悪の帝国に忠誠を ~最愛の人の為に、私は悪に染まる事にした~ (カゲムチャ(虎馬チキン))
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1 プロローグ

ハーメルンの皆様、お久しぶりでございます。
カゲムチャです。
この度、訳あってなろうとのマルチ投稿を始める事にしました。
詳しい事情が知りたいという物好きな方は活動報告へどうぞ。
そして、そんな作者の都合なんざどうでもいいんだよボケェ! という方は本編をどうぞ。


 この国は腐っている。

 根本から腐りきっている。

 私『セレナ・アメジスト』は生まれて一年もしない内に、その事に気づいた。

 

 私には前世の記憶がある。

 平和で、人権というものが重んじられていた国、日本で生まれ育ち、事故に遭って若くして死んだ記憶だ。

 私は生まれた瞬間からその記憶を持っていた。

 死んで生まれ変わった訳だから、これは所謂、転生というやつだと思う。

 当たり前のように魔術っていう不思議な力が使えたから、転生は転生でも、ほぼ間違いなく異世界転生だな。

 それも、私の推測が正しければ、それなりに特殊な部類の。

 前世の私はその手の創作物が好きだったから、転生したという事自体は割とすんなり受け入れられた。

 

 そして、現代日本人の記憶を持っているからこそ、私にはこの国の酷さがわかる。

 この国『ブラックダイヤ帝国』では、特権階級である貴族以外の人々、所謂平民と呼ばれる人達の人権が非常に軽視されているのだ。

 貴族の機嫌を損ねれば、その場で殺されて当たり前。

 美しい女性が貴族の目に留まれば、例え既婚者やラブラブカップルであろうとも、性奴隷として連れて行かれてしまう。

 それどころか、戯れに誘拐され、拷問にかけられる事すらある。

 魔獣という化け物の前に放り出して、無惨に惨殺されるのを見て楽しむ遊びもあるとか。

 子供が無邪気に虫を解体して楽しむように、貴族は平民を玩具にして楽しむのだ。

 抵抗すれば、勿論処刑。

 一族郎党皆殺しもあり得る。

 そんな悲劇が、この国にはありふれている。

 ひっどい。

 

 そして、それが咎められる事はない。

 貴族であるという、ただそれだけの理由で人を殺しても許されるのだ。

 罪にすら問われないのだ。

 何故なら、国の法がそれを許しているから。

 むしろ、貴族は平民を同じ人間として扱っていない。

 酷い!

 酷すぎる!

 どいつこいつも腐ってやがる!

 

 この国では、貴族に生まれなければ、明日の命の保証すらない。

 だが、貴族に生まれれば安心できるのかと言えば、否だ。

 貴族は貴族で色々とある。

 跡目争いで血を別けた兄弟に殺されかけたりとか。

 立場の低い側室の子とかに生まれた奴が、腹違いの兄弟や親にまで虐められるとか。

 そういう事があるのだ。

 というか、それ私の話なんだがな!

 

 我が実家であるアメジスト家は、伯爵という貴族の中でもそれなりに高い身分を持ってる。

 それなりに大きな領地も持ってるし、貴族社会への影響力もそれなりにあるらしい。

 ただし、私の母親は貴族の中で一番下の男爵家出身の側室で、しかも私を生んですぐに亡くなってる。

 おまけに、母親の実家である男爵家は、領地のあれこれだか政治的なゴタゴタだかで弱りきってるらしい。

 つまり、私には後ろ楯が何もない訳だ。

 

 それ故に、家の中では使用人並みに軽んじられ、いない者として扱われ、時には意味もなく殴られる事すらある。

 ストレス発散のサンドバッグ扱いだよ。

 ざけんな!

 

 そんな私に優しくしてくれるのは、天使な同腹の姉だけ。

 それ以外はクソだし、しかも念の為なのか何なのか知らないけど、臆病者の長男とかには暗殺者を仕向けられる始末。

 私まだ5歳の幼女なんだが?

 幼女にする仕打ちじゃねぇだろ!?

 

 正直、その暗殺者を退けられたのは奇跡だった。

 魔力という不思議パワーに目覚めてなかったら死んでた。

 ご都合主義で魔術が使えなければ死んでた。

 ありがとう、魔力。

 ありがとう、魔術。

 まあ、おかげで兄には更に警戒されたけどな。

 

 こんな感じで、貴族に生まれても死の危険が常に付きまとう国なのだよ、ここは。

 いや、私の場合は、その中でも輪をかけて危険な気がするけれども。

 下手したら、そこらの平民よりも過酷な人生送る事になるんじゃないか、これ?

 おのれ神、こんな環境に転生させやがって。

 神がいるなら絶対にシバく。

 シバキ倒してやる。

 

「でも、なっちゃったものは仕方ないよなぁ……」

 

 天に唾吐いたところで何にもならない。

 だったら、自分にできる事をした方がいい。

 前向きさは、私の数少ない自慢なのだから。

 

「よし! 気を取り直して、今日も秘密特訓といこうか!」

 

 私はそう宣言し、自分の内側に意識を向けた。

 身体の内側にある、前世では全く感じなかったエネルギー、魔力を感じる為だ。

 魔力を感じ取ったら、次はその魔力に形を与え、体外へと放出する。

 これはイメージが大事。

 魔力は術者のイメージに合わせて形を変え、魔術という現象となってこの世に顕現する。

 

「『氷結(フリーズ)』!」

 

 そうして作り上げたのは、氷属性の初級魔術である『氷結(フリーズ)』。

 冷気を発生させる魔術。

 それによって、私が特訓に使っている森の中の秘密基地周辺が凍りついた。

 そして、瞬時に氷だけを砕いて元の風景へと戻す。

 うーん。

 狙った範囲、誤差3センチ前後ってところかな。

 それに、葉っぱとかは氷ごと砕けちゃってる。

 この誤差を1ミリ以内に、そして狙った事以外の影響を限りなく0にするのが今の目標だ。

 そこまでの精密コントロールができるようになれば、やれる事の幅がグッと広がる。

 目的の魔術にも大きく近づくだろう。

 

 ちなみに、本気を出せば、秘密基地周辺だけじゃなく屋敷ごと凍らせる事もできるけど、あくまでも秘密特訓なので加減してる。

 あと、なんとなく、この魔術の才能のせいで兄に狙われたんじゃないかなーって思ってるから、できるだけ人前で魔術を使わないようにしているのだ。

 今のところ、色々と見せる相手は一人しかいない。

 

 あと、なんで氷魔術を使ったのかと言うと、私が氷以外の魔術を殆ど使えないからだ。

 これは私に氷属性以外の才能がないとかじゃなく、この世界の魔術の仕様である。

 私が凡人な訳じゃないので、そこんとこくれぐれも勘違いしないように!

 

 この世界の魔術には火とか水とかの属性があって、魔術師はその属性の内のどれか一つを宿して生まれる。

 そして、魔術師は自分が持ってる属性と、魔力さえあれば誰でも使える無属性魔術以外の魔術を使う事はできないのだ。

 若干不便に感じるけど、そもそも魔術師、というより魔力を身に宿して生まれる人間は万人に一人って話だし、使えるだけ儲けものと思わないと。

 

 と言っても、魔力というのは遺伝するらしいから、この国を設立した大魔術師達を先祖に持つと言われている貴族は殆どが魔術を使えるんだけどな!

 要するに、私だけが特別な訳じゃないって事だ。

 貴族がこんだけ腐りきった暴政を敷いても革命とかが起こらないのは、平民の兵士が100人集まっても、戦闘員でもない貴族の魔術師一人にすら勝てないからっていうのが最大の理由だし。

 だから、貴族が選民意識で調子に乗る訳だ。

 

 でも、そんな貴族の中でも、私はそれなりに強い魔術師だと思う。

 何せ、生まれた時から鍛えまくってるし。

 魔術の威力も、魔術を使い続ける為の魔力量も、鍛えれば鍛えるだけ上がっていく。

 普通の貴族が、勉強だ、社交だ、学校だ、お楽しみだ、なんだとやってる間、私はずっと血反吐を吐く程に魔術を鍛え続けてるのだ。

 これで魔術まで他の奴らに負けたら、さすがに惨め過ぎるわ。

 だから今日も、私は魔術を鍛え続ける。

 いつか、この力で、この腐った国から逃げ出してやるんだと誓いながら。

 

「あ、やっぱりここに居た! 今日も頑張ってるね、セレナ」

 

 そうして秘密特訓を続ける私の元に来客があった。

 これが招かれざる客だったら、常時発動してる無属性の上級魔術『探索魔術』という見◯色の覇気みたいな魔術で気配を察知し、即座に痕跡を隠蔽して逃げる。

 でも、この人は招かれざる客ではない。

 むしろ、ウェルカム! と叫びたい程に招きたい客だ。

 

「エミリア姉様!」

「わっ」

 

 私はその客人、この家で唯一私に優しくしてくれる同腹の姉にして、この腐りきった国に舞い降りた天使、エミリア姉様に抱き着いた。

 そのまま頬擦りを開始する。

 わぁ、姉様からいいにおいがするー。

 人間性って香りにまで現れるんだなー。

 相変わらず、とろけるような優しい香りだよー。

 

 エミリア姉様は、私より5つ歳上の10歳だ。

 しかし、10歳にして既に他の家族(クズ)どもとは何もかもが違う。

 まず、なんと言っても優しい。

 他の家族(クズ)みたいに、私や使用人達に当たり散らして拷問部屋に連行するなんて事は勿論しないし、それどころか被害者の不幸を我が事のように悲しんで、待遇改善を父親や正室に願い出たりしてくれる。

 時には、哀れな被害者をこっそり逃がす事だってある。

 自分だって私同様、後ろ楯がないにも関わらずだ。

 その行いが当主である父親の不興を買いでもしたら一巻の終わりなのに、そんな事はお構い無しとばかりに人助けを敢行する人なのだ、この人は。

 聖人か!

 いや天使だ!

 

 姉様の迸る大天使オーラがなければ、私は早々にこの第二の人生に絶望して首でも括ってたかもしれない。

 いつか私がこの国から逃げ出す時は、必ず姉様も一緒に連れて行く!

 そして、ここから遠く離れた国で、姉妹二人幸せに暮らすのだ!

 私の迸る姉様への愛は誰にも邪魔させねぇぜ!

 

「うへへ、姉様~!」

「ふふ、相変わらず甘えん坊さんね、セレナは」

 

 そりゃそうですよ。

 姉様しか甘えられる相手がいないもの。

 今は存分に甘えるし、私が頼れる大人の女になったら、今度は私が姉様を甘やかすんじゃあ!

 近々起こる革命なんかに絶対巻き込ませない!

 姉様は私が守る!

 

 ……そう、この国では近い内に革命が起こる。

 ソースは、私が前世から持ってきた知識。

 これが当たる確率は高い。

 そして、革命なんて起きた日には、ウチみたいなクソ貴族、真っ先に処刑されるに決まってる。

 別に他の家族(クズ)どもがどうなろうと知ったこっちゃないけど、エミリア姉様がそれに巻き込まれる事だけはあってはならならない。

 絶対に。

 

 革命が起こる正確な時間は、逆算して大体予想できる。

 だから、それまでに何としても魔術を極め、姉様と一緒に帝国から逃げ出す!

 それが私の生まれて来た意味なのだ!

 

 そう決意を新たにしつつ、今日は姉様に修行の成果を見せて褒められたり、姉様が学校で学んできた事を教えてもらったりしてイチャイチャした。

 いや、うん、ほら、これは必要な事なんだよ。

 10歳になって貴族の学園に通い始めた姉様は忙しいから、最近はこういうイチャイチャタイムが滅多に取れないんだよ。

 腹が減っては戦はできぬ。

 ラブパワーが不足しても戦はできぬ。

 だから、これは必要な事なのだ。

 戦士の休息なのだ。

 

 そうして、しっかりと姉様成分とラブパワーを充填し、私のやる気スイッチは押され、モチベーションは頂点を極めた。

 よし!

 明日からも頑張るぜ!



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2 ここはゲームの世界なのさ! な、なんだってー!?

 突然だが、言わせてもらおう。

 私が転生したこの世界は、とあるゲームをモデルとした世界であると!

 

 根拠はある。

 始まりは、私が転生してから数ヶ月が経ち、使用人達の会話を聞いて必死で言語習得を目指していた時の事だ。

 『ブラックダイヤ帝国』という名称を小耳に挟んだ瞬間、とある疑念が私の中に生まれた。

 

 その時はまだ偶然の一致かなーと思ってたんだけど、それ以外にも続々と私の知っているゲーム内で登場した名称が聞こえてきて疑いを強め。

 ウチのクソ家族の不興を買った哀れな使用人が翌日、明らかに拷問を受けたとしか思えない怪我を負ってたり、忽然と姿を消したり、死体で発見されたり、メイドがクソ親父にレ◯プされてるのを見たりして、この家のヤバさを知って更に疑いを強め。

 私の知っている練習法で魔術が使えた時点で、ほぼ確信し。

 姉様にこの国の歴史が書かれた本とか、その他諸々を読み聞かせてもらった時、確信は完全なものとなった。

 

 結論を述べよう。

 この世界は王道ダークファンタジーの傑作として一世を風靡した人気バトルRPG『夜明けの勇者達(ブレイバー)』の世界であると!

 私も結構好きだったゲームだ。

 攻略本とかファンブックとか買ってたし、アニメ化された時はしっかりと録画してた。

 

 では、このゲームのシナリオを説明しよう。

 

 魔力という圧倒的な力と権力を笠に着た貴族達が暴虐の限りを尽くし、民を虐げる悪の帝国『ブラックダイヤ帝国』。

 そんな国に生まれるも、優しい父親に守られ、残酷な真実を見ないようにしながら、辺境の村の片隅で静かに育てられた主人公。

 しかし、主人公が15歳の頃、村に道楽貴族がやって来る。

 そして、その道楽というのが、ご存知帝国クオリティ。 

 村人達を魔術の的にして殺していく、殺戮ハンティングゲーム。

 それが当時、貴族の間でプチ流行していた道楽だったのだとか。

 まさに鬼畜の所業。

 頭おかしいんじゃなかろうか。

 

 それはともかく、その道楽クソ貴族の手によって、主人公は目の前で大勢の知り合いや友達、そして優しかった父親を殺された。

 その時、怒りと悲しみと殺意の波動に目覚めた主人公は、なんと貴族以外は万人に一人しか持たない筈の力、魔力に覚醒してクソ貴族をぶっ殺し、復讐を果たしたのだ。

 なんという主人公力。

 

 しかし、勿論これで終わる話ではない。

 むしろ、ここからが始まりだ。

 

 貴族を殺して生き残ったはいいものの、村は完全に崩壊し、村人は全員死亡。

 それによって、主人公は住む場所を失った訳だ。

 なので、主人公は村人達の墓を作って埋葬した後、近くの街を目指して旅立つ事になる。

 そこで改めて帝国の闇を目にする事になるとも知らずに。

 

 街に着いた主人公は、ある宿屋に泊まった。

 傷心の主人公を宿屋の看板娘が気にかけてくれて、ギャルゲーだったらフラグが立つような状況になるが、残念、この世界で立つのは恋愛フラグではなく死亡フラグである。

 案の定、今度はその看板娘がクソ貴族の標的になります。

 玩具としてクソ貴族に連行される看板娘。

 それを沈痛の表情で見つめながらも、助けようとはしない人々。

 

 それを目の当たりにし「どうして助けなかったんですか!?」と声を大にして叫ぶ主人公。

 しかし、それに答えるのは「仕方がないんだ……!」という宿屋の店主、つまり看板娘の父親の苦しみに満ちた声。

 そこで主人公は帝国の闇を、真の帝国の姿を知る事になる。

 即ち、貴族が魔力と権力を振りかざして悪逆の限りを尽くし、民衆は歯を食い縛りながらそれに耐えるしかないという残酷な現実を。

 それを知った主人公は愕然とする。

 自分が味わったような理不尽な悲劇が、この国にはありふれているという驚愕の真実を知ったんだから当然の反応だと思う。

 

 そして、その事にどうしても納得がいかなかった主人公は、夜に看板娘を拐って行ったクソ貴族の屋敷に魔力を使って侵入する。

 なんともアグレッシブな事で。

 だが、主人公が侵入したのは、ウチと同じ伯爵家というそこそこの権力を持った貴族の家。

 そういう所には当然、護衛の兵士がいる。

 それも魔力を持った護衛である騎士が。

 村を襲った非戦闘員の道楽クソ貴族とは訳が違う。

 ちゃんとした魔術の訓練を受けた騎士複数人に囲まれては、いかに主人公補正を有する主人公と言えども勝てない。

 主人公はその中でもやたら強い騎士にあっさり捕らえられ、クソ貴族のベッドルームに連行される。

 そこで、助けに来た看板娘を目の前でレ◯プされながら処刑されるという、SAN値チェックが入るような展開に突入する訳だ。

 

 しかーし!

 ここで主人公補正さんが本格的に仕事を開始した。

 

 主人公を捕らえたやたら強い騎士は、実はなんと悪の帝国を打倒すべく暗躍する組織、革命軍のスパイだったのだ!

 な、なんだってー!?

 そして、クソ貴族のあまりの蛮行に遂に堪忍袋の尾が切れ、主人公の愚直に正義を求める姿に、革命軍としての正義の心を刺激されたスパイさんは、主人公のとてつもなく強い魔力をここで失わせるのは惜しいという打算、もとい言い訳を用意して主人公を救った。

 クソ貴族と護衛を皆殺しにし、拐われた人々を解放しつつ屋敷に火を放って、全てを有耶無耶にしたのだ。

 やりすぎじゃね? と思う主人公だったが、敵に情けや容赦をかけるような軟弱な事してたら、革命なんて大事は成せないとスパイさんに論破される。

 

 そうして、なし崩し的に革命軍なんて存在を知ってしまった主人公は「知った以上、逃がさねぇからな」と言うスパイさんによって、組織へと強制連行。

 そこで、悪の帝国を打倒し、この国を平和にするという革命軍の理念に共感して、主人公は革命軍の一員になるのである。

 これが『夜明けの勇者達(ブレイバー)』のプロローグ。

 その後は、帝国の幹部達との死闘を繰り広げたり、ヒロインとの戦場ズラブを繰り広げたり、主人公の出生の秘密が明かされたりして、最終的には革命を成功させてハッピーエンド。

 それが『夜明けの勇者達(ブレイバー)』の大まかなシナリオ。

 

 さて、おわかり頂けただろうか?

 このシナリオ通りに進んだら、まず間違いなく我が家は破滅するという事に。

 

 だってウチの家族、エミリア姉様以外全員クソだし。

 使用人や私へと度を越したパワハラは当たり前、平民を拐って来てチョメチョメとかも普通にヤってる。

 おまけに、ウチのクソ親父は結構な野心家のようで、腐敗国家の中心である皇帝に思っきしゴマすってます。

 うん、断罪されない理由がねぇな!

 このままじゃ、私やエミリア姉様も連座処刑で打ち首獄門だぜ、ウェーイ!

 ふっざけんじゃねぇよ!?

 私はともかく、エミリア姉様が処刑されるとか許されていい訳ねぇだろうが!?

 

 という訳で、私がやるべき事は主人公や主人公の味方キャラを人知れず始末して、革命を起こさせないようにする事、などでは断じてない。

 革命が起きる前に、姉様を連れて帝国から脱出する事だ。

 まあ、帝国は他の国とかにもガンガン戦争仕掛ける、クソ迷惑な侵略国家なので、戦場と化してる国境を越えるのは至難を極めるだろうけど。

 そうじゃなくても、国として整備されてないところには危険な魔獣が出るし。

 ただでさえ国を跨ぐような旅には食料問題だの水問題だの色々とクリアしなきゃならない問題があるのに、そんな危険地帯を抜ける旅となると、更に相応の戦闘力なりなんなりが必要になってくる。

 そこは成長した私の魔術によるゴリ押しを目指すしかないね。

 氷で作った飛行機で高度3000メートルを飛ぶとかできれば、なんとか行けるんじゃないかな?

 そんな事できんのかと言われると難しいけど、それでも革命が本格的に始まる約10年後までにはできると思う。

 私の成長っぷりは凄まじいからな!

 

 あと、もう一つの問題は、姉様の性格かなー。

 だって、エミリア姉様ってぐうの音も出ない聖人だもんよ。

 虐げられてる使用人や国民を見捨てて自分達だけ逃げよう! って言っても断られる未来しか見えねぇ……。

 でも、これは大した問題じゃない。

 最悪、気絶させて拉致ってしまえばいいのだ。

 それをしたら確実に私は嫌われるだろうけど、私への好感度と姉様の命じゃ天秤にかけるまでもない。

 姉様が助かるのなら、私は鬼にだってなってやらぁ!(血涙)

 

 そうして、私は目的意識と危機感をしっかりと持って魔術に打ち込んだ。

 帝国を脱出した後の為に、休憩時間や姉様とのイチャイチャタイムで色んな事を学習する事も怠らない。

 大丈夫、なんとかなる。

 ひっどい世界だけど、これだけ順調に行ってるんだから、少なくとも私達が生き残るくらいならなんとかなる。

 この時の私は素直にそう思っていた。

 

 

 

 

 

 しかし、それから数年後。

 私は思い知る事になる。

 この世界はどこまでも残酷で、その残酷さは当然私にも適応されるのだという事を。

 文字通り身を以て思い知る事になる。

 

 そして、同時にこうも思った。

 こうしていた時間が、エミリア姉様が側にいたこの時間こそが、私の人生で一番幸せな時間だったのだと。

 後から振り返った時、本当に心の底からそう思ったのである。



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3 回り出す破滅の歯車

「い、今なんて……?」

 

 私が転生してから10年が経ち、もうすぐ10歳の誕生日を迎えようかという頃。

 私は敬愛するエミリア姉様から絶望的な事を告げられ、絶句した。

 聞き間違いであってほしい。

 肯定の言葉なんて聞きたくない。

 エミリア姉様の声を聞きたくないなんて思ったのは初めてかもしれない。

 

「うん。私、結婚する事になったの」

「ノォーーー!」

 

 聞き間違いじゃなかった、チクショウ!

 ふざけんなよ!?

 私がもうすぐ10歳って事は、エミリア姉様は15歳だぞ!

 ロリ婚反対!

 まだ学園だって卒業してないのに!

 おまけに、もう少しで逃走用の魔術が完成するという、このタイミングで!

 しかも! しかも!

 

「こ、これは私の聞き間違いですよね? 姉様の結婚相手が……」

「うん。皇帝陛下」

「ジーーーザス!」 

 

 まさかの!

 まさかの皇帝!

 私は頭を抱えた。

 だって、今の皇帝ってゲームのラスボスやぞ!?

 そうじゃなくても、姉様と大して歳の変わらない子供がいるおっさんやぞ!?

 おまけに、側室を囲いまくってハーレム作ってる女の敵やぞ!?

 ざけんな!

 

「い、一応聞きますけど、断る事は……」

「無理だね。そんな事したら我が家はお取り潰しになっちゃうと思うよ」

「ですよねぇ……」

 

 ウチが潰されるだけなら別にいいんだけど、多分、というか間違いなく、家がなくなって貴族じゃなくなった姉様は強制連行されるよね。

 嫁じゃなくて性奴隷として。

 今の皇帝はそういう奴だもん。

 ふっっっざけんな!

 あのクソ国家の愚王め!

 殺してやるぅ!

 ぶっ殺してやるぅ!

 

「なんで……! なんで、こんな事に……!」

 

 原因はわかってる。

 姉様の通ってる貴族学校に皇帝が視察に来て、そこで姉様を見初めてしまったのだ。

 たった今、本人に聞いた。

 まあな!

 ウチの姉様は美人で優しくて優秀で天使だからな!

 私の迸る愛によるフィルターを通さなくても、ウチのクソ親父が私同様の扱いを姉様にしないで学園にまで通わせてたって時点で、姉様自身に凄まじい価値があるって事がわかるだろう。

 

 そう。

 本来、エミリア姉様と私は同じ立場の筈なのだ。

 だって、姉様と私は同腹の姉妹。

 同じ母から生まれた。

 つまり、姉様が持っている親関連の後ろ楯は、私と同じで全くの0。

 本来なら姉様も私と同じく、いない者扱いされ、他の家族(クズ)どもから冷遇されてなきゃおかしい。

 

 加えて、姉様はぐうの音も出ない聖人だ。

 ぐうの音も出ない畜生である他の家族(クズ)どもとは、よく使用人達の扱いとか、拐って来た平民の扱いとかで揉めてた。

 家族(クズ)どもからしたら、さぞ鬱陶しかったに違いない。

 だったら、むしろ私以上に冷遇されて、文句を言う権利ごと剥奪されるのが自然だ。

 まあ、そんな事になってたら、私が暴走して一家氷殺事件が起きてただろうけど。

 

 そうならなかったのは、ひとえに姉様に価値があったから。

 まず第一に、姉様は美少女だ。

 サラサラの白髪、宝石のように輝くアメジスト色の瞳、均整の取れたナイスバディ。

 ホントに私と同じ血が流れてんのかと疑うレベルで美少女だ。

 私が何度、禁断の恋に目覚めかけた事か。

 それだけの美貌があれば、玉の輿を狙わせて、より上位の貴族と縁を結ぶ事もできる……とか考えてたんだと思う、あのクソ親父は。

 

 次に、姉様は優秀である。

 イチャイチャタイムで教えてくれた勉強とかは、明らかに難しい内容を、私にもわかりやすいように噛み砕いて教えてくれてた。

 それって、姉様がその内容を完璧に理解できてないとできない芸当だからね。

 

 おまけに、姉様は魔術も凄い。

 元々の才能も凄いんだけど、それに加えてゲームシステムという名のこの世界の魔術習得の理をほぼ完全に理解している私が色々と教えたせいで、本当に凄い事になってるのだよ。

 具体的に言うと、10年に一人の天才とか呼ばれるレベル。

 さすがに、人生の殆どを魔術に費やしてる私程じゃないけど、それでも魔術だけなら戦場で優秀な騎士としてブイブイ言わせてるクソ親父より強い。

 尚、クソ親父はアレでも帝国全体でトップ50に入るくらいには強いって話です。

 魔術の上達は発言力の上昇と死亡率の低下に直結するからね。

 そりゃ、全力で仕込みましたとも。

 

 さて、ここまで話せばおわかり頂けただろうか?

 姉様の凄まじさと麗しさと尊さと素晴らしさとクソ家族どもに冷遇されない理由が。

 私なんぞとは訳が違うのだよ!

 そのせいで皇帝の目に留まっちゃったんだけどな!

 あいつ、優秀な奴が大好きだから!

 クソがぁ!

 原因がわかってても嘆かずにいられるか!

 

「……セレナ、ごめんね。あなたを一人にしてしまう。寂しい思いをさせちゃうし、辛い思いもさせちゃうと思う。

 でも、困った時は私の使用人達を頼……」

「そんな事はどうでもいいんです!」

「ええ!?」

 

 私は吠えた。

 

「それより、私は姉様の方が心配です!」

 

 私の安否なんてどうでもいい事より、姉様の安否の方が百億倍大事だよ!

 数字で書くと、10000000000倍!

 いや、やっぱりこんなんじゃ足りない!

 全然足りない!

 私の姉様への気持ちも心配も、百億の百億乗くらい数字がないと表現できないんだよぉ!

 

「わかってるんですか!? 姉様は権謀術数が渦巻き、魑魅魍魎が跋扈する宮殿に行くんですよ!? しかも後宮! 醜い女の争いが絶えない危険地帯に!」

 

 今の皇帝には正室がいない。

 10年くらい前の帝位継承争いに巻き込まれて死んだからだ。

 それ以来、皇帝は新しい正室を娶る事なく、気に入った女をホイホイ側室にして後宮に押し込み、ハーレムを作っている。

 まさに女の敵!

 しかも厄介なのは、正室がいないって事で、全ての側室の立場が表向き対等ってところだ。

 つまり、世継ぎを生むなり皇帝に気に入られるなりすれば、かなりの権力を得られてしまう。

 それこそ、下手したら国母になれるくらいの権力を。

 そうなれば始まるに決まってるっしょ。

 親類までガッツリ巻き込んだ、醜い女の争いが!

 

 そこに姉様を放り込んだらどうなると思うよ?

 命狙われるに決まってんだろ!

 ただでさえ、姉様はクソ貴族どもに嫌われる聖人天使なんだから、そういう権力目当てのクズどもから目の敵にされる未来が目に見えてるんだよ!

 

 おまけに、今は革命の時がすぐ近くにまで迫ってるんだぞ!?

 はーい、突然ですが、ここで問題です。

 革命が成功した時に、皇帝の妻なんて立場にいる人間はどうなるでしょうか?

 答え、連座処刑で打ち首獄門に決まってんだろ!

 しかも、後宮は出入りできる人間がかなり限定されてる上に、当然、警備も国内トップクラス。

 私がこっそり潜入して姉様を拐って行くなんて不可能に近い。

 どないせいっちゅうねん!?

 

「姉様が男の毒牙にかかるってだけでも耐え難いのに、嫁ぎ先が命の危険しかない場所だなんてあんまりですよぉ!」

 

 私は慟哭した。

 慟哭しながら姉様に抱き着き、胸に顔を埋めながら咽び泣く。

 姉様は、そんな私を優しく抱き締めながら頭を撫でてくれた。

 離したくない、この温もり。

 でも、それはできない。

 今の私じゃ国外までは逃げ切れないし、国内に潜もうにも、皇帝に目をつけられた以上はすぐに見つかる。

 見つかれば多分私は殺され、姉様は性奴隷コース一直線だ。

 そんな危険な賭けはできない。

 

「うー! うー!」

「ごめんね……ごめんね、セレナ……」

 

 奇声を発しながら泣き続ける私を、姉様はいつまでも優しく抱き締めてくれた。

 姉様が謝る必要なんてない。

 でも、そういうところが姉様の魅力なんだと思う。

 その魅力も、もうすぐ皇帝のクソ野郎に奪われてしまう。

 だったら、だったら、せめて……

 

「姉様」

「何、セレナ……っ!?」

 

 私は姉様の胸に埋まっていた顔を上げ、そのまま姉様の唇を奪った。

 ただのキスではなく、大人のキッスである。

 

「!? !? !?」

 

 姉様は驚愕と混乱で動きを止め、されるがままになっている。

 そして、キッスを終えた瞬間、真っ赤な顔で唇を押さえた。

 超可愛い。

 

「セ、セレナ!? な、ななななな何を!?」

「皇帝に奪われる前に奪っちゃいました。姉様のファーストキス」

「っ!?」

 

 ちゃんと言葉にしたら、姉様の顔が更に赤くなる。

 熟れたリンゴみたいで美味しそう。

 食べちゃいたい。

 

「姉様の初めての相手は私です。運命の相手は皇帝なんかじゃなくて私です。誰がなんと言おうと私です。

 だから、そんな私はなんとしてでも運命の相手である姉様の隣へと戻ります。

 待っててくださいね」

「へ?」

「待っててくださいね」

「う、うん」

 

 よし! 

 言質は取ったぞ!

 絶対に迎えに行くから覚悟しててくださいね、姉様!

 さながら物語のヒーローのように、颯爽と姉様(ヒロイン)を救い出してやるぜ!

 

 私はこの日、姉様が嫁に行ってしまうという残酷な現実を受け入れ、一刻も早く助け出すという決意を固めた。



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4 姉との別れ

「姉様ぁ! お元気でぇ!」

「うん。セレナも元気でね」

 

 あの濃厚なファーストキスの日から僅か10日。

 私は、最後の自由時間を使って会いに来てくれた姉様と、涙なしでは語れない感動の別れをしていた。

 

 そう。

 姉様に私と会う時間があるのは今日が最後なのだ。

 自分の血族が皇帝に嫁ぐのがよっぽど嬉しかったのか、クソ親父はたったそれだけの期間で結納の準備を整え、姉様がお嫁に行く日がもう来てしまったのだから。

 クソ親父め、余計な事を。

 いつか殺してやる。

 ちなみに、皇帝が側室を迎えるなんて最近じゃそこまで珍しくもないって事で、結婚式とかの式典は全部なしだってさ。

 私の天使がぞんざいに扱われてて腹立つ。

 まあ、気合いを入れて盛大な結婚式を開かれても、それはそれで腹立つけども。

 果たして、どっちがマシなのか。

 逃げやすくなるって意味では、あんまり興味持たれない方がいいのかね。

 だからと言って、私の怒ゲージが下がる事はないけどな!

 

「あ、そうだ! セレナ、はいこれ」

「え?」

 

 姉様はポケットから何か取り出して私にくれた。

 姉様からの贈り物なら、例えダンゴムシの糞とかでも嬉しいけど、これは小さな手の平サイズの箱だ。

 

「誕生日プレゼントだよ。セレナ、今日誕生日でしょ?」

「あ!?」

 

 完全に忘れてた!

 姉様結婚のショックが大きすぎたのと、度々ファーストキスを思い出して赤面する姉様が可愛い過ぎたせいで。

 私の誕生日は姉様以外に祝ってくれる人がいないけど、逆に言えば姉様が祝ってくれる素晴らしい日だと言うのに!

 

「あ、ありがとうございます! 開けてみてもいいですか?」

「いいよ」

 

 お許しが出たので、小箱を慎重に開ける。

 この小箱も捨てはしない。

 大事な宝物として、秘密基地の地下にある私の城に保管しておくのだ。

 そうして小箱を開け、中に入った物を取り出す。

 

「ペンダント!」

 

 そこにあったのは、氷っぽいシンプルなデザインをしたペンダントだった。

 私も姉様も氷の魔術師だから、これにしてくれたんだと思う。

 姉様が私の為に選んでくれたってだけで天にも昇る気持ちだ。

 しかも、

 

「わぁ~!」

 

 このペンダントは、ロケットペンダントだった。

 つまり、チャームの所が開閉式になっている。

 そこを開けると、なんと花嫁衣装を身に纏った姉様の写真が!

 なんと麗しい!

 私が嫁に貰いたかった!

 

「離れてても私の事を忘れないでいてくれるようにって思って……は、恥ずかしいから、あんまり見ないでね!」

 

 姉様が恥ずかしがっていらっしゃる。

 めっちゃ愛おしい。

 そして、めっちゃ嬉しい。

 一日に365回は拝ませて頂こうではないか!

 

「ありがとうございます姉様! 大切にします! 生涯の宝物にします!」

「う、うん。とりあえず気に入ってくれたみたいでよかった」

 

 最高のプレゼントですよ!

 他の誕生日プレゼントは私の城に保管してあるけど、これは肌身離さず私が死ぬまで付け続けよう!

 

「あ、私が付けてあげるね」

「ホントですか!?」

 

 しかも、姉様が付けてくださるとは!

 絶対死ぬまで外さない!

 いや、むしろ、死んでも外さないぞ!

 

「ど、どうですか?」

「うん。似合ってるよ。可愛い」

「~~~~~~~~!」

 

 私は悶えた。

 姉様!

 そのスマイルは反則です!

 

「ね、姉様! 実は私も姉様にプレゼントがあるんです!」

「え、そうなの? 嬉しい」

「~~~~~~~~!」

 

 私はまたも悶えた。

 だから、そのスマイルは反則です!

 そ、それはともかく。

 私は用意していた氷の箱から例のブツを取り出した。

 これが私から姉様に贈る餞別にして、超重要アイテムだ。

 それを姉様へと差し出す。

 

「わ~、ぬいぐるみ! これって、もしかしてセレナ?」

「はい! これを私だと思って側に置いてください! お守りでもあるので、できれば片時も離さずに!」

 

 私が渡したのは、私をデフォルメしたようなデザインの二頭身のぬいぐるみだ。

 十徹して作った。

 そして、勿論ただのぬいぐるみではない。

 このぬいぐるみの中には、私の人生で磨いてきた技術の粋を集めて作った、自律式アイスゴーレムが入っているのだ!

 

 土属性の上級に『人形創造(クリエイトゴーレム)』という魔術がある。

 ゴーレムという土で出来た人形を生み出し、操る魔術だ。

 ただ、ゴーレムを操るには結構な魔力操作技術が必要な上に、肝心のゴーレム自体がそんなに強くない。

 結局、ゴーレム作るくらいなら下級の魔術でも撃ってた方が強いんじゃね? という残念な理由で流行らなかった魔術だ。

 

 私はこれを改良した。 

 土人形ができるなら、氷人形ができない筈もなし。

 プログラミングの要領で自動で動くようにし、有り余る魔力に任せてゴーレム自体も超強化した。

 信じられるか?

 こいつ、ゴーレムのくせに魔術使えるんだぜ?

 もはや、残念魔術と呼ばれたゴーレムさんの面影は欠片もない。

 これは、もっと別のナニカだ。

 

 そして、このゴーレムには自動で周囲の状況を把握し、姉様の危機には強力な魔術をバンバン使って敵対者を滅するようにプログラムしておいた。

 更に、本気でヤバイ時は私本体に向けて救難信号と位置情報を送ってくれるという優れ物!

 材質は氷だけど冷気を完全に内部に閉じ込める事に成功したから触っても冷たくないし、魔力が切れるまでは溶ける事もない!

 その魔力も、私の全魔力10日分をぶち込んでおいたので、ガチバトルが連続でもしない限り数年は持つ筈だ。

 かなりの自信作である。

 ぶっちゃけ、帝国の最先端技術を余裕で超越してると思う。

 少なくとも、ゲームにこんなもんは出てこなかった。

 そんな代物を作り上げた私の才能と、原動力となった姉様へのラブパワーに刮目せよ!

 皇帝!

 姉様に乱暴したら、このセレナ人形が貴様を殺すからなぁ!

 

「ありがとう。大切にするね」

「はい!」

 

 頼んだぞセレナ人形!

 私が迎えに行くまで姉様をお守りするのだ!

 そして、姉様が私の人形をギュッと抱き締めてくれた。

 キュン! 

 

 

 ……そうしてイチャイチャしていたけど、もうそろそろタイムリミットだ。

 

「じゃあ、そろそろ行くね」

「はい……姉様、私が行くまで、どうか本当にお元気で」

「うん」

「暗殺とか謀殺とかにはくれぐれも気をつけてくださいね。姉様は聖人天使過ぎて目をつけられやすいんですから」

「う、うん」

「自分の命を第一に考えてください。理不尽に虐げられてる人がいても考えなしに動いちゃダメですよ。せめて、助けられる算段をつけてから動いてください。

 もし姉様が死んだら、私は早急に全ての仇を討って後を追いますからね」

「わ、わかった」

「それから、皇帝との情事は天井のシミでも数えて乗りきってください。後で必ず私が上書きしますから」

「うん、そうだね……って、ちょっと待って!? 今なんて言ったの!?」

「それから、それから……」

 

 私は考えられるだけの、思いつく限りの心配と懸念を口に出した。

 姉様はその一つ一つにちゃんと頷きを返してくれた。

 それでも心配事は尽きない。

 というか、ここまで来てなんだけど、やっぱり行かせたくない。

 でも、制限時間はもういっぱいだ。

 私は最後に、もう一度だけ姉様に抱き着いた。

 姉様はいつものように頭を撫でてくれる。

 優しい手だ。

 二度目の人生に絶望していた私を救ってくれた温もりだ。

 でも、この手も、この温もりも、この胸の感触も、もう手放さなくてはならない。

 そして、しばらく戻っては来ない。

 私が下手をすれば永遠に戻って来ない。

 嫌だ。

 そんなのは嫌だ。

 

 なのに、遂に制限時間が来てしまった。

 クソ親父が姉様を呼ぶ声がする。

 欲にまみれた汚い声だ。

 死ねばいいのに。

 でも、今の私達じゃ、この声に逆らえない。

 それが凄く悔しくて、悲しい。

 

「もう、時間だね」

 

 姉様がそっと私の体を離す。

 私は俯いて、顔を上げられなかった。

 自分が泣いているのがわかる。

 こんな顔を見せたら、姉様を不安にさせてしまう。

 

 そんな事を思っていた時、額に柔らかい感触がした。

 

 姉様だ。

 姉様が、私の額にキスしてくれた。

 私がしたような大人のキッスじゃない。

 親愛の情100%の、本物の家族のキスだった。

 

 その感触が離れていく。

 私は、それに釣られて顔を上げた。

 そうして目に入ったのは、涙を流しながら、それでも優しく微笑む姉様の顔。

 

またね(・・・)、セレナ」

 

 『またね』

 その言葉を、姉様から言ってくれた。

 

 私が姉様を追いかけると言う時、姉様はあんまりいい顔をしなかった。

 いつも困ったように笑っていた。

 きっと、私が姉様を心配するように、姉様も私を心配してくれたんだと思う。

 姉様を追うという事は、それ即ち後宮に出入りできるくらい出世するという事。

 それは茨の道だ。

 逆の立場なら、私は全力で止める。

 

 でも、今。

 姉様は『またね』と言ってくれた。

 後宮に閉じ込められる姉様とは、私が追いかけない限り二度と会えない。

 そうわかっているのに、姉様は『またね』と言ってくれた。

 それは、つまり、

 

「はい……! またお会いしましょう、姉様!」

 

 私の道を肯定してくれたという事。

 だったら、私は何がなんでもそれに応えなきゃ。

 涙が止まらなくても、笑って、前を向いて、私も姉様に『またね』と言わなければ。

 

 そうして、私達はお互いに泣きながら笑い、最後にもう一度だけ強く抱き締め合ってから、別れた。

 

 これから姉様は、クソ親父や他の家族どもと一緒に屋敷の地下にある転移陣を通って、帝国の中心である帝都の別邸へと向かう事になる。

 そこからはもう後宮に一直線だ。

 今の私は、後宮どころか帝都にすら行けない。

 家族扱いされてないから転移陣など使えず、お金もないから馬車を乗り継いで帝都に行く事もできない。

 でも、必ず追いかける。

 必ず、この距離を0にする。

 そして必ず、革命が始まる前に、二人で遠い国に愛の逃避行をする。

 

「待っていてください。姉様」

 

 私は姉様に貰ったペンダントを握り締めながら、決意を籠めてそう宣言した。



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5 クソ親父を脅して学校に行こう!

「失礼します!」

「……なんの用だ?」

 

 姉様を奪われた翌日、私は屋敷に帰って来たクソ親父の執務室に突撃した。

 当然、アポはない。

 ついでにノックもない。

 若いメイドをレ◯プするのが趣味な上に、野心の為に姉様を皇帝に売った、殺しても殺し足りないクソ野郎には、礼儀を払う必要などないと思ったからだ。

 でも、必要な事なので一応言葉遣いだけは最低限気をつけておく。

 

「単刀直入に言います。私を帝都の貴族学園に入れてください!」

「却下だ。立場を弁えろ」

 

 どストレートに用件を告げれば、にべもなく却下された。

 まあ、当たり前と言えば当たり前だ。

 娘とはいえ、今までいない者扱いしてきた奴が言う言葉に、このクソ親父が耳を傾ける筈がない。

 だが、そんな事は予想通りだ。

 なんの問題もない。

 私はこいつを説得しに来たのではない。

 脅迫しに来たのだ。

 

「まったく、護衛の連中は何故こいつを通したの……」

「『氷結世界(アイスワールド)』!」

「なっ!?」

 

 私はいきなり魔術を発動した。

 『氷結(フリーズ)』の上位魔術である『氷結世界(アイスワールド)』。

 分類としては氷属性の中級魔術に当たるそれは、私の膨大な魔力と精密操作技術によって、本来の魔術よりも遥かに早く執務室の中を凍りつかせ、咄嗟に何かしようとしたクソ親父に一切の抵抗を許す事なく、椅子に座った状態のまま氷漬けにした。

 ただし、会話ができるように首から上だけは残してある。

 

「き、貴様っ! いつの間にこんな魔術を!?」

「この程度最初からできましたよ。隠してただけです」

 

 その方が国外逃亡を警戒されないと思ったからね。

 この力を見せていれば冷遇される事もなかっただろうし、姉様にも何回か言われたけど、私の意志は変わらなかった。

 でも、姉様を追いかけると決めたからには話は別だ。

 使えるものはなんでも使う。

 魔術だろうと、クソ親父だろうと。

 

「それよりお話ししましょうよ。あなたなら、その状態でも普通に喋れるでしょう?」

「くっ……!」

 

 姉様に渡したアイスゴーレムと違って、この氷は普通に冷たい。

 クソ野郎を苦しめる為にちょっと温度下げたから、今はマイナス50度ってところかな。

 でも、こいつくらいの魔術師なら、こんな超低温の中でも普通に生きてられると思う。

 何故なら、魔力を持つ者は生まれた時から無意識に身体を魔力で強化して、身体能力や防御力、生命力を上げてるからね。

 これを自覚的に制御して出力を調整できるようになると、無属性の初級魔術である『身体強化』と呼ばれるようになる。

 更に、それを安定した状態で常時展開していられるようになると、上級魔術扱い。

 身体強化をちゃんとしてる奴には毒とかも効かないし、不意討ちされても防御力だけで防げちゃう。

 だから、魔術の上達は死亡率の低下に直結するのよ。

 

「舐めるなぁあああ!」

 

 そして今、クソ親父はその身体強化を全開にして氷を砕こうとし始めた。

 だが、しかーし。

 魔術で作った氷は普通の氷とは違うのだよ。

 作る時に魔力を込めれば、科学の原理なんか無視して、氷の強度なんかいくらでも上げられる。

 クソ親父が全力を込めようとも、私の作った氷にはヒビすら入らなかった。

 

「そんな馬鹿な!?」

「残念、これが現実です。私はもうあなたよりも強い。それを理解してください」

「ふざけるなっ! ならば魔術で!」

「無駄ですよ。あなたが魔術を発動するよりも、私があなたを完全な氷像にする方が早いですから」

 

 その言葉にクソ親父は固まった。

 まだ凍らせてないのに、まるで氷像のようにピタリと。

 その青ざめた顔を見て、心底ざまぁと思った。

 

「ああ、それと、護衛の騎士達は皆氷漬けにしちゃいましたよ。道中に兄が何人かいたのでそれも。

 私の機嫌を損ねたら、父上もそいつらと一緒に死んじゃうかもしれませんねー」

「っ!?」 

 

 まあ、凍結して仮死状態にしただけだから、解凍すれば普通に助かると思うけど。

 でも、それを聞いたクソ親父の顔は更に青くなった。

 

「……何が目的だ?」

 

 そして、クソ親父はポツリと呟いた。

 やっと聞く耳持ったか。

 でも、こいつ耳が腐ったのかな?

 私はもう目的言ったのに。

 まあ、こいつの耳が腐ろうが、脳みそが溶けようがどうでもいいけど。

 

「理解できてないみたいなので、もう一回だけ言ってあげます。

 私を帝都の貴族学園に通わせてください。可能な限り早くね。

 そして、必要な時に適時便宜を図る事。私の要求はそれだけです」

「……本当にそれだけか?」

「ええ」

 

 その便宜の中に、後宮の姉様に会わせろとかも含まれてるからなぁ!

 ただ、本を読んだり、姉様の話を聞いたりして後宮の仕組みを軽く調べてみたけど、クソ親父一人をどうにかした程度で攻略できるようなものではなさそうだった。

 後宮に嫁いだ人の家族とかなら、事前に申請すれば会う事はできる。

 でも、それには結構な手続きと時間がかかる為、会えるのは一年に数回が限度。

 しかも、短時間限定で監視付きという。

 それじゃダメだ。

 姉様に会える権利と考えれば充分な価値があるけど、本格的な脱出計画を実行するには何もかもが足りない。

 

 なら、どうするか?

 頭捻って思いついたのが、姉様も通ってた貴族学園に私も通って皇族とパイプを持ち、そいつの側近に取り立ててもらう事だった。

 皇族の住まいは城だ。

 そして、城は後宮の目と鼻の先。

 城務めのエリートになって姉様との物理的な距離が近づけば、できる事がグンと増える。

 索敵用の超小型アイスゴーレムを後宮内に侵入させるとかね。

 それで警備の隙でも見つけたらこっちのもんよ。

 

 幸い、帝国は実力主義だし、クソ親父すら簡単に無力化した今の私なら、恐らく皇族のお眼鏡にかなうと思う。

 時期的に、雇ってくれそうな皇族の心当たりもあるしね。

 上手くいく可能性は充分にある。

 万事計画通りには行かなくても、こんな田舎領地から帝都に行けるだけでも大きな進歩だ。

 多分、これが最善手だと思います。

 

「あなたにとっても悪い話ではないでしょう?

 喜んで姉上を皇帝に差し出すくらい権力が好きなあなたなら、私が帝都で出世する事のメリットもわかる筈です。

 私なら、遠くない未来に武官の頂点『六鬼将』の地位を得る事すら夢ではない。

 そんな私とあなたは一応とは言え血縁関係。その繋がりをどう利用するも、あなたの自由です」

 

 まあ、実際はそこまで出世する前に姉様連れてトンズラするんだけどね。

 でも、それは言わなきゃわからない。

 

「…………」

 

 そして、クソ親父が黙った。

 きっと、頭の中では悪どい計算してるんだと思う。

 絶体絶命のピンチに追い込むという鞭と、遠くない未来に甘い権力の蜜が啜れるかもしれないという飴は用意した。

 こいつなら、これで納得する筈だ。

 ダメだったら……気は進まないけど、こいつと他の家族どもを粛清して、私が領主になるか。

 姉様を助ける為なら、私は手段を選ばない。

 鬼にでも悪魔にでもなってやる。

 クズを殺す事くらい躊躇なくやってみせよう。

 例え、それで姉様に嫌われようともだ。

 

「…………いいだろう。お前の提案を飲む」

 

 だが、私の覚悟に反して、クソ親父は素直に服従した。

 どうやら、覚悟の使い時はここではなかったようだ。

 ホッとしたような、復讐チャンスを逃して残念なような、複雑な気分。

 

「ありがとうございます。じゃあ、契約成立ですね」

「ああ、だから早く拘束を解け」

「言われなくとも解放してあげますよ。ただし、その前に。はいアーン」

「んぐっ!?」

 

 私はポケットからピンポン玉サイズの丸い氷を取り出し、クソ親父の口に無理矢理捩じ込んで飲み込ませた。

 クソ親父が苦しそうに顔を歪ませる。

 ざまぁ。

 

「っ!? 何を飲ませた!?」

「お守りですよ。今のは特殊な魔道具です。私の合図一つでお腹の中で爆発します」

「なっ!?」

「でも、安心してください。これは、あなたが私を裏切らないようにする為の保険ですから。

 余計な事しなければ爆発させる気はありません」

 

 このクソ親父なら、口約束くらい平気で破りそうだからね。

 保険は重要。

 ちなみに、今のは特殊な魔道具ではなく、姉様に渡したのと同種のアイスゴーレムである。

 合図一つで爆発するっていうのは嘘じゃないから、クソ親父からすれば魔道具だろうがゴーレムだろうが関係ないだろうけど。

 

 そこまでしてから、私は氷を砕いてクソ親父を解放した。

 

「では、とりあえず学園の件、よろしくお願いしますね」

 

 そして、冷たい目でクソ親父を睨み付けてから、私は執務室を去った。

 さて、道中の護衛と兄も解凍しとくか。

 いや、やっぱ、めんどくさいからいいや。

 ほっとけば自然に溶けるでしょ。

 今までさんざん私を虐めてきた罰だとでも思ってもらおう。

 そんな下らない事より、これからの準備をする方が千倍大事だよ。

 となると、この後は秘密基地かな。

 必要な物を取り揃えて、なければ新しく作ろう。

 私と姉様の愛の巣も完成させとかないといけないし、他にも色々とやる事はあるんだから、あんな奴らにかかずらってる暇などなーい!

 

 そうして私は、氷像になった連中の事を頭から追い出し、秘密基地へと道を急いだ。



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6 入学!

「おー、凄い」

 

 クソ親父は事務能力だけは優秀だったらしく、姉様への面会手続きと私の入学手続きを同時進行させたというのに、脅してから二ヶ月もしない内に私を学園に入学させる準備を整えて見せた。

 その時期が丁度、新入生が入学する新年度の始まりだったからね。

 つまり、4月の桜舞い散る季節。

 そこに間に合うように急いだんだと思う。

 編入より普通に入学させる方が楽だろうから。

 それでも、クソ親父はここ最近の激務で大幅にやつれたけどね。

 いい気味である。

 

 ちなみに、この世界の暦とかは地球と同じで、季節とかは日本と同じだ。

 全体的に中世ヨーロッパっぽい、いかにもなファンタジー世界のくせして桜とか普通にある。

 上の方の貴族しか使えない高級品とはいえ、写真もあったしね。

 さすが、ゲームの世界。

 色々と適当。

 

 で、私は今、新品の制服に身を包み、お付きのメイド達に囲まれながら馬車に乗って、学園が目に見える位置にまで来ていた。

 まるでホグ◯ーツのような、城と見まごうような巨大な建物だ。

 金かかってそー。

 尚、本物の城は学園の数十倍デカイもよう。

 城っていうか、もはや要塞である。

 帝都のどこからでも見えるくらいデカイし。

 あの城はゲームのラストバトルの舞台でもあり、姉様が囚われている後宮はあの城の敷地内にある。

 つまり、私の最終目的地でもあるって事だ。

 それが目に見える所までは来た。

 あとは手を伸ばせば届く距離まで行き、姉様をこの手でガッチリホールドして連れ去るだけだ。

 気張って行くぞー!

 

 でも、今は学園の話をしよう。

 あのホグ◯ーツみたいな貴族学園は、基本的に10歳から15歳までの貴族が通って色々と勉強する、のはついでで、実際は将来の為の人脈作りをする為の場所だ。

 皇族とか公爵とかの偉い連中が派閥作って優秀な人材を今から囲い込んでるらしい。

 これはゲーム知識ではなく、学園の先輩でもある姉様から聞いた。

 ていうか、ゲームには貴族学園なんて出てこないし。

 特定のキャラの回想で、それっぽい場所がチラッと出てくる程度だよ。

 

 そのチラッと出てきた回想で学園っぽい場所にいた事が判明してる人物が私のターゲットだ。

 この国に上位の貴族や皇族が通う学園なんて一つしかないので、回想の場所がこの学園だという事はほぼ確定。

 そいつの年齢から逆算すると、今はまだ学園を卒業していない筈。

 なんとしてでも奴に取り入り、側近になって城へのフリーパスを手に入れるのだ!

 いざとなったら色仕掛けも辞さない!

 ズッコンバッコンオーイエスな関係になる事も辞さない!

 まあ、いくら私が姉様に多少は似て多少は可愛いとは言え、10歳の幼女の色仕掛けに引っ掛かるような奴じゃないと思うけどさ。

 もしそうだったら、私の抱いてるそいつへのイメージが音を立てて崩壊するよ。

 ……色仕掛けの効果は、あんまり期待しないでおこう。

 

「セレナ様、到着いたしました」

「ご苦労様」

 

 そんな事を考えてる内に、馬車は学園へと到着した。

 御者を務めていた執事のビリーさんが扉を開けてくれる。

 私はその扉を潜り、お付きのメイド達と共に馬車の外へ出た。

 

「それじゃあ、ビリーさん。お父様にくれぐれも(・・・・・)よろしく伝えてください」

「はい、畏まりました」

 

 私の言葉の意味をちゃんと理解してくれたらしく、ビリーさんは感謝するように深々とお辞儀をして私を見送った。

 そう。

 私は使用人の人達に感謝されるような事をしている。

 使用人達を守っていた姉様がいなくなって、我が家が前みたいな、拷問大好き、レ◯プ最高、命の保証が全くないアットホームな地獄の職場に戻りかけたのを救ったからだ。

 

 やった事と言えば、クソ親父のお腹を見ながら「くれぐれも姉様の意向に背くような事すんじゃねぇぞ」と脅しただけだけどね。

 お腹に爆弾を抱えているクソ親父には効果絶大だった。

 必死で他の家族どもを止めてくれましたとも。

 私も秘密基地の調整の為に週一の休みには転移陣で領地に戻るつもりだし、私の目があれば下手な事はできないでしょ。

 やっぱり、妹として、エミリア教の敬虔な信者として、姉様が救おうとした人達はできるだけ救わないとね。

 優先順位としては勿論姉様本人の方が遥かに上だけど、片手間で救えるなら救わない理由がないよ。

 

 そんな訳で、使用人達の殆どは私と姉様に感謝している。

 それは、私のお付きとして選んだこの三人のメイドも同じだ。

 

「わー! 正面から見るともっと凄いですね、このお城!」

「ですね~」

「こら二人とも! セレナ様のメイドとして恥じない行動を心掛けなさい!」

 

 そのメイド達、アン、ドゥ、トロワの三人が思い思いの反応をした後、荷物を持ちながら私の後ろに並んで、さも私達は優秀なメイドですよとでも言わんばかりのすまし顔になった。

 ちょっと笑える。

 

 この三人は元々、姉様のメイドだった人達だ。

 私とも昔からの付き合いがある。

 そして、三人ともそこそこ美人なのでクソ親父の毒牙にかかり、更に拷問好きのクソ兄の一人の毒牙にかかり、そこを我らが姉様に颯爽と救われた過去があるのだ。

 今では私と同じエミリア教の敬虔な信者である。

 普通に信頼できるっていうのと、屋敷に残しておいたらこっそりクソ家族どもに食べられちゃいそうだからって理由で、私のお付きとして学園に連れて来た。

 姉様を救出して国を脱出する時には、この三人も一緒に連れて行くつもりだ。

 

 ちなみに、このアン、ドゥ、トロワという名前は、日本だと太郎、次郎、三郎くらいに安直な名前なんだけど、これにも訳がある。

 三人は親に物扱いされて売られた口なので、親には名前すら付けてもらえなかったらしいのだ。

 でも、貴族に虐げられて余裕のない平民の間では、そういう悲劇なんてよくある話らしい。

 

 で、巡り巡って姉様に助けられた時に名前を聞かれ、そんなものはないですと答えると、それに驚愕した姉様が「じゃあ、私が名前を付けてあげる!」と言って名付けてくれたんだそうだ。

 ただ、姉様にはネーミングセンスというものがなかったらしく、30分くらいウンウンと頭を悩ませた挙げ句に出てきたのが、このアン、ドゥ、トロワという安直な名前だったと。

 そんな姉様もポンコツ可愛い。

 普段完璧な人がたまに見せるポンコツっぷりって萌えるよね!

 それは三人も同意見だったらしく、その時の様子をウットリと語っていた。

 地獄から救ってくれた感謝に加え、名前を貰えた喜びと、自分の名前を考える為に悩んでくれた姉様の尊さと、姉様のポンコツ可愛い姿のクワトロコンボで姉様に惚れ込み、絶対の忠誠を誓ったとの事だ。

 その話を聞いた時の私は感動で泣いた。

 

 それ以来、私はこの三人を信頼できる同志として見てる。

 深く付き合ってみれば、安直な名前でもそれぞれに個性があって、おもしろい人達だ。

 アンはちょっとだけおバカな元気娘。

 ドゥはぽわぽわとしてる、ゆるふわ系。

 トロワはしっかりとしてる、お姉さんキャラ。

 皆違って皆いい、頼れる仲間達だ。

 まあ、国外脱出計画については、アン辺りがうっかり口を滑らせそうだから、まだ言ってないけどね。

 

 そんな仲間達と共に、いざ行かん!

 学園という名の戦場へ!

 

「さて。じゃあ行くよ、三人とも。まずは学生寮に荷物を置きに行こう」

「「「畏まりました、セレナ様」」」

 

 少しでも姉様の役に立てるようにと特訓したらしい綺麗な所作で一礼し、メイドスリーは私に続いて歩き出す。

 私達の戦いはこれからだ!



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7 宿命のライバル

 学生寮の自室という名の高級ホテルの一室みたいな部屋に荷物を置き、荷物の管理と部屋の管理をメイドスリーに任せて、私は入学式が行われる会場へとやって来た。

 血族の私が汚点を晒せば姉様のご迷惑になるので、真面目に行動して入学式の30分前には会場入りしたんだけど、その時点でも凄まじい数の生徒と教師が会場にひしめいていた。

 これ、生徒の数だけでも軽く1000や2000を越えてそう。

 時間帯的に上級生はまだ来てない筈だから、新入生だけでこれって事か。

 さすが、国中の貴族が集まる大学園。

 そして、ここにいる奴ら全員が魔力を持った貴族なんだと考えると、戦力が凄すぎて目眩がしてくる。

 正面から戦った場合、どれくらい倒せるかな?

 私は魔力量と魔術の扱いに関しては自信があるけど、実戦経験がないからなー。

 良くて半分ってところだろうか?

 実際はわかんないけど。

 

 私が真面目に戦力差を考えている間に上級生なども入場し、入学式が始まる時間となった。

 まずは校長っぽい中年が壇上に上がり、演説を開始する。

 ……どこの世界でも校長の話は長くて退屈だ。

 こっそり魔術の練習でもしてよう。

 

「続いて、生徒会長の言葉!」

 

 私が目立たない身体強化や探索の魔術を鍛えてる間に校長の話は終わり、今度は生徒会長とやらがお供二人を引き連れて壇上に上がった。

 まあ、生徒会長が誰だろうと、ゲームにも出てこなかったモブキャラなんてどうでも……って、なんだと!?

 そこには、私の予想外の人物がいた。

 いや、ある意味、予想通りではあるんだけど。

 

「新入生の諸君、入学おめでとう。

 私はこの貴族学園で生徒会長を務めている、三年生のノクス・フォン・ブラックダイヤだ。よろしく頼む」

 

 壇上でそう語るのは、まだ幼さの残る黒髪の少年。

 だが、幼くして既に全身から帝王のオーラが漂っていやがる。

 彼が名乗ったブラックダイヤという名前。

 それは、このブラックダイヤ帝国そのものと同じ名前。

 その名を名乗れるのは、皇帝の血を引く皇族のみ。

 そして、彼はそんな皇族の中でも更に特別だ。

 

 ブラックダイヤ帝国第一皇子、ノクス・フォン・ブラックダイヤ。

 

 既に亡くなった正室の子であり、帝位継承権第一位。

 つまり、現状、最も次の皇帝の座に近い男。

 そして、ゲーム『夜明けの勇者達(ブレイバー)』においては、主人公の宿命のライバルとして登場した人物だ。

 ガ◯ダムにおける赤い彗星みたいなポジションの人だと思ってくれればいい。

 そして、私が媚びを売ろうと考えていたターゲットでもある。

 

 そんな奴が生徒会長ねぇ。

 いや、考えてみれば充分にあり得る話ではあったんだけど、正直、盲点だった。

 だって、ゲームにも出てこない学園の生徒会なんか重要視してなかったんだもん。

 それに、ノクスが生徒会長だろうとモブAだろうと、私のやる事は変わらないし。

 ていうか、ノクス若いな。

 三年生って事は、13歳か。

 ゲームに出てきた時は18歳だったから、そりゃ私の知ってる姿より若い筈だよ。

 なんか新鮮。

 

「━━私からの話は以上だ。諸君らが帝国貴族の名に恥じぬ傑物となる事を祈っている」

 

 私がマジマジとノクスを観察してる間に演説は進み、ノクスは締めの言葉を口にした。

 ちなみに、演説の内容を簡単に纏めると、お前らには期待してるから頑張れって感じかな。

 実にノクスらしい演説だった。

 

 ノクスが側近二人と共に壇上から降りる。

 その時、不意に私とノクスの目が合った。

 絶対取り入ってやるかんな! という目で見ていたのを察知されたのかもしれない。

 ヤバイ!?

 心情が悪くなる!

 ……いや、本当にそうか?

 ノクスのキャラを考えれば、これってむしろ、顔を覚えてもらうチャンスじゃね?

 という事で視線を逸らさずにいたら、ノクスは面白いものを見たとばかりにニヤリと笑った。

 どうやら、目を逸らさなくて正解だったっぽいな。 

 

 そして、ノクスが退場すれば、それを最後に入学式が終了し、続いて上級生が退場。

 残された新入生はこの後、教師に連れられて学園内を軽く見て回ってから解散となった。

 学校説明会みたいだったわ。

 

 

 そんな感じで、私の学園生活は始まった。

 さて、それじゃあ、これから死ぬ気で頑張るとしますか。

 全ては姉様の為に!

 目標は、最低でもノクスの卒業までには側近に取り立ててもらう事。

 方法としては、とにかく私の優秀さをアピールする事だな。

 とりあえず、授業とかで目立ちまくる事から始めよう。

 その授業は明日からだ。

 気張るぜ!

 

 そうして意気込みを新たにしつつ、私はメイドスリーの待つ自室へと戻った。



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8 アピールタイム!

 入学式の翌日。

 今日から本格的な授業が始まった。

 

 まず、午前の授業は座学だ。

 残念な事に、私はこの分野で目立つ事はできない。

 同級生のクラスメイトは10歳のショタロリどもだというのに、その中ですら私の成績は下の下だろう。

 しゃーないねん。

 私、家族どもからいない者扱いされて育ったから、貴族としての教育とか受けてないねん。

 それでもギリギリ授業について行けてるのは、転生者故の精神年齢の高さと、姉様がイチャイチャタイムで色々教えてくれたおかげだな。

 ありがとう、姉様!

 

 そうして地獄の午前を乗り越えれば、午後は待ちに待った魔術の授業!

 やっと私の時代が来たぁ !

 これで勝つる!

 

 肝心の授業内容だけど、今日は初日という事で、とりあえず全員に魔術を使わせて、現時点での腕前を見るそうだ。

 その方法は、的当て。

 訓練場の中心に教師が土魔術で人間サイズの的を用意し、それを生徒が魔術で狙う。

 その時に使う魔術で、その生徒のレベルが判断される訳だ。

 そして今も、一人の少女が杖を構え、的に向けて魔術を放った。

 

「『火球(ファイアボール)』!」

 

 どうやら、この少女は火魔術の使い手らしい。

 直径30センチくらいの火の球が、プロ野球選手の全力投球くらいのスピードで飛んで行き、的にぶち当たった。

 ただ、属性の相性なのか単純に威力不足なのか、土で出来た的はちょっと焦げただけだ。

 それでも、あれを普通の人間にぶつけたら普通に死ぬと思うけど。

 しかし、あれでも他の生徒に比べれば弱い方なんだよなー。

 そうなると、あの少女は男爵家か子爵家の出身かね。

 

「よし! 次!」

「『風爆球(エアーボム)』!」

 

 次に行ったのは、なんかオシャレな感じに改造した制服を着た少年。

 なんとなく、改造された制服に高級感がある。

 持ってる杖も、いかにも高級品! って感じだし。

 そんな少年が使ったのは、風の魔術。

 少年が放った風の球は、的に当たると同時に爆発し、周囲に爆風を撒き散らす。

 その爆風による土煙が晴れた時、的は粉々に破壊されていた。

 他の生徒達が愕然とし、少年はドヤ顔を披露する。

 ふむ。

 確かに他の生徒達が驚くのも無理はないくらいにレベルの高い魔術だった。

 風属性の中級魔術、それもかなりの魔力が籠められた一撃だ。

 あの少年は侯爵家か公爵家の出身と見た。

 

 と、こんな感じで、貴族は基本的に階級の高い奴ほど強い魔力を持ってる。

 男爵より子爵。

 子爵より伯爵。

 そして、貴族の最高位たる公爵よりも上が皇族だ。

 魔力は、貴族が特権階級足りえる力の象徴だからね。

 そりゃ強い奴ほど優遇されて上の階級を貰えるさ。

 実力主義の帝国なら尚更。

 

 で、魔力というものは遺伝する。

 属性だけじゃなく、魔力量も遺伝による要素が大きい。

 強い魔力を持った親からは、強い魔力を持った子供が生まれるのだ。

 結果、強い魔力を持つ高位貴族の所に強い魔力を持った子供が生まれ、高位の貴族ほど強いという図式が完成する。

 そして、下位の貴族が上位の貴族を追い抜くのは、かなり難しい。

 いくら魔力量は努力で増えるとはいえ、やっぱりスタートラインの差は大きいからね。

 

「くくっ」

 

 そこまで考えて、私は笑った。

 何故って?

 決まってるじゃないか。

 階級による実力差が明確って事は、裏を返せば階級をひっくり返す程の力を持つ例外(・・)が滅茶苦茶目立つって事だ。

 ここで私が、あのドヤ顔決めてる高位貴族を圧倒すれば、すぐに噂になるだろう。

 そうなれば、ノクスへのこの上ないアピールになる。

 実に私に都合が良くて笑えてくるわ。

 

「次!」

「はい」

 

 そして、遂に私の番がやって来た。

 制服の腰から指揮棒のような小さな杖を取り出し、構える。

 魔術師と言えば、やっぱり杖だよね!

 この杖は飾りではなく、魔術の発動を助け、威力を向上させる効果がある。

 加速装置の付いた補助輪みたいなもんかな。

 我ながら意味わからん例えだけど。

 

 そんな加速装置付きの補助輪こと、魔術の杖は大抵の魔術師が持ってるのだ。

 当然、私も持ってる。

 今使ってるのは、クソ親父に大金を出させて購入した最高級品の白い杖。

 前は4歳の誕生日に姉様がプレゼントしてくれた世界一尊い杖を使ってたんだけど、あの宝物を荒事で壊したくなかったから今のに変えた。

 クソ親父に買わせた物なら、なんの躊躇いもなく使い潰せる。

 宝物の杖は、他のプレゼントと一緒に私の城で大事に保管してるよ。

 

 そんな使い捨ての杖を的へと向ける。

 杖を使って魔術を使う場合は、こうして杖を向けた方向にしか魔術を放てないのだ。

 若干不便だけど、杖を持ってるからって、杖なしでの魔術が使えなくなる訳じゃないし、そこまで気にする事でもない。

 

 そして私は杖に魔力を籠め、魔術を発動した。

 

「『氷柱(アイスピラー)』」

 

 氷属性の中級魔術『氷柱(アイスピラー)』。

 その名の通り、氷の柱を生み出す魔術。

 的当てという今回の課題には向かない魔術だ。

 だが、私の目的はスマートに的を壊す事ではなく、実力を盛大にアピールする事。

 その為には、この魔術が最適だと思ったのよ。

 だって、凄まじく目立つから。

 

 私の作った氷柱は、的ごと訓練場の殆どを飲み込み、天高くそびえ立った。

 

 その全長、実に数百メートル。

 城のような大きさを誇る学園を超える高さだ。

 しかも、その形は綺麗な円柱型。

 表面には一切の凹凸がなく、つるんとしている。

 それは、これだけの大魔術を完全に制御下に置いているという証に他ならない。

 まさに、魔術の威力と魔力操作技術の高さを同時に見せつける匠の技である!

 さすが私!

 さすが姉様の妹!

 

 そして、私はパチンと指を鳴らした。

 その瞬間、巨大な氷の柱にヒビが入り、中にあった的ごと一瞬で砕けて細かい氷の粒子となる。

 これにて的を破壊する事にも成功。

 最初のアピールは、これ以上ない程の大成功と言えよう。

 見よ!

 クラスメイト達の驚愕に満ちた顔を!

 これならすぐに噂になるだろうし、そうじゃなくても、さっきの魔術は学園のどこに居ても見えるくらいデカかったから、確実にノクスの目にも留まってる筈。

 

 あわよくば、向こうからスカウトに来てくれないかなー。

 いや、さすがにそれは高望みし過ぎか。

 とにかく、これからもアピールを続けて、充分な実績を積めたと判断したら自分を売り込みに行こう。

 営業販売の押し売りセールスマンの如く押して押して押しまくり、必ず商品(わたし)を買わせてやるからなぁ!

 覚悟しとけよ、ノクス!



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9 まさかの青田買い

「やあ。ご一緒してもいいかな、レディ?」

「…………どうぞ」

 

 学園生活三日目の昼休み。

 どこの高級レストランだ!? とツッコミたくなるような学生食堂で、私が慣れないマナーに四苦八苦しながら高級過ぎて味がよくわからない学食を腹に入れていた時。

 唐突に奴はやって来た。

 帝王のオーラを垂れ流した黒髪の少年が、入学式でも見かけた二人のお供を引き連れて、唐突に私の目の前に現れたのだ。

 

 奴の名はノクス。

 ノクス・フォン・ブラックダイヤ。

 ブラックダイヤ帝国第一皇子にして、私が押し売りセールスを仕掛けようとしていたターゲット。

 それが向こうからやって来たのだ。

 私が本格的にアピールを開始した翌日に、先制攻撃でアタックを決めて来たのだ。

 ノクスさん、思ったよりアグレッシブだな、おい。

 驚いたよ。

 驚き過ぎて一瞬思考が停止したよ。

 ナイフとフォークから手を離す事すらできなかったよ!

 なんとか返事だけでもできた自分を褒めてやりたい。

 

「では、改めて名乗らせてもらおうか。生徒会長のノクス・フォン・ブラックダイヤだ。

 ブラックダイヤ帝国第一皇子と言った方がわかりやすいかな」

 

 そして、ノクスは私の反対側の席に腰掛けると、普通に話し始めた。

 私は慌ててナイフとフォークを置き、返事をする。

 名乗られたら名乗り返すのが礼儀だ。

 媚び売ろうとしてる皇族相手に礼を失する訳にはいかない。

 

「アメジスト伯爵家が次女、セレナ・アメジストと申します」

 

 そう言ってペコリと一礼。

 座ったままでの挨拶のマナーなんか知らないから凄い不安だ。

 そしたら案の定というか、ノクスのお供の一人、インテリ眼鏡みたいな奴が僅かに顔をしかめた。

 やべぇ!?

 なんかミスったっぽい!

 

「ほう、君はアメジスト伯爵の娘だったのか。確か、彼に娘は一人しかいないと聞いていたのだが、私の聞き間違いだったかな?」

 

 しかし、ノクスは気にした様子もなく話を続けた。

 見逃されたのか、細かい事を気にしない性格なのか。

 多分、前者だな。

 というか、ノクスがグイグイ来るんですけど!

 何が目的だ!?

 スカウトならいいんだけど、これ雰囲気的に私の事探りに来たんじゃね?

 

 だってほら、私って皇帝に嫁いだ姉様の妹な訳でして。

 そして、端から見れば私はクソ親父の手駒だ。

 貴族の世界では、親が子供を使って色々するのが当たり前だからね。

 つまり、今の状況はクソ親父が優秀な娘二人を帝都に送り込んで何かしようとしてるように見える。

 しかも、私は今まで存在が知られていなかったクソ親父の隠し球みたいに見えてるんじゃないかな?

 考えたくない、というか考えただけで背筋が凍るような未来だけど、もし万が一姉様が皇帝の子供を産んじゃったら、その子は当然帝位継承権を持つ事になる。

 そうしたら、自動的にノクスのライバルの出来上がりだ。

 そこまで考えれば、むしろ、ノクスが私に探りを入れに来るのは当然の事なのかもしれない。

 

 と、そんな感じの事を、身体強化の応用である無属性の上級魔術『思考加速』で頭の回転数を無理矢理に上げて、一瞬の内に考えました。

 結論。

 これ対応を間違えたらエライ事になりますがな!?

 やべぇ。

 これ絶対にミスれねぇ。

 慎重に言葉を選んで話さなくては!

 

「お恥ずかしながら、私は姉以外の家族には嫌われ、いない者扱いをされて育ったもので。

 父は私を娘として見ていませんし、私はアメジスト家の人間として紹介された事もありません。

 殿下が私をご存知ないのも当然の事かと」

 

 とりあえず、ノクスの質問に答えると同時にクソ親父とクソ家族どものネガキャンをして、私はあいつらの駒じゃないですよーと主張。

 それをいきなり信用してもらうのは無理だろうけど、わざわざ自分の家族の悪口言って皇子の覚えを悪くしてるんだから、疑問には思ってくれる筈だ。

 ノクスがバカじゃなければ。

 

「……早くも出回った君の噂は聞いている。高位貴族をも上回る魔術の天才だそうじゃないか。それだけの才を持っていたにも関わらず冷遇されていたと?」

「ごく最近までは隠していたもので。あのクソ家族どもにいいように使われるのはゴメンでしたから」

「そ、そうか」

 

 私が嫌悪感全開で吐き捨てると、ノクスの顔が若干引きつった。 

 多分、感情を隠して話すのが基本の貴族社会で、初対面の奴に対してこうまで開けっ広げな奴はあんまり見た事なくて面食らってるんだと思う。

 ノクスのお供二人の眼鏡じゃない方、体育会系の不良っぽい奴なんて、ツボに入ったのか肩を震わせて笑ってるし。

 でも、ここは下手に感情隠して嘘だと思われるより、こっちの方がいいと判断した。

 実際、私がクソ家族どもに抱く嫌悪感は嘘じゃないもの。

 才能隠してた理由の方は半分嘘だけど。

 本当の理由は、クソ家族どもに注目されたら姉様との逃避行計画に支障が出ると思ったからだからね。

 特に、前に暗殺者送って来た長男辺りに余計な事されそうで怖かった。

 けど、そこまでノクスに言う必要はない。

 真実を真実で隠すのだ!

 

 そして、ノクスは動揺を静めるように「コホン」と咳払いしてから、次の質問へと移った。

 

「ならば何故、今になって才能を明かし、学園に通い始めた?」

 

 来た。

 この質問はノクスに私の目的を告げる為の足掛かりになる。

 私は緊張を飲み込みながら、ノクスの問いに即答した。

 

「姉の為です。私は姉様をお守りできる立場を得る為に、この学園に来ました」

 

 これは欠片の偽りもない私の本心であり、私の人生における唯一絶対の生きる意味だ。

 私の人生は姉様の為にある。

 私がこの世界に転生したのは、姉様という天使を守る為なのだと本気で思っている。

 姉様のいない世界に生きる価値などないのだぁ!

 

「我が姉、エミリア姉様は天使です。優しさというものを具現化したかのような至高の存在です。その上、姉様は強く気高く美しく、麗しく可愛らしく神々しい。完璧かよ。そうだよ。姉様は完璧大天使だよ。聖人天使だよ」

「……急にどうした?」

「そのあまりの素晴らしさに血を別けた実の妹である私が何度魅了され、何度恋に落ちかけた事か。いや、私が姉様へと抱くこの想いは恋などと言う次元をとうに超えている。愛です。ただひたすらの愛です。恋愛、親愛、敬愛、純愛、慈愛、聖愛、性愛、熱愛、情愛、様々な愛が融合して生まれた真実の愛です。私の人生は姉様の為にあり。姉様の為ならなんでもできる。私の全てを姉様に捧げる事こそが理想郷へと至る唯一絶対の……」

「もういい。もうわかった。わかったから、一旦落ち着いてくれ」

「ハッ!? 私は何を!?」

 

 ノクスに肩を掴まれて、私は正気に戻った。

 しまった!

 私がどれだけ姉様の事を大切で大事で愛してるのか伝えようとして暴走してしまった!

 ここは、メイドスリーとたまに開いてるエミリア教のミサじゃないんだぞ!?

 失敗したぁ!

 見よ!

 ノクス達の完全に引きつった顔を!

 体育会系の不良っぽい奴は何故か爆笑してるけど、他二人はドン引きしてんじゃねぇか!

 

 ああ、わかってるよ!

 わかってますよ!

 自分が人に引かれるレベルのヤンデレでシスコンな事は自覚してるよ!

 この想いに熱い涙を流しながら共感してくれるのは、同じ狂信者のメイドスリーだけだもん!

 他のエミリア姉様に感謝してる使用人とかに語っても「エミリア様には凄まじく感謝してますけど、さすがに真実の愛とかはちょっと……」って感じで曖昧な笑顔を返されるからね!

 

「お見苦しいところをお見せしました……」

「いや……とにかく、君が如何に姉君を慕っているのかは伝わった」

 

 そっかぁ。

 まあ、それが伝われば当初の目的は果たしたと言えなくもなくもない。

 

「その上で聞こう。君の姉君に子供が出来た時、つまり私の弟か妹が産まれた時、君はどうする?」

 

 皇帝のチン◯をズタズタに引き裂いて抹殺します。

 という反射的に出かかった言葉を慌てて飲み込む。

 代わりに、ずっと前から決めてあった私のスタンスを言葉にして告げた。

 

「私は姉様の命が何よりも大事です。

 だから、その時は姉様とその子供をできうる限り危険から遠ざけ、その命を全力でお守りします。

 万が一、姉様がその子の立場を利用して権力を欲したとしても、そんな危ない事は絶対にさせません。

 説得し、それが叶わなければ力ずくでも止めます。

 そして私は、姉様とその子供を権力争いの魔の手から守れる強者に付き、どんな事でもして姉様達を守って頂けるよう懇願するつもりです」

 

 あくまでも国外逃亡を成功させるまでの期間限定だけど、私はそうするつもりだ。

 例え、それが姉様の意思に背く事になろうと。

 例え、それで姉様に嫌われる事になろうとも。

 私はどんな事をしてでも姉様を守る。

 それが私の覚悟だ。

 

 そんな事を思いながら、私はノクスを真正面から見る。

 

「そして、私が学園に来たのは、そんな強者と縁を結ぶ為です」

「なるほど。丁度、私のような者がその条件に該当するな」

「はい。仰る通りです」

 

 そこで私は一度言葉を区切り、改めて目的を口にする。

 

「ノクス・フォン・ブラックダイヤ殿下。

 私を買いませんか?

 報酬は、エミリア姉様と産まれてくるかもしれない子供の救済。

 対価は、私への命令権。姉様達を害さない事であればなんでもやります。

 悪い条件ではないと思いますが」

「……ほう」

 

 ノクスが私を品定めするように見る。

 私は毅然とした態度を貫いた。

 しばらくそうした後、やがて結論が出たのか、ノクスは「ふっ」と小さく笑った。

 

「いいだろう。君を私の配下として歓迎する。これからよろしく頼むぞ、セレナ」

「ハッ!」

 

 そうして私はノクスにお買い上げされたのだった。

 まさかの入学三日目にして第一関門クリアである。

 ノクスの行動と決断があまりにも早すぎて、青田買いでもされた気分だよ。

 でも、青田買い上等!

 これで卒業後は城務めコース一直線だ!

 姉様へと続くロードを確実に進んでいる!

 待っていてください、姉様!

 あなたの最愛の妹が今行きます!

 

「だが、とりあえず私の配下として恥ずかしくないように、早急に正しい礼儀作法を覚えてくれ。

 目上に対して、座ったままの挨拶はマナー違反だ」

「……はい」

 

 最後にノクスからお叱りを受け、突然始まった就職面接は終了したのだった。



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10 未来の帝国幹部達

「『氷弾(アイスボール)』!」

「うおぉ!?」

 

 ノクスに青田買いされてから数日。

 授業が終わり、生徒達は寮に戻って、ノクスは生徒会の仕事に行った時間。

 私は学園の訓練場の一つにおいて、体育会系の不良を魔術でいたぶっていた。

 

「おまっ!? それホントに初級の魔術か!? 威力高過ぎだろ!?」

「『氷連弾(アイスマシンガン)』!」

「今度は連射かよ!? やべぇ! 油断したら死ぬ!」

 

 うるさく喚きながらも、不良は避けるなり手に持った大剣で防ぐなりして、的確に私の魔術に対処していた。

 今私が使っているのは、氷属性の初級魔術『氷弾(アイスボール)』と、それを連射する魔術『氷連弾(アイスマシンガン)』。

 本来ならソフトボールサイズの氷の塊を射出する魔術なんだけど、人を倒すのにそんな大きさはいらねぇと気づいたクールな私はこの魔術を改造した。

 大きさをソフトボールからビー玉サイズに縮小し、小さくした事で余った魔力を氷の強度と弾速に割り振る。

 形もただのボールから銃弾みたいな形に変え、更にそれを本物の銃弾みたいに高速回転させる事で破壊力アップ!

 結果、初級魔術とは名ばかりの立派な殺人魔術が完成しました。

 

 実際、これはもう初級魔術の氷弾(アイスボール)とは別物だと思う。

 弾の強度は鋼鉄並みだし、弾速はライフル並みだし、発動の難しさは上級魔術並みだし(私は息をするように連射できるけど)。

 初級魔術と呼べるのは、もう魔力の消費量くらいじゃないかな?

 そんなもんをポンッと作り出す私、マジ天才。

 これも私の身体に流れる姉様と同じ血のおかげだな!

 

「思ったよりやるじゃねぇか、セレナ! だが、俺は負けねぇ! 先輩の意地を見せてやるぜ! うぉおおおおお!」

 

 しかし、不良はそんな殺人魔術を炎を纏った大剣で吹き飛ばし、そのままの勢いで私に向かって突進してきた。

 恵まれた体格を恵まれた魔力で強化して剣術を振るい、更に火属性の魔術まで使ってくる不良の戦闘力は脅威だ。

 加えて、不良が持つ剣もまた普通の剣ではない。

 杖と同じく魔術の発動を補助する効果を持った特殊な剣『魔剣』だ。

 魔術師の中には、杖ではなくこの魔剣と自分の肉体を使って戦う奴も多い。

 所謂、魔法剣士みたいなスタイルだね。

 

 対して、私は接近戦なんてからっきしの純魔術師タイプ。

 いくら私も身体強化を使えるとはいえ、身体能力だけで剣術の達人に勝てるほど世の中甘くはない。

 なので、距離を詰められたら普通に負けます。

 近づかせてはならぬ!

 

「『氷砲弾(アイスキャノン)』!」

 

 迎撃の為に放ったのは、氷弾(アイスボール)の上位魔術である氷属性の中級魔術『氷砲弾(アイスキャノン)』。

 これ要は氷弾(アイスボール)の弾をデカくしただけの魔術なんだけど、ここまで大くすれば質量は正義である。

 今回作った氷のサイズは車と同じくらい。

 そして、大きいという事は即ち重い。

 さっきまでと同じ要領で防げば吹き飛ばされる事請け合いだ。

 それでいて速度も連射性能も、さっきの氷弾(アイスボール)氷連弾(アイスマシンガン)と同じという悪夢。

 死ぬがよい!

 

「舐めんな! 『爆炎剣(バーンソード)』!」

 

 しかし、不良はこれを爆発する剣で吹っ飛ばした。

 それ一発で巨大な氷が跡形もなく消滅する。

 ちょっと、その威力は反則だと思うな!

 連射しても、避けられるか、同じ方法で迎撃されるだけだ。

 これは効果薄いな。

 

 だったら、これでどうだ!

 

「『浮遊氷剣(ソードビット)』!」

 

 私は六本の氷の剣を作り出す。

 この剣は『人形創造(クリエイトゴーレム)』の応用であり、私の操作で自由自在に空中を舞うのだ。

 それを全て不良に向けて射出する。

 六刀流の力を思い知るがいい!

 

「ハッ! 俺を相手に剣で勝負たぁ、いい度胸だ!」

 

 だが、不良はむしろ今までよりやり易いとばかりに、六本の剣全てを軽く捌いていく。

 しかし、元より剣でこいつに勝てるとは思ってない。

 剣はあくまでも手数を増やす為のもの。

 本命はこっち。

 

「っ!? やるなぁ!」

 

 私の攻撃が、初めて不良にダメージを与えた。

 やった事は簡単だ。

 剣の攻撃と同時に氷砲弾(アイスキャノン)を撃ちまくり、その対処に追われてる隙を極小の弾丸で狙い撃った。

 それも、今までより遥かに弾速を上げたやつで。

 ふっ。

 今までのが最高速度だと誰が言った?

 切り札は隠しておくものなのだよ!

 

 今の攻撃で太腿を撃ち抜いたので、不良の機動力は低下している。

 その状態でこの波状攻撃は防ぎ切れまい。

 チェックメイトだ!

 

「……仕方ねぇか。おい、セレナ! 俺にこいつを使わせた事を誇りに思えよ! 『極炎纏(インフェルノオーラ)』!」

「ふぁ!?」

 

 その瞬間、不良の身体が激しい炎に包まれた。

 次の瞬間、不良は極炎を纏った大剣を一振りし、その一振りで私の六本の剣全てを焼き尽くす。

 そうして障害を除去した不良は、さっきまでとは比べ物にならない速度で私に突進してきた。

 

「終わりだ!」

 

 不良が私に向けて大剣を振りかぶる。

 ヤバイ!

 死ぬ!

 

「『氷獄吹雪(ブリザードストーム)』!」

「ぎゃあああああああ!?」

「あ……」

 

 やべ。

 咄嗟に、大量の魔力に任せた大魔術を使っちゃった。

 見える範囲全てを一面の銀世界に変えるような地獄の吹雪が吹き荒れ、あれだけ激しく燃え上がっていた不良を雪山の遭難者の如き氷像一歩手前の氷漬け状態に変えてもうた。

 

「お、お前な……大魔術でゴリ押しするのはなしってルールだろうが」

「申し訳ありません。つい」

 

 私は素直に謝った。

 これでは訓練の意味がない。

 

「ま、まあ、熱くなった俺も悪かったし、お前が美少女な事に免じて許してやるけどよ……。

 ただ、できれば二度とやらないでくれ。本気で死ぬ」

「ごめんなさい」

 

 私はもう一回謝ってから、不良を覆っている氷を砕いて消す。

 それでも失った体温まで戻る訳じゃないから、不良は「さみぃさみぃ」と言いながら魔術で火を出して暖を取り始めた。

 さて、あとはこの一面の銀世界もどうにかしないと。

 このままじゃ、明日登校して来た皆が驚愕しながら足を滑らせて頭を打って死んでしまう。

 それ以前に、学園を凍りつかせたままっていうのは普通に怒られそうで怖い。

 さっさと砕いて消してしまおう。

 

 だが残念な事に、それを実行する前に人が来てしまった。

 

「これはまた凄い事になっているな」

「そうですね。そして、あの格好を見るにレグルスは負けたようです。10歳のセレナを相手に情けない」

 

 現れたのは、生徒会の仕事をしていた筈のノクスと、その側近であるインテリ眼鏡。

 ノクスとインテリ眼鏡は、呆れたような顔でそれぞれ私と不良を見ていた。

 ちなみに、今の不良は自分の技で制服を燃やしてしまったので、ボロ切れを纏った乞食のような格好だ。

 とても高位貴族には見えない。

 インテリ眼鏡が呆れるのもわかる。

 

「ああん!? なんだとプルートこの野郎!」

 

 しかし、不良はそんな事などお構い無しで、インテリ眼鏡に突っ掛かって行った。

 

「そこまで言うなら、お前も一回セレナと戦ってみろや! こいつ化け物だかんな!

 っていうか俺は負けてねぇし! 今回の試合はセレナの反則負けだ!」

「そんな格好で言われても説得力がないですよ、レグルス。

 それに言い訳とは見苦しい。あなたもノクス様の側近であるならば、せめて潔さくらいは身に付けてください。

 ただでさえ、あなたは脳みそまで筋肉で出来ているような役立たず一歩手前なのですから、少しでも美点を増やす努力をして頂かないと」

「てめぇ!」

 

 そして、レグルスと呼ばれた不良と、プルートと呼ばれたインテリ眼鏡は喧嘩を始めてしまった。

 こいつらが仲悪いのは知ってたけど、まさかこの頃からここまで犬猿の仲だったとは……。

 

 そう。

 私はこいつらを知ってる。

 何せ、こいつらはゲーム『夜明けの勇者達(ブレイバー)』に出てくる敵キャラなのだから。

 今から約5年後のゲーム本編において、成長したこいつらは帝国側の幹部、四天王的なポジションである『六鬼将』の一員として登場する。

 

 『極炎将』レグルス・ルビーライト。

 『魔水将』プルート・サファイア。

 

 それが、ゲームでのこいつらの異名だ。

 ノクスの両腕として登場し、結構カッコいい感じのシーンもあるので、敵キャラながら中々に人気のある奴らだった。

 ついでに、腐の妄想をするのが大好きな淑女の皆様にも人気があったんだけど……うん、この様子見てるとその心配はなさそう。

 まあ、私も姉妹百合という禁断の恋をしてる身な訳だから、万が一そうなっても応援するけどね!

 果たして、どっちが掘って、どっちが掘られるのか知らないけど、その時は是非とも仲良くしてほしい。

 そんな事を考えながら二人を見詰めていると、何故か二人同時にビクリと震えた。

 そして、不思議そうに辺りを見回してる。

 勘の鋭い事で。

 

 私はそんな二人から視線を外し、とりあえず銀世界を消滅させておいた。

 やる事は氷柱(アイスピラー)を砕いた時と同じだ。

 氷を粒子レベルとまではいかなくても、それに近いレベルまで粉々に砕く。

 そうすれば、細かい氷は空気に溶けてすぐに消えるのだ。

 ただ、今回は中の物を傷つけずに氷だけ砕かないといけないから、ちょっとだけ慎重にやるけど。

 

「見事なものだな。魔力操作技術ならば完全に私を超えているだろう」

「恐れ入ります」

 

 ノクスに褒められた。

 私の評価が上がるのは素直に嬉しい。

 だって、私に価値があればある程、ノクスはしっかりと姉様を守ってくれるだろうから。

 

「その調子で、魔術に負けない程勉強の方も頑張ってくれ。

 お前は学こそあまりないが、レグルスと違って物覚えがいいとプルートが褒めていた。

 この後、お前に勉強を教えると張り切っていたぞ」

「……ありがたい限りです」

 

 うへぇ、勉強嫌だよぉ。

 姉様関連の事ならモチベーションが常に限界突破してくれるけど、それ以外は普通に嫌なんだよぉ。

 でも、アタイ頑張る。

 それが、いつか姉様の役に立つかもしれないと自己暗示をかけながら。

 

「いずれは知略と武力、両方の力で私を支えてくれる事を期待している。励めよ」

「……はい」

 

 その期待に関しては若干心苦しい。

 だって、私は近い内に姉様を連れて国外逃亡するつもりだからね。

 いくらノクス達が私に期待して教育を施そうとも、それをノクス達の為に使える時間は長くない。

 おまけに、ゲームの通りに進めばノクス達は全員死ぬだろう。

 私はそれを助ける事もなく、見殺しにしようとしている。

 私は、恩を仇で返そうとしているのだ。

 

 でも、だからと言って今更やる事を変えるつもりはない。

 ノクス達への恩よりも姉様の命が大事なんだ。

 だから、この罪悪感くらいはずっと抱えていよう。

 それがノクス達への贖罪になるかはわからないけど、せめてそれくらいの事はしたい。

 あと、定期的に自律式アイスゴーレムの仕送りとかもしよう。

 命を守ってくれる戦力が増えれば、死の運命も変わるかもしれないし。

 

 そんな思いを胸に秘めながら、私はプルートによる勉強地獄に叩き込まれた。

 その瞬間、もう恩とか仇とかどうでもいいから、誰かこの鬼教師を殺してくれという思考が頭を過ってしまったのは秘密だ。

 そうやって、学園での仮初めの平和の日々は過ぎて行った。

 

 

 

 

 

 だが、この時の私は知らなかった。

 懸念はしていても、実感はしていなかった。

 この仮初めの平和は、ふとした拍子に一瞬で崩れ去ってしまう酷く脆いものでしかないという事を。

 そして、その平和が崩れる瞬間がすぐそこにまで迫っているという事を。

 この時の私は、まだ知らなかった。



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11 衝撃の再会

「姉様ぁ! お久しぶりですぅ!」

「わっ」

 

 ノクスの部下になってから二ヶ月。

 職場の人間関係にも大分慣れてきた今日この頃。

 本日は遂に待ちに待った姉様との再会の日である!

 クソ親父にずっと前から申請させていた面会の日が今日なのだよ!

 そのクソ親父は当然置いてきた。

 面会に来たのは、私とお付きのメイドスリーの合わせて4人だけだ。

 部屋の外には監視の騎士がいるから、あんまりぶっちゃけたトークはできないけど、それでもやっと姉様成分とラブパワーを補給できる!

 私は再会後0.1秒で姉様に抱き着き、頬擦りを開始した。

 

「姉様~! 姉様~!」

「ふふ。セレナは本当に相変わらずの甘えん坊さんね」

 

 姉様が前みたいに抱き締めながら頭を撫でてくれる。

 ああ、四ヶ月ぶりの天使の抱擁……

 癒されるぅ。

 幸せぇ。

 ずっとこうしていたいよぉ。

 チラリと後ろを見れば、私達のイチャイチャを見て感動の涙を流すメイドスリーの姿が目に入った。

 うんうん。

 君達も我らが姉様の元気そうな姿を見て安心したんだね。

 わかる。

 凄いわかるよ。

 

「セレナ、ちょっと大きくなったね」

「成長期ですから! そう言う姉、様、も……」

 

 そこまで口にしてから、私の言葉は尻すぼみになっていった。

 姉様はまだ15歳だ。

 つまり、私と同じでまだ成長期であり、色々と育ってて当然。

 私が今顔を埋めてる胸とかも一回り大きくなってて凄く役得なんだけど、そんな姉様の身体の変化の中で、一つだけ無視できない変化があった。

 これは……!?

 う、嘘だろ?

 どうか私の思い違いであってくれ。

 

「あ、気づいた? そうなの。今二ヶ月くらいで……って、セレナ大丈夫!? 血の涙が!?」

「ダイジョウブデス」

 

 嘘だ。

 全然大丈夫じゃない。

 その証拠が、唐突にカタカナチックになったイントネーションと、両の目から滝のように溢れ出すこの血涙だよ。

 多分、メイドスリーも私と同じ状態になってると思う。

 それくらい、姉様の変化は私達にとって衝撃が大きすぎた。

 

 服に隠れてわかりづらいけど、姉様のお腹は少しだけ膨らんでいる。

 太ったとかそういう微笑ましい理由だったら、どんなによかったか。

 そうだったら、気にしてダイエットする姉様を想像してホッコリする余裕すらあっただろう。

 

 だが、このお腹の膨らみは脂肪じゃない。

 男女の営みの結果だ。

 つまりは、そういう事だ。

 そういう事になってしまうのだ。

 姉様の、お腹に、皇帝の……うっ、頭が!

 理解したくないと私の脳細胞が悲鳴を上げている!

 だが、これは到底目を逸らせる事ではない!

 

 皇帝ぃいいい!

 あのクソ野郎!

 私の天使をもう孕ませやがったぁ!

 絶対に許さない!

 殺してやるぅ!

 いつか絶対殺してやるぅ!

 そのチン◯とキ◯タマをズタズタに引き裂いて豚の餌にしてから無惨に殺してやるぅ!

 

「セレナ……複雑だと思うけど、どうかこの子を嫌わないであげて」

「……わかってます」

 

 しかし!

 しかしだ!

 生まれてくる子供に罪はない。

 例え、この子が憎くて憎くて仕方がない皇帝の血を継いでいようとも、もう半分は世界で一番尊い姉様の血を継いだ子だ。

 だったら、私はこの子を愛さなきゃ。

 私は最初からそう決めてた筈だ。

 だから、ノクスと交わした雇用契約に子供の救済まで入れたのだから。

 それに、姉様のそんな母親としての顔を見せられたら、文句なんて言える訳がない。

 

 姉様だって複雑な筈だ。

 複雑じゃない筈がない。

 だって、皇帝の考え方と姉様の聖人っぷりは決して相容れないのだから。

 皇帝は他者を省みない男だ。

 そんな相手との子供。

 しかも、子供が生まれれば本格的にドロドロの権力争いに巻き込まれる事になる。

 権力を求める奴ならともかく、そうじゃない姉様にとっては、子供なんて厄介事の種にしかならないのだ。

 

 だけど、姉様はそんな事一切関係なく、まるで聖母のように理由のない無償の愛を我が子に注ぐだろう。

 姉様はそういう人だし、この顔を見ればそれくらいわかる。

 なら、私のすべき事は何も変わらない。

 姉様も、姉様の子供も、二人纏めて守るだけだ。

 

「名前は……」

「え?」

「名前は、もう決めてあるんですか?」

 

 私はそんな事を姉様に尋ねた。

 この世界では、子供の名前は生まれる前に決めておくのが一般的だ。

 だから尋ねた。

 この子を受け入れる為にも、この子の名前を知っておきたかった。

 

「うん。男の子ならルーン、女の子ならルナマリアにしようと思ってるの」

「そうですか」

 

 ルーンに、ルナマリア。

 どっちも、なんとなく月を連想する名前だ。

 私の名前であるセレナと同じように。

 もしかしたら、姉様はそれ繋がりで決めてくれたのかもしれない。

 あのネーミングセンスのない姉様がそこまで考えてくれたと思うだけでもう……!

 うん。

 悪くない。

 悪くないよ。

 

「良い名前ですね」

 

 私は抱き着いた体勢のまま、優しく姉様のお腹を撫でながらそう言った。

 多分、今の私は自然に笑えてると思う。

 そんな気がする。

 

「うん。ありがとう、セレナ」

 

 姉様はそう言って、ちょっとだけ目に涙を浮かべながら優しく微笑んだ。

 私がこの子を受け入れたんだという事が、ちゃんと伝わったんだと思う。

 

「セレナ、この子をよろしくね」

「はい!」

 

 きっと仲良くします。

 きっと仲良くできます。

 だって、この子は姉様の子供なんですから。

 

 その後、私達は昔のように穏やかな雰囲気で最近の事を語り合い、今日の面会は終了となった。

 

 尚、メイドスリーも姉様直々に「セレナとこの子の事よろしくね」と言われて使命感に燃えていたけど、それは余談だろう。



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12 運命の日

 その日の事を、私は生涯忘れる事はないだろう。

 忘れる事など決してできないだろう。

 この日感じた全ての事を。

 絶望を。

 苦しみを。

 悲しみを。

 痛みを。

 無力感を。

 後悔を。

 憎しみを。

 怒りを。

 殺意を。

 私は一生、忘れる事がなかった。

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 その日は、私が学園に入学して2年が過ぎた頃に訪れた。

 

 その頃、私は三年生となり、何故か生徒会に所属する事になっていた。

 これは、私が入学した時点で既に最上級生であり、その年度の終わりに卒業して行ったレグルスとプルートの後釜だ。

 あの二人が卒業してもノクスは生徒会長を続けた、と言うか続けさせられた(聞いた話によると、生徒会長は一番身分の高い生徒が強制的にやらされるらしい)ので、それをサポートする側近もまた生徒会に入る必要があるんだとか。

 生徒会役員は会長による指名制の為、私に逃げ場はなかった。

 そうじゃなくても立場上断れなかっただろうけど。

 

 そして、この2年で色々と状況が変わった。

 

 まず、姉様がめでたく、と言っていいのかは微妙だけど、とにかく無事に出産を終える事ができた。

 生まれたのは女の子。

 姉様にそっくりの可愛い子だ。

 皇帝に似なくて本当に良かったわ。

 その子は事前に決めていた通り『ルナマリア』と名付けられ、私達はルナという愛称で呼んで盛大に可愛がった。

 

 次に、学園を卒業したレグルスとプルートが破竹の勢いで出世し、早くも六鬼将の地位にまで上り詰めた。

 六鬼将には序列があって、レグルスが序列五位、プルートが序列六位だそうだ。

 その話を私に聞かせた時のレグルスは盛大にプルートを煽りまくり、プルートは終始不機嫌そうな仏頂面だった。

 六鬼将の序列は戦闘力が最優先で考慮されるので、文武両道のプルートより、武一筋のレグルスの方が有利なのは仕方ないと思うんだけどね。

 

 そんな感じで色々な事が変わりつつも、私の計画は順調に進んでいたのだ。

 二年生に上がった頃には、私はすっかりノクスの腹心の一人として認識されていたので、ノクスの皇族としての仕事を手伝う為に城に行く事もあった。

 その時に虫型の超小型アイスゴーレムを後宮の方へと放つ事に成功し、それを通して多少は後宮の情報を得られるようになって私は小躍りした。

 

 この超小型アイスゴーレムはカメラみたいに使える訳じゃないし、会話とかも勿論拾えない。

 でも、探索魔術を仕込む事に成功したので、周りにいる人間の気配を察知して警備の位置や見回りのパターンを知る事ができる。

 あと、後宮内を動き回る事で内部のマッピングもできる。

 更には、無機物故の気配のなさと、探索魔術を欺く機能のおかげで発見も困難という自信作。

 よくこんな指の先サイズのアイスゴーレムに色々と仕込んだもんだよ、私。

 

 それを城に行く度に後宮へと放って数を増やし、順調に警備の情報を手に入れ、もう少し情報を集めれば姉様救出計画を本格的に練る事ができるという段階まで来ていたのだ。

 あと一歩。

 本当に、あと一歩だった。

 

 そんな時だ。

 国外逃亡用の魔術が完成する寸前で姉様をかっさらわれた時のように、まるで狙い済ましたかのようなタイミングで、あの事件が起きたのは。

 

 切欠は、後宮の行事の一つだった。

 皇帝の子供を持つ妻達が、帝都の外にある由緒正しい神殿へと子供の成長祈願をお祈りしに行く、年に一度の行事だ。

 去年、それに姉様が参加するという話を聞いた時は、帝都の外という魔獣や襲撃者が襲い放題な所に行くって事で気が気じゃなかったけど、そこは腐っても皇族絡みの行事。

 道中の魔獣はほぼ完全に駆除されてるし、警備と護衛は六鬼将を含めた精鋭が務めるし、ノクスが気を回して姉様の周辺に自分の息のかかった騎士を大量に配置してくれたので、その年の行事は何事もなく終わった。

 

 つまり、今回は二回目という事になる。

 そして、警備は前回と同じだし、ノクスが気を回してくれてるのも前回と同じ。

 だから、私は緊張しつつも心のどこかで油断していた。

 

 姉様に渡したセレナ人形から救難信号が届く、その瞬間まで。

 

「っ!?」

「? どうした、セレナ?」

 

 その時、私はソワソワしながら生徒会室でノクスと共に仕事をしていた。

 だから、私が急に顔色を変えたのを見て、ノクスが不思議そうに問いかけてくる。

 でも、その問いに答えている暇などない。

 セレナ人形から救難信号が届いたという事は、一刻を争う事態が発生しているという事なのだから。

 

 私は椅子と机を蹴り飛ばしながら立ち上がり、そのまま窓をぶち破って生徒会室の外に出た。

 

「セレナ!?」

「『氷人形創造(クリエイトゴーレム)』!」

 

 ノクスの驚愕の声をガン無視し、私は即座に杖を取り出して鳥型のアイスゴーレムを作り出し、それに飛び乗る。

 そのまま全力で魔力を使ってアイスゴーレムを動かした。

 魔術で作り出した現象は宙に浮かべる事ができる。

 火球(ファイアボール)氷弾(アイスボール)なんかがいい例だ。

 他の魔術でできる事なら、ゴーレムでできない道理はない。

 つまり、私のアイスゴーレムは鳥型である事なんか関係なしに空を飛ぶ。

 

 杖をゴーレムに押し付けて、そこから随時魔力を流し込み、その全てをスピードを出す事に使う事で、鳥型アイスゴーレムは音速を超える超スピードで飛んだ。

 上に乗ってる私は身体がバラバラになりそうだったけど、身体強化で無理矢理身体の強度を上げて耐える。

 そうして、セレナ人形が送って来た大まかな位置情報を頼りに飛んでいると、数分もしない内に後宮の一団と思われる連中を発見した。

 

 でも、そいつらの様子がおかしい。

 まるで何かから逃げるみたいに、統率を失いかけた動きで移動している。

 そして、セレナ人形が救難信号を送っているのはこの先だ。

 つまり、この一団の中に姉様はいない。

 なら、こいつらに用などない。

 

 私は更にアイスゴーレムへと魔力を流し込み、加速する。

 それに耐えきれずアイスゴーレムが壊れ始めたけど、救難信号はもう目と鼻の先。

 だったら、ここで使い捨てても惜しくはない。

 

 そう考えた瞬間、━━突如、セレナ人形からの救難信号が途絶えた。

 

「姉様!」

 

 私はただ姉様と叫びながら、焦燥でおかしくなりそうな頭と、早鐘を打ち過ぎて破裂しそうな心臓の鼓動を感じながら、アイスゴーレムに送り込む魔力を更に強める。

 もはや、いつもの精密操作など見る影もなく、効率を捨て、ただただスピードを出す為だけに膨大な魔力を使う。

 そのあまりの魔力に耐えきれなかったのか、杖にヒビが入った。

 アイスゴーレムがドンドン原型を失っていく。

 構うものか。

 

 そうして、遂に私は辿り着いた。

 救難信号の出ていた場所へと。

 そこで、見てしまった。

 転がる護衛達の死体。

 そして、

 

 ━━襲撃者と思われる男の持った大鎌に貫かれた、姉様の姿を。

 

「『氷結世界(アイスワールド)』ォ!」

 

 私は反射的に魔術を使った。

 最高出力の氷結世界(アイスワールド)の冷気が、姉様ごと襲撃者を凍らせようと牙を向く。

 その出力に耐えられず、遂に杖が壊れた。

 関係ない。

 

「こ、これは!?」

 

 襲撃者の男は姉様から大鎌を引き抜いて避けようとしたが、避けきれずに氷像となった。

 そっちはどうでもいい。

 それより姉様だ!

 早く姉様を助けないと!

 

 私はアイスゴーレムを乗り捨て、冷気に巻き込まれて氷漬けになった姉様の元へと走った。

 この魔術の良いところは非殺傷魔術であり、極めれば医療行為にも使えるところだ。

 氷漬けにしたという事は、即ちコールドスリープ状態にしたという事。

 外から氷像を破壊しない限り、中の人は仮死状態で生き続けるのだ。

 

 すぐに姉様を覆っている氷だけを砕き、中の姉様に向けて無属性の上級魔術『回復(ヒール)』をかける。

 この世界の回復魔術は、あくまでも本人の自然治癒能力を高めるだけ。

 だから、部位欠損とかは治らない。

 でも、逆に言えば自然に治る傷ならなんでも治せるという事だ。

 それに、私の魔力量と魔力操作技術を使って行使される回復魔術は、恐らく、この世界でも十指に入る性能を持っているだろう。

 それを使えば、こんなお腹を突き刺された程度の傷はすぐに治る。

 

 筈だった。

 

「なんで!?」

 

 なのに、姉様の傷は一切治らない。

 傷が全然塞がらない。

 コールドスリープの影響が残ってるからか出血量は凄く少ない。

 だから、今傷を塞げば助かる筈。

 なのに、その肝心の傷口が全く塞がらない。

 

「なんで!? なんで!? なんで!?」

 

 この現象を説明できるとしたら、可能性は二つしかない。

 私の回復魔術の腕が悪いか、あるいは……

 いや、考えるな!

 治る!

 助かる!

 絶対に助ける!

 その為に磨いてきた力でしょ!?

 変な事考えてないで、もっと強力な魔術を使え、セレナ!

 

「『回復(ヒール)』! 『回復(ヒール)』! 『回復(ヒール)』ゥ!」

 

 でも、どんなに強い魔術を使おうとしても、回復魔術はこの回復(ヒール)しかない。

 なら、それに籠める魔力量を上げるしかない。

 この魔術をもっと強くするしかない。

 

 なのに、それなのに。

 強くしても、どんなに強くしても、姉様の傷口が塞がる事はなかった。

 

「あ……魔力が……」

 

 そして、そこである事に気づいた。

 気づいてしまった。

 姉様の身体が魔力を纏っていない。

 魔力を生まれつき持つ者は、無意識に魔力で身体能力を強化している。

 それはどんな時でもだ。

 寝ていても、弱っていても、気絶していても、生きている限り身体は魔力を纏い続ける。

 そう、()()()()()()()

 

「あ、ああ……」

 

 そこまで考えてしまった瞬間、頭が理解を拒んでいた現実を理解してしまった。

 回復魔術が効かないもう一つの可能性。

 それは、死体(・・)に回復魔術を掛けても意味がないという事。

 当然だ。

 回復魔術は、あくまでも本人の自然治癒能力を高めるだけ。

 その自然治癒能力の源である生命力を失った死体に掛けても、効く訳がない。

 

「あああ……」

 

 つまり、姉様はもう、

 

「あああああ!」

 

 目を覚まさない。

 傷口は塞がらない。

 だって、だって、

 

 姉様はもう、死んでしまったのだから。

 

「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」

 

 私は泣いた。

 姉様の亡骸にすがり付きながら、絶叫するように泣き喚いた。

 姉様が死んだ?

 私の天使がもういない? 

 なら、私はなんの為に生まれてきた?

 今までなんの為に力を磨いてきた?

 なんの為に生きてきた?

 ……役立たず。

 役立たず! 役立たず! 役立たず! 役立たず! 役立たず!

 

「うぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」

 

 私は泣いた。

 ただ泣いた。

 絶望を、

 苦しみを、

 悲しみを、

 痛みを、

 無力感を、

 後悔を、

 噛み締めながら。

 泣いて、泣いて、泣き続けた。

 

 この時、私は思い知ったのだ。

 この世界はどこまでも残酷で、その残酷さは当然私にも適応されるのだという当たり前の事を。

 仮初めの平和は、こんなにも簡単に崩れ去ってしまうのだという事を。

 文字通り、身を持って思い知った。

 

 そして、脳裏に姉様との思い出が蘇る。

 まだ帝都に来る前、実家で一緒にいた頃の記憶が、その頃によく浮かべていた姉様の笑顔が、最も鮮やかな記憶として蘇った。

 ああ、思い返せば、あの頃が一番幸せだった。

 家族どもには虐められてたけど、姉様が側にいて、姉様と一緒に国を出る未来を夢見て頑張っていた、あの時間が。

 

 戻りたい。

 叶う事なら、あの頃に戻りたい。

 でも、時間は回帰しない。

 姉様はもう戻ってこない。

 それがわかってしまうから、辛くて、悲しくて、涙が止まらない。

 

 私は泣いた。

 泣いて、泣いて、泣き続けた。

 

 

 背後で蠢く影に気づいていながら。



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13 『死影将』

 私の背後で何かが蠢いている。

 そんな事にはとっくの昔に気づいていた。

 ただ、そんな事よりも姉様の方が百億の百億乗大事だっただけだ。

 姉様を失った悲しみで、動く気にもなれなかっただけだ。

 

 そして、影が遂に姿を現す。

 

 それは、私が最初に氷漬けにした男だった。

 大鎌を持った中高年の男。

 姉様を殺した男。

 そいつが、私の作った氷を砕いて脱出してきた。

 

「驚いた……まさか、これ程の魔術師がこんなにも早く援軍に来るとは」

 

 私は遂に涙が枯れ、生気を失った目でそいつの事を見た。

 その顔には見覚えがあった。

 

 ━━六鬼将序列四位『死影将』グレゴール・トルマリン

 

 ゲームの登場人物であり、今回の行事の護衛に付いていた筈の六鬼将。

 それが、姉様を殺した男の正体だった。

 

「君は……確か、セレナと言ったな。ノクス皇子の側近に加わった天才魔術師の話は聞いている」

 

 グレゴールが何か言っている。

 酷く耳障りだ。

 

「エミリア嬢は君の姉だったな。本当にすまぬ事をした。

 許してくれとは言わん。理解してくれとも言わん。

 だが、私にも事情というものがある。

 譲れない事がある。

 本当に心苦しいが、私の犯行を見られた以上、君も生かしてはおけない」

 

 グレゴールが何か言っている。

 姉様を殺したクソ野郎の言葉だ。

 聞く価値がない。

 耳に入れる事すらおぞましい。

 こいつに対する嫌悪感が膨れ上がった時、悲しみがカンストして疲弊しきった私の心に、ドロリとした暗い感情が生まれた。

 

 憎しみ。

 怒り。

 そして、殺意。

 

 そうだ。

 こいつが姉様の仇なんだ。

 殺さなきゃ。

 殺さなくちゃ。

 かつて、私が姉様に言った言葉を思い出す。

 

『もし姉様が死んだら、私は早急に全ての仇を討って後を追いますからね』

 

 あの時の言葉を実行しよう。

 こいつを殺し、こいつの関係者を皆殺しにし、そして全ての元凶である皇帝を殺して、私は姉様の所に逝く。

 

「斬り捨て御免」

 

 呟くようにそう言って、グレゴールは私に接近してきた。

 その手に、姉様を殺した大鎌を持って。

 

「『氷獄吹雪(ブリザードストーム)』」

 

 私は姉様を抱き締めたまま、氷結世界(アイスワールド)の上位魔術である氷獄吹雪(ブリザードストーム)を放った。

 氷結世界(アイスワールド)よりも遥かに強力で、凍らせる事ではなく氷殺する事を目的とした、地獄の吹雪。

 当然、レグルス相手に使った時よりも威力が高い。

 一切手加減していないのだから。

 

「これ程とは……!? 『影切断(シャドウカッター)』!」

 

 グレゴールはそれを、大鎌に纏わせた影による斬撃で迎撃した。

 影属性魔術。

 皇帝が得意とする闇属性魔術の劣化版。

 だが、劣化版とはいえその威力は充分に脅威。

 影の斬撃は氷獄吹雪(ブリザードストーム)を真っ二つに切り裂いた。

 魔力による現象は魔力による現象で干渉する事ができる。

 だから、影で冷気を裂くなんていう怪奇現象が発生するのだ。

 

「ぐっ……!? なんという威力!?」

 

 だが、それでも私の魔術を完全に防ぐ事はできなかったらしい。

 散らし損ねた冷気がグレゴールの身体に到達し、その表面を凍てつかせる。

 どうやら、私は魔術の威力だけなら六鬼将すら上回るみたいだ。

 

 しかし、グレゴールだって相当強力な魔術と魔力量を持っている。

 確か、公爵家の傍系出身だったっけ?

 それも六鬼将に選ばれる程に、その才能を磨いてきた男。

 身体の表面を凍りつかせた程度じゃ止まらない。

 

「『影槍(シャドウランサー)』!」

 

 グレゴールの足下の影から、細く鋭い影の槍が複数本、私に向かって伸ばされた。

 あれを食らえば、私の身体強化を貫いて致命傷になるだろう。

 迎撃。

 

「『氷壁(アイスウォール)』」

 

 氷の壁で影の槍を受け止める。

 それで完全に防げた。

 でも、氷の壁の内側に影が出来てる。

 なら、使ってくるだろう。

 ゲームにおいて、グレゴールの動きの中で一番厄介と言われた切り札を。

 

「『影潜り(シャドウダイブ)』!」

 

 出た。

 自分の影の中に潜り、近くの影から現れる短距離限定瞬間移動。

 それを使って、グレゴールは私のすぐ側に現れた。

 

「貰った!」

 

 グレゴールが大鎌を振るった。

 確実に私の胴を真っ二つにする軌道を大鎌が走る。

 でも、そう来るのは読めていた。

 だったら、怖くもなんともない。

 

 私は更なる強力な魔術を、至近距離からグレゴールに浴びせた。

 

「『絶対零度(アブソリュートゼロ)』」

「なっ!?」

 

 氷獄吹雪(ブリザードストーム)の更なる上位魔術である、氷属性の最上級魔術『絶対零度(アブソリュートゼロ)』。

 抵抗を許さず全てを凍てつかせる、私の最強魔術。

 ただし、最上級魔術故の発動の難しさから、私の魔力操作技術を以てしても、発動には一秒以上の準備時間がかかる。

 グレゴールなら、その隙を突いて私を斬る事ができただろう。

 でも、氷壁(アイスウォール)で視界が塞がったせいで、私がこの魔術の準備をしている事に気づかなかった。

 それが、グレゴールの敗因。

 そうして、グレゴールは今度こそ完全な氷像となった。

 

 私は氷のベッドを作って、そこに姉様をそっと下ろし、氷像となったグレゴールへと近づいて行く。

 

「ああああああああああああああ!」

 

 そして殴った。

 身体強化を纏った拳で、何度も何度もグレゴールを殴った。

 中身ごと氷像が砕けて塵になるまで、殴って殴って殴り続けた。

 

 なんで、グレゴールが姉様を殺したのか。

 それはわからない。

 ゲームでのグレゴールは、ただ皇帝やノクスに忠実なだけの狗だった筈だ。

 この近くには、姉様だけでなく護衛や他の側室と思われる奴の死体も転がっていた。

 何故、皇族に忠誠を誓っている筈のグレゴールがこんな暴挙に出たのか。

 その皇族の命令か。

 姉様達が死んで得をする奴が身内にいたのか。

 あるいは脅されて仕方なくやったのか。

 それはわからない。

 わかりたくもない。

 例えどんなに崇高な目的があったとしても、どれだけどうしようもない事情があったとしても、姉様を殺して許される筈なんてない!

 

 だから殺した。

 だから殺す。

 こいつだけじゃない。

 姉様の死に関わった全ての人間を。

 無理矢理姉様を後宮という危険地帯に連れ去った皇帝。

 姉様を皇帝に売り飛ばしたクソ親父。

 グレゴールの背後にいるかもしれない黒幕。

 そして、そして、━━姉様を守れなかった無能な私。

 全部殺して、最後に私を殺して、あの世に行くのだ。

 

 グレゴールの身体を粉々に砕き終え、奴が持っていた大鎌を残して完全にこの世から消えた後、私は姉様の元へと戻った。

 もう魂の宿っていない、姉様の脱け殻となった亡骸に。

 

 そして私は、姉様に最後のキスをした。

 

 そのまま私は姉様の亡骸を氷漬けにし、一瞬で粉々に砕いた。

 姉様だった氷の粒子が、空に溶けて消えてゆく。

 こんな腐った国に、革命で踏み荒らされる国の土に姉様を埋葬する訳にはいかない。

 それならせめて、天使の姉様に相応しく、自由な空に葬ってあげたかった。

 

 姉様が消えた空を見上げ、私は思う。

 待っていてください、姉様。

 私もすぐに姉様の所に行きます。

 姉様のお側に戻ります。

 全ての仇を討ち、やり残した事を清算してから。

 そう、やり残した、事、を……

 

 その瞬間、私の脳裏に姉様とのある会話がフラッシュバックした。

 

『セレナ、この子をよろしくね』

『はい!』

 

 そうだ。

 そうだった。

 私には仇を討つ事以上にしなければならない事があった。

 あの子を、ルナを守らなければ。

 姉様の忘れ形見を守り、育てなければ。

 復讐は、その後だ。

 私の怨みよりも、優先させなければいけない。

 

 私は、我が身を焦がすようなドス黒い感情に無理矢理蓋をした。

 血が滲む程に強く拳を握り締め、復讐に走ろうとする心をなんとか自制する。

 

「姉様……」

 

 姉様。

 どうやら私はまだ死ねないみたいです。

 姉様の娘を、私の大切な家族を、今度こそ必ず守ります。

 守り抜いてみせます。

 だから、だからどうか空の上から見守っていてください。

 いつか、私が本当にやるべき事を全てやり終えて姉様のお側に戻った時は。

 その時は、どうかいつもみたいに抱き締めて、頭を撫でてください。

 この無能でどうしようもない妹を、どうか許してください。

 お願いです。

 

 私は肌身離さず身に付けているペンダントを。

 10歳の誕生日に姉様から頂いたペンダントを握り締め、もう枯れたと思っていた涙を再び流しながら、姉様の待つ空を見上げた。



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14 壊れてでも守りたいものがある

 私は再び鳥型アイスゴーレムを飛ばし、学園へと戻って来た。

 そこに目当ての人物がいるかどうかは賭けだったけど、どうやら私は賭けに勝ったらしい。

 

「ただいま戻りました、ノクス様」

「セレナ! いきなり飛び出して行って何があったん……っ!?」

 

 そこまで言ってから、ノクスは私の顔を見て顔を強張らせた。

 今の私は酷い顔をしている自覚がある。

 涙の跡は目立つだろうし、正直、心労で倒れそうなくらい精神は限界に近い。

 強行軍で体力も使ってしまったから、顔色は相当悪いだろう。

 有り余っているのは魔力だけだ。

 

 でも、そんな事は関係ない。

 事は一刻を争う。

 

「ノクス様、お願いがあります」

「……言ってみろ」

「先程、我が姉エミリアが亡くなりました」

「なっ……!? なんだとっ!?」

「つきましては、未だ後宮に取り残されている姉の娘、第四皇女ルナマリア様が心配です。

 母を亡くした以上、もう後宮にはいられないでしょう。

 私が後見人となって預かろうと思っているのですが、その旨を皇帝陛下に進言して頂きたいのです」

「わ、わかった」

「では、私はその為の手続きに取り掛かります。申し訳ありませんが、本日は生徒会を早退させて頂きます。それでは」

「待て!」

「……なんでしょうか?」

 

 ノクスに一礼して、手続きの為に城に行こうと思ったのに、引き留められてしまった。

 私は酷く冷めた目でノクスを見る。

 この急いでる時に、なんの用があると言うのだろうか。

 

「その手続きも私がやっておく。お前はもう休め」

「必要ありません」

 

 何を言うかと思えば、そんな事か。

 

「それに、ノクス様お一人よりも私と合わせて二人で動いた方が早い筈です」

「人手なら私の部下で充分だ。それにレグルスとプルートもいる。あの二人は仕事中だが、無理をすれば外せるだろう。

 そして、レグルスはともかく、プルートの事務仕事はお前よりも早い」

「それは……」

 

 それは、言われてみれば確かに。

 でも、私が動かないと。

 ルナの為に私が動かないと。

 

「それに、お前は今酷い顔をしている。心労と疲労が顔に出ている。

 そんな体調の者に仕事をさせてもロクな結果にはならん。休め」

「ですが……」

「上司としての命令だ。休め」

 

 うっ、強権を発動されたら私には逆らえない。

 ノクスの助力はルナを助ける為に必要不可欠なんだ。

 機嫌を損ねる訳にはいかない。

 

「………………わかりました。それでは、本日は休ませて頂きます」

「そうしろ」

「はい」

 

 そうして、私はとぼとぼと生徒会室を出る。

 

「すまなかった……!」

 

 背後から聞こえてきたノクスの声を、聞こえないふりをしながら。

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 その後、私は寮の自室へと戻り、メイドスリーに事の顛末を話した。

 三人とも最初は理解できない、理解したくないという顔をし、最後は泣きそうになるのを必死に堪えて私を慰めてくれた。

 誰一人として私を責めなかった。

 それが辛くて、そして嬉しかった。

 私にはまだ、こんなに優しくて頼りになる同志がいる。

 そう思えば、ほんの少しだけ気力が戻った。

 また涙が出てきた。

 

 そしたら、それを見てメイドスリーも堪えきれなくなったみたいで、4人して盛大に泣いた。

 ここがアパートだったら、近所から苦情が殺到するレベルの大声で泣いた。

 私達は悲しみを分かち合って、ほんの少しだけ救われたような気がする。

 

 そして、私は改めてメイドスリーに告げた。

 私と共に、姉様の忘れ形見であるルナを守ってほしいと。

 彼女達は一も二もなく、私と同種の決意と覚悟を秘めた顔で即答した。

 

 私達は何があろうとも、どんな事をしてでも、今度こそ大切な人を守る。

 それが叶わなかった時は、全ての仇を殺してから死ぬ。

 改めて、4人でその誓いを立てた。

 

 私はとても勇気づけられた。

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 そして、私は休めと言ったノクスの言葉を無視し、こっそりと学園を抜け出して、ある場所へとやって来た。

 休む前に済ませておかなきゃいけない事があるのだ。

 こればっかりは私にしかできない。

 

 私が向かった場所は、我が実家であるアメジスト伯爵家が帝都に構えている別邸。

 そこにいるのは、私とエミリア姉様に感謝する使用人ばかり。

 私の要求はあっさりと通り、地下の転移陣を使って領地の方の本邸へと戻って来た。

 そして、クソ親父のいる執務室へと向かう。

 

「どうも、お父様」

「……なんの用だ?」

 

 そこでクソ親父に命令する。

 ルナを迎え入れる準備をする為に。

 

「突然ですが、家族を全員集めてください。仕事の補佐をしている使用人と一緒に」

 

 さあ、大掃除を始めようか。



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15 粛清

「呼ばれて来たけれど……何故、あなたのような薄汚い小娘がいるのかしらね?」

 

 高級なドレスを身に纏ったおばさん、アメジスト伯爵家の正妻が私を見て吐き捨てた。

 私は何も返さない。

 こんなのと会話するのは時間の無駄だ。

 

 そしたら、正妻は今度クソ親父に詰め寄った。

 ヒステリックに喚き散らし、クソ親父が顔をしかめる。

 そんなどうでもいいやり取りをしてる内に、他の家族どもも集まってきた。

 

「父上、ただいま参りました」

「お楽しみの途中だったのになー」

「……何故、落ちこぼれまでここにいるのやら」

 

 そう抜かすのは、私の腹違いの兄である三人。

 臆病者で、小さい頃の私に暗殺者を送り込んできた長男。

 拷問好きで、女の悲鳴が大好きな次男。

 私を落ちこぼれと蔑んでサンドバッグにしてきた三男。

 揃いも揃ってクズばかりだ。

 

 そして、そいつらに続いて側近の使用人が何人か部屋に入ってくる。

 こいつらは、私やエミリア姉様に感謝する他の使用人達とは違い、家族どもに取り入っておこぼれに預かってる連中だ。

 全員が全員そんなクズな訳じゃないけど、クズ率が締める割合は高いと思う。

 

 さてと。

 

「お父様、これで全員ですか?」

「ああ」

 

 クソ親父に尋ねれば、肯定の言葉が返って来た。

 そっか。

 なら、早速やるとしようか。

 

「お集まり頂いてありがとうございます。では、早速本題に入りましょう。━━死ね」

 

 私はそう言って指を鳴らした。

 その瞬間、クソ親父の腹の中に入れておいたアイスゴーレムが内側から氷魔術を使い、クソ親父の体に風穴を空ける。

 

「ごはっ!?」

 

 何が起こったかわからないという顔で固まる家族ども。

 それはクソ親父も同じで、腹を押さえて踞りながら「何故!?」って感じの顔してる。

 

 私はそんなクソ親父の頭を、即席で作った氷のブーツを纏った足で踏み潰した。

 

 膨大な魔力によって強化された私の力は、クソ親父の身体強化をぶち抜くのに充分な威力を持っていたらしく、クソ親父の頭部はグシャリという音を立てて砕け散った。

 そこから、血と一緒にぬめりとした残骸が流れ出してくる。

 汚い。

 けど、すっとした。

 何せ、憎い仇の一人を殺せたのだから。

 

「キャアアアアアアアアアアアアア!?」

 

 と、そこでようやく現実を頭が理解したらしく、正妻が悲鳴を上げて腰を抜かした。

 それを聞いて兄3人も正気に戻ったらしく、即座に魔術を発動しようとしている。

 遅い。

 

「『氷弾(アイスボール)』」

 

 銃弾のような氷弾(アイスボール)が即座に兄3人の額を撃ち抜き、絶命させる。

 一応、ウチの家は騎士の家系って聞いてたのに驚くほど弱い。

 やっぱり、性根が腐ると力も腐って使い物にならなくなるのかね?

 これじゃあ、圧倒的に戦力で劣る革命軍にやられる訳だ。

 

「な、何故!? 何故このような事を!? 復讐のつもりですか!?」

「それをあなたが知る必要はありません」

 

 最後に残った正妻が喚いてたけど、気にせず氷弾(アイスボール)をぶち込んで殺した。

 家族どもの血で部屋が真っ赤に染まる。

 いい気味だ。

 

 でも、私がこいつらを殺したのは復讐の為じゃない。

 クソ親父に対しては復讐の意味も入ってたけど、本当の目的は別にある。

 ルナを助ける邪魔をされたくなかったからだ。

 

 何せ、ルナの後見人となる権利はこいつらにもあった。

 通常、親を失った貴族の子は、血縁の誰かが後見人として育てる。

 皇族の場合はちょっと特殊で、父である皇帝が後宮の運営にまるで関与していないから、母親を失った時点でその子供は親を失った貴族と同等に扱われる。

 その場合も、貴族と同じく血縁の誰かが後見人になる訳だ。

 

 だから、こいつらには死んでもらった。

 この一刻を争う事態に、誰がルナを引き取るかで揉めてる暇なんかなかったからだ。

 ルナはアメジスト家の血を引く皇女。

 クソ家族どもにとって、ルナの政治的価値は計り知れない。 

 私が引き取ると言えば絶対に横から口を出してくる。

 クソ親父みたいにアイスゴーレムを飲ませて言う事聞かせるのもありっちゃありだったけど、あれは腹をかっ捌く覚悟があれば外せちゃうからね。

 しかも、あれ一個作るのにも結構な手間と時間がかかるし。

 だったら、パーッと粛清しちゃった方が早いし安全だ。

 

 それに、こいつらがいなくなったところで別に困らない。

 貴族関係のお付き合いがなくなって家の力が下がるかもしれないけど、私はルナを引き取り次第、とっくの昔に完成させてあった国外逃亡用の魔術で逃げるから関係ない。

 まあ、残った使用人達が可哀想だから、ある程度のフォローはしていくけどさ。

 

「さて、これでアメジスト伯爵家の当主は、この家に残った血族の中で唯一生きている私になりました」

 

 私はパンと手を叩いて、青い顔をしているクソ家族どもの側近だった使用人達に話しかけた。

 

「家の運営はあなた達に任せます。ただし、間違ってもこいつらと同じ腐った運営はしない事。民の為になる仕事をしなさい。そうでなければ容赦なく殺します。わかりましたか?」

 

 使用人達がコクコクと壊れた人形みたいに首を縦に振る。

 まあ、ここまでトラウマを植え付けた以上、私がいなくなっても自律式アイスゴーレムを何体か残せば下手な事はしないだろう。

 それに、数年以内には革命軍によって国の体制が変わる筈。

 それまでの繋ぎになってくれれば充分だ。

 

「よろしい。では解散。あ、この部屋の掃除はしておいてくださいね」

 

 とりあえず家族どもの死体を凍らせて砕き、残った血痕とかの掃除を命じておいた。

 使用人達がそれに取り掛かるのを尻目に、私は秘密基地に行って国外逃亡用の魔術の最終確認をし、ついでに、そこを守らせておいた自律式アイスゴーレムの何体かを屋敷に派遣する。

 学園に通い始める前に数百体は作っておいたから、数体くらい屋敷の方に回しても問題ない。

 

 そうして私はルナの受け入れ準備を整え、転移陣で帝都へと帰還した。



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16 呼び出し

 帝都の学園に戻ってからは、ノクスが早く手続きを終わらせてくれるのをソワソワふらふらしながら待ってたんだけど。

 そんな私を見かねたメイドスリーの泣きながらの懇願により、一回寝て休む事にした。

 幸い、後宮に侵入させておいた虫型アイスゴーレムはまだ生きてるから、ルナの居る後宮で何か騒ぎがあれば寝ててもわかると思う。

 

 でも、どうせ目が冴えて眠れないだろうなーと思ってたんだけど、疲労はしっかり溜まってたみたいで、横になったらすぐに意識が落ちたよ。

 そうしたら姉様と百合百合する18禁でディープな感じの幸せな夢を見られたんだけど、その最後に唐突に姉様の死に様がフラッシュバックしてきた事で悲鳴を上げながら飛び起きた。

 気がついたら、形見のペンダントを握り締めて震えていた。

 そこにメイドスリーがやって来て、3人がかりで必死に私を慰めようとしてくれる。

 その姿を見て、やっと震えが収まった。

 私はまだ大丈夫。

 ありがとう、アン、ドゥ、トロワ。

 そう素直に伝えると、3人は泣きそうな顔で笑った。

 

 

 そんなどぎつい目覚めをしてから少しして、私の部屋の扉がノックされた。

 

「どちら様でしょうか?」

「セレナの上司だ。ノクスが来たと伝えてほしい」

 

 対応に当たったトロワが問いかけると、返ってきたのはノクスの声。

 私はトロワに向かって肯定の意味で軽く頷いた。

 

「お入りください」

 

 トロワが扉を開けてノクスを招き入れる。

 トロワはそのままノクスを椅子へと招き、同時にアンとドゥが動いて速攻でお茶をお出しした。

 いつの間にか、メイドスリーのメイド力が劇的に上がっている。

 それはともかく。

 

「おはようございます、ノクス様」

「ああ。……その顔を見るに、少しは休めたようだな」

「はい。おかげ様で」

 

 悪夢に飛び起きたとはいえ、眠れた事には違いないから体力は戻った。

 身体強化の魔術で強化されてる魔術師は常人より遥かに頑丈だし、これでもう倒れる事はないと思う。

 

「ならばいい。では、早速だが本題に入ろう。

 まず、お前の望みであるルナマリアを後見人として引き取りたいという申し出は受理された。他の親族が何か言ってこない限り問題はないだろう」

「ありがとうございます」

 

 軽く言ってるけど、昨日の今日で手続き終わらせるって相当無茶してくれたんだと思う。

 まだ姉様が死んだっていう情報が帝都にまで届いてるかも怪しいのに。

 多分、第一皇子としての権力でゴリ押してくれたんだろうなぁ。

 凄く感謝だ。

 早急に夜逃げするのが申し訳なく思えてくる。

 

「あとはお前の受け入れ準備の問題だが……」

「ご心配なく。それは既に終わらせてあります」

「……私は休めと言った筈だが」

「休みましたよ。受け入れ準備を終わらせた後で」

 

 ノクスが渋い顔になった。

 でも、私がこういう奴だという事はノクスだってわかってる。

 ため息一つ吐いて流してくれた。

 

「まあいい。これからルナマリア引き渡しの日時の調整をするが、希望の日時はあるか?」

「できうる限り早くお願いします」

「だろうな。言うと思った。では明日辺りに捩じ込むとしよう」

「……ありがとうございます」

 

 私は椅子から立ち上がり、心からの感謝を籠めて頭を下げた。

 本当にこの人を見捨てるのが忍びない。

 

「よせ。お前が頭を下げる必要はない。むしろ、頭を下げねばならないのは私の方だ。

 お前に姉君の救済を約束していながら、それを果たせなかった。

 本当にすまなかった」

 

 そう言ってノクスもまた椅子から立ち上がり、私に向かって深々と頭を下げた。

 その声は悔しさで震えている。

 この姿を見たら、ノクスを恨む気にはなれない。

 実際、ノクスは最善を尽くしてくれた。

 今回は相手が悪かっただけだ。

 そして、私が無能過ぎただけだ。

 

「そのお気持ちだけで充分です。ノクス様は私との契約を充分に果たしてくれています。あなたを恨むつもりはありません」

「……そうか」

 

 ノクスは苦くて、少しだけ寂しそうな声でそう呟いた。

 恨んでほしかったのだろうか?

 いや、ノクスは私に責めてほしかったのかもしれない。

 私もメイドスリーに責められなかった時は、嬉しかったけど同時に凄く苦しかった。

 だから、断罪を望む気持ちはわかる。

 そうじゃないと罪悪感がヤバイから。

 ホントに、ここまで罪の意識を持ってくれるいい奴が、なんで悪役やってんのか本気でわからない。

 

「では、私はもう行く。一刻も早くルナマリアをお前の元に連れて来るから安心して……」

 

 コンコン

 

 ノクスの言葉を遮って、またしても扉がノックされた。

 トロワが対応に行くと、聞こえてきたのは若い男の声。

 その声には聞き覚えがあった。

 確か、ノクスの部下の一人だ。

 ノクスとトロワが私に視線を向けてきたので、入れていいという意味を籠めて軽く頷いた。

 

「失礼いたします」

 

 そうして、部屋入ってきたノクスの部下は、ノクスの前で跪いて要件を述べた。

 

「ノクス様、皇帝陛下より至急のお呼び出しです。即刻、セレナと共に謁見の間まで来るようにと」

「何? 父上がだと?」

 

 ノクスが素直に驚く。

 私も驚いた。

 あの、動かざる事ラスボスの如しを体現する皇帝が。

 革命に対してすら最後の最後まで直接動く事のなかった皇帝が、私を呼び出すだと?

 その呼び出しに、私は嫌な予感を覚えて仕方がなかった。

 今会ったら、反射的に飛び掛かってチン◯をズタズタにしてしまいそうな気がしたのも含めて。



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17 皇帝と六鬼将

 皇帝からの呼び出しを無視する訳にもいかず、私とノクスは速攻で支度を整えた。

 私が持ってる服の中で唯一正装と言えそうな服である学園の制服に着替え、メイドスリーに身嗜みを整えてもらう。

 ちなみにその時、ノクスが部屋を出る前に脱ぎ始めて盛大に怒られた。

 普段の私ならやらないポカだ。

 やっぱり、まだ疲れが残ってるらしい。

 それか、呼び出しへの不安と皇帝への憎しみに思考リソースを割かれて、一時的にアホになったのかもしれない。

 

 そんなこんなの末に準備は整い、私はノクスと共に城の謁見の間へと赴いた。

 城に出入りするようになって数年経つけど、ここには初めて来た。

 けど、この場所はゲームのラストバトルのステージだから、見覚えはある。

 

 そんな謁見の間を一言で言うと、どこの魔王城ですか? って感じだ。

 黒を基調としたデザインの大広間。

 その部屋の奥に数段の階段があり、そこに荘厳なデザインをした巨大な玉座が置かれている。

 そして、その玉座にはゲームで見た時と同じく、ノクスと同じ黒髪黒目を持ち、ノクスより数段上の帝王のオーラを撒き散らす、憎い憎い相手が座っていた。

 

 ブラックダイヤ帝国皇帝、アビス・フォン・ブラックダイヤ。

 

 ゲームのラスボスであり、一人で一国を滅ぼすとまで言われる圧倒的な力を持った男。

 そして、私から姉様を奪った憎い憎い仇。

 殺したい。

 今すぐに殺してやりたい。

 ズタズタに引き裂いて豚の餌にしてやりたい。

 特に、姉様を辱しめたそのチン◯とキ◯タマを。

 

 でも、それはダメだ。

 優先順位は復讐よりもルナの安全の方が上。

 それに多分、私じゃこいつには勝てない。

 何せ、覚醒した主人公が強力な仲間達と一緒に袋叩きにしてやっと辛勝ってレベルの化け物だ。

 私が無策で戦っても死ぬだけだと思った方がいい。

 そして、ここで私が死んだら誰もルナを守れない。

 だから、勝ち目があるかもわからない化け物に挑む訳にはいかない。

 

 おまけに、この場にいるのは皇帝だけじゃないのだ。

 ここには、私とノクスと皇帝の他に5人の人間がいる。

 私がぶっ殺したグレゴールを除く、残りの六鬼将全員だ。

 

 序列一位『闘神将』アルデバラン・クリスタル。

 序列二位『賢人将』プロキオン・エメラルド。

 序列三位『閃姫将』ミア・フルグライト。

 序列五位『極炎将』レグルス・ルビーライト。

 序列六位『魔水将』プルート・サファイア。

 

 なんで、忙しい筈の六鬼将全員の予定が合ってるんだろうか。

 皇帝だけでも勝ち目ないに等しいのに、こいつら全員を相手にしたら勝てる訳がない。

 レグルスとプルートは私と仲がいいし、今も心配そうに私を見てるけど、皇帝を殺そうとすればさすがに敵に回るだろう。

 それはノクスだって同じ事。

 つまり、私がここで感情に任せて暴れれば、待っているのは七対一の絶望的な戦いだ。

 私は歯を食い縛って、自分の中の激情を押さえつけた。

 

「陛下。ノクス・フォン・ブラックダイヤ、並びにセレナ・アメジスト、参上いたしました」

「うむ」

 

 ノクスが跪き、私もそれに合わせて膝をついた。

 憎い仇に頭を下げるしかない悔しさを噛み締めながら。

 そんな私達に、皇帝が話しかける。

 

「よく来た。では早速本題に入るとしよう。

 わかっていると思うが、今回私がお前達を呼び出したのは、昨日発生した襲撃事件の詳細を報告させる為だ。

 ノクス、お前は襲撃を受けた後宮の一団が帝都へと逃げ帰る前にその情報を掴み、動いていたな。それは何故だ?」

「ハッ。私の部下であるセレナより報告を受けた為です。私は彼女の能力を信頼していますので」

「ふむ。ではセレナよ、お前はどうやって襲撃の事を知った?」

 

 うるさい、黙れ、死ね。

 思わず出かかった言葉を飲み込み、私は伝えてもそこまでの問題はないだろう情報を告げた。

 

「私は姉に探索魔術の効果を持った魔道具をお守りとして持たせていました。そして、姉は昨日の襲撃事件の渦中におりました。

 私はその魔道具によって姉の危機を察知し、その場へ向かって急行した次第です」

「ほう。成る程な」

 

 私の言葉を皇帝は素直に信じるらしい。

 そんな魔道具どうやって手に入れたのかとか聞いてこない。

 これ、まさかセレナ人形の存在がバレてたのだろうか?

 下手したら後宮に忍び込ませた虫型アイスゴーレムの存在も。

 だとしたらマズイ。

 でも、皇帝はその事に特に追及する気はないみたいだった。

 代わりに、他の面子からは探るような視線を向けられたけど。

 特に序列一位の正統派騎士王と、序列二位の爺の視線が強くて痛い。

 

「では、お前は襲撃事件の現場を見たという事だな。その時の状況を話してみよ」

「私が到着した時点からの断片的な情報しかございませんが」

「それでもよい」

「では」

 

 そうして、私は昨日見た事を話し始めた。

 

「現場に到着して私が見た光景は、六鬼将のグレゴール様が我が姉エミリアを殺害する場面でした。

 それを見た私は激昂し、下手人であるグレゴール様を殺害いたしました」

『!?』

 

 その言葉を聞いて、ノクスと六鬼将の何人かが驚愕の表情になった。

 ノクス達にも、下手人がグレゴールだって事は伝えてなかったからね。

 果たして、グレゴールの凶行に驚いてるのか、私がグレゴールを殺す程に強いって事に驚いてるのか。

 なんにせよ、信じがたいって顔をしてるのが殆どだ。

 私の強さを知らない奴は、この言葉を疑ってると思う。

 

「つまり、グレゴールとエミリアは死んだと、そういう事だな?」

「はい」

 

 対して、皇帝は大して驚いていない。

 淡々と事実確認をしてくる。

 てめぇに感情はないのか?

 てめぇの血は何色だ!

 私の腸が煮えくり返った瞬間、驚くべき事に皇帝の顔が悲しそうに歪んだ。

 

「そうか。あの二人が死んだか。

 あやつが肌身離さず持っていた大鎌が現場に落ちていたと聞いてグレゴールの死は確信していたが、エミリアまでも……。

 あそこまでの優秀な才を持った者を二人も同時に失ってしまうとは。残念だ」

 

 ……ちょっとでもこいつに情を期待した私がバカだった。

 こいつは姉様の死もグレゴールの死も悲しんでなどいない。

 こいつが考えてるのは、ただただ優秀な()がなくなった事への失望。

 ふざけんな。

 ふざけんな!

