神様の引退垢から最強のエルフアバターもらったよ (三次元豚)
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神の会議室

「……あれ? ここどこ?」

 

 12畳ほどの広さの部屋。床にはタイルカーペットが敷かれ、事務室か会議室のように見える。

 壁はオフホワイト一色で飾り気がない。その壁の一面にはスクリーンが掛けられており、いかにもオフィスらしさを演出している。

 そして僕はどういう訳か、その部屋の真ん中でパイプ椅子に座っていた。

 自分の対面には長机ともう一脚の椅子がある。

 これから就職面接でも始まるのだろうか?

 

 わけがわからない状況だ。途方に暮れてなんとなく手元を見る。

 見慣れた手のひら。30を過ぎた男の手だが、見飽きるほどに見てきたものを確認できて、気持ちが少し落ちついた。

 目線が下がれば自然と、上着やズボンも目に入る。白地のシャツにベージュのスラックス。

 日頃からよく着ているものだ。まさか普段着で面接を受けに来たのか? 謎は深まるばかりだ。

 そういえば最近の若者はズボンのことをパンツと言うらしい。だとすれば下着のパンツとの区別はどうするのか。

 彼らはパンツの上にパンツを履くことに葛藤を覚えないのだろうか。

 ──そんなふうに考えていた時期が僕にもあった。

 

 いつしか僕も気付いた。

 パンツオンパンツというアバンギャルドなファッション。それをスボンをパンツと呼び変えるだけで可能とした。その発想の柔軟性に。

 人は誰しも、珍妙な恰好でお外を練り歩きたいという欲求を、少なからず持っているものだ。

 ハロウィンの渋谷を見ても、それは明らかだろう。

 そんな人々のささやかな願いを、合法的かつ人知れず解決出来てしまう。こんなにも簡単な方法で。

 それは頭の固くなったおじさんからすれば、並大抵では至れないひらめきだった。

 

「なにやら難しい顔をしていらっしゃいますね」

 

「え! 誰っ!?」

 

 唐突な声掛けに、僕は思索を中断して顔を上げた。

 おじさんだ! さっきまで空いていた対面の席におじさんが座っている。気配などまるで無かったぞ。

 おじさんは痩せ型で、ワイシャツにネクタイ姿。すだれハゲと黒ぶち眼鏡が特徴的だ。

 僕自身おじさんではあるが、仮に僕がおじさんLV39としたら、彼はLV56くらいありそうだった。

 いやもしかしたら、すでに還暦を超えているかもしれない。とにかくそれくらい目上に見えた。

 彼に比べたら僕などまだまだフレッシュマンに過ぎない。ここは若手らしく敬語で受け答えするべきか。

 

「私が何者かは追って話すとして、まずはあなたが置かれた状況についてお伝えしましょう」

 

「あ、はい。よろしくお願いします」

 

 おじさんのありがたい提案に、僕は頭を下げる。それが知りたかったんです。話が早くて助かります。

 

「まずは率直に申し上げますと……。藤木蓮太郎さん、あなたはすでに亡くなられております。

 死して魂となった貴方が、私の管理領域に迷い込んで来たため、一時的に保護している状況です。

 現在私たちが居るこの空間は、あなたへの説明をするに相応しい場所として、あなたの記憶から構築したものです。

 ちなみに私の姿も、あなたのイメージから借り受けたものになります。ここまではよろしいですか?」

 

 よろしくない。よろしくないけど、そういう尋ね方をされると口を挟みづらい。

 さりとて、はいそうですかと流せる内容でもない。控えめに言って頭がおかしい人だ。一体どうすれば……。

 

「えっと、その……」

 

「にわかには信じがたい、という表情ですね。ですがそれも当然でしょう。私は何の根拠も示していないわけですからね。

 よろしい。まずはあちらのドアを開けてごらんなさい。

 その先を見て頂ければ、私の主張を笑い飛ばすわけにはいかなくなるでしょう」

 

「……はい。わかりました」

 

 妄想に取りつかれた人を刺激してはいけない。ここはおとなしく彼の提案に従おう。

 僕はのろのろと立ち上がると、ドアのある壁際へと向かった。

 そこでふと思う。そういえばこの部屋にドアなどあっただろうか。最初に部屋を見回したはずなのに、よく思い出せない。

 

「じゃあ、開けます」

 

 彼の言葉を信じていないはずなのに、その揺るぎない態度に今更ながら不安になってきた。僕は恐る恐るノブをひねる。

 ──ドアの先には虚無が広がっていた。

 

「ヒィッ!」

 

 どこまでも続く真っ黒な空間。そもそもこれは空間と呼んでいいのか。ただ見通せない闇だけがそこにあった。

 足を踏み出したら絶対に戻れない。そう確信できた。

 どこまでも落ちていくのか。はたまた闇に飲まれて消えるのか。終わりがあるなら、それはいっそ救いだろう。

 僕は不吉にフタをするように、大急ぎでドアを閉めた。

 

「ご覧のようにこの部屋以外は設定していないのです。

 いろいろと納得いかない部分もあるでしょうが、今は話を進めましょう。

 時間も押していますからね」

 

「はい。……ところで時間って?」

 

 元の席に座りながら、質問が口をついて出た。

 

「ああ、そうですね。これをお伝えするのは大変心苦しいのですが、肉体から離れた魂は徐々に崩壊が進むのです。

 藤木さんは記憶の欠落などありませんか? 傾向としては直近の出来事ほど、抜け落ちやすいのですが……。

 おそらくですが、ご自分の死因も覚えておられないのでは?

