームを放つ砲撃モードと、ブースターによる高速移動モードを使い分けられる、だったかしら。」

 

 カメラアイの捉えた相手のシルエットには、砲撃ユニットが見当たらない。おそらく、高速で詰め寄るために邪魔になる砲撃ユニットをパージしたのだろう。

 

 基地の防衛システムが仕事を始め対空砲が火を吹く。だがガストは最小限の動きだけで砲火を避け、接近するスピードを緩めない。

 

 『これを使ってみるか・・・。』

 

 ブースターの上面、甲羅のような部分が展開するとハニカムのような六角形のミサイルが露出する。

 

 『半分ほどでいいか、発射!』

 

 「あれは・・・。」

 

 ミサイルが放たれ、拡散していく。

 

 『爆ぜろ!』

 

 直後、ミサイルから光の帯が放たれ、四方八方を破壊していく。

 

 「くっ、対空砲がやられた。」

 

 これがガストの超兵器の一つ、拡散ビーム発生ミサイルだ。フォノンビーム発生器を搭載したミサイルを放ち、広範囲を焼くことが出来る。ミサイルは使い捨てではあるが、単機で広域を面制圧できる火力を備えている。

 

 もっとも、セシルはそのビームをすべて回避したが。

 

 『やるな!それでこそ狩り甲斐があるというもの!』

 

 (狩り、ね。)

 

 わざわざオープンチャンネルで、威圧的な言葉を投げかけてくる相手にセシルは眉一つ動かさずに対応する。

 

 機体の性能差を考えると、1対1で戦うというのは賢くない。すぐにシェリルが戻ってくるので、ここは一旦逃げに回る。

 

 ライトレベリオンの脚部に備え付けられた車輪、ランディングホイールで地面を滑りながらビームガンによる射撃を避ける。

 

 『そうだ!もっと逃げ回るがいい!』

 

 (喧し。)

 

 狩りに来た、という割にはあまりに単調な攻撃だ。避けることには苦労の一つもない。

 

 『そこ!』

 

 想定通り、ビームガンによる射撃はブラフで、本命はブースター下部のレールキャノンによる斉射が行われる。

 

 遠距離用の狙撃ユニットと、広範囲殲滅用の拡散ビーム発生ミサイル、接近戦用のレールキャノン、とガストは一機で何でもできる戦術よくばりセット。

 

 と聞こえはいいが、どれかひとつに特化させた方が結果的に効率はよさそうだ、と以前資料を見た時のセシルは断じた。

 

 (配備に向けた実戦テストを兼ねている?だとしたら、随分舐められたものね。)

 

 単一機能を画一的にこなせてこその完成品の兵器だ。いかに高性能といえど、未完成品に負ける完成品ではない。そういう意味では、このライトレベリオンを信頼している。

 

 「お待たせ!」

 「うん、散開して距離を保ちつつ射撃を加える。」

 「了解!」

 

 そうこうしている内にシェリルが戦線復帰する。ここから反撃開始だ。



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第59話

 『クソッ、ちょこまかと!』

 

 「はいはい、鬼さんこちら!」

 

 ガストのブースターによる加速は確かに驚異的だが、射撃に集中するあまり動きがおろそかになっている。

 

 高機動型の機体であるが故、敵の数が少ないと特性を生かしきれない。相手は機体の特性も掴めていないと見える。

 

 それが唯一の抜け目だ。機体のスペック差は、知恵と腕とチームワークで埋められる。 

 

 「そこ!」

 

 『くっ・・・当てられただと?!』

 

 シェリルが攪乱し、セシルが撃ち抜く。機体はいつものとは違いこそすれど、戦法に変わりはない。

 

 『こうなったら、ミサイル発射!』

 

 痺れを切らしたガストのパイロットは、虎の子の拡散ビーム発生ミサイルをバラまいてきた。

 

 『避けきれるかーこの弾幕をッ!!』

 

 拡散ビームと、ビームガンにレールキャノンの高密度の弾幕の余波で、残骸となったマスドライバーを完全に破壊しつくす。

 

 「ちょっち、足りなかったね。」

 

 『バカな・・・オレの最大の技だぞ!』

 

 「今ですね。」

 

 『ぐぉおおおおお!!』

 

 回り込んだセシルが撃つ。量産型とはいえ、使っているフォノンライフルのカートリッジは同じなので、武器の威力はそう変わらない。

 

 セシルは、自身の脳内にあった設計図から、敵機のジェネレーターの位置を割り出し、正確に狙い撃った。

 

 爆発、炎上してガストは墜落する。

 

 「やったか?」

 「いえ、本体を切り離したようね。まだ来るわ。」

 

 ジェネレーターのエネルギーが逆流して本体にまで伝わる前に、本体が分離するのが見えた。偶然か、はたまたそういう設計だったのか、なんにせよまだ敵は生きている。

 

 そして困ったことに、一撃で仕留めきれなかったことが響いてくる。

 

 『おのれら~このオレをとうとう本気で怒らせてしまったようだな~?』

 

 敵レベリオンにとって、ガストはむしろいい拘束具になってくれていたが、それがたった今無くなった。

 

 「一撃で倒せるんじゃなかったの?」

 「計算が狂いました。」

 

 セシルには少々見通しが甘かったらしい。けれど、まだ想定の範囲内だ。爆発に巻き込まれた以上、無傷ではいられないはず。

 

 ガストから分離したのは、カーキグリーンの機体。ビームガンは自前の物だったようで、さらに腰にも2丁マウントしていた。

 

 『死ねやぁ!』

 

 「おっと!」

 「プランはそのまま、今度は確実に倒します。」

 「了解!」

 

 戦い方は変わらない。が、今度の敵機は小回りが利く。

 

 「くっ、さっきより厄介になってる!」

 

 『生憎オレにはこっちのスタイルの方があってるんでな!そこだァ!』

 

 「おっ!?」

 

 間一髪、シェリル機の足元をビームがかすめた。即座に態勢を立て直すが、その先を読むようにビームが降り注ぐ。

 

 (けど、そこ!)

 

 『じゃなァい!』

 

 「なにっ?!隠し腕!」

 

 腰からアームが延びると、腰にマウントされていたガンも操り、セシル機のライフルを破壊する。

 

 「セシル!」

 

 『仲間の心配とは、けなげな!』

 

 「ちぃっ!」

 

 『そらそら!今度はこちらから行くぞ!』

 

 攻撃手段を失ったセシルから、シェリルへと矛先を向ける。隠し腕で器用にビームガンを操り、4丁の射撃で徐々にシェリルの逃げ場を奪っていく。

 

 「なかなか・・・テクニシャンじゃないの・・・。」

 

 『お前、女か?女の戦士など去れ!』

 

 「逃げられるなら逃げたいもんだけど、舐められっぱなしってのも気にくわない!」

 

 『なら死ね!お前はオレのスコアになれ!』

 

 「うぉっ?!」

 

 シェリルは突然バランスを崩し、その隙を突かれて肩を撃ち抜かれ

ライフルを取り落とした。

 

 「・・・地面に穴が。」

 

 撃たれたことで倒れそうになるが、これをシェリルは神業的機動でバーニアを吹かし、宙返りするようにして空中でバランスを取り戻す。冷静になって地面を見て見れば、敵のビームよって地面に穴が開いていたのがわかった。シェリルはこれに躓いたというわけだ。

 

 「シェリル!」

 

 『すっこんでいろ!』

 

 敵機はスケートのように滑りながらスピンし、4丁のビームガンを乱射する。

 

 「ちーっ!なんて潤沢な攻撃!貧乏なウチとは全然違う!」

 「それはあなたがしょっちゅう壊すからでしょう?」

 

 悲しいかな、高級機と量産型ではやはりスペックに差がありすぎる。

 

 『さあ、もう逆転の目は無いぞ。』

 

 「逆転?そもそも追い込まれてすらいないっての。」

 

 『既に現実が見えていないとは、愚かな!』

 

 勿論、シェリルだってそれがわからないほどの馬鹿ではない。しかし、空にキラリと光る星が見えた時、シェリルの口角がにんまりと上がった。

 

 「来た!ここでプランBだ!」

 「プランB?聞いてませんよ!」

 「言ったでしょ!機体のチェンジだ!」

 「・・・!なるほど!」

 

 シェリルが閃いて、セシルは察した。理解が追い付かないのは敵だけだ。シェリルは上空へと飛んでいく。

 

 『何をするつもりかわからんが、隙だらけだ!』

 

 「そうはさせない!」

 

 『バカが!武器も持たずに!』

 

 「レベリオンの戦いは、格闘戦にある!」

 

 無謀にも武器を持たぬ手で敵機に殴り掛かっていた。とても頭の回る戦い方には見えないが、密着してしまえばビームガンは役に立たないし、隠し腕による攻撃は行えない。

 

 『この・・・調子に乗るなよ!』

 

 意外にも敵機も両手のビームガンを迷いなく捨て、セシルの拳を抑える。が、セシルもなんら臆することなく、腕を掴みなおして投げ捨てる。

 

 『おのれェ!もう許さんぞ!』

 

 「それはちょっと遅かったわね。」

 

 『ぬ?』

 

 見れば、上に向かっていたシェリル機が、まっすぐとセシルと敵のいる方向へと落ちてきている。

 

 『ハッ、奇襲攻撃のつもりか、舐めているのか!』

 

 隠し腕のビームガンのいい的、あっという間に狙い撃ちにされてしまい、ライトレベリオンは空中分解する。

 

 『ハッハー!あっけないな!』

 

 「・・・どうかな?」

 

 『ハッ?!』

 

 確かにライトレベリオンは撃墜された。それだというのに、セシルはいたって冷静だった。いや、1%は『してやったり』という嘲笑があったと訂正しておこう。

 

 少し前・・・空の上ではシェリルが、光る星目指して飛翔していた。

 

 「あったあった!ナイス角度だパトリシア!」

 

 近くで見れば、やはりそれは見覚えのある機体だった。群青のカラーリングに星型マーキングを施した自分の愛機だ。

 

 シェリルは攻撃を受けた瞬間、自分の機体をオート操縦で下ろしてもらうようにメッセージを送っておいたのだった。

 

 しかし、のんびりと着陸して乗り換えていては、セシルの身がもたない。

 

 「さて、と・・・やるの久々だし、ちょっち緊張するな。」

 

 まず降下している愛機と乗機が向かい合うように、向きと速度を調整する。次に、決して離れにように手と手を重ねる。バランスを維持しながら、重力と上昇速度が拮抗する点を目指して2機は上昇する。

 

 「ハッチオープン、ううっ、寒っ!」

 

 そして、冷たい風を顔に浴びながら、両機のハッチを空ける。

 

 「・・・来た!今!」

 

 ゼロGの境目、速度と慣性が働かない瞬間、ライトレベリオンのコックピットを蹴って、愛機のハッチの中へと飛び込む。

 

 「っぷっはぁ!緊張したぁ!」

 

 まさに天にも昇るような感覚だったが、今こうして手にはレバーの感触が返ってくる。よく知る機体のクセが、安心感を与えてくれた。

 

 「今までありがとう、さぁ・・・もう一仕事お願い!」

 

 今まで乗っていたライトレベリオンは、地上の目標めがけて落ちていく。

 

 「いたな!」

 

 こちらに気づいた敵は撃ってくるが、その狙いはシェリルではなく、無人となったライトレベリオン。

 

 「セシル!」

 「ええ、今!」

 

 『なんだと?!』

 

 敵もこちらの狙いにようやく気付いたが、こちらの方が一歩も二歩も早い。

 

 「チェストォオオオオオオオオ!」

 

 『ぐぉおおおおおおおお!!』

 

 レベリオンの基本は格闘、それを体現するだけの表現力を乗せたパンチを、セシルの抑えた敵に打ち込む。

 

 『まだ・・・まだだぁああああああああ!!』

 

 鈍い音を立てながら転がった敵だったが、特殊鋼カーヴニウムで出来た機体はまだ動ける。隠し腕が片方もげたが、最後の攻勢を仕掛けてくる。

 

 「まだ殴られたいか、愚かな!」

 「悪役みたいなセリフね。」

 

 シェリルもまた、バーニアを吹かして追いかけ、格闘戦を行う。

 

 『貴様らぁあああああ!!殺されろぉおおおおお!!』

 

 理性を爆発させた敵は、無我夢中で拳を振り回してくる。それらを難なく制するシェリルと、一進一退の攻防を繰り広げる。

 

 『喰らえぁあああああああ!!』

 

 踏み込んできた敵の攻撃を一歩引くことで躱す。それを待っていたと、ビームガンの銃口を合わせる。

 

 だがその一歩は、シェリルたちの二歩には届かない。

 

 『なんっ・・・・だとっ・・・?!』

 

 撃破された敵の目に映っていたのは、ライフルを構えたセシル機の姿だった。

 

 「・・・終わった?」

 「ええ、終わり。援軍が来る前に帰投しましょう。」

 

 おそらく敵機パイロットは死んではいないだろう、けど無暗に命を奪う必要もないと判断した。

 

 「遊馬も見ててくれたかな?私の超ファインプレー!」 

 「潜航してるから見てないと思うわ。」

 「えー、がんばって損した・・・。」



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第60話

 『司令、戦闘終了しました。』

 

 「了解、回収する。」

 

 窮地を脱したネプチューンは、息継ぎをするように海面へと浮上する。

 

 「上がったり沈んだり忙しいな。」

 「二度と上がってこないよりはいいさ。」

 

 格納庫ハッチを開けて2人の機体を格納すると、再び潜水を開始する。追撃の可能性を考え、一刻も早くこの海域を脱する必要がある。

 

 「さてこういうわけだが、信じてもらえただろうか?」

 

 クリス司令は、遊馬に語りかける。その顔は自信満々というか、誇らしげだ。

 

  シェリルとセシルの2人は、戦略兵器のようなアーマーギアを装備した敵レベリオンを相手に勝利をつかみ取った。

 

 機体の性能差がどれほどのものだったのかよくわからないが、すくなくともアニメで例えるならワンオフ機と量産機との性能差ぐらいはあるんだろうが、その戦力差をものともしないほどの腕前、そしてチームワークを見せつけられた。

 

 信頼は行動で示せ、そういえば遊馬もそういう意図をもっていた気がする。

 

 「信じますよ。みんなのこと。」

 「ならよかった。迎えに行ってあげると良い。ついでに、こちらに来てくれるのは少し休んでからでいいと伝えてくれるかな。」

 

 メッセンジャーボーイになった遊馬は、足早に格納庫へと足を向けた。

 

 「だから、当初のプラン通りだったでしょ?」

 「なってないわ!作戦が台無しよ!」

 

 と、そんな騒がしい声が聞こえてくる。

 

 「宇宙に上げる予定の機体を、地上に降ろしてどうするのよ。」

 「でもそのおかげで勝てたでしょう?臨機応変に対応した結果だよ。」

 「はぁ・・・その臨機応変の代替案を誰が考えるの?」

 「ヨロシク、リーダー!」

 「はぁ・・・。」

 

 いたいた。なにやら口論しているようだが、遊馬の存在を見止めるとシェリルは駆け寄ってくる。パイロットスーツの胸のジッパーを下ろしながら、なにやらニヤニヤとしながら。

 

 「遊馬、迎えに来てくれたの?嬉しいじゃん。」

 「2人とも無事でよかった。」

 「心配してくれてた?ありがと!」

 「その必要はありません。あの程度の相手など、苦戦する要素も無かったですから。」

 

 ふっふん!と胸を張るシェリルに対して、セシルは涼しい顔をしていた。この二人、いやチームには造作もないことだったのだろう。

 

 「ふーぅ!それにしても、なんか戦ったら暑くなっちゃったかな・・・先にシャワー浴びたい。」

 「まだ報告が終わってませんよ?」

 「ああ、少し休んでからでいいそうです。司令がそう伝えるようにと。」

 「だってさ!じゃあ私先に部屋戻ってるから。後で来てね遊馬。」

 「なんで?」

 「ちょっと『オハナシ』があるから♡」

 

 じゃねっ、と投げキッスをシェリルは撃ってきて、遊馬のハートはドクッと重い音を立てた。気圧の変化のせいではないだろう。

 

 「・・・まあ、仲良くね。」

 「え?でも、お話って一体何を?」

 「それは本人から聞くことですね。私も一休みしますから、静かにしていてくださいね・・・。」

 

 静かに?何を?まあ、シェリルはゲーム中もうるさかったし。頭の片隅に入れておこう。



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第61話

 「と、いうわけなんですけど、どうしたらいい?」

 「メシどきに聞く話ではないな。」

 「現実世界とゲーム世界の時間の乖離がどれぐらい進んでるのか確かめる目的もあって。」

 「そうか。こっちはまたしばらくあったぞ。」

 

 ところ変わって、ゲームの世界の食堂にて仲間たちに今後の是非を相談しようとしていた。

 

 相変わらずモンド特製のラーメンを皆がすすっているが、この場にいる中で雄二とエルザだけは初めて食べたことになる。その両名とも涼しい顔で食べているが、この二人には味覚が無いせいだ。

 

 「それでもまあ前よりは食べられるようになってるよ?」

 「それでもいらないかな・・・こっちで食べても現実はお腹は膨れないし。」

 

 悲しいかな、現実にいた時間がが長すぎてゲームの中で行える行動に意味を見出せなくなってきている。スナワチ、」ゲームを楽しむという鼓動ができにくくなってきているという事。

 

 「・・・やっぱ、貰おうかな。」

 「へい、まいど。」

 

 そうして運ばれてきたラーメンもどき・・・いや、具材もしっかり彩りを与え、麺も茹ですぎていない。なにより、香りもいいものになっている。

 

 「どうだ?俺にかかれば料理のレベルアップなんてこんなもんだ。」

 「・・・普通かな。」

 

 うますぎず、まずすぎない、普通の味だ。というか、醤油ベースではなく醤油そのものだった味はそんなに変わってない。

 

 「料理は味だけじゃない、見た目や匂いも重要だ。味覚が無くなってもそれは楽しめる。」

 「それに、一緒に食べる人もね。はい、あーん。」

 「だからってオレに食べさせなくていい。自分で食える。」

 

 カサブランカの2人の仲はラーメンより熱い。

 

 「じゃあそのお熱い2人に聞くけど、僕はなにすればいいと思う?」

 「シャワーを浴びてパンツを替える。」

 「エルザ、僕はどうすればいいかな?」

 「ふーん、そのシェリルっていうのはどういう子なのかな?」

 

 多分雄二なりの渾身のボケだったのだろうけど、華麗にスルーされて吽形のように固まっている。

 

 「・・・って言ってたかな。」

 「ふーん、なかなか重い過去をお持ちのようね。」

 「どう、女の意見は?」

 「戦士の意見も必要になるだろうな。仲間と共に死に損なった、生き残ってしまった、な。」

 

 遊馬は男で、一般人だ。どちらの意見もありがたい。

 

 「シェリルは大切な人を失ったんでしょう?兄弟家族にも近いような仲間、その温もりが欲しいんじゃないかな。」

 「男と女じゃなくて?」

 「関係は男と女だけじゃないの遊馬クン?例えば私と雄二の関係に当て嵌めると、遊馬のことは弟みたいに思ってるんじゃないかな。」

 「妹居るのに?」

 「姉は弟が欲しいもんだって。それ以上の関係にしたければ、遊馬の方から踏み込んでいくことね。」

 「いや、別にそうしたいわけでは・・・。」

 「ないの?」

 「・・・なくはない、かな?」 

 

 純情派、奥手、草食系ときた遊馬にはちょっと難しい話だが、少なくとも可能性はマイナスではない。シェリルを『攻略』するのも『ゲーム』だと考えれば・・・リセットは出来ないが、選択肢を考える余地はある。

 

 「じゃあ、戦士としては?」

 「俺の戦士としての意見だが、なまじ生き残ってしまった後悔が、危険に身を晒すスリルを与えているという点で共感できる。」

 「危険に身を置くことでしか、生を実感できないということか。」

 

 モンドが仮説を立てて、雄二がそれを補強する。

 

 「なるほど・・・。」

 「でも、あくまで仮説だからね。一番重要なのは、遊馬がどうしたいかだよ。」

 「アスマは、シェリルと仲良くなりたいだけ?まあ皆まで言うない、アスマの考えはきっと間違ってないだろうから。」

 「そう?」

 「アスマはそういう星の元に生まれてるんだよ、きっと。」

 

 選択肢で間違わない星とかだろうか。ゲームには役に立つけど、現実でもそうなのかどうかなのかは・・・。

 

 「やってみればわかるか。ありがとうみんな!」

 「おう、がんばれよ。」

 「失敗しても慰めてあげるくらいなら出来るから、まあ気張っておいで。」

 

 さて、ゲームをやめて現実に戻る時だ。



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第62話

一応今回にて3章終了です


 「よし・・・いくか。」

 

 腹をくくってシェリルの部屋の前までやってきた。一応雄二に言われた通りシャワーは浴びてきたが、パンツも新しくしたが支給品の地味な奴しかない。今度デートとして外に出られるなら、服も新しいのが欲しい。

 

 ・・・今までに、新しい服が欲しいと思ったのは初めてかもしれない。大体家の中ではスウェットで過ごしていたし。これもまた進歩か。ともあれ、一度家に帰ることが出来れば、色々ゲームをとってくることが出来る。一回家がどうなっているかも確認しておきたい。

 

 さて、それよりもまずは目の前の問題に対処するとしよう。オハナシとは一体何のことなのやら。

 

 「来たよシェリル?」

 『お、入って入って。』

 

 部屋にお邪魔すると、まずふんわりとした匂いが鼻をくすぐった。

 

 「ようこそ!さあ座って座って!」

 

 次に視界に入ってきたのは、バスローブ姿でくつろぐシェリルの姿。チラリズムする脚がなまめかしい。

 

 「ゴクン、それで一体なにを?」

 「私と、一勝負してくれない?」

 

 やはり来たか!このために用意をしていたと言っても過言ではない。

 

 「その・・・僕初めてなので、優しくしてね?」

 「ん?ポーカーなら前一緒にやったじゃない?」

 「えっ。」

 「うん?何を想像していたのかなー、このおませさんは??」

 

 勝負って普通にゲームのことなのかよ。

 

 「でもまあ、私に勝てたらなんでもお願い聞いちゃってもいいかもしれないけどねー?どうする?賭けちゃう?」

 「・・・じゃあ、賭ける。」

 

 前はこっぴどく負けたことを忘れて、シェリルの勝負に乗じた。

 

 「スリーカード!」

 「フルハウス♡」

 

 そして案の定負けた。

 

 「もっと燃え上がるようなバトルが欲しいな・・・。」

 「ならカードをすり替えるのやめなよ。」

 「ナンノコトカナ?」

 

 あからさますぎるぐらいに手札を入れ替えている。つい遊馬が視線をずらしてしまっている隙に。

 

 「さーてと、負けた遊馬クンにはどうしてもらおうかな?」

 「ぐぬぬ・・・。」

 

 前はパンツ一丁まで剥かれてしまったが、今回はどんな恥ずかし目を受けるのか・・・。パンツ替えといてよかった。

 

 「だから一体何を想像しているのかな。」

 「また身ぐるみ剥がされるのかと。」

 「しないよそんなこと?」

 「ほんとに?」

 「してほしかった?」

 「期待はしてました。」

 「素直でよろしい。」

 

 ちょっと肩透かしを食らった。というか何、僕が悪いみたいになってない?大丈夫?

 

 「まあまあ、冗談はさておきもう一戦もう一戦!まだまだ戦い足りない!」

 「戦い?」

 「うん、さっきの戦いの熱がまだ残っててね、火照っちゃってるの。」

 「なるほど・・・。」

 「普段ならみんなと遊んでるんだけど、今は誰もいないから遊馬に付き合ってほしかったってわけ。」

 

 思ったよりも戦闘に貪欲なようだ。シェリルは巧みな指さばきでカードをシャッフルする。

 

 「じゃあ、ここからはルール変更で。私のイカサマに気づけたら遊馬の勝ちでいいわ。」

 「したのか、してないのかを見抜けってこと?」

 「そういうこと。イカサマしたかしてないかのアンサーには、正直に答えるわ。」

 「言っておくけど、これでもゲームには強い方なんだからね?」

 「ふふっ、どうかな?カットして、好きに配ってどうぞ?」

 

 少なくともイカサマ無しの真っ向勝負では負ける気がしない。

 

 「ちらっ?」

 「ぐっ・・・。」

 「どうやら運はこっちがいいみたいね。」

 

 見えた!・・・別にいいものではない。シェリルはまたわざと手札をチラ見せしてきてブラフを仕掛けてきている。今見えたのはジョーカー・・・最強の手札にも、他の何者にもなれる。すなわち、シェリルの手は既にペアが確定している。

 

 対してこちらはというと、スペードのKが一枚あるだけの役なしペアなし、ブタだ。このままでは負ける確率が高い・・・。素直にチェンジするか。

 

 「3枚チェンジで。」

 「どうぞ、こっちはノーチェンジ。」

 

 チェンジしない、ということはやはり何かしらのイカサマを・・・いや、ジョーカーを引いたことで強気に出てるだけで、実際には本当になんのイカサマもしていないのかも。

 

 (ぬっ・・・。)

 

 という考えにいったんは至ったところで、懸念材料が転がり込んできた。3枚チェンジしたところ、ペアは増えなかった。代わりに、こちらにもジョーカーが加わった。

 

 現状、スペードK以上の切り札が無いため、このKとジョーカーでキングのワンペアが組まれることとなる。そしてシェリルの手札にもジョーカーがある。まるで仕組まれたかのような状況であるが・・・。

 

 「さて、問題です。私はイカサマしたでしょーかっ?」

 「ぐぬぬ・・・。」

 

 『した』と宣言すれば、そこでしたかしてないかでジャッジが下され、『してない』と宣言すれば普通に勝負することとなる。

 

 したかしてないかだと、してないと思う。最後に触ったのは僕の方だし、配ったのも僕だ。いやでも、カットするところまで計算ずくで山札を渡してきたとすると・・・そんな手先の持ち主に対して勝負を挑んだのが間違いだったとしか言いようがない。。

 

 「イカサマは・・・してないと思う。」

 「ほう?」

 

 そうなると必然的にワンペアで勝負することになる。これもまた分が悪い勝負だ。でもまあ他に選択肢が無い以上、勝負するしかない。

 

 「よろしいかな?それでは・・・。」

 「ワンペア、キングとジョーカーの。」

 「ワンペア、キングとジョーカーの。引き分けね。」

 

 ふふっ、とシェリルが笑った。

 

 「・・・仕組んでた?」

 「さあて?ネクストゲーム。」

 「待った、シャッフルは僕がやる。」

 「アーハン?どうぞ?」

 

 シャッフルする、と言ってもその仕方については言及していない。

 

 遊馬は、1枚ずつカードを並べていき、10枚置いたらもう一周・・・いわゆるショットガンシャッフルを行った。

 

 「53枚しかない。1枚足りないんですけど?」

 「さあ?」

 

 ジョーカー2枚含めて53枚なら、ババ抜きは出来そうにない。遊馬の問いかけに、素知らぬ顔でシェリルは並んだカードを纏めた。何が足りないカードなのか確かめるタイミングがかなかった。

 

 「じゃあもう一戦。今度はどうかな?」

 「・・・当ててみようか。」

 「ん?」

 「足りないのは、ハートのクイーン。」

 「根拠は?」

 「勘。」

 「そう・・・。」

 

 勘とは言ったが、足りないカードがハートノクイーンだという確信はある。ハートのクイーンは以前ババ抜きをした時にも最後までシェリルの手札に残っていたが、それは遊馬が『キズがついたカード』を選ばなかったからに他ならない。そして、並べた時に確認したが、そのキズがついたカードは見当たらなかった。

 

 さてその発言に対して、シェリルは素っ気ない反応を見せたが、一瞬視線が下を向いたのを遊馬は見逃さなかった。つまり、下のほうにある。

 

 「じゃあさ、私がその1枚を隠してたとして、それはどこに仕舞ったと思う?」

 「・・・袖。」

 「無い袖は振れないわね。」

 

 シェリルは両袖ともまくっているので、それはない。けど他に目につかずに隠せる場所と言えば・・・。一か所しかない。

 

 「ほれほれ?どこに隠してあるっていうのかな?」

 「その・・・えっと・・・。」

 「んん~?」

 「・・・胸元。」

 「キャー!どこ見てんのよー!」

 

 シェリルは驚いたようなセリフを吐くが、そこに一切の感情は乗っていない。明らかに茶化してきている。

 

 「それより、本当にあると思うなら調べてもいいわよ?」

 「それは・・・。」

 「逆だわ、調べてくれないとゲームが進まないわよ?」

 「ぐっ・・・。」

 

 墓穴を掘ったかもしれない。いや、とても嬉しいことなのだけれど、明らかにこちらの反応を見て楽しんでいる。

 

 「ほら、触ってみ?」

 「くぅ・・・こんな・・・。」

 「ね、触ってよ・・・。」

 「い、いいとも!触っちゃうぞ!」

 「うん・・・。」

 

 ええい、この部屋に来た時にすでに腹はくくっていたのだ。触るぐらい、今更なんだというのか。意を決して未開の園へと手を伸ばす。

 

 あくまで目的は隠したカードを探すこと、バスローブから見える谷間に手を這わせる。

 

 「・・・どう?」

 「温かい・・・。」

 「他には?」

 「・・・ハート、ちゃんと動いてる。」

 「うん・・・ちゃんと生きてる。」

 

 この胸の中で、心臓が拍動しているのを確認する。

 

 「シェリルってさ、戦いの中でしか生を実感できないとか、ない?」

 「んー・・・そうかも。」

 「その・・・うまく言えないけど、ゲームでなら僕も付き合えるから。」

 「うん、ありがと・・・。」

 

 結局、ハートのクイーンは見つからなかった。けど、シェリルとの仲が一歩前進した。



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キャラクター設定②

 カサブランカと現実世界のキャラクターの設定です


 天野川雄二(あまのがわゆうじ)

 年齢:7→17→19(カサブランカ劇中での年齢)

 身長:170cm(ブーツ込みで180cm)

 趣味:料理、ボードゲーム

 好きな食べ物:ラーメン

 

 ・『界拓機士カサブランカ』の主人公。現在は黒いバイザーに、黒いコートで全身真っ黒コーデ。火星生まれ。

 ・7歳の頃、火星移住民として住んでいた開拓都市がアダムの出現によって占拠される。

 ・火星の遺跡調査員だった父はアダムに意識を乗っ取られるが、かろうじて意識を取り戻し、改造されてしまったエルザに雄二が乗れるよう改造を施し、脱出させられる。

 ・だが初めての地球では右も左もわからぬまま、孤立無援の戦いを強いられる。最終的に味方のいないまま、軌道エレベーターに迫るアダムを1人で相手することになる。

 ・17歳の頃、レベリオン訓練学校に入る。そこで初めて地球人の仲間が出来る。

 ・19歳、火星都市奪還、バルアーク破壊、カサブランカの物語はここで終わる。

 

 ・その最後の瞬間、和馬からの誘いで『続編』を作ることになる。

 ・しかし、捨てきれなかった復讐心から、怨恨の世界『ダークリリィ』が生まれる。

 ・その後は、遊馬たちを試すために登場するが、最終的に味方に付く。

 ・現実世界にも、雄二は生きている可能性があり・・・?

 

 ・火星生まれで地球の風土に馴れないことがしばしばあった。

 ・ちょっと中二病の気がある。難しい言葉遣いに憧れがある。

 

 

 エルザ(エルザ・バーンズ)

 年齢:17(レベリオンになってからは成長しない。)

 身長:173cm

 趣味:ボードゲーム

 好きな食べ物:チーズ(ずいぶん食べていない)

 

 ・『界拓機士カサブランカ』のヒロイン兼主役機。雄二とは対照的な白い帽子に白いスカートの服を着ている。

 ・地球生まれで10歳の頃に火星に移住した。雄二とは幼馴染。

 ・アダムによって初期型のレベリオンに改造されるが、雄二の父の手ほどきで雄二と共に火星を脱出する。

 ・雄二幼少期には姉貴分として導く。その関係性は姉、相棒、恋人とランクアップしていく。

 ・正8面体様のペンダントを掲げると、リベリオンに変身する。

 

 ・最終決戦後、雄二と同じく和馬の誘いで続編を作ることになるが、アクシデントでダークリリィが出来てしまい、エルザはカサブランカのカセットを使って、そのバックドアを作る役目を果たす。

 ・現実世界でのエルザの行方は不明。だが、雄二の娘だというイングリッドの乗る機体は、カサブランカMk.Ⅱという名前である。

 

 ・かなり自由奔放な性格。だが決していい加減ではなく、年下への面倒はとてもいい。

 ・武器は格闘術。これ一本で戦い続けてきた結果、非常に洗練されている。

 ・ゲーム世界では美鈴が主に搭乗し、姉妹のように仲がいい。

 

 片桐和馬(かたぎりかずま)

 年齢;52 しし座

 身長:177cm

 趣味:ゲーム

 好きな食べ物:塩辛

 

 ・現実世界、遊馬の父である。ネプチューンの中でもかなりラフな格好をしているが、基本的に作務衣で過ごしている。

 ・20年前、初めてのメイン脚本としてカサブランカを担当した。その後も脚本家として現在も活動していたが、ある日天啓が下りてカサブランカの続編を作ることになる。

 ・しかしそれは並行世界のエヴァリアンの策略であった。世界で一番カサブランカの世界に思い入れのあった人間である和馬の意識が、現実改変を起こしたのである。

 ・最終的にヘイヴンに協力することとなる。が、現在の和馬には現実を変えるだけの力は残っておらず、どちらかというと身柄の拘束という風味が強い。

 ・引きこもりだった遊馬を外へ出すためにゲームPODネクスを与えたことが、エヴァリアンの誤算であった。

 

 

 

 

 シェリル・ランカスター

 年齢:25 牡羊座

 身長:178cm

 趣味:手品、トランプ

 好きな食べ物:アイスクリーム

 

 ・現実世界、エヴァリアンと戦う秘密組織『ヘイヴン』のレベリオン隊『ディーバ』のパイロット。パーソナルカラー・マークは群青(自称コバルトブルー)に牡羊座の星図。

 ・灰色の瞳と栗色の髪、服装はやや崩して着こなしている。というか胸が大きすぎてそのままじゃ納まらない。

 ・本編2年前、元空軍戦闘機パイロットだったが、エヴァリアンのレベリオンの襲撃によって隊は全滅。放心状態のままパイロットを去る。その後、妹のツテでヘイヴンに入る。

 ・戦闘機で全力の最新鋭レベリオン3機から逃げ切るという超絶マニューバーの持ち主。ディーバの中で一番の新入りかつ、レベリオンの経験も少ないながらトップの腕と才能を持つ。役割としては切り込んでの攪乱役。

 ・機体特性は、高トルク高マニューバの超スピードタイプ。ヘイヴンが運用しているワンオフ機よりもワンランク落ちる量産型機でありながら、スピードにおいては負けない。

 ・他、悪運にも恵まれているが、そこに輪をかけるように目ざとさ、抜け目のなさ持ち味。

 

 

 ・遊馬のことは弟のようにかわいがっているが、その実は一目惚れのようなもの。だがからかうと面白い反応を返し、時には踏み込んで来ようとする姿勢も気に入っている。

 ・手先が器用でカードをすり替える早業の持ち主。けどイカサマ抜きの真っ向勝負も好き。

 ・バカっぽいけど結構頭の回転は速い。ゲームも好き。

 

 ・仲間を失った悲しみや、自分の不甲斐なさへの怒り、無常さへの喪失感からか、戦闘になると内心かなり熱くなりやすい。

 ・その熱意は戦闘が終わっても燃え尽きるまで続き、燃えつくせないと色々と欲求不満になる。その点は遊馬の存在がちょうどいい。ゲームにも付き合ってくれるし、からかっても楽しいし。

 

 ・パーソナルカラー・マークは戦闘機パイロット時代からの引継ぎ。

 ・実は戦闘機パイロット時代の仲間は全員女性。なのでシェリルはバイ。かつタチ。

 

 

 セシル(セシル・ロジャーズ)

 年齢:23 おとめ座

 身長:169cm

 趣味:読書

 好きな食べ物:激辛カレー

 

 ・ディーバのリーダーかつ、ヘイヴン参謀。髪に青いウィッグを挿して、普段は黒ぶちメガネをかけている。戦闘時にはメガネをサングラス状のバイザーに代える。パーソナルカラー・マークはシアンにうさぎ座。

 ・ヘイヴン司令のクリス司令の娘。強い責任感と判断力と洞察力に優れている。

 ・機体特性は遠近両立のバランス型。高出力ブレードアンテナを装備し、僚機との通信能力が高い。

 ・主にシェリルの奔放さに頭を悩ませているものの、その実力や実績は頼りにしている。互いに信頼して、連携も上手い。

 ・シェリルの『タチ』の被害者その1。たまにタチ役を入れ替える。 

 

 ・部屋にはラッピーグッズが大量に置かれているが、彼女自身はそこまでラッピーのことは好きではない。ゲームが小さい頃のセシルには難しく、途中で投げ出してしまったため。

 ・父母共に17年前にアダムと戦っていたが、母は戦死する。ラッピーグッズはその母の形見である。

 ・ヘイヴンで活動することは、父とも互いに了承済み。職場では上司と部下という関係を貫いている。

 

 

 パトリシア(パトリシア・マーティン)

 年齢:19歳 しし座

 身長:160cm

 趣味:ハッキング

 好きな食べ物:チョコレート

 

 ・ディーバ中最年少ながらサブリーダーと情報兵を務めている。赤毛のショートツインテールで、幼女体形。パーソナルカラー・マークは黄色におおいぬ座。

 ・また、戦場でハッキングを行えたり、ソフト面での情報戦に強い。

 ・機体特性は、遠距離型の砲術戦仕様。大型のレドームを装備しており、情報戦にも強い。基本的にバックアップ専門。

 

 ・セシルに次いで責任感が強い。やや頑固がち、委員長気質持ちだが、誰とでも仲がいい。

 ・自分の方が先輩だが、シェリルのことを『先輩』と呼んでいる。年齢と、操縦の腕にほれ込んだというのが真相。

 ・そのためシェリルによく遊び相手として誘われている。

 ・本当の真相はシェリルの『タチ』の被害者その2。なされるがままのネコ役である。

 

 

 リーシャン・ウォン

 年齢:25

 身長:175cm

 趣味:麻雀

 好きな食べ物:中華まん

 

 ・ディーバ最年長組で、遊撃兵。黒いロングヘアーで、口数がやや少なめ。パーソナルカラー・マークは紅色に一角獣座。

 ・中国四千年の歴史の中で生まれた闇の拳術、暗殺拳『暗蜘蛛朔』(あんちゅうもさく)の使い手。ヘイヴン古参メンバー。

 ・華麗な足技、足さばきが武器で、それはレベリオン搭乗時にもいかんなく発揮される。

 ・機体特性は近接格闘機。特にマニュピレーターが頭一つ抜けて高級品が使われている。 

 

 ・かなり体も頑丈。生身であっても第1宇宙速度のGに潰れないだろう。

 ・年長者らしく冷静にものを見ることを志しているが、いかんせんワンテンポ遅いところがある。よく言えばマイペース。

 ・麻雀の腕前はシェリルのゲーム運を上回る。基本奔放なシェリルもリーシャンには頭が上がらない。

 

 

 アリサ・ランカスター

 年齢:22 おうし座

 身長:175cm

 趣味:機械いじり

 好きな食べ物:アイスクリーム

 

 ・シェリルの妹で情報兵担当。シェリルと同じく灰色の瞳に栗色の髪で、シェリルよりも長くして纏めている。パーソナルカラー・マークはショッキングピンクにおおくま座。

 ・機体特性はパトリシアと同じく砲戦仕様。操縦スキルがそこまで高くないので、装甲が追加されている。

 

 ・シェリルが戦闘機パイロットをやめる2年前の時点からヘイヴンに所属していた。姉を紹介したのもアリサ。なお、紹介されるまでアリサがヘイヴンに所属していたことをシェリルは知らなかった。

 ・パトリシアとは兵科が同じなこともあって仲がいい。アリサはハード面に強い。

 ・家族や仲間の事を特に気に掛けており、心配性がち。

 

 

  クリス・ロジャーズ

 年齢:55 うお座

 身長:182cm

 趣味:乗馬、ボクシング

 好きな食べ物:肉、ハンバーガー、コーラ

 

 ・ヘイヴンの司令官で良くも悪くも根っからの正義感。黒髪でメガネをかけている。最近腰痛が怖い。

 ・即断即決の判断力に優れ、状況に応じた柔軟性にも優れている。部下、クルーからの信頼も篤い。

 ・敵に対してはやや苛烈な一面がある。

 ・和馬とは茶飲み友達。



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第4章
第63話


 さて、ネプチューンは航行を再開し、八卦島を後にする。追手は今のところなし。いたって安全な航海だ。外の景色は変わり映えしない群青の世界だが。

 

 「では、次の我々の行動についてですが・・・。」

 

 フルメンバーではなくなったブリーフィングルームで、セシルが次なる作戦の説明を続けている。今回は遊馬も拝聴している。聞いていたところで遊馬に出来ることは無いんだけれど。

 

 「これより本艦は軌道エレベーターに向かいます。」

 「まさかのカチコミ?」

 「違います。先に打ち上げたレベリオン隊に追い付くために、人員だけは軌道エレベーターで宇宙に上がります・・・これは前の説明の時に言ったはずですが?」

 「ジョーダンだって。」

 「まったく、あなたが言うと冗談に聞こえないんですよ。」

 

 シェリルもそこまでバカではない。むしろ元空軍パイロットなんだから、頭はいい方だ。まあ5人の中では一番下なのかもしれないが。

 

 「そんなことより、はやくみんなと合流しないとな。で、私のレベリオンはどうするんだ?」

 「今回は、軌道エレベーターで『密輸』させようと思います。」

 「えっ、でも軌道エレベーターでは審査されるんじゃ?」

 「一機だけなら、なんとかなる算段です。エレベータークルーにもヘイヴンの息がかかった人間がいますので。」

 

 5機となるとごまかしがきかないが、一機だけなら・・・というわけだ。

 

 「そのためにはまず、レベリオンを格納したコンテナを擬装して、軌道エレベーター基地へ輸送する必要があります。」

 「そういえば軌道エレベーターって地球にどこにあるの?」

 「太平洋、赤道上の人工島『ラ・ムゥ』です。」

 

 ラ・ムーとは、太平洋上の伝説の大陸、ムー大陸を支配した王の名前だ。なかなかかっこいいじゃないか。

 

 「ごほん、そのラ・ムゥに至る前に沖縄の人工島『ニライカナイ』に向かいます。」

 

 ニライカナイは沖縄の伝説に登場する海底国だ。伝説、とても心惹かれる言葉。

 

 「ニライカナイには何が?」

 「ラ・ムゥへ直通の列車が。大陸からの物資輸送が行われているので、そこに紛れ込ませます。」

 「なるほど・・・。」

 

 地球上から物資を輸送するリニア鉄道と、オービタルリングで太陽光発電されたエネルギーを世界中に届けるための電力網、それらはレールの上で一致する。

 

 現在、ネプチューンは日本近海に潜伏しており、一番近いリニアの駅がニライカナイにあるから、そこから地道に軌道エレベーターへ近づくというわけだ。

 

 「それでは、本艦はニライカナイに向かいます。」

 

 のんびり沖縄観光というわけにはいかないだろうけれど、久しぶりに日本の土を踏めるのはいい。いや、人工島だから生の土はないか。

 

 それにしても、ラ・ムゥもニライカナイも海を埋め立てて新しく島を作ったのなら、環境問題にも足を突っ込んでいそうだ。

 

 「ところで、今からニライカナイに向かうってこと、敵には察知されてないんです?」

 「可能性としては十分にありえます。けど、襲撃を仕掛けてくる可能性は低いです。」

 「どうして?」

 「オービタルリング関連施設は、永世中立。そんなところで騒ぎを起こすのは、いかにヘイヴンと言えど御法度ですから。」

 

 それだけに、2年間に謎のテロ組織バミューダが、衛星砲を占拠したのは衝撃だったのだ。そのバミューダについても、今なお謎が多い・・・実際のところは、クリス司令の言うようにエヴァリアンによる茶番劇だったというのが有力か。

 

 「なるほど・・・。」

 「それでも、最悪の事態を想定して、更なる策を講じておきますが。」

 「心配ないって、セシルの立てた作戦なら、襲撃が来るのも計算の内だから!」

 「なんか褒められれてるような貶されているような・・・。」

 

 直接魚を捕まえるよりも、魚の逃げる先を予測して網を張っていた方が効率がいいというわけだ。非常に合理的でセシルらしいと思う。セシルのことまだよく知らないけど。

 

 「なら、セシルも一緒に遊ぼうよ。お互いを知るために。」

 「私はまだ仕事が残っていますので。」

 「そう言わずに、ポーカーでもしよう。」

 「けど、ハートのクイーンが足りてないんでしょう?」

 「ああ、あれならベッドの下に落ちてた。」

 

 あの後、部屋中を探してみたら普通に見つかりました。

 

 「けど、なんであんなところに落ちてたんだろ?」

 「あなたがあの日派手に暴れたから・・・おっと。」

 「あの日?」

 「さぁてね。そだ、今度は遊馬も一緒にやる?セシル?」

 「丁重にお断りするわ。それじゃあ。」

 

 暴れたって、シェリルも負けが込む時があるんだな。たしかにセシルはゲームにも強そうだ。ぜひ勝負したいところだったけど、その気じゃないらしいしまた今度だ。

 

 「じゃ、今日のところは私ともう一戦!」

 「望むところだ!今度こそ勝ってやる!」

 

 しかし、セシルとはもっと仲良くしたい。あんなにグッズを持っていてラッピー好きでないはずがないし。何かきっかけがあればいいのだけれど・・・。



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第64話

 『ニライカナイ』、15年前に沖縄に造られた人工島で、日本、中国、東南アジア等と海上リニアレールで繋がっており、オービタルリングからのエネルギーを中継する役割を持っている。

 

 ところで、本来のニライカナイとは、遥か東の海の彼方にあるとされ豊穣や生命の源の異界だという。異界、今まさに現実と異界の狭間に立っている遊馬には、なにやら関係がありそうな場所だ。

 

 まあそんなことよりも、遊馬の関心は沖縄の名物グルメにある。ミミガーやテビチなんか、豚肉料理が豊富なようで、肉料理好きの遊馬には目が無い。ニライカナイの旅行パンフレットを眺めながら、脳内でその味を想像する。

 

 なにせ、そのニライカナイ現地にまで目と鼻の先の距離にいるというのに、全く手が出せない状況にいるのだから。

 

 「ああ・・・食べてみたいなソーキそば。」

 

 ヘイヴンの活動はとにかく秘密、秘密の、トップシークレット。おいそれとネプチューンの外に出ることも出来ない。当然、のんびりと観光なんてもっての他。

 

 ニライカナイへの密輸および密航には、慎重にじっくりと事を成すために少々の時間をかけることとなった。具体的には2日ほど。まるで釣りのように気を長く持つ必要がある。

 

 「釣り?釣りがしたいの?」

 「釣りはやったことないかな・・・釣りでもなんでも、外に出たいってことなの。」

 

 いくら引きこもり気質だったとはいえ、いつまでもカンヅメとあっては精神に異常を来しそうだ。特に、一人で楽しめるゲームがないから。

 

 「ゲーム・・・ゲームがしたい・・・。」

 「たまにはブラックジャックでもやる?」

 「そういうんじゃない、デジタルなゲームがやりたい。」

 

 親指をグニグニとさせて、すっかりゲーム中毒の禁断症状があらわれている。

 

 その欲求を解消するためにはソフトがない、ハードもない。いや、ハードならあるにはある、ゲームPODネクスが。だがソフトが無ければ結局どうしようもない。

 

 「どこかにソフトが落ちていないか。」

 「それはいくらなんでもないでしょ。」

 「・・・多分ありますよ。」

 「あるの?!」

 

 一番そういう冗談に乗りそうになかったセシルが口を開いた。

 

 「どこに?」

 「ラッピーグッズの山のどこかに。」

 「よーし!」

 

 最後まで聞かずに遊馬は走り出した。

 

 「あるの?」

 「あります。」

 「あった!」

 

 自室の隅にまだ積まれているラッピーグッズの山・・・いい加減片づけることを考えたほうがいいだろうけど、その中から一つの箱、ブリキ缶を手に取り開けてみる。

 

 そこには縦長で、上半分に画面のついた手に収まるサイズの機械があった。

 

 「旧・ゲームPODか。これまた古い・・・。」

 

 遊馬の持つゲームPODネクスよりも旧型のゲームPODよりも、さらに一つ古い『初代』ゲームPODだ。

 

 横長のネクスとは形も違うが、この初代ゲームPODは画面がまだ白黒なのだ。しかしその分バッテリーの持ちが良く、同世代で他者のカラー機種を差し置いて当時は一世を風靡したという。

 

 そのゲームPODの背面に、一本のソフトが挿さっている。

 

 「初代ラッピーか。いいね。」

 

 白黒のゲームPODのゲームソフトの中で決定版と言っていい。『月ウサギのラッピー』の一作目、まだお菓子を食べて能力を発揮できないなど、現在のラッピーの常識からは大きく外れているあ、それを補って余りあるほどの魅力のある至極の一本。やや難易度が辛口なのが玉に瑕だが。

 

 「これ、やっていいかな?」

 「ええ、どうぞ。私はやりませんから。」

 「ふーん、ところでさ、なんでセシルは好きでもないラッピーのグッズを集めてるんだ?」

 「私が好きだったわけじゃないわ。マ・・・お母さんが好きだったの。」

 「ふーん、ママか。」

 「お母さんよ。」

 

 せっかくだからこのゲームPODでプレイしようかと思ったが、残念ながら電池が入っていなかった。けれど、電池を入れれば普通に動くだろう。

 

 「そのお母さんは?」

 「・・・もう亡くなったわ。17年前に。」

 「17年前っていうと・・・。」

 「ええ、先のアダム戦争の時に戦死したの。」

 

 ゲームPODネクスのカサブランカのソフトを抜いて、代わりにラッピーのソフトを挿す。

 

 「そっか・・・。」

 「ええ、そうよ。」

 「このデータ3消していい?」

 「遊馬・・・今はシリアスなシーンだと思うのだけれど?」

 「なに?なんのこと?それよりこのデータ1は誰の?」

 「データ1はお母さんの。」

 「2は?1%しか進んでないけど。」

 「2は・・・・たしか私がやろうとしてたの。」

 「なんでこんな序盤で辞めたの?」

 「当時の私には難しすぎて、投げたのよ。」

 「ふーん・・・。」

 

 たしかに、さっき言ったように初代はちょっと辛口だ。だが、それも続編では変身能力が追加されて攻略の幅が広がったり、アクションも見直されている。途中で辞めちゃったのはちょっともったいないかも。

 

 「なら、今度家に帰った時にいくつか簡単なの選んで持ってくるけど、それやってみない?」

 「いいわ、すっかり苦手意識ができちゃったし。」

 

 と、拒絶されてしまった。ラッピーはシリーズ全体で見ても決して難しいゲームではないので、苦手意識を持たれるというのはちょっと悔しい感じがする。

 

 「なに?遊馬ったらセシルに気があるの?釣った魚(わたし)

には餌やらないの?」

 「釣りはもういい。」

 

 とりあえず、セシルにもゲームに関心を持ってほしかった、ということにしておこう。さあ、久しぶりのゲームだ、腕が鳴る。

 



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第65話

 「よーし、レベル3クリア。」

 「はやーい。」

 「いや、まだまだ。」

 

 1レベル8ステージにボス戦が1つ。3レベルで計27ステージをあっという間にクリアした遊馬であったが、最終面のレベル8にはまだ半ば。

 

 「それに、ステージごとに隠し部屋があって、それを全部見つけないと100%にはならないんだ。」

 「へー。」

 「だから、100%までクリアしたセシルのお母さんって相当なやり込み勢だよ。」

 

 相当ラッピーが好きだったんだろう。この世界ではアダムの侵略もあったというのに、ラッピーがの存在が生まれたというのも奇跡的な話だ。

 

 (いや、現実と混ざってるから、ラッピーが生まれていたのかな?)

 

 どこからどこまでが遊馬のいた現実で、どこかから先がカサブランカの世界の要素なのか。その境界も曖昧で、技術や文化の変化点が木に竹を接いだような見ればわかるようなほどに劇的や異質な変化があれば気づけただろうが。

 

 少なくとも、遊馬がこの現実にやってきた時、しばらくは現実の変化に気づけなかった。

 

 「鬼門のレベル4もクリア。」

 「そんなに難しいの?」

 「ゴリ押しだと先に体力が尽きるぐらいだからね、今のボスは。」

 

 そして、それはゲームの内容もだ。そういえば、最初の日も『エイリアンは恋ウサギの夢を見るか?』をプレイしていたが、その内容にも変化はなかった。そういえば、あのゲームも現代が舞台なのにアダムに関するような出来事が何一つ描写されていなかったな。ゲームは、カサブランカの影響を受けていないのかな?

 

 この世界特有のゲームというのを見ていない。例えばレベリオンを操る対戦格闘ゲームとか。ゲームセンターに置いてあったら灰皿が飛んできそうだ。

 

 「ふぅ、ちょっと休憩しよう。」

 「うん、息抜きにババ抜きでもする?」

 「ゲームの息抜きにゲームか・・・。」

 

 考えるのをちょっと止めて、隣で画面をのぞき込んでいたシェリルに視線を移す。

 

 「シェリルは、ゲームとかするの?」

 「うーん、あんまりしてなかったかな。ゲームPODとか全然知らないし。引きこもってた時も、ずっと体鍛えてたし。」

 「僕とは大違いだな・・・ん?」

 「どした?」

 

 僕って、引きこもりだったっけ?確かに家でゲームばかりしていた記憶はあるけれど、学校には行っていた・・・いや、周りについていけずに引き籠っていた。だからずっとゲームしていて・・・あれ、なんだか記憶に食い違いがある。

 

 「あーでも、レベリオンのシミュレーターならやってるかな。あれも現実と比べたらゲームみたいなもんだし。」

 「そうなん・・・だ?そんなのあるんだ。」

 「うん、やってみる?」

 「やりたいやりたい!」

 

 レベリオンの動かし方、気になる。ゲームのようなもの、であってゲームではないとはわかりつつも、頭と体を動かせるものを他にも求めていた。

 

 「なんか頭使ってばかりだと、気がめいってくるし。遊馬も体鍛えたら?」

 「それは考えておく・・・。」

 

 運動は苦手かな・・・スポーツゲームも当然得意ではあるんだけど。



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第66話

 一旦、ゲームPODネクスを置いてシェリルの案内に連れられて、情報室にやってきた。

 

 「ここって?」

 「パトリシアのフィールド、かな。あの子プログラミングが得意だから。」

 

 いくつものPCが並んで、そこで作業する人あり。その奥に、ゲームセンターにおいてある100円のゲームのような筐体あり。

 

 「これか、シミュレーター。」

 「そう、これ作ったのはアリサも手伝ったんだって。」

 「2人ともすごいんだなぁ。」

 「すごいでしょ?」

 「なんでシェリルが誇らしげなのさ。」

 

 筐体はレベリオンのコクピットブロックを模している。というよりも、コクピットブロックをそのまま再利用したらしい。一部に傷が入っていたり色あせていたり、元の機体が潜り抜けてきた年季がうかがえる。

 

 「見た目はボロいけど、中身は常にアップグレードしてあるよ。私だってテストには付き合ってるし。」

 「なるほどなるほど・・・。」

 

 促されるまま座ってみると、シートはかなり使い古されてカタがついている。レバーやペダルを触ってみるとすり減ってツルツル。だが目の前の画面はピカピカだ。ピカピカしすぎて眩しい。

 

 「あれ、動かし方わかるの?」

 「ちょっとだけ、ゲームの世界で動かしたから。」

 「ふーん、じゃあ飛行訓練からやってみる?」

 「え、でも歩けてもいないんだけど?」

 「大丈夫、歩くよりも飛ぶ方が簡単だから。」

 

 筐体のハッチをシェリルは勢いよく閉じると緑のランプが点灯して、遊馬の視覚に滑走路が映し出される。最新のVRゲームよりもリアルな、まるで本物のような景色だ。

 

 「わぉ・・・。」

 『そこのヘッドセット着けて!』

 「OK、楽しくなってきた。」

 『ならいいけど。ゲーマーさんはどう動く?』

 「えーっと・・・このペダルかな?」

 

 ゲームの中では、腕の動かし方ぐらいしかやらなかったけど、大体感覚で掴める。人間の基本的な動作はモーショントレーサーが反応してくれる。となると、ペダルやスイッチの働きは、人間が本来不可能な動き。すなわちバーニアを吹かしたりすることに他ならない。

 

 と、そこまで判断できたのはいいものの。ペダルを踏みこんだところで視界が真っ暗・・・正確には中央に黒、両端が灰色になってしまった。しかもシートやレバーがガタガタと揺れまくり、座っていることもままならなくなる。

 

 「あばばばばばばばばば。」

 『あちゃー。』

 「とめてぇえええええええ。」

 『もう、止まってるから。』

 「ほわぁああああああああ。」

 

 シェリルが非常停止スイッチを押すと、途端にモニターは消灯してシートは大人しくなる。が、情報室には遊馬の阿鼻叫喚の声が響く。

 

 「一体何の騒ぎですか?」

 「もう終わったことなんだけどね。」

 「死ぬかと思った・・・。」

 「うん、実際2回ぐらい死んでると思う。」

 

 前のめりに倒れたのはわかった。が、あまりに突然のことで遊馬にはどうにもできなかった。

 

 「まず、シートベルトを締めるところからね。」

 「それに、アクセルがロックされてますね。」

 

 思いっきり踏み込むとロックされるから、こういう時は2回踏んだら解除される。ロックされている間はバーニアが吹かしっぱなしになるというわけだ。

 

 制動をかけたければ、左のペダルを踏めばブレーキだ。しかし空中で急制動をかけると、当然バランスを崩すことになる。ある程度はオートバランサーが調整してくれるが、細かな機動にはパイロットの体幹とモーショントレーサーよる操作が必要になる。

 

 「つまり、体を鍛える必要があると?」

 「そう。格闘戦主体だと特にね。触ってみる?」

 「・・・いい。」

 

 制服の上からは見えないが、シェリルの足はたしかに引き締まった美しい物だった。上半身は脂肪の塊だが。

 

 「それで、どうする?もう一回やってみる?」

 「・・・やる。」

 「ふふん、いい心がけ。さすがオトコノコ。」

 

 負けたままでいるというのは遊馬には居心地悪かった。これはゲームではない・・・自分との戦いだ。

 

 きっとこの経験は、これからの人生に何か意味をもたらす。そう直感して、またシートに座ってヘッドセットをつけた。



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第67話

 『大分慣れてきたんじゃない?』

 「もうリングくぐりはいいかな。」

 

 空中での方向転換、急停止、垂直落下、他、基本的な飛行動作はマスターできた。この1時間、進行方向に現れるイルカの輪くぐりのような目標めがけてひたすら飛んでいた。が、いいかげんリングには飽きてきていた。車の教習だってもうちょっとバリエーションがあるだろう。

 

 『では、次は標的を撃ってみましょうか。』

 「よしきた。」

 『まずライフルを拾うところからね。』

 

 ロボットなら立ち上がって戦わなければならない。セシルがコンソールをいじって出現させたウェポンラックに、遊馬は歩いて近づいていく。勿論、VRのレベリオンの足でだ。

 

 『ストップ、勢いつけすぎ。殴り倒す気?』

 「うっ・・・。」

 『手のひらを武器にまで近づけたら、センサーが自動で掴んでくれますから。』

 

 レベリオンのセンサーの器用さで言えば、タマゴを潰さずに摘まめるぐらいの精度があるが、そこへ搭乗者が意識的に武器を掴もうとする動きをすると、モーショントレーサーが過剰反応してしまう。慣れないうちは素直に機械に任せたほうがいい。

 

 『よし、掴めたね。それで今度は的を狙ってみて。』

 「目標をセンターにいれて・・・あれ?」

 『セーフティを外してください。』

 

 レバーの指元のスイッチを押すと弾が出る。ライフルそのものにいは引き金が付いておらず、このスイッチを押すと連動して発射される仕組みだ。ともかく遊馬の撃った弾丸は、的の中央を射抜いた。

 

 『問題なさそうだね、じゃあ射撃訓練プログラムだ。』

 「よしこい。」

 

 次々に現れる的を、狙って撃ち落としていく。フォノンライフルは実弾よりもまっすぐ飛んでくれるので、弾道計算などしなくてもいい。

 

 『さすが、やるじゃん。』

 「射撃ゲームなら得意だから。」

 『ゲームではないのですが・・・。では、これなら・・・どうですか?』

 

 セシルはちょっと意地悪そうに上級ランクを選択した。標的が一斉に現れ、遊馬はちょっと慄く。のんびりひとつひとつ狙う余裕はない。

 

 「自分が動きながらテンポよく撃った方がいいのか?!」

 

 対象を照準に納めて撃つよりも、対象が照準に入った瞬間に撃っていくほうが早いと気づいた。照準の高さは固定して腕を左から右へスライドさせていくと、X軸を固定したまま動くことが出来る。そのまま流れ作業のように、照準に納められた標的を撃つことが出来る。

 

 『おお、これはびっくり。』

 『まさか、1を聞いて10理解できるとは。』

 「へへっ。」

 

 ゲームで鍛えられた感覚が役に立った。女子にちやほやされるのは、男子としては喜ぶところだろう。

 

 『じゃあ、実戦に駆り出されてみる?』

 「えっ?!それは・・・遠慮したいかと。」

 『冗談よ、これぐらいできた程度じゃ、まだまだ足手まといだもん。操縦が苦手なアリサだって、もっとうまくやれるもん。』

 「は、はぁ・・・。」

 『さらに上のトレーニング、やってみますか?』

 「う、うん、触るだけなら。」

 

 セシルがコンソールをいじると、今度は的ではなく、レベリオンのホログラフィーが現れた。遊馬が一息つく間もなく、標的は銃を向けてくる。

 

 「うわ、撃ってきた!」

 『そりゃ撃ってくるよ、敵なんだから。』

 

 慌ててその場を飛びのくが、それを予測していたかのような偏差射撃がボディに当たる。フォノンライフルが当たれば、もうこの時点でレベリオンのパイロットはミンチよりひどいことになっているだろう。

 

 「とほほ・・・。」

 『スペックはイーブン、まずこれに勝てなければ実戦なんて夢のまた夢ですよ。』

 「いや、実戦に出るつもりも無いんですが・・・。」

 『怖気づいた?』

 「正直、自信失くした。今まであった色々なものの・・・。」

 『ごめんごめん。まさかそんなに落ち込むとは。』

 

 遊馬がやっていたことも、それをやる精神も、所詮はゲームだった。一発当たれば即終わりで、コンティニューも無し。ゲームだったらとんでもないクソゲーだ。

 

 『じゃあもうやめる?』

 「いや・・・まだやる。」

 『では、今度は動きながら標的を撃つ訓練をしましょうか。』

 「ありがとう。」

 

 だからこそ燃えてきた。ゲームじゃないからこそ、ゲームとしてクリアしてやるんだ。どんな困難も、みんな楽しんでクリアするために。



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第68話

 「よし・・・クリア。」

 『素晴らしい結果です。けど今日はこのぐらいにしておきましょう。』

 『お疲れさま!』

 

 数時間の奮闘の末、動く標的を射抜くこと、動きながら標的を撃ち抜く、回避しながらの反撃、と戦闘に必要な行動が出来るように見えてきた。

 

 だがそれはあくまで訓練の上での話で、実戦で同じ動きが出来るとは限らない。結局、反復練習によって体で覚えるしかない。戦士は一日にして成らず。

 

 遊馬はレバーから手を放してヘッドセットを外す。ハッチを開くと冷えた空気が背中から熱を奪っていく。気が付けば汗で手も服も汗でびっしゃりだ。

 

 「では、私が後片付けをしておきます。」

 「サンキュー!遊馬、シャワー浴びておいでよ。」

 「お言葉に甘えて・・・うっ、なんか寒い・・・。」

 「この部屋エアコンかけすぎなのよねー。」

 

 自分で使ったものなのだから自分で片づけるのが道理とも思ったが、今は一刻も早くシャワーを浴びたかった。

 

 「ふぅ・・・なんかまだフラフラする・・・。」

 「酔った?」

 「3D酔いには慣れてるけど・・・。」

 

 廊下を歩いていると足元がおぼつかず、フワフワしている。まだVRの世界にいるような感覚だ。

 

 「まっすぐ歩けてないよ?」

 「マジ?」

 「マジ。さ、お手をどうぞ?」

 「でも汗臭いよ?」

 「運動でかいたフレッシュな汗だから大丈夫。」

 

 そういうもんか?けど、たしかに充実感のあるスッキリとした心地だ。永らく陽の光を浴びていない状況にあったが、こんなに気持ちのいい汗がかけるなんて。

 

 「いい運動になったかな、ありがと。」

 「うむうむ、年下の少年のいい匂いだ。」

 「やっぱちょっと離れて。」

 

 せっかくいい気分だったのに、気持ちが悪くなってきた。という怖い。たまにシェリルのことがわからなくなる。

 

 「ちょっと、過剰接触じゃない?それともこれがいつも通りなの?」

 「うん、年下組がいなくて寂しいんだよ。セシルの気分でもないし。」

 「セシルの気分?」

 「なんでもない、こっちの話?」

 

 まあ、セシルが遊び相手になってくれないってのはなんかわかる気がする。

 

 「でも、セシルとももっと遊びたいかな。僕は。」

 「お?遊馬はセシルに気があるとか?」

 「そういう意味ではなくて・・・。本当ならラッピーのことでセシルと盛り上がれたんじゃないかなって思っただけ。」

 

 正直、ラッピーのグッズを見た時それを期待した。

 

 「まあ、ああ見えてセシルって結構甘えたがりなところあるし?」

 「そうなの?」

 「年上の包容力?を見せたらイチコロよ。」

 「セシルって何歳?」

 「23。」

 「僕より年上じゃないか・・・。」

 

 むしろ、遊馬より年下はこの艦にはいない。

 

 「なら、かわいい弟作戦でどう?」

 「それにかかるのはシェリルの方じゃないの?」

 「まあね。だからセシルよりも私と遊ぼう!」

 「先にシャワー浴びてくる。」

 「背中流してあげようか?」

 「いい。というか覗かないでね。」

 

 ひょっとして狙われているんだろうか?と思うのは自意識過剰だろうか。ともあれ、何の乱入もなく無事に湯を浴びることが出来た。



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第69話

 「さて・・・続きをやろうかな。」

 

 ひとしきり汗を流した後はゲームがしたくなる。ゲームPODネクスに手を置いたところでハタと気が付いた。

 

 いつもはゲームPODネクスを起動するとゲームの世界に行っていたが、このラッピーのゲームを挿している間はゲームの世界に行っていない。

 

 (・・・ゲームの世界に行く。)

 

 そう遊馬は心で念じながらスイッチを入れると視界が切り替わっていつもの食堂の光景が見えた。

 

 「あ、よかった。気分の問題か。」

 「なんの話?」

 「いや、なんでも。」

 

 どうやら、こちらの世界には特に変化がないらしい。何もやることが無さ過ぎて、みんな手持無沙汰な感じになっている。

 

 こっちの世界でもなにかやれることがあればいいのだけれど・・・。そうだ。

 

 「そういえば今ゲームPODにはラッピーのゲームが入ってるんだけど。」

 「らぴ?らっぴ!」

 「そうそう、キミのだよ。けど、これもクリアしたらカサブランカと同じように、ラッピーの世界と繋がるのかな?」

 「らっぴ!!」

 

 今までたまにラッピーの世界のモンスターが流入してきていたが、繋がれば他にもアクセスできるようになるかもしれない。

 

 「うーん・・・そうかもしれない。けど、やめといたほうがいいかも?」

 「何故?」

 「今この世界って、遊馬の現実と繋がってるわけでしょ?なら、この世界にさらにラッピーの世界が繋がると、結果的に遊馬の世界にもラッピーの世界が繋がるという事で・・・。」

 

 エルザの答えは理屈に沿っていた。

 

 「・・・ちょっと見てみたい気も。」

 「ええ・・・。」

 「マジかお前。」

 

 一方遊馬は楽観的だった。

 

 世界の融合を防ぎ、元に戻すことが目的だったはずなのに、それでは本末転倒にもほどがある。

 

 「でもそうなるとは限らないよ?さっきも『そうかもしれない』としか言ってないし。」

 「なんで?」

 「カサブランカのカセットには、私の思いが籠っていたから。現実を変えるだけの、『強い意志』が、そのカセットには籠っている?」

 「うーん・・・。」

 

 元の持ち主であるセシルに、強い思い入れがあっただろうか?ずっと缶の中に入れっぱなしにしていたようだし、それに序盤で投げてしまったようだし。

 

 「ま、考えておこう。そういえば、こっちの方は何か変化あったの?時間が動き出してるみたいだけど。」

 「お前がいない間に少し探索したよ。」

 「カサブランカの操縦を学んでいましたわ。」

 「まあ、要するにヒマしてたんだな。」

 

 まるで放置ゲーと化したソーシャルゲームのようだ。こうなるともうサービス終了の日は近い・・・。

 

 「こういう時判断を下すのもリーダーの役割だぞ?」

 「そうそう、なにかいい案無い?アスマ。」

 「そうだな・・・。」

 

 現実の方でもやや時間を持て余している感あるし・・・このままでは退屈に殺される。今度はこっちの方で少し過ごすのもいいかもしれない。

 

 「よし、冒険に出よう。」

 「おっ、来たね。どこへ?」

 「サブクエストになにか無いかな。」

 

 やや気だるげな雰囲気のまま、ゲームPODの画面をのぞき込む。



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第70話

 『それで選んだのが寄りにも寄ってコレかよ。』

 「体動かせるのがいいかなって。」

 『やってる方は命懸けなんですが。』

 

 学校から場所は変わって、宇宙空間。

 

 『よっ・・・ほっ・・・。』

 「トビー、操縦上手いね。」

 『まあね、これぐらいの重機ならラクショーだよ。』

 

 『美鈴ちゃん、スピードは抑えめでいいからね。』

 『はい・・・ぶつからないように慎重に・・・。』

 

 作業マシン『ドラムガン』に乗ったり、美鈴はカサブランカに乗って、みんながやっているのは宇宙のゴミ掃除。『スペースデブリ回収』だ。

 

 「ちょっと気になることがあって、確認のためにね。」

 『気になること?』

 「それがあってるかどうかの確認ね。それにしても、レベリオンの操作に慣れたら、こっちはなんだかトロいなぁ。」

 

 レバーを倒すとアームが伸びて、宇宙空間を漂うゴミを掴んでは背中のカゴに収納していく。しかしその動作はどうにもワンテンポ遅く感じる。

 

 それにゴミは無数にあるのだ。こんなにちまちまとやっていても埒が明かない。

 

 「リングの内側だけでいいから。」

 『内側だけ、って言っても相当な量だぞ。』

 「カサブランカのスピードなら・・・。」

 『出来るね。スピード訓練といこうか?』

 『はい!』

 

 遠くで網を張ってゴミを集めていたカサブランカが身構えると、b-スターを吹かせて急加速してかっ飛んでいく。

 

 「おー・・・あっという間に消えたな。」

 『戻ってきたぞ。』

 「え、はや。」

 

 言い切る前に目の前を通過していった。その背後にはゴミが巨大な塊となって着いて行っている。

 

 1周30秒とかかっていないだろうそれを2周3週と見送ると、見る見るうちに塊は大きくなっていく。

 

 『ただいま!』

 「おかえり。美鈴大丈夫?」

 『て、手がブルブルしますのよ・・・。』

 『高速戦闘は美鈴ちゃんにはまだ早かったかな?』

 『あんなスピードのままで戦うのか?』

 『レベリオン同士なら普通のことなんだけどね。』

 「現代では考えられないな。」

 

 単純に機体のスペックが違い過ぎるのもあるだろうが、八卦島での戦いとは明らかに様相が違い過ぎた。

 

 機体のスペック以上に、乗る人間の問題があるのだろう。

 

 いかに機体が速かろうと、それに乗る人間の動体視力や反射神経はそのまま。人間の常識を遥かに上回る速度で動くレベリオンを操縦するのは、すさまじい勢いで精神をすり減らしていく。

 

 『大丈夫?まだ行ける?』

 『ちょ・・・ちょっと休憩させて。』

 『よっと。エルザって結構スパルタだね。』

 『これぐらい耐えられないと生き抜くのは難しかったからね。』

 『むしろよくGで潰れなかったな。』

 『G緩衝装置が私にはついてるからね。』

 

 いや、そもそも人間同士の戦いに、火星製のレベリオンを持ち出すこと自体がオーバースペックすぎるのかもしれない。広大な宇宙と、島一つとでは戦いのフィールドの広さが違い過ぎる。ただの人間にはライトレベリオンのスペックがちょうどいいのかも。

 

 『よーし、もういいかな?次行ってみよう!』

 『は、はい!』

 『らぴ!』

 『お、ラッピーもやる気?ついて来れるかな。』

 『らぴぃ!』

 

 まあ、そのオーバースペックも今こうしてデブリ撤去作業に役に立っている。地球人全体共通の問題を、1人で解決しつつあることを考えると、本当にスーパーマンのような存在だ。

 

 「力を持つものは孤独、ということか・・・。」

 『なんか言ったか?』

 「いや・・・。」

 

 そうしている間にも、カサブランカは白い流星になって地球を綺麗にしていく。



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第71話

 

 【QUEST CLEAR】

 

 ランクC:宇宙の大掃除

 

 『あそこまでやってランクC?』

 「オービタルリングの内側しかやってないからね。」

 『目が回りますの・・・。』

 

 地球圏全域を片づけなければA評価貰えないとすると、これは相当キツいサブクエストに違いない。ただいつでも辞めれるのが幸いだ。タイムアタックなら何もせずに即終了だ。

 

 『それで、これでどう変わるんだ?』

 「ちょっと待ってね。確認してくるから。」

 

 徐にゲームPODネクスを取り出すと、電源を切って元の世界へと帰る。まだシャワーを浴びたばかりの髪が湿っている。

 

 「さて、今度はどう変わったかな?」

 

 予想が正しければ、現実ではスペースデブリ撤去運動『地球を綺麗にしよう運動』は施工されていないはずだ。なにせ、向こうの世界でデブリはある程度撤去されているから。

 

 「なるほど・・・。」

 「キャンペ-ンが施工されなかったら、ウラヌスがカムフラージュしてるデブリが取り除かれる心配もないということだ。」

 

 「たしかにそんな名前の運動は施工『されていない』ですね。」

 「やはり、サブクエストで起こったことは過去の出来事となるのか。」

 

 この現実での2年前にあったバミューダの襲撃も、ゲームの世界ではサブクエストのうちのひとつだった。

 

 「けど、せめて一言連絡してから実践してみてほしかったですね。」 

 「ごめんなさい。」

 

 ホウレンソウは仕事の基本だ。勝手に行動するのはマズかろう。

 

 「でもまあ、おかげでウラヌスが見つかる可能性は下げられました・・・現実が書き変わった瞬間を見ていないので、確認のしようが無いのですけど。」

 「うーん、貢献できたのかな?」

 

 遊馬は『結果』の瞬間を見ていないし、他のみんなは『書き換えた』ことを知らない。この行動はなかなか難しく、むなしい。

 

 それに、結果を予測するのも少し難しいかもしれない。今回の場合はある程度目ぼしをつけていたがバミューダの時のように全く副次的な要素が表に出る可能性もある・・・。

 

 「今度からは連絡を忘れないようにしてくださいね。」

 「はーい。」

 

 ともあれ、ひとつ確認と報告をすませてゲームの世界に戻ろうとしよう。

 

 「ただいま。」

 『おかえり。』

 『どうあだった?』

 「考え通りだった。」

 

 オービタルリングのステーションに帰還しつつ、事の顛末を説明した。全員納得してくれたようだが、美鈴だけは上の空、というか放心状態で聞いていなかった。

 

 「美鈴、大丈夫?生きてる?」

 「・・・星が揺らいで見えますわ。」

 『目が回っちゃったかな?』

 「エルザが飛ばし過ぎるからでしょ。」

 『てへへ。』

 「その姿でテヘペロされても恐ろしいだけだわ。」

 

 あっそ、とエルザもカサブランカから少女の姿に戻る。

 

 「しかし、結果を予測する必要があるとはいえ、現実を改変出来るのは強みだね。うまく使えないかな。」

 「むしろ、そのせいで現実がおかしくなったのかもしれないけどね・・・。」

 「ニワトリが先か、タマゴが先か。」

 

 ゲームの世界があったから現実がおかしくなったのか、現実がおかしいからゲームの世界があるのか、どうやらこのパラドクスは思っている以上に複雑怪奇らしい。

 

 まあ、今更そんな問題を論じたところで大した意味がないが。

 

 「下手にサブクエストをこなすと現実が変わっちゃうし、メインクエストもしばらく発生してないし、だんだんこっちでやれることが少なくなってきたな。」

 

 製作者がバランスを見誤ったせいだ。例えば、等身大のキャラクターしか入れないダンジョンで、巨大な味方との戦闘を前提とした強さのボスを置かれたような・・・。

 

 「あっ、こっちで強力なロボットを作っておいて、後で現実の方で回収するってのはどうだろう?」

 「ナイスアイデア!それならこっちのヒマも潰せる。」

 「いいのかな?現実のパワーバランス壊れちゃうよ?」

 「うーん・・・まあ設計するだけならいいんじゃない?」

 「やったー!科学者の血がうずく!」

 

 トビーは特に楽しそうだ。専攻は生物学だったはずだけど。

 

 でも自分専用のロボットってちょっと憧れる。ミサイル、レーザー、ロケットパンチ。色々な武器を装備させたい。

 

 「カサブランカにはそういうの乗ってないんだよなぁ。あ、リオンフォンならあるけど。」

 「内蔵武器は非効率的だと思うのだけれど?手持ち武器があれば十分よ。」

 「最大の武器が拳のロボットは言う事が違う。」

 

 普通ロボットのマニュピレーターというのは精密機械なんだけれど、レベリオンの場合は一番硬い部分らしい。

 

 「まずカサブランカのデータから、そっくりなコピーを作ってそこに盛っていく・・・としようか。」

 「すでにやる気なんだなお前は。」

 

 設計するだけって言ったのになぁ・・・ともかくトビーが楽しそうにデータ端末をいじり始めた。

 

 「けど、材料はどうする?」

 「どこか、ありそうな場所に心当たりある?エルザ。」

 「うーん・・・火星ならあるかもしれないけど。」

 「火星か・・・。」

 

 火星にはアダムの基地もある。そこでレベリオンが作られたのだから、当然新しく作る設備もあるだろう。

 

 「じゃ、次の行先は火星ね。ラッピー、ロケット出して。」

 「らぴ!」

 「もう行くことは決定事項なのか?」

 「まあ、いずれ行くことになるのは確かだろうけど。」

 

 多少一足飛びすることも出来るのがラッピーがいることの強みである。

 

 「まあ、がんばって。僕は現実に戻るから。」

 「おう、うまくやれよ。」

 「そっちも、気を付けてね。」

 

 火星までの距離は最短でも5500万km、最接近した距離で8000万kmもという、途方もない距離だ。まあワープに等しいラッピーのキャロケットなら一瞬で着くだろうけど。

 

 またクエストが発生したらこちらに来よう。現実の方ももうすぐ軌道エレベーター行きの列車が出発する頃だ。それを見送ってから、こちらにまた戻ってくるとしよう。

 

 「あ、ちょっと待った遊馬。」

 「なに?」

 「アレだけ見とけ。」

 「アレって?」

 

 窓の外を見ると、ゆっくりと漂っている白い羽のような物体が目に入った。

 

 「レイの宇宙船か・・・。」

 「・・・あんな戦いがあったことが、もうずっと昔のようだね。」

 

 そっと目を細めると、窓越しに手を添える。白い墓標は宇宙を漂っていく。

 

 (・・・忘れない、あの悔しさも哀しみも。)

 

 今一度、遊馬はこの世界を遊び尽くすことを誓った。



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第72話

 さて。ヘイヴンに戻ってきたところで、ひとつ動きがあった。

 

 「あれセシル、そのダンボールは何?」

 「グッズを片づけてしまおうと思いまして。」

 「え、捨てちゃうの?」

 「ええ。」

 

 聞き捨てならない話が聞こえてきたので遊馬も廊下に顔を出すと、ちょうどセシルがダンボールを抱えているところだった。

 

 人は生きていくうえで、いろんな物を捨てていく。そのきっかけのひとつに、時間がある。

 

 赤ちゃんから幼稚園、幼稚園から学校、学生から社会人へとランクアップしていくにつれて、いらない物、必要でなくなった物、好きじゃなくなった物も出てくる。『捨てる』という行為はなんらおかしなことではない。残酷ではあるかもしれないけど。

 

 「なに、捨てちゃうの?」

 「はい。もういらないなって思って。」

 「どうして?お母さんの品なんでしょ?」

 「それはそうなんですけど、私にはいらないかなって・・・。いります?」

 

 さりとて遊馬もそんなにいらないかもしれない。

 

 「・・・もらっとく。」

 

 けど捨てるのは何かもったいないと、遊馬はそれを受け取ってしまった。

 

 さて、一旦はセシルの部屋に置くことが出来たグッズの山が、結局戻ってきて元の木阿弥だ。遊馬もダンボール箱を開けることなく、また元の位置に戻してしまった。

 

 こうして部屋には物が溢れていくことになる。今は少ないけど、今度で駆けたらゲームをいくつか持ってくることになるし、ちょっと考えないといけない。

 

 「でも、どうして今になって捨てようと思ったの?」

 「私自身に思い入れがあるわけでもないですし、それに子供のやるものですし、卒業かなって。」

 「現実をナイフのように突きつけるのはやめて。」

 「ナイフだって正しく使えば便利なのに。」

 

 ナイフを使えば手でちぎるよりも綺麗に切り分けることが出来る。人生の節目節目で、キッチリ決断をすませることが出来れば、後腐れなく前へ進めるというわけだ。

 

 「未練とか無いの?」

 「無いわけではないですが・・・私にはラッピーに対して思い入れが無いので。」

 「じゃあ、このカセットも貰っていいね?もう4面ぐらいまでクリアしたけど。」

 「いいですよ。元はそれがきっかけですし。」

 「あ、なんか悪かったかな・・・。」

 「いいんです、むしろ踏ん切りがつきました。」

 

 変な形で背中を押してしまったかな。

 

 「ところで、遊馬はセシルに話があるんじゃなかったっけ?」

 「え?今言う?」

 「なんですか?」

 「えーっと・・・今ちょうどタイミングが悪すぎる気がするけど。アッピーのことをおすすめしようとしてたんだけど。」

 「ちょうど今間に合ってますね。」

 「だよねー、でもなあ。」

 

 今さっき断捨離したばかりのものを勧めるわけにもいかない。さりとてラッピーに対してなんの感情移入もしていないというのを見ると、なんとかしたいという気持ちが出てくる。

 

 「なら無理に勧めることもないんじゃない?行き過ぎると余計に嫌いになっちゃうよ?」

 「そうですね、ハッキリ言ってあんまりですし。」

 「ぐっ・・・そうか、迷惑だったかな。ごめんなさい。」

 「じゃああれ、あのぬいぐるみも捨てちゃうの?」

 「あれは・・・残しておきます。」

 

 別にラッピーに対して思い入れが無いというだけで、あのぬいぐるみに対しては別に愛着がある。それでいいだろう。

 

 「じゃあ、ラッピー以外を勧めてみたら?セシルってどういうゲームが好きなの?」

 「ゲーム・・・頭を使うのは得意ですが、そのリソースを実戦のために使いますので。」

 「だろうね。ひとつ、軍師として兵を動かすシミュレーションゲームとかはどう?」

 「シミュレーションですか・・・。」

 

 様々な兵種を選別して、好きに配置して様々な手で攻略できる自由度がウリな『トロフィーウォーズ』とかをオススメするが。

 

 「それもまた今度で。そろそろ出発の準備が整う時間です。」

 「あれ、もうそんな時間?」

 「そうよ、準備してないのはあなただけ。」

 「ごめんごめん、すぐ支度するから。じゃ、遊馬。この任務が終わったら・・・わかってるよね?」

 「うん。また。」

 

 シェリルは投げキッスをして去っていく。

 

 「・・・一体あなたのなにが、彼女をあんなに『その気』にさせているんでしょうか?」

 「それは僕が知りたい。」

 

 生憎セシルの疑問に答えることはできなかった。セシルもまた、答えが返ってくると思っていなかった。

 

 「しいて言うなら、一緒に遊んで楽しいってこととかかな?あと年下好きだとも。」

 「私も年下のはずなんですが・・・。」

 「シェリルともっと仲良くしたいんですか?」

 「まあ、ね。なにか一緒に遊べるゲームとかありますか?」

 

 少なくとも双六ゲームはオススメしない。あれには友情を崩壊させうる、人間の黒い一面を露出させる要素が多様に含まれている。

 

 「その辺もまた吟味して探してみるよ。」

 「期待してますね。」

 「・・・二人協力プレイだとアレが楽しいんだけどな。」

 「アレとは?」

 「『月ウサギのラッピー スイーツバスケット』。」

 

 ハードを移し替えること、据え置き機の『スーパートロフィー』における一本。ラッピーゲームの中でも名作中の名作と言えるのがこの『スイーツバスケット』だ。その名の通り、様々なゲームがこの一本に集約されており、協力、対戦、おひとり様でもとことん楽しめる。バグでデータがよく消えるのはご愛敬。

 

 「また、ラッピーですか。」

 「うん、難易度も易しめだし、これは本当にゲーム初心者にもオススメなんだ。」

 「そこまで言うのなら、それを探してきてくれますか?あ、勿論無理のない範囲内でですが。」

 「OK、家にあるから、今度出かけた時に取りに行く。」

 

 もとよりそのつもりだった。

 

 「くれぐれも後をつけられないように、気を付けて。」

 「危険度で言えば、そっちの方こそ。気を付けて。」

 「ええ、策は講じてあれど、それでも100%完璧とは言えませんが。」

 「信じてるから、2人のことも、みんなのことも。」

 「ありがとうございます。」

 

 遊馬には信じて待つしか出来ない。さしあたって、どんなゲームを持ってくるか考えを巡らせておくか。



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第73話

 『全パーツ確認、オールチェック。』

 『レベリオンの積み替え、完了しました。』

 

 シェリルのレベリオンを中に入れたコンテナを、海面でタンカーに載せ替え、このままニライカナイへ向かうことになる。

 

 軌道エレベーターおよびその関連施設へ兵器を持ち込むこと、それはタブー中のタブーとされる。そのために一旦機体を解体して、宇宙で組みなおす。多少手間であるが、安全には気を使わなければならない。

 

 「しかし、こんなに手間になるなら最初からシェリルの機体だけ置いていけばよかったんじゃない?」

 「宇宙では確実に戦闘が予想されます。最大戦力を置いていくのは、パイロットの身も考えると避けたいところですから。」

 「へー、シェリルってそんなに強かったのか。」

 「私は強いよ?」

 

 ふふん、と誇らしげに鼻を鳴らしているシェリルである。その恰好はヘイヴンの制服ではなく、ラフな私服である。私服でいるのはセシルも同じであるが、正確を反映するかのようにピシッと着こなしている。

 

 実際シェリルは強いのだろう。それは以前の戦いの様子を見たことで遊馬にもわかっている。

 

 「調子に乗らないの、私たちはチームワークあってこその強さなのだから。」

 「はいはい、わかっておりますとも。」

 

 思いっきりスタンドプレーが好きそうな性格をしているがその実、シェリルはチームワークや作戦の重要性を正しく理解している。

 

 その作戦を立て、シェリルにも納得させているセシルの手腕も見事なものだ。同時にシェリルのアドリブにも対応してみせ、最後には最初のプラン通りにシェリルが攪乱してセシルがトドメを刺した、というわけだ。

 

 「つまり、シェリルの手綱を握ってるセシルの方がすごい?」

 「そういうこと。」

 「いっつもネコのくせに。」

 「ネコ?」

 「いたたっ、冗談!」

 

 セシルは恐ろしい無表情でシェリルの頬を抓った。一体なにがそんなに怒らせたのか。

 

 「遊馬君はまだ17才だったろう?あと1年待ちたまえ。」

 「はぁ?」

 

 遊馬の疑問を見透かしたかのようにクリス司令が語りかけてくる、が今度はセシルが無言で尻に蹴りを入れた。

 

 「バカなこと言っていないで、私たちも外に出ますよ。」

 「おう、行こう。」

 

 司令室を出て、甲板へ。これからシェリルたちは、一般市民として軌道エレベーターに向かうのだ。

 

 「それじゃあ、行ってきます!」

 「うむ、ふたりとも気をつけてな。」

 

 レベリオンを運送するための手段として、とある海運会社のタンカーの運航ルートに浮上し、載せてもらう。レベリオンの解体、コンテナへの積み込み、そしてタンカーの運航、この準備のために2日かけたというわけだ。

 

 「じゃ、遊馬。帰ってきたらヨロシク♡」

 「何回も言われなくてもわかってるよ、気を付けてね。」

 

 名残惜しくもなく、後ろ髪を引かれるでもなく、2人を乗せたタンカーはネプチューンを離れていく。遊馬はそれが見えなくなるまで甲板から見送った。

 

 「あの2人なら大丈夫だ。」

 「司令。」

 「我々の仕事は主に待つことだ。例えば、こうして彼女たちが行って帰ってくるまでに補給をすませたりだとかな。」

 「それはつまり、手伝えとおっしゃりたい?」

 「レベリオンの実戦訓練だと思って、付き合ってくれないかい?」

 「まあ、いいですけど・・・。」

 「助かる、人手はどれだけあっても足りないくらいだからな。」

 

  格納庫に残されているセシルの乗っていたライトレベリオンに、遊馬は乗り込みしばらく待つと、次のタンカーがやってきた。同じようにネプチューンの傍らに停泊すると、荷物を卸していく。

 

 『いいかい、このコンテナを持ち上げて運んでくれ。』

 「了解、えーっと・・・ゆっくりと手を近づければ自動で掴んでくれると。』

 

 コンテナの縁の取っ手部分に、ゆっくりとライトレベリオンの手を近づけると、センサーが反応して握ってくれる。ここまではシミュレーション通りだ。

 

 「あとは持ち上げてと・・・。」

 『壁や柱ににぶつけないように気を付けて!』

 「うっ、了解。」

 

 バランスを考えると少し持ち上げる必要があり、そうなるとコンテナの影になって前が見えないが、代わりに足回りに備えられているサブカメラを立ち上げる。

 

 「よっ・・・と・・・。」

 「ご苦労さん、次も頼む。」

 「正直コンテナを運ぶだけならフォークリフトとかの方がいいと思う。」

 「そこが配備のネックなんだよ。今回はたまたま一台余った機体があるからいいが、普段はもっと大変なんだよ?」

 「司令官が作業着着てるってだけで察せられる。」

 

 ゆっくりと慎重に、遊馬は物資の入ったコンテナを一つ、二つと運び込んでいき、逆に空っぽのコンテナをタンカーに戻していく。

 

 『オーライ!オーライ!よし!サンキュー!これで最後だ!』

 「どうも!」

 

 なんだかんだで、特に問題もなくこなすことが出来た。

 

 「ご苦労様、遊馬君。」

 「疲れた・・・。」

 「うむ、またやってもらうかもしれないから、覚悟していてくれ。」

 「へーい・・・。」

 

 甲板に吹き抜ける海風が、汗に濡れた体に染み渡る。普段使わないような神経や筋肉が心地よい悲鳴を上げている。

 

 「ありがとうな!」

 「助かったよ!」

 

 だがそれ以上に、道行く人に感謝の声を掛けられて嬉しかった。普段一人でゲームをしているだけでは得られないような充実感を遊馬は感じ取っていた。



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第74話

 「彼のなにがそんなにあなたの琴線に触れているのですか?」

 「なに?ヤキモチ?」

 「違います。」

 

 ニライカナイのステーションラウンジの椅子に、2人組が女性が黄色い声をあげながら腰かけている。毎日何千という人間を輸送するこのステーションにはいたって普通の光景だが、この二人の正体がヘイヴンのレベリオンパイロットだということはお釈迦様でも気が付くまい。

 

 「ちょっと遊びたいってだけ。ゲームよゲーム。」

 「またゲーム?」

 「そう、今まで味わったことのない刺激に困惑する少年、可愛くない?」

 「趣味がいいとは言えないわね。」

 「押したり引いたり、駆け引きが楽しいのよ。」

 「押してばっかりのように見えるけど?」

 「セシルの見てないところでは引いてるわよ?そしたらあの子ったら踏み込んでくるもんだから、ちょっとドキっとしちゃった。」

 「そう。」

 

 シェリルの自慢話を、セシルは半分聞き流している。ラ・ムゥ行きのリニアレールの搭乗開始時刻まで、まだ1時間はある。それまでこのノロケ話を延々と聞かされると思うと辟易とする。

 

 セシルはおもむろにスマホを取り出し、情報を集める。ネプチューンに籠っている間は、探知される恐れがあるのでヘタに情報通信を行うことも出来ない。一応最新で確かな情報は情報室で集められてこそすれ、もっと優先度の低い、あるいはくだらない話はスルーされるので、世俗とはかなり切り離される。

 

 世間では今何が流行っているのか、一般的な旅行者を装うにはそういった情報が重要になるやもしれない。

 

 「はい、飲み物買ってきたよ。」

 「ありがとう・・・ナニコレ?」

 「あずきスムージー。シークワーサー味はご当地だって。」

 「あずきスムージー・・・こんなものが流行っているのね。あなたのは何それ?」

 「私のは普通のシークワーサージュース。」

 「私もそっちがよかったわ。」

 

 ストローを吸い込むと、小豆の甘さとシークワーサーの酸っぱさが何とも言えない風味を醸し出す。すぐに口を離して、噛むものもないのに咀嚼する。

 

 「一口ちょうだい?」

 「ひとくちと言わずに全部でいいわよ。」

 

 シェリルは躊躇なくあずきスムージーに刺さったストローに口をつける。そのことにセシルも口出ししない。

 

 「はい、口直し。」

 「ん。」

 

 今度はセシルがシェリルのジュースを飲む。

 

 「私もちょっと情報集めようかな。デートの行く先とか。」

 「どこに行くつもりなんですか?」

 「気になる?」

 「単独行動されると危険ですから。」

 「なら2人だからいいよね。」

 「そういう問題ではなくて。一応彼も来客の扱いだと、忘れていない?」

 

 その来客は荷物運びを手伝っていたが。

 

 「セシルさぁ?そんなに私が遊馬と仲良くしてるのが気に入らないの?」

 「別にそうは言っていないでしょう?彼はあくまで重要人物の護衛対象であって、必要以上に仲良くすることもないのに。」

 「そう?でも遊馬といると楽しいよ?セシルだってシミュレーションに付き合ってたじゃない。」

 「あれは・・・あなたがおかしなことを始めるから。」

 「心配しなくても、私の相棒はセシル以外いないから。」

 「そう・・・。」

 

 セシルは強張っていた表情と背筋を直して、あずきスムージーに再び口づける。やっぱりおいしくないが、さっさと飲み切ってしまおうと喉奥へと流し込んでいく。

 

 「ゴホッゴホッ・・・。」

 「あーあー、大丈夫?」

 「むせました・・・。」

 

 その妙に粒感のある液体が気道に入りかけたので、体が反射的に防衛反応を起こした。零れた液体をシェリルはハンカチで拭きとっていく。

 

 「それ、後で洗濯して返します。」

 「しばらく洗濯できる余裕もないでしょ?ちょっと洗ってくるね。」

 「すみません・・・。」

 「いいって、こっち飲んでなよ。」

 

 小豆色が染みたハンカチを濯ぐため、シェリルは一旦その場を後にする。すぐ戻ってくるとわかっていても、その後姿を名残惜しそうに見つめていた。

 

 「まったく・・・。」

 

 むせ返って目から涙が漏れだしてきていたのを拭い、スマホに視線を戻す。一体何故こんなおかしな飲み物が流行っているのか気になった。

 

 「また、『イングリッド』ですか・・・。」

 

 すると当たったのは、ある人物のインスタ。どうやらこの有名人が忌々しいドリンクを広めたらしい。そして、その人物もまた忌々しい、セシルだけでなくヘイヴンにとっても目の上のタンコブ。前の戦争の英雄の娘、イングリッド・天野川である。

 

 (こんなところでもまた足元を掬われるとは・・・末恐ろしい。)

 

 八つ当たり気味にイングリッドのインスタにBADを押し、他のサイトを巡ることとした。あずきスムージーそのものには罪はないが、坊主憎けりゃ袈裟まで憎いというもの。

 

 「ところでさっきのドリンク、イングリッドのインスタで見たから買ってみたんだけど。」

 「あなたもか。」

 「前飲んだバナナ入りのはおいしかったんだけどね。」

 

 おのれシークワーサー。肝腎機能に良いからと言って図に乗りおって。

 

 「糖尿にもいいそうだから、お父さんに買って帰ってあげれば?」

 「それはまた今度にしましょう。荷物はまだ増やせられませんし。」

 「ま、持って帰るものは大きそうだからね。」

 

 これから宇宙へ、月へ行く。そのことを忘れてはいけない。

 

 「宇宙での活動は危険も伴う・・・。」

 「わかってるわかってる。」

 

 シェリルはセシルから顔を背けてスマホを覗いている。まったく・・・とセシルもまた情報収集に戻ろうとする。

 

 「えっ・・・。」

 「ねえ、これって・・・。」

 

 今入ったニュースです。それはラウンジのテレビにも大きく報道されている。

 

 『・・・現在、ニライカナイ沖合南東部の海上では戦闘が行われております。』

 

 ニュースの中では飛行機と戦艦の攻防が繰り広げられており、SNSの写真にはその中にレベリオンの姿をみとめている。

 

 シェリルとセシルの2人には、その戦艦に見覚えがある。

 

 「ネプチューンが・・・。」

 

 つい先ほどまで自分たちがいて、今も仲間たちがいるはずのネプチューンが攻撃を受けている。

 

 その衝撃に震えているのは、この場には2人しかいなかった。



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第75話

 話は遡ること数時間前。物資補給をすませて一息ついていたネプチューンは、全体メンテナンスのために近場のドックに寄港しようとしていた。

 

 だが、入港するシーンを見られては襲撃を受ける可能性がある、また潜水しながら隠れて移動する必要がある。

 

 そして今は潜水システムのメンテナンスのために海上に停泊している。久しぶりの日光を浴びて、ネプチューンの群青の船体は黒光りしている。

 

 「よし、7面クリア。」

 

 そんな日差しを避けるように、遊馬はエアコンの効いた自室でゲームにふけっている。それも特に外に出る理由も無いので致し方なし。

 

 「いつもならシェリルが誘ってくれるんだけどなー。」

 

 何かしら理由をつけて遊びに誘ってくれていたが、その彼女も今は任務のためにここにはいない。だからか、やけに寂しく感じる。

 

 今まで1人でゲームにふける時間も多かったが、こんな風に思わさせられるという事は、それだけ彼女の存在は大きかったということか。

 

 なら、彼女が帰ってきたときのために遊馬はどうすればいいか。ゲーム的な選択肢としては『男を磨く』が欲しい。またシミュレーションをやらせてもらおうか?

 

 「おうい遊馬、たまには部屋を出てみないか?」

 「さすが、部屋に籠りっ切りな作家先生は言う事が違うなぁ。」

 「そんなことはないぞ?買い物は俺が行ってるし。それに陽の光を浴びないとビタミンDの生成には程よく紫外線を浴びるのが肝要でな?」

 「あーはいはい。」

 

 突然部屋に入ってきた父親の鬱陶しい蘊蓄を聞き流す。ノックぐらいしてくれと思う。

 

 「なんか用?」

 「いや、別に用ってほどのことでもないが・・・息子の顔を見に来ちゃいかんか?」

 「ダメではないけど、普段こっちから会いに行こうとしても顔見せなくくせに、こういう時だけ出てこられてもなって。」

 「今はちょっとだけ時間があるから。何か話したいことがあるんじゃないのか?」

 

 ふーん、とちょっと考える。話したいことと言えば、最近どうにも記憶の中の片桐遊馬と、今の自分が一致しないということ。

 

 「ああ、前の世界ではお前はヒッキーだったからな。」

 「ハハッ、嘘だろ?」

 「本当だ。お前は学校の周りに着いて行けず、引きこもりになってしまったのだ。」

 「そうだったのか。」

 

 道理でひきこもりの記憶が混在していたわけだ。にもかかわらず、初めこの世界で目覚めた時学校に行こうとしていた。けど、その学校もレベリオンパイロット養成学校だったわけで・・・。

 

 「じゃあ、この世界では僕はパイロット候補生だったのか。」

 「そうなるな。」

 

 自分の記憶が信じられないなんて、信じられない。頭を抱えたくなる。

 

 「逆に考えろ、今がゼロならなりたい自分になれる。」

 「なりたい自分ね・・・。」

 

 少なくともそれは、今ここでゲームにふけるだけの自分ではない。

 

 「シミュレーター借りてみるか・・・。」

 「それでいいんじゃないか?」

 

 気楽に言ってくれるが、その原因はこのオヤジにある。

 

 ともかく、男を磨こう。有事の際にパイロットとして最低限の動きが出来るぐらいには鍛えておこう。

 

 その有事がすぐに来るとは、この時は思わなかったが。



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第76話

 前回、最低限動きながら静止する目標を撃つことと、動く目標を静止しながら撃つことはできた。初日にもかかわらずそこまで出来たのも、養成学校に通っていた記憶があるおかげだと思う。その辺の記憶も無いんだけど。

 

 ともあれ、今の目標としては相手の攻撃を避けながら、動く標的を撃つこと。つまり、今できること二つの合体だ。

 

 「くっ・・・この・・・。」

 

 ロックオンに関しては、ある程度コンピューターがやってくれるが、右へ左へ、上へ下へ目まぐるしく変わる視界の中で、標的を捉えながら腕を向けなければならない。動体視力が追い付かなければあっという間に敵を見失い、そうなったら戦場では即命取り。

 

 「・・・やられた。」

 

 なんどやられようとシミュレーターでは死にはしないが、今日だけで何回死んだだろうか。

 

 「・・・なんの、コンティニューだ。」

 

 めげずにコインを連投する。死なないんだから、死ぬほどやり続けなければ身につかない。だからこうして死にまくっている。

 

 「くそっ・・・もう一回だ!」

 

 こういう、ロボットを操って敵を撃つようなゲームに、遊馬は非常になじみが深い。にもかかわらず負け続けているのが悔しいのだ。同時に、いかにヌルゲーに浸かっていたのかと反抗心もメラメラと燃えてくるじゃないか。

 

 10秒でやられた次には15秒耐え、その次には20秒耐えられるようになった。ほんのわずかな差であるが成長を実感できる、こんなに楽しい体験があるか。

 

 「くぉーっ!もう一回!」

 

 VRの限りなくリアルな映像に、またレバーやシートから伝わる振動にも慣れてきた。本物の景色や、Gがどんなものかはまだ体験していないが、少なくとも初見でビビることはなくなるはず。

 

 「もう一回・・・もう一回。」

 

 めげない、しょげない、あきらめない。それが攻略への近道。試行錯誤、トライアンドエラーを繰り返しながら、着実に敵AIを追い詰めて行っている。

 

 「・・・よし!」

 

 そうして幾十回目かの敗北を味わったところで、遊馬の中で何かが弾けた。

 

 攻撃にパターン、癖があるのは何度も戦っていてわかったが、それはコンティニューするたびに別のパターンに切り替わる。なので、パターンを読んで対処するというゲーム的な発想はあまり有効とは言えなかった。

 

 なのでゲーム的な攻略法は捨てて、ひたすら総当り的に無心で戦ってきていたが、不思議なことにここ十数回の動きには、一定のパターンが見えてきた。

 

 「この敵って、学習機能とか持ってるんですか?」

 「ああ、複数のパイロットやシミュレーション結果から自動的に最適な戦い方を学習するAIが組み込まれてる。」

 

 すぐ外で見守っていた情報士官さん、名前も知らないその人が教えてくれた。曰く、シェリルやセシルの戦闘データも組み込まれていたらしく、このプログラムを組んだのはパトリシアということだ。

 

 「ってことは、僕の戦い方を学習しちゃってない?」

 

 それすなわち、遊馬の癖を持ちながら、最適な動き方を計算して導き出してくれているという事だ。

 

 「これが模範的な動き方ってことか・・・すいませーん、この敵の動き方をこっちの操縦席にインプットって出来ますか?」

 「ああ出来るよ。そこに気づくなんてお目が高い。」

 

 つまり、敵は現在遊馬の持ちうるテクニックで再現可能な最適な戦い方をしているということだ。これをラーニング出来れば、確実にレベルアップを見込める。

 

 後は一旦敵のプログラムを抽出し、シミュレーターの戦闘システムにすり込めば、あっという間に遊馬の戦い方は洗練される。

 

 「さあ、出来たよ。キミの戦い方に合わせた『コンバットメモリー』だ。」

 「わぁい、まるでマンツーマンで勉強プログラムを組んでくれる通信教育のようだ。」

 「今なら月額サンキュッパ。」 

 

 ありがとう、名前も知らない情報士官さん。

 

 「でもこんなシステムがあるんなら、5人と言わずにもっとパイロットを雇えるじゃない?補欠パイロットは必要でしょうに。」

 「冗談、あんなピーキーな設計ばかりの機体に誰も乗りたがらないよ。」

 

 パイロットがいても、乗れる機体が無いんじゃしょうがない。戦いは数が物をいうが、それが出来るのはお金持ちの組織に限る。そのために少数精鋭のゲリラ戦法が役に立つ。特に、シェリルたちエースパイロットの腕は、世界有数クラスともいわれている。そんなチームワークのところに、新兵を放り込んでも役には立たないだろう。

 

 レベリオンの操縦スキルに劣るパトリシアやアリサがその質の差を少しでも埋めるため、自分たちの戦闘の補助のために作った学習システムが、今はこうして遊馬のためになってくれた。さあ、この戦闘プログラムを使って、さらに鍛錬を積んでみよう。

 

 「うっ!なんて振動だ!さっきまでのとは比べ物にもならない!」

 

 急激な自機の挙動の変化に、遊馬が追い付けない。訓練はふりだしに戻ったのかもしれない。だが、ランクアップはしている。確実に以前より高い位置にいる。

 

 グリグリと錐もみ回転のようなマニューバーを交えながらも、的確な射撃を繰り出せている。

 

 「行ける!行ける!」 

 

 ギャラリーからも驚きの声が上がる。

 

 「そこぉ!」

 

 その瞬間、遊馬の胸の高鳴りも、観客のボルテージも最高潮に達した。

 

 「勝ったぁあああああ!!」

 「うぉおおおおおおおおおお!!!」

 

 ついにやった、やりきった!遊馬は見事に敵を撃墜した!

