悪の帝国に忠誠を ~最愛の人の為に、私は悪に染まる事にした~ (カゲムチャ)
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1 プロローグ

ハーメルンの皆様、お久しぶりでございます。
カゲムチャです。
この度、訳あってなろうとのマルチ投稿を始める事にしました。
詳しい事情が知りたいという物好きな方は活動報告へどうぞ。
そして、そんな作者の都合なんざどうでもいいんだよボケェ! という方は本編をどうぞ。


 この国は腐っている。

 根本から腐りきっている。

 私『セレナ・アメジスト』は生まれて一年もしない内に、その事に気づいた。

 

 私には前世の記憶がある。

 平和で、人権というものが重んじられていた国、日本で生まれ育ち、事故に遭って若くして死んだ記憶だ。

 私は生まれた瞬間からその記憶を持っていた。

 死んで生まれ変わった訳だから、これは所謂、転生というやつだと思う。

 当たり前のように魔術っていう不思議な力が使えたから、転生は転生でも、ほぼ間違いなく異世界転生だな。

 それも、私の推測が正しければ、それなりに特殊な部類の。

 前世の私はその手の創作物が好きだったから、転生したという事自体は割とすんなり受け入れられた。

 

 そして、現代日本人の記憶を持っているからこそ、私にはこの国の酷さがわかる。

 この国『ブラックダイヤ帝国』では、特権階級である貴族以外の人々、所謂平民と呼ばれる人達の人権が非常に軽視されているのだ。

 貴族の機嫌を損ねれば、その場で殺されて当たり前。

 美しい女性が貴族の目に留まれば、例え既婚者やラブラブカップルであろうとも、性奴隷として連れて行かれてしまう。

 それどころか、戯れに誘拐され、拷問にかけられる事すらある。

 魔獣という化け物の前に放り出して、無惨に惨殺されるのを見て楽しむ遊びもあるとか。

 子供が無邪気に虫を解体して楽しむように、貴族は平民を玩具にして楽しむのだ。

 抵抗すれば、勿論処刑。

 一族郎党皆殺しもあり得る。

 そんな悲劇が、この国にはありふれている。

 ひっどい。

 

 そして、それが咎められる事はない。

 貴族であるという、ただそれだけの理由で人を殺しても許されるのだ。

 罪にすら問われないのだ。

 何故なら、国の法がそれを許しているから。

 むしろ、貴族は平民を同じ人間として扱っていない。

 酷い!

 酷すぎる!

 どいつこいつも腐ってやがる!

 

 この国では、貴族に生まれなければ、明日の命の保証すらない。

 だが、貴族に生まれれば安心できるのかと言えば、否だ。

 貴族は貴族で色々とある。

 跡目争いで血を別けた兄弟に殺されかけたりとか。

 立場の低い側室の子とかに生まれた奴が、腹違いの兄弟や親にまで虐められるとか。

 そういう事があるのだ。

 というか、それ私の話なんだがな!

 

 我が実家であるアメジスト家は、伯爵という貴族の中でもそれなりに高い身分を持ってる。

 それなりに大きな領地も持ってるし、貴族社会への影響力もそれなりにあるらしい。

 ただし、私の母親は貴族の中で一番下の男爵家出身の側室で、しかも私を生んですぐに亡くなってる。

 おまけに、母親の実家である男爵家は、領地のあれこれだか政治的なゴタゴタだかで弱りきってるらしい。

 つまり、私には後ろ楯が何もない訳だ。

 

 それ故に、家の中では使用人並みに軽んじられ、いない者として扱われ、時には意味もなく殴られる事すらある。

 ストレス発散のサンドバッグ扱いだよ。

 ざけんな!

 

 そんな私に優しくしてくれるのは、天使な同腹の姉だけ。

 それ以外はクソだし、しかも念の為なのか何なのか知らないけど、臆病者の長男とかには暗殺者を仕向けられる始末。

 私まだ5歳の幼女なんだが?

 幼女にする仕打ちじゃねぇだろ!?

 

 正直、その暗殺者を退けられたのは奇跡だった。

 魔力という不思議パワーに目覚めてなかったら死んでた。

 ご都合主義で魔術が使えなければ死んでた。

 ありがとう、魔力。

 ありがとう、魔術。

 まあ、おかげで兄には更に警戒されたけどな。

 

 こんな感じで、貴族に生まれても死の危険が常に付きまとう国なのだよ、ここは。

 いや、私の場合は、その中でも輪をかけて危険な気がするけれども。

 下手したら、そこらの平民よりも過酷な人生送る事になるんじゃないか、これ?

 おのれ神、こんな環境に転生させやがって。

 神がいるなら絶対にシバく。

 シバキ倒してやる。

 

「でも、なっちゃったものは仕方ないよなぁ……」

 

 天に唾吐いたところで何にもならない。

 だったら、自分にできる事をした方がいい。

 前向きさは、私の数少ない自慢なのだから。

 

「よし! 気を取り直して、今日も秘密特訓といこうか!」

 

 私はそう宣言し、自分の内側に意識を向けた。

 身体の内側にある、前世では全く感じなかったエネルギー、魔力を感じる為だ。

 魔力を感じ取ったら、次はその魔力に形を与え、体外へと放出する。

 これはイメージが大事。

 魔力は術者のイメージに合わせて形を変え、魔術という現象となってこの世に顕現する。

 

「『氷結(フリーズ)』!」

 

 そうして作り上げたのは、氷属性の初級魔術である『氷結(フリーズ)』。

 冷気を発生させる魔術。

 それによって、私が特訓に使っている森の中の秘密基地周辺が凍りついた。

 そして、瞬時に氷だけを砕いて元の風景へと戻す。

 うーん。

 狙った範囲、誤差3センチ前後ってところかな。

 それに、葉っぱとかは氷ごと砕けちゃってる。

 この誤差を1ミリ以内に、そして狙った事以外の影響を限りなく0にするのが今の目標だ。

 そこまでの精密コントロールができるようになれば、やれる事の幅がグッと広がる。

 目的の魔術にも大きく近づくだろう。

 

 ちなみに、本気を出せば、秘密基地周辺だけじゃなく屋敷ごと凍らせる事もできるけど、あくまでも秘密特訓なので加減してる。

 あと、なんとなく、この魔術の才能のせいで兄に狙われたんじゃないかなーって思ってるから、できるだけ人前で魔術を使わないようにしているのだ。

 今のところ、色々と見せる相手は一人しかいない。

 

 ちなみに、何故氷魔術を使ったのかと言うと、私が氷以外の魔術を殆ど使えないからだ。

 これは私に氷属性以外の才能がないとかじゃなく、この世界の魔術の仕様である。

 私が凡人な訳じゃないので、そこんとこくれぐれも勘違いしないように!

 

 この世界の魔術には火とか水とかの属性があって、魔術師はその属性の内のどれか一つを宿して生まれる。

 そして、魔術師は自分が持ってる属性と、魔力さえあれば誰でも使える無属性魔術以外の魔術を使う事はできないのだ。

 若干不便に感じるけど、そもそも魔術師、というより魔力を身に宿して生まれる人間は万人に一人って話だし、使えるだけ儲けものと思わないと。

 

 と言っても、魔力というのは遺伝するらしいから、この国を設立した大魔術師達を先祖に持つと言われている貴族は殆どが魔術を使えるんだけどな!

 要するに、私だけが特別な訳じゃないって事だ。

 貴族がこんだけ腐りきった暴政を敷いても革命とかが起こらないのは、平民の兵士が100人集まっても、戦闘員でもない貴族の魔術師一人にすら勝てないからっていうのが最大の理由だし。

 だから、貴族が選民意識で調子に乗る訳だ。

 

 でも、そんな貴族の中でも、私はそれなりに強い魔術師だと思う。

 何せ、生まれた時から鍛えまくってるし。

 魔術の威力も、魔術を使い続ける為の魔力量も、鍛えれば鍛えるだけ上がっていく。

 普通の貴族が、勉強だ、社交だ、学校だ、お楽しみだ、なんだとやってる間、私はずっと血反吐を吐く程に魔術を鍛え続けてるのだ。

 これで魔術まで他の奴らに負けたら、さすがに惨め過ぎるわ。

 だから今日も、私は魔術を鍛え続ける。

 いつか、この力で、この腐った国から逃げ出してやるんだと誓いながら。

 

「あ、やっぱりここに居た! 今日も頑張ってるね、セレナ」

 

 そうして秘密特訓を続ける私の元に来客があった。

 これが招かれざる客だったら、常時発動してる無属性の上級魔術『探索魔術』という見◯色の覇気みたいな魔術で気配を察知し、即座に痕跡を隠蔽して逃げる。

 でも、この人は招かれざる客ではない。

 むしろ、ウェルカム! と叫びたい程に招きたい客だ。

 

「エミリア姉様!」

「わっ」

 

 私はその客人、この家で唯一私に優しくしてくれる同腹の姉にして、この腐りきった国に舞い降りた天使、エミリア姉様に抱き着いた。

 そのまま頬擦りを開始する。

 わぁ、姉様からいい臭いがするー。

 人間性って香りにまで現れるんだなー。

 相変わらず、とろけるような優しい香りだよー。

 

 エミリア姉様は、私より5つ歳上の10歳だ。

 しかし、10歳にして既に他の家族(クズ)どもとは何もかもが違う。

 まず、なんと言っても優しい。

 他の家族(クズ)みたいに、私や使用人達に当たり散らして拷問部屋に連行するなんて事は勿論しないし、それどころか被害者の不幸を我が事のように悲しんで、待遇改善を父親や正室に願い出たりしてくれる。

 時には、哀れな被害者をこっそり逃がす事だってある。

 自分だって私同様、後ろ楯がないにも関わらずだ。

 その行いが当主である父親の不況を買いでもしたら一環の終わりなのに、そんな事はお構い無しとばかりに人助けを敢行する人なのだ、この人は。

 聖人か!

 いや天使だ!

 

 姉様の迸る大天使オーラがなければ、私は早々にこの第二の人生に絶望して首でも括ってたかもしれない。

 いつか私がこの国から逃げ出す時は、必ず姉様も一緒に連れて行く!

 そして、ここから遠く離れた国で、姉妹二人幸せに暮らすのだ!

 私の迸る姉様への愛は誰にも邪魔させねぇぜ!

 

「うへへ、姉様~!」

「ふふ、相変わらず甘えん坊さんね、セレナは」

 

 そりゃそうですよ。

 姉様しか甘えられる相手がいないもの。

 今は存分に甘えるし、私が頼れる大人の女になったら、今度は私が姉様を甘やかすんじゃあ!

 近々起こる革命なんかに絶対巻き込ませない!

 姉様は私が守る!

 

 ……そう、この国では近い内に革命が起こる。

 ソースは、私が前世から持ってきた知識。

 これが当たる確率は高い。

 そして、革命なんて起きた日には、ウチみたいなクソ貴族、真っ先に処刑されるに決まってる。

 別に他の家族(クズ)どもがどうなろうと知ったこっちゃないけど、エミリア姉様がそれに巻き込まれる事だけはあってはならならない。

 絶対に。

 

 革命が起こる正確な時間は、逆算して大体予想できる。

 だから、それまでに何としても魔術を極め、姉様と一緒に帝国から逃げ出す!

 それが私の生まれて来た意味なのだ!

 

 そう決意を新たにしつつ、今日は姉様に修行の成果を見せて褒められたり、姉様が学校で学んできた事を教えてもらったりしてイチャイチャした。

 いや、うん、ほら、これは必要な事なんだよ。

 10歳になって貴族の学園に通い始めた姉様は忙しいから、最近はこういうイチャイチャタイムが滅多に取れないんだよ。

 腹が減っては戦はできぬ。

 ラブパワーが不足しても戦はできぬ。

 だから、これは必要な事なのだ。

 戦士の休息なのだ。

 

 そうして、しっかりと姉様成分とラブパワーを充填し、私のやる気スイッチは押され、モチベーションは頂点を極めた。

 よし!

 明日からも頑張るぜ!



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2 ここはゲームの世界なのさ! な、なんだってー!?

 突然だが、言わせてもらおう。

 私が転生したこの世界は、とあるゲームをモデルとした世界であると!

 

 根拠はある。

 始まりは、私が転生してから数ヶ月が経ち、使用人達の会話を聞いて必死で言語習得を目指していた時の事だ。

 『ブラックダイヤ帝国』という名称を小耳に挟んだ瞬間、とある疑念が私の中に生まれた。

 

 その時はまだ偶然の一致かなーと思ってたんだけど、それ以外にも続々と私の知っているゲーム内で登場した名称が聞こえてきて疑いを強め。

 ウチのクソ家族の不興を買った哀れな使用人が翌日、明らかに拷問を受けたとしか思えない怪我を負ってたり、忽然と姿を消したり、死体で発見されたり、メイドがクソ親父にレ◯プされてるのを見たりして、この家のヤバさを知って更に疑いを強め。

 私の知っている練習法で魔術が使えた時点で、ほぼ確信し。

 姉様にこの国の歴史が書かれた本とか、その他諸々を読み聞かせてもらった時、確信は完全なものとなった。

 

 結論を述べよう。

 この世界は王道ダークファンタジーの傑作として一世を風靡した人気バトルRPG『夜明けの勇者達(ブレイバー)』の世界であると!

 私も結構好きだったゲームだ。

 攻略本とかファンブックとか買ってたし、アニメ化された時はしっかりと録画してた。

 

 では、このゲームのシナリオを説明しよう。

 

 魔力という圧倒的な力と権力を笠に着た貴族達が暴虐の限りを尽くし、民を虐げる悪の帝国『ブラックダイヤ帝国』。

 そんな国に生まれるも、優しい父親に守られ、残酷な真実を見ないようにしながら、辺境の村の片隅で静かに育てられた主人公。

 しかし、主人公が15歳の頃、村に道楽貴族がやって来る。

 そして、その道楽というのが、ご存知帝国クオリティ。 

 村人達を魔術の的にして殺していく、殺戮ハンティングゲーム。

 それが当時、貴族の間でプチ流行していた道楽だったのだとか。

 まさに鬼畜の所業。

 頭おかしいんじゃなかろうか。

 

 それはともかく、その道楽クソ貴族の手によって、主人公は目の前で大勢の知り合いや友達、そして優しかった父親を殺された。

 その時、怒りと悲しみと殺意の波動に目覚めた主人公は、なんと貴族以外は万人に一人しか持たない筈の力、魔力に覚醒してクソ貴族をぶっ殺し、復讐を果たしたのだ。

 なんという主人公力。

 

 しかし、勿論これで終わる話ではない。

 むしろ、ここからが始まりだ。

 

 貴族を殺して生き残ったはいいものの、村は完全に崩壊し、村人は全員死亡。

 それによって、主人公は住む場所を失った訳だ。

 なので、主人公は村人達の墓を作って埋葬した後、近くの街を目指して旅立つ事になる。

 そこで改めて帝国の闇を目にする事になるとも知らずに。

 

 街に着いた主人公は、ある宿屋に泊まった。

 傷心の主人公を宿屋の看板娘が気にかけてくれて、ギャルゲーだったらフラグが立つような状況になるが、残念、この世界で立つのは恋愛フラグではなく死亡フラグである。

 案の定、今度はその看板娘がクソ貴族の標的になります。

 玩具としてクソ貴族に連行される看板娘。

 それを沈痛の表情で見つめながらも、助けようとはしない人々。

 

 それを目の当たりにし「どうして助けなかったんですか!?」と声を大にして叫ぶ主人公。

 しかし、それに答えるのは「仕方がないんだ……!」という宿屋の店主、つまり看板娘の父親の苦しみに満ちた声。

 そこで主人公は帝国の闇を、真の帝国の姿を知る事になる。

 即ち、貴族が魔力と権力を振りかざして悪逆の限りを尽くし、民衆は歯を食い縛りながらそれに耐えるしかないという残酷な現実を。

 それを知った主人公は愕然とする。

 自分が味わったような理不尽な悲劇が、この国にはありふれているという驚愕の真実を知ったんだから当然の反応だと思う。

 

 そして、その事にどうしても納得がいかなかった主人公は、夜に看板娘を拐って行ったクソ貴族の屋敷に魔力を使って侵入する。

 なんともアグレッシブな事で。

 だが、主人公が侵入したのは、ウチと同じ伯爵家というそこそこの権力を持った貴族の家。

 そういう所には当然、護衛の兵士がいる。

 それも魔力を持った護衛である騎士が。

 村を襲った非戦闘員の道楽クソ貴族とは訳が違う。

 ちゃんとした魔術の訓練を受けた騎士複数人に囲まれては、いかに主人公補正を有する主人公と言えども勝てない。

 主人公はその中でもやたら強い騎士にあっさり捕らえられ、クソ貴族のベッドルームに連行される。

 そこで、助けに来た看板娘を目の前でレ◯プされながら処刑されるという、SAN値チェックが入るような展開に突入する訳だ。

 

 しかーし!

 ここで主人公補正さんが本格的に仕事を開始した。

 

 主人公を捕らえたやたら強い騎士は、実はなんと悪の帝国を打倒すべく暗躍する組織、革命軍のスパイだったのだ!

 な、なんだってー!?

 そして、クソ貴族のあまりの蛮行に遂に堪忍袋の尾が切れ、主人公の愚直に正義を求める姿に、革命軍としての正義の心を刺激されたスパイさんは、主人公のとてつもなく強い魔力をここで失わせるのは惜しいという打算、もとい言い訳を用意して主人公を救った。

 クソ貴族と護衛を皆殺しにし、拐われた人々を解放しつつ屋敷に火を放って、全てを有耶無耶にしたのだ。

 やりすぎじゃね? と思う主人公だったが、敵に情けや容赦をかけるような軟弱な事してたら、革命なんて大事は成せないとスパイさんに論破される。

 

 そうして、なし崩し的に革命軍なんて存在を知ってしまった主人公は「知った以上、逃がさねぇからな」と言うスパイさんによって、組織へと強制連行。

 そこで、悪の帝国を打倒し、この国を平和にするという革命軍の理念に共感して、主人公は革命軍の一員になるのである。

 これが『夜明けの勇者達(ブレイバー)』のプロローグ。

 その後は、帝国の幹部達との死闘を繰り広げたり、ヒロインとの戦場ズラブを繰り広げたり、主人公の出生の秘密が明かされたりして、最終的には革命を成功させてハッピーエンド。

 それが『夜明けの勇者達(ブレイバー)』の大まかなシナリオ。

 

 さて、おわかり頂けただろうか?

 このシナリオ通りに進んだら、まず間違いなく我が家は破滅するという事に。

 

 だってウチの家族、エミリア姉様以外全員クソだし。

 使用人や私へと度を越したパワハラは当たり前、平民を拐って来てチョメチョメとかも普通にヤってる。

 おまけに、ウチのクソ親父は結構な野心家のようで、腐敗国家の中心である皇帝に思っきしゴマすってます。

 うん、断罪されない理由がねぇな!

 このままじゃ、私やエミリア姉様も連座処刑で打ち首獄門だぜ、ウェーイ!

 ふっざけんじゃねぇよ!?

 私はともかく、エミリア姉様が処刑されるとか許されていい訳ねぇだろうが!?

 

 という訳で、私がやるべき事は主人公や主人公の味方キャラを人知れず始末して、革命を起こさせないようにする事、などでは断じてない。

 革命が起きる前に、姉様を連れて帝国から脱出する事だ。

 まあ、帝国は他の国とかにもガンガン戦争仕掛ける、クソ迷惑な侵略国家なので、戦場と化してる国境を越えるのは至難を極めるだろうけど。

 そうじゃなくても、国として整備されてないところには危険な魔獣が出るし。

 ただでさえ国を跨ぐような旅には食料問題だの水問題だの色々とクリアしなきゃならない問題があるのに、そんな危険地帯を抜ける旅となると、更に相応の戦闘力なりなんなりが必要になってくる。

 そこは成長した私の魔術によるゴリ押しを目指すしかないね。

 氷で作った飛行機で高度3000メートルを飛ぶとかできれば、なんとか行けるんじゃないかな?

 そんな事できんのかと言われると難しいけど、それでも革命が本格的に始まる約10年後までにはできると思う。

 私の成長っぷりは凄まじいからな!

 

 あと、もう一つの問題は、姉様の性格かなー。

 だって、エミリア姉様ってぐうの音も出ない聖人だもんよ。

 虐げられてる使用人や国民を見捨てて自分達だけ逃げよう! って言っても断られる未来しか見えねぇ……。

 でも、これは大した問題じゃない。

 最悪、気絶させて拉致ってしまえばいいのだ。

 それをしたら確実に私は嫌われるだろうけど、私への好感度と姉様の命じゃ天秤にかけるまでもない。

 姉様が助かるのなら、私は鬼にだってなってやらぁ!(血涙)

 

 そうして、私は目的意識と危機感をしっかりと持って魔術に打ち込んだ。

 帝国を脱出した後の為に、休憩時間や姉様とのイチャイチャタイムで色んな事を学習する事も怠らない。

 大丈夫、なんとかなる。

 ひっどい世界だけど、これだけ順調に行ってるんだから、少なくとも私達が生き残るくらいならなんとかなる。

 この時の私は素直にそう思っていた。

 

 

 

 

 

 しかし、それから数年後。

 私は思い知る事になる。

 この世界はどこまでも残酷で、その残酷さは当然私にも適応されるのだという事を。

 文字通り身を以て思い知る事になる。

 

 そして、同時にこうも思った。

 こうしていた時間が、エミリア姉様が側にいたこの時間こそが、私の人生で一番幸せな時間だったのだと。

 後から振り返った時、本当に心の底からそう思ったのである。



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3 回り出す破滅の歯車

「い、今なんて……?」

 

 私が転生してから10年が経ち、もうすぐ10歳の誕生日を迎えようかという頃。

 私は敬愛するエミリア姉様から絶望的な事を告げられ、絶句した。

 聞き間違いであってほしい。

 肯定の言葉なんて聞きたくない。

 エミリア姉様の声を聞きたくないなんて思ったのは初めてかもしれない。

 

「うん。私、結婚する事になったの」

「ノォーーー!」

 

 聞き間違いじゃなかった、チクショウ!

 ふざけんなよ!?

 私がもうすぐ10歳って事は、エミリア姉様は15歳だぞ!

 ロリ婚反対!

 まだ学園だって卒業してないのに!

 おまけに、もう少しで逃走用の魔術が完成するという、このタイミングで!

 しかも! しかも!

 

「こ、これは私の聞き間違いですよね? 姉様の結婚相手が……」

「うん。皇帝陛下」

「ジーーーザス!」 

 

 まさかの!

 まさかの皇帝!

 私は頭を抱えた。

 だって、今の皇帝ってゲームのラスボスやぞ!?

 そうじゃなくても、姉様と大して歳の変わらない子供がいるおっさんやぞ!?

 おまけに、側室を囲いまくってハーレム作ってる女の敵やぞ!?

 ざけんな!

 

「い、一応聞きますけど、断る事は……」

「無理だね。そんな事したら我が家はお取り潰しになっちゃうと思うよ」

「ですよねぇ……」

 

 ウチが潰されるだけなら別にいいんだけど、多分、というか間違いなく、家がなくなって貴族じゃなくなった姉様は強制連行されるよね。

 嫁じゃなくて性奴隷として。

 今の皇帝はそういう奴だもん。

 ふっっっざけんな!

 あのクソ国家の愚王め!

 殺してやるぅ!

 ぶっ殺してやるぅ!

 

「なんで……! なんで、こんな事に……!」

 

 原因はわかってる。

 姉様の通ってる貴族学校に皇帝が視察に来て、そこで姉様を見初めてしまったのだ。

 たった今、本人に聞いた。

 まあな!

 ウチの姉様は美人で優しくて優秀で天使だからな!

 私の迸る愛によるフィルターを通さなくても、ウチのクソ親父が私同様の扱いを姉様にしないで学園にまで通わせてたって時点で、姉様自身に凄まじい価値があるって事がわかるだろう。

 

 そう。

 本来、エミリア姉様と私は同じ立場の筈なのだ。

 だって、姉様と私は同腹の姉妹。

 同じ母から生まれた。

 つまり、姉様が持っている親関連の後ろ楯は、私と同じで全くの0。

 本来なら姉様も私と同じく、いない者扱いされ、他の家族(クズ)どもから冷遇されてなきゃおかしい。

 

 加えて、姉様はぐうの音も出ない聖人だ。

 ぐうの音も出ない畜生である他の家族(クズ)どもとは、よく使用人達の扱いとか、拐って来た平民の扱いとかで揉めてた。

 家族(クズ)どもからしたら、さぞ鬱陶しかったに違いない。

 だったら、むしろ私以上に冷遇されて、文句を言う権利ごと剥奪されるのが自然だ。

 まあ、そんな事になってたら、私が暴走して一家氷殺事件が起きてただろうけど。

 

 そうならなかったのは、ひとえに姉様に価値があったから。

 まず第一に、姉様は美少女だ。

 サラサラの白髪、宝石のように輝くアメジスト色の瞳、均整の取れたナイスバディ。

 ホントに私と同じ血が流れてんのかと疑うレベルで美少女だ。

 私が何度、禁断の恋に目覚めかけた事か。

 それだけの美貌があれば、玉の輿を狙わせて、より上位の貴族と縁を結ぶ事もできる……とか考えてたんだと思う、あのクソ親父は。

 

 次に、姉様は優秀である。

 イチャイチャタイムで教えてくれた勉強とかは、明らかに難しい内容を、私にもわかりやすいように噛み砕いて教えてくれてた。

 それって、姉様がその内容を完璧に理解できてないとできない芸当だからね。

 

 おまけに、姉様は魔術も凄い。

 元々の才能も凄いんだけど、それに加えてゲームシステムという名のこの世界の魔術習得の理をほぼ完全に理解している私が色々と教えたせいで、本当に凄い事になってるのだよ。

 具体的に言うと、10年に一人の天才とか呼ばれるレベル。

 さすがに、人生の殆どを魔術に費やしてる私程じゃないけど、それでも魔術だけなら戦場で優秀な騎士としてブイブイ言わせてるクソ親父より強い。

 尚、クソ親父はアレでも帝国全体でトップ50に入るくらいには強いって話です。

 魔術の上達は発言力の上昇と死亡率の低下に直結するからね。

 そりゃ、全力で仕込みましたとも。

 

 さて、ここまで話せばおわかり頂けただろうか?

 姉様の凄まじさと麗しさと尊さと素晴らしさとクソ家族どもに冷遇されない理由が。

 私なんぞとは訳が違うのだよ!

 そのせいで皇帝の目に留まっちゃったんだけどな!

 あいつ、優秀な奴が大好きだから!

 クソがぁ!

 原因がわかってても嘆かずにいられるか!

 

「……セレナ、ごめんね。あなたを一人にしてしまう。寂しい思いをさせちゃうし、辛い思いもさせちゃうと思う。

 でも、困った時は私の使用人達を頼……」

「そんな事はどうでもいいんです!」

「ええ!?」

 

 私は吠えた。

 

「それより、私は姉様の方が心配です!」

 

 私の安否なんてどうでもいい事より、姉様の安否の方が百億倍大事だよ!

 数字で書くと、10000000000倍!

 いや、やっぱりこんなんじゃ足りない!

 全然足りない!

 私の姉様への気持ちも心配も、百億の百億乗くらい数字がないと表現できないんだよぉ!

 

「わかってるんですか!? 姉様は権謀術数が渦巻き、魑魅魍魎が跋扈する宮殿に行くんですよ!? しかも後宮! 醜い女の争いが絶えない危険地帯に!」

 

 今の皇帝には正室がいない。

 10年くらい前の帝位継承争いに巻き込まれて死んだからだ。

 それ以来、皇帝は新しい正室を娶る事なく、気に入った女をホイホイ側室にして後宮に押し込み、ハーレムを作っている。

 まさに女の敵!

 しかも厄介なのは、正室がいないって事で、全ての側室の立場が表向き対等ってところだ。

 つまり、世継ぎを生むなり皇帝に気に入られるなりすれば、かなりの権力を得られてしまう。

 それこそ、下手したら国母になれるくらいの権力を。

 そうなれば始まるに決まってるっしょ。

 親類までガッツリ巻き込んだ、醜い女の争いが!

 

 そこに姉様を放り込んだらどうなると思うよ?

 命狙われるに決まってんだろ!

 ただでさえ、姉様はクソ貴族どもに嫌われる聖人天使なんだから、そういう権力目当てのクズどもから目の敵にされる未来が目に見えてるんだよ!

 

 おまけに、今は革命の時がすぐ近くにまで迫ってるんだぞ!?

 はーい、突然ですが、ここで問題です。

 革命が成功した時に、皇帝の妻なんて立場にいる人間はどうなるでしょうか?

 答え、連座処刑で打ち首獄門に決まってんだろ!

 しかも、後宮は出入りできる人間がかなり限定されてる上に、当然、警備も国内トップクラス。

 私がこっそり潜入して姉様を拐って行くなんて不可能に近い。

 どないせいっちゅうねん!?

 

「姉様が男の毒牙にかかるってだけでも耐え難いのに、嫁ぎ先が命の危険しかない場所だなんてあんまりですよぉ!」

 

 私は慟哭した。

 慟哭しながら姉様に抱き着き、胸に顔を埋めながら咽び泣く。

 姉様は、そんな私を優しく抱き締めながら頭を撫でてくれた。

 離したくない、この温もり。

 でも、それはできない。

 今の私じゃ国外までは逃げ切れないし、国内に潜もうにも、皇帝に目をつけられた以上はすぐに見つかる。

 見つかれば多分私は殺され、姉様は性奴隷コース一直線だ。

 そんな危険な賭けはできない。

 

「うー! うー!」

「ごめんね……ごめんね、セレナ……」

 

 奇声を発しながら泣き続ける私を、姉様はいつまでも優しく抱き締めてくれた。

 姉様が謝る必要なんてない。

 でも、そういうところが姉様の魅力なんだと思う。

 その魅力も、もうすぐ皇帝のクソ野郎に奪われてしまう。

 だったら、だったら、せめて……

 

「姉様」

「何、セレナ……っ!?」

 

 私は姉様の胸に埋まっていた顔を上げ、そのまま姉様の唇を奪った。

 ただのキスではなく、大人のキッスである。

 

「!? !? !?」

 

 姉様は驚愕と混乱で動きを止め、されるがままになっている。

 そして、キッスを終えた瞬間、真っ赤な顔で唇を押さえた。

 超可愛い。

 

「セ、セレナ!? な、ななななな何を!?」

「皇帝に奪われる前に奪っちゃいました。姉様のファーストキス」

「っ!?」

 

 ちゃんと言葉にしたら、姉様の顔が更に赤くなる。

 熟れたリンゴみたいで美味しそう。

 食べちゃいたい。

 

「姉様の初めての相手は私です。運命の相手は皇帝なんかじゃなくて私です。誰がなんと言おうと私です。

 だから、そんな私はなんとしてでも運命の相手である姉様の隣へと戻ります。

 待っててくださいね」

「へ?」

「待っててくださいね」

「う、うん」

 

 よし! 

 言質は取ったぞ!

 絶対に迎えに行くから覚悟しててくださいね、姉様!

 さながら物語のヒーローのように、颯爽と姉様(ヒロイン)を救い出してやるぜ!

 

 私はこの日、姉様が嫁に行ってしまうという残酷な現実を受け入れ、一刻も早く助け出すという決意を固めた。



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4 姉との別れ

「姉様ぁ! お元気でぇ!」

「うん。セレナも元気でね」

 

 あの濃厚なファーストキスの日から僅か10日。

 私は、最後の自由時間を使って会いに来てくれた姉様と、涙なしでは語れない感動の別れをしていた。

 

 そう。

 姉様に私と会う時間があるのは今日が最後なのだ。

 自分の血族が皇帝に嫁ぐのがよっぽど嬉しかったのか、クソ親父はたったそれだけの期間で結納の準備を整え、姉様がお嫁に行く日がもう来てしまったのだから。

 クソ親父め、余計な事を。

 いつか殺してやる。

 ちなみに、皇帝が側室を迎えるなんて最近じゃそこまで珍しくもないって事で、結婚式とかの式典は全部なしだってさ。

 私の天使がぞんざいに扱われてて腹立つ。

 まあ、気合いを入れて盛大な結婚式を開かれても、それはそれで腹立つけども。

 果たして、どっちがマシなのか。

 逃げやすくなるって意味では、あんまり興味持たれない方がいいのかね。

 だからと言って、私の怒ゲージが下がる事はないけどな!

 

「あ、そうだ! セレナ、はいこれ」

「え?」

 

 姉様はポケットから何か取り出して私にくれた。

 姉様からの贈り物なら、例えダンゴムシの糞とかでも嬉しいけど、これは小さな手の平サイズの箱だ。

 

「誕生日プレゼントだよ。セレナ、今日誕生日でしょ?」

「あ!?」

 

 完全に忘れてた!

 姉様結婚のショックが大きすぎたのと、度々ファーストキスを思い出して赤面する姉様が可愛い過ぎたせいで。

 私の誕生日は姉様以外に祝ってくれる人がいないけど、逆に言えば姉様が祝ってくれる素晴らしい日だと言うのに!

 

「あ、ありがとうございます! 開けてみてもいいですか?」

「いいよ」

 

 お許しが出たので、小箱を慎重に開ける。

 この小箱も捨てはしない。

 大事な宝物として、秘密基地の地下にある私の城に保管しておくのだ。

 そうして小箱を開け、中に入った物を取り出す。

 

「ペンダント!」

 

 そこにあったのは、氷っぽいシンプルなデザインをしたペンダントだった。

 私も姉様も氷の魔術師だから、これにしてくれたんだと思う。

 姉様が私の為に選んでくれたってだけで天にも昇る気持ちだ。

 しかも、

 

「わぁ~!」

 

 このペンダントは、ロケットペンダントだった。

 つまり、チャームの所が開閉式になっている。

 そこを開けると、なんと花嫁衣装を身に纏った姉様の写真が!

 なんと麗しい!

 私が嫁に貰いたかった!

 

「離れてても私の事を忘れないでいてくれるようにって思って……は、恥ずかしいから、あんまり見ないでね!」

 

 姉様が恥ずかしがっていらっしゃる。

 めっちゃ愛おしい。

 そして、めっちゃ嬉しい。

 一日に365回は拝ませて頂こうではないか!

 

「ありがとうございます姉様! 大切にします! 生涯の宝物にします!」

「う、うん。とりあえず気に入ってくれたみたいでよかった」

 

 最高のプレゼントですよ!

 他の誕生日プレゼントは私の城に保管してあるけど、これは肌身離さず私が死ぬまで付け続けよう!

 

「あ、私が付けてあげるね」

「ホントですか!?」

 

 しかも、姉様が付けてくださるとは!

 絶対死ぬまで外さない!

 いや、むしろ、死んでも外さないぞ!

 

「ど、どうですか?」

「うん。似合ってるよ。可愛い」

「~~~~~~~~!」

 

 私は悶えた。

 姉様!

 そのスマイルは反則です!

 

「ね、姉様! 実は私も姉様にプレゼントがあるんです!」

「え、そうなの? 嬉しい」

「~~~~~~~~!」

 

 私はまたも悶えた。

 だから、そのスマイルは反則です!

 そ、それはともかく。

 私は用意していた氷の箱から例のブツを取り出した。

 これが私から姉様に贈る餞別にして、超重要アイテムだ。

 それを姉様へと差し出す。

 

「わ~、ぬいぐるみ! これって、もしかしてセレナ?」

「はい! これを私だと思って側に置いてください! お守りでもあるので、できれば片時も離さずに!」

 

 私が渡したのは、私をデフォルメしたようなデザインの二頭身のぬいぐるみだ。

 十徹して作った。

 そして、勿論ただのぬいぐるみではない。

 このぬいぐるみの中には、私の人生で磨いてきた技術の粋を集めて作った、自律式アイスゴーレムが入っているのだ!

 

 土属性の上級に『人形創造(クリエイトゴーレム)』という魔術がある。

 ゴーレムという土で出来た人形を生み出し、操る魔術だ。

 ただ、ゴーレムを操るには結構な魔力操作技術が必要な上に、肝心のゴーレム自体がそんなに強くない。

 結局、ゴーレム作るくらいなら下級の魔術でも撃ってた方が強いんじゃね? という残念な理由で流行らなかった魔術だ。

 

 私はこれを改良した。 

 土人形ができるなら、氷人形ができない筈もなし。

 プログラミングの要領で自動で動くようにし、有り余る魔力に任せてゴーレム自体も超強化した。

 信じられるか?

 こいつ、ゴーレムのくせに魔術使えるんだぜ?

 もはや、残念魔術と呼ばれたゴーレムさんの面影は欠片もない。

 これは、もっと別のナニカだ。

 

 そして、このゴーレムには自動で周囲の状況を把握し、姉様の危機には強力な魔術をバンバン使って敵対者を滅するようにプログラムしておいた。

 更に、本気でヤバイ時は私本体に向けて救難信号と位置情報を送ってくれるという優れ物!

 材質は氷だけど冷気を完全に内部に閉じ込める事に成功したから触っても冷たくないし、魔力が切れるまでは溶ける事もない!

 その魔力も、私の全魔力10日分をぶち込んでおいたので、ガチバトルが連続でもしない限り数年は持つ筈だ。

 かなりの自信作である。

 ぶっちゃけ、帝国の最先端技術を余裕で超越してると思う。

 少なくとも、ゲームにこんなもんは出てこなかった。

 そんな代物を作り上げた私の才能と、原動力となった姉様へのラブパワーに刮目せよ!

 皇帝!

 姉様に乱暴したら、このセレナ人形が貴様を殺すからなぁ!

 

「ありがとう。大切にするね」

「はい!」

 

 頼んだぞセレナ人形!

 私が迎えに行くまで姉様をお守りするのだ!

 そして、姉様が私の人形をギュッと抱き締めてくれた。

 キュン! 

 

 

 ……そうしてイチャイチャしていたけど、もうそろそろタイムリミットだ。

 

「じゃあ、そろそろ行くね」

「はい……姉様、私が行くまで、どうか本当にお元気で」

「うん」

「暗殺とか謀殺とかにはくれぐれも気をつけてくださいね。姉様は聖人天使過ぎて目をつけられやすいんですから」

「う、うん」

「自分の命を第一に考えてください。理不尽に虐げられてる人がいても考えなしに動いちゃダメですよ。せめて、助けられる算段をつけてから動いてください。

 もし姉様が死んだら、私は早急に全ての仇を討って後を追いますからね」

「わ、わかった」

「それから、皇帝との情事は天井のシミでも数えて乗り気ってください。後で必ず私が上書きしますから」

「うん、そうだね……って、ちょっと待って!? 今なんて言ったの!?」

「それから、それから……」

 

 私は考えられるだけの、思いつく限りの心配と懸念を口に出した。

 姉様はその一つ一つにちゃんと頷きを返してくれた。

 それでも心配事は尽きない。

 というか、ここまで来てなんだけど、やっぱり行かせたくない。

 でも、制限時間はもういっぱいだ。

 私は最後に、もう一度だけ姉様に抱き着いた。

 姉様はいつものように頭を撫でてくれる。

 優しい手だ。

 二度目の人生に絶望していた私を救ってくれた温もりだ。

 でも、この手も、この温もりも、この胸の感触も、もう手放さなくてはならない。

 そして、しばらく戻っては来ない。

 私が下手をすれば永遠に戻って来ない。

 嫌だ。

 そんなのは嫌だ。

 

 なのに、遂に制限時間が来てしまった。

 クソ親父が姉様を呼ぶ声がする。

 欲にまみれた汚い声だ。

 死ねばいいのに。

 でも、今の私達じゃ、この声に逆らえない。

 それが凄く悔しくて、悲しい。

 

「もう、時間だね」

 

 姉様がそっと私の体を離す。

 私は俯いて、顔を上げられなかった。

 自分が泣いているのがわかる。

 こんな顔を見せたら、姉様を不安にさせてしまう。

 

 そんな事を思っていた時、額に柔らかい感触がした。

 

 姉様だ。

 姉様が、私の額にキスしてくれた。

 私がしたような大人のキッスじゃない。

 親愛の情100%の、本物の家族のキスだった。

 

 その感触が離れていく。

 私は、それに釣られて顔を上げた。

 そうして目に入ったのは、涙を流しながら、それでも優しく微笑む姉様の顔。

 

またね(・・・)、セレナ」

 

 『またね』

 その言葉を、姉様から言ってくれた。

 

 私が姉様を追いかけると言う時、姉様はあんまりいい顔をしなかった。

 いつも困ったように笑っていた。

 きっと、私が姉様を心配するように、姉様も私を心配してくれたんだと思う。

 姉様を追うという事は、それ即ち後宮に出入りできるくらい出世するという事。

 それは茨の道だ。

 逆の立場なら、私は全力で止める。

 

 でも、今。

 姉様は『またね』と言ってくれた。

 後宮に閉じ込められる姉様とは、私が追いかけない限り二度と会えない。

 そうわかっているのに、姉様は『またね』と言ってくれた。

 それは、つまり、

 

「はい……! またお会いしましょう、姉様!」

 

 私の道を肯定してくれたという事。

 だったら、私は何がなんでもそれに応えなきゃ。

 涙が止まらなくても、笑って、前を向いて、私も姉様に『またね』と言わなければ。

 

 そうして、私達はお互いに泣きながら笑い、最後にもう一度だけ強く抱き締め合ってから、別れた。

 

 これから姉様は、クソ親父や他の家族どもと一緒に屋敷の地下にある転移陣を通って、帝国の中心である帝都の別邸へと向かう事になる。

 そこからはもう後宮に一直線だ。

 今の私は、後宮どころか帝都にすら行けない。

 家族扱いされてないから転移陣など使えず、お金もないから場所を乗り継いで帝都に行く事もできない。

 でも、必ず追いかける。

 必ず、この距離を0にする。

 そして必ず、革命が始まる前に、二人で遠い国に愛の逃避行をする。

 

「待っていてください。姉様」

 

 私は姉様に貰ったペンダントを握り締めながら、決意を籠めてそう宣言した。



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5 クソ親父を脅して学校に行こう!

「失礼します!」

「……なんの用だ?」

 

 姉様を奪われた翌日、私は屋敷に帰って来たクソ親父の執務室に突撃した。

 当然、アポはない。

 ついでにノックもない。

 若いメイドをレ◯プするのが趣味な上に、野心の為に姉様を皇帝に売った、殺しても殺し足りないクソ野郎には、礼儀を払う必要などないと思ったからだ。

 でも、必要な事なので一応言葉遣いだけは最低限気をつけておく。

 

「単刀直入に言います。私を帝都の貴族学園に入れてください!」

「却下だ。立場を弁えろ」

 

 どストレートに用件を告げれば、にべもなく却下された。

 まあ、当たり前と言えば当たり前だ。

 娘とはいえ、今までいない者扱いしてきた奴が言う言葉に、このクソ親父が耳を傾ける筈がない。

 だが、そんな事は予想通りだ。

 なんの問題もない。

 私はこいつを説得しに来たのではない。

 脅迫しに来たのだ。

 

「まったく、護衛の連中は何故こいつを通したの……」

「『氷結世界(アイスワールド)』!」

「なっ!?」

 

 私はいきなり魔術を発動した。

 『氷結(フリーズ)』の上位魔術である『氷結世界(アイスワールド)』。

 分類としては氷属性の中級魔術に当たるそれは、私の膨大な魔力と精密操作技術によって、本来の魔術よりも遥かに早く執務室の中を凍りつかせ、咄嗟に何かしようとしたクソ親父に一切の抵抗を許す事なく、椅子に座った状態のまま氷漬けにした。

 ただし、会話ができるように首から上だけは残してある。

 

「き、貴様っ! いつの間にこんな魔術を!?」

「この程度最初からできましたよ。隠してただけです」

 

 その方が国外逃亡を警戒されないと思ったからね。

 この力を見せていれば冷遇される事もなかっただろうし、姉様にも何回か言われたけど、私の意志は変わらなかった。

 でも、姉様を追いかけると決めたからには話は別だ。

 使えるものはなんでも使う。

 魔術だろうと、クソ親父だろうと。

 

「それよりお話ししましょうよ。あなたなら、その状態でも普通に喋れるでしょう?」

「くっ……!」

 

 姉様に渡したアイスゴーレムと違って、この氷は普通に冷たい。

 クソ野郎を苦しめる為にちょっと温度下げたから、今はマイナス50度ってところかな。

 でも、こいつくらいの魔術師なら、こんな超低温の中でも普通に生きてられると思う。

 何故なら、魔力を持つ者は生まれた時から無意識に身体を魔力で強化して、身体能力や防御力、生命力を上げてるからね。

 これを自覚的に制御して出力を調整できるようになると、無属性の初級魔術である『身体強化』と呼ばれるようになる。

 更に、それを安定した状態で常時展開していられるようになると、上級魔術扱い。

 身体強化をちゃんとしてる奴には毒とかも効かないし、不意討ちされても防御力だけで防げちゃう。

 だから、魔術の上達は死亡率の低下に直結するのよ。

 

「舐めるなぁあああ!」

 

 そして今、クソ親父はその身体強化を全開にして氷を砕こうとし始めた。

 だが、しかーし。

 魔術で作った氷は普通の氷とは違うのだよ。

 作る時に魔力を込めれば、科学の原理なんか無視して、氷の強度なんかいくらでも上げられる。

 クソ親父が全力を込めようとも、私の作った氷にはヒビすら入らなかった。

 

「そんな馬鹿な!?」

「残念、これが現実です。私はもうあなたよりも強い。それを理解してください」

「ふざけるなっ! ならば魔術で!」

「無駄ですよ。あなたが魔術を発動するよりも、私があなたを完全な氷像にする方が早いですから」

 

 その言葉にクソ親父は固まった。

 まだ凍らせてないのに、まるで氷像のようにピタリと。

 その青ざめた顔を見て、心底ざまぁと思った。

 

「ああ、それと、護衛の騎士達は皆氷漬けにしちゃいましたよ。道中に兄が何人かいたのでそれも。

 私の機嫌を損ねたら、父上もそいつらと一緒に死んじゃうかもしれませんねー」

「っ!?」 

 

 まあ、凍結して仮死状態にしただけだから、解凍すれば普通に助かると思うけど。

 でも、それを聞いたクソ親父の顔は更に青くなった。

 

「……何が目的だ?」

 

 そして、クソ親父はポツリと呟いた。

 やっと聞く耳持ったか。

 でも、こいつ耳が腐ったのかな?

 私はもう目的言ったのに。

 まあ、こいつの耳が腐ろうが、脳みそが溶けようがどうでもいいけど。

 

「理解できてないみたいなので、もう一回だけ言ってあげます。

 私を帝都の貴族学園に通わせてください。可能な限り早くね。

 そして、必要な時に適時便宜を図る事。私の要求はそれだけです」

「……本当にそれだけか?」

「ええ」

 

 その便宜の中に、後宮の姉様に会わせろとかも含まれてるからなぁ!

 ただ、本を読んだり、姉様の話を聞いたりして後宮の仕組みを軽く調べてみたけど、クソ親父一人をどうにかした程度で攻略できるようなものではなさそうだった。

 後宮に嫁いだ人の家族とかなら、事前に申請すれば会う事はできる。

 でも、それには結構な手続きと時間がかかる為、会えるのは一年に数回が限度。

 しかも、短時間限定で監視付きという。

 それじゃダメだ。

 姉様に会える権利と考えれば充分な価値があるけど、本格的な脱出計画を実行するには何もかもが足りない。

 

 なら、どうするか?

 頭捻って思いついたのが、姉様も通ってた貴族学園に私も通って皇族とパイプを持ち、そいつの側近に取り立ててもらう事だった。

 皇族の住まいは城だ。

 そして、城は後宮の目と鼻の先。

 城務めのエリートになって姉様との物理的な距離が近づけば、できる事がグンと増える。

 索敵用の超小型アイスゴーレムを後宮内に侵入させるとかね。

 それで警備の隙でも見つけたらこっちのもんよ。

 

 幸い、帝国は実力主義だし、クソ親父すら簡単に無力化した今の私なら、恐らく皇族のお眼鏡にかなうと思う。

 時期的に、雇ってくれそうな皇族の心当たりもあるしね。

 上手くいく可能性は充分にある。

 万事計画通りには行かなくても、こんな田舎領地から帝都に行けるだけでも大きな進歩だ。

 多分、これが最善手だと思います。

 

「あなたにとっても悪い話ではないでしょう?

 喜んで姉上を皇帝に差し出すくらい権力が好きなあなたなら、私が帝都で出世する事のメリットもわかる筈です。

 私なら、遠くない未来に武官の頂点『六鬼将』の地位を得る事すら夢ではない。

 そんな私とあなたは一応とは言え血縁関係。その繋がりをどう利用するも、あなたの自由です」

 

 まあ、実際はそこまで出世する前に姉様連れてトンズラするんだけどね。

 でも、それは言わなきゃわからない。

 

「…………」

 

 そして、クソ親父が黙った。

 きっと、頭の中では悪どい計算してるんだと思う。

 絶体絶命のピンチに追い込むという鞭と、遠くない未来に甘い権力の蜜が啜れるかもしれないという飴は用意した。

 こいつなら、これで納得する筈だ。

 ダメだったら……気は進まないけど、こいつと他の家族どもを粛清して、私が領主になるか。

 姉様を助ける為なら、私は手段を選ばない。

 鬼にでも悪魔にでもなってやる。

 クズを殺す事くらい躊躇なくやってみせよう。

 例え、それで姉様に嫌われようともだ。

 

「…………いいだろう。お前の提案を飲む」

 

 だが、私の覚悟に反して、クソ親父は素直に服従した。

 どうやら、覚悟の使い時はここではなかったようだ。

 ホッとしたような、復讐チャンスを逃して残念なような、複雑な気分。

 

「ありがとうございます。じゃあ、契約成立ですね」

「ああ、だから早く拘束を解け」

「言われなくとも解放してあげますよ。ただし、その前に。はいアーン」

「んぐっ!?」

 

 私はポケットからピンポン玉サイズの丸い氷を取り出し、クソ親父の口に無理矢理捩じ込んで飲み込ませた。

 クソ親父が苦しそうに顔を歪ませる。

 ざまぁ。

 

「っ!? 何を飲ませた!?」

「お守りですよ。今のは特殊な魔道具です。私の合図一つでお腹の中で爆発します」

「なっ!?」

「でも、安心してください。これは、あなたが私を裏切らないようにする為の保険ですから。

 余計な事しなければ爆発させる気はありません」

 

 このクソ親父なら、口約束くらい平気で破りそうだからね。

 保険は重要。

 ちなみに、今のは特殊な魔道具ではなく、姉様に渡したのと同種のアイスゴーレムである。

 合図一つで爆発するっていうのは嘘じゃないから、クソ親父からすれば魔道具だろうがゴーレムだろうが関係ないだろうけど。

 

 そこまでしてから、私は氷を砕いてクソ親父を解放した。

 

「では、とりあえず学園の件、よろしくお願いしますね」

 

 そして、冷たい目でクソ親父を睨み付けてから、私は執務室を去った。

 さて、道中の護衛と兄も解凍しとくか。

 いや、やっぱ、めんどくさいからいいや。

 ほっとけば自然に溶けるでしょ。

 今までさんざん私を虐めてきた罰だとでも思ってもらおう。

 そんな下らない事より、これからの準備をする方が千倍大事だよ。

 となると、この後は秘密基地かな。

 必要な物を取り揃えて、なければ新しく作ろう。

 私と姉様の愛の巣も完成させとかないといけないし、他にも色々とやる事はあるんだから、あんな奴らにかかずらってる暇などなーい!

 

 そうして私は、氷像になった連中の事を頭から追い出し、秘密基地へと道を急いだ。



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6 入学!

「おー、凄い」

 

 クソ親父は事務能力だけは優秀だったらしく、姉様への面会手続きと私の入学手続きを同時進行させたというのに、脅してから二ヶ月もしない内に私を学園に入学させる準備を整えて見せた。

 その時期が丁度、新入生が入学する新年度の始まりだったからね。

 つまり、4月の桜舞い散る季節。

 そこに間に合うように急いだんだと思う。

 編入より普通に入学させる方が楽だろうから。

 それでも、クソ親父はここ最近の激務で大幅にやつれたけどね。

 いい気味である。

 

 ちなみに、この世界の暦とかは地球と同じで、季節とかは日本と同じだ。

 全体的に中世ヨーロッパっぽい、いかにもなファンタジー世界のくせして桜とか普通にある。

 上の方の貴族しか使えない高級品とはいえ、写真もあったしね。

 さすが、ゲームの世界。

 色々と適当。

 

 で、私は今、新品の制服に身を包み、お付きのメイド達に囲まれながら馬車に乗って、学園が目に見える位置にまで来ていた。

 まるでホグ◯ーツのような、城と見まごうような巨大な建物だ。

 金かかってそー。

 尚、本物の城は学園の数十倍デカイもよう。

 城っていうか、もはや要塞である。

 帝都のどこからでも見えるくらいデカイし。

 あの城はゲームのラストバトルの舞台でもあり、姉様が囚われている後宮はあの城の敷地内にある。

 つまり、私の最終目的地でもあるって事だ。

 それが目に見える所までは来た。

 あとは手を伸ばせば届く距離まで行き、姉様をこの手でガッチリホールドして連れ去るだけだ。

 気張って行くぞー!

 

 でも、今は学園の話をしよう。

 あのホグ◯ーツみたいな貴族学園は、基本的に10歳から15歳までの貴族が通って色々と勉強する、のはついでで、実際は将来の為の人脈作りをする為の場所だ。

 皇族とか公爵とかの偉い連中が派閥作って優秀な人材を今から囲い込んでるらしい。

 これはゲーム知識ではなく、学園の先輩でもある姉様から聞いた。

 ていうか、ゲームには貴族学園なんて出てこないし。

 特定のキャラの回想で、それっぽい場所がチラッと出てくる程度だよ。

 

 そのチラッと出てきた回想で学園っぽい場所にいた事が判明してる人物が私のターゲットだ。

 この国に上位の貴族や皇族が通う学園なんて一つしかないので、回想の場所がこの学園だという事はほぼ確定。

 そいつの年齢から逆算すると、今はまだ学園を卒業していない筈。

 なんとしてでも奴に取り入り、側近になって城へのフリーパスを手に入れるのだ!

 いざとなったら色仕掛けも辞さない!

 ズッコンバッコンオーイエスな関係になる事も辞さない!

 まあ、いくら私が姉様に多少は似て多少は可愛いとは言え、10歳の幼女の色仕掛けに引っ掛かるような奴じゃないと思うけどさ。

 もしそうだったら、私の抱いてるそいつへのイメージが音を立てて崩壊するよ。

 ……色仕掛けの効果は、あんまり期待しないでおこう。

 

「セレナ様、到着いたしました」

「ご苦労様」

 

 そんな事を考えてる内に、馬車は学園へと到着した。

 御者を務めていた執事のビリーさんが扉を開けてくれる。

 私はその扉を潜り、お付きのメイド達と共に馬車の外へ出た。

 

「それじゃあ、ビリーさん。お父様にくれぐれも(・・・・・)よろしく伝えてください」

「はい、畏まりました」

 

 私の言葉の意味をちゃんと理解してくれたらしく、ビリーさんは感謝するように深々とお辞儀をして私を見送った。

 そう。

 私は使用人の人達に感謝されるような事をしている。

 使用人達を守っていた姉様がいなくなって、我が家が前みたいな、拷問大好き、レ◯プ最高、命の保証が全くないアットホームな地獄の職場に戻りかけたのを救ったからだ。

 

 やった事と言えば、クソ親父のお腹を見ながら「くれぐれも姉様の意向に背くような事すんじゃねぇぞ」と脅しただけだけどね。

 お腹に爆弾を抱えているクソ親父には効果絶大だった。

 必死で他の家族どもを止めてくれましたとも。

 私も秘密基地の調整の為に週一の休みには転移陣で領地に戻るつもりだし、私の目があれば下手な事はできないでしょ。

 やっぱり、妹として、エミリア教の敬虔な信者として、姉様が救おうとした人達はできるだけ救わないとね。

 優先順位としては勿論姉様本人の方が遥かに上だけど、片手間で救えるなら救わない理由がないよ。

 

 そんな訳で、使用人達の殆どは私と姉様に感謝している。

 それは、私のお付きとして選んだこの三人のメイドも同じだ。

 

「わー! 正面から見るともっと凄いですね、このお城!」

「ですね~」

「こら二人とも! セレナ様のメイドとして恥じない行動を心掛けなさい!」

 

 そのメイド達、アン、ドゥ、トロワの三人が思い思いの反応をした後、荷物を持ちながら私の後ろに並んで、さも私達は優秀なメイドですよとでも言わんばかりのすまし顔になった。

 ちょっと笑える。

 

 この三人は元々、姉様のメイドだった人達だ。

 私とも昔からの付き合いがある。

 そして、三人ともそこそこ美人なのでクソ親父の毒牙にかかり、更に拷問好きのクソ兄の一人の毒牙にかかり、そこを我らが姉様に颯爽と救われた過去があるのだ。

 今では私と同じエミリア教の敬虔な信者である。

 普通に信頼できるっていうのと、屋敷に残しておいたらこっそりクソ家族どもに食べられちゃいそうだからって理由で、私のお付きとして学園に連れて来た。

 姉様を救出して国を脱出する時には、この三人も一緒に連れて行くつもりだ。

 

 ちなみに、このアン、ドゥ、トロワという名前は、日本だと太郎、次郎、三郎くらいに安直な名前なんだけど、これにも訳がある。

 三人は親に物扱いされて売られた口なので、親には名前すら付けてもらえなかったらしいのだ。

 でも、貴族に虐げられて余裕のない平民の間では、そういう悲劇なんてよくある話らしい。

 

 で、巡り巡って姉様に助けられた時に名前を聞かれ、そんなものはないですと答えると、それに驚愕した姉様が「じゃあ、私が名前を付けてあげる!」と言って名付けてくれたんだそうだ。

 ただ、姉様にはネーミングセンスというものがなかったらしく、30分くらいウンウンと頭を悩ませた挙げ句に出てきたのが、このアン、ドゥ、トロワという安直な名前だったと。

 そんな姉様もポンコツ可愛い。

 普段完璧な人がたまに見せるポンコツっぷりって萌えるよね!