 

 ……そのご様子ですと、どうやら思い出せないようですね。

 ですが慌てる必要はありません。死の直前の記憶を保持している方は稀なくらいですからね。

 ただ、この状態を放置しては危ないという話であって、ただちに影響はないのでご安心ください」

 

 なるほど、それなら安心ですね。と言いたいところだけど、魂の崩壊とは聞き捨てならない。

 そんなのデタラメだと叫びたいのに、あらためて思い起こすと確かに記憶があやふやなのだ。

 覚えている最新の光景は、おそらく夏頃だったはず。しかしそれが何月だったのかまでは思い出せない。

 

 いくら夏場はエアコンの効いた部屋でゲーム漬けのニート生活だったとはいえ、人として月日感覚までは失っていない。

 だって梅雨の時期から歯医者さんに通っていたし、日付にはよくよく気をつけていたのだ。

 僕には一度だけ歯医者さんの予約日をド忘れした苦い過去がある。あれはとても気まずかった。

 誠心誠意ごめんなさいをする僕に向けた、受付のお姉さんの白けきった目は、今になっても夢に見る。

 ──あの失敗を繰り返さない。

 ひとえにその誓いを胸に抱いて、僕はこれまで生きてきたのだ。

 その僕が何月かを忘れる? そんなのありえない。

 

 というか、そもそも夏の大作ラッシュのおかげで、カレンダーは入念にチェックしていたのだ。

 詳細な日付なんて、どのゲームを買ってどこまでプレイしたかを振り返るだけで知れる簡単なタスクだ。

 プレイに熱中して忘れるような歯医者ごときとは、思い入れの強さが違う。

 新作カレンダーこそ、なにより信頼できる指標なのだ。

 ──そのはずなのに、事実として僕の記憶にはモヤがかかっている。

 

 ……わかってるさ。いいかげん認めよう。

 おじさんが僕を騙すつもりだとしても、どのみちなるようにしかならない。

 相手は明らかに人智を超えた存在。ただの人間の僕に、抗うすべなどありはしない。

 全てを真実だと受け入れて、流れに身を任せればいいんだ。

 難しいことは考えないに限る。そういうのは得意なんだ。



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説明会

「ふぅー、状況は飲み込めました。お話を続けてください」

 

 僕は大きく息を吐いて気持ちを切り替えた。

 

「はい、それでは……」

 

「あっ、その前に。一体あなたは何者なんでしょうか?」

 

「これは申し遅れました。そうですね。私のことは、ずばり神のようなものと思って頂ければ差し支えないかと。

 と言っても、できることが多いだけで、信仰を集めるような存在ではないのですけれどね。

 まぁ、このへんは掘り下げると長いですから。機会があれば、またその時にでも

 

 ……さて、前置きが長くなりましたが、そろそろ本題に入りましょう。

 あなたのこれからについてです」

 

 やっぱり神様的な存在なんだ。まー、神でも悪魔でも言われたままを信じるしかないけど。

 今の僕にできるのは、せいぜい彼の機嫌を損ねないように心掛けるくらいだ。

 

「……これからというと、死後の世界でもあるんでしょうか? ちょっと地獄行きはカンベンして欲しいんですが……」

 

 さすがに在宅ワークでうんこ製造を生業とする身分で、天国へ行けると思うほど僕も厚かましくない。

 少しでもマシな将来があるとしたら、それに縋りたい。

 

「いえ、そういった類のお話ではなく、とある世界への転生のお誘いです。」

 

「転生?」

 

「まずは前提のお話からしましょう。

 通常、死者の魂というものは一度粉々に分解されて、魂の海とも呼べる根源へと帰ります。

 これは例えるなら、魂が溶け合い混ざり合ったスープのようなイメージです。

 いわゆる輪廻転生とは、このスープから必要量の原液を汲み上げて、新たな生命に合わせて注入、成型することを指しています」

 

 えぇー、輪廻転生グロいな。工業プラントかなにかなの?

 まるで再生ペレットがペットボトルに生まれ変わる無限ループだ。

 転生と地獄の二択を迫られたとしても、甲乙つけがたいんですけど……。

 いや待てよ。美女の魂と混ざり合う可能性を考えれば……ないな。

 確率的に考えて、じぃばぁが主成分ですね。ないない。

 

「今回ご提案させて頂くのは、これらのプロセスを踏まない転生です。

 具体的に申しますと、こちらで用意した肉体に、あなたの魂をそのまま移植する形になります」

 

 ほー、いいじゃないか! そういうのでいいんだよ。そういうので。

 この際、高望みはしません。健康な身体さえあれば人生なんとかなりますからね。かくいう僕も健康が取り柄だったんだ。

 

「ハイハイッ! 顔はイケメンでお願いします!」

 

 無意識のうちに声に出していた。おまけに起立と挙手まで。

 望外のチャンスを前にして、この身の勝手を許してしまったようだ。

 いかなる時も冷静沈着たれ、をモットーとする僕としては珍しい醜態だ。

 

「落ち着いてください。新しい肉体を創造するわけではありません。

 既存のものを使うので容姿は決まっています」

 

 既存? ふーん、死体でも使うのかな? 亡くなった人に憑りついて替え玉をやれ、とか?