 

 名前も知らない人達とハイタッチをして喜びをわかちあう。

 

 「・・・やるじゃない。」

 

 そっと、その様子を見てクリス司令はほくそ笑んだ。



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第77話

 遊馬が小さくも大きな勝利を得てしばらくして。ネプチューンの司令室で難しい顔をしたクリス司令は嫌な物を感じ取っていた。

 

 『潜水システム、チェック率80%。』

 「予定終了時間は?」

 『あと2時間です。』

 「少し急がせろ。雲行きが怪しくなってきた。」

 『了解。』

 

 かれこれ八卦島でも襲撃から5日ほど経つが、その間新たな敵の動きの情報は入ってきていない。そこに嵐の前の静けさを見た。

 

 「レーダーに反応は?」

 『ありません。』

 「気にしすぎじゃないか?」

 「気のせいで済むならそれにこしたことはない。」

 

 むしろ何も起こらないことに苛立っているクリスを諫めるように、のほほんとした様子の遊馬の父・和馬が司令室にやってくる。

 

 「だが気を張り過ぎると、いざというとき空回りするぞ。コーヒーでも飲んで。」

 「・・・いただこう。」

 

 和馬が持ってきた缶コーヒーの栓を開けるとグイッと呷る。

 

 「もうちょっと味わって飲めばいいだろう・・・とは言っても、そう落ち着いていられないのが親心か。」

 「っぷはぁ!別にあの子たちの事は心配していない。」

 「ホントぉ?」

 「あの子たちは優秀だ。我らヘイヴンが誇るディーヴァたちに、失敗はない。」

 

 それだけの実績があり、信頼がある。

 

 「そう思うんなら落ち着けよ。司令官がそんなんじゃ部下にも示しがつかないだろ?」

 「知っているようなことを言うな。」

 「何回も書いてるからな、そういう話。」

 

 司令官は部下たちを信頼し、作戦にゴーサインを出し、重鎮としてふんぞり返っていなければならない。少なくとも和馬はそういう脚本を書いてきていた。それを守れないやつは総じて未来あるまだ未熟な若者か、これから死ぬやつだ。

 

 「それは私もまだ青いということか。」

 「ポジティブに考えるんだな。」

 「私はまだ死ねん。」

 「なら賢くなれ。」

 

 実際死なれるとネプチューン乗員、および御客人の遊馬と和馬全員が困る。

 

 「わかったわかった、一旦落ち着くとしよう。」

 「そうだろう?司令官ならドーンと椅子に座っていればいいんだ。」

 「最近腰が痛くてな、マッサージチェアを買おうと思ってる。」

 「娘がプレゼントしてくれるといいな。」

 「子供からたかれるか。」

 「ウチもはやいとこ独り立ちしてほしいものだ。」

 「私の見立てではキミの息子は大人物になるよ。」

 「欲しい?」

 「素人はいらないな。」

 

 いかに名軍師と言えども、素人を扱うのは難しい。一から教育するというのも骨が折れる。その点、自分から進んで学んでいってくれる遊馬の姿勢は好ましい。これで経験をある程度カバーできる『才能』もあれば言う事なしなのだが。まあ、それは高望みというものだろう。そもそも、最初から戦力としてはカウントしていない。

 

 そんな学徒を徴用するようでは末期も末期、司令官のみならず組織そのものが終わりが近いとしか言いようがない、

 

 『!未確認飛行物体の接近を確認!』

 「なに!?数は!」

 『20・・・30・・・かなりの数です!』

 

 レーダーの一角から、敵機を表す光の点が次々と現れる。

 

 「望遠鏡の映像は!」 

 『今出ます!』

 「戦闘機か?」

 「そのようだ。あれは無人機だ。」

 

 キャノピー、つまりはコックピットのついていない鉄の鳥の群れが、雲の向こうからやってくる、

 

 「潜水システムは!」

 『あと30分はかかります!』

 「やむを得ん、迎撃する。対空砲用意!」

 

 ネプチューンは単独で動ける基地、あるいは空母としての役割を持っている反面、戦闘能力には乏しい。せいぜい防衛用の豆鉄砲がついているのが関の山だ。

 

 (やはり位置がバレていたか。敵もレベリオンを出してこないとは限らない・・・守り切れるか?)

 

 せめて潜水さえできれば逃げ切ることも容易だが、敵もこの機を逃がすはずがないだろう。

 

 (メンバー全員が出払っているタイミングで、潜水システムのメンテナンスが必要になるというのは、なんたる不運、いや采配ミスだ。なんとしても切り抜けてやる。)

 

 「逃げていい?」

 「ダメだ。」

 

 避けられるべきリスクは避けるのが常だが、どうしようもないこともある。そういう時こそ、司令官の手腕が問われるというもの。和馬の襟首を掴みながら、クリス司令のハートは逆境に燃えていた。



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第78話

 同時刻帯、ニライカナイのステーションには、ネプチューンが襲われている映像が届けられていた。なにせこの情報時代だ、じきにこのニュースは世界中に知れ渡ることとなるだろう。

 

 そのニュースを見て戦慄を覚える2人の女性がいた。

 

 「ヤバいね・・・。」

 「・・・。」

 

 現在ネプチューンにまともに防衛が出来る戦力はいない。それは自分たちがここにいることと、残りが宇宙にいることでわかっている。

 

 ならば、SNS上の画像で戦っているライトレベリオンは、一体誰が操っているのか?

 

 「そもそも海上なのになんでSNSで画像が上がってるのか。」

 「そういえば・・・じゃあこの画像はフェイク?」

 「フェイクではないけども・・・ひょっとしたらこれも敵の作戦?」

 「作戦?」 

 「シッ、ちょっと静かにしていましょう。これは私たちをおびき寄せる陽動かもしれない。」

 

 マスドライバーで宇宙へ上がったことは敵、エヴァリアンにもバレている。とすると、敵が欲しいのは『情報』になるだろう。我々の狙いが何なのか、どこへ行ったのか、それを探るためにネプチューンをいたぶっているのだ。本気で沈めるつもりなら、もっと強力なレベリオンを担ぎ出してくるであろうから。

 

 ニュースになっている以上、海上で戦闘が行われているのは本当なのだろう。今のご時世、そんな戦闘を行うのはネプチューンとエヴァリアンぐらいのものだ。おそらくネプチューンが戦っているのも本当だろう。

 

 「情報が欲しいがために、こんなニュースまで捏造を?」

 「テレビ局も人の不幸のネタが欲しいんでしょう。ネタさえ渡せば勝手に報道までやってくれるでしょう。」

 

 そこへ、SNSを通じてさらに情報を上乗せする。この情報の真偽はどちらでもかまわない。ただ情報量を増やせば、それだけでよく疑惑や不安の心は燃え上がる。

 

 ステーションのラウンジにはざわざわと不安の声が上がっているが、それ以上に運航がどうなるかの問い合わせが殺到している。

 

 多くの人間にとっては、この戦闘は無関係な物。ニライカナイで出発を待っていた乗客にとっては、発車を遅延させる厄介事に過ぎない。ネプチューンの無事を祈るものはこの2人だけ。

 

 ネプチューンの沈没、それは外に出ているシェリルたちレベリオンパイロットが孤立するということを意味する。帰る場所がなくなる可能性がある。自分が学校にいる時、自分の家が火事になっているのに、のんびり授業なんか受けていられるはずがない。

 

 「その不安を煽ることこそが、敵の狙いです。市井に紛れ込んでいる我々が、尻尾を出すわけにはいかない。私たちはあくまで、無関係な一般人を装わなければなりません。」

 「ぐぬぬ・・・。」

 

 傍受される可能性があるので、通信をして確認することはできない。

 

 「つまり、私たちに出来ることは何もないと?」

 「祈ることならできます。」

 「何に祈れと?」

 「みんなの無事に。それに、司令を信じること。」

 

 そうしている間は、少しだけ不安を和らげることが出来る。セシルは手を組んで地蔵になる。

 

 「ぱぱー、でんしゃまだのれないのー?」

 

 ふと、同じラウンジにいた子供の姿が見えた。おそらく今何が起こっているのかを正しく理解できてはいないのだろうが、それでも周りの人間たちが発する負のオーラに、得も言われぬ不安を抱いていることだろう。

 

 こういう時、わざわざネットで不安の種を漁ることはない。シェリルもセシルを習ってスマホを仕舞うと、荷物からトランプを取り出して、その子供に近づく。

 

 「こんにちは。お嬢ちゃん、ヒマならお姉ちゃんと遊ぼう?ほら、セシルも混ざった混ざった。」

 

 やることは普段と変わらない。あぁ、こんな時遊馬がいてくれたら、もっと退屈を凌げたろうに。



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第79話

 「おぉっ?!なんの警報だぁ!」

 

 一方、自室で筋肉痛から体を労わり、ベッドに横になっていた遊馬は。けたたましく鳴り響くサイレンにたたき起こされた。

 

 『やむを得ん、迎撃する。対空砲用意!』

 

 クリス司令の怒号が、艦内放送に乗ってくる。そこでようやく遊馬も異常事態に気づいた。にわかにこの居住区も、ハチの巣をつついたように騒がしくなってくる。しばらくすると、断続的な振動が足に伝わってくる。どうやら砲撃が始まったらしい。

 

 『遊馬クン、司令室に来てくれ。』

 

 今出ていくと迷惑になると思い、しばらく部屋にとどまっていたところ、艦内放送で呼び出された。素直に指示に従い、エレベーターに乗り込んで目指す。

 

 司令室にまで至る間の空白、何か出来ることはないだろうかと思案したものだが、あまり選びたくない選択肢が真っ先に浮かんできた。それはこの艦に一機だけ残された、ライトレベリオンに乗り込んで戦うというものだ。

 

 もちろん、そんなことはあり得ないと言っていいだろう。いくらシミュレーターでいい線行ったとは言っても、まともな訓練を受けていない素人なんかが出て行ったら足手纏いにしかならない。まるで現実的ではない。

 

 だが、他に方法が無いとすれば・・・。などと思い至ったあたりで、指令室のドアが開いた。外の様子を映したモニターは、砲塔から吹き出す砲火と無人機の爆撃の光に埋め尽くされている。

 

 『司令室、こちら情報室。』

 「どうした?」

 『奇妙な情報が流れています。この戦闘の様子の動画が、ネットやニュースで流れています。』

 「どんな様子だ?」

 『・・・どうやら、敵が意図的に流した情報のようです。』

 「そうか、やはり・・・そういうことか。」

 

 そこへ情報室からあらたな手掛かりが入ってくると、クリス司令は冷静に咀嚼して考えを整理する。

 

 「あの、大丈夫なんですか?」

 「安心しなよ、この程度の攻撃ではネプチューンはまだ沈まない。」

 「まだ?」

 「敵の攻撃に、こちらを沈めようという意志が感じられない。これは陽動だろう。」

 「陽動?」

 「おそらく、我々が焦って救援を出すことを狙っているんだろう。我々の味方をおびき出すためにな。」

 「ヘイヴンに味方っているんですか?」

 「いくらかはいる。例えば、この後向かおうとしていた秘密ドックとかにな。」

 「なるほど。」

 

 対空砲の攻撃によって無人機はどんどん落とされていく様子を見て、遊馬もホッと胸をなでおろす。どうやら自分の出番はなさそうだ。

 

 「お前がそうソワソワしていても変わるものじゃない。ここは名司令官のお手並み拝見と洒落込もうじゃないか。」

 「父さんはのんびりしすぎだと思うのだけれど。」

 「俺は心配してないからな。」

 

 などと呑気にのたまいながら、和馬はコーヒーを飲んでいる。

 

 「私も、おそらく追撃の手は薄いと考えている。」

 「どうして?」

 「言ったろう、この攻撃はおそらく陽動だと。沈めてしまったら陽動の意味がなくなる。」

 「敵増援!」

 「ただのコケ脅しだ。潜水システムの復旧を急がせろ。あとどれぐらいかかる?」

 『30分ほどかと!』

 「とにかく急げ、次が来るぞ。」

 

 あまりモタモタしていると、痺れを切らした敵が本気で沈めに来るかもしれない。

 

 「情報の方はどうなっている?」

 『ネットで様々な憶測が飛び交っているようです。』

 「そうか、なら放っておけ。」

 「このままじゃ、国際社会から敵視されるんじゃ?」

 「その心配は今はしなくていいだろう。民間人を巻き込んでいるわけでもあるまいし。」

 (僕らは民間人なんじゃないのかな。)

 (そこはホラ、もう片足突っ込んでるから。)

 

 攻めてる方も、攻められている方も、どちらも表向きには所属不明だ。エヴァリアンだって表立って騒ぎを起こしたくない立場のハズだし、ここに世論的な目論見は無い。

 

 「じゃあこんな情報を流してる真意は?」

 「おそらく、外に行ったパイロットたちを揺さぶるのが狙いだろう。これが第一目標だとして、次点で我々の味方を燻りだすこと。最後にあわよくば生け捕りにするってところだろう。」

 「生け捕り?」

 「君たち親子のことをまだ狙っているんだろう。その可能性は十分ある。」

 「確かに。」

 「沈めてしまったら、それも出来なくなる。そこが付け目だ。」

 「つまり、どういうことだってばよ?」

 「俺たちは盾ってことか。」

 

 あっ、なるほどね。なんという慧眼、さすがヘイヴンのトップだ。

 

 「海中からの接近はないな?」

 「ソナーに反応なし。」

 「海中は手薄、か・・・だが伏兵の可能性がある。偵察機を出しておけ。」

 「了解。」

 

 とにかく30分耐えれば、潜水して逃げることが出来る。いかにレベリオンがあらゆる地形に対応できるといえども、海中はネプチューンのホームグラウンドとなる。それなら勝ち目は十分にある。

 

 「か、海中から襲ってくる可能性があると?」

 「停泊中から常に監視は張っていたが、念のためにな。比較的安全そうな道を撤退ルートに選んだところを、隠し玉で伏撃するというのは常套戦術だ、忘れてないよ。」

 「な?心配ねえだろ?突如として敵が新兵器を担ぎ出してきたりしないかぎり沈まないっての。」

 「あんたの発言そのものがフラグなんだよ。」

 

 ワザとフラグを建てて肩透かしさせるつもりなのかもしれないが、それにしたって不謹慎だ。

 

 「進路クリア、海中に敵はいません。」

 「よし、微速前進。システムが復旧次第、潜水して逃れる。」

 「あれ、本当に海中に敵はいない?」

 「それよりも、空を警戒したほうがいい。あのニュースの映像を撮ったやつが、直接攻撃を仕掛けてくるだろう。」

 「了解。」

 

 遊馬たち素人に出来ることはない。半ばポカーンとつったっているままに、状況はよどみなく進んでいった。



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第80話

 『遊馬君、本当にいいんだな?』

 「準備OK、いつでもいけます。」

 『そうではなくて・・・キミがリスクを負う必要はないのだけれど?』

 「もう、覚悟は決めました。」

 『そうか・・・ならば頼んだ。』

 

 そこで通信を一旦終えた。ライトレベリオンのコックピットで、遊馬は大きく深呼吸するとレバーを握りなおす。

 

 『フォースゲートオープン!フォースゲートオープン!』

 『カタパルトに進んで!』

 「はい!」

 『いいか、武器は壊してもかまわん!司令が新しいの買ってくださるそうだ!生き残ることを最優先しろ!』

 「ありがとうございます!」

 

 今更歩を進めることに躊躇はしない。カタパルトの上に踏み込むと、脚部がロックされる。

 

 『グッドラック!』

 『幸運を!』

 『気を付けて!』

 

 格納庫のメカニックさん、司令室のオペレーターさんらの声を背に受けて前を向く。エレベーターを上がり、ハッチまで上がってきた正面には、今まさに攻撃を受けている外の様子が見える。

 

 『3.2.1.ゴー!』

 「えと、片桐遊馬、ライトレベリオンで出まぁああああ!!」

 

 一度言ってみたかったセリフが、喉から半分出掛けたところでカタパルトに射出され、喉奥に引っ込んだ。

 

 「本当に大丈夫かあれ。」

 「お前が後押ししたんだろう?」

 

 司令室のモニターで、息子の旅立ちを見送る親あり。

 

 

 

 何故こんな展開になったのかというと、話は10分前にさかのぼる。

 

 敵の狙いはまあわかった。それに対抗する策も用意できているので楽勝かと思われた。

 

 「司令、新たな敵機の接近を確認!」

 「レベリオンか!位置は!」

 「上です!」

 

 直上、砲塔の死角となる場所に一機の人型兵器の影が佇む。黄色と黒の警戒色がシンボルカラーのようだ。スカートのような腰の鎧がどこか女性的な印象をもたらしながら、大型のアンテナがまるで昆虫の触覚のようでもある。

 

 「ハチ?」

 「ハチだな。」

 「対象機から、誘導電波を確認。」

 「ヤツがこの無人機を操っているのか?」 

 

 その問いに答えるかのように、触覚アンテナの先端が明滅すると爆撃の波状攻撃が始まる。

 

 「おいぃ?!さっきより苛烈になってるけど、本当に沈まないんだろうな?」

 「沈みはしない・・・。」

 『敵機の照合が完了!あれは『ワスプ』です!』

 「情報回せ。」

 

 『BT-16 ワスプ』が正式名称。無人機を満載した大型タンク『ハイヴ』を背負い、そこから出撃させられる無人機を操作する。その名の通り、ハチのような機能を持っている。

 

 「ワスプには情報戦に強い機能もあるようだが、反面武器はニードルガンのみで接近戦には弱い設計のようだな。」

 

 もっとも、こちらには接近戦できる戦力が現状無いに等しいが。

 

 「システム復旧率はどうなってる?」

 『現在92%、まだ20分はかかります。』

 「敵の狙いは一点集中で穴を開けることだ。前進して少しでも狙いを外させろ。」

 

 それでも、高度に統率のとれた無人機軍には効果は薄い。ネプチューンの対空砲火を巧みな編隊飛行でひらりひらりと躱し、的確にブリッジ上に爆撃を加えてくる。

 

 この状況下にあってもクリス司令は冷静な顔を崩さない。時間が経つまで解決策が無く、諦念しているわけでもないだろうが、時折遊馬の事を見ている。

 

 そのことに気づかない遊馬でもない。今遊馬に出来うること、それは・・・。

 

 「司令。」

 「なんだね?」

 「僕、戦います。あのライトレベリオンに乗って、出撃させてください。」

 「遊馬、一体何を言ってる?」

 「このまま待ってても、埒が明かないと僕は思い始めた。ならいっそ、こっちから打って出るのも。」

 「残念だけど、それは愚策だよ。守りを固めているだけで、最大限のリスクを抑えられる。防御を捨てて打って出るというのは勇み足だ。」

 「けど・・・。」

 「キミはアマチュア、戦闘はプロに任せたまえ。」

 

 厳しくも、正しく諭してくる。

 

 冷静に考えれば、それは正しい。いかにシミュレーターで好成績を出したと言っても、遊馬はどうあがいても素人。出て行ったところで落とされるのが関の山。出ていく理由がない。

 

 クリス司令の言う通りだ、バカな考えはやめよう。不安に駆られての軽はずみな行動が、大きなほころびを生む。そうなっては敵の思う壺だ。

 

 果たしてそんな不安に至った原因は・・・。

 

 「他に何か不確定要素があるんじゃないのか?」

 「・・・言っただろう、この攻撃そのものが陽動だと。だとすれば、これ以外にも何か狙いがあるんじゃないかと、思い始めている。」

 

 攻撃が明らかに単調だ。座して待つだけで勝てるほどに・・・。

 

 「他の可能性を考えると・・・。」

 

 クリス司令は、そこで初めて冷や汗をかいた。



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第81話

 『司令!緊急事態です!』

 「どうした?」

 『サテライトロックです!』

 

 やはりか、とクリス司令は納得する。同時に頭を抱えたそうな顔をした。

 

 「サテライトロックって?」 

 「衛星からロックオンされたってことだ。」

 「衛星?なんの?」

 「マイクロウェーブだ。」

 

 宇宙から太陽光発電で備蓄したエネルギーを、マイクロ波に変換して地上へと届けるのが本来の仕事だった。だが今こうして本来の役目から外れ、コントロールの効かなくなった大量破壊兵器と化した。

 

 「こっちが本命だったというわけだ。どうやら我々を確実に始末することに決めたらしい。」

 「えぇ!?」

 「発射までの予測時間は?」

 『発射態勢に入るまで、あと15分!』

 「発射までそれだけかかるとして、それまでに少しでも狙いを逸らさせなければ・・・。」

 

 だから海中に敵がいなかった。そしてその狙いをつけさせているのも、足止めをするのも、あのワスプの仕事というわけだ。

 

 「なにか打つ手は?」

 「技術部のがんばりと、天命を待つしかない。」

 「その天を押さえられているわけだが。」

 「天・・・。」

 

 少し考えてから、遊馬はゲームPODネクスを起動した。

 

 「おう、今度は何だ?」

 「衛星を止めなきゃいけない。」

 「どの衛星?」

 

 一行は今まさに、宇宙空間に飛び出していた。これから火星に向かうところのようだ。

 

 「マイクロウェーブを地上に向けて発射するやつ。」 

 「・・・それってこの前破壊した衛星砲じゃないの?」

 「そっか、あれを改造したのかな。」

 

 以前バミューダがもぎとった衛星砲『トールハンマー』、それも元は今回の衛星と同じ機能を有していた。それを再利用したものが今回の衛星なのかもしれない。

 

 「じゃあ、バミューダが壊した残骸を回収しちゃえば・・・。」

 「その回収クエストは?」

 「・・・この前に消化しちゃった。」

 「じゃあダメじゃん。」

 

 そうでした。C判定でした。むしろ衛星の残骸を回収するのが主目的だったのかもしれない。

 

 ともあれ、覆水盆に返らず。こうなったら別の手立てを考えるしかない。

 

 「衛星砲ね、一度ロックされたら完全にその砲撃から逃れるのは難しい。特に海上に照射されれば、すさまじい水蒸気爆発と、津波が発生することになるわ。」

 

 エルザと雄二は、自身の経験からそう答えを導き出した。

 

 たとえ直撃しなくとも、荒波に巻かれる木っ端のようにネプチューンは沈むことになるだろう。今度は逆に、ネプチューンの方から救援を求めさせるのが目的というわけだ。

 

 「方法としては二つ、衛星をハッキングして発射を阻止すること。もうひとつは、範囲外まで可能な限り逃げること。」

 「どっちも難しいけど、今出来そうなのは後者かな・・・。」

 

 「つまり、そのワスプとやらを排除してロックから逃れて、海中に隠れて勢いを逃す。それしかない。」

 

 現実に戻ってきた遊馬は、クリス司令が全く同じことを提案していたkとを知る。

 

 「幸いなことに、スパイドローンが海溝を見つけてくれた。ここに逃れれば、直撃や爆風から逃れることは出来るだろう。」

 

 だが、ワスプを排除する手段がない。この艦の砲だけでは、自由自在に飛び回るレベリオンを倒すことは非常に難しい。

 

 「ならやっぱり僕が出ます!」

 「ならん!」

 「何故!」

 「何故もあるか!何が悲しくて素人の手を借りる軍人があるか!」

 

 普通に考えればそうだ。何度でも言うが遊馬はレベリオンにはまだ乗りたてのペーペー。しかも無数の無人機と最新鋭機を相手にし、なおかつ友軍の弾幕を避けながら戦わなければならない。時間制限もある。こんなステージが序盤にあるとしたら、間違いなく負けイベントである。

 

 そして、現実での負けはすなわち『死』を意味する。

 

 「その『死』を被るのは、君だけじゃないんだぞ!」

 「でも、僕の命だけでみんなが助かるのなら・・・。」

 「おバカ!」

 

 バチンッ、と遊馬の頬に鋭い痛みが走った。顔を前に向けると、手を抑えるクリス司令の姿があった。

 

 「・・・いきなり打ってしまってすまない。だが・・・。」

 「おうおう、なに人の息子を打ってくれてるんだ。」

 「・・・本来なら、その自分の息子を諫めるのは親の役目だと思うのだが。」

 「俺は育児失敗したから。代わりにやってくれ。」

 

 

 「やれやれ・・・いいか、遊馬くん。いや遊馬。犠牲というのは言葉の聞こえは美しい、だがその実は空虚なものだ。」

 

 

 「残された者は、自らの無力さを悔い、喪ったことに泣くしかないんだ・・・。」

 

 遊馬は、叩かれた頬を撫でながら思い返す。犠牲になったあの子の事を・・・。

 

 少し考えれば思い出す、自分の無力さを悔いたこと。現実を直視できなかったことを。

 

 「キミがこの艦に来て、多くの人と触れ合っただろう?その人たちみんなが、キミの事を大事に思っている。そのみんなを、キミは悲しませたいのか?」

 

 シェリルやセシルとも約束をした。それに、顔も名前もまだ覚えていない、メカニックのおっちゃんたちや情報室のお兄さんたち。

 

 「けど・・・だからこそ、みんなを守りたい!みんなの帰る場所を!」

 「遊馬君・・・。」

 

 いまこうしている間にも、死のカウントダウンは刻一刻と迫っている。悩んでいる暇はない。

 

 「・・・格納庫、聞いていたな?」

 『ハイ!あと5分、いや3分待ってください!』

 「え?」

 「キミのレベリオンを用意している。それに乗って戦ってくれるか?」

 「・・・はい!」

 「では格納庫へ急げ!キミ用のパイロットスーツも用意してある!」

 「了解!」

 

 遊馬は今まさに必要とされている。そのことがこの上なく嬉しかった。

 

 「・・・調子いいこと言って、最初から頭数に入れてやがったな?」

 「元より、使えるものなら親でも使うつもりだ。」

 「ブタもおだてりゃ木に登るってか。」

 

 装いも新たに、格納庫に入った遊馬が目にしたもの、今まさに改造が施されていくライトレベリオンだった。

 

 「来たか少年!すぐに乗り込んでくれ!」

 「待った待った!ハードはもういいかもしれんが、ソフトがまだだ!もう少しでシミュレーションデータとコンバットメモリーをインプット出来る!」

 

 被弾率を最大限抑えるためのシールドを両肩に装備し、手には反動を限りなく抑えるよう調節されたフォノンライフル。腰には近接武器としてナイフが一本だけ差さっている。

 

 「よし、ソフトもOKだ!」

 「さあ、行け少年!」

 「はい!」

 

 今この艦に残っているありあわせの素材をすべて盛り込んだ、ジャンクの山のようなこの量産機。可能性をこれでもかと詰め込んだ、希望の塊だ。

 

 「俺達の希望を、キミに託すぞ!」

 「がんばれよ!」

 「気を付けて!」

 

 シートの座り心地を確認しながら、遊馬は届けられた言葉にひとつひとつ応えていく。それらすべてが遊馬の中で勇気に変わる。

 

 「よし・・・いくぞ!」

 

 レベリオンのパイロットとしての、本当の一歩を踏み出した。



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第82話

 海面、空、同じ青でも違う青。青の世界に飛び込んだ遊馬は、ペダルを踏みこんでバーニアを吹かす。目指すは空の青。

 

 「ぐぅおおおおおおお?!」

 

 その空からは光の矢が降り注ぐ。だがそれらの狙いは自分ではない。今さっき飛び出したネプチューンめがけて落ちていく。

 

 まずはこの包囲網を脱するために、少しでも無人機の数を減らさなくてはならない。遊馬は専用にカスタムしてくれたフォノンライフルを構えた。

 

 「相手が対艦用なら、躱す心配がないな。」

 

 コンピューターが狙いをつけ、トリガーを引くと、低出力だが確かな威力のある弾が3点バーストで発射される。攻撃のことだけを考え、ひたすら量産性だけを高めただけの無人機は、掠めただけで面白いように墜落していく。

 

 「わっと、こっちに気づいたか?」

 

 敵だってただ見ているほどバカじゃない。ワスプの指揮のもと、無人機たちが編隊を組んで遊馬へ向かってくる。

 

 が、それはさして脅威ではない。なぜならそれらの武装は対艦用の爆撃装備であり、細かな動きの出来るレベリオンにとっては適当に左右に振れるだけで容易く避けられる相手なのだ。

 

 「まるでトンボとりでもしているようだな!」

 

 ボーナスステージのように遊馬は次々に敵を落としていく。そうしていくうちに徐々に目も高速に慣れていき、手応えは自信にかわる。

 

 「あれ?結構やれんじゃね?僕強くね?」

 

 そして自信は慢心に変わり、遊馬の視界に影を落とした。

 

 「ぐぉおおお!?やったなぁあああ!!」

 

 遊馬に衝撃が走ると、あっという間にバランスを崩して錐もみになって自由落下の洗礼を受ける。

 

 「うぅうう・・・あぶねっ!!」

 

 瞬きするうちに目の前の景色と重力の向きが変わり、体内の平衡感覚が奪われる。背中には嫌な汗が立つ。あとちょっと漏らしたかもしれないが、パイロットスーツの吸水機能はカタログ通り働いてくれた。

 

 ともあれ、海面スレスレのところで機体のバランスを取り戻し、波飛沫が血飛沫に変わるような事態は避けられた。

 

 改めて敵の姿を見止めると、武器のニードルガンを向けているところだった。

 

 「おっと!とぉ?!」

 

 肩を前に突き出して、シールドを構えて針を弾く。が、ちゃちな見た目に反して大きな衝撃が返ってくる。直撃すれば大きなダメージになっていただろうと遊馬は直感した。

 

 『遊馬君!艦砲射撃が行くぞ!』

 「了解ぃ!」

 

 ともあれ、ネプチューンの砲の射程圏内にまで降りてきたワスプを相手に、砲撃が始まった。

 

 自分に有利な場所へ相手を誘い込み、迎撃を仕掛ける。遊馬たちの本命の狙いはこれだ。

 

 「けど、やっぱそう簡単にくたばっちゃくれないか・・・。」

 

 おかげで無人機はほぼ落とし尽くせたが、ワスプはその高機動力によって砲撃をすべて躱し尽くした。だが、本来の強みである群れのパワーを失ったからには、威力は半減どころでは済まないはずだ。

 

 「よし!仕掛けるのは今!」

 

 反撃開始だ。フォノンライフルを撃ちながらワスプに肉薄し、一定の距離を保ちながら乱射する。

 

 『システム復旧まであと5分!耐えてくれ!』

 

 ここから、身も心も燃え上がる5分が始まる。



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第83話

 「弾切れ・・・カートリッジ!」

 

 舌打ちしながら遊馬がリロードを宣言すると、ライフルのバッテリーカートリッジが自動的に交換される。武器管制システムは音声入力にも対応しており、手が回らなくても心配ない。

 

 「チッ・・・速すぎる!」

 

 だがそれ以上に人間の、遊馬の反射神経が追い付かない。相手はおそらく熟練、さらに機体のスペック差がダンチと来たもの。普通に考えれば勝てる要素が1mmもない。

 

 それでもなお遊馬が食らい付いていけているのには理由が2つある。

 

 一つは武装の相性。遊馬の機体は、ライフルにシールドとオーソドックスな装備がなされているのに対し、ワスプの武装はニードルガン一丁のみだ。しかも主装備たる無人機軍団が、おおよそレベリオンに対しては有効打になりえず、あるいは撃墜されてしまっているために、ワスプには決定力が欠けている。

 

 もう一つは、ワスプが戦いに消極的であることだ。ワスプとしては、このまま時間が経てば天の光が全てを焼き払ってくれるのを待っていればいいので、わざわざ遊馬と戦う必要性が薄いため、基本的に『逃げ腰』である。対して遊馬は戦うこと、ひいては生き残ることに必死であるため、無我夢中で、いわば『背水の陣』の状態にある。その気迫の差が地力の差を、雀の涙ほどのほんのわずかに埋めている。

 

 「待ちやがれぇ!」

 

 さらに付け加えると、遊馬のテンションも変化していた。命の危険に晒され続けた結果、どんなに危険な行為でも、なんの躊躇もなく決断できるほどに鈍感化、危険に身を置くスリルに感覚がマヒを起こし始めていた。

 

 (これがシェリルの言ってたスリル・・・。)

 

 今なら平気で弾幕にも身を投げ出しそうだ。このままでは危険だと脳が知覚しているにもかかわらず、アクセルから手が離れない。むしろ緩めると背後から迫る『死』に追い付かれるという強迫観念すらある。

 

 ただ、感覚が鈍感化しているということは、視界も狭まっているということで、結局一利あっても百害の方が強い。

 

 「おっ?!」

 『聞け!帰艦しろ!潜水するぞ!』

 「りょ、了解!」

 

 そんな遊馬の頬をかすめるように艦砲射撃が飛んできて、ようやく正気を取り戻した。どうやらもう5分経っていたらしい。急いで帰艦する。

 

 「なっ!」

 

 その意図を理解したのか、今まで逃げ続けていたワスプが前に立ちはだかる。ニードルガンの攻撃で、遊馬の右肩のシールドを剥がされる。

 

 (どうする、このまま通してくれはなさそうだけど・・・。)

 

 急に頭が冷めると、額から汗を垂らして背筋に寒気が走る。相手が殺る気になったということは、また自分が死ぬ可能性が上がったという事だ。命綱のシールドも一枚やられてしまったし、それを破壊した威力も見せつけられてしまった。

 

 だがこれ以上、時間を稼がれてしまうとネプチューンが危ない。さりとて、強行突破して無事で済ませる自信もない。

 

 「ネプチューン!構わず潜水しろ!もう戻れない!」

 『よしわかった!』

 

 そういう考えに至ったのは、ネプチューンに帰艦できずの報告をした後だった。考えているとその間にもれなく死ねる。クリス司令も同じ考えだったのか、ネプチューンも一切躊躇せずに潜水を開始した。

 

 あと遊馬に出来ることと言えば、出来る限り衛星砲の範囲から逃れるために飛ぶこと。

 

 さてそうなると、先ほどまでと打って変わって途端に不利に陥る。今度は遊馬の方が逃げ回らなくてはならない。

 

 「カートリッジィ!」

 

 それも、スペックも腕前もまるっきり上の相手から生き延びねばならない。ライフルで背後を牽制しながら、バーニアを吹かして一直線に逃げる。



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第84話

 「司令!遊馬を置き去りにするつもりですか?!」

 「マイクロウェーブを躱したらすぐに浮上する。それまで生き延びられると踏んでいる。」

 「果たしてそれが出来るかな?」

 「お前はもうちょっと自分の息子の心配をした方がいい。」

 

 結果的にその危険に置いてきてしまったクリス司令には言えないことかもしれないが。それにしたって和馬はドライすぎる。

 

 「アイツはやれば出来る子だから、なにも心配はないよ。」

 「それはわかるが・・・。」

 「それにいざという時は自分の命の方が惜しい。」

 「お前。」

 

 潜水を開始したネプチューンは、大陸棚の境目にある海溝を目指す。時間の猶予はなく、遊馬を置き去りしたことに誰もが後ろ髪を引かれつつも、最大船速で離脱する。

 

 一方、遊馬は海中の様子がわからないので、無事に逃げおおせてくれたことを祈る・・・ところだがそんな余裕もない。いつ天から裁きの光が降り注ぐのかもわからぬ状況で、あてどもなく空を逃げ回っている。

 

 「島?」

 

 水平線上に、小さなでっぱりが見えた。陸地というにはあまりにも小さなそれは、わずかばかりの木が生えた島だった。そこに救いなどあるはずもないのに、今まさに溺れそうになっている遭難者のような思いで、遊馬はその島を目指して飛んだ。

 

 「あっ、なんの光?」

 

 東の空に、一条の紫色の光が降り注いできた。明らかに自然現象でないそれは、マイクロウェーブを放つためのレーザーサイト、裁きの光の最終通告だ。その威容はまさに圧倒的、これだけの距離があるというのに安心感を一切感じられない。まだ離れなくては・・・。

 

 そういえば、敵の姿が見えなくなった。おそらく遊馬よりももっと安全な場所にいるんだろう。

 

 「ここより、もっと上の方が安全なのかな?」

 

 海面だと、水蒸気爆発の衝撃波や津波が怖い。もっと上空ならその心配もないだろうが、おそらく待ち構えていることだろう。前門の虎後門の狼とはこういうことか。だが、ここでまごついてはいられない。レーダーに注意しながら上空に向かう。

 

 「予測発射時間まで、あと10秒・・・本当に来るのか?」

 

 「司令!ネプチューンの退避完了です!」

 「よし、全員対ショック態勢!衝撃に備えろ!」

 

 「おねーちゃん、あれきれいだねー?」

 「そうだねー。アレ大丈夫なの?」

 「計算ではここまでは大した衝撃は来ません。」

 「だってさ、安心だねー?」

 

 「やつら、マジで撃つつもりか・・・。」

 「そんなことより、はやく上がってこないかな、先輩たち。」

 「姉さん・・・。」

 

  恐怖のカウントダウンが進む中、各々がその様を見つめる。



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第85話

 「・・・はっ?!」

 

 瞬間、遊馬は自分の意識が途切れていたことに気が付いた。

 

 「落ちて・・・落ちてる?!」

 

 そして今自分は自由落下に囚われていることに気が付いた。慌ててペダルを踏みこむが、バーニアが作動しない。

 

 「うそっ?!なんで!?」

 

 混乱しながらも、レバーを引いて態勢を立て直す。ガチャガチャとペダルを何回か踏みなおすと、不完全燃焼のガスのようなものが噴き出してようやく火が付く。

 

 重力の束縛から解放されてほっと一息つくが、違和感は拭いきれない。ほんの一瞬だが、どうやら自分は気を失っていたらしい。

 

 「そうだ、マイクロウェーブは?ネプチューンは?」

 

 通信機を叩いてネプチューンに連絡をとろうとするが、返ってくるのはノイズばかり。

 

 諦めて周囲を見渡してみるが、あるのはブル-だけ。海面はえらく波立っている。上空の雲には大穴が開いている。あそこからマイクロウェーブが降り注いだとみて間違いなさそうだ。

 

 おそらくマイクロ波のバーストによる、電磁パルスの影響か。気を牛っていたのも、バーニアが作動しなかったのもきっとそのせいだ。ともあれ、当面の脅威は去ったとみて間違いないだろう。

 

 「あれ・・・ゲームPODがない?」

 

 さて、違和感はもうひとつあった。パイロットスーツのポケットに入っていたゲームPODネクスがない。どこにやった?とコックピット内を見回してみると、足元に落ちているのが見えた。

 

 「よっ・・・と。あれ、壊れたかな?」

 

 手を伸ばしてなんとか拾い上げるが、スイッチを入れても電源が入らない。頑丈さに定評があるゲームPODなのに壊れてしまうなんて。

 

 というか、これじゃあ向こうの世界に行けない。修理を依頼しようにも、もう十何年も前のハードだから修理保証対象外になっているし、自力でなんとかするしかないんじゃないだろうか。空は晴れ渡っているというのに、途端に暗雲が立ち込めてきたような・・・。

 

 いや、暗くなったのは心象の問題ではない。現実として、空に黒雲がかかっている。

 

 「あっ・・・あの空の雲は、全部敵か?」

 

 その通り。それら空を埋め尽くさんとするほどの無人機軍団を先導するのは、ワスプ。その手には近接武器のレイピアを装備し、威嚇の羽音のように、高周波の不快音を響かせる。

 

 「逃げろっ。」

 

 そういえばライフルも失くしていたことに今気づいた。そうでなくても、あんな空を埋め尽くすほどの敵と戦うつもりなんてさらさらない。そうなればもう逃げるしかない。

 

 遊馬の背に覆いかぶさるように、蜂が群がっていく。



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第86話

 「やつめ、あれは・・・本当に素人か?」

 

 ワスプのパイロットは疑問に思った。前情報として得ていた敵戦艦、ネプチューンの保有戦力は5名。そのいずれにも該当せず、なおかつ動き方がまる生まれたばかりの仔鹿のような危なげなさなのを見るに、そう判断できる。

 

 せいぜい素人に毛の生えた程度といったところだが、にもかかわらず自分が仕留めきれていないという事実に小首をかしげた。・・・いささか本気に欠けていたということには否めないが、今はこうして対レベリオン用の武装を揃え、本気で落としにかかっている。

 

 にもかかわらず、どういうわけだか自分は仕留めそこない続けている。もうすでに5度はその心臓を貫いているところだろうが、やつは未だ健在だ。

 

 「まさか、C級相手にこうも手こずるとは・・・。」

 

 等級としては一番低いCランクの簡易量産型で、このA級のさらに+のワスプからここまで逃げおおせるとは、普通に考えればただ物ではない。だが動きのクセは素人そのもの、それがとにかく解せない。

 

 まあ、こんな考えが浮かんでいる時点で余裕綽々そのものであるという事には、疑いようがないのだが。あまり弱い者いじめをするのは性分ではないので、さっさと終わらせてやりたいというのが本心だ。

 

 無人機軍団による包囲網、ハニカムスクラムを敷き、逃げ場を奪ったうえで必殺の一撃を与える。それが私の流儀、礼儀だ。

 

 「チッ、またか。」

 

 だというのに、この仔鹿ときたら素直に殺されてくれないの。戦い方を変えるほうが得策だろうけど、半ばムキになってレイピアによる刺殺を試みる。

 

 それをやつは片方だけ残されたシールドを使って、器用に捌いてくるのだ。これが訓練ならば褒めてやりたいところだけれど、今はただただムカつくだけだ。

 

 いや、逆に興味がわいてきた。どうせじっくり時間をかけていたぶることが出来るのなら、捕獲することも視野に入れてもいいかもしれない。捕獲して情報を吐かせるのもよし、我々の仲間とすることができれば、教育のし甲斐がありそうというもの。

 

 敵艦を無事に轟沈させられたかどうかの確認は現在出来ない。ならば、他に戦果を挙げて凱旋としたいものだ。

 

 そうと決まれば行動は早い。このワスプにはそういうことが得意な機能がついている。

 

 「ハニカム・キャプチャ!」

 

 無人機に指揮をおくると三角形の陣を組み、その間にレーザーネットを張る。

 

 「捕らえろ!」

 

 ハチの巣というよりもクモの巣の様相だが、この際見た目はどうでもいい。機能については太鼓判を押していい。

 

 ライトレベリオンはしばらくの間回避に専念していたが、スクラムに次ぐスクラム、正二十面体の立体構造の檻に捕らえる。

 

 ところで、ハチの能力を持っているからには六角形だけの立体を作りたいところだが、六角形だけで出来た立体というものは存在しないので、正二十面体で我慢しよう。

 

 「さて、あとは連れて行くだけでいいのだけれど、このまま自分は殺されないと思われてナメられても困る。」

 

 ちょっと、仕返しをしてあげるとしよう。二度と反抗する気が起きない程度に痛めつける。

 

 「死ねぇえええ!!」

 

 いえ殺すつもりはなかったんです、本当です。



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第87話

 「ええいこなくそ、押すも退くも出来ん!」

 

 レーザーネットによって四肢を拘束され、自由を奪われた遊馬にワスプのレイピアが迫る。

 

 「くっ・・・そうか、盾を離せばいい!」

 

 シールドから手を離すことで一時的にフリーになった右手で、腰にマウントされたナイフを抜く。

 

 「うぉおおっ!」

 

 返す手でナイフを振るう。遊馬はまともに当たるとも考えていなかったうえに、武器の質の差は歴然としている。だが刺突に特化したレイピアの脇腹に、アーマーを切断できる超振動ナイフの刃が当たったということは、じゃんけんでチョキに対してグーを出したようなものだった。

 

 『なんだと?!』

 

 「やった!?」

 

 ワスプのパイロットも驚愕しただろうが、そこに一瞬のスキが生まれた。レーザーネットをナイフで切り拘束を逃れると、檻に開いた穴から脱出する。

 

 『おのれっ!』

 

 「わわわっ!」

 

 壊れたレイピアを捨てて、ワスプは掴みかかってくる。遊馬はナイフを振るって牽制する。

 

 「格闘戦のプログラムは・・・。」

 

 一通りの戦闘術はコンバットメモリーに登録されている。これがあるからド素人の遊馬にも戦闘っぽいことが出来ていた。

 

 「なっ?!メモリーディスクが溶けてる!」

 

 フイッチを押してもエラーを吐くばかりなので挿入口を見てみれば、金メッキの電子部品が焼けついていた。これでは三輪車を卒業したばかりの小学生がいきなり補助輪を外されて、車がビュンビュン走る国道を走らさせられるようなもの、命を捨てるも同じだ。

 

 「ウヒーッ!」

 

 『逃がすかッ!!』

 

 ペダルを踏みこんでバーニアをさらに吹かすと、脱兎のごとく駆けだした。右へ左へ、身じろぐように体を振って逃げる行先を変えて、フェイントのつもりだが、ワスプはそれを意に介さずに最短ルートで追い詰めてくる。

 

 「そうだ!」

 

 このままではいかん、と無い知恵を絞って考えた策、それはさらなるフェイント。一旦機首を上にして上空を目指す。

 

 その上空にも無人機が陣を張っており、同じく逃げ場はない。空中でターンすると、今度は海面に向けて急降下する。

 

 「海面スレスレでターンして、水面に叩きつけてやる!」

 

 まっすぐ追ってきてくれるなら、それも可能だったろう。だがそんな猿知恵に引っ掛かるほど、ワスプのパイロットはお幼稚ではない。

 

 というかそもそもそんな急ターンできるほどの技量もないことに気づいた時には、海面まで10mもなかった。

 

 「やっぱ無理ィ!!」

 

 『なにやってんだアイツ。』

 

 瞬間、海面から白い水柱が上がった。

 



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第88話

 思いがけず、というか思わず『えっ』という声が漏れた。まさかこんな自殺のような方法で決着がついてしまうとは。昔の日本のサムライは、ハラキリなる運動をしていたそうだけど、それとは異なるだろう。

 

 『やれやれ、死を直観させるつもりではあったけど、何も死に急ぐことはなかったろうに。』

 

 水しぶきを浴びながら、ワスプのパイロットは1人ごちる。おそらく海に墜落したやつの機体は、五体満足もままならぬバラバラになってしまったであろう。コクピットブロックさえ無事ならそれで構わないが。

 

 レベリオンのコクピットブロックの安全装置や生命維持装置は、とかく上等に出来ている。心配しなくてもそのうち浮かんでくるブロックを掴んで持って帰れば、それで今回のミッションはクリアになる。

 

 『ごふっ?!』

 

 などと、その気になっている私の下腹部・・・ワスプのボディに重たい衝撃が走る。

 

 『なにっ・・・?!』

 

 「あ、当たったか・・・。」

 

 こけそうになって思わず手を突くように、海面にナイフを突き立てたら、刀身に走る超振動のせいでこんな水柱まで立った。

 

武器は失っていたが、殴り合いをするための手と足はまだ残っていたので、こっそりと水しぶきに紛れて突進パンチを喰らわせてやった、というわけだ。

 

 遊馬からしてみれば、ボケッと空中に突っ立っているだけのワスプは動かない的そのものだった。

 

 『こ、こんな偶然があってたまるか!』

 

 「偶然出来た・・・でも、チャンスはチャンス!」

 

 衝撃で垂れ下がったワスプの頭についた触覚を掴むと、力任せにむしる。これで無人機はコントロールを失ってくれる。

 

 「逃げられないなら・・・このまま殴り倒す!」

 

 高機動戦ならまだしろ、単なる殴り合いのケンカならマウントをとったほうが勝つ。空中で揉みくちゃになりながら海面に墜ちると、そのまま顔を殴りつける。

 

 『も、モニターが死ぬ・・・!』

 

 「ドラァッ!!」

 

 偶然にも、海上の小さな浅瀬に墜落し、マニュピレーターが崩壊してもまだまだ殴るのをやめない。そのうちにワスプの頭部は見るも無残なほどに破壊されて、ひしゃげた内部メカが露出する。

 

 文字通り二転三転したが、光明が見えてきた。これなら勝てるかもしれない。

 

 しかし・・・いいや、もう何回目のそうは問屋が卸さない展開か。やはりお互いに決定打を決めかねているのが原因か、ズルズルと泥沼の戦闘が続く。

 

 「ぐっ?!」

 

 『オートネットか、助かった。』

 

 無人機の群れが遊馬のまとわりつくと、ワスプから引きはがす。同じようにワスプの機体にも無人機がまとわりついていくが、その分体から染み出したナノマシン・ゼリーが、ワスプの傷をみるみる間に補修していき、失った頭部を挿げ替えるかのように一体が収まる。

 

 「れ、レベリオンにこんな機能があるのか?!」

 

 いや、そもそもレベリオンはアダムの肉体として作られた物。あたかも生物的のようなこの回復機能を持つことはおかしいことではないのかもしれない・・・。

 

 『形勢逆転だな・・・今度は手加減抜きで、さっさと片づけるとする!』

 

 「くっ・・・また動けない!」

 

 先ほどのレイピアよりも大きいスピアを手に、ワスプが迫る。

 

 そして。、

 

 「ぐぁあああああ!!」

 

 その切っ先がコックピットを貫き、中にいる遊馬の脇腹を掠めた。

 

 「がぁああああ・・・っふぐ・・・。」

 

 『そんなに抵抗するから、本当に殺してしまうじゃないか・・・。』

 

 自分が作った血だまりの中で遊馬の意識は溺れて行った。



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第89話

 「あぁあああああああああ・・・ああああああああ!!!」

 「なんだようるせえな。」

 「死んだー!今完全に死んだよ僕!」

 

 とまあ、ゲームの世界では元気にしている。工具を動かす手を止めて、トビーやモンドが遊馬の方に向き直る。

 

 「OK、何があった?」

 「ボカーンなってグサーっとやられてアバーつって・・・。」

 「なるほどねー。」

 

 さすがトビー話が速い。けど聞き終わるのも早すぎてもう作業に戻っちゃった。

 

 「だって、現実の話ってもうボクらが手出しできる話しじゃないでしょ?」

 「だからって、このまま僕が死んでとっぴんぱらりのぷうってわけにはいかないんだよ?」

 「トッピング?」

 「『めでたしめでたし』という意味ですわ。」

 「まあめでたくはないわな。」

 

 プレイする人間がいなくなっては、この世界もどうなるかわからない。

 

 「そういえば、さっきはゲームPODが動かなかったんだけど、故障したのかと思ったけど。」

 「多分、こっちの世界とそっちの世界の繋がり方が不安定になっているのね。」

 「エルザわかるの?」

 「まあね、こっちの世界は私の思いそのものだから・・・まるで私の世界が、そっちの世界から拒絶されているように感じる。」

 「世界から?拒絶?」

 

 また素っ頓狂な話が出てきたが、エルザに限っては割とフィーリングで話してるところがあるから。

 

 カサブランカの世界と遊馬の現実が繋がったのは、現実では『バミューダ・ショック』と呼ばれている事件をきっかけとしている。そこが世界と世界をつなぐ特異点となっている。

 

 「その特異点を繋いでいた糸がほつれて、世界の融合そのものが『なかったこと』にされようとしているのだと思う。」

 「ドユコト?」

 「色々考えてみた結果、ひとつの仮説が生まれた。『事象の地平線』が出来ていると考えた。」

 「またわけのわからないことを・・・。」

 

 例えるなら、柔らかいボールを二つ用意してみるとする。このボールがそれぞれの世界・宇宙を表しているとして、バミューダ・ショックによってこの二つの世界が引き寄せられあった。

 

 二つのボールがぶつかり、その接点と接点は『平たく』なって接している。この平たい部分が『事象の地平線』であると。

 

 「相変わらず雄二の言う事はさっぱりわからん。」

 「ムゥ・・・。」

 「えっとつまりね・・・。」

 

 カサブランカの世界の終わりを彩ったのは、カサブランカのリオンフォンの一撃だった。そこから『つづき』を作ることになったのが和馬のお仕事だった。そのためにパッチワークのように不器用にくっつけ、縫い合わせられたのがこのゲーム世界だった。

 

 「けど、このゲーム世界にアクシデントが起こった。」

 「バミューダがこの世界にやってきたこと?」

 「そう、事象の地平線であるブラックホールの力を伴って、宇宙の魔王がやってきた。その重力によって、遊馬の現実とカサブランカの世界が『がっちゃんこ』しちゃった。」

 

 いわば世界同士のジャイアントインパクト。そうして二つの球がめり込み合い、いびつなままにくっついてしまった。

 

 「・・・で、このままいくとどうなる?」

 「世界の融合が進んで、そのうち一つになるんだろうと思ってたけど、そうはならないみたい。」

 「どうして?」

 「結果論だけど、『繋がりにくくなった』ということは、じょじょに離れて行っているかもしれないということ。」

 「元の2つの世界に戻るってことか?」

 「そうなればいいのだけれど・・・もし片方の世界が、『完全な球』に戻らずにどのままだったら?あるいは元の球に戻ろうとリバウンドが起こったら?」

 「起こったら?」

 「どうなるかわからない。」

 「ズコーッ。」

 「はい笑わないの。わからないから怖いんでしょう?」

 

 んまあ確かに。どう転ぶかわからないというのは、結果が分かっているよりも怖い。今もこうしている間にも、刻一刻と事態は深刻化しているかもしれない。

 

 要するに、この後どうなるか誰にもわからない。それこそ神にだって。『現実』を消費するというのはつまりそう言う事だ。

 

 「・・・全部打算で作戦を立てるというのは、いちゲーマーとして正直辛いんですけど。」

 「未来はわからない、なら出来る限りの準備をしておこうよ。ちょっとオーバーなぐらいがちょうどいい。」

 「で、そのオーバーな準備って?」

 「新兵器の導入ですわ。」

 

 ようやく本題が見えてきた。ゲーム世界では何をやっていたのか、遊馬には見えていなかった。



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第90話

 「で、向こうで僕が死にそうになってる間、みんなはなにやってたの?というかここどこ?」

 「ふっふっふっ、見るがよい!」

 

 レンチを振るっていたトビーが、仰々しく覆いを外す。

 

 そこにあったのは、黒光りする機体。アンテナや肩の姿はカサブランカによく似ていた。

 

 ここは火星基地のドックだ。最終作戦において、アダムは追撃から逃れるために自爆したはずだったと思うが・・・。

 

 「まだ使えそうなところを探して、資材をかき集めてたんだよ。」

 「主に俺らがな。」

 「僕は機体を組むための情報を集めてたから。」

 「それもカサブランカのデータでしょう?」

 「(>ω・)」

 

 テヘペロ、とおどけるが、今こうしてレンチを振るっていたからには、トビーが組み立てを取り行っていたんだろう。

 

 「そうしてコイツは出来上がったというわけ。まだ名前も洗礼も受けてないよ。」

 「名前か・・・。」

 「カサブランカを継ぐもの、スーパーカサブランカ・・・とか。」

 「ダサい。」

 

 かといって、Mk.Ⅱの名前は、向こうの世界でもう使われている。ややこしくなるので別な名前にするべきだろう。

 

 「っていうか色も被っちゃってるよね。」

 「色、実は最初は白だったんだけど・・・。」

 「みんないろんな色を主張したせいで真っ黒になっちゃったの。」 

 

 カラスみたいな話だ。みんな勝手なんだから。

 

 「色は、アーマーチェンジが出来るようにするとか?」

 「着せ替え!いいね!アスマはアイデア担当だね。」

 「でもそのアーマーはどこに置いておくんだ?」

 「それなんだよなぁ。そもそも、向こうの世界で僕死にかけだし。こう、手元にポンと召喚できれば・・・。」

 「召喚!そういうのもあるのか!」

 「出来ますのトビー?」 

 「いや、質量保存の法則から言ってナンセンスだね。」

 「ズコーッ!」

 

 ないのか。やはり遊馬の死は逃れえぬものなのか・・・。

 

 「そりゃ人はいつか死ぬだろう。」

 「死にたくないから戦ってたんだけどなぁ・・・。」

 「いっそこっちで生きていったら?」

 「それも嫌だな・・・向こうの世界で、約束をしちゃったから。」

 「そっか・・・。」

 

 それは非常に小さな約束であるが、遊馬にとってはとても大きな意味を持っている。

 

 「なら、その願いを叶える手助けをするのは、仲間としてやることだね。」

 「ホント?」

 「未だに俺達の望みである、元の世界に帰るって願いは叶いそうにないがな。」

 「もう諦めたら?」

 「そういうわけにはいかん。」

 「ならどっちにしろ、それまでにアスマには死なれちゃ困るんじゃない?」

 「そうなるな。協力するのもやぶさかでない。」

 

 相変わらずモンドはツンデレだなぁと思いつつ。 

 

 「で、その方法って?」

 「そんな方法があるんですか先生?」

 「いきなりこっちに話を振るな。」

 「黙って聞いてれば、勝手に盛り上がってくれたけど、結局は私たち頼み?」

 

 隅でじっと親のように見守っていたエルザと雄二が、呆れたような声をあげる。

 

 「だってこの世界について一番詳しいのはエルザと雄二でしょ?」

 「だからってなんでも知ってると思わないでほしいのだけれど?」

 「ハーン、使えねえの。」

 「カッチーン。」

 「まあ落ちつけ。可能性があるとすれば、世界そのものの昇華だ。」

 「世界の昇華?」

 

 「こっちの世界なら、アイテムを使えば即回復できるわけだろう?」

 「それと同じことが現実の世界でも出来れば苦労はしない。」

 「逆に考えるんだ、世界そのものの方を作り替えてしまえばいいと。」

 「そんなことできるの?」

 「出来る。というか、今まさにそんな風になってしまっているだろう?」

 「そうか、クラックを広げて、世界の融合を進めればいいんだ!」

 「うんう・・・ん?おい待て、それじゃあ今までやってたことなんだったんだ?」

 「モンド、人は生きていくうえで多くの間違いを犯す。けどそれを背負っていくのも人生なんだよ。」

 「今まさに目を背けようとしているじゃないか。」

 

 クラックの封印を考えていたが、やるべきはその逆、クラックを広げることだった?

 

 タイムライダーの世界なら、タイムゲドンのすることだ。むしろタイムゲドンが時空犯罪を犯す旨味がわかるというか・・・。

 

 「でもモンドもタイムゲドンなら問題ないでしょ。」

 「問題あるわ!」

 

 まあ、わざわざ罪を重ねる必要はないわな。しかし、こういう時に使える台詞を遊馬は知っていた。

 

 「モンド、タイムライダーが守るのはタイムライダー法じゃなくて、人類の命と未来でしょう?」

 「そうだな。」

 「僕は人類の一部、僕の命と未来が危ぶまれている。」

 「そうか。」

 「よってこれはモンドの名誉を傷つけない、君が守るのは、法律じゃない。」

 「今度は誰のセリフだ?」

 「未来の君だよ。」

 「なら仕方ないな。」

 「よっしゃ。」

 

 交渉成立。見事な交渉術だと自分を褒めてやりたいところだ。



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第91話

 「で、その具体的な方法って何?」

 「ひとつ、あるとすればこのゲーム世界のクリアだと思う。」

 「クリアするって言ったって、最近このゲームには目標もラスボスも存在しないと気づいたところなんだけど?」

 

 それは至極まっとうな意見だった。本当ならもっと早くに気づくべきなのだろうけど、この世界に詰め込まれた我々には、選択権も決定権もなかった。

 

 「なら、ここらでいっちょ反撃に入ろうじゃないか?巻き込まれ、流され続けてきたボクたちの反撃だ。」

 「「「どうやって?」」」

 

 出来上がった機体の肩に乗りながら、トビーは語りだす。

 

 「そもそもこの世界自体、元はと言えばエヴァリアンの用意したものだった・・・ゲームという名の現実改変装置だよこれは。となれば、クリアとはすなわちエヴァリアンにとって有益なものであるはず。エヴァリアンの欲していたものは何だろう?」

 「世界征服出来る戦力?」

 「それもある、けどエヴァリアンの目的はあくまで、裏からの支配だった。そこに欲しいのは戦力ではなく、『カリスマ』だと思う。」

 「カリスマ?」

 

 それは人を導き、扇動する力。いかにヒーローが究極であろうとも『個』である以上、『群』には勝てない。同じことがエヴァリアンにも言える。彼らが歴史の被害者であり、地球人がその真実を知ろうと、多くの地球人は知らんぷりを決め込むだろう。

 

 「だから、説得力を持たせるための『人気者』が必要になる。だから、イングリッドを手中に収めたかったんだ。」

 「けど、それはもう手に入っちまったろう?」

 「うん、けどそれって本当にエヴァリアンの目論見通りなんだろうか?」

 「どういうこと?」

 「本来の歴史がどういう風にイングリッドという駒を動かすのかは知らないけれど、少なくともそれはバミューダ・ショックによるものではなかったはずだろう?だって、バミューダの介入は『後付け』の設定になるんだから。」

 

 こちらのゲーム世界にバミューダがやってきたことと同期して、現実世界でのバミューダの武装蜂起は起こった。ならば、バミューダの襲来が不測のアクシデントだった以上、それはエヴァリアンの計画の外ということになる。

 

 「じゃあなに、クリス司令はバミューダ・ショックをエヴァリアンのマッチポンプだといってたけど、実際は違うと?」

 「そう考えたほうが自然だと思う。この考え方では。」

 「・・・思っていた以上に、バミューダの存在に引っ掻き回されているな。」

 

 ヤツが生きていたら、その混迷ぶりに大笑いしていたことだろう。もう死んでるけど。

 

 「エルザ、ユウジ、もしもキミたちがひっそりと生きていて、そんなバミューダの存在が現れたら、キミたちはどうしていたと思う?」

 「・・・勿論戦いに行く。が、俺たちにはもう戦うことは出来ない。」

 「それが出来るとすれば、私たちの子供だけ、か。」

 「そういうこと。それはきっと本心から出た、正義感のもとの行動だったんだろう。それをエヴァリアンは利用した。」

 

 タマゴじゃなくてニワトリが先だったということか。

 

 「果たして、このままエヴァリアンと戦うことが正しいことなのかは、今はまだわからない。けどエヴァリアンが好き放題したいと言うなら、ならばボクたちは最大限自分たちのしたいことを選ぼう。そのためにもアスマを死なせるわけにはいかない。」

 「ようやく一周して戻ってきたな。」

 「螺旋階段なら、一周分上がったってトコロだね。」

 

 ぐるぐる回っているように見えても、ちゃんと前には進んでいる。

 

 「よし、ドリルも付けよう。」

 「ドリル?なんで?」

 「ドリルも回転のパワーだよ。前進し続けることこそがパワーを生み出す、そんな素晴らしい発明だよ!」

 「よくわからんけど武装には入れておこうかな。」

 

 ドリルはロマン、回転とはお手軽な強化手段、よってドリルはロマンがあって強い。

 

 



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第92話

 「じゃ、話題を戻そうか。どうやってこの世界を現実に昇華させる、クリアするのか。」

 「目標・・・戦力の強化。」

 「そう、そこで今作ってるこれが役に立つというわけだ。」

 「この新機体?乗れるの?」

 「もちろん!」

 

 出来立てほやほやの黒いカサブランカ。現実世界のカサブランカMK.Ⅱとも被るけど、これさえあればどんな敵にも負けない事だろう。

 

 「組み立てとかはプラモデルよりも簡単に出来たけど、これはまだ未完成と言っていい。一番重要なところが抜けてる。」

 「一番重要なところ?」

 「名前だよ。」

 「名前?」

 

 名前、名前は重要だな。いつまでもこの『黒いの』じゃ締まりがない。色や見た目がMK.Ⅱと被っている以上、もっと別な名前を付ける必要がある。

 

 「カサブランカよりすごいんだから、スーパー・・・カサブランカとか。」

 「安直すぎるわ。」

 「もっと美しく・・・カサブランカ・ビューティとか。」

 「響きが美しくない。」

 

 ああでもない、こうでもない、と論議を繰り広げた結果、

 

 「何かにあやかった名前・・・。」

 「『ダークリリィ』・・・。」

 「そうか、それがいい・・・。」

 「ダークリリウムフォルテッシモ、とかどうですか?」

 「長い。」

 

 『ダークリリィ』の名前を戴くこととした。

 

 「さあ、最後の仕上げだ。遊馬、ゲームPODを貸して。」

 「最後?何するの?」

 「本当の最終調整だ。」

 「インターフェイスまわりが少しだけ欠けているのよ。」

 

 エルザが遊馬からゲームPODネクスを受け取ると、テキパキとダークリリィのコックピットに埋め込んでいく。

 

 「さあ、これでもういいわ。」

 「あとは、アレか。」

 「アレね。」

 「アレ?」

 「ああ、はいはいアレね。マスタードかけるとおいしいよね。」

 「お前をマスタード漬けにしてやろうか?」

 「それはハッピーだね。」

 

 傷口に塩を塗り込む拷問のような何かの間違いだろうに。

 

 「まあそれはいいとして。遊馬、これに乗って。」

 「乗る?乗れるの?」

 「最後のキーを嵌めるのはお前だ。」

 「最後のキー?」

 「私たちがこのゲーム世界をビルドしたのと同じように、アナタもこのダークリリィをビルドするの。」

 「いわば、認証コードの入力だ。」

 

 言われるがまま、ダークリリィのコックピットに乗り込み、インターフェイスの一部となったゲームPODネクスを手に取る。

 

 「それで、何をすればいい?」

 「願いを込めて。」

 「お前はこの力で、何を掴み、何を創りたい?」

 「・・・難しいな。」

 

 このダークリリィの力は圧倒的だ。誇張抜きで世界最強のロボットだと言っていい。

 

 世界を生かすも、殺すも、思うがまま。そんな大きな力を振るうという事が、どういう事を意味するのか。

 

 少なくとも引きこもりの高校生には荷が勝ちすぎる。

 

 「ギャルゲーのようにウハウハハーレム生活を望むことも出来る?」

 「そんなくだらないこと願ったら、お前の首をねじ切ってやるからな。」

 「冗談。」

 

 ちょっと憧れなくもないが、生憎遊馬さんは純愛志向なのです。何人ものハーレムというのも、人間一人として荷が勝ちすぎる。

 

 「例えるなら、普通に毎日ゴハンが食べられて、普通に人を愛することが出来て、普通に生きていられるような、そんな普通な世界。」

 

 それと遊びきれないほどのゲームを。 

 

 「最後の一つは余計というか。」

 「お前らしいというか。」

 「でも、それでこそ遊馬さんですわ。」

 

 どんなに強くなったって、遊馬は遊馬、個は個に過ぎない。そんな等身大の人間に、世界だのなんだのというのは大きすぎる。願いなんてちっちゃな動機で十分だ。

 

 「さあ、今度こそいってらっしゃい。」

 「新しい世代の戦士の、誕生だ。」

 

 

 GAME START!!



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第93話

 『そんなに抵抗するから、本当に殺してしまうじゃないか・・・。』

 

 絶体絶命の状態だ。帰ってきたと思ったら、すでにショックで気を失いそうだ。内頬を噛むと、鉄の味が口に広がり、それによって正気をなんとか保つ。

 

 「ぐぁ・・・。」

 

 身を捩ってコックピットを貫くランスから逃れると、手にしたゲームPODネクスを操作する。

 

 「回復アイテム・・・うぉっと!」

 

 ランスが引き抜かれ、ライトレベリオンも倒れ込む。倒れ込んだ先に陸はなく、代わりに潮の香りが出迎えてくれる。

 

 「回復・・・回復・・・ 『治療キット』!」

 

 ゴボゴボとコックピットに開いた穴から浸水してくるのを尻目に、ゲームPODの中から『タイムライダー』に登場する回復アイテムを取り出して使用する。

 

 普通なら入院が必要なほどの大怪我が、あっという間に傷一つなく感知する。それが未来の治療技術によるものなのか、それともゲーム上のルールに基づくものなのかは推して知るべし。

 

 「ふぅ、一安心・・・出来ないな。沈む沈む。」

 

 ライトレベリオンは完全に沈黙し、ハッチの開かない。仕方がないと今度はレーザーカッターを取り出す。

 

 「整備のおっちゃんたち、ごめんなさい・・・。」

 

 壊しても構わないと言われていたが、よりにもよって自分の手で最後のトドメを刺すことになるなんて。ともあれ、このまま一緒に沈んでいけばもれなく溺死するのでしょうがない。丁重に棺桶を作ってもらったわけではないのだ。

 

 「よっし・・・と。バイバイ。」

 

 シートを蹴って、水へと飛び込む。泳ぐのはそんなに得意ではないが、数mも離れられれば十分だ。

 

 「ゴボゴボ・・・ソフトはよし・・・。」

 

 ここから逆転する方法はとても簡単。ゲームPODネクスを掲げ、親指でスイッチを入れる。そして心の中で大きく叫ぶ。

 

 「『リバイバル』!!!!」

 

 『何の光?!』

 

 海面上は波立ち、渦巻く。その中央から光の柱が立ち上がる。その様をワスプはただ見ているだけしかできない。

 

 やがて空まで届いた光は、空中に展開していた無人機を焼く。それを見て慌てた様子でワスプは退かせると、自身の周りに防御陣形を張った。あの光が次は自分を狙いかねないと考えての事だった。

 

 その鉄壁の防御網の中で、ワスプの搭乗者は驚愕した。渦潮の中心、海中から光の道に沿って見たことのない機体が浮上しているではないか。

 

 『あれは・・・あの機体は・・・?!』

 

 次にその姿に驚愕した。我らが同胞として迎えられた救世主の娘が駆る漆黒の機体、カサブランカMk.Ⅱに色まで同じ。

 

 慌てて手元のデータベースを検索すると、よく見ればカサブランカMK.Ⅱとも少し違ったが、肝心な情報である該当機データが無い。

 

 そしてもう一つ、驚いたことにその手には人影が握られているではないか。

 

 「まさか、自動的に乗せてくれないとは思わなかったな・・・おかげで服も髪も乾いたけど。」

 

 その人物はデータにあった。要注意人物、片桐遊馬である。その黒い機体・・・ダークリリィはハッチを開き、遊馬を迎え入れる。

 

 するりとその隙間に身を滑りこませた遊馬は、ゲームPODネクスをゲーム世界であったようにコンソールに接続する。

 

 「さあさ、お立合いだ。」

 

 ここからが本当の始まり。エヴァリアンと、世界への反撃はここから幕開ける。



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第94話

 レバーやペダルの押し具合を診る。新品なだけあって手応えが違うが、使い勝手に問題はなさそうだ。

 

 「動かし方は大体同じ・・・コンバットメモリーはないから、アドリブになるけど。」

 『そうでもないよ、こっちもフォローする。』

 「エルザ、そっちと交信できるの?」

 『ええ、無事にそっちに『召喚』されたようね。こっちからは消えたわ。』

 

 通信機からエルザの声が聞こえてくる。モニターを立ち上げればその顔も映し出される。画面が四分割されていることから、最大5人で通信できるようだ。人が多すぎてもうるさくてかなわんが。

 

 『ちゃんと操縦できるの?』

 「さっきまでは出来てたけど、それはプログラムのおかげだったから、ちょっと不安かな。」

 『初心者なら手と足が動かせれば御の字よ。』

 「じゃあ、新機体のチュートリアルといこうか。」

 

 さっきも言ったが動かし方は変わらない。いっそのことゲーム用のコントローラーで操縦できればもっと簡単だったかもしれないが、それはそれでなんか不安になる。ゲームコントローラーもモノによっては壊れやすい物もあるし。戦闘中に壊れて交換している間、ポーズメニューを開くわけにもいかない・・・。

 

 いや、ゲームの世界が拡張しているなら時間停止も可能か?どんなデメリットがあるかわからないから、おいそれと使う気にはなれないけど。

 

 『ヘイヘイ、ボーっとしてていいの?』

 「おっと、いけないいけない。今は目の前の敵をぶっ飛ばさないと。」

 『相手は・・・なるほど、無人機を操れるのね。将を射んとすればまずは馬を射よってね。』

 「けど、あんな数いるんだよ?」

 

 正面モニターには、様子見を辞めて攻勢に移ろうとしているワスプの姿がある。無人機一機一機が槍のように変形して、攻撃命令を待っている。

 

 『不可能じゃないわ、ダークリリィなら。』

 「そういえば武器は?」

 『両の手足がついてるわ。』

 「やっぱりか。」

 

 指を閉じたり開いたりさせたり、振ってみたり、問題なく動く。今度はチタニウム合金製のライトレベリオンとは違って、カーヴニウム製のしっかりとした作りだ。多少乱雑に扱っても圧壊したり、殴り負けたりするようなことはないだろう。

 

 『来たよ!』

 「避ける!っとぉ!?」

 

 出力が段違いなだけあって、加速も負荷Gもライトレベリオンの比じゃない。いきなり遊馬は面食らってしまった。

 

 「くっ・・・思ったよりもキツいね・・・。」

 『慣れてもらわなきゃ困るけどね。』

 

 しかしおかげで、無人機の突撃攻撃を回避でき、生き延びることが出来た。不平を言うよりも一刻も早く使いこなして見せようぞ。



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第95話

 『まずはウォーミングアップから行こうか。避けることに専念して。』

 「避けてばかりじゃ敵は倒せないよけど・・・。」

 『短気は損気よ。舐めてかかると思わぬ痛手を受けるわ。』

 

 いくら火星の物資やテクノロジーを使って作られたとはいえ、ダークリリィの力はまだ未知数だ。高すぎる出力で自爆はしたくない。例えばまた海面に叩きつけられたりとか・・・。

 

 『ほらほら来たよ!』

 「くっ!」

 

 前から後ろから、あらゆる方向から攻撃が飛んでくる。ニードルビームやランス突撃など、その種類もさまざま。チュートリアルの相手としては変化球が多すぎて大変だ。

 

 「当てられた?!クソッ!」

 『動き方が甘いのよ!』

 

 それに、遊馬の操縦にもまだまだ粗が多く、スピードが速くとも動きが単調で大振りだ。それだけの相手に攻撃を当てるのは、ワスプにはそう難しくない。

 

 「脚部にダメージ!けどこれぐらいならまだ平気!」

 『損傷は軽微だけどオーバーロードに注意して。』

 

 ダークリリィの装甲が脆いというよりは、敵の攻撃がかなり強烈なのだと考えるべきだろう。ジワジワと過負荷によるダメージが広がる様は、毒の状態異常もついているように見える。

 

 「はぁ・・・はぁ・・・だんだん慣れて来てはいるけど、体の方はどうしようもない。」

 『それはもっと体鍛えるしかないね。』

 

 本当にゲームばかりしていた引きこもりには辛いことだらけだ。だが反射神経と高度な学習能力によって、敵の攻撃が見切れてきたぞ。

 

 『反射神経に関してはセンサーに体が馴れてきたおかげだよ。肉体とセンサーで齟齬があり過ぎると、降りた時が辛いよ。』

 「レベリオン酔いするってこと?」

 『そゆこと。』

 「学習能力は?」

 『それは座布団あげるね。』

 「えへへ。」

 

 だが、あんまり避けてばかりもいられない。そろそろ反撃がしたい。が、殴りかかろうとすればすぐさま防御陣を敷いて妨害してくる。

 

 「エルザ、武器は他についてないの?」

 『んー・・・あるにはある。けどあんま使いたくなかったんだけど。』

 「なんで?」

 『低出力とはいえ、リオンフォンを使うのは思い出的にね。』

 「内臓武器があるの?」

 『リオンフォン改め、リオンビーム。』

 「よし!リオンビィイイイイイイイイイムッ!!!」

 

 しかし、なにもおこらなかった。そもそもどこから出るのかも聞いてない。

 

 「こういうのって音声入力じゃないの?」

 『まずセーフティを外さないと。アイカメラがそのまま照準になるから。』

 「そっか。ならきっと頭から出るんだね。」

 『撃ちすぎると冷却が必要になるから無駄打ちしないようにね。』

 「よしきた、リオンビィイイイイイイイイムッ!!!」

 

 そう叫びながらスイッチを押すと額から赤色のレーザーが発射され、無人機が次々に焼け落ちていく。



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第96話

 「よーし!楽しくなってきた!ビーム!!ってあれ?」

 『撃ちすぎ厳禁だっての。』

 

 2発、3発と連射した結果無人機軍団を9割方減らし、残すところワスプ本体が身を守るための防御陣形を張るだけとなったが、ビーム発振装置がオーバーヒートを起こした。

 

 「エネルギーはまだ残ってるけど、しばらくおあずけか。」

 『闇雲に売ったところで、あの防御を貫通するのは難しいかもしれなかったわね。私は最初から格闘で戦えと言っているのだけれど。』

 「さりとて、格闘戦は分が悪いでしょう?」

 

 いよいよ戦いも大詰めと言ったところか。必殺技が打ち止めとなったものの、依然こちらが優勢と言っていい。だが、手持ち武器もないままにワスプの防御陣に突っ込むのは遠慮願いたい。

 

 ワスプの展開する障壁は、レーザーネットと電磁フィールド、さらにチェーンソーやドリルのように駆動する物理防壁の三重の鉄壁だ。殴りに行けば手がヤスリにかけられたように削り取られてしまう事だろう。

 

 それは壁というよりも球のよう、ミツバチが作る蜂球のようだ。蜂球は主にミツバチがスズメバチを蒸し焼きにするために作る陣形だが、これは女王を守る兵士、さながら古代ギリシャのファランクスのようだ。

 

 「ゲームにもファランクスみたいな陣形を組む雑魚敵がいるんだけど、これがまた厄介で、攻撃の当たり判定が盾に吸い込まれるせいで全然ダメージが入らないんだよ。」

 『その知識は果たして突破口になるの?』

 

 さて、古代マケドニアが多用したそんなファランクスにも、弱点があった。単純に言うと、陣形を組んだまま動く必要があるので、車のように急には止まれないし、側面攻撃にも弱かったという。そういう相手には騎馬隊のように足の速さを生かした高機動戦術が役に立つ。

 

 「つまり、高速機動でスキを突くのが正解だ!」

 『まあ、セオリーには乗っ取ってるわね。』

 

 ひたすら後ろを突くように、ダークリリィはワスプの周囲を高速移動する。軍団が大規模であればあるほど、統制は取れにくくなる。

 

 しかし今のワスプには、軍勢全体で言えばごく少数ながら、自身の身を守るだけであれば十分に可能な数が常駐していた。数が少なくなれば、その分だけ統制も取りやすい。

 

 『つまり、これだけじゃダメってこと。』

 「くそっ、せめてさっきライフルを落とさなければ・・・。」

 

 ひたすら守りを固めていれば、その内に無人機のおかわりが飛んでくる。生憎時間は遊馬の味方をしてくれないらしい。

 

 「イチかバチか突撃するか・・・いや、それこそ思うツボだ。どうすれば・・・。」

 『さしあたって、冷却完了するまでの我慢比べになるかな。』

 「それなら得意な方だ。」

 

 ゲームも戦いも、駆け引きが大事。チャンスを見極め、確実な一撃を叩きこむ。



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第97話

 『なんという、恐ろしい機体だ。ドローンがほとんど壊滅させられてしまうなんて。』

 

 質はともかく数には自信があった。非常に安価に、大量生産できる無人機のビジネスはとにかく重宝していた。防御に攻撃に、殲滅にもそれぞれ秀でており、このワスプ一機だけでもマルチに活躍できる。

 

 それがしかし今、真正面から力押しで押し切られようとしている。ここまでのパワーの持ち主は、自分の知る限り一機・・・いや正確には二機ということになるか。人類の救世主の、その親子。

 

 『姿だけでなく、まさかヤツは本当に・・・?』

 

 いや、そんなことがあるはずがない。それに万一そうだったとしても、この三重の防御を突破されることはまずない。

 

 なにせ開発のデータには、その救世主の子たるカサブランカMk.Ⅱのデータが使われている。単純な装甲の強度こそ並だが、ドローンがスクラムを組むことによって発せられるレーザーネットと電磁フィールドは、あらゆるビームを打ち消すことが出来る。その先の掘削機のようなドローンのスクラムは言わずもがなである。

 

 現に未だかつてこの盾が突破されたことはない。安心と信頼の実績のエヴァリアン製だ。と、自身に言い聞かせて精神の平穏を保つ。強固な防壁は心だって守れるのだ。

 

 『またビーム!?』

 

 などと、心の中で思いつく限りのことを羅列しているのは、不安があるからに違いない。データ上の保証や保険がいくらあったところで、実際にあのビームがまた放たれたところではそれらは露と消える。

 

 幸いなことは、カタログは嘘をついていなかったということ。防御能力は見事に働いてくれた。

 

 『ふっ・・・ふん、さすがワスプだ、なんともないぜ。』

 

 一発受けただけで電磁フィールドが火を吹いているので、そう何度も喰らうことはできないだろうが、それは相手にはわからないだろう。

 

 あとは応援が来るまで持ちこたえ、持久戦と物量作戦で押し切ればいい。こちらが未だ優位であるという事が確証された。

 

 『勝てる、勝てるぞ・・・。』

 

 希望が見えてくると、同時に欲がムクムクと湧いてくるじゃないか。あの新型も捕まえて持ち帰れば、『ボス』も大層喜ばれることだろうし、臨時ボーナスも出ることだろう。

 

 『そうと決まれば、もう一度ハニカム・キャプチャで捕まえてやる。』

 

 その時、折よく戦場に一つの影が差す。そら応援が来た。その接近に気づいたアイツも、ドローンが排出される前にハイヴを撃ち落とそうと頭を向けている。

 

 『させるか!』

 

 だが逆にそれはスキを見せたという事。捕獲用ドローンを飛ばして自由を奪う。どうやら流れはこちらに来ているようだ。

 

 『こうなれば機体はそのまま・・・パイロットには死んでもらう!』

 

 要注意人物が乗っていたはずだが、まあそんなものはこの新機体の前には霞むだろう。ドローンが放電することで中のパイロットには気絶してもらい、あとはゆっくりと持ち帰るだけだ。

 

 『フハハ、勝ったぞ!』



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第98話

 「あがぁあああああ!!!???」

 『遊馬!』

  

 遊馬の肺から空気が絞り出され、脳がショートする。視界がどんどん狭まっていくのを止められない。

 

 『こっちから何かアイテム使えないかな・・・。』

 『この強化服使う?耐電耐熱耐油だけど。』

 

 4分割された画面に、トビーの顔が映りこむ。続いてモンドと美鈴の顔も現れる。

 

 『よし、それを遊馬に装備させるぞ。脱げ。』

 『え、いくら出す?』

 『アホ言ってんじゃねえよ!』

 『ハイハイ。』

 『キャー!いきなり破廉恥な!』 

 

 トビーは、自身が着ていた強化服を脱ぐと、それを遊馬に『使用』することで装備させる。

 

 「あぁああああああ・・・んっ!?」

 『うまくいったようだな!』

 

 途端に、遊馬の体を襲っていた痺れは途切れ、レベリオン用パイロットスーツから、ベルトがいくつもついたレトロな飛行服のようなトビー謹製の強化服に変わる。

 

 「おお、これはトビーの?」

 『使ったらクリーニングして返してね。』

 「でもこれウールとかじゃないよね?ドライクリーニングで大丈夫?」

 『トビー特製の合成繊維は、普通に洗濯も出来るよ。』

 

 洗濯したら縮んだり、色移りしたりする心配はなさそうだ。では今は目の前の問題に集中するとしよう。

 

 痺れは収まったが、両手足を拘束されていては、このままじゃ動けない。

 

 『自分の手足の動かし方を忘れたか?』

 「いいや。じゃあ今度はモンドの銃を貸して。」

 『俺の腕が必要か?』

 「まず握手から始めようか。」

 

 モンドが自身の片腕を外すと、それは遊馬の手に収まる。その手のひらを握ると、ライフルモードへと移行する。それはコクピットの中に置いておくには多少手狭だ。

 

 「よーし、ハッチ開け!」

 『こっちから開けるよ、タイミング合わせ、3.2.1。』

 「ゴー!!」

 

 合図と共に、エルザが遠隔操作でハッチを開くと、すぐさま遊馬がライフルのトリガーを引く。

 

 特に照準も合わせずにぶっ放したそれは、幸運にも接近してきていたワスプの頭を打ち抜いた。コントロールを失った無人機は力を失い、容易くダークリリィに振り払われた。

 

 「やった!」

 『安心するのはまだ早いわよ。』

 「わかってる、けど、これで逆転だ!」

 

 ハッチを閉じるとライフルを投げ捨て、ビームの照準を合わせる。

 

 (けど、このまま撃っただけじゃ躱される可能性もある・・・よし!)

 

 頭を潰したが、それでもワスプの機動力は変わらない。ならばここはひとつ、レベリオン戦闘のセオリーを見直してみよう。

 

 「けど普通に殴り掛かるのも味気ない、ここはいっちょ『遊んで』みようか。」

 『普通に撃ってもいいと思うけどなぁ。』

 「どっちだよ!まあいい、撃ちはするよ、ただし・・・。」

 

 仰角を思いっきり下げて、ボタンを押す。

 

 『何もないじゃん!』

 「海面がある!」

 

 着弾、と同時に爆風のように水蒸気が吹きあがる。マイクロウェーブ着弾と同じ、水蒸気爆発だ。

 

 「思った通りこちらを見失ってくれた!」

 『成程ね。』

 

 爆発の勢いにレベリオンは耐えられるが、無人機は飛んでいく。露払いは出来た、あとは中央突破するだけだ。

 

 「格闘のマニュアルは?」

 『こっちでやるよ!美鈴ちゃん!』

 『えっ、私ですか?』

 『あなたなら出来る!さぁ!』

 『うう・・・あまり瀟洒な役柄ではないですが・・・ちょりゃー!!』

 

 美鈴のモーショントレースによって、格闘のパターンが作られる。いつの間にか箱入り娘だった美鈴もたくましくなったものだ。ひょっとして並行世界の自分であるイングリッドの影響を受けているのだろうか?

 

 『肘打ち、掌底、マーシャルアーツキック!!』

 『トドメだ!ワイヤーガンを使え!右腕だ!』

 『よーし!』

 

 トビーがひとつだけつけていた腕の隠し武器、ワイヤーショットで吹っ飛んだワスプの胸を捕まえると、手繰り寄せる。

 

 『チェス、トォオオオオオオオオオオオオオ!!!』

 

 手繰り寄せた右腕でラリアットを放つと、それはワスプの首を刈り獲る。

 

 『勝ちましたわ!!』

 

 途端にワスプはスパークを起こしたと思うと、しばらくすると機能停止した。同時に、無人機もポトポトと殺虫剤を撒かれたムシケラのように落ちていく。

 

 『やりましたー!』

 『さすがお嬢だ。』

 『さすがね!』

 『遊馬もよく頑張ったね。遊馬?』

 『おーい、聞いてるかヒーローさんよ?』

 

 「うっ・・・ぐっ・・・。」

 

 一同が勝利に湧く中、遊馬は呻き声をあげた。

 

 『アスマ?!』

 『どこかやられたのか?』

 『傷が開いたの?!』

 

 遊馬は青い顔をして何も応えない。否、応えられなかった。脂汗が額から湧きだし、酸素を失った金魚のように口をパクパクとさせる。

 

 『あー・・・みんな、一旦通信を切った方がいいかも。』

 『なんでだよ、仲間が苦しんでいるのにお前は見捨てるのか?!』

 『あえて放っておいてあげるのも友情だと思うよ、ウン。』

 『それって、どういう?』

 

 「オロロロロロロ・・・。」

 

 『ね?』

 『あーうん・・・。』

 「キツすぎ・・・オボボボボ・・・。」

 『せっかくカッコよく決まってたのになー。』

 『決めたのは私ですわ。』

 『そうだったね。』

 『あっ、お前俺の腕を汚してるんじゃねーよ!』

 「ごめんモンド、トビーも・・・洗って返すわ。」 

 『いやー、別に返してもらわなくってもいいかな?服にはスペアあるし。』

 

 このままでは自分の吐瀉物で溺れる。換気のためにハッチを開くと、快晴の空が広がっているではないか。

 

 「うっぷ・・・とにかく、勝った。ネプチューンは無事だろうか?」

 『呼びかけてみればどうだ?』

 「ダメ、応答がない。相当深く潜ってるのか、それとも・・・。」

 

 とりあえず呼びかけは続ける。と、その前に撃墜したワスプをワイヤ-で縛って回収しておこう。



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第99話

 『我々は、一人の友人を喪った。』

 

 技師もオペレーターも、職場の違う者たちも、その時ばかりは皆一様に格納庫に集まっていた。勿論、司令室や情報室には最低限の人員が残ってはいるが、それでもモニター越しにその葬儀に参列している。

 

 『彼と一緒にいた時間はそう長くはなかった、だが確かに彼は私たちの友だった。』

 

 葬儀、その棺であるライトレベリオンの中には遺体は無い。マイクロウェーブの水蒸気爆発のしばらく後、海中に没してきたこの機体には遊馬の姿はなく、代わりに致死量にも達するような血痕が残っていた。

 

 『すべては私のミスだ。采配を見誤った、勇気を振り絞った彼を、私は見捨てたのだ・・・。』

 「司令、あんたのせいじゃない。」

 

 これは自分の判断ミスだ、沈痛な面持ちでクリス司令は言葉を綴る。だがそれを責める者はこの場は一人もいない。ただやるせなさと虚無感が場を支配していた。

 

 『彼の事を知っていた者、これから忘れない者たちよ、敬礼!』

 

 ビシッ!と皆が固く手を掲げ、1人の戦士の死を弔う。なけなしの勇気を振り絞った半端ものは、今こうして死を迎えたことで初めて戦士と認められた。

 

 「うーん・・・。」

 

 そんな様子の中、一人だけ敬礼をせずに頬杖をついている男が1人。弔われている遊馬の父、和馬である。

 

 「和馬、お前は祈らないのか?いや、皆まで言うな。きっと私を憎んでいるのだろうそうだろう?」

 「いや、別に。」

 「言ってくれていい。ぶつけてくれていい、すべて私の失態だ。」

 「いや、そうではなくてな。」

 「君の息子は勇敢だった・・・なんて言ってほしくも無いんだろう。ただ返せと。」

 「ダメだこりゃ。」

 

 あまりにも聞く耳もたずなんで、いっそ何かふっかけてやろうかとも思ったが、さすがに自重した。

 

 父としての勘か、それともクリエイターとしてのサガか、ともあれ遊馬が生きていると和馬は直感していた。

 

 「何事だ!?」

 

 そのことを口にしようとした時。赤い警告灯が灯って艦内にサイレンが響き渡り、和馬の声をかき消した。

 

 『司令!未確認機体がこちらへ近づいてきています!』

 「敵の追手か!数は?!」

 『数は1!データ識別できません!映像出ます!』

 「こいつは・・・!」

 「あー、うん。」

 

 

 瞬間、モニターを見ていた乗組員全員に衝撃が走った。

 

 「あれは・・・カサブランカだと?!まさか大物が直々に我々の始末に来るとは・・・。」

 『司令!』

 「うむ、こうなれば徹底抗戦だ。」

 

 クリス司令は、先ほどまで哀悼の意を述べていたマイクを掴み、声高々に宣言する。

 

 『全艦に通達する!本艦はこれより迎撃態勢に移り、散っていった戦士への手向けとする!』

 

 オオォー!!!!と士気も高くネプチューンは戦闘体制へと移行する。

 

 「あー・・・クリス。」

 「何も言うな和馬。」

 「そうかい?」

 「すまないセシル、せめてお前たちだけでも生き延びてくれよ・・・。」

 「うん、全然わかってないな。」

 

 なんやかんやあって、この後には遊馬の帰還を皆が喜ぶのであった。



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第100話

 「まさか、生きている間にオリジナルクラスの機体を見ることになろうとはな。正規軍ならば、勲章ものだろう。ここは正規軍ではないけれど。」

 「コックピットが臭いですけどね。」

 「今度からはエチケット袋と消臭スプレーを持っていきたまえ。」

 

 マスクをした作業員が、ダークリリィの清掃・点検を行っている。潜水艦の中という密閉空間で、ニオイの問題は深刻だ。よく入念にクリーニングしている。

 

 遊馬もゲロまみれになったトビーの強化服とモンドの腕をクリーニングしている傍ら、その作業の様子を見ていた。

 

 「変わった装備だね。それがゲームの中のアイテム?」

 「はい、借りものですけど。・・・返さなくていいって言われちゃったけど。」

 「ならば貰っておきたまえ。ヘイヴンではそんなものは支給できないからな。」

 

 さて、そのダークリリィと対面する形で、もう一機のレベリオンが鎮座している。その頭部や腕は大きく破壊され、見るも無残な形となっていながら、発信機や盗聴器の類を取り除くため、または調査のためにさらに解体が進んでいる。

 

 「僕はグロッキーになってたから見てないんですけど、パイロットはどうなったんですか?」

 「ちゃんと生きてるよ。あとで尋問が必要になるからな。」

 「それが終わったら?」

 「・・・さてどうしたものかな。正規軍ではないから銃殺刑にはならないけれど。」

 

 遊馬とダークリリィの手によって撃墜され、捕獲されたワスプは、パイロットが独房に入れられて主を失い、手も足も出なくなっていた。最初は遊馬を捕らえるつもりだった者が、逆に囚われの身となってしまったのは皮肉なことだろう。

 

 「ともかく、現在のエヴァリアンの動向を探る貴重な情報源となってくれるだろう。キミの協力に感謝する。ネプチューンを救ってくれただけでなく、新しい機体を持ってきて、そのうえ捕虜を1人と一機連れてくるとは、勲章はやれないが、かわりに・・・。」

 「代わりに?」

 「拍手をあげよう。」

 

 パチパチとまばらな手拍子が格納庫に響くが、機械や道具の音にかき消されそうなぐらいに小さい。

 

 「ははは・・・。」

 「まあ冗談はさておき。なにか欲しい物とかはあるかな?勲章が欲しければ何か手作りのものを渡すことになるが。」

 「おっさ・・・男の人から手作りの物を貰ってもなー。」

 「うん?こう見えても私はハンドメイドにはうるさいぞ。セシルの道具袋は私が仕立ててあげたものだし・・・。」

 「子供の頃の話?」

 「うん。あのぬいぐるみもな。」

 「既製品じゃなかったのかアレ・・・。」

 

 ちょっとした衝撃だ。こんなおっさんが縫い物をしている姿はちょっと想像できない。

 

 「じゃあ、ラッピーグッズを収集していたのも?」

 「あれは妻の趣味だったんだが、どうしても捨てられなくてね・・・。」

 

 まあ、ワケありというわけだ。

 

 「とにかく、今日はお疲れだった。ゆっくり休んでくれ。」

 「そうさせてもらいます・・・三半規管を休めたい。」

 「ならゲームをせずに眠ると良い。」

 

 さすがに、ゲームでさらに目を酷使するつもりにはなれない。ゲームPODネクスからゲーム世界に一旦戻るのもいいかもしれないが、それでもちょっと休みたい。

 

 「・・・うん?」

 

 居住スペースにやってきた時、なにやらドンドンと壁を叩くような音が聞こえてきた。

 

 「こっちかな?」

 

 今の字かな、誰もいないはずだったので気になって見に行くことにすれば、その音の発生源の部屋に難なく行き着いた。

 

 「セシルの部屋?」

 

 そこは何度かお邪魔したことがある部屋だ。部屋主は今いないはずだ。ドアにはカギがかかっているので、中を確認することはできない。けどこのまま置いていくのも気になる。

 

 マスターキーがわりに何か無い物かとゲームPODネクスを動かしてみる。

 

 『なに?なんか問題発生?』

 「ああ、トビー実はね・・・。」

 

 『らぴ!らぴ!!』

 

 「・・・え?」

 

 と、しばし逡巡していた時、今度は聞き覚えのある声がしてくる。そんなまさか・・・いや、そういえばゲーム世界ではしばらく見ていなかった。

 

 「トビー、こういう扉の開け方のウラワザってない?」

 『電子ロックか、ならちょっと配電をいじれば開けられると思うよ。』

 

 違法行為だけれど、今はとにかく時間が惜しい。足元近くにある小さな扉を開けて配電盤を露出させると、ちょっとコードをいじらせてもらう。

 

 「らぴっ!!」

 

 すると扉が労せずして開く。それと同時に中から飛び出してきたのは、白い毛玉のようなキャラクター・・・だが、ちょっと色あせてボロっちい。

 

 「ラッピー?!なんでここに!?」

 「らっぴ!!」

 

 返ってくる返事は相変わらず理解不能だった。



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第101話

 『そういえばさっきからラッピーの姿が見えないと思ってたけど、まさかそっちの世界に行っていたなんてね。』

 「らぴ!」

 「しかも、ぬいぐるみに転生?取り付いているなんて。」

 

 ひとまず遊馬の部屋に連れてこられ、ゲームPODネクス越しに仲間と対面する。

 

 『そのぬいぐるみは一体なんなの?えらくボロっちいけど。』

 「こっちのクルーの人の私物だよ。」

 

 しかもついさっき、ハンドメイドだということが発覚した。割とどうでもいいが。

 

 「いや、ハンドメイドであることも関係しているのか・・?まあいいや。」

 『どうやら、ゲームPODネクスにラッピーのゲームソフトが挿さっていることが関係していそうね。』

 「そういえば、借りたソフトをそのままだったな。」

 

 挿しっぱなしになっている初代ラッピーのソフトを思い出す。

 

 『カサブランカのソフトとダークリリィのソフトを同時挿ししているとこの世界が融合したように、ラッピーのソフトとダークリリィを同時挿しした結果ね。』

 「うん、なるほどそれなら納得。」

 『ん・・・?ということは?』

 『今度はラッピーの世界とも融合してしまったという事では?』

 「あっ・・・。」

 

 よりにもよって、一番現実離れしたゲームが選ばれてしまった。海中の、さらにこの密室では確認する方法が無い。

 

 「ラッピー、自分の世界と融合したんじゃないかって、わかる?」

 「らぴ?らぴぴ・・・らっぴ!」

 「うん、わからん。いや、この反応は・・・喜んでる?」

 「らぴ!」

 『という事は、融合している?』

 「らぴ・・・。」

 『違うの?』

 「らぴぃ。」

 「ダメだ、さっぱりわからん。」

 

 反応から察することはできるが、詳細はわからない。らぴ語を理解していたのはレイだけだったが・・・。

 

 『しかし、このぬいぐるみの体じゃ、お菓子も食べられないんじゃないのか?』

 「そういえば・・・。」

 「らぴ?」

 『それは困りましたわね。』

 

 お菓子で変身できないという事は、それこそ初代ラッピーと同じ・・・。

 

 「いやそうか、初代のソフトを使ってるから変身できないのか。」

 

 よく見れば、このぬいぐるみのデザインだって初代準拠だ。

 

 「よしラッピー、この枕を『パリィ』出来るか?」

 「らぴ?らっぴ!!」

 「へぶっ!」

 

 ベッドに置いてあった枕を試しに投げてみると、素早いキックでそのまま跳ね返ってくる。

 

 『まったく戦えないってわけではなさそうだね。』

 『無敵が使えなら充分だろ。』

 「そうだね、コンペイトウさえ手に入れば使いたい放題だし・・・。」

 

 結果的にはパワーアップしているのかもしれない。駄菓子屋さんを覗いていこう。



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ここまでのあらすじ

 という名の文字数稼ぎのお茶濁し


 約17年前に放送終了したアニメ『界拓機士カサブランカ』、その最終回は主人公とヒロインが命を賭して世界を救ったというロマンチックなものだった。

 

 その滅びの閃光の最中、ヒーローの『天野川雄二』とヒロインの『エルザ』は、神(脚本家)である『片桐和馬』の手によって掬い出された。和馬は言った、「続編作るんでもうちょっと酷使させてくれや。」と。雄二とエルザに拒否権はなかった。

 

 しかし、『続き』の世界を新造するために生み出された『ゲーム世界』には、雄二の復讐心のイメージが流れ込んでしまい、『負』の力に支配されてしまう。世界の浸食が始まった。

 

 それを阻止できるのは、和馬の息子の『片桐遊馬』、そして彼の好きなゲームのキャラクターたち。

 

 『ムラサメ・モンド』出身ゲーム・アクションRPG『タイムライダー』

 

 『トビー・ホランド』出身ゲーム・アクショナドベンチャー『レッドパーカー』

 

 『西園寺美鈴』出身ゲーム・アドベンチャーノベル『お嬢様とボーイとクリスタル』

 

 『ラッピー』出身ゲーム・アクションゲーム『月ウサギのラッピー』

 

 彼らが『界拓機士カサブランカ』の設定を中心としたゲーム世界を冒険する。

 

 (ここまで1章)

 

 そんな中、ノベルゲーム『エイリアンは恋ウサギの夢を見るか?』の登場ヒロイン『レイ・リープ』と出会うが、その仇敵である『バミューダ』とも遭遇してしまう。

 

 バミューダの起こしたブラックホール現象によって、ゲーム世界は現実世界に急速に接近。遊馬の現実はカサブランカの世界と融合・改変してしまう。

 

 (ここまで2章)

 

 改変された現実で、謎の武装勢力に追われた遊馬は、その武装勢力と敵対する『ヘイヴン』に救助され、現実世界での問題を知らされる。

 

 かつて『カサブランカ』の作品世界の中にいた人類の敵『アダム』、その後継者を名乗る『エヴァリアン』が世界を裏から牛耳ろうとしている。ヘイヴンはそれを阻止するための組織である。

 

 遊馬と仲良くなった、ヘイヴンのエースパイロット『シェリル・ランカスター』たちは、アダムの遺した遺物を巡って宇宙へと飛び出すが、そこをエヴァリアンの尖兵に襲撃されるが、軽くいなす。

 

 (ここまで3章)

 

 一方、自分の立場が現実を変えうる力を持つものだと気づいた遊馬は、自分の現実を守るために行動を開始、ヘイヴンを襲う敵と戦うため、自らマシンに乗り込み、戦う決意を固める。

 

 それにゲームの仲間たちが応えるため、新鋭機『ダークリリィ』を開発し、見事に遊馬は乗りこなして勝利を収める。

 

 遊馬の戦いはまだ始まったばかりだ!

 

 (ここまで4章)




 文字数の話をするなら、もっとうまくやれば2倍には出来たかなと思っています・・・それに関してはオツムと器量が足りないとしか言えない。


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第5章
第102話


 「とうちゃーく!!」

 

 さて、海上で戦闘があったことなど世間にはどこ吹く風。それで世界の大動脈は止まるはずもなく、セシルとシェリルは無事にオービタルリングに到着した。

 

 「ようやくつきましたわね・・・。」

 「んー、お尻が痛いわね。揉んであげようか?」

 「結構よ。セクハラで訴えますわよ?」

 「冗談。」

 

 突如として起こった戦闘と、そこに割り込むように照射された衛星からのマイクロウェーブ。すわ一大事かと思われたが、この事件によってどこかの国の人的被害が出たとか、そういう話は全くない。様々な憶測が飛び交った後、明日明後日には世間一般からは忘れ去られることだろう。

 

 しかしこの2人にとっては、今回の照射事故は大きな意味がある。今回狙われたのは彼女らの家である、潜水戦艦ネプチューンだ。先に『忘れ去られるだろう』と言ったが、それも世界の裏に蔓延る蜘蛛の糸、エアヴァリアンの策略によるものに違わない。

 

 エヴァリアンの陰謀を知るものが、このオービタルリングにどれだけいることだろうか。2人はかくも孤独なものだ。

 

 「けど、遊馬がこっちに来るんでしょ?」

 「ええ、先ほど暗号回線で通知が来ましたわ。」

 「やった♪」

 「・・・嬉しそうですわね。」

 「そりゃあもう、別れたのも昨日の今日だけど。」

 「やれやれ。」

 

 遊馬がこちらに来るという事はすなわち、ネプチューンも無事という事。足取りも軽やかに、シェリルはシャトル搭乗ゲートに向かう。その後についていくセシルだったが、ふと窓の外を見てごちる。

 

 「・・・月って、あんな形だったかしら?」

 「なに?」

 「いえ、なんでもないです。」

 

 宇宙での任務も久しいセシルであったが、この真空の海の光景も半ば見慣れたものに近かった。しかし、その見慣れた光景に浮かぶ物に抱いた違和感がどうにも拭えなかった。

 

 地球から遠く離れることおよそ40万kmに、兄弟星とも呼べる月はある。夜空にぽっかりと浮かび、古来より人々は夜の友としたり、あるいは魔性の力を恐れたりした。

 

 その実態は、水も空気もない、岩と砂とクレーターのあばたまみれの死の世界に他ならない

 

 そんなところにウサギはおろか生物がいるはずもないと、アポロ11号は証明して見せた。最も、この世界に限っては火星にアダムが眠っていたように、その限りではないのかもしれないが、それはそれとして。

 

 少なくとも、セシルの中の『月』とはそんな場所だった。

 

 「月ってあんなに・・・。」

 

 あんなに、パウンドケーキのようにふわふわだっただろうか?