 それは三人も同意見だったらしく、その時の様子をウットリと語っていた。

 地獄から救ってくれた感謝に加え、名前を貰えた喜びと、自分の名前を考える為に悩んでくれた姉様の尊さと、姉様のポンコツ可愛い姿のクワトロコンボで姉様に惚れ込み、絶対の忠誠を誓ったとの事だ。

 その話を聞いた時の私は感動で泣いた。

 

 それ以来、私はこの三人を信頼できる同志として見てる。

 深く付き合ってみれば、安直な名前でもそれぞれに個性があって、おもしろい人達だ。

 アンはちょっとだけおバカな元気娘。

 ドゥはぽわぽわとしてる、ゆるふわ系。

 トロワはしっかりとしてる、お姉さんキャラ。

 皆違って皆いい、頼れる仲間達だ。

 まあ、国外脱出計画については、アン辺りがうっかり口を滑らせそうだから、まだ言ってないけどね。

 

 そんな仲間達と共に、いざ行かん!

 学園という名の戦場へ!

 

「さて。じゃあ行くよ、三人とも。まずは学生寮に荷物を置きに行こう」

「「「畏まりました、セレナ様」」」

 

 少しでも姉様の役に立てるようにと特訓したらしい綺麗な所作で一礼し、メイドスリーは私に続いて歩き出す。

 私達の戦いはこれからだ!



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7 宿命のライバル

 学生寮の自室という名の高級ホテルの一室みたいな部屋に荷物を置き、荷物の管理と部屋の管理をメイドスリーに任せて、私は入学式が行われる会場へとやって来た。

 血族の私が汚点を晒せば姉様のご迷惑になるので、真面目に行動して入学式の30分前には会場入りしたんだけど、その時点でも凄まじい数の生徒と教師が会場にひしめいていた。

 これ、生徒の数だけでも軽く1000や2000を越えてそう。

 時間帯的に上級生はまだ来てない筈だから、新入生だけでこれって事か。

 さすが、国中の貴族が集まる大学園。

 そして、ここにいる奴ら全員が魔力を持った貴族なんだと考えると、戦力が凄すぎて目眩がしてくる。

 正面から戦った場合、どれくらい倒せるかな?

 私は魔力量と魔術の扱いに関しては自信があるけど、実戦経験がないからなー。

 良くて半分ってところだろうか?

 実際はわかんないけど。

 

 私が真面目に戦力差を考えている間に上級生なども入場し、入学式が始まる時間となった。

 まずは校長っぽい中年が壇上に上がり、演説を開始する。

 ……どこの世界でも校長の話は長くて退屈だ。

 こっそり魔術の練習でもしてよう。

 

「続いて、生徒会長の言葉!」

 

 私が目立たない身体強化や探索の魔術を鍛えてる間に校長の話は終わり、今度は生徒会長とやらがお供二人を引き連れて壇上に上がった。

 まあ、生徒会長が誰だろうと、ゲームにも出てこなかったモブキャラなんてどうでも……って、なんだと!?

 そこには、私の予想外の人物がいた。

 いや、ある意味、予想通りではあるんだけど。

 

「新入生の諸君、入学おめでとう。

 私はこの貴族学園で生徒会長を務めている、三年生のノクス・フォン・ブラックダイヤだ。よろしく頼む」

 

 壇上でそう語るのは、まだ幼さの残る黒髪の少年。

 だが、幼くして既に全身から帝王のオーラが漂っていやがる。

 彼が名乗ったブラックダイヤという名前。

 それは、このブラックダイヤ帝国そのものと同じ名前。

 その名を名乗れるのは、皇帝の血を引く皇族のみ。

 そして、彼はそんな皇族の中でも更に特別だ。

 

 ブラックダイヤ帝国第一皇子、ノクス・フォン・ブラックダイヤ。

 

 既に亡くなった正室の子であり、帝位継承権第一位。

 つまり、現状、最も次の皇帝の座に近い男。

 そして、ゲーム『夜明けの勇者達(ブレイバー)』においては、主人公の宿命のライバルとして登場した人物だ。

 ガ◯ダムにおける赤い彗星みたいなポジションの人だと思ってくれればいい。

 そして、私が媚びを売ろうと考えていたターゲットでもある。

 

 そんな奴が生徒会長ねぇ。

 いや、考えてみれば充分にあり得る話ではあったんだけど、正直、盲点だった。

 だって、ゲームにも出てこない学園の生徒会なんか重要視してなかったんだもん。

 それに、ノクスが生徒会長だろうとモブAだろうと、私のやる事は変わらないし。

 ていうか、ノクス若いな。

 三年生って事は、13歳か。

 ゲームに出てきた時は18歳だったから、そりゃ私の知ってる姿より若い筈だよ。

 なんか新鮮。

 

「━━私からの話は以上だ。諸君らが帝国貴族の名に恥じぬ傑物となる事を祈っている」

 

 私がマジマジとノクスを観察してる間に演説は進み、ノクスは締めの言葉を口にした。

 ちなみに、演説の内容を簡単に纏めると、お前らには期待してるから頑張れって感じかな。

 実にノクスらしい演説だった。

 

 ノクスが側近二人と共に壇上から降りる。

 その時、不意に私とノクスの目が合った。

 絶対取り入ってやるかんな! という目で見ていたのを察知されたのかもしれない。

 ヤバイ!?

 心情が悪くなる!

 ……いや、本当にそうか?

 ノクスのキャラを考えれば、これってむしろ、顔を覚えてもらうチャンスじゃね?

 という事で視線を逸らさずにいたら、ノクスは面白いものを見たとばかりにニヤリと笑った。

 どうやら、目を逸らさなくて正解だったっぽいな。 

 

 そして、ノクスが退場すれば、それを最後に入学式が終了し、続いて上級生が退場。

 残された新入生はこの後、教師に連れられて学園内を軽く見て回ってから解散となった。

 学校説明会みたいだったわ。

 

 

 そんな感じで、私の学園生活は始まった。

 さて、それじゃあ、これから死ぬ気で頑張るとしますか。

 全ては姉様の為に!

 目標は、最低でもノクスの卒業までには側近に取り立ててもらう事。

 方法としては、とにかく私の優秀さをアピールする事だな。

 とりあえず、授業とかで目立ちまくる事から始めよう。

 その授業は明日からだ。

 気張るぜ!

 

 そうして意気込みを新たにしつつ、私はメイドスリーの待つ自室へと戻った。



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8 アピールタイム!

 入学式の翌日。

 今日から本格的な授業が始まった。

 

 まず、午前の授業は座学だ。

 残念な事に、私はこの分野で目立つ事はできない。

 同級生のクラスメイトは10歳のショタロリどもだというのに、その中ですら私の成績は下の下だろう。

 しゃーないねん。

 私、家族どもからいない者扱いされて育ったから、貴族としての教育とか受けてないねん。

 それでもギリギリ授業について行けてるのは、転生者故の精神年齢の高さと、姉様がイチャイチャタイムで色々教えてくれたおかげだな。

 ありがとう、姉様!

 

 そうして地獄の午前を乗り越えれば、午後は待ちに待った魔術の授業!

 やっと私の時代が来たぁ !

 これで勝つる!

 

 肝心の授業内容だけど、今日は初日という事で、とりあえず全員に魔術を使わせて、現時点での腕前を見るそうだ。

 その方法は、的当て。

 訓練場の中心に教師が土魔術で人間サイズの的を用意し、それを生徒が魔術で狙う。

 その時に使う魔術で、その生徒のレベルが判断される訳だ。

 そして今も、一人の少女が杖を構え、的に向けて魔術を放った。

 

「『火球(ファイアボール)』!」

 

 どうやら、この少女は火魔術の使い手らしい。

 直径30センチくらいの火の球が、プロ野球選手の全力投球くらいのスピードで飛んで行き、的にぶち当たった。

 ただ、属性の相性なのか単純に威力不足なのか、土で出来た的はちょっと焦げただけだ。

 それでも、あれを普通の人間にぶつけたら普通に死ぬと思うけど。

 しかし、あれでも他の生徒に比べれば弱い方なんだよなー。

 そうなると、あの少女は男爵家か子爵家の出身かね。

 

「よし! 次!」

「『風爆球(エアーボム)』!」

 

 次に行ったのは、なんかオシャレな感じに改造した制服を着た少年。

 なんとなく、改造された制服に高級感がある。

 持ってる杖も、いかにも高級品! って感じだし。

 そんな少年が使ったのは、風の魔術。

 少年が放った風の球は、的に当たると同時に爆発し、周囲に爆風を撒き散らす。

 その爆風による土煙が晴れた時、的は粉々に破壊されていた。

 他の生徒達が愕然とし、少年はドヤ顔を披露する。

 ふむ。

 確かに他の生徒達が驚くのも無理はないくらいにレベルの高い魔術だった。

 風属性の中級魔術、それもかなりの魔力が籠められた一撃だ。

 あの少年は侯爵家か公爵家の出身と見た。

 

 と、こんな感じで、貴族は基本的に階級の高い奴ほど強い魔力を持ってる。

 男爵より子爵。

 子爵より伯爵。

 そして、貴族の最高位たる公爵よりも上が皇族だ。

 魔力は、貴族が特権階級足りえる力の象徴だからね。

 そりゃ強い奴ほど優遇されて上の階級を貰えるさ。

 実力主義の帝国なら尚更。

 

 で、魔力というものは遺伝する。

 属性だけじゃなく、魔力量も遺伝による要素が大きい。

 強い魔力を持った親からは、強い魔力を持った子供が生まれるのだ。

 結果、強い魔力を持つ高位貴族の所に強い魔力を持った子供が生まれ、高位の貴族ほど強いという図式が完成する。

 そして、下位の貴族が上位の貴族を追い抜くのは、かなり難しい。

 いくら魔力量は努力で増えるとはいえ、やっぱりスタートラインの差は大きいからね。

 

「くくっ」

 

 そこまで考えて、私は笑った。

 何故って?

 決まってるじゃないか。

 階級による実力差が明確って事は、裏を返せば階級をひっくり返す程の力を持つ例外(・・)が滅茶苦茶目立つって事だ。

 ここで私が、あのドヤ顔決めてる高位貴族を圧倒すれば、すぐに噂になるだろう。

 そうなれば、ノクスへのこの上ないアピールになる。

 実に私に都合が良くて笑えてくるわ。

 

「次!」

「はい」

 

 そして、遂に私の番がやって来た。

 制服の腰から指揮棒のような小さな杖を取り出し、構える。

 魔術師と言えば、やっぱり杖だよね!

 この杖は飾りではなく、魔術の発動を助け、威力を向上させる効果がある。

 加速装置の付いた補助輪みたいなもんかな。

 我ながら意味わからん例えだけど。

 

 そんな加速装置付きの補助輪こと、魔術の杖は大抵の魔術師が持ってるのだ。

 当然、私も持ってる。

 今使ってるのは、クソ親父に大金を出させて購入した最高級品の白い杖。

 前は4歳の誕生日に姉様がプレゼントしてくれた世界一尊い杖を使ってたんだけど、あの宝物を荒事で壊したくなかったから今のに変えた。

 クソ親父に買わせた物なら、なんの躊躇いもなく使い潰せる。

 宝物の杖は、他のプレゼントと一緒に私の城で大事に保管してるよ。

 

 そんな使い捨ての杖を的へと向ける。

 杖を使って魔術を使う場合は、こうして杖を向けた方向にしか魔術を放てないのだ。

 若干不便だけど、杖を持ってるからって、杖なしでの魔術が使えなくなる訳じゃないし、そこまで気にする事でもない。

 

 そして私は杖に魔力を籠め、魔術を発動した。

 

「『氷柱(アイスピラー)』」

 

 氷属性の中級魔術『氷柱(アイスピラー)』。

 その名の通り、氷の柱を生み出す魔術。

 的当てという今回の課題には向かない魔術だ。

 だが、私の目的はスマートに的を壊す事ではなく、実力を盛大にアピールする事。

 その為には、この魔術が最適だと思ったのよ。

 だって、凄まじく目立つから。

 

 私の作った氷柱は、的ごと訓練場の殆どを飲み込み、天高くそびえ立った。

 

 その全長、実に数百メートル。

 城のような大きさを誇る学園を超える高さだ。

 しかも、その形は綺麗な円柱型。

 表面には一切の凹凸がなく、つるんとしている。

 それは、これだけの大魔術を完全に制御下に置いているという証に他ならない。

 まさに、魔術の威力と魔力操作技術の高さを同時に見せつける匠の技である!

 さすが私!

 さすが姉様の妹!

 

 そして、私はパチンと指を鳴らした。

 その瞬間、巨大な氷の柱にヒビが入り、中にあった的ごと一瞬で砕けて細かい氷の粒子となる。

 これにて的を破壊する事にも成功。

 最初のアピールは、これ以上ない程の大成功と言えよう。

 見よ!

 クラスメイト達の驚愕に満ちた顔を!

 これならすぐに噂になるだろうし、そうじゃなくても、さっきの魔術は学園のどこに居ても見えるくらいデカかったから、確実にノクスの目にも留まってる筈。

 

 あわよくば、向こうからスカウトに来てくれないかなー。

 いや、さすがにそれは高望みし過ぎか。

 とにかく、これからもアピールを続けて、充分な実績を積めたと判断したら自分を売り込みに行こう。

 営業販売の押し売りセールスマンの如く押して押して押しまくり、必ず商品(わたし)を買わせてやるからなぁ!

 覚悟しとけよ、ノクス!



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9 まさかの青田買い

「やあ。ご一緒してもいいかな、レディ?」

「…………どうぞ」

 

 学園生活三日目の昼休み。

 どこの高級レストランだ!? とツッコミたくなるような学生食堂で、私が慣れないマナーに四苦八苦しながら高級過ぎて味がよくわからない学食を腹に入れていた時。

 唐突に奴はやって来た。

 帝王のオーラを垂れ流した黒髪の少年が、入学式でも見かけた二人のお供を引き連れて、唐突に私の目の前に現れたのだ。

 

 奴の名はノクス。

 ノクス・フォン・ブラックダイヤ。

 ブラックダイヤ帝国第一皇子にして、私が押し売りセールスを仕掛けようとしていたターゲット。

 それが向こうからやって来たのだ。

 私が本格的にアピールを開始した翌日に、先制攻撃でアタックを決めて来たのだ。

 ノクスさん、思ったよりアグレッシブだな、おい。

 驚いたよ。

 驚き過ぎて一瞬思考が停止したよ。

 ナイフとフォークから手を離す事すらできなかったよ!

 なんとか返事だけでもできた自分を褒めてやりたい。

 

「では、改めて名乗らせてもらおうか。生徒会長のノクス・フォン・ブラックダイヤだ。

 ブラックダイヤ帝国第一皇子と言った方がわかりやすいかな」

 

 そして、ノクスは私の反対側の席に腰掛けると、普通に話し始めた。

 私は慌ててナイフとフォークを置き、返事をする。

 名乗られたら名乗り返すのが礼儀だ。

 媚び売ろうとしてる皇族相手に礼を失する訳にはいかない。

 

「アメジスト伯爵家が次女、セレナ・アメジストと申します」

 

 そう言ってペコリと一礼。

 座ったままでの挨拶のマナーなんか知らないから凄い不安だ。

 そしたら案の定というか、ノクスのお供の一人、インテリ眼鏡みたいな奴が僅かに顔をしかめた。

 やべぇ!?

 なんかミスったっぽい!

 

「ほう、君はアメジスト伯爵の娘だったのか。確か、彼に娘は一人しかいないと聞いていたのだが、私の聞き間違いだったかな?」

 

 しかし、ノクスは気にした様子もなく話を続けた。

 見逃されたのか、細かい事を気にしない性格なのか。

 多分、前者だな。

 というか、ノクスがグイグイ来るんですけど!

 何が目的だ!?

 スカウトならいいんだけど、これ雰囲気的に私の事探りに来たんじゃね?

 

 だってほら、私って皇帝に嫁いだ姉様の妹な訳でして。

 そして、端から見れば私はクソ親父の手駒だ。

 貴族の世界では、親が子供を使って色々するのが当たり前だからね。

 つまり、今の状況はクソ親父が優秀な娘二人を帝都に送り込んで何かしようとしてるように見える。

 しかも、私は今まで存在が知られていなかったクソ親父の隠し球みたいに見えてるんじゃないかな?

 考えたくない、というか考えただけで背筋が凍るような未来だけど、もし万が一姉様が皇帝の子供を産んじゃったら、その子は当然帝位継承権を持つ事になる。

 そうしたら、自動的にノクスのライバルの出来上がりだ。

 そこまで考えれば、むしろ、ノクスが私に探りを入れに来るのは当然の事なのかもしれない。

 

 と、そんな感じの事を、身体強化の応用である無属性の上級魔術『思考加速』で頭の回転数を無理矢理に上げて、一瞬の内に考えました。

 結論。

 これ対応を間違えたらエライ事になりますがな!?

 やべぇ。

 これ絶対にミスれねぇ。

 慎重に言葉を選んで話さなくては!

 

「お恥ずかしながら、私は姉以外の家族には嫌われ、いない者扱いをされて育ったもので。

 父は私を娘として見ていませんし、私はアメジスト家の人間として紹介された事もありません。

 殿下が私をご存知ないのも当然の事かと」

 

 とりあえず、ノクスの質問に答えると同時にクソ親父とクソ家族どものネガキャンをして、私はあいつらの駒じゃないですよーと主張。

 それをいきなり信用してもらうのは無理だろうけど、わざわざ自分の家族の悪口言って皇子の覚えを悪くしてるんだから、疑問には思ってくれる筈だ。

 ノクスがバカじゃなければ。

 

「……早くも出回った君の噂は聞いている。高位貴族をも上回る魔術の天才だそうじゃないか。それだけの才を持っていたにも関わらず冷遇されていたと?」

「ごく最近までは隠していたもので。あのクソ家族どもにいいように使われるのはゴメンでしたから」

「そ、そうか」

 

 私が嫌悪感全開で吐き捨てると、ノクスの顔が若干引きつった。 

 多分、感情を隠して話すのが基本の貴族社会で、初対面の奴に対してこうまで開けっ広げな奴はあんまり見た事なくて面食らってるんだと思う。

 ノクスのお供二人の眼鏡じゃない方、体育会系の不良っぽい奴なんて、ツボに入ったのか肩を震わせて笑ってるし。

 でも、ここは下手に感情隠して嘘だと思われるより、こっちの方がいいと判断した。

 実際、私がクソ家族どもに抱く嫌悪感は嘘じゃないもの。

 才能隠してた理由の方は半分嘘だけど。

 本当の理由は、クソ家族どもに注目されたら姉様との逃避行計画に支障が出ると思ったからだからね。

 特に、前に暗殺者送って来た長男辺りに余計な事されそうで怖かった。

 けど、そこまでノクスに言う必要はない。

 真実を真実で隠すのだ!

 

 そして、ノクスは動揺を静めるように「コホン」と咳払いしてから、次の質問へと移った。

 

「ならば何故、今になって才能を明かし、学園に通い始めた?」

 

 来た。

 この質問はノクスに私の目的を告げる為の足掛かりになる。

 私は緊張を飲み込みながら、ノクスの問いに即答した。

 

「姉の為です。私は姉様をお守りできる立場を得る為に、この学園に来ました」

 

 これは欠片の偽りもない私の本心であり、私の人生における唯一絶対の生きる意味だ。

 私の人生は姉様の為にある。

 私がこの世界に転生したのは、姉様という天使を守る為なのだと本気で思っている。

 姉様のいない世界に生きる価値などないのだぁ!

 

「我が姉、エミリア姉様は天使です。優しさというものを具現化したかのような至高の存在です。その上、姉様は強く気高く美しく、麗しく可愛らしく神々しい。完璧かよ。そうだよ。姉様は完璧大天使だよ。聖人天使だよ」

「……急にどうした?」

「そのあまりの素晴らしさに血を別けた実の妹である私が何度魅了され、何度恋に落ちかけた事か。いや、私が姉様へと抱くこの想いは恋などと言う次元をとうに超えている。愛です。ただひたすらの愛です。恋愛、親愛、敬愛、純愛、慈愛、聖愛、性愛、熱愛、情愛、様々な愛が融合して生まれた真実の愛です。私の人生は姉様の為にあり。姉様の為ならなんでもできる。私の全てを姉様に捧げる事こそが理想郷へと至る唯一絶対の……」

「もういい。もうわかった。わかったから、一旦落ち着いてくれ」

「ハッ!? 私は何を!?」

 

 ノクスに肩を掴まれて、私は正気に戻った。

 しまった!

 私がどれだけ姉様の事を大切で大事で愛してるのか伝えようとして暴走してしまった!

 ここは、メイドスリーとたまに開いてるエミリア教のミサじゃないんだぞ!?

 失敗したぁ!

 見よ!

 ノクス達の完全に引きつった顔を!

 体育会系の不良っぽい奴は何故か爆笑してるけど、他二人はドン引きしてんじゃねぇか!

 

 ああ、わかってるよ!

 わかってますよ!

 自分が人に引かれるレベルのヤンデレでシスコンな事は自覚してるよ!

 この想いに熱い涙を流しながら共感してくれるのは、同じ狂信者のメイドスリーだけだもん!

 他のエミリア姉様に感謝してる使用人とかに語っても「エミリア様には凄まじく感謝してますけど、さすがに真実の愛とかはちょっと……」って感じで曖昧な笑顔を返されるからね!

 

「お見苦しいところをお見せしました……」

「いや……とにかく、君が如何に姉君を慕っているのかは伝わった」

 

 そっかぁ。

 まあ、それが伝われば当初の目的は果たしたと言えなくもなくもない。

 

「その上で聞こう。君の姉君に子供が出来た時、つまり私の弟か妹が産まれた時、君はどうする?」

 

 皇帝のチン◯をズタズタに引き裂いて抹殺します。

 という反射的に出かかった言葉を慌てて飲み込む。

 代わりに、ずっと前から決めてあった私のスタンスを言葉にして告げた。

 

「私は姉様の命が何よりも大事です。

 だから、その時は姉様とその子供をできうる限り危険から遠ざけ、その命を全力でお守りします。

 万が一、姉様がその子の立場を利用して権力を欲したとしても、そんな危ない事は絶対にさせません。

 説得し、それが叶わなければ力ずくでも止めます。

 そして私は、姉様とその子供を権力争いの魔の手から守れる強者に付き、どんな事でもして姉様達を守って頂けるよう懇願するつもりです」

 

 あくまでも国外逃亡を成功させるまでの期間限定だけど、私はそうするつもりだ。

 例え、それが姉様の意思に背く事になろうと。

 例え、それで姉様に嫌われる事になろうとも。

 私はどんな事をしてでも姉様を守る。

 それが私の覚悟だ。

 

 そんな事を思いながら、私はノクスを真正面から見る。

 

「そして、私が学園に来たのは、そんな強者と縁を結ぶ為です」

「なるほど。丁度、私のような者がその条件に該当するな」

「はい。仰る通りです」

 

 そこで私は一度言葉を区切り、改めて目的を口にする。

 

「ノクス・フォン・ブラックダイヤ殿下。

 私を買いませんか?

 報酬は、エミリア姉様と産まれてくるかもしれない子供の救済。

 対価は、私への命令権。姉様達を害さない事であればなんでもやります。

 悪い条件ではないと思いますが」

「……ほう」

 

 ノクスが私を品定めするように見る。

 私は毅然とした態度を貫いた。

 しばらくそうした後、やがて結論が出たのか、ノクスは「ふっ」と小さく笑った。

 

「いいだろう。君を私の配下として歓迎する。これからよろしく頼むぞ、セレナ」

「ハッ!」

 

 そうして私はノクスにお買い上げされたのだった。

 まさかの入学三日目にして第一関門クリアである。

 ノクスの行動と決断があまりにも早すぎて、青田買いでもされた気分だよ。

 でも、青田買い上等!

 これで卒業後は城務めコース一直線だ!

 姉様へと続くロードを確実に進んでいる!

 待っていてください、姉様!

 あなたの最愛の妹が今行きます!

 

「だが、とりあえず私の配下として恥ずかしくないように、早急に正しい礼儀作法を覚えてくれ。

 目上に対して、座ったままの挨拶はマナー違反だ」

「……はい」

 

 最後にノクスからお叱りを受け、突然始まった就職面接は終了したのだった。



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10 未来の帝国幹部達

「『氷弾(アイスボール)』!」

「うおぉ!?」

 

 ノクスに青田買いされてから数日。

 授業が終わり、生徒達は寮に戻って、ノクスは生徒会の仕事に行った時間。

 私は学園の訓練場の一つにおいて、体育会系の不良を魔術でいたぶっていた。

 

「おまっ!? それホントに初級の魔術か!? 威力高過ぎだろ!?」

「『氷連弾(アイスマシンガン)』!」

「今度は連射かよ!? やべぇ! 油断したら死ぬ!」

 

 うるさく喚きながらも、不良は避けるなり手に持った大剣で防ぐなりして、的確に私の魔術に対処していた。

 今私が使っているのは、氷属性の初級魔術『氷弾(アイスボール)』と、それを連射する魔術『氷連弾(アイスマシンガン)』。

 本来ならソフトボールサイズの氷の塊を射出する魔術なんだけど、人を倒すのにそんな大きさはいらねぇと気づいたクールな私はこの魔術を改造した。

 大きさをソフトボールからビー玉サイズに縮小し、小さくした事で余った魔力を氷の強度と弾速に割り振る。

 形もただのボールから銃弾みたいな形に変え、更にそれを本物の銃弾みたいに高速回転させる事で破壊力アップ!

 結果、初級魔術とは名ばかりの立派な殺人魔術が完成しました。

 

 実際、これはもう初級魔術の氷弾(アイスボール)とは別物だと思う。

 弾の強度は鋼鉄並みだし、弾速はライフル並みだし、発動の難しさは上級魔術並みだし(私は息をするように連射できるけど)。

 初級魔術と呼べるのは、もう魔力の消費量くらいじゃないかな?

 そんなもんをポンッと作り出す私、マジ天才。

 これも私の身体に流れる姉様と同じ血のおかげだな!

 

「思ったよりやるじゃねぇか、セレナ! だが、俺は負けねぇ! 先輩の意地を見せてやるぜ! うぉおおおおお!」

 

 しかし、不良はそんな殺人魔術を炎を纏った大剣で吹き飛ばし、そのままの勢いで私に向かって突進してきた。

 恵まれた体格を恵まれた魔力で強化して剣術を振るい、更に火属性の魔術まで使ってくる不良の戦闘力は脅威だ。

 加えて、不良が持つ剣もまた普通の剣ではない。

 杖と同じく魔術の発動を補助する効果を持った特殊な剣『魔剣』だ。

 魔術師の中には、杖ではなくこの魔剣と自分の肉体を使って戦う奴も多い。

 所謂、魔法剣士みたいなスタイルだね。

 

 対して、私は接近戦なんてからっきしの純魔術師タイプ。

 いくら私も身体強化を使えるとはいえ、身体能力だけで剣術の達人に勝てるほど世の中甘くはない。

 なので、距離を詰められたら普通に負けます。

 近づかせてはならぬ!

 

「『氷砲弾(アイスキャノン)』!」

 

 迎撃の為に放ったのは、氷弾(アイスボール)の上位魔術である氷属性の中級魔術『氷砲弾(アイスキャノン)』。

 これ要は氷弾(アイスボール)の弾をデカくしただけの魔術なんだけど、ここまで大くすれば質量は正義である。

 今回作った氷のサイズは車と同じくらい。

 そして、大きいという事は即ち重い。

 さっきまでと同じ要領で防げば吹き飛ばされる事請け合いだ。

 それでいて速度も連射性能も、さっきの氷弾(アイスボール)氷連弾(アイスマシンガン)と同じという悪夢。

 死ぬがよい!

 

「舐めんな! 『爆炎剣(バーンソード)』!」

 

 しかし、不良はこれを爆発する剣で吹っ飛ばした。

 それ一発で巨大な氷が跡形もなく消滅する。

 ちょっと、その威力は反則だと思うな!

 連射しても、避けられるか、同じ方法で迎撃されるだけだ。

 これは効果薄いな。

 

 だったら、これでどうだ!

 

「『浮遊氷剣(ソードビット)』!」

 

 私は六本の氷の剣を作り出す。

 この剣は『人形創造(クリエイトゴーレム)』の応用であり、私の操作で自由自在に空中を舞うのだ。

 それを全て不良に向けて射出する。

 六刀流の力を思い知るがいい!

 

「ハッ! 俺を相手に剣で勝負たぁ、いい度胸だ!」

 

 だが、不良はむしろ今までよりやり易いとばかりに、六本の剣全てを軽く捌いていく。

 しかし、元より剣でこいつに勝てるとは思ってない。

 剣はあくまでも手数を増やす為のもの。

 本命はこっち。

 

「っ!? やるなぁ!」

 

 私の攻撃が、初めて不良にダメージを与えた。

 やった事は簡単だ。

 剣の攻撃と同時に氷砲弾(アイスキャノン)を撃ちまくり、その対処に追われてる隙を極小の弾丸で狙い撃った。

 それも、今までより遥かに弾速を上げたやつで。

 ふっ。

 今までのが最高速度だと誰が言った?

 切り札は隠しておくものなのだよ!

 

 今の攻撃で太腿を撃ち抜いたので、不良の機動力は低下している。

 その状態でこの波状攻撃は防ぎ切れまい。

 チェックメイトだ!

 

「……仕方ねぇか。おい、セレナ! 俺にこいつを使わせた事を誇りに思えよ! 『極炎纏(インフェルノオーラ)』!」

「ふぁ!?」

 

 その瞬間、不良の身体が激しい炎に包まれた。

 次の瞬間、不良は極炎を纏った大剣を一振りし、その一振りで私の六本の剣全てを焼き尽くす。

 そうして障害を除去した不良は、さっきまでとは比べ物にならない速度で私に突進してきた。

 

「終わりだ!」

 

 不良が私に向けて大剣を振りかぶる。

 ヤバイ!

 死ぬ!

 

「『氷獄吹雪(ブリザードストーム)』!」

「ぎゃあああああああ!?」

「あ……」

 

 やべ。

 咄嗟に、大量の魔力に任せた大魔術を使っちゃった。

 見える範囲全てを一面の銀世界に変えるような地獄の吹雪が吹き荒れ、あれだけ激しく燃え上がっていた不良を雪山の遭難者の如き氷像一歩手前の氷漬け状態に変えてもうた。

 

「お、お前な……大魔術でゴリ押しするのはなしってルールだろうが」

「申し訳ありません。つい」

 

 私は素直に謝った。

 これでは訓練の意味がない。

 

「ま、まあ、熱くなった俺も悪かったし、お前が美少女な事に免じて許してやるけどよ……。

 ただ、できれば二度とやらないでくれ。本気で死ぬ」

「ごめんなさい」

 

 私はもう一回謝ってから、不良を覆っている氷を砕いて消す。

 それでも失った体温まで戻る訳じゃないから、不良は「さみぃさみぃ」と言いながら魔術で火を出して暖を取り始めた。

 さて、あとはこの一面の銀世界もどうにかしないと。

 このままじゃ、明日登校して来た皆が驚愕しながら足を滑らせて頭を打って死んでしまう。

 それ以前に、学園を凍りつかせたままっていうのは普通に怒られそうで怖い。

 さっさと砕いて消してしまおう。

 

 だが残念な事に、それを実行する前に人が来てしまった。

 

「これはまた凄い事になっているな」

「そうですね。そして、あの格好を見るにレグルスは負けたようです。10歳のセレナを相手に情けない」

 

 現れたのは、生徒会の仕事をしていた筈のノクスと、その側近であるインテリ眼鏡。

 ノクスとインテリ眼鏡は、呆れたような顔でそれぞれ私と不良を見ていた。

 ちなみに、今の不良は自分の技で制服を燃やしてしまったので、ボロ切れを纏った乞食のような格好だ。

 とても高位貴族には見えない。

 インテリ眼鏡が呆れるのもわかる。

 

「ああん!? なんだとプルートこの野郎!」

 

 しかし、不良はそんな事などお構い無しで、インテリ眼鏡に突っ掛かって行った。

 

「そこまで言うなら、お前も一回セレナと戦ってみろや! こいつ化け物だかんな!

 っていうか俺は負けてねぇし! 今回の試合はセレナの反則負けだ!」

「そんな格好で言われても説得力がないですよ、レグルス。

 それに言い訳とは見苦しい。あなたもノクス様の側近であるならば、せめて潔さくらいは身に付けてください。

 ただでさえ、あなたは脳みそまで筋肉で出来ているような役立たず一歩手前なのですから、少しでも美点を増やす努力をして頂かないと」

「てめぇ!」

 

 そして、レグルスと呼ばれた不良と、プルートと呼ばれたインテリ眼鏡は喧嘩を始めてしまった。

 こいつらが仲悪いのは知ってたけど、まさかこの頃からここまで犬猿の仲だったとは……。

 

 そう。

 私はこいつらを知ってる。

 何せ、こいつらはゲーム『夜明けの勇者達(ブレイバー)』に出てくる敵キャラなのだから。

 今から約5年後のゲーム本編において、成長したこいつらは帝国側の幹部、四天王的なポジションである『六鬼将』の一員として登場する。

 

 『極炎将』レグルス・ルビーライト。

 『魔水将』プルート・サファイア。

 

 それが、ゲームでのこいつらの異名だ。

 ノクスの両腕として登場し、結構カッコいい感じのシーンもあるので、敵キャラながら中々に人気のある奴らだった。

 ついでに、腐の妄想をするのが大好きな淑女の皆様にも人気があったんだけど……うん、この様子見てるとその心配はなさそう。

 まあ、私も姉妹百合という禁断の恋をしてる身な訳だから、万が一そうなっても応援するけどね!

 果たして、どっちが掘って、どっちが掘られるのか知らないけど、その時は是非とも仲良くしてほしい。

 そんな事を考えながら二人を見詰めていると、何故か二人同時にビクリと震えた。

 そして、不思議そうに辺りを見回してる。

 勘の鋭い事で。

 

 私はそんな二人から視線を外し、とりあえず銀世界を消滅させておいた。

 やる事は氷柱(アイスピラー)を砕いた時と同じだ。

 氷を粒子レベルとまではいかなくても、それに近いレベルまで粉々に砕く。

 そうすれば、細かい氷は空気に溶けてすぐに消えるのだ。

 ただ、今回は中の物を傷つけずに氷だけ砕かないといけないから、ちょっとだけ慎重にやるけど。

 

「見事なものだな。魔力操作技術ならば完全に私を超えているだろう」

「恐れ入ります」

 

 ノクスに褒められた。

 私の評価が上がるのは素直に嬉しい。

 だって、私に価値があればある程、ノクスはしっかりと姉様を守ってくれるだろうから。

 

「その調子で、魔術に負けない程勉強の方も頑張ってくれ。

 お前は学こそあまりないが、レグルスと違って物覚えがいいとプルートが褒めていた。

 この後、お前に勉強を教えると張り切っていたぞ」

「……ありがたい限りです」

 

 うへぇ、勉強嫌だよぉ。

 姉様関連の事ならモチベーションが常に限界突破してくれるけど、それ以外は普通に嫌なんだよぉ。

 でも、アタイ頑張る。

 それが、いつか姉様の役に立つかもしれないと自己暗示をかけながら。

 

「いずれは知略と武力、両方の力で私を支えてくれる事を期待している。励めよ」

「……はい」

 

 その期待に関しては若干心苦しい。

 だって、私は近い内に姉様を連れて国外逃亡するつもりだからね。

 いくらノクス達が私に期待して教育を施そうとも、それをノクス達の為に使える時間は長くない。

 おまけに、ゲームの通りに進めばノクス達は全員死ぬだろう。

 私はそれを助ける事もなく、見殺しにしようとしている。

 私は、恩を仇で返そうとしているのだ。

 

 でも、だからと言って今更やる事を変えるつもりはない。

 ノクス達への恩よりも姉様の命が大事なんだ。

 だから、この罪悪感くらいはずっと抱えていよう。

 それがノクス達への贖罪になるかはわからないけど、せめてそれくらいの事はしたい。

 

 そんな思いを胸に秘めながら、私はプルートによる勉強地獄に叩き込まれた。

 その瞬間、もう恩とか仇とかどうでもいいから、誰かこの鬼教師を殺してくれという思考が頭を過ってしまったのは秘密だ。

 そうやって、学園での仮初めの平和の日々は過ぎて行った。

 

 

 

 

 

 だが、この時の私は知らなかった。

 懸念はしていても、実感はしていなかった。

 この仮初めの平和は、ふとした拍子に一瞬で崩れ去ってしまう酷く脆いものでしかないという事を。

 そして、その平和が崩れる瞬間がすぐそこにまで迫っているという事を。

 この時の私は、まだ知らなかった。



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11 衝撃の再会

「姉様ぁ! お久しぶりですぅ!」

「わっ」

 

 ノクスの部下になってから二ヶ月。

 職場の人間関係にも大分慣れてきた今日この頃。

 本日は遂に待ちに待った姉様との再会の日である!

 クソ親父にずっと前から申請させていた面会の日が今日なのだよ!

 そのクソ親父は当然置いてきた。

 面会に来たのは、私とお付きのメイドスリーの合わせて4人だけだ。

 部屋の外には監視の騎士がいるから、あんまりぶっちゃけたトークはできないけど、それでもやっと姉様成分とラブパワーを補給できる!

 私は再会後0.1秒で姉様に抱き着き、頬擦りを開始した。

 

「姉様~! 姉様~!」

「ふふ。セレナは本当に相変わらずの甘えん坊さんね」

 

 姉様が前みたいに抱き締めながら頭を撫でてくれる。

 ああ、四ヶ月ぶりの天使の抱擁……

 癒されるぅ。

 幸せぇ。

 ずっとこうしていたいよぉ。

 チラリと後ろを見れば、私達のイチャイチャを見て感動の涙を流すメイドスリーの姿が目に入った。

 うんうん。

 君達も我らが姉様の元気そうな姿を見て安心したんだね。

 わかる。

 凄いわかるよ。

 

「セレナ、ちょっと大きくなったね」

「成長期ですから! そう言う姉、様、も……」

 

 そこまで口にしてから、私の言葉は尻すぼみになっていった。

 姉様はまだ15歳だ。

 つまり、私と同じでまだ成長期であり、色々と育ってて当然。

 私が今顔を埋めてる胸とかも一回り大きくなってて凄く役得なんだけど、そんな姉様の身体の変化の中で、一つだけ無視できない変化があった。

 これは……!?

 う、嘘だろ?

 どうか私の思い違いであってくれ。

 

「あ、気づいた? そうなの。今二ヶ月くらいで……って、セレナ大丈夫!? 血の涙が!?」

「ダイジョウブデス」

 

 嘘だ。

 全然大丈夫じゃない。

 その証拠が、唐突にカタカナチックになったイントネーションと、両の目から滝のように溢れ出すこの血涙だよ。

 多分、メイドスリーも私と同じ状態になってると思う。

 それくらい、姉様の変化は私達にとって衝撃が大きすぎた。

 

 服に隠れてわかりづらいけど、姉様のお腹は少しだけ膨らんでいる。

 太ったとかそういう微笑ましい理由だったら、どんなによかったか。

 そうだったら、気にしてダイエットする姉様を想像してホッコリする余裕すらあっただろう。

 

 だが、このお腹の膨らみは脂肪じゃない。

 男女の営みの結果だ。

 つまりは、そういう事だ。

 そういう事になってしまうのだ。

 姉様の、お腹に、皇帝の……うっ、頭が!

 理解したくないと私の脳細胞が悲鳴を上げている!

 だが、これは到底目を逸らせる事ではない!

 

 皇帝ぃいいい!

 あのクソ野郎!

 私の天使をもう孕ませやがったぁ!

 絶対に許さない!

 殺してやるぅ!

 いつか絶対殺してやるぅ!

 そのチン◯とキ◯タマをズタズタに引き裂いて豚の餌にしてから無惨に殺してやるぅ!

 

「セレナ……複雑だと思うけど、どうかこの子を嫌わないであげて」

「……わかってます」

 

 しかし!

 しかしだ!

 生まれてくる子供に罪はない。

 例え、この子が憎くて憎くて仕方がない皇帝の血を継いでいようとも、もう半分は世界で一番尊い姉様の血を継いだ子だ。

 だったら、私はこの子を愛さなきゃ。

 私は最初からそう決めてた筈だ。

 だから、ノクスと交わした雇用契約に子供の救済まで入れたのだから。

 それに、姉様のそんな母親としての顔を見せられたら、文句なんて言える訳がない。

 

 姉様だって複雑な筈だ。

 複雑じゃない筈がない。

 だって、皇帝の考え方と姉様の聖人っぷりは決して相容れないのだから。

 皇帝は他者を省みない男だ。

 そんな相手との子供。

 しかも、子供が生まれれば本格的にドロドロの権力争いに巻き込まれる事になる。

 権力を求める奴ならともかく、そうじゃない姉様にとっては、子供なんて厄介事の種にしかならないのだ。

 

 だけど、姉様はそんな事一切関係なく、まるで聖母のように理由のない無償の愛を我が子に注ぐだろう。

 姉様はそういう人だし、この顔を見ればそれくらいわかる。

 なら、私のすべき事は何も変わらない。

 姉様も、姉様の子供も、二人纏めて守るだけだ。

 

「名前は……」

「え?」

「名前は、もう決めてあるんですか?」

 

 私はそんな事を姉様に尋ねた。

 この世界では、子供の名前は生まれる前に決めておくのが一般的だ。

 だから尋ねた。

 この子を受け入れる為にも、この子の名前を知っておきたかった。

 

「うん。男の子ならルーン、女の子ならルナマリアにしようと思ってるの」

「そうですか」

 

 ルーンに、ルナマリア。

 どっちも、なんとなく月を連想する名前だ。

 私の名前であるセレナと同じように。

 もしかしたら、姉様はそれ繋がりで決めてくれたのかもしれない。

 あのネーミングセンスのない姉様がそこまで考えてくれたと思うだけでもう……!

 うん。

 悪くない。

 悪くないよ。

 

「良い名前ですね」

 

 私は抱き着いた体勢のまま、優しく姉様のお腹を撫でながらそう言った。

 多分、今の私は自然に笑えてると思う。

 そんな気がする。

 

「うん。ありがとう、セレナ」

 

 姉様はそう言って、ちょっとだけ目に涙を浮かべながら優しく微笑んだ。

 私がこの子を受け入れたんだという事が、ちゃんと伝わったんだと思う。

 

「セレナ、この子をよろしくね」

「はい!」

 

 きっと仲良くします。

 きっと仲良くできます。

 だって、この子は姉様の子供なんですから。

 

 その後、私達は昔のように穏やかな雰囲気で最近の事を語り合い、今日の面会は終了となった。

 

 尚、メイドスリーも姉様直々に「セレナとこの子の事よろしくね」と言われて使命感に燃えていたけど、それは余談だろう。



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12 運命の日

 その日の事を、私は生涯忘れる事はないだろう。

 忘れる事など決してできないだろう。

 この日感じた全ての事を。

 絶望を。

 苦しみを。

 悲しみを。

 痛みを。

 無力感を。

 後悔を。

 憎しみを。

 怒りを。

 殺意を。

 私は一生、忘れる事がなかった。

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 その日は、私が学園に入学して2年が過ぎた頃に訪れた。

 

 その頃、私は三年生となり、何故か生徒会に所属する事になっていた。

 これは、私が入学した時点で既に最上級生であり、その年度の終わりに卒業して行ったレグルスとプルートの後釜だ。

 あの二人が卒業してもノクスは生徒会長を続けた、と言うか続けさせられた(聞いた話によると、生徒会長は一番身分の高い生徒が強制的にやらされるらしい)ので、それをサポートする側近もまた生徒会に入る必要があるんだとか。

 生徒会役員は会長による指名制の為、私に逃げ場はなかった。

 そうじゃなくても立場上断れなかっただろうけど。

 

 そして、この2年で色々と状況が変わった。

 

 まず、姉様がめでたく、と言っていいのかは微妙だけど、とにかく無事に出産を終える事ができた。

 生まれたのは女の子。

 姉様にそっくりの可愛い子だ。

 皇帝に似なくて本当に良かったわ。

 その子は事前に決めていた通り『ルナマリア』と名付けられ、私達はルナという愛称で呼んで盛大に可愛がった。

 

 次に、学園を卒業したレグルスとプルートが破竹の勢いで出世し、早くも六鬼将の地位にまで上り詰めた。

 六鬼将には序列があって、レグルスが序列五位、プルートが序列六位だそうだ。

 その話を私に聞かせた時のレグルスは盛大にプルートを煽りまくり、プルートは終始不機嫌そうな仏頂面だった。

 六鬼将の序列は戦闘力が最優先で考慮されるので、文武両道のプルートより、武一筋のレグルスの方が有利なのは仕方ないと思うんだけどね。

 

 そんな感じで色々な事が変わりつつも、私の計画は順調に進んでいたのだ。

 二年生に上がった頃には、私はすっかりノクスの腹心の一人として認識されていたので、ノクスの皇族としての仕事を手伝う為に城に行く事もあった。

 その時に虫型の超小型アイスゴーレムを後宮の方へと放つ事に成功し、それを通して多少は後宮の情報を得られるようになって私は小躍りした。

 

 この超小型アイスゴーレムはカメラみたいに使える訳じゃないし、会話とかも勿論拾えない。

 でも、探索魔術を仕込む事に成功したので、周りにいる人間の気配を察知して警備の位置や見回りのパターンを知る事ができる。

 あと、後宮内を動き回る事で内部のマッピングもできる。

 更には、無機物故の気配のなさと、探索魔術を欺く機能のおかげで発見も困難という自信作。

 よくこんな指の先サイズのアイスゴーレムに色々と仕込んだもんだよ、私。

 

 それを城に行く度に後宮へと放って数を増やし、順調に警備の情報を手に入れ、もう少し情報を集めれば姉様救出計画を本格的に練る事ができるという段階まで来ていたのだ。

 あと一歩。

 本当に、あと一歩だった。

 

 そんな時だ。

 国外逃亡用の魔術が完成する寸前で姉様をかっさらわれた時のように、まるで狙い済ましたかのようなタイミングで、あの事件が起きたのは。

 

 切欠は、後宮の行事の一つだった。

 皇帝の子供を持つ妻達が、帝都の外にある由緒正しい神殿へと子供の成長祈願をお祈りしに行く、年に一度の行事だ。

 去年、それに姉様が参加するという話を聞いた時は、帝都の外という魔獣や襲撃者が襲い放題な所に行くって事で気が気じゃなかったけど、そこは腐っても皇族絡みの行事。

 道中の魔獣はほぼ完全に駆除されてるし、警備と護衛は六鬼将を含めた精鋭が務めるし、ノクスが気を回して姉様の周辺に自分の息のかかった騎士を大量に配置してくれたので、その年の行事は何事もなく終わった。

 

 つまり、今回は二回目という事になる。

 そして、警備は前回と同じだし、ノクスが気を回してくれてるのも前回と同じ。

 だから、私は緊張しつつも心のどこかで油断していた。

 

 姉様に渡したセレナ人形から救難信号が届く、その瞬間まで。

 

「っ!?」

「? どうした、セレナ?」

 

 その時、私はソワソワしながら生徒会室でノクスと共に仕事をしていた。

 だから、私が急に顔色を変えたのを見て、ノクスが不思議そうに問いかけてくる。

 でも、その問いに答えている暇などない。

 セレナ人形から救難信号が届いたという事は、一刻を争う事態が発生しているという事なのだから。

 

 私は椅子と机を蹴り飛ばしながら立ち上がり、そのまま窓をぶち破って生徒会室の外に出た。

 

「セレナ!?」

「『氷人形創造(クリエイトゴーレム)』!」

 

 ノクスの驚愕の声をガン無視し、私は即座に杖を取り出して鳥型のアイスゴーレムを作り出し、それに飛び乗る。

 そのまま全力で魔力を使ってアイスゴーレムを動かした。

 魔術で作り出した現象は宙に浮かべる事ができる。

 火球(ファイアボール)氷弾(アイスボール)なんかがいい例だ。

 他の魔術でできる事なら、ゴーレムでできない道理はない。

 つまり、私のアイスゴーレムは鳥型である事なんか関係なしに空を飛ぶ。

 

 杖をゴーレムに押し付けて、そこから随時魔力を流し込み、その全てをスピードを出す事に使う事で、鳥型アイスゴーレムは音速を超える超スピードで飛んだ。

 上に乗ってる私は身体がバラバラになりそうだったけど、身体強化で無理矢理身体の強度を上げて耐える。

 そうして、セレナ人形が送って来た大まかな位置情報を頼りに飛んでいると、数分もしない内に後宮の一団と思われる連中を発見した。

 

 でも、そいつらの様子がおかしい。

 まるで何かから逃げるみたいに、統率を失いかけた動きで移動している。

 そして、セレナ人形が救難信号を送っているのはこの先だ。

 つまり、この一団の中に姉様はいない。

 なら、こいつらに用などない。

 

 私は更にアイスゴーレムへと魔力を流し込み、加速する。

 それに耐えきれずアイスゴーレムが壊れ始めたけど、救難信号はもう目と鼻の先。

 だったら、ここで使い捨てても惜しくはない。

 

 そう考えた瞬間、━━突如、セレナ人形からの救難信号が途絶えた。

 

「姉様!」

 

 私はただ姉様と叫びながら、焦燥でおかしくなりそうな頭と、早鐘を打ち過ぎて破裂しそうな心臓の鼓動を感じながら、アイスゴーレムに送り込む魔力を更に強める。

 もはや、いつもの精密操作など見る影もなく、効率を捨て、ただただスピードを出す為だけに膨大な魔力を使う。

 そのあまりの魔力に耐えきれなかったのか、杖にヒビが入った。

 アイスゴーレムがドンドン原型を失っていく。

 構うものか。

 

 そうして、遂に私は辿り着いた。

 救難信号の出ていた場所へと。

 そこで、見てしまった。

 転がる護衛達の死体。

 そして、

 

 ━━襲撃者と思われる男の持った大鎌に貫かれた、姉様の姿を。

 

「『氷結世界(アイスワールド)』ォ!」

 

 私は反射的に魔術を使った。

 最高出力の氷結世界(アイスワールド)の冷気が、姉様ごと襲撃者を凍らせようと牙を向く。

 その出力に耐えられず、遂に杖が壊れた。

 関係ない。

 

「こ、これは!?」

 

 襲撃者の男は姉様から大鎌を引き抜いて避けようとしたが、避けきれずに氷像となった。

 そっちはどうでもいい。

 それより姉様だ!

 早く姉様を助けないと!

 

 私はアイスゴーレムを乗り捨て、冷気に巻き込まれて氷漬けになった姉様の元へと走った。

 この魔術の良いところは非殺傷魔術であり、極めれば医療行為にも使えるところだ。

 氷漬けにしたという事は、即ちコールドスリープ状態にしたという事。

 外から氷像を破壊しない限り、中の人は仮死状態で生き続けるのだ。

 

 すぐに姉様を覆っている氷だけを砕き、中の姉様に向けて無属性の上級魔術『回復(ヒール)』をかける。

 この世界の回復魔術は、あくまでも本人の自然治癒能力を高めるだけ。

 だから、部位欠損とかは治らない。

 でも、逆に言えば自然に治る傷ならなんでも治せるという事だ。

 それに、私の魔力量と魔力操作技術を使って行使される回復魔術は、恐らく、この世界でも十指に入る性能を持っているだろう。

 それを使えば、こんなお腹を突き刺された程度の傷はすぐに治る。

 

 筈だった。

 

「なんで!?」

 

 なのに、姉様の傷は一切治らない。

 傷が全然塞がらない。

 コールドスリープの影響が残ってるからか出血量は凄く少ない。

 だから、今傷を塞げば助かる筈。

 なのに、その肝心の傷口が全く塞がらない。

 

「なんで!? なんで!? なんで!?」

 

 この現象を説明できるとしたら、可能性は二つしかない。

 私の回復魔術の腕が悪いか、あるいは……

 いや、考えるな!

 治る!

 助かる!

 絶対に助ける!

 その為に磨いてきた力でしょ!?

 変な事考えてないで、もっと強力な魔術を使え、セレナ!

 

「『回復(ヒール)』! 『回復(ヒール)』! 『回復(ヒール)』ゥ!」

 

 でも、どんなに強い魔術を使おうとしても、回復魔術はこの回復(ヒール)しかない。

 なら、それに籠める魔力量を上げるしかない。

 この魔術をもっと強くするしかない。

 

 なのに、それなのに。

 強くしても、どんなに強くしても、姉様の傷口が塞がる事はなかった。

 

「あ……魔力が……」

 

 そして、そこである事に気づいた。

 気づいてしまった。

 姉様の身体が魔力を纏っていない。

 魔力を生まれつき持つ者は、無意識に魔力で身体能力を強化している。

 それはどんな時でもだ。

 寝ていても、弱っていても、気絶していても、生きている限り身体は魔力を纏い続ける。

 そう、()()()()()()()

 

「あ、ああ……」

 

 そこまで考えてしまった瞬間、頭が理解を拒んでいた現実を理解してしまった。

 回復魔術が効かないもう一つの可能性。

 それは、死体(・・)に回復魔術を掛けても意味がないという事。

 当然だ。

 回復魔術は、あくまでも本人の自然治癒能力を高めるだけ。

 その自然治癒能力の源である生命力を失った死体に掛けても、効く訳がない。

 

「あああ……」

 

 つまり、姉様はもう、

 

「あああああ!」

 

 目を覚まさない。

 傷口は塞がらない。

 だって、だって、

 

 姉様はもう、死んでしまったのだから。

 

「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」

 

 私は泣いた。

 姉様の亡骸にすがり付きながら、絶叫するように泣き喚いた。

 姉様が死んだ?

 私の天使がもういない? 

 なら、私はなんの為に生まれてきた?

 今までなんの為に力を磨いてきた?

 なんの為に生きてきた?

 ……役立たず。

 役立たず! 役立たず! 役立たず! 役立たず! 役立たず!