 だとしても、通常コースの転生に比べれば許容範囲ではあるけれど……。

 

「実際にお見せしたほうが早いですね。こちらです」

 

 そう言っておじさんはパッチンと指を鳴らした。

 すごい……。僕がかつて習得できなかった技を易々と。僕にはペチンという、しけた音しか鳴らすことができない。

 おじさんの指パッチンに少し遅れて部屋の照明が落ちる。そして壁にかかったスクリーンに映像が浮かび上がった。

 

 女の子だ。ふわふわの長い金髪の女の子が映っている。

 十代の真ん中くらいか。透き通るような白い肌。少しあどけなさの残る顔立ちは驚くほど整っているが、その瞳は静かに閉じている。

 そして特徴的なのがその耳。ちょっと長いのだ。ひょっとしてエルフというやつだろうか。

 服装は黒を基調としたワンピースで、上半身は軍服調のカッチリとしたジャケット。キュッと絞った腰から下は、膝丈のスカートがふんわりと広がっている。

 いわゆるミリタリーロリータ。キュートなのに格調高くもあり、甘すぎないのがいい感じだ。

 

「も、もしかして、この子に僕が乗り移るんですか? 僕みたいな中年男性が年頃の女の子の身体を奪うってのは、さすがにちょっと抵抗が……」

 

 いくら亡くなっていたとしてもこの子が不憫だ。それに性転換というのもハードルが高い。なんとか女装くらいにまからないものか……。そっちなら僕も興味あるのに。

 

「ご安心ください。その身体は以前に私が使っていたものです。藤木さんにお譲りしたところで誰はばかることはございません。」

 

 えぇー、わけがわからないよ。じゃあ、なんでそんなハゲ散らかした姿に……。前の身体捨てるメリットないでしょ。

 

「彼女はですね。レクリエーション用に創造された世界での私のアバター。言うなればゲームの使用キャラになります。

 かれこれもう二千年ほど経つでしょうか。私はすっかりその世界にインすることもなくなってしまい、どうにも彼女を持て余していたのです。

 気持ちの区切りに消去することも検討したのですが、思い入れもあってそれも忍びなくてですね……。

 そのような経緯で以前から、どなたかにこれを譲れないものかと考えていたところに、折りよくあなたが現れたというわけです」

 

 ほー、なるほど。でも気持ちはわかる。

 僕も引退したソーシャルゲームで、とくに思い入れの深いものは、アプリを消さずに残していたりする。

 リアルマネーでアカウント売買なんて手もあるけど、顔も知れない誰かに売るのは、どうにも二の足を踏んでしまうのだ。

 売った相手がデータを大切にしてくれる保障はないし、運営に知られてアカウントを停止されては目も当てられない。

 そんなリスクを負うくらいなら、いっそ欲しがっている人に無償で譲ってしまえばいい。そんな風に考えるのも人情だろう。

 

 だからと言って僕が女の子になるというなら話は別だ。できればこの提案を拒否したい。けれどそれでは魂分解コースが待っている。その結末だけは絶対に回避しなければならない。

 なんとか交渉で上手いことできないものか……。

 

「あ、あの。アバターっておっしゃいましたよね? そういうゲーム的な存在ならキャラクリはできないんですか? キャラクリで容姿や性別をいじれるなら、こちらとしては大変ありがたいんですけど……」

 

「できるかできないかで言えばできます。しかしやりません。私は言いましたよね? 思い入れがあると。ですから彼女の容姿を変えることは許可できません」

 

ううぅ……手強い。だけどここで引き下がるわけにはいかない。なんとかギリギリまで攻めて突破口を見つけないと。

 

「じ、じゃあ、性別だけ! 見た目はそのままで性別だけ男にしてください! 今流行りの男の娘ですよ。これはかわいい。服を脱がないと男女の区別がつかないなら、これはもう同じ容姿と言っても過言ではないでしょう!

 ですから何とぞ僕にちんこをください。どうしてもちんこが欲しいんです!」

 

「……はぁ、仕方ないですね。わかりました。性別変更を認めましょう。

 まぁ、私のこの姿をご覧になればおわかりでしょうが、私自身さほど性別にはこだわりはないですからね。そこは妥協できます。

 ただし容姿はこのままですよ」

 

 性別どころか容姿にもこだわりがなさそうなヘアスタイルでなにを言ってるのやら。でも、そこをつっこむとヤブヘビになりそうだし、触らぬ神になんとやらだ。

 ともあれ僕のあまりの欲しがりっぷりに、神様も気持ちがほだされたようで、なんとかちんこをゲットすることができた。

 成人向けコンテンツの快楽堕ちヒロインを意識しておねだりした甲斐があったというものだ。



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説明会②

「ありがとうございます! 頂戴する身体は、大切にしますから!」

 