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第103話

 「ふむ・・・驚きに次ぐ驚きだな。」

 「らぴ?」

 「あんま驚いてるように見えないですけど?」

 「いや、めっちゃ驚いてるよ。驚き過ぎてどういうリアクションをすればいいか迷っているだけで。

 

 クリス司令の部屋にいる人物は3人。いや、2人と1匹。

 

 部屋の主のクリス・ロジャーズと、ゲーマー少年の片桐遊馬、それから月ウサギのラッピー(ぬいぐるみ)だ。

 

 ラッピーはゲーム世界とも違う世界が目新しいのか、部屋の中を跳ねまわっているが、クリスはそれを咎めることもしない。

 

 「ラッピーとはまあ長い付き合いだよ。妻がよくゲームをしていてね、あの子もそれを横で見ていた。ああそうそう、とりあえず私の娘の部屋に勝手に入ったことは不問にしてる。」

 「それはすいません。」

 

 年頃の愛娘の部屋に勝手に入ったとあっては、遊馬の首が物理的に飛ぶ可能性もあったがそれはまあ許された。

 

 「さて、君の言うところによると、世界のどこかが変わってしまったということだが・・・。」

 「はい、ラッピーがこの世界に来てしまった影響が、どこかにあるかも・・・。」

 「ふむ、世界の情勢を調べさせているが、特に地球上ではおかしなことは起こっていないようだ。お菓子だけに。」

 「そうですか・・・。」

 「お菓子だけに。」

 

 何も起こっていないということはないはずだが、それに気づけないのは仕方のないことだ。なにせ、世界の根幹そのものが書き換わってしまうと、そこに住んでいる人間の認識も知らない間に書き換えられてしまうものだから・・・。元あった現実の世界と、空想の産物であるカサブランカの世界が融合してしまった結果が、今のこの世界なのだから。

 

 「仮にラッピーの世界と融合してしまっているとしたら、舞台となる『ジェーランド』が現れてたっておかしくはないんだけど。」

 「お菓子だけに?」

 

 魔法のお菓子で出来た世界シュガラーワールドと、そこの国のひとつジェーランド。そこへ悪意のバイキン『バグバクター』がやってきたことで、お菓子からモンスターが生まれ、ジェーランドは支配される。その支配の手が唯一届かなかった月の国『ケーキムーン』で、夢の魔法からラッピーは生まれた。月、火、水、木、金、土、日の国を旅し、お腹一杯お菓子を食べることがラッピーの旅の目的だ。

 

 まあゲームの説明はともかくとして、そんな摩訶不思議な国があったとしたら、嫌でも目立つことだろう。

 

 「けどこの世界には魔法なんてないし、お菓子で出来た国もない。」

 「ですよね・・・。」

 

 ラッピーとしては、自分の故郷から遠く離れた・・・それどころか、全く別の世界に来たというのに特に気も留めるようなそぶりも見せない。



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第104話

 「らぴ・・??」

 「どうしたラッピー?」

 

 ベッドの上でゴロゴロと転がって遊んでいたラッピーが、突然跳ね起きると、何かをキャッチしたかのように耳をピコピコとさせている。

 

 「ふむ、どうやらネプチューンが海面に達したようだが、それと関係あるのかな?」

 「らぴ!」

 「ふむふむ。」

 「らぴぴぴ!」

 「成程な。」

 「わかるの?」

 「いや、さっぱり。」

 

 だろうな。

 

 「多分外に出たいんだろうとは思いますが・・・。」

 「そうでもなくとも、また補給のためにドックに寄る。」

 「・・・そこから陸地へは?」

 「絶海の孤島だからな、難しいよ。」

 

 ラッピーは相変わらず、部屋の中を跳ねまわっているが、そのうちにドアの前まで来る。

 

 「失礼します、司令!うおっと?!」

 「らぴ!」

 「あ、待ったラッピー!」

 

 折悪く、部屋に人が入ってきて、ラッピーがすれ違いに出て行ってしまった。

 

 「らぴ!らぴ!」

 「どこ行くんだよラッピー!」

 「遊馬君!まあいいや、なんだ?」

 「ハッ、指示通り、世界の次元湾曲の調査結果が出ました。」

 「もうか、早いな。」

 「ウラヌスで待機中の、パトリシアからの報告です。」

 「なるほど、仕事が速いな。」

 

 クリスは隊員から手渡された資料に目を移す。どこかへ行った遊馬とラッピーは今のところは放置だ。

 

 「らぴ!らぴ!」

 「ちょっと待て!ぜー・・・待って!・・・はー・・・。」

 

 なんかやけに体力が減った気がする遊馬には目もくれず、ラッピーは艦の上へ上へと目指していく。ここへ来たばかりのラッピーに上へいく道がわかるとも思えないが、三叉路や曲がり角では最適解をまるでわかっているかのように選んでいくのだから、遊馬も休む暇がない。

 

 道中、乗組員とも何人かとすれ違う。はたから見れば、汗だくになりながらぬいぐるみを追いかけるという奇妙な姿が映ったことだろう、正直恥ずかしい。

 

 そうこうする間に、ハッチ内部から甲板に出る扉にまでやってくる。しかし扉は固く閉ざされている、この事実に遊馬は安堵し、歩調も少し弱まる。

 

 「らっぴ!」

 「ストップ、ぜぇ・・・はぁ・・・やっと・・・追い付いた・・・。」

 「らぴぃ!」

 「なに?おんも出たいのか?」

 

 遊馬は腕の中でもがくラッピーを撫でてやると、扉に手をかける。

 

 「外か・・・いい風が吹く。」

 

 最初に来た時はシェリルに案内されながらのことだったが、こうしてみると本当に外に出られるというのは喜ばしいことだとわかる。

 

 常に危険と隣り合わせな、潜水艦での航行。撃沈すれば海底の闇から二度と浮かんでこられなくなる。だから、頬を撫でる風から生の実感を得られる。

 

 「らぴっ!」

 「ん?なんだ?」

 「らぴぴ!」

 「空?」

 

 水平線を眺めていた視線を上げると、空には雲一つない。唯一浮かんでいるのは有明の月である。

 

 「月がどうかしたのか?・・・ん?」

 

 何かおかしい。輪郭がなんだかあやふやではっきりしない。

 

 「らぴぃ・・・。」

 「あれ・・・月の国?」

 

 その表面には、チョコチップのような斑点があり、表面はケーキのようにふわふわだ。

 

 そう、まるでラッピーの故郷、ケーキムーンのよう・・・。



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第105話

 同じことを書いてしまっていないか不安になります・・・。


 「つまりは、月が変わってしまった、と。」

 「そうだと思います。」

 「うむ、先ほど宇宙から届いた情報とも一致する。」

 

 今度は司令室に人が集まってきた。遊馬はラッピーを抱きしめたままそこにやってくる。

 

 モニターにはリアルタイムの月の映像が映されている。

 

 「やはり、ケーキムーンだ・・・。」

 「おいしそうだが、あまり衛生観念上よろしくなさそうだな。」

 

 シュガラーワールドの魔法の力が弱まると、ジェーランドのお菓子は味も薄まってく。だからシュガラーワールドではないこの現実世界では、あのお菓子の月は多分おいしくない。

 

 「まあ、月の資源的価値についてはまた談義するとして。しかし、急に月の様子が変わったというのに、世界は静かだな。」

 「変化を知覚出来ているは我々だけなのかと。」

 「なるほどな。」

 

 結果論に過ぎないが、それは正解である。現実改変の力があることを知っているからこそ、月の変化に我々だけが気づけている。

 

 「さて問題は、我々の目標であったアダムの忘れ形見がどうなったかの方が重要だろう。」

 「信号変わらず出続けているようです。」

 「なるほど、しかし月の表面はどうなっている?」

 「未知の生命体を確認。それに、大気も存在するようです。」

 「・・・本当に食べられるんじゃないのかあれは。」

 「月が変化した、というよりも月の表面に新たな世界が現れたというのが正確かと。」

 

 そういう見方は新しいかも。シュガラーワールド、ならびにジェーランドは、月の落下によって人類が滅び去った後の地球という考察や裏設定もあることだし。

 

 「ラッピーはこのことを伝えたかったのだろうな。」

 「そうなの?」

 「らぴ!」

 「そうらしい。」

 

 元はと言えば、僕がラッピーのゲームを挿したままダークリリィを起動したせい・・・ほぼ不可抗力だったとはいえ、原因がある。

 

 「司令。」

 「なんだい?」

 「僕も月へ行って、調査に加わりたいのですが!」

 「ふむ・・・。」

 

 今度は、前回のように即否決はされなかった。

 

 「ところで、理由は?」

 「ラッピーの世界には詳しい方です、月で何かあっても対処はしやすいかと。」

 「ふむ。」

 「それに、僕は一日でも早くダークリリィの操縦に馴れたい。その慣らし運転になるとも。」

 「確かに。」

 「それに、ラッピーは僕の仲間です。仲間が行きたいところには、僕もついていきたいです。」

 「なるほど。」

 

 まあ、夢にまで見たシュガラーワールドがそこにあるというのなら行きたいものだというのも理由の一つにある。ゲーマーとしてなら当然だろう。

 

 「よしわかった。しかし、直接レベリオンでオービタルリングに乗りつけるのも具合が悪い。君もエレベーターに乗って秘密裏に宙へ上がりたまえ。プランはこちらで用意しよう。」

 「やった!ありがとうございます!」

 「可愛い子には旅をさせよとも言うしな。」

 「その可愛い子の親はどこへ行ったのやら・・・?」

 「はてな。そういえばいないな。招集をかけたのに。」

 

 まあ、あんなクソ親父のことなんてどうでもいい。とにかく荷物を纏める用意をしよう。



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第106話

 「出来たぞ遊馬!君を宇宙へ送るプランだ!」

 

 プランはごく単純。ダークリリィで身近な陸地へ飛んで、そこから軌道エレベーターに乗る。至極簡単な話だが、いかに隠密に行動できるか、最短ルートを辿れるかについて脳漿を絞っていただいた。感謝しよう。

 

 「海面スレスレを飛行すれば、波に隠れてステルスで行ける。衛星からも見つかることはないだろう。このルート通りに進め、着いた先で特派員と合流して、軌道エレベーターへの道を案内してもらうんだ。」

 

 しかしシンプル故に奥が深いというもの。単純なシューティングゲームのハイスコア狙いに数時間費やすこともある。完璧を求めれば求める程に、際限なく難易度は上昇することだろう。

 

 「準備はいいかい?」

 「荷物はOK。」

 「そのリュックには何が入っているんだい?」

 「らぴ!」

 「なるほどね。」

 

 もぞもぞと動いて、ラッピーがひょっこりと顔を出す。あれもこれも必要と、旅の荷造りを始めるとこれもまた際限なく増えていくものだが、旅とは身軽に行うもの。

 

 「リュック一個と、仲間と、ほんの少しの冒険心があれば十分だ。」

 「それも何かのゲームのセリフかい?」

 「うんまあ。」

 

 むしろゲーム以外のセリフを知らないってぐらいだ。こういう時文学作品から引用できればかっこいいのかもしれないが。

 

 「そういう司令は何かいいセリフをご存じ?」

 「そうだな・・・。」

 

 少し、クリス司令は顎に手を当てる。

 

 「『希望に満ちて旅行することは、目的地にたどり着くことより良いことである。』、なんてな。」

 「早く終わらせて、早く帰ってきたところですし。」

 「おうそうだったな、なにせシェリルとお楽しみがあることだし・・・。」

 「べ、別に楽しみにしているわけじゃ・・・。」

 

 もう終わった後の話をしているが、旅はまだ始まってすらいない。

 

 果たして辿り着いた場所にあるのは希望か、新たな絶望か。開けない方がよかった玉手箱か、それとも絶望の底に希望が眠るパンドラの箱か。

 

 「我々としては、契約の箱が望ましいのだがな。君がもっているのは魔法のランプといったところか。」

 「魔人がなんでも叶えてくれるほど便利ではないかもしれないですが。」

 「なら、ランプではなく指輪止まりか。それでも十分に強力だよ。」

 

 魔法のランプはなくとも、弾丸より早く飛べる機体と、どんな怪我も治せる回復アイテム、それと現状に応用できるゲーム知識ならある。最後の一つはいささか頼りないが。

 

 それに指輪の魔人の代わりの、頼れる仲間たちがいる。ランプの魔人と違って裏切ることはないだろう。

 

 彼らが裏切らなくても、僕が期せずして裏切ってしまう可能性はあるが。そうならないよう、一生懸命がんばりましょう。



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第107話

 「さて、行ってらっしゃいをする前に。これを。」

 「これは?」

 

 と、格納庫で渡されたのは一本のメガネ。黒ぶちで、セシルが普段使っているものと同じに見える。

 

 「変装用だ。君は顔がヤツらに割れてしまっているからね。気休め程度だが。」

 「これには、認識阻害とかそういうものが?」

 「いや、ただの伊達メガネだ。お守り程度の餞別だと思ってくれ。」

 「前言ってた勲章代わりに貰っておきますね。」

 「そうしてくれ。」

 

 ゲーム好きという割には、遊馬の目は悪くない。それどころか、シミュレーターでも動体視力が追い付いていたり、いい方かもしれない。そういうわけで、メガネとは無縁な生き方をおくっていた。初めてかけるのが近視用でもサングラスでもなく、伊達メガネというのは御洒落かもしれないな。

 

 「他にも餞別があるそうだ。」

 「他?」

 「情報室、司令室、メカニックからもそれぞれ変装用のコスチュームを預かっているから、どれか選んで着ていくといい。」

 

 この中から一つを選ぶのじゃ、と3つの紙袋を用意された。せめてメガネに似合うコーデであってほしい。

 

 「まずは、情報室からかな・・・。」

 

 この中なら一番メガネなイメージがある。きっとメガネに似合うアイテムも入ってると、期待半分で紙袋を開ける。

 

 「ん?柄物のシャツ・・・?」

 

 しかし期待に反して出てきたのは黒地に白い線の入ったTシャツ。

 

 「柄物かな?うっ?!」

 

 否が応でも目に入る、『唐揚檸檬』とやたら達筆な漢字、いや日本語がデカデカとしたプリント。これは・・・ダサTじゃな?そりゃあ外国人が変な日本語のTシャツ着てたら日本人には面白いかもしれないけれど、遊馬はれっきとした日本人だ。というか何故唐揚げレモン。味の雰囲気を変えるのにレモンを絞るのは嫌いじゃないけど。

 

 「まあいいや次、メカニックいこうかな。」

 

 メカニックのおっちゃん達には色々とお世話になったり、お世話したりしている仲だ。きっとそんなに変なものは入ってないだろう、多分。

 

 「えーっと、ズボンかな?」

 

 青くて頑丈そうな生地、おそらくジーンズだろう。ならいい物だろう。ジーンズもある意味作業着の一種だし、メカニックらしいと言えばらしい。

 

 「・・・って、破れてるじゃないか!」

 

 ダメージジーンズという文化なら知っている。だがこの穴はダメージを通り越して致命傷レベルだ。いわゆる『大ダメージジーンズ』というやつなんだろうが、遊馬の趣味じゃない。

 

 「肝心なところが守れてないよコレは。」

 

 はっきり言って処分品である。ここまでは着古されたのなら、捨てられるズボンの方も満足だろう。リサイクルしてバッグにしてもいい。ただ続けて履くのは勘弁。

 

 「最後、オペレーターさんの。」

 

 どうかまともに装備できるものでありますように。まともな物が出てくる確率は、ガチャで星5つとかが排出されるよりも高いと思うのだが。ひょっとしてたばかられているんじゃないのか。

 

 「最後は・・・帽子?」

 

 丸っぽい帽子。キャスケット、ハンチング帽などと呼ばれるものだ。変装に帽子はつきものだ。これはありがたくいただいておこう。

 

 しかしここにきて普通なものが来てしまった。確立としては三分の一で最初に引く可能性もあったのだろうが、正直唐揚げレモンに比べるといささかインパクトに欠ける。

 

 「どうかな、楽しんでもらえたかな?このサプライズ。」

 「何のためのサプライズ?」

 「サプライズジョークというやつだ。開けるのは楽しかったろう?」

 「うーん・・・まあ、確かに。」

 「またやるために生きて帰ってきてくれたまえ。」 

 

 もっとましな激励はなかったものか。とりあえず親父の部屋から普通のシャツを強奪してくることにした。



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第108話

 『遊馬君、準備はいいか?』

 「それは服の話?」

 『なかなか似合ってるよその恰好。』

 「オタっぽいってことですかね。」

 

 結局装備したのは、メガネにワイシャツというナードスタイル。髪も少し切ってもらったし、ハンチング帽は後で被るとしよう。

 

 『工作員には既に連絡が行っている。君は指定されたポイントへと向かってくれ。』

 「了解!」

 『彼女たちと合流出来たら、セシルの指示に従ってくれ。』

 「らぴ。」

 

 リュックサックから出てきたラッピーが、コックピットの中を跳ねまわる。

 

 「ラッピー、ちょっと静かにしててね。」

 「らぴっ?!らぴぃいいいい!!」

 

 運転中に顔の前を横切られるのは非常にまずい。一旦リュックに戻ってもらうと、レバーを握りなおす。

 

 先の戦いで破損した個所は一応直してしてもらったが、根本的に素材の質が違い過ぎて完全には直せないという。なので足の装甲はパッチワークのようになっている。完全な修復には、ゲーム世界の方で修復してもらうほかない。

 

 「あっちでは技術者が足りず、こっちでは材料が足りず・・・。」

 『仕方ないだろ!そんな高級品ウチでは取り扱いが無いよ!』

 「応急処置ありがとうね!」

 

 街中のホームセンターに軍需物資が置いてあるはずもなし、基本貧乏なネプチューンにオリジナルランクのレベリオンの素材が置いてあるはずもない。シェリルたちのBランク機体ですら、高級品と言われているのだから。

 

 「ところで、そのオリジナルだとか、AとかBって何のこと?」

 『説明しよう!』

 

 カサブランカのようなアダム原産の超ハイスペック機を『オリジナル』とランクしたとき、オリジナルを基に地球で設計されたものがAランクと呼ばれる。17年前の戦いで地球で作られたものや、エヴァリアンが運用しているものがこれにあたる。また、アーマーギアを装備していればA+になる。ロボットアニメ的に言えば試作機やエース機がこれにあたる。

 

 Aランクから、一部の素材をチタニウム合金などで代用してコストダウンしたり、生産性を高めたものがBランク。シェリルたちの機体がこれで、ロボットアニメなら量産機といったところだ。

 

 量産機と言えば聞こえが悪くなるが、技術者やメカニックが脳漿を絞って組み上げたそれには、Aランクとも大した差はない。宝石の硬度で例えると、Aランクは硬度9のサファイア、Bランクで硬度8のエメラルドといった具合だ。

 

 だがオリジナルはもっと強い、硬度10のダイヤモンドかロンズデーライトのようなもの。数値上は1しか差が無いように見えても、サファイアとは5倍以上のがヌープ硬度に差があると言われれば、いかにオリジナルがケタ違いな存在かお分かりいただけるだろう。

 

 あとBのさらに下にCランクという、遊馬も乗ったライトレベリオンが分類されるクラスがある。ロボットアニメの中でも滅多に描写されることも少ない、例えるなら民間機のようなものだ。これでも戦闘機や戦車よりは強いのが、レベリオンの地力と言える。

 

 『人型であるだけでなんでそんなに強いのか?という疑問があうかもしれないが、それは・・・。』

 「ストップ、ランクについてはよーくわかりました。」

 『なんじゃい、ここからも面白いというのに。』

 「生きて帰ってこれたら聞かせてくださいね。」

 

 メカニックの1人、男勝りなメガネのお姉ちゃんが突然モニターを占拠したかと思うと、長々と高説垂れてくれた。名前も知らないけどありがとうと言っておこう。

 

 『さて、勉強できたならそろそろ出発してくれ。』

 「はい!」

 『それと、あの子達に会えたらよろしく言っておいてくれ。こっちは無事だとな。』

 「はいっ!」

 『よろしい、それでは出撃したまえ!』

 

 ヘルメットを被った作業員の兄ちゃんの旗を目印に格納庫を歩いて、リフトへ乗ると足をロックされる。以前ライトレベリオンで歩いた時よりも、性能がいいこともあるがすんなりとこなせた。

 

 リフトが上がり切り、ハッチが開くと青い空がお出迎え。以前と違って平和な空気が、潮風を伴ってハッチへと入ってくる。

 

 『3、2、1、GO!』

 「片桐遊馬、ダークリリィで発進します!」

 

 声かけは重要。信号機のようなシグナルランプが緑に点灯すると、カタパルトから射出される。今度は振動も少なく、スムーズな発進が出来た。

 

 地面から足が離れ、重力から解放される感覚はなかなかにクセになる。ペダルを踏みこんでバーニアを吹かし、ナビの差す方向へと舵を切る。



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第109話

 さて、ネプチューンを飛び出してナビが差す方向は南方、ソロモン諸島だ。赤道をまたぐことになるが、ダークリリィに乗っていればすぐだ。

 

 「途中で船舶にぶつかったりしないようにしないとな・・・。」

 

 海面スレスレを飛びつつ、レーダーからは目を離さない。

 

 「らぴ!らぴ!」

 「ん?ああ、いい景色だな。」

 

 外には出られはしないが、モニターには青い海が広がっている。あれに飛び込んだらさぞ気持ちがいいことだろう。

 

 どれ、少し遊んでみようか。ダークリリィは張られたバリアのおかげでソニックブームも風圧も起こさずに、海面を波立たせないようにしているが、少し手を伸ばせば水切りのように線が出来る。

 

 「らぴらっぴ!」

 「ふふふ、今度は水上スキーだ!」

 

 ランディングするように脚を前へ突き出すと、もっと大きな水しぶきをあげながら水面を滑っていく。

 

 『そんなに遊んでていいの?』

 「いいじゃない、ずっと籠りっぱなしで体がウズウズしてたところだし。」

 『引きこもりのセリフじゃないな。』

 「引きこもりでもたまには外に出てたさ、多分。」

 

 と、モニターにはゲーム世界の仲間たちの顔が並ぶ。

 

 『ラッピーも元気そうでよかったですわ。』

 「今はちょっと静かにしててほしいけどね。」

 『でもラッピーもロケットの操縦が出来たし、ラッピーにもレベリオンの操縦が出来るのでは?』

 『さすがにレバーやペダルに手が届かないんじゃないかな。』

 「ラッピー、手や足が伸びる設定もあるんだけどね。無理ではないかも。」

 『伸びるの?!』

 「ネコも伸びるし。ウサギだけど。」

 『まあどっちにしろ任せたくはないわね。』

 「らぴ?」

 

 少なくとも人間には追い付けない挙動になることは間違いない。相乗りしていたらゲロは必至。

 

 『それより、ソロモンについたらどうするの?』

 「そこからリニアレールに乗り換え。ダークリリィはまたそっちに送り返すから、修理をしてほしい。」

 『OK、また素材を集めておかないとね。』

 『トレーニングもしておかないと。』

 『なかなか休まるタイミングが無いな。』

 

 本当に緊張状態が続いている。今はせめて景色を楽しみたいし、どこかで骨休めもしたいものだ。

 

 『でも遊馬には何か約束があるんじゃないの?』

 「んん?ああ、そうだった。今考えてもちょっと胃が痛いかも・・・。」

 『何の話だっけ?』

 「デートの約束。」 

 『ワオ、やるじゃん。』

 「僕が誘ったわけじゃないんだけどね。誘われちゃってね。」

 『じゃあ遊馬モテるんだね。』

 「モテた経験はないかな・・・。」

 

 学校では・・・どうだったろう、覚えていない。ただ学校の空気に馴染めなくて、引きこもりになっていたのは覚えている。

 

 今のこの仲間たちの空気は好きだ。引きこもりになるという心配はない。と言っても、引きこもる先が無いのだが。



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第110話

 「う~み~は~ひろい~な~大きい~な~。」

 「ら~ぴ~!」

 『他の歌は無いのかよ。』

 

 もう何回も同じ歌を歌ってるけど、ステレオがついていない以上自前の歌しかない。

 

 ダークリリィがマッハ5で飛んでも、沖縄~ソロモン諸島間は1時間弱かかる。初めはその綺麗さに心打たれていた景色も、だんだんとその変わり映えの無さに飽き飽きしてくる。さりとて運転しているからには居眠りも出来ない。故に歌うのだ。

 

 「だってモンドの方がよっぽど音痴だって。」

 『俺はただ歌を知らないだけだ。』

 『記憶喪失になってから歌を聞いたりしてないの?』

 「BGMはいいんだけど、ボーカル曲は英語だからなぁ、タイムライダーって。」

 

 特定のボス戦ではボーカル付きのBGMが流れるけど、ふふふふふ~んとしか遊馬も歌えない。

 

 『ゲームの歌は何かないの?』

 「んー、それを言ったらトビーのレッドパーカーの中では、MDをBGMに出来るけど、トビーなら歌えるんじゃないの?」

 『うーん、ボクもそんなに歌は知らないかも。』

 「古き良き『SING』とか『カントリーロード』とかもあるのに?」

 『それなら私にもわかりますわ。』

 「なら、今度は美鈴が歌ってよ。」

 『そうだよ、アイドルやってるんでしょ?そっちの世界では。』

 『えっ?!』

 

 ちょっとパスが急すぎだったか。けど正直美鈴には一番期待してたんだ。

 

 「おじょボクの主題歌を歌っているのも美鈴だったし。」

 『主題歌とか知りませんわ!』

 『そりゃそうだわな。』

 『じゃあ私が歌おうか!』

 「エルザが?」

 

 混ざるタイミングを今か今かと待ち受けていたエルザが割り込んできた。たしかにエルザもいい声をしている。期待は出来る。

 

 「じゃ、エルザなにか一曲お願い。」

 『任された!』

 

 エルザの喉から発せられる清流のような透明感のある声は、リラックス効果をもたらす。

 

 『~♪』

 

 「うん、すごくいい気分だ・・・なんだか・・・眠く・・・。」

 「らぴ・・・。」

 

 機首がゆっくりと下を向いていく。

 

 『起きろバカ!』

 「はっ・・・あぶなっ!」

 

 危うく海面に地獄の抱擁をされるところだった。退屈は人を殺すというが、物理的に殺されるとは思わなんだ。

 

 『こんなことなら、やっぱりステレオは着けておくべきだったかな。』

 「それよりもオートパイロットつけて。」

 

 思わずレバーを握る力が強くなるが、余計な力が入りっぱなしだとその分だけ無駄に疲れることになる。

 

 『じゃあマッサージ機もつけようか。』

 『アロマフレグランスも必要ですわね。』

 「エステじゃないんだっつの。」

 

 ともあれ、これが地球上での移動の話だから1時間弱で済んでいるが、もしも宇宙の移動となれば、なにかしらの暇つぶしの手段が必要になるだろう。とりあえずオートパイロットだけは導入してもらわない事には、ゲームもできない。

 

 フライトとはこうも過酷なものだったとは、遊馬も見通しが足りなかった。しかし、こうして繋がっているうちは本当の窮地ではない。本当の孤独を味わうのはまた別の話。



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第111話

 「あ~・・・お尻痛い。」

 「らぴ!」

 

 結局、色々歌ってもらうラジオ作戦で魔の1時間を乗り切った遊馬は、人目につかない海岸にダークリリィを上陸させると、外をよく確認してから降りた。

 

 砂浜に足を着けようとして、尻餅をついた時、再び重力の世界に戻ってきたことを確認する。しばし今まで乗っていた機体を見上げると、青い空に黒い機体がよく映える。ステルス性とかは大丈夫なんだろうかと思うが、上から見下ろす分には紺色の海の色に紛れて大丈夫なはず。

 

 「さて、と。これを仕舞わないといけないんだけど。」

 

 ゲームPODネクスを取り出して、カーソルを動かす。

 

 「えーっと・・・パーティから外せばいいのかな。」

 

 現在、遊馬のパーティにはダークリリィとラッピーがいる扱いになっている。ここにカーソルを合わせて選択すればあら不思議、漆黒のレベリオンは消え失せた。

 

 『お、戻ってきた。』

 「成功だね。よかったー、戻せなかったらどうしようかと・・・あ、武器はどうしよう。」

 『強化服のサイズも調整しとくよ・・・それにしても、随分な恰好だね。』

 『プッ、ドクみてーな恰好だな。』

 『ドク?』

 「タイムライダーの武器開発者。たしかにそう見えるかも。」

 

 一種のオタクのスタイルなんだろう。チェックシャツにバンダナに指ぬきグローブのような。一式そろえると何か効果が発揮されそうだ。悪臭付帯とか。

 

 「ところで、修理はできそう?」

 『出来るは出来るけど、時間かかるかも。』

 「資材は?」

 『足りてる。けど人手が足りない。オートメーションできればいいんだけど。』

 『私はある程度なら自己修復できたけどねー。』

 

 カサブランカはあくまで元が人間な生物兵器で、事故治癒能力を備えている。けど、ダークリリィは一から作ったロボットで、それが出来ない。

 

 「その機能って、後からつけられないの?」

 『それは人体の神秘を一から紐解けというのと同じぐらい難しいよ。』

 「ごめん、無理言ったね。」

 

 火星製レベリオン、つまりオリジナルランクの構造は人間の構造に近いという。改造というよりも、人間のパーツを機械に置き換えていっているというのが正しいらしく、血管から筋繊維一本に至るまでが漏れなく密接に組み合っている。再現が困難というのは想像に難くない。

 

 むしろ、材料こそあれど見様見真似で一機組み上げてしまったトビーがおかしい。専攻は薬学じゃなかったのか。

 

 『んー、まあ興味のあるものには熱心になるよボク?』

 「その調子でお願いするよ。なんたって命綱だし。」

 『任せておいて。改造のプランはいくらでも湧いてくるし。』

 「出来れば人間が扱えるようにしておいてね。」

 

 なんというか、強くしようと思えばどれだけでも強くできるんだと思うけど、パイロットである遊馬の実力が追い付かなければどうしようもない。

 

 「そのために強化服を着て、自分自身を強くして・・・。」

 

 まあ、遊馬も色々考えておこう。



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第112話

 さて、ソロモン諸島はパプアニューギニアに属しているが、リニアレールステーション周辺はそういうお国柄とはまたちがった様子が見れる。

 

 「ふーん、イギリス料理か。」

 「らぴ?」

 「顔出しちゃダメだぞ。」

 「らぴぃ・・・。」

 

 ソロモン諸島は、重力の関係がいいということで、最初に軌道エレベーターの建設予定地として注目されていたところだったが、環境問題の都合でおじゃんとなった。代わりに、ここにはオーストラリアとエレベーターを繋ぐ道としてのリニアレールステーションが置かれた。そのために自然が開発されたのでは本末転倒な気もするが、エレベーターを建造するよりかははるかに小規模に収まっている、ってお偉いさんは言っていた。

 

 ともかく、ステーション内のモールは異国情緒あふれる、というか様々な国の料理店が並んでいる。それらはオーストラリアからの影響が強い。

 

 「ふーん、第二次大戦以降にいろんな国の民族が流れ込んできたんだな。」

 

 調べてみると面白いものだ。第二次大戦以前はイギリスが主流だったが、その後にはオ-ストラリアには南ヨーロッパ、東ヨーロッパ、中東、アジアなど、様々なところから移民や難民がやってきて、文化が混ざり合った。その結果がここのレストラン街の多様性に現れているという事か。

 

 「この店だな。」

 

 イギリス料理ってあんまりおいしくなさそうなイメージあるけど、日本人になじみ深いカレーライスだって、インドからイギリスを経由して日本に伝わってきたものなので、イギリス料理のひとつだ。なんでもかんでもイメージだけで語るのはよくないだろう。

 

 さて、これが観光旅行だったらじっくり食べ比べだってしたいところだが、今回に関してはそうも言ってられない。イタリア、ドイツ、トルコと様々な料理店が立ち並び、かぐわしいニオイで手招きしてくるが、それらの未練を断ち切って遊馬は一軒の店に入る。

 

 本当に観光だったら興味本位でワニ肉の料理を食べていたことだろう。

 

 「いらっしゃいませー!」

 

 選んだのは、牛丼屋でした。日本でも全国展開しているチェーン店に看板がよく似ているので、遠く離れた国にもかかわらず日本人には親近感や安心感が湧くだろう。ワニよりも牛だ。

 

 「大盛りネギだくギョク。」

 「・・・お新香はつけますか。」

 「えーっと、ダブルで。」

 

 そして流れるように注文をする。早い安い美味いという看板通り、1分もしない内にお盆に乗せられた牛丼がやってくる。

 

 「ごゆっくりどうぞ。」

 「いただきます、さて・・・。」

 

 箸よりも先に、まずは伝票を手に取る。注文した品の一番最後には『水』と書かれている。なのでちょっとだけ水をかけてみる。

 

 『11番ゲートのトイレ。奥から2番目。』

 

 それを確認すると、手早く牛丼を喉奥に掻き込んで会計を済ませる。

 

 「990円になります。」

 「ツリはとっといて。店長によろしく。」

 「ご武運を。」

 

 たかが10円だが、それには作戦が無事進行しているという報告の意味が込められている。



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第113話

 さて、牛丼屋に変装したヘイヴンのエージェントに指示された場所を目指す。

 

 「ふぅ、11番ゲート、トイレはこっちか。」

 

 案内図を見れば目的地はすぐにわかったが、そこはステーションの建物のほぼ反対側。動く歩道やエレベーターを乗り継いで、やっとのことで到着する。もうちょっと近い場所を次の連絡場所にしてくれればよかったのに。おつかいクエストじゃないんだから。

 

 「奥から二番目・・・。」

 

 個室は案の定、使用中のようだ。用を足したければ他の個室を使えば済むことだが、生憎遊馬は別に催してはいない。

 

 「コンコン。」

 『入ってます。』

 「えーっと、紙は持ってる?」

 『2枚あるよ。』

 「1枚ください。」

 

 スッ、と個室のドアの下の隙間から一枚の封筒が顔を覗かせる。このステーション発のリニアレールの搭乗券(自由席)のチケット、それともう一枚のQRコードが描かれたカードが入っている。

 

 「グリーン席じゃないのか。」

 『文句は司令に言って。』

 「チケットありがとうね。」

 

 さて、これでリニアには乗れると焦ってはいけない。エレベーターに乗るには搭乗券と、身分証明書を兼ねたパスポートが必要になる。秘密裏に行くからには偽造・・・もとい新しく作ったパスポートが必要になる。

 

 新しくパスポートを作るには、個人情報を書いて役所に提出し、審査をされた後、身体や疫病の検査をされてようやく通る。勿論そんなことやってる暇はない。

 

 「ここか。」

 

 そのための最後の関門が、モールの中央から外れたこの証明写真機にある。おもむろに中に入ってカーテンを硬く閉ざし、先ほどのQRコードをカメラにかざす。

 

 『ヨウコソ、画面ノ四角ノ中ニ顔を収メテクダサイ』

 

 ここから軌道エレベーターの人の出入りを管理するデータベースにハッキングし、使いっきりのパスポートを偽造発行する。使い終わった後は跡形もなく痕跡を消されるので安心だ。どうせ顔写真も情報には残らないので、思いっきり変顔を記録するのもいいだろう。プリクラか。

 

 「らぴ?」 

 「よし、ラッピーも一緒に写ろうか。笑え。」

 「らぴ!」

 

 カシャッ、とシャッター音がしてからしばらくすると、写真の受け取り口から一冊の手帳が落ちてくる。これで偽造パスポートの完成だ。オリジナル笑顔の遊馬とラッピーの顔写真がついてくる。

 

 「さて、これで準備はOKだな。」

 「らぴ!らぴ!」

 「そうだな、念のためお菓子を買っておこうか。」

 

 おつかいクエストはクリアしたが、メインクエストに移るにはまだ少しある。今後の事を鑑みてラッピーのお菓子を集めておくのもいいだろう。腹の足しにもなるし。



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第114話

 無事にリニアレールに乗れた遊馬とラッピーは、しばしの休息をとっていた。さすがにダークリリィほどのスピードは出ないが、それでもソロモンステーションからラ・ムゥのエレベーターステーションへ、直通で向かう列車の速いこと。数時間以内には宇宙へとたどり着いていることだろう。

 

 「さすがに歩き回って疲れたかな・・・。」

 「らぴ?」

 「まだ顔出しちゃダメだよ。って、そろそろ窮屈になってきたかな?」

 「らぴ・・・。」

 「もうちょっとガマンしてね。」

 

 席に着いて、膝の上に乗せたリュックからラッピーが顔を出す。動くぬいぐるみなんか出したら目立ってしょうがない。ラッピーは子供のような性格だが、お願いすればちゃんと言う事を聞いてくれる。

 

 「それにしても、やっぱりコンペイトウなんか見つからなかったな。日本でないと難しいかな?」

 

 あれさえあればどんな敵と戦っても勝てるが、無いものは仕方がない。そう簡単に事は運ばない。むしろ、レイの宇宙食がコンペイトウと同じものだったことが奇跡だろう。ライターには感謝しかない。

 

 「コンペイトウ、語源はポルトガル語の『コンフェイト』とされ、南蛮から日本へやってきた。」

 

 カステラやビスケットと同類というわけだ。非常食の乾パンにもコンペイトウが付いてくることもあるが、ここの非常食にはついていないようだった。乾パン、すなわちビスケットも兵糧として食べられていたことを考えると、コンペイトウとビスケットの間には赤い糸が結ばれているのかもしれない。

 

 「赤い糸か・・・。」

 

 遊馬の運命の赤い糸は誰と繋がっているのだろうか。などとくだらないことを考えているうちに、脳裏をよぎったのは栗色の髪に灰色の瞳の豊満な女性、シェリル。

 

 再会できたら何を話そうか。レベリオンに乗ったこと、ダークリリィのこと、色々ある。だが何よりも、操縦席に座って感じた宙に浮く感覚、戦闘のスリル、飛行する快感、それを共有したかった。

 

 「らぴ?」

 「そうだな、そのぬいぐるみの持ち主についても話さないとね。」

 

 もう一人、セシルの存在。単身でこんなところにまで来たことへのお小言や、大切なぬいぐるみがこんなことになってるという事、こっちも色々話さなくちゃならない。

 

 それに、先に宇宙へ行った仲間たちのことも・・・なんだ、色々と話さなければならないことは多いぞ。休んでいられるのも今の内だ。

 

 「ふわぁ・・・なんか眠くなってきたな。」

 

 乗り換えの事も考えると、余計に疲れそうだ。こうやって目を閉じている間に、すべてが終わってればいいのに。



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第115話

 「・・・ぴ・・・。」

 「んんっ・・・。」

 「らぴ・・・。」

 「んん?」

 「らぴ!」

 「おわっ!?」

 

 目覚めは強烈なものだった。ラッピーのサマーソルトキックが、遊馬の座席を蹴り上げ、遊馬のおでこは天井にぶつかった、

 

 「いってぇ・・・なんだ?」

 「らぴ!」

 「って、ラッピー外に出ちゃダメじゃないか!」

 「らぴ!らぴ!」

 「ん?」

 

 少しだけ休むつもりだった遊馬は、いつの間にか眠っていたようだった。外はすっかり暗くなっており、リニアレールを照らす照明だけが外を照らし、空は今にも雨が降り出しそうだった。

 

 しかし、夜だと?リニアに乗った時はまだ夕方だったし、夜までには終点には到着するはずだった。ひょっとして寝すごして折り返し列車にそのまま乗ってしまったのか?嫌な予感が背筋を走る。

 

 「けど、誰もいないぞ?」

 

 だがそれ以上に違和感を感じたのは、同じ車両に人影や人の気配がまるでないことだった。道理でラッピーが動き出しても全く騒ぎにならないわけだ。今の状況には不気味すぎるだけだが。ひょっとして回送列車なのか?と勘繰りたくなる。

 

 「ともかく、誰かいないか探さないと・・・。」

 「らぴ!」

 「ラッピーは・・・一応仕舞っておこうか。」

 「らぴぃいいいいいい!!」

 

 せっかくリュックから解放されたというのに申し訳ないが、もう少しだけ我慢していてもらおう。

 

 さて、遊馬のいるのは16両編成もあるラ・ムゥ行き列車の前から3両目、3号車の自由席車両。大別して5号車から12号車がグリーン席などの上級席車両、13から先はまた自由席だ。乗降口にある案内板を見たから間違いない。しかも、上級車両は2階建てだという。満席ならなかなかの乗客数となるだろう。これで人っ子一人もいないという事はおかしい。

 

 「・・・とりあえず、前の車両の方を見に行こうか。」

 

 探索にはまず行き止まりを調べる。ダンジョンの歩き方の基本だ。途中でモンスターにでも遭遇しなければいいが。

 

 2号車のドアに手をかけ、3号車から一歩出たところでまた違和感を感じた。空気が妙にひんやりとしている。エアコンのかけすぎか?とひとまずは置いておくこととして、2号車の中を歩く。

 

 「ん?荷物が置きっぱなしになってるな・・・。」

 

 相変わらず人の姿はないが、人がいた痕跡はある。それもひとつやふたつではなく、今さっきまでそこにいたように、カバンがそこかしこに置き去りにされている。

 

 いよいよもって異常性が浮き出てきた。回送車にこんなに荷物が置き去りにされるものか。まるで人間だけが消えたかのようだ。

 

 「一体何が・・・?」

 

 しばし左右に気を配っていると、足元に空き缶が転がっているのに目が付いた。先ほどまで誰かが飲んでいたのか、ジュースの缶のようだ。

 

 コツン、とつま先が当たって回転して転がっていくのを一瞥し、遊馬はひとまず先頭車両へ向かうことを再開した。

 

 「ん?」

 

 ブブ・・・と、耳をそばだてるような不快な音が一瞬聞こえた。遊馬は背後を振り返るが、何もいない。先ほど蹴飛ばした空き缶以外には、目につくようなものはない。

 

 何か嫌な予感がしつつも、確認せずにはいられなかった。遊馬は歩を戻すと、空き缶を拾い上げる。持ち上げた感触から、空っぽだと思った中身に何かが入っていると直感した。

 

 「うぉっ?!」

 

 それは直感した時点で捨てるべきで、中身を覗こうなんて考えるのはよしたほうがよかった。そのアルミ缶の飲み口から、なにかが飛び出して遊馬の眼前にまで迫った。

 

 反射的に慌てて缶を投げ捨てると、それは壁にぶつかって軽い音を響かせた。だが音源はもう一つあった。

 

 「ハエ・・・虫?」

 

 ブブブブブブ・・・と奇怪な羽音を立てながら、黒いハエかアブのような虫が、空間を飛び回っていた。しばしあたりを旋回すると、虫はどこかの隙間から出ていったのか、羽音は聞こえなくなった。

 

 「・・・なんだったんだ、一体?」

 

 ふと、遊馬はこれと似たような状況のゲームを思い出していた。同時に、非常に嫌な予感が、回送車に乗ってしまったことよりも悪い予感がしてきた。

 

 無言でゲームPODネクスを取り出し、皆に通信を入れようとした。

 

 「・・・通じねえ。」

 「らぴ?」

 「ああ、ラッピーだけでもいてくれて嬉しいよ。」

 

 この日本語の話せない友達が、この上なく頼りに思える時が来るとは。ともあれ、最悪の事態を想定するにせよ、もっと情報をあつめることとした。



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第116話

 さて、なにはともあれ先頭車両に到着した遊馬は、運転席の前へとやってきた。

 

 「鍵は・・・開いてないか。フーン、どうしたものか。」

 「らぴっ!」

 「ん?」

 

 もぞもぞっ、とリュックの中でラッピーが動いて反応する。何か策があるのか?とリュックから出してあげる。

 

 「らっ・・・ぴぃ!!」

 

 すぐさまラッピーはその場で足踏みしたかと思うと、ドゴォッ!と重い音共に運転席への扉は大きく凹んでしまった。

 

 「ああ、ナイス解決だな。」

 「らぴ!」

 

 これでよかったんだろうか、と考えないことにした。解決すればそれが正攻法、それが自由度の高いゲームというもの。

 

 ともあれ、これで運転席へ入ることが出来たが、ここもまたもぬけの殻だった。よくわからない機械が点滅している。

 

 「うーん・・・自動運転だって聞いたことがあるけど。でも前にトビーが運転してたのは、別の車種だからかな。」

 

 マニュアル操作の方法が全くないわけではないのだろう。しかしどうやら電源そのものが入っていないようにも見える。スイッチやレバーをいじっても何も反応が無い。というか、そもそも列車は動いていない。

 

 「最後列の車両になら、なにかあるかな?それとも、外に出るか・・・。」

 

 とりあえず目指せるロケーションはこの二つだ。相変わらず外の様子は、窓からはよくわからないし、何か不気味なものを感じる。最後尾の運転席にも何かあるかもしれないが、それには16両を歩く必要があり、これもまた骨が折れるだろう。

 

 車両の外と中、どっちを行くか?という選択肢が頭の中に出現する。さてどっちを選んだものか。外は暗い、闇討ちに遭う可能性が考えられる。一方中は明るいが道は狭い、挟み撃ちの可能性があるかもしれない。

 

 ああ、こういう時通信が出来れば仲間と相談するんだが。そういえば、武器や装備は整備のために一旦返してしまったから手元には何もないぞ。

 

 「ホラーゲームなら銃が落ちてるものだけど、ここ持ち込み厳しいからなぁ。」

 

 この状況をホラーゲームと、遊馬は評した。そしてそれはおそらく当たっているだろう。先ほどハエのような虫、あれには見覚えがあったし、この状況にも心当たりがある。出来れば外れていてほしいと願うばかりだ。

 

 間違ってもホラーゲ-ムの世界には生まれ変わりたくない。どうせ怪異や事件に巻き込まれたら、ロクでもない理由で死ぬか、ロクでもない理由で死ねないかのどちらかという結末が待っている。

 

 悪いことは夢で起きて、夢で終わってほしいものだ。



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第117話

 最初に目覚めた3号車を通り過ぎ、4号車へ。ここもやはり誰もいない。だが、その空気には違和感を覚えた。

 

 「なんだ、この臭い・・・。」

 

 土のような、何かが腐っているような臭いが鼻をツンと刺す。臭いの元はこの車両には無いようだが、それが一層先へ進むのをためらわさせる。絶対死体とかあるよこの先。

 

 臭いに辟易としながらも、頭を回す。列車内という閉鎖空間で、悪臭のもとを歩きたくはない。それなら外の方が空気が解放されていてまだマシかもしれないが・・・まあ、どっちにしろ探索をするなら両方を一度は歩く必要があるのだが。

 

 などと、考えるふりをして一時休止していた歩みを続け、5号車、グリーン車の扉に手をかける。

 

 「・・・うっぷ。」

 

 少し隙間が開いた時点で、もわっとした熱の籠った空気が入ってくる。強い刺激臭を伴ったそれが顔を撫でるのが、より一層不快感を示す。

 

 ええいままよ、と扉を開けてくぐると、そこは錆と泥の地獄絵図が広がっていた。

 

 「ぼ、ぼぇえええええ・・・。」

 

 その凄惨な光景と鼻も目も刺激する刺激臭に、自身の胃からガスがこみあげてくる。かろうじて内容物までは噴き出さなかったが、思わずくぐった扉を引き返す。

 

 「な、なんだったんだあれは・・・。」

 

 考えたくもない、があれはおそらく死体だろう。死体『だろう』というのは、もはや原型を留めないほどにドロドロな泥に変わってしまっていたから。

 

 喉の奥がなんだか酸っぱくなり、口の中が乾いている。汗が吹き出し、心臓がバクバクと拍動を強める。

 

 いや、自分の血だまりで溺れかけたことはあるが、実際に死体を見るのは初めてだった。しかし遊馬はどうしてか正気でいられた。むしろ泥のようになった死体『だった』もので済んだから、死体の現物を見ずに済んでマシだったのかもしれない。

 

 あまり気は進まないが、とにかく進むしかない。この状況の元ネタが何なのか、察しは着いた。それは先ほど言った、生まれ変わり先に選びたくないゲームワーストで5本の指に入る。

 

 「『デッドソイル』か・・・。」

 

 ぐちゃぐちゃになった死体を踏み、その辺で拾った傘の先端でつつく。骨すら残っていないそれは、『土に還る』途中というところ。もう少しすれば、臭いも色もなくなり、ただの土になってしまうところだろう。

 

 その土のなりそこないが、山のようになって乗り降り口を塞いでいる。それらが元は人間だったものだと考えれば、どうしてそうなっているのかも想像に容易い。

 

 遊馬も、この仲間入りしたくなければ、前へ進まなければならない。



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第118話

 今更ですが、今回はグロ注意です。


 『このため彼の遺体を地にゆだねる。土は土に、灰は灰に、塵は塵に』

 

 人間は神に似せて、土より創られた。故に土に還るという。

 

 「そのメカニズムを早めるもの、『ゼバブ』・・・。」

 

 先ほど見たハエのような虫、それがゼバブだ。ただし、正確にはゼバブが運ぶ細菌『EAD』による働きだ。その細菌の寿命はおよそ5日と短く、自己保存能力も持たない、死ぬために生まれてくるようなものだが、一度ゼバブの運搬するカプセルから解き放たれると、すさまじい勢いで有機物を分解し、土に還してしまう。

 

 今遊馬の目の前に広がっている地獄絵図は、その途中のものだ。骨も含めてすでに原型を留めていないが、もうあと1日もしない内に完全に土になってしまうだろう。死体を夏場で放置しても、1週間かかってやっと白骨化すると考えると、すさまじい速度だとご理解いただけるだろうか。

 

 なぜこんな細菌や生物が存在するのかは、クリーチャーに出くわしてから説明するとしよう。どうせ次の車両あたりで出てくるだろうから。武器と呼べるものはこの拾った傘ぐらいなものだが、どうせデッドソイルのゲームの中でも序盤はこんな貧弱な物しか拾えない。銃は強力だが弾がないのでイマイチ信用しきれない。

 

 「さて、上を行くか下を行くか・・・。」

 

 戻ることは出来ず、進むしかできない。5号車からは2階建てだ。上も下もどっちも地獄だろうが・・・下には血だまりが出来上がっており、上の方が比較的綺麗に見える。

 

 が、上はおそらくトラップだと遊馬は判断した。天井を突き破って敵の強襲があるだろう。ゲーム3作目にもそういうシチュエーションがあった。

 

 「よし、行くか・・・。」

 

 ぐちゃぐちゃと不快な音を立て、床に足跡を残しながら進む。

 

 「うっ、暑いな・・・空調が効いてないのか。」

 

 遊馬は額の汗を拭いながらごちる。高速の分解作用に伴って、死体だったものが熱を発しているのだ。分解によって可燃性ガスも発生しており、換気しないと火器も誘爆の危険がある。グリーン車なのでタバコの不始末の心配はないだろうが。

 

 「んっ?」

 

 と、遊馬は進む先に嫌な物を見つけてしまった。座席の肘置きの上に乗った、控えめに言って人間の手『らしきもの』。いっそ『だったもの』だったほうが正気度を減らさずにすんだろうに。

 

 傘をかまえて、ゆっくりと近づいていく。一歩一歩踏み占めるごとに、ぐちゃ・・・ぐちゃ・・・と嫌な音が耳にこびりつく。

 

 十分な距離に近づいたところで、その手を傘でつつく。それはボロリと力なく肘置きから床に落ちる。

 

 つつかれた手が反撃してこなかったので第一関門突破・・・といったところだが、まだ油断は出来ない。まだ『本体』がある。座席の陰になっていて見えないが、おそらくそこに『いる』。

 

 「うっ・・・。」

 

 『それ』の存在は十分に考えられたが、見ないフリをするわけにもいかず、結果直視する羽目になった。

 

 ありていに言えば、人間の死体を『半分』残したモノ。真っ赤な鮮血や組織が、ぐじゅぐじゅに腐食して潰れている。座席に座った姿勢のまま、土に還ろうとしている。

 

 『これはゲームだ』と認識できているからまあよかった。そうでなければ見れば卒倒ものの腐乱死体だ。しかしこれはホラーゲーム、これで終わらないと知っている。傘を構えたまま、ゆっくりと背中を見せないように後ずさりながら前へ進む。

 

 照明が作る遊馬の影が、その腐乱死体に重なった時。もぞもぞとそれは動きだした。まさかこんな状態で生き返ったはずがあるあまい。ぐずぐずの断面から、ビール瓶ほどの大きさのあるウジ虫のようなものが這い出てくる。

 

 「くっ!」

 

 それを確認した途端、遊馬は傘を振りかぶって、ウジ虫を叩き落とす。数回叩きつけたところで、ウジ虫は動かなくなる。

 

 「うっげぇ・・・もうイヤだ。」

 

 これがゼバブの幼体『マゴー』だ。普通のウジ虫同様、動物の死体に卵を産み付けて繁殖するのだが・・・EADの影響で、マゴーは宿主となった生物のDNAを取り込むことで自己進化する性質を持ってしまった。こいつらがデッドソイルのメインクリーチャーと呼べる。

 

 EADは、元は農業の地質改善のために作られたバクテリアだった。だがとあるテロ組織によって、EADのキャリアであるゼバブもろとも持ち去られ、人間を無差別に殺す生物兵器として扱われるようになった。

 

 もっとも、マゴーの出現についてはそのテロ組織にとっても予想外のことだった。普通はEADの作用であっという間に死体が原型を留めなくなってしまうため、マゴーが孵化・成長する可能性は低いと、研究実験段階では断定されていたのだが、EADの活動を阻害する低温下やアルコールの摂取などの要因が重なると、こんな風に中途半端な腐乱死体が残ったりする。おそらくこの死体は、体温の低い老人で、酒も飲んでいたのだろう。迷惑なことだ。(でもアルコール飲むと体温は上がるよなぁ。)

 

 ともあれ、とりあえず一体倒せたところで、決して倒せない相手ではないと気が少し楽になった。ちっとも安心できる状況ではないが。今すぐゲーム機の電源を落としたい。



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第119話

 今まで一番ゲームを投げたくなったのは、あまりの鬱展開にそれ以上進める気が失せた時ぐらいなものだ。ゲームの難易度で投げたことは一度もない。

 

 「やっと8号車か・・・。」

 

 だが、この『現実』はその両方を兼ねそろえている。グロテスクな光景や雰囲気に、いつどこから襲われるかという緊張感。片時もコントローラーを離すことが出来ないが、正直今すぐ止めたい。そして出来ることならこの列車もろとも核爆弾を撃ち込んで焼き払ってしまいたい。

 

 相変わらず、出入り口のところはグズグズの肉の泥が固まっていて出ることが出来ない。むしろ後部車両に向かえば向かうほど、その肉の泥は増えていく。

 

 靴も新しいのを買わなければ。というか今すぐ服を脱ぎ捨ててシャワーを浴びたい。ガスが発生していて息が詰まるし、臭いが染みついて取れない。ホラーゲームの舞台を歩くのがこんなにも辛いとは。

 

 「くわばらくわばら・・・。」

 

 さて、進むはいいが、いよいよ気が滅入ってくる。腰を下ろしても落ち着ける雰囲気ではないし、何より一秒もここにはいたくない。さりとて、あまり駆け足で進むことも出来ない理由がある。

 

 敵、ゼバブは光への知覚が鋭敏で、光を好む。夜に街灯に集う蛾やカゲロウのように、光に対して向かってくる性質がある。外のような暗闇でライトをつけたまま歩いていると、たちまちゼバブが迫ってくる。故に、暗闇では光に警戒しなければならない。最終的にはヒトの背丈ほどの大きさにもなり、銃撃に耐えるほどの強固な外皮を持つようにもなる。終盤のクリーチャーというわけだ。

 

 「中でも人間の遺伝子を取り込んだタイプは『サピエン・ゼバブ』と呼ばれる。二足歩行でなかなか強い。見た目はまんまハエ男だけど。」

 

 逆に幼虫のマゴーは聴覚が敏感で、普段は土の中に潜っているが音を感知すると、餌を求めて這い出て襲ってくる。また暗がりを好み、明るいうちはあまり出てきたがらない。外が暗くなる、または『影』を感知しても出てくる。ただ強さはイマイチで、数発殴っただけで倒せる。つまり序盤の雑魚だ。

 

 「足も遅いからロックオンの仕方や間合いの取り方を覚えるのに適任なんだよなぁ。」

 

 外は成虫、中は幼虫が敵として出てくる。中を進むしかない今は、あまり音を立てて進むことが出来ない。いくら弱いとは言っても、どれだけの数がいるのか見当も出来ない。

 

 ・・・と、いうことをゲームの知識として知っている。本来なら、ゲームの進行に伴って、拾えるファイルから知れる情報なのだが、遊馬はこの手の情報を最初から持っている。生き残るうえではアドバンテージとなることは間違いない。

 

 そして抱えるディスアドバンテージは、ゲームのキャラクターではなく生身の人間であって、一撃貰えば多分死ぬという事。体力を一定量回復する救急キットや、全回復する特効薬もない。殺人バイオ兵器と化したEADは、一度感染すれば爆発的に人体を汚染し、分解する。EADに対処するには、低温で冷やすか、アルコールをかけて活動を阻害するしかない。

 

 ゲームは主に北欧など寒い地域が舞台なので、冷やす手段には事欠かない。あるいはアルコールを摂取することで一時的に抑えることも出来る。だが遊馬にはそのどちらの手段もとれない。ここは暑い太平洋のど真ん中だし、未成年で酒も飲めない。

 

 「・・・進むか。」

 

 しばし考えて、体を休ませるとまた進軍を再開する。とにかく前へ進まないことには、何も得られずに死が待っている。



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第120話

 「お、売店か?」

 

 グリーン車ももう終わるというところで、車内販売の売店を見つけた。ありがたいことに冷蔵庫が生きており、冷たい飲み物やお菓子もある。販売員はいないが、この非常時だし少し失敬することにしよう。

 

 「そういえば、通信はまだ回復していないのかな?」

 

 喉を潤せたことで少し余裕が出てきた。再びゲームPODネクスを取り出すあ、相変わらずノイズが走っていて通信出来ず、完全に孤立してしまっていることを再認識する。

 

 「しかしなぜ、こんなことになってしまったのか。」

 「らぴ?」

 「そうだな、僕とラッピーしかいない。」

 

 これもクラックによる世界の融合の影響なんだろうか?だとすると、デッドソイルの登場人物が出てきてもおかしくなさそうだが・・・。

 

 デッドソイルは複数人の主人公がいる群像劇的作品だ。それぞれ、軍人、記者、科学者、テロリストなど職業や立場も違うし、得意なこと不得意なことも分かれている。

 

 「僕は・・・誰に近いだろうか。」

 

 遊馬は戦闘はあまり得意な方ではない、文系の人間だ。新聞記者のジムが近いだろうか。持ち前のフットワークで情報を素早く集めて、早い段階からEADの存在や真相に近づいていく。まあ遊馬は既に知っているし、ゲームの中の真相云々は、この現実とは関係ないだろうからひとまずは置いておいて。

 

 この現実の攻略方法としては、世界のどこかにあるクラックを閉じること、あるいはゲームをクリアすること。クラックを閉じるにはモンドの力が必要になるので、ゲームをクリアする方法を考える・・・それにはボスを倒す必要がある、が。

 

 「正直戦いたくない。」

 

 ホラーゲームの敵なんて大体遭遇したくないが、それがボスともなるとグロテスクさも上がる。デッドソイルのラスボスは、ゼバブの王『バアル・ゼバブ』だ。かつては豊穣の神だったものが、悪魔の一柱と呼ばれるようになったとは皮肉なものだ。

 

 ゼバブはEADを運ぶキャリアとして生み出された合成昆虫だったが、それがテロリストによってEADを生み出すようになり、さらに暴走してバイオハザードを起こした。ゲームの中では様々な生物のDNAを取り込むことで進化し、ゼバブをコントロールする頭脳が発達。ボスというよりもステージと呼べるような大きさになったのを、様々な武器で焼くのがラスボス戦だ。

 

 「それに関しては、ダークリリィさえ使えれば楽なんだけど・・・向こうとコンタクトが出来ないからなぁ。」

 

 まずは、通信を復旧させるのが先になる。考えろ、一体何が原因で通信できないのか。そもそもどういう理屈で通信出来ていたのか。こういう時トビーなら瞬時に判断してくれるんだろうけど。

 

 「そうか、逆転の発想。」

 「らぴ?」

 「こっちが見つけられないなら、向こうに見つけてもらおうって魂胆だよ。」

 

 何かシグナルを発して、向こうからこちらへ通信をよこしてもらおう。通信が出来そうな設備、となるとやはり最後尾車両の操縦席だろう。行先は変わらないが、明確な目的が生まれた。



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第121話

 「と、その前に。持っていける物がないか探しておこう。」

 

 アルコールは摂取は出来ないが、消毒液代わりにはなるかもしれないので一応持っていこう。地酒、地ビールの缶がある。なるだけ度数の高いものを・・・。

 

 それから、氷だ。EADは低温下では活動が鈍るので、感染した時体に毒が回るのを抑えることが出来る。

 

 「そうだ、ラッピーの『フリーズ』の能力で・・・。」

 「らぴ?」

 「いやダメだ、ぬいぐるみじゃあお菓子が食べられないし、初代には能力がない。」

 

 惜しかった。フリーズが使えればヌルゲーと化していただろうに。それにしても、このマスコットの見た目のラッピーにはグロい敵の相手はさせたくないな。もうしばらくはラッピーはリュックで我慢していてもらおう。

 

 「あとは・・・食べられるものをいくつか。これもリュックに入れるか。」

 「らぴっ!?」

 「ごめん、ちょっと狭くなるね。」

 

 英語のラベルでよくわからないが、食べ物をいくつか掴んではリュックに放り込んでいく。ラッピーはお菓子が大好きだが、幸か不幸かこのぬいぐるみの体では食べられないので、つまみ食いされる心配はない。

 

 胃に入れておく気にははならない。すぐ嘔吐することとなる事態に遭遇するだろうから。

 

 少なくともしばらくトマト料理は食べたくない。

 

 「さってと・・・。」

 

 少し重くなったリュックを背負い直すと、進軍を再開する。ようやく12号車を越えてここから先は13号車、また普通車に戻る。何度か戦闘を経験して、遊馬もプレイヤーと同じく戦い方に馴れてきた。

 

 「うっ、壊れている・・・。」

 

 と、いうところで新しい要素を投入するのが面白いゲームだという。遊馬にとっては全然面白くないが。

 

 続く13号車の扉を開けた時、それまでの車両とは違う新鮮な空気を浴びた。見れば壁や天井が崩れており、外の景色が丸見えになっている。開放的なのはいいが、時速1000km以上の速度で走るリニアがこれではいけない。

 

 どうやらここからは外を歩かなければならないようだ。おそらくここから攻撃が始まったようだ。外に出る前にまずは、まじまじと壊れた壁を調べてみる。

 

 「この感じ、外からじゃなくて、中から破壊されたって感じだな。」

 

 壁は内から外に向けて、開くようにひしゃげている。床もところどころ焦げているように見えるし、外の線路までもが破壊されているようだった。爆発でもあったんだろうか?

 

 「爆破テロかな?」

 

 そういえばゲームもそんな感じに始まっていた。偶然乗り合わせていた新聞記者のジミー、テロに参加していたテロリストのザインと科学者のマウザー、解決のために派遣された軍人のレイチェル、それぞれの行動が重なり合う・・・というのがストーリー。

 

 そんな作中のストーリーに沿ったのが世界なんじゃないのか。となればやはりラスボスを倒してクリアするのが正解か・・・。推測が確証に変わっていく。



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第122話

 宇宙行く列車にカサの忘れ物ってなんだ。


 ドアの近くに非常用の懐中電灯があったので、それを拝借して外に出てみることとした。が、ゼバブの性質上、というかゲームシステムの都合上、あまり光には頼りたくない。

 

 「光を点けっ放ししてると、成虫が寄ってくる・・・羽音が聞こえたら切る、と。」

 

 普通ホラゲーなら光のある場所は安全地帯だが、このゲームでは光に敵が寄ってくる。ホラゲーなら音を小さくしてプレイしたいところだが、小さくすると敵の接近に気づけなくなる。視覚、聴覚を研ぎ澄ませて挑まなければならない。

 

 なお光もそうだが、温度・体温にも気を付けなければならない。体温を下げればEADの作用を抑えられるが体力を消耗する。アルコールを摂取すれば同じくEADを抑えられるが、代わりに視界がボヤける・・・といった具合に取捨選択を迫られる、いいゲームなのだ。画面越しにプレイする分には。

 

 「・・・行くしかないか。」

 

 そこを歩くという恐怖。ライトをつけている時間を最小限にとどめるため、先の方を一旦確認する。照らしている分には、怪しいものの姿はない。さすがリニアレールの非常用ライトというだけあってその光は非常に強いが、今はその強さが恨めしい。

 

 壊れた壁から足を踏み出すと、コツンッと硬いコンクリートの感触が返ってくる。蒸し暑く死臭漂う密閉空間からやっと解放されたというのに、嬉しさはない。

 

 地面に穴は開いていないようだが、万が一足を踏み外せばそこでゲームオーバーだ。足元には細心の注意を払いつつ歩み始める。

 

 線路上にはところどころに外灯はあるが、数は少ない。もとより期待はしていなかったが、懐中電灯は消して進んでいても支障はない程度の明かりを供給してくれている。

 

 「うっ、あれはもしかして・・・。」

 

 そんな安心も束の間、先に見える外灯に何かが群がっている。近づきたくないが、道はこっちしかない。

 

 近づいてみると、それは光に群がる虫の大群のようだった。一匹一匹は先に見たハエ、ゼバブのようだが、夥しい数が飛び回っている。まるで壊れたラジオがノイズを発し続けているかのような、大音量の不快音を放っている。

 

 夏の前の道端に、蚊柱が発生していることがあるが、あれを数万倍不快で危険にしたようなものだと考えれば、その嫌さがお分かりいただけるだろう。あれ一匹一匹がEADのキャリアである。ゲーム上でもあれは敵というよりは障害物、壁のような物だ。突破するにはアイテムが必要になる。

 

 「・・・取りに戻るか。」

 

 必要なアイテムを探しに戻るしかない。なに、探せばあるだろう。



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第123話

 使えそうなもの、目ぼしいものはあらかたポケットに入れていたはずだが、あの虫の壁を突破するに必要なものは手に入れていなかった。こういうのを探しに右往左往するのがゲームの醍醐味だ。再三言うが、巻き込まれている遊馬にとってはちっとも面白いことはないが。

 

 「ライターライター・・・マッチでもいい。出来れば発煙筒。」

 「らぴ?」

 「話し相手がいてくれて嬉しいよ。」

 

 日本語が話せる相手だったらなおよかったが。とにかく相槌を打ってくれるラッピーの存在がありがたい。

 

 ともかく、この状況を打破するには火が必要なのだ。ゼバブは光に反応するが、それは火の光に対しても同じ。フラフラと自分から火に飛び込んで、勝手に焼け死んでくれる。飛んで火にいる夏の虫とはこのことだ。

 

 キャラクターによっては最初から火種を持っていたりするのだけれど、生憎遊馬は喫煙者ではない。それでも火炎瓶をクラフトする程度の知性は持っているが・・・まあとにかく、ライターが必要だ。

 

 しかしまあ、世間は禁煙ムード真っ最中。売店ではタバコもライターも売っていなかった。最悪摩擦力で火おこしをする必要が出てくるが、火が必要になるたびにシコシコ擦っているようでは文明人とは言えない。

 

 「・・・ちょっと戻って、荷物を漁るしかないか。」

 

 二重に気が引けることをするつもりだ。探していないところといえば、グリーン車のニ階部分だ。グリーン車にならアイテムがいっぱい落ちていることだろう。

 

 しかし、ニ階を歩くというところは筆舌に尽くしがたいことだ。原作ゲームでもニ階部分では最初のボス戦があり、大抵有効な武器が無いので走り抜けるしか対処法がないのだ。

 

 「ライターよりも先にショットガンを見つけないとな。」

 

 ショットガン、そうでなくとも最低でもスレッジハンマーが無ければ倒すのは難しい。アメリカの消火栓には斧が置いてあるらしいが、そんなものはここにはない。緊急時に窓を割るためのハンマーならあるかもしれないが、それを武器とするのは心もとない。

 

 しかしそんな都合のいいものが見つかるはずもなく、遊馬はニ階への階段の前まで来てしまった。

 

 「ええい、こうなればさっさと見つけて、さっさと撤収するぞ!」

 

 足踏みしていたって仕方がない。勇んで階段をのぼると、ゆっくりとドアを開けて中の様子を覗う。

 

 中は下の階と大差ないほどに血みどろだった。床をよく見ると、何かが這ったような跡もある。おそらくマゴーが動き回ったのだろう。避けられぬ戦いの予感に武者震いがしてくる。



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第124話

 「うらっ!」

 

 手に伝わってくる嫌な感触も、そろそろ嗅覚と共にマヒしてきたところで、11号車の制圧が完了した。今のところ遊馬の手に余るような強敵は出てきていないし、傘が折れる心配もまだなさそうだが、こんな貧相な鉄の棒とは別な武器がそろそろ欲しい。

 

 「リーチがあって、頑丈さと威力もいいもの・・・となるとやっぱ鉄パイプとかなのかな。」

 

 街中なら壊れた壁から剥がして使えたりするんだけど。壊れた手すりとかは今のところみあたらない。

 

 特にリーチは重要だ。相手の攻撃が届かないところから、一方的に殴れるというのはそれだけでお得。もっとも、物干し竿ほどの長さがあってもこの閉所では邪魔にしかならないが、

 

 やっぱり銃が欲しい。普通の拳銃でも十二分に強いが、モンドのレーザーキャノンなら2週目以降の隠し武器レベルのチートさだ。一旦返してしまったことが本当に悔やまれる。

 

 「火、火、火・・・ないなぁ・・・。」

 

 さて、敵を排除したことで安全に捜索が出来るようになり、鼻歌まじりに遊馬はそこらの荷物をひっくり返し始めた。はたから見れば完全に火事場泥棒だろう。

 

 「おっ、ミッケ!」

 

 そうして十数個のカバンを漁って、ようやくライターを見つけた。一般的なオイルライターのようだ。オイルが残っているのか試しに擦ってみて・・・。

 

 「いやアブナイアブナイ。ガスが充満してるんだった。」

 

 分解された死体から、メタンガスのような可燃性ガスが発生している恐れがある。こんなところで着火すれば、たちまち引火して火だるまになっていただろう。確認するなら外でも出来るし、それにそもそもこんなちっちゃなライター一個じゃ、まだ全然火力が足りない。

 

 「火炎瓶か何かをクラフトするか。」

 

 幸いなことにアルコールならある。酒は飲めなくともこういう使い方もある。アルコールを詰めたビンに、布や新聞紙で燃える芯をつけるだけなら、大した知識が無くても出来る。

 

 「あっ、しまった・・・ちょっとこぼれちゃった。」

 

 こういうのもゲームなら一瞬で出来てしまうが、四苦八苦しながらなんとか作る。とりあえず3本出来た。出来具合もまちまちで、投げた時に上手く炎上してくれるといいが。

 

 さて、作ったはいいがこれをリュックに入れる気にはならないな。背中で火事になったらかちかち山の騒ぎではない。ぬいぐるみのラッピーも灰になることだろう。

 

 「らぴ!?」

 

 あんまりラッピーをイジメるのもよくないな。本当にかちかち山のように逆襲でもされたらかなわん。



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第125話

 さて、ひとまず第一目標はクリアできた。このままさっさと戻って、先のロケーションを目指すのもよし、それとももう少し探索を続けるもよし。

 

 本当にゲームを楽しむだけなら、探索した方が色々と実りはあるだろう。が、これ以上闇雲に危険の中にいたくない。さっさと先を進んでクリアしたい。さりとて、まだキーアイテムが残ってたりすると結局二度手間で戻ってくる必要もあるな・・・と思案していた。

 

 「うっ、揺れた!」

 

 突然、地鳴りのような破砕音が遠くで聞こえてきた。どこかに敵がポップしたのか・・・これはかなわん、さっさと離れた方がいいかも。

 

 『キャアアアアアアアア!!』

 

 「らぴっ!」

 

 その悲鳴を聞きつけるのが早いか、ラッピーはリュックから飛び出て駆け出して行った。そんなにかちかち山が嫌だったのか。

 

 などと冗談言っている場合ではない。誰か生存者がいるようだ。どこもひどい状況で、そんなものがいるとは思いもしなかったが・・・。

 

 そうこうしているうちに、ラッピーはドアを蹴破って隣の車両に行ってしまった。急いで遊馬もその後を追う。

 

 「こ、こいつは・・・やはりゲーム通りの!」

 

 その先で出くわしたのは、八本足で壁や床を這いまわるクモ。だがその大きさは、世界最大のクモであるタランチュラなどと比較にならないほど大きい。人の腰ほどの高さがある。ゼバブがクモのDNAを取り込んで進化した『アラニア・ゼバブ』、序盤のボスである。

 

 そのアラニアが向かう先には、飛び出していったラッピーと、そのラッピーが守るように前に立っている腰を抜かしたようにへたり込んでいる金髪の女の子。

 

 じりじりと近づいていくアラニアは、後ろにいる遊馬には気づいていないようだった。天井に穴が開いていることから、さっきの音の源もこいつだろう。そして穴が開いているということは、ガスに引火する心配もないということ。

 

 「なら、さっそく火炎瓶を一本使ってみるか。」

 

 出し惜しみはしない。アラニアは、毒の棘毛を飛ばして攻撃してくる。真っ向から立ち向かうのは避けたい。

 

 「それっ!」

 

 割れたビンから漏れ出したアルコールを浴びて、さらに引火する。突然自分の体に熱を感じたアラニアは、しばし苦しむようにもがく。

 

 「やったか?」

 

 だがその巨体を焼き切るには、いささか火力が足りなかったようだ。煙を上げながらもアラニアは立ち直り、攻撃の主である遊馬に向き直る。

 

 「くそっ!逃げるか?」

 

 そう考える暇もなく、腐った死体に火が燃え移り、やがて列車のシートや床も燃え始める。ちょっと考えが足りなかったか。

 

 「らぴ!らぴぃ!」

 

 っと、ラッピーも火を警戒する。どうやらかちかち山の話を恐れているらしい。ウサギなのだから、自分が火をつける側なのに。

 

 「ラッピー!お前はその子を守れよ!」

 「らぴ・・・らぴ!」

 

 遊馬もラッピーも、おびえている暇はない。このクモの化け物に殺されたくなければ、火で燃えたくなければ、倒して逃げるしかないのだ。



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第126話

 ぞわぞわと、アラニアは遊馬の方へと向かってくる。糸は出してこないはずだが、あの牙に噛まれると非常に痛い。近接武器しかもっていない内は正面から戦えない。

 

 「なにか他の武器は落ちてないかな?」

 

 ゲームのアラニア戦は、初のボス戦であると同時に銃を手に入れるイベントでもある。銃を見つけて拾ったところで、ズドンと落ちてくる、といった具合だ。

 

 「おっ!」

 

 と思って床をよく見たらあった。黒くて四角っぽい、拳銃のバレルが座席の影から見えている。ただし、アラニアを挟んで向こう側に。ちっと内心で舌打ちしたが、すぐに打開策は思い浮かぶ。

 

 「ラッピー!それ蹴ってこっち寄越して!」

 「らぴ?らぴ!」

 

 ラッピーはすぐに理解してくれた。ボンッと重い音と共に、影が弧を描いて遊馬の元へと舞い降りる。

 

 けど、その影はなんだか様子がおかしく見えた。拳銃にしてはやけに大きい。まるでストックでも付いているかのようなそれは、グリップ部分を中心に、回転しながら飛んでくる。

 

 「って、手ぇえええ!!??」

 

 元の持ち主はよほど強く握りしめていたのだろう。死んでも手を離さないとは恐れ入った。キャッチしてそのことに気づいた遊馬は、驚いて手が滑った。

 

 「ひぇっ・・・気持ち悪い・・・。」

 

 などと驚いている間にも、アラニアはモゾモゾと近づいてくる。

 

 だがこんなことでまごついている暇はない。銃から指を引きはがすと、代わりに遊馬がグリップを握る。

 

 勿論遊馬は実銃を使ったことはないが、ゲームのデモムービーでどうすれば弾が出るかは見たことがある。安全装置を外して、スライドを引いて、トリガーを引く。

 

 ズドン!と重い衝撃が手に走る。しかし弾は明後日の方向に飛んで行った。予想以上の反動に、手が反れてしまったのだった。

 

 「落ち着け・・・落ち着け・・・。」

 「らぴ!らぴ!」

 

 見れば、ラッピーが燃えた破片などを蹴り飛ばして攻撃していた。再びアラニアの体に火がつく。どうやらラッピーの方がよっぽど肝が据わっているようだ。

 

 その姿に勇気をもらった。遊馬は拳銃をしっかり両手で握ると、アラニアの姿を中央に捉える。そうだ、実銃ではないが、レベリオンに乗って撃ったことはある。あの経験を生かす時だ。

 

 アラニアの気は、今度はラッピーに向いている。その大きな腹・・・というか尻を撃ち抜く。

 

 「やった!」

 

 傷口から気色の悪い体液が噴出させて、アラニアはうめくように身をよじる。ただ痛がっているだけではない。繊毛のような棘毛を飛ばしてきているのだ。

 

 「うわっ!」

 

 銃を構えていた遊馬は、反応が一瞬遅れて棘毛を浴びてしまった。とっさに顔を庇ったことで目には入らなかったが、手に棘が突き刺さる。

 

 「痛ぇ・・・。」

 

 すぐに傷が赤く腫れはじめた。EADの毒素ではないだろうが、ヒリヒリと痛む。

 

 「この!おっ死ねおっ死ね!!」

 

 バンバンバン!とトリガーを連続で引くが、3発撃ったところでスライドが引かれたまま戻らなくなり、トリガーを引いても弾が出なくなった。

 

 くそっ、もう傘しか武器が無い。それとも、どこかそのあたりに落ちているであろう弾を探すか・・・。

 

 逃げるという選択肢はない。未だにラッピーの守っている女の子は、腰を抜かしたままだし、置いていくわけにもいかない。

 

 「火炎瓶、もう一本使ってしまうか。」

 

 出し惜しみはしない、そう考えたはずだ。もう一本ビンを取り出すと、とびかかってくるアラニアの頭にぶつける。

 

 ボッ!と勢いよく燃え上がると、しばらくして大蜘蛛は動かなくなる。

 

 「やれやれ・・・やっと終わったか・・・おっと。」

 

 ようやく最初のボスは倒れた。だが併発した火災はまだ終わらない。この炎に呼び寄せられて、またゼバブが来るかもしれない。はやいところトンズラを決め込もう。

 

 「さ、立てる?」

 「は、はい・・・。」

 「らっぴ・・・。」

 「ここはもう危ない、逃げよう。」

 

 女の子の手を引いて、来た道を引き返す。



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第127話

 やがて、遊馬は先ほど休憩した売店へと戻ってきた。

 

 「ここまで来れば、大丈夫。」

 「はい・・・あの、ありがとうございます。」

 「らぴ!」

 「ウサギさんも、ありがとう。」

 

 火災はスプリンクラーによって無事に消火されたようだ。だが天井に穴が開いて、火も消えたとなるとあそこもまた危険地帯になるだろう。

 

 「えっと、僕は遊馬。君の名前は?」

 「アシュリー、『アシュリー・バーンウッド』。」

 「らぴ!」

 「こっちはラッピー。体はぬいぐるみだけど、中身は魔法のウサギなんだ。」

 「魔法?」

 「まあ、信じるかどうかは別として。」

 「らぴっ!」 

 

 とりあえず、このぬいぐるみは電池で動いてるわけではないということは理解してくれた。

 

 それにしても、この見た目でアシュリー、ということは・・・。

 

 「アシュリーは、一人で乗っていたのかな?」

 「はい・・・。」

 

 年はまだ10歳ぐらいだろう、こんな小さな女の子が一人で列車に乗っているなんて、なにかのっぴきならない理由があるに違いない。あまり聞くのも野暮というものだし、それ以上の詮索はしないが。

 

 というか、例によって遊馬にはこの子に心当たりがある。

 

 (この子、デッドソイルの登場人物だ。)

 

 登場人物、というか立ち位置はメインヒロインに近しい。4人の主人公はアシュリーに出会い、そのそれぞれのエンディングでアシュリーは別々な顛末を迎える。共に脱出して、普通の女の子として暮らすようになったり、あるいは研究所送りになったり・・・。

 

 また、そのそれぞれのエンディングで、別々の真相が発覚する。その中で特筆すべきことは、この子には体内にはEADの活動を抑制する抗体があるということだ。そのおかげで最初のバイオハザードの中、唯一の生存者として生き残ることが出来たのだ。

 

 (という事は、僕が主人公としてこの子を守るのが目的になるのかな?)

 

 座ってジュースを飲むアシュリーの周りをラッピーがピョンピョンと跳ね回ってはしゃぐ。自然とアシュリーも笑みを浮かべている。とても可憐な、将来美人になるだろうという上品な笑い方だ。言葉遣いといい、育ちがいいのだろう。

 

 「そのラッピー、今はアシュリーに預けておこうかな。」

 「いいんですか?」

 「うん、ラッピーもキミが気に入ったみたいだからね。きっとキミを助けてくれるだろう。」 

 「ありがとう・・・えへ、ラッピー。」

 「らぴっ!」

 

 遊馬は守られている側から、守る側に移る時が来た。それはゲームの目標としてではなく、一人の人間としての意志だ。

 

 今度こそ、全力でプレイするのだ。この現実というゲームを。



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第128話

 「アシュリー、もう歩けるかな?」

 「はい、もう大丈夫です。」

 「らぴ。」

 「うん、平気だよ。」

 「そっか、辛かったら言うんだよ。」

 

 子供の扱いを知らない遊馬は、ちょっとおっかなびっくり、手探り感覚でアシュリーと会話する。実際ラッピーを預けたのも、ラッピーに子守りをさせようという魂胆があるからだ。

 

 「まずは、後部車両を目指そうか。途中危険なところも通るから、絶対に離れないで。」

 「はい。」

 「弾とかアイテムも見つかるといいけど。」

 

 消毒液替わりのお酒と、包帯代わりに千切ったカーテンでクラフトした救急キットで応急処置を施した腕を支えながら、頭は先の事を考える。

 

 「らぴ!」

 「ラッピーを抱えておくといい。すぐどっか行っちゃうからね。」

 「そうなんですか、ラッピー、おいで?」

 「らぴっ!」

 「うふふ、よろしくね。」

 

 とにかく、今はアシュリーを守りつつ進むしかない。ただ、武器が貧弱な遊馬よりも、勇敢なラッピーのほうが頼りになりそうだけど。

 

 「ねえ、アシュリーは他の人には会わなかったの?」

 「ううん、誰にも。」

 

 そうだ、原作ゲームとこの現実とではシチュエーションが違い過ぎる。他の主人公たちはどうなってるんだ?遊馬は原作の4エンディングともすべてクリアしているはずなのだが・・・。

 

 (なにか忘れてるんだろうか、僕は。)

 

 そのエンディングがどれもこれも、誰かが犠牲になるか、根本的な解決になっていない鬱エンディングばかりで、4つクリアした時点で辞めてしまった。

 

 ハードモードとか、難易度の高い周回要素もあったりしたのだが、その頃は前々から待ち望んでいたラッピーの新作が出るまでのつなぎとしてしかデッドソイルはプレイしていなかった。

 

 今にしてみればゲーマーの名折れだった。隅々までしゃぶりつくすほどにプレイしなければ、ゲーマーとは言えないだろう。ラッピーは大変に楽しんだが。

 

 「ひょっとして、幻の五週目があったんだろうか。」

 

 表の全ルートクリアしたら、隠しルートが現れるというのはお約束だ。第5のルート、真エンディングのルートがあったのかもしれない。普段は攻略サイトも覗かずに、自力でクリアするのが信条だが、せめて見ておけばよかったと内心後悔する。

 

 これは、遊馬への試練であり罰なのか?全クリしなかったことへの罰であり、今からクリアしてみせろという試練。デッドソイルにも、ダークリリィ同様に続編を願う神さまがいるのかな?

 

 (救いのないエンディングに、続編を願う声、ありえない話ではないのかもしれない。)



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第129話

 「ちょっと離れてて。」

 「はい。」

 

 難なく先ほどの虫壁のところまで戻ってきた一行。さっそく遊馬は火炎瓶に火をつける。

 

 「これでうまくいってくれるといいが、それっ!」

 

 勢いよく投げ飛ばされ、宙を舞う瓶は火の弧を描く。勢いよく地面に叩きつけられたガラスが、中身のアルコールを蟲の大群のなかでぶちまけると、あっという間に引火して火柱を上げる。

 

 ブンブンと羽虫が炎にまかれて落ちていく。火が自然と消える頃には、あれだけいたゼバブの大群も消え失せていた。

 

 「よし、進もう。」

 

 アシュリーの手を引いて暗闇の道を進む。途中明かりを少しだけ着けて足元に注意を払ったり、気配を感じるとすぐに消して息をひそめること数分、ようやく乗り込めそうな車両に到達した。

 

 「ドアコックはどこかな?これか。」

 

 非常用のドアの開閉機を捻ると、空気が抜けるような音とともにドアが開いた。塞がれてはいなかったようだ。14号車のようだ。 

 

 「もう少しで16号車、最後尾・・・。」

 

 ここからはまた列車内を歩くことになる。どうやらここは比較的綺麗なようだ。錆も肉もなく、歩きやすい。 

 

 「アシュリー、疲れてない?」

 「大丈夫、です。」

 

 子供にはショッキングなものも見てきているはずなのに、中々にタフだこの子は。原作でも元からそういうところはあるが・・・。

 

 ここから先は危険は少なそうだし、頭の中で少し情報を整理してみよう。

 

 デッドソイルは4人の主人公が同じ時間、違う場所で活動している群像劇のシナリオ形態をしている。ある1人が先頭車両でブレーキをかけた時、ある1人は屋根の上にいて停止を確認する、と言った具合に。

 

 そしてそれぞれの主人公が、アシュリーと出会う時系列も異なる。順番的には①テロリストの一味のザイン、②テロリストに着いてきた科学者のマウザー、③たまたま乗り合わせた新聞記者のジミー、④事態の鎮圧のためにきた軍人のレイチェル、という具合だ。

 

 時系列に当てはめると、今は③のあたりになる。しかし、アシュリーは今まで『誰にも会わなかった』と言っていた。ということは、やはりゲーム通りの展開ではないと考えるべきだろう。

 

 あるいは、遊馬が第5の主人公として扱われているのか。しかしゲームの知識が半端にしか通じなくて、戦闘も綱渡り、今の遊馬はあまりにも中途半端だ。もっと強くならなければならない。

 

 「くっそぉ、ゲームPODさえ通じれば最強になれるのに・・・。」

 

 あれさえあれば、少なくともゲームを数度周回しただけの戦力は得られる。しかしそれが欲しい場所を通って、使えるようにしにいくとはなんとも歯がゆい話だ。

 

 まあ、最初から最強装備の手に入るゲームなんぞ面白くない。ほどほどの緊張感を得るんだと考えて進もう。



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第130話

 「ここも・・・綺麗だな。」

 

 心機一転してやる気満々の遊馬の意志に反して、15号車もまた平和だった。肩透かしを喰らったが、これはこれでいい。ゲーム的にはアイテムが落ちてる場所だろう。

 

 「よし、休憩がてらちょっと探索していこうか。」

 「らぴ!」

 

 アシュリーとラッピーには見張りとし称して少し座っていてもらう。短い距離だが、アシュリーはとくに疲れていることだろう。売店で失敬していたジュースを与えて、遊馬はそこらのカバンを漁る。

 

 しかし、無言でいるのも間が持たない。何かを話そうか、と思っても子供の好きな物なんか知らない。

 

 「えーっと、アシュリーはどうして一人で列車に乗っていたのかな?」

 「・・・叔母さんの家に行くところでした。」

 

 うん、知ってる。ゲームで見たから。それにあまり明るい話題でもなかった。話が続かない。

 

 「らぴ!らぴ!」

 「そうだ、好きな動物はいる?」

 「ウサギ!」

 「らっぴぴ!」

 「ふふふ、ラッピーのことも好きだよ?」

 

 どうやらいたくラッピーのことが気に入ったらしい。ぬいぐるみを抱き上げる姿は、まさに年相応・・・いや、年齢より少し幼く見えるかもしれない。

 

 「ラッピーがそんなに気に入った?」

 「うん!じゃなくて、はい!」

 「もっと普通に、子供らしくしてくれていいんだけど・・・。」

 「え、あ、はい・・・叔母さんの家では、礼儀正しくしてないといけないから・・・。」

 

 『他人』行儀でいなければならないなら、それは家族ではないと思うが。

 

 「私、パパもママも死んじゃって、それで叔母さんの家に引き取られるところだったの・・・。」

 「・・・その叔母さんの家って、どこ?」

 「日本。」

 「え?スコットランドじゃないの?」

 「?違うよ。」

 

 原作ではスコットランド行きだったのだが。原作は北欧の列車が舞台で・・・やはりところどころ違うのか。

 

 ともあれ、意気消沈しているわけではなさそうで安心した。生きる気力を失った人間のお守りは御免だ。

 

 (そういえば、僕もほんの数週間前まではそんな人間だったか。)

 

 学校に馴染めず、引きこもりになってしまった『以前』の自分。ゲームに熱中し続けて、いっそゲームの世界に入ってしまいたいと思っていたっけ・・・。

 

 「だからって、こんな世界はないよなー・・・。」

 「?」

 「なんでもない。あっ、銃みっけ。」

 

 大きなカバンのひとつから、金属製のガンケースを見つけた。ほくほくと開けてみるが、残念なことに銃そのものは入っていなかった。

 

 「けど弾はあるか、よしよし・・・。」

 

 幸運なことに、銃弾の口径は合うらしい。空になった弾倉に一発ずつ詰め込んでいく。馴れない手つきで数分の作業を終える。使わずに済めばそれが一番なのだが。

 

 「よし、もう行けるかな?」

 「うん。」

 「もうちょっと先のところで、助けを呼べるはずだから・・・それから、どうしようかな。」

 「らぴ!」

 「そうだな、一緒に行こうか。多分叔母さんの家よりは楽しいよ。」

 「・・・誘拐?」

 「違う。まあそうなるけど、違う。」



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第131話

 「あーあ、こんなに綺麗で何もないぐらいならショットガンでも落ちてればいいのに。」

 

 さすがに剥き身の銃が落ちているはずはない、が。趣味がクレー射撃の乗客がショットガンを持っている可能性だった無いことはないだろう?あるいは娘の誕生日のプレゼントにショットガンをプレゼントする父親がいてもいい。

 

 ゾンビもの・・・正確にはこれはゾンビではないのかもしれないが、ともかくホラーゲームにはショットガンがつきものだ。大抵のクリーチャーは頭を吹き飛ばせば死ぬし、散弾なら攻撃範囲が広くて狙いがつけやすい。

 

 銃社会ではない日本でも、クレー射撃や狩猟に使われている。ゾンビパニックが起こったら山の方へ行くといいだろう。

 

 などと、バカなことを考えていないで先を急ぐ。15号車にも敵の姿はない。安心安全ではあるが、こうも歯ごたえがないのはそれはそれで寂しい。

 

 まあ、安心させたところで窓をガシャーンと割って侵入してくることもあるが。

 

 「わあ、出た!」

 「やっぱりな。」

 

 窓ではなく天井からだったが。再び現れた、八本足の怪物、アラニア・ゼバブだ。最初のボスがさっそくザコとして出てきた。

 

 「アシュリー、下がってな。」

 「う、うん。」

 「今度はかっこつけさせてもらうよ。」

 

 だが今は遊馬の敵ではない。拳銃弾も十分に補充できたので、遠距離からペシペシ撃ちまくれば余裕で倒せる。

 

 「眼は柔らかそうだな・・・。」

 

 顔や体に風穴を順番に開けられていき、アラニアは動かなくなる。

 

 「けど、6発も使ってしまったな。まともに戦ってちゃ割に合わないぞ。」

 

 弾倉の半分ほどを消費してごちる。替えの弾倉も無いのでまた弾を詰めなおす必要もあるが、それ以上に消費の激しさに頭を悩まされる。ただでさえゲームよりも手に入らないというのに・・・。

 

 というか、ゲームでも不必要な戦闘は避けて、敵はスルーすることを推奨されている。敵の硬さや数はそのままに、武器だけ入手しずらいというのは、なんともハードモードだ。

 

 (せめてコンパニオンを連れていなければスルーもしやすいのだけれど。)

 

 護衛をするからには、敵を排除する必要がある。そうでなくとも敵とは出来る限り倒しておきたいもの。敵を倒すために探索をして、探索のために敵を倒して・・・。このサイクルにはキリがない。

 

 「アスマ、これ。」

 「ん?おお、サンキュ。」

 

 と、思っていたらアシュリーがどこからか黒い箱を持ってきてくれた。先ほど見た、拳銃弾の箱だ。

 

 「これ、どこにあった?」

 「椅子の下に落ちてた。」

 「そうか・・・アシュリーにしか見えないものもあるのかも。」

 

 そういえば、原作にもこういうシーンがあったか。案外忘れているものだ。ともあれ、助かった。ゲームの仕様上、この世界ではない虚無から取ってきてくれるのなら、弾の問題は解決するだろう。

 

 「他にも何かあったら、見つけてきてくれたら助かる。」

 「わかった。」

 

 その姿のなんとも甲斐甲斐しいことか、つい自然と手がその頭に動いていた。

 

 「えへへ・・・。」

 (かわいい。)

 

 守らねば。子供とはかくも可愛くあるものか。可愛いものに庇護欲が湧くのも、生物としての本能のひとつだという。だとすれば、それはよくできたシステムだと言わざるを得ない。

 

 まあ何が言いたいかというと、ホラーゲームのヒロインって可愛い子多いよねって言う。



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第132話

 「アスマ、これ。」

 「うん、サンキュー。」

 

 「これ、使える?」

 「うん、サンキュー。」

 

 「アスマ、これ。」

 「うん、サンキュー。」

 

 アイテムを拾ってきてくれるのは助かるが、本当にどこから拾ってきているのだろうか。もうポケットもリュックも弾でいっぱいになってしまった。

 

 (なんか、ボールをとってくる犬みたいだな。)

 

 けどひとつ持ってきてくれるたびにこっちもアシュリーの頭を撫でることができる。それがアシュリーも嬉しいのかまた張り切ってアイテムを探してくるので以下無限ループだ。

 

 さて、そうこうしている間にも16号車をクリアして、後部操縦席にまでやってきた。こちらもやはりカギがかかっていた。

 

 「ラッピー、出番だ。」

 「らぴっ!」

 「うわぁ。」

 

 ショットガンはなくともマスターキーならある。ラッピーのキックならどんな敵だって月まで吹っ飛ぶ。障害物だって何のその。

 

 「さーて、こっちの機械は動いているかな・・・。」

 「らぴぴ?」

 

 多分電源であろう大きなスイッチを入れると、操縦席のランプに光が灯る。

 

 「来た来た、次は無線機か何かで救援を呼ぶか・・・。」

 

 はてさて、どうしたやったものか。おそらく無線らしい機械はあるが・・・やはりトビーがいてくれればなぁと思う。

 

 「おっ、そうだゲームPODは?」

 

 ふと思い出してゲームPODネクスを取り出して起動するが、相変わらず画面には何も映らない。

 

 「アスマ、それなに?」

 「んー、ゲームPOD。本当はゲーム機なんだけど、これで仲間と連絡がとれたんだ。今は真っ暗だけど。」

 「ふーん、真っ暗?」

 「真っ暗だろう?」

 「うーん、そうだね。」

 

 ひとまずアシュリーにゲームPODを預けて、遊馬は無線機をいじる。発信は出来ているようだが、SOSはどの周波数なのか・・・。

 

 「その辺にマニュアルとか落ちてない?」

 「うーん、これ?」

 「それかな?」

 

 座席の下からそれらしいものをアシュリーが引っ張り出してきた。受け取った遊馬はしばし読みふけると、スイッチをいじりはじめた。

 

 「マニュアル運転がこれで・・・オートがこうか。ふんふん、今は緊急停止中なのか。」

 「動かせるの?」

 「どうだろう、大分破壊されてたからなぁ。」

 

 リニアレールは、列車全体が一つの弾丸のようなもの。電流さえ流せればまた動き出せるが・・・壁が破壊されているせいで、電流がうまく流れてくれないかもしれない。

 

 というか、周囲の状況も見えていないのに動かすのは危険だろう。列車を動かすのはナシだ。列車シミュレーターゲームも好きだが、今回はおあずけだ。

 

 「えーっと、前照灯は・・・これか。」

 

 ともあれ、まずは明るくしないことには外の様子もうかがえない。スイッチを入れると、パッと操縦席の前が明るくなる。

 

 「うっ!?」

 

 果たしてその先には『何もなかった』。そのっことが異常であった。

 

 「線路が・・・。」

 「消えてる・・・。」

 

 海上に建設された橋は、綺麗にハサミで切り取られたかのようにぷっつりと途切れていた。波のない海がその向こうからのぞき込んできている。



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第133話

 「・・・ひょっとして、ここもゲーム世界と同じく切り離された世界なのかな?」

 「ゲーム?」

 「ううん、こっちの話。」

 

 衝撃を受けて間もなく、すぐに立ち直った遊馬はまた考えをめぐらす。アシュリーが頭にハテナマークを浮かべているが、それに構わずぶつぶつと独り言をつづる。

 

 まるでここの周辺だけがくりぬかれたかのように架線橋がポツンと浮かんでおり、辺りには何も見えない。前照灯の向きを変えて照らしてみても島影や、波の一つも見えない。あるのは月明りだけ。

 

 「月・・・そうだ、月は?」

 「らぴ?」

 

 現実の月は、ラッピーのゲームの影響でおいしそうなスポンジケーキに変わっていたはず。それが今は、ドクロのような模様の浮かぶ武骨な月に戻っている。やはり、この世界は現実じゃない。

 

 世界から孤立しているどころか、文字通り切り離されてしまっている。自分たちが今どこにいるのかすらわからないほどに、次元の海を漂流しているのだ。

 

 また、海を泳ぐのも危険だろう。何が潜んでいるか分かったものじゃないし、子供一人を背負ったまま泳ぐなんて芸当はインドア派の遊馬には荷が勝ちすぎる。そうでなくとも落ちたら死ぬと考えていいだろう。

 

 ちょっと立ち返って考えてみよう。今この状況には、ゲームの要素と現実の要素がまじりあっている。そしてここは現実でも、ゲームの世界でもないどっちつかずの場所だ。

 

 そしてこの世界に死体こそあるが、死体はヒトではなくモノだ。つまり生きている人間は遊馬以外に一人もいない。アシュリーはゲームの登場人物だし。

 

 (ステージだけを作って、そこにオブジェクトやキャラクターを配置したってことか?)