 

「うぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」

 

 私は泣いた。

 ただ泣いた。

 絶望を、

 苦しみを、

 悲しみを、

 痛みを、

 無力感を、

 後悔を、

 噛み締めながら。

 泣いて、泣いて、泣き続けた。

 

 この時、私は思い知ったのだ。

 この世界はどこまでも残酷で、その残酷さは当然私にも適応されるのだという当たり前の事を。

 仮初めの平和は、こんなにも簡単に崩れ去ってしまうのだという事を。

 文字通り、身を持って思い知った。

 

 そして、脳裏に姉様との思い出が蘇る。

 まだ帝都に来る前、実家で一緒にいた頃の記憶が、その頃によく浮かべていた姉様の笑顔が、最も鮮やかな記憶として蘇った。

 ああ、思い返せば、あの頃が一番幸せだった。

 家族どもには虐められてたけど、姉様が側にいて、姉様と一緒に国を出る未来を夢見て頑張っていた、あの時間が。

 

 戻りたい。

 叶う事なら、あの頃に戻りたい。

 でも、時間は回帰しない。

 姉様はもう戻ってこない。

 それがわかってしまうから、辛くて、悲しくて、涙が止まらない。

 

 私は泣いた。

 泣いて、泣いて、泣き続けた。

 

 

 背後で蠢く影に気づいていながら。



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13 死影将

 私の背後で何かが蠢いている。

 そんな事にはとっくの昔に気づいていた。

 ただ、そんな事よりも姉様の方が百億の百億乗大事だっただけだ。

 姉様を失った悲しみで、動く気にもなれなかっただけだ。

 

 そして、影が遂に姿を現す。

 

 それは、私が最初に氷漬けにした男だった。

 大鎌を持った中高年の男。

 姉様を殺した男。

 そいつが、私の作った氷を砕いて脱出してきた。

 

「驚いた……まさか、これ程の魔術師がこんなにも早く援軍に来るとは」

 

 私は遂に涙が枯れ、生気を失った目でそいつの事を見た。

 その顔には見覚えがあった。

 

 ━━六鬼将序列四位『死影将』グレゴール・トルマリン

 

 ゲームの登場人物であり、今回の行事の護衛に付いていた筈の六鬼将。

 それが、姉様を殺した男の正体だった。

 

「君は……確か、セレナと言ったな。ノクス皇子の側近に加わった天才魔術師の話は聞いている」

 

 グレゴールが何か言っている。

 酷く耳障りだ。

 

「エミリア嬢は君の姉だったな。本当にすまぬ事をした。

 許してくれとは言わん。理解してくれとも言わん。

 だが、私にも事情というものがある。

 譲れない事がある。

 本当に心苦しいが、私の犯行を見られた以上、君も生かしてはおけない」

 

 グレゴールが何か言っている。

 姉様を殺したクソ野郎の言葉だ。

 聞く価値がない。

 耳に入れる事すらおぞましい。

 こいつに対する嫌悪感が膨れ上がった時、悲しみがカンストして疲弊しきった私の心に、ドロリとした暗い感情が生まれた。

 

 憎しみ。

 怒り。

 そして、殺意。

 

 そうだ。

 こいつが姉様の仇なんだ。

 殺さなきゃ。

 殺さなくちゃ。

 かつて、私が姉様に言った言葉を思い出す。

 

『もし姉様が死んだら、私は早急に全ての仇を討って後を追いますからね』

 

 あの時の言葉を実行しよう。

 こいつを殺し、こいつの関係者を皆殺しにし、そして全ての元凶である皇帝を殺して、私は姉様の所に逝く。

 

「斬り捨て御免」

 

 呟くようにそう言って、グレゴールは私に接近してきた。

 その手に、姉様を殺した大鎌を持って。

 

「『氷獄吹雪(ブリザードストーム)』」

 

 私は姉様を抱き締めたまま、氷結世界(アイスワールド)の上位魔術である氷獄吹雪(ブリザードストーム)を放った。

 氷結世界(アイスワールド)よりも遥かに強力で、凍らせる事ではなく氷殺する事を目的とした、地獄の吹雪。

 当然、レグルス相手に使った時よりも威力が高い。

 一切手加減していないのだから。

 

「これ程とは……!? 『影切断(シャドウカッター)』!」

 

 グレゴールはそれを、大鎌に纏わせた影による斬撃で迎撃した。

 影属性魔術。

 皇帝が得意とする闇属性魔術の劣化版。

 だが、劣化版とはいえその威力は充分に脅威。

 影の斬撃は氷獄吹雪(ブリザードストーム)を真っ二つに切り裂いた。

 魔力による現象は魔力による現象で干渉する事ができる。

 だから、影で冷気を裂くなんていう怪奇現象が発生するのだ。

 

「ぐっ……!? なんという威力!?」

 

 だが、それでも私の魔術を完全に防ぐ事はできなかったらしい。

 散らし損ねた冷気がグレゴールの身体に到達し、その表面を凍てつかせる。

 どうやら、私は魔術の威力だけなら六鬼将すら上回るみたいだ。

 

 しかし、グレゴールだって相当強力な魔術と魔力量を持っている。

 確か、公爵家の傍系出身だったっけ?

 それも六鬼将に選ばれる程に、その才能を磨いてきた男。

 身体の表面を凍りつかせた程度じゃ止まらない。

 

「『影槍(シャドウランサー)』!」

 

 グレゴールの足下の影から、細く鋭い影の槍が複数本、私に向かって伸ばされた。

 あれを食らえば、私の身体強化を貫いて致命傷になるだろう。

 迎撃。

 

「『氷壁(アイスウォール)』」

 

 氷の壁で影の槍を受け止める。

 それで完全に防げた。

 でも、氷の壁の内側に影が出来てる。

 なら、使ってくるだろう。

 ゲームにおいて、グレゴールの動きの中で一番厄介と言われた切り札を。

 

「『影潜り(シャドウダイブ)』!」

 

 出た。

 自分の影の中に潜り、近くの影から現れる短距離限定瞬間移動。

 それを使って、グレゴールは私のすぐ側に現れた。

 

「貰った!」

 

 グレゴールが大鎌を振るった。

 確実に私の胴を真っ二つにする軌道を大鎌が走る。

 でも、そう来るのは読めていた。

 だったら、怖くもなんともない。

 

 私は更なる強力な魔術を、至近距離からグレゴールに浴びせた。

 

「『絶対零度(アブソリュートゼロ)』」

「なっ!?」

 

 氷獄吹雪(ブリザードストーム)の更なる上位魔術である、氷属性の最上級魔術『絶対零度(アブソリュートゼロ)』。

 抵抗を許さず全てを凍てつかせる、私の最強魔術。

 ただし、最上級魔術故の発動の難しさから、私の魔力操作技術を以てしても、発動には一秒以上の準備時間がかかる。

 グレゴールなら、その隙を突いて私を斬る事ができただろう。

 でも、氷壁(アイスウォール)で視界が塞がったせいで、私がこの魔術の準備をしている事に気づかなかった。

 それが、グレゴールの敗因。

 そうして、グレゴールは今度こそ完全な氷像となった。

 

 私は氷のベッドを作って、そこに姉様をそっと下ろし、氷像となったグレゴールへと近づいて行く。

 

「ああああああああああああああ!」

 

 そして殴った。

 身体強化を纏った拳で、何度も何度もグレゴールを殴った。

 中身ごと氷像が砕けて塵になるまで、殴って殴って殴り続けた。

 

 なんで、グレゴールが姉様を殺したのか。

 それはわからない。

 ゲームでのグレゴールは、ただ皇帝やノクスに忠実なだけの狗だった筈だ。

 この近くには、姉様だけでなく護衛や他の側室と思われる奴の死体も転がっていた。

 何故、皇族に忠誠を誓っている筈のグレゴールがこんな暴挙に出たのか。

 その皇族の命令か。

 姉様達が死んで得をする奴が身内にいたのか。

 あるいは脅されて仕方なくやったのか。

 それはわからない。

 わかりたくもない。

 例えどんなに崇高な目的があったとしても、どれだけどうしようもない事情があったとしても、姉様を殺して許される筈なんてない!

 

 だから殺した。

 だから殺す。

 こいつだけじゃない。

 姉様の死に関わった全ての人間を。

 無理矢理姉様を後宮という危険地帯に連れ去った皇帝。

 姉様を皇帝に売り飛ばしたクソ親父。

 グレゴールの背後にいるかもしれない黒幕。

 そして、そして、━━姉様を守れなかった無能な私。

 全部殺して、最後に私を殺して、あの世に行くのだ。

 

 グレゴールの身体を粉々に砕き終え、奴が持っていた大鎌を残して完全にこの世から消えた後、私は姉様の元へと戻った。

 もう魂の宿っていない、姉様の脱け殻となった亡骸に。

 

 そして私は、姉様に最後のキスをした。

 

 そのまま私は姉様の亡骸を氷漬けにし、一瞬で粉々に砕いた。

 姉様だった氷の粒子が、空に溶けて消えてゆく。

 こんな腐った国に、革命で踏み荒らされる国の土に姉様を埋葬する訳にはいかない。

 それならせめて、天使の姉様に相応しく、自由な空に葬ってあげたかった。

 

 姉様が消えた空を見上げ、私は思う。

 待っていてください、姉様。

 私もすぐに姉様の所に行きます。

 姉様のお側に戻ります。

 全ての仇を討ち、やり残した事を清算してから。

 そう、やり残した、事、を……

 

 その瞬間、私の脳裏に姉様とのある会話がフラッシュバックした。

 

『セレナ、この子をよろしくね』

『はい!』

 

 そうだ。

 そうだった。

 私には仇を討つ事以上にしなければならない事があった。

 あの子を、ルナを守らなければ。

 姉様の忘れ形見を守り、育てなければ。

 復讐は、その後だ。

 私の怨みよりも、優先させなければいけない。

 

 私は、我が身を焦がすようなドス黒い感情に無理矢理蓋をした。

 血が滲む程に強く拳を握り締め、復讐に走ろうとする心をなんとか自制する。

 

「姉様……」

 

 姉様。

 どうやら私はまだ死ねないみたいです。

 姉様の娘を、私の大切な家族を、今度こそ必ず守ります。

 守り抜いてみせます。

 だから、だからどうか空の上から見守っていてください。

 いつか、私が本当にやるべき事を全てやり終えて姉様のお側に戻った時は。

 その時は、どうかいつもみたいに抱き締めて、頭を撫でてください。

 この無能でどうしようもない妹を、どうか許してください。

 お願いです。

 

 私は肌身離さず身に付けているペンダントを。

 10歳の誕生日に姉様から頂いたペンダントを握り締め、もう枯れたと思っていた涙を再び流しながら、姉様の待つ空を見上げた。



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14 壊れてでも守りたいものがある

 私は再び鳥型アイスゴーレムを飛ばし、学園へと戻って来た。

 そこに目当ての人物がいるかどうかは賭けだったけど、どうやら私は賭けに勝ったらしい。

 

「ただいま戻りました、ノクス様」

「セレナ! いきなり飛び出して行って何があったん……っ!?」

 

 そこまで言ってから、ノクスは私の顔を見て顔を強張らせた。

 今の私は酷い顔をしている自覚がある。

 涙の跡は目立つだろうし、正直、心労で倒れそうなくらい精神は限界に近い。

 強行軍で体力も使ってしまったから、顔色は相当悪いだろう。

 有り余っているのは魔力だけだ。

 

 でも、そんな事は関係ない。

 事は一刻を争う。

 

「ノクス様、お願いがあります」

「……言ってみろ」

「先程、我が姉エミリアが亡くなりました」

「なっ……!? なんだとっ!?」

「つきましては、未だ後宮に取り残されている姉の娘、第四皇女ルナマリア様が心配です。

 母を亡くした以上、もう後宮にはいられないでしょう。

 私が後見人となって預かろうと思っているのですが、その旨を皇帝陛下に進言して頂きたいのです」

「わ、わかった」

「では、私はその為の手続きに取り掛かります。申し訳ありませんが、本日は生徒会を早退させて頂きます。それでは」

「待て!」

「……なんでしょうか?」

 

 ノクスに一礼して、手続きの為に城に行こうと思ったのに、引き留められてしまった。

 私は酷く冷めた目でノクスを見る。

 この急いでる時に、なんの用があると言うのだろうか。

 

「その手続きも私がやっておく。お前はもう休め」

「必要ありません」

 

 何を言うかと思えば、そんな事か。

 

「それに、ノクス様お一人よりも私と合わせて二人で動いた方が早い筈です」

「人手なら私の部下で充分だ。それにレグルスとプルートもいる。あの二人は仕事中だが、無理をすれば外せるだろう。

 そして、レグルスはともかく、プルートの事務仕事はお前よりも早い」

「それは……」

 

 それは、言われてみれば確かに。

 でも、私が動かないと。

 ルナの為に私が動かないと。

 

「それに、お前は今酷い顔をしている。心労と疲労が顔に出ている。

 そんな体調の者に仕事をさせてもロクな結果にはならん。休め」

「ですが……」

「上司としての命令だ。休め」

 

 うっ、強権を発動されたら私には逆らえない。

 ノクスの助力はルナを助ける為に必要不可欠なんだ。

 機嫌を損ねる訳にはいかない。

 

「………………わかりました。それでは、本日は休ませて頂きます」

「そうしろ」

「はい」

 

 そうして、私はとぼとぼと生徒会室を出る。

 

「すまなかった……!」

 

 背後から聞こえてきたノクスの声を、聞こえないふりをしながら。

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 その後、私は寮の自室へと戻り、メイドスリーに事の顛末を話した。

 三人とも最初は理解できない、理解したくないという顔をし、最後は泣きそうになるのを必死に堪えて私を慰めてくれた。

 誰一人として私を責めなかった。

 それが辛くて、そして嬉しかった。

 私にはまだ、こんなに優しくて頼りになる同志がいる。

 そう思えば、ほんの少しだけ気力が戻った。

 また涙が出てきた。

 

 そしたら、それを見てメイドスリーも堪えきれなくなったみたいで、4人して盛大に泣いた。

 ここがアパートだったら、近所から苦情が殺到するレベルの大声で泣いた。

 私達は悲しみを分かち合って、ほんの少しだけ救われたような気がする。

 

 そして、私は改めてメイドスリーに告げた。

 私と共に、姉様の忘れ形見であるルナを守ってほしいと。

 彼女達は一も二もなく、私と同種の決意と覚悟を秘めた顔で即答した。

 

 私達は何があろうとも、どんな事をしてでも、今度こそ大切な人を守る。

 それが叶わなかった時は、全ての仇を殺してから死ぬ。

 改めて、4人でその誓いを立てた。

 

 私はとても勇気づけられた。

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 そして、私は休めと言ったノクスの言葉を無視し、こっそりと学園を抜け出して、ある場所へとやって来た。

 休む前に済ませておかなきゃいけない事があるのだ。

 こればっかりは私にしかできない。

 

 私が向かった場所は、我が実家であるアメジスト伯爵家が帝都に構えている別邸。

 そこにいるのは、私とエミリア姉様に感謝する使用人ばかり。

 私の要求はあっさりと通り、地下の転移陣を使って領地の方の本邸へと戻って来た。

 そして、クソ親父のいる執務室へと向かう。

 

「どうも、お父様」

「……なんの用だ?」

 

 そこでクソ親父に命令する。

 ルナを迎え入れる準備をする為に。

 

「突然ですが、家族を全員集めてください。仕事の補佐をしている使用人と一緒に」

 

 さあ、大掃除を始めようか。



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15 粛清

「呼ばれて来たけれど……何故、あなたのような薄汚い小娘がいるのかしらね?」

 

 高級なドレスを身に纏ったおばさん、アメジスト伯爵家の正妻が私を見て吐き捨てた。

 私は何も返さない。

 こんなのと会話するのは時間の無駄だ。

 

 そしたら、正妻は今度クソ親父に詰め寄った。

 ヒステリックに喚き散らし、クソ親父が顔をしかめる。

 そんなどうでもいいやり取りをしてる内に、他の家族どもも集まってきた。

 

「父上、ただいま参りました」

「お楽しみの途中だったのになー」

「……何故、落ちこぼれまでここにいるのやら」

 

 そう抜かすのは、私の腹違いの兄である三人。

 臆病者で、小さい頃の私に暗殺者を送り込んできた長男。

 拷問好きで、女の悲鳴が大好きな次男。

 私を落ちこぼれと蔑んでサンドバッグにしてきた三男。

 揃いも揃ってクズばかりだ。

 

 そして、そいつらに続いて側近の使用人が何人か部屋に入ってくる。

 こいつらは、私やエミリア姉様に感謝する他の使用人達とは違い、家族どもに取り入っておこぼれに預かってる連中だ。

 全員が全員そんなクズな訳じゃないけど、クズ率が締める割合は高いと思う。

 

 さてと。

 

「お父様、これで全員ですか?」

「ああ」

 

 クソ親父に尋ねれば、肯定の言葉が返って来た。

 そっか。

 なら、早速やるとしようか。

 

「お集まり頂いてありがとうございます。では、早速本題に入りましょう。━━死ね」

 

 私はそう言って指を鳴らした。

 その瞬間、クソ親父の腹の中に入れておいたアイスゴーレムが内側から氷魔術を使い、クソ親父の体に風穴を空ける。

 

「ごはっ!?」

 

 何が起こったかわからないという顔で固まる家族ども。

 それはクソ親父も同じで、腹を押さえて踞りながら「何故!?」って感じの顔してる。

 

 私はそんなクソ親父の頭を、即席で作った氷のブーツを纏った足で踏み潰した。

 

 膨大な魔力によって強化された私の力は、クソ親父の身体強化をぶち抜くのに充分な威力を持っていたらしく、クソ親父の頭部はグシャリという音を立てて砕け散った。

 そこから、血と一緒にぬめりとした残骸が流れ出してくる。

 汚い。

 けど、すっとした。

 何せ、憎い仇の一人を殺せたのだから。

 

「キャアアアアアアアアアアアアア!?」

 

 と、そこでようやく現実を頭が理解したらしく、正妻が悲鳴を上げて腰を抜かした。

 それを聞いて兄3人も正気に戻ったらしく、即座に魔術を発動しようとしている。

 遅い。

 

「『氷弾(アイスボール)』」

 

 銃弾のような氷弾(アイスボール)が即座に兄3人の額を撃ち抜き、絶命させる。

 一応、ウチの家は騎士の家系って聞いてたのに驚くほど弱い。

 やっぱり、性根が腐ると力も腐って使い物にならなくなるのかね?

 これじゃあ、圧倒的に戦力で劣る革命軍にやられる訳だ。

 

「な、何故!? 何故このような事を!? 復讐のつもりですか!?」

「それをあなたが知る必要はありません」

 

 最後に残った正妻が喚いてたけど、気にせず氷弾(アイスボール)をぶち込んで殺した。

 家族どもの血で部屋が真っ赤に染まる。

 いい気味だ。

 

 でも、私がこいつらを殺したのは復讐の為じゃない。

 クソ親父に対しては復讐の意味も入ってたけど、本当の目的は別にある。

 ルナを助ける邪魔をされたくなかったからだ。

 

 何せ、ルナの後見人となる権利はこいつらにもあった。

 通常、親を失った貴族の子は、血縁の誰かが後見人として育てる。

 皇族の場合はちょっと特殊で、父である皇帝が後宮の運営にまるで関与していないから、母親を失った時点でその子供は親を失った貴族と同等に扱われる。

 その場合も、貴族と同じく血縁の誰かが後見人になる訳だ。

 

 だから、こいつらには死んでもらった。

 この一刻を争う事態に、誰がルナを引き取るかで揉めてる暇なんかなかったからだ。

 ルナはアメジスト家の血を引く皇女。

 クソ家族どもにとって、ルナの政治的価値は計り知れない。 

 私が引き取ると言えば絶対に横から口を出してくる。

 クソ親父みたいにアイスゴーレムを飲ませて言う事聞かせるのもありっちゃありだったけど、あれは腹をかっ捌く覚悟があれば外せちゃうからね。

 しかも、あれ一個作るのにも結構な手間と時間がかかるし。

 だったら、パーッと粛清しちゃった方が早いし安全だ。

 

 それに、こいつらがいなくなったところで別に困らない。

 貴族関係のお付き合いがなくなって家の力が下がるかもしれないけど、私はルナを引き取り次第、とっくの昔に完成させてあった国外逃亡用の魔術で逃げるから関係ない。

 まあ、残った使用人達が可哀想だから、ある程度のフォローはしていくけどさ。

 

「さて、これでアメジスト伯爵家の当主は、この家に残った血族の中で唯一生きている私になりました」

 

 私はパンと手を叩いて、青い顔をしているクソ家族どもの側近だった使用人達に話しかけた。

 

「家の運営はあなた達に任せます。ただし、間違ってもこいつらと同じ腐った運営はしない事。民の為になる仕事をしなさい。そうでなければ容赦なく殺します。わかりましたか?」

 

 使用人達がコクコクと壊れた人形みたいに首を縦に振る。

 まあ、ここまでトラウマを植え付けた以上、私がいなくなっても自律式アイスゴーレムを何体か残せば下手な事はしないだろう。

 それに、数年以内には革命軍によって国の体制が変わる筈。

 それまでの繋ぎになってくれれば充分だ。

 

「よろしい。では解散。あ、この部屋の掃除はしておいてくださいね」

 

 とりあえず家族どもの死体を凍らせて砕き、残った血痕とかの掃除を命じておいた。

 使用人達がそれに取り掛かるのを尻目に、私は秘密基地に行って国外逃亡用の魔術の最終確認をし、ついでに、そこを守らせておいた自律式アイスゴーレムの何体かを屋敷に派遣する。

 学園に通い始める前に数百体は作っておいたから、数体くらい屋敷の方に回しても問題ない。

 

 そうして私はルナの受け入れ準備を整え、転移陣で帝都へと帰還した。



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16 呼び出し

 帝都の学園に戻ってからは、ノクスが早く手続きを終わらせてくれるのをソワソワふらふらしながら待ってたんだけど。

 そんな私を見かねたメイドスリーの泣きながらの懇願により、一回寝て休む事にした。

 幸い、後宮に侵入させておいた虫型アイスゴーレムはまだ生きてるから、ルナの居る後宮で何か騒ぎがあれば寝ててもわかると思う。

 

 でも、どうせ目が冴えて眠れないだろうなーと思ってたんだけど、疲労はしっかり溜まってたみたいで、横になったらすぐに意識が落ちたよ。

 そうしたら姉様と百合百合する18禁でディープな感じの幸せな夢を見られたんだけど、その最後に唐突に姉様の死に様がフラッシュバックしてきた事で悲鳴を上げながら飛び起きた。

 気がついたら、形見のペンダントを握り締めて震えていた。

 そこにメイドスリーがやって来て、3人がかりで必死に私を慰めようとしてくれる。

 その姿を見て、やっと震えが収まった。

 私はまだ大丈夫。

 ありがとう、アン、ドゥ、トロワ。

 そう素直に伝えると、3人は泣きそうな顔で笑った。

 

 

 そんなどぎつい目覚めをしてから少しして、私の部屋の扉がノックされた。

 

「どちら様でしょうか?」

「セレナの上司だ。ノクスが来たと伝えてほしい」

 

 対応に当たったトロワが問いかけると、返ってきたのはノクスの声。

 私はトロワに向かって肯定の意味で軽く頷いた。

 

「お入りください」

 

 トロワが扉を開けてノクスを招き入れる。

 トロワはそのままノクスを椅子へと招き、同時にアンとドゥが動いて速攻でお茶をお出しした。

 いつの間にか、メイドスリーのメイド力が劇的に上がっている。

 それはともかく。

 

「おはようございます、ノクス様」

「ああ。……その顔を見るに、少しは休めたようだな」

「はい。おかげ様で」

 

 悪夢に飛び起きたとはいえ、眠れた事には違いないから体力は戻った。

 身体強化の魔術で強化されてる魔術師は常人より遥かに頑丈だし、これでもう倒れる事はないと思う。

 

「ならばいい。では、早速だが本題に入ろう。

 まず、お前の望みであるルナマリアを後見人として引き取りたいという申し出は受理された。他の親族が何か言ってこない限り問題はないだろう」

「ありがとうございます」

 

 軽く言ってるけど、昨日の今日で手続き終わらせるって相当無茶してくれたんだと思う。

 まだ姉様が死んだっていう情報が帝都にまで届いてるかも怪しいのに。

 多分、第一皇子としての権力でゴリ押してくれたんだろうなぁ。

 凄く感謝だ。

 早急に夜逃げするのが申し訳なく思えてくる。

 

「あとはお前の受け入れ準備の問題だが……」

「ご心配なく。それは既に終わらせてあります」

「……私は休めと言った筈だが」

「休みましたよ。受け入れ準備を終わらせた後で」

 

 ノクスが渋い顔になった。

 でも、私がこういう奴だという事はノクスだってわかってる。

 ため息一つ吐いて流してくれた。

 

「まあいい。これからルナマリア引き渡しの日時の調整をするが、希望の日時はあるか?」

「できうる限り早くお願いします」

「だろうな。言うと思った。では明日辺りに捩じ込むとしよう」

「……ありがとうございます」

 

 私は椅子から立ち上がり、心からの感謝を籠めて頭を下げた。

 本当にこの人を見捨てるのが忍びない。

 

「よせ。お前が頭を下げる必要はない。むしろ、頭を下げねばならないのは私の方だ。

 お前に姉君の救済を約束していながら、それを果たせなかった。

 本当にすまなかった」

 

 そう言ってノクスもまた椅子から立ち上がり、私に向かって深々と頭を下げた。

 その声は悔しさで震えている。

 この姿を見たら、ノクスを恨む気にはなれない。

 実際、ノクスは最善を尽くしてくれた。

 今回は相手が悪かっただけだ。

 そして、私が無能過ぎただけだ。

 

「そのお気持ちだけで充分です。ノクス様は私との契約を充分に果たしてくれています。あなたを恨むつもりはありません」

「……そうか」

 

 ノクスは苦くて、少しだけ寂しそうな声でそう呟いた。

 恨んでほしかったのだろうか?

 いや、ノクスは私に責めてほしかったのかもしれない。

 私もメイドスリーに責められなかった時は、嬉しかったけど同時に凄く苦しかった。

 だから、断罪を望む気持ちはわかる。

 そうじゃないと罪悪感がヤバイから。

 ホントに、ここまで罪の意識を持ってくれるいい奴が、なんで悪役やってんのか本気でわからない。

 

「では、私はもう行く。一刻も早くルナマリアをお前の元に連れて来るから安心して……」

 

 コンコン

 

 ノクスの言葉を遮って、またしても扉がノックされた。

 トロワが対応に行くと、聞こえてきたのは若い男の声。

 その声には聞き覚えがあった。

 確か、ノクスの部下の一人だ。

 ノクスとトロワが私に視線を向けてきたので、入れていいという意味を籠めて軽く頷いた。

 

「失礼いたします」

 

 そうして、部屋入ってきたノクスの部下は、ノクスの前で跪いて要件を述べた。

 

「ノクス様、皇帝陛下より至急のお呼び出しです。即刻、セレナと共に謁見の間まで来るようにと」

「何? 父上がだと?」

 

 ノクスが素直に驚く。

 私も驚いた。

 あの、動かざる事ラスボスの如しを体現する皇帝が。

 革命に対してすら最後の最後まで直接動く事のなかった皇帝が、私を呼び出すだと?

 その呼び出しに、私は嫌な予感を覚えて仕方がなかった。

 今会ったら、反射的に飛び掛かってチン◯をズタズタにしてしまいそうな気がしたのも含めて。



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17 皇帝と六鬼将

 皇帝からの呼び出しを無視する訳にもいかず、私とノクスは速攻で支度を整えた。

 私が持ってる服の中で唯一正装と言えそうな服である学園の制服に着替え、メイドスリーに身嗜みを整えてもらう。

 ちなみにその時、ノクスが部屋を出る前に脱ぎ始めて盛大に怒られた。

 普段の私ならやらないポカだ。

 やっぱり、まだ疲れが残ってるらしい。

 それか、呼び出しへの不安と皇帝への憎しみに思考リソースを割かれて、一時的にアホになったのかもしれない。

 

 そんなこんなの末に準備は整い、私はノクスと共に城の謁見の間へと赴いた。

 城に出入りするようになって数年経つけど、ここには始めて来た。

 けど、この場所はゲームのラストバトルのステージだから、見覚えはある。

 

 そんな謁見の間を一言で言うと、どこの魔王城ですか? って感じだ。

 黒を基調としたデザインの大広間。

 その部屋の奥に数段の階段があり、そこに荘厳なデザインをした巨大な玉座が置かれている。

 そして、その玉座にはゲームで見た時と同じく、ノクスと同じ黒髪黒目を持ち、ノクスより数段上の帝王のオーラを撒き散らす、憎い憎い相手が座っていた。

 

 ブラックダイヤ帝国皇帝、アビス・フォン・ブラックダイヤ。

 

 ゲームのラスボスであり、一人で一国を滅ぼすとまで言われる圧倒的な力を持った男。

 そして、私から姉様を奪った憎い憎い仇。

 殺したい。

 今すぐに殺してやりたい。

 ズタズタに引き裂いて豚の餌にしてやりたい。

 特に、姉様を辱しめたそのチン◯とキ◯タマを。

 

 でも、それはダメだ。

 優先順位は復讐よりもルナの安全の方が上。

 それに多分、私じゃこいつには勝てない。

 何せ、覚醒した主人公が強力な仲間達と一緒に袋叩きにしてやっと辛勝ってレベルの化け物だ。

 私が無策で戦っても死ぬだけだと思った方がいい。

 そして、ここで私が死んだら誰もルナを守れない。

 だから、勝ち目があるかもわからない化け物に挑む訳にはいかない。

 

 おまけに、この場にいるのは皇帝だけじゃないのだ。

 ここには、私とノクスと皇帝の他に5人の人間がいる。

 私がぶっ殺したグレゴールを除く、残りの六鬼将全員だ。

 

 序列一位『闘神将』アルデバラン・クリスタル。

 序列二位『賢人将』プロキオン・エメラルド。

 序列三位『閃姫将』ミア・フルグライト。

 序列五位『極炎将』レグルス・ルビーライト。

 序列六位『魔水将』プルート・サファイア。

 

 なんで、忙しい筈の六鬼将全員の予定が合ってるんだろうか。

 皇帝だけでも勝ち目ないに等しいのに、こいつら全員を相手にしたら勝てる訳がない。

 レグルスとプルートは私と仲がいいし、今も心配そうに私を見てるけど、皇帝を殺そうとすればさすがに敵に回るだろう。

 それはノクスだって同じ事。

 つまり、私がここで感情に任せて暴れれば、待っているのは七対一の絶望的な戦いだ。

 私は歯を食い縛って、自分の中の激情を押さえつけた。

 

「陛下。ノクス・フォン・ブラックダイヤ、並びにセレナ・アメジスト、参上いたしました」

「うむ」

 

 ノクスが跪き、私もそれに合わせて膝をついた。

 憎い仇に頭を下げるしかない悔しさを噛み締めながら。

 そんな私達に、皇帝が話しかける。

 

「よく来た。では早速本題に入るとしよう。

 わかっていると思うが、今回私がお前達を呼び出したのは、昨日発生した襲撃事件の詳細を報告させる為だ。

 ノクス、お前は襲撃を受けた後宮の一団が帝都へと逃げ帰る前にその情報を掴み、動いていたな。それは何故だ?」

「ハッ。私の部下であるセレナより報告を受けた為です。私は彼女の能力を信頼していますので」

「ふむ。ではセレナよ、お前はどうやって襲撃の事を知った?」

 

 うるさい、黙れ、死ね。

 思わず出かかった言葉を飲み込み、私は伝えてもそこまでの問題はないだろう情報を告げた。

 

「私は姉に探索魔術の効果を持った魔道具をお守りとして持たせていました。そして、姉は昨日の襲撃事件の渦中におりました。

 私はその魔道具によって姉の危機を察知し、その場へ向かって急行した次第です」

「ほう。成る程な」

 

 私の言葉を皇帝は素直に信じるらしい。

 そんな魔道具どうやって手に入れたのかとか聞いてこない。

 これ、まさかセレナ人形の存在がバレてたのだろうか?

 下手したら後宮に忍び込ませた虫型アイスゴーレムの存在も。

 だとしたらマズイ。

 でも、皇帝はその事に特に追及する気はないみたいだった。

 代わりに、他の面子からは探るような視線を向けられたけど。

 特に序列一位の正統派騎士王と、序列二位の爺の視線が強くて痛い。

 

「では、お前は襲撃事件の現場を見たという事だな。その時の状況を話してみよ」

「私が到着した時点からの断片的な情報しかございませんが」

「それでもよい」

「では」

 

 そうして、私は昨日見た事を話し始めた。

 

「現場に到着して私が見た光景は、六鬼将のグレゴール様が我が姉エミリアを殺害する場面でした。

 それを見た私は激昂し、下手人であるグレゴール様を殺害いたしました」

『!?』

 

 その言葉を聞いて、ノクスと六鬼将の何人かが驚愕の表情になった。

 ノクス達にも、下手人がグレゴールだって事は伝えてなかったからね。

 果たして、グレゴールの凶行に驚いてるのか、私がグレゴールを殺す程に強いって事に驚いてるのか。

 なんにせよ、信じがたいって顔をしてるのが殆どだ。

 私の強さを知らない奴は、この言葉を疑ってると思う。

 

「つまり、グレゴールとエミリアは死んだと、そういう事だな?」

「はい」

 

 対して、皇帝は大して驚いていない。

 淡々と事実確認をしてくる。

 てめぇに感情はないのか?

 てめぇの血は何色だ!

 私の腸が煮えくり返った瞬間、驚くべき事に皇帝の顔が悲しそうに歪んだ。

 

「そうか。あの二人が死んだか。

 あやつが肌身離さず持っていた大鎌が現場に落ちていたと聞いてグレゴールの死は確信していたが、エミリアまでも……。

 あそこまでの優秀な才を持った者を二人も同時に失ってしまうとは。残念だ」

 

 ……ちょっとでもこいつに情を期待した私がバカだった。

 こいつは姉様の死もグレゴールの死も悲しんでなどいない。

 こいつが考えてるのは、ただただ優秀な()がなくなった事への失望。

 ふざけんな。

 ふざけんな!

 ふざけんなァ!

 

「特にエミリアは惜しかったな。あやつはどこか弟を彷彿とさせる女であった。

 弟は私と敵対してしまったが為に死んだが、エミリアはそうではない。

 あやつの歩む道の先を見てみたかった。

 だから、その才を存分に活かせる私の側室という立場を与えてやったというのに。

 本当に残念だ」

 

 そんな、そんな下らない理由で私から姉様を奪ったのか!

 ふざけんじゃねぇ!

 姉様の才能しか見てないクズが!

 姉様自身の事なんて欠片も考えてないどクズが!

 殺す!

 いつか絶対無惨に殺してやる!

 憎い!

 憎い!

 

「そんなエミリアを殺すとは、グレゴールも罪深い事をしたものだ。

 まあ、恐らく奴の属していた派閥にエミリアを恐れる者でもいたのだろう。

 かつての弟と似た思想を持つエミリアの下に、かつての第二皇子派が集う事を恐れたと言ったところか。

 その為の尖兵にされ、使い潰されるとはな。

 グレゴールも哀れなものよ」

 

 そんな下らない理由で姉様は……!

 許さない。

 誰一人として許さない。

 ルナを無事に育てきった暁には、必ずこの国に舞い戻り、一人残らず殺してやる!

 例え、先に革命軍に滅ぼされてたとしても、草の根分けてでも生き残りを探し出し、最後の一人に至るまで殺し尽くしてやる!

 

「さて、死者を惜しむのはこれくらいにして、次はこれからの話をするとしよう。

 まず、グレゴールが死んだ事によって、六鬼将の席次に空席が出来てしまった。

 ならば、これを埋めなければならない。

 そこで、私はこのセレナを新たなる六鬼将として迎えようと思っている。

 反対する者はいるか?」

 

 ………………は?

 皇帝のその言葉に室内がザワついた。

 私が六鬼将?

 何言ってんだろう、こいつ?

 バカか?

 ああ、バカだった。

 バカでクズで救いようのない外道だったわ。

 死ねばいいのに。

 

「お言葉ですが陛下。セレナはまだ12歳。学園も卒業していない年齢です。その歳で六鬼将の地位を与えるのは早すぎるかと」

 

 ノクスが反論してくれた。

 多分、姉様を失って傷心中の私を気遣ってくれたんだと思う。

 六鬼将になれば、心の傷を癒す暇もなく任務に追われる事になるだろうからね。

 

「僕もノクス様と同じく反対いたします」

「俺もですね。セレナにゃ早すぎる」

 

 続いて、レグルスとプルートも反対してくれた。

 優しい。

 

「んー。アタシも反対ですね。正直、こんな小さな女の子を戦場に出すのは抵抗あります」

 

 序列三位の女の人も反対。

 さすが、ゲームでは帝国の良心とか言われてた人。

 帝国にあるまじき、まともな理由。

 

「儂はどちらでも構いませぬ。陛下のお好きにされるのがよろしいかと」

 

 序列二位の爺は中立。

 まあ、こいつは革命軍のスパイだしね。

 革命を志すような正義感があれば、私みたいな幼女を矢面に立たせるのは気が引ける。

 でも、私は革命軍の思想と近い考え方してた姉様の妹だから、もしかしたら革命軍に付いてくれるかもしれない。

 だったら、六鬼将の地位を持ってた方が後々便利。

 どっちにするか迷ったから、最終的に中立になったってところかな。

 

「我は賛成です。使える者は年齢など関係なく使うべきと考えます」

 

 そして、序列一位の正統派騎士王は賛成。

 帝国騎士の鑑みたいなこいつなら、皇帝の為に使えるものはなんでも使うべきって考えるわな、そりゃ。

 

「そうか。皆の考えはよくわかった。

 反対する者達は、セレナの年齢を考慮しての事だな。

 だが、現状セレナ以外に六鬼将の地位に相応しい程の実力者がいない事もまた事実。

 レグルスとプルートが現れるまで五位と六位も空席だったのだ。

 せっかく全ての席次が埋まった矢先にまた空席を出したのでは、六鬼将の名が廃る」

 

 皇帝がペラペラと持論を語り出す。

 ああ、わかった。

 こいつ、他人の意見を求めつつも、ハナから自分の意見を曲げるつもりないんだ。

 

「故に、早急に空席を埋める必要がある。

 セレナの実力は確かだ。その事はノクスやエミリアから聞いているし、何よりグレゴールを倒している。

 これ以上の人材はいないと私は考える。

 年齢故の未熟さは、他の者達が支えてやればいい。

 と、私は思うが。セレナ、お前はどう思う」

 

 その問いかけに、私は心底どうでもいいと思いながら答えた。

 

「私は陛下のご指示に従うのみです」

 

 私が六鬼将になろうがなるまいがどうでもいい。

 どうせ、明日にはルナとメイドスリーを連れてトンズラするんだから。

 

「そうか。では、私の指示に従ってもらおう。

 セレナよ。お前を新たなる六鬼将の一人『氷月将』として迎え入れる。

 序列は六位。レグルスとプルートは一つ繰り上げだ。

 三人とも、その地位に相応しい働きを期待しているぞ」

「「「ハッ」」」

 

 私とレグルスとプルートが同時に頭を下げた。

 レグルスとプルートは苦い顔で、私はひたすらの無表情。

 姉様を側室にした事と言い、皇帝は本人の望まぬ人事をするのが本当にお好きと見える。

 

「では、今日はこれにて解散とする。下がれ」

『ハッ!』

 

 そうして、この場の全員が部屋から去って行く。

 しかし、その去り際に。

 

「セレナよ」

「……なんでしょうか?」

 

 皇帝が私に話しかけてきた。

 虫酸が走るから黙っててほしい。

 

「私は優秀な者が好きだ。優秀な者が私の手元にある事を望み、その者が私と敵対する事を望まない。

 何故なら、どんなに優秀な者であろうとも、私と敵対すれば必ず死ぬからだ。

 そうして、優秀な才能を無為に潰す事を私は嫌う」

 

 はぁ?

 だからなんだ?

 訳わかんねぇ事語ってんじゃねぇよ、殺すぞ。

 

「もう一度言おう。

 私は優秀な者が手元にある事を望み、その者が私と敵対する事を望まない。

 この言葉を覚えておけ」

「……畏まりました」

 

 要するに裏切るなって事だろ?

 言われなくてもルナが健やかに育つまでは敵対しねぇから安心しろや。

 安心して主人公に殺されとけ、バーカバーカ。

 

 

 私がこの言葉の真の意味を知るのは、その翌日の事だった。



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18 小さな天使と闇の呪い

「落ち着け。ルナマリアはすぐそこだ」

「私は落ち着いています」

 

 謁見の翌日。

 ノクスは自分で言った事を守り、予定通り今日がルナを引き取る日となった。

 しかも、ノクスは私が心配だったのか、一緒に付いて来る始末。

 聞くところによると、レグルスとプルートがノクスの仕事を引き受け、行かせてくれたらしい。

 でも、別にノクスが居ても何も変わらないと思うけど。

 手続きは終わってるから今更やる事ないし。

 ルナの護衛と考えれば帝国でも最高クラスの魔力量と戦闘力を持ったノクスは心強いけど、私と私の腕輪型アイスゴーレムで武装したメイドスリーがいる以上は過剰戦力だ。

 まあ、居るに越した事はないし、突然のトラブルがあっても第一皇子の権力でゴリ押してくれると考えれば普通に心強いか。

 

 そんな感じで、緊張しながら一同後宮の中へ。

 姉様との面会で何度か訪れた場所。

 虫型アイスゴーレムである程度は内情を把握してるし、中でルナが暗殺されてるなんて事はないと思うけど、やっぱり落ち着かない。

 ルナは最後の希望なんだ。

 万が一にも、その身に何かがあってはいけない。

 

 そうして後宮の面会室に通され、待つ事数分。

 その数分が数十時間に感じられる中、遂に面会室の扉が開き、そこからルナを抱えたメイドが現れた。

 

「おねーしゃまー!」

「ルナ!」

 

 私はすぐにメイドからルナを受け取り、胸の中に抱く。

 ルナはまだ1歳ちょっとだ。

 いくら生まれつきの魔力で強化されてるとはいえ、何かあればすぐに死んでもおかしくない赤ちゃん。

 そんなルナとこうして無事に再会できた事で、張り詰めていた糸がようやく少しだけ緩んだ。

 

「ルナ、ルナ、ごめんね……!」

 

 まだ物心もついていないルナに向かって、私は堪えきれずにそんな事を口走ってしまった。

 私は姉様を守れなかった。

 この子のお母さんを死なせてしまった。

 ごめんね……ごめんね……ごめんね……。

 そんな思いばかりが口から出て、同時にまた涙が出てきた。

 情けない。

 私はこんなに泣き虫だったのか。

 こんな弱い奴じゃルナを守れない。

 だから、もう泣いちゃいけないのに……!

 

 そうして自分を責めていた時、ルナの小さな手が、私の涙を拭った。

 

「ルナ……?」

「むー!」

 

 ルナが泣いていた。

 頬を膨らませて、怒りながら泣いていた。

 そして、強く私を抱き締めてくる。

 小さな手だ。

 小さな身体だ。

 なのに、私はまるで姉様に抱き締められたように感じた。

 

 ルナはまだ物心ついていない。

 だから、別に何かを考えて動いた訳じゃない筈だ。

 私が泣いているのを見て、反射的に、ただ感情の赴くままに、こういう行動に出た。

 それが、こんなに優しい抱擁だった。

 

 ああ、この子は確かに姉様の娘だ。

 優しくて天使な自慢の姉、エミリア姉様の娘だ。

 あのクソ野郎になんて似ない。

 きっと優しい子に育つ。

 この時、私はそう確信した。

 

「ルナ……!」

 

 この子は、この子だけは必ず守ってみせる。

 姉様の分まで守ってみせる。

 腕の中の小さな温もりを抱き締めながら、私は改めてそう誓った。

 

 さあ、行こう、ルナ。

 この腐った国を出て、全く知らない新天地へ。

 そこで穏やかにあなたを育てる。

 姉様の時みたいに、命の危険がある場所へ連れ去らせはしない。

 怖い思いなんて絶対にさせない。

 絶対、姉様の分まで幸せにしてみせる。

 姉様そっくりの優しい魔力を感じながら、私は……

 

「え?」

 

 その時、私はおかしな事に気づいた。

 ルナの身体に纏う魔力がおかしい。

 私が探索魔術を極める内に辿り着いた、魔力の波長やその他諸々で個人を特定する技法。

 それによって感知できるルナの魔力がおかしい。

 ルナの魔力は、姉様そっくりの優しい魔力だった筈だ。

 皇帝の闇属性ではなく、姉様や私と同じ氷属性を継いでいると確信できるような。

 

 それが、今は若干変わっている。

 いや、その言い方は正確じゃない。

 よく調べてみれば、ルナ自身の魔力は変わっていない。

 ただ、ルナ本人の魔力とは別の魔力が、ルナの身体にまとわりついているような、そんな感じがするのだ。

 その別人の魔力は、少しノクスと似ている闇の……

 

 そこまで考えて、気づいた。

 

『私は優秀な者が手元にある事を望み、その者が私と敵対する事を望まない。

 この言葉を覚えておけ』

 

 脳裏に奴の言葉が蘇る。

 吐き気のするような外道の声が。

 同時に、ゲームの中で登場した一つの闇属性魔術の存在を思い出した。

 敵にかける事で、対象のHPを急速に減少させていく特殊攻撃。

 

 闇属性の最上級魔術『呪い(カース)』。

 

 ルナにまとわりついている魔力の正体はそれなのだと、直感的に察した。

 思考が怒りに支配される。

 あいつは、あのクソ野郎は!

 どこまで姉様を苦しめれば気が済む!?

 どこまで私を怒らせれば気が済む!?

 この呪いは、私への脅しか!

 ルナを人質に取ったって事か!

 

『私は優秀な者が手元にある事を望み、その者が私に敵対する事を望まない』

 

 クソッ!

 クソッ!

 クソォ!

 

 私は泣いた。

 さっきとは違う理由で。

 そして、その感情を決して誰にも悟られないように泣いた。

 でも、ルナだけは私の変化に気づいたのか、大声で泣き出してしまった。

 気づいてくれた事が嬉しくて、でもその何倍も苦しくて、悲しくて。

 涙が止まらなかった。



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19 セレナの城

 その後、私はなんとか自分の感情を飲み込む事に成功し、ルナを連れて後宮を出た。

 そして、学園の寮ではなくアメジスト家の別邸を目指して歩く。

 

「ノクス様、ここまでで大丈夫です。本日はありがとうございました」

「いや、それはいいのだが……セレナ、お前大丈夫か? 先程からずっと顔色が悪いぞ」

 

 ……ノクスにも気づかれてたのか。

 もっと精神力を鍛えなきゃダメだな。

 ノクスはいい奴だけど、皇帝の息子で帝位継承権第一位の第一皇子という根っからの帝国人だ。

 私が皇帝と帝国に憎しみを抱いている事を悟られてはいけない相手だ。

 気をつけないと。

 

「大丈夫です。ルナに会えて気が緩んでしまったので、疲労が表に出てしまっただけでしょう」

「どうにもそんな感じには思えないのだがな……まあいい。無理だけはするなよ。上司としての命令だ」

「はい。わかりました」

 

 ノクス本当にいい奴だな。

 あのクソ野郎の息子とは思えないし、悪役にはとても見えない。

 もう早めに代替わりしてノクスが皇帝になれば革命いらないんじゃないかな?

 

 そうして、最後まで私を心配してくれたノクスと別れ、私は別邸の中へと入る。

 そこで使用人達の一糸乱れぬお辞儀に迎えられた。

 

『お帰りなさいませ、セレナ様!』

 

 お、おう。

 なんか使用人達が生気に満ち溢れている。

 仕事楽しいですと言わんばかりの、めっちゃ明るい笑顔浮かべてるよ。

 どうしたんだろう?

 そう思ったのは私だけじゃなかったらしく、メイドスリーがコソコソと私の耳元に顔を寄せて聞いてきた。

 

「セレナ様、何やったんですか?」

「特に何も……ああ、そういえば昨日クソ家族どもを粛清したわ」

「あ~、遂に殺っちゃったんですね~。いい気味です~」

「なるほど。それで屋敷の雰囲気がやけに明るい訳ですね。納得しました」

 

 納得されてしまった。

 姉様に心酔して聖人になろうとしてたメイドスリーが、虐殺を責めるどころか思いっきり肯定してる辺り、我が家の闇を感じるわ。

 それどころか「あいつら、ルナ様の教育に悪いですしね」とか言い出す始末。

 帝国の闇は深い。

 でも、使用人達がここまで私に好意的なら、もう少し家の方に干渉してもいいかもね。

 

 そんな使用人達に見送られ、地下の転移陣を通って本邸の方へ移動。

 転移陣を警備させてるアイスゴーレムを横目に階段を上り、本邸の方でも生き生きとした使用人達に迎えられた。

 ちょっとゴミを掃除しただけで、職場環境が驚く程に改善されている。

 どんだけのガン細胞だったんだろう、あのクソ家族ども。

 

 でも、この変化は正直嬉しい誤算だ。

 本来の予定なら、この後すぐに国外逃亡するつもりだったんだけど、ルナにかけられた呪いのせいでそれはできなくなった。

 なら、最低でも呪いを解く算段をつけるまでは帝国に居座らざるを得ない。

 六鬼将にもなっちゃったし、仕事からも皇帝からも逃げられないだろう。

 

 そうなると、必然的に帝国でルナを育てるしかない。

 そして、帝国内でルナを最も安全に育てられる場所はここだ。

 帝都にいたら、また権力争いに巻き込まれかねないし。

 その点、このアメジスト領には権力争いをしようとする貴族がもういないからね。

 領内にある各街の街長とかはアメジスト家と所縁のある貴族だけど、立場的には本家であるこっちの方が遥かに上だし、大した力もないからそこまでの問題はない。

 念の為にクソ親父に飲ませたのと同種のアイスゴーレムを全員に飲ませておけば一先ずは安心できると思う。

 という訳で、ここは権力からも帝国の闇からも切り離して育てるには最適の環境なのだ。

 そんな場所の職場環境が改善されたのは喜ぶべき事だと思う。

 

 まあ、この屋敷でルナを育てる気はないけどね。

 だって血塗れの粛清があった屋敷って縁起悪いし、そもそも使用人達だって完全に信用できる訳じゃないんだから。

 私が完全に信用して信頼してるのは、同志であるメイドスリーだけだ。

 ノクス達だって、信用はしてても信頼はしてない。

 なんだかんだで、あいつらにも悪役らしい負の面はあるからね。

 まあ、身内にはかなり優しい奴らだって事はわかったから信用はしてるんだけど。

 

 そして、ルナの子育ては信頼できる奴にしか任せられない。

 必然的に適任はメイドスリーしかいない訳だ。

 更に、信頼できない者をルナに近づける訳にもいかない。

 だから、できる限りメイドスリーだけで子育てができる環境がいる。

 屋敷では、その条件が満たせない。

 

「という訳で、行くよ」

 

 その説明をメイドスリーにして、私は屋敷を出てある場所を目指して歩く。

 ちなみに、ルナの教育を任されたメイドスリーが決意とやる気と使命感で凄い燃えてたので、期待しておこうと思う。

 

 そうしてやって来たのは、かつて私が魔術の練習場に使い、姉様との逢瀬を繰り返した秘密基地。

 姉様との思い出が一番多く残る場所。

 正直、ここに居るだけで泣きそうだけど、今はそんな場合じゃない。

 

「じゃあ、始めるよ。ちょっと危ないから下がってて」

「「「え?」」」

 

 疑問の声を上げるメイドスリーにルナを預け、そのままかなり後ろの方へと下がらせた。

 そして、私は地面に手を置く。

 今から、この場所にずっと隠してきた秘密基地の本体(・・)を表に出す。

 

「『氷城(アイスキャッスル)』」

 

 その瞬間、地面が盛り上がって、そこから氷のドームがせり上がってきた。

 全体が巨大なアイスゴーレムで作られた、超巨大な移動型の氷のドーム。

 それは中身に土を侵入させない為に作った外装に過ぎない。

 その外装を今から砕く。

 

 そうして中から現れたのは、アメジスト家の屋敷より余裕で大きい氷の城。

 

 さすがに帝都にある本物の城や学園には及ばないけど、それでもどこぞの雪の女王が作った城並みにデカイと思う。

 これは元々、国外逃亡用の魔術をはじめとした諸々の研究の為の拠点が欲しいと思って作ったものだ。

 中には国外逃亡用の魔術や警備の為のアイスゴーレム数百体などが保管されている。

 あと、姉様から頂いたプレゼントという宝の数々を大事に保管している部屋もここにある。

 正確に言えば国外逃亡用の魔術の中だけど。

 

 そして、城を地下から引っ張り出す作業が終了し、メイドスリーの方を振り向く。

 3人は空いた口が塞がらないみたいだった。

 逆に、ルナは珍しい光景に興奮したのか、キャッキャと喜んでくれてる。

 その笑顔だけで救われるよ。

 

「ひゃー……」

「凄いですね~」

「前々から凄いとは思ってましたけど、ここまで凄かったんですね、セレナ様って……」

「ほら、ボーとしてないで行くよ」

「「「はい!」」」

 

 呆然としたメイドスリーに声をかけて、城の中へと招き入れる。

 ここに誰かを招いたのは、姉様以外では初めてだ。

 その後、簡単な城内の案内をしてから、改めてメイドスリーに告げた。

 

「あなた達にはこれから、ここでルナを育ててほしい。

 警備は私のアイスゴーレムが結構いるから大丈夫だと思うけど、万が一の時は渡しておいた護身用の魔道具を使って、死ぬ気でルナを守って」

「当たり前です!」

「この命に変えても守りますよ~」

「お任せください!」

 

 メイドスリーが頼もしく返事をしてくれる。

 本当に心強い。

 3人とも子育ての経験はない筈だけど、そこは年配の使用人に聞きに行くなりしてもらえばいいし、3人寄れば文殊の知恵って言葉もあるから大丈夫だと思う。

 警備の方も、アイスゴーレムは一体で並みの魔術師より強いし、護身用に渡した腕輪型の特別製アイスゴーレムがあれば、メイドスリーも高位貴族に匹敵する戦闘力を発揮できる。

 それに、私だってずっと留守にする訳じゃない。

 休みの日どころか、仕事を終えて帰宅する場所もここにするつもりだ。

 それでも不安は尽きないけど、ここより安全な場所なんて早々ないんだし、これで納得しないといけない。

 

「頼りにしてるからね、3人とも」

「「「はい!」」」

 

 だから、この不安は頼れる同志への信頼で埋めよう。

 そして、彼女達にも話しておこうと思う。

 この城のトップシークレットと、その使い方。

 それと、ルナがかけられている呪いと、その対処法について。

 

「皆、今から私のする話をよく聞いて」

 

 そうして、私はメイドスリーに全ての秘密をぶちまけた。

 それによって、メイドスリーの皇帝に対する殺意がカンストしたのは言うまでもない。



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20 初仕事

 メイドスリーに全てを話し、その日は私の城でルナと一緒に寝た翌日。

 私はメイドスリーにルナを託し、その3人に心配と激励の言葉をかけられながら送り出され、単身帝都へと戻って来た。

 そして、いつも通り学園に通ってノクスに会い、そこで伝えられた衝撃の真実。

 

 私、退学させられてました。

 

 まさかの事態である。

 いや、正確には退学じゃなくて、六鬼将としての仕事を優先させる為に飛び級で卒業した扱いになったらしいけど。

 姉様の時と同じ処理だね。

 姉様を皇帝の側室にする為に取られた忌まわしい制度だ。

 聞くだけで不快になった。

 そして、不快になってるのは私だけじゃないらしく、それを語った時のノクスもまた凄まじく渋い顔をしてた。

 

「という事で、これからのお前の職場は城の軍部だ。

 グレゴールの使っていた執務室がお前に与えられる事になるだろう。

 ただし、しばらくはレグルスとプルートの下で研修だ。

 六鬼将として、いや帝国騎士としてのノウハウが完全に身に付くまでは二人の補佐に徹しろ。

 余計な事はしなくていい。二人の後ろで学ぶ事を最優先とし、前線にはなるべく出るな。

 わかったな?」

「はい。わかりました」

 

 要約すると、私が心配だからレグルスとプルートに守ってもらえ、である。

 2年以上も深く付き合ってれば、上司の言いたい事くらいわかるさ。

 ノクスは元々、私に対して若干過保護だった。

 それが最近は若干ではなく普通に過保護になってる。

 私への負い目と、私の心の傷を心配してくれてるのが原因だと思うけど。

 この不機嫌さも、私を心配してるからこそ、厳しい人事に怒ってくれてるからだろうし。

 本当にいい奴。

 姉様の結婚相手がノクスだったら少しは納得できてたかもしれないと思えるくらいに。

 なんで、父親である皇帝とこうも違うんだろう?

 あのクソ親父から大天使が生まれた事といい、世界は謎と神秘に包まれている。

 

 

 そんな訳で、今日から私は学園ではなく城に通う事になった。

 やる事は前と大して変わらず、普段の仕事は書類仕事に精を出すプルートの補佐である。

 プルートが卒業するまでは当たり前だった光景だ。

 扱う書類がグレードアップしてる事くらいしか変わらない。

 

 他には、レグルスに連れられて、他の騎士連中と模擬戦をやったりした。

 レグルス曰く「舐められないようにしっかり実力見せつけてマウント取っとけ」との事である。

 言われた通りボッコボコのボコにして上下関係を叩き込んだ。

 騎士の中にはそこそこ強いのもいたけど、それだって精々非戦闘員だった姉様にすら及ばないんじゃないかって奴らばっかり。

 束になっても私には勝てない。

 六鬼将とそれ以下で実力に差があり過ぎる。

 なるほど、これじゃ確かに六鬼将に相応しい奴がいない訳だと妙に納得した。

 道理で、ゲームで六鬼将がやられた後に後任が出て来なかった訳だよ。

 

 あとは魔獣狩り。

 街周辺の魔獣を定期的に駆除するのも騎士の仕事だ。

 本来は六鬼将じゃなくて下っ端の仕事らしいけど、私は実戦経験を積む意味でも、この仕事を多く回された。

 まあ、ありがたいと言えばありがたい。

 おかげで自分に足りないものとかもわかったし、魔術によるゴリ押しじゃない戦闘技術というやつを習得できた。

 魔獣の断末魔聞くのはちょっとキツかったけどね。

 

 でも、勿論仕事はそれだけじゃない。

 六鬼将の本業は戦争だ。

 まだ革命軍が水面下に隠れてるので、帝国は他国との戦争に戦力を割いてる。

 そして、六鬼将はそんな戦争の現場指揮官だ。

 レグルスもプルートもしょっちゅう戦場に行く事がある。

 私もたまに付いて行くんだけど、基本的に後方待機で前線には出してもらえない。

 積極的に戦いたいとも思わないから別にいいんだけど。

 

 でも、いつかは私も戦場に出るんだろうなーとは思ってる。

 私がいつまでも見習いやってるなんて皇帝が許す訳がない。

 何せ、戦闘力だけなら私は既にレグルスとプルートを超えてるんだから。

 必ず近い内に私も戦う事になる。

 人を殺す事になる。

 それも、グレゴールやクソ家族どもとは違って、縁もゆかりも恨みもない相手を大量にだ。

 

 私にそんな事ができるのか?