「そうしてくださると私もうれしいです。

 ですがこれからあなたが転生する世界は、いわゆる剣と魔法の世界です。傷つくことを恐れて引きこもらずに、ぜひ冒険を楽しんでください。

 そのための強さもその身体には備わっていますから」

 

「やっぱり、そのレクリエーション用の世界ってところに転生するんですか? もう地球には戻れませんか?」

 

「はい、そのとおりです。あなたの元いた地球は私の管轄外ですので、私には手を加えることは難しいのです。

 やってやれなくはないですが、それは例えるなら美術館に忍び込んで名画に落書きをするようなもの。

 発覚すれば私は仲間から顰蹙を買うでしょうし、落書きであるあなたは消去される可能性があります。

 ですからこれは私たちお互いにとって、おすすめできる選択肢ではありません」

 

 なるほど。未練は残るけどそれなら仕方ないか。かつての自分や残してきたあれこれを思うと、処理しきれない感情が生まれる。でも今は考えない。

 

「納得しました。それじゃあ無理は言えませんね。それはそうとこれから僕が転生する世界って、どういった世界なんですか? 」

 

「地球によく似ていますよ。自然環境や生命、文物など、地球のデータを流用している部分が多いですから。ちゃんと人間もいます。

 ただ冒険の世界がコンセプトなので、危険な生物もそれなりに存在します。

 と言っても、あなたにお譲りする身体は限界レベルまで強化育成されていますので、危険を感じることは稀かもしれません。

 あと、そうですね。もしかしたら藤木さんの同郷の方にも会えるかもしれません。というのも、あなたのような迷える魂をお招きして、ゲストアカウントで参加してもらっているからです」

 

 地球風の世界なら、健康で文化的な最低限度の生活は期待していいのかな? よくわからないけど限界レベルに強化してるって話だし、カンストステータスがあればなんとかなるよね?

 それとゲストアカウントか。いよいよ話がゲームじみてきたな。元日本人や元地球人に会えるかもしれないと言われたところで、どうせ知らない人だろうし、同郷だから気が合うとは限らない。そういうこともある、とだけ心に留めておこう。

 

「あれ? そのゲストアカウントなら新規でイケメンキャラを作って参加もできるのでは……?」

 

「できますね。私としては残念ですが、あなたがそれを望むのなら、その意思を尊重しましょう。

 ただし、その場合は能力的には初期値から始まるため、相応の難易度で異世界に挑むことになりますが」

 

 あー、そうなるのか。言うなれば体感型VRアクションゲームをコンティニュー不可でプレイするようなものか。

 だとすると、それは考えものだな。はたして初見のアクションゲームに挑戦して、突発死や事故死をゼロにできるものだろうか? そんなこと、よほどの腕自慢でもなければ、難易度イージーやノーマルでも難しい。一度や二度の不慮の死は、どんなヌルゲーにも起こり得る。

 死んだらキャラロストのアイアンマンモードなんて、集団を指揮するストラテジーゲームでもマゾいんだ。それを1つしかない自分の命を懸けてやる? そんなの絶対にご免だ。

 

「いえ結構です! この子! この子がいいです!」

 

 僕は断固たる態度で、スクリーンの少女を指さす。実力派ゲーマーならいざ知らず、僕はイージーモードもウェルカムのエンジョイ勢だ。困難を楽しみたいなら二周目でやればいい。一週目からハードモードを選ぶほど僕は自信家ではない。残念だけどここはイケメンより安全を取る。

 ふと、そこで気付いた。少女がスクリーンを飛び出て宙に浮いてる。どうやら立体映像らしく身体が半透明だ。どういう仕組みかプロジェクターは見当たらない。そういえば最初からそんなものなかったな。

 

「彼女の性別を変更しました。いえ、もう彼ですね。」

 

 まったく違いがわからない……。骨格から女の子に見える。控えめな胸の膨らみは、ただの服の盛り上がりなのか。

 ネットで写真をアップしてる女装男子なんかだと、服装やポーズでいかついパーツを上手に隠しいるものだが、この子にはそういった不自然さが見られない。本当に男になってるのか疑わしい。しかし神様がそう言うなら信じるしかない。

 ところでこの立体映像は、スカートの中まで作り込んでいるのかな? 誰しもそうだと思うが、僕はフィギュアや3Dゲームの女の子がスカートを履いていた場合、それを下から覗くことを至上命題としているのだ。

 今現在の僕も、どうにか確認できないものかと極限まで浅く椅子に座っているが、これ以上の仰角は取れそうにない。さすがに席を離れてしまえば神様も不審に思うだろう。残念だけど今は諦めるしかない。

 

「最後にいくつか注意点をお伝えしましょう。

 まずこれよりこのアバターをお譲りするわけですが、私のアカウントごと差し上げるわけにはいかないため、新たにご用意したアカウントへのアバターのコンバートという形になります。

 そのため私のアカウントに紐付けられた所持金やアイテムボックスの中身は一切移譲することができません。武器などもアイテムボックスから呼び出して運用していたため、あちらでは丸腰でのスタートになってしまいます。とはいえ無手でも十分な戦闘力がありますので、それほど悲観することはありません。