 ふざけんなァ!

 

「特にエミリアは惜しかったな。あやつはどこか弟を彷彿とさせる女であった。

 弟は私と敵対してしまったが為に死んだが、エミリアはそうではない。

 あやつの歩む道の先を見てみたかった。

 だから、その才を存分に活かせる私の側室という立場を与えてやったというのに。

 本当に残念だ」

 

 そんな、そんな下らない理由で私から姉様を奪ったのか!

 ふざけんじゃねぇ!

 姉様の才能しか見てないクズが!

 姉様自身の事なんて欠片も考えてないどクズが!

 殺す!

 いつか絶対無惨に殺してやる!

 憎い!

 憎い!

 

「そんなエミリアを殺すとは、グレゴールも罪深い事をしたものだ。

 まあ、恐らく奴の属していた派閥にエミリアを恐れる者でもいたのだろう。

 かつての弟と似た思想を持つエミリアの下に、かつての第二皇子派が集う事を恐れたと言ったところか。

 その為の尖兵にされ、使い潰されるとはな。

 グレゴールも哀れなものよ」

 

 そんな下らない理由で姉様は……!

 許さない。

 誰一人として許さない。

 ルナを無事に育てきった暁には、必ずこの国に舞い戻り、一人残らず殺してやる!

 例え、先に革命軍に滅ぼされてたとしても、草の根分けてでも生き残りを探し出し、最後の一人に至るまで殺し尽くしてやる!

 

「さて、死者を惜しむのはこれくらいにして、次はこれからの話をするとしよう。

 まず、グレゴールが死んだ事によって、六鬼将の席次に空席が出来てしまった。

 ならば、これを埋めなければならない。

 そこで、私はこのセレナを新たなる六鬼将として迎えようと思っている。

 反対する者はいるか?」

 

 ………………は?

 皇帝のその言葉に室内がザワついた。

 私が六鬼将?

 何言ってんだろう、こいつ?

 バカか?

 ああ、バカだった。

 バカでクズで救いようのない外道だったわ。

 死ねばいいのに。

 

「お言葉ですが陛下。セレナはまだ12歳。学園も卒業していない年齢です。その歳で六鬼将の地位を与えるのは早すぎるかと」

 

 ノクスが反論してくれた。

 多分、姉様を失って傷心中の私を気遣ってくれたんだと思う。

 六鬼将になれば、心の傷を癒す暇もなく任務に追われる事になるだろうからね。

 

「僕もノクス様と同じく反対いたします」

「俺もですね。セレナにゃ早すぎる」

 

 続いて、レグルスとプルートも反対してくれた。

 優しい。

 

「んー。アタシも反対ですね。正直、こんな小さな女の子を戦場に出すのは抵抗あります」

 

 序列三位の女の人も反対。

 さすが、ゲームでは帝国の良心とか言われてた人。

 帝国にあるまじき、まともな理由。

 

「儂はどちらでも構いませぬ。陛下のお好きにされるのがよろしいかと」

 

 序列二位の爺は中立。

 まあ、こいつは革命軍のスパイだしね。

 革命を志すような正義感があれば、私みたいな幼女を矢面に立たせるのは気が引ける。

 でも、私は革命軍の思想と近い考え方してた姉様の妹だから、もしかしたら革命軍に付いてくれるかもしれない。

 だったら、六鬼将の地位を持ってた方が後々便利。

 どっちにするか迷ったから、最終的に中立になったってところかな。

 

「我は賛成です。使える者は年齢など関係なく使うべきと考えます」

 

 そして、序列一位の正統派騎士王は賛成。

 帝国騎士の鑑みたいなこいつなら、皇帝の為に使えるものはなんでも使うべきって考えるわな、そりゃ。

 

「そうか。皆の考えはよくわかった。

 反対する者達は、セレナの年齢を考慮しての事だな。

 だが、現状セレナ以外に六鬼将の地位に相応しい程の実力者がいない事もまた事実。

 レグルスとプルートが現れるまで五位と六位も空席だったのだ。

 せっかく全ての席次が埋まった矢先にまた空席を出したのでは、六鬼将の名が廃る」

 

 皇帝がペラペラと持論を語り出す。

 ああ、わかった。

 こいつ、他人の意見を求めつつも、ハナから自分の意見を曲げるつもりないんだ。

 

「故に、早急に空席を埋める必要がある。

 セレナの実力は確かだ。その事はノクスやエミリアから聞いているし、何よりグレゴールを倒している。

 これ以上の人材はいないと私は考える。

 年齢故の未熟さは、他の者達が支えてやればいい。

 と、私は思うが。セレナ、お前はどう思う」

 

 その問いかけに、私は心底どうでもいいと思いながら答えた。

 

「私は陛下のご指示に従うのみです」

 

 私が六鬼将になろうがなるまいがどうでもいい。

 どうせ、明日にはルナとメイドスリーを連れてトンズラするんだから。

 

「そうか。では、私の指示に従ってもらおう。

 セレナよ。お前を新たなる六鬼将の一人『氷月将』として迎え入れる。

 序列は六位。レグルスとプルートは一つ繰り上げだ。

 三人とも、その地位に相応しい働きを期待しているぞ」

「「「ハッ」」」

 

 私とレグルスとプルートが同時に頭を下げた。

 レグルスとプルートは苦い顔で、私はひたすらの無表情。

 姉様を側室にした事と言い、皇帝は本人の望まぬ人事をするのが本当にお好きと見える。

 

「では、今日はこれにて解散とする。下がれ」

『ハッ!』

 

 そうして、この場の全員が部屋から去って行く。

 しかし、その去り際に。

 

「セレナよ」

「……なんでしょうか?」

 

 皇帝が私に話しかけてきた。

 虫酸が走るから黙っててほしい。

 

「私は優秀な者が好きだ。優秀な者が私の手元にある事を望み、その者が私と敵対する事を望まない。

 何故なら、どんなに優秀な者であろうとも、私と敵対すれば必ず死ぬからだ。

 そうして、優秀な才能を無為に潰す事を私は嫌う」

 

 はぁ?

 だからなんだ?

 訳わかんねぇ事語ってんじゃねぇよ、殺すぞ。

 

「もう一度言おう。

 私は優秀な者が手元にある事を望み、その者が私と敵対する事を望まない。

 この言葉を覚えておけ」

「……畏まりました」

 

 要するに裏切るなって事だろ?

 言われなくてもルナが健やかに育つまでは敵対しねぇから安心しろや。

 安心して主人公に殺されとけ、バーカバーカ。

 

 

 私がこの言葉の真の意味を知るのは、その翌日の事だった。



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18 小さな天使と闇の呪い

「落ち着け。ルナマリアはすぐそこだ」

「私は落ち着いています」

 

 謁見の翌日。

 ノクスは自分で言った事を守り、予定通り今日がルナを引き取る日となった。

 しかも、ノクスは私が心配だったのか、一緒に付いて来る始末。

 聞くところによると、レグルスとプルートがノクスの仕事を引き受け、行かせてくれたらしい。

 でも、別にノクスが居ても何も変わらないと思うけど。

 手続きは終わってるから今更やる事ないし。

 ルナの護衛と考えれば帝国でも最高クラスの魔力量と戦闘力を持ったノクスは心強いけど、私と私の腕輪型アイスゴーレムで武装したメイドスリーがいる以上は過剰戦力だ。

 まあ、居るに越した事はないし、突然のトラブルがあっても第一皇子の権力でゴリ押してくれると考えれば普通に心強いか。

 

 そんな感じで、緊張しながら一同後宮の中へ。

 姉様との面会で何度か訪れた場所。

 虫型アイスゴーレムである程度は内情を把握してるし、中でルナが暗殺されてるなんて事はないと思うけど、やっぱり落ち着かない。

 ルナは最後の希望なんだ。

 万が一にも、その身に何かがあってはいけない。

 

 そうして後宮の面会室に通され、待つ事数分。

 その数分が数十時間に感じられる中、遂に面会室の扉が開き、そこからルナを抱えたメイドが現れた。

 

「おねーしゃまー!」

「ルナ!」

 

 私はすぐにメイドからルナを受け取り、胸の中に抱く。

 ルナはまだ1歳ちょっとだ。

 いくら生まれつきの魔力で強化されてるとはいえ、何かあればすぐに死んでもおかしくない赤ちゃん。

 そんなルナとこうして無事に再会できた事で、張り詰めていた糸がようやく少しだけ緩んだ。

 

「ルナ、ルナ、ごめんね……!」

 

 まだ物心もついていないルナに向かって、私は堪えきれずにそんな事を口走ってしまった。

 私は姉様を守れなかった。

 この子のお母さんを死なせてしまった。

 ごめんね……ごめんね……ごめんね……。

 そんな思いばかりが口から出て、同時にまた涙が出てきた。

 情けない。

 私はこんなに泣き虫だったのか。

 こんな弱い奴じゃルナを守れない。

 だから、もう泣いちゃいけないのに……!

 

 そうして自分を責めていた時、ルナの小さな手が、私の涙を拭った。

 

「ルナ……?」

「むー!」

 

 ルナが泣いていた。

 頬を膨らませて、怒りながら泣いていた。

 そして、強く私を抱き締めてくる。

 小さな手だ。

 小さな身体だ。

 なのに、私はまるで姉様に抱き締められたように感じた。

 

 ルナはまだ物心ついていない。

 だから、別に何かを考えて動いた訳じゃない筈だ。

 私が泣いているのを見て、反射的に、ただ感情の赴くままに、こういう行動に出た。

 それが、こんなに優しい抱擁だった。

 

 ああ、この子は確かに姉様の娘だ。

 優しくて天使な自慢の姉、エミリア姉様の娘だ。

 あのクソ野郎になんて似ない。

 きっと優しい子に育つ。

 この時、私はそう確信した。

 

「ルナ……!」

 

 この子は、この子だけは必ず守ってみせる。

 姉様の分まで守ってみせる。

 腕の中の小さな温もりを抱き締めながら、私は改めてそう誓った。

 

 さあ、行こう、ルナ。

 この腐った国を出て、全く知らない新天地へ。

 そこで穏やかにあなたを育てる。

 姉様の時みたいに、命の危険がある場所へ連れ去らせはしない。

 怖い思いなんて絶対にさせない。

 絶対、姉様の分まで幸せにしてみせる。

 姉様そっくりの優しい魔力を感じながら、私は……

 

「え?」

 

 その時、私はおかしな事に気づいた。

 ルナの身体に纏う魔力がおかしい。

 私が探索魔術を極める内に辿り着いた、魔力の波長やその他諸々で個人を特定する技法。

 それによって感知できるルナの魔力がおかしい。

 ルナの魔力は、姉様そっくりの優しい魔力だった筈だ。

 皇帝の闇属性ではなく、姉様や私と同じ氷属性を継いでいると確信できるような。

 

 それが、今は若干変わっている。

 いや、その言い方は正確じゃない。

 よく調べてみれば、ルナ自身の魔力は変わっていない。

 ただ、ルナ本人の魔力とは別の魔力が、ルナの身体にまとわりついているような、そんな感じがするのだ。

 その別人の魔力は、少しノクスと似ている闇の……

 

 そこまで考えて、気づいた。

 

『私は優秀な者が手元にある事を望み、その者が私と敵対する事を望まない。

 この言葉を覚えておけ』

 

 脳裏に奴の言葉が蘇る。

 吐き気のするような外道の声が。

 同時に、ゲームの中で登場した一つの闇属性魔術の存在を思い出した。

 敵にかける事で、対象のHPを急速に減少させていく特殊攻撃。

 

 闇属性の最上級魔術『呪い(カース)』。

 

 ルナにまとわりついている魔力の正体はそれなのだと、直感的に察した。

 思考が怒りに支配される。

 あいつは、あのクソ野郎は!

 どこまで姉様を苦しめれば気が済む!?

 どこまで私を怒らせれば気が済む!?

 この呪いは、私への脅しか!

 ルナを人質に取ったって事か!

 

『私は優秀な者が手元にある事を望み、その者が私に敵対する事を望まない』

 

 クソッ!

 クソッ!

 クソォ!

 

 私は泣いた。

 さっきとは違う理由で。

 そして、その感情を決して誰にも悟られないように泣いた。

 でも、ルナだけは私の変化に気づいたのか、大声で泣き出してしまった。

 気づいてくれた事が嬉しくて、でもその何倍も苦しくて、悲しくて。

 涙が止まらなかった。



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19 セレナの城

 その後、私はなんとか自分の感情を飲み込む事に成功し、ルナを連れて後宮を出た。

 そして、学園の寮ではなくアメジスト家の別邸を目指して歩く。

 

「ノクス様、ここまでで大丈夫です。本日はありがとうございました」

「いや、それはいいのだが……セレナ、お前大丈夫か? 先程からずっと顔色が悪いぞ」

 

 ……ノクスにも気づかれてたのか。

 もっと精神力を鍛えなきゃダメだな。

 ノクスはいい奴だけど、皇帝の息子で帝位継承権第一位の第一皇子という根っからの帝国人だ。

 私が皇帝と帝国に憎しみを抱いている事を悟られてはいけない相手だ。

 気をつけないと。

 

「大丈夫です。ルナに会えて気が緩んでしまったので、疲労が表に出てしまっただけでしょう」

「どうにもそんな感じには思えないのだがな……まあいい。無理だけはするなよ。上司としての命令だ」

「はい。わかりました」

 

 ノクス本当にいい奴だな。

 あのクソ野郎の息子とは思えないし、悪役にはとても見えない。

 もう早めに代替わりしてノクスが皇帝になれば革命いらないんじゃないかな?

 

 そうして、最後まで私を心配してくれたノクスと別れ、私は別邸の中へと入る。

 そこで使用人達の一糸乱れぬお辞儀に迎えられた。

 

『お帰りなさいませ、セレナ様!』

 

 お、おう。

 なんか使用人達が生気に満ち溢れている。

 仕事楽しいですと言わんばかりの、めっちゃ明るい笑顔浮かべてるよ。

 どうしたんだろう?

 そう思ったのは私だけじゃなかったらしく、メイドスリーがコソコソと私の耳元に顔を寄せて聞いてきた。

 

「セレナ様、何やったんですか?」

「特に何も……ああ、そういえば昨日クソ家族どもを粛清したわ」

「あ~、遂に殺っちゃったんですね~。いい気味です~」

「なるほど。それで屋敷の雰囲気がやけに明るい訳ですね。納得しました」

 

 納得されてしまった。

 姉様に心酔して聖人になろうとしてたメイドスリーが、虐殺を責めるどころか思いっきり肯定してる辺り、我が家の闇を感じるわ。

 それどころか「あいつら、ルナ様の教育に悪いですしね」とか言い出す始末。

 帝国の闇は深い。

 でも、使用人達がここまで私に好意的なら、もう少し家の方に干渉してもいいかもね。

 

 そんな使用人達に見送られ、地下の転移陣を通って本邸の方へ移動。

 転移陣を警備させてるアイスゴーレムを横目に階段を上り、本邸の方でも生き生きとした使用人達に迎えられた。

 ちょっとゴミを掃除しただけで、職場環境が驚く程に改善されている。

 どんだけのガン細胞だったんだろう、あのクソ家族ども。

 

 でも、この変化は正直嬉しい誤算だ。

 本来の予定なら、この後すぐに国外逃亡するつもりだったんだけど、ルナにかけられた呪いのせいでそれはできなくなった。

 なら、最低でも呪いを解く算段をつけるまでは帝国に居座らざるを得ない。

 六鬼将にもなっちゃったし、仕事からも皇帝からも逃げられないだろう。

 

 そうなると、必然的に帝国でルナを育てるしかない。

 そして、帝国内でルナを最も安全に育てられる場所はここだ。

 帝都にいたら、また権力争いに巻き込まれかねないし。

 その点、このアメジスト領には権力争いをしようとする貴族がもういないからね。

 領内にある各街の街長とかはアメジスト家と所縁のある貴族だけど、立場的には本家であるこっちの方が遥かに上だし、大した力もないからそこまでの問題はない。

 念の為にクソ親父に飲ませたのと同種のアイスゴーレムを全員に飲ませておけば一先ずは安心できると思う。

 という訳で、ここは権力からも帝国の闇からも切り離して育てるには最適の環境なのだ。

 そんな場所の職場環境が改善されたのは喜ぶべき事だと思う。

 

 まあ、この屋敷でルナを育てる気はないけどね。

 だって血塗れの粛清があった屋敷って縁起悪いし、そもそも使用人達だって完全に信用できる訳じゃないんだから。

 私が完全に信用して信頼してるのは、同志であるメイドスリーだけだ。

 ノクス達だって、信用はしてても信頼はしてない。

 なんだかんだで、あいつらにも悪役らしい負の面はあるからね。

 まあ、身内にはかなり優しい奴らだって事はわかったから信用はしてるんだけど。

 

 そして、ルナの子育ては信頼できる奴にしか任せられない。

 必然的に適任はメイドスリーしかいない訳だ。

 更に、信頼できない者をルナに近づける訳にもいかない。

 だから、できる限りメイドスリーだけで子育てができる環境がいる。

 屋敷では、その条件が満たせない。

 

「という訳で、行くよ」

 

 その説明をメイドスリーにして、私は屋敷を出てある場所を目指して歩く。

 ちなみに、ルナの教育を任されたメイドスリーが決意とやる気と使命感で凄い燃えてたので、期待しておこうと思う。

 

 そうしてやって来たのは、かつて私が魔術の練習場に使い、姉様との逢瀬を繰り返した秘密基地。

 姉様との思い出が一番多く残る場所。

 正直、ここに居るだけで泣きそうだけど、今はそんな場合じゃない。

 

「じゃあ、始めるよ。ちょっと危ないから下がってて」

「「「え?」」」

 

 疑問の声を上げるメイドスリーにルナを預け、そのままかなり後ろの方へと下がらせた。

 そして、私は地面に手を置く。

 今から、この場所にずっと隠してきた秘密基地の本体(・・)を表に出す。

 

「『氷城(アイスキャッスル)』」

 

 その瞬間、地面が盛り上がって、そこから氷のドームがせり上がってきた。

 全体が巨大なアイスゴーレムで作られた、超巨大な移動型の氷のドーム。

 それは中身に土を侵入させない為に作った外装に過ぎない。

 その外装を今から砕く。

 

 そうして中から現れたのは、アメジスト家の屋敷より余裕で大きい氷の城。

 

 さすがに帝都にある本物の城や学園には及ばないけど、それでもどこぞの雪の女王が作った城並みにデカイと思う。

 これは元々、国外逃亡用の魔術をはじめとした諸々の研究の為の拠点が欲しいと思って作ったものだ。

 中には国外逃亡用の魔術や警備の為のアイスゴーレム数百体などが保管されている。

 あと、姉様から頂いたプレゼントという宝の数々を大事に保管している部屋もここにある。

 正確に言えば国外逃亡用の魔術の中だけど。

 

 そして、城を地下から引っ張り出す作業が終了し、メイドスリーの方を振り向く。

 3人は空いた口が塞がらないみたいだった。

 逆に、ルナは珍しい光景に興奮したのか、キャッキャと喜んでくれてる。

 その笑顔だけで救われるよ。

 

「ひゃー……」

「凄いですね~」

「前々から凄いとは思ってましたけど、ここまで凄かったんですね、セレナ様って……」

「ほら、ボーとしてないで行くよ」

「「「はい!」」」

 

 呆然としたメイドスリーに声をかけて、城の中へと招き入れる。

 ここに誰かを招いたのは、姉様以外では初めてだ。

 その後、簡単な城内の案内をしてから、改めてメイドスリーに告げた。

 

「あなた達にはこれから、ここでルナを育ててほしい。

 警備は私のアイスゴーレムが結構いるから大丈夫だと思うけど、万が一の時は渡しておいた護身用の魔道具を使って、死ぬ気でルナを守って」

「当たり前です!」

「この命に変えても守りますよ~」

「お任せください!」

 

 メイドスリーが頼もしく返事をしてくれる。

 本当に心強い。

 3人とも子育ての経験はない筈だけど、そこは年配の使用人に聞きに行くなりしてもらえばいいし、3人寄れば文殊の知恵って言葉もあるから大丈夫だと思う。

 警備の方も、アイスゴーレムは一体で並みの魔術師より強いし、護身用に渡した腕輪型の特別製アイスゴーレムがあれば、メイドスリーも高位貴族に匹敵する戦闘力を発揮できる。

 それに、私だってずっと留守にする訳じゃない。

 休みの日どころか、仕事を終えて帰宅する場所もここにするつもりだ。

 それでも不安は尽きないけど、ここより安全な場所なんて早々ないんだし、これで納得しないといけない。

 

「頼りにしてるからね、3人とも」

「「「はい!」」」

 

 だから、この不安は頼れる同志への信頼で埋めよう。

 そして、彼女達にも話しておこうと思う。

 この城のトップシークレットと、その使い方。

 それと、ルナがかけられている呪いと、その対処法について。

 

「皆、今から私のする話をよく聞いて」

 

 そうして、私はメイドスリーに全ての秘密をぶちまけた。

 それによって、メイドスリーの皇帝に対する殺意がカンストしたのは言うまでもない。



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20 初仕事

 メイドスリーに全てを話し、その日は私の城でルナと一緒に寝た翌日。

 私はメイドスリーにルナを託し、その3人に心配と激励の言葉をかけられながら送り出され、単身帝都へと戻って来た。

 そして、いつも通り学園に通ってノクスに会い、そこで伝えられた衝撃の真実。

 

 私、退学させられてました。

 

 まさかの事態である。

 いや、正確には退学じゃなくて、六鬼将としての仕事を優先させる為に飛び級で卒業した扱いになったらしいけど。

 姉様の時と同じ処理だね。

 姉様を皇帝の側室にする為に取られた忌まわしい制度だ。

 聞くだけで不快になった。

 そして、不快になってるのは私だけじゃないらしく、それを語った時のノクスもまた凄まじく渋い顔をしてた。

 

「という事で、これからのお前の職場は城の軍部だ。

 グレゴールの使っていた執務室がお前に与えられる事になるだろう。

 ただし、しばらくはレグルスとプルートの下で研修だ。

 六鬼将として、いや帝国騎士としてのノウハウが完全に身に付くまでは二人の補佐に徹しろ。

 余計な事はしなくていい。二人の後ろで学ぶ事を最優先とし、前線にはなるべく出るな。

 わかったな?」

「はい。わかりました」

 

 要約すると、私が心配だからレグルスとプルートに守ってもらえ、である。

 2年以上も深く付き合ってれば、上司の言いたい事くらいわかるさ。

 ノクスは元々、私に対して若干過保護だった。

 それが最近は若干ではなく普通に過保護になってる。

 私への負い目と、私の心の傷を心配してくれてるのが原因だと思うけど。

 この不機嫌さも、私を心配してるからこそ、厳しい人事に怒ってくれてるからだろうし。

 本当にいい奴。

 姉様の結婚相手がノクスだったら少しは納得できてたかもしれないと思えるくらいに。

 なんで、父親である皇帝とこうも違うんだろう?

 あのクソ親父から大天使が生まれた事といい、世界は謎と神秘に包まれている。

 

 

 そんな訳で、今日から私は学園ではなく城に通う事になった。

 やる事は前と大して変わらず、普段の仕事は書類仕事に精を出すプルートの補佐である。

 プルートが卒業するまでは当たり前だった光景だ。

 扱う書類がグレードアップしてる事くらいしか変わらない。

 

 他には、レグルスに連れられて、他の騎士連中と模擬戦をやったりした。

 レグルス曰く「舐められないようにしっかり実力見せつけてマウント取っとけ」との事である。

 言われた通りボッコボコのボコにして上下関係を叩き込んだ。

 騎士の中にはそこそこ強いのもいたけど、それだって精々非戦闘員だった姉様にすら及ばないんじゃないかって奴らばっかり。

 束になっても私には勝てない。

 六鬼将とそれ以下で実力に差があり過ぎる。

 なるほど、これじゃ確かに六鬼将に相応しい奴がいない訳だと妙に納得した。

 道理で、ゲームで六鬼将がやられた後に後任が出て来なかった訳だよ。

 

 あとは魔獣狩り。

 街周辺の魔獣を定期的に駆除するのも騎士の仕事だ。

 本来は六鬼将じゃなくて下っ端の仕事らしいけど、私は実戦経験を積む意味でも、この仕事を多く回された。

 まあ、ありがたいと言えばありがたい。

 おかげで自分に足りないものとかもわかったし、魔術によるゴリ押しじゃない戦闘技術というやつを習得できた。

 魔獣の断末魔聞くのはちょっとキツかったけどね。

 

 でも、勿論仕事はそれだけじゃない。

 六鬼将の本業は戦争だ。

 まだ革命軍が水面下に隠れてるので、帝国は他国との戦争に戦力を割いてる。

 そして、六鬼将はそんな戦争の現場指揮官だ。

 レグルスもプルートもしょっちゅう戦場に行く事がある。

 私もたまに付いて行くんだけど、基本的に後方待機で前線には出してもらえない。

 積極的に戦いたいとも思わないから別にいいんだけど。

 

 でも、いつかは私も戦場に出るんだろうなーとは思ってる。

 私がいつまでも見習いやってるなんて皇帝が許す訳がない。

 何せ、戦闘力だけなら私は既にレグルスとプルートを超えてるんだから。

 必ず近い内に私も戦う事になる。

 人を殺す事になる。

 それも、グレゴールやクソ家族どもとは違って、縁もゆかりも恨みもない相手を大量にだ。

 

 私にそんな事ができるのか?

 いや、できるできないじゃない。

 やるしかない。

 私が仕事をしなければ、皇帝の期待に応えられなければ、奴はルナの呪いを発動させるかもしれないんだから。

 私は皇帝に失望される訳にはいかないのだ。

 だったら、六鬼将としての職務を全うするしかない。

 戦場に出て、人を殺すしかない。

 

 なら、私はやる。

 ルナを守る為ならなんでもすると誓った

 だから、私は本当になんでもする。

 人だって殺してみせる。

 例え、それで天国の姉様に顔向けできなくなったとしてもだ。

 

 覚悟はしっかり決めておこう。

 

 

 

 

 

 そうして、私が就職して半年が過ぎた。

 その間に起きた、クソ家族どもの死を無理矢理事故死扱いにして私が正式にアメジスト家の当主になったり、綺麗なドレスを着せられてパーティーに連れて行かれたりとかのイベントを経て、13歳の誕生日を迎えた頃。

 遂にその時がやって来た。

 

「セレナ、あなたの初陣が決まりましたよ」

 

 ある日、プルートからそう告げられて私は息を飲んだ。

 でも、驚きはしない。

 ちょっと前から、そろそろ私を実戦で使ってみろって話が持ち上がってるから覚悟しとけって、プルートが警告してくれてたから。

 だから、ちゃんと覚悟は決めてきた。

 

「敵はカルセドニ男爵領で暴動を起こした平民の群れです。

 魔力を持たない劣等種が相手ならば負ける事もないでしょうし、あなたの練習相手にはちょうどいい。

 一応、僕とレグルスも監督役として付いて行きます。

 なので、あまり緊張せず肩の力を抜いて頑張ってください。

 勿論、油断は禁物ですがね」

「はい。わかりました」

 

 そう。

 例え相手が悪政に耐えかねて決起しただけの、なんの罪もない民衆であろうとも。

 それが必要な事だと言うのなら……

 

 私は殺す。



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21 出撃前

「お! 今日は気合い入ってんな、セレナ!」

 

 初陣に出撃する日の朝。

 今回の反乱鎮圧部隊の集合場所で、先に来ていたレグルスにそんな言葉をかけられた。

 確かに、今回の私は気合いが入っている。

 内心で気合い入れてるとかそういうんじゃなくて、目に見えて一目瞭然な感じで。

 

 何故なら、本日の私のコーデは氷のフルプレートメイルなのだ。

 

 この日の為、というかいつか戦いに駆り出される日の為に、半年がかりで作った鎧型アイスゴーレム。

 時間と手間隙がかかってる分、その性能は即席で作ったアイスゴーレムは勿論、私の城にある自律式アイスゴーレムや、かつてのセレナ人形すら遥かに上回ってるのだ。

 最低でも伯爵クラスの魔術じゃないと傷一つ付けられない防御力。

 鎧に蓄えた魔力を身体強化以上の出力で使う事で、一時的に身体機能をレグルスが雑魚に思えるレベルまで引き上げる機能。

 両腕の籠手部分に最高級品の杖を埋め込み、魔術の発動補助もバッチリ。

 更にサブウェポンとして、腰に六本の剣型アイスゴーレムと、背中に四つの多機能型球体アイスゴーレムを装備。

 モビルスーツもビックリな仕上がりになっております。

 これが私の戦闘モードだ!

 

「さすがに初陣で死にたくはないので、気合い入れて来ました」

「アッハッハ! ビビり過ぎだろ! お前が簡単に死ぬなら俺らだってとっくの昔に死んでるっての!」

「いえ、その心掛けは立派なものです。相手が雑魚であろうとも油断しないのは大事ですからね。

 そこの脳筋の言葉を真に受けてはいけませんよ、セレナ」

「誰が脳筋だ、コラァ!」

「わかりました、プルートさん」

「セレナ!? お前どっちの味方だ!?」

 

 いや、だってプルートの言ってる事の方が正しいって思ったんだもん。

 私はルナの為にも死ねないんだから、油断なんてできる訳がないもんよ。

 だから、そんなに睨まないでくださいよ、レグルス先輩。

 

 そんなやり取りをしてる間に、今回の作戦に参加する騎士達が続々と集まって来た。

 数は全部で20人ちょい。

 今回は相手が平民という事で少数編成だ。

 カルセドニ男爵からの要請は「数が多くて面倒くさそうだから助太刀プリーズ」って感じだったらしいので、どいつもこいつもやる気がないというか、油断しまくってる感じがする。

 まあ、こいつらからしたら、平民狩りなんてカブトムシ狩りと大差ないからね。

 それだけ普通の人と訓練を受けた魔術師の力の差は大きい。

 でも、それは普通だったらの話なんだよなー。

 

 なんとなくだけど、今回の平民騒動はなんかあると私の勘が囁いている。

 革命軍の本格的な始動が約2年後に迫ってるって知ってるからそう思うんだろうけど、だからこそこの予感が当たる可能性は高いと思うんだ。

 だって、革命軍って基本的に平民の集まりだし。

 帝国の腐敗に染まってない一部の、本当に極一部のまともな貴族が指揮取ってるとは言え、革命軍の構成員は九割が平民だ。

 そして、今回暴動を起こしたのも平民だ。

 それも、最弱の男爵家とは言え、貴族がヘルプを求めるくらいには大規模な暴動。

 革命軍との繋がりを疑って当然でしょ。

 で、革命軍には平民が貴族に一矢報いる為の秘密兵器がある。

 だから油断できない訳よ。

 

 まあ、そんな事他の奴らには言えないけどね。

 だって、情報源どこだとか聞かれたら答えられないし。

 証拠もなしに変な事言っても意味ない。

 それどころか、余計な出る杭になって打たれるだけ。

 それが政治だ。

 だから、ゲーム知識云々は私の胸の内にしまっておく。

 一応、信頼してるメイドスリーには内緒と念を押した上で、あくまでも私の予想という事にして一部話してあるけど。

 

 そんな事を考えてる内に、今回の作戦に参加する騎士が出揃った。

 んだけど、その中に予想外の顔があって我が目を疑った。

 思わず目を見開いてガン見しちゃったよ。

 兜で視線隠れててよかった。

 

「ほら、セレナ」

 

 私がそいつを見て硬直した時、レグルスが私の背中を軽く押して前に押し出した。

 今回の指揮官として挨拶しろって事だと思う。

 私は予想外の人物の対処法を考えながら、口を開いた。

 

「あー、私が今回の作戦指揮を任された六鬼将のセレナです。よろしくお願いします。

 敵はカルセドニ男爵領で暴動を起こした平民達。

 簡単な任務に思えますが、窮鼠猫を噛むと言いますし、油断せずに行きましょう。

 それでは、出発!」

 

 そうして私は挨拶を終え、用意された馬に跨がって、カルセドニ男爵領に向けて出発した。

 ……ホント、どうしよう今回の仕事。

 何をするべきで、どう動くのが最善なのか若干迷う。

 主に予想外の人物のせいで。

 まさか初陣でこんな変な感じに頭使う事になるとは思わなかったなぁ。

 まあ、幸い目的地に付くまでは数日かかるし、それまでに考えとけばいっか。

 

 そうして、私の六鬼将としての初仕事が始まったのだった。



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22 えらい事になってますがな

 行軍を開始してから10日。

 私達はカルセドニ男爵領に入り、目的地である領都のすぐ近くにある森の中にまで来ていた。

 帝国で使われてる軍馬は魔獣の一種みたいで、スポーツカー並みのスピードで走る化け物なのに、移動には結構な時間がかかるのだ。

 純粋にブラックダイヤ帝国は広いからね。

 帝都と国境の間くらいにあるカルセドニ男爵領までの距離ですら、多分日本が丸ごと入ってお釣りがくるくらいの距離があるよ。

 マジで大国なんだよなーこの国。

 ちなみに、伯爵領以上の領地とか、国境を含めた重要な地点とかには帝都と繋がった転移陣があるから、少数の部隊ならそれで送り込めたりするんだよね。

 つまり、今回の仕事は少数部隊なのに馬で移動しなきゃいけないという中々にレアなケースな訳だ。

 貧乏クジ引かされた気分。

 

 そんなどうでもいい事を考えながら馬を走らせ、今回の作戦を大まかに決めた時、私達は前方から走って来る馬に遭遇した。

 ただの馬じゃない。

 私達の乗ってるスポーツカー並みのスピードで走る馬魔獣と同種の馬。

 即ち、帝国の軍馬。

 そんな馬が上にボロボロの騎士っぽい奴を乗せて走って来た。

 その鎧には帝国のマークが刻まれている。

 

「全隊止まれ!」

 

 私は騎士達に停止命令を出し、前から走って来たボロボロ騎士に近づいた。

 探索魔術の応用による見極めで、この騎士が本当に弱ってる事はわかってるから、これが罠の可能性は低いと思ってる。

 勿論、警戒はするけど。

 それで、ええっと、こういう時のマニュアルは確か……

 

「私は帝国中央騎士団所属、六鬼将序列六位『氷月将』セレナ・アメジストです。所属と階級を名乗りなさい」

 

 先に自分の階級を明かして、相手にもそれを求める。

 淀みなく答えられなければスパイ認定して拘束だ。

 

「ゴホッ! カ、カルセドニ男爵騎士団所属、三級騎士ボブ・ストンです」

 

 うん。

 すんなり答えられたみたいだし、多分本物。

 なお、騎士団は帝都所属の中央騎士団と、各領地所属の辺境騎士団に別れてるのだ。

 で、その中に、一級騎士、二級騎士、三級騎士という階級がある。

 一級騎士が公爵から侯爵クラスの魔力量と戦闘力。

 二級騎士が伯爵から子爵クラス。

 三級騎士が男爵クラス。

 こんな感じ。

 あくまでも目安なので、戦闘力が高ければ魔力量が低くても上の階級に上る事はできる。

 実際、ウチのクソ親父なんかは伯爵だけど一級騎士だったし。

 ちなみに、六鬼将は一級騎士の更に上だ。

 

「では、とりあえず、あなたの治療をしましょうか。『回復(ヒール)』」

 

 ボブさんに回復魔術をかける。

 クソ国家の騎士とは言え、まだクズ認定はしてないんだから、見捨てるのは忍びない。

 それに、例えクズだったとしても、六鬼将としては味方を無駄に見捨てる訳にもいかないし。

 怪我がみるみる内に治り、私の回復魔術の腕前に驚いたのか、ボブさんが目を見開いた。

 

「それで、ストン騎士。何があったんですか? 報告しなさい」

「は、はい! な、謎の武器を手にした平民達の猛攻に合い、カルセドニ男爵騎士団は敗走! 領都は陥落いたしました!」

 

 わお。

 やっぱり私の予感当たっちゃったか。

 でも、私以外の騎士は予想すらしてなかった訳で、ボブさんの言葉を聞いて結構、いや、かなり動揺してる。

 レグルスとプルートも例外じゃない。

 それくらい、最弱の男爵騎士団とは言え、貴族が平民に負けるっていうのは驚天動地の出来事なんだよねー。

 

「なるほど。事情はわかりました。では少し見てみましょうか。『氷翼(アイスウィング)』」

 

 私は鎧の背中部分に即席で氷の翼を作り出し、それを前のアイスゴーレムと同じ要領で浮かせて空に飛び上がった。

 別にこんな事しなくても、鎧だってアイスゴーレムなんだから飛ばせるんだけど、まあ、気分だよ気分。

 それに、魔術はイメージが大事だから、翼を作ったりアイスゴーレムを鳥型にしたりすると、案外バカにならないくらい飛行能力に差が出るのだ。

 だから、これは決して魔力の無駄使いではない!

 

「お、あれかな?」

 

 空中で誰も聞いてないから素の言葉遣いに戻る私。

 そんな私が、身体強化の応用である無属性の中級魔術『千里眼』によって視力を強化し、遠くの方を見てみると、領都の跡地と思われる瓦礫の山を占拠する大量の軍団を発見した。

 その人達は平民が無理矢理武装しましたーって感じの安物っぽい装備に身を包み、手に両手銃みたいなゴツイ代物を持って元領都に居座ってる。

 えらい事になってますがな。

 そして、あの人達どう見ても革命軍の息がかかってますわ。

 あんな特徴的な武器、他にある訳ないじゃん。

 

 なお、その元領都に大量の死体が転がってるのも見えたんだけど、レグルスとプルートの後ろで何回か戦争を経験する内に、あれくらいなら見ても吐き気を催さない程度にはグロ耐性が付いたよ。

 姉様を助けに行った時にも護衛の死体とか見てたし、クソ家族どもを殺した時なんか結構なスプラッタだったしで、元々それなりの耐性が付いてたみたいだしね。

 それでも結構気分悪くなるけど、そこは我慢するしかない。

 

 そんな空からの偵察を終えて、地上へと帰還する。

 

「確かに、領都は暴徒達によって制圧されているようですね。

 予定を変更します。

 本来であればカルセドニ男爵に面会し、暴徒の情報を得てから討伐作戦を開始する予定でしたが、肝心の男爵の住まう領都が制圧されていては、それどころではないでしょう。

 なので、まずは領都を暴徒達の手から解放します」

 

 私はこの後の予定を告げた。

 同時に思考加速を使って即座に作戦を練り上げ、通達する。

 

「私は領都の上空から敵の主力を叩きます。

 あなた達は四人一組になって散開。その内四組は東西南北の各門へと赴き、そこで逃げようとする敵を処理しなさい。

 残りの一組は領都内に入り、私と共にそこに残る敵を殲滅です。

 わかりましたか?」

『ハッ!』

 

 騎士達が元気よく、反論の一つもせずに返事をする。

 ここに集まった騎士の殆どは、私がボコボコにして上下関係を叩き込んだ連中なので文句は言わない。

 そうして指示を出す私を、プルートは満足そうな顔で眺めていた。

 レグルスは「俺よりちゃんとしてやがる……」と呟きながら微妙な顔してた。

 そんな二人は監督役なので作戦には組み込めない。

 組み込まなくても多分問題ないと思うけど。

 

「よろしい。では、作戦開始!」

 

 なんか当初の予定とは違うトラブルが発生しちゃったけど、これは充分に予測できた事態なんだから問題はない。

 むしろ、これはある意味チャンスだ。

 そう思って戦うとしよう。

 

 さて、それじゃあ戦闘開始と行こうか。



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氷月将の初陣

「領主の首を取ったぞ!」

『ウォオオオオオオオオオオオオ!』

 

 その日、勇気を振り絞って立ち上がり、憎き貴族達に反旗を翻した人々が、カルセドニ男爵領の領都にて勝利の雄叫びを上げた。

 彼らの殆どは、この領地出身の平民の兵士だ。

 ロクな装備も支給されず、貴族達からは使い捨ての駒どころか肉壁程度にしか思われていない名もなき戦士達。

 それが彼らだった。

 

 貴族の遊びで家族を殺された男がいた。

 貴族の性欲発散の為に弄ばれた女兵士がいた。

 貴族に死ねと言われるも同義の命令を何度も受け、その度に友を失ってきた老兵がいた。

 それでも彼らは貴族に頭を下げ、怒りを飲み込み、平伏する他になかったのだ。

 魔術という超常の力を扱う貴族に、ただの人である彼らが勝てる道理などなかったのだから。

 

 だが、彼らは今その絶望を覆し、今まで彼らを何度も何度も踏みにじってきた貴族達を倒して、この地の貴族達の長である領主を討ち取ってみせた。

 これは歴史的快挙である。

 平民でも貴族と戦えるのだと、貴族を倒せるのだと、彼らはその身を持って証明してみせたのだから。

 

 そんな彼らのリーダーの女性は感動の涙を流しながら、その力を自分達に授けてくれた存在に向けて精一杯の祝福を送った。

 

「革命軍、万歳!」

『万歳!』

 

 戦士達がそれに続く。

 そう。

 彼らは自らを革命軍と名乗る組織、その末端だった。

 彼らはつい最近、革命軍の末席へと加わった者達だ。

 そして、革命軍の本隊が授けてくれた強力な力、魔導兵器(マギア)と呼ばれる武器を使って領主達を倒したのだ。

 

 当然、かなりの犠牲者は出た。

 彼らに与えられた魔導兵器(マギア)は量産品であり、貴族と戦うに当たっては必要最低限の性能しか持っていない。

 それを数の暴力に任せ、夥しい数の犠牲を出す事を許容する事で、なんとか領主達を討ち倒した。

 それが今回の戦いの本質である。

 

 だが、そんな命令は革命軍本隊から出ていない。

 今はまだ準備の段階であり、水面下に潜むようにと厳命されていたのだ。

 本格的な革命開始の予定は数年後。

 しかし、彼らはそこまで待てなかった。

 それ程に、彼らのこの地の領主であるカルセドニ男爵への恨みや怒りは膨れ上がっていたのだ。

 反逆する力を得れば一切の我慢ができなくなる程、彼らの堪忍袋の尾は既に限界だった。

 まあ、それは殆どの領地で同じ事が言えるだろうが。

 本当に帝国の闇は深い。

 

 だが、そんな絶望の時代は終わる。

 自分達の手で変えられる。

 彼らは本気でそう確信し、その眼は未来への希望で輝いていた。

 

 これは根拠のない自信などでは断じてない。

 実際に、彼らは貴族の一派を潰してみせたのだ。

 絶対と思っていた力の象徴を打倒してみせたのだ。

 ならば、他の貴族を倒せない道理などない。

 そう本気で信じる彼らは……

 

 あまりにも無知だった。

 

「『氷結世界(アイスワールド)』」

 

 その無知さを嘲笑うように、上空から氷結の裁きが降り注ぐ。

 膨大な冷気の塊。

 それに触れた者達が一瞬で氷漬けの氷像へと変わった。

 その中には彼らのリーダーも含まれている。

 彼女のいる位置を目掛けて、この裁きは飛んで来たのだから当然だ。

 

「空の上に何か居るぞ!」

 

 その突然の事態に驚愕しながらも、少しは冷静さを保っていた戦士の一人が上空を指差した。

 釣られて氷結をまぬがれた者達が空を見上げると、そこには翼の生えた氷のような全身鎧を身に纏う小さな少女がいた。

 その少女は、まるで夜空に浮かぶ月のように、遥か高みから戦士達を見下ろしていた。

 

「新手の貴族か!?」

「こ、子供?」

「子供でも貴族なら敵だ! 撃ち落とせぇ!」

 

 誰かがそう叫び、戦士達の殆どが一斉に魔導兵器(マギア)を構え、放った。

 魔力の塊である薄い光の弾のような物が魔導兵器(マギア)から発射され、大量のそれが上空に居る少女へと牙を剥く。

 

「『浮遊氷珠(アイスビット)』」

 

 だが、それも少女には一発足りとて届かない。

 少女の背中からソフトボールサイズの小さな珠が飛び出し、それが少女を守るような位置へと高速で飛翔する。

 そして、珠は一瞬で分厚い透明な氷を纏い、それが盾となって少女への攻撃を完全に防いでみせた。

 

「『浮遊氷剣(ソードビット)』」

 

 反撃に、少女は腰に差した六本の剣を抜く。

 手で握って抜いたのではなく、剣が独りでに鞘から抜けたのだ。

 そのまま宙に浮かび続ける六本の剣。

 それが不意に消えた。

 そして次の瞬間、六本の剣はそれぞれ六人の戦士達の体を刺し貫いていた。

 剣は消えたのではない。

 彼らが目で追えない程の速度で襲って来たのだ。

 

「ギャ、ギャアアアアアアアア!?」

 

 剣に貫かれた戦士達が激痛に絶叫を上げる。

 だが、少女は手を緩めない。

 剣は即座に刺し貫いた戦士達の体を貫通して、再び姿を消す。

 そして、戦士達を見えない斬撃が襲い、彼らは急速な勢いで死んでいった。

 反撃に魔導兵器(マギア)の弾を撃つも、ダメージを与える事はおろか、少女をその場から一歩足りとも動かす事すら叶わない。

 

 そこで彼らは理解した。

 この少女には勝ち目がないと。

 かつて貴族達に向けていたのと同種の感情を少女に抱く。

 それは、絶対的な強者への恐怖だ。

 まるで魔導兵器(マギア)を手に入れる前に戻ったかのようだった。

 彼らはまたしても絶対に勝てない化け物と出会ってしまったのだ。

 

 以前は頭を垂れて平伏し、惨めに命乞いをする事で生き永らえた。

 だが、今は問答無用で殺されている。

 命乞いをする暇すらない。

 なら、彼らに取れる手段は一つしかない。

 

「に、逃げろぉ!」

 

 背中を向けて逃げる事。

 恐怖に支配された彼らは逃げる事しかできなかった。

 しかし、それすら叶わない。

 彼らが逃げた先には、氷で出来た大量の鎧が待ち構えていた。

 鎧が手に持った剣を振りかぶり、逃げた者達を斬り捨てていく。

 必死にそれを潜り抜けて門に辿り着こうとも、そこには彼らが倒した辺境騎士団とは比べ物にならない程に屈強な騎士達が待ち構えている。

 彼らに逃げ場などなかった。

 

 哀れで、惨めで、貴族の気分次第で簡単に死んでいく弱者達。

 その姿は、まさしく殆どの貴族達が馬鹿にして見下している、平民(・・)の姿そのものであった。

 そこにはもう、自らの手で絶望の時代を終わらせようとした、誇り高き革命戦士達の姿はなかった。



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23 殺しの覚悟

 氷翼(アイスウィング)を使い、屋敷の跡地っぽい所で万歳三唱してた人達に近づいて、リーダーっぽい女の人を中心に百人くらい氷像に変えた後。

 鎧の性能テストも兼ねて、普通に魔術を使うんじゃなく、サブウェポンの剣や球体だけで革命軍を蹂躙してみた。

 

 結果、このサブウェポンはかなり使える事が実証できました。

 

 これは今でもよくやるレグルスやプルートとの模擬戦や、魔獣討伐の経験を基に、頭を捻って私に足りない要素を補う為に作った武装だ。

 まず大前提だけど、純魔術師タイプの私が一番得意とする戦闘スタイルは、言うまでもなく遠距離戦。

 で、その時、相手の攻撃を自動でガードしてくれる盾でもあれば、一方的に自分だけ魔術を撃ちまくれて超有利になるのに! という思いから生まれたのが多機能型球体アイスゴーレムだ。

 これはセレナ人形と同じく魔術を使える自律式アイスゴーレムなので、核となる球体の周りに盾型の氷を生み出して自動で私を守ってくれる。

 それが基本のプログラムな訳だけど、それ以外にも私が手動で操作すれば強烈な魔術を使って私本体のサポートをする事もできるし、まさに多機能型。

 実際に使ってみて改めてわかった、この便利さよ。

 

 もう一つの剣型アイスゴーレムは、近距離戦を仕掛けてくるタイプに対処する為の武装だ。

 前にレグルス相手に即席で氷の剣を作って戦った事があったけど、あれをもっと極めればちゃんとした技として確立できるんじゃないかと思って作ったのが、この六本の剣型アイスゴーレム。

 これは自律式じゃないから球体アイスゴーレムと違って自動では動かないし、剣以外の形に変える事もできないけど、その分凄く頑丈で素早く動かせる。

 これならレグルスに軽く捌かれるって事もないと思うし、これによるサポートと、今回は使わなかった身体強化の魔術、更に鎧によるそれ以上の強化があれば、例え近接戦闘タイプに距離を詰められても戦えると思う。

 まあ、今回は普通に遠距離攻撃に使っちゃったけどね……。

 

 それはともかく。

 普通の魔術をメインに、球体アイスゴーレムで守り、鎧本体と剣型アイスゴーレムで近距離に対処する。

 これが私のガチ戦闘スタイルという訳だよ。

 隙なしだぜ!

 多分、この状態ならレグルスとプルートの二人を同時に相手しても勝てると思う。

 私も強くなったもんだ。

 それを今回の戦いで実感できた。

 だから、少しは喜ぼう。

 

 そうじゃないと、気持ち悪さと罪悪感で吐いてしまいそうだ。

 

 今私の目の前で起こっているのは虐殺の光景。

 剣型アイスゴーレムが罪のない人々を斬り殺し、戦意喪失して逃げた人には、即席で作った手抜きアイスゴーレムをぶつけるという鬼畜の所業。

 それをやってるのは私だ。

 一応、戦意喪失した人達はできるだけ殺さないようにアイスゴーレムを操ってるけど、そんな事はなんの言い訳にもならない。

 どうせ、ここで私が殺さなくても貴族殺しなんて重罪をやらかした以上は死刑だろうし、下手したら貴族の玩具にされて私が殺すよりも惨い死を迎えるかもしれない。

 だけど、それでもできるだけ無駄な殺しはしたくない。

 

 これは私の我が儘だ。

 この手を血で汚す覚悟は決めてきた。

 これは戦争だ。

 お互いに大事なものを守る為の戦いだ。

 その中での犠牲はもう仕方がない。

 戦争ってそういうものなんだから。

 

 だけど、必要以上に殺せば、必要以上にいたぶれば、それはもう戦争ではなく悪魔の遊びだ。

 他のクソ貴族どもがやってる事と何も変わらない。

 帝国の闇に染まり、完全な悪になってしまったら、私は姉様に顔向けできない。

 胸を張ってルナを育てる事もできない。

 そして、私がそうなってしまう事を姉様は望まないだろう。

 

 私は、自分が鬼になろうが悪魔になろうが、それで姉様を守れるなら本望だった。

 その想いは今でも変わっていない。

 姉様が死んで、守る対象がルナに変わっただけで、私の覚悟はそのまま残ってる。

 

 それでも、できるだけ姉様の意志に背きたくない。

 姉様が望まない事をやりたくない。

 姉様が悲しむような存在になりたくない。

 

 私は姉様の意志よりもルナの命を優先する。

 だけど、それは決して姉様の意志を蔑ろにしていい理由にはならない。

 命の方が優先順位が高いだけで、姉様の意志だって滅茶苦茶大切なものなんだから。

 

 だから、私は無駄な殺しはしない。

 無駄にいたぶる事もしない。

 無駄に弄ぶ事もしない。

 

 ただ、必要だと思った時だけは、私は悪に染まる。

 その時だけは、私は鬼にでも悪魔にでもなる。なってやる。

 

「そう。これは必要な事なんだ」

 

 だから、やる。

 だから、殺る。

 だから、こんな鬼畜行為に手を染めたんだ。

 本当なら一撃で全員凍らせちゃえばよかった。

 そうすれば無駄な血なんて一滴足りとも流れなかった。

 それなのに、ここまで派手に人を殺したのは、それによって平民達を街の中で逃げ回らせ、()を戦いの場へと駆り出す為。

 そんな外道な事をするくらいの覚悟がとうに決まってる。

 なら、もう迷いはない。

 

 私は今回のメインターゲットを殺害するべく、再び動き出した。

 

 多分、私のこの決断が歴史を歪めてしまうだろう。

 あった筈の希望の未来を打ち砕き、来る筈だった夜明けを遠ざけて、多くの人々を終わらない絶望の夜に沈める事になると思う。

 それでも、それが必要な事なら。

 それでルナの命が助かるのなら。

 私は喜んで、多くの人々を不幸のどん底に突き落とす。

 

 例え、それを姉様やルナ本人が望まなかったとしても。



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英雄になる筈だった男

 帝国中央騎士団所属、二級騎士ブライアン・ベリルは、目の前の光景を見て、自分の中の帝国への忠誠心が揺らぐのを感じた。

 

 今、彼の前に広がる光景は、地獄だ。

 弱冠12歳という若さで六鬼将の地位を得た天才『氷月将』セレナ・アメジストによって生み出された地獄だ。

 多くの人々が断末魔の悲鳴を上げながら死んでゆく。

 死ななかった者も、激痛に呻きながらいっそ殺してくれと泣き叫ぶ。

 更には、そうして悲鳴を上げる者達を嬉々として追い回し、無惨に殺していく同僚達。

 そんな悲劇に襲われているのは、倒すべき敵国の兵士ではなく、自国の国民達だった。

 

 ブライアンは、帝国内では珍しいまともな部類の貴族の家に生まれた。

 小さな男爵家で、貴族内での発言力はないに等しい弱小貴族だったが、それ故に彼らは自分達が持つ小さな領地と、そこに住まう平民達を大事にした。

 平民達の力すら借りなければ生きられなかったからだ。

 だが、別に平民達を大事にしていると言っても、ことさら優遇していた訳ではない。

 ただ、他の貴族達と違って理不尽な扱いをしなかっただけだ。

 しかし、そんな家に生まれ育ったおかげで、ブライアンは平民を見下す事なく成長する。

 

 やがて、ブライアンは己の剣術の才がある事を知り、貴族学園の騎士学科を卒業して騎士になった。

 魔力量は努力しても平均的な三級騎士より少し上程度だったが、類い稀な剣術の才能を認められて二級騎士の位を授かり、家族には大いに喜ばれた。

 しかし、騎士としての職務を続ける中で、ブライアンは少しずつ帝国への不信感を募らせていく事となる。

 

 その原因は、自分以外の貴族の平民への扱いだ。

 物扱い、家畜扱い、玩具扱い。

 共に戦場に立つ事もあった平民の兵士達に至っては、ただの肉壁扱いされていた。

 敵の攻撃を少しでも止められたら儲けもの。

 止められたら止められたらで、なんの躊躇もなく魔術の巻き添えにする。

 騎士の中には、それを見て笑う者すらいたのだ。

 汚い花火だなんだと言って。

 とても同じ人間にする事とは思えなかった。

 

 ブライアンにとって、平民は見下す対象ではない。

 特別大切に思っている訳でもなかったが、いたずらに殺していい存在だとも思っていなかった。

 平民だって騎士が守るべき国民ではないのか?

 そんな切実な疑問を抱きつつも、現在の地位や家族の期待を投げ打ってまで何か行動を起こす事もできず、悶々とした日々を過ごしていた。

 

 そんな中でも真面目なブライアンは職務を全うし、それが評価されて最近、中央騎士団への移動が決定した。

 栄転である。

 そして、中央騎士団での初任務として赴いたのが今回の任務。

 そこで見たのは、誉れ高き中央騎士団所属の騎士達が、自国民を嬉々として虐殺するという地獄であった。

 

 そこで、ずっとブライアンの心の内にあった帝国への不信感は頂点に達した。

 

 自国民を嬉々として殺す騎士に価値などあるのだろうか?

 確かに、彼らは反乱という許されざる罪を犯した。

 だが、それだって今までの彼らへの扱いを考えれば、起きて当然の事態だと思える。

 同情の余地は大いにあるどころか、同情の余地しかない。

 なのに、彼らは反逆者として、その事情を一切考慮される事なく殺されていく。

 果たして、命令に従って彼らを殺す事は本当に騎士としての正しい姿なのだろうか?

 セレナに街の中での殲滅を命じられたブライアンは、嬉々として平民達を追って行く同僚達に付いて行く事ができず、ただ剣を強く握り締めたまま俯き、動けなくなってしまった。

 

 そんなブライアンに向けて、無数の魔力の塊が飛来した。

 

「っ!?」

 

 咄嗟に握り締めていた剣で全ての魔弾を弾き飛ばす。

 戦場で油断するなど一生の不覚だとブライアンは自嘲した。

 自分が戦う意義を見いだせずに俯いていようと、平民達にとって自分は憎い敵の一人でしかない。

 止まっていれば撃たれて当然であった。

 

 しかし、そこでブライアンは驚愕の光景を目にする事となる。

 

「こ、これは!?」

 

 彼に対して魔弾を放ってきたのは平民達ではなかった。

 彼らが持っていた巨大な杖のような物を構え、こちらに攻撃を仕掛けて来たのは、氷で出来た人形達だ。

 全身鎧の形をした氷の人形達が、平民達の武器を構えて自分を攻撃してきた。

 その事実にブライアンは混乱する。

 この人形達は彼の上司であるセレナが魔術で作った物であり、つまりは味方の筈だ。

 それに攻撃されるなど意味がわからなかった。

 

「いったい何が……っ!?」

 

 思わずそう口にした瞬間、ブライアンの腹部に激痛が走った。

 見れば、氷のように透き通った美しい剣が、彼の腹を貫いていた。

 彼の鎧や身体強化の魔術を貫通して。

 

「ぐっ……!?」

 

 その剣は独りでに動いて引き抜かれ、ブライアンの腹から大量の血が吹き出す。

 生命力の強い魔術師故にまだ死にはしないが、剣に背骨を両断されてしまった為、下半身に力が入らない。

 ブライアンはそのままうつ伏せに倒れた。

 そんな彼の元に、武器を構えた人形達が近づいて来る。

 同時に、その人形達に紛れて近づいて来る、一回り小さな鎧の姿がブライアンの目に映った。

 それは間違いなく、彼に指示を与えていた上司。

 六鬼将序列六位『氷月将』セレナ・アメジストに他ならなかった。

 

「セレナ様……!? 何故……!?」

「ごめんなさい」

 

 セレナはただそれだけ告げ、同時に人形達が手に持った武器を作動させた。

 至近距離から放たれる大量の魔弾。

 それに打ちのめされ、ブライアンの命の灯火が急速に消えていく。

 

(これが六鬼将の、騎士の頂点のやる事か……なら、俺は、なんの為に、騎士に……)

 

 そんな思考を最後に、ブライアンの意識は完全に消失した。

 この日、民の事を憂いた一人の正しき騎士が、生きていたならば革命軍の英雄になっていた筈の男が。

 ひっそりと命を落とした。



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24 やっちまった。もう後には引けない

 手抜きアイスゴーレム達に革命軍の武器であった魔導兵器(マギア)を使わせ、革命軍の仕業に見せかけて今回のメインターゲットであるブライアン・ベリルを殺害した私は、内心の凄まじい罪悪感を押さえ込みながら、何食わぬ顔で仕事に戻った。

 これで今回やるべきだった最大のミッションは完了だ。

 あとは本来の仕事である暴徒鎮圧を済ませればお仕事完了である。

 

 ここで、ブライアンを殺した理由を説明しておこうと思う。

 実はなんと!

 彼はゲームにおいて主人公を革命軍に勧誘する物語のキーマンだったのだ!

 な、なんだってー!

 

 つまり、ブライアンが生きていた場合、今から約2年後のゲーム開始時において、彼は帝国騎士でありながら革命軍のスパイというカッコいい感じの職業にジョブチェンジする事になる。

 もしかしたら、今の時点でもう既に革命軍と繋がってたのかもしれないけど、証拠はないし、本人も死んじゃったから確かめようがない。

 

 まあ、それはともかく。

 2年後のブライアンは、例のゲーム序盤のイベントである宿屋の看板娘誘拐事件を引き起こすクソ貴族の所の護衛騎士になってて、そこに看板娘を助けに来た主人公をボッコボコにして捕まえた後、主人公の正義の心に感化されて、彼を助けつつクソ貴族の屋敷を全焼させて逃走。

 その後、主人公を革命軍に勧誘する訳だ。

 ちなみに、護衛対象を死なせちゃった事によって、ブライアンは騎士としての身分を失い、スパイから本格的な革命軍の戦士にジョブチェンジして、主人公のパーティーメンバーになる。

 その後は、最終決戦で皇帝に挑む時まで一緒だ。

 そうして、ブライアンは主人公と一緒に皇帝を倒して英雄となる。

 

 私はそれを殺しちまった訳だよ!

 ウェーイ!

 罪悪感で吐きそう!

 頭が壊れてテンションがおかしな事になってるぜ!

 

 そして、これでもう後には引けない。

 ブライアンが死んだ以上、因果率的な何かが発生しない限り、主人公も宿屋の看板娘誘拐事件の時に死ぬだろうし、そうなったら革命は十中八九成就しない。

 主人公なしで勝てる程、皇帝は甘い相手じゃないと思うから。

 

 故に、私はこれから一切の容赦なく革命軍を潰す。

 あわよくば主人公が皇帝を殺してくれないかという淡い期待を自分の手で潰しちゃった以上、もう革命軍に期待する事はできない。

 だから全力で潰す。

 だって、革命軍によって帝国が追い詰められたらルナの死亡率も上がっちゃうだろうから。

 この国の夜明けを待ってる人達には悪いけど、しばらくは真っ暗闇な夜のままにさせてもらおう。

 その代わり、皇帝がノクスに代替わりしたら国は変わると思うから、それで許してほしい。

 無理か。

 無理だな。

 本当にごめんなさい。

 

 正直、ブライアンを殺すかどうかの選択は凄い迷った。

 正確には、主人公による皇帝殺しを期待するか、その可能性を切り捨てて完全に帝国に服従するかで凄い迷った。

 だって、私としては革命軍の目的が成就する事自体は別に問題ないというか、むしろ、諸手を挙げて歓迎したいくらいなんだから。

 

 革命の成功は即ち皇帝の死だ。

 国家元首を討ち取らずして成功する程、革命は甘くない。

 どこぞの徳川最後の将軍様みたいに降伏でもしない限りはね。

 あの皇帝が降伏?

 ないでしょ。

 よって、革命軍の勝利条件の一つは皇帝の首な訳だ。

 そんなもんはノシつけてプレゼントフォーユーしたい。

 革命軍が皇帝だけ殺してくれるんなら、私は心の底から応援するよ。

 そう。

 皇帝だけ(・・)殺してくれるんならね。

 

 でも、これはそう簡単な話じゃない。

 私が応援するのは、あくまでも革命の結果だ。

 その過程にある事に関しては一切応援できないし、それどころか全力で叩き潰さなきゃならない。

 革命軍が皇帝に迫るという事は、帝国を切り崩して進軍してくるという事だ。

 そして、帝国を打倒せんとする敵を、六鬼将の私が放置する訳にはいかない。

 そんな事したら職務怠慢で首が飛んでしまう。

 そうなったら、ルナのお先が真っ暗だ。

 

 当然、そんな事が許容できる筈もなく、どっちみち私は革命軍と戦わざるを得ない。

 しかも、革命軍に帝国が追い詰められたら、私やルナの死亡率も上がる。

 戦争は勝ち戦より負け戦の方が死にやすいのは言うまでもない。

 そして、私が死んだら皇帝にとってルナを生かしておく理由がなくなってしまう。

 当て付けに呪いを発動させるか、それとも私や姉様の代わりとしてコレクションにするか。

 どっちしろ平穏な生活は送れないだろう。

 そんな事許せる訳ねぇだろ!

 おまけに、侵攻してきた革命軍がルナの居るアメジスト領に手を出さない保証だって欠片もないんだから。

 

 こんな感じで、革命軍が侵攻して来るのはリスクが高過ぎる。

 私にとって、革命軍という存在はとんでもないギャンブルなのだ。

 革命軍の進軍を見逃し、戦死や処罰やルナの死と紙一重の危ない橋を渡り続けて、革命軍を皇帝にぶつけて殺させる。

 それがこのギャンブルの勝ち筋。

 カ◯ジ並みのクソ難易度じゃねぇか!

 そんな危な過ぎる賭けできるか!

 チップが私の命だけならやっただろうけど、ルナの命まで懸かってる以上、できる限り危ない橋は渡れないんだよ!

 

 という事で、私の中ではギャンブルダメ絶対という結論が既に出ていた。

 それでも、実際に皇帝を殺し得る手段を潰すという決断は凄い勇気が必要だったけど。

 だって、それに頼れないなら、私が取るべき手段は一つしかなくなるのだから。

 

 その手段とは、悪の帝国に忠誠を誓い、呪いを解く手段を見つけるか、皇帝がいつか死ぬその時まで、ひたすらに耐え続ける事。

 

 皇帝だって人間だ。

 いつかは必ず寿命で死ぬだろう。

 そうすれば、呪いを解く手段が見つからなくてもルナは自由になれる。

 皇帝が死ぬまで自由な生活を送らせてあげられないどころか籠の鳥生活を強いてしまうっていうのはもの凄く心苦しい。

 けど、その時間が辛いならコールドスリープという手もある。

 そうすれば寿命も縮まないし、私のコールドスリープは魔力ごと対象を凍結封印するから、もしかしたら皇帝の呪いごと止められるかもしれない。

 今もルナには、呪いが発動しそうになったら即座にコールドスリープ状態にさせるお守りを持たせてるし、手段の一つとしてはありだと思う。

 失敗したらルナの人生を丸ごと奪っちゃう手段だから、本当に最後の手段だけど。

 

 でも、そういうの全部ひっくるめて、これが私の選ぶ道である。

 憎い憎い皇帝に頭を下げ続け、悪の帝国に忠誠を誓い、ルナの助命を懇願し続ける事を私は選ぶ。

 それが一番成功率の高い賭けだからだ。

 

 だから、私は革命軍を潰す。

 彼らが真に国家を憂いて、虐げられる民衆を憂いて、そんな大義の為に戦う組織だったとしても、そんな事は関係ない。

 革命軍の存在はルナを危険にさらす。

 だから、潰す。

 徹底的に潰す。

 半端はやらない。

 慈悲も情けもかけない。

 それが必要な事だと、必要な戦いで必要な殺しなんだと信じているから。

 

 私はブライアンの亡骸に背を向け、彼と同じような善良な革命戦士達を踏みにじる覚悟を改めて決めた。



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25 魔導兵器

「ご苦労様でした。これにて作戦終了です」

 

 全ての暴徒達を殺すか捕らえるかして無力化し、生き残りを街の中央に集めてお仕事完了。

 正確には作戦が終了しただけで、後始末とか色々あるからまだ完全には終わってないんだけどね。

 ただ、戦いはこれで終了だ。

 

 私がその宣言をした直後、隣からパチパチと拍手が聞こえてきた。

 見れば、プルートが優しい顔をして手を叩いている。

 レグルスは誇らしそうな顔で私を見ていた。

 

「お見事でしたよ、セレナ。

 戦死者が一人出てケチが付いてしまいましたが、それを差し引いても立派な初陣でした。

 これならば、誰であろうとあなたを認めるでしょう。

 六鬼将の一人として相応しいとね」

「その通りだ! たまにはプルートもいい事言うじゃねぇか!

 よく頑張ったな、セレナ! お前は俺らの自慢の後輩だぜ!」

「わぷっ!?」

 

 レグルスが全力で頭を撫でてきた。

 姉様の優しさ溢れる天使の撫で方と違い、犬でも撫でるかのような乱暴な手つきだ。

 やめろー!

 頭がぐわんぐわんするー!

 

「さて、セレナの方はそれでいいとして、問題はこの暴徒達ですね。

 劣等種の分際で魔術と思わしきものを使っていたのは見過ごせません。

 即刻、調査する必要があるでしょう」

 

 プルートがそう言って眼鏡をくいっとする。

 これがプルートの悪役としての面だ。

 彼は平民の事を魔力を持たない劣等種と呼んで見下している。

 他の連中と違って理不尽にいたぶったりしないだけマシだけどね。

 多分、平民なんて眼中にないんだと思う。

 

「尋問なら俺に任せとけ! ちょうど俺好みのいい女がいたからな。ちょっくらそこら辺で取り調べしてくるわ。

 という訳でセレナ。そこで氷漬けになってるあの女を元に戻してくれ」

「……程々にしてくださいね」

「わかってる、わかってる」

 

 という事で、私はレグルスがご所望のリーダーっぽい女の人を解凍した。

 まだコールドスリープの影響が抜けていなので意識がない。

 今の内に合掌しとこう。

 

「あなたはまたセレナの教育に悪い事を……劣等種とまぐわうなどどうかしていますよ」

「うるせぇ! 俺も気持ちいいし、相手も気持ちいいし、ついでに情報も抜き取れる!

 ウィンウィンなんだから別にいいじゃねぇか!」

 

 そうして、レグルスは私が解凍したリーダーっぽい女の人を連れて破損してない民家の中に消えて行った。

 その直後、家の中から「あぁ~~~~~ん♥️」という悩ましい声が聞こえてきたので、私は聞こえないふりをしました。

 

 これがレグルスの悪役としての面だ。

 彼は女好きである。

 だから、気に入った平民の女の子とか、敵軍の捕虜の女兵士とかにすぐ手を出して、美味しく頂いてしまうのだ。

 一応、自国の貴族とか相手だったら了承を取ってからヤるらしいし、あんな感じでヤる相手にも痛い事はせずに技と媚薬で極限まで気持ちよくさせるのをモットーとしてるらしいので、相手の事を何も考えずレ◯プするのが趣味だったクソ親父とかよりはマシ……だと思っておこう。

 

 ちなみに、レグルスが私を誘った事はない。

 どうやら奴にロリコンの気はないらしい。

 ちなみに、プルートを誘った事もない。

 どうやらBLの気もないらしい。

 今はまだ。

 そんな考えが私の脳裏を過った瞬間、魔導兵器(マギア)をマジマジと見詰めていたプルートがビクリと震えた。

 相変わらず勘の鋭い事で。

 

 

 そんなこんなで後始末は進み、私は今回の事の顛末とレグルスが聞き出した事で正式な情報となった『革命軍』と『魔導兵器(マギア)』の事を書いた報告書を作成して、それを騎士の何人かに持たせて帝都に戻らせた。

 あとは皇帝とか、軍部の頂点である六鬼将序列一位の人とかの指示待ちだ。

 

 ちなみに、その魔導兵器(マギア)だけど、これの説明を軽くしておこうと思う。

 これこそが革命軍の根幹を成す兵器であり、平民が貴族に対抗する為の切り札なんだよね。

 簡単に言うと、平民が簡単な魔術を使えるようになる武器だ。

 

 実は、魔力を持ってなくても魔術を使う事はできるのだよ。

 この世界には魔道具という魔力を流せば特定の魔術を発動させてくれる道具が存在する。

 転移陣しかり、トイレを水洗式にしてくれる水の魔道具しかり。

 だから、中世ヨーロッパ風の世界のくせに、貴族の暮らしだけはシャワーあり、トイレあり、キッチンありと、現代日本並みなんだよね。

 まあ、テレビとかはさすがにないから、現代日本並みは言い過ぎだと思うけど。

 

 でも、魔道具を発動させる為には魔力が必要。

 じゃあ魔力を持ってない平民にはどうせ使えないんじゃね?

 そう思われるかもしれない。

 しかーし、そこは革命軍側の魔道具製作者の発想の転換によって解決した。

 その逆転の発想がこうだ。

 魔力がないなら、ある所から持って来ればいいじゃない。

 

 という訳で、あの魔導兵器(マギア)の仕組みを簡単に説明するとこうだ。

 あれには私の自律式アイスゴーレムと同じく、内部に魔力を貯めておけるシステムが搭載されている。

 携帯のバッテリーみたいなのが、銃のマガジンみたいな感じで取り付けられるようになってるのだ。

 殆ど私の自律式アイスゴーレムと同じ仕組みだね。

 というか、私の方がゲームで知ったこのシステムを真似て作ったのが自律式アイスゴーレムな訳だけどさ。

 まあ、私製の方が複雑で高性能だろうけど。

 何せ、かけてる魔力量が違うから。

 

 まあ、それはともかく。

 そのマガジン部分に革命軍側の貴族達がえっさほいさと寝る間も惜しんで魔力を注ぎ込み、それを平民の兵士達に支給する事で簡単魔導兵器(マギア)の出来上がりー! となった訳だよ。

 なお、魔力タンク役はブラック企業も真っ青な地獄の労働らしいぞ!

 魔導兵器(マギア)生産工場の方も負けず劣らずの地獄らしいけど。

 

 で、このゴツイ両手銃みたいなのが、そんな革命軍の皆さんの血と汗と涙で作られた量産型魔導兵器(マギア)

 恐ろしい事に、ゲームでは革命軍のほぼ全員が装備するくらいの量産に成功してた。

 革命軍の兵士の数って、軽く百万越えてると思うんだけどなー。

 どんだけブラックな労働を強いたのだろうか。

 そこだけは帝国よりブラックかもしれない。

 

 でも、数こそ恐ろしいけど性能は大した事ない。

 これの機能は引き金を引くと無属性の初級魔術『魔弾』を撃ち出すという簡単なもの。

 だが、この魔弾に大した威力はない。

 男爵クラス相手ですら何発も叩き込まないと倒せないし、高位貴族に至っては身体強化だけで防げると思う。

 ぶっちゃけ、私も今回の戦闘でわざわざガードする必要なかったくらいだ。

 それでもガードしたのは念の為でしかない。

 これを持った奴が百万人いても、私一人で殲滅できる自信がある。

 

 でも、勿論そう簡単な話でもない。

 革命軍がそんな貧弱な装備だけで戦いを挑む訳ないんだから。

 この魔導兵器(マギア)はあくまでも量産品の最低品質。

 革命軍の主力にはもっと高性能なのが支給されてるし、幹部クラスは専用の魔導兵器(マギア)を持ってる。

 未来のブライアンも持ってた。

 自分の魔術と剣術と魔導兵器(マギア)の力を組み合わせる事によって、雑魚い魔力量しか持ってないくせに強キャラになった男、それがブライアン。

 そんなブライアンと同類の奴が革命軍には結構いるんだ。

 油断できる相手じゃない。 

 

 まあ、そんな事を細かく報告書に書く訳にはいかないけどね。

 例によって証拠がないから。

 レグルスが聞き出してくれた情報でも、あのリーダーっぽい女の人は末端で、革命軍本隊の内情は何も知らないって事だから、証拠にならないし。

 でも、私の予想という事でノクス辺りには多少の情報を話しとこう。

 あいつも、あと数ヶ月で学園を卒業するし、その後はゲームと同じく私達の上司として革命軍との戦いに参加するだろうからね。

 指揮官に情報が行ってればかなり有利になる、と思いたい。

 

 そんな事を考えながら、私は後始末を続けた。



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26 開幕の時

 初仕事から約2年が経ち、私はちょっと前に誕生日を迎えて15歳になった。

 

 この2年で色々調べたけど、ルナの呪いを解く手段は未だに見つかっていない。

 そもそも、あの魔術は使い手が少な過ぎるんだよ。

 数ある魔力属性の中でも一際希少な闇属性の、しかも最上級魔術。

 希少過ぎて文献とかもロクに残ってないし、ゲーム知識を参考にしようにも、これをかけられた主人公達は抵抗力とHPの高さで強引に耐えてただけだから欠片も参考にならない。

 焦る。

 

 そして、呪いが解けない以上、私はルナを連れて国外に逃げる事もできず、帝国と皇帝の為に真面目に働くしかない。

 なので、この2年間は真っ当に仕事をして、他国との戦争で功績を上げまくった。

 そのおかげで、今のところは皇帝の期待に応え続ける事に成功している。

 なんか副次効果で、私の六鬼将での序列が六位から三位に上がったりしたけど些細な事だ。

 追い抜いた人達から嫉妬される事もなかったし。

 レグルスとプルートはともかく、元序列三位で今四位のミアさんという女騎士さんは「こんなちっちゃいのに凄いね、セレナちゃん! アタシも負けてらんないわー!」と言って豪快に笑っていた。

 いい人だ。

 さすが帝国の良心。

 

 そんな生活を送り、私は今数ヶ月ぶりに隣国との戦争から帰って来たところだ。

 国境の砦にある転移陣から帝都に移動し、そこで色々と報告してから、アメジスト家の別邸の転移陣を通って領地へと帰還すれば、相変わらず笑顔な使用人達に迎えられた。

 なんか、年々屋敷が綺麗になって行ってる気がするわ。

 掃除に気合いが入ってる感じで。

 

 そんな屋敷に派遣したアイスゴーレム達は、幸いな事にここでは戦いがないから出番がなく、屋敷のインテリアと化している。

 平和なのは本当に良い事だ。

 懸念事項だったクソ家族どもに媚びてた使用人達も、真っ当に仕事すれば私からボーナスが出ると気づいてからはかなり真面目になった。

 この人達は元々生き残る為にクズどもに媚び売ってた訳で、根っからの悪人だった訳じゃないんだと思う。

 この人達を悪に染めてた連中を排除し、悪に従った場合の末路をトラウマとして刻み付け、その後強制的に善行を積ませれば矯正できた。

 それでも、虐げられてた方の使用人達からの視線は未だ冷たいらしいけど、こればっかりは自業自得と思って耐えてもらうしかない。

 そこまで陰湿な虐めが発生してる訳じゃないみたいだし、なんとかなるでしょ。

 

 そんな屋敷を出て、徒歩数分圏内の場所にそびえ立つ氷の城を目指す。

 そこに辿り着いて、門を開けて中に入り、扉を叩けばいつもメイドスリーの誰かが対応に出て来てくれる。

 どうやら、今回はドゥが一番近くにいたらしい。

 扉を開け、ペコリとお辞儀して私を迎えてくれた。

 

「お帰りなさいませ~、セレナ様~」

「うん。ただいま」

 

 私は、他の場所では出せない気の緩んだ笑顔を自分が浮かべたのを感じた。

 そんな私に、顔を上げたドゥが微笑んでくれる。

 もう私と彼女の目線の高さは殆ど変わらない。

 メイドスリーは姉様より歳上だから、ちょっと前までは私が見上げてたのに。

 時の流れを感じる。

 

 そして、更に時の流れを感じさせる存在がすぐ近くにまで迫っている事を、私の探索魔術が教えてくれた。

 

「おねえさまー!」

「ただいま、ルナ!」

 

 姉様の忘れ形見にして私の愛する家族、ルナが凄い勢いで私に突進してきた。

 身体強化も使ってないのに凄いスピード。

 生まれついての魔力による強化率が凄い。

 さすがルナ!

 天才!

 

 そんなルナを優しく受け止めて、姉様が私にしてくれたみたいに抱っこして、頭を撫でてあげる。

 そうすると、ルナは満面の笑みで私に笑いかけてくれるのだ。

 可愛い!

 尊い!

 天使!

 私なんかに向けるには勿体ない笑顔だよ!

 

 そんな天使なルナはもうすぐ3歳だ。

 物心もついて、私の事をおばさんじゃなくて、おねえさまと呼んでくれる。

 天使!

 まあ、これは姉様が私の事を「ほら、ルナ~。セレナお姉様だよ~」って教えてくれてたおかげなんだけどね。

 姉様もまた天使だった。

 だから当然、当時11歳だった私をおばさんと呼ぶような鬼ではなかったのだよ。

 

「ルナ、元気してた?」

「はい! げんきでした!」

 

 可愛い。

 そっかぁ。

 元気だったかぁ。

 それは何よりの吉報だよ。

 ルナが元気な姿を見るだけで、私はあと百年は戦える。

 戦う勇気が無限に湧いてくる。

 すぐそこにまで迫った革命軍との戦いだって、絶対に最後まで戦い抜ける。

 

 そう。

 もう革命開始の時はすぐそこだ。

 その事を私はずっと前から知ってる。

 転生したこの世界が『夜明けの勇者達(ブレイバー)』の世界だと気づいて、覚えのある一大イベントの話をクソ親父がしていたのを聞いた、その時から。

 

 この情報は、まだ私が赤ちゃんの頃に、その一大イベントが発生した時間と主人公の年齢から逆算して突き止めた。

 物語の開始は、今の皇帝が皇帝の地位を手に入れた帝位継承争いから約15年後。

 主人公が15歳の誕生日を迎えた日から始まる。

 そして、物語の開始から一年としない内に革命軍は本格的に始動する筈だ。

 その後、何年間戦ってたのかは詳しく描写されてないからわからないけど。

 

 で、私と主人公は多分同い年だ。

 帝位継承争いって、ちょうど私が生まれた頃に終わったらしいからね。

 皇帝に媚び売りまくってたクソ親父も当然それに参加してたから、その情報が言語習得を目指してた私の所まで入ってきた訳だよ。

 そこから逆算すると、私と主人公は同い年という事になる。

 私の誕生日の方が何ヵ月か早いってところかな。

 なので、私が15歳になったという事は、主人公ももうすぐ15歳を迎え、そこから物語が始まってしまう。

 戦いが始まってしまう。

 

 まあ、この予想が外れる可能性も勿論ある。

 この2年で私は六鬼将として結構暴れた。

 革命軍と同盟を結んでた国にもかなりの打撃を与えたし、ブライアンも殺しちゃったから、バタフライエフェクトが発生して歴史が変わる確率は決して低くない。

 特に主人公関連はどうなるか全然わかんない。

 ブライアン効果のピ◯ゴラスイッチで主人公が死ぬのか、主人公補正的な何かで生き残るのか。

 

 まあ、どうなるにしても私は手を出せないけどね。

 だって、主人公が現在暮らしているだろう村の場所なんか知らないし、序盤のイベントを起こす場所もわかんないんだから。

 せめて、主人公とブライアンが出会うイベントを起こすクソ貴族の名前がわかれば位置が特定できるんだけど、そいつの名前なんてゲームには出てこなかったからなぁ。

 なんとか伯爵って事しかわからない。

 そして、腐った伯爵なんてウチのクソ親父を筆頭に文字通り腐る程いるんだぜ?

 特定なんざできるかボケェ!

 そんな事に労力割いてルナの側を長期間離れるような真似はできないよ。

 結論。

 なるようにしかならん。

 これに関しては考えるだけ無駄だ。

 不安だけど、できないもんはできないし、わからないもんはわからないんだから、仕方ないじゃん。

 

「ルナ、今日は一緒に遊ぼうね」

「ほんとですか!」

「うん。本当だよ」

「やったー!」

 

 そんな不安をごまかすように、私は沢山ルナに構った。

 そうだ。

 どんな事が起きようと、どんな不測の事態が起きようと、私はこの子を守る為に全力で戦うのみ。

 ルナと遊んでる内に、そんな当たり前の事を再確認できた。

 不安は消えないけど、その不安を塗り潰す程の勇気が無限に湧いてくる。

 

「ルナ。お姉ちゃん頑張るからね」

「んー?」

 

 私の突然の宣言に、ルナは首を傾げていた。

 それでいい。

 ルナは何も知らなくていい。

 こんな血みどろで残酷な世界をルナに見せたくない。

 必ず、残酷な世界からルナを守ってみせる。

 今度こそ必ず、私は大切なものを守ってみせる。

 

 

 

 

 

 その日から数ヶ月後。

 私の予想通り、革命は始まった。



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勇者の目覚め

 それは、俺の15歳の誕生日に突然起こった。

 本当になんの、なんの前触れもなく幸せが壊れた。

 

「アハハハハ! もっと泣け! もっと叫べ! もっと絶望した顔を私に見せろぉ!」

 

 火だ。

 あの男が放った火の球が全てを焼き尽くしていく。

 平凡な幸せを燃やし尽くしていく。

 生まれ育った村を。

 そこに住む人達を。

 知り合いが焼け死ぬのを見た。

 友達が焼け死ぬのを見た。

 そして、優しかった父さんが火に包まれるのを見た。

 

「逃げろ、アルバ! お前だけは生きてくれ!」

 

 火の球に焼かれながら父さんがそう叫ぶ。

 俺は突然起こった悲劇に頭が追い付かなくて、ただ呆然としていた。

 そうしている内に父さんが死んだ。

 火の球があっという間に父さんの体を焼き尽くし、ただの焼け焦げた死体に変えてしまった。

 

「あ、ああ……」

 

 そこに来てようやく目の前の現実を頭が理解し、絶望の声が出た。

 全部燃えてしまった。

 優しかった父さんも、ずっと暮らしてきた家も、精根込めて耕した畑も。

 妹みたいに思っていたアニーも、皮肉屋だったチャドも、笑顔が可愛かったセシルも、おっちょこちょいだったチャーリーも、よく果物をくれたニックおじさんも、旦那さんとののろけ話が長かったクレアおばさんも。

 全部、全部、全部、全部。

 

「あー、すっきりする! やはりストレスが溜まった時はこれに限るな!」

 

 全部、目の前のこいつに燃やされた。

 皆、こいつに殺された。

 こいつに。

 こいつに。

 

「お? 生き残りがいたのか。これはうっかりしていた」

「お前が! お前がぁ!」

 

 それしか言葉が出なかった。

 だから、その言葉にありったけの憎しみと怒りを込めた。

 そんな俺の声をこいつは……

 

「あー、うるさい。声が大きい。耳障りだそ。平民のくせに私の機嫌を損ねるとは無礼極まりない奴だ」

 

 心底鬱陶しそうに聞いていた。

 なんなんだ、こいつは。

 人を殺しておいて、なんでそんな顔ができるんだ。

 こいつは人じゃない。

 人なんかじゃない。

 醜悪な鬼だ。

 悪辣な悪魔だ。

 

「喚いてないでさっさと死ね。『火球(ファイアボール)』」

 

 そして、男が俺に向けてあの火の球を放ってきた。

 それを見て、俺は……

 

 

「ハッ!?」

 

 そこで唐突に目が覚めた。

 ここは街にある宿屋の一室だ。

 故郷の村じゃない。

 あの悪夢のあった場所じゃない。

 だけど、今のがただの夢だった訳でもない。

 もし、これがただの悪夢だったなら、目を覚ませば消える幻想だったのならどんなによかったか。

 

「父さん……! 皆……!」

 

 涙が溢れてくる。

 あれはただの夢じゃない。

 たった数日前に起こった現実を夢に見ただけだ。

 全部燃えてしまった。

 皆死んでしまった。

 俺は皆の墓を作って、焼け落ちた村を出て、この街にやって来たのだ。

 

「うっ……! うっ……!」

 

 涙が止まらない。

 なんで、なんでこんな事になったのか、こんな事になってしまったのかが未だにわからない。

 俺達はただ平和に、穏やかに暮らしていただけだった。

 誰かに恨まれた覚えもないし、ましてや殺される理由なんて全く心当たりがない。

 ……いや、この考え方は間違ってる。

 あいつは恨みとか殺意とかを持って俺達を殺した訳じゃない。

 まるで遊びのように、楽しくて仕方がないと言わんばかりの顔で俺達を殺した。

 正真正銘の鬼だった。

 正真正銘の悪魔だった。

 そして、正真正銘の化け物だった。

 

 そんな奴に目をつけられたのが運の尽きだったのだろうか?

 たったそれだけの理由で皆殺されてしまったのだろうか?

 ……ふざけるな。

 そんなの認められない。

 認められる訳がない。

 

 でも、そんな事を考えたところで皆は帰って来ない。

 

 認められなくても飲み込むしかない。

 悲劇を受け入れるしかない。

 仇は討った。

 墓も作った。

 もうこれ以上、皆の為に俺ができる事は何もない。

 

 父さんは俺に生きろと言った。

 なら、いつまでも悲しみを引き摺ってウジウジしてる訳にはいかない。

 そんな事してたら、焼け落ちた家から持ち出してきたなけなしの貯金がすぐに底を尽く。

 そうすれば生きる糧も得られなくなるだろう。

 その前に仕事を探して新しい生活を始めないと。

 

 俺は両手で思いっきり頬を叩いた。

 

 そして気持ちを入れ換える。

 前を向け。

 生きていくという事は、前を向いて歩き続ける事だと父さんが言っていた。

 だから立ち止まってはいけないと。

 なら、俺は歩き続ける。

 

「父さん。俺、頑張るよ」

 

 俺は遺品として持ってきた、父さんが肌身離さず大事にしていたペンダントを握り締め、そう宣言した。

 そして朝日を浴びるべく、木で出来た宿屋の窓を開けた。

 だが、目に飛び込んでくるのは朝日ではなく夕焼けだ。

 ……そういえば、街に着いたのは今日の朝だったな。

 それから宿屋に直行して、作ってくれた食事を食べてから倒れるように眠ったんだった。

 なら、起きるのが夕方になるのは当たり前か。

 

「これは仕事探しは明日からだな……っ!?」

 

 そう呟いて、なんとなく二階にあるこの部屋から下を見下ろした時、俺のトラウマを刺激する物が宿屋の前に停まっていた。

 馬車だ。

 商人とかが使ってる安物じゃなくて、驚くほど豪華で、びっくりするくらい逞しい馬を繋いだ馬車。

 それは、俺達の村を襲ったあの男が乗っていた馬車によく似ていた。

 父さんの話では、あれは貴族の乗り物らしい。

 

 あれを見ているだけで動悸が激しくなり、頭が憎しみに支配されそうになる。

 でも、違う。

 あの馬車は、俺達の村に来た馬車とは別物だ。

 全くなんの関係もない。

 だから、この憎しみをあの馬車にぶつける訳にはいかない。

 それはただの八つ当たりだ。

 

 そうして、俺が自分の気持ちをなんとか飲み込もうとしていた時。

 

「お前、気に入った。ワシの玩具にしてやろう。ありがたく思え」

「え……あ……」

 

 あの男によく似た声で、あの男によく似た言葉が馬車の方から聞こえてきた。

 咄嗟に視線を向けると、そこでは豪華な服を着たデップリ太った男が、この宿屋の看板娘さんの腕を掴んでいた。

 看板娘さんの顔色は、この部屋からでもわかるくらい青ざめている。

 身体も小刻みに震えている。

 

 助けなきゃ。

 

 反射的にそう思った。

 あの人はいい人だ。

 今日の朝、全てを失ったショックを引き摺って宿屋にやって来た俺を気遣ってくれた。

 その優しさに触れて、人の優しさに触れて、俺は少しだけ前を向く事ができたんだ。

 その人があんなに怖がっている。

 だから、助けなきゃ。

 

 俺は急いで部屋を飛び出し、階段を駆け下りて宿屋の入り口へと向かった。

 でも、その時には既に馬車は発進していた。

 凄いスピードで、あっという間に見えなくなっていく。

 そして、この場に看板娘さんの姿はない。

 周りの人達は沈痛な顔をして馬車の去って行った方を見詰めている。

 間に合わなかった。

 

「クソッ!」

 

 俺は思わずそう叫んでいた。

 そして、思わず言ってしまった。

 後から考えれば、とてつもなく酷い事だったと思える事を。

 

「どうして助けなかったんですか!?」

 

 俺は叫んだ。

 周りの人達に向かって。

 この時は、それが正しいと疑う事なく。

 でも、その言葉に返ってきたのは……

 

「助けられる訳ねぇだろ!」

 

 悲痛に満ちた声。

 その直後、俺は肩を掴まれた。

 痛い程の力で。

 

「俺だって助けたかった! いや、俺が誰よりも助けたかった!

 でも、仕方ねぇんだよ!

 この街で、いやこの国で貴族に逆らう事なんかできねぇんだ!

 俺達はただ耐えるしかねぇんだよ……!」

 

 涙を流し、血を吐くように叫んだのは、この宿屋の主人だった。

 看板娘さんに「お父さん」と呼ばれていた人だった。

 そんな人が、実の娘を見捨てるしかないと涙ながらに叫ぶ。

 なんだ、それは。

 なんなんだ、それは。

 

「それは、いったいどういう……」

「……ああ、そういやお前さんは村出身の田舎者だったな。なら、知らねぇのも無理ねぇか」

 

 そうして、宿屋の主人さんは俺に教えてくれた。

 何も知らなかった俺に教えてくれた。

 この国の残酷な真実を。

 

 この国には、貴族という偉い人達がいる。

 その人達は魔力という強力で特別な力を持ち、それ故に俺達平民を見下している。

 多くの貴族が平民を玩具のように扱うそうだ。

 今の奴みたいに拐って行ったり、ちょっと機嫌を損ねただけで殺したり、あるいは遊び感覚で殺したり、魔獣の餌にしたり。

 そう。

 俺の村を襲ったのは、そんな貴族の一人だった。

 あいつだけが悪魔なんだと思ってた。

 でも、違ったんだ。

 あいつと同じような奴がこの国には沢山いる。

 そして、俺達と同じような悲劇がこの国にはありふれている。

 

「そんな……!?」

 

 そんな事が許されていいのか!?

 そんな事が許されているのか、この国では!?

 そんな、そんな事って……!

 

 俺がこの国の底知れない闇を垣間見た時、地平線の彼方に夕陽が沈んで、夜がやって来た。

 俺は初めて、この夜が暗闇に包まれたこの国そのもののように思えて、血が凍るような恐怖を覚えた。



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勇者の目覚め 2

 その後、俺はどうしても納得がいかず、馬車が去って行った方向に向かってひたすら走った。

 幸い、目的地はハッキリしている。

 馬車が消えて行った方向には、街の中央に鎮座する巨大な屋敷がある。

 前にこの街に来た時、あれが貴族の屋敷なのだと父さんが教えてくれた。

 同時に、絶対に近づいてはいけないとも言っていた。

 その時は意味がわからなかったけど、今ならわかる。

 わかった上で、俺はその言い付けを破ろうとしている。

 

 ごめん、父さん。

 でも、俺はどうしても納得できないんだ。

 平気な顔して他人を傷つける奴がいて、傷つけられた方は仕方がないと言って歯を食い縛って耐えるしかないなんて。

 そんなの絶対間違ってる。

 他の皆が仕方ないと言ったからって納得できる訳がない。

 だから、俺は走った。

 誰も助けてくれないなら俺が助けてやると意気込んで。

 何より、こんな理不尽が心の底から許せなかったから。 

 

 でも、俺のそんな想いは簡単に打ち砕かれた。

 

「ぐあっ!?」

 

 剣が俺の体を斬り裂き、火や水の球が俺を殺そうと襲い来る。

 俺はただ避ける事しかできない。

 いや、避ける事すら完全にはできてない。

 何度も何度も攻撃を食らい、傷がドンドン増えていく。

 このままじゃ長く持たないのは明白だ。

 

 貴族の屋敷に辿り着いた俺は、村一番だった自慢の身体能力で塀を飛び越えて敷地の中に入った。

 そこから見つからないようにコソコソ移動して、看板娘さんを探す為に屋敷の中に入ろうとしてた時。

 俺はあっさりと鎧を纏った人達に見つかった。

 大きな音を出した訳でも、うっかり姿を見せた訳でもないのに、あっさりと見つかってしまった。

 どれだけ優秀なんだろうか。

 その優秀さを他の事に使ってほしい。

 

 そして、俺はその鎧を着た人達に追い回され、追い詰められ、最終的には戦闘になった。

 この人達は本当に強かった。

 一人一人が俺達の村を襲った奴よりも余裕で強い。

 本当に、その優秀さを別の事に使ってほしい。

 でも、それは期待できない。

 追い詰められた時に「貴様! 目的はなんだ!」って尋ねられたから「俺は拐われた人を助けに来ただけだ!」って答えた。

 そうしたら「馬鹿な平民だ! 殺せ!」ってなった。

 結局、この人達もあの悪魔と同類だったのだ。

 説得も善意も期待できない。

 

 そして結局、俺はその人達にボロ雑巾みたいにボコボコにされ、まだ生きてるのかと驚かれながら牢屋に放り込まれた。

 すぐに殺されなかったのは、トドメを刺される寸前であの看板娘さんを拐った貴族の男が出て来て「いい事を思い付いた。おい、まだ殺さず牢にぶち込んでおけ」と鎧の人達に命令したからだ。

 何をする気か知らないけど、絶対にロクな事じゃない。

 あのガマガエルみたいな意地汚い笑顔を見れば、それくらいわかる。

 

「うっ……ぐっ……」

 

 牢屋に放り込まれた俺は、全身を襲う痛みに呻いていた。

 痛い。

 身体中が痛い。

 そして、心も痛い。

 あまりにも自分が情けなくて泣けてくる。

 

 本当に情けない。

 俺が助けるんだと息巻いておいて、結局は何もできずに捕まるなんて。

 村を襲った貴族を倒した事で、俺なら他の貴族だって倒して、俺と同じような不幸な人達を助けられると自惚れていたんだろうか。

 今度こそ理不尽を倒せると思い上がっていたのだろうか。

 蓋を上げてみれば、俺なんてこんな弱い存在でしかなかったというのに。

 

 今、俺の目の前には大勢の不幸な人達がいる。

 俺が入れられた牢屋とは別の牢屋に、大勢の傷ついた女の人達がいるのだ。

 その人達は皆ボロボロの服を着て、虚ろな目をしている。

 多分、俺から見えない位置には看板娘さんもいるんだろう。

 

 なのに、俺は誰一人として助けられない。

 無力だ。

 他の人達も、きっとこんな気持ちだったんだと思う。

 貴族に逆らっても今の俺みたいになるのが目に見えてたから。

 勝てない戦いを挑んで、他の大切なものまで失う訳にはいかなかったから。

 だから、歯を食い縛って耐えてた。

 そんな事も理解せずに、何が「どうして助けなかったんですか!?」だ。

 この国はどこまでも残酷で、そんな真っ当な正義を貫けるような場所じゃないっていうのに。

 

「クソッ……!」

 

 悔しい。

 理不尽に泣く事しかできないのが堪らなく悔しい。

 なのに涙が止まらない。

 俺は、なんて弱いんだ……!

 

「わっ! ……これは酷いわね。ちょっとあんた大丈夫?」

 

 その時、目の前から声がした。

 直後に感じた、ツンツンと硬い何かで頭をつつかれる感触。

 ボロボロの身体に鞭打って顔を上げると、そこには俺の思考を一瞬真っ白に染め上げる程の衝撃の光景があった。

 

「し……」

「し?」

「白……」

 

 そこにいたのは、ボロボロの服を着た俺と同い年くらいの女の子だった。

 無理矢理千切ってミニスカートのような丈になってしまっている服を着た女の子が、床にうつ伏せで倒れる俺に合わせて屈み、鉄格子の隙間から鞘に入ったナイフのような物を入れて俺の頭をつついている。

 そう、女の子はそんな格好で屈んでいる。

 だから、その、見えてしまっているのだ。

 男が本能的に求めてやまない布地が。

 こんな状況だというのに、反射的にその布地の色を口走ってしまった。

 こんな状況で何をやってるんだろう俺は。

 あ、鼻血が。

 

「はぁ? あんた何言って……っ!?」

 

 女の子は途中まで俺の言っている事がわからなかったみたいだが、俺の視線の先を察した途端みるみる内に顔が赤くなっていった。

 

「変態!」

「ぐはっ!?」

 

 鞘に入ったナイフの一撃が俺の脳天に直撃した。

 当然の裁きだろう。

 こんな状況で堂々としたチカンとセクハラだ。

 正直、今までで一番自分に失望したかもしれない。

 いっそ殺してくれ。

 

「……とりあえず、あたしのパンツに興奮できるくらいには元気みたいね。心配して損したわ。

 まあ、あんたみたいな変態でも貴族の犠牲者って事で一応助けてあげるから、優しい優しいあたしに感謝して……って、ヤバッ!?」

 

 ジト目で俺を睨みながら何か言っていた女の子は、急に焦ったような顔になって一瞬でこの場から消えた。

 それと入れ替わるように聞こえてきた足音。

 その足音の主を見上げれば、ニヤニヤと嫌みな笑みを浮かべている鎧の人達がいた。

 

「伯爵様がお呼びだ。出ろ」

 

 そして、俺は鎧の人達に腕を掴まれ、動かない身体を引き摺られながら、どこかへと連れ出された。



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勇者の目覚め 3

 連れて行かれたのは、やけに豪華な寝室みたいな部屋だった。

 バカみたいに大きくて、なんか屋根みたいな物が付いてるベッドがある。

 そして、そのベッドの上に俺が探していた人がいた。

 

「看板娘さん!」

「え……お、お客さん!?」

 

 痛む身体を無理矢理動かして駆け寄ろうとしたが、鎧の人達に押さえつけられて動けず、ただ痛みに呻く事しかできなかった。

 そんな俺を見て嘲笑う男がベッドの上にいる。

 看板娘さんを連れ去ったデップリと太った男だ。

 村を襲った貴族にどこまでも似た男だ。

 

「グフフ。やはり、お前の目当てはこの娘であったか。

 連れて来たその日の内に追って来るとは、余程大事な女なのであろうなぁ」

「ひっ!? いや……!」

「やめろぉ!」

 

 男が看板娘さんを嫌な手つきで撫で回す。

 それを見ても、さっき女の子のパンツを見た時みたいな劣情は欠片も感じない。

 そんな考えを浮かべる余裕がない。

 ただ、嫌がる女の子を無理矢理襲う奴への怒りと、それをやられた看板娘さんへの心配だけが頭を埋め尽くした。

 

「こ、こいつ!?」

 

 もっと力を込めて抵抗する。

 身体が悲鳴を上げるが、知った事じゃない。

 今、看板娘さんを助けられるのは俺しかいないんだ。

 どんなに弱くて無力でも、俺しかこの場にいないんだ。

 だったら、俺が助けなきゃ!

 

「おとなしくしろ!」

「ぐはっ!?」

「お客さん!」

 

 鎧の人の一人に腹を殴られ、その痛みで身体が硬直してしまった。

 その隙に、他の鎧の人達によって更に強く押さえつけられる。

 またしても、俺の抵抗は無駄に終わった。

 

「こいつ……なんて馬鹿力だ」

 

 鎧の人達がそんな事を呟いていたが、俺にそれを聞く余裕はなかった。

 

「グフフ。お前には何もできんよ。愛する女がワシの物になるのを絶望しながら見ているがいい。そして、その絶望の中で殺してやろう。いい余興じゃ!」

「あぐっ!?」

「看板娘さん!」

 

 男が看板娘さんの服を引き裂き、ベッドの上に押し倒した。

 このままじゃ!

 このままじゃ看板娘さんが!

 

「ああああああああ!」

「なっ!?」

 

 俺は最後の力を振り絞って抵抗した。

 強くなりたい。

 強くなりたい。

 強くなりたい!

 看板娘さんを助けられるくらい強く!

 強く、動け、俺の身体!

 

「ば、馬鹿なっ!?」

「何っ!?」

 

 外れた!

 外せた!

 鎧の人達の拘束! 

 身体に力が漲る。

 今ならいける!

 

「その人から離れろぉ!」

「グフッ!?」

 

 俺は男に駆け寄り、思いっきりその顔面を殴り飛ばした。

 村を襲った奴を倒した時と同じように。

 俺の拳を食らった男は、まるでボールのように跳ねて部屋の壁にめり込んだ。

 

「い、痛いぃいいいい!? ワ、ワシの身体強化を貫くじゃとぉ!? 何者じゃ貴様ぁ!?」

「俺はただの平民だ! お前らの事が許せないただの平民なんだよ!」

 

 俺は感情のままに叫びながら、看板娘さんを後ろに庇う。

 力が漲っても、身体中が痛いのは変わらない。

 気を抜いたらすぐにでも倒れそうだ。

 でも、倒れない。

 この人を無事に家に帰すまでは、絶対に倒れない!

 

「殺せ! こやつを殺せぇ!」

『ハッ!』

 

 男が狂乱しながら叫び、鎧の人達が剣を脱いた。

 そして、それで斬りかかってくる事なく、剣の切っ先を俺に向ける。

 あの動きは知ってる。

 捕まる時にさんざん見た。

 あの剣の先からは、村を襲った奴が使ってた火の球みたいなのが飛び出してくる。

 でも、避けたりここを動いたりしたら看板娘さんが危ない。

 受け止めるしかない!

 

「『火球(ファイアボール)』!」

「『風球(ウィンドボール)』!」

「『土弾(アースボール)』!」

「ぐぉおおおおおお!」

「お客さん!?」

 

 耐える。

 耐える。

 耐えるしかない。

 持ってくれ俺の身体!

 なんとか逆転のチャンスを見つけるまで!

 

「まだ倒れないだと!?」

「信じられん!」

「化け物かこいつは!?」

「危険だ……! なんとしてでもここで殺すぞ!」

『ハッ!』

 

 鎧の人達が顔色を変えて、攻撃がより苛烈になった。

 俺を生かしておけないと、なんとしてでも殺すという強い意志が伝わってくるみたいだ。

 それを耐えて、耐えて、耐えて。

 もう痛みすら感じなくなってきた頃……唐突に攻撃が止んだ。

 

「ふぅん。ただの変態じゃないみたいね」

「がっ……!?」

 

 そして、そんな声が聞こえてきた。

 掠れてきた目を凝らして、なんとか前を見ると、そこにはさっきの女の子がいた。

 ボロボロの服を着た女の子が、手に大振りのナイフを持って、鎧の人達に突き刺している。

 

「白パンツの……」

「誰が白パンツよ!」

「ギャアアアアアアア!?」

 

 咄嗟にそう言ってしまうと、女の子は顔を真っ赤にして怒りながらナイフを引き抜き、その引き抜いたナイフで別の鎧の人を斬った。

 そして、華麗な動きで次々に鎧の人達を殺していく。

 俺が手も足も出なかった人達が、こんな簡単に……。

 

「ひ、ひぃいいい!? き、貴様何者じゃぁ!?」

 

 最後に残った男が叫ぶ。

 叫びながら、どこからか取り出した小さな杖を女の子に向けている。

 それを見て、女の子が駆けた。

 鋭い殺意の籠った目を男に向けて。

 

「ふぁ、『火球(ファイアボール)』!」

 

 男の構えた杖の先から、巨大な火の球が飛び出した。

 村を襲った奴や、さっきの鎧の人達より遥かに大きくて熱い。

 それを前に、女の子は欠片も怯まなかった。

 

「『魔力刃』!」

 

 女の子の持ったナイフから薄い光の塊のような刃が伸び、それが火の球を真っ二つに切り裂いた。

 女の子はそのまま凄いスピードで一直線に走り抜き、男の首筋をナイフで一閃する。

 鮮血が舞った。

 

「がっ……!?」

「冥土の土産に教えてあげるわ。あたしは革命軍のルル。あんたらみたいな外道を地獄に落とす女よ。

 よく覚えて死になさい、このクソ野郎」

 

 男が倒れ、ピクリとも動かなくなった。

 そして、ルルと名乗った女の子は、優しい顔をして俺に近づいて来る。

 

「よく頑張ったわね。あんたは変態だけど、体張って女の子守ったのは評価に値するわ。

 もう大丈夫。あたしが纏めて助けてあげるから」

 

 そう言うルルは凄くカッコよくて、俺はこういう強くてカッコいい奴になりたいと、心からそう思った。

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 その後、ルルは捕まっていた女の人達を全員解放し、事前に仕掛けていたという爆弾で屋敷のあちこちに火を付けて、全てを有耶無耶にした。

 でも、これは……

 

「やり過ぎじゃ……」

「はぁ? あんた何言ってんのよ。

 あんなクズに情けも容赦も無用だし、それにこのくらいしないと他の貴族に色々とバレるのよ。

 あの娘達だって、ここに居た痕跡を完全に消さないと、貴族の屋敷から逃げ出した罪で殺されるわよ」

「なっ!?」

 

 そんな事になるのか!?

 俺の脳裏に、涙目で「ありがとうございます……!」と連呼する看板娘さんの顔が過った。

 あの人がまた理不尽な目に合うというのなら、確かに容赦なんてしちゃいけない。

 でも……

 

「心配しなくても、下働きとか罪のない人達のいる場所に爆弾は仕掛けてないわよ。革命軍はクソ貴族どもとは違うんだから」

「そ、そうなのか?」

 

 それを聞いて少し安心した。

 無関係の人達が巻き込まれていないのなら、納得できる。

 

「……まあ、それでもどうしようもない時は巻き込んじゃうかもしれないけどね。

 あんたもその覚悟は決めておきなさいよ。

 これから革命軍に入るんだから」

「それは…………え?」

 

 なんか今、予想外の事を言われたような気がする。

 え?

 俺が?

 革命軍に?

 

「何よ、嫌なの? あんた、聞けば会って一日もしないあの娘を命懸けで助けようとするくらいには正義感も行動力もあるんでしょ?

 才能もあるみたいだし、それを革命軍で活かしてみないかって言ってんのよ」

「……できるのかな、俺に」

 

 こんな弱くて無力な俺に、革命なんて大それた事ができるんだろうか。

 

「できるできないじゃなくてやる。弱かろうがなんだろうが、命懸けで戦って、死ぬ気で戦って、この腐った国を変える。

 その覚悟があれば加入資格は充分よ。

 で、どうするの? やる?」

 

 そうして差し出された手に、俺は少し迷った。

 でも、少しだけだった。

 俺は理不尽が許せない。

 俺と同じように理不尽に泣く人達がいて、その悲劇を生み出している連中が許せない。

 革命軍の目的がそんな奴らを倒す事なら、この理不尽な世界を変える事なら、俺は喜んで協力する。

 例え微力でも、死ぬ気で力になる。

 

 俺は差し出された手を、強く握った。

 

「そう。覚悟はあるみたいね。これからよろしく、変態」

「変態じゃない。その節は本当にごめんと思ってるけど変態呼びはやめてほしい。俺はアルバだ」

「そ。じゃあ、よろしく、アルバ。あたしはルルよ」

「ああ。よろしく、ルル」

 

 そうして、俺は革命軍に入った。

 この決断が少しでも人々の役に立てばいいと、そう願って。

 

 父さん。

 俺、頑張ってみるよ。

 危ない事するなって父さんは怒りそうだけど、ごめん。

 これが俺のやりたい事で、これが俺の決めた命の使い方なんだ。

 だから、だからどうか、天国から見守っていてください。

 

 俺は形見のペンダントを握り締めながら、父さんがいるかもしれない空を見上げた。



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27 革命開始

 主人公が生きていれば物語が始まったであろう春を通り過ぎ、現在の季節は初夏。

 ここ最近、帝国内の貴族が不審死する事件が何件か起こり、ああこれ革命軍の仕業かなー、主人公参加してんのかなー、と気を揉みながら仕事に精を出す今日この頃。

 ゲームの序盤であったんだよねー、この貴族狩りイベント。

 

 言ってみれば、これはチュートリアルな訳ですよ。

 某海賊漫画で言うところのイーストブルー編。

 某忍者漫画で言うところの波の国編。

 本格的に本編が始まる前の、言わば序章。

 もし主人公が生きてたら、この貴族狩りで実戦経験を積んで少しずつ強くなり、その中で頼れる仲間達に出会っていく訳だ。

 ヒロインのルルとか、後に親友になるライバルキャラのデントとかとね。

 

 ぶっちゃけ、主人公が生きてるなら、まだ強くないこのチュートリアル期間の内に殺しちゃいたい。

 時期はわからないけど襲撃される貴族の名前はいくつか知ってるから、上手くすれば序盤の街に四天王が現れるみたいな、あるいはイーストブルー編で四皇が襲来するみたいな詰み状態にできたかもしれない。

 でも、結局それはできなかった。

 原因は私の労働環境の過酷さだよ。

 

 六鬼将の仕事忙し過ぎる……。

 帝国どんだけ戦争大好きなんですかねぇ?

 戦っても戦っても敵が尽きないんですけど!

 どんなに早く仕事終わらせても休暇は一ヶ月に一度が限度だし!

 その休暇も、ルナの様子を見たり、ルナの護衛アイスゴーレムを増やしたり、ルナの呪い解除方法を調べたり、ノクスに連れられて強制的に社交したりしてる内に終わっちゃうし!

 ブラック企業だ!

 ブラック帝国だ!

 そんな状況で、いつ来るかもわからない主人公を出待ちなんてできるかボケェ!

 

 という訳で、私が序盤で降臨する事はできませんでした。

 勇者が強くなる前に四天王が襲って来ないのにもちゃんとした理由があったんだね。

 今まで悪役側の職務怠慢だとか思っててごめんなさい。

 むしろ、仕事熱心な奴ほど勇者襲撃してる暇なんてないんだと身を持って知ったよ。

 

 代わりに、私の進言により前の革命軍の末端暴走事件を重く受け止めたノクスによって、他国との戦争の数を減らして手の空いた騎士が各所に派遣されたから、それで我慢するしかない。

 その騎士の中には一級騎士もいる。

 あいつらだって六鬼将の一つ下の階級は伊達じゃないって事で、序盤の主人公なら確殺できるくらいには強い筈だ。

 他の貴族どもが革命軍を軽視しまくってる中でこれだけの対応をしてくれたんだから、これ以上を望むのはさすがに高望みが過ぎるってもんでしょ。

 

 そう。

 貴族どもは革命軍を軽視しまくってるんだよね。

 前に領地が一つ潰されてるって言うのに「男爵が一人やられたようだな」「だが、奴は貴族の中でも最弱」「平民ごときにやられるとは貴族の面汚しよ」って感じで、自分達までやられるとは微塵も思ってないらしく、まるで危機感がない。

 最近の貴族連続不審死事件も、どこぞの貴族が起こした派閥争いの一環だと思ってるみたいだ。

 そんなんだから、ゲームじゃ革命軍の噛ませみたいにあっさり狩られるんだよ!

 

 別にクソ貴族がいくら狩られようと構わないけどさー。

 それが帝国の戦力低下に繋がって、革命軍との戦いが負け戦化するのは困る。

 もっと危機感持てよぉ! と叫びたくなる状況で、他国との戦争を減らしてまで戦力を革命軍討伐に傾けてくれたノクスマジ名君。

 なのに、そんなノクスのおかげで戦争が減っても尚仕事が減らない六鬼将の社畜っぷりよ……。

 

 まあ、戦争って「やめよう!」「はいオッケー」で済むほど簡単なもんじゃないから仕方ないんだけども。

 停戦交渉は大変だし、それを少しでも早く楽に済ませる為に六鬼将が敵軍に大打撃与えて「これ以上やったら私らが全滅させちゃうよ?」「今やめるんならしばらくは攻めないでおいてあげるんだけどなー(チラッ)」って感じで脅してる訳だから、仕事が減らないのも仕方ないんだ。

 

「くっ、殺せ!」

 

 そんな脅し外交の為の戦争も、今回ので一区切りがつく。

 2年以上かけてやっと一区切り……長かった。

 今、私の目の前には、四肢を切断されて転がっている敵軍の指揮官だった人が。

 敗戦目前で一縷の望みをかけてこっちの砦に突貫し、見事返り討ちにされた哀れな人である。

 ちなみに、こんな台詞を吐いてるくせに、女騎士ではなくおっさんだ。

 レグルスがいたら苦情が殺到してたかもしれない。

 

「では、遠慮なく」

 

 私はくっ殺おじさんの首を氷刃(アイスエッジ)という魔術で斬り裂き、絶命させる。

 この人は敵国で英雄と呼ばれてた人みたいなので、この人の首があれば脅し外交もなんとか纏まるだろう。

 そして、この国と停戦協定が結べれば、ノクスが停戦を宣言した国との戦争は全て終わる。

 残ってるのは、向こうに引く気がないとか、どうしても引けない事情があるとか、そういう国だけだ。

 そっちは序列四位のミアさんが受け持つ事になってるので、他の六鬼将はノクス指揮の下、これから革命軍の炙り出しを行う予定。

 例外は皇帝を直接警護する近衛騎士団の団長をやってる序列一位の人だけだ。

 つまり、革命軍のスパイである序列二位の爺も参加する事になる。

 ……そこはかとなく嫌な予感がするけど、奴が本格的に裏切るのはゲーム終盤辺りの筈だから多分大丈夫……かなぁ?

 バタフライエフェクトが心配だ。

 警戒は怠らないようにしとこう。

 

 そんな事を考えながらくっ殺おじさんの首を氷漬けにし、敵国へのお土産を完成させた、その時。

 

「セレナ様! 帝都より伝令です! 帝国各地にて平民の一斉蜂起があったもよう! 手の空いている六鬼将は直ちに現場へと急行されたしとの事です!」

「……そうですか」

 

 部下の一人がまさかの報告を持ってきた。

 このタイミングで、まさかの革命開始である。

 詳しく描写されてなかったから確証はないけど、ゲームの時より随分早いんじゃない?

 しかも、これから六鬼将が集結して、いざ革命軍退治! の直前で一斉蜂起ってさすがにタイミング良すぎるよね。

 おまけに、今は私を含めた六鬼将の殆どが最後の脅し外交の為の戦争で出払ってる状態だから、マジでベストタイミング。

 間違いなく裏切り者の爺の指示だろうなー。

 向こうの準備が整ってるかは知らないけど、これ以上待ってたら不利になる一方だと悟って先制パンチを打ってきた感じだと思う。

 このファーストアタックのダメージをどれだけ抑えられるか。

 それが今後の戦いを大きく左右するだろうね。

 頑張らないと。

 

「襲撃を受けた領地はわかっていますか?」

「いえ、かなりの数の男爵領、子爵領が襲撃を受けているようで、正確な位置情報は把握できていないとの事です! ただし、伯爵領以上の領地には今のところ敵影なしと!」

「なるほど。わかりました」

 

 そこら辺はゲームで解説されてなかったから知らなかったけど、まあ、予想通りってとこかな。

 伯爵領以上の領地には転移陣があるから、そこから六鬼将とかが送られてくるのを警戒したんだろうね。

 伯爵以上を襲うとすれば、革命軍の中でも最強の特級戦士がスパイのように忍び込んで領主を暗殺って形になると思う。

 それに関しては現地の騎士と帝都からの援軍に任せよう。

 ノクスの指示で護衛騎士が増員されてる以上、そう簡単には落ちない筈だ。

 となると、私がするべきなのは……

 

「私は先行して少し遠くの領地にいる敵を殲滅します。

 あなた達は少数精鋭の部隊をいくつか結成し、ここから最も近い領地のいくつかへと派遣しなさい」

『ハッ!』

 

 部下達が敬礼し、私の指示に従って動き出す。

 帝国騎士という事で性根の腐った奴が多いとはいえ、こいつらだって戦争を何度も経験してる強兵には違いないんだ。

 少しは役に立つだろう。

 

「では、作戦開始!」

 

 言うが早いか、私は氷翼(アイスウィング)を展開し、目的地へ向けて飛び立った。

 さあ、戦争開始だ。

 首を洗って待ってろ革命軍。



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勇者と革命軍

 革命軍に入ってから二ヶ月程が過ぎ、俺は今初めての戦場へと向かっていた。

 遂に革命軍が本格的に帝国へと反旗を翻し、大規模な攻勢を仕掛ける事になったのだ。

 

 それまでの間にも色々あった。

 まだ革命軍に入ってほんの少ししか経ってないのに、何故か凄く懐かしい。

 初めての戦争を前に感傷的になってるのか、革命軍に入ってからの事が走馬灯のように脳裏を過っていった。

 ちょっと縁起が悪くて苦笑する。

 

 

 

 

 

 革命軍に勧誘された後、ルルに連れられて革命軍の支部という所に行くと、ルルは俺の事を「まあ、期待の新人ではあるわよ。変態だけど」と紹介した。

 そうしたら、俺のイメージは死にかけの状況でルルのパンツを覗く事に最後の力を振り絞った変態で固定されてしまった。

 やめてほしい。

 謝るから、土下座でもなんでもするから、この風評被害をなんとかしてください、お願いします、ルル様。

 そう言って必死に頭を下げても、ルルは「本当の事じゃない」と言って一切取り合ってくれなかった。

 それに反論できないのが辛い。

 本当に、あの時の俺はどうかしてた。

 死ぬ間際で生存本能が変な方向に働いたんだろうか?

 正直、その変態呼びだけでもうお腹いっぱいだったのに、数日中にはそれを聞いた血の気の多いデントという奴に絡まれ、

 

「お前が噂の新人か。俺がお前を試してやる。俺と戦え」

 

 と言われて、試合形式の訓練を申し込まれた。

 果たして、期待の新人という部分に反応したのか、ルルのパンツを覗いたという部分に反応したのか。

 前者だと思いたい。

 

 そうして半ば成り行きで訓練を始めたんだけど、槍使いだというデントの動きはなんというか洗練されていて、俺は手も足も出なかった。

 あとで聞いた話によると、デントはルルと同じく強力な魔導兵器(マギア)という武器を支給されるくらいに強い上級戦士だったらしい。

 

 革命軍には戦士の階級がある。

 量産品の魔導兵器(マギア)を支給されるだけの人達が『一般戦士』。

 ルルやデントみたいに革命軍の偉い人に実力を認められ、強力な魔導兵器(マギア)を支給された人達が『上級戦士』。

 更にその上に、専用の魔導兵器(マギア)を支給されるくらい強い革命軍最強の戦士達『特級戦士』と呼ばれる人達がいる。

 ちなみに、ルルは特級一歩手前と言われる程の凄腕らしい。

 デントもルルと似たようなものだそうだ。

 

 そんな奴に勝てる訳ないだろ!

 と俺は思ってたし、実際手も足も出なかったんだけど、試合は予想外の結果になった。

 確かに、俺の攻撃は一切デントに当たらなかったし、デントの攻撃は俺を滅多打ちにした。

 でも、俺の身体にはかすり傷程度しか付かなかったのだ。

 しかも、途中でデントに挑発されて気が高ぶった時は、あの貴族をぶん殴った時の力がちょっとだけ出てきて、ほんの少しだけだけどデントを追い詰める事までできた。

 いくらデントが魔導兵器(マギア)を使っていなかったとはいえ、これはおかしい。

 

 その後、その騒ぎを聞きつけてやって来た支部長という偉い人に、その時始めて知った魔導兵器(マギア)を握らされ、それが燃料もなしに作動した事で俺に魔力があるという事が判明した。

 魔力は基本的に貴族だけが持つ力。

 なんでそんな力が俺にあるのかはわからない。

 支部長さんは「ごく稀に平民でも魔力を持つ者が生まれる事がある。だから気にするな。素晴らしい才能を授かったと思っておけ。期待しているぞ」と言ってくれたけど、そう思わない人も多い。

 

 当然と言えば当然なのかもしれない。

 革命軍に入るような人達は多分、多かれ少なかれ俺みたいに貴族に恨みがある人達だろうから。

 そんな人達にとって、魔力という貴族の力を持った俺はおもしろくない存在なのだろう。

 デントなんかもその口みたいで、俺に魔力があると知った時は露骨に顔をしかめていた。

 逆に、ルルは俺が鎧の人達(騎士というらしい)の攻撃(魔術というらしい)を正面から耐えてたのを見た時から察してたみたいで態度が変わらなかった。

 ルル以外にはそういうのをあんまり気にせずに接してくれる人達もいる。

 ただ、そうじゃない人も沢山いたってだけの話だ。

 

 でも、そういう人達も俺が革命軍の一員として任務をこなしていく内に段々認めてくれるようになった。

 

 任務に向かう前に、まずは死に物狂いで特訓した。

 もう二度と、あの無力感を味わいたくなかったから。

 もう二度と、俺の無力で助けたい人達を助けられないなんて事が起こってほしくなかったから。

 今度こそ、そんな理不尽を自分の手で打ち倒す為に、俺はひたすらに強さを求めた。

 

 次に、革命軍の現在の主要な仕事だという魔獣狩りをした。

 俺の故郷の村はまず魔獣なんて出ない平和な土地だったけど、他の場所はそうじゃない。

 他の村の人達は、貴族と同じくらい魔獣にも怯えながら暮らしている。

 それを知った時、俺は自分のあまりの無知さに呆れかえった。

 そして、魔獣は弱い奴でも普通の人じゃ倒せないくらいに強いらしい。

 魔力を使わなければ倒せない獣。

 故に、魔獣。

 そんな言葉もあるくらいだ。

 

 なのに、そんな魔獣を貴族は放置してる。

 自分達の暮らす街に近い場所の魔獣は駆除するが、そうじゃない場合は相当の被害を出すまで見向きもしない。

 その過程で平民がいくら死んでも奴らは気にしないのだ。

 だから、代わりに革命軍が魔獣を狩ってる。

 民の平和を守る為に、そして貴族を倒す為の力を磨く為に、魔獣狩りは必要な事だった。

 

 そうして、魔獣狩りで実戦経験を積んだ後は、ルルと一緒に諸悪の根元である貴族を倒す任務を与えられた。

 ルルが俺を助けてくれた時もその任務中だったらしい。

 これは革命軍の中でも実力を認められた者にだけ与えられる任務なんだとか。

 そう。

 その時には、俺はもう殆どの人達に認められていた。

 支部長さんからは上級戦士の階級を貰い、他の人達も好意的に接してくれる。

 そこから更に、ルルの引率の下とはいえ実際に貴族を倒してくれば、殆どの人達が俺を認めてくれた。

 

 貴族との戦いは激しくて、相手は強敵揃いで、何度も何度も死にかけたけど。

 助けてくれてありがとうと言ってくれる人達と、こうして俺を認めてくれる仲間達のおかげで頑張れる。

 デントとも、同じ任務を受け、一緒に帝国の一級騎士という強敵を倒した時にわかり合えた。

 

 そんな困難を乗り越えて、俺は今戦場に向かっている。

 俺達が所属する支部の標的はゾイサイト子爵。

 今まで標的にしてきた貴族よりも格下だけど、今回はいつもみたいな忍び込んでの暗殺じゃなく、帝国騎士団と革命軍が真っ向からぶつかり合う戦争だ。

 実戦は初めてじゃない。

 けど、こんな大規模な戦いは初めてだ。

 必ず多くの戦死者が出る。

 俺は多くの仲間達を失うだろう。

 

 怖い。

 でも、俺は逃げない。

 俺は戦う。

 前に進み続ける。

 大丈夫だ。

 俺は独りじゃない。

 どんな死地でも、どんな困難でも、頼れる仲間達と一緒なら必ず乗り越えられると信じてる。

 

 俺は一緒の場所に配置された、ルルとデントを見詰めた。

 

「何?」

「なんだ?」

 

 俺の視線に気づいたらしく、二人が訝しそうに俺を見てきた。

 今の俺はどんな顔をしてるんだろう?

 わからない。

 わからないけど、不安に飲まれたような情けない顔はしてないだろうと、何故か確信できた。

 

「二人とも。この戦い、絶対勝とう」

 

 不思議と緊張せずにそう言えた。

 俺達なら勝てると、素直にそう思えた。

 それに対して二人は、

 

「はぁ? 何当たり前の事言ってんのよ」

「当然だ。未来の大英雄デント様がいて負ける訳がないだろう。馬鹿かお前は」

 

 そう言って、実に頼もしい返事をしてくれた。

 

 俺は弱い。

 革命軍に入って少しは強くなれた気がするけど、まだまだ弱い。

 でも、俺達(・・)は強い。

 俺達革命軍は強い。

 正面から貴族という理不尽の象徴を倒せるくらい強い。

 そう信じて戦おう。

 もう恐怖はなかった。

 恐怖を塗り潰す程の勇気が湧いてきたから。

 

 

 

 

 

 そうして赴いた戦場で俺は出会った。

 真に理不尽の象徴と思えるような、圧倒的な力を持った少女と。

 後に因縁の相手となる、氷の悪魔と。



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勇者と氷の悪魔

「進めぇえええ!」

『オオオオオオオオ!』

 

 支部長さんが声を張り上げ、最前列の人達が魔導兵器(マギア)の弾幕を張りながら突撃する。

 

「迎え撃てぇえええ!」

『アアアアアアアア!』

 

 対して、それを迎え撃つのは帝国の兵士達。

 全員が貴族で構成されるという騎士団じゃない。

 その騎士団に捨て駒のように使われる平民の兵士達だ。

 そういう人達の多くは革命軍についたが、そうじゃない人達もいる。

 未だ貴族の恐怖に怯え、貴族に従う道を選んだ人達だ。

 

 そんな人達が、革命軍の放った魔弾で死んでいく。

 それは直視できない程、惨い光景だった。

 

「目を逸らすんじゃないわよ! 言ったでしょう! これが戦争だって!」

「……わかってる」

 

 ルルに叱責され、俺は思わず逸らそうとしていた目を見開いて、この惨い戦場を見た。

 目に焼き付けた。

 わかってる。

 これは戦争だ。

 例え相手が罪のない人達でも、革命軍の前に立ち塞がるのならぶつかるしかない。

 倒して進むしかない。

 前にルルは言っていた。

 どうしようもない時は罪のない人達を巻き込むかもしれないと。

 その覚悟を決めておけと。

 今がその時なんだ。

 でも、それでも……

 

「うぁあああああ!」

 

 悲鳴のような声を上げながら、帝国の兵士が斬りかかってくる。

 俺は支給された魔導兵器(マギア)の剣でそれを防ぎ、剣の腹でその人を遠くへと弾き飛ばす。

 

「ぐふっ!?」

 

 兵士はそのまま乱戦の外まで飛んでいった。

 あのダメージならもう戦えない筈だ。

 俺は他の人達も同様の方法で倒し、無理矢理戦線離脱させる。

 できる限り殺したくない。

 甘いと言われようと、それでも!

 

「ああああ!」

 

 また一人兵士が襲いかかってくる。

 俺はそれを迎撃しようとして、━━突如飛んで来た火の球に焼かれた。

 

「なっ!?」

 

 そこそこのダメージを受けたが致命傷じゃない。

 俺を含めた上級戦士に支給される魔導兵器(マギア)には、防御力を上げる身体強化の機能がある。

 それを自前の魔力で他の魔導兵器(マギア)より高出力で使っている俺は、あの程度の攻撃じゃ致命傷は受けない。

 

 でも、それは俺に限った話だ。

 今の攻撃は、俺ごと周りにいた人達を巻き込むように放たれた。

 その中には、当然俺に襲いかかってきた帝国の兵士だっていたんだ。

 つまり。

 

 あいつらは、なんの躊躇もなく味方に魔術を放って焼き殺した。

 

 見れば、戦場のあちこちで似たような事が起こっていた。

 平民の兵士達に俺達と戦わせ、騎士団は安全な後ろの方から味方もろとも俺達を魔術で狙っている。

 吐き気がする醜悪な戦法だった。

 怒りで身体が震える。

 

「何をぼさっとしている!」

 

 そんな俺に、今度はデントが叱責してきた。

 

「貴族がクソなのはわかりきっていた事だろうが! 怒るなら立ち尽くすのではなく奴らに怒りをぶつけろ! そうでなければ一番槍は俺が貰うぞ!」

「……ああ、そうだな」

 

 デントの言う通りだ。

 怒りに震えてる場合じゃない。

 俺はなんの為に革命軍に入った?

 こういう理不尽を打ち倒す為だろう!

 なら、立ち止まってる暇なんてない!

 

「うぉおおおおお!」

 

 俺は兵士の人達を押し退け、貴族に向かって突撃した。

 

「ふっ、それでこそ我がライバルだ! 行くぞ! 奴に続けぇ!」

『オオオオオオオオオオオオ!』

 

 俺が抉じ開けた道を、デントをはじめとした仲間達が駆けて来る。

 それによって、遂に騎士団は安全圏にいられなくなった。

 俺達と同じく、命を懸けて戦う舞台に奴らを引き摺り下ろす事に成功したんだ。

 ここまでくれば、あとは何も考えずにこいつらを倒せばいい。

 

「死ね! 薄汚い平民がぁ!」

「我ら貴族に歯向かった事を後悔しながら死んでいけ!」

 

 口々にそんな事を口走る騎士達が俺に襲いかかってくる。

 殆どの奴が剣を手にして。

 さすがに同じ貴族を巻き込んで魔術を使う気はないらしく、奴らの戦法は物理攻撃がメインだ。

 だが、そういう奴らとは何度も戦ってきた!

 

「『魔力刃』!」

『ぐぁああああああ!?』

 

 魔導兵器(マギア)に搭載された機能の一つ、魔力を斬撃状の刃にして広範囲を薙ぎ払う魔術を放つ。

 それによって、襲いかかってきた騎士達が吹き飛んだ。

 中には、防ぎきれずに絶命した奴もいる。

 

「な、なんだこの威力は!?」

魔導兵器(マギア)とやらは魔術の劣化版ではなかったのか!?」

 

 慌てふためく騎士達に近づき、斬り捨てる。

 俺の剣術の腕はお世辞にも優れてるとは言えない。

 才能はあると認めてもらえたけど、いかんせん経験不足だ。

 何せ、俺が剣を初めて握ってから二ヶ月程度しか経っていないのだから。

 それでも既に騎士の平均を超えてるらしいが、ルルやデントには到底及ばない。

 

 だが、その差は魔力による身体能力の強化で補う。

 騎士が振り下ろした剣を真っ向から受け止め、押し返し、体勢が崩れたところを狙って斬る。

 騎士は驚愕の表情を浮かべながら息絶えた。

 今まで魔力によって平民を虐げてきた貴族が、より強い魔力によって倒される。

 それは、なんとも皮肉なものだと思った。

 

「『強刃』!」

「『魔連槍刃』!」

 

 そして、騎士を一方的に倒してるのは俺だけじゃない。

 ルルは相手の攻撃を軽やかにかわし、ナイフ型の魔導兵器(マギア)で次々と騎士達の急所を斬り裂く。

 デントは洗練された槍捌きで、確実に騎士を倒している。

 他の人達も奮戦し、数人がかりで一人の騎士を追い詰めていく。

 元々、数は貴族よりも平民の方が遥かに上なんだ。

 対等とは言えないまでも、魔導兵器(マギア)によって魔力という平民と貴族の絶対的な差が縮まった以上、数の暴力は有効に作用する。

 俺達は、確実に貴族を追い詰めていた。

 

 いける。

 勝てる。

 そう確信を抱いた、その時だった。

 

 突如、極大の悪寒が俺を襲った。

 

 背筋に氷柱を当てられたかのような悪寒。

 それを感じた瞬間、俺は反射的に空を見上げていた。

 この感覚の原因がそこにいると、頭では理解できなくとも身体が理解して反射的に動いたのだ。

 

 そうして俺が見たのは、氷の翼を持って遥か空の上を高速で飛翔する、全身鎧を身に纏った一人の少女だった。

 

 一切肌や服が見えないくらい、一部の隙もなく全身を覆う氷のようなフルプレートメイル。

 でも、鎧の形は女性用の鎧であり、背格好から中身は少女だとわかった。

 身体強化の魔術によって強化された俺の視力が、その少女の姿を正確に捉えていた。

 

 少女が片手を俺達の居る地上へと向ける。

 少女は高速で動いているというのに、俺には何故かその動作が酷くゆっくりに見えた。

 でも、見えたからって何もできない。

 加速するのは思考ばかりで、身体はそれに応えてくれない。

 

 そして、少女から特大の魔術が放たれた。

 

 凄まじい速度で天から降ってくる白い霧。

 それが地上へと到達した時、霧に包まれたものが瞬く間に凍っていく。

 人も、物も、革命軍も、帝国軍も、平民も、貴族も、関係なく。

 当然、俺も霧に飲み込まれて身体が凍りつき、一瞬動けなくなった。

 それでも意識は失っていない。

 寒さに震える事すらできない身体を身体強化に任せて無理矢理動かし、体表の氷を砕いて目を開くと、辺り一面が銀世界になっていた。

 

 戦いが止まっていた。

 無理矢理氷結させられ、止まっていた。

 そして、少女の姿はもう見えない。

 もう、あの少女はこの場にいない。

 

「…………………けるな」

 

 頭が痛む。

 堪えきれない程の激情を感じる。

 それを処理しきれずに頭が痛む。

 

「ふざけるな」

 

 頭が痛む。

 俺は今、堪えきれない程の怒りを感じていた。

 

「ふざけるなぁ!」

 

 あんな、あんな事があっていいのか!?

 俺達は死ぬ気で戦っていた。

 自分の命を懸けて、仲間の屍を踏み越える覚悟で、必死に戦っていた。

 それを、それをあんな簡単に!

 あの少女は、虫でも潰すみたいに、たった一撃で全てを終わらせてしまった。

 皆の想いを、覚悟を、あっさりと踏み潰された。

 

 理不尽だ。

 これこそ、まさに理不尽だ。

 俺は今その理不尽に対して、どうしようもない程の怒りと憤りを感じていた。

 

 だが、この理不尽で残酷な世界は待ってくれない。

 怒る暇すら俺に与えてはくれない。

 

「落ち着け! セレナ様の氷結世界(アイスワールド)だ! 我らに死者は出ていない!」

 

 騎士団の指揮官みたいな奴が声を張り上げた。

 その声一つで、騎士団の戦意が復活した。

 向こうも相当な数が凍らされて呆然としていたというのに。

 

「凍った者の救出は後でもできる! 今は奴らの残党を狩れ! もはや我らの勝利に疑いなし! 勝利の女神は我らに微笑んだのだ!」

『オオオオオオオオオオオオ!』

 

 騎士達が凄まじい形相で運良く氷結をまぬがれた仲間達に襲いかかっていく。

 あの顔には覚えがあった。

 村を襲った貴族や、看板娘さんを襲おうとしていた貴族が浮かべていた、弱い者を一方的にいたぶる悪魔の顔だ。

 

 俺はそれが許せなくて。

 あの少女への怒りと合わせて、この激情を奴らにぶつけてやろうと思った。

 例えここで死んでも、一人でも多くあいつらを道連れにして、この怒りをわからせてやろうと思った。

 そうして一歩踏み出そうとした俺は、

 

「ダメ!」

 

 後ろから誰かに抱き着かれた事で足を止めた。

 振り返ると、そこには真っ青な顔で寒さに震えるルルがいた。

 ルルは、そんな身体で死地へ飛び込もうとした俺に抱き着き、止めていた。

 

「逃げるわよ! これ以上戦っても無駄死になんだから!」

「ルル……」

「撤退! 撤退!」

 

 ルルの声に合わせるように、どこかで支部長さんの声が響いた。

 撤退命令だ。

 その命令に納得できないでいる俺の肩を誰かが叩いた。

 それは、ルルと同じ顔色をしたデントだった。

 

「逃げるぞ。ここは俺達の死に場所じゃない」

「…………わかった」

 

 納得できた訳じゃない。

 でも、俺と同じ思いを抱えているだろう二人に言われて、自棄になるのは思い止まった。

 

 俺達は負けたんだ。

 絶対に勝つと意気込んだのに、たった一人の少女にやられてあっさりと負けたんだ。

 そうして沢山の仲間が殺された。

 その怒りを、悲しみを、憤りを、悔しさを飲み込んで、噛み締めて、歯を食い縛りながら今は逃げる。

 いつか必ず仇を取ると誓って。

 最後には必ず俺達が勝つと誓って。

 俺達は逃げた。

 

 騎士達の会話で聞こえてきた『セレナ』という仇敵の名前を胸に刻みながら。



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28 開幕戦被害状況

 まるでアイ◯ンマンの如く、鎧一つで音速飛行しながら革命軍を殲滅していく。

 やってる事は、なるべく帝国軍を巻き込まないようにしながら、氷結世界(アイスワールド)で革命軍の大部分を氷漬けにするだけだ。

 これだと、身体強化の効果を持った魔導兵器(マギア)を支給されてる革命軍の上級戦士以上は倒せないかもしれないけど、それは仕方ない。

 

 だって、音速飛行したまま、しかも遥か上空から狙った部分だけをピンポイントで攻撃するのって凄い大変なんだもん!

 マッハで飛んでる戦闘機を操縦しながらゴルフボールを投げて、ゴルフ場にあるゴルフカップの中にホールインワンさせるくらい難しい。

 ノクス達から馬鹿みたいな精密コントロールとお墨付きを貰ってる私の魔術でも、さすがにそれは無理。

 なら、狙いが大雑把である程度は誤魔化しが利く範囲攻撃であり、非殺傷魔術だから多少は味方を巻き込んでも安心な氷結世界(アイスワールド)をぶっ放つのが一番だと判断しました。

 これならゴルフ場ごと凍らせるくらいに難易度が下がるし。

 狩り残しは出ちゃうけど、それくらいなら現地の戦力で潰せるでしょ。

 

 何?

 そんな事するくらいなら、素直に高度とスピード落とせって?

 そうしたら回れる領地の数が減るやん。

 今回の目的はファーストアタックのダメージを少しでも抑える事なんだから、それはできんのですよ。

 

 そんな感じでアイ◯ンマンをやる事、数時間。

 それくらい経つと、革命軍が一斉に退却を開始した。

 敵の被害状況も味方の被害状況もガン無視で撤退だ。

 ゲームで見た時から思ってたけど、思い切りが良すぎる。

 勝利目前とか、勝利した後とかでも撤退するんだもん。

 

 でも、その戦略は非常に正しい。

 例え領主を討ち取って勝利したとしても、調子に乗ってその場に留まってたら、六鬼将とかが援軍に来て狩られちゃうからね。

 前に暴走した末端の人達みたいに。

 今の革命軍に、いくつもの領地を奪って拠点として制圧し続ける程の力はないのだ。

 多分。

 

 だから、革命軍の今回の目的は領地という拠点の奪取ではなく、一人でも多くの騎士や貴族を減らして帝国の戦力を削ぐ事。

 それが成功したかどうかは、これから聞く被害状況次第で判断するよ。

 まあ、私の反撃で数万人は氷漬けにしたし、一方的な完全敗北って事はないと思うけどね。

 

 

 そうして戦闘を終え、砦に戻って戦後処理を進めておく。

 革命軍が現れても私の仕事は減らなぁい。

 おのれ、ブラック帝国。

 そんな感じで呪詛を吐きながら仕事をし、革命軍の一斉蜂起から数日が経った頃。

 

「セレナ様。帝都より召集命令が届いております」

「わかりました」

 

 ようやく呼び出しがかかった。

 遅いとは言うまい。

 戦争中に起こった突然のトラブルだった事を考えれば早いくらいだ。

 

 その呼び出しに応じて、砦に設置されている転移陣で帝都へと戻る。

 そして、久しぶりに謁見の間へ行き、殺したくて殺したくて仕方がない奴と顔を合わせた。

 

「セレナ・アメジスト、ただいま参上いたしました」

「うむ」

 

 玉座に座りながら鷹揚に頷くのは、ぶち殺したい奴筆頭である皇帝。

 でも、さすがに恨みの根幹である姉様の死から3年も経てば少しは冷静に対応できるようになった。

 内心のマグマのように煮えたぎる憎悪は変わらないけど、少なくとも表面上は。

 

 そして、皇帝以外でこの場にいるのは、前と同じようにノクスと六鬼将の面々。

 ただし、いない奴と余計な奴がいる。

 余計な奴は、どことなくプルートに似てる気がする頭脳労働担当って感じの奴が数人。

 顔見た事あるわ。

 確か、序列一位の人の直属の部下だったっけ?

 序列一位の人は軍部の頂点なので、あの人達はさしずめ軍部の頭脳ってところかな。

 多分、報告係か何かだと思う。

 

 逆に、いない奴は序列二位の裏切り爺。

 六鬼将は全員召集されてるって話なので、爺は遅れてるっぽい。

 撤退した革命軍に指示する為の早馬でも手配してるんだろうかね。

 

 と思ってたら、私のすぐ後に再び謁見の間の扉が開き、裏切り爺がやって来た。

 

「おっと、儂が最後か。遅れて申し訳ない。プロキオン・エメラルド、ただいま参上いたしましてございます」

 

 いけしゃあしゃあとよく言うなぁ。

 でも、これで役者は揃った。

 会議が始まる。

 

「では、今回発生した平民の一斉蜂起について、我々から状況を報告させて頂きます」

 

 そうして話し出したのは、私の予想通り序列一位の部下の人。

 手に資料だか報告書だかを持って進行役を務める。

 

「現在判明している限りですと、襲撃を受けた領地の数は41。内、男爵領29、子爵領12。伯爵領以上への襲撃は確認されておりません」

『!』

「なんと」

 

 六鬼将の面々が驚愕の表情になり、皇帝ですら少しだけ顔色を変え、爺が白々しく「なんと」とか抜かした。

 しかし、41か。

 今の帝国には80前後の領地(しょっちゅう統廃合で数が変わるけど)があるから、約半分の領地が襲撃を受けた事になる。

 革命軍頑張ったなー。

 そこまで根回しするのに、いったい何年かけたんだろう。

 まあ、それはともかく、

 

「それで、落ちた領地はどれくらいですか?」

 

 私は一番聞きたかった事を直球で聞いた。

 それによって今後の難易度が変わってくるんだから、焦らさずにさっさと話してほしい。

 

「はい。陥落が確認されたのは男爵領7、子爵領2、合計9の領地が敵の手に落ちました。

 もっとも、敵軍は領土を占領する事なく撤退したとの事なので、この言い方は適切ではないかもしれませんが」

「マジで!?」

「クソッ! そんなにかよ!?」

「敵国との戦争で僕達が動けなかったのが痛いですね……」

 

 ミアさん、レグルス、プルートがそれぞれ嘆きの声を上げる。

 ノクスも頭痛が痛いみたいな顔してるし、序列一位の人は眉間に皺寄せて怒髪天って感じだ。

 皇帝は呆れるを通り越して感心したみたいな顔してる。

 裏切り爺は表面上深刻そうな顔してた。

 私?

 私は氷の無表情しながら内心でホッとしてるよ。

 

 だって、一桁の被害で済んだんだよ?

 ゲームでは国が傾きかねない程の被害が出てた事を考えると、これは大勝利と言っても過言ではないんでない?

 ちっこい領地がちょっと減ったくらいなら、他の領地に吸収合併するなりしていくらでも取り返しがつく。

 まあ、あくまでも完全にやられた領地が9ってだけで、大打撃受けた領地とか含めたら結構な被害なんだろうけど。

 それでも想定してたより遥かに傷は浅い。

 私が飛び回って反撃したのと、戦争を減らしてその分の戦力を各地に配置したのが大きいと見た。

 やったね!