 

 そこへ遊馬という駒を置いた。そう考えた方が腑に落ちる。遊馬もいつの間にかこの世界に寝落ちしてきていた。まるでゲームのオープニングのように。

 

 「ってことは、やっぱり僕が主人公のゲームなんだなこれは。」

 「ゲーム??」

 「なんでもない。」

 

 やはりどうにかして、このゲームをクリアするしか脱出できる方法はないらしい。思考が二転三転したが、結局ここに戻ってきた。疲れてるのかな・・・。こういう時はコントローラーを一旦置いて、トイレに行ったり風呂に入ったりしたいところだが。

 

 というかマジで風呂に入りたい。この世界は清潔とは程遠すぎる。劇中のテロリストも清い世界を謳う環境テロリストだったけど、こんなに不潔で暗い世界を作る生物兵器が、そんな清い世界を作れるはずもない。

 

 事実、科学者のマウザーのエンディングでは、閉鎖空間からやっと脱出できた先では、ゼバブの大群が空を雲のように覆いつくし、すでに文明そのものの崩壊が始まっていたという、絶望的な終わり方を迎える。

 

 というか、遊馬がこの世界のクリアに下手な手を打ってしまえば、それがエンディングのリザルトとして現実に反映されるのでは・・・。

 

 「現実世界もバッドエンドにさせるわけには・・・。」

 

 そしておそらく、この勘は当たっている。原作が絶望的なゲームだっただけに、ありえない話ではない。どうやらこのゲーム、本当の本気で本腰を入れて挑まなければならないようだ。



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第134話

 とはいえ、原作のデッドソイルにはルート選択でエンディングが変わるというような形態ではない。違うのは使用キャラクターの違いぐらいだ。けど、それでバッドエンド直行というのは少々困る。

 

 別なゲームなら、例えばゲーム内でとった行動がエンディングに反映されるというのがままよくある話。特に、誰かキャラクターとの好感度という形であらわされることも多い。

 

 「ゲーム内のキャラクター・・・アシュリー?」

 「?」

 

 ラッピーと遊んでいたアシュリーに視線を注ぐと、きょとんとした眼で見つめ返してくる。

 

 つまり、アシュリーともっと仲良くしながら進むしかない。

 

 (子供と仲良くするって、どうしたらいいんだろうか。)

 

 それが遊馬にはわからない。まあ、その方法は追々考えるものとして。この先は何をして、どこへ行けばいいものか。

 

 「原作だと、列車をもう一度動かす方法を探すんだよな。たしか。」

 

 主人公によって行動がバラバラだが、フローチャートとしてはまず列車が再び動き出す順番だ。そのままではゼバブが人のいる市街地にまで拡がる恐れがあったために、また別の主人公が阻止する、と言った話だ。

 

 

 「あー・・・こんな激ムズゲー、攻略本も無しでクリアしろっての?」

 

 攻略に悩むのも好きな遊馬でも嫌になってくる。こういう頭を使うゲームは、ゆっくり頭を使いながら進めるものであって、体で死を常に身近に感じながらするものではない。VRが発展しても、ホラーゲームはやるまい。

 

 さて思考を戻そう。先頭車両のの操縦席は反応が無かった。壊れているのか、電源が入っていなかっただけなのかはわからないが、しかしこのリニアを動かしてしまっていいものだろうか。線路がぷっつりと途切れてしまっているし、このまま動かしたらそのまま海に転落するんじゃないのか。

 

 「いや、前方は確認してなかったな。あっちの方は道が続いていたのかも・・・。」

 

 それに、こっちの後方操縦席の電源を入れたことで、前方の電源も入ったかもしれない。もう一回確認に行くのも選択肢としてはアリだろう。

 

 というか、他に行けるロケーションが無い。そういう意味では悩む必要がないかもしれないが。

 

 「マップ数をケチって、行ったり来たりをさせるだけとか、とんだクソゲーだな。」

 

 原作のデッドソイルなら、食堂車や寝台車、個室などもある豪華列車だったからマップにもバリエーションがあった。しかしこのリニアには、普通車とグリーン車、線路上と操縦席に、あと売店か。多分背景のパターンは8bit機並みだ。ゲームの舞台とするにはあまりに狭すぎる。

 



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第135話

 「まあ、とにかく先頭車両に行ってみようか。アシュリー、ラッピー。」 「らぴ?」

 「行くの?」

 「うん、そうしないことには前に進めなさそうだからね。」

 

 再び弾倉に弾を詰めなおし、冒険に出る準備を進める。

 

 「アシュリーも来てくれるかい?ここに置いていくわけにはいかないし。」」

 「うん、私も行く。」

 

 特に文句も言わずについてきてくれるらしい。まあ、元から一人にするわけにはいかないんだけど。

 

 以前行動を共にした仲間、レイとは違って戦闘力は持たないが、アイテムを探してきてサポートしてくれる。まあ、レイの場合はロクな戦闘が無かった記憶があるが。

 

 レイの時も思ったが、どうにもこのコンパニオンをただのNPCだとは思えない。同じように感情がある、人間のように見える・・・いや、生きる世界が違うだけで、実際に生きているのだけれど。

 

 いや、そういえばレイが死んだときに決めたっけ。どんなゲームも全力でプレイすると。なら、やはりアシュリーのこともしっかり守らなければ。

 

 「よし、行こうか・・・。」

 

 思い出すと悲しくなってくる。無力な自分に泣いたこともあった。そして守られる側から守る側になるんだと思ったが・・・現実ではヘイヴンのみんなに助けられたり、レベリオンの操縦を覚えたが結局ダークリリィに助けられた。

 

 で、今は弾の補充にアシュリーの力を借りている。なかなか自立するのも難しいものだが、今は矢面に立つのが役目だろう。逆に言えばこの状況を自立して生きられてこそ、サバイバルゲームということか。

 

 「アシュリー、あんまり離れないでね。」

 「うん。」

 

 まずは16号車を通るが、一回通った道だと油断は出来ない。敵の急襲があるかもしれないし、折り返しとなると敵が再配置されている可能性もある。

 

 特に、マゴーの這いまわっていたグリーン車は成体ゼバブの出現が予測される。ポケットから溢れるほどに弾が潤沢にあれば対処は容易かもしれないが、それだけ弾が補充されたという事はつまり戦闘があるという予兆であって・・・まだまだ気が抜けないという事だ。

 

 「らぴ!」

 「外か?」

 「キャッ!?」

 

 窓の外に、何かがいる。その何かとは、羽虫という大きさではない。

 

 『キシャアアアア!』

 

 棘のようなものの生えた腕が窓の下から伸びて、ドンドンと叩いている。窓の高さからでは腕しか見えないのがまた幸いである。

 

 あれこそ、ヒトの遺伝子を取り込んで進化したゼバブ、『サピエン・ゼバブ』だ。ゾンビゲーで言うところのゾンビに当たる、メインクリーチャーと言えよう。

 

 「らぴらぴ!」

 「むっ、前か。」

 

 しばし窓の方を眺めていると、進行方向のドアも叩かれていることに気づいた。

 

 チュートリアルは終わり、いよいよ腹をくくる時が来た。ぐっと銃を握る手に力がこもる。



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第136話

 敵、サピエン・ゼバブは3体入ってきた。列車の通路に真っ直ぐ並んで、餌を求めてゆっくりと歩いてくる。

 

 「アシュリー、下がってて。」

 「うん!」

 

 歩く速度は遅いが、ふらふらと左右に揺れて頭を狙いにくい。落ち着いて銃を構えて、照星に重なった瞬間にトリガーを引く。

 

 『ブワァアアアア・・・』

 

 確かに当たった。頭の一部に穴が開き、そこから血液とは違う黒い液体が吹き出した。手応えは感じたが一発程度では倒れそうにない。

 

 「弾がもつか?」

 

 確かにポケットにはストックが有り余っているが、リロードするためにはまたマガジンに詰めなおさなければならない。戦闘中にそんな暇はない。つまり、何発も弾を持っていても、実質使えるのは弾倉に入っている12発だけ。こういうのゲームだったら一瞬でリロードも済むのに。

 

「こういうとこリアルでもあんまい面白くないな・・・。」

 

 3発、4発と続けてトリガーを引くと、ようやくサピエン・ゼバブの一体は倒れて動かなくなった。倒れてうごかなくなったゼバブは、グジュグジュの液体になって溶けていく。それを踏み越えて2体目のゼバブが迫る。

 

 (近づかれると、余計に照準がブレるじゃないか・・・。)

 

 一体倒すのに4発必要となると、外すことが出来ない。じりじりとにじり寄ってくるプレッシャーに気圧されて手元が狂いそうになる。

 

 死体から漂う異臭に鼻を覆いながら、息を整えて照準をつけなおす。

 

 (倒せた・・・けど。)

 

 5発撃ってしまった。乱数の問題で最少のダメージで倒せなかったのか?泣いても笑っても3体目がまだ残っている。

 

 「らぴ!」

 「・・・そうだな、気持ち悪がってる場合じゃないな。」

 

 残った3発を胴体に撃ち込むと、両手を座席の背もたれにつけて、飛び蹴りをお見舞いする。

 

 「おらっ!おっ死ね!おっ死ね!」

 

 倒れたゼバブを、傘で殴打する。もう敵は一体しか残っていなかったのだから、強気にだって行ける。

 

 「でりゃああああああああ!!」

 

 最後はその切っ先を胸に突き立てる。とんだバーサーカースタイルだが、人間もどきの化け物に立ち向かうには多少無謀な姿の方がちょうどよかった。

 

 ともあれ、この場は切り抜けられた。アシュリーと、名セコンドを見せてくれたラッピーを連れて先に進むとしよう。

 

 「よし、行くか。」

 

 嫌な液体にまみれた傘を引き抜き、軽く払う。ここまでやって折れないのは、ゲームの世界のものだからなのか、それともよほど高い傘だったのか。

 

 「・・・。」

 「アシュリー?」

 

 物陰からアシュリーが顔を出すが、ちょっと距離を置かれていないか?怖がられてしまったんだろうか。

 

 「アシュリー、大丈夫?」

 

 膝をついて目線を合わせながら語り掛けるが、アシュリーはふるふると首を振るだけで応えてくれない。

 

 「・・・怖い!」

 「あっ、待って!」

 

 遊馬が手を伸ばそうとすると、アシュリーは逃げるように走り去ってしまった。



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第137話

 一瞬のうちに、アシュリーは姿を消してしまった。ひどく怯えていたようだった。

 

 「えーっと、けど銃に弾が・・・。」

 

 いや、ラッピーが追いかけてるなら落ち着いていこうか。すぐに追いかけに行きたい気持ちは持ちろんあるが、その前に自分の安全を確保しなければならなくては。銃弾の箱を取り出して、また弾倉に一発ずつ詰めていく。

 

 一発一発、やつらを倒すことを考えながら込めていくが、せめてもう一つ弾倉が欲しい。せっかく自動拳銃は弾数が多いことが強みなのに、これではリボルバー以上にリロードに時間がかかる。

 

 ゲームの中でマガジンが無くて困ったことは無かったな。まあ弾の心配をしなくていいほど供給があるのはありがたいし、最悪近接でなんとかできる。戦闘のバランスは本来ならヌルめなんだろうか。

 

 まあ戦闘がやたら難しくても困る。いくら相手が生物が変異したミュータントだからって、所詮は火に弱い虫。デカくなろうが火に弱いことは変わらない。やりようによっては、スプレー缶とライターの即席火炎放射器でも倒せるようなやつらだ。ひとつ作っておくのもいいかもしれない。

 

 「よし・・・と。」

 

 安全装置をロックして、ズボンに突っ込む。そういえば、こんな修羅場にシャツのナードスタイルは似合わないな。メガネにも返り血のようなドロドロがついている。軍服や警官服でなくとも、せめてもうちょっと動きやすそうなアクティブな服だったら様になるだろうに。

 

 こういうゲームなら隠しコスチュームとかも定番だが、間違いなくこんな服はネタ装備だろう。ポケットはいっぱいついてるから、その点については困らないのだが。

 

 「まあ、おかげで足が重いんだけど。」

 

 さて、今は愚痴よりも逃げていったアシュリーを探そう。そう遠くには行けないはずだ。

 

 しかし、一体どうして急に逃げ出したんだろうか。何が彼女の琴線に触れたのか。何か忘れていることは無いか。

 

 「アシュリーの設定は・・・。」

 

 脳内ではゲームのことを思い出しながら、足には通路を歩かせる。」

 

 「両親が死んで・・・叔母の家に引き取られることになるんだったよな。」

 

 その程度なら映画とかでもよくあるヒロインの設定だ。叔母の方からは邪険にされているというところまで含めて。

 

 本来ならスコットランド行きの設定なのだが、この世界ではどういうわけか日本行きということになっている。これもまた謎だが、日本行きがどうこうとかは今回は関係ないだろう。

 

 「両親が死んだ原因は・・・。」

 

 確か、強盗に殺されたんだったか。母親はノドを切り裂かれ、父親は銃殺されていたとか。この辺は新聞記者のジミーのシナリオでわかる話だ。

 

 そしてそのジミーのエンディングでは、アシュリーはジミーに引き取られる、が・・・根本的な問題は解決していないまま、日常に戻っていく。ハッピーなようでちょっとビターなエンドだ。これでも4つのエンディングの中では一番マトモだというのだから。

 

 「ノドを切り裂かれて、か・・・。」

 

 それが悪かったのかもしれない。3体目のゼバブのトドメが、まさにそんな感じだった。心の傷までえぐってしまったのかもしれない。

 

 ともかく、すぐに見つけなければ。そして・・・そして、どうしようか。



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第138話

 再会したとき、どうすればいいだろうか。謝る?何を?嫌なことを思い出させてしまってごめんって?余計嫌な気分になりそうだ。

 

 「むっ、敵か。」

 

 のそのそと視界の外から、またあの人型の怪物が現れる。サナギから生まれたばかりのサピエン・ゼバブはそう足も速くもなく、落ち着いてさえいれば対処に難しくない。

 

 「目標がセンターに来たらトリガー・・・と。」

 

 一体だけならなおさら慌てる必要もない。よーく狙って確実に殺すことだけを考える。近接攻撃が出来るなら、足を狙って転ばせてからトドメを刺すのもいい。なにはともあれ無事にクリアできた。

 

 この程度の障害なら造作もない。多分アシュリーとのコミュニケーションの方が難易度は高い。何を話せばいいか、と考えながら敵を排除していく。

 

 「アシュリー?ラッピー?どこだー?」

 

 銃を持ちながらあちこち探しまわる姿は映画の殺人鬼ぽさもある。実際アシュリーのような女の子を操作するゲームもあるが、そういうゲームのエネミーがまさに今の遊馬のようだ。

 

 「殺人鬼、そうか・・・アシュリーのトラウマか。」

 

 なんとなく話が見えてきた。つまり遊馬が母親を殺した殺人鬼に見えたと・・・。

 

 そしてその殺人鬼の正体は、新聞記者のシナリオで明かされる。

 

 「父親が痴情のもつれの末に母親を惨殺するんだよな・・・。」

 

 真相は時に陳腐だ。犯人不明の迷宮入り事件かと世間には思われていたが、その実犯人は既に死んでいたのだった。

 

 「アシュリー?」

 「アスマ・・・。」

 「らぴ!」

 

 しばらく普通車の中を探したところ、トイレにいた。かくれんぼで隠れると言えばトイレだ。ついでだ、水が出るなら手も洗わせてもらおう。

 

 「アシュリー、ケガ無いね?」

 「うん、大丈夫・・・。」

 

 とにかく、無事なようでよかった。ふるふると小さく震えながら、少し顔色が悪いようだが、ケガはないようだ。

 

 「アシュリー・・・なんだ、その、怖がらせちゃってごめんね。」

 「うん・・・。」

 「けど、もうちょっと頑張れるかな?」

 

 顔色をうかがいながら、言葉を選ぶ。選択肢が出てくれれば楽なんだけど、頭の中にそんな都合のいいものは浮かんできてくれない。

 

 「・・・わかった。」

 「ありがとう、アシュリー。」

 「らぴ!」

 「ラッピーもね、守ってくれててありがとう。」

 

 よしよしと撫でてやると、ラッピーは嬉しそうに跳ねた。

 

 「・・・。」

 「アシュリー?」

 「わ、私も・・・撫でてほしいな・・・って。」

 「うん、いいよ。」

 

 アシュリーの髪はとても柔らかかった。それにつるつるで艶がある。



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第139話

 とにかく進む。ひたすら進む。進むったら進む。

 

 「どりゃあっ!」

 

 やはりというか復路にも大量に敵が配置されている。それらを一匹一匹つぶしていくように、撃って、蹴り倒して、殴り殺したらすぐに次に向かう。

 

 何もしなくても敵はわらわらと湧いてくる。留まれば命はない。

 

 「次!」

 「らぴ!」

 

 遊馬一人だったなら、敵のスルーも出来ただろう。だがアシュリーを連れている以上、敵を排除しないわけもいかないし、足も遅くなる。

 

 「アシュリー、ついてこれてる?」

 「うん・・・平気・・・。」

 「ここの通路を越えたら、さっき休憩した売店だから、そこまで頑張ろう。」

 「うん。」

 

 先ほどは外を通らざるを得なかった14号車と13号車の中の道を進んでいく。外を通らなくていい、復路専用のショートカットだ。

 

 「アスマ、あれ。」

 「ん?あれは・・・もしや・・・!」

 

 縦に長い、大きなバッグだ。一見ゴルフバッグのように見えるそれを、ほくほくとした様子で遊馬は探る。

 

 「やった、ゴルフクラブげーっと!」

 

 念願のまともな鈍器を手に入れた。本来の用途は鈍器ではないんだろうけど、今はタマはタマでも頭をぶっ叩く用途にしか使えないならそれはもう鈍器だ。

 

 無作為に選んだのは程よく先端が太ったスチールのドライバー、振るえばブゥン!と空気を切る。これは殴り甲斐がありそうだ。道理で殺人事件とかで使われるわけだと認識する。

 

 ようやく細い傘から卒業する。今までお世話になったが、お役御免で傘も一安心していることだろう。ここに置き去りにされる限り、二度と本来の用途で使われることは無いだろうが。

 

 「・・・おっと。あんまりショッキングな事するとアシュリーの教育によくないな。」

 「じーっ・・・。」

 「うん、よくやった。」

 「えへへ。」

 

 ともあれ、ありがとうとお礼を言いながらまた頭を撫でてやる。

 

 そういえば、アシュリーの身の安全は大丈夫だろうか。それが確保できないからこそ、今こうして敵を一匹一匹潰しながら進軍しているわけだが、どうにかして自衛手段を持ってくれていればその手間も大分小さくできる。

 

 「らぴ?」

 

 もっとも、非力な10歳の少女にそんなことを強いるのは酷な話だ。こうしてラッピーが直衛についていてくれているだけで十分だとも言える。それに、子供が銃を持つという絵面もよくないのだろう。アメリカなんかではそういう暴力的な表現は忌み嫌われているし。

 

 「・・・ん?子供が銃を持つ?」

 

 はて、そんなシーンを前に見たような気が・・・けど、映画だったか、ゲームだったかも思い出せない。



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第140話

 さて、新たな武器を得てウキウキな遊馬は、順調に敵を撲殺しながら破壊されて道の寸断されていた13号車にまでやってきた。

 

 「よっと・・・ここ壊せば崩れそうだな。アシュリー、ちょっと下がってて。」

 「うん。」

 「おりゃっ!」

 

 壊れた座席や、崩れた天井のガレキなどが積もって道を塞いでいたところを、押したり蹴ったりして崩していく。

 

 格闘すること数分、道は拓けた。かつて通路があった場所を塞ぐガレキを踏み越えて、少し前に通ったグリーン車への道を踏む。

 

 「よし、この売店だな。すこし休もう。」

 

 勝手知ったる他人の店。冷蔵庫からジュースを取り出してアシュリーに渡してやる。

 

 これからの道もまだまだ長いので、少し補充もしておこう。アルコールでもう一回火炎瓶を作ってもいい。

 

 そうえいば、と最初のアラニアとの戦いで傷ついた腕の包帯を剥がしてみる。

 

 「うっ、なんか気持ち悪くなってる・・・。」

 

 痛くはないが赤く腫れあがっていた。ナイフで切り落として膿を絞り出したいところだが、不衛生な今の環境ではそうすることもままならない。

 

 ライターであぶろうか?と生兵法を試そうしていると、アシュリーが脇からのぞき込んできた。

 

 「うわっ、ひどい。」

 「あんま見ない方がいいよ。」

 「・・・私を助けるために?」

 「そうはそうだけど、気にしないで・・・アシュリー、そのケガどうしたの?」

 「さっき、転んじゃって。」

 「そうか。」

 

 アシュリーも何も言わないから気づかなかったが、手を擦りむいているようだった。

 

 「アシュリーのも消毒しよう。ほら、おいで。」

 「え、でも・・・。」

 「痛いかもしれないけど、我慢してね。」

 「うん・・・。」

 

 酒瓶の中身を布に浸して、つんつんとアシュリーの手を消毒してやる。

 

 「いたっ・・・。」

 「ごめんね、優しくシュッとできるやつがあればよかったんだけど・・・。」

 「ううん、平気。」

 「えらいね。」

 

 最後にフッと息を吹きかけて、アルコールを飛ばしてやる。

 

 「じゃあ、今度はわたしがやってあげる。」

 「うーん・・・じゃあ、頼もうかな。」

 「よーし。」

 「・・・優しくしてね?」

 

 にっこり笑うアシュリーには、まさか仕返しをしようなんて気持ちは微塵もないだろう。

 

 「いっ・・・つっ・・・。」

 「大丈夫?」

 「平気・・・けど、だんだん楽になってきたよ。」

 

 蒸発するアルコールの感覚が気持ちいい、がそれ以上に痛みがあっという間に引いていく感触がした。

 

 「ん?アシュリー、ケガしてる手でやったのか。」

 「え?」

 「そっちの方の指はいたわってあげなよ。」

 「ごめん。」

 

 そうだ、アシュリーの体にはEADの抗体があるんだった。それが傷口から傷口へ入ってきたのかもしれない。

 

 感染症の観点から言えばあまりよろしくないことだが、おかげで助かった。お互いに包帯を巻きあうころには痛みはすっかりなくなっていた。

 

 「楽になったよ、ありがとうアシュリー。」

 「うん!」

 

 ひとつ、絆が深まった気がする。



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第141話

 そっと扉から中を覗き込む。

 

 「うっ・・・こっちも結構いるな・・・。」

 

 続くグリーン車を攻略していくことになったが、そこもまた地の底を歩くように暗く不潔で、敵がうようよといる。

 

 1階には死体から這い出てきたマゴーが蛹から孵ったと思わしきサピエン・ゼバブが、2階には天井から侵入してきたのであろうアラニア・ゼバブが跋扈している。ヒト型かクモか、二者択一ということだ。

 

 「どっちを相手にするかって言うと、まあヒト型かな・・・。」

 

 巨大クモを相手にした時の生理的嫌悪感というのは筆舌に尽くしがたく、出来るなら避けたい。それに1階は行きも通った道、ある程度把握できている。

 

 それに、こういうところの攻略には定石がある。

 

 「へいへーい!」

 

 『ンボボボボボ?』

 

 「そりゃっ!」

 

 道幅の狭さを利用して、敵を一匹ずつ誘い出して潰していく。新武器ゴルフクラブの切れ味は抜群だ。傘ではロクなダメージを見込めなかったが、タイマンでは十分に相手を追い詰められるほどのノックバックを与えている。

 

 「やっぱこっち選んで正解だったな。」

 

 2階にはアイテムの取りこぼしがあるかもしれないが、危険を冒してまで取りに行くようなものはないだろうと考えることにした。こういうところに限ってキーアイテムや情報があるものだが・・・。

 

 これはあくまで遊馬のポリシーのようなものなのだが、『行けるロケーションが限られているうちは寄り道はしない』。要はアイテムや鍵が必要になってから、探しに行くという事だ。

 

 明確にゴールが見えない内にあっちこっち歩き回るのは効率が悪い。どこへ行ってもいい自由度が高いゲームであれば、風の向くまま気の向くままに自分のペースで楽しみたい。

 

 クソゲーとは言わないが、こうも閉塞的な世界観だと効率を重視してさっさとクリアしようという気にしかならなくなる。しっかり味わう暇があるのなら、フレーバーたる情報やファイルも回収するのだが・・・。命懸かってる状況でそこまで回収する余裕は正直無い。

 

 「この戦いだって作業ゲーだしな!」

 

 のそのそとやってくる障害をすべて叩き伏せて、12号車をクリアする。

 

 「やれやれ、この調子で残り12両か・・・。」

 「おつかれ、アスマ。」

 「うん、ありがと。」

 

 座席に腰かけて一息ついて、ふと考える。どんなゲームも楽しむと確かに言ったが、ゲームを楽しめなくなった自分は一体なんなんだろか。楽しめないゲームが悪いのか、それともどんなゲームでも楽しめるのが真のゲーマーなのか。

 

 少なくとも僕の人生はクソゲーではない。こんなに変化に富んだ、飽きることのない刺激の連続がある人生なんて幸せだなぁ・・・と思わずには、現状を悲観せざるをえなくなりそうだった。ホラーゲームは嫌いだ。



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第142話

 さて、なんやかんやで無事に魔のグリーン車を抜けた遊馬たち。

 

 「ぜぇ・・・ぜぇ・・・。」

 「大丈夫??」

 「大丈夫・・・じゃないかも。ちょっと休ませて。」

 「らぴ?」

 

 リュックからジュースを取り出し、汗を拭いつつ口にして体の無事を確認する。ちょくちょく休憩をはさみながらだが、ここまでノーダメージで来られてるのは本当に行幸だった。

 

 先へ進めば進むほど、血みどろで腐臭の漂う空間に変わっていき、ジュースの味がわからなくなってくるが喉の渇きを潤すためには飲まなければならない。胃酸がせり上がってきそうだから炭酸はやめておこう。

 

 「アシュリーは平気?」

 「うん、大丈夫。」

 「この先、またひどい血みどろだけど。」

 「平気。」

 「ちょっと肝が据わり過ぎだぞこの10歳児。」

 

 いや、子供だからこそ恐怖を感じないんだろうか。同じ年ぐらい自分は、こうも落ち着いていただろうかと立ち直る。

 

 『さよなら。』

 

 ・・・いや、境遇はアシュリーとも似たようなものだったか。母を失くし、父は仕事一辺倒。必然的に大人にならざるを得なかったと記憶している。

 

 母の顔も声もあまり覚えていない。顔を合わせれば小言や愚痴ばかり、すべてを忘れるように努めてきたのだから。今更思い出すようなこともないか。

 

 「思い出す・・・。」

 

 そういえば、何か忘れているような気がする。気のせいかもしれない・・・いやこうして妙な引っ掛かりを覚えているという点からすると、何か猛烈に重要な事だったような気がする。嫌なことはすぐ思い出すのに、都合の悪いことはよく忘れてくれる。

 

 「ああ、そういえばゲームPODが起動なかったこと、前にもあったな。」

 

 あれは・・・ライトレベリオンに乗って初めて戦っていた時のこと。衛星レーザーの衝撃によってか、ゲームPODネクスが起動しない事態があった。起動した・・・というかゲーム世界に行けたのは、その後コックピットを貫かれて死にかけた時のことだった。

 

 「コンティニュー選択みたいな感じに、向こうの世界で『選択』をするって形なのかな?」

 

 どうしてゲーム世界に自由に行けないのかわからないが、おそらくというかやはり死にかけるということがキーなんだろう。それを試す気にはならないが。

 

 「アスマ?」

 「らぴ?」

 「ん?なに?」

 「大丈夫?じっと考え込んでるけど。」

 

 ふと、顔を上げるとアシュリーが心配そうにこちらをのぞき込んできていた。

 

 やれやれ、休憩をするつもりが、余計に脳を使ってしまった気がする。手の温度ですっかりぬるくなってしまったジュースを飲み干すと、また進軍再開だ。



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第143話

 「ついたー!」

 

 紆余曲折あったが、とうとう先頭についに着いた。シャツについたシミが多少大きくなったりしているが、まあ無傷だ。

 

 「さて・・・こっちの機械も動いてるけど、なにを動かす?」

 「らぴ!」

 「よし、このスイッチだな。」

 

 ラッピーの意見を参考にして、ひとつスイッチを入れると、とたんに機械がやかましい音を立て始めた。

 

 「次は?」

 「らぴ!」

 「このレバーか。」

 

 おそらくブレーキレバーだろう。これで自動ロックを解除して、それから前進するか後進するかを選ぶ。

 

 バックしても道はないし、とにかく今は前を目指そう。前照灯をつけると、前には線路は続いているのを確認できた。つまり、前へ進めということだろう。

 

 「それじゃあ、出発進行だ!」

 「おぉー!」

 「らぴー!」

 

 ガチャンッと勢いよく一番大きなレバーを押し込むと、地面が少し揺れはじめた。

 

 「あれ、なんかあんまり進まないな・・・そうか、壊れてる車両があるせいか。切り離し出来るかな。」

 

 隣の制御画面から、13号車の連結を解除させる。が、アクセル全開な状態でいきなりブレーキを解除すればどうなるか、少しだけ遊馬には考えが足らなかった。

 

 「どわっ!?」

 「うわぁっ!?」

 「らぴぃ!!」

 

 重たい枷から解放されたリニアカーは、文字通り弾丸のようにトップスピードで解放された。

 

 慣性により後ろの壁に追突された遊馬たちは、全員仲良くバランスを失ってへたれこむ。

 

 「うぉおおお・・・こ、こんな速度で走ってたのか・・・。」

 「らっぴぃ・・・。」

 

 音速の一歩手前、時速1000kmの加速度がズシリと体に乗りかかる。しかも、車両を切り離した分だけ速度は出ているはずだ。

 

 徐々にそのGにも慣れてきたところで、ようやく体を起こすことができるようになった。

 

 「やれやれ・・・アシュリー、ケガない?」

 「大丈夫・・・けど、動き出したね。」

 「ああ、予定通りならこのまま軌道エレベーターに着くはずなんだけど・・・。」

 

 果たして、この世界にはあるんだろうか?もしもこの先も、レールがぷっつりと無くなっていたら、この疾走する弾丸と運命を共にすることになるのだけれど・・・。

 

 とにかく、目線を前に戻してよくよく凝らす。暗くてよく見えないが、異常はなさそうだ。

 

 「あっ、あれ・・・。」

 「ん?おお、見えてきたな・・・。」

 

 どうやら、その心配は杞憂だったようだ。月と星の光にだけ照らされた、天を衝く塔が目に入る。あれだけ巨大な建造物なら遠目からでも少しは見えると思うが、まるで今まで無かったものがそこにポップしたかのように突然見えるようになった・・・。列車を動かすのがフラグだったんだろう、多分。



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第144話

 「ここも・・・誰もいないのか。」

 

 軌道エレベーターのふもと、駅に滑り込んだリニアレールは全車両の半分ほどがなくなり、その車内も血みどろで化け物だらけ。もしも人がいたら大騒ぎだったろう。

 

 やはり駅内にも人の気配はない。代わりに人がいた痕跡はある。

 

 「ここも、血みどろか・・・。」

 

 少しぐらい息抜きさせてくれてもいいだろうに、そこかしこによく見慣れた血痕と泥の塊があり、隠れた敵の気配に辟易とする。どうやらまだ武器を手放すことは出来なさそうだ。

 

 と、ここで思い出すがデッドソイル原作も大別して列車と研究所の二部構成になっていた・・・つまりここからは後半のダンジョンというわけだ。そんなところにハンドガンとゴルフクラブという初期装備で挑むのはいささか不安が残る。むしろ新しいマップで、新しい武器をゲットできるかもしれない。心優しい製作者様ならばゲットさせてくれるだろう。

 

 「ここは比較的綺麗かな・・・。ちょっと休もうか。」

 「うん。」

 

 駅の待合室、ベンチもある小さな空間にわずかな安らぎを感じる。すぐそばの案内所には、簡易的な地図も置いてあるではないか。

 

 「ふーん、上は5階まであるのか。別の路線のホームもあるし・・・。」

 

 さて、どこを目指したものか。一応、目標としては『助けを呼ぶ』というものがあるが・・・ここなら列車内よりも、通信機になるものは多そうだ。

 

 大別して、1~3階にはリニアの駅。4階に軌道エレベーターのホーム、5階からエレベーターに乗り込める。あと一般利用客には見えないところには、職員用のスペースがあるというところか。

 

 そういえば、以前にもゲーム世界で軌道エレベーターにまでやってきたことがあったけど、その時見た施設とはどうも違うらしい。あっちの世界は約20年前の世界を模したものだった、今とは違うのだろう。

 

 つまり、一から探索しなおさなければならないという事だ。そして多分、全部探索しようとすると滅茶苦茶広いだろう。ある程度目星をつけて、ピンポイントに捜査しないとキリがないだろう。

 

 「ねね、ここ・・・。」

 「ん?」

 「多分このあたりだと思うけど、光が灯ってるのが見えたよ。」

 「どこ?」

 

 待合から出て、ホームの天井がガラス張りになって見晴らしのいいところへ行く。

 

 「ほら、あそこ。」

 「本当だ。管制室かな?」

 

 レールを見下ろすように立つ、見張り塔のような建物。その天辺にはたしかに緑や赤のランプが点滅している。

 

 光が灯っている、目印があるという事は、そこになにかあるということ。よし行こう。



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第145話

 列車の中との違いと言えば、道が広いということ。また、明かりが灯っていない中を歩く必要がある。

 

 「うっ、この腐臭は・・・やはりやつらがいるようだな。」

 

 非常灯のわずかな明かりに、かつてヒトだったモノの姿が見え隠れする。かつては清潔に、チリひとつないほどに清掃されていた廊下や壁には、赤黒いシミがこびりついて異臭を放っている。

 

 その周囲をうろつく、人型のハエの化け物。呻き声のような、あるいは羽音のような耳障りで不快な音が、一寸先も見えない闇の中で存在を告げている。

 

 「最短ルートはこっち・・・だけど、どこも同じようなもんだろうな、この分じゃあ。」

 

 とっくにヒトの文明など崩壊してしまったかのような、惨憺たる有様だ。『急がば回れ』という言葉もあるが、もうここは何もかも遅すぎた、とっくに手遅れの世界。じゃあさっさと最短ルートで通り抜けてしまおう。

 

 「アシュリー、手を離さないで。」

 「うん。」

 

 やつらは光に反応し、非常灯の下にたむろしている。混沌の中で、あたかも救いの手を求めているようにも見える。この状況ではライトをつけて進むことはできない。

 

 『フシュゥウウウウウ・・・』

 『クルルルルルルルル・・・』

 

 これが武闘派なキャラクターであれば戦って突破するという手段も取れただろう。そしてそうであったならよかったなと思う。何体いるかはわからないが、数体はいるとみていい。目を凝らし、わずかな光を感じ取りながら慎重に進む方が吉だ。

 

 (いい、すり足だ。)

 (わかった。)

 

 抜き足差し足、スティックをほんの少しだけ倒すような感覚で、音を立てずに歩く。

 

 『グルルルルルルルル・・・』

 

 (うんっ?!)

 

 非常灯に群がるゼバブたちの斜め後ろに迫った時、ガリガリと壁に爪を立てていた一体が振り返ってくる。

 

 『シュゥウウウウウ・・・』

 

 こちらを認識できているような様子はない。だが、その一体は非常灯の明かりの元を離れ、ぐちゃぐちゃと足音を立てながら暗がりの方へと消えていった。

 

 そんなゼバブとは反対に、遊馬たちは暗がりの中に立ち止まる。離れていったやつが戻ってくる様子はない。

 

 どうするか、このまま忍び足で暗がりを進んでいくか、それとも戻ってくるのを確認するまで待つか。

 

 おそらくこのまま進むとなれば、ステルスゲームのように暗がりの中で音を頼りに接近を察知して進む必要があるだろう。

 

 (いや、行けるか?)

 

 明かりの下にいるのは、見える限り2体だけ。内の一体はゴルフクラブでステルスキルすることが出来る。暗闇に消えていったもう一体がいつ戻ってくるかはわからないが、今のうちなら1対1に持ち込める。

 

 暗闇の中でストレスたっぷりに歩くのと、どっちがいいかと言われると、こっちの手段でゴリ押ししたくなった。

 

 (アシュリー、ちょっと下がってて。)

 (うん、気を付けて・・・。)

 

 アシュリーを来た道に戻らせると、遊馬はゴルフクラブを握りしめてじりじりと詰める。

 

 あと3m・・・2m・・・1m・・・時折踏むと不快な感触が返ってくる物体を踏みつけるが、かまわずに近づいていく。

 

 (そーっれ!!!!)

 

 遊馬のフルスイングが、ゼバブの一体の頭を粉々に打ち砕き、鈍い衝撃音と共に破片をまき散らした。

 

 『キシャアアアアアアア!』

 

 (もう遅い!)

 

 異変を察知したもう一体が、爪を振りかざして仲間がいたあたりを探って空を切る。もう一発、遊馬は肩に力を込めて振り抜いて殴打する。

 

 「おっ死ね!おっ死ねっ!」

 

 倒れ伏したゼバブを、そのまま連続で殴りつけるとじきに動かなくなった。つくづく人間を殴るようには作られていないなと、力を籠めすぎて痛くなった肩を押さえながらごちる。

 

 少し息をひそめるが、他に向かってくるような敵の気配はない。念には念をと、懐中電灯を点けて確認するが、血みどろの中で動くものは何もない。

 

 「よし・・・アシュリー、もう大丈夫だ。」

 「アスマ、上!」

 「上?」

 

 気づくのが一歩遅かった。天井を見上げようとする遊馬の眼前には黒い影が覆いかぶさってきた。

 

 「ぐっ!しまった!」

 

 暗闇に消えていった一匹が、頭に羽を生やして戻ってきやがった。進化して飛行能力まで得たそいつは、遊馬を押さえつける。

 

 『ギシャアアアアアアアア!!』

 

 「くそっ、力が入らない!」

 「アスマ!」

 「らぴ!」

 「わっ!」

 

 即座に腰から銃を抜こうとするが、暴れまわる4本の腕によって弾き飛ばされ、その行く先を目で追えば、新たに現れたゼバブに苦戦するラッピーの姿が見えた。

 

 『ブジャアアアア!』

 

 「うおっ!?」

 

 獲物を抑え込んだゼバブは、消化酵素の含まれた唾液を吹きかけてくる。すんでのところで顔をそらして躱すが、髪や皮膚がじゅわじゅわと炭酸のように泡立っていくのを悪臭と共に感じる。

 

 「ぐっ、この・・・!」

 

 万事休す、このまま反撃が出来ないまま溶かされて殺されるのか。

 

 『ギュウウウウウウ!!』

 

 「うぇっ、キモチワルっ!」

 

 そんな絶望的なビジョンとゼバブの頭は、発砲音と共に消し飛んでいく力を失ってへたり込むゼバブを押しのけて立ち上がる。

 

 「今のは・・・アシュリー?」

 「ふぅ・・・うぅ・・・。」

 

 硝煙立ち上る銃口は、プルプルと震えていた。

 

 「らぴらぴ!」

 「ラッピー、無事か?無事だな・・・。」

 

 その一瞬のマズルフラッシュに気を取られたゼバブは、ラッピーのキックを喰らって粉砕される。

 

 「アシュリー・・・キミが・・・。」

 

 目の前で銃を握る少女の姿が、遊馬の脳内でフラッシュバックする。それは、見知らぬ記憶。

 

 「父親を撃ったのは、アシュリーだった・・・?」

 

 それは、プレイしていないはずのデッドソイル5番目のルートで語られる真相。遊馬の中にあるはずの無い記憶だった。



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第146話

 溶けた自分の髪のニオイやら、周囲の血みどろの腐臭やら自分を包むニオイは多くあるが、今は目の前の硝煙のニオイが遊馬の感覚をとらえて離そうとしない。

 

 「アシュリー、それ置こうか。」

 

 やっとの思いで出たのはそんな中途半端な諌めの言葉。そしてそれにアシュリーも黙って従った。

 

 立ち上がった遊馬は、今頃になって襲われた痛みと恐怖に震えるが、それをぐっとこらえる。

 

 やはり、子供の前で武器を振りかざしたことが、悪い教育になってしまったのか?なんて冗談は言える状況ではない。この暗闇の回廊からは一刻も早く立ち去りたい。また襲われちゃかなわんし。

 

 「あー、なんだ・・・。助かった、ありがとう。」

 「うん。」

 

 こういう時、親ならどういう風に叱るものなんだろうか。少なくともアシュリーの親は参考にならない。真似したらそのまま殺されかねないことだし。

 

 そう、灰が風に捲られていくように、だんだんと明確に思い出してきた。アシュリーの父親を撃ち殺したのは、アシュリーだった。夫婦喧嘩の末に母親は父に殺され、次は自分の番だと追いかけまわされ、抵抗の末にアシュリーは銃の引き金を引いたのだった。

 

 「・・・行こうか。」

 「うん・・・。」

 

 グリップには自分の物ではない熱がこもっている拳銃を拾い上げる。それと同じ温かさのあるアシュリーの手を握るが、顔を見ることはしない。

 

 このままではいけないよな、と考えつつも何を話せばいいものか。遊馬は怒られたことはあっても、叱られたことが無かった。自分の経験も参考になりそうにない。

 

 そういえば、あの親父は息子の出立にも立ち会わなかったな。放任主義と言えば聞こえはいいが、あの父とは何ひとつ接点がない。まあ、日常的に暴力を振るわれるよりはマシかもしれないが。

 

 (・・・いや、アシュリーにとってはそんな暴力こそが親との接点だったのか。)

 

 事件の真相について、アシュリーは何も喋らなかった。警察もまさかこんな子供が犯人だなどと思わずに、無事に事件は迷宮入りした。

 

 「アシュリー。」

 「なに?」

 「・・・もう銃は持つんじゃないぞ。」

 「・・・わかった。」

 

 アシュリーの手を握る指に、ぐっと力が入る。次に離すことがあるとすれば、それは一人だけで逃がす時だけだ。

 

 『シュルルルルルル・・・』

 

 戦闘はあくまで手段のひとつでしかなく、絶対ではない。時には避けるのも賢い判断というものだ。

 

 (今度は、そっと通り抜けようか。)

 (わかった。)

 

 ひそひそと空気が擦れるような音で言葉を交わす。



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第147話

 特に支障はなく管制塔のふもとにたどり着き、首尾よくエレベーターに乗り込んだ。

 

 その間、2人の間に会話はない。エレベーターに入った時点で遊馬は手を放し、アシュリーは隅に座り込んでしまった。

 

 「らぴぃ・・・。」

 

 ただラッピーだけはアシュリーのそばに居続けている。心なしか眉間にしわを寄せて、居心地が悪そうにしている。

 

 ホラーゲームでこういうエレベーターとか、狭い密室は敵襲フラグだけど特に何の問題もなく管制室に止まる。エレベーターの扉が開いた瞬間に、敵がなだれ込んでくるということもなかった。先が見えないところでエレベーターに乗り込んだのはちょっと迂闊だったかもしれない。

 

 「ここは・・・安全そうだな。」

 

 最低限の明かりしか点いていない室内を、ライトひとつを頼りに歩いていく。相変わらず人の気配こそないが、ここには腐臭も敵の気配もない。

 

 「さて・・・、ここなら通信できると思うけど。」

 

 どうやって通信するのか。原作ではたしか、助けを呼ぶためにあらゆる電波帯に呼びかけるんだっけか。

 

 「・・・いや、救援を求めるのは外伝の話か。」

 

 1の主人公たちとは違う、複数人の生存者の中からプレイヤーキャラを選び、生存を目指す『デッドソイル/サバイバル』という外伝作品がある。ステージの数もさることながら、クリアとなる手段も複数あり、非常にやり込み性の高いゲームだ。

 

 デッドソイル1とは違って話の本筋には関わらないが、その分明るいハッピエーエンドを迎えるのでこっちは好きだった。

 

 「・・・そういえば、ネプチューンの秘匿回線を教えてもらっていたな。」

 

 一度使った周波数はもう使わない、使い切りのコードを緊急用として教えられていた。他に持っている情報もないし、とりあえず使ってみようということにした。

 

 「えーっと・・・本日は晴天なり、本日は晴天なり。」

 

 マイクテストなんかしてどうするのか。何度問いかけてもノーリアクション、ノイズひとつすら返ってこなかった。

 

 「・・・ダメか。」

 

 手詰まりだ。もう使える情報が一つもない。後出来ることとすれば、原作通りにラスボスを倒すしかない。

 

 だが、そのボスがどこにいるのか・・・思えば、行き当たりばったりで行動し過ぎていた。最低限のフラグを立てないまま進めるというのはまさしくバッドエンドフラグじゃないか。今からいくつか拾いに戻れるか?戻れたとして、敵とどれだけ戦う羽目になるのか・・・考えたくもない。

 

 「・・・あれ、アシュリー?」

 「らぴ!」

 「ラッピー、アシュリーは?」

 「らぴぴ。」

 

 管制室の隅、椅子に腰かけもせずにアシュリーはうずくまっていた。具合でも悪いのだろうか?と遊馬は近づく。

 

 「寝てるのか?」

 「らぴ。」

 

 ちょっと心臓が縮み上がったが、何の問題もないことに胸をなでおろす。よほど疲れていたのだろう、目を閉じて動かない。

 

 「僕も、ちょっと休もうかな・・・。」

 

 思えば、ここまで気の休まる場所が全くなかった。体も脳も心もクタクタだ。安全なうちに休めるだけ休んでおこう。



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第148話

 「んっ・・・寝ていたのか。」 

 「らぴ?」

 「見張りありがとうね。」

 

 どれぐらい眠っていただろうか。柔らかいベッドもない床で寝たらなんだか体が痛い。

 

 「・・・体が硬くなるほど寝ていたというのに、窓の外は暗いままか。」

 

 やはり、クリアしないことには夜は明けないのだろう。

 

 「クリアにはラスボスを倒す必要がある、と・・・。」

 

 少しずつ思い出してきた。ラスボス戦はどの主人公でも同じ場所で同じ相手と戦う。その戦う相手は巨大ゼバブ、バアル・ゼバブ。そしてロケーションは、もう使われていない古い列車の操車場。

 

 その大きな構内に、ゼバブは巨大な蛹を作っていた。伏線もなく突然出てくるのだから初見時はなかなか面食らったのを覚えている。勿論倒し方も知っている。戦い方は全ルート共通だから迷うこともない。

 

 この施設で、ある程度の広さがあって屋内の場所というと・・・。

 

 「軌道エレベーターのシャフト内か。」

 

 ラスボス戦としてはもってこいなロケーションだろう。仮に遊馬がデザイナーだったら間違いなくそこにボスを配置する。

 

 「よし、宇宙に上がるか!」

 

 こうなればとことん進んでやる!・・・って、行き当たりばったりじゃダメだと考え直したところじゃないか。

 

 「すや・・・すや・・・。」

 

 それに、問題はもうひとつある。アシュリーの心のケアが必要だ。というか、遊馬んいはアシュリーの心が何一つわからない。

 

 今はこうして天使のような寝顔を見せているが、その内なる精神に潜むものは悪魔か・・・?子供の純粋で、イノセントな心がいかにして父親を手にかけるという凶行に走らせたのか。

 

 いや、確かに抵抗の末の暴発という可能性もある。けど、そのことをアシュリーが懺悔しなかたったのはなんでだ?

 

 それに、確か『そうじゃなかった』はずだった。少なくとも原作ゲームでは・・・でも原作のその部分をプレイした記憶すらも曖昧で・・・。

 

 「あー、もうわけわかんねえ!」

 

 フロイトじゃあるまいし、専攻分野でもない。高校中退レベルの学力の遊馬にはわからないことだらけだ。

 

 「らぴ?らぴい!」

 「ん?ゲームPOD?」

 

 ラッピーがゲームPODを指し示してきて思い出した。

 

 そういえば、さっき一回死にかけていたな。直接ダメージを受けたわけではなかったが、あのままだと確かに死んでいたはずだ。体力一定以下で捕まると、即死判定になってしまうし。

 

 ひょっとしたら使う条件を満たしているかもしれない。もう藁にもすがる思いで、遊馬はスイッチを入れた。



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第149話

 「・・・ここは?」

 「なんだ帰ってきていきなり。」

 「よ゛か゛っ゛た゛ぁ゛あ゛あ゛あ゛!!」

 「ホントになにがあった。」

 「大変だったんだよ!現実がいきなりホラーゲームになるし!」

 「うん、ちょっと落ち着こうか。」

 

 視界がぐるり変わって明るい世界、学園、その保健室。そして割と見慣れた顔がそこにいた。遊馬は今まで堪えていたものが決壊させた。

 

 時間にして数時間というところだが、もう数か月も会っていなかったように感じる。

 

 というか、保健室の窓の外に見えるグラウンドの一角が耕されているように見える。まあそんなことはどうでもいいとして・・・。

 

 「なるほどね、そっち側はそんな大変なことになっているのか・・・。というか、現実世界ですらないっぽい?」

 「わかんない。」

 「ふーん・・・多分、以前までの『こっちの世界』に近しい存在と思う。」

 「というと?」

 

 少しばかり拡張された頭脳を回転させて至った結論を、エルザはつぶやく。

 

 「現実世界との融合が始まる前の状態、覚えてるかな?」

 「まだ雄二が強キャラを装ってた頃。」

 「それは触れないであげて。」

 「まだエルザが面倒くさい性格してた頃。」

 「やめてね。」

 

 あの頃はそう、まだRPGっぽいことをやっていた。『ゲームのルール』に従っていた。

 

 「そう、今の遊馬のいた世界も、同じようにデッドソイルのゲームと現実が半々混ざったような世界でしょう?なんだか理屈が似ているんじゃない?」

 「つまり、次はデッドソイルの世界が現実と融合しようとしていると?」

 「そうなるかもね。」

 

 

 どうやら少し前に遊馬が想像したとおりのことが起こりそうだ。

 

 「・・・そんなグロテスクで救いのない世界の要素が混じってくると?」

 「マズいんじゃないですの?」

 「激マズだよ。モンドの料理とどっちがマズいかな。」

 「失礼な、あれから少しは上達したんだぞ。お嬢が半分くらいまで食べられるようには。」

 「それは美鈴が馴れちゃっただけなんじゃないかな。」

 

 上達していっているのは本当かもしれないが。まあそれはさておき。

 

 「現実にまでEADが蔓延したら、アダムやエヴァリアンどころじゃない未曽有の危機だよ。」

 「私も、せっかく守った世界が血肉のヘドロに沈んでいくのは嫌かな。どんなに嫌いな世界でも。」

 「じゃあどうすればいい?」

 「クリアすればいいんじゃないのか?」

 「・・・クリアしたら、それが『続編』として世界が確立されるんでは?」

 

 そういえばそうだったな、と思い出す。



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第150話

 「でも、このゲーム世界ってクリアすると『続編』が出来るんでしょ?デッドソイルにはもう2も外伝もあるよ?」

 「ちょっと違うのかも。」

 「何が違う?」 

 

 またうーんとうなりながらエルザは推測を論じる。

 

 「おっ、遊馬おかえり。」

 「あっ、トビー。そうだ、強化服と銃の調整できた?」

 「うん、強化服の方はサバイバル用のナイフとか装着してあるよ。後で確認しておいて。」

 「助かる!」

 

 と、ちょうどいいタイミングでトビーが帰ってきた。雄二を連れ立ってダークリリィの調整をしていたということだったが。

 

 「話続けていいかな?」

 「あ、ごめん。続けて。」

 「ごほん、続編の構想と、実際に作られる続編って必ずしもイコールではないでしょう?エヴァリアンの登場なんて、私たちは別に望んでいなかったし。」

 「そもそも、遊馬の今いる世界と、俺たちのいた世界が全く同一の物というわけでもないし。」

 

 現代で続編やリメイクを作るとなれば、そこに現代のエッセンスが含まれるものだ。例えば、20年前には無かったスマホが続編やリメイクには登場したりだとか。

 

 「続編の世界観、時代、1作目から登場するキャラクターなど、それらは2作目の脚本家や監督が設定するものであって、登場人物が同行できる問題じゃない。ってこと?」

 「そゆこと。どうせなら私が主役の物語やってほしかったし。」

 「俺はもう戦いには飽きたが・・・。」

 「嘘、本心では復讐心がぬぐえなかったからこんなことになってんでしょ?」

 「うむ・・・。」

 

 「世界への『復讐心』が『続編』の構想を作るのかも。」

 「じゃあ、あの世界も誰かの復讐心から作られたもの?」

 「そう、デッドソイル2や外伝とは違う分岐、それが『今の世界』なんじゃないかしら?」

 

 雄二の、世界や人類への怒りや復讐心が、ダークリリィという続編を作ったように、つまり今の世界にもダークリリィの雄二に相当する復讐心を抱いたキャラが存在している。

 

 「けれど、なぜ復讐心を抱くんですの?」

 「バッドエンド確定の絶望に満ちた世界だからでしょ。そんなものを作ったやつがいるのなら、恨みたくもなるよ。」

 

 (・・・よくよく考えれば、ここにいる全員バッドエンドのあるゲームキャラたちだらけだな。)

 

 ふと、遊馬はその共通点に思い当たるが、それは心の中だけにとどめておくことにした。

 

 ただし、ラッピーを除く。いや正確にはラッピーのゲームにもバッドエンド的な終わり方をすることはあるのだが、それは『お菓子を全種類コンプリートできなくてざんねん!』というもので、むしろまだ見ぬお菓子への欲求を滾らせるという幸せなものでもある。おおよそ復讐心というものとは疎遠な存在なのだ、ラッピーは。

 

 「アスマ?どうかした?」

 「いいやなんでもない・・・バッドエンドしかない世界って、それまさにデッドソイルがそうだよ。」

 

 考えを戻そう。どうあがいても絶望、という結末だからこそ人は救いを求める。続編を匂わすクリフハンガーが基本的にバッドエンドなように逆説的に。

 

 「だから、あの世界を作っているのはバッドエンドに苦悩する登場人物・・・つまり、アシュリー?」

 

 点と点をつないだ線で、ようやく形が見えてきた。



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第151話

 ・・・けど、アシュリーはゲームのこととかわかってない様子だった。

 

 「少なくともゲームの世界だってことを自覚するのは無理じゃないかな。ボクたちもそうだったし。」

 

 まあ、自分がフィクションの存在だなんて普通は思わないわな。事実、今遊馬の目の前にいるみんなは確かにここに存在している。

 

 「じゃあ、仮にアシュリーがあの世界を作っているとしたら、それは無意識でのことということになる。」

 「そもそも、オレらはそのアシュリーがどんなキャラなのか知らないんだが。」

 「そういえばそうか。」

 

 軽くアシュリーについて振り返ってみよう。デッドソイルのヒロインで、両親が死んで叔母の家に引き取られることになって一人で列車に乗っていた。AEDの抗体を体内に持っていて、各主人公たちから守られながら進む。実は父親を拳銃で撃ち殺している、と。

 

 「最後のなかなか衝撃的だね。」

 「そう?トビーは割とそういう事件に詳しそうだけど。」

 「探偵ですものね。」

 「犯罪心理学とか、詳しくないのか?」

 「ウーン・・・専門家じゃないから正確なことは言えないよ?」

 

 と、前置きしつつもある種の確信めいたものを持ってトビーは推理を披露する。

 

 「遊馬の記憶では、アシュリーは罪を告白しなかったのかもしれないけど、それは違うと思う。正直に言ったんじゃないかな。」

 「そう?」

 「普通に警察の捜査の手が伸びて、凶器の拳銃だって指紋を調べられるでしょ?」

 「たしかに・・・。」

 「お前の記憶は信用ならないな。」

 「だって、本当にプレイした覚えないんだもん。」

 

 何年も前の話なら、記憶があやふやになってもおかしくはない。けど、やっぱりプレイした記憶そのものがないというのはなんだか変だ。

 

 「アスマの記憶については置いておくとして。アシュリーはきっと、悪いことをして裁かれることを望んだんじゃないかな。」

 「えー、私なら裁かれるとか叱られるとかならイヤで隠しちゃうんだけど。」

 「逆だよ、叱られたい、こっちを見てほしいためにわざとイタズラをすることってあるでしょ?自衛のためとはいえ、自分の罪と存在を見てほしかったんだよ。」

 「自分を見てほしい・・・。」

 

 ちくり、と遊馬の心に何かが刺さった。

 

 「けど、子供の犯罪って罪に問われないことも多いじゃない?だから誰もアシュリーを正しく見てくれなかった。」

 「叔母に邪険にされるわけだ、そんないわくつきの子。」

 

 遊馬がシナリオに感じていた違和感を、こうしてトビーは言い当ててしまった。おそらくこれで正解だろう。

 

 「7割くらい合ってる自信はあるけど、遊馬がちゃんとデッドソイルを最後までプレイしていたら、こんな推理しなくても一発で正解にたどり着いていたんだけどね?」

 「うっ、ゲーマーの名折れだ・・・。」



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第152話

 「それじゃあ、僕は何をすればいい?」

 「ちゃんと叱ってあげることだね。ダメなことはダメだって。」

 「でも、僕はアシュリーの家族でもなんでもないし・・・。」

 「家族だとかは別に関係ないだろ。」

 「・・・僕でいいんだろうか?」

 「というと?」

 

 いや・・・と口ごもる遊馬に視線が集まる。少し頬を掻くと、すぐに言いなおる。

 

 「けど、なんて言ってやればいいかな。」

 「そういうのは遊馬自身の言葉じゃないと響かないと思うな。」

 「僕自身の言葉・・・。」

 「アシュリーがどういう子なのか知っているのは、この中ではお前だけだ。オレたちがどうこう出来る話でもなし。」

 「なにより、アシュリーはアスマのことを信じてるんじゃないかな。」

 

 思えば、アイテムを探して持ってくるアシュリーはとても楽しそうだった。まるで人の物を隠すイタズラをしているようにも見えた。撫でられることを期待していたようだった。だったら、叱る役目も僕が担うべきなんだろう。

 

 「単純に自信がない。」

 「・・・遊馬。」

 「なに雄二?」

 

 それまでずっと押し黙っていた雄二が声をかけてきた。その声はとても重く、腹の底に響くようにだった。

 

 「自分がかけられたい言葉を選べ。」

 「自分がかけられたい言葉?」

 「お前がアシュリーの中に自分を見たのなら、自分を励ますためだと思え。」

 「・・・そう思う?」

 「俺も最初は、人に認められたいと思いながら戦っていたものだ。」

 

 どうやら、雄二には遊馬の内心をお見通しだったようだ。

 

 「見られたい、認められたいってこと、間違ってるのかな?」

 「承認欲求もまた動機の一つでいい。だが、認められたからと言って得になるとは限らない。より無心にされることの方がよっぽど多い。」

 

 どれだけ地球のため、人類のために戦ってきても、雄二たちは搾取され続けていた。時にはすべてを投げ出して、逃げ出したくなることもあったろう。

 

 「それでも戦い続けられたのは、俺にはエルザがいたからだ。大切な人な人のためだけに自分の命を使う、たったそれだけで満足できた。」

 

 文字通り生涯の伴侶たるエルザの存在が、雄二にとって心の支えであり続けた。そしてそれと同時に、エルザもろとも自分たちを焼こうとした人類に深い憎しみを抱かせることとなった。愛するが故に執着し、執着から憎しみが生まれる。愛憎とは常に隣り合うものだ。

 

 「だから、お前が何かに対して抱いている憎しみと、アシュリーの復讐心は同じものだろう。そういう意味でも、お前にしかできないだろう。」

 「僕にしかアシュリーは救えない?」

 「いや、それは別の誰かにもできる。」

 「え、じゃあどっちなの?」

 「お前を救えるのはお前だけだ。アシュリーを救うのも、アシュリー自身の心だ。」

 「・・・わかるような、わからんような。」

 「んもー、また雄二ったら難しい言葉使って。」

 「いや、わかった。」

 「今ので?」

 

 雄二の言いたいことが、言葉ではなく心で理解できた。アシュリーのために、そして自分のためにも、遊馬がやるしかない。

 

 「だから、行ってくる。」

 「ああ、がんばれよ。」

 

 全身を冷たい黒一色に染めても、心はとても温かい雄二だった。



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第153話

 意を決して、明るい学園ゲームの世界から暗いホラーゲームの世界へと戻ってきた。

 

 ダークリリィの整備は終わっているから、いつでも召喚できる。けど、ラスボスを倒すための装備を別に用意してもらっているから、戦いに行くのはまだ少しかかるだろう。

 

 それに、ただラスボスを倒して、通常エンドをクリアするだけでは不十分だろう。

 

 「っと・・・アシュリーは、まだ寝てるか。」

 「らぴぴぴ?」

 「ああ、向こうは変わりなかったよ。」

 

 無防備に眠るアシュリーを守るように、ラッピーは傍らを固めていた。まるでナイトのようだ。

 

 「今度はラッピーが休みなよ、働きっぱなしでしょ。」

 「らぴ?るぅ・・・。」

 

 ラッピーはずっと起きているし、時には戦いもしていた。疲れていたのだろうかひとつあくびをすると、その場で元のぬいぐるみに戻った。あれだけ暴れまわったのに、新しく汚れなどはついていない。

 

 「そういえば、セシルさんの借り物だったなこれ・・・。汚したら怒られるな。血の染みってなかなか落ちないし。」

 

 キックを繰り出す足を入念に確認するも、何も問題はないようだ。虫の体液とか、もっと気持ちの悪いものとかついてそうだったけど、そんなことは無い。

 

 「ううん・・・。」

 「あっ、アシュリー起きた?」

 「うん・・・あれ、ラッピーどうしたの?」

 「今は休んでるだけだ。そのうち戻るよ。」

 

 アシュリーは、軽く抱きしめたラッピーをやさしく横にしてあげた。

 

 「これからどうする?」

 「そうだな・・・けど、その前に。」

 「?」

 「うーん・・・なんて言ったものかな。」

 

 ちらり、とアシュリーの瞳をみやる。髪と同じ金色だが、疲れの色も見える。それに、その奥には何者にも攻略され得ぬ複雑な迷宮が広がっている・・・。

 

 「アシュリーはさ・・・。」

 

 ダメだな。なんと言ったものか、言葉が見つからない。きょとん?とした顔でこちらの顔を覗き返してくる。

 

 引きこもっていたころの自分は、どんな言葉をかけてほしかったものか、どうしてほしかったか、何を思っていたか。

 

 「あっ・・・。」

 

 自然と、その金髪を撫でていた。アシュリーは少し驚いたようだが、特に何も言わずに受け入れていた。

 

 何が欲しかったかというと、こういう人の温かさだった。

 

 「アシュリーは、こうされるの好き?」

 「わかんない・・・こんな風に撫でてもらったことないから。」

 「そうか・・・。」

 

 遊馬も、随分スキンシップとはご無沙汰だった。シェリルはちょっと情熱的というか、近すぎるものがあるけど、とにかく飢えていた遊馬の心にはとても染み込んできた。ならば、やはりこれが正しいのだろう。

 

 「アシュリーは・・・僕と似ている気がする。」

 「アスマと?」

 「僕も、両親からは見放されていたから。」

 

 父は仕事にかまけて、母は遊馬に興味が無かった。

 

 「気を引きたくって、色々やったっけ・・・今思えば、それが原因で出ていったんじゃないかな。『ダメな子』だって。」

 「ダメな子・・・?」

 

 それでもお母さんには『母親』をやってほしかった。

 

 「アシュリーも、寂しいんじゃないかな?」

 「うん・・・。」

 「だから、僕はアシュリーの『兄』になるよ。」

 「お兄ちゃん?」

 「うん、イヤかな?」

 「ううん、嬉しいな・・・。」

 

 ギュッと抱き着いてきた。それがまた可愛くて、愛おしくて・・・。



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第154話

 妹が出来た。金髪でしかも美人で、血の繋がっていないなんて、それなんてエロゲ?と呼ばれそうだが。エロゲじゃありません、ホラゲです。

 

 むしろようやくスタート地点に立てたという感じだ。原作にもアシュリーの好感度が、隠しパラメーターとしてある。アイテムを拾ってきてくれる確率に関わるが、正直0でもエンディングにかかわることは無いので全く構わない。

 

 ・・・というのは通常のルートでの話。

 

 (隠しパラメータなんて設定されてるからには、何か意味があるんだろうな。)

 

 それも『今さっき』思い出した。第5のルートでは、アシュリーの好感度がED分岐に重要になる、はず。

 

 『ハズってなんだよ?』

 「しょうがないでしょ今思い出したんだから。」

 

 本当に今唐突に思い出した。そもそも、よくやり込んでいなければ隠しパラメータなんて気づくはずもないわな。ゲームPOD越しの通信でツッコまれる。

 

 「なんだか、自分が信じられなくなってきたよ・・・。」

 

 記憶とはかくも曖昧なものか。ゲーマーでありながらゲームの記憶を忘れてしまうとは、それとも5週目以降はそんなに記憶に残らないほどつまらなかったのか。どっちにしろ、圧倒的なアドバンテージであったはずのゲーム知識という点を遊馬は失っている。

 

 『記憶喪失の先輩として言わせてもらうと、記憶を失ったからと言って人間性まで変わることは無いと思え。』

 「モンドは熱心なタイムゲドンだったと思うんだけど。」

 『少なくとも今の俺は違う。これが本来の俺だと思っている。』

 

 モンドがどういう性格になるのかはプレイヤーの選択肢やプレイスタイルにもよるのだが。まあそれはさておき、今の自分がどういう人間になっていくかは、自分次第ということか。

 

 アシュリーと、遊馬自身の運命も同じだ。行動の選択がすべてを握っている。

 

 「はい、アスマ。」

 「うん、サンキュー。」

 

 さて、アイテムの拾ってきてくれる頻度で言えばアシュリーはかなり拾ってきてくれている。すでに好感度は高いんじゃないのか。それも最初から。

 

 「ところでアシュリー。」

 「なに?」

 「僕の事どれぐらい好き?」

 「だいすき!」

 

 うーん、この天使。屈託のない笑みを投げかけてくるのでは何を疑う余地があるだろうか。大きくなればきっと美人になるだろう。

 

 (大きくなれば・・・か。)

 

 そういえば外伝はともかく、2にはアシュリーの姿は一切なかった。アシュリーにはEADの抗体があるというのに、その辺の話も一切出てこなかった。

 

 『普通ウイルスの研究には抗体やワクチンの研究も同時に行うものなんだけど。』

 「シベリアの永久凍土の中から見つかった原始ウイルスを改造したって設定だったかな。ワクチンが作られる前に奪われたとかなんとか。」

 『だとしたらそのテロリストも相当マヌケだな。研究が完成してからかっさらえばよかったものを。』

 「それにもなんか理由があったような気がするんだよなぁ・・・なんだったっけ。」

 

 ああ、本当に記憶がないことが足を引っ張る。



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第155話

 さて、物事は一つ進展した。いよいよゲームも佳境に入るだろう。ここまで来ると、というかゲームPODネクスが解禁されたことで、戦闘はもうラクショーだ。

 

 なにせ隠し武器、というかネタ武器の領域に片足突っ込んでいる威力カンストなレーザーキャノンに、防御力も筋力も格段にアップの強化服。もう9ミリピストルやゴルフクラブの出番じゃない。

 

 「どうだすごいだろう!」

 「すごいすごい!」

 

 そして極めつけには今まさにコックピットに乗り込んで宙を舞っている漆黒の巨大ロボット、ダークリリィ。まるでバーベキューパーティで豪快に肉を焼いてみせる陽気な父親とそれを見る子供のように、2人のテンションはブチ上がっている。

 

 「アシュリー、座り心地は大丈夫?」

 「うん!ダークリリィってすっごくはやい!」

 「らぴ!」

 

 さすがに3人も乗ると元から手狭なコックピットもぎゅうぎゅう詰めだ。アシュリーは背中側に増設してもらったチャイルドシートに、ラッピーは遊馬の肩に収まっている。

 

 軌道エレベーターの周囲の空を試運転がてら飛び回りつつ、変わったところがないか探し回る。

 

 変わったところというのは、敵が密集していたり、巣を作っているような場所の事を言う。もっとも、月のわずかな光しかない施設上空をただ飛び回って目視だけではよく見えない。

 

 「赤外線バイザーならどうだ。」

 

 ゼバブの巣は熱がこもっているから、熱源として見えるだろう。

 

 「うっ、結構いるっぽいな・・・。」

 

 施設を遠巻きに眺めてみると、赤く光る塊がそこかしこに見えた。武器のチェックがてら、ちょいとつついてみてもいいかもしれない。

 

 「トビー、例の物は?」

 『使えるよ、多分。テストをしていない。』

 「今からテストする。」

 

 ゲームPODを操作して、ダークリリィに新しいアイテムを装備させる。すると、ライフルの上にタンクを取り付けたような銃器が、ダークリリィの右手に出現した。

 

 「悪いウイルスは消毒だ!」

 

 手近な熱源に近接すると、トリガーを引く。銃口からはオレンジの炎がほとばしり、ゼバブの巣を消し炭に変えていく。そう、火炎放射器だ。

 

 『ゾンビものではチェーンソーと並んで定番だね。』

 「どっちも本当ならヒトに向けるものではないと思うけど。」

 『ゾンビはヒトじゃないから問題ない。』

 

 しかし、この火炎放射器も元はアダムの基地にあったものだ。高温の炎で焼くこの兵器が猛威を振るう相手というのは、熱を感じない機械ではなく、簡単に焼け死ぬヒトであることには違いない。つくづく業の深い武器と言えよう。

 

 「よし、あっという間にウェルンダンに出来た。」

 

 とりあえず、見えている障害をすべて潰していくこととしよう。



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第156話

 土は土に、灰は灰に、塵は塵に。

 

 土で出来たゼバブの巣を灰に変え、後塵を残して飛び立つのを繰り返すこと数回。とりあえずレーダーに映る熱源はあらかた片付け終わった。残るは、施設内にカビのように不潔に不快にこびりついた『根』の部分。

 

 この根がある限り、ゼバブは無節操に伸びる雑草のようにわっしわっしと湧いてくることだろう。早いところ完全に根絶してしまいたいところだ。カビ用漂白剤のようにバラまくだけの簡単な装置があれば楽なのだけれど。

 

 まあ、メタンガスなどの死体の分解によって発生した可燃性ガスに、フレイムスローワーの炎が面白いように引火して、花火のように弾けるのだから見る分には楽しかった。

 

 これもダークリリィという圧倒的力を持って、そのコックピットという安全圏にいるが故の慢心、愉悦。拳銃や傘などの貧弱な武器を持ってビクついていたのがウソのよう、これもゲーム終盤の装備が纏まってきたという余裕だ。

 

 実際デッドソイルにもそういう面がある。最初の武器が貧弱なうちには逃げたり隠れたりすることで恐怖を味わい、武器やアイテムがそろってくる中盤以降はアクションゲームとしての面が強くなる。

 

 「だとしても、いきなりSFロボットアクションになってしまうとは、開発者も思っていなかったろうけど。」

 

 ロボットアクションゲームでも火炎放射器が使えるものは少数かもしれないが。ともかく、適当な通路を見つけて灯火代わりに噴射して小バエどもを焼き払い、重たい金属の足音を立てながら進んでいく。その音に震え、怯えて逃げればいいものを、小バエどもは光に向かってくる。

 

 『燃料は大丈夫?』

 「まだ70%はある。」

 

 さすが未来の燃料ジェル、軌道エレベーターが完成した今、倉庫で死蔵されていくだけだったろうロケット燃料と同じものが使われている。このままラスボスを倒しに行ってもまだ余裕だろう。秘密兵器のビームもあるし。

 

 不安要素とすればやはり、

 

 

 『それでアスマ、何か思い出した?』

 「ぜーんぜん。」

 『ひとつも?』

 「なんにも。」

 『全く?』

 「ちぃとも。」

 

 肝心なゲームの知識が思い出せていないという事だろう。適当に巣をつぶしていけば、そのうち思い出すだろうとタカを括っていたが、このありさま。

 

 「このまま倒しに行って、うっかり変なフラグを踏むんじゃないぞ?」

 

 自分に言い聞かせる。セーブできるならこのあたりでリセットポイントを一つ作っておくのだけど。

 

 ・・・つくづく、卑怯な人間だなと自嘲する。男なら正々堂々と挑むものだろうが、生憎遊馬はそこまで漢が出来ていなかった。



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第157話

 『自分の中にある記憶と、現実としての事実が異なることってあるよね。』

 「今がまさにそうだよ。」

 『それ以外にもない?小さい頃の思い出と、当時実際にあった記録が別ってこと。』

 「うーん?」

 

 廊下を進む中で、トビーが突然問いかけてきた。一見すると難しいテーマだが、そういえばと遊馬にも心当たりがあった。

 

 「そういえば、『100万回生きたねこ』って絵本があるんだけど、子供のころ読んだときは『100万回死んだねこ』ってタイトルだった記憶があるな。」

 『子供のころって、今も子供だろうに。』

 「高校生はもう大人じゃない?」

 『んー、未成年はまだ子供ですわね。』

 『自分のケツ持てなきゃまだ子供だろ。』

 「僕は自分の行動に責任持つよ?」

 

 本当にただ『持つ』だけだが。責任は『果たす』までがセキニンというもの。

 

 「まあそれは今はいいとして、その記憶がどうしたの?」

 『うん、記憶は確かに曖昧なものなんだけど、それが間違ってるとは限らないんだ。』

 「というと?」

 『逆に考えるんだ、『間違ったのは世界の方』だと。』

 『悪役みたいな思考ね。』

 『そこまで尊大な話じゃないよ。スケールは大きいけど。』

 

 かなりややこしい話になるから聞き流してくれるくらいでいいよ、ひとつ前置きを置いてトビーは話し出す。

 

 『この仮説には、並行世界の話と関わりがある。』

 「並行世界?SFでよく聞くあのパラレルワールド?」

 『そう、そのパラレルワールド。堅苦しい言い方をすると、その記憶の齟齬は『並行世界の収斂』が起こった証なんだ。』

 「収斂?」

 

 並行世界というのは、ほんのわずかな違いによって無数の分岐が起こる。

 

 『例えばアスマがバーガーショップに入って、チーズバーガーを選んだかフィレオフィッシュを選んだか、と仮定する。』

 『随分くだらない理由だな。』

 『そう、そしてこんな些細な違いでも並行世界が発生する。だとすれば、いつかは『世界』が溢れかえってオーバーフローするんじゃないのか?』

 「それは『仮定』でしょう?」

 『それはそうだけど、今回言いたいのはその逆、並行世界同士がくっついて纏まることもあるんじゃないのかな?ってこと。』

 「どういうこと?」

 

 『真面目に考えてみて、アスマがその日何を食べたかなんかで、世界の命運が変わったりすると思う?』

 『思わん。』

 『思わない。』

 『らぴ!』

 『思いませんわ。』

 「うん、正直僕もそう思う。」

 『でしょう?だからあまりに小さな分岐なら、別れた直後でまた合流するんじゃないかな、というのがこの仮定だ。』

 

 そりゃあ、お店の売り上げに多少変化はつくかもしれないが、そんなもの世界の、宇宙全体で見れば誤差のレベルだ。バタフライエフェクト、風が吹けば桶屋が儲かるなんてこともあるかもしれないが、それはさておき。

 

 『同じように、アスマのその絵本が『100万回死んだねこ』というタイトルの世界も、『100万回生きたねこ』というタイトルの世界も両方『あった』んだよ。』

 「僕の記憶の中では『死んだ』なのに、現実として『生きた』なのは、僕が『死んだ』の世界だった記憶を引き継いでいるから?」

 『そういうこと。』

 

 なるほど、そういう考え方もあるか。そう言われてみれば、色々と例も思い出してくる。

 

 「昔、ラッピーが出てくるゲームで、ラッピーがあるアイテムを食べちゃうシーンを見た記憶があるんだけど、実際にはそんなムービー無くっておかしいな、って思ったんだけど、それも並行世界の収斂が原因だったのかな。」

 

 『で、だ。ここから本題。その仮定を今のアスマに当てはめると、『デッドソイルを最後までプレイした』、『プレイしなかった』世界があるんだと思う。』

 「その世界も収斂したけど、僕はプレイしなかった世界の記憶しか持っていないと?」

 『そうじゃないのかなって。記憶は過去につながるカギだけど、そのカギが合う扉が必ずしもあるとは限らないのかもしれない。』

 「だから?」

 『思い出せない事、そんなに深く考えなくてもいいんじゃないかな。』 「そっか。」

 

 自分は自分でも、それは違う自分のこと。なら自分が悩む必要もないだろう。逆に考えるんだ、これからクリアしてやるんだと。そう思えば攻略への意欲もわいてくるじゃないか。



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第158話

 「敵が増えてきたな・・・。」

 「らぴ!」

 「上か!」

 

 狭い通路も進んでいくにつれて広くなっていくが、同時に敵も増えてくる。空を飛びながら消化液を吹きかけてくる敵をかわしながら、持ち替えたライフルで撃ち落としていく様はシューティングゲーム染みている。

 

 そんなシューティングに強いラッピーの勘も冴えわたり、肩の上から的確にアドバイスをくれる。相変わらず日本語とは違う言葉だが、言わんとすることは解れるから問題ない。

 

 『もうすぐエレベーターシャフトのようね。』

 「この先にボスがいる!」

 

 とはいえ、いくら進化したゼバブが飛行能力や消化液を吹き出すことが出来たところで、ダークリリィの敵ではないが。

 

 『だが気をつけろ、これだけの軍勢がいるとなると敵の規模は相当なものだ。数で圧倒されないこともない。』

 「でも2人だって圧倒的な数と戦ってこれたんでしょう?」

 『それが今の遊馬に出来る?』

 「これから出来るようになるの。」

 『言うじゃない。』

 

 向かってくるゼバブを的確に撃ち抜き、破片が落ちていくのを見送りながら、レバーを握る手にも自然と力がこもる。

 

 「何度も言うようだけど、一刻も早く強いパイロットになりたいからね。これからは僕だって守る側だ。」

 『にしては、結構遊馬ってセンスあるわよね。初めてとは思えないぐらい。』

 『確かにな。』

 「そう?なんかよく言われる。」

 

 いくらレベリオンの操縦がかなり簡略化されいるからと言って、ただのゲーマーの引きこもりには荷が重いものだとは、確かに思う。シミュレーターはそこそこやったけど、それだけで果たしてA+級の敵と渡り合えるものだったろうか?今になって疑問に思う。

 

 「らっぴ?

 「そうだね、今は目の前の敵に集中しようか。」

 

 今はアシュリーも乗せているのだ、一層気を使わなければならない。いくら重力制御装置が備わっているとはいえ、急制動によるGも体の小さいアシュリーにはキツいものがある。戦い方には気を使う必要がある。

 

 『そういう時は出来る限り距離を取りつつ、遠距離で確実に仕留めるんだ。』

 「わかった。となると、火炎放射器は使い辛くなるかも・・・。」

 

 ほか、ナイフやランスなどの近接武器も使いにくいだろう。元からあんなやつらに接近すること自体願い下げだったが。

 

 『あの破片や体液をクリーニングするのはあんまりやりたくないかな。』

 『ウイルスも怖いですし。』

 「やはり滅菌は大切だなぁ。」

 『そういえば、冷気に弱いんだっけ?』

 「うん、それはそうなんだけど・・・。」

 

 たしかに、EADの作用は冷気やアルコールによって弱体化するが、それだけでは完全に死滅しない。シベリアの凍土からその原始ウイルスが見つかったことがその例だ。

 

 『・・・それで、アシュリーの体内の抗体が必要になるって?』

 「うん、そういう話だった。」 

 「私?」

 『ああ、この話は今はやめておこうか。』

 

 突然、自分のことを話題に挙げられてアシュリーも困惑しているようだったので、早々にこの話題は打ち切った。

 

 『冷気で死なないウイルスが、抗体でも死ぬかな?』

 「なに、トビー?」

 『なんでもない。』

 

 この疑念は、すぐに的中することとなる。それも考えうる最悪のさらに最悪の形で。



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第159話

 『ここね、エレベーターシャフトは。』

 『そして、あれが敵か。』 

 

 地上と宇宙とをつなぐ大動脈、そお地上30mほどのところに瘤のように『それ』はへばりついている。

 

 大動脈瘤でありながら、時折それは心臓のように拍動している。

 

 「なんだろう、原作のよりもスケールが大きいような。」

 『なにあれ、蛹?』

 「うん、バアル・ゼバブの蛹。」

 

 一見すると巨大な泥の塊のようにも見える。だが、その中ではゼバブの王が目覚めの時を待っているのだ。

 

 『昆虫の蛹なら、今のうちに破壊しちまうチャンスじゃないのか。』

 『そして手元には強力なビームがある。これはやること決まったかな?』

 『まあまあ、少し様子を見てからでもいいんじゃないかな?』

 「出来るだけヤワそうな部分を探そう。」

 

 それに、下から撃つと落ちてきた残骸に潰されそうだ。上に回り込んで薄そうな部分を狙い撃ちにしよう。

 

 と、バーニアを吹かせて上を目指そうとしたその時。

 

 『おい、なんか動きが大きくなってきてないか?』

 『ホントだ、遊馬急いで!』

 「わかってる!」

 

 蛹が揺れ、同時にこの場の空気が震えていることに気づいた。どうやら蛹の中の主はこちらの存在を感知し、急いで羽化しようとしているようだ。

 

 『撃て遊馬!』

 『焼き払えー!』

 「よぉし、リオンビィイイイイイイイイイム!!」

 

 最大出力のビームを蛹の上部に浴びせかける。動かないうえにバカデカいだけ、こんなもの的以外のナニモノでない。しかしオーバーキルかもしれないが、念には念をと気合と共にボタンを押し込む。

 

 『やったか?』

 「それ、フラグ!」

 

 モンドの感嘆の声に思わず嫌な予感を察するが、そんな遊馬の思いとは裏腹に蛹は赤い火柱を上げながらシャフトの底へと落ちていく。

 

 『やった?』

 『やりましたの?』

 『やったっぽい?』

 『やったようだな。』

 「よってたかってフラグ立てないで。」

 

 こいつら・・・と思いつつも遊馬も内心で胸を撫でおろす。あれだけの火力となれば、噴き出すガスに引火して火が火を呼ぶ。あっという間に燃え尽きることだろう。

 

 『ぬっ?』

 「なにエルザ?」

 『ぬぬっ?熱源が接近中。大群だ!』

 

 遊馬たちの通ってきた道や、それ以外の通路からゼバブの大群が押し寄せてきている。

 

 『今頃?』

 『もうお前らのボスは焼き払われた後だっていうのに。』

 「なんか・・・様子が変だ。」

 

 まさに飛んで火にいる夏の虫、というようにそのゼバブの大群は次々に炎の中へと飛び込んでいく。まるで集団自殺のようだが、その勢いはとどまるところを知らない。

 

 『ゼバブとは、そこまでバカだったのか?』

 「けど、なんだか不気味だよ。」 

 『まるでレミングの死の行進のよう・・・。』

 

 そこまで言ったところで、トビーは押し黙って考え込んでしまう。その間にも状況は変化していく。

 

 『やっぱりやったんじゃないのか?』

 「いや、こんなにもあっけないはずはないと思う・・・。」

 

 今にも大群は燃え尽きてしまいそうだが、変化は止まらない。溶けたタールのような液体が、シャフトの内に溜まっていく。その地獄の沼の中に、蠢くものが見えた。

 

 『十の災い・・・。』

 「なに?トビー。」

 『繁殖力の高い生物は、大量発生と減少を繰り返す性質がある。そして生き残った個体は特に強い・・・。』

 

 『あっ、なんか出てきた。』

 『あれがバアル・ゼバブなのか?』

 「違う、あれはバアル・ゼバブじゃないぞ?!」

 

 その巨体は、遊馬の記憶にあるラスボスとは違っていた。羽のある蟲というよりは、3対の脚を持つ巨人。黒光りする不浄なるその姿を沼の底からもたげ、赤い複眼をダークリリィへと向ける。



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第160話

 『ブゥウウウウウウウウウウウウン!!』

 

 「来た!!」

 

 不浄の沼から出し恐怖の巨神、『バエル』は、通常のハエとも異なる3対の羽を広げて、まるで人間のように発達した指を持つ肢をダークリリィへと伸ばしてくる。

 

 『腕もあるのか!』

 「知らない、僕の知ってるラスボスじゃないぞ!?」

 

 それもそのはず、もはやバエルはゼバブの枠組みを超えた、『新たな生命』にして『新世界の支配者』である。もっとも、その新しい世界にヒトの住むところはないんだが。

 

 故に、その新しい生命を誰も『ゼバブ』と呼ぶことは無い。その代わりに『人類』と呼び、呼ばれるようになる。

 

 「くっ!デカくなったところでムシケラごときに!」

 

 遊馬は手に持ったライフルのトリガーを引く。だが、装甲のように硬質化した皮膚を貫くことが出来ない。

 

 「ウソだろ!?」

 『避けろ、遊馬!』

 

 あの大腕に捕まれるわけにはいかない。やや狭いエレベーターシャフト内だが、旋回して回避することに成功する。

 

 『シュルルルルル・・・』

 

 しかし、一度手を伸ばしたところでバエルはダークリリィを無視して上昇を始めた。

 

 「こいつ、どこを目指している?」

 

 エレベーターの上には真空の世界、宇宙しかない。ステーションやオービタルリングのほかと言えば・・・。

 

 『・・・まさか、クラックか?!』

 『次元の裂け目を目指しているっていうの?』

 

 むしろ、それしか考え付かない。もうダークリリィには眼もくれず、バエルは空へ空へと昇っていく。

 

 『いや、だがどうやってクラックのことを知った?』

 『それに、オービタルリングまで3万6千km、クラックまでは10万kmもあるのよ?生物が羽で飛んでいけるようなものじゃないわよ!』

 「ん?レーダーに、今度はなんだ?」

 

 モンドとエルザはそれぞれが疑問の声を上げた。だがその問いに答えるように、下から接近するものがある。

 

 「あっ!エレベーターシャトル!これに乗る気か!」

 

 いつの間にか発射されていた軌道エレベーターが上がってきた。そして示し合わせていたかのようにバエルはその上に乗っかる。

 

 『野郎!ただデカいだけじゃないようだな!』

 『頭脳まで発達しているのか・・・。』

 

 どうやって知ったのかはもはや問題ではない。明確なのは、バエルはクラックを目指しているということだけだ。

 

 『こんなやつらを野放しにしておくわけにはいかないし、世界を融合させるなんてもってのほかだぞ!』

 「くそ!待て!!」

 

 知っているからには、方法も何かがるのだろう。ダークリリィも急いで追いかける。



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第161話

 「追い付いた!」

 

 このエレベーターシャトルを破壊してしまえれば楽なのだろうけど、生憎ここはとかく頑丈に作られている。大型ミサイルでも持ってこなければ破壊することはできないだろう。

 

 『ビームは?』

 「リチャージ中!」

 『なんで余力を残しておかない!』

 「仕方ないだろ!」

 

 こればっかりは遊馬の判断が甘かったとしか言えない。けど誰も止めなかっただろ!責任転嫁もしたくなるのをぐっとこらえて、ペダルを踏みこんでエレベーターシャトルの上に乗り込む。

 

 『シャアアアアアアアア!』

 

 悠々と宇宙への旅を満喫しているバエルも、自身に迫る追ってに気づいた。ここからは一騎討ちとなる。

 

 『近接戦闘になるなら、やっぱり火炎放射器が役に立つか。』

 「燃料は十分ある。」

 

 ライフルからフレイムスローワーに持ち替え、トリガーを引けば3000℃の炎の蛇が牙をむく

 

 時間を置くごとにぐんぐん標高は高くなり空気も薄くなっていく。だが特殊燃料ジェルには酸素が含まれており、たとえ真空の宇宙に出ても問題なく燃焼する。

 

 『シュルルルルルルル・・・!!』

 

 ライフルを弾く甲殻も、熱の伝導には弱い。ゼバブも苦悶の声を上げる。銃口の向から外した後も、顔や腹に付着したジェルが燃焼を続けている。

 

 「デカくなって火には弱いままか。そうでなくてはな!」

 

 だがいくら残量に余裕があるとはいえ無駄に放射し続けていると燃料もすぐ底を尽きるだろう。それまでに倒せるのか、勝ち筋を見つけなければならない。

 

 「いや、ビ-ムのリチャージを待てばいいだけか。」

 

 考えなくとも、火炎放射よりよっぽど威力のある武器を持っているではないか。リオンビームさえ撃てれば、勝ち確定。本当にチートだ。

 

 「リチャージまでの時間は?」

 『あと3分。』

 

 そうこう相談している間に、ゼバブはその長い肢を振るって、ダークリリィを捕えようとする。だが器用さもスピードもはるかに上、ただ振るわれるだけの攻撃にはかすりもしない。

 

 「生まれたての赤ん坊のようによちよちの攻撃をしよってからに!」

 

 さて、問題はビームでどこを撃つかだ。脚や羽を狙って行動力を奪うか?頭を潰すか?心臓を貫くか?それも目の前に置いてある肉をどう調理するか?というレベルの悩みでしかないか。

 

 『キシャアアアアアアアアアアア!!』

 

 「吠えるな吠えるな。今楽にしてやる。」

 

 戦いが始まる前は危惧されていた問題も、こうなれば全くと言っていいほどに楽勝だ。なにせエレベーターが天辺に着くまで数時間はかかった。その前にビームは何発撃てる?やはり機体が強すぎる、ゲームバランスがぶっ壊れている。

 

 「当たれよ!ビーム!!」

 

 バエルの横なぎ攻撃を跳んで躱すと、その脳天をロックする。

 

 「なにっ!?」

 

 突如バエルの体から無数のゼバブが放出され、ビームを遮る壁となった。

 

 『こいつら、群体が一個体を形成してたのか?』

 「これぐらい、ビ-ムで押し返してやる!うわっ!?」

 『左からくる!左だ!』

 「なにっ?!うぉおおおおお!」

 

 ビームで駆除しきれる量ではなく、そればかりか夥しい数のハエがモニターを塞ぎ、横から迫る巨腕に気が付かなかった。

 

 「くっ、しまった・・・!」

 

 ダークリリィはもがく暇もなく、バエルによって地面に叩きつけられてしまった。

 

 「ぐっはぁ・・・。」

 「あ、アスマ・・・。」

 「らぴぃ・・・。」

 「アシュリー・・・ラッピー・・・うっあ・・・。」

 

 後部座席にいたアシュリーも揺さぶられてグロッキーになった。ミシミシと機体は悲鳴を上げ、モニターも死んでいく。

 

 「ぜ、ゼバブが・・・入ってきた!?」

 

 どこかの隙間から、羽虫がコクピット内へと侵入してくる。

 

 それはあっという間に遊馬の視界を黒に染めた。



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第162話

 「あれ?」

 「『あれ?』じゃねえよ。この展開も何回目だ。」

 「大丈夫アスマ?」

 

 視界が暗転から回復すると、そこには見知った顔がいた。

 

 そうか、また負けたからこっちに戻ってきたのか。ホラーゲームなら一撃死の攻撃を持ってる敵もそう珍しくなく、たまーに道中のザコが使ってきて、ほどよい緊張感を与えてくるだけだったのに。が、まさかラスボスまで使ってくるとは。そこまで来て即死級の大ダメージならまだしろ、即死攻撃とか萎える要素にしかならないと思うのだが。

 

 いや、正確には遊馬の記憶にあるラスボスとはまた別な存在なのだが。少なくともバアル・ゼバブは使ってこなかった。攻略自体は全ルート共通のパターンがあるのだが、キャラクターごとによって微妙にステータスが異なるので、手順が前後してそれなりに緩急はあったと記憶している。・・・その記憶も今となっては怪しいものなのだが。

 

 「あれ、アシュリーとラッピーは?」

 「来てないですわ。」

 「ってことは、向こうに置き去りか。」

 

 正直今まで以上に戻りたくない光景が広がっているが、当然そんなところに2人を置き去りにしたままなんて出来ない。

 

 「しかし、どうやってクリアしたものか。普通に倒せればそれでよかったのに、ダークリリィがやられてしまっては・・・。」

 「というかダークリリィを使っておいて負けるなんて、遊馬本当にゲ-ム上手いの?」

 「うっ、うぅ・・・なんだか自信無くなってくるな・・・。」

 

 エルザに言われて、いや言われなくても自身の強みにすら自信がなくなってきた。遊馬にとってゲームの腕だけが、なけなしのプライドを保ってきたのに。

 

 「あのなぁ、もっと自分を信じろよ。少なくとも今まではお前のゲーマーの勘でうまくやってきてただろう?」

 「けど、それは一度プレイしたことがあるゲームだったからで・・・やってないところは自信が・・・。」

 「ゲームだろうが戦闘だろうが、最初は『やったことがない』まっさらな状態だろ。」

 

 後ろ向きになっていた遊馬に、モンドのお叱りの言葉が刺さる。

 

 「そうですわね、誰だって初めては初めてですわ。私だって初めてカサブランカに乗った時はそりゃあ緊張したし、大変でしたわ。」

 「美鈴?」

 「けど、初めて動かした時の感動はそれはもうすごかったですわ。」

 

 ふんす!と美鈴も胸を張る。

 

 そういえばそうだ。初めてプレイするゲームにはいつもワクワクしていたじゃないか。そして、どんなゲームも全力で楽しむと。

 

 「よし、自分の可能性を信じよう。」

 「それでいい。」

 

 



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第163話

 さて、ソフトを買って起動して、数時間かけてラスボスまでやってきたというところ。ここからは攻略法を考える時間だ。 

 

 「なにかアテはあるの?」

 「セオリーでいけば、まずはウィークポイントを撃って弱点を露出させる。」

 「意味が被ってないか。」 

 

 例えば関節部分とかのウィークポイントや、あるいはエネルギーや体液の溜まった球とか。そういうのを順番に潰していくと、心臓や脳、目玉などのコアが出現するから、そこを撃って初めてダメージが通る。というパターンは多い。特に銃器が多く登場するシューティング要素の強いアクションゲームには多く見られる。 

 

 「そして体力を削った最後には、ラストシューティングを決める。」

 「ラストシューティング?」

 

 最後の一撃、仲間からパスされた大型火器で、クリーチャーを粉微塵に吹き飛ばす。トリガーを引いた瞬間、ゲームセットというわけだ。

 

 「その最後の一発だけ撃たせてくれたら楽なんだが。」

 「それじゃあゲームにならないから。」

 

 デッドソイルも終盤には武器が結構揃ってくる。

 

 「バアル・ゼバブはどうやって倒すんだ?」

 「電線を利用して、体液に火をつける。シューティング要素よりも、ギミックを解除する要素の方が強いかな。」

 「じゃあ、さっきのセオリーとには当てはまらないんじゃありません?」

 「うん、でもキャラによっては武器でゴリ押しも出来るんだ。」

 

 ギミックでダメージを与えるとは言っても、セオリーからはそう離れていない。例えば列車の操車盤を操作して廃線をぶつけたり、クレーンを引っ掛けたり。

 

 「あれ、でもその展開だとラストシューティングは電源スイッチってことになるんじゃ?」

 「うん、そうだよ。」

 「シューティングしてないじゃん。」

 「そうなんだよねー、そこが不満点だったかなー。」

 

 いや、だからこそ逆にバエルには熱い戦いが用意されているのかもしれない。本格的なバトルが予想される。

 

 「もうダークリリィはやられてしまったがな。」

 「ウグッ。」

 「損傷レベルによっては使える武器もあるかもしれないけど。」

 「わかる?」

 「見てもないことには。けどラストシューティングがあるとすれば、それはダークリリィが当てはまるんじゃない?」

 「もう一回ビームが撃てればな・・・。」

 

 撃てるだけのエネルギーは残っているだろうけど、かなり破壊されてしまっているからな。

 

 「ふっふん、その点に関しては心配ないよ。自動修復機能がついてるからね。」

 「そんなのついてたっけ?」

 「つけたんだよ、キミたちが農作業に夢中になっている間に。」

 「・・・あのグラウンドの端っこに見えるのは、本当に畑だったのか。」

 

 こんな砂と粘土しかない土じゃロクな作物が作れないと思うが。というか、なぜ畑。

 

 「まあ、それは後でいいとして・・・時間さえ稼げれば直るんだね、ね、エルザ?」

 「ええ、けど一発で決めるべきね。」

 「ラストシューティングは外したことないよ。」

 「なら安心ね。」

 

 そこのところは自信ある。



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第164話

 「よし、まずはありったけの武装を施してから向こうに戻るか。」

 「そんな悠長にしてていいんですの?」

 「ラッピーとアシュリーがピンチなんじゃ?」

 「大丈夫、どうせ向こうで時間は経過してないだろうし。」

 

 こちら側、ゲーム世界の時間は経過しても、向こうの時間は変わらないだろう。

 

 「正直な事を言うと、戻ったらひどい状況だってわかってるから戻りにくい。」

 「そんな状況に2人を置き去りにしてるってわかってる?」

 「うん・・・。」

 

 ホラーゲームの嫌なところはこういうところだ。自分の意志でそういう嫌な世界に戻らなければならない。もう一回あの世界に行くなんて、出来るなら御免こうむりたい。

 

 「1人じゃイヤだなー。」

 「そもそもホラーゲームなら一人用じゃない?」

 「いや、外伝なら協力プレイも・・・。」

 

 ネット通信でお家にいながらもみんなで遊べるモードがある。

 

 「そうだ、みんなをこっちに呼ぶことって出来ないのかな。」

 

 逆に言えば、なにかしら用意があれば通信プレイできるかもしれない?

 

 「ゲームの参加にはゲームPODが必要で・・・。」

 「それが今は1台しかないからな。」

 「そうか・・・いいアイデアだと思ったんだけど。」

 

 だが着眼点は悪くなかっただろう。何かしらの方法で他のゲーム機を用意できれば、あるいは。

 

 「トビーはゲーム機とか作れないの?」

 「そりゃあ、設計図とかあれば作れるけど、作ったところで違う世界とをつなぐことができるとは限らないよ?」

 「そこはほら、僕のゲームPODを仲介するとか。」

 「フーム、そういうことなら。」

 

 出来なくはなさそうだ、と言った面持ちだ。

 

 「まあ考えておくよ。それよりも、ひとつ確認したいことがある。」

 「何?」 

 「アシュリーの持ってる抗体って、本当にEADを絶滅させられるの?」

 「???というと?」

 

 なんか引っ掛かるような物言いだ。ストレートにものをいうトビーにしてはちょっと珍しい。

 

 「普通ウイルスの研究っていうのは、同時にワクチンの研究も行われるものなんだ。というよりも、ワクチンの研究のためにウイルスを研究するっていうのが正しいかな。」

 

 武器の調整をしていたモンドや、いざという時のためにカサブランカに乗り込む用意をしていた美鈴も、その話を聞いて寄ってくる。

 

 「けど、EADはシベリアの氷の中から見つかった原始ウイルスで、研究も途中だったって言ったよね?」

 「うん、そのはず。アシュリーは偶然その抗体を持ってて、研究材料にされたりするんだけど。」

 「そこだよ、アシュリーのせいでEADの脅威はむしろ増えるんじゃないかな?」

 「なんで?」

 「無差別に誰も彼も土に変えてしまうようなウイルスなんて、危険すぎて誰にも扱えないよ。なにせ使う当人が真っ先に危険にさらされるんだから。」

 「けどもしもワクチンが作れれば、その問題は解決するという事ですわね。」

 「そういうこと。」

 

 まあ、使うやつは使うんだろうけども。けれど、それがもっと大きな組織、国家によって研究プロジェクトとして立ち上げられたら?まるで冷戦時の核開発のように。

 

 その時が、真にEADが世界に蔓延る、第5の絶望のエンディングというわけだ。

 

 「じゃあ、どうしたらいい?」

 「一番いいのは、アシュリーを『ころす』こと。」

 「そんな!」

 「おいおい、それはないだろ?」

 

 モンドの言う通り、それはない・・・とも言い切れないと遊馬は思い当たった。

 

 「ジミーのエンディングではアシュリーがいなくてもEADの研究が続けられることが決まって、ザインの時はアシュリーを庇って自分が死んで、マウザーの場合はアシュリーを研究材料に、レイチェルはアシュリーを守れずに終わる・・・。」

 

 一つずつ、クリアしては陰鬱な気分に落ちていったことを思い出していく。

 

 「これらを総ざらいするのが第5のエンディングなんだ。」

 「作ったやつはどれだけ絶望が好きだったんだ。」

 

 これでわかった。ハナっから救いのルートなんてなかった。電源を入れた時点で底なし沼に足を踏み入れ、その中でもがいてもがいて、もがき続けた結果力尽きて沈んでいく。それがデッドソイルだ。



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第165話

 「いっそ死んでいた方がマシな時もある。今のオレたちのように。」

 

 後ろで聞いていた雄二が、声をはさんだ。

 

 「EADもレベリオンも同じだ。災厄でしかなかったものですら人間は従え、同じ人間に向けあう。そのきっかけを作ったのも、俺たちだ。」

 「雄二・・・。」

 

 その行く末は舞台の上に立つ役者には知る由もないことだが。もしも知ったら絶望するしかないだろう。

 

 必死で守った世界が、自ら滅びへの道を歩んでいくのを見せられてしまうというのは筆舌に尽くしがたいところがあるのだろう。

 

 「こんな脚本を書いたやつは殴ってやらなければならない。」

 「雄二たちの場合は僕の親父なんだけど。」

 「じゃあ今度代わりに殴っておいてくれ。」

 「さすがに身内に手をあげるのは気が引ける。」

 「本音は?」

 「マジで一回ぶっ飛ばしてやりたい。」

 

 遊馬は激怒した。何から何まで色々と説明不足でおたんこなすなあのクソ親父をグーで行かねばならぬと決意した。

 

 それもこれもあの親父の雑な教育が悪い。遊馬が引きこもりになったのもやっぱりあの親父のせいだと思う。

 

 さて、そんな親泣かせな考えは一旦置いておくとして。

 

 「だからこそ、アシュリーの心を救ってやらないといけない。」

 「アシュリーはどうしたいんだろうか。」

 「そこんところどう思うんだ、遊馬は?」

 「僕?」

 「アシュリーと自分を重ねているんだったら、遊馬の意見も大きいところあるよ。」

 

 アシュリーは僕と似ている。なら、アシュリーの欲しいもの、してほしいことは僕にとっても同じもの。

 

 「だから僕はアシュリーのお兄ちゃんになった。」

 「へー。」

 「遊馬ってそういう・・・。」

 「君たちの考えているような他意はないよ?」

 

 確かにアシュリーは可愛いけど。

 

 「で、そのお兄ちゃんは次に何をしてあげたいのかな?」

 「エルザだって雄二のお姉ちゃんみたいなものだったんでしょ?意見聞きたいな。」

 「ん?私?」

 「おい、遊馬。」

 「なに雄二?」

 「・・・藪をつついて蛇だぞ。」

 

 雄二とエルザは10歳の差で、雄二は火星で生まれた。

 

 「そうねー、私は雄二が生まれたての頃からの付き合いだからね。とにかく火星では人手が足りなくって、ミルクあげたりおシメを替えてあげたり、勉強も教えてあげたっけ、手取り足取り。」

 「ああ、だから姉というよりも親代わりのようにも想っていた。」

 「姉であり、母であった、か。」

 「今は妻みたいなもんだけどね。」

 「一言余計だ。」

 「エヘヘ。」

 

 あっけらかんとしているエルザとは対照的に、雄二は少し恥ずかしそうにしている。

 

 「けど、思ったよりも普通な幸せのビジョンですわね。」

 「そうよ、普通な幸せってとっても幸せなことなのよ。」

 

 この場にいる全員が、思うところあるのか押し黙る。ともあれ、遊馬のやることは決まった。

 

 「ほれ、遊馬。得物の調整はしておいた。これなら反動も少ない。」

 「強化服もね。生存性はこれで高まる。」

 「ありがとう、2人とも。」

 「私たちは・・・。」

 「応援してるよ!」

 「ありがとう!」

 

 そして武器もそろった。さあ、戦いの幕が切って落とされる。血と腐臭の世界にまた潜っていく。

 

 【GAME START】



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第166話

 黒より出でて、黒に染めしもの。

 

 氷獄より目覚めた【我】は、見下ろされていた。透明なガラスの向こうから注がれる眼差しには、好奇心、切望。

 

 隣には常に羽をもつ【蟲】が蠢いていた。

 

 ガラスから持ち出された我を掴んだ手は震えていた。歓喜に狂乱に。

 

 そして私を見下ろす目は、欲望、奇異、そして悪意に変わった。

 

 やがてその場所からも我は連れ出された。解放の時が来た。

 

 我は蟲に乗せられて空を舞い、我を見下ろしていたものたちを【食】していく。

 

 やがて、蟲たちも同じように【食】を始めた。しかし我と決定的に異なることを始めた。

 

 我は【ひとつ】。故に【増える】こともない。だが蟲たちは子孫を残し始めた。

 

 そして生まれた子孫の蟲たちにも、【我】がいた。

 

 蟲と共に増えた我も、我と同じ性質を持ち、そして子孫の蟲はまた子孫を遺した。

 

 【我】は【我々】になり、蟲もまた我々の一部となっていった。

 

 多く集まり繋がりあった我々は、いつしかひとつの巨大な脳となり、知能をもたらした。

 

 我々は大勢でありながら、個でもある。

 

 【ここ】はどこだ?

 

 その巨大な脳髄が脈動し、今の状況を計算する。我が眠っていた氷の大地でも、ガラスの世界ともここは違う。

 

 【我】は増えながらも、見下ろしていたものたち・・・【ヒト】は減っていくばかり。ガラスの世界から連れ出された時は、もっと集まってきていたというのに、【ここ】にはそれがない。

 

 【ここ】はあの氷の大地やガラスの世界と同じだ。【外】とは隔離された閉じた場所。どこにも繋がっていない。何も入ってこない。

 

 ああ、ああ、外へ、外へ。あの温かな空気に触れたい。かつていた星の欠片に乗って、この星に来る前の時のように。

 

 ああ、ああ、我の耳元で悪魔が囁く。

 

 『天を目指せ』と。

 

 天を衝く塔の先に、この世界の出口はある。そう誰かが囁くのだ。

 

 あるいはそれは空耳だったのかもしれない。あるいはそれは発達し過ぎた頭脳が導き出した結論だったのかもしれない。あるいはそれは生物的な勘だったのかもしれない。

 

 だがそんなことはどうでもよかった。この世界のヒトを食いつくした我の向かう先は決まった。

 

 ところが、なにやら殺し損ねたヒトがいるではないか。

 

 そいつは、おそらくこの星とも異なる技術で作られた機械の中を操っている。

 

 気に入らないのは、その色だ。我々の蟲の黒とは違う、宇宙を駆ける流星のように輝いて見える。

 

 そしてそいつは火を吹いて我々を殺してまわっている。

 

 我々も、1つに戻る時だ。



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第167話

 「うっ・・・ぉおおおおおおおおおおお!!!」

 

 体に張り付いた蟲たちを払いのけるように力を滾らせ、ダークリリィを再起動させる。

 

 『遊馬!電気ショックよ!』

 「よし!喰らえ!」

 

 立ち上がったダークリリィの膝や肘の関節から青白い閃光がスパークすると、きたいに纏わりついていた蟲はポロポロと落ちていく。

 

 「よし!あとはコックピットの中にも入り込んでるやつらを・・・アシュリー!目を閉じて鼻と口を塞げ!」

 「うんっ・・・!」

 

 アシュリーは後ろに健在だった。向こうではそこそこ士官が立っていたが、やはりこちらでは一瞬の出来事だったようだ。

 

 ともかく、アイテムスロットから筒状のものを取り出すと、その底部を擦って火をつける。発煙筒でいぶす作戦だ。

 

 「グッヘェ!ガスマスクとかももらっておけばよかったか!」

 

 しかし苦しいのはゼバブも同じ、煙を嫌がって飛び始めたのを確認すると、ハッチを開けて開放する。そして発煙筒を投げ捨てると、その性質によってすべてのゼバブは火に向かっていく。

 

 「ゴホッゴホッ、とりあえずヨシッ!アシュリーはここで待ってて!」

 「うぇええ・・・アスマ、どこいくの?」

 「やつをぶっ飛ばしてやる。すぐ戻る。ラッピーはこっちにいろ!」

 「らぴ・・・。」

 

 アシュリーとちょっと精神的ダメージを追ったらしいラッピーも置いて、コックピットから遊馬が飛び降りるのを確認すると、ダークリリィはハッチを再び閉じる。

 

 『あれ?閉じちゃったよ?!』

 「エルザたちが遠隔操縦してくれてるんだ。心配ない。」

 

 そうして、上昇していくエレベーターシャトルからダークリリィは離れていく。最低限の動きしかできないダークリリィでは戦えない。自動修復装置が仕事をしてくれるまで、少しの間離れていてもらう。

 

 「さて・・・結局生身で戦うことになってしまったな。」

 

 一応、火炎放射器を置いて行ってくれたが、銃身が3mほどの大きさのコイツを担ぐのは少しばかり無茶だろう。それでも強化服のおかげで支える程度の事は出来るし、遠隔操縦でトリガーも引いてくれる。これを使わない手はないだろう。

 

 すっくと立ちあがって、巨大な敵に相対する。それはあまりに巨大で、怖気づいてしまっても誰も文句は言えないだろう。

 

 「ここからは、本当に1人っきりか。」

 

 ゲームPODネクスはダークリリィのコンソールと接続したままだ。そうでなくてはエルザたちの遠隔操縦も出来ないし、それは仕方がない。

 

 だがアイテムを向こう側から取り出すことも出来ないのは痛い。まあ、どのみち一撃喰らえば即昇天するのだから、元から気休め程度にしかならなかったのだ。早々に未練を捨てる。

 

 覚悟を決めて、自分を見下ろす赤い複眼を睨み返す。

 

 『ジョワァアアアアアア!!』

 

 バエルも自分を見上げる遊馬を新たな敵と明確に認定したようだ。人間のような口と歯をむき出しにして、咆哮を薄い空気を振るわせ、己の存在を響かせる。



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第168話

 『ジョアアアアアアアアアアア!!!』

 

 先に動いたのはバエルの方だった。棘の生えた触手のような腕を振るい、目の前のちっぽけな存在、遊馬を叩き潰そうとする。

 

 「わわわっ、よっと!!」

 

 それを遊馬は寸でのところで跳びのいて躱す。触手攻撃はかなり追尾性能が高かったので、ギリギリまでひきつけないと当たるはずだったと記憶していた。

 

 「そしてすかさず触手に反撃!」

 

 この攻撃の瞬間だけ見せる腕の関節部分が最初の弱点だ。モンドから託されたレーザーキャノンの連射モードを浴びせる。

 

 トリガーを引けば、眉を顰めるような連続の反動が返ってくる。これで反動を抑えた方なのか、というかレーザーの反動ってなんなのか。以前、レベリオンを撃った時はもうちょっと衝撃が弱かったような・・・色々と頭の中を情報が流れてくるが、今はそれをすべて受け流す。

 

 『キョワァアアアアアアアア!!!』

 

 ともかく威力は抜群だ。グシュグシュと弾が突き刺さった痕から液体が溢れ出て、組織が破壊されていく。バエルは苦悶の声をあげている。

 

 だがただやられてばかりいるバエルではない。無事な腕はまだ3本も残っているのだから、それらでまとめて叩き潰しにかかってきた。

 

 「避けられるか!?避けるぞ!」

 

 触手が叩きつけられるたびに地面が揺れ、衝撃が走るが、直接ぶん殴られているわけではないから痛くない。そう怯える心を奮い立たせ自分に言い聞かす。竦む足を無理矢理動かさせ、とにかく後ろへ。ある程度距離をとると攻撃の射程外へ出られるのだが、これもどうだ?

 

 「うっし・・・どうやら、まったく変わってしまっているわけではないみたいだな。」

 

 案の定といったところ、攻撃の手は薄くなった。さらにエレベーターの縁ギリギリのところに窪みを見つけ、そこに体を滑り込ませる。どうやらここは安全地帯のようだ。一安心できた。

 

 ここまでは遊馬の考え通りに事が運んでくれている。ゲームの知識も役立ってくれる。

 

 ただここには攻撃に使えるオブジェクトがない。なにせ今も上昇を続けている軌道エレベーターの上なのだから。

 

 大気もだんだん薄くなっていく。そろそろ富士山の標高も越えて、高山病が心配になってくる頃合いだ。美鈴とエルザが用意してくれた酸素マスクを被っておこう。

 

 視界が少し狭くなるが、そのぐらいは承知の上。時間経過で命を落とすよりかはマシだ。

 

 「倒せるだけの準備はしてきたんだ、あとは実行に移すだけ!」

 

 この場でじっとしていてもらちが明かない。さあもう一度攻撃の時だ。



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第169話

 窪みから飛び出すと、バエルの攻撃を誘うため、反復横跳びのようにステップを踏む。追尾性は高くとも、落ち着いて判断すれば決して難しくはない。と思いたい。

 

 「あふっ!!」

 

 幸いなことに避けた先に攻撃を置いておくような真似はしてこないだけ、敵は温情なのかもしれない。ともかく、敵の攻撃はこちらの攻撃のチャンスでもある。すかさず反撃に出る。

 

 撃ったら戻る、真ん中へ。まるでテニスのようだが、対応のしやすい広い場所を陣取るのは基本だ。それにスポーツゲームも遊馬は得意だ。

 

 『ゴバァアアアアアアアアアアアア!』

 

 「よっし!」

 

 まずは一本、切断された触手はウネウネとしばらくのたうち回った後、黒い液体を吹き出しながら溶けていった。明らかにこれはダメージを与えていると言っていいだろう。

 

 「よしよし、一旦退避だ!おっと!」

 

 切断された一本以外の、残り3本の腕を叩きつけてくる。駄々っ子のように不規則に無造作に振るわれ、エレベーターシャトルは揺れる。

 

 「落ち着けよ、自分が落ちるだけだぞ?」

 

 もれなく遊馬も空を燃え尽きる流星になるのだが、そうなる前にダークリリィが拾ってくれることだろう。

 

 「っと、そういえばダークリリィが置いていった火炎放射器もあったんだったな。」

 

 どうせならあれも使ってやろう。ゲ-ムPODが無くても通信できる端末を用意してもらっておいた。

 

 「エルザ、聞こえてる?」

 『・・・聞こえる聞こえる、何?』

 「例の作戦を実行する!」

 『アイアイサー!・・・』

 

 試作品の端末なので、上手くいくかどうかは未知数だったが、不明瞭ながらちゃんとエルザの声が聞こえてきたので安心した。生きて帰れたらもっと改良してもらおう。

 

 まずは落ちている火炎放射器を立て、強化服の袖に入っているワイヤーを使って、床を走っているパイプやらに固定する。全長3mもあるが、強化服のおかげでただ立たせるだけなら出来る。

 

 「あとは攻撃を誘発させて・・・。」

 

 やってることは、ゲーム本編でのラスボス戦でのオブジェクトを使った戦い方と同じ。

 

 『グロロォオオオオオオオオオオオ!!』

 

 「今!!」

 『OK!!』

 

 合図を受けたエルザがトリガーを遠隔操作で引くと、銃口から高熱が吹き出す。間近で見ている遊馬にも、薄くなった空気を通じてその熱が伝わってくるようだった。あまり近くにいると赤外線で焼き魚のようにグリルされてしまうだろう。

 

 「羽虫のムニエルなんてバターをいくら盛っても食べられたもんじゃないだろうけど。」

 

 弱点を露出させていた触手が次々に焼け落ちていく。もはや勝機は決したと言っていい。



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第170話

 「よし・・・。」

 

 あとは最後の弱点を撃つだけ。すべての触腕を失ったバエルだが、それだけで終わる生物ではない。

 

 「! 脱皮する気か!」

 

 赤い複眼と牙の並んだ口を持つ頭が突如硬質化すると、先端をバリバリと割りながら一回り小さな新しい頭が出てきた。第二形態ということか。

 

 羽化したばかりでその表皮はまだ柔らかだが、代わりに軽量化された体で跳ねまわりながら、新しく生え変わった腕を振るう。

 

 「やはり、すんなり勝たせてはくれないか・・・。」

 

 脱皮した抜け殻がエレベーターから落ちていくのを尻目に、レーザーキャノンを連射して撃ち落とさんとするが、それらはかすりもしない。逆に消化液を吹きかけて反撃してくるのを遊馬は驚きよろめきながら躱す。

 

 「おっと!一発当たれば死にそうなものを!」

 

 脱皮したばかりで表皮が柔らかそうだし、そうでなくとも軽量化した影響で、どんな攻撃でもダメージを与えられそうだ。

 

 「ならこれで決める!エルザ!」

 『修復率79%、十分イケるよ!』

 

 エレベーターの下から、バエルと同じく黒いボディに赤い目の機体が上がってくる。ハッチは開け放され、遊馬が乗り込むのを待っている。

 

 「アシュリー、大丈夫だった?」

 「うん、エルザがずっといてくれたから・・・。」

 「今度はベビーシッターにでもなる?」

 『ベビーシッターというか今はチャイルドシートというか。』

 「らぴ?」

 

 エアーカーテンのおかげでコックピット内の気圧は一定に保たれているので、少し息苦しいマスクを外しても問題ない。よく深呼吸をして心を落ち着かせると、レバーを握る。このコックピットに帰ってきて安心感を覚えた。ここにいれば絶対ではないが安全だという信頼がある。

 

 「よぉし・・・一発で決めてやる・・・!」

 『エネルギー充填率、70・・・80・・・90・・・100・・・!撃てるよ!』

 

 今度は遊馬の視力だけでなく、コンピューターによる補助も受けられる。敵の動く先を突くことも出来る。

 

 『今!』

 「いっけぇええええええ!!!」

 

 跳びかかってきたバエル第二形態を迎撃するように、ダークリリィは頭部からビームを発射する。

 

 その真紅の稲妻は、一切の欠片も残さずに醜悪な怪物を焼き払った。

 

 「やった・・・。」

 『やったね!』

 『やりましたわね!』

 『今度こそやつもくたばったな。』

 「だからフラグ。」

 

 まだ生きてるフラグの集団詠唱はやめていただきたい。が、さすがに遊馬もこれだけやれば大丈夫だろうと安堵した。肉片どころかチリ一つ残っていないのだから。



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第171話

 しかしチリ一つ残さず消滅させてしまったんでは余韻もなにもないな。さっきまで動いていた、あるいはまだ動くかもしれない怪物の死体を前にした時のムービーというのは、もう安心できるのか、それともまだダメなのかという恐れや震えというのも乙なものだ。

 

 「こうして現実で相まみえるのは御免こうむるけどね!」

 

 何回でも言うぞ。ホラーゲームの世界に転生はしたくない。絶対にしたくない。

 

 『死体には2度撃ち、親兄弟にだって容赦はしない、一人でトイレには行かない、これがゾンビ映画でのセオリーだね。』

 「ゾンビとはちょっと違うのかもしれないけどね。」

 『死体への二度撃ち、出来てないんじゃないのか?』

 「だからその死体がないんじゃないかって。」

 『抜けていった抜け殻は?』

 

 瞬間、遊馬の背筋にゾワッとした悪寒が走った。そういえば完全に失念していた。

 

 「って、下に落ちていったんじゃないか。ビックリしたな。」

 『まだわからんぞ、本当に落ちていったのか確認するべきだ。』

 『心配性だなモンドは。とはいえ、確認するべきだとはボクも思うよ。』

 「確認する、つったってなぁ・・・。」

 

 落ちていく物体は、落ちる時間の二乗に応じて早くなっていく。重力加速度という考え方だ。空気抵抗の問題でその速さに天井はあるかもしれないが、とにかく天空を目指すこの軌道エレベーターから落下した生物が、生きていられるはずもない。

 

 『だがバエルは飛べるんだろう?』

 『そうでなくとも羽根を拡げてパラシュートに出来るかもしれませんわ。』

 「わかったわかった!もうわかったから・・・よし、確認しに行こう。」

 

 たしかに、ラスボス戦にしてはいやにあっけないものだと思った。いくらダークリリィが強力とはいえども、一度は不覚をとった相手だというのに。

 

 『不覚をとったのは遊馬だけどねー。』

 「言わないで。」

 

 だが倒したのも遊馬なのだ。その後始末はキッチリつけるべきだ。

 

 「とはいったものの、どこまで落ちていったのか見当もつかないんだよなぁ。」

 『風も吹かないなら、風に流されたってこともないでしょ。まっすぐ落ちていったんじゃないかな。』

 「エレベーターの施設にでも引っ掛かってるかな・・・。」

 

 今なお上昇を続けているエレベーターシャトルから飛び降りると、センサーを前方、もとい下方へと向けながら自由落下に身を任せる。

 

 「・・・?」

 「アシュリー、どうかした?」

 「・・・!アスマ、あれ!」

 「どれ?」

 

 あまりに短絡的すぎて気づかなかった。『下に落ちた』という情報だけを鵜呑みにして、実際のところは『落ちたフリ』をしていただけだったと。



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第172話

 「どっ?!なんだ!」

 『後ろになにかいる!』

 「このっ!離せ!!」

 

 背後から組み付くそれを、ダークリリィは高マニューバ軌道で振り落とさんとするが、強靭な腕でもって喰らいついて離そうとしない。

 

 「こんのっ、こうなったら!」

 『ぶつけちゃえ!!』

 

 もといたエレベーターシャトルに向けて突進すると、背中に張り付いたそれをこそぎ落とす。

 

 「被害状況は!?」

 『・・・関節部に少々のダメージが。けど回路に問題はない!」

 

 組み付かれたダメージは大したことは無い。むしろぶつけてこそぎ落とした時のショックの方が大きいかもしれない。だがそろそろビームの再充填が完了する。

 

 「ならばっ、リオンビィイイイイイイイイイム!!」

 

 もはや容赦はしない。再充填完了したビームを、エレベーターシャトルに隠れた『それ』目掛けて放つ。

 

 仮想世界のものとはいえ、人類繁栄の象徴たる軌道エレベーターを攻撃してしまった。あわれシャトルは一切の抵抗をも許されずに破壊しつくされ、スペースデブリと化す。

 

 「やったか?!・・・って、自分で言っちゃどうしようもないな。」

 

 自分の発言に自嘲するまでもなく、爆発するシャトルと、燃え上がるバエルの抜け殻の中にヒトガタを見た。

 

 ようやく、敵の姿を確認できた。『蟲』としての姿を捨てた、より『人間』に近づいた存在。人間と同じように頭脳を発達させながら、その姿は人間とは似ても似つかない。

 

 『人間に腕が6本もあるかよ!』

 『足と合わせれば8本、昆虫ですらない別の何かだ!』

 

 黒光りしながらも、筋肉質でどこか艶めかしさすら感じられる体躯。8本足の生物なら蜘蛛もそうだが、あの腕にはれっきとした指がついている。それらが一斉に奇怪なポーズを組む様子は、一見すると阿修羅のようにも見える。

 

 そしてその頭、顔には眼がある。蟲特有の複眼もそうだが、額の部分には怪しく光る第三の目が開いている。

 

 そしてもうひとつ驚くべきことに、口に値するようなものが見当たらない。代わりに頬の部分が魚のエラのように開閉する機構になっている。魚のエラを参照するのなら、あれで気体からエサをこしとって食べるのだろうか。疑問は尽きない。

 

 そんなやつが、垂直なエレベーターシャフトに『立って』重力すら無視しているようなそぶりを見せている。

 

 「さらに進化した・・・のか?」

 『どこまで強くなりやがるんだ!どいつもこいつも強くなったら黒くなりやがって!』

 『こいつの場合は元から黒かったような気がするけど。』

 

 そういうモンドだって黒いコートを着ているだろうに。まあそれはともかく。

 

 バアル・ゼバブが進化したバエルが、さらに進化した。『スーパー・バエル』とか『ネオ・バエル』とかそんなちゃちな名前しか思いつかないが、あれも人間の殻を破り、人間よりも進化したものだとすれば、いわばゼバブにとってのレベリオンなのだろうか。

 

 『じゃあ『バエル・レベリオン』だな。』

 『あれと一緒にしてほしくはないかな。蟲とは。』

 「ただの蟲じゃなさそうだけど・・・。」

 

 赤い複眼が、ダークリリィを捉えている。一体どれほどの戦闘力をその黒い体に秘めているのか。ゾクゾクとしてくる。



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第173話

 『シュゥウウウウウ・・・。』

 

 「!?なんだっ?!」

 『センサーにダメージ?!なんで!?』

 

 しばし距離を取りつつ様子を窺っていたダークリリィの視界が一瞬暗転し、突然ダメージアラートが響いた。センサーにダメージということは、頭部にデブリでもぶつかったのか?