 ちなみにアイテムボックスとは、空間から自在に持ち物を出し入れできるカバンのようなものです。肉体の筋力に応じて限界重量が決まりますので、そのあたりは上手くやりくりしてください」

 

 丸腰かぁ……。本当に大丈夫だろうか。ケンカとかしたことないんですけど僕。

 それにしてもアイテムボックスね。日本語ならお道具箱。秘密道具を出すポケットみたいな認識でいいのだろうか。

 ゲーマー的にはインベントリやストレージと呼ぶ方がしっくりくるけど、なにはともあれ便利そうだ。

 

「さて、そろそろこの説明会も終わりとしましょう。おしまいになにか質問はありますか?」

 

 やっと終わりかー。これで最後なら気になってたことを聞いてみたい。

 

「えっと、ずっと疑問だったんですけど、なぜ僕なのでしょう? 他の人も勧誘してるなら、もっとまともな人はたくさんいたはずですよね?

 僕のようなニートにここまで親切にしてくれる理由が、ちょっとわからないというか……」

 

「不思議に思われる気持ちはわかりますが、本当に単なる偶然です。あなたがここに来たから。ただそれだけのこと。

 庭先に痩せこけた子猫が迷い込んできたから、家に保護して温めたミルクをあげた。その程度の気まぐれです。

 そして他の人の勧誘についてですが、その手順は完全にオートメーション化されていますから、あえて私が割り込んでまでどうこうする気にはなれません」

 

「なるほど……」

 

 ただただ運がよかった。それだけの話なのか。まあ、使命とかなくて良かった。テキトーにやってこう。

 

「ところで藤木さんはご存じですか? 本当は猫にミルクをあげてはいけないんです。正確には牛乳ですが、猫には牛乳に含まれる乳糖を分解する酵素が不足しているため、お腹を壊してしまうんです。

 人間にもいますよね? 牛乳を飲むとお腹が緩くなってしまう人。それと同じです。

 とは言っても猫にも個体差があるので、十分に酵素を持ち問題なく牛乳を飲める子もいます。もっとも症状が出るかはどうかは飲ませてみるまでわかりませんが。

 

 ……脱線してしまいましたね。お話を以上になりますが、最後に一言だけ。

 今回お譲りするアバターは人には過ぎた力を持っています。これを人間に与えることがどういう結果をもたらすのか、正直私にも予測できません。

 ですが私は願っています。この決定があなたという子猫にとってのミルクだったとしても、どうかそれに負けないで欲しいと」

 

 うわぁあああ! 土壇場でなんか怖いこと言いだしたぁああ!

 

「やっぱ、止めっ……」

 

「それでは、よい来世を」

 

そこで意識が途切れた。



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現状確認

「……ここは?」

 

 気が付けば僕は薄暗い森の中にいた。

 高さ10メートルはありそうな木々に囲まれてポッカリと空いたスペース。そこで僕は横たわっていた。

 枝葉の隙間から陽が差している。どうやら夜ではないようだ。

 辺りを見回せば、いびつな石柱がぐるりと等間隔で並んでいる。

 

「ストーンサークル?」

 

 スタート地点ということだろうか。まあ、考えても答えは出ない。

 

「しかし、声高いな。あー、あー、あめんぼあかいな、あがめむのん」

 

 少し子供っぽく、愛らしい声。それが自分の喉から出ている事実が切ない。

 違和感しかないけど、慣れないといけない。これからは意識的に声を出していこう。

 

「やっぱり、夢じゃなかったかー……」

 

 金色の髪をつまんでため息をこぼした。

 神様が言ってたことにも嘘はなかったようだ。完全にあの子になっている。

 いや、ちゃんと確認しよう。両の手をにぎにぎして、それを見つめる。

 

「お手々、ちっちゃい」

 

 そして耳をタッチ。

 

「お耳、長い」

 

 うーん、やっぱりエルフなのか。これ大丈夫なのかな。人間にイジメられたりしないよね?

 お次は服装チェック。あの空間で見たミリタリーロリータ服だ。腕をさすると不安になるくらい肉が薄い。

 これ鍛えられないのかな? こうも体格が貧弱だと他人に侮られそうだ。

 身体のあちこちをパンパンと叩いて確認していく。全体的に華奢なだけで、とくに問題はなさそう。逆にしっくりきすぎて怖いくらいだ。

 あと一番重要なことだが、ちゃんとちんこも付いてた。神様ありがとう!

 股間をもみもみしながら安堵の吐息をついたところで、ハタと気付いた。

 

「デカチンにしてもらえばよかった……」

 

 服に隠れた部分なら、神様から譲歩を引き出せたかもしれないのに。どうしてあの時に気付かなかったんだ僕は……。なんて愚か。

 ……いいさ、過ぎたことを悔やんでも仕方ない。こういうのは体格に合ってこそだ。でかけりゃいいってもんじゃない。

 気持ちを切り替えて、股間からそっと手を離す。そしてゆっくりと肩を回した。

 

「見せてもらおうか、新しい肉体の性能とやらを」

 

 肩甲骨を大きく動かしながら、左右の腕を交代で大きく回転させる。たったそれだけの動作でこの身体の性能の一端が垣間見えた。

 ──肩甲骨がゴリゴリ鳴らない!