 

「そして、細かい被害状況ですが━━」

 

 その後、会議は正確な被害状況の報告が行われ、今後の私達の動き方が決まったところで解散となった。

 裏切り爺が真っ先に去って行き、他の面子も続々と去って行く。

 そんな中、私はノクス、レグルス、プルートの三人にこっそりと声をかけた。

 

「ノクス様、レグルスさん、プルートさん。この後、少しお時間よろしいでしょうか?」

「お? なんだ逆ナンか? 今のお前なら歓迎するぞ」

「レグルス」

「寝言は寝て言いなさい」

「わかってるよ。ちょっとした冗談だっての。っておいセレナ!? なんだその汚物を見るような目は!? マジで傷付くからやめろ!」

「失礼しました。一瞬、レグルスさんがゴミに見えてしまったもので」

「……お前、最近遠慮がなくなってきたよな。いや、いい事なんだけどよ」

 

 まあ、かれこれもう5年くらいの付き合いになるからね。

 そりゃ遠慮なんてなくなってくるよ。

 だからこそ、つい思った事が顔に出てしまった。

 私の貞操は姉様のものなので、冗談でも私をそういう対象として見ないでほしい。

 本当に必要なら身体を売る覚悟もあるけど、できればあの世で姉様と再会するまで清い身体でいたいんだよ!

 

「では、レグルスさんの戯れ言は置いておくとして」

「戯れ言て……」

「真面目な話があるので、この後お時間よろしいでしょうか?」

 

 あえて言い直した私の言葉に、三人は神妙な顔をして頷いた。



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29 友達を家に招くような話?

「じゃあ、場所はセレナの屋敷でいいな」

「ああ、そうだな」

「まあ、妥当なところですかね」

「え」

 

 なんか、当然のように私の家が会場に決まった。

 しかも私以外全会一致で。

 どういう事だってばよ!?

 私、今までこいつらを家に連れてった事ってなかったよね!?

 

「な、なんでですか……?」

「なんでってそりゃ、お前がここまで畏まるって事は内密の話だろ?

 だったら城でやる訳にもいかねぇし、俺やプルートの屋敷だって他の家族の息がかかった使用人の目がある。

 消去法で、お前が完全制圧してるお前の屋敷しかねぇじゃねぇか」

 

 ぐぬっ!?

 脳筋レグルスのくせに理路整然とした理由言いやがって!

 いや、言われてみれば確かにそうなんだけど。

 でもなぁ……

 

「なんだ? 俺達を招きたくない理由でもあるのか?」

「いえ、その……」

 

 あります。

 正直、ルナの近くにこいつらを近づけたくない。

 あの子には、帝国の闇にも権力にも関わってほしくないのだ。

 私のやらされてるシノギの話とかも耳に入れたくないし。

 優しいお姉ちゃんが殺戮軍人だったとか知ったらトラウマになりかねんでしょ。

 それに……ルナに殺人鬼を見る目で見られるのは怖い。

 

 でも、まあ、屋敷に招くくらいならルナと会う事もないかな?

 帝都にある別邸の方でもてなせば、まかり間違ってルナと遭遇する事もないだろうし。

 ……最近、ルナが昔の姉様に似て行動力のあるお転婆になってきてるのが懸念事項だけど。

 大丈夫だよね?

 私の城から飛び出した挙げ句に、本邸の転移陣に飛び乗ったりしないよね?

 お姉ちゃん信じてるからね?

 

「…………わかりました。では、皆さんを当家にお招きします」

「セレナ、嫌なら嫌と言っていいんだぞ」

「いえ、ダイジョウブデス」

 

 ノクスの気遣いは気持ちだけ貰い、私達は城内を移動し始めた。

 途中でノクスの部下達にちょっと出掛けて来る旨を伝え、私達の部下にも伝えておくように伝言を頼む。

 そして、城の外にタクシーの如く常時待機してる馬車の一つを使い、アメジスト伯爵家の別邸へとやって来た。

 いつもなら帰って来たと言うところだけど、今回は違うわな。

 

『お帰りなさいませ、セレナ様!』

 

 しかし、私は違くても使用人達にとってはいつもの帰宅と変わらない。

 いつも通り、一糸乱れぬ動きでお帰りなさいと言ってきた。

 で、次の瞬間にはお客さんに気づいたのか、若干慌てて何人かが屋敷の中に引っ込んで行く。

 多分、客間とかお茶菓子の準備してるんだと思う。

 こういう時、普通は事前に連絡して準備してもらうものだから、それがなくてバタバタさせちゃった使用人達にはちょっと悪い事したかもしれない。

 ごめんね。

 でも、忙しい連中を引き留めてる訳だから、そんな暇なかったんだよ。

 あとでボーナスあげるから許して。

 

 一方、お客様であるノクス達は何故か目を丸くしていた。

 

「どうされました?」

「いや……随分と教育が行き届いていると思ってな」

「驚きました。使用人達の表情がやたらと明るいですね。サファイア家ではあり得ない光景です」

「お前ん家、確かお前が一家全員粛清して家督簒奪したんじゃなかったか? なんでこんな慕われてんだよ」

「「レグルス!」」

「あ、ヤベ!? 今のなし!」

 

 レグルスが失言して二人に睨まれていた。

 まあ、それを表立って肯定しちゃうと面倒な事になるからね。

 こういうのは、あくまでも事故死という事にしとかなきゃならない。

 例え、誰が見ても犯人が一目瞭然だったとしてもだ。

 それが貴族社会というものよ。

 相変わらず腐ってらっしゃる。

 まあ、これに関してはその腐敗に救われた感じだけども。

 

 ……そういえば、粛清がバレたと思わしき当時、こいつらは傷物に触れるように、やたらと労るような感じで私に接してくれたっけ。

 あの対応は助かったなぁ。

 それが私の前で口を滑らせるくらい気安い関係に戻ったんだから、なんとなく感慨深い。

 

 しかし、目を丸くしてたのはそういう事ね。

 生粋の帝国貴族であるこいつらからすると、最近やたらアットホームな職場と化してるウチは異質に見えるらしい。

 しかも、粛清騒動があった事まで知ってるから尚更。

 でも、理由を説明する必要はないかな。

 悪い貴族に向かって悪い貴族を殺したから感謝されてますとか素直に言ったら微妙な空気になりそうだし。

 ここは曖昧に微笑んで誤魔化しておこう。

 

 曖昧に微笑んで誤魔化しながら、私は三人を別邸の客間へと案内した。

 正確にはメイドさんに案内してもらった。

 だって、この屋敷の客間とか使った事ないから、自分の家なのに場所がわかんないんだもん。

 それを察してくれたメイドさん、マジ有能。

 さすが、不興を買ったら物理的に首が飛ぶ職場で鍛えられただけの事はある。

 

 内心でメイドさんに感謝し、表向きは当然ですよという顔をしながら客間の中へ。

 すると、私が座ってくださいと言った瞬間、四人分のお茶菓子が運ばれてきた。

 この短時間で……!

 驚愕しながらも顔には出さず、使用人達に目線で感謝を伝えた後、人払いをした。

 探索魔術により、使用人達が本当に退散した事を確認する。

 これで、室内のヤバイ会話を聞いた使用人が消される心配はない。

 

「では、話を始めさせて頂きます」

 

 そうして、私は口火を切った。

 ここからは真面目も真面目、大真面目の話だ。

 

「今回発生した革命軍、いえ反乱軍による一斉蜂起ですが。私はこの裏に裏切り者の貴族がいると考えています」



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30 裏切り者は誰だ

「まあ、そうだろうな」

「でしょうね」

「え、マジでか?」

「レグルス、あなた脳筋も大概にしてください。平民などという劣等種だけでここまでの事ができる訳ないでしょう」

「なにおう!」

 

 ああ、やっぱり予想してたんだ。

 脳筋レグルス以外の二人は驚かない。

 まあ、魔導兵器(マギア)なんて貴族の力がなければ作れる訳ないし、今回の一斉蜂起のタイミングとかは六鬼将が不在な事を事前に知ってないと考案できない。

 そもそも、ロクな教育も受けてない平民だけで、あれだけの規模の軍隊を組織、運営できる筈がない。

 ちょっと考えれば誰だってわかる。

 今までは余計な波風立てないようにあえて口に出さなかっただけで、裏切り者の存在は誰もが確信してた。

 レグルスみたいな脳筋と、革命軍の事を軽視しまくってた連中以外は。

 

「ですが、一応他国の策略という事も考えられるのでは?」

 

 荒ぶるレグルスを適当にあしらいながら、プルートがもっともな事を言ってきた。

 確かに、その可能性もある。

 私はゲーム知識のおかげで裏切り者が誰なのか知ってるけど、そうじゃないなら他国の策略っていうのは充分に考慮すべき可能性だろう。

 それに、バタフライエフェクト発生しまくりな状況だと、本当に革命軍が他国の傀儡になっててもおかしくない。

 

 でもだ。

 

「ないとは言い切れませんが、その可能性は低いと考えます」

「……一応、あなたの見解を聞いておきましょうか」

「はい。まず危険地帯である国境を越えるのは普通に困難を極めます。

 あんな場所を経由していては、あれ程の数の魔導兵器(マギア)を持ち込む事も、平民達をタイミング良く動かす事もできないでしょう。

 加えて、これだけの事をする余裕のある国にも心当たりがありません。

 隣国は帝国との不利な戦争続きで悉く弱ってますから。

 もし、その後ろにある国が関わっているのだとしても、そこまで遠くてはやはり大した干渉はできない。

 よって、他国が介入しているとしても、せいぜい裏切り者と繋がって支援しているか、反乱軍と同盟でも結んでいるか、その程度だと思われます」

「ふむ……まあ、合格点ですね」

「ありがとうございます」

 

 プルートから合格を貰えた。

 やったね。

 ゲーム知識に頼らない私の考察も大したもんだ。

 

 だが、ここまでは前座。

 ここからが本題だ。

 

「それで、肝心の裏切り者が誰なのかですが……」

 

 そこで私は一度言葉を切った。

 そして息を吸い込み、凄まじく重々しい声で告げる。

 

「━━『旧第二皇子派』。彼らが最も怪しいと私は考えています」

 

 室内の空気が緊張する。

 旧第二皇子派。

 それは、約15年前に終結した帝位継承争いにおいて、当代皇帝アビスの弟であり、当時の帝国第二皇子だったリヒト・フォン・ブラックダイヤに付き従った派閥の事だ。

 そして、リヒトの性格はウチの姉様のような聖人だったらしい。

 民を憂い、醜い貴族どもを嘆き、国が腐りきった現状を悲しんでいた。

 もしもリヒトが皇帝になっていれば、国は変わり、私が姉様を失う事もなかったかもしれない。

 

 でも、それは所詮もしもの可能性。

 とっくの昔に潰えた希望に過ぎない。

 そんな事より問題は今。

 革命軍についてだ。

 

 革命軍の志は、かつてリヒトが掲げた理想と酷似している。

 即ち、国を変え、腐敗を正し、民の為の新しい国を作るという事。

 リヒトは己が皇帝となる事でその理想を実現しようとした。

 革命軍は帝国を打倒する事でその志を叶えようとしている。

 なら、そこにリヒトに同調していた旧第二皇子派が関わってると思うのは当然の事でしょう。

 

 ただし、それをハッキリと口にするっていうのは別の意味を持つ。

 当然だ。

 私はあなた達が革命軍に繋がってる裏切り者の反逆者だと思ってますなんて素直に言ったら「喧嘩売っとんのかワレェ!」ってなるに決まってる。

 だから公の場では言えない。

 言ったが最後、本格的な派閥争いが起こって国が荒れかねないから。

 こういうのは水面下でやる。

 それが貴族社会。

 

 だからこそ、その水面下であるこの場で言った。

 それでも重大な意味を持つ発言には変わりない。

 だって、事実上の敵対宣言だもん、これ。

 私は旧第二皇子派と敵対しますって、ノクス達に向かって宣言したに等しいのよ。

 

「……思い切りましたね、セレナ。まだ証拠が何もない状態でそんな事を口にするとは」

「証拠が出てくるまで待っていては遅いと思ったので」

 

 そんな事してたら、獅子身中の虫に腹を食い破られる。

 ゲームで帝国が負けた理由の四割くらいは、連中の対処が遅れまくった事にあると思ってるからね私は。

 幸い、ファーストアタックのダメージを最小限に抑えられた今なら、連中に対処する余裕がある筈だ。

 

「旧第二皇子派と繋がりのある人間は辺境へ左遷……では反乱軍に吸収される恐れがありますね。

 ガルシア獣王国辺りとの戦争にでも投入して、反乱軍関連の出来事から遠ざける事を具申いたします」

「難しい事を軽く言ってくれるな……だが、旧第二皇子派はほぼ壊滅状態だぞ。そこまでする必要があるか?」

「油断大敵ですよ、ノクス様。派閥が壊滅状態ではあっても、個人としてなら残っている者もいるじゃないですか」

 

 確かにノクスの言う通り、旧第二皇子派は現在ほぼ完全に壊滅状態だ。

 リヒトが皇帝との直接対決で死亡し、帝位継承争いに負けた後は、皇帝による大粛清で主要人物の殆どが処刑され、末端の奴も同じく粛清されたり、閑職に追いやられたりした。

 割と最近知った事だけど、私の母親の実家も旧第二皇子派の末端だったらしく、それで力を落としてたらしい。

 だから私の扱いがあんなに悪かった訳だ。

 妙に納得すると同時に、そんな状況でも輝いてた姉様すげぇと思った。

 あと、結局全部皇帝のせいじゃねぇかとも思って殺意が増した。

 

 それはともかく。

 その大粛清のせいで、現在の旧第二皇子派はほぼ壊滅状態であり、影響力は皆無に等しい訳だ。

 でも、残る所には残ってる。

 帝国は実力主義だから、旧第二皇子派というビハインドを覆せるくらい優秀なら出世する事も不可能じゃないからね。

 母方の実家が旧第二皇子派なのに皇帝の側室にされてしまった姉様みたいに。

 あと、六鬼将になってる私も一応それに該当するのか。

 そう思うとムカムカしてくるけど、その感情は無理矢理脇に置いておく。

 

 で、序列二位の裏切り爺とかは、その最たる例な訳だよ。

 あの爺は帝位継承争いの決着寸前で皇帝に寝返ったらしいけど、直前まで敵方だったくせに六鬼将の序列二位やってる訳だから。

 まあ、ゲーム知識によると、それはリヒトの指示だったらしいけどね。

 敗北と自分の死を悟ったリヒトが、最も信頼する部下の一人だった爺に希望と生まれてくる我が子を託すべく、寝返らせて生き残らせたっていうのが真相らしい。

 

 まあ、つまり何が言いたいのかというと。

 

「私が最も疑い最も警戒しているのは、元は旧第二皇子派の重鎮であり、現在でも相当の力を残している人物。

 六鬼将序列二位『賢人将』プロキオン・エメラルド様です。

 もしも本当にプロキオン様が帝国を裏切っており、反乱軍の裏にいるのならば大変な事になるでしょう。

 あの方自身をどうこうする事は無理でも、万一を考えれば、あの方の手駒になりうる旧第二皇子派の人間だけでも一掃しておいた方がいいと思います。

 最低でも、反乱軍を完全に鎮圧するまでは遠ざけるべきかと」

 

 私はハッキリとそう言った。

 歯に布なんて一切着せない。

 言いにくい事でもズバッと言って、革命成功の可能性はとことん摘み取る。

 その為ならば、

 

「当然、お疑いであれば私の事もしばらく遠ざけて頂いて結構です。

 一応は私も旧第二皇子派と関わりのある身ですから」

 

 私自身が革命軍から遠ざかる事も辞さない。

 私がいなくても、裏切り爺を欠いた革命軍なら他の六鬼将で確殺できる筈だ。

 なら、なんの問題もない。

 

 そんな私の意見に対する反応は、

 

「え、お前旧第二皇子派と繋がりあったのか?」

 

 という、レグルスの呆けた顔だった。

 ガクッとずっこけて力が抜けた。

 

「レグルス……あなた、身内の血縁関係くらい把握しておきなさい。

 セレナの生母は旧第二皇子派の末端だったシリカ男爵家です。

 それに、旧第二皇子派と似た考えを持っていたエミリア様の妹でもある。

 客観的に見れば怪しく見えなくもないんですよ。客観的に見ればね」

 

 プルートの言い方は凄い含みがあった。

 私が裏切る訳ないと確信してるように見える。

 はて?

 その心はなんだろう?

 

「つっても、セレナが裏切るとは思えねぇなぁ」

「でしょうね」

「なんでそこまで断言できるんですか……」

 

 私はそんな疑問を思わず口に出してしまった。

 そしたら「は?」と言わんばかりの顔で全員に見られた。

 え?

 何?

 思わず首をかしげると、三人を代表するかのように、ノクスが呆れたような顔で聞いてきた。

 

「セレナ、お前は反乱軍をどう思っている?」

 

 いきなりなんだと思ったけど、上司に聞かれたなら素直に答える。

 

「ルナを危険にさらすかもしれない危険な連中です」

「言うと思った。そして、それが答えだ。お前が裏切らないと思える根拠のな」

「……なるほど」

 

 私がルナを危険にさらすような真似なんかする訳ないと確信を持たれてるのね。

 正解だよ。

 さすが長い付き合いと言うべきか。

 

「とにかく、セレナの提案については考えておこう。

 だが、旧第二皇子派やプロキオンが犯人と決まった訳ではなく、セレナの予想が外れている可能性もある。

 よって、これからの動きはそれらも考慮に入れた上で決定する。

 異議はあるか?」

「いえ、ありません」

「俺もねぇな」

「同じく」

 

 ふぅ。

 これで一安心、とまでは言えないけど、最低限次の局面の先手は打てたかな。

 ノクスは考えると言えば考えてくれるし、数日以内には結論を出してくれるだろう。

 その結論がどうであれ、最低でも裏切り爺に疑いの目が向けば充分だ。

 ノクスに牽制されれば、さぞ動きにくかろう。

 それだけでも結構な効果がある。

 今日、話をした意味はあった。

 

 そうして少し気を抜いた瞬間、私の探索魔術が高速でこの部屋に接近してくる存在を感知した。

 こ、この気配と魔力反応は!?

 

「では、今日はこれにて解散……ん?」

 

 どうやらノクス達も気づいたらしい。

 三人とも部屋の外に意識を向けてる。

 ヤバイ!

 と思っても動く暇はなく、高速接近反応が扉をバーンと勢いよく開いて襲来してしまった。

 

「おねえさま!」

「ルナ!」

 

 そうして現れた小さな人影、ルナは他の面子を無視して私の胸にダイブしてきた。



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31 お転婆天使と同僚達

 な、なんでルナがここに!?

 混乱しつつもダイブしてきたルナを放置する訳にもいかず、私は条件反射でルナを優しく抱き締めて頭を撫でた。

 久しぶりの再会にルナはご満悦だ。

 まるで昔の私が姉様にじゃれついてた時みたいに、頭を擦り付けてくる。

 可愛い。

 しかし、それを見せられるお客様にとっては割と失礼な光景である。

 ノクス達相手なら大丈夫だと思うけど、頭は下げるべきだろう。

 

「すみません。ウチの子が」

「なぁに気にするな! 元気があっていいじゃねぇか!」

 

 レグルスはやっぱり気にしてない。

 快活に笑って許してくれた。

 逆に、プルートはちょっと眉をしかめてる。

 

「……少々躾に関してもの申したい気持ちはありますが、あなたの場合は事情が特殊ですし不問にしておきましょう。

 ただし、僕達以外の貴族の前には出さない事をおすすめします」

「ありがとうございます」

 

 許してはくれたけどお小言を貰ってしまった。

 でも、この程度で済ませてくれる辺り、プルートもルナ関連の事に関しては私に甘い。

 姉様の悲劇を知ってるからこそ、プルートなりに気を使ってくれてるのだ。

 他の事でやらかしたら、容赦なくお説教と再教育が待っている。

 六鬼将での序列はもう私の方が上なのに、未だに頭が上がらないんだよなぁ。

 

 そして最後の一人。

 最も無礼を働いてはいけない相手にして、最も普通に許してくれると確信してる相手でもあるノクスは、何故かルナを見て驚愕したように目を見開いていた。

 

「ノクス様?」

「……いや、なんでもない。その子が例の箱入り娘か?」

「あ、はい」

「そうか。大きくなったな」

 

 しかし、すぐにノクスは表情を取り繕い話題を逸らした。

 今の反応はちょっと気になるけど、深くツッコムのはやめとこう。

 それより、問題は今のこの状況だよ!

 ルナを権力者と会わせたくなかったのに!

 でも、会っちゃったからには仕方ない。

 挨拶くらいさせないと。

 

「ルナ、この人達はお姉ちゃんと一緒にお仕事をしてる人達だよ。ご挨拶しなさい」

「はい!」

 

 そうして、私はルナを地面に降ろした。

 ルナはちょっと名残惜しそうにしている。

 私はちょっとどころではなく名残惜しい。

 でも、それを振り切ってルナはスカートの裾を軽く摘まみ、綺麗にお辞儀をした。

 

「ルナマリアともうします。どうぞよろしくおねがいいたします」

「ああ」

「おう! よろしくな!」

「ふむ。まあ、いいでしょう。よろしくお願いしますね」

 

 おお、ルナ凄い!

 メイドスリーに頼んで、一応何かの時の為に礼儀作法を教えてもらったんだけど、ちゃんと実践できてる!

 まだ3歳なのに!

 天才!

 正直、私よりちゃんとしてるかもしれない。

 これはご褒美のなでなでが必要だ!

 

「ルナ、よくできました」

「えへへ」

 

 ルナは嬉しそうに笑って、再び私の胸の中に戻ってきた。

 ルナは私に対しては結構甘えん坊だ。

 多分、たまにしか会えないから寂しい思いさせてるんだと思う。

 ごめんね。

 

「しっかし、こんな穏やかな顔したセレナは初めて見るなぁ。最近はずっとピリピリしてたし、こりゃ良い目の保養……っ!?」

 

 私はルナに顔が見えてないのをいい事に、余計な事を言い出したレグルスを殺気混じりの視線で睨んだ。

 アイコンタクトで、ルナの前で余計な事言うんじゃねぇよと語りかける。

 それを正しく理解したのか、レグルスはコクコクと頷いていた。

 横でプルートがため息を吐いている。

 私は、ルナに貴族社会や仕事の話をしたくないと日頃から言っていた。

 それを忘れたレグルスに呆れているようだ。

 

「では、話し合いも終わった事ですし、私はこれで失礼します。お見送りできなくて申し訳ありませんが、何とぞご容赦を」

「いや、構わない。家族との時間は大事にするべきだ。お前の場合は特にな」

「そうですね。僕も小言を言うのはやめておきましょう」

「俺も文句はねぇよ。……ただ、そのヤンデレ過保護っぷりはもう少しなんとかした方がいいと思うぞ」

 

 レグルスが小声で何やら付け足していたけど聞こえんなー。

 

「ありがとうございます。では、失礼いたしますね」

 

 そうして、私はルナを抱き抱えたまま一礼して客間を出た。

 その後、近くにいた執事にあの三人の見送りを頼んでおく。

 貴族的に考えるとかなり失礼な対応だけど、事情を知ってるあの三人相手なら大丈夫でしょう。

 

 で、この後は仕事の続きする為に国境の砦に戻る予定だったんだけど……まあ、いいや。

 敵の指揮官は討ち取ってあるし、敵軍も壊滅状態。

 あとは停戦条約を結ぶだけなんだから、砦に居る文官に任せておいても問題ない。

 会議の後に緊急でやる事が出来たという事にして、今日はルナと一緒にいる事にしよう。

 つまり、ズル休みだ。

 文句は受け付けない。

 

「ルナ、今日はお姉ちゃん一緒にいるからね」

「ほんと!?」

「うん」

「ありがとうございます!」

 

 ああ、癒されるぅ。

 でも、癒されながらでも聞いておかなきゃいけない事がある。

 

「ところでルナ、どうしてこっちに来ちゃったのかな?」

 

 そう尋ねた瞬間、私の胸の中でルナがビクリと震えた。

 怒られると思ってるのかな。

 その予想は当たりだ。

 私は今、割と怒ってる。

 ルナは最近、メイドスリーの目を盗んでこっそり屋敷の方に行く事があった。

 そこまでなら、まあいい。

 最近の屋敷は本当の意味でアットホームな職場になってるし、ルナもずっと氷の城の中じゃ息が詰まるだろうと思ったから、そこまでなら許可した。

 ただし、地下の転移陣の部屋にだけは絶対に入るなと言いつけておいたのだ。

 その言いつけを破るとは、このお転婆天使め。

 

「そ、その……ガミガミおばけのトロワからにげてたんです。

 それで、ぜったいにみつからないところにかくれたくて、あのおへやにはいりました。

 それで、それで、おへやのまんなかでかくれてたらゆかがひかって、そうしたらおねえさまのけはいがして」

「ああ……」

 

 トロワのお説教から逃げてたのか。

 彼女は結構真面目だから、ルナがお転婆するとお説教が長いのだ。

 逆に、アンは悪乗りしてルナのお転婆に付き合い、一緒に怒られる事が多いらしい。

 これは近況を楽しそうに話してくれるルナ本人と、両サイドを良い感じに取り成してるというドゥに聞いた。

 

 で、そのお説教から逃げる為に転移陣の部屋に隠れて、じっとしてる内に垂れ流しの魔力が転移陣に貯まって起動したのか。

 見張りにアイスゴーレムが居た筈だけど、あれには私に異常を知らせる機能がないからなー。

 失敗した。

 近い内にその機能を搭載したやつを作って入れ換えておこう。

 

 そして、私の気配を感じたっていうのは探索魔術だと思う。

 休暇の時、自衛と将来の為に最低限の魔術の手解きをしてるけど、もう使えるようになってたんだ。

 天才だよ。

 そして練習をかかさなかったんだろうなぁ。

 まあ、まだ私みたいに常時発動してる訳じゃないだろうし、見知った相手の気配しか感知できないレベルだとは思うけど。

 それを差し引いても凄い。

 

 だが、それはそれ、これはこれ。

 転移陣の部屋に入ったのはダメだ。

 絶対にダメだ。

 今までのお転婆と違って、越えてはならない一線を越えてる。

 一歩間違えばシャレにならない事態になってた。

 こう見えて私は結構怒ってるし、それ以上に焦ってたのだ。

 内心冷や汗ダラダラである。

 ここは私も心を鬼にして、キツく言っておかなければ。

 二度とこんな事態が起きないように。

 

「ルナ、事情はわかったけど、あの部屋に入るのは絶対にダメだよ。一人で敷地の外に行くのと同じくらいダメ。二度とやっちゃいけません。

 こっちには怖い人達が沢山居るんだから」

「でも、さっきのひとたちはこわくなかったですよ?」

「それは運が良かっただけだよ。あの人達は良い人達だったけど、怪獣みたいな人達が来る事だってあるんだからね」

「かいじゅう!?」

「そう。ルナなんて頭から齧ってモグモグしちゃうような人がこっちには沢山居るんだよ。怒ったトロワの百倍怖い人達が。

 しかも、その時にお姉ちゃんはこっちに居ないかもしれない。ルナを守れないかもしれない」

 

 ルナが私の腕の中でプルプルと震え始めた。

 絵本とかで怪獣の怖さは知ってるからね。

 本気で怖いんだと思う。

 その怯えっぷりを見て心が痛むけど、ここは怖がってもらわないと困るので訂正はしない。

 それに、私の言った事は本当だし。

 

 こっちには貴族という人間の皮を被った怪獣が沢山いるのだよ。

 そんな奴らの前にルナを出したら、政治的な意味で美味しく丸齧りにされてしまうだろう。

 お守りは持たせてるけど、それは物理的にしかルナを守ってくれない。

 だから、ルナ自身が危険に近づかない事が何より大事。

 ルナを貴族の食い物にさせてなるものか!

 

「わかったら二度とあの部屋に入っちゃいけません。わかった?」

「わ、わかりました」

「うん。よろしい」

 

 私はあやすようにルナの背中をトントンと叩いた。

 それでルナは落ち着いてくれたらしい。

 

「トロワにはちゃんとごめんなさいしようね。いっぱい怒られるだろうけど、ちゃんと聞いて反省する事」

「はい……」

 

 よしよし。

 良い子だ。

 

「私も一緒に謝ってあげるから、そんなに怖がらないの」

「……ほんとですか?」

「ホントだよ」

 

 そうやってルナを宥めながら、私は領地の方へと帰還した。

 その後、ルナはトロワにめっちゃ怒られて泣いた。

 私は一緒に謝りはしたけど、ルナを助ける事はしない。

 助けたくなるのを必死で堪えて、事後に慰めるだけに留めた。

 許せ、ルナ。

 これも愛の鞭だ。



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32 いわゆる負けイベントというやつ

 ルナが転移陣を使って怒られるという大事件から数日後。

 私は敵国と停戦条約を結んで砦での仕事を完遂し、次の仕事先へと移動していた。

 休暇はなしですか、そうですか。

 おのれブラック帝国。

 ズル休みしといてよかった。

 

 で、その次の配属先なんだけど、聞かされた当初ちょっと驚いたよ。

 今私がいる次の職場は、プルートの実家である大貴族サファイア公爵家が自領の端っこに構えてる砦の中だ。

 この国には砦が乱立してる。

 何せ、現在発生中の革命然り、15年前の帝位継承争い然り、内戦が割と頻繁に起こるし、魔獣という危険な害獣の脅威もある危険な国だからね。

 そりゃ砦も大量にあるさ。

 ウチのアメジスト領にもいくつかあるよ。

 

 まあ、砦の話はともかく仕事の話をしよう。

 今回の職場であるサファイア公爵領は、元々敵国の領土をぶん取って出来た領地らしい。

 なので、立地は帝都寄りではなく国境付近。

 それだけなら別に驚かない。

 驚いたのは、ここがゲームに出てくるかなり大きなイベントの発生地点だからだ。

 

 なんと、ここは主人公とノクスが初めて出会う筈の因縁の場所なのだよ!

 

 ゲームの流れだと、革命軍のファーストアタックで多くの領地を落とされ混乱に陥った帝国の隙を突く形で革命軍がこの砦に攻め入り、戦いが起こる。

 革命軍がこの砦を攻めた理由は、単純にデカイ拠点一つ制圧したかったっていうのもあるけど、一番の理由は立地のせい。

 さっきも言った通り、この領地は国境付近にある。

 そして、その国境の先にある国は、何を隠そう革命軍の同盟国なのだ!

 

 つまり、ここを革命軍が落とせば、その国と革命軍とで国境の砦を挟み撃ちにする事ができるので、まるでオセロの如く国境を制圧して友軍を迎え入れる事ができる。

 そうなれば、革命軍は貧弱な平民の集まりではなくなり、六鬼将と言えども容易には攻められない基盤を手にする事になる訳だ。

 そうなれば厄介極まりない。

 

 だが、ゲームでは我らが有能上司ノクスがその企みを見抜いていた。

 

 ノクスはここに革命軍が攻めて来ると見越し、プルートの伝を使って自分とレグルスとプルートという戦力を砦に忍ばせたのだ。

 革命軍に悟られないようにこっそりと。

 その作戦が大成功し、ノクス達は革命軍をけちょんけちょんに蹴散らした挙げ句、直接対決で主人公をもボッコボコにして敗走させるという大戦果を上げた。

 革命軍はその作戦にかなりの戦力を投入してたけど、迎撃準備バッチリの六鬼将二人に加えて、それよりも強いノクスを相手にしたら勝てない。

 例え、主人公+革命軍最高戦力である特級戦士を全員投入したとしてもだ。

 基本的に帝国軍は革命軍より強いので、革命軍はその差を戦略と根性で覆さないと勝てないのです。

 ちなみに、これは常識である。

 主人公サイドからすると、これはいわゆる負けイベントというやつなのだよ。

 

 そして、その負けイベントを切欠にして、主人公がノクスを宿命のライバルとして認識する訳だ。

 その因縁は物語が進む程に複雑化していき、終盤の決着の時が訪れるまでずっと続く。

 そんな因縁の始まりとなる場所、しかも時系列までクリティカルヒットなタイミングで私は来てる訳だけど、これどうなるんだろう?

 

 正直、ゲーム通りに進むとは欠片も思ってない。

 まず第一に、ノクスがここにいないんだもん。

 ノクスどころか、レグルスもプルートもいない。

 実家なんだからプルートくらいは来いよと思ったけど、彼は他の国との停戦条約締結に手こずってるので来れません。

 だから代わりに私が派遣された。

 けど、別にノクスの指示で来た訳じゃなくて、単に付近の革命軍を探して討伐する拠点に丁度いいからって理由でここが選ばれただけだ。

 メインキャストが誰もいない上に前提条件すら違う状態でゲーム通りに進む訳ないやん。

 

 加えて、ゲームの時とは帝国の状況が随分と違ってるし。

 革命軍のファーストアタックは成功こそしたものの、帝国を混乱させる程のダメージは与えられてない。

 潰された領地の吸収合併とか、失った戦力の再編成とかでゴタゴタしてるけど、逆に言えばその程度。

 それどころか、最近の帝国は他国との戦争を減らし、その分の戦力を国内に戻して革命に備えてる状態だ。

 しかも、ここを狙う理由になった肝心の同盟国も、先日私がボコボコにして停戦条約を結んできた。

 この状況で革命軍が無理矢理にでもここを攻める可能性は……まあ、なくはないけど確率は決して高くない。

 これは私の予想でもあり、ゲームで大活躍したノクスの予想でもある。

 攻めて来なかった場合は、普通に革命軍の足取りを調査して狩るだけなんだけどね。

 

 でも、個人的には起きてほしいなー、負けイベント。

 だって、もし主人公が私の起こしたバタフライ効果を乗り越えて生きてた場合、そこで接触できるような気がするから。

 そうしたら私の手で殺して、今度こそ確実に憂いを排除できる。

 まあ、下手したら負ける可能性もあるから要注意だけどね。

 気を引き締めて準備しておかないといけない。

 

 そんな事を脳内でツラツラと考えつつ、私の次の仕事は始まった。



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33 パトロール

「うわ、酷い……」

 

 就任翌日。

 私は一緒について来た部下達を臨戦態勢で砦に待機させ、一人で砦の外に繰り出していた。

 もちろん、平民に紛れられるように変装した上でだ。

 ノクス達(主にプルート)によって徹底的に矯正されたとはいえ、元の私は教育などまともに受けてない貴族とは名ばかりの半庶民。

 おまけに前世では由緒正しき純正庶民。

 服装さえ変えてしまえば、庶民に紛れるくらい訳ないのだよ!

 

 なんでそんな事してんのかと言うと、まあ、有り体に言えばパトロールの為だ。

 もし本当に革命軍が砦を攻める気なら、偵察隊の一つや二つ放ってる筈だから。

 特に、ここは平民を劣等種と見下して憚らないプルートの血族が納める領地。

 平民の監視なんて真面目にしてる訳がないので、偵察隊なんか放ちたい放題だろう。

 もしかすると、ゲームでここが狙われたのは、そういう理由もあったのかもしれない。

 

 そんな訳でパトロールを開始した。

 色んな所を歩き回り、たまに立ち止まって集中しながら探索魔術を使う。

 普通に探索魔術を使うだけだと革命軍を捕捉できないからね。

 だって、一般人と革命軍の違いなんて探索魔術でわかる訳ないし。

 これはあくまでも気配を捉える魔術だから、感知した相手の細かい情報とかはわからないんだよ。

 凄い努力して熟練させれば、無意識に纏ってる魔力とかを感知して魔術師と一般人の違いがわかるようになったりするけど、革命軍の構成員は魔力を持たない平民なので意味なし。

 だから、私が探ってるのは、偵察部隊が護身用に持ってるかもしれない魔導兵器(マギア)の魔力だ。

 

 でも、それだって容易な事じゃない。

 元々、探索魔術は魔導兵器(マギア)みたいな無機物の気配を捉えられるようには出来てないんだから。

 発動して魔力をぶっ放してくれればさすがにわかるんだけど、ただ持ってるだけだと普通は探れない。

 私のアホみたいな魔力コントロールで超高性能になった探索魔術ですら、こうして集中して探らないとわからないのよ。

 そこまでしても見落とす可能性の方が高い。

 まあ、その仕様のおかげで私の超小型アイスゴーレムが優秀な諜報員になれた訳だけど、今はその仕様のせいで凄い苦労してる。

 世の中、上手いようにはいかないもんだよ。

 そんな事はこれまでの人生で嫌という程思い知ってるけどさぁ。

 

 それでも頑張って集中する。

 ……だけど、この街の光景は私の集中を大いに乱してくれた。

 私は今、この街のあまりの惨状に気が滅入って集中しきれずにいるのだ。

 

 この街は本気で酷い。

 建物はボロボロだし、なんか腐敗臭がするし、路地裏には当たり前のように死体が転がってるし、住民は皆ゾンビなんじゃないかってレベルで生気がない。

 活気がないなんてレベルじゃねぇぞ!?

 これどこの世紀末?

 どんだけ虐げたらこんな街が出来上がるの?

 ここの街長モヒカンじゃないよね?

 

「ようよう姉ちゃん!」

「俺達といい事しねぇかぁ!」

「ヒャッハー! 久しぶりの美少女だぜぇ!」

 

 とか思ってたら本物のモヒカンに絡まれてしまった。

 比喩でもなんでもなく本物のモヒカンだ。

 側頭部を丸刈りにし、中央部分の髪だけを残したトサカのような奇抜なヘアースタイル。

 バリカンもないこの世界でどうやってカットしてんのか実に不思議である。

 そんな奴が三人。

 しかも中身までモヒカンのイメージに違わない世紀末のチンピラっぷり。

 おまけに、ファッションすら肩パットが目立つちゃちい鎧という世紀末スタイル。

 そのあまりにそれっぽい光景に、一瞬ヒャッハーな世紀末に異世界転移したのかと思って呆然としてしまった。

 

「おいおい、ボーッとしてどうしたぁ?」

「怖くて動けないのかなぁ?」

「ヒャッハー! かぁわいぃじゃねぇか!」

 

 それを私が怖くて硬直してると勘違いしたのか、モヒカンどもが下衆な笑みを浮かべて舌舐めずりする。

 なんか普通に貴族よりタチが悪そう。

 治安の悪い街にはこんなモヒカンが湧くんだね。

 初めて知ったよ。

 革命軍は貴族狩りの前にモヒカン狩りをやった方がいいんじゃないかな?

 

 まあ、そんなどうでもいい事はともかく、これどうしよう?

 倒すのは簡単だし、殺すのだって赤子の手を捻るが如く簡単だ。

 魔力を持たない平民と、皇族並みの魔力を持つ私とでは、蟻と龍以上の力の差が存在する。

 例え、このモヒカンどもが魔導兵器(マギア)を持ってたとしても、蟻と龍の差がネズミと龍の差に変わるだけだ。

 もし万が一、億が一、まかり間違ってこのモヒカンどもが革命軍の特級戦士並みの実力と専用の魔導兵器(マギア)を持ってるとかじゃない限り、私の勝利は揺るがない。

 

 でも、ここでやると騒ぎになるよね。

 ゾンビの如く生気のない住民達だって、さすがに目の鼻の先で喧嘩が起きたら注目するだろうし。

 それで革命軍斥候部隊の目に留まっちゃったらパトロールの意味がなくなる。

 よし。

 逃げよう。

 

「あ!? 待ちやがれこのアマァ!」

「逃がさねぇぞ! 絶対に犯してやる!」

「ヒャッハー! 肉便器だぁ!」

 

 うん。

 まあ、追ってくるよね。

 私も目立たないように普通の人間並みの速度で走ってるし、追ってこない理由がない。

 適当な路地裏に誘い込んで、そこでボコボコにしようか。

 それなら目立たないでしょ。

 

 では、カーブしまーす。

 

「おっと残念!」

「そこは行き止まりだぜ子猫ちゃぁん!」

「ヒャッハー! 袋のネズミだ!」

 

 モヒカンの言う通り、逃げ込んだ先の路地裏は行き止まりだった。

 こいつら地味に地理に明るい。

 さては地域密着型のモヒカンだな。

 

「さぁて、追いかけっこは終わりだ」

「観念しなぁ」

「ヒャッハー! お楽しみの時間だぜぇ!」

 

 確かに、端から見れば今の私は絶対絶命だろう。

 がたいのいいモヒカン三人に追い詰められたいたいけな美少女が一人。

 薄い本みたいな展開である。

 実際は蟻が三匹、龍の眼前に立たされてるんだけどね。

 

 さて、人目もなくなったし、倒すか。

 無益な殺生はしたくないから殺さないけど、二度と婦女暴行ができないように去勢はしとこう。

 そう思って戦闘態勢を取った瞬間、

 

 

「そこまでだ。チンピラども」

 

 

 そんな声と共に、モヒカンの背後から一人の男が現れた。

 腰に刀みたいな剣を差した、目つきの悪い若い男。

 レグルスとは系統が違う不良みたいな奴だ。

 

「あん? なんだてめぇは?」

「俺らと子猫ちゃんの時間を邪魔してんじゃねぇよ! 殺すぞ!」

「ヒャッハー! 血祭りにしてやるぜぇ!」

 

 そいつに対して、モヒカンどもは普通に喧嘩を売り出した。

 モヒカンと不良。

 親戚対決である。

 ……と言いたいところだけど、ちょっと違うなこれ。

 だって私はこいつの中身を知ってる。

 貴族への恨みで目つきと言動が不良化しただけであり、本質は優しくてまともな奴だと知っている。

 正直、予想外の奴が登場して驚いた。

 こんな幸運(・・)ってあるんだ。

 

 そして、男は心底軽蔑した顔でモヒカンどもを睨みながら吐き捨てた。

 

「ったく、貴族でもねぇくせして腐りやがって。てめぇらみてぇのにその女は勿体ねぇよ。代わりに俺が相手してやる。かかってこい」

「いや、俺らにそっち系の趣味はねぇぞ!」

「なんてこった!? こんな所に男好きの変態が湧くなんて!」

「ヒャッハー! 変態は消毒してやるぜぇ!」

「誰が性的な意味で相手してやるっつった!? おぞましい事言ってんじゃねぇ! 喧嘩相手って意味だ馬鹿野郎!」

 

 なんか目の前でプチコントが発生したよ。

 あいつがそっち系ねー。

 そのネタはレグルスとプルートで間に合ってるから、これ以上はいらないかな。

 

「つべこべ言わずかかってこいやぁ!」

 

 そんなモヒカンどもに激怒したのか、男が凄い大声で宣言する。

 その瞬間、モヒカンの一人がお望み通りにしてやるぜとばかりに、腰に差した安そうな剣を抜いて飛びかかった。

 

「ヒャッハー! 汚物は消毒だぁ!」

 

 どうでもいいけど、こいつさっきからヒャッハーヒャッハー煩いな。

 言葉の前にヒャッハーって付けなきゃ喋れないんだろうか?

 そんなヒャッハーモヒカンが大きく剣を振りかぶる。

 雑な動きだ。

 正式な訓練なんて受けた事ないって確信できる素人剣術。

 これなら剣術を齧っただけの私の方がまだ強い。

 当然、そんな攻撃があの男に通じる訳もなく、男は一歩前に踏み込んで懐に潜り、剣も抜かずに拳で反撃した。

 

「ふんっ!」

「あがぁ!?」

 

 その見事な腹パンにより、ヒャッハーモヒカンが倒れて動かなくなる。

 どうやら一撃で戦闘不能っぽい。

 モヒカンのくせに剣なんか使うからだ。

 火炎放射器の魔導兵器(マギア)でも持って出直してこい。

 

「こ、こいつ強ぇぞ!」

「舐めてんじゃねぇ!」

 

 ヒャッハーモヒカンが一撃で伸されたのを見て、残りのモヒカン二人は警戒しながら二人同時に突撃した。

 二方向からの挟み撃ちだ。

 モヒカンにしては見事な連携。

 ちなみに、武器は手斧とジャックナイフである。

 うん、ギリギリ合格。

 火炎放射器には及ばないけど、モヒカンっぽい武器ではあるね。

 

「ハアッ!」

「「ぐえっ!?」」

 

 でも、いくら自分に合う武器を持ったからと言って、三下に過ぎないモヒカンが勝てる相手じゃない。

 男は僅かにタイミングが早かったジャックナイフモヒカンの懐に飛び込んで攻撃をかわし、そのままジャックナイフモヒカンの顔面を右ストレートで粉砕。

 続けて、手斧を振り抜いて動きの止まった最後のモヒカンに回し蹴りを叩き込んで路地裏の壁にめり込ませ、一瞬にしてモヒカン三人を撃破した。

 瞬殺。

 まさに瞬殺である。

 モヒカンのヘアースタイルに恥じないかませっぷりであった。

 

「ふぅ。おいそこの女。無事か?」

「え? あ、はい。ありがとうございました」

「礼はいらねぇ。だが、もっと気をつけやがれ。この街は治安が悪いんだからな」

 

 わぁ、口は悪いけど心配して警告してくれてるよ。

 優しい。

 この人殺さないといけないのか。

 ブライアンの時並みに心が痛いわ。

 

「あの、本当にありがとうございました」

 

 ならせめて、感謝の言葉だけでも素直に伝えておこう。

 私は深々と頭を下げる。

 実際は余計なお世話一歩手前だった訳だけど、それは言わぬが花だ。

 助けてくれた事には変わりないんだから。

 

「だから礼はいらねぇっつってんだろ。じゃあな。二度と俺やこいつらみてぇな奴らと関わるんじゃねぇぞ」

 

 そうして、最後まで不器用な優しさを見せつけながら、男は去って行った。

 この場に残るは、気絶したモヒカンが三人と、暗い顔をした少女が一人。

 

「……ホントに優しいなぁ。私の知ってる通りだよ。罪悪感がヤバイ」

 

 あの男の名前は、グレン。

 平民だから苗字はない、ただのグレン。

 現時点では十人、ああいやブライアンが死んだから九人しかいない筈の、革命軍特級戦士(・・・・)の一人。

 現時点での革命軍最高戦力の一人。

 つまり、私にとっては殺さなきゃいけない敵だ。

 あんないい人が敵とかホント辛い。

 戦争やってると毎日のように思うけど……ホントままならないもんだよ。

 

「……ごめんなさい。口が悪くて優しい恩人さん」

 

 私はグレンの去って行った方向を見ながら、グレンに()()()()()超小型アイスゴーレムの反応を追いながら、懺悔するように言葉を吐いた。

 あの優しさがグレンの首を絞める。

 それどころか、あの善意からの行動が革命軍全体を窮地に追いやってしまうかもしれない。

 そして、私は恩人を追い詰める事に躊躇なんてしないだろう。

 だって、それが必要な事なんだから。

 ああ、本当にこの世界はままならない。

 

「……本当にごめんなさい」

 

 私はまたしても懺悔の言葉を口にした。

 そんな事で許される筈もないとわかっていても、自然と口から出てしまう言葉を止める事はできなかった。



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34 イベント開始

 グレンがいたという事で革命軍はやっぱり砦を狙ってるという事を確信し。

 そのグレンにくっ付けた超小型アイスゴーレムからの情報によって、革命軍の拠点の場所と大まかな戦力の把握が完了した。

 あとは迎撃準備を整えるだけだ。

 革命軍が挙兵すればわかるので、不意を打たれるって事はまずないだろう。

 なので、安心して準備に専念できる。

 私は上司に報告を入れ、部下に指示を飛ばし、戦力を嵩ましする為にアイスゴーレムを作った。

 

 正直、拠点の場所がわかってるんだから、こっちから奇襲をかけるっていうのも考えた。

 でも、ノクスとの協議の結果、色々な理由でその作戦はボツになりましたよ。

 その理由の一つは、革命軍の拠点がかなり厄介な場所にあったから。

 ゲーム知識で知ってたけど、実際に敵として対峙してみると、こんなに厄介な拠点も早々ないと思える。

 戦争を経験しまくった今の私をしてそう思わされる革命軍の拠点の場所。

 

 それは、なんと魔獣ひしめく森の中だ。

 

 あれを攻略する場合、攻める側が圧倒的に不利になる。

 そりゃね。

 布陣してるだけで魔獣に襲われるような場所だもん。

 天然の警備兵に守られた拠点に、しかも私がいる砦を攻めようっていう精鋭達に立て籠られたら厄介なんてもんじゃない。

 ただでさえ攻撃側は防御側の三倍の戦力が必要って言われてるのに、この場合だといったい何倍の戦力が必要なのかわかんないよ。

 それでも戦力差に任せて強引に落とせなくはないだろうけど、確実に甚大な被害が出るだろうし、脱出口でもあったら大量に取り逃しが発生すると思う。

 その作戦はあんまり現実的じゃない。

 

 おまけに、ゲーム知識によれば革命軍の拠点の殆どがこういう場所にあるっていうんだからやってられないよ。

 そんなのをポンッと作れる裏切り爺の魔術はチートだと思う。

 魔獣対策まで万全ってどういう事!?

 私の氷も大概万能だけど、あれには負けるんじゃないかという気がしてならない。

 

「お?」

 

 そんな事をつらつらと考えていた時、超小型アイスゴーレムの探索魔術が革命軍の大きな動きを捉えた。

 これまでとは明らかに規模の違う人数が拠点の外へと出て行く。

 思いきっり集中してみれば、その人達の殆どが魔導兵器(マギア)を持っている事がわかった。

 映像も見れないし会話も拾えないから断言はできないけど、これは出陣したって事だと思う。

 現在時刻は午前6時頃。

 革命軍の拠点からこの砦までは、魔力のない常人の徒歩で5、6時間ってところだろうから、到着予想時刻は正午。

 白昼堂々襲撃をかけるつもりか!?

 

 でも、それが正解なんだよなー。

 魔術師は身体強化の応用で目を強化すれば、遥か遠くの景色を見る事も、夜の闇を見通す事もできる。

 つまり、魔術師だらけの帝国軍に対して夜襲は効果が薄いって事だ。

 だったら、まだ自分達の視界も良好な昼間に戦った方がいい。

 革命軍も大変だ。

 

「さて」

 

 それはともかく、あっちが動いたならこっちも動かないと。

 私はとりあえず待機させておいた部下達の所へと向かった。

 私が姿を見せると、全員が一糸乱れぬ敬礼をする。

 

『セレナ様、おはようこざいます!』

「はい、おはようございます」

 

 ここにいるのは30人程の騎士達。

 こいつらは、この砦に元々いた連中じゃなくて『氷月将』セレナの直属の部下である精鋭達だ。

 帝国貴族らしく性根の腐った奴も多いけど、優秀さと実力だけは太鼓判を押せる連中である。

 

「早速ですが、新しい命令を下します。

 たった今、反乱軍に動きがありました。恐らく、今日の正午にはこの砦へと攻めて来るでしょう。

 あなた達の何人かは帝都へと戻りノクス様へ報告。

 残りは予定通り作戦行動に移りなさい。以上です」

『ハッ!』

 

 命令を伝え終えると、全員がキビキビと動き出す。

 エリートって感じだわー。

 戦力としては実に使える駒だ。

 

「じゃあ、次は……」

 

 砦の連中に話しとこうか。

 突然来られるのと、迎撃準備が整ってる状態で来られるのじゃ天と地ほど違うだろうし。

 迎撃準備さえ整ってれば、私抜きでもそれなりに戦える筈だ。

 何せ、ここにいるのは貴族の最高位である公爵に仕える辺境騎士団。

 さすがに六鬼将率いる中央騎士団には劣るだろうけど、他の騎士団に比べれば格段に強い。

 前の戦いで革命軍が倒した連中とはレベルが違う。

 こっちもまた使える駒というやつだ。

 ……まあ、私はまだ就任してそんなに経ってないし、直属の連中みたいにスムーズな連携は取れないと思うけどね。

 しかも、なんか年齢と見た目のせいか私を舐めてる奴らも多いし。

 素直に命令を聞いてくれるかどうかすら怪しい。

 戦力として期待してるけど、駒としては欠陥品と思っておいた方がいいかも。

 

 それでも革命軍襲来を知らせるだけ知らせておき、信じてなさそうな奴らには六鬼将としての命令で無理矢理準備させた。

 細かい指示は聞いてくれないかもしれないけど、このくらいの命令なら聞かせられる。

 

 で、その後はアイスゴーレムの配置を確認したり、報告を受けたノクスからの援軍を迎え入れたりしてる内に時間は過ぎ。

 遂に革命軍が目視できる距離まで近づいてきた。

 と言っても、まだ視力を強化する千里眼を使わないと見えない距離だから魔術の射程圏外だけど。

 でも、こっちから距離を詰めれば話は別だ。

 

「ちょっと飛んで爆撃してきます」

 

 私はそう言って氷翼(アイスウィング)を出した。

 そうして砦を飛び立った瞬間、

 

 チュドォオオオオオン!!!

 

 という凄まじい音が近くから聞こえた。

 何事かと思って振り返れば、砦の一部が吹き飛び、そこから煙が上がっている。

 これは……ああ、なるほど。

 

「そうきたか……やってくれる」

 

 多分、内通者か何かが砦の中で爆弾を使ったんだろう。

 ブライアンみたいな裏切り者か、それとも下働きの平民が革命軍に抱き込まれたのか。

 どっちにしても中々にいい先制パンチを食らってしまった。

 しかも、その混乱が覚めない内に砦の中が騒がしくなる。

 今度は少人数の別動隊でも来たのかな?

 

『ウォオオオオオオオオ!』

 

 それと同時に、少し遠くの方にいた革命軍も一斉に走り出して突撃を開始した。

 内と外からの挟み撃ちか。

 なるほど、悪くない戦略。

 馬鹿正直に真正面から来る訳ないと思って警戒してたけど、それでも尚裏をかかれた。

 もう少し時間があれば味方戦力を掌握してもっとまともな対応ができたかもしれないけど、革命軍は多分それも見越してこのタイミングで攻めて来たんだろうなー。

 初手は完全にしてやられた。

 

「さて、どう対処しようか?」

 

 私は思考加速を使いながら考えを巡らせた。



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勇者と特級戦士

 あの戦いでセレナという少女に叩き潰された日から約一ヶ月後。

 俺達はサファイア公爵領という場所にある革命軍の他の支部へと所属を移していた。

 

 あの戦いで俺達の支部はほぼ壊滅し、僅かな生き残りは皆この支部に吸収されたのだ。

 それは俺達の支部だけじゃない。

 他の壊滅した支部やそうじゃない支部からも多くの人達がここに集まっている。

 支部長さん、ああいや元支部長さんの話では、これからは小さな領地ではなく戦略的に価値のある大きな領地を狙っていくので、男爵領や子爵領にあった小さな支部、及び前の戦いで壊滅的な被害を受けた支部は解体して、ここみたいな大きな支部に戦力を集中させてるらしい。

 偉い人達は色々考えてるんだなと思った。

 

 そして、革命軍は近々この地で大規模な戦いを仕掛ける事が決定している。

 しかも、攻撃目標はあのセレナが防衛についているという砦だ。

 生半可な戦力じゃ落とせない。

 だから、今この支部には短期間で集められるだけの精鋭が集められた。

 俺やルルやデントや元支部長さんみたいな上級戦士は勿論、その上である革命軍の最高戦力、特級戦士の人達も何人か来てるくらいだ。

 革命軍の本気っぷりがわかる。

 かくいう俺だって本気だ。

 思っていたより遥かに早くやってきた再戦の機会。

 今度こそ絶対に勝つ。

 勝って、皆の仇を討つんだ。

 そして、今日はその砦を落とす為の作戦会議がある。

 

 参加者はここ最近で顔見知りになった特級戦士の人達が全員と、特級一歩手前の実力者と言われているルルとデント。

 それと、おまけで俺。

 俺は戦闘力だけならルルやデントに匹敵し、二人と一緒に任務をこなす事も多い。

 そのくらいの実力があるなら参加資格はあるだろうという事で呼ばれた。

 緊張する。

 ちなみに、この緊張の理由は重要な会議に参加しているという重責を感じてるから、だけではない。

 

 肝心の作戦会議が、いきなり最悪の空気で始まったからだ。

 

「遅い!」

 

 円形のテーブルを囲むような椅子の一つに座った特級戦士の一人、刀使いのキリカさんが苛立ったように大声を上げた。

 さっきから貧乏揺すりが凄い。

 椅子がギシギシいってる。

 

「グレンの奴はまだ帰って来ないのか!?」

 

 キリカさんの再度の大声。

 そう。

 それこそが会議の空気が悪くなってる理由。

 九人いる筈の特級戦士の中で、グレンさんという人だけがまだ来ていない。

 自分の目で戦場を見てくると言って出ていったきりだ。

 もしや帝国軍に見つかってやられたんじゃないかと心配にもなる。

 キリカさんの気持ちもわかるというものだ。

 

「お、落ち着いて下さい、キリカさん。グレンさんがそう簡単にやられる訳……」

「お前は黙ってろ根暗!」

「……すみません」

 

 そんなキリカさんを鎖使いのリアンさんが宥めようとして失敗し、意気消沈して項垂れた。

 メ、メンタルが弱い。

 大丈夫なんだろうか、あの人。

 あ、でも隣に座ってる盾使いのシールさんに慰められて持ち直してる。

 考えられた席順だったのか。

 

「キリカよ。今はリアンの言う通り落ち着け。戦士たる者、常に冷静でいるべきだ」

「バックさん……」

 

 そして、今度は特級戦士の纏め役であるバックさんが口を挟んだ。

 筋骨隆々な上に身長2メートルを超える体格に加え、顔に装着されたサングラスによって威圧感が凄い事になってるバックの言う事なら、キリカさんも多少は聞くらしい。

 リアンさんに対するものとは態度がまるで違った。

 

「そうよ、キリカちゃん。ダーリンの言う事はよく聞きなさい。じゃないと……どうなっても知らないからね?」

「ヒッ!? わ、わかってるよ、ミスト! だからそのヤンデレ全開の目で私を見るのをやめろ!」

 

 そこに弓使いであり、バックさんの奥さんでもあるミストさんがトドメの一撃を放ってキリカさんを沈黙させた。

 というか、何あの笑顔怖い。

 関係ない筈の俺まで寒気を感じる。

 これが噂の鬼嫁……

 

「そこの坊や。今何か考えたかしら?」

「ヒッ!? いえ、何も考えておりません!」

 

 キリカさんに向けられたのと同じ目で見られてしまった。

 怖い!

 超怖い!

 セレナに匹敵する怖さだ!

 金輪際、ミストさんの前で不用意な事を考えるのはやめよう。

 

「何やってんのよ、バーカ」

「返す言葉もない……」

 

 隣のルルに馬鹿にされてしまった。

 デントも呆れたような顔で見てくるし、なんか凄くいたたまれない。

 

「ガッハッハ! いきなりミストの逆鱗に触れちまうとは運のない若者だな! どうせ鬼嫁とか考えてたんだろう! その通りだから訂正する必要はないぞ!」

「黙りなさい、オックス。あなたの頭に風穴空けるわよ」

 

 そんな俺から皆の注目を逸らすように、斧使いのオックスさんが笑い声を上げてくれた。

 ミストさんに睨まれるのもどこ吹く風で、こっそり俺に向かってウィンクまで飛ばしてきた。

 た、助かりました。

 オックスさん、凄い頼りになるおじさんだ。

 

「まあ、鬼嫁はともかく。本当にグレンはどうしたんだろうな?

 道端で猫でも拾ってるのか、子猫ちゃんでも引っかけてるのか」

「子猫ちゃん!?」

「鬼嫁がなんですって?」

 

 今度は二丁拳銃使いのテンガロンさんが危ない発言を飛ばした。

 それにキリカさんとミストさん、二人の女性が反応する。

 というか、皆よくミストさんを弄る勇気があるな。

 勇者か。

 

 そう思って戦慄していた時、唐突に会議室の扉が開いた。

 

「わりぃ。遅くなった」

「グレン!」

 

 そして、そこから待ち人であるグレンさんが現れる。

 キリカさんが速攻で飛びかかっていった。

 

「何やってたんだよ!? 心配したんだぞ!」

「別に、ちょっと野暮用が出来ちまっただけだ」

「……まさか、女?」

 

 さっきのテンガロンさんの発言を引き摺ってるのか、キリカさんが変な疑惑を持ち始めた。

 目が、目が怖い。

 ミストさん並みに怖い。

 

「仮にそうだったとしても、お前には関係ねぇだろ」

「関係ある! だって私は、グレンの事がす、す……!」

 

 キリカさんの顔がみるみる赤くなっていく。

 ああ、やっぱりそうだったんだ。

 前に顔合わせた時から薄々そうじゃないかと思ってたけど、確定した。

 キリカさん、グレンさんの事が好きなんですね。

 

 そして、最後まで言いきらなくても、こんなあからさまな態度を取られてグレンさんが気づかない筈もなく、グレンさんは困ったような、でも満更でもないような顔をした後、ポンッとキリカさんの頭に手を乗せた。

 キリカさんの顔が更に赤くなった。

 それも急激な勢いで。

 

「別にお前が思うような事はなかった。それだけは信用しろ」

「……わかった」

 

 キリカさんは一瞬で矛を納めた。

 チョロい。

 将来が心配だよキリカさん。

 

「下らんな。夫婦喧嘩は犬も食わん」

 

 最後に、これまで黙っていた格闘家のステロさんが心底どうでもよさそうに呟いた。

 

 

 その後は真面目に会議が始まり、砦攻略の為の作戦が決まっていった。

 もっとも、作戦自体は結構前から決まっていたので、細かい調整と確認って感じだったけど。

 

 そうして会議が終わり、皆が退室した時。

 

「ん?」

 

 ふと、部屋を出たグレンさんの靴から、小さな虫みたいなものが離れてどこかへと消えていくのが見えた気がした。

 俺はやけにそれが気になる自分に首を傾げながら、最終的には余計な事考える暇はないと頭を切り替え、他の人達に続いて部屋を出た。



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勇者と氷月将

「『魔刃一閃』!」

『ギャアアアアアアアア!?』

 

 魔力刃よりも消費魔力を上げ、威力と攻撃範囲を大幅に強化した斬撃で騎士達を吹き飛ばす。

 しかし、それで倒せたのは実力の低そうな騎士だけだ。

 強い騎士はこんな攻撃くらい簡単に防いで、すぐに反撃に出てきた。

 

「『風魔剣(ウィンドソード)』!」

「ぐっ!?」

 

 風の魔術を剣に纏わせた騎士が、俊敏な動きで俺に斬りかかってくる。

 速い!

 まさに風のような素早さだ。

 しかも、繰り出す剣の一撃一撃が重くて鋭い。

 たまに使ってくる風の魔術も凄まじい威力を持っている。

 

 前に戦った一級騎士と遜色ない実力。

 こんな強敵が当たり前のように序盤から湧いてくるなんて、やっぱりこの砦の戦力は段違いだ。

 俺一人なら、この騎士を倒す事すらできなかったかもしれない。

 

 だが!

 

「ウォオオオオ! 『魔刃衝撃波』!」

「ぬぅ!?」

 

 俺は手に持った剣の魔導兵器(マギア)に多大な魔力を込め、これに内蔵されている魔術の一つ、強烈な衝撃波を発生させる技を使った。

 前方方向全てを薙ぎ払う衝撃波に巻き込まれ、騎士の体勢が崩れる。

 そこを狙って、頼れる仲間の攻撃が炸裂した。

 

「『魔槍一文字』!」

「くっ!?」

 

 衝撃波の後ろから飛び出したデントが、槍の一撃で騎士の隙を突く。

 騎士はそれをなんとか剣で受け流したが、それで体勢は完全に崩れた。

 そうなれば、続く攻撃を防げはしない。

 

「『強刃』!」

「がっ……!?」

 

 そのタイミングを狙い澄ましたかのように、デントの陰に隠れて接近していたルルが騎士の首筋を斬り裂いた。

 鮮血が飛び散り、騎士の身体が崩れ落ちる。

 その首は半分以上が切断されていた。

 いくら生命力の強い魔術師とはいえ、これだけの傷を負えば死ぬ。

 勝った。

 

「気を抜くな、アルバ!」

「そうよ! まだ始まったばっかでしょうが!」

「うっ……ごめん」

 

 デントとルルに叱責され、僅かに緩んでしまった気を引き締めた。

 そうだ。

 今回の戦いはセレナを倒し、砦を落とすまで終わりじゃないんだ。

 強敵を一人倒したくらいで気を抜いていい訳がない。

 俺は自分を叱責しながら先を急いだ。

 

 

 今、俺達は今回の攻撃目標である砦の中にいた。

 革命軍の作戦はこうだ。

 まず、特級戦士のバックさん率いる本隊が正攻法で砦に襲撃を仕掛ける。

 それと同時に内通者の人が砦の内部で爆弾を炸裂させ、帝国軍が混乱した隙に防壁を飛び越えられる程の身体能力を持った少数精鋭を砦の中へと送り込み、内と外からの同時攻撃で砦を落とす。

 本命は俺達を含めた少数精鋭部隊の方だ。

 何せ、こっちに特級戦士の殆どが割り当てられている。

 本隊の方は囮みたいなものだ。

 俺達がセレナを倒さなければ、今回の作戦は成立しない。

 

 何故なら、数の暴力でセレナを倒す事はできないからだ。

 大軍勢を引き連れて攻め込んだところで、前みたいに遥か上空から広範囲殲滅魔術を打ち込まれて壊滅させられるのがオチ。

 だったら少数精鋭で砦に突貫し、接近戦を仕掛けて勝つしかない。

 とにもかくにも近づかなければ、セレナとは戦い自体が成立しないのだから。

 

 俺達の勝機は接近戦にしかない。

 そして、セレナが砦の防衛を考えるのならば上空に逃げる事はないだろう。

 俺達はもう砦の中に入っている。

 今から上空へ逃げたとしても、そこから俺達を倒すには味方を巻き込んで砦ごと凍らせるしかない。

 いくらセレナでもそんな事はできない筈だ。

 たとえそれで俺達を倒せたとしても、砦の騎士が全滅してしまったら向こうの負けなのだから。

 セレナが同じ騎士の命すらなんとも思ってない冷血野郎だったとしても、砦の騎士数百人と突入部隊十人弱の命では絶対に釣り合いが取れない。

 取れる訳がない。 

 だから、セレナは砦を守る為にも砦の中で俺達と戦わざるを得ない筈だ。

 そこに俺達の勝機がある。

 

 その勝機を目指して俺達は進んだ。

 仲間達と、ルルとデントと、特級戦士の人達と一丸となって砦の中を走り抜ける。

 勿論、一筋縄ではいかない。

 さっき倒したのと同じくらい強い騎士が何人も出てきたし、そうじゃなくても向こうの方が数が多い。

 いくらこっちが革命軍の最精鋭とはいえ、これだけの数の騎士を相手にしたらさすがに苦戦する。

 

 それでも走った。

 止まらずに走り抜けた。

 そうして随分と進んだ時、俺達の前に今度は毛色の違う敵が現れる。

 

「なんだこいつら!?」

 

 オックスさんの困惑の声が聞こえた。

 俺達の前に立ち塞がったのは、セレナが身に付けていたのと同じ氷のような全身鎧。

 中身はない。

 鎧が独りでに動いている。

 まるで人形のような、なんとも不気味な敵だった。

 

「くっ!? 強い……!?」

 

 そして、こいつらはかなり手強い。

 さすがに一級騎士には及ばないものの、一体一体がそこら辺の騎士より強い上に、人間技とは思えない完璧な連携を取って攻めてくる。

 しかも、使ってくる作戦が最悪だ。

 人形達は、俺達を分断させようとしていた。

 破壊される事も厭わず、複数体で一人に襲いかかり、纏わりつき、一丸となっていた俺達を個別に分断して叩く。

 そこに他の騎士達も合流してくる。

 数に任せて各個撃破するつもりだ。

 マズイ!

 

 そして、悪い事というものはとことん重なる。

 

 ガシャアアアン! という音が鳴り響き、窓を破って外から誰かが入ってきた。

 丁度、俺のすぐ近くに。

 そいつは、人形達と同じ氷のような全身鎧を身に纏っていた。

 ただし、人形と違って腰に六本もの剣を差した女性用の鎧。

 その身長は俺よりも低い。

 ルルと同じくらいだ。

 恐らく、中身は年端もいかない少女なのだろう。

 

 だが、その小さな身体から放たれる威圧感は、他のどの騎士よりも遥かに上だった。

 

 その姿を見て、俺は目を見開く。

 こいつこそ俺のトラウマ。

 大事な仲間達をあっさりと殺した化け物。

 そして、今回の最終標的。

 帝国騎士の最高位である六鬼将の一人。

 

 『氷月将』セレナ・アメジストがそこにいた。

 

「ああ、やっぱり」

 

 そんなセレナが俺の事を見ている。

 兜に隠れて視線は見えないが、はっきりと見られていると感じた。

 そうして俺を見ながら、セレナは小さくそう呟いた。

 

 次の瞬間、俺の身体は凄まじい衝撃を受け、高速で吹き飛んだ。

 

「ぐうっ!?」

 

 何をされたかはわかる。

 目で追えた。

 セレナは一瞬で巨大な氷の弾丸を作り出し、それを俺に向けて射出したのだ。

 だが、目で追えても避ける事ができなかった。

 距離が近かったせいもあるが、それ以上に避ける暇もない圧倒的な魔術の発動速度。

 咄嗟に剣を盾にして防げたのが奇跡。

 たった一つの魔術を見ただけでわかった。

 こいつは、格が違う。

 

「がはっ!?」

 

 吹き飛ばされた俺は、どこかの壁にぶつかって停止した。

 視界には青空が見える。

 屋外にまで飛ばされたらしい。

 そして、すぐにセレナが近くへとやって来た。

 まるで逃がさないとでも言うかのように。

 

「悪いけど、ここで死んでもらうから」

 

 そう言って、セレナは片手を俺へと向けた。

 俺は痛む身体に鞭打って立ち上がり、強く剣を握る。

 

 そうして、トラウマとの戦いが幕を開けた。



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35 宿命の対立

 外の大軍と中の突入部隊。

 どっちを先に対処するか一瞬考えて、私は即座に結論を出した。

 

「やっぱり中が優先」

 

 私は即座に砦へと戻る。

 正直、難易度で言えば外の大軍を殲滅してから中に戻った方が楽だと思う。

 どう考えても突入部隊は精鋭揃いだろうし。

 革命軍が私を倒そうと思うなら、最精鋭部隊による接近戦での袋叩きしかない。

 魔導兵器(マギア)なんて魔術もどきで、私クラスの魔術師と撃ち合いして勝てる訳ないんだから。

 

 だから、最速制圧を目指すなら外の大軍を先に相手するべき。

 でも、それだと万が一が怖い。

 万が一、私が大軍を仕留める前に砦が落ちたら任務失敗だ。

 こっちだって曲がりなりにも精鋭揃いなんだからそう簡単には落ちないだろうけど、今砦には絶対に失う事のできない戦力がいるんだし、ここは安全策を取るべき。

 それに、革命軍だって簡単に潰されるだろう大軍をそのままで突撃させる訳がない。

 絶対に少しは粘る為の戦力なり作戦なり用意してる筈だ。

 そう考えれば、ますます私が砦を離れる訳にはいかない。

 

 でも、だからと言って大軍を放置するのもあれだ。

 このまま砦の戦力とぶつかったら、本当に内と外からの挟み撃ちで潰されちゃう。

 それは避けるべき。

 なら、連中の足止め役がいる。

 

「これは一応、切り札の一つのつもりだったんだけどなぁ……」

 

 砦の屋上に着地した私は、そこに待機させておいた一体のアイスゴーレムを起動させながら、ちょっと嘆くような気持ちで小さく呟いた。

 他のアイスゴーレムと違って、私の鎧に近い作り込んだデザインをした女性用鎧。

 右手には剣の代わりにランスを構え、左手には盾を、背中には翼を持った戦乙女のような姿をしたアイスゴーレム。

 

 通称『ワルキューレ』

 

 私の作る中では最高の戦闘能力を持った自律式アイスゴーレム。

 他の量産品とは違い、作成に多大な魔力と時間と手間がかかる特別製。

 まさか、こんな序盤からこれを使う事になるとは。

 もっとも、今回のは短期間で準備する必要があったから、使い捨て前提で魔力も時間も手間もケチった不完全版だけどね。

 起動してから一時間もしない内に自壊する不良品でしかない。

 それでも、その短時間限定なら六鬼将にすら迫る活躍をしてくれるだろう。

 ちなみに、私の城にはルナの護衛としてこれの完全版がダース単位で保管されてるというのは余談だ。

 

 私はそんな不完全版ワルキューレを起動させ、命令を下した。

 

「殲滅せよ」

 

 私の命令を認識した瞬間、ワルキューレの体が宙に浮かび上がる。

 氷翼(アイスウィング)の効果。

 そして、ワルキューレはそのまま革命軍へと突撃して行った。

 まずは遠距離からの氷獄吹雪(ブリザードストーム)

 革命軍がなんの対策もしてないなら、これだけで終わる。

 勿論、そんな訳はなかったけど。

 

 ワルキューレの魔術をかき消すように、極太のレーザービームみたいな攻撃が革命軍から放たれた。

 

 それが氷獄吹雪(ブリザードストーム)を相殺する。

 完全には防げず、残った冷気がいくつもの氷像を作り出したけど、敵の数からすれば微々たる被害。

 やっぱり対抗策を用意してたよ。

 あれは多分、特級戦士バックの魔導兵器(マギア)による攻撃かなー。

 カスタマイズによって、ライフル、バズーカ、レーザービームなどなど様々な重火器として使える魔導兵器(マギア)

 反動が大きすぎて、某ター◯ネーター役を務めた名俳優の如き体格でそれを支えられるバックにしか扱えない魔導兵器(マギア)だったっけ?

 

 加えて、滞空するワルキューレ目掛けて超速の矢が放たれた。

 弓の魔導兵器(マギア)を持つ特級戦士ミストかな。

 ワルキューレなら避けられる攻撃だけど、かなり鬱陶しい。

 妨害にはなってるから殲滅速度は確実に落ちるだろう。

 

 なんにせよ、彼らが居た以上は、やっぱり私自身が向かわなくて正解だったと思う。

 ああやって反撃されたら、壊滅させるまでにそれなりの時間がかかりそうだし。

 あっちはおとなしくワルキューレに任せて、私は突入部隊を潰そう。

 でも、その前に。

 

「あなた達はこの場に待機。反乱軍が近づいて来たら遠距離攻撃で迎撃してください」

「は、はい!」

 

 ここにいる現場指揮官に迎撃命令を下しておく。

 これでワルキューレが振り切られても大丈夫でしょう。

 突入部隊さえ通さなければ。

 

「さて」

 

 じゃあ、今度こそ行こうか。

 私はさっき作った氷翼(アイスウィング)を展開したまま、砦の階下へ向けて飛翔した。

 突入部隊がどこにいるのかはわかってる。

 凄まじく慌ただしい轟音響かせながら戦ってるんだから、騒ぎの所に向かえば嫌でも会えるよ。

 私は外からその場所の窓を突き破り、大立回りを演じる突入部隊の真ん中に降り立った。

 

 そして見つけてしまった。

 

 皇帝やノクスと同じ黒髪黒目をした、恐らくは私と同い年の少年の姿を。

 その姿には嫌というほど覚えがある。

 最後に見たのは15年前。

 私がまだセレナじゃなかった頃、前世で画面越しに見たのが最後。

 でも、この15年間、彼の事は一度も頭の片隅から離れなかった。

 彼は、後に革命を成就させ、多くの民を救い、そして私達貴族を破滅に導く最高で最悪な存在。

 

 『勇者』アルバ。

 

 ゲーム『夜明けの勇者達(ブレイバー)』の主人公がそこにいた。

 

「ああ、やっぱり」

 

 思わずそんな言葉が口から漏れる。

 なんとなくそうじゃないかと思ってた。

 ブライアンを殺したくらいで死なないんじゃないかと、いつか生きて私の前に現れるんじゃないかと、そう思ってた。

 そして、もしそうなら今回の戦いで現れると半ば確信していた。

 だから、やっぱりという感想しか出てこない。

 

 アルバに向けて魔術を使う。

 選んだのは簡単だから発動が早くて、おまけに高威力で使い勝手のいい氷砲弾(アイスキャノン)

 巨大な氷の砲弾が目にも留まらぬ速度で生成され、射出される。

 アルバはそれを避けられずに被弾し、窓を突き破って防壁に叩きつけられた。

 

「アルバ!?」

 

 何やら聞き覚えのある声が焦ったように叫ぶ。

 この声は、ヒロインのルルか。

 革命開始の時期がゲームとズレてる筈だけど、普通に出会ってたのね。

 よく見れば、この場には同じく主要キャラのデントの姿もあるし、特級戦士も勢揃いしてるし、主人公サイドのゲームとの差異はあんまりないと見ていいかな。

 せいぜい、ブライアンがいなくなった程度だろう。

 

 そんな考察をしつつ、私はアルバを吹き飛ばして空けた風穴から外へと飛び出し、ふらふらと起き上がったアルバと対峙した。

 今の一撃を避けられなかったところを見ると、アルバはまだそんなに強くないんだと思う。

 多分、そこら辺の一級騎士にすら劣るレベル。

 そして、今この場には私とまだ雑魚いアルバの二人だけ。

 他の奴らは砦の騎士達とアイスゴーレムが相手してくれる。

 

 つまり、今は主人公殺害の絶好のチャンスという事だ。

 

「悪いけど、ここで死んでもらうから」

 

 私はそう宣言し、杖の埋め込まれた腕をアルバへと向けた。

 アルバもまた、剣を構えながら鋭い視線で私を睨む。

 

 そうして、運命を変える為の戦いが始まった。



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勇者VS氷月将

「『氷獄吹雪(ブリザードストーム)』!」

 

 セレナが魔術を発動する。

 あの時と同じ、全てを凍てつかせる氷の魔術。

 今までに見てきたどんな魔術よりも凄まじい、強烈な吹雪が俺を襲う。

 発動が早い!

 それに攻撃範囲が広すぎる!

 これは避けられない。

 なら、迎撃するしかない!

 

「『魔刃一閃』!」

 

 俺は魔力を一点に集中させ、吹雪を切り裂くように斬撃を繰り出した。

 これまでの貴族との戦いを通して俺は学んでいる。

 この手の広範囲攻撃魔術は魔力を広範囲に広げるから、その分魔力が薄くて普通の攻撃魔術よりも威力が低い。

 なら、こちらは一点に魔力を集中させて迎撃する。

 例え、相手の魔術に100の魔力が使われていたとしても、それを広範囲にバラまいているのなら、俺に当たる部分の魔力はせいぜい5~10。

 なら、こちらは15の魔力を一点に集中させれば100の魔力にも打ち勝てる計算だ。

 それなら魔力で劣っていても戦える。

 魔力で劣る革命軍は、そうした工夫で貴族に対抗しているのだ。

 そんな弱者の知恵が、━━セレナには一切通用しなかった。

 

「なっ!?」

 

 俺の斬撃を簡単に飲み込み、簡単に無力化して吹雪は直進する。

 あり得ない。

 あり得ない程の威力だ。

 俺の魔力量は貴族と比べてもかなり高いと言われた。

 今のは、そんな俺が全力を込めた一撃だった。

 それをセレナは薄い魔術で押し潰した。

 全力の拳を指一本で止められたような話だ。

 この瞬間、俺は改めてセレナと自分の格の違いを思い知らされた。

 

 吹雪が俺の身体を包み込む。

 寒い。

 冷たい。

 だが、まだ意識はある。

 身体は……動く!

 全身に力を込め、身体を覆う氷を全力で砕いた。

 

「ぶはっ!?」

「『氷弾(アイスボール)』!」

「っ!?」

 

 しかし、息つく暇もない。

 氷を砕いて視界が開けた瞬間、目の前に小さな氷の弾丸が見えた。

 俺を凍らせて尚、セレナは一切攻撃の手を緩めなかったのだ。

 顔を横に倒し、慌ててそれを回避したが、避けきれず左の頬が裂けた。

 こんなかすり傷で済んだのは幸運だ。

 早く態勢を立て直して

 

「『解放(パージ)』!」

 

 そんな事を考える暇など与えてくれる筈もなく、セレナは次の行動に移っていた。

 セレナの背中から四つの珠のような物が飛び出し、二つがセレナの側に、もう二つが上空に浮かぶ。

 そして、その上空に浮かんだ二つの球体から、

 

「『氷弾雨(アイスレイン)』!」

 

 氷弾の雨が降ってきた。

 

「『魔刃衝撃波』!」

 

 咄嗟に魔導兵器(マギア)の力で迎撃する。

 だが、氷弾の雨は文字通り雨あられと降り注ぎ、迎撃した分などすぐに補充されてしまう。

 連続で魔導兵器(マギア)を使う事はできない。

 魔導兵器(マギア)の力を発動させるよりも、次の氷弾が射出される方が圧倒的に早い!

 

 仕方なく剣を振るい、なんとか氷弾を打ち落とす。

 しかし、剣で雨を防ぎきれる訳もない。

 いくつもの氷弾が俺の身体を穿つ。

 一発一発が相当の威力だ。

 きっと、10秒も受け続ければ俺はバラ肉にされてしまうだろう。

 

 なら、走って攻撃範囲から出るしかない!

 そして、走る方向は決まっている。

 正面だ。

 セレナに向かって突っ込むしかない。

 元々、セレナには接近戦でなければ勝負にすらならないんだ。

 だったら、俺の取るべき行動は最初から決まっている。

 

「うぉおおおおおおお!」

 

 血だらけの身体を無理矢理動かし、足に力を込めて大きく踏み出す。

 使えるだけの魔力を魔導兵器(マギア)に込め、その全てを身体強化に費やして走る。

 

 次の瞬間、グシャリという肉が抉れるような音が聞こえ、左足に激痛が走る。

 見れば、地面から突き出した氷の柱が俺の左足を貫いていた。

 

「『氷柱(アイスピラー)』」

「ぐ、ぉおおおおおおおお!」

 

 だが、今更その程度で止まれない。

 無理矢理足を動かし、氷柱を折って前進した。

 氷柱は足に刺さったままだが関係ない。

 足はもう一本あるんだ。

 まだ動ける。

 まだ進める。

 今はただ前へ。

 前へ、前へ、前へ!

 

 勝つんだ!

 ここで、セレナに、勝つんだ!

 

 俺は魔導兵器(マギア)に搭載された最強の技を使った。

 消費魔力が大きすぎる為、他の人達では一発撃っただけで内部の魔力を空にしてしまうという大技を。

 

「『大魔列強刃』!」

 

 この技は射程が伸びる訳じゃない。

 斬撃が飛ぶ訳でもない。

 ただただひたすらに斬撃の威力を強化する。

 威力を強化する事だけに全ての魔力を費やす。

 全ての魔力を込めたこの一撃で、セレナを倒す!

 

 そうして放った攻撃を、セレナの周囲を浮遊していた珠の一つが迎撃してきた。

 珠が周りに透明で分厚い氷を纏い、それを盾にして俺の剣を止めようとする。

 知った事か!

 盾ごと斬り裂く!

 

「おおおおおおおおお!」

 

 ひたすらに力を込める。

 魔力を込める。

 それによって、ピシリという音を立てて氷にヒビが入った。

 いける!

 このまま……

 

「がっ!?」

 

 そう思った瞬間、背中に激痛が走った。

 刃物で深く斬り裂かれたような痛み。

 ふと、視界の端に氷のように透き通った綺麗な剣が見えた。

 その剣は独りでに浮遊している。

 

 そして、その剣身は血で赤く染まっていた。

 

 誰の血なのかはすぐにわかった。

 俺の血だ。

 セレナはどこまでも冷静だった。

 俺が前だけを向いていたから、いや前を向く以外の余裕がなかったから、セレナはあの剣で後ろから刺したのだろう。

 俺は戦闘力でも、戦略でもセレナに勝てなかった。

 

「がはっ!?」

 

 背中を斬られたと思った次の瞬間、目の前の氷の盾が横へとずれ、その後ろからセレナの回し蹴りが俺の脇腹に直撃した。

 身体が真っ二つになるかと思うような威力。

 俺よりもずっと強い力。

 まさか力でも負けているなんて。

 その蹴りを諸に受け、俺の身体は吹き飛んで、また壁にぶつかってめり込んだ。

 身体中が凄まじく痛い。

 意識が朦朧とする。

 

「これで終わりにする」

 

 直後、遠くなってきた耳がそんなセレナの声を捉えた。

 霞んできた目で前を見れば、両手を俺に向けたセレナの姿が。

 その両手に膨大な魔力が集まっているのを感じる。

 あの魔術を食らえば確実に死ぬとわかった。

 なのに動けない。

 身体がもう動かない。

 

 負けだ。

 

 俺はセレナに完膚なきまでに敗北した。

 悔しい。

 仲間達の仇を討てない事が、何もできず無力に殺されるしかない事が、堪らなく悔しい。

 憎い。

 己の無力が何よりも憎い。

 

「『絶対(アブソリュート)……」

 

 そうしてセレナが魔術を放とうとした時。

 俺が屈辱と無力感に満ちた死を迎えようとした時。

 

「やらせるかぁあああ!」

 

 一人の少女が、セレナに斬り掛かるのが見えた。



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36 氷月将VS革命軍

 絶え間ない魔術の絨毯爆撃と、最後には鎧の身体強化を使った肉弾戦までして、やっとこさアルバを倒した。

 さすが主人公と言うべきか。

 普通に強かった。

 まだ自分の魔力属性すら使えない未熟者のくせして、一級騎士と同じくらいには強かったよ。

 でも、逆に言えばその程度。

 私の敵じゃない。

 まあ、いつ覚醒するかわかったもんじゃないから、ビクビクしながら戦ってたけど。

 

 というか、ここまで追い詰めた状態からでもアルバが覚醒する可能性はある。

 だって、ゲームにおいてアルバが覚醒し、自分の魔力属性を使う切欠になったのが、このイベントだもん。

 ノクス達に追い詰められ、絶体絶命の窮地を打開する為に覚醒というベタな事をやらかしたのだ。

 今はゲームと革命開始の時期も違うし、その分アルバの戦闘経験も少なくて弱いから大丈夫かもしれない。

 でも、油断はできない。

 できる訳がない。

 

 だから、ここは私の最強技で覚醒しても意味ないくらいにオーバーキルして確殺する。

 確実に殺して、

 

「ここで終わりにする」

 

 私は両手をアルバに向けて突き出し、そこに埋め込まれた二つの杖に魔力を込めた。

 普段はあんまり重要視してない杖の力まで借りて、最速で発動準備を整える。

 そして放つ。

 私の必殺技を。

 死ね主人公!

 砕けろ運命!

 

「『絶対(アブソリュート)……」

「やらせるかぁあああ!」

「っ!?」

 

 発動さえすれば回避不能、防御不能の一撃必殺技、絶対零度(アブソリュートゼロ)が発動する寸前。

 上空から私目掛けて、一人の少女がナイフを片手に斬りかかってきた。

 ヒロインのルルだ。

 絶体絶命の主人公を助けにくるなんてヒロインの鑑。 

 でも、無駄ぁ!

 あまりのタイミングの良さに驚いたけど、無駄なものは無駄なのだぁ!

 

「なっ!?」

 

 ルルの攻撃を、保険として私の側に滞空させておいた球体アイスゴーレムが氷の盾を出して受け止める。

 絶対零度(アブソリュートゼロ)の発動には最低でも一秒、現実的に考えるとそれ以上の準備時間がかかり、その間私は動く事も他の魔術を使う事もできないけど、自律式の球体アイスゴーレムが勝手に守ってくれるのだ!

 そして、この盾はアイスゴーレムの内部からかなりの魔力を使って作られてるから、並みの攻撃ではビクともしない。

 私が咄嗟に作る氷よりずっと硬い。

 まあ、意識がルルに一瞬持っていかれたせいで制御が微妙に狂ってチャージ時間が微妙に伸びたけど、問題にならないレベルの誤差だ。

 諦めてアルバが氷殺されるのを見てろ!

 

「『風魔刀』!」

「ん!?」

 

 そう思った直後、今度は気の強そうな女性がルルの後ろから現れ、風を纏った刀を私に向けて振るった。

 特級戦士のキリカだ。

 アルバ以外は他の騎士と使い捨てのアイスゴーレムが足止めしてた筈なのに、続々とこっちに来てる。

 役に立たない!

 せめて、あと一秒でいいから稼げよ!

 

 でも、私が保険として用意してた球体アイスゴーレムは二体だ。

 その二体目の盾がキリカの刀を防ぐ。

 本当はアルバと戦ってる最中に来られて同時攻撃される事を警戒して二体側に置いといたんだけど、その判断は正解だった!

 

 もう絶対零度(アブソリュートゼロ)の魔術は完成する!

 あと一手足りなかったな革命軍!

 このまま全方位に放って、三人纏めて氷殺してくれるわぁ!

 

「『紅蓮刃』!」

「なっ!?」

 

 三人目!?

 ルルやキリカより僅かに遅く、しかしほぼ同じタイミングで、今度は灼熱の刀を振りかざしたグレンが斬りかかってきた。

 絶対零度(アブソリュートゼロ)発動までのたった一秒の間に三人も来るとかどうなってんだ!?

 足止め部隊仕事しろ!

 

 そして、グレンを止められる三枚目の盾はない。

 普段なら四枚あるんだけど、内二つはアルバ迎撃の為の砲台として使っちゃったから少し遠くにある。

 つまり、グレンの攻撃は防いでくれない!

 

「くっ!」

 

 私は仕方なく絶対零度(アブソリュートゼロ)を中断し、グレンの攻撃を避けた。

 出しっぱなしにしてた氷翼(アイスウィング)の片翼が炎刀に斬り裂かれる。

 多分、避けなくても鎧か剣で防げたと思うけど、そんな事したらどっちみち魔術は中断されてしまう。

 絶対零度(アブソリュートゼロ)は、というか最上級魔術は繊細なんだ。

 だったら、まだ素直に避けた方がいい。

 

 そうしてグレンの攻撃を避け、魔術の発動妨害をされたもんだからカウンターの魔術を放つ事もできずに距離を取る。

 その瞬間、私目掛けて何発もの魔術が飛んできた。

 自動防御の氷の盾が全てが防ぐ。

 今の魔術、見た目的には量産型魔導師(マギア)に組み込まれてる雑魚魔術こと魔弾だ。

 だけど、受け止めた氷の盾が若干とはいえ傷付いてるのを見ると、ただの魔弾じゃない。

 そして、そんな攻撃をしてくる奴には心当たりがあった。

 

 即座に魔弾が飛んできた方向を見れば、案の定、ご自慢の二丁拳銃を私に向けた特級戦士テンガロンの姿が。

 他の特級戦士も続々と足止め要員を蹴散らし、私に対峙するようにこのステージへと降りてくる。

 しかも、ルルをはじめとした何人かが倒れたアルバを回収し、応急措置を済ませてしまった。

 トドメ刺すタイミング逃した!

 

「おい。一応確認するが、お前が『氷月将』セレナ・アメジストだな?」

 

 兜の下でぐぬぬと唸っていると、特級戦士を代表するようにグレンが話しかけてきた。

 ここで私一般人ですとか言ったら見逃してくれるのかしら?

 いや、無理だな。

 既に実力は見せちゃったし、それ以前に情報として私の容姿くらい知ってるだろう。

 逃がしてくれる訳がない。

 というか、初めから逃げる気もない。

 こうなる事は想定内だ。

 

 だから私は、グレンの質問に肯定を持って答えた。

 

「ええ、そうですよ。はじめまして反乱軍(・・・)の皆さん。

 私は帝国中央騎士団所属、六鬼将序列三位『氷月将』セレナ・アメジストです。

 任務につき、この砦を襲撃したあなた達を撃退します」

「ハッ! そうかい」

 

 グレンは嘲笑するように鼻を鳴らした後、今度は敵意と殺意に満ちた目で私を睨んできた。

 

「俺達は革命軍! 腐りきったテメェら貴族をぶっ殺す存在だ! よぉく心に刻んで地獄に堕ちやがれ!」

 

 グレンが貴族への、帝国への憎悪を吐き出すように大声で叫ぶ。

 それはもう咆哮と呼んで差し支えない程の、怒りと憎しみに満ちた声だった。

 それを合図とするように、この場に集った全ての革命戦士が私に武器を向ける。

 グレンが炎刀を突き付け、キリカが風刀を構え、オックスが斧を肩に担いだ。

 リアンが鎖を振り回し、シールが盾を握り締め、テンガロンが銃口を私に向け、ステロが籠手に包まれた拳を打ち合わせる。

 デントが槍を、ルルはアルバを気にかけながらもナイフを構え、アルバも重症患者のくせして倒れる事だけはしない。

 ゲームでは頼れる仲間だった連中が、今は揃いも揃って敵として私の前に立ち塞がっていた。

 

「そうですか。では、死んでください」

 

 彼らは国を変えるという志の為に。

 私はルナの平穏の為に。

 

 互いに譲れないものの為に、私達は殺し合いを開始した。



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37 氷月将VS革命軍 2

「あなた達は外の敵の警戒に行きなさい! ここに居ては私の魔術に巻き込まれるだけです!」

 

 私はまず、足止めすら満足にできなかった役立たず達に命令を下した。

 彼らが近くにいると範囲攻撃が使いづらい。

 付き合いが浅いから連携も難しいし、それならまだ外の大軍にぶつけた方がマシというものだ。

 たとえ、ワルキューレが押し込まれるまで出番がなかったとしても。

 残すのはアイスゴーレム達だけでいい。

 

 そして、彼らが撤退するのを確認する前に、私は戦闘行動を開始した。

 

「『氷翼(アイスウィング)』!」

 

 グレンに斬られた片翼を即行で作り直し、空へと飛び上がる。

 特級戦士の魔導兵器(マギア)は基本的に近距離タイプだ。

 魔導兵器(マギア)なんて魔術のパチモンで高位の魔術師と対等に戦おうと思ったら、そうするしかない。

 遠距離戦の才能に溢れてるバックとミストは例外だけど。

 

 なんにせよ、そういう相手とは距離を取って戦うのが得策。

 遥か上空に行っちゃうと砦の中に隠れられた時困るからそんなに高度は出せないけど、接近しづらい上空に陣取るだけでも相当効果的だろう。

 

「逃がすなぁ!」

 

 まあ、勿論そんな事は向こうだってわかってるから、妨害してこない訳がないけどね。

 だから同時にこっちも妨害の魔術も放つ。

 

「『氷獄吹雪(ブリザードストーム)』!」

 

 高威力高範囲攻撃。

 おまけに目眩ましにもなる有能魔術を使う。

 消費魔力は高いけど、私の魔力量と発動技術ならあんまり気にならないレベル。

 だから、この魔術はかなり使用率が高い。

 

「皆さん! 私の後ろに!」

 

 でも、強敵相手だと決定打になる魔術ではない。

 盾使いのシールが声を上げながら前に出て、全員を守れる位置に陣取り、装備した身の丈程もある巨大な盾を構えた。

 

「『魔大盾壁(シールドフォース)』!」

 

 盾が光り、半透明な魔力の障壁を発生させた。

 それが私の氷獄吹雪(ブリザードストーム)を防ぐ。

 あれがシールの魔導兵器(マギア)の性能。

 私の攻撃ですら何発かは耐えるだろう鉄壁の大盾。

 それに加え、最適な位置取りや盾を構える角度によって、最低限のサイズの障壁、つまり最低限の魔力で私の攻撃を防いだシール自身の技量。

 やっぱり特級戦士は厄介だ。

 

 でも、時間稼ぎにはなった。

 その隙に私は上空へ飛ぶ。

 

「『魔弾(ショット)』!」

「『拘束鎖(バインドチェーン)』!」

 

 しかし、今度は盾の後ろから中距離攻撃が飛んできた。

 テンガロンの銃弾と、リアンの鎖だ。

 銃弾は球体アイスゴーレムが自動で防いだけど、鎖はまるで蛇のように自在にしなって、氷の盾の間を抜けてくる。

 私が言えた事じゃないけど、凄い操作技術だ。

 

「『氷結(フリーズ)』!」

 

 しかし、これくらいなら初級魔術で防げる。

 鎖を凍らせて動きを止め、その間に高度を上げる。

 砕きはしない。

 多分、あれを砕くのはそれなりに大変だろうから。

 それよりも、敵の攻撃範囲外に出るのが先決だ。

 

「逃がさねぇ! 合わせろキリカ!」

「わかった!」

「「『風炎大紅蓮刃』!」」

 

 次はグレンとキリカによる合体技。

 グレンの放った炎の斬撃が、キリカの放った風の斬撃と混ざり合い、風が炎を増幅して紅蓮の業火となった。

 業火の斬撃が私に迫ってくる。

 凄い火力だ。

 レグルスの通常攻撃と同じくらいの火力があるかもしれない。

 これなら飛び道具としては充分な威力。

 

「でも、効かない」

 

 球体アイスゴーレムの氷の盾が、二人の渾身一撃をあっさりと防ぐ。

 所詮は魔導兵器(マギア)の性能に頼った攻撃。

 私には通じない。

 ちょっと盾が溶けて砕けたけど、核となる球体部分が無事で魔力さえ残ってればいくらでも再生できるから問題なし。

 

 まあ、それですら目眩ましだったみたいだけど。

 

「どっせい!」

 

 この中で一番の怪力であるオックスの掛け声が聞こえた。

 次の瞬間には、私の目の前にデントがいる。

 多分、オックスの斧の上に乗って、カタパルト方式でかっ飛んできたんだと思う。

 アニメ化した時にそんなシーンがあった。

 

「『魔槍一文字』!」

 

 デントの槍が渾身の一突きを繰り出す。

 それをまたしても氷の盾が防いだ。

 今までの攻撃で一番盾にヒビが入ったけど、逆に言えばその程度。

 結局、私には届かない。

 

「もういっちょぉ!」

「『魔刃一閃』!」

 

 おっと、今度はルルが飛んできた。

 人間大砲二連続か。

 思いきった事をする。

 でも、ルルの攻撃も氷の盾が防いだ。

 さっきと違って、今は四つの球体アイスゴーレム全てを私の周りに配置してる。

 二連撃くらいじゃ盾を使い切らせる事すらできない。

 

 空中で盾に阻まれたルルとデントを飛び越し、更に上へ。

 そして、これで目標高度に達した。

 さあ、反撃だ。

 

「『氷砲連弾(アイスガトリング)』!」

 

 車サイズの氷の砲弾を連射する魔術、氷砲連弾(アイスガトリング)をまるで爆撃機の如く上空から撃ちまくる。

 最初の狙いは空中に取り残されたルルとデント。

 飛べない人はただの人。

 格好の的である。

 死ね!

 

「やらせねぇよ! 『魔連弾(リボルバーショット)』!」

「捕まってください! 『鉤鎖(フックチェーン)』!」

 

 だが、革命軍はこれを防いでみせた。

 テンガロンの弾丸が氷の砲弾に当たって僅かに軌道を逸らし、その隙にリアンの鎖が二人を回収する。

 命拾いしたか。

 でも、二人を助けたからって砲弾の雨が止む訳じゃない。

 私の優位は変わらない。

 

「くっ!」

「チッ!」

「厄介な!」

 

 彼らは、爆撃を避け続けた。

 時に迎撃し、時に紙一重でかわし、必死に避け続ける。

 ライフル弾並みの速度で飛来する巨大な砲弾の雨を避け続けるなんて人間技じゃないな。

 いくら彼らの魔導兵器(マギア)に身体強化の効果があるからって、よくあれだけ踊れるもんだ。

 

 けど、それも長くは続かない。

 

「うぐっ!?」

 

 まず、たった数秒で既に死に体だったアルバに限界がきた。

 それを守る為にルルとデントが無茶をし、そのフォローをする為に最も防御に優れたシールが動く。

 

「『魔大盾壁(シールドフォース)』!」

 

 シールの盾が眩く光り、さっきよりも遥かに大きな障壁が出現した。

 砲弾の雨を防ぐように、まるで傘みたいな形で。

 

「できるだけ私の近くに来てください! そうじゃないと守りきれません!」

 

 シールが叫ぶ。

 それによって、特級戦士達がシールの側に駆け寄り、傘の中に入った。

 これで一時的に凌げはするだろう。

 でも、やっぱり長くは持たない。

 あれだけの攻撃を防ぎ続けるには、相当の魔力が必要な筈だ。

 多分、1分もしない内にシールの魔導兵器(マギア)は燃料切れになる。

 対して、私の魔力はまだまだ余裕。

 このまま撃ち続ければいい。

 プラスで嫌がらせもしておこう。

 

「っ!?」

 

 残しておいたアイスゴーレム達が横から魔術を放つ。

 これもワルキューレと同じ使い捨て前提の不良品だけど、壊れるまでの戦闘力は私の城や屋敷にある通常のアイスゴーレムと同じだ。

 さっきまでの戦闘で大分数が減ったみたいだけど、嫌がらせには充分な数が残ってる。

 傘じゃ横からの攻撃は防げない。

 必然的に他の奴が働くしかない。

 ゆっくりと作戦を練る時間は与えない。

 このまま押し潰す。

 

 そう考えた時、私は横から攻撃を受けた。

 

「え!?」

 

 攻撃自体は氷の盾があっさり防いだけど、私は慌てて攻撃が飛んできた方向に振り返った。

 今のは魔力の矢による攻撃。

 外の軍勢の中にいる筈のミストの攻撃と見て間違いないだろう。

 まさか、もうワルキューレがやられた!?

 と思って戦場の方を見れば、ワルキューレが元気に暴れている光景が遠目に見えたよ。

 ……という事は、ミストも私が遠目に見えたからとりあえず攻撃しただけ、かな?

 ああ、びっくりした。

 というか、こんな遠くから寸分違わず私を狙い射つとか、さすが弓の名手。

 なんにせよ、ミストに狙われるなら、もうちょっと高度下げといた方がいいか。

 

「おおおお!」

「!?」

 

 そうして私の意識が一瞬逸れた瞬間、その隙を逃さず特級戦士達は行動を起こした。

 シールの障壁が凄い速度でせり上がってくる。

 これは、オックスがシールを射出したのか?

 凄い無茶する。

 なら、ここでシールを潰せば私の勝ちだ。

 

 私は両手を前に突き出し、そこから必殺の魔術を放った。

 

「『氷結光(フリージングブラスト)』!」

 

 広範囲に拡散する氷獄吹雪(ブリザードストーム)の冷気を一点に収束して射出する魔術。

 要するに冷凍ビームだ。

 でも、そんな単純な攻撃が驚く程に強い。

 氷結光(フリージングブラスト)がシールの障壁を一瞬で突破する。

 そのまま盾本体すらも凍らせ、砕いてみせた。

 

「ぐっ!?」

 

 そして、シール自身も盾を持っていた左腕が凍って砕けた。

 最後の力を振り絞って氷結光(フリージングブラスト)の軌道を逸らしてみせたのは凄いけど、これでシールは脱落だ。

 しかも、この世界の回復魔術では失った四肢や臓器を復元する事はできない。

 たとえこの戦いを生き残ったとしても、シールは隻腕キャラとして生きていくしかなくなった。

 

 でも、それすら向こうは覚悟の上だったらしい。

 シールが砕けた左腕を抑えながら、叫ぶ。

 

「今です!」

「なっ!?」

 

 障壁がなくなって見えた先。

 そこには、空中に螺旋階段のような形で静止した鎖を足場にして、空に立つ戦士達の姿があった。

 

「やれぇ!」

「『魔連弾(リボルバーショット)』!」

 

 シールが撃墜された瞬間、彼らが一斉に私に飛びかかってくる。

 まずはテンガロンが二丁拳銃で弾幕を張る。

 しかも、弾丸同士をぶつけて跳弾を繰り出し、四方八方から弾を飛ばすという離れ業をやってのけた。

 鬱陶しい!

 氷の盾が全てを防いだけど、それによって盾を封じられてしまう。

 その隙に残りの戦士達が突撃してくる。

 おまけに、そうしてる間に鎖がどんどん私達の周囲を覆っていき、敵の足場が増えると同時に私の逃げ場がなくなる。

 当然、天井は真っ先に閉じられた。

 本当に鬱陶しい!

 

 でも、まずは飛びかかってくる連中の対処が先だ。

 数は、死に体のアルバと撃破したシール、あと足場役になってるリアンを除いた7人。

 銃弾の雨がなくても、球体アイスゴーレムだけじゃとても防ぎきれない。

 なら!

 

「『浮遊氷剣(ソードビット)』!」

 

 腰から六本の剣型アイスゴーレムを抜き、高速で飛翔させる。

 元々こういう時の為のサブウェポンだ。

 今こそ本来の使い方で存分に振るう!

 

「『風魔刀』!」

「『魔刃一閃』!」

 

 まずはスピードのあるキリカとルルの二人が飛び出してきた。

 二人に対して一本ずつ氷剣を差し向ける。

 私は剣術が得意な訳じゃないから、氷剣で斬り合いをするつもりはない。

 ただ殺す為に、威力と速度重視で振り回す。

 

「チッ!」

「くぅ!」

 

 それによって、二人は氷剣の威力に押し負けて吹き飛んだ。

 けど大したダメージは与えられてない。

 鎖の足場に着地して、すぐにでもまた仕掛けてくるだろう。

 それに、注意すべき敵はまだまだいる。

 

「オラァ! 『破壊斧(バスターアックス)』!」

「『魔槍一文字』!」

 

 今度はオックスとデントによる背後からの攻撃。

 見えている。

 目では捉えられなくても、私の探索魔術が二人の正確な位置を把握している。

 

「『氷砲弾(アイスキャノン)』!」

 

 私は振り向かず、手も翳さずに放った二発の氷砲弾(アイスキャノン)によって二人を迎撃した。

 視界の外で発動した魔術は、魔術の根幹であるイメージが少ししづらくて安定性が落ちるけど、私の技術ならそれでも充分な威力になる。

 

「マジかよ!?」

「ぐっ! だが、この程度!」

 

 二人は驚きながらも氷砲弾(アイスキャノン)を突破し、攻撃を続行してきた。

 でも、そんな体勢の崩れた状態での攻撃なら怖くない。

 氷剣で振り払う。

 ただし、しっかりとガードされたせいでダメージは薄かった。

 

 そうして、今度はグレンが襲いかかってくる。

 氷剣による迎撃を、グレンは全て防いでみせた。

 

「『灼刀炎舞』!」

 

 炎を纏った刀による舞うような動き。

 それによって氷剣を防ぎ、受け流し、そのままグレンは私本体に接近してきた。

 更に、態勢を整えた他の連中も同時に仕掛けてくる。

 私は袋叩き状態となった。

 

 グレンの炎刀を鎧の籠手で受け流す。

 キリカの風刀を氷剣で弾く。

 オックスの斧は先に魔術を撃って迎撃する。

 デントの槍を掴んでへし折る。

 ルルのナイフは拳で砕いた。

 まだだ。

 この程度で私は負けない!

 

「これだけの数で攻めてるのに!」

「崩れない!」

「チィッ! 化け物がぁ!」

 

 5人が同時に突撃してくる。

 私は氷獄吹雪(ブリザードストーム)による牽制の後に、六本の氷剣全てで同時に薙ぎ払う事で、纏めて吹き飛ばした。

 手応えあり。

 かなりのダメージを与えた感覚。

 いける!

 

「ステロォ!」

「破ァアアアアアア!」

 

 しかし、その考えは甘かったらしい。

 さっきまでの攻撃に加わっていなかった最後の一人、ずっと私の真上に陣取っていた格闘家のステロが、凄まじい勢いで降下してくる。

 今の私は強力な魔術を使った直後。

 氷剣も薙ぎ払いに使ってしまい、盾は相変わらずテンガロンに封じられている。

 つまり、今はかなり守りが薄い。

 

 でも、ステロが動いていないのを見れば、隙を狙ってくる事なんてわかりきってた。

 抜かりはない!

 

「『氷結光(フリージングブラスト)』!」

 

 高位の魔術が連発できないと誰が言った!

 普通の魔術師には無理でも私にはできる!

 単純な魔術の腕前だけなら帝国最強かもしれないとノクス達に言わしめたこの私を舐めるな!

 そうして、氷結光(フリージングブラスト)が渾身の一撃を繰り出そうとしたステロを……

 

「うぉおおおお! 『魔刃一閃』!」

「っ!?」

 

 捉える事なく、私の後ろから飛んできた斬撃により、僅かに軌道を逸らされた。

 そして、ステロは軌道のズレによってほんの僅かに生まれた安全地帯に身体を滑り込ませ、空中で私の大魔術を避けてみせた。

 今の斬撃、アルバか!

 他の連中に追い詰められて瀕死のアルバにまで構ってる余裕がなかった。

 主人公を忘れるなんて大失態だ!

 

 そして、その報いを今まさに私は受けていた。

 

「『破砕拳』!」

「うっ!?」

 

 私への接近を果たしたステロの拳が私の頭部を捉えた。

 渾身の魔力が込められた籠手型魔導兵器(マギア)による一撃。

 それに殴り飛ばされ、私は凄い勢いで地面に叩きつけられた。

 その衝撃で氷翼(アイスウィング)が砕け、しかも鎧の中で一番頑丈に作っておいた兜が一部破壊されて左目周辺部分が露出している。

 内部にも衝撃通ってるし、結構シャレにならないダメージ受けた。

 やっぱり強いわ特級戦士。

 ほぼ全員を私一人で相手するのはキツイ。

 

「今だぁ!」

 

 グレンが叫び、地に落ちた私目掛けて全員が殺到する。

 このままじゃ本気でヤバかったと思う。

 でも、今は位置がいい。

 私は地面の上。

 彼らは上空にある鎖の足場の上。

 完全に分かれてる。

 実に狙いやすいポジション。

 

「ああ、ホントに……」

 

 過保護な上司に感謝しないとね。

 

 

「『漆黒閃光(ダークネスレイ)』」

 

 

 その時。

 砦の上から放たれた漆黒の閃光が、深い深い闇の一撃が、革命戦士達を纏めて呑み込んだ。



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38 援軍

「な、何が……!?」

 

 唐突に放たれた闇の大魔術を見て、地上に残っていたアルバ達が驚愕に目を見開く。

 隙だらけだったので氷弾(アイスボール)で攻撃しておいた。

 足場役に徹してたおかげで無傷なリアンには防がれたけど、死に体のアルバは防ぎきれずに傷を増やし、右腕と魔導兵器(マギア)を失ったシールに至っては心臓をぶち抜かれて死亡した。

 やっと一人。

 

「シールさん!?」

 

 アルバが悲鳴を上げる。

 でも、次の瞬間には悲鳴すら上げられなくなった。

 闇に呑まれた戦士達の成れの果てが空から落下してきたからだ。

 

 オックスとテンガロンは身体の半分以上が消し飛んで死亡。

 ステロは片腕を失い、グレンは背中がゴッソリ抉れている。

 グレンに庇われたキリカと、他の誰かに庇われたんだろうルルとデントは比較的軽症だったけど、それでも全身ズタズタ。

 鎖の足場が盾になった筈なのにこの威力とか。

 さすが、全魔力属性の中で最強の破壊力を誇る闇魔術。

 たった一発で戦況がひっくり返った。

 まあ、元々こうやって決定打を与える不意討ちの為に隠れてもらってたんだけどね。

 

 そして、今度は砦の上から、この魔術を放った存在が飛び降りてきた。

 

 黒い鎧の上から黒地に金の刺繍がされた高貴なマントを羽織った青年。

 髪と目はアルバと同じ黒髪黒目。

 顔立ちもどことなく似てる。

 ただし、アルバとは似ても似つかない威圧感溢れるオーラ、帝王のオーラを全身に纏った青年だった。

 このお方こそ、私の頼れる上司にして今回の作戦の真の切り札。

 革命軍が今までにない規模で進軍してくると伝えたら、なんと護衛と共に御自らが出陣してくださった過保護な男。

 

 ノクス・フォン・ブラックダイヤ皇子、その人である。

 

「……驚いたぞ反乱軍。まさか本当に魔術師でもない者達がセレナを追い詰めるとは思わなかった。

 見くびっていた。侮っていた。

 だが、認識を改めよう。

 お前達は確かにセレナの言う通り、こんな姑息な手を使ってでも確実に殲滅しておかなければならない強敵だったようだ」

 

 ノクスは倒れた戦士達を見ながら険しい顔でそう告げ、次に咎めるような目で私を見てきた。

 まあ、ノクスはこの『私を囮にして、最高のタイミングで不意討ちしちまおうぜ作戦』に反対だったからね。

 そんな事しなくても、普通に私とノクスの二人がかりで潰してしまえばいいって言ってた。

 多分、ノクスは私の安全も考慮してそう言ってくれたんだろうけど、それだとアルバと特級戦士を丸々取り逃がしかねない。

 実際、ゲームでのこのイベントは、ノクスがレグルスとプルートの二人を引き連れていたにも関わらず、討ち取れた特級戦士の数は僅か一人だったから。

 

 ゲームだと、三人に奇襲を受けた時点で革命軍側は勝ち目なしと判断し、撤退を決意する。

 そうして覚醒したアルバに道を切り開かれ、決死の覚悟で殿として残ったグレンに足止めされて、他の連中を丸々逃がしてしまうのだ。

 

 それに比べて今はどうよ?

 結果論とはいえ、弱りきった特級戦士達をまだ余裕のある私と、ノクスと、ノクスの護衛達と、ついでにアイスゴーレム達で囲めるという最高の布陣が出来上がった。

 しかも、現時点で特級戦士を三人も討ち取っている上に、他の連中も満身創痍。

 彼らが最初から逃げる決断を下してればこうはならなかった。

 私一人相手なら勝てると思って戦闘に踏み切ってしまったからこそこうなったんだ。

 私の作戦は大成功である。

 だから、ノクスも無茶した私を咎めるような目で見つつも文句は言ってこない。

 ノクスの心配は気持ちだけ受け取っておくよ。

 めっちゃ感謝してるので許してください。

 

 実際、ノクスには本当に感謝してる。

 さすがの私でも、ノクスが援軍に来てくれなかったらこんな無茶な作戦立てなかった。 

 せいぜい、革命軍が進軍中に奇襲かけて壊滅させるぞ作戦が関の山だっただろう。

 それだと軍勢は壊滅させられても、確実に特級戦士の殆どを取り逃がしてただろうし、ましてやアルバを追い詰めるなんて相当運が良くなくちゃ不可能。

 それがノクスのおかげで一網打尽だ。

 報酬に抱かせろと言われたら断れないくらいの恩を私はノクスに感じてる。

 

 まあ、ここで最後の詰めを誤ったら台無しだけどね。

 そうならないように、気を引き締めて殲滅するとしますか。

 私はさっきのダメージを回復魔術で治し、もう一踏ん張りだと気合いを入れた。



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勇者の走馬灯

「囲んで押し潰せ。遠距離攻撃で削り、確実に倒すのだ」

『ハッ!』

 

 新しく出てきた黒い男が命令を下し、そいつに続いて現れたいかにも精鋭という雰囲気の騎士達が、男の命令に従って俺達を囲むような陣形を取った。

 しかも、あのセレナすらも男の命令に従っている。

 正面に黒い男とセレナと氷人形。

 横と後ろに騎士達。

 俺達はまさに袋のネズミだった。

 

「『闇槍(ダークランサー)』!」

「『氷砲連弾(アイスガトリング)』!」

「『炎矢(フレイムアロー)』!」

「『雷撃(サンダーシュート)』!」

「『水散弾(スプラッシュ)』!」

「『風爆球(エアーボム)』!」

「『岩連弾(ストーンバレット)』!」

 

 様々な属性の魔術が全方位から放たれた。

 痛む身体を無理矢理動かして防ぐ。

 他の皆も動ける人は立ち上がり、血を吐きながら抗った。

 でも、無駄だ。

 無駄だという事が嫌でもわかってしまう。

 

 俺達の状況を端的に言えば『詰み』だろう。

 仲間は何人も死んでしまって、他の皆も全員満身創痍で、逆に敵には強力な増援が来た。

 セレナ一人ですら全員束になってようやく勝てるかどうかってところだったのに、こうなってしまっては勝てる訳がない。

 今、俺達がどれだけ抗ってもただの悪足掻きだ。

 死ぬまでの時間を僅かに引き伸ばす事しかできない。

 一秒ごとに増えていく傷、尽きていく体力、それに対して欠片も揺らがず僅かな突破口すら見えない敵の陣形。

 この絶望的な状況を見せつけられれば、嫌でも現状の詰みっぷりを理解してしまう。

 

 それでも俺達は諦めなかった。

 誰一人として抗う事をやめなかった。

 当たり前だ。

 たとえ仲間を失っても、絶体絶命の窮地に追い詰められても、それで折れるような信念じゃない。

 ここで折れるようなら、とっくの昔に折れてた。

 故郷を滅ぼされた時、何もできず貴族に捕まった時、ゴミのようにセレナに薙ぎ払われた時。

 諦めてしまいたくなった事は山ほどある。

 他の皆だってそうだろう。

 俺達は、それを全部乗り越えてここにいるんだ!

 今さら諦めるなんてあり得ない。

 諦めて死ぬくらいなら、最後まで足掻いて、一人でも多く仲間を逃がす為に戦って死ぬ。

 それが無理なら一人でも多く道連れにする。

 

 俺達は!

 絶対に諦めない!

 

「っ!?」

 

 その時、不意に攻撃の数が減った。

 氷だ。

 セレナの氷魔術が飛んでこなくなった。

 咄嗟にセレナの方を見れば、奴は両手を前に出して構えている。

 その光景に既視感を覚えた。

 そして、本能的に理解した。

 あれは、今セレナが放とうとしているのは、さっき俺にトドメを刺そうとした魔術なのだと。

 

「アルバ!?」

 

 俺は反射的にセレナに向かって駆け出した。

 身体が勝手に動いた。

 あの魔術だけは絶対に撃たせてはならないと直感が警鐘を鳴らしていたんだ。

 

「愚かな」

 

 黒い男がそう吐き捨てながら、闇の槍を俺に向けて放った。

 これは、さっきから足を止めて、受け流しに専念してようやく防げた魔術だ。

 走りながら雑に受けたんじゃ防ぎ切れない。

 防げなかれば死ぬ。

 だけど、足を止めても多分死ぬ。

 セレナの魔術が完成したらどっちみち終わりだという確信があった。

 

 止まったら死ぬ。

 止まらなくても死ぬ。

 今度こそ本当に詰んだ。

 詰みへと至る最後の一手が放たれた。

 もうこれ以上は、終局を先延ばしにする事すらできない。

 悪足掻きすら許されない、本当の意味でのトドメの一手。

 終わる。

 死ぬ。

 

 だが、その死へと至る刹那の間、俺の思考はかつてないほど加速していた。

 

 今までの人生が走馬灯のように、いや走馬灯そのものとして高速で脳裏を過っていく。

 故郷が滅びる光景。

 セレナに氷漬けにされた時の記憶。

 革命軍での訓練。

 今までの強敵との戦い。

 ルルの白パンツ。

 父さんの顔。

 時系列なんて滅茶苦茶に、ただ今までの人生全てが脳裏を通り抜けていく。

 でも、その記憶の奔流の中で、いくつかの事はそのまま通り過ぎず、少しだけ頭の片隅に引っ掛ってから流れていった。

 

『お前……魔力があるくせに魔術は使えないのか』

 

 これは、デントと和解した後、一緒に訓練をするようになってすぐの頃に言われた事だ。

 この時のデントは、どこか呆れたような顔をしていた。

 

『そうなのよね。こいつ、魔力があるくせに火も水も出せないのよ。まあ、要するに落ちこぼれの貴族もどきって事じゃないの?』

 

 続いてルルまでそんなキツイ事を言ってきて、酷くへこんだのを覚えている。

 

『魔術は個人によって使える属性が異なる。そして、魔術の発動はイメージが大事だ。

 ならば、火なり、水なり、風なり、土なり、なんでもいいから強く念じて発動してみるといい。

 それで発動できたものが君の属性だ』

 

 これは、今の支部に移った時、セレナにリベンジできる強さを求めて、バックさんにその事を相談した時に教えてくれたアドバイスだ。

 そのアドバイス通りに、俺は今まで貴族達が使っていた魔術を強くイメージして発動しようとした。

 でも結局、火も水も風も土も雷も氷も俺は使えなかった。

 俺には属性か、もしくは才能がないんだろうかという結論に至って落ち込んでたら、ルルとデントがちょっと優しくしてくれた。

 

 そして、走馬灯が今度はまるで関係のない場面を映し出す。

 

『とうさん! このひとカッコいいね!』

『ああ、そうだな。父さんも、この人は世界一カッコいいと思うよ』

 

 ああ、これは昔父さんが『光の勇者様』という絵本を読み聞かせてくれた時の記憶だ。

 光の勇者と呼ばれた主人公が、悪い魔術師達をバッタバッタと倒していく絵本。

 いつからか読まなくなって、記憶の底に埋もれてしまった本だ。

 昔は大好きだった絵本なんだけど、成長した後に読んでみると絵は下手くそだし、文字もガタガタだし、ストーリーも読み物として決しておもしろいとは言えない。

 ぶっちゃけ駄作だった。

 だから読まなくなったんだ。

 でも、父さんは何故かその絵本をずっと大事にしてた。

 もしかしたら、あれは父さんの手書きだったのかもしれない。

 今考えてみれば、あの絵本に書かれてたのは父さんの字だったような気もする。

 

『とうさん! おれもこのひとみたいになれるかな?』

『なれるさ。絶対になれる。他でもない、この俺が保証するよ』

 

 子供の頃の無邪気な俺に、父さんが優しく微笑みながらそう言っていた。

 でも、こうやって記憶として見ると、父さんは幼い憧れを口にする子供を見る微笑ましい顔ではなく、もっと色んな感情が込もった複雑な顔をしているように見えた。

 

 また走馬灯の場面が切り替わる。

 

 どことも知れない場所。

 なんとなく貴族の屋敷のような雰囲気の部屋に俺はいた。

 俺は赤ん坊で、父さんに抱かれている。

 目の前には、あの黒い男に少し似た黒髪黒目の男がいた。

 なんだこれ?

 こんな記憶、俺は知らない。

 

『ごめんねアルバ。僕は父親として、君に何もしてあげられない。

 君のお母さんも死なせてしまったし、君の成長を見守ってあげる事もできないだろう。

 それどころか、なんの罪もない君を危険に晒してしまうかもしれない。

 本当に、ダメなお父さんでごめんね』

 

 黒髪の男が泣きそうな顔で赤ん坊の俺の頭を撫でた。

 お父さん?

 何を言ってるんだ?

 俺の父親はこの人じゃない。

 この記憶の中で、赤ん坊の俺を抱いてくれている人が父さんの筈だ。

 

 その時、記憶の中の場所で爆音が響き渡った。

 

『……もうここも危ないか。別れの時間すらロクに取れないなんてね』

『……──様』

『そんな顔をしないでくれデリック。これは僕の自業自得さ。……でも、そんな親の我が儘の結果を子供にまで押し付けたくない。

 デリック。これは主としてではなく、友としての一生の頼みだ。

 どうか、この子の父親になってほしい。不甲斐ない僕に代わって立派に育ててほしい。頼めるかな?』

『……はい! この命に代えても!』

『ありがとう。……これで少し安心して逝けるよ』

 

 黒髪の男がそう言うと、父さんは嗚咽を漏らしながら泣き崩れてしまった。

 男はそんな父さんを申し訳なさそうに見た後、何かを手渡した。

 それは、俺が父さんの亡骸から形見として取ってきた、生前の父さんがとても大事にしていた、あのペンダントだった。

 そして、男は最後にもう一度だけ赤ん坊の俺を撫でる。

 

『じゃあね、アルバ。どうか元気で健やかに育ってくれ』

 

 男が俺に背を向け、腰に差した純白の剣を抜いた。

 そして、その剣が眩い『光』を纏う。

 同時に、男自身の身体も光のオーラに包まれた。

 その姿を見て、俺はまるであの絵本に出てきた光の勇者のようだと思った。

 

 そして、光を纏った剣を持ったまま男は部屋を飛び出した。

 直後、階下から凄まじい轟音が聞こえてくる。

 その音を聞きながら、父さんもまた部屋を飛び出し、音がする方とは逆の方向に走っていく。

 赤ん坊の俺を抱き締めたまま、溢れる涙を拭う事なく。

 

 それを最後に、走馬灯は消え去った。

 

 ……なんだったんだ、あの最後の記憶は。

 何か凄まじく重要な事のような気がするけど、今の俺にはわからない。

 深く考える暇もない。

 

 ただ、今の記憶を見た俺は、強く『光』をイメージした。

 

 あの絵本に書かれていた光の勇者が使っていた、記憶の中の男が使っていた、光の力を。

 悪い魔術師達をバッタバッタと薙ぎ倒した光の力を。

 強く強くイメージした。

 

 次の瞬間、あの絵本の勇者と同じように、記憶の中の男と同じように。

 

 俺の剣が、俺の身体が、眩い光のオーラを纏っていた。



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勇者の覚醒

「あああああ!」

 

 光を纏った剣を無我夢中で振り抜いた。

 イメージするのは絵本の中で光の勇者が使っていた必殺技の一つ『光騎剣(シャインブレード)』。

 光の斬撃を飛ばす技。

 そのイメージ通りに魔術は発動し、横薙ぎに振り抜いた剣から光の斬撃が飛び出して、闇の槍をかき消しながら黒い男とセレナに向けて飛翔した。

 

「何っ!?」

 

 黒い男が驚愕の声を上げる。

 セレナも僅かに目を見開いた。

 だが、そのまま攻撃を食らってくれる甘い相手ではない。

 攻撃範囲の中にいた氷人形こそ破壊したものの、セレナは氷の盾で、黒い男は手にした黒剣で、光の斬撃を防いだ。

 ただし、セレナの氷の盾には大きな亀裂が入り、黒い男は完璧には防ぎ切れず、ほんの少しだけだが負傷した。

 初めて、敵の陣形が僅かに崩れた。

 

「こ、これは!?」

『ノクス様!?』

 

 黒い男が何故か思った以上に動揺している。

 それに合わせて、男の部下と思われる騎士達からも動揺の声が上がった。

 少しは動きが乱れるかもしれない。

 綻びが広がっていく。

 ほんの少しだけ勝機が見えてくる。

 

 でも、こいつだけは違った。

 

 セレナだけは狼狽えない。

 セレナだけは動じる事なく、冷静に魔術の発動準備を進めている。

 壊れた兜から覗くアメジスト色の目は、全てを見透かすような、氷のように冷静で冷たい目をしていた。

 こいつだ。

 今ここでこいつを止めなければ全てが終わる。

 せっかく出てきた勝機なんて瞬く間に消え失せてしまう。

 

 なら、俺がこいつを止める!

 いや、ここで俺が倒す!

 氷の盾がセレナを守るように俺の前に立ち塞がった。

 突き破る!

 

「『破突光剣(シャインストライク)』!」

 

 選んだ技は光を纏った高速の突き。

 それがさっきの光騎剣(シャインブレード)で抉れていた氷の盾を貫き、内部にあった球体すらも砕き、そのままセレナ目掛けて突き進む。

 やった!

 抜けた!

 あと一歩!

 

「残念」

 

 だが、光がセレナを捉える寸前。

 セレナがそんな言葉を発したような気がした。

 そして、あと一歩のところで、あとコンマ数秒で剣先がセレナに届くというところで。

 

 セレナの魔術が完成してしまった。

 

「『絶対零度(アブソリュートゼロ)』」

「っ!?」

 

 凄まじい冷気。

 凄まじい魔力。

 使われたら死ぬと予想していた。

 だが、これはいくらなんでも予想以上だ。

 どう考えてもオーバーキルだろう。

 俺どころか、俺の後ろの皆ごと凍らせても、いやこの砦ごと凍らせてもお釣りがくるような大魔術。

 とても防げるとは思えない。

 

 それでも!

 

「うぉおおおおおお!」

 

 俺は破突光剣(シャインストライク)を続行し、冷気を突き破るように直進した。

 光が俺の身体を守る。

 だが、まるで守りきれずに剣の先から凍っていく。

 

 それでも防がなければならない。

 防げなければ死ぬ。

 俺だけじゃなくて皆死ぬ。

 俺が抵抗できずに凍らされれば、この魔術はそのまま直進して皆を巻き込むだろう。

 だから、俺が止めなくちゃならない。

 できるできないじゃない。

 やるしかない。

 

 集中しろ!

 イメージしろ!

 魔術はイメージが大事だ。

 防げないと思ったら絶対に防げない。

 嘘でも虚勢でも強がりでも自己暗示でもなんでもいい。

 自分なら絶対に防げるんだと、強く強く思い込め!

 

 俺は今、光の勇者と同じ力を使っているんだ。

 あの絵本に描かれていた光の勇者は、どんなに強い敵が相手でも絶対に負けない、どんな困難だって仲間と一緒に乗り越える、完全無欠の英雄(ヒーロー)だった。

 そして、父さんは言ってくれた。

 俺はあの勇者のようになれると保証してくれた。

 

 だったら!

 できる筈だ!

 やれる筈だ!

 あの光の勇者のように、困難を乗り越えろ!

 不可能を可能にしろ!

 

「『聖光(ホーリーライト)』ォオオオ!」

 

 俺は剣にありったけの魔力を込め、纏う光をこれでもかと強化した。

 同時に、剣の魔導兵器(マギア)としての力も起動。

 身体強化と攻撃を全力で強化する。

 やれる事を全てやる。

 全身全霊を、この一撃に込める!

 

 そうして俺は、俺は、

 

「…………マジか」

 

 セレナの魔術を耐えきった。

 この攻防に耐えきれなかったのか剣はヒビ割れ、凍りつき、俺自身も技の為に突き出していた右の上半身を完全に凍らされた。

 それでも耐えた。

 耐えきった。

 どうだセレナ。

 俺はやったぞ。

 後は残った左腕でパンチでも繰り出して、皆が逃げる隙くらい作って……

 

「『氷葬(アイスブレイク)』」

 

 そんな事を考えた瞬間。

 俺の身体を包んでいた氷が割れた。

 中にあったものを粉々にしながら。

 

 俺の半身を粉々にしながら、割れた。

 

「ぁ……」

 

 右腕が氷の欠片となって砕け散り、壊れた剣が高い音を立てながら地面に落ちた。

 氷に包まれていた右目が壊れる。

 右の顔も、胴も、脚の一部も、滅茶苦茶に抉られたような傷が出来た。

 右腕のようにならなかったのは、表面しか凍ってなかったからか。

 でも、そんな事は気休めにもならない。

 

 今のダメージで、遂に身体が限界に達したのがわかった。

 

 もう全身の感覚がない。

 傷のせいか、それとも寒さのせいか、身体が全く動いてくれない。

 パンチなんてとても打てない。

 さっきの攻防で魔力まで使い果たしたのか、魔術すら使えなかった。

 そして、ここからの追撃ができなければ、せっかくセレナの魔術を打ち破った意味がない。

 

 またなのか?

 また俺は何もできないのか?

 俺は最後の最後まで無力のまま、理不尽に一矢報いる事すらできずに死ぬのか?

 

「これで終わり」

 

 目の前のセレナが動く。

 右手を手刀の形にして貫手を繰り出してきた。

 お得意の魔術じゃなく物理攻撃だ。

 確かに、この距離ならその方が早いだろう。

 セレナは最後の最後まで油断してくれない強敵だった。

 

 そして、俺は死を覚悟した。

 

 

「よくやった餓鬼」

 

 

 だが、俺は死ななかった。

 俺はグイッと後ろに引っ張っられ、入れ替わりに前に出た人が、炎を纏った刀でセレナの貫手を受け止める。

 俺は守られた。

 この傷だらけで、なのにとても頼れる背中に。

 

「あとは大人に任せろ」

「グレン……さん……」

 

 そして、俺を守ってくれた人は、グレンさんは、そう言って不敵に笑った。



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39 逃がすなぁ!

 まさか絶対零度(アブソリュートゼロ)を防がれるとは思わなかった……。

 防御不能の一撃必殺とはなんだったのか。

 いや、ホント、マジでなんなの?

 だって絶対零度(アブソリュートゼロ)だよ?

 最上級魔術だよ?

 私の最強技の一つだよ?

 これ防ぐには同じ最上級魔術か、それに匹敵する威力の何かで相殺するしかない筈なんだけど?

 それを覚えたての属性魔術で打ち消すとかチートにも程がある。

 正直、予想以上だったよ覚醒アルバ。

 

 でも、

 

「『氷葬(アイスブレイク)』」

 

 予想は超えてても、まだ対応圏内。

 私の魔術が、氷を内部の凍りつかせた物ごと砕く。

 それによってアルバの右腕が木っ端微塵に砕け散り、あえて砕かずに残しておいた剣が地面に落ちる。

 他にも右目が壊れたり、右半身に凍傷のような裂傷のような、なんとも言えない醜い傷が刻まれたりした。

 この程度で済むって事は、右腕以外芯までは凍らせられなかったって事か。

 末恐ろしい。

 

 でも、こうなってしまえば私の勝ちだ。

 アルバは死に体を通り越して死体半歩手前の重傷。

 加えて魔力も尽きかけてると見た。

 さすがに、もう動けまい。

 

「これで終わり」

 

 でも、最後まで油断はしない。

 鎧の身体強化を使い、右手で冷気を纏った貫手を繰り出す。

 狙うはアルバの心臓。

 ハートをぶち抜いた後、内部から凍らせて確実に殺す。

 アルバ並みの魔力の持ち主なら心臓を貫いても即死はしないだろう。

 だから、徹底的にトドメを刺す。

 どんな化け物だって、そこまですれば確実に死ぬ筈だ。

 

 だが、その攻撃が成功する事はなかった。

 

 既に動けない筈のアルバの身体が後ろに向かって飛んでいく。

 誰かがアルバの首根っこを掴んで放り投げたんだ。

 その誰か、アルバの代わりに前に出てきた男が、炎を纏った刀で私の攻撃を受け流していた。

 

「よくやった餓鬼。後は大人に任せろ」

「グレン……さん……」

 

 アルバが遠ざかっていく。

 逃がさない。

 やっとここまで追い詰めたんだ。

 ここで確実にトドメを刺す。

 ここで確実に革命の灯火を吹き消す。

 ルナの平穏の為に!

 

 私はアルバを追いかけるべく、目の前の障害を弾き飛ばすつもりで足に力を込めた。

 

「テメェの相手は俺だ!」

「っ!?」

 

 グレンの刀が正確に私の左目目掛けて突き出される。

 そこはさっきの攻防で鎧が砕けた場所。

 慌てて左腕でガードした。

 グレンはそれを見るや、連続技のように刀を振るい、今度はがら空きとなった私の脇腹を斬りつけて吹き飛ばす。

 体重自体は軽い私の身体は、その衝撃で地面を転がり、結果追撃に失敗した。

 くっそ! しくじった!

 焦りで判断を間違えた!

 まずは身体を引いて、全力の魔術でグレンを倒すべきだったのに!

 

「お前ら! そいつを抱えて逃げろ! こいつらは俺が止める! 革命の灯火を消すんじゃねぇ!」

「グレン!?」

 

 そんな事を叫びながらグレンが飛びかかってきた。

 傷だらけの身体を無理矢理動かし、血を吐きながら、命を削りながら、私への攻撃をやめない。

 私は氷剣を抜いてグレンを迎え撃った。

 浮遊する六本の剣がグレンを斬り刻むべく飛翔する。

 だが、グレンはダメージ覚悟で突っ切り、全ての氷剣を掻い潜って私に張り付いてくる。

 距離を取ろうにも、卓越した剣技でことごとく動きを邪魔された。

 徹底した超近接戦闘。

 魔術師ならざる者が、強力な魔術師に対して唯一対等に戦える間合い。

 そこに入り込んだグレンは本当に強かった。

 これは、すぐには倒せない!

 だったら!

 

「ノクス様! 奴らを!」

「わかっている!」

 

 私が無理なら他に任せるしかない。

 ノクスは言わずとも私の意図を察して行動に移してくれた。

 優秀な上司を持って嬉しい!

 

「させんぞ!」

「くっ!」

 

 だが、そんなノクスには片腕を失った格闘家のステロが特攻し、グレンと同じように命懸けの足止めを開始した。

 ちょ、ノクス様!?

 あんな簡単に接近を許すなんてどうしたの!?

 動きのキレも悪いし、いつものノクスじゃないよ!?

 

『ノクス様!?』

 

 そして、そうなればノクスの護衛達はそっちに気を取られるに決まってる。

 当然だ。

 あいつらの仕事は革命軍の討伐ではなく、あくまでもノクスの護衛。

 少しでもノクスが危ないと思えば、革命軍なんてほっといて必ず助けに入る。

 護衛達がステロを斬り捨てるべく持ち場を離れてノクスの下へと駆け寄り、それによって革命軍の退路が開けてしまった。

 ヤバイ!

 

「らぁあああ! 『紅蓮刃』!」

「うぐっ!?」

 

 元々得意じゃない接近戦の動きが焦りで更に粗くなり、その隙を突かれてグレンの攻撃を首筋に食らってしまった。

 兜が更にヒビ割れる。

 体勢も崩れる。

 そして、兜着けてなければ死んでたかもしれない。

 危なっ!?

 

「今だ! 行け!」

「グレン!」

「俺に構うなキリカ! 俺達の本懐を優先しろ! 革命を、この国の未来を任せた!」

「っ! ……撤退!」

 

 キリカが涙声で撤退を宣言するのが聞こえた。

 同時に、グレンに遮られた視界の端で、殿のグレンとステロ以外の全員が撤退を開始するのが見えた。

 動けないアルバはルルに支えられている。

 逃がさない!

 ここまできて逃がしてたまるか!

 

「『浮遊氷珠(アイスビット)』!」

 

 私は、アルバに砕かれて数が減り、残り三つとなった球体アイスゴーレムを追撃に向かわせた。

 完全な近接戦闘ではあんまり使えないから出番がなかったけど、追撃になら大いに役立ってくれる筈。

 自律式だからグレンの相手で忙しい私が操作する必要もない。

 

 三つの球体アイスゴーレムが降らせた氷弾の雨が撤退組に降り注ぐ。

 だが、大活躍の鎖使いリアンによって殆ど防がれた。

 それでも足止めにはなってるし、私の方の足止めしてるグレンは遂に限界が見え始めて動きが鈍ってきた。

 これなら、彼らが逃げ切る前にグレンを突破して追いつける!

 今度という今度こそ王手だ!

 

 そう思った次の瞬間、━━撤退組と私達の間に、高速で何かが落ちてきた。

 

「なっ!?」

 

 それは見覚えのある氷の人形。

 ボロボロになったワルキューレの残骸だった。

 更に、そんなワルキューレにトドメを刺すように、グラサンをかけた筋骨隆々のマッチョマンが上空から飛来し、ワルキューレにライダーキックを食らわせて粉々に粉砕した。

 あ、あれは!?

 

「バックさん!」

 

 誰かがそのマッチョマンの名を呼んだ。

 特級戦士のリーダー、バック。

 特級戦士の中で唯一、裏切り爺ことプロキオンの直属の部下であり、同時に裏切り爺の血族の一人にして強大な魔力を持つ存在。

 そんな奴がこの場に君臨してしまった。

 

 正直、舐めてた。

 いくら強大な魔力と屈強な肉体を併せ持った特級戦士最強の男とはいえ、所詮は六鬼将に及ばないレベルだと侮ってた。

 それがまさか、こんなに早くワルキューレを仕留めてこの場に駆けつけるとは。

 しかも、いくらミストとの二人がかりとはいえ、軍勢を守りながらの戦闘で。

 というか、砦の騎士達はどうした!?

 素通りか!?

 無能なのか!?

 

「状況は把握した」

 

 私が内心で軽く混乱しながらグレンの相手をしてる間に、バックはそう言って手に持った大型ガトリングのような魔導兵器(マギア)を起動。

 その弾幕で氷弾の雨を相殺した。

 

「撤退を支援する。行け!」

 

 バックの弾丸が私やノクスの方にも放たれる。

 しかも、私達に密着してる上に動き回るグレンやステロに当てない絶妙なコントロールだ。

 私並みの技術かもしれない。

 感心してる場合じゃないけどね!

 あああ!

 逃げられる!

 

「よそ見してんじゃねぇ!」

「このっ……!」

 

 グレンもしぶとくて鬱陶しい。

 その間に撤退組は、アルバ達はドンドン遠ざかっていく。

 そして最後に、バックがどこからか取り出した爆弾の魔導兵器(マギア)を地面に叩きつける。

 爆煙が晴れた後、もう彼らの姿は見えなくなっていた。

 やられた。

 保険はかけておいたけど、正直それでアルバを仕留められる確率はそんなに高くない。

 これは私の負けだろう。

 大局的に見れば帝国軍の勝ちだろうけど、個人的に見れば敗北だ。

 

「ハッ! 俺の勝ちだなぁ!」

「……そうみたいですね」

 

 目の前でグレンが不敵に笑う。

 もう限界なんてとっくの昔に越えてた筈だ。

 なのに、彼は仲間を逃がし切るまで戦い続け、今も決して構えた剣を下ろさない。

 素直に尊敬する。

 まさに戦士の鑑だ。

 

 そして、グレンが最後の攻撃を仕掛けてきた。

 

 身体はアルバにも負けないくらいズタボロ。

 息をするのも辛いだろう。

 なのに、戦う事をやめない。

 前に進む事をやめない。

 彼は最後の最後まで帝国に、理不尽に抗い続ける。

 死ぬまで戦い続ける。

 そう確信できる戦士の顔だった。

 

「『氷結世界(アイスワールド)』」

 

 非殺傷魔術の冷気を放つ。

 どう見てもグレンはもう戦えない。

 なら、無駄な殺しはしたくない。

 そう思って放った魔術だった。

 しかし、グレンは炎を纏った刀で冷気を斬り裂いた。

 情けは無用だと、そう言われているような気がした。

 

「『氷結光(フリージングブラスト)』」

 

 私は、凝縮された冷気の光線を放った。

 それによって、グレンは不敵な笑みを浮かべたまま氷像となり、━━そのまま砕けて果てた。

 氷結世界(アイスワールド)以上の出力で凍らせると、相手が相当威力を削りでもしない限りこうなる。

 それにたとえ砕けなくても、コールドスリープ状態になる事なく、魔力と冷気にやられて身体中の細胞が破壊されるだろうけど。

 

 グレンを殺害した直後、ヒビだらけになっていた私の兜がパキンという軽い音を立てて砕けた。

 ……このタイミングで良かった。

 もう少し早かったら、グレンにこの顔を晒す事になってた。

 前に助けた相手が不倶戴天の敵だったなんて、これ以上グレンの心を抉る事がなかったのは幸いだ。

 そしていつも通り、戦いの後には善人を殺したという後味の悪さだけが残り、私は顔を歪めた。

 

 でも、まだ終わりじゃない。

 まだ侵攻してきた軍勢を追撃する仕事が残ってる。

 その時に、こんな情けない顔を他の誰にも見られる訳にはいかない。

 私は敵に対しては極悪非道の六鬼将として、味方にとっては頼れる最強騎士の一人として振る舞わなくちゃいけないんだから。

 

 私は魔術で即席の兜を作り、全ての感情を覆い隠して仕事に戻った。



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勇者の敗走

 ルルに支えられながら砦から逃げる。

 ひたすら逃げる。

 後ろには追手の騎士達。

 捕まる訳にはいかない。

 そうしたら、殿に残ったグレンさんやステロさんの意思を無駄にしてしまう。

 その逃走中、俺の頭からはある光景が離れなかった。

 焼き付いて、離れてくれなかった。

 

「退けぇ!」

 

 後ろの方からバックさんの声が響く。

 それに合わせて革命軍の全軍が撤退する。

 ただ、バックさんが的確な指示をしてくれたおかげで、今までの敗走とは違ってしっかりとした連携を取り、追手を迎撃して被害を減らす事ができているみたいだ。

 もっとも、その戦いに俺は参加できていないので正確な事はわからないが。

 それ以前に、目は霞むし、意識は朦朧とするしで、他人の心配をしている余裕はなかった。

 

「アルバ……あんた大丈夫?」

「……ああ、なんとか」

 

 俺を支えてくれるルルが、珍しく本当に心配そうな顔で気遣ってくれる。

 近くを走るデントも似たような顔をしていた。

 それくらい俺の怪我は酷い。

 正直、自分でもなんでまだ生きてるのかわからないレベルだ。

 でも、まだ死ねない。

 グレンさん達が繋いでくれた命を捨てる訳にはいかない。

 死んでいった人達の意志を継ぎ、革命を成功させるまで死ぬ訳にはいかない。

 

「……もうちょっとだから頑張んなさい」

「あと少しで森に入る。さすがの奴らでも森の奥までは追って来ない筈だ」

 

 二人が俺を元気づけるように、希望のある情報を教えてくれた。

 確かに、革命軍の支部はどこも魔獣がひしめく森の中にある。

 俺達は革命軍の偉い人が設置したという仕掛けのおかげで、支部の近くにいる限り襲われる事はないが、騎士達に対しては普通に牙を剥くという話だ。

 つまり事実上、俺達は森まで逃げれば魔獣という援軍を得る事ができる。

 魔獣は騎士にとっても油断ならない相手。

 少なくとも、なんの準備もしていない状態で森の奥にまで踏み込もうとは思わないだろう。

 それでもセレナや、ノクスと呼ばれていたあの黒い男なら強引に踏み込む事もできると思うが……それは後ろのバックさん達に任せるしかない。

 

「見えてきたわよ!」

 

 そんな希望にすがりながら必死で足を動かしている内に、ルルがそう叫んだ。

 体力の限界なのか、もう目が殆ど見えなくてわかりづらいが、どうやら森の入り口にまで来れたらしい。

 そこを躊躇なく踏み越え、俺達は森の中に撤退する。

 ここまで来れば、

 

「ひと安心と言ったところか……っ!?」

「え!?」

 

 俺が思っていたのと同じ事をデントが呟いた瞬間、そのデントとルルの驚愕の声と、硬質な何かがぶつかるような音が近くから聞こえた。

 なんだ。

 何が起きた。

 

「ほう。私の魔術を防ぐか。どうやらただの雑兵ではないようだな」

「何者だ!?」

 

 見知らぬ誰かの声が聞こえた。

 続いて、デントが敵意と警戒に満ちた声を上げる。

 俺を支える為に密着しているルルの身体に力が入るのがわかった。

 

 そして、敵と思われる一団が俺達の前に現れる。

 

「我らは帝国中央騎士団所属、氷月将セレナ様の直属部隊だ。セレナ様の命により、貴様らの命貰い受ける」

「なっ!?」

「直属部隊ですって!?」

 

 二人が驚愕している。

 俺だって体力が残っていたら叫んでいただろう。

 最悪だ。

 なんでセレナ直属の部隊なんて奴らがここにいる?