 

 「またか!?」

 『とにかく動いて!』

 「一体何に当たってるって言うんだ?!」

 

 視界を回しても周囲には何もない。何もない宇宙を逃げ惑う様子をバエル・レベリオンは赤い複眼でじっと見てきていた。

 

 『ただ見ているだけ?そんなはずがあるか?』

 『ないよね、まさかあの場所から動けないわけもないし?』

 「ならば撃つか!」

 

 旋回しながらフォノンライフルを召喚して乱れ撃つ。

 

 『ヴゥンッ!』

 

 「弾きやがった!?」

 『どういう反射神経してんだ!』

 

 6本の腕の内の2本を使って、自分に向かってくるフォノン弾丸を弾いた。そうしてまたあの珍妙なポーズを組みなおす。

 

 『あのポーズに関係あるのか?』

 『遊馬、攻撃を続けろ!』

 「おぉう!」

 

 今度はもっとよく狙って連続で弾丸を浴びせる。

 

 『ホォオッ!!』

 

 今度は腕4本で、嵐のような突きのラッシュを繰り出してくる。それら一発一発が、ライフルの弾丸に対応する。

 

 『どんな精度と速さをしてれば出来るんだ・・・?』

 「今までの相手とケタが違い過ぎる・・・!」

 

 弾倉が尽きるまで撃ち尽くすが、結局一発もバエル・レベリオンに当てることはできなかった。即座にカートリッジを交換しようとする。

 

 「うわっ!?」

 『ライフルが溶けた・・・いや、燃え尽きた!?』

 

 一手遅かったか、ダークリリィの手のひらの中でライフルが破壊されてしまった。慌ててその場を離脱するが、おかげで謎のダメージの原因がつかめた。

 

 『超発火能力(パイロキネシス)だ!』

 『あのヨガのポーズにそんな意味がありましての?』

 

 スプーン曲げや透視、予知能力なんてものには必ずトリックがある。だが今受けている攻撃にはタネも仕掛けもないらしい。

 

 一説には、パイロキネシスは静電気を元にした電磁波を飛ばして発火させるという原理がるそうだ。あのポーズにもそれと同じ原理があるのかは甚だ疑問だが、実際に攻撃を受けている以上そうなのだろう。

 

 『どうやらダークリリィのカーヴニウム装甲までは燃やせないようね。』

 『だからまずセンサーの集中する頭部を狙ったのだろう。』

 

 そして次は武器を奪った。

 

 『頭部を狙ったのは偶然かもしれないけど、武器を狙ったのは明らかに知性があってのことだろうね。』

 

 ともかく、このまま様子を窺い続けても敵に情報を整理する時間を与えるだけ、攻勢に移らなければならない。



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第174話

 『なら、戦う手段は一つですわ!』

 『接近戦だ!』

 「あんなラッシュを撃ってくるやつと殴り合いなんかしたくないんですけど?!」

 

 速さだけでなく、腕4本差のハンディキャップはどう乗り越えたものか。文明の利器たる道具、武器はなにがあったか。

 

 『近接武器は正直あまり用意してなかったね・・・。』

 「銃が役に立たない相手に、剣が効くともそう思わないけど・・・。」

 

 ダークリリィの装備できる他の近接武器と言えば、備え付けのスタンバトンと、超振動ナイフぐらいなものだ。もっとかっこいいビームソードとかあれば迷いなくそれを選択していたのだけれど。

 

 「何もないよりかはマシ、か・・・。」

 

 が、ナイフならライト・レベリオンに乗った時も少し使ったことがある。少しでも使った覚えのあるものを、遊馬は選択した。

 

 『ナイフ格闘術のコンバットプログラミングを適用する?』

 「もちろん、あるものは使う。」

 

 現実世界でも、ヘイヴンのレベリオンパイロットであり、システムエンジニアでもあるパトリシアの作ったシミュレーターやプログラムのおかげで、しばらくの間生き延びることが出来ていた。

 

 ・・・今思えば、いくらそんなにすごいプログラミングがあったからと言って、簡易量産機で専用機にたった一機で、素人が立ち向かっていくなんて正気の沙汰ではなかったな。生きていられるのも本当に運がよかったか。

 

 「その運が、今も向いてくれてますように・・・。」

 

 ギュッとナイフの柄を握りしめると、自然とダークリリィもナイフ格闘術の構えをとる。あとは遊馬が戦闘の意志さえ見せるだけで、ダークリリィは遊馬の思う以上に動いてくれる。

 

 『こんな時に言うのもなんだけど、私からひとつアドバイス。』

 「手短にお願い。」

 『機械のプログラムは最適解を導いてくれるけど、それが最善というわけではない。機械には計算しか出来ないからね。』

 「なるほど?」

 『それ以上の最善手を遊馬が打ち込んであげて。』

 

 つまり、敵に勝つ前にはまず機械に負けるなということだ。エルザもそう言いたいのだろう。

 

 「ちなみにエルザと雄二なら勝てる自信ある?」

 『私の中にはすでに33のパターンが組み込まれているけど?』

 『寄って斬る、それだけだ。』

 

 雄二にはすでに最適解が見えているらしい。この領域にまで遊馬は到達できるのか。その前に死ぬのか。

 

 『まあまあ、多分遊馬の得意分野だと思うよ?反射神経と判断力がものをいうから。』

 「ありがと、覚えておく。」

 

 ここまでお膳立てされてなおしり込みしているようではゲーマーの名折れというもの。おしゃべりはこれ以上にして、いよいよ本腰入れて攻略に移ろう。



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第175話

 「行くぞ!」

 

 またバエル・レベリオンはパイロキネシスのポーズを組んでいる。発火能力は目に見えない攻撃だが、その予兆から推察することはできる。大きく旋回しながら接近する。

 

 「確かに強力だが、接近さえすればまず使われまい!」

 

 本来ならば敵の遠距離武器の射程を殺しつつ、こちらの近接武器のリーチを生かして戦うべきなんだろうけど。ナイフじゃ殴りと大してリーチ変わらんじゃないか。

 

 まあこの文句は言ってもしょうがないとさんざんわかっていた。その代わり、近接戦闘はレベリオンの基本なだけあって、格闘スキルは充実しているのだ。

 

 「どれだけ早いラッシュであろうと所詮は単純な突き、ガードするのも容易なはずだ!」

 

 怖くない、鋼鉄すら溶断できるフォノン弾を弾く拳なんか屁でもない!そう自分に言い聞かせ、鼓舞し、自分で自分をだます。

 

 『フシュウ!』

 

 ダークリリィの接近に、バエル・レベリオンはパイロキネシスのポーズを解いて拳闘の構えをとる。腕4本を攻撃に、残りの2本で防御をするつもりだ。

 

 「ホアチャア!」

 『やれー遊馬ー!』

 

 格闘ゲームもそこそこ出来る方だ。同じ要領でレバーをガチャガチャと操作してコマンドを入力する。裏拳、掌底、正拳突き、様々なパンチを繰り出すが、それらは尽くガードされダメージにまでとどかない。

 

 代わりに弾丸のようなラッシュを浴びせられ、ダークリリィは剣呑として一歩を退いてしまう。

 

 「くっそ・・・やはり、手数が違い過ぎる・・・。」

 『なら足場を崩せ。』

 

 そうだ、相手は壁にくっついてるだけだ。あの足が離れればたちまち戦闘力を失うことだろう。

 

 バエル・レベリオンの立つエレベーターの外壁を駆けあがる。

 

 「足払い!」

 『上手いぞ!』

 

 愚直に猛突すると見せかけるフェイントを混ぜ込み、足でもって足を征する。

 

 そしてバエル・レベリオンは宙に放り出され、地球の重力に囚われて自由落下していく・・・はずだった。

 

 『オイオイオイ。』

 『羽もないのに飛んでやがる・・・。』

 「もうなんでもありか!」

 

 パイロキネシスとはまた別なポーズをとると、空中に浮遊している。どうやら超能力で浮いているようだ。

 

 「そこまで手が回るとはな・・・。」

 『他に何か手はないのかよ?』

 

 この敵は強い。どういう能力があるから強いということではなく、ただひたすらに隙が少ない。能力に頼っているだけなら、必ず攻略法というものも伴ってくれるのだから、そこを突けば容易い。

 

 だがこいつはただ単純にひたすらに強い。それはつまり正攻法でクリアするほかないということだ。何度も死んでゲームオーバーになって、トライアンドペラーを繰り返す、それが正攻法だ。



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第176話

 『けどそういう正攻法こそアスマには得意なんじゃない?』

 「得意だけど、それをノーコンティニューでクリアするのは無理だよ、多分。」

 

 ゲームを進めてレベルアップしていき、ステータスを上げることで立ち向かっていく。それが一般的なゲームで言う正攻法というもの。アクションゲームの中にはテクニックでカバーする、つまりは『当たらなければどうということは無い』というゲームもあるが、それでも限度がある。

 

 なんというか、このバエル・レベリオンはDLCシナリオのボスに近いんじゃないかと思えてきた。DLCシナリオというのは大抵いつでも挑戦できるのだが、それでもそのDLCボスに挑むのは本編でも終盤の頃のレベルが適正というものが多い。初期がレベル15ぐらいで、最終的に80ぐらいとか。

 

 「今の僕は、せいぜい中盤入ったところ、それでラスボス相当の相手をするのはちょっと無茶だよ。」

 『今やっと中盤なのか。』

 「機体に乗って戦うボスがまだ2回目なんだけど。」

 

 カバーできるだけのテクニックは遊馬にはない。たとえサポートしてくれるプログラミングがあってもダメだろう。

 

 さりとて途中で投げて本筋に戻ることも出来ないときたもんだ。要するに、将棋やチェスで言うところの詰みにはまっている。ボス前まで無理矢理来てセーブまでしちゃって、戻るに戻れない。

 

 ざんねん!わたしのぼうけんはここでおわってしまった!

 

 『そこはゲーマーの勘でなにかない?』

 「・・・なくはない、んだけど・・・。」

 『なんで歯切れ悪いね?』

 「合ってるかどうかわからないから。というか、攻略法ですらないし。」

 『どういうこと?』

 

 ちらりと後ろにいるラッピーとアシュリーの姿を見やる。やや不安気な表情をしている。

 

 『そうか、ラッピーの無敵ならどんな相手でも楽勝で勝てるな。』

 『そういえばそういうのもあったね。』

 『けど、コンペイトウが必要になるのではありませんでした?』

 「そうなんだよねぇ。」

 

 多少遠回りしてでも、出発準備で手に入れておけばよかったと後悔する。このぬいぐるみ状態のラッピーが使える能力と言えばそれぐらいなもの。

 

 『つまり、このプランは無しってこと?』

 「けどプランBがある。」

 『どうせ力尽くで倒すとかそんなんだろ。』

 『そんなモンドじゃあるまいし。』

 

 それが出来れば苦労しないっていうの。

 

 「じゃなくて、ラッピーのもう一つの能力さ。」

 『もうひとつのの能力?』

 「そう、ちょっとした『チート』をね。」

 

 文字通りの『ズル』なチートだ。ゲーマーとしてのポリシーは傷つかないのかと言われると耳が痛いが、相手がラスボスより強い隠しボスならば、チートを使わざるを得ない。



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第177話

 「しかし、チートに頼る前にちょっとだけでもダメージを与えておかないとなんか悔しいな・・・。」

 『まあ、やられっぱなしというのもナンだしね。』

 

 何もできないままチートに頼るという事への嫌悪感が、非合理的とはいえども矮小なプライドを逆撫でた。それに、いきなり必殺技をぶっぱなしても当たらないか効かないというのもまたセオリーだ。

 

 『だからそのチートとやらをさっさと教えろ、もったいぶらずに。』

 「はいはい、わかっております。」

 

 別にもったいぶってるつもりはない。ただ説明しちゃうとそれは失敗フラグにつながるからあまり言いたくないだけ。

 

 『で、一体なんなんだよそのチートってのは。』

 「それはね・・・うぉっぷぃ!」

 

 口ばっかり動かしてたらいい的になってしまう。またセンサーにダメージが入っていることを見るに、バエル・レベリオンはパイロキネシスを使って、自分はそれに当たったのだろう。

 

 光や音など、エフェクトもモーションも何もないままに放ってくるのだから厄介極まりない。サイコエネルギーを集めるあのポーズはモーションと呼んでいいのかもしれないが。

 

 「これじゃあ説明してる暇もないって!」

 『じゃあ、『ストップ・ザ・タイム』。』

 

 モンドが小さく呟いた瞬間、周囲の時間は停止した。攻撃態勢のバエル・レベリオンも含めて。

 

 『そういえばそんな能力あったね・・・。』

 『正確には俺の『クロノバインド』の力だが。』

 『そんなのがあるんならさっさと使えばよかったのに。』

 『・・・今の今まで忘れてた。』

 『記憶喪失の影響が広がってないか。』

 

 モンドどころか、この場にいる全員がタイムライダーのその能力のことを忘れていた。

 

 ともあれ、おかげで自由な時間が1分だけ生まれた。敵に近づいて殴ることも出来るし、ざっくりと説明することも、その両方も出来る。

 

 「じゃあ、ざっくりと説明すると、ラッピーとアシュリーの設定を『くっつける』。」

 『設定?』

 

 もはやゲームの内容とは直接関係のない、フレーバーの範囲に手と目を拡げる。

 

 「ラッピーの敵は悪意のバイキン『バグバクター』で、ラッピーは白血球のメタファーでもあるんだ。」

 『バクテリアを駆逐する能力があるって言う事?』

 「能力があるというよりも、そう比喩されるってだけ。』

 

 どちらかというと、ラッピー自身もお菓子を取り込んで変異するウイルスのようでもある。白血球と善玉菌の合いの子と言ったところだろうか。

 

 「そしてアシュリーには、EADの抗体がある。」

 『なるほど・・・。』

 

 それの要素をくっつけると、『EADのワクチンを持ったラッピー』が出来上がる、というわけだ。

 

 『じゃあ今のうちになんとかしろよ。』

 「けど、その設定のくっつけ方がわからないんだよ!」

 

 そりゃそうだ。2人は全く違うゲームの登場人物なのだから。

 



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第178話

 それはそれとしてダークリリィの鉄拳に、止まった時間の中を漂うバエル・レベリオンの顔をブチ抜かせる。哀れバエル・レベリオンは抵抗も出来ずに頭をブッ潰される。

 

 『じゃあなんでそんな考えに至った?』

 「そうとしか思えないんだよ、ラッピーがここにいるっていう事態が、そうと考えさせてるんだよ!」

 『どういうこと?ラッピーは『偶然』そっちの世界にいるんでしょ?』

 「その『偶然』が怖いんだよ、ラッピーの場合は!」

 「らぴぴ?」

 

 そう、どういうわけかラッピーの前には必然足りえない偶然がない。ラッピーの前に冒険が転がってくるのも、ラスボス戦でどんなに追い込まれようと最後には逆転するのも、すべて降ってわいた『偶然』からなるものなのだ。

 

 『要するに、ラッピーには『超幸運』がついているってこと?』

 「うーん、幸運とも少し違う。ステータスには乗ってなかったし。」

 

 いうなれば、『因果律操作』とでも表現するのが正しい得体のしれない力だ。もっと簡単に言えば『ご都合主義』となるけど。

 

 東で特殊なバグバクターがパンデミックすればそれに合った型のワクチンを発現させ、西で仲間が倒れれば回復魔法を唱え、南に闇の太陽が昇れば鍋パで生み出した光の雲で隠し、北に戦争する国があればその両軍を兵糧不足で止める。

 

 皆に幸運のウサギと呼ばれ、温かく迎えられ、求められる。

 

 もっとも、そういう人物に本人はなりたいと思ってなっているわけではなく、勝手にそう呼ばれるようになっただけ、そういう『星』のもとに生まれている。

 

 ラッピーがこの世界に偶然迷い込んだんじゃない、トラブルがラッピーに解決されるためにあると言っていい。巻き込まれた方はいい迷惑だけど。

 

 「だから、こっちの世界にラッピーがいることにも、必ず意味があると思うんだ。」

 『なるほどね。』

 「だからラッピーは奥が深いんだよ。」

 『アスマは本当にラッピーが好きなんだね。』

 「うん、大好きだ。」

 「らぴ!」

 

 遊馬だけでなく、老若男女問わず多くの人間に愛されている。このぬいぐるみの持ち主のセシルもそうだし、別ゲーの登場人物であるアシュリーも好きになった。

 

 そんな誰からも愛されるラッピーの相手としては少々グロテスクすぎるバエル・レベリオンだが、現在ダークリリィの手刀によって体を正中線から真っ二つに両断されようとしている。

 

 ここまでやったところで、モンドのストップ・ザ・タイムの効果が切れた。

 

 『倒したか?』

 『多分ダメなんでしょ?』

 「うん。」

 

 慌てて身を退くと、その考えは当たっていたことを見せつけられる。

 

 雷を浴びた木のように大きく裂けた体を6本の腕が繋ぎ合わせると、黒い体液が吹き出して接合再生していき、最後に潰れた頭が生え変わる。



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第179話

 とにかく発火攻撃を浴びないように、距離を摂りながら旋回し続ける。コックピットの中でレバーを握る遊馬は、額に汗を滲ませているが、心の中はだんだんとクールダウンしてきていた。

 

 『ここまでやってダメなら、もう倒すの無理じゃない?』

 「いや、なんかわかったかも。コイツにもバアル・ゼバブと同様に攻撃する順番があるんだきっと。」

 

 頭を潰して、体を真っ二つにされても生き返るようなやつをマトモに倒す手段があるとは思えないかもしれない。いやしかし、こいつの場合は『逆』なのだ。

 

 あのパイロキネシスや、宙を浮く力も、あの『6本の腕』から発せられているもの。むしろ本体は腕の方なんじゃないか。

 

 「それにそもそもバアル・ゼバブもバエルも、腕を最初に攻撃してた。その原点に立ち返る時だ!」

 

 なんやかんやチートや裏攻略法を模索していたが、いまこそゲーマーの勘を取り戻す時だ。結局わからないものをあれこれ頭の中で考えていてもしょうがない。まずは実践あるのみだ!

 

 『猫の首に鈴じゃありませんこと?』

 『腕を攻撃するつったって、どうするのさ?』

 

 どう操ろうとダークリリィの腕は2本しかない。2本で抑えても残る4本の腕でシバかれるのが関の山というか実際さっきそうされた。

 

 「足りない腕の分は、他の武器で補う。このエレクトリックで!」

 『そうか、電気ショックを持っていたね。』

 『掴んだままボイルするのか。』

 『なら合気道と関節技のインプットね!』

 

 先ほどゼバブの群れを焼き払ったので、電流の威力は申し分ないだろう。どこまで強く進化しようと、生物である以上電流は通るはずだ。

 

 ピポポっとまた新たに戦闘データが送り込まれてくる。打撃キャラから投げキャラにチェンジだ。投げ技ならガードの上からでも有効打を見込める。

 

 「腕を一本ずつ仕留めていって、後は・・・大気圏で焼き払ってやる!」

 『自分がそうされないように気を付けろよ。』

 

 あるいはビームで焼き払ってもいいが。センサーと一緒にビーム発振器がダメージを受けたのが少々気になる。もしも使うことがあればオーバーロードに注意しなければならない。そして注意するぐらいならハナっから使わないほうがマシ。

 

 『組み付いて至近距離からビームを浴びせるというのはどうだ?』

 「なかなかエゲつないこと思いつくんだね雄二は。」

 『敵に情けなど不要だ。』

 「それは最後の手段としてとっておこう。」

 

 とりあえず脳の片隅にはキープしておく。偉大な先人の知恵だ、そう無碍にするものでもなかろうなのだ。



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第180話

 「第二ラウンドだ!」

 

 真空にも近い世界にゴングが鳴る。バーニアを吹かしてダークリリィは突貫する。その黒い装甲の表面に火花が散るが、それに臆することもなく手を伸ばす。

 

 『フシュゥッ!!』

 

 「調子乗ってられるのもここまでだっ!」

 

 バエル・レベリオンも2本の腕を顔の前で掲げてガードするピーカーブースタイルのまま、2本の腕で強気にも殴りかかってくる。

 

 「こっちから行くよりもしめたもの!」

 

 2本の腕は宙に浮くポージングに使っているため、攻撃に回せるのも残る2本だけということだ。そして2本だけならば捌くのも容易い。

 

 「捉えた!エレクトロボルトォオオオオオオ!!」

 

 バエル・レベリオンの腕を掴んだダークリリィの体から、青白い光がスパークする。

 

 『ギュオオオオオオ!!』

 

 バエル・レベリオンは苦悶の声を上げ、腕を振り払おうとするが痺れて思うように動かない。

 

 「ぶっちぎれろぉ!!」

 『いいぞぉ!!』

 

 そして肘関節が限界まで焼き付いた時、ダークリリィはサマーソルトキックで振り切った。まるでボロクズのように吹き飛ばされたバエル・レベリオンは、エレベーターの外壁に衝突する。

 

 ぶつりと千切れた2本の腕を投げ捨てると、ダークリリィは油断せずに構えなおす。そのうち腕も生え変わるかもしれないが、その前に全部千切ってやればいい。

 

 『グシュルルルルルル・・・。』

 

 『どうやら、腕の方は再生力が弱いみたいだな。』

 「狙い通りだ!」

 

 不利を悟ったバエル・レベリオンは、残された4本の腕を羽根のように羽ばたかせてエレベーターを上へ上へと高速で昇っていく。

 

 「逃げる気か!」

 『結構速いな。』

 

 電力を一旦使い果たしてリチャージが必要になったダークリリィではすぐに追い付くのは難しいかもしれない。バエル・レベリオンは第1宇宙速度を優に越える速度を出している。

 

 「やつのあの力の源は一体なんなんだ?」

 『パイロキネシスといい、サイキッカーのようだけど。蟲が進化しただけでそんな能力を得られるものなのか?』

 『・・・不可能ではないかもしれない。例えばバッタのような大群は、テレパシーでもって群れをコントロールしているとも考えられている。』

 「ゼバブもそれと同じってこと?」

 

 そもそも、EADのキャリアでしかなかったゼバブが凶悪な生物兵器に変異したこと自体が不思議なのだ。しかも、自己複製のできないEADをも繁殖と同時に増やしている。

 

 『うーん、考えれば考えるほど謎だな。研究できるのなら研究してみたい気もするよ。』

 「勘弁してよ、これ以上あいつらを増やすつもり?」

 『超能力や進化を与えるウイルスなんて、魅力的な誘いだということは確かだよ。そもそも真空ですらものともしてないし。』

 

 それが今、次元の裂け目を越えて異なる世界へと羽を広げようとしている。どこに転がるかはわからないが、どう考えても悪い方向にしか転がらないのは確かだ。



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第181話

 「けどマジで速いな!追い付けるか?」 

 

 けど、自己修復のためにもゆっくりと追いかけてもいいかもしれない。せめてビームがオーバーロードしない程度にまでは回復させておきたい。センサーもかなりキズついているし。モニターまで死ななくてよかった。

 

 『リチャージさえ完了すればこっちもスピードが出るよ!』

 「けど、その前にあいつも再生完了しなければいいけど。」

 『そしたらその時にはこっちもまたビームを撃てばいいだけだ。』

 

 このままレーダーの外へ出られるのも困る。追いかけて今度こそ完全に抹殺しなければならない。

 

 「アスマ。」

 「ん?アシュリーどうした?」

 「私に出来ることって、あるかな?」

 「んー・・・今はないかな。」

 

 ちらり、と後ろに座るアシュリーを見やる。戦闘の間ずっとほったらかしにしていたし、今からも構ってやれる暇はないだろう。

 

 「私もラッピーも、ずっと見てるしか出来ないのかな?」

 「らぴ!」

 「暇?」

 

 ヒマな時はゲーム機でも与えられればいいのだけれど。生憎ゲームPODはコンソールにつながれていて使えない。

 

 一度は裏攻略法として白羽の矢が立っていたが、それがどうしようもないとしてまた放置されることとなっていた。

 

 それは『ちゃんと自分を見てほしい』と思っているアシュリーにとって酷な話になるな、と今気づいた。

 

 「ごめんね、かまってやれなくて。とにかく今はあいつを倒さなければいけないから。」

 「あれを倒したら、遊んでくれるの?」

 「うん、そうだよ。」

 

 いや、待てよ本当にそうか?倒したらそれでゲームは終わりだ。そうなったらアシュリーはどうなる?

 

 モンドやトビー達と同じように、ゲームの世界で一緒に暮らせればそれが一番いいかもしれない。けど、それって可能なのかな?今さらならながら気になってきた。

 

 「どう思う?」

 『いきなり振るなよ。』

 

 アシュリーには聞こえないように、出来る限り小さな声で通信する。

 

 『そもそも俺達がこの世界に呼ばれたわけも知らないし。』

 「そうだったね・・・。」

 『んー・・・てっきり遊馬が好きなゲームから適当に呼び寄せられたのかと思ってたんだけど?私たちは違うと思うけど。』

 

 確かにみんなのことは好き・・・正確にはみんなが出ているゲームは好きだが、果たしてそんな理由だろうか?

 

 考えてもしょうがない、と先送りにしていた問題が今になって噴出してきたようだ。

 

 エンディングを迎えても、ゲームをもう一度起動すれば、またキャラクターたちには会える。けど彼らは僕のこと、プレイヤーのことを覚えていないまっさらな状態に戻ってしまう。

 

 このアシュリーもまた、この世界をクリアしてしまえば消えてしまうんじゃないだろうか。そしたら、また1人ぼっちのアシュリーに戻ってしまう。

 

 「それじゃあ・・・ダメだよな。」

 

 では、どうすればいいか。次回には考えておこう。



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第182話

 『思いついた?』 

 「ダメだった。」

 

 何が最適解か、結局思いつかなかった。だが『たかがゲームの中の登場人物だろう?』などと放棄することはできない。現実として今目の前にいるんだから。

 

 「アシュリー、これが終わったら何して遊びたい?」

 「うーん・・・なにがいいかな。」

 

 それは、『やりたいこといっぱいあって困っちゃう』という悩み方ではなさそうだった。アシュリーにもなにがしたいのかイマイチわかってないのかもしれない。遊んだこと、ないのかも。

 

 遊馬もこんな小さな子供とは遊んだことがない。遊馬がこんなに小さかった頃は、やはりゲームが遊び相手だった。ゲームのキャラクターにゲームをさせるというのはなんか変な気分だが。

 

 「どうしよっかな、どうしようか。」

 

 アシュリーを満足させる答えと、ついでにバエル・レベリオンを倒せるような案が何かないものか。

 

 『やはり、ラッピーとアシュリーを組み合わせるのが正解なんだろうね。』

 「だよね。」

 

 子供の『遊び』とするには少々危険が過ぎるけど、この世界というゲームを『遊びつくす』となればそうなのであろう。

 

 このままダークリリィで倒せばノーマルエンド、アシュリーと一緒に倒せばグッドエンド、こういうことだな。

 

 「よしラッピー、アシュリーの抗体をコピーするんだ!」

 「らぴ?」

 「つって出来るはずもないよなぁ・・・うーん。」

 

 そうこうしている間に、結局答えが出ないままオービタルリングにまで到達してしまった。

 

 「わぁ・・・。」

 「アシュリーは初めて見るよね。当然だけど。」

 「うん、すっごい大きいね・・・。」

 

 アシュリーは初めて見る巨大建造物に感動しているようだった。だがこうしてのんびりと観光している時間もない。バエル・レベリオンの反応はレーダーから見失ってしまっていた。

 

 「どこかに隠れているのか・・・それとももう行ってしまったのか。」

 

 やつの目標は、地上から10万kmの地点にあるカウンターウェイト、その近くにある次元の裂け目、クラックだ。

 

 『相手が生物なら、相当疲れてると思うけど。』

 「それもそうか。」

 

 今までの道のりよりも3倍近い距離を飛ぶというのは、いかに進化した存在とはいえど生物である以上辛いものがあるはずだ。

 

 「じゃあやっぱり近くに隠れているのか・・・。」

 『また奇襲を受けるんじゃないぞ?』

 「そうだったね。」

 

 後ろに気を付けつつ、とりあえずドックに入ってみよう。

 

 「らぴ!らぴ!」

 「ん?どうした?」

 「アスマ、あれなに?」

 「あれ?ああ、あれは・・・。」

 

 デブリか何かか?と思ったが違う。アシュリーの指さす先にあるのは、白い羽のような金属の浮遊物体。

 

 「あれは、僕達の友達の宇宙船だ。」

 「宇宙船?誰か乗ってるの?」

 

 乗っているとも言えるし、誰も乗っていないともいえる。少し答えに詰まった。



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第183話

 「そういえば、レイの宇宙船はこっちの世界にあるままなんだな。」

 

 遊馬にとっては、まるで十字架のようにそこに存在し続けている。

 

 「あれ、じゃあ元の世界にもひょっとしてあるんじゃないか?」

 『戻ってから確かめてみるしかないね。』

 「そうだね。」

 

 まあ、思考を戻そう。バエルはどこだ?宇宙ステーションのドックから見回してみるが、痕跡らしいものはない。重力があればそこらに体液やらが散乱していてもおかしくはないのだが。

 

 「なんかふわふわする・・・。」

 「無重力だからね。わっぷ。」

 

 アシュリーの身はチャイルドシートに固定されているが、その長い髪がバラけてコックピット内をふよふよと浮かび始めた。そして遊馬の目に入ってくる。

 

 「アシュリ-、髪まとめといて。美鈴、ヘアゴムある?」

 『ありますわよー、はいどうぞ。』

 「どうも、これ使って。自分で出来る?」

 「うん。」

 

 アイテム受け渡しの要領で、美鈴からヘアゴムをもらう。出来ることなら遊馬が自分の手で着けてやりたいところだが、生憎遊馬は今手が離せない。

 

 アシュリーは利口にも黙って髪を後ろでまとめてくれた。美鈴も宇宙ではこうして髪をまとめていたが、やはり長い髪というのは不便じゃなかおうか。

 

 『髪は女の命だって。』

 「わーかってるよ、何回も言われなくても。」

 『それよりも宇宙酔いは大丈夫か?』

 「そうか、アシュリー、気分悪くない?」

 「へいき・・・うっぷ・・・。」

 『ダメそうだな。』

 「酔い止めあったっけ?」

 

 そういえば遊馬も初めての無重力の時は、胃の内容物が逆流してくる感覚に襲われたものだった。今この調子じゃ、戦闘になれば無事では済まないだろう。

 

 実際初めての高軌道戦闘の時は遊馬もリバースしていたし。

 

 「はい、水なし一錠。」

 「ありがとう・・・。」

 「らぴ?」

 「ラムネじゃないよ。」

 

 よく効く宇宙用酔い止め、ネプチューンを出立するときに貰ったものだ。宇宙時代なだけあって子供にも対応してくれている。

 

 「すっとした?」

 「うん。」

 

 遊馬も一応飲んでおこうと思った。プラシーボ効果かもしれないが、酔い止めには精神安定剤的な効果も少しあるらしい。手の震えや喉の渇きにも効果があるだろう。

 

 『アスマも不安?』

 「武者震いさ。」

 『ふーん?』

 「嘘、ちょっと緊張してる。」

 

 今更な話だけど。死に直面している、というか戦闘中ならばアドレナリンが仕事をしてそんな考えも浮かばないのだけど、いざそこから離れると急に背筋が凍ってくる。

 

 『それは敵さんも同じだろうさ。』

 「そうだろうか?」

 『お前が追い込まれてるんじゃない、敵がお前にお前に追い込まれているんだ、と考えればいい。』

 「そっか・・・。」

 

 モンドの言葉に、少し心が軽くなった気がした。



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第184話

 実際、ダークリリィの方が一歩先を行っていると言っていい。有効打を与える方法があるし、逆にバエル・レベリオンにはダークリリィの走行を突破する方法がない。だからこそ、あの時バエルは殴りかかってきたのかもしれない。

 

 「強気に行ける。」

 『自信に足元すくわれないようにね。』

 

 油断大敵というやつだ。ともかくバエルを探すために施設内を捜索する。サイズから言って、人間が通るような通路には行っていないだろう。とすればメカニック用のドック内が怪しい。

 

 レーダーにも気を付けながら、モニターに目を光らせる。異常な進化や再生力の結果、かなりの高熱を発していることはわかっている。捜索においてもやはりこちらの方が有利。

 

 「んっ、上か!」

 

 そうして十数分さ迷ったのち、とある区画に入った瞬間にレーダーに反応があった。サーモセンサーが電灯の消えた暗がりの中に身を潜めたバエルの姿をとらえる。

 

 おそらくこちらの存在に敵も気づいていることだろう。とあれば、今度はこちらから仕掛ける番だとバーニアを噴かせて飛び上がる。

 

 「うおっ!直撃!?なにが?!」

 

 あ、その威勢は衝撃でもって打ちのめされる。よろめきバランスを崩したダークリリィはあらぬ方向へと向かっていくが、壁にぶつかる寸前でバランスを取り戻す。

 

 『気を付けろ!敵は武装している!』

 「武装!?なんで?!」

 『ここが武器庫だからだろう!』

 

 壁際にまで近づいてわかったが、ここは軌道エレベーター防衛用のレベリオン格納庫だった。当然レベリオン用の武器も置いてある。

 

 『けど、ついさっきまで蟲の王だったバエルが、いきなり道具を使う知能なんか目覚めさせたっていうのか!?』

 『目覚ましい進化だね・・・。』

 「感心しとる場合かい!」

 

 よく見れば、電灯も点いていないわけではなく、破壊されているようだった。

 

 「暗がりを用意して待ち構えていたのだとすれば、よくもやってくれたなということだぞ!」

 

 落ち着いて物陰に隠れながらサーモグラフィーを起動させると、暗がりの中にいるバエルを見据える。熱源探知機では、敵がどんな武器を持っているかわからない。

 

 『周囲にあるのは、アーマーライフルにソリッドバズーカのようね。コックピットに直撃しなくてよかったわね。』

 

 アーマーライフルは装甲貫通弾を装填したライフル、ソリッドバズーカは炸薬式バズーカだ。さすがにフォノンライフルほどの威力はないが、コックピットにクリーンヒットしていれば大怪我は必至だった。

 

 運がいいのか悪いのか、ともかく第3ラウンドの開始だ。



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第185話

 ともかく、こちらも同じように武装させてもらう。

 

 「フォノンライフルはもう無いの?」

 『品切れだよ。』

 

 向こうの世界も品切れならしょうがない、ここいらに落ちているものを装備させてもらおう。アーマーライフルを手に、ソリッドバズーカは腰の後ろに横一文字にマウントさせてもらおう。

 

 「コンバットパターンを銃撃戦に変えて・・・よし、いくぞ!」

 

 『シュルッ!』

 

 物陰から飛び出してすかさずライフルを構えるダークリリィの足元を敵の銃弾がかすめる。バエルとしてはボディを狙ったつもりだったのだろうが、細かく機敏に動き回るダークリリィには一発も当たらない。

 

 「動きながら照準を定めるより、照準に入った瞬間にトリガーした方がいいって知らないのかな?」

 『またそうやって調子乗る。』

 

 3点バーストで小刻みに弾をバラまく。そのうちいくつかは壁に弾痕を作るがおかまいなしにトリガーを引き続ける。

 

 『コンピューターが当たるところに撃ってくれるから!』

 「落ち着いて偏差射撃ィ!」

 

 弾が切れたら物陰に隠れて落ち着いてリロード、息を整える。汗は重力に従って落ちてはくれないので袖で拭う。

 

 『シュルゥ!』

 

 「うわぉうっ!?いきなり出てくんな!」

 

 飛び出してきたバエルのボディに数発弾丸をぶち込んでやった。一瞬バエルがひるんだのを見て、これ幸いと弾倉の残りを叩き込む。

 

 「弾切れェ!カートリッジ!」

 

 『シュルル・・・。』

 

 おしいところで弾幕が途切れた。慌てて遊馬も音声認識でリロードを指示するが、敵の目の前でリロードなどする新兵のすることだ、と脳内で舌打ちした。

 

 その様を見てバエルは素早く身を退くと、つたない動きでライフルの弾倉を交換して再び銃撃をかましてきた。

 

 そういえば、さっきからバエルが弾丸を飛ばしてきていなかったと思い出した。

 

 『敵はトリガーを引くだけじゃなくて、弾薬のリロードまでできるようになってるのか?』

 『そのようだね、あの一瞬で武器の構造まで理解したらしい。』

 

 しまったな、と再び脳内で舌打ちをした。きっとバエルは今のダークリリィの動きを見て学習したのだ。あのまま隠れながらリロードをしていれば、バエルもリロードを学習することもなかったのだ。敵に塩を送ってしまった、失策だった。

 

 敵と同じ武器を装備しているなら、必然的に弾薬の奪い合いも覚悟しなければならないか?そうなるならばまず弾薬の位置を把握したい。

 

 「替えの弾もいるな・・・エルザ、なんかいいのある?」

 『ちょっと待ってー、統一規格(グローバルスタンダード)ならサーチするのも可能!っと。』

 

 パッとレーダーには武器弾薬の位置情報が光点となって追加される。情報アドバンテージはこっちが一歩リードといったところか。

 

 しかしこれでバエルも替え弾倉の重要さを理解したはずだし、さらにバエルの動きはさっきから俊敏になっている。どうやら無重力空間での動き方にも慣れ始めているようだ。時間をおけばどんどん学習して強くなっていく。

 

 『だが逆に考えるんだ、学習したということは行動にパターンが生まれるということだと。』

 「そうか、逆に何をしてくるかわかるようになった!」

 

 ここからは銃撃、弾を拾ってリロードする、近接戦闘の3つの行動パターンを仕掛けてくるだろう。

 

 「弾を拾いに行く瞬間を狙うか、この中でチャンスがあるとすれば。」

 

 残弾は数えながら撃つのがセオリーだが、おそらくそこまでは『学習』しきっていない・・・ということを祈ろう。リロードの隙をついてドデカいのをぶつける。

 

 アーマーライフルからソリッドバズーカに持ち替え、物陰から飛び出して攻撃を誘う。

 

 「うっ、狙いも正確になってきてやがるな!」

 

 単純に、バエルは4本腕があるからダークリリィの倍の火力があることになる。そこへさらに反射神経もロボットの比ではない。

 

 「けど、フルオートで撃ってるならすぐに弾は切れる・・・そこ!」

 

 弾幕がやんだのを確認すると、空中で上下に反転してある一点へ向けてソリッドバズーカを放つ。

 

 『ジュッ!?』

 

 弾薬の置かれているスペースへと走っていたバエルが気づいた時にはもう遅かった。一筋の噴炎が、自分の行く方へ先んじるように向かっていくのが見えたことだろう。

 

 弾薬に使われている特殊炸薬が一斉に引火、誘爆を起こしてバエルの体を焼いていくのだ。

 

 「やったぜ!」

 『やった?』

 「いや、やってないんだと思う。」

 

 確証が持てない。レーダーからバエルの姿は消えたが、これだけでくたばるはずもない。

 

 爆風が消えた後、ドッと空気の流れが生まれた。爆発によって格納庫の壁に穴が開いたのだろう。次々と警備機や物資が、大きく開いた風穴に吸い込まれていく。

 

 「ううっ、吸い込まれる!バエルは?うわっ!?」

 

 確認する間もなく、大きな資材コンテナに背を押されてダークリリィも外へ飛び出す。

 

 『アスマ!後ろだ!』

 「しまっ・・・ぐわあああああああ!!」

 

 またしてもだ、またしても背後からの強襲を受けてしまった。

 

 『しまった、メインスラスターをやられた!』

 

 半身を焼かれながらも、破断した壁にへばりつくバエルの姿が見えた。最後の一発を撃ったライフルを捨てると、無重力に溺れるダークリリィに飛びついてきた。

 

 「くそっ!エレクトロ!」

 『今はまだダメ!スラスターにオーバーロードする!』

 

 バキバキと最初に失った2本の腕を再生させて、バエルはダークリリィに組み付く。そして抵抗することもままならぬまま、オ-ビタルの外壁へと叩きつけられる。

 

 『頭部損傷率79%・・・マズい!』

 「モ、モニターが、死ぬ!」

 

 遊馬は目の前が砂嵐となった。それから衝撃を吸収するマルチ・サスペンションも機能を停止し、コックピットを衝撃の嵐が吹き乱れる。

 

 「く・・・う・・・ぉおおお・・・アシュリー?」

 「だい・・・じょうぶ。もこもこで助かった。」

 「らぴ・・・。」

 「ラッピーが守ってくれたか・・・。」

 

 やがて一層大きな衝撃を受けて、嵐も収まる。どこかに墜落したようだ。

 

 『ダークリリィ、沈黙・・・。』

 『やられた・・・。』

 

 砂嵐はやがて暗黒に変わり、それが『敗北』の二文字を雄弁に語っていた。



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第186話

 モニターが完全に死んだのでは、外の様子を見ることも出来ない。おそらく、敵はのこのこと這い出てくるのを待っていることだろう。

 

 「どうする?」

 『白兵戦だな。』

 「無理言うなし。」

 

 しかしダークリリィはうんともすんとも動かない以上、戦うとすれば生身でしかない。が、誰がどう見ても無謀としか言いようがないのもまた火を見るよりも明らかだ。アリが恐竜に勝てるものか。

 

 『さんざんゲームの中では生身で巨大な怪物を倒してきてるのに今更?』

 「それはゲームだからだよ。」

 

 アクションゲームのラスボス級なバエルと、ホラーゲームの巻き込まれ系主人公ポジションな遊馬とでは、いわばゲームのルールが違う。勝ちたければ、こちらも違うルールの『ゲーム』をぶつけるしかないだろう。

 

 『違うルール・・・そういえば最初のころはRPGっぽいルールで戦ってたねボクたち。』

 『そういえばそうでしたわね。バミューダが現れたあたりからおかしくなりましたけど。』

 『バミューダに世界もルールも破壊されたからね。』

 

 そういえばそうだったな。あれはあれで大変だったけど、仲間全員に見せ場があってよかったと思う。

 

 「そうだな、これがアクションゲームじゃなくて、RPGだったらワンチャン・・・。」

 『あるのか?』

 「みんなで一緒に戦ってた頃は楽しかったなって。」

  

 全員がそれぞれ特徴ある能力で戦って・・・みんなで力を合わせれば、きっとどんな相手にでも勝てる気がする。バミューダには負けたけど。

 

 「・・・そうか、本当に破壊したのはラッピーなんじゃないか?」

 「らぴ?」

 『なんでそうなる?』

 「RPGじゃない、別のゲーム・・・シューティングでもアクションでもいいけど、その概念を持ち込んだのはラッピーのムテキだった。ラッピーがルールを塗り替えたことで、世界の根幹のようなルールも破壊された、とか。」

 『ラッピーはどう思う?』

 「らぴ・・・?」

 

 まあ真相は今となってはわからないし、あの場ではああするしか方法が無かった。

 

 「やはり、そういうことか・・・うむぅ・・いやしかし。」

 『アスマ、アスマ。』

 「なにトビー?」

 『そろそろ現実逃避するのやめない?』

 

 そうである。今こうして無駄話をしている間にも、バエルはなにかしていることだろう。

 

 とはいえ、直接的に干渉できないトビーたちとは、本当にこうして話すことしかできない。

 

 『それはわかってるよ、だから、一緒に考えよう?』

 『すでに遊馬さんとは一蓮托生なんですから、水臭いですわ。』

 「うーん・・・マトモに戦って勝てる相手じゃないよもう。」

 『マトモに戦わなければいいじゃないのか?さっき言ったように、違うルールをぶつけるとか。』

 「そんな簡単に言ってくれるけど。」

 

 違うルール、すなわち違うゲームで戦う。今までダークリリィでは、アクションゲームとして戦っていたわけだ。それをこれから別ゲーに切り替えて戦う・・・いや、そもそもそんな事可能なのか?

 

 『ゲームPODならどんなゲームも出来るんでしょ?』

 「出来るといいな。」

 

 ガチャガチャと機械をいじってゲームPODネクスを取り外す。

 

 取り外したはいいがどうしたものか。何が出来るか。こうして意味もなく取り外してなんになるのか。無駄行動というのは行き詰ったゲームではよくやることだが。

 

 多分、ゲームの世界を構成するファクターである以上、このゲームPODを使えば世界のルールも書き換えることが可能なんだろう。だがその方法がわからない。考えられる方法としては、ゲームソフトを入れ替えるとかそんなんなんだろうけど。

 

 「とりあえず、ダークリリィのソフトを差し替えてみようかな?」

 

 と、背面のソフトに視線を移したところで遊馬の指が止まった。

 

 「・・・。」

 『どうした遊馬?』

 「アシュリーとやりたいこと・・・。」

 『ん?』

 「僕が、アシュリーのお兄ちゃんとしてやりたいこと・・・それって・・・。」

 

 遊馬の目の前に、二つの選択肢が現れた。ひとつはこのままソフトをダークリリィのものに入れ替えること。もうひとつは・・・。

 

 「アシュリー?」

 「ん・・・なに?」

 「らぴ?」

 『何やってるのアスマ?』

 「『ゲームシェア』。」

 

 ゲームPODネクスを、アシュリーに渡すこと。そしてそれを選んだ。

 

 「いいの?」

 「うん、アシュリーもラッピーが好きなら、きっと気に入ると思う。難しいけど。」

 「うん、がんばるよ!」

 

 今はそれどころじゃない?暗い中でゲームをすると目に悪い?けど、遊馬はその選択肢を選んだ。

 

 アシュリーの手にそっと自身の手を重ねて、呪文を唱えるように囁く。

 

 「僕がアシュリーに出来ること、僕がやりたかったこと、それは『アシュリーと一緒にゲームをする』こと。」

 

 ソフトも本体も一本しかない、けどそれを『シェア』すれば、一緒に遊ぶことも出来る。

 

 それはまるで、本当の兄妹のように・・・。

 

 「うっ!?」

 「揺れる!」

 「らぴっらぴっ!」

 

 と、そんな兄妹の仲を引き裂くように、ダークリリィが揺さぶられる。

 

 「・・・アシュリー、ここにいて。僕は行かなければならない。」

 「・・・私も行く!」

 「アシュリー?アシュリーには無理だよ。」

 「私も、私も戦う!もう守られてるばかりじゃない、私も・・・仲間だから!」

 

 暗闇の中で、アシュリーの瞳は星々のように煌めいていた。

 

 『・・・言えたじゃない。』

 「えっ?」

 『アシュリーも、ワガママが言えたじゃない。』

 「ワガママ、だった?私?」

 『ううん、ちゃんとアシュリーにも『我』があったじゃないってこと。』

 

 揺れはなおも続くが、今はそれどころではない。もっと重要なことが進んだ。

 

 「アシュリーは、戦いたい?」

 「うん、でもやり方わかんない・・・。」

 『そんなアシュリー私からアドバイス!戦う時は、『スイッチ』を入れればいいんだよ!』

 「スイッチ?」

 「そのための掛け声は・・・。」

 

 コックピットが徐々にこじ開けられていき、光が漏れ始める。

 

 「本当にできる?」

 「うん!ラッピーと一緒なら!」

 「らぴ!」

 「そうか、じゃあ言うことなし!行こう!一緒に!」

 

 引き裂かれた装甲の裂け目から、バエルが顔を覗かせる。

 

 『フシュルルルルルル?!』

 

 だがそこには、バエルの想像していた、絶望の世界などではなかった。

 

 「叫べアシュリー!」

 「『リバイバル』!」

 「らぴらぴっ!らっぴぃ!!」

 

 希望の光が、バエルの顔を焼いていく。



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第187話

 一か八かでやってみた選択肢だけど、どうやらうまくいったようだ。

 

 「これは・・・。」

 

 ゲームPODネクスを、『再誕』の掛け声と共に起動したアシュリーの姿が変わっていく。その聖なる光に、バエルは眼が眩んだように後退する。

 

 「デッドソイルというゲームの『リバイバル』によって得た、アシュリーの新しい姿・・・。」

 

 そう、デッドソイル1には絶望的なエンディングしかなかった。が、その『リバイバル』、リメイク、移植版の登場によって、新たなルートが追加された。完全版商法ともいう。

 

 『これが、アシュリーの新しい『運命』?』

 「そう、これが新しいルート・・・。」

 『どう見ても『マホーショウジョ」というやつなんだけど。』

 

 質素な服はフリッフリなフリルにドレスアップ♡金色の髪もフワッフワの200%にボリュームアップ♪ちょっと背伸びしたハイヒールに、キラッキラなグロスでメイクアップ☆

 

 そして一番の目玉は・・・

 

 『らぴっ!』

 「ラッピーも!うふふっ☆」

 

 ラッピーと同じ、月ウサギのウサミミとシッポがついているのだ!そしてラッピーの本体であるぬいぐるみは、コンパクトになってポーチのようになっている。

 

 「美少女抗体『ワクキュリア』!ハッピー・ラッピー・ナイチンゲール!きゃはっ☆」

 『美少女?』

 『抗体?』

 『らぴっ!』

 『ハッピーラッピー・・・なんだって?』

 『ワクチンならジェンナーだと思うんだけどなぁ。』

 

 アシュリーの抗体の力を得たラッピーではなく、ラッピーの魔法の力を得たアシュリーの誕生だ。

 

 ワンピースにエプロン、そして白い帽子。清潔さと清純さをいかんなくアピールしてくる。白いハイソックスと白い太ももがまぶしい。

 

 「かわいいよアシュリー。」

 「えへへ・・・似合ってる?」

 『ええとっても!でも、お菓子作りのパティシエって言うよりもナースみたいですわね。』

 「ラッピーは白血球だから。医療的なメタファーでもあるから。それにどっちも女の子のあこがれる職業だし!」

 

 頭にかぶっているのもナースキャップやメイドカチューシャのようにも見える。ラッピーもお菓子の要素と医療の要素が混ざったような存在だし、そのあたりが混在しているのかも。

 

 『そんなので戦えるのかよ・・・。』 

 『らぴっ!』

 「ラッピーがついてるし平気平気。」

 『そのラッピーがこんなに小さくなっちゃってるけど。』

 

 小さくなってポーチになっても、ラッピーの意識はあり続けているようだ。あらゆるバイキン、ウイルスを消毒させる力が滾っている。

 

 「アシュリー、いやさワクキュリア、行ける?」

 「うん、まっかせて!」

 

 遊馬も自分の得物を構える。



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第188話

 バエルは既に元の体躯を取り戻しており、勝負は振出しに戻っていた。第三ラウンドまではドロー、今度こそファイナルラウンドだ。

 

 「結局何もできなかったか・・・。」

 

 遊馬は酸素マスクを顔に取り付けながら、ごちる、守られてばかりだったのが、今度こそ守るって決めたところなのに、もう追い抜かれてしまった。ならせめて、足手まといにならないようにがんばるだけだ。

 

 『遊馬なら大丈夫だって!イケルイケル!』

 「だから、アシュリーは思いっきりやっちゃっていいよ!いや、ワクキュリア!」

 「うん!」

 

 気持ちは切り替わった。後は戦闘を実行するだけだ。バエルの脳髄ともいえるEAD、それを無力化させる抗体がワクキュリアには備わっている。

 

 「それをブチ込む方法は?」

 「あるよ!『ナイチンゲール』!」

 

 ラッピーポシェットから、白衣の天使の名を冠した長物が出てくる。先端には目盛りのついた注射器がついている。

 

 『なかなか物騒な物をお持ちで。』

 

 ナイチンゲールの穂の部分にあたるの注射器のピストンを数回押し込むと、シリンダー部分に魔力のワクチンが充填されていく。

 

 耳をぴこぴこと動かし、ふわりとワクキュリアの体は宙に浮かぶ。そして一瞬のうちに第1宇宙速度を突破してバエルに向けて突貫する。

 

 「いっけぇえええええええ!!」

 

 刺されば一撃だ。だが視界を取り戻したバエル・レベリオンもまた身を翻して躱す。そして腕と半ば融合を始めているライフルを連射する。

 

 「ワクキュリア、防御だ!」

 『らぴぴっ!』

 「わかった!」」

 

 ワクキュリアがラッピーポシェットを二回叩くと、魔法光の膜が広がり、バエルの放った銃撃をかき消す。

 

 『今の攻撃はおしかった!次だ次!』

 『アスマ、援護だ!』

 「よし!喰らえ!!」

 

 遊馬も負けじとレーザーキャノンを連射してバエルの動きをけん制する。

 

 「銃・・・私ももう銃を恐れない!『フローレンス』!」

 

 ポシェットからもう一つの武器、無針注射器型のピストルを取り出す。これもピストン部分を引いてワクチンを装填する。

 

 「撃て撃て撃てー!」

 『らぴぴー!』

 

 『ジュウウウウウウ!!』

 

 2人の合体掃射によって、ついにフローレンスの弾が当たる。その場所は壊死したように腐り落ちる。

 

 『シュゥウウウ・・・ボアアアアアア!!』

 

 ならばと、バエルも股から卵を産んだ。人の背丈ほどもある鞘のような卵からは、これまた等身大の怪物が孵ってきた。自身の細胞から生み出した分身、『レッサーバエル』である。同じ人型でも、列車などで戦っていたサピエン・ゼバブとは比べ物にならない戦闘力を秘めていることだろう。

 

 レッサーバエルは生まれたばかりにもかかわらず羽を広げ、戦闘態勢に入った。

 

 「よぉし、ヤツの相手は僕に任せろ!」

 「うん、お願いアスマ!」

 「けど、アシュリーも無理しないようにね。」

 「もう!心配しすぎだって!ラッピーだっているんだよ!」

 『らっぴ!』

 

 それに、ゲームPODネクスを今持っているのはワクキュリアだ。ゲームPODさえ持っていれば、いざという時向こうの世界のみんなが手助けしてくれることだろう。

 

 むしろ孤立している自分の心配をするべきだったろうか。

 

 「なんてね、弱いなら弱いなりに出来ることもある。」

 

 例えば、弱そうな相手を狙うのは生物の本能のようなものだ。ターゲットがこっちに向いていくれているなら、それだけでチームの役には立てる。あとは簡単、『死なないこと』だけが役割だ。

 

 「さぁこい!こっちの水は甘いぞ!」

 

 羽を広げて跳びかかってくる姿はGめいていて気色悪い。的確にこちらの頭を狙ってきているように見えるのは・・・。

 

 「あ、マスクのヘッドライトのせいか。」

 

 アw擦れそうになっていたがゼバブは光に向かってくる。少々危険が伴うが、こちらに真っ直ぐ向かってきてくれるというのはありがたい。このライトはつけたままにしておこう。

 

 「オラッ、おっ死ね!」

 『グギャアアアアアアアアア!!!』

 

 落ち着いて狙いをつけて撃ち落とす。これさえできれば苦戦することもない。

 

 「なせば成る!片桐遊馬はできる子!」

 

 レーザーキャノンが火を吹くたびに、レッサーバエルに風穴を開けていく。



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第189話

 その戦いはもはや人の目には捉えられないほどのスピードになっていた。

 

 「そこぉ!」

 

 『グググ!』

 

 片や、浄化の魔法の力を振るう魔法少女が長い得物を煌めかせる。片や、新世界の祖となる邪神が怪しく瞳を輝かせる。

 

 光は帯となり、星々に彩られた漆黒の世界を彩る。天を衝く柱、軌道エレベーターの施設を上へ下へ、中へ外へと高速で動き回りながら二つの光は激しく交差する。

 

 ワクキュリアに変身したことで少しだけ戦闘センスが上がったものの、それでもアシュリーは素人どころかまだ子供。戦いには全く慣れていない。

 

 「はぁ・・・はぁ・・・。」

 『もっと肩の力を抜くんだ、いたずらに消耗するぞ。』

 『アシュリーには難しいって。』

 『ラッピー、サポートできませんこと?』

 『らぴぴ・・・。』

 

 むしろ、アシュリーはワクキュリアの力に振り回されつつあった。その聖なる力がバエルにとっては致命的な一撃であるが故に、バエルが積極的に攻めてこないことが、この均衡を生み出している。

 

 『やっぱり遊馬にも戦わせた方がいいんだろうけど、ダークリリィなしでこの高速戦闘は無理だよねぇ・・・。』

 「無理!こっちもヤバいってのに!」

 『アスマはアスマで大変みたいだし。』

 

 一方、遊馬もまた苦戦を強いられている。オービタルリングの施設の一角に置き去りにされた遊馬は、レッサーバエルの群れと相対していた。

 

 「こいつら、倒しても倒しても!!」

 

 キリがない。まるで無から湧いてくるかのように視界の外から現れてくる。おそらくボスを倒すまで無限湧きするタイプの雑魚なんだろう。

 

 施設をアテもなく移動しながら、とにかく倒し続ける。見ればあちこちに最初に見たのと同じバエルの卵があるので破壊して回る。

 

 「ワクキュリアと戦いもって生んで回ってるのかあいつは?」

 

 だとすれば、積極的に攻めないことにも説明がつくか?やはり、遊馬が頑張れば頑張るほどにアシュリーの助けにもなっている。

 

 そう思えばおのずと力も湧いてくるというもの。そして右往左往したものの目的の場所を見つけた。

 

 「戻ってこれた、格納庫!」

 

 乱雑にレッサーバエルを薙ぎ払い、扉を閉ざして時間を稼ぐ。ここは先ほどまでダークリリィで銃撃戦を行っていた警備機格納庫。外壁が破壊されて空気も物も吸い出されてしまったが、目当ての物はしっかり固定されていて残っていた。

 

 「相手がレッサーを繰り出してくるなら、こっちもライトを繰り出そう!」

 

 格納庫で、武器が置いてあるのだから当然『本体』も置いてある。そのうちの一機のライト・レベリオンのハッチに手をかける。



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第190話

 「こいつとも結構付き合いが長いな。」

 

 なんだかんだ、この簡易量産機に乗り込む機会は多いなと遊馬は思った。最初は荷物運び、次はぶっつけ本番の戦闘、今回は主役の引き立て役と言ったところか。

 

 【戦闘モード、起動します】

 

 「起動遅いなぁ・・・。」

 

 スイッチをいじると無事にコンソールは点灯してくれたが、なかなか機体全体を動かすまで温まらない。手持無沙汰になった手や足でレバーやペダルの挙動を確認するが、それらも尽く重い。わずかな動作にもストレスを負うことになる。

 

 「ネプチューンで使っていた機体よりも遅いな・・・結構手入れしてくれてたんだな。」

 

 今更ながら整備士の皆さんには感謝の念しかない。ちゃんとお礼を言うためにも生き残らなければ。

 

 『グゴォオオオオ!!』

 

 「おっと、はやくはやく!」

 

 閉ざした格納庫の扉をレッサーバエルが叩いているのを見て、遊馬も貧乏ゆすりが早くなる。

 

 『グワァアア!』

 

 「きやがったな!」

 

 開いた穴からレッサーバエルがわらわらと湧きだしてくるのを見て、舌打ちしながらハッチを一旦開けるとコックピットに座りながらレーザーキャノンを連射して散らす。

 

 「んもー!急いでくれよ!!」

 

 撃っても撃っても、数は増すばかり。撃ち漏らしたものに取り付かれる。

 

 『シュウウウウウ!!』

 

 「うぉおおきたぁああああ!!」

 

 【システム、オールグリーン】

 

 「キタァアアアアアアア!」

 

 勢いよくハッチを閉じると、ライト・レベリオンを立ち上がらせ、その場でフィギュアスケートのようスピンすることで張り付いたレッサーバエルを振り落とす。

 

 「よし、この機体には宇宙用バックパックがついているんだな。」

 

 宇宙用なんだからそりゃあついていて当然なものなのだが、単機で大気圏も重力圏も突破できるダークリリィならば必要のないもの、遊馬も初めて見る装備だ。×の字型で各先端には大型のバーニアがついている。多少動きが不自由だが、これで宇宙空間でも推進することができるというわけだ。

 

 「とりあえずまずは外に出て・・・邪魔じゃい!」

 

 当たり前のように真空、無重力の空間を飛んでくるレッサーバエルを蹴り飛ばし、宙に浮いているアーマーライフルを手に取り、手近なやつを撃ち抜く。

 

 「おわっ!?回る!」

 『気を付けてね、宇宙空間では反動がモロに来るから、ライフルは使い辛いわよ。』

 「ダークリリィなら問題なく使えてたのに・・・。」

 『そいつには無反動機構(リコイルキャンセラー)がついてないんだろう。』

 『結構難しいんだよ、反動消すの。』

 

 ライフルを連射しようというのなら、撃つのと連動しながらバーニアを吹かさなければならない。ひとまず、すぐそばにあった柱に手を伸ばし、掴まりながら一匹一匹撃ち落としていく。

 

 『さっきバズーカもあったよね?それなら無反動じゃない?』

 「そうか、そのための無反動砲。」

 

 そんな面倒くさいこと対処法をとる必要があるぐらいなら、最初から無反動な武器を使えばいいということだな。

 

 「入口で詰まってる細かい奴らを散らすのにもおあつらえ向きってことだな。」

 

 トリガーを引いてしばらくすると、特殊炸薬が破裂して進む道を開いていく。



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第191話

 「ワクキュリア、そっちは大丈夫?」

 『なんとか・・・。』

「なんとかそっちに追いつければいいんだけどな・・・。」

 

 どだい無理である。いくら宇宙用バックパックがついているとはいえ、簡易量産機でオリジナル級の高軌道戦闘を繰り広げるワクキュリアとバエルになんか追い付くことすらできない。

 

 「なんとかちっこいやつらは倒せてるんだけどっ!」

 『なら網を張って待ち構えてる方がいいんじゃないか。』

 「そうか、そっちから誘導出来る?」

 『やってみる!』

 

 光るサインビーコンを宙に放ると、すぐ近くの物陰に隠れる。

 

 「そっちからこの光見える?」

 『うん、下に見える!今からそっち行くよ!』

 『ちゃんと受け止めてあげなよー!』

 「わかってる!」

 

 茶々を適当に受け流しながらソリッド・バズーカの弾を交換する。とは言ったものの、誘導性も何もないバズーカを当てるのは難しい。だから使うのは通常の弾ではない。

 

 『いっくよー!!』

 「こいー!」

 『こっちでカウントする!』

 「よろしく!」

 

 タイミングと呼吸を合わせて、すれ違う瞬間を狙う。

 

 『5・・・4・・・3・・・2・・・1・・・。』

 「『今!』」

 

 バッと施設の陰から飛び出したライト・レベリオンと、高速で落下するワクキュリアが交差する。

 

 『!!』

 

 突然の乱入者にバエルの意識が一瞬反れた時には、既にバズーカは発射されていた。

 

 『グゥウウウウン・・・。』

 

 だが、その弾は途中で失速すると、バエルがそうであると同じように宙で止まった。また珍妙なポーズをとったバエルが念力で止めたのである。

 

 ふっ、とほくそ笑んだのだろうか、バエルは油断していた。

 

 『・・・ゼロだ。』

 「目をつぶれアシュリー!」

 

 静止した弾が炸裂した瞬間、白い閃光が場を支配した。

 

 遊馬が発射したのは閃光弾・・・ではなく、照明弾であった。これがただの炸裂弾であれば、念力で防ぐことも出来ただろうが、さしものバエルの超能力でも光までは防げない。

 

 『ゴワァアアアアアアア!!!』

 

 「光が好きなら、至近距離でたっぷりと味わうがいいさ!」

 

 そしてメインディッシュはコレ。ワクキュリアがナイチンゲールの穂についたピストンを連続でプッシュすると、魔力が充填されていく。

 

 「いっくぞー!!」

 『らっぴー!!』

 

 バエルが視力を取り戻した時には、もう一発の光の弾丸が放たれていたところだった。

 

 「光のオペ『アルティメット・ファーヴ』!!」

 

 ナイチンゲールの注射器が射出され、バエル・レベリオンの額を貫いた。

 

 「術式・・・完了。」

 『らぴ!』

 

 ナイチンゲールによって投与された光のワクチンが、EADの機能を停止させていく。それは同時に、バエルのすべての生命活動を停止させることに等しい。

 

 『グ・・・ゴ・・・』

 

 活動を停止した体細胞が、ミイラのようにカラカラに乾いていく。

 

 「バエルが重力に引かれて落ちていく・・・。」

 

 バエル・レベリオンは流れ星となったが、それを観察するものはこの世界には誰もいない。



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第192話

 「終わった?」

 「ああ、おつかれさま。」

 「うん、疲れたー!」

 

 強く清廉なるワクキュリアの姿はどこへ行ったのやら、ライトレベリオンの開いたハッチに飛び込んでくる。

 

 「おわっと!」

 「アスマー、なでなでしてー!」

 「わかった!わかったからどこかに留まらないと!」

 

 わちゃわちゃとしながら、倒れ伏したダークリリィの元へと戻ってくる。

 

 『これで終わったんでしょうか?』

 『終わりでしょ?』

 

 ラスボスは倒した、救済ルートにも入った、あとはエンディングを迎えるだけだけど。

 

 「・・・エンディングに入らないな。」

 「らぴ?」

 『エンディングも自分で演出しろ、ってことなのかな?』

 

 ボタンを押してメッセージ送りするところだろうか。だが中で演じているキャラクターたちはそんな気楽にいはいきそうにない。

 

 「じゃあ総括しようか。アシュリー、満足した?」

 「うん!けど・・・。」

 「けどどうした?」

 「これが終わったら、また私ひとりぼっちになっちゃんじゃないかなって。」

 

 しゅん、とアシュリーは落ち込んだ。たしかにそうだな、ゲームが終わってエンディングを迎えればそこでGAME OVER、電源を切るしかなくなる。そして電源を入れなおしても、そこにはNEW GAMEしかない。

 

 ゲームを起動すればいつでも会える、ただのプレイヤーだった遊馬ならそう考えていただろうけど、今はそう思えない。こうして生きているキャラクターたちと触れ合い、話した今なら。

 

 「そうだな、僕もアシュリーとこのまま分かれるのは嫌かな。」

 「そうでしょう!どうしたらいいかな・・・。」

 「・・・アシュリーは、本当に変わったね。前はそんなに自分の意見を押してこなかったし。」

 「そうかな?ダメかな?」

 「ダメじゃないよ。」

 

 むしろ、そんなワガママな心があるからこそ『続編』は作られるのかもしれない。そんな『願い』が集まって、次への構想が浮かぶんじゃないか。

 

 『そうか、じゃあ私たちがやったようにゲームPODネクスに想いを籠めれば・・・。』

 「新しい『ゲーム』が創られる?」

 『試してみればいい。』

 

 じゃあ試してみよう。ゲームPODネクスをアシュリーに託す。

 

 「さあ願ってアシュリー、キミの望む世界を。」

 「うん・・・えーっと、私は・・・。」

 

 ぽわ・・・とにわかに淡い光がアシュリーの体から漏れ出す。その光はやがて、アシュリーの体だけでなく、その周囲を、世界を包んでいく。

 

 「こ、これは?!アシュリー!」

 「なんか・・・わかってきた気がする。これでいいんだって。」

 「らぴ?」

 「ラッピー、ありがとう。トモダチになれて嬉しかった!それにアスマ、ううん、『お兄ちゃん』、私を救ってくれて、ありがとうね!」

 「アシュリー!」

 

 遊馬の視界が、真っ白に染まっていった。



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第193話

 『May I have your attention ,please?』

 

 (らぴ!らぴ!)

 「ん・・・また寝てたのか?」

 

 もぞもぞとカバンの中で動くラッピーに揺り起これた遊馬の耳に入ってきたのは、アテンションプリーズの音声アナウンス。目を擦って辺りを見渡せば、乗客たちがいそいそと下車の準備をしていることろだった。

 

 「・・・戻って、きたのか?」

 

 服装も強化服と酸素マスクではなく、メガネにシャツのクソダサナードスタイルに戻っていた。

 

 手荷物を確認すると、隣の車両へと足を動かしてまた目を見張る。そこには血みどろの世界などなく、まるで何もなかったかのように人々はふるまっている。

 

 いや、実際なにもなかったのだろう、『現実』には。ゲームの世界に行っていた・・・というよりも現実にゲームが浸食していたのを知っていたのは遊馬だけ。

 

 「みんな。」

 『おう遊馬。そっちはうまくいったのか?』

 「うん、現実世界に戻ってこれたみたい・・・今、列車に戻ってきた。」

 『ならよかったね。』

 「よかぁない、アシュリーがいない。」

 

 ゲームPODの画面越しに仲間たちの顔が見えて少し安心したのもつかの間、顔の見えない仲間に思いをはせる。

 

 『いない?』

 「この列車のどこかにいるのかもしれないけど、今はいない!」

 『・・・アシュリーはゲームの登場人物だからいないんじゃ?』

 「でも、そっちにもいないんでしょ?」

 『・・・そうだな。』

 

 ゲームがクリアされたことで、現実とゲーム世界の融合が止まったのはわかる。

 

 『だから、アシュリーもいなくなった。』

 「そんな・・・。」

 『こうならないと、遊馬は考えなかったの?』

 「考えたさ・・・考えたけどアシュリーは最後・・・。」

 

 最後・・・最後にアシュリーはなんと願ったんだろうか?

 

 「これでよかった、って言ってたけど・・・。」

 『アシュリーには、自分の危険性がわかってたんじゃないかな。』

 

 実際、デッドソイルの世界とつながると、現実世界がヤバい。それは遊馬も身に染みて知っていたし、そうならないために戦ってきていた。

 

 『結局、アシュリーをあの世界から救い出す方法はわからなかった。』

 「けど、アシュリーは『救ってくれた』って言ってた。きっとまだ別な可能性があるんじゃ?」

 

 と、手荷物や所持アイテムを探る。

 

 「そっち、なんか増えてない?」

 『んー・・・いや、特になにも、誰も持ってないかも。』

 「そっちの世界でまた別なサブクエが増えてたりとかは・・・しない。」

 『ついでにダークリリィはしっかり壊れたままだよ。』

 「ウーン・・・。」

 

 ダークリリィが壊れているということは、たしかにあの戦いは本当だったということ。

 

 とりあえずもう少し現実世界を探してみようと思う。先に先にと降車すると、空調の効いていた車内とはまた違う空気がお出迎え。太平洋の真ん中に位置する人工島、ラ・ムゥへと足を踏み出したのだった。

 

 そんな実感もそこそこに、ホームの端から降りてくる乗客たちを見張る。

 

 「いない・・・。」

 

 数分待って、乗客が降りつくして途切れたところで遊馬はため息を吐く。見落としたのか、それともまだ出てきていないのか。

 

 「あっ、あれは・・・。」

 

 もう少し待とうか、もう行こうか、少し考えていたところで視界に入り込んできたのは、金髪の少女だった。

 

 「アシュリー?」

 

 遊馬は慌てて駆け寄った。だがすぐにその足取りは小さくなる。

 

 その少女を追うようにして、一組の夫婦が出てくる。きっとあの女の子の両親だろう。それだけでもう理解した。やっぱりアシュリーはこの世界にはいないんだろう、と。

 

 かつて向こうの世界でこの駅に到達したときに、休憩のために立ち寄ったのと同じ待合にてしばし座り込む。

 

 「らぴ・・・。」

 「ラッピーにはわかる?アシュリーは何を願ってたのか?」

 「らぴ。」

 「そっか・・・。」

 

 リュックから出てきたラッピーに語り掛けるが、ラッピーはふるふると身を震わせるだけで答えてはくれない。

 

 「アシュリー・・・どこ行っちゃったんだよ・・・。」

 「らぴ・・・らぴらぴ!」

 「わかってる、進まなきゃいけないよね。」

 

 ここでこうして立ち止まっている暇はない。宇宙でシェリルとセシルの2人と合流する手はずの途中だった。ものすごい回り道をしていた。

 

 ものすごく、ものすごく遠大で今となってはすべてが無駄だったと言っていいぐらいの、寄り道をしていただけだったのだ。

 

 そんな寄り道をしてなんの成果もないことに、ゲーマーとして怒るべきなんだろうか。どちらかというと無気力感が大きかった。

 

 「どうせなら、宇宙で解放してくれたらよかったのになぁ。」

 「らぴ?」

 「なんか疲れたんだよ。」

 

 今からもう一回軌道エレベーターに乗って宇宙に行くのは二度手間と思える。それにダークリリィに乗ってたほうが早く着くだろうし。

 

 などとくだらないことを考えながら、ラッピーを抱きしめて顔を伏せる。

 

 「・・・新しいゲーム。」

 「らぴ?」

 「クリアしたんなら新しいゲーム、というか『続編』が出来てるはずなんだよね?」

 『ん?そうだったね。』

 

 ふっと思いついた考えを、遊馬はスマホに入力してネット検索にかける。

 

 「『デッドソイル 外伝 ワクキュリア』・・・っと。」

 

 出た。出ちゃった。

 

 「『デッドソイル:アナザートリート』・・・だと?!」

 『なにそれ。』

 「アシュリーが主人公になって、己の抗体で無双するジェネリックホラー作品。」

 

 ワクキュリアは、そのアシュリーがボス戦で変身するいわば戦闘モードのことを言う。

 

 『と、とにかくアシュリーは元気にやっているんですね!』

 「もうすぐ発売だってさ。」

 

 一体開発者はどんな気持ちでこのソフトを作っていたのかは定かではない。けど、これが遊馬たちのやってきた結果に間違いない。

 

 「またアシュリーには会える。」

 「らぴ!」

 

 この旅が終わったら買いに行こう。ゲームを起動すればきっと会える。

 

 「さ、行こうか!」

 「らぴぴ!」

 

 と、気が付いた時周りの視線が自分に集まっていることに遊馬は気が付いた。ぬいぐるみにはなしかける怪しい恰好の男なんぞいれば、そりゃそうだ。



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キャラクター設定③

 修正に飽きたのでデッドソイルの登場人物や設定をまとめてみました。


 デッドソイル・・・死を呼ぶ蟲『ゼバブ』と、それが媒介するウイルス『EAD』と時に戦い、時に逃れるサバイバルホラーゲーム。4人の主人公のうちの1人を操作し、それぞれに個別のストーリーがある群像劇。

 

 複雑かつ密接に関わるキャラクターたちのドラマがウリだが、そのせいか攻略の自由度は低め。エンディングも絶望的なものばかりでやや単調感が否めないため、ゲームレビュー評価はそんなに高くない。また、同時期に同じジャンルのホラーゲームシリーズのビッグタイトルの新作が控えていたということもあり、マーケティング的にもやや負けている。総評、悪くはないけど良くもない。悪く言えば地味。

 

 遊馬も一通りクリアはしていたが、一通りクリアしただけで満足した。特別思い入れもなかったが、今回のことでもうちょっとやり込んでみてもいいかなと思うようになった。

 

 EAD・・・シベリアの永久凍土から見つかった原始ウイルス、それは通常の10倍以上の速度で死体を腐敗させ、土に還してしまう驚異的な分解能力を持っていた。それを有効利用するために研究されたバクテリアである。EADはEarth、Ash、Dustの頭文字。特に何かの短縮文章とかじゃない。

 

 その正体は、太古の地球に降り立ったテラフォーミング機構。ウイルスそのものは生物の特徴そのものを強化する能力があり、強化された分解バクテリアによって大気、環境を変化させて恐竜も滅ぼした。

 

 EADはセーフティとして自己複製能を持っていなかったが、ゼバブの繁殖によってその機能は実質無意味なものとなった。

 

 ゼバブ・・・EADのキャリアとなるハエのような虫。EADの影響で変異し、他の生物のDNAを吸収することで進化してくようになる。

 

 最終的に細胞ひとつひとつが脳神経のように知性を持つようになり、最終形態であるバエルに超能力をもたらした。

 

 バエル・・・人類、ひいては地球環境すべてを改変することで、地球をゼバブの星に変えようとするラスボス。一周まわって原始ウイルス本来の役割であるテラフォーミングに還ってきた。

 

 生物のDNAに限らず、外的刺激によって成長するようになり、ダークリリィを目にした影響でバエル・レベリオンに進化した。

 

 

 

 

 アシュリー・バーンウッド

 年齢:8歳 しし座

 身長:128cm

 趣味:一人遊び

 好きな食べ物:レモネード

 

 ・デッドソイルのNPCで、事実上メインヒロインにあたる。

 ・EADの抗体を持っており、様々な組織、人、思惑に翻弄される運命にある。

 ・両親は仲が悪く、自身も孤独な時間を過ごしていたが、ある日父親が一線を越えてしまい、アシュリーは自衛のために引き金を引いてしまった。

 ・そして北欧の叔母の家に引き取られに行く最中、事件に巻き込まれる。

 ・操作キャラクターによって様々なエンディングがあるが、どのEDでも大体ロクでもない目に遭う。父親を手にかけた因果は巡ってくるというわけだ。

 

 ・遊馬とは、ラ・ムゥ行きリニアの中で出会う。

 ・ワガママ言わない大人しい子だったが、その本質をトビーには見抜かれていた。

 ・遊馬とラッピーと触れ合う中で自分を見つけていき、ワガママが言えるようになった。

 

 ・ラッピーと融合することで、美少女抗体『ワクキュリア』に変身する。

 ・ワクキュリアの武器は、注射器のついた槍のナイチンゲールと、針無し注射器型の銃のフローレンス。それぞれで魔法のワクチンを打ち込むことができる。

 

 ・ゲームクリア後現実世界に帰還した遊馬はアシュリーの姿を見失うが、代わりにデッドソイルの外伝作品『アナザートリート』の発売を見る。これがアシュリーの願ったことなのか、遊馬がプレイするのかは、また別の話。



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第6章
第194話


 「いま一度確認しておきたいんだけど。」

 『なにを?』

 「これまであった色々なことと、これからするであろう色々を。」

 

 今は軌道エレベーターのシャトルに乗り、ここからまた数時間かけて宇宙を目指している最中である。

 

 それだけではつまらないと、遊馬はゲーム世界と交信して時間を潰しているところだ。

 

 「列車の中では一瞬の出来事だったはずなのに色々あったよね。」

 『こっちの世界では時間の概念が希薄ですから、おれだけ経っているのかもよくわかりませんけどね。』

 「だからってグラウンドの一角に畑が出来てるのはどういうことなの?」

 『前にアスマが言ってた、農業や酪農をすることで経験値を得るゲームもあるって聞いたから、それでレベルアップが図れないかなとね。』

 

 そういうゲームじゃねえから!というか、いくらその牧場運営ゲームでもトラクターを使って耕すっていう選択肢はないし、それで経験値が入るものかよ。

 

 『まあそれは冗談なんだけど、あの花畑は手を入れられないのかなって、ちょっと実験がしたかったんだよね。』

 「実験?」

 『要するに、内部からプログラムを書き換えられないかって実験。あの花畑は雄二が創った深層心理世界で、いわば一番『ナマ』な場所。あそこから何かが繋がってないかなって。』

 『前にクラックは開いていたがな。』

 「つまりどういうこと?」

 『時空が不安定で、外と繋がってる場所なんじゃないかなってこと。』

 

 わかるようなわからんような。要するにウラ技というところか。

 

 「そういえば、ゲームの途中でカセットを抜き替えることで、イベントやエンディングを呼び出すバグ技があったような。」

 『んー、なんか近いものを感じるかも。』

 

 なるほど、それならちょっとわかるかも。

 

 「ん?ってことはバグ技で無理矢理ゲームクリアしようとしてるのか?」

 『そういうことになる。』

 「いやいやいや、そこは普通にクリアしないとマズいんじゃない?というかマトモにクリアしないとゲーマーとして恥なんですが。」

 『この際手段は選んでられない。』

 『勝てばよかろうなのだ。』

 「アカーン!」

 『まあまあ、そもそもこのゲーム自体がフェアじゃないと思わない?』

 「ン・・・まあそれはそうだけど。」

 『現実のゲームにも改造ツールとかあるでしょ?それと同じだって。』

 「そういうの僕は使ったことないし!」

 『じゃあこの先、お前はノーミスでクリアできると保障できるか?』

 「それは・・・。」

 『そりゃゲームならいいさ。だがこれは命がかかってるんだこの際手段は選んでいられないとは思わない?』

 

 それを言われると言い返せないのが辛い。遊馬もこれ以上危険に晒されたり、仲間を喪うのは好ましくない。けどなんだろう、その発言がなんかもう危なっかしい。

 

 「100歩譲ってウラ技を使うのはいいけど、ROMやハードの違法改造はやめたほうがいいと思う。補償効かないし。」

 『・・・だよね、正直止めてくれなかったらどうしようかと思ってた。』

 『実は私も・・・。』

 

 ああ、彼らがプログラミングで動く駒でなくて、血の通った人間でよかった。

 

 『ちぇー、楽しそうだったのに。』

 「おいこら。」

 『私はロボットですし?』

 

 約1名除いて。



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第195話

 「そもそもグラウンドの土なんかで作物が育つのかな?」

 『無理だね、栄養がなさ過ぎてペンペン草も生えないよ。』

 

 ミントぐらいなら生えるかもしれないが。農作物でレベルアップ作戦はうまくいきそうにない。

 

 『農業を舐めちゃダメだね。』

 「まあ、第一次産業のことはもういいよ。それを使ってバグを起こそうとしてるのもまあいい。」

 

 よかはないけど、とりあえず今は置いておいて。正攻法の話をしよう。

 

 「そう、今回のことで一つ進展があった。」

 『続編を作る能力にウラがとれたね。』

 『あの男(・・・)が言っていたことはウソではなかったと。』

 

 あの男とは、遊馬の父の和馬のことである。かつてエヴァリアンに与して、そのシステムを使って『今』の現実世界を作り出した。

 

 『なんというか悪党のポジションだな。』

 「否定できない。」

 『まあまあ、今はヘイヴンに協力してるんでしょ?』

 「大人しくしててくれればいいんだけどね。」

 

 今頃何やってんだろうか。ネプチューンにいたところでせいぜい司令に茶々いれるぐらいしかやることないだろうに。

 

 『そしてその息子である遊馬がその役目を継いでいると。』

 「自分でやりゃあいいもんをなんで僕にやらせるのか。」

 『引きこもりだったんでしょ?外に出てほしかったんじゃないかな。』

 「そこまで愛されてたとは思えない。」

 『そう言うなよ。』

 

 まあ、この年まで育ててくれたことは感謝しているが。けど同時に無関心のように放置されていたことも事実なのだ。

 

 『複雑なんですのね・・・。』

 「そう、複雑なの。」

 

 果たして僕は父から何を期待されていたんだろうか。それとも期待されておらず、ただ父と子だからという理由だけで養っていたんだろうか。父がどう思っていようが、それを言葉にされない限りは遊馬にはわかりはしない。

 

 「その真相は・・・正直知りたくもないかな。どっちにしろ傷つきそうだ。」

 『知らない方が幸せなこともあるか?』

 「モンドも記憶を取り戻したら深く傷つくことになるよ。」

 『散々ネタバレ喰らわせておいてそんなこと言うのか?』

 

 かくいうモンドも、タイムゲドンの科学者である父親から色々と託されているんだが。それを知って、なお誇りの道を行くのか、野望の果てを目指すのかはプレイヤー次第。

 

 「閑話休題!とにかく、このゲームPODネクスには世界を変えうる力があるという確証が持てた。」

 『たかがゲーム一本新造しただけだろう?』

 「そのゲームをこのゲームPODにつなげば、それだけで世界がひとつ広がるんだよ。」

 

 生産→供給→生産のループがこのゲームPODひとつで完結しているのだ。カードゲームにたった一枚でループコンボを完成させるカードなんてあった日には、そのゲームの世界は大きく崩壊することだろう。

 

 『でも、ハードが違うんじゃその新しいゲームをプレイできないんじゃないの?』

 『そうですわ。そもそもゲームPODネクス自体が古いゲーム機なんでしょう?』

 「それがあるんだ、最新ハードをプレイしつつ、ゲームPODネクスを繋げられるハードが。」

 『そんな都合のいいハードあるのか?』

 「ある!」

 

 その名を、『ゲームトロフィー100(ハンドレット)』という。

 

 『ゲームトロフィー?』

 「通称トロフィー。このハード自体もゲームPODネクスと同じくらい古い機種なんだ。」

 『古いのに、新しいゲームがプレイできるの?』

 「うん、トロフィーは拡張性がすごく高いんだ。後付けの周辺機器を接続して積み上げていくだけで、100年先まで遊べると言われていた。」

 

 タワーのようにうず高くパーツをカスタマイズしていくことで、あらゆるハードに互換性を持たせることができ、これ一個で様々なゲームが楽しめる。

 

 『言われて『いた』?』

 「うん、100年先まで遊べるという触れ込みだったんだけど、その前に大元のトロフィーを開発していた会社がつぶれちゃったんだ。当然、周辺機器のパーツの開発もストップした。」

 『そりゃ残念だね。』

 「うん、けどその夢のようなハードの志を継いだ、有志の人によって今も開発は続けられているんだ。」

 『そりゃなんとも夢のある話だ。』

 

 ゲームトロフィー100には、人の夢が乗っているのだ。

 

 「で、それがウチにあるんだ。家に一旦変えることが出来れば、トロフィーを持ち帰って自由にゲームPODネクスにゲームを繋げられる。」

 『旧世代のゲームPODネクスを繋げてどうやって遊ぶの?』

 「こいつをコントローラーに出来る。」

 『ふーん。』

 

 まあ、見栄えや理屈はともかくとして、このゲームPODネクスにはまだまだ利用価値があるという事だけを理解していただきたい。

 

 「あんなゲームやこんなゲームと接続すれば、好きな世界も作り放題、アイテムも持ってき放題!グッと攻略難易度は下がるはずだ。」

 『正直、ついさっき話してた改造ツール使ってるのとどう違うんだってツッコみたい。』

 「そこはほら・・・攻略してるかどうかの違いだから。」

 

 まあ自己矛盾に陥ってる気がしないでもないが、これぐらいのズルは許してほしい。誰に許してくれと頼んでいるのかは知らないが。



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第196話

 とまあ天の救いか悪魔の囁きか、あるいはそのどちらでもないチートコードを見つけたところで。

 

 「そろそろ宇宙かな。」

 『こっちもダークリリィの整備をしておくよ。』

 「お願い。また壊すからね。」

 『出来れば壊さないように使ってほしいんだけど。』

 「もうちょっと敵が弱ければラクショーなんだけど。」

 

 思えば、初出撃の時からハラハラな展開を見せていた。アーマーギアというゴリゴリの武装や、超能力を持ったバエルなど、一筋縄ではいかない相手ばかりだった。

 

 とはいえ、ダークリリィを越える機体は、この世界にはそういないハズなのだが。とにかく遊馬の腕さえ上達していけば、そのうちノーダメージで勝つことも出来るようになるはずだ。

 

 『それまでにあと何回直せばいいのかな。』

 「いや、感謝してるよ本当に?」

 『当たり前だ、感謝してなかったらぶっ飛ばしてたぞ。』

 「モンドは何してるのさ?」

 『塗装の塗りなおしをしている。』

 「カラーって黒だけじゃん。」

 『ただの黒じゃないんだよコイツは!』

 

 一応、ステルス性の高いコーティングが為されているので、ただ適当にペンキを塗りなおしているわけではないとは知っている。

 

 『フォノンライフルの替えも必要になるし。』

 「そっか、武器も壊してたなそういえば。」

 『レベリオンの基本は格闘だってあれほど言ってるのに。』

 「そうは言うけど、相手が格闘で懸かってこない以上こっちも銃を使わざるを得ないじゃない?」

 『近くによって殴り掛かれば、銃によるアドバンテージも死滅する。』

 「2人って結構脳筋だよね・・・。」

 

 さすが、実施的にたった一機で地球を守っていただけのことはある。雄二とエルザ、この二人が戦ってくれたらどんだけ楽だったろうか。

 

 「そうだ、そういえば敵勢力には雄二の娘もいるんだっけ。」

 『カサブランカの後継機もね。』

 『ダークリリィに比肩しうる機体だろうね。おそらくは。』

 「そして腕も並じゃないときたもんなら・・・。」

 

 まず遊馬に勝ち目はないだろう。ゲーム的には敗北必至のイベント戦闘って感じなんだろうけど、現実だと負ける漏れなく死ねる。

 

 「そういえば死にかけると決まってそっちの世界に飛ばされるんだよね。」

 『ゲームオーバーになるってことなのかな?』

 

 毎度毎度何かしらの理由で死にかけては、あれ?だもんな。

 

 「ゲームオーバーになったら、普通やり直しになるんだろうけど、なぜかそっちの世界に行っちゃうんだよね。」

 『こっちに来るたびに、ああまたかって思ってるよ。』

 

 死なずに攻略するのもまた難しや。



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第197話

 『よし、準備も出来たことだしっさっそくやってみようか。』

 「準備?何を?」

 『実験。』

 「だからなんの?」

 『半抜きバグ。』

 「やめろって言ったじゃん!」

 

 舌の根も乾かぬうちとはこのことか。ハードもソフトも故障する可能性があるというのに。

 

 『というかそもそも、お前だって間にクラックを拡げることを提案してたじゃねえか。』

 「あれは・・・攻略法の一種だと思ってたからだし。」

 

 しばらく前・・・というかいつかの自分の発言を顧みる、たしかにそんな人の道もゲーマーの道も外れたような発言を言ったような言ってないような・・・。

 

 『そもそもまっとうな攻略法っていったい何なのさ?ただただ提示されるゲームをクリアしていけば、それでエンディングにたどり着けるの?』

 「確かにそんな保証もない。」

 『ならあえてルールを破ってみるのも一つの攻略法じゃない?』

 「でも今やる必要あるか?」

 『思い立ったが吉日といいますわ。』

 「・・・なんか今は嫌な予感がするんだ。」

 『根拠は?』

 「根拠がないからイヤな予感って言うんだよ。」

 

 というか、ついさっきまで修羅場だったのに、どう転ぶかわからないような鉄火場に今から潜るのは御免被りたい。するならせめて万全を期したい。

 

 『じゃあその万全な状態っていつだよ。』

 「これからの月の調査が終わってから、とか?」

 『確実にその前に修羅場迎えるだろ。』

 「だろうけど。」

 『その時、また死にそうになってこっち来るんだろ?お前がそっち側でどうなってるのかは知らないが、いちいち絶叫しながら現れるお前を迎えるこっちの身にもなってみろよ。』

 『意外と心配してるんだねモンド。』

 『ほっとけ。』

 

 確かに、また死にそうな目に遭う、とかほぼ死んでるような目に遭うのは困る。今はダークリリィも出せないし、戦闘になれば困る。

 

 『ダークリリィ以外の解決法が見つけられるなら、今のうちにやっちゃうのがいいんじゃない?』

 「・・・たしかに。僕自身が強くなる方法とかあれば便利なんだけど。」

 

 手段のひとつとしては、他のゲームから武器やアイテムを引っ張ってきて装備すればいいのだけれど。今はそれも出来ないし。レーザーキャノンも強化服も、十分に強いのだがレベリオンと戦うには遊馬自身が弱すぎる。

 

 『だからあえて、今やるんだ。セオリーから外れた攻略を、セオリーから外れたタイミングで。』

 

 たしかに、順路から外れたところにこそレアアイテムなんかはあるというもの。命に至る門は狭く、その道は細く、至る人は少ないという。

 

 「道を外れて、新たな道を拓くのもまた道か。」

 『でしょう?』



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第198話

 久しぶりの更新


 ~前回までのあらすじ~

 

 トビーたちの発案で、半抜きバグによってエンディングを口寄せすることとなった!

 

 「はずだったんだけど・・・。」

 

 遊馬は一人、自分の家の自分の部屋で一人ごちる。

 

 そう、自分の家の自分の部屋。ゲーム世界の学園や基地でも、現実世界の軌道エレベーターでもない。いたって普通な、一般家庭の一室。

 

 いや、いたって普通ではない。なかなかにこの部屋は散らかっているし、物も多い。たしかに自分の部屋はゲーム関連の物が多かったが、ここにはそれ以外の物の方が多い。つまりは、買った記憶のないカメラやマイク、それに照明なんかが該当する。

 

 マイクなら、ネットゲームのボイスチャットなんかに使ったりするかもしれないが、遊馬はネットゲームをあまりしないし、チャットするような相手もまあいない。

 

 カメラも、Webカメラではなく本格的なビデオカメラだ。照明と合わせて、何か動画を撮ったりするのだろうか。・・・一体何を?何のために?

 

 「動画といえば・・・WooTubeとか?」

 

 『〇〇やってみた』とかで有名な動画サイト、WooTube。そこになにかヒントがあるかもしれない。

 

 「・・・あった。」

 

 何が、というと自分のアカウントだ。動画にコメントを残すために作っただけのアカウントだ。

 

 そのマイページの『投稿動画』という項目。おおよそ遊馬には縁がなかったその項目の中身を見て、愕然とした。

 

 「うわ・・・なんて数の動画。・・・これ全部僕が?」

 

 そこには200を越える動画がズラーっと並んでいる。タイトルを見たところ、ほとんどが料理動画のようだ。

 

 「チャ、チャンネル登録数は・・・?」

 

 まるで宝くじの結果を見るように、ドキドキと胸を高鳴らせながらクリックする。まあ、どうせ当たってたところで2000円程度・・・それでも十分に嬉しい数字だったが。はてさて。

 

 「に、20万・・・?!」

 

 いち、じゅう、ひく、せん・・・と算数を覚えたばかりの子供のようにケタを数えた。何度見返しても結果は変わらない。確かに20万人を超えている。

 

 登録者数1万人もいれば人気があると言っていいだろう。それも激戦区と言っていい料理系チャンネルでこれなら・・・。

 

 まあ百聞は一見に如かず。どんなゲテモノ料理で釣ってるのか。サムネイルを見る限り普通においしそうだが。

 

 「ゲッ、顔出しなのかよ。んん?」

 

 匿名が原則のネット上で、顔を出すリスクというのは計り知れん。これでも1ゲーマーな遊馬としても考えられないことだったが、もうひとつ気がかりなことがあった。

 

 「これ・・・ホントに僕か?」

 

 確かに毎朝鏡を見ればいる顔が、そこには映っていたが・・・何か違和感がある。まるで自分が自分じゃないような。

 

 「・・・なんか、老けてない?」

 

 老け・・・というか、心なしかふっくらとして来ているように見えた。ペチペチと自分の顔を触った確かめてみるが、触っただけではなんとも言えない。

 

 なにより、自分はこんなに笑ったことがあっただろうか?動画に映るためのおべっかとは言え、こんな笑顔が出来る人間だったろうか?



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第199話

 「うーん・・・確かに僕は僕だけど・・・。」

 

 洗面所で鏡を確認しながら、遊馬はまた一人ごちる。心なしか髭が伸びているように見えたので髭剃りをとる。動画ではそんなに髭が伸びているように見えなかったが。

 

 よく見れば洗面台にも見慣れない整髪料や化粧水など、男性用化粧品が並んでいる。だが使い方がよくわからない・・・よく見ると薄く埃が積もっているのを鑑みると、しばらく手を付けていなかったようだが。

 

 「・・・そういえば、動画をアップしなければならないんじゃないのか?」

 

 WooTubeで広告収入を得るには、定期的な動画の投稿が必須となる。

 

 「前回がいつだったんだろう・・・っていうか、今日は何日だ?」

 

 朝だというのに暑いから夏だとはわかる。郵便受けを覗いてみたが空だった。そういえば新聞は取っていないんだったっけか。

 

 『8月16日水曜日、ただいま7時14分。次は芸能ニュースです・・・。』

 

 ともかくテレビをつければ一発で分かった。そんなに日は離れていない・・・はず。腹がすいていたので朝食の用意をしつつ、そういえばともう一つ思い出したことがある。

 

 「お父さーん?いないのー?」

 

 この家では父と一緒に住んでいるはずだった。だが父の書斎や、風呂場を探し回っても父の姿はない。

 

 いや、そもそも父はヘイヴンの潜水艦、ネプチューンにいるはず・・・。自分もここにいるはずはない、思案にふけるがパンが焼けた音がして、脳はマーガリンを探すことに移り変わる。

 

 それにしても、料理系動画を投稿しているにしては冷蔵庫の中身がこざっぱりとしている。二人暮らしにしても少なすぎるぐらいだ。チューハイの缶が転がっているが、これは父の物ではないだろう。父はよくビールを飲んでいたから。

 

 『先日婚約発表をした、あの俳優夫婦に早くも亀裂が?』

 

 つけっぱなしにしていたテレビが次のニュースを報道する。あー、この俳優さん見たことあるな。たしかにこの女優と結婚したとか言ってた気が・・・それも『一番最初の世界』での話だが。カサブランカの世界と混ざってからのことは知らない。

 

 前にトビーが並行世界の収斂について語ってたが、つまりは今いるここは、元の世界に近い世界ということなんだろうか。どこかで何かが違うだけで、元の世界にすごく近い。言ってしまえば、元の生活に戻ってきたと言ってもいいかもしれない。しかも売れっ子な、ウハウハな生活だ。

 

 「いや、そうじゃないよな。」

 

 少し納得しかけたが、違う違うとすぐに否定する。自分はそんなアクティブな人間じゃない。合わない生活なぞしていると、すぐに体を壊す。

 

 元々の自分らしいこと、と言えばゲームか。早々にテーブルを片付けると、ゲームをしに自室へと戻る。

 



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第200話

 「ふーむ、何か面白いゲームはないかな・・・。」

 

 部屋に戻ってまずは棚をみやる。物の並びが変わっているな・・・と思いつつ視線を動かす。懐かしいゲームがいくつも並んでいるし、そのどれもが一度はクリアしたものばかりだ。

 

 「・・・そうだ、ゲームPODは?」

 

 うっかり忘れていた。ずっと持っていたゲームPODネクスはどうしたっけ?

 

 「ない?」

 

 ポケットには入っていない。いの一番に確認すべき事由だったが、今の今まで忘れていた。あれが無ければ、色々と困る。つまりはゲーム世界とのつながりが立たれたという事であり、一人ではほぼ無力な遊馬にはキツいものがある。作戦考えたりとか。

 

 「ゲームトロフィーはあるのか・・・。」

 

 ここにあるゲームハードは、バージョンアップにバージョンアップを重ね、大元のメーカーがつぶれてもなお有志によるアップグレードが行われてきた結果、メガ盛り丼のようにうずたかく積まれた塔のような機体だけ。

 

 むしろ、これ一機だけであらゆるハードのゲームが遊べるので、これ一代だけで済んでいるともいえる。いちいち配線をいじる必要がないのは楽ですらある。あまりに上に積み上げすぎて、真正面に置くとテレビが見えないという欠点はあるが。

 

 と、そのゲームトロフィーの配線を見てみると、テレビではなくパソコンの方に伸びている線がある。

 

 「・・・キャプチャしてるのかな?」

 

 たしかに創作料理は好きだが、動画配信をするなら料理よりもゲーム配信をするだろうなとは思っていた。これはゲーム配信をするために、画面の映像を取り込むためのケーブルだ。

 

 現実逃避のゲームをする前に、動画配信についてもう少し調べてみてもいいかと思い立った遊馬は、パソコンを立ち上げる。

 

 「自分のチャンネルは・・・どんな料理作ってたのかな。」

 

 『簡単につくれるチーズinハンバーグ』、『ご飯が進む鶏そぼろふりかけ』うまそううまそう。『肉汁たっぷりビーフカツバーガー』『骨まで柔らか鶏ガラスープ』、涎が出てきた。

 

 「どれか試しに作ってみようかな。」

 

 キッチンにはたしかに圧力鍋が置いてあった。だが、長らく使っていなかったのか埃が積もっていた。まず洗うところから始めないといけないだろう。

 

 「ふーん、1か月前にパッタリと投稿してないんだな。なんでだろう?」

 

 『今日はブロッコリーが主役』『簡単、日持ちする煮込み料理』、企画ものか。『季節の野菜のガーリックソテー』、『ちょっと本気のビーフシチュー』、YumYum。

 

 とりあえず日付をさかのぼっていくと、週に2回ほどの投稿をしていたらしい。簡単お手軽レシピや、本格ディナーなど、見てるだけで楽しめるようなものも多いらしい。

 

 ひとつ言えるのは、どれも遊馬のキャラには作れないような動画ばかりだったということ。料理のレシピはまあなんとかなる。1人暮らしだし、考えるだけの時間はいくらでもある。

 

 だが、動画の編集や撮影など、どう見ても1人がやっているように見えない。

 

 「・・・ここの影、誰だろう?」

 

 なにやら、アシスタントの存在が見え隠れしている。この人物は誰なのか?