 加齢に伴い硬化していた、かつての関節とは全く違う、圧倒的な可動域。背中に回した手と手を繋ぐことも可能だ。しかも手の上下を入れ替えてすら。

 続いて両手を地面に向けての前屈。なんの抵抗もなく手のひらが地面に着いた。驚くべきフレキシブル。一体この肉体はどれほどのポテンシャルを秘めているのか。

 

「柔軟おしまい」

 

 気をつけの姿勢になって、その場で軽くジャンプ。なわとびの要領で着地とジャンプを繰り返す。

 慣れてきたら、膝の高さでのジャンプを数回試す。

 やはりそうだ。膝の関節が全く痛くならない! 以前であれば着地時の瞬間的な負荷で、すぐさま悲鳴をあげていたというのに。

 いやはや大したものだ。さすがは神造の肉体と言ったところか。

 ──そうだ。今ならできるかもしれない。

 

「アレをやるぞ」

 

 僕はおもむろに右手を前に突き出した。そして意を決して、中指を親指ではじく。

 ──パッチン。

 完璧な指パッチンだ。まさか本当に鳴るとは……。あれだけ練習してもできなかったことが、こうもあっさりと。

 喜びを噛みしめたいところだが、少し気になる点がある。指パッチンのコツを知らない僕が、はたして身体を変えたからといってそれが可能になるだろうか。

 普通ならそうはならない。なぜなら指が鳴る仕組みを知らないのだから。僕だってそうだった。

 しかし今は違う。僕はもう知っている。指パッチンとは指をはじく音ではなく、親指の付け根を叩く音なのだと。

 

 おそらくなんらかの補正。肉体からのフィードバックのようなものが働いている。

 この肉体の以前の持ち主、つまり神様の経験が反映されているのだと推察される。

 思い込みかもしれないが、この身体にできることは僕にもできる。そんな予感めいたものがあった。

 

「筋力を測ろう」

 

 適当に目を付けた木に向かって、ストーンサークルの外まで歩く。試したいことを思いついたのだ。

 この身体だと、ことさら幹が太く見えるな。両腕で抱えたら届くだろうか。

 

「いくぞー」

 

 木の幹に指を突き立てて、じわじわと力を込める。そしてズブズブと指がめり込んでいく。

 

「マジか」

 

 そのまま簡単に幹をむしり取れた。桃を握りつぶすくらいの感触だ。まだまだ余力があるんだが。

 あまりの容易さに調子に乗ってブチブチ引きちぎっていたら、いつのまにか幹が悲惨なことになっていた。

 

「あ、ヤバ……」

 

 ……僕には常々思っていたことがある。

 なにかと地球温暖化が騒がれる昨今だけど、むしろ最近って冬寒すぎない? とか。

 森林が地球温暖化を妨ぐって言うけど、なら逆に木を減らせば地球暖かくなるよね? とか。

 夏が暑くなっても、エアコン全開にして家から出なければいいんだから、むしろ温暖化促進するほうが良くない? とか。

 

 ──結論は出た。 やはりこれは正義の行い。悟りを開いた僕に、もはやためらいはない。

 僕がこの星を暖めるんだ!

 ズタボロになった幹に向けて、覚悟の一撃を放った。

 

「必殺! CO2排出拳!」

 

 なんてことない右ストレートのつもりだったが、効果は劇的だった。まさか拳を放った瞬間に幹が爆散してしまうとは……。

 おまけに拳の射線上にあった後ろの木々もなぎ倒してしまった。

 全力で殴ったわけでもないのに、ここまでの威力か……。うっかり人でも殴ったら、たちまちミンチだ。

 ちょっとこれは、さすがに力の調節を練習すべきかもしれない。とりあえず次は控えめに押す感じで打ってみよう。

 

「くらえ! 農林水産掌!」

 

 力をセーブして打ったおかげで爆散こそ免れたが、新たな木も簡単にへし折れてしまった。

 これはまずいぞ。力の加減がよくわからない。

 常人の範囲内のコントロールであれば問題なくできる自信はある。つまり以前の僕。藤木蓮太郎の力で0から100%の範囲内なら、いくらでも調節は利く。

 しかし今の身体では1000%でも2000%でも余裕で出せてしまう。どれだけ踏めばどこまで加速するのか、未知の領域でのアクセル感覚が僕には備わっていない。

 1000%2000%の力がどんな破壊を生むのか。トライアルアンドエラーで感覚を掴んでいくしかない。

 しかし今は、こんな環境破壊ばかりしてもいられない。最後に足技を試して区切りにしよう。

 

「トドメだ! 産業廃キック!」

 

 我ながら鮮やかな上段蹴りだ。格闘技経験など皆無だというのにスムーズすぎる。やはり肉体からのアシストがあるようだ。こと動作に関してはこの身体に不安はない。どれほどの破壊を生むかまでは予測できないけど……。

 今も蹴り上げた木が回転しながら宙を飛んでいってしまった。そのうち慣れると信じよう。信じたい。



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空中戦

「そういえばアイテムボックスとか言ってた」

 

 一体どうやって使うんだろう。これも身体に尋ねれば、やり方を掴めそうな気がする。

 足元から適当なサイズの石を拾って、しばし考え込む。うーん? こうかな?