 そういうのは普通セレナの側にいるべきだろう。

 

「いやー、今回は砦じゃなくて森で戦えって言われた時はうんざりしたけど、こんな上物の女の子を労せず捕まえられるなら来た甲斐あったわー」

「全くだな。さっき落とした(・・・・・・・)拠点にいた連中の中にも上物の女は多かった。この後が楽しみだぜ。今回はレグルス様もいないから取られる心配もないしな」

「あ、あの人達多分非戦闘員だったんでしょうねぇ。ぜ、絶望に満ちたあの顔……! ワ、ワタシ殺す時すっごく興奮しちゃいました……! フヒヒ!」

「だが、こうして抵抗されるというのも悪くない。やはり獲物は跳び跳ねてこそ狩り甲斐があるというものだ」

 

 敵の男女入り交じった色んな声が聞こえる。

 だが、ちょっと待て。

 こいつらは今なんて言った?

 拠点を、落とした?

 じゃあ、じゃあ……

 

 俺達は、逃げる場所を失ったのか?

 

「お前達。欲望にかられるのはいいが任務を優先しろよ。

 最優先事項である拠点の制圧は済ませた。よってこれより逃げる反乱軍の殲滅に入る。セレナ様のご命令通り、千の雑兵より一人の強兵を優先して撃破せよ」

『了解!』

 

 希望が絶望に変わった瞬間、敵が交戦状態に入るのがわかった。

 ルルとデントが武器を構える。

 マズイ。

 二人はセレナ達との戦いで軽くない傷を負わされた上に武器を壊されている。

 ルルのナイフは砕かれたし、デントの槍はへし折られた。

 まだ身体強化の機能は無事みたいだが、まともに武器として使う事は難しいだろう。

 しかも、ここにいるのは俺達だけだ。

 残った特級戦士の人達は、皆バックさんの応援に行ってしまった。

 武器もなく、味方もいない。

 そんな状態でセレナ直属部隊なんて連中と戦えば、勝ち目はないに等しい。

 

 ならせめて動け俺の身体!

 二人の足手まといになる訳にはいかない!

 ここで死ぬにしても、せめて戦って死にたい。

 一人でも多く倒してからじゃないと、グレンさん達に顔向けできない!

 

 そう思うのに、身体はまるで動いてくれない。

 いつもなら、この意志に応じて魔術が発動してくれた。

 でも、今はその力の源となる魔力がない。

 魔力のない俺はどこまでも無力だった。

 

「撃てぇ!」

 

 それでもなんとかしようと足掻いていた時、聞き覚えのある声と共に何発もの魔術の炸裂音が聞こえた。

 これは量産型魔導兵器(マギア)の放つ魔弾の音。

 そして、今の声は、

 

「「支部長!?」」

「元支部長だ!」

 

 ルルとデントがその人の名前を呼び、即座に反論された。

 その声の主は、俺達が前に所属していた支部の支部長さんその人だった。

 

「ここは俺達に任せて早く逃げろ!」

「で、でも……」

「バカ野郎! 迷うな! 老兵や雑兵の俺らより、若くて才能のあるお前らを逃がした方がいいんだよ! わかれ!

 そもそも今のお前らじゃ足止めすら満足にできないだろうが!」

 

 支部長さんが怒鳴る。

 切羽詰まった声だった。

 絶対に意見を曲げるつもりがないとわかってしまうような。

 

「に、逃がしませんよぉ! フヒヒ!」

「くっ!?」

 

 敵の一人の声と同時に、鉄同士がぶつかるような音がした。

 敵の攻撃を支部長さんが剣で防いでいる。

 身体強化の切れた俺の動体視力では、その動きを目で追えなかった。

 だが、それと同時にこっちへ駆け寄ってくる他の敵の姿と、その敵を足止めする為に殺されていく仲間達の姿は見えた。

 

「行けぇ!」

「っ!」

 

 支部長さんの再度の大声。

 ルルの身体が震え、そして決意したように疾走を開始する。

 ああ、まただ。

 また仲間を犠牲にして逃げるしかない。

 そんな仲間の足手まといにしかならない自分が、堪らなく憎くて情けない。

 

「逃がさないよー!」

「最低でも女は貰っていく!」

「っ!?」

 

 だが、仲間が命懸けで切り開いてくれた逃げ道ですら、奴らは容赦なく塞ぎにくる。

 知覚機能が壊れかけた状態でも、敵の何人かが俺達のすぐ側に迫っているという事だけはわかった。

 どこまでも、本当にどこまでも容赦がない。

 

「『魔槍薙ぎ』!」

「お?」

「チッ」

 

 そんな敵に対して、デントが一人で立ち塞がる。

 そして、ここから先には通さぬとばかりに仁王立ちした。

 

「デント!」

「先に行け! 俺はこいつらを倒してから行く!」

「っ!」

 

 ルルが息を飲んだ。

 虚勢だ。

 デントの言葉は虚勢だとすぐにわかる。

 デントまで、俺達を逃がす為の殿になろうとしていた。

 

「わー、君男だねー。カッコいー」

「ハッ! 威勢だけでは勝てないぞ、愚かな平民」

 

 敵は余裕綽々だ。

 わかっている。

 バレている。

 デントが虚勢を張っている事なんて。

 あれは簡単に勝てると確信している奴の顔だ。

 

「デン、ト……」

 

 俺は弱々しい声で彼の名前を呼ぶ事しかできなかった。

 そんな俺に、デントは振り返らないまま告げる。

 

「心配無用だ我がライバルよ。俺に任せておけ。ルル、そいつを頼んだぞ!」

「……ええ。その代わり、あんたも絶対生き残りなさいよ」

「無論だ!」

 

 そして、デントと敵の戦いが始まる。

 一方的で圧倒的な戦いが。

 その戦いの音を背に、俺達は逃げた。

 残った左目から涙が溢れる。

 悲しい。

 悔しい。

 そして、苦しかった。

 

「セレナ……! あいつは、あいつだけは……!」

 

 隣からルルの怨嗟の声が聞こえる。

 同時に、俺の顔に自分の涙ではない雫がかかった。

 ルルの涙だ。

 彼女は怒りながら泣いていた。

 泣きながら怒っていた。

 俺達をこの状況に追い込んだ敵に対して。

 

 それは当然の事だろう。

 ここまでの事をされれば誰だって相手を憎む。相手を恨む。

 それが正しい筈だ。

 なのに、なのに俺は……

 

 心の底からセレナを憎む事ができなかった。

 

 勿論、憎しみはある。

 恨みもある。

 怒りもある。

 だが、そんな負の感情の中に不純物が混ざってしまう。

 セレナを恨もうとすると、どうしても目に焼き付いた光景が脳裏を過ってしまう。

 

 あの時。

 砦から少し離れた時に、未練がましく後ろをふり返って見てしまった光景。

 グレンさんにトドメを刺すセレナの姿。

 その直後に兜が割れてあらわになったセレナの顔。

 

 とても、とても悲しそうで、苦しそうで、辛そうな顔をしていた。

 

 今までの冷酷な悪魔の姿なんてそこにはなくて。

 セレナが、あのセレナが、まるで俺達と同じ、ただ傷付いているだけの普通の少女にしか見えなくて。

 どうしても、どうやっても、あの顔が頭から離れてくれなかった。



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40 イベント終結

「そちらも片付いたか」

 

 グレンを倒して少しすれば、向こうも戦いが終わったらしく、ノクスが話しかけてきた。

 その近くにはノクスの足止めをしていたステロの死体がある。

 真っ二つだ。

 多分、グレンと同じで死ぬまで戦ったんだろう。

 捕虜にはできなかったらしい。

 

 だが、今はそれよりも。

 

「ノクス様、途中から随分と調子を崩されていましたが大丈夫ですか?」

 

 私はそれが心配になって尋ねた。

 今回のノクスの動きは明らかにおかしかった。

 本来のノクスの実力は私とほぼ互角。

 近接戦闘に関しては私なんか比較にならないレベルだ。

 それなのに、負傷したステロ一人に手こずるなんて絶対におかしい。

 一刻も早く革命軍を追撃した方がいいんだけど、これだけは聞いておかないといけないと思った。

 

「……ああ、今は問題ない。だが、あの黒髪の少年の光魔術を食らった時、体内の魔力が嫌にかき乱された。

 結果、闇魔術の発動はおろか、身体強化にまで影響が出てしまってな。情けない限りだ」

「それは……」

 

 どういう事だろうか?

 確かに、アルバの光魔術は闇魔術に対して非常に相性の良い属性ではある。

 でも、魔力がかき乱される?

 そんな設定ゲームにあったかな。

 もしや隠し設定?

 考察の余地がありそう。

 まあ、今考える事じゃないんだけどさ。

 それよりノクスの体調の方が心配だ。

 

「……今は問題ないのですね?」

「ああ、少し時間を置けば収まった」

 

 うーん……なら大丈夫か。

 

「では、私は反乱軍の追撃に行きます。ノクス様は砦の防衛をお願いできますか?」

「いや、私も追撃に出よう。傷を負ったお前一人では不安だ」

「私は回復魔術で治しておりますので問題ありません。それよりも原因不明の不調に見舞われたノクス様はご自身の心配をされるべきかと。

 万一、戦場で症状が再発すれば洒落になりません」

「む……」

 

 という事で、ノクスは砦待機に決まった。

 護衛の人達が「よく言った!」みたいな目で見てくる。

 まあ、普通に考えて心配だよね。

 ノクスに何かあったらマジで洒落にならないし。

 本人はこの決定に不満そうだったけど、さすがに私の言ってる事の方が正しいと認めてるのか反論はしてこなかった。

 

「セレナ。くれぐれも気をつけろよ」

「わかっています」

 

 代わりに、出撃前に釘を刺されてしまった。

 まあ、ついさっきかなり追い詰められた身だから無理はしない。

 魔力にはまだ余裕があっても、普通に体力は削られてるし、疲れも溜まってるんだ。

 ここで無理して私が死んだら本末転倒。

 だから深追いはしない。

 遥か上空からの爆撃程度に留めておきますから安心してください。

 

 という訳で、鳥型アイスゴーレムを作って搭乗。

 空中戦を考えると氷翼(アイスウィング)の方が機動力高くて強いんだけど、ただ飛ぶだけなら鳥型アイスゴーレムの方が安定するんだよね。

 それに下からの攻撃の盾にもなるし。

 そんな鳥型アイスゴーレムに乗ってテイクオフ!

 

 でも、その前にさっきアルバが落とした剣を回収しておく事も忘れない。

 超貴重な光属性のサンプルだもん。

 しかも、ルナを縛る闇の魔術に対して効果抜群な属性ときた。

 回収は必須ですよ。

 これは魔剣じゃなくて魔導兵器(マギア)だろうから、内部にアルバの光属性の魔力が溜まったマガジンが残ってる筈。

 剣としては破損してても、中身のマガジンさえ無事なら問題ない。

 あとで持ち帰ってバラしてみよう。

 

 まあ、それは後のお楽しみとして、今度こそテイクオフ!

 念の為に、前に革命軍を一方的に攻撃できた高度1000メートルくらいまで上昇。

 ここなら、バックやミストの攻撃も早々届かないだろう。

 そこから見下ろすと、私の指示がなくても砦の騎士達が追撃を開始してるのがわかった。

 今まで出番なかったからね。

 そりゃやる気も出るか。

 でも、革命軍は敗走中とは思えない綺麗な陣形で反撃してる。

 そこまでの被害は与えられてなさそう。

 

 ならばと、私も参戦してこの上空から大規模魔術を放つ。

 使うのは前と同じ氷結世界(アイスワールド)

 言わずもがな巻き添え防止の為である。

 でも、やっぱりそれだけだと、ワルキューレの魔術と同じくバックのレーザービームに相殺されて大した成果は上がらなかった。

 だけどまあ、バックの手を煩わせてるし、やらないよりは遥かにいいと思う。

 ガンガン撃つ。

 

 そうしている間に革命軍は自分達の土俵である森まで退却した。

 でも、そこには前もって派遣しておいた私の直属部隊が配置されてる。

 戦闘開始前、革命軍が拠点を出発したとわかった時点で、今の私と同じように鳥型アイスゴーレムに乗せて出張させておいたのだ。

 革命軍が留守の間に拠点を落とし、逃げ場をなくす為に。

 あいつらは性格に難のある奴らばっかりだけど、実力は全員が一級騎士という超精鋭部隊。

 主力が丸々出撃して守りが薄くなった拠点を落とすくらい造作もない……筈だ。

 

 私とノクスで確実に革命軍を潰し、敗走してきた所を直属部隊と追撃部隊で挟撃するのが今回の作戦の全容。

 それは概ね成功と言っていいだろう。

 森の入り口辺りで派手な魔術が使われ、革命軍が血相を変えて逆走し始めた。

 そのせいで陣形が乱れ、追撃部隊や私の攻撃が通りやすくなる。

 そうしてかなりの人数を討ち取り、残りも帰るべき拠点を失ってバラバラの方向に逃げ出した。

 これでめでたく完全勝利だ。

 あくまでも大局的に見ればだけど。

 

 砦を落とそうとした大軍勢を壊滅させ、拠点を制圧し、特級戦士の半数以上を討ち取り、アルバにも消えない傷を刻んだ。

 勝利と言って差し支えないと思う。

 だけど、もう少し上手く動けてればここでアルバを討ち取れた筈だ。

 そうすれば後顧の憂いは裏切り爺だけになってた。

 それを思えば、これは最良の結果なんかじゃない。

 点数を付けるなら50点がいいところだろう。

 赤点ではないけど、決して良い点数とは言えないレベルだ。

 

「はぁ……」

 

 空中で誰も聞いていないのをいい事に、私は大きくため息を吐いた。

 でも、落ち込んでばかりもいられない。

 ミスっちゃった以上、これからも心磨り減る戦いが続くんだ。

 落ち込んでる暇なんてない。

 

「……頑張らなきゃ」

 

 私は自分に言い聞かせるように、自分を律するように、そんな言葉を口にした。

 心が潰れていくような嫌な感覚がした。



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41 革命軍の拠点

「セ、セレナ様! ノ、ノクス様! お、お疲れ様です!」

「ええ、あなたもお疲れ様です、マルジェラ」

「ご苦労」

 

 戦いが終わってから数日後。

 戦後処理が多少片付き、なんとか動ける時間を確保した私とノクスは、ある場所へと赴いていた。

 アイスゴーレムと一緒にそこの警備に当たっていた私の部下の一人、どもり症の快楽殺人鬼であるマルジェラに迎えられ、内部へと入る。

 ちなみに、マルジェラは私の部下の中では比較的まともな部類だ。

 人を殺すの大好き、人が絶望した顔見るのが大好きな破綻者のくせして、その矛先を敵以外には決して向けないから。

 他の連中と違って、気まぐれに平民を欲望の捌け口にしたりしないのだ。

 それだけでも評価に値する。

 他のメンバーである、女の子の悲鳴が大好きなチャラ男とか、女の子を壊すのが大好きなヤンキーとか、弱い者虐めが生き甲斐のおっさんとかに見習わせたい。

 なお、一番まともなのは直属部隊を指揮する隊長だ。

 あれは優しくはないけどクズでもない普通の有能だから。

 

 まあ、そんな部隊の事情は置いといて、今はこの場所の調査とノクスへの報告をしよう。

 

「これは……凄まじいな」

 

 この空間を見て、ノクスが思わずといった感じで声を漏らした。

 私も同意見だ。

 正直、この場所は氷で作った私の城と同等以上の魔導技術が使われている。

 

 ここは、今回の戦いで制圧した革命軍の拠点だ。

 

 森の地下に作られた、東京ドーム何個分かもわからない巨大な空間。

 植物によって形成されており、入り口は巨大な樹木に見せかけてある。

 中から操作すると開けゴマする仕掛けだ。

 他にも、LEDライトのように光る謎の植物とか、魔物が嫌う臭いを出す謎の花とか、大地から拠点を維持する為の魔力を吸い出す謎の根とか、なんとも便利な植物が大量にある。

 軽くオーバーテクノロジーだ。

 

「まさか、反乱軍にこれ程の拠点を用意する力があったとはな。

 だが、納得した。

 確かに、これだけの基盤があれば、あれ程の兵力を抱える事もできよう。

 魔獣ひしめく森の中に拠点を作れたからこそ、今まで我らの目を欺いて潜伏する事も容易だったという訳か。

 セレナ、よくぞこれを見つけてくれた」

「ありがとうございます」

 

 まあ、ゲーム知識のおかげで最初から知ってた訳だけどね。

 でも各拠点の正確な位置まではわからなかった。

 ここを見つけられたのは、前に街中でグレンにくっつけておいた超小型アイスゴーレムのおかげだ。

 あれが位置情報を発信したおかげで拠点の場所がわかった。

 つまり、グレンの善意によってこの拠点は落ちたのだ。

 本当に善人に優しくない世界だよここは。

 

 私はそんな感傷を振り払い、ノクスに言うべき事を言った。

 

「ノクス様、わかっておられると思いますが、このような物を作れる人物は限られております」

「……ああ。これでほぼ確定だな。お前の言っていた通りになった訳だ」

 

 ノクスが苦い顔になった。

 予想してた事でも、それが現実になるとやっぱり嫌な気分になるらしい。

 それでも、まだ余裕のあるこの段階で確信に至ったのは幸運だと思うけどね。

 少なくとも、絶妙なタイミングで裏切られたゲームの時よりは。

 

「しかし、この拠点だけでは証拠が足りない。シラを切り通されれば追及できないだろう」

「ですが、膿は早めに出された方がよろしいかと」

「わかっている。あの老獪を追い詰めるのは骨だろうがやるしかあるまい。

 幸い、証拠としては足りずとも、疑惑の種として充分過ぎる程だ。

 やってやれない事はあるまい」

 

 頼もしい。

 是非ともあの爺を追い詰めていただきたい。

 可能なら国家反逆罪で処刑して領地も潰せれば最高なんだけど、さすがにそれは高望みし過ぎかな。

 でも、できればそこまでやってほしい。

 切実に。

 

「……あと一つ、何か決定的な証拠でもあれば楽なのだがな。いっそ、この拠点に転がっていないものか」

「そんな簡単に尻尾を出してくれれば苦労しませんね」

「全くだ」

 

 そんな愚痴を言い合いつつ、私達は時間の許す限り拠点を隅々まで捜索した。

 最終的には部下に任せて延々と調べさせたけど、結局決定的な証拠と呼べる物は何一つ出てこなかった。

 割と大量に捕まえた捕虜を尋問したりもしてるけど、そっちも収穫は乏しい。

 何も知らない下っ端か、死んでも口を割らない忠臣しかいないのだろう。

 これは尋問の達人レグルスがいても多分無駄かな。

 色んな意味で実にやりづらいと思った。 



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42 領地での休息

「ただいま、ルナ~!」

「おかえりなさい、おねえさま!」

 

 砦での戦後処理という名の地獄の業務を片付け、ようやく取れた休暇で私はルナのいる領地へと戻っていた。

 いや、正確には仕事片付いてないんだけどね。

 今回は結構戦死者とか出たから戦後処理が本当に地獄の作業と化し休暇が潰れかけたのだ。

 だが、ルナに会えなくて発狂しそうだった私を見かねたノクスが仕事を代わってくれた。

 感謝である。

 まあ、そのせいで休暇は今日一日しかないんだけどね。

 その分、今日は目一杯ルナに構ってあげよう。

 うん。

 

「おねえさま、おねがいがあるんです!」

 

 おっと、早速のおねだりか。

 いいよ、ドンとこい。

 ルナの為なら皇帝討伐クラスの超高難易度ミッションだって達成してみせる!

 まあ、あんまり我が儘言うようだったらたしなめるけど。

 

「なぁに?」

「わたし、まちにいってみたいんです!」

「…………へ?」

 

 ちょっと予想外のおねだりに間抜けな声が出た。

 街、街かぁ。

 それはどうだろうか……。

 

「えぇっと……ルナ、街はちょっと」

「ダ、ダメですか?」

「うっ!」

 

 泣きそうな顔で上目遣いはズルい!

 で、でも、街は治安悪いし。

 ここは心を鬼にして断らなくては。

 

「あ、あの、セレナ様。少しいいですか?」

「ん? どうしたの、アン?」

 

 そこでアンが何故かちょっと困った顔で口を挟んできた。

 私の耳元でゴニョゴニョと言い始める。

 くすぐったい。

 

「じ、実はルナ様の好奇心がもう限界なんです。結構前から街に行きたい行きたいって駄々をこねて……このままだと勝手に屋敷を抜け出しかねません。

 私に逃走計画を一緒に考えてほしいって言ってくるレベルですし」

「……マジで?」

「はい。マジです。大マジです」

 

 私はアンの報告に頭を抱えた。

 そっかぁ……。

 好奇心の限界かぁ……。

 確かに、こんな狭い場所にずっと押し込めてたら息が詰まるよね。

 前々から危惧してた問題ではある。

 それが遂に表面化しちゃった感じだ。

 

「ルナ、ちょっと待っててね。作戦ターイム!」

 

 私はルナに断ってから大きな声で作戦タイムを宣言した。

 アンだけではなく、近くにいたドゥとトロワも呼び寄せる。

 そしてルナに聞こえないように、コソコソと話し合いを開始した。

 ルナが我慢できなくなる前に手早く済ませなくては。

 

「さて、という訳でルナが街に行きたいそうなんだけど、どうしようか?」

「行かせてあげましょう!」

「賛成ですね~」

「セレナ様と私達が一緒に付いて行けば大丈夫かと」

 

 満場一致で賛成意見だと!?

 これは予想外だ。

 最低でも真面目なトロワ辺りは絶対に反対すると思ってた。

 だって街ってアレだよ?

 活気がなくて、住人はゾンビみたいで、世紀末のチンピラが湧いてくる危険地帯だよ?

 危ないし教育にもよくないでしょ。

 

「あそこに連れ出すのはどうかと思うけど……」

「でも、このままだと一人で行っちゃいます!」

「うっ!?」

 

 アンが目を逸らせない問題を直球で投げつけてくる。

 それを言われると痛い!

 

「セレナ様~、そこまで心配しなくても大丈夫ですよ~。最近は街の治安も良くなってますから~」

「え、そうなの?」

「はい~」

 

 ドゥが意外な事を言い出した。

 治安良くなってるの?

 そりゃさすがに、ちょっと前に行った平民は劣等種だー主義を公言してるサファイア領の街よりはマシだと思うけど、ウチだって結構なクソ貴族が統治してた訳だし、最低でもモヒカンが湧いてくるくらいの治安レベルなんじゃないの?

 実際、クソ家族どもに平民の人達が頻繁に拉致られてた訳だし。

 

「具体的にどれくらい治安が改善されたのかってわかる?」

「住人は屋敷の使用人達と同じくらいに生きる気力を取り戻し、孤児やゴロツキの数が激減し、のら猫にすら多少の施しができる程になっています。

 ルナ様のいい経験になるような立派な街に生まれ変わっていますよ」

「……マジで?」

「マジです。何度も買い出しに行って確認しているので間違いありません」

 

 真面目なトロワが断言した。

 他の二人もコクコクと頷いている。

 という事は、嘘でも勘違いでもないのか。

 信じ難い。

 何故にそんな事になってるのか。

 

 とりあえず、自分の目でも確認したくなったので、私は視力を強化して窓から街並みを眺めてみた。

 すると確かに、三人の言う通り街からは暗い雰囲気を感じない。

 見た限りでは、ファンタジー系のアニメに出てきそうなまともな街になってる。

 アンビリーバボー。

 訳がわからないよ。

 でも、これなら。

 

「……本当にルナを連れて行っても大丈夫だと思う?」

「大丈夫です!」

「一人ならともかく~、私達が付いてれば問題ないと思いますよ~」

「万全を期するならセレナ様にも付いて来て頂けると助かります。そこまですればまず問題は起こらないかと」

「そっかぁ……」

 

 メイドスリーがここまで太鼓判を押してるなら大丈夫かな?

 私がいれば大抵の危険には対処できるだろうし、万が一はぐれたりしても、彼女達やルナに持たせたお守りがあれば特級戦士が襲来しても一人くらいなら返り討ちにできる筈。

 それに、ずっとここに押し込めてるのもルナの教育に悪いとは思ってたんだ。

 外に出る経験は積んでおいた方がいい。

 危険な目には遭わせたくないけど、そこまで過保護にするのはやり過ぎだろう。

 なら、これはいい機会だ。

 

「よし! わかった」

 

 私はパンッと手を叩き、作戦タイムを終了した。

 

「じゃあ、今日は私達と一緒に街に行こうか」

「いいんですか!?」

「うん、いいよ。ただし! 私が一緒の時じゃないとダメだからね!」

「はい!」

 

 という訳で、今日はルナとメイドスリーと一緒に街へ行く事が決定した。

 血みどろの戦いの合間に、こういう平和な一時があってもいい筈だよね。



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43 天使のお出かけ

 お出かけが決まった直後、私達は即行で街中に行っても違和感のない服を身繕ってから街へ向けて出発した。

 正直、ルナの服選びが楽しくて、それだけで一日潰せちゃいそうだったけど、そういう訳にもいかないので泣く泣く早めに済ませたよ。

 

 そして今、私達は街の商店街のような場所の入り口に来ていた。

 

「ルナ、絶対に私と手を離しちゃダメだからね」

「はい!」

 

 ルナに改めて念を押し、仲良く手を繋いで街を歩く。

 もちろん、ルナの歩く速さに合わせてゆっくりと……と思ったんだけど、ルナのスピードは無意識の身体強化のせいか予想外に早かった。

 加えて、初めての街に興奮してるか、私の手を引きながらあっちこっち走り回るので、結構付いて行くのが大変。

 これ私だからいいけど、身体強化のないメイドスリーだったら疲労困憊になってたかもしれない。

 そのメイドスリーは後方から微笑ましそうに私達を見てる。

 手伝ってほしい。

 

「おねえさま! あれ! あれなんでしょう!」

「ああ、あれはね……」

 

 ルナは目に付いたあらゆる物に興味を示し、質問してくる。

 できる限りは答えたけど、私もそんなに街には詳しくないから答えられなくて口ごもる事もしばしば。

 そういう時は代わりにメイドスリーが答えてくれた。

 助かる。

 

 そんな感じで街を練り歩き、色々と買い物し、今は屋台みたいな所でクレープもどきみたいなのを買って、近場で座って食べてる。

 さすがに食べる時まで手を繋いでたら不便なので、今は一時的に離してる状態だ。

 ……それにしても、こうして自分で出歩いて改めて感じたけど。

 

「本当に活気があるなぁ」

 

 子供が元気に駆け回り、おばちゃん達が井戸端会議に花を咲かせ、屋台のおっさん達の「安いよ安いよ!」という声が響く。

 悪の帝国にあるまじき明るい雰囲気の街だった。

 それこそ、はしゃぎ回るルナが全然浮かないくらいに。

 

「ふふ、それはセレナ様のおかげですよ」

「? どういう事?」

 

 私が疑問に思っていると、メイドスリーの中で一番知的なトロワが色々説明してくれた。

 それによると、どうもこの平和な光景は、私がクソ家族どもを粛清した事による副産物らしい。

 あの時、私はクソ家族どもを粛清するついでに、この街の運営を引き継ぐ人達に釘を刺した。

 民の為になる政治をやれと。

 ついでに、六鬼将としての仕事が本格的に始まる前のまだ暇だった時期に、領内の色んな街に行って、そこの街長に領主として同様の命令を出しておいた。

 まあ、街長達はアメジスト家と縁のある貴族で、バッチシ腐敗に染まってる連中だったから、お腹の中にクソ親父と同じアイスゴーレム爆弾を入れて脅したけど。

 

 そうした理由は、姉様の優しさに少しでも報いたかったからっていうのと、ルナが成長した時に腐敗した領地を見せたくなかったからなんだけど、その効果が予想外に早く現れてたらしい。

 正直、あの程度の軽い干渉でここまで大きな効果が出るとは思わなかった。

 治安が回復するのにも、虐げられ続けた人達の意識が変わるのにも、それ相応の時間がかかると思ってた。

 だから、この結果は意外だ。

 まあ、嬉しい誤算だと思っておこう。

 

 でも、これならもう少し早くルナをお出かけに連れて来てもよかったかもしれないなー。

 ……いや、ルナを狙う刺客がいる可能性もあるから、それは無理か。

 ルナが私のアキレス腱だっていうのは、貴族の中でそこそこ有名な話だし。

 でも、これからはたまになら連れて来てもいいかもね。

 ルナ、本当に楽しそうだったし。

 もちろん、私が付いて行ける時限定だけど。

 

 そうして、束の間の平和で幸せな時間を満喫していた時。

 

「っ!?」

 

 私の背筋に特大の悪寒が走った。

 バッと、その悪寒のした方向へと顔を向ける。

 これは……街の東門に忍び込ませてる超小型アイスゴーレムからの情報だ。

 覚えのある魔力の持ち主が一人、同行者と思われる人物と共に門からこの街に侵入した。

 最悪だ。

 なんで、よりにもよってこのタイミングで。

 

「……セレナ様? どうされました?」

 

 私の雰囲気が変わった事に気づいたのか、メイドスリーが険しい表情で私を見てくる。

 そんな三人とルナに向かって、私は告げた。

 

「皆、悪いけどお出かけはここまでにするよ。敵がこの街に侵入してきた。すぐにルナを連れて……」

 

 そこまで言って気づく。

 間抜けにもたった今気づいた。

 

 ルナの姿がどこにもない。

 

 私達が超小型アイスゴーレムからの情報に気を取られてる隙に、忽然と姿を消していた。

 

「ルナ!?」

「え!? ルナ様!?」

「っ~~!? 一瞬目を離した隙に……!」

「探しましょう!」

「待って!」

 

 トロワの迅速な判断に従い、メイドスリーが方々に散ろうとする。

 私はそれを止めた。

 

「大丈夫。ルナに持たせたお守りは、あの子の居場所を私に知らせる機能があるから」

「あ、そっか!」

「さすがセレナ様です~!」

「それで! ルナ様はどこに!?」

 

 私はお守りこと、ルナに持たせた腕輪型アイスゴーレムに魔力を送信し、逆に向こうからも魔力を送信させ、大体の位置を把握した。

 近い!

 いや、そりゃそうか。

 だって目を離したのは数秒なんだから。

 でも、何故か結構なスピードで走ってるみたいでドンドン遠ざかっていく。

 ルナ何やってんの!?

 これメイドスリーの足じゃ追い付けないよ!?

 

「ルナは何故か走ってる! 方向はこっち! 三人ともお守りの機能を使って付いて来て!」

「「「わかりました!」」」

 

 私は身体強化を使って走り出す。

 メイドスリーも腕輪型のお守りに触れ、その機能の一つである身体強化を使って付いて来る。

 革命軍から回収した魔導兵器(マギア)を参考に改良しといて良かった!

 

 そうして走る事、数十秒。

 私達は小さな白銀の後ろ姿を捉えた。

 

「ルナ!」

「あ! おねえさまー!」

 

 ルナは呑気に私に手を振ってきた。

 よし、とりあえず無事!

 傷一つない!

 何故か腕の中にふてぶてしい顔した白猫を抱えてるけど、それ以外に変な事は……変な、事、は……

 

 ルナの前に、フードを深く被って顔を隠した不審者が二人いた。

 

「「なっ!?」」

 

 私は思わず驚愕の声を上げてしまった。

 不審者の一人が私と全く同じ反応をする。

 その不審者、一人は私と似たような背丈をした少女。

 そして、私を見て劇的な反応をしたもう一人は、とてつもなく覚えのある魔力反応(・・・・)をした少年。

 嘘だろ!?

 さっき門から侵入して来たのには気づいてたけど、なんでここにいるの!?

 

「? おしりあいですか?」

 

 そんな私達の間に挟まれたルナがコテンと首を傾げた。

 うん、知り合いだよ。

 ただし、ルナには紹介できないタイプの知り合いだよ。

 

 そこにいた不審者ルックの少年は、ついこの間ボッコボコにした革命軍の戦士にしてこの世界の主人公、アルバに他ならなかった。



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勇者、まさかのエンカウント

「おう、着いたぜ」

 

 ガタゴトと揺れていた馬車が止まり、ここまで乗せてくれた親切な御者の人が目的地に着いた事を伝えてくれた。

 

「あの、ここまで本当にありがとうございました」

「なぁに気にすんな! 困った時は助け合いよ!」

 

 そう言って御者の人は笑う。

 本当にいい人だ。

 ここまでの旅路で出会った他の人達は自分達の事で精一杯って感じで、お金を払わなければ何もしてくれなかったのに。

 

 御者の人に改めてお礼を言い、俺達は馬車の外へと出る。

 そして、ルルに支えてもらいながら、門の前に出来ている列に並んだ。

 

「ほら、街に着いたわよ。休める場所までもう少しだから頑張りなさい」

「ああ。ごめんルル。助かる」

「それは言わない約束って何度言えばわかるのかしらね」

「……ごめん。いや、ありがとう」

「よろしい」

 

 こうやってルルにかなり助けられながら、俺は今とある街の入り口にまで来ていた。

 ここまでの旅路は本当に大変だった。

 

 あの敗戦の後、革命軍は仲間と合流する暇すらなくバラバラに逃げ出し、方々に散った。

 他の人達がどうなったのかはわからない。

 上手く他の支部まで逃げられればなんとかなるかもしれないが、その途中で捕まるか殺される可能性の方が高いだろうし、そもそも他の支部の場所は機密扱い。

 自力で辿り着ける可能性は低いだろう。

 現地の支部が回収してくれればあるいはといったところか。

 心配でならない。

 

 でも正直、他の人達の心配をしてる余裕なんて俺達にはなかった。

 俺はセレナにやられた傷が深く、戦いはおろか普通に歩く事すら難しい。

 しかもルルの見立てでは、まともな治療で治る可能性は低いそうだ。

 革命軍の持つ回復の魔導兵器(マギア)でもない限り戦線復帰は絶望的だろう。

 

 という事で、俺達は他の革命軍の拠点を目指して歩いた。

 目的地は、唯一ルルが正確な場所を把握しているという革命軍の本部(・・)

 革命軍の心臓部とも呼ぶべきそこは、エメラルド公爵領という場所にあるらしい。

 そこまでは普通に遠い。

 前回の戦いがあったサファイア公爵領から馬車を乗り継いで一ヶ月以上はかかる。

 今の俺の身体でそれだけの長旅に耐えるのは難しい。

 途中で野垂れ死ぬ可能性を少しでも下げる為には最短ルートを行くしかなかった。

 

 だからこそ、俺達は今ここにいる。

 アメジスト伯爵領の領都。

 あのセレナが領主を務め、本拠地にしている街。

 もし今の状態でセレナに見つかったらと思うと危険にも程があるが、ここを迂回しようとした場合かなりの遠回りをする必要がある。

 俺はそれでも迂回した方がいいと言ったが、結局はルルに押し切られてこのルートを通る事になった。

 多分、ルルは遠回りだと俺の身体が持たないと判断したんだろう。

 迷惑をかけて本当に申し訳ない。

 

 でも幸い、革命軍が掴んだ情報によると、セレナは領主としての仕事よりも六鬼将としての仕事を優先しているらしく、ここにいる可能性は低いそうだ。

 万が一このタイミングで帰ってたとしても、屋敷から出てくる事はまずないらしい。

 だから少しは安心できる。

 

 そうして俺達は街の門に辿り着き、通行料を払って街の中へと入った。

 ちなみに、この金はルルがいざという時の為にスカートの中に忍ばせておいたお金だ。

 どうも、ルルは昔お金の事で相当苦労したらしく、その手の準備を怠らないのだ。

 頼もしい。

 

 そして街に入った途端、その光景に俺達は驚かされた。

 

「凄い明るい街だな……」

「……そうね」

 

 俺の正直な感想に、ルルは凄い複雑そうな声で同意した。

 それも無理はない。

 何せ、ここはセレナの治める街。

 そこが明るいという事は、俺達にとっては悪魔のような存在である筈のセレナが善政を敷いているという事なのだから。

 

 いや、この街だけじゃない。

 アメジスト領の街は、どこの街もこの街ほどじゃないにせよ、他の領地とは比べ物にならない善政が敷かれていた。

 民衆の顔に笑顔があった。

 この街に至っては、俺達革命軍が理想としたような光景だ。

 横暴な貴族に怯える事なく、皆が思い思いに街を行き交って、子供が笑顔で猫を追いかけるのを街人達が微笑ましく見守っているような平和が実現している。

 というか、猫を追いかけてるあの子の身体能力凄いな。

 

 アメジスト領がこんなに明るい理由は旅の途中でよく耳にした。

 あの親切な御者の人も誇らしそうに語っていた。

 

 曰く、この領地は数年前に領主が変わってから驚く程平和になったらしい。

 

 それ以前は他の領地と同じく、貴族が平民の事なんて考えずに好き勝手していたそうだが、今の領主になってから、つまりセレナが領主になってから全てが変わった。

 セレナは横暴な貴族を押さえつけ、民の為になる政治を行い、そうして領民全てから感謝される存在になった。

 嘘みたいな話だ。

 俺達を大量に虐殺してきた悪魔が、ここでは正義の英雄(ヒーロー)だった。

 

 俺達はそんな奴と戦っていたのだ。

 そんな奴を殺そうとしていたのだ。

 果たしてそれが本当に正しいのかどうかわからなくなる。

 そうしていると、前に見たあの辛そうなセレナの顔を思い出して、より一層わからなくなる。

 あいつは皆の仇だ。

 でも、あいつはこの領地にとって英雄だ。

 そんなあいつを倒そうとする事は、正義なのか、悪なのか。

 

「つかまえた!」

「にゃ」

 

 そうして俺が思考の迷路に迷い込んでいると、目の前に一人の少女が飛び出してきた。

 さっきから猫を追いかけていたあの少女だ。

 ちょうど俺達の目の前で猫を捕まえたらしい。

 その捕まった猫は、なんだかやたらとふてぶてしい態度で「やれやれ捕まっちまったか」みたいな顔してる。

 謎の貫禄があった。

 

「あれ? おねえさま~? アン~? ドゥ~? トロワ~?」

 

 と思ったら、今度は少女が猫を抱えたままキョロキョロと辺りを見回し始めた。

 猫を追いかけてる内に保護者とはぐれたのか?

 どうやら、この子は結構おっちょこちょいな性格らしい。

 俺は少し苦笑しながら、その子に話しかけた。

 

「道に迷っちゃったの?」

「え? あ、はい……」

 

 自分に声をかけられたと気づいて少女が俺の方を向く。

 だが、少し緊張しているようだ。

 無理もない。

 今の俺は顔を隠す為にフードを深く被ってるし、顔の右側に付いた傷を隠す為に、顔の半分を布で覆っている。

 誰がどう見ても不審者だ。

 

「ちょっとあんた!? 何やってんの!?」

「え?」

 

 その時、隣のルルが凄い剣幕で怒り出した。

 

「いや、道に迷ってるみたいだから助けようと……」

「このお人好し! 自分の状態わかっててやってんの!? それに普通の子は知らない人に付いて行かないように教育されてんのよ!」

「あ……」

 

 しまった。

 つい故郷の村にいた時の癖で。

 あそこは小さな村で、村人同士は皆顔見知りだったから、困った子供がいたら皆で助けてたんだよな。

 でも冷静に考えてみると、他の場所でその行動は不審者か。

 どうしよう。

 少女もなんか微妙な顔でこっち見てくるよ。

 

「ルナ!」

「あ! おねえさまー!」

 

 どうしようか本気で悩んでいた時、路地裏から凄いスピードで何人かの女の人が出てきた。

 その内の一人が名前を呼び、それに少女が反応したところを見ると、この人達が保護者か。

 どうやら迷子は俺達が何もする必要もなく解決したらしい。

 よかったと思いながら顔を上げると、

 

「「なっ!?」」

 

 信じられない奴がそこにいた。

 思わず驚愕の声を上げれば、相手も全く同じ反応をする。

 嘘だろ!?

 遭遇する可能性は低いんじゃなかったのか!?

 

「? おしりあいですか?」

 

 少女がコテンと首を傾げる。

 ああ、知り合いだよ。

 因縁の相手だ。

 

 何故か普通の街娘みたいな格好をしてそこにいたのは、仲間達の仇にしてこの領地の救世主。

 帝国最強の騎士の一人、六鬼将序列三位『氷月将』セレナ・アメジストに他ならなかった。



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44 安全確保

「……ルナ、こっちにおいで」

「? わかりました」

 

 私は敵意と警戒をできるだけ表に出さないように必死で抑えながら、ルナにこっちへ来るように言った。

 ルナがトコトコと小走りで私の方へと走ってくる。

 何故かふてぶてしい白猫を抱えて離さないまま。

 だから、その猫何?

 

 いや、そんな事今はどうでもいい。

 問題は猫よりアルバ達だ。

 ルナが完全に私の所に来るまで、あと数歩。

 その間、彼らがルナに手を出す気配はない。

 まあ、革命軍の理念的に考えても、アルバの性格的に考えても、人質作戦なんてできないだろうとは思う。

 それでもひたすら心臓に悪い。

 いつ戦いが始まってもいいように神経を研ぎ澄ます。

 ルナを守る為に。

 

 だって、これが裏切り爺辺りなら、正義だの善意だのより大義を取ってルナを襲うだろうから。

 ルナは私の最大の弱点であり急所だ。

 ルナを人質にでもされれば私は言う事を聞かざるを得ない。

 私が帝国に従ってる理由がまさにそれなんだし。

 まあ、実際はそう簡単な話でもないんだけど。

 

 現在、ルナには皇帝によって闇の呪いがかけられ、奴に生殺与奪を握られている。

 だから私は皇帝に逆らえない。

 そんな状態でルナが別の誰かに拐われたらどうなる?

 その相手が革命軍とかで、私に皇帝と帝国への裏切りを命令してきたらどうなる?

 答え、板挟みで詰む。

 私を駒として使う事はできない。

 だけど、ルナに呪いがかけられてるなんて事を知ってるのは皇帝と私とメイドスリーだけだ。

 奴は呪いの事を一切公言してないから。

 もしかしたら側近とかには話してるのかもしれないけど、少なくとも私が知ってる限りではそれだけ。

 

 そして、知らない奴からすれば、ルナは私に対する最高の人質にしか見えない。

 もし呪いの事を知ってたとしても、それはそれで私という戦力を戦わずして排除できる。

 どっちにしろ、ルナには人質としての価値が発生してしまうのだ。

 

 だから、裏切り爺以外にもルナの誘拐を考えるような奴がいる可能性は高い、めっちゃ高い。

 そう、例えば、今アルバの横で彼を支えるように立ってるルルとかが凶行に走ってもなんらおかしくないのだ。

 彼女は善人だけど、アルバ程のお人好しじゃない。

 必要とあらば非道な事でもするかもしれない。

 まあ、今は悪巧みより困惑が先に来てる感じがするけど。

 ……ん?

 困惑?

 

 ……あれ?

 これ、もしかして私の正体に気づいてない?

 確かに、戦場に出る時の私は全身鎧で顔もスタイルも隠してる。

 一目で私をセレナだと見破る方法は少ない。

 熟練した探索魔術で魔力反応を識別するか、事前に私の顔を知ってるか、掴んでる情報の中から推理するか。

 あ、意外と多いわ……。

 でも、ルルのあの感じを見る限り、私がセレナだと確信はしてなさそう。

 隣のアルバがやたら警戒してるからまさかとは思ってる、ってところかな?

 逆に、アルバは確信してる感じだ。

 何か確信に至るような要素を持ってるんだろう。

 それを持ってるのがルルじゃなくてアルバだったのが不幸中の幸いか。

 

 そんな事を思考加速で考えてる間に、ルナが私の所まで撤退する事ができた。

 私はできるだけ自然な動きで、ルナをメイドスリーに任せる。

 

「おねえさま?」

「ルナ、今日のお出かけはここまでにしようか。三人とも、ルナを連れて先に帰ってて」

「え!?」

 

 ルナが悲しそうな顔をする。

 だが、ならぬものはならぬ!

 私はメイドスリーにアイコンタクトした。

 その意図を察してくれたようで、三人の中で一番戦闘力が劣るドゥが、ふてぶてしい白猫ごとルナを抱き上げる。

 一番弱いドゥがルナを抱え、他の二人が十全に戦えるようにする為のフォーメーション。

 前々から決めておいた事だ。

 三人はちゃんと現状を理解してくれてる。

 

 でも、そんな三人を見てルナが不安そうな顔になってしまった。

 不穏な空気を感じ取っちゃったか。

 これはなんとかしといた方がいい。

 

「それと、帰ったらお説教だからね。勝手にいなくなった理由をたっぷり聞かせてもらうから」

「ひゃ、ひゃい!」

 

 ルナの意識をお説教に向けさせて誤魔化す。

 よし、なんとかなったっぽい。

 

「じゃあ、よろしくね三人とも」

「「「かしこまりました」」」

 

 メイドスリーができるだけ自然な動きでルナを連れて行く。

 その間、私は一瞬たりともアルバ達から意識を逸らさなかった。

 猛獣と対峙した時、いきなり背を向けて逃げ出すのは一番やっちゃいけない。

 追い掛けてくる可能性が高いから。

 故に、目を合わせて隙を見せないままジリジリと後退するのが最善手。

 これは人間相手でも同じだと思ってる。

 敵対してる人間なんて猛獣と同じだ。

 隙を見せちゃいけないのだ。

 

 そうして睨み合いを続けてる内に、ルナ達の気配が私の探索魔術の外にまで行ったのを確認した。

 ふぅ、これで一安心。

 とりあえず、これだけ離れれば、戦闘の余波に晒される可能性も低いだろう。

 あくまでも低いだけであって0ではないのが要注意だけど。

 

「さて」

 

 それを確認してから、私は改めて目の前の二人に向き直った。

 改めて見ると、アルバは満身創痍だ。

 魔力反応も弱々しいし、ルルに支えられなきゃ歩けない程弱ってるように見える。

 多分、前回の戦いからロクな治療を受けられてないんだ。

 二人だけで歩いてるって事は、他の革命軍と合流もできてないんだろう。

 なら、ルルの方も私に壊された魔導兵器(マギア)の替えを持ってない可能性が高い。

 つまり、今の二人は戦闘能力が皆無に等しい。

 

 殺すなら今が絶好のチャンス。

 

 今の私は鎧もサブウェポンも持ってないけど、この身一つだけでも充分過ぎる。

 予想外の反撃を受けて街の住人が巻き添えになろうと、アルバを仕留められるなら必要な犠牲と割り切れる。

 ……でも。

 それでも私は。

 

「ここで会ったのも何かの縁です。少し話しませんか? 革命軍のお二人」

 

 警戒する二人に向けてそう告げた。

 目的は時間稼ぎ。

 ルナ達が完全に私の城の中に、安全地帯に入るまでの時間稼ぎ。

 それまでの間、こいつらを私の索敵範囲外で野放しにする訳にはいかない。

 

 だが、そんな事情を知らない二人は驚愕したように目を見開き、凄まじく警戒した目で私を見た。

 当然だね。

 私が向こうの立場だったら同じ反応してたと思う。

 怪しい事この上ないもの。

 

「ああ、安心してください。ここであなた達を始末するつもりはありませんから」

 

 無意味かもしれないけど、一応そう言っておく。

 でも、これは紛れもない私の本心だった。

 ここで、正確に言えばこの街の中で戦いを起こすつもりはない。

 向こうから向かって来ない限り。

 

 何故か。

 そんなの簡単だ。

 

 ルナを巻き込む可能性が0.1%でもあるのなら戦わない。

 危ない橋はできうる限り渡らない。

 いつだって、それが私の答えだ。



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45 あなたの正義を問う

「どうぞ、好きな物を頼んでください。おごりますよ」

「「…………」」

 

 こっちに敵意がないって事をアピールする為に近くの喫茶店みたいな店に入り、そこの一席に座って注文を促した。

 しかし、当然のように二人は何も頼まない。

 それどころか無言。

 ただひたすらの無言。

 警戒度MAXである。

 仕方ない。

 私が先に頼むか。

 

「……お前は本当にセレナなんだよな?」

 

 だが、私が注文する前にアルバが話しかけてきた。

 

「ええ、そうですよ。私は正真正銘、あなた達と交戦したセレナ・アメジスト本人です。

 あ、すみません、紅茶を一つください」

「かしこまりました~」

 

 アルバに答えた直後に店員さんが通りかかったので、紅茶を注文しておいた。

 さっきルナ達と一緒にクレープとかを食べたので、食事はもういらない。

 飲み物だけでいい。

 そんな事を考えながらメニューを閉じると、なんとも言えない顔で私を見ている二人と目が合った。

 

「何か?」

「いや、その……」

「なんなのよあんたは!? 何がしたいのよ!

 あたし達を殺すでも捕まえるでもなくこんな所に連れて来て、自分は呑気に紅茶頼むなんて! いったい何が狙いなの!?」

 

 ルルがとても憤ったような目で私を睨みながら尋ねてくる。

 対して、アルバは困惑が強い。

 まあ、そりゃそうか。

 向こうからすると、今の私は相当不気味な行動してるように見えるだろうし。

 でも、別に狙いと言われても本気で大した事は考えてない。

 

「言ったでしょう。ここであなた達を始末するつもりはないと。

 ですが、だからと言って放置しておく訳にもいかない。

 なので、こうして平和的に引き留めながらお話している訳です」

「なんでそうなるのよ!? そもそも、あんたの言葉なんて信じられる訳ないでしょ!」

「でしょうね。しかし、あなた達が私の情報をちゃんと調べているのなら、この言葉に少しは信憑性があるとわかる筈でしょう。

 ━━私はあの子の側では決して戦いを起こさない。あの子を危険に晒すような真似は決してしない」

「っ!」

 

 言葉に強い決意を込めながらルルを見ると、彼女は息を飲んで押し黙ってしまった。

 何か言いたくて、でも言葉が出ない。

 そんな顔をしている。

 

「……どういう事だ? お前にとってあの子はなんなんだ?」

「……あなたは何も知らないんですね」

 

 そんな事をのたまうアルバにちょっと呆れた。

 私とルナの関係なんて、少し情報収集すればすぐにわかる事なのに。

 ……なら、多少は教えても構わないか。

 そうすれば、こいつの性格上、もしかしたら戦意を削げるかもしれない。

 

「あの子は私の姪ですよ。私の最愛の姉の娘、そして忘れ形見でもあります」

「!? それって……」

「ええ。姉は既に死んでいます。忌々しい権力争いに巻き込まれてしまいましてね」

 

 昨日の事のように思い出せる姉様の死に様。

 少し思い出しただけで泣きそうになる。

 

「私は姉様を守れなかった。悔やんでも悔やみ切れません。あと少し、あと数分でも早く私が駆けつけていれば助けられたかもしれないのに。己の無力さに泣きました。無能な自分を殺してやりたくなりましたよ」

 

 自分の中で負の感情が渦巻くのがわかった。

 自然と顔が歪む。

 歯を噛み締め、拳を強く握り締める。

 

「ですが、私は死ぬ訳にはいかない。まだ姉様の後を追う訳にはいかない」

 

 そして、強く、強く、どこまでも強い視線で二人を見ながら、語る。

 

「私は姉様からあの子を任された。だから、私はなんとしてもあの子を守る。どんな事をしてでも守る。たとえ、鬼になろうと悪魔になろうと。

 あの子を守る為に必要ならば、━━私はあなた達を皆殺しにする事も辞さない」

「「っ!?」」

 

 二人が息を飲んだ。

 顔を青くし、冷や汗をかいている。

 無意識に威圧してたらしい。

 

「なんで……」

 

 でも勇者は、アルバは私の威圧に飲まれながらも言葉を紡いだ。

 

「なんで、あの子を守る事が俺達を殺す事に繋がるんだ? むしろ、革命が成功して平和な国になった方があの子も幸せに……」

「あの子の父親は皇帝です」

「!?」

 

 甘ったれた事を言い出したアルバの言葉を粉砕する。

 ああ、でも学のないこの少年にはもう少し噛み砕いて教えてあげた方がいいか。

 

「仮に革命が成就し、新国家が樹立された場合、前の統治者の血を引いている者がどうなると思いますか?

 普通に考えれば処刑。運良く温情を賜ったとしても一生軟禁がいいところでしょう。

 どう転んでも、あの子に明るい未来は訪れない」

 

 まあ、その場合は即行で遠い国に逃がすから意味のない仮定かもしれないけど。

 

「それ以前に、あなた達との戦いで唯一の保護者である私を失えば、それだけであの子の未来は閉ざされるでしょう。

 あの子には貴族としても皇族としても後ろ楯がない。

 私という防波堤がいなくなれば、権力争いが大好きな亡者どもに食い物にされるだけです」

 

 これが私の一番恐れるパターン。

 私が死ねばルナは容赦なく帝国の闇に引き摺り出される。

 もしかしたら、ノクス達が多少は助けてくれるかもしれないけど、それだけだ。

 ルナ自身には選択の余地すら与えられず貴族社会に放り込まれるだろう。

 姉様を殺した、あの忌々しくて危険過ぎる世界に。

 そんな事、絶対にあってはならない。

 

 だから、その場合は究極の選択をする事になる。

 最悪な世界に残って一時だけでも命を繋ぐか、コールドスリープで呪いを止められる可能性に賭けて眠らせながらの国外脱出か。

 その二択。

 どっちを選んでも危険度MAX。

 そんな選択をしなきゃいけないくらい追い詰められたくはない。

 

 でも、それは今すべき話とは別件だ。

 今話すべきなのは、

 

「わかりましたか? 革命なんかであの子は幸せになれないんですよ。

 むしろ、革命は現在奇跡的に成り立っているあの子の平穏を完膚なきまでに破壊するでしょう。

 そんな事は許されない。この私が許さない。

 私にとって、あなた達はあの子の平穏を壊そうとする悪魔でしかないんです」

「……勝手な事言ってんじゃないわよ!」

 

 その時、ルルが吠えた。

 店内の客が何事かとこっちを見てくる。

 しかし、彼女はお構い無しに吠え続けた。

 

「あたし達は大勢の民の為に戦ってる! 虐げられてる人達の為に戦ってる! そんなあたし達を、自分達の事しか考えてないあんたなんかが悪魔呼ばわりする資格なんてないわ!」

「では、大勢の民とやらを救う為なら、なんの罪もない一人の少女がどうなろうと知った事ではないと、あなたはそう言うのですね」

「なっ……!?」

 

 ルルが絶句した。

 その様子に、私は心の底から苛立ちを感じた。

 

「まさか、あなたは自分達の事を『正義』だとでも思っていたのですか?

 だとしたら、勘違いも甚だしい。

 あなた達は民を救うというお題目で何人、何十人、何百人殺してきました?

 その殺した人達は全員悪人だとでも思っていましたか?

 革命軍のせいで不幸になった罪のない人間が一人もいないと本気で思っていたんですか?」

「っ!?」

 

 ルルの顔が青くなっていく。

 ずっと黙ったままのアルバに至っては顔面土気色だ。

 もう一押し。

 

「あなた達は断じて正義なんかじゃない。『悪』ですよ。あなた達が必死で倒そうとしている帝国と何も変わらない、人殺しという名の救いようのない悪人集団です。

 もし自分達の事を正義だなどと思い上がっていたのなら、━━恥を知りなさい」

 

 否定する。

 否定する。

 彼らの思想を完全否定する。

 正直、さすがにこれは暴論が過ぎるとは思うけど、それでも半分くらいは本気で思ってる事だ。

 ゲームで見てた頃は全然思わなかったけど、今なら確信を持って言える。

 革命軍は正義じゃない。

 ルナを不幸にする連中が正義である筈がない。

 

「……なら! ならあんたは正義だとでも言うの!? 大切なものの為に戦ってる自分は正義だとでも言うつもり!?」

 

 そんな事を思っていると、ルルが今度は妙な事を言い出した。

 私が正義?

 アハハ、何それ。

 

「そんな訳ないでしょう。私も悪ですよ」

 

 苦笑する。

 失笑する。

 本当に、今のは笑えない冗談だ。

 

「それでも、私は覚悟を決めている。自分がどうしようもない悪になろうとあの子を守ると決めている」

 

 悪には悪なりの信念がある。

 守るべき者の為に戦うのは正義のヒーローだけじゃない。

 

「あなた達はどうですか? 自分達が悪に染まってでも、多くの人の命を奪って、その人達の幸福を踏みにじってでも革命を成したいと本気で思っていますか?」

「「…………」」

 

 二人は答えなかった。

 答えられなかった。

 甘いよ。

 反吐が出る程に甘いよ、主人公ズ。

 

「そこで即答できないようであれば、革命軍などやめてしまいなさい」

 

 私は最後にそう言い残して席を立つ。

 言いたい事は言ったし、ルナ達に持たせたお守りアイスゴーレムの反応は私の城の中に入った。

 それに仕込み(・・・)も終わった以上、もうここにいる必要はない。

 

 そう思って席を立ったら、凄い困った顔した店員さんが紅茶を持ったまま立ち尽くしていたので、苦笑しながら紅茶を受け取ってイッキ飲みした。

 そして、ちゃんと代金を支払う。

 迷惑料込みで多目に。

 

「騒がしくしてすみませんでした」

 

 ペコリと頭を下げる。

 店員さんは目を泳がせながらも、迷惑料が効いたのか何か言ってくる事なく、普通に「ありがとうございました」と対応してくれた。

 殺気が渦巻いて怖かっただろうに、中々のプロ根性である。

 

 そして、私は最後にもう一度だけ、俯いた二人に向かって話しかけた。

 

「それでは、私はもう行きます。できればもう二度と会わない事を祈りますよ」

 

 次に会ったら殺し合いだろうから。

 心情的にも戦略的にも、二人にはここで離脱してほしいっていうのが偽らざる本音だ。

 その場合は仕込みが無駄になるけど、そんな事は些事でしかない。

 まあ、無理だと思うけど。

 

「では」

 

 そうして、私は今度こそ店を出た。

 とりあえず二人の事は警戒しつつも頭の隅に追いやり、勝手に私達から離れて今回の騒動を起こしてしまったルナへのお説教の内容を考えながら。



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勇者の苦悩

 セレナが去った後、俺達は重い足取りで話し合いの場所となったお店から離れた。

 そして、現在の俺は街の中にある宿屋の一室、そこのベッドの上にいる。

 本当ならセレナのいる街に留まるべきじゃない。

 今すぐにでも街を出た方がいいんだろうが、元々この街に着いた時点で俺の身体は限界だったんだ。

 休息がいる。

 とても今すぐに出発する事はできない。

 だから、仕方なく宿屋に泊まった。

 今は、この街の中で戦いを起こす気はないと言ったセレナの言葉を信じるしかない。

 

「ほら、食事貰ってきたわよ」

「ありがとう」

 

 ベッドで休んでる間に、ルルがこの宿屋で提供されてる食事を運んできてくれた。

 結構柔らかいパンに、肉がゴロゴロ入ったシチュー。

 他の街だと贅沢な部類に入る料理だ。

 それなのに、こんな食事付きでも料金は普通の宿屋と同じか少し安いくらい。

 ベッドもかなり良い物だし、改めてこの領地が豊かなんだと実感する。

 

「いただきます」

 

 その食事を残った左手で食べる。

 体力を回復させるには、しっかり食べて、しっかり休まないといけない。

 だから食べる。

 今だけは無心で食べる。

 

「ごちそうさまでした」

「……ねぇ」

 

 そうして食べ終えたところで、ルルが話しかけてきた。

 何を言い出すかは考えなくてもわかる。

 セレナに言われた事だろう。

 このタイミングで、それ以外の話題がある訳がない。

 

「ここはやたらと居心地がいいけど、予定通り明日には出ていくわよ。

 だから、今の内にしっかり休んでおきなさい」

「あれ!?」

 

 それ以外の話題が出てきた!?

 

「何よ?」

「いや、その……」

「あんた……まさかあの女の言う事気にしてんじゃないでしょうね?」

「うっ……」

 

 図星を突かれて息が詰まった。

 そんな俺を見て、ルルはやれやれとばかりに「ハァァァァ……」と盛大にため息を吐く。

 酷い態度だ。

 ルルはあれを聞いて何も思わなかったんだろうか。

 

「……そりゃ、あたしだってあいつの言葉に思うところはあったわよ」

 

 ルルは俯きながら語り出した。

 

「確かにあいつの言う事にも一理あるし、守るものの為に戦うっていうあいつの姿勢も理解できる。

 それが嘘じゃないって事もわかるわ。

 あの時のあいつは、子供を必死で守る母親の顔してたもの。

 今まではただ憎いだけの仇としてしか見てなかったけど、少しだけ、ほんの少しだけあいつを見る目が変わったわよ」

 

 「だけどね」と言ってルルは続けた。

 

「あいつに譲れないものがあるように、あたし達にだって譲れないものがあるのよ。

 革命は確かに、あいつやあいつが必死で守ってる子を不幸にするかもしれない。

 だけど、革命がなかったらもっと多くの人達が不幸になる。

 いいえ、現在進行形で不幸になってる。

 誰かがこの腐った国を変えないとずっとこのまま。

 あたしやあんたみたいな、帝国の被害者が際限なしに増え続ける。

 そういう悲劇をあたしは嫌になるくらい見てきた。見続けてきた」

 

 そして、ルルは俯いていた顔を上げ、俺の目を正面から見てくる。

 その目には、セレナとはまた違う覚悟の光が宿っていた。

 

「あたしは今の帝国が許せない。だからあたしは戦う。戦い続ける。

 その途中であいつみたいな奴を巻き込んででも、あいつの言う通り『悪』に染まってでも戦い続ける。

 汚名全部被ってでもこの国を変えてやるわよ、こんちくしょう!」

「……そうか」

 

 ルルは覚悟が決まってるんだな。

 強い、そして凄い。

 その強さが羨ましい。

 俺はこんなに迷って……いや、躊躇ってるというのに。

 

「それで、あんたはどうなのよ? ……って聞くまでもないわね。そんな情けない顔見れば聞かなくてもわかるわ」

「ごめん……」

「ねぇ」

 

 俯いてしまった俺の顔に、ルルが両手を添えた。

 そして無理矢理自分の方を向かせ、問いかけてくる。

 

「あたしは最初に言ったわよね。あんたが間抜け晒して貴族にとっ捕まった時。そこから助け出して革命軍に勧誘した時、あたしは確かに言った筈よ。

 どうしようもない時は無関係の人間でも巻き込むかもしれないって。

 その覚悟を決めておきなさいって、確かに言った筈よね」

「……ああ」

 

 覚えてる。

 しっかりと覚えている。

 俺はその覚悟を決めていたつもりで、その実全く決められていなかった。

 前に戦場に出た時もそうだ。

 帝国の被害者でしかない平民の兵士達とぶつかった時、俺はその人達を殺す事なく戦場から弾き出していた。

 悪人以外を殺す事ができなかった。

 今でもその判断が間違いだったとは思わない。

 けど、あの時はそうする余裕があったからできた事だ。

 余裕がなくなった時、果たして俺はちゃんと覚悟を決めて殺す事ができただろか?

 ……できなかっただろうな。

 その証拠に、今こうして情けなく迷って躊躇っているんだから。

 

「……辛いなら抜けていいわよ。その怪我は引退の理由として充分だし、そもそも、あんたはあたしが無理矢理引き入れたようなもんだしね」

「……いや、それはやめとくよ」

 

 それだけはやっちゃいけない。

 考える前に本能でそう思った。

 逃げる事だけは許されない。

 たとえルルが許そうと、仲間を見捨てて逃げたりなんかしたら俺自身が俺を許せなくなるだろう。

 だから、俺は逃げない。

 逃げる事だけは決してしない。

 

「情けないけど、今はまだ覚悟が決まらない。セレナの言葉にどう向き合うべきなのかわからない。

 でも、次戦う時までには答えを出すよ。

 考えて、考えて、俺自身の答えを出すよ。必ず」

「……そう」

 

 ルルは悲しそうな、それでいて優しそうな、らしくない目をしながら俺の顔から手を離した。

 そして、瞬きを一つ。

 それで完全にいつもの勝ち気な目に戻ったルルは、離した手でデコピンを繰り出してきた。

 

「痛っ!?」

「なら、さっさと寝なさい。あんたがバテてるせいで足止め食らってるんだから、そこんところ自覚して早く体力戻す事。

 いいわね?」

「あ、ああ」

 

 もう完全にいつものルルだ。

 さっきまでの若干しんみりとした感じは欠片も残ってない。

 でも、これがルルなりの優しさだって事はわかってる。

 悲しい時、辛い時、できるだけいつも通りに振る舞おうとするのがルルだ。

 俺はちゃんとそれに救われている。

 

「ありがとう、ルル」

 

 お言葉に甘えて、俺はベッドの中に戻る。

 そして、やっぱり疲れはまだまだ蓄積してるみたいで、すぐに意識が落ちた。

 今は、今だけは何も考えないで休もう。

 これからも辛い戦いは続くのだから。



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46 お説教と白猫

 アルバ達と別れた後、私は駆け足で私の城へと戻った。

 危険人物が街中に侵入してる以上、一刻も早くルナの側に戻りたい。

 いざとなればメイドスリーと護衛アイスゴーレム軍団、それと完成体ワルキューレ数十体がなんとか守ってくれるとは思うけど、それでも念には念をだ。

 ルナの事なら注意しすぎって事はない。

 今回アルバ達にエンカウントしたのだって、注意が不足した結果だし。

 まさかルナが勝手にいなくなるとは思わなかった。

 帰ったらその理由も聞き出してお説教だね。

 

 そうして帰還した城内では、既にお説教を開始してるメイドスリーと、猫を抱えながら涙目で正座するルナの姿があった。

 今回ばかりは、ガミガミお化けと称されるトロワだけじゃなく、普段はルナの味方に近いアンも、宥め役のドゥも一緒になって叱ってくれてるっぽい。

 三人がかりで泣かされてるルナを見たら反射的に助けたくなったけど、ここは心を鬼にして私も叱らなければ。

 

 私は意を決して部屋の中に足を踏み入れた。

 

「た、ただいまー……」

「おねえさま!」

 

 すると、私に気づいたルナが救いを求めたのか、抱えていた猫を床に置いて、一直線に私目掛けてダッシュして抱き着いてきた。

 そのまま嗚咽を漏らしながら私の胸で泣き始める。

 うっ!

 こんなのを見せられては叱ろうという決意が揺らぐ!

 だが、耐えろ私。

 子育てにおいて、甘やかしすぎてはいかんのだ。

 ほら、見ろ。

 メイドスリーも「わかってますよね?」的な目で私を見てるぞ。

 あの三人だって心を鬼にして頑張ったんだ。

 私だけ逃げる訳にはいかない。

 

「えーと、ルナ……とりあえず、なんで怒られてるのかはわかってるよね?」

「は、はい! か、かってにいなくなってごめんなさい! やくそくやぶってごめんなさい! ごめんなさい!」

 

 めっちゃ嗚咽混じりの声で必死に謝るルナ。

 どうやらメイドスリーに相当絞られたらしい。

 というか、あれ?

 これもう私がこれ以上叱る必要なくね?

 だって充分過ぎるくらい反省してるし。

 叱るという行為は反省させる為に行うものであり、既に反省してる人間に対してするべきなのは別の事なんじゃなかろうか。

 よし。

 叱るんじゃなくて、諭そう。

 厳しくするだけが躾じゃない。

 

 私はぐずるルナをそっと抱きしめ、背中をトントンと叩きながら、できるだけ優しい声で言った。

 

「ルナ、お外は楽しかった?」

「え? は、はい……」

「そっか。それは良かった。

 でもね、行く前にも言ったけど、お外はあの部屋の奥と同じで、怖い人達も怖い怪獣もいっぱいいるんだよ。

 そんな所でルナを一人にしたら、私達はすっごく心配になる。

 悪い人に捕まってないかとか、怖い目に遭ってないかとか考えて、すっごく心配になるの。

 だから、私達の為にも、こういう危ない事はもうしちゃダメだよ。

 わかった?」

「はい……」

「よし。いい子」

 

 よしよしと頭を撫でる。

 そうしながら、私はメイドスリーにアイコンタクトで「ごめん」と伝えた。

 三人が心を鬼にしてくれたというのに、結局私は優しくしてしまった。

 嫌な役割押し付けてホントごめん。

 今度、何か埋め合わせするよ。

 

 その思いが伝わったらしく、三人はやれやれといった感じで肩を竦めていた。

 そんな三人の足下で、白い毛玉があくびする。

 どことなくふてぶてしい雰囲気のする白猫だ。

 某恩返し映画に出てくるデブ猫を思い出すなぁ。

 結局なんなんだろう、この猫は。

 

 私が不思議な気持ちで見詰めていると、白猫は何を思ったのか私の方に歩いてきて、私の身体をよじ登り、肩の上に座った。

 そのまま、肉球でペタペタとルナの頭に触れる。

 ひょっとして撫でてるつもりなんだろうか?

 

「しろまるぅ……!」

「しろまる?」

 

 ルナが白猫の事をそんな名前で呼んだ。

 いつの間に名前を付けたのやら。

 というか、この安直過ぎるネーミングセンスは姉様を思い出すなー。

 和む。

 

「セレナ様~」

「ん?」

 

 和みつつもそんな猫の事が気になっていると、気遣いのできる女ドゥがスッと近づいてきて、私の耳元でコショコショとこの猫の事を教えてくれた。

 

「どうやら~、ルナ様はこの猫が気になって私達から離れちゃったみたいなんですよ~。本とかでしか知らなかった猫を初めて直に見て興奮しちゃったらしくて~」

「あー……」

 

 好奇心が刺激されちゃったのか。

 私も前世でのら猫とか見たら「おいでおいで~!」と言わずにはいられない猫派だったし気持ちはわかる。

 で、ルナは私達から離れてまでこの猫を追いかけて捕まえたと。

 

「この猫どうしましょうか~?」

「そうだねー……」

 

 まあ、それはルナ次第かな。

 

「ルナ、この猫ちゃんどうしたい?」

「しろまるはおともだちです!」

「そっかー」

 

 ルナの初めての友達が猫か。

 いや、いいんだけどね。

 

「それじゃあ、この子も一緒に暮らそうか」

「え!? いいんですか!?」

「うん。いいよ」

 

 名前付けるくらい気に入ってるみたいだし、今更引き離すよりペットにしちゃった方がいいでしょ。

 見たところ、魔獣でも誰かの使い魔でもないただの猫みたいだし、ルナの近くに置いといても問題ない筈だ。

 それに、ペットは子供の情操教育に良いって話をどこかで聞いた事あるような気がする。

 

「その代わり、この子のお世話はルナがちゃんとする事」

「はい!」

「よろしい。じゃあ、よろしくね。えっと……しろまる」

「にゃ」

 

 白猫改め、しろまるは「仕方ねぇな。飼われてやるか」みたいな副音声が聞こえてきそうな声で鳴いた。

 なんともふてぶてしい。

 けも、それもまた気まぐれな猫っぽくていい。

 今度、暇な時に私もモフモフさせてもらおう。

 

 こうして、我が家に新しい家族が加入したのだった。



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47 休暇をください。だが断る

 しろまるに付けるアイスゴーレム製の首輪を作ったり、ルナに構ったり、アルバ達の動向に注意したりしてる内に一日が終わり、私の短い休日はあっという間に過ぎ去ってしまった。

 その翌日。

 色んな意味で後ろ髪引かれながらも、どうにもならない社会人の務めに従い、転移陣を使って今日もブラック企業に出社する。

 正直、行きたくない。

 毎回思ってる事だけど、今回はそれに輪をかけて行きたくない。

 だって、何故かアルバ達がまだ街の中に居るんだよ?

 そんな所にいたら私の気紛れで死ぬかもしれないのに留まるとかバカなの?

 

 そのせいで、私は特大の危険要素をルナの近くに置いたまま出社せざるを得なくなった。

 バックレる訳にはいかない。

 帝国からの信用を失ったら一発アウトだから。

 ズル休みも無理だ。

 あれは言い訳ができる時にしか使えない。

 

 ああ! 行きたくない!

 だって、アルバ達がトチ狂ってルナを襲う可能性だって0じゃないんだぞ!

 メイドスリーとワルキューレが居れば撃退できるとは思うけど、相手は主人公やぞ!

 主人公補正でルナが連れ去られたらどうする!?

 その時は仕事をバックレてでも私が駆け付けるつもりだけど、間に合わないかもしれない。

 それこそ姉様の時みたいに。

 うっ、トラウマが疼いて吐き気と頭痛と寒気と鳥肌が!

 

 ああ、マジで休暇欲しい。

 アルバ達が消えるまでルナの側に居たい。

 領地で緊急事態が発生しましたって言えば休暇取れるかな?

 よし、ノクスに相談してみよう。

 

 という訳で、いつも通り転移陣を通って帝都に出社し、そこから更に城の転移陣で現在の職場であるサファイア領の砦へ向かう。

 そこで私の仕事を代わってくれていたノクスに、開口一番こう言った。

 

「おはようございます。休暇をください」

「断る。寝惚けた事を言っていないで仕事をしろ」

 

 バッサリと切られた。

 酷い。

 まあ、今のは言葉が足りなかったから仕方ないか。

 

「失礼しました。訂正します。領地にて緊急事態が発生した為、もう少し休暇をください」

「……なんだと? 詳しく話せ」

 

 ノクスは仕事の手を止めて私の話を聞く姿勢を取ってくれた。

 さすができる男、いい上司。

 父親とは大違いだ。

 

「昨日、私の住まうアメジスト領の領都にて、前回の戦いで取り逃がした革命軍の主要人物と思わしき者達数人を確認しました。

 そして、奴らは未だに街中に留まっています。

 これを排除するまでの間、休暇をいただきたいのです」

「……そういう事か」

 

 私の話を聞き、ノクスは考えるように顎に手を当てた。

 そうして少しの間沈黙し、改めて口を開く。

 

「そいつらがお前の拠点やルナマリアに襲撃をかけてくる可能性は?」

「0ではありませんが、限りなく低いと思われます。敵の人数は僅か二人であり、更に片方はかなりの手負いですので」

「そうか」

 

 その「そうか」には言葉の裏まで読んだ感じの響きがあった。

 襲撃の可能性は低いけど0ではない。

 すなわち、私は今すぐにでもルナの護衛に戻りたい。

 そんな内心を察してくれてる気がする。

 

「……さっさと排除してしまえと言いたいところだが、お前の性格を考えると、街中で戦闘を起こすのは避けるだろうな」

「ご理解いただけているようで恐縮です」

「では、どうするつもりだ?」

「奴らが街から去り、街に被害が及ばない距離まで離れた時点で殲滅する予定です」

 

 そう。

 私はアルバ達を殺すつもりでいる。

 街から離れた瞬間に。

 前に話した時、戦いから去れ的な事を言ったけど、それは所詮理想論に過ぎない。

 アルバが革命軍から去ってくれるなら殺す必要もなくなる。

 それは確かだ。

 でも、その可能性に賭けて野放しにするには、彼は危険過ぎる。

 まして、今のアルバは弱りに弱っており、殺ろうと思えば簡単に殺れそうな状態。

 大きな脅威を取り除く絶好のチャンスなのだ。

 尚更、彼が戦いから離れるという分の悪い賭けをやる理由がない。

 やりたくないと叫ぶのは私の良心だけ。

 そんなものは踏み潰して進めばいい。

 いつものように。

 

「街から離れたそいつらを捕捉する事はできるのか?」

「はい。問題ありません。既に虫を張り付かせているので」

 

 虫とは、超小型アイスゴーレムの事である。

 あの時、アルバ達と話し合った時。

 私は彼らを足止めすると同時に、超小型アイスゴーレムをアルバの靴にくっ付けておいたのだ。

 グレンの時と同じように。

 まあ、グレンの時と違って超小型アイスゴーレムを持ち歩いてはいなかったから、門で彼らの侵入を察知した奴を走らせてあの場所まで移動させたんだけどね。

 近くに居て良かった。

 尚、門には予備の超小型アイスゴーレムが数体いるので、門の監視ががら空きになった訳でもない。

 

「そうか。ならば、お前に新たな任務を与える」

「はい」

 

 ノクスはそんな事を言い出した。

 これは、休暇ではなく任務の形を取るという事だろうか?

 なんにせよ、ルナの側に居られるのならなんでもいい。

 

「その侵入者どもを監視し、追跡しろ。殺すのではなく泳がせろ。そして、前回のように革命軍の拠点を発見するのだ」

「ハッ! …………は?」

 

 今ちょっと変な指令が聞こえた。

 え?

 泳がせろ?

 殺すんじゃなくて?

 

「泳がせるんですか?」

「ああ。ただ始末するよりも、その方が有意義だろう。前回の戦いで捕らえた捕虜からも他の拠点の情報は聞き出せていないのだからな」

 

 いや、確かにそうなんだけど!

 革命軍の人達は口が堅いのか、あるいは他の拠点の場所含める重要な情報を教えられてないのか、どれだけ尋問しても一向に吐く気配がない。

 捕虜の中には主要キャラであるあのデントもいるのに、拷問大好きマルジェラ達の執拗な責めにも負けず何も吐かないのだ。

 じっくりねっとり男の象徴すり潰したとか言ってたのに精神強すぎやろ……。

 そんな状況だからこそ、降って湧いた情報源(アルバ達)を活かそうとするノクスの気持ちはとてもよくわかる。

 わかるけど私は反対だ。

 

「お言葉ですが、奴らは泳がせるなどと考えず、潰せる内に潰しておいた方がいいかと思われます」

「む? 何故だ?」

「奴らの片方は、前回の戦いで私の絶対零度(アブソリュートゼロ)を破った光魔術使いです」

「……奴か」

 

 奴です。

 

「奴は危険です。

 成長すれば私やノクス様に匹敵する強者に育ちかねません。

 殺せる内に殺しておかなければ取り返しのつかない事になりかねません」

「ふむ……」

 

 ノクスが再び顎に手を当てて考え始める。

 頼みますよ。

 お願いだからいつも通りの英断をしてくれ。

 

「確かに、お前の言う事にも一理ある」

 

 おお!

 これは!

 

「だが、やはり作戦は変えない。賊を追跡した後に拠点を制圧する。これは決定事項、とまでは言わないが、基本方針はこれでいくと考えてくれ」

「っ!? ……わかりました」

 

 ノクスゥ……!

 それは悪手だよぉ!

 しかし悲しいかな。

 上司の決定には逆らえない。

 それが社畜の宿命だ。

 

「ただし、お前の意見を完全に無視する訳ではない。

 拠点制圧の折には、あの光魔術使いを最優先の標的とする。

 あの怪我であれば、しばらく放置しても完治はすまい。

 拠点に辿り着いたとて、そう易々と治せるレベルを越えているのだからな。

 そこに最大限の戦力を以て攻め込めば、奴の排除と拠点の制圧は無理なく両立できると判断した。

 これでどうだ?」

「……はい。それでよろしいかと」

 

 確かに、理論上はそうだ。

 間違ってないし、その作戦が成功する可能性はかなり高い。

 だから文句は言わない。

 ただ、それで主人公という運命に愛された者を殺せるのかと言われると……わからない。

 不安だ。

 

 そうして、私の心に不安を残したまま、アルバ追跡作戦は開始された。



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48 準備中の一幕

 ノクスの決定により新たな任務という形でアルバ達の追跡を命じられた私は、領地にトンボ帰りして色々と準備を整える事になった。

 具体的には、街を離れた後のアルバ達を遠距離から追跡する用の自律式鳥型アイスゴーレム。

 発信器代わりの超小型アイスゴーレムが何かの拍子に外れたり壊れたりした時用の予備。

 そして何より、アルバ達が逃げ込むと思われる革命軍の拠点を襲撃する戦力として、不完全版ワルキューレの量産。

 そういう仕事をノクスから命じられた訳だ。

 

 おかげで、私は地獄のようだった前の戦いの戦後処理から解放された。

 しかも、この仕事は裏切り者に情報が流れないように領地でやれと言われたので、合法的にルナの側に居られる!

 そういう仕事内容にしてくれたノクスにマジで感謝である。

 ちなみに、情報漏洩を防ぐ為っていうのは半分建前だ。

 実際は、ルナの近くに危険人物がいるという状況にノクスが配慮してくれて、その危険人物が去るまで私がルナの側に居る事を許してくれた感じだ。

 もう、ノクスに足向けて寝られない……。

 

 有能な上司に感謝を捧げながら仕事に取り掛かる。

 まずは自律式鳥型アイスゴーレムの作成からだ。

 これは常時アルバ達の近くを飛び、アルバ達に取り付けた超小型アイスゴーレムが外れた時、即座に内部に仕込んだ代わりの超小型アイスゴーレムを放出するという役割がある。

 その為、過度な戦闘力はいらない。

 というか、戦闘力は0でいい。

 むしろ、発見されない事が大事なので小鳥サイズが望ましいかな。

 

 そんな感じで小鳥型アイスゴーレムを作成。

 鳥型は大昔から、何度も何度も何度も何度も、数え切れないくらい作り続けてきた凄まじく重要な役割があるタイプなので、これの作成には慣れたものだ。

 おかげで、手間がかかる自律式にも関わらず、小一時間で作り終えた。

 戦闘力0だと作る為の魔力も少なくて済むしね。

 

 次は予備の超小型アイスゴーレム……といきたいところだけど、これは既に予備が倉庫にそこそこ保管してあるから後回しでいいかな。

 その予備を空洞にした小鳥型アイスゴーレムの内部に収納して、早速飛び立たせた。

 プログラム通り、小鳥型は発信器からの信号を頼りに、彼らの真上を飛ぶ筈だ。

 勿論、発見されないような遥か上空を。

 まずは一仕事完了ってところかな。

 

「さぁて、次はワルキューレかなー」

「おねえさまー! なにしてるんですか?」

「ルナ!」

 

 次の作業に移ろうとした時、しろまるを頭の上に乗せたルナが私の仕事部屋にやってきた。

 その後ろにはルナに勉強を教えていた筈のトロワの姿もある。

 どうやら、お勉強が一段落して遊びに来たらしい。

 いつでも遊びに来ていいって言っといたからね。

 え、何?

 仕事の邪魔をさせていいのかって?

 いいの、いいの。

 家族との時間は大事にするべきなんだから。

 それに、今回の仕事はルナに構いながらでもできる。

 

 私は魔術で氷の塊を作りながら、ルナと話し始める。

 

「今やってるのはアイスゴーレム作りだよ。動く氷のお人形作り」

「あ! それって、おうちのなかにいっぱいあるやつですか?」

「正解。ルナは賢いね」

「えへへ」

 

 正解のご褒美に頭を撫でてあげると、ルナは満面の笑顔になった。

 可愛い。

 

 そうしてほっこりしていると、ルナが急にキリッとした顔になって困った事を言い出した。

 

「おねえさま! わたしもおてつだいしたいです!」

「えっ……」

 

 それはちょっと……。

 まず第一に、ルナは一応魔術を使えるけど、まだ最近教え始めたばっかりだから、自律式アイスゴーレムの作成みたいな超高等技術は当然使えない。

 第二に、ゴーレム系の魔術はかなり面倒で特殊な手順を踏まない限り、作成者以外の魔力と命令で動かす事ができない。

 つまり、たとえ万が一ルナが自律式アイスゴーレムを作れたとしても、私に命令権がない以上、今回の仕事では使えない訳だ。

 逆に、この城にある自律式アイスゴーレムにルナやメイドスリーの命令を聞かせる事はできるんだけど。

 

 そして何より。

 ルナにこの仕事を手伝ってほしくない最大の理由がある。

 それは、━━ルナに人殺しの道具を作ってほしくない。

 少なくとも、人を殺すという事の意味をちゃんと理解できるようになるまでは。

 

「うーん……気持ちは嬉しいけど、これは今のところお姉ちゃんにしかできない事だから、ルナにはまだ無理かなー。

 気持ちだけ貰っておくよ」

「えー」

 

 ルナが不満そうに頬を膨らませる。

 私は苦笑した。

 近くにいるトロワも苦笑している。

 心なしか、しろまるは呆れたような顔してる気がする。

 

「ルナ様、セレナ様のご迷惑になりますから、お勉強に戻りましょう?」

「いやです!」

「まあまあ、トロワ。私は迷惑してないし、ここに居てくれても全然構わないよ?」

 

 それに、家族の時間はできるだけ大事にしないとね。

 そう言うと、トロワは仕方ないですねとばかりに軽く肩を竦めた。

 

「むむむ」

 

 そうやってトロワとアイコンタクトしてる間に、ルナは手を前に突き出して何かやり始めた。

 その手の先で冷気を伴った魔力が発生する。

 頭の上のしろまるが若干顔をしかめた。

 猫は寒さに弱いんだっけ?

 

「ぷは!」

 

 そんなどうでもいい事を思ってる間に、ルナの試みは終わったらしい。

 ちょっと疲れたように息を吐いた。

 さて、ルナは何をしてたのかなー。

 微笑ましい気持ちでルナの拙い魔術の結果を見た瞬間……私の思考は驚愕に支配された。

 

「おねえさま! どうですか!」

 

 ルナが魔術で作った物。

 それは、氷の猫だった。

 どこかしろまるを思わせる太った猫の氷像。

 お世辞にも洗練されたデザインとは言えない。

 でも、これは驚愕するに値する魔術だ。

 

 何故なら、私の目の前で氷の猫は動いていたのだから。

 

「これは……!? びっくりした。ホントに凄いよ、ルナ」

「えっへん!」

 

 拙いとはいえ、これは紛れもなく上級魔術『人形創造(クリエイトゴーレム)』だ。

 間違っても初心者が使える魔術じゃない。

 こんな芸当、覚えたての属性魔術で最上級魔術を相殺した主人公(アルバ)でもなければできない筈。

 いや、あるいはそれ以上の才能……!

 

「ウチの子は天才だね」

「じゃあ、おてつだいできますか?」

「いや、それは無理だけど」

「えー!?」

 

 ルナが叫んだ。

 ごめんね。

 期待させといてバッサリ切っちゃった。

 でも、いくら才能があっても、自律式アイスゴーレムなんかは研鑽なくして使える魔術じゃないから。

 ぶっちゃけ、手間と難易度は最上級魔術を超えてるからね。

 簡単に真似されたら泣くよ。

 

 

 その後、ルナの思った以上の才能に興奮して、ルナに魔術の指導をしてたら仕事が疎かになってしまった。

 結果、この日はワルキューレが一体も作れませんでした。

 すまぬ、ノクス……。



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49 久しぶりの集結

 街中でアルバ達とエンカウントしてから約一ヶ月が過ぎた。

 そこまで待って、ようやくアルバ達は革命軍の拠点まで辿り着いたらしい。

 発信器からの信号が完全に一ヶ所に留まって動かなくなった。

 念の為に、私自身が鳥型アイスゴーレムに乗って現地までこっそりと調査に行ったところ、前に見た革命軍の拠点と似た場所を発見したので間違いない。

 その拠点があった地点は若干予想外というか、逆に予想通りというか、そんな複雑な場所だったけど。

 

 そして、この一ヶ月で襲撃の準備は完全に整っている。

 

 実に充実した一ヶ月だった。

 追跡と襲撃準備という建前のおかげで、出勤は三日に一度という素晴らしい勤務形態。

 そして、出勤してない時間はずっと家族と居られるという幸せ。

 いっそ、アルバ達が遭難して、この時間が永遠に続かないかなーと何度思った事か。

 

 でも、そんな至福の一時も終わりだ。

 そして、家族との時間を大事にする余り、若干仕事に支障をきたしたものの、概ね問題なく諸々の準備も終わっている。

 最終的に完成した不完全版ワルキューレの数は10体。

 これだけいれば充分でしょう。

 たとえ裏切り爺が出てきたとしても戦える戦力だ。

 まあ、裏切り爺と回復したアルバと革命軍が連携とかしたら蹴散らされそうだけど。

 それでも大丈夫だ、問題ない。

 何故なら、革命軍にカチコミをかけるのは私だけではないのだから。

 

「おう、来たかセレナ!」

「久しぶりですね。健勝なようで何よりです」

 

 秘密裏に出発する襲撃部隊の集合場所に着いた時、見覚えのある二人が私に声をかけてきた。

 真紅の鎧を身に付けた鎧姿体育会系の不良っぽい奴と、これぞ魔術師みたいな装備を着込んだインテリっぽい眼鏡。

 

 六鬼将序列五位『極炎将』レグルス・ルビーライト

 六鬼将序列六位『魔水将』プルート・サファイア

 

 今となっては私の方が序列も戦闘力も上だけど、それでも頼れる先輩である事に変わりはない二人だ。

 この二人の実力は大いに信頼している。

 多分、不完全版ワルキューレ程度なら単独で余裕勝ちできるだろう。

 今回の作戦において、まさに頼れる助っ人であった。

 

「お久しぶりです、レグルスさん、プルートさん。今回はご協力ありがとうございます」

「気にすんな! 仕事だからな!」

「レグルスの言う通りですね。それに今回の任務の重要性を考えれば僕達が集められたのは必然。礼には及びません」

 

 うん。

 いつも通り、身内には優しい二人だ。

 変わってなくて安心した。

 

「さて、セレナが来た事で今回の参加メンバーは揃いましたね。早速、作戦の最終確認を行いましょう」

 

 プルートが周囲を見回しながらそう言った。

 ここに集まったのは、私、レグルス、プルートの他に、それぞれの直属部隊が数名だ。

 合計で20人もいない。

 今回は襲撃場所が場所なので、こうして少数精鋭で挑む事になった。

 大人数を引き連れて攻め込める場所じゃないからね。

 戦略的にも政治的にも。

 

「では、私から説明します。今回の襲撃対象は()()()()()()の領都付近にて発見された反乱軍の拠点。

 反乱軍の主要戦力と思われる人物がそこへ逃げ込んだのが確認されています。

 そして、これが最重要事項ですが。あの領地を治めるエメラルド家は旧第二皇子派の筆頭。

 現状、反乱軍を裏で操っている黒幕疑惑が最も深い相手です。

 よって、今回の襲撃中、エメラルド家の手の者と交戦する可能性がそれなり以上にあります。

 場合によってはエメラルド家の当主、六鬼将序列二位『賢人将』プロキオン様が出てくる可能性すらあるでしょう。

 各自、心してかかってください」

『ハッ!』

「おう!」

「ええ、わかっていますよ」

 

 私の説明に、皆が油断なんて欠片もしてない感じの返事を返した。

 そりゃそうだ。

 油断なんてできる訳ない。

 いつもは所詮平民の集まりと革命軍を見下してる連中ですら、今回ばかりは気を張り詰めてる。

 

 何せ、今回攻める革命軍の拠点は、裏切り爺の領地にあるのだから。

 しかも、領地の中核である領都の近辺。

 つまり、裏切り爺の住んでる屋敷のすぐ近くにあるという事。

 これはもう限りなく黒でしょう。

 絶対に見つかっちゃいけないタイプの場所だ。

 見つけちゃったけど。

 

 でも、見つけたからと言って簡単に攻められる場所じゃない。

 いくらこっちに第一皇子ノクスの権力があるとはいえ、相手はエメラルド公爵家(・・・)

 皇族に次ぐ強大な権力の持ち主。

 ノクスの権限で無理矢理捜査はできないし。

 バカ正直に「お宅の近くで反乱軍の拠点見つけたので潰させてください」って会議とかで言っても「んなもん自分達でできるわボケェ!」って感じで煙に巻かれるのが落ちだろう。

 だからこその、少数精鋭による極秘の奇襲作戦。

 言うなれば、私達は礼状なしでガサ入れしようとしてる刑事みたいなもんだ。

 後で問題にされたらかなりマズイ。

 ただし、証拠が出てくればこっちのもんよ。

 とんだダーティプレイである。

 まあ、戦争は汚くてなんぼだ。

 勝った奴が正義!

 これが常識。

 

 でも、当然一筋縄で行く訳がない。

 この作戦を敢行した場合、予測できる敵方の反応は二つ。

 

 一つは、革命軍をトカゲの尻尾のように切り捨ててエメラルド家の関与を否定する事。

 かなり苦しい言い訳になりそうだけど、決定的な証拠さえ残さなければ、権力に任せて揉み消す事は不可能じゃない。

 まあ、立場はそれ相応に下がるだろうけどね。

 この場合、革命軍を壊滅させた上にエメラルド家の力も削げるので、そこそこの成功と言えると思う。

 弱りながらも裏切り爺が帝国内部に残っちゃうから、あくまでもそこそこ止まりだけど。

 

 そしてもう一つの反応が、革命軍を庇っての徹底抗戦。

 可能性としては低い、筈。

 だって、これをやってしまえばもう言い逃れできない。

 エメラルド家は反逆者となり、帝国の全戦力を以て狩られる事になるだろう。

 なので、敵がそういう行動に出た場合、作戦としては大成功という事になる。

 

 ただし、この場合、任務の危険性が跳ね上がる。

 

 何せ、革命軍+エメラルド家の抱える魔術師達を敵に回す事になるのだから。

 辺境騎士団こと、エメラルド公爵騎士団全てと敵対する可能性すらある。

 それだけなら六鬼将三人でなんとか迎撃できるだろうけど、そこに裏切り爺が加わったらまず勝てない。

 少なくとも、こんな少人数じゃ無理だ。

 その場合は、撤退して正式に軍を編成する事になる。

 撤退時に戦死者が出かねない危険な任務だ。

 

 まあ、それはあくまでも最悪の可能性の話だけどね。

 実際はトカゲの尻尾切りの方が可能性として遥かに高いし、万が一徹底抗戦を選んだとしても、こっちは奇襲するんだ。

 向こうの迎撃態勢が完璧な訳がない。

 騎士団全てを動かす時間もなければ、裏切り爺が帰って来る暇があるかも怪しい。

 でも、最悪に至る可能性は0じゃない。

 だから皆、緊張してる。

 

 

 その後、現在判明してる限りの内部構造の地図を見ながら作戦の確認を行い、遂に出発の時間と相成った。

 

「では、これより作戦を開始します。『氷人形創造(クリエイトゴーレム)』」

 

 私は中身が空洞で搭乗スペースになってる、プライベートジェットくらいのサイズの鳥型アイスゴーレムを作り、それに全員乗せて目的地まで直行する。

 この世界には巨大な鳥の魔獣とかいるので、これが案外目立たないのだ。

 しかも結構な速度が出るので、目的地まで二、三時間で着くだろう。

 

「おお! 高ぇ高ぇ! いやー、マジで便利だな、お前の魔術」

「一部隊に一人欲しいくらいですね」

 

 そうだね。

 本当に、氷魔術が便利過ぎて怖いよ。

 ていうか、レグルスもプルートも若干目が輝いてる気がする。

 高い所が好きなのかな?

 よく見れば、他のメンバーも何人かは興味深そうに氷の窓の外を見てるし、何人かは気持ち悪そうに口元に手を当ててる。

 吐かないでよ?

 

 そうして、慣れない空の上で若干テンションの変わった何名かを気にかけつつ、作戦は始まった。



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絶望襲来

 革命軍特級戦士のリーダー、バックは革命軍本部にて重い空気を纏っていた。

 身長2メートルを超え、はち切れんばかりの筋肉を持った筋骨隆々の巨漢が、顔に威圧感溢れるサングラスを装備し、腕を組みながら不機嫌オーラを全開にしている様は、控えめに言ってかなり怖い。

 気心知れた部下ですら、話しかけるのを躊躇するレベルだ。

 だが、上司に向かって「怖いから不機嫌オーラ消してください」と言える勇気ある部下はいなかった。

 

「ダーリン、凄く怖い顔してるわよ。他の皆が怯えちゃうじゃない」

「む、すまん、ミスト」

 

 しかし、勇気ある部下はいなくても進言できる者はいた。

 バックの妻であり、特級戦士の一人でもある弓使い、ミストだ。

 彼女が言いづらい事を言ってくれたおかげで、同じ部屋に居る部下達はホッと息を吐いた。

 だが、完全に緊張感がなくなったかと言うと、そうではない。

 

「これでどうだ?」

「うーん、まだ怖い顔ね。私はそんなダーリンも素敵だと思うけど、アルバくん辺りが見たら失禁しそうだわ」

「……そうか」

 

 バックがしょんぼりと肩を落とした。

 筋肉を擬人化したような大男がショボくれる様は凄まじく似合わないが、おかげで不機嫌オーラが少し減少した。

 怪我の功名である。

 

「普段は鉄仮面なダーリンがそんな顔するなんて……やっぱり相当ストレス溜まってるみたいね」

「……まあな」

 

 彼がこんな状態になってしまった原因。

 それは心労である。

 そして、その心労の原因は前回までの戦いに起因する。

 

 このところ、革命軍は踏んだり蹴ったりだ。

 

 革命軍は元々、旧第二皇子派の旗頭となっていた存在、元第二皇子リヒトの配下であった。

 いや、正確には配下になり損ねた組織と言うべきか。

 

 革命軍の前身となる組織が出来上がったのは、約15年前。

 現皇帝アビスとリヒトが争っていた帝位継承戦の終盤の事である。

 当時、平民を道具以下の存在として扱う帝国貴族の常識とも言える考えに真っ向から反発していた旧第二皇子派は、当然ながら勢力として、とても弱かった。

 貴族全体の一割すら掌握できていなかっただろう。

 対して、兄アビスの派閥は帝国の主流派。

 貴族の殆どはアビスの味方だった。

 普通に考えれば、とても対抗できる戦力差ではない。

 

 そこで、当時リヒトの最も忠実な側近であった男、現在の六鬼将序列二位『賢人将』プロキオン・エメラルドは一計を案じた。

 

 彼は足りない戦力の代わりとして平民に目を付けたのだ。

 幸い、リヒトは他の貴族と違って民を憂い、頻繁に施しを与えていた人格者だった為、平民の取り込み自体は然程難しくなかった。

 しかし、当然ながら、魔力を持たない平民をただ使うだけでは意味がない。

 こう言ってはなんだが、平民など貴族から見れば虫ケラも同然だ。

 ちょっと魔術を当てればあっさりと死ぬ紙装甲。

 死力を尽くした反撃でも、身体強化を使った貴族に傷一つ付けられない非力っぷり。

 雑魚である。

 まごうことなき雑魚である。

 いや、もう雑魚とかそういうのを通り越して、いっそ悲しくなるくらい無力な生き物でしかない。

 

 そんな虫ケラ、もとい平民をただ率いたところで政治の役にも戦いの役にも立たない。

 箸にも棒にもかからない。

 そこで考案されたのが、現在の革命軍の根幹を支える武器、魔導兵器(マギア)だ。

 貴族の魔力を魔導兵器(マギア)内にストックしておき、それを平民に使わせる事で、虫ケラな平民が雑兵くらいの役割を果たせるようになる画期的な作戦。

 そして、平民は数だけなら貴族を遥かに上回る。

 

 加えて、魔導兵器(マギア)は決して平民だけに恩恵を与える物ではない。

 上手く使えば魔術師の戦力向上も狙える。

 実際、現在のバックは重火器のような魔導兵器(マギア)を使う事で、従来の戦闘スタイルで戦うよりも遥かに強くなった。

 かつてセレナが殺した、本来であればアルバを救って特級戦士になっていた筈の男、ブライアン・ベリルも同じだ。

 もっとも、魔術師を更に強化できる程の超高性能魔導兵器(マギア)は生産コストも重く、とても量産できる代物ではない為、そこまで劇的な戦力向上にはならない。

 それでも充分過ぎる価値があった。

 

 この作戦が形になれば、互角とまでは行かずとも、第一皇子派との戦力差をかなり埋める事ができる。

 リヒト本人は守るべき民である平民達を戦わせる事に難色を示したが、彼は元々平民の立場が弱すぎる事を憂いており、今回の作戦は平民の地位向上にも繋がるというプロキオンの説得によって、一応は納得させられた。

 

 そうして出来上がったのが、革命軍の前身たる組織『平民部隊』だ。

 そして、その平民部隊を率いる将として、バックは抜擢された。

 バックはエメラルド公爵家の傍系出身。

 組織を率いるリーダーとなれるだけの教養もあり、魔力量も戦闘力も筋肉量も申し分ない。

 加えて、最も重要な要素である、平民を下に見ない精神を持っていた。

 実際、後に彼の妻となったミストは平民出身だ。

 まさに適役と言える。

 

 だが、大役に意気込むバックが活躍する事はなかった。

 

 まだ魔導兵器(マギア)の量産体制が整っておらず、平民部隊の本格的な始動ができていなかった時期に、突如として帝位継承争いは終結してしまったのだ。

 どこかで平民部隊の情報を聞き付けたのか、それとも単なる偶然か。

 第一皇子アビスは第二皇子派の準備が整う前に、武力によるリヒトの排除を決行した。

 今までは、あくまでも政治的に戦っていたからこそ第二皇子派は潰れずに済んでいただけだ。

 武力での真っ向勝負となれば勝ち目はない。

 その絶望的な戦力差を埋める為の平民部隊も、まだまだ実用段階には程遠く、とても使い物にならない。

 終わりだった。

 

 かくして、帝位継承争いは終わりを告げた。

 奮戦により第一皇子派の貴族の多くを討ち取ったものの、旗頭であった第二皇子リヒトは、第一皇子アビスとの直接対決により戦死。

 その忠臣であったプロキオンは、リヒトの命令により涙を飲んでアビスに降った。

 平民部隊はまだ正式な形になっていないくらい小規模だった事が幸いし、プロキオンの必死の工作によって、その存在自体の隠蔽に成功。

 そのまま闇へと葬り去られた。

 

 だが、それでもプロキオンは諦めなかった。

 

 帝位継承争いによって大粛清が起こり、大きく弱体化した旧第二皇子派を裏で纏め上げ、同時に帝国に隠れて魔導兵器(マギア)の開発を続行。

 更に、バックには平民部隊の立て直しを命じ、貴族が平民など眼中にないのをいい事に、各地の平民達をゆっくりと、だが確実に味方にしていった。

 だが、その当時はプロキオン自身の権力も地に落ちており、寝返りの対価を以てしても賄えない状況。

 そんな状態での活動がとてつもなく苦しかった事は言うまでもない。

 それでもプロキオンは、否、リヒトの志を継ぐ全ての者達は、かつての主の為、一丸となって抗い続けた。

 

 そうして、辛く苦しい雌伏の時を過ごす事、15年。

 その間の努力によって魔導兵器(マギア)の量産に成功し、国内各所の平民達を味方とし取り込み、彼らの殆どに魔導兵器(マギア)を行き渡らせ、騎士をも上回る特級戦士という精鋭を育て上げ、帝国からの侵略に悩む隣国『ノストルジア王国』と裏で同盟を結んだ。

 その他にも様々な準備を整え、なんとか帝国を打倒できるだけの戦力を確保した上で、遂に彼らは動き出したのだ。

 自らを『革命軍』と名乗り、気合いを入れた上で。

 

 しかし、それだけの苦労と準備期間を経て始動した革命軍の戦果は散々だった。

 

 一斉蜂起の前に一部の平民達が暴走し、とある男爵騎士団に挑みかかった末に敗北。

 それだけならばまだ、辺境騎士団の一つを平民だけの力で倒した名誉の戦死としてギリギリ美談にできたかもしれない。

 だが、それを機に革命軍の存在が露見してしまったのがマズかった。

 せっかく、ここまで隠し通してきた必死の工作がパーだ。

 

 更に、革命軍の存在を知った第一皇子ノクスの動きも迅速で的確過ぎた。

 帝国は他国との戦争を無理矢理凍結させ、来るべき革命に備えてしまったのだから。

 しかも、その過程で同盟国であるノストルジア王国まで、六鬼将の一人であるセレナによって深刻な被害を与えられて停戦状態にされてしまう。

 おかげで、初撃によって帝国を混乱させ、その勢いに乗ってサファイア領にあるノストルジア王国との国境近くの砦を落とし、彼らを国内に招き入れるという当初の計画もパーだ。

 これ以上待っていては他国との戦争凍結が完了し、そこに駆り出されている六鬼将がフリーになってしまう。

 故に、革命軍は準備が完了する前に仕掛けざるを得なくなった。

 結果、セレナの予想外の大立回りによって多くの革命戦士達が命を落とした。

 本当に、暴走した末端の連中はやってくれたものである。

 気持ちは痛い程よくわかるが、もう少しだけ、もう少しだけでいいから耐えてほしかった。

 

 それでも、この時点ではまだ挽回の余地が充分にあった。

 当初の予定よりは大幅に少ないとはいえ、革命軍の初撃は帝国に確かなダメージを与えた。

 ノストルジア王国の被害も深刻とはいえ、まだ無理をすれば革命軍に助力できるくらいの戦力は残っている。

 戦意も衰えてはいない。

 停戦条約は無視してしまえばいい。

 条約とは、自分達が有利になったタイミングで破るのが常識だ。

 

 だからこそ、ここでサファイア領の砦を落とせば、まだ充分に革命軍は挽回できた。

 だが、それもセレナとノクスの策略によってパーだ。

 革命軍は虎の子の特級戦士全員を投入したというのに、砦も落とせなければ、敵主力の一人すら討ち取れずに敗走する始末。

 更に、特級戦士の半数以上が戦死した上に、サファイア領の革命軍支部まで制圧されてしまった。

 結果、戦士達は散り散りに逃げ惑う羽目になり、多くが追撃部隊に狩られた。

 不幸中の幸いとして、生き残った特級戦士は全員本部へ辿り着いたが、あまり慰めにはならないだろう。

 

 作戦は大失敗を通り越して致命傷だ。

 事ここまでに至ると挽回は難しい。

 まだ詰みとまでは言わないが、限りなく詰みに近い盤面。

 起死回生の逆転の一手があるとすれば、ただ一つ。

 

「アルバか……」

 

 アルバ。

 故郷の村を貴族に蹂躙され、そんな蛮行がまかり通る国を変えるべく、つい最近革命軍に入った少年。

 現在は、半死半生の状態で本部に運び込まれ、同行者のルルに見守られながら本部の一室で眠りについている。

 そして、バックや彼の上司の予想が正しければ、彼は窮地の革命軍に一筋の希望を齎すかもしれない救世主だ。

 一刻も早い回復が望まれる。

 

 だが、その最後の希望すら容赦なく奪うべく、『絶望』が革命軍本部に襲来した。

 

「うん? なんだこれ?」

 

 当然、バックの居る部屋に白い霧が立ち込めてきた。

 それに驚いた部下の一人が声を上げる。

 他の部下やミストも不思議そうな顔をしていた。

 だが、バックだけはこの光景に戦慄する。

 この中で唯一の魔術師たる彼だけが、この霧が魔力の塊である事に気づいたのだ。

 

「総員、今すぐに魔導兵器(マギア)を発動せよ!」

 

 バックが焦りに満ちた絶叫に近い声で即座に指示を出す。

 そして、この部屋に居るのは全員が上級戦士以上の精鋭だ。

 混乱するよりも早く、反射的に全員が常に携帯していた魔導兵器(マギア)を発動した。

 上級戦士以上に支給される、身体強化の効果を持った魔導兵器(マギア)を。

 

 それが、彼らを救った。

 

「こ、これは!?」

 

 部下の一人が驚愕の声を上げた。

 白い霧が一瞬にして強い冷気となり、室内の全てを凍りつかせたのだ。

 戦士達は身体強化のおかげで氷漬けになるのを防いだが、あと少しでも指示が遅れていれば、バック以外物言わぬ氷像と化していただろう。

 

「敵襲だ! すぐに防衛態勢を整えろ! 恐らく、今の攻撃で多くの戦士達が氷漬けになっているだろう! 炎系の魔導兵器(マギア)を持つ者は味方の解凍を急げ!」

『ハッ!』

 

 バックは迅速に指示を出す。

 それを聞いた精鋭達は、疑問も口にせず、混乱も表に出さず、即座に動き出した。

 

「ダーリン、これは……」

「皆まで言うな」

 

 ミストの言葉をバックは遮る。

 今は問答をしている余裕などない。

 無論、バックとて突然の襲撃に混乱している。

 だが、ここで混乱をきたせば全滅すると、バックの戦士としての勘が言っていた。

 それは恐らく正解だろう。

 今の攻撃、精密過ぎる氷の魔術。

 襲撃者の一人はまず間違いなくセレナだ。 

 僅か15歳の少女とはいえ、帝国最強たる六鬼将の一人であり、更には前回の戦いで特級戦士達を敗北に追い込んだ立役者。

 戦闘力では、革命軍最強のバックより格上と断言できる。

 しかも、敵の総数は不明。

 最悪、セレナ以外にも六鬼将が来ているかもれない。

 そんな状態で混乱などしていられる訳がなかった。

 

「行くぞ、ミスト。最優先事項はアルバの命だ」

「……了解よ」

 

 捉え方によってはアルバ以外を見捨てるとも取れるバックの言葉に少し動揺したミストだが、すぐに仕方のない事だとして割り切った。

 そうして、二人は同時に部屋を飛び出す。

 ミストは弓矢を、バックはショットガンを担ぎながら。

 そんな二人を待っていたのは、全体が凍りついて銀世界となった本部の廊下。

 そして、もう一つ。

 

「こいつは!?」

「あの時の!?」

 

 前回の戦いで二人を苦しめた氷の人形。

 女性用鎧のような姿をした怪物。

 ワルキューレであった。

 しかも、それが複数体いるという悪夢が二人の前に立ち塞がった。

 

(マズい……このままではアルバの救護に向かえない。ルル、私達が向かうまでアルバを任せたぞ!)

 

 バックは内心で一人の少女に希望を託し、まずは目の前の障害を突破するべくショットガンを構えた。



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革命少女の戦い

 その少女が生まれたのは、貧しい農村だった。

 その村は領主が課した重税のせいで、いつも貧困に喘いでいた。

 

 貧しかった。

 その日の食事もまともに食べられない程に。

 だが、辛くはなかった。

 朝早く起きて、雨の日も風の日も、腹を鳴らして空腹を堪えながら農作業という重労働に真夜中まで勤しみ。

 腹一分目にすら達するかもわからない、ほんの少しの食事を取って寝る。

 そんな生活を続けても辛くはなかった。

 ……いや、やはり訂正する。

 普通に辛かった。

 それでも、少女は耐えられたのだ。

 何故なら、彼女には支えてくれる優しい家族がいたのだから。

 

 少しでも家族の負担を減らす為に、人一倍頑張っていた父。

 そんな父を支え、いつも笑顔を絶やさなかった母。

 自分だって腹を空かせていたくせに、その少ない食料を彼女に渡そうとした、おバカでお人好しな弟。

 そんな家族と一緒にいた時間は幸せだった。

 過酷な暮らしではあったが、少女は確かに幸福を感じていたのだ。

 

 しかし、そんな細やかな幸せでさえ、この腐った国は容赦なく踏みにじる。

 

 その年は不作の年だった。

 少女の村は、課せられた税を納める事ができなかった。

 農業をやっていれば、いつか必ず遭遇する問題だ。

 そこに農家達の非はなく、ただただ無慈悲な天の采配だと諦めるしかない。

 だが、この国には天よりも無慈悲な存在がいる。

 貴族だ。

 貴族は基本的に平民を道具と思っている。

 場合によっては道具以下の扱いをするが、基本的には道具扱いだ。

 

 勿論、平民と一括りに言っても色々いる。

 商人、職人、兵士、街人、村人。

 当然、役職によって貴族から求められる役割も違う。

 商人は良い物を貴族に献上する道具。

 職人は良い物を作る為の道具。

 兵士は貴族の肉壁として使う道具。

 街人は商人や職人や兵士にする為の道具。

 そして村人は……農作物等の食料を作る為の道具だ。

 

 道具は使える事が当たり前である。

 使えない道具を道具とは呼ばない。

 ねじ曲がって食事に使えないスプーンは道具だろうか?

 断じて否だ。

 それはもう、ただのゴミである。

 ゴミ箱へ向かって全力投球されても文句は言えない。

 

 貴族にとって、税を納められない村人など、ねじ曲がったスプーンと同じなのだ。

 そうして少女の村は、税が足りない事に癇癪を起こした貴族の手によって滅ぼされた。

 まさしく、ゴミをゴミ箱に捨てるかのような気軽さで。

 そんな下らない理由で貴族は村の一つを滅ぼし、何十人もの人を殺し、少女から全てを奪った。

 家も、畑も、優しかった家族すらも。

 

 少女は忘れていない。

 当たり散らすように魔術を村人達に向けていたクソ貴族の顔も。

 その魔術に当たって、一瞬で跡形もなく消されてしまった両親の死に様も。

 そして、━━中途半端に魔術を食らってしまったせいで、即死できずに、自分の腕の中で苦しみながら死んで行った弟の事も。

 少女は忘れていない。

 忘れられる筈がない。

 どんどん冷たくなっていく弟を抱き起こした時の感触が、今でも腕に残っている。

 

 そうして、少女は全てを亡くした。

 弟の死に行く様を呆然と見ている内に、村人達は少女を残して全滅し、彼女が最後の一人となっていた。

 このままでは、少女も殺されて終わる。

 弱者が強者に食われて終わる。

 それが自然の摂理だ。

 早々抗えるものではない。

 

 しかし、少女は抗った。

 

 別に、運命に逆らうとか、そんなご大層な事を考えた訳じゃない。

 ただ純粋に、自分から全てを奪った貴族が憎かった。

 許せなかった。

 殺してやりたかった。

 だから、少女は走った。

 誰かが護身用か何かの為に持っていたのであろう、そこら辺に転がっていたナイフを手に、貴族へ向けて一直線に走った。

 

 少女には戦いの才能があったのだろう。

 迎撃に繰り出される貴族の魔術をステップで避け、身を屈めて避け、前転して避ける。

 そうして、確実に接近していく事が可能だった。

 少女が、研ぎ澄まされた殺意で、一時的に凄まじい集中力を発揮していた事。

 そして何より、その貴族が戦闘職ではなく、予想外の反撃にテンパって動きが雑になった事。

 それらが合わさった事による奇跡。

 

 しかし、その程度の奇跡で腐敗の元凶たる貴族を倒せるなら、この国はここまで腐っていない。

 

 少女がナイフを振るい、貴族の首筋に突き刺す。

 だが、クリティカルヒットしたにも関わらず、貴族にはかすり傷を付ける事すら叶わなかった。

 これが貴族の力。

 魔力という超常の力がもたらす理不尽。

 たとえ、少女が屈強な肉体と達人並みの戦闘技術を持っていたとしても、常時魔力で身体を守っている貴族には通じない。

 貴族を殺したいのなら、魔力による守りを貫ける攻撃力を持っている事が最低条件。

 そして、それは常人が自力で得る事は決してできない領域の力。

 だから、平民は貴族に勝てない。

 少女は貴族を殺せない。

 猫を噛もうとした窮鼠の渾身の一撃は、なんの成果も上げられず不発に終わった。

 

 だが、少女の必死の抵抗は無駄ではなかった。

 

「胸糞悪ぃ事やってんじゃねぇよ」

 

 少女が必死で足掻いている内に、一人の男が彼女の前に現れた。

 紅蓮に燃える刀を持った男。

 革命軍特級戦士のグレン。

 彼は、少女がどれだけ足掻いても傷一つ付けられなかった貴族を、一刀のもとに斬り伏せてみせたのだ。

 

「……すまねぇな、餓鬼。俺がもっと早く駆けつけてれば、この村の連中も……」

「ねぇ」

 

 他の人達を助けられなかった事を詫びるグレンの言葉を遮り、少女は言った。

 

それ(・・)があれば、あたしもこいつらを殺せるの?」

 

 グレンの持つ刀を見ながら、少女は問いかけた。

 少女は許せなかったのだ。

 自分から全てを奪った貴族が。

 そんな貴族を野放しにしている帝国が。

 実行犯の死を以てしても、少女の復讐心は欠片も消える事がなかった。

 

 そうして少女は、ルルは、貴族を殺せる力を求めて革命軍に入った。

 それが、彼女の始まりの物語。

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

「懐かしいわね」

 

 現在。

 唐突にその時の事を思い出したルルは、苦笑しながら目の前の脅威に対して武器を構えた。

 あの時とは違う。

 今手にしているのは、あの時のようなただのナイフではなく魔導兵器(マギア)のナイフだ。

 貴族を殺せる武器だ。

 それでも、目の前の存在達(・・・)を相手にしては酷く頼りない。

 唐突に昔の事を思い出したのも、勝ち目のない敵に挑むという状況にデジャブを感じたからだろう。

 

「ほう! 中々に良い女じゃねぇか! こりゃ来た甲斐があったぜ!」

「だから、その色欲全開の考えをやめろと、何度言えばわかるのですかね……」

 

 ルルを見て舌なめずりする巨大な大剣を持った男と、その言動に頭を抱えている杖を持った眼鏡の男。

 ルルは彼らを知っている。

 似顔絵で見た事がある。

 二人とも、あのセレナと同じ六鬼将だ。

 ルルの実力では、一人であろうとも荷が重い強敵。

 しかも……

 

「お二人とも、彼女は反乱軍の精鋭であり、前回の戦いで私を追い詰めた連中の一人です。油断しないでください」

 

 そんな二人に忠告をする、鎧姿の少女が一人。

 ルルにとって、革命軍にとって因縁の相手。

 『氷月将』セレナ・アメジスト。

 彼女を含めて、ルルの前には六鬼将が三人。

 控えめに言って絶望だった。

 

「おう、わかってるって」

「ええ、理解していますよ。実家の領地を荒らそうとした害虫の事は」

 

 しかも、セレナの忠告によって、他の二人から油断が消える。

 ただでさえ0に近い勝ち目が更に減った。

 たが、それでも。

 

「来るなら来なさいよ」

 

 ルルは引かない、逃げない。

 後ろの部屋に、守るべき後輩が居るのだ。

 バカで、優しくて、お人好しで、スケベで、どこか死んでいった弟に似た少年(アルバ)

 そして、他ならぬ自分の手で革命軍に引き入れた奴でもある。

 彼を置いて逃げる訳にはいかない。

 だから、ルルは覚悟を決めて抗う。

 そこだけは、あの時と同じように。

 勝ち目のない強敵に、少女は抗う。

 

「やってやるわよ、こんちくしょう」

 

 そうして、少女の絶望的な戦いが幕を開けた。



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50 突撃!

「『氷霧(アイスミスト)』」

 

 革命軍の拠点が射程範囲に入った瞬間、私は魔術を発動した。

 選んだのは氷属性上級魔術『氷霧(アイスミスト)』。

 系統としては氷結(フリーズ)系の冷却魔術なんだけど、これの他の魔術と違う点は、凍りつくまでの過程だ。

 発動した瞬間対象を凍らせる他の氷結系と違って、この魔術は一見するとただの白い霧にしか見えない濃度の冷気を散布し、広範囲に広がった時点で一気に温度を下げて冷却する。

 こういう内部が複雑に入り組んだ拠点とかを攻撃する時に便利な魔術だ。

 細い通路とかにも冷気の霧が浸透するから、内部の構造が全然わからなくても、とりあえず全てを凍りつかせてくれる。

 楽でいい。

 

 そして、

 

「降下開始」

 

 作戦開始だ。

 移動用アイスゴーレムの床を開き、そこから先駆けのワルキューレを射出する。

 放ったワルキューレの数は、7体。

 そいつらが氷魔術で拠点に風穴を空け、内部へと侵入していく。

 それに続いて、私達主力部隊もアイスゴーレムから飛び降りた。

 

「ヒャッホウ! 祭りの始まりだぜ!」

「真面目にやりなさい、レグルス」

 

 ワルキューレ達のすぐ後に続くのは、私、レグルス、プルートの三人だけの部隊。

 人数は一番少ないけど、最高戦力部隊だ。

 本当なら指揮官だけで固まるのはあんまり良くないんだけど、万一裏切り爺と遭遇した時の為にこういう編成にした。

 如何に序列二位の裏切り爺とはいえ、同格の六鬼将三人と正面から戦ったら勝てまい。

 

「セレナ様達に続け!」

『おう!』

 

 そんな私達の後から飛び降りて来てるのが、引き連れて来たそれぞれの直轄部隊数名。

 人数は各5人ずつで、計15名。

 彼らには普通に、私の部下5人、レグルスの部下5人、プルートの部下5人の三組に分かれて行動してもらう。

 慣れない相手と無理に連携とらせるより、この方が動きやすいだろうと判断しての事だ。

 それに、多分拠点の中はそんなに広くない通路で出来てるだろうから、わらわらと固まってても動けないだろうし。

 ただ、それだと裏切り爺の一派にぶつかった時が不安なので、それぞれの部隊に未起動状態のワルキューレを一体ずつ保険として持たせている。

 もし裏切り爺一派とぶつかったら、ワルキューレを囮にして撤退だ。

 ワルキューレは替えがきくけど、優秀な人材は替えがきかないからね。

 たとえ、そいつらが帝国に染まりきったクズだとしても、優秀な人材は貴重だから重宝せざるを得ないのだ。

 ホントに、世知辛い世の中だよ……。

 

 それはともかく。

 私達三人はワルキューレがこじ開けた穴から拠点の中に侵入した。

 私は氷翼(アイスウィング)で、レグルスは火魔術の放射で、プルートはスライムみたいなクッションを水魔術で作って、それぞれ落下の衝撃を殺しながら。

 

 そうして侵入した拠点の中で、私達は早速敵にエンカウントした。

 

「新手か!?」

「クソッ! さっきの化け物だけで手一杯だってのに!」

「落ち着け! まずは目の前の敵に集中しろ!」

 

 私の魔術で一面銀世界となった拠点の中、それでも元気そうな人達が結構居た。

 この場に居る元気な人達は、10人弱。

 その全員が量産品には見えない魔導兵器(マギア)を持ってるところを見るに、多分、この人達は全員が上級戦士なんだと思う。

 革命軍上級戦士。

 初期のルルやデントと同じ階級で、量産品とは比べ物にならない高性能な魔導兵器(マギア)を支給された精鋭。

 その強さは、一般戦士以上、特級戦士以下。

 まあ、要するに。

 

「かかれぇ!」

『オオオオオオオッ!』

 

 雑魚である。

 

「『火炎剣(フレイムソード)』!」

『ギャアアアアアアアアッ!?』

 

 レグルスが炎を纏った大剣を一振り。

 それを起点として炎は放射状に広がり、戦士達を骨まで焼き払う。

 たった一撃で、革命軍の精鋭達は骨すら残さず焼き尽くされた。

 

「オイオイ、野郎ばっかじゃねぇか。女が居ねぇんじゃ華がねぇな」

 

 どうやら、レグルスは今の人達が男オンリーだったから躊躇なく焼き尽くしたらしい。

 相変わらずで、ため息が出そうだ。

 

「女が居たら生け捕りにでもするつもりですか? 任務を優先しなさい、この色魔」

「チッ。わかってるっての」

「それと……」

 

 プルートがレグルスを注意した。

 そして、おもむろに杖を構え、

 

「『水散弾(スプラッシュ)』」

『ギャアアアアアアアアッ!?』

 

 小さな水の弾丸を無数に打ち出し、そこら辺で解凍された人達を撃ち抜いた。

 

「気をつけてください。あなたが考えなしに火魔術を使えば、せっかくセレナが凍らせて無力化した敵が復活します。

 いくら脳筋でも、脳筋は脳筋なりにもう少し頭を使って戦いなさい」

「ケッ! わかったよ! でも、脳筋脳筋連呼すんじゃねぇ! 腹立つ!」

 

 ああ、うん、なんて言うか。

 放っておいたらすぐ喧嘩するね、この二人は。

 でも、なんだかんだで息が合ってるというか、やってる事自体は普通にプルートがレグルスをサポートしてるだけなんだよなぁ。

 お互いに、本気で嫌い合ってる感じでもないし。

 むしろ、喧嘩するほど仲が良い的な?

 ゲームでも、プルートがアルバ達に討ち取られた後、悪態つきながらも悲しむレグルスとか、仇討ちに燃えるレグルスとか見れるんだよね。

 そんなんだから、腐の方々の妄想に使われるんだよ。

 今回の会話も、凄まじくひねくれた見方をすれば、他の女を気にするレグルスにプルートが嫉妬したように見えない事もないし。

 そんな事を考えてたら、悪寒でも感じたように、二人の身体がブルリと震えた。

 相変わらず、勘の鋭い事で。

 

「お二人とも、お喋りも結構ですが、今は任務を最優先してくださいね」

「え、ええ、わかってますよ」

「……なあ、おい、セレナ。前々から気になってたんだが、お前たまに俺ら見て変な事考えてねぇか?」

「なんの事です?」

 

 すっとぼけておいた。

 そして、下手に感づかれる前に話題を逸らすべく、私は斜め下の床を指差しながら告げた。

 

「それよりレグルスさん、この方向を火魔術で焼いて道を拓いてください。恐らく、そこにターゲットが居る筈です」

「なんか誤魔化されてる気がするんだが……まあ、わかった。『火炎剣(フレイムソード)』!」

 

 レグルスの火魔術で床を焼き払い、そこに空いた穴の中を進んで行く。

 この拠点は、前にサファイア領で見た革命軍の拠点と同じく植物で出来ている。

 だから、それを焼き払える火魔術が効果的なのだ。

 

 そのまま、掘削用のドリル的な存在と化したレグルスに続き、私達は拠点の地下深くへと進んで行く。

 途中、天井を突き破って空間がある場所に何度か出たので、そこに居た敵を仕留めたり、氷像を砕いたりしながら先を急ぐ。

 そして、移動中に拠点全体が震えるような振動と轟音が何度も聞こえてきた。

 多分、他の部隊やワルキューレが特級戦士辺りとぶつかってる音だと思う。

 気にしなくて大丈夫。

 

 そうして穴を掘り進め続けた先に、その少女は居た。

 

「……来たわね」

 

 覚悟を決めたような顔で大振りのナイフを構えた、私と同い年くらいの少女。

 つい最近会って、語り合った少女。

 そして、今回のメインターゲットと一緒に居た少女。

 

 『夜明けの勇者達(ブレイバー)』のヒロインにして『勇者』のパートナー、ルル。

 

 彼女は、背後の扉を守るように立っていた。

 随分頑丈そうな植物が複雑に絡み合ったような歪なデザインをした扉。

 多分、あの中には部屋がある。

 そして恐らく、あの部屋の中にまで私の『氷霧(アイスミスト)』は届いていない。

 

「ほう! 中々に良い女じゃねぇか! こりゃ来た甲斐があったぜ!」

「だから、その色欲全開の思考をやめろと、何度言えばわかるのですかね……」

 

 ルルを前にレグルスは舌なめずりをし、プルートは頭を抱えた。

 大分、油断が見える。

 

「お二人とも、彼女は反乱軍の精鋭であり、前回の戦いで私を追い詰めた連中の一人です。油断しないでください」

「おう、わかってるって」

「ええ、理解していますよ。実家の領地を荒らそうとした害虫の事は」

 

 ホントにわかってるんだろうか?

 不安だ。

 でも、これは普通に考えれば負ける訳ない戦力差。

 そして、私が追ってきた、アルバにくっつけた超小型アイスゴーレムの反応は、ルルが守る部屋の先から感じる。

 つまり、今回のメインターゲットであるアルバはこの先に居る可能性が高く、そこに到達する為にはルルを倒して行くのが最も早い。

 なら、戦わないという選択肢はなかった。

 

「来るなら来なさいよ。やってやるわよ、こんちくしょう」

 

 ルルが決死の覚悟を見せつけるかのようにナイフを構える。

 それを見て私は、いつものように戦いのスイッチを入れた。

 この気高き少女を殺し、彼女が守る大切な人を手にかける覚悟を決めて、戦闘態勢に入った。



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革命少女の戦い 2

「『氷砲弾(アイスキャノン)』!」

 

 少女一人対六鬼将三人という絶望的な戦い。

 最初に動いたのは、やはりと言うべきかセレナであった。

 容赦のない氷使いは、一瞬で作り上げた氷の砲弾を使ってルルを狙撃する。

 

「くっ!」

 

 高速で飛来する氷の塊を、ルルはなんとか避けた。

 前回の戦いでセレナの強さを嫌という程思い知ったルルにはわかる。

 セレナにとって、この程度の魔術は挨拶がわりの軽いジャブに等しい。

 そんな攻撃でさえ当たれば即死、全力を出して回避がやっとという始末だ。

 改めて突きつけられた絶望的な戦力差に、いっそ笑いたくなる。

 

 そんな思考が脳裏を過った瞬間、ルルの背後から轟音が聞こえた。

 

「……やっぱり、この程度の攻撃じゃ壊せないか」

 

 そして、セレナが小声で呟く。

 敬語キャラが崩れている辺り、誰に聞かせるつもりもない独り言だったのだろう。

 だが、その声はルルの耳にまで届いた。

 そして、それを聞いたルルの感想は、戦慄だ。

 

(こいつ!?)

 

 ルルはセレナの狙いに気づいた。

 セレナの放った魔術は、ルルに避けられた後も直進し、背後の扉へと激突したのだ。

 しかし、さすがは革命軍上層部が特別に作ったという部屋の扉だけあって、セレナの魔術を食らっても損傷は軽微。

 ルルは、何故そんな部屋にアルバが運び込まれたのかと若干解せないと思っていたが、今はそれがありがたい。

 だが、

 

(これは、マズイわ!)

 

 ルルは危機感を募らせる。

 扉の損傷は軽微とは言え、全くの無傷ではない。

 もっと強力な魔術を続け様に撃たれれば、じきに破られるだろう。

 そうなれば中のアルバが死ぬ。

 しかも、戦いが長引く事もない。

 長引く前にアルバが死ぬ。

 

 セレナの狙いはこれだ。

 魔術でルルを倒せればそれでよし。

 避けられても、その魔術は扉を破壊し、アルバを殺す為の攻撃と化す。

 更に、ルルから『味方が駆けつけるまでの時間稼ぎ』という選択肢すら奪った

 一手両得、どころか一石三鳥。

 セレナはどこまでも冷徹で、合理的だった。

 

(だったら!)

 

「やぁあああ!」

 

 ルルは咆哮を上げながらセレナに向けて突進し、必ず殺すという気迫と共に刃を構える。

 力量差を弁えない無謀な特攻だ。

 しかし、こうなってはこれ以外に手はない。

 時間稼ぎすら許されないなら、ルルとアルバが生存する方法は一つ。

 今この場で、化け物三人を纏めて倒すしかない。

 しかも、扉が壊されるまでの短時間で。

 それは、どんな無茶振りであろうか。

 

 だが!

 

(無茶振りなんて、戦う前から百も承知なのよ!)

 

「『魔刃一閃』!」

 

 か細い希望の糸を必死で手繰り、必ず勝つ。

 そんな覚悟を込めた少女の一撃は。

 

「おっと」

 

 セレナに届く事すらなかった。

 紅の鎧を纏った騎士、レグルスの手にした大剣がルルの一撃を止める。

 それも、片腕であっさりと。

 

「ッ!?」

「そらよ! 『爆炎剣(バーンソード)』!」

 

 凄まじい怪力で大剣が振るわれ、それと同時に剣が爆発を発生させた。

 衝撃と爆風によって、ルルは守っていた扉にまで吹き飛ばされ、叩きつけられる。

 

「カハッ!?」

「お? 直前で自分から後ろに飛んで衝撃を逃がしたか。大した怪我もしてねぇみてぇだし、思ったより強ぇな。これなら手加減はいらねぇか?」

 

 レグルスが余裕綽々の態度でそう宣う。

 今の言葉が本当ならば、手加減して今の威力なのだろう。

 それでさえ、ルルは一瞬意識が飛びかけた。

 別にセレナ以外を侮っていた訳ではないが、改めて敵の強さを再認識させられる。

 

「『氷砲連弾(アイスガトリング)』!」

「『水槍(アクアランサー)』」

「くっ!?」

「あ!? おい!」

 

 そして、気を抜く暇など与えられない。

 すぐに氷の砲弾と水の槍による弾幕がルルへと撃ち込まれる。

 ルルはこれを特級戦士にも負けないと自負するすばしっこさでなんとか避け続けるが、避けた攻撃はそのまま扉へとぶち当たる。

 このままでは、ルルも扉も長くは持たないだろう。

 

「お前ら! せっかくの上玉を粗挽き肉団子どころか消し炭にするつもりか!?」

「寝言は寝て言いなさいレグルス。最優先事項はあの扉の先に居る人物の抹殺であり、その為に現在為すべき事は、あの劣等種の殲滅です。

 あなたの趣味に考慮する必要性が感じられません」

「レグルスさん、お願いですから真面目にやってください。今回ばかりは下半身優先してる場合じゃない重大案件なんですから」

「珍しくセレナまで辛辣だな!? ったく、わーったぜ」

 

 何やらセレナ達が話していたが、その会話を拾う余力すらルルにはない。

 全身全霊を回避に費やして、ようやくギリギリで延命できているのが現状だ。

 だが、それでは遠からず詰むとわかりきっている。

 つまり、

 

(一か八か前に出るしかないってわけね。上等じゃない!)

 

「ああああ!」

 

 回避に専念する動きを捨て、無茶を承知で弾幕の雨の中を突っ切り、前に出る。

 魔導兵器(マギア)内の魔力をここで使い切るくらいのつもりで身体強化に費やし、四足獣のような身を屈めた体勢で、被弾を最小限に抑えながら突進した。

 

「ぐぅ!?」

 

 無論、それだけで完全に避けられるものではない。

 いくつかの氷弾が身体を掠め、水槍に抉られ、瞬き程の刹那の間に身体はズタボロになっていく。

 

 だが、それでも、辿り着いた。

 

「『魔刃一文字』!」

 

 渾身。

 残った力を振り絞り、まずはこの場で一番厄介なセレナに向けて、ナイフによる突きを繰り出す。

 しかし、やはりと言うべきか、それだけでは届かない。

 

「よっと」

 

 ルルとセレナの間に立ち塞がる影。

 三人の中で唯一弾幕作りに加わらず、近接戦に備えていたレグルスの大剣によって、またしてもルルの一撃があっさりと止められた。

 だが、それは想定内。

 元々、渾身の一撃程度で倒せる相手だとは思っていない。

 

「ハァ!」

 

 突き技を防がれた際の衝撃を利用し、ナイフを握った右腕を引きながら身体を回転。

 そのまま、左手のストレートパンチをレグルスの顔面に叩き込んだ。

 凄まじい手応えがルルの拳に伝わる。

 

「ッ!?」

「ハッハァ! やるじゃねぇか!」

 

 その攻撃を受けたレグルスは、全くの無傷。

 魔導兵器(マギア)による紛い物とはいえ、身体強化を纏ったルルの拳を顔面に受けて、かすり傷一つすら負わない頑強さ。

 逆に、攻撃を仕掛けたルルの拳が痛んでいる始末。

 

(硬すぎでしょ!?)

 

 人体を殴った感触ではなかった。

 まるで、身体強化なしで鋼鉄を叩いたかのよう。

 

「お返しだ! 『爆炎剣(バーンソード)』!」 

 

 そして再び、爆発する剣撃による反撃。

 だが、その技は一度見ている。

 既知の技でそう簡単にやられるルルではない。

 

 レグルスの顔面にぶつけたままの左手を動かし、その肩を掴む。

 そこから、左手を支点として倒立前転。

 レグルスの後ろを取り、爆発の攻撃範囲から逃れる。

 

「やぁあ!」

 

 そして、反撃とばかりに、前転の勢いのまま、空いた右手でナイフを振るう。

 狙うは、背中側に抜けた事で見えた、レグルスの首筋!

 

「『火炎纏い(フレイムオーラ)』!」

「熱っ!?」

 

 その瞬間、レグルスの身体が紅蓮の炎を纏う。

 しかも、その炎が背中側から吹き出した。

 丁度、ルルに直撃する軌道で。

 

 ルルは慌てて左手に力を込め、自分の身体を地面に投げる事で炎の放射を回避。

 しかし、突然レグルスの身体を包み込んだ炎から完全に逃れる事は叶わず、接触していた左手に大火傷を負った。

 

「ぐぅ!」

 

 ルルは歯を食い縛って苦痛を噛み殺し、即座に起き上がる。

 そして即座に駆け出し、レグルスとの間合いを詰めた。

 まずはこいつを倒さなければ他の二人を狙えない。

 

「『魔刃連撃』!」

 

 ルルがナイフを振るう。

 懐に入り、レグルスの大剣にはないナイフの強みである小回りの利きやすさ、手数の多さを存分に活かして攻める。

 二人が繰り広げるは、殆ど密着した超近接戦闘。

 魔術師ならざる者が、唯一強力な魔術師と対等に戦える間合いでの勝負。

 加えて、懐というのは大剣ではなくナイフの間合い。

 ルルはレグルスという強敵を相手に、ほぼ完璧に自分の間合いで戦う事に成功していた。

 

 だが、それでも、それでも尚。

 

「ハッハッハッハ! お前、本当に強いな! 平民に生まれてなけりゃ直属の部下兼愛人にしてたところだ! マジで惜しいぜ!」

「くっ!?」

 

 ルルには余裕がなく、レグルスには充分すぎる程の余裕があった。

 これは貴族と平民との差ではなく、純粋にルルとレグルスの戦士としての力の差である。

 魔力の差、体格の差、経験の差、技術の差。

 レグルスはセレナと違い、魔術ではなく剣での戦いを主体とした魔導剣士なのだ。

 いくら距離を詰めたとて、いくら懐に潜り込んだとて、そこはルルの間合いであると同時に、レグルスの間合いでもある。

 

 近接戦は、魔術師ならざる者が唯一強力な魔術師と対等(・・)に戦える間合い。

 そう、対等だ。

 決して優位に戦える訳ではない。

 つまり、これが答え。

 

 革命軍上級戦士のルルでは、六鬼将序列五位『極炎将』レグルス・ルビーライトに到底及ばない。

 

 ただそれだけの事だった。

 

「そうら!」

「カハッ!?」

 

 それでも、すばしっこく立ち回っていたルルに、レグルスの攻撃が炸裂する。

 大剣を囮に使われ、そちらに意識を裂きすぎていたルルの胴に、レグルスのラリアットが突き刺さる。

 レグルスの剛腕によって繰り出されたラリアットは、ルルのあばら数本をへし折り、内臓にも深いダメージを与えながら、彼女を吹き飛ばした。

 

 丁度、セレナと共に弾幕を作り続けていたプルートの方へと。

 

「あ、やべ」

 

 うっかりしてたと言わんばかりにレグルスが呟く。

 だか、これはルルにとってまたとないチャンスだ。

 今まではレグルスが邪魔で他の二人に手が出せなかった。

 しかし、これならばプルートに攻撃ができる。

 この傷では、もう戦闘継続は難しいだろう。

 ならば、完全に戦闘不能になる前に、せめて一人でも道連れにしてやろうと、ルルは空中で体勢を整え、プルートにナイフを振るった。

 

 だが、

 

「『水盾(ウォーターシールド)』」

「え!?」

 

 ルルのナイフが、プルートの発動した魔術、水の盾に止められる。

 液体だというのにスライムのような弾性で立派に盾の役割を果たし、突き出したナイフごとルルの右腕を絡め取った。

 そして、

 

「『圧水殺(アクアプレス)』」

「あがぁ!?」

 

 今度は水に凄まじい圧力が加わり、絡め取られたルルの右腕を圧殺する。

 骨が砕け、肉が潰れる。

 壮絶な痛みがルルを襲った。

 

「終わりですね。劣等種の分際でこの僕の手を煩わせた事、存分に後悔しながら死になさい」

 

 プルートが手に持った小さな杖をルルに向け、水の弾丸を放つ。

 それを地面を転がりながら必死で避けるも、避けきれずに右足を負傷した。

 そんな悪足掻きにプルートが顔をしかめながら次の魔術を放とうとする。

 ルルは痛みの中で確信した。

 これは、避けられない。

 避けるだけの力が、もう身体に残っていない。

 

(ちくしょう……!)

 

 ルルは悔しさに涙する。

 覚悟を決めて命懸けで抗おうとも、結局奇跡は起こらなかった。

 どうしようもない実力差を覆す事叶わず、できたのはほんの僅かな時間稼ぎだけ。

 それすら、セレナとプルートが扉の破壊を優先していた事を思えば、意味があったのかすら怪しい。

 無駄死に。

 ルルの脳裏にその一言が過る。

 悔しかった。

 そして、己の無力が何よりも憎かった。

 

(ごめんね、アルバ。守ってあげられなくて)

 

 最期に思い浮かんだのは、自分が革命軍に引き入れ、危険に晒してしまった、あの少しだけ弟に似た少年の顔だった。

 

「死ね」

 

 プルートが無慈悲に死刑を宣告する。

 構えた杖の先に魔力が収束する。

 あと一秒もしない内に、その魔力はルルの命を奪う魔術へと変換されるのだろう。

 終わりが、死が、数瞬先の未来にまで迫っていた。

 

 だが、ここに来て奇跡は起こる。

 

「おおおおおお!」

 

 野太い男の叫びが周囲に響き渡った。

 それと同時に天井が粉砕され、そこから破壊された氷の人形が落ちてくる。

 セレナにとっては、ついこの前も見たような光景。

 そして、やはり状況は前と同じだった。

 

 破壊された氷の人形はワルキューレ。

 それを追って飛来する筋肉の影。

 少し違うところがあるとすれば、今回は筋肉の後から更に一人の女が襲来した事か。

 

「だぁあああああ!」

 

 それに重なるようにして、今度は廊下側に穴が空いた。

 そちらからも、壊れた氷の人形と、それを追いかける人影が襲来する。

 風を纏った刀を持った女と、鎖を持った男。

 

 特級戦士のキリカとリアン。

 その前に出て来た筋肉と女は、同じく特級戦士のバックとミスト。

 今ここに、生き残りの特級戦士全員が集結していた。

 

 しかし、それだけではルルへ向けられた魔術は止まらない。

 予想外の事態にプルートの思考が僅かに乱れた事により、コンマ数秒魔術の発動が遅れたが、それだけだ。

 ルルが死ぬ運命は変わらない。

 

 故に、この後に起きた事が本当の奇跡なのだろう。

 

「……え?」

 

 緊迫した空間に間の抜けた声が響いた。

 その声の主はルルだ。

 彼女は数瞬後の死を覚悟していた。

 だが、一瞬謎の浮遊感を感じたと思ったら、目の前から自分を殺そうとしたプルートの姿が消えていたのだ。

 その代わりに目に映ったのは、もはや見慣れた少年の顔。

 この国では珍しい黒髪黒目。

 顔立ちは、こうして間近で見ると意外に整っている。

 しかし、その顔を隠すように、右目の部分に痛々しく巻かれた包帯がある。

 

「アルバ……」

 

 その少年の名前を口に出した瞬間、ルルはようやく自分が彼の腕に抱かれている事に気づいた。

 恐らく、プルートの魔術が発動する前に、ルルを抱えて回避してくれたのだろう。

 そう思うと、何故か胸が高鳴って顔が熱くなった。

 死を垣間見て、身体が不調をきたしたのかもしれない。

 

「……やっぱり、こうなった」

 

 謎の不調に困惑するルルの耳に、再びセレナの呟きが届いた。

 小さな声。

 その小さな声の中に、やりきれないような複雑な感情が込もっているように思えた。

 

「お久しぶりですね、反乱軍の勇者さん。戦う覚悟は出来ましたか?」

 

 そして、今度は皆に聞こえるような普通の声量で問いかけたセレナを、『勇者』と呼ばれたアルバは、残った左目に強い意志を込めて見詰め返した。



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51 勇者復活

「……やっぱり、こうなった」

 

 うん、わかってた。

 なんとなく、こうなるんじゃないかとは思ってた。

 今、私の目の前には、凶悪な敵に追い詰められて絶体絶命のヒロインを、実にタイミングよく颯爽と救い出した主人公がいる。

 そして、腕の中のお姫様は頬を染めていらっしゃいます。

 うん、王道だよね。

 お約束だよね。

 それでこそ勇者だよね。

 

 ふざけんな。

 爆ぜろリア充。

 砕けろ運命。

 

 なんなんだ。

 本当になんなんだ、この主人公。

 どれだけ殺そうとしても一向に死なない。

 ブライアンを殺して出鼻を挫き、ノクスの力を借りて致死の罠にかけ、弱ったところを六鬼将三人でトドメを刺しに来た。

 普通にオーバーキルな筈だ。

 なのに、まだ死なない。

 それどころか、死にかけのヒロインまで救ってみせる始末。

 おまけに、革命軍の残りの主要戦力全員がタイミングよく集結するとか。

 ふざけてる。

 ふざけてるよ。

 運命に愛されてるとしか思えない。

 主人公補正か?

 主人公補正なのか?