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第201話

 「ふーん、ゲームチャンネルもあるのか・・・って、こっち多いな。」

 

 そのチャンネル登録者数なんと30万人ほど。料理チャンネルとは見ている層が異なるので、一概に多い少ないとも言えないのかもしれないが、それでも結構な人数だろう。一体どんなゲームをしていればこんなに人が集まるのか。

 

 「ふーん・・・どれどれ。」

 

 世間では確かFPSのタイトルが人気だったはずだし、ゲーム動画ランキングにもそういったものが並んでいる。しかしPCゲームをしない遊馬は、こういうゲーム機すなわちパソコンや回線のスペックのような、自分の腕以外の部分の要素を要求されるのを嫌う。

 

 「ちょっとレトロなゲームが多いのかな。」

 

 その中にはゲームPODネクスのタイトルなんかもある。10年前ともなれば懐かしタイトルのひとつだろう。その中にはラッピーのゲームもある。

 

 「『ラッピーとアクアラビリンス』か、100%クリアが結構苦労したんだよな。」

 

 普通にクリアするだけなら簡単だが、すべてのオタカラを集めて完全クリアするとなるとかなりの難易度を誇る。発売当時、攻略本なしでそのすべてを発見した人間はごく少ないと言われている。遊馬もそのごく少数のうちの1人であるが、これには骨が折れた。

 

 それはさておき。しかし今時ただの実況でこんなに人数が稼げるものだろうか。ラッピー以外には・・・ストラテジーシミュレーションゲームの隠れた名作『ザ・ブループラネット』の動画がある。

 

 このゲームはランダム性が高く、何度やっても飽きないと言われる。また時間泥棒と恐れられてもいる。その高難易度プレイ動画もあり、これなら見応えもありそうだなと、試しに視聴してみる。

 

 『こんばんはろはろ!今日も遺跡を暴いたり先住民を焼いたりして楽しく過ごしましょう!』

 

 なんて暴力的なゲームなんだ・・・。自分ってこんな声してたんだなとか、こんなキャラしてたっけとか思う前にそんな感想が出た。

 

 ストラテジーゲームとあるだけに、他のプレイヤーと交易したりあるいは戦争したりも自由なゲームであるのだが、略奪や虐殺を行うと強いペナルティがかかるので高難易度ではそんな手段はそうそう取れないはずなのだが・・・。

 

 『さあかの邪知暴虐(じゃちぼうぎゃく)なるペンギンどもを血祭りに上げに行こう!』

 

 なお、ザ・ブループラネットに登場する勢力は皆水棲生物がモチーフになっている。鬼畜ペンギンと揶揄される『アプテン・エンパイア』は強勢力としてプレイヤーには恐れられている。それと真っ向からケンカを売りに行けるのは確かに上手いプレイをしてい『た』と言える。

 

 「まあ、ちょっとシリーズ見てみるか。」

 

 飲み物とお菓子をモニターの前に用意し、カチカチとクリックして自動再生を選ぶ。その長い長い行脚は総時間7時間弱にも及んだ。



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第202話

 『これでまたひとつ世界は平和になった!!これにて完!!』

 

 そりゃあ自分以外の勢力を全滅させれば平和にもなろう。結論、まあまあ面白かった。攻略情報をうまくまとめてあり、ほどほどの舐めプ・・・もといお遊びで見どころもあって飽きない。

 

 このゲームのCPUは結構簡単に戦争を起こすので、最終的に核爆弾を他勢力に譲渡して全面核戦争を勃発させるのがワンパターンでお決まりのオチとなっているが、これもまたCPUの思考のスキを突いた攻略の一つと言えなくもない。

 

 『それでは次の動画でまた会おう!シーユーアゲイン!』

 

 画面から聞こえてくるのは自分の声だが、それは別の自分に過ぎない。聞けば聞くほど自分とは思えないし、そのおかげでこの7時間退屈せずに済んだ。

 

 「他には何か手掛かりがないもんかな・・・。」

 

 ますます、この世界の遊馬という人物がわからない。一旦WooTubeを閉じると、パソコン内のデータを漁ることとした。

 

 「『録画データ』・・・外付けハードディスクに入ってるのか。」

 

 元動画丸々を保管してある、膨大なデータが収められたハードディスクを探る。

 

 「ふーん・・・これの中から探すのは面倒くさそうだな。他には何か・・・そうだ、SNSはどうだ?」

 

 メニューバーには大手SNSの『呟イッター』のアプリがあるではないか。試しにクリックしてみる。

 

 「うっ、通知の山が・・・。」

 

 まずは大量に送られた、自分へのリプライの山。そのほとんどが心配の声や復帰の確認などだった。

 

 「ふん・・・?そうか、これは料理チャンネルのアカウントか。」

 

 フォロワー数1万に対して、フォロー数は少しだけというアンバランスさ。アカウント名も『ASM's Cooking』とチャンネル名と同一のもの。

 

 「どうやらこのアカウントでの呟きも、1か月前から止まっているらしいな。」

 

 本当になにがあったのか。呟きの上から下までを、目を皿にして眺めていくが、ただただ目が疲れるばかりで収穫がない。

 

 「ふぃー・・・どうやらここには答えはなさそうだな・・・。別のアカウントならどうだろう?」

 

 呟イッターは複数のアカウントを作ることもできる。料理チャンネルのものとは違う、ゲームアカウント用や個人用のものがあるかもしれない。

 

 「個人用アカウントは・・・どれだ?」

 

 ログインするには当然IDとパスワードが必要になる。IDは解るが、パスワードがわからない。こういうのは普通、パソコンがパスワードも記憶していてくれているものだが・・・。

 

 「詰んでねこれ?」

 

 どうやら遊馬は遊馬の危機管理意識に苦しめられることになるらしい。



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第203話

 「うーん・・・誕生日や電話番号ではないか・・・。」

 

 とりあえず、個人用アカウントのパスワードに好きなゲームキャラの名前など、自分の想像のつく限りのキーワードを入力してみるがうんともすんとも行かない。

 

 ホラーやサスペンスゲームじゃあるまいし、日記なんか残しているはずもない。いわばSNSが現代の日記とも言えるのだから、呟イッターは有力な手掛かりになると思っていたのだが。

 

 しょうがない、別のアプローチを考えるか・・・それともメールはどうだろうか?メールソフトを起動すると、また未読メールの山が飛び込んでくる。それらひとつひとつのタイトルを確認していく。

 

 「うーん・・・目が痛い。」

 

 目が乾いてシパシパしてきた。そろそろ夜の時間になる。今の遊馬が仮に学生の身分なら、多分夏休みの時期だろうから学校の心配はないが、休日にずっとパソコンと向かい合って動かない生活というのは心配なものがある。

 

 もっとも、前の遊馬も引きこもりだったが。

 

 「晩飯食べて・・・それからにするか。」

 

 と、席を立ったときはたと気が付いた。携帯も持っていない。

 

 「そうだよ、個人用アカウトはスマホの方で使ってるかもしれない。」

 

 呟イッターのアカウントは、1つのメールアドレスにつき1つ作れる。パソコン用のメールアドレスと、スマホ用のアドレスとで二つ作っている可能性はある。

 

 思い立ったが早いか、スマホを探すこととした。パッと見た限り部屋の中にはなさそうだ。となると、やることは一つ。

 

 「電話電話・・・。」

 

 家の固定電話からスマホに電話をかけて、着信音で見つける。さすがに世界が変わっても自分の携帯の番号は覚えている。機種変更したとしても番号まで変わるとは考えにくい。電池が切れていなければ。

 

 電話してピポパ、コール音が聞こえたところで即部屋に戻る。

 

 「どこだどこだ?」

 

 遊馬のことだから、きっと着信音は『おじょボク』のテーマソングか『タイムライダー』の主題歌のインストにしているハズ。耳を澄ませながらベッドの布団をひっぺがしたり、下を覗いてみたりする。

 

 「ない!」

 

 そして早々にこの部屋には無いと結論付けると別の部屋、キッチンを探してみることとする。

 

 「ふーん・・・・ない、か?」

 

 家の中には全然着信音が聞こえてこない。電話を鳴らし続けて10分以上経っているが一向に見つかる気配はない。このまま鳴らし続けていたら電話料金が気になるところだ。

 

 「家の中にない・・・まさか、外で落としたとか?」

 

 コール音がしているという事は、電池切れや壊れてはいないハズ。親切な誰かが拾ってくれていたかもしれない。とすると、10分以上無言電話でいるのはマズかろう。

 

 半ば慌てて放置していた受話器を取る。まあ、無言電話だったらとっくに切られていることだろう。

 

 「もしもし?」

 

 ところが電話は切れていなかった。だがコール音はしない。受話器からは環境音のようなものが聞こえてきている。

 

 「もしもし?」

 

 恐る恐る、遊馬は電話の向こうへ声をかけた。



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第204話

 『もしもし?遊馬?』

 

 受話器からは妙に甲高い声が聞こえてくる。電話口の声というのは複数のパターンから構成された合成音声が使われているものだが、それでも妙齢の女性のものだとわかった。

 

 「・・・どなた?」

 『なにゆーてんねん、ウチやウチ。あんた昨日スマホお店に置いてったんやで。』

 

 そしてコッテコテの関西弁だった。名を名乗ってくれないのでオレオレ詐欺かもしれないが。

 

 「えーっと、とりあえずそこにあるんですね僕のスマホ。」

 『せやで。』

 「取りに行けば・・・いや、場所がわからないです。」

 『なにゆーてんの?』

 「えーっと・・・あなたは、僕の知り合いですか?」

 『さっきから何ゆーてんねん?』

 

 察するに電話の相手はこっちの遊馬の知り合いなのだろうけど、生憎今の遊馬には関西弁の知り合いはいない。

 

 ついでに言うと、これが遊馬にとってこの世界でのファーストコンタクトになるのだが、こういったゲームキャラの覚えはない。ギャルゲーも乙女ゲームもプレイしたが・・・いや、一人ぐらいはいたかもしれないが、直感的に『そういったもの』ではないと確信できた。

 

 さて普通なら拾った物は交番に持っていかれるものだろうけど、この声の主は昨日からそのままスマホを持っていたようだ。詐欺やなんやらが目的でないとすれば、確実に知り合いなんだろう。

 

 冷静に考えたら、落とし主の名前知ってるんだから知り合いで当たり前だわな。グイグイ来る感じに気圧されて頭が回らない。

 

 「えーっと・・・何から言えばいいものか。」

 『あー、わかった。今からあんたん()に持ってったるわ。昨日の今日でウチ来るん気まずいんやろ?』

 「うーん、そういうんじゃないんですけど・・・。」

 

 やれやれ、説明するのが非常に面倒くさい上に信じてももらえるはずがないぞ。ド正直に『僕は並行世界から遊馬で、この世界の遊馬とは違うんです』なんて言ったらドン引きされるだけだろう。

 

 「あ、今?でももう暗くなっちゃったし。」 

 『ええねん、グレーゾーンやし。それにウチの方が来る方がええやろ。』

 「でも女性に夜道を歩かせるのもなぁ・・・。」

 『あっはは、今更女性扱いとかイヤミか?』

 

 本当に一体この人とはどういう関係なのか。まさか・・・彼女とか?

 

 『ま、とにかくマッハで行くからちょっち待っとり。』

 「あー、うん。お願いします。」

 

 ピッ、と電話は切れてしまった。あー、どうお迎えしようか。少なくとも『味方』の人ではあるかもしれない。もう夜も遅いわけだし、あまり長居してもらうわけにもいかない・・・さりとて、情報はちょっとでも欲しい。ああ、のんびり動画なんか見てないで捜索してればよかった。

 

 「とりあえずお茶を淹れようか。」



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第205話

 『遊馬-!来たでー!』

 

 もう夜になるというのに、お客人は近所迷惑も顧みずに随分大きな声を張り上げてくる。

 

 「入って、どうぞ。」

 「邪魔すんでー。」

 

 玄関を開けて迎え入れた相手はやはり女性だった。ショートヘアにメガネをかけて、半そでにショートパンツがまぶしい。

 

 「おい、なんでそこでお決まりを返さへんのや?」

 「お決まり?」

 「『邪魔するんやったら帰ってや』って、いつもやってるやろ。」

 「知らないそんなの。」

 「あんたが好きやから付きおうてやっとるのに。」

 

 まあ、確かにそういう言い回しは好きだけど。ともあれ、客間に通してお茶をお出しする。

 

 「で、誰でしたっけ?」

 「はぁ?」

 「あなたのお名前なんですか。What's your name?」

 「なに抜かしとんねん、しまいにゃしばくで。」

 「マジなんだよ・・・。」

 

 遊馬の記憶にこのような女性の覚えはない。歳は多分同年代なんだろうけど。

 

 「しまいにゃしばくで?」

 「まあ・・・信じてくれないんだろうけど、記憶がないんだよ。」

 

 まあ、安牌な言い訳だろう。実際この世界の記憶を遊馬はないわけだし。それでも信じてもらえないだろうとは思っているが、『異世界から来た』と言うよりもずっとマシだ。

 

 「ホンマに?」

 「しばかんといて。マジだから。」

 「・・・まさかマジでこうなるなんて・・・。」

 「んん?」

 「なんでもない。頭は大丈夫?」

 「・・・正直自信がなくなってきた。」

 「ちゃう、痛いところとかない?」

 「ないです。」

 

 なんだか引っ掛かるものいいだが、信じてくれたらしい。悪魔の証明のように、無いものの証明は難儀することだろうと予想していたのだが。

 

 「・・・これやったら上手いことすれば・・・いやでも記憶が無いっていうのはなぁ・・・。」

 「あのー。」

 「ん?なんなん?」

 「そろそろ名前教えてくれます?」

 「あ、あー、名前な。凛世、『須藤凛世(すどうりせ)』や。」

 

 凛世、再三確認するがやっぱり記憶にはない。少なくとも高校のクラスメイトとかではなかった・・・はず。

 

 「凛世さんとはどこで知り合ったの?どういう関係だったの?」

 「うっ、せやな・・・ウチと遊馬は同じゼミで知り合ったんや。」

 「ゼミ?」

 「大学のゼミや。一緒に研究しとったんや。」

 「大学?どこの?」

 「城南大や。」

 

 どこの大学だ。というか、大学生なのか僕。無事に高校は卒業できたんだな。

 

 「どう、なんか思い出した?」

 「・・・わからない。」

 

 さて、どう受け答えしたものか。お茶に口をつけるが、味わっているような余裕がない。茶の淹れ方は間違っていないはずだったが。

 

 「うーん・・・。」

 

 けれど、それは凛世も同じなのか、カップの中身を覗き込んだまま呻っている。

 

 「緑茶の方がよかったですか?」

 「いや!せやのうて・・・ホンマに記憶無いんかなって思って。」

 「んー・・・そう言ってるけど。」

 「いやー、普段の遊馬やったらこない高い茶葉使わんよなって思ってな。そこまで計算しとるんやったら大したもんやで。」

 「ああ、なるほど。」

 

 お菓子も高そうな箱に入っている引き出物を適当に選んで持ってきていた。それが、どうも『違った』らしい。それが『記憶が無い』という証言に少しの信憑性を与えるのだから塞翁が馬と言ったところ。

 

 (このまま上手い具合に話が転がればいいんだけど。)



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第206話

 「ところで、僕のスマホは?」

 「え?あ、ああ。これやで。」

 「ありがと。中身見た?」

 「見てへんで、ロックかかってるし。」

 「ロック・・・。」

 

 たらり、と遊馬は背中に寒気が走った。まさか、暗証番号を知らないとロック解除できないとかないよね?

 

 そして画面に表示されるのは3×3の点。パターン認証である。

 

 「えーっと・・・とりあえずZとか試してみるか・・・。」

 

 Z、N、四角、渦巻きなど、よく使われるだろうパターンを試してみるがどれもハズレだ。素早くスマホを開きたいのだから、あまり複雑なパターンにしているとは思えないのだが、セキュリティの観点から言えばデタラメにやって開かれても困る。

 

 「うーん・・・。」

 「・・・こう。」

 

 凛世が横からちょちょいと指を動かすと、ロックが解除された。

 

 「知ってたの?」

 「まあな、いっつもすぐ隣で触ってたし。そら覚える。」

 

 ・・・じゃあ、実は中身も見てたんじゃ?まあ見られて困るようなものもあるまいて。

 

 「えーっと、呟イッターは・・・。」

 「呟イッターがどうしたん?」

 「ここ数日の僕の記録が残ってないかなって。」

 「なんや、そんなことか。ならウチが説明したるわ。」

 「ここ一か月、動画の更新をしてなかったみたいだけど・・・。」

 「せや。」

 「なんで?」

 

 話をまとめるとこうだ。つい1か月前頃から、栄養学部で作られた料理のレシピなどの紹介を、遊馬のチャンネルで行っていた。これに対して遊馬は特に大学側と契約を結んだり、お金のやり取りがあったわけではなかった。

 

 しかし、1か月ちょうど経った時、料理レシピの著作権は大学側にあるのだから、遊馬の動画チャンネルで得られた広告料などをよこせとレシピを考案した学生が大学を介して言ってきたのだ。

 

 「なんで栄養学部からそんな話が?」

 「あんたも栄養学部なんやで。」

 「あっ、そう。」

 

 将来は料理人にでもなるつもりだったんだろうかこっちの遊馬は。

 

 「なんでそんなの僕のチャンネルでやってるのさ?」

 「あんたも二つ返事でやってたやん。」

 「知らないです。」

 「あんた、まさかホンマにトボケとるんちゃうやろな?」

 「してないです。マジで知らない。」

 

 どうやら、話はもっとややこしいようだ。お金が関わる話なら、間違いなくあらかじめ契約の話をしておくべきであった。すさまじく迂闊なんだなこっちの遊馬は。

 

 「それで、大学が問題を大きくしたくないから示談でなんとかせえと。」

 「それで、昨日は荒れてたと。」

 「せやで、酔いつぶれたあんたを連れて帰るのにどんだけ苦労したか。」

 「ありがとうございます・・・。」

 

 ともかく、暫定この凛世は味方という事でいいんだろうか。



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第207話

 「ま、そういうわけや。なんか思い出した?」

 「とりあえず、現状何が起こっているのかは・・・。」

 

 だが、それは本題ではない。遊馬は元の世界線に戻らなくてはならない。

 

 今の話で重要なのは、ここが遊馬にとって少し未来の時間であるということ。それも、元の世界のさらに元の世界の未来に近い。

 

 「いや、でも元の世界では引きこもりだったし・・・。」

 「引きこもり?」

 「いや、高校時代引きこもってた・・・ような気がするんだけど、そんな話はしてた?」

 「ううん、むしろ高校時代は相当アクティブだったらしいけど。」

 「アクティブ?」

 「文化祭とかめっちゃ張り切ってたって。」

 

 うん、もう別人だな。名前と設定が同じだからって、同一のキャラクターとは言えないのはメディアミックスされた作品のキャラクターにも言える。

 

 元の世界の事を忘れてこの世界でWooTuberとして生きていくのも悪くない、ともちょっとだけ思ったけどこっちはこっちで問題を抱えているようだ。

 

 (みんな今頃何してんだろうか。)

 

 今の状況の原因と思わしき、ゲーム世界の仲間たち。そもそもなにをどうやったのか?そこらへんの記憶もない。これもきっと半抜きバグの弊害なんだろう。

 

 「何考えてんの?」

 「人間の記憶のもろさ、不確かさについて。」

 「なにゆーてんねん。」

 

 凛世は怪訝そうな顔をするが遊馬は気にしない。これ以上情報を引き出せそうになさそうだが、さりとて邪険に扱うわけにもいかない。

 

 「今日はありがとう。」

 「ええで別に。ごはん用意してな。」

 「食べてくの?」

 「久しぶりに遊馬の腕見せてほしいなって。」

 

 お願い!と手を合わせて茶目っ気っぽく頼んでくる。

 

 「・・・最近料理してなかったから、自信ないけど。」

 「なにゆーてんねん、遊馬はいっつも奢ってくれてたで。」

 「本当に?」

 「自作の料理の試食とかしょっちゅうやってたで?」

 「そう・・・。」

 

 この世界の遊馬はそうだったのかもしれないが、遊馬は人に食べさせるような料理をしたことはあまりない。例外的に父にだけは作っておいて置いたが。

 

 「まあ、ちょっとちゃちゃっと作ってくるよ。」

 「OK楽しみにしてるで!」

 

 さーて、冷蔵庫には何が入っているかな。もう夕餉の時間なのであまり時間のかからない料理がいい。しかし冷蔵庫の中身は朝見た時と変わらずこざっぱりしている。

 

 「ふんふん・・・どうせなら肉料理がよかったけど。」

 

 白身魚と少しの野菜があった。痛んではいないようなので、バター醤油で焼いて野菜も付け合わせよう。

 

 「はい、おまたせ。」

 「おっ、キタキタ。ソテーやね。」

 

 あらかじめ用意していた炊飯器からご飯をよそうと、凛世の前にもってくる。

 

 「いただきまーす!あむっ。」

 「いただきます。」

 

 自分でも食べてみるが、まあ悪い味ではない。箸を突き立てればサクッと切れるし、口の中でホロッと崩れる。バターのうま味と醤油の塩っ辛さで白米が進む。

 

 「んー・・・。」

 「どうかな?変じゃない?」

 「変・・・ではないけど、いつもの味とちゃうね。」

 

 箸を持ったまま凛世は少し目を伏せる。

 

 「いつもはどうだった?」

 「ちょっと味つけが濃いかな?焼き加減ももうちょっと焦げ目がついてたかも。」

 

 味が濃いのは多分、一人暮らしの癖だと思う。それに焼き時間もちょっと短かったか。

 

 「ホンマに記憶無いねんな・・・。」

 「なんというか、ごめんね。」

 「ううん、ウチが悪いねん・・・。」

 

 にわかに食卓の空気が重くなってきた。湿っぽい空気にはメシがまずくなる。パッパッと遊馬は掻きこんで食事を終わらせる。



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第208話

 さて、メシも済んだところで。

 

 「ほんじゃ、ウチそろそろ帰るわ。」

 「ああ、今日はありがとう・・・送っていこうか?」

 「ええで、遊馬も色々疲れとるやろうし。」

 「でも、もう暗くなっちゃったし。1人だと心配だよ。」

 「けど、ウチが家まで帰ったら遊馬が一人で家に帰れるかどうか・・・。」

 「そこまで忘れてないよ。」

 

 事実、遊馬は記憶喪失なんかしてないわけだし。

 

 「じゃあ、明日は大学行こか。」

 「うん、明日?」

 「明日一回ゼミに顔見せに行こうよ。そしたらなんか思い出すかも。」

 「ただでさえギクシャクしてるのに火薬を放り込む?」

 「荒療治や荒療治。」

 「患者虐待ともいう。」 

 「でも、だからってじーっとしててもどうにもならんやろ?」

 「うーん・・・。」

 

 まあ家の中にヒントがあるとは思えない。大学にあるとも思えないが。

 

 「ありがと、ここでいいや。」

 「そう、じゃあまた明日。」

 「うん、また明日・・・。」

 

 せっかく凛世が誘ってくれたんだから、外に出てみてもいいだろう。

 

 (しかし、金銭トラブルか・・・一体いくらぐらい?)

 

 1か月前に動画を上げ始めて、その分の広告収入をよこせと。しかもわざわざ大学を通して言ってきてるというのがなお面倒くさい。

 

 1か月の広告収入なら、20万円ぐらい?じゃあ12か月で240万円か。マジメ君だというこの世界の遊馬なら、きっと税金もちゃんと納めいたはず。そんな苦労も知らないで、甘い汁だけ啜りたいつもりなんだろうか。

 

 広告収入の半分が妥当か。なら240万円の内の24分の1を公衆の面前でバラまいて『拾え貧乏人ども』をしてやってもいいわけだ。というそれで示談にしてもいい。

 

 で、この世界の遊馬がそうしていないっていうことは、もtっとへそ曲がりなやつなのか、そんなハシタ金も渡したくないほどクズ野郎の集まりなのか、それとも『もっと別な理由』があるのか。

 

 「・・・仲間が欲しいな、絶対に裏切らない仲間が。」

 

 仲間、ゲーム世界の仲間たちとは、突然呼び寄せられてなあなあな成り行きとはいえ、腹を割って話せたから仲間になれた。ネプチューンのみんなは、利用価値があるからとはいえ僕の事を信頼してくれていた。

 

 「凛世か・・・。」

 

 頼みの綱は彼女1人か。ともかく、今は彼女の言うことに従おう。そこの彼女を見送って、家路についた遊馬は、俯いたまま玄関を開けた。

 

 先ほどまでそこに自分以外の人間がいた名残を鼻で感じながら、自室へと向かう。

 

 「ん?この箱は?」

 

 その時、玄関横に置かれた小包が目に入った。その場で開封して中身を確認した遊馬は、少し考えを改める。

 

 「マイクロカメラに、ボイスレコーダー?」

 

 自分の知らない、自分宛への荷物。少し前の自分が何を考えていたのか、それを考える必要がありそうだ。



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第209話

 「おー、よく映ってるな。」

 

 自室に戻って、さっそくマイクロカメラの調子を見る。布で覆いをした状態でも遊馬の表情がクッキリと確認できる。カバンや服の中に隠して盗撮などにはもってこいだろう。

 

 「そしてこっちは・・・アーアー、マイクテスト。」

 

 『アーアー、マイクテスト』

 

 「うん、ばっちり。」

 

 ボイスレコーダーも、服の下に忍ばせていてもはっきりと会話を認識できる。

 

 で、だ。こんなものを用意していたからには、それ相応の修羅場が予想されているという事。その相手は言わずもがな、ゼミの人間だろう。

 

 しかし、果たしてここまでする必要があるのか?そりゃあ10万円と言えば大金だが・・・レシピを提供したのだから、分け前を寄越してもいいだろう?こっちの遊馬はそんなにケチだったのか?

 

 「あー・・・こういう時トビーがいたらなぁ。」

 

 トビーなら心理学とか得意だし、こういう状況でも俯瞰して意見が言えるんだろうけどな。

 

 まったくもって、今は状況が不可解すぎる。そもそも、WooTuberだの大学がどうだのは、遊馬がほんの数時間前まで直面していた世界の危機とどう関係があるのか。

 

 「ないな。」

 

 考えれば考えるほど頭が痛くなる状況だ。こういう時は、ゲームでもして気を紛らわせよう。そういえば、スマホを探す前、というか凛世と会うまではそれをしようと思っていたところだった。

 

 「さーて、今度こそゲームをしよう。なにしようかな。」

 

 うーん・・・と棚を見つめて一つ思い出した。そういえばゲームチャンネルもあるんだったか。

 

 「何のゲームを配信していたんだろう?」

 

 ついさっき動画シリーズを見た『ザ・ブループラネット』か?いやあれは配信向けではなかろう。格闘ゲームで視聴者と対戦か?対人戦はそんなに好きじゃない。

 

 「ほう、『クレビッツ』か。いいチョイスだ。」

 

 『クレビッツ』とは、その名を冠したキャラクター・クレビッツの群れを操り、指揮し、箱庭の中のパズルを解いていく謎解きアクションゲームだ。シンプルながらも自由度が高く、想定された物以外にも何通りもの解法がある。

 

 発売から数年経った今なお新しい解が探求されているほどにマニア人気が高い。これなら目の肥えたネットユーザーのニーズにも応えられることだろう。

 

 「よしよし、これをやろう。」

 

 そうだ、どうせなら生配信というものも試してみよう。配信をするためのセットはそのまま使えるし、挑戦してみるのもまた一興。よしやろうさっそく試そう。



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第210話

 さーて、まずはパソコン上にゲームの映像を取り込んで・・・。

 

 「どうやって?」

 

 ネットで調べたり、あくせく悪戦苦闘しながらなんとかゲーム映像がデスクトップに映る。音響の設定などはそのままなので、他の細かい設定などはしなくてもいい。

 

 「む、こっちは顔出し配信してないのか?」

 

 Webカメラが置いてあるが、どうやら起動していないようだし、万一カメラが起動しても映らないようにレンズ部分が隠してある。かなり厳重に顔を映さないようにしているようにも見える。

 

 まあ、ゲーム実況動画の方も声しか出していなかったし。

 

 「・・・あれ?よく見たら料理チャンネルとゲームチャンネルは紐づけされたなかったのか。」

 

 という事は、それぞれ別人として活動しているってことか。

 

 (ゲームと料理は別ってことか・・・。)

 

 ゲーム動画の方でも広告収入はある程度入っていることだろうが、料理チャンネルの方がいっぱい入っていることだろう。

 

 しかし料理チャンネルで散々顔を見せているのに、ゲームチャンネルの方では顔を隠す理由って何だろう。

 

 「・・・あ、ボイスチェンジャーか。声も加工してあったのか。」

 

 道理で最初自分の声だと気づかなかったわけだ。ついでにキャラも大分変だった、もとい作っていたようだった。

 

 「そういえばチャンネル開設は・・・あっ、ゲームチャンネルの方が先だったのか。」

 

 ゲームチャンネルの方が1年ほど早いようだ。先にゲームで動画配信者となっていたのを、後から料理チャンネルと2本持ちを始めたようだ。

 

 (ゲームチャンネルの方では凛世は出てこない・・・大学に入ってから料理チャンネルを始めたのか。)

 

 うーん・・・と考えれば考えるほどドツボに嵌っていっている気がする。そんなことよりゲームをしよう、予定通り配信で。

 

 椅子に座ってヘッドセットをつけると、マイクのテストを行う。

 

 「えーっと、さあ今日もはじまるザマスよ。」

 

 見様見真似でキャラを作ってみる。

 

 《わこつ》

 《わくおつ》

 《なんか声がいつもと違う》

 

 配信を始めるとさっそくコメントがついた。

 

 「あ、ボイスチェンジャーついてなかった。」

 

 《昨日あんだけ顔出ししてたのに何をいまさら。》

 

 「え?」

 

 《え?じゃないがな。》

 《またやってね。》

 《検証スレ立ってるぞ→ttp:》

 

 「え?マジ?」

 

 と、コメント欄に貼られたURLを追っていくと、バッチリ遊馬の顔がスクショされていた。

 

 「あっちゃー・・・。」

 

 どうやら昨日相当荒れていた、というよりも酔っていた勢いで顔出し配信をしていたらしい。あーあ。



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第211話

 「えーっと・・・顔出ししちゃったらどう問題になるのかな?」

 

 《なんの問題ですか?》

 《すっげえ熱くなってる。》

 《はっきりわかんだね。》

 

 登録者数3万人と言えばそこそこなチャンネルだが、それでも遊馬の個人情報特定スレ結構熱くなっている。どんだけヒマなんだよ。

 

 《過ちを気に病むことはない。》

 《ただ認めて次の糧にすればいい。》

 《それが大人の特権だ。》

 《コピペ乙》

 

 認めたくないものだ、自分自身の若さゆえの過ちというものを。一体どうしてこうなった。

 

 《坊やだからさ。》

 

 たしかに童顔だとはよく言われているが、これでも酒を飲める年齢なのだ。

 

 「よし、飲むか。」

 

 そういえば冷蔵庫にチューハイが入っていたのを思い出した。

 

 「今日は無礼講だ!顔出し配信するぞー!」

 

 《ウホッ、いい男♂》

 

 冷蔵庫から酒とツマミを持ってきて、Webカメラのシールを剥がすと、そこでしこたま酒を飲んでからゲーム配信を始めた。

 

 「どもども、あー、ゲームやろうか。」

 

 Webカメラからの映像を端に置いて、ゲームの映像を中央に置く。画面の端で遊馬のリアクションが映る、というわけだ。

 

 と、言ってもクレビッツも何度もクリアしたゲーム。そういうゲームは無表情でプレイしてしまうのだからこれではせっかく顔を映していても面白くない。

 

 「どうせならリアクションが面白くなるゲーム・・・。」

 

 ビックリするようなホラーゲームあるいは・・・、

 

 「酒も入ってることだしコレ(・・)行っちゃうか!」

 

 それは文字通りドツボにハマれば抜け出せない、怒りと怨嗟の底なし沼。掴んでも、掻き抱いても、手応えすらない元の木阿弥。

 

 「今日はこの『Tower on the sand』やっちゃうぞ!!」

 

 Tower on the sand、すなわち砂上の楼閣。すぐに崩れ去る砂の上に建てられた城、転じて一瞬にして努力が水の泡溶かす虚無ゲーである。

 

 ルールは簡単、キャラクターを操作して砂のお城を攻略するというもの。

 

 「Fuuuuuuuck!!!」

 

 ただし、その難易度は遊馬をして激ムズ。なにせセールで抱き合わせに買ったものが、今の今まで放置されていたと思わしいのだから。

 

 《草》

 《マジ賽の河原》

 《現実の砂場の方がマシ》

 

 そして遊馬が怒号を上げるたびにコメントに草を生やされている。

 

 「あー、声荒げたら喉渇いてきた。」

 

 カシュッとチューハイの2本目を開ける。シラフでやっていたら発狂、する前にコントローラーを投げ出していたところだが、今日の遊馬のテンションは自暴自棄モードにある。

 

 「クリアするまでやるからな!見てろよ!」

 

 夜通しどころか気が付けば昼過ぎになっていた。



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第212話

 『遊馬ー!』

 「ああ・・・。」

 『なんや、起きとんのやったらはよ出んかい。』

 「・・・頭が滅茶苦茶痛い。」

 『昨日の今日で風邪か?』

 「・・・昨夜飲み過ぎた。」

 『またかいな。』

 

 昨日・・・いや数分前に何とか『Tower on the sand』をクリアし、即配信を終了してベッドインした。で、今はスマホ越しに凛世と会話しているわけだ。

 

 『んもー!今日ゼミ行く言うたやろ!』

 「今日は休むよ。」

 『この引きこもりー!』

 

 どうやらこっちの世界でも引きこもりの素質を発揮してしまったようだ。ムワッとサウナのような温度と不快指数の部屋に籠っていたらそのうち死にそうだが、こうして蘇生させてくれる人がいるならっまあ安心だ。

 

 「というか、今は夏休み中だろ時期的に考えて。」

 『それはそうやけど、課題はあるんやで?』

 「課題?卒業論文?」

 『せやで。』

 

 あーそうか、論文のことで人質を取られてるのか。まあ10万円で卒論が買えると思えば安いのかもしれない。

 

 「まあ、今日はダメだわ。二日酔いで話にもならないし。」

 『・・・まあ、わかったわ。今部屋におるんやな?」

 「おるよ。何、今家の前まで来てる?」

 『せやで。』

 「あー、そう。うん、まあ、あがっていきなよ。」

 

 時計の針は3時を指している。朝飯どころか昼飯も食べていなかった胃がキュウと鳴く。

 

 階段を下りて、玄関を開ければ昨日のパンツルックとは違うロングスカートを穿いた凛世がいた。

 

 「おはよー。」

 「おはようやないで。酒臭っ。」

 「あー、何本開けたんだっけな・・・。」

 「肝臓壊すでホンマに・・・。」

 

 とりあえず顔を洗ってくる。鏡の中にはひどい隈の遊馬がいた。ヒゲは昨日剃ったしいらないか。」

 

 「うぅ・・・腹減った・・・。」

 

 腹の虫と何を食うか相談を試みるが、なんでもいいから食わせろというのが胃袋の見解だった。アルコールで胃が荒れているので出来れば優しいものがいい。うどんとか。

 

 「ほい、きつねうどん。」

 「おお、ありがたい。」

 「きつねさんパワーで心まで温まるんやで!」

 

 と、顔を洗っているうちに凛世が用意してくれていた。しかし冷蔵庫にうどんなんて入っていたか。

 

 「どうせ朝まで起きてるやろうなと思って買ってきたんや。」

 「ほぇー、いただきます。」

 「そしたらまさか昼まで起きてたなんて思わんわ。」

 「それはすまない。」

 

 昆布と薄口しょうゆを使った関西風ダシのうまみがじんわりと胃にまで染みていく。ふぅふぅと掻きこむように喰らう。油揚げをどのタイミングで口にするかも人それぞれであろうが、遊馬はシメに食べるタイプだ。

 

 「それで、昨日はなにやっとったん?」

 「ん?夜通しゲーム配信してた。顔出しで。」

 「顔出し?」

 「なんか、一昨日酒に酔った勢いで顔出し配信してたらしいから、別に解禁してもいいかなって。」

 「えーっと・・・それってつまり・・・料理チャンネルとのつながりも?」

 「遠からず特定されそうかな。」

 「アホかー!!」

 

 なんでこんなに怒ってるんだ?と思いつつ、油揚げを飲み込んだ。



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第213話

 劇中のチャンネル登録数の数を一桁増やしておきました。どれぐらいが適正なのかわかんない。


 「なんでそんなに怒ってるの?僕なんかやっちゃいました?」

 「やっちゃいました?ってなぁ・・・。」

 

 そこまで怒るような話だったのか。ツユまで飲み切った遊馬はキョトンとした顔で、頭を抱える凛世を見つめ返す。

 

 まあやらかしたかやらかしてないかで言えばまちがいなくやらかしている。けど、凛世がそこまで頭を抱える理由とはなんぞや。

 

 

 「はぁあああ・・・ウチらにまでネットのトラブルを飛ばさんといてや?」

 「それはもちろん。ところで、ひとつ気になってたんだけど。」

 「なんや?」

 「僕と凛世ってどういう関係だったの?」

 「言うたやろ、同じゼミやって。」

 「それだけ?もっと何かないの?」 

 「何かってなんや。」

 

 聞くも野暮な話。そう思いつつも聞かずにはいられない。。

 

 「あー、うーん・・・せやなぁ、一応聞いとくけど、マジで記憶無いんやんな?」

 「うん。というかこのやりとりだけで色々察したわ。」

 「あっそう・・・まあ、そういうことや。」

 

 こっちの遊馬もなかなか隅に置けないらしい。

 

 「料理チャンネルの動画でも色々手伝ってくれてたし・・・でも、顔出しするなら凛世の方が人気出たんじゃないかな。」

 「ウチ、人見知りするからあかんねん。」

 「僕だって人見知りなはずなんだけどなぁ・・・。」

 「嘘や、コミュ力のオバケみたいな人間やったくせに。」

 

 それなら引きこもりにはならなさそうだな。今の遊馬には考えられない。

 

 「でもゼミでは浮いた存在になってそうだな。」

 「まあ、遊馬お金持ってるもんな。学生にしては。」

 「そればっかりは努力の賜物なのだから、羨望はされてもねたまれる謂れは無いのだけれど。」

 

 ふんす!と遊馬は腕を組んで鼻息を散らす。

 

 「それで、遊馬はどうするつもりなん?今日行くつもりやったけど。」

 「うーん、記憶が無いからなんとも言えないけど、金が欲しいならくれてやってもいいって感じかな。」

 「そうなん。」

 「けどなんか引っ掛かってるんだよ。」

 「引っ掛かってる?」

 「だって、そこまで儲かってるわけでもないんだよ?それなのに大学のゼミで人間関係に亀裂入れてまでそんなハシタ金欲しい?ってなってる。記憶が無いから傍から見れてるんだろうけど。」

 

 大学の学費って高いよ?8年間浪人し続ければ家が建つとか。下手すりゃ退学処分にすらなりそうな面倒な事をわざわざ起こすかね。そこまでバカではあるまい。

 

 「まあ、確かにな。」

 「それでさ、凛世ってどっちの味方なの?」

 「は?」

 

 ぽかん、と凛世は口を開けて固まってしまった。



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第214話

 「な、なんでそう思ったん?」

 「いや、疑心暗鬼になってるだけ。」

 

 どうにも、この世界の遊馬はあらゆる人間を信用していなかったようだ。先のマイクロカメラやボイスレコーダーがそれだ。

 

 「あー、凛世がいい人だってのはわかってる。それはさっきわかった。けどなんか意図的に情報が隠されているような気がして。」

 「そ、それは遊馬が混乱せえへんように情報を絞ってただけや。」

 「そう・・・じゃあもっと教えて。敵は何人いる?」

 

 遊馬には心理学のスキルはない。だがそれでも一瞬凛世が目を伏せたように見えた。

 

 「敵て・・・。」

 「理由がどうあれ、僕に害をなそうとしているならそれは敵だよ。なにがあってどうなってるの?」

 「そやなぁ・・・。」

 

 敵は3人。要約するとウェイ系と守銭奴とゴリラ。共通して金には飢えてるという点が挙げられる。まあ金はあるだけ欲しいよな。それはわかる。

 

 「けど、本当に1か月の分け前で満足するかな?仮にも大学生なんだし、一回許したらまた強請ってくるんじゃない?それが怖い。」

 「それこそ、契約書か何か作らないかんのとちゃう?」

 「そうだよなぁ・・・だから言い逃れできないような証拠が必要になるわけで。」

 

 マイクロカメラやボイスレコーダーのことは、凛世にも黙っておこう。一応、念のため。

 

 「それじゃあ、僕の方に落ち度は無いの?」

 「遊馬の方?」

 

 正直、遊馬自身のことも遊馬にはわかっていないところがある。書面での契約を作っておかなかったのは間違いなく落ち度だが、じゃあなんで作らなかったのか?

 

 「そこが気になるんだよ。凛世は何か知らない?」

 「・・・ホンマに記憶失ってんねんな?」

 「そうだよ、再三言ってるよ。」

 

 なんか、我ながら嫌な奴になったなと遊馬は思う。こんな嫌な奴の世話をする凛世が気の毒で仕方がない。

 

 「せ、せやな・・・遊馬は安請け合いしすぎとちゃうんか?って思ってたわ。」

 「その時止めてくれればよかったのに。」

 「ウチは止めたで?」

 「その時に手足の一本や二本引き千切ってでも止めていてくれればこうはならなかった。」

 「ウチのせいにしんといて!」

 「ごめん。」

 

 不遜な遊馬の態度にさすがの凛世も怒った。

 

 「はぁはぁ・・・。」

 「凛世と僕って、いつから付き合ってるの?」

 「ほんまマイペースやな・・・2年前からやで。」

 「それって、動画上げ始めたころから?」

 「そやな。」

 「じゃあ、料理チャンネルを始めたのも凛世の発案?」

 「せや。」

 

 ゲームチャンネルはもっと前からやってるから、そこに目を付けたという事か。ともかく、この情報は重要そうだ。推理物ならメモをとっておこう。



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第215話

 ぬるくなってきたお茶を淹れなおして、話題を仕切り直す。

 

 「正直、話をしていてそのゼミの人間と会う気になれない。」

 「でも会って話さないと何も解決せえへんよ?」

 「会って話して解決するんだったらこんな問題になってないわい。あぁ、なんか疲れてきた。」

 「ウチの方が疲れたわ。」

 「だろうね。お疲れ様。」

 

 これだから対人関係というのは煩わしいのだ。同じレベルの人間同士でないと、会話というのも成立しにくい。

 

 「埒が明かなくなってきたなぁ・・・いっそここでぶっ壊してみるか?」

 「何をぶっ壊す?」

 「うん、例えばさ・・・実は僕は記憶を失っているわけでではなくて。」

 「うんうん。」

 「並行世界から意識だけが転移してきて別の遊馬だって言ったら、信じる?」

 「わけわからんわ。」

 「だよねー、信じてくれるわけねーよねー。」

 

 子供でもそんな与太話信じないだろう。もしも信じる子供がいるなら、その純真さが心配になるレベル。

 

 「あーあ、もう夕方になっちゃったな。」

 「ホンマやなぁ、また無駄な一日を過ごしてもうたで・・・。」

 「どうする?また食べてくの?」

 「いや今日はウチが作るわ。」

 

 女の子の手料理にありつけるなんて、男子冥利に尽きるというもの。諸手を挙げて喜ぶべきところだろう。

 

 「はいどーぞ。」

 「ナニコレ。」

 

 およそ1時間後出てきたのは、疑問符も浮かばないナニモノカ。

 

 「大丈夫!味は保証するで!」

 「んーまあ、たしかに具材の味がちゃんと生かされてる。」

 

 一見するとオムレツのようなタマゴを焼いた料理のように見える。中身にタマネギ、アスパラ、ニンジンなどの野菜、それにベーコンやチーズが入っており触感や味に彩がある。それにどうやらタマゴに出汁やコンソメが入れてあり味も濃いめで、みそ汁と並んで白飯がどんどん進む。

 

 「たしかに、おいしいな。」

 「でしょう?」

 

 ただ見た目が壊滅的においしくなさそうだ。一回溢して拾い集めたような盛り方をされていては、これを『料理』と呼ぶことに遊馬には少々抵抗がある。

 

 「でも割としっかり野菜は切れてるし、火の通りも均一のようだし・・・うーん、なにが原因なのか。」

 「センスの問題かな。」

 「これは動画に乗せられないな。」

 

 動画に凛世が登場しない一番の理由はコレだろうな。この料理は人に出すには少々見栄えが悪い。料理は味わうだけでなく、見て楽しむ面もある。

 

 「例えばタマゴの溶き方にもやり方があって・・・。」

 「そういうところは変わっとらんのね遊馬。」

 「さっき別に記憶が無いわけじゃないって言ったろ。」

 「またそれ?」

 「マジなんだよ。昨日のソテーも、多分凛世好みの焼き方を知らなかっただけだと思う。肉料理なら自信あるよ、トンカツとか。」

 「トンカツねぇ、遊馬好きやもんな。」

 

 そういえば遊馬も創作料理が趣味だったが、最初のころはこういう味の濃いものを乱雑に作っていたな。自分に作る分には問題ないのだけれど、人のために作るならもうちょっと勉強したかもしれない。

 

 「人のためか・・・考えたことなかったな。」

 「ん?」

 「人のために料理したことってあんまりないなって。」

 

 そこが料理チャンネルを立ち上げた理由だったりするんだろうか。『人に見せるための料理』をする理由付けとかで。

 

 「なんなん、遊馬は記憶喪失なん?」

 「記憶喪失じゃなくて、並行世界から来たんだって。」

 「記憶喪失の方がマシなジョークやでそれ。」

 「マジなんだって。」

 「はいはい。」

 

 このオムレツを食べ切るころには、すっかりわだかまりが解けていたと思う。

 

 



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第216話

 「よし、次は凛世にチャレンジしてもらおう。」

 「なんや突然。」

 

 腹も満たされ、心も体も温まったところで遊馬は話を切り出す。

 

 「凛世も一緒に配信デビューしよう!絶対人気出るよ!」

 「いやいやウチまで個人情報晒したないで?ただでさえ料理動画でも映らんようヒヤヒヤしとるのに!」

 「ひとつ気になったんだけど、動画編集とかは誰がやってるの?」

 「遊馬。」

 「撮影で実際に作るのは?」

 「遊馬。」

 「凛世なーんもやっとらんやないか。」

 「ちゃうわ、その代わりレシピとか考えとるんや!」

 

 実際さっきのオムレツはおいしかったが、そのままでは動画に使えない。だから撮影の時に見栄えよくするために遊馬が手直ししていたんだろう。

 

 「だからこっちのワガママも聞いておくれよ。一緒に遊んでくれないとまた夜更かしするぞ!絶対大学には行かんぞ!」

 「どういう脅迫や!まあ、百歩譲って一緒に遊ぶんはええけど・・・顔出し配信はせえへんで?」

 「その点は大丈夫、妥協点を摺り寄せるから。」

 

 数十分後・・・。

 

 「はいどーも、今晩も顔出し配信するよ!今日はアッシーのリンちゃんがいまーす。」

 「アッシーって何年前の人間やねん!」

 

 遊馬の部屋のパソコンの前に並んだ凛世は、ハンドルネームという体で『リン』と名乗り、奇妙なお面を着けている。

 

 《お前ノンケかよぉ!》

 《結婚したのか?俺以外のやつと!》

 《誰?》

 《チャースの仮面www》

 

 『チャースの仮面』とは、『ラッピーとアクアラビリンス』に登場する呪いのアイテムだ。摩訶不思議な水蜘蛛の魔人・チャースの顔をかたどり、その力を宿した仮面が物語のキーとなるのだが・・・もちろん凛世が被っているのはそのレプリカ、初回購入特典でついてきたものの未開封だったファングッズがこうして有効活用されているというわけだ。

 

 「ということで今日はコレ、『月ウサギのラッピー スイーツバスケット』だ!」

 

 《一人用じゃないか。》 

 《一人用のゲームでかぁ?》

 

 「ちがわい、ちゃんと2人用モードがあるっつの。」

 「でもウチやったことないで?」

 「大丈夫、タイミングよくボタンを押すだけだから。」

 

 うずたかく積まれたゲーム機、ゲームトロフィーの最初の拡張版『スーパートロフィー』専用ソフト。2人プレイも出来るメインモード以外の、あまり誰もやらないミニゲームをやる。

 

 「ほら!そこでボタン!」

 「こう?やた!おっしゃー!!」

 「おーし、次から本気出すからな・・・。」

 「えー、もうちょっと接待してーさ?」

 

 酒もお菓子も用意していなかったけど、その夜は楽しい時間を過ごせた。

 

 (そういえば・・・シェリルやセシルは大丈夫かな・・・。)

 

 ふと、遊馬はかつて同じように人と楽しんでいた時の事を思い出した。あの時は、遊馬の方が教えられる立場だったけれど。

 

 「おっしゃー、またウチの勝ちー!」

 「あっ、しまった、素でやってしまった。」

 

 《リンちゃんスジいいね。》

 《ASMにはもったいない。》

 

 忘れつつあったけど、遊馬は自分の元居た世界に戻れるのか。一抹の不安をもみ消すように今はただ楽しんでいた。



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第217話

 きのうは おたのしみでしたね。結局一つ屋根の下遊びに遊んだ二人は、同じ朝食を食べることとなった。

 

 「疲れたで・・・。」

 「凛世は楽しくなかった?」

 「そりゃ楽しかったけど・・・これ配信する意味あったんか?」

 「コメント楽しそうに読んでたじゃん。」

 「そう?」

 「配信見直してみればわかるよ。」

 

 凛世の場合、素でテンションが高いからわからなかっただろうけど、コメントも大盛況だった。やはり女は愛嬌、いるだけで華が出る。料理チャンネルの方も凛世が表に出ていれば、再生数や登録者数は倍は稼げていただろう。

 

 「ホンマに大丈夫かな・・・。」

 「顔バレはしてないから大丈夫でしょ。」

 「うーん・・・。」

 「ウェイ系なゼミ仲間の連中が、インスタで実名と顔を晒していない限りは。」

 「だから心配やねん。」

 「そんなやつらと付き合ってる方が悪い。僕もだけど。」

 「でも遊馬がなんでも正しいとは限らへんで?」

 「陰キャ万歳。」

 「ぷっ。」

 

 普通に焼いたトーストにマーガリンを塗りながら、また凛世の焼いたオムレツに箸を入れる。やはり味は濃い目だが、だからこそ食欲不振になりがちな朝でもしっかりと食べられる。

 

 「それで、今日こそゼミに顔出すねんな?」

 「うん、まあ色々話さなきゃいけないことはあるだろうけど。いつまでも放ってはおけないだろうし、なんとかするよ。」

 「具体的には?」

 「とりあえず10万円ぐらい下ろしておくかな。」

 

 当初の予定通り目の前でバラまいて惨めに拾わせるのが精神的にダメージを与えられるだろう。自分が精神的にも経済的にも上であると見せつけてやることこそが、強い者の対応ではないだろうか?

 

 「一回だけだ。一回だけ恵んであげよう、それっきりでもう縁を切らせてもらおう。」

 「もしそれで満足しなかったら?」

 「こっちが大学にチクる。」

 「やっぱそうなるんか・・・。」

 

 まあ、百歩譲ってレシピの権利を買い取るぐらいはしてやる。動画は消してしまったが、今度は権利も主張したうえでしっかりと作り直す。

 

 「その時はまた手伝ってくれる?」

 「ん、うん。ええで。」

 

 テレビを見ている凛世は目を合わせずにそう言った。

 

 「さて・・・行く用意するか。カバンどこにやったっけ。」

 

 そんな上の空な凛世に片づけを任せて、遊馬は一人部屋に戻る。

 

 「これを持っていかないとな・・・。」

 

 マイクロカメラとボイスレコーダー。カメラを仕込むならカバンがいいだろう。すぐに映像が確認できるよう、タブレットもついている。ボイスレコーダーは、服の内側に入れておこう。

 

 「よし、行くか。」

 

 願わくば、これが無用の長物で終わりますように。



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第218話

 カバンを肩にかけ、遊馬は部屋を出ると凛世の元に戻る。

 

 「さーて、行こうか。」

 「おーう、運転任せたで。」

 「うんてん?」

 

 既に準備完了していた凛世の言葉に、数秒思考が止まった。

 

 「なに、車運転するの?僕、免許持ってたっけ?こう見えて運転したことないんだけど。」

 「なにゆーてんねん、いつもそれで大学行ってたやろ?このブルジョワめ。」

 「うそだぁ。」

 

 大学生の身分でマイカー持ってるのかよ。そりゃあ目もつけられるわな。

 

 「なんや運転の仕方まで忘れてもうたんか?あ、でも実は記憶喪失ちゃうんやたっけ?」

 「記憶喪失じゃないけど、前の世界ではまだ17だったから免許取ってないんだよ。」

 「後から設定を生やさんといてや。ほらほら、乗った乗った。」

 

 玄関に置いてあった車のキーを投げ渡される。そんなこと言われても出来ないものは出来ない・・・。

 

 「じゃあどうすんねん。大学まで他に脚無いで?」

 「電車とかあるでしょ?」

 「電車代の方が高くつくねんって、定期切れてるし。時間もかかるし。」

 

 昨日遊馬は凛世のことをアッシーと呼んだけど、正しい意味でのアッシーくんは遊馬の方だったようだ。

 

 しょうがない。全然しょうがなくはないけど遊馬も腹をくくった。

 

 「何してんの?」

 「ネットで車の説明書を探してる。説明書はよく読む方だから。」

 「・・・自分で言うといてなんやけど、なんか不安になってきたわ。」

 「もう下ろさないぞ。」

 「まだ乗ってもいないのに酔ってきたわ。」

 

 ペダルの右がアクセルで左がブレーキ、ハンドルを回せばそっちに向く。それはわかった。後は細かいスイッチやレバーの使い方、交通ルール。

 

 「自動運転があればこんな苦労はしなくていいんだろうけどな。」

 「もうええん?」

 「だいたいわかった。」

 「そこは完璧にわかってほしいんやけど・・・まあええわ。」

 「文句があるなら自分で運転して。」

 「ウチ免許持ってへんし。」

 

 遊馬が自分の財布の中を探ってみれば、確かにそこに運転免許はあった。顔写真は随分シケた表情してやがる。陽キャのリア充には見えない。

 

 「よし、行こうか。シートベルトはOK?小便は済ませた?神様にお祈りは?部屋の隅でガタガタ震えて命乞いする心の準備はOK?」

 「部屋の隅て、今から外行くんやで。」

 「そういう定型文なの。」

 

 ミラーの角度と椅子の高さを何度も調整する。どうにもお尻の収まりが悪く、不安感がぬぐえない。

 

 「よし行くぞ!ゴー!」

 「ギアがニュートラルなってるで。」

 「おっ、しまった。」

 

 ブォオオオオオオオン!と鉄の獣がうなりを上げる。

 

 勢いよくアクセルを踏み込んだ遊馬はいきなり出鼻を挫かれた気分でレバーを切り替える。

 

 「おぅうううううう!?」

 

 直後、遊馬と凛世は前につんのめると、後方に衝撃を受ける。

 

 「アクセル放せアホ!!」

 「おっ?ほっほっほぉ?」

 

 幸いな事に大したキズやヘコミが付かずに済んだ。

 

 「はぁ・・・ちょっと後悔してきたでウチ。」

 「今からでもやめとく?」

 「うー、うー、でもまだ電車代もったいないっていうのが勝ってるわ。」

 「ほいじゃ再発進。」

 

 今度はそろ~りと慎重に発車した。



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第219話

 ガレージの奥に置かれていた自転車が潰されてから、数十分後。

 

 「うん、もう馴れてきたな。」

 「ホンマに大丈夫なんか。」

 「そう思うなら運転代わる?」

 「やめとくわ。パクられるのは遊馬やし。」

 

 どうやら体は運転の仕方を覚えていたらしく、凛世教官の熱心な指導もあって遊馬は運転のカンを取り戻していた。朝早いこともあって、道も空いていたことも幸いした。

 

 「ここ右やね。」

 「はいはーい。道わかるんだね。」

 「毎日送っててもらってたからな。高速にも乗るで。」

 「高速か・・・そんなに遠いのか。」

 

 どうやら大学はド田舎、もとい自然豊かな場所にあるらしい。ハイウェイで野を越え山を越える必要がある。

 

 「毎日毎日、こんな長道を行くなんてやんなっちゃうね。」

 「3回生までは電車とバス使っとったんやけどな。4回になって急に車乗るようなったから便乗させてもらっとったんや。」

 「ふーん。でも自分で運転してたらゲームできないしなぁ。」

 「遊馬ほんまゲーム好きやな。ウチもやけど。」

 

 無人のETCを通り抜け、高速道路に入る。不気味なほどに他に車の姿は見えない。

 

 「ジャンルは?」

 「乙女ゲー。」

 「そうか。となると『プリズムロンド』とか?」 

 「そうそう、『プリロン』好きやで。」

 「あれは男性人気も高いしな。」

 「アニメもやってたしな。」

 「アニメやってたの?」

 「やってたよ。」

 

 元の遊馬が17歳で、今が酒が飲める年齢だから、そのラグの間でアニメ化もしていたのだろう。

 

 「アニメの出来はどうだったの?」

 「よかったで、ダンスシーンもCGがしっかりしてたし。あれでファンが急に増えたって感じや。」

 「元から原作好きだった身としては?」

 「にわかが増えたなぁ、って感じや。」

 

 果たしてアニメから入った勢が。どれだけが激ムズな原作をプレイしたのか。基本がリズムゲーなのに、背景で流れるムービーの出来が良くてそっちの方にも目を奪われがちになるというのに。

 

 「ああ、リズムゲー要素が無い移植版が出てん。」

 「それ見方によっては劣化じゃない?・・・なんか霧が出てきたな。」

 「だからムービーが妙に浮いてんねん。」

 

 ゲームの話に華が咲いてきたが、車の外には霧がかかってきていた。遊馬は前照灯をつけ、速度を落とす。

 

 「やれやれ・・・でも夏に霧がかかるなんてな。」

 「このへん、いつも日差しがええはずなんやけどな。」

 「天気はどうなってる?」

 「どうやろ。」

 

 隣で凛世がスマホを取り出して気象情報を探しはじめるのをチラリと見て、遊馬も運転に集中する。

 

 「ん?」

 「どしたん?」

 「いや・・・気のせいかな。」

 

 一瞬、視界の端に影のようなものが映った・・・ように見えた。まもなく車はトンネルに入り、上り坂になってアクセルを強める。

 

 「おっかしいな。この辺晴れになってるで。」

 「一時的な物なのかな。」

 「こんなん初めてやで。」

 

 水滴がワイパーに弾かれ、風にあおられて消えていく。その様子を視界の端に収めつつ、視線はしっかり前を向く。

 

 「あっ!?」

 「なにっ?!」

 

 そう、しっかりと前を見ていたはずだった。だというのに、トンネルを抜けた先にいた『何か』に気付けなかった。



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第220話

 「うっ・・・ん・・・・?」

 

 視線が地面に近い。遊馬は脳天が宙吊りにされているような感覚と共に目覚めた。どうやら、天地がさかさまになって、シートベルトに吊られている状態らしい。割れたフロントガラスの向こうには真っ白な霧の世界が広がっている。

 

 「凛世・・・?凛世?」

 「んっ・・・ううん・・・。」

 

 助手席に座っていたはずの凛世に声をかけると、小さく呻き声が返ってくる。

 

 「凛世無事?・・・あだっ!」

 「うわっ、なん、なんやこれ?」

 「いってて・・・。」

 「うわっ、何やってんの遊馬?」

 

 焦ってシートベルトを外した遊馬は天井に頭をぶつける隣で、凛世は状況が飲み込めずにオロオロとしている。

 

 「そうか、事故ったんか。」

 「とりあえず外に出ようか・・・。」

 「ここどこやろ?崖の下?」

 「外に出てみないとわからないよ。」

 

 ガソリンが漏れていたりすると引火の危険性もあるので、早くこの場を離れるべきだと遊馬は思った。しかし凛世はどこか要領を得ない様子で狼狽えている。

 

 「落ち着いてよ凛世。」 

 「こ、これが落ちついていられるか!」

 「あー、うん、そうだね。僕の方は落ち着きすぎだね。」

 

 正直、自分が意外なほどに冷静なことに驚いている。今まで散々ゲームの世界でも、現実世界でも危険に身を置いていたせいか、自動車事故程度では驚かなくなってしまったのか。車の運転もレベリオンの操縦の方が簡単なぐらいだった。

 

 「とにかく、今はここを離れよう?危険かもしれないから。」

 「う、うん・・・わっと!」

 「おっと。」

 「ちょっ、どこ触ってんねん!」

 「不可抗力!」

 

 遊馬と同じようにシートベルトを外して頭から落ちてくる凛世を受け止めるが、触った位置がよくなかった。こんな状況でもそんなことを気にすることができるなら、ある程度凛世にも余裕があるのだと思いたい。

 

 壊れたドアを外して、そこから這う這うの体で抜け出すと、夏にしては妙にヒンヤリとした空気が頬に刺さる。幸いなことに、2人とも怪我はしていないようだった。

 

 振り返ってみれば、車はひっくり返って無残な姿となって横たわっている。一見するとガソリンが漏れているような臭いもしない。

 

 「そうだ、カバンとっとこう。」

 

 後部座席に置かれた遊馬のショルダーバッグを引きずり出す。その間に凛世も落ち着きを取り戻して、どこかに電話をかけている。

 

 「アカン、電話繋がらへんでここ。」

 「落ちてきた崖を上るか・・・そうでなくとも繋がるところまで歩くしかないか。」

 「えー・・・なんでこんなことになるねん。」

 

 急に行き先に霧がかかって見えなくなってきていた。



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第221話

 「凛世、歩ける?」

 「ちょっとは歩けるけど・・・。」

 

 選択肢は二つ。ここで助けを待つか、助けを求めて移動するか。山中とはいえここは高速道路のすぐ真下の崖だ、人通りはそれなりにあるはずだ。誰かが見つけてくれるかもしれない。

 

 それに、遊馬たちの車は『何か』にぶつかってこうなった。となると破片や傷で異変に気付いてくれる可能性も高い。

 

 「少しここで待ってよか。」

 「そうだね、下手に移動するのは遭難の元だし・・・。」

 

 刹那、轟音と共に鉄塊が飛来し、2人の目の前に着陸した。

 

 「ここは危険そうだから離れようか。」 

 「せ、せやな・・・危険、っぽいし・・・。」

 

 鉄塊、どう控えめに見ても自動車は爆発炎上し、冷えた空気を熱風が吹き飛ばす。

 

 息つく間もなく、もう一台車が降ってくると、同じように爆発炎上した。 

 

 その様子を振り返ることもなく確認すると、遊馬と凛世は道なき道を進んでいくこととした。心なしか速足で。

 

 「なあ、この状況はいったいなんなん?」

 「わからない。」

 

 なぜこうなったのか、何が起こっているのか。すべては霧の中にしかない。その霧をかいくぐるように歩みを進めるしかない。

 

 「痛っ・・・。」 

 「大丈夫?」

 「もうちょいゆっくり歩いてよ。」

 「ごめん、ちょっと休むか。」

 

 座り込んだ凛世の隣に遊馬は膝をつく。

 

 「さっき落ちてきたの、車だったよね。」

 「せやな。」

 「一体、上で何が起こって・・・そもそも僕らも何が起こったのか。」

 「知らへん。」

 

 凛世は俯いたまま素っ気なく答える。山の中で陽があまり差してこないせいか妙にひんやりとしており、それが体力と精気を奪っていくように思えた。

 

 「なぁ、やっぱりさっきの場所で待ってへん?あれだけのさわぎやったらきっと気づいてくれるかもしれんし。」

 「でも、あそこは危険だよ。また降ってくるかもしれないし。」

 「2回、いや3回もあったらもう来うへんて、ホラ行こ。」

 

 2度あることは3度あるとも言うが。というよりも、遊馬の懸念事項はただ単に危険だからではない。車が降ってきたということは、当然それに『乗っていたもの』も一緒に落ちてきていて、しかもそれは燃え上がって、まだそこにいるということで・・・。

 

 速足でその場から逃げるように駆け出す凛世を、遊馬は慌てて追いかける。

 

 「はぁっ・・・はぁっ・・・。」

 「ちょっと、凛世待った!」

 「もう、もうイヤや・・・。」

 

 足をもつれされながら駆ける凛世にすぐ追い付くと、その肩を掴む。

 

 「大丈夫、大丈夫だから。」

 「全然大丈夫とちゃうやん!こんなボロボロで、誰もおらんのに!」

 

 凛世は不満を喚き散らし、遊馬も黙って聞くしかできない。こんな状況では誰でも参ってしまう、現に遊馬も少しやつれているように思えてきた。なんで・・・どうして・・・と漏らすしかできない凛世を、ただじっと見つめていた。

 

 そのうち、ぐすっと涙を堪えるようにぐずる凛世を抱き寄せる。

 

 「大丈夫?」

 「・・・うん。」

 「やっぱり、あそこで待っていようか。助け、来るかもしれないし。」

 「うん・・・。」

 

 凛世の手を引いて、道なき道を辿っていく。にわかに、赤々と燃える炎の気配を目と肌で感じるようになってくる。

 

 「燃えてる・・・。」

 

 無残な姿となった自動車が横たわって火の手を上げている。その熱を感じられる程度の、危険ではない距離に凛世は腰を下ろした。

 

 「ちょっと、様子見てくる。」

 「うん、遊馬、気をつけてな。」

 「うん。」

 

 『アレ』があるだろうな、と思いつつも邪な好奇心が勝ってしまった。運転席があったであろうところが見える位置に回り込もうとした遊馬に、不快な臭いが寄ってくる。

 

 「ん?」

 

 ふと、その火の手のそばに動くようなものが見えた気がした。まさか、まだ誰か生きているのか?心臓がドクンと拍動を強め、震える足を動かさせる。

 

 「あれ・・・なん・・・。」

 

 なんだ?と声が出かかったところで喉がひきつった。

 

 「・・・はっ。」

 

 『それ』は、四つ足の獣のような姿をしていた。尻尾のように蠢く触手が腰辺りから生え、犬のようにも猛禽類のようにも見える頭がついている。

 

 『それ』は黒く焦げた肉の塊に頭を突っ込み、貪っているようだったが、生きた人間を血の色の眼に捉えると、低くうなり声をあげた。

 

 『新鮮な肉を見つけた』と。



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第222話

 「うっ・・・あっ・・・。」

 

 敵だ。相対的な立場上の敵とか、気に入らないやつとかそういう意味ではない、生物的な敵性生物だ。敵は尻尾を上に立てながら、じりじりと距離を詰めるようににじり寄ってくる。

 

 武器、何か武器はないか。以前の銃じゃなくて、棒っきれでも傘でもなんでもいい。とにかく身を守る手段が欲しい。

 

 (なにもない・・・。)

 

 ない、終了。そもそも、ここはゲームの世界ではないはずだろう?なぜ敵がいる?

 

 というか、またホラー展開なのか?ホラーゲームはもう勘弁だっていうのに。頼れる武器のゲームPODもないんじゃ、もう逃げるしかない。

 

 それに、こんな姿の敵を遊馬は知らない。ひょっとしたら遊馬の知らないゲームがあるのかもしれないが、だとしても対抗手段も逃走手段も知らない。

 

 (いや、こういうタイプのクリーチャーが出るなら、必ず倒すことも出来るはず・・・。)

 

 初期装備では難しい場合が多いが、アクションゲームなら最悪攻撃を回避し続けてノーダメでも行けることも出来なくはない。初見ではまず無理だろうが。

 

 だがそのとっかかりが、遊馬にわずかな冷静さを取り戻させた。いつも通り、自分の実力を発揮してみよう。

 

 それにしても、この敵の動きは非常に緩慢・・・というか鈍い。それにこちらの様子を窺っているにしては、距離を窺ったり、回り込んだりするようなことをしてこない。舐められているのか、何かしらのルールに則っているのか。

 

 (こんな時、トビーやモンドならどうするか・・・。)

 

 ジリッ・・・とゆっくりと一歩下がる。敵は動きを見せない。

 

 次に大きく横に幅跳びしてみる。すると敵は牙を剥いて走って跳びかかってくる。

 

 「ほぁっ!!」

 

 跳びかかってきた瞬間、遊馬も大きく横に跳んで躱せた(・・・)。かなり大ぶりな攻撃、というか単純な攻撃と言える。この程度なら体力の続く限りは避け続けられるかもしれない。

 

 (いけるか?)

 

 キョロキョロと頭を振る敵の脇腹を蹴り上げる。が、返ってくるのは重たい手応え、まるで効いた様子を見せずに再び襲い掛かってきた。

 

 「ぐぁっ!」

 

 獰猛な牙が生えた口からは腐臭や煙臭とも違うような、今まで嗅いだこともない悪臭が漂う。さらにその奥からは、返しのような鋭い突起のついた舌が伸びる。

 

 「うがぁああああ!!」

 

 とっさに身を翻したものの、肩に舌が突き刺さる。返しによって抜けることがない舌によって、敵の口へと手繰り寄せられていく。

 

 「遊馬?」

 「り、凛世・・・。」

 

 遊馬の叫び声を聞きつけたのか、凛世が視界の端にやってきていた。

 

 「きっ・・・キャァアアアアアアアア!!!」

 

 その叫び声に反応した敵は振り返る。その隙を遊馬は見逃さない。

 

 「このっ!おぉっ!!」

 

 舌は一般的に生物にとって急所でもある。神経や血管が集中しており、ここを傷つけられることは大量失血を意味する。先端の方は堅そうであったが、伸び縮みする奥の部分は比較的柔らかいはずだと踏んで、遊馬は手に取った石で切りつける。

 

 それは功を奏したのか、舌を引っ込めて敵は飛び退くと霧の向こうへと消えていった・・・。

 

 「はぁ・・・はぁ・・・。」

 

 戦闘は終了した。遊馬は勝ったとは言えない。

 

 「音に・・・反応するのか?」

 

 だが負けて命を落とさなかったのは収穫だったろう。



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第223話

 「くっ・・・なんとかなった・・・のか?」

 

 ドサッと何もない地面に仰向けに倒れ込む。10m先と見えない霧の先に、まだアイツが潜んでいるのかと考えるとぞっとしない。

 

 「あ、遊馬・・・?」

 「凛世・・・なんというか、助かった。」

 

 直接アシストをしてくれたわけではなかったが、それでも凛世の存在のおかげで助かった。恐る恐ると近づいてくる気配を耳で感じる。

 

 「遊馬、肩・・・。」

 「ああ、刺された・・・手当てできるものがないかな。」

 「バンドエイゾやったらあるんやけど・・・。」

 

 絆創膏程度の大きさでは塞ぐのは難しいだろう。もっと大きな包帯か何かが必要になる。カバンの中に何か使えるものが残っていないものか。地面に投げ出していた体を起こすが、嫌に重い。血を流し過ぎたのか?と傷口を確認する。

 

 「あれ・・・?血、出てない?」

 

 肩に手を当ててみるが、赤いものはつかない。それどころか、痛みはたしかにあるのに傷のような手触りが無い。

 

 「遊馬、ハンカチ使う?」

 「どうなってんだ?」

 

 上着を脱いで確かめてみるが、やはり何もない。

 

 代わりにあったのは、文字通り針で刺したような小さな穴。まるで虫にでも噛まれたかのような小さな点だった。どう見ても服に空いた穴の大きさと釣り合わない。

 

 「凛世、絆創膏の方を頂戴。」

 「わかった・・・なんやったん、今の?」

 「僕にもわからないよ。」

 

 血が出ているわけでもないが、一応絆創膏を貼って様子を見る。凛世の問いかけにもぼんやりとしか答えられない。遊馬の記憶、知識の中にはあんなクリーチャーはいない。

 

 「凛世は、ああいうクリーチャーって見たことない?その、ゲームとかで。」

 「わからんわ。ウチ、ホラゲーはあかんから。」

 「そうか・・・。」

 

 今の遊馬が知らないゲームが、17歳以降に発売されていたのかもしれない。そんな可能性が無きにしも非ずだが凛世も知らないとなるとやはりお手上げ・・・。

 

 「ゲームだったらルールがあるはずだ。」

 「これゲームなん?」

 

 一般的なアクションゲームならいざ知らず、ホラーゲームであれば敵を回避する手段が必ず用意されているはずだ。特に敵が強い、プレイヤーが弱いなどのバランスがなされている場合顕著だ。デッドソイルのゼバブの場合も、光に反応するという性質があったように。

 

 まず思い当たるのはこのおかしな霧。霧の中から怪物が現れる、というシチュエーションは定番だ。実際クリーチャーは霧の中へと消えていった・・・。

 

 「いや、こんなに濃い霧なんだから距離を撮ればもう霧に紛れたようにしか見えないわな。」

 「なんのこっちゃ?」

 

 1人ぶつぶつと呟き始めた遊馬に、凛世は肩をすくめた。



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第224話

 推理をするにしても情報が少なすぎる。

 

 「遊馬、もうここ離れへん?」

 「もうちょっと調べたい。」

 「何を?」

 「そこの・・・。」

 

 死体、と言いかけたところで口ごもる。もはや人間だったという原型を留めていないそれを、『死』そのものに耐性が無いだろう凛世が見たら発狂物だろう。遊馬はもっとひどい死骸をみたから慣れてしまったが。

 

 (慣れたくはなかったけど。)

 「遊馬?」

 「僕の車の中から、何か使えそうなものが無いか調べてほしいんだけど。」

 「使えそうなもの?」

 「そうだな、発炎筒とか持ってきてくれる?目印になるだろうし。」

 

 わかった。と腑に落ちた凛世が少し離れた位置でひっくり返っている乗ってきた車に行く。その間にクリーチャーが貪っていた跡を調べてみる。

 

 「何か調べられるところは・・・。」

 

 まず目についたのは、首筋についた傷のようなもの。傷ではなく、傷のような物と言ったのは、それが牙による噛み傷や爪による引っ掻き傷ではなく、真ん円な穴であるから。

 

 「これは・・・僕の肩についてるのと同じ?」

 

 違いと言えば大きさだけ。遊馬の物が小さな点なら、この死体のものは鉄パイプでも刺したような太さ。しかしこれにも血痕や流血の様子が見えない。

 

 次にじっと穴の中を覗き込んでみる。本来なら筋肉や血管、骨が見えるべきなのに、穴の中には黒い空間が広がっているだけで何も見えない。

 

 恐る恐る指をその中に入れてみるが、やはり血も着かずに石のように硬い感触があるだけだった。

 

 ふと目線を外して上に動かすと、瞳孔が開ききった目と合ってしまった。フォーマルなスーツは半分燃えてしまっている成人男性だ。仰向けにしてやり、強く握りしめた手を胸の上に置かせて瞼を閉じさせる。手の爪には土が入り込んでおり、ひどく苦しんだことがうかがえる。きっと何が起こったのかも分からないまま、クリーチャーに襲われたそのまま死んでしまったのだろう。

 

 (僕達もこうならないように・・・。)

 

 ふと、この死体が凛世だったらと想像してしまう。遊馬の中では出会って数日の間柄だが、それでももしも死んでしまったら哀しむだろう。遊馬だけでなく、凛世の家族だって・・・。

 

 「遊馬ー!あったよ発炎筒!」

 「うん、ありがとう。」

 

 死角越しに凛世の声がする。思考を現実に戻してそちらへ向かう。

 

 「なにしとったん?」

 「いやなんでも。なんでもない。」

 

 少し元気を取り戻しているらしい凛世から、赤い筒を受け取ると注意書きに目を通す。

 

 「もう、行こうか。」

 「ええのん?」

 

 ここにはもう用はない。長居をしていたところで収穫はないだろう。さて、どこへ行けばいいものか。



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第225話

 さて、もう行くとは言ったもののアテはない。目標も何もなくまるで迷路のような山の中を歩くのは遭難必至と言っていい。

 

 車で先ほどまでトンネルの中、それも結構な距離を登りで通ってきていた。つまり後ろ側は山ということ、徒歩で山越えが必要になる。それよりかは、道路沿い・・・崖の上のとつくが、ともかく道路沿いに進んで町なりを探したほうがまだマシかもしれない。

 

 「とりあえず、道路なり家屋なりを探すことにしようか。」

 「アテあるん?」

 「ないけど、それか崖を登る?」

 「ムリムリ無理!」

 「僕にも無理だわ。」

 

 崖、というか山の斜面は結構急勾配だ。それこそアクションゲームの主人公並みの登攀能力がなければ途中でずり落ちることだろう。

 

 「これが迷路なら左手の法則があるんだけど。」

 「左手の法則?」

 

 知ってる人も多いことだろうが、迷路の片方の壁に手を着きながら進み続けていれば、いつか必ず迷路の出口に出られるという、攻略法がある。

 

 「でもそれって入口から始めてないと意味ないんとちゃうんかった?」

 「うん、それはまあそうだ。」

 

 これには迷路に迷ってから使っても意味がないという欠点がある。例えば手を着けた壁が円柱状に丸く繋がっていた場合、同じところをぐるぐる周ることになる。

 

 同じ理由でアリアドネの糸作戦も使えない。第一そんなに長い紐も持っていないし。

 

 「地面に線を引くってのもなくはないけど。」

 「それするぐらいやったら左手とも変わらへんで。」

 「そうだなぁ・・・。」

 

 閑話休題。下手な考え休むに似たりとも言う。

 

 車で走っていて、左側が崖だった。つまり、崖に対して右側が元来た方向、左側が行き先の方向というわけだ。 

 

 「だからここは崖沿いに左へ歩こう。」

 「進行方向に?」

 「戻って山越えは無理、なら進むしかないでしょ。」

 「マジか・・・。」

 

 後ろに道はない、進むしかない。遊馬が残酷な現実を突きつけると、凛世はまたぐったりと肩を落とす。

 

 「ここで助けを待ってても、またあのクリーチャーが襲ってくるかもしれないし。」 

 「それもそやな・・・。」

 

 この霧の中、どこから襲ってくるかわからないが、右側が壁なら少なくとも右から襲ってくる可能性は低くなる。

 

 「しゃーないな。そうと決まったらはよ行こ!」

 「じゃあ僕が左側と後ろを気にしながら歩くから、凛世は上に気を付けてて。」

 「上?」

 

 この濃い霧の中、期待は薄いと思うが何かの光が見えるかもしれない。山の中に灯台はないと思うが、それでも外灯や建物のの光が見えるかもしれない。

 「不安かもしれないけど、凛世は死なせないから。」

 「なんや、いきなり。」

 「いや、そのままの意味。」

 

 それに、せめて俯かずに歩いていてほしいと思ったから。



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第226話

 崖の下、というよりも谷の底というほうが正しい。そこはかなり暗く、足元に気を付けながら二人は並んで歩く。

 

 「あたっ。」

 「あっ、大丈夫?」

 「平気、パンプスやのーてスニーカー履いてくればよかったかな。」

 

 足元を躓いて転んだ凛世の手をとるが、線が細い指が冷たくなってきている。

 

 「手つないで歩こうか。」

 「あいてて・・・うん。」

 

 凛世はお尻についた土を払って立ち上がると、遊馬の手を強く握り返す。

 

 「上ばっか見てたら足元がおろそかになるで。」

 「まあ、ほどほどにね。」

 「遊馬も後ろばっか見てるとこけるで。」

 「うん。」

 

 風すら吹かないこの霧の底、木々のざわめきも鳥獣の鳴き声もしない森から視線を前に戻すが、どうにも影から後ろからあのクリーチャーがやってくるような感覚がぬぐえない。

 

 「ちょっ、遊馬速いって。」

 「んっ、ごめん。」

 

 そんな焦燥感に駆られると、自然と足も速くなってしまい凛世と足並みが合わない。また凛世が転びそうになるところで声を掛けられて我に返る。

 

 「もう、遊馬大丈夫なん?」

 「うん・・・平気だよ。一旦落ち着こうか。」

 「落ち着くんは遊馬の方やで。」

 

 そう言われながらも周りに目をやって警戒する遊馬に、なにか感じるものがあったのか木陰に腰を下ろした凛世が心配そうに見上げる。

 

 「凛世、寒くない?」

 「ううん、平気。」

 「なにか気を紛らわすものを持ってなかったかな・・・。」

 

 遊馬も腰を下ろしてカバンの中を探り、凛世はそれを見るともなく見ていた。

 

 「お菓子ぐらいないものか。」

 「アメちゃんならあるで。」

 「わーい。」

 

 飴玉で喜ぶなんて子供かと言いたいところだが、ちょうど口が寂しくなっていたところだった。

 

 「あっ、ガムがあったよ。一粒どうぞ。」

 「あんがと。」

 

 一方遊馬もボトルガムを見つけて凛世にお返しした。お菓子を持ち寄って交換する様は、天気がよければピクニックのようだったかもしれない。

 

 「ガムが味無くなったら、アメ舐めて味付けとかせえへんかった?」

 「したした。というかアメの中にガムが入ってる駄菓子あったよね。どんぐりガムって。」

 「どんぐり、ガム?どんぐりアメやのーて?」

 「ガムだったと思うけど。」

 「どんぐりアメゆーたら、アメのバイキングみたいなやつやろ?」

 「なにそれ、知らない。」

 「知らん?お祭りの露店とかであったで子供のころ。」

 「知らない。屋台のお菓子って言うと綿あめぐらいしか知らないかな。」

 「ベビーカステラは?前作ったでウチ?」

 「知らない。」

 

 こうして話ている間は、焦燥感から逃れられている。本当に1人だったら、こうはいかなかったろう。



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第227話

 「他に何か・・・あっこれがあったか。」

 「何それ?」

 「んー、カメラ。」

 

 カバンに入って邪魔にならないサイズのコンパクトなカメラだが、このままでは本来の役割を果たせぬまま果ててしまいそうだが。

 

 「撮ってるん?」

 「うん、なかなか画質はいいよ。」

 「そんなちっさいのに・・・盗撮でもするん?」

 「しない!とは言い切れない・・・。」

 「イヤや・・・ウチのことそんな風に見とったん?」

 

 見てないわい。と言ったところで録画データを確認してみる。最初にほんの数秒のテスト録画があるのと、今さっき映した録画。

 

 「ん?これはいつ撮ったやつだろう?」

 

 真ん中には少し長めの録画データがある。試しにカーソルを合わせてみるが、真っ暗で何も映っていないように見えた。再生してみてもブーっという低音が断続的に流れているだけだった。

 

 「これは・・・。」

 「運転中ちゃうん?」

 「そうっぽいね。」

 

 遠くにかすかに人の話し声が聞こえる。どうやら何かの拍子にカバンの中でスイッチが入ってしまったようだ。事故の瞬間の何かが映っていないものかとも思ったが、カバンの蓋はしっかり閉じられていたので何かが映るような気配もなく、ただただ真っ暗なモニターがあるだけだった。

 

 と、そうこうしているうちに環境音の質が変わった。どうやら、トンネルに入ったらしい。ここからしばらくすると、問題のシーンに突入する。

 

 「うん?何の音だ?」

 

 トンネルの中盤というところだろうか、録画にノイズが混じってきていた。ザー・・・という砂嵐のような音がだんだん大きくなっていっていたかと思うと、瞬間割り入ってきた高音に耳を塞がせられる。

 

 「うげっ、嫌な音。」

 「僕達の耳では聞き取れなかった音を拾っていたのか?」

 

 おそらく、この音の境目をくぐったあたりで何かが狂ったのかもしれない。それとも目に見えない何かとすれ違っていたのか・・・。

 

 それからしばらくして、鈍い衝突音が聞こえたかと思うと、ガタンガタンとどこかにぶつかりまくってから録画も止まった。

 

 「音か・・・。」

 

 音と言えば、ボイスレコーダーも持っていた。こっちの方はスイッチが入っていなかったので、何も録音されていない。

 

 「まあ、そろそろ行こうか。」

 「せやね、十分休めたし。」

 

 まだまだ先は長そうだ。気を取り直して歩を進める。

 

 「そうだ、どうせなら録画しながら進んでみるか。」

 「なんで?」

 「何か変なものが映るかもしれないから。」

 

 こんなことなら普通のハンディカメラにしておけばよかったと思う。ともかく、遊馬は周りの風景を撮影しはじめた。



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第228話

 遊馬の手から伝わる熱がほのかに凛世の手を温め、凛世もしっかりと一歩一歩を踏みしめていられている。

 

 「遊馬ってさ・・・。」

 「なに?」

 「なんていうか、優しいよね。」

 「優しいは長所ではなくフレーバーだよ。」

 

 一方遊馬の方はというと、すっかりカメラに気を取られていた。小さいながらも秘められたポテンシャルは、新しいおもちゃを手に入れた子供の用に遊馬の心をときめかせていた。すぐ隣のガールフレンドを忘れて没頭してしまう程度には。

 

 広角レンズで広範囲を映せ、赤外線モードで暗闇の中もよく見える。マイクロカメラというにはあまりにも便利だ。惜しむらくは、それを映す対象が少なすぎる、あまりにも周囲が殺風景で何もなさすぎるという事だ。

 

 「ゲームなら夜間モードで暗闇の先を見通せたりするんだけどなー。」

 「まだ昼にもなってへん・・・お?」

 「ん?」

 「あれ、なんやろ。」

 

 凛世の声に反応して遊馬も顔を上げると、斜め45度上空に白い光の点のようなものが並んで見えた。

 

 「上の高速道路かな?」

 「なんか、人工物が見えるってだけで安心するなぁ。」

 「なんとなくわかる。」

 

 神は「光あれ」と言われた。生命とは光失くして生きられない。時間的には昼前だというのに薄暗く鬱蒼としたこの世界は、人間が住むには黒と緑が多すぎた。

 

 「あそこまでなんとかして行けへんかな?」

 「登るの?」

 「登らへん。」

 

 どうやら山の斜面を切り崩した道路はここまでで、ここから先には陸の橋、本線橋が続いているようだ。となると、橋を支える柱の周囲には人工物があるはず。誰か人がいるかもしれないし、この霧の世界を抜けられる手段があるかもしれない。

 

 「河だ・・・。」

 「河やね。」

 

 本線橋の真下は、大きな河で寸断されていた。下流なり上流なりを目指せば、渡る橋の一本も見つかることだろう。

 

 「んー・・・あっ、あっちの方のアレ。」

 「アレ?おお、橋あんじゃん。」

 

 霧の向こうにうっすらと人工の建造物が見える。そして人工物が見えるということは、いよいよ人家も近いということだ。

 

 まさに光明が見えた、というところで油断をすると足元をすくわれる。

 

 「なんやこれ。」

 「橋じゃなかった。」

 

 まあ、たしかに河の向こうへと繋がる道はあった。ただ、それは人が通るためのものではなかった。

 

 「パイプか・・・。」

 「ライフラインかな?」

 

 水道かガスか電気か、ともかくこれはライフラインを通すためのパイプの橋だった。パイプラインにキャットウォークこそあれど、生憎人や車が通るための橋は見当たらない。

 

 これがちょっと困ったことで、人が通るための道が無いということは、すなわち人の往来が無いという事。つまり、この先に多分人家はない。

 

 「まあ、それでも施設ぐらいはあるかもしれへんやん。高速道路に戻るための道もあるかもしれへんし。」

 「前向きに考えるんだね。」

 「そうでもせなやってられへん。」

 

 とにかく、水色のペンキに塗られたパイプラインを渡っていく。一瞬見えた希望をとりあげられるというのは、絶望を与えられるよりもよっぽどたちが悪い。



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第229話

 「この道、大丈夫なんかな?」

 「2人合わせても100kgは越えないだろうし、大丈夫だとは思うけど。」

 

 足場の金網から覗ける下の河は、結構な急流で深さも見えない。落ちたら即死、とまではいかなくとも間違いなく溺れることになるだろう。

 

 それが一歩一歩踏み出すごとに、ギシギシと音を立てて不安を無駄に煽る。まあ、滑りそうなパイプの上を綱渡りさせられるよりはいいだろう。

 

 ペンキがはがれて錆の浮いた手すりに触れると、赤いものが指に着く。

 

 (赤・・・鉄の色。)

 

 ふと、遊馬は自分の左肩に触れ、そこにあるはずの傷のことを思い出した。絆創膏を貼っただけの小さな点だが。

 

 河の中央にまで来たところで、少し広い足場に出た。緊張しっぱなしというのも体に悪いので、ここいらで一休みすることとした。

 

 「遊馬、ケガ大丈夫なん?」

 「血も出ないし、今は痛くもないよ。」

 「あの怪物も出てこぉへんし。」

 

 油断はできないが安心はしている。ふと、今まで歩いてきた道の方を見てみるが、あのクリーチャーの姿は影も形もない。

 

 少し、考えを整理しよう。そもそも今遊馬の周りでは何が起こっているのか?

 

 「ねえ凛世、さっき言ったこと覚えてる?」

 「どれ?」

 「えーっと、僕は実は記憶喪失じゃなくて、並行世界から来たって話。」

 「ああ、そんなん言うてたな・・・。」

 

 そう、遊馬の意識・・・この場合、魂なんだろうか。それだけがこの世界の遊馬に憑依?あるいは入れ替わってしまっている。しかも、伝家の宝刀で虎の子のゲームPODネクスも手元には無い。

 

 その原因は、仲間たちと行った『半抜きバグ』のにあると考えられる。・・・一体なにをどうやったのかはわからないが、とにかく実行されて今こうなっている。

 

 さて、こっちの世界の遊馬も色々と問題を抱えているが、そのこととこの奇怪な霧の現象はおそらく関係ない。これも半抜きバグのせいで、どこかの世界と繋がってしまったのだろう。とんでもないことをしてくれたものだ。やはりもっと強く止めるべきだったか・・・。

 

 「遊馬、頭大丈夫なん?」

 「血は出てないしタンコブも出来てないよ。」

 

 健全な物言いではないが、これが健常な者の反応というものだろう。でも信じてほしい、こんな状況は普通じゃないが、現実に起こっていると。

 

 「なんなんそれ・・・じゃあ全部遊馬のせいなん?」

 「そうとも言えるし、そうとも言えない。」

 

 これからどうすればいいかもわからない。この霧が一体どこまで広がっているのかも、見当つかない。

 

 「ただ、この状況をどうにかできるとしたら、それは僕にしかできないと思う。」

 

 まるでヒーローのようなことを言っている。自分の言葉に酔うつもりはないが、すこし眩暈がしてきた気がする。

 

 「実態はマッチポンプやん。」

 「まあそうなんだけど・・・。」

 

 そしてヒーローには敵がつきものだ。

 

 金網の足場に、断続的な振動が加わっていることに気が付いた。

 

 「まさか!?」

 「来たん?!」

 

 遊馬は凛世を背後に庇うようにバッと立ち上がり、後ろの道に目を凝らす。霧の向こうから、あのクリーチャーがやってくるに違いない。

 

 じんわりと汗を背中にかくが、まだ敵の姿は見えないまま、やがて振動が止まる。

 

 「どこだ・・・?」

 

 キャットウォークからじゃない、パイプの上か?それとも金網の下か?視線をぐるぐると動かす。

 

 「アカン・・・ウチもう・・・。」

 「凛世?!走るの!」

 「逃げる!」

 

 ダンダンダン、と金網を蹴って凛世が向こう岸の方へと走り出した。

 

 それを待っていたかのように、遊馬の脇をすり抜けるようにあの四つ足のクリーチャーが現れた。

 

 「キャァアアアアアアアア!!!」

 「凛世!」

 

 前に立っていた自分をスルーし、その牙が凛世に襲い掛かる。一瞬遅れて遊馬も追いかける。



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第230話

 ガタンガタンと大きな音を立てながら凛世は走り、その後をクリーチャーは追っている。そのクリーチャーの足の速いこと、あっという間に凛世に追い付く。

 

 「いやぁあああああ!!!」

 「凛世!くそっ!」

 

 捕えた凛世にもあの舌を突き付けるつもりか。同じく走って追い付いた遊馬は、錆びて外れかかった手すりをもぎ取ると、クリーチャーの背を殴りつける。

 

 「このっ!このぉっ!!」

 

 まるでゴムのタイヤを叩いているかのような弾力の感触だけが返ってくる。これが伝説の剣ならきっと一撃で屠っていたことだろうが、こんな頼りない鉄パイプでは倒し切ることは無理だ。

 

 (イベント戦闘なら河に落として終わるところだけど・・・。)

 

 水落ちは戦闘回避のセオリーというもの。おそらくこのクリーチャーは物理攻撃で倒すことも難しいタイプ。銃があっても効くかどうかわからない。

 

 「ととっ!?うおっ!」

 

 突然、遊馬は足になにかが巻き付くと、それに引っ張られて転倒する。見ればあの蛇のような尻尾に掴まれている。

 

 「くそっ、離せ!ぐあっ!」

 

 振り返ったクリーチャーは、遊馬の足に舌を突き立てた。刺された痛みと、また何かを吸い取られるかのような感覚に身を焼かれる。

 

 「このっ!この!」

 

 鉄パイプで顔を叩くとようやく舌を離した。

 

 「遊馬・・・!」

 「凛世・・・、ゆっくり逃げろ。」

 「え?」

 「こいつ、大きな音か、動くものに反応してる。」

 

 大きな瞳を持っている以上、全く目が利かないわけではないだろう。だが最初に遭遇したとき、ゆっくりと動く遊馬には反応していなかった。

 

 事実、また走って逃げようとしていた凛世の方にクリーチャーの意識は移ろいでいた。

 

 「ゆっくりだ、クマと遭遇した時のように目線を外さずにゆっくりと後ずされ。」

 「う、うん・・・。」

 

 遊馬は鉄パイプでまだ抵抗するが、クリーチャーは尻尾を離さない。それどころか、抵抗すればするほど足への締め付けは強くなる。だが、そうしている間に、凛世の姿は徐々に霧の中へと消えていく。

 

 その様子をじっと見ているのか、探っているのか、クリーチャーは動かない。やはりゆっくりとした動きをされると『見えない』のか。

 

 しびれを切らしたのか、クリーチャーは遊馬を尻尾で掴んだまま、金網の道の上を引きづる。このままではザラザラとした地面でもみじおろしにされてしまうと、遊馬はそれは嫌だと手すりの足元に掴まって抵抗する。

 

 ひどく邪魔くさそうにクリーチャーは振り返るが、それでも遊馬を置いて走りだそうとはしない。二兎を追う者は一兎をも得ずという諺は知らないようだが、それが遊馬には助かった。

 

 (上手く逃げろよ凛世・・・。)

 

 静かで、過酷な我慢比べの始まりだった。



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第231話

 だるまさんが転んだのような追いかけっこは、意外にも功を奏していた。怯え切った凛世も、時間が経つにつれて徐々に落ち着きを取り戻していた。

 

 「遊馬、大丈夫なん?」

 「痛い。」

 

 橋の4分の3ほどを過ぎたところで、遊馬の心配が出来る程度には余裕があった。なにせクリーチャーは遊馬を尻尾で掴んでいる限りは、首に鎖を繋がれているも同然に動きを制限されているのだから。見た目に反して膂力はさほど強くないらしい。

 

 (いいぞ、そのまま僕の足を引っ張っていろ。穴の中の餌を掴んで手が抜けなくなったマヌケな猿のように・・・。)

 

 前回のことを考えると、ある程度ダメージを与えると撤退するようだ。この狭い橋よりも、広い向こう岸にまで行けば立ち回りもしやすくなる。凛世は逃げながら、遊馬は追いながら向こう岸へ行くのだ。

 

 さも不愉快そうにクリーチャーは低くうなる。その動きに一瞬凛世はビクッと怯えるが、少しずつ距離を取っていく。

 

 (んっ・・・?なんか、足が変だ・・・・)

 

 巻きつかれ過ぎて血のめぐりが悪くなったのか?段々と右足の感覚がなくなってきていた。緊張状態が続いてそれどころではなかったが、ふと嫌な予感がよぎった。

 

 きっとひどく鬱血しているだけだろう、と遊馬が恐る恐る自分の足を見る。

 

 「なっ?!んっ!?」

 

 大出血よりもひどいありさまだった。なにせ傷口が無かったのだから。傷口どころか、足そのものが見えなくなっていた。

 

 思わず手すりから手を離してしまい、クリーチャーが野に放たれて凛世に向かって走り出す。

 

 「うわぁ!来た!」

 「あぎゃあああああああ!!!」

 

 おろし金ふたたび。服がズタボロに穴が開きそうだが、なんとかしてもう一度手すりに捕まろうとするが、道路を走る車のようなスピードで引き摺られる有様では、冷静に捕まることも出来ない。

 

 「いやぁあああああああ!!」

 

 目標を定めたクリーチャーは真っ直ぐに凛世に向かう。凛世も床を蹴って走るが、じきに追い付かれるだろう。

 

 しかし運がいいのか悪いのか、ともかくその状況は凛世と遊馬、それともクリーチャーでもない要素によって打開される。

 

 「きゃっ!!」

 

 長く放置されて劣化していたのか、それともけたたましい大騒ぎがトドメとなったのか、足場が崩壊をはじめたのだ。

 

 「落ち、落ちる!」

 

 崩壊によってできた段差に躓いた凛世は前に倒れ込み、さっきまでいた場所が河へと崩落していく。凛世の脚も引き込まれそうになるが、なんとか落ちまいと捕まることが出来た。

 

 だが疾走していたクリーチャーはそうもいかなかった。悲鳴を上げながら崩落する足場に巻き込まれ河へと転落していき、水中へと没していった。

 

 「お、おお・・・。」

 

 河はさほど水位も流れなさそうであったが、クリーチャーは苦しみ悶えている。その体から、水を掛けられたドライアイスのように白い霧を発しながら沸騰していく。

 

 「水に弱かったのか・・・。」

 

 そして遊馬の見ている前で、クリーチャーの体は霧に溶けていった・・・。



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第232話

 「助けて・・・落ちる・・・。」

 

 さて、当面の脅威が去ってホッとしていた遊馬だったが、凛世のか細いSOSに目が覚める。それよりも自分の足が消えかかっている状態をなんとかしたかったが、そんなにゆっくりとしている暇もない。足に巻きついたまま千切れて残っている尻尾を解く。

 

 足場は崩れて、道が断絶されてしまっているので少し逡巡したが、すぐに隣のパイプによじ登って綱渡りを試みる。

 

 「うっ・・・足が重い・・・。」

 

 感覚どころか存在自体が消えそうだが、それでもたしかにそこに『ある』。見たいような見たくないような。

 

 「凛世ー、ちょっと待ってろ!」

 「はよきてー!」

 

 丸く、滑りそうなパイプの上をあわてず騒がずに渡り、向こうの足場へと着地すると凛世の手を取る。

 

 「しっかり、掴まって!」

 「あ、遊馬ぁ・・・!」

 

 なんとか凛世を引っ張り上げるが、その瞬間に脆くなっていた足場に負荷がかかったのか、ガコン!という音とともに浮遊感を味わう。

 

 「「うわぁああああああ!!!」」

 

 2人が何する間もなく、足場ごと河面に墜落した。

 

 「ぶはっ!結局こうなるのか!」

 「もういやだ・・・。」

 

 服を着たまま河に飛び込むなんてまさに青春の夏!って感じだけど、正直今日は肌寒いぐらいだったので遠慮願いたかった。思わぬケガや事故の元になりかねない。

 

 「事故にはもう遭っとるんやけどな・・・。」

 「そうだったね、うー寒っ。」

 

 河を歩いてなんとか岸にまでたどり着くが、服も靴もずぶ濡れで風邪を引きそうだ。どこかで乾かしたい。

 

 「あっ、カメラとか無事かな?」

 

 そしてカバンの中身までぐしょ濡れだ。汗を拭く為のタオルも入っていたが、そのタオルも濡れていて意味がない。あわてて取り出して確認する。

 

 「あっ、よかった。動いてる。」

 「よくないわ!」

 

 とにかく河は渡れた。森と斜面だらけの谷を抜けられた。ゲームなら次のステージ、探索範囲が広がったというところ。まずは人家を探したい。

 

 「出来れば人がいてくれるといいんだけど。」

 

 なにせ山奥だ。テレビもねえラジオもねえ車もそれほど走ってねえ、なんて孤立している場所だともう絶望しかない。

 

 「うぅ・・・寒いっ・・・。」

 「大丈夫?」

 「ううん・・・。」

 

 凛世の方はかなりグロッキーになっている。クリーチャーに2度も襲われ、水に落ちたとなると普通の人間なら消耗もしよう。

 

 「なんでそういう遊馬の方は大丈夫そうなん?」

 「僕だって結構ギリギリだよ。ただ凛世もいるし。」

 「カッコつけてんの?」

 「まあ、ね。」

 

 正直、凛世の存在が無ければ泣いていたことだろう。孤独は影から心を蝕んでいく。だが、少なくとも今は一人ではないから。



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第233話

 さて、河岸には森ではないが背の高い草の生えた平野が広がっている。霧も相まってよく見通せない。一方空には光の点が見え、そこが高速道路の高架だとわかる。どちらへ行くか。

 

 「今はとりあえず休みたい・・・。」

 「わかるわ・・・。」

 

 なんだか日が傾いてきたようにも見える。そうでなくとも元から日の差しにくい場所ということもあって、肌寒い。そこへさらに水濡れのコンボとあっては風邪を引くのも時間の問題だった。

 

 「おっ、あれ家かな?」

 「ホンマや。」

 

 ガサガサと草むらの中を分け入っていくと、土手の上に青い屋根の建物が姿を見せた。一抹の希望を胸に近づいていくと、それは脆くも崩れ去ってしまったが。

 

 「廃墟か・・・。」

 「めっちゃ荒れとるな。」

 

 玄関を叩こうにも玄関にドアがない。蝶番から外れた板きれがその辺に転がっており、ひどく朽ち果てている。

 

 「誰かいませんかー?!」

 「おらんやろ。」

 

 一応声をかけてみるが返答はない。あったらあったで困るが。

 

 「お邪魔します・・・と。」

 「中も荒れ放題やな。」

 

 土足で床に上がるのもすごい失礼だが、その床も土で汚れている。壁にも土の線が出来ていることから、大雨などで増水したときにこの高さにまで水が来たのだと理解できる。もっとも、それより前にここは空き家になっていたのだろうけど。

 

 「今日はもう日が暮れそうだし。ここで一泊させてもらおう。」

 「うーん、でも野宿するよりはマシか。」

 

 雨風がしのげるだけまだマシというもの。今から別の場所を見つけるのは難しいと判断した。

 

 「遊馬、足は?」

 「あまり見たくないけど・・・。」

 

 そうしてようやっと足の様子を見れる。一体何が起こっているのか。日の差す窓際に寄って腰かける。

 

 「これは・・・。」

 「穴?」

 

 それがどうだろう、足が消えていた、というよりもふくらはぎにソフトボール大の大きな穴が開いているのだ。それも出血もなく、真球のような丸い穴がくりぬかれるように開いている。

 

 そして不思議なことに、穴が開いているのに普通に歩くことが出来るし、出来ていた。体重がかかれば物理的に折れるだろうし、血管が通じていなければその先が壊死している。

 

 それに、遊馬にはこの丸い傷口に見覚えがあった。あのクリーチャーに貪られていた車の運転手の死に方。穴の内側を指でなぞる感触が、それと同じものだと伝えてくる。

 

 「遊馬、痛くないん?」

 「今は痛くない、刺された時は痛かったけど・・・。」

 

 その穴の中を触ってみてひとつわかったことがあるとすれば、それはまるで自分の体の一部ではないかのような感触ということ。指で擦られる感覚がまるでない。本当に石化してしまったかのようだ。この穴、塞がるんだろうか?



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第234話

 とりあえず、服を乾かそう。その辺に吊るせるような場所はあるが、体を温めるにも火があった方がもっといい。

 

 「火って、どうやって起こすの?」

 「なにか使える道具が無いかな。」

 

 廃墟の中を少し歩いてみると、家財道具が放置されていることがわかった。タンスの中には、カビが生えてボロボロになった服なども残されていることから、本当に何もかも残して家主はどこかへ行ってしまったことが窺えた。

 

 「さすがにカビた服は着られないかな。」

 「ウチはイヤやで?」

 「この毛布は比較的綺麗かな。」

 

 座敷の押し入れから布団が見つかった。台所には火が起こせるものがないかと探る。

 

 「ライター・・・でもガスが残ってないな。」

 「でも火花は飛ぶんとちゃう?」

 「そうか、なにか燃やせるものがあれば・・・。」

 

 ボロボロの布なら簡単に火が付くだろう。が、さすがに家の中で試すわけにはいかない。それは外でやろう。

 

 ジョリジョリとライターの歯車を回すと黄色い火花が飛び散り、それを薄い布に振りかける。

 

 「うおー!点けー!」

 「うわー!点いたー!」

 

 無事に布切れに火が灯った。が、このままではすぐに布を燃やし尽くしてしまうので、もっと別な燃料に火を移さなければ。

 

 「もちろん用意しておいたで。」

 「さすが凛世、ナイスフォローだ。」

 

 凛世があらかじめ枯草の山を用意してくれていた。料理動画のアシスタントの面目躍如といったところ。枯草の次は薪だ。

 

 「薪が足りるかな?」

 「最悪、その辺の椅子を壊させてもらおう。」

 

 拾ってきた薪にも火がともり、温かな空気が出来上がった。

 

 「ふぅ、これでなんとかなったな。」

 「お疲れ様。」

 

 パチパチと小気味よく焚火が燃える音に、少しの安息感を得られた。あとは食料の問題だ。

 

 「台所に包丁と鍋はあったけど。」

 「食材が無い。ちょっと探すか。」

 

 水は河から汲んで鍋で沸かせばまあ飲めるだろうが、他に何か食べられるものを調達してこなくては。離れてみて都会の便利さがわかるというものが田舎ではよくあるが、ここはちょっと離れ過ぎだ。

 

 「うーん・・・魚でもと思ったけど、見えないな。」

 「どうする?」

 「・・・あっ。」

 

 見つけた。というか見つけてしまった。あまり時間もないし、他に手段もないので文句は言っていられない。

 

 「何見つけたん?」

 「カエル。」

 「カエル?!」

 

 ヴオーヴオーと割と大きな声で鳴いていたは、案外簡単に捕まった。かなり大きな体のそれは、おそらくウシガエルだおる。食用として日本に持ち込まれたが、食用ガエルの文化が根付かずに野生化したとか。皮を剥いで焼けばなんとか食べられるだろう。

 

 「うぅ・・・でもカエルかぁ・・・。」

 「食えるだけありがたいと思おうよ。」

 「白魚のムニエルが懐かしい・・・。」

 

 そういえば、そんなものも作っていたっけ。せめて魚が獲れれば忌避感もなかっただろうが、こればっかりは不運だと思ってあきらめてほしい。



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第235話

 「なんていうか、ありがとうな。」

 「うん?」

 

 皮と骨だけになったカエルを捨てて、遊馬と凛世は焚火を囲んで、上着とズボンだけを脱いで乾かしながら身を寄せ合っている。

 

 「色々と助けてくれたし・・・あんな逞しかったんやな、遊馬。」

 「まあ、これでも色々冒険してきたし。」

 「ゲームの中で?」

 「ゲームなんだろうか、リアルなんだろうか。」

 

 今までは、結局なんだかんだ仲間たちに守られてばかりだったし。アシュリーにも最後は結局助けられた。その頼りの仲間とも連絡が取れない以上、遊馬自身が頑張るしかない。

 

 ふと、空を見上げるが星は見えない。夜になっても霧が晴れないばかりか、明かりが何もない闇の世界。まるでこのあたりだけ、世の中から隔絶されてしまったかのようだ。

 

 「この霧、晴れるんかな?」

 「朝になるまでわからないな。」

 

 と、言ったものの多分晴れることは無いなと遊馬は直感した。何か原因を突き止めないと、根本的な解決には至れないと思った。

 

 この足の謎もそうだ。先ほど試しに火を近づけてみたが、やはり熱さもなにも感じない。

 

 「いきなり足を焼きだしたからなにかと思ったで。」

 

 問題はもう一つある。あのクリーチャーの舌に刺された場所がこんな空洞化するということは、最初に刺された肩の方も・・・。おそるおそる肩に張られた絆創膏を剥がす。

 

 「穴が・・・。」

 「拡がってる?」

 

 針先の点だった傷口が、今は鉛筆大にまで拡がっている。そしてそれも丸くくりぬかれている。

 

 「これはあれか、時間経過で拡がるってことか?」

 

 単純な時間経過のせいなのか、それとも他に要素があるのか。穴を指でつつきながら思い耽る。

 

 というか、このまま拡がっていったらどうなるんだろうか。足の穴もこのままでは足と太ももが両断されてしまうが・・・。水玉模様で見えなくなっているだけで、実際はそこに『ある』のかもしれないが。

 

 「遊馬、このまま消えちゃうん?」

 「そうならないと願いたい。」

 

 すっ、と凛世は遊馬の傍に寄りそう。お互いに下着姿だがそこに恥じらいはない。凛世はもう見せるもの見せているし、遊馬はもっと刺激的な女性のものを見ているわけだし。

 

 「なあ遊馬、寒ない?」

 「寒いならもっと火にあたりなよ。」

 「もう、ここは甘えに来るところやで?」

 

 命の危機に瀕しているというのに、遊馬の頭はやけに冷静だった。この穴がやがて心臓や脳に達すれば・・・そうでなくとも、風船から空気が抜けていくように、存在そのものが消えてしまうのか。



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第236話

 さて、宴もたけなわだがもう寝ようかとなった。が、さすがに二人同時に寝て、寝込みを襲われたりしたら面白くない。火の番をしながら交互に寝ようということになった。

 

 「レディファーストだ。先に寝てなよ。」

 「ウチ、寝起き悪いで?起きないかも。」

 「そうなったら困るのは凛世の方だから、がんばって起きてくれ。」

 

 焚火を家の玄関部分に移動させ、服を吊るして乾かしている屋内で休む。せっかくだから屋根のあるところで寝たい。土を払った板の間に毛布を敷いて凛世が横になる。

 

 「寝れそう?」

 「枕ないとあかんわ。」

 「我慢してね。」

 

 外は暗過ぎて見通せそうにないので、カメラの暗視モードを使ってみるか。と言ってもバッテリーがもう心もとないので、変な音がした時に確認するだけにとどめるが。

 

 「遊馬ー、遊馬ー。」

 「何?」

 「もうちょいこっち寄って。」

 「はいはい。」

 

 服はまだ生乾きだった。どうせならしっかり洗濯してアイロンもかけたかったが、ここには水道も電気も通っていないのだから。あの河を渡ってきたパイプも長年使われていなかったのだろうな、と遊馬は回想した。役には立ったが。

 

 「凛世、寝れる?」

 「んー・・・。」

 「まあ、目を閉じてるだけでも落ち着いてくるだろうし。」

 「遊馬ー・・・手ぇ握ってて・・・。」

 「うん。」

 

 凛世の細い指をとると、ぎゅっと握り返してくる。安心した子供のようにホッと凛世の表情が緩んだ。

 

 (寝たか。よっぽど疲れていたんだな。)

 

 やがて凛世はすやすやと寝息を立てて眠りの世界に落ちていった。それを確認した遊馬はそっと手を離して焚火の方へと近寄ると、またじっと足の穴を見つめる。

 

 穴がくりぬかれているのなら、代わりのなにか物を詰め込んだらいいんだろうか?そんな能力をもった主人公の漫画を知ってるが、多分答えはそうじゃない。

 

 今度は肩の方を見る。鉛筆大の虚空がぽっかりと口を開けている。こちらは間違いなく穴が拡がっている。

 

 「最初に襲われたのが昼過ぎで、気づいたのが夕方、6時間ぐらいかな?それでこれだけ開いたのか?」

 

 刺されていた時間は足の方が長かった。単純にあのクリーチャーに攻撃されていた時間の長い方が大きく開いていくというのはわかる。しかしそれなら時間経過だけが穴が拡がるトリガーとも単純には考えにくい、と思う。これがゲームだとするならの話。

 

 ゲーム的に考えれば、一度攻撃を喰らったら後は死ぬまでのカウントダウンしかないというのはクソゲー一歩手前だ。完治は出来なくとも、進行を遅らせる方法が必ずある。デッドソイルの時の低温のように。

 

 ああ、こういう時ホラーゲームなら先に死んだ被害者が手記なんかを遺してくれて、プレイヤーはそれを読むことで自分がどういう状況にいるのか理解できるんだが。

 

 じゃあ、その被害者の立場になって考えてみよう。今わかっているあのクリーチャーの情報は・・・。

 

 「霧の中から現れて、水に弱く溶けてしまう・・・。」

 

 よくよく考えると、この特徴は矛盾している。霧は水滴なんだから、霧の中にいるだけであのクリーチャーは溶けていくはずだ。この霧は、水とは違うのか?

 

 「水に溶けると、霧のようになって蒸発していく・・・。」

 

 霧の中から現れる、というよりも霧から生まれるモンスターなのか?