 いや、できるできないじゃない。

 やるしかない。

 私が仕事をしなければ、皇帝の期待に応えられなければ、奴はルナの呪いを発動させるかもしれないんだから。

 私は皇帝に失望される訳にはいかないのだ。

 だったら、六鬼将としての職務を全うするしかない。

 戦場に出て、人を殺すしかない。

 

 なら、私はやる。

 ルナを守る為ならなんでもすると誓った

 だから、私は本当になんでもする。

 人だって殺してみせる。

 例え、それで天国の姉様に顔向けできなくなったとしてもだ。

 

 覚悟はしっかり決めておこう。

 

 

 

 

 

 そうして、私が就職して半年が過ぎた。

 その間に起きた、クソ家族どもの死を無理矢理事故死扱いにして私が正式にアメジスト家の当主になったり、綺麗なドレスを着せられてパーティーに連れて行かれたりとかのイベントを経て、13歳の誕生日を迎えた頃。

 遂にその時がやって来た。

 

「セレナ、あなたの初陣が決まりましたよ」

 

 ある日、プルートからそう告げられて私は息を飲んだ。

 でも、驚きはしない。

 ちょっと前から、そろそろ私を実戦で使ってみろって話が持ち上がってるから覚悟しとけって、プルートが警告してくれてたから。

 だから、ちゃんと覚悟は決めてきた。

 

「敵はカルセドニ男爵領で暴動を起こした平民の群れです。

 魔力を持たない劣等種が相手ならば負ける事もないでしょうし、あなたの練習相手にはちょうどいい。

 一応、私とレグルスも監督役として付いて行きます。

 なので、あまり緊張せず肩の力を抜いて頑張ってください。

 勿論、油断は禁物ですがね」

「はい。わかりました」

 

 そう。

 例え相手が悪政に耐えかねて決起しただけの、なんの罪もない民衆であろうとも。

 それが必要な事だと言うのなら……

 

 私は殺す。



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21 出撃前

「お! 今日は気合い入ってんな、セレナ!」

 

 初陣に出撃する日の朝。

 今回の反乱鎮圧部隊の集合場所で、先に来ていたレグルスにそんな言葉をかけられた。

 確かに、今回の私は気合いが入っている。

 内心で気合い入れてるとかそういうんじゃなくて、目に見えて一目瞭然な感じで。

 

 何故なら、本日の私のコーデは氷のフルプレートメイルなのだ。

 

 この日の為、というかいつか戦いに駆り出される日の為に、半年がかりで作った鎧型アイスゴーレム。

 時間と手間隙がかかってる分、その性能は即席で作ったアイスゴーレムは勿論、私の城にある自律式アイスゴーレムや、かつてのセレナ人形すら遥かに上回ってるのだ。

 最低でも伯爵クラスの魔術じゃないと傷一つ付けられない防御力。

 鎧に蓄えた魔力を身体強化以上の出力で使う事で、一時的に身体機能をレグルスが雑魚に思えるレベルまで引き上げる機能。

 両腕の籠手部分に最高級品の杖を埋め込み、魔術の発動補助もバッチリ。

 更にサブウェポンとして、腰に六本の剣型アイスゴーレムと、背中に四つの多機能型球体アイスゴーレムを装備。

 モビルスーツもビックリな仕上がりになっております。

 これが私の戦闘モードだ!

 

「さすがに初陣で死にたくはないので、気合い入れて来ました」

「アッハッハ! ビビり過ぎだろ! お前が簡単に死ぬなら俺らだってとっくの昔に死んでるっての!」

「いえ、その心掛けは立派なものです。相手が雑魚であろうとも油断しないのは大事ですからね。

 そこの脳筋の言葉を真に受けてはいけませんよ、セレナ」

「誰が脳筋だ、コラァ!」

「わかりました、プルートさん」

「セレナ!? お前どっちの味方だ!?」

 

 いや、だってプルートの言ってる事の方が正しいって思ったんだもん。

 私はルナの為にも死ねないんだから、油断なんてできる訳がないもんよ。

 だから、そんなに睨まないでくださいよ、レグルス先輩。

 

 そんなやり取りをしてる間に、今回の作戦に参加する騎士達が続々と集まって来た。

 数は全部で20人ちょい。

 今回は相手が平民という事で少数編成だ。

 カルセドニ男爵からの要請は「数が多くて面倒くさそうだから助太刀プリーズ」って感じだったらしいので、どいつもこいつもやる気がないというか、油断しまくってる感じがする。

 まあ、こいつらからしたら、平民狩りなんてカブトムシ狩りと大差ないからね。

 それだけ普通の人と訓練を受けた魔術師の力の差は大きい。

 でも、それは普通だったらの話なんだよなー。

 

 なんとなくだけど、今回の平民騒動はなんかあると私の勘が囁いている。

 革命軍の本格的な始動が約2年後に迫ってるって知ってるからそう思うんだろうけど、だからこそこの予感が当たる可能性は高いと思うんだ。

 だって、革命軍って基本的に平民の集まりだし。

 帝国の腐敗に染まってない一部の、本当に極一部のまともな貴族が指揮取ってるとは言え、革命軍の構成員は九割が平民だ。

 そして、今回暴動を起こしたのも平民だ。

 それも、最弱の男爵家とは言え、貴族がヘルプを求めるくらいには大規模な暴動。

 革命軍との繋がりを疑って当然でしょ。

 で、革命軍には平民が貴族に一矢報いる為の秘密兵器がある。

 だから油断できない訳よ。

 

 まあ、そんな事他の奴らには言えないけどね。

 だって、情報源どこだとか聞かれたら答えられないし。

 証拠もなしに変な事言っても意味ない。

 それどころか、余計な出る杭になって打たれるだけ。

 それが政治だ。

 だから、ゲーム知識云々は私の胸の内にしまっておく。

 一応、信頼してるメイドスリーには内緒と念を押した上で、あくまでも私の予想という事にして一部話してあるけど。

 

 そんな事を考えてる内に、今回の作戦に参加する騎士が出揃った。

 んだけど、その中に予想外の顔があって我が目を疑った。

 思わず目を見開いてガン見しちゃったよ。

 兜で視線隠れててよかった。

 

「ほら、セレナ」

 

 私がそいつを見て硬直した時、レグルスが私の背中を軽く押して前に押し出した。

 今回の指揮官として挨拶しろって事だと思う。

 私は予想外の人物の対処法を考えながら、口を開いた。

 

「あー、私が今回の作戦指揮を任された六鬼将のセレナです。よろしくお願いします。

 敵はカルセドニ男爵領で暴動を起こした平民達。

 簡単な任務に思えますが、窮鼠猫を噛むと言いますし、油断せずに行きましょう。

 それでは、出発!」

 

 そうして私は挨拶を終え、用意された馬に跨がって、カルセドニ男爵領に向けて出発した。

 ……ホント、どうしよう今回の仕事。

 何をするべきで、どう動くのが最善なのか若干迷う。

 主に予想外の人物のせいで。

 まさか初陣でこんな変な感じに頭使う事になるとは思わなかったなぁ。

 まあ、幸い目的地に付くまでは数日かかるし、それまでに考えとけばいっか。

 

 そうして、私の六鬼将としての初仕事が始まったのだった。



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22 えらい事になってますがな

 行軍を開始してから10日。

 私達はカルセドニ男爵領に入り、目的地である領都のすぐ近くにある森の中にまで来ていた。

 帝国で使われてる軍馬は魔獣の一種みたいで、スポーツカー並みのスピードで走る化け物なのに、移動には結構な時間がかかるのだ。

 純粋にブラックダイヤ帝国は広いからね。

 帝都と国境の間くらいにあるカルセドニ男爵領までの距離ですら、多分日本が丸ごと入ってお釣りがくるくらいの距離があるよ。

 マジで大国なんだよなーこの国。

 ちなみに、伯爵領以上の領地とか、国境を含めた重要な地点とかには帝都と繋がった転移陣があるから、少数の部隊ならそれで送り込めたりするんだよね。

 つまり、今回の仕事は少数部隊なのに馬で移動しなきゃいけないという中々にレアなケースな訳だ。

 貧乏クジ引かされた気分。

 

 そんなどうでもいい事を考えながら馬を走らせ、今回の作戦を大まかに決めた時、私達は前方から走って来る馬に遭遇した。

 ただの馬じゃない。

 私達の乗ってるスポーツカー並みのスピードで走る馬魔獣と同種の馬。

 即ち、帝国の軍馬。

 そんな馬が上にボロボロの騎士っぽい奴を乗せて走って来た。

 その鎧には帝国のマークが刻まれている。

 

「全隊止まれ!」

 

 私は騎士達に停止命令を出し、前から走って来たボロボロ騎士に近づいた。

 探索魔術の応用による見極めで、この騎士が本当に弱ってる事はわかってるから、これが罠の可能性は低いと思ってる。

 勿論、警戒はするけど。

 それで、ええっと、こういう時のマニュアルは確か……

 

「私は帝国中央騎士団所属、六鬼将序列六位『氷月将』セレナ・アメジストです。所属と階級を名乗りなさい」

 

 先に自分の階級を明かして、相手にもそれを求める。

 淀みなく答えられなければスパイ認定して拘束だ。

 

「ゴホッ! カ、カルセドニ男爵騎士団所属、三級騎士ボブ・ストンです」

 

 うん。

 すんなり答えられたみたいだし、多分本物。

 なお、騎士団は帝都所属の中央騎士団と、各領地所属の辺境騎士団に別れてるのだ。

 で、その中に、一級騎士、二級騎士、三級騎士という階級がある。

 一級騎士が公爵から侯爵クラスの魔力量と戦闘力。

 二級騎士が伯爵から子爵クラス。

 三級騎士が男爵クラス。

 こんな感じ。

 あくまでも目安なので、戦闘力が高ければ魔力量が低くても上の階級に上る事はできる。

 実際、ウチのクソ親父なんかは伯爵だけど一級騎士だったし。

 ちなみに、六鬼将は一級騎士の更に上だ。

 

「では、とりあえず、あなたの治療をしましょうか。『回復(ヒール)』」

 

 ボブさんに回復魔術をかける。

 クソ国家の騎士とは言え、まだクズ認定はしてないんだから、見捨てるのは忍びない。

 それに、例えクズだったとしても、六鬼将としては味方を無駄に見捨てる訳にもいかないし。

 怪我がみるみる内に治り、私の回復魔術の腕前に驚いたのか、ボブさんが目を見開いた。

 

「それで、ストン騎士。何があったんですか? 報告しなさい」

「は、はい! な、謎の武器を手にした平民達の猛攻に合い、カルセドニ男爵騎士団は敗走! 領都は陥落いたしました!」

 

 わお。

 やっぱり私の予感当たっちゃったか。

 でも、私以外の騎士は予想すらしてなかった訳で、ボブさんの言葉を聞いて結構、いや、かなり動揺してる。

 レグルスとプルートも例外じゃない。

 それくらい、最弱の男爵騎士団とは言え、貴族が平民に負けるっていうのは驚天動地の出来事なんだよねー。

 

「なるほど。事情はわかりました。では少し見てみましょうか。『氷翼(アイスウィング)』」

 

 私は鎧の背中部分に即席で氷の翼を作り出し、それを前のアイスゴーレムと同じ要領で浮かせて空に飛び上がった。

 別にこんな事しなくても、鎧だってアイスゴーレムなんだから飛ばせるんだけど、まあ、気分だよ気分。

 それに、魔術はイメージが大事だから、翼を作ったりアイスゴーレムを鳥型にしたりすると、案外バカにならないくらい飛行能力に差が出るのだ。

 だから、これは決して魔力の無駄使いではない!

 

「お、あれかな?」

 

 空中で誰も聞いてないから素の言葉遣いに戻る私。

 そんな私が、身体強化の応用である無属性の中級魔術『千里眼』によって視力を強化し、遠くの方を見てみると、領都の跡地と思われる瓦礫の山を占拠する大量の軍団を発見した。

 その人達は平民が無理矢理武装しましたーって感じの安物っぽい装備に身を包み、手に両手銃みたいなゴツイ代物を持って元領都に居座ってる。

 えらい事になってますがな。

 そして、あの人達どう見ても革命軍の息がかかってますわ。

 あんな特徴的な武器、他にある訳ないじゃん。

 

 なお、その元領都に大量の死体が転がってるのも見えたんだけど、レグルスとプルートの後ろで何回か戦争を経験する内に、あれくらいなら見ても吐き気を催さない程度にはグロ耐性が付いたよ。

 姉様を助けに行った時にも護衛の死体とか見てたし、クソ家族どもを殺した時なんか結構なスプラッタだったしで、元々それなりの耐性が付いてたみたいだしね。

 それでも結構気分悪くなるけど、そこは我慢するしかない。

 

 そんな空からの偵察を終えて、地上へと帰還する。

 

「確かに、領都は暴徒達によって制圧されているようですね。

 予定を変更します。

 本来であればカルセドニ男爵に面会し、暴徒の情報を得てから討伐作戦を開始する予定でしたが、肝心の男爵の住まう領都が制圧されていては、それどころではないでしょう。

 なので、まずは領都を暴徒達の手から解放します」

 

 私はこの後の予定を告げた。

 同時に思考加速を使って即座に作戦を練り上げ、通達する。

 

「私は領都の上空から敵の主力を叩きます。

 あなた達は四人一組になって散開。その内四組は東西南北の各門へと赴き、そこで逃げようとする敵を処理しなさい。

 残りの一組は領都内に入り、私と共にそこに残る敵を殲滅です。

 わかりましたか?」

『ハッ!』

 

 騎士達が元気よく、反論の一つもせずに返事をする。

 ここに集まった騎士の殆どは、私がボコボコにして上下関係を叩き込んだ連中なので文句は言わない。

 そうして指示を出す私を、プルートは満足そうな顔で眺めていた。

 レグルスは「俺よりちゃんとしてやがる……」と呟きながら微妙な顔してた。

 そんな二人は監督役なので作戦には組み込めない。

 組み込まなくても多分問題ないと思うけど。

 

「よろしい。では、作戦開始!」

 

 なんか当初の予定とは違うトラブルが発生しちゃったけど、これは充分に予測できた事態なんだから問題はない。

 むしろ、これはある意味チャンスだ。

 そう思って戦うとしよう。

 

 さて、それじゃあ戦闘開始と行こうか。



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氷月将の初陣

「領主の首を取ったぞ!」

『ウォオオオオオオオオオオオオ!』

 

 その日、勇気を振り絞って立ち上がり、憎き貴族達に反旗を翻した人々が、カルセドニ男爵領の領都にて勝利の雄叫びを上げた。

 彼らの殆どは、この領地出身の平民の兵士だ。

 ロクな装備も支給されず、貴族達からは使い捨ての駒どころか肉壁程度にしか思われていない名もなき戦士達。

 それが彼らだった。

 

 貴族の遊びで家族を殺された男がいた。

 貴族の性欲発散の為に弄ばれた女兵士がいた。

 貴族に死ねと言われるも同義の命令を何度も受け、その度に友を失ってきた老兵がいた。

 それでも彼らは貴族に頭を下げ、怒りを飲み込み、平伏する他になかったのだ。

 魔術という超常の力を扱う貴族に、ただの人である彼らが勝てる道理などなかったのだから。

 

 だが、彼らは今その絶望を覆し、今まで彼らを何度も何度も踏みにじってきた貴族達を倒して、この地の貴族達の長である領主を討ち取ってみせた。

 これは歴史的快挙である。

 平民でも貴族と戦えるのだと、貴族を倒せるのだと、彼らはその身を持って証明してみせたのだから。

 

 そんな彼らのリーダーの女性は感動の涙を流しながら、その力を自分達に授けてくれた存在に向けて精一杯の祝福を送った。

 

「革命軍、万歳!」

『万歳!』

 

 戦士達がそれに続く。

 そう。

 彼らは自らを革命軍と名乗る組織、その末端だった。

 彼らはつい最近、革命軍の末席へと加わった者達だ。

 そして、革命軍の本隊が授けてくれた強力な力、魔導兵器(マギア)と呼ばれる武器を使って領主達を倒したのだ。

 

 当然、かなりの犠牲者は出た。

 彼らに与えられた魔導兵器(マギア)は量産品であり、貴族と戦うに当たっては必要最低限の性能しか持っていない。

 それを数の暴力に任せ、夥しい数の犠牲を出す事を許容する事で、なんとか領主達を討ち倒した。

 それが今回の戦いの本質である。

 

 だが、そんな命令は革命軍本隊から出ていない。

 今はまだ準備の段階であり、水面下に潜むようにと厳命されていたのだ。

 本格的な革命開始の予定は数年後。

 しかし、彼らはそこまで待てなかった。

 それ程に、彼らのこの地の領主であるカルセドニ男爵への恨みや怒りは膨れ上がっていたのだ。

 反逆する力を得れば一切の我慢ができなくなる程、彼らの堪忍袋の尾は既に限界だった。

 まあ、それは殆どの領地で同じ事が言えるだろうが。

 本当に帝国の闇は深い。

 

 だが、そんな絶望の時代は終わる。

 自分達の手で変えられる。

 彼らは本気でそう確信し、その眼は未来への希望で輝いていた。

 

 これは根拠のない自信などでは断じてない。

 実際に、彼らは貴族の一派を潰してみせたのだ。

 絶対と思っていた力の象徴を打倒してみせたのだ。

 ならば、他の貴族を倒せない道理などない。

 そう本気で信じる彼らは……

 

 あまりにも無知だった。

 

「『氷結世界(アイスワールド)』」

 

 その無知さを嘲笑うように、上空から氷結の裁きが降り注ぐ。

 膨大な冷気の塊。

 それに触れた者達が一瞬で氷漬けの氷像へと変わった。

 その中には彼らのリーダーも含まれている。

 彼女のいる位置を目掛けて、この裁きは飛んで来たのだから当然だ。

 

「空の上に何か居るぞ!」

 

 その突然の事態に驚愕しながらも、少しは冷静さを保っていた戦士の一人が上空を指差した。

 釣られて氷結をまぬがれた者達が空を見上げると、そこには翼の生えた氷のような全身鎧を身に纏う小さな少女がいた。

 その少女は、まるで夜空に浮かぶ月のように、遥か高みから戦士達を見下ろしていた。

 

「新手の貴族か!?」

「こ、子供?」

「子供でも貴族なら敵だ! 撃ち落とせぇ!」

 

 誰かがそう叫び、戦士達の殆どが一斉に魔導兵器(マギア)を構え、放った。

 魔力の塊である薄い光の弾のような物が魔導兵器(マギア)から発射され、大量のそれが上空に居る少女へと牙を剥く。

 

「『浮遊氷珠(アイスビット)』」

 

 だが、それも少女には一発足りとて届かない。

 少女の背中からソフトボールサイズの小さな珠が飛び出し、それが少女を守るような位置へと高速で飛翔する。

 そして、珠は一瞬で分厚い透明な氷を纏い、それが盾となって少女への攻撃を完全に防いでみせた。

 

「『浮遊氷剣(ソードビット)』」

 

 反撃に、少女は腰に差した六本の剣を抜く。

 手で握って抜いたのではなく、剣が独りでに鞘から抜けたのだ。

 そのまま宙に浮かび続ける六本の剣。

 それが不意に消えた。

 そして次の瞬間、六本の剣はそれぞれ六人の戦士達の体を刺し貫いていた。

 剣は消えたのではない。

 彼らが目で追えない程の速度で襲って来たのだ。

 

「ギャ、ギャアアアアアアアア!?」

 

 剣に貫かれた戦士達が激痛に絶叫を上げる。

 だが、少女は手を緩めない。

 剣は即座に刺し貫いた戦士達の体を貫通して、再び姿を消す。

 そして、戦士達を見えない斬撃が襲い、彼らは急速な勢いで死んでいった。

 反撃に魔導兵器(マギア)の弾を撃つも、ダメージを与える事はおろか、少女をその場から一歩足りとも動かす事すら叶わない。

 

 そこで彼らは理解した。

 この少女には勝ち目がないと。

 かつて貴族達に向けていたのと同種の感情を少女に抱く。

 それは、絶対的な強者への恐怖だ。

 まるで魔導兵器(マギア)を手に入れる前に戻ったかのようだった。

 彼らはまたしても絶対に勝てない化け物と出会ってしまったのだ。

 

 以前は頭を垂れて平伏し、惨めに命乞いをする事で生き永らえた。

 だが、今は問答無用で殺されている。

 命乞いをする暇すらない。

 なら、彼らに取れる手段は一つしかない。

 

「に、逃げろぉ!」

 

 背中を向けて逃げる事。

 恐怖に支配された彼らは逃げる事しかできなかった。

 しかし、それすら叶わない。

 彼らが逃げた先には、氷で出来た大量の鎧が待ち構えていた。

 鎧が手に持った剣を振りかぶり、逃げた者達を斬り捨てていく。

 必死にそれを潜り抜けて門に辿り着こうとも、そこには彼らが倒した辺境騎士団とは比べ物にならない程に屈強な騎士達が待ち構えている。

 彼らに逃げ場などなかった。

 

 哀れで、惨めで、貴族の気分次第で簡単に死んでいく弱者達。

 その姿は、まさしく殆どの貴族達が馬鹿にして見下している、平民(・・)の姿そのものであった。

 そこにはもう、自らの手で絶望の時代を終わらせようとした、誇り高き革命戦士達の姿はなかった。



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23 殺しの覚悟

 氷翼(アイスウィング)を使い、屋敷の跡地っぽい所で万歳三唱してた人達に近づいて、リーダーっぽい女の人を中心に百人くらい氷像に変えた後。

 鎧の性能テストも兼ねて、普通に魔術を使うんじゃなく、サブウェポンの剣や球体だけで革命軍を蹂躙してみた。

 

 結果、このサブウェポンはかなり使える事が実証できました。

 

 これは今でもよくやるレグルスやプルートとの模擬戦や、魔獣討伐の経験を基に、頭を捻って私に足りない要素を補う為に作った武装だ。

 まず大前提だけど、純魔術師タイプの私が一番得意とする戦闘スタイルは、言うまでもなく遠距離戦。

 で、その時、相手の攻撃を自動でガードしてくれる盾でもあれば、一方的に自分だけ魔術を撃ちまくれて超有利になるのに! という思いから生まれたのが多機能型球体アイスゴーレムだ。

 これはセレナ人形と同じく魔術を使える自律式アイスゴーレムなので、核となる球体の周りに盾型の氷を生み出して自動で私を守ってくれる。

 それが基本のプログラムな訳だけど、それ以外にも私が手動で操作すれば強烈な魔術を使って私本体のサポートをする事もできるし、まさに多機能型。

 実際に使ってみて改めてわかった、この便利さよ。

 

 もう一つの剣型アイスゴーレムは、近距離戦を仕掛けてくるタイプに対処する為の武装だ。

 前にレグルス相手に即席で氷の剣を作って戦った事があったけど、あれをもっと極めればちゃんとした技として確立できるんじゃないかと思って作ったのが、この六本の剣型アイスゴーレム。

 これは自律式じゃないから球体アイスゴーレムと違って自動では動かないし、剣以外の形に変える事もできないけど、その分凄く頑丈で素早く動かせる。

 これならレグルスに軽く捌かれるって事もないと思うし、これによるサポートと、今回は使わなかった身体強化の魔術、更に鎧によるそれ以上の強化があれば、例え近接戦闘タイプに距離を詰められても戦えると思う。

 まあ、今回は普通に遠距離攻撃に使っちゃったけどね……。

 

 それはともかく。

 普通の魔術をメインに、球体アイスゴーレムで守り、鎧本体と剣型アイスゴーレムで近距離に対処する。

 これが私のガチ戦闘スタイルという訳だよ。

 隙なしだぜ!

 多分、この状態ならレグルスとプルートの二人を同時に相手しても勝てると思う。

 私も強くなったもんだ。

 それを今回の戦いで実感できた。

 だから、少しは喜ぼう。

 

 そうじゃないと、気持ち悪さと罪悪感で吐いてしまいそうだ。

 

 今私の目の前で起こっているのは虐殺の光景。

 剣型アイスゴーレムが罪のない人々を斬り殺し、戦意喪失して逃げた人には、即席で作った手抜きアイスゴーレムをぶつけるという鬼畜の所業。

 それをやってるのは私だ。

 一応、戦意喪失した人達はできるだけ殺さないようにアイスゴーレムを操ってるけど、そんな事はなんの言い訳にもならない。

 どうせ、ここで私が殺さなくても貴族殺しなんて重罪をやらかした以上は死刑だろうし、下手したら貴族の玩具にされて私が殺すよりも惨い死を迎えるかもしれない。

 だけど、それでもできるだけ無駄な殺しはしたくない。

 

 これは私の我が儘だ。

 この手を血で汚す覚悟は決めてきた。

 これは戦争だ。

 お互いに大事なものを守る為の戦いだ。

 その中での犠牲はもう仕方がない。

 戦争ってそういうものなんだから。

 

 だけど、必要以上に殺せば、必要以上にいたぶれば、それはもう戦争ではなく悪魔の遊びだ。

 他のクソ貴族どもがやってる事と何も変わらない。

 帝国の闇に染まり、完全な悪になってしまったら、私は姉様に顔向けできない。

 胸を張ってルナを育てる事もできない。

 そして、私がそうなってしまう事を姉様は望まないだろう。

 

 私は、自分が鬼になろうが悪魔になろうが、それで姉様を守れるなら本望だった。

 その想いは今でも変わっていない。

 姉様が死んで、守る対象がルナに変わっただけで、私の覚悟はそのまま残ってる。

 

 それでも、できるだけ姉様の意志に背きたくない。

 姉様が望まない事をやりたくない。

 姉様が悲しむような存在になりたくない。

 

 私は姉様の意志よりもルナの命を優先する。

 だけど、それは決して姉様の意志を蔑ろにしていい理由にはならない。

 命の方が優先順位が高いだけで、姉様の意志だって滅茶苦茶大切なものなんだから。

 

 だから、私は無駄な殺しはしない。

 無駄にいたぶる事もしない。

 無駄に弄ぶ事もしない。

 

 ただ、必要だと思った時だけは、私は悪に染まる。

 その時だけは、私は鬼にでも悪魔にでもなる。なってやる。

 

「そう。これは必要な事なんだ」

 

 だから、やる。

 だから、殺る。

 だから、こんな鬼畜行為に手を染めたんだ。

 本当なら一撃で全員凍らせちゃえばよかった。

 そうすれば無駄な血なんて一滴足りとも流れなかった。

 それなのに、ここまで派手に人を殺したのは、それによって平民達を街の中で逃げ回らせ、()を戦いの場へと駆り出す為。

 そんな外道な事をするくらいの覚悟がとうに決まってる。

 なら、もう迷いはない。

 

 私は今回のメインターゲットを殺害するべく、再び動き出した。

 

 多分、私のこの決断が歴史を歪めてしまうだろう。

 あった筈の希望の未来を打ち砕き、来る筈だった夜明けを遠ざけて、多くの人々を終わらない絶望の夜に沈める事になると思う。

 それでも、それが必要な事なら。

 それでルナの命が助かるのなら。

 私は喜んで、多くの人々を不幸のどん底に突き落とす。

 

 例え、それを姉様やルナ本人が望まなかったとしても。



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英雄になる筈だった男

 帝国中央騎士団所属、二級騎士ブライアン・ベリルは、目の前の光景を見て、自分の中の帝国への忠誠心が揺らぐのを感じた。

 

 今、彼の前に広がる光景は、地獄だ。

 弱冠12歳という若さで六鬼将の地位を得た天才『氷月将』セレナ・アメジストによって生み出された地獄だ。

 多くの人々が断末魔の悲鳴を上げながら死んでゆく。

 死ななかった者も、激痛に呻きながらいっそ殺してくれと泣き叫ぶ。

 更には、そうして悲鳴を上げる者達を嬉々として追い回し、無惨に殺していく同僚達。

 そんな悲劇に襲われているのは、倒すべき敵国の兵士ではなく、自国の国民達だった。

 

 ブライアンは、帝国内では珍しいまともな部類の貴族の家に生まれた。

 小さな男爵家で、貴族内での発言力はないに等しい弱小貴族だったが、それ故に彼らは自分達が持つ小さな領地と、そこに住まう平民達を大事にした。

 平民達の力すら借りなければ生きられなかったからだ。

 だが、別に平民達を大事にしていると言っても、ことさら優遇していた訳ではない。

 ただ、他の貴族達と違って理不尽な扱いをしなかっただけだ。

 しかし、そんな家に生まれ育ったおかげで、ブライアンは平民を見下す事なく成長する。

 

 やがて、ブライアンは己の剣術の才がある事を知り、貴族学園の騎士学科を卒業して騎士になった。

 魔力量は努力しても平均的な三級騎士より少し上程度だったが、類い稀な剣術の才能を認められて二級騎士の位を授かり、家族には大いに喜ばれた。

 しかし、騎士としての職務を続ける中で、ブライアンは少しずつ帝国への不信感を募らせていく事となる。

 

 その原因は、自分以外の貴族の平民への扱いだ。

 物扱い、家畜扱い、玩具扱い。

 共に戦場に立つ事もあった平民の兵士達に至っては、ただの肉壁扱いされていた。

 敵の攻撃を少しでも止められたら儲けもの。

 止められたら止められたらで、なんの躊躇もなく魔術の巻き添えにする。

 騎士の中には、それを見て笑う者すらいたのだ。

 汚い花火だなんだと言って。

 とても同じ人間にする事とは思えなかった。

 

 ブライアンにとって、平民は見下す対象ではない。

 特別大切に思っている訳でもなかったが、いたずらに殺していい存在だとも思っていなかった。

 平民だって騎士が守るべき国民ではないのか?

 そんな切実な疑問を抱きつつも、現在の地位や家族の期待を投げ打ってまで何か行動を起こす事もできず、悶々とした日々を過ごしていた。

 

 そんな中でも真面目なブライアンは職務を全うし、それが評価されて最近、中央騎士団への移動が決定した。

 栄転である。

 そして、中央騎士団での初任務として赴いたのが今回の任務。

 そこで見たのは、誉れ高き中央騎士団所属の騎士達が、自国民を嬉々として虐殺するという地獄であった。

 

 そこで、ずっとブライアンの心の内にあった帝国への不信感は頂点に達した。

 

 自国民を嬉々として殺す騎士に価値などあるのだろうか?

 確かに、彼らは反乱という許されざる罪を犯した。

 だが、それだって今までの彼らへの扱いを考えれば、起きて当然の事態だと思える。

 同情の余地は大いにあるどころか、同情の余地しかない。

 なのに、彼らは反逆者として、その事情を一切考慮される事なく殺されていく。

 果たして、命令に従って彼らを殺す事は本当に騎士としての正しい姿なのだろうか?

 セレナに街の中での殲滅を命じられたブライアンは、嬉々として平民達を追って行く同僚達に付いて行く事ができず、ただ剣を強く握り締めたまま俯き、動けなくなってしまった。

 

 そんなブライアンに向けて、無数の魔力の塊が飛来した。

 

「っ!?」

 

 咄嗟に握り締めていた剣で全ての魔弾を弾き飛ばす。

 戦場で油断するなど一生の不覚だとブライアンは自嘲した。

 自分が戦う意義を見いだせずに俯いていようと、平民達にとって自分は憎い敵の一人でしかない。

 止まっていれば撃たれて当然であった。

 

 しかし、そこでブライアンは驚愕の光景を目にする事となる。

 

「こ、これは!?」

 

 彼に対して魔弾を放ってきたのは平民達ではなかった。

 彼らが持っていた巨大な杖のような物を構え、こちらに攻撃を仕掛けて来たのは、氷で出来た人形達だ。

 全身鎧の形をした氷の人形達が、平民達の武器を構えて自分を攻撃してきた。

 その事実にブライアンは混乱する。

 この人形達は彼の上司であるセレナが魔術で作った物であり、つまりは味方の筈だ。

 それに攻撃されるなど意味がわからなかった。

 

「いったい何が……っ!?」

 

 思わずそう口にした瞬間、ブライアンの腹部に激痛が走った。

 見れば、氷のように透き通った美しい剣が、彼の腹を貫いていた。

 彼の鎧や身体強化の魔術を貫通して。

 

「ぐっ……!?」

 

 その剣は独りでに動いて引き抜かれ、ブライアンの腹から大量の血が吹き出す。

 生命力の強い魔術師故にまだ死にはしないが、剣に背骨を両断されてしまった為、下半身に力が入らない。

 ブライアンはそのままうつ伏せに倒れた。

 そんな彼の元に、武器を構えた人形達が近づいて来る。

 同時に、その人形達に紛れて近づいて来る、一回り小さな鎧の姿がブライアンの目に映った。

 それは間違いなく、彼に指示を与えていた上司。

 六鬼将序列六位『氷月将』セレナ・アメジストに他ならなかった。

 

「セレナ様……!? 何故……!?」

「ごめんなさい」

 

 セレナはただそれだけ告げ、同時に人形達が手に持った武器を作動させた。

 至近距離から放たれる大量の魔弾。

 それに打ちのめされ、ブライアンの命の灯火が急速に消えていく。

 

(これが六鬼将の、騎士の頂点のやる事か……なら、俺は、なんの為に、騎士に……)

 

 そんな思考を最後に、ブライアンの意識は完全に消失した。

 この日、民の事を憂いた一人の正しき騎士が、生きていたならば革命軍の英雄になっていた筈の男が。

 ひっそりと命を落とした。



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24 やっちまった。もう後には引けない

 手抜きアイスゴーレム達に革命軍の武器であった魔導兵器(マギア)を使わせ、革命軍の仕業に見せかけて今回のメインターゲットであるブライアン・ベリルを殺害した私は、内心の凄まじい罪悪感を押さえ込みながら、何食わぬ顔で仕事に戻った。

 これで今回やるべきだった最大のミッションは完了だ。

 あとは本来の仕事である暴徒鎮圧を済ませればお仕事完了である。

 

 ここで、ブライアンを殺した理由を説明しておこうと思う。

 実はなんと!

 彼はゲームにおいて主人公を革命軍に勧誘する物語のキーマンだったのだ!

 な、なんだってー!

 

 つまり、ブライアンが生きていた場合、今から約2年後のゲーム開始時において、彼は帝国騎士でありながら革命軍のスパイというカッコいい感じの職業にジョブチェンジする事になる。

 もしかしたら、今の時点でもう既に革命軍と繋がってたのかもしれないけど、証拠はないし、本人も死んじゃったから確かめようがない。

 

 まあ、それはともかく。

 2年後のブライアンは、例のゲーム序盤のイベントである宿屋の看板娘誘拐事件を引き起こすクソ貴族の所の護衛騎士になってて、そこに看板娘を助けに来た主人公をボッコボコにして捕まえた後、主人公の正義の心に感化されて、彼を助けつつクソ貴族の屋敷を全焼させて逃走。

 その後、主人公を革命軍に勧誘する訳だ。

 ちなみに、護衛対象を死なせちゃった事によって、ブライアンは騎士としての身分を失い、スパイから本格的な革命軍の戦士にジョブチェンジして、主人公のパーティーメンバーになる。

 その後は、最終決戦で皇帝に挑む時まで一緒だ。

 そうして、ブライアンは主人公と一緒に皇帝を倒して英雄となる。

 

 私はそれを殺しちまった訳だよ!

 ウェーイ!

 罪悪感で吐きそう!

 頭が壊れてテンションがおかしな事になってるぜ!

 

 そして、これでもう後には引けない。

 ブライアンが死んだ以上、因果率的な何かが発生しない限り、主人公も宿屋の看板娘誘拐事件の時に死ぬだろうし、そうなったら革命は十中八九成就しない。

 主人公なしで勝てる程、皇帝は甘い相手じゃないと思うから。

 

 故に、私はこれから一切の容赦なく革命軍を潰す。

 あわよくば主人公が皇帝を殺してくれないかという淡い期待を自分の手で潰しちゃった以上、もう革命軍に期待する事はできない。

 だから全力で潰す。

 だって、革命軍によって帝国が追い詰められたらルナの死亡率も上がっちゃうだろうから。

 この国の夜明けを待ってる人達には悪いけど、しばらくは真っ暗闇な夜のままにさせてもらおう。

 その代わり、皇帝がノクスに代替わりしたら国は変わると思うから、それで許してほしい。

 無理か。

 無理だな。

 本当にごめんなさい。

 

 正直、ブライアンを殺すかどうかの選択は凄い迷った。

 正確には、主人公による皇帝殺しを期待するか、その可能性を切り捨てて完全に帝国に服従するかで凄い迷った。

 だって、私としては革命軍の目的が成就する事自体は別に問題ないというか、むしろ、諸手を挙げて歓迎したいくらいなんだから。

 

 革命の成功は即ち皇帝の死だ。

 国家元首を討ち取らずして成功する程、革命は甘くない。

 どこぞの徳川最後の将軍様みたいに降伏でもしない限りはね。

 あの皇帝が降伏?

 ないでしょ。

 よって、革命軍の勝利条件の一つは皇帝の首な訳だ。

 そんなもんはノシつけてプレゼントフォーユーしたい。

 革命軍が皇帝だけ殺してくれるんなら、私は心の底から応援するよ。

 そう。

 皇帝だけ(・・)殺してくれるんならね。

 

 でも、これはそう簡単な話じゃない。

 私が応援するのは、あくまでも革命の結果だ。

 その過程にある事に関しては一切応援できないし、それどころか全力で叩き潰さなきゃならない。

 革命軍が皇帝に迫るという事は、帝国を切り崩して進軍してくるという事だ。

 そして、帝国を打倒せんとする敵を、六鬼将の私が放置する訳にはいかない。

 そんな事したら職務怠慢で首が飛んでしまう。

 そうなったら、ルナのお先が真っ暗だ。

 

 当然、そんな事が許容できる筈もなく、どっちみち私は革命軍と戦わざるを得ない。

 しかも、革命軍に帝国が追い詰められたら、私やルナの死亡率も上がる。

 戦争は勝ち戦より負け戦の方が死にやすいのは言うまでもない。

 そして、私が死んだら皇帝にとってルナを生かしておく理由がなくなってしまう。

 当て付けに呪いを発動させるか、それとも私や姉様の代わりとしてコレクションにするか。

 どっちしろ平穏な生活は送れないだろう。

 そんな事許せる訳ねぇだろ!

 おまけに、侵攻してきた革命軍がルナの居るアメジスト領に手を出さない保証だって欠片もないんだから。

 

 こんな感じで、革命軍が侵攻して来るのはリスクが高過ぎる。

 私にとって、革命軍という存在はとんでもないギャンブルなのだ。

 革命軍の進軍を見逃し、戦死や処罰やルナの死と紙一重の危ない橋を渡り続けて、革命軍を皇帝にぶつけて殺させる。

 それがこのギャンブルの勝ち筋。

 カ◯ジ並みのクソ難易度じゃねぇか!

 そんな危な過ぎる賭けできるか!

 チップが私の命だけならやっただろうけど、ルナの命まで懸かってる以上、できる限り危ない橋は渡れないんだよ!

 

 という事で、私の中ではギャンブルダメ絶対という結論が既に出ていた。

 それでも、実際に皇帝を殺し得る手段を潰すという決断は凄い勇気が必要だったけど。

 だって、それに頼れないなら、私が取るべき手段は一つしかなくなるのだから。

 

 その手段とは、悪の帝国に忠誠を誓い、呪いを解く手段を見つけるか、皇帝がいつか死ぬその時まで、ひたすらに耐え続ける事。

 

 皇帝だって人間だ。

 いつかは必ず寿命で死ぬだろう。

 そうすれば、呪いを解く手段が見つからなくてもルナは自由になれる。

 皇帝が死ぬまで自由な生活を送らせてあげられないどころか籠の鳥生活を強いてしまうっていうのはもの凄く心苦しい。

 けど、その時間が辛いならコールドスリープという手もある。

 そうすれば寿命も縮まないし、私のコールドスリープは魔力ごと対象を凍結封印するから、もしかしたら皇帝の呪いごと止められるかもしれない。

 今もルナには、呪いが発動しそうになったら即座にコールドスリープ状態にさせるお守りを持たせてるし、手段の一つとしてはありだと思う。

 失敗したらルナの人生を丸ごと奪っちゃう手段だから、本当に最後の手段だけど。

 

 でも、そういうの全部ひっくるめて、これが私の選ぶ道である。

 憎い憎い皇帝に頭を下げ続け、悪の帝国に忠誠を誓い、ルナの助命を懇願し続ける事を私は選ぶ。

 それが一番成功率の高い賭けだからだ。

 

 だから、私は革命軍を潰す。

 彼らが真に国家を憂いて、虐げられる民衆を憂いて、そんな大義の為に戦う組織だったとしても、そんな事は関係ない。

 革命軍の存在はルナを危険にさらす。

 だから、潰す。

 徹底的に潰す。

 半端はやらない。

 慈悲も情けもかけない。

 それが必要な事だと、必要な戦いで必要な殺しなんだと信じているから。

 

 私はブライアンの亡骸に背を向け、彼と同じような善良な革命戦士達を踏みにじる覚悟を改めて決めた。



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25 魔導兵器

「ご苦労様でした。これにて作戦終了です」

 

 全ての暴徒達を殺すか捕らえるかして無力化し、生き残りを街の中央に集めてお仕事完了。

 正確には作戦が終了しただけで、後始末とか色々あるからまだ完全には終わってないんだけどね。

 ただ、戦いはこれで終了だ。

 

 私がその宣言をした直後、隣からパチパチと拍手が聞こえてきた。

 見れば、プルートが優しい顔をして手を叩いている。

 レグルスは誇らしそうな顔で私を見ていた。

 

「お見事でしたよ、セレナ。

 戦死者が一人出てケチが付いてしまいましたが、それを差し引いても立派な初陣でした。

 これならば、誰であろうとあなたを認めるでしょう。

 六鬼将の一人として相応しいとね」

「その通りだ! たまにはプルートもいい事言うじゃねぇか!

 よく頑張ったな、セレナ! お前は俺らの自慢の後輩だぜ!」

「わぷっ!?」

 

 レグルスが全力で頭を撫でてきた。

 姉様の優しさ溢れる天使の撫で方と違い、犬でも撫でるかのような乱暴な手つきだ。

 やめろー!

 頭がぐわんぐわんするー!

 

「さて、セレナの方はそれでいいとして、問題はこの暴徒達ですね。

 劣等種の分際で魔術と思わしきものを使っていたのは見過ごせません。

 即刻、調査する必要があるでしょう」

 

 プルートがそう言って眼鏡をくいっとする。

 これがプルートの悪役としての面だ。

 彼は平民の事を魔力を持たない劣等種と呼んで見下している。

 他の連中と違って理不尽にいたぶったりしないだけマシだけどね。

 多分、平民なんて眼中にないんだと思う。

 

「尋問なら俺に任せとけ! ちょうど俺好みのいい女がいたからな。ちょっくらそこら辺で取り調べしてくるわ。

 という訳でセレナ。そこで氷漬けになってるあの女を元に戻してくれ」

「……程々にしてくださいね」

「わかってる、わかってる」

 

 という事で、私はレグルスがご所望のリーダーっぽい女の人を解凍した。

 まだコールドスリープの影響が抜けていなので意識がない。

 今の内に合掌しとこう。

 

「あなたはまたセレナの教育に悪い事を……劣等種とまぐわうなどどうかしていますよ」

「うるせぇ! 俺も気持ちいいし、相手も気持ちいいし、ついでに情報も抜き取れる!

 ウィンウィンなんだから別にいいじゃねぇか!」

 

 そうして、レグルスは私が解凍したリーダーっぽい女の人を連れて破損してない民家の中に消えて行った。

 その直後、家の中から「あぁ~~~~~ん♥️」という悩ましい声が聞こえてきたので、私は聞こえないふりをしました。

 

 これがレグルスの悪役としての面だ。

 彼は女好きである。

 だから、気に入った平民の女の子とか、敵軍の捕虜の女兵士とかにすぐ手を出して、美味しく頂いてしまうのだ。

 一応、自国の貴族とか相手だったら了承を取ってからヤるらしいし、あんな感じでヤる相手にも痛い事はせずに技と媚薬で極限まで気持ちよくさせるのをモットーとしてるらしいので、相手の事を何も考えずレ◯プするのが趣味だったクソ親父とかよりはマシ……だと思っておこう。

 

 ちなみに、レグルスが私を誘った事はない。

 どうやら奴にロリコンの気はないらしい。

 ちなみに、プルートを誘った事もない。

 どうやらBLの気もないらしい。

 今はまだ。

 そんな考えが私の脳裏を過った瞬間、魔導兵器(マギア)をマジマジと見詰めていたプルートがビクリと震えた。

 相変わらず勘の鋭い事で。

 

 

 そんなこんなで後始末は進み、私は今回の事の顛末とレグルスが聞き出した事で正式な情報となった『革命軍』と『魔導兵器(マギア)』の事を書いた報告書を作成して、それを騎士の何人かに持たせて帝都に戻らせた。

 あとは皇帝とか、軍部の頂点である六鬼将序列一位の人とかの指示待ちだ。

 

 ちなみに、その魔導兵器(マギア)だけど、これの説明を軽くしておこうと思う。

 これこそが革命軍の根幹を成す兵器であり、平民が貴族に対抗する為の切り札なんだよね。

 簡単に言うと、平民が簡単な魔術を使えるようになる武器だ。

 

 実は、魔力を持ってなくても魔術を使う事はできるのだよ。

 この世界には魔道具という魔力を流せば特定の魔術を発動させてくれる道具が存在する。

 転移陣しかり、トイレを水洗式にしてくれる水の魔道具しかり。

 だから、中世ヨーロッパ風の世界のくせに、貴族の暮らしだけはシャワーあり、トイレあり、キッチンありと、現代日本並みなんだよね。

 まあ、テレビとかはさすがにないから、現代日本並みは言い過ぎだと思うけど。

 

 でも、魔道具を発動させる為には魔力が必要。

 じゃあ魔力を持ってない平民にはどうせ使えないんじゃね?

 そう思われるかもしれない。

 しかーし、そこは革命軍側の魔道具製作者の発想の転換によって解決した。

 その逆転の発想がこうだ。

 魔力がないなら、ある所から持って来ればいいじゃない。

 

 という訳で、あの魔導兵器(マギア)の仕組みを簡単に説明するとこうだ。

 あれには私の自律式アイスゴーレムと同じく、内部に魔力を貯めておけるシステムが搭載されている。

 銃のマガジンみたいな感じで。

 殆ど私の自律式アイスゴーレムと同じ仕組みだね。

 というか、私の方がゲームで知ったこのシステムを真似て作ったのが自律式アイスゴーレムな訳だけどさ。

 まあ、私製の方が複雑で高性能だろうけど。

 何せ、かけてる魔力量が違うから。

 

 まあ、それはともかく。

 そのマガジン部分に革命軍側の貴族達がえっさほいさと寝る間も惜しんで魔力を注ぎ込み、それを平民の兵士達に支給する事で簡単魔導兵器(マギア)の出来上がりー! となった訳だよ。

 なお、魔力タンク役はブラック企業も真っ青な地獄の労働らしいぞ!

 魔導兵器(マギア)生産工場の方も負けず劣らずの地獄らしいけど。

 

 で、このゴツイ両手銃みたいなのが、そんな革命軍の皆さんの血と汗と涙で作られた量産型魔導兵器(マギア)

 恐ろしい事に、ゲームでは革命軍のほぼ全員が装備するくらいの量産に成功してた。

 革命軍の兵士の数って、軽く百万越えてると思うんだけどなー。

 どんだけブラックな労働を強いたのだろうか。

 そこだけは帝国よりブラックかもしれない。

 

 でも、数こそ恐ろしいけど性能は大した事ない。

 これの機能は引き金を引くと無属性の初級魔術『魔弾』を撃ち出すという簡単なもの。

 だが、この魔弾に大した威力はない。

 男爵クラス相手ですら何発も叩き込まないと倒せないし、高位貴族に至っては身体強化だけで防げると思う。

 ぶっちゃけ、私も今回の戦闘でわざわざガードする必要なかったくらいだ。

 それでもガードしたのは念の為でしかない。

 これを持った奴が百万人いても、私一人で殲滅できる自信がある。

 

 でも、勿論そう簡単な話でもない。

 革命軍がそんな貧弱な装備だけで戦いを挑む訳ないんだから。

 この魔導兵器(マギア)はあくまでも量産品の最低品質。

 革命軍の主力にはもっと高性能なのが支給されてるし、幹部クラスは専用の魔導兵器(マギア)を持ってる。

 未来のブライアンも持ってた。

 自分の魔術と剣術と魔導兵器(マギア)の力を組み合わせる事によって、雑魚い魔力量しか持ってないくせに強キャラになった男、それがブライアン。

 そんなブライアンと同類の奴が革命軍には結構いるんだ。

 油断できる相手じゃない。 

 

 まあ、そんな事を細かく報告書に書く訳にはいかないけどね。

 例によって証拠がないから。

 レグルスが聞き出してくれた情報でも、あのリーダーっぽい女の人は末端で、革命軍本隊の内情は何も知らないって事だから、証拠にならないし。

 でも、私の予想という事でノクス辺りには多少の情報を話しとこう。

 あいつも、あと数ヶ月で学園を卒業するし、その後はゲームと同じく私達の上司として革命軍との戦いに参加するだろうからね。

 指揮官に情報が行ってればかなり有利になる、と思いたい。

 

 そんな事を考えながら、私は後始末を続けた。



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26 開幕の時

 初仕事から約2年が経ち、私はちょっと前に誕生日を迎えて15歳になった。

 

 この2年で色々調べたけど、ルナの呪いを解く手段は未だに見つかっていない。

 そもそも、あの魔術は使い手が少な過ぎるんだよ。

 数ある魔力属性の中でも一際希少な闇属性の、しかも最上級魔術。

 希少過ぎて文献とかもロクに残ってないし、ゲーム知識を参考にしようにも、これをかけられた主人公達は抵抗力とHPの高さで強引に耐えてただけだから欠片も参考にならない。

 焦る。

 

 そして、呪いが解けない以上、私はルナを連れて国外に逃げる事もできず、帝国と皇帝の為に真面目に働くしかない。

 なので、この2年間は真っ当に仕事をして、他国との戦争で功績を上げまくった。

 そのおかげで、今のところは皇帝の期待に応え続ける事に成功している。

 なんか副次効果で、私の六鬼将での序列が六位から三位に上がったりしたけど些細な事だ。

 追い抜いた人達から嫉妬される事もなかったし。

 レグルスとプルートはともかく、元序列三位で今四位のミアさんという女騎士さんは「こんなちっちゃいのに凄いね、セレナちゃん! アタシも負けてらんないわー!」と言って豪快に笑っていた。

 いい人だ。

 さすが帝国の良心。

 

 そんな生活を送り、私は今数ヶ月ぶりに隣国との戦争から帰って来たところだ。

 国境の砦にある転移陣から帝都に移動し、そこで色々と報告してから、アメジスト家の別邸の転移陣を通って領地へと帰還すれば、相変わらず笑顔な使用人達に迎えられた。

 なんか、年々屋敷が綺麗になって行ってる気がするわ。

 掃除に気合いが入ってる感じで。

 

 そんな屋敷に派遣したアイスゴーレム達は、幸いな事にここでは戦いがないから出番がなく、屋敷のインテリアと化している。

 平和なのは本当に良い事だ。

 懸念事項だったクソ家族どもに媚びてた使用人達も、真っ当に仕事すれば私からボーナスが出ると気づいてからはかなり真面目になった。

 この人達は元々生き残る為にクズどもに媚び売ってた訳で、根っからの悪人だった訳じゃないんだと思う。

 この人達を悪に染めてた連中を排除し、悪に従った場合の末路をトラウマとして刻み付け、その後強制的に善行を積ませれば矯正できた。

 それでも、虐げられてた方の使用人達からの視線は未だ冷たいらしいけど、こればっかりは自業自得と思って耐えてもらうしかない。

 そこまで陰湿な虐めが発生してる訳じゃないみたいだし、なんとかなるでしょ。

 

 そんな屋敷を出て、徒歩数分圏内の場所にそびえ立つ氷の城を目指す。

 そこに辿り着き、城の門を叩けばいつもメイドスリーの誰かが対応に出て来てくれる。

 どうやら、今回はドゥが一番近くにいたらしい。

 門を開け、ペコリとお辞儀して私を迎えてくれた。

 

「お帰りなさいませ~、セレナ様~」

「うん。ただいま」

 

 私は、他の場所では出せない気の緩んだ笑顔を自分が浮かべたのを感じた。

 そんな私に、顔を上げたドゥが微笑んでくれる。

 もう私と彼女の目線の高さは殆ど変わらない。

 メイドスリーは姉様より歳上だから、ちょっと前までは私が見上げてたのに。

 時の流れを感じる。

 

 そして、更に時の流れを感じさせる存在がすぐ近くにまで迫っている事を、私の探索魔術が教えてくれた。

 

「おねえさまー!」

「ただいま、ルナ!」

 

 姉様の忘れ形見にして私の愛する家族、ルナが凄い勢いで私に突進してきた。

 身体強化も使ってないのに凄いスピード。

 生まれついての魔力による強化率が凄い。

 さすがルナ!

 天才!

 

 そんなルナを優しく受け止めて、姉様が私にしてくれたみたいに抱っこして、頭を撫でてあげる。

 そうすると、ルナは満面の笑みで私に笑いかけてくれるのだ。

 可愛い!

 尊い!

 天使!

 私なんかに向けるには勿体ない笑顔だよ!

 

 そんな天使なルナはもうすぐ3歳だ。

 物心もついて、私の事をおばさんじゃなくて、おねえさまと呼んでくれる。

 天使!

 まあ、これは姉様が私の事を「ほら、ルナ~。セレナお姉様だよ~」って教えてくれてたおかげなんだけどね。

 姉様もまた天使だった。

 だから当然、当時11歳だった私をおばさんと呼ぶような鬼ではなかったのだよ。

 

「ルナ、元気してた?」

「はい! げんきでした!」

 

 可愛い。

 そっかぁ。

 元気だったかぁ。

 それは何よりの吉報だよ。

 ルナが元気な姿を見るだけで、私はあと百年は戦える。

 戦う勇気が無限に湧いてくる。

 すぐそこにまで迫った革命軍との戦いだって、絶対に最後まで戦い抜ける。

 

 そう。

 もう革命開始の時はすぐそこだ。

 その事を私はずっと前から知ってる。

 転生したこの世界が『夜明けの勇者達(ブレイバー)』の世界だと気づいて、覚えのある一大イベントの話をクソ親父がしていたのを聞いた、その時から。

 

 この情報は、まだ私が赤ちゃんの頃に、その一大イベントが発生した時間と主人公の年齢から逆算して突き止めた。

 物語の開始は、今の皇帝が皇帝の地位を手に入れた帝位継承争いから約15年後。

 主人公が15歳の誕生日を迎えた日から始まる。

 そして、物語の開始から一年としない内に革命軍は本格的に始動する筈だ。

 その後、何年間戦ってたのかは詳しく描写されてないからわからないけど。

 

 で、私と主人公は多分同い年だ。

 帝位継承争いって、ちょうど私が生まれた頃に終わったらしいからね。

 皇帝に媚び売りまくってたクソ親父も当然それに参加してたから、その情報が言語習得を目指してた私の所まで入ってきた訳だよ。

 そこから逆算すると、私と主人公は同い年という事になる。

 私の誕生日の方が何ヵ月か早いってところかな。

 なので、私が15歳になったという事は、主人公ももうすぐ15歳を迎え、そこから物語が始まってしまう。

 戦いが始まってしまう。

 

 まあ、この予想が外れる可能性も勿論ある。

 この2年で私は六鬼将として結構暴れた。

 革命軍と同盟を結んでた国にもかなりの打撃を与えたし、ブライアンも殺しちゃったから、バタフライエフェクトが発生して歴史が変わる確率は決して低くない。

 特に主人公関連はどうなるか全然わかんない。

 ブライアン効果のピ◯ゴラスイッチで主人公が死ぬのか、主人公補正的な何かで生き残るのか。

 

 まあ、どうなるにしても私は手を出せないけどね。

 だって、主人公が現在暮らしているだろう村の場所なんか知らないし、序盤のイベントを起こす場所もわかんないんだから。

 せめて、主人公とブライアンが出会うイベントを起こすクソ貴族の名前がわかれば位置が特定できるんだけど、そいつの名前なんてゲームには出てこなかったからなぁ。

 なんとか伯爵って事しかわからない。

 そして、腐った伯爵なんてウチのクソ親父を筆頭に文字通り腐る程いるんだぜ?

 特定なんざできるかボケェ!