 

 しかも、

 

「お久しぶりですね、反乱軍の勇者さん。戦う覚悟は出来ましたか?」

 

 皮肉を込めてそう言ってやれば、アルバは残った左目に強い意志を込めて見詰め返してくる。

 前回の戦いで片眼を失ったというのに、眼光はむしろ強くなってる。

 前の甘ちゃんとは比べ物にならない。

 直感的にそう感じた。

 

「……覚悟か。どうだろうな。お前と違って、そんな高尚なものはまだ決まってない気がするよ」

 

 しかし、アルバの口から出てきたのは予想外に弱気な言葉。

 だが、言葉と裏腹に声は力強く、眼光の鋭さも変わらない。

 

「でもな、こんな状況になって一つだけわかった事がある」

 

 アルバは語り続ける。

 

「俺は、仲間が死ぬのが怖い。ルルがこんなに傷ついてるのを見て血の気が引いた」

 

 ルルを抱いたアルバの左腕に力がこもる。

 ルルの頬が真っ赤になった。

 突然のラブコメ……。

 

「だから俺は、━━仲間を守る為に戦う。それが今の俺にできる、精一杯の覚悟だ」

「……そうですか」

 

 ああ、そっか。

 アルバは、見知らぬ誰かの為じゃなく、まずは身近な仲間の為に戦う事を選んだのか。

 私と同じ。

 だけど、きっと私とは全然違うんだろう。

 

 私は、極論ルナさえ幸せなら他の全てを切り捨てられる。

 でも、アルバは勇者だ。

 大事な人の為に戦いつつ、それ以外のものもできる限り切り捨てずに抱え込む。

 戦う意志さえあれば、前に進む意志さえなくさなければ、そんな理想論みたいな事がきっとできる。

 だから彼は主人公なのだ。

 だから彼は運命に愛されているのだ。

 今のアルバなら、ゲームのラストと同じように、王になれるだけの器があるのだろう。

 

 だけど、

 

「では、━━その覚悟に殉じて死になさい」

 

 私は六本の氷剣を抜き、四つの球体アイスゴーレムを浮遊させ、臨戦態勢を取った。

 ……もし、ルナの呪いが解けたなら、私が帝国に従う理由がなくなったなら。

 もしかしたら、アルバの王道を応援する事もできたのかもしれない。

 でも、それは無理だ。

 呪いの解除方法は何をどうやっても見つからなかった。

 私の力ではこれ以上の手段を探る事はできない。

 それこそ、闇魔術のエキスパートにでも話を聞かない限りは。

 私の知る中で、それに該当する人物は皇帝とノクスだけ。

 皇帝は論外として、ノクスに頼る事もできない。

 彼はとても良い上司だけど、帝国第一皇子であり、次期皇帝。

 現皇帝を裏切ってまで、私に協力してはくれないだろう。

 

 私は皇帝と帝国を裏切れず、アルバはそんな帝国と戦う覚悟を決めた。

 だからこそ、私とアルバは戦うしかない。

 お互いの大切なものの為に、戦い、傷つけ合い、殺し合うしか道はない。

 

 私が臨戦態勢に入ると同時、止まっていた時が動き出した。

 

「ミスト! 私がこいつらを足止めする! その隙にアルバ達を連れて……」

「させると思うか!」

「あなた達はここで殲滅します。これは確定事項です」

「くっ!?」

 

 バックは冷静な判断でアルバを逃がそうとしたけど、レグルスとプルートに阻まれた。

 そのまま、キリカ達を巻き込んで、二対四の戦いになった。

 どっちも、しばらくはこっちに来ないだろう。

 負傷したルルを戦力外と考えれば、計らずもアルバと私の一騎討ちだ。

 

「『氷結光(フリージングブラスト)』!」

 

 先制攻撃の冷凍ビームを避け、アルバはルルをそっと地面に降ろし、その前で仁王立ちした。

 これでは、アルバが私の攻撃を避ければ、その全てがルルに当たる。

 それでも尚、ルルを守りながら戦う気か。

 舐めてる、とは思わない。

 これがアルバだ。

 これが勇者だ。

 

「『栄光の手(ハンド・オブ・グローリー)』」

 

 そしてアルバは、失った右腕の代わりに光の義手を作り出し、その腕に同じく光の剣を作り出して握り締める。

 その光の義手は、まるで炎のように、それが革命の灯火であるかのように、ユラユラと不規則に揺らめいていた。

 その灯火を、

 

「今日こそ吹き消す」

 

 そうして、私とアルバの二度目の死闘が幕を開けた。




話数が尽きましたので、これにて連続投稿は終了となります。
ご愛読ありがとうございました。

明日からは、マルチ投稿第二弾を始めさせていただきます。


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52 勇者VS氷月将、再び

「『氷弾雨(アイスレイン)』!」

 

 まずは様子見。

 銃弾サイズの氷弾(アイスボール)を、私本体と球体アイスゴーレム全てからグミ撃ちして、アルバの反応を見る。

 このサイズなら迎撃はかなり難しい筈。

 避ければ後ろのルルが死ぬから防ぐしかない。

 さあ、どう防ぐ?

 

「ハァ!」

 

 アルバが選んだのは、単純な剣術による薙ぎ払いだった。

 魔術の産物故に、自在に大きさを変える光剣によって、氷弾の雨を斬り払う。

 強い。

 これだけでも、魔導兵器(マギア)に頼ってた前回とは別物だとわかる。

 さながら、サナギから蝶に羽化したかのような成長ぶり。

 

 それでも、まだまだ私の領域には程遠い。

 

「ぐっ!?」

 

 アルバは氷弾の雨を相殺しきれず、いくつかが身体に突き刺さって苦悶の声を上げた。

 でも、思ったより傷が浅い。

 皮を裂き、肉を食い破ってるけど、骨にまでは届いてないだろう。

 あの程度の負傷じゃ回復魔術一発で完治される。

 やっぱり、いくら銃弾に似せるという工夫で威力を大幅に上げ、それを凄い勢いで連射してるとはいえ、初級魔術の氷弾(アイスボール)で主人公を殺すのは無理か。

 

「うおおおお!」

 

 アルバも、この攻撃が致命傷にならない事に気づいたのか、雄叫びを上げながら被弾覚悟で突進してきた。

 ……そういえば、前に戦った時もこうして愚直に前に出てきたっけ。

 相変わらず勇敢というか、なんというか。

 でも、前回そうやって愚直に突進して来た結果、私に傷一つ付けられずにアルバは敗北した。

 今回も同じ結果にしてやる。

 それも、前回より強力な攻撃を持って、徹底的に倒す。

 殺す。

 

「『浮遊氷珠(アイスビット)』出力全開!」

 

 私の後ろのサブウェポン、四つの球体アイスゴーレムにチャージされた魔力が迸る。

 両腕を前に突き出し、球体アイスゴーレムと私自身の動きを完全に同機させ、私は次なる必殺の魔術を発動した。

 

「『氷結光最大出力(フリージングブラスト・ライジング)』!」

 

 四つの球体アイスゴーレムと私自身が放った、合計五つの冷凍ビームが螺旋状に渦を巻き、一筋の極太破壊光線となってアルバに襲いかかる。

 その威力は、下手すれば絶対零度(アブソリュートゼロ)にすら匹敵するだろう、私の必殺技の一つだ。

 まあ、面制圧の絶対零度(アブソリュートゼロ)に比べて、ビーム故に直線上のものしか薙ぎ払えなくて避けられる可能性が高い、球体アイスゴーレムがベストポジションにないと使えない、しかもかなり燃費が悪い、と割と欠点の多い技だけど、その分、条件さえ整えば絶対零度(アブソリュートゼロ)より遥かに発動が早いという利点がある。

 それに、避けられやすいって欠点も、ルルを庇ってる今のアルバ相手なら問題にならない筈。

 食らって死ね!

 

「『聖光(ホーリーライト)』!」

 

 チッ!

 やっぱり、そう簡単にはいかないか。

 アルバは膨大な光のエネルギーを生み出し、それを以て必殺の冷気を相殺しようとしている。

 前に絶対零度(アブソリュートゼロ)を防いだのと同じ方法だ。

 防げたという前例がある以上、それが有効な手段である事に間違いはない。

 

 しかし、間違ってないからと言って、正解とは限らない。

 あの魔術は、消費や消耗を度外視して、膨大な魔力をただただがむしゃらに放出してるだけだ。

 確かに、あれだけの魔力を使えば私の攻撃を防ぐ事もできるだろう。

 ただ、効率はクソ程悪い。

 魔術の強さは、消費した魔力量×選んだ魔術の強さ×魔力の魔術への変換率だ。

 100の魔力を使っても、その変換率が70%なら、30%分魔術の威力は落ちる。

 だからこそ、魔術師は明確なイメージという名の設計図を作り、魔力操作技術を駆使して少しでも設計図通りに魔術を発動する事で、変換率を上げようと試みるのだ。

 

 でも、アルバが使ってるアレは違う。

 明確なイメージも魔力操作技術も変換効率もクソもない。

 強く、ただただ強く。

 多分、それだけを思って発動してるんだろう。

 

 私の魔術は、ノクス達から化け物扱いされた魔力操作技術のおかげで、変換率ほぼ100%。

 そして、この『氷結光最大出力(フリージングブラスト・ライジング)』に使ってる魔力量は、ゲームのMPにして凡そ500くらいだと思う。

 それを、アルバは変換効率度外視で、MP5000くらい使って無理矢理防いでる。

 きっと、魔術師として未熟なアルバにはそれしかできない。

 つい最近魔術師として目覚め、つい一ヶ月前に初めて自分の魔術を使えるようになっただけのド素人には、それが精一杯。

 それが、アルバの限界。

 

 でも、

 

「うぉおおおおお!」

 

 そんなド素人の足掻きが、後ろの女の子を必死に守ろうとする男の意地が、こんなにも眩しく力強い。

 次の瞬間には尽きてしまいそうな、無茶苦茶な魔力の放出。

 一秒後には倒れてしまいそうな、滅茶苦茶な戦い方。

 それでも、アルバは私の攻撃を耐えている。

 後ろのルルに被害が行かないように、その身を盾にして地獄の吹雪を防いでいる。

 

 その上で前進して来るのだ。

 冷気の嵐を突っ切って、少しずつ、一歩ずつ、でも確実に、アルバは私へと迫ってくる。

 不死身の英雄か、もしくはゾンビでも相手にしてる気分だ。

 どんなホラーだとツッコミたい。

 

 だけどね。

 

「だぁああああああ!」

 

 雄叫びを上げるアルバに対抗するように、私もまた咆哮を上げた。

 そして、魔術の出力を更に上げる。

 限界を超える魔力行使に、籠手の中に埋め込んだ杖が嫌な音を立てるのがわかった。

 関係ないと更に出力を上げる。

 

 そっちに引けない理由があるように、私にだって引けない理由があるんだ。

 アルバに守りたい人がいるように、私にも守らなきゃいけない人がいる。

 ルナの為に、あの子の幸せな未来の為に、私は負ける訳にはいかない。

 誰を犠牲にしても、何を踏みつけにしても、勝って、勝って、勝ち続けなければならない。

 皇帝に、ルナの命を握り続けているあの憎い憎い男に、私の価値を示し続ける為に。

 奴が、ルナに人質としての価値を感じ続けるように。

 万が一にも、奴が私を見限り、ルナにその毒牙を向ける事がないように。

 私は勝たなきゃいけない。

 目の前の勇者を殺して、勝たなきゃいけないんだッ!

 

「あああああ!」

「おおおおお!」

 

 冷気と光がぶつかり合う。

 お互いの意志を、覚悟を魔術に乗せて、私達は殺し合う。

 その果てに、━━光の勇者が地獄の吹雪を突き破った。

 

「ッ!?」

「『光騎剣(シャインブレード)』!」

 

 身体中を凍りつかせ、顔を真っ青にしながら、アルバは光の剣を私に向けて振り抜いた。

 咄嗟に、事前に抜いておいた氷剣で迎撃する。

 六本の氷剣が交差し、光の剣と競り合う。

 だが、光の義手と無事な左腕でしっかりと力を込めている光剣に対して、浮遊しているだけの氷剣では六本あってもパワーが足りなかった。

 威力を削ぐ事こそできたものの、完全に防ぎ切る事はできず、アルバの剣撃が私の兜に直撃する。

 

「ぐぅ!?」

 

 頑丈に作った兜がたった一撃で罅割れた。

 兜ごしにも関わらず、凄まじい衝撃が脳を揺らす。

 でも、脳震盪を起こす程じゃない。

 反撃の余地がある。

 

「『氷狙撃弾(アイススナイプ)』!」

「がはっ!?」

 

 至近距離から発射した魔術、氷弾(アイスボール)の威力と回転を超強化した狙撃弾がアルバの右胸を撃ち抜く。

 本当は心臓を狙ったんだけど、咄嗟の反射で急所を逸らされた。

 それでも、この一撃は確実に右肺と肋骨を粉砕し、アルバに吐血を強いた。

 確実に効いてる。

 効いてない訳がない。

 

「『氷剣乱舞(ソード・オブ・ブリザード)』!」

「ぐぁああ!?」

 

 弱ったアルバに私は追撃を放った。

 六本の氷剣による目にも留まらぬ連続攻撃。

 完璧に計算され尽くした軌道を刃が走り、まるで六人の達人剣士が寸分違わぬ連携奥義を放ったかの如く美しい剣技。

 勿論、そんな技術が私にある訳がない。

 私は剣術に関してはへっぽこだし、体術全般に関してもそこまで得意じゃないんだから。

 

 故に、これは剣術などでは断じてない。

 アイスゴーレム技術の応用で、事前に決めておいた動きを剣が勝手に繰り出してるだけだ。

 つまり、完全に固定された型。

 テレフォンパンチならぬ、テレフォンスラッシュである。

 レグルスクラスの達人剣士相手だと、一度見せたら二度と通じない見せかけだけの美技。

 それでも、初見なら充分に敵を殺し得る絶技だ。

 刻まれて死ね!

 

「あ、が……ま、まだだぁああ!」

 

 氷剣がアルバの身体に裂傷を刻んでいく。

 深く、鋭く、その身体を斬り刻んでいく。

 それでも、アルバは諦めない。

 目から光が消えない。

 ああ、確かにアルバの言う通り「まだだ」。

 まだ決定打が足りない。

 私は片腕を宙に掲げた。

 

「『氷砲弾(アイスキャノン)』」

 

 そうして作り出したのは、車サイズの砲弾を作り出す氷砲弾(アイスキャノン)

 普段なら0.1秒もかけずに放てる技を、あえてゆっくりと使う。

 アルバに見せつけるように。

 そんな砲弾が向かう先は当然アルバ……ではなく背後のルルだ。

 

「ッ!?」

「そう。あなたは仲間を見捨てられない」

 

 放たれた氷砲弾(アイスキャノン)を迎撃する為に、アルバが光剣を伸ばす。

 それによって氷砲弾(アイスキャノン)は撃墜されたものの、光剣をそっちに使ってしまった事でアルバのガードが空いた。

 そんな事をすれば当然、今まで必死で致命傷を避けてきた剣舞の餌食だ。

 

「ぐはぁああああ!?」

「アルバッ!?」

 

 アルバが絶叫を上げ、足手まといになってしまったルルが悲鳴を上げた。

 アルバが刻まれていく。

 左腕が斬り落とされ、右脚が抉られ、左膝が砕かれ、胴体を貫かれる。

 自動操作故に、首とか心臓とか狙いの致命傷を与える事こそできなかったけど、それでも充分だ。

 

「さあ、これでトドメを……」

「ま、だだぁあああ!」

「なっ!?」

 

 トドメを刺そうと次の魔術を発動しようとしていた私は度肝を抜かれた。

 アルバが、ズタボロの身体を引き摺り、氷剣の隙間を無理矢理抉じ開け、その代償で更なる痛手を負いながら突撃して来たのだ。

 それも一切の躊躇なく!

 そこは普通、回復魔術を使うところでしょう。

 腕だって、千切れてすぐならくっつけられるのに。

 そんな事知った事かとばかりに、アルバの眼中には私しかいない。

 迫り来る自分の死など意に介さず、ただただ私を倒して仲間の脅威を排除する事しか考えてない。

 

 これがアルバの覚悟か。

 どうやら私は、無意識の内にアルバの事を過小評価してたらしい。

 実力でも主人公補正でもなく、その覚悟の強さを侮っていた。

 主人公、運命に愛された者。

 そんな色眼鏡で見て、アルバの内面を正確に把握できていなかった。

 前に会って直に話した時の印象を、覚悟も決まっていない未熟者という印象を引き摺ってしまっていた。

 

 だからこそ、この一瞬、ほんの僅かに私の反応が遅れた。

 その一瞬の隙を突き、アルバが今までとは比べ物にならない速度で私の懐に潜り込む。

 

「『光騎剣(シャインブレード)』!」

「くっ!?」

 

 アルバが光剣を振るう。

 球体アイスゴーレムが自動防御の氷の盾を展開するも、一撃でごっそりと削られた。

 速度だけでなく、ここに来て威力まで増している。

 最後の輝きとでも言わんばかりに、ここに来て光が強くなってる!

 残りの魔力も、体力も、生命力も、ここで全て振り絞る気だとすぐにわかった。

 そうでもなければ、今のアルバにこれ程の出力は出せない筈。

 灯火消えんとして光を増す。

 要するに、燃え尽きる寸前の蝋燭が一番激しく燃えるという意味の言葉。

 今のアルバにこれ以上ない程よく似合う。

 

「おおおお!」

 

 光剣が超高速で振るわれ続ける。

 秒間10、いや15回は振るわれる連続攻撃。

 まさに怒涛の勢い。

 一撃ごとに氷の盾が抉れ、砕かれ、私とアルバの距離が縮む。

 このままでは押しきられる!

 対策、対策を!

 

「『光神剣(シャイニングブレード)』ォ!」

「!?」

 

 その瞬間、アルバが過去最高の斬撃を放った。

 全てを断ち斬るような真上からの一撃。

 それが氷の盾を引き裂き、私の兜を砕いて、私の左眼を奪った。

 

「痛ッ!?」

 

 危なかった。

 左眼だけで済んだのは行幸だ。

 咄嗟に一歩後ろに下がっていなければ死んでいた。

 アルバに、今の一瞬で光剣を伸ばす技量があれば死んでいた。

 運が良かったのだ。

 

 そして、対策が間に合った。

 

「がっ!?」

 

 急にアルバの動きが停止する。

 その身体は、まるでハリネズミの如く、後ろから六本の氷剣に貫かれていた。

 さっきアルバが無理矢理振り払った氷剣。

 私の手札の中で、咄嗟に一番早く動かせる武器。 

 怒涛の攻撃に去らされながら、私はそれをなんとか呼び戻していたのだ。

 そして、攻撃に全神経を集中していたアルバは、背後からの攻撃を避けられなかった。

 氷剣が到着する前に私を仕留めきれなかったアルバの負けだ。

 

「ハァア!」

「ごはっ!?」

 

 動きの止まったアルバに、私は渾身のボディブローを叩き込んだ。

 鎧の身体強化によってレグルス以上のパンチ力となった私の拳は、アルバの内臓を破裂させながら、その衝撃で吹き飛ばす。

 その時、背中に刺さった氷剣も、刺さった部分を盛大に抉りながら抜ける。

 結果、アルバは前の時以上のボロ雑巾となって、ルルの近くの壁へと叩きつけられた。

 

「アルバァ!」

 

 ルルが悲鳴を上げながら、壊れた身体を引き摺ってアルバの元へと向かう。

 その間に、私は回復魔術を使って負傷を治した。

 殆どの傷は今ので治ったけど……左眼はダメだ。

 眼球が跡形もなく消し飛ばされてる。

 この世界の回復魔術では、部位欠損までは治せない。

 私の腕前を以てすれば眼球破裂くらいならなんとかなっただろうけど、さすがに無くなったものまでは治せないのだ。

 ……前にアルバの右眼を奪った私が、今度はそのアルバに左眼を奪われるなんて。

 これが因果応報というやつか。

 

「さて」

 

 治療を手早く終え、私は意識の全てを戦闘へと戻す。

 まだ戦いは終わっていない。

 レグルスとプルートの方も激戦が続いてるみたいだし、何よりアルバ相手だと完全にトドメを刺すまで安心できない。

 そして、私の考えは当たっていたらしい。

 壁にめり込んだアルバが、歩く事すらできないような重体を引き摺りながら這い出して来た。

 そして、壊れた脚でしっかりと大地に立つ。

 ここまでやって尚、まだ倒れない。

 本当に強くなった。

 天晴れ見事だよ。

 

 でも、倒れないなら、倒れて死ぬまで戦うだけだ。

 私はもう油断しない。

 今度こそ確実に息の根を止め、その死体まで粉微塵に砕いてやる。

 

 私は今一度、必殺技の一つを発動した。

 

「『氷結光最大出力(フリージングブラスト・ライジング)』!」

 

 さあ、その傷付いた身体で、今度はどう対処する?

 アルバは動かない。

 必死で魔術を発動しようとしてるように見えるけど、燃え尽きたように魔力が出てこない。

 さすがに限界か。

 なら、おとなしく氷結地獄で死ぬがいい。

 そうして、アルバにトドメの一撃が突き刺さる寸前。

 

 またしても図ったようなタイミングで、突如戦場となった革命軍本部その物が(・・・・)動いた。

 

 植物で出来た床が、壁が、天井が、まるで生き物のように流動し、アルバとその近くに居たルルを絡め取って冷凍ビームの射線上から逃がした。

 

「なんだぁ!?」

「これは!?」

 

 その影響はレグルスとプルートの方にも及んだようで、二人は戦っていたバック達と分断させるように蠢いた植物の壁に阻まれ、戦闘を強制終了させられていた。

 その時チラッと見た感じでは、二人とも無傷で相手はバック以外虫の息だったので、相当惜しい状況だったみたいだ。

 

 そして、この現象の下手人に見当をつけたんだろうプルートがレグルスを引き摺り、私と合流して一塊の陣形を取る。

 その次の瞬間、━━通路の奥から人影が現れた。

 プルートの装備を数段レベルアップさせたような、いかにも私は大魔術師ですと言わんばかりの立派なローブに身を包み、長い白髭を蓄え、大きな杖を持った一人の老人。

 その姿を見た瞬間、私は持ってきた魔道具のスイッチを入れる。

 そして、怒りと苛立ちを氷の無表情で隠しながら、その爺に話しかけた。

 

「お久しぶりですね。ところで、どうしてあなたが反乱軍の味方をしていらっしゃるのですか? ねえ、━━プロキオン様」

 

 その白々しい問いに、プロキオンこと裏切り爺は、

 

「なに、儂の領地に無断で踏み行って来た不届き者に、ちょいとお仕置きをしておっただけじゃよ、セレナ殿」

 

 にっこりと、まるで好好爺のような白々しい笑みを浮かべてみせた。



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53 皇族の血統

「全くもって嘆かわしい事じゃよ。まさか領主である儂が不在の隙に、()()()()()()()()賊が入り込むとはのう。おかげで対処が大変じゃったわい」

 

 そう言って、裏切り爺は操作した巨大な植物の蔦を動かす。

 通路の奥から伸びてきた新たな蔦。

 その蔦は、()()()()()()()()()()()()()()、まるでモズの早贄のような状態となっていた。

 

「おい爺ィ……!」

「……やってくれますね」

 

 その光景を見て、レグルスとプルートが怒りの感情を浮かべる。

 あの蔦に貫かれていたのは、言わずもがな私達と一緒に突入した直属部隊とワルキューレだ。

 見たところ全員死んだっぽい。

 全滅だ、全滅。

 でも、まあ、今回連れて来たのは直属部隊の中でも特に性格が腐りきってた連中だ。

 ぶっちゃけ、内心では早く死んでくれないかなと思うレベルで心底不快なクズ揃いだったから、私は二人と違って、部下を殺された事への怒りはない。

 でも、ワルキューレが全滅してるのはいただけない。

 やっぱり、あの爺、序列の上では私より上なだけはあるって事か。

 普通に私より強いと思っといた方がよさそうだ。

 

 それはともかく、まずは問答をしなくては。

 

「彼らは賊ではなく帝国の騎士ですよ。それを殺し、反乱軍の肩を持つという事は明確な帝国と皇帝陛下への裏切り行為です。当然、わかっていてやっているのでしょうね?」

「無論じゃよ。だからこそ、こういう事をする」

 

 裏切り爺が、コツンと杖で床を軽く叩く。

 その杖の先から魔力が放たれ、半死半生の革命軍全員を包み込んだ。

 そして、彼らの傷がみるみる治っていく。

 回復魔術か。

 それも、かなりの腕前。

 さすがに全快とまではいかなかったみたいだけど、ほぼ全員が戦闘可能な状態にまで回復してる。

 まあ、傷が治ったからといって、使った魔力や体力まで回復する訳じゃない。

 実際、アルバなんかは左腕こそくっついたものの、倒れかけて回復したルルに支えられてる。

 前にも見たような光景だ。

 

 それにしても、これは、

 

「……意外ですね。あなたともあろう方が、こうもあっさり裏切りを認めるなんて」

 

 そこだけは少し驚いた。

 こいつがいくら聖人だった元主の志を継いでるとはいえ、この爺自身は別に元主や姉様みたいな聖人じゃない。

 私と同じで、優しさだけじゃ何もできないと理解してるタイプだ。

 だから、いざという時は迷わず非情な判断ができる。

 死にかけの革命軍を切り捨てるくらいは平気でやる筈だ。

 元主を裏切った、いや裏切ったふりをして見殺しにした時とか、平民達を捨て駒のような扱いで政治争いに巻き込んだ時みたいな感じで。

 

 だからこそ、革命軍が追い詰めに追い詰められたこの状況での最善手は、革命軍を切り捨てて大本営たるエメラルド家だけでも守る事だった筈。

 今回の革命には見切りをつけて、また何年もの時間をかけて再準備。

 エメラルド家という強大な力が残ってて、あとはアルバ辺りを確保できれば、それも叶う。

 だからこそ、裏切り爺はこの選択をする可能性が高いと思ってた。

 

 対して、こうやって裏切り爺本人が私達の前にノコノコ現れるのは論外だ。

 しかも堂々と裏切り宣言するとか、もうね。

 この瞬間、裏切り爺は逆賊に落ちた。

 六鬼将三人が証人。

 証拠もあるし、言い逃れはできない。

 私達三人をここで始末できれば話は違うかもしれないけど、仮にも自分と同格の奴三人をなんの準備もなしに倒せるか?

 普通に考えれば無理。

 仮に、それを可能とする切り札を裏切り爺が持ってたとしても、私達は逃げればそれで済む話だ。

 証拠を掴んだ以上、必ずしもここで裏切り爺を殺す必要はない。

 後日、大量の騎士を引き連れて逆賊を滅ぼしに来ればいいんだから。

 そうなれば、裏切り爺は詰む。

 

 でも、そんな事は裏切り爺自身が一番よくわかってる筈だ。

 なのに、こいつはここに居る。

 まあ、理由はわからなくもないけども。

 

「ホッホッホ。君達は少し勘違いをしておるようじゃのう。

 確かに儂は革命軍を、君達が言うところの反乱軍を組織し、皇帝陛下に(・・・・・)牙を向いた。裏切り者と謗られて当然じゃのう。

 しかし、()()()()()()()裏切ったとまで思われるのは心外じゃ。

 儂はブラックダイヤ帝国の臣下として、恥ずべき行いは何一つしておらんよ」

「ああん!? なんだそりゃ!?」

「……どういう意味ですか?」

 

 レグルスが意味わからんとばかりに吠え、プルートが訝しそうな声で尋ねる。

 そして、二人の疑問に答えるように、裏切り爺は懐からある物を取り出した。

 とても見覚えのする形をしたペンダントを。

 

「あっ!?」

 

 それを見て、アルバがすっとんきょうな声を上げ、慌てて胸元を探り出した。

 それだけでもう、あれが誰の持ち物なのかよくわかる。

 

「君達も知っておろう。これは皇族にのみ受け継がれる特殊な魔道具『皇家の印』。皇族の血を強く受け継ぎ、皇帝となるだけの資質を持つ者を見定める物じゃ。そして……」

 

 裏切り爺が動く。

 唖然としてフリーズしてるアルバの前まで。

 

「失礼」

 

 そして、アルバの血塗れの身体に手を伸ばし、指先で血を拭ってペンダント、皇家の印の中心部分にある宝石に押し付けた。

 その瞬間、皇家の印が目映い光を放ち始める。

 特殊な魔力光だ。

 

「こ、こいつは!?」

「……そういう事ですか」

 

 レグルスとプルートが驚愕の声を上げる。

 そりゃそうだろう。

 この現象は前に見た光景と同じだ。

 ゲーム知識、ではなくノクスが学園を卒業した時に、皇帝のクソ野郎が渡してきた同じ魔道具を公衆の面前で光らせた時と同じなのだ。

 この特徴的な魔力の波長は忘れないし、偽造できるもんでもない。

 

 つまり、これによって、アルバには皇族の血が流れているという事が証明されてしまった。

 同時に、一応は皇帝となる資格を有しているという事も。

 まあ、知ってたけど。

 

「この印は、今は亡き我が主、ブラックダイヤ帝国元第二皇子リヒト・フォン・ブラックダイヤ様が先代皇帝より賜りし物。

 それを受け継ぎしこの者は……いや、このお方こそは! 15年前の帝位継承争いの折行方不明となられたリヒト様のお子! アルバ・フォン・ブラックダイヤ様である!」

 

 な、なんだってー!?

 とでもリアクションすればいいんだろうか?

 そう思うくらいに裏切り爺はドヤ顔だ。

 そんなに嬉しいか?

 嬉しいんだろうな。

 だって、皇族の血を引くアルバという駒があれば、革命軍の行いにある程度の正統性を持たせる事ができる。

 ただの反乱分子ではなく、皇族に率いられた派閥の一つとして認識させる事ができる。

 そうなれば、貴族の中からも革命軍側につく裏切り者がいくらか出てくるだろう。

 ただの平民につくのではなく、あくまでも公爵という貴族の延長線である裏切り爺につくのでもなく、皇族の下につくのなら納得する貴族も多い。

 それが皇族の血の力だ。

 本当に、こういう奴らに利用される前に、ルナを保護できて良かった。

 

「わかってもらえたかな? 儂は帝国を裏切ったのではなく、アルバ様の配下となっただけ。リヒト様の下へと戻っただけなのじゃよ」

「そうですか」

 

 どうでもいい。

 どっちにしろ裏切り者には変わりないやん。

 この爺の演説に思うところがあるとすれば、よく回る口だなと感心するくらいだ。

 アルバの配下になったとか、それ最近考えた後付け設定だろ。

 知ってるんだからな。

 アルバを見つけたのはつい最近で、しかも光魔術使うまでリヒトの子供だとわからなかったっていう情けない裏事情は。

 エメラルド家の方にアルバを匿わなかった事といい、色々と準備不足、根回し不足なのは明白。

 皇家の印が光ったのも、実は確証のないぶっつけ本番の賭けだったんじゃないかとすら思えてくる。

 そう思うと、実に間抜けだ。

 

「では、言い方を変えましょう。アルバ様、並びにプロキオン様の率いる軍は、帝国の領地の多くを襲撃しました。

 この事実がある限り、たとえ皇族の血筋と言えども反逆者には変わりありません。

 然るべき裁きの為、帝都への出頭を求めます」

「それはできん相談じゃな」

「でしょうね」

 

 私はそれだけ言って臨戦態勢に入った。

 殺気が迸り、全員の顔がこわばる。

 アルバが皇族の血筋と判明したからって、戦いが避けられる訳じゃない。

 アルバの父であるリヒトは、かつて皇帝のクソ野郎と戦った男。

 つまり、皇帝の敵だ。

 そして、不本意ながら私は皇帝の配下。

 社長の敵は倒さなきゃならない。

 それこそ、お上同士が和解でもしない限りは。

 

 それでも、裏切り爺は口を閉じなかった。

 

「セレナ殿、お主は何故そこまで皇帝陛下に従う? それはお主の姉君、エミリア殿の望みにそぐわんじゃろうに」

「……何が言いたい?」

 

 私の殺気が高まり、口調から敬語が抜けた。

 こいつ、今なんて言った?

 なんで、お前が姉様の名前を口にしてんだ。

 それが私の逆鱗だとわかっての事だろうな?

 

「エミリア殿とは交流があってのう。今は亡きリヒト様に似た、とても優しい女性じゃったわい。

 あの方は民を憂い、人を慈しんでおった。

 それに比べ、今のお主はどうじゃ? 残虐非道の皇帝陛下に忠を誓い、民の為にと立ち上がった戦士達を虐殺しておる。

 姉君が生きておられたら、さぞお嘆きになるじゃろう」

「……うるさい」

「亡くなられた姉君の意志を継ごうとは思わんのか? このままで良いと本当に思っておるのか?」

「うるさい」

「今からでも遅くはない。かつて、姉君と同じ理想を抱いたリヒト様の作りし革命軍にて、奪った命への償いをする気は……」

「うるさいって、言ってんだろうがァアア!」

 

 その言葉で、私の怒りは頂点に達した。

 両腕を前に突き出し、氷結光(フリージングブラスト)を繰り出す。

 裏切り爺は、拠点の構築に使われていた植物を盾に、それを防いで軌道を逸らす。

 軌道を歪められた氷結光(フリージングブラスト)が、拠点の天井を凍らせて砕きながら、空の果てへと消えていった。

 

「お前が姉様を語るな! 生前の姉様と交流があっただと? ああ、そうだろうな! お前は、お前らは姉様を利用しようとしたんだから!」

 

 私は知っている。

 この爺は昔、あろう事か姉様を自分の派閥に引き入れようとしていたのだ。

 旧第二皇子派に!

 皇帝の敵だった派閥に!

 その目的なんて知れている。

 姉様を、もっと言えば皇族の血を引くルナを、今のアルバみたいに旗頭として利用する為だ!

 

「お前らが余計な事をしたせいで姉様は目をつけられた! その結果があれだ! 三年前の悲劇だ! 私にとって、お前らは憎い憎い、姉様の仇の一つなんだよォオオ!」

 

 更に裏切り爺に向けて魔術を放つ。

 使ったのは、氷の鎖を生み出す魔術『氷鎖(アイスチェーン)』。

 特級戦士リアンの操る鎖より遥かに大きい鎖が、まるで罪人を縛り上げるかのように裏切り爺に牙を向く。

 だが、それも弾かれ、鎖はさっきの氷結光(フリージングブラスト)が空けた天井の穴へと消えていった。

 

「奪った命の償いをしろとかお前は言ったな! だったら私も言ってやる! お前らが巻き込んで殺した姉様への償いをしろ! 許されざるその罪、死んで償えェエエ!」

「む!? これは!?」

 

 私は絶叫しながら、さっき作り出した氷の鎖を引く。

 鎧の身体強化を使って、思いっきり、全力で。

 

 そして、この鎖の先には超巨大な氷の鉄球がある。

 

 ここに攻め入る時に使った、道中で自律式の機構を取り付けておいた鳥型アイスゴーレム。

 外で待機してたあれが魔術を使い作り出した、超ド級サイズの裁きの鉄槌だ。

 その大きさは、この拠点を丸ごと潰して余りある。

 それを今から、鎧の身体強化による腕力と、氷弾(アイスボール)を撃つ時みたいな魔術の射出で加速させ、この拠点に落とす。

 絶対零度(アブソリュートゼロ)が私の特殊技最強なら、私の物理技最強とも言えるこの一撃。

 存分にその身で味わえ!

 己の罪を噛み締めながら!

 

「『氷隕石(アイスメテオ)』ォオオ!」

 

 そうして、全てを押し潰す氷の隕石が降り注ぎ、革命軍本部を消し飛ばした。



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54 撤退すんぞ

「ぶはぁ!」

 

 土の中から顔を出したレグルスが、そんな声を出した。

 気持ちはわかる。

 私も今、同じ気持ちだ。

 

「……なんというか、また凄まじい事をやらかしましたね、セレナ」

 

 そして、プルートは呆れ顔で私に言ってくる。

 そうだね。

 だが、後悔はしていない。

 

 今、私達の目の前には、地面に巨大なクレーターを作って砕け散った氷球の残骸がある。

 

 あの氷隕石(アイスメテオ)による大破壊から私達が逃れた方法は簡単だ。

 まず、球体アイスゴーレムに翼を生やします。

 それによって高速飛行モードとなった球体アイスゴーレムを、私達三人のお腹にボディブローのように叩きつけて、そのままの勢いで後ろに向かって低空飛行します。

 あとは、ぶつかる先の壁をレグルスとプルートの魔術で壊して、地中に脱出すれば終了です。

 

 これによって私達は氷隕石(アイスメテオ)の直撃を回避した。

 まあ、落下の衝撃波で吹き飛ばされて、土の中を盛大に抉った挙げ句、やっと止まれた位置から今度はモグラみたいに地中を掘り進んで、ようやく地上に出て来た感じだけど。

 大変だった。

 でも、そんな事してる間に少しは頭が冷えた。

 もう怒りに任せて行動する事はない。

 

「撤退しましょう」

 

 私は奴らへの怒りを胸の奥にしまい込んで、努めて冷静にそう告げた。

 次の瞬間、上空にいた鳥型アイスゴーレムが私達の前に着陸する。

 全員、そそくさと乗り込み、さっさと離陸。

 鳥型アイスゴーレムが高速を出し、あっという間に革命軍本部跡地が遠ざかっていく。

 

「よかったのかよ、セレナ? 今のお前、爺を掘り出してズタズタに引き裂いてやりたいって顔してるぞ」

「……そう見えますか?」

「ああ見える。一見ただの無表情だが、付き合いが長くなってくるとわからぁ。そいつは怒りを押し殺してる顔だ」

 

 レグルスのその言葉に、プルートも軽く頷いた。

 ……さすがに、あれだけ怒り狂った後だとバレるか。

 確かに、今の私は頭こそ冷えたけど、怒りそのものは今でも胸の奥を焦がし続けている。

 叶う事なら、今からでも裏切り爺をぶち殺して、ついでにアルバにもトドメ刺したい。

 

 でも、頭が冷えてるなら、冷静な判断ができる。

 

「これでよかったんですよ。あそこに留まっていれば、すぐにでもエメラルド公爵騎士団がやって来て袋叩きにされていたでしょう。

 だから、これでよかったんです」

「……そうか」

 

 レグルスはそれ以上何も言わなかった。

 その配慮がありがたい。

 これ以上引っ張られたら、八つ当たりしちゃいそうだったから。

 

「それにしても、あなたが片眼を失うとは思いませんでしたね。それ程の強敵でしたか」

「……はい。前に会った時とは比べ物にならない強さでした」

 

 プルートが話題を逸らしてくれたので、それに乗っかる。

 これはこれでありがたいような、そうでもないような。

 でも、復讐対象の事考えて怒りに身を焦がすよりは、宿敵の話でもしてた方がマシかな。

 

「次に会った時の事を思うと憂鬱です」

「さっきの魔術で潰れていればいいですね」

「いえ、恐らくそれはないでしょう」

 

 そうなってくれてたら嬉しいけど、まあ、普通に無理っしょ。

 

「あの場にはプロキオン様が居ました。あの方の実力を考えれば、あの程度の単発攻撃でプロキオン様の守りを抜き、あの場の連中を仕留められたと思うのは楽観的に過ぎるでしょう。

 拠点内の他の場所に居た連中はともかく、あの場に居た精鋭達の中に死者は出ていないと考えておいた方がいいかと」

「……まあ、そうですね。そうなると、これからは残った反乱軍の精鋭に加え、プロキオン様とエメラルド公爵騎士団、プロキオン様に抱き込まれている貴族、そしてあなたの左眼を奪った逆賊の皇子を相手にしなければいけないという事ですか。頭が痛くなりますね」

「全くですね。でも……」

「ええ。そう悲観したものでもありません」

 

 さすがプルート。

 そこで首を傾げてるレグルスと違って、私が言わなくてもちゃんとわかっていらっしゃる。

 そんなプルートは、メガネをくいっとやりながら、これからどうなるのかの予想を語り始めた。

 

「事がここまで大事になった以上、エメラルド家征伐は帝国の総力を以て行われる事になるでしょう。

 皇帝陛下御自らが動かれるかはわかりませんが、少なくともノクス様と、ノクス様が率いる事になるであろう中央騎士団の精鋭達。更にエメラルド領と隣接する領地の辺境騎士団の多くを動員した大軍勢に加え、裏切ったプロキオン様と、ガルシア獣王国との戦争で忙しいミア殿を除く六鬼将全員が駆り出される可能性が高いでしょうね。

 そうなれば、明確にプロキオン様よりも序列の高い六鬼将序列一位『闘神将』アルデバラン様も出陣なさるでしょう。

 それだけの戦力で攻め入れば、いくらプロキオン様と精強なエメラルド公爵騎士団、ついでに反乱軍と言えども、ひとたまりもありません」

「ですね」

 

 そうなんだよ。

 いくら裏切り爺でも、帝国と真っ向から対立して勝てる訳ないんだよ。

 普通に考えて、総力戦になったら軽く捻り潰されるに決まってる。

 

「幸い、プロキオン様の裏切りを証明する明確な証拠も手に入りましたしね。セレナ、一応確認しますが例の魔道具は無事ですね?」

「はい、問題ありません」

 

 プルートの懸念を払拭するように、私はとある魔道具を取り出した。

 氷でコーティングし、鎧の装飾に紛れ込ませておいたそれを。

 

 これは、つい最近外国から流れて来た録音(・・)の魔道具だ。

 

 一応、帝国でも録音の魔道具は開発されてたけど、それとは全くの別物だ。

 帝国産の録音魔道具は、写真と同じく上の方の貴族しか入手できない超高級品。

 しかも、やたらとデカい上に機構が複雑なもんだから、とても戦場に持って行ける代物じゃない。

 でも、今回持ち出して来た外国産のこれは違う。

 大きさはなんと、前世で普通に売ってたちょっと大きめのボイスレコーダーと同じくらい。

 若干ノイズが入るのが気になるけど、それだって音楽鑑賞とかを考えなければ気にならないレベル。

 これを見せられた当初、こんなオーパーツどこで手に入れたんだと激しくツッコミを入れたくなったものだ。

 

 そんな気になる入手経路は、プルートが戦争を担当してた国らしい。

 その国はこういう細かい物の開発に力を入れる技術国だったらしく、停戦交渉の時に献上品、もとい賄賂としてこの録音魔道具他、色んな品物を渡して来たんだとか。

 それは本当につい最近、具体的に言うと特級戦士達と私とのガチバトルの時よりも後の話なので、裏切り爺の耳にも入ってないんじゃないかな?

 なんにせよ、これのおかげで私達の証言以上の効力を持つ明確な証拠が手に入ったので、エメラルド家征伐の話は割と早く纏まる筈だ。

 できれば、裏切り爺が何かする暇を与えずに速攻で殲滅したい。

 

 でも、なんとなく、そう上手くはいかないんじゃないかという予感がする。

 

 帝国と真っ向から対立したら、裏切り爺に勝ち目はない。

 これは客観的な事実から見て確実な事だ。

 だからこそ……そんな事は裏切り爺自身が嫌という程わかってる筈。

 そんな奴が、何も考えずに無策で私達の前にノコノコ現れるか?

 ない。

 それはない。

 いくらアルバを救う為とはいえ、後先考えないで動く程、あの爺は無能じゃない。

 絶対に何かある。

 革命の灯火を消さないように守る為の何かが。

 

 そして、そんな私の予感は当たった。

 

 後日、大軍を引き連れて再度エメラルド領に攻め入った時、そこに奴らの姿はなかった。

 裏切り爺も、アルバも、革命軍も、公爵騎士団も、どこにも居ない。

 もぬけの殻となった領地だけが、そこにあった。



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55 終わらぬ戦い

「探せぇ! 草の根分けても奴らの痕跡を探し出すのだ!」

 

 エメラルド家征伐の副総司令官を任された序列一位の人が声を張り上げる。

 怒髪天って感じの怒りの大声だ。

 あの人は皇帝至上主義の忠臣って感じだから、裏切り者とかは絶対に許せないんだろうなー。

 ……正直、あの人とは色々な意味で生涯わかり合える気がしない。

 そうじゃなくても、何故かあの人自体が生理的に受け付けないし。

 

『オオオオオオッ!』

 

 そして、序列一位の人の指示に従って、率いてきた大軍が平和なエメラルド領に雪崩れ込む。

 なんだかんだで裏切り爺が善政を敷いていた平和な領地は、こうして強制捜査という名の暴力にさらされ、一瞬にしてサファイア領以上の地獄と化した。

 ……正直、これは捜査とは名ばかりの蹂躙だ。狼藉だ。

 騎士達は捜査の名目で家を荒らし、人を連れ去り、拷問にかけて自白を強要する。

 何も知らないと言っても無駄だ。

 無罪放免で解放なんてまずあり得ない。

 全て吐くまで拷問は続く。

 当然、民衆の殆どは吐く程の情報なんて持ってないので、死ぬまで拷問が終わらないのだ。

 その過程で拷問を楽しんでるクソ野郎も多いだろう。

 元領主の屋敷でお楽しみ中のレグルスのように。

 ……中世の魔女裁判より酷い光景だ。

 吐き気がする。

 

 私はその光景に酷い罪悪感を覚えながら、心の中で謝罪を繰り返した。

 決して許される訳がないとわかっていながら。

 

「セレナ、キツイのならばお前はもう戻れ」

「……いえ、大丈夫です。ご心配をおかけして申し訳ありません、ノクス様」

「そうか……」

 

 そんな私を見かねたのか、総司令官のノクスが気づかってくれた。

 作り直した兜で表情は見えない筈なのに、よく私の不調がわかるなぁ。

 やっぱり、左眼なくして戻って来たせいで、過保護っぷりが増してる気がする。

 帰還当初なんて、絞め殺されるんじゃないかって力で抱きしめられたからね。

 ノクス、私の事好き過ぎやろ。

 

 まあ、それは冗談としても、ここでノクスの優しさに甘える訳にはいかない。

 この惨劇は、領地を見捨てた裏切り爺のせいでもあるけど、それ以上に、そんな決断をせざるを得ないくらいに奴を追い詰めた私達のせいで引き起こされたものだ。

 だったら、やらかした事から目を逸らしてはいけない。

 せめてもの責任を取って、見届けなくては。

 

 しかし、そこまでの覚悟を決めて、盛大にSAN値を削りながら強制捜査を続けても、裏切り爺の痕跡は跡形もなく消えており、その足取りを追う事は叶わなかった。

 多分、こうなる事も覚悟の上で、前々から脱出経路とか証拠隠滅とかの工作を始めてたんだろう。

 それくらい、裏切り爺は追い詰められてたからね。

 

 結局、今回の作戦ではエメラルド家の公式での地位が帝国から抹消され、エメラルド公爵領が消滅した以上の成果はなく、強制捜査自体はなんの成果も上げられないまま、ただただ地獄を作り出しただけで終わってしまった。

 恐らく、エメラルド領はこの後、周辺領地に量り売りされて、もっと酷い事になるんだろう。

 これが、気分の悪くなる戦争のリアルだった。

 

 ただ、一つだけ確かな事がある。

 エメラルド家が潰れようとも、裏切り爺やアルバをはじめとした主要人物を丸々取り逃がした以上、革命の灯火はまだ消えていないという事だ。

 大きく力を削がれようとも、目に見えない程小さな光になろうとも。

 革命の火種は、未だどこかで燻っている。

 一気に燃え上がる日を待っている。

 

 戦いは、まだ終わってなどいないのだ。 

 

 いったい、こんな戦いがいつまで続くのだろうか。

 ……いや、ブラックダイヤという悪の帝国が残っている限り、戦いは永遠に終わらないのかもしれない。

 なんとも暗い未来が目に見えるようで、私の気分は深く深くどこまでも深く沈んでいった。

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 空振りに終わったエメラルド家征伐から約一ヶ月。

 これ以上の捜査は無意味と判断され、討伐隊は解散となった。

 私も久しぶりの休暇を貰い、自宅への帰路についている。

 でも、ぶっちゃけ凄い気が重い。

 

「ハァ……」

 

 思わずため息が出た。

 原因はエメラルド家の惨状を見続けて気分が悪くなったから、ではない。

 終わらない戦いに嫌気が差したから、でもない。

 それも大きな胃痛案件ではあるんだけど、一番の理由はこれ(・・)だ。

 

 私は、左眼に装着した白い眼帯に触れた。

 

「ハァ……」

 

 指先から伝わってくる感触は、まるで金属のような硬質な感触だ。

 無くなった眼の部分を覆う眼帯のメインパーツは、私が作った防御力重視の硬い氷によるもの。

 正直、私の鎧の兜よりも尚硬いだろう。

 直径僅か数センチしかないにも関わらず、膨大な魔力と時間をかけて作ったこれなら、アルバの攻撃ですら弾ける自身がある。

 でも、どんなに高性能でも眼帯は眼帯だ。

 これが眼が無くなっちゃった事の証明である事に変わりはない。

 こんなもんをルナやメイドスリーに見せたらどうなる事か。

 死ぬ程心配させる未来しか見えない。

 

「ハァ……」

 

 もう何度目かわからないため息を吐いた時、私は既に自宅の前にいた。

 いつも通り、アメジスト家の別邸と本邸を通って来た筈なんだけど、気が重すぎて道中の記憶がない。

 ただ、使用人の人達にかなり心配されたような気はする。

 その心配を、この玄関扉の先に居るルナ達にも与えてしまうかと思うと、ますます気が重くなって帰りたくなくなってきた。

 でも、このまま立ち往生してる訳にもいかない。

 私は覚悟を決めて玄関扉をノックした。

 

「はいは~い」

 

 そして、中から聞こえて来る声。

 この声はドゥか。

 よかった。

 一番冷静に対応してくれそうな子が来た。

 

「ただいま」

「お帰りなさいませ~、セレナさ……」

 

 しかし、そんなドゥでもやっぱり、私の左眼を見た瞬間、息を詰まらせて目を見開いた。

 普段はいつもニコニコしてるドゥの顔から笑顔が消え、驚愕の表情になる。

 

「ごめんね。ちょっと不覚を取っちゃったよ。でも、これ以外の傷はないから大丈夫」

「…………そうですか。セレナ様。お疲れ様でした」

 

 そう言って、ドゥは優しく私を抱き締めて頭を撫でてくれた。

 まるで姉様のように。

 それが、凄く温かくてありがたかった。

 

「うん。ありがとう、ドゥ」

「いえいえ~。セレナ様もまだ子供なんですから、もっと甘えてくれてもいいんですよ~」

「ふふ、それは断る」

「ええ~」

 

 そんな事を言ってくれるドゥは、すっかりいつもの彼女だった。

 多分、いつも通りに接してくれる事を私が望んでるってわかってくれてるんだと思う。

 本当に、いい友達に恵まれた。

 

 そして、私達が麗しい友情ドラマをやってる内に、いつもの気配がいつも通り凄い勢いで接近してくるのを感じた。

 

「おねえさまー!」

「ルナ……」

 

 一直線に私の胸に飛び込んで来たのは、我が愛しの家族ルナだ。

 近くにあった気配から高速で離れてたのを見るに、多分、トロワのお勉強から抜け出してここに来たんだろう。

 いつもなら苦笑しながらも微笑ましい気分になるんだけど、今回ばかりはルナの顔を見るのが辛かった。

 

「おねえさま……?」

 

 そんな私の様子を敏感に察知したらしく、ルナが不安そうな顔で私を見上げてきた。

 そうして、ルナの目に私の眼帯が映ってしまう。

 

「それ、どうしたんですか……?」

 

 ルナの顔がますます不安に染まっていく。

 まだ、ルナの年齢と知識量じゃ眼帯が何かわからない筈だ。

 それでも、なんとなくこれが悪い物だって察してるのかもしれない。

 

「こ、これはね……」

 

 どうしよう。

 これはおしゃれだよとでも言って誤魔化すべきか?

 ……いや、ダメだ。

 それだと、一緒にお風呂に入った時とかにあっさりバレる。

 そうなったら、今度は騙されたというショックまでルナに与える事になるだろう。

 ……やっぱり、言うなら早い方がいいか。

 

「……うん。これはね、ちょっとお仕事で怪我しちゃったんだ。でも心配しないで。大した事ないから」

「けが……」

 

 ルナがそっと私に手を伸ばしてきた。

 その小さな手が、おっかなびっくりな手つきで、私の失われた左眼を眼帯の上から撫でる。

 

「いたくないですか?」

「うん」

「つらくないですか?」

「うん」

「くるしくないですか?」

「うん」

「……むりしないでください」

「……うん」

 

 ルナは、泣きそうな顔で私に強く抱き着いてきた。

 そんなルナを、私もしっかりと抱き締める。

 ……ルナには、私の仕事の事を言っていない。

 でも、仕事から帰って来る度に、私のメンタルはボロボロだ。

 ルナの前で辛い顔を一度もしなかったかと問われると……少し自信がない。

 もしかしたら、ルナなりにそこから何かを察してたのかもしれない。

 子供は意外とそういうのに敏感だ。

 

「大丈夫。お姉ちゃんは大丈夫だからね」

 

 そう言って、私は赤ちゃんをあやすように、ルナの背中をポンポンと叩いて頭を撫で続けた。

 

 この氷の城には、私が途中で戦死した時の為に、私の死後でもルナを守れる戦力として大量の自立式アイスゴーレムが収納されてる。

 皇帝の呪いは……絶対ではないし、賭けではあるけど、ルナに渡したお守りに仕込んだコールドスリープの魔術で一応は対抗できるだろう。

 帝国からの逃走手段なら、ずっと昔、姉様と一緒に逃げる為に作って今もバージョンアップを続けてる国外逃亡用の魔術がある。

 保護者なら、私の代わりにメイドスリーがいる。

 つまり最悪、本当の本当にどうしようもなくなった時、私はメイドスリーに後を託して死ねるのだ。

 

 でも、

 

「うぅ……ひっく……」

 

 胸の中で静かに泣くルナを見てると、絶対に死ぬ訳にはいかないと思えてくる。

 ルナに、家族を失うという辛い思いをしてほしくない。

 姉様を失った時に私が感じた、あのどうしようもない程の絶望を味わわせたくない。

 なら、私は死ねない。

 生きて、ルナの成長を見守らなくては。

 

「大丈夫。大丈夫だよ」

 

 私はその言葉を言い続ける。

 ルナに、そして自分に言い聞かせるように。

 

 そうして私は、終わらない戦いを、生きて最後まで戦い抜く覚悟を決めた。



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56 今後の方針

「揃ったな」

『ハッ!』

 

 休暇明け早々、私は謁見の間において不愉快極まりない顔を見るハメになっていた。

 こいつの顔を見るだけで腹が立つ。

 こいつの声を聞くだけで吐き気がする。

 こいつがこの世に存在するというだけで、憎しみでおかしくなりそうだ。

 

 そんな死んで地獄に落ちてほしい奴ランキング永遠のナンバー1こと皇帝が、私の休み明けにノクスと全ての六鬼将を召集したのだ。

 議題は決まっている。

 この場に唯一来ていない六鬼将こと、裏切り爺に関してだろう。

 

「さて、皆も知っての通り、先日またしても六鬼将の席次に空席が出来てしまった。プロキオンめが私に反旗を翻したからだ。

 今日は奴の後任について、そして奴に対する今後の対処について話し合うとしよう」

 

 ほらな。

 私の予想通りだった。

 

「では、まずは六鬼将の後任候補についてだ。誰か、お前達が推薦したい相手はいるか?」

 

 シーン……

 そんな音が聞こえてきそうなくらい謁見の間が静まり返る。

 誰も何も言わない。

 その反応が帝国の人材不足という現実を物語っていた。

 

 一応、私も六鬼将以外で強い騎士を知らなくもない。

 私の直属部隊にいる、どもり症の快楽殺人鬼ことマルジェラとかはかなり強い。

 でも、それだって精々、不完全版ワルキューレに辛うじて勝てるかどうかってレベルだ。

 並の特級戦士よりは上だろうけど、六鬼将クラスには程遠い。

 所詮はその程度。

 そして、そんなマルジェラが私の知る騎士の中での最高クラスだ。

 

 こんなんじゃ、六鬼将を任せられる人材に心当たりなんてある訳もなし。

 人材不足だ。

 聞けば、レグルスとプルートが着任する前も、長らく五位と六位は欠員状態だったっていうし、本当に深刻な問題だと思う。

 それもこれも皇帝のせいだ。

 クズに権力持たせて、努力しなくても甘い蜜が啜れるような腐った政治やってるからこんな事になるんだよ、バーカバーカ。

 反省しろ。

 そして、責任取って死ね。

 

「なんだ? 誰もおらぬのか?」

「申し訳ございません陛下。昨今、若手の者どもは不甲斐なく、古参の者どもも向上心が欠けております。

 全ては、騎士団を預かる我の責任です。叱責は如何様にも」

 

 序列一位の人が皇帝に深々と頭を下げた。

 私は下げない。

 他の人達も下げてないし、同調圧力で強制されない限り、誰があんなクソ野郎に頭なんて下げるか!

 

「ふむ……まあ、仕方あるまい。優秀な者が少ない事は嘆かわしいが、嘆くだけでは始まらぬ。これは今後の課題だな。

 では、一先ず六鬼将の欠員補充は行わない事とする。プロキオンは正式に除名、アルデバラン以外の者は繰り上げとし、六位を空席としよう。

 各々、己の新たなる席次に恥じぬ活躍を期待している」

『ハッ!』

 

 なんか、成り行きで私の序列が上がった。

 これからは六鬼将序列二位『氷月将』セレナ・アメジストだ。

 どうでもいい。

 というか、むしろ、あの裏切り爺と同じ席次って事が腹立たしい。

 相変わらず、皇帝クソ野郎は本人の望まない人事をするのが得意だな、おい。

 死ね。

 

「さて、では次に、裏切ったプロキオンへの対策だな。意見のある者はいるか?」

「では陛下、私から」

 

 皇帝の問いにノクスが手を上げた。

 ……今さらだけど、いくら公式の場とはいえ、息子に父親と呼ばれない皇帝はどうなんだろう。

 絶対に親子の情とかないよね、こいつら。

 皇帝は言うに及ばず、ノクスも皇帝を父親として見てる感じがしないもの。

 皇帝とノクスの関係は親子ではなく、完全に上司と部下のそれだ。

 まあ、それが帝国クオリティーなんだけどさ。

 それに、そのおかげで私はノクスを皇帝の息子とかルナの兄として見なくて済んでる。

 もし、そこんところが複雑化してたら、私とノクスの関係は今程上手くいってなかっただろう。

 そう考えれば、むしろ助かったと思うべきなのかもしれない。

 

 思考が逸れた。

 今は裏切り爺への対処の話だ。

 

「プロキオンはその配下共々完全に雲隠れしております。

 奴の植物魔術の利便性から考えて、恐らく魔獣ひしめく森の中にでも潜伏しているのでしょう。

 森の探索は困難であり、ましてや帝国中の森をしらみ潰しに探すとなれば、膨大な労力と時間が必要となるのは必定。

 ならば、まずは見えない敵よりも見える敵。現在も続いているガルシア獣王国との戦争に戦力を投入して速やかに終戦させ、その後、帝国の総力を上げてプロキオンの探索に当たるべきかと考えます」

「ふむ」

 

 ノクスが語ったのは、革命軍の末端が暴走した後に私が進言して実行した作戦と同じだ。

 あの時、多すぎる戦争の数を減らして革命軍退治に本腰を入れた結果、帝国はゲームと違ってかなり有利な局面を作る事に成功している。

 だったら、今回もその作戦は有効だろう。

 というのが、この会議の前に私とノクスとプルートで行った予習会議での結論である。

 レグルス?

 早々に頭脳労働から逃げ出して、会議室の隅で爆睡してましたが何か?

 

「待たれよ、ノクス皇子! 貴殿は裏切り者をみすみす見逃すつもりか!? プロキオンに時間を与えれば何をするかわからんのですぞ!」

 

 しかし、そんなノクスの提案に序列一位の人が反発してきた。

 よっぽど、裏切り爺を早く討伐したいらしい。

 

「アルデバラン殿、ガルシア獣王国との戦いにはセレナ、レグルス、プルートの六鬼将三人を投入するつもりです。

 それに加え、元々戦線を維持してきたミア殿を加えれば六鬼将は四人、決着はすぐにでもつくでしょう。その僅かな時間すらも許容できませんか?」

「六鬼将が戦線に出ている隙を突かれたらどうされる!?」

「ガルシア獣王国との国境砦には転移陣があります。敵が前のように子爵領や男爵領を狙うならばともかく、主要な都市を攻めて来た場合は即座に対応できるでしょう。

 万一、敵が前回と同じ戦略を取って来たとしても、セレナの魔術があれば前回と同じように対応可能です」

「ぬ、ぬう……!」

 

 ノクスの理詰めに序列一位の人が呻いた。

 そして……何やら心を落ち着かせるかのように深呼吸を始めたぞ。

 この人、こんなキャラだったっけ?

 

「……失礼しました。裏切り者への怒りで少々熱くなりすぎていたようです。

 ミアよ、六鬼将三人が援軍に加わるとして、ガルシア獣王国はどれ程で片付くと思う?」

「うぇ!? ね、寝てないですよ!?」

 

 唐突に話を振られて序列四位の、いや裏切り爺が抜けたから序列三位に返り咲いたミアさんが狼狽えた。

 寝てたのか、この人……。

 いやいや、きっと戦争が忙しくて寝不足だったんだよ。

 久しぶりにぐっすり眠れると思ったところを、今回の召集で叩き起こされたとか、そんな感じなんだよ、きっと。

 つまり、悪いのはミアさんじゃなくて、この召集会議を開いた皇帝クソ野郎だ。

 全部あいつが悪い。

 だから睨まないであげて、序列一位の人。

 

「えーと、えーと……あ! 援軍の話ですよね! 向こうも弱ってきてるんで、セレナちゃん達が来てくれるなら一ヶ月くらいで終わらせられると思います! はい!」

「…………そうか。ならば、我はノクス皇子の作戦を支持いたします」

 

 どうやら話が纏まったらしい。

 ミアさんがホッと息を吐いてた。

 お疲れ様です。

 そして、序列一位の人の承認を受け取り、ノクスが改めて皇帝に問いかける。

 

「如何でしょうか、陛下?」

「構わん。反対がないのであれば好きにするといい」

「ありがとうございます」

「うむ。では、今日はこれにて解散だ。各自、己の職務に励むがよい。下がれ」

『ハッ!』

 

 皇帝の承認も獲得し、会議は終了した。

 そして、これにて今後の方針が決定。

 私の次の仕事先は、革命開始前から帝国との戦争を継続してる国、ガルシア獣王国との戦場だ。

 あそこはゲームでは僅かに触れられてただけで、ゲーム知識があんまり役に立たない場所。

 しかも、相当特殊な戦法と技術を用いてくる強国だ。

 それをできうる限り迅速に殲滅し、終戦させないといけない。

 普通にキツイ仕事になりそう。

 でも、今回は私含めて六鬼将が四人、更に砦を守る大軍が味方にいるし、革命軍相手にするよりは気が楽かな。

 まあ、なんにせよ、いつも通り頑張るとしますか。



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57 ガルシア『獣』王国

「いやー、よく来てくれたね、セレナちゃん! あとレグルスとプルート! ホント助かるわー! いや、マジで……。あ、セレナちゃん、お菓子食べる?」

「へ? あ、はい」

 

 後日。

 準備を整えてから転移陣でガルシア獣王国との国境砦に移動した私達は、砦の現場指揮官であるミアさんから凄い歓迎を受けていた。

 特に私だ。

 私が特にミアさんに構われている。

 今もクッキー貰った。美味しい。

 ミアさんは昔から妙に私に優しいんだよなぁ。

 多分、私の不幸な過去を知ってるから、気にかけてくれてるんだと思う。

 バイト先の訳ありな女子高生を気にかけてくれる先輩みたいな感じで。

 

 六鬼将序列三位『閃姫将』ミア・フルグライトさん。

 

 ゲームでは帝国の良心と言われ、実際、六鬼将の中で唯一の純粋な善人だと私は思ってる。

 別に姉様みたいな聖人って訳じゃないんだけど、なんというか『普通』にいい人なのだ。

 例えるなら、近所の優しいお姉さん的な。

 

 六鬼将になった経歴だって、戦いの才能があったから普通に貴族学園の騎士学科を進学先に選んで、そのまま普通に就職して、普通に頑張ってたら、思ったより優秀だったからいつの間にか出世しまくってたという、悪の帝国にあるまじき普通の会社員みたいな理由だし。

 別に重い過去とか、帝国に忠誠を誓う事になったキッカケ的なエピソードとかがある訳じゃない。

 この人はただただ職務に忠実というか、真面目なだけなのだ。

 正直、あまりにも普通すぎて、なんでこの人悪役サイドの組織に居るの? ってレベルで場違い感が凄い。

 なんというか、この人は運悪くブラック企業に就職してしまっただけの、真面目で優秀な普通のOLなんだろうなぁ。

 というのが、私がミアさんに抱いてる印象だ。

 

「モグモグ。それで、戦況はどうなってるんですか?」

「ああ、うん、それがね……」

 

 なんか、一気にミアさんの顔が暗くなった。

 め、目が死んでる……!?

 よく見たら目の下にうっすらとクマがあるし、肌荒れも結構酷いし、どんだけの激務振られてるんだろう?

 常人とは比べ物にならない体力を持つ魔術師がこうなるって相当だぞ。

 しかも、ミアさんは六鬼将の一人。

 その魔力量は並の魔術師より遥かに多い筈だ。

 基本的に、魔術師は魔力量の多さが戦闘力や生命体の高さに直結する。

 致命傷食らいまくっても倒れなかったアルバがいい例だ。

 つまり、ミアさんくらいの魔力量があれば十徹くらいまでなら余裕の筈。

 そのミアさんがこんな有り様になってるって事は、それだけここがキツイ職場って事だろう。

 聞く前から戦慄するわ。

 

「獣王国の奴ら、昼夜を問わずに襲撃を繰り返してくるんだよ。しかも、あいつら魔術師以上の体力お化けだから、酷い時は一週間とか、二週間とかぶっ続けで戦闘になるの。

 いつ襲って来るかわからない、襲って来たらいつ終わるのかわからない。そんな状況で兵達がすっかり疲弊しちゃってさ。

 そのしわ寄せが一番体力のあるアタシに来ちゃって……そのせいで、もう一ヶ月は寝てないんだよぉ! ああ、お布団が恋しい……」

「お、お疲れ様です……」

 

 うわ、予想以上に酷い。

 私が休暇で家族サービスしてる間に、この人はとんでもないブラック残業に追われてたのね。

 なんか、ごめんなさい……。

 そう思ったのは私だけじゃないらしく、レグルスとプルートも哀れみの目でミアさんを見てた。

 

「……その疲労では仕事の効率が落ちるでしょう。悪い事は言いませんから、引き継ぎが終わり次第休んでください。後は僕達でなんとかしますから」

「そうだな。睡眠不足は美容の天敵だぜ。あんた綺麗なんだから、もっと身体を大切にな」

「ありがとう……マジでありがとう……」

 

 ミアさんが静かに泣き始めた。

 いや、ホント、お疲れ様です。

 しっかり休んでくださいね。

 あなたは超超超貴重な常識人枠なんですから。

 

「しかし……ミアさんがこんなに追い詰められるなんて、そんなに獣王国の連中は強いんですか?」

「そうなんだよ!」

 

 クワッ! って感じでミアさんが勢いよく顔を上げた。

 徹夜続きのテンションでメンタルが不安定なようだ。

 可哀想に。

 

「あいつら、なんかよくわからない薬だが人体改造だかで謎の変身しててさぁ! どう見ても人外になってんのよ! あれズルくない!? だって、魔術師でもない奴らが魔術師以上の化け物になってるんだよ!? しかも、元から魔術師だったっぽい奴はそれ以上の化け物になってるし! おまけに、あいつらのボスなんて普通にアタシより強いし! 挙げ句の果てには、どれだけ倒しても倒しても、追い詰めても追い詰めても玉砕覚悟で向かって来るし! やってられるかぁ!」

 

 ミアさんは溜まってた鬱憤をぶちまけるかのように叫んだ。

 相当ストレスが溜まってるらしい。

 可哀想に。

 でも、その話自体は凄まじく興味深い。

 

「報告では聞いてます。確か『魔獣兵』でしたっけ?」

「そう! それ!」

 

 魔獣兵。

 報告によると、ガルシア獣王国独自の技術によって魔獣の力を人体に埋め込む事で完成した、対帝国用、対魔術師用の特殊な兵士という話だ。

 つまり、革命軍にとっての魔導兵器(マギア)が、ガルシア獣王国にとっての魔獣兵なのだろう。

 ミアさんを追い込んでる辺り、単純な性能なら魔導兵器(マギア)より凄そうだ。

 その分、デメリットも半端ないみたいだけど。

 

 この魔獣兵に関する詳しい事は私でも知らない。

 ゲームでは殆ど触れられてなかった。

 何故なら、ガルシア獣王国はゲームにおける革命開始の時点で帝国軍に蹂躙されて滅んでたからだ。

 

 多分だけど、ゲームの世界線では革命軍対策に使う筈だった戦力をガルシア獣王国との戦争に投入して、一気にカタをつけたんじゃないかと思う。

 そのせいで革命軍への対処が遅れて大変な事になった訳だ。

 そう考えると、ミアさんが一人でブラック残業してたのは必要経費だったのかもしれない。

 

「魔獣兵に関する事はどれくらいわかってるんですか?」

「知らないよぉ! アタシは戦線を支えるだけで精一杯だったんだからぁ!」

「あ……ごめんなさい」

 

 思わず謝ってしまった。

 そうだよ、疲れきった人に何聞いてんの、私。

 ちょっと自分勝手すぎた。

 反省しなくては。

 

「へ? ああ、いや、別に怒ってた訳じゃないんだよ! ごめんねセレナちゃん!」 

 

 しかし、ミアさんはそんな私を責めるでもなく、オロオロしながら逆にフォローしてくれた。

 いい人だ。

 いい人すぎて眩しい。

 

「ええっと、それで! 詳しく知りたかったら部下に聞いてくれればいいから! 確か、そっち関連の仕事を振った奴がいた筈だし!」

「ありがとうございます」

 

 さすがに、これ以上ミアさんに負担はかけられない。

 魔獣兵に対する質問は、素直にその部下さんとやらに聞く事にしよう。

 あとは、

 

「レグルスさん、プルートさん。そろそろミアさんを休ませてあげたいので、手分けして引き継ぎを手早く終わらせませんか?」

「まあ、そうだな」

「賛成ですね」

 

 という訳で、私達は分担作業をする事にした。

 プルートはどうしてもミアさん本人じゃないと処理できない重要事項の引き継ぎ。

 レグルスは兵達への指示出し。

 私は魔獣兵の詳しい情報を聞きに行く事にした。

 いつまたガルシア獣王国軍が攻めて来るかわからないし、諸々早めに済ませないと。

 そんな感じで、私の新しい仕事に取り掛かった。

 

 

 

 

 

 今回の仕事こそが革命の、そして帝国の歴史の大きな大きな転換点になる事など知る由もなく。



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58 苦労人

「こちらになります」

「どうも」

 

 私はミアさんの側近に案内され、魔獣兵についての調査を丸投げされたという人物の部屋へと案内された。

 そして、側近さんはノックをしてから、返事も聞かずにドアを開ける。

 プライバシーも何もなかった。

 

「では、ごゆっくり」

「あ、はい」

 

 それだけ言って、側近さんは帰ってしまった。

 まあ、あの人も目の下にドス黒いクマがあったし、これ以上私に構ってる余裕はないんだろう。

 お疲れ様です。

 

「しっかし、この部屋凄いな……」

 

 今私の目の前に広がる光景は、一面の書類、書類、書類、書類の山である。

 足の踏み場もないくらい室内のいたる所に散らばってて、もうこれだけでこの部屋の主がどれだけの激務を振られてるのかわかるわ。

 可哀想に。

 しかも、そんな苦労人さんにこれから更なる仕事を頼まないといけないんだから気が重い。

 おまけに、その苦労人さんは今……

 

「あのー……大丈夫ですか?」

「むきゅう……もう働けないよぉ……」

 

 執務机で力尽きたように眠っている眼鏡をかけた白衣の女性、恐らくはこの部屋の主と思われる人に声をかけてみると、なんとも悲しい寝言が聞こえてきた。

 多分、この人が例の苦労人さんだろう。

 話を聞く為には、このやっと眠れたというか、やっと気絶できたみたいな感じで意識を飛ばしてるこの人を起こさないといけない訳で……。

 うわぁ、罪悪感が凄い。

 寝かせてあげたいなぁ。

 でも、このタイミング逃したら、私も激務に駆り出されて話聞く時間がなくなりそうだし……仕方ない、起こそう。

 

「ごめんなさい、本当にごめんなさい」

「あひゃあ!?」

 

 普通に揺すっても起きなかったので、誠に失礼ながら背中に氷を当てさせてもらった。

 その瞬間、苦労人さんが飛び起きる。

 上げられた顔には、やっぱりというべきかドス黒いクマが浮かんでいた。

 本当に申し訳ない。

 

「あれ? 私どうしたんだっけ? 確か、連続勤務時間が100時間超えた辺りで意識が遠退いてきて……」

「あの、お疲れのところ本当に申し訳ないんですが、色々とお話を聞かせてくれませんか?」

 

 私がそう言うと、苦労人さんは初めて私の存在に気づいたとばかりに振り向いてきた。

 徐々に目の焦点が合ってくる。

 そして、ズレていた眼鏡をかけ直し、苦労人さんは訝しそうに目を細めて私を見た。

 

「えぇっと……あなた誰? 格好からして騎士さんだって事はわかるんだけど」

「申し遅れました。私は帝国中央騎士団所属、六鬼将序列二位『氷月将』セレナ・アメジストと申します」

「あ、これはご丁寧にどうも。私はここの文官やってるシャーリーって言い、ま、す……って、へ? 六鬼将? しかも序列二位? え? え?」

 

 苦労人さん改めシャーリーさんが目を回している。

 混乱させてしまった。

 ブラック残業で徹夜して寝落ちして、起きたら会社の重役が訪ねてきてたみたいな話だもんなぁ。

 そりゃ混乱するわ。

 

「え、ええ!? ろ、六鬼将様がこのような所になんのご用でございましょうか!?」

「そんなに畏まらなくても大丈夫ですよ。私がここに来た用件は魔獣兵についての情報を共有する為です。あなたがそれ関連の仕事を受け持っていたと聞きましたが?」

「あ、はい! ただいま資料をお持ちします! えぇっと、確かこの辺に埋もれてた筈……キャアアア!?」

「だ、大丈夫ですか?」

 

 埋もれた書類を引き出すどころか、シャーリーさん自身が書類の山を崩して埋まったぞ。

 ホントに大丈夫か、この職場!?

 あ、でもシャーリーさん生き埋め状態から復活した。

 しかも、手に一冊のファイルを掴んで。

 どうやら、まだ大丈夫みたい。

 今はまだ。

 

「すみません、お見苦しいところをお見せして! これが魔獣兵関連の調査ファイルになります!」

「ありがとうございます。そして、ご苦労様です。いや、ホントに……」

 

 シャーリーさんの努力に感謝しながらファイルを開き、『思考加速』の魔術を使って即行で読み込んでいく。

 ……それにしてもこのファイル、やけに薄いな。

 中に挟まれてる資料も十枚ちょいしかないし、これじゃ帝都の方に送られてきてた報告書と大差ないぞ?

 その程度なら十秒くらいで読めてしまう。

 結果、やっぱり報告書以上の情報が書かれていない事がわかった。

 

「あの……これだけですか?」

「す、すみません! 何分他の仕事も山積みなものでして……どうしても緊急性の高いものから処理していくしかなくて……」

「ああ、いえ、責めてる訳じゃないんですよ!」

 

 いや、でも、困ったなぁ。

 これじゃ殆ど何もわかってないに等しいぞ。

 ん?

 でも、この資料の感じからして……

 

「ですがこの資料、少しとはいえ魔獣兵を間近で観察したような記述があるんですが、これは?」

「あ、それは捕虜の観察記録ですね。一応、これまでの戦闘で捕獲した魔獣兵が何人か地下牢に放り込まれてるんです」

 

 ああ、そうだったのか。

 でも、それだと、

 

「尋問とかはしなかったんですか?」

「尋問官の人手も確保できなかったもので……しかも、あいつら殆ど話が通じないし……」

「……お疲れ様です」

 

 マジでカツカツの状態で維持してるのね、この砦。

 よく落ちないなぁ。

 ミアさんが相当優秀なのかな?

 それにしても、こんなにキツイなら帝都から追加人員でも送り込めばいいのに。

 ……いや、もしかして送り込んでこれなのか?

 敵軍の猛攻に耐える為に騎士を大量動員したら、結果として文官が不足したとかそういう感じ?

 だとしたら、マジでお疲れ様です。

 そして、そんな人にこんな事を言うのは大変心苦しいんだけど……

 

「……仕事を増やしてしまうようで大変申し訳ないのですが、私をその捕虜の所へ案内してもらえませんか? できれば、現場で詳しい説明をしてくれると助かります」

「…………はい」

 

 私の言葉に、シャーリーさんはまるで死刑宣告を受け入れた罪人のような全てを諦めた顔と掠れた声で答えた。

 ごめんなさい。

 本当にごめんなさい。

 代わりに、次に敵軍が攻めて来たら速攻で殲滅して戦争終わらせるから許してください。

 

 そうして、私は土気色の顔色したシャーリーさんに案内され、捕虜が居るという地下牢へと赴く事となった。



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59 獣の捕虜

「ガルゥウウウアアアアッ!」

「ウォオオオオオオオオン!」

「シャーッ! シャーッ!」

「バウ! バウバウ!」

「ゴガァ!」

「ぶるぁあああ!」

 

 地下牢に来た私は困惑していた。

 ここから聞こえてくるのは獣の鳴き声ばっかり。

 目に入るのは、牢の中で鎖に繋がれた魔獣だけだ。

 知的生命体がどこにも見当たらないんだけど?

 

「あの、シャーリーさん? 魔獣兵はどこでしょうか? 私の目には普通の魔獣達しか見えないんですが……」

「アハハッ! 何言ってるんですかセレナ様! ここに繋がれてるのは皆魔獣兵ですよ! そう、一人残らずね!」

「……マジか」

 

 思わず敬語キャラが崩れてしまった。

 シャーリーさんもやけっぱちの如くテンションが壊れてるし、どうやらこれが魔獣兵の現実らしい。

 ない。

 これはない。

 これ兵士じゃないじゃん。

 ただの獣じゃん。

 魔獣の力を埋め込まれた人間じゃなくて、もはや魔獣そのものだよ。

 見た目も中身も。

 

「……資料によると、魔獣兵になった者は理性が薄れるとありますが、これは私の読み間違いでしょうか? どう見ても理性が薄れるどころか完全消失してるようにしか見えないんですけど?」

「いえ、間違ってないです。驚くべき事に、この状態でも僅かばかりの理性があるんですよ。こいつらは敵指揮官の命令をしっかりと聞いて実行していました。完全にただの畜生に落ちたのであれば、そんな事はできませんからね」

「……なるほど」

 

 ちょっと信じられないけど、実際に魔獣兵の観察をした人が言うんだから間違いないんだろう。

 ちょっと信じられないけど。

 

「しかし、これでは尋問ができないのも納得ですね」

 

 僅かばかりの理性があるって、それ要するに僅かばかりの理性しかないって事でしょ?

 簡単な命令には従えても、この人(?)達に有用な情報を吐くような頭が残ってるとは思えない。

 そもそも、この人達喋れるんだろうか?

 

「あ、いえ、尋問ができなかったのはまた別の理由です。というか、こいつらに尋問しても無駄だという事は誰にでもわかりますからね。一目瞭然ですからね。我々が情報を吐かせようとした相手は別にいるんですよ」

「あ、そうなんですね」

「はい。今から、そいつの所へご案内いたします」

 

 そう言って、シャーリーさんはズンズン奥へと進んでいく。

 最終的に辿り着いたのは、地下牢の奥の奥の突き当たり。

 他の牢屋より広くて、他の牢屋より頑丈そうな鉄格子が嵌められた特別房っぽい場所。

 そこに、一人の女性が捕まっていた。

 レグルスが好きそうなスタイルが良くて若い美人さんだ。

 ただし、その頭からは猫耳が生え、そのお尻からは尻尾が生え、両手足は獣の毛皮で覆われ、爪と牙は本物の猫のように鋭く尖っていた。

 そんな人が牢屋の中に鎖で繋がれている。

 全裸で。

 もう一度言おう。

 全裸で。

 めっちゃエロかった。

 

「……今度はなんの用だ、帝国の犬め。下らない用件なら噛み殺すぞ」

 

 そんなエロ猫さんが、猫科動物のような鋭い目付きで私達を睨み付けてくる。

 まあ、この人捕虜だしね。

 そういう反応されるのが普通だ。

 でも、つり目気味の美人さんに睨まれると凄い怖い。

 しかし、シャーリーさんは全く気にしていないのか、それとも怖がる労力すら惜しいのか、淡々と私にこの人の事を説明し出した。

 

「こいつは敵軍の指揮官の一人と思われる女です。魔獣兵の中では相当珍しく、人の姿と充分な知性を残したままの大変貴重な個体となっております。また、敵国のかなり重要な情報も持っていると思われるので、尋問するのでしたら殺さないように注意してください」

 

 へぇ。

 というか、さらっと尋問を勧められたよ。

 尋問かぁ。

 できればやりたくないなぁ。

 こんな事ならレグルスでも連れてくればよかった。

 こんな美人さん相手なんだから、仕事中じゃなければ嬉々として引き受けてくれただろう。

 仕事中でも仕事サボって引き受けてくれそうだけど、それは他の人達が過労死しかねないから却下だ。

 

「あ、ちなみに、そいつは以前、一級騎士クラスの実力がある尋問官の喉笛を噛み千切って殺しけた事があるので気をつけてください。

 一応、魔封じの鎖で縛り付けてはいますが、魔獣兵は肉体の強さが異常なので完全に無力化はできていないんです」

 

 なんか怖い情報が出てきた。

 ついでに、私の脳裏にアレを食い千切られて悲鳴を上げてるレグルスのイメージが浮かんできた。

 ……レグルス呼ぶのはやめとこうかな。

 完全に根元から食い千切られると、回復魔術でも治せないし。

 ……じゃあ、やっぱり私がやるしかないか。

 

「……気をつけます」

 

 私はそう言って、鉄格子の扉を開けて牢の中に入った。

 そして、エロ猫さんと向き合う。

 エロ猫さんは、相変わらず殺意に満ちた目で私を睨んでいた。

 

「どうも。早速ですが、あなたに聞きたい事がいくつかあります。まずは魔獣兵についての詳しい情報を……」

「ペッ!」

 

 私が言い切らない内に、エロ猫さんは唾を飛ばしてきた。

 さっと避ける。

 そうしたら、唾は予想以上に飛んで鉄格子をすり抜け、私の後ろにいたシャーリーさんに当たってしまった。

 あ。

 

「大丈夫ですよ。今の私には怒る気力もないので。続けてください」

「あ、はい」

 

 淡々とハンカチで眼鏡を拭くシャーリーさんは、なんか疲れ果てた亡霊みたいに見えて怖かった。

 正直、エロ猫さんより怖かった。

 き、気を取り直していこう。

 

「コホン。素直に答える気はないみたいですね」

「当然だ。誇り高きガルシアの戦士である私が、帝国の犬などに屈すると思うな。

 覚えておけ! 我らは最後の一兵になるまで戦い続け、最後には必ず貴様らを討ち滅ぼす! せいぜい、その時を震えながら待つ事だ!」

「ハァ……」

 

 出たよ。

 ガルシア獣王国のお国柄。

 まるでドラマに出てくる旧日本軍みたいな、絶対降伏しねぇぞ主義。

 帝国との国力の差は歴然なのに、降伏はおろか停戦協定にも合意しない頑固な国だ。

 ほとほと嫌になる。

 

 そう。

 ガルシア獣王国は、戦力的にどう足掻いてもブラックダイヤ帝国に大きく劣っている。

 たとえ、魔獣兵という切り札があっても、こっちはそれを遥かに上回る数の魔術師がいるんだから。

 ミアさん達が追い詰められてたのだって、別に戦局的に劣勢に追い込まれたからじゃない。

 もしそうだったら、ただちに他の六鬼将に援軍要請が飛んでた筈だ。

 そうじゃないって事は、別に負けそうになってた訳じゃないって事。

 あれは単純に、倒しても倒しても決して敗北を認めず、死兵となって突撃してくる連中の相手をし続けて、精神的に参ってるだけだよ。

 

 そりゃね。

 報告書読んで知ったけど、こっちの十倍以上の被害を与え続けても諦めないゾンビ軍団の相手してれば嫌にもなるわ。

 私もアルバを相手に似たような気持ちになったからよくわかる。

 戦局では圧倒的にこっちが勝ってるのに、あと一息で向こうは倒れそうなのに。

 それでも最後のトドメだけがいつまで経っても刺せず、相手は死んでも勝つとばかりに自軍の被害を顧みないで戦い続け、戦争がズルズルと長引き続ける。

 嫌にもなるわ。

 いい加減にしろと言いたくなる。

 

 そんな戦いの一つを終わらせる為にも、このエロ猫さんには色々と吐いてもらわないと。

 魔獣兵の情報、特にその弱点。

 あと、倒しても倒しても敵兵が湧き続けるカラクリとか。

 その為には……嫌だけど、手段を選んでいられない。

 

「では、質問の仕方を変えます。素直に話してくれないのなら、身体に直接聞くしかありませんね」

「なんだ? 痛めつけてみるか? やってみろ! そんなものに屈する私では……ッ!?」

 

 その瞬間、威勢よく吠えていたエロ猫さんの口が止まった。

 目を見開き、耳と尻尾はピンと立てて、私の手元を凝視している。

 その視線の先は……私が氷魔術で作った猫じゃらしだ。

 もう一度言おう。

 猫じゃらしだ。

 その猫じゃらしを左右に振ると、エロ猫さんの視線もそれを追って左右に揺れる。

 ……半分冗談でやってみたけど、まさかホントに効くとは思わなかった。

 

「ふむ。見た目の変化は少なくても、やはり魔獣兵化の影響は確実に出てるみたいですね。精神が猫化してます」

「ッ!? き、貴様ぁ! この私を愚弄したなぁ!」

 

 いや、こんなんで愚弄したも何もない気がするけど。

 

「まあ、それはともかく。理性がそれ相応に弱ってるみたいで安心しました。これなら私でもなんとかなるかもしれません」

 

 そう言って、私は付けていた鎧の籠手を外した。

 加えて、氷魔術でいくつかの物体を作る。

 それを、これ見よがしに宙に浮かべて、エロ猫さんの反応を見てみた。

 

「お、おい、なんだそれは?」

「あれですよ。いわゆる大人の玩具というやつです」

 

 この発言だけで、これから私が何をするのか、おわかりいただけただろう。

 正直、本気でやりたくないけど……その昔、皇帝に狼藉された姉様の感覚を上書きするべく、ノクス達に内緒でこっそりレグルスから学んだテクニック、ここで存分にお見せしよう。

 尋問の達人直伝の秘技、とくとその身で味わってください。

 全ては戦争終結の為に。

 

「では、行きますよ」

「や、やめろぉおおお! ニャ、ニャ~~~~♥️」

 

 その後、エロ猫さんは無事に色々と吐いてくれました。

 めでたし、めでたし。



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60 魔獣因子

「ハァー……ハァー……♥️」

 

 一通り情報を搾り取った私は、ビクンビクンと痙攣するエロ猫さんから視線を外し、一部始終を記録してたシャーリーさんの方に振り返った。

 今エロ猫さんが吐いた情報は、シャーリーさんが書類にメモっといてくれた筈だ。

 念の為に、そっちの確認をしておきたい。

 

 しかし、肝心のシャーリーさんは何故か熱い視線で私を見ていた。

 

「なんというか、お上手なんですねセレナ様。仕事がなかったら今夜のお相手に立候補してたのに」

 

 一瞬、シャーリーさんが何言ってるかわからなかった。

 理解した瞬間、鎧の中で冷や汗が吹き出る。

 なんてこった……!

 この人、まさかのそっち系かい!?

 人は見かけによらないわぁ……。

 とりあえず、私をそういう対象として見るのは勘弁してほしい。

 丁重にお断りしなくては。

 

「私は心に決めた相手がいるので無理です」

「そうですか……残念です」

 

 本当に残念そうな顔すんな。

 流し目送るな。

 やめて。

 ホントにやめて。

 

「コホン。それよりも、手に入った情報の精査を済ませましょう。そうじゃないと、また徹夜になりますよ」

「……ああ、そうでしたね。もう大丈夫です。一瞬で現実に引き戻されましたから」

 

 おぉう……シャーリーさんの目から一瞬で熱が消えて、代わりにどぶ川のように濁りきってしまった。

 正気に戻ってくれたのは嬉しいけど、なんか申し訳ない。

 

「では、確認作業を始めましょう。まずは魔獣兵の根幹を成すという要素『魔獣因子』について。

 武官のこいつからでは大まかな情報しか得られませんでしたが、その存在を知れただけでも大きな進歩と言えるでしょう」

「そうですね」

 

 そうして、私達はまず魔獣因子というものについて改めて話し合った。

 疑問に思う事がある度に、エロ猫さんへの尋問を再開して吐かせながら。

 

 魔獣因子。

 それは魔獣から採取できるという謎の物質であり、魔獣兵はこの魔獣因子を体内に打ち込まれる事で、因子の採取元である魔獣の力を得る事ができるらしい。

 それがどういう物なのか、どういう方法で魔獣から採取してるのかは、研究員でも専門家でもないエロ猫さんが知らなかったのでわからなかった。

 でも、魔獣因子を打ち込む事によるリスクは割と詳しく判明した。

 

 まず最初に、魔獣因子は被験者と適合する、つまり相性の良い物を選ばなくてはならない。

 適合しない、相性の悪い魔獣因子を打ち込むと、その時点で死ぬとの事だ。

 いきなり物騒。

 

 そして、相性問題を乗り越えても、今度は理性の消失というリスクを負う事になる。

 エロ猫さん曰く、これは魔獣因子の拒絶反応に脳を蝕まれる事で発生する現象らしい。

 別に蝕まれるのは脳だけじゃなくて、身体全体がやられて滅茶苦茶になるので、魔獣兵の寿命はとても短いんだとか。

 怖っ。

 

 これを避ける手段は二つ。

 一つは、相当自分と相性の良い魔獣因子を取り込む事。

 相性が良ければ良い程拒絶反応は小さくなるので、身体への負担も脳への負担も減って、理性へのダメージも少なくなるらしい。

 それでも、魔獣という人間とはまるで違う生命体の因子を取り込む以上、適合率100%という事はあり得ないみたいだけど。

 

 二つ目の手段は、人体改造。

 長い時間をかけて魔獣因子を少しずつ少しずつ身体に打ち込む事で、身体がその因子を受け入れる形に変貌するとかなんとか。

 細かいやり方とかは、エロ猫さんも知らなかったので不明。

 でも、これをやっても尚、残る理性はギリギリ命令に従えるだけの最低限のものにしかならないらしい。

 つまり、この地下牢に捕まってる人達みたいな魔獣もどきになるのが限界。

 要するに、私の目には理性が完全に消失してるようにしか見えないこの人達は、ガルシア獣王国に取って、戦場に投入できる魔獣兵の成功作にして救国の英雄達なのだ。

 失敗作は、魔獣因子の拒絶反応に耐えきれずに死ぬか、命令に従うだけの頭も残らなくて処分されるとエロ猫さんは言ってた。

 しかも、帝国と戦う為に獣王国は国民達に赤紙を送りつけ、万歳三唱を強制しながら魔獣兵にしてるんだとか。

 ミアさん達が倒しまくっても向こうの戦力が尽きないカラクリはこれだ。

 ……恐ろしい話だよ。

 正直、帝国よりも闇が深い。

 まあ、そういう国だからこそ、民の救済を掲げてる革命軍とは相容れなくて組む事はないって断言できるんだけど。

 

 話を戻そう。

 今は魔獣因子についてだ。

 

 一応、凄く少ない人数ではあるけど、エロ猫さんみたいに理性を殆ど残したまま魔獣兵になるパターン。

 成功作を超えた成功作、完全版魔獣兵というのも存在する。

 と言っても、猫じゃらしに反応するようじゃ完全版(笑)だけど。

 まあ、そこには目を瞑るとして、この完全版魔獣兵を作る方法は一つ。

 さっき言ったリスクを避ける二つの方法。

 相性の抜群に良い魔獣因子を打ち込む事と、人体改造。

 この二つを同時に行う事らしい。

 

 だけど、それは言う程簡単じゃない。

 まず、どの魔獣因子が自分に適合するのかなんて打ち込んでみてからじゃないとわからないって言うんだから、この時点でもう色々とアウトだ。

 エロ猫さんがニャーニャー鳴きながらこの話を吐いた時は、思わず「は?」ってなった。

 それじゃあ、完全版どころか普通の成功作ですら、百人に一人も作れればいい方なんじゃないかと思ったよ。

 エロ猫さんにそう聞いたら、その通りだって言うんだからもうね。

 その後に、「わ、私は選ばれた存在なん、ニャ~~~♥️」とか言うんだから笑えない。

 つまり、あれだ。

 ガルシア獣王国は、帝国と戦う為に戦場で散った人数よりも遥かに多くの屍を、魔獣兵の失敗作の山を築き上げてるって事になる。

 狂気だ。

 本気で帝国以上の狂気の国だ。

 怖じ気が走る。

 

「しかし、完全版魔獣兵作成方法の裏技というのは興味深かったですね。実験を重ねれば、いずれ帝国での実用も可能かもしれません。……正直、あまり使いたくないおぞましい技術だとも思いますが」

 

 私が鳥肌を立てていた時、ふとシャーリーさんがそんな事を言った。

 完全版魔獣兵作成方法の裏技。

 それは、魔術師を魔獣兵にする時にだけ使える、本当に裏技としか言えない手法だ。

 

 なんと、魔術師に魔獣因子を打ち込む場合、持ってる魔力適性によって、ある程度相性の良い魔獣因子が絞り込めるらしい。

 火属性の適性がある魔術師には火属性の魔獣、例えば火を吹く蜥蜴サラマンダーとかの魔獣因子が馴染むんだとか。

 とは言っても、それもせいぜい適合率50%以上を保証するだけとか、そんな程度の話みたいだけど。

 ちなみに、エロ猫さんはこの裏技を使ったタイプらしい。

 エロ猫さん以外だと、ガルシア獣王国のトップ、通称『獣王』とかも裏技タイプらしいよ。

 

 しかし、貴重な魔術師をよくそんな狂気の実験に使おうと思ったな。

 魔術師が何万、何十万という掃いて捨てる程の数がいるのは帝国だけだ。

 魔術師っていうのは、基本的に魔術師同士の子供としてか、突然変異でしか生まれない。

 だから、レグルスを筆頭とした好色貴族どもは、気にせず色んな女の子とにゃんにゃんできる訳だ。

 それで平民を孕ませても、平民から魔術師が、貴族の資格を持つ者が生まれる事はないから。

 

 そして、帝国を築き上げた初代皇帝は、魔術師の血筋が絶える事をよしとせず。

 当時は僅かな数しかいなかった魔術師を、魔術師だけを特権階級の貴族として扱い、貴族同士の政略結婚を何百年にも渡って繰り返す事で、魔術師の数をここまで増やした。

 そんな事ができたのは帝国だけだ。

 少なくとも、近隣諸国の中では。

 だって、普通に考えたら、元々の母数が少なすぎる魔術師だけじゃ国を回せない。

 魔術師だけを露骨に特別扱いなんてしたら、平民にそっぽ向かれて国が立ち行かなくなる。

 そんな危ない時期を乗り越えて、貴族が平民を完全支配できるまで数を増やす事に成功した歴代の皇帝達は本当に優秀だったんだろう。

 その功績が、今の帝国の強さと腐敗に繋がった訳だ。

 

 でも、他の国はそうじゃない。

 最初から違う方針を取ってたのか、それとも帝国の真似をしたけど途中で挫折したのかはわからないけど、とにかく他の国は魔術師の数が帝国に比べて遥かに少ない。

 だからこそ、帝国は多くの国に同時に戦争仕掛けても勝ってこれた。

 そして、今回も同じだ。

 いくら魔術師対策の魔獣兵がいたって、ミアさん一人を相手に国民を削ってやっと拮抗してるような奴らに、六鬼将四人というマジモードになった帝国軍を退けられる訳がない。

 それこそ、向こうにとんでもない隠し球があって、こっちがとんでもない大ポカでもしない限り。

 ……なんかこれフラグっぽいな。

 気をつけておこう。

 

「さて、これ以上はこいつに聞く事もなさそうですし、あとは執務室でやりますか。早く終わらせないと、本当に仮眠の時間すらなくなり……」

「敵襲! 敵襲!」

 

 シャーリーさんが引きつった顔になった瞬間、外から凄い大声が聞こえてきた。

 喉の身体強化と風の魔術で声を大きくした伝令兵の声だ。

 どうやら、このタイミングで敵軍が来たらしい。

 本当にいつ来るかわからないな。

 

 私は無言でシャーリーさんの方を向いた。

 

「行ってらっしゃい。頑張ってくださいね、セレナ様」

 

 シャーリーさんの顔には、全てを悟ったかのような仏の笑みが浮かんでいた。

 戦いが起これば、物質の手配やら、報告書の作成やら、戦後処理やらなんやらで文官も凄い忙しくなる。

 つまり、シャーリーさんの仮眠時間は今この時を以て失われた訳だ。

 惨い。

 ただただ惨い。

 

「……シャーリーさんもご武運を祈ります。あの、どうか死なないでくださいね?」

「はい」

 

 そんな、どう考えても文官と武官が逆な会話を交わした後、私は悟りの笑みを浮かべながら手を振るシャーリーさんと別れ、探索魔術で見つけたミアさんの気配を目指して駆け出した。

 ミアさんの近くにはプルートの気配もある。

 どうやら、ミアさんもまだ休む前だったらしい。

 惨い。

 ただただ惨い。

 

 ……さて、哀れな社畜さん達を解放する為にも、狂気の軍団を叩き潰すとしようか。

 戦争の時間だ。



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61 帝国軍VS獣王国軍

「皆さん、今どうなってますか?」

「お! 来たなセレナ!」

 

 私がミアさん達の所に到着した時、既にレグルスもここに合流していた。

 見たところ、まだ戦いは始まっていない。

 砦の前に広がる何もない不毛の荒野を、敵軍が悠々と進軍して来てるだけだ。

 というか、向こうはかなり被害甚大な筈なのに、よくあんな余裕の行軍ができるなぁ。

 まあ、度重なる戦闘で周辺の地形が吹っ飛んで遮蔽物がなくなっちゃったらしいし、加えて魔獣兵の頭じゃ複雑な作戦は取れないだろうから、結果としてああいう堂々とした進軍しかできないのかもしれないけど。

 

「フ、フフフ……」

 

 と、その時。

 なんか不気味な感じの笑い声が聞こえてきた。

 恐る恐る声の方を見てみると、そこには目からハイライトが消えた状態で壊れた笑みを浮かべてるミアさんの姿が。

 こ、怖い。

 

「やっと、やっとお布団に入れると思ったのに……やっと一ヶ月ぶりに休めると思ったのに……お布団まであと1メートルだったのに……! よくも、よくもぉ……! 殺してやる! 今度こそ絶対に皆殺しにしてやる! あの畜生どもがぁあああ!」

 

 その瞬間、ミアさんの全身から彼女の魔力属性である雷の魔術が迸り、怒りで覚醒した伝説のスーパー野菜星人みたいに髪の毛が逆立った。

 獲物である槍を握る手からはミシミシと凄い音が鳴ってる。

 怖い。

 普段優しい人が怒ると本気で怖い。

 

「この砦の全兵に告ぐ! 長い事続けてきたあいつらとの戦いは今日で最後だ! 今のアタシ達は六鬼将四人を揃えた帝国最強の部隊! 決して負ける事はない! 今度の今度こそ、あの忌々しい連中の息の根を止め、ゆっくりベッドで休むぞぉ!」

『オオオオオオッ!!!』

 

 ミアさんが槍を天に掲げながら鬼気迫る顔で号令をかけ、兵達が心の底から同感だとばかりの雄叫びで返す。

 疲弊しきってるとはなんだったのか。

 

「よし! まずは挨拶だ! 遠距離攻撃魔術、放てぇ!」

 

 ミアさん指示に従い、プルートや私をはじめとした純遠距離タイプが敵軍に魔術の雨を降らせる。

 魔術師の軍団という最高の質と数を組み合わせたこの攻撃は、帝国の基本戦術にして、並の軍勢ならこれだけで薙ぎ払える大技だ。

 通常攻撃だけど必殺技に等しい。

 

 だが、今の相手は曲がりなりにも今日までこの軍勢と戦ってきた強国の部隊。

 魔術の雨を、同じく魔術の連打で相殺してきた。

 弾数はこっちの方が多いけど、一発辺りの威力は向こうの方が上だ。

 これが魔獣兵の力か。

 もっとも、今回はこっちの攻撃に私とプルートの魔術が混ざってるので、それだけは相殺されずに向こうの魔術をぶち抜いて、敵軍に結構な被害を与えた。

 それを受けて、敵軍の進行速度が上がる。

 やられる前に接近戦に持ち込むつもりか。

 どうやら、あっちには優秀なのか向こう見ずなのかわからない指揮官がいるみたいだ。

 

「よし! こっちからも仕掛けるぞ! 突撃騎兵隊、アタシに続け!」

『ハッ!』

「ヒャッホウ! 暴れてやるぜ!」

 

 そして、こっちにも勇敢なのか向こう見ずなのかわからない指揮官がいた。

 魔獣には魔獣という事なのか、分類的にギリギリ魔獣の一種として認定されてる帝国の軍馬に跨がった部隊を率いて、ミアさんが突撃して行ってしまった。

 ついでに、近接タイプのレグルスも一緒に。

 尚、あの二人だけは軍馬に乗らないで自分の足で走ってる。

 まあ、六鬼将クラスの身体能力なら、普通にその方が速いからね。

 

「さて、では砦の指揮は僕が引き継ぐとしましょう。遠距離攻撃部隊、攻撃続行。友軍を巻き込まぬよう、敵後方を狙ってください」

『ハッ!』

「わかりました」

 

 そして、私を含めた砦サイドはプルートの指示で戦闘続行。

 自分が純粋な遠距離攻撃タイプで、かつレグルスと違って文武両道なプルートには、砦戦力の使い方がよくわかってる。

 着任初日とはいえ、私がエロ猫さんを尋問してる間にミアさんからある程度の引き継ぎは済ませたみたいだし、指揮系統にも大した混乱はない。

 そして、

 

「『雷撃槍(ボルティックランス)』!」

「『爆炎剣(バーンソード)』!」

「『水雨(アクアレイン)』」

「『氷砲連弾(アイスガトリング)』」

『ギャアアアアッ!!?』

 

 ミアさんとレグルスによる近距離での撹乱。

 プルートと私による遠距離からの超火力攻撃。

 それに挟まれ、敵軍は見る見る内に数を減らしていった。

 魔獣兵といっても、さすがに六鬼将四人を相手にしたらこんなもんか。

 これはミアさんの言う通り、楽勝かなぁ。

 一応、ここに来る前に不完全版ワルキューレを何体か作って連れて来たけど、この分ならそれも必要なさそう。

 まあ、不完全版は起動したら一時間以内に自壊しちゃうし、使わずに済むならそれに越した事はない。

 

 なんて結構舐めた事考えた私だけど、どうやらそれはフラグだったみたいだ。

 

「グォオオオオオオオオオッ!!!」

 

 突如、戦場に凄まじい獣の咆哮が響き渡った。

 そして、敵兵の一人の身体がどんどん肥大化し、5メートル、10メートル、20メートルと大きくなり続けて、最終的には30メートルの巨体を持つ化け物へと変化する。

 

 その獣の姿は、一目で獣の王とわかる威厳に満ちていた。

 

 鋭い牙、鋭い爪、頑強な鱗。

 それは、世界で最も有名な魔獣。

 前世の世界ですら、その名を知らぬ者はいないんじゃないかってくらいの強さの象徴。

 その魔獣の名は、━━(ドラゴン)

 天災と恐れられる伝説の怪物が今、私の目の前にいた。

 

「出たな『獣王』! 今日こそ、その首叩き落としてやるからな!」

「ほざけ帝国の犬が! このガルシア獣王国国王である俺様の首! 取れるものなら取ってみろ!」

 

 ミアさんとドラゴンの大声での語り合いがここまで聞こえてきた。

 そっか。

 やっぱりあれが獣王、エロ猫さんの言ってたガルシア獣王国のトップなんだ。

 国王が最前線に出張ってくるとか、バカだけどウチのトップにも見習ってほしい。

 あのドラゴンの爪の垢を煎じて飲んで死んでほしい。

 

 まあ、それはともかくとして。

 国王なら、あのドラゴンを倒せば終戦かな。

 いや、それはないか。

 エロ猫さんも言ってたけど、ガルシア獣王国は最後の一兵まで戦い抜くお国柄だから。

 でも、恐らくは向こうの最高戦力だろうあのドラゴンを討ち取れば、あとは消化試合だ。

 そうなれば、ミアさん達は過酷なブラック労働から解放されて定時で寝れる筈。

 そこまで、あと一息。

 頑張っていこう。

 

「行くぞ!」

「来い!」

 

 激突するミアさんとドラゴンを見ながら、私はミアさんをアシストするべく、氷翼(アイスウィング)で砦から飛び出した。



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62 『獣王』

「『雷撃(サンダーシュート)』!」

「『火炎槍(フレイムランス)』!」

 

 ミアさんとレグルス、それと突撃騎兵隊の魔術が獣王に襲いかかる。

 それに対して獣王は鋭い牙の生え揃った大きな口を開き、━━そこからレグルス以上の極大の炎を吐き出した。

 ドラゴンの代名詞、ブレスだ。

 それがミアさん達の魔術を纏めて吹き飛ばし、相殺する。

 ……いくら近接タイプとはいえ、六鬼将二人+αの魔術をたった一人で相殺するんだ。

 普通に強い。

 下手したら私以上かも。

 でも、今回ばかりは相手が悪い。

 

 獣王が翼を広げ、近接タイプ二人の強みを殺せる空へと飛び立とうとする。

 

「『氷刃(アイスエッジ)』」

「グォオッ!?」

 

 その広げた翼に、私が上空から氷の刃を放つ。

 鱗のある部分はさすがに硬いみたいで大したダメージにはなってないけど、皮膜の部分はそうでもないらしく、この程度の魔術一発で大きく裂けた。

 その翼じゃ飛べないだろう。

 

「柔い部分とはいえ、この俺様の身体に傷を付けるだと!? 新手の強者か!?」

「ウチの可愛い天才ちゃんだよ! 『落雷(ライトニング)』!」

「グギッ!?」

 

 獣王の意識が私に向いた隙に、ミアさんが雷魔術を直撃させる。

 身体の表面は多少焦げついたくらいのダメージ。

 でも、雷魔術の真骨頂である通電はしっかしてるみたいで、獣王の動きが目に見えて止まった。

 今なら殴り放題だ。

 

「『超電撃槍(ギガボルティックランス)』!」

 

 まずはミアさんの攻撃。

 極雷を纏った槍が、獣王の胸部に深々と突き刺さる。

 

「『噴炎切断(ボルケーノスラスト)』!」

 

 次に、地面を蹴って飛び上がったレグルスによる、大剣を使った大振りの一撃。

 それが獣王の顔面を直撃し、左眼を焼き斬る。

 

「『渦潮槍(スパイラルランス)』!」

 

 更に、後方の砦から放たれたプルートの遠距離攻撃。

 渦を巻く巨大な水の槍が、獣王の残った翼を抉り取る。

 

 そして、最後に私だ。

 

「『氷結光最大出力(フリージングブラスト・ライジング)』!」

 

 四つの球体アイスゴーレムを解放し、上空から最高火力の冷凍ビームを浴びせかける。

 それによって、獣王の身体が一気に凍結していった。

 数秒としない内に、獣王は巨大な氷像へと変わる。

 普通ならこれで死ぬんだけど、今回の相手は長らくミアさんを苦しめてきた強敵。

 そこまで甘くはないでしょう。

 

 案の定、獣王は中から氷を割って復活してきた。

 身体の芯までは凍ってなかったらしい。

 

「グォオオオオオオオオオッ!!!」

 

 獣王が咆哮を上げ、その口の中に炎が生まれる。

 再びのブレス。

 そして、今回は口が上を向いてる。

 狙いは私か。

 

 でも、残念。

 

「グォ!?」

「『氷鎖(アイスチェーン)』」

 

 獣王が一瞬凍ってた隙に作った特大サイズの氷の鎖が、獣王の全身を絡めとる。

 特に口を厳重に縛り付けてお口チャック。

 そうすると、放とうとしてたブレスが行き場を失い、口の中で爆発したっぽい。

 ドォオオオオン!!! っていう凄い音がして、獣王の口の隙間から黒い煙が出てきた。

 そこへ容赦なく追撃をかける。

 

「『氷弾(アイスボール)』」

 

 追撃として選んだ魔術は初級魔術の氷弾(アイスボール)

 もちろん、ただの氷弾じゃない。

 私が普段使う氷弾は、銃弾の形に似せた上で高速回転させる事で威力を上げるという工夫をしてる。

 でも、今回作ったのは従来の氷弾と同じ、ただの丸い球体。

 ただし、若干形状が違うし、何より大きさが通常版とは全く違う。

 形状は、球体に刺々しい無数の突起が突いた鉄球のような形。

 そして大きさは、獣王の全長と同等レベルの巨大サイズ。

 

 そんな巨大氷鉄球に、更なる魔術で氷の鎖を接続し、その端を握る。

 そう、これは前に革命軍の本部を吹き飛ばした私の最強技の一つ。

 味方を巻き込まないように、あの時よりは随分小さく作ったけど、その分重くしてあるから威力は大して変わらない。

 

 そして、私は鎖を思いっきり引っ張り、発射準備が完了したそれを獣王の脳天目掛けて叩き落とした。

 

「『氷隕石(アイスメテオ)』!」

「!!!!???」

 

 ゴォオオオン!!! という、さっきのブレス不発の時より凄い音と共に、巨大氷鉄球が獣王の頭に直撃する。

 その衝撃で氷鉄球は砕け散り、多分、獣王の頭蓋骨も砕け散ったと思う。

 その証拠に、頭部を粉砕された獣王の巨体がゆっくりと倒れ……

 

「グォオオオオオオオオオッ!!!」

 

 倒れなかった。

 それどころか全身の筋肉を膨張させて身体を縛り付けていた氷の鎖を引き千切り、健在を示すように大音量の咆哮を上げる。

 でも、さすがにあれは空元気だ。

 獣王は鱗が割れ、牙が砕け、額からは大量の血を、口からは大量の唾液を垂れ流してる。

 どう見ても重傷。

 唾液まで垂れてるって事は、意識も朦朧としてるのかもしれない。

 それでも、獣王は動いた。

 獣の王の誇りを貫くかのように、その爪を地面に叩きつける。

 

 地面に、とんでもない大きさのクレーターが出来た。

 

「ウォオオオオオ!? なんじゃこりゃあ!?」

「相変わらずの馬鹿力め!」

 

 地面に居たレグルスとミアさんが吹っ飛んでいく。

 さすがと言うべきか、二人とも大したダメージは負ってない。

 代わりに、二人と一緒に居た突撃騎兵隊は結構な被害が出てるみたいだけど。

 

 しかし、そんな二人を逃がさないつもりなのか、獣王の口の中に三度ブレスの炎が生み出された。

 

「ヤバッ!? 『雷撃砲(ボルティックブラスター)』」

「おぉう!? 『火炎砲(フレイムバースト)』!」

 

 獣王渾身のブレスに対し、二人は魔術での相殺を試みる。

 しかし、今回のブレスは追い詰められたアルバの如く魔力消費量度外視で放ったのか、二人の魔術をかき消して、そのまま二人を飲み込んでしまった。

 ……え?

 あれ?

 こ、これ、もしかして死んだ?

 い、いや、多分大丈夫な筈!

 迎撃してたからブレスの威力は落ちてたし、二人の身体強化の強度なら死にはしない、と思う。

 とにかく、今は二人の生存を信じよう。

 

「『氷砲連弾(アイスガトリング)』!」

「グォオオッ!?」

 

 とりあえず、獣王が死体蹴りしないように、手数重視の攻撃で注意をこっちに引き付ける。

 でも、この魔術は車サイズの氷の砲弾が超速回転しながら連続で発射されるというもの。

 発動が簡単なもんだから、よく牽制に使って迎撃されてるけど、その威力は決して低くない。

 それこそ、直撃すれば一発でアルバに大ダメージを与えられるくらいの、牽制攻撃というには強すぎる威力を持ってるのだ。

 そんなもんを、獣王はロクに防ぐ事もできずに食らい続けてる。

 さっきの頭への攻撃が効いてるのか、やたら動きが鈍い。

 しかも、砦からのプルートの遠距離攻撃も健在だし、的が大きいから全弾命中状態。

 これだけ打ちのめされても倒れないくらい、獣王の頑強な鱗と身体強化の併用による防御力は常軌を逸してるけど、これなら普通に押しきれるかもしれない。

 

「オオオオオオオオオッ!!!」

 

 って、さすがにそこまで甘くはないか。

 氷と水の弾丸の雨に打たれながら、獣王はまたしても口の中に炎を生み出した。

 撃たせて撃つ。

 否、撃たれながらでも撃つ。

 まるで相討ち覚悟のクロスカウンターのように、獣王は防御を完全に捨てて、ブレスによる攻撃を優先した。

 そんな捨て身のブレスが、私目掛けて発射される。

 

「でも、それは悪手でしょう」

 

 私はそんなブレスをまともに相手する事なく、氷翼(アイスウィング)による機動力に任せて避けた。

 獣王が首を動かし、ブレスが飛び回る私を狙って放たれ続けるけど、空を高速で飛翔する私には掠りもしない。

 それどころか、私が飛び回りながらも発動を止めなかった氷砲連弾(アイスガトリング)によって、獣王だけが一方的に傷付いていく。

 

 こういう開けた大空で、相手と距離を取りながら戦える状況なら、私はほぼ無敵だ。

 今までは砦の防衛戦だの、革命軍の拠点という屋内での戦闘が多かったから使えなかった手だけど、これがたった二年の戦働きで私の六鬼将での序列を三位にまで押し上げた、氷月将の常勝スタイルだったりする。

 強い魔術は避け、面制圧狙いの弱い魔術は球体アイスゴーレムで防ぎ、一方的に強力な魔術で敵を殲滅する。

 この状態の私に傷を付けた相手はいない。

 そして、それは目の前の私より強いと思われる獣王も同じだ。

 戦いは総合力だけで勝敗が決まる訳じゃないのである。

 

「『氷槍(アイスランサー)』!」

「グギャアアッ!?」

 

 氷弾(アイスボール)系と同じく、高速回転する槍を獣王の残った右眼に叩き込み、光を奪う。

 レグルスが潰した左眼と合わせて、これで完全に獣王から視覚を奪う事に成功した。

 もっとも、獣王だって敵の気配を捉える探索魔術が使えるだろうから、戦闘継続は可能だろう。

 それでも、他の事に気を取られる戦闘中はどうしても探索魔術の精度だって落ちる。

 両目の欠損が大きなダメージである事に変わりはない。

 このまま殺しきる。

 

「え?」

 

 そう思った瞬間、放たれ続けていたブレスが止まった。

 遂に限界がきたのかも思ったけど、違う。

 獣王は、魔力を口の中に溜めてるのだ。

 その魔力をすぐにブレスに変換せず、口の中で溜め続けている。

 その時、私は獣王の狙いに気づいた。

 こいつ、前方方向全てを焼き払う面制圧の極大ブレスで私を仕留めるつもりだ!

 さすがに、それはマズイ!

 

「くっ!」

 

 私は即座に獣王の前方から待避し、後ろ側へと回った。

 前方全てを焼き払うなら、口の向いていない方へ逃げるしかない。

 でも、そんな簡単に解決したら苦労はない。

 獣王の口が再び私の方を向く。

 ロックオンされたら終わりだ。

 方向転換が終わる前に、口の前から逃げ続ける。

 

 これの繰り返しだ。

 さすがに、あれだけの魔力が籠められた攻撃食らったら、私でもどうなるかわからない。

 それを防ぐ手段は二つ。

 避けて無駄撃ちさせるか、撃たせる前に仕留めるか。

 逃げながらでも私の攻撃は止まってない。

 それに、プルートの援護も私に当てないように、獣王の脚辺りを狙って継続中だ。

 正直、これで倒れてほしい。

 

 でも、獣王に倒れる様子はない。

 既に致死レベルのダメージを食らってるのに、まるでアルバの如く倒れない。

 アルバのは主人公補正かもしれないけど、獣王の場合はなんなんだろう?

 根性か、膨大な魔力を持つが故の生命力の強さか、ドラゴンのタフネスを獲得してるからか。

 全部か。

 全部なのか。

 勘弁してほしい。

 なんで、私の相手はどいつもこいつも化け物じみてるんだ!?

 

「『爆炎剣(バーンソード)』!」

「!!?」

 

 私が心中でボヤいた瞬間、獣王の足下が爆発し、その巨体が揺らいだ。

 ブレスの照準が私からズレ、それどころか制御を失って暴発した。

 獣王の牙が根こそぎ消し飛び、口が滅茶苦茶に破壊されてる。

 そして、それをやった存在が、獣王の足下でドヤ顔していた。

 

「ウチの可愛い後輩を追い回してんじゃねぇよ!」

「レグルスさん!」

 

 よかった、無事だった!

 見たところ、そんなに大きな怪我もしてない。

 本当によかった。

 

 そして、レグルスが無事という事は、この人も無事という事だ。

 

「この野郎! さっきはよくもやってくれたなぁ!」

 

 レグルスの後ろから、五体満足のミアさんが現れた。

 元気そうで何よりだ。

 ただし、この元気は過労が一周回ってハイになってる感じの元気だろうけど。

 

「寝不足と過労に追い込んだ上に、今度は女の命である髪まで燃やしやがってぇ! もう許せん! 積年の恨み、今ここで晴らしてやる!」

 

 そして、凄い早口で怒りの言葉を吐き出したミアさんは、ぶち切れ状態のまま地面を蹴って跳躍し、槍を真っ直ぐに構えて獣王に突撃していく。

 狙いは、さっきミアさん自身が抉った獣王の胸部。

 レグルスの攻撃で体勢を崩した獣王は、これを避けられない。

 

「死ねぇ! 『超電撃槍(ギガボルティックランス)』!」

 

 雷を纏った槍が獣王の胸部に突き刺さる。

 鱗を穿ち、筋肉を貫き、骨と内臓を貫通して、ミアさんは獣王の背中から出てきた。

 獣王の胸の中心には大穴が空き、周囲には電熱で肉が焼ける嫌な臭いが立ち込める。

 そして、━━獣王の巨体が、轟音を立てながら遂に倒れた。

 身体中から血を流し、目を潰され、全身を打ちのめされた獣の王に、もう立ち上がる力はない。

 

「終わった……何もかも……」

 

 そんな竜の屍の上で、ミアさんは真っ白に燃え尽きたように満足そうな顔で、立ったまま気絶していた。

 お疲れ様です。

 

 こうして私達は獣王を討ち取った。

 残党も私達が戦ってる間に砦の人達があらかた片付けたらしく、ガルシア獣王国軍は壊滅。

 私達の完全勝利で、この戦いは幕を閉じたのだった。



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63 ミアさんとのお話

「クソ……この俺様が……帝国の犬ごときに……」

 

 うわ!?

 死んだと思ったらまだ息があるよ、この化け物!

 しかも、心臓も肺の大部分もミアさんの一撃で貫かれて焼き消されてる筈なのに喋れるとか。

 魔獣兵の生命力恐るべし。

 さすがにもう動けないっぽいけど、回復魔術でもかけられたらと思うと怖いなぁ。

 とりあえず、この化け物の上で気絶してるミアさんを回収してから、さっさと首をはねてトドメ刺そう。

 捕虜にするのは無理だ。

 強すぎて拘束できないから。

 だからこそ、この人には帝国勝利の証として、首を晒す事で終戦の証になってもらう。

 そうしなきゃいけない。

 それが戦争なんだから。

 

「だが……俺様を……殺したところで……無駄だ……。誇り高きガルシアの民は……決して屈しない……。俺様が死のうとも……必ず第二第三の獣王が現れ……最後には必ず……我らが勝つのだ……。ハハハハハハ……!」

 

 でも、死の淵に立って尚、獣王は笑った。

 私の考えを見透かしたように、終戦などあり得ないと嘲笑うように、掠れた声で笑い続けた。

 ……嫌な敵だ。

 やめる気がないなら、本当に国ごと最後の一兵まで殺し尽くす必要がある。

 そして、帝国の力ならそれができるだろう。

 また、罪のない民衆を大量虐殺するハメになりそう。

 考えただけで吐き気がする。

 

「『氷斧(アイスアックス)』」

 

 嫌な想像を振り払うように、私は氷で巨大な斧を作った。

 獣王の首を切断できるサイズの巨大な斧を。

 そしてそれをしっかりと握り締め、氷隕石(アイスメテオ)と同じ要領で振り下ろした。

 

「ガルシア獣王国……万歳!」

 

 それが獣王の最期の言葉になった。

 振り下ろされた断罪の刃が、度重なる攻撃で砕けていた首筋の鱗を容易く貫き、肉を裂いて、骨を断ち、その首を完全に切断する。

 そうして、獣の王は今度こそ物言わぬ屍となった。

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

「ん~~~! 至福!」

 

 獣王を討ち取ってから数日後。

 私はミアさんと一緒に、砦の中に設置されたお風呂に入って疲れを癒していた。

 あの戦いの後、ミアさんは48時間くらい爆睡して完全復活を遂げている。

 そして、起き出したタイミングが、ちょうどシャーリーさん達の仕事を手伝っていた私の休憩時間と被った為、ミアさんは私を食事に誘って、その後お風呂に誘ったのだ。

 社員旅行に来た時の先輩みたいだと思った。

 

「あ゛~~~~!」

 

 で、今はおっさんみたいな残念美人に見えてる。

 まあ、長く苦しい戦いから解放された直後だもんね。

 こうなるのもわかるよ。

 今の内に存分に羽を伸ばしてほしい。

 どうせ、少ししたらまた戦いになるだろうから。

 

「いやー、極楽極楽! セレナちゃん、今回はホントにありがとね。君達のおかげで、あのにっくき獣王を倒せて、こうしてゆっくりお風呂に浸かる事ができたよ。

 他の魔獣兵もかなり討ち取れたし、これからの戦いは相当楽になると思う。ホントにありがとう」

「あ、いえ、勝てたのは皆さんが今まで頑張ってたからですし、私はそこまでの事は……」

「謙虚だなー! 美徳!」

 

 そう言って、ミアさんはカラカラと楽しそうに笑った。

 含みの一切ない善人スマイルだ。

 それが少しだけ姉様と重なって見えて、私はちょっと複雑な気持ちになった。

 懐かしくて嬉しいような、もう戻らない過去を垣間見て悲しいような、そんな気持ちに。

 

「あー……それにしても、このお風呂から出たらまた仕事かー……。アルデバランさんに一ヶ月で終わらせるなんて大見得切っちゃった手前、ホントにやらないとマズイよなー……」

「ミアさんとしては、できると思いますか?」

「まあ、できなくはないと思うよ。今までの戦いで万を超える魔獣兵を討ち取ったし、今回の戦いで獣王も討ち取れたから、もう向こうにロクな戦力は残ってない筈だからね。

 だから、あとは降伏してくるのを待つか、残党をとっちめるだけの簡単なお仕事……の筈なんだけど、あいつらの執念考えると何やってくるかわかんなくて怖いんだよなぁ」

 

 まあ、ですよね。

 

「最悪、本当に最後の一兵まで戦い抜かれたら、一ヶ月じゃ絶対に終わらないよ」

「じゃあ、どうしますか?」

「こっちから打って出て、向こうの首都と主要な都市をいくつか陥落させて、国としてのガルシア獣王国を終わらせる。さすがに国の心臓部と指揮系統を完全に破壊すれば止まるでしょ。むしろ、止まってくれなきゃ困る。お願いだから止まって!」

 

 ミアさんの言葉が、段々戦略から神頼みに変わってきた。

 それだけ、もうガルシア獣王国との戦いが嫌なんだろう。

 湯船の中で温かい筈なのに、ミアさんの腕には鳥肌が立ってる。

 可哀想に。

 

「まあ、大丈夫だと思いますよ。たとえ止まらなくても、そこまで追い詰めればロクな戦力は残らないでしょうし、資金や兵力、流通ルートまで失えば、新しく魔獣兵を作る力すら失われるでしょう。

 そうなれば、もう帝国の敵ではありません。それでも尚向かってくるなら、余裕のある時に改めて叩き潰せばいいんですよ」

「そ、そうだよね! そうだよね!」

「はい」

 

 私はミアさんを安心させるように優しく笑った。

 でも、今言った事はミアさんを安心させる為の希望的観測ではなく、客観的な事実だ。

 エロ猫さんの話を聞く限り、魔獣兵の作成にはかなりの資金と労力と専門的な設備がいる。

 まず最初に、魔獣因子の元となる魔獣を狩って来るだけでも一苦労だ。

 魔獣は「魔術を使わなければ倒せない獣」略して魔獣と呼ばれるくらい強い。

 それを成し遂げる為には強い魔術師かそれに匹敵する戦力が必要不可欠であり、徹底的に叩いた後のガルシア獣王国にそんな戦力が残ってるかと言われると微妙だろう。

 

 しかも、なんとかその問題をクリアしても、今度は魔獣から魔獣因子を採取する為の、そして人体改造を施す為の専門的な設備がいる。

 これを維持するだけの大金も、ガルシア獣王国には残らない筈だ。

 

 万が一、この二つがなんとかなったとしても、最後に量産態勢という最大の問題が立ち塞がる。

 魔獣兵を作れる設備が一つや二つ残ってたところで意味はないのだ。

 その魔獣兵が何千何万と居たからこそ、帝国の脅威足り得てた。

 残った施設で十や百の魔獣兵が作れたところで帝国の敵じゃない。

 それこそ、六鬼将の力すら必要なく、ミアさんが抜けた後のこの砦の戦力だけで軽く捻れるだろう。

 

 総合的に考えて、ガルシア獣王国はもう終わっている。

 それこそ、特大の隠し球でもない限り。

 まあ、それも獣王が討ち取られるような戦いにすら出てこなかった以上、本当にあるのか怪しいけどね。

 ……でも、やっぱりこれフラグっぽいな。

 警戒はしとこう。

 

「まあ、なんにせよ、獣王国にちゃんとトドメを刺さない事には始まりません。頑張りましょう」

「そうだね!」

「それに、ガルシア獣王国との戦いが終われば、今度はプロキオン様率いる反乱軍との戦いが待っています。頑張りましょう」

「そうだね……」

 

 あ、一瞬でミアさんの目から光が消えた。

 しまった、余計な事言っちゃった!

 

「そっかー、そうだったねー。今回の仕事が終わっても、また別の仕事が待ってるんだったー。仕事、仕事、仕事かぁ……」

 

 ミアさんが虚ろな目でどこか遠くを見つめ始めた。

 

「あ゛ーーー! もう働きたくない! 素敵な旦那様でも見つけて寿退職したい! でも六鬼将なんてそう簡単にはやめられない! どうしてこうなった!?」

 

 そして今度は突然、浴槽の縁にすがり付いて泣き出した。

 どうやら、まだ疲労が頭に残ってるらしい。

 メンタルが不安定だ。

 可哀想に。

 というか……

 

「ミアさん、そんな事考えてたんですね」

「そうなんだよー……でも、その未来は遠いよぉ……。それならせめて、せめてゆっくりとした休暇が欲しい……。

 それなのにプロキオン様! なんでよりにもよって、このタイミングで反乱なんて起こしたの!? 恨むよぉ! そりゃ反乱起こしたくなる気持ちもわかるけどさぁ! 別に今じゃなくたっていいじゃん! 私が休んでる時でもいいじゃん!」

 

 今度は裏切り爺への恨み言を炸裂させた。

 私はよしよしと背中を擦る事しかできない。

 

 でも、ちょっと今、聞き逃せない発言が飛び出した。

 

「ミアさん、反乱起こしたくなる気持ち、わかるんですね?」

「ギクッ!」

 

 私がそう言った瞬間、ミアさんがわかりやすく硬直した。

 これ、捉え方によっては帝国への反逆だからね。

 ヤバイと思うのは当然だ。

 でも、私は別にミアさんを追い詰めたい訳じゃない。

 むしろ、その逆だ。

 

「今の発言、聞いてたのが私でよかったですけど、アルデバランさん辺りだったらシャレにならない事になってましたからね。

 疲れてるのはよくわかってますけど、気を抜き過ぎないように気をつけてください」

「……ごめんなさい」

 

 ミアさんがシュンとしてしまった。

 こうしてると、ちょっとミアさんが年下みたいに見える。

 普段は職場の頼れる優しいお姉さんって感じなのに。

 不思議だ。

 

「それで、ミアさんは反乱軍の事どう思ってるんですか?」

 

 そして、私はそんな事を口走っていた。

 急に出てきた話題だけど、妙に気になって、聞いておかなきゃいけないような気がしたんだ。

 言いづらい事だとわかっていても。

 

「へ? え、ええっと……」

「ああ、大丈夫ですよ。裸の付き合いって事で、ここで聞いた事はオフレコにしときますから」

 

 そう言って、私はクスリと笑う。

 それで私に邪気がないと察したのか、ミアさんは少し肩の力を抜いて普通に話してくれた。

 

「んー、そうだねー。アタシは獣王国の相手で忙しくてまだ戦った事がないからなんとも言えないんだけど……それでも、戦いづらそうな相手だなー、とは思うよ」

「戦いづらい、ですか?」

「そ」

 

 そうして、ミアさんは語り出す。

 

「プロキオン様はともかくとして、平民の人達を相手にするのはしんどいと思う。

 アタシの実家って貧乏伯爵でさ。領地に名産はないし、帝都での権力争いに加われるだけの力もないし、お金もないし、伯爵とは名ばかりの、ほっといたらすぐに潰れそうな家だったんだよねー。

 で、そんなボロ家を支えてくれてたのが、昔からウチに仕えてくれてる平民の使用人達だったんだよ。あの人達がいなかったら、ウチはとっくの昔に潰れてたかもしれない」

 

 ……そうだったんだ。

 ミアさんの詳しい生い立ちの話は初めて聞いたかもしれない。

 

「だからさ、アタシは他の貴族と違って、平民の人達を下に見れないんだよねー。

 領地を離れて、学園に行って、騎士になって。同級生とか同僚が平気で平民の人達を虐げてる話を聞いた時はカルチャーショックだったよ。

 そんな事して平民さん達に見限られたら潰れちゃうじゃん!? ってさ」

「……でしょうね」

 

 私、似たような生い立ちしてる人知ってるよ。

 ブライアンだ。

 本来なら革命軍特級戦士になってた筈の、最初の仕事で私が殺しちゃった騎士。

 もしかしたら、ミアさんもブライアンみたいに敵になってたかもしれないと思うと……正直、想像したくない。

 戦力的な意味でも、心情的な意味でも。

 

「だから、アタシにとって反乱軍は戦いづらい相手。帝国も反乱軍も戦争なんかしないで、こう、上手い事落としどころとか見つけて、将来的には手を取り合えるようになればいいなーって思ってるよ。

 まあ、六鬼将とはいえ、一人の騎士でしかないアタシじゃ帝国全体の意向には逆らえないけどね……。命令されたら嫌でも戦わなくちゃいけないのが騎士の辛いところだよ」

「……そうですね。本当に、心の底から同意します」

 

 ミアさんの言葉は心の底から頷けるものだった。

 なんというか、この人は本当に『先輩』という感じがする。

 どうしようもないこの仕事を、それでも頑張って続けてきた偉大な先人だと。

 私は今、ミアさんを心から尊敬している。

 

「で、そういうセレナちゃんはどうなの? 実際に反乱軍を相手にしてみて」

「私は……」

 

 私の脳裏に、今までの戦いが思い浮かぶ。

 そして、殺してしまった多くの命が、その死に様が、鮮明に思い浮かんだ。

 涙が溢れそうになるのを必死で抑える。

 いきなり、こんな気持ちになるなんて。

 多分、お風呂で脳がふやけたせいだ。

 それか、初めて似たような想いを抱える人と真っ向から話したからだ。

 つまり、ミアさんのせいだ。

 

「私はずっと、罪悪感で死にそうでした」

「うぇ!?」

 

 ミアさんが驚愕の表情で私を見てくる。

 でも、私をこんなに感情的にした罰だ。

 おとなしく愚痴に付き合ってもらおう。

 

「私は戦いが嫌いです。死ぬのは怖いし、殺すのは辛いですから。ましてや、それが罪のない民衆なら尚の事です。

 ……でも、戦えば戦う程、殺せば殺す程、どんどん心が麻痺してきて、命を奪う事に躊躇がなくなっていく。

 それが本当に恐ろしい。自分がどんどん、姉様とは正反対の醜い化け物に変わっていくみたいで」

 

 でも、それでも、それでも。

 

「それでも、私は戦い続けなければならない。殺し続けなければならない。戦わないと、勝たないと、姉様が遺したものを守れないから」

 

 だから、私は、

 

「戦いたくない人達が相手でも、必ず……」

 

 そこまで口にした瞬間、私の口は塞がれた。

 ミアさんが思いっきり抱き着いてきて、私の顔を胸に埋めたせいで。

 お、大きい……!?

 

「……セレナちゃんが辛いのはわかってた。初めて会った時、お姉さんを亡くしたって淡々と報告しながら、キツく拳を握り締めてたのを見てたから。

 でも、ごめんね。アタシは心の底から愛した人を失った事がないから、きっとセレナちゃんの気持ちを完全にわかってあげる事はできない」

 

 そう言うミアさんの声はいつになく悲しそうで、そして、いつになく優しかった。

 

「それに、アタシじゃエミリアちゃんの代わりにもなれないと思う。でも、アタシはあなたの『先輩』だから、辛い時は頼ってね。きっと、それで少しは助けになれると思うから」

「……はい」

 

 私の返事を聞いた後、ミアさんはたっぷり10秒くらい私を抱き締めてから離れていった。

 そして、凄く優しい顔で尋ねてくる。

 

「どう? 少しは元気出た?」

「はい」

 

 今まで心の中に溜まってた苦しみが、少しは外に出ていってくれたような気がする。

 少しだけ、心が穏やかになった。

 姉様やルナと居る時と似たような、だけど決定的に違う感覚だ。

 不思議な感じがする。

 でも、もちろん嫌な感覚じゃない。

 

「よし! じゃあ、これからも一緒に頑張ろう! まずはガルシア獣王国だ! やるぞー!」

「はい」

 

 こうして、裸の付き合いを通して、ミアさんと随分仲良くなれたような気がする。

 それに、ミアさんも私も、嫌な仕事へのモチベーションが上がってくれた。

 この調子で頑張ろう。

 

 

 ちなみに、私達が出た後のお風呂に、レグルスとプルートが野郎二人で入っていったのは余談だ。

 それを見て私が恒例の邪推をし、二人がビクリと震えたのもいつも通りだった。

 だけど、私達の様子が気になって聞いてきたミアさんに、勢いでこの話をしてしまった結果、大爆笑した上で翌日以降の二人を見るミアさんの目がやたらニヨニヨした感じになっちゃったのは悪かったと思ってる。

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 そんな平和なやり取りがあった数日後。

 砦に、ガルシア獣王国の使者がやって来た。

 しかもその手に、誰もが予想外だった降伏宣言の書状を持って。

 

 そして、これこそが、━━歴史の転換点となる大事件、その始まりを告げる呼び笛だったのである。



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64 不気味な降伏宣言

「怪しい」

「怪し過ぎるね」

「怪しいな」

「怪しいですね」

 

 送られて来た使者と降伏宣言の書状に対しての、六鬼将四人の意見がこれである。

 満場一致で怪しいという結論に至った。

 

「多分、罠ですよね?」

「罠だね」

「罠だな」

「罠でしょう」

 

 そして、満場一致でこれが罠であるという結論に至った。

 だって、ねぇ?

 あの狂気と修羅の国であるガルシア獣王国が、こんな簡単に降伏なんてする訳ないじゃん。

 そうじゃなきゃ、自信満々の宣言遺して逝った獣王が、ただのバカって事になるもの。

 

「向こうの狙いはなんなんですかね?」

「戦力が回復するまでの時間稼ぎじゃねぇか?」

「それはどうでしょうね」

 

 私の疑問に珍しくレグルスが答え、プルートが即座に反論する。

 そして、プルートは眼鏡をくいっとやりながら、ミアさんに確認を取り出した。

 

「ミア殿、ガルシア獣王国の戦力は、終戦手続きの期間程度の時間を稼いだところで回復させられる程、傷が浅いと思いますか?」

「いや、さすがにそれはないと思うけど……今までの無茶な攻めで相当の戦死者が出てるし。それに今回の戦いで獣王率いる主力部隊を丸々失ったんだから、時間稼ぎ以前に再編すら絶望的だと思うんだけどなぁ」

 

 まあ、普通に考えたらそうだよね。

 ちょっとやそっと時間を掛けた程度で持ってこれる戦力があるなら、ミアさん達との戦いに投入しない理由がないし。

 聞けば、今までの戦いは獣王が圧倒的な力に任せて暴れる事で無理矢理戦線を維持してたらしい。

 その獣王が主力部隊ごと死んだ今、向こうにロクな戦力は残ってない筈なのだ。

 普通なら無条件降伏以外に道がないような詰みっぷりだからね。

 そう考えれば、この書状は罠でもなんでもない可能性が高いんだけど、全く信用されないのがガルシア獣王国クオリティというか。

 もし本当に、獣王国にまともな頭持った人がいて、真剣に考えた上で降伏を宣言したんだとしたら可哀想に。

 まあ、ないと思うけど。

 

「となると、別の狙いがあるという事になりますけど……停戦ではなく降伏と言ってきている辺りが少し怪しいですね。

 終戦の為の使者を首都に誘き寄せて、自分達に有利な場所で袋叩きにするつもり……とか……?」

 

 私も自分の考えを言ってみたけど、途中で言葉が尻すぼみになった。

 正直、言ってて途中で自信がなくなってきたわ。

 こんな思考に至ったのは、停戦交渉と降伏宣言の手続きの違いだ。

 停戦交渉は書状でのやり取りに加えて、国境付近でお互いの使者が話し合う事によって条約を結ぶ。

 対して、降伏宣言は敗戦国の首都で戦勝国の使者がふんぞり返り、敵国のトップに頭を下げさせながら、降伏条件の話し合いをするのだ。

 ただし、この時の使者に精鋭を選ぶか、敵国の罠を警戒して捨て駒を選ぶかは、向こうにはわからない。

 それ以前に、罠だと思ってるんだったら、降伏宣言を無視して攻め入る可能性も高いだろう。

 そんな不確かな作戦の為に、プライドばっかり無駄に高いガルシア獣王国が、たとえ嘘だとしても屈辱の降伏宣言なんてするだろうか?

 しないと思う。

 

「すみません、忘れてください」

「いえ、セレナが言った事も可能性としては0ではありません。向こうはなりふり構っていられない程に追い詰められている筈ですからね。一応、その可能性も考慮に入れておきましょう」

 

 しかし、プルートは私の発言を一笑に付さず、真面目に考えてくれた。

 ……まあ一応、向こうに自分達のフィールドでしか使えない奥の手的なものがあって、それを使って六鬼将を葬る為に誘き寄せようとしてるって可能性もなくはないか。

 凄い低い可能性だけど。

 でも、用心にするに越した事はないよね。

 

「てか、そもそもの話なんだけどよ。この話、受けるのか? それとも突っぱねるのか?」

「それは……」

 

 レグルスが根本的な事を言い出し、残りの全員が言葉に詰まった。

 皆、99%これが罠だと確信してる。

 でも、残り1%くらいは罠じゃない可能性もあるのだ。

 本当に獣王国が切羽詰まってて、まともな頭持ってる人が獣王が戦死した隙を突いて政権を取り、その上で降伏を宣言してきたっていう可能性も0じゃない。

 そして、もしそうだった場合、こっちとしてはもの凄く助かる。

 

 こっちだって、捨て身の獣王国を完全に滅ぼすまで延々と戦い続けたくなんてない。

 私やミアさんの心情以前に、革命軍なんて不穏分子を国内に抱えた状態で、六鬼将数人を他の国との戦いで動けない状態にしとくのは悪手だ。

 いくら転移陣や私の高速移動アイスゴーレムがあるとはいえ、他の任務を背負ってる状態じゃ、どうしても動きが鈍る。

 だからこそ序列一位の人は私達がガルシア獣王国との戦争に行く事を反対し、ノクスもあくまで短期決戦という事で今回の作戦を打ち立てたんだから。

 

 だから、向こうの降伏でさっさと決着がつくなら万々歳なのだ。

 望外の幸運なのだ。

 罠とわかっていても受け入れてしまいたくなる。

 話くらいなら聞いてもいいかなー、って気にさせられる。

 くっ! これが悪魔の誘惑か!

 

「どうします?」

「うーん……」

「…………」

 

 ミアさんは難しい顔して唸り、プルートは眉間にシワ寄せて無言になった。

 どうやら、二人とも私と同じ気持ちらしい。

 ……今この場で結論出すのは難しいかな?

 そうなると、とりあえず帝都に伝令出してノクスの判断を仰ぐ……のはやめといた方がいいか。

 ガルシア獣王国攻めの判断は私達に一任されてる。

 ここで私達がノクスを頼るのは、言うなれば支店長が自分の支店の問題を社長に頼って解決するようなものだ。

 それ、なんて無能?

 という事で、ノクスに相談は却下。

 それこそ、現場の一存では決められないような重大案件でも起こらない限りはね。

 今回のは現場の判断で決められる範疇の問題だ。

 自分達で考える必要がある。

 

「とりあえず、ウチの部下達も呼んで皆で考えない? 三人寄ればなんとやらって言うし、頭数が増えればいいアイディアが出てくるかもよ?」

「……まあ、それがいいですかね」

 

 ミアさんがそんな事を言い出し、プルートがそれを可決。

 でも、私にはこれが、とてつもない欠点を持つ作戦に思えた。

 

「ミアさん、部下に意見を求めるのはいいんですけど、その部下さん達はようやく仕事が一段落して束の間の休息を満喫してるんですが……それでも呼びますか?」

「…………あとで土下座しとくよ」

 

 全ての泥は自分が被るとばかりのミアさんの漢気によって、急遽、緊急会議の開催が決定。

 シャーリーさんをはじめとした死んだ目をした文官達を集め、降伏宣言についての対応を話し合った。

 そして、数時間に及ぶ議論の末、遂に結論が出た。

 その結論とは、━━降伏宣言の受け入れ決定。

 やっぱり、皆これ以上のブラック労働、もとい戦いなんて望んでなかったのだ。

 

 ただし、罠の可能性が濃厚という事で、使者には私、レグルス、プルートの六鬼将三人とその直属部隊。

 更に、獣王との戦いで使わなかったワルキューレ数体に加え、私が超大型の鳥型アイスゴーレムを作る事によって多くの騎士を一緒に連れて行く事になった。

 どんな罠が待ち受けていても力業で踏み潰して、ついでに首都を制圧できるように。

 脳筋策と言ってはいけない。

 これでも合理的な作戦なのだ。

 私の鳥型アイスゴーレムなら向こうの首都まで一日もあれば着けるから、革命軍に不在の隙を突かれる心配も少ないし。

 問題があるとすれば、ほんの僅かな間とはいえ六鬼将三人が砦を空ける以上、上への報告が必須な事くらいかな。

 それで序列一位の人辺りが反対したら面倒な事になりそう。

 まあ、大丈夫だとは思うけど。

 あの人も、そこまでチキンじゃない筈だ。

 

 そうして会議が終わった後、文官さん達はゾンビのような足取りで会議室から退室した。

 この後、通常業務に加えて、今回の作戦の為の部隊の編成、それにまつわるあらゆる雑事の仕事が追加されてしまったからだ。

 ミアさんは土下座していた。

 私も頭を下げた。

 奔放なレグルスや、プライドの高いプルートまで下げた。

 それくらい、彼らの有り様は見てられなかったのだ。

 シャーリーさんが再び浮かべた仏の笑みが頭から離れない。

 

 しかも、今回私は超大型アイスゴーレムの作成で仕事手伝えないというのが罪悪感を加速させる。

 あのレグルス含めて他の三人は仕事手伝うと言い出したものの、体力温存してくださいと言われて断られてたから、罪悪感は私以上だろう。

 ここの人達、いい人多いよ。

 やっぱり、トップのミアさんがいい人だから、類が友を呼んでるんだろうなぁ。

 だからこそ、より罪悪感が凄い。

 ウチの直属部隊みたいなクズ相手なら、こんな罪悪感は覚えなかっただろうから。

 

 

 

 

 

 それから一週間後。

 無事に上の許可も取れて、準備を完了させた私達は、百人の騎士と共にガルシア獣王国首都へ向けて出発した。



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65 獣達の都

「見えてきました」

「いつも通り早ぇなぁ」

「相変わらず便利ですね、あなたの魔術は」

 

 鳥型アイスゴーレムを飛ばす事、約10時間ちょい。

 私達はようやく、ガルシア獣王国の首都が見える場所へと辿り着いた。

 遠目から見た首都を一言で言うなら、魔境だ。

 街自体は普通に大きくて、帝国より少し時代遅れな感じの普通の街並みに見える。

 ただし、よく見ると多くの建造物がヒビ割れてたり傾いてたりと老朽化しており、中には雑草に飲み込まれた廃墟とかもある始末。

 街の中心にある城はさすがに立派だけど、それもなんというか、良く言えば質実剛健、悪く言えば見た目に頓着してない。

 なんか設計は歪だし、塗料は剥げてるし。

 普通に要塞として使う分には強いんだろうけど、お城って感じの雅なイメージは全くしない。

 今日は天気が悪くて空に分厚い黒い雲がかかってるのも合わさり、なんとも魔境としか言えない雰囲気だ。

 帝国の魔王城ともまた違う嫌な感じがする。

 

 そんな事を思ってる内に、街の上空に到着だ。

 

「とりあえず、予定通りにいきます」

「頼みましたよ」

 

 プルートの言葉に軽く頷き、私は現在乗ってる超大型の鳥型アイスゴーレムの一部のハッチを開けた。

 鳥型アイスゴーレムを旋回させながら、作り置きしておいた大量の超小型アイスゴーレムを街の上空にばらまく。

 ラッキーな事に今は小雨が降ってるから、それに紛れてそんなに目立たないだろう。

 

 これの目的は、言うまでもなく敵情視察だ。

 探れる手段があるのに、罠があると確信してる場所の調査を怠るバカはいない。

 そうして、それから一時間くらい上空で旋回しながら調査した結果は……うん、予想通りかな。

 

「どうだ?」

「城の中から多数の魔力反応を確認しました。この人間と魔獣が混ざったみたいな気持ち悪い魔力は魔獣兵ですね。数は……現在把握できるだけでも200を超えています。もっとも、一体一体は大した魔力を纏っていませんが」

 

 それにしても、どこにこんな余裕があったのやら。

 もしかしたら、失敗作を処分せずに集めてたとか?