 

「あ、できた」

 

 虚空に裂け目が生まれて石を入れることができた。裂け目が閉じたのを確認したら、また入口を作って石を取り出す。

 何回か出し入れを繰り返して感覚を掴んだ。試しに手のひらに向けて石よ来いと念じたら、ちゃんと石が現れてくれた。

 

「けっこう融通が利くね」

 

 用済みになった石をぎゅっと握って粉々にする。つくづく人間離れしたパワーだ。

 これで体格がマッチョなら、見た目で抑止力になりそうなんだけどな。

 キャラクリってやり直しできないの? 最近はそういうゲーム多いよね? 装備に合わせて色とか変えたいし、できると便利なのに。

 ダメで元々だ。そういうスキルを持っていないか、目を閉じて自分の内側を探ってみる。

 

「うーん、できる? できない? あ、できそう」

 

 キャラクリじゃないけど、いいかんじの魔法があった。モーフ。変身魔法だってさ。

 容姿も自由自在に変えられるし、なんなら他の生物にもなれる。これはすごい。こんなの使っていいのかな。

 あ、いや、ダメだ。機能がロックされてる……。自分にかけても体型や顔の作りは変えられないみたいだ。神様の仕事に抜かりはなかったか。

 髪色なら変更可能みたいだから、せっかくだし黒髪にしておく。金髪だと視界の端がキラキラして目にうるさいんだ。

 

「これでよしっと」

 

 黒髪エルフの完成だ。

 そういえば当たり前のように魔法が使えたけど、できて当然という感覚だった。エルフ化の影響だろうか。

 もしかしたら精神にも変容があるのかもしれない。対策などできないし、だからどうしたとしか言えないが。

 

 魔法を使ってみてわかったことがある。魔法を使う場合、発動前にどのような条件で発動するかを思い浮かべると、おおよその結果が予測できるみたいだ。

 例えば火の魔法なら、どれほどの魔力を込めれば、どれほどの大きさになるか、脳内でシミュレートできてしまう。

 ただしこれは、あくまで視覚的な演算であって、実際の威力は撃ってみるまで厳密にはわからない。

 物理攻撃のように完全な手探りでないのは助かる。

 

「でも練習は必要」

 

 剣と魔法の世界という話だし、ある程度慣れておいたほうがいい。最低限自衛できる程度には。

 ぶっちゃけ腕力に頼って暴れれば済む話だが、相手を殺さずに鎮圧できるなら、それに越したことはない。

 物理攻撃では手加減が難しいが、魔法ならそれも可能だろう。暴徒鎮圧にはうってつけだ。

 攻撃魔法で使い勝手の良いものはないか、自分の内に問いかける。

 

「マジックミサイル。これにしよう」

 

 魔力弾を飛ばすシンプルな攻撃魔法だ。睡眠魔法なども有用そうだったが、効果を試したくても相手がいない。

 

「いくぞー」

 

 極小の魔力を注いでバレーボール大の球体を作ったら、それを適当な木に向けて発射する。

 木の幹に当たった魔力弾は、バンという破裂音をあげて爆ぜた。着弾点を見ると樹皮が割れ、へこみができている。見たところ表面的な損傷で、幹の内部まで浸透するほどではない。

 おそらく普通の人がハンマーで思いきり叩けば、このくらいの威力になるだろう。これなら当たり所に気をつければ、非殺傷攻撃として使えそうだ。

 その後は、魔力弾の大きさを変えながら練習を続けた。やはりあまりサイズを大きくすると木をへし折ってしまう。ダメージ調整をしたいなら、威力を最小にして数をぶつけるといいかもしれない。

 

「さてと」

 

 あまりのんびりしていると陽が落ちてしまう。まずは人里を目指そう。このままでは野宿が確定してしまう。

 現金を持ってないけど、今から心配しても仕方ない。必要になったらその時に考えよう。

 

 まずは、街を見つけないといけない。闇雲に捜し歩いても迷子になるのが関の山だ。安全確実に街にたどり着くにはどうすればいいか……。

 悩むまでもないな。魔法に頼ろう。

 

「フロート」

 

 浮遊の魔法でゆっくり上空へと上がっていく。命綱もなしに宙に浮いていることに不安や恐れない。

 高い所は苦手だったはずなのに全くの平常心だ。危険に鈍感になってるのか、はたまた身体が危険と判断してないのか……。

 ともあれ精神が安定しているのは悪いことではない。そう自分に言い聞かせる。

 

 おおよそ地上から200メートルほどで静止して、視界をぐるりと巡らせる。

 下には大きな森林地帯。背後には木々に覆われた山脈が連なり、前方には平野が広がっている。

 

「お、人工物発見」

 

 平野のかなり先に、壁に囲まれた都市が見えた。ここから歩いて向かうのは骨が折れそうだ。

 飛行の魔法を使って森を抜けよう。陽はまだ高いし急ぐ必要はない。

 

「フライ」

 

 飛行の魔法を唱える。別に口に出す必要はないけど、こういうのは気分だ。

 景色を楽しみながら遊覧飛行でのんびり進む。20分ほど飛んで、行程の半分くらいまで消化した。予想よりずいぶんと早い。

 飛んでると景色の進みが遅いからか、速さを実感できないのかもしれない。

 