 

 「『フォッグ』みたいやな。」

 「フォッグ?」

 「そういう映画があんの。ホラー映画の名作やん。」

 

 毛布から起きだしてきた凛世が、毛布をまとって傍にやってくる。

 

 「ゲームやのーと、映画にそんなのがあんねん。」

 「いや、『フォッグ』なら知ってる。オマージュしたゲームも多いし。」

 「そう?その割には今まで気づかへんかったやん。」

 「候補が多すぎて絞れなかったんだよ。」

 

 『フォッグ』、霧の向こうに異世界のゲートが開き、そこから怪物がやってくるというモンスターホラー映画の金字塔だ。デッドソイルも影響を受けている、と知ってはいるが遊馬は実際には見たことは無い。

 

 「凛世、ホラーはダメなんじゃ?」

 「前にテレビでやってたんをな、つい見てしもたんや。」

 「しかしそうか、霧の向こうに異世界のゲートか。」

 

 モロに辺りに近そうなワードが出てきた。異世界のゲートとは、ゲーム世界で見たクラックに違いない。そこまで行けば・・・そこまで行けば、なにが出来るだろう?

 

 まあ、1つ光明が見えた。休もう。

 

 「え、ウチまだ全然寝れてへんのやけど?」

 「交代してくれるから起きてきたんじゃないのか。」

 「手ぇ離さんといてぇや!」

 

 急に子供みたいに駄々をこね始めた。やれやれ、と思いまながらも悪い気はしない遊馬だった。



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第237話

 つつがなく夜が明け、日の光が霧の世界にも差し込んできた。

 

 「んー・・・すっきり!」

 「こっちはげっそり。」

 

 結局凛世がフルで寝て、遊馬は寝ずの番をしていた。

 

 「起こしてくれればよかったのに?」

 「起こしたよ!何回も!」

 

 本気で寝ている凛世は揺すっても起きなかった。

 

 「寝てる間に変な事とかしてへんやろな?」

 「それどころじゃなかったよ。変な声は聞こえてくるし、お腹は空くし。」

 「変な声?」

 「これ。」

 

 遊馬はボイスレコーダーを取り出して再生ボタンを押す。しばらくは無音の状態が続いていく。

 

 「・・・どれ?変な声。」

 「しっ。」

 

 河のせせらぎに混じって、雄叫びのようなものが聞こえる・・・ような気がする。

 

 「どう?」

 「・・・気のせいとちゃう?ただの地鳴りとか。」

 「ただの地鳴りってなんだ。地鳴りの時点でおかしいでしょ。」

 「いやぁ、この状況と比べたらおかしくはないんとちゃうん?」

 「この状況でさらに地鳴りが混ざるのがおかしいでしょ。」

 

 本当に偶然地鳴りが走ったのなら、それはどんな確率か。ひょっとしたらどこかで地滑りが起きたのかもしれない。

 

 「でも正直、そんな巨大な怪物がいるよりも偶然地滑りが起こったとかの方がよくない?」

 「僕は物事を真剣に考えるの。」

 「深刻の間違いやろ。」

 

 むしろ凛世が楽観的過ぎる。昨日までのあの怯えっぷりはどうしたんだと言いたい。

 

 「ひと眠りしたらなんか楽になったわ。」

 「その単純さがうらやましいよ。」

 「それほどでもー。焼けたで。」

 

 それはともかく朝飯だ。何の肉かは言わずもがな、ともかく空腹だった遊馬には最高のご馳走だった。

 

 もう少し捕まえてくれば、腹を完全に満たすことが出来たな・・・と思ってはたと気が付いた。

 

 昨日はあんなに聞こえてたはずなのに、今日はさっぱりカエルや虫の鳴き声が聞こえない。もう一度ボイスレコーダーを確認してみるが、そこにも音が乗っていないのだ。

 

 「つまり、どういうこと?」

 「つまり・・・虫やカエルは怯えて引っ込んでしまったっていうこと。」

 「だから?」

 「んもー、フィクションなら怪物が出てくるフラグじゃないか!」

 

 野生生物たちは、その野生のカンによって異常を察知して黙り込んでしまった。しかし人間はそのカンが薄れてしまい気づけない・・・という理屈なのだ。

 

 「だから考えすぎやって。それやったら、地震とか自然現象で隠れる可能性だってあるやん?」

 「まあ、確かに。」

 「そんなもしももしもって考えてたら、ホンマに化けて出るで。」

 

 嘘から出た実、言い続けてたら実現してしまう言霊というやつか。

 

 「くわばらくわばら言うてなかったことにして、ここから脱出することだけ考えようや。」

 「うーん・・・それもそうか。」



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第238話

 まあ、ありもしない怪物の影におびえていても仕方がない。今日はなんとかして上の道路へ戻ろうと試みる。

 

 「アテは?」

 「陸橋があるなら、脚部から上がれる道があるかもしれない。それを探す。」

 

 階段なり梯子なり、とにかく上へ昇れる手段があるはずだ。高速道路なら山道を歩くよりかは安心だろう。

 

 「またあのクリーチャーが出てくると怖いけど。」

 「え、もう倒したんとちゃうん?」

 「絶対アレ一匹だけじゃないでしょ。」

 

 あの怪物が、一匹だけだとは考えられない。この霧の世界が広がっているのかはわからないが、数は未知数だと言っていい。

 

 「でも未知数ならゼロかもしれへんやん。」

 「それはまあそうだけど、それは宝くじの一等が当たる確率がゼロじゃないって言ってるような物だよ。」

 

 決してゼロではないが、それは空から落ちた一滴の水に偶然当たるよりも低いだろう。

 

 でも、あのクリーチャーの弱点は分かってる。やつは水に弱い。だから河沿いに移動しておけば少なくとも逃げ場は出来る。

 

 「河沿いにまっすぐ行けば、あのあたりの脚部につくだろう。異論はある?」

 「なーし。」

 「よしいくぞう。」

 

 忘れ物をするほども名残惜しさを感じるほども、ここには長くとどまってはいない。とっとと人間の香りのする場所へ行きたい。

 

 廃屋の中から見つけた、武器になりそうなバットを携えて霧中横断と行く。

 

 「そういえば、ウチら以外の人間もこの霧の中にはおるんかな?」

 「いるはいるんじゃないかな。昨日車は落ちてきてたし。」

 「じゃあ、自衛隊とか対処に出て来とるんかな?」

 「どうだろう、この霧がいつからあるのか。」

 

 映画『フォッグ』でも最終的に軍がすべての問題を解決するのだけれど、だとすると自衛隊の出番かもしれない。自衛隊の場合、国会での審議やらなんやらで軍隊ほどすぐに動いてはくれないのだろうけど。

 

 「というか、その映画の結末も断片的にしか知らないんだけど。」

 「ん?主人公は怪物に追い回されて、どんどん仲間が減っていくんやで。」

 「救いがないな。」

 

 その辺は遊馬も知っている。が、出来れば今はクリーチャーの情報が欲しい。

 

 「うーん・・・実は怖くってウチも断片的にしか見てへんねんな・・・。」

 「そうだろうと思った。」

 

 クリーチャーのデザインが一つしかないとは考え難い。ざっとゲームのタイプに当てはめても、陸上型、空中型、パワー型、エトセトラ・・・色々考えられる。

 

 そもそもゲームだとして、そのコンセプトが未だ見えない。敵との遭遇を避けるステルス?千切っては投げてなぎ倒すアクション?ここで武器が拾えたということは、後者に近いのか。

 

 「どうでもいいけど、現実でゾンビパニックが起こったらどこに逃げる?」

 「んー・・・、家に引きこもるかな。外怖いし。」

 「食料が無くなったらどうする?

 「遊馬にとってきてもらう。」

 「僕任せかよ。」

 「モチロン。」



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第239話

 それからはしばし河のせせらぎと、自分たちの足音だけを歩き続けていた。どこを向いても真っ白で何も見えないとあっては、特に話すようなことがないのだから。

 

 「なあ、もう一回聞きたいんやけど。」

 「なに?」

 「ホンマに、遊馬は遊馬やないの?」

 「そうだよ。信じられないだろうけど。」

 

 ただひたすら退屈に脚を動かす時間が続き、意味のない問答が続いていた。その話はもう何回もしただろう、と遊馬も半ば呆れ気味に答える。

 

 「改めて聞くと、そのことが今のこの状況に関係しとんねんなって、今理解できた気ぃするわ。」

 「今頃か。」

 「いや、今度こそ本当にわかってんて。」

 

 この話をするのも何回目か。常識的に考えればそんなこと言ってるやつは気が狂ってるとしか思えないし、信じる方も信じる方だ。狂人の真似をすればそれすなわち狂人とはよく言ったもんだ。

 

 「でさ、そのゲームPODがあれば何が出来るん?」

 「ロボットを呼び出せるかな。」

 「呼び出してどうすんの?」

 「バット片手にこんな道を歩かなくて済む。」

 

 空も飛べるし、クリーチャーなんて鉄拳で一撃だ。

 

 「他にも仲間たちと連絡もとれるし、ゲームの世界と行き来することもできた。」

 「そっちなら安全なん?」

 「そうとも言えない。崩壊一歩手前のアンバランスな状況だから。」

 「そうなん。」

 

 その崩壊が、今まさにこの世界にもヒビを入れているのだが。

 

 「この霧の発生源が世界を繋ぐ次元の裂け目なんだとしたら、僕の目的地はそこになる。」

 「ウチも行くん?」

 「凛世は街にまで戻すよ。」

 

 山を越えるにしろ戻るにしろ、車が必要になる。上の本道に戻れば少しはマシかもしれない。

 

 と、そうこうしているうちに橋の脚部へと到達した。

 

 「階段もあるな。」

 

 上へ昇れそうな、おそらくはメンテンンス用の階段を発見する。幸先がいい。

 

 「鍵は・・・かかってないな。」

 「かかってても乗り越えるしかないやろし。」

 「確かに。」

 

 階段も朽ち果てたりしてるような様子もない。パイプの道のように崩落する危険はないだろう。

 

 「ふぅ・・・ちょっときゅうけーい。」

 「賛成・・・なんか疲れる。」

 

 半分ほど登れたところで休憩する。が、足元が透けているところでは少々落ち着けない。

 

 「うわぁ、結構高いねんな。空飛んだことあるん?」

 「ある。というか宇宙まで行ったこともある。」

 「宇宙?」

 「軌道エレベーターでね。」

 「なにそれ。」

 

 ああ、ここにもエレベーターがあれば楽だったな。夢物語のような話を凛世は興味深そうに聞いてくるので、遊馬も言葉に熱が籠った。



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第240話

 「はぁ・・・はぁ・・・これで、とうちゃーく!」

 「鍵が開いてない。」

 「じゃあ乗り越えよか。」

 「おっけー。」

 

 階段を登り切ったところで見えてきたのは、高速道路の本道で間違いない。だが、車が通る様子は見られない。

 

 「跳べる?」

 「大丈夫。」

 「車は・・・来ないか。」

 

 道路を渡るときは、右見て左見てまた右見て。だがしばらく待っても車は来ない。こういう時はどうするか。

 

 「歩くか。」

 「えー・・・。」

 「えーじゃない。」

 「もう疲れたで・・・。」

 

 それは遊馬も同じだった。ここまで一度クリーチャーを撃退した以外にほとんどイベントもなく、ただただ霧の中を歩くだけではつまらない。別にクリーチャーに遭いたいわけではないけど、これでは面白くないだけのゲームなのだ。

 

 「と言ってもここにいたってにっちもさっちもいかないし。」

 「どっち行くん?」

 「街の方に戻ろう。そっちの方が多分近い。」

 

 上手くいけば途中で車にも乗れるかもしれないし。後ろから轢かれないように端に寄って歩く。

 

 「あー・・・つまんない。」

 「僕も。」

 

 結局、靴裏へ返ってくる感触が変わっただけで、代わり映えしない状況が続いている。昨日は半日歩いたけど、今日はどれだけ進めるのか。

 

 「あっ、車ミッケ。」

 「ホンマ?」

 

 霧の向こうから赤いボディが見えた時、凛世の声が少しうわづったようだった。しかし、この道の真ん中で停まっているなんて怪しい。様子を見ながら近づいていく。

 

 「誰かいる?」

 「・・・おらんっぽいな。」

 

 ドアが開け放されており、中には誰もいない。

 

 「動くかな?」

 「・・・ダメだ、エンジンかからないや。」

 

 バッテリーが上がっているのか?とにかく差しっぱなしのキーを回してもなにも言わない。となると次はグランド・セフト・オート、車上荒らしタイムだ。

 

 「食べられる物とかあらへんかな。」

 「使えるもの使えるもの。」

 

 著しくモラルの欠如した行動だとはわかっているが、こんな状況だとなんでもいいから手に入れたくなる。

 

 車内に焚かれた芳香剤や、シートに敷かれたクッションなどから女性が乗っていたんだろうなとは推測できた。しかし、その持ち主は一体だおこへ行ったのか?

 

 車を捨てたのにはなにか理由があるはずだろう。クッションが大きくずれて外にはみ出ているからには、相当慌てて出たことだろう。

 

 「遊馬、見て。」

 「ん?」

 

 凛世の指さす先、街へと戻る道。そこにはまた車があった。それも一台や二台ではなく、何台も連なって渋滞したようになっている。そしてそれらすべてが無人である。

 

 「これだけ並んでると壮観だね。」

 「言ってる場合?」

 

 どのみち、この道では車で通ることは不可能だったろう。先頭まで行けばまた別かもしれないが、そこにはこの渋滞を作っている何かがあるはずだし、それはそれで気が思いやられる。



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第241話

 「こういう、車が大量に停まってるシチュエーションってフィクションでは割と見る気がするな。」

 「どんなフィクション?」

 「怪獣ものと、ゾンビパニック。」

 「どっちも嫌な状況やな。」

 

 つまりここにあるのは怪獣のおもちゃか、ゾンビの出てくる死角のどちらかだ。ゾンビでなくとも物陰に注意しながら遊馬と凛世は渋滞の隙間を進んでいく。

 

 いくつかドアが開きっぱなしの車両もあれば、ドアにカギがかかっているものもあった。

 

 「ところで凛世って死体って見たことある?」

 「ちっちゃい頃にひいおじいちゃんお葬式で見たことあるぐらいやな。」

 

 つまり弔われるように正装した遺体か。この先、そんな尊厳も何もないようなモノが落ちているかもしれないと考えるとあまり見せたくはないな。

 

 だがこれだけ多くの車が停まっていながら、そのいずれも無人だ。あるいは道路上に死体が落ちていたりもしない。

 

 (人間の体そのものが消え去ってる?)

 

 時折目に入った車内の様子は、不自然なほどに整然としていた。投げ出された携帯や飲み物の缶、後部座席にはおもちゃなんかも落ちている。

 

 「ん?」

 「何か見つけた?」

 

 気が付けば先を行っていた凛世が、地べたを覗き込んで声をあげた。グロい死体でも見てしまったかのような反応とは違う。

 

 「服や。」

 「服ぅ?」

 

 凛世の視線の先に落ちていたのは、確かに一般的なシャツだ。それが高速道路のど真ん中に落ちているのは確かに不審だ。道路にたまに手袋とかハンカチとか落ちてることはあるけど、上着やシャツというのはまあ見たことない。

 

 「まだ落ちてるみたいやな。」

 

 見れば、靴下、ズボン、パンツ、その他人間が身に着けるようなアクセサリー類。そういったものが乱雑に、道路や車のボンネットの上などに散乱している。

 

 「ますますわけがわからん。状況にパニックになって服を脱いで走り回ったのか?」

 「その状況の方がよっぽど怖いわ。」

 

 一瞬これもまた昔見たような、ジャングル奥地の未開の部族の狂乱の宴のような光景が浮かんだが、さすがにそれはないと断定した。妄想を否定したところで目の前の現実は変わらないが。

 

 気にはなるがとにかく歩みを進めていく。そして進めば進むほどに落ちている物も増えていく。が、相変わらず人体らしきものは欠片も見えない。

 

 「ん、トンネル見えてきたな。」

 「ホントだ。」

 

 やがて、2人の前には山の斜面にポッカリと口を開けるトンネルが現れた。照明によって赤褐色に照らされている内部は、本当に生物の口の中のようにも見える。

 

 「ここ、通り抜けたらもう街まですぐやな・・・。」

 「ああ、この辺の車は動かないかな。」

 

 先頭の車のドアを触ってみれば、運よく開いていた。エンジンもかかる。ようやく運が向いてきたか。

 

 「凛世、乗って。」

 「オッケー!」

 

 助手席に意気揚々と凛世がシートベルトを締めたのを確認すると、ミラーを調整する。

 

 「後ろの景色が確認できるように・・・っと。」

 

 と、ふとここまでして気が付いた。なんでこの車は、このトンネルの少し手前の位置で停まっていたんだ?見たところどこかが壊れていたり、ガソリンが無いわけでもなさそうだ。

 

 「遊馬?」

 「いや・・・。なんでもない。」

 

 サイドブレーキを下ろし、パーキングからドライブへ・・・なんでこんなに悠長に停車していたのか?

 

 そして思い出した。ここの反対側の道路を通っていた時、自分たちは崖から落ちたという事。あの時、何かにぶつかっていたという事。

 

 「その何かって・・・?」

 「あ、遊馬!」

 「何?」

 「上や上!」

 

 上?と、前のめりになってフロントガラス越しに確認した。そこには、もう一つのトンネルがあった。いやに赤黒く、脈動している肉壁のようなトンネル。

 

 「やっば。」

 「うわぉおお!!」

 

 否、断じて否。それはトンネルではなく、大きな怪物の口がかぶりつこうとしていたのだった。遊馬はアクセルを踏みぬいた。



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第242話

 「なななな、なんなんアレ!?」

 「知らん!」

 

 ギャリギャリとタイヤが悲鳴を上げるほどに加速され、オムの焦げた臭いを置き去りにするようにトンネルへと駆け込む。

 

 「フゥーッ・・・フゥーッ・・・!」

 「まさか・・・まさかあんな怪獣が本当にいるなんて・・・。」

 

 道路の2車線を咥え込めそうなほどの幅の顎の広さだった。その全身像は見れてなかったが、その口にふさわしい巨体に違いない。

 

 あんなものがハイウェイの上を塞いでたのならまあ色々と合点がいった。納得した。

 

 ともあれあの巨体ではトンネル内には入ってこれないだろう、と少し進んだところで安心してミラーを見る。

 

 「遊馬!後ろ後ろ!!」

 「うせやろ!?」

 

 ミラー越しに見たものを信じられず、顔ごと後ろを向いてさらに後悔した。

 

 追い抜いて置き去りにしたはずの大口が、今まさに背後から迫ってきているではないか。これ以上は意味がないというのにアクセルを踏む足から力を抜くことが出来ない。

 

 「ひぇえええええええ!!!」

 「ちょっと黙ってて凛世。」

 

 狂乱する凛世に反して、遊馬は逆になんだか冷めてきていた。あの巨体にも関わらず狭いトンネルの中に入ってこられるのは、実態はヘビのように細長い体をしているのか?それともキリンのようにながーい首を持っていてそれを突っ込んできているのか。

 

 実際のところ、ただ現実逃避のために頭を回転させているフリをしているだけなのだが、そのおかげかトチ狂ってハンドルを変に切らずにすんでいた。

 

 「うわ!うわ!うわぁあああ!!」

 「あーあーあー。」

 

 ビリビリとトンネルの壁面からも振動が伝わってきている気がした。振動が来ているということは、足があって走ってきているということで・・・。

 

 いや、この辺でやめておこう。

 

 このトンネルは、行きは上り坂だった。つまり今は全速力で坂を下っているということになる。等間隔に置かれたオレンジの照明が一本の線になって見え、スピードはゆうに時速120kmを越えている。

 

 だというのに、怪獣を振り切ることが出来ない。相手がバテてスピードを緩めるのが先か、それともこの車のエンジンが火を吹くのが早いか。

 

 「遊馬!遊馬!」

 「黙ってて!運転に集中してんだから!」

 

 今になって思い出したが、本当に考えなければならないことは他にいくらでもあった。このままのスピードでトンネルを抜けたとして、その先は?たしか緩やかながらもカーブになっていたはずだからこのままでは曲がり切れずに大クラッシュ不可避だ。

 

 そうでなくとも、いずれ追い付かれるかもしれない。あの口に咥えられたら一瞬で車はスクラップ、中にいる人間も言わずもがな。

 

 「こうなったら・・・凛世!」

 「キャー!キャー!」

 「落ち着け!」

 

 こうなれば、イチかバチか、最後の手段だ。

 



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第243話

 「それで助かるん?」

 「わからん、けどやってみる価値はある!」

 「ホンマか?」

 「ホンマや。」

 

 嘘である。いいとこイタチの最後っ屁程度、雀の涙のような反抗に過ぎない。が、おかげで凛世は正気を取り戻した。狂ったまま死んだ方がマシだったと後悔させるかもしれないが、こうもうるさくされてはかなわんし。

 

 もう少しでトンネルを抜ける。躊躇している暇もない。凛世がサンルーフを開けると、猛烈な風が入ってくる。

 

 「えっと、これを擦ればええんやったな・・・。」

 「合図したら後ろに投げて。」

 「う、うん・・・。」

 

 やることは単純、発炎筒を投げつけて目くらましさせる。クリーチャーと同じ性質があるとすれば、動く相手や音に反応しているはずだ。スタングレネードでもあればもっとよかっただろうが、贅沢も言ってられない。

 

 「な、なあ遊馬?」

 「何?」

 「失敗しても・・・何に言わへん?」

 「言わへん言わへん。」

 

 やけにしおらしくなった凛世をなだめると、いよいよその時が近づいてくる。

 

 「準備はいいか!」

 「おう!」

 「3・・・2・・・1・・・!」

 「それっ!」

 

 精一杯凛世は腕を振るってサンルーフから発炎筒を投げつける。

 

 結論から言ってしまうと、発炎筒はなの効果も見せなかった。怪獣の目どころか、縦に大きく避けた口の中へシュートインしてしまった。

 

 「アカーン!」

 「気にするな。こういう時のプランBだ。」

 

 一応、クリーチャーが水に弱かったことを鑑みて、スプリンクラーが発炎筒で誤作動することを期待していたのだが。こんな小さな炎では作動しなかったらしい。

 

 「プランBって?」

 「シートベルト締めてしっかり掴まっておくこと!」

 

 プランBもごく単純。カーブでヤツを振り落とすことだ。勿論遊馬にはそんな高度なドラテクは無い。つまり、こっちも失敗すること前提のようなプランだった。

 

 「覚悟決めろよぉ!」

 「おーっす!」

 

 オレンジの世界から、白く明るい世界へと出た。霧で何も見えないが、緩やかなカーブに沿ったガードレールが見えた。

 

 「・・・っ!!やっぱ無理ぃ!!」

 「おまちょっ!!」

 

 ガリガリとガードレールにこすりながら、緩やかな弧を描く。その間にあっという間に怪獣に追い付かれる。

 

 「来た来た来たきた!」

 「ハンドルを右に!!」

 

 大口が迫ってくるのでハンドルを切った。切りすぎて奇跡的に後ろを向きながら躱してしまったが、もうこうなったら破れかぶれだ。

 

 「トンネルに戻る!」

 「戻ってどうすんねん?!」

 「非常口だ!」

 

 高速道路のトンネル内にある、やけに目立つセーフゾーンと非常口。まさかあそこにまでこの巨体は入ってこれないだろう。上り坂の道を再び上がる。

 

 「くっ、パワー、スピードが上がらん!」

 

 ここにきてようやく怪獣の全身が見えた。クリーチャーの犬のような体形というよりは、ワニのような這った姿勢をしている。これならたしかにまいトンネルの中にも潜り込めるだろう。

 

 だが、長い体というのは振り返るのにも手間取るはず。少々スピードが落ちたものの、距離を稼ぐことはできた。

 

 「見えた!非常口!」

 「よし!・・・ってブレーキが利かない!」

 

 こういう時はギアチェンジしたりサイドブレーキを使ったりすればいいが、ペーパードライバーどころか無免許な遊馬にはそんな判断も出来るはずもなく、一切減速せずに非常口近くの退避エリアに突っ込んだ。

 

 「わぁああああああ!!」

 

 しかし、2人は無事だった。シートベルトとエアバッグが、己の命を守ってくれたのだ。

 

 「うぅ・・・遊馬、ほら逃げよ!」

 「そうか、そうだな・・・。」

 

 なにはともあれ、いい位置で止まってくれた。脱出口の扉はすぐそこにある。車から這い出て、もう数歩歩けば安全地帯だ。

 

 「来た、来たで!」

 「くっ・・・むっ、この臭いは?」

 

 こちらが止まったことで、怪獣はこちらを見失ったようだが、じきにこちらを見つけることだろう。

 

 それよりも気になったのが、鼻を突く臭い。どうやら壊れた車からガソリンが漏れているらしい。

 

 「そうだ、凛世ライターまだ持ってる?」

 「えっ、あるけど?」

 「貸して!」

 

 借りたところでもう返せないが、そんなことは関係ない。

 

 「ガスは残ってないけど、引火ならしてくれるハズ!」

 「なにすんの?」

 「火ぃつけるの!先に行ってて!」

 

 カチャカチャと火打石を削って火花を散らす。引火して巻き込まれるのは怖いが、それ以上の死だすぐそこまで迫っている。

 

 「あー!発炎筒をこっちに使えばよかった!」

 

 そうこうしているうちに遊馬の眼前が突如明るくなった。上手く火の手があがり、爆炎とも呼ぶべき勢いで今まで乗っていた車を包み込む。

 

 「あちゃちゃちゃちゃ!!」

 

 トンネル内で火災が発生した。となれば、当然防火装置が作動する。スプリンクラーである。

 

 「ひぃ・・・ひぃ・・・けどすごい勢いだ・・・。」

 

 遊馬の服の袖が燃えたが、それをかき消すほどの水が噴出する。まるで夕立のような勢いの水勢が、怪獣の体を溶かしていく。

 

 「はぁ・・・やった・・・。」

 

 ともかく、再び難を乗り切った。気のせいではなく重たくなった体を引きづりながら、凛世の後を追って扉をくぐる。



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第244話

 「うへー、またぐしょぬれだ。」

 「風邪ひかへんようにな。」

 「今度は家の中であったまれるといいんだけど。」

 

 トンネルでの激闘から数十分後、非常口を抜けて再びハイウェイに戻るとサービスエリアにて車を調達して走らせて今に至る。もう間もなく元来た街にまでたどり着くだろう。

 

 「この霧、やっぱり広がってるんかな。」

 「そうだな、もしや世界中まで?」

 

 だというのに、霧はいまだに晴れないのだ。この車を調達したサービスエリアも、今くぐったインターチェンジも行きの時点では雲一つないほどに晴れやかだった。

 

 街にまで戻ってくれば安心だ、と思っていた遊馬と凛世はこの惨状に面食らった。かろうじて電気や水道は生きているし、携帯の電波も復活してきたが、どこにも繋がらない。

 

 「・・・アカン、家にかけても誰も出えへんわ。」

 「どうする?もうすぐ街に入るけど凛世の家に寄る?」

 「うん、そうして・・・。」

 

 とうとう街にまで到達した。が、時間的には昼だというのにしんと静まり、まるでゴーストタウンのような様相を呈している。

 

 「駅前にこんなアーケードあったっけ。」

 「ここ、車で入れへんのやけど・・・。」

 「じゃあここら辺で停めておくおくか。」

 

 そういえば、遊馬のいた世界の数年前から、駅前の再開発が行われていたような・・・と遊馬は記憶の片隅を探る。まあ、引きこもり生活が長すぎて浦島太郎のような状態なだけかもしれないが。

 

 「おとんー!おかんー!」

 

 凛世がアーケード街の一つの店の前で声をあげる。お好み焼き屋の戸を叩くが反応がなく、裏へ回る姿を遊馬も追う。

 

 「カギは持ってないの?」

 「今開ける。」

 

 ポケットを探って凛世はカギを取り出すと、震える手でそれを鍵穴に差し込み、一拍開けて中へ入っていく。

 

 「誰もおらんのー?」

 「僕ここにいるから。」

 「入ってええねんで?」

 「服濡れてるから。」

 

 こちら側はどうやら台所の勝手口のようだった。住居部分の2階に凛世が声を掛けながら入っていくのを眺めながら、遊馬は表通りの方に視線を送る。

 

 (街の中にまでクリーチャーがいるってわけではないのかな?)

 

 少なくともここまで死体は見ていない。ちらり、と自分の肩を確認するが、やはり昨日見た時よりも穴は広がっている。足の方はというと、とうとう足と太ももが皮一枚だけで繋がっているような有様にまで成り果てていた。

 

 「遊馬ー!遊馬ー!」

 「何?」

 「おとんとおかんいたー!」

 「そうかー。」

 

 どうやら凛世の家族は無事だったようで、しばらくして凛世は2人を連れだって降りてくる。

 

 「あら遊馬ちゃん、いらっしゃい。」

 「・・・こんちは。」

 「今日はお店やってないんだけど、あがってゆっくりしていって。」

 

 お母さん若いな。ちょうど凛世をそのまま少し成長させたような雰囲気だ。

 

 「いや、こんな状況だし早く家に帰りたいので。」

 「まあまあ、少し休んでいけよ。昨日連絡もなしに外泊した理由も聞きたいしな。」

 

 お父さんは・・・ガンコそうだけど子供想いないい人っぽい。多分この2人の名前も遊馬は知ってるんだろうけど、思い出せないから適当にはぐらかすしかない。

 

 「えーっと『お父さん』、ちょっと家が心配なので今日のところは堪忍していただきたく・・・。」

 「誰がお父さんだ誰が!」

 「あー、あー、まあまあおとんもおかんも、遊馬も疲れとるんやし、な?」

 「ええ?疲れてるならなおのこと休んでいきなさい!お腹も空いてるんでしょ?」

 

 そこまで言われて、遊馬も凛世もキュウとお腹が鳴った。まあカエル肉しか食べてないのなら仕方がない。

 

 「じゃあ、お言葉に甘えて。」

 「はいはい、どうぞ座って。」

 

 結局、遊馬は厄介になることになった。



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第245話

 「廃屋で野宿したぁ?」

 

 振舞われた食事中に根掘り葉掘り聞かれるものだから、娘さんをぞんざいに扱ってしまったことをつい口が滑らせてしまった。まだカエルを食べてたことは話していないが、それよりももっと重要な問題がある。

 

 「霧の中から現れる怪物か・・・。」

 「ちな、これが証拠の映像ね。」

 

 回しっ放しにしていたカメラの断片的な映像にもクリーチャーは映っていた。夕食中にこんなテレビ番組やっていたら即チャンネルを変えるが。

 

 「ケッタイな天気やな思てたけど、まさかこんなことになっていたなんてな・・・。」

 「ホンマに大変やったんやからな。」

 「よく無事やったね。」

 

 無事ではないのだが、まあこの家族には関係あるまい。遊馬はそれとなく肩を少し撫でると、お好み焼きの続きを食べる。ソースの濃い味や、豚肉の脂身が生命力を沸き立てさせる。

 

 「こんだけ美味いのを毎日食べれれば、舌も肥えるだろうな。」

 「遊馬ちゃんの料理もおいしいのに。」

 「これには負ける。ご馳走様でした。」

 

 本当においしかった。生地のふっくら感にキャベツのザクザク感、カツオ節や青のりの香りもいいし、毎日食べても飽きなさそうなお好み焼きだった。

 

 ふと、ゲーム世界で食べたモンドのラーメンを思い出した。あれは味が濃すぎてすぐに飽きそうだった。けど、このお好み焼きと同じくらい血と汗はかかってそうだった。異物混入的な意味ではなく。

 

 (帰ったら、これを作ってやりたいな。)

 

 非力な遊馬に出来ること、というかやりたいことが一つ増えた。

 

 「じゃ、僕はこの辺でおいとまさせてもらおうかな。」

 「もうちょっと休んでったら?」

 「この霧が街全体にまで広がっているということは、そのうちに日本全体、世界中にまで広がっちゃうよ。のんびりしてる暇はない。」

 「待てよ。キミがどうにかしなくちゃいけない問題なのかい?そういうのは消防や自衛隊に任せればいい。」

 

 水に弱いという観点からは、消防の方が頼りになりそうだ。それはともかく、そうも言っていられない理由が遊馬にはあるのだ。説明しても意味がないだろうけど。

 

 「具体的に何すんの?」

 「とりあえず、この霧のクリーチャーについて調べて、情報を発信したい。まだネットは生きてるみたいだし。」

 「ほんならウチも手伝うで。」

 「凛世は家にいろ。せっかく無事に帰ってこれたんだから。」

 

 せっかく家族が再会できたのだから、これ以上巻き込みたくない。それ以上でもそれ以下でもない事を言ったつもりだった。

 

 「遊馬がそうやったら、ウチもなんかしたいねん!」

 

 だがそれが逆に凛世の逆鱗に触れた!僕変な事言っちゃった?

 

 「まあまあ、とりあえずもう少し落ち着いてからでもいいじゃない。ネットで調べるならウチでもできるでしょう?」

 「そうだそうだ、一休め一休め。」

 「む、むぅ・・・。」

 

 須藤一家に気圧されてうまくやり込められてしまった。駅前のアーケードからなら、遊馬の家までもうすぐそこなのだけど、そのすぐそこが遠くなった気がした。



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第246話

 「どう?なんかわかった?」

 「うん、どうやらやつらや、この霧も『フォッグ』の怪物で間違いないらしい。」

 

 ネットの波を軽くサーフィンして出た結論がそれ。今の状況、出てきたクリーチャーのデザイン、どれをとっても映画『フォッグ』のそれに近しいということがわかった。

 

 となると映画の結末こそがこの世界の結末となるのも必然。

 

 「映画はどうなるんやったっけ?」

 「映画では、軍隊が怪物をやっつけて終わる。小説だと、世界は霧に覆われて終わる。」

 「どっちなん?」

 「それがよくわからない。クリーチャーの特徴は小説版なんだけど、怪獣が出てくるのは映画だけなんだ。」

 「解釈違いっちゅーやつやな。」

 

 要するに、この世界はどっちの世界線なのかわからない。別にどっちの世界だろうと水が弱点ということが変わるわけでもなし、丸腰で相対したらもれなく死ぬことに変わりはない。が、世界の行く末ぐらいは予想しておきたい。

 

 ただ違うのは、映画にしろ小説にし『フォッグ』の舞台は元々アメリカだということぐらいか。劇中では銃もバンバン登場するし、街と街の距離感や緑の恐怖というものの感覚も異なる。

 

 「もう高速道路も山奥で遭難するんもイヤやで。」

 「そうだね。」

 

 幸運な事に遊馬と凛世はそこから生還出来た。貴重ながらも無駄な体験だった。

 

 「で、SNSの方はどうだった?」

 「あ、うん。今のところ他の地域で霧は出てないみたいやけど。」

 「霧イコール怪物の活動範囲だから、そこより外か霧の入ってこない屋内なら安全らしいけど、一体いつまで続くかを考えたらな。」

 

 今はまだ電気も水道も来ているが、それらもそのうち止まるかもしれない。特に『フォッグ』の描かれた1980年代と比べて、ネットによる情報収集の価値が段違いだ。インターネットが寸断されるというのは元引きこもりとしても絶望的だ。

 

 だから、そうなる前に、無駄に経験した無駄にはなりえない情報を発信しなければならない。

 

 「あの経験を無駄にしたくなければ、やっぱりこの映像をアップして、この危機を伝えないと。」

 「ここじゃ出来へんの?」

 「機材が心もとない。映像を編集するソフトもないし、やっぱり家に戻らないと。」

 

 須藤家にはマイクすらないちゃちいノートPCしかない。最低限ネットで情報を漁ることは出来たが、ここから発信することは難しい。

 

 「やっぱ家帰るしかないわ。」

 「もう行くん?」

 「日が暮れる前に家までたどり着きたい。」

 「そう・・・。」

 

 いそいそと準備する遊馬を凛世は心地悪そうに眺めていた。

 

 「なあ、そういえば傷のことはわかったん?」

 「ん?んん・・・。」

 「傷、広がってるんやろ?」

 

 ぽっ、と疑問を口にした。あえて触れていなかったのか、口をはさむ余裕が無かったのか、ともかく凛世は話題に挙げた。

 

 「どうやら、傷は霧に触れているとどんどん広がっていくらしい。」

 「傷が広がりきったらどうなるん?」

 「さあ。」

 

 ただ奇怪な傷として、怪物に刺された場所が球形にくりぬかれていくと表現したのかもしれない。原作者さんもそこまで考えてないのかも。

 

 ただ現実として消えていっている。これを止める方法が果たしてあるのか。無いのなら、なおのこと急がなければならない。



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第247話

 「遊馬ちゃん行っちゃうの?」

 「はい、お世話になりました。水の常備をお忘れなく。」

 「まあ止めはしないが、気ぃつけてな。」

 「これ、よかったらあっためて食べてね。」

 

 餞別にお母さんからお弁当をもらい、裏口からそっと須藤家を後にする。路地裏から一歩出た先の表通りは、やはりしんと静まり返っている。

 

 住民は皆この異様な雰囲気を気味悪がって引きこもっているのだろう。そしてそれは正しい判断であった。霧が広がっているということはすなわちクリーチャーがうようよしているということ。こういう雰囲気のゲームもあったなと遊馬は思い出していた。

 

 「遊馬ー。」

 「凛世?」

 

 さて、と歩き出そうとしたところで自分を呼ぶ声が聞こえて振りかえる。

 

 「やっぱウチも手伝うわ!」

 「家にいろって言ったのに。」

 「ウチかて同じ体験をしたんやで?なら遊馬と一緒のことせなおかしいやん!」

 「別におかしくはないと思うが。」

 

 再三止めた、これ以上強く行っても無駄か。それどころか、勝手についてきて知らないところで襲われたりしても困る。ならば連れていく方がいいか。

 

 「しょうがないなぁ。」

 「しょうがないってなんや、手伝うゆーてるのに。」

 「頼んではいないから。けど、ありがと。」

 「よろしい。」

 

 なんで偉そうなのか。ま、いつもの調子にもどったというところか。停めておいた車のところまで戻る。

 

 「後部座席にいつの間にか潜り込んできたゾンビは潜んでない?」

 「いない!」

 

 この車もどうしたものか。サービスエリアでグランドセフトオートしてきた車だが、元の持ち主も多分死んでるだろうし文句を言われることもないだろうか。正直言ってそんなに趣味じゃないから愛着もわかないし、せいぜい壊れるまで使い潰すとしようか。

 

 「それにしても、1日の内に2台も乗り継ぐなんて珍しいな。」

 「壊すと面倒やで。」

 

 そういえば最初に乗っていた、遊馬の家にあった車はいつ買った物だったんだろうか。ローンは?保険は?

 

 「到着っ、と。」

 「カギ開けてくるわ。」

 「頼む。」

 

 などと、くだらないことを考えているうちにつつがなく遊馬の自宅へと戻ってきた。昨日破壊した車庫もそのままだ。

 

 「・・・やっぱ外になんか出るもんじゃないな。」

 

 車のエンジンを切り、周囲を軽く見回すと一人ごちる。だがこれからは嫌でも引きこもり生活になりそうで胸が高鳴ってくる気分だ。

 

 「遊馬ー!家の中無事やで!」

 「わかったー、今行くー!」

 

 それに、これからはしばらくは1人でもない。凛世と一つ屋根の下・・・特にドキドキしたりはしない。

 

 「なんか言うた?」

 「なんにも。」

 「助兵衛。」

 「なんも考えてないっての。」



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第248話

 「はい、ASMチャンネル配信はじめるよ!まずこちらの動画を見ていただきたい。」

 

 部屋に戻って、さっそく遊馬は配信を始めた。

 

 《生きとったかワレー!》

 《リンちゃんprpr》

 《新しいゲーム配信の告知?》

 《料理動画かな》

 

 「ちょっとショッキングなところも混じってるけどノーカットでいかせてもらう。昨日と今日に撮影されたものだ。」

 

 《新作映画の盗撮?》

 

 「違う。」

 

 クリーチャーとの遭遇や、怪獣とのカーチェイスなど、見ようによってはPOV方式、主観視点の映画にも見えただろう。遊馬も自分がいつ撮ったのかと言われるとカメラを回しっ放しにしていただけなのだが、それにしたってよく撮れていた。

 

 「これは昨日、東新高速、通称ルート87の近辺で撮影されたものです。」

 

 《うせやろ》

 《嘘だ、僕を騙そうとしている・・・!》

 《嘘を言うなッ!》

 

 「マジなんだよ。それだけじゃなくて、ここらへん一帯も同じような霧に覆われてる。見てよこれ。」

 

 Webカメラを一旦取り外して、窓の外の様子を映して見せる。このせいで家の場所も特定されそうだが、今は気にしない。

 

 《うわすごい霧》

 《驚きの白さ》

 《お前んちの天井低くね?》

 

 その間にも凛世にも気象情報を調べてもらっていたが、やはりここいら周辺だけの気象現象らしい。日本中のほかの地域から見ているリスナーからはやはり異常に見えているようだ。

 

 「で、この霧の中にはこんな怪物がいた。」

 

 ここで目を覆いたくなるような、怪物に襲われた者の成れの果てが映る。ショッキングな映像としてアカウントが凍結されるかもしれないが、そんなこと言ってられない。

 

 「後でこの動画だけでもアップするけど、この危機を拡散してほしい。あとやつらは水に弱いから水を常備しておいて。」

 

 と、単純な注意喚起のつもりだったのだが、妙な形で受け止められてしまったらしい。

 

 《おっしゃ水と食料買い占めしてくる》

 《笹食ってる場合じゃねえ!!》

 

 「これ不要な恐怖や買い占めを煽ったりしてへん?」

 「うーん、そんなつもりはなかったんだけど。」

 

 しまった、と遊馬は思った。けど他に方法もないし、事実として危機が迫っているのだ。何の力も持たない遊馬に出来ることといえばこれぐらいしかない。

 

 少なくとも、脅威の存在をあらかじめ発信することはできたという点では目的は達成された。だがここでもう一歩何かがしたい。

 

 「SNSとかの情報はどう?」

 「ニュースで関東の一部に濃霧注意報が出てるで。」

 「注意どころか警報なんだけどなぁ。」

 

 ちょこちょこと凛世がそばで情報を集めていてくれている。

 

 「え、どう?関東以外の他の地域でも霧って出てる?」

 

 《ウチの近くはないよ》

 《ない》

 《東北だけど出てない》

 

 気象庁のホームページに行けば、もっと詳細な濃霧注意報のレーダー画像が得られた。どうやら今のところ関東近郊のほんの一部分だけにとどまっているらしい。

 

 「霧が山を越えられずに盆地にとどまっていくんやったら、このままやと関東平野の方に広がっていくんとちゃう?」

 「首都圏がにまで怪物が現れたら大変だぞ。」

 

 《リンちゃんあたまいい》

 《ヤバい》

 《ちょっと風呂貯めてくる》

 

 にわかに危機感が湧いてきた。ここからは体だけでなく頭を使う時間だ。



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第249話

 さて、ひと段落はついたが次に考えることは何か。配信は続けながら頭を捻る。

 

 「なんか、アイデアがあったら頂戴。」

 

 三人寄れば文殊の知恵ともいう、素直にリスナーのみんなにも知恵を借りる。

 

 《こっちのチャンネルでも同じような配信してるよ→httq…》

 《こっちでも情報拡散してもらったら?》

 

 なるほど。まあこんな稀な状況あったら配信のネタにするわな。

 

 「呟イッターで写真上げてる人もおるで。」

 「じゃあ、そっちでも動画の拡散をお願いしてみて。」

 「おっけー。」

 

 では遊馬の方も行動しよう。他の配信者にコンタクトをとり、動画を拡散してもらう。

 

 「この動画を拡散してほしい・・・っと。」

 

 まあこれでいいだろう。遊馬一人の通報では消防も警察も動いてはくれないだろう。本格的に人や社会を動かしたければ、まずはこうした草の根活動が必要になる。

 

 《そんな大量に人間が消えてるなら動いてくれてもいいと思うけど》

 《そうでなくてもこんな異常事態なら勝手に動いてくれてそう》

 

 「正確に状況を把握してないと犠牲者が増えるだけだから・・・。」

 

 濃霧はともかく、霧の中に怪物がいるなんて話をしたところで信じてくれるはずもなし。そんな与太話を信じてくれたらその職員さんは仕事を辞めるべきだろうし。

 

 まあ、信じてもらえなくても一応通報はしておこう。それをするともれなく遊馬も車両窃盗の罪で捕まりそうだが、ここは緊急避難というやつで。

 

 「ま、考えるのはほどほどにして晩御飯たべようや、ちょうど『二人分』あるで?」

 「『二人前』ではないのか。」

 

 先ほど須藤のお母さんに貰ったお弁当を凛世が持ってくる。けっこうな量だなと思っていたが、どうやら最初から二人分用意していたようだ。

 

 腹が減っては戦は出来ぬ、色々やっていたらきゅうとお腹が鳴った。配信画面は開きっぱなしにしてコメントの反応を窺いつつ、休憩を取ろう。

 

 「ほい、遊馬の分。」 

 「うん・・・なんかニンジン多くない?」

 「気のせいやろ。」

 「凛世の方はニンジン入ってないように見えるんだが。」

 「気のせいやで。」

 

 こいつ・・・と思いつつ箸をつける。電子レンジで温められ、湯気が立っており非常においしそうだった。

 

 「でも、水に弱いんやったら雨が降っただけで全滅するんとちゃうん?」

 

 《たし蟹》

 

 「水で溶ける、っていうより霧になるって感じなんだよな。あ、そうそうリスナーで『フォッグ』って映画知ってる人いるかな?あの映画に近いみたいなんだよ。」

 

 《あー、あの映画の怪物なんだ》

 《あいつら霧から生まれるからな》

 

 水に溶けて霧に代わるだけなら、雨が止んだらまた霧から出てくるということ。

 

 「じゃあ、通報しただけじゃ根本的な解決にはならないか・・・。」

 「『フォッグ』の霧が出てくる原因を知らんのやけど?」

 

 《劇中で特に理由は説明はされてないんだよね》

 《軍の実験とか、隕石が降ってきたとか、色々憶測は飛び交うんだけどね》

 

 「ふーん・・・。」

 

 となると、半抜きバグで次元の裂け目が発生したという説もありえるわけか。ますます自分たちが原因じゃないかと頭が痛くなる。



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第250話

 「遊馬、お茶。」

 「ん、サンキュー。」

 「淹れて。」

 「はいはい。」

 

 たっぷり30分は休憩をとったところでPCモニターの前にまで帰ってきた。さて、コメントや動画の依頼はどうなっているだろうか。

 

 「ふーん・・・けんもほろろ。」

 「なに?」

 「誰も乗ってくれてない。」

 

 遊馬や凛世の動画を拡散してほしいという願いは、辛らつな言葉と共ににべもなく断られてしまっていた。

 

 「まああんまり期待してなかったけど、ここまでとは・・・。」

 「どうするん?」

 「しょうがない、まずは料理チャンネルの方でも動画を上げよう。」

 

 ならばアプローチを変えてみよう。他に同じような動画を上げている人がいないか探してみよう。

 

 《霧の中で配信中のやつがいた→httq・・・》

 

 「おっ、こっちもおったで。」

 「なんで自分から危険の中に入っていく!」

 

 台風の真っ只中にアーティストの真似をするのよりも危険だ。そこまでして視聴率が欲しいのか。

 

 『えー、まもなく秩父ですが、霧は濃くなるばかりです。』

 

 スマホ片手に動画を撮影しながら放送している配信者がいた。

 

 《道路封鎖を隠れて通り抜けたらしい》

 

 「あー、山の方は立ち入り禁止らしいで今。ニュースでやってた。」

 「死亡フラグビンビンじゃないか。」

 

 たとえ何の異常もないただの濃霧だったとしても、警察の封鎖を乗り越えて山を登るのは普通に遭難する。実際遊馬も凛世も遭難して途方に暮れていたし。

 

 放送ページを見ると、視聴者数は3万人を越えている。それまで全く無名だった配信者が一躍有名になれるチャンスとあれば、ホイホイと危険の中にも入っていくのだろう。

 

 「どうする?止める?」

 「とりあえずコメントするか・・・。」

 

 さきほどまでこの霧の中を歩いていたこと、霧の中に怪物がいること、その他をつらつらとコメント欄に書き綴る。

 

 《売名乙》

 《怪物とかワロスwww》

 《気にせず行っちゃえ行っちゃえ》

 

 「ダメみたいですね。」

 「ダメみたい。」

 

 遊馬の警告にも聞く耳持たずで、コメントは配信者を煽る。自分たちはパソコンの前でキーボードを叩くだけなのだから、気楽に無茶ぶりだってしてくれる。

 

 多分、この配信者も引くに引けぬところまで来てしまったのだろう。自業自得とはいえ同情する。

 

 『今なにか・・・うわぁあああああああああ!!!』

 

 突然、配信者の絶叫と共に画面が真っ白になった。その端に映る触手のようなものと低いうなり声。やがて人の叫び声も聞こえなくなり、うなり声も遠ざかっていくのだけが聞こえた。

 

 「どうやら怪物に襲われたらしい。」

 「うわぁ・・・。」

 

 その瞬間、コメント欄も騒然となった。やれさっきの警告の通りにしていればと言うものあり、自分たちが追い立てた責任を転嫁して自分を擁護するものあり、阿鼻叫喚の大荒れであった。

 

 「この状態でURLを貼っても一瞬で流れていきそうだな。」

 「ふえぇ・・・遊馬ぁ・・・。」

 「なに、今更ショッキングだった?」

 「うん・・・。」

 「風呂でも入ってサッパリしてきな。」

 

 《リンちゃん大丈夫?》

 《代わりに動画URL貼っとこうか?》

 

 「頼んだ。」

 

 食べた弁当がリバースしそうな凛世を休ませると、遊馬も目頭を押さえる。目が非常に凝っている。

 

 《あすまも休んだら?》

 《そろそろ3時間だよ》

 《リンちゃんの入浴シーン配信はよ》

 

 もう時間は夕暮れだ。外も暗くなってきたし、本格的に休んだ方が身のためだろうと遊馬も配信を停止した。



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第251話

 「ニュースはどうなってるかな。」

 

 風呂に湯を溜めながら、遊馬はテレビをつけた。霧の中でもちゃんとテレビの電波は届いているらしい。

 

 『・・・続いて、気象情報と警戒情報です。』

 

 しばらくスポーツ情報や芸能ニュースなどが流れたのち、ようやくほしい情報がやってきた。それだけで特別焦ったりひっ迫しているような様子もないとわかる。

 

 『終わりに、週間天気予報です。』

 

 「おいおい、これだけかい?」

 

 まるで肩透かしをくらってしまった。食い入るようにテレビにかじりついていたが、結局ろくな情報が入ってこなかった。

 

 まもなく7時のゴールデンタイムに入り、バラエティ番組が始まった。何人か見たことのないお笑い芸人がひな壇に登っているが知らん知らん。それよりもウェザーリポートだ。

 

 「おいおい、こういう時の国営放送だろう?」

 

 しかしどのチャンネルも無関係だと言わんばかりに濃霧警報のことを報道していない。これならネットの『生』の情報の方が信頼できる。

 

 (今にひどいことが起きるって言うのに、どいつもこいつも!)

 

 諦めてニュースに合わせたままリモコンを置くと、冷蔵庫から飲み物を探す。残り少ないペットボトルのジュースをラッパ飲みして一息つく弁当を食べた後がカランとテーブルの上には転がっている。

 

 「遊馬ーお風呂入ったで?」

 「あー、そうか。じゃあ入っといで。」

 「覗くなよ?」

 「覗かない覗かない。まだもうちょっと情報を集めてみる。」

 

 諦めず、今度はスマホから情報が得られないか試みる。

 

 「そのことなんやけどな。」

 「ん?」

 「今はちょっと離れて休まへん?お風呂も先に入って。」

 「いいよ、レディファーストで。」

 「せやのーて、休みが必要なんは遊馬の方やで。」

 

 そう言われて、自分が結構疲れていることに気が付いた。昨日の晩はよく眠れなかったし、ずっと緊張しっぱなしだった。

 

 「ほらほら、湯船にでもゆっくり浸かってたら疲れも取れるって!」

 「わかった、わかった。」

 「ここはウチが片付けとくし、ゆっくりな!」

 

 凛世に背中を押されて風呂場へ足を向ける。洗面所の鏡に映った遊馬の目元にはクマが出来ていた。クマを取るには血行を良くするのが効くというし、やはり風呂には入るべきだったのだろう。

 

 服を脱ぐと、肩の穴が目に入った。ああ、そういえばこんな問題もあるんだったと現実と向き合わさせられる。幸いなことに先に見た時よりも大きくなっているようには見えない。設定では霧に触れていると穴が拡がっていくはずだったが・・・屋内では平気なのか。

 

 あーいかん、今は安息の時。そうだどうせならと入浴剤を探す。リラックスできるいい香りのやつが何かなかったと洗面台の下をパンツ一丁のまま探る。

 

 「遊馬ー?うわっ、まだ入っとらんかったん。」

 「もう入る。ラベンダーしかなかった。」

 

 錠剤を湯船に放り込むと、紫の色と香りが広がる。

 

 「さて・・・。」

 「はいはい、入った入った。」

 「おう、って凛世まで入ってくるなよ。」

 「ええからええから!」

 「せめてパンツだけ脱がせろ!」



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第252話

 一糸まとわぬ生まれたままの姿、というやつだ。遊馬はそうなっているし、凛世はタオルを体に巻いている。

 

 「湯船にタオルを浸けるのはマナー違反だぞ?」

 「ウチは水着来てるから別にええで。」

 「ならこっちも海パン穿かせろ。」

 

 と言ったものの自分は水着なんて持っていたかと遊馬はふと思い出した。少なくとも中学から水泳の授業が無かった陰キャで引きこもりの遊馬は買った覚えがない。この世界ではどうだったのかは知らないが。

 

 「ホラホラ背中流すから座った座った。」

 「なんでそんなにノリノリなんだよ。」

 「ウチ流しっこ好きやもん。子供のころからよくオトンの背中流しとったし。」

 「ふーん。さすがに今は一緒に入ってないよね?」

 「しとらんしとらん。久しぶりやで。」

 

 タオルを石鹸で泡立てると、ゴシゴシと遊馬の背中を洗い始めた。

 

 「遊馬結構背中綺麗やな。出来物もないし。」

 「そう?人の背中なんか普段見ないからわからん。」

 「・・・。」

 「何書いてる?」

 「当ててみ。」

 

 凛世が背中に何かの文字を書いている。当ててみろというが、かなり:複雑な漢字のようで予測がつかない。

 

 「わかった?」

 「わからん。」

 「なら鏡見てみ。」

 「どれどれ・・・・『純情』ってなんだこりゃ。」

 

 振り返って鏡を見ると、特攻服の刺繍のようにデカデカと背中に落書きされていた。

 

 「よぉ似合ってるで。」

 「はあ・・・あとは自分で洗えるから凛世は湯船に浸かってな。」

 「ウチのことは流してくれへんの?」

 「子供かい、ったく。」

 

 お互いに流しあってこその流しっこということか。そういえば、風呂場で他人の体を触るというのも遊馬には経験がなかった。子供のころからずっと1人で入っていたし。

 

 「やさしゅうしてな・・・?」

 「まかせろー。」

 「あだだだだ!痛いって!」

 「ごめん、ついいつもの調子で。」

 「これ、乙女の柔肌やねんで?」

 「男と同じ風呂に入る乙女がいるか。」

 

 ザバーッと頭から湯をかけてあしらう。

 

 「それで遊馬、今日はその・・・せえへんの?」

 「配信?」

 「ちゃう。」

 「ゲーム?」

 「ちゃう!んもー、一緒のお風呂入ってる時点で『OK』やって思ってーさ・・・言うのも恥ずかしいやん。」

 「あー、ゴメン。理解した。別に今日はしない。」

 「なんで!いつもやったら飛びつくのに!」

 「どんだけ飢えてたんだ前の僕。」

 

 やることはやってる関係だとは聞いていたけど、正直なところ凛世の事をそういう目で見れない。

 

 (もっとすごい『兵器(シェリル)』も見てるしなー・・・)

 

 口が裂けても他の女の話などできない。

 

 「なんなん?!遊馬って釣った魚にはエサやらんタイプやったん?!」

 「なんだそれ。というか、僕が以前の僕とは違う存在だって忘れてない?」

 「うっ、そう言われたらそうやけど・・・正直、今の遊馬の方が好きやし。ハッキリ言ってくれるし、頼もしいし・・・。」

 

 じゃあなんで付き合ってたんだと問いたくなるが、よそう。自分と自分自身とを比べるなんてバカバカしい。

 

 「あっ、別にウチが寂しいとかそういうわけではないんやで?ただ、今の遊馬すごい焦ってるから、見てられへんで。」

 「そう?」

 「そやで。大体こんな状況、遊馬1人でどうにかできるわけあらへんやん。」

 「それも、ゲームPODさえあれば・・・。」

 「よしんば出来たとしても、遊馬がやることやないやん。映画でだって、軍隊が動いて解決するんやろ?」

 「うん。」

 「なら、遊馬が動かんでも一緒やん。」

 

 それは・・・たしかにそうなのだが。

 

 「けど、今の状況が僕らのせいだとしたら・・・。」

 「それかって、ホンマにそうなん?遊馬たちが何かしたせいでこうなってるって保証あんの?」 

 「それは・・・。」

 

 ほぼ間違いない、のだがそう言われると段々自信が消えてくる。だんだんと頭が冷めてくるような感覚を覚えた。

 

 「へっくし!その前に体が冷えるわ。」

 「ほらほら、湯船入って落ち着こ。」

 「わかったわかった。」

 

 2人分の質量の分だけ、湯があふれ出す。

 

 「あー・・・なんか、あったかい。」

 「ウチお風呂大好き。」

 「温泉にでも浸かりに行きたいけど、こんな状況だしなー。」

 「ええなー温泉。温泉でも流しっこしたいわ。」

 「混浴とか?」

 「ううん、露天風呂付の部屋借りて。」

 「高いわ。」

 「なんでー、チャンネルで儲けとるんやろ?」

 「たかる気か。」

 「料理チャンネルは2人でやっとるんやから、2人のお金やろ?」

 「このやろう。」

 「きゃんっ。」

 

 とりとめのない話を続けていくうちに、遊馬はすっかり憑き物が落ちたようになった。



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第253話

 それから2日経って、3日経った。

 

 『濃霧は関東全域にまで広がっており、〇〇線、××線の運転が見合わせられております・・・。』

 

 『決して一人では出歩かず、水を常備することを忘れないでください。』

 

 世間は大きく変わっていた。ようやく世間もこの危機的状況に気付いたようだった。しかし気づいた時にはすでに遅し、あちこちで怪物に襲われたという話を頻繁に耳にするようになった。

 

 

 『こちらのスーパーでは食料品、日用品がご覧の通りに何も残っておらず、再入荷も未定だということです・・・。』

 

 『こちらの体育館では自衛隊による支援が行われており・・・。」

 

 

 テレビに映る自衛隊員や、並んでランプを光らせる消防車両が物々しい雰囲気を醸し出している。自衛隊員の携えているものがファンシーなカラーリングをした水鉄砲だということに目をつぶれば。

 

 「遊馬ー、またマスコミが来とるで?」

 「マスコミはお断りだっての。」

 

 そして遊馬の周りでも変化が起きていた。おそらく世界で初めて霧の真実を映した動画は、既に世界中で1億再生されており今や日本でその存在を知らない人はいないともいえるぐらいだった。

 

 そしてその動画を上げた当人である遊馬の家にも、さらなるスクープを求めて連日マスコミが来ている。『マスコミお断り』の張り紙をしているが、意味がないようだ。もっとも、霧の危険性を認知しているためか屋外で長居はしないのが救いだが。

 

 やはり、顔出し配信で身バレしたのがよくなかったか。これが本当の身から出た錆というやつだ。何か発信したければ、曲解もカットもせずにありのままでネットに上げるし、マスコミに頼る必要性が微塵もない。よって玄関前にいる連中は邪魔者でしかない。

 

 「顔を出すなよ凛世。どうせすぐにいなくなる。」

 「うん、でも今ちょうど食料調達に行こうかなって思ってたところやったし・・・。」

 「面倒なタイミングで来やがったな。」

 

 遊馬は内心で舌打ちした。今日のこの時間、自衛隊による食料配給の支援があったというのに。それを見越して家の前に集まってきたのならよくもやってくれたなというところだ。

 

 缶詰やインスタントなど保存食はまだあるが、次の配給がいつになるかわからない以上、機会は逃したくない。さりとて玄関から出てマスコミに絡まれたくもない。

 

 「しょうがない、僕一人で行ってくる。」

 「大丈夫なん?」

 「窓から出るし。カギはしっかり閉めておいて。」

 

 目深のフードを被り、凛世に見送られながらこっそりと裏の窓から外に出る。レッドパーカーことトビーの事を思い出す。彼のように身軽とはいかず、塀の上からもたもたと降りる。

 

 「戻ってくるころにはいなくなってるかな。」

 

 ここから駅前まで歩いても2、30分とかからない。サッと行ってサッと帰ってこよう。



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第254話

 さて途中怪物に出くわすこともなく、市民体育館で行われている配給所までやってきた。すでに多くの市民たちが列をなしており、遊馬もその最後尾に並ぶ。

 

 「1人につき一人分か・・・。」

 

 まあ当然か。さすがにスーパーのように2回並ぶ気にはならないので、大人しく今日のところは一人分だけ貰って帰ろう。

 

 キョロキョロと辺りを見回してみると、目に入ってくるのは赤くて大きな車両。大きな放水銃のついた消防車だ。並んでいる時間の間にスマホでその放水銃について調べてみる。

 

 「ふーん、結構色々種類があるんだな。」

 

 最大放水射程はおよそ40mあるという。怪物は水を被ればあっという間に溶けていくので、単純に一台だけでここにいる民衆全員を守れると思っていいだろう。敵が一体だけだという前提だが。

 

 霧で見通しが悪い中でも、あちこちで投光器を構えた消防や警察官が目を光らせている。非常に神経質そうにピリピリとしているようだ。

 

 他にも前時代的な松明が焚かれており、ひんやりとした空気を温めている。霧という性質上、炎も霧を晴らすのに有効な手段として働いているらしい。

 

 「次どうぞ。」

 「ありがとうございます・・・2人分は、もらえないですよね?」

 「ダメなんです。」

 「ですよね、ありがとう。」

 

 つつがなく配給を受け取ることが出来た。ペットボトルに入った飲料水に乾パンの缶詰などの食料、懐中電灯用の電池、ロウソク。1人だけなら2、3日分くらいはあるのかもしれない。

 

 (半分に分けるなら1日分だけど。)

 

 それらをまとめた袋の中身を確認すると、いそいそと背負ってきたリュックサックの中に押し込む。

 

 食料はともかく、水や明かりについては今のところ問題もないし、そこまで逼迫しているわけでもない・・・スーパーやコンビニから食料品が消えているという事態が現に起こっている以上、そうでもないか。が、ともかくライフラインは生きていることもあってか、大きな騒ぎなどは今のところ耳にしていない。

 

 「ここで街の皆さんにインタビューしてみたいと思います。ちょっとすいません。」

 「あっ、すいません。急いでいるので。」

 

 おっと、街角インタビューのエントリーだ、捕まったら時間を取られる。しかし遊馬これを完全にスルー。インタビュアーも遊馬のすぐ後ろにいた人に声をかける。

 

 そういえば、テレビ局のカメラマンやレポーターを操作するゲームもあったな。あれも霧がテーマの一つだったな・・・クソゲーというか微妙ゲーだったけど。

 

 (帰ったら何かゲームでもしようか。)

 

 帰り道、時々向こうからやってくる影に気を張りつめ、それが人間だとわかると胸を撫でおろしながら、遊馬はこれからをのんきに夢想する。



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第255話

 「マスコミはもういないか・・・。」

 

 そうして同じ道を辿って、家にまで戻ってくる。玄関前にいた人だかりはいなくなっており、大手を振るって正面から入ることが出来る。

 

 「凛世ー?ただいま。」

 

 玄関の鍵を開けて家の中に呼びかけると、しばらくして凛世がやってくる。

 

 「遊馬おかえり。あー怖かった。」

 「なんかあったの?」

 「さっきのマスコミがしつっこくってさ。ずーっとそこにおったんやもん。」

 「もう帰ったよ。」

 

 遊馬は玄関を閉めて鍵もチェックする。さすがに家の中にまで入ってこないとは思うが、すぐにこの玄関をこじ開けて不法侵入してくるような気がしてならない。

 

 パーカーのフードをとって、やっと素顔の遊馬に戻ってこられた。リュックを凛世に預け、腰かけて一息つく。

 

 「生き辛い世の中になったもんだな。」

 「ほんまやな。やっぱりウチ来る?」

 「凛世の家に迷惑かけられないよ。それより凛世の方こそ帰る気は、ないんだろうね。」

 「ないで。」

 

 電池を棚に仕舞い、食料をテーブルに並べながら凛世はあっけらかんと答えた。

 

 「それより、今日はどうすんの?」

 「何かゲームをして楽しもうかなと。」

 「ええやん、なにすんの?」

 

 危機感が薄いと言われるだろうが、小市民の遊馬に他に出来ることもなし。せめて今を楽しもうというわけだ。

 

 「どうせ後は自衛隊なり米軍なりが解決してくれるだろうし。それまでじっと待とう。」

 

 それは同時に半ば諦めの境地でもある。事件の初動で動画を上げたり配信したこと以外に遊馬は行動を起こしていない。結局のところ、それがどれほど社会に影響を与えたのかも定かではない。つまり、遊馬には世界を変えることはできなかった。

 

 遊馬としては会心の一発だと思って放った矢は、誰の心に刺さることもせずに地に落ちて、蟲が湧いた。

 

 「大作タクティクスRPGで、今日は夜遅くまで遊ぶぞ!」

 「おー!でも配信するん?」

 「配信なぁ、こんな時だし。」

 「こんな時こそ楽しんでやろうや。」

 「そうだな。」

 

 遊馬としてはじっくり孤独に楽しむつもりだったが、やはりみんなでワイワイ楽しんでこそのゲーム。特にRPGとなると、横から茶々を入れながら見ているだけでも楽しいものだ。

 

 「じゃあ、凛世がプレイして。僕は横から見てるから。」

 「え、なんで?」

 「ゲーム初心者な凛世の方が面白いプレイをしそうだから。わからなくなったら教えるから。」

 「んー・・・わかった!」

 

 世界を変えることが出来なかったのなら、せめて凛世のために行動したい。



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第256話

 「チャンネルASM!配信始まるよ!」

 「はじまるでー。」

 

 《こんちゃー》

 《わくおつー》

 《昼間っから配信か》

 

 「こっちは昼も夜もないような状態だし。」

 

 一応夏休みシーズンとはいえ、平日の昼でも結構な人数が配信直後に視聴しに来てくれた。

 

 《なにか新しいスクープ?》

 

 「残念ながらあれから一歩も家から出てないのでスクープは無し。なのでそのへん期待してた人たちは今のうちにトイレ、行ってこい。」

 

 《クソが》

 《いまさらビビリか》

 《へなちょこチキン》

 

 「ちょっと大人しくなるまで放置しておこうか。」

 「せやね。」

 

 この3日間でチャンネル登録者数も爆増していたが、案の定というかそれらの目当ては新たなスクープを求めてのことだった。期待に沿えなくて申し訳ないから、さっさといなくなってもらうのを待つ。

 

 「ちなみに近況としては、マスコミが連日家の前まで来てインタビューを敢行しようとしてるけど、迷惑なだけだからやめてね。」

 

 《大変だね》

 《リンちゃんに会いたいな》

 

 「ウチここにおるで。」

 「そう、今日はリンにゲーム実況をしてもらうよ!」

 

 《マジ?》

 《ゲーム初心者やろ?》

 

 「ところでなにやるん?」

 「ふふふ、長く楽しめるRPGとは決めていたからな、今日やるのは『ビッグファーザー』だ!」

 

 《おおおおおおおおおおおおおお》

 《神ゲーキター!》

 

 『ビッグファーザー』、それはマフィアの抗争をモチーフとしながら、超能力や宇宙人などSF要素を前面に押し出した『すこしおかしな世界』を冒険する若者と少女の心のドラマである。

 

 「なんか盛りすぎやない?」

 「ちょうど当時、ダークな作風の映画やゲームが流行ってたそうなんだけど、そういう救いのない作品へのアンチテーゼ的な意味合いもあるそうだよ。」

 「『フォッグ』がやってたのもこのころかな?」

 

 そういえばそうだな。特に意識したわけではなかったけれど。

 

 《難易度はそこそこだけど、救済措置もけっこう多いんだよねビッファ》

 《ビッファ隠し要素も結構多いけど、リンちゃんは何個見つけられるかな》

 

 「おお、なんか専用の呼び名もあんねんな・・・。」

 「これ一本を語るだけで夜が明けそうなぐらいなんだよ、ホント。」

 「それをこれから夜通しやるん?」

 「今日は寝かせないぞ?」

 「いやん。」

 

 《オイオーイ》

 《まだ昼間だぜ》

 《ヒュー!》

 

 なお、ビッファことビッグファーザーはCERO:A、全年齢向けなのでいかがわしいシーンや暴力的な表現はありません。そういう観点から見ても暗い作品へのアンチテーゼということなのだろう。



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第257話

 「ではリン、このカセットをセットするんだ。」

 「オッケー・・・どこに?」

 「一番上に差せばオッケー。」

 「ここね。」

 

 手元のコントローラーのケーブルの繋がっている先、うずたかく積まれたゲーム機『トロフィー』にビッグファーザーのカセットを凛世が差す。

 

 「これなんでこんなデカいん?」

 「これ一機であらゆるハードのゲームが出来るなら安いもんだと思うよ。配線繋ぎなおす必要ないし。」

 

 オタクに『必要最低限』って言葉はない。あればあるほど必要になるし、部屋のスペースをどんどん占領していくのだ。

 

 たしかこの『トロフィー』は遊馬が物心つく前から置いてあったような気がする。実際生まれて初めてプレイしたゲームもこれを使ってたし。すごくかさばるという点に目をつぶれば、20年以上現役なのだと考えると費用対効果はすごいだろう。

 

 「ま、それはさておき電源を入れるのだ。声高らかに。」

 「なんかセリフがあった方がええん?」

 「まあ、配信だし。」

 「そう?じゃあ、えっと・・・リンちゃんすいっち、おん!」

 

 《かわいい》

 《すでにかわいい》

 

 カチッという耳に心地よい音がすると、すぐに画面に製作会社のアイコンが表示される。

 

 「最初の『IPPENDO』はわかるけど、他の会社は見たことないアイコンやな。」

 「全部社名を変えて『イッペンドー』の傘下に入ってるよ。」

 「へー。」

 

 『イッペンドー』は関西に本社を置く日本の大手ゲーム会社だ。ゲームに疎い凛世でも知っているぐらい有名と言えば、その影響力の強さがわかるだろう。老若男女問わずとっつきやすいゲームデザインの傾向から、とりあえず『いっぺんどう?』とオススメしやすいゲームが多い。

 

 「ふーん。」

 「興味なさそうだね。」 

 「ない。とりあえずいっぺんやってみればええんやろ?」

 「それでいい、ゲームの楽しみ方は人それぞれで・・・。」

 「ちょっと黙ってて。」

 「はい。」

 

 すっと凛世の目が細く・・・といっても顔を隠すためのお面を被ったままだが、とにかく真剣なまなざしを画面に向けた。

 

 「というか、そのお面まだしてるの?」

 「顔バレしたないし。」

 「あの動画でもう顔映ってたから意味ないと思うんだけど。」

 

 《顔出さなきゃ顔出し配信の意味なくない?》

 《みたーいーみたーいーリンちゃんのご尊顔みたーいー》

 

 まあ、無理強いはよくない。顔を隠しておきたいというのもわかる。けど本当に凛世の顔は世界中に拡散されている。

 

 「まだワンチャン ウチとは別人やって思われる可能性もあるやろ?!」

 「もう語るに落ちてるよ。」

 

 自分で白状してしまっているのに気付いているのかいないのか、とにかく凛世はお面を外さない。



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第258話

 「まずは名前だな。」

 「元の名前でいっか。」

 「まてーい、ちょっとは考えない?」

 「別に名前で何か変わるわけでもないやろ?」

 「まあそうだけど、せっかく見てもらうんだから変わった名前つけるとかない?」

 「じゃあ・・・ポチとか?」 

 「犬か。犬は別にいるからそれにつけてくれればよろし。」

 

 《まあまあ、リンちゃんのプレイだし、別に自由でよくない?》

 《リンちゃんのプレイ・・・ゴクリ》

 

 言われてみればそれもそうか。ある程度は凛世に自由にやらせても構わない。

 

 「じゃあ名前はデフォルトでいく?」 

 「うーん、でも遊馬が言うんやったらなんか名前つけてもええかな・・・。」

 「時間かかりそうだな。」

 

 この時代のゲームでは名前を変えられるぐらいしかなかったが、最近ここ10数年のゲームならばプレイヤーキャラクターの見た目や職業まで選べるから、時間がかかってしょうがない。

 

 「じゃあ主人公は『リン』でヒロインが『アスマ』で。」

 「そこは逆じゃないのか。」

 「プレイヤーはウチやし。」

 

 《悲報:ASMさん去勢される》

 《女の子になっちゃ~う!》

 

 なにはともあれゲームは始まった。物々しい字幕と共に、プロローグが開始する。

 

 『来たる世紀末、199X年。』

 

 かつて告げられた予言の通りに、宇宙から恐怖の大王がやってきた。その正体は、地球を新たな密造酒の製造所にしようとするスペースギャングの企みだった。

 

 「やることちっちゃない?」

 「宇宙規模で見ればね。けど地球人の目線で言えば紛れもない侵略なんだよ。」

 「あっ、アスマがさらわれた。」

 「なんか変な気分。」

 

 その宇宙的出会いは、少年を戦士に変えてしまうほどのものだった。戦士が宇宙ギャングに入るところから、この物語は始まる。

 

 「もう10年後くらいかな。」

 「そうだね。10年経っても世紀末なんだけど。」

 

 《さあなんのジョブから取るかな》

 

 プロローグを終えてすぐ、主人公の家から始まる。まずは情報収集、NPCとの会話が始まりと相場が決まっているところだ。

 

 「外出てみよ。」

 

 《まさかのスルー》

 《武器貰ってないやん》

 

 「え、武器あったん?」

 「割と目立つところに置いてあったんだけどなぁ。」

 

 ああ、このゲームに馴れていない感触、新鮮だ。このビッグファーザーは遊馬も何週もプレイしたものだが、それでも最初の武器をとることを忘れたことは無い。

 

 「あ、このバット?」

 

 《よかった、気づいた》

 

 リンは『ボロのバット』を手に入れた。プロローグでは『新品のバット』だったものだ。こういうところから情緒を感じさせられる。

 

 「包丁とかの方がよくない?」

 「全年齢向けゲームで包丁はちょっと。」

 「バットはOKで包丁があかん理由がわからんのやけど。」

 

 そこにツッコむとは。やはり凛世にやらせて正解だったかもしれない。



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第259話

 「で、今日は何時までやるん?」

 「無論、クリアするまで。」

 「マジ?」 

 

 隅から隅まで探索するならかなり時間がかかるが、凛世のキャラから察するに主要なイベント以外はスルーしそうだ。順当にいけば日付が変わる前には終わりそうだが。

 

 「そんな詰めても楽しめへんやろ?」

 「まあね。コメントも見ながらのんびり楽しんでいこう。」

 

 《ちょっくら酒持ってくる》

 《メシくいながらみてる》

 《今のうちにフロってくる》

 

 「あー、いいなー。ウチもなんかお酒飲みたい。」

 「チューハイならあるけど。」

 「それでええわ。持ってきて。」

 「はいはい。」

 

 冷蔵庫に入っていたチューハイと、おつまみに焼き鳥の缶詰を持ってくる。缶詰と言えば、配給の食料品の中にはビタミンのある缶詰があまり入っていなかった。陸の上にいるのに壊血病にならなければいいが。

 

 「はい、お待たせ。」

 「遊馬ー、ここどうすりゃええん?」

 「はいはい、そこはね・・・。」

 

 最初はあまり乗り気ではなかった凛世も、アルコールが入ったせいか数時間もしないうちにすっかり出来上がってしまう。

 

 「おらアスマーwwwしっかり壁役せんかーwww」

 「女の子やぞ。」

 「男女平等ですーwww」

 

 大人というよりはむしろ小学生のようなことを言い出した。というかあれだけ顔出しを忌避していたのに『チャースの仮面』も外してしまっている。

 

 《残 念 な 美 人》 

 《ASMそこかわ・・・やっぱいいわ》

 《お前の嫁だぞ、なんとかしろ》

 

 遊馬も自分の酒癖の悪さを自覚している故、今夜はほどほどにしている。相方が熱くなりすぎると、逆に自分は冷めてくるというやつだろうか。色々と心労が溜まっていたのだろうと暖かい目で見てやるが、さすがにこれ以上は・・・と止めに入る。

 

 「酔い覚ましにお茶でも飲ませようか。」

 「みそ汁もええでwww塩分あるからwww」

 「今から作れと?まあいい。それよりそろそろ晩御飯にしようか。」

 

 《晩飯も食わずに晩酌とな?!》

 《食ってらー》

 

 肝心のゲームの方はというと、序盤も序盤の最初のダンジョンに入ろうというところだ。ゲームはまだ普通のRPGを装っており、もう少しすれば面白くなってくるところなので、ここいらで酔いを醒まさせてやった方がいいかもしれない。

 

 「じゃ、一旦ここで放送切るね。」

 「ばいばーいwww」

 

 と、配信終了ボタンを押した。放送室だった部屋からネットが遮断されて、元の隔絶された空間へと帰ってくる。

 

 「さ、メシにしようか。」

 「うひょひょーwww」

 「ほら、ちょっと横なってな。」

 「ぬふーwww遊馬だいしゅきーwww」

 「はいはい。」

 

 甘えモードになった凛世を抱えてベッドに置くと、消灯して部屋を後にする。

 

 「ま、楽しんでくれたのなら何より。」

 

 夕飯の材料も、野菜が尽きかけているがなんとかやりくりしてみよう。



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第260話

 「さ!食べたから続きやで!」

 「顔はいいの?」

 「なんかもうどうでもよーなったわ。」

 

 確かに遊馬も顔バレした時はもうどうでもよくなったものだ。覆水盆に返らずというやつだ。

 

 《リンちゃん漢らしい》

 

 「じゃ続きやってくで!」

 「ゲームの動かし方は慣れた?」

 「うん、RPGやし結構簡単やな。オートプレイもあるし。」

 

 と、ゲームの中は次の街へと進む。行くことが出来る範囲が広がるときというのはワクワクする。ゴッドファーザーの神髄はここから始まると言ってもいい。

 

 「じゃあまだチュートリアルやったん?」

 「仲間が出来てからが実質本番だから。」

 「仲間?」

 「ここからサロンでスカウトしたり、倒したモンスターを従えたりできるようになるんだよ。」

 「へー。」

 

 いわゆる、『自分だけのパーティを作ろう!』というやつだ。この組み合わせで個性が出るし、なんなら一切仲間を作らなくてもクリアできる。単純な難易度の良し悪しではなく、自由度とはこういうものだ。

 

 「なんか、遊馬や視聴者さんたちが湧いてた気持ちもわかってきたわ。こらおもろいわ。」

 「でしょう??」

 

 こうして面白さがわかってもらえた時の感動もまたひとしおだ。

 

 「さあ次行こう次!オススメのモンスターはこの先の谷の・・・。」

 

 《おっ、いきなりいっちゃうか》

 《ヤハリソウイウコトカ!》

 

 「だー、ウチのゲームやっての!」

 

 ともあれ、凛世もこのゲームの醍醐味がわかってきたようだ。じっくり楽しんでくれるなら勧めたかいがある。

 

 さて、そんなこんなで数体のモンスターを仲間に加え、次々にダンジョンを攻略していく。途中うずうずとアドバイスをしたくなる遊馬を凛世は抑えながら、自分のペースを務めていく。

 

 「ところで遊馬、なんでいきなりこのゲームを勧めてきたん?」

 「ん?普通にプレイするよりも、凛世にやらせたほうが人気が出そうだなって思ったから。」

 「そうやなくて、なんでいきなりゲームなん?」

 「なんというかこう閉塞的な環境だと息が詰まりそうだったから、息抜きも兼ねてね。」

 

 外で運動するわけにもいかないし、やれることと言えばゲームしかない。

 

 「ゲームならいっぱいあるし、引きこもるにはもってこいの環境だよここは。」

 「あーあ、早く霧が晴れへんかな。」

 

 《さっき自衛隊の調査団が派遣されたってニュースやってたよ》

 《なんか物々しいね》

 

 「マジ?」

 「じゃあもうちょっとの辛抱やね。」

 

 映画の通りなら、軍隊が派遣されれば終了ののろしだ。この極限的状況も終わる。映画の通りなら。



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第261話

 さて、そんなこんなで日を跨ぐまでプレイし続けていた。第五の街に到達し、回復もセーブも済ませ、装備を一新した。行けるロケーションが増えるたびに遊馬が横から口出ししてくるのをほんほんと聞き流していた凛世は、ここで大きな欠伸をした。

 

 「ふー、ちょっと疲れたな。」

 「もう?まだまだこれから面白くなるのに。」

 「これ以上面白くなったらパンクするっちゅーの。」

 

 段階的には中盤に入ったというところだ。もう凛世も戦闘に馴れてきて、オートプレイを使わずとも死なずに勝てるようになってきている。序盤の山を越えたというところか。

 

 「オタノシミは明日にとっとこ。もう『今日』やけど。」

 

 《明日って今さ!》

 《オヤスミー》

 

 「うん、おやすみー。」

 「あ、本当に終わるんだ。」

 「うん、もうねむい。」

 「放送終了するときはここクリック。」

 「おっけー。」

 

 と、凛世の放送を凛世の手で終了させる。所定の場所をクリックするだけならもう凛世一人でも放送できるだろう。

 

 「えー、でも遊馬に言われへんと放送なんかせえへんでウチ?」

 「まあ、覚えておいてくれてれば僕が何かあった時も放送で伝えることはできるだろうし。」

 「何かあった時って?」

 「言わなくてもわかるでしょ。」

 

 こっちに死ぬつもりはさらさらないが、生憎死の方が近づいてくるのが今の世の中だ。そうでなくともある日トラックに轢かれてオダブツになってもおかしくないのが世の常。

 

 「遊馬死ぬん?」

 「死なない死なない。ただ、ちょっと思っただけ。」

 

 あー、そういえば自分が死んだ後の事考えてなかった。とりあえずPC内の秘蔵フォルダは消すようにお願いしないと。

 

 このゲームの棚もそうだ。これだけ揃ったゲームソフトの数々が、遊馬の死後ゴミとして廃品回収に出されてしまうのはもったいない。出来れば価値がわかる人に大事にしてもらいたいところ。

 

 「ならいっそ、価値がわかる人間を今作ってもいいわけだ。」

 「ウチ?」

 「そう、おもしろいでしょレトロゲームも。」

 

 この棚を一山いくらのガラクタとみるか、宝の山と見るか、それは経験や知識に裏打ちされた価値観による。凛世を自分好みに『教育』 するというのもまた一興。

 

 なんの脈絡もない思い付きで凛世に配信をさせたのが、なかなか面白い方向に転がってきたではないか。

 

 「つまりウチで遊んでんねんな。悪い男や。」

 「よいではないかよいではないか。さっ、今日はもう寝よう。」

 

 風呂はもう入ったし、歯磨きして、また明日だ。



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第262話

 それからまた二日経った朝食の時間、テレビがあまり意味のないニュースを伝えている。

 

 『引き続き、霧のニュースです。今朝、静岡県、茨城県、千葉県にまで広がったことが確認され・・・』

 

 聞きたいのはそんな情報ではなく、自衛隊の動きとか、この事態がいつまで続く見込みなのかということだ。

 

 傍らのスマホに映った衛星写真でも、目に見えて白い範囲が増えている。世界中で見てもこんな光景が広がっているのは日本だけなのは本当に不思議だ。

 

 「また缶詰かぁ。」

 「もう冷蔵庫は空っぽだよ。」

 「野菜が食べたいわぁ。」

 「うーん、野菜かぁ・・・。」

 

 本格的にビタミン不足が深刻化しそうだった。配給食糧の中にビタミン錠剤もあったが、これだけでは物足りない。緑色のものが食べたいのだ。

 

 「うぇー、ニキビ。」

 「フラストレーションも溜まるよね。」

 

 なにより太陽光を浴びられないというのがストレスだ。今の環境で日光が差し込む時間が冬の時期よりもずっと少ないのだ。

 

 「なんか気分転換でもしたいわ。」

 「じゃあゲームだな。」

 「そこは運動とか言わへんの?」

 「だって外出られないし。」

 

 引きこもり時代の遊馬だって、料理の材料を買いに外には出てはいた。自分の家だというのに閉じ込められている感覚だというのはおかしな話だ。

 

 「あー・・・友達と遊びたいなぁ・・・。」

 「ゼミの連中と?」

 「うん、まあ・・・他にもおるけど。そういえば大学はどうなってんねやろな。」

 「大学のホームページでは、避難所みたいになってるらしいけど。」

 

 そこそこの敷地内に、大きな建物。電気はソーラーパネルで自給自足していたそうだが、この天候ではそれも今は難しいだろう。

 

 「大丈夫かなぁ・・・。」

 「まあ、僕らに何が出来るわけでもないし。」

 「せやなぁ・・・。」

 

 晴れない空を見上げながら、山向こうの大学に思いをはせる。遊馬は行ったこともないのだが。

 

 「ま、それはさておき今日も配給あるから行こうか。」

 「せやな。あっ、一回家にも寄ろか。」

 「そうだね、顔見せてあげないと心配するだろうし。」

 「もうネットに顔晒してもうたけどな。」

 「自爆でしょうが。」

 

 ああ、5日前に食べたお好み焼きが懐かしい。キャベツや豚肉が食べたい。

 

 「せめてソースだけ舐めてその気分に浸れへんかな?」

 「余計に空しくなるだけだよ。」

 

 なにより、熱い料理をここ数日食べていないのだ。アツアツの牛丼も食べたい。

 

 本格的に『飢え』が始まった。このままではストレスで死んでしまいそうだった。



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第263話

 このままどうなるのか。そんな形が無く漠然としながらも確かな不安が、この霧の中にはあった。

 

 『今、霧の向こうから避難してきた人が保護されました』

 

 この事態から逃げ出す者がいた。いたって正常な反応と言えた。

 

 『現在、行方不明者、連絡の取れなくなっている人は300人を越えており・・・』 

 

 おそらくは犠牲になった者がいた。これからまだ増えるかもしれない。

 

 『この未曽有の事態に、政府は在日米軍への協力を・・・』

 

 この事態をなんとかしようとする者がいた。だが答えは見えない。

 

 誰もが『今』に怯え、未来を見いだせないままでいた。

 

 「よしゃー、ボス撃破ー!」

 「お疲れ。」

 

 そしてここに我関せずとゲームを楽しむ者たちがいた。

 

 「いやー・・・まさかダメージを反射されるとは思わへんかったわ。」

 「まあ、今のは初見殺しだったね。」

 「あやうくしょっぱなから全滅するところやったで。」

 

 《リカバリーも上手くなったね》

 《もう終盤だし》

 

 凛世はレベル8のダンジョンをクリアした。ここまで様々な苦難、艱難辛苦があったが、それらを凛世は1人でクリアしてきていた。

 

 「遊馬のいうアドバイスはあんまアテにでけへんし。」

 「そこまで言う?」

 「ちょろちょろしてて逆にキモチワルイわ。」

 

 《さすがリンちゃん》

 《歪みねえな》

 

 ゲームの中のリンも、現実でプレイしている凛世も成長したように見える。背が伸びたとかではなく、精神的に大きくなった。

 

 「体重は増えたかもしれんが。」

 「殴るで。」

 「殴ってから言うな。」

 

 ともかく、次の次がいよいよラストダンジョンとなるのだが、次のマップは一筋縄ではいかない。

 

 ダンジョンから一歩出たときリンの視界が暗くなっていき、気が付いたときには見知らぬマップが広がっていた。

 

 「え、なんなんこのマップ。」

 「ここからしばらくは一人で歩くんだよ。」

 「マジ?回復役もおらんやん。」

 

 今、リンはゲームの中で地球最強の存在になったと言っていい。そんなリンの相手は、リンの精神そのものだった。リンは自分自身の内面世界へと入り込む。

 

 そこには様々な倒してきた敵たち、共に戦ってきた仲間たちが『思い出』となって存在している。

 

 『あのときは おれがわるかったと おもうよ・・・』

 『あんたに あえて よかったよ』

 『おれは あんたを ゆるせない』

 『リン は わたしのこと すき?』

 『こういうのを せけんでは しかたがないこと っていうんだろうな』

 

 このメッセージそのものは、ゲームの進行にはなんら関係がない。ただのテキストでしかない。

 

 「こんなんおったなぁ。」

 

 ゲームを始めた当初ならばスルーしていただろうこのNPCとの会話を、ただただ凛世は隅々まで、一人ひとり聞いて回っていた。

 

 そして戦闘パート。仲間に助けられていたリンだったが、今は1人ぼっち。しかし覚えた様々な超能力やスキルを使う事で、なんら苦労することは無い。

 

 そして、第一のダンジョン・最初の街を模した最深部において、『それ』と相対する。

 

 『リン に ゆくてをふさがれた!』

 

 リンの原点、拭え得ぬトラウマ、幼少のころの原風景である。

 

 「おっしゃ、ぶっ飛ばしたるわ・・・ってああああああああ!!またかい!」

 「まあ、そうなるわな。」

 

 リンは必殺の技を放ったが、容易く無効化されてダメージが反射される。そしてリンの反撃、『正体不明』の攻撃でライフを大きく削られてしまう。慌てて回復アイテムを使って立ちなおす。

 

 「どうすんのこれ?」

 「自分で考えて。僕のアドバイスは役に立たないそうだから。」

 「ちょっ、謝るから!」

 

 《いや、ここは自力で解いてほしいかな》

 《リンちゃんは気付けるかな》

 

 「気づく?なにを?」

 

 しばらく凛世はガードをしたり状態異常技を試みてみるが、結果は芳しくない。

 

 「うーん?」

 「・・・。」

 「すごいヒント出したそうな顔してんな。」

 「うん、すごい言いたい。」

 「言ってええねんで?」

 「ダメ。」

 

 正直、遊馬もここで少し詰んだのでじっくりと凛世には考えてほしい。

 

 「なんかアイテムを使うとか?」

 

 《おっ》

 

 アイテム欄の一番上、最初期に手に入れていたアイテム。『ほしのかけら』があった。

 

 「これやろ!」

 

 リンはほしのかけらをリンにかざした!しかし、なにもおこらなかった。

 

 「おしい、非常に惜しい。」

 「えー・・・。」

 

 遊馬のニヤニヤが高まってきた。

 

 「うーん・・・あっ!」

 

 ほしのかけらを選んだ凛世は、リン以外にも使える対象がいることに気が付いた。

 

 『リンは ほしのかけらを リンのかげに なげつけた!』

 

 ほしのかけらから放たれた光が、過去のリンから伸びた影を照らす。表示されているアイコンに隠されているのが真の敵というトリックだ。

 

 『リンのあくむ がしょうたいをあらわした!』

 

 リンの悪夢、あの頃のトラウマや戦ってきた敵たちが背景を流れていく。まるで世界そのものと戦っているかのような状況だ。

 

 「よーし!倒したる!」

 

 ここまで来ればもう簡単だ。悪夢という決して決まった形のないものが、今そこにある。だが形があるということは殴れるということなのだ。



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第264話

 「あーあー、もしもーし。聞こえますかー。」

 

 《きこえてる》

 《どしたん?》

 

 さて、いよいよラストダンジョンだというところまで来たのに、放送が途切れてしまった。どうやらインターネットが壊れたらしい。

 

 とうとうライフラインの寸断が始まったという事か。おわりのはじまり、すべてのおわり。いよいよもってこの世の最後だ。

 

 「ネットが切れたぐらいでそんな大げさな。」

 「いやいや、ネットが死ぬって大変だよこの情報社会で。」

 「そのうち直るやろ。」

 「直す人間がいないんだよ。」

 

 スマホでの通信は行えていることから、おそらくどこかの回線ケ-ブルが切断されてしまったのだろう。気象のせいか、あるいは怪物のせいか定かではないが、この状況では調査すらままならない。人員が割けるかも不明、つまり復旧は未明。

 

 「ウチ、今月もう通信料ヤバいんやけど。」

 「そりゃ使い過ぎでしょ。」

 「ネットもアカンようなったら、なにすりゃいいん?」

 「ゲームしかないっしょ。」

 「またゲーム?」

 「配信は出来なくてもゲームは出来る!」

 

 凛世がゲームをする様をこのままスマホ配信するのもいいが、呟イッターで文字通り『実況』するのも面白そうだ。

 

 「なあ、ええ加減もうちょっと危機感持たへん?ウチが言えたことやないかもしれへんけど。」

 「危機感ならあるよ。だから、今をしっかり生きておくんじゃないか。この分だといつ電気も止まるかわからないし、それまでにクリア、しよう!」

 「それが呑気やねんて。」

 

 ものすごい今更な話だが、普通ならこんな状況にゲームなんかやってる暇はないだろう。さりとて、一介の市民の遊馬たちには他にやれることもないのだ。クラフトゲームなら資材を集めに行くという事も出来たかもしれないが。

 

 「けど、こんな時だからこそゲームをして明るくなりたいんじゃないか。凛世だって楽しんでるでしょ?」

 「うん、それはまあそうやけど・・・。」

 

 ゲームの世界に浸っている間だけは、現実の嫌な事から逃れていられる。

 

 人はなぜゲームやフィクションにのめり込むのか?それは現実とは違う体験が出来るからにほかならず・・・。

 

 「はいはいわかったわかった。そんなにゲームに一家言あるんやったら、ゲームクリエイターになればよかったのに。料理研究やのーて。」

 「まあ、そこは謎だな。前の僕は一体何を考えていたのか・・・。」

 

 ともあれ、ゲームを続行しよう。オタノシミの様子を配信できないのは非常に心苦しいが、ゴッドファーザーの続きや結末は君自身の目で確かめてくれ!