 そんな事に労力割いてルナの側を長期間離れるような真似はできないよ。

 結論。

 なるようにしかならん。

 これに関しては考えるだけ無駄だ。

 不安だけど、できないもんはできないし、わからないもんはわからないんだから、仕方ないじゃん。

 

「ルナ、今日は一緒に遊ぼうね」

「ほんとですか!」

「うん。本当だよ」

「やったー!」

 

 そんな不安をごまかすように、私は沢山ルナに構った。

 そうだ。

 どんな事が起きようと、どんな不測の事態が起きようと、私はこの子を守る為に全力で戦うのみ。

 ルナと遊んでる内に、そんな当たり前の事を再確認できた。

 不安は消えないけど、その不安を塗り潰す程の勇気が無限に湧いてくる。

 

「ルナ。お姉ちゃん頑張るからね」

「んー?」

 

 私の突然の宣言に、ルナは首を傾げていた。

 それでいい。

 ルナは何も知らなくていい。

 こんな血みどろで残酷な世界をルナに見せたくない。

 必ず、残酷な世界からルナを守ってみせる。

 今度こそ必ず、私は大切なものを守ってみせる。

 

 

 

 

 

 その日から数ヶ月後。

 私の予想通り、革命は始まった。



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勇者の目覚め

 それは、俺の15歳の誕生日に突然起こった。

 本当になんの、なんの前触れもなく幸せが壊れた。

 

「アハハハハ! もっと泣け! もっと叫べ! もっと絶望した顔を私に見せろぉ!」

 

 火だ。

 あの男が放った火の球が全てを焼き尽くしていく。

 平凡な幸せを燃やし尽くしていく。

 生まれ育った村を。

 そこに住む人達を。

 知り合いが焼け死ぬのを見た。

 友達が焼け死ぬのを見た。

 そして、優しかった父さんが火に包まれるのを見た。

 

「逃げろ、アルバ! お前だけは生きてくれ!」

 

 火の球に焼かれながら父さんがそう叫ぶ。

 俺は突然起こった悲劇に頭が追い付かなくて、ただ呆然としていた。

 そうしている内に父さんが死んだ。

 火の球があっという間に父さんの体を焼き尽くし、ただの焼け焦げた死体に変えてしまった。

 

「あ、ああ……」

 

 そこに来てようやく目の前の現実を頭が理解し、絶望の声が出た。

 全部燃えてしまった。

 優しかった父さんも、ずっと暮らしてきた家も、精根込めて耕した畑も。

 妹みたいに思っていたアニーも、皮肉屋だったチャドも、笑顔が可愛かったセシルも、おっちょこちょいだったチャーリーも、よく果物をくれたニックおじさんも、旦那さんとののろけ話が長かったクレアおばさんも。

 全部、全部、全部、全部。

 

「あー、すっきりする! やはりストレスが溜まった時はこれに限るな!」

 

 全部、目の前のこいつに燃やされた。

 皆、こいつに殺された。

 こいつに。

 こいつに。

 

「お? 生き残りがいたのか。これはうっかりしていた」

「お前が! お前がぁ!」

 

 それしか言葉が出なかった。

 だから、その言葉にありったけの憎しみと怒りを込めた。

 そんな俺の声をこいつは……

 

「あー、うるさい。声が大きい。耳障りだそ。平民のくせに私の機嫌を損ねるとは無礼極まりない奴だ」

 

 心底鬱陶しそうに聞いていた。

 なんなんだ、こいつは。

 人を殺しておいて、なんでそんな顔ができるんだ。

 こいつは人じゃない。

 人なんかじゃない。

 醜悪な鬼だ。

 悪辣な悪魔だ。

 

「喚いてないでさっさと死ね。『火球(ファイアボール)』」

 

 そして、男が俺に向けてあの火の球を放ってきた。

 それを見て、俺は……

 

 

「ハッ!?」

 

 そこで唐突に目が覚めた。

 ここは街にある宿屋の一室だ。

 故郷の村じゃない。

 あの悪夢のあった場所じゃない。

 だけど、今のがただの夢だった訳でもない。

 もし、これがただの悪夢だったなら、目を覚ませば消える幻想だったのならどんなによかったか。

 

「父さん……! 皆……!」

 

 涙が溢れてくる。

 あれはただの夢じゃない。

 たった数日前に起こった現実を夢に見ただけだ。

 全部燃えてしまった。

 皆死んでしまった。

 俺は皆の墓を作って、焼け落ちた村を出て、この街にやって来たのだ。

 

「うっ……! うっ……!」

 

 涙が止まらない。

 なんで、なんでこんな事になったのか、こんな事になってしまったのかが未だにわからない。

 俺達はただ平和に、穏やかに暮らしていただけだった。

 誰かに恨まれた覚えもないし、ましてや殺される理由なんて全く心当たりがない。

 ……いや、この考え方は間違ってる。

 あいつは恨みとか殺意とかを持って俺達を殺した訳じゃない。

 まるで遊びのように、楽しくて仕方がないと言わんばかりの顔で俺達を殺した。

 正真正銘の鬼だった。

 正真正銘の悪魔だった。

 そして、正真正銘の化け物だった。

 

 そんな奴に目をつけられたのが運の尽きだったのだろうか?

 たったそれだけの理由で皆殺されてしまったのだろうか?

 ……ふざけるな。

 そんなの認められない。

 認められる訳がない。

 

 でも、そんな事を考えたところで皆は帰って来ない。

 

 認められなくても飲み込むしかない。

 悲劇を受け入れるしかない。

 仇は討った。

 墓も作った。

 もうこれ以上、皆の為に俺ができる事は何もない。

 

 父さんは俺に生きろと言った。

 なら、いつまでも悲しみを引き摺ってウジウジしてる訳にはいかない。

 そんな事してたら、焼け落ちた家から持ち出してきたなけなしの貯金がすぐに底を尽く。

 そうすれば生きる糧も得られなくなるだろう。

 その前に仕事を探して新しい生活を始めないと。

 

 俺は両手で思いっきり頬を叩いた。

 

 そして気持ちを入れ換える。

 前を向け。

 生きていくという事は、前を向いて歩き続ける事だと父さんが言っていた。

 だから立ち止まってはいけないと。

 なら、俺は歩き続ける。

 

「父さん。俺、頑張るよ」

 

 俺は遺品として持ってきた、父さんが肌身離さず大事にしていたペンダントを握り締め、そう宣言した。

 そして朝日を浴びるべく、木で出来た宿屋の窓を開けた。

 だが、目に飛び込んでくるのは朝日ではなく夕焼けだ。

 ……そういえば、街に着いたのは今日の朝だったな。

 それから宿屋に直行して、作ってくれた食事を食べてから倒れるように眠ったんだった。

 なら、起きるのが夕方になるのは当たり前か。

 

「これは仕事探しは明日からだな……っ!?」

 

 そう呟いて、なんとなく二階にあるこの部屋から下を見下ろした時、俺のトラウマを刺激する物が宿屋の前に停まっていた。

 馬車だ。

 商人とかが使ってる安物じゃなくて、驚くほど豪華で、びっくりするくらい逞しい馬を繋いだ馬車。

 それは、俺達の村を襲ったあの男が乗っていた馬車によく似ていた。

 父さんの話では、あれは貴族の乗り物らしい。

 

 あれを見ているだけで動悸が激しくなり、頭が憎しみに支配されそうになる。

 でも、違う。

 あの馬車は、俺達の村に来た馬車とは別物だ。

 全くなんの関係もない。

 だから、この憎しみをあの馬車にぶつける訳にはいかない。

 それはただの八つ当たりだ。

 

 そうして、俺が自分の気持ちをなんとか飲み込もうとしていた時。

 

「お前、気に入った。ワシの玩具にしてやろう。ありがたく思え」

「え……あ……」

 

 あの男によく似た声で、あの男によく似た言葉が馬車の方から聞こえてきた。

 咄嗟に視線を向けると、そこでは豪華な服を着たデップリ太った男が、この宿屋の看板娘さんの腕を掴んでいた。

 看板娘さんの顔色は、この部屋からでもわかるくらい青ざめている。

 身体も小刻みに震えている。

 

 助けなきゃ。

 

 反射的にそう思った。

 あの人はいい人だ。

 今日の朝、全てを失ったショックを引き摺って宿屋にやって来た俺を気遣ってくれた。

 その優しさに触れて、人の優しさに触れて、俺は少しだけ前を向く事ができたんだ。

 その人があんなに怖がっている。

 だから、助けなきゃ。

 

 俺は急いで部屋を飛び出し、階段を駆け下りて宿屋の入り口へと向かった。

 でも、その時には既に馬車は発進していた。

 凄いスピードで、あっという間に見えなくなっていく。

 そして、この場に看板娘さんの姿はない。

 周りの人達は沈痛な顔をして馬車の去って行った方を見詰めている。

 間に合わなかった。

 

「クソッ!」

 

 俺は思わずそう叫んでいた。

 そして、思わず言ってしまった。

 後から考えれば、とてつもなく酷い事だったと思える事を。

 

「どうして助けなかったんですか!?」

 

 俺は叫んだ。

 周りの人達に向かって。

 この時は、それが正しいと疑う事なく。

 でも、その言葉に返ってきたのは……

 

「助けられる訳ねぇだろ!」

 

 悲痛に満ちた声。

 その直後、俺は肩を掴まれた。

 痛い程の力で。

 

「俺だって助けたかった! いや、俺が誰よりも助けたかった!

 でも、仕方ねぇんだよ!

 この街で、いやこの国で貴族に逆らう事なんかできねぇんだ!

 俺達はただ耐えるしかねぇんだよ……!」

 

 涙を流し、血を吐くように叫んだのは、この宿屋の主人だった。

 看板娘さんに「お父さん」と呼ばれていた人だった。

 そんな人が、実の娘を見捨てるしかないと涙ながらに叫ぶ。

 なんだ、それは。

 なんなんだ、それは。

 

「それは、いったいどういう……」

「……ああ、そういやお前さんは村出身の田舎者だったな。なら、知らねぇのも無理ねぇか」

 

 そうして、宿屋の主人さんは俺に教えてくれた。

 何も知らなかった俺に教えてくれた。

 この国の残酷な真実を。

 

 この国には、貴族という偉い人達がいる。

 その人達は魔力という強力で特別な力を持ち、それ故に俺達平民を見下している。

 多くの貴族が平民を玩具のように扱うそうだ。

 今の奴みたいに拐って行ったり、ちょっと機嫌を損ねただけで殺したり、あるいは遊び感覚で殺したり、魔獣の餌にしたり。

 そう。

 俺の村を襲ったのは、そんな貴族の一人だった。

 あいつだけが悪魔なんだと思ってた。

 でも、違ったんだ。

 あいつと同じような奴がこの国には沢山いる。

 そして、俺達と同じような悲劇がこの国にはありふれている。

 

「そんな……!?」

 

 そんな事が許されていいのか!?

 そんな事が許されているのか、この国では!?

 そんな、そんな事って……!

 

 俺がこの国の底知れない闇を垣間見た時、地平線の彼方に夕陽が沈んで、夜がやって来た。

 俺は初めて、この夜が暗闇に包まれたこの国そのもののように思えて、血が凍るような恐怖を覚えた。



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勇者の目覚め 2

 その後、俺はどうしても納得がいかず、馬車が去って行った方向に向かってひたすら走った。

 幸い、目的地はハッキリしている。

 馬車が消えて行った方向には、街の中央に鎮座する巨大な屋敷がある。

 前にこの街に来た時、あれが貴族の屋敷なのだと父さんが教えてくれた。

 同時に、絶対に近づいてはいけないとも言っていた。

 その時は意味がわからなかったけど、今ならわかる。

 わかった上で、俺はその言い付けを破ろうとしている。

 

 ごめん、父さん。

 でも、俺はどうしても納得できないんだ。

 平気な顔して他人を傷つける奴がいて、傷つけられた方は仕方がないと言って歯を食い縛って耐えるしかないなんて。

 そんなの絶対間違ってる。

 他の皆が仕方ないと言ったからって納得できる訳がない。

 だから、俺は走った。

 誰も助けてくれないなら俺が助けてやると意気込んで。

 何より、こんな理不尽が心の底から許せなかったから。 

 

 でも、俺のそんな想いは簡単に打ち砕かれた。

 

「ぐあっ!?」

 

 剣が俺の体を斬り裂き、火や水の球が俺を殺そうと襲い来る。

 俺はただ避ける事しかできない。

 いや、避ける事すら完全にはできてない。

 何度も何度も攻撃を食らい、傷がドンドン増えていく。

 このままじゃ長く持たないのは明白だ。

 

 貴族の屋敷に辿り着いた俺は、村一番だった自慢の身体能力で塀を飛び越えて敷地の中に入った。

 そこから見つからないようにコソコソ移動して、看板娘さんを探す為に屋敷の中に入ろうとしてた時。

 俺はあっさりと鎧を纏った人達に見つかった。

 大きな音を出した訳でも、うっかり姿を見せた訳でもないのに、あっさりと見つかってしまった。

 どれだけ優秀なんだろうか。

 その優秀さを他の事に使ってほしい。

 

 そして、俺はその鎧を着た人達に追い回され、追い詰められ、最終的には戦闘になった。

 この人達は本当に強かった。

 一人一人が俺達の村を襲った奴よりも余裕で強い。

 本当に、その優秀さを別の事に使ってほしい。

 でも、それは期待できない。

 追い詰められた時に「貴様! 目的はなんだ!」って尋ねられたから「俺は拐われた人を助けに来ただけだ!」って答えた。

 そうしたら「馬鹿な平民だ! 殺せ!」ってなった。

 結局、この人達もあの悪魔と同類だったのだ。

 説得も善意も期待できない。

 

 そして結局、俺はその人達にボロ雑巾みたいにボコボコにされ、まだ生きてるのかと驚かれながら牢屋に放り込まれた。

 すぐに殺されなかったのは、トドメを刺される寸前であの看板娘さんを拐った貴族の男が出て来て「いい事を思い付いた。おい、まだ殺さず牢にぶち込んでおけ」と鎧の人達に命令したからだ。

 何をする気か知らないけど、絶対にロクな事じゃない。

 あのガマガエルみたいな意地汚い笑顔を見れば、それくらいわかる。

 

「うっ……ぐっ……」

 

 牢屋に放り込まれた俺は、全身を襲う痛みに呻いていた。

 痛い。

 身体中が痛い。

 そして、心も痛い。

 あまりにも自分が情けなくて泣けてくる。

 

 本当に情けない。

 俺が助けるんだと息巻いておいて、結局は何もできずに捕まるなんて。

 村を襲った貴族を倒した事で、俺なら他の貴族だって倒して、俺と同じような不幸な人達を助けられると自惚れていたんだろうか。

 今度こそ理不尽を倒せると思い上がっていたのだろうか。

 蓋を上げてみれば、俺なんてこんな弱い存在でしかなかったというのに。

 

 今、俺の目の前には大勢の不幸な人達がいる。

 俺が入れられた牢屋とは別の牢屋に、大勢の傷ついた女の人達がいるのだ。

 その人達は皆ボロボロの服を着て、虚ろな目をしている。

 多分、俺から見えない位置には看板娘さんもいるんだろう。

 

 なのに、俺は誰一人として助けられない。

 無力だ。

 他の人達も、きっとこんな気持ちだったんだと思う。

 貴族に逆らっても今の俺みたいになるのが目に見えてたから。

 勝てない戦いを挑んで、他の大切なものまで失う訳にはいかなかったから。

 だから、歯を食い縛って耐えてた。

 そんな事も理解せずに、何が「どうして助けなかったんですか!?」だ。

 この国はどこまでも残酷で、そんな真っ当な正義を貫けるような場所じゃないっていうのに。

 

「クソッ……!」

 

 悔しい。

 理不尽に泣く事しかできないのが堪らなく悔しい。

 なのに涙が止まらない。

 俺は、なんて弱いんだ……!

 

「わっ! ……これは酷いわね。ちょっとあんた大丈夫?」

 

 その時、目の前から声がした。

 直後に感じた、ツンツンと硬い何かで頭をつつかれる感触。

 ボロボロの身体に鞭打って顔を上げると、そこには俺の思考を一瞬真っ白に染め上げる程の衝撃の光景があった。

 

「し……」

「し?」

「白……」

 

 そこにいたのは、ボロボロの服を着た俺と同い年くらいの女の子だった。

 無理矢理千切ってミニスカートのような丈になってしまっている服を着た女の子が、床にうつ伏せで倒れる俺に合わせて屈み、鉄格子の隙間から鞘に入ったナイフのような物を入れて俺の頭をつついている。

 そう、女の子はそんな格好で屈んでいる。

 だから、その、見えてしまっているのだ。

 男が本能的に求めてやまない布地が。

 こんな状況だというのに、反射的にその布地の色を口走ってしまった。

 こんな状況で何をやってるんだろう俺は。

 あ、鼻血が。

 

「はぁ? あんた何言って……っ!?」

 

 女の子は途中まで俺の言っている事がわからなかったみたいだが、俺の視線の先を察した途端みるみる内に顔が赤くなっていった。

 

「変態!」

「ぐはっ!?」

 

 鞘に入ったナイフの一撃が俺の脳天に直撃した。

 当然の裁きだろう。

 こんな状況で堂々としたチカンとセクハラだ。

 正直、今までで一番自分に失望したかもしれない。

 いっそ殺してくれ。

 

「……とりあえず、あたしのパンツに興奮できるくらいには元気みたいね。心配して損したわ。

 まあ、あんたみたいな変態でも貴族の犠牲者って事で一応助けてあげるから、優しい優しいあたしに感謝して……って、ヤバッ!?」

 

 ジト目で俺を睨みながら何か言っていた女の子は、急に焦ったような顔になって一瞬でこの場から消えた。

 それと入れ替わるように聞こえてきた足音。

 その足音の主を見上げれば、ニヤニヤと嫌みな笑みを浮かべている鎧の人達がいた。

 

「伯爵様がお呼びだ。出ろ」

 

 そして、俺は鎧の人達に腕を掴まれ、動かない身体を引き摺られながら、どこかへと連れ出された。



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勇者の目覚め 3

 連れて行かれたのは、やけに豪華な寝室みたいな部屋だった。

 バカみたいに大きくて、なんか屋根みたいな物が付いてるベッドがある。

 そして、そのベッドの上に俺が探していた人がいた。

 

「看板娘さん!」

「え……お、お客さん!?」

 

 痛む身体を無理矢理動かして駆け寄ろうとしたが、鎧の人達に押さえつけられて動けず、ただ痛みに呻く事しかできなかった。

 そんな俺を見て嘲笑う男がベッドの上にいる。

 看板娘さんを連れ去ったデップリと太った男だ。

 村を襲った貴族にどこまでも似た男だ。

 

「グフフ。やはり、お前の目当てはこの娘であったか。

 連れて来たその日の内に追って来るとは、余程大事な女なのであろうなぁ」

「ひっ!? いや……!」

「やめろぉ!」

 

 男が看板娘さんを嫌な手つきで撫で回す。

 それを見ても、さっき女の子のパンツを見た時みたいな劣情は欠片も感じない。

 そんな考えを浮かべる余裕がない。

 ただ、嫌がる女の子を無理矢理襲う奴への怒りと、それをやられた看板娘さんへの心配だけが頭を埋め尽くした。

 

「こ、こいつ!?」

 

 もっと力を込めて抵抗する。

 身体が悲鳴を上げるが、知った事じゃない。

 今、看板娘さんを助けられるのは俺しかいないんだ。

 どんなに弱くて無力でも、俺しかこの場にいないんだ。

 だったら、俺が助けなきゃ!

 

「おとなしくしろ!」

「ぐはっ!?」

「お客さん!」

 

 鎧の人の一人に腹を殴られ、その痛みで身体が硬直してしまった。

 その隙に、他の鎧の人達によって更に強く押さえつけられる。

 またしても、俺の抵抗は無駄に終わった。

 

「こいつ……なんて馬鹿力だ」

 

 鎧の人達がそんな事を呟いていたが、俺にそれを聞く余裕はなかった。

 

「グフフ。お前には何もできんよ。愛する女がワシの物になるのを絶望しながら見ているがいい。そして、その絶望の中で殺してやろう。いい余興じゃ!」

「あぐっ!?」

「看板娘さん!」

 

 男が看板娘さんの服を引き裂き、ベッドの上に押し倒した。

 このままじゃ!

 このままじゃ看板娘さんが!

 

「ああああああああ!」

「なっ!?」

 

 俺は最後の力を振り絞って抵抗した。

 強くなりたい。

 強くなりたい。

 強くなりたい!

 看板娘さんを助けられるくらい強く!

 強く、動け、俺の身体!

 

「ば、馬鹿なっ!?」

「何っ!?」

 

 外れた!

 外せた!

 鎧の人達の拘束! 

 身体に力が漲る。

 今ならいける!

 

「その人から離れろぉ!」

「グフッ!?」

 

 俺は男に駆け寄り、思いっきりその顔面を殴り飛ばした。

 村を襲った奴を倒した時と同じように。

 俺の拳を食らった男は、まるでボールのように跳ねて部屋の壁にめり込んだ。

 

「い、痛いぃいいいい!? ワ、ワシの身体強化を貫くじゃとぉ!? 何者じゃ貴様ぁ!?」

「俺はただの平民だ! お前らの事が許せないただの平民なんだよ!」

 

 俺は感情のままに叫びながら、看板娘さんを後ろに庇う。

 力が漲っても、身体中が痛いのは変わらない。

 気を抜いたらすぐにでも倒れそうだ。

 でも、倒れない。

 この人を無事に家に帰すまでは、絶対に倒れない!

 

「殺せ! こやつを殺せぇ!」

『ハッ!』

 

 男が狂乱しながら叫び、鎧の人達が剣を脱いた。

 そして、それで斬りかかってくる事なく、剣の切っ先を俺に向ける。

 あの動きは知ってる。

 捕まる時にさんざん見た。

 あの剣の先からは、村を襲った奴が使ってた火の球みたいなのが飛び出してくる。

 でも、避けたりここを動いたりしたら看板娘さんが危ない。

 受け止めるしかない!

 

「『火球(ファイアボール)』!」

「『風球(ウィンドボール)』!」

「『土弾(アースボール)』!」

「ぐぉおおおおおお!」

「お客さん!?」

 

 耐える。

 耐える。

 耐えるしかない。

 持ってくれ俺の身体!

 なんとか逆転のチャンスを見つけるまで!

 

「まだ倒れないだと!?」

「信じられん!」

「化け物かこいつは!?」

「危険だ……! なんとしてでもここで殺すぞ!」

『ハッ!』

 

 鎧の人達が顔色を変えて、攻撃がより苛烈になった。

 俺を生かしておけないと、なんとしてでも殺すという強い意志が伝わってくるみたいだ。

 それを耐えて、耐えて、耐えて。

 もう痛みすら感じなくなってきた頃……唐突に攻撃が止んだ。

 

「ふぅん。ただの変態じゃないみたいね」

「がっ……!?」

 

 そして、そんな声が聞こえてきた。

 掠れてきた目を凝らして、なんとか前を見ると、そこにはさっきの女の子がいた。

 ボロボロの服を着た女の子が、手に大振りのナイフを持って、鎧の人達に突き刺している。

 

「白パンツの……」

「誰が白パンツよ!」

「ギャアアアアアアア!?」

 

 咄嗟にそう言ってしまうと、女の子は顔を真っ赤にして怒りながらナイフを引き抜き、その引き抜いたナイフで別の鎧の人を斬った。

 そして、華麗な動きで次々に鎧の人達を殺していく。

 俺が手も足も出なかった人達が、こんな簡単に……。

 

「ひ、ひぃいいい!? き、貴様何者じゃぁ!?」

 

 最後に残った男が叫ぶ。

 叫びながら、どこからか取り出した小さな杖を女の子に向けている。

 それを見て、女の子が駆けた。

 鋭い殺意の籠った目を男に向けて。

 

「ふぁ、『火球(ファイアボール)』!」

 

 男の構えた杖の先から、巨大な火の球が飛び出した。

 村を襲った奴や、さっきの鎧の人達より遥かに大きくて熱い。

 それを前に、女の子は欠片も怯まなかった。

 

「『魔力刃』!」

 

 女の子の持ったナイフから薄い光の塊のような刃が伸び、それが火の球を真っ二つに切り裂いた。

 女の子はそのまま凄いスピードで一直線に走り抜き、男の首筋をナイフで一閃する。

 鮮血が舞った。

 

「がっ……!?」

「冥土の土産に教えてあげるわ。あたしは革命軍のルル。あんたらみたいな外道を地獄に落とす女よ。

 よく覚えて死になさい、このクソ野郎」

 

 男が倒れ、ピクリとも動かなくなった。

 そして、ルルと名乗った女の子は、優しい顔をして俺に近づいて来る。

 

「よく頑張ったわね。あんたは変態だけど、体張って女の子守ったのは評価に値するわ。

 もう大丈夫。あたしが纏めて助けてあげるから」

 

 そう言うルルは凄くカッコよくて、俺はこういう強くてカッコいい奴になりたいと、心からそう思った。

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 その後、ルルは捕まっていた女の人達を全員解放し、事前に仕掛けていたという爆弾で屋敷のあちこちに火を付けて、全てを有耶無耶にした。

 でも、これは……

 

「やり過ぎじゃ……」

「はぁ? あんた何言ってんのよ。

 あんなクズに情けも容赦も無用だし、それにこのくらいしないと他の貴族に色々とバレるのよ。

 あの娘達だって、ここに居た痕跡を完全に消さないと、貴族の屋敷から逃げ出した罪で殺されるわよ」

「なっ!?」

 

 そんな事になるのか!?

 俺の脳裏に、涙目で「ありがとうございます……!」と連呼する看板娘さんの顔が過った。

 あの人がまた理不尽な目に合うというのなら、確かに容赦なんてしちゃいけない。

 でも……

 

「心配しなくても、下働きとか罪のない人達のいる場所に爆弾は仕掛けてないわよ。革命軍はクソ貴族どもとは違うんだから」

「そ、そうなのか?」

 

 それを聞いて少し安心した。

 無関係の人達が巻き込まれていないのなら、納得できる。

 

「……まあ、それでもどうしようもない時は巻き込んじゃうかもしれないけどね。

 あんたもその覚悟は決めておきなさいよ。

 これから革命軍に入るんだから」

「それは…………え?」

 

 なんか今、予想外の事を言われたような気がする。

 え?

 俺が?

 革命軍に?

 

「何よ、嫌なの? あんた、聞けば会って一日もしないあの娘を命懸けで助けようとするくらいには正義感も行動力もあるんでしょ?

 才能もあるみたいだし、それを革命軍で活かしてみないかって言ってんのよ」

「……できるのかな、俺に」

 

 こんな弱くて無力な俺に、革命なんて大それた事ができるんだろうか。

 

「できるできないじゃなくてやる。弱かろうがなんだろうが、命懸けで戦って、死ぬ気で戦って、この腐った国を変える。

 その覚悟があれば加入資格は充分よ。

 で、どうするの? やる?」

 

 そうして差し出された手に、俺は少し迷った。

 でも、少しだけだった。

 俺は理不尽が許せない。

 俺と同じように理不尽に泣く人達がいて、その悲劇を生み出している連中が許せない。

 革命軍の目的がそんな奴らを倒す事なら、この理不尽な世界を変える事なら、俺は喜んで協力する。

 例え微力でも、死ぬ気で力になる。

 

 俺は差し出された手を、強く握った。

 

「そう。覚悟はあるみたいね。これからよろしく、変態」

「変態じゃない。その節は本当にごめんと思ってるけど変態呼びはやめてほしい。俺はアルバだ」

「そ。じゃあ、よろしく、アルバ。あたしはルルよ」

「ああ。よろしく、ルル」

 

 そうして、俺は革命軍に入った。

 この決断が少しでも人々の役に立てばいいと、そう願って。

 

 父さん。

 俺、頑張ってみるよ。

 危ない事するなって父さんは怒りそうだけど、ごめん。

 これが俺のやりたい事で、これが俺の決めた命の使い方なんだ。

 だから、だからどうか、天国から見守っていてください。

 

 俺は形見のペンダントを握り締めながら、父さんがいるかもしれない空を見上げた。



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27 革命開始

 主人公が生きていれば物語が始まったであろう春を通り過ぎ、現在の季節は初夏。

 ここ最近、帝国内の貴族が不審死する事件が何件か起こり、ああこれ革命軍の仕業かなー、主人公参加してんのかなー、と気を揉みながら仕事に精を出す今日この頃。

 ゲームの序盤であったんだよねー、この貴族狩りイベント。

 

 言ってみれば、これはチュートリアルな訳ですよ。

 某海賊漫画で言うところのイーストブルー編。

 某忍者漫画で言うところの波の国編。

 本格的に本編が始まる前の、言わば序章。

 もし主人公が生きてたら、この貴族狩りで実戦経験を積んで少しずつ強くなり、その中で頼れる仲間達に出会っていく訳だ。

 ヒロインのルルとか、後に親友になるライバルキャラのデントとかとね。

 

 ぶっちゃけ、主人公が生きてるなら、まだ強くないこのチュートリアル期間の内に殺しちゃいたい。

 時期はわからないけど襲撃される貴族の名前はいくつか知ってるから、上手くすれば序盤の街に四天王が現れるみたいな、あるいはイーストブルー編で四皇が襲来するみたいな詰み状態にできたかもしれない。

 でも、結局それはできなかった。

 原因は私の労働環境の過酷さだよ。

 

 六鬼将の仕事忙し過ぎる……。

 帝国どんだけ戦争大好きなんですかねぇ?

 戦っても戦っても敵が尽きないんですけど!

 どんなに早く仕事終わらせても休暇は一ヶ月に一度が限度だし!

 その休暇も、ルナの様子を見たり、ルナの護衛アイスゴーレムを増やしたり、ルナの呪い解除方法を調べたり、ノクスに連れられて強制的に社交したりしてる内に終わっちゃうし!

 ブラック企業だ!

 ブラック帝国だ!

 そんな状況で、いつ来るかもわからない主人公を出待ちなんてできるかボケェ!

 

 という訳で、私が序盤で降臨する事はできませんでした。

 勇者が強くなる前に四天王が襲って来ないのにもちゃんとした理由があったんだね。

 今まで悪役側の職務怠慢だとか思っててごめんなさい。

 むしろ、仕事熱心な奴ほど勇者襲撃してる暇なんてないんだと身を持って知ったよ。

 

 代わりに、私の進言により前の革命軍の末端暴走事件を重く受け止めたノクスによって、他国との戦争の数を減らして手の空いた騎士が各所に派遣されたから、それで我慢するしかない。

 その騎士の中には一級騎士もいる。

 あいつらだって六鬼将の一つ下の階級は伊達じゃないって事で、序盤の主人公なら確殺できるくらいには強い筈だ。

 他の貴族どもが革命軍を軽視しまくってる中でこれだけの対応をしてくれたんだから、これ以上を望むのはさすがに高望みが過ぎるってもんでしょ。

 

 そう。

 貴族どもは革命軍を軽視しまくってるんだよね。

 前に領地が一つ潰されてるって言うのに「男爵が一人やられたようだな」「だが、奴は貴族の中でも最弱」「平民ごときにやられるとは貴族の面汚しよ」って感じで、自分達までやられるとは微塵も思ってないらしく、まるで危機感がない。

 最近の貴族連続不審死事件も、どこぞの貴族が起こした派閥争いの一環だと思ってるみたいだ。

 そんなんだから、ゲームじゃ革命軍の噛ませみたいにあっさり狩られるんだよ!

 

 別にクソ貴族がいくら狩られようと構わないけどさー。

 それが帝国の戦力低下に繋がって、革命軍との戦いが負け戦化するのは困る。

 もっと危機感持てよぉ! と叫びたくなる状況で、他国との戦争を減らしてまで戦力を革命軍討伐に傾けてくれたノクスマジ名君。

 なのに、そんなノクスのおかげで戦争が減っても尚仕事が減らない六鬼将の社畜っぷりよ……。

 

 まあ、戦争って「やめよう!」「はいオッケー」で済むほど簡単なもんじゃないから仕方ないんだけども。

 停戦交渉は大変だし、それを少しでも早く楽に済ませる為に六鬼将が敵軍に大打撃与えて「これ以上やったら私らが全滅させちゃうよ?」「今やめるんならしばらくは攻めないでおいてあげるんだけどなー(チラッ)」って感じで脅してる訳だから、仕事が減らないのも仕方ないんだ。

 

「くっ、殺せ!」

 

 そんな脅し外交の為の戦争も、今回ので一区切りがつく。

 2年以上かけてやっと一区切り……長かった。

 今、私の目の前には、四肢を切断されて転がっている敵軍の指揮官だった人が。

 敗戦目前で一縷の望みをかけてこっちの砦に突貫し、見事返り討ちにされた哀れな人である。

 ちなみに、こんな台詞を吐いてるくせに、女騎士ではなくおっさんだ。

 レグルスがいたら苦情が殺到してたかもしれない。

 

「では、遠慮なく」

 

 私はくっ殺おじさんの首を氷刃(アイスエッジ)という魔術で斬り裂き、絶命させる。

 この人は敵国で英雄と呼ばれてた人みたいなので、この人の首があれば脅し外交もなんとか纏まるだろう。

 そして、この国と停戦協定が結べれば、ノクスが停戦を宣言した国との戦争は全て終わる。

 残ってるのは、向こうに引く気がないとか、どうしても引けない事情があるとか、そういう国だけだ。

 そっちは序列四位のミアさんが受け持つ事になってるので、他の六鬼将はノクス指揮の下、これから革命軍の炙り出しを行う予定。

 例外は皇帝を直接警護する近衛騎士団の団長をやってる序列一位の人だけだ。

 つまり、革命軍のスパイである序列二位の爺も参加する事になる。

 ……そこはかとなく嫌な予感がするけど、奴が本格的に裏切るのはゲーム終盤辺りの筈だから多分大丈夫……かなぁ?

 バタフライエフェクトが心配だ。

 警戒は怠らないようにしとこう。

 

 そんな事を考えながらくっ殺おじさんの首を氷漬けにし、敵国へのお土産を完成させた、その時。

 

「セレナ様! 帝都より伝令です! 帝国各地にて平民の一斉蜂起があったもよう! 手の空いている六鬼将は直ちに現場へと急行されたしとの事です!」

「……そうですか」

 

 部下の一人がまさかの報告を持ってきた。

 このタイミングで、まさかの革命開始である。

 詳しく描写されてなかったから確証はないけど、ゲームの時より随分早いんじゃない?

 しかも、これから六鬼将が集結して、いざ革命軍退治! の直前で一斉蜂起ってさすがにタイミング良すぎるよね。

 おまけに、今は私を含めた六鬼将の殆どが最後の脅し外交の為の戦争で出払ってる状態だから、マジでベストタイミング。

 間違いなく裏切り者の爺の指示だろうなー。

 向こうの準備が整ってるかは知らないけど、これ以上待ってたら不利になる一方だと悟って先制パンチを打ってきた感じだと思う。

 このファーストアタックのダメージをどれだけ抑えられるか。

 それが今後の戦いを大きく左右するだろうね。

 頑張らないと。

 

「襲撃を受けた領地はわかっていますか?」

「いえ、かなりの数の男爵領、子爵領が襲撃を受けているようで、正確な位置情報は把握できていないとの事です! ただし、伯爵領以上の領地には今のところ敵影なしと!」

「なるほど。わかりました」

 

 そこら辺はゲームで解説されてなかったから知らなかったけど、まあ、予想通りってとこかな。

 伯爵領以上の領地には転移陣があるから、そこから六鬼将とかが送られてくるのを警戒したんだろうね。

 伯爵以上を襲うとすれば、革命軍の中でも最強の特級戦士がスパイのように忍び込んで領主を暗殺って形になると思う。

 それに関しては現地の騎士と帝都からの援軍に任せよう。

 ノクスの指示で護衛騎士が増員されてる以上、そう簡単には落ちない筈だ。

 となると、私がするべきなのは……

 

「私は先行して少し遠くの領地にいる敵を殲滅します。

 あなた達は少数精鋭の部隊をいくつか結成し、ここから最も近い領地のいくつかへと派遣しなさい」

『ハッ!』

 

 部下達が敬礼し、私の指示に従って動き出す。

 帝国騎士という事で性根の腐った奴が多いとはいえ、こいつらだって戦争を何度も経験してる強兵には違いないんだ。

 少しは役に立つだろう。

 

「では、作戦開始!」

 

 言うが早いか、私は氷翼(アイスウィング)を展開し、目的地へ向けて飛び立った。

 さあ、戦争開始だ。

 首を洗って待ってろ革命軍。



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勇者と革命軍

 革命軍に入ってから二ヶ月程が過ぎ、俺は今初めての戦場へと向かっていた。

 遂に革命軍が本格的に帝国へと反旗を翻し、大規模な攻勢を仕掛ける事になったのだ。

 

 それまでの間にも色々あった。

 まだ革命軍に入ってほんの少ししか経ってないのに、何故か凄く懐かしい。

 初めての戦争を前に感傷的になってるのか、革命軍に入ってからの事が走馬灯のように脳裏を過っていった。

 ちょっと縁起が悪くて苦笑する。

 

 

 

 

 

 革命軍に勧誘された後、ルルに連れられて革命軍の支部という所に行くと、ルルは俺の事を「まあ、期待の新人ではあるわよ。変態だけど」と紹介した。

 そうしたら、俺のイメージは死にかけの状況でルルのパンツを覗く事に最後の力を振り絞った変態で固定されてしまった。

 やめてほしい。

 謝るから、土下座でもなんでもするから、この風評被害をなんとかしてください、お願いします、ルル様。

 そう言って必死に頭を下げても、ルルは「本当の事じゃない」と言って一切取り合ってくれなかった。

 それに反論できないのが辛い。

 本当に、あの時の俺はどうかしてた。

 死ぬ間際で生存本能が変な方向に働いたんだろうか?

 正直、その変態呼びだけでもうお腹いっぱいだったのに、数日中にはそれを聞いた血の気の多いデントという奴に絡まれ、

 

「お前が噂の新人か。俺がお前を試してやる。俺と戦え」

 

 と言われて、試合形式の訓練を申し込まれた。

 果たして、期待の新人という部分に反応したのか、ルルのパンツを覗いたという部分に反応したのか。

 前者だと思いたい。

 

 そうして半ば成り行きで訓練を始めたんだけど、槍使いだというデントの動きはなんというか洗練されていて、俺は手も足も出なかった。

 あとで聞いた話によると、デントはルルと同じく強力な魔導兵器(マギア)という武器を支給されるくらいに強い上級戦士だったらしい。

 

 革命軍には戦士の階級がある。

 量産品の魔導兵器(マギア)を支給されるだけの人達が『一般戦士』。

 ルルやデントみたいに革命軍の偉い人に実力を認められ、強力な魔導兵器(マギア)を支給された人達が『上級戦士』。

 更にその上に、専用の魔導兵器(マギア)を支給されるくらい強い革命軍最強の戦士達『特級戦士』と呼ばれる人達がいる。

 ちなみに、ルルは特級一歩手前と言われる程の凄腕らしい。

 デントもルルと似たようなものだそうだ。

 

 そんな奴に勝てる訳ないだろ!

 と俺は思ってたし、実際手も足も出なかったんだけど、試合は予想外の結果になった。

 確かに、俺の攻撃は一切デントに当たらなかったし、デントの攻撃は俺を滅多打ちにした。

 でも、俺の身体にはかすり傷程度しか付かなかったのだ。

 しかも、途中でデントに挑発されて気が高ぶった時は、あの貴族をぶん殴った時の力がちょっとだけ出てきて、ほんの少しだけだけどデントを追い詰める事までできた。

 いくらデントが魔導兵器(マギア)を使っていなかったとはいえ、これはおかしい。

 

 その後、その騒ぎを聞きつけてやって来た支部長という偉い人に、その時始めて知った魔導兵器(マギア)を握らされ、それが燃料もなしに作動した事で俺に魔力があるという事が判明した。

 魔力は基本的に貴族だけが持つ力。

 なんでそんな力が俺にあるのかはわからない。

 支部長さんは「ごく稀に平民でも魔力を持つ者が生まれる事がある。だから気にするな。素晴らしい才能を授かったと思っておけ。期待しているぞ」と言ってくれたけど、そう思わない人も多い。

 

 当然と言えば当然なのかもしれない。

 革命軍に入るような人達は多分、多かれ少なかれ俺みたいに貴族に恨みがある人達だろうから。

 そんな人達にとって、魔力という貴族の力を持った俺はおもしろくない存在なのだろう。

 デントなんかもその口みたいで、俺に魔力があると知った時は露骨に顔をしかめていた。

 逆に、ルルは俺が鎧の人達(騎士というらしい)の攻撃(魔術というらしい)を正面から耐えてたのを見た時から察してたみたいで態度が変わらなかった。

 ルル以外にはそういうのをあんまり気にせずに接してくれる人達もいる。

 ただ、そうじゃない人も沢山いたってだけの話だ。

 

 でも、そういう人達も俺が革命軍の一員として任務をこなしていく内に段々認めてくれるようになった。

 

 任務に向かう前に、まずは死に物狂いで特訓した。

 もう二度と、あの無力感を味わいたくなかったから。

 もう二度と、俺の無力で助けたい人達を助けられないなんて事が起こってほしくなかったから。

 今度こそ、そんな理不尽を自分の手で打ち倒す為に、俺はひたすらに強さを求めた。

 

 次に、革命軍の現在の主要な仕事だという魔獣狩りをした。

 俺の故郷の村はまず魔獣なんて出ない平和な土地だったけど、他の場所はそうじゃない。

 他の村の人達は、貴族と同じくらい魔獣にも怯えながら暮らしている。

 それを知った時、俺は自分のあまりの無知さに呆れかえった。

 そして、魔獣は弱い奴でも普通の人じゃ倒せないくらいに強いらしい。

 魔力を使わなければ倒せない獣。

 故に、魔獣。

 そんな言葉もあるくらいだ。

 

 なのに、そんな魔獣を貴族は放置してる。

 自分達の暮らす街に近い場所の魔獣は駆除するが、そうじゃない場合は相当の被害を出すまで見向きもしない。

 その過程で平民がいくら死んでも奴らは気にしないのだ。

 だから、代わりに革命軍が魔獣を狩ってる。

 民の平和を守る為に、そして貴族を倒す為の力を磨く為に、魔獣狩りは必要な事だった。

 

 そうして、魔獣狩りで実戦経験を積んだ後は、ルルと一緒に諸悪の根元である貴族を倒す任務を与えられた。

 ルルが俺を助けてくれた時もその任務中だったらしい。

 これは革命軍の中でも実力を認められた者にだけ与えられる任務なんだとか。

 そう。

 その時には、俺はもう殆どの人達に認められていた。

 支部長さんからは上級戦士の階級を貰い、他の人達も好意的に接してくれる。

 そこから更に、ルルの引率の下とはいえ実際に貴族を倒してくれば、殆どの人達が俺を認めてくれた。

 

 貴族との戦いは激しくて、相手は強敵揃いで、何度も何度も死にかけたけど。

 助けてくれてありがとうと言ってくれる人達と、こうして俺を認めてくれる仲間達のおかげで頑張れる。

 デントとも、同じ任務を受け、一緒に帝国の一級騎士という強敵を倒した時にわかり合えた。

 

 そんな困難を乗り越えて、俺は今戦場に向かっている。

 俺達が所属する支部の標的はゾイサイト子爵。

 今まで標的にしてきた貴族よりも格下だけど、今回はいつもみたいな忍び込んでの暗殺じゃなく、帝国騎士団と革命軍が真っ向からぶつかり合う戦争だ。

 実戦は初めてじゃない。

 けど、こんな大規模な戦いは初めてだ。

 必ず多くの戦死者が出る。

 俺は多くの仲間達を失うだろう。

 

 怖い。

 でも、俺は逃げない。

 俺は戦う。

 前に進み続ける。

 大丈夫だ。

 俺は独りじゃない。

 どんな死地でも、どんな困難でも、頼れる仲間達と一緒なら必ず乗り越えられると信じてる。

 

 俺は一緒の場所に配置された、ルルとデントを見詰めた。

 

「何?」

「なんだ?」

 

 俺の視線に気づいたらしく、二人が訝しそうに俺を見てきた。

 今の俺はどんな顔をしてるんだろう?

 わからない。

 わからないけど、不安に飲まれたような情けない顔はしてないだろうと、何故か確信できた。

 

「二人とも。この戦い、絶対勝とう」

 

 不思議と緊張せずにそう言えた。

 俺達なら勝てると、素直にそう思えた。

 それに対して二人は、

 

「はぁ? 何当たり前の事言ってんのよ」

「当然だ。未来の大英雄デント様がいて負ける訳がないだろう。馬鹿かお前は」

 

 そう言って、実に頼もしい返事をしてくれた。

 

 俺は弱い。

 革命軍に入って少しは強くなれた気がするけど、まだまだ弱い。

 でも、俺達(・・)は強い。

 俺達革命軍は強い。

 正面から貴族という理不尽の象徴を倒せるくらい強い。

 そう信じて戦おう。

 もう恐怖はなかった。

 恐怖を塗り潰す程の勇気が湧いてきたから。

 

 

 

 

 

 そうして赴いた戦場で俺は出会った。

 真に理不尽の象徴と思えるような、圧倒的な力を持った少女と。

 後に因縁の相手となる、氷の悪魔と。



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勇者と氷の悪魔

「進めぇえええ!」

『オオオオオオオオ!』

 

 支部長さんが声を張り上げ、最前列の人達が魔導兵器(マギア)の弾幕を張りながら突撃する。

 

「迎え撃てぇえええ!」

『アアアアアアアア!』

 

 対して、それを迎え撃つのは帝国の兵士達。

 全員が貴族で構成されるという騎士団じゃない。

 その騎士団に捨て駒のように使われる平民の兵士達だ。

 そういう人達の多くは革命軍についたが、そうじゃない人達もいる。

 未だ貴族の恐怖に怯え、貴族に従う道を選んだ人達だ。

 

 そんな人達が、革命軍の放った魔弾で死んでいく。

 それは直視できない程、惨い光景だった。

 

「目を逸らすんじゃないわよ! 言ったでしょう! これが戦争だって!」

「……わかってる」

 

 ルルに叱責され、俺は思わず逸らそうとしていた目を見開いて、この惨い戦場を見た。

 目に焼き付けた。

 わかってる。

 これは戦争だ。

 例え相手が罪のない人達でも、革命軍の前に立ち塞がるのならぶつかるしかない。

 倒して進むしかない。

 前にルルは言っていた。

 どうしようもない時は罪のない人達を巻き込むかもしれないと。

 その覚悟を決めておけと。

 今がその時なんだ。

 でも、それでも……

 

「うぁあああああ!」

 

 悲鳴のような声を上げながら、帝国の兵士が斬りかかってくる。

 俺は支給された魔導兵器(マギア)の剣でそれを防ぎ、剣の腹でその人を遠くへと弾き飛ばす。

 

「ぐふっ!?」

 

 兵士はそのまま乱戦の外まで飛んでいった。

 あのダメージならもう戦えない筈だ。

 俺は他の人達も同様の方法で倒し、無理矢理戦線離脱させる。

 できる限り殺したくない。

 甘いと言われようと、それでも!

 

「ああああ!」

 

 また一人兵士が襲いかかってくる。

 俺はそれを迎撃しようとして、━━突如飛んで来た火の球に焼かれた。

 

「なっ!?」

 

 そこそこのダメージを受けたが致命傷じゃない。

 俺を含めた上級戦士に支給される魔導兵器(マギア)には、防御力を上げる身体強化の機能がある。

 それを自前の魔力で他の魔導兵器(マギア)より高出力で使っている俺は、あの程度の攻撃じゃ致命傷は受けない。

 

 でも、それは俺に限った話だ。

 今の攻撃は、俺ごと周りにいた人達を巻き込むように放たれた。

 その中には、当然俺に襲いかかってきた帝国の兵士だっていたんだ。

 つまり。

 

 あいつらは、なんの躊躇もなく味方に魔術を放って焼き殺した。

 

 見れば、戦場のあちこちで似たような事が起こっていた。

 平民の兵士達に俺達と戦わせ、騎士団は安全な後ろの方から味方もろとも俺達を魔術で狙っている。

 吐き気がする醜悪な戦法だった。

 怒りで身体が震える。

 

「何をぼさっとしている!」

 

 そんな俺に、今度はデントが叱責してきた。

 

「貴族がクソなのはわかりきっていた事だろうが! 怒るなら立ち尽くすのではなく奴らに怒りをぶつけろ! そうでなければ一番槍は俺が貰うぞ!」

「……ああ、そうだな」

 

 デントの言う通りだ。

 怒りに震えてる場合じゃない。

 俺はなんの為に革命軍に入った?

 こういう理不尽を打ち倒す為だろう!

 なら、立ち止まってる暇なんてない!

 

「うぉおおおおお!」

 

 俺は兵士の人達を押し退け、貴族に向かって突撃した。

 

「ふっ、それでこそ我がライバルだ! 行くぞ! 奴に続けぇ!」

『オオオオオオオオオオオオ!』

 

 俺が抉じ開けた道を、デントをはじめとした仲間達が駆けて来る。

 それによって、遂に騎士団は安全圏にいられなくなった。

 俺達と同じく、命を懸けて戦う舞台に奴らを引き摺り下ろす事に成功したんだ。

 ここまでくれば、あとは何も考えずにこいつらを倒せばいい。

 

「死ね! 薄汚い平民がぁ!」

「我ら貴族に歯向かった事を後悔しながら死んでいけ!」

 

 口々にそんな事を口走る騎士達が俺に襲いかかってくる。

 殆どの奴が剣を手にして。

 さすがに同じ貴族を巻き込んで魔術を使う気はないらしく、奴らの戦法は物理攻撃がメインだ。

 だが、そういう奴らとは何度も戦ってきた!

 

「『魔力刃』!」

『ぐぁああああああ!?』

 

 魔導兵器(マギア)に搭載された機能の一つ、魔力を斬撃状の刃にして広範囲を薙ぎ払う魔術を放つ。

 それによって、襲いかかってきた騎士達が吹き飛んだ。

 中には、防ぎきれずに絶命した奴もいる。

 

「な、なんだこの威力は!?」

魔導兵器(マギア)とやらは魔術の劣化版ではなかったのか!?」

 

 慌てふためく騎士達に近づき、斬り捨てる。

 俺の剣術の腕はお世辞にも優れてるとは言えない。

 才能はあると認めてもらえたけど、いかんせん経験不足だ。

 何せ、俺が剣を初めて握ってから二ヶ月程度しか経っていないのだから。

 それでも既に騎士の平均を超えてるらしいが、ルルやデントには到底及ばない。

 

 だが、その差は魔力による身体能力の強化で補う。

 騎士が振り下ろした剣を真っ向から受け止め、押し返し、体勢が崩れたところを狙って斬る。

 騎士は驚愕の表情を浮かべながら息絶えた。

 今まで魔力によって平民を虐げてきた貴族が、より強い魔力によって倒される。

 それは、なんとも皮肉なものだと思った。

 

「『強刃』!」

「『魔連槍刃』!」

 

 そして、騎士を一方的に倒してるのは俺だけじゃない。

 ルルは相手の攻撃を軽やかにかわし、ナイフ型の魔導兵器(マギア)で次々と騎士達の急所を斬り裂く。

 デントは洗練された槍捌きで、確実に騎士を倒している。

 他の人達も奮戦し、数人がかりで一人の騎士を追い詰めていく。

 元々、数は貴族よりも平民の方が遥かに上なんだ。

 対等とは言えないまでも、魔導兵器(マギア)によって魔力という平民と貴族の絶対的な差が縮まった以上、数の暴力は有効に作用する。

 俺達は、確実に貴族を追い詰めていた。

 

 いける。

 勝てる。

 そう確信を抱いた、その時だった。

 

 突如、極大の悪寒が俺を襲った。

 

 背筋に氷柱を当てられたかのような悪寒。

 それを感じた瞬間、俺は反射的に空を見上げていた。

 この感覚の原因がそこにいると、頭では理解できなくとも身体が理解して反射的に動いたのだ。

 

 そうして俺が見たのは、氷の翼を持って遥か空の上を高速で飛翔する、全身鎧を身に纏った一人の少女だった。

 

 一切肌や服が見えないくらい、一部の隙もなく全身を覆う氷のようなフルプレートメイル。

 でも、鎧の形は女性用の鎧であり、背格好から中身は少女だとわかった。

 身体強化の魔術によって強化された俺の視力が、その少女の姿を正確に捉えていた。

 

 少女が片手を俺達の居る地上へと向ける。

 少女は高速で動いているというのに、俺には何故かその動作が酷くゆっくりに見えた。

 でも、見えたからって何もできない。

 加速するのは思考ばかりで、身体はそれに応えてくれない。

 

 そして、少女から特大の魔術が放たれた。

 

 凄まじい速度で天から降ってくる白い霧。

 それが地上へと到達した時、霧に包まれたものが瞬く間に凍っていく。

 人も、物も、革命軍も、帝国軍も、平民も、貴族も、関係なく。

 当然、俺も霧に飲み込まれて身体が凍りつき、一瞬動けなくなった。

 それでも意識は失っていない。

 寒さに震える事すらできない身体を身体強化に任せて無理矢理動かし、体表の氷を砕いて目を開くと、辺り一面が銀世界になっていた。

 

 戦いが止まっていた。

 無理矢理氷結させられ、止まっていた。

 そして、少女の姿はもう見えない。

 もう、あの少女はこの場にいない。

 

「…………………けるな」

 

 頭が痛む。

 堪えきれない程の激情を感じる。

 それを処理しきれずに頭が痛む。

 

「ふざけるな」

 

 頭が痛む。

 俺は今、堪えきれない程の怒りを感じていた。

 

「ふざけるなぁ!」

 

 あんな、あんな事があっていいのか!?

 俺達は死ぬ気で戦っていた。

 自分の命を懸けて、仲間の屍を踏み越える覚悟で、必死に戦っていた。

 それを、それをあんな簡単に!

 あの少女は、虫でも潰すみたいに、たった一撃で全てを終わらせてしまった。

 皆の想いを、覚悟を、あっさりと踏み潰された。

 

 理不尽だ。

 これこそ、まさに理不尽だ。

 俺は今その理不尽に対して、どうしようもない程の怒りと憤りを感じていた。

 

 だが、この理不尽で残酷な世界は待ってくれない。

 怒る暇すら俺に与えてはくれない。

 

「落ち着け! セレナ様の氷結世界(アイスワールド)だ! 我らに死者は出ていない!」

 

 騎士団の指揮官みたいな奴が声を張り上げた。

 その声一つで、騎士団の戦意が復活した。

 向こうも相当な数が凍らされて呆然としていたというのに。

 

「凍った者の救出は後でもできる! 今は奴らの残党を狩れ! もはや我らの勝利に疑いなし! 勝利の女神は我らに微笑んだのだ!」

『オオオオオオオオオオオオ!』

 

 騎士達が凄まじい形相で運良く氷結をまぬがれた仲間達に襲いかかっていく。

 あの顔には覚えがあった。

 村を襲った貴族や、看板娘さんを襲おうとしていた貴族が浮かべていた、弱い者を一方的にいたぶる悪魔の顔だ。

 

 俺はそれが許せなくて。

 あの少女への怒りと合わせて、この激情を奴らにぶつけてやろうと思った。

 例えここで死んでも、一人でも多くあいつらを道連れにして、この怒りをわからせてやろうと思った。

 そうして一歩踏み出そうとした俺は、

 

「ダメ!」

 

 後ろから誰かに抱き着かれた事で足を止めた。

 振り返ると、そこには真っ青な顔で寒さに震えるルルがいた。

 ルルは、そんな身体で死地へ飛び込もうとした俺に抱き着き、止めていた。

 

「逃げるわよ! これ以上戦っても無駄死になんだから!」

「ルル……」

「撤退! 撤退!」

 

 ルルの声に合わせるように、どこかで支部長さんの声が響いた。

 撤退命令だ。

 その命令に納得できないでいる俺の肩を誰かが叩いた。

 それは、ルルと同じ顔色をしたデントだった。

 

「逃げるぞ。ここは俺達の死に場所じゃない」

「…………わかった」

 

 納得できた訳じゃない。

 でも、俺と同じ思いを抱えているだろう二人に言われて、自棄になるのは思い止まった。

 

 俺達は負けたんだ。

 絶対に勝つと意気込んだのに、たった一人の少女にやられてあっさりと負けたんだ。

 そうして沢山の仲間が殺された。

 その怒りを、悲しみを、憤りを、悔しさを飲み込んで、噛み締めて、歯を食い縛りながら今は逃げる。

 いつか必ず仇を取ると誓って。

 最後には必ず俺達が勝つと誓って。

 俺達は逃げた。

 

 騎士達の会話で聞こえてきた『セレナ』という仇敵の名前を胸に刻みながら。



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28 開幕戦被害状況

 まるでアイ◯ンマンの如く、鎧一つで音速飛行しながら革命軍を殲滅していく。

 やってる事は、なるべく帝国軍を巻き込まないようにしながら、氷結世界(アイスワールド)で革命軍の大部分を氷漬けにするだけだ。

 これだと、身体強化の効果を持った魔導兵器(マギア)を支給されてる革命軍の上級戦士以上は倒せないかもしれないけど、それは仕方ない。

 

 だって、音速飛行したまま、しかも遥か上空から狙った部分だけをピンポイントで攻撃するのって凄い大変なんだもん!

 マッハで飛んでる戦闘機を操縦しながらゴルフボールを投げて、ゴルフ場にあるゴルフカップの中にホールインワンさせるくらい難しい。

 ノクス達から馬鹿みたいな精密コントロールとお墨付きを貰ってる私の魔術でも、さすがにそれは無理。

 なら、狙いが大雑把である程度は誤魔化しが利く範囲攻撃であり、非殺傷魔術だから多少は味方を巻き込んでも安心な氷結世界(アイスワールド)をぶっ放つのが一番だと判断しました。

 これならゴルフ場ごと凍らせるくらいに難易度が下がるし。

 狩り残しは出ちゃうけど、それくらいなら現地の戦力で潰せるでしょ。

 

 何?