 命令を聞く頭がないという魔獣兵の失敗作でも無差別に暴れさせるくらいならできるかもしれないし、それなら自分達のフィールドでしか使えない戦力と言えなくもない。

 これが罠かな?

 

「今の段階で調査できるのはこのくらいです。この程度なら戦力が十倍に増えても対処可能と判断します。隠し球がなければの話ですが」

「そうですか。では、そろそろ乗り込むとしましょう」

「派手にやれい!」

「了解」

 

 という訳で、鳥型アイスゴーレムの高度を下げて突撃!

 それを見て魔獣だと思われたのか、城からいくつかの魔術が飛んでくる。

 そこそこ強いけど、せいぜい一級騎士レベルかな。

 六鬼将のレベルには到底及ばない。

 

 私は鳥型アイスゴーレムの口から氷獄吹雪(ブリザードストーム)を発射させ、全ての魔術を薙ぎ払った。

 ついでに、そのまま吹雪は城に直撃し、今の魔術を放った人達ごと城の一部を凍りつかせる。

 城の壁越しだし、魔術を相殺して威力落ちてたし、多分死んではいないと思う。

 氷結封印状態にはなったかもしれないけど、それは熱々のお風呂にでも入れれば復活するから問題ないでしょう。

 

 それを無視し、私は鳥型アイスゴーレムを着地させた。

 城の尖塔の上を鳥の爪で鷲掴みにして。

 下から「敵襲だぁ!」って声が聞こえてくるけど、気にしない。

 敗戦国に乗り込む時には、こっちが上の立場なんだぞってわからせる必要があるらしいので、これくらいのインパクトは必要なのだ(レグルス談)。

 

 そして、私は鳥型アイスゴーレムのハッチを開け、そこから城の中庭っぽい場所目掛けて飛び降りた。

 私の後からレグルスとプルートが、その更に後から連れて来た騎士達が続く。

 結構な高さがあるけど、身体強化を纏う魔術師には関係ない。

 

「何者だ貴様らぁ!」

 

 そして、まあ、当然の如く、飛び降りた先で向こうの兵士に囲まれ、誰何された。

 全員が武器をこっちに向けて警戒態勢だ。

 ただし、この人達からは魔力を感じない。

 魔獣兵でもないし、魔導兵器(マギア)も持ってない。

 つまり、魔術師の敵ではない。

 

 それでも、別に今の段階で蹴散らそうとして来た訳じゃないんだから、とりあえず対話だ。

 

「私達はブラックダイヤ帝国騎士団です。あなた達の降伏宣言を受理する使者としてやって来ました。そちらのトップと会わせなさい」

「何ぃ!」

 

 私がそう告げた瞬間、兵士達の顔が苦々しく歪んだ。

 ああ、一応降伏宣言の話は下にまで周知されてるんだね。

 獣王国は本当に屈辱を飲んだのか。

 これなら降伏宣言が罠じゃないって期待できるかも。

 0.1%くらいは。

 

「…………わかった。しばしここで待て。王太子殿下にお伝えする」

 

 王じゃなくて王太子。

 まあ、ここの王様は私達が討ち取っちゃったから、普通に考えればそうなるか。

 帝国で言うなら、皇帝が死んでノクスが対応するような話だ。

 何、その夢の未来図。

 そうなればいいのに。

 

「おいおい、なんだその態度は? お前らは敗戦国だろうが! 敬語使え、敬語!」

 

 しかし、私とは違うツッコミどころを見逃さない男がこっちにはいた。

 レグルスだ。

 まるで不良のように向こうの兵士を煽る。

 まあ、これも交渉テクニックの一つらしいけど。

 

「ぐっ! し、しばしここにて、お、お待ちください……! ……クソッ、調子に乗りやがって」

 

 おい最後。

 小声だったけど、ちゃんと聞こえてたぞ。

 レグルスが高圧的なのを差し引いても態度が悪い。

 やっぱり罠か。

 

「セレナ」

「わかってます」

 

 プルートに言われるまでもなく、私は超小型アイスゴーレムを城のあちこちへと動かし、リアルタイムでの情報を探る。

 ドタバタと慌ただしいな。

 とりあえず、さっきの口の悪い兵士さんは、城の上の階に向かって行ったっぽい。

 程なくして、それなりの魔力反応を持ってる奴の所に兵士さんは辿り着いた。

 あれが王太子かな?

 

 続いて、王太子が何か命令を下したのか、その部屋に居た人間が一斉に動き出す。

 その命令された人達が更に下の人に命令したみたいで、城内は動いてない人がほぼいないくらいの喧騒に包まれた。

 アイスゴーレムがなくてもわかるくらい、城内から騒がしい音がする。

 

 そして、特筆すべき動きが二つ。

 一つは、城の中にいた魔力反応の持ち主が一斉に王太子の居る部屋の近くへと移動し始めた。

 護衛という可能性もあるけど、多分違う。

 

 二つ目は、城の地下へと向かう人の数がやたらと多い。

 その人達が出入りする場所から超小型アイスゴーレムを地下に向かわせてみれば、かなりの数の気持ち悪い魔力反応が。

 それがドンドン地下から運び出されて、王太子の部屋の近くへと輸送されてる。

 地下牢的な場所から失敗作の魔獣兵を運び出して補充してるのかな?

 なんにせよ、さっき調査した時より遥かに魔獣兵の数が増えた。

 超小型アイスゴーレムの探知範囲は狭いから、地下とかに隠されるとわからなかったりするんだよなぁ。

 

「事前調査との差異を確認しました。どうやら向こうにはまだまだ魔獣兵の在庫があったようです。現在の数、約400。しかも、まだ増えています」

「……そうですか」

「ま、その程度じゃ俺らの敵じゃねぇだろ」

「楽観的な思考はやめなさいレグルス。セレナ、調査を続行してください」

「了解」

 

 超小型アイスゴーレム達を、魔獣兵が運び出されてる区画より更に深くへと潜らせる。

 もしかしたら、そこに更なる在庫か、もしくは奥の手的な何かがあるかもしれないから。

 でも、その先にあったのは、私の予想とは違うものだった。

 予想を超えるものだった。

 

「これは……!?」

 

 思わず小声で呟いてしまった。

 そこにあったのは、いくつもの気持ち悪い魔力反応。

 魔獣兵じゃない。

 あれも相当気持ち悪かったけど、今超小型アイスゴーレムが感知してるのはそれ以上だ。

 

 その魔力反応からは、━━生き物の気配がしない。

 

 この魔力反応を感知してるのは、無属性魔術の一つ『探索魔術』だ。

 これを熟練させる事によって、探索魔術は『魔力感知』という一つ上のステージへと至る。

 ただし、元となった探索魔術は()()()()()()()()()()()()

 故に、魔導兵器(マギア)なんかの無機物に込められた魔力は普通感知できない。

 私クラスが使う化け物精度の魔術でも、相当集中しないとわからない。

 

 でも、今感知してるこれは違う。

 生き物じゃないのに、特に集中してる訳じゃないのに、当たり前のように私の魔力感知に引っ掛かる。

 異物、異質、異形。

 感覚器官がバグったみたいで滅茶苦茶気持ち悪い。

 もしかしてこれが……『魔獣因子』?

 

「うぇ……」

 

 私は気持ち悪さを我慢しながら調査を続行した。

 これが本当に魔獣因子なら、向こうの切り札だ。

 調査しない訳にはいかない。

 そうして頑張った結果……私は絶句した。

 

 魔獣因子と思われる反応は無数にある。

 それこそ、百や二百じゃ利かない数が。

 その内の殆どは大した事ない。

 強いのでも一級騎士クラス、弱いのに至っては量産型魔導兵器(マギア)よりはマシって程度だ。

 

 でも、その中のほんの一握り。

 数にして十にも満たない反応。

 それだけは別格だった。

 

 何これ……一つ一つが六鬼将クラスか、あるいはそれ以上とかなんの冗談?

 伝説の魔獣の因子とか、そういうのだろうか?

 ていうか、こんな強すぎる魔力を注入なんてしたら、いくら生命力が強い魔術師でも確実に死ぬでしょ。

 拒絶反応以前の問題だよ。

 六鬼将クラスの生命力があってもギリギリなんじゃないかな?

 

 そんな人材が獣王国に残ってるとは考えづらい。

 今感知してる魔獣兵の中にそんな化け物はいないし、そもそもそんなのがいたなら、なんで獣王と一緒に戦場に出てこなかったんだって話になる。

 でも、万が一、万が一、そういう化け物が向こうに複数いたなら……

 

「レグルスさん、プルートさん。とんでもない物が見つかりました。魔獣因子らしき魔力反応、それも獣王クラスの物が複数です。万が一、向こうにこの因子の適合者が複数いた場合、撤退も視野に入れるべきかと」

「マジか!?」

「……なるほど。肝に銘じておきましょう」

 

 レグルスは驚愕し、プルートは神妙な顔で騎士達に新しい命令を下しに行った。

 私も気を引き締める。

 まったく、詰みだと思ってたらとんでもない事になったもんだよ。

 あったじゃん隠し球。

 フラグって怖い。

 

「待たせ、んんッ! お、お待たせしました。王太子殿下がお会いになられます」

 

 そうやって戦慄してる内に、口の悪い兵士さんが戻って来た。

 城内にあった魔力反応も王太子付近に集結してるし、向こうの準備は整ったって事か。

 さて、鬼が出るか蛇が出るか。

 それとも何も出ないのか。

 わからないけど、気をつけて頑張るとしよう。



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66 獣達の出迎え

 口の悪い兵士さんに案内され、私達三人は城内を歩く。

 騎士達はいない。

 将官クラスだけで来てほしいというあからさまに怪しい向こうの要求をあえて飲んだ……と見せかけて、退路の確保こと鳥型アイスゴーレムの守りに置いてきた。

 向こうの隠し球がどっちを狙ってくるかわからない以上、これがベターな陣形だと思う。

 どっちかで騒ぎがあれば駆けつけられるし。

 

 それにしても……

 

「……これ、もう少しどうにかならなかったんですかね?」

「……だな」

「……右に同じく」

 

 私のボヤきに二人が同調した。

 それくらい、城内の雰囲気はなんともアレな感じだったのだ。

 

「グギャアアア!!!」

「ブォオオオオ!!!」

「ピギャァアア!!!」

「ぶるぁあああ!!!」

 

 ……なんか、城内の至る所から獣の鳴き声が聞こえてくるんですけど。

 なんか前にも、っていうか、つい数日前にも同じ事があったなぁ。

 それはともかく、これ仮に罠だとして、罠である事を隠す気あるんだうか?

 こんなあからさまに魔獣兵を集めるとか、これから襲いますよって言ってるようなもんじゃん。

 

「着いた……着きました。ここが謁見の間です」

 

 そんな騒音を聞いてる内に目的地に着いたらしい。

 確かに、中からさっき感知した王太子の気配がする。

 他に大量の魔獣兵の気配もするけど。

 

 そして、口の悪い兵士さんが扉を開け、私達は中に踏み込んだ。

 

「では、ごゆっくり。くくっ」

 

 おーい、兵士さん。

 含み笑いが隠せてないぞー。

 もう色々と剥き出しやないかい。

 杜撰、杜撰だよ。

 取り繕えてないよ。

 

「よく来たな帝国の使者よ。私はガルシア獣王国王太子、ガルム・フォン・ガルシアである」

 

 そして、こんな杜撰な計画を立てたと思わしき奴が声をかけてきた。

 部屋の奥にある玉座に腰掛けた、まだ十代に見える若者。

 でも、その顔にはニヤニヤとした下品な笑みが張り付いていた。

 これが王太子か。

 なんというか、バカ殿っぽい。

 

「おいおい、さっきの兵士もそうだったが、ちと態度がデカすぎるんじゃねぇか王太子様よぉ。お前ら、敗戦国の自覚があるのか?」

「ハッ! 敗戦国? 何を言っている?」

 

 レグルスの言葉を王太子は鼻で笑った。

 ああ、うん、この時点で罠確定である。

 わかってたけど。

 

「我ら誇り高きガルシアの民が降伏などする訳があるまい! あんな紙切れ一枚にまんまと騙されてノコノコと砦を離れるとはバカな連中よ! 者共、出会えい!」

 

 王太子がそう言った瞬間、謁見の間の入り口以外の扉が開いて、そこから大量の魔獣兵が入ってきた。

 ついでに、玉座の後ろの扉も開いて、王太子はそこから逃げようとする。

 

「フハハハハハッ! 見たか! 驚いたか! 命令を聞かせられない失敗作も含めれば、魔獣兵などいくらでもいるのだ! そして、理性を失おうとも、そやつらはガルシアの民! 貴様ら帝国人を許しはしない! 無数の魔獣兵に圧殺されて死ね! 間抜けど……」

「『氷獄吹雪(ブリザードストーム)』」

 

 バカ殿の演説を遮って氷獄吹雪(ブリザードストーム)をぶっ放した。

 それだけで部屋の中にいた魔獣兵は全て凍りつき、ついでにバカ殿の逃げ道も氷に覆われて消える。

 更に、私は遠隔操作で鳥型アイスゴーレムの中にいるワルキューレを起動。

 魔獣兵の駆逐を命令する。

 それを合図に、鳥型アイスゴーレムを守ってた騎士の半数は命令に従ってワルキューレの加勢に動いた筈だ。

 その証拠に、城内が一気に騒がしくなって、壮絶な戦闘音が聞こえてくる。

 

「…………へ?」

「そういうのはいいですから。バレバレですから。『氷砲弾(アイスキャノン)』」

「ぶぺっ!?」

 

 呆然としたバカ殿に氷砲弾(アイスキャノン)を一発。

 それだけで結構なダメージが入った。

 こいつもそれなりの魔力を纏ってはいたけど、それもせいぜいマルジェラより少し上程度だからね。

 魔力の感じからして、魔獣兵って訳でもなさそうだし。

 そりゃこうなるさ。

 

「『氷結世界(アイスワールド)』」

「ぬぁ!?」

 

 更に追撃して、氷結世界(アイスワールド)で全身氷漬けにしておいた。

 ただし、話ができるように首から上は凍らせてない。

 今は懐かしきクソ親父を脅迫した時を思い出す。

 

「さて、これで半ば詰みですね。切り札があるなら早めに使う事をおすすめしますよ、ガルム王太子」

 

 こっちはそれを見て今後の動きを考えるから。

 切り札に獣王クラスの魔獣兵がいるなら交戦。

 それが複数体いて撃破困難と判断したら、一度撤退して今度は大軍を引き連れてくる。

 肩透かしで何もなかった場合は、このまま首都を制圧。

 後始末を部下に任せて、六鬼将は革命軍退治の為に即時帰還だ。

 

「そ、そんな、バカな……!? なんだこの強さは!? 帝国兵は、砦に籠って、卑怯な策略を練らなければ何もできない弱者ではなかったのか!?」

「どこから聞いたんですか、そんな話」

 

 事実無根にも程がある。

 思わず呆れてしまった。

 その後も、バカ殿はギャーギャー騒ぐだけで一向に何かをする気配がない。

 これは……

 

「セレナ、こいつは何も知らねぇただの道化だ。相手するだけ無駄だぜ」

「レグルスに同意ですね。仮にこいつに何かしらの役割があるとしても、せいぜい釣り餌でしょう。早く始末をつけてしまいなさい」

「……わかりました」

 

 私はいつものように感情を押し殺し、バカ殿を頭まで凍らせて全身氷漬けにした後、砕いて殺した。

 ……救いとしては、革命軍殺してる時に比べたら罪悪感のレベルが遥かに低い事かな。

 獣王もそうだったけど、こいつらが死ぬのは自業自得だ。

 民の為に戦ってたっていうんならまだしも、こいつらは下らないガルシアの誇りとやらの為に停戦の呼び掛けを無視してまで戦い続け、民を巻き込んで使い潰し、国を事実上崩壊させた暗君だった。

 死んで当然だ。

 ……それでも、殺しの嫌な感触は生涯慣れない。

 

「あっさりと倒せちまったな……こいつ影武者とかじゃねぇよな?」

「確かに、その可能性はありますね。セレナ、近くにこの国で王族になれるだけの魔力反応を持った者はいますか?」

「いえ、いません。感知できる範囲ではこいつが最大の魔力持ちでした。残りは魔獣因子で底上げして、それでもこいつに及ばない連中ばかりです」

 

 バカ殿の魔力は強めの一級騎士程度、帝国の爵位で言えば公爵級がせいぜいだけど、他国の魔術師なんてそんなもんだ。

 帝国みたいに魔術師の純粋培養を数百年に渡って続けない限り、六鬼将みたいな化け物は早々生まれない。

 というか、そもそも六鬼将は魔術師の中に稀に生まれる、突然変異の天才みたいなもんだからね。

 前に人材不足で六鬼将になれる奴がいないみたいな話したけど、あれは単純に六鬼将に求められる基準がおかしいだけだから。

 別に帝国軍が弱い訳じゃない。

 でも、もう少し腐った政治を改善して、魔導兵器(マギア)で平民の兵士を普通に運用できる支配態勢とかにすれば、六鬼将に頼らなくても充分過ぎる国力を得られる筈だ。

 つまり、やっぱり皇帝はギルティ。

 

「そうですか……他の王族がいないというのが気がかりですが……王位の継承権で揉めて死んだのか、それともセレナが感知した魔獣因子を打ち込まれ、反動に耐えきれずに死んだのか。まあ、それはどうでもいい話ですね。問題はこの期に及んでも獣王クラスの魔獣兵が出てこない事です」

「やっぱ最初っからいねぇんじゃねぇのか? そんな奴ら」

「レグルスさん、油断は禁物ですよ」

 

 とはいえ、正直レグルスの意見が最も正論だ。

 最初からあの魔獣因子に耐えきれるような人材がいる可能性は低かった。

 ただ、フラグ臭いという嫌な予感と、敵を過小評価してやられるのが嫌だったから、隠し球があるという前提で動いてただけだ。

 ないならないで構わない。

 フラグが折れて肩透かしなら万々歳だ。

 強敵なんて、いないならそれに越した事はないんだから。

 

 でも、なんだろう、この感じ。

 なんというか、未だに嫌な予感が消えないというか。

 まだフラグが折れてないような気がしてならない。

 どうにも何かを見落としてるような気がする。

 

 そして、世の中嫌な予感程よく当たるものだ。

 私の根拠のない嫌な予感もその例に漏れず、━━当たった。

 それも最悪な形で。

 

 

「その通りじゃよ、セレナ殿。いついかなる時も油断は禁物。よくわかっておる」

 

 

 突然、凍りついた謁見の間にそんな声が響いた。

 年老いた老人の声。

 聞き覚えのある耳障りな声。

 帝国が追いかけている、最悪の裏切り者の声。

 

「惜しむらくは、優秀な若者が帝国におる事を素直に喜べぬ事じゃのう。いやはや、裏切り者は肩身が狭い」

 

 長い白髭。

 緑色の豪奢な魔術師ローブ。

 手に持った大きな杖。

 張り付けたような好好爺気取りの笑み。

 見間違える筈がない。

 

 元六鬼将序列二位『賢人将』プロキオン・エメラルド

 

 行方を晦ましていた裏切り爺が、こんな所に居た。

 革命軍とは絶対に相容れない筈の狂気の国の首都に、たった一人で。

 しかも、どうやってるのか魔力反応の一切を隠して。

 気配はある。

 なのに魔力反応がない。

 その姿が不気味な亡霊のように見えて、ひたすらに気味が悪かった。



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67 『賢人将』

「爺!?」

「プロキオン様……!」

「ホッホ、驚いたようじゃのう。どれ、ここは一つ、君達の考えておる事を当ててやろう。何故儂がここに居るのか? 何故儂の魔力反応が感知できないのか? 大方、そんな事を考えていると見た。特別大サービスじゃ。まずは二つ目の疑問に答えてあげよう」

 

 ゴトン、と。

 裏切り爺の身体から何かが落ちる。

 固くて重い感じの何かだ。

 それが落ちた瞬間、裏切り爺の魔力反応が感知できるようになった。

 

「『魔封じの鎖』。君達も知っておるじゃろうが、罪人となった魔術師を縛り付けておく為の拘束具じゃよ。使い方次第では、こうして魔力反応を隠す事ができる。年寄りの知恵と思うて覚えておくといい」

 

 そう言って、裏切り爺は朗らかに笑った。

 不気味だ。

 

 ……それにしても、魔封じの鎖、か。

 あれは私もよく知ってる。

 つい最近も、エロ猫さんを縛ってるやつを見た。

 でも、あれは縛り付けた対象の魔力を封じる物であって、決して魔力反応を隠す為の物じゃない筈だ。

 しかも、普通は牢屋とセットで複雑な術式を使わないと発動しない魔道具だから、こんな風に持ち歩ける物でもない。

 それが発想の転換でこうなるのか。

 多分、というか確実に、普通の魔封じの鎖じゃなくて、改造を施した特別製なんだろう。

 考えてみれば、魔導兵器(マギア)なんて画期的な発明をしたのも、それを開発して実用化にこぎ着けたのもこいつだ。

 その知力があれば、この程度の事は訳ないのかもしれない。

 癪だけど、本当に癪だけど、さすがは『賢人将』の名を持つ老獪と言ったところか。

 やってくれる。

 

 でも、

 

「……なんの真似ですか? そんな代物を持っておきながら奇襲するでもなく、聞いてもいない情報をペラペラと。ボケましたか?」

 

 こいつの行動は不可解に過ぎる。

 今の情報、軽く喋ってたけど、かなり有効な手札だ。

 私達が裏をかかれたように、知られていなければより一層猛威を振るう。

 私にとっての超小型アイスゴーレムみたいな、自分達だけのアドバンテージ。

 それをあっさり投げ捨てるとか、どうかしてるとしか思えない。

 不気味だ。

 

「ホッホッホ。別にボケてはおらんよセレナ殿。儂は儂なりに考えてこうしておる。こうして、今ここに居る事も含めてな」

「領民を見捨て、狂気の国に逃げ延びる程に堕ちた事も含めてですか?」

「無論じゃとも。民を見捨てたのも、この国を利用せんとしたのも全て儂の意思であり、儂の独断じゃ。その汚名は甘んじて一人で受けよう。()()()()()()()()()()()、プロキオン・エメラルドは後生にまで語られる程の悪逆の徒となる。その覚悟はとうに決めておる」

 

 そう語りながら、爺は懐に手を入れ、そこからある物を取り出した。

 鎖で縛られた小さな箱だ。

 爺は鎖を外し、箱を開け、中にあった物をその手に掴んだ。

 その瞬間、━━私の背筋に戦慄が走る。

 

「あ、あなた、まさか!?」

「全てはリヒト様の為。リヒト様が目指し、儂が、儂らが夢見て追い続けた理想の国の為。その為ならば、この老いぼれの名誉も、命も、喜んで礎として捧げようぞ!」

「させない! 『氷砲弾(アイスキャノン)』!」

 

 それをなんとしても阻止するべく、私は発動の早い氷砲弾(アイスキャノン)で裏切り爺を撃った。

 しかし、裏切り爺の持つ杖から植物の蔦が飛び出し、氷の砲弾を弾く。

 植物使いのくせに、地面がなくても戦えるとか反則じゃない!?

 

「レグルスさん! プルートさん! あの人にあれを使わせないでください! 大変な事になります!」

「よくわからんがわかった! 『火炎剣(フレイムソード)』!」

「言われずともです! 『水切断(ウォーターカッター)』!」

 

 レグルスの炎が植物を焼き、私の氷が新しく生み出された植物を弾き、プルートの水が裏切り爺の手に持ったブツを狙う。

 しかし、さすがにとても簡単なその動作を阻害する事はできなかった。

 

「後は任せましたぞ、アルバ様……」

 

 そして、裏切り爺は、とても穏やかな顔で、首筋にそれを刺した。

 気色の悪い液体が入った注射器を。

 さっき私が感知したのと同じ魔力反応を持つそれが、裏切り爺の体内に注入されていく。

 次の瞬間、裏切り爺の身体に明確な変化が起きた。

 

「ぬぉォオオオオオッ!!! オオオオオッ!!!」

 

 絶叫と共に身体の色が緑に変わり、肌が樹皮のようになり、そして身体の大きさ自体が急速に膨れ上がっていく。

 大きく、大きく、大きく、どこまでも大きく。

 裏切り爺は巨大な植物となって、謁見の間を軽く突き抜け、空の彼方に伸びていく。

 その勢いに押されて足下に転がってきた物を反射的にキャッチした私は、これまた反射的に叫んでいた。

 

「て、撤退します! とりあえず外に出ましょう! ここに居たら押し潰されます!」

「意義なし!」

「当たり前です!」

 

 満場一致の判断で謁見の間の壁を突き破り、外へと出る。

 目指した場所は、連れて来た騎士達と鳥型アイスゴーレムを置いて来た場所。

 とりあえず、合流だ!

 

「セ、セ、セレナ様! あ、あ、アレなんですか!?」

「プロキオン様です! あろう事か自分自身に魔獣因子を打ち込みました!」

 

 どもりながら問い掛けてきたマルジェラに、私は怒鳴るように返答した。

 それくらい、私の胸中は荒れている。

 あの爺!

 まさかの凶行に出やがった!

 さっきの注射器に入ってた液体は、さっき城の地下で感知した別格の魔獣因子と同等の魔力を放ってた。

 つまり、六鬼将でも使えば命の保証がない大博打だ。

 ましてや、裏切り爺が帝国を出た時期的に考えて、人体改造なんてやる暇はなかった筈。

 人体改造なしであれだけの魔獣因子を打ち込むなんて自殺行為にも程がある。

 たとえ、万が一適合できたとしても、確実に理性は吹き飛ぶ筈だ。

 確かに、これくらいやらないと帝国対革命軍の傾き切った盤面をひっくり返す事はできないだろうけど、その後どうする気だし!?

 要の裏切り爺が居なくちゃ、帝国を倒した後の統治もままならないでしょうに!

 

 でも、そう思うのと同時に、私はどこか納得していた。

 私が見落としてたのはこれだったんだ。

 すなわち、━━追い詰められた奴は何やるかわからない。

 

「━━━━━━━━━━━━━━」

 

 私の荒れる内心をよそに、裏切り爺の変化は止まらない。

 もはや声帯も失ったのか、声なき声を上げながら巨大化を続ける。

 全長は雲を突き抜け、巨大な枝を幾重にも生やし、幹は太くなり続けて、ガルシア獣王国の城を容易く飲み込んだ。

 城に突入してた騎士やワルキューレは、私達と同じく異常を察知して戻ってきたけど、少し数が足りない。

 多分、残りは魔獣兵と一緒に、あの幹に飲み込まれて果てたんだろう。

 変化するだけで精鋭達を容易く殺す。

 これはもう魔獣とかそういうスケールじゃない。

 ただの化け物だ。

 

 そして、最初の変化から一分としない内に変化は止まった。

 裏切りの爺の成れの果て。

 その姿を一言で表すなら、超巨大な『木』だ。

 全長は富士山を越えて雲に届き、伸び広がった枝で空が見えない。

 これ、本当に魔獣兵?

 私の目には自然物にしか見えない。

 

「ワールドトレント……!」

「え?」

 

 その時、プルートがポツリとそんな事を呟いた。

 ワールドトレント?

 

「プルート、なんだそりゃ?」

「別名『世界樹』と呼ばれる世界最大の魔獣ですよ。僕も書物でしかその存在を知りませんが、特徴は一致しています。恐らくプロキオン様が取り込んだ魔獣因子はそれでしょう」

 

 そ、そうなんだ。

 世界にはそんな化け物が居たんだ。

 知らなかった。

 世界は広い。

 

「プルートさん、そのワールドトレントってどういう魔獣なんですか?」

「基本的には、ただそこにあるだけの魔獣だそうです。魔獣という分類も、魔力を使わねば傷付かない程の尋常ならざる頑強さと、体内に持つ膨大な魔力を考慮されているだけであり、動きもせず、意思も持たぬ、ただ巨大なだけの樹木……の筈なんですが」

 

 プルートがそこまで言った瞬間、裏切り爺ことワールドトレントから膨大な魔力の波動が放たれた。

 無属性魔術に近い感じの力だ。

 それが小雨を降らせていた分厚い雲を吹き飛ばし、ガルシア獣王国首都の街並みを破壊し、その存在感を周囲に知らしめる。

 普通に動いた。

 

「……魔獣兵となると違うようですね。プロキオン様の意識が辛うじて残っているのか、それとも他の理由かはわかりませんが、あれは明確な敵だと思った方がよさそうです」

「みてぇだな!」

 

 プルートの解説を聞き、レグルスが大剣を構える。

 他の全員も戦闘態勢に入った。

 ワールドトレントから感じる魔力量は、元の裏切り爺の比ではない。

 元の裏切り爺ですら私より格上だったんだから、その進化系であるワールドトレントが弱い訳ないだろう。

 撤退も視野に入れて最大限の警戒をしないと。

 

 しかし、そんな私の思考を嘲笑うように、ワールドトレントが枝に絡み付いた蔦を伸ばし、それを高速で振るった。

 

 たったの蔦一本。

 小手先どころか、指一本分にも満たないだろう軽い攻撃。

 それですら、━━目で追うのがやっとだった。

 甘かった。

 私の認識はどこまでも甘かったのだ。

 ワールドトレントの力は、私の想像を遥かに超えていた。

 

 そして、ワールドトレントの蔦による一撃が、撤退用の鳥型アイスゴーレムに叩きつけられた。



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68 世界樹の脅威

「なっ!?」

 

 ワールドトレントの攻撃で、鳥型アイスゴーレムが破損する。

 あり得ない。

 あれは空中戦も想定してかなり頑丈に作ったのだ。

 それこそ、アルバの全力攻撃でも何発かは耐えられるだろう強度があった。

 断じて、あんな牽制とも呼べない軽めのジャブで砕けるような物じゃない。

 あり得ない。

 つまりは、そういう事だ。

 あの化け物植物は、ワールドトレントは、あり得ないくらい強い。

 

「総員攻撃!」

 

 私は咄嗟に叫んで指示を出した。

 鳥型アイスゴーレムがやられた以上、全員での撤退はキツイ。

 いや、そもそもあんな簡単に壊された以上、最初からあれに乗って逃げるのは無理だったんだろう。

 なら、ここでワールドトレントをへし折って勝つしか私達の生きる道はない。

 勝つか、死ぬかだ。

 

「『氷結光最大出力(フリージングブラスト・ライジング)』!」

「『大火炎斬(イフリートスラッシュ)』!」

「『海神槍(ポセイドンランス)』!」

 

 六鬼将三人の大技に続き、マルジェラをはじめとした騎士達とワルキューレ数体の一斉攻撃がワールドトレントに炸裂する。

 的が大きいから全弾命中だ。

 どんなノーコンだって、こんな大きな的外せるか。

 その絶え間ない連続攻撃で、ワールドトレントの表面がガリガリと削れていく。

 いける。

 倒せる。

 あれは決して無敵の化け物じゃない!

 

「━━━━━━━━━━━」

 

 私が勝ち目を見出だした瞬間、ワールドトレントに動きがあった。

 ガサリという葉の擦れ合うような音が聞こえ、次の瞬間には上空から無数の刃が降ってきた。

 その正体は、ワールドトレントの葉っぱだ。

 まるで刃のように鋭利な無数の葉っぱが、弾丸の雨のように私達に降り注ぐ。

 葉っぱカッターか!?

 

「ぎゃ!?」

「ぐはっ!?」

 

 それに切り裂かれ、何人かの騎士が負傷、もしくは絶命する。

 残りも葉っぱカッターを防ぐ為に、攻撃に使っていた魔術を防御に回さざるを得なくなった。

 そして、攻撃が止んだ途端、ワールドトレントは負傷を回復し始める。

 回復魔術じゃない。

 新しく生えてきた植物が、抉れていた幹を覆い隠してしまったのだ。

 そうして、外見はすっかり元通り。

 内部にはダメージが残ってるかもしれないけど、あんまり期待はできないだろう。

 どうやら、こいつを倒すのにチマチマとダメージを与える戦法は有効じゃないらしい。

 やるなら、回復する暇もない連続攻撃か、回復できない程の大ダメージを一撃で与えるしかない。

 だったら!

 

「皆さん! 少し時間を稼いでください!」

「おうよ!」

「任されました!」

 

 私は一旦魔術の発動を止め、大技の準備をする。

 その隙を他の騎士、とりわけレグルスとプルートの二人がカバーしてくれた。

 炎が私に降り注ぐ葉っぱカッターを焼き尽くし、水の壁が威力を殺す。

 その間に、私は手札の中で最も強力な魔術の発動準備を進めた。

 

 選んだ魔術は、氷属性最上級魔術『絶対零度(アブソリュートゼロ)』。

 防御不能の一撃必殺技。

 最近は防がれたり不発にさせられたりする事が多くて良いところがなかったけど、元六鬼将グレゴールを一撃で葬り、アルバの右腕と右眼を奪ったこの技の威力は健在だ。

 

 でも、それをただ撃っただけじゃこの化け物は倒せないだろう。

 単純に、ワールドトレントがデカすぎて絶対零度(アブソリュートゼロ)の凍結範囲が足りない。

 ついでに、太すぎて芯まで凍ってくれるような気もしない。

 だから、いつもより多く魔力を使って、いつもより長く時間をかけて、魔術の出力自体を上昇させる。

 その為の時間は頼れる先輩達が稼いでくれる。

 私は本来、純後衛職の魔術師だ。

 一人よりも、頼れる味方と一緒に戦ってる時が一番強い。

 

 そして、たっぷり10秒間はあった無防備な時間を耐えきり、私の魔術が完成した。

 

「『絶対零度(アブソリュートゼロ)』!」

 

 普段より強い。

 普段より広い。

 普段より速い。

 正真正銘、今の私にできる最強の魔術がワールドトレントに牙を剥く。

 さっきも言ったけど、相手はデカすぎる的だ。

 故に、避けられる事は絶対にない。

 

 ワールドトレントの巨体の全てが、絶対零度の氷の中に閉じ込められた。

 

「や、やりましたか!?」

「ちょ!?」

 

 マルジェラ!?

 それフラグ!

 

「━━━━━━━━━━━━━━!!」

 

 どもり病の快楽殺人鬼が立てたフラグを綺麗に回収するように、ワールドトレントからとてつもない衝撃波が放たれた。

 さっき雲と街を吹き飛ばしたのと同じ技だ。

 だけど、その威力が違う。

 さっきのが軽い身じろぎだとすれば、今回のは全力で身をよじってる感じだ。

 感情なんて残ってるのかわからないけど、その動きには裏切り爺の確かな焦りを感じた。

 

 そして、超ド級の魔獣であるワールドトレントの足掻きは、矮小な人間に過ぎない私の魔術など容易く粉砕する。

 

 その衝撃波一発で氷が砕け、当たり前のように化け物が復活してしまった。

 さすがに、無傷ではない。

 冷気に侵食された部分は砕け、大きさは一回りも二回りも小さくなってる。

 細い枝や薄い葉っぱに至っては全滅だ。

 ワールドトレントは、瑞々しい生命力溢れる巨木から、一気に枯れ木のような状態にまで弱体化している。

 

 でも、そんな致命的と思えるダメージですら、この化け物は即座に回復し始めた。

 身体中から新たな枝を伸ばし、それが螺旋状に本体を覆って元の大きさに戻ろうとする。

 このままじゃ、完全回復まで30秒もかからないだろう。

 タフネスの化身とすら思えた獣王ですら比較にならない、圧倒的な生命力。

 この化け物!

 

「総攻撃! なんとしても回復される前にトドメを刺します!」

「当然だ! 焼き尽くして地獄に送ってやる!」

「おとなしく死んでほしいものですね!」

 

 再び、私達の連続攻撃がワールドトレントを襲う。

 意地でもここで殺し切ってやるという、殺意に満ちた魔術の嵐。

 それを食らって、ワールドトレントの身体は抉れ、削げ落ちていく。

 外殻の樹皮を失って防御力が落ちてるんだと思う。

 向こうの回復より、与えるダメージの方が大きい。

 これなら!

 

「━━━━━━━━━━━━━!!!」

 

 ワールドトレントから、さっきよりも焦ってるような思念を感じた。

 次の瞬間、ワールドトレントの動きが変わる。

 今までのような本体を回復させるような動きを止め、代わりに幾重にも別れた太い枝を上に向かって伸ばす。

 その数、9つ。

 そしてその枝は、一本一本が巨大な龍の姿をしていた。

 まるで多頭龍、ヒドラを無理矢理再現したかのような歪な姿。

 しかも、龍の頭の枝一本ですら、獣王の何倍も大きい。

 それ反則じゃない!?

 

「━━━━━━━━━━━━━!!」

 

 9つの龍の口全てに魔力の光が宿る。

 ドラゴンの代名詞、ブレスだ。

 偽物のくせにブレスまで使うのか!?

 と思ったけど、よく見たらあれ無属性魔術の魔弾だ。

 量産型魔導兵器(マギア)に搭載されてた最弱の魔術。

 でも、規模が違う。

 籠められた魔力量が違う。

 巨大な龍の口から放たれる魔弾は、本物のドラゴンに決して劣らない威力を有していると嫌でもわかった。

 

 そんな9つの擬似ブレスが私達目掛けて放たれる。

 凄まじい威力。

 凄まじい効果範囲。

 範囲が広すぎて避けきれない。

 破壊力に関しては、確実に私の絶対零度(アブソリュートゼロ)を超えてる。

 冗談じゃなかった。

 

「迎撃! 迎撃してください! 『氷結光最大出力(フリージングブラスト・ライジング)』!」

「『極炎大砲(インフェルノブラスター)』!」

「『水神砲撃(アトランティスショット)』!」

 

 それぞれが、最も迎撃に適していると判断した超火力技をブッパした。

 威力は……ここまでやって、やっと互角。

 上からの擬似ブレスと、下からの私達の攻撃。

 二つの大魔術が相殺し合い、周囲にとんでもない爆風が吹き荒れた。

 

 しかも、それだけじゃ終わらない。

 今度は地面の下から大量の植物が生えてきた。

 根っこか!

 一本で城を叩き潰せそうな規格外の大きさを持つワールドトレントの根っこ。

 それが何本も現れて鞭のようにしなり、まるで巨人の足踏みのように私達を踏み潰さんと振るわれる。

 上からは擬似ブレスの雨。

 下からは根っこによる地獄の物理攻撃。

 悪夢のような挟み撃ちで部隊は分断され、騎士達がガンガン死んでいく。

 

 マズイ。

 人数が減れば、それだけ対抗手段が削がれ、一斉攻撃の火力も落ちる。

 特に火力不足は本気でヤバイ。

 このまま人数が減り続けたら、有効な攻撃を食らわせる事すらできなくなる。

 おまけに、こうして踊らされる間にも、ワールドトレントはガンガン回復してるんだ。

 私達からの攻撃が減ったせいで、攻撃に割いてたリソースを回復にも回せる余裕を与えてしまった。

 下手したら、あと1分もしない内に奴は元に戻る。

 ヤバイ。

 焦る。

 そして、焦れば動きも悪くなる。

 まだ若く、騎士としてそこまで多くの修羅場を経験してない私に取って、その焦りは決して無視できない不調だ。

 

 そして、上から降ってきたブレスの一つが、私への直撃コースを辿った。

 焦った私は、それに対処できない。

 

「しまっ……!?」

「オラァ! 『爆炎剣(バーンソード)』!」

 

 しかし、そのブレスはレグルスが防いでくれた。

 爆発する剣でブレスを相殺する。

 だが、今度は横からの根っこによる攻撃が迫る。

 そのタイミングはブレスとほぼ同時。

 つまり、これも対処不能だ。

 

「『水龍撃(アクアドラゴ)』!」

 

 その必中の攻撃を、今度はプルートに助けられた。

 水で出来た巨大な龍が根っこに体当たりし、その軌道を私から逸らす。

 そこまでやって逸らすのが限界というのが怖いけど、とにかく助かった。

 そして、助けてくれた先輩二人が私の側に集結する。

 

「セレナ! ボサッとすんじゃねぇ! お前はこの中で一番序列が高いんだろうが! だったら焦る前に動け! そして考えろ! 勝つ為の方法を!」

 

 レグルスが炎剣を振り回しながら私に説教する。

 脳筋のくせに、いや脳筋だからこその、真っ直ぐな正論だった。

 

「珍しく真っ当な事を言った脳筋の言う通りです。どんな窮地でも考える事を止めてはいけません。僕達が支えます。だから一緒に考えましょう。この窮地を脱する方法を」

 

 プルートもまた、諭すような事を私に言う。

 それは随分懐かしく感じる、久しぶりのプルートによる授業だった。

 二人の言葉を受けて、頼れる先輩二人の背中を見て、焦りが収まっていくのを感じる。

 頭が冷えていくのを感じる。

 まだ平静とは言えないし、ベストコンディションからは程遠い。

 絶望的な状況もそのままだ。

 だけど、今ならさっきより上手く戦える。

 そんな気がした。

 

「……レグルスさん、プルートさん、聞いてください。作戦があります」

 

 私の頭に浮かんだそれは、作戦とも言えないシンプルな戦法。

 しかも博打だし、半分くらい他力本願だし、成功率も決して高くない。

 それでも、やる価値はあると思った。

 二人の協力があれば。

 

「言ってみろ!」

「言ってみなさい」

 

 普段は喧嘩ばかりの二人が、こんな時だけは息ピッタリに声を揃えてそう言った。

 喧嘩する程仲が良い。

 なんだかんだで、二人はお互いが一番の戦友なんだろうなと思うと、なんとも頼もしく感じた。

 そんな事を思いながら、私は二人に作戦を告げる。

 とんだ大博打としか言えない作戦を。



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69 巨木をへし折れ

「ハッ! おもしれぇ! 成功したらカッコいいじゃねぇか!」

「博打ですね……ですが、この状況ではそれに頼るのも致し方なし。僕も乗りますよ」

「……ありがとうございます」

 

 ワールドトレントの猛攻をなんとか凌ぎながら語った私の作戦に、二人は迷う事なく命を預けてくれた。

 凄くありがたい。

 その信頼には何がなんでも答える。

 

「『浮遊氷球(アイスビット)』!」

 

 さあ、作戦開始だ。

 まずは、自律式アイスゴーレムである球体アイスゴーレムに分厚い氷を纏わせる。

 普段は盾として使うこの機能。

 でも、ワールドトレント相手だと、この程度の盾はあんまり意味がない。

 あの規格外サイズの攻撃を、こんなちっぽけな盾で止められる訳ないでしょ。

 だから、今回は盾じゃなくて足場として使う。

 

 四つの内三つの球体アイスゴーレムに、人一人がある程度動けるくらいの広さを持った円盤みたいな氷を纏わせ、私達三人はそれに飛び乗った。

 狙いは空中戦。

 これで、とりあえず根っこの脅威からは遠ざかれる筈だ。

 今回の作戦は、いかにして向こうの攻撃を耐えきり、私の魔術の発動に集中できるかが肝。

 その為には、何がなんでも避けなきゃいけない上に、地面に叩きつけただけで地震を起こして行動阻害してくるような根っこ攻撃の相手なんてしてられない。

 まだ空中に逃れて他の脅威に晒される方がマシな筈だ。

 

 そして、今回は私も氷翼(アイスウィング)を使わず、二人と同じように足場を使う。

 理由は、他の魔術の発動に集中する為だ。

 氷翼(アイスウィング)は地味にそこそこ高度な魔術なので、それなりに集中力を持っていかれるから。

 少なくとも、氷翼(アイスウィング)発動中に最上級魔術の発動とかは絶対に無理。

 その点、球体アイスゴーレムの足場は自律式で勝手に動いてくれるので、私が頭使う必要がない。

 

 更に、生き残っていたワルキューレを召集。

 ワルキューレには氷翼(アイスウィング)が標準装備されてて飛べるから、空中戦での戦力にはなるだろう。

 

 これにて準備は完了した。

 後は、死ぬ気で頑張るだけだ。

 

「二人とも! お願いします!」

「任せとけ!」

「任せなさい!」

 

 私は二人に全ての防御と迎撃を任せ、魔術の発動準備に入った。

 今から使うのは、最上級魔術『絶対零度(アブソリュートゼロ)』を更に超える魔術だ。

 でも、そんな魔術はこの世界に存在しなかった。

 どんな魔導書にも書かれてないし、ゲーム知識にも存在しない。

 だから、これは自律式アイスゴーレムと同じ、私のオリジナル魔術だ。

 絶対零度(アブソリュートゼロ)がアルバに防がれた後、更なる火力を求めて開発した魔術。

 

 でも正直、これは実戦向きじゃない。

 作ってみたはいいものの、発動は絶対零度(アブソリュートゼロ)の何倍も難しく、発動準備に集中して動けなくなる時間は、何事もなくても1分を超えてしまう。

 効果範囲も狭いし、避けられる可能性も高い。

 やたら高いのは威力だけ。

 ぶっちゃけ、こんな状況でもなければ、失敗作として永遠にお蔵入りする予定だったネタ魔術だ。

 だけど、今はそれに命運を賭けるしかない!

 

「━━━━━━━━━━━━━━━!」

 

 しかし当然、敵がそれを黙って見ててくれる訳もなし。

 魔術というものは、発動しようとすれば周囲に魔力を撒き散らすものだ。

 その時に撒き散らかされる魔力は、魔力感知を使えない奴でも容易に察知できる。

 なんなら、魔力を持たない平民にすら「なんかヤバイ」って感じで察知されるくらいバレバレだ。

 これから殴られるとわかってて、防ぎも避けも反撃もしないバカはいない。

 

 ワールドトレントの上方、龍の口から9つの擬似ブレスが発射される。

 

「『炎の渦(ストロムフレア)』!」

「『渦潮(スパイラル)』!」

 

 それをレグルスとプルートの魔術が防ぐ。

 この擬似ブレス一斉掃射は、さっき全員の魔術を合わせてやっと相殺できたものだ。

 当然、二人だけじゃ防ぎきれない。

 だからこそ、二人は力を合わせて受け流した。

 

 炎の渦が右回転。

 水の渦が左回転。

 本来なら水と油並みに相容れない筈の二つの属性が協力し合い、二つの回転で擬似ブレスの軌道を逸らす。

 何気に凄い連携魔術だった。

 

「━━━━━━━━━━━━━━━━━!」

 

 だけど、それだけでは終わらない。

 次は、ワールドトレントの身体中から蔦が伸び、それが大量の鞭となって四方八方から襲いかかってきた。

 その数は百や二百じゃ利かない。

 千にも届こうかという数の暴力だ。

 

「プルート! お前は下なんとかしろ!」

「では、あなたは上をなんとかしなさい!」

「『大火炎斬(イフリートスラッシュ)』!」

「『海王刃(ネプチューンスラスト)』!」

 

 それに対して、二人はまたしても鏡合わせのような魔術の発動で迎撃した。

 炎の刃が上からの蔦を焼き切り、水の刃が下からの蔦を断ち切る。

 だけど、

 

「チッ! やっぱ斬るんじゃ効果薄いか!」

 

 切られた蔦は先端を失って空振ったけど、すぐに切られた分の長さを補充するかのように伸びて、再び攻撃を加えてきた。

 やっぱり、レグルスとプルートの魔術だと、ワールドトレント相手に相性が悪い!

 レグルスの炎は属性的な相性こそ良いけど、本人が基本近距離タイプの剣士だから、この規格外サイズを迎撃できる大規模魔術が苦手だ。

 逆に、プルートは大規模魔術こそ得意だけど、属性的な相性が悪い。

 それでも、二人の奮戦によって時間は稼げてる。

 私の魔術発動まで、あと数十秒。

 なんとか耐えてくれ!

 

「もう一回やるぞ!」

「ええ!」

 

 再び、炎の刃と水の刃が蔦を切り払う。

 でも、向こうもこっちの対処を学習してるのか、今度は普通の蔦の後ろから時間差で蔦の塊みたいな槍を繰り出してきた。

 二人は大規模魔術の発動直後で対応できない。

 

「しまっ……!?」

 

 でも、その蔦の槍を防いでくれた存在がいた。

 ワルキューレだ。

 一体のワルキューレが蔦の槍を盾で受け止め、受け止めきれずに破損しながらも槍の軌道を逸らす。

 そして、残りのワルキューレが総掛かりで『氷獄吹雪(ブリザードストーム)』を放ち、槍ごと全ての蔦を凍結した。

 

「おお! よくやった!」

 

 レグルスが歓声を上げたけど、あれじゃまだ足りない。

 ワールドトレントは凍った蔦に見切りをつけて即座に切り離し、また新しい蔦を繰り出そうとしてくる。

 しかも、今度は上から龍の頭の一つが降ってきた。

 残りの頭はブレスの発射態勢に入ってる。

 波状攻撃だ。

 受けきれない!

 

「ヤベッ!?」

「くっ!?」

 

 二人も必死に魔術で迎撃し、ワルキューレも頑張るけど、それでも足りない。

 ワルキューレの魔術で蔦を、二人の魔術で龍の頭を破壊できた。

 だけど、残りのブレスへの対抗手段が残ってない。

 最後の球体アイスゴーレムが分厚い氷の盾を出して衝撃に備えるけど、果たしてどこまで効果があるか。

 万事休すかもしれない……!

 

「セ、セ、セレナ様達を守ります! そ、そ、総攻撃してください!」

 

 その時、下の方から見知ったどもり症の声が聞こえた。

 次の瞬間には、下の方から放たれた多くの魔術が放たれたブレスとぶつかり、その威力を削ってくれる。

 相殺とまではいかなかったけど、おかげで球体アイスゴーレムの盾で防ぐ事ができた。

 そのせいで球体アイスゴーレムは砕けたけど、そんなのは安い。

 

 それより今の魔術攻撃、マルジェラか!

 どうやら、私達が離脱した後に下の騎士達を纏めて援護の機会を伺っててくれたらしい。

 あのコミュ障が頑張ってくれた!

 ありがとう!

 

 そして、こっちもようやく完成だ!

 間に合った!

 

「お待たせしました! 完成です!」

「ようやくか! ぶちかませぇ!」

「やりなさいセレナ!」

「はい!」

 

 言われるまでもない!

 私は両手の先に集中させた魔力を解き放つ。

 食らえ!

 これが正真正銘、私の最大火力だぁ!

 

 

「『氷神光(メビウスブラスター)』!」

 

 

 この魔術の仕組み自体は簡単だ。

 『氷結光(フリージングブラスト)』と何も変わらない。

 氷結光(フリージングブラスト)が上級魔術『氷獄吹雪(ブリザードストーム)』を圧縮して放つのに対して、この技は最上級魔術『絶対零度(アブソリュートゼロ)』を圧縮して放つというだけ。

 ただし、その僅かな差で威力は桁違いだ。

 上級魔術と最上級魔術じゃ格が違う。

 ロケットランチャーとミサイルくらい違う。

 氷結光(フリージングブラスト)は、本来よりも多大な魔力を使って、更に四つの球体アイスゴーレムという後付けの発射口を加えて最大出力にする事で、ようやく絶対零度(アブソリュートゼロ)に近い威力を発揮できるようになる。

 言うなればそれは、ロケットランチャーを何発も同時に一ヶ所に向けて放つ事で、無理矢理ミサイル並みの火力を再現してるようなものだ。

 その例えになぞらえるなら、今回の魔術はミサイルの一点集中攻撃で核ミサイル並みの火力を再現するようなもの。

 

 まともに当たれば皇帝をも殺せるかもしれない超必殺技。

 そんな絶対零度の光が、ワールドトレントの巨体を横一文字に薙いだ。

 

「━━━━━━━━━━━━━━━!!?」

 

 氷神光(メビウスブラスター)の当たった場所は、ワールドトレントの太い幹を完全に芯まで凍らせ、砕いた。

 巨木はその部分からへし折れ、ワールドトレントの巨体が傾く。

 断面が凍ってるからくっつける事もできない。

 

 なのに、

 

「━━━━━━━━━━━━━━━!!!」

 

 ワールドトレントはまだ生きていた。

 折れて倒れゆく上半分では龍の口が開き、またしても擬似ブレスを放とうとしてる。

 下半分では断面以外の場所が蠢き、新しい身体を作ろうとしていた。

 化け物め。

 あの皇帝だって身体を真っ二つにしたら死ぬだろうに、当たり前のように再生を始めるとか。

 不死身か。

 

 でもね、

 

「そうなると思ったよ」

「『炎龍撃(ファイアドラゴ)』!」

「『水龍撃(アクアドラゴ)』!」

 

 私の呟きに合わせるように、レグルスとプルートが新たな魔術を放った。

 炎と水の二つの龍。

 炎の龍がワールドトレントの上半分に、水の龍が下半分に絡み付き、攻撃を封じ込めて再生を妨げる。

 そうして稼いだ数秒の隙を使って、私は更なる魔術を発動した。

 

「『絶対零度(アブソリュートゼロ)』!」

「━━━━━━━━━━━━━━━!!!??」

 

 右手と左手。

 左右同時に放った絶対零度(アブソリュートゼロ)が、未だに再生しようとするワールドトレントの上半分と下半分を、それぞれ別々の氷の中へと閉じ込めた。

 半分になった身体で、その氷を砕く力は残ってないでしょ。

 そのまま芯まで冷えて、凍って、凍りきった時に砕け散れ、化け物め。

 

「や、や、やりましたぁ!」

『ウォオオオオオオ!!!』

 

 下からマルジェラと騎士達の歓声が聞こえた。

 でも、私はそれどころじゃない。

 最上級魔術を連打したせいで、疲労で死にそうだ。

 

「ハァ……ハァ……うっ」

「おっと」

 

 息が切れて、疲弊で倒れそうになった身体をレグルスが支えてくれた。

 助かる。

 正直、ここまで消耗したのは初めてだ。

 魔力は殆ど残ってないし、体力に至っては言うまでもない。

 仲間の力を借りた上で、全身全霊、全力の全力を振り絞ってやっとの勝利。

 ワールドトレント、いや裏切り爺。

 間違いなく今までで最強の敵だったよ。

 

「お疲れさん」

「よく頑張りましたね、セレナ」

「ありがとう、ございます……」

 

 まだ息が整わない。

 でも、ここで倒れる訳にはいかない。

 もう瓦礫しか残ってないとはいえ、ここはガルシア獣王国の首都。

 敵地のど真ん中なんだ。

 そんな所で安全確認もなしに気絶なんてできない。

 

「……どうやら、とりあえず回復が必要なようですね。『癒し(キュア)』」

「助かります……」

 

 そんな私を見かねて、プルートが体力回復の魔術をかけてくれた。

 そこまで劇的な効果がある魔術じゃないけど、それでも大分楽になったよ。

 

「さて、セレナも大丈夫そうだし、とっとと爺にトドメ刺しちまおうぜ。その後は、あの猫耳みたいなの見つけてパーティーだ!」

「いえ、それはやめておいた方がいいと思います」

「なんでだよ!?」

「当たり前でしょうが。こんな時まで性欲に溺れないでください。このケダモノ」

「なんだと!」

 

 ああ、またいつもの喧嘩が始まった。

 まあ、それはどうでもいいんだけど、私が伝えたい事はそうじゃない。

 

「いえ、レグルスさん。やめておいた方がいいのはパーティーの方ではなく、プロキオン様にトドメを刺すという方です」

「は? どういう事だ?」

 

 それはね。

 

「恐らく、今氷を砕いたら凍りきっていない部分が出てきて再生を始めてしまうでしょう。だから、しばらく待って完全に凍りついてから砕くべきだと思うんです」

「正論ですね。という訳でレグルス。あなたはプロキオン様の見張りです。性欲と体力を持て余してるあなたが適任でしょう。これを機に『待て』を覚えなさい」

「ふざけんな!」

 

 ギャーギャーと二人が喧嘩を続ける。

 すっかりいつもの光景で、なんか安心するわ。

 やっと終わったんだなって実感できる。

 ゴ◯ラを凍結封印した時の巨◯対はこんな気持ちだったのかもね。

 さて、とりあえず生き残った騎士を纏めて、今後の動き方を決めないと……

 

 

 ピシリ

 

 

 不意に、そんな音が聞こえた。

 何かがヒビ割れるような音。

 それを聞いた瞬間、ギャーギャーと騒いでいた二人がピタリと停止した。

 更に、一瞬で青ざめて、額から大量の冷や汗をかき始める。

 多分、私の顔も似たような事になってるだろう。

 

 そして、その異音が聞こえてから1秒としない内に、それは現れた。

 

「嘘だろ……!?」

 

 レグルスが思わずといった感じで呟く。

 現れたのは、枝だった。

 凍りついたワールドトレントの下半分から、氷を砕いて伸びてきた一本の細い枝。

 ただし、細いと言っても元の巨体と比べればの話だ。

 普通の木と比べれば、樹齢何百年の木よりも遥かに太くて長い。

 

 その枝が、一瞬にして形を変えた。

 先端から五本に枝分かれし、その後、全体を植物の蔦が覆っていく。

 まるで、骨を筋肉が包んでいくようだと思った。

 そうして、あっという間に、攻撃をする暇もなく、枝は新たな形へと変形してしまった。

 

 それは、巨大な腕だった。

 全長数百メートルはあるだろう、巨人の腕。

 それが拳を握り、空中にいる私達に向けて、その鉄拳を振るってくる。

 大きすぎる。

 避けられない。

 

「ッ!? 防げ!」

 

 レグルスがそう叫ぶ。

 でも、私達は既にガス欠だ。

 私にはもう、これだけの攻撃を防げる魔力が残ってない。

 レグルスもプルートも限界だろう。

 とても迎撃できるとは思えなかった。

 

 そんな状況で、迷う事なく動いてくれたのはワルキューレ達だった。

 自律式アイスゴーレムであるワルキューレ達は、我が身の犠牲すら厭わず、魔術を放ちながら植物の拳に突撃して威力を削ってくれた。

 全てのワルキューレがそうして砕け、確実に拳の威力は落ちている。

 でも、まだ足りない。

 まだあの拳には、私達を殴り殺せるだけの威力が残っている。

 

「『浮遊氷球(アイスビット)』!」

 

 私は自分達の足場にしていた球体アイスゴーレムに命令を下す。

 その瞬間、残り三つの球体アイスゴーレムは、一瞬にして足場から盾に変わった。

 代わりに足場を失ったけど、それはむしろ衝撃を逃がすという意味ではよかったのかもしれない。

 

 そして、球体アイスゴーレムの盾に拳がぶつかり、多少は威力を削ってはくれたものの盾は砕け散り、拳が私達を直撃する。

 その衝撃で私達は吹き飛ばされ、強烈な勢いで地面に叩きつけられた。



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70 絶望を前に

「カハッ!?」

 

 巨拳の一撃を食らって地面に落ち、あまりの衝撃に一瞬意識が飛んだ。

 でも、なんとか身体は無事だ。

 細かい傷はあるけど、重傷は負ってない。

 代わりに、鎧が粉々に砕けてる。

 どうやら、これがあったおかげで助かったっぽい。

 だけど、それなら私みたいに全身鎧をガッチガチに着込んでた訳じゃない二人が心配だ。

 見たところ、近くに二人の姿はない。

 かなり上空から叩き落とされたから、落ちる途中ではぐれたのかも。

 

「━━━━━━━━━━━━━━━!!」

「ッ!?」

 

 でも、二人の安否を確認する暇すらなく、ワールドトレントが追撃を放ってきた。

 拳のように纏まっていた蔦をバラけさせ、上空から無数の蔦の鞭を繰り出してくる。

 だけど、見るからにワールドトレントにも余裕がない。

 蔦の攻撃はさっきまでの根っこ攻撃とは比べ物にならない程弱いし、大きさは当初の巨体が見る影もなく縮んで、元の100分の1くらいのサイズになってる。

 せいぜい、全長30メートルくらいだ。

 それでも獣王と同じくらいデカイけど、今なら絶対零度(アブソリュートゼロ)を使うまでもなく、氷獄吹雪(ブリザードストーム)の連打でも倒せそうなくらい弱ってるように見える。

 

 なのに、今の私には、その程度の魔術を放つ為の魔力すら残ってない。

 

「『浮遊氷剣(ソードビット)』!」

 

 私は鎧の残骸を脱ぎ捨て、そこから六本の剣型アイスゴーレムを抜いて蔦を迎撃した。

 今の魔力じゃこれが精一杯だ。

 集中して身体中の魔力をかき集めたとしても、大技を放てるのは後一回が限界だろう。

 勝つ為には、その一発で仕留めないといけない。

 その為にはまず、レグルスとプルートの二人と合流しないと。

 全員ガス欠とはいえ、三人同時攻撃ならなんとか倒せる筈だ。

 あと、できれば他の騎士達も回収したい。

 彼らも大技を連打しまくって疲弊してるだろうけど、それでも私達よりは余裕がある筈。

 貴重な戦力だ。

 是非とも回収したい。

 

「う、撃ってください!」

 

 そんな事を考えていたら、なんともジャストなタイミングで、いくつかの魔術がワールドトレント目掛けて発射された。

 それを指示したと思われる聞き覚えのある声。

 そして、多くの魔術の中でも一際強力な風の魔術。

 これは!

 

「マルジェラ!」

「ご、ご無事ですか!? セ、セレナ様!」

 

 どもり症でコミュ障で、更に人を傷付けないと生きていけない精神疾患を発症してる私の部下が、実にいいタイミングで駆けつけてくれた。

 まさか向こうから合流してくれるとは。

 嬉しい誤算だ。

 

「私は無事です! そっちの被害はどうなってますか!?」

「せ、せ、戦死者及び、ふ、負傷者多数! い、今動けるのは十人ちょっとです!」

 

 十人か。

 元々の数が百人だったから、十分の一にまで減った事になる。

 でも、今はそれで充分だ。

 

「あなた達は攻撃を続行し、少しでもあの化け物を弱らせてください! トドメは私達が刺します!」

「りょ、りょ、了解!」

 

 ビシッと敬礼して、マルジェラは他の騎士に交ざって攻撃を始めた。

 その攻撃が、確実にワールドトレントを削っていく。

 効いてる。

 間違いなくこの攻撃は効いてる。

 何故なら、遂にと言うか、やっとと言うか、これだけ撃ち込んでようやくワールドトレントの回復力に陰りが見えてきたからだ。

 さっきワルキューレ達が捨て身で放った魔術のダメージも回復しきってないし、騎士達の攻撃でもドンドン身体が削れてサイズが縮んでいく。

 回復自体はしてるけど、ダメージが回復量を上回ってるんだ。

 いける。

 これなら、二人と合流しなくても私単体でトドメを……

 

 そんな希望を見出だした瞬間、突如としてワールドトレントの身体が膨れ上がった。

 

「なっ!?」

 

 そして、膨れ上がった身体から大量の、今まで以上の数の蔦を伸ばし、攻撃してくる。

 あり得ない。

 いったい、どこにそんな生命力が!?

 まさか、本当に不死身……?

 いや、そんな訳ない!

 何か! 何かカラクリがある筈!

 

「ぐぁ!?」

「クソッ!?」

 

 大量の蔦が上空から降り注ぎ、騎士の何人かを貫いて絶命させる。

 その蔦は騎士を貫いた勢いのまま地面に突き刺さった。

 あの蔦はすぐに引き抜いて、振り回して、他の対象を狙う筈だ。

 注意しないと。

 

 そう思ってたのに……何故かその蔦はずっと地面に刺さったままだった。

 いや、その蔦だけじゃない。

 よく見れば、攻撃を外して地面に刺さった蔦のいくつかはそのまま放置されてる。

 なんで?

 せっかく増やした手数を使わない理由なんてない筈……いや、待って、まさか。

 

「ハッ!」

 

 そうか、わかった。

 あの不死身っぷりと、バカげた魔力量のカラクリ。

 根っこだ。

 ワールドトレントは根っこを使って、そして今はあの蔦を根っこの代わりにして、大地から魔力を吸収してたんだ!

 

 魔力というものは人体だけに宿るものじゃない。

 魔獣の一部にも魔力を持ってる種類はいるし、自然の中にも魔力はある。

 ただし、自然界の魔力は人体や魔獣みたいな生物に宿るものと違って、かなり希薄だ。

 昔はそういう魔力を引き出して魔道具とかのエネルギーとして使おうっていう研究もあったみたいだけど、コスパがあまりにも悪すぎて取り止めになったって、学園に居た頃に読んだ本で知った。

 でも、植物その物みたいな存在と化したワールドトレントなら、大地から引き出せる魔力量も半端ないだろう。

 何せ、そういう生態の生き物なんだから。

 思い出すのは、前に見た革命軍の拠点。

 あれにも、拠点の運用に必要な最低限の量とはいえ、大地から魔力を吸い出すシステムがあった。

 あれは、あくまでも拠点に魔力を貯めるものであって、そこから自分の身体に魔力をチャージしたりできる訳じゃないから失念してた。

 

 でも、今気づけたんなら対策が打てる!

 

「『氷剣乱舞(ソード・オブ・ブリザード)』!」

 

 私は剣型アイスゴーレムを操り、そこにインプットされた動きの一つを使って、手当たり次第に地面に刺さった蔦を斬り裂いた。

 今、ワールドトレントの本体は私の絶対零度(アブソリュートゼロ)で根っこごと凍りついてる。

 動いてるのは、凍り損ねた一部だけだ。

 つまり、この蔦さえ切ってしまえば、地面との接続が切れて自前の魔力でしか回復できなくなる。

 そして、その自前の魔力は今までの攻防で尽きる寸前の筈だ。

 回復速度が落ちてたのがその証拠。

 蔦を全部切って、回復を封じて、その上でトドメを刺せば確実に葬れる。

 まだ勝ち目は残って……

 

「━━━━━━━━━━━━━━━━━!!!」

「え!?」

 

 そう思った瞬間、地面から何かが飛び出してきた。

 腕だ。

 さっきまでワールドトレントが形作ってた蔦の集合体みたいな腕とは違う、完全に木の材質で出来た腕。

 それが地面から突き出して、まるで墓場からゾンビが出てこようとしてるみたいな状態になってる。

 そして、その腕が勢いよく地面に叩きつけられた。

 ちようど、掌に潰される位置にいた私を狙って。

 

「くっ!?」

 

 身体強化を全開にしてなんとか避けたけど、木の腕による攻撃は終わらない。

 今度は叩きつけた腕を横向きに薙ぎ、その掌で地面を抉りながら、やっとの思いで避けた私を再度狙ってきた。

 無理矢理の回避行動で体勢の崩れてた私に、これは避けられない。

 魔力もほぼ空で、氷剣は蔦を切る為に遠くへ飛ばしてしまった。

 防ぐ手段すらない。

 

「セレナ様!」

「あ……」

 

 せめて少しでもダメージを軽くしようとガードを固めた私の身体を、近くに居たマルジェラが強く押した。

 そのおかげで私は腕の攻撃範囲から逃れ、九死に一生を得た。

 

 代わりに、マルジェラが腕による薙ぎ払いの餌食となり、強烈な打撃を受けて死んだ。

 

「マルジェラ……!」

 

 マルジェラが、死んだ。

 人の絶望した顔が大好きで、人を痛めつけるのが大好きという度しがたく精神疾患に似た性癖を持ってたけど、それを決して味方や無辜の民に向ける事なく、性癖以外はどもり症くらいしか欠点のなかった優秀な騎士が。

 直属部隊の中では一、二を争うくらい真面目で、それなりに仲の良かった部下が、死んだ。

 

 でも、悲しんでる暇はない。

 ここは戦場。

 親しい人だけ死なないなんて、そんな事はあり得ない。

 敵を殺し、味方も殺され、その屍を踏み越えていった先にしか道のない地獄。

 それが私の居る場所だ。

 

 そして、私のピンチはまだ終わっていない。

 

「━━━━━━━━━━━━━━━━!!!」

「くっ!?」

 

 今度はもう一本の腕が私の真下から伸びて来た。

 横に転がって避け、追撃の薙ぎ払いはマルジェラが稼いでくれた時間で呼び戻した氷剣を突撃させて軌道を逸らした。

 その隙に氷翼(アイスウィング)を展開し、空中へと逃れる。

 

 でも、そう簡単に逃がしてはくれなかった。

 未だに上空に存在するワールドトレント本体から大量の蔦の鞭を放ち、地面にある二つの腕も枝を伸ばし、上下からの挟み撃ちで私を狙ってくる。

 速度は出ても小回りの利かない氷翼(アイスウィング)では避けきれない。

 六本の氷剣に衛星のように自分の周りを回らせて迎撃したけど、手数が違い過ぎた。

 六本の氷剣で、百を優に超える蔦と枝を防ぎきれる訳もない。

 

 氷剣の防御を抜けた攻撃が、氷翼(アイスウィング)を砕き、私の脇腹を貫いた。

 

「痛ッ!?」

 

 凄まじい痛みが脇腹から伝わってくる。

 傷もヤバイけど、そっちは回復魔術で治せるだろう。

 本当にヤバイのは今の状況だ。

 脇腹を貫いた蔦はすぐに氷剣で切り離して、氷翼(アイスウィング)も修復したけど、一瞬でも捕まったせいで動きが止まってしまった。

 その隙を見逃さず、地面にあった巨大な腕が、私を握り潰そうと迫り来る。

 避けようとしたけど、避けきれなかった。

 

 腕の指先が、私の両足を掴んで握り潰す。

 

「あああああ!?」

 

 肉が潰れ、骨が砕ける感触と、凄まじい激痛に思わず悲鳴を上げてしまった。

 だけど、痛がってる暇すらない。

 腕に捕まり、完全に動きが止まった今の私は格好の餌食だ。

 一秒でも無駄にしたら、次の瞬間には全ての攻撃を食らって圧殺されるだろう。

 止まる訳にはいかない。

 早く抜け出ないと!

 

「うっ!」

 

 私は覚悟を決め、氷剣で両足を切り離して脱出する。

 傷口を回復魔術で治し、更に即席で氷の義足を作る。

 失った足は二度と戻らない。

 でも、これで被害は最小限にできた筈だ。

 

「━━━━━━━━━━━━━━!!!」

 

 そうして抜け出した私を、ワールドトレントは執拗に狙ってきた。

 またしても蔦を振るい、枝を伸ばす。

 ……このままじゃラチが明かない。

 さっきより距離を取ったおかげでギリギリ回避は成立するけど、それだっていつまた捕まるかわかったもんじゃないし、こうやって逃げ回ってるだけでも確実に魔力は消費していくんだ。

 しかも、こうしてる間にも向こうは徐々に回復していってる。

 さすがに元の大きさに戻るまでには数日単位の時間がかかるだろうけど、今だって上空の本体と地表の腕二本を合わせたら結構なサイズだ。

 それがドンドン太く長くなってる。

 このままだと、こっちは大技を撃つ為の魔力も失って、向こうは大技でも仕留められないくらいに回復して、勝ち目が完全になくなる。

 その前になんとかしないといけない。

 

 でも、私は避けるだけで精一杯だ。

 将棋で例えるなら、今の私は連続の王手から必死に逃げてる状態。

 他の事をする余裕がない。

 回避以外の行動をした瞬間に詰む。

 私一人じゃ、もうどうにもならない!

 

「『火炎剣(フレイムソード)』!」

「『水切断(ウォーターカッター)』!」

「あ!?」

 

 内心で弱音を吐いてしまった瞬間、そんな不甲斐ない私を助けるように、炎の斬撃と水の刃が、私に迫る蔦と枝を斬り払った。

 私は即座に今の魔術の発射地点へと急接近する。

 そこには、血塗れの身体で、だけどしっかり五体満足で立ってる先輩二人の姿があった。

 

「レグルスさん! プルートさん! 無事だったんですね!」

「ああ、なんとかな。だけど、お前は……」

「……手酷くやられたようですね」

 

 二人が心配そうな目で私を見た。

 今の私は、両足の切断に加えて、脇腹にも魔力節約の為に回復しきれなかった深手がある。

 身内には優しい二人なら、そりゃ、そんな顔にもなるか。

 

「私も大丈夫です。まだ戦えます。向こうも確実に弱ってるんですから、三人一緒に大技を放てばきっと……」

「━━━━━━━━━━━━━━━━━!!!」

 

 そんな私の言葉を否定するかのように、ワールドトレントが新しい動きを見せた。

 地中から伸びてた二本の腕が大地を掴み、その間から何かが出てきた。

 まるで墓場から蘇ろうとしてるゾンビみたいに、二つの腕で自らの身体を持ち上げるように、地中から何かが出てきた。

 

 それは、歪な人型をしていた。

 二本の腕と同じく、木の材質で出来た人型の胴体。

 ただし、頭はなく、足は完全に普通の木の根っこだ。

 そんな歪な身体に上空にあった本体、いや本体だと思っていた蔦の集合体が覆い被さり、まるで鎧のようにその全身に蔦を絡ませた。

 信じられない。

 こいつ、地面の中で新しい身体を作ってたんだ。

 

「こりゃねぇだろ」

「ないですね」

「…………」

 

 あまりにもあんまりな光景に、レグルスが乾いた笑みを浮かべ、プルートが死んだ魚の目で同意する。

 私は口を開く気にすらなれなかった。

 絶望だ。

 これは紛れもなく絶望だ。

 今この瞬間、私が想定してた勝ち目は消えた。

 今のワールドトレントの全長は、元のサイズと比べれば遥かに小さいものの、それでも全長100メートルを超えてる。

 あれを上級魔術数発で仕留めるのは無理だ。

 

 ヤバイ、このままじゃ死ぬ。

 私は死ぬ訳にはいかないのに。

 死なないって、ルナと約束したのに。

 切り札は……ない事もない。

 でも、これを使うのは死とほぼ同義だ。

 ここで、こんな奴を相手に命を引き換えになんてできる訳ない。

 だけど、もうそれ以外に手が……

 

「よし!」

 

 そんな絶望を前にして、レグルスが不自然に明るい声を出した。

 そして、衝撃的な事を言い出す。

 

「セレナ、お前逃げろ」

 

 レグルスのその言葉に私は……

 

「………………は?」

 

 そんな間の抜けた声を出す事しかできなかった。



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先輩の背中

 レグルス・ルビーライトにとって、セレナ・アメジストという少女は不思議な存在だった。

 出会ったのは5年前。

 セレナが僅か10歳だった頃。

 学生時代の話だ。

 

 新入生にとてつもない魔術の使い手がいる。

 レグルスが初めて耳にしたセレナの情報は、そんなものであった。

 相方とも言える腐れ縁の同僚、プルートが持ってきた情報。

 あの眼鏡がわざわざ誰も居ない時間帯の生徒会室で、自分達の主であるノクスを交えて議題にした情報だ。

 さして政治にも権力争いにも興味がなく、女の尻を追いかけるのだけが生き甲斐のレグルスでも、それなりに重要な案件なんだなと理解した。

 

 セレナ・アメジスト。

 アメジスト伯爵家の次女であり、最近皇帝の側室として嫁いだエミリア・アメジストの妹。

 今まで社交界などにも出てきた事はなく、アメジスト伯爵が存在を匂わせた事もなく、突然降って湧いたかのように現れた少女。

 それも、僅か10歳にして学園教師の度肝を抜くような魔術を使いこなす天才。

 傍から見れば、なんとも怪しい。

 疑ってくださいと言わんばかりの謎の少女だった。

 

 そして、そんな謎の少女を警戒しなければならない理由が自分達にはある。

 ノクスは帝国第一皇子にして、次期皇帝候補筆頭。

 他にも何人か皇族はいるが、勢力、知力、魔力量、魔術技術、戦闘力、生まれの差、どれを取ってもノクスが大きく上回っており、現時点で次期皇帝候補筆頭という地位を脅かす存在はいない。

 だが、だからといって警戒を怠るのは愚者の所業だ。

 ノクスの父、絶対の力を持つと言われる現皇帝アビスですら、かつて勢力で大きく劣る弟に一矢報いられ、最後の戦いにおいてあと一歩のところまで追い詰められた事があるのだから。

 故に、ノクス達はセレナを警戒の対象とした。

 このまま順当に行けば皇族の血縁となるだろう天才魔術師を。

 

 目的を探るにせよ、人物を見極めるにせよ、接触するなら早い方がいい。

 それがノクスの判断だった。

 モタモタしている間に他の派閥に引き抜かれでもしたら面倒な事になる。

 そうした判断の下、最低限の情報を得た段階で、ノクス陣営は迅速にいち早くセレナに接触した。

 

 初対面の場として選んだのは学園の食堂。

 学年の違う生徒が交流するのに一番手っ取り早い場所だ。

 そこで、セレナは使用人も付けずに一人で食事をしていた。

 男爵家出身の最下級貴族ならまだしも、伯爵家という高位貴族の令嬢としてはかなり珍しい光景だ。

 もちろん、誉められた事ではない。

 しかも、セレナは食事の作法もなっていなかった。

 決して見られない程酷い訳ではないが、色々とがさつなレグルス以下という時点でアウトだろう。

 おまけに、

 

「やあ。ご一緒してもいいかな? レディ」

 

 そんなノクスの声に振り向いたセレナは、顔に食べカスが付いた状態で目を丸くしていた。

 愛嬌のある顔ではあったが、貴族としては失格だ。

 真面目すぎるきらいのあるプルートは少し、いや中々に不快そうだった。

 逆に、レグルスはおもしろい奴だと思って内心笑っていたが。

 

 それからノクスが色々と探りを入れるのを見ていたが、セレナは食べカスの付いた顔のまま、驚く程開けっ広げに事情を話してみせた。

 家族に冷遇されていた事。

 皇帝に嫁いだ姉の助けとなる為に学園へ来た事。

 そして……そんな姉への溢れんばかりの愛を叫んだ。

 

 どこか遠くを見るような完全にイッてしまっている目で語るセレナを見てノクスとプルートはドン引きしていたが、レグルスはむしろ爆笑した。

 こうまで好き嫌いの感情をむき出しにして語るセレナは、つまらない権力争いの為に仮面を被り、感情を圧し殺して相手と接する他の貴族よりよっぽど好感が持てる。

 今まで会った事のないタイプの女だ。

 惜しむらくは年齢と性癖だろう。

 いかに女好きのレグルスと言えど、10歳の幼女で、しかも実の姉への愛を叫ぶような奴をベッドに連れ込もうとは思わない。

 だが、だからこそ、セレナとは性欲関係なしに付き合えそうな気がした。

 

 そして、その直後。

 セレナは姉とその子供の安全を条件に、ノクスの配下へと加わる事となった。

 可愛い後輩が出来たのだ。

 

 

 ノクスの配下となったセレナの活躍は目覚ましかった。

 なんと言っても、セレナは優秀なのだ。

 戦闘を行えば魔術の腕のみでレグルスを倒し、事務仕事を任せれば見事にプルートの補佐をやり抜いてみせた。

 セレナはいつもひたむきに努力していた。

 戦闘も、書類仕事も、始めから全てできた訳ではない。

 セレナは優秀だったが、今までまともな教育を受けてこなかったからだ。

 魔術は独学とはいえ、既に極めたと言えるような高い次元に到達していたが、戦闘訓練を受けていない為、それを戦闘で効果的に使う事ができず、ゴリ押ししかできない。

 事務仕事に関しては言わずもがなだ。

 

 その不足を補う為に、セレナは小さな身体で人一倍以上の努力をし続けた。

 そして、しっかりと結果を出す。

 そんな姿を見続けていれば、初対面の印象があまりよくなかったプルートも割とすぐに絆された。

 ノクスに至っては、セレナを妹のように可愛がっていた。

 本人に特別扱いしている自覚はなかったみたいだが、レグルス達から見れば一目瞭然だ。

 あんな自然な笑顔を浮かべる主は初めて見た。

 

 セレナが入ってから、ノクス陣営の雰囲気は目に見えて明るくなった。

 別に、今までが特別暗かった訳ではない。

 だが、ブラックダイヤ帝国という国に属している限り、大抵は明るい雰囲気とは無縁になる。

 虐げられている平民達は当然として、貴族も度重なる派閥争いや後継者争いなどの政争のせいで、友や親兄弟すら疑い、時に敵対しなければならない。

 そんな中で、色々と貴族らしくないセレナは清涼剤だった。

 ひたむきに頑張る幼女を見ていれば、大抵の奴はほっこりする。

 

 レグルス達にとって、セレナは光だったのだ。

 決して、夜を吹き飛ばす目映い太陽のような強い光ではない。

 例えるなら、闇夜を淡く照らす月明かりのような、弱くも優しい光。

 セレナは、そんな不思議な存在だった。

 

 だが、三年前、その光が陰る事件が起こる。

 

 セレナにとって、自分の全てとも言える存在だった最愛の姉、エミリアが暗殺されてしまったのだ。

 それを機に、セレナは変わった。

 感情は擦り切れ、笑顔を浮かべる事はなくなり、ただ姉の忘れ形見を守る為だけに仕事に邁進するようになった。

 優しさを氷の甲冑で覆い隠し、親兄弟すら切り捨て、戦場では六鬼将の一人として相応しい、まさに鬼のような容赦のない戦いぶりで敵を殲滅する。

 それでも優しさを完全に捨て切る事はできず、完全に割り切る事もできず、戦う度に傷付いていく姿は、見ていてあまりにも痛ましかった。

 時間の経過で少しずつ落ち着いてはいったが、セレナの心の傷が完治する事は一生ないだろう。

 

 レグルスは、可愛い後輩をこんなにした奴が許せなかった。

 八つ裂きにしてやりたかった。

 当時は、セレナの見ていない所でレグルスも随分と荒れたものだ。

 それを諌めていたプルートも、内心では同じ気持ちだったのだろう。

 セレナにはできるだけいつも通りに接しながら、裏ではエミリア暗殺の黒幕を血眼で探していたのを知っている。

 相手は相当なやり手だったようで、結局見つける事はできなかったようだが。

 

 そして、ノクスはそんな二人以上に精神がやられていた。

 いくら長い付き合いになる二人の前とはいえ、らしくもなく弱音を溢すレベルだ。

 帝国第一皇子として、将来帝国を背負う者としての自負と自覚を誰よりも強く持つノクスが、あんな泣きそうな顔で弱音を吐くなど。

 

「……情けない。守ると約束したのに、帝国第一皇子の名にかけて契約したというのに、それを守れず、あまつさえ、こんなままならない状況にセレナを追い込み、それを黙って見ている事しかできないとは。己の情けなさに失望すら覚える」

 

 弱々しくそんな言葉を吐く姿は、とても帝国第一皇子として、常に帝王のオーラを撒き散らしていた傑物には見えず、ただ己の無力に苦悩する少年だけがそこに居た。

 それから、セレナがなんとか持ち直したと言える状態まで回復するまで、ノクス陣営はまるで新月の夜のように暗い雰囲気を纏う事となったのだ。

 

 

 そして、そんな最低な時期をなんとか乗り越えたと思ったら、今度は革命騒ぎときた。

 決起したのは、暴政に耐えかねた平民達。

 たまに見かけた良い女を摘まみ食いするくらいしか平民に興味のないレグルスや、完全に平民を見下していて猿くらいにしか思ってないプルート、上に立つ者として色々と割り切っているノクスは特に思うところもないが、セレナは別だ。

 

 セレナはなんだかんだで優しく、根が善人だ。

 聖人とまでは言わないが、困っている人がいれば普通に助け、苦しんでいる人がいれば同情し、殺した敵にすら罪悪感を覚える。

 正直、軍人どころか帝国貴族にも向いていない。

 加えて、最愛の姉であるエミリアの影響だろうが、姉の思想に反する行いに、セレナは強い拒絶感を示す。

 セレナにとって同情と憐憫の対象である平民達を殺すなど最悪だろう。

 少なくとも、吐き気では済まない拒絶反応が出ている筈だ。

 

 だが、それでもセレナはやる。

 それが姉の忘れ形見を守る為に必要な事だと判断すれば、どんな非道な事でもする。

 自分の心などいくらでも踏みつけにして、傷だらけになりながら戦い続ける。

 

 痛ましい。

 あまりにも痛ましすぎる生き様だ。

 しかし、それでもやめさせる事はできなかった。

 ロクな後ろ楯もないのに、権力闘争の火種になり得る厄介な血を引いてしまったルナマリアを守る為には、自分達の後ろ楯に加え、セレナの六鬼将としての地位が必要不可欠だとわかっていたからだ。

 レグルス達にできるのは、同僚として、先輩として少しでもその小さな背中を支えてやる事と、できるだけ普通に振る舞って、少しでもセレナの心を軽くしてやる事くらいだった。

 

 

 そんな歯がゆい思いをずっとし続けながら迎えた今回の戦い。

 最初は殆ど勝利確定の戦いだった。

 戦う相手も狂気に取り憑かれた獣達であり、平民を相手にするよりはずっとセレナの心も痛まない。

 どちらかと言えば当たりの任務、その筈だった。

 

 だというのに、敵の本拠地を攻め落とそうという詰み直前の段階で、唐突に現れた裏切り者が命を投げ捨てた作戦を開始し、自分達は一気に追い詰められる側となった。

 

 レグルスにとって、自分達の傷はどうでもいい。

 だが、セレナがこれ以上傷つくのは見ていられない。

 セレナは前回の戦いで片眼を失った。

 今回の戦いで両足を失った。

 しかも、今まさに命すら失いかけている。

 本当にいい加減にしてほしい。

 運命というものがあるのならば、いったいどこまでセレナを追い詰めれば気が済むというのか。

 

 だが、だからこそ。

 

「セレナ、お前逃げろ」

 

 レグルスは、この期に及んで逃げようとしない、いや逃げるという発想が頭にも浮かんでいないような間の抜けた顔をした可愛い後輩に、軽い調子でそう告げた。

 そんなセレナの顔を見て、やっぱこいつ結構なお人好しだわとレグルスは思う。

 

「で、でも、逃げようにも鳥型アイスゴーレムはもう……」

「バーカ。お前一人ならそんなもんなくても飛べるだろうが。俺でもわかるような事がわからねぇなんて、お前はいつからそんなバカになった?」

「ッ!?」

 

 レグルスの言葉を聞いた瞬間、セレナの顔が悲痛に歪む。

 そう、セレナは一人であればこの絶体絶命の窮地から逃げられるのだ。

 当初の超ド級サイズの化け物相手なら難しかったかもしれないが、今の縮んだ状態相手なら、弱りきった身体でもなんとか射程外まで飛んで逃げられるだろう。

 だというのに、セレナは考えてもみなかった事を突き付けられたかのように驚愕している。

 つまり、セレナはレグルスとプルートを見捨てて逃げるという事をまるで考えていなかったという事だ。

 まったく、姉の事を言えない程のお人好しである。

 

「……脳筋の言う事に賛同するのもシャクですが、まあ、それが妥当な作戦でしょうね。セレナ、殿(しんがり)は僕達が務めます。あなたは帝国まで撤退し、ミア殿とノクス様にこの事を伝えなさい」

「プルートさん……!?」

 

 プルートもレグルスと同じ気持ちなのか、いつも通り真面目くさった理詰めでセレナを説得し始めた。

 それでも、セレナは躊躇っている。

 いつもなら冷酷な仮面を付けて迷わず最善手を選択する奴が、今回に限ってそれができていない。

 そこまで自分達の事を大切に思ってくれていたのだろうか?

 そう思うと、不謹慎だが少し嬉しい。

 

 だが、この状況で時間を無駄にする訳にはいかない。

 故に、レグルス達は伝家の宝刀を使って、無理矢理セレナの背中を押す。

 

「行け、セレナ! お前には生きて守らなきゃいけねぇもんがあるんだろうが!」

「その通りです。あなたには使命がある。生きて、ルナマリアを守りなさい。必ず、最後まで守りきりなさい」

「ッ!!」

 

 その言葉を聞いて、セレナは決意を固めたようだった。

 悲しみに顔を歪め、涙を流し、それでも強い意志の籠った瞳で前を見据える。

 生き延びた先の、未来という名の前を。

 

「『氷翼(アイスウィング)』ゥ!」

 

 そうして、セレナは地を這うような低空飛行で飛び去って行った。

 最後に彼女が見たのは、自分達二人の、先輩の背中だろう。

 ならば、それに恥じないように最後の最後まで戦い抜く。

 

 ワールドトレントが、飛び去るセレナに向けて蔦を伸ばした。

 

「『火炎剣(フレイムソード)』!」

「『水切断(ウォーターカッター)』!」

 

 それを、残り少ない魔力を振り絞って迎撃する。

 最後の大仕事だ。

 この化け物を足止めし、可愛い後輩を過酷な運命から守る。未来へと逃げ延びさせる。

 その為に、二人は満身創痍の身体に活を入れ、大剣と杖を構えた。

 

「まさか、最後に背中を預ける相手がお前とはな」

「全くです。腐れ縁とは怖いものですね」

 

 そんな軽口を叩き合い、二人は笑った。

 互いに大貴族の家に生まれ、歳の近い側近を求めたノクスの下に集って、早10年以上。

 気が合わないと思った。

 喧嘩ばかりしていた。

 だが、今思い返してみると、それも案外悪くない思い出だ。

 特に、セレナが来てからは、同じ先輩としてそれなりにわかり合えたような気がする。

 だから、背中を任せるのにこれ以上の相手はいない。

 

「行くぜ、化け物。セレナを追いかけたきゃ」

「僕達を倒してからにしてください」

 

 そうして、レグルスはワールドトレントへと駆け出し、プルートがそれを支援する。

 最後の戦いが始まった。

 

「『極炎纏(インフェルノオーラ)』!」

「『海王刃(ネプチューンスラスト)』!」

 

 炎が燃え盛り、水が飛沫を上げる。

 その勢いに押され、ワールドトレントはこの場に釘付けとなった。

 この二人を倒すまで、ワールドトレントがセレナを追う事はできない。

 追わせない。

 一歩足りともこの先には進ませない。

 二人の強い意志が、覚悟と決意が、確かに化け物の歩みを止めてみせたのだ。

 

 そして、炎と水の乱舞は、二人の魔力と命が完全に尽きるまで止まる事はなかった。



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71 逃げ延びて、生き延びて

「ッ……」

 

 空を駆ける。

 涙を堪えながら、泣きわめきたくなるのを我慢しながら、ミアさんの居る砦まで撤退するべく空を駆ける。

 砦まで確実に持つように、魔力と速度を調整しながら。

 拳と一緒に、手に持った物を強く握り締めながら。

 

 後ろの方でもの凄い戦闘音が聞こえる。

 レグルスとプルートが必死に戦ってくれてる音だ。

 そして、しばらくした後、━━その音が不意に止んだ。

 それが何を意味するのか、嫌でも理解できてしまう。

 

「ッ……!」

 

 涙が溢れる。

 あの二人は、決して善人と呼べるような人間じゃなかった。

 レグルスが泣かせた女の人は数知れないし、プルートの思想の犠牲になった人達も数知れないだろう。

 何より、二人とも多くの人を殺してきた。

 それも、然したる罪悪感も持たずに蹂躙してきた。

 善人どころか、どう考えても倒されて喜ばれる『悪役』側の人間。

 

 でも、それでも、私にとっては大切な人達だったんだ。

 

 最初は、後宮に囚われた姉様に近づく為にノクスに取り入って、そこで同僚になっただけの人達だった。

 ゲーム知識である程度の人柄とかは知ってたけど、逆に言えば接点なんてそれくらいで、向こうにとっての私はただの新入りの小娘でしかなかった筈だ。

 だけどあの二人は、いやノクスを含めた三人は、私に良くしてくれた。

 ただの同僚以上に、ただの先輩後輩の関係以上に良くしてくれた。

 姉様が死んで一番辛かった時期。

 あの地獄の時間を一緒に耐え抜いたのはメイドスリーだけど、支えてくれたのはあの三人だ。

 彼らは、私にとって間違いなく恩人だった。

 

 そんな恩人の中の二人が死んだ。

 しかも、私を逃がす為に死んだ。

 悲しくない筈がない。

 

 だけど、私は決して絶望しない。

 絶望して、俯いて、前に進めなくなるような醜態は決して晒さない。

 そんな事したら、私の為に命を懸けてくれた二人に顔向けできないから。

 私は最後まで戦い抜く。

 最後の最後まで生き抜いて、ルナを守る。

 二人が繋いでくれた命を、決して無駄にはしない。

 

 チラリと、背後を振り返った。

 もう随分と離れた位置に、一本の巨大な木が生えている。

 その木は、少しずつ本来の大きさを取り戻しながら、少しずつ動いていた。

 私の方に向かって、少しずつ、少しずつ前進してくる。

 逃げた私を追いかけようとしてる?

 いや、多分違う。

 私が飛んでるルートは、ミアさんが居る砦への最短経路だ。

 そして、ワールドトレントがそのまま砦を踏み越えて真っ直ぐ前進した場合、最終的に辿り着く場所は一つ。

 

 帝都。

 ゲームにおける最終決戦の舞台。

 ラスボスである皇帝が君臨する、帝国の中心部。

 多分、ワールドトレントはそこを目指してる。

 裏切り爺の執念が、思考の残滓が、あの化け物を最後の戦いの舞台へと導くだろうと確信できた。

 

 ワールドトレントの移動速度は意外と速い。

 それこそ、遠目にも移動してる事がわかるくらいに。

 さすがに追いつかれる事はないだろうけど、下手すれば帝都に辿り着くまでに一週間もかからないかもしれない。

 そして、裏切り爺がこの局面を最初から予期してたんだとしたら、恐らく……

 

 近づいてくる決戦の足音を聞きながら、私は帝国へ向かって飛び続けた。

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

「ミア、さん……」

「セレナちゃん!?」

 

 私は約半日をかけ、疲労困憊になりながらもなんとか砦に辿り着き、驚愕する警備の騎士を急かしてミアさんを呼ばせた。

 呼ばれてすぐに急行してくれたらしいミアさんは、ボロボロの私の姿を見て目を見開きながらも、迅速な判断で回復魔術をかけてくれる。

 かなり楽になったけど、それでも疲労で意識が飛びそうだ。

 

「ありがとう、ございます」

「お礼なんていいよ! それより何があったの!? ボロボロだし、両足なくなってるし、セレナちゃん一人だし! ああ、いや、今はそれどころじゃないか!? 早く医務室! 医務室行こう!」

 

 ミアさんがめっちゃ慌ててる。

 その理由の大半が私への心配なところに人柄が出てると思うけど、今はそんな事考えてる場合じゃない。

 

「待って、ください」

 

 疲弊し、息切れを起こす身体を奮い立たせて、私は私を抱き上げようとするミアさんの袖を掴んだ。

 この情報だけは一刻も早く伝えないと。

 だって、本当に一刻の猶予もないんだから。

 なんとか息を整え、私は告げる。

 

「報告します。ガルシア獣王国首都へ向かった部隊は壊滅。犯人は獣王国ではなく、獣王国に潜伏していたプロキオン様です。彼は獣王国の切り札であった特大の魔獣因子を自らに打ち込み、ワールドトレントという巨大な化け物に成り果てて私達を倒しました。

 そして現在、プロキオン様の成れの果てであるワールドトレントがこの砦を目指して、更に言えば、恐らくその先にある帝都を目指して進軍して来ています。早ければ数時間以内にここへ到達してしまうでしょう。迅速な対応をお願いします」

「…………………へぁ?」

 

 ミアさんがショートした。

 許容範囲を超える情報を伝えられて頭が真っ白になったのかもしれない。

 でも、さすがは歴戦の六鬼将と言うべきか、すぐに瞳に理性が戻り、頭パー状態から帰ってきてくれた。

 

「えっと……ちょっと待って。つまり、何? どういう事?」

 

 だけど、まだ混乱状態らしい。

 寝耳に水どころか、寝耳に大津波みたいな話を聞かせちゃったんだから、それも無理はないと思う。

 だから、私は簡潔に伝えた。

 

「獣王とは比べ物にならない化け物が数時間以内にこの砦を襲撃してきます。現状の戦力では恐らく討伐不能です。一刻も早く対策を決定し、実行してください」

「……………オッケー。わかった。理解したよ。正直、理解したくなかったけど」

 

 そして、ミアさんは一瞬にしてこの砦を預かる将として相応しい真剣な顔になり、すぐに周りの部下へと指示を飛ばし始めた。

 

「部隊を二つに分ける! 片方はすぐに後方の街に急行! 避難誘導に当たって! もう片方は私と一緒に化け物の相手! ただし、討伐じゃなくて時間稼ぎを優先! 最後は砦を放棄しての逃走も視野に入れるから! あと、戦えない文官はセレナちゃんを連れて転移陣で帝都に避難して! ついでに、できれば援軍要請も出して! 各自行動開始! 時間ないみたいだから急いで!」

『ハッ!』

 

 そんなミアさんの指示に、砦の全員が一切の反発なく従う。

 ここにも腐った貴族意識に染まった奴はいるんだろう。

 なのに、そういう奴らですら表立ってミアさんに反抗する事はなかった。

 命令の中には、内心で見下しきってる平民の避難まで含まれてるのにだ。

 これが、ミアさんの力か。

 帝国には勿体ない人材だよ。

 

 そして、ミアさんは指示を出しながら私の身体を抱き上げ、近くに居た避難組の文官であるシャーリーさんの方にパスした。

 

「ミアさん……」

「心配しなくていいよ、セレナちゃん。アタシはしぶといのが取り柄だからさ」

 

 そう言って、ミアさんはグッと力こぶを作りながら笑う。

 その顔に悲壮感はなく、命を捨てようとしてる感じもしない。

 自分が生きた上で仕事を全うするという、私が見習うべきプロ意識をミアさんからは感じた。

 ああ、なんかこの人は普通に生き延びそう。

 そう思う事ができた。

 

「それじゃ、シャーリー。セレナちゃんをお願いね」

「了解です」

 

 そうして、ミアさんは颯爽と自分の仕事へと戻った。

 逆に私は、シャーリーさんに抱えられて転移陣へと向かう。

 だけど、まだ私にもミアさんの助けになれる事がある。

 

「シャーリーさん」

「なんでしょうか?」

 

 シャーリーさんは、相変わらず疲れ切った社畜の顔で、それでも集中力を振り絞った真剣な顔で私を見た。

 この人もプロだ。

 だからこそ、申し訳ないけど新しい仕事を頼む事ができる。

 

「今から今回の敵、ワールドトレントが私達との戦闘で見せた戦術、生態、そして弱点を可能な限り話します。それをミアさんに伝えてください」

 

 私の言葉にシャーリーさんは、「ハァァァァ……」と幸せが根こそぎ逃げ出しそうな盛大なため息を吐いた後、全てを諦めたような仏の顔で頷いた。

 

「わかりました。また仕事ですね。ホント休めない。休む暇がない」

「ごめんなさい……」

 

 もうそれしか言えない。

 本当に申し訳ない。 

 

「いいんですよ。この非常時ですし、ミア様の助けになると思えば悪くありません。ただし、貸し一つですからね。その内返してください」

「……はい。必ず」

 

 また死ねない理由が一つ増えた。

 生きて、シャーリーさんに貸しを返す。

 生きて、ミアさんとまた会う。

 心に刻んだ。

 

 

 その後、私からワールドトレントの情報を聞いたシャーリーさんは、私を帝都の城の医務室に預けてから、砦へトンボ帰りしていった。

 非戦闘員とはいえ、あの人だって常人とは比べ物にならないくらい強い魔術師の一人。

 そう簡単には死なないと思いたい。

 

 そして、自分にできる事をやり終えて、気力も体力も魔力も尽きた私は、医務室のベッドの上で、電源が切れたように気を失った。

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 次に起きた時、私の目には医務室じゃない天井が見えた。

 でも、知らない天井じゃない。

 割と見慣れた天井だ。

 仕事でよく行き来してた。

 ここは確か……

 

「起きたか」

 

 そうして、ボンヤリと天井を見上げていた私の右目に、心配そうな顔で私を見詰める一人の青年の姿が映った。

 過保護な上司にして、私の恩人の一人である青年、ノクスの姿が。



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72 決戦前夜

「ここは……」

「私の部屋だ。あのまま医務室に寝かせておけば妙な事になりかねんからな。移動させておいた」

「そうですか……ありがとうございます」

 

 確かに、ここは陰謀渦巻く帝国の中心。

 そこの医務室に私みたいな立場のある人間が無防備で寝てたら、暗殺されてもおかしくない。

 でも一応、シャーリーさんはそこら辺も考えてくれて、私の同僚であるノクスの部下数人に連絡取って、私の護衛に当たらせたところまで確認してから帰って行ったけどね。

 私も私で、護衛してくれた人達がノクスの部下の中でも信用のおける人達だった事を確認してから気絶した。

 まあ、それで確保できる安全は最低限だし、そんな状況の私をノクスが回収してくれたのは素直にありがたい。

 

「礼はいらん。当然の事をしただけだ。それよりもセレナ、身体は大丈夫か?」

 

 言われて自分の身体を確認してみる。

 痛みは、ない。

 傷もなくなってる。

 体力も魔力もほぼ全快だ。

 うん、無くなった足以外は問題なさそう。

 

「はい、大丈夫です。活動に支障はありません」

「そうか……よかった」

 

 そう言って、ノクスは心底安心したような顔になった。

 珍しい。

 こんなに表情の読みやすいノクスは。

 それだけ心配してくれたんだろう。

 まあ、片眼失って帰って来た時、絞め殺さんばかりの勢いで抱き締めてきた人だからね。

 全身ボロボロの上に両足欠損、しかもたった一人で命からがら逃げ帰るなんて事したら、そりゃ心配もかけるわ。

 悪い事した。

 ……そして、それ以上に悪い報告を私はしなくちゃいけない。

 

「……ノクス様、ご報告があります。レグルスさんとプルートさんが戦死しました」

「……そうか」

 

 ノクスは、悼むように目を閉じた。

 でも、動揺はしてない。

 多分、こんな状態の私を見て、シャーリーさんが上げた報告を聞いた時点で覚悟はしてたんだと思う。

 

 やがて、ノクスは目を開き、私を正面から見詰めて、問いかけてきた。

 

「聞かせてくれるか。二人の最期を」

「……はい」

 

 私は、最後に見た二人の様子をノクスに語った。

 勝ち目の薄い強敵相手に、一歩も引かずに戦い抜いた勇姿。

 逆境の中で私を支えてくれた頼もしさ。

 そして、私を逃がす為に命を懸けてくれた、あの偉大な先輩の背中を。

 私は一つ残らず、余す事なく、ノクスに伝えた。

 

「そうか……立派な最期だったのだな」

「はい。とても」

 

 そこまで聞いて、ノクスが再び目を瞑る。

 その目から、一筋だけ涙が零れた。

 上に立つ者として、やがて帝国の頂点に立つ者として、決して弱みを見せる訳にはいかないノクスが見せた涙。

 そのたった一滴の雫に、どれだけの想いがこもっているのか。

 

「レグルス、プルート、今までご苦労様だった。安らかに眠れ」

 

 小さな声で呟かれたノクスの言葉。

 それを聞いて、私の方が泣きそうになった。

 でも、私よりあの二人との付き合いが長いノクスがこれ以上の涙を堪えてる前で、私だけ泣きわめく訳にはいかない。

 グッと堪えて前を向いた。

 

「ノクス様、私が起きるまでに何日経過しましたか?」

 

 私は強い視線でノクスを見詰めながら質問を飛ばした。

 今は悲しんでる場合じゃない。

 そんな時間はない。

 いつだって、この残酷な世界は待ってくれないのだから。

 過去の悲しみに暮れるよりも、迫り来る災厄の未来を見据えないといけない。

 それが、この世界で生きていくという事だ。

 

「……六日だ。お前が城に運び込まれてから丸六日が経過している」

「そうですか」

 

 ノクスも私の想いを察してくれたのか、話を先へと進めてくれた。

 その心遣いに感謝する。

 

「では、私が寝ている間に変わった状況を教えていただけますか?」

「いいだろう」

 

 そうして、私達二人は姿勢を正した。

 今までのお通夜ではなく、先を見据えた話し合いが始まる。

 

「まずは、ワールドトレントの進行状況だが、既に帝都までの道のりの三分の一を走破している。しかも、その速度は日増しに向上しているそうだ。このままいけば、明日の夜には帝都へ到着するだろう」

「……進行を食い止めていた筈の、ミアさん達が守っていた砦はどうなりました?」

「お前が運ばれて来てから数時間後には連絡が途絶え、転移陣も光を失った。それ故に援軍を送る事もできなかったが、現有戦力で一日近くは進行を食い止めたそうだ。その後のミア殿の安否は不明。だが、彼女の戦況判断は適切だ。引き際を見極める事に関しては帝国随一とまで言われている。恐らく、生きてはいるだろう」

 

 そっか。

 どうやら、ミアさん達は仕事をやり遂げたらしい。

 一日あれば、ある程度の避難誘導はできた筈だ。

 特に、ワールドトレントは下手に刺激さえしなければ一直線に通り過ぎるだけの災害だし。

 自然災害や戦争とかに比べれば、被害範囲が限定されてる分やりようがあった筈。

 ミアさん達の安否は気になるけど、生きててくれてるなら今はそれでいい。

 

「しかし、ミア殿以外でワールドトレントを止める事に成功した者はいない。道中にある街や砦などは意にも介さず蹂躙しているそうだ。止められそうな戦力、アルデバラン殿をはじめとした近衛騎士団を送ろうにも、転移陣で送れる程度の人数では危険な上に、そもそもワールドトレントの移動速度が速すぎて転移陣から向かったのでは追いつけない。よって、━━陛下はこの帝都での決戦を選択された」

 

 ああ、やっぱりか。

 ノクスの言葉を聞いて頭に浮かんだ感想はそれだった。

 生半可な戦力じゃワールドトレントは止められない。

 何せ、六鬼将の半数を使った部隊も、六鬼将と大量の騎士が守る堅牢な砦すらも踏み潰してきてるんだから。

 なら、帝国で最も堅牢な大要塞都市でもあり、帝国の最精鋭部隊が守る帝都で迎え撃つっていうのは至極真っ当な作戦だ。

 首都での決戦なんて、普通は首都近辺まで攻め込まれた敗戦間近の国しかやらない戦略だけど、さすがに今回ばかりは例外だし。

 超大国相手に、国境から一直線に一週間で首都まで攻めてくる化け物なんて例外以外の何物でもないでしょ。

 

 だから、今回に限って言えば、帝国が首都での決戦を選ぶ可能性は高かった。

 それ以外の選択肢が少ない上に、これが一番堅実で確実な作戦だから。

 それこそ、私でも普通に予想できて、やっぱりなんて感想を抱くくらいに。

 

 だからこそ、その展開を裏切り爺が予想できない訳がない。

 

「ノクス様、失礼いたします」

 

 そこまで考えた時、部屋の扉を開けて一人の男が部屋に入って来た。

 ノクスの側近の一人だ。

 私とも結構面識がある。

 側近の人は私が起きてるのにも気づいたらしく、軽く会釈をしてきた。

 私もそれに会釈で返す。

 それから、ノクスは側近の人に用件を聞いた。

 

「何事だ?」

「ご報告があります。先程、帝都近くの領地にて反乱軍と思われる軍勢が一斉に現れ、帝都へ向けて進軍を開始したとの事です。その数、最低でも10万以上。このままいけば、ワールドトレント襲来と同じタイミングで帝都へと到達するかと」

「そうか。やはりな」

 

 そんな情報を伝えられても、ノクスにも私にも動揺はなかった。

 側近の人ですらそんなに慌ててない。

 何故なら、この状況は充分に予期できた事だからだ。

 

 現状、革命軍にはもう殆ど勝ち目が残ってない。

 最初の戦いでファーストアタックに失敗し、次の戦いで特級戦士をはじめとした精鋭達を失い、そのすぐ後には本拠地であるエメラルド領まで失ってるからだ。

 このダメージは大きい。

 普通に致命傷だ。

 そうなってくると、もうまともな手段では勝てない。

 水面下に潜って、また10年以上の時間をかけて戦力を再編成するとか、それが嫌ならどこかで一発逆転の奇策を狙うしかない。

 

 その奇策がこれなんだろう。

 ワールドトレントと革命軍残存戦力で帝都を強襲し、皇帝を討ち取って政権を取る。

 本当にこれは奇策というか、成功率極小の大博打だ。

 まず、ガルシア獣王国に取り入って魔獣因子を手に入れるだけでも難易度が高い。

 更に、その魔獣因子を裏切り爺に打ち込んで、帝国を敵と認識できるだけの理性が残るかどうかも賭け。

 裏切り爺の成れの果てであるワールドトレントが、同格の六鬼将複数人を相手取って勝てる程の強さになってくれるかも賭け。

 ワールドトレントという大災害をもたらす存在を味方として認識させた上で、革命軍の舵取りをちゃんとできるかも賭け。

 もちろん、この戦力で帝国の最精鋭達を突破し、皇帝を討ち取れるかどうかが最大の賭けだ。

 

 しかも、万が一その全てが上手くいったとしても、政権奪取後の統治は滅茶苦茶難しいものになるだろう。

 帝都を落としても、革命軍にゲームの時程の力が残ってない以上、地方貴族にまでは手を出せない。

 そいつらに反逆されたらアウトだ。

 革命軍にそいつらを抑え込めるだけの力が残ってないから。

 それを避ける為には、アルバを新しい皇帝、つまり自分達の上に立つ者として認めさせた上で、ハッタリでも交渉術でもなんでも使って、なんとか丸め込まないといけない。

 ただ、貴族への対応が甘いものになったら、今度は革命軍の根幹である平民達の怒りを買ってしまう。

 

 そんな、にっちもさっちも行かない状況で、難易度ルナティックな舵取りをしないといけないのだ。

 政治経験皆無のアルバが。

 しかも、政治の要だった裏切り爺なしで。

 ……終わってるんじゃないかな?

 いや、旧第二皇子派とかの協力してくれる貴族を上手く使えればギリギリなんとかなる……かも?

 それでも難易度ヘルモードだけど。

 

 だけど、それでも革命軍はやるしかないんだろうなぁ。

 何もしなければ、ずっと真っ暗闇の夜が明けないから。

 だから、ほんの僅かな光にでもすがり付くしかいない。

 ちっぽけな希望を信じて、夜明けがくると信じて、戦うしかない。

 

 そして、戦うしかないのは私も同じだ。

 事ここまでに及べば、皇帝に革命軍をぶつけるのもいいかもしれない。

 でも、私がわざと通したりすれば必ず皇帝にバレる。

 そうしたら呪いが発動して終わりだ。

 結局、私もまた戦う以外に道はない。

 

 だけど、その前に。

 

「ノクス様、お願いがあります」

「なんだ」

「これから数時間の間でいいので、休暇をいただけないでしょうか」

 

 決戦の前に、やるべき事をやっておきたい。

 

「……いいだろう。夜明けまでには必ず戻れ」

「はい。ありがとうございます」

 

 そんな私の願いを、ノクスはしっかり聞いてくれた。

 許可を得て、私はベッドから起き上がり、氷の義足を動かして部屋を出る。

 そのまま城を出て、夜の街を歩いた。

 少し欠けた月が夜空を照らす夜道を。

 

「この時間なら、もう寝てるだろうな」

 

 そう呟いて、私は歩を速めた。

 目的地は、アメジスト家の別邸。

 その地下にある転移陣から繋がる、私の城だ。



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73 眠る天使

 転移陣を抜け、屋敷を抜け、氷で出来た私の城まで帰って来た。

 そして、できるだけ静かに扉を叩く。

 今の時刻は深夜だからね。

 大きな音立てたら近所迷惑だし、何よりルナは寝てると思うから、起こしちゃう可能性がある。

 でも、私がこうして深夜に帰宅する事はたまにあるので、こんな小さなノックでもメイドスリーの誰かが対応してくれる筈だ。

 あの三人は、夜でもいつも誰かが起きててくれてるから。

 

「はーい……あ、セレナ様。お帰りなさい」

「ただいま」

 

 予想通り、眠そうなアンが寝惚け目を擦りながら扉を開けてくれた。

 どうやら、今日はアンが夜当番だったらしい。

 でも、この感じを見るに半分以上寝てたみたいだ。

 暗い上に服に隠れてるとはいえ、私の義足にも気づいてないし。

 寝惚けて不審者を通さないか心配である。

 まあ、私以外は扉じゃなくて門の方で止められるから大丈夫だとは思うけど。

 

「ルナは寝てる?」

「はい。今日は魔術のお勉強を頑張ってたので疲れたんでしょうねぇ。ぐっすりですよ。ぐっすり」

「そっか」

 

 好都合ではあるけど、ちょっと寂しいな。

 

「アン、私はルナの顔を見てくるから、あなたはドゥとトロワを起こしてきて。大事な話があるから」

「ふぁーい」

 

 まだ寝惚けてるのか、アンは私の真剣な雰囲気にも気づかず、気の抜けた返事をしながらフラフラとした足取りでドゥとトロワを起こしにいった。

 その間抜けな姿を見て、ちょっと肩の力が抜ける。

 大丈夫かな?

 途中で眠気に負けないといいけど。

 

 気を取り直して、私はルナの寝室へと向かう。

 ちょっと前までは私かメイドスリーの誰かと一緒に寝てたルナだけど、最近は猫のしろまると寝るのがマイブームらしい。

 そーっと寝室の扉を開けて中に入ると、今日も白い毛玉を抱いてルナは眠っていた。

 寝顔可愛い。

 

「にゃ?」

 

 しかし、抱かれていた毛玉こと、しろまるの方が私に反応して目を覚ましてしまった。

 私は人差し指を唇に当て、「シー」と小さな声で言う。

 猫のくせに空気を読んでくれたしろまるは、「仕方ねぇな」とばかりに丸まって再び眠り始めた。

 相変わらず、謎の貫禄がある猫だなぁ。

 

 まあ、しろまるはともかく。

 

「ルナ……」

 

 私は眠るルナの髪を優しく撫でた。

 起こさないように気をつけながら、優しく、優しく。

 

「うーん……おねえしゃまぁ……」

 

 そんな私の手に、ルナが寝ながら頭を擦り付けてくる。

 私の夢でも見てくれてるのかな?

 確か、夢は自分の深層心理を見ているとかいう話をどこかで聞いた事がある。

 そこに私が居て、その私を見てこんなに安らかな顔をしてくれるのは凄く嬉しい。

 

 だけど、同時に酷く悲しい。

 

「ルナ……ごめんね」

 

 私は小さな声でそう呟き、最後に一撫でしてから手を離した。

 そして、その手をルナへと翳し、魔術を発動する。

 

「『氷結世界(アイスワールド)』」

 

 細心の注意を払って発動した魔術。

 対象をコールドスリープ状態にする氷がルナを包み込んだ。

 安らかな顔のまま、ルナは少しだけ長い眠りにつく。

 同時に、ルナの身体の中で不気味に蠢いていた闇の魔力も動きを止めた。

 これで発動自体が停止してくれればいいけど、楽観はできない。

 

「セレナ様、二人を起こしてきましたけど……って、セレナ様!?」

 

 私のやった事を見て一瞬で眠気が飛んだらしいアンが叫んだ。

 ドゥとトロワも驚いてる。

 でも、三人の動揺は思った程じゃない。

 彼女達には前々から、いつかこういう日が来るかもしれないと話しておいた。

 だから、突然の事態に驚きながらも、冷静さを失う程じゃないんだと思う。

 実際、アンも叫んだ後にハッとして、二人と同じ神妙な顔になったし。

 

「三人とも、大事な話があるから聞いて」

「「「はい」」」

 

 メイドスリーが息を飲む。

 だけど、三人とも覚悟は出来てるって顔をしてた。

 どんな事を言われても受け止める。

 そして、なんとしてでも自分の役割を全うする。

 そんな覚悟を感じた。

 

 だからこそ、私は今の状況を包み隠さず三人に伝える。

 

「つい先日、革命軍が死力を振り絞って最後の進軍を開始した。明日の夜には帝都に到達し、帝国と革命軍による最後の決戦が始まると思う」

 

 私は話を続ける。

 

「今回の革命軍はもう後がない。だからこそ、形振り構わず持てる力の全てを吐き出してきた。その戦力は今までの戦いの比じゃない。正直、帝国が負ける可能性もあると思う」

 

 戦力的には帝国の方が断然有利だ。

 いくら革命軍にワールドトレントがいるとはいえ、帝国には皇帝も、序列一位の人も、ノクスも、私も、最精鋭騎士団もいる。

 ワールドトレントに蹴散らされた時とは比べ物にならない戦力が帝都には揃ってる。

 だけど、今回の相手はワールドトレントだけじゃない。

 もう後がないからこそ、死を恐れぬ死兵となりかねない10万の革命軍がいる。

 しかも、その中には消えたエメラルド公爵騎士団も、残りの特級戦士も、そして勇者アルバもいるだろう。

 敵は決して雑兵の集まりなんかじゃない。

 だからこそ、あり得るのだ。

 万に一つの可能性、帝国の敗北という未来が。

 

「ただ帝国が負けるだけなら別にいい。むしろ、皇帝が討ち取られてルナの呪いが解けるなら万々歳。……だけど、そんな戦いに参加したら、私も命の保証ができない。危険な賭けに出る必要もあるかもしれない。少なくとも、今までの戦いより私の死亡率は断然高いと思っておいて」

「そんな……!?」

「そう、ですかぁ……」

「…………!」

 

 メイドスリーの顔色が変わった。

 アンは目に見えて動揺し、ドゥは悲しげな顔をし、トロワは無言で歯を食いしばる。

 だけど、三人とも決して下は向かない。

 ……やっぱり、強いなぁ。

 だからこそ、この三人には安心して背中を預ける事ができる。

 

「前にも言ったけど、皆にお願いしたい事は一つ。私に何かあった時、アイスゴーレムを通して伝えるから、そうしたらすぐに国外脱出用の魔術を起動させて、ルナと一緒に遠い国に逃げる事。そして、そこでルナをしっかりと育て上げる事。……もしもの時は、ルナをよろしくね」

「「「ッ!」」」

 

 私がそう言った瞬間、三人が泣きそうな顔になった。

 でも、涙を堪えて三人とも頷いてくれる。

 よかった。

 これで少し安心できる。

 

「じゃあ、話はおしまい。明日の夜に備えて、今日はしっかり寝ておいてね」

 

 そう言って、私は最後にもう一度氷の中で眠るルナを見てから、部屋を出ようとする。

 夜明けまでには戻れって言われてるからね。

 もう、そんなに時間がない。

 とりあえず、予備の鎧とか色々持ち出さないと。

 

「セレナ様!」

 

 だけど、そんな私をアンが大声で呼び止めた。

 

「絶対にセレナ様も生きて帰って来てくださいね! 絶対に! 絶対に!」

「セレナ様がいなくなったら、ルナ様は泣きますよ~。それが嫌なら死ぬ気で生き残ってくださいね~」

「もしもの時の事はお任せください。けれど、絶対にそんな事態にはしないでください。……ご武運を」

 

 三人が、それぞれの言葉でエールをくれる。

 それは、とても勇気づけられる言葉だった。

 あの日、姉様が死んだ時、擦りきれる寸前だった私に力をくれたように。

 今回もメイドスリーの存在は、私は一人なんかじゃないんだと再確認させてくれて、気力を奮い立たせてくれた。

 

 だから、私はそんな三人に振り返り、精一杯の笑顔でこう告げる。

 

「うん。もちろんだよ。だから皆、━━行ってきます」

 

 そうして、私は帰るべき場所を飛び出した。

 鎧を着込み、武器を携え、切り札を忍ばせ、絶対に生きて帰って来るという覚悟で決戦に赴く。

 

 

 

 

 

 そして、この翌日。

 満月の光が夜を照らす月夜の晩。

 遂に、ワールドトレントと革命軍が帝都へと到達した。



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勇者の進軍

「行くわよ、アルバ」

「……ああ」

 

 休憩を終え、軍が進み始める。

 ルルに促されて、俺もその列に加わった。

 俺達が歩くのは最前列だ。

 何せ、一応は俺がこの軍の指揮官という事になっているのだから。

 まあ、それは貴族相手の建前であって、そんな裏事情を知ってる人は殆どいないけどな。

 

 

 現在、革命軍はかなり歪な状態になっている。

 前回の戦いにおいて、俺達はエメラルド領とそこに住む住人達を見捨てて逃げ出した。

 あのまま戦えば全滅だったとはいえ、到底許される事じゃない。

 正直、革命軍の他の人達から八つ裂きにされて当然だと思う。

 

 なのに、その事を責める人は誰もいない。

 ……いや、この言い方は正確じゃないか。

 俺達がエメラルド領を見捨てて逃げ出した。

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 あの事件の情報は操作され、民を見捨てて夜逃げした傍迷惑な貴族と、その貴族のとばっちりを受けて壊滅させられた領地という、帝国では珍しくもない悲劇の一つとして、革命軍とはなんの関係もない出来事として処理された。

 それをやったのは、プロキオンさんをはじめとした今まで革命軍を裏から指揮していたというエメラルド家の人達。

 そして、その事実を知っていたという、バックさんをはじめとした革命軍の最高幹部達だ。

 寒気がした。

 権力者達が、自分達に取って都合の悪い真実を消し去っている。

 そこに正義なんてあったもんじゃない。

 でも、どうしようもなく必要な事でもある。

 こうしないと、革命軍は空中分解しかねないのだから。

 

 これが権力者側から見た世界。

 それを垣間見て、俺は前にセレナから言われた言葉を思い出した。

 

『あなた達は断じて正義なんかじゃない。『悪』ですよ。あなた達が必死で倒そうとしている帝国と何も変わらない、人殺しという名の救いようのない悪人集団です』

 

 今ならわかる。

 あの言葉の本当の重みが。

 世の中は綺麗事だけじゃ回らない。

 どれだけ立派な大義を掲げても、どんなに正当な理由を並べ立てても、絶対的な正義になんてなれはせず、どこかに必ず負の面が生まれる。

 今まで知らなかっただけで、革命軍にもそんな負の面があった。

 これは、ただそれだけの話だ。

 そして、たったそれだけの事がどうしようもない。

 どうする事もできない。

 

 途方に暮れるとはこういう事なんだろうか。

 俺は今、自分が正しい道を歩けているという自信がこれっぽっちも持てない。

 むしろ、救いようのない外道に落ちたような気すらする。

 ともすれば、道を見失ってしまいそうだ。

 

 だけど。

 

『それでも、私は覚悟を決めている。自分がどうしようもない悪になろうとあの子を守ると決めている』

 

 また、脳裏にセレナの言葉が蘇った。

 自らを『悪』だと言い、それでも絶対的な覚悟を決めて自分の道を突き進んでいた少女の言葉が。

 ……セレナ、お前は凄いよ。

 こんな気持ちを抱えながら、それでも迷わずに前を向けるなんて。

 あいつに対して恨みはある。

 仲間を沢山殺された。

 その恨みが晴れる事はないだろう。

 許す事なんてできないだろう。

 だけど、今はその感情とは別に、あいつの事を心の底から尊敬している。

 凄まじく強い心を持った、一人の偉大な戦士として。

 

『あなた達はどうですか? 自分達が悪に染まってでも、多くの人の命を奪って、その人達の幸福を踏みにじってでも革命を成したいと本気で思っていますか?』

 

 あの時は答えられなかった問いかけ。

 それに、今なら答えられる。

 

「俺は、それでもこの国を変えたい」

 

 今のこの国は真っ暗闇だ。

 どこを見ても悲劇ばかりで、不幸になる人ばっかりで、救いなんて殆どない常闇の国。

 俺はそれを変えたい。

 革命軍が勝っても、それで政権を取っても、俺達が目指した理想の国なんて出来ないかもしれない。

 負の面に飲み込まれて、あるいはどうしようもない現実に押し潰されて、これまでの全てが無に帰ってしまうかもしれない。

 でも、それでも『今』を変えたい。

 少しでもいい国にできるように努力したい。

 それが、俺の覚悟だ。

 

 だからこそ、今回だけは受け入れる。

 革命軍の負の面が取った、この非人道的な作戦を。

 

「━━━━━━━━━━━━━━━━━━!!!」

 

 巨大な木の化け物が、俺達の目指す帝都目掛けて進行していた。

 多分、道中にあった多くの人と街を踏み潰して来たんだろう。

 あれはもう正義だとか悪だとか、そんなんじゃない。

 ただの災害だ。

 

 あれは、かつて帝国によって追い払われた大魔獣。

 帝国に恨みを抱く大魔獣。

 それが、このタイミングで恨みを晴らすべく動き出した。

 これは未曾有の大災害ではあるが、同時に天の助けだ。

 帝国はあの化け物の対処にかかりきりになり隙が出来る。

 幸い、あの化け物はかつての戦いで弱っており、放っておいても数日の内に死ぬ。

 ならば、化け物の対処に悩む必要はない。

 帝国が化け物とぶつかり、混乱した隙を突いて悲劇の元凶たる皇帝を討つ。

 それこそが、我らに残された最後の勝機。

 総員、死ぬ気で活路を切り開け。

 全ては、明るい未来の為に。

 

 それが、革命軍が戦士達に説明した今回の作戦の内容だ。

 当然、こんなものは嘘である。

 あの化け物は、前に俺達を助けてくれた革命軍の黒幕、プロキオンさんの成れの果て、ワールドトレント。

 あの人は、多くの民と自分の命を犠牲にしてでも革命を成す道を選んだ。

 それが、あの人の覚悟なんだろう。

 それでも、バックさんから真実を聞いた時は憤りしか感じなかった。

 

 だが、納得できなくても、こんなの間違ってると叫びたくても、今の俺にそんな事を言う権利はない。

 他の手段を思いつく事もできず、こんな手段に頼らなくても勝てるだけの力もない俺には。

 だから、今は受け入れるしかない。

 大きな罪悪感と共に深い後悔として心に刻んで、二度とこんな事が起きないように戒めとするしかない。

 それが、現実と向き合うという事だ。

 

「━━━━━━━━━━━━━━━━━!!!」

 

 そして、遂にワールドトレントが帝都の防壁へと到達し、帝国軍とぶつかった。

 多くの魔術が撃ち込まれ、その勢いに押されてワールドトレントが進行を止める。

 足を止めての削り合いとなり、ワールドトレントの放った一撃が、防壁の一部を破壊した。

 

「この機を逃すな! 全軍突撃!」

『オオオオオオオオ!!!』

 

 お飾り指揮官の俺ではなく、本物の指揮官であるバックさんが号令をかけ、それを聞いた仲間達が駆け出していく。

 そして、俺達もその後に続いた。

 俺の近くにいるメンバーは、ルル、バックさん、ミストさん、キリカさん、リアンさん、元エメラルド公爵騎士団の精鋭達という、今の革命軍の最高戦力達。

 他の人達が死ぬ気で活路を開き、俺達精鋭部隊をなるべく消耗を抑えた状態で皇帝にぶつける。

 それが今回の作戦だ。

 俺達に失敗は許されない。

 

「気張りなさいアルバ! 勝つまで止まるんじゃないわよ!」

「ああ!」

 

 さっきと違って、ルルの言葉に力強く返事する。

 ここで勝たなきゃ何も始まらない。

 勝利を目指して、この国の夜明けを目指して、俺達は走り続ける。

 

 そうして、帝国と革命軍の最後の決戦が始まった。



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勇者と立ち塞がる者達

 走る。

 帝都の防壁に生じた綻びを目指して。

 帝国軍もすぐに俺達に気づき、ワールドトレントの相手をしながら俺達にも魔術の雨を降らせてきた。

 それを一般戦士の人達の量産型魔導兵器(マギア)と、突入部隊に選ばれなかった元エメラルド公爵騎士団の人達による魔術が相殺する。

 だが、総合的な数はこっちが上でも、魔術の規模は向こうの方が遥かに上。

 そのせいで向こうの魔術を相殺し切れず、着弾した魔術が戦士達を吹き飛ばした。

 それでも、俺達は前に進む。

 仲間の屍を踏み越えて、前に、前に。

 

 やがて、魔術の豪雨地帯を抜けて、近距離戦闘部隊が守る敵の懐にまで接近する事に成功した。

 

「ここを通すな! 総員かかれぇ!」

『オオオオオオオオ!!!』

 

 敵の現場指揮官が号令を出し、剣や槍を構えた騎士達が突撃してくる。

 魔術を放ち、それを盾にしてこっちの攻撃を防ぎながら。

 それでも、衝突前に数の暴力による攻撃で何人かの騎士を倒す事には成功した。

 その何倍もの被害を味方に出しながら。

 そして、遂に互いの軍の先頭が近接武器の間合いにまで入り、激突する。

 一般戦士の人達が命懸けで敵を押さえ込み、上級戦士や元エメラルド公爵騎士団の人達が倒す。

 そんな血みどろの戦いが前方で繰り広げられ、それを突破した少数の敵が俺達の前にまで躍り出てきた。

 

「逆賊ッ! ここで会ったが百年目だ! 今度こそ、その命貰い受ける!」

 

 その先頭を走るのは、見覚えのある壮年の男。

 そいつが剣を構えて、真っ直ぐに俺を目指して突撃してきた。

 

「あいつは……!」

 

 隣を走るルルが怨嗟の声を上げる。

 それもそうだろう。

 こいつは、かつて俺達を死の一歩手前まで追い込んだ奴らの一人。

 多くの仲間達を殺した奴らの一人。

 かつて、セレナ達との戦いに敗れて敗走していた時、逃げる俺達を待ち構えて襲ってきたセレナの直属部隊。

 この男は、そいつらに指示を出していた奴だ。

 

「貴様らをセレナ様の元へは行かせん! 食らえ! 『氷結斬(フリージングスラッシュ)』!」

 

 壮年騎士が攻撃を繰り出す。

 セレナと同じ氷の魔術。

 冷気を纏って飛ぶ斬撃。

 威力も速度もある強力な攻撃だ。

 

 俺は、その攻撃が味方を巻き込むより早く攻撃の前に飛び出し、光の斬撃で冷気の斬撃を迎え撃った。

 

「『光騎剣(シャインブレード)』!」

「ぬぅ!」

 

 光が冷気を斬り裂き、そのまま壮年騎士目掛けて直進する。

 壮年騎士はそれに対して、剣で真っ向から受け止めようとした。

 だが、今の俺の攻撃を止め切る事はできず、壮年騎士は弾き飛ばされて地面を転がった。

 そして、

 

「『魔強刃』!」

「がはっ!?」

 

 その隙を見逃さずに素早く追撃を仕掛けたルルが、今回の戦いの前に渡された特級戦士クラスの魔導兵器(マギア)のナイフで、壮年騎士の首を掻き切った。

 壮年騎士は、首から大量の血を吹き出しながら、ゆっくりと倒れる。

 

「……デントの仇、確かに討たせてもらったわ」

 

 ルルが感傷を振り払うように、静かにそう呟いた。

 

「まさか……ロクに消耗させる事すら……できないとは……! セレナ様……申し訳、ありま……」

 

 そして、壮年騎士は戦場に倒れ、その命を散らした。

 ……この人にも戦う理由があったんだろう。

 最期の言葉を聞けば、少なくともセレナへの忠誠心があった事はわかる。

 故郷を滅ぼしたあの貴族のような奴とは違う。

 己の欲望を満たす事しか考えてなかった悪人達とは違う。

 仇ではあった。

 でも、絶対に倒さなくちゃいけない悪ではなかったような気がする。

 

 そんな人を俺達は殺して、その屍を踏みつけ、踏み越えて進んでいる。

 苦い。

 どうしようもなく苦い感情が湧いてきた。

 これが本当の戦争の痛み。

 勝っても負けても、殺しても殺されても地獄だ。

 貴族をただの悪人集団だと決めつけていた頃には感じなかった。

 だけど、その頃に戻りたいとは思わない。

 この痛みから逃げようとは思わない。

 人の痛みがわからない人間になったら、きっと俺はあの悪人達と同じになってしまうから。

 だから、俺はこの痛みを絶対に忘れない。

 痛みも、苦しみも、全部抱えて前に進む!

 

「うぉおおおおおおおお!」

『ギャアアアアアアアアア!?』

 

 俺はそのまま突撃し、敵の部隊を薙ぎ払って現場指揮官を撃破した。

 司令塔を失った敵は、分断されて各個撃破されていく。

 そうして、俺達は第一陣を突破した。

 

「アルバ! あまり前に出るな! 今は少しでも消耗を抑えるのがお前の仕事だ!」

「ッ! すみません!」

 

 だが、そこで追い付いてきたバックさんに叱られてしまった。

 確かに、ここで消耗しすぎて皇帝を倒せなかったら、命懸けで戦ってくれてる他の人達に申し訳が立たない。

 気をつけないと。

 

「まだセレナなどの大物は出て来ていない! ここからが本番だ! 気を引き締め……」

 

 バックさんがそこまで口にした瞬間、突如、戦場にドガァアアアン!!! という轟音が響き渡った。

 見れば、強大な闇の光線がワールドトレントの下部を吹き飛ばし、根の部分を消滅させていた。

 あの魔術は……!?

 忘れもしない、かつて何人もの特級戦士を殺したあの魔術だ。

 セレナと一緒にいた黒い男、ノクスと呼ばれた男の魔術。

 あの時より遥かに強力な威力だが、見間違える筈がない。

 

 だが、真に驚愕すべき事は次の瞬間に起こった。

 下部を吹き飛ばされ、宙に浮いたワールドトレントの巨体に向けて、剣と盾を構えた一人の男が弾丸のような勢いで飛翔しているのが見えた。

 天を貫くようなワールドトレントの巨体を思えば、男はまるで象に挑む蟻のように小さい。

 だというのに……

 

 男が右手に持った剣をワールドトレントに叩きつける。

 この距離からだと、小枝どころか爪楊枝のようにしか見えない小さな剣。

 にも関わらず、剣がワールドトレントに当たった瞬間、凄まじい衝撃波が発生し、ワールドトレントの身体にヒビが入っていった。

 そのヒビはドンドンと広がり、広がり、そして最後には……

 

 ━━ワールドトレントの巨体が弾け、粉々の木片となって粉砕された。

 

「なっ!?」

 

 驚愕するしかない光景だった。

 驚きのあまり、戦場の真ん中だというのに一瞬思考が停止したくらいだ。

 だけど、止まっている暇なんてない。

 そんな暇はなかった。

 

 何故なら、今の大破壊をやってのけた男が、真っ直ぐに俺達を目掛けて落下してきたのだから。

 

 さっきの闇魔術にも負けない轟音と衝撃を伴いながら、男が俺達の目の前に着地する。

 それはもう、着地というより着弾だった。

 その時の衝撃波だけで巨大なクレーターが出来上がり、凄まじい土煙が舞い、俺達は大きく後ろへ吹き飛ばされる。

 身体強化を持たない一般戦士の人達は、その多くが攻撃ですらない今の一撃に耐え切れず、一瞬にして死体となった。

 

 そして、土煙が晴れた時、男は凄まじく鋭い眼光で俺を睨み付けていた。

 

「お前がリヒトの息子か。……顔立ちはあまり似ていない。だが、その忌々しい魔力反応は父親そっくりだ。腹立たしい。全くもって腹立たしい」

 

 そう吐き捨てる男は、マントをなびかせ、クリスタルのような鎧に身を包み、明らかに業物とわかる剣と盾を構え、絶対強者の覇気を放っていた。

 この男から感じる迫力は、圧力は、あのセレナすら上回る。

 それが凄まじい怒気を発して俺を睨んでいるのだ。

 無意識に、足が一歩後ろに下がっていた。

 明確な恐怖が俺を襲う。

 それを無理矢理振り払って、俺は目の前の敵を見据える。

 この男の正体はわかっている。

 前に似顔絵を見せられた。

 最も警戒すべき人物の一人として。

 

 この男は、帝国騎士の最高峰である六鬼将の頂点。

 六鬼将序列一位。

 

「『闘神将』アルデバラン・クリスタル……!」

 

 帝国最強の騎士が、遂に俺達の前に立ち塞がった。



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勇者と立ち塞がる者達 2

「失せろ! リヒトの亡霊が!」

 

 アルデバランが剣を振り上げる。

 たったそれだけで、背筋が凍るような感覚がした。

 まるで、セレナの絶対零度(アブソリュートゼロ)を前にした時のような死の予感。

 そして、その感覚が正しいと証明するかのように、アルデバランの剣からは膨大な魔力の奔流を感じる。

 

 あれを振り下ろさせてはならない。

 多分、この場の全員が同じ事を思ったんだろう。

 俺達は反射的に、全員でアルデバランに向けて突撃していた。

 魔力量の差によって、最も身体能力の高い俺が一番にアルデバランの元へと到達する。

 そして、今までは魔力を温存する為に使っていなかった光の義手を出現させ、渾身の力を込めて剣を振るった。

 

「『光神剣(シャイニングブレード)』!」

「『轟魔衝撃剣』!」

 

 俺の剣と、アルデバランの剣がぶつかり合う。

 重い!

 凄まじく重い!

 今まで受けたどんな攻撃よりも!

 身長差によって上から叩きつけられた事で、俺の足が地面にめり込む。

 アルデバランの魔術の効果なのか、辺りに凄まじい衝撃波が吹き荒れる。

 それによって多くの人が負傷し、一番間近で受けた俺にも相当のダメージが入った。

 途中で相殺したというのに、この威力。

 最後まで振り下ろされていたらと思うとゾッとする。

 なんとか防げはした。

 けど、危なかった。

 セレナと戦った時に使っていた魔術の剣じゃ断ち切られていただろう。

 プロキオンさんに貰ったこの剣じゃなければ防げなかった。

 これで片腕とか、冗談じゃない!

 

「その剣……!」

「え?」

 

 突然、アルデバランの視線が俺の持つ剣に向けられた。

 

「リヒトの剣だ! 陛下の御身に傷を付けた剣! まだ残っていたのか……! 忌まわしい!」

「がっ!?」

 

 アルデバランが更なる怒気を発し、その瞬間に剣を引いて、代わりに左手に持った盾を叩きつけてきた。

 さっきの攻撃程じゃないけど、この盾による打撃も衝撃波を纏っている。

 それをまともに食らい、全身から血を吹き出しながら俺は後ろに吹き飛んだ。

 

「死ね!」

 

 そして、これ程の相手がこの隙を見逃してくれる筈もなく、アルデバランが地面に亀裂を入れる程の力強い踏み込みで加速し、俺にトドメを刺すべく剣を振るう。

 速い。

 今までに見た誰よりも。

 俺が一人なら、ここで終わっていたかもしれない。

 

 でも、俺は一人じゃない!

 

「ハァアア!」

 

 吹き飛ばされる俺と入れ代わるように、ルルが前へと飛び出す。

 そして、とてつもなく身軽な身のこなしを使って、剣を振り下ろすアルデバランの腕に横から蹴りを食らわせ、軌道を逸らした。

 ルルの力じゃ、どう足掻いてもアルデバランの攻撃を防ぐ事はできない。

 だが、力で勝てなくても戦い様はある。

 弱い力で強者を倒す。

 それが革命軍の戦い方だ!

 

「小虫がぁ! 煩わしい!」

 

 アルデバランが、空振った剣を横に薙ごうとする。

 その剣速は他の追随を許さない。

 体勢の崩れてる俺とルルだけなら、確実に直撃を食らっていただろう。

 だけど!

 

「ぬ!?」

 

 剣を振るう前に、アルデバランに攻撃が飛来した。

 俺達の斜め後ろから放たれた光線と、上からアルデバラン目掛けて放たれた魔力矢の雨。

 バックさんとミストさんの援護射撃。

 アルデバランは盾で光線を防ぎ、剣の一振りで全ての矢を消し飛ばした。

 けど、そのおかげで俺達への攻撃が中断される。

 その隙に、リアンさんの鎖が俺達二人に絡み付いて引っ張り出し、救出してくれた。

 

「「「『回復(ヒール)』」」」

 

 そして、着地点にいた元エメラルド公爵騎士団の人達が、俺達に回復魔術を使ってくれる。

 その間、キリカさんをはじめとした近接戦闘部隊がアルデバランに攻撃を仕掛け、バックさん達の援護射撃を交えながらなんとか足止めをしていた。

 

「あたしも行くわ! あんた達! アルバを任せたわよ!」

「ルル!」

 

 そして、負傷した俺を預けたルルも走り出し、近接戦闘部隊に加わった。

 当たれば終わり、まともに受け止める事すらできない攻撃を前に、ルル達は果敢に攻める。

 だが、百を超える精鋭達で袋叩きにしてるのに、アルデバランはまるで崩れない。

 それどころか、こっちの方が被害甚大だ。

 アルデバランが剣を振るう度に、精鋭部隊が一人、また一人と倒れていく。

 なのに、アルデバランには傷一つすら付けられない。

 たった一人で、百人以上の精鋭達を圧倒している。

 

 アルデバランの強さは単純明快だ。

 身体能力、戦闘技術、攻撃力、防御力、機動力、破壊力、範囲攻撃能力、あらゆるステータスが純粋に高い。

 セレナや他の騎士達のような、魔術の特性を存分に活かした強さとは違う。

 ただただ単純に、強く、速く、鋭く、硬い。

 どこまでもシンプルな強さ。

 これが、これが帝国最強の騎士……!

 

「アルバ様! 治療完了しました!」

「ありがとうございます!」

 

 治療は終わった。

 早く俺も行かないと!

 多分、あれの相手がまともにできるのは俺だけだ。

 あいつは、俺が倒す!

 

「待て、アルバ! 行ってはならん!」

「バックさん!?」

 

 だが、援護射撃を続けているバックさんが、そんな俺を引き留めた。

 なんで!?

 

「お前がここで消耗しては皇帝に届かない。それに、あれを見ろ。ワールドトレントが倒れた事で、その相手をしていた騎士達がこちらに向かって来ている。今は他の部隊が足止めしているが、このままではアルデバランと騎士団に挟まれて終わるだろう」

「ッ!?」

 

 バックさんに言われて、隣の戦場を見る。

 そこでは、他の革命軍と帝国の騎士団が盛大にぶつかり合っていた。

 そして、見るからにこっちの劣勢。

 確かに、このままじゃ突破されるのも時間の問題だ。

 クソッ!

 アルデバランの迫力が凄すぎて気づかなかった!

 

 どうする!?

 このままじゃ詰みだぞ!?

 

「この状況を覆す方法は一つ。我々が潰れるよりも早く敵の大将と主要戦力を討ち取り、戦争を終わらせる事だ。そして、向こうの大将である皇帝を討ち取れるのはお前しかいない。━━アルバ、ここは我々に任せて先に行け。アルデバランは私達が倒す」

「なっ!?」

 

 バックさんが言い出したとんでもない事に驚愕する。

 それはつまり、超強力な敵であるアルデバランと皇帝を相手に、戦力を二手に分けた上で、どちらの戦いにも勝つという事。

 いくらなんでも無茶だ。

 でも、同時に理解してもいた。

 ワールドトレントが倒され、アルデバランに精鋭部隊を叩かれ、しかもこのままでは包囲されて殲滅されるという詰み寸前の状況。

 これをひっくり返すには、それくらいの無茶な賭けはしないといけないと。

 

「邪魔だぁ!」

『ぐぁあああああああ!?』

 

 アルデバランが全方位に衝撃波を放ち、群がる戦士達を一斉に吹き飛ばした。

 幸い、威力よりも吹き飛ばす事を優先していたのか、死んだ人は少ないように見える。

 でも、周りに誰もいなくなった事でアルデバランの手が空き、こっちに向かって駆け出してきた。

 

「早くしろ! ここは私が引き受ける!」

 

 そう言って、バックさんは手にした魔導兵器(マギア)を変形させ、砲身の付いた巨大な槍にしてアルデバランの攻撃を受け止めた。

 鍛え上げられたバックさんの筋肉が、あのアルデバランの動きを一瞬止める。

 だが!

 

「この程度で我を止められると思うな! 『魔刃幾閃』!」

「ぐぅ!?」

 

 明らかにアルデバランに力負けしている!

 アルデバランが凄まじい力の籠った連続斬りを繰り出し、バックさんはドンドン押し込まれていく。

 それでも、バックさんは引かなかった。

 防ぎ損ねた剣に身体を抉られ、自慢の筋肉を裂かれ、全身から血を流しても引かない。

 その後ろ姿に、俺は強い覚悟を見た。

 

「行けぇ!」

「ッ! はい!」

 

 そんな姿を見せられたら、嫌だとは言えない!

 待っていてください!

 必ず、皇帝を倒して来ます!

 だから、こっちは頼みましたよ!

 

「逃がさん!」

「貴様の相手は!」

「あたし達よ!」

「どけぇええ! 塵芥どもがぁあああ!」

 

 背後から、バックさんやルルの声と、激昂したアルデバランの声が聞こえる。

 思わず振り返りそうになってしまった俺の視界に、それ(・・)は映った。

 

「これは!?」

 

 アルデバランの驚愕の声が聞こえた。

 俺の目に映ったのは、地面から生える大量の植物の蔦。

 一本一本が全長10メートルを超えてるような植物達は、明確に帝国兵だけを狙って攻撃を繰り出していた。

 当然、アルデバランに対しても。

 

「プロキオンッッ! 粉々にしても死なぬとは! なんと往生際の悪い!」

 

 プロキオンさん、ワールドトレント!

 生きてたんだ!

 当初の天を貫くような化け物としての力はもうないだろう。

 それでも、貴重な戦力には変わりない。

 革命軍の負の面の象徴みたいな力を頼るのは凄い複雑だけど、今はその感情も呑み込む。

 これで、少しとはいえ皆に余裕ができた。

 その猶予の内に、城まで攻め入って皇帝を討つ!

 

 革命軍の、いや、ずっと皇帝を側で見てきたプロキオンさんの推測が正しいなら、皇帝はこの状況でも城に居る筈だ。

 そして、これだけの戦力を戦線に出してる以上、城の守りは相応に薄くなってる筈。

 突破できる可能性は0じゃない!