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第265話

 『The End』

 

 真っ黒な画面に、その英単語だけが映されている。

 

 「終わった・・・。」

 「終わったね。」

 

 状況が状況なだけに、やや駆け足気味にラストダンジョンを駆け抜けたが、無事にラスボスを倒すことが出来た。その後、世界を回ってからエンドロールに入って数分のことだった。

 

 「と、言う事で今回の配信はおしまい。」

 「見てくれてありがとう!」

 

 《乙~》

 《ようやったようやった》

 

 最後まで見てくれたリスナーにも感謝の言葉を述べる。

 

 「次の配信の予定は、残念ならが目途が立っていない。けど、次にプレイするゲームは決定している!」

 「え、決まっとるん?」

 「うむ!『ゴッドファーザー2』だ!」

 

 《まあそうなるわな》

 《2は正直んにゃぴ・・・》

 《けど3をやるからにはなぁ》

 

 「2も3もあるねんな。」

 「5まであるよ。」

 

 ナンバリングを重ねるごとにどんどん質が落ちていくということもままよくあることだが、ゴッドファーザーひいてはIPPENDO作品にはその心配はほぼない。

 

 「と、言う事で今宵はオサラバ!」

 「またなー。」

 

 《おつかれ!》

 《達者でな~》

 

 と、言ったところで今日の放送は終了。

 

 「・・・終わったな。」

 「終わったねえ。」

 

 遊馬の家の狭い部屋に、2人っきりが戻った。

 

 「これからどうすんの?」

 「・・・わかんね。」

 

 甘ったるくゆるやかな夢から覚めたような感覚だ。まだじーんと熱っぽさが残っているが、それもじきに冷めてくる。

 

 感覚が現実に戻ってくるにつれ、腹が減ってきたのを感じた。時間は深夜だが、外に出られない以上昼夜逆転状態にも違和感を覚えない。

 

 「夜食にしよっか。缶詰しかないけど。」

 「ウチ、シャワー浴びたい。」

 「電気も止まらないうちにね。」

 

 と、真っ暗なまま動かなくなった画面の電源を落とそうとする。と、ここでふと気が付いた。

 

 「あ、そういえばまだエピローグが残ってるんだったな。」

 「エピローグ?」

 「ただの2への布石だけど、見ておかないと。」

 

 既に期待されていた続編も発売されているが、こういうのは最後までやり切ってこそだ。もう一度凛世にコントローラーを握らせる。

 

 「えーっと・・・また電話に出ればええんか?」

 「そうそう。最初の再現なのだ。」

 

 我が家に帰ってきたリンは、プロローグでそうだったように、暗闇の中で鳴っている電話をとりにいく。

 

 『もしもし?』

 

 それにしても続編か。そういえばゲームをクリアすれば続編が生まれるというのが『あっち側』でのルールだったけど。

 

 『もしもーし!』

 

 「あれ、遊馬?」

 「なに?」

 「メッセージが送れへんねやけど?」

 「Aボタン。」

 「押してる。」

 

 ここにきてコントローラーが壊れたか?と遊馬は画面に視線を戻す。そこでまたはたと気が付いた。

 

 エピローグ、こんなメッセージだったっけ?もっと『まだ終わってない!』的なセリフだったと思ったんだけど・・・。

 

 『今度はどこにつながったんだ?』

 『わからない。反応はすごく小さい、というかどこから出てるんだろ?』

 『らぴ!』

 

 ヒヤリ、と遊馬の背筋に寒いものが走った。



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第266話

 「まさか・・・あっちの世界か!」

 「あっち?」

 「前に言ってたゲームの世界!」

 「マジ?」

 

 まさか、最初期にあった『カサブランカのゲームをクリアしたら世界が繋がってきた』という設定をここで拾ってくるとは夢にも思わなかった。そういえばと遊馬も忘れていたが、そういうコンタクトの仕方もあったのか。

 

 『えーっと、Hello?』

 『反応がありませんわね』

 『こっち見えてんのかな』

 

 「見えてるよー!!」

 「画面に話しかけてもしゃーないで。」

 

 おそらくトビーや美鈴がそこにはいるんだろう。なんとかしてコミュニケーションをとれないものか。

 

 「マイクとかないん?」

 「ある。」

 

 ゲーム機にマイク?とおもわれるかもしれないが、音声入力をするゲームソフトもあるので、その周辺機器としてマイク入力機があるのだ。引き出しの中からそれを取り出してコントローラ端子2に挿し込み、パソコンから抜いたヘッドセットをつける。

 

 「もしもし!」

 『うわっ、いきなり大声出すなよ遊馬』

 『ん?』

 「みんなー!聞こえてるか!」

 『聞こえてるっての。』

 

 ヘッドセットから聞こえてくるのは、忘れもしない仲間たちの声。こちらでは1週間程度の期間のはずだったが、それでも長らく会っていなかった気分になる。

 

 「よかったー、1人っきりで放置されててどうなってるのかと・・・。」

 『あ、ここから聞こえてきてるのか』

 『ちょっとみんな黙ってて』

 「僕だよ!遊馬だよ!」

 『遊馬こそ黙れ』

 「はい。」

 『え、僕?』

 

 が、安心したのもつかの間、何かがおかしいことに気が付いた。知らない声が聞こえる。

 

 『まあいい、お前は誰だ?』

 「片桐遊馬ですけど?」

 『だからちょっと黙ってろ』

 「はい。」

 『お前じゃない、お前は誰だって言ってんだよ』

 「遊馬!」

 『シャラップ遊馬!』

 「だからなんで?」

 『ちょっとモンドも黙ってて。ボクが代わりに話すから』

 

 天丼のようなやりとりが交わされて、遊馬も違和感の正体に気が付いた。一旦ヘッドセットを外して現実世界に戻ってくる。

 

 「ねえ凛世、僕って、遊馬だったよね?」

 「知らんがな。」

 

 まあ、自分が遊馬なことは自分がよく知っている。だというのに、まるで『向こう側』にいる仲間たちはまるで遊馬が遊馬でないかのように扱ってくるのだ。

 

 『もしもーし?』

 「あー、もしもし聞こえてる。」

 『再度聞こう、確認のために。君の名は?』

 「片桐遊馬」

 『歳は?』

 「一応17歳。今20代だけど。」

 『趣味は?』

 「創作料理。」

 『好きな映画は?』

 「マッドマックス。」

 『そうなの?』

 『うん。』

 

 さすが聡明なトビーのこと、どうやらお互いに確信がついたようだ。

 

 『なるほど、君は確かにカタギリアスマなんだね』

 「うん。」

 『Well, well, well・・・しかしどういうことかな』

 「まさか・・・そっちにも?」

 『そのマサカだよ、アスマ』

 

 おそるおそる、遊馬は聞いてみる。あまりにお粗末で、馬鹿げた話であるが、哀しくもその想像は本当だと見せつけられてしまった。

 

 『そうだ、僕も遊馬だ・・・あれ、僕って遊馬だったよね?』

 『知らん』



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第267話

 鏡の中の自分を見たら、アイデンティティの危機だ。ゲシュタルト崩壊というやつだろう。

 

 「いや、え?なんで僕がいるの?というか、僕なの?」

 『僕は僕だよ。それは僕がよく知っている。・・・そうだよね?』

 『俺に聞くな』

 

 とにかく遊馬には不可解で不愉快だった。仲間たちの輪の中の、自分がいるべき場所に自分じゃない存在がいる。

 

 「君は・・・言い方悪いけど僕の偽物?」

 『いや、そんなこと言われてもな・・・』

 『まあまあアスマ、長く生きてればもう一人の自分と出会うこともまああることだよ。』

 「そんな状況トビーぐらいにしかありえないよ。」

 『まあね、経験はある。だから先輩として落ち着けって言いたいんだ』

 

 剣呑とした空気になってきたのを、トビーは取り持った。トビーの原作からして、こういうことには慣れっこなんだろう。

 

 『でだ、とりあえずそっちでは何があったか教えてくれないかな?』

 「うん、こっちは大変だった。」

 

 それからまず遊馬は、自分の周囲で起こっている状況をひとつずつ説明をし始めた。

 

 霧のこと、怪物のこと、そして半抜きバグをした瞬間から意識が途切れて今の世界にいるということ。

 

 「と、言うわけなんだけど。」

 『そっちではガールフレンドなんかできたのか』

 『でも半抜きバグって・・・』

 『大分前の事ですわね』

 「大分って、どれぐらい?」

 『・・・半年?』

 「半年?」

 『とにかくいっぱい。』

 

 ゲーム世界では時間の概念があやふやだったので、半年というのがどれぐらい前のことなのか定かではない。が、間違いなく遊馬が経験した『一週間程度』とは相いれない時間の流れ方をしているのだろう。

 

 「じゃ、じゃあそっちの半年は何やってたの?」

 『んまあ、色々かな?』

 「月は?」

 『月はもう行った。大変だった』

 「じゃあ、家にあったゲームトロフィーは?」

 『今トロフィーを使って話をしてる。というか、トロフィーを使っていろんなゲームの世界を楽しんできた』

 「なにそれ、面白そう。」

 

 まるで浦島太郎にでもなったかのような気分だった。あたかも遊馬は世界や仲間たちから『取り残された』ような状態じゃないか。

 

 『簡単に言うと、このトロフィーは世界を渡るゲートのような役割になっていたんだ。』

 「こっちも、トロフィーでやってたゲームをクリアした途端につながった・・・。」

 『つまりは、そういうことなんだろう』

 

 理屈じゃなくて直感でそういうものだとはわかる。

 

 「じゃあ、そっちにいる僕は一体誰なの?僕は、誰なの?」

 『並行世界の同一人物・・・そっちの世界のアスマなんだろうねキミは』

 「でもこの記憶は本物だろう?トビーやモンドたちと一緒に冒険をした記憶だってある!」

 『多分だけど、半抜きバグで記憶(メモリー)だけが違う世界に飛んでいったんじゃないかな?今考えたんだけど』

 「記憶、だけ・・・?」

 『逆に聞くけどよ、お前はあの瞬間の記憶あるのかよ?』

 「・・・ない。」

 

 確かに、『半抜きバグをした』という記憶はあるけど、その瞬間に何をしたのか、具体的な記憶はない。

 

 『正解を言うけど、こっちは『何も起こらなかった』。失敗したのかと思って今の今まで存在を忘れてたぐらいだ』

 『けど、実際は成功していた。知らないところで、僕の記憶だけが飛び散って、並行世界の僕に『上書き』された・・・ってこと?』

 

 さぁっと血の気が引いていく思いだった。つきつけられた真実を拒むどころか、むしろ合点がいった。世界が変わってしまったのではなく、遊馬の記憶だけがはじき出されたのだ。



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第268話

 「なあ、ところで質問があるんやけど・・・。」

 

 うなだれる遊馬の隣でその話を聞いていた凛世が、恐る恐ると聞いてきた。

 

 『なあにガールフレンドさん?』

 「ようわからんけど、今の遊馬ってウチの知っとる遊馬とは別やねんな?その、記憶が。」

 『そうだね』

 「それって、いつか戻るん?」

 『上書き保存したセーブデータの、元のデータが戻ると思う?』

 「無理やな。」

 

 一度消してしまったセーブデータを復旧するのは、改造でもしないと無理だろう。違法改造したカセットや本体は、メーカーの保証対象外になりかねないので、絶対にやめよう。

 

 で、今の状況はまさにその違法改造なのだ。たとえメーカーがいたとしても修理はしてくれないだろう。

 

 『同じ顔、同じ記憶があればそれは同じ人間と言えるのか?答えはノーだ。けど、君は君だよ』

 「慰めありがとう。」

 

 泣いても嘆いても現実は変わらない。ひとまずは置いておくことが遊馬にはできた。

 

 「じゃあ、今のこの状況はどういうことなの?」

 『映画によく似た、怪物の闊歩する世界か・・・。』

 「そっちの世界で何かやったからこんなことになってるんじゃないの?」

 『多分違う』

 「じゃあ、解決する方法はある?」

 『ある、にはあるんだけど・・・』

 

 と、向こう側の遊馬が言いよどんだ。

 

 「なんでだよ、今まで世界を渡り歩いてきたんでしょ?同じトロフィーがこっちにもあるんだから出来るはずだろう?」

 

 むしろ、なぜできると思うのかが遊馬には疑問が湧いたが、口から吐いて出た言葉に対してすぐさま返答が返ってきた。

 

 『実際世界を変えるだけの力はあるよ、けどそっちのトロフィーにもあるとは考えられないし』

 「それでそっちの僕は奇跡的な力で楽しんでたんでしょ?こっちは大変だったっていうのに。ズルいじゃん!」

 『大変だったんだけどなぁ』

 

 向こうの遊馬の大変だったという言葉も本当だったんだろうけど、こちらの遊馬にはそんなこと知る由も思慮する余地もなく。ただそんなことを言ってしまった。

 

 『科学者的な見解から言わせてもらうと、この状況自体が奇跡的なものなんだけどね』

 「そうなん?」

 『今まで『異世界』の存在は観測出来てても『並行世界』の存在までは観測していなかったからね』

 「いや、前に並行世界の収斂について話してたじゃない?」

 『あれはあくまで仮定の話。例えるならマンションの窓の外に隣のビルを見ることはできても、壁一枚隔てた他の部屋の様子がどうなってるかなんてわからない、ってことだから』

 「それがそんなに奇跡なの?」

 『実際、今まで『並行世界』には行ったことないから』

 

 並行世界の自分と出会うという奇跡はもう起きた、後は自分自身の手でなんとかするしかない。奇跡を万能の魔法にしてはいけないのだ。



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第269話

 「じゃあ奇跡には頼らないけど、仲間には頼ることにした。」

 『というと?』

 「この状況をどうにかしたいんですけど!」

 『OK、どうにかしよう』

 

 さすがトビー、即断即決頼りになる。我らがブレインさまさまだ。

 

 『まず映画のような現象が起こっているということは、どこかに異世界につながるクラックが開いているんだろうね』

 「やっぱりか。」

 「クラックって?」

 「次元の裂け目。」

 「なるほど。」

 

 それ以上でもそれ以下でもない。原因は不明だが、とにかく現実に起こっていることだし素直にその存在が信じられる。

 

 『閉じる方法はある。接近してクロノバインダーの波動を浴びせる』

 「なるほどぉ、完璧な作戦っすねぇ、不可能だってことに目ぇ瞑れば。」

 「どうどう凛世。」

 『なにもえっちらおっちら歩いて行けと言っておらん』

 『ダークリリィがありますわ』

 「ダークリリィって?」

 「巨大人型ロボ。」

 「すっご。」

 

 答えは思いのほかすぐに見つかった。

 

 『そっちにはゲームPOD、ある?』

 「ない。」

 『いや、あるでしょ、昔使ってたやつ。』

 「昔使ってたやつ?」

 『そう、家に元からあったやつ。あるはずだから持ってきて』

 「OK。」

 

 えーっとどこにやっていたっけと、いわれるがままに遊馬は部屋の中をひっくり返す。

 

 「あ、ミッケ!懐かしいなこれも。」 

 

 埃を被っていたチェストの引き出しの中から、昔から持っていたゲームPODネクスを見つけ出す。あの頃の記憶がそのままで眠っていたかのようだ。

 

 『それをトロフィーに繋いで』

 「繋ぐ繋ぐ・・・どっかにケーブルもあったはず。」

 『繋いだら、シェアプレイだ!』

 「シェア、そうか!」

 

 ゲームPODネクスには、ケーブルで本体同士をつなぐことで片方の本体にささっているソフトをおためしプレイするシェア機能がある。

 

 「これで『ダークリリィ』のデータをシェアすればいいんだな。」

 『そういうこと』

 

 一度シェアすれば、お試しプレイは電源を落とすまで続けられる。心配するべきは電池の残量だけれど、画面の明るさを抑えて通常プレイすれば2時間は持つはずだ。

 

 ゲームPODネクスの真っ新な画面に光が灯る。

 

 「よし、じゃあ行ってくる!」

 「行ってくる、って?ホンマに?」

 「ああ、これはもう僕にしか出来ない事だから!」

 「そう、なん・・・じゃあ行ってらっしゃい!」

 「おう!」

 

 窓を開いて空を見上げる。星の光一つ見えない霧と夜の闇がただただ広がっている。

 

 「『リバイバル!』」

 

 白い暗黒の世界を、黒い光の弾丸が貫いていく。



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第270話

 「動かすのが久しぶりすぎてちょっと不安だな。」

 

 レバー類も妙にこなれている感があって、手応えの記憶よりもよく滑る。よくよく使い込まれているようだった。心なしか内装も増えているように見える。

 

 「バージョンアップしてるんだね。」

 『まあね』

 「一体何回負けてるのか。」

 『ほぼ毎回かな』

 『強敵続きだったからね』

 

 どこの世界でも苦労するのは変わらないか。拭え切れない汚れや傷が激戦を物語っている・・・というか、コックピットにこんなものがあるということは致命傷じゃないのか。

 

 『ちなみに今こっちはラスダン前のうろうろタイム中』

 「一番楽しい時間じゃないか。」

 『しっかり戦力を蓄えておかないと苦戦必至だしね』

 「ラスボスは一体誰なの?」

 『君自身の目で確かめてくれ』

 「見えないんだっつーの。」

 

 遊馬にとっては命と世界がかかったこの事態も、本筋の遊馬にとってはほんの寄り道のひとつでしかないのかと思うと泣けてくる。でも、逆に考えればそんな大変なことにもう関与しなくていいのならラッキーなのかもしれない。

 

 『そろそろクラックの反応の周辺だよ』

 「おっと、もうか。車と徒歩だとあんなに時間かかってたけど、さすがダークリリィならあっという間だな。」

 

 次元の裂け目、すなわち霧の発生源も近い。マッハで空を飛んでいれば、地上を這うしかできないクリーチャーと出くわすこともない。

 

 「まあ怪獣もいるんだけど。」

 『熱感センサーに反応アリ』

 『人かな?』

 

 と、山中に人の気配を感じてスピードを緩め、赤外線センサーを起動する。

 

 「自衛隊かもしれない。」 

 『寄ってくの?』

 「放ってはおけないし・・・。」

 『ゲームPODには時間制限あるってわかってる?』

 

 高度を少し下げたところで思い出した。こっちの世界のゲームPODネクスは普通のものだ。バッテリーも不可思議な力で動いているわけではなく、残量の概念がある。

 

 『残酷かもしれないけど、先を急いで元を断った方がいい』

 「そ、そうか・・・そうだな。」

 『でも少しぐらい様子を見ていってもいいんじゃありません?』

 「そう?」

 

 センサーをズームインしてよく見れば、なにやら火の手が上がっているように見える。

 

 「生体反応は?」

 『ない』

 『襲われたのか』

 「けど、水に弱いってことは解ってるはずだから、自衛隊が負けるとも思えないんだけど・・・。」

 

 つまり自衛隊では対処できないような何かに襲われたという事だ。

 

 「うっ・・・。」

 『どした?』

 「なんか・・・肩がうずく。」

 

 違和感を感じた左肩に手を添える。一週間も前にクリーチャーから喰らった一撃の傷跡がうずくようだった。

 

 「おっと、ここって気密性は大丈夫だよね?」

 『そうでないと宇宙に出られないよ』

 「なら安心かな・・・いてて。」

 

 霧に触れなければ傷口の孔が拡がることは無いはずだった。が、痛みが今になってじわりじわりと感覚を支配してきていた。



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第271話

 それからしばらくセンサーに目を配りつつ飛び続けていた。

 

 『ディメンションセンサーに反応あり、ここが震源だ』

 「ああ、見えてる。」

 

 それははっきりと遊馬の目に映っていた。開きっぱなしの冷蔵庫の中から冷気があふれ出してきているかのように、空中に開いた穴から霧がもうもうとあふれ出してきている。

 

 その穴の向こうには、赤や黄色で彩られた水面のような異様な光景が見えた。まさに異次元、異界と呼ぶにふさわしいありさまだった。

 

 「で、これをどうしたらいいの?」

 『トラクタービームで縫合手術だ』

 『ビームで空間を歪めて、穴を小さくする』

 「牽引免許持ってないんですけど。」

 『牽引機材を使うなら免許いらないよ』

 「どうやって出すの?」

 『左手のレバーを操作して』

 「OK。」

 

 レバーを回すと、ダークリリィのバックパックのアンテナが伸びてビーム発振器になる。コックピットの上部に備え付けられたゴーグル状の照準器を目の高さに合わせる。

 

 「これならゲームより簡単だな。」

 『ならお手本を見せていただこうか』

 「あいよ。」

 

 機体を空中で固定しながら手は別の事をするというのは一見難しそうなことだが、そこは超テクノロジーのロボットということだけありオートバランサーが働いてくれる。だからゲームよりも簡単と言った。

 

 波のようなビームがアンテナから発せられると、ぐにゃりと空間が歪む。粘土で作った輪を押し広げるようにして、穴を塞いでいく。

 

 「こんなもんでいいかな?」

 『うん、十分だろう、次はクロノバインダーの出番だ』

 「モンドの出番?」

 『いや、クロノバインダーも作ってあるんだ』

 「すごい。」

 『時空修復弾だ、グレネードランチャーから4号弾を選んで』

 

 左足に備え付けられたランチャーのターレットを回して、弾丸を選択する。ガチャガチャと機械をいじっていると、まるでフィギュアにいろんなポーズをとらせて遊んでいるような気分になってくる。

 

 『貴重だからしっかり狙え』

 「OK・・・シュート!」

 

 ボシュッ!と勢いよく飛び出した弾丸が、軽い山なりの軌道を描いて穴の前で破裂する。瞬間、星の瞬きような閃光が走り、次第に異彩を放っていた空間が塗りつぶされていくようだった。

 

 「これで終わり?」 

 『終わり、おつかれさま』

 「意外とあっけないんだ。」

 

 ともあれ、未曽有の危機は今防がれた。大げさかもしれないが、世界は救われたのだった。

 

 『遊馬、聞こえてる?』

 「おっ、凛世?聞こえてるよ。部屋にいるんだよね?」

 『うん、今繋げてもらってん。終わってんな。』

 「うん、今から帰るよ。」

 『そう・・・待っとるで。』

 

 ホッ、と遊馬も胸を撫でおろした。アドレナリンが切れてきたら、また肩や足がうずきだしてきていた。

 

 「そうだ、この傷はどうしたもんかな。」

 『それについては、家に戻ってから話すよ』

 「戻るかなこれ・・・。」

 『ペイントツールで塗りつぶせばOK』

 「塗り絵か何かか。」

 

 ともあれ、霧の発生源は消えた。あとは霧そのものをなんとかするだけだ。



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第272話

 『ん、生体センサーに反応アリ』

 「え、どこから?上?下?」

 『・・・囲まれてる!』

 

 センサーが真っ赤に染まり、危険を告げる。反射的に遊馬はペダルを踏みこんで機体を上昇させる。

 

 果たしてその判断は正しかった。獰猛な牙の這えた大顎が、さっきまでダークリリィのいた場所を覆いつくすようにかぶりついてきたのだから。

 

 「で、でかい!」

 『たしかにデカいが』

 『単純な大きさだけではそこまで驚かんなぁ』

 「あんたら一体何と戦ってきたの・・・。」

 

 ともかく、大顎から逃れるように上昇を続ける。霧は地上付近を停滞しているため、そのうち視界も開けてくることだろう。

 

 『奴はおそらく、霧そのものが一個の生命体なんだろう』

 「それはなんとなくわかってた。けど、このタイミングで?」

 『本体と接続が切れて焦ったんだろう、というかこちらの意図には全然気づいていなかったようにも思える』

 

 つまり、霧の中から現れていたのも、霧が実体を持って具現化していたからに過ぎないということだ。

 

 今まで一切の苦労を見せずに快進撃が続けられていたのが、ここにきて一瞬のうちに状況を覆されたのだったらそれは驚くだろう。

 

 『そこまで知能があるようには見えないけど』

 「とにかく、今はどうすればいい?」

 『霧から抜けろ、まずはそれからだ』

 

 霧の中にいるということは、敵の体内にいるのも同じ。じっくりとなぶり消化されるのを待つだけになる。一寸法師だって鬼の体内からスタートするだから。

 

 「っとぉ、もう充分かな。」

 

 月明りと星の瞬きだけが光源の世界にまで戻ってくる。振り返れば白い霧が水面のように漂っているが、うねりながら徐々に形を変えようとしていっているのが見えた。

 

 「で、どうやって倒す?」

 『こうなると水をかけるだけじゃ根本的な解決になりそうにない』

 『とりあえず撃つか』

 「実弾が効くの?」

 『メーザーだ』

 

 メーザー、つまりはマイクロ波とは水分子を発振させて熱に変える性質がある。水分を多く含んだ生物にはもちろん効く。

 

 『性質が霧に近いということは、性質が水に近いということだ』

 「そうか!」

 

 コンソールの画面から武器を選択する。パラボラアンテナのようなものがついたメーザーキャノンがダークリリィの手の中に出現する。

 

 「喰らいやがれ!」

 

 パラボラから発せられる青白い光が当たった霧が、爆発して文字通り霧散していく。

 

 「効いてる、のかな?」

 『ゲームならわかりやすくエフェクトが出るんだけどなぁ』

 『生体反応は弱まってる』

 

 ならば効いているという事だ。再び危機を感じたらしい霧は形を持ち、怪物の口と首を現した。

 

 「ようやくわかりやすいボス戦になってきたな!」

 『調子に乗るなよ』



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第273話

 まるで海の中から首長竜が顔を出しているかのように、霧の中から怪物が首を伸ばしている。月光と相まってなかなかいい雰囲気を醸し出している。

 

 「メーザーで焼いてやる!」

 

 いくらデカい顔をしていようが、今の遊馬にはちっとも怖くない。パラボラから発されたメーザーで、あっけなく首は爆発四散する。

 

 しかしどうだろう爆裂した傷口からジュクジュクと再生が始まると、またたくまに首が元通りどころか4つに増えたのだ。

 

 「ならば、一頭一頭ぷちぷちと潰して・・・。」

 『そんなことやってる時間があるのか?』

 「あっそうだゲームPODの電池が・・・。」

 

 チラッとコンソールに埋め込まれたゲームPODネクスを見やると、電池残量が目に見えて減っていた。まだ2時間はもつはずだったのに。

 

 「メーザーを使ったせい?」

 『本体のバッテリーが劣化していたのかもしれない』

 『あと半分ってところか』

 

 押せ押せだったはずなのに急に追い込まれた気分だ。バッテリーはもって1時間というところか。それまでにこいつをなんとかして、帰還しなければならない。それには一匹一匹這い出てきたところを潰しているなんてチンタラした真似は出来ない。

 

 「ソッコーでカタをつけないと、どうすればいい?」

 『そもそも霧を倒すなんて、難しい話だな』

 『映画ではどうやって解決したんだよそもそも』

 「なんかいつの間にか終わってたって感じで、具体的にどうやってたのかはわかんない。」

 『作者もそこまで考えてなかったんだろうな』

 

 そもそも霧というのは、寒さによって空気中の水分が結露したようなもの。日の光が差し込んで温かくなれば自然と消えていくはずなのだ。

 

 『もっと根本的に、核を撃ち抜くようにしないと・・・』

 『中心部をか』

 「おっと!」

 

 そうこう作戦会議している間にも怪物は攻撃してくる。それぞれの口が舌を伸ばして突き刺してこようとするが、そんな直線的な攻撃にあたるダークリリィではない。するするとその隙間を舞うように潜り抜ける。

 

 「固結びにして引っこ抜いてやろうか。」

 『引っこ抜く・・・そうだ、トラクタービームで引っこ抜くか』

 「面白そうだな!乗った!」

 

 つまりはクラックを閉じた時の応用だ。次元すら歪めて引っ張れるトラクタービームならば、首を引っこ抜くなんてことも容易い。

 

 『グレネードランチャーの3号弾の膠着弾を使ってやるんだ』

 「固めて・・・引っこ抜く!」

 

 複雑な機械の操作は何もいらない。コンソールに命令を下せば機械の設定は自動でやってくれるし、あとはトリガーを引くだけでいい。

 

 「うわっ、思ったよりも首が長い!」

 『そのまま宇宙まで運んでやれ』

 「よーし!」

 

 ずるり、とトラクタービームに引っ張られた首が、後から後から継ぎ足されるように伸びていくが伸びる。あたかも蛇の尾を掴んで藪から引っ張り出しているようだ。

 

 「おっ、霧が地上から全部吸い尽くされたようだぞ。」

 『首だけ切り離せば全体は助かったものを』

 『遊馬、やっちまえ』

 

 そのまま天に昇る竜のように、夜空を突っ切って飛ぶ。目指すは真空の世界、宇宙。

 

 「一体どんな世界からやってきたのか知らないけど、この世界を選んだのは間違いだったな。」

 『ちょっと僕らは、ダークリリィは強くなりすぎたようだね』 

 

 北欧神話に登場するヨルムンガンドとでも形容すればいいか、それほどにまで巨大になった霧の怪物は、地上を離れること500kmで放り投げられる。

 

 そしてダークリリィの構えるメーザーキャノンの照準に収まった直後、宇宙を漂う塵よりも細かく粉砕されたのだった。



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第274話

 「終わった・・・長い悪夢が・・・。」

 

 はるかに地上を見下ろす宇宙から、その悪夢の元凶が燃え尽きたことを確認しながら。

 

 地球からほんの少し離れただけの場所でありながら水も空気もない、黒く静謐なる世界。霧の世界とはある種真逆な場所。そこにロケットも使わずにこんな小さな機体でいるのは遊馬ぐらいなもので・・・。

 

 『余韻に浸ってるところ申し訳ないけど、時間解ってる?』

 「せっかくいいところだったのに。」

 『非現実的な世界ならゲームの中だけで充分やろ?』

 「おお凛世、いたの?」

 『声かけるタイミングがなかっただけや。』

 『まあまあ、ガールフレンドも待ってるところだし、さっさと帰ったら?』

 

 んまあ、一歩外に出れば人間なんか生きていられない世界だし、冷静に考えたらこんなつり橋の上みたいな場所はあまりいたくない。ちょっと疲れたのでオートパイロットの帰投モードに切り替えてシートに深く腰を据える。

 

 「ニュースとかなんかやってる?」

 『もうてんやわんややで、急に霧が晴れたって。』

 「だろうね」

 

 眼下の日本列島からはすっかり霧が消えたようだし、おいおいライフラインも復旧することだろう。社会はまた混乱するだろうが、久しぶりに生の野菜も食べられることだろう。

 

 「で、これからどうすればいいんだろ?」

 『家に帰って寝ろ』

 「そうじゃなくて、僕の記憶とかそういう話。」

 『それに関してはどうにもならないよさっきも言ったけど』

 

 やっと目下の問題が解決したところだが、そのおかげで心の奥底にあった不安が噴出してくる。

 

 結局のところ今の遊馬というのは、ゲームの世界の遊馬のコピーでしかなくて、この世界の元の遊馬とも違って・・・。

 

 『そんなことない、君は君だし、この世界を救ったのも事実だよ』

 「自分に慰められてもなぁ。」

 『お前がこちらの世界にアクセスできない限りは、自分と同じ存在がいるとは思えなかったわけだろう?今更悩むようなことでもないだろ』

 「こっちはモンドより繊細なハートしてるんだよ。」

 『じゃあこう考えてみなよ、本当はこっちのアスマの方こそコピーで、君の方がオリジナルなんだと』

 「そんなことありえる?」

 『人間の個性というのは結局、他人からの評価で出来ているものですわ

。人の外側というのは何を成したかで測られるもの。あなたは世界を救った、それだけで十分じゃないですの』

 「美鈴が言うなら信じよう。」

 『おい』

 「冗談、ありがとうみんな。」

 

 まあ、考えるだけ無駄だ。これからどうするかは自分が決めることだ、未来は他人にゆだねるものではない。



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第275話

 「じゃあ、凛世お願い。」

 「そこは『お願いします凛世様』やろ?」

 「優しくしてね?」

 「ふふっ、あかーん。」

 

 家に帰ってまず風呂に入って身を清めた遊馬はベッドに横たわり、その傍らには凛世がいる。

 

 「とは言ったもののなんか不安になってきた。」

 「んもー、ちっとはウチを信用しとき。これでも髪だって自分で切ってるんやで?」

 「髪切るのと整形手術を一緒にしないでほしい。」

 

 えっちぃ展開を期待してたなら謝らなければならない。凛世が持っているのはカメラ付きタブレットとタッチペンである。

 

 『よーし、いいぞやっちゃって』 

 「はいはーい、ついでに顔に落書きでもしたろか?腹筋もバッキバキに割っちゃって。」

 「余計なことはしなくていい!穴を埋めるだけでいいんだから!」

 

 タブレットに映された遊馬の体、その肩と足に開いた穴にズームインすると、肌色で塗りつぶしていく。ただの塗り絵だからアタリやラフなんか描かなくても楽チン。

 

 「あーあ、こんな簡単に整形できるんやったら、ウチも二重瞼にしてもらおうかな?」

 「しなくてよろしい。」

 「今のままでもかわいい?」

 「そうだよ。」

 

 塗りつぶされた穴を押さえて調子を見るが、普通に肌や筋肉の感触が返ってくる。特に違和感もない。

 

 『これにて本当に一件落着かな?』

 「そうだな、色々ありがとう。」

 『どういたしまして』

 「こんな世界救うようなこと、毎回のようにやってたわけだよね?」

 『まあね、自分自身を救うのは初めてだけど』

 

 そうなんでもないように言ってのける、画面の向こう側の自分が誇らしく見えた。大変さは向こうの方が負担が大きいだろうから、代わりたいとも思わないけど。

 

 『それでいい、君は僕には送れなかった普通の日々を送っていてほしい』

 「そういうもんかな?」

 『うん、知らなくてよかったことが存外世の中多いってわかったよ』

 「そうか、じゃあもう聞かない。」

 

 気にはなるけど、それは自分とはまた別のお話。

 

 『じゃ、通信切るね』

 「うん、ありがとう・・・って、こんな味気ない終わり方でいいの?」 『これ以上続けてても湿っぽくなりそうだし、というか僕がなりかけてる』

 「どういう?」

 『あー凛世、そっちの僕のこと、よろしくお願いね』

 「うん、それは大丈夫やで!安心しといて遊馬!」

 『ならいいんだ、それでいい』

 

 なにか含みのある言い方をされてしまったが、それ以上追及する気が起きなかった。自分のことだからなんとなく理解できてしまった。

 

 光の消えた画面に、遊馬の顔が写る。本当に『元の世界』へと戻ってきたようだった。

 

 「さあ・・・どうしたい?遊馬。」

 「決まってる。ゲームをしよう!」

 「まだやるん?」

 「正確には凛世がやるんだよ。ゴッドファーザー2の実況もあることだし、それまでに1をもう一周するんだよ!」

 「えぇーっ、なんでなん?」

 「なんでも!二週目からが本番なんだから!」

 

 長い悪夢が覚めても、夏休みはまだ終わっていない。朝日はまた昇ってくるのだから。




 第6章工事完了です・・・


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最終章
第276話


 ひさしぶりの更新になります。過程をすっ飛ばしてもう最終章です。


 さて、ちょっとしたハプニングはあったものの、一行はまたひとつ世界を救ってしまった。遊馬は今までそうしてきた回数をもう数えてはいない。

 

 「なに悦に入ってるんだよ。」

 「おおモンド。なに、この戦いももうすぐ終わるんだなって思うと感慨深くって。」

 「なに老人みたいなこと言ってる。まだ終わっちゃいないんだぞ。」

 「わかってる、今から終わらせに行くんだ。」

 

 ラストダンジョン、魔王の住む城と、この世の終わりのタイムリミットはすぐそこにまで迫っているのだ。

 

 「それより、宇宙のZポイントにまで行けるエネルギーは溜まった?」

 「ああ、波動エンジンも好調。いつでも発進できる・・・だというのに、ず~~~~~~~~~~~っと、渋ってたのがお前だろうが!」

 「でへへ、サーセン。」

 

 現実世界では、アルマゲドンが秒読みとなっている状況だというのに、かれこれ3か月ほどはゲーム世界で実績解除とトロフィー集めに精を出していた。

 

 いつの間にやら、拠点となる学園保健室にはトロフィー代わりのアイテムがズラリと並んでいる。使えるもの、使いづらいもの、一見するとガラクタにしか見えないものも色々あるが、そのいずれにも血と汗と涙が籠められており、たまにそれらを眺めては思い出にひたるのが主な使い方。

 

 「だってしょうがないじゃん、こんな大量のイベントがあるのに全部スルーしてクリアだけしちゃうなんて、ゲーマーとしてもったいないじゃん!」

 「お前、世界とゲームどっちが大事なんだよ。」

 「ゲーム。」

 「ああ、知ってた。」

 

 臆面もなく言い切る遊馬に、モンドや美鈴は頭を抱えずとも目頭を押さえる。文句を言いつつもずっと付き合ってきた仲なので、もう突っ込む気にもならない。むしろこの平常運転さに安心感すら感じていた。

 

 「最終決戦を前にしても怯えない肝っ玉はさすがだね。」

 「トビーならわかってくれると思っていた。」

 「らぴ!」

 「でも、そろそろやることも煮詰まってきたんじゃない?」

 「・・・まあね。」

 

 それにしたって、いい加減現実に目を向ける必要がある。このゲーム世界が、いわば時間の止まって空間だからと言って、現実世界の危機が無くなっているわけではない。

 

 「長い長い回り道も、ここで終わりだ。」

 「エルザと雄二さんが待っていますわ!」

 「終わらせるんだ、俺たちの手で。」

 「らぴ!」

 「みんな・・・。」

 

 今この場に、戦いに赴くことを躊躇する者はいない。戦いは次の戦いのために。未来に生きていくためにある。

 

 もっとも、彼らにもう『未来』はないかもしれないのだが。

 

 「戦いが終わったら、どうする?」

 「どうするか?決まってる」

 「「「「ゲームをする!」」」」

 「よろしい。」

 

 だが彼らはそれでも構わなかった。見返りなど求めなかった。ただ自分たちのためだけに戦うのだった。



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第277話

 まどろっこしい導入なんかかなぐり捨てて、もう終わりだけ書いちゃえばよかったなと後悔


 カツン、カツンと地下基地への階段を下りていく一行。

 

 「ここもいい加減エレベーターつけない?」

 「帰ってきたら考えよう。」

 「帰ってこれたらね。」

 「なら工事のプランを考えておいてね。」

 

 施設を一望しながら自分の足で降りていくというのもまた趣があるがそれはそれとして。

 

 始めてこの施設に足を踏み入れた時と比べて物が増えた。最初に置いてあった白い機体・カサブランカは今はもう無く、代わりに黒い機体・ダークリリィがセーフティがかけられて寝かせられており、その周囲には追加武装たちがズラッと並べられている。

 

 そしてもう一つ、ひときわ目を見張るのがダークリリィの寝かせられている台座。ダークリリィとは対照的に鮮やかな赤や白で彩られた五芒星の台座。

 

 その各先端に5人が分かれて乗ると、台座は光を放って5人とダークリリィを取り込み、戦闘機へと姿を変えていく。

 

 「今日も頼むぞ『ヴァイスター』。」

 

 『白い流星』と祈りが籠められた機体のコックピットのメインにモンドが、計器にトビー、火器管制に美鈴が座る。

 

 『くんくん、芳香剤も変えた?』

 

 「ええ、リラックス効果ですわよ。」

 「ワックスも塗っておいた。」

 

 そして格納されているダークリリィには遊馬とラッピーが乗っている。

 

 「よし、全員準備はいいな?一度行ったらもうしばらくは戻ってこれないぞ。」

 「大丈夫。」

 「お菓子の準備はOK?」

 

 『らぴ!』

 

 お菓子は300円まで。しかしダークリリィの武装はすべてゲームPODを使えば召喚できるし、そのほか便利なアイテムも十分にある。伊達や酔狂でゲームをクリアしてきていたわけではない。

 

 「切り札もあることだしな。」

 「はっきり言って、負ける気がしませんことよ。」

 「帰ったら晩御飯だね。」

 

 『はいそこフラグ立てない。』

 

 遊馬の心情も半分余裕、半分不安といったところだが、余裕が不安を押し切っていた。

 

 さりとて油断はしていない。今までさんざんそうやって油断しては足元掬われてきたのだから、最後ばかりはちゃんと学習している。そう思いたい。

 

 「ゲートオープン!」

 

 ただ言えるのは、どんな敵が現れようと、負ける気がしないということだけ。せりあがっていくリフトと一緒に、戦闘前のテンションも上がっていく。

 

 『よーし、ヴァイスター発進だ!モンド、テイクコントロール。美鈴、ブラスターシフト。トビー、ナビを頼む!』

 『らぴらぴ!』

 

 「了解!」

 「テイクオフ!」

 

 波動エンジン点火、機体底面のリパルサーが青白い光を放つ。ゆっくりと垂直離陸すると、あっという間に第一、第二宇宙速度を突破する。



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第278話

 光る雲を突き抜けFly away。初めて宇宙に行ったときはそれはもう感動したが、今は電車に乗って通勤しながら窓の外の景色を眺めているときほどにも何の感慨もわかない。元引きこもりな遊馬にはほぼほぼ無関係な感性かもしれないが。

 

 『僕、この戦いが終わったら就職するんだ・・・。』

 

 「マジ?」

 

 『するわけないじゃん!こっちならお腹もすかないし、税金は納めなくていいし、いいことづくめだし!』

 

 「引きこもりになんてもの渡してくれてんだ父親は。」

 

 『その父親を今からぬっ転がしに行くわけだけど。』

 

 「ためらいとかないのかよ?」

 

 『息子の教育に失敗して世界を滅ぼそうとする父親なんて、息子にとっては父親じゃないんだよ。』

 

 「いわんとすることはわかる。」

 

 ここでこれまでのあらましをサクッと紹介しておこう。

 

 遊馬は現実世界で先日に、『エヴァリアン』の保有する『現実改変装置』を破壊することができた。しかしその最後っ屁として、オービタルリングが破壊されてしまう。

 

 このままでは地上へ落下し、世界が滅びかねない。そこでゲーム世界から現実に干渉し、オービタルリングを地球圏から押し出そうとしている。というわけだ。

 

 しかし、ゲームPODネクスに残された現実改変の力はあとソフト一回クリアできる分しかなく、その後には何の力も残されない。

 

 そしてなにより、ゲームの世界と現実世界は完全に切り離され、遊馬はそのどちらかの世界にしか存在できない。

 

 『だから僕はゲームの世界を選ぶ。』

 

 「現実の世界に未練とかないの?」

 

 『ない!というわけでもないけど、天秤にかけるなら断然こっちかな。』

 

 豆腐メンタルな遊馬には現実はあまりにも辛すぎた。何もしてなくてもお腹はすくし、ひょんなことでも腹が立つ。いいことなんかひとっつもない。

 

 『こっちの世界ではそんなことないしね。』

 

 「永遠に引きこもるのか。」

 

 『どっちの世界しか選べないっていうより、どっちを選んでもいいんだよ。だからこっちを選んだ。それだけ。』

 

 「なんて後ろ向きに前向きなんですの。」

 「まあ咎めはしない。」

 

 『たかが引きこもり一人が、世界を救うための尊い犠牲になろうということに、誰も称賛も哀しんでもくれないだろうし。ちょうどいいよ。』

 

 「・・・ほんとにそうか?」

 

 『それでいいよ。ちゃんとお別れはしてきたし。』

 

 遊馬は聞きようによっては自暴自棄なことを吐き捨て、諦めたと言うよりは理解したという口調でモンドは操縦桿を強く握り、トビーも視線をレーダーに移した。



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第279話

 「まもなくオービタルリングに到着する。」

 

 現実世界のそれが破壊されてしまっているように、ゲーム世界のそれも半ば崩れかかっている。もっとも、その破壊されているようなビジュアルが描写されているだけで、それ以上破片が落下していくような様子もない。つまりは一枚絵の背景である。

 

 「まさかラストダンジョンがここになるなんてね。」

 

 『正確にはここじゃなくて、軌道エレベーターの先の先にある大クラックが原因みたいだけど。』

 

 「ようやくあそこに手を入れられるんだな。」

 「思えば、ずっと放置してたからね。」

 

 もはや懐かしいほどに以前の話、宇宙魔王バミューダがそこからやってきたのが始まりだった。半ばバグのようなそれは、次元同士を衝突させてしまう。

 

 思えば、それが遊馬たちの冒険の本当の始まりだったのかもしれない。思わぬ形で平行世界の存在を知り、現実でも遊馬は戦いに身を投じることになり・・・。

 

 「それでアスマ、最後のゲームは何を遊ぶんだい?」

 

 『よくぞ聞いてくれた最後のゲームは、『ハイパーロボットウォーズFX』だ!』

 

 「ハイパーロボットウォーズ?なんか聞いたことあるような。」

 

 『いろんなロボット作品がクロスオーバーするお祭りゲームだよ。カサブランカも出てる。』

 

 「前にそんなこと言ってましたわね。」

 

 『そ。それで、カサブランカが出てるのはこのFXだけだから。』

 

 ハイパーロボットウォーズシリーズ、それはファン胸熱の原作再現や、夢のクロスオーバーが醍醐味の、ロボットアニメファンには垂涎の一本。

 

 FXは、ゲームPODネクスで発売されたシリーズ最後の作品。戦闘アニメーションも洗練されながら、参戦作品も『スタッフの好きな作品よせあつめ』といった様相を呈している。界拓輝士カサブランカもそのうちの一つだろう。

 

 『これの最終章が、今の状況に似てるんだ。落ちてくるのはオービタルリングじゃなくてスペースコロニーだけど。』

 

 「コロニー?どっちも同じようなもんだろ。」

 

 『うん、さすがに何回も再現されると胸やけ起こすかな。』

 

 最近はロボットアニメ自体の人気が下火なせいか、ハイパーロボットウォーズ、略してハイロボシリーズ自体新作がとんと出ていない。そうでなくとも、もう再現するネタに困っているというところだ。件のスペースコロニーだって、もう5回は落とされている。全部回避しているが。

 

 『最近はスマホで遊べるソーシャルゲ-ムばっかりにかまけてて、コンシューマータイトルが全然出ないんだよねぇ。』

 

 「どうでもいいわ。」



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第280話

 衛星軌道を抜け、大クラックを目指すヴァイスター。レーダーには今のところ何の反応もない。

 

 「で、その回避作戦を使うんだな?」

 

 『そう。』

 

 「どうやって?」

 

 『最終的には出てくるロボット総動員で押し返すんだけど。』

 

 「全員で力ずく?」

 

 『そう。』

 

 「ここには一機しかいないんですけど?」

 

 『何も最初からプランBってわけじゃないよ。』

 

 プランAが失敗して地球崩壊の危機の時、あらゆるロボットたちが力を合わせてスペースコロニーを押し返す・・・というのがハイロボのお約束だ。

 

 『プランAの形はゲームによって微妙に違うんだけど、大概一緒。大気圏で燃え尽きるように破壊するか、バリアーで弾くか、軌道を変えるってところ。』

 

 「FXでは?」

 

 『FXではバリアーで弾く方法。けど、今回はちょっと違う方法をとることになるかな。なにせ、いろんなゲームで手に入れてきたトロフィーがあるからね。』

 

 文字通りにゲームが違うスキルがいっぱいある。たとえば、触れただけで何でも破壊してしまう無敵状態や、反物質を触れ合わさせて対消滅させる光子化などなど。

 

 が、今回は破壊する方法はとれない。ある程度はハイロボFXの道に沿う必要があるためだ。

 

 「で、何を使う?」

 

 『ブラックホールで吸引する。』

 

 「よりによってブラックホールなのか。」

 

 『あんまいい気分はしないけど、レイの星の船を改造したヴァイスターが使うにはおあつらえ向きじゃないかな。』

 

 ブラックホールの力となると、レイの仇であるバミューダのことを連想せざるを得ないが、今は四の五の言ってられない。

 

 大クラックの向こう側からブラックホールとトラクタビームでオービタルリングを引っ張って、大クラックの向こう側の『現実世界』のオービタルリングとぶつけ合う。

 

 現実と空想が交じり合うと、対消滅する。その衝撃で現実改変装置の影響も吹き飛び、ゲーム世界と現実世界の融合状態も切り離される。

 

 『それで万事解決!というのが『ラファエロ』の導き出した答えだよ。』

 

 「信用できるのかそいつは。敵なんだろう?」

 

 『元・敵ね。ばっちりゲーム漬けにしてやったから大丈夫だよ。』

 

 「つまり遊馬のようなゲームオタクの引きこもりに?」

 「それはそれで心配になる。」

 

 『引きこもりなのは元からだったけどね。』

 

 ともあれ、そのおかげ遊馬は作戦を立てられた。根拠として挙げられたのが、その現実改変装置の創造主である『ラファエロ』による情報なのだから信用性は高い。

 

 それ以上に、孤独なゲーム仲間が心を開いてくれたということを遊馬は信じたかった。



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第281話

 「障害物なし、進路クリアー。」

 「よし、Zポイントに突入するぞ。」

 「了解、波動エネルギーの流速反転。」

 

 ヴァイスターはフォースフィールドを展開しながら次元の裂け目へと突入する。

 

 『マニュピレーターとセンサーに異常なし・・・っと。』

 

 もう何度もクラックをくぐってきたが、今回も特に支障もなく『世界の外側』へと到達する。

 

 そこは宇宙と同じく空気も重力もない、ひたすらに『無』が広がっており、また異なる宇宙が細胞分裂のように生まれて浮かんでは、弾けて消えている。これが平行世界の発生と収斂らしい。

 

 しかしすぐ後ろのゲーム世界と、目の前にある最も近い世界だけは、モザイクがかったかのように不透明で、分裂も弾けもせずに沈黙している。

 

 イレギュラーによって誕生したゲーム世界は止まっていて正しい。だが、目の前の『現実世界』もまたポーズボタンを押したように止まってしまっている。動き出させるには、もう一度ポーズボタンを押さなければいけない。

 

 『さて、目的の地点は。』

 

 「波動係数を測定、11時方向、約0.2au。」

 「了解。」

 「トラクタービーコン、問題なく稼働中。」

 

 『ん、よしなに。』

 

 「お前はリラックスしすぎ。」

 「リラックスしていてくれないと困るけどね。」

 「大一番でヘマしないでくださいまし?」

 

 『よいよい。』

 

 「あー、酔ってるなこいつ。」

 「宇宙酔いですの?」

 「ワープ酔いかな。」

 

 遊馬は緊張しすぎてハイになっていた。

 

 『どうしよう、手が震えてきた。』

 

 「今更だろ。」

 「腹くくってください。」

 「墜落したくなければ、手の力を抜かず、下を見ないことだよ。」

 

 この土壇場になって狼狽えだすのは今に始まったことではないので、仲間たちも塩対応する。

 

 「遊馬、逆に考えてみてごらん。」

 

 『逆?』

 

 「こんなにたくさんの『世界』がある。そのうちたった一つを救うだけだ。」

 「案外、俺たちの見ていた世界もずっと狭いんだな。」

 「そ、それこそポケットに収まるぐらい小さな夢のように。遊馬がいつもやっていて、すごく好きなことのようだとは思わない?」

 

 ゲームか、そういわれてみればそうかもしれない。世界の命運だの、平和だのという話は、どこまで遊馬には遠い話だったのかもしれない。

 

 けど、今までもそんな遠い話を、まるでなんでもないことかのようにやり遂げてきていたじゃないか。何を恐れることがあろうか。むしろ、未知のイベントが起こるんじゃないかとワクワクするべきだった。

 

 「まもなく目的地点。」

 「了解。さ、最後の大勝負といこうじゃないか。」

 

 『ふ、ふん。またまた遊馬さんは神プレイを炸裂させてしまうのかな?』

 

 「魅せてちょうだいな。」

 

 『これより、最終作戦『神の親指』を発動する。』



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第282話

 「で、作戦って具体的に何するんだ?」

 

 『ここにブラックホールを置いて、トラクタービームでつないでオービタルリングを牽引して、現実世界のオービタルにぶつける。』

 

 「で、その時の衝撃で世界同士も離れると。」

 

 『そう。その時に、どちらの世界に残るかを選択できるんだけど・・・。』

 

 「向こうに残る気はないんだろ?」

 

 『ない。全くないわけではないんだけど、まあない。』

 

 それはもう何度も言っている。そりゃあ、せっかくできた仲間やゲーム友達と別れることになるのは辛いが、現実と向き合うのはもっと辛い。

 

 『さ、そんなことよりも、作戦続行だ。オ-ビタルの状況はどう?』

 

 「まもなくトラクターのN極に捉えられる。」

 「ここから見るもうひとつの世界も、綺麗なものですわね。」

 

 モザイクがかって見えているとはいえ、それでもその向こうに命が生きていることがうかがえた。

 

 「もっと綺麗にするんだ、俺たちが。」

 

 『混ざりっ気のない、純粋な世界に・・・。』

 

 ヴァイスターから放たれたトラクタービームが、大きなものをひっかけた。

 

 「よし、アンカー接着。」

 「牽引開始!」

 

 つつがなく作戦は進行した。一度トラクタービームで引っ張られ始めたオービタルリングは、徐々に地球から離れていっている。その様子を確認できるものは、現実世界には一人としていないが。

 

 『さて・・・いるんだろ、出てこい糞親父。』

 

 「え?」

 「ん?」

 

 否、ひとりだけいた。エヴァリアンとの最終決戦で遁走し、ドサクサに紛れて最後の現実改変を行ったネズミが。

 

 『実の父親にずいぶんな言い方だな遊馬。』

 

 『そう育てたのはアンタだよ。』

 

 「なに?どこから話してる?」

 「オービタルの中から無線で話してきてる。」

 

 真のラスボスの登場だ。ラスボスというにはあまりに威厳もヘチマもない、ごく普通の一般男性だが、今この状況に持って行った極悪人であることに違いはない。

 

 「で、あんたはそんなとこで何やってる?」

 

 『遊馬、もう一度言おう。私の言う通りにすれば、世界はお前の思うままだ。』

 

 「あー、ボクらのことは眼中にないってカンジ。」

 

 『そういうやつだ。自分の作品、我が子ですら、自分の欲望を満たすための道具としか思ってない。』

 

 こんな外道から生まれたと思うと吐き気を催す。遊馬はグリップを握る手に力がこもる。出来ることなら今すぐこいつの乗ったオービタルを光子魚雷で吹き飛ばしてやりたいところだが、オービタルを人質にとられてはウカツに攻撃もできない。



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第283話

 さて、ブラックホールクラスターが起動するまであと30分ほど。このまま片桐和馬を乗せたままオービタル同士が激突すると、現実改変装置に一番近い和馬の望む世界が出来上がってしまう。それがわかった上で、和馬はエレベーターに乗るように呑気にしている。

 

 「現実改変装置は破壊されたんじゃ?」

 

 『一回だけは使えるらしい。都合のいいことに。』

 

 「その一回で、自分の都合のいい世界を創るつもりか。」

 

 『もう何回もやって無理だったんだからあきらめればいいのに。』

 

 「前科あるのか。」

 

 この男の存在こそが『だいたいこいつのせい』を体現している。

 

 「しかしどいてと言ってどいてくれないなら、力尽くで退場してもらうしかないね。」

 「ラスボスにしては貧弱そうだが、まあそのほうが都合がいい。」

 「さっさと終わらせますわよ。」

 

 『やだみんな殺意高すぎない?』

 

 「時間がねえんだよ。」

 

 トラクタービームのユニットを切り離し、ヴァイスターは戦闘モードに移行する。比較的短期なモンドに砲手を任せていたらもうぶっ放していたころだろう。操縦士でもこのまま特攻をしかけそうだが。

 

 「落ち着いてよ。重ねて言うけどオービタルを破壊してしまったら元も子もないんだから。」

 

 『まさか丸腰でここにきているわけでもあるまいし。』 

 

 そもそも戦闘のどさくさとはいえ、あんな場所に潜り込めているのだから何をかいわんや。

 

 『攻撃してくるか。ならばしかたがない。』

 

 こうなることをさも残念がるようにふるまっていたが、その実知っていたというのが和馬の本性だ。

 

 『行ってこい、『コンプレッセ』。』

 

 雑に投げ捨てるかのように召喚されたそれは、ひどく醜悪で冒涜的な物体。泥沼のような体表にはいくつもの顔が現れては沈み、足のあるべき場所からは腕も生えている。

 

 『完成』という言葉からは程遠い、形のない混沌。片桐和馬の生み出した最大の『邪悪』である。

 

 「なんだあれ。」

 

 『ハイパーロボットウォーズFXのラスボス。コンプレッセ。』

 

 「ラスボスだから今出てくるってのはわかる。けどなんでヤツが使役しているんだ?」

 

 『FXのシナリオに一枚噛んでたから。だからこそ、このゲームから今の状況に干渉することができたし、あっちからも干渉できる。』

 

 「正真正銘のラストバトルってことですわね!」

 

 片桐和馬が持てる手駒であり、一番強い怪物。それがコンプレッセであり、なにより自信をもって送り出してきた。

 

 「けど理解できていなかったようだね。」

 

 『ゲームのラスボスっていうことは、必ず倒されるってことなのに。』

 

 驚きはしたが、遊馬たちは一切意に介さない。ここまで来てたじろぐ理由もなかった。



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第284話

 コンプレッセは、体表から無数に現した口から呪詛のような『闇』を発する。

 

 『回避行動!』

 

 「おう!」

 

 数だけは多いが所詮直線的な攻撃なんぞに、幾多の戦いを制してきた戦士たちの闘志は揺るがない。ヴァイスターは流星の如くするりするりと弾幕を潜り抜ける。

 

 『ミサイルランチャー、4号弾!2発!』

 

 「4号って、閃光弾じゃん?」

 

 『今見えているあいつは『影』なんだ。実体は別のところにいる。』

 

 「タネが最初から見えてる手品ほどみじめなものもないね。」

 

 ヴァイスターの主翼に備え付けられたミサイルランチャーから2発のミサイルが飛んでいくと、まばゆい光が発せられる。

 

 100万カンデラを超える強い光に晒されたコンプレッセの姿はみるみる内にしぼんでいき、影の差す方向にその正体を捉える。

 

 「熱源探知!」

 「あれが本体ですわね。」

 

 モノクロトーンな幻影とは違う、玉虫色でデロデロとした物体が、オービタルの一角に張り付いている。が、その姿は風に揺られる洗濯物のようにみっともない。

 

 「よし、メーザー砲をブチ込んでやれ!」

 

 単純な生物ならば一瞬のうちに焼けただれて死に絶えるだろう威力を秘めた光の砲撃が降り注ぐ。メーザー、マイクロ波ならば水分を含んだ生物にしか効かないので、機械に対しては比較的安心に放てる。

 

 「こんなものが『完成品』だと納品されてきたら即訴えられるねボクなら。」

 

 『あの糞親父の被造物だっていう観点で言えば僕も同レベルなんだと思うと哀しくてしょうがない。』

 

 「同情する。」

 

 ともかく、メーザーを浴びたコンプレッセはジュワジュワと蒸発していき、まるで干物のように平べったくなっていく。

 

 ヴァイスターは高速でそのそばをすり抜けるが、乗員全員があまりにも弱っちいコンプレッセの姿に半ば呆れていた。

 

 「あれって第二形態とかないの?」

 

 『恐怖を媒介するアメーバ生命体のようなコンプレッセは、倒しても倒してもよみがえってくるうえに、こちらの気力を削いでくるんだけど・・・。』

 

 「ちっとも怖くありませんわね。」

 「拍子抜けだ。」

 「これならバミューダの方が怖かった。」

 

 実際、ゲーム本編でもそれまでに出てくる敵の方がスケールが大きくて、コンプレッセのことを特別強いとも思えないのが全国のプレイヤーたちの共通認識であった。

 

 なのに、さも恐ろしい強敵のように『シナリオ上』では描かれているのだから、FXがシリーズにおいても微妙シナリオと言われる原因になっている。という。(ネットレビュー談)

 

 「今更そんな微妙ゲーに負けるわけないっての!」

 



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第285話

 と、現状さしたるダメ-ジも受けていないヴァイスターであったが、少し困ったことにもなっている。コンプレッセがオービタルに張り付いて盾にしている以上、下手な砲撃を加えることもできない。

 

 「どうする?」

 「格闘戦で引きはがすしかないでしょ。」

 

 『よぅし、テイク・ヴァイスロン・オン!』

 

 遊馬の掛け声とともにヴァイスターは上昇すると、翼を折りたたみ変形していく。

 

 「後は頼むよアスマ!」

 

 そして機体の操縦がダークリリィ側に切り替わり、ヴァイスターはダークリリィを強く羽ばたかせる衣へと姿を変える。

 

 『変形!『ヴァイスロン』!!っと。』

 

 これこそレイの遺した星の船が、奇跡の力でダークリリィを護る翼となったヴァイスターの真の姿、『ヴァイスロン』である。

 

 その威力は、ダークリリィに足りない防御性能はもちろん、恒星間移動に使われる潤沢なエネルギーを戦闘に利用できる内蔵武器に、高い格闘戦能力を兼ねそろえた、スーパーなものとなっている。

 

 そして何より、5人乗りで全員が戦闘に参加できるという心強い乗り物でもある。生きるも死ぬも一蓮托生、遊馬たちの絆の表れでもある。

 

 『おっし、ワイバーハーケン発射!』

 

 ヴァイスロンの両肩に備えられた爪が射出され、コンプレッセに突き刺さる。いわゆるワイヤー装備であるが、これもトラクタービームが使われた無線機動である。

 

 「よし、引きはがされたぞ!」

 

 『トビー、レーザーサーベルを!』

 

 「OK!」

 

 手首にマウントされた筒が伸長すると光の刃が生まれる。トラクターボームによって牽かれたコンプレッセに、すれ違いざまに一太刀浴びせる。

 

 「どうだ!」

 

 『よし、トドメだ!ターゲットスコープ!』

 

 宙に放り投げられたコンプレッセはムシケラのように力なくもがいている。ヴァイスロンはそちらへ向き直ると、手で印を組む。胸と肩のパーツが開き、スピーカーのような機械が現れる。

 

 「「「「ォオオオオオオオオオオ!!!『ヴァイス・フォルテッシモ』!!!!」」」」

 

 乗員の絶叫とともに、破壊の波動が解き放たれた。いかな宇宙最硬の金属や、変幻自在の妖怪変化の類であろうと、寸分違わずに『削り取る』。

 

 いまだかつてこの装備を最大威力で放ったことはないが、その威力は元となったレベリオンの『リオンフォン』の10倍はあるとみていい。

 

 「思ったよりも幕切れはあっけなかったな。」

 

 『僕らが強くなりすぎたんだ。』

 

 波動の光が消えた後には、闇の支配者のなにひとつ形跡は残ってはいなかった。



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第286話

 あっけなく最終決戦は終わり、ヴァイスロンはゆっくりと動いているオービタルにとりつく。入口らしいものと言えばレベリオン用のメンテナンスハッチがあるが、当然ヴァイスロンには小さすぎる。

 

 「どうする?」

 

 『ここから先は僕一人で行く。』

 

 「大丈夫なのか?」

 

 『元々、僕の親父のせいで始まったことだ。僕がケリをつけてくる。』

 

 「なら頼んだ。」

 

 ヴァイスターとの合体を解除してダークリリィ単機となるが、その合体解除を待っていたかのように異変は起こった。

 

 「むっ・・・新手か?」

 

 オービタル表面の突起や影から、それらは姿を現す。

 

 『コンプレッセ、まだいやがったのか?!』

 

 「どうやら、一匹だけで終わりじゃなかったようだね。」

 「二回戦突入ですわ!」

 「遊馬、お前は行け。」

 

 『けど!』

 

 「ここで時間食われたら、なおマズい。」

 「こんなやつら、ヴァイスロンになれなくてもやれますわ!」

 「と、いうことだから安心してくれ。」

 

 『みんな・・・。』

 

 コンプレッセの姿は次から次に増えていき、あっという間に大群となる。このままでは、オービタルすべてを埋め尽くして内部への侵入すらできなくなってしまうだろう。悩んでいる暇はない。

 

 「わかった、みんなに任せる!」

 

 『4号弾、撃て!』

 『道を切り開きますわ!』

 

 閃光弾の光が、コンプレッセの幕の一部を焼き払う。すぐにそれはふさがれてしまうだろうが、ダークリリィ一機が滑り込めるだけの隙間はある。

 

 『がんばってこいよ。』

 『わかってると思うけど、そのまま中にいたら世界の再構成に巻き込まれるから気を付けてね。』

 

 「ああ、じゃあ行ってくる。また。」

 

 仲間を信じる、それは時に別れを覚悟することでもあるが、これが永遠の別れとなるとは誰も微塵も思ってはいない。

 

 『さあ、パーティーの始まりだ!』

 『撃ちまくりますわ!』

 『出し惜しみはなしで行きたいね!』

 

 強い言葉たちを背に受けながら、ダークリリィはハッチのひとつに身を滑り込ませる。

 

 オービタルもなかなかの大きさで、中に入ってしまえば通信もできなくなるだろう。ここからは本当に遊馬一人の戦いに・・・。

 

 「らぴ!」

 「ああ、ラッピーは一緒だったね。」

 

 訂正、一人と一匹の戦いになる。

 

 ダークリリィのセンサーを拡大すると、片桐和馬の居座っていそうな場所を探る。この廃墟に他の生命反応があるはずもない。

 

 「中央ホールか、司令センターか・・・。」

 

 あるいは、現実改変装置のあった機関部か。マップデータと照合しながら、慎重に行き先を検討づける。



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第287話

 逆に考えよう。これが最後の舞台だとして、自分が和馬ならどこにいたい?あの自意識過剰でナルシストの薄ら馬鹿が、最後の瞬間を迎えるとするならどこがいい?

 

 自分の願望を反映するような、そんな場所を選びたくなるだろう。

 

 「自分の作った物語を上映するなら、劇場か。」

 

 オービタルのセントラルシティ、娯楽施設もある居住ブロックには、映画館もある。この世の終わりにそんなところに行くのまた酔狂な話だが、和馬は狂人だ。ありえなくはない。

 

 さすがに居住区をダークリリィのまま自由に移動することはできない。あまり壊したくもないし。遊馬は機体から降りると、マップデータを片手に適当な目星をつけて散策する。時間はあまりないが、ここにならきっといるだろうという確信めいたものもあった。

 

 『こんな、こんな世界の一体どこそんな価値があるっていうんだ!』

 

 『雄二、やめて!』

 

 『もういい、もうたくさんだ!オービタルを破壊する!』

 

 果たしてそこにいた。劇場区画の一角で、古いアニメ映画を上映しているシアターがあった。

 

 「これは、カサブランカの映画?」

 

 クライマックスもクライマックス、世界に絶望した雄二がエルザの制止を振り切って世界の歪みの元凶を断とうとしているシーンだ。

 

 そして、世界の敵となったかつての英雄・カサブランカは宇宙の塵と消える・・・。

 

 まったくもってひどいシナリオだ。危なげながらも平和を勝ち取ったテレビ版とは打って変わった、救いも需要もない鬱シナリオだ。

 

 だが、このシーンに遊馬は見覚えがあった。今から数時間前、現実世界でオービタルが破壊される直前にひと悶着あったが、それとよく似ている。

 

 「これが、カサブランカの真のエンディングだとでもいいたいのか?」

 「そうだ、私の作品とはこうあるべきだったのだ。」

 

 劇場の舞台袖から、大物ゲストのように片桐和馬がぬっと現れた。まるで舞台挨拶にでも来たかのように、壇上でスポットライトを浴びている。

 

 「じゃあ観客の一人としてヤジの一つでも飛ばさせてもらうが、まったくもってクソみてーな、いやクソなシナリオだな。」

 「ああ、誰にも理解されない。これが天才故の苦悩、孤独だよ。」

 「ただ単に需要もないクソばかり生産しやがって、勘違い野郎が甚だしいわ。」

 

 遊馬はホルスターから銃を抜いて容赦なく和馬に向ける。

 

 「お前にもよくわかるはずだ、他人と違うが故に疎外される孤独の痛みが。」

 「僕は望んで引きこもりになったんだい。お前と一緒にするな商人欲求の俗物め。」

 「だが人は一人では生きられない、多くに支えられてこその一人の人間となるのだ。」

 「雄二を、エルザを、僕の友人をテメーの雑なシナリオで殺しやがった畜生め。今報いを受けさせてやる。」

 

 まったくもって会話がかみ合っていなかった。まるでこことは違う、別な観客に一方的に語りかけているような和馬に対し、もはやこの狂人とかわす言葉などないと遊馬は容赦なく撃鉄を落とした。



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第288話

 「ぐっ・・・がっ・・・!?」

 

 遊馬の放った銃弾は、和馬の脳天を正しく撃ちぬいた。

 

 そのはずだった。だが現実として、壇上の和馬は無傷で、代わりに遊馬の腹部からは赤い液体が滴り落ちていた。

 

 「子供が親に牙を剥けるなど、あってはならない。そうだろう?」

 「こっ、この展開もいい加減手垢がついてるっての・・・お約束を通り越して陳腐だわ・・・。」

 

 別段、和馬は攻撃を反射したりしたわけではない。ただ、『偶然』遊馬の放った銃弾が和馬の頭への狙いから外れ、『偶然』壁に当たった銃弾が跳弾して、『偶然』遊馬の腹部に当たったというだけだった。

 

 「ぐふっ・・・ふぅっ・・・フゥーッ!」

 

 パイロット用の宇宙服を着ていたとは言え、ダメージを殺しきることはできない。それでも痛みに耐えながら瞳に宿した怒りの炎を燃え上がらせ、遊馬は再び銃を構える。

 

 「無駄だ。被造物(キャラクター)には脚本家は殺せない。そのことはもうすでに見てきていたはずだったろうに。」

 「黙れ!黙れっ!僕たちは、キサマの思い通りにはならない!」

 「息子よ、お前には未来があるのだ。」

 「それを閉ざしているのは、お前だ!」

 

 再び引き金を引くが、やはり銃弾は和馬には当たらない。跳弾もまたふたたび遊馬に牙を剥くが、予測していた遊馬は横に倒れることで回避する。

 

 「遊馬、私の脚本通り役割(ロール)をまっとうしろ。それだけが幸せなんだ。」

 「くそっ・・・こんのクソ脚本家が・・・自分の生み出したキャラクターに愛着がないからそんなこと言えんだろ!」

 「私は、私の息子たちを愛しているよ。」

 「嘘をつけ!望んで我が子を殺す親なんていてたまるか!」

 

 いや、いるのだ。今まさに親を殺そうとしている遊馬の存在こそが、和馬の鏡写し。愛されているから愛し返されるように、憎んでいるから憎み返される。ただ、和馬の愛のカタチが違うだけ。

 

 「鬱シナリオしか書けない似非脚本家め!天才気取りのナルシスト!それがお前だ!」

 「言ったろう、天才のそれはえてして理解されないと。時代が追いついていないのだ。」

 「だから世界を創り変えると?悲しみと絶望しかない、地獄のような世界に!」

 

 遊馬は、客席の陰に隠れながらグレネードのピンを抜いて放り投げる。無事に爆発し、破片が飛び散るが和馬はやはり一切意に介さない。

 

 「そして、その世界(ものがたり)の主人公は、お前だ遊馬!」

 「僕は・・・いやだ!」

 

 時間が、もう時間がなかった。最後の現実改変へのタイムリミットは、刻一刻と迫っているというのに、和馬の野望を阻止するだけの手立てがなかった。



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第289話

 唐突だが逆に考えてみよう。片桐和馬は果たして悪人なのか?

 

 なんでもかんでも鬱シナリオにして、駄作に貶めた?そんなもの脚本家の好みの話だし、それで売れないのは自業自得だ。本人は自分のことを天才だと勘違いしてなんら反省していないのが腹立つが。

 

 自分の欲望を満たすために、人や世界を巻き込んだ?だが、この世界自体が半ば彼の被造物のようなもので、それをどうこうしようというのは彼の自由である。自分の家の庭を整えようが荒らそうが、持ち主の勝手だと言ってしまえばそれだけ。

 

 それらに対する反論はこうだ。この世界も人も、和馬の書いたシナリオの登場人物でしかないのだとしても、今生きて、自らの意思をもって行動している。だというのに片桐和馬はなんら顧みることもなく悪行を積み重ねている。

 

 なら、その凶行を止められるのも遊馬たちしかないのではないだろうか?片桐和馬の息のかかった脚本ではない、『外の世界』から来たゲームの戦士たち。

 

 「やっぱ・・・僕らがやるしかないんだな・・・。」

 

 失血のせいで少し意識が飛んでいたようだ。口の中を噛み、鉄の味で意識を取り戻す。なに、夜通しゲームをやった後の、ひと眠りした昼過ぎのような感覚だ。少し眠ったおかげで頭もさえてきた。ひとつ冷静になって対処法を考えてみよう。

 

 遊馬がどんなに攻撃しても、スクリーンのなかから脚本家を撃ちぬくことはできない。遊馬もまた片桐和馬の脚本の一部でしかないのだから。遊馬が直接攻撃を試みること自体が無意味だと考えられる。

 

 出来ることが2つある。ひとつは、和馬が一切関わっていないラッピーをけしかけること。

 

 「らぴ!」

 「けどこれはきっとダメな選択だ。ラッピーにそんなバイオレンスなことはさせられない。」

 「らぴぃ・・・。」

 

 ラッピーはやる気満々だったようだが、ここは一度保留にしておこう。ゲーマーとしてのポリシーのようなものだ。こだわりとは厄介なものだが、それを捨てたら二流になり下がる。

 

 そこでいっそ発想を逆転させよう。

 

 「ここは・・・機体に戻る!」

 

 敵に対して背を向けるのはいささか癪だが、腹部を押さえながら来た道を足早に戻る。ダークリリィは置いてきたときと同様にそこにいる。

 

 「僕たちが映画の登場人物なのだとしたら、脚本家に対してどうにか出来るわけではない・・・けど。」

 

 よく言うだろう『登場人物が勝手に動く』と。片桐和馬はそういうことを許せないタイプなのだ。

 

 人間は脚本の都合で生きているわけではない。『生きている』以上、目の前に矛盾があればそれを突き止めたくなるのが知性のある人間というもの。もしも不可解な理屈や論理を飲み込んで平気でいられるのだとしたら、それはもはやただ人形にすぎないのだ。

 

 「生きている人間は前に進み続ける。時にとんでもないことだってしでかす。」

 

 ダークリリィに乗り込み、起動する。

 

 「時にはくじけたり、失敗だってする。でも、その時はまた立ち上がればいい。」

 

 そしておもむろに武器を構えると、劇場めがけて発砲する。



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第290話

 「くっそ、こいつらしつこい!」

 「倒しても、倒しても!」

 「キリがない!」

 

 オービタルの外では戦闘が続いていた。もう倒した数を数えてはいないが、それでもコンプレッセは絶えることがない。

 

 「閃光弾、残り2!」

 「このままじゃ倒しきれませんわ!」

 「躱し続けるしかないか。」

 

 刀折れ矢尽きようと、戦う意思は折れない。必ず遊馬が目的を達成してくれるという信頼があるのと、それまでに生き残っていればOKという目標があるからだ。

 

 無数に放たれる闇の槍たちを、モンドの駆るヴァイスターはバレルロールを交えながら、風に舞う羽毛のように危なげなく躱す。

 

 「後方!追われてる!」

 「ちぃっ、フレア!」

 「フレア、残り0!」

 

 ミサイル避けのフレアを焚いてさらに追跡してくる触手のようなものを追い払い、後部レーザー砲で焼いていく。

 

 そうやってオービタルの周囲を何度も回りつつ時間を稼いでいたが、そうこうしている間にもコンプレッセの数は増していく。

 

 「もう、オービタルが見えないよ・・・。」

 「弾もありませんわ。一旦退くしか。」

 「遊馬を置いてはいけん。」

 

 外からダークリリィの反応を探ることができないため、中の様子を知ることもできない。ただ待つしかできない。

 

 「また来るよ!」

 「くっ!」

 

 息つく暇もなく、オービタル表面のコンプレッセたちからまた攻撃を受ける。

 

 「まだダークリリィは見つけられないのか!」

 「ダメだよ!全く反応がない!」

 「うぉっく!!しまったか!」

 

 オービタルの死角から伸びてきた触手に掴まれてヴァイスターの動きが止まると、待ったいたと言わんばかりにわっと触手がさらに伸びてくる。

 

 「最後の閃光弾!」

 「使います!」

 

 閃光の中からヴァイスターが飛び出す。これで本当にコンプレッセへの対抗手段がなくなったことになる。

 

 「くっそ・・・まだいけるか?」

 「エネルギー残量、35%。」

 「自然回復では追いつけませんわ。」

 「まだ、飛べる!」

 「精神力が追いつかないでしょ?」

 

 さすがのモンドも疲れてきていた。普段なら先ほどのような不意打ちにも対応して見せるというのに受けてしまったということからもそれは明らかだった。

 

 閃光が収まるまでに、出来る限り数は減らしたが、焼け石に水だった。いずれまた攻撃が飛んでくることは明白だった。

 

 しかし突如コンプレッセたちの動きが止まる。

 

 「来るのか?」

 「いや、来ない。」

 

 身構えたモンドだったが、すぐにそれを解除する。スイッチが切れたようなコンプレッセたちの姿が、じょじょに希薄になっていくのが見えた。

 

 「終わったのか?」

 「たぶん、アスマがやったんだね。」

 「待ちくたびれましたわ、もう。」

 

 しばらくして、何事もなかったかのようにダークリリィが元入っていったハッチから出てくると、通信を入れるよりも先にハンドサインを出してきた。

 

 「やったんだな。」

 

 『あー、うん。なんとか。やった。」

 

 「歯切れが悪いな。」

 

 『うん、やったというかやっちゃったというか。』

 

 「というと?」

 

 『倒したというか、埋めただけというか。ともかく、今すぐもう一方のオービタルの方に向かわないといけない。』

 

 「???まあいい、収容する。」

 

 どうにも要領を得ない物言いに引っかかったが、とにかく時間がないということは分かった。ヴァイスターの背中が開くと、そこにダークリリィを格納するハンガーが出てくる。

 

 『OK、超特急で飛ばして。』

 

 「じゃあその間に、ひとつ自慢話でもしてよ。」

 

 『わかった。』

 

 戦闘の熱も冷めぬうちに、高速航行モードへとギアを入れた。



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第291話

 『・・・と、言うわけで劇場を破壊して『自分の世界』に閉じこもらせてやった。』

 

 「結局、ヤツは狭い世界の中でしか生きられなかったというわけか。」

 「引きこもりの家系ってか。」

 「蛇の道は蛇ってことですのね。」

 

 『反論できないが、まさにそういうことだ。』

 

 哀しいかな、『自分の世界』に引き籠ったでいたいというセンチメンタルと、『世界を自分の色に染めたい』という願望は両立する。片桐和馬にとってそれは『劇場』という場所にしかなかった。

 

 「本当はわかってたんじゃないかな。自分がどんなに作品を書いても、それが大衆には受け入れがたいものだってことが。」

 

 『筆を折りたくても、そのちゃちなプライドのせいで折れなかった。だから自分の殻に閉じこもるしかなかった。』

 

 「好きなことを仕事にしている癖に、ずいぶんな高望みですこと。」

 「それがどうして現実改変の権利を得たのか。」

 

 『その点に関しては、ヤツは本当に幸運だったのかもしれない。』

 

 「その幸運をフイにされたわけだから、同時にヤツはとんでもないアンラッキーだったがな。」

 

 ややイレギュラーな方法ではあったが、ラスボスである片桐和馬を封印でき、もうラストランのムードに入っていた。

 

 「それで、次は何をするって?」

 

 『うん、『劇場』を壊してしまった分の穴埋めをしなければいけない。』

 

 やることは単純。鏡合わせの世界であるゲーム世界の方のオービタルにも、同じように劇場区画があるはずだ。だからそこを、壊すなりなんなりして破壊した分のバランスをとる。

 

 「さんざん『破壊するな』って言ってたくせに、最後の最後でやらかしやがったよ。」

 

 『しょうがないでしょ、考えられうる解答としては一番可能性が高かったんだから!』

 

 「まあ、タブーは破るためにあるって言いますし。」

 「アスマのゲーマーのカンを信じよう。」

 

 自由度の高いゲームとは得てして悪い方向へも舵取りが出来るようになっている。そこでしか見れない限定イベントもあるので、ゲーマーとしては一度はそういう選択肢をとることもやぶさかではない・・・はず。

 

 正直わざわざバッドエンドになるような選択をするという点では、和馬の趣向と変わらぬことは否めないが。

 

 ま、やっちまったもんはもうしょうがない。あとは鬼が出るか蛇が出るか、行き着く底の底にまで潜っていこう。既に我らは一蓮托生なのだから。

 

 「こいつを叩き降ろしたくなってきた。」

 「どうどうモンド。」

 

 さて、そうこうバカ話をしている内に到着となった。

 

 「今度はボクらも降りていこうか。」

 「そうだな。これ以上こいつを一人にさせているとなにをしでかすわからん。」

 

 ヴァイスターも停まれるドックで降りると、駆け足気味に劇場を目指す。

 

 「さ、今度こそエンディングだ。」



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第292話

 「劇場についたぞ。」

 

 無人も無人、オービタルの中には敵の姿もない。ラストランに敵が出てこられて、うっかり全滅してフリーズしたりしたら目も当てられないが。

 

 もっとも、死ぬべきではないところで殺すのはプレイヤーもゲームマスターもしらけてしまうというもの。そういう無粋なことをしてくる人物に心当たりがあることは推して知るべし。

 

 「中にはダークリリィでは入れそうにないな。」

 「ここでいったんお別れだね。」

 

 ゲームPODネクスを手に取りながらふーんと少し感傷に浸ったところで、遊馬は何か嫌な予感がしてきていた。ボス戦を前にして武器弾薬を補充するときの感覚にも似ていた。今回は逆に武装解除させられているわけだが。

 

 「いやいや、壊すだけでいいんだから中に入る必要がどこにある?」

 「何をいまさら。」

 「むしろお前こそこういう時『中もちゃんと見ていこうよ』とかいうもんだと思ったがな。ゲーマーの癖かなんかで。」

 「あー今確信した。中入ったら十中八九イベントが起こるよ。」

 「逆に聞くけどアスマはイベントスルーしてクリアしたい?」

 「したくない。」

 「じゃあ入ろうか。」

 

 どうやらここも分岐点らしい。中に入ってイベントをこなせばトゥルーエンド、『なんだっていい、ゲームを終わらせるチャンスだ!』とぶっ壊せばバッドにはならないにしろビターエンドどまりといったところか。

 

 この期に及んで相対する『敵』の存在に見当がつかないが、まあいいだろう。

 

 しかして、劇場内には誰かいた。

 

 「雄二?」

 

 そこには、別れる前のあの雄二の姿・・・黒衣を纏った復讐鬼があった。

 

 「テメェ、死んだはずじゃ。」

 「死んださ、20年前に。」

 「あの光の中から、よく助かったね。」

 「助かっていない。俺もエルザも、『また』死んだ。」

 

 雄二とエルザ・カサブランカは、現実世界で窮地に陥ったダークリリィと彼らの娘・イングリッドを救うために、宇宙の塵のひとつとなったはずだった。

 

 「じゃあキミは幽霊?」

 「現実を呪い、憑りつき続けているという点では幽霊とさして変わらない。」

 「OK、『また』なんだね。」

 

 トビーは早々に理解した様子で天を仰ぐ。ここには照明の消えた暗い天井と、白い百合の咲き誇る風景だけを映写し続けるスクリーンしかないが。

 

 「まさか、雄二たちも最後の現実改変に乗るつもりなの?」

 「お前たちが、『向こう側』の特異点を破壊したことで、『こちら側』にその権利が移った。そのおかげで、俺たちもまた再召喚された。」



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第293話

 「お前は、新しい世界に何を望む?」

 

 言葉短くモンドが問う。その手は武器を握りたそうに懐に突っ込んでいる。

 

 「理不尽を憎まずにいられる世界。」

 

 怒気を籠めて低く静かに力強く雄二は言い放った。復讐鬼の仮面は表情を崩さないが、その下には激情が浮かんでいることは容易に想像できる。

 

 「理不尽だと?」

 「力を持つ誰かの悪意によって、自由も平和も愛も奪われてきた。そんな理不尽のない世界だ。」

 

 火星をアダムが襲わなければ、エルザはカサブランカに改造されることもなかったし、地球人の身勝手な考えがなければ戦争に利用させられることもなかった。

 

 「さらに言えば脚本家(クリエイター)なんていなければ、こんなに苦しむことだってなかった!」

 「気持ちはわかる、がそれは・・・どうなんだ?」

 「カサブランカという世界を創ったのは、脚本家だけではないはずだけど。」

 「命を与えてくれたということは感謝している。だが、こんな苦しい現実を押し付けてきたのもクリエイターなんだよ!」

 

 冷たい仮面から出てくる言葉は熱を帯びてきている。だが、雄二のその怒りを誰もが理解し、共感していた。

 

 「お前たちもそうだろう?お前たちの浴びてきた悲しみも屈辱もすべて、『与えられた』ものなんだぞ?」

 「けど・・・俺たちはそれを乗り越えられてきた。」

 「誰もがお前たちのように強くはない。」

 

 ここにいるのはみな力を持った『主人公』たちだ。しかし描写されていないところで、名前もないモブも大勢犠牲になった。

 

 「神だのクリエイターだの、自分の都合で振り回されるのはもうたくさんだ。だから、俺たちは誰にも手出しされない世界を創る。」

 「・・・自分たちの望む世界を創造する、それって結局アイツの思うつぼなんじゃ?」

 「かもしれんな。」

 

 片桐和馬は、遊馬に新しい世界を創らせることこそが最終目的だった。

 

 「それってもしかして、『自分の子供』ならどれでもよかったんじゃないかな。」

 「そうか、自分の『作品たち』もまた子供としてカウントされるってか。」

 「僕は作品のひとつなんだな。」

 「気を悪くしたなら謝るよ。」

 「気にしてない。」

 

 良くも悪くも、自分の作品を我が子と呼んでいることは芸術家気質と言えるかもしれない。が、肝心の血のつながった息子への対応を見るに、その愛が真実かどうかは疑問が残る。

 

 「ま、とにかく折れるつもりはないんだね。」

 「そうだ。むしろお前たちはなぜ、自分たちの望む世界を創ろうとしない?」

 「そんなの決まってるじゃん。」

 「アイツの手のひらの上で踊らされるのが気に食わないからですわ!」

 「それだけ?」

 「現実改変、そんなものなくたって人は生きていける。理不尽だって越えていけると信じている。」

 「そうか、この話は平行線のまま交わりそうにないな。」

 

 それに時間もない。時計を確認すれば、もうタイムリミットまで10分を切ろうとしている。

 

 「なら、あとは戦うしかない。」

 「ここで?」

 「ここを荒らすわけにはいかない。カーテンコールを受けるまで、舞台の上から演じ続けなければいけない。」

 

 雄二は、スクリーンの中に入っていく。

 

 「行こう。」

 「・・・けど本当に、戦うしかないんですの?」

 「時間がないってことまで含めてヤツの計算ずくだったんだ。もう起動は止められない。というか、止めたらもっとひどいことが起こる。」

 

 現実世界の『滅び』は必定だと言っていい。そのことは雄二たちも望むところではない。

 

 「それに、世界を創り変えても、あの二人は救われない。あの二人だって仲間なんだから。」

 「救えるのはボクらしかいないんじゃないかな?」

 「仲間も世界も救う、実に主人公らしいじゃねえか。」

 「そうですわね。」

 「らぴ!」

 

 遊馬たちはひるまない。今までどんな敵にも勝ってきた。それで今度は仲間と戦うんだ、なおさら背中を見せられない。

 

 「行くぞ!」

 「おう!」

 

 一層気合の入った遊馬を先頭にスクリーンへと飛び込んでいく。



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第294話

 「最終決戦のフィールドが、まさかこことはね。」

 

 遊馬たちの降り立ったこの花畑には見覚えがある。スタート地点の学園の、すぐそばにある花園だ、あそこに咲いていたのは黒いユリのような花だったが。あそこは一見すると黒い花以外には何もないように思えるが、実際に探しても何もなかった。せいぜい、レイの宇宙船のミステリーサークルがあったくらいか。

 

 「ここの花は白いけど、いったい何なんだろうね。」

 「ユリの仲間だとは思いますが、見たことのない品種ですわね。」

 

 『この花はね。』

 

 花の一本をまじまじと見ていた一行の背中から声が飛んでくる。ややノイズのかかった電子音声のような、くぐもった声だが聞き覚えがあった。

 

 「おわっ、エルザいたの。」

 「そりゃ雄二がいたんだからエルザもいるんだろうけど。」

 

 黒装束の雄二とは打って変わった、純白のドレスを纏ったエルザがそこにいた。

 

 『この花はね、私たちが火星で作った品種の花なの。』

 

 「それって、エルザたちが地球に持ち帰りたかったっていう。」

 

 『そう。けどそれは赤い花だった。』

 

 「黒でも白でもなく?」」

 「赤・・・鉄の色、火星の色か。」

 

 火星の赤は鉄錆の赤、つまりは血の色である。昔の人は、その赤さから血の星、戦争の星と連想したそうだ。

 

 『火星の大地をこの花でいっぱいにして、それを地球でも育てたい。それが夢だった。』

 

 「検疫とかで引っかからなきゃいいけど。」

 「無粋。」

 「ゴメン。」

 

 しかし、咲いたのは黒い復讐の花だった。エルザたちの夢は叶わぬまま、カサブランカは終わりを迎えた。

 

 「それがどうして、今は白い花になったんだ?」

 「黒い花が復讐心の表れなら、白い花は?」

 「純粋、無垢。それに祝福ですわね。」

 

 あるいは、復讐心から解放された、まっさらな状態とも言えるのかもしれない。

 

 『あんなに私たちの心につっかえていた復讐心が、今はもう何も感じられないほどすっきりしているわ。』

 

 エルザの表情は先ほどの雄二とは違い晴れ晴れとしていたが、その瞳の奥には哀しみのようなものが見えた。

 

 「お前も、雄二と同じ新しい世界を望むのか?」

 

 『私は・・・正直、雄二と一緒に生きられるのならどこでもいいわ。』

 

 「なら僕らが戦う必要なくない?」

 

 『あなたたちは望まないの?新しい世界、自分にとって都合のいい場所を。』

 

 「いらないかな。」

 「俺はどこでもいい。」

 「今いるここがいいですわ。」

 「らぴ!」

 

 遊馬以外はあっけらかんに即答した。遊馬も少しだけ逡巡すると言った。

 

 「あの現実よりは、ずっといいかな。強くてもニューゲームしたいとも思わないし。」

 

 『そう・・・予想通りの答えね。』

 

 エルザは少し肩をすくめて呆れたように返した。



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第295話

 エルザの顔がすっと本気の色に変わる。

 

 『そう、ならばやはり戦うしかないようね。私は雄二のために、雄二は新しい世界のために。』

 

 「僕らは、『今』のために。」

 

 『未来』を創るものは生憎ここにはいない。それは現実の世界を生きるものだけの特権、ここにいるのは過去にしがみつき続けているようなものたちだけだから。

 

 雄二の言う世界がひとつ生まれたところで、無数に存在する平行世界には(正確にはそこに住むに人間たちには)なんら影響がない。隣の家に塀が出来たというぐらいどうでもいい無関係な話だ。

 

 結局のところ、雄二たちは自己満足のために世界が欲しいだけだし、遊馬たちも和馬の野望を成就させないためだけに動いているだけでしかない。

 

 この戦いに『正義』も『英雄』もいない。この戦いで、どれほどの人間が幸福になるか、不幸になるか。当人たちは知ったこっちゃない。皆、自分の願いのためだけに戦っているのだから。

 

 『だから、最大限ワガママさせてもらうわよ。『リバイバル』!!』

 

 エルザはペンダントを掲げて叫ぶ。白い光の中でその姿をカサブランカへと変える。

 

 その影から黒衣の雄二が現れると、颯爽とカサブランカへ乗り込む。少々手狭ではあるが、トビーたちが改良してくれたおかげでどうにか大人の雄二にも乗り込めるようになっていた。

 

 こうして対峙すると、初めて会ったときのことを思い出す。

 

 『あの時は様子見のために手加減していたが、今度はそうはいかないぞ。』

 

 「ぬかせ。」

 

 モンドは自慢のレーザーキャノンを構え、トビーは機械仕掛けのハンマーを手にし前へ出る。美鈴が花と星の装飾が施された銀の盾を構えると、そこから浮遊する衛星が現れる。

 

 皆一様に今までの冒険の中で手に入れた武器や道具で武装している。どれもあらゆるゲームの中での最強装備と言って過言でない代物ばかりだ。

 

 頭の上にラッピーを乗せた遊馬もゲームPODネクスを起動する。

 

 「こっちも『リバイバル』!」

 「らぴ!」

 

 これだけおあつらえ向きのバトルフィールドが用意されたからには、遊馬も最高戦力を惜しみなく呼ぶ。

 

 即座に黒い機体・ダークリリィが召喚されたかと思うとヴァイスターが飛来し、ヴァイスロンへと合体する。バーニアの熱風に吹かれた花びらが雪のように舞う。

 

 花園に向い立つ二つの勢力。片や一機だけ、片やその倍のスケールの大型機とフル装備のメンバー、見るからに戦力の差は愕然としている。

 

 「どうする?諦めるか?」

 

 『答える必要はない。』

 『この程度の戦力差、今までなんら変わりないわ。』

 

 「だろうな。」

 

 雄二とエルザの意思は揺るがない。



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第296話

 最初に撃ったのはモンドだった。だがその光弾は空を切る。

 

 「速いっ!アスマ!」

 「えっ?」

 

 その場にいる誰よりも速く反応したトビーがヴァイスロンに乗る遊馬に声を飛ばすが、それもカサブランカによる背後からの奇襲によって無意味に終わる。

 

 「ぐわぁあああ!!」

 「遊馬!」

 「遊馬さん!」

 

 一瞬のうちに前から後ろから鉄拳を打ち込まれたヴァイスターは転倒し、機能不全に陥る。

 

 「真っ先に最大戦力を削ぎに来たか。その程度なら予想の範疇ではあったが・・・。」

 「いくらなんでも強すぎる!ヴァイスターの装甲を一撃で破るなんて・・・。」

 

 倒れたヴァイスターへトドメを刺そうとするカサブランカの前を、光の針の弾幕が遮る。

 

 「ナイス美鈴!」

 「誘導弾でどうだ!」

 

 盾を構えた美鈴のビット兵器『ペタルレイ』と、モンドの『タフG・ランチャー』の、直線と誘導の二種類の斉射がカサブランカを狙う。

 

 ただの一発も当たらなかったが、ヴァイスロンが立ち直るだけの時間は稼げた。

 

 「くっそ、油断した。」

 「しっかりしてよ、キミがボクらの生命線なんだから。」

 

 なんだかんだ冒険を乗り越えてきた遊馬たちと言っても、機動力に関してはカサブランカに大きく劣っているといっていい。それに唯一対抗できるのがヴァイスロンの存在と、各個分散して手数で補う戦術だけだ。

 

 カサブランカはおそらく、一点集中でヴァイスロンとダークリリィを貫いてくるつもりだ。そうなったらもう勝ち目が無くなるかもしれない。

 

 「お返しのジェッターミサイル!」

 

 立ち直ったヴァイスロンの腹が開き、光子ミサイルを上空のカサブランカめがけて乱射する。ボボンッ!と小さく爆ぜるをそれらをバラ撒きつつ、次なる武装を用意する。

 

 「スターレインシャワー!」

 

 続いて網のようなビームを両掌から放つ。広範囲に広がったそれも、網の目をくぐるようにカサブランカは回避する。

 

 「ええい、ジャックバルカン!」

 

 胸部から展開した円筒が高速回転し、弾幕を張る。そのいずれもカサブランカにはかすりもしない。

 

 「ええい、装甲を捨てたレベリオンの機動性はバケモノか!」

 「みなさん、私の後ろに!」

 

 一切衰えることのないカサブランカの勢いの前に、盾を携えた美鈴が立ち向かう。

 

 『ロック不可か、厄介な。』

 

 そのまま突撃を敢行しようとしたカサブランカであったが、防御陣形を組んだのを見て一旦離脱する。

 

 「それを待っていた!スターファイヤー!」

 

 ヴァイスロンの額から白熱光が照射され、一瞬の隙を見せたカサブランカをわずかにこする。

 

 「今だ!!」

 

 バランスを崩したのを見逃さず、モンドはミサイル攻撃を加える。

 

 『甘いッ!』

 

 しかしカサブランカも負けじと、拳圧でミサイルを跳ね返す。

 

 「そこだぁ!」

 

 しかし、その弾幕の背後からハンマーを振りかぶったトビーが飛び出す。

 

 カサブランカもまた身を翻してハンマーによる打撃を回避すると、カウンターが決まる位置に足を動かす。

 

 「なんのっ!」

 

 『ちっ!』

 

 トビーも華麗な空中殺法で翻弄し、体にまといつくハエに気を取られたカサブランカは足が止まる。

 

 「撃て撃て撃てー!!」

 

 その間に残る3人は射撃を加える。流れはまずは遊馬たちの方に来ていた。



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第297話

 「渾身の一発!!」

 

 最後にトビーがハンマーの一撃をカサブランカの胴体に見舞うと、すさまじい衝撃波が広がり活動を停止させる。

 

 「やったか?」

 「そういうの、やってないってことだって今まで散々見てきましたわ。」

 

 なら一発と言わずに何発でも叩き込んでやればいいと思うが、トビーの持つ『ゴールデンクラッシャー』にはちょっとクールタイムがある。元はハードコア風パズルゲーム『メタルコンボイ』のお助けアイテムで、邪魔なブロックを破壊する範囲が最も高い代わりに、クールタイムも一番長いというシロモノなのだ。

 

 その分威力もお墨付きだ。あれだけの衝撃を加えれば、いかにカサブランカといえど中身のパイロットまで無事とは到底いかない。勝ったな、風呂入ってくる。

 

 「銃撃継続!」

 「アイアイサー!」

 

 少々残酷だが、確実性のために攻撃を継続する。ことレベリオンに関してはパイロットは生体パーツでしかなく、パイロットが生きてさえいればレベリオン自身の意思で動くこともできるのだ。

 

 『まったくもってその通りね。』

 

 「やはり生きていたか。」

 

 射撃の第二波が届くよりも前に、意識を取り戻したカサブランカは派手にブレイクダンスのように回転しながら立ち上がり斉射を躱す。

 

 『おかげで雄二は気絶しちゃったけど、今度は私の番!』

 

 相変わらず、カサブランカの狙いはヴァイスロンだ。弾幕をあっさりと潜り抜けてヴァイスロンに肉薄すると、鋼鉄をも砕く拳をふるう。

 

 『そのデカイ図体でどれだけ避けれる?!』 

 

 「くっ!レーザーソード!」

 

 ヴァイスロンも負けじと光の刃を発生させるが、波動エネルギーを纏わせた拳を切断するまでには至らず、鍔迫り合いのようになる。

 

 「うぉおおおお!」

 

 『遅い!』

 

 「ぐわはぁっ!!」

 

 レーザーソードを握る右腕が肘関節から破壊されて宙を舞う。ヴァイスロンはたじろぐ。

 

 『ところで遊馬、あなた過去に未練は?』

 

 「あるけど、過去は過去だと思う。」

 

 今まで救えなかったものもたくさんあるが、それでも遊馬たちは進んできた。

 

 『それが全部戻ってくるとしても?』

 

 「考えたよ。死んでいった仲間たちが、みんな戻ってくればとか。」

 

 瞼を閉じれば浮かんでくる、仲間たちの顔。エルザや雄二もそのうちのひとつだ。

 

 「シェリル・・・。」

 

 現実世界の戦いで死んだネプチューンのクルーたち、手が届かなかった人たちのこと。

 

 「けど、みんな『覚悟』決めてた。その覚悟をフイにする願いなんて・・・できない。」

 

 『そう、ではなぜあなたは『未来』に生きようとしないの?』

 

 ビクッ、と遊馬の体が震えた。核心を突かれたのだ。

 

 『その覚悟を背負って生きてきているなら、あなたは未来に生きなければならない。そうは思わない?』

 

 遊馬の頭もまた一瞬のうちに行動不能にさせられてしまった。



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第298話

 「おい遊馬!ここまで来て何躊躇ってんだ!」

 「そうですわ!万年引きこもり生活が待っているんでしょう!」

 

 『あなたたちだってわかっているでしょう?遊馬がそれでいいのかって。』

 

 仲間たちからヤジにも似た声が耳に入ってくるが、動揺して焦っている遊馬の心にまでは届いてこない。

 

 「まあ、正直ゲームの中で引きこもりになるなんて正直どうかと

思ったよボクは。」

 

 『ならなぜ止めないの?仲間でしょうあなたたち!』

 

 「それは若干あきらめてたっていうか、あきれてたっていうか。」

 

 そう舌戦を繰り広げながらもトビーもモンドも美鈴も、カサブランカも戦う手は止めない。タイムリミットは止まってくれないのだから。止まっているのは片腕を失ったヴァイスロンだけであった。

 

 当然の指摘であるが、それだけに直面したくない問題を最悪なタイミングで無理やり向き合わされた。

 

 「重いんだよ!僕にそんな覚悟!」

 

 『私も雄二も、遊馬になら未来を託せるって信じてたから覚悟決めたのに!それじゃあ、あんまりにもあんまりだよ!』

 

 そんなことは遊馬にだって十分にわかっていることだった。覚悟を背負っていった者たちは、皆遊馬を信じてくれていた。

 

 「そんなしがらみ全部捨てて、楽になりたかった・・・自由になりたかった・・・。」

 

 『甘ったれるなよ!』

 

 死んでいった人たちの顔は、瞼の裏にこびりついて離れない。そんな苦痛しかない思い出から目を背けたかった。

 

 いや、それもウソだ。本当の答えはもっと別なところにある。

 

 「自分だけの世界が創れたら・・・そんな苦労しなくていいだろう!」

 

 故人曰く、『苦労は勝手でもするものという言葉は、苦労を売る側のもの』だ。降って湧いてくるような苦労に、買うだけの価値がどれほどあるというのか。

 

 「エルザたちは新しい世界を創りたい!僕も自分の世界に浸りたい!そこになんの違いもないだろう!」

 

 『違うのだ!』

 『あっ、雄二起きた?』

 『俺が、俺たちが新しい世界を望むのは、少しでもよりよい世界を望んだからだ!自分の殻に閉じこもりたいからじゃない!』

 

 至極まっとうな答えが覚醒した雄二の口から放たれた。

 

 『大人になれ遊馬!いつまでもゲームをしていていい世界なんかない!学べ!働け!生産しろ!』

 『オタクは卒業してプロになれ!』

 

 「どうしましょう、反論できなくなってきました。」 

 「一種の論点のすり替えだから惑わされないで。」

 

 残り時間はあと5分を切ったというのに、場は少ししらけ気味だった。



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第299話

 それぞれが創りたい世界、ちょっとおさらい

 和馬→自分の作品たちに世界を創らせることで、自身のミームを継承させる

 雄二→理不尽に泣かされない世界を創りたい

 モンドほか仲間たち→和馬の考え通りにはさせない

 遊馬→そんなことより引きこもりたい


 「そんなこと言ったら雄二こそ、明確なビジョン無いじゃないか!なんだよ理不尽のない世界って!」

 

 『なんだと?』

 

 「理不尽のない世界を創るために僕に理不尽を強いるんじゃないやい!」

 

 『お前のは必然的に向かうべき現実だろう!』

 

 「それでも明確に誰にも迷惑かけないビジョンがある!」

 

 再起動したヴァイスロンが、破断した右腕をパージして代わりのアームを召喚する。

 

 「こいつは見た目以上のマグネアームだ!」

 

 アームは蛇腹状に分離して、ムチのようにしなる。単純な起動だからカサブランカも簡単に躱す。

 

 「見た目以上だと言っただろ!」

 

 『くっ!』

 

 ムチの節から電磁のスパイクが飛び出し、バショウの葉のように広がってカサブランカの脚を捉えた。

 

 「今だ撃て撃て!」

 「撃っていいのかな。」

 「話は勝ってからでもまあ遅くはありませんわ。」

 「とにかく時間がねえ。」

 

 『時間がない』というのは冷静な判断力を奪わせる重要なファクターである。もしも時間的猶予があれば、もっと腰を据えて腹を割って話し合えたことだろう。

 

 まあ、その時間制限を作ったのは実質遊馬たちなのだが。一度起動準備に入ってしまったら止められない、ブラックホールクラスターという欠陥兵器を呪うしかない。

 

 『舐めるなぁ!!』

 

 脚をとらえられ今度こそ身動きの取れないままいたぶられるカサブランカだったが、雄二の意思は折れない。

 

 「まだ動けるのか!」

 

 カサブランカは宇宙航行モードと同じフィールドを発生させ、あらゆる攻撃を弾く。

 

 それだけでは止まらない。カサブンカのアーマーが展開すると、その下から超波動エネルギー発振機が露出する。

 

 「リオンフォンか!」

 

 『もう時間がない、時間が!!』

 

 「そりゃお互い様だっての。」

 

 ヴァイスロンもまた、最終兵器の発射態勢をとる。

 

 『塵も残さん!リオンフォン!!』

 

 「性能はこっちが上!ヴァイス・フォルテッシモ!!」

 

 激しくぶつかり合う二つの波動、惑星すら砕くほどの総エネルギー

に、徐々にその趨勢が決し始める。

 

 「くっ、収束が追いつかない!エネルギーも足りない!」

 

 ヴァイスロンの発振機は頑丈に作られてはいるが、あまり連発するような兵器でもない。調子に乗っていくつも兵器を使いすぎたこともあって、徐々に不利になっていく。

 

 『こっちは気合が違う!』

 

 「けどまだあるんだな、奥の手!ラッピー!」

 「らぴ?らっぴ!」

 

 遊馬の肩の上にいたラッピーが瞬間移動すると、ヴァイスロンの額で構える。

 

 「コンペイトウ、使用!」

 「らっぴぴぴぴぴ!!」

 

 ラッピーに秘められた力が解放されていく。金色の毛並みのムテキモードに変わる。

 

 「いっけぇええ!アルティメットスパーキング!!」

 

 そうしてムテキとなったラッピーが発射される。あらゆる障壁も波も乗り越える流星となって、カサブランカへとぶつけられる。



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第300話

 『これは・・・!』

 『負けた・・・のね。』

 

 消え入りそうなエルザの言葉とともに、カサブランカは機能停止する。

 

 『バカな、あっけなさすぎる!』

 

 「壊れる瞬間というのは、あっけないもんだよ。」

 

 何が起こったのか理解が追いつかない雄二のもとにラッピーが舞い降り、トビーが語り掛ける。

 

 今ここに戦いは終わった。恐ろしいまでにあっけなく、余韻もないほどに一瞬のうちに。

 

 「言っとくけど、もう一回ってのはナシね。」

 「納得いくか!」

 「気持ちはわかる。」

 

 怒り肩で今にもとびかかってきそうな雄二だったが、トビーは御されてカサブランカから降りるように促されるまま雄二はそれに従う。

 

 傷ついたカサブランカはエルザの姿に戻り、同じく機能が停止したヴァイスロンから遊馬も降りてくる。

 

 「さて、雄二とエルザは負けたんだから、今回は諦めてもらうってことでいいかな?」

 「諦められるか!」

 「ダメですー。」

 「どうどう雄二。負けちゃったのは確かなんだから。」

 「あんなのズルだ!」

 「そりゃ『|チート〈ズル〉』だからね。それぐらいしないと勝てないとも思ってた。」

 

 二度と使うこともないだろうと思っていたラッピーのムテキモードを抜かせたのはさすがカサブランカとしか言いようがない。雄二の頭の上で一仕事こなしたラッピーは誇らしげにしているが。

 

 「まあなんだ、理不尽のない世界という願いもわからんでもない。」

 「誰でも理不尽は避けたいですものね。

 

 武器を仕舞ったモンドと美鈴が次々に声をかけてくる。これで全員がそろったことになる。

 

 「けど、人間にはそんな理不尽とも戦っていける力があるということも知っているはずだ。俺たちや、お前たちもそうだったように。」

 「雄二さんたちの願いは、そういうものも奪い取ることではないでしょうか?」

 

 神は、人間に耐えられる試練のみ与えん。そして人は一人では生きられない。力を合わせられれば、どんな苦難をも乗り越えていけるのだ。力を合わせられるなら。

 

 「きっとこの先、フィクションじゃない現実の世界にも大きな厄災が降りかかるかもしれない。けど、それから人間を救っていいのは、同じ人間だけなんだ。神様の力で解決じゃダメなんだよ。」

 

 左手を右手で押さえるトビーが沈痛な面持ちで言うのを、雄二は黙って聞いていた。

 

 「ヒーローには誰もがなることが出来て、どこにでもいる。けど一人だけではヒーローにはなれない。」

 「そう、いつかは巣から羽ばたかなければならない。」

 「自分の殻に引きこもりのままじゃ、羽ばたく方法もわからなくなりますわ。」

 「なんか変な話の流れになってきたな。」

 

 ガシッと遊馬の両腕が屈強な腕に掴まれて引きずられる。

 

 「というわけで、こいつを連行するかわりに今回はお前の願いは諦めてくれ。」

 「ちょっ、は?」

 

 もがく遊馬だったが、不思議と力が入らない。

 

 「アスマ、ボクたちと最後のゲームをしよう。」

 「最後?なんで?」

 「今やっぱり思った。お前は現実の世界で生きなければならない。」

 「なんで?!ここにはなんでもあるのに!」

 「いいえ、ここには『なんにもない』んですの。それだけでなく、何もかも『失くしていく』んです。」

 

 美鈴は遊馬の持つゲームPODネクスを手に取る。タイムリミットは10秒を切っていた。

 

 「は、謀ったな!」

 「遊馬さん、きっと同じこと続けていくのって途中で飽きてしまうと思いますわ。」

 「その中でもお前はゲームだけは好きであり続けていたな。」

 「だから僕たちのことはキライになっても、これからもゲームのことだけはキライにならないでやってあげてね。」

 

 カウントゼロ、新しい世界が始まる。

 

 「神様がいるなら、私は願いますわ!遊馬さんに未来を!」

 「できればハードモードで。」

 

 光の幕が降りてくる。遊馬の視界を白く塗りつぶしていく。

 

 「じゃ、またな。」

 「また。」

 「サヨナラとは言わないよ。」

 

 「お前ら・・・!」

 

 遊馬の意識も、こことは違うどこかへと引っ張られていく。



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最終回

「んっ・・・おっ・・・?もうこんな時間か。」

 

 元の木阿弥って言葉がある。戦国のその昔木阿弥ってヤツがいて、そいつはある武将の影武者をしていた。ところがそのお役御免となった途端、追い出されて『木阿弥』に戻ったというのが語源だそうな。

 

 つまり何が言いたいかって言うと、今の遊馬はその木阿弥だっていうことだ。この世は万物流転、かつての引きこもり高校生も、たった数年で無精ひげを生やした冴えないおっさんに変わり果てた。ピチピチで色白だったお肌もシワとシミが増えた。手入れを怠っていたツケである。

 

 「昨日も結構飲んだからなぁ・・・たーっく。」

 

 愚痴りながらも朝の用意を始めた遊馬はトーストにかぶりつきながらテレビをつける。咀嚼を続けながらぼんやりとした目で見るニュース番組にはまだ空にはオービタルリングは浮かんでいないし、世間は火星まで開拓しにいくつもりもないらしい。ついでにアイドルをやってるイングリッドもいない。

 

 ゲームの戦士なんて泡のごとき夢幻。本当にただの夢だったのならばどんなによかったことか。だが遊馬の記憶の中には確かに存在している。もう少しで理想の世界が・・・いや、叶わない願いを見せるから夢なのか。

 

 「いかんいかん、まだ寝ぼけてら。」

 

 と、出来ることならずっと夢を見ていたいが寝ても覚めても腹は減るし、飯を食えばクソを垂れるし、口を開けば絶えず不満が出る。そういう現し世に住んでいる以上、生きていかねばならない。

 

 なぜか?遺伝子はともかくミームは遺さねばならないから。

 

 「さっ、明日が締め切りだし気合い入れてかかるか。」

 

 目も冴えるような熱々のコーヒーを流し込むと机のパソコンに体を向ける。キーボードをカタカタと鳴らすと、頭の中にしかない物語を紡いでいく。

 

 結局高校を中退した遊馬は作家になった。いささか癪だが、あの親父と同じ道を志すようになっていた。あれだけ嫌っていた父の存在だが、そのコネは大いに役に立った。まだ見習いの身だが、今度一本書いて持っていけば読んでくれるという。それだけで非常に恵まれていると言っていい。

 

 当初は平行世界の自分自身を真似て動画配信者になろうかとも思ったが、どうしても食指が伸びなかった。理由は単純、こっちの遊馬はそこまで社交的ではなかったから。少なくとも今は人に見せられるような顔のコンディションをしていない。

 

 もっとも、人との繋がりが必要になってくるというのはどんな職業でも同じだが。作家活動を続ける傍ら、アルバイトで四苦八苦している。

 

 「ふーん・・・なんかイマイチ。」

 

 ふと、キーボードを叩く手が止まった。どうにもこうにも、物語の方向性が暗く暗く傾きがちだった。暗くする、というか悲劇的にすればとりあえずドラマチックっぽく見えるからついつい多用してしまっているのだと分析はできている。

 

 こうしてつくづく思うのが、なんだかんだあの親父はうまくやっていたんだなと。自分の書きたいように書き、ついでに自分のことを曲がりなりにも養ってくれていたのだから。本当の本当に癪だが、感謝しなければならない。

 

 その自意識過剰な才能が1ミリでも遺伝してくれていたならなおよかったのだが。ともかく、今日中にそれらしい形にまで持っていきたい。

 

 「主人公は・・・平凡な存在で・・・でもヒーローに憧れてて・・・。」

 

 ああ、主人公の基本的な設定すら纏まっていない。大筋を反芻しては何か違うと取り消す。平凡な人間なぞ、強く逞しく無敵なヒーロー像とはかけ離れている。

 

 『ヒーローには誰もがなることが出来て、どこにでもいる。けど一人だけではヒーローにはなれない。』

 

 今遊馬の考えているヒーロー像というのは、一人でなんでもできてしまうような人間だ。

 

 『平凡』であるがゆえに、ヒーローという『特別』に憧れる。まるで今の自分のことのようだ。ゲームの世界ではまさしく無敵だった・・・。

 

 けれどそこから一歩外に出てしまえば、平凡でつまらないだけの自分がいた。

 

 『そう、いつかは巣から羽ばたかなければならない。』

 

 なぜ人はゲームや、空想の世界に憧れるのか?そこには自分にないものがあるからだ。現実で銃を持ってもガンマンにはなれないし、聖剣を抜いて騎士になることもできやしない。

 

 だから人は空想の世界に思いを馳せる。あれやこれが欲しいわけではない、ただその世界に行ければ・・・今いるこことは別の場所に行ければそれでいいんだ。

 

 『自分の殻に引きこもりのままじゃ、羽ばたく方法もわからなくなりますわ。』

 

 結局、ヒーローには誰でもなることが出来るが、誰にもなることはできない。

 

 もしも今でもヒーローになれる権利があるなら、きっと遊馬はそれを享受していたことだろう。その機会はもうないけれど。

 

 「はぁ・・・ダメだ頭が回らない。」

 

 机の上にも床にも栄養ドリンクの瓶や空いたお酒の缶、その他ゴミが散らばっている。気分転換に掃除を始めた。

 

 「えーっと、これは・・・もう捨てるか。こっちは・・・いる。」

 

 部屋の一角を占有していたゲームソフトの棚には埃がつもり、長らくコントローラーを握ることも無くなっていた。それよりもやるべきことがあるから、時間を無駄にはできないから。

 

 「あっ、こいつは・・・。」

 

 いくつかの小物を棚に仕舞いこんでいると、引き出しのひとつから懐かしいものを見つけた。ゲームPODネクスだ。試しにスイッチを入れてみるが反応がない。電池が入っていないようだ。

 

 夢から覚めたあの日、なにもかもを失ったことを何度も確認したものだ。今見ても背面には何も挿さってはいない。

 

 さて、こいつは捨てるか捨てないか。まだスキか、それともキライか。

 

 『僕たちのことはキライになっても、これからもゲームのことだけはキライにならないでやってあげてね。』

 

 あんなことがあったんだぞ。忌避するようになって当たり前だろう。けど捨てるに捨てられない。

 

 遊馬は過去の遺産を元の棚に戻した。あの日以来、新しくゲームを買うことも、ゲームに関する情報を集めることも無くなっていた。

 

 かつての仲間たちは、今どうしているんだろうか?掃除を切り上げてパソコンの前にまた座る。

 

 まずモンドから。『タイムライダー』最新作では、モンドの娘か息子が主人公だ。モンドは遺伝子よりも大事なものを遺せたようだ。

 

 トビーこと『レッドパーカー』は、原作コミックが映画にもなって世界中で大ヒットし、センセーションを巻き起こした。これについては遊馬も耳に入っていた。

 

 『おじょボク』のリメイクや続編が発売されて今もシリーズが続いていて、美鈴はその物語の中でも重要なポジションに納まっている。

 

 ラッピーは言わずもがな。今日もおいしいお菓子をかじっている。

 

 みんななんやかんや上手くやっているようだ。こう、同窓会で久しぶりにあった同級生が成功しているのを見ている気分になる。そのとき湧き上がる感情がどのようなものかは推して知るべし。

 

 『界拓機士カサブランカ』については相変わらず何の音沙汰もない。これから再評価されるときがくるやもしれないが、少なくとも今はまだ。

 

 カサブランカと混ざった現実世界の人々・・・ヘイヴンの仲間たちについてはもっと知る由もない。平行世界の同一人物というやつがこの世界にもいるのか、それとも影も形もないか・・・それも調べようがない。

 

 さあさ、ノスタルジーに浸るのもこれまでにして。現実を生きるとしよう。少し気分転換が出来たし、今度こそマトモな物語が・・・

 

 「書けない!」

 

 まあそう上手くいくものでもない。とにかく、凡人も凡人の遊馬はあがくしかない。目を凝らし、脳症を絞り、出てくる言葉をひたすらに打ち込んでいる。寝食も惜しんで書き続けていてもあっという間に日は暮れ、無為に時間は過ぎていく。

 

 

 

 翌日。出来上がった原稿を見直しながら遊馬は目をこする。細かい誤字や脱字はないはずだ。抜けているものと言えば、主人公の『動機』ぐらいなものか。

 

 「平凡な主人公はヒーローを目指す・・・なぜ?」

 

 また根本的な話だ。なぜ戦う?なぜ守る?なぜ生きる?なにもわからないまま戦うのはただ空しいだけ。

 

 なにより、人を突き動かす感情や動機というのはキャラクターや物語の『リアリティ』にも関わってくる。なにせ、彼らも空想の中とはいえ『生きている』のだから。

 

 人は誰も神様(クリエイター)の操り人形ではない。世界に生かされているのではなく、人が生きて世界が廻る。

 

 「・・・その法則を守るために戦うとか、どうだろう?」

 

 平凡であるがゆえに、平凡を望む。ある日、世界の法則に気づいた主人公は、その法則が脅かされるていることを発見し・・・。

 

 「『脅威』をそういう風に書き換えれば・・・うん、なんとかなるかも。」

 

 原稿を持っていく時間までまだ少々暇がある。全力で修正と訂正を行えば何とかなるかもしれない。いや、そうしなければならない。

 

 「でーきたできた♪」

 

 徹夜のおかげでなんだか変なテンションになってきたが、おかげでいいものが書けた気がしている。もうこれ行こう。さっそく原稿を持っていこう。

 

 「あっ、ヒゲ剃らないといけないか。」

 

 鏡を見たとき、キュウとお腹も鳴いた。生きていれば腹も減るし、体も汚れる。そんな当たり前のことに今気づいた。

 

 「たまには、おいしいものでも作りたいな・・・帰りに何か材料を買ってこよう。」

 

 少しだけ、世界に色が取り戻されてきたような気がした。我ながらなんとも単純な性格をしていると少し恥ずかしくなった。

 

 「一仕事終わったし、ゲームも買おうかな。」

 

 そして生きていればあれもこれもと欲が出てくる。その欲望を満たすにはまたお金を稼がねばならなくて、金は天下の回り物というわけだ。

 

 「・・・そうか、こうして世界を廻していけばいいのか。」

 

 自分はとてもヒーローとは呼べないちっぽけな人間だけど、それでも誰かを楽しませたりはできる。そういう仕事に就こうとしている。

 

 「ヒーローは誰でもなれる・・・か。」

 

 ただ生きること、それだけでも大変なことだ。でも生きてるだけでヒーローになれる。そう思えば楽勝かもしれない。

 

 『人生』というゲームは、思い方次第でクソゲーにも神ゲーにもなる。どうせ同じ時間をかけてやるなら神ゲーをやりたい。

 

 僕は遊び尽くす、人生というゲームを。

 

 「・・・っとこんなところか。」

 

 印刷した原稿に、ボールペンで少し書き足す。『生きているって素晴らしい』と自分の言葉で。

 

 「さあ、行こう。」

 

 玄関を開けて、外の世界へ飛び出す。




 これにてダークリリィ完結です。完結まで書いたのはこれが初めてなので、本当にぬわ疲れました。ここまでこれたのも今まで応援してくださった皆さんのおかげです。ほかの作品を書くときもまた応援よろしくお願いします。

 本当は原稿を持って行った先でシェリルと再会するというシーンを描こうと思いましたが、少々助長になるかなと思いカットしました。

 遊馬が自分で歩いていく物語なので、もうこの続きを書くことはありません。いままでありがとうございました!


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