 そんな事するくらいなら、素直に高度とスピード落とせって?

 そうしたら回れる領地の数が減るやん。

 今回の目的はファーストアタックのダメージを少しでも抑える事なんだから、それはできんのですよ。

 

 そんな感じでアイ◯ンマンをやる事、数時間。

 それくらい経つと、革命軍が一斉に退却を開始した。

 敵の被害状況も味方の被害状況もガン無視で撤退だ。

 ゲームで見た時から思ってたけど、思い切りが良すぎる。

 勝利目前とか、勝利した後とかでも撤退するんだもん。

 

 でも、その戦略は非常に正しい。

 例え領主を討ち取って勝利したとしても、調子に乗ってその場に留まってたら、六鬼将とかが援軍に来て狩られちゃうからね。

 前に暴走した末端の人達みたいに。

 今の革命軍に、いくつもの領地を奪って拠点として制圧し続ける程の力はないのだ。

 多分。

 

 だから、革命軍の今回の目的は領地という拠点の奪取ではなく、一人でも多くの騎士や貴族を減らして帝国の戦力を削ぐ事。

 それが成功したかどうかは、これから聞く被害状況次第で判断するよ。

 まあ、私の反撃で数万人は氷漬けにしたし、一方的な完全敗北って事はないと思うけどね。

 

 

 そうして戦闘を終え、砦に戻って戦後処理を進めておく。

 革命軍が現れても私の仕事は減らなぁい。

 おのれ、ブラック帝国。

 そんな感じで呪詛を吐きながら仕事をし、革命軍の一斉蜂起から数日が経った頃。

 

「セレナ様。帝都より召集命令が届いております」

「わかりました」

 

 ようやく呼び出しがかかった。

 遅いとは言うまい。

 戦争中に起こった突然のトラブルだった事を考えれば早いくらいだ。

 

 その呼び出しに応じて、砦に設置されている転移陣で帝都へと戻る。

 そして、久しぶりに謁見の間へ行き、殺したくて殺したくて仕方がない奴と顔を合わせた。

 

「セレナ・アメジスト、ただいま参上いたしました」

「うむ」

 

 玉座に座りながら鷹揚に頷くのは、ぶち殺したい奴筆頭である皇帝。

 でも、さすがに恨みの根幹である姉様の死から3年も経てば少しは冷静に対応できるようになった。

 内心のマグマのように煮えたぎる憎悪は変わらないけど、少なくとも表面上は。

 

 そして、皇帝以外でこの場にいるのは、前と同じようにノクスと六鬼将の面々。

 ただし、いない奴と余計な奴がいる。

 余計な奴は、どことなくプルートに似てる気がする頭脳労働担当って感じの奴が数人。

 顔見た事あるわ。

 確か、序列一位の人の直属の部下だったっけ?

 序列一位の人は軍部の頂点なので、あの人達はさしずめ軍部の頭脳ってところかな。

 多分、報告係か何かだと思う。

 

 逆に、いない奴は序列二位の裏切り爺。

 六鬼将は全員召集されてるって話なので、爺は遅れてるっぽい。

 撤退した革命軍に指示する為の早馬でも手配してるんだろうかね。

 

 と思ってたら、私のすぐ後に再び謁見の間の扉が開き、裏切り爺がやって来た。

 

「おっと、儂が最後か。遅れて申し訳ない。プロキオン・エメラルド、ただいま参上いたしましてございます」

 

 いけしゃあしゃあとよく言うなぁ。

 でも、これで役者は揃った。

 会議が始まる。

 

「では、今回発生した平民の一斉蜂起について、我々から状況を報告させて頂きます」

 

 そうして話し出したのは、私の予想通り序列一位の部下の人。

 手に資料だか報告書だかを持って進行役を務める。

 

「現在判明している限りですと、襲撃を受けた領地の数は41。内、男爵領29、子爵領12。伯爵領以上への襲撃は確認されておりません」

『!』

「なんと」

 

 六鬼将の面々が驚愕の表情になり、皇帝ですら少しだけ顔色を変え、爺が白々しく「なんと」とか抜かした。

 しかし、41か。

 今の帝国には80前後の領地(しょっちゅう統廃合で数が変わるけど)があるから、約半分の領地が襲撃を受けた事になる。

 革命軍頑張ったなー。

 そこまで根回しするのに、いったい何年かけたんだろう。

 まあ、それはともかく、

 

「それで、落ちた領地はどれくらいですか?」

 

 私は一番聞きたかった事を直球で聞いた。

 それによって今後の難易度が変わってくるんだから、焦らさずにさっさと話してほしい。

 

「はい。陥落が確認されたのは男爵領7、子爵領2、合計9の領地が敵の手に落ちました。

 もっとも、敵軍は領土を占領する事なく撤退したとの事なので、この言い方は適切ではないかもしれませんが」

「マジで!?」

「クソッ! そんなにかよ!?」

「敵国との戦争で僕達が動けなかったのが痛いですね……」

 

 ミアさん、レグルス、プルートがそれぞれ嘆きの声を上げる。

 ノクスも頭痛が痛いみたいな顔してるし、序列一位の人は眉間に皺寄せて怒髪天って感じだ。

 皇帝は呆れるを通り越して感心したみたいな顔してる。

 裏切り爺は表面上深刻そうな顔してた。

 私?

 私は氷の無表情しながら内心でホッとしてるよ。

 

 だって、一桁の被害で済んだんだよ?

 ゲームでは国が傾きかねない程の被害が出てた事を考えると、これは大勝利と言っても過言ではないんでない?

 ちっこい領地がちょっと減ったくらいなら、他の領地に吸収合併するなりしていくらでも取り返しがつく。

 まあ、あくまでも完全にやられた領地が9ってだけで、大打撃受けた領地とか含めたら結構な被害なんだろうけど。

 それでも想定してたより遥かに傷は浅い。

 私が飛び回って反撃したのと、戦争を減らしてその分の戦力を各地に配置したのが大きいと見た。

 やったね!

 

「そして、細かい被害状況ですが━━」

 

 その後、会議は正確な被害状況の報告が行われ、今後の私達の動き方が決まったところで解散となった。

 裏切り爺が真っ先に去って行き、他の面子も続々と去って行く。

 そんな中、私はノクス、レグルス、プルートの三人にこっそりと声をかけた。

 

「ノクス様、レグルスさん、プルートさん。この後、少しお時間よろしいでしょうか?」

「お? なんだ逆ナンか? 今のお前なら歓迎するぞ」

「レグルス」

「寝言は寝て言いなさい」

「わかってるよ。ちょっとした冗談だっての。っておいセレナ!? なんだその汚物を見るような目は!? マジで傷付くからやめろ!」

「失礼しました。一瞬、レグルスさんがゴミに見えてしまったもので」

「……お前、最近遠慮がなくなってきたよな。いや、いい事なんだけどよ」

 

 まあ、かれこれもう5年くらいの付き合いになるからね。

 そりゃ遠慮なんてなくなってくるよ。

 だからこそ、つい思った事が顔に出てしまった。

 私の貞操は姉様のものなので、冗談でも私をそういう対象として見ないでほしい。

 本当に必要なら身体を売る覚悟もあるけど、できればあの世で姉様と再会するまで清い身体でいたいんだよ!

 

「では、レグルスさんの戯れ言は置いておくとして」

「戯れ言て……」

「真面目な話があるので、この後お時間よろしいでしょうか?」

 

 あえて言い直した私の言葉に、三人は神妙な顔をして頷いた。



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29 友達を家に招くような話?

「じゃあ、場所はセレナの屋敷でいいな」

「ああ、そうだな」

「まあ、妥当なところですかね」

「え」

 

 なんか、当然のように私の家が会場に決まった。

 しかも私以外全会一致で。

 どういう事だってばよ!?

 私、今までこいつらを家に連れてった事ってなかったよね!?

 

「な、なんでですか……?」

「なんでってそりゃ、お前がここまで畏まるって事は内密の話だろ?

 だったら城でやる訳にもいかねぇし、俺やプルートの屋敷だって他の家族の息がかかった使用人の目がある。

 消去法で、お前が完全制圧してるお前の屋敷しかねぇじゃねぇか」

 

 ぐぬっ!?

 脳筋レグルスのくせに理路整然とした理由言いやがって!

 いや、言われてみれば確かにそうなんだけど。

 でもなぁ……

 

「なんだ? 俺達を招きたくない理由でもあるのか?」

「いえ、その……」

 

 あります。

 正直、ルナの近くにこいつらを近づけたくない。

 あの子には、帝国の闇にも権力にも関わってほしくないのだ。

 私のやらされてるシノギの話とかも耳に入れたくないし。

 優しいお姉ちゃんが殺戮軍人だったとか知ったらトラウマになりかねんでしょ。

 それに……ルナに殺人鬼を見る目で見られるのは怖い。

 

 でも、まあ、屋敷に招くくらいならルナと会う事もないかな?

 帝都にある別邸の方でもてなせば、まかり間違ってルナと遭遇する事もないだろうし。

 ……最近、ルナが昔の姉様に似て行動力のあるお転婆になってきてるのが懸念事項だけど。

 大丈夫だよね?

 私の城から飛び出した挙げ句に、本邸の転移陣に飛び乗ったりしないよね?

 お姉ちゃん信じてるからね?

 

「…………わかりました。では、皆さんを当家にお招きします」

「セレナ、嫌なら嫌と言っていいんだぞ」

「いえ、ダイジョウブデス」

 

 ノクスの気遣いは気持ちだけ貰い、私達は城内を移動し始めた。

 途中でノクスの部下達にちょっと出掛けて来る峰を伝え、私達の部下にも伝えておくように伝言を頼む。

 そして、城の外にタクシーの如く常時待機してる馬車の一つを使い、アメジスト伯爵家の別邸へとやって来た。

 いつもなら帰って来たと言うところだけど、今回は違うわな。

 

『お帰りなさいませ、セレナ様!』

 

 しかし、私は違くても使用人達にとってはいつもの帰宅と変わらない。

 いつも通り、一糸乱れぬ動きでお帰りなさいと言ってきた。

 で、次の瞬間にはお客さんに気づいたのか、若干慌てて何人かが屋敷の中に引っ込んで行く。

 多分、客間とかお茶菓子の準備してるんだと思う。

 こういう時、普通は事前に連絡して準備してもらうものだから、それがなくてバタバタさせちゃった使用人達にはちょっと悪い事したかもしれない。

 ごめんね。

 でも、忙しい連中を引き留めてる訳だから、そんな暇なかったんだよ。

 あとでボーナスあげるから許して。

 

 一方、お客様であるノクス達は何故か目を丸くしていた。

 

「どうされました?」

「いや……随分と教育が行き届いていると思ってな」

「驚きました。使用人達の表情がやたらと明るいですね。サファイア家ではあり得ない光景です」

「お前ん家、確かお前が一家全員粛清して家督簒奪したんじゃなかったか? なんでこんな慕われてんだよ」

「「レグルス!」」

「あ、ヤベ!? 今のなし!」

 

 レグルスが失言して二人に睨まれていた。

 まあ、それを表立って肯定しちゃうと面倒な事になるからね。

 こういうのは、あくまでも事故死という事にしとかなきゃならない。

 例え、誰が見ても犯人が一目瞭然だったとしてもだ。

 それが貴族社会というものよ。

 相変わらず腐ってらっしゃる。

 まあ、これに関してはその腐敗に救われた感じだけども。

 

 ……そういえば、粛清がバレたと思わしき当時、こいつらは傷物に触れるように、やたらと労るような感じで私に接してくれたっけ。

 あの対応は助かったなぁ。

 それが私の前で口を滑らせるくらい気安い関係に戻ったんだから、なんとなく感慨深い。

 

 しかし、目を丸くしてたのはそういう事ね。

 生粋の帝国貴族であるこいつらからすると、最近やたらアットホームな職場と化してるウチは異質に見えるらしい。

 しかも、粛清騒動があった事まで知ってるから尚更。

 でも、理由を説明する必要はないかな。

 悪い貴族に向かって悪い貴族を殺したから感謝されてますとか素直に言ったら微妙な空気になりそうだし。

 ここは曖昧に微笑んで誤魔化しておこう。

 

 曖昧に微笑んで誤魔化しながら、私は三人を別邸の客間へと案内した。

 正確にはメイドさんに案内してもらった。

 だって、この屋敷の客間とか使った事ないから、自分の家なのに場所がわかんないんだもん。

 それを察してくれたメイドさん、マジ有能。

 さすが、不興を買ったら物理的に首が飛ぶ職場で鍛えられただけの事はある。

 

 内心でメイドさんに感謝し、表向きは当然ですよという顔をしながら客間の中へ。

 すると、私が座ってくださいと言った瞬間、四人分のお茶菓子が運ばれてきた。

 この短時間で……!

 驚愕しながらも顔には出さず、使用人達に目線で感謝を伝えた後、人払いをした。

 探索魔術により、使用人達が本当に退散した事を確認する。

 これで、室内のヤバイ会話を聞いた使用人が消される心配はない。

 

「では、話を始めさせて頂きます」

 

 そうして、私は口火を切った。

 ここからは真面目も真面目、大真面目の話だ。

 

「今回発生した革命軍、いえ反乱軍による一斉蜂起ですが。私はこの裏に裏切り者の貴族がいると考えています」



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30 裏切り者は誰だ

「まあ、そうだろうな」

「でしょうね」

「え、マジでか?」

「レグルス、あなた脳筋も大概にしてください。平民などという劣等種だけでここまでの事ができる訳ないでしょう」

「なにおう!」

 

 ああ、やっぱり予想してたんだ。

 脳筋レグルス以外の二人は驚かない。

 まあ、魔導兵器(マギア)なんて貴族の力がなければ作れる訳ないし、今回の一斉蜂起のタイミングとかは六鬼将が不在な事を事前に知ってないと考案できない。

 そもそも、ロクな教育も受けてない平民だけで、あれだけの規模の軍隊を組織、運営できる筈がない。

 ちょっと考えれば誰だってわかる。

 今までは余計な波風立てないようにあえて口に出さなかっただけで、裏切り者の存在は誰もが確信してた。

 レグルスみたいな脳筋と、革命軍の事を軽視しまくってた連中以外は。

 

「ですが、一応他国の策略という事も考えられるのでは?」

 

 荒ぶるレグルスを適当にあしらいながら、プルートがもっともな事を言ってきた。

 確かに、その可能性もある。

 私はゲーム知識のおかげで裏切り者が誰なのか知ってるけど、そうじゃないなら他国の策略っていうのは充分に考慮すべき可能性だろう。

 それに、バタフライエフェクト発生しまくりな状況だと、本当に革命軍が他国の傀儡になっててもおかしくない。

 

 でもだ。

 

「ないとは言い切れませんが、その可能性は低いと考えます」

「……一応、あなたの見解を聞いておきましょうか」

「はい。まず危険地帯である国境を越えるのは普通に困難を極めます。

 あんな場所を経由していては、あれ程の数の魔導兵器(マギア)を持ち込む事も、平民達をタイミング良く動かす事もできないでしょう。

 加えて、これだけの事をする余裕のある国にも心当たりがありません。

 隣国は帝国との不利な戦争続きで悉く弱ってますから。

 もし、その後ろにある国が関わっているのだとしても、そこまで遠くてはやはり大した干渉はできない。

 よって、他国が介入しているとしても、せいぜい裏切り者と繋がって支援しているか、反乱軍と同盟でも結んでいるか、その程度だと思われます」

「ふむ……まあ、合格点ですね」

「ありがとうございます」

 

 プルートから合格を貰えた。

 やったね。

 ゲーム知識に頼らない私の考察も大したもんだ。

 

 だが、ここまでは前座。

 ここからが本題だ。

 

「それで、肝心の裏切り者が誰なのかですが……」

 

 そこで私は一度言葉を切った。

 そして息を吸い込み、凄まじく重々しい声で告げる。

 

「━━『旧第二皇子派』。彼らが最も怪しいと私は考えています」

 

 室内の空気が緊張する。

 旧第二皇子派。

 それは、約15年前に終結した帝位継承争いにおいて、当代皇帝アビスの弟であり、当時の帝国第二皇子だったリヒト・フォン・ブラックダイヤに付き従った派閥の事だ。

 そして、リヒトの性格はウチの姉様のような聖人だったらしい。

 民を憂い、醜い貴族どもを嘆き、国が腐りきった現状を悲しんでいた。

 もしもリヒトが皇帝になっていれば、国は変わり、私が姉様を失う事もなかったかもしれない。

 

 でも、それは所詮もしもの可能性。

 とっくの昔に潰えた希望に過ぎない。

 そんな事より問題は今。

 革命軍についてだ。

 

 革命軍の志は、かつてリヒトが掲げた理想と酷似している。

 即ち、国を変え、腐敗を正し、民の為の新しい国を作るという事。

 リヒトは己が皇帝となる事でその理想を実現しようとした。

 革命軍は帝国を打倒する事でその志を叶えようとしている。

 なら、そこにリヒトに同調していた旧第二皇子派が関わってると思うのは当然の事でしょう。

 

 ただし、それをハッキリと口にするっていうのは別の意味を持つ。

 当然だ。

 私はあなた達が革命軍に繋がってる裏切り者の反逆者だと思ってますなんて素直に言ったら「喧嘩売っとんのかワレェ!」ってなるに決まってる。

 だから公の場では言えない。

 言ったが最後、本格的な派閥争いが起こって国が荒れかねないから。

 こういうのは水面下でやる。

 それが貴族社会。

 

 だからこそ、その水面下であるこの場で言った。

 それでも重大な意味を持つ発言には変わりない。

 だって、事実上の敵対宣言だもん、これ。

 私は旧第二皇子派と敵対しますって、ノクス達に向かって宣言したに等しいのよ。

 

「……思い切りましたね、セレナ。まだ証拠が何もない状態でそんな事を口にするとは」

「証拠が出てくるまで待っていては遅いと思ったので」

 

 そんな事してたら、獅子身中の虫に腹を食い破られる。

 ゲームで帝国が負けた理由の四割くらいは、連中の対処が遅れまくった事にあると思ってるからね私は。

 幸い、ファーストアタックのダメージを最小限に抑えられた今なら、連中に対処する余裕がある筈だ。

 

「旧第二皇子派と繋がりのある人間は辺境へ左遷……では反乱軍に吸収される恐れがありますね。

 ガルシア獣王国辺りとの戦争にでも投入して、反乱軍関連の出来事から遠ざける事を具申いたします」

「難しい事を軽く言ってくれるな……だが、旧第二皇子派はほぼ壊滅状態だぞ。そこまでする必要があるか?」

「油断大敵ですよ、ノクス様。派閥が壊滅状態ではあっても、個人としてなら残っている者もいるじゃないですか」

 

 確かにノクスの言う通り、旧第二皇子派は現在ほぼ完全に壊滅状態だ。

 リヒトが皇帝との直接対決で死亡し、帝位継承争いに負けた後は、皇帝による大粛清で主要人物の殆どが処刑され、末端の奴も同じく粛清されたり、閑職に追いやられたりした。

 割と最近知った事だけど、私の母親の実家も旧第二皇子派の末端だったらしく、それで力を落としてたらしい。

 だから私の扱いがあんなに悪かった訳だ。

 妙に納得すると同時に、そんな状況でも輝いてた姉様すげぇと思った。

 あと、結局全部皇帝のせいじゃねぇかとも思って殺意が増した。

 

 それはともかく。

 その大粛清のせいで、現在の旧第二皇子派はほぼ壊滅状態であり、影響力は皆無に等しい訳だ。

 でも、残る所には残ってる。

 帝国は実力主義だから、旧第二皇子派というビハインドを覆せるくらい優秀なら出世する事も不可能じゃないからね。

 母方の実家が旧第二皇子派なのに皇帝の側室にされてしまった姉様みたいに。

 あと、六鬼将になってる私も一応それに該当するのか。

 そう思うとムカムカしてくるけど、その感情は無理矢理脇に置いておく。

 

 で、序列二位の裏切り爺とかは、その最たる例な訳だよ。

 あの爺は帝位継承争いの決着寸前で皇帝に寝返ったらしいけど、直前まで敵方だったくせに六鬼将の序列二位やってる訳だから。

 まあ、ゲーム知識によると、それはリヒトの指示だったらしいけどね。

 敗北と自分の死を悟ったリヒトが、最も信頼する部下の一人だった爺に希望と生まれてくる我が子を託すべく、寝返らせて生き残らせたっていうのが真相らしい。

 

 まあ、つまり何が言いたいのかというと。

 

「私が最も疑い最も警戒しているのは、元は旧第二皇子派の重鎮であり、現在でも相当の力を残している人物。

 六鬼将序列二位『賢人将』プロキオン・エメラルド様です。

 もしも本当にプロキオン様が帝国を裏切っており、反乱軍の裏にいるのならば大変な事になるでしょう。

 あの方自身をどうこうする事は無理でも、万一を考えれば、あの方の手駒になりうる旧第二皇子派の人間だけでも一掃しておいた方がいいと思います。

 最低でも、反乱軍を完全に鎮圧するまでは遠ざけるべきかと」

 

 私はハッキリとそう言った。

 歯に布なんて一切着せない。

 言いにくい事でもズバッと言って、革命成功の可能性はとことん摘み取る。

 その為ならば、

 

「当然、お疑いであれば私の事もしばらく遠ざけて頂いて結構です。

 一応は私も旧第二皇子派と関わりのある身ですから」

 

 私自身が革命軍から遠ざかる事も辞さない。

 私がいなくても、裏切り爺を欠いた革命軍なら他の六鬼将で確殺できる筈だ。

 なら、なんの問題もない。

 

 そんな私の意見に対する反応は、

 

「え、お前旧第二皇子派と繋がりあったのか?」

 

 という、レグルスの呆けた顔だった。

 ガクッとずっこけて力が抜けた。

 

「レグルス……あなた、身内の血縁関係くらい把握しておきなさい。

 セレナの生母は旧第二皇子派の末端だったシリカ男爵家です。

 それに、旧第二皇子派と似た考えを持っていたエミリア様の妹でもある。

 客観的に見れば怪しく見えなくもないんですよ。客観的に見ればね」

 

 プルートの言い方は凄い含みがあった。

 私が裏切る訳ないと確信してるように見える。

 はて?

 その心はなんだろう?

 

「つっても、セレナが裏切るとは思えねぇなぁ」

「でしょうね」

「なんでそこまで断言できるんですか……」

 

 私はそんな疑問を思わず口に出してしまった。

 そしたら「は?」と言わんばかりの顔で全員に見られた。

 え?

 何?

 思わず首をかしげると、三人を代表するかのように、ノクスが呆れたような顔で聞いてきた。

 

「セレナ、お前は反乱軍をどう思っている?」

 

 いきなりなんだと思ったけど、上司に聞かれたなら素直に答える。

 

「ルナを危険にさらすかもしれない危険な連中です」

「言うと思った。そして、それが答えだ。お前が裏切らないと思える根拠のな」

「……なるほど」

 

 私がルナを危険にさらすような真似なんかする訳ないと確信を持たれてるのね。

 正解だよ。

 さすが長い付き合いと言うべきか。

 

「とにかく、セレナの提案については考えておこう。

 だが、旧第二皇子派やプロキオンが犯人と決まった訳ではなく、セレナの予想が外れている可能性もある。

 よって、これからの動きはそれらも考慮に入れた上で決定する。

 異議はあるか?」

「いえ、ありません」

「俺もねぇな」

「同じく」

 

 ふぅ。

 これで一安心、とまでは言えないけど、最低限次の局面の先手は打てたかな。

 ノクスは考えると言えば考えてくれるし、数日以内には結論を出してくれるだろう。

 その結論がどうであれ、最低でも裏切り爺に疑いの目が向けば充分だ。

 ノクスに牽制されれば、さぞ動きにくかろう。

 それだけでも結構な効果がある。

 今日、話をした意味はあった。

 

 そうして少し気を抜いた瞬間、私の探索魔術が高速でこの部屋に接近してくる存在を感知した。

 こ、この気配と魔力反応は!?

 

「では、今日はこれにて解散……ん?」

 

 どうやらノクス達も気づいたらしい。

 三人とも部屋の外に意識を向けてる。

 ヤバイ!

 と思っても動く暇はなく、高速接近反応が扉をバーンと勢いよく開いて襲来してしまった。

 

「おねえさま!」

「ルナ!」

 

 そうして現れた小さな人影、ルナは他の面子を無視して私の胸にダイブしてきた。



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31 お転婆天使と同僚達

 な、なんでルナがここに!?

 混乱しつつもダイブしてきたルナを放置する訳にもいかず、私は条件反射でルナを優しく抱き締めて頭を撫でた。

 久しぶりの再会にルナはご満悦だ。

 まるで昔の私が姉様にじゃれついてた時みたいに、頭を擦り付けてくる。

 可愛い。

 しかし、それを見せられるお客様にとっては割と失礼な光景である。

 ノクス達相手なら大丈夫だと思うけど、頭は下げるべきだろう。

 

「すみません。ウチの子が」

「なぁに気にするな! 元気があっていいじゃねぇか!」

 

 レグルスはやっぱり気にしてない。

 快活に笑って許してくれた。

 逆に、プルートはちょっと眉をしかめてる。

 

「……少々躾に関してもの申したい気持ちはありますが、あなたの場合は事情が特殊ですし不問にしておきましょう。

 ただし、僕達以外の貴族の前には出さない事をおすすめします」

「ありがとうございます」

 

 許してはくれたけどお小言を貰ってしまった。

 でも、この程度で済ませてくれる辺り、プルートもルナ関連の事に関しては私に甘い。

 姉様の悲劇を知ってるからこそ、プルートなりに気を使ってくれてるのだ。

 他の事でやらかしたら、容赦なくお説教と再教育が待っている。

 六鬼将での序列はもう私の方が上なのに、未だに頭が上がらないんだよなぁ。

 

 そして最後の一人。

 最も無礼を働いてはいけない相手にして、最も普通に許してくれると確信してる相手でもあるノクスは、何故かルナを見て驚愕したように目を見開いていた。

 

「ノクス様?」

「……いや、なんでもない。その子が例の箱入り娘か?」

「あ、はい」

 

 しかし、すぐにノクスは表情を取り繕い話題を逸らした。

 今の反応はちょっと気になるけど、深くツッコムのはやめとこう。

 それより、問題は今のこの状況だよ!

 ルナを権力者と会わせたくなかったのに!

 でも、会っちゃったからには仕方ない。

 挨拶くらいさせないと。

 

「ルナ、この人達はお姉ちゃんと一緒にお仕事をしてる人達だよ。ご挨拶しなさい」

「はい!」

 

 そうして、私はルナを地面に降ろした。

 ルナはちょっと名残惜しそうにしている。

 私はちょっとどころではなく名残惜しい。

 でも、それを振り切ってルナはスカートの裾を軽く摘まみ、綺麗にお辞儀をした。

 

「ルナマリアともうします。どうぞよろしくおねがいいたします」

「ああ」

「おう! よろしくな!」

「ふむ。まあ、いいでしょう。よろしくお願いしますね」

 

 おお、ルナ凄い!

 メイドスリーに頼んで、一応何かの時の為に礼儀作法を教えてもらったんだけど、ちゃんと実践できてる!

 まだ3歳なのに!

 天才!

 正直、私よりちゃんとしてるかもしれない。

 これはご褒美のなでなでが必要だ!

 

「ルナ、よくできました」

「えへへ」

 

 ルナは嬉しそうに笑って、再び私の胸の中に戻ってきた。

 ルナは私に対しては結構甘えん坊だ。

 多分、たまにしか会えないから寂しい思いさせてるんだと思う。

 ごめんね。

 

「しっかし、こんな穏やかな顔したセレナは初めて見るなぁ。最近はずっとピリピリしてたし、こりゃ良い目の保養……っ!?」

 

 私はルナに顔が見えてないのをいい事に、余計な事を言い出したレグルスを殺気混じりの視線で睨んだ。

 アイコンタクトで、ルナの前で余計な事言うんじゃねぇよと語りかける。

 それを正しく理解したのか、レグルスはコクコクと頷いていた。

 横でプルートがため息を吐いている。

 私は、ルナに貴族社会や仕事の話をしたくないと日頃から言っていた。

 それを忘れたレグルスに呆れているようだ。

 

「では、話し合いも終わった事ですし、私はこれで失礼します。お見送りできなくて申し訳ありませんが、何とぞご容赦を」

「いや、構わない。家族との時間は大事にするべきだ。お前の場合は特にな」

「そうですね。僕も小言を言うのはやめておきましょう」

「俺も文句はねぇよ。……ただ、そのヤンデレ過保護っぷりはもう少しなんとかした方がいいと思うぞ」

 

 レグルスが小声で何やら付け足していたけど聞こえんなー。

 

「ありがとうございます。では、失礼いたしますね」

 

 そうして、私はルナを抱き抱えたまま一礼して客間を出た。

 その後、近くにいた執事にあの三人の見送りを頼んでおく。

 貴族的に考えるとかなり失礼な対応だけど、事情を知ってるあの三人相手なら大丈夫でしょう。

 

 で、この後は仕事の続きする為に国境の砦に戻る予定だったんだけど……まあ、いいや。

 敵の指揮官は討ち取ってあるし、敵軍も壊滅状態。

 あとは停戦条約を結ぶだけなんだから、砦に居る文官に任せておいても問題ない。

 会議の後に緊急でやる事が出来たという事にして、今日はルナと一緒にいる事にしよう。

 つまり、ズル休みだ。

 文句は受け付けない。

 

「ルナ、今日はお姉ちゃん一緒にいるからね」

「ほんと!?」

「うん」

「ありがとうございます!」

 

 ああ、癒されるぅ。

 でも、癒されながらでも聞いておかなきゃいけない事がある。

 

「ところでルナ、どうしてこっちに来ちゃったのかな?」

 

 そう尋ねた瞬間、私の胸の中でルナがビクリと震えた。

 怒られると思ってるのかな。

 その予想は当たりだ。

 私は今、割と怒ってる。

 ルナは最近、メイドスリーの目を盗んでこっそり屋敷の方に行く事があった。

 そこまでなら、まあいい。

 最近の屋敷は本当の意味でアットホームな職場になってるし、ルナもずっと氷の城の中じゃ息が詰まるだろうと思ったから、そこまでなら許可した。

 ただし、地下の転移陣の部屋にだけは絶対に入るなと言いつけておいたのだ。

 その言いつけを破るとは、このお転婆天使め。

 

「そ、その……ガミガミおばけのトロワからにげてたんです。

 それで、ぜったいにみつからないところにかくれたくて、あのおへやにはいりました。

 それで、それで、おへやのまんなかでかくれてたらゆかがひかって、そうしたらおねえさまのけはいがして」

「ああ……」

 

 トロワのお説教から逃げてたのか。

 彼女は結構真面目だから、ルナがお転婆するとお説教が長いのだ。

 逆に、アンは悪乗りしてルナのお転婆に付き合い、一緒に怒られる事が多いらしい。

 これは近況を楽しそうに話してくれるルナ本人と、両サイドを良い感じに取り成してるというドゥに聞いた。

 

 で、そのお説教から逃げる為に転移陣の部屋に隠れて、じっとしてる内に垂れ流しの魔力が転移陣に貯まって起動したのか。

 見張りにアイスゴーレムが居た筈だけど、あれには私に異常を知らせる機能がないからなー。

 失敗した。

 近い内にその機能を搭載したやつを作って入れ換えておこう。

 

 そして、私の気配を感じたっていうのは探索魔術だと思う。

 休暇の時、自衛と将来の為に最低限の魔術の手解きをしてるけど、もう使えるようになってたんだ。

 天才だよ。

 そして練習をかかさなかったんだろうなぁ。

 まあ、まだ私みたいに常時発動してる訳じゃないだろうし、見知った相手の気配しか感知できないレベルだとは思うけど。

 それを差し引いても凄い。

 

 だが、それはそれ、これはこれ。

 転移陣の部屋に入ったのはダメだ。

 絶対にダメだ。

 今までのお転婆と違って、越えてはならない一線を越えてる。

 一歩間違えばシャレにならない事態になってた。

 こう見えて私は結構怒ってるし、それ以上に焦ってたのだ。

 内心冷や汗ダラダラである。

 ここは私も心を鬼にして、キツく言っておかなければ。

 二度とこんな事態が起きないように。

 

「ルナ、事情はわかったけど、あの部屋に入るのは絶対にダメだよ。一人で敷地の外に行くのと同じくらいダメ。二度とやっちゃいけません。

 こっちには怖い人達が沢山居るんだから」

「でも、さっきのひとたちはこわくなかったですよ?」

「それは運が良かっただけだよ。あの人達は良い人達だったけど、怪獣みたいな人達が来る事だってあるんだからね」

「かいじゅう!?」

「そう。ルナなんて頭から齧ってモグモグしちゃうような人がこっちには沢山居るんだよ。怒ったトロワの百倍怖い人達が。

 しかも、その時にお姉ちゃんはこっちに居ないかもしれない。ルナを守れないかもしれない」

 

 ルナが私の腕の中でプルプルと震え始めた。

 絵本とかで怪獣の怖さは知ってるからね。

 本気で怖いんだと思う。

 その怯えっぷりを見て心が痛むけど、ここは怖がってもらわないと困るので訂正はしない。

 それに、私の言った事は本当だし。

 

 こっちには貴族という人間の皮を被った怪獣が沢山いるのだよ。

 そんな奴らの前にルナを出したら、政治的な意味で美味しく丸齧りにされてしまうだろう。

 お守りは持たせてるけど、それは物理的にしかルナを守ってくれない。

 だから、ルナ自身が危険に近づかない事が何より大事。

 ルナを貴族の食い物にさせてなるものか!

 

「わかったら二度とあの部屋に入っちゃいけません。わかった?」

「わ、わかりました」

「うん。よろしい」

 

 私はあやすようにルナの背中をトントンと叩いた。

 それでルナは落ち着いてくれたらしい。

 

「トロワにはちゃんとごめんなさいしようね。いっぱい怒られるだろうけど、ちゃんと聞いて反省する事」

「はい……」

 

 よしよし。

 良い子だ。

 

「私も一緒に謝ってあげるから、そんなに怖がらないの」

「……ほんとですか?」

「ホントだよ」

 

 そうやってルナを宥めながら、私は領地の方へと帰還した。

 その後、ルナはトロワにめっちゃ怒られて泣いた。

 私は一緒に謝りはしたけど、ルナを助ける事はしない。

 助けたくなるのを必死で堪えて、事後に慰めるだけに留めた。

 許せ、ルナ。

 これも愛の鞭だ。



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32 いわゆる負けイベントというやつ

 ルナが転移陣を使って怒られるという大事件から数日後。

 私は敵国と停戦条約を結んで砦での仕事を完遂し、次の仕事先へと移動していた。

 休暇はなしですか、そうですか。

 おのれブラック帝国。

 ズル休みしといてよかった。

 

 で、その次の配属先なんだけど、聞かされた当初ちょっと驚いたよ。

 今私がいる次の職場は、プルートの実家である大貴族サファイア公爵家が自領の端っこに構えてる砦の中だ。

 この国には砦が乱立してる。

 何せ、現在発生中の革命然り、15年前の帝位継承争い然り、内戦が割と頻繁に起こるし、魔獣という危険な害獣の脅威もある危険な国だからね。

 そりゃ砦も大量にあるさ。

 ウチのアメジスト領にもいくつかあるよ。

 

 まあ、砦の話はともかく仕事の話をしよう。

 今回の職場であるサファイア公爵領は、元々敵国の領土をぶん取って出来た領地らしい。

 なので、立地は帝都寄りではなく国境付近。

 それだけなら別に驚かない。

 驚いたのは、ここがゲームに出てくるかなり大きなイベントの発生地点だからだ。

 

 なんと、ここは主人公とノクスが初めて出会う筈の因縁の場所なのだよ!

 

 ゲームの流れだと、革命軍のファーストアタックで多くの領地を落とされ混乱に陥った帝国の隙を突く形で革命軍がこの砦に攻め入り、戦いが起こる。

 革命軍がこの砦を攻めた理由は、単純にデカイ拠点一つ制圧したかったっていうのもあるけど、一番の理由は立地のせい。

 さっきも言った通り、この領地は国境付近にある。

 そして、その国境の先にある国は、何を隠そう革命軍の同盟国なのだ!

 

 つまり、ここを革命軍が落とせば、その国と革命軍とで国境の砦を挟み撃ちにする事ができるので、まるでオセロの如く国境を制圧して友軍を迎え入れる事ができる。

 そうなれば、革命軍は貧弱な平民の集まりではなくなり、六鬼将と言えども容易には攻められない基盤を手にする事になる訳だ。

 そうなれば厄介極まりない。

 

 だが、ゲームでは我らが有能上司ノクスがその企みを見抜いていた。

 

 ノクスはここに革命軍が攻めて来ると見越し、プルートの伝を使って自分とレグルスとプルートという戦力を砦に忍ばせたのだ。

 革命軍に悟られないようにこっそりと。

 その作戦が大成功し、ノクス達は革命軍をけちょんけちょんに蹴散らした挙げ句、直接対決で主人公をもボッコボコにして敗走させるという大戦果を上げた。

 革命軍はその作戦にかなりの戦力を投入してたけど、迎撃準備バッチリの六鬼将二人に加えて、それよりも強いノクスを相手にしたら勝てない。

 例え、主人公+革命軍最高戦力である特級戦士を全員投入したとしてもだ。

 基本的に帝国軍は革命軍より強いので、革命軍はその差を戦略と根性で覆さないと勝てないのです。

 ちなみに、これは常識である。

 主人公サイドからすると、これはいわゆる負けイベントというやつなのだよ。

 

 そして、その負けイベントを切欠にして、主人公がノクスを宿命のライバルとして認識する訳だ。

 その因縁は物語が進む程に複雑化していき、終盤の決着の時が訪れるまでずっと続く。

 そんな因縁の始まりとなる場所、しかも時系列までクリティカルヒットなタイミングで私は来てる訳だけど、これどうなるんだろう?

 

 正直、ゲーム通りに進むとは欠片も思ってない。

 まず第一に、ノクスがここにいないんだもん。

 ノクスどころか、レグルスもプルートもいない。

 実家なんだからプルートくらいは来いよと思ったけど、彼は他の国との停戦条約締結に手こずってるので来れません。

 だから代わりに私が派遣された。

 けど、別にノクスの指示で来た訳じゃなくて、単に付近の革命軍を探して討伐する拠点に丁度いいからって理由でここが選ばれただけだ。

 メインキャストが誰もいない上に前提条件すら違う状態でゲーム通りに進む訳ないやん。

 

 加えて、ゲームの時とは帝国の状況が随分と違ってるし。

 革命軍のファーストアタックは成功こそしたものの、帝国を混乱させる程のダメージは与えられてない。

 潰された領地の吸収合併とか、失った戦力の再編成とかでゴタゴタしてるけど、逆に言えばその程度。

 それどころか、最近の帝国は他国との戦争を減らし、その分の戦力を国内に戻して革命に備えてる状態だ。

 しかも、ここを狙う理由になった肝心の同盟国も、先日私がボコボコにして停戦条約を結んできた。

 この状況で革命軍が無理矢理にでもここを攻める可能性は……まあ、なくはないけど確率は決して高くない。

 これは私の予想でもあり、ゲームで大活躍したノクスの予想でもある。

 攻めて来なかった場合は、普通に革命軍の足取りを調査して狩るだけなんだけどね。

 

 でも、個人的には起きてほしいなー、負けイベント。

 だって、もし主人公が私の起こしたバタフライ効果を乗り越えて生きてた場合、そこで接触できるような気がするから。

 そうしたら私の手で殺して、今度こそ確実に憂いを排除できる。

 まあ、下手したら負ける可能性もあるから要注意だけどね。

 気を引き締めて準備しておかないといけない。

 

 そんな事を脳内でツラツラと考えつつ、私の次の仕事は始まった。



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33 パトロール

「うわ、酷い……」

 

 就任翌日。

 私は一緒について来た部下達を臨戦態勢で砦に待機させ、一人で砦の外に繰り出していた。

 もちろん、平民に紛れられるように変装した上でだ。

 ノクス達(主にプルート)によって徹底的に矯正されたとはいえ、元の私は教育などまともに受けてない貴族とは名ばかりの半庶民。

 おまけに前世では由緒正しき純正庶民。

 服装さえ変えてしまえば、庶民に紛れるくらい訳ないのだよ!

 

 なんでそんな事してんのかと言うと、まあ、有り体に言えばパトロールの為だ。

 もし本当に革命軍が砦を攻める気なら、偵察隊の一つや二つ放ってる筈だから。

 特に、ここは平民を劣等種と見下して憚らないプルートの血族が納める領地。

 平民の監視なんて真面目にしてる訳がないので、偵察隊なんか放ちたい放題だろう。

 もしかすると、ゲームでここが狙われたのは、そういう理由もあったのかもしれない。

 

 そんな訳でパトロールを開始した。

 色んな所を歩き回り、たまに立ち止まって集中しながら探索魔術を使う。

 普通に探索魔術を使うだけだと革命軍を捕捉できないからね。

 だって、一般人と革命軍の違いなんて探索魔術でわかる訳ないし。

 これはあくまでも気配を捉える魔術だから、感知した相手の細かい情報とかはわからないんだよ。

 凄い努力して熟練させれば、無意識に纏ってる魔力とかを感知して魔術師と一般人の違いがわかるようになったりするけど、革命軍の構成員は魔力を持たない平民なので意味なし。

 だから、私が探ってるのは、偵察部隊が護身用に持ってるかもしれない魔導兵器(マギア)の魔力だ。

 

 でも、それだって容易な事じゃない。

 元々、探索魔術は魔導兵器(マギア)みたいな無機物の気配を捉えられるようには出来てないんだから。

 発動して魔力をぶっ放してくれればさすがにわかるんだけど、ただ持ってるだけだと普通は探れない。

 私のアホみたいな魔力コントロールで超高性能になった探索魔術ですら、こうして集中して探らないとわからないのよ。

 そこまでしても見落とす可能性の方が高い。

 まあ、その仕様のおかげで私の超小型アイスゴーレムが優秀な諜報員になれた訳だけど、今はその仕様のせいで凄い苦労してる。

 世の中、上手いようにはいかないもんだよ。

 そんな事はこれまでの人生で嫌という程思い知ってるけどさぁ。

 

 それでも頑張って集中する。

 ……だけど、この街の光景は私の集中を大いに乱してくれた。

 私は今、この街のあまりの惨状に気が滅入って集中しきれずにいるのだ。

 

 この街は本気で酷い。

 建物はボロボロだし、なんか腐敗臭がするし、路地裏には当たり前のように死体が転がってるし、住民は皆ゾンビなんじゃないかってレベルで生気がない。

 活気がないなんてレベルじゃねぇぞ!?

 これどこの世紀末?

 どんだけ虐げたらこんな街が出来上がるの?

 ここの街長モヒカンじゃないよね?

 

「ようよう姉ちゃん!」

「俺達といい事しねぇかぁ!」

「ヒャッハー! 久しぶりの美少女だぜぇ!」

 

 とか思ってたら本物のモヒカンに絡まれてしまった。

 比喩でもなんでもなく本物のモヒカンだ。

 側頭部を丸刈りにし、中央部分の髪だけを残したトサカのような奇抜なヘアースタイル。

 バリカンもないこの世界でどうやってカットしてんのか実に不思議である。

 そんな奴が三人。

 しかも中身までモヒカンのイメージに違わない世紀末のチンピラっぷり。

 おまけに、ファッションすら肩パットが目立つちゃちい鎧という世紀末スタイル。

 そのあまりにそれっぽい光景に、一瞬ヒャッハーな世紀末に異世界転移したのかと思って呆然としてしまった。

 

「おいおい、ボーッとしてどうしたぁ?」

「怖くて動けないのかなぁ?」

「ヒャッハー! かぁわいぃじゃねぇか!」

 

 それを私が怖くて硬直してると勘違いしたのか、モヒカンどもが下衆な笑みを浮かべて舌舐めずりする。

 なんか普通に貴族よりタチが悪そう。

 治安の悪い街にはこんなモヒカンが湧くんだね。

 初めて知ったよ。

 革命軍は貴族狩りの前にモヒカン狩りをやった方がいいんじゃないかな?

 

 まあ、そんなどうでもいい事はともかく、これどうしよう?

 倒すのは簡単だし、殺すのだって赤子の手を捻るが如く簡単だ。

 魔力を持たない平民と、皇族並みの魔力を持つ私とでは、蟻と龍以上の力の差が存在する。

 例え、このモヒカンどもが魔導兵器(マギア)を持ってたとしても、蟻と龍の差がネズミと龍の差に変わるだけだ。

 もし万が一、億が一、まかり間違ってこのモヒカンどもが革命軍の特級戦士並みの実力と専用の魔導兵器(マギア)を持ってるとかじゃない限り、私の勝利は揺るがない。

 

 でも、ここでやると騒ぎになるよね。

 ゾンビの如く生気のない住民達だって、さすがに目の鼻の先で喧嘩が起きたら注目するだろうし。

 それで革命軍斥候部隊の目に留まっちゃったらパトロールの意味がなくなる。

 よし。

 逃げよう。

 

「あ!? 待ちやがれこのアマァ!」

「逃がさねぇぞ! 絶対に犯してやる!」

「ヒャッハー! 肉便器だぁ!」

 

 うん。

 まあ、追ってくるよね。

 私も目立たないように普通の人間並みの速度で走ってるし、追ってこない理由がない。

 適当な路地裏に誘い込んで、そこでボコボコにしようか。

 それなら目立たないでしょ。

 

 では、カーブしまーす。

 

「おっと残念!」

「そこは行き止まりだぜ子猫ちゃぁん!」

「ヒャッハー! 袋のネズミだ!」

 

 モヒカンの言う通り、逃げ込んだ先の路地裏は行き止まりだった。

 こいつら地味に地理に明るい。

 さては地域密着型のモヒカンだな。

 

「さぁて、追いかけっこは終わりだ」

「観念しなぁ」

「ヒャッハー! お楽しみの時間だぜぇ!」

 

 確かに、端から見れば今の私は絶対絶命だろう。

 がたいのいいモヒカン三人に追い詰められたいたいけな美少女が一人。

 薄い本みたいな展開である。

 実際は蟻が三匹、龍の眼前に立たされてるんだけどね。

 

 さて、人目もなくなったし、倒すか。

 無益な殺生はしたくないから殺さないけど、二度と婦女暴行ができないように去勢はしとこう。

 そう思って戦闘態勢を取った瞬間、

 

 

「そこまでだ。チンピラども」

 

 

 そんな声と共に、モヒカンの背後から一人の男が現れた。

 腰に刀みたいな剣を差した、目つきの悪い若い男。

 レグルスとは系統が違う不良みたいな奴だ。

 

「あん? なんだてめぇは?」

「俺らと子猫ちゃんの時間を邪魔してんじゃねぇよ! 殺すぞ!」

「ヒャッハー! 血祭りにしてやるぜぇ!」

 

 そいつに対して、モヒカンどもは普通に喧嘩を売り出した。

 モヒカンと不良。

 親戚対決である。

 ……と言いたいところだけど、ちょっと違うなこれ。

 だって私はこいつの中身を知ってる。

 貴族への恨みで目つきと言動が不良化しただけであり、本質は優しくてまともな奴だと知っている。

 正直、予想外の奴が登場して驚いた。

 こんな幸運(・・)ってあるんだ。

 

 そして、男は心底軽蔑した顔でモヒカンどもを睨みながら吐き捨てた。

 

「ったく、貴族でもねぇくせして腐りやがって。てめぇらみてぇのにその女は勿体ねぇよ。代わりに俺が相手してやる。かかってこい」

「いや、俺らにそっち系の趣味はねぇぞ!」

「なんてこった!? こんな所に男好きの変態が湧くなんて!」

「ヒャッハー! 変態は消毒してやるぜぇ!」

「誰が性的な意味で相手してやるっつった!? おぞましい事言ってんじゃねぇ! 喧嘩相手って意味だ馬鹿野郎!」

 

 なんか目の前でプチコントが発生したよ。

 あいつがそっち系ねー。

 そのネタはレグルスとプルートで間に合ってるから、これ以上はいらないかな。

 

「つべこべ言わずかかってこいやぁ!」

 

 そんなモヒカンどもに激怒したのか、男が凄い大声で宣言する。

 その瞬間、モヒカンの一人がお望み通りにしてやるぜとばかりに、腰に差した安そうな剣を抜いて飛びかかった。

 

「ヒャッハー! 汚物は消毒だぁ!」

 

 どうでもいいけど、こいつさっきからヒャッハーヒャッハー煩いな。

 言葉の前にヒャッハーって付けなきゃ喋れないんだろうか?

 そんなヒャッハーモヒカンが大きく剣を振りかぶる。

 雑な動きだ。

 正式な訓練なんて受けた事ないって確信できる素人剣術。

 これなら剣術を齧っただけの私の方がまだ強い。

 当然、そんな攻撃があの男に通じる訳もなく、男は一歩前に踏み込んで懐に潜り、剣も抜かずに拳で反撃した。

 

「ふんっ!」

「あがぁ!?」

 

 その見事な腹パンにより、ヒャッハーモヒカンが倒れて動かなくなる。

 どうやら一撃で戦闘不能っぽい。

 モヒカンのくせに剣なんか使うからだ。

 火炎放射器の魔導兵器(マギア)でも持って出直してこい。

 

「こ、こいつ強ぇぞ!」

「舐めてんじゃねぇ!」

 

 ヒャッハーモヒカンが一撃で伸されたのを見て、残りのモヒカン二人は警戒しながら二人同時に突撃した。

 二方向からの挟み撃ちだ。

 モヒカンにしては見事な連携。

 ちなみに、武器は手斧とジャックナイフである。

 うん、ギリギリ合格。

 火炎放射器には及ばないけど、モヒカンっぽい武器ではあるね。

 

「ハアッ!」

「「ぐえっ!?」」

 

 でも、いくら自分に合う武器を持ったからと言って、三下に過ぎないモヒカンが勝てる相手じゃない。

 男は僅かにタイミングが早かったジャックナイフモヒカンの懐に飛び込んで攻撃をかわし、そのままジャックナイフモヒカンの顔面を右ストレートで粉砕。

 続けて、手斧を振り抜いて動きの止まった最後のモヒカンに回し蹴りを叩き込んで路地裏の壁にめり込ませ、一瞬にしてモヒカン三人を撃破した。

 瞬殺。

 まさに瞬殺である。

 モヒカンのヘアースタイルに恥じないかませっぷりであった。

 

「ふぅ。おいそこの女。無事か?」

「え? あ、はい。ありがとうございました」

「礼はいらねぇ。だが、もっと気をつけやがれ。この街は治安が悪いんだからな」

 

 わぁ、口は悪いけど心配して警告してくれてるよ。

 優しい。

 この人殺さないといけないのか。

 ブライアンの時並みに心が痛いわ。

 

「あの、本当にありがとうございました」

 

 ならせめて、感謝の言葉だけでも素直に伝えておこう。

 私は深々と頭を下げる。

 実際は余計なお世話一歩手前だった訳だけど、それは言わぬが花だ。

 助けてくれた事には変わりないんだから。

 

「だから礼はいらねぇっつってんだろ。じゃあな。二度と俺やこいつらみてぇな奴らと関わるんじゃねぇぞ」

 

 そうして、最後まで不器用な優しさを見せつけながら、男は去って行った。

 この場に残るは、気絶したモヒカンが三人と、暗い顔をした少女が一人。

 

「……ホントに優しいなぁ。私の知ってる通りだよ。罪悪感がヤバイ」

 

 あの男の名前は、グレン。

 平民だから苗字はない、ただのグレン。

 現時点では十人、ああいやブライアンが死んだから九人しかいない筈の、革命軍特級戦士(・・・・)の一人。

 現時点での革命軍最高戦力の一人。

 つまり、私にとっては殺さなきゃいけない敵だ。

 あんないい人が敵とかホント辛い。

 戦争やってると毎日のように思うけど……ホントままならないもんだよ。

 

「……ごめんなさい。口が悪くて優しい恩人さん」

 

 私はグレンの去って行った方向を見ながら、グレンに()()()()()超小型アイスゴーレムの反応を追いながら、懺悔するように言葉を吐いた。

 あの優しさがグレンの首を絞める。

 それどころか、あの善意からの行動が革命軍全体を窮地に追いやってしまうかもしれない。

 そして、私は恩人を追い詰める事に躊躇なんてしないだろう。

 だって、それが必要な事なんだから。

 ああ、本当にこの世界はままならない。

 

「……本当にごめんなさい」

 

 私はまたしても懺悔の言葉を口にした。

 そんな事で許される筈もないとわかっていても、自然と口から出てしまう言葉を止める事はできなかった。



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34 イベント開始

 グレンがいたという事で革命軍はやっぱり砦を狙ってるという事を確信し。

 そのグレンにくっ付けた超小型アイスゴーレムからの情報によって、革命軍の拠点の場所と大まかな戦力の把握が完了した。

 あとは迎撃準備を整えるだけだ。

 革命軍が挙兵すればわかるので、不意を打たれるって事はまずないだろう。

 なので、安心して準備に専念できる。

 私は上司に報告を入れ、部下に指示を飛ばし、戦力を嵩ましする為にアイスゴーレムを作った。

 

 正直、拠点の場所がわかってるんだから、こっちから奇襲をかけるっていうのも考えた。

 でも、ノクスとの協議の結果、色々な理由でその作戦はボツになりましたよ。

 その理由の一つは、革命軍の拠点がかなり厄介な場所にあったから。

 ゲーム知識で知ってたけど、実際に敵として対峙してみると、こんなに厄介な拠点も早々ないと思える。

 戦争を経験しまくった今の私をしてそう思わされる革命軍の拠点の場所。

 

 それは、なんと魔獣ひしめく森の中だ。

 

 あれを攻略する場合、攻める側が圧倒的に不利になる。

 そりゃね。

 布陣してるだけで魔獣に襲われるような場所だもん。

 天然の警備兵に守られた拠点に、しかも私がいる砦を攻めようっていう精鋭達に立て籠られたら厄介なんてもんじゃない。

 ただでさえ攻撃側は防御側の三倍の戦力が必要って言われてるのに、この場合だといったい何倍の戦力が必要なのかわかんないよ。

 それでも戦力差に任せて強引に落とせなくはないだろうけど、確実に甚大な被害が出るだろうし、脱出口でもあったら大量に取り逃しが発生すると思う。

 その作戦はあんまり現実的じゃない。

 

 おまけに、ゲーム知識によれば革命軍の拠点の殆どがこういう場所にあるっていうんだからやってられないよ。

 そんなのをポンッと作れる裏切り爺の魔術はチートだと思う。

 魔獣対策まで万全ってどういう事!?

 私の氷も大概万能だけど、あれには負けるんじゃないかという気がしてならない。

 

「お?」

 

 そんな事をつらつらと考えていた時、超小型アイスゴーレムの探索魔術が革命軍の大きな動きを捉えた。

 これまでとは明らかに規模の違う人数が拠点の外へと出て行く。

 思いきっり集中してみれば、その人達の殆どが魔導兵器(マギア)を持っている事がわかった。

 映像も見れないし会話も拾えないから断言はできないけど、これは出陣したって事だと思う。

 現在時刻は午前6時頃。

 革命軍の拠点からこの砦までは、魔力のない常人の徒歩で5、6時間ってところだろうから、到着予想時刻は正午。

 白昼堂々襲撃をかけるつもりか!?