 勝算は薄い。

 でも、そんな事は最初から覚悟してた事だ。

 今さら、そんな事で足を止める訳がない。

 

 そうして、俺は今までの進軍で間近にまで迫っていた防壁を突破し、住民は避難したのか無人となっていた帝都の街を全力で走った。

 速く、早く、一秒でも早く城へ。

 その思いで走り続け……遂に俺は帝国の心臓部である皇帝の城にまで辿り着く事ができた。

 

「何奴!?」

「賊だ! 賊が出たぞ!」

「何ぃ!? 防壁が突破されたってのか!?」

 

 驚愕する門番達を薙ぎ倒し、城の中に浸入する。

 扉を蹴り破った先にあったのは、広い空間。

 豪華なシャンデリアや装飾品が飾られ、上階への階段が設置された大広間。

 

 そこに、俺の足を止める存在がいた。

 

「……さすがですね。まさか、本当にここまで辿り着くとは。でも、こうなる気はしてましたよ」

 

 そいつは、氷のような全身鎧に身を包んだ少女だった。

 傍らに、四体の氷の人形を侍らせている。

 とてつもなく見覚えのある、俺に取っての因縁の相手。

 まさか、こいつが戦場に出ずに城の守りに就いてるとは思わなかった。

 想定外の事態だ。

 それも、かなり致命的な。

 

「セレナ……!」

「お久しぶりですね、反乱軍の勇者さん。ようこそ、最終決戦の舞台へ」

 

 そう言って、セレナは背中から四つの球体を射出し、六本の氷剣を浮かべ、戦闘態勢に入る。

 因縁に決着をつけるべき時が、すぐそこにまで迫っていた。



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74 対話

 革命軍との最終決戦。

 私に任された仕事は、なんと城の警護だった。

 どうも、昏睡状態だった私は目を覚まさない前提で作戦が立てられてたらしく、前線に居場所がなくてここに放り込まれたのだ。

 まあ、どう考えてもそんなのは建前だろうけど。

 だって、私一人くらいなら事前に決めた配置と違ってもねじ込む事は訳なかった筈だし、私の能力的にどう考えても前線にいた方が活躍できる。

 何より、私に城の警護を命じたのは皇帝クソ野郎だからね。

 

 多分、私なら革命軍をあえて見逃して皇帝と潰し合わせる可能性が高いと判断したんだと思う。

 それは正解だ。

 前線に配属されたら、疑われない程度に働いてるふりして、アルバ辺りが前線を突破するのを見逃すつもりだった。

 ワールドトレント相手なら言い訳なんていくらでもできるし、そもそもノクスや序列一位の人が一緒にいる状況なら、私一人の責任にはならないからね。

 革命軍とまともに戦わない事で、私の死亡率も下げられて、しかも上手くいけば皇帝が死んでくれるという素晴らしい作戦だったのに、皇帝の愚かな采配のせいで全てパーだ。

 まさか、わざわざ帝国の勝率を下げてまで私を城に配置するとは思わなかった。

 奴はどれだけ私をイラつかせれば気が済むのだろう。

 

 しかも、留守番させてたおかげで無事だった直属部隊の一部も前線の方に取られちゃったし、本来の城の警護担当である近衛騎士団はもっと上の階にいるし、今の私は一人だ。

 一人で前線を突破してきた猛者と戦えと?

 まあ、六鬼将ならそれくらいの仕事は振られて当然か。

 アルバとかが来た時の為に、苦渋の決断でルナの護衛である完全版ワルキューレの内の四体を連れて来たけど、それは正解だったと言わざるを得ない。

 それに、一応切り札もある。

 私は兜と眼帯の上から、失った左眼部分にそっと触れた。

 

「…………」

 

 正直、これは切ってはいけない切り札だ。

 使う時には命と引き換えにする覚悟がいる。

 でも、命と引き換えに革命軍を道連れにしても何の意味もない。

 だから、もしこれを使うとするなら……

 

「……来た」

 

 そんな事を考えていた時、私の探索魔術に覚えのある気配が引っ掛かる。

 そいつが、その少年が、光の魔術で門番を蹴散らし、扉を蹴り破って私の担当するフロアに入ってきた。

 

「……さすがですね。まさか、本当にここまで辿り着くとは」

 

 前線を突破できる確率は決して高くはなかった筈だ。

 ワールドトレントという特大の戦力があったとしても、前線にはノクスも序列一位の人もいる。

 他の騎士達だって、帝都という帝国の心臓部を守る最精鋭達だ。

 決して楽な相手じゃない。

 

「でも、こうなる気はしてましたよ」

 

 だけど、彼なら突破すると思ってた。

 運命に愛されてるとしか思えない主人公なら。

 私がどうやっても倒せなかった『勇者』なら、このくらいの困難は必ず越えてくる。

 そんな根拠のない確信があった。

 

「セレナ……!」

「お久しぶりですね、反乱軍の勇者さん。ようこそ、最終決戦の舞台へ」

 

 私の前に立つのは、数々の困難を乗り越えてきた主人公、アルバ。

 ゲームと違い、詰み寸前と言える程の圧倒的な逆境の中でここまで辿り着いた英雄。

 ゲームと違って、今はたった一人だけど、それでも彼なら奇跡を起こせるかもしれないと思わせる『勇者』。

 

 それが、倒すべき敵として私の前に現れたのだ。

 

 私はワルキューレを起動させ、四つの球体アイスゴーレムを解放。

 更に六本の剣型アイスゴーレムを抜いて、戦闘態勢に入った。

 アルバも油断なく剣を構える。

 ここに、私とアルバの最後の戦いが始まろうとしていた。

 

「思えば、あなたとは長い事戦ってきましたね」

「……ああ、そうだな」

 

 なんとはなしに口を開く。

 アルバは律儀にも返事をしてきた。

 

「ですが、その長い戦いも今回が最後です。もう反乱軍に後はない。今までのように、ここであなただけが逃げ延びてもどうにもならないでしょう。そして私が引く事もない。故に、ここで決着です」

 

 もう、お互いに逃げ場はない。

 逃げ場がない以上、戦って勝つしかない。

 生きて信念を貫けるのは勝者だけだ。

 

「……本当にそれしかないのか?」

 

 ふと、アルバが悲しそうな顔でそう言った。

 

「お前には恨みもある。お前は大勢の仲間を殺した。許せる事じゃない。でも、それでも俺は……お前を殺したくない」

「……そうですか」

 

 さすがは主人公と言うべきなのか。

 優しいな。

 どうしようもないくらい優しい。

 こんな残酷な世界には似つかわしくないくらいに。

 まるで姉様のようだ。

 だからこそ、その優しさが悲しい。

 

「奇遇ですね。私もですよ。私もあなたを殺したくない。できる事なら誰も殺したくなんてない」

 

 姉様の仇以外は。

 でも、それだって、本気の本気で殺したいと思うような殺意なんて抱きたくなかった。

 できる事なら、殺意とも戦いとも無縁な場所で、姉様と一緒に笑って暮らしていたかった。

 だけど、それはもう叶わない夢だ。

 そんな事を思って、私は兜の下で自嘲するように笑った。

 

「なら!」

 

 アルバが必死の顔で叫ぶ。

 語りかけてくる。

 

「戦わずに済む方法だってある筈だ! お前は前に言ったな。お前はあのルナって子の為に戦ってるって。革命があの子を不幸にするから俺達を倒すって。そう言ったよな?」

「ええ、言いましたね」

 

 前に、アメジスト領でまさかのエンカウントをした時に語った事だ。

 戦意を削ぐ狙いもあったけど、だからこそ、あの時は本心を語った。

 

「革命が成就して、新国家が樹立されれば、前の統治者の血を引くあの子は処刑される。お前は確かにそう言った。だけど、一応は皇子の立場になった今の俺なら、それくらいの事はねじ曲げられる筈だ! 表向きは処刑した事にして、こっそりと逃がす事だってきっとできる!」

 

 アルバはそう言って叫んだ。

 ああ、そっか。

 アルバはそれくらいの事は考えつけるくらいに成長したのか。

 まだ少し見通しが甘いけど、言ってる事は決して間違ってない。

 

「だから!」

「だから戦わずに済む筈だ、ですか? 残念ながらそれは不可能です」

「ッ!? なんで!?」

 

 それはね、

 

「あなたの話は前提が間違っているんですよ。あなたは何もわかっていない」

 

 言ってないんだから当たり前だけど。

 多分、裏切り爺ですら掴めてなかった情報だ。

 アルバが知らないのも無理はない。

 

「あの時、あなたに語ったのはただの建前です。本当はもっと根本的にどうしようもない事情があるんですよ」

「…………は?」

 

 私の言葉に、アルバは目を見開いて驚愕していた。

 ……ここまで来たら、もう話してもいいかもしれない。

 どうせ、アルバと向き合うのはこれが最後だろうし。 

 

「あの子には、ルナには皇帝によってとある魔術がかけられています。その魔術の名は、闇属性最上級魔術『呪い(カース)』。術者の意思一つで対象の命を急速に削り、死に至らしめる呪いの魔術です」

「なっ!?」

 

 驚くアルバに私は語る。

 メイドスリー以外には話せなかった、あの忌々しい呪いの事を。

 

「私は皇帝にルナの命を握られているんですよ。多分、私が姉様を殺された恨みで帝国に牙を剥くかもしれないと思ったんでしょうね。だから私は皇帝に逆らえない」

 

 本当に、話してて悲しくなるくらいどうしようもない話だ。

 

「そして、今この瞬間も皇帝は探索魔術で私の様子を把握している事でしょう。だから私はここで引く事ができない。そんな事をすれば皇帝がルナの命を奪いかねないから」

 

 皇帝は私ですら比較にならない膨大な魔力と、それに見合う魔力制御技術を持ってる。

 多分、この城の中どころか前線の様子まで把握してる筈だ。

 さすがに会話までは拾えないと思うけど。

 でも、ここで私が露骨にアルバを見逃せば確実にバレると思っていい。

 

「そんな……そんな事って!? 皇帝はルナって子の父親なんだろう!? 実の娘にそんな事をするのか!?」

「そういう人なんですよ」

 

 そういう、どうしようもないクズなんだよ奴は。

 そして、そのクズがどうしようもないくらい強い。

 抗う事はおろか、逃げる事すらできない程に。

 これが理不尽というやつなんだろう。

 ふざけるなという話だ。

 

「お前は……お前はそれでいいのか!?」

「いい訳ないでしょうッ!」

 

 無神経な事を言い出したアルバに、思わず声を荒げてしまった。

 拳を強く握り、歯を強く食い縛り、残った右眼に怒りを籠めてアルバを睨み付ける。

 

「私だって、できる事ならなんとかしたいに決まってる! ずっと呪いを解く方法を探し続けた! でも、見つからなかったんですよ! 私の力じゃ、もうどうしようもない! 皇帝に従うしか、あの子の命を繋ぐ方法がない!」

 

 気づけば、感情任せに叫んでいた。

 誰かが聞いてるかもしれないと思って最低限取り繕っていた表面を気にする余裕もない。

 私の探索魔術には、近くに私達以外の誰かの気配も、声を拾うタイプの魔術の反応もなかった。

 でも、私の超小型アイスゴーレムみたいな、未知の魔術や魔道具で盗聴されてる可能性はある。

 だけど、口が止まらない。

 もう我慢できない。

 元から決壊寸前だったストレスダムが、今のアルバの一言で完全に吹っ飛んでしまった。

 

「私が今までどんな気持ちで戦ってきたのか、あなたにわかりますか!? 私から姉様を奪い、ルナに呪いをかけた憎くて憎くて堪らないクソ野郎に頭を下げ続けて! 心が引き裂けそうになるくらい辛い戦いを強要されて! 優しかった姉様に顔向けできないくらい、この手を血に染め続けて!」

 

 止まらない。

 今まで誰にもぶつける事のできなかった黒い感情が、止めどなく溢れてくる。

 

「六鬼将になんてなりたくなかった! 騎士になんてなりたくなかった! 戦争なんてやりたくなかった! 私は、私はただ! 姉様と一緒に、戦いとは無縁の場所で穏やかに暮らしていたかっただけなのに……!」

 

 吐き出した。

 吐き出し続けた。

 今まで溜まっていた嫌な感情全てを。

 怒り、恨み、憎しみ、苦しみ、悲しみ、殺意、絶望、痛み、無力感。

 心の中から私を蝕んでいた、禍々しい熱を持つ全ての感情を。

 

 そうして熱を出し切った後、私は心を冷たく凍らせ、氷の視線で絶句するアルバを見た。

 

「……もう、話はいいでしょう。お互いに引けない理由がある。なら、言葉でのやり取りは不毛でしかない」

 

 結局、私達は戦うしかないんだから。 

 私は再びは意識を戦闘へと向ける。

 アルバもそれを感じ取ったのか、悲壮ながらも覚悟の決まった顔で剣を握り締めた。

 

「行きます。あの子の未来の為に死んでください」

「……来い。俺はお前を突破する。そして皇帝を倒す。必ず、こんな悲劇の連鎖を終わらせてやる」

 

 そうして、私達はぶつかった。

 お互いの信念をかけて、想いをかけて、私達は戦う。

 私とアルバの、最後の戦いが幕を開けた。



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75 勇者VS氷月将 最終戦

 アルバが強く床を蹴り、私に向かって距離を詰めてきた。

 今まで何度も戦ってきたんだ。

 当然、私相手に距離を空けるのが自殺行為だって事くらい、アルバは文字通り身に染みて理解してる。

 そして、私が近接戦闘があんまり得意じゃないって事もわかってるだろう。

 だからこそ、シンプルに距離を詰めてくる。

 それが戦術として有効だから。

 

 だけど、今日の私には頑丈な盾役がいる。

 

「『光騎剣(シャインブレード)』!」

 

 アルバが横薙ぎに光を纏う斬撃を放つ。

 でも、その攻撃は私とアルバの間に割って入ったワルキューレが盾によって防いだ。

 あまりの威力に盾とそれを握る左腕が壊されたけど、止めてくれただけでも充分だ。

 

「『氷結光(フリージングブラスト)』!」

「くっ!」

 

 私は腕を斜め上に掲げ、ワルキューレを巻き込まないようにアルバの真上から氷結光(フリージングブラスト)の光線を叩き込む。

 別に、この技はか◯はめ波みたいに手の平の先からしか放てない訳じゃない。

 普段手の平の先から放ってるのは、か◯はめ波というわかりやすいイメージを得られて、なおかつ籠手に仕込んだ杖の機能を十全に使えるからやってるだけだ。

 その気になれば敵の真上からでも、目からでも口からでも放てる。

 でも、そんなそこそこ意表を突いた攻撃を、アルバは普通に避けた。

 前に戦った時より遥かに動きがいい。

 傷が完治したんだろう。

 それに、今は負傷した味方を庇ってる訳でもない。

 それを差し引いても成長してる感じがするけど。

 

 でも、前より強いのは決してアルバだけじゃない。

 破損したワルキューレが氷を形成し、一瞬にして砕かれた左腕と盾を復元した。

 

「再生するのか!?」

「これが本来の性能ですからね!」

 

 いつも使ってた不完全版と違って、完全版ワルキューレは胸部に埋まってるコアを破壊するか、充填してる魔力が切れない限り再生し続け、戦い続けられる。

 しかも、戦闘能力は六鬼将クラス以下では最強レベルを誇るマルジェラ並み。

 ルナの護衛を任せるに足る、精魂込めて作った傑作達だ。

 そんなのが、この場には四体。

 前衛としては申し分ない。

 

「突撃!」

 

 そんなワルキューレの内、一体を私の護衛として側に、残りの三体をアルバに向けて突撃させた。

 ランスを構え、アルバを貫かんと突撃するワルキューレ達。

 標準搭載した氷翼(アイスウィング)の加速力により、その直線での瞬間速度はレグルスにすら匹敵する。

 今のアルバにとっても普通に強敵の筈だ。

 

「『純白閃光(シャインストリーム)』!」

 

 それに対し、アルバは剣を左手持ちに切り替え、光の義手である右腕をワルキューレ達に向けて、大技の魔術を放ってきた。

 光属性上級魔術『純白閃光(シャインストリーム)』。

 ノクスが使ってた『漆黒閃光(ダークネスレイ)』と対をなす、極光の光線だ。

 光がワルキューレ達を飲み込もうと直進する。

 

「『氷壁(アイスウォール)』!」

 

 私はそれを、光線の前に分厚い氷の壁を作る事で対処。

 しかし、こんな急ごしらえの氷壁で防げる程甘くはない。

 それは私もわかってる。

 だからこそ、この氷壁は止める事ではなく、軌道を逸らす事を目的に作った。

 斜めに展開した氷壁が光線の軌道を歪める。

 だけど、それでも光線はワルキューレ達への直撃コースから逸れ切っていなかった。

 予想以上の威力。

 仕方なく、先頭にいたワルキューレを一時的に手動操作に切り替え、盾を斜めに構えさせる事によって光線を受け流した。

 それによってワルキューレの左側が消し飛び、衝撃でワルキューレ自身も吹き飛んで城の壁に叩きつけられたけど、光線は完全に直撃コースから逸れ、城の壁を破壊しながら私から見て左斜め上方の空に消えていった。

 ワルキューレのコアも無事みたいだし、少しすれば戦線復帰できる筈。

 

 そして、今の攻撃を切り抜けた二体のワルキューレがアルバに襲いかかる。

 一体が速度のままにランスを突き出し、アルバはそれを受け流してワルキューレに剣を叩きつけた。

 しかし、今回の一撃は魔術を纏わせる余裕まではなかったらしく、ワルキューレは普通に盾で防ぐ。

 一体目とアルバが競り合ってる内に、二体目がアルバの上を取り、ランスを下に構えながら急降下。

 それをアルバは横に跳んで避けたけど、少し体勢が崩れてる。

 ここだ!

 

「『氷狙撃弾(アイススナイプ)』!」

「うぉ!?」

 

 一番避けづらい身体の中心を狙って高速の氷弾を撃ち込む。

 アルバは大きくのけ反ってかわし、氷弾は肩を掠めるだけに終わったけど、より大きく体勢を崩したせいで、続くワルキューレの攻撃に対する対処が難しくなった。

 一体のワルキューレがランスの先から『氷獄吹雪(ブリザードストーム)』を放つ。

 

「『神聖壁(プロテクション)』!」

 

 アルバは光の壁を出してそれを防ぐ。

 前は全身氷漬けになってた攻撃を完璧に防いだのはさすがだけど、そっちに意識を割いたなら、こっちの攻撃が通りやすくなるだけだ。

 私は四つの球体アイスゴーレムを定位置へと移動。

 そして、大火力技をぶっ放した。

 

「『氷結光最大出力(フリージングブラスト・ライジング)』!」

 

 極太の冷凍ビームがアルバ目掛けて直進する。

 その崩れた体勢では、さぞ避けづらいだろう。

 そして、アルバにワールドトレントや獣王みたいな理不尽な耐久力はない。

 膨大な魔力に見合う頑強さと、主人公補正的な謎のしぶとさは持ってるけど、それだけだ。

 つまり、大技が一発でも直撃すれば私の勝ち。

 前みたいに相殺されたとしても、それはそれで大量の魔力を消費させられるだろうから、私の優勢になる。

 これで決まるとは微塵も思ってないけど、それでもこれは有効な一手の筈だ。

 

「くっ! 『衝撃波』!」

「え!?」

 

 だけど、アルバの対処能力は私の予想を超えていた。

 なんと、アルバは自分に無属性魔術の衝撃波を放ち、その威力を利用して無理矢理空中に逃れ、極太冷凍ビームを避けてみせた。

 標的を外した冷凍ビームが、城の壁を破壊して外に消えていく。

 今のは、序列一位の人と同じ技!

 まさかアルバがあの技を使ってくるとは思わなかった。

 

 何せ、今のは結構な高等技術だ。

 自分の身体を傷付けず、なおかつ的確な体勢になれるように威力や発動場所を完全にコントロールした衝撃波を放ち、更にその衝撃から瞬時に立て直せる体術スキルがいる。

 私がやると、体術スキルが足りなくて空中きりもみ回転するやつだ。

 レグルスでも衝撃波のコントロールが難しいからやりたくないって言ってた。

 

 それを、アルバは一発で成功させている。

 あの無理な体勢から放って成功する技じゃないんだけどな……。

 ましてや、魔術師歴数ヶ月のぺーぺーにできる事じゃない。

 しかも、アルバは今まであんな技を使った事はなかった。

 ゲームでも現実でもだ。

 って事は、下手したら外で序列一位の人の動きを見て今覚えたって可能性もあるんじゃ……。

 だとしたら、何その才能お化け。

 主人公恐るべしとしか言えない。

 

 だけど、慣れない空中に飛び出したのなら、そこは私の土俵だ!

 

 さっき氷獄吹雪(ブリザードストーム)を撃たなかった方のワルキューレが飛び上がり、上昇の勢いのままにランスを突き出す。

 アルバはさっきよりも洗練された衝撃波移動でそれを避けたけど、その先には二体目のワルキューレ。

 ランスを横薙ぎに振るい、打撃をアルバに叩きつける。

 アルバはそれも剣を盾に防いだけど、空中じゃ衝撃までは殺せずに吹っ飛ばされる。

 そこに躍りかかるのは三体目。

 さっき、アルバの純白閃光(シャインストリーム)を食らって脱落し、たった今修復が終わったワルキューレ。

 それが背後からアルバを強襲した。

 

「なっ!? ぐっ!?」

 

 さすがに三体目の復帰が予想外に早くて意表を突かれたのか、アルバは避け損ねて脇腹にランスの一撃を受ける。

 浅い。

 直前で反応して身体を捻ったせいで致命傷にはなってない。

 でも、かなりの隙が出来た!

 他の攻撃用ワルキューレ二体がアルバに迫る。

 合計三体のワルキューレによる包囲攻撃。

 容易には抜け出せまい。

 

 その隙に、私は『絶対零度(アブソリュートゼロ)』の発動準備に入る。

 氷結光(フリージングブラスト)みたいに避ける事は難しいタイプの大技。

 クリティカルヒットすれば必勝。

 相殺されても大きな消耗を強いられる。

 これが最善手。

 最善手、だった筈だ。

 なのに……

 

 突如、アルバがまるで光のような速度にまで加速した。

 

 その状態で剣を前に突き出したまま突進し、ワルキューレの一体を砕く。

 そのまま私に向かって超高速で接近してきた。

 護衛として私の側に待機させておいたワルキューレが盾を構えて迎撃したけど、アルバはそれを容易く貫通し、ワルキューレを爆散させる。

 自動防御の球体アイスゴーレムは、氷の盾を展開する暇すらない。

 訳がわからない。

 わからないけど、これを食らったら死ぬという事だけはわかった。

 

 私はワルキューレが壁になってくれる事で出来た僅かな猶予を使って、思いっきり上体を後ろに逸らして突撃を避けようとした。

 だけど避けきれず、アルバの剣が私の兜に当たり、砕く。

 でも、兜に攻撃が当たった時の衝撃で私の身体は後ろへと倒れ、なんとか直撃を避ける事に成功した。

 

 そして、一方のアルバは床に墜落。

 突進の勢いのままに地面を抉りながら進み、最終的に城の壁を盛大に砕きながらめり込んで止まった。

 

「…………」

 

 なんだったんだ今の……。

 今の一瞬だけで、ワルキューレが二体もやられた。

 二体ともコアを砕かれたみたいで再生する気配がない。

 私自身も盛大に頭を打ち付けたせいでクラクラする。

 マズイ。

 頭へのダメージは魔術の精度に直結する。

 

「『回復(ヒール)』」

 

 早急に回復魔術で頭を治しておいた。

 そんな事をしている間に、アルバがめり込んだ壁から、というか瓦礫の中から出てきた。

 その姿を見て、私は驚愕する。

 同時に、今の超スピードのカラクリがわかって唖然とした。

 

 アルバの背中には、ゆらゆらと不定形に揺らめく一対の光の翼が生えていた。

 

 こ、こいつ!?

 序列一位の人の技術の次は、私の氷翼(アイスウィング)をコピーしやがった!

 信じがたい。

 そんな簡単に真似できるような芸当じゃないのに!

 さすがに、まだ完全には制御できてないみたいで、光の翼はすぐに揺らめいて消えた上に、アルバ本人も自爆ダメージで私以上の傷を負ってる。

 けど、あの程度なら回復魔術ですぐに治せるだろうし、戦闘継続にそこまでの影響はない。

 それよりも、今の光の翼による超加速は警戒しておかないと。

 幸い、来るとわかっていれば対処できない程じゃない。

 ワルキューレ二体の犠牲は痛いけど……この手札をさらさせる為の必要経費だったと思うしかないか。

 

 とにかく、今は追撃だ。

 アルバが傷を治す前にガンガン攻める。

 私は残り二体のワルキューレをアルバに向けて突撃させた。

 私自身の守りとして、今度は事前に球体アイスゴーレムに氷の盾を纏わせておく。

 そのせいで氷結光最大出力(フリージングブラスト・ライジング)は撃ちづらくなったけど仕方ない。

 防御優先だ。

 

 ワルキューレの一体がランスを突き出す。

 

「『光騎剣(シャインブレード)』!」

 

 そのランスを、アルバは光を纏った斬撃で消し飛ばした。

 足を止めての迎撃か。

 なら!

 

「『氷柱(アイスピラー)』!」

 

 アルバの足下から尖った氷の柱を生やす。

 でも、これは前に一度見せた手だ。

 意表は突けず、アルバは氷柱が生える前に横へと半歩ずれるだけで回避した。

 そのまま、ワルキューレに側面から剣を振るう。

 でも、そのくらいは予想済みだ!

 

「『氷剣山(アイスニードル)』!」

 

 移動したアルバの足下から更に氷の柱を生やす。

 一本ではなく大量に。

 アルバが避ければ、避けた先の床から氷柱が生える。

 それを全て避ける為に、アルバはワルキューレからドンドン遠ざかって行った。

 狙い通り。

 これでワルキューレを巻き込まずに魔術が使える。

 

 ワルキューレから充分に離れたところで、私のアルバの周囲一帯の床全てから氷柱を生やした。

 まさに剣山のように。

 広範囲の物理攻撃。

 これは避けられない筈だ。

 

「くっ!」

 

 案の定、アルバは飛び上がってから足下に向けて剣を振るい、足下の氷柱を砕く事で対処した。

 簡単だからこそ発動の早い氷柱(アイスピラー)相手に、私より発動速度の劣るアルバの魔術で対抗するのは難しい。

 なら、こうなるのは必然。

 これもまた狙い通りだ。

 

「『氷棘(アイスソーン)』!」

「ぐぁ!?」

 

 アルバが迎撃できたのは、アルバの足下から生えた氷柱一本だけ。

 残りの、アルバの周囲をぐるりと囲むような氷柱を壊す余裕まではなかった。

 だから私は、その無数の氷柱から横に伸びる棘を生やし、それによってアルバを串刺しにする。

 致命傷になるような強い攻撃じゃないけど、確実に手傷は負わせられた。

 いくら強力な魔術師とはいえ、傷を負えば当然痛いし、回復するまでは動きが鈍る。

 その隙を起点に、こっちは攻撃を繋げる。

 回復の暇も、反撃の隙も与えない!

 

「『氷葬(アイスブレイク)』!」

 

 無数の氷柱を勢いよく砕き、攻撃兼目眩ましにして、ワルキューレ二体に『氷獄吹雪(ブリザードストーム)』を発動させた。

 更に!

 

「『氷結光(フリージングブラスト)』!」

 

 私自身も冷凍ビームを放つ。

 三方向からの同時攻撃。

 しかも、息をつく間もない怒涛の連続攻撃だ。

 普通に対応限界ギリギリの筈。

 迎撃魔術の発動が間に合うかは怪しい。

 さあ、どう対処する!

 

「『聖十字斬り(ホーリークロス)』!」

「なっ!?」

 

 アルバが十字型の二つの斬撃を放つ。

 縦の斬撃が氷結光(フリージングブラスト)を、横の斬撃が氷獄吹雪(ブリザードストーム)を切り裂いて相殺した。

 そ、そんなバカな!?

 こんな簡単に対処されるなんて!?

 アルバの魔術発動速度じゃ、迎撃なんてできてもギリギリのタイミングになる筈なのに!

 嫌な予感がした。

 それも特大の嫌な予感が。

 

「『氷槍(アイスランサー)』!」

 

 動揺しながらも私は追撃を繰り出す。

 一瞬で高速回転する巨大な氷の槍を作り出し、アルバに向けて射出した。

 アルバはそれを衝撃波移動で避ける。

 だけど、その先にワルキューレの一体が回り込み、ランスによる攻撃でアルバを狙った。

 

 しかし、アルバはワルキューレのランスをするりと剣で受け流し、返す刀でワルキューレの首をはねた。

 

「!?」

 

 何度も見せた攻撃とはいえ空中で、しかも衝撃波移動した直後の崩れた体勢で、あんな綺麗な反撃!?

 でも、狙った場所が悪かった。

 首をはねてもワルキューレは止まらない。

 首なしワルキューレはその場で身体を高速回転させ、ランスの側面をアルバに叩きつけた。

 

「!」

 

 さすがにそれは予想外だったみたいで、アルバは攻撃を食らって吹き飛んだ。

 でも、しっかりとガードが間に合ってる。

 だけど、吹き飛ばされた先には、当然のようにもう一体のワルキューレ。

 加えて、私も魔術で妨害を入れる。

 

「『氷狙撃弾(アイススナイプ)』!」

 

 選んだ魔術は、超高速の氷弾。

 小さいからワルキューレの邪魔をしづらく、しかも威力も速度も充分にアルバを殺傷し得る有能魔術。

 しかも、今回はそれを五発連続で放った。

 一発は身体の中心目掛けて、残りの四発は避ければ当たるであろう位置に向けて。

 アルバは吹き飛ばされてる最中に、背中側から突撃してくるワルキューレと、側面から飛んでくる氷弾五発を同時に捌かないといけない。

 難易度は高い。

 仕留めるのは無理でも、手傷くらいは負わせられる状況の筈だ。

 なのに、嫌な予感はドンドンと膨らんでいく。

 

 そして、その予感は現実のものとなった。

 

 アルバはまず衝撃波移動で上へと飛び、一発目の氷弾を避けた。

 次に、その途中で身体を捻って上下を逆転。

 頭を地面に、足を天井に向けた天地逆転の体勢を取る。

 更に、身体を捻っている最中に、私が上への逃げ場を潰すように放った二発目の氷弾を剣で弾き。

 最後に、その体勢で光を纏った剣を振り抜いて、ワルキューレの肩口から脇腹までを真っ二つに切り裂いた。

 胸部に埋まっていたコアも破壊され、ワルキューレがただの残骸へと変わる。

 

「ッ!?」

 

 なんだ……なんなんだ!? 今の洗練された動きは!?

 吹き飛ばされた体勢から、衝撃波移動を使って完全に体勢を整え、私の攻撃全てを的確に処理した挙げ句、ワルキューレまで仕留めやがった!

 こんな事、今までのアルバにできる訳がない。

 まさかとは思ったけど間違いない。

 こいつ……!

 

 私との戦いの中で成長してる!

 

 戦闘開始時点に比べて、剣術も、体捌きも、魔術制御も、魔術発動速度も、桁違いにパワーアップしてるのだ。

 まるで、私がシナリオを変えたせいで経験できなかった戦いの分を、ゲームと違って得られなかった分の経験値を、今この場で急速に吸い上げるかのようにアルバは強くなっていく。

 

 人を最も成長させるのは逆境だ。

 戦士を最も成長させるのは強敵との戦いだ。

 足掻き、もがき、必死に勝ち筋を探そうとして強くなる。

 打たれて強くなる鋼のように、人は逆境に打たれてこそ最大の成長を遂げる。

 その現象がアルバに起きてるって事か?

 考えてみれば、今までのアルバとの戦いは、常に私の方が圧倒的に強い状態での対戦だった。

 それこそ、経験を得られる「戦い」ではなく、得るもののない「蹂躙」になってしまうくらいに。

 その状態で、なんとか一矢報いようとしていたのが今までのアルバだ。

 私の左眼は、互角の戦いではなく、その報いられた一矢に貫かれたものでしかない。

 

 でも、今回の戦いは違う。

 戦闘開始時はまだ私の方が強かったけど、それでも今までより遥かに互角に近い戦い。

 一矢報いるだけじゃなく、ちゃんとした勝負として成立する戦い。

 莫大な経験値を得られる、自分より強い敵との戦いとして成立する戦い。

 

 アルバは元々戦いの天才だ。

 ゲームにおいても決して長くはない戦闘経験で、あの皇帝を倒してみせた才能の化け物だ。

 この天才ならできるって事だろう。

 得た経験値をその場で力に変えるという神業が。

 戦いの中で急速に進化し続けるというふざけた真似が。

 本当に冗談じゃないぞ!?

 

「『光翼(フォトンウィング)』!」

 

 そしてほら、また進化した!

 さっきは制御に失敗してた光の翼を使ってきた。

 しかも、まだ完全ではないとはいえ、さっきよりも形が安定してる。

 その状態で、アルバが私目掛けて超速タックルをかましてきた。

 嘆いてる暇もない。

 なんとか対処しなくては!

 

 ワルキューレは残り一体。

 しかも、アルバとは少し離れた位置にいるから、この攻撃への盾には使えない。

 だけど、今回はこっちだって初見じゃないんだ。

 来るとわかっていれば対処できる。

 

「『氷結光(フリージングブラスト)』!」

 

 私は向かって来るアルバに向けて冷凍ビームを叩き込んだ。

 同じ技を使うからこそわかる。

 魔術の翼による飛行は、速度は出ても小回りが利かない。

 戦闘機みたいなものだ。

 この距離で突進に使うなら、絶対に曲がれない。

 

 案の定、アルバは氷結光(フリージングブラスト)の中に自分から飛び込んだ。

 身体の表面が凍りつき、氷結光(フリージングブラスト)の威力に押されて突進の速度も落ちる。

 それでも当たったら痛いじゃ済まないだけの威力は残ってるけど、その攻撃は自動防御の球体アイスゴーレム、氷の盾が防いでくれた。

 氷の盾は、勢いを削られたアルバの突進をしっかりと受け止める。

 

「『光騎剣(シャインブレード)』!」

 

 でも、その状態でアルバは更なる攻撃を繰り出してきた。

 光の斬撃が氷の盾を切り裂き、本体である球体部分も破壊する。

 どこまで強くなる気だ!?

 

「『浮遊氷剣(ソードビット)』!」

 

 私は剣型アイスゴーレムを使い、剣を振り抜いた体勢のアルバを斬ろうとした。

 アルバは後ろに下がってそれを回避する。

 そこへ最後のワルキューレが飛びかかり、私の魔術と連携して必死の交戦を試みる。

 だけど、内心で理解してしまった。

 これは時間稼ぎの延命にしかならないと。

 敗北を先送りにしてるだけだと。

 だって、アルバは一秒ごとに強くなっていくのだから。

 現時点で劣勢に近い拮抗じゃ、破られるのは時間の問題だ。

 

 そして、

 

「『破突光剣(シャインストライク)』!」

 

 アルバの剣が、最後のワルキューレの胸を貫いた。

 ワルキューレが頼れる戦力から無力な残骸へと変わる。

 ああ、これは終わったかもしれない。

 だけど、最後まで諦めない。

 勝ち目はまだ残ってる。

 諦める訳にはいかない。

 

 私はアルバに両手を向け、魔術を放つ。

 最後の抵抗を試みる。

 それを見てアルバは悲しげな顔を浮かべ、すぐにそれを振り払って剣を振るった。

 

 アルバの剣が私の魔術を切り裂く。

 そして、距離を詰めてくる。

 絶体絶命の窮地。

 

 その時━━

 

 

「『闇鬼剣(ダークソード)』!」

 

 

 城の壁と床を真っ二つに切り裂きながら、アルバに向かって巨大な闇の斬撃が飛んできた。

 まるで私を守るように放たれた攻撃。

 それを避ける為に、アルバは一旦引いて私との距離を取る。

 その隙に、一人の青年が私とアルバの間に割って入った。

 

「城から大魔術が放たれたのを見て、まさかと思って来てみれば……どうやら来て正解だったようだな」

 

 黒い剣を油断なく構えながら、その人は重々しい口調でそう語る。

 その背中からは、凄まじい帝王のオーラが迸っていた。

 凄まじく頼り甲斐のある背中だった。

 それこそ、ワルキューレとは比べ物にならないくらいに。

 

 この人は、ゲームにおけるアルバの本来の宿敵。

 主人公と血の繋がりを持ち、数々の因縁を持ち、最後にこの場所で雌雄を決する筈だった本来の配役。

 この暗黒の国の正当後継者。

 その名は━━

 

「ノクス様……!」

 

 ノクス・フォン・ブラックダイヤ。

 ブラックダイヤ帝国第一皇子にして、私の過保護の上司でもある最強の味方が、絶体絶命の窮地に駆けつけてくれた。



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76 皇子の参戦

「お前は……!?」

 

 アルバがノクスの姿を見て目を見開いている。

 二人の間にゲームの時程の因縁はないけど、初対面でもない。

 アルバにとって、ノクスは右腕と右眼を失った戦いの首謀者の一人だ。

 多くの特級戦士達の仇でもあるし、それを差し引いても帝国の正当後継者なんて不倶戴天の敵だろう。

 皇帝を倒せたとしても、ノクスが残っていれば帝国はノクスを新しいリーダーとして抵抗を続けかねない。

 多分、革命軍にとってノクスは最優先撃破ターゲットの一人の筈だ。

 それがこんな所に現れた以上、アルバに戦わないという選択肢はない。そんな選択肢は取れない。

 

 そして、ノクスもまた引く気はないのだろう。

 その背中からは、相性最悪の敵を前にしても一切衰える事のない気迫が迸っていた。

 

「ノクス様……」

「セレナ、お前はこれからの帝国に必要な人材だ。お前が死に、これ以上六鬼将が減れば国が傾く。故に、ここで死ぬ事は許さん。わかったな」

「……はい!」

 

 その言葉の裏にあるノクスの優しさを感じ取って、私は大きな声で返事をした。

 ノクスは、とてつもなく強い貴族の義務(ノブレスオブリージュ)の精神を持ってる。

 自分に厳しく、常に国の事を第一に考え行動する人物。

 上に立つ者として完璧に近い本物の貴人だ。

 他のクソ貴族とは比べる事すらおこがましい、本物の皇子様なのだ。

 

 だからこそ、ノクスは常に立場に見合った言動を取る。

 私を過保護レベルで心配しようとも、ちゃんと仕事には送り出すし、公務の範囲を逸脱した甘やかしもしない。

 公私混同は決してしない。

 代わりに、公務の許す範疇でこうして助けてくれるのだ。

 

 やっぱり、ノクスは優しい。

 今の言葉を建前にして、たった一人で駆けつけてくれたんだから。

 多分、護衛は引き剥がして来たんだろう。

 護衛の足に合わせてたら、私のピンチに間に合わなかったかもしれないから。

 なんというイケメン。

 私の愛が姉様に捧げられてなければ惚れてたかもしれない。

 

「さて、道を違った我が血族よ。お前には色々と言いたい事もある。お前も私に言いたい事があるだろう。だが、この決戦の舞台で相見えた以上、もはや言葉など不要。……ただ、どちらが強いか、どちらが生き残るか、どちらがこれからの帝国を担うに相応しいか、雌雄を決するとしよう」

 

 そう言って、ノクスはアルバへと向かって駆けた。

 その速度は、今のアルバよりも尚速い。

 その勢いのまま、ノクスは黒剣で刺突を繰り出した。

 

 ように見えた。

 

「ッ!?」

 

 フェイントだ。

 あまりにも真に迫った見せかけ技。

 動きが上手かったのもそうだけど、フェイントのタイミングでむき出しの殺気を叩きつける事で、離れて見てた私でも一瞬本当にノクスが突きを繰り出したように見えた。

 それを真っ向から受けたアルバは、反射的に突きを防ぐ為に剣を動かし、結果、ものの見事にノクスの術中にはまる。

 ノクスは突きと見せかけて、その場で身体を左向きに回転させ、位置もタイミングもずらして闇を纏った横薙ぎの一撃を繰り出した。

 アルバはフェイントに騙されたせいで完璧な防御ができず、それを食らって横に吹き飛ぶ。

 咄嗟に最低限の防御は間に合ったみたいだけど、闇属性の破壊力はその程度で防ぎ切れるもんじゃない。

 

 アルバに明確なダメージが刻まれた。

 今回の戦いの中で最も大きいダメージが。

 

「うぉおおおおおお!!!」

 

 だけど、当然それだけで倒れてくれるアルバじゃない。

 すぐに態勢を立て直して、反撃に打って出た。

 私はそこに『氷狙撃弾(アイススナイプ)』によるちょっかいを出す。

 しかし、もうこの程度じゃ通じないのか、アルバは普通に剣で氷弾を叩き落としてみせた。

 

「『闇鬼剣(ダークソード)』!」

「うっ……!」

 

 でも、剣を氷弾の迎撃に使った隙を突いて、ノクスは自分からアルバに接近して剣を振るった。

 それを、アルバは光を纏った剣で防ぐ。

 闇を纏った剣と、光を纏った剣が、真っ向からぶつかり合った。

 だけど、アルバの方は氷弾を防いだ体勢から急いで剣を動かしたせいで、あんまり剣に力も乗ってないし、纏ってる光もそんなに強くない。

 相性で劣るとはいえ、そんなひょろひょろブレードに押し負けるノクスじゃなかった。

 ノクスの剣がアルバの剣をはね飛ばし、アルバの方が一方的に体勢を崩す。

 そこへ、ノクスは目にも留まらぬ連続斬りを放ち、一太刀振るう度にアルバの体勢を更に崩していく。

 一太刀振るう度に、アルバが確実に不利になっていく。

 まるで完璧な手順の詰将棋のように正確な、アルバに逆転を許さぬ至上の剣技。

 それを前に、完全にアルバは劣勢に追い込まれていた。

 

 ノクスと私の実力はほぼ互角だ。

 ただし、それは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()から、そういう認識になっただけ。

 氷翼(アイスウィング)で空を逃げ回る私をノクスは捉えられず、私も遠距離からの攻撃だけじゃノクスを倒せなかった。

 完全に私の得意分野を押し付けて、ようやく千日手。

 当然、さっきまでアルバとやってたような中距離の間合いで私がノクスに勝てた事は一度もない。

 近距離戦なんて言わずもがな。

 つまり何が言いたいかというと……

 

 この距離で戦うノクスは、私なんぞとは比べ物にならないくらい強いって事だ。

 

「こんのッ!」

 

 連続攻撃の波に逆らい、アルバが無理矢理反撃の剣を振るう。

 でも、そんな苦し紛れの攻撃がノクスに通じる筈もなし。

 完全に威力を受け流され、無理攻めの代償としてアルバの体勢はこれ以上ない程に崩れ切る。

 そこへ、ノクスは完璧なカウンターを放った。

 

「『黒薙ぎ(ブラックスラッシュ)』!」

 

 闇の斬撃を横一文字に振り抜く攻撃。

 あの斬撃は結構な間合いにまで伸びるから、左右にも後ろにも逃げられない技だ。

 唯一の逃げ道は上だけど、普通ならあの崩れ切った体勢で上に飛ぶ事はできない。

 そう、普通なら。

 

「『衝撃波』!」

 

 でも、アルバはあの状態からでも動ける技を持ってる。

 衝撃波移動によってアルバは自分の身体を上へとはね上げ、闇の斬撃を回避した。

 しかも、衝撃波を利用して崩れた体勢まで完全に立て直してる。

 驚くノクス。

 それに対し、アルバはノータイムでカウンターを放とうとした。

 ノクスなら防げると思うけど、多分形勢は互角にまで戻されるだろう。

 相手がノクス一人だったら。

 

「『氷結光(フリージングブラスト)』!」

 

 でも、ここには私もいる。

 遠距離戦に徹すればノクスとすら引き分けた、この私が。

 今ここに揃ってるのは、帝国で最も強くて相性の良いコンビだ。

 片方に隙が出来ても、もう片方が瞬時にそれをカバーできる。

 故に、私達に隙はない。

 

「ぐっ!? 『衝撃波』!」

 

 アルバはノクスへの攻撃を中断するしかなく、衝撃波移動で横に飛んで氷結光(フリージングブラスト)を避けた。

 だけど、意外と太くて速い冷凍ビームの光線を完全には避けきれず、左足に被弾。

 膝から下が凍りついた。

 砕けてないって事は芯までは凍ってないんだろうけど、あれじゃ足首は動かないし、膝にも冷気が伝わって少しはダメージ入ってると思う。

 戦闘力は確実に削いだ。

 

「『漆黒閃光(ダークネスレイ)』!」

「ぐぁ!?」

 

 更に、闇の破壊光線によるノクスの追い討ち。

 私の氷結光(フリージングブラスト)にタイミングを合わせた一撃をアルバは避けられず、もろに食らった。

 瞬時に光のオーラを鎧みたいに纏ってたから致命傷にはなってないだろうけど、あんなどう見ても発動が間に合ってない不完全な魔術で防ぎ切れるもんじゃない。

 相性の差がなければ、確実に今ので終わってた筈だ。

 だからだろうか。

 

「やったか?」

「ノクス様!? 不吉な事言わないでください!」

 

 ノクスが、そんな死の呪文を口走ってしまったのは。

 

「ハァ……ハァ……」

 

 だからという訳じゃないだろうけど、アルバは息を切らし、ふらふらとしながらも、舞い戻って来た。

 当たり前だけど、まだその目は全くと言っていい程死んでいない。

 多分、本番はここからだ。

 

「油断しないでください! 容赦なく畳み掛けますよ!」

「ああ、わかっている」

「『氷獄吹雪(ブリザードストーム)』!」

「『闇地獄嵐(ダークストーム)』!」

 

 そうして、私とノクスは新しい魔術を発動する。

 選択したのは、避けづらい広範囲攻撃。

 今は威力よりも命中率。

 迎撃に力を使わせて、確実に体力を削ぐ。

 それに、いくら迎撃しやすい広範囲攻撃魔術とはいえ、超級の魔術師二人がかりの攻撃だ。

 弱いとは間違っても言えないだけの威力がある。

 

 迫り来る二属性の破壊の嵐に対して、アルバは。

 

「『光翼(フォトンウィング)』……!」

 

 再び光の翼を出現させ、真っ向から突き破る事を選択してきた。



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77 死闘

 アルバが無事な右足で床を蹴り、光翼の推進力と合わせて、限界まで加速する。

 私は、アルバは光翼を出した時点で反射的に叫んでいた。

 

「超スピードで突進してくる攻撃が来ます! 注意してください!」

「わかった!」

 

 そして叫ぶと同時に、私は球体アイスゴーレムの盾を正面に配置。

 更に、ノクスの前に硬い氷の盾を展開した。

 どっちも透明で、視覚情報を阻害しないやつだ。

 でも、これだけじゃ完全には防げない。

 だから、私は残った右眼に魔力を流し、動体視力を限界まで強化して前を見据えた。

 

 見極めろ。

 私とノクス、アルバが狙ってくるのはどっちだ?

 踏み出す角度、視線の向き、翼の方向、あらゆる要素からアルバの突進ルートを導き出せ。

 

 その結果、私の眼は捉えた。

 二つの嵐を突き破ったアルバが、ノクスを目掛けて突進していく様子を。

 

「『氷狙撃弾(アイススナイプ)』!」

 

 アルバの剣を氷の盾が防いだ瞬間に、私の氷弾がアルバの頭を射抜かんと発射され、同時にノクスも氷の盾が砕けるまでの刹那の間に体勢を整え、カウンターの剣で胴を薙ごうとする。

 読み勝った。

 そう思った。

 

 だけど、次の瞬間、アルバは予想外の動きを見せる。

 なんと、超スピードのまま直角に曲がって、真上へと逃れていったのだ。

 

「は!?」

 

 開いた口が塞がらない。

 アルバが何をやったのかは見えた。

 今の動きのカラクリはわかっている。

 だからこそ、驚愕するしかない。

 

 アルバは、この戦いの中で習得した二つの超高等技術。

 すなわち、光の翼と衝撃波移動を()()()()()()()()

 まるで、超速で飛ぶ戦闘機を横から殴って無理矢理軌道を変えるかのような荒業。

 難易度は二つの技術の足し算……いや、掛け算でも足りないくらい上がってる筈なのに。

 アルバはぶっつけ本番でそれを成功させて見せた。

 そして、それは間違いなく私達の意表を突いた。

 

 真上に逃れたアルバが、天井を蹴ってもう一度加速する。

 光の翼は出しっぱなしだ。

 なら当然、スピードはさっきと同じ。

 それに対して、こっちは迎撃態勢が整ってない!

 マズイ!

 

「『破突光翼剣(ストライクフリューゲル)』!」

「ぐっ!?」

 

 アルバの一撃がノクスを襲い、その左腕を斬り飛ばした。

 しかも、相性最悪の光の魔力がノクスの体内に侵入したって事は、前と同じように魔力異常が起きてしまう。

 前回はかすり傷で身体強化すらおぼつかなくなった。

 それ以上の手傷を負った今回、戦闘継続すらできなくなってもおかしくない。

 ヤバイ!

 本気でヤバイ!

 

「舐めるなッ!」

「何っ!?」

 

 でも、ノクスは倒れなかった。

 身体中から不定形の闇のオーラを噴出させ、技の反動で床にめり込んでたアルバを狙う。

 だけど、アルバは光の翼を盾にそれを防いだ。

 このままじゃ反撃されてノクスがやられる!

 なんとか、ノクスからアルバを引き剥がさないと!

 冷気じゃダメだ。

 今のアルバを吹き飛ばす程の威力は出せないし、何よりここから撃ったんじゃノクスを巻き込む。

 なら!

 

「『氷山(アイスベルク)』!」

「うぉ!?」

 

 選んだ魔術は氷壁(アイスウォール)の上位魔術である『氷山(アイスベルク)』。

 その名の通り、まるで氷山みたいに巨大な氷の壁を作る魔術だ。

 それを二人の間に発生させ、物理的な壁でアルバを遮る。

 氷山は城の天井を貫通して外に出る程に高く、そして、それ以上に分厚く作られ、アルバとノクスを反対方向に押し出した。

 今の内だ。

 

「ノクス様!」

 

 私は氷翼(アイスウィング)を出して速攻でノクスに駆け寄る。

 そして、左腕を回収して回復魔術をかけた。

 それで全快とはいかないまでもノクスの傷が治り、一応は左腕もくっついた。

 けど、光魔力の影響が未知数だ。

 

「大丈夫ですか!?」

「ああ、なんとかな。左腕は動く。光の魔力もわかっていれば対処はできる。戦闘継続は可能だ。……弱体化は免れないだろうがな」

 

 そっか……。

 とりあえず最悪の事態には陥ってないみたいで安心した。

 でも、ホッと一息とはいかない。

 だって、氷山の向こう側から氷を砕く爆砕音が聞こえてきてるのだから。

 休憩時間はもう終わりだ。

 

「仕掛けます。なんとか頑張ってください、ノクス様」

「当然だ」

「では……『氷葬(アイスブレイク)』!」

 

 私は氷山を爆発させるように勢いよく砕き、その衝撃でアルバを狙う。

 そこそこ強い攻撃なのに、アルバは当たり前のように衝撃と氷の破片を剣で振り払った。

 まあ、予想通りだ。

 少しでもダメージを与えられれば儲けものだと思ってたけど、ダメならダメで攻撃の起点になってくれればそれでいい。

 

「『氷砲連弾(アイスガトリング)』!」

 

 私は右手をアルバに向け、車サイズの氷の砲弾を連続でぶっ放つ。

 殺傷力では氷結光(フリージングブラスト)とかの高出力の冷気系に劣るけど、一回切り裂かれたら終わりの冷気系より、こういう連続の物理攻撃の方が迎撃に手間をかけさせる事ができる。

 それでも、今のアルバ相手じゃ牽制と僅かな時間稼ぎくらいにしかならないだろう。

 その証拠に、アルバは氷の砲弾を難なく斬り払ってこっちに向かって来てる。

 だから、私は左手の杖の先で発動準備をしていた魔術を追加で使う。

 

 進撃するアルバの足を、忍び寄っていた氷の腕が凄まじい力で掴んだ。

 

「なっ!?」

「『残骸氷騎兵(アンデッド・ワルキューレ)』!」

 

 それは、さっきの攻防で破壊されたワルキューレの残骸。

 コアを失ったり、木っ端微塵に砕かれたりしたとはいえ、作成時に使った膨大な魔力の一部が、まだワルキューレの残骸には残ってる。

 なら、まだ利用価値はある。

 私は一瞬で全てのワルキューレの残骸をアルバの近くへと集めた。

 そして、

 

「『冥府氷葬(ヘルブレイク)』!」

「ぐぅ!?」

 

 残骸の魔力を起爆剤に『氷葬(アイスブレイク)』と『衝撃波』の合わせ技を発動。

 この組み合わせ自体は通常の氷葬の時もたまにやってるけど、これだけの魔力を一度に使うのは稀だ。

 これは言うなれば、ワルキューレを使い捨てにした大魔術。

 もっとも、今回使ったのは残骸だから威力も落ちるけど、それでも私が一度に使える本来の魔力量を軽く超えた魔力を使った大爆発は、城の一角を完全に消し飛ばす程の破壊力を叩き出した。

 

 チュドオオオオオオン!!! という凄まじい爆音が辺りに響き渡る。

 離れれても吹き飛ばされそうな衝撃。

 ワールドトレントの一斉擬似ブレスを確実に超える火力だろう。

 いったい、爆心地はどれだけの地獄かわかったもんじゃない。

 

 なのに、それでも尚。

 

「クッソ……!」

 

 思わず悪態が口から漏れる。

 あれだけの攻撃にさらされながらも、アルバはまだ生きていた。

 全身に傷を負いなからも、未だに倒れず光の翼で宙を舞う。

 その身体は光のオーラに包まれていた。

 前に『絶対零度(アブソリュートゼロ)』を防いだ光のオーラ。

 あれのガードで難を凌いだんだろう。

 本当に、チートも大概にしてほしい。

 

「ウォオオオオオオオオッ!!!」

 

 アルバが雄叫びを上げながら光の翼で突進してくる。

 さすがに、その声には余裕が欠片もない。

 傷も深いし、魔力もかなり使ったんだろう。

 私達の攻撃は効いてない訳じゃない。

 確実に追い詰めてはいる。

 なら、勝てないなんて事はない!

 

「ノクス様!」

「『闇神剣(ダークネスソード)』!」

 

 ノクスが渾身の闇魔術を纏った剣でアルバを迎撃する。

 加速を力にしたアルバと、私の後ろでできる限りの魔力を練ったノクス。

 その二人の激突の結果は、互角だった。

 相性の差で光が闇を打ち消すも、力勝負では拮抗し、お互いに大きく剣が弾かれる。

 そこを私が魔術で狙った。

 

「『浮遊氷剣(ソードビット)』!」

「ぐぅ!?」

 

 この距離なら一番速くて強い剣型アイスゴーレムかアルバを襲う。

 アルバは衝撃波移動で直撃は避けたけど、避けきれずに脇腹をバッサリと斬られた。

 惜しい。

 あと数センチ深かったら内臓を斬れてたのに。

 

「『光翼嵐飛行(テンペストフライ)』!」

 

 そうして私達の攻撃から逃れたアルバは、超高速で私達の周りを旋回し出した。

 光の翼と衝撃波移動を複雑かつ連続で組み合わせた、超速で変則的な軌道。

 よ、読み切れない!

 

「『光騎剣(シャインブレード)』!」

「うっ!?」

「ぐっ!?」

 

 その状態から放たれる四方八方からの剣撃の嵐。

 とてもじゃないけど防ぎ切れず、球体アイスゴーレムが斬られ、氷剣が砕かれ、鎧が機能を失い、私達の身体にも無数の傷が刻まれる。

 ノクスが頑張っていくらか防いでくれてるから致命傷にはなってないけど、このままじゃ遠くない未来に詰む。

 なんとか、なんとかしないと!

 

「セレナ! 落ち着け!」

 

 その時、ノクスの声が逸る私を諌めた。

 そして、ノクスはこんな状況でも冷静さを失わずに語る。

 

「奴の顔を見ろ! 向こうにだって余裕はない! これは明らかな無理攻めだ! ならば必ずすぐに限界が来る! 耐えてそこを狙うぞ!」

「! はい!」

 

 その指摘にハッとする。

 その通りだ。

 アルバは痛みを堪えながら、疲労を気力で誤魔化しながら全力攻撃を仕掛けてきてる。

 だったら、必ず息切れのタイミングは訪れる筈だ。

 ピンチとチャンスは表裏一体。

 この攻撃を耐えきった先に、私達の勝機がある!

 

 防ぐ。

 アルバの剣を即席の氷の盾を纏った腕で。

 盾は一撃で砕かれるけど、その度に作り直して防ぐ。

 

 耐える。

 アルバの攻撃が私の足を切断した。

 でも、そこは前の戦いで失った場所だ。

 痛くもなんともない。

 義足はすぐに作り直せばいい。

 

 堪える。

 背後から首を切断するコースの斬撃をノクスが防いでくれた。

 お返しに、ノクスの頭を真っ二つにしそうな斬撃を氷の盾で逸らす。

 お互いに命拾いした。

 

 そうして耐えて、耐えて、耐えて。

 ついに、その瞬間が訪れた。

 ノクスの右腕が切り裂かれ、宙を舞った剣が偶然アルバの身体を傷つける。

 そのダメージが最後の一押しになったのか、アルバに限界が訪れ、光の翼が消失した。

 チャンスだ。

 千載一遇の好機。

 当然、それを狙い済ましていた私達は、その隙を見逃さない。

 ボロボロの身体を気力で支えて、魔術を放つ。

 

「『氷結光(フリージングブラスト)』!」

「『漆黒閃光(ダークネスレイ)』!」

 

 冷気と闇。

 二つの閃光。

 限界ギリギリの身体で放ったその魔術は、いつもに比べれば酷く弱々しい。

 それでも、同じく限界のアルバを倒すには充分な威力。

 混ざり合った二つの閃光を、アルバは避けきる事も迎撃する事もできず……

 

 私達の魔術が、アルバの右半身を貫いた。

 

「やった……!」

 

 アルバの右肩が光の義手ごと消し飛び、その義手が握っていた純白の剣が空高くへと打ち上げられる。

 顔も削れ、胴も削れ、足も削れ、アルバは半身の機能を失った。

 致命傷だ。

 死にはしなくても、回復魔術がなければ戦闘継続は不可能と断言できる。

 勝った。

 普通ならそう思うだろう。

 

 だというのに。

 こいつは、この化け物は。

 

「アアアアアアアアッ!!!」

 

 まだ動いていた。

 無くなった右半身から光の義手を生やし、失った剣の代わりに光の剣を作り、それを袈裟懸けに振り下ろしてくる。

 

「『光神剣(シャイニングブレード)』!」

 

 最後の攻撃。

 最後の意地。

 これを防げばアルバはもう動けない。

 そこにトドメを打ち込めば私達の勝ちだ。

 なのに、━━私にはもうそれを避けるだけの力が残されていなかった。

 

 光の剣が、肩口から私の身体に侵入した。

 砕けた鎧ではそれを止められず、刃が肩を切り裂き、骨を切り裂き、肋骨を切り裂いて、心臓に到達する。

 

「セレナッ!!!」

「あ……」

 

 ノクスが、私と光剣の間に強引に入ってきた。

 剣を失い、右腕を失い、左腕も完全には治ってないから不自由な状態で。

 その身体を盾にして私を守ってくれた。

 

 ノクスの身体を切り裂いた光剣が、城の床に叩きつけられる。

 そして、今までの戦いで散々打ち付けられた床が限界を迎え、大きくひび割れて崩壊を始めた。

 城の地下はかなり深い。

 その奈落に向かって、私とノクスは落ちていく。

 そんな私達を、アルバは膝をついて息を切らしながら、悲しそうな目で見詰めていた。

 

 そうして、落ちて、落ちて、落ちて。

 一番下の床に叩きつけられた時、私の意識は消失した。



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78 遺言

「う、うぅ……」

 

 痛みで意識が覚醒する。

 目を開いた先には、一面の闇があった。

 月の光がこの地下までは届いてないんだと思う。

 続いて傷口を確認すると、結構な量の血が現在進行形で流れ続けていた。

 あの傷で血が流れ尽くしてないって事は、意識を失ってたのはほんの数秒だったんだと思う。

 とりあえず、急いで回復魔術を使って最低限の治療を施し、傷を凍らせて止血した。

 ……けど、それで治る傷じゃないな。

 それでも、これで即死は免れる筈だ。

 

「ノクス様……」

 

 そして、私はふらふらと立ち上がってノクスを探した。

 一緒に落ちてきたんだから近くにいる筈だ。

 そう思って探索魔術を使えば、すぐにノクスの気配を捉える事ができた。

 急いでノクスの元へと駆けつける。

 

 でも、そこで待っていたのは、残酷な光景だった。

 

「あぁ……」

 

 ノクスは、袈裟懸けに大きな斬り傷を受けた状態で、血の海の中に倒れていた。

 身体が殆ど真っ二つになってる。

 背中の皮一枚で辛うじて繋がってるような状態。

 どう見ても致命傷だ。

 回復魔術をかけてみたけど、傷は殆ど回復しなかった。

 回復力の源となる生命力が尽きかけてるんだ。

 ノクスが凄まじい魔力と生命力を持つ強力な魔術師だからこそまだ辛うじて生きてるけど、それも僅かに死を先延ばしにするだけ。

 もう、死は避けられない。

 

「うぅ……!」

 

 私は、瀕死のノクスを胸に抱いた。

 血が流れ尽くして、酷く冷たい身体。

 死体半歩手前の身体。

 まるで姉様の亡骸を抱いた時みたいだ。

 涙が出てくる。

 

「セ、セレナ……」

「ッ!? ノクス様!」

 

 まだ意識がある!

 ノクスは、弱々しい声で話しかけてきた。

 

「セレナ、無事か?」

「……はい」

 

 嘘を吐いた。

 私には、そう言う事しかできなかった。

 

 今、私の心臓は鼓動を停止している。

 

 いや、この言い方は正確じゃないか。

 正確には、心臓自体がなくなってる。

 アルバの一撃を受けて跡形もなく消し飛んだからだ。

 無くなったものを回復魔術で治す事はできない。

 そして、いくら生命力の強い魔術師でも、心臓がなくちゃ生きていられない。

 私の魔力量なら一日くらいは生きられるかもしれない。

 だけど、それだけだ。

 私の命は、既に終わりが見えている。

 

「そうか……」

 

 ノクスは私の嘘を見抜いたように、悲しげに目を細めた。

 そして、少しだけ沈黙した後、どこか遠くを見ながらノクスは口を開いた。

 

「……私は、負けたのだな」

 

 重々しい言葉。

 それは、皇子としてのノクスを完全否定するような言葉。

 そんな言葉に、私は何の言葉も返せなかった。

 

「全てをかけて戦った。皇子としての誇り、磨き上げた剣技、魔術。お前という強力な部下の力も借りた。だが、それでも届かなかった。奴の方が私よりも優れていた。……完全敗北だ。帝国第一皇子、ノクス・フォン・ブラックダイヤはここに散った」

 

 ノクスはそんな事を語る。

 悲しそうで、悔しそうで、だけどほんの少しだけ解放されたかのような険の取れた声で。

 

「私はもう死ぬ。敗北し、惨めに戦死する私を陛下は見限るだろう。そうなれば、私はもはや皇子ではない。皇子ではなくなる。だが、だからこそ……」

 

 ノクスの目が私を見据える。

 いつもの帝王のオーラに、覇気に溢れた瞳ではなく、弱々しい普通の青年のような目で私を見る。

 

「セレナ、お前に言わなければならない事がある。帝国第一皇子としてではなく、ただのノクスとしての言葉だ。聞いて、くれるか?」

「はい。もちろんです」

 

 これから語られるのは、ノクスの遺言だ。

 皇子としてではなく、私の恩人であるノクスとしての遺言。

 聞かないなんて恩知らずな事はしたくないし、できない。

 

「あり、がとう。セレナ、私がお前に言わなければならない言葉は『謝罪』だ。……すまなかった。私は、知っていたのだ。陛下がお前にした事を。ルナマリアの呪いの事を。知っていて、何もできなかった」

「…………え?」

 

 血を吐くような後悔に満ちた言葉。

 それを聞いて、一瞬頭が真っ白になる。

 呆然としたまま、私は、

 

「な、んで?」

 

 そう呟いていた。

 

「いつから……?」

「陛下が、お前に何かをしたかもしれないとは、最初から思っていた。その具体的な内容を、あの呪いの事を知ったのは、お前の屋敷でルナマリアと再会した時だ。ルナマリアが私達の居た部屋に突撃してきて、その魔力反応を探索魔術で探った時、あの子の身体を蝕む覚えのある魔力に気づいた」

 

 あの時か……。

 革命軍のファーストアタックの直後、ノクス達をアメジスト家の別邸に招いて裏切り者の話をしてた時。

 そういえば、あの時にルナを見たノクスの態度は少しおかしかった。

 

「気づいても、どうにもならなかった。陛下に直訴はしてみたが、聞く耳すら持ってもらえなくてな……。帝国第一皇子として、陛下の決定には逆らえない。私個人としても、お前に呪いを解こうとして、無謀な事をしてほしくなかった。あの呪いの解除方法は、事実上実行不可能な危険で無謀なものしかなかったからな」

 

 ノクスは語る。

 今まで心の内に溜め込んでいた後悔を、残りの命と共に吐き出すように。

 

「この話を、お前にする訳にはいかなかった。どれだけ無謀な方法でも、呪いを解除できる可能性があるならば、お前は陛下に牙を剥きかねない。皇子として、それを許す訳にはいかない。本音を言えば、それでお前を失うのが怖かった。……すまなかった。私はお前と契約したのに、エミリア殿とルナマリアを守ると誓ったというのに、まるでそれを果たす事ができなかった。それどころか、お前を助ける事すらできなかった……。すまない。本当にすまない……」

 

 ノクスが、泣いていた。

 常に凛として、帝王のオーラを纏い、部下の前でも滅多な事では僅かな弱みすら見せなかった、あのノクスが泣いていた。

 まるで子供のように泣きじゃくっていた。

 ……そんな姿を見て、恨める訳がない。

 この涙の訳が、私を気づかってくれたノクスの優しさだって事がわかってるから。

 

 私は、ノクスを抱き締める力を強めた。

 

「ノクス様、あなたはできる限りの事をしてくれました。私が今日までルナを守ってこれたのは、ノクス様のおかげです。……私は、あなたに心から感謝しています。ありがとうございました、ノクス様」

 

 私は、できる限りの優しい声でそう言った。

 偽る事なく本心を語った。

 心からの感謝を口にした。

 

 私のノクスへの感謝は本物だ。

 ノクスは精一杯頑張ってくれた。

 精一杯、私達を守ってくれた。

 ずっと側で見てきたから知ってる。

 私に隠してた事だって、結局は私の為を思っての行動だ。

 

 実際、ノクスから呪い解除の無謀な方法とやらを聞かされていれば、私は自分を押さえられなかったかもしれない。

 何せ、私の心はとっくの昔に限界だったんだから。

 そこにか細い蜘蛛の糸のような希望を抱かせれば、千切れるとわかっていても、それにすがりついた可能性は充分にある。

 ノクス達が味方してくれれば大丈夫だとか理屈を捏ねて、勝算の薄い賭けに挑み、ノクスやルナを巻き添えにして皇帝に殺される。

 そんなIFが鮮明に思い浮かぶ。

 希望とは必ずしも救いではない。

 希望こそが最大の絶望になり得るのだ。

 まるでパンドラの箱の逸話のように。

 

 だからこそ、希望をあえて私に伝えなかったノクスを責める気にはならない。

 むしろ、それも含めて感謝してる。

 そもそも、命を賭して私を守ってくれた人を責められる訳がない。

 

 私が本気で感謝しているという事はノクスにも伝わったみたいで、ノクスはそっと目を閉じ、

 

「ありがとう……セレナ」

 

 小さな声で、ポツリとそう呟いた。

 穏やかな声。

 少しだけ救われたような声。

 この心優しい恩人の心が、ほんの少しでも救われていてほしい。

 私は心の底からそう思った。

 

「ぐっ……ゴホッ!」

「ノクス様ッ!」

 

 ノクスが急に血を吐き出した。

 そして、急速に目から光が消えていく。

 ノクスの命の灯火が、今まさに消えようとしている。

 

 でも、そんな状態で、ノクスは私を見据えた。

 焦点の合わなくなりつつある眼で、しっかりと私を見ながら語った。

 

「もう、時間がないな。私にも、お前にも……。セレナ、これからお前に遺言を残す。それが私のできる最後の手助けだ。心して聞け」

「……はい!」

 

 私は涙を流しながら、それでもしっかりとした声で返事をした。

 それを聞いて、ノクスは微笑みながら最後の言葉を話し始める。

 

 そして、その遺言を語り終えた時。

 帝国第一皇子、ノクス・フォン・ブラックダイヤは……いや、私の恩人であるただのノクスは。

 私の腕の中で、静かに息を引き取った。



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勇者は走る

「ハァ……ハァ……ぐぅ!?」

 

 疲労に息を切らし、大ダメージの痛みに呻きながら、俺は苦い勝利の味を噛み締める。

 最後の一撃、あれは確実に致命傷を与えた手応えを感じた。

 あの二人に、決して助からないようなダメージを刻んだ手応えを。

 革命の大きな障害だった奴を二人倒した。

 多くの仲間達の仇を討った。

 だけど、俺の心を支配するのは、どうしようもない痛みと悲しみだけだった。

 

 なんで、俺はこんな結末しか選べないんだろう。

 セレナはただ、自分の大切なものを守る為に戦ってただけだ。

 あのノクスという男も、仲間であるセレナを守る為に命を散らした。

 どっちも、絶対に殺されなきゃいけないような悪人じゃなかった。

 それなのに、俺はそんな二人を倒した。

 あの二人を、殺した。

 そんな道しか選べなかった事が悲しくて仕方がない。

 

 きっと、何かが違えば、こんな悲しい道を辿らなくてもいい未来があった筈なんだ。

 もしも、この国が革命なんか必要としないような平和な国だったら。

 もしも、この国全体がセレナの領地のように明るい場所だったら。

 俺達は大切なものを失う事もなく、こんな血みどろの殺し合いをする事もなく、お互いに尊重し合って平和に暮らしていけたかもしれない。

 もしかしたら、セレナ達と仲良くできる未来もあったかもしれない。

 友達みたいな関係になれたかもしれない。

 この国が、こんなにも悲劇で溢れてさえいなければ。

 

 それは今さら叶わない夢だ。

 だけど、だからこそ、こんな悲劇は俺達で終わりにしないといけない。

 これから先の人達にまで、俺達みたいな絶望を味わってほしくない。

 

 だから、立ち上がれ、俺。

 立ち上がって剣を握れ。

 終わりにするんだ。

 この国の悲劇を。

 この暗黒の時代を。

 それを成し遂げるまで、倒れる訳にはいかない。

 

 俺は腰のホルスターに入れてあった回復の魔導兵器(マギア)を取り出し、身体に押し当てて起動させる。

 それによって、自分の魔力を温存しつつ、ある程度の傷を回復させる事には成功した。

 もちろん、欠損部分が治る事はないし、失った魔力が回復する事もない。

 右半身に致命傷なダメージを受けてしまった今、回復してもまともに歩く事すら難しい。

 それでも、身体強化を使えばまだ動ける。

 

 俺はボロボロの身体で無理矢理に立ち上がり、セレナ達の攻撃で吹き飛ばされ、地面に突き刺さっていた剣を引き抜く。

 プロキオンさんから渡された純白の剣。

 俺の本当の父親だという、リヒトさんが使っていた剣。

 俺と同じ志を持っていた人の遺品。

 それは、あれだけの戦いを経ても尚折れる事なく、暗闇の中、星明かりを反射して輝いていた。

 俺もこの剣も同じだ。

 まだ折れていない。

 まだ戦える。

 だから……

 

「行こう」

 

 俺は残った左手で強く剣を握り締め、ボロボロの身体を引き摺って走った。

 最後の決着をつける為に。

 この常闇の国に終止符を打つ為に。

 

 

 いつの間にか、夜を明るく照らしていた満月が沈んでいた。

 月が沈み、太陽もまだ出ていない時間。

 夜明け前の一番暗い時間。

 そんな暗闇の中を、俺は走った。

 明けない夜はないと信じて。

 待ち望んでいた夜明けが、すぐそこにまで近づいていると信じて。



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闘神将VS革命軍

「ヌォオオオオオオオッ!!!」

 

 まだ月が夜空を照らしていた頃。

 革命軍の戦士達は、一人の怪物を相手に戦っていた。

 その怪物の名は、六鬼将序列一位『闘神将』アルデバラン・クリスタル。

 帝国最強の騎士と謳われた男。

 そんな怪物が咆哮を上げながら剣を振るう。

 その一撃で凄まじい衝撃波が発生し、大地を抉り、天を裂き、多くの戦士達を吹き飛ばして殺した。

 

「ハァアアアアアアアッ!!!」

 

 しかし、その怪物に真っ向から立ち向かえる者もいる。

 その筆頭は、砲身の付いた巨大な槍を振り回す筋肉の塊のような大男。

 革命軍特級戦士最強の男、バック。

 バックが槍をアルデバランに向けて突き出し、その先端を爆発させて攻撃する。

 打撃に魔術の力を上乗せした一撃。

 だが、アルデバランはそれをいとも容易く盾で防いだ。

 ダメージを与えるどころか、アルデバランを一歩後退させる事すら叶わない。

 

 しかし、それで諦める革命軍ではない。

 

「ミストッ!」

「『七星ノ矢』!」

 

 特級戦士の弓使いにしてバックの妻であるミストが、バックの後ろから魔力の矢を放った。

 弧を描いて飛翔する七本の矢が、バックを避けてアルデバランのみを正確に狙う。

 

「小賢しい!」

 

 だが、その程度で崩れる相手ではない。

 アルデバランは右手に持った剣を縦に一閃する。

 それだけで、その剣が纏った衝撃波が近くにいたバックを吹き飛ばし、七本の矢全てを掻き消して見せた。

 

「『風魔刀』!」

「『打突鎖(ストライクチェーン)』!」

 

 しかし、革命軍は攻撃を止めない。

 刀使いキリカの風を纏った斬撃と、鎖使いリアンの打撃がアルデバランに迫る。

 剣を振り切った直後の隙を狙っての攻撃。

 

「ふんッ!」

 

 無論、その程度の奇襲がアルデバランに通じる筈もない。

 アルデバランは盾を持った左手を裏拳のように振るい、その衝撃波で二人を吹き飛ばした。

 

『ウォオオオオオオオッ!!!』

 

 だが、今度は元エメラルド公爵騎士団所属の騎士達がアルデバランに襲いかかる。

 吹き飛ばし、斬り殺し、叩き潰し、圧倒的な力の差を見せつけても尚、彼らは諦める事なく立ち向かい続けてくる。

 それに加えて、

 

「━━━━━━━━━━━━━!!!」

 

 地面から生えた無数の植物が、革命軍を避け、アルデバランのみを何度も狙ってくる。

 その植物は、全てが龍の形となっていた。

 姿形を真似ただけの偽物と侮る事はできない。

 魔術の力はイメージに大きく左右される。

 超級の魔術師プロキオンの成れの果てであるワールドトレントの攻撃も同じだ。

 一度バラバラにされ、大きく弱体化した姿である龍の群れですら、一体一体が並みのドラゴンと同等の力を持っていると言っていい。

 そんな無数の龍がアギトを開き、アルデバランを喰らい殺さんと迫り来る。

 その内の何体かは口の中に魔力を溜め、擬似ブレスの包囲射撃を繰り出して来た。

 悪夢のような光景。

 だが、あまりにも相手が悪い。

 本物の悪夢は龍の群れなどではなく、それと対峙しているこの男の方なのだから。

 

「鬱陶しいッ!」

 

 アルデバランが革命軍の精鋭達と龍の群れに感じる感情は、苛立ちだ。

 恐怖などなく、脅威にすら感じていない。

 それもそうたろう。

 何せ、これだけの戦力で波状攻撃を仕掛け続けているというのに、アルデバランには未だ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「ハァアアッ!」

 

 アルデバランが、戦いながら剣に膨大な魔力を纏わせる。

 帝国最高峰であるセレナやノクスすらも上回る圧倒的な魔力。

 圧倒的な暴力。

 それを無双の怪力によって振り下ろし、地面に叩きつけた。

 

「『轟魔神動剣』!」

 

 衝撃波が吹き荒れる。

 アルデバランを中心に全方向へと放たれた極大の衝撃波。

 それはキロメートル単位の巨大なクレーターを大地に刻み、至近距離に居た者達を跡形もなく消滅させ、離れた者達にすら大きなダメージを与えた。

 死屍累々の様相で倒れる戦士達。

 その前に、未だ無傷で立ち塞がる怪物。

 これを本物の悪夢と呼ばずして何と呼ぶ。

 

「つ、強すぎる……」

 

 誰かが呟いた。

 それは多くの戦士達の代弁だったのかもしれない。

 今、彼らの心には弱気という名の悪魔が忍び寄っている。

 今まで、この常闇の国を変える為に死力を尽くしてきた。

 革命軍の戦士達は言うまでもなく、かつてのリーダーであるリヒトに恩義や尊敬の念を持つ者ばかりをプロキオンが集めた元エメラルド公爵騎士団の意志も、彼らに負けない程に強い。

 その強い意志を支えに、これまで数多の苦境を乗り越えてきた戦士達。

 絶体絶命の窮地にまで追いやられ、そんな中で奇跡的に掴んだ千載一遇のチャンス。

 強大すぎる帝国を打倒できるかもしれない最後のチャンス。

 

 そこに立ち塞がったのが、自分達が死力を尽くしても傷一つ付けられない化け物だ。

 

 それは弱気にもなる。

 勝てないんじゃないかという思いに支配されても不思議ではない。

 弱気という名の悪魔が心にヒビを入れていき、その意志を砕いて心を折ろうとする。

 

(マズイ!)

 

 バックは、戦士達の士気が落ちている事を肌で感じ取った。

 そんな弱腰でアルデバランに勝てる筈がない。

 なんとかしなければならない。

 だが、バック自身も先程の攻撃でかなりのダメージを受けている。

 最低限の回復ですら少し時間がかかる状況。

 それではダメなのだ。

 弱気というものは、一度呑まれると士気の回復が難しい。

 そして、そんな隙を目の前の化け物が見逃してくれる訳がない。

 詰み。

 そんな言葉がバックの脳裏を過った。

 過ってしまった。

 

 だが、その時。

 

「やぁあああッ!!!」

「ぬっ!?」

 

 一人の少女が、上空からアルデバランに強襲をかける。

 大技を放った直後、ほんの一瞬アルデバランの動きが止まった完璧なタイミング。

 彼女は、六鬼将という化け物の事を、革命軍の中で誰よりもよく知っている人物だった。

 かつて、たった一人で六鬼将三人に挑んだ少女。

 そこで彼らの力を嫌という程思い知った少女。

 だからこそ、その経験を今に活かす事ができる。

 とんでもない格上相手でも臆せず立ち向かう事ができる。

 失敗を成功の母とする事ができる。

 

 その少女は、ルルは、アルデバランが放った衝撃波の嵐を完璧に突き破る事に成功した。

 如何に六鬼将と言えども、使う魔術が他の連中と根本的に違う訳ではない。

 威力も精密さも段違いだが、それは未知の技などではなく、既知の技の延長線。

 加えて、アルデバランの技には特に見覚えがあった。

 次元が違うとはいえ、元となっている魔術自体は革命軍にとって最も慣れ親しんだ魔術なのだから。

 

 だからこそ、ルルにはあの衝撃波の弱点がわかる。

 あれは広範囲に拡散する攻撃故に、場所によって魔力の濃淡があるのだ。

 魔力が濃い場所は威力も高く、薄い場所は威力も低い。

 しかも、アルデバランが多くの戦士達に囲まれるという気の散る状況で、なおかつ苛立ちと共に放った魔術だったからか、その分制御が甘く、魔力の濃淡もハッキリと現れていた。

 それでも一流の魔術師ですら対処できないレベルだったが、魔力制御にかけてはアルデバラン以上の化け物だったセレナと何度も相対したルルならば見切れる!

 

 そして、広範囲攻撃魔術を突き破る方法は確立されている。

 今の魔術に1000の魔力が使われていたとしても、あれだけの広範囲にバラまけば、自分に当たる部分の魔力はせいぜい30~50程度。

 更に、魔力の薄い部分ならば10~15くらいだろう。

 ならば、こちらは攻撃に20の魔力を使えば貫ける。

 かつて、まだ弱かった頃のアルバがセレナに対して使い、失敗した技術の進化系だ。

 

 あの時は通じなかった弱者の知恵。

 だが、ルルはそれを成功させて見せた。

 あの受け間違えば即死の攻撃を前に、威力の弱い部分に攻撃を叩き込んで突き破り、そこに身体をねじ込んで前進した。

 魔力をなんとなくでしか感知できない平民の身で、怪物アルデバランへの攻撃のチャンスをもぎ取ったのだ!

 

「『魔刃一閃』!」

「ッ!」

 

 ルルのナイフが宙を走る。

 それを、アルデバランは避けた。

 迎撃も防御も間に合わなかったからだ。

 

 そして、ルルの攻撃を避け切れず、アルデバランの頬に一筋の傷が刻まれた。

 

 それは、ほんの僅かなかすり傷。

 戦闘に支障など一切きたさず、回復魔術どころか素の生命力だけでも数分で治ってしまいそうな、小さな小さなダメージ。

 だが、無敵に思えたアルデバランに傷を付けたのだ。

 それは、決して小さくない変化を戦場にもたらした。

 

「いつまでも寝てんじゃないわよッ!」

 

 ルルが叫ぶ。

 その声が、その一喝が、戦士達の心を奮い立たせた。

 そうだ、あれは無敵の化け物ではない。

 攻撃が当たればちゃんと傷を負う、ダメージを積み重ねればいつかは倒せる普通の生物なのだ。

 ならば、倒せぬ道理はない。

 それに、あんな年端も行かぬ少女が勇気を振り絞り、怪物に立ち向かっているのだ。

 ここで立たねば戦士ではない。

 

『オオオオオオオオッ!!!』

 

 戦士達が雄叫びを上げ、ルルに続いて再びアルデバランに向かって行く。

 今ここに、革命軍の士気は回復した。

 

(ルル、感謝するぞ)

 

 バックは、この流れを作ってくれた少女に感謝を捧げ、自らも手早く回復を終えて戦線に復帰した。

 まだ、彼らの戦いは終わらない。

 

 そんな彼らを、特に先頭に立つルルの姿を見て。

 

「腹立たしい……!」

 

 アルデバランは憤怒の表情を浮かべていた。



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『闘神将』

 帝国最強の騎士、六鬼将序列一位『闘神将』アルデバラン・クリスタルは、かつて出来損ないの貴族もどきと呼ばれ、家族からすら忌み嫌われていた。

 彼は、魔術師ならば誰もが持っている筈の力を持っていなかった。

 

 アルデバランには、魔力属性がない。

 

 彼は、周りの誰もが当たり前のように持つ力を持たずに生まれてきてしまったのだ。

 故に、アルデバランは普通の魔術が使えない。

 火も出せず、水も出せず、風を操る事も、土を操る事もできない。

 雷も、氷も、光も、闇も、影も、植物も。

 属性魔術と呼ばれる魔術は何一つとして使えなかった。

 使えるのは、魔力があれば誰でも使える、属性魔術の括りからすら外された最弱の魔術、無属性魔術のみ。

 

 そんな彼を、家族はいない者として扱った。

 魔力と魔術の才能が絶対視される帝国において、アルデバランが抱えたハンデは余りにも重い。

 貴族もどき、出来損ない、家の恥、落ちこぼれ、劣等種、ありとあらゆる罵倒を血を分けた実の家族から受け続ける日々。

 誰も彼を認めてくれない。

 誰も彼を救ってくれない。

 

 それでも彼は努力した。

 無属性魔術しか使えないのなら、それを徹底的に極めればいい。

 魔術だけでは足りないのなら、剣術をはじめとした戦闘技術で補えばいい。

 そうして、彼は努力を続けた。

 何年も、何年も、何年も。

 血の滲むような努力を続けた。

 その末に、彼は皇族にすら匹敵する程の魔力量と、帝国全体でもトップクラスの戦闘技術を得るに至る。

 

 しかし、それでもアルデバランが家族に認められる事はなかった。

 それどころか、侮蔑の視線はますます強くなる始末。

 幼いアルデバランには、何故そんな事になるのか理解できない。

 ある日、遂にアルデバランは我慢できなくなり、父に向かって問いかけた。

 何故、こんなに努力して、結果も出しているのに、あなた達は自分を認めてくれないのかと。

 それに対して返ってきた父の答えは、

 

「うるさいッ! この出来損ないが! 何故、認めてもらえないかだと? お前が生まれついての劣等種だからに決まっているだろう! わかったらその面、二度と私の前に見せるな!」

 

 叫ぶように一息に吐き出された罵倒だった。

 差別問題というものはそう簡単に解決するものではなく、ましてや出来損ないが自分達よりも上だと認める事など、プライドばかりが高い貴族にできる筈もない。

 それができる器の持ち主なら、初めから差別などしていないだろう。

 結果、アルデバランへの侮蔑は嫉妬という感情によって増幅され、風当たりは強くなる一方だったのだ。

 

 つまり、自分はどれだけ頑張っても誰にも認められる事はない。

 彼は全てを否定されたのだ。

 過去の努力も、現在の成果も、未来の可能性も、己の全てを。

 それを突きつけてくる父の言葉は、幼いアルデバランの心を絶望に染めるには充分すぎた。

 

 気づけば、アルデバランは父をくびり殺していた。

 その後、絶望のままに自暴自棄となって暴れ回り、家族を皆殺しにし、護衛の騎士達を皆殺しにし、帝都にあった別邸を吹き飛ばして、駆けつけた中央騎士団相手に大立回りを繰り広げた。

 彼は強かった。

 誰も彼を止められなかった。

 当時の六鬼将ですらも。

 

 そんな彼を止めたのは、騒ぎを聞き付けてやって来た、帝国の若き第一皇子だった。

 

「素晴らしい」

 

 皇子は暴れるアルデバランをその圧倒的な力で叩き伏せた後、開口一番そう呟いた。

 それは、アルデバランが欲してやまなかった言葉。

 自らを肯定してくれる言葉だった。

 

「お前程の逸材が何故埋もれていたのか理解できん。そして、お前程の逸材をただの賊として処刑するのは余りにも惜しい。どうだ? その才能、その力、私の為に使ってみないか?」

 

 そう言って、若き皇子はアルデバランに手を差し伸べた。

 それは、アルデバランにとって生まれて初めての経験だった。

 生まれて初めて認められた。

 生まれて初めて必要とされた。

 この時、アルデバランは誓ったのだ。

 自分の初めての理解者に、初めて手を差し伸べてくれたこの恩人に、生涯の忠誠を捧げようと。

 

 そうして、アルデバラン・クリスタルは、後の皇帝アビス・フォン・ブラックダイヤの一の臣下となった。

 

 

 

 

 

「腹立たしい……!」

 

 だからこそ、アルデバランは革命軍に怒り狂う。

 腹立たしい。

 その全てが腹立たしい。

 主の慈悲で生き延びたくせに、それを仇で返したプロキオンも。

 大した力も持たない弱者の分際で、本気で主に牙を剥いてきた身の程知らずの平民どもも。

 そして何より、革命のキッカケとなったリヒトとその息子が。

 敬愛する主の天敵のような血筋が。

 心の底から腹立たしくて仕方がない。

 

 だが、今最も腹立たしい存在はその誰でもない。

 目の前でアルデバランの攻撃を避け続け、ちょこまかと鬱陶しく攻撃を続けてくる、この女だ。

 

「やぁあああッ!!!」

 

 その少女、ルルはアルデバランからすれば名も知らぬ塵芥の一つに過ぎない。

 だが、強大な力を相手に必死で戦い続けるその姿が、かつてアルデバランが邪魔に思い、排除してきた女達と嫌に被る。

 

 一人は、リヒトの妻であり、アルバの母親だった女だ。

 目の前の少女と同じく気の強い女だった。

 15年前の帝位継承争いの時も、最後の瞬間まで諦めずに不敵な笑みを浮かべて抗い続け、華奢な女の身でアルデバランの足止めを完遂して、夫と子供を逃がし切った豪傑。

 アルデバランは結局、最後の最後まであの女の心を折る事ができなかった。

 

 そして、もう一人はリヒトとよく似た理想を抱いていた少女だ。

 優しさなどという下らない感情に支配された女だった。

 虐げられて当然の弱者に手を差し伸べ、そんな弱者が、いや、誰もが傷つかなくていい世界を夢見ていた。

 そしてその少女は、そんな優しい世界に少しでも近づけるように努力を惜しまなかった。

 吐き気がした。

 その理想は、余りにもリヒトに似ていたからだ。

 それだけではない。

 そんな理想をアルデバランは受け入れられなかった。

 あの綺麗事を聞く度に、拒絶反応が出た。

 

 アルデバランは、自らを絶望の中から救い出してくれた主に感謝している。

 だが、それが優しさからの行為だとは欠片も思っていない。

 主が自分の才能に価値を見出だし、そして自分が主に価値を示せたからこそ、アルデバランは絶望の中から這い上がる権利を与えられたのだ。

 自分は努力し、成果を出し、価値を示して、その果てにようやく救われる権利を得た。

 それがアルデバランの誇りだ。

 アルデバランの根本を支える考え方だ。

 故に、アルデバランはこう思う。

 努力もせず、努力したとしても成果を出せないような者には、己の価値を示せないような弱者には、救われる権利などない、と。

 

 なのに、あの少女はそんな事関係ないとばかりに万人を救おうとする。

 伸ばした手が届かない事もあった。

 力が足りずに救えない者もいた。

 だが、あの少女が手を差し伸べる事を止める事だけはなかった。

 そんな少女の姿に感化されたのか、それともただ利用しようとしただけなのかはわからないが、少女の周りには彼女を助けようとする者達が集っていく。

 

 怖じ気が走る光景だった。

 これでは、まるでリヒトの再来だ。

 しかも、リヒトの時と違って帝位を争う必要がないからか、主まで興味深そうにしながら傍観に徹する始末。

 アルデバランは危機感を覚えた。

 今はまだいい。

 少女に主を打倒する力などなく、そんな野心もない。

 何より、少女は争いを嫌っていた。

 たとえ、プロキオン辺りが争いの道に誘おうとも、首を縦には振らないだろう。

 

 だが、そんな事はリヒトの時とて同じだった。

 

 あの男もまた、最初は主との友好を望んでいたのだ。

 兄である主を立て、自分はその裏方に回って、二人で国を良くしていけたらいいと言っていた。

 しかし、それは叶わぬ夢だった。

 リヒトと主では、決定的に思想が食い違ったのだ。

 まるで水と油のように決して相容れない。

 いや、そんな生易しいものではない。

 

 あれはさしずめ『朝の光』と『夜の闇』だ。

 朝の光の中に夜の闇の居場所はなく、夜の闇の中に朝の光の居場所はない。

 水と油のように、決して相容れないながらも、隣り合って共存できる関係とは違う。

 どちらかが思想を貫く限り、もう片方の思想は消え去るしかないのだ。

 どちらか片方しか生きられないのだ。

 リヒトはどこかでそれを悟ったのだろう。

 だから、最終的には兄に向かって牙を剥いた。

 

 だから、今回も最終的にはそうなる。

 あの少女が自分の道を貫くのなら、最後には必ず主と敵対する。

 アルデバランはそう判断した。

 そして、少女の排除に動いた。

 アルデバランは恐れたのだ。

 あの少女が、本当にリヒトの再来になってしまう事を。

 

 かつて、リヒトは主をあと一歩の所まで追い詰めた。

 

 勢力で圧倒的に劣り、殆どの配下を失い、妻は死んで、一番の忠臣にまで裏切られた状態で。

 最後の決戦。

 リヒトと僅かに残った手勢を、主自らが率いるアルデバランを含めた最精鋭部隊で包囲した時。

 早々に手勢が全滅し、それでも孤軍奮闘を続けたリヒトの剣は、主の喉元にまで迫った。

 リヒトは強かった。

 最後の最後、命を捨てて特攻してきた時、アルデバランが大怪我と引き換えに腕を潰していなければ、あるいは主を打倒していたのではないかと思ってしまう程に。

 

 アルデバランはその光景がトラウマとなった。

 主を、唯一の理解者を失いかけた恐怖は、決して忘れられるものではない。

 アルデバランはその光景を、二度とあってはならない事態として心に刻んだ。

 故に、リヒトの時のような事にならないように、少女が力をつける前に、速やかに消さねばならなかったのだ。

 

 そうして、アルデバランは一人の少女を、エミリア・アメジストを殺した。

 

 動かせる手駒の中で最も強く、かつ自分へと足がつかない戦力である当時の六鬼将序列四位『死影将』グレゴール・トルマリンを使って。

 工作は完璧であり、誰もアルデバランが暗殺事件の背後にいたとは見抜けなかった。

 まさか天下の六鬼将序列一位が、たった一人の小娘を恐れて殺したとは誰も思わなかったのだ。

 その暗殺でグレゴールを失い、その代わりにエミリアの妹であるセレナが六鬼将になったのは想定外だったが、まあ、その程度であれば問題はない。

 セレナはエミリアと違ってリヒトを思わせる行動は取らなかったし、プロキオンをはじめとしたエミリアにすり寄っていた者達の事も避けていた。

 姉を殺された恨みは深いようだが、それに任せて妙な事をさせない為の首輪は主がつけた。

 ノクスも手綱を握る事に成功している。

 従属させた他国の兵士のようなものだ。

 気にする必要はあるが、気にしすぎる必要はない。

 こうして、アルデバランはエミリアの排除に成功した。

 

 だが、不安の種を刈り取り、これで安心だと思っていたところに現れたのが反乱軍だ。

 最初は、平民の寄せ集めなど取るに足らない敵だと思った。

 しかし、プロキオンがその黒幕だと判明し、更にはリヒトの息子が生きてその組織に所属しているとわかった事で、反乱軍はエミリアなど比べ物にならない脅威であると認識せざるを得なくなる。

 その矢先に起こったのが今回の騒動だ。

 ガルシア獣王国の技術で化け物と化したプロキオンがレグルスとプルートの二人を殺害し、セレナを瀕死に追い込み、ミアの足止めを振り払い、反乱軍全体を巻き込んで、急転直下の帝都決戦。

 決戦前にセレナの意識は戻ったものの、帝国は六鬼将四人を欠いた状態で戦わざるを得なくなった。

 

 これには、急展開すぎて、さすがのアルデバランも唖然とした。

 そして、その次にふつふつと沸いてきたのは怒りの感情だ。

 またしても、またしても、リヒトの系譜が主に牙を剥いてきた。

 許せる事ではない。

 おまけに、リヒトの息子はアルデバランを無視して主の元へと走り、自分は今まで散々煩わされてきた女達と似た少女に足止めされているなど。

 腹立たしい。

 心の底から腹立たしい。

 

 故に、アルデバランは決断した。

 

「……何人か逃がす可能性はあるが、致し方ない」

 

 そう呟いて、アルデバランは戦い方を変える。

 今までは、これ以上の敵を通さない為に立ち塞がるように立ち回っていたが、それでは決着までの時間がかかり過ぎてしまう。

 ここは多少のリスクは飲み込み、早急に目の前の敵を殲滅してリヒトの息子を殺しに行くべきだと判断したのだ。

 

 そうして、アルデバランは強く大地を踏み締めた。

 

「『神速』」

 

 次の瞬間、凄まじい踏み込みと、それを後押しする衝撃波によって、アルデバランの身体が目で追えない程の超速にまで加速する。

 更なる悪夢が、革命軍に襲いかかった。



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闘神将VS革命軍 2

 ルルがその一撃を避けられたのは半ば偶然だった。

 これまでの戦いで培われた危険察知能力が突然全力で警鐘を鳴らし始め、ルルの背筋に特大の悪寒を走らせたのだ。

 ルルは反射的にその感覚に従って攻撃を中断し、その場から飛び退く。

 結果として、その行動がルルの命を救った。

 

 直後、目の前にいたアルデバランの姿がかき消え、ルルがさっきまでいた場所を凄まじい勢いで通過して行った。

 

「なっ!?」

 

 目で追いきれない程の圧倒的な速度。

 しかも、移動によって発生した衝撃波がルルの身体を吹き飛ばす。

 かなり大きく飛び退いていたのにも関わらずだ。

 

 そして、その勢いのまま、アルデバランは他の戦士達に向かって突撃した。

 アルデバランと直接接触した者は即死し、近づいただけでも衝撃波で重傷を負う。

 まるで、嵐。

 移動するだけで全てを薙ぎ払う破壊の権現。

 アルデバランは今、ワールドトレントのような災害そのものと化した。

 

 そんなアルデバランが方向を転換し、再びルルを標的として突進してくる。

 

「くっ!?」

 

 アルデバランの動きは目で追えない。

 僅かに見える残像と、危険察知能力という名の勘に任せて避けるしかない。

 それですら、かなり大きく避けなければ衝撃波の暴風圏に捕まる上に、回避に成功しても余波で吹き飛ばされて体勢を崩してしまう。

 その状態で追撃をかわさなければならない。

 当然、迎撃や反撃などもってのほかだ。

 ルル一人の力では、回避に専念してギリギリ命を繋ぐ事しかできない。

 

 そう、ルル一人の力では。

 

「━━━━━━━━━━━━!!!」

 

 ルルが吹き飛ばされて距離が出来た瞬間、龍の姿をしたワールドトレントの一部が、地を這う蛇のように横からアルデバランに食らいついた。

 その龍はアルデバランの一閃で爆散するが、次から次へと龍達が絡みついていく。

 しかし、その全てをアルデバランは蹂躙した。

 アルデバランの身体がピンボールのように跳ね回り、その勢いに乗せて振るわれる剣が、纏った衝撃波が、龍の群れをズタズタに引き裂いて消滅させていく。

 だが、ワールドトレントがアルデバランを引き付けた事でルルへの攻撃は止み、またアルデバランの行動範囲を龍の密集地周辺に絞る事に成功した。

 

「オオオオオオッ!!!」

「『魔弓流星群』!」

 

 そこへバックが大型ガトリングに変形させた魔導兵器(マギア)を乱射し、ミストがまさに流星群のような大量の矢を放つ。

 

「『火球連弾(ファイアバレット)』!」

「『水散弾(スプラッシュ)』!」

「『雷撃雨(サンダーレイン)』!」

「『乱発風爆球(エアーボムラッシュ)』!」

「『大岩連弾(ロックブラスター)』!」

 

 加えて、エメラルド公爵騎士団による魔術の連打。

 高速で動くアルデバランに当てようとは思っていない。

 点ではなく面を狙った制圧攻撃だ。

 すなわち、下手な鉄砲数打ちゃ当たる戦法である。

 

「「「「━━━━━━━━━━━━!!!」」」」

 

 更に、アルデバランに向かって行かなかった龍達による擬似ブレスの一斉掃射が炸裂する。

 アルデバランを抑えている自分の身体ごと吹き飛ばすような攻撃。

 それが他の戦士達の魔術と合わさり、セレナの最大火力すら超えた、およそ個人を相手に使うとは思えないような超合体魔術がアルデバランを襲う。

 

 だが、それでも尚。

 

「『轟魔天動剣』!」

 

 この怪物にはまだ届かない。

 アルデバランは天を揺るがすかのような、今まで以上の特大の衝撃波を放ち、己に向かってくる全てを薙ぎ払う。

 さすがに僅かに鎧が砕け、ダメージを負ってはいるが、未だにかすり傷の範疇を出ない。

 正真正銘、次元の違う化け物の所業である。

 

「ハァ!」

 

 そして、アルデバランが動く。

 衝撃波移動で天を駆け、まずは近くにいる中で一番鬱陶しいバックを狙う。

 迎撃の魔術は全て盾で防がれた。

 誰もアルデバランを止められない。

 

「『天魔破砕突』!」

「ダーリンッ!」

 

 アルデバランが剣を突く。

 神速にして絶死の一撃。

 これを食らえば特級戦士最強の男とて一溜まりもない。

 隣にいたミストが夫の命の危機に悲鳴を上げた。

 

 だが、

 

「何ッ!?」

「ウォオオオオオオオオオオオオッ!!!」

 

 バックは、アルデバランの一撃を受け止めていた。

 魔導兵器(マギア)を腕を覆うアームのような形に変形させ、雄叫びを上げながらその拳でアルデバランの剣に対抗する。

 アームの各所からブースターのように魔力が噴出し、拳を加速させた。

 しかし、何よりもその一撃の威力を高めているのは、バックの鍛えに鍛えられた筋肉だ。

 

 バックはあらゆる面でアルデバランに劣っている。

 魔力量でも、戦闘技術でも遠く及ばない。

 身体強化を含めれば、自慢の筋力でも勝てないだろう。

 だが、この一瞬。

 筋肉が破裂しようとも負けぬという覚悟で放ったこの拳だけは、魔導兵器(マギア)による加速と相まって、━━アルデバランを押し返した。

 

「『筋鋼破砕拳(マッシブスマッシャー)』ッ!!」

 

 アルデバランの剣が弾かれ、予想外の事態にほんの一瞬アルデバランの動きが止まる。

 僅かな、されど怪物がやっと見せた確かな隙。

 ここにいる戦士達は、誰一人としてそれを見逃さなかった。

 

『アアアアアアアアッ!!!』

 

 戦士達が雄叫びを上げながら突撃を開始する。

 誰もがわかっていたのだ。

 この僅かな好機を逃せば、もう勝ち目はないと。

 相手は怪物。

 態勢を立て直す暇を与えれば確実に負ける。

 このまま押し切らなければならない。

 そう、誰もが理解していた。

 

 そんな彼らの気迫にアルデバランが気を取られた一瞬、戦士達を隠れ蓑にして、ある攻撃がアルデバランを襲う。

 それは、アルデバラン本人を狙った攻撃ではなかった。

 それは、鎖による攻撃だった。

 特級戦士リアンが放った鎖。

 それがアルデバランの剣に絡みつき、バックに弾かれた直後で握力が緩んだ瞬間を狙って、剣を奪おうとする。

 

「ッ!? 小賢しい!」

 

 アルデバランは咄嗟に剣を強く握り締め、逆に鎖を強く引っ張った。

 それによって、鎖の持ち主であるリアンがアルデバランの前に引き摺り出される。

 そして、そんな哀れな獲物を逃すアルデバランではない。

 

「破ァ!」

「リアンッ!?」

 

 アルデバランの剣がリアンの胴を真っ二つに切り裂く。

 確実に絶命に至る一撃。

 たとえ魔術師でも死を避けられないダメージ。

 それ故に、アルデバランは仕留めたリアンの存在を意識から外してしまった。

 それこそが、この戦いにおけるアルデバラン最大の悪手。

 

 ガチャリ

 

 そんな音がアルデバランの右腕から聞こえた。

 見れば、絶命間際のリアンが、鎖の付いた手錠をアルデバランの腕に付けている。

 

 そして次の瞬間、━━アルデバランが身に纏う魔力が大幅に消失した。

 

「なんだとッ!?」

 

 アルデバランはその現象に驚愕する。

 同時に、この現象がなんなのかを、その明晰な頭脳で理解した。

 魔術師の力を削ぐ鎖。

 そんな物は一つしか存在しない。

 

「魔封じの鎖か!?」

「特別製ですよ……!」

 

 身体を二つに割かれたリアンが壮絶な顔で笑う。

 それは、プロキオンから渡された切り札。

 鎖使い故に、最も有効に使えるだろうと判断されて与えられた物。

 今までは隙がなさすぎて切れなかったこの切り札。

 命と引き換えにそれを使い、この怪物にようやく大きな隙を作れた。

 この怪物を初めて焦らせた。

 その事に満足し、そしてこの大健闘を無駄にしない為に、志を後に繋ぐ為に、リアンは最期の瞬間、大声で叫んだ。

 

「皆さんッ! 今ですッ!」

『オオオオオオオッ!!!』

 

 戦士達がようやく訪れたチャンスに沸き立ち、アルデバラン目掛けて殺到する。

 それを見届け、リアンは息を引き取った。

 その死に顔は、とても穏やかだった。

 

「おのれ……!」

 

 アルデバランは激昂する。

 まさか、敵の主力でもなんでもない塵芥に足下を掬われるとは思わなかった。

 だが、そんな状況でもアルデバランは止まらない。

 アルデバランは経験を積み上げた歴戦の怪物だ。

 窮地に陥る事など初めてではない。

 だからこそ、この状況でも最善の行動を選択する事ができる。

 

 アルデバランは盾を手放し、空いた左手で拳を作り、右手の鎖を砕きにいった。

 この忌々しい鎖さえ砕いてしまえば全ては元通りだ。

 幸い、この鎖はアルデバランの力を完全に失わせる事はできていない。

 本来なら牢獄に仕込まれた細かい術式とセットである魔封じの鎖だ。

 無理矢理こんな使い方をしたところで、本来の性能は出せないのだろう。

 衝撃波の発動は阻害され、身体強化も弱くなっているが、まだ鎖を砕くには充分すぎる程のパワーは残っている。

 何も問題はない。

 

「『流星ノ矢』!」

「ぬぅ!?」

 

 だが、革命戦士達はその行動を許さない。

 至近距離から放たれたミストの矢が、寸分違わずアルデバランの左手に当たり、弾き飛ばした。

 速度重視だったのかダメージは軽い。

 しかし、腕を弾かれた事で鎖の破壊は失敗に終わる。

 

 そして、最後の特級戦士がその隙を狙い撃った。

 

「『風神の太刀』!」

「ぬっ!?」

 

 風を纏ったキリカの刀が、無防備な左側からアルデバランの首筋を狙う。

 咄嗟に身体を回転させ、右手の剣で受けたが、予想外に威力が高い。

 しかも、キリカの狙いは首の切断ではなかった。

 キリカが刀と剣のぶつかった衝撃を利用し、アルデバランの剣を弾きつつ身体を反転させる。

 そして……

 

「ウラァアアアアッ!!!」

「ぐっ!?」

 

 キリカの渾身の一撃が、ミストに弾かれ、無防備となっていたアルデバランの左腕を切断した。

 無敵の怪物と思われていた者の一部が地に落ち、無惨な姿を晒す。

 広がっていく。

 バックが作ったアルデバランの小さな綻びが、戦士達皆の手で広げられていく。

 

『ハァアアアアアアッ!!!』

「がっ!?」

 

 そして、遂にアルデバランの元へと到達した戦士達の一斉攻撃が、無防備なアルデバランに突き刺さった。

 何本もの剣が、槍が、アルデバランを貫いて串刺しにする。

 アルデバランの身体から大量の血が吹き出す。

 急所は外れているが、それでも致命傷一歩手前の重傷。

 遂に怪物をここまで追い詰めた。

 そして、最後の一太刀を加えるべく、残りの戦士達が各々の武器を振り上げる。

 

「まだだ……!」

 

 しかし、アルデバランは。

 この希代の怪物はまだ。

 

「まだだァアアアアッ!!!」

 

 諦めてなどいなかった。

 死を前に、脅威の集中力を引き出したアルデバランが、魔封じの鎖による拘束を振り切って衝撃波を放つ。

 本来の威力に比べれば大きく劣化した魔術。

 それでも、周囲の戦士たちを吹き飛ばすには充分だった。

 

「オオオオオオッ!!!」

 

 決死の咆哮を上げ、怪物が再び動き出す。

 体勢を整えて襲ってきた戦士達を、右手に持った剣一本で次々に斬り伏せていく。

 魔術などいらない。

 片腕などいらない。

 身体が動き、剣が残っている。

 それだけあれば充分だ。

 それさえあれば、

 

(我はまだ、陛下のお役に立てるッ!!)

 

 その一心で、アルデバランは暴れ回る。

 激痛を無視し、血反吐を吐き散らしながら、たった一人で戦い続ける。

 仲間はいない。

 共に戦う騎士達は、革命軍の雑兵と残りのワールドトレントに足止めされてここには来れない。

 それ以上に、アルデバランは仲間という存在を軽視して生きてきた。

 誰も彼もアルデバランに比べれば塵のように弱い。

 目をかけてやろうと思える者は殆どいなかった。

 僅かな例外は他の六鬼将くらいだが、アルデバランは彼らの心を慮った事などない。

 ただ事務的に、その能力だけを評価し、まるで駒のように動かしていただけだ。

 自分が主にそうしてもらったように。

 帝国貴族の殆どがそうしているように。

 

 アルデバランはそんなやり方しか知らない。

 だからこそ……誰も命を懸けてアルデバランを助けようとはしてくれなかった。

 こんな温もりの欠片もない関係で、夜の暗闇のように冷たい関係で、それでも恩義を抱いて命を張るような数奇な者はアルデバランくらいだ。

 彼は独りだった。

 幼少の頃からずっと、唯一無二の主を得ても尚、彼はずっと独りだった。

 隣に立てる者など誰一人としていない。

 

 それでも、彼は闘う。

 孤独の中で研ぎ澄ました刃を振るう。

 仲間などいらない。

 たった独り、群れを蹴散らす圧倒的な個であればいい。

 

 そんな彼を追い詰めるのは、信頼を、温もりを何よりも大事にした男。

 どうしてもアルデバランが受け入れられなかった男。

 リヒトの残した者達だった。

 

「『筋鋼爆砕拳(マッシブインパクト)』!」

「くっ!?」

 

 バックの拳による衝撃波がアルデバランを吹き飛ばす。

 いつもであれば何でもない一撃。

 それが酷く強く感じる。

 

「『破星ノ矢』!」

「ッ!?」

 

 続いて、ミストの放った矢がアルデバランの剣を直撃した。

 今度のは衝撃を纏った威力重視の矢。

 それが遂にアルデバランの剣を手元から弾き飛ばし、武器を奪った。

 そこにキリカが躍りかかる。

 

「『風魔刀』!」

「ぐぉおおおおおおッ!?」

 

 キリカの刃がアルデバランの首筋を捉えた。

 首の切断。

 それは、人間である限りどんな化け物でも即死を免れない致命傷だ。

 逃れられぬ死が今、アルデバランを捉えようとしていた。

 

 だが、

 

「ヌォオオオオオオオッ!!!」

「かはっ!?」

 

 アルデバランは凄まじい執念で拳を握り、刃が首筋を通過する前にキリカを殴り飛ばして、致命傷を逃れた。

 刃は動脈に至り、噴水のような血飛沫がアルデバランの首から溢れ出るが、膨大な魔力と生命力を持つアルデバランならばまだ死なない。

 アルデバランは魔封じの鎖によって制限された弱々しい回復魔術で血を止める。

 これでまだ、まだ……

 

「やぁああああッ!!!」

「ッ!?」

 

 出血で遠くなる意識を必死に繋ぎ止めたアルデバランの前に現れたのは、今最も忌々しく思っていた少女、ルルだった。

 アルデバランは戦慄する。

 ルルが現れたのは、あまりにもベストなタイミングだったからだ。

 大量出血で立ち眩みを起こした瞬間であり、回復魔術に意識を割かれた瞬間でもある。

 今この瞬間、アルデバランはルルの攻撃に対処できる余力を持ち合わせていなかった。

 何人もの戦士達が繋いできた勝利へのバトンが、ルルによってゴールへ運ばれようとしている。

 アルデバランはそんな幻影を見た。

 そして、幻影は現実のものとなる。

 

「『大魔列強刃』ッ!」

「アアアアアアアアッ!?」

 

 ルルのナイフが、キリカの付けた傷を寸分違わず正確に狙い、アルデバランの首を掻き切ろうとする。

 アルデバランは最後まで抵抗し、残った魔力を傷口に集中して防御力を上げた。

 しかし、全ての力を乗せたルルの渾身の一撃を止めるには至らず……

 

 遂に、帝国最強の騎士の首が、胴体を離れて宙を舞った。

 

「勝っ、た」

 

 万感の想いを込めてルルが呟く。

 それは、この怪物と戦った全ての戦士達が抱いた想いだった。

 首を切られて生きていられる人間はいない。

 どんな怪物でも、人間である限り、これで確実に死ぬ。

 終わった。

 誰もがそう思った。

 

 この男を除いて。

 

(ま、だだ……!)

 

 その男は、アルデバランは、まだ諦めない。

 首を切られ、魔力の大本である身体と意識が切り離され、数秒後には死を迎える身でありながら、最強の騎士は足掻く。

 死の運命を覆し、まだ主の役に立つ為に。

 

 アルデバランが魔術を発動する。

 頭部にある僅かな魔力で発動した弱々しい衝撃波。

 だが、そんな弱い魔術が全てを覆す。

 弱く、されどどこまでも洗練され、計算され尽くした衝撃波が、寸分違わずアルデバランの首を胴体との断面に運んだのだ。

 皮肉にも、首だけとなって魔封じの鎖から逃れたからこそ、このような精密な魔術の発動が可能となった。

 そして……

 

「フゥウウウ……!!」

 

 回復魔術によって、アルデバランの首が接合される。

 咄嗟にできたのは、生命維持に必要なギリギリ最低限の回復だけだったが、それで充分。

 命を繋いだアルデバランは、革命軍の誰もが勝利の瞬間に無意識に気を緩めてしまったのをいい事に、魔封じの鎖へと膝蹴りを叩き込む。

 この間、僅か一秒弱。

 そんな刹那の間に、戦況は再び逆転した。

 逆転してしまった。

 

「嘘、でしょ……」

 

 最初にそれに気づいて絶望したのは、最も近くにいたルルだ。

 だが、彼女は強かった。

 すぐに絶望を振り払い、疲労困憊の身体に鞭打って、すぐにもう一度ナイフを振るう。

 今度こそ確実に仕留める為に。

 

「『衝撃波』!」

「きゃ!?」

 

 しかし、そんな事を許すアルデバランではない。

 発動速度重視の衝撃波でルルを吹き飛ばし、まずは更なる回復を行う。

 回復魔術もまた、アルデバランの鍛え上げた無属性魔術の一つ。

 今まで何人もの命と引き換えに与えた傷が、みるみる内に治っていく。

 革命軍の努力が、無に帰っていく。

 

「奴を回復させるなッ!」

 

 バックが叫び、再度ガトリングへと変形させた魔導兵器(マギア)を乱射する。

 他の者達も正気に戻り、次々と魔術を発動して弾幕を作っていく。

 アルデバランの動きは、さすがに鈍い。

 まだ首が完全には繋がっていないのだから当然だ。

 この状態での迎撃は悪手と判断し、アルデバランは衝撃波移動で上空へと逃れる。

 避けて回復の時間を稼ぐ算段だ。

 

「「「「━━━━━━━━!!!」」」」

 

 そこへ、ワールドトレントの龍達が襲いかかった。

 しかし、アルデバランはそれすらもかわして上へ、もっと上へ、まるでセレナのように攻撃の届きにくい遥か上空へと逃れていく。

 ここまで来れば磐石。

 慎重に全ての攻撃を避け、応手を間違えなければ、完全に失った左腕以外のダメージは回復できる。

 そうすれば、満身創痍の革命軍にもはや勝ち目はない。

 アルデバランは冷静にそんな戦況判断を下し、そして戦士達もまた無意識にその未来を察してしまう。

 

「消えろ……!」

 

 そして、全快とは言えぬまでも、ある程度までの回復をし終えたアルデバランは、回避行動や回復魔術と平行して新たな魔術を発動した。

 突き出した右手の先に、セレナの氷隕石(アイスメテオ)にすら匹敵する巨大な魔力弾が生み出される。

 これが炸裂すれば、革命軍は甚大な被害を受け、逆にアルデバランは倒れ伏す革命軍の前で悠々と全回復するだろう。

 これにて王手。

 絶望が革命軍を襲った。

 

「『滅魔咆哮弾』!」

 

 終局へと繋がるアルデバランの一手が放たれる……その直前の事だった。

 

 突如として背後から(・・・・)二つの大魔術が飛来し、アルデバランを直撃する。

 

「!!?」

 

 アルデバランは驚愕する。

 それもその筈。

 何故なら、アルデバランの背後は帝都だ。

 今、アルデバランは帝都に背を向けて戦っている。

 そっちから攻撃が飛んで来るなどあり得ない筈なのだ。

 ましてや、魔封じの鎖を砕き、万全の身体強化を纏ったアルデバランに()()()()()()()大ダメージを与えられる大魔術など。

 そんな事ができる敵など、リヒトの息子くらいしか通した覚えがない。

 そいつとて、今は城の防衛に就いていたセレナが相手をしている筈。

 こちらを狙撃する余裕などある訳が……

 

「ま、さか……!?」

 

 だが、次の瞬間にアルデバランは気づく。

 今の魔術の正体に。

 激痛に紛れて気づくのが遅れたが、攻撃を受けた背中が酷く冷たい。

 これは氷の魔術を受けた感触。

 これはセレナの魔術だと、アルデバランの直感が叫んでいた。

 

 この攻撃の正体。

 それは、セレナとノクスがアルバに向けて放った『氷結光(フリージングブラスト)』と『漆黒閃光(ダークネスレイ)』の合体技だ。

 宙を舞うアルバの右半身を撃ち抜いた攻撃が、そのまま直進を続けて上空に陣取っていたアルデバランに当たった。

 それが、この攻撃の正体なのだ。

 

 つまりこれは……ただの流れ弾であり、フレンドリーファイア。

 戦場ではよくある、珍しくもない現象。

 対処できない方がマヌケなのだと、仲間を軽視しているアルデバランが常々思っていた事。

 とはいえ、アルデバランが殺した相手の妹が放った魔術が、意図していない事とはいえ姉の仇を殺す為の決定打になるなど、あまりにも皮肉な話。

 

「こんな、馬鹿な……!?」

 

 セレナ達の攻撃を受け、動きの止まったアルデバランを革命軍の一斉攻撃が襲った。

 一発食らえば動きが止まり、他の攻撃を避ける事ができなくなって連鎖的に全てを食らってしまう。

 

「撃てぇ! 撃って、撃って、撃ち続けろ!」

 

 降って湧いた最大の好機。

 それを前に、バックは叫ぶように指示を出す。

 ここで仕留めなければ今度こそ終わる。

 その思いが、その焦りが、彼らの攻撃をより一層過激にした。

 ワールドトレントの擬似ブレスが、バックのガトリングが、ミストの矢が、戦士達の魔術が、アルデバランの身体を滅多打ちにしていく。

 アルデバランは身体強化の出力を限界にまで上げて耐えたが、既に致命傷を負った身体ではとても耐え切れるものではない。

 アルデバランは終わらぬ攻撃に撃たれ続け、ボロ雑巾のようになりながら、天から落ちていく。

 

「こんな、こんな馬鹿なァアアアアッ!!?」

 

 そして、アルデバラン・クリスタルは。

 帝国最強の騎士は。

 夜空の上で汚い花火となって跡形も残らず爆散して消滅した。

 周囲に誰も、誰一人としていない孤独な最期。

 多くの者達から袋叩きにされて迎えた悲惨な死。

 それが、アルデバランという男の末路だった。

 

 こうして、一つの戦いがここに終結した。

 だが、この帝国と革命軍との最終決戦はまだ終わっていない。

 

「まだだ! 走れる者は俺と共にアルバの応援に向かえ! そうでない者は騎士団の足止めだ! 皇帝を倒すまで気を抜くな!」

『ハッ!』

 

 バックの一喝により、革命軍はボロボロの身体に鞭を打って、戦意を新たにする。

 そして、それぞれが自分のできる事に向かって走り出した。

 

 

 彼らが必死で戦っている間に、いつしか月は沈んでいた。

 夜を支えた星明かり達すらも弱々しく消えていき、最後に残ったのは漆黒の闇だけ。

 そして、その暗闇を晴らす為の最後の戦いが、いよいよ始まろうとしていた。



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勇者と皇帝

「バ、バカな!? 賊がここまで侵入して来るだと!?」

「セレナ様が敗れたというのか!?」

「落ち着け! 敵は一人! しかも相当の手負いだ! 団長が前線に出ているとはいえ、我らエリート揃いの近衛騎士団がこんな奴に負ける筈が……」

「『光騎剣(シャインブレード)』!」

『ギャアアアアアアア!?』

 

 城内に残っていた騎士達を蹴散らし、城の最上部を目指す。

 迷う事はない。

 事前にプロキオンさんから城の見取り図を渡されたっていうのもあるけど、それ以上に、目的地から途方もない魔力反応を感じているからだ。

 

 そして、俺は遂に最終決戦の舞台に辿り着いた。

 巨大な扉を蹴り破り、押し入ったのは、黒を基調としたデザインの大広間。

 部屋の奥に数段の階段があり、その上に荘厳な雰囲気の玉座がある。

 その玉座に、一人の男が座っていた。

 あのセレナですら比較にならない圧倒的な魔力を纏った男。

 目の前に立っただけで潰されそうな重圧を放つ化け物。

 

 俺は確信した。

 こいつこそが革命軍の最終標的。

 帝国の頂点。

 ブラックダイヤ帝国皇帝、アビス・フォン・ブラックダイヤであると。

 

「よくぞ来た、リヒトの息子よ。我が親愛なる血族よ」

 

 玉座に座ったまま、皇帝は俺に話しかける。

 その口調は、気味の悪い事にとても親しげだ。

 口にはうっすらと笑みすら浮かべ、敵意なんて微塵も感じさせない。

 ……不気味だ

 こいつが何を考えてるのか、さっぱりわからない。

 俺は警戒しながら剣を構えた。

 

「そう身構えるな……と言っても無理な話か。こう見えて、私は本当に心からお前を歓迎しているのだがな。理解されないのは悲しい事だ」

「……どういうつもりだ」

 

 あまりにも意味不明すぎて、俺は思わずそんな事を口走ってしまった。

 俺を歓迎する?

 セレナやノクスを倒し、多くの騎士を倒して、こいつの首を取りに来た俺を歓迎だと?

 訳がわからない。

 

「そう不思議がる事はあるまい。私は優秀な者が好きだ。才能ある者が好きだ。そして、お前はあのノクスとセレナが二人がかりで挑んだにも関わらず、それを単騎にて退けた類い稀なる戦士。あの二人は私が特に目をかけていた二人でな。それを上回る才能を示したお前を私が歓迎しない訳がないだろう?」

 

 なるほど、よくわかった。

 なんて言うとでも思ったのか?

 確かに、皇帝の言葉は一見筋が通ってるように聞こえなくもない。

 でも、違う。

 違うんだ。

 そんな訳がない。

 こいつの言葉には、最も大切な部分が欠落してるのだから。

 

「お前は……なんとも思わないのか?」

「ん? なんの事だ?」

 

 なんの事、だと?

 そんなの決まってる!

 

「そのセレナとノクスは死んだんだぞ!? 目をかけていた二人じゃないのか!? 特にノクスはお前の息子だろう!? なのに、そんな二人を殺した相手を、お前はなんで笑顔で歓迎できるんだ!?」

 

 理解できない。

 意味がわからない。

 こいつには人の心がないっていうのか!?

 

「無論、惜しんではいる。だが、あの二人は己の才能を最大限に使い切って戦い、そして死んだのだ。それは幸せな事であろう? であれば、私が悲しむ必要などないではないか」

「ッ!? 何を、言ってるんだ……?」

 

 幸せ?

 こいつは今、あの二人が幸せだったって言ったのか?

 セレナの慟哭が脳裏に蘇ってくる。

 苦しかったと、辛かったと、戦いたくなんてなかったと、悲痛な声で叫んだ少女の声が。

 目の前の男は、そんなセレナの大切な家族に呪いをかけ、望まぬ戦いに駆り出した張本人の筈だ。

 セレナの幸せを根こそぎ奪った奴が、言うに事欠いて「あいつは幸せだった」と宣う。

 理解できない。

 なんで、そんな酷い事を悪気の欠片もなく、さも当然の事のように語れるんだ……!?

 

「私がするべき事は悲しむ事ではない。私が最優先すべきは失った人材の補充だ。どうだリヒトの息子よ? 今からでも私の配下になってみないか? さすがにノクスの代わりとまではいかんが、セレナと同じかそれ以上の待遇で迎えてやろう。さすれば、お前はリヒト譲りの才能を思う存分に活かす事ができる。悪い話ではないだろう?」

「………………は?」

「今なら新しい六鬼将の筆頭にしてやろう。他に目ぼしい人材がいないのは嘆かわしい事だが、まあ、それは追々探していけばいい。セレナやミア、アルデバランのように思わぬ所で拾える逸材もいるし、私の血を直接引く者達を量産していけば、いずれノクスの代わりも手に入るだろう。ああ、そうだ。セレナが死んだのであればルナマリアを回収しなくてはな。私とエミリアの血を引き、セレナという逸材を産み出した血筋だ。今から教育しておけば将来は有望だろう。実に楽しみだ」

 

 皇帝が楽しそうに先の話を口にする。

 怖じ気の走る光景だった。

 人を人とも思わない外道な考え。

 ああ、そうか、こいつは……

 

「皇帝。俺はお前の配下なんかには死んでもならない。俺はお前を倒してこの国を変える」

 

 純白の剣を皇帝に向けながら、そう宣言する。

 そんな俺を見て、皇帝は不愉快そうに顔をしかめた。

 

「国を変える、か……。お前といい、リヒトといい、何故そんな事に拘るのか理解できん。この国は今が最善の状態であろうに。私を筆頭に絶対的な力を持つ者達を頂点に据え、その下に魔力という特別な力を持ったそこそこ優秀な貴族達を揃え、民衆を問題なく支配している。これが最も効率的な国家の形だ。何故それをわざわざ変えようとするのか。心の底から理解に苦しむ」

「……それがわからないから、お前は俺達に反逆されるんだ」

 

 今の言葉を聞いて確信を深めた。

 皇帝はきっと、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 だから、やる事なす事全てが人の心を考慮しない。

 それをやったら誰がどれだけ傷ついて、どれだけの悲劇が巻き起こるのか、その一切を考慮しない。

 無自覚に悲劇を振り撒き続ける怪物。

 それが皇帝だ。

 まるで、この国を覆い尽くしている暗闇その物のような存在。

 こいつだけは絶対に倒さなくちゃいけない。

 こいつを倒さない限り、この国に夜明けは来ない。

 そう強く実感した。

 

「行くぞ、皇帝。俺はお前を止める。もうこれ以上、お前に悲劇を起こさせはしない」

 

 そうして、俺は皇帝に向かって斬りかかった。

 全てを終わらせる為に。

 全てを始める為に。

 最後の敵との戦いが、夜の暗闇を振り払う為の戦いが、今始まった。



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勇者VS皇帝

「『光騎剣(シャインブレード)』!」

 

 開幕速攻。

 フェイントを一切挟まず、最短距離を走らせた光の斬撃で皇帝を狙う。

 この一撃で終わらせるくらいの気持ちで、全力の魔力を剣に込めて振り下ろした。

 皇帝はそれを……

 

「なっ!?」

「ほう。中々良い太刀筋だ。魔術の威力も申し分ない。これならば、アルデバランともまともに打ち合えるだろうな」

 

 皇帝は呑気にそう語りながら、━━漆黒の籠手に包まれた片手で俺の剣を止めていた。

 玉座から立ち上がりもしないまま、右手に身体強化の魔力を集中させ、俺の剣を素手で掴んで止めたのだ。

 まさか、こんな簡単に防がれるなんて!?

 化け物だとは思ってた。

 格上だとは思ってた。

 でも、こいつに対して相性がいい筈の光の魔術を以てして、ここまで通用しないとは思ってなかった。

 

「『黒掌打(ショックブラック)』」

「がはっ!?」

 

 闇を纏った皇帝の掌打が俺の腹に突き刺さる。

 こんな小手調べみたいな攻撃がバカみたいに速くて強い!

 こっちも咄嗟に身体強化の魔力を集中してガードしたのに、まるで衝撃を殺しきれずに吹き飛ばされてしまった。

 痛みに呻きながら膝をつく。

 皇帝はそんな俺を見下ろしながら、手の中に残った剣をつまらなそうに俺の前に放り投げた。

 

「お前が優れた戦士だという事を今の一撃で改めて実感した。だが、優れた戦士だからこそ理解できた筈だ。お前と私との絶対的な実力の差をな。━━お前が私に勝つ事は決して叶わぬ。諦めて私の配下となれ。それが正しい選択だ」

 

 痛みを堪え、皇帝の言葉を無視して剣を掴む。

 確かに、たった一撃で格の違いは思い知らされた。

 だけど、だから何だと言うのか。

 勝ち目の殆どないような敵と戦った事なんて初めてじゃない。

 その度に、俺は諦める事だけは決してしなかった。

 それだけが、敗北だらけの俺の戦歴の中で唯一誇れるものだ。

 だったら、今回も諦める事だけは絶対にしない!

 

 それに、俺はまだ全てを出し尽くしてはいないぞ!

 

「『光翼(フォトンウィング)』!」

 

 前の戦いでセレナが空を飛んでたのを見てイメージを掴み、さっきセレナの氷人形達が飛翔してるのを間近に観察してようやく習得した新技。

 まだまだ制御に不安があるけど、出し惜しみしてられる状況じゃない!

 俺は、さっきと同じく思いっきり床を蹴りつけ、光の翼による推進力と合わせて再び特攻した。

 

「『破突光翼剣(ストライクフリューゲル)』!」

 

 セレナとノクスの二人を相手にしても通じた一撃。

 これでどうだ!

 

「ほう」

 

 だが、これでも尚、皇帝は動かなかった。

 動く必要がないとばかりに、玉座に座ったまま、興味深そうな目で俺を見ている。

 余裕綽々の態度。

 それが虚勢ではないと証明するかのように、皇帝は俺の前に片手を突き出す。

 

 そして、流れるようにその掌で俺の攻撃を受け流した。

 

「ッ!?」

 

 軌道を歪められ、俺の攻撃は玉座の右側へと逸れる。

 だけど、これはチャンスだ。

 受け流したという事は、皇帝はさっきの攻撃と違って当たればダメージになると判断したという事。

 なら、意地でも当ててやる!

 

 俺は瞬時にもう一つの新技、衝撃波移動を発動。

 背中の左側に衝撃波を当てて、右方向に身体を回転。

 突撃のエネルギーをそのまま回転の威力に変える。

 その状態で横薙ぎの一撃を繰り出し、玉座ごと皇帝を切り裂く!

 

「『闇武装(ダークアームズ)』」

 

 そんな一撃を、皇帝は闇を纏わせた左腕で止めた。

 身体強化と闇の魔力を纏った漆黒の籠手が、光の斬撃を完全に遮断する。

 まだだ!

 

「『光翼嵐飛行(テンペストフライ)』!」

 

 光の翼と衝撃波移動を複雑に組み合わせた変則軌道で皇帝の周囲を飛び回る。

 完璧に防がれるんだったら、ガードが間に合わない程のスピードで翻弄すればいい!

 超スピードの連続攻撃を繰り出し続けて、絶対に防げないような隙を作るんだ!

 

「なるほど。セレナの翼と、アルデバランの技術の合わせ技か。器用な事をする。私やリヒトにはなかった才能だ」

 

 「だが」と皇帝は続け、おもむろに腕を振るった。

 超高速で動く俺をピンポイントで捉える拳を。

 見切られた!?

 

「ぐっ!?」

 

 咄嗟に剣を盾にして防ぐ。

 ダメージは軽い。

 けど、超高速で拳と激突したせいで思いっきり吹き飛ばされ、部屋の壁に叩きつけられてしまった。

 皇帝はまだ座ったままだ。

 どこまでも余裕の態度で、俺を見下ろしてくる。

 

「お前は確かに強い。しかし、まだまだ若く経験が足りない。だからこそ、基礎的な能力値で私やリヒトに遠く及ばないのだ。その程度の力では私を玉座から動かす事すら叶わん。諦めろ」

 

 誰が諦めるか!

 今の力で足りないのなら、もっと強くなればいい!

 魔術はイメージだ。

 イメージしろ!

 もっと強くなった自分自身を!

 

「『二対光翼(ツイン・フォトンウィング)』!」

「む?」

 

 俺は背中からもう二枚の光の翼を生やす。

 合計二対四枚の翼。

 こうすれば単純に推進力は二倍だ。

 もっと速く!

 

「『破突光翼剣(ストライクフリューゲル)』!」

「ぬ!」

 

 自分の認識すら振り切るスピードで、もう一度皇帝に挑みかかる。

 そんな俺を見て、皇帝が初めて驚いたような声を上げる。

 

「『闇拳(ダークフィスト)』!」

 

 それでも、まだ迎撃が余裕で間に合うのか!

 光の剣と闇の拳が正面からぶつかり合う。

 その威力は……ここに来て、ようやく互角。

 お互いの攻撃が弾かれ、お互いの体勢が崩れる。

 追撃だ!

 初めて見せた皇帝の隙、狙わない訳にはいかない!

 

「『光翼嵐飛行(テンペストフライ)』!」

 

 俺は衝撃波移動で無理矢理体勢を整え、強引に身体を動かした。

 制御しろ。

 この身に余る超速を、今この場で自分の物にしろ。

 

 攻撃の威力を上げろ。

 今までの力じゃ皇帝をよろめかせる事すらできない。

 身体強化を、剣に纏う光を、もっと強く。

 

 魔力を引き出せ。

 それを完璧に制御下に置け。

 精密操作のお手本とは散々戦ってきた。

 あれを模倣し、そして超えるんだ。

 

「うぉおおおおおお!!」

 

 極限まで集中し、さっき以上の超速連続攻撃を繰り出し続ける。

 崩せ!

 崩せ!

 崩せッ!

 皇帝の守りを!

 絶対に勝つんだ!

 

「驚いたな」

 

 そんな声が聞こえた瞬間、━━背筋に悪寒が走った。

 一瞬、時が止まったかのような錯覚を覚える。

 もしかしたらそれは、特大の危険を感じ取った俺の本能が、無意識に最大出力の思考加速を使った結果だったのかもしれない。

 

 玉座の後ろに、巨大な影が現れるのが見えた。

 

 闇を押し固めて作ったような、歪でおどろおどろしい闇の巨人。

 それが拳を振るい、俺を殴り飛ばした。

 

「ッ!?」

 

 咄嗟に全身に光を纏って防御する。

 だが、闇の巨人の一撃はそれを貫いて、俺にかなりのダメージを与えた。

 吹き飛ばされ、またしても部屋の壁に叩きつけられる。

 壁が崩れ、瓦礫の中に埋まった。

 このままじゃ追撃で殺されると思い、急いでそこから脱出。

 再び皇帝を視界に捉えた時には、もうあの巨人はどこにも見当たらなかった。

 あれは、いったい……

 

「実に驚いたぞ。さっきまでのお前は間違いなく全力を尽くしていた。それが次の瞬間には限界を超えて更に強くなるとはな」

 

 俺の疑問に答えが出る前に、皇帝が口を開いた。

 声がとてつもなく楽しげだ。

 余裕を通り越して、楽しむ余裕すらあるらしい。

 クソッ、まだ全然届かないのか……!

 

「超速成長、いや潜在能力の開花と言った方が正しいか。死闘を経験し、死線を越える為、眠っていた才能の一部が無理矢理叩き起こされたのだろう。つまり、お前の中にはまだまだ花開いていない才能が山のように眠っているのだ。それでいて、現時点で既にアルデバランを超えかねない程の力を発揮している。素晴らしい。素晴らしいぞ! やはり、お前は私と共にあるべきだ!」

 

 皇帝が興奮したように語る。

 俺にはその姿が、狂気に満ちているように見えた。

 

「お前は先程言ったな。これ以上私に悲劇を起こさせはしないと。だが、それは間違った見解だ。お前は私を誤解している。私は悲劇を起こしてなどいない。むしろ、真の悲劇を回避するべく全力を尽くしているのだ」

 

 狂気を宿した瞳で皇帝は語り続ける。

 ……嘘を吐いているようには見えない。

 信じられない事に、こいつは自分の言葉が正しい事を疑っていないのだ。

 

「真の悲劇とは、優れた才能が活かされずに消えていく事だ。かつて、我が弟リヒトは私以上の才能を持っていた。戦闘力も、魔術も、頭脳も、僅かとはいえ私を上回っていたのだ。だが、あいつは死んだ。あいつより劣る私に負けて戦死した。何故だと思う?」

 

 問いかけるような言葉。

 しかし、こいつは俺の答えなど求めていない。

 

「答えは簡単。あいつは自らの才能を活かせなかったのだ。環境が、周囲の者達が、そして何より優しさなどという下らぬものが、あいつの足を引っ張った。あいつの才能を潰した。あの日、私の前で無様に屍を晒す弟を見て私は思ったのだ。私が優秀な弟を押し退けて皇帝となった意味は、リヒトのような悲劇を繰り返さない為だと。リヒトのような才能ある者達を見出だし、その才能を存分に活かせる環境を与えてやる事こそが私の使命だとな」

 

 ……それは違うだろうと叫びたい。

 才能だけ見て、本人の意思を無視したら、セレナのような悲劇しか生まない。

 でも、その言葉がこいつに届く事はないんだろう。

 俺達とこいつでは、根本的に考え方が違い過ぎる。

 どうあってもわかり合えない。

 

「皇帝となってより、私はずっとその意志を貫き通してきた。セレナ達のような逸材を迎え入れ、優秀な女を側室として私の血と掛け合わせ、そうして手に入れた優秀な人材を育てるべく、私自身はなるべく動かずに配下達に経験を積ませてきた。今回の争いでそんな人材を根こそぎ失ってしまったが、代わりに彼らを踏み台にして、リヒトの血を引くお前が私の前にまで辿り着き、私にここまでの才能を示して見せた。これは天命だ!」

 

 皇帝は感極まったようにそう言って、俺に手を差し伸べてきた。

 

「改めて言う。リヒトの息子よ。いや、アルバよ。私の手を取り、我が配下となれ。父の悲劇を繰り返すな」

 

 その言葉には、こいつなりの真摯な想いがこもっているように感じた。

 俺達とは決して相容れない思想。

 相容れない考え方。

 でも、その考え方の中で最上級の評価を俺に下し、俺を認め、心から迎え入れようとしているのはわかった。

 ……こいつは、なんだかんだで俺の伯父だ。

 こいつが普通の伯父さんで、悲劇の元凶なんかじゃなくて、もっと普通の事で俺を褒めてくれたんだったら、きっと俺は素直に喜べたのだろう。

 

 だけど、それもまた、あり得ない「もしも」の話だ。

 俺の答えは変わらない。

 

「『三対光翼(トライ・フォトンウィング)』」

 

 俺は皇帝の手を取らず、三対目の光の翼を作り出した。

 これが俺の意志表示。

 それを見た皇帝が、失望の眼差しで俺を見る。

 

「それがお前の答えか」

 

 そうだ。

 お前にはわからないかもしれないけど……

 

「どんなに才能があっても、それを認めてもらえても、幸せのない国の為にそれを振るうつもりはない。それが俺の答えだ」

 

 俺が……俺達が目指したのは、平和で幸せな国だ。

 俺達が味わった悲劇を繰り返さなくていい国だ。

 たとえ、お前がどれだけ俺の事を認めてくれようと、根本にあるこの想いを否定するのなら、お前の配下になんか死んでもなれないんだよ。

 

「……本当にリヒトと同じような事を言う。顔立ちこそ、そこまで似てはいないが、本当にそっくりな親子だよお前達は」

 

 最後にそう言って……皇帝の目から温度が消えた。

 

「私は優秀な者が好きだ。優秀な者が私の手元にある事を望み、その者が私と敵対する事を望まない。何故なら、どんなに優秀な者であろうとも、私と敵対すれば必ず死ぬからだ。あのリヒトですらそうだった。そうして優秀な才能を無為に潰す事を私は嫌う」

 

 「しかし」と皇帝は続ける。

 

「どんなに優秀な者でも、どれだけ私が目をかけた者であっても、敵対するのであれば戦うより他にない。そして、屈服しないのならば殺すより他にない。お前は私に殺される覚悟があると、そう判断していいのだな?」

 

 その瞬間、皇帝から吹き出す威圧感がとてつもなく膨れ上がった。

 これは、殺気だ。

 遂に皇帝が俺を殺す気になった。

 身体が震えそうになるのを必死で堪える。

 恐怖を押し殺して、心を強く持つ。

 そうして、手に持った純白の剣を、全力で握り締めた。

 

「そうか……ならばもう手加減はしない。リヒトの時と同じように、私の本気を以て殺してやる」

 

 そう言って、皇帝は遂に玉座から立ち上がった。

 そして、玉座の頂点に付いていた突起を握り、力の限り引き抜く。

 玉座が砕け、その中から豪奢な装飾の施された大振りの剣が。

 夜の闇を凝縮させて作ったような漆黒の魔剣が現れた。

 

「リヒトとの戦い以降、配下達の成長の為にと封印してきた私の愛剣だ。覚悟はいいな?」

「……来い」

 

 覚悟なんて、問われるまでもなくもう決まってる。

 アメジスト領でセレナに突き付けられ、その言葉に俺なりの答えを出したあの時から。

 その覚悟に従って、俺は戦う。

 もう、俺は逃げない。

 

「良い面構えだ。では……む!?」

「━━━━━━━━━━━━━━━!!!」

 

 そうして互いに踏み出そうとした瞬間、城の壁を突き破って何かがこの場所に乱入してきた。

 龍の形をした巨大な植物、ワールドトレント。

 皇帝はそれを一撃で消し飛ばしたが、それだけで身体全てを消す事はできず、後から後から植物が溢れてくる。

 

 更に、部屋の入り口が大きな音と共に開かれ、そこから無数の魔術が皇帝目掛けて飛んでいく。

 魔術に続いて現れたのは、見覚えのある仲間達。

 ルル、バックさん、ミストさん、キリカさん、そして元エメラルド公爵騎士団の人達が何人か。

 ああ……

 

「皆!」

「「「アルバ!」」」

『アルバ様!』

 

 よかった!

 アルデバランを倒せたのか!

 随分と人数が少ないのが気にかかるけど、他の人達は向こうに残ったんだと信じておく。

 もしそうじゃないのなら……その意志は俺達が継ぐ。

 決して無駄にはしない。

 

「随分ボロボロみたいだけど、あとちょっとよ! 根性見せなさいアルバ!」

「ああ!」

 

 ルルの激励を受け、気合いを入れ直す。

 彼女が、そして皆が一緒ならきっと勝てる。

 俺はとても勇気づけられた。

 

「このタイミングで援軍とはな。類い稀な天運も持ち合わせているのか。ああ、実に、実に惜しい」

 

 そう呟きながら、皇帝が全ての攻撃を吹き飛ばして、無傷の状態で俺達の前に立つ。

 俺達は顔を見合わせてから、息を合わせて一斉攻撃を開始した。

 戦いは次のステージに移り、そして加速し続ける。

 決着の時が訪れる、その瞬間まで。



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革命軍VS皇帝

「アルバ! 私達の事は気にせず好きなように戦え! バックアップは任せろ!」

「わかりました!」

 

 バックさんの頼もしい言葉を信じ、俺は脚に力を込め、六枚の翼をはためかせた。

 さっきよりも遥かに速いスピードで先陣を切る。

 メインで皇帝の相手をするというのは、作戦開始前から決まってた俺の仕事だ。

 その役割はしっかりと果たす!

 

「『破突光翼剣(ストライクフリューゲル)』!」

 

 三度目の突撃。

 前回、前々回よりも遥かに速い。

 だが、やはりと言うべきか、皇帝は俺の動きをしっかりと目で追っていた。

 超速移動の最中、半ば直感でその事に気づいた瞬間に悟る。

 ━━この攻撃は通じない。

 だったら!

 

「ハァッ!」

 

 皇帝に攻撃が届く寸前、衝撃波移動で軌道を変えて真上に向かう。

 空中で身体を捻り、頭上から光の剣を伸ばす。

 

「『光騎剣(シャインブレード)!』」

「ふん」

 

 それを皇帝は余裕で防いだが、それでいい。

 今の俺は、自分一人で勝たなくてもいいのだから。

 

「突撃ッ!」

『オオオオオオッ!!!』

 

 バックさんの号令に従い、仲間達が皇帝に突撃していく。

 迎撃しようとする皇帝に光の魔術を撃ち込んで妨害。

 ワールドトレントも枝を投げ槍みたいに飛ばして皇帝の動きを阻害する。

 皇帝が鬱陶しそうに顔をしかめた。

 

「下らん。『黒鬼剣(ダークソード)』」

 

 皇帝が剣を振るう。

 ノクスも使っていた、闇を纏った巨大な斬撃。

 でも、威力がノクスとは全く違う。

 円を描くように振るわれた斬撃は、一振りで俺の魔術をかき消し、ワールドトレントの枝を消し飛ばし、そのまま皆に向かって直進する。

 この一撃で全員がやられてもおかしくない強力な攻撃。

 

 でも、俺達には切り札がある!

 

「「「『光騎剣(シャインブレード)』!」」」

「ぬ?」

 

 元エメラルド公爵騎士団の人達が一斉に魔術を使う。

 それは、俺の愛用魔術『光騎剣(シャインブレード)』。

 剣に光属性の魔力を纏わせる魔術。

 皇帝と戦う予定だった人達全員に配られた、俺の魔力をエネルギー源とした光の魔導兵器(マギア)の力だ。

 闇魔術の使い手以外には効果が薄く、それ故に、この最終局面まで温存されてきた切り札。

 それが今、皇帝に対して牙を向いた。

 何人もが同時に発動した光の魔術が、威力で勝る闇の魔術を相性差と人数差で押し留め、塞き止める。

 

「『白風の太刀』!」

「『筋鋼白撃拳(マッシブホワイト)』!」

 

 そうして止められた斬撃を飛び越えて、キリカさんとバックさんが皇帝に飛び掛かかった。

 光の粒子を纏った風の斬撃と、発光する魔導兵器(マギア)の拳が皇帝に迫る。

 

「『光騎剣(シャインブレード)』!」

 

 同時に、俺も光の剣を伸ばして中距離から皇帝を狙う。

 正面からキリカさんとバックさんと、後ろから俺の斬撃。

 挟み撃ちだ。

 この攻撃に対して、皇帝は初めて迎撃ではなく回避を選んだ。

 前後から迫る攻撃を、真上に飛ぶ事で避ける。

 

「━━━━━━━━━━━━!!!」

 

 そこをワールドトレントが狙った。

 その巨体を俺達の頭上で横に振るい、城の天井を木っ端微塵にしながら皇帝を薙ぎ払おうとする。

 

「『闇鬼剣(ダークソード)』」

 

 それでも皇帝は動じない。

 即座に闇の斬撃を出してワールドトレントを一刀両断した。

 ワールドトレントも切断された部分を切り捨て、残った方の断面を龍の頭に変形させようとしてるけど、その前に皇帝が次の攻撃態勢に入った。

 厄介なワールドトレントを、回復する前に消し飛ばすつもりだ。

 

「『光矢流星群』!」

 

 だが、そこをミストさんが雨のように降り注ぐ大量の光の矢で牽制する。

 皇帝の防御力ならノーガードでも大したダメージにはならないだろうけど、光の魔力で傷を付けられれば、ノクスと同じで魔力が乱される筈だ。

 そうなれば確実に弱体化する。

 だから、皇帝は俺達の弱い攻撃でもガードせざるを得ない。

 

 皇帝が闇の盾を作り出してミストさんの矢を防ぐ。

 そっちに一瞬気を取られた隙に、一番機動力のある俺が皇帝の前に飛び出す。

 これでワールドトレントに攻撃してる暇はない筈だ。

 今、ワールドトレントを失う訳にはいかない。

 そして、この攻撃をただの牽制で終わらせるつもりもない!