 

 でも、それが正解なんだよなー。

 魔術師は身体強化の応用で目を強化すれば、遥か遠くの景色を見る事も、夜の闇を見通す事もできる。

 つまり、魔術師だらけの帝国軍に対して夜襲は効果が薄いって事だ。

 だったら、まだ自分達の視界も良好な昼間に戦った方がいい。

 革命軍も大変だ。

 

「さて」

 

 それはともかく、あっちが動いたならこっちも動かないと。

 私はとりあえず待機させておいた部下達の所へと向かった。

 私が姿を見せると、全員が一糸乱れぬ敬礼をする。

 

『セレナ様、おはようこざいます!』

「はい、おはようございます」

 

 ここにいるのは30人程の騎士達。

 こいつらは、この砦に元々いた連中じゃなくて『氷月将』セレナの直属の部下である精鋭達だ。

 帝国貴族らしく性根の腐った奴も多いけど、優秀さと実力だけは太鼓判を押せる連中である。

 

「早速ですが、新しい命令を下します。

 たった今、反乱軍に動きがありました。恐らく、今日の正午にはこの砦へと攻めて来るでしょう。

 あなた達の何人かは帝都へと戻りノクス様へ報告。

 残りは予定通り作戦行動に移りなさい。以上です」

『ハッ!』

 

 命令を伝え終えると、全員がキビキビと動き出す。

 エリートって感じだわー。

 戦力としては実に使える駒だ。

 

「じゃあ、次は……」

 

 砦の連中に話しとこうか。

 突然来られるのと、迎撃準備が整ってる状態で来られるのじゃ天と地ほど違うだろうし。

 迎撃準備さえ整ってれば、私抜きでもそれなりに戦える筈だ。

 何せ、ここにいるのは貴族の最高位である公爵に仕える辺境騎士団。

 さすがに六鬼将率いる中央騎士団には劣るだろうけど、他の騎士団に比べれば格段に強い。

 前の戦いで革命軍が倒した連中とはレベルが違う。

 こっちもまた使える駒というやつだ。

 ……まあ、私はまだ就任してそんなに経ってないし、直属の連中みたいにスムーズな連携は取れないと思うけどね。

 しかも、なんか年齢と見た目のせいか私を舐めてる奴らも多いし。

 素直に命令を聞いてくれるかどうかすら怪しい。

 戦力として期待してるけど、駒としては欠陥品と思っておいた方がいいかも。

 

 それでも革命軍襲来を知らせるだけ知らせておき、信じてなさそうな奴らには六鬼将としての命令で無理矢理準備させた。

 細かい指示は聞いてくれないかもしれないけど、このくらいの命令なら聞かせられる。

 

 で、その後はアイスゴーレムの配置を確認したり、報告を受けたノクスからの援軍を迎え入れたりしてる内に時間は過ぎ。

 遂に革命軍が目視できる距離まで近づいてきた。

 と言っても、まだ視力を強化する千里眼を使わないと見えない距離だから魔術の射程圏外だけど。

 でも、こっちから距離を詰めれば話は別だ。

 

「ちょっと飛んで爆撃してきます」

 

 私はそう言って氷翼(アイスウィング)を出した。

 そうして砦を飛び立った瞬間、

 

 チュドォオオオオオン!!!

 

 という凄まじい音が近くから聞こえた。

 何事かと思って振り返れば、砦の一部が吹き飛び、そこから煙が上がっている。

 これは……ああ、なるほど。

 

「そうきたか……やってくれる」

 

 多分、内通者か何かが砦の中で爆弾を使ったんだろう。

 ブライアンみたいな裏切り者か、それとも下働きの平民が革命軍に抱き込まれたのか。

 どっちにしても中々にいい先制パンチを食らってしまった。

 しかも、その混乱が覚めない内に砦の中が騒がしくなる。

 今度は少人数の別動隊でも来たのかな?

 

『ウォオオオオオオオオ!』

 

 それと同時に、少し遠くの方にいた革命軍も一斉に走り出して突撃を開始した。

 内と外からの挟み撃ちか。

 なるほど、悪くない戦略。

 馬鹿正直に真正面から来る訳ないと思って警戒してたけど、それでも尚裏をかかれた。

 もう少し時間があれば味方戦力を掌握してもっとまともな対応ができたかもしれないけど、革命軍は多分それも見越してこのタイミングで攻めて来たんだろうなー。

 初手は完全にしてやられた。

 

「さて、どう対処しようか?」

 

 私は思考加速を使いながら考えを巡らせた。



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勇者と特級戦士

 あの戦いでセレナという少女に叩き潰された日から約一ヶ月後。

 俺達はサファイア公爵領という場所にある革命軍の他の支部へと所属を移していた。

 

 あの戦いで俺達の支部はほぼ壊滅し、僅かな生き残りは皆この支部に吸収されたのだ。

 それは俺達の支部だけじゃない。

 他の壊滅した支部やそうじゃない支部からも多くの人達がここに集まっている。

 支部長さん、ああいや元支部長さんの話では、これからは小さな領地ではなく戦略的に価値のある大きな領地を狙っていくので、男爵領や子爵領にあった小さな支部、及び前の戦いで壊滅的な被害を受けた支部は解体して、ここみたいな大きな支部に戦力を集中させてるらしい。

 偉い人達は色々考えてるんだなと思った。

 

 そして、革命軍は近々この地で大規模な戦いを仕掛ける事が決定している。

 しかも、攻撃目標はあのセレナが防衛についているという砦だ。

 生半可な戦力じゃ落とせない。

 だから、今この支部には短期間で集められるだけの精鋭が集められた。

 俺やルルやデントや元支部長さんみたいな上級戦士は勿論、その上である革命軍の最高戦力、特級戦士の人達も何人か来てるくらいだ。

 革命軍の本気っぷりがわかる。

 かくいう俺だって本気だ。

 思っていたより遥かに早くやってきた再戦の機会。

 今度こそ絶対に勝つ。

 勝って、皆の仇を討つんだ。

 そして、今日はその砦を落とす為の作戦会議がある。

 

 参加者はここ最近で顔見知りになった特級戦士の人達が全員と、特級一歩手前の実力者と言われているルルとデント。

 それと、おまけで俺。

 俺は戦闘力だけならルルやデントに匹敵し、二人と一緒に任務をこなす事も多い。

 そのくらいの実力があるなら参加資格はあるだろうという事で呼ばれた。

 緊張する。

 ちなみに、この緊張の理由は重要な会議に参加しているという重責を感じてるから、だけではない。

 

 肝心の作戦会議が、いきなり最悪の空気で始まったからだ。

 

「遅い!」

 

 円形のテーブルを囲むような椅子の一つに座った特級戦士の一人、刀使いのキリカさんが苛立ったように大声を上げた。

 さっきから貧乏揺すりが凄い。

 椅子がギシギシいってる。

 

「グレンの奴はまだ帰って来ないのか!?」

 

 キリカさんの再度の大声。

 そう。

 それこそが会議の空気が悪くなってる理由。

 九人いる筈の特級戦士の中で、グレンさんという人だけがまだ来ていない。

 自分の目で戦場を見てくると言って出ていったきりだ。

 もしや帝国軍に見つかってやられたんじゃないかと心配にもなる。

 キリカさんの気持ちもわかるというものだ。

 

「お、落ち着いて下さい、キリカさん。グレンさんがそう簡単にやられる訳……」

「お前は黙ってろ根暗!」

「……すみません」

 

 そんなキリカさんを鎖使いのリアンさんが宥めようとして失敗し、意気消沈して項垂れた。

 メ、メンタルが弱い。

 大丈夫なんだろうか、あの人。

 あ、でも隣に座ってる盾使いのシールさんに慰められて持ち直してる。

 考えられた席順だったのか。

 

「キリカよ。今はリアンの言う通り落ち着け。戦士たる者、常に冷静でいるべきだ」

「バックさん……」

 

 そして、今度は特級戦士の纏め役であるバックさんが口を挟んだ。

 筋骨隆々な上に身長2メートルを超える体格に加え、顔に装着されたサングラスによって威圧感が凄い事になってるバックの言う事なら、キリカさんも多少は聞くらしい。

 リアンさんに対するものとは態度がまるで違った。

 

「そうよ、キリカちゃん。ダーリンの言う事はよく聞きなさい。じゃないと……どうなっても知らないからね?」

「ヒッ!? わ、わかってるよ、ミスト! だからそのヤンデレ全開の目で私を見るのをやめろ!」

 

 そこに弓使いであり、バックさんの奥さんでもあるミストさんがトドメの一撃を放ってキリカさんを沈黙させた。

 というか、何あの笑顔怖い。

 関係ない筈の俺まで寒気を感じる。

 これが噂の鬼嫁……

 

「そこの坊や。今何か考えたかしら?」

「ヒッ!? いえ、何も考えておりません!」

 

 キリカさんに向けられたのと同じ目で見られてしまった。

 怖い!

 超怖い!

 セレナに匹敵する怖さだ!

 金輪際、ミストさんの前で不用意な事を考えるのはやめよう。

 

「何やってんのよ、バーカ」

「返す言葉もない……」

 

 隣のルルに馬鹿にされてしまった。

 デントも呆れたような顔で見てくるし、なんか凄くいたたまれない。

 

「ガッハッハ! いきなりミストの逆鱗に触れちまうとは運のない若者だな! どうせ鬼嫁とか考えてたんだろう! その通りだから訂正する必要はないぞ!」

「黙りなさい、オックス。あなたの頭に風穴空けるわよ」

 

 そんな俺から皆の注目を逸らすように、斧使いのオックスさんが笑い声を上げてくれた。

 ミストさんに睨まれるのもどこ吹く風で、こっそり俺に向かってウィンクまで飛ばしてきた。

 た、助かりました。

 オックスさん、凄い頼りになるおじさんだ。

 

「まあ、鬼嫁はともかく。本当にグレンはどうしたんだろうな?

 道端で猫でも拾ってるのか、子猫ちゃんでも引っかけてるのか」

「子猫ちゃん!?」

「鬼嫁がなんですって?」

 

 今度は二丁拳銃使いのテンガロンさんが危ない発言を飛ばした。

 それにキリカさんとミストさん、二人の女性が反応する。

 というか、皆よくミストさんを弄る勇気があるな。

 勇者か。

 

 そう思って戦慄していた時、唐突に会議室の扉が開いた。

 

「わりぃ。遅くなった」

「グレン!」

 

 そして、そこから待ち人であるグレンさんが現れる。

 キリカさんが速攻で飛びかかっていった。

 

「何やってたんだよ!? 心配したんだぞ!」

「別に、ちょっと野暮用が出来ちまっただけだ」

「……まさか、女?」

 

 さっきのテンガロンさんの発言を引き摺ってるのか、キリカさんが変な疑惑を持ち始めた。

 目が、目が怖い。

 ミストさん並みに怖い。

 

「仮にそうだったとしても、お前には関係ねぇだろ」

「関係ある! だって私は、グレンの事がす、す……!」

 

 キリカさんの顔がみるみる赤くなっていく。

 ああ、やっぱりそうだったんだ。

 前に顔合わせた時から薄々そうじゃないかと思ってたけど、確定した。

 キリカさん、グレンさんの事が好きなんですね。

 

 そして、最後まで言いきらなくても、こんなあからさまな態度を取られてグレンさんが気づかない筈もなく、グレンさんは困ったような、でも満更でもないような顔をした後、ポンッとキリカさんの頭に手を乗せた。

 キリカさんの顔が更に赤くなった。

 それも急激な勢いで。

 

「別にお前が思うような事はなかった。それだけは信用しろ」

「……わかった」

 

 キリカさんは一瞬で矛を納めた。

 チョロい。

 将来が心配だよキリカさん。

 

「下らんな。夫婦喧嘩は犬も食わん」

 

 最後に、これまで黙っていた格闘家のステロさんが心底どうでもよさそうに呟いた。

 

 

 その後は真面目に会議が始まり、砦攻略の為の作戦が決まっていった。

 もっとも、作戦自体は結構前から決まっていたので、細かい調整と確認って感じだったけど。

 

 そうして会議が終わり、皆が退室した時。

 

「ん?」

 

 ふと、部屋を出たグレンさんの靴から、小さな虫みたいなものが離れてどこかへと消えていくのが見えた気がした。

 俺はやけにそれが気になる自分に首を傾げながら、最終的には余計な事考える暇はないと頭を切り替え、他の人達に続いて部屋を出た。



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勇者と氷月将

「『魔刃一閃』!」

『ギャアアアアアアアア!?』

 

 魔力刃よりも消費魔力を上げ、威力と攻撃範囲を大幅に強化した斬撃で騎士達を吹き飛ばす。

 しかし、それで倒せたのは実力の低そうな騎士だけだ。

 強い騎士はこんな攻撃くらい簡単に防いで、すぐに反撃に出てきた。

 

「『風魔剣(ウィンドソード)』!」

「ぐっ!?」

 

 風の魔術を剣に纏わせた騎士が、俊敏な動きで俺に斬りかかってくる。

 速い!

 まさに風のような素早さだ。

 しかも、繰り出す剣の一撃一撃が重くて鋭い。

 たまに使ってくる風の魔術も凄まじい威力を持っている。

 

 前に戦った一級騎士と遜色ない実力。

 こんな強敵が当たり前のように序盤から湧いてくるなんて、やっぱりこの砦の戦力は段違いだ。

 俺一人なら、この騎士を倒す事すらできなかったかもしれない。

 

 だが!

 

「ウォオオオオ! 『魔刃衝撃波』!」

「ぬぅ!?」

 

 俺は手に持った剣の魔導兵器(マギア)に多大な魔力を込め、これに内蔵されている魔術の一つ、強烈な衝撃波を発生させる技を使った。

 前方方向全てを薙ぎ払う衝撃波に巻き込まれ、騎士の体勢が崩れる。

 そこを狙って、頼れる仲間の攻撃が炸裂した。

 

「『魔槍一文字』!」

「くっ!?」

 

 衝撃波の後ろから飛び出したデントが、槍の一撃で騎士の隙を突く。

 騎士はそれをなんとか剣で受け流したが、それで体勢は完全に崩れた。

 そうなれば、続く攻撃を防げはしない。

 

「『強刃』!」

「がっ……!?」

 

 そのタイミングを狙い澄ましたかのように、デントの陰に隠れて接近していたルルが騎士の首筋を斬り裂いた。

 鮮血が飛び散り、騎士の身体が崩れ落ちる。

 その首は半分以上が切断されていた。

 いくら生命力の強い魔術師とはいえ、これだけの傷を負えば死ぬ。

 勝った。

 

「気を抜くな、アルバ!」

「そうよ! まだ始まったばっかでしょうが!」

「うっ……ごめん」

 

 デントとルルに叱責され、僅かに緩んでしまった気を引き締めた。

 そうだ。

 今回の戦いはセレナを倒し、砦を落とすまで終わりじゃないんだ。

 強敵を一人倒したくらいで気を抜いていい訳がない。

 俺は自分を叱責しながら先を急いだ。

 

 

 今、俺達は今回の攻撃目標である砦の中にいた。

 革命軍の作戦はこうだ。

 まず、特級戦士のバックさん率いる本隊が正攻法で砦に襲撃を仕掛ける。

 それと同時に内通者の人が砦の内部で爆弾を炸裂させ、帝国軍が混乱した隙に防壁を飛び越えられる程の身体能力を持った少数精鋭を砦の中へと送り込み、内と外からの同時攻撃で砦を落とす。

 本命は俺達を含めた少数精鋭部隊の方だ。

 何せ、こっちに特級戦士の殆どが割り当てられている。

 本隊の方は囮みたいなものだ。

 俺達がセレナを倒さなければ、今回の作戦は成立しない。

 

 何故なら、数の暴力でセレナを倒す事はできないからだ。

 大軍勢を引き連れて攻め込んだところで、前みたいに遥か上空から広範囲殲滅魔術を打ち込まれて壊滅させられるのがオチ。

 だったら少数精鋭で砦に突貫し、接近戦を仕掛けて勝つしかない。

 とにもかくにも近づかなければ、セレナとは戦い自体が成立しないのだから。

 

 俺達の勝機は接近戦にしかない。

 そして、セレナが砦の防衛を考えるのならば上空に逃げる事はないだろう。

 俺達はもう砦の中に入っている。

 今から上空へ逃げたとしても、そこから俺達を倒すには味方を巻き込んで砦ごと凍らせるしかない。

 いくらセレナでもそんな事はできない筈だ。

 たとえそれで俺達を倒せたとしても、砦の騎士が全滅してしまったら向こうの負けなのだから。

 セレナが同じ騎士の命すらなんとも思ってない冷血野郎だったとしても、砦の騎士数百人と突入部隊十人弱の命では絶対に釣り合いが取れない。

 取れる訳がない。 

 だから、セレナは砦を守る為にも砦の中で俺達と戦わざるを得ない筈だ。

 そこに俺達の勝機がある。

 

 その勝機を目指して俺達は進んだ。

 仲間達と、ルルとデントと、特級戦士の人達と一丸となって砦の中を走り抜ける。

 勿論、一筋縄ではいかない。

 さっき倒したのと同じくらい強い騎士が何人も出てきたし、そうじゃなくても向こうの方が数が多い。

 いくらこっちが革命軍の最精鋭とはいえ、これだけの数の騎士を相手にしたらさすがに苦戦する。

 

 それでも走った。

 止まらずに走り抜けた。

 そうして随分と進んだ時、俺達の前に今度は毛色の違う敵が現れる。

 

「なんだこいつら!?」

 

 オックスさんの困惑の声が聞こえた。

 俺達の前に立ち塞がったのは、セレナが身に付けていたのと同じ氷のような全身鎧。

 中身はない。

 鎧が独りでに動いている。

 まるで人形のような、なんとも不気味な敵だった。

 

「くっ!? 強い……!?」

 

 そして、こいつらはかなり手強い。

 さすがに一級騎士には及ばないものの、一体一体がそこら辺の騎士より強い上に、人間技とは思えない完璧な連携を取って攻めてくる。

 しかも、使ってくる作戦が最悪だ。

 人形達は、俺達を分断させようとしていた。

 破壊される事も厭わず、複数体で一人に襲いかかり、纏わりつき、一丸となっていた俺達を個別に分断して叩く。

 そこに他の騎士達も合流してくる。

 数に任せて各個撃破するつもりだ。

 マズイ!

 

 そして、悪い事というものはとことん重なる。

 

 ガシャアアアン! という音が鳴り響き、窓を破って外から誰かが入ってきた。

 丁度、俺のすぐ近くに。

 そいつは、人形達と同じ氷のような全身鎧を身に纏っていた。

 ただし、人形と違って腰に六本もの剣を差した女性用の鎧。

 その身長は俺よりも低い。

 ルルと同じくらいだ。

 恐らく、中身は年端もいかない少女なのだろう。

 

 だが、その小さな身体から放たれる威圧感は、他のどの騎士よりも遥かに上だった。

 

 その姿を見て、俺は目を見開く。

 こいつこそ俺のトラウマ。

 大事な仲間達をあっさりと殺した化け物。

 そして、今回の最終標的。

 帝国騎士の最高位である六鬼将の一人。

 

 『氷月将』セレナ・アメジストがそこにいた。

 

「ああ、やっぱり」

 

 そんなセレナが俺の事を見ている。

 兜に隠れて視線は見えないが、はっきりと見られていると感じた。

 そうして俺を見ながら、セレナは小さくそう呟いた。

 

 次の瞬間、俺の身体は凄まじい衝撃を受け、高速で吹き飛んだ。

 

「ぐうっ!?」

 

 何をされたかはわかる。

 目で追えた。

 セレナは一瞬で巨大な氷の弾丸を作り出し、それを俺に向けて射出したのだ。

 だが、目で追えても避ける事ができなかった。

 距離が近かったせいもあるが、それ以上に避ける暇もない圧倒的な魔術の発動速度。

 咄嗟に剣を盾にして防げたのが奇跡。

 たった一つの魔術を見ただけでわかった。

 こいつは、格が違う。

 

「がはっ!?」

 

 吹き飛ばされた俺は、どこかの壁にぶつかって停止した。

 視界には青空が見える。

 屋外にまで飛ばされたらしい。

 そして、すぐにセレナが近くへとやって来た。

 まるで逃がさないとでも言うかのように。

 

「悪いけど、ここで死んでもらうから」

 

 そう言って、セレナは片手を俺へと向けた。

 俺は痛む身体に鞭打って立ち上がり、強く剣を握る。

 

 そうして、トラウマとの戦いが幕を開けた。



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35 宿命の対立

 外の大軍と中の突入部隊。

 どっちを先に対処するか一瞬考えて、私は即座に結論を出した。

 

「やっぱり中が優先」

 

 私は即座に砦へと戻る。

 正直、難易度で言えば外の大軍を殲滅してから中に戻った方が楽だと思う。

 どう考えても突入部隊は精鋭揃いだろうし。

 革命軍が私を倒そうと思うなら、最精鋭部隊による接近戦での袋叩きしかない。

 魔導兵器(マギア)なんて魔術もどきで、私クラスの魔術師と撃ち合いして勝てる訳ないんだから。

 

 だから、最速制圧を目指すなら外の大軍を先に相手するべき。

 でも、それだと万が一が怖い。

 万が一、私が大軍を仕留める前に砦が落ちたら任務失敗だ。

 こっちだって曲がりなりにも精鋭揃いなんだからそう簡単には落ちないだろうけど、今砦には絶対に失う事のできない戦力がいるんだし、ここは安全策を取るべき。

 それに、革命軍だって簡単に潰されるだろう大軍をそのままで突撃させる訳がない。

 絶対に少しは粘る為の戦力なり作戦なり用意してる筈だ。

 そう考えれば、ますます私が砦を離れる訳にはいかない。

 

 でも、だからと言って大軍を放置するのもあれだ。

 このまま砦の戦力とぶつかったら、本当に内と外からの挟み撃ちで潰されちゃう。

 それは避けるべき。

 なら、連中の足止め役がいる。

 

「これは一応、切り札の一つのつもりだったんだけどなぁ……」

 

 砦の屋上に着地した私は、そこに待機させておいた一体のアイスゴーレムを起動させながら、ちょっと嘆くような気持ちで小さく呟いた。

 他のアイスゴーレムと違って、私の鎧に近い作り込んだデザインをした女性用鎧。

 右手には剣の代わりにランスを構え、左手には盾を、背中には翼を持った戦乙女のような姿をしたアイスゴーレム。

 

 通称『ワルキューレ』

 

 私の作る中では最高の戦闘能力を持った自律式アイスゴーレム。

 他の量産品とは違い、作成に多大な魔力と時間と手間がかかる特別製。

 まさか、こんな序盤からこれを使う事になるとは。

 もっとも、今回のは短期間で準備する必要があったから、使い捨て前提で魔力も時間も手間もケチった不完全版だけどね。

 起動してから一時間もしない内に自壊する不良品でしかない。

 それでも、その短時間限定なら六鬼将にすら迫る活躍をしてくれるだろう。

 ちなみに、私の城にはルナの護衛としてこれの完全版がダース単位で保管されてるというのは余談だ。

 

 私はそんな不完全版ワルキューレを起動させ、命令を下した。

 

「殲滅せよ」

 

 私の命令を認識した瞬間、ワルキューレの体が宙に浮かび上がる。

 氷翼(アイスウィング)の効果。

 そして、ワルキューレはそのまま革命軍へと突撃して行った。

 まずは遠距離からの氷獄吹雪(ブリザードストーム)

 革命軍がなんの対策もしてないなら、これだけで終わる。

 勿論、そんな訳はなかったけど。

 

 ワルキューレの魔術をかき消すように、極太のレーザービームみたいな攻撃が革命軍から放たれた。

 

 それが氷獄吹雪(ブリザードストーム)を相殺する。

 完全には防げず、残った冷気がいくつもの氷像を作り出したけど、敵の数からすれば微々たる被害。

 やっぱり対抗策を用意してたよ。

 あれは多分、特級戦士バックの魔導兵器(マギア)による攻撃かなー。

 カスタマイズによって、ライフル、バズーカ、レーザービームなどなど様々な重火器として使える魔導兵器(マギア)

 反動が大きすぎて、某ター◯ネーター役を務めた名俳優の如き体格でそれを支えられるバックにしか扱えない魔導兵器(マギア)だったっけ?

 

 加えて、滞空するワルキューレ目掛けて超速の矢が放たれた。

 弓の魔導兵器(マギア)を持つ特級戦士ミストかな。

 ワルキューレなら避けられる攻撃だけど、かなり鬱陶しい。

 妨害にはなってるから殲滅速度は確実に落ちるだろう。

 

 なんにせよ、彼らが居た以上は、やっぱり私自身が向かわなくて正解だったと思う。

 ああやって反撃されたら、壊滅させるまでにそれなりの時間がかかりそうだし。

 あっちはおとなしくワルキューレに任せて、私は突入部隊を潰そう。

 でも、その前に。

 

「あなた達はこの場に待機。反乱軍が近づいて来たら遠距離攻撃で迎撃してください」

「は、はい!」

 

 ここにいる現場指揮官に迎撃命令を下しておく。

 これでワルキューレが振り切られても大丈夫でしょう。

 突入部隊さえ通さなければ。

 

「さて」

 

 じゃあ、今度こそ行こうか。

 私はさっき作った氷翼(アイスウィング)を展開したまま、砦の階下へ向けて飛翔した。

 突入部隊がどこにいるのかはわかってる。

 凄まじく慌ただしい轟音響かせながら戦ってるんだから、騒ぎの所に向かえば嫌でも会えるよ。

 私は外からその場所の窓を突き破り、大立回りを演じる突入部隊の真ん中に降り立った。

 

 そして見つけてしまった。

 

 皇帝やノクスと同じ黒髪黒目をした、恐らくは私と同い年の少年の姿を。

 その姿には嫌というほど覚えがある。

 最後に見たのは15年前。

 私がまだセレナじゃなかった頃、前世で画面越しに見たのが最後。

 でも、この15年間、彼の事は一度も頭の片隅から離れなかった。

 彼は、後に革命を成就させ、多くの民を救い、そして私達貴族を破滅に導く最高で最悪な存在。

 

 『勇者』アルバ。

 

 ゲーム『夜明けの勇者達(ブレイバー)』の主人公がそこにいた。

 

「ああ、やっぱり」

 

 思わずそんな言葉が口から漏れる。

 なんとなくそうじゃないかと思ってた。

 ブライアンを殺したくらいで死なないんじゃないかと、いつか生きて私の前に現れるんじゃないかと、そう思ってた。

 そして、もしそうなら今回の戦いで現れると半ば確信していた。

 だから、やっぱりという感想しか出てこない。

 

 アルバに向けて魔術を使う。

 選んだのは簡単だから発動が早くて、おまけに高威力で使い勝手のいい氷砲弾(アイスキャノン)

 巨大な氷の砲弾が目にも留まらぬ速度で生成され、射出される。

 アルバはそれを避けられずに被弾し、窓を突き破って防壁に叩きつけられた。

 

「アルバ!?」

 

 何やら聞き覚えのある声が焦ったように叫ぶ。

 この声は、ヒロインのルルか。

 革命開始の時期がゲームとズレてる筈だけど、普通に出会ってたのね。

 よく見れば、この場には同じく主要キャラのデントの姿もあるし、特級戦士も勢揃いしてるし、主人公サイドのゲームとの差異はあんまりないと見ていいかな。

 せいぜい、ブライアンがいなくなった程度だろう。

 

 そんな考察をしつつ、私はアルバを吹き飛ばして空けた風穴から外へと飛び出し、ふらふらと起き上がったアルバと対峙した。

 今の一撃を避けられなかったところを見ると、アルバはまだそんなに強くないんだと思う。

 多分、そこら辺の一級騎士にすら劣るレベル。

 そして、今この場には私とまだ雑魚いアルバの二人だけ。

 他の奴らは砦の騎士達とアイスゴーレムが相手してくれる。

 

 つまり、今は主人公殺害の絶好のチャンスという事だ。

 

「悪いけど、ここで死んでもらうから」

 

 私はそう宣言し、杖の埋め込まれた腕をアルバへと向けた。

 アルバもまた、剣を構えながら鋭い視線で私を睨む。

 

 そうして、運命を変える為の戦いが始まった。



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勇者VS氷月将

「『氷獄吹雪(ブリザードストーム)』!」

 

 セレナが魔術を発動する。

 あの時と同じ、全てを凍てつかせる氷の魔術。

 今までに見てきたどんな魔術よりも凄まじい、強烈な吹雪が俺を襲う。

 発動が早い!

 それに攻撃範囲が広すぎる!

 これは避けられない。

 なら、迎撃するしかない!

 

「『魔刃一閃』!」

 

 俺は魔力を一点に集中させ、吹雪を切り裂くように斬撃を繰り出した。

 これまでの貴族との戦いを通して俺は学んでいる。

 この手の広範囲攻撃魔術は魔力を広範囲に広げるから、その分魔力が薄くて普通の攻撃魔術よりも威力が低い。

 なら、こちらは一点に魔力を集中させて迎撃する。

 例え、相手の魔術に100の魔力が使われていたとしても、それを広範囲にバラまいているのなら、俺に当たる部分の魔力はせいぜい5~10。

 なら、こちらは15の魔力を一点に集中させれば100の魔力にも打ち勝てる計算だ。

 それなら魔力で劣っていても戦える。

 魔力で劣る革命軍は、そうした工夫で貴族に対抗しているのだ。

 そんな弱者の知恵が、━━セレナに一切通用しなかった。

 

「なっ!?」

 

 俺の斬撃を簡単に飲み込み、簡単に無力化して吹雪は直進する。

 あり得ない。

 あり得ない程の威力だ。

 俺の魔力量は貴族と比べてもかなり高いと言われた。

 今のは、そんな俺が全力を込めた一撃だった。

 それをセレナは薄い魔術で押し潰した。

 全力の拳を指一本で止められたような話だ。

 この瞬間、俺は改めてセレナと自分の格の違いを思い知らされた。

 

 吹雪が俺の身体を包み込む。

 寒い。

 冷たい。

 だが、まだ意識はある。

 身体は……動く!

 全身に力を込め、身体を覆う氷を全力で砕いた。

 

「ぶはっ!?」

「『氷弾(アイスボール)』!」

「っ!?」

 

 しかし、息つく暇もない。

 氷を砕いて視界が開けた瞬間、目の前に小さな氷の弾丸が見えた。

 俺を凍らせて尚、セレナは一切攻撃の手を緩めなかったのだ。

 顔を横に倒し、慌ててそれを回避したが、避けきれず左の頬が裂けた。

 こんなかすり傷で済んだのは幸運だ。

 早く態勢を立て直して

 

「『解放(パージ)』!」

 

 そんな事を考える暇など与えてくれる筈もなく、セレナは次の行動に移っていた。

 セレナの背中から四つの珠のような物が飛び出し、二つがセレナの側に、もう二つが上空に浮かぶ。

 そして、その上空に浮かんだ二つの球体から、

 

「『氷弾雨(アイスレイン)』!」

 

 氷弾の雨が降ってきた。

 

「『魔刃衝撃波』!」

 

 咄嗟に魔導兵器(マギア)の力で迎撃する。

 だが、氷弾の雨は文字通り雨あられと降り注ぎ、迎撃した分などすぐに補充されてしまう。

 連続で魔導兵器(マギア)を使う事はできない。

 魔導兵器(マギア)の力を発動させるよりも、次の氷弾が射出される方が圧倒的に早い!

 

 仕方なく剣を振るい、なんとか氷弾を打ち落とす。

 しかし、剣で雨を防ぎきれる訳もない。

 いくつもの氷弾が俺の身体を穿つ。

 一発一発が相当の威力だ。

 きっと、10秒も受け続ければ俺はバラ肉にされてしまうだろう。

 

 なら、走って攻撃範囲から出るしかない!

 そして、走る方向は決まっている。

 正面だ。

 セレナに向かって突っ込むしかない。

 元々、セレナには接近戦でなければ勝負にすらならないんだ。

 だったら、俺の取るべき行動は最初から決まっている。

 

「うぉおおおおおおお!」

 

 血だらけの身体を無理矢理動かし、足に力を込めて大きく踏み出す。

 使えるだけの魔力を魔導兵器(マギア)に込め、その全てを身体強化に費やして走る。

 

 次の瞬間、グシャリという肉が抉れるような音が聞こえ、左足に激痛が走る。

 見れば、地面から突き出した氷の柱が俺の左足を貫いていた。

 

「『氷柱(アイスピラー)』」

「ぐ、ぉおおおおおおおお!」

 

 だが、今更その程度で止まれない。

 無理矢理足を動かし、氷柱を折って前進した。

 氷柱は足に刺さったままだが関係ない。

 足はもう一本あるんだ。

 まだ動ける。

 まだ進める。

 今はただ前へ。

 前へ、前へ、前へ!

 

 勝つんだ!

 ここで、セレナに、勝つんだ!

 

 俺は魔導兵器(マギア)に搭載された最強の技を使った。

 消費魔力が大きすぎる為、他の人達では一発撃っただけで内部の魔力を空にしてしまうという大技を。

 

「『大魔列強刃』!」

 

 この技は射程が伸びる訳じゃない。

 斬撃が飛ぶ訳でもない。

 ただただひたすらに斬撃の威力を強化する。

 威力を強化する事だけに全ての魔力を費やす。

 全ての魔力を込めたこの一撃で、セレナを倒す!

 

 そうして放った攻撃を、セレナの周囲を浮遊していた珠の一つが迎撃してきた。

 珠が周りに透明で分厚い氷を纏い、それを盾にして俺の剣を止めようとする。

 知った事か!

 盾ごと斬り裂く!

 

「おおおおおおおおお!」

 

 ひたすらに力を込める。

 魔力を込める。

 それによって、ピシリという音を立てて氷にヒビが入った。

 いける!

 このまま……

 

「がっ!?」

 

 そう思った瞬間、背中に激痛が走った。

 刃物で深く斬り裂かれたような痛み。

 ふと、視界の端に氷のように透き通った綺麗な剣が見えた。

 その剣は独りでに浮遊している。

 

 そして、その剣身は血で赤く染まっていた。

 

 誰の血なのかはすぐにわかった。

 俺の血だ。

 セレナはどこまでも冷静だった。

 俺が前だけを向いていたから、いや前を向く以外の余裕がなかったから、セレナはあの剣で後ろから刺したのだろう。

 俺は戦闘力でも、戦略でもセレナに勝てなかった。

 

「がはっ!?」

 

 背中を斬られたと思った次の瞬間、目の前の氷の盾が横へとずれ、その後ろからセレナの回し蹴りが俺の脇腹に直撃した。

 身体が真っ二つになるかと思うような威力。

 俺よりもずっと強い力。

 まさか力でも負けているなんて。

 その蹴りを諸に受け、俺の身体は吹き飛んで、また壁にぶつかってめり込んだ。

 身体中が凄まじく痛い。

 意識が朦朧とする。

 

「これで終わりにする」

 

 直後、遠くなってきた耳がそんなセレナの声を捉えた。

 霞んできた目で前を見れば、両手を俺に向けたセレナの姿が。

 その両手に膨大な魔力が集まっているのを感じる。

 あの魔術を食らえば確実に死ぬとわかった。

 なのに動けない。

 身体がもう動かない。

 

 負けだ。

 

 俺はセレナに完膚なきまでに敗北した。

 悔しい。

 仲間達の仇を討てない事が、何もできず無力に殺されるしかない事が、堪らなく悔しい。

 憎い。

 己の無力が何よりも憎い。

 

「『絶対(アブソリュート)……」

 

 そうしてセレナが魔術を放とうとした時。

 俺が屈辱と無力感に満ちた死を迎えようとした時。

 

「やらせるかぁあああ!」

 

 一人の少女が、セレナに斬り掛かるのが見えた。



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36 氷月将VS革命軍

 絶え間ない魔術の絨毯爆撃と、最後には鎧の身体強化を使った肉弾戦までして、やっとこさアルバを倒した。

 さすが主人公と言うべきか。

 普通に強かった。

 まだ自分の魔力属性すら使えない未熟者のくせして、一級騎士と同じくらいには強かったよ。

 でも、逆に言えばその程度。

 私の敵じゃない。

 まあ、いつ覚醒するかわかったもんじゃないから、ビクビクしながら戦ってたけど。

 

 というか、ここまで追い詰めた状態からでもアルバが覚醒する可能性はある。

 だって、ゲームにおいてアルバが覚醒し、自分の魔力属性を使う切欠になったのが、このイベントだもん。

 ノクス達に追い詰められ、絶体絶命の窮地を打開する為に覚醒というベタな事をやらかしたのだ。

 今はゲームと革命開始の時期も違うし、その分アルバの戦闘経験も少なくて弱いから大丈夫かもしれない。

 でも、油断はできない。

 できる訳がない。

 

 だから、ここは私の最強技で覚醒しても意味ないくらいにオーバーキルして確殺する。

 確実に殺して、

 

「ここで終わりにする」

 

 私は両手をアルバに向けて突き出し、そこに埋め込まれた二つの杖に魔力を込めた。

 普段はあんまり重要視してない杖の力まで借りて、最速で発動準備を整える。

 そして放つ。

 私の必殺技を。

 死ね主人公!

 砕けろ運命!

 

「『絶対(アブソリュート)……」

「やらせるかぁあああ!」

「っ!?」

 

 発動さえすれば回避不能、防御不能の一撃必殺技、絶対零度(アブソリュートゼロ)が発動する寸前。

 上空から私目掛けて、一人の少女がナイフを片手に斬りかかってきた。

 ヒロインのルルだ。

 絶体絶命の主人公を助けにくるなんてヒロインの鑑。 

 でも、無駄ぁ!

 あまりのタイミングの良さに驚いたけど、無駄なものは無駄なのだぁ!

 

「なっ!?」

 

 ルルの攻撃を、保険として私の側に滞空させておいた球体アイスゴーレムが氷の盾を出して受け止める。

 絶対零度(アブソリュートゼロ)の発動には最低でも一秒、現実的に考えるとそれ以上の準備時間がかかり、その間私は動く事も他の魔術を使う事もできないけど、自律式の球体アイスゴーレムが勝手に守ってくれるのだ!

 そして、この盾はアイスゴーレムの内部からかなりの魔力を使って作られてるから、並みの攻撃ではビクともしない。

 私が咄嗟に作る氷よりずっと硬い。

 まあ、意識がルルに一瞬持っていかれたせいで制御が微妙に狂ってチャージ時間が微妙に伸びたけど、問題にならないレベルの誤差だ。

 諦めてアルバが氷殺されるのを見てろ!

 

「『風魔刀』!」

「ん!?」

 

 そう思った直後、今度は気の強そうな女性がルルの後ろから現れ、風を纏った刀を私に向けて振るった。

 特級戦士のキリカだ。

 アルバ以外は他の騎士と使い捨てのアイスゴーレムが足止めしてた筈なのに、続々とこっちに来てる。

 役に立たない!

 せめて、あと一秒でいいから稼げよ!

 

 でも、私が保険として用意してた球体アイスゴーレムは二体だ。

 その二体目の盾がキリカの刀を防ぐ。

 本当はアルバと戦ってる最中に来られて同時攻撃される事を警戒して二体側に置いといたんだけど、その判断は正解だった!

 

 もう絶対零度(アブソリュートゼロ)の魔術は完成する!

 あと一手足りなかったな革命軍!

 このまま全方位に放って、三人纏めて氷殺してくれるわぁ!

 

「『紅蓮刃』!」

「なっ!?」

 

 三人目!?

 ルルやキリカより僅かに遅く、しかしほぼ同じタイミングで、今度は灼熱の刀を振りかざしたグレンが斬りかかってきた。

 絶対零度(アブソリュートゼロ)発動までのたった一秒の間に三人も来るとかどうなってんだ!?

 足止め部隊仕事しろ!

 

 そして、グレンを止められる三枚目の盾はない。

 普段なら四枚あるんだけど、内二つはアルバ迎撃の為の砲台として使っちゃったから少し遠くにある。

 つまり、グレンの攻撃は防いでくれない!

 

「くっ!」

 

 私は仕方なく絶対零度(アブソリュートゼロ)を中断し、グレンの攻撃を避けた。

 出しっぱなしにしてた氷翼(アイスウィング)の片翼が炎刀に斬り裂かれる。

 多分、避けなくても鎧か剣で防げたと思うけど、そんな事したらどっちみち魔術は中断されてしまう。

 絶対零度(アブソリュートゼロ)は、というか最上級魔術は繊細なんだ。

 だったら、まだ素直に避けた方がいい。

 

 そうしてグレンの攻撃を避け、魔術の発動妨害をされたもんだからカウンターの魔術を放つ事もできずに距離を取る。

 その瞬間、私目掛けて何発もの魔術が飛んできた。

 自動防御の氷の盾が全てが防ぐ。

 今の魔術、見た目的には量産型魔導師(マギア)に組み込まれてる雑魚魔術こと魔弾だ。

 だけど、受け止めた氷の盾が若干とはいえ傷付いてるのを見ると、ただの魔弾じゃない。

 そして、そんな攻撃をしてくる奴には心当たりがあった。

 

 即座に魔弾が飛んできた方向を見れば、案の定、ご自慢の二丁拳銃を私に向けた特級戦士テンガロンの姿が。

 他の特級戦士も続々と足止め要員を蹴散らし、私に対峙するようにこのステージへと降りてくる。

 しかも、ルルをはじめとした何人かが倒れたアルバを回収し、応急措置を済ませてしまった。

 トドメ刺すタイミング逃した!

 

「おい。一応確認するが、お前が『氷月将』セレナ・アメジストだな?」

 

 兜の下でぐぬぬと唸っていると、特級戦士を代表するようにグレンが話しかけてきた。

 ここで私一般人ですとか言ったら見逃してくれるのかしら?

 いや、無理だな。

 既に実力は見せちゃったし、それ以前に情報として私の容姿くらい知ってるだろう。

 逃がしてくれる訳がない。

 というか、初めから逃げる気もない。

 こうなる事は想定内だ。

 

 だから私は、グレンの質問に肯定を持って答えた。

 

「ええ、そうですよ。はじめまして革命軍の皆さん。

 私は帝国中央騎士団所属、六鬼将序列三位『氷月将』セレナ・アメジストです。

 任務につき、この砦を襲撃したあなた達を撃退します」

「ハッ! そうかい」

 

 グレンは嘲笑するように鼻を鳴らした後、今度は敵意と殺意に満ちた目で私を睨んできた。

 

「俺達は革命軍! 腐りきったテメェら貴族をぶっ殺す存在だ! よぉく心に刻んで地獄に堕ちやがれ!」

 

 グレンが貴族への、帝国への憎悪を吐き出すように大声で叫ぶ。

 それはもう咆哮と呼んで差し支えない程の、怒りと憎しみに満ちた声だった。

 それを合図とするように、この場に集った全ての革命戦士が私に武器を向ける。

 グレンが炎刀を突き付け、キリカが風刀を構え、オックスが斧を肩に担いだ。

 リアンが鎖を振り回し、シールが盾を握り締め、テンガロンが銃口を私に向け、ステロが籠手に包まれた拳を打ち合わせる。

 デントが槍を、ルルはアルバを気にかけながらもナイフを構え、アルバも重症患者のくせして倒れる事だけはしない。

 ゲームでは頼れる仲間だった連中が、今は揃いも揃って敵として私の前に立ち塞がっていた。

 

「そうですか。では、死んでください」

 

 彼らは国を変えるという志の為に。

 私はルナの平穏の為に。

 

 互いに譲れないものの為に、私達は殺し合いを開始した。



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37 氷月将VS革命軍 2

「あなた達は外の敵の警戒に行きなさい! ここに居ては私の魔術に巻き込まれるだけです!」

 

 私はまず、足止めすら満足にできなかった役立たず達に命令を下した。

 彼らが近くにいると範囲攻撃が使いづらい。

 付き合いが浅いから連携も難しいし、それならまだ外の大軍にぶつけた方がマシというものだ。

 たとえ、ワルキューレが押し込まれるまで出番がなかったとしても。

 残すのはアイスゴーレム達だけでいい。

 

 そして、彼らが撤退するのを確認する前に、私は戦闘行動を開始した。

 

「『氷翼(アイスウィング)』!」

 

 グレンに斬られた片翼を即行で作り直し、空へと飛び上がる。

 特級戦士の魔導兵器(マギア)は基本的に近距離タイプだ。

 魔導兵器(マギア)なんて魔術のパチモンで高位の魔術師と対等に戦おうと思ったら、そうするしかない。

 遠距離戦の才能に溢れてるバックとミストは例外だけど。

 

 なんにせよ、そういう相手とは距離を取って戦うのが得策。

 遥か上空に行っちゃうと砦の中に隠れられた時困るからそんなに高度は出せないけど、接近しづらい上空に陣取るだけでも相当効果的だろう。

 

「逃がすなぁ!」

 

 まあ、勿論そんな事は向こうだってわかってるから、妨害してこない訳がないけどね。

 だから同時にこっちも妨害の魔術も放つ。

 

「『氷獄吹雪(ブリザードストーム)』!」

 

 高威力高範囲攻撃。

 おまけに目眩ましにもなる有能魔術を使う。

 消費魔力は高いけど、私の魔力量と発動技術ならあんまり気にならないレベル。

 だから、この魔術はかなり使用率が高い。

 

「皆さん! 私の後ろに!」

 

 でも、強敵相手だと決定打になる魔術ではない。

 盾使いのシールが声を上げながら前に出て、全員を守れる位置に陣取り、装備した身の丈程もある巨大な盾を構えた。

 

「『魔大盾壁(シールドフォース)』!」

 

 盾が光り、半透明な魔力の障壁を発生させた。

 それが私の氷獄吹雪(ブリザードストーム)を防ぐ。

 あれがシールの魔導兵器(マギア)の性能。

 私の攻撃ですら何発かは耐えるだろう鉄壁の大盾。

 それに加え、最適な位置取りや盾を構える角度によって、最低限のサイズの障壁、つまり最低限の魔力で私の攻撃を防いだシール自身の技量。

 やっぱり特級戦士は厄介だ。

 

 でも、時間稼ぎにはなった。

 その隙に私は上空へ飛ぶ。

 

「『魔弾(ショット)』!」

「『拘束鎖(バインドチェーン)』!」

 

 しかし、今度は盾の後ろから中距離攻撃が飛んできた。

 テンガロンの銃弾と、リアンの鎖だ。

 銃弾は球体アイスゴーレムが自動で防いだけど、鎖はまるで蛇のように自在にしなって、氷の盾の間を抜けてくる。

 私が言えた事じゃないけど、凄い操作技術だ。

 

「『氷結(フリーズ)』!」

 

 しかし、これくらいなら初級魔術で防げる。

 鎖を凍らせて動きを止め、その間に高度を上げる。

 砕きはしない。

 多分、あれを砕くのはそれなりに大変だろうから。

 それよりも、敵の攻撃範囲外に出るのが先決だ。

 

「逃がさねぇ! 合わせろキリカ!」

「わかった!」

「「『風炎大紅蓮刃』!」」

 

 次はグレンとキリカによる合体技。

 グレンの放った炎の斬撃が、キリカの放った風の斬撃と混ざり合い、風が炎を増幅して紅蓮の業火となった。

 業火の斬撃が私に迫ってくる。

 凄い火力だ。

 レグルスの通常攻撃と同じくらいの火力があるかもしれない。

 これなら飛び道具としては充分な威力。

 

「でも、効かない」

 

 球体アイスゴーレムの氷の盾が、二人の渾身一撃をあっさりと防ぐ。

 所詮は魔導兵器(マギア)の性能に頼った攻撃。

 私には通じない。

 ちょっと盾が溶けて砕けたけど、核となる球体部分が無事で魔力さえ残ってればいくらでも再生できるから問題なし。

 

 まあ、それですら目眩ましだったみたいだけど。

 

「どっせい!」

 

 この中で一番の怪力であるオックスの掛け声が聞こえた。

 次の瞬間には、私の目の前にデントがいる。

 多分、オックスの斧の上に乗って、カタパルト方式でかっ飛んできたんだと思う。

 アニメ化した時にそんなシーンがあった。

 

「『魔槍一文字』!」

 

 デントの槍が渾身の一突きを繰り出す。

 それをまたしても氷の盾が防いだ。

 今までの攻撃で一番盾にヒビが入ったけど、逆に言えばその程度。

 結局、私には届かない。

 

「もういっちょぉ!」

「『魔刃一閃』!」

 

 おっと、今度はルルが飛んできた。

 人間大砲二連続か。

 思いきった事をする。

 でも、ルルの攻撃も氷の盾が防いだ。

 さっきと違って、今は四つの球体アイスゴーレム全てを私の周りに配置してる。

 二連撃くらいじゃ盾を使い切らせる事すらできない。

 

 空中で盾に阻まれたルルとデントを飛び越し、更に上へ。

 そして、これで目標高度に達した。

 さあ、反撃だ。

 

「『氷砲連弾(アイスガトリング)』!」

 

 車サイズの氷の砲弾を連射する魔術、氷砲連弾(アイスガトリング)をまるで爆撃機の如く上空から撃ちまくる。

 最初の狙いは空中に取り残されたルルとデント。

 飛べない人はただの人。

 格好の的である。

 死ね!

 

「やらせねぇよ! 『魔連弾(リボルバーショット)』!」

「捕まってください! 『鉤鎖(フックチェーン)』!」

 

 だが、革命軍はこれを防いでみせた。

 テンガロンの弾丸が氷の砲弾に当たって僅かに軌道を逸らし、その隙にリアンの鎖が二人を回収する。

 命拾いしたか。

 でも、二人を助けたからって砲弾の雨が止む訳じゃない。

 私の優位は変わらない。

 

「くっ!」

「チッ!」

「厄介な!」

 

 彼らは、爆撃を避け続けた。

 時に迎撃し、時に紙一重でかわし、必死に避け続ける。

 ライフル弾並みの速度で飛来する巨大な砲弾の雨を避け続けるなんて人間技じゃないな。

 いくら彼らの魔導兵器(マギア)に身体強化の効果があるからって、よくあれだけ踊れるもんだ。

 

 けど、それも長くは続かない。

 

「うぐっ!?」

 

 まず、たった数秒で既に死に体だったアルバに限界がきた。

 それを守る為にルルとデントが無茶をし、そのフォローをする為に最も防御に優れたシールが動く。

 

「『魔大盾壁(シールドフォース)』!」

 

 シールの盾が眩く光り、さっきよりも遥かに大きな障壁が出現した。

 砲弾の雨を防ぐように、まるで傘みたいな形で。

 

「できるだけ私の近くに来てください! そうじゃないと守りきれません!」

 

 シールが叫ぶ。

 それによって、特級戦士達がシールの側に駆け寄り、傘の中に入った。

 これで一時的に凌げはするだろう。

 でも、やっぱり長くは持たない。

 あれだけの攻撃を防ぎ続けるには、相当の魔力が必要な筈だ。

 多分、1分もしない内にシールの魔導兵器(マギア)は燃料切れになる。

 対して、私の魔力はまだまだ余裕。

 このまま撃ち続ければいい。

 プラスで嫌がらせもしておこう。

 

「っ!?」

 

 残しておいたアイスゴーレム達が横から魔術を放つ。

 これもワルキューレと同じ使い捨て前提の不良品だけど、壊れるまでの戦闘力は私の城や屋敷にある通常のアイスゴーレムと同じだ。

 さっきまでの戦闘で大分数が減ったみたいだけど、嫌がらせには充分な数が残ってる。

 傘じゃ横からの攻撃は防げない。

 必然的に他の奴が働くしかない。

 ゆっくりと作戦を練る時間は与えない。

 このまま押し潰す。

 

 そう考えた時、私は横から攻撃を受けた。

 

「え!?」

 

 攻撃自体は氷の盾があっさり防いだけど、私は慌てて攻撃が飛んできた方向に振り返った。

 今のは魔力の矢による攻撃。

 外の軍勢の中にいる筈のミストの攻撃と見て間違いないだろう。

 まさか、もうワルキューレがやられた!?

 と思って戦場の方を見れば、ワルキューレが元気に暴れている光景が遠目に見えたよ。

 ……という事は、ミストも私が遠目に見えたからとりあえず攻撃しただけ、かな?

 ああ、びっくりした。

 というか、こんな遠くから寸分違わず私を狙い射つとか、さすが弓の名手。

 なんにせよ、ミストに狙われるなら、もうちょっと高度下げといた方がいいか。

 

「おおおお!」

「!?」

 

 そうして私の意識が一瞬逸れた瞬間、その隙を逃さず特級戦士達は行動を起こした。

 シールの障壁が凄い速度でせり上がってくる。

 これは、オックスがシールを射出したのか?

 凄い無茶する。

 なら、ここでシールを潰せば私の勝ちだ。

 

 私は両手を前に突き出し、そこから必殺の魔術を放った。

 

「『氷結光(フリージングブラスト)』!」

 

 広範囲に拡散する氷獄吹雪(ブリザードストーム)の冷気を一点に収束して射出する魔術。

 要するに冷凍ビームだ。

 でも、そんな単純な攻撃が驚く程に強い。

 氷結光(フリージングブラスト)がシールの障壁を一瞬で突破する。

 そのまま盾本体すらも凍らせ、砕いてみせた。

 

「ぐっ!?」

 

 そして、シール自身も盾を持っていた左腕が凍って砕けた。

 最後の力を振り絞って氷結光(フリージングブラスト)の軌道を逸らしてみせたのは凄いけど、これでシールは脱落だ。

 しかも、この世界の回復魔術では失った四肢や臓器を復元する事はできない。

 たとえこの戦いを生き残ったとしても、シールは隻腕キャラとして生きていくしかなくなった。

 

 でも、それすら向こうは覚悟の上だったらしい。

 シールが砕けた左腕を抑えながら、叫ぶ。

 

「今です!」

「なっ!?」

 

 障壁がなくなって見えた先。

 そこには、空中に螺旋階段のような形で静止した鎖を足場にして、空に立つ戦士達の姿があった。

 

「やれぇ!」

「『魔連弾(リボルバーショット)』!」

 

 シールが撃墜された瞬間、彼らが一斉に私に飛びかかってくる。

 まずはテンガロンが二丁拳銃で弾幕を張る。

 しかも、弾丸同士をぶつけて跳弾を繰り出し、四方八方から弾を飛ばすという離れ業をやってのけた。

 鬱陶しい!

 氷の盾が全てを防いだけど、それによって盾を封じられてしまう。

 その隙に残りの戦士達が突撃してくる。

 おまけに、そうしてる間に鎖がどんどん私達の周囲を覆っていき、敵の足場が増えると同時に私の逃げ場がなくなる。

 当然、天井は真っ先に閉じられた。

 本当に鬱陶しい!

 

 でも、まずは飛びかかってくる連中の対処が先だ。

 数は、死に体のアルバと撃破したシール、あと足場役になってるリアンを除いた7人。

 銃弾の雨がなくても、球体アイスゴーレムだけじゃとても防ぎきれない。

 なら!

 

「『浮遊氷剣(ソードビット)』!」

 

 腰から六本の剣型アイスゴーレムを抜き、高速で飛翔させる。

 元々こういう時の為のサブウェポンだ。

 今こそ本来の使い方で存分に振るう!

 

「『風魔刀』!」

「『魔刃一閃』!」

 

 まずはスピードのあるキリカとルルの二人が飛び出してきた。

 二人に対して一本ずつ氷剣を差し向ける。

 私は剣術が得意な訳じゃないから、氷剣で斬り合いをするつもりはない。

 ただ殺す為に、威力と速度重視で振り回す。

 

「チッ!」

「くぅ!」

 

 それによって、二人は氷剣の威力に押し負けて吹き飛んだ。

 けど大したダメージは与えられてない。

 鎖の足場に着地して、すぐにでもまた仕掛けてくるだろう。

 それに、注意すべき敵はまだまだいる。

 

「オラァ! 『破壊斧(バスターアックス)』!」

「『魔槍一文字』!」

 

 今度はオックスとデントによる背後からの攻撃。

 見えている。

 目では捉えられなくても、私の探索魔術が二人の正確な位置を把握している。

 

「『氷砲弾(アイスキャノン)』!」

 

 私は振り向かず、手も翳さずに放った二発の氷砲弾(アイスキャノン)によって二人を迎撃した。

 視界の外で発動した魔術は、魔術の根幹であるイメージが少ししづらくて安定性が落ちるけど、私の技術ならそれでも充分な威力になる。

 

「マジかよ!?」

「ぐっ! だが、この程度!」

 

 二人は驚きながらも氷砲弾(アイスキャノン)を突破し、攻撃を続行してきた。

 でも、そんな体勢の崩れた状態での攻撃なら怖くない。

 氷剣で振り払う。

 ただし、しっかりとガードされたせいでダメージは薄かった。

 

 そうして、今度はグレンが襲いかかってくる。

 氷剣による迎撃を、グレンは全て防いでみせた。

 

「『灼刀炎舞』!」

 

 炎を纏った刀による舞うような動き。

 それによって氷剣を防ぎ、受け流し、そのままグレンは私本体に接近してきた。

 更に、態勢を整えた他の連中も同時に仕掛けてくる。

 私は袋叩き状態となった。

 

 グレンの炎刀を鎧の籠手で受け流す。

 キリカの風刀を氷剣で弾く。

 オックスの斧は先に魔術を撃って迎撃する。

 デントの槍を掴んでへし折る。

 ルルのナイフは拳で砕いた。

 まだだ。

 この程度で私は負けない!

 

「これだけの数で攻めてるのに!」

「崩れない!」

「チィッ! 化け物がぁ!」

 

 5人が同時に突撃してくる。

 私は氷獄吹雪(ブリザードストーム)による牽制の後に、六本の氷剣全てで同時に薙ぎ払う事で、纏めて吹き飛ばした。

 手応えあり。

 かなりのダメージを与えた感覚。

 いける!

 

「ステロォ!」

「破ァアアアアアア!」

 

 しかし、その考えは甘かったらしい。

 さっきまでの攻撃に加わっていなかった最後の一人、ずっと私の真上に陣取っていた格闘家のステロが、凄まじい勢いで降下してくる。

 今の私は強力な魔術を使った直後。

 氷剣も薙ぎ払いに使ってしまい、盾は相変わらずテンガロンに封じられている。

 つまり、今はかなり守りが薄い。

 

 でも、ステロが動いていないのを見れば、隙を狙ってくる事なんてわかりきってた。

 抜かりはない!

 

「『氷結光(フリージングブラスト)』!」

 

 高位の魔術が連発できないと誰が言った!

 普通の魔術師には無理でも私にはできる!

 単純な魔術の腕前だけなら帝国最強かもしれないとノクス達に言わしめたこの私を舐めるな!

 そうして、氷結光(フリージングブラスト)が渾身の一撃を繰り出そうとしたステロを……

 

「うぉおおおお! 『魔刃一閃』!」

「っ!?」

 

 捉える事なく、私の後ろから飛んできた斬撃により、僅かに軌道を逸らされた。

 そして、ステロは軌道のズレによってほんの僅かに生まれた安全地帯に身体を滑り込ませ、空中で私の大魔術を避けてみせた。

 今の斬撃、アルバか!

 他の連中に追い詰められて瀕死のアルバにまで構ってる余裕がなかった。

 主人公を忘れるなんて大失態だ!

 

 そして、その報いを今まさに私は受けていた。

 

「『破砕拳』!」

「うっ!?」

 

 私への接近を果たしたステロの拳が私の頭部を捉えた。

 渾身の魔力が込められた籠手型魔導兵器(マギア)による一撃。

 それに殴り飛ばされ、私は凄い勢いで地面に叩きつけられた。

 その衝撃で氷翼(アイスウィング)が砕け、しかも鎧の中で一番頑丈に作っておいた兜が一部破壊されて左目周辺部分が露出している。

 内部にも衝撃通ってるし、結構シャレにならないダメージ受けた。

 やっぱり強いわ特級戦士。

 ほぼ全員を私一人で相手するのはキツイ。

 

「今だぁ!」

 

 グレンが叫び、地に落ちた私目掛けて全員が殺到する。

 このままじゃ本気でヤバかったと思う。

 でも、今は位置がいい。

 私は地面の上。

 彼らは上空にある鎖の足場の上。

 完全に分かれてる。

 実に狙いやすいポジション。

 

「ああ、ホントに……」

 

 過保護な上司に感謝しないとね。

 

 

「『漆黒閃光(ダークネスレイ)』」

 

 

 その時。

 砦の上から放たれた漆黒の閃光が、深い深い闇の一撃が、革命戦士達を纏めて呑み込んだ。



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38 援軍

「な、何が……!?」

 

 唐突に放たれた闇の大魔術を見て、地上に残っていたアルバ達が驚愕に目を見開く。

 隙だらけだったので氷弾(アイスボール)で攻撃しておいた。

 足場役に徹してたおかげで無傷なリアンには防がれたけど、死に体のアルバは防ぎきれずに傷を増やし、右腕と魔導兵器(マギア)を失ったシールに至っては心臓をぶち抜かれて死亡した。

 やっと一人。

 

「シールさん!?」

 

 アルバが悲鳴を上げる。

 でも、次の瞬間には悲鳴すら上げられなくなった。

 闇に呑まれた戦士達の成れの果てが空から落下してきたからだ。

 

 オックスとテンガロンは身体の半分以上が消し飛んで死亡。

 ステロは片腕を失い、グレンは背中がゴッソリ抉れている。

 グレンに庇われたキリカと、他の誰かに庇われたんだろうルルとデントは比較的軽症だったけど、それでも全身ズタズタ。

 鎖の足場が盾になった筈なのにこの威力とか。

 さすが、全魔力属性の中で最強の破壊力を誇る闇魔術。

 たった一発で戦況がひっくり返った。

 まあ、元々こうやって決定打を与える不意討ちの為に隠れてもらってたんだけどね。

 

 そして、今度は砦の上から、この魔術を放った存在が飛び降りてきた。

 

 黒い鎧の上から黒地に金の刺繍がされた高貴なマントを羽織った青年。

 髪と目はアルバと同じ黒髪黒目。

 顔立ちもどことなく似てる。

 ただし、アルバとは似ても似つかない威圧感溢れるオーラ、帝王のオーラを全身に纏った青年だった。

 このお方こそ、私の頼れる上司にして今回の作戦の真の切り札。

 革命軍が今までにない規模で進軍してくると伝えたら、なんと護衛と共に御自らが出陣してくださった過保護な男。

 

 ノクス・フォン・ブラックダイヤ皇子、その人である。

 

「……驚いたぞ反乱軍。まさか本当に魔術師でもない者達がセレナを追い詰めるとは思わなかった。

 見くびっていた。侮っていた。

 だが、認識を改めよう。

 お前達は確かにセレナの言う通り、こんな姑息な手を使ってでも確実に殲滅しておかなければならない強敵だったようだ」

 

 ノクスは倒れた戦士達を見ながら険しい顔でそう告げ、次に咎めるような目で私を見てきた。

 まあ、ノクスはこの『私を囮にして、最高のタイミングで不意討ちしちまおうぜ作戦』に反対だったからね。

 そんな事しなくても、普通に私とノクスの二人がかりで潰してしまえばいいって言ってた。

 多分、ノクスは私の安全も考慮してそう言ってくれたんだろうけど、それだとアルバと特級戦士を丸々取り逃がしかねない。

 実際、ゲームでのこのイベントは、ノクスがレグルスとプルートの二人を引き連れていたにも関わらず、討ち取れた特級戦士の数は僅か一人だったから。

 

 ゲームだと、三人に奇襲を受けた時点で革命軍側は勝ち目なしと判断し、撤退を決意する。

 そうして覚醒したアルバに道を切り開かれ、決死の覚悟で殿として残ったグレンに足止めされて、他の連中を丸々逃がしてしまうのだ。

 

 それに比べて今はどうよ?

 結果論とはいえ、弱りきった特級戦士達をまだ余裕のある私と、ノクスと、ノクスの護衛達と、ついでにアイスゴーレム達で囲めるという最高の布陣が出来上がった。

 しかも、現時点で特級戦士を三人も討ち取っている上に、他の連中も満身創痍。

 彼らが最初から逃げる決断を下してればこうはならなかった。

 私一人相手なら勝てると思って戦闘に踏み切ってしまったからこそこうなったんだ。

 私の作戦は大成功である。

 だから、ノクスも無茶した私を咎めるような目で見つつも文句は言ってこない。

 ノクスの心配は気持ちだけ受け取っておくよ。

 めっちゃ感謝してるので許してください。

 

 実際、ノクスには本当に感謝してる。

 さすがの私でも、ノクスが援軍に来てくれなかったらこんな無茶な作戦立てなかった。 

 せいぜい、革命軍が進軍中に奇襲かけて壊滅させるぞ作戦が関の山だっただろう。

 それだと軍勢は壊滅させられても、確実に特級戦士の殆どを取り逃がしてただろうし、ましてやアルバを追い詰めるなんて相当運が良くなくちゃ不可能。

 それがノクスのおかげで一網打尽だ。

 報酬に抱かせろと言われたら断れないくらいの恩を私はノクスに感じてる。

 

 まあ、ここで最後の詰めを誤ったら台無しだけどね。

 そうならないように、気を引き締めて殲滅するとしますか。

 私はさっきのダメージを回復魔術で治し、もう一踏ん張りだと気合いを入れた。



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勇者の走馬灯

「囲んで押し潰せ。遠距離攻撃で削り、確実に倒すのだ」

『ハッ!』

 

 新しく出てきた黒い男が命令を下し、そいつに続いて現れたいかにも精鋭という雰囲気の騎士達が、男の命令に従って俺達を囲むような陣形を取った。

 しかも、あのセレナすらも男の命令に従っている。

 正面に黒い男とセレナと氷人形。

 横と後ろに騎士達。

 俺達はまさに袋のネズミだった。

 

「『闇槍(ダークランサー)』!」

「『氷砲連弾(アイスガトリング)』!」

「『炎矢(フレイムアロー)』!」

「『雷撃(サンダーシュート)』!」

「『水散弾(スプラッシュ)』!」

「『風爆球(エアーボム)』!」

「『岩連弾(ストーンバレット)』!」

 

 様々な属性の魔術が全方位から放たれた。

 痛む身体を無理矢理動かして防ぐ。

 他の皆も動ける人は立ち上がり、血を吐きながら抗った。

 でも、無駄だ。

 無駄だという事が嫌でもわかってしまう。

 

 俺達の状況を端的に言えば『詰み』だろう。

 仲間は何人も死んでしまって、他の皆も全員満身創痍で、逆に敵には強力な増援が来た。

 セレナ一人ですら全員束になってようやく勝てるかどうかってところだったのに、こうなってしまっては勝てる訳がない。

 今、俺達がどれだけ抗ってもただの悪足掻きだ。

 死ぬまでの時間を僅かに引き伸ばす事しかできない。

 一秒ごとに増えていく傷、尽きていく体力、それに対して欠片も揺らがず僅かな突破口すら見えない敵の陣形。

 この絶望的な状況を見せつけられれば、嫌でも現状の詰みっぷりを理解してしまう。

 

 それでも俺達は諦めなかった。

 誰一人として抗う事をやめなかった。

 当たり前だ。

 たとえ仲間を失っても、絶体絶命の窮地に追い詰められても、それで折れるような信念じゃない。

 ここで折れるようなら、とっくの昔に折れてた。

 故郷を滅ぼされた時、何もできず貴族に捕まった時、ゴミのようにセレナに薙ぎ払われた時。

 諦めてしまいたくなった事は山ほどある。

 他の皆だってそうだろう。

 俺達は、それを全部乗り越えてここにいるんだ!

 今さら諦めるなんてあり得ない。

 諦めて死ぬくらいなら、最後まで足掻いて、一人でも多く仲間を逃がす為に戦って死ぬ。

 それが無理なら一人でも多く道連れにする。

 

 俺達は!

 絶対に諦めない!

 

「っ!?」

 

 その時、不意に攻撃の数が減った。

 氷だ。

 セレナの氷魔術が飛んでこなくなった。

 咄嗟にセレナの方を見れば、奴は両手を前に出して構えている。

 その光景に既視感を覚えた。

 そして、本能的に理解した。

 あれは、今セレナが放とうとしているのは、さっき俺にトドメを刺そうとした魔術なのだと。

 

「アルバ!?」

 

 俺は反射的にセレナに向かって駆け出した。

 身体が勝手に動いた。

 あの魔術だけは絶対に撃たせてはならないと直感が警鐘を鳴らしていたんだ。

 

「愚かな」

 

 黒い男がそう吐き捨てながら、闇の槍を俺に向けて放った。

 これは、さっきから足を止めて、受け流しに専念してようやく防げた魔術だ。

 走りながら雑に受けたんじゃ防ぎ切れない。

 防げなかれば死ぬ。

 だけど、足を止めても多分死ぬ。

 セレナの魔術が完成したらどっちみち終わりだという確信があった。

 

 止まったら死ぬ。

 止まらなくても死ぬ。

 今度こそ本当に詰んだ。

 詰みへと至る最後の一手が放たれた。

 もうこれ以上は、終局を先延ばしにする事すらできない。

 悪足掻きすら許されない、本当の意味でのトドメの一手。

 終わる。

 死ぬ。

 

 だが、その死へと至る刹那の間、俺の思考はかつてないほど加速していた。

 

 今までの人生が走馬灯のように、いや走馬灯そのものとして高速で脳裏を過っていく。

 故郷が滅びる光景。

 セレナに氷漬けにされた時の記憶。

 革命軍での訓練。

 今までの強敵との戦い。

 ルルの白パンツ。

 父さんの顔。

 時系列なんて滅茶苦茶に、ただ今までの人生全てが脳裏を通り抜けていく。

 でも、その記憶の奔流の中で、いくつかの事はそのまま通り過ぎず、少しだけ頭の片隅に引っ掛ってから流れていった。

 

『お前……魔力があるくせに魔術は使えないのか』

 

 これは、デントと和解した後、一緒に訓練をするようになってすぐの頃に言われた事だ。

 この時のデントは、どこか呆れたような顔をしていた。

 

『そうなのよね。こいつ、魔力があるくせに火も水も出せないのよ。まあ、要するに落ちこぼれの貴族もどきって事じゃないの?』

 

 続いてルルまでそんなキツイ事を言ってきて、酷くへこんだのを覚えている。

 

『魔術は個人によって使える属性が異なる。そして、魔術の発動はイメージが大事だ。

 ならば、火なり、水なり、風なり、土なり、なんでもいいから強く念じて発動してみるといい。

 それで発動できたものが君の属性だ』

 

 これは、今の支部に移った時、セレナにリベンジできる強さを求めて、バックさんにその事を相談した時に教えてくれたアドバイスだ。

 そのアドバイス通りに、俺は今まで貴族達が使っていた魔術を強くイメージして発動しようとした。

 でも結局、火も水も風も土も雷も氷も俺は使えなかった。

 俺には属性か、もしくは才能がないんだろうかという結論に至って落ち込んでたら、ルルとデントがちょっと優しくしてくれた。

 

 そして、走馬灯が今度はまるで関係のない場面を映し出す。

 

『とうさん! このひとカッコいいね!』

『ああ、そうだな。父さんも、この人は世界一カッコいいと思うよ』

 

 ああ、これは昔父さんが『光の勇者様』という絵本を読み聞かせてくれた時の記憶だ。

 光の勇者と呼ばれた主人公が、悪い魔術師達をバッタバッタと倒していく絵本。

 いつからか読まなくなって、記憶の底に埋もれてしまった本だ。

 昔は大好きだった絵本なんだけど、成長した後に読んでみると絵は下手くそだし、文字もガタガタだし、ストーリーも読み物として決しておもしろいとは言えない。

 ぶっちゃけ駄作だった。

 だから読まなくなったんだ。

 でも、父さんは何故かその絵本をずっと大事にしてた。

 もしかしたら、あれは父さんの手書きだったのかもしれない。

 今考えてみれば、あの絵本に書かれてたのは父さんの字だったような気もする。

 

『とうさん! おれもこのひとみたいになれるかな?』

『なれるさ。絶対になれる。他でもない、この俺が保証するよ』

 

 子供の頃の無邪気な俺に、父さんが優しく微笑みながらそう言っていた。

 でも、こうやって記憶として見ると、父さんは幼い憧れを口にする子供を見る微笑ましい顔ではなく、もっと色んな感情が込もった複雑な顔をしているように見えた。

 

 また走馬灯の場面が切り替わる。

 

 どことも知れない場所。

 なんとなく貴族の屋敷のような雰囲気の部屋に俺はいた。

 俺は赤ん坊で、父さんに抱かれている。

 目の前には、あの黒い男に少し似た黒髪黒目の男がいた。

 なんだこれ?

 こんな記憶、俺は知らない。

 

『ごめんねアルバ。僕は父親として、君に何もしてあげられない。

 君のお母さんも死なせてしまったし、君の成長を見守ってあげる事もできないだろう。

 それどころか、なんの罪もない君を危険に晒してしまうかもしれない。

 本当に、ダメなお父さんでごめんね』

 

 黒髪の男が泣きそうな顔で赤ん坊の俺の頭を撫でた。

 お父さん?

 何を言ってるんだ?

 俺の父親はこの人じゃない。

 この記憶の中で、赤ん坊の俺を抱いてくれている人が父さんの筈だ。

 

 その時、記憶の中の場所で爆音が響き渡った。

 

『……もうここも危ないか。別れの時間すらロクに取れないなんてね』

『……──様』

『そんな顔をしないでくれデリック。これは僕の自業自得さ。……でも、そんな親の我が儘の結果を子供にまで押し付けたくない。

 デリック。これは主としてではなく、友としての一生の頼みだ。

 どうか、この子の父親になってほしい。不甲斐ない僕に代わって立派に育ててほしい。頼めるかな?』

『……はい! この命に代えても!』

『ありがとう。……これで少し安心して逝けるよ』

 

 黒髪の男がそう言うと、父さんは嗚咽を漏らしながら泣き崩れてしまった。

 男はそんな父さんを申し訳なさそうに見た後、何かを手渡した。

 それは、俺が父さんの亡骸から形見として取ってきた、生前の父さんがとても大事にしていた、あのペンダントだった。

 そして、男は最後にもう一度だけ赤ん坊の俺を撫でる。

 

『じゃあね、アルバ。どうか元気で健やかに育ってくれ』

 

 男が俺に背を向け、腰に差した純白の剣を抜いた。

 そして、その剣が眩い『光』を纏う。

 同時に、男自身の身体も光のオーラに包まれた。

 その姿を見て、俺はまるであの絵本に出てきた光の勇者のようだと思った。

 

 そして、光を纏った剣を持ったまま男は部屋を飛び出した。

 直後、階下から凄まじい轟音が聞こえてくる。

 その音を聞きながら、父さんもまた部屋を飛び出し、音がする方とは逆の方向に走っていく。

 赤ん坊の俺を抱き締めたまま、溢れる涙を拭う事なく。

 

 それを最後に、走馬灯は消え去った。

 

 ……なんだったんだ、あの最後の記憶は。

 何か凄まじく重要な事のような気がするけど、今の俺にはわからない。

 深く考える暇もない。

 

 ただ、今の記憶を見た俺は、強く『光』をイメージした。

 

 あの絵本に書かれていた光の勇者が使っていた、記憶の中の男が使っていた、光の力を。

 悪い魔術師達をバッタバッタと薙ぎ倒した光の力を。

 強く強くイメージした。

 

 次の瞬間、あの絵本の勇者と同じように、記憶の中の男と同じように。

 

 俺の剣が、俺の身体が、眩い光のオーラを纏っていた。



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勇者の覚醒

「あああああ!」

 

 光を纏った剣を無我夢中で振り抜いた。

 イメージするのは絵本の中で光の勇者が使っていた必殺技の一つ『光騎剣(シャインブレード)』。

 光の斬撃を飛ばす技。

 そのイメージ通りに魔術は発動し、横薙ぎに振り抜いた剣から光の斬撃が飛び出して、闇の槍をかき消しながら黒い男とセレナに向けて飛翔した。

 

「何っ!?」

 

 黒い男が驚愕の声を上げる。

 セレナも僅かに目を見開いた。

 だが、そのまま攻撃を食らってくれる甘い相手ではない。

 攻撃範囲の中にいた氷人形こそ破壊したものの、セレナは氷の盾で、黒い男は手にした黒剣で、光の斬撃を防いだ。

 ただし、セレナの氷の盾には大きな亀裂が入り、黒い男は完璧には防ぎ切れず、ほんの少しだけだが負傷した。

 初めて、敵の陣形が僅かに崩れた。

 

「こ、これは!?」

『ノクス様!?』

 

 黒い男が何故か思った以上に動揺している。

 それに合わせて、男の部下と思われる騎士達からも動揺の声が上がった。

 少しは動きが乱れるかもしれない。

 綻びが広がっていく。

 ほんの少しだけ勝機が見えてくる。

 

 でも、こいつだけは違った。

 

 セレナだけは狼狽えない。

 セレナだけは動じる事なく、冷静に魔術の発動準備を進めている。

 壊れた兜から覗くアメジスト色の目は、全てを見透かすような、氷のように冷静で冷たい目をしていた。

 こいつだ。

 今ここでこいつを止めなければ全てが終わる。

 せっかく出てきた勝機なんて瞬く間に消え失せてしまう。

 

 なら、俺がこいつを止める!

 いや、ここで俺が倒す!

 氷の盾がセレナを守るように俺の前に立ち塞がった。

 突き破る!

 

「『破突光剣(シャインストライク)』!」

 

 選んだ技は光を纏った高速の突き。

 それがさっきの光騎剣(シャインブレード)で抉れていた氷の盾を貫き、内部にあった球体すらも砕き、そのままセレナ目掛けて突き進む。

 やった!

 抜けた!

 あと一歩!

 

「残念」

 

 だが、光がセレナを捉える寸前。

 セレナがそんな言葉を発したような気がした。

 そして、あと一歩のところで、あとコンマ数秒で剣先がセレナに届くというところで。

 

 セレナの魔術が完成してしまった。

 

「『絶対零度(アブソリュートゼロ)』」

「っ!?」

 

 凄まじい冷気。

 凄まじい魔力。

 使われたら死ぬと予想していた。

 だが、これはいくらなんでも予想以上だ。

 どう考えてもオーバーキルだろう。

 俺どころか、俺の後ろの皆ごと凍らせても、いやこの砦ごと凍らせてもお釣りがくるような大魔術。

 とても防げるとは思えない。

 

 それでも!

 

「うぉおおおおおお!」

 

 俺は破突光剣(シャインストライク)を続行し、冷気を突き破るように直進した。

 光が俺の身体を守る。

 だが、まるで守りきれずに剣の先から凍っていく。

 

 それでも防がなければならない。

 防げなければ死ぬ。

 俺だけじゃなくて皆死ぬ。

 俺が抵抗できずに凍らされれば、この魔術はそのまま直進して皆を巻き込むだろう。

 だから、俺が止めなくちゃならない。

 できるできないじゃない。

 やるしかない。

 

 集中しろ!

 イメージしろ!

 魔術はイメージが大事だ。

 防げないと思ったら絶対に防げない。

 嘘でも虚勢でも強がりでも自己暗示でもなんでもいい。

 自分なら絶対に防げるんだと、強く強く思い込め!

 

 俺は今、光の勇者と同じ力を使っているんだ。

 あの絵本に描かれていた光の勇者は、どんなに強い敵が相手でも絶対に負けない、どんな困難だって仲間と一緒に乗り越える、完全無欠の英雄(ヒーロー)だった。

 そして、父さんは言ってくれた。

 俺はあの勇者のようになれると保証してくれた。

 

 だったら!

 できる筈だ!

 やれる筈だ!

 あの光の勇者のように、困難を乗り越えろ!

 不可能を可能にしろ!

 

「『聖光(ホーリーライト)』ォオオオ!」

 

 俺は剣にありったけの魔力を込め、纏う光をこれでもかと強化した。

 同時に、剣の魔導兵器(マギア)としての力も起動。

 身体強化と攻撃を全力で強化する。

 やれる事を全てやる。

 全身全霊を、この一撃に込める!

 

 そうして俺は、俺は、

 

「…………マジか」

 

 セレナの魔術を耐えきった。

 この攻防に耐えきれなかったのか剣はヒビ割れ、凍りつき、俺自身も技の為に突き出していた右の上半身を完全に凍らされた。

 それでも耐えた。

 耐えきった。

 どうだセレナ。

 俺はやったぞ。

 後は残った左腕でパンチでも繰り出して、皆が逃げる隙くらい作って……

 

「『氷葬(アイスブレイク)』」

 

 そんな事を考えた瞬間。

 俺の身体を包んでいた氷が割れた。

 中にあったものを粉々にしながら。

 

 俺の半身を粉々にしながら、割れた。

 

「ぁ……」

 

 右腕が氷の欠片となって砕け散り、壊れた剣が高い音を立てながら地面に落ちた。

 氷に包まれていた右目が壊れる。

 右の顔も、胴も、脚の一部も、滅茶苦茶に抉られたような傷が出来た。

 右腕のようにならなかったのは、表面しか凍ってなかったからか。

 でも、そんな事は気休めにもならない。

 

 今のダメージで、遂に身体が限界に達したのがわかった。

 

 もう全身の感覚がない。

 傷のせいか、それとも寒さのせいか、身体が全く動いてくれない。

 パンチなんてとても打てない。

 さっきの攻防で魔力まで使い果たしたのか、魔術すら使えなかった。

 そして、ここからの追撃ができなければ、せっかくセレナの魔術を打ち破った意味がない。

 

 またなのか?

 また俺は何もできないのか?

 俺は最後の最後まで無力のまま、理不尽に一矢報いる事すらできずに死ぬのか?

 

「これで終わり」

 

 目の前のセレナが動く。

 右手を手刀の形にして貫手を繰り出してきた。

 お得意の魔術じゃなく物理攻撃だ。

 確かに、この距離ならその方が早いだろう。

 セレナは最後の最後まで油断してくれない強敵だった。

 

 そして、俺は死を覚悟した。

 

 

「よくやった餓鬼」

 

 

 だが、俺は死ななかった。

 俺はグイッと後ろに引っ張っられ、入れ替わりに前に出た人が、炎を纏った刀でセレナの貫手を受け止める。

 俺は守られた。

 この傷だらけで、なのにとても頼れる背中に。

 

「あとは大人に任せろ」

「グレン……さん……」

 

 そして、俺を守ってくれた人は、グレンさんは、そう言って不敵に笑った。



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39 逃がすなぁ!

 まさか絶対零度(アブソリュートゼロ)を防がれるとは思わなかった……。

 防御不能の一撃必殺とはなんだったのか。

 いや、ホント、マジでなんなの?

 だって絶対零度(アブソリュートゼロ)だよ?

 最上級魔術だよ?

 私の最強技の一つだよ?

 これ防ぐには同じ最上級魔術か、それに匹敵する威力の何かで相殺するしかない筈なんだけど?

 それを覚えたての属性魔術で打ち消すとかチートにも程がある。

 正直、予想以上だったよ覚醒アルバ。

 

 でも、

 

「『氷葬(アイスブレイク)』」

 

 予想は超えてても、まだ対応圏内。

 私の魔術が、氷を内部の凍りつかせた物ごと砕く。

 それによってアルバの右腕が木っ端微塵に砕け散り、あえて砕かずに残しておいた剣が地面に落ちる。

 他にも右目が壊れたり、右半身に凍傷のような裂傷のような、なんとも言えない醜い傷が刻まれたりした。

 この程度で済むって事は、右腕以外芯までは凍らせられなかったって事か。

 末恐ろしい。

 

 でも、こうなってしまえば私の勝ちだ。

 アルバは死に体を通り越して死体半歩手前の重傷。

 加えて魔力も尽きかけてると見た。

 さすがに、もう動けまい。

 

「これで終わり」

 

 でも、最後まで油断はしない。

 鎧の身体強化を使い、右手で冷気を纏った貫手を繰り出す。

 狙うはアルバの心臓。

 ハートをぶち抜いた後、内部から凍らせて確実に殺す。

 アルバ並みの魔力の持ち主なら心臓を貫いても即死はしないだろう。

 だから、徹底的にトドメを刺す。

 どんな化け物だって、そこまですれば確実に死ぬ筈だ。

 

 だが、その攻撃が成功する事はなかった。

 

 既に動けない筈のアルバの身体が後ろに向かって飛んでいく。

 誰かがアルバの首根っこを掴んで放り投げたんだ。

 その誰か、アルバの代わりに前に出てきた男が、炎を纏った刀で私の攻撃を受け流していた。

 

「よくやった餓鬼。後は大人に任せろ」

「グレン……さん……」

 

 アルバが遠ざかっていく。

 逃がさない。

 やっとここまで追い詰めたんだ。

 ここで確実にトドメを刺す。

 ここで確実に革命の灯火を吹き消す。

 ルナの平穏の為に!

 

 私はアルバを追いかけるべく、目の前の障害を弾き飛ばすつもりで足に力を込めた。

 

「テメェの相手は俺だ!」

「っ!?」

 

 グレンの刀が正確に私の左目目掛けて突き出される。

 そこはさっきの攻防で鎧が砕けた場所。

 慌てて左腕でガードした。

 グレンはそれを見るや、連続技のように刀を振るい、今度はがら空きとなった私の脇腹を斬りつけて吹き飛ばす。

 体重自体は軽い私の身体は、その衝撃で地面を転がり、結果追撃に失敗した。

 くっそ! しくじった!

 焦りで判断を間違えた!

 まずは身体を引いて、全力の魔術でグレンを倒すべきだったのに!

 

「お前ら! そいつを抱えて逃げろ! こいつらは俺が止める! 革命の灯火を消すんじゃねぇ!」

「グレン!?」

 

 そんな事を叫びながらグレンが飛びかかってきた。

 傷だらけの身体を無理矢理動かし、血を吐きながら、命を削りながら、私への攻撃をやめない。

 私は氷剣を抜いてグレンを迎え撃った。

 浮遊する六本の剣がグレンを斬り刻むべく飛翔する。

 だが、グレンはダメージ覚悟で突っ切り、全ての氷剣を掻い潜って私に張り付いてくる。

 距離を取ろうにも、卓越した剣技でことごとく動きを邪魔された。

 徹底した超近接戦闘。

 魔術師ならざる者が、強力な魔術師に対して唯一対等に戦える間合い。

 そこに入り込んだグレンは本当に強かった。

 これは、すぐには倒せない!

 だったら!

 

「ノクス様! 奴らを!」

「わかっている!」

 

 私が無理なら他に任せるしかない。

 ノクスは言わずとも私の意図を察して行動に移してくれた。

 優秀な上司を持って嬉しい!

 

「させんぞ!」

「くっ!」

 

 だが、そんなノクスには片腕を失った格闘家のステロが特攻し、グレンと同じように命懸けの足止めを開始した。

 ちょ、ノクス様!?

 あんな簡単に接近を許すなんてどうしたの!?

 動きのキレも悪いし、いつものノクスじゃないよ!?

 

『ノクス様!?』

 

 そして、そうなればノクスの護衛達はそっちに気を取られるに決まってる。

 当然だ。

 あいつらの仕事は革命軍の討伐ではなく、あくまでもノクスの護衛。

 少しでもノクスが危ないと思えば、革命軍なんてほっといて必ず助けに入る。

 護衛達がステロを斬り捨てるべく持ち場を離れてノクスの下へと駆け寄り、それによって革命軍の退路が開けてしまった。

 ヤバイ!

 

「らぁあああ! 『紅蓮刃』!」

「うぐっ!?」

 

 元々得意じゃない接近戦の動きが焦りで更に粗くなり、その隙を突かれてグレンの攻撃を首筋に食らってしまった。

 兜が更にヒビ割れる。

 体勢も崩れる。

 そして、兜着けてなければ死んでたかもしれない。

 危なっ!?

 

「今だ! 行け!」

「グレン!」

「俺に構うなキリカ! 俺達の本懐を優先しろ! 革命を、この国の未来を任せた!」

「っ! ……撤退!」

 

 キリカが涙声で撤退を宣言するのが聞こえた。

 同時に、グレンに遮られた視界の端で、殿のグレンとステロ以外の全員が撤退を開始するのが見えた。

 動けないアルバはルルに支えられている。

 逃がさない!

 ここまできて逃がしてたまるか!

 

「『浮遊氷珠(アイスビット)』!」

 

 私は、アルバに砕かれて数が減り、残り三つとなった球体アイスゴーレムを追撃に向かわせた。

 完全な近接戦闘ではあんまり使えないから出番がなかったけど、追撃になら大いに役立ってくれる筈。

 自律式だからグレンの相手で忙しい私が操作する必要もない。

 

 三つの球体アイスゴーレムが降らせた氷弾の雨が撤退組に降り注ぐ。

 だが、大活躍の鎖使いリアンによって殆ど防がれた。

 それでも足止めにはなってるし、私の方の足止めしてるグレンは遂に限界が見え始めて動きが鈍ってきた。

 これなら、彼らが逃げ切る前にグレンを突破して追いつける!

 今度という今度こそ王手だ!

 

 そう思った次の瞬間、━━撤退組と私達の間に、高速で何かが落ちてきた。

 

「なっ!?」

 

 それは見覚えのある氷の人形。

 ボロボロになったワルキューレの残骸だった。

 更に、そんなワルキューレにトドメを刺すように、グラサンをかけた筋骨隆々のマッチョマンが上空から飛来し、ワルキューレにライダーキックを食らわせて粉々に粉砕した。

 あ、あれは!?

 

「バックさん!」

 

 誰かがそのマッチョマンの名を呼んだ。

 特級戦士のリーダー、バック。

 特級戦士の中で唯一、裏切り爺ことプロキオンの直属の部下であり、同時に裏切り爺の血族の一人にして強大な魔力を持つ存在。

 そんな奴がこの場に君臨してしまった。

 

 正直、舐めてた。

 いくら強大な魔力と屈強な肉体を併せ持った特級戦士最強の男とはいえ、所詮は六鬼将に及ばないレベルだと侮ってた。

 それがまさか、こんなに早くワルキューレを仕留めてこの場に駆けつけるとは。

 しかも、いくらミストとの二人がかりとはいえ、軍勢を守りながらの戦闘で。

 というか、砦の騎士達はどうした!?

 素通りか!?

 無能なのか!?

 

「状況は把握した」

 

 私が内心で軽く混乱しながらグレンの相手をしてる間に、バックはそう言って手に持った大型ガトリングのような魔導兵器(マギア)を起動。

 その弾幕で氷弾の雨を相殺した。

 

「撤退を支援する。行け!」

 

 バックの弾丸が私やノクスの方にも放たれる。

 しかも、私達に密着してる上に動き回るグレンやステロに当てない絶妙なコントロールだ。

 私並みの技術かもしれない。

 感心してる場合じゃないけどね!

 あああ!

 逃げられる!

 

「よそ見してんじゃねぇ!」

「このっ……!」

 

 グレンもしぶとくて鬱陶しい。

 その間に撤退組は、アルバ達はドンドン遠ざかっていく。

 そして最後に、バックがどこからか取り出した爆弾の魔導兵器(マギア)を地面に叩きつける。

 爆煙が晴れた後、もう彼らの姿は見えなくなっていた。

 やられた。

 保険はかけておいたけど、正直それでアルバを仕留められる確率はそんなに高くない。

 これは私の負けだろう。

 大局的に見れば帝国軍の勝ちだろうけど、個人的に見れば敗北だ。

 

「ハッ! 俺の勝ちだなぁ!」

「……そうみたいですね」

 

 目の前でグレンが不敵に笑う。

 もう限界なんてとっくの昔に越えてた筈だ。

 なのに、彼は仲間を逃がし切るまで戦い続け、今も決して構えた剣を下ろさない。

 素直に尊敬する。

 まさに戦士の鑑だ。

 

 そして、グレンが最後の攻撃を仕掛けてきた。

 

 身体はアルバにも負けないくらいズタボロ。

 息をするのも辛いだろう。

 なのに、戦う事をやめない。

 前に進む事をやめない。

 彼は最後の最後まで帝国に、理不尽に抗い続ける。

 死ぬまで戦い続ける。

 そう確信できる戦士の顔だった。

 

「『氷結世界(アイスワールド)』」

 

 非殺傷魔術の冷気を放つ。

 どう見てもグレンはもう戦えない。

 なら、無駄な殺しはしたくない。

 そう思って放った魔術だった。

 しかし、グレンは炎を纏った刀で冷気を斬り裂いた。

 情けは無用だと、そう言われているような気がした。

 

「『氷結光(フリージングブラスト)』」

 

 私は、凝縮された冷気の光線を放った。

 それによって、グレンは不敵な笑みを浮かべたまま氷像となり、━━そのまま砕けて果てた。

 氷結世界(アイスワールド)以上の出力で凍らせると、相手が相当威力を削りでもしない限りこうなる。

 それにたとえ砕けなくても、コールドスリープ状態になる事なく、魔力と冷気にやられて身体中の細胞が破壊されるだろうけど。

 

 グレンを殺害した直後、ヒビだらけになっていた私の兜がパキンという軽い音を立てて砕けた。

 ……このタイミングで良かった。

 もう少し早かったら、グレンにこの顔を晒す事になってた。

 前に助けた相手が不倶戴天の敵だったなんて、これ以上グレンの心を抉る事がなかったのは幸いだ。

 そしていつも通り、戦いの後には善人を殺したという後味の悪さだけが残り、私は顔を歪めた。

 

 でも、まだ終わりじゃない。

 まだ侵攻してきた軍勢を追撃する仕事が残ってる。

 その時に、こんな情けない顔を他の誰にも見られる訳にはいかない。

 私は敵に対しては極悪非道の六鬼将として、味方にとっては頼れる最強騎士の一人として振る舞わなくちゃいけないんだから。

 

 私は魔術で即席の兜を作り、全ての感情を覆い隠して仕事に戻った。



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勇者の敗走

 ルルに支えられながら砦から逃げる。

 ひたすら逃げる。

 後ろには追手の騎士達。

 捕まる訳にはいかない。

 そうしたら、殿に残ったグレンさんやステロさんの意思を無駄にしてしまう。

 その逃走中、俺の頭からはある光景が離れなかった。

 焼き付いて、離れてくれなかった。

 

「退けぇ!」

 

 後ろの方からバックさんの声が響く。

 それに合わせて革命軍の全軍が撤退する。

 ただ、バックさんが的確な指示をしてくれたおかげで、今までの敗走とは違ってしっかりとした連携を取り、追手を迎撃して被害を減らす事ができているみたいだ。

 もっとも、その戦いに俺は参加できていないので正確な事はわからないが。

 それ以前に、目は霞むし、意識は朦朧とするしで、他人の心配をしている余裕はなかった。

 

「アルバ……あんた大丈夫?」

「……ああ、なんとか」

 

 俺を支えてくれるルルが、珍しく本当に心配そうな顔で気遣ってくれる。

 近くを走るデントも似たような顔をしていた。

 それくらい俺の怪我は酷い。

 正直、自分でもなんでまだ生きてるのかわからないレベルだ。

 でも、まだ死ねない。

 グレンさん達が繋いでくれた命を捨てる訳にはいかない。

 死んでいった人達の意志を継ぎ、革命を成功させるまで死ぬ訳にはいかない。

 

「……もうちょっとだから頑張んなさい」

「あと少しで森に入る。さすがの奴らでも森の奥までは追って来ない筈だ」

 

 二人が俺を元気づけるように、希望のある情報を教えてくれた。

 確かに、革命軍の支部はどこも魔獣がひしめく森の中にある。

 俺達は革命軍の偉い人が設置したという仕掛けのおかげで、支部の近くにいる限り襲われる事はないが、騎士達に対しては普通に牙を剥くという話だ。

 つまり事実上、俺達は森まで逃げれば魔獣という援軍を得る事ができる。

 魔獣は騎士にとっても油断ならない相手。

 少なくとも、なんの準備もしていない状態で森の奥にまで踏み込もうとは思わないだろう。

 それでもセレナや、ノクスと呼ばれていたあの黒い男なら強引に踏み込む事もできると思うが……それは後ろのバックさん達に任せるしかない。

 

「見えてきたわよ!」

 

 そんな希望にすがりながら必死で足を動かしている内に、ルルがそう叫んだ。

 体力の限界なのか、もう目が殆ど見えなくてわかりづらいが、どうやら森の入り口にまで来れたらしい。

 そこを躊躇なく踏み越え、俺達は森の中に撤退する。

 ここまで来れば、

 

「ひと安心と言ったところか……っ!?」

「え!?」

 

 俺が思っていたのと同じ事をデントが呟いた瞬間、そのデントとルルの驚愕の声と、硬質な何かがぶつかるような音が近くから聞こえた。

 なんだ。

 何が起きた。

 

「ほう。私の魔術を防ぐか。どうやらただの雑兵ではないようだな」

「何者だ!?」

 

 見知らぬ誰かの声が聞こえた。

 続いて、デントが敵意と警戒に満ちた声を上げる。

 俺を支える為に密着しているルルの身体に力が入るのがわかった。

 

 そして、敵と思われる一団が俺達の前に現れる。

 

「我らは帝国中央騎士団所属、氷月将セレナ様の直属部隊だ。セレナ様の命により、貴様らの命貰い受ける」

「なっ!?」

「直属部隊ですって!?」

 

 二人が驚愕している。

 俺だって体力が残っていたら叫んでいただろう。

 最悪だ。

 なんでセレナ直属の部隊なんて奴らがここにいる?

 そういうのは普通セレナの側にいるべきだろう。

 

「いやー、今回は砦じゃなくて森で戦えって言われた時はうんざりしたけど、こんな上物の女の子を労せず捕まえられるなら来た甲斐あったわー」

「全くだな。さっき落とした(・・・・・・・)拠点にいた連中の中にも上物の女は多かった。この後が楽しみだぜ。今回はレグルス様もいないから取られる心配もないしな」

「あ、あの人達多分非戦闘員だったんでしょうねぇ。ぜ、絶望に満ちたあの顔……! ワ、ワタシ殺す時すっごく興奮しちゃいました……! フヒヒ!」

「だが、こうして抵抗されるというのも悪くない。やはり獲物は跳び跳ねてこそ狩り甲斐があるというものだ」

 

 敵の男女入り交じった色んな声が聞こえる。

 だが、ちょっと待て。

 こいつらは今なんて言った?

 拠点を、落とした?

 じゃあ、じゃあ……

 

 俺達は、逃げる場所を失ったのか?

 

「お前達。欲望にかられるのはいいが任務を優先しろよ。

 最優先事項である拠点の制圧は済ませた。よってこれより逃げる反乱軍の殲滅に入る。セレナ様のご命令通り、千の雑兵より一人の強兵を優先して撃破せよ」

『了解!』

 

 希望が絶望に変わった瞬間、敵が交戦状態に入るのがわかった。

 ルルとデントが武器を構える。

 マズイ。

 二人はセレナ達との戦いで軽くない傷を負わされた上に武器を壊されている。

 ルルのナイフは砕かれたし、デントの槍はへし折られた。

 まだ身体強化の機能は無事みたいだが、まともに武器として使う事は難しいだろう。

 しかも、ここにいるのは俺達だけだ。

 残った特級戦士の人達は、皆バックさんの応援に行ってしまった。

 武器もなく、味方もいない。

 そんな状態でセレナ直属部隊なんて連中と戦えば、勝ち目はないに等しい。

 

 ならせめて動け俺の身体!

 二人の足手まといになる訳にはいかない!

 ここで死ぬにしても、せめて戦って死にたい。

 一人でも多く倒してからじゃないと、グレンさん達に顔向けできない!

 

 そう思うのに、身体はまるで動いてくれない。

 いつもなら、この意志に応じて魔術が発動してくれた。

 でも、今はその力の源となる魔力がない。

 魔力のない俺はどこまでも無力だった。

 

「撃てぇ!」

 

 それでもなんとかしようと足掻いていた時、聞き覚えのある声と共に何発もの魔術の炸裂音が聞こえた。

 これは量産型魔導兵器(マギア)の放つ魔弾の音。

 そして、今の声は、

 

「「支部長!?」」

「元支部長だ!」

 

 ルルとデントがその人の名前を呼び、即座に反論された。

 その声の主は、俺達が前に所属していた支部の支部長さんその人だった。

 

「ここは俺達に任せて早く逃げろ!」

「で、でも……」

「バカ野郎! 迷うな! 老兵や雑兵の俺らより、若くて才能のあるお前らを逃がした方がいいんだよ! わかれ!

 そもそも今のお前らじゃ足止めすら満足にできないだろうが!」

 

 支部長さんが怒鳴る。

 切羽詰まった声だった。

 絶対に意見を曲げるつもりがないとわかってしまうような。

 

「に、逃がしませんよぉ! フヒヒ!」

「くっ!?」

 

 敵の一人の声と同時に、鉄同士がぶつかるような音がした。

 敵の攻撃を支部長さんが剣で防いでいる。

 身体強化の切れた俺の動体視力では、その動きを目で追えなかった。

 だが、それと同時にこっちへ駆け寄ってくる他の敵の姿と、その敵を足止めする為に殺されていく仲間達の姿は見えた。

 

「行けぇ!」

「っ!」

 

 支部長さんの再度の大声。

 ルルの身体が震え、そして決意したように疾走を開始する。

 ああ、まただ。

 また仲間を犠牲にして逃げるしかない。

 そんな仲間の足手まといにしかならない自分が、堪らなく憎くて情けない。

 

「逃がさないよー!」

「最低でも女は貰っていく!」

「っ!?」

 

 だが、仲間が命懸けで切り開いてくれた逃げ道ですら、奴らは容赦なく塞ぎにくる。

 知覚機能が壊れかけた状態でも、敵の何人かが俺達のすぐ側に迫っているという事だけはわかった。

 どこまでも、本当にどこまでも容赦がない。

 

「『魔槍薙ぎ』!」

「お?」

「チッ」

 

 そんな敵に対して、デントが一人で立ち塞がる。

 そして、ここから先には通さぬとばかりに仁王立ちした。

 

「デント!」

「先に行け! 俺はこいつらを倒してから行く!」

「っ!」

 

 ルルが息を飲んだ。

 虚勢だ。

 デントの言葉は虚勢だとすぐにわかる。

 デントまで、俺達を逃がす為の殿になろうとしていた。

 

「わー、君男だねー。カッコいー」

「ハッ! 威勢だけでは勝てないぞ、愚かな平民」

 

 敵は余裕綽々だ。

 わかっている。

 バレている。

 デントが虚勢を張っている事なんて。

 あれは簡単に勝てると確信している奴の顔だ。

 

「デン、ト……」

 

 俺は弱々しい声で彼の名前を呼ぶ事しかできなかった。

 そんな俺に、デントは振り返らないまま告げる。

 

「心配無用だ我がライバルよ。俺に任せておけ。ルル、そいつを頼んだぞ!」

「……ええ。その代わり、あんたも絶対生き残りなさいよ」

「無論だ!」

 

 そして、デントと敵の戦いが始まる。

 一方的で圧倒的な戦いが。

 その戦いの音を背に、俺達は逃げた。

 残った左目から涙が溢れる。

 悲しい。

 悔しい。

 そして、苦しかった。

 

「セレナ……! あいつは、あいつだけは……!」

 

 隣からルルの怨嗟の声が聞こえる。

 同時に、俺の顔に自分の涙ではない雫がかかった。

 ルルの涙だ。

 彼女は怒りながら泣いていた。

 泣きながら怒っていた。

 俺達をこの状況に追い込んだ敵に対して。

 

 それは当然の事だろう。

 ここまでの事をされれば誰だって相手を憎む。相手を恨む。

 それが正しい筈だ。

 なのに、なのに俺は……

 

 心の底からセレナを憎む事ができなかった。

 

 勿論、憎しみはある。

 恨みもある。

 怒りもある。

 だが、そんな負の感情の中に不純物が混ざってしまう。

 セレナを恨もうとすると、どうしても目に焼き付いた光景が脳裏を過ってしまう。

 

 あの時。

 砦から少し離れた時に、未練がましく後ろをふり返って見てしまった光景。

 グレンさんにトドメを刺すセレナの姿。

 その直後に兜が割れてあらわになったセレナの顔。

 

 とても、とても悲しそうで、苦しそうで、辛そうな顔をしていた。

 

 今までの冷酷な悪魔の姿なんてそこにはなくて。

 セレナが、あのセレナが、まるで俺達と同じ、ただ傷付いているだけの普通の少女にしか見えなくて。

 どうしても、どうやっても、あの顔が頭から離れてくれなかった。



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40 イベント終結

「そちらも片付いたか」

 

 グレンを倒して少しすれば、向こうも戦いが終わったらしく、ノクスが話しかけてきた。

 その近くにはノクスの足止めをしていたステロの死体がある。

 真っ二つだ。

 多分、グレンと同じで死ぬまで戦ったんだろう。

 捕虜にはできなかったらしい。

 

 だが、今はそれよりも。

 

「ノクス様、途中から随分と調子を崩されていましたが大丈夫ですか?」

 

 私はそれが心配になって尋ねた。

 今回のノクスの動きは明らかにおかしかった。

 本来のノクスの実力は私とほぼ互角。

 近接戦闘に関しては私なんか比較にならないレベルだ。

 それなのに、負傷したステロ一人に手こずるなんて絶対におかしい。

 一刻も早く革命軍を追撃した方がいいんだけど、これだけは聞いておかないといけないと思った。

 

「……ああ、今は問題ない。だが、あの黒髪の少年の光魔術を食らった時、体内の魔力が嫌にかき乱された。

 結果、闇魔術の発動はおろか、身体強化にまで影響が出てしまってな。情けない限りだ」

「それは……」

 

 どういう事だろうか?

 確かに、アルバの光魔術は闇魔術に対して非常に相性の良い属性ではある。

 でも、魔力がかき乱される?

 そんな設定ゲームにあったかな。

 もしや隠し設定?

 考察の余地がありそう。

 まあ、今考える事じゃないんだけどさ。

 それよりノクスの体調の方が心配だ。

 

「……今は問題ないのですね?」

「ああ、少し時間を置けば収まった」

 

 うーん……なら大丈夫か。

 

「では、私は反乱軍の追撃に行きます。ノクス様は砦の防衛をお願いできますか?」

「いや、私も追撃に出よう。傷を負ったお前一人では不安だ」

「私は回復魔術で治しておりますので問題ありません。それよりも原因不明の不調に見舞われたノクス様はご自身の心配をされるべきかと。

 万一、戦場で症状が再発すれば洒落になりせん」

「む……」

 

 という事で、ノクスは砦待機に決まった。

 護衛の人達が「よく言った!」みたいな目で見てくる。

 まあ、普通に考えて心配だよね。

 ノクスに何かあったらマジで洒落にならないし。

 本人はこの決定に不満そうだったけど、さすがに私の言ってる事の方が正しいと認めてるのか反論はしてこなかった。

 

「セレナ。くれぐれも気をつけろよ」

「わかっています」

 

 代わりに、出撃前に釘を刺されてしまった。

 まあ、ついさっきかなり追い詰められた身だから無理はしない。

 魔力にはまだ余裕があっても、普通に体力は削られてるし、疲れも溜まってるんだ。

 ここで無理して私が死んだら本末転倒。

 だから深追いはしない。

 遥か上空からの爆撃程度に留めておきますから安心してください。

 

 という訳で、鳥型アイスゴーレムを作って搭乗。

 空中戦を考えると氷翼(アイスウィング)の方が機動力高くて強いんだけど、ただ飛ぶだけなら鳥型アイスゴーレムの方が安定するんだよね。

 それに下からの攻撃の盾にもなるし。

 そんな鳥型アイスゴーレムに乗ってテイクオフ!

 

 でも、その前にさっきアルバが落とした剣を回収しておく事も忘れない。

 超貴重な光属性のサンプルだもん。

 しかも、ルナを縛る闇の魔術に対して効果抜群な属性ときた。

 回収は必須ですよ。

 これは魔剣じゃなくて魔導兵器(マギア)だろうから、内部にアルバの光属性の魔力が溜まったマガジンが残ってる筈。

 剣としては破損してても、中身のマガジンさえ無事なら問題ない。

 あとで持ち帰ってバラしてみよう。

 

 まあ、それは後のお楽しみとして、今度こそテイクオフ!

 念の為に、前に革命軍を一方的に攻撃できた高度1000メートルくらいまで上昇。

 ここなら、バックやミストの攻撃も早々届かないだろう。

 そこから見下ろすと、私の指示がなくても砦の騎士達が追撃を開始してるのがわかった。

 今まで出番なかったからね。

 そりゃやる気も出るか。

 でも、革命軍は敗走中とは思えない綺麗な陣形で反撃してる。

 そこまでの被害は与えられてなさそう。

 

 ならばと、私も参戦してこの上空から大規模魔術を放つ。

 使うのは前と同じ氷結世界(アイスワールド)

 言わずもがな巻き添え防止の為である。

 でも、やっぱりそれだけだと、ワルキューレの魔術と同じくバックのレーザービームに相殺されて大した成果は上がらなかった。

 だけどまあ、バックの手を煩わせてるし、やらないよりは遥かにいいと思う。

 ガンガン撃つ。

 

 そうしている間に革命軍は自分達の土俵である森まで退却した。

 でも、そこには前もって派遣しておいた私の直属部隊が配置されてる。

 戦闘開始前、革命軍が拠点を出発したとわかった時点で、今の私と同じように鳥型アイスゴーレムに乗せて出張させておいたのだ。

 革命軍が留守の間に拠点を落とし、逃げ場をなくす為に。

 あいつらは性格に難のある奴らばっかりだけど、実力は全員が一級騎士という超精鋭部隊。

 主力が丸々出撃して守りが薄くなった拠点を落とすくらい造作もない……筈だ。

 

 私とノクスで確実に革命軍を潰し、敗走してきた所を直属部隊と追撃部隊で挟撃するのが今回の作戦の全容。

 それは概ね成功と言っていいだろう。

 森の入り口辺りで派手な魔術が使われ、革命軍が血相を変えて逆走し始めた。

 そのせいで陣形が乱れ、追撃部隊や私の攻撃が通りやすくなる。

 そうしてかなりの人数を討ち取り、残りも帰るべき拠点を失ってバラバラの方向に逃げ出した。

 これでめでたく完全勝利だ。

 あくまでも大局的に見ればだけど。

 

 砦を落とそうとした大軍勢を壊滅させ、拠点を制圧し、特級戦士の半数以上を討ち取り、アルバにも消えない傷を刻んだ。

 勝利と言って差し支えないと思う。

 だけど、もう少し上手く動けてればここでアルバを討ち取れた筈だ。

 そうすれば後顧の憂いは裏切り爺だけになってた。

 それを思えば、これは最良の結果なんかじゃない。

 点数を付けるなら50点がいいところだろう。

 赤点ではないけど、決して良い点数とは言えないレベルだ。

 

「はぁ……」

 

 空中で誰も聞いていないのをいい事に、私は大きくため息を吐いた。

 でも、落ち込んでばかりもいられない。

 ミスっちゃった以上、これからも心磨り減る戦いが続くんだ。

 落ち込んでる暇なんてない。

 

「……頑張らなきゃ」

 

 私は自分に言い聞かせるように、自分を律するように、そんな言葉を口にした。

 心が潰れていくような嫌な感覚がした。



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41 革命軍の拠点

「セ、セレナ様! ノ、ノクス様! お、お疲れ様です!」

「ええ、あなたもお疲れ様です、マルジェラ」

「ご苦労」

 

 戦いが終わってから数日後。

 戦後処理が多少片付き、なんとか動ける時間を確保した私とノクスは、ある場所へと赴いていた。

 アイスゴーレムと一緒にそこの警備に当たっていた私の部下の一人、どもり症の快楽殺人鬼であるマルジェラに迎えられ、内部へと入る。

 ちなみに、マルジェラは私の部下の中では比較的まともな部類だ。

 人を殺すの大好き、人が絶望した顔見るのが大好きな破綻者のくせして、その矛先を敵以外には決して向けないから。

 他の連中と違って、気まぐれに平民を欲望の捌け口にしたりしないのだ。

 それだけでも評価に値する。

 他のメンバーである、女の子の悲鳴が大好きなチャラ男とか、女の子を壊すのが大好きなヤンキーとか、弱い者虐めが生き甲斐のおっさんとかに見習わせたい。

 なお、一番まともなのは直属部隊を指揮する隊長だ。

 あれは優しくはないけどクズでもない普通の有能だから。

 

 まあ、そんな部隊の事情は置いといて、今はこの場所の調査とノクスへの報告をしよう。

 

「これは……凄まじいな」

 

 この空間を見て、ノクスが思わずといった感じで声を漏らした。

 私も同意見だ。

 正直、この場所は氷で作った私の城と同等以上の魔導技術が使われている。

 

 ここは、今回の戦いで制圧した革命軍の拠点だ。

 

 森の地下に作られた、東京ドーム何個分かもわからない巨大な空間。

 植物によって形成されており、入り口は巨大な樹木に見せかけてある。

 中から操作すると開けゴマする仕掛けだ。

 他にも、LEDライトのように光る謎の植物とか、魔物が嫌う臭いを出す謎の花とか、大地から拠点を維持する為の魔力を吸い出す謎の根とか、なんとも便利な植物が大量にある。

 軽くオーバーテクノロジーだ。

 

「まさか、反乱軍にこれ程の拠点を用意する力があったとはな。

 だが、納得した。

 確かに、これだけの基盤があれば、あれ程の兵力を抱える事もできよう。

 魔獣ひしめく森の中に拠点を作れたからこそ、今まで我らの目を欺いて潜伏する事も容易だったという訳か。

 セレナ、よくぞこれを見つけてくれた」

「ありがとうございます」

 

 まあ、ゲーム知識のおかげで最初から知ってた訳だけどね。

 でも各拠点の正確な位置まではわからなかった。

 ここを見つけられたのは、前に街中でグレンにくっつけておいた超小型アイスゴーレムのおかげだ。

 あれが位置情報を発信したおかげで拠点の場所がわかった。

 つまり、グレンの善意によってこの拠点は落ちたのだ。

 本当に善人に優しくない世界だよここは。

 

 私はそんな感傷を振り払い、ノクスに言うべき事を言った。

 

「ノクス様、わかっておられると思いますが、このような物を作れる人物は限られております」

「……ああ。これでほぼ確定だな。お前の言っていた通りになった訳だ」

 

 ノクスが苦い顔になった。

 予想してた事でも、それが現実になるとやっぱり嫌な気分になるらしい。

 それでも、まだ余裕のあるこの段階で確信に至ったのは幸運だと思うけどね。

 少なくとも、絶妙なタイミングで裏切られたゲームの時よりは。

 

「しかし、この拠点だけでは証拠が足りない。シラを切り通されれば追及できないだろう」

「ですが、膿は早めに出された方がよろしいかと」

「わかっている。あの老獪を追い詰めるのは骨だろうがやるしかあるまい。

 幸い、証拠としては足りずとも、疑惑の種として充分過ぎる程だ。

 やってやれない事はあるまい」

 

 頼もしい。

 是非ともあの爺を追い詰めていただきたい。

 可能なら国家反逆罪で処刑して領地も潰せれば最高なんだけど、さすがにそれは高望みし過ぎかな。

 でも、できればそこまでやってほしい。

 切実に。

 

「……あと一つ、何か決定的な証拠でもあれば楽なのだがな。いっそ、この拠点に転がっていないものか」

「そんな簡単に尻尾を出してくれれば苦労しませんね」

「全くだ」

 

 そんな愚痴を言い合いつつ、私達は時間の許す限り拠点を隅々まで捜索した。

 最終的には部下に任せて延々と調べさせたけど、結局決定的な証拠と呼べる物は何一つ出てこなかった。

 割と大量に捕まえた捕虜を尋問したりもしてるけど、そっちも収穫は乏しい。

 何も知らない下っ端か、死んでも口を割らない忠臣しかいないのだろう。

 これは尋問の達人レグルスがいても多分無駄かな。

 色んな意味で実にやりづらいと思った。 



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