 

「『光騎剣(シャインブレード)』!」

 

 皇帝に向かって剣を振るう。

 さっきまでの加速の勢いを乗せた突きではなく、頭上にいる皇帝に対しての、下段から突き上げるような逆袈裟斬り。

 今まで三回も連続で見せた、加速の勢いを乗せた突き技『破突光翼剣(ストライクフリューゲル)』じゃない。

 これで少しでも意表を突ければと思ったけど……やっぱり、そう甘くはないか。

 

 皇帝はあっさりと俺の一撃を剣で受け止める。

 更に、流れるような剣捌きで俺の剣を弾き、カウンターを繰り出そうとする。

 このタイミング……避けられない。

 でも、避ける必要はない。

 

「ルル!」

「わかってる!」

 

 俺が飛び立つ寸前に、俺の背中を掴んで一緒に付いて来ていたルルが、俺の加速の勢いのままに背中から飛び出して皇帝の眼球目掛けてナイフを突き出す。

 さすがの皇帝もこれは予想外だったのか、僅かに目を見開いた。

 それはそうだろう。

 俺だって、ルルが咄嗟にしがみついてくるなんて予想外だったんだから。

 ルルは俺以上に俺の事を上手く使ってるって事だ。

 それにしたって、即席でこの速度に合わせられるとか、ルルも大概化け物だと思うけど。

 

 そんなルルに面食らった皇帝は、繰り出そうとしていたカウンターを中断し、顔を横に倒して回避を優先した。

 顔面すれすれを通ったナイフが、皇帝の髪を数本斬り裂く。

 しかし、ルルの攻撃は終わらない。

 空中での移動手段を持たないルルは、加速の勢いのままに吹っ飛んで皇帝の後ろへと抜ける。

 ルルはその位置関係すらも利用し、空中で身体を捻り、今度は皇帝の首筋目掛けてナイフを振るった。

 

「『魔光刃』!」

「……ほう」

 

 皇帝が少しだけ感嘆したような声を漏らしながら、ルルの攻撃を剣から離した左腕で受け止める。

 ルルの攻撃力じゃ、あれを突破する事はできない。

 でも、これはチャンスだ!

 

 俺は可能な限りの力を振り絞り、弾かれた剣をでき得る限り素早く引き戻す。

 そして、ルルへの対処で僅かに俺から意識の逸れた皇帝に向けて、全力でその剣を振り下ろした。

 

「『光神剣(シャイニングブレード)』!」

 

 ルルのおかげで、皇帝のカウンターは止まった。

 体勢も崩れ、剣はあらぬ所へ逸れ、左腕もルルの攻撃を止める為に使っている。

 俺に対して、文字通り片手落ちのこの状況。

 ここで押し切る!

 

「ふん」

 

 だが、皇帝の余裕の表情は崩れない。

 そんな攻撃は通じないと言わんばかりに。

 その程度の攻撃なんて、今まで何度も叩き潰してきたんだと言わんばかりに。

 皇帝は、いとも簡単にガードを間に合わせた。

 

「『闇盾(ダークシールド)』」

 

 俺と皇帝の間に、分厚く硬質な黒い盾が現れた。

 わかってはいたけど、凄まじい魔術発動速度だ。

 セレナの氷の盾に匹敵する完成度の魔術を、こんな一瞬で発動できるなんて。

 ここに来るまでの戦いで、何度も限界を超えて、超えて、超えて。

 それでも、咄嗟だと剣に光を纏わせたり、衝撃波を出したり、そういう大雑把な魔術しか使えない俺とは大違いだ。

 

 だけど、魔術で劣っても、実力で劣っても、負ける訳にはいかない!

 足りないなら絞り出せ!

 皇帝は言った。

 俺にはまだ大きな才能が眠っていると。

 さっきまでの攻防で、いや今までの戦いで、俺は何度もその力を無理矢理叩き起こしてきたんだろう。

 なら、もう一度できない道理はない!

 

 限界を超えろ。

 何度でも、何度でも。

 目の前の敵を倒せるまで、無限に成長し続けるんだ!

 

「うぉおおおおおお!!」

 

 力を込める。

 威力を上げる。

 身体の底から魔力を引き摺り出し、動きを更に洗練させる。

 そんな渾身の力で、俺は剣を振り抜いた。

 

 そして、━━光の斬撃が闇の盾を砕き、皇帝の身体に一筋の傷を刻んだ。

 

 闇の盾に大きく威力を殺されたせいで、薄皮一枚と肉を少し斬っただけで、骨にヒビすら入れられなかった攻撃。

 それでも、初めて皇帝に与えたダメージ。

 しかも、闇属性魔術師の魔力を大きく乱す光の魔術によって与えた傷。

 効いてない筈がない。

 

 俺の攻撃で吹き飛ばされ、皇帝が城の床に叩きつけられる。

 床が大きく陥没し、粉塵が舞う。

 勝機だ。

 皇帝の守りを崩し、さらけ出させた大きな隙。

 千載一遇の好機。

 見逃す訳にはいかない。

 

「今だッッ!!」

 

 バックさんが叫び、この場の全員が倒れた皇帝に向かって攻撃を仕掛けた。

 ワールドトレントとミストさんが遠距離から、他の人達は光の魔導兵器(マギア)による直接攻撃しか有効打がないとわかってるからこそ距離を詰める。

 皇帝が態勢を立て直す前に決める!

 その思いで、俺もまた光の翼をはためかせ、突撃を開始した。

 

「……まさかの事態だな」

 

 その時、戦いの音に紛れて声が聞こえた。

 心底驚いたというような、だけど、それに反して欠片も冷静さを失っていない皇帝の声。

 それを聞いた瞬間、俺の直感が大音量で叫んだ。

 皇帝は今、隙なんてさらしていない。

 これは勝機なんかじゃない。

 今すぐ逃げろと。

 

「待っ……」

「『闇龍撃(ダークドラゴ)』」

 

 しかし、その懸念を口にする暇もなく、皇帝が新たな魔術を発動する。

 粉塵を突き破って、まるでワールドトレントのように巨大な闇の龍が姿を現した。

 完璧に制御された、歪み一つない綺麗な魔術。

 それこそ……光魔術の影響なんて欠片も感じない程の。

 

「喰らい尽くせ」

 

 皇帝の声に合わせて、闇の龍が動いた。

 そのアギトを大きく開き、皆を飲み込んでいく。

 皆も光の魔導兵器(マギア)で反撃したけど、その攻撃は龍の身体にほんの少し揺らぎを発生させただけで終わり、そのまま闇の龍の中に取り込まれてしまう。

 ルルや特級戦士の人達はなんとか避けたけど、最前列にいた人達は軒並みやられてしまった。

 闇の龍に飲み込まれた人達の気配が感知できない。

 それが命の終わりを意味しているのだと理解した瞬間、俺は反射的に闇の龍に向かって飛び掛かっていた。

 

「やめろぉおお!」

「━━━━━━━━━━━!!!」

 

 俺と同時にワールドトレントも動く。

 俺は闇の龍を霧散させる為に、逆にワールドトレントは元凶である皇帝を叩きに行った。

 二点同時攻撃。

 それに対して皇帝は……

 

「なっ!?」

 

 粉塵の中から、更に数体の闇の龍が飛び出してきた。

 その数、最初の一体を含めて九体。

 最初の一体は皆への攻撃を続け、新たに生み出された内の四体が俺に、残りの四体がワールドトレントに襲いかかる。

 光の斬撃で消し飛ばしても、すぐに新しい首が生えてきてしまう。

 ワールドトレントも、何体もの闇の龍に噛みつかれて破壊されていってる。

 クソッ!

 

「まさか、お前達を相手にこれだけの力を出す事になろうとはな」

 

 全員が必死に抗う中、闇の龍を動かしている皇帝が考察するように呟いた。

 その身体に確かに刻んだ筈の傷は、もう既になくなっている。

 

「アルバとプロキオンだけであれば通常戦闘で充分に殲滅可能だと思ったのだが……まさか雑兵どもがこれだけの活躍を見せ、私の身体に傷を付けるとは。しかも、その中に平民が交ざり、かつ他の雑兵以上の活躍を見せているというのは驚愕すべき光景だ。魔力を持たず、あらゆる能力で魔術師に劣り、最底辺の道具としてしか使えない質の悪い量産品と思っていたが、存外侮れないものだな。まあ、所詮は借り物の力に頼っているだけの存在。そんな物に目をかけるより、魔術師の中から逸材を探した方が早いか」

 

 余裕を通り越して、俺達の事なんて眼中にないかのような振る舞い。

 俺達が自分を脅かす事なんてないと確信してるかのような傲慢な態度。

 こいつ……!

 

「━━━━━━━━━━━!!!」

 

 そんな皇帝に挑みかかったのは、皇帝という人間の暴挙を最も長く続け、最も長く耐え続けてきたんだろうプロキオンさんの成れの果て、ワールドトレント。

 無数の闇の龍に身体を噛み砕かれながら、それでも同じく龍を模した身体を捩り、アギトの中にブレスの輝きを秘めながら、皇帝に向かって突撃していく。

 

「プロキオンか。お前も優秀ではあったのだから、私に従っていればよかったものを」

 

 そんなワールドトレントの決死の特攻を、皇帝は心底呆れたような視線で眺めていた。

 

「それに、随分と身体が崩れてきているではないか。私が何もせずとも、身体という器が崩壊して魔力が漏れ出している。もって数時間の命といったところだろう。これが魔獣因子とやらの副作用か。下らん」

 

 皇帝は吐き捨て、ワールドトレントを見る目が呆れから侮蔑へと変わった。

 

「いくら強くとも、いくら優秀であろうとも、未来のない者に興味はない」

 

 そう言って、皇帝は剣をワールドトレントに向ける。

 その切っ先に闇の魔力が収束していき、そして……

 

「『漆黒閃光(ダークネスレイ)』」

 

 放たれた闇の光線が、ボロボロのワールドトレントを跡形もなく消し飛ばした。

 この部屋に侵入してた部分だけじゃない。

 闇の光線は、帝都の外から伸ばしていたワールドトレントの本体も、身体を支える為に進行経路に張っていた根も、文字通り根こそぎ全てを消し飛ばした。

 

 効果範囲内にいた一般人や革命軍はおろか、帝国の騎士達すらも巻き込んで、帝都に凄まじい傷跡を刻みながら。

 

「お、お前……!? 味方ごと!」

「もはや失って困る人材もいないからな。だが、問題はない。極論、私一人いれば他は道具でも国は回る」

 

 ふざけてる。

 これはもう、一国の頂点に立つ王様の考え方じゃない。

 ただの化け物だ。

 悲劇と破壊を生む事しかできない、ただの化け物だ。

 倒さなくちゃいけない。

 その思いが更に強くなる。

 

「うぉおおおおお! 『光騎連撃剣(シャインレイジング)』!」

 

 腕を軋ませながら無理矢理限界以上の速度で何度も振るい、無数の光の斬撃を繰り出す。

 それが闇の龍を細切れにし、消滅させていく。

 もちろん、こんなの一時的な事だろう。

 あの闇の龍が皇帝の魔術の産物である以上、またすぐに作り直されて終わりだ。

 それでも、一瞬だけでも、俺に向かってきていた全ての闇の龍を消す事に成功した。

 同時に、他の皆も全員分の力を合わせ、向こうを襲っていた闇の龍を消し飛ばす。

 

 そして、計ったかのように全員同じタイミングで皇帝に飛びかかった。

 全員が全力で、いや全力以上の力を振り絞って。

 

 そんな俺達を嘲笑うかのように、皇帝はこれ見よがしに剣に膨大な闇の魔力を纏わせた。

 

「『闇神剣(ダークネスソード)』」

 

 一閃。

 それで全てが吹き飛ばされた。

 全力で放った俺達の攻撃をあっさりとかき消し、城の一角を消し飛ばし、俺達に大ダメージを与える。

 

「ハァ……ハァ……」

「かはっ……ゴホッ……」

「ぐっ……ぉお……」

「ち、ちくしょう……!」

「うぅ……」

 

 もう、無事な人は一人としていない。

 なんとか立ってるのは俺だけだ。

 元エメラルド公爵騎士団の人達は全滅し、ルル達はギリギリ生きてはいるけど、立ち上がる力は残ってないだろう。

 皇帝は、圧倒的だった。

 こんなにも簡単に、俺達を絶体絶命の窮地に追い込める程に。

 

 そして、勝利を確信したような顔をした皇帝が、コツコツと足音を立てながら、ゆっくりと俺達の前に歩いてくる。

 すぐにトドメを刺そうとせず、絶対強者にのみ許される余裕と慢心、傲慢さに満ちた足取りで。

 

「言ったであろう。私と敵対した者は必ず死ぬと。これは最初からわかりきっていた結果だ。確定していた未来だ」

 

 皇帝は、俺達を見下ろしながらそう語る。

 不意に、皇帝はその左手の人差し指で、自分の肩から脇腹にかけてをなぞった。

 そこの服は裂けている。

 俺達が唯一皇帝に付けた、そして、今はもう既に消えてしまっている傷の場所だ。

 

「この私の身体に傷を付けたのは誉めてやる。しかし、リヒト相手に散々対策を講じた私相手では、この程度のダメージで魔力を乱す事など叶わん。それこそ、内臓を直接光の魔力でかき乱すくらいの事はしなければな。お前達にそれができるだけの力はない。最初から詰んでいたのだよ」

 

 そこまで言って、皇帝は哀れむような目で俺を見た後……もう一度俺に手を差し伸べてきた。

 

「これが最後のチャンスだ。私の配下となれアルバ。さもなくば、このまま、そこの雑兵どもと共に葬り去る。今度こそ正しい選択をしろ」

 

 直感で、なんとなく悟る。

 これは本当の本当に、皇帝なりの最後の慈悲だ。

 この手を振り払えば、今度こそ俺は殺されるだろう。

 多分、ここは従っておくのが賢い選択なんだと思う。

 かつて、涙を飲んで皇帝に下ったプロキオンさんのように。

 生きていればチャンスはある。

 プロキオンさんのように帝国内で地位を築けば、もう一度皇帝に挑む機会がやってくるかもしれない。

 だから、この手を取るのが正しい選択なんだろう。

 

 だけど……

 

「『光翼(フォトンウィング)』……!」

 

 俺は光の翼を展開した。

 最初と同じく、たった二枚の頼りない翼を。

 残り少ない魔力じゃ、これが精一杯。

 

 それでも、残った力を振り絞って、俺は戦いの意志を示した。

 

「……本当に、愚かで救いようがないな、お前達は」

 

 そんな俺を見て、皇帝は吐き捨てた。

 今回ばかりは俺も少しそう思う。

 皇帝じゃなくても、今の俺を見て愚かなバカだと思う人は結構いるだろう。

 

 だけど、俺はもう耐えられないんだ。

 この国にありふれた悲劇を見続ける事に耐えられない。

 今まで見てきた沢山の人達の、悲痛な声も、絶望の叫びも、もう聞きたくない。

 痛みを堪える姿も、諦めに満ちた顔も、もう見たくない。

 一分一秒でも早く終わってほしい。

 一分一秒でも早く救われてほしい。

 そうじゃないと、俺の方が壊れてしまいそうだから。

 

 だから、どんなにバカで愚かだろうと、俺は戦う。

 ここから大逆転して勝つなんて、そんな勝率極小の賭けに挑む。

 笑いたければ笑え。

 嘲りたければ嘲れ。

 

 それでも、俺は絶対に勝つ。

 

 勝って全てを終わらせる。

 勝って全てを始める。

 手足が千切れても、魔力がなくなっても、皇帝の喉元に噛みついてでもここで勝つ。

 最後まで絶対に諦めない。

 

「一人で……カッコつけてんじゃないわよ」

 

 声が聞こえた。

 振り返れば、ルルがいつもの強い笑顔を浮かべて立っている。

 立ち上がっている。

 ボロボロの身体を気力で動かして。

 見れば、バックさん達も必死で立ち上がっていた。

 

「あたし達はあんたの先輩よ。そして、かけがえのない仲間よ。だから、頼りないかもしれないけど、思う存分に頼りなさい。━━勝つなら、皆で勝つわよ!」

「……ああ!」

 

 ルルの言葉に、心の底から勇気づけられる。

 そうだ、俺は一人じゃない。

 頼りになる仲間達がいる。

 だから……たった一人で、自分の独り善がりで戦う事しかできない奴になんか絶対に負けない。

 

 貰った勇気が気力を奮い立たせ、弱気を吹き飛ばして、勝利へのイメージが明確になる。

 イメージが明確になれば、魔術の威力も精度も上がる。

 勝負はここからだ。

 

「馬鹿馬鹿しい」

 

 そんな俺達を見て、皇帝は心底侮蔑するように吐き捨てた。

 

「もういい。お前は最後のチャンスすらもふいにした。これ以上、お前に付き合うつもりはない。終わりにするとしよう」

 

 皇帝の剣に闇の魔力が収束していく。

 さっき、俺達を吹き飛ばしたのと同じ一撃。

 いや、それよりも強い。

 俺達はそんな破壊の一撃に対抗するべく、力を振り絞った。

 

「死ね。『闇神剣(ダークネスソード)』」

 

 超巨大な闇の斬撃が俺達に迫る。

 大きすぎて回避はできない。

 強すぎて防御もできない。

 なら、同じ攻撃で押し返すしかない!

 

「『光神剣(シャイニングブレード)』!」

 

 渾身の一撃を闇の斬撃にぶつける。

 けど、威力が全然足りない。

 相性で勝っても、まるで勝てる気がしない。

 一人だったなら。

 

「『魔光刃』!」

「『筋鋼白撃拳(マッシブホワイト)』!」

「『白風の太刀』!」

「『光星ノ矢』!」

 

 皆の攻撃が俺を助けてくれる。

 俺の魔力を使った魔導兵器(マギア)の攻撃は、俺自身の攻撃とよく馴染み、全ての攻撃が一つになっていく。

 小さな力が合わさって、一つの大きな力となっていく。

 

「無駄だ!」

 

 それを嘲笑うように、皇帝が魔術の出力を上げた。

 漆黒の闇が、俺達を押し潰そうと迫り来る。

 

「「「アアアアアア!!」」」

 

 俺達は全力でそれに抗う。

 力を合わせて、全員で踏ん張って、抗って、抗って、抗って、抗って。

 そうしている内に、━━フッと、闇が消えた。

 俺達が相殺できた訳じゃない。

 なのに、まるで幻のように、突然闇はかき消えた。

 

「がっ……!?」

 

 そして、呻くような声が聞こえてきた。

 痛みを堪えるような、くぐもった悲鳴。

 それを上げたのは、俺達の内の誰でもない。

 なら、誰だ?

 決まってる。

 俺達じゃないのなら、一人しかいない。

 

「え……?」

 

 闇が消えて見えた光景。

 俺は一瞬、その光景が信じられなかった。

 

 ━━皇帝が膝をついている。

 

 その脇腹からは血が吹き出し、顔は青く染まり、額には油汗まで浮かんでいた。

 絶対強者が突然見せた弱々しい姿。

 まるで現実感がない。

 

 そして、踞る皇帝と共に視界に入ってきた存在がいた。

 肩くらいまでの綺麗な白髪。

 宝石のような紫色の瞳。

 ボロボロの鎧に身を包み、元から白かった肌を更に青白くした、まるで亡霊のような少女が、気配もなく皇帝の後ろに立っていた。

 

「セレナ……?」

 

 その少女は。

 俺が殺してしまった筈の少女、セレナ・アメジストは。

 踞る皇帝を、まるで氷のように冷たい視線で見下ろしていた。



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79 反逆の時

 皇帝の意識が完全にアルバ達に向いた瞬間を狙って放った攻撃。

 私の切り札の一つ。

 一発限りの奥の手が最高の結果を叩き出し、皇帝に決定的な一撃を叩き込む事に成功した。

 

 今この瞬間、私は一世一代の賭けに勝利した。

 その結果、私の目の前で、憎い憎い男が無様に膝をついて踞っている。

 いい気味だ。

 そして、いい気分だ。

 今だけは、暗い喜びが、ルナに会えずにもうすぐ死んでしまう事への悲しみをも上回る。

 何故なら、私がこいつに従わなければいけなかった理由が、たった今、消滅したのだから。

 

「馬鹿な……! セレナだと……!? ありえん! お前は確かに死んでいた筈だ!」

 

 踞りながら、皇帝が驚愕の表情で叫んだ。

 その顔色は随分と悪い。

 私が打ち込んだ攻撃のせいが九割だと思うけど、残りの一割は幽霊にでも会ったかのような薄気味悪さのせいかもね。

 でも、皇帝がそう思うのも無理はないだろう。

 何せ、今の私には()()()()()()()()()()()()()()

 加えて、皇帝は十中八九、私の反応が消える瞬間を探索魔術で捕捉してた筈。

 つまり、私が死んだと錯覚してた訳だ。

 そりゃ、モノホンの幽霊のようにも感じるだろうさ。

 

 私がそんな状態になってる仕掛けはこうだ。

 アルバに負けて、ノクスを看取った後、私は自分に『氷結世界(アイスワールド)』の魔術をかけて、自分自身をコールドスリープ状態にした。

 完全な休眠状態にはせず、魔力で思考能力を強化した脳だけはギリギリ働くような半休眠状態に。

 おかげで、かなり意識が朦朧とするし、最低限修復してアイスゴーレムとしての機能を取り戻した鎧を操作しなければ、まともに動く事もできない。

 今だって、コールドスリープを解除する方を優先しなきゃいけないから、皇帝に追撃ができないくらいだ。

 

 でも、そのおかげで、私は皇帝の探索魔術すら欺くレベルで気配を消す事に成功した。

 探索魔術とは、生物の気配を感知する魔術。

 コールドスリープによって呼吸も止まり、体温もなくなり、限りなく死体に近くなった今の私を捉える事はできない。

 ギリギリ脳は活動してるからほんの僅かに気配はあるけど、それだって精々虫以下の小さな気配。

 そんなもの、生命力に溢れる革命軍の精鋭達の側にいれば、容易く覆い隠せる。

 

 それでも、探索魔術の追加効果である魔力感知までは誤魔化せない。

 それを欺いたのは、これ(・・)だ。

 

 ゴトン、という重い音を立てて、私の身体に装着していた物がボロボロの床へと落ちる。

 その瞬間、私の魔力反応が感知可能になった。

 皇帝が目を見開く。

 

「なんだそれは……!?」

 

 答える義理はないし、そもそも呼吸が止まってて声が出せないから答えない。

 けど、頭の中ではどうしても考えてしまう。

 これを使う事は中々に不快で複雑な気持ちになるから。

 

 このアイテムは『魔封じの鎖』だ。

 ガルシア獣王国で、裏切り爺が自分の魔力を隠す為に使ってた特別製の。

 あの時、裏切り爺がワールドトレントに変貌した瞬間。

 膨張する植物の塊に押し出されて飛んで来たのを反射的にキャッチして、そのままなし崩し的に回収してたアイテム。

 あの時は、なんで裏切り爺がこのアイテムの情報をペラペラと喋ってたのかわからなくて不気味に思ったけど、今ならなんとなくわかる気がする。

 

 多分、裏切り爺は、私がこれを使って皇帝に反旗を翻す事を期待してたんだ。

 前に革命軍の本部で遭遇した時、怒りに任せて裏切り爺に叩きつけた言葉を思い出す。

 

『お前らが余計な事をしたせいで姉様は目をつけられた! その結果があれだ! 三年前の悲劇だ! 私にとって、お前らは憎い憎い、姉様の仇の一つなんだよォオオ!』

 

 あの時、私は裏切り爺の前でハッキリと口にしていた。

 憎い憎い、姉様の仇の一つ(・・)と。

 ここまで言えば裏切り爺じゃなくても察するだろう。

 私が恨んでる対象が他にもいるって事を。

 そして、姉様を私から無理矢理引き離し、暗殺されるような危険地帯へと連れ去った皇帝を恨んでいない訳がないと。

 表面上だけでも私の情報を集めていれば、この結論に辿り着ける筈だ。

 

 だからこそ、裏切り爺は私の目の前でこの鎖を見せびらかし、使い方をレクチャーした。

 皇帝を欺けるかもしれない手段を私に与えた。

 この鎖は使い勝手が悪い。

 付けてる間はかなりの魔力が制限されるから、戦場で使うには危険すぎる。

 不意討ちに使うとしても、全力で攻撃したいなら、攻撃前に鎖を外さないといけない。

 それじゃ不意討ちの効果が薄くなるし、そもそもこの鎖は魔力反応は隠せても気配までは消せないから、その時点で微妙な性能と言わざるを得ない。

 革命軍を相手に使っても効果は薄かったし、これを十全に活用しようとするなら、想定される状況はかなり限定される。

 そう、まさに今この時のような。

 

 多分、これこそが裏切り爺の狙い。

 もちろん、完璧にこの状況を予期してた訳じゃないだろう。

 むしろ、上手くいったらいいなくらいの保険だった可能性の方が高い。

 裏切り爺はかなり追い詰められてた。

 保険でもなんでも、打てる手はなんでも打たなきゃいけない状況。

 その保険の一つが偶然にもクリティカルヒットした。

 ただそれだけの話だと思う。

 それでも、あの爺の思惑に乗るのはとてつもなく嫌な気分だったけど。

 

 けど、そんな事はもうどうでもいい。

 裏切り爺はさっき完全にくたばったし、それに嫌な気分を我慢するだけの価値は十二分にあった。

 おかげで、切り札を皇帝に叩き込む事ができたんだから。

 魔封じの鎖とコールドスリープのコンボを切り札その1とするなら、切り札その2とでも言うべきアイテム。

 それが今、あの皇帝を心の底から苦しめている。

 

「ぐ、ぉ……!?」

 

 皇帝が苦痛に顔を歪める。

 効果抜群だ。

 それもその筈。

 あのアイテムは皇帝の天敵なのだから。

 

 私が使った切り札その2。

 それは、前にアルバから回収した光の魔力が入った魔導兵器(マギア)のマガジン部分である。

 

 これを手に入れたのは、私が初めてアルバ達と全面衝突した時。

 ノクスと力を合わせて特級戦士達に勝ち、アルバの右腕と右眼を奪った時の戦利品だ。

 最初はこれを使ってルナにかけられた呪いを解除しようと思ってたんだけど、呪いが予想を遥かに上回る強度だったせいで全然効かなかった。

 あの時の悔しさは忘れられない。

 もしかしたらという希望と、それが裏切られた時の絶望。

 食い縛った歯の感覚を、握り締めた拳の感覚を、今でもハッキリと覚えてる。

 

 結局、泣く泣くそっち方面での使用は断念し、光の魔力は氷漬けにして品質保存。

 その上から更に特級戦士の魔導兵器(マギア)を参考に、内部の光の魔力を光の魔術として放てる構造を組み込んだ短剣の形の氷で覆って、いつか皇帝に反逆できる日を夢見て、お守り代わりに肌身離さず持ち歩いてた。

 

 そんな私のか弱い抵抗が遂に実を結んだのだ。

 さっき、皇帝の意識が完全にアルバ達に集中し、彼らを捻り潰すべく、足を止めて大魔術を使ってくれたタイミング。

 皇帝の背中を守っていた闇の龍も消え、大魔術同士の激突のおかげで、多少の魔力行使なら紛れるという状況。

 ここしかないと思った。

 私はそこにお守りの短剣を投げつけたのだ。

 鎧の力と、できるだけ魔力を絞った魔術による射出を使って。

 

 それが皇帝にぶつかる寸前に封印部分の氷を解除し、短剣自体に光の魔力を纏わせる。

 いくら皇帝でも、魔導兵器(マギア)一個分の魔力を完全解放した光の攻撃を、闇の防御や身体強度の集中なしには防げない。

 頭とか心臓とかを狙ったら気づかれると思って狙いは脇腹にしたけど、それが大正解だった。

 

 短剣は無防備な皇帝の脇腹に深々と突き刺さり、私はそれを更に『氷葬(アイスブレイク)』で勢いよく砕いて、皇帝の腹の中で光の魔力を暴発させる。

 結果、皇帝の脇腹には風穴が空き、人体の一番弱い所に侵入してきた大量の光の魔力によって、皇帝の魔力が乱れに乱れまくる。

 そのおかげで……

 

「ああ……やっと消えてくれた」

 

 戻ってきた発声機能を使って、私は万感の想いを込めて呟いていた。

 ルナにお守りとして持たせておいた、様々な機能を持つ自律式アイスゴーレム。

 その機能の内の一つ、私の感覚とリンクした探索魔術が、ルナの中にあった闇の魔力が完全消滅した事を知らせてくれる。

 ノクスが言った通りになった。

 

 死の間際、ノクスが遺言として私に教えてくれた事。

 それは、呪いの解除方法だった。

 

『いいか。闇の魔術は、お前の氷の魔術と違って明確な形を持たない。それはルナマリアにかかっている呪い(カース)の魔術も同じだ』

 

 ノクスの語ってくれた呪いの概要を思い出す。

 

『故に、呪い(カース)の魔術はお前のアイスゴーレムと違い、術者から常に魔力を供給される事で形を保っている。つまり、術者との繋がりを完全に断てば消滅するのだ。その方法は、術者を殺すか、なんらかの手段で魔術の維持ができない状況に追い込む事。……父上を相手にしては、あまりにも困難な方法だがな。この程度の事しか話せなくてすまぬ』

 

 ううん、ノクス。

 そんな事ないよ。

 それだけ聞ければ充分だ。

 あなたの言葉のおかげで、私は成功すれば必ずルナが助かると信じて作戦を実行する事ができた。

 そして、実際その通りになった。

 感謝してる。

 心の底から。

 

 これでもう憂いはない。

 呪いは消えたし、アイスゴーレム越しにメイドスリーへ情報を送る事もできた。

 今頃は、氷の城の秘密の機能を使って国外へ脱出してくれてる筈だ。

 命を惜しむんだったら、ここで撤退してルナの側に行くのが最善。

 けど、その惜しむ命すら私にはもうない。

 

 残ってるのは、ずっとずっと私の心を焦がしてきた、この有り余る怒りと憎しみだけだ。

 

「この時をずっと待ってた。私から姉様を奪ったお前に、なんの憂いもなく牙を向けられるこの時を」

「ク、クク……随分と強気だな。確かに、お前の攻撃は効いた。ここまで素直にしてやられたと思ったのは初めてかもしれん。だが、それだけでこの私を倒せると思っているのか?」

 

 皇帝から闇の魔力が吹き出す。

 かき乱され、弱り、それでも尚、ノクスを遥かに上回る力強さを持った魔力。

 手負いの化け物が放つ圧倒的な威圧感に、回復しながら仕掛けるタイミングを伺っていたアルバ達が硬直する。

 私も、死の覚悟が決まっていなければ震えていたかもしれない。

 この化け物を倒せると思ってるかだって?

 そんなの当然……

 

「思ってない」

 

 だからこそ、私は切り札その3を使う。

 命を投げ捨てなければ使えない、必殺の手札を。

 眼帯を外す。

 かつて、アルバとの戦いで失った左眼の上に付けていた眼帯。

 そこには今、不気味な光を放つ氷の義眼が嵌め込まれている。

 内側から漏れ出る魔力を凍らせて封じ込める為の仕掛けだ。

 これは特大の危険物。

 だから、絶対になくさないようにここに入れておいた。

 

 その義眼を、私は左手で抉り出す。

 そして、義眼の形をしていた氷を注射器の形に作り変え、自分の首筋に突き刺した。

 中にあった液体が私の体内に注入されていく。

 ガルシア獣王国での戦いの時、ワールドトレントとの戦いの最中に超小型アイスゴーレムの郡体を使って地上に引っ張り出し、撤退時に低空飛行で回収しておいた、超級の魔獣因子(・・・・)を。

 

「「「!?」」」

 

 この場の全員が驚愕する中、私の身体が変質していく。

 迸る魔力でボロボロの鎧を砕きながら、まるでサナギの中から羽化するように。

 

 肩くらいまでだった髪が腰の辺りまで伸び、義眼すら失った左眼に魔力の光が宿り、視力が復活した。

 更に、義足となった両足に神経が通うような感覚。

 これだけなら身体が再生しているようにも感じるかもれない。

 でも、違う。

 私の身体は、生物としての正常な形を失い、異形へと変じていくのだ。

 

 コールドスリープの余韻で冷え切った身体が、更に冷えていく。

 冷えて、冷えて、冷えて。

 生物としてはあり得ない、絶対零度の温度にまで体温が下がる。

 肌が青白いを通り越して、完全な白に染まる。

 息も白い。

 身体全体が冷気を纏っている。

 まるで、全身が氷になったかのような奇妙な感覚がした。

 

「この気配、この魔力……『雪女』、氷の精霊か。お前も魔獣因子を……!」

 

 ああ、これ雪女なのか。

 皇帝の言葉で、自分が何の因子を取り込んだのか理解した。

 雪女。

 確か、身体が魔力のみで構成されてるっていう魔力生命体『精霊』の一種。

 その中でも、外見上は最も人間に近い精霊の一つだった筈だ。

 そのせいなのか、それとも単純に相性が良いのか、懸念してた拒絶反応や脳へのダメージが思ったより小さい。

 むしろ、頭まで冷えて思考がクリアになった気さえする。

 それでも、普通に取り込んでたら、ワールドトレントみたいに大きく寿命を削ってたんだろうけど。

 

 でも、どんなリスクがあろうと、もはや関係ない。

 どうせ、ここで尽きる命なんだから。

 使い捨てても一向に構わない。

 そんな捨て値の対価と引き換えに手に入れたのは、弱体化した今の皇帝となら充分に戦える力。

 精霊とは、天災と恐れられる大魔獣の一角だ。

 その因子を取り込んだ今の私は、ワールドトレントにも匹敵する力を得ている。

 この力でお前を倒す。

 覚悟しろ、クソ野郎。

 

 私は魔獣兵化した事で超強化された脚力で床を蹴り、限界を迎えた床を崩落させながら皇帝に急接近した。

 

「ッ!?」

「『絶対零度(アブソリュートゼロ)』」

 

 その行動をフェイントに使い、反射的に正面からの攻撃を迎撃しようとした皇帝に、横から絶対零度(アブソリュートゼロ)を叩き込む。

 前までなら発動までに一秒以上の時間がかかったこの魔術も、氷の化身のような魔獣の因子を取り込んだ今の私ならノータイムで使える。

 それをまともに食らい、皇帝は身体を凍りつかせながら、銀世界となった部屋の奥へと吹き飛んでいった。

 

 その隙に、私はアルバ達へと話しかける。

 

「許してくださいとは言いません」

 

 顔は向けずに、正面の皇帝を見据えたまま、私は一方的に語る。

 

「今までの事を水に流しましょうとも、信じてくださいとも、一緒に戦いましょうとも言いません。ただ、お互いに利用し合いましょう。皇帝を倒すという共通の目的の為に」

「ッ! ふざけ……アルバ!?」

 

 私に好きだった人を殺されたキリカが反射的に噛みつこうとして、途中で言葉を止めた。

 チラリと横目で見ると、荒ぶるキリカの前にアルバが手をかざしていた。

 

「ごめんなさい、キリカさん。皇帝を倒す為にセレナの力は絶対必要です。ここは堪えてくれませんか」

「うぐっ! だ、だが!」

「セレナは俺との戦いで既に致命傷を負ってます。多分、遠からず命を落とすでしょう。それで納得してください。……それに、帝国を倒した後は憎しみだけでは立ち行かなくなります。貴族を全員殺す訳にもいかないんです。妥協、してください」

「………………チッ!」

 

 あ、キリカが引いた。

 私に絶大な恨みがある筈のキリカを説得できるなんて、アルバの上に立つ者としての才覚の片鱗を見た気分だ。

 

 そうしてキリカを諌めた後、アルバは私の方を見る。

 

「セレナ。時間がないから多くは語れないけど、一つだけ言っておく。━━頑張ろう」

「……よりによって、出てくる一言がそれですか」

 

 もっと他に言う事あるだろうと思って、ちょっと呆れる。

 でも、なんというか、実にアルバらしい一言だとも思った。

 ここで恨み言が言ってこない優しさというか、甘さというか、そういうのが。

 

「ふん! せいぜい足引っ張らないでよね!」

 

 そして、ルルもまた私に敵意を見せなかった。

 この子も、なんだかんだで結構なお人好しだと思う。

 バックとミストの大人組も、アルバの決定に異論はないのか静観。

 キリカはさっき説得されてる。

 かくして、ここに革命軍と私の一時的な協力関係が成立した。

 

 目の前には、共通の敵である皇帝が銀世界から這い出して来てる。

 それを打倒するべく、私達は戦闘を開始した。

 

「行くぞ!」

「ええ」

 

 ここに、最終決戦は終盤戦へと突入する。

 決着の時まで、━━あと僅か。



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80 最後の戦い

「『氷翼(アイスウィング)』!」

 

 正真正銘の最後の戦い。

 私が選んだ戦術は、氷翼(アイスウィング)による飛翔だった。

 バトルステージである今の謁見の間は、ワールドトレントのせいで天井が吹き飛んでる。

 だから、近距離戦はアルバ達に任せて、私は上空からひたすら遠距離攻撃でチクチクやるのも戦術としては間違ってない。

 

 でも、今の私ならもっと上手く飛べる気がした。

 従来の氷翼(アイスウィング)なら、戦闘機みたいな直線的な飛行しかできない。

 アルバみたいな立体機動なんて到底無理で、とても近距離戦で使える魔術じゃなかった。

 だけど、今の私は雪女の因子を取り込んだ氷の化身。

 今なら自分の身体すら、これまで散々精密操作を続けてきた氷と同じように動かせる。

 冷えてクリアになった頭は、より繊細なコントロールを可能とした。

 できる。

 そんな確信があった。

 

 私は氷の翼をはためかせ、皇帝に向けて一直線に飛翔する。

 

「愚かな!」

 

 正面から突っ込んだ私を、皇帝は剣を振るって出した闇の斬撃で迎え撃った。

 斬撃と言っても、形を保ててない不定形の闇の塊みたいな攻撃だ。

 精密さの消えた稚拙な魔術。

 体内に打ち込まれた光の魔力のせいで、自分の魔力をかき乱されて、ロクな魔術が使えなくなってるんだろう。

 だけど、精密さはなくても、威力と大きさはさっきより上がってる。

 多分、攻撃に過剰な魔力を使って、無理矢理火力を上げてるんだ。

 私達を倒すのに精密な魔術など必要ないと言わんばかりのゴリ押し戦法。

 

 私はそれを、翼を細かく操って身体を右回転させ、戦闘機のバレルロールのように斜め前へと捻り曲がる事で回避した。

 アルバ達も散開して今の攻撃を避ける。

 そして、私は皇帝から見て左斜め上の位置を取った。

 皇帝は攻撃の直後。

 この隙を突く!

 

「その程度、読んでいたぞ!」

 

 しかし、皇帝は既に私に向けて剣から離した左手を向けていた。

 そこに不安定な闇の魔力が収束していく。

 漆黒閃光(ダークネスレイ)だ。

 ノクスも得意としてた、私の氷結光(フリージングブラスト)の闇属性版。

 さっきワールドトレントを跡形もなく消し飛ばした魔術。

 精度が落ちてるとはいえ、直撃したら普通に死ねるだろう。

 でも……

 

「遅い」

 

 今の私の目には、その発動が酷く遅く見えた。

 私は空中で腕を突き出し、その手の平の先に後出しで魔術を構築していく。

 氷の魔術がとてつもなく身体に馴染む。

 前まではあんなに苦労して発動してたこの技ですら、まるで息をするように発動できてしまう程に。

 

「『氷神光(メビウスブラスター)』!」

「ぬ!?」

 

 かつてレグルスとプルートの力を借りて発動し、ワールドトレントを芯まで凍らせて、真っ二つに引き裂いた技。

 それが皇帝に向けて直進し、左手に集まっていた闇の魔力を貫通して、そのまま左腕を凍りつかせた。

 遠距離に逃げず、距離を詰めてたから、皇帝が魔術を完成させる前に届いたんだ。

 闇の魔力が盾になったせいでそれくらいのダメージしか与えられなかったけど、序盤でこれだけ削れれば充分。

 そして……

 

「『氷葬(アイスブレイク)』!」

「なん、だと……!?」

 

 氷ごと皇帝の左腕を木っ端微塵に砕く。

 これでもう、あの左腕は回復魔術を使っても永遠に治らない。

 確実にこの後の戦闘に影響するだろう。

 悪くない、どころか最高に近い出だしだ。

 

「うぉおおおおおお!!」

 

 腕を失った皇帝にアルバが向かって行く。

 中・遠距離は私に任せて、剣による近接戦闘を仕掛けるつもりか。

 さっきは革命軍と一緒に束になってかかって、かすり傷一つしか付けられないレベルで手玉に取られてたけど、今なら多少は通用する筈。

 特に、剣での戦いなら無くなった左腕の影響が大きい筈だ。

 

 他のメンバーはアルバとは別行動する事を選んだみたい。

 多分、私の広範囲攻撃を邪魔しない為だと思う。

 アルバ一人なら光の翼でいつでも回避できるし、予想以上に冷静な判断だ。

 指示したのはバックだな。

 なんにせよ、ありがたい。

 これで、あんまり周りを気にせず戦える。

 それに、ここぞという時の為に、虎視眈々と皇帝の隙を伺ってくれてるのも頼もしい。

 こういうのは、いてくれるだけでも敵に結構なプレッシャーを与えられるんだ。

 

 そんな革命軍と私に背中を任せたアルバが、皇帝に向かって剣を振り下ろす。

 

「舐めるな! 『破滅の手(ハンド・オブ・カタストロフィー)』!」

 

 しかし、皇帝はアルバの光の義手と同じように、即座に闇の義手を作り出して応戦した。

 闇の義手は安定せず、形を作れなかった魔力が黒いモヤのように漏れ出してるけど、一応義手として機能はしそう。

 元の腕とは比べ物にならないだろうし、光の義手に慣れてるアルバにも劣るだろうけど、それでも多少なりとも近接戦の戦力が底上げされた。

 光を纏った剣と、闇を纏った剣がぶつかる。

 威力は……ここまで来て、まだ皇帝の方が上。

 アルバが弾き飛ばされ、皇帝が追撃に剣を振るう。

 だけど、アルバは弾かれた勢いまで利用して、光の翼と衝撃波移動による超速機動を使い、私達を相手にした時みたいに四方八方から剣撃の嵐を皇帝に浴びせた。

 皇帝はそれを余裕で捌いていく。

 剣術スキルに差があり過ぎるんだ。

 あのまま押し切る事はできない。

 なら!

 

「『浮遊氷剣(ソードビット)』!」

 

 私はアルバを援護するべく、さっきの戦いで砕けた氷剣の代わりをこの場で作成した。

 ただの氷剣じゃない。

 そこら辺に倒れてる革命軍の人達が持ってた光の魔導兵器(マギア)を、私が氷で修復して操作を可能にした、即席の対皇帝用兵器だ。

 数は十本ちょい。

 ……さすがに、これじゃ足りないか。

 

 私は更に追加で千本近い氷剣を作成した。

 これらには光の魔力がないけど、サポートくらいにはなる筈。

 そんな大量の氷剣を、私は皇帝に向かって突撃させた。

 

「『浮遊千氷剣(サウザンド・ソードビット)』!」

 

 飛び回るアルバの邪魔をしないように、隙間を縫うようなイメージで千の氷剣を操る。

 でも、私には剣の心得なんてない。

 千本も剣を用意しても、その力を十全に引き出す事はできないだろう。

 現に、皇帝は凄まじい剣技で次々と氷剣を砕いてる。

 だけど、これでいい。

 この魔術の目的は、あくまでもアルバのサポートなのだから。

 

「『光騎剣(シャインブレード)』!」

「ぬぅ……!」

 

 光の剣身を伸ばしての斬撃。

 それを手始めに、アルバは次々と攻撃を仕掛け続ける。

 周囲を飛び回る氷剣なんて完全に無視して、自分の攻めを繰り出し続ける。

 ……完全に私に背中を預けきってるな。

 心情的にも、実力的にも、完全に私の事を信頼してる動きだ。

 事故でも故意でも、私に刺される事なんてこれっぽっちも考えてなさそう。

 そうしないと絶対に勝てないとはいえ、凄い胆力というか、なんというか……。

 大物だ。

 叶う事なら、最初から味方として会いたかった。

 そう思ってしまう程のアルバの強さ、頼もしさ。

 仲間を信じられるという、皇帝にはない力。

 

 その信頼には応えてあげるよ。

 皮肉なもんだけど、今まで敵として全力でぶつかってきたからこそ、その強さは誰よりも信頼できる。

 最初で最後の協力プレイ。

 最初で最後の味方としての戦い。

 必ず勝とうじゃないか!

 

「『氷人形創造(クリエイトゴーレム)』!」

 

 私は即席で数体のアイスゴーレムを作り出し、彼らに光を纏った氷剣を握らせた。

 ただのアイスゴーレムじゃない。

 一体一体がワルキューレを上回る性能であり、その姿は私がこれまで見てきた近接戦の達人の姿を模している。

 

 ノクス、レグルス、ミアさん、マルジェラ、グレン、そしてアルバ。

 味方として、敵として出会ってきた、その動きが私の目に焼き付いている達人達。

 彼らの動きをイメージによって再現し、アイスゴーレムを操る。

 

「ッ!」

 

 ノクスの剣が皇帝の剣を封じ込め、レグルスの大剣が肩にめり込み、ミアさんの槍が足を抉り。

 マルジェラは囮となって粉砕され、それを目眩ましにグレンの刀が脇腹の傷を広げ、最後に氷アルバの斬撃が皇帝の左眼を斬り裂いた。

 

「うぇ!?」

 

 いきなり現れた自分の偽物やその他諸々に、本物のアルバがすっとんきょうな声を上げる。

 一方、皇帝は憤怒の眼差しでアイスゴーレム達を睨み付けていた。

 

「人形風情がぁあああ!!」

 

 怒りを爆発させ、皇帝は大きく剣を振り抜く。

 今まで以上に強烈な闇を纏った一撃。

 たったそれだけでアルバを吹き飛ばし、アイスゴーレム達を一体残さず消滅させてみせた。

 ……所詮は本物ではなく、私のイメージとアイスゴーレムの身体で動きを再現しただけの偽物。

 怒れる皇帝の一撃を耐えられはしなかった。

 

 でも、その活躍は決して無駄ではない。

 

「ぬ!?」

 

 突如、皇帝の剣を目掛けて二つの遠距離攻撃が炸裂した。

 ミストの矢と、バックのスナイパーライフルによる狙撃。

 それが激昂して大振りした後の剣に当たり、弾き飛ばす。

 あの剣は魔剣。

 魔術の威力を向上させ、またその発動をサポートする、杖と同じ効果を持った剣だ。

 普段なら無くても大した問題にはならないだろうけど、今の魔力が乱れきった皇帝にとっては、足腰の弱った老人が持つ歩行補助の杖並みに必要なアイテムだろう。

 

 あれを失えば皇帝は更に弱体化する。

 そんな事態を避ける為に、皇帝は反射的に弾き飛ばされた剣に手を伸ばそうとし、結果として隙が生じた。

 

「『光騎剣(シャインブレード)』!」

 

 アルバが吹き飛ばされた状態のまま身体を捻って、光の斬撃を飛ばす。

 宙を舞う剣に伸ばされた皇帝の腕を叩き切るような斬撃。

 それを避ける為に、皇帝はやむなく手を引っ込めて剣から離れた。

 

「『氷結光(フリージングブラスト)』!」

 

 この隙を逃しはしない。

 私は即座に皇帝と剣の二方向へ同時に冷凍ビームを放つ。

 皇帝には避けられたけど、皇帝の手から離れて魔力的な頑強さを失った剣は確実に破壊した。

 これでいい。

 削れる所から確実に削る。

 

「おのれ……ッ!?」

 

 皇帝が砕かれる剣に気を取られた次の瞬間、その顔が驚愕に染まった。

 背後からいつの間にか忍び寄っていたキリカが、皇帝に刀を振るったのだ。

 魔力を持たない者は、魔術師に比べて気配が薄い。

 魔力感知に引っ掛からないのは当然として、気配その物も生命力の塊みたいな魔術師に比べると酷く希薄だ。

 それこそ、私とアルバという超級の魔術師の側にいれば紛れてしまう程に。

 

 キリカはそれを利用した。

 魔導兵器(マギア)の機能をオフにして、身体強化を切り、それと引き換えに、気配を革命軍の特級戦士から、ただの平民に戻したのだ。

 例えるなら、嵐の海で救命胴衣を脱ぎ捨てるような危険すぎる賭け。

 キリカはそんな賭けに勝ち、皇帝の意識が他に向いて完全に自分から外れたタイミングで奇襲を掛けた。

 攻撃が当たる直前に魔導兵器(マギア)の機能を再びオンにし、皇帝に無視できないダメージを与えた。

 

 キリカの刀は、私が最初に光の氷剣で貫き、さっき氷グレンが更に抉った脇腹の傷口を狙って寸分違わず振り抜かれていた。

 あそこは今、皇帝の身体の中で最も脆い。

 キリカの攻撃力でも致命傷になり得る。

 それは、皇帝が不要と判断して切り捨てた弱者が突き立てた、反逆の牙だった。

 

「『光嵐の太刀』!」

「ぐぉおおおおおお!?」

 

 キリカの刃が皇帝の臓物を抉り、絶叫を上げさせた。

 あれは痛い。

 何せ、散々弱らせた急所を狙ったフルスイングだ。

 多分、金的より遥かに痛い。

 でも、さすがはラスボスというべきか、皇帝はそれで倒れる男ではなかった。

 

「この、雑魚がぁああああ!!」

「がはっ!?」

「キリカさん!」

 

 皇帝が身体を反転させ、裏拳によって背後にいたキリカを殴り飛ばした。

 キリカは刀でガードしたけど、その刀は一発でへし折られ、本人も吹き飛んで凄い勢いで城の壁に衝突する。

 けど、キリカ渾身の一撃で皇帝の魔力が更に乱れてたおかげで、死んではいないっぽい。

 遠距離からの攻撃に徹していたミストが即座に助けに行った。

 あれは多分、助かる。

 

「ハァ……ハァ……ぐっ!」

 

 一方、皇帝はかなり痛そうな顔で脇腹を抑えていた。

 大チャンスだ。

 私はすぐに攻撃態勢に入り、アルバもキリカを心配しつつ攻撃の手は緩めなかった。

 今、私達に追撃されたら相当ヤバイ筈だ。

 皇帝は当然の判断として、私達への迎撃を最優先とする。

 

 だからこそ、皇帝はまたしても弱者の存在を見逃してしまった。

 

「やぁあああ!」

「ッ!?」

 

 キリカと同じ方法で気配を隠して近づいたルルが、皇帝の右肩を狙ってナイフを振るった。

 一番の急所である脇腹は狙わない。

 そこを狙っていたら、さすがに察知されて迎撃されてただろう。

 故に、ルルが狙ったのはもう一つの急所だ。

 ルルのナイフが当たった右肩は、さっき氷レグルスの大剣がめり込んだ場所。

 キリカの攻撃で魔力が乱れ、防御力が落ちた今なら、ナイフという軽量武器による攻撃でも充分以上のダメージを与えられる。

 

 多分、というか間違いなく、皇帝は魔力を持たない平民とこんなにガチの殺し合いをした事なんてなかったんだろう。

 皇帝にとって、平民なんて取るに足らない存在。

 見向きもしない虫ケラだ。

 もし戦った事があったとしても、それは蹂躙を通り越してただの駆除作業でしかない。

 

 皇帝は平民を警戒できない。

 だから、二度も続けて同じ攻撃を受けた。

 今まで皇帝は平民を散々見下しに見下し、軽んじに軽んじ、虐げに虐げてきた。

 その結果が……こうだ。

 

「『魔光騎刃』!」

「がっ!?」

 

 ルルの一閃が皇帝の右腕を斬り飛ばす。

 これにて、皇帝は両腕を失った。

 目をつけ続け、望まない地位と、それに伴う悲劇を与えてきた者に奪われた左腕。

 見向きもせず、道具以下の存在として虐げ続けてきた者に奪われた右腕。

 そう考えると、とんだ皮肉だ。

 今どんな気持ちだクソ野郎とでも言ってやりたい。

 けど、そんな事を言ってる暇があるなら、少しでも多くの攻撃をする事に使う。

 一刻も早くぶっ殺して、地獄に叩き落としてやる!

 

「ふざ、けるなぁあああああ!!」

 

 全員が追撃をかけようとした瞬間、皇帝が吠えた。

 同時に、闇を纏った漆黒の衝撃波が皇帝を中心に吹き荒れる。

 その影響を最も強く受けるのは、最も皇帝に近い位置にいたルルだ。

 

「ルル!」

 

 アルバが叫び、ルルを助ける為に光の翼で飛翔する。

 そのままルルを抱き締め、彼女を庇いながら一緒に飛ばされていった。

 

「魔力も持たない劣等種どもが! 全てにおいて魔術師に大きく劣る猿どもが! この私にここまでの傷をつけるだと!? 認めぬ! 認めぬ認めぬ認めぬ認めぬ! 認めぬッ!」

「知るか!」

「はぁ!?」

 

 アイデンティティーが崩壊しかけて大いに心を乱し、大いに隙を晒してる皇帝に対して、私は「知るか」と一蹴しながら魔術を発動した。

 一瞬にして作り出される氷の鉄球。

 そこから伸びる鎖。

 かつて、革命軍本部を一撃で消し飛ばした、私の物理最強技。

 アルバ達が皇帝の一撃で吹き飛んでくれたのはラッキーだった。

 おかげで、遠慮なくぶっ放せる。

 

「『氷隕石(アイスメテオ)』!」

「がっ!?」

 

 あの時とは違い、皇帝の頭上一帯を覆い尽くす程度の大きさに抑えた氷の隕石を、魔力による射出と、鎖を引く腕力で思いっきり皇帝に叩きつける。

 前よりも小さいとはいえ、魔力も腕力も比べ物にならないくらい向上した状態で放った氷隕石(アイスメテオ)は、今までの激闘で元々限界だった城の床を遂に破壊し、城全体を崩壊させながら、皇帝を地面へと叩きつけ、叩き潰した。

 足場を失った事で、飛べるアルバと、そのアルバに抱えられてるルル以外の三人が落下していく。

 身体強化があれば死なないと思うけど、アルバがその三人も回収したので尚更心配いらない。

 心置きなく追撃ができる。

 

「『氷葬(アイスブレイク)』!」

 

 落下の衝撃で砕けた氷隕石(アイスメテオ)の残骸を更に勢いよく砕き、その衝撃波を潰された皇帝にぶつける。

 更に!

 

「『氷神光(メビウスブラスター)』! 『氷神光(メビウスブラスター)』! 『氷神光(メビウスブラスター)』!」

 

 しぶとい台所の黒い悪魔にゴ◯ジェットを連射するように最強魔術を連打し、息の根を止めにかかる。

 何度も撃った。

 何度も、何度も。

 何度も、何度も、何度も、何度も、何度も。

 そうして疲労を覚えるくらいに撃ち尽くした後には、帝国の象徴だった巨大な城が完全に破壊され、辺り一面は氷に覆われた銀世界と化していた。

 

「お、終わったのか……?」

 

 他の四人を安全な場所に降ろしたアルバがポツリと呟く。

 普通に考えれば、確かにこれで終わりだろう。

 今のは完全にオーバーキルだし、もう皇帝の気配も魔力反応も感じない。

 アルバが終わったと思うのもわかる。

 

 でも、私にはまだ終わってないという確信に近い思いがあった。

 アルバがフラグっぽい事を言ったからとか、そういう理由じゃない。

 経験則というやつだ。

 ガルシア獣王国での戦いの時、ワールドトレントはこれに近い状態から復活してみせた。

 だったら、そのワールドトレントよりも強い皇帝が、この程度で死ぬ筈がない。

 

「いえ、まだ終わっていません」

 

 私がアルバにそう忠告した瞬間、タイミングよく最も被害が大きい銀世界の中心部が弾け飛んだ。

 そこから、両腕を失い、全身に傷を負い、身体中を凍りつかせた皇帝が飛び出してくる。

 無事とは言いがたい姿。

 それでも、皇帝はその両足でしっかりと地面に立っている。

 気配と魔力反応が感じられなかったのは、一瞬でもコールドスリープに近い状態にでもなったからか。

 なんにせよ、まだ終わっていない。

 

「……城が崩れたか」

 

 皇帝がポツリと呟いた。

 冷却されて頭が冷えたのか、さっきまでの激情は感じられない。

 ……いや、違う。

 これは嵐の前の静けさだ。

 

「この城は相当頑丈に作られていたのだがな。何せ、多くの重要拠点への転移陣をはじめ、帝国を支えてきたあらゆる仕掛けを持ち、有事の際は最後の砦となる帝国の中心だ。それが崩れるとは、革命というものも存外馬鹿にできん」

 

 そこまで言った後、皇帝は俯き、肩を震わせ始めた。

 怒ってるのか、屈辱に震えてるのか。

 いや、どっちでもない。

 皇帝が浮かべた表情は……狂ったような笑みだ。

 

「ククク、クハハハハハ、フハハハハハハッ!」

 

 皇帝が笑う。

 あまりにも不気味な笑い声。

 アルバ達は気圧されたように息を飲んだ。

 

「帝国の最重要拠点が崩れた。おまけに、私が気遣うべき人材もいない。これがどういう事かわかるか? つまり、━━もはや、周りに気を使う必要は欠片もないという事だ!」

「「「ッ!?」」」

 

 皇帝から闇の魔力が噴き出す。

 今までよりも更に強く、制御を完全に放棄したような破壊の力が。

 

「全て壊してやろう! 壊れ行く世界と共に死ぬがよい! 『暗黒夜嵐(ダークナイトストーム)』ッ!!」

 

 そして、全てを壊す漆黒の嵐が吹き荒れ、辺り一面を飲み込んだ。



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81 最後の戦い 2

「くっ!?」

「うわっ!?」

 

 凄まじい勢いで広がっていく闇を前に、私達は咄嗟に上空へと飛び上がる事で難を逃れた。

 私とアルバは自力で。

 ルルはアルバに抱えられて。

 他の三人は、アルバが無理に回収しようとする前に、私が咄嗟に作ったアイスゴーレムを掴んで回避。

 咄嗟だったから乗る事もできないかなり小さなアイスゴーレムしか作れなかったんだけど。

 バックはそれを片手で掴んでぶら下がり、もう片方の腕で気絶したキリカを抱え、更にバックの首筋に手を回して抱き着いたミストまで持ち上げ、三人分の体重を片手で支えていた。

 凄いマッスル。

 いや、身体強化のおかげだってわかってるけど、バックなら身体強化なしでもやりそうだから凄い。

 それはともかく。

 

「ひ、酷い……!」

 

 眼下に広がる光景を見て、アルバが思わずといった様子で呟いた。

 気持ちはわかる。

 何せ、闇の嵐はあっという間に広大な帝都の大部分を飲み込んでしまったのだから。

 闇の力は破壊の力だ。

 あの闇に包まれた部分は、間違いなくその全てを破壊されている。

 建物も、人も、跡形も残ってないだろう。

 決戦前に、ノクスの指示で戦場になる確率の高い所からは民衆を避難させたみたいだけど、こうなったら意味がない。

 平民も貴族も関係なく、帝都に住まう人々の殆どは皆殺しにされた。

 生き残ってるのは、帝都の外で戦ってた革命軍と騎士団をはじめ、運良く効果範囲の外にいた人達だけだ。

 自分の手で国を滅ぼす事も厭わないような、本気で周囲の一切を顧みない攻撃。

 一応、敵国を変身の場に選んで、民衆に避難する余裕を与えてたワールドトレントよりも遥かに悪辣だ。

 あのクソ外道、本気で救いようがない。

 

「こんな……! こんな事って……!」

「落ち着いてください。この国を理不尽が襲うのはいつもの事です」

「ッ!」

 

 憤って冷静さを失いかけていたアルバに声をかける。

 すると、アルバは反射的に、鋭い視線で私を睨んだ。

 冷たい言い方にカチンときてしまったんだろう。

 だけど。

 

「だから、あなたが変えるんでしょう? 終わらせるんでしょう? この悲劇の連鎖を。このどうしようもない理不尽にまみれた悲劇の国を。だったら落ち着いてください。冷静さを失ってはあの化け物には勝てません」

「…………そうだな」

 

 私がより強く真剣な視線で見詰め返しながら言葉で諭すと、アルバはおとなしくなった。

 

「ルル、思いっきり俺を引っ叩いてくれ」

「わかったわ。フンッ!」

「うぐっ!?」

 

 ……何やってんの?

 アルバの頬に真っ赤な紅葉マークが出来ちゃったんだけど。

 浮気がバレた夫みたいになってますけど。

 

「ふぅ……。ありがとう。目が覚めた」

「どういたしまして!」

 

 ……まあ、本人達がいいのなら何も言うまい。

 それよりもだ。

 

「話を戻しますが、皇帝がこのような暴挙に出た以上、私とアルバさん以外はもう近づく事すらできないでしょう。無理に近づこうとすれば、あの闇の嵐に飲み込まれて木っ端微塵になるのがオチです。なので、他の皆さんはここでリタイアしてほしいのですが」

 

 向こうが大放出した魔力を制御する為に止まり、こっちも闇の嵐が盾になるせいで生半可な攻撃は使えず、迂闊に手を出せない状況を利用して、私は話を切り出した。

 

「それは……」

「妥当な判断だな」

 

 アルバが何か言おうとした瞬間、それを遮るようにバックが話に入ってきた。

 サングラス越しの冷静な目で私達を見ながら語る。

 

「悔しいが、私達の力ではこのスケールの戦いにはついて行けない。それに私とミストはともかく、キリカは既に気絶している。アルデバラン戦からずっと近接戦闘で身体を張り続けていたルルも限界が近いだろう。これ以上は足手まといになる」

「バックさん……」

「だが」

 

 バックが、弱気な事を言ったとは思えない、サングラス越しでも感じる強い視線で私達を見る。

 

「そんな私達でも、まだやれる事はある。セレナ、悪いが私達を仲間達の所に降ろしてくれ。全員の力を合わせれば撹乱くらいできるだろう」

「わかりました」

 

 私は即席でバック達の足下に鳥型のアイスゴーレムを作る。

 バックはキリカとミストを抱えたまま、それに飛び乗った。

 

「さあ、ルル。お前も」

「ええ、わかってます。……アルバ!」

 

 アルバの腕の中から飛び出し、バック達と一緒に鳥型アイスゴーレムに乗った後、ルルはアルバを真っ直ぐに見詰めながら名前を呼び、拳を突き出した。

 

「絶対に勝ってきなさいよ!」

「……ああ!」

 

 そんなルルと、アルバは拳をぶつけ合う。

 ルルはもう、この戦いにおいてアルバを支える事はできない。

 だけど、この想いは確実にアルバを支えて、強くしてくれるんだろうと、そう思った。

 

 そうしてアルバを励ました後、ルルは私の方を見る。

 

「それから、あんたもね!」

 

 ルルは、私にも激励の言葉をかけてきた。

 ……やっぱり、いい子だ。

 こういう人達と、もう戦わなくていい。

 もう殺さなくていい。

 それだけで、結構救われた気がする。

 

「ええ、安心してください。絶対に勝ちますし、あなたの恋人はしっかりと生きてお返ししますよ」

「それなら良し! ……じゃないわよ!? だ、だだだ誰が恋人よ!?」

「あれ? 違いましたか?」

「違うわよ!」

 

 違ったのか。

 ゲームの最終決戦の時はとっくに付き合ってたから、今も恋人なんだとばかり思ってた。

 私のせいで色々と変わっちゃってるから、こういう事もあるんだね。

 まあ、今までのあれこれとか、今の反応とか見てると、普通に脈はありそうだけど。

 

「では、そろそろ送りますね」

「ちょっと待ちなさい! 恋人うんぬんを訂正しなさ……キャアアアアア!?」

 

 ルルが最後に何か言ってたけど、すぐにジェットコースターなんか目じゃないアイスゴーレム高速飛行に悲鳴を上げたせいでよく聞こえなかった。

 その悲鳴があっという間に遠ざかって行く。

 気を取り直してアルバの方を見ると、なんか顔を真っ赤にしていた。

 

「あの……本当に俺とルルはそういう関係じゃないからな?」

「プロポーズは早めにする事をオススメします。それと彼女を妻として迎えられるような国造りもね。国王が平民の妻を迎えられれば、新国家が決して平民を軽視しないという良い喧伝になるでしょう。まあ、問題は山積みでしょうが」

「だから違うって!」

 

 説得力がない。

 まあ、なんにせよ、少しは肩の力が抜けたみたいだ。

 それに未来への希望も持てただろう。

 死を恐れずに命を捨てて戦う奴も強いけど、未来の為に死ぬ気で生きようとする奴も強い。

 アルバは確実に後者の方が強くなるタイプだ。

 これで少しは勝率が上がる筈。

 

 そして……

 

「お喋りは終わりです。来ますよ」

「! ……ああ」

 

 私達の目の前で、帝都全域を包んでいた闇が形を変えていく。

 まるで奈落の底から地獄の亡者が這い出すかのように、闇の中から巨大な腕が飛び出してきた。

 その腕が大地を掴み、残りの身体を闇の中から引き摺り出す。

 

 それは、闇を押し固めて作ったような、歪でおどろおどろしい闇の巨人だった。

 

 頭部があり、二本の腕を持ち、されど足はない。

 全長は、全盛の頃のワールドトレントに匹敵する程の、天を衝くような巨体。

 しかし、感じる力も魔力も、ワールドトレントなんか歯牙にもかけないレベル。

 

 これこそが、皇帝の最終形態『奈落の巨神(アビスギガント)』。

 間違いなく、この世で最強の存在だと断言できる闇の巨神だ。

 これが私達の倒すべき最後の敵。

 ラスボスの名に相応しい、最後にして最大の壁。

 

「■■■■■■■■■■■■■■■!!!」

 

 そして、闇の巨神がおぞましい咆哮を上げながら、私達に向けてその手を伸ばしてきた。



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82 最後の戦い 3

 奈落の巨神が手を伸ばす。

 ただそれだけの動作でも、こっちにとってはかなりの脅威だ。

 何せ、手の大きさが規格外すぎて、これだけで超広範囲攻撃魔術と同等の効果があるんだから。

 

「『純白閃光(シャインストリーム)』!」

「あ!? バカ!」

 

 それに対して、アルバは光魔術の大技で迎え撃つ事を選択してしまった。

 一見妥当な対処法に見えるけど、それは悪手だ!

 

「なっ!?」

 

 巨大な闇の掌は、アルバの魔術を浴びて一度は形を崩したものの、すぐに再生して、もう一度私達を狙ってきた。

 私は攻撃に意識が向いているアルバの首根っこを掴んで全速力で上空へと飛翔し、なんとか腕の攻撃を避ける。

 

「あれは魔力の塊ですよ! 実体がないんだから、攻撃しても魔力の無駄です! 狙うなら本体を狙わないと!」

「ご、ごめん」

 

 本当に気をつけてほしい!

 アルバもこれまでの戦いでかなり魔力を消耗してるんだから、マジで無駄撃ちする余裕なんてないだろうに。

 私は雪女の因子のおかげでまだ余裕があるけど、それでも、あの化け物を相手にするなら、魔力なんていくらあっても足りない。

 

 何せ、あの闇の巨神部分は、その全てが皇帝を守る最強の鎧なんだから。

 どこまでも大きく、分厚く、硬く、それでいて触れる物全てを破壊する闇の鎧。

 生半可な攻撃じゃ、あの闇に触れた時点で消滅させられる。

 アルバの純白閃光(シャインストリーム)でも、掌の形を崩すのが精一杯だった。

 多分、私の氷神光(メビウスブラスター)でも貫けないだろう。

 もっと強い火力がいる。

 鎧を剥がすだけでも、難易度ルナティックなのだ。

 

 奈落の巨神が口を開く。

 口と表現していいのかわからないくらいにグチャグチャで歪な造形。

 ゴジ◯より歯並びが悪い。

 でも、頭部に当たる部分のすぐ下にあるんだから、きっと口なんだろう。

 その口の中に膨大な黒い魔力が集まっていく。

 見覚えのある光景だ。

 見覚えがありすぎて、最近ちょっとトラウマになってる攻撃だ。

 

「ブレスです! 大きいですよ!」

「わかってる!」

 

 私とアルバは更に速度を上げて攻撃範囲から逃れる。

 私は氷の翼から更に冷気を噴射し、それを推進力にして。

 アルバは消耗覚悟で光の翼を六枚に増やして。

 それぞれが全力の回避行動を取った。

 

 そんな私達が元いた場所を、極大のブレスが通過していく。

 獣王の本家ドラゴンブレスも、ワールドトレントの一斉疑似ブレスも比較にならない、極太の破壊光線。

 私達を狙って上に放たれたからいいものの、もし地上に放たれてたら国土が消滅しかねない程の次元が違う一撃だ。

 全盛のワールドトレントでも一撃で完全消滅させられると断言できる。

 それどころか、これ下手したら逃がしたルナ達の所にまで届きかねないぞ!

 絶対にルナ達のいる方に撃たせちゃいけない!

 

「アルバさん! あれが地上に向けられたらアウトです! 常に奴の上に陣取りますよ!」

「ああ!」

 

 よし。

 これで少しは大丈夫な筈。

 といっても、安心してる余裕なんてない。

 頭上にいる私達を挟み込むように、奈落の巨神は巨大な両腕を上に向かって伸ばしてきた。

 虫を潰すみたいに、両の掌で叩き潰すつもりだ。

 当然、これもまた超広範囲攻撃。

 私達は更に高度を上げ、唯一の逃げ場である空を上へ上へと飛び続ける事で難を逃れた。

 これは止まったら死ぬな。

 

 そして、逃げてるだけじゃ勝てない。

 恐ろしい事に、これだけ派手な極大魔術を使っても、皇帝の魔力に衰えが見えないんだから。

 皇帝だって人間だ。

 当然、その魔力は有限の筈。

 だけど、その魔力量が常識外れに多過ぎる。

 ワールドトレントみたいに地面とかから魔力吸収して回復してる訳じゃなく、素でこれだけの魔力を持ってるんだ。

 下手したら、MPにして一億とかいってるかもしれない。

 それ実質、魔力無限と変わらないじゃん!

 どんだけのチート。

 これを消耗戦で削り切るのは現実的じゃない。

 

 だったら、どこかで闇の鎧をひっぺがすなり、貫通するなりして、闇の中に埋まってる本体を倒す必要がある。

 その為にまず必要なのは、純粋な超火力だ。

 私の最強技である氷神光(メビウスブラスター)を遥かに上回る火力がいる。

 そんなバ火力を出す方法は……ない事もない。

 でも、それだけじゃ勝てない。

 闇の鎧をひっぺがすのは、あくまでも奈落の巨神(アビスギガント)討伐の前提条件なんだから。

 

 その後に本体を引き摺り出して倒せなきゃ、無尽蔵の魔力で巨神はすぐに再生する。

 そして、あれを突破できるような超魔術をそう何度も使える訳がない。

 なら、方法は一つ。

 チャンスは一度。

 私かアルバ、どっちかの超魔術で闇の鎧を貫き、本体が剥き出しになった瞬間を狙って、もう片方がトドメを刺す!

 その為には……

 

「■■■■■■■■■■■■■■!!!」

 

 こっちが思考加速の魔術で作戦を纏めている間に、向こうが次の攻撃に出てきた。

 再び口を開き、そこから新しいブレスを撃ってくる。

 さっきみたいな極大ブレスじゃない。

 出てきたのは、手数重視の無数の黒い球体。

 闇属性初級魔術、闇球(ダークボール)

 ただし、その大きさは一つ一つが小城くらい飲み込めそうなド級サイズ。

 それが機関銃の如く、次から次へと発射される。

 多分、威力も直撃したら終わりレベルだろう。

 

 それでも、私達ならなんとか避けられなくもない。

 ここでわざわざ危険な賭けに出るべきか否か……答えはすぐに出た。

 ここで躊躇っても、無駄に勝負を長引かせて、魔力を消耗していくだけだ。

 

「『氷翼付与(アイスウィング・エンチャント)』!」

「え!?」

 

 私はアルバの背中に氷の翼を出現させる。

 いきなり魔術をかけられたアルバが驚きの声を上げた。

 そんなアルバに、私は叫ぶように作戦の一部を伝える。

 

「私に身体を委ねてください! 回避は私がやります! その分の魔力で大技の準備を!」

 

 言うと同時に、自分の氷翼とアルバの氷翼を操作し、二人分の回避行動を取る。

 アルバは一瞬戸惑ってたけど、すぐに光の翼を消して、私の指示に従ってくれた。

 私が両手に一つずつ持ったコントローラーで、鬼畜難易度のシューティングゲームを二つ同時にプレイするような大道芸で黒球弾幕を回避する。

 アルバはその間に目を閉じて集中し、残りの全魔力を使う気かってくらいの魔力を、手に持った純白の剣に集中させていく。

 アルバもわかってるんだ。

 これが一発勝負だって事に。

 

 けど、それだけじゃまだ足りない。

 ギリギリ見える勝利への道筋。

 そこに至るまでの手数が、まだ数手足りない。

 どこかで隙を見つける必要がある。

 ほんの少しでもいいから、反撃に移れるだけの隙を。

 

「撃てぇ!」

「■■■■!」

 

 その時、帝都の外から飛んできた無数の魔術が、奈落の巨神の頭部に降り注いだ。

 その大半は最弱の魔術、魔弾。

 量産型魔導兵器(マギア)に搭載されている魔術。

 振り向いてる余裕はないけど、振り向かなくても誰の仕業かわかる。

 バック達だ。

 あの化け物を相手に、撹乱くらいならできると豪語した男。

 有言実行してくれた。

 

 もちろん、こんな弱い攻撃で奈落の巨神がダメージを受ける事はない。

 それでも、いきなり目の前に虫が飛んでくるみたいな嫌がらせにはなる。

 今の皇帝は、体内に打ち込まれた光の魔力のせいで、まだまだ魔力の精密操作ができない状態だ。

 その状態で少しでも集中が乱れれば、魔術も乱れる。

 結果、全身が魔術で構成されている奈落の巨神は僅かに揺らぎ、弾幕が一時的に弱まった。

 

 でも、代わりに奈落の巨神の狙いが地上の革命軍に向いてしまった。

 私達に闇球を放ち続けたまま、奈落の巨神は地上の革命軍に向けて手を伸ばす。

 

「皆ッ!?」

「集中を乱さないで!」

 

 咄嗟に革命軍を庇おうとしたアルバを言葉で制し、同時に魔術を発動する。

 革命軍が作ってくれた、ほんの僅かな弾幕の弱まり。

 その一瞬の隙を突いて。

 

「『凝縮氷神光(ストロング・メビウスブラスター)』!」

 

 普段よりも更に圧縮し、攻撃範囲を捨てて貫通力特化の一筋の光となった氷神光(メビウスブラスター)を放つ。

 狙いは頭部。

 探索魔術によって突き止めた、皇帝本体がいる場所。

 その部分の闇を氷結の光が貫き、奈落の巨神が大きく揺らいだ。

 

「■■■■■■■■■■■!!?」

 

 効いてる!

 氷神光(メビウスブラスター)が皇帝本体にまで届いたんだ!

 これで倒せる程ではなかったし、闇の鎧をひっぺがせるような攻撃でもなかったけど、確実にダメージが通った。

 しかも、私が狙ったのは皇帝本体の頭部ピンポイントだ。

 頭部、脳、魔術の制御を司る場所。

 そこにダメージを受ければ、魔術の制御は著しく乱れる。

 

 おかげで革命軍に向けて伸ばされていた手も、私達に向けられていた弾幕も止まり、奈落の巨神に大きな隙が生まれた。

 アルバはそれを見て駆け出し、私もトドメ用の魔術を発動するべく準備を開始。

 奈落の巨神はそれを止める事もできず、苦しむように頭をのけ反らせて、あらぬ方を向いている。

 その口は再びの極大ブレスを放とうとしてるけど、このタイミングならこっちを向く前に私達の攻撃がギリギリ届く!

 ここで決める!

 

 そう思った瞬間、━━私は極大の悪寒に襲われた。

 

 本能が叫んでいる。

 何かを見落としていると。

 私は、何か致命的な事を見落としている。

 その直感に従い、思考加速の魔術を使って考える。

 今は間違いなく千載一遇の好機だ。

 奈落の巨神は揺らぎ、渾身の反撃である極大ブレスも私達には届かない。

 奴の攻撃が私達を飲み込む前に、私達の攻撃が奴を襲うだろう。

 

 極大ブレスが放たれようとする。

 でも、それは私達とはまるで関係ない方向に向けてだ。

 あれが私達に向くより、私達の攻撃が奴に届く方がギリギリ早い。

 そうすれば、あの極大ブレスも霧散して………………待って。

 皇帝は、あの極大ブレスを私達の方に向けるつもり?

 どうやって?

 決まってる。

 あの状態から私達を狙おうと思ったら、首を横向きに回転させて薙ぎ払うようにブレスを……

 

「ッ!?」

 

 気づいた。

 気づいてしまった。

 皇帝が、あのクソ野郎が仕掛けた卑劣な作戦に。

 この攻撃は私達には届かない。

 そんな事は、あいつだってわかってた筈だ。

 だけど、私達以外になら届く。

 あの方向から私達を狙うようにブレスを放つなら、首を約90度回転させなきゃいけない。

 そして、その軌道上をブレスが走る事になる。

 国土の端まで届くような極大ブレスがだ。

 

 そうしたらどうなるか?

 帝国の四分の一は消し飛ぶだろう。

 そこに住まう国民もろとも。

 しかも、その消し飛ぶ範囲に入っているのだ。

 私がルナを匿っていた領地、アメジスト領が。

 つまり、そこから国境に向けて逃げさせているルナにも、この攻撃は当たる。

 私は、命に代えても、この攻撃を防がなくてはならない。

 

「『氷盾(アイスシールド)』ッ!」

 

 私は全速力で極大ブレスの前に飛び出し、それを防げるだけの大きさを持った氷の盾を作成。

 それに手を触れて腕力で支え、手から直接魔力を注いで随時氷盾の補強を行う。

 だけど、とてもじゃないけど防ぎきれない!

 氷の盾は簡単にヒビ割れ、その隙間から溢れ出した闇の魔力が私の全身をズタズタにしていく。

 それでも耐える。

 力を、魔力を振り絞って、ひたすらに耐える。

 

「セレナッ! クソッ! 『光騎(シャイン)……」

「まだ撃っちゃダメ!」

 

 私を助ける為にアルバが最後の大技を発動しようとしたけど、それを敬語を取り繕う余裕すらない大声で止める。

 あれはトドメとセットで使わないとダメなんだ。

 皇帝がここまで離れたルナにすら届く攻撃を撃てる以上、私の恨み辛みを抜きにしても、こいつはここで確実に殺さなければならない。

 そうじゃないと、ルナの安全が保証されない。

 だったら、アルバの魔術を守りに使っちゃダメだ。

 奴を倒すのにアルバの力は必要不可欠。

 ここは、私が死ぬ気で踏ん張らなきゃいけない場面!

 

「アアアアアアアアアアッ!」

 

 湯水の如く魔力を流す。

 氷の盾を修復し続ける。

 

 力を込める。

 踏ん張って、吹き飛ばされないように堪える。

 足りない。

 

 氷翼(アイスウィング)の数を増やす。

 さっきのアルバを参考に、まるでセラフィムのような三対六枚の翼を作る。

 それら全てから冷気を噴射し、莫大な推進力を生み出して耐える。

 身体がぺちゃんこになりそうだ。

 

 ここまでやって、やっと拮抗。

 気を抜けば一瞬で消し飛ばされる。

 気を抜かなくても、どんどん身体は傷ついていく。

 雪女の因子がなければ、これだけで致命傷だっただろう。

 

 だけど、まだ足りない。

 これじゃまだ防げてるだけ。

 皇帝の魔力量は無尽蔵と言える程に膨大だ。

 この極大ブレスがいつまで続くかわからない。

 最悪、一時間でも二時間でも撃ち続けられるかもしれないんだ。

 だから、耐えてるだけじゃ、防いでるだけじゃ足りない。

 押し返す必要がある。

 

「『氷人形創造(クリエイトゴーレム)』!」

 

 その為に私が使った魔術は、氷人形創造(クリエイトゴーレム)だった。

 極大ブレスを防ぐ為にほぼ全てのリソースを費やし、半ば無意識で発動した魔術。

 それが、今まで私を支えてくれた人達を形造っていく。

 

 ノクスがいた。

 レグルスがいた。

 プルートがいた。

 ミアさんが、マルジェラが、メイドスリーがいた。

 そして、生まれた時から私を守ってくれた最初の守護者……姉様がいた。

 

 私は、無意識に私を支えてくれた人達の面影を求めていたのかもしれない。

 そんな人達と一緒に押した氷の盾が、徐々に極大ブレスを押し返していく。

 もちろん、これは私の魔術で作った偽物だし、幻影だ。

 本人達がここにいる訳じゃなく、こうして極大ブレスを押し返しているのは私一人の力でしかない。

 それでも、皆の姿が私に力をくれる。

 魔術はイメージだ。

 皆に支えられているというイメージが、守ってくれたという思い出が、本当に私の力になる。

 いつだって、他人を物としてしか見ていなかった皇帝には決して出せない力。

 もう、負ける気はしなかった。

 

 氷の盾が闇の極大ブレスを押し返し、奈落の巨神の頭部に向けてシールドバッシュを食らわせた。

 

「■■■■■■■■■■■■■■!!!?」

 

 その衝撃と、自分の極大ブレスが間近で炸裂した事により、巨神の頭部が形を失う。

 まだ闇は晴れていない。

 でも、今までで最も守りが薄くなってるのは確実。

 やるなら、ここしかない!

 

「『星空浮遊氷球(スターアイスビット)』!」

 

 作り出すのは、夜空に浮かぶ星のように周囲を埋め尽くす、無数の球体アイスゴーレム。

 前まで使ってた自律式じゃないし、あれに比べれば遥かに劣る。

 でも、ある一つの機能に関しては互角だ。

 その機能とは……魔術の発射口としての能力。

 

 その全てを起動する。

 更に、私自身も魔術を放った。

 最強魔術、氷神光(メビウスブラスター)を。

 そして、無数の球体アイスゴーレムからも同時に氷結光(フリージングブラスト)が放たれ、その全てが氷神光(メビウスブラスター)と合体し、一筋の極大魔術となる。

 奈落の巨神の極大ブレスにも匹敵する、この魔術の名は━━

 

「『究極氷神光(アルティメット・メビウスブラスター)』!」

 

 最強を超えた究極の魔術。

 決して二度は放てない、正真正銘の私の切り札。

 それが歪んだ巨神の頭部を凍りつかせ、━━遂に、砕いた。

 皇帝本体までは砕けてないけど、遂に闇の鎧をひっぺがす事に成功した。

 

「今です!」

「うぉおおおおおおおおおッ!!」

 

 私の声を合図に、満を持してアルバが宙を駆ける。

 氷の翼は、さっき極大ブレスを防いだ時に、余力がなくて制御を放棄してしまった。

 だけど、アルバは今、光の翼を使っていない。

 光の翼に比べれば消費魔力の少ない衝撃波移動を使ってる。

 少しでも魔力を温存して攻撃に使うつもりだ。

 ここまで、どんな窮地にあっても我慢してチャージしてきた魔力。

 それが溜まりきった純白の剣を、アルバは振りかざした。

 

 しかし……

 

「それで私を追い詰めたつもりか!」

 

 皇帝の顔からは、まだ余裕が失われていなかった。

 その証明とでも言うかのように、皇帝の闇の義手の中に、膨大な魔力の塊が生み出されていた。

 漆黒閃光(ダークネスレイ)はおろか、あの極大ブレスすらも上回る、膨大な闇の魔力の塊。

 それが魔術へと変換され、アルバを目掛けて放たれる。

 

「闇の中に消えるがいい。『奈落地獄光(アビス・ヘル)』!」

 

 皇帝の放った闇の破壊光と、アルバの振るった光の剣がぶつかり合う。

 奈落地獄光(アビス・ヘル)

 それは、皇帝の持つ最強の魔術だ。

 その力は、あまりにも圧倒的。

 全てを飲み込み、消し去り、破壊し尽くす、無敵の魔術。

 放たれたが最後、誰にも止める事などできない。

 

 ━━相手が『勇者』以外だったのなら。

 

「何故だ!? 何故、押し切れぬ!?」

 

 皇帝が焦りの声を漏らす。

 アルバは、あの無敵の魔術を耐えていたのだ。

 光の剣で闇に抗う。

 精細さを失った魔術の淀み、魔力の薄い部分を突き、切り裂く。

 温存してきた光の翼を解放し、三対六枚の翼を推進力として前へ進む。

 

 『勇者』アルバ。

 あなたは強い。

 今まで、私は勝ち目が0に等しい絶体絶命の状況にあなたを追い込んできた。

 それでもあなたは死なず、いつも予想外の力を発揮して抗い、最後には必ず生き残ってみせた。

 そんなこれまでの戦いに比べれば、今の状況はどう?

 皇帝という最強の敵を相手に、確かな勝ち目がある程にあなたは強くなった。

 私を相手にしてきた勝ち目0の戦いじゃない。

 僅かでも、確かに勝つ可能性がある戦いに、あなたは今挑んでいる。

 

 だったら、引き寄せられる筈だ。

 僅かな可能性を。

 その先にある勝利を。

 あなたなら、きっと。

 

「うぉおおおおおおお!!!」

「舐めるなぁああああ!!!」

 

 とはいえ、相手は最強のラスボス。

 アルバが限界まで力を振り絞っても、まだ互角止まり。

 勝つ為には、あと一つ決定打が足りない。

 私は動けない。

 大技の直後って事もあるけど、それ以上にアルバと皇帝の激突の衝撃が強すぎて、近づく事すらできない。

 私が近づけないんじゃ、私以外の人達が助太刀できる訳もない。

 

 だけど、決定打は意外な所からやってきた。

 

 空が明らむ。

 太陽が登ってきた。

 長い長い帝国の夜の終わりを告げるかのような、朝日が。

 そして、精霊という魔力生命体の力を得た事で、魔力に対する感受性が強くなった私は見た。

 太陽の放つ自然の魔力が、アルバの剣に宿っていくのを。

 

 太陽は、魔力のない前世の世界ですら、発電システムに利用される程の膨大なエネルギーを持っていた。

 なら、魔力のあるこの世界の太陽がより強いエネルギーを、強い自然の魔力を放っていてもおかしくない。

 自然の魔力を利用するという現象は実例がある。

 ワールドトレントもそうだったし、それ以前にも自然の魔力を利用しようとした研究はあり、コスパが悪いからという理由で取り止めになったとはいえ、一応の実用段階には達していた。

 

 なら、アルバという天才が。

 膨大な才能をまだ使い切っていない未完の大器が。

 この土壇場で、光と親和性の高い太陽光の魔力くらい操ってみせても不思議はない。

 

「ぬ、ぬぉおおおおおおおおお!!?」

 

 太陽の魔力でブーストされたアルバの剣が、皇帝の闇を引き裂いていく。

 光と闇の拮抗は崩れ、徐々に、徐々に、光が闇を切り裂いて進んでいく。

 そして、遂に━━

 

 

「『夜を切り裂く朝日の剣(サンシャインブレード)』!」

 

 

 アルバの剣が、皇帝の身体を縦一文字に切り裂いた。

 脳天から真っ二つに裂かれ、皇帝は生存に必要な最重要機関である脳を破壊され、死の奈落に向けて落ちていく。

 長い長い悲劇の夜を支配した怪物が、遂に死ぬ。

 

「■■■■■■■■■■■■!!!」

 

 だが、そんな状態で皇帝はまだ動いた。

 脳を壊され、理性もなくなったのか、声にならぬ叫びを上げながら、右腕の闇の義手を巨大化させる。

 奈落の巨神には及ばぬまでも、振り回せば大量の命を奪える力を残した巨大な闇の腕。

 皇帝は、力を使い果たして脱力しているアルバに向けてそれを振り下ろそうとして。

 

「■■■!?」

「そうなるような気がしたよ」

 

 すぐ側にまで近づいていた私に気づいた。

 強い魔術師というやつはしぶとい。

 心臓失っても生きてる私をはじめ、致命傷を食らいまくっても倒れなかったアルバ、臓器が殆ど消し飛んでても最後の会話ができたノクス。

 身体の九割を凍らせて砕いても生きてたワールドトレント……は例外かもしれないけど。

 とにかく、そんなしぶとい魔術師の中でもぶっちぎりで強い魔力を持つこいつが、そんな簡単に死ぬ訳ないと思ってた。

 だから私はこうして近づいた。

 最後のトドメを、私自身の手で刺す為に。

 

 残った魔力を拳に集めていく。

 雪女としての特性で纏ってる冷気も含めて、全てをこの拳に。

 それを思いっきり振りかぶり、皇帝の顔面を全力で殴った。

 

「『最終絶対零度(ラスト・アブソリュートゼロ)』!」

「■■■■■■■■■■!!!?」

 

 絶対零度の冷気を纏った拳が皇帝の顔面を凍りつかせ、そこから伝播して身体全体を凍りつかせていく。

 ずっと、ずっとこうやって……

 

「お前を、ぶん殴ってやりたかったよ!」

「■■■■■■■■■■■■■■■■!!!!!?」

 

 最後に断末魔のような一際大きい叫びを上げて……皇帝の頭部は砕け散った。

 残った身体も、今いる遥かな上空から落下していき、地面に叩きつけられて跡形も残らず粉々になる。

 念の為に氷葬(アイスブレイク)を使って僅かな残骸すらも滅し……ようやく皇帝は完全に死んだ。

 

「終わったよ……ルナ……姉様……」

 

 そう呟いた後、全ての力を使い果たし、氷翼(アイスウィング)の制御もできなくなった私もまた、地面に向けて落ちていく。

 今の状態だと耐え切れないだろうなぁ。

 でも、構わない。

 やるべき事はやったんだ。

 後悔も悔いも未練も腐る程あるけど、それでもいい。

 これでやっと、姉様に会いに行ける。

 胸を張ってとはいかないのが心苦しいけどね。

 

「セレナ!」

 

 最後に私を呼ぶアルバの声が聞こえて。

 それを聞きながら、━━私の意識は消失した。



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83 夢での再会

 あ、これ夢だ。

 意識が覚醒して少しした後、私は直感でここが夢の世界であると確信した。

 なんか全体的に景色がぼんやりしてるし、ついでに意識もちょっとぼんやりしてるし、これは夢以外の何物でもないだろう。

 あるいは、死後の世界か。

 

 でも、夢にしても死後の世界にしても、中々にいい場所をチョイスしてくれたなぁ。

 景色はぼんやりとしてるけど、とても見覚えがある場所だから、ここがどこなのかは簡単にわかる。

 

 ここは、私の生家であるアメジスト伯爵家本邸の敷地内にある森の中。

 かつて、私の秘密基地があった場所だ。

 今では、地下に作った氷の城を引っ張り出した事で潰れてしまった場所。

 昔、よく姉様と一緒に過ごした思い出の場所。

 私の人生で、一番幸せだった時間を過ごした場所。

 

 そこに、私以外の誰かが近づいてくる気配を感じた。

 よく知ってる気配だ。

 私が誰よりも愛しく思う気配だ。

 そして……もう二度と感じ取れないと思っていた気配だ。

 

「セレナ」

 

 その気配の主が、私の名前を呼ぶ。

 それだけで、涙が溢れて止まらなくなった。

 反射的に身体が駆け出す。

 その人に向かって全力でダイブする。

 

「エミリア姉様!」

「わっ」

 

 その人は、紛う事なきエミリア姉様本人だった。

 最後に会った時より少し幼い、この場所で最後に語り合った時と同じ15歳くらいの姿をした姉様。

 そして、そんな姉様にダイブした時の感覚が昔と変わらない。

 見れば、私の姿も若返っていた。

 姉様と同じく、この場所で最後に語り合った時と同じ、10歳くらいの姿に。

 

「姉様! 姉様! 姉様ぁ!」

 

 姉様に向かって全力で頬擦りをする。

 失った温もりを取り戻すように。

 涙を流しながら、全力で。

 

「言ったじゃないですか! 暗殺とか謀殺とかには気をつけてくださいって! 姉様は聖人天使過ぎて目をつけられやすいからって!」

「……ごめんね」

「自分の命を第一に考えてくださいって言ったのに! 考えなしに動かないでって言ったのに! 私知ってるんですよ!? 姉様が死んだ時、グレゴールの奴と真っ向から戦った形跡があった! あいつは派閥からの指示で姉様以外の人の事も狙ってた! 姉様はその人達の事を守ろうとして、だから逃げなかったんだって! 無茶ですよ! 相手は六鬼将ですよ!? なんで自分の事だけ考えてくれなかったんですか!? いくらなんでも優し過ぎます! 姉様が死んだら、私は後追い自殺するって言っておいたのに!」

「……ごめん」

「なんで! なんで! ……なんで私を置いて死んじゃうんですかぁ!」

 

 私は今まで胸の中に抱えていた思いを、全て姉様に向かって吐き出した。

 涙と一緒に、出して、出して、出し尽くして。

 

「……ごめん、なさい」

 

 最後に出てきたのは、姉様への大きすぎる罪悪感と、弱々しい謝罪の言葉だった。

 

「私は、姉様の妹失格です。姉様が死んでから、私はいっぱい酷い事してきました。沢山の人達を殺してきました。沢山の人達を苦しめてきました。……私の手は、血にまみれてる。姉様と同じ場所には行けない。本当なら、こうして姉様に抱き着く資格もない」

 

 そう言って、私は姉様から離れようとした。

 これ以上、この汚い手で姉様に触れる訳にはいかない。

 だけど、姉様はそんな私を力強く抱き締めた。

 抱き締めて、優しく頭を撫でてくれた。

 ずっと、ずっと願っていた、追い求めていた、優しい感触。

 

「私にセレナを責める資格なんてないし、責めるつもりもないよ。セレナは凄く頑張ってくれた。とっても頑張ってくれた。そんなセレナが報われないなんて、お姉ちゃんが許さないよ」

「姉様……」

「他の誰がセレナを責めても、恨んでも、地獄に落とそうとしても、私が絶対に守るから。今度こそ、妹を悲しませて迷惑ばっかりかけるようなダメな姉じゃなくて、頼れるお姉ちゃんになるから」

「姉、様……」

「……勝手に死んじゃってごめんね。ルナを守ってくれてありがとう」

「ッ!」

 

 泣きながら顔を上げれば、姉様の顔がよく見えた。

 静かに涙を流しながら、それでも私を慈しんでくれる、綺麗なアメジスト色の瞳が見えた。

 

 姉様は、今の私を受け入れてくれた。

 

 血にまみれて、こんなに汚く染まった私を。

 姉様を助けられなかった無能な私を。

 色んな人に恨まれて当然の極悪人になってしまった今の私を。

 姉様は、昔と変わらず愛してくれる。

 それが何よりの救いだった。

 さっきとは違う理由で、涙が溢れて止まらなくなる。

 

「もう、どこにも行かないでください」

「うん」

「ずっと私の側にいてください」

「うん」

「……キスしていいですか?」

「う、うん? そ、それはちょっと……」

 

 ああ、その可愛い困り顔も昔のままだ。

 ホッコリする。

 胸が温かくなる。

 決して癒えないと思ってた心の傷が、優しく治っていく感覚がした。

 私は、満足だ。

 辛い事ばっかりだった二度目の人生を、こうして満足して終われる事が、凄く嬉しい。

 

 そう思った瞬間、━━突如、私の身体が不思議な光を纏い始めた。

 

「え!?」

「ああ、そっか。セレナの側には、助けてくれる人がいるんだね」

 

 困惑している私をよそに、姉様は少し寂しそうな、でも嬉しそうな顔をして、慌てる私を見ていた。

 そんな姉様を見て、これがどんな現象なのかを直感で理解する。

 意識が薄れてきて、私は慌てた。

 

「姉様! やだ! また離れたくない!」

「大丈夫。大丈夫だよ」

 

 慌てる私を姉様は優しく抱き締めてから、私の首に下がっている物を軽く指で触った。

 それは、この場所で姉様と別れた時に、私の10歳の誕生日に姉様がくれたペンダント。

 中に姉様の写真が入っている、ロケットペンダント。

 

「私はいつでもセレナを見てる。この場所でずっと待ってる。だから、もう少しゆっくりしてから来てね」

「姉様!」

またね(・・・)、セレナ」

 

 最後に、姉様は私の額に親愛100%のキスをしてくれた。

 あの時と同じ感触。

 あの時と同じ言葉。

 そして、あの時と同じ約束をして。

 

「次に会った時は、今度こそずっと一緒にいようね」

「……はい!」

 

 その一言が付け加えられた。

 今度こそ、その約束を完璧に果たしてやると誓いながら力強く返事をして……私の意識は夢の世界から消えていった。

 

 

 

 

 

「う、ん……」

「セレナ!? 起きたか!?」

 

 次に目を開けた時、見えたのは真剣な表情をしたアルバの顔。

 感じたのは全身に走る痛みと、魔力切れ特有の疲労感。

 そして、思いっきり私の胸に当たってるアルバの掌の感触だった。

 

「どこ触ってんだ」

「へぶっ!?」

 

 思わず仰向けの体勢から蹴りを叩き込んでしまった。

 どさくさに紛れて何やってんだ。

 そういうのはルルにやれ。

 

「いや、違うんだよ! 回復魔術使ってたんだって! 身体に直接触れた方が効果あるだろ!?」

「だからって胸を鷲掴みにするとか……」

「だって心臓止まってるから! これは医療行為だ! やましい気持ちは一切ない!」

「……本当に?」

「ない! ……多分」

 

 おい最後。

 自信ないんかい。

 思春期のエロガキが。

 

「まあ、冗談はさておき。……どうして助けたんですか?」

 

 夢の世界で感じた光。

 あれはアルバが私に回復魔術をかけたのが原因だろう。

 心臓がないんだからそれで完治はしないし、ほんの僅かな延命が精一杯だけど。

 ……いや、生存に臓器とかがいらず、魔力さえあれば生きていける魔力生命体の因子を取り込んでる訳だし、ワンチャンあるか?

 あくまでも私の身体が精霊になった訳じゃなくて、精霊の力を取り込んでるだけだから、可能性は低いだろうけどね。

 

 でも、それとアルバが私を助けようとした理由とは別問題だ。

 理由を問えば、アルバはエロガキから勇者の顔へと変わった。

 

「セレナ、俺は言ったよな。お前を殺したくないって。理由はただそれだけだよ。もう帝国の夜は明けたんだ。この国に、必要のない悲劇はもういらない」

「……お人好し」

「なんとでも言え」

 

 開き直るアルバ。

 でも、実にアルバらしい。

 

「一応、お礼は言っておきます」

「別にいい。それより、他の人達が来る前に早く行け。お前には帰らなきゃいけない場所があるだろ」

「ええ、わかってますよ」

 

 アルバの言葉に神妙に頷く。

 そうだ。

 命を拾った以上、私は帰る。

 ルナの所へ。

 メイドスリーの所へ。

 私の家族のいる場所へ。

 姉様の側に戻るのは、この拾った命が尽きる時までお預けだ。

 

 私は一度眠った事で回復した僅かな魔力を使い、氷翼(アイスウィング)を出した。

 それを使って空に浮かぶ。

 

「それでは、さようなら。革命軍の……いえ、夜明けの勇者さん。せいぜい良い国を作ってくださいね」

「ああ、言われるまでもない」

 

 力強く頷くアルバを見て、この国は大丈夫だと確信した。

 今のアルバならいい王様になれる。

 帝国が起こしてきた悲劇も、その内側にあった事情も見定めて。

 革命軍の正義も、その裏にあったどうしようもない醜い部分もちゃんと見て。

 その上で、私の突きつけた問いかけに明確な答えを出して戦い抜いた今のアルバなら。

 知識の不足なんて問題じゃない。

 そんなのは十徹でも百徹でもして身につければいい。

 大事なのは、王としてのあり方なんだから。

 

 そんな勇者を見届け、私は空を飛んで帝都を後にする。

 飛行中に、私は服の中にしまっておいた小さなペンダントを取り出した。

 これまでずっと肌身離さず身につけ、戦闘の余波で壊れないようにガッチカチに硬い氷で固めておいたロケットペンダントを。

 その氷を砕き、チャームの部分を開けて、中にある姉様の写真を見る。

 

 姉様。

 姉様の言う通り、私はもう少しゆっくりしてから、そっちに行く事にします。

 一日か、一週間か、一ヶ月か、はたまた一年か。

 雪女の因子がどれだけ私を生かしてくれるかわかりませんが、できるだけ長生きして、家族サービスして、今度会う時には、皆との楽しい思い出話を姉様に話せるように頑張りたいと思います。

 どうか、見守っていてください。

 

 そんな祈りを捧げた後、私は穏やかな気持ちでチャームを閉じた。

 もう一度ペンダントを服の下にしまい直し、飛行速度を上げる。

 アイスゴーレム越しに情報を送ったから途中で停止してくれてるとは思うけど、それでもルナ達を乗せた国外脱出用魔術は大分遠くまで行ってる筈だ。

 戦後処理でゴタゴタする帝国に残ってもいい事なんてないから、アメジスト領に戻るつもりはない。

 追い付いたら、一緒にどこか遠い国に行こう。

 いくつか穏やかに暮らせそうな国の目星はつけてる。

 もう、何も心配はいらない。

 

「さあ、帰ろう」

 

 そう呟いて、私は更に飛行速度を上げた。

 私の駆ける雲一つない青空には、燦々と光輝く太陽の姿。

 こうして、長い長い悲劇の夜は明け、私の戦いは終わったのだった。



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勇者と光射す未来へ

「うぅ……し、死ぬ……」

 

 俺は今、復興の進んだ帝都、いや元帝都に建て直された新しい城の執務室で、生死の境をさ迷っていた。

 もう何日寝てないのか数えてない……。

 一ヶ月?

 二ヶ月?

 三ヶ月?

 半年は経ってないと思うけど、それも自信はない。

 

 あの辛く苦しい戦いから五年が過ぎた。

 

 五年前、この国は全てが変わったのだという事を明確に示す為に、名前をブラックダイヤ帝国から『ライトダイヤ王国』へと改めた。

 安直な名付けだと思ったけど、こういうのは変わったという事実が大事だそうで、そこに異論はない。

 そして、俺はライトダイヤ王国の初代国王となった。

 貴族達を納得させる為に、俺の血筋が必要だったからだ。

 自分達の上に立つのが今まで散々見下してきた平民じゃ貴族は納得しない。

 けど、一応は皇族の血を引く俺の下につくんだったらギリギリ納得する。

 逆に、革命軍や平民の人達からは、王が変わっただけで今までと何も変わらないんじゃないかと不安に思われてたけど、そこはこれからの働きや政策で信じてもらうしかない。

 

 その貴族達を納得させるのも一筋縄じゃいかず、死ぬ程大変だったけど……。

 皇帝を倒してすぐの事、その情報が地方の貴族達に伝わるやいなや、好戦的な貴族がすぐに軍勢を差し向けてきたのだ。

 皇帝の仇討ちじゃなくて、疲弊した俺達を倒して自分が次の王になるつもりだったらしい。

 俺はその軍勢を、なんとか余力の残ってる人達を率いて殲滅した。

 犠牲を最小限にする為に、一発大技を撃って戦意を挫いてから、意気揚々と自ら指揮を執っていた首謀者を捕まえる形で。

 

 幸いだったのは、敵の中にあの戦いで成長した俺を脅かすような強者が一人もいなかった事だ。

 六鬼将クラスはもちろん、一級騎士もそんなにいなかった。

 指揮を執っていた首謀者は貴族の最高位である公爵だったけど、その公爵率いる辺境騎士団ですら、疲弊した俺達相手に手も足も出ない。

 その情報も瞬く間に広まったおかげで、それ以降、表立って軍を動かす貴族はいなくなった。

 まあ、表立った反乱が起きなくなったのは、あの人が俺達に協力してくれたからって理由が大きいんだろうけど。

 

 もう一つ幸いだったのが、帝都決戦において生き残った帝国の最精鋭、中央騎士団の生き残りの人達が、無条件で俺達に服従してくれた事だ。

 どうやら、皇帝に切り捨てられるような形で攻撃を受け、多くの仲間を失った事で帝国への忠誠心が削がれ。

 自分達では天地がひっくり返っても勝てないと思い知らされる圧倒的な力を見せつけた皇帝を俺達が倒した事で、逆らう気が失せたらしい。

 革命軍と折り合いをつけさせるのがこれまた死ぬ程大変だったし、五年経った今でもかなりギクシャクしてるけど、どうにかこうにか同じ国の味方同士として動かす事には成功している。

 気を抜いたら一瞬で崩壊しそうで怖いけど……。

 纏め役をしてくれてるあの人に多大な苦労をかけてるのが心苦しい。

 

 そして、一番大変だったのが、今まで暴虐の限りを尽くしてきた貴族達への処罰だ。

 当たり前だけど、処刑くらいしないと国民の怒りが収まらない。

 かといって、問答無用で処刑してしまうと、今度は貴族達が凄まじい反感を持つ。

 国民から見れば理不尽の極みでしかなかったあの蛮行だけど、貴族側から見れば、なんら法律を破っている訳でもない合法行為だったのだ。

 それを考慮せずに無理矢理処刑を敢行したら、絶対、修復困難な禍根が残ってしまう。

 それに蛮行をやっていた貴族全員を処刑したら、確実に国が傾くレベルの大損害になる。

 滅茶苦茶難しい舵取りが求められた。

 

 これを解決したのは、プロキオンさんが生前に書き残していた、革命後の国の再建プランの資料だった。

 そこには、未来を見据えたいくつもの政策や技術が書かれていた。

 これには、かなりお世話になってる。

 その中の一つを参考にして、貴族達への処罰を決めたのだ。

 

 そうして決定した処罰は、蛮行に及んだ貴族の内、槍玉に挙げられるような大物かつ、貴族達からも嫌われてるような一部の人物と、身勝手が骨の髄にまで染み込んだ、改善の余地のないどうしようもない真性のクズを見せしめに公開処刑する事。

 他の、処刑したら国の運営に滞りができるような大量の貴族達は、家のトップに責任を取らせて生涯幽閉。

 ただの幽閉じゃない。

 特殊な魔道具により、その魔力を魔導兵器(マギア)の燃料として搾り取られ続ける幽閉だ。

 これによって、国民には憎い貴族達が新しい国の為の生け贄になったんだと思わせて納得させられる。

 残った、冷静に力関係を見極めて新国家に服従した貴族には、魔力を搾り取られる幽閉とはいえ、自分達のトップが処刑を免れて、ある程度の自由を保証されるという事で納得させる。

 あまり気分のよくない汚い政策だったけど、綺麗事だけじゃやっていけないって事は、あの戦いで嫌って程に思い知った。

 このくらいは許容するべきだろう。

 というか、許容するしかない。

 

 そんな感じの難しい舵取りの裏で、そういう判断を俺自身が早急にできるようになるべく、夜な夜なバックさんとか、政治に詳しい元エメラルド公爵家の文官だった人とかに政治の勉強を叩き込まれた。

 比喩でもなんでもなく、寝る間もないくらいに。

 魔力量に比例した俺の体力なら百日や二百日の徹夜なんて余裕だろと言わんばかりのスパルタ教育だった……。

 それでも最初はお飾り国王が精一杯だったけど、勉強と平行して毎日のように厄介事が起きるせいで、無理矢理実務経験を積まされて、今ではそれなりの為政者になれてると太鼓判押されたよ。

 

 それでも仕事はなくならない。

 眠れない。

 むしろ、仕事ができるようになる度に追加の仕事を振られるようになってる。

 あの、俺、帝国との戦いの後遺症のせいで右半身が不自由になってるんですけど?

 多くの魔力を身体強化に回せる戦闘時以外、義手と歩行補助のレッグサポーター型魔道具がないと、まともに動く事もできないくらいの重症患者なんですけど?

 そんな俺にこんな激務振るとか、容赦なさすぎじゃないですかね?

 

「失礼します」

 

 そして、既に疲労困憊な俺に新たな仕事を持ってくる鬼、もとい新国家に協力してくれてる元帝国の文官さんが執務室にやって来た。

 

「また随分とお疲れのようですね、国王様」

「ハハ……そう見えますか?」

「ええ。昔の私と同じ死相が顔に出てますから」

 

 マジか……。

 不吉だな。

 

「それじゃあ、死相を消す為にもちょっと休暇を……」

「おっと、逃がしませんよ。今日も今日とて厄介事と仕事は山積みなんですから。とりあえず今日の厄介事ですが、サファイア公爵家が隣国メルニア公国と裏で手を結び、国王様の暗殺とクーデターの計画を立てているとの情報が入りました。至急、対策会議を開いてください」

「…………おっふ」

 

 また、とんでもない厄介事が降って湧いたよ……。

 サファイア公爵家は新国家に不満タラタラだったから、いつか反逆してくると思ってたけど、よりにもよって他国と手を結んじゃったかぁ……。

 革命の直前に、セレナとノクスの政策によって、帝国は戦争中の全ての国に無理矢理大打撃を与えて停戦条約を結ばせたらしい。

 その時のダメージが原因で他国は復興にかかりきりになってたし、そもそも他国は帝国より遥かに軍事力で劣るから、帝国が王国になって戦力が低下し、更に革命後の混乱状態にあっても迂闊には手を出して来なかった。

 けど、さすがに五年も経てば色々と暗躍する余裕も出てくるか。

 つまり、これからは国内だけじゃなく、国外関係の仕事も湧いてくる訳で……。

 もうやだ。

 でも、目の前の人が逃がしてくれる訳がないし、そもそも国王の責任として逃げる事は許されない。

 本気で逃げるつもりもないけど。

 

 この容赦のない文官さんの名前は、シャーリー・コーラルさん。

 昔、セレナとちょっと交流があったらしく、その縁で新国家に力を貸してくれてるのだ。

 どうも、セレナは国を去った後、この人にそういうメッセージを送ってくれたらしい。

 まあ、シャーリーさん当てのメッセージは、この人の上司に向けたメッセージのついでみたいな物だったらしいだけど。

 シャーリーさんは、その上司の人に付いて来た結果、新国家に就職した感じだ。

 その上司の人には死ぬ程お世話になってる。

 それこそ、足を向けて眠れないレベルで。

 

「もし他国と戦争なんて事になったら、またミアさんに頼る事になっちゃいそうですね……」

 

 その上司の人、元六鬼将のミア・フルグライトさんに対して申し訳ない気持ちが募る。

 あの人は帝国において珍しい、平民に一切恨まれていない貴族だ。

 革命軍とも結局戦わなかったので、戦士達にも直接恨まれてはいない。

 元六鬼将という事で複雑な気持ちは抱かれてるみたいだけど、逆に言えばそれくらいだ。

 それに何より、ミアさんはいい人である。

 

 その立場と人徳を使って、ミアさんは貴族と平民の間を上手く取り持ってくれてる。

 ミアさんが王国の武官の頂点として作った新しい地位、大将軍として活躍してくれてるからこそ、貴族達は表立って反乱を起こさなくなったし、ギスギスしながらも貴族と平民が足並み揃えていられるんだ。

 あの人がいなかったら、戦後処理が十倍は大変になって、確実に俺は死んでいただろう。

 間違いなく命の恩人だ。

 そんなミアさんに更なる仕事を振るのは大変心苦しい。

 この前なんて「もういい加減、寿退職したい! このままじゃ本格的に行き遅れるぅうう!」って嘆いてたし。

 

「そろそろお見合いの一つでもさせてあげたいんですけどね……」

「ああ、それに関しては心配いりませんよ。ミア様が行き遅れた場合、私が美味しくいただく予定なので」

「……ソウデスカ」

 

 いや、何も言うまい。

 世の中には色んな愛の形があるって事だよ、うん。

 

「そうそう。美味しくいただくと言えば、国王様もそろそろルルさんと◯◯◯(ピー)の一つでもしましたか?」

「ぶっ!?」

 

 シャーリーさんがいきなりぶっ込んできた!

 思わず吹き出した後、ゴホゴホと咳き込む。

 その様子を見て察したのか、シャーリーさんは呆れ顔になった。

 

「まさか、プロポーズすらまだとか言いませんよね? セレナ様も言っていたのでしょう? 早めにプロポーズする事を勧めると」

「そ、そうなんですけど、お互い仕事が忙しくて……」

 

 俺の忙しさは言うまでもなく、ルルも現在は国王直属の親衛隊隊長として頑張ってくれてる。

 暗殺者とか割としょっちゅう現れるし、部隊を纏める勉強とかもしなきゃいけないし、本当に忙しいのだ。

 ちなみに、キリカさんは新兵達の教官、バックさんは宰相、ミストさんはバックさんの側近兼妻として、それぞれ新国家の為に尽力してくれてる。

 バックさんとか、文官服とはち切れんばかりの筋肉がミスマッチすぎて妙なファッションになっちゃってるけど。

 

 それはともかく。

 ルルとは、セレナに指摘されてからお互い妙に意識し合う微妙な関係になってしまった。

 正直、俺としては満更でもないのだ。

 ルルは最初に俺を助けてくれた人だし、それ以降もずっと助けてくれた頼れるカッコいい先輩だった。

 好きか嫌いかなんて聞かれるまでもなく好きだ。

 それが恋愛的な意味での好きかと問われれば、結構な割合でそうだろう。

 

 そして、俺の勘違いじゃなければ、ルルの方も多少は俺に好意を持ってくれてると思う。

 少なくとも嫌われてはいない……筈。

 たまに手と手が触れ合った時とか赤い顔してくれるし。

 

 だから、仕事が一段落して、ある程度国が安定したら告白しようと思ってたんだ。

 ただ、一向に仕事が一段落しないだけで……。

 これはマズイかもしれない。

 このままだと、いつまでもこの調子でズルズル行ってしまう可能性すらあるぞ。

 まさか、セレナはこれを見越して早めにプロポーズしろとか言ってたのか!?

 

「……今度、無理矢理にでも時間を作って告白してみようと思います」

「おお、遂にですか。頑張ってください」

「はい」

 

 とりあえず、今はサファイア公爵家とメルニア公国の問題をどうにかしないと。

 最悪戦争になるかもしれないと思えば、否が応にも気合いが入る。

 多分、戦争になっても負けはしないと思う。

 帝国時代と違って、皇帝も六鬼将もいなくなった今、突出した戦力は俺とミアさんくらいしかいない。

 けど、その代わりに、この五年で魔導兵器(マギア)の技術はかなり発達した。

 幽閉した貴族から搾り取った魔力に加え、プロキオンさんの資料を参考に、魔獣や自然から魔力を抽出して魔導兵器(マギア)の燃料にする技術が誕生したのだ。

 そのおかげで魔導兵器(マギア)を多くの兵達に配る事ができ、魔力を使って戦える兵士の総数は帝国時代より遥かに増えている。

 更に、魔力という貴族と平民の間にあった決して埋まらない筈の溝が埋まった事で、平民の立場が上がって貴族に不当に扱われる事も減るだろう。

 その分、舵取りも難しくなるけど、あの弱者が強者に一方的に搾取されていた世界よりは遥かにマシだ。

 

 今の王国は、旧帝国に決して劣らない程に強い。

 だから、戦争が起こっても多分勝てる。

 でも、戦争はもう沢山だ。

 あれはお互いの大切なものをことごとく壊し、奪い、数え切れない程の悲劇を撒き散らす悪夢だ。

 戦争は最終手段。

 本当にどうしようもない時にしか取っちゃいけない選択肢として扱わなければならない。

 

 もう、この国に必要のない悲劇はいらない。

 少しでも悲劇の数を減らす事。

 一人でも多くの人が笑顔で明日を迎えられる国を作る事。

 それが俺の目指す王としてのあり方だ。

 

「お喋りはここまでにしましょう。至急対策会議を開きます。関係者を集めてください」

「畏まりました、国王様」

 

 そうして、今日も俺は国王としての仕事に邁進する。

 やっとこの国を照らしてくれた光を見失わないように、前に向かって走り続ける。

 死んでいった人達の分まで、全力で。

 いつか、せいぜい良い国を作れと言った、かつて宿敵だった少女とあの世で会った時。

 せいぜい胸を張って自慢できるような、そんな国を作る為に頑張ろう。




次回、最終話。


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84 エピローグ

「お姉様! 早く早く!」

「はいはい。今行くよー」

 

 ルナが元気よく玄関を飛び出し、森の中を走っていく。

 たまにしか家の外に行けないような閉じた生活から抜け出した事で、前にも増してお転婆になったルナは元気いっぱいだ。

 最近は何人か歳の近い友達もできたし、健やかにノビノビと育ってくれて何よりだよ。

 

 そんなルナの後に続くのは、私とアンとトロワの三人。

 ドゥはしろまると一緒に留守番してくれてる。

 ルナがこうして出かける時は、保護者としていつもメイドスリーの誰かが付いて行くんだけど、今回は珍しく私も同行する為、保護者が二人になった訳だ。

 といっても、私が同行するのは言う程珍しい事じゃないんだけどね。

 月に一、二回くらいかな。

 で、そんな私達の目的地はと言うと……

 

「到着!」

 

 森を歩く事10分程度。

 森を抜け、目的地に辿り着いたルナがそんな声を上げた。

 そこは、人口が三桁にも満たないような小さな村。

 ゲームのプロローグに登場したアルバの故郷と同じくらいの規模かな?

 ただし、帝国の理不尽に踏み潰されてしまったアルバの村と違って、ここは私の徹底的な調査に裏打ちされた平和な村だ。

 

 背後には海、他国との国境には魔獣ひしめく森や山脈があり、小さな街道を使っての交易は可能だけど、戦争となると天然の要塞のせいでお互いに攻めるのが難しく、そのおかげで戦争とは無縁な大陸の端の独立国家『フェアリカ王国』の片隅にある小さな村。

 フェアリカ王国は国内の気候も安定し、土地も肥沃で、食べていくのに困らないどころか、他国に出荷してもまだ余るくらいの食料自給率を誇る。

 魔獣が生息域から出てくる事もほぼなく、国を回している王族貴族もそんなに権力を持ってる訳じゃないから大した腐敗もなく、国民が理不尽に虐げられる事もない。

 戦う相手は農作物を脅かす害獣と自然だけという、あまりにも平和すぎて、若干平和ボケしてるレベルの奇跡みたいな国だ。

 それが、フェアリカ王国。

 姉様との高飛び先を探していた頃から、私が目をつけていた場所の一つである。

 

 あの帝都での決戦の時、アルバに心臓を潰されて死を覚悟した私は、氷の城の秘密の機能を使って、ルナ達をこの国に向かって逃がした。

 その機能とは、氷の城の外装を剥がす事で出現する、城の中に眠っていた国外脱出用の魔術こと、超巨大な鳥型アイスゴーレムの事だ。

 実は、あの城っぽい外装は完全な飾りであり、一皮ならぬ一氷剥けば、中からは城と同じサイズの鳥型アイスゴーレムが出てくる仕掛けだったのだよ。

 つまり、私達はずっと超巨大鳥型アイスゴーレムの中で生活してたって事。

 いざという時には、夜逃げ準備の必要すらなく、自宅ごと空を飛ばして国外に逃がせる仕掛けという訳だね。

 

 いきなり氷の城が変形していく様子を見せちゃっただろう使用人の人達は驚かせちゃっただろうなぁ。

 まあ、その代わり屋敷にあったアイスゴーレム達はそのまま残してきたし、それを慰謝料代わりだと思ってもらおう。

 アイスゴーレム達とのリンクがまだ生きてる以上、あれが活躍する機会、すなわち戦いはなかったみたいだし、多分、アメジスト領はアルバの作る新国家につつがなく吸収されたんじゃないかな?

 あそこの運営は放置気味だったとはいえ、善政を敷くように命令してあったし、その命令はちゃんと果たされて平和な領地になってた。

 アイスゴーレム達が壊されてない事から考えても、そんなに酷い事にはなってない筈だ。

 なんだかんだで、あそこは私達の故郷。

 できれば平和のままであってほしい。

 

 まあ、アメジスト領や国の今後はアルバに任せるとして。

 私も皇帝を倒した後に、急いでルナ達に追い付き、一緒にこの国に来た訳だ。

 「ただいま」と言って鳥型アイスゴーレムに乗り込んだ時は、メイドスリーに泣かれた。

 そりゃね。

 通信用アイスゴーレムに、私は死んだと思って行動しろっていうメッセージ送った後に、やっぱ生きてましたってメッセージ送って帰還した訳だから。

 そりゃ泣かれるよ。

 コールドスリープの余韻で寝てなければ、ルナにも泣かれてたと思う。

 あのしろまるですら、心配そうにすり寄ってきたくらいだもん。

 

 そんなこんなで涙の再会を果たした後、私達はこの村へと辿り着いた。

 正確には、この村の近くの森の中に着陸した。

 巨大な鳥に乗ってきた得体の知れない魔術師がいきなり受け入れてもらえるとは思えなかったからね。

 当初は森の奥を拠点にして、私とメイドスリーが近くの村へと赴き、説得してちょっとずつ受け入れてもらうつもりだった。

 それが無理なら、他の土地に行く事も検討してたんだけど……この村の人達は、私達の想像を絶するレベルで平和ボケしていたのだ。

 

 最初の交渉に行った時から既に「遠い所からよく来たなー! まあ、茶でも飲んでってくれ!」的な歓迎ムードだったし、魔術師への偏見もなくて、ちょっと氷の魔術を見せたら子供達がキャーキャー言い出し、大人達は子守りが楽になっていいわーと笑い始める始末。

 あまりの警戒心のなさに逆に心配になり、進化した超小型ゴーレムを使って盗聴とかしたけど、どうやら本心で言ってたらしい。

 私達が去ってからも特に対策会議とか開く様子もなく、不思議な人達だったなーってダベりながら縁側でお茶を飲んでた。

 平和ボケしすぎやろ。

 すっかり帝国の価値観に染まっちゃった私達は、なんとも微妙な顔にならざるを得なかった。

 好都合ではあるんだけど。

 

 それからは早かった。

 一週間もすれば近所の人扱いされ、一ヶ月もすればルナを連れて行けるようになり、ルナはその日の内に友達を作ってきた。

 二ヶ月もすれば鳥型アイスゴーレムを村の近くに移動させて、お引っ越し完了だよ。

 今では再び外装を取り付けて氷の城となり、しょっちゅうルナの友達が遊びに来るようになった。

 いや、いいんだけどね。

 ただ、ちょっと平和すぎて、帝国時代の感覚が抜けない私は落ち着かなかったよ。

 

 まあ、それも今は昔の話だ。

 私達がこの村に来てから、約五年。

 それだけ経てば、私も大分この村に馴染んできた。

 たまに村に遊びに行くルナに付いて行って、友達と遊ぶルナを微笑ましく見守ったり、農作業やってみないかと誘われてチャレンジするルナをハラハラしながら見守ったり、ちっちゃいアイスゴーレムで演劇やったりして、楽しく過ごしてる。

 今日みたいにね。

 

「あ、ルナちゃんだー!」

「おはよー!」

「今日も来たか!」

 

 村の子供達がワラワラとルナに近づいてくる。

 ルナは今日も人気者だなぁ。

 まあ、ルナは美少女だし、この辺りの人達とは顔立ちが違うからね。

 外国人の美少女転校生みたいな感じだ。

 

「お、魔女様もいるー!」

「ホントだ! 魔女様ー!」

「今日も演劇やってー!」

 

 そして、私の方も結構な人気である。

 子供達は、私の事を「魔女様」って呼ぶんだよねぇ。

 

 さて、リクエストされちゃったし、本日のアイスゴーレム劇場でも開催しようか。

 ルナもキラキラした目で楽しみにしてるし。

 演目のバリエーションは無数にある。

 私が転生前に見た、漫画、アニメ、ゲーム、ラノベ。

 今世の幼少期に姉様が話してくれた、童話やおとぎ話。

 私が経験してきたノンフィクションドラマ。

 最後のは人気ないけどね。

 エグい部分はなるべくカットしてるんだけど、それでも悲しい話が多いから。

 

 ではでは、今日の演目は『囚われの姫と氷の騎士』で行こうか。

 これは、もしも姉様が暗殺されなかったらというIFを、私の妄想全開でご都合主義ハッピーエンドとして纏めたお話だ。

 お姫様を人質にして主人公に酷い事をやらせようとする悪い悪い王様を、主人公である氷の騎士が、仲間である王子様と炎の剣士と水の魔法使い、お助けキャラのような雷の槍使い、そしてライバルだった勇者達と協力して死闘の末に打ち破り、お姫様を救い出すというストーリー。

 私の役である氷騎士を男にして、囚われのお姫様役である姉様と結ばれるエンドにする事も忘れない。

 これはノンフィクションドラマシリーズにしては珍しく人気のあるお話だから、子供達の受けもいい筈だ。

 

 さて、アイスゴーレムの準備もオッケー!

 本日のロードショーの始まり始まり~!

 

 

 

 

 

「ふぅ」

「お疲れ様です」

 

 アイスゴーレム劇場が終わり、ルナを含めた子供達が氷の騎士ごっこを始めるのを横目に、私は氷のベンチに腰掛けて一休みする。

 そんな私にトロワが労いの言葉をかけてくれた。

 ちなみに、アンは子供達に交ざって遊んでくれてる。

 誰もやりたがらない悪い悪い王様の役を押し付けられて涙目になってた。

 うん……ごめんね。

 

「セレナ様……大丈夫ですか?」

「うん。まだ大丈夫だよ」

 

 たったこれだけの事で少し疲れてる私をトロワが心配してくれた。

 確かに、最近の私はトロワ達が心配するのもわかるくらい体力が落ちた。

 いや、体力だけじゃなく、魔力も生命力も。

 正直、身体にガタが来てるのは間違いないだろう。

 

 何せ、あの戦いからもう五年だ。

 今の私は、あの戦いで死んだに等しいほぼ死体同然の身体を、雪女の因子で無理矢理生かしてる状態。

 魔獣因子は身体に多大な負担をかける。

 それは適合率がいくら高くても0にはならない。

 人の身で魔獣という異物の因子を取り入れる以上、適合率100%はあり得ないのだから。

 

 そして、私の死体同然の身体じゃ、その負担にいつまでもは耐えられない。

 五年前からずっと、身体の内側にある器が徐々にヒビ割れて、そこから魔力と生命力が漏れ出していくような感覚がしてる。

 もう魔力は全盛期の半分もない。

 正直、ここまで生きられただけでも奇跡だ。

 最初は、一年持つかもわからないと思ってたんだから。

 

 だけど……

 

「大丈夫だよ、トロワ。もうここまで来たら、意地でもルナが大人になるまでは生きてやるからさ」

 

 力こぶを作ってトロワに宣言する。

 私の細腕だと、全然迫力なかったけど。

 

 ルナが大人になるまで。

 帝国の基準だと、成人は15歳で貴族学園を卒業した瞬間だ。

 元の世界基準だと、成人は20歳。

 今のルナは8歳だから、あと7~12年くらいかぁ。

 中々にキツい注文だけど、絶対に達成してみせよう。

 

「そうですか……。でも、できればルナ様の結婚式とか、お子様の顔とかも見るまで生きてくださいね」

「むむ!」

 

 ルナの結婚とな!?

 まだ気が早すぎるけど、確かに生きてれば、その内経験するかもしれないイベントだ。

 何それ、超見たい。

 ルナの子供の顔とかも見てみたい。

 うん! それまでは死ねないな!

 貴様のような馬の骨にウチの娘はやらん! とかも言ってみたいし!

 まあ、ルナが生涯独身という可能性もあるから、なんとも言えないけどね……。

 

 だけど、生涯独身でも、誰かと結婚するのでも、ルナの好きに決めたらいいと思う。

 進路とかもそうだ。

 帝国みたいに、どう足掻いても不幸にしかならない就職先でもない限り、私は反対しないし応援する。

 この村に残って農家になっても、商人とかになってこの村を飛び出しても、世界中を回る旅人とかになってもいい。

 どんな道を選んでも、その結果どんな事が起こっても、メイドスリーは絶対付いて行って支えてくれるだろうし、ここに氷の城とアイスゴーレム達は残しておくから、辛くなったら皆で帰って来ればいいさ。

 多分、ここの村人達なら普通に受け入れてくれるだろう。

 そう思って気楽に頑張ってほしい。

 

 ああ、本当にルナはどんな道を選ぶんだろう。

 どんな大人になって、どんな人生を歩むんだろう。

 見届けたい。

 見届けて、姉様に私の口から報告したい。

 

 そんな事を思いながら、私はふと姉様の待つ空を見上げた。

 そこには、変わらず私達を照らしてくれる太陽の姿。

 

「うん。いい天気」

 

 帝国の夜は明け、同時にルナの未来を暗く閉ざしていた闇も晴れた。

 この先、どんな未来が待っているとしても、それはきっと、この空のように明るく、光ある未来になるだろう。

 そう思わせてくれるような、晴れやかで気持ちのいい空だった。

 

 この暖かな日差しの中で、大切な人達がいる場所で、私は穏やかに余生を過ごす。

 姉様の元に召される、その瞬間まで。

 なんともまあ、悪の帝国なんかに忠誠を誓い、色々とやらかしてきた私には勿体ないような幸せな余生だなぁと、そう思った。 




悪の帝国に忠誠を ~完~


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if SKS襲来ルート

ご都合主義全開のおまけ。


 姉様が無事出産を迎え、複雑ながらも生まれてきてくれたルナを全力で祝福したその年に、それ(・・)はやって来た。

 奴らは突然現れたのだ。

 黄色と黒の縞模様をした悪魔の大群。

 超小型でありながら驚くほどの殺傷能力を持った悪魔のような魔獣の群れは、瞬く間に帝国全体を恐怖のドン底に突き落とした。

 

 奴らが最初に狙ったのは、あろう事か帝国皇帝アビス・フォン・ブラックダイヤだった。

 世界最強。

 世界最凶。

 帝国の闇そのもの。

 人外の化け物。

 ロリコンクソ野郎。

 あらゆる異名で畏怖される正真正銘の怪物は、小さな悪魔にまさかの敗北を喫した。

 

 私は思う。

 正面から戦えば、さすがに勝ち目はなかっただろうと。

 だが、奴らはその小さな体を活かして後宮の中に忍び込み、側室とのエッチに夢中だった皇帝を毒殺するという偉業を成し遂げたのだ。

 その報せを学園でノクスから聞かされた時、私は言葉の意味が理解できずにフリーズし、しばらく開いた口が塞がらなかった。

 予想外すぎて、皇帝ざまぁとか思う余裕すらなかった。

 

 

 次に犠牲になったのは、これまた超大物。

 帝国六鬼将序列一位『闘神将』アルデバラン・クリスタル。

 しかし、彼はエッチの最中に毒殺された間抜けな皇帝と違って勇敢だった。

 主を殺されて怒り狂い、悪魔の群れに単騎で特攻をかけたのだ。

 

 彼の奮闘を見ていた者は語る。

 その戦いぶり、まさしく闘いの神のごとし。

 悪魔の毒に全身を侵されようとも倒れず、激痛に耐えて最後の最後まで戦い抜き、たった一人で悪魔の群れの半分以上を道連れにして、最期は直立不動のまま逝ったという。

 彼こそが帝国騎士の鑑であったと、多くの人達が語った。

 その頃になってようやく私はフリーズ状態から復帰し、皇帝が死んだ穴を埋めるために頑張るノクスや姉様を必死で支えた。

 

 

 次の犠牲者は、またしても超大物。

 六鬼将序列二位『賢人将』プロキオン・エメラルド。

 ただし、この爺は死んだ訳ではなく、植物魔法で領民を守り抜いた末に負傷するも、老人とは思えないゾンビのような生命力で一命を取り留めたらしい。

 

 その頃の私は、姉様やノクスに頼まれてワルキューレを大量生産し、各地の悪魔討伐に当てていた。

 私自身が戦場に出る事も考えたけど、それはレグルスやプルートも含めた仲の良い知り合い全員に全力で拒否された。

 学生の手を借りるほど落ちぶれちゃいないとか言ってたけど、明らかに私を心配しての言葉だ。

 正直、かなり嬉しかった。

 このゴタゴタに乗じて姉様を誘拐して国外逃亡しようって意志が揺らぐほどに。

 まあ、全ての元凶の皇帝は死んだんだし、せめてこの騒ぎが落ち着くまでは恩返しのために働くのもいいかなと思った。

 幸い、毒を主な攻撃手段にしてる悪魔相手に無生物であるワルキューレは途轍もなく相性が良かったから、私や姉様が命を懸けなくても充分な助けにはなったはずだ。

 

 

 その後も数年間に渡って、悪魔達は凄まじい数の人々を殺して回った。

 けど不思議な事に、死んだのは大半が平民に酷い仕打ちをしてた貴族達だった。

 プルートの実家も潰れて、一時期彼がめっちゃ不安定になってたけど、正直私はプルートだけでも生き残ってくれてホッとしてる。

 だって、あいつ不安定な心のまま悪魔討伐に行って死にかけたんだもん!

 一緒に行動してたレグルスに助けられて九死に一生を得たらしいけど、プルートが死にかけたという報せを聞いた時は、ノクス共々心臓が止まるかと思ったよ。

 あのバカは、せいぜい助けてくれたレグルスに体でお礼したらいいと思う。

 

 で、序列一位の人が半分道連れにしてくれたとはいえ、それでも凄い数が残ってる悪魔の討伐に力を貸してくれる存在が現れた。

 まさかの革命軍だった。

 後で知った事だけど、どうも司令塔の裏切り爺が寝込んでるから手綱を握り切れず、この未曾有の危機に自らの意志で立ち上がったらしい。

 戦場で騎士達の一部と妙な絆まで育んだみたいで、どうなってんだこりゃと本気で首を傾げたよ。

 もうゲーム知識が一切役に立たない。

 私はゲームの世界じゃなくて、そのパラレルワールドにでも転生したん?

 

 あ、ちなみに、ここで原作主人公のアルバの姿も確認できたよ。

 ヒロインのルルと一緒に、元気に悪魔を討伐して回ってた。

 学園を卒業した私は、人手が足りないって事でノクスの命令(めっちゃ苦悩してた)で回復術師として戦場に出向いてたんだけど、そこで会ってなんか仲良くなりました。

 さり気なく探りを入れてみたら、どうも故郷の村が貴族に壊滅させられたとかそういう事もなかったみたいで、単純に村を襲ってきた悪魔を退治してくれたルル達革命軍に感謝して、その末席に加わったらしい。

 悪魔が凄まじい勢いで原作ブレイクを引き起こしているぅ!

 マジでなんなん、あいつら?

 

 そうして、革命軍と帝国軍によるまさかの共同戦線によって、悪魔達を遂に絶滅させる事に成功した。

 長かった。

 マジで長かった。

 だって、あいつらほっとくと繁殖期で一気に増えるんだもん!

 何度「やってられるか!」って叫んで国外逃亡を考えた事か。

 それでも、皆のために必死で頑張る姉様や、日に日にやつれていくノクス達を見てたら、どうしても見捨てる事ができなかった。

 私って、こんなに甘い奴だったかなぁ……。

 それもこれも、きっと皇帝やクソ貴族が死んで、帝国全体が見捨てたくないアットホームな職場に変わったせいだと思うんだ。

 

 何はともあれ、こうして悪魔との戦いは終わりを告げた。

 でも、ハッピーエンドまではまだまだ遠かった。

 皇帝の死や悪魔の襲撃で弱った帝国を叩き潰そうと、周辺国が一気に攻めてきたからだ。

 幸いと言っていいのかわからないけど、周辺国にも帝国ほどじゃないにしても悪魔が出没してたから、今まではそっちにかかりきりで攻めてこなかったけど、悪魔問題がどこの国もほぼ同時期に片づいちゃったから、さあ大変。

 一気に周辺地域一帯は戦国時代に突入だよ。

 と思ったけど、意外とすぐに戦国時代は終わりを告げた。

 

 帝国強すぎワロタ。

 皇帝やクソ貴族が死に、低下した戦力を補うためにも、新皇帝ノクスの采配で平民の地位向上を約束する代わりに、正式に革命軍を引き入れた帝国軍は強かった。

 皇帝や序列一位の人みたいな化け物戦力はいなくなったけど、他の六鬼将は残ってる。

 そして、私も序列一位の人が死んだ穴埋めとして六鬼将に就任した。

 と言っても、アイスゴーレム作成による後方支援専門の六鬼将だけど。

 六鬼将序列六位『氷月将』セレナ・アメジスト。

 それが今の私の地位だ。

 前線で戦う事はないから、多分序列が上がる事は一生ないだろうけど。

 

 そんな充実しまくった帝国戦力を前に、周辺国軍はあえなく敗北した。

 元々、国力の差も大きかったしね。

 尚、この戦いで、悪魔襲来の時からずっとガルシア獣王国の侵略を防いでいたミアさんがようやく解放された。

 アイスゴーレムの援軍送ったのがよっぽど効いたのか、「ありがとう! マジでありがとう!」と泣きながら感謝されたよ。

 その後、ミアさんは念願の休暇を取って一ヶ月は寝たまま起きなかったとか。

 寝てる間に部下のシャーリーさんが何かしたみたいで、起きた時に「どうしよう、セレナちゃん!? 私もうお嫁に行けない!」って泣きつかれた時は本気で頭抱えたけど。

 

 

 そうして戦争も終わったけど、まだまだ問題は山積み。

 皇帝が死んだ後、悪魔襲来だの、周辺国との戦争だのでゴタゴタしまくってたせいで政治はガタガタだし、平民と貴族の溝もまだまだ深いし、復興も進んでないし、周辺国との和平の維持も大変だし、もう忙しさで目が回りそうだよ。

 

 でも、事ここまでに至ると、国外逃亡しようなんて気はなくなってた。

 悪魔のせいというかおかげというかで、図らずも帝国の膿は浄化されたし、今は皆が目先の問題で手一杯だから、暗殺とか謀殺とか考える余裕がない。

 アイスゴーレムセキュリティも万全だし、ノクスは約束を守って気にかけてくれてるし、姉様やルナが危ない目に遭う事もないと思う。

 

 というか、最近の姉様は元気すぎるよ……。

 なんか後宮時代から始まり、悪魔討伐やら戦争やらの時に持ち前の優しさと有能さでシンパを増やしまくったみたいで、今では平民を中心にめっちゃ持ち上げられて、貴族と平民の融和のための架け橋みたいな存在になってるんだよなぁ……。

 しかも、姉様その仕事にめっちゃやり甲斐感じてるみたいだし、誘拐して国外逃亡なんてしたら滅茶苦茶怒られそう。

 楽しそうだし、命の危険もほぼなくなったし、今のこの国には姉様の幸せがある。

 なら、もうこれでいいや。

 ルナもメイドスリーも、そんな元気な姉様と一緒にいれて幸せそうだしね。

 

 無論、私も幸せである。

 こんなに幸せなら、思い切ってもう一歩踏み込んでみてもバチは当たらないはずだ。

 今なら、合意の上で姉様と百合百合な関係になれるかもしれない!

 

 だが、しかし!

 ここで想定外の事が起こった!

 

「うぅ、なんでこうなるんですかぁ……」

「アハハ……その、綺麗だよセレナ」

「ありがとうございます!」

 

 褒めてくれた姉様に、ヤケクソ気味にそう返す。

 私は今、なんと花嫁衣装を着せられて姉様と向き合っていた。

 しかし、私がヤケクソである事からもわかる通り、姉様と結婚できる訳ではない。

 そもそも、この国には姉妹婚どころか同性婚の概念すらない。

 姉様は花嫁の親族として控室にいるだけだ。

 

「お姉様、キレイー!」

「ありがとう、ルナ」

 

 一点の曇りもないキラキラした目を向けてくるルナを抱き上げて頬擦りしつつ、私はこうなってしまった経緯に思いを馳せた。

 原因は今の姉様の立場だ。

 今の姉様は元皇帝の妻であるという以上に、平民達や一部の良識派貴族に慕われまくっている、事実上のかなりの権力者となってしまっている。

 それこそ、皇族がその存在を無視できないくらいに。

 

 そうなってくると、皇族としては姉様の派閥と友好関係を築きたくなる訳だ。

 今でも皇帝になったノクスとは友好的な関係が続いてるんだからそれでいいだろと私は思ったんだけど、どうもまだまだ平民と貴族の溝が深いせいで、姉様の派閥がいつかクーデター起こすんじゃないかと心配してる連中がいるらしい。

 それも結構な数が。

 まあ、姉様の派閥って半分以上が元革命軍だし、あながち的外れな指摘じゃないから何とも言えない。

 

 そこで皇族というか、皇帝ノクスはこう考えた。

 古くから、友好関係の象徴は結婚であると。

 つまり姉様派閥の重要人物と自分が結婚しちまえば話は早いと。

 そこで白羽の矢が立ったのが、まさかの私という訳だ。

 姉様本人が結婚できればそれが一番良かったんだろうけど(無論、私は大反対するが)、姉様は元皇帝の側室であり、その姉様を息子のノクスが娶るというのはちょっと外聞が悪い。

 その点、私なら未婚だし、姉様と最も近い血縁だし、私自身も六鬼将の地位持ってるし、まさに適任だった訳だ。

 いやまあ、ノクス曰く、それは半分建前だったらしいんだけど。

 

「私は姉様の事が好きなのにぃ」

「ごめんね。セレナの事は凄く凄く大好きだけど、やっぱり妹としてしか見れないから。それに、セレナだってノクス様の事嫌いじゃないでしょ?」

「それはそうですけど……」

 

 確かに、私はノクスの事が嫌いではない。

 感謝もしてるし、その対価に抱かせろと言われてもどうぞと迷いなく言えるくらいには好感度が高い。

 それでも、恋愛感情はないのだ。

 ないんだけどねぇ……。

 

 そうして姉様と話し込んでるうちに、結婚式の開始時刻となってしまった。

 姉様にエスコートされてバージンロードを歩く。

 本当なら父親がエスコートするんだけど、あれにエスコートされるのは死んでも嫌だったから、ワガママ言って姉様に代わってもらった。

 もちろん、奴に拒否権などない。

 

 バージンロードから目線だけで周囲を見回す。

 皇帝の結婚式だけあって、その規模は凄いものだ。

 有力貴族から元革命軍の重鎮やら、あと私の知り合い枠でレグルス、プルート、ミアさん、アルバ、ルルとかの姿も見えた。

 特にレグルスとプルートが涙ぐんでて、なんか居た堪れない。

 そんな居た堪れないバージンロードの果てに、皇帝用の豪華な花婿衣装を着たノクスがいた。

 

「セレナ、頑張ってね」

 

 そして、姉様のエスコートはここまでだ。

 最後にそう言い残して、姉様はルナとメイドスリーのところへ行ってしまった。

 妹を売り渡してるのに、中々にいい笑顔だ。

 それは多分、私がこの結婚を本気で嫌がってる訳じゃないって見抜かれてるからだろう。

 やっぱり、姉様には敵わない。

 

「綺麗だぞ、セレナ」

「どーも」

 

 素っ気なく返事をすれば、ノクスはやれやれとばかりに肩を竦めた。

 でも、嫌な顔はしていない。

 私は、プロポーズの時にノクスに言われたセリフを思い出す。

 

『正直、私もお前に恋愛感情があるかと言われたら微妙だろう』

 

 あれ?

 これプロポーズの言葉だよな?

 その前提を本気で疑った私は悪くないと思う。

 

『だが、私も今や皇帝。いずれは必ず結婚し、世継ぎを残さねばならない身だ。その時、これから先の人生を共に生きるパートナーは誰がいいかと思った時、真っ先にお前の顔が浮かんだのだ』

 

 要は、お互いに恋愛感情はないけど、消去法で一番マシな相手を選ぼうぜって事だ。

 まあ、貴族の結婚なんてそんなもんだろうし、むしろ一番マシな相手を選べるだけ私達は恵まれてると思う。

 私は姉様と結ばれないなら一生独身でよかったんだけど、今の情勢的にそんな事言ってられないだろうし。

 それに、この結婚がありかなしかで言ったら、ありだと思うんだ。

 恋愛じゃなくて、友愛で結ばれた夫婦だっていていいと思うんだよね。

 

「我、ブラックダイヤの名にかけて、皇の血にかけて、汝を生涯に渡って必ず守り抜くと誓おう」

「アメジストの名にかけて、あなた様を生涯支えると誓いましょう」

 

 帝国式の誓いの言葉をお互いに口にして、私達は友愛で結ばれた夫婦になった。

 姉様と百合百合できなかったのは残念極まりないけど、でも姉様が傍で笑ってくれて、可愛いルナもいて、メイドスリーもいて、レグルス達もいて、旦那は頼りになる上司。

 まあ、こんな結末も悪くはないかなと、そう思った。

 

 こんな結末になったのは、やっぱりあれが転機だったんだろう。

 そう。

 あの黄色と黒の悪魔……

 

 ━━スーパー()キイロ()スズメバチ()が。



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