「あれ? 馬車?」

 

 なにげなく地表を見たら、馬車が立ち往生しているのを見つけた。ついでに馬車を襲う翼竜っぽい巨大生物も。

 

「なにあれキモ」

 

 首の長いトカゲに翼が生えたような生物だ。胴体は牛くらいだが翼幅が10メートル近くあり、やたらにデカく見える。筋肉質な後ろ足には、猛禽のような鋭い鉤爪がある。鉤爪は圧巻の大きさで生き物なんて簡単に切り裂けそうだ。

 実際に馬が一頭、臓物をまき散らして馬車の近くに転がっている。

 

 馬車の周囲には四人の武装した男たちがいた。全身鎧を纏った彼らは、それぞれが武器を構えて上空の翼竜を警戒している。

 対する翼竜は空中でホバリングしながら男たちの様子を窺っていた。彼らには翼竜の出方を待つよりほかないようだ。

 一人の男が膠着した状況に焦れたのか、馬車の上に登って翼竜へと矢を射かけ始めた。

 ──その瞬間。翼竜は待ってましたとばかりに男めがけて滑空する。

 

「あ、やばい……」

 

 急降下した翼竜の鉤爪が男を掴んだと思いきや、男を覆う何かがガラスのように砕けた。獲物をしとめ損ねた翼竜は、すぐさま上空へと戻る。

 ほうほうの体で馬車から転げ落ちた男に怪我は見られない。再びにらみ合いの情勢だ。

 

「なんだろあれ。バリアっぽかった」

 

 爪が当たると同時に光の膜のようなものが現れ消えた。そういう魔法なんだろうか。脳内検索で防御魔法を探してみるが、似たようなものはあっても完全に一致するものは見つからなかった。

 

「魔法じゃないのかな?」

 

 僕の知らない魔法かもしれないし、別の技術かもしれない。答えは出ない。

 ともかく今は、この状況をどうするかを考えよう。正直、わざわざ危険に首を突っ込みたくはない。しかし放っておくと死人が出そうだ。仕方ない。ここは手を貸しておくか。

 あんまり近寄ると怖いし、この位置から撃とう。

 

「マジックミサイル」

 

 最低威力の魔力弾を作って発射する。真上から翼竜の後頭部に当ててやった。

 不意を突かれた翼竜はギャーと鳴き声上げたが、大してダメージではなかったようだ。すぐさまこちらに怒りの形相を向けた。

 上空に陣取っている僕を視認した翼竜は、翼をはためかせてこちらに向かってくる。

 自分から馬車を離れてくれるとはありがたい。墜落させても巻き添えを出さなくて済む。

 

「追加三十発」

 

 一気に生成した三十発の魔法弾を、翼竜めがけて発射する。

 迫りくる脅威に気付いた翼竜は、あたふたと回避行動を取る。

 

「ゴメンな。追尾式なんだ」

 

 翼竜の頭部に向けて、次々と魔法弾を着弾させていく。またたく間に三十発の弾丸を食らった翼竜は、脳を揺さぶられて意識を失ったのか、そのまま地表へと落下していく。

 そしてズドンという鈍い音をあげて地面に叩きつけられた。

 

 あの質量で高空から落ちたんじゃ、さすがにもう生きていないかな?

 そんなことを考えていると、やにわに男たちが翼竜へと駆け寄った。そして全員で翼竜の首に剣を叩きつけ始める。首は相当な硬さなようで、何度も何度も繰り返しぶっ叩いている。

 やがて首の半ばまで剣が埋まるようになると、彼らはやっと安心したのか、翼竜から離れてそのまま地面にへたりこんだ。

 

 終わったみたいだ。もう僕の助けは要らないし、さっさと都市に向かおう。

 去り際に彼らに目をやると、なにやらこちらに向けてしきりに手を振っている。お礼でもしたいのかな? だけどあんな物騒な集団に関わるのはごめんだ。

 

「ばいばい」

 

 お義理で軽く手を振ったら、そのまま飛んで彼らとはさよならした。

 それからは特に揉め事もなく、空の旅を楽しんだ。

 

「そろそろ降りよう」

 

 都市はもうすぐそこだ。上空から街中に降りて警戒されても困るし、早めに街道へと降下した。

 道路に降りたら、のんびり辺りを眺めながら都市に向かって歩いていく。

 道沿いには田園が広がっていた。まるで外国の農村のような景色だ。ここまで環境が地球と似てるとは幸運だった。空が紫色とかだったら泣いてた。

 

「お、また人だ」

 

 街道を先行している人が遠くに見えた。よく知らない人と話したくないし、追い付くつもりはない。

 単に世間話が苦手という側面もあるが、今の僕の姿を人前に晒していいのか判断がつかない。エルフだし黒髪だし。

 そもそもこの姿のまま都市に入っていいものか……。エルフと人間が敵対している可能性だってあるのだから。

 やはり対策は必要だな。ここは透明化の魔法を使おう。

 

「よし、これで見えない! はず!」

 

 魔法が成功した手応えはあったのでたぶん大丈夫。自分にはそのままの身体が見えているので、いまいち実感が湧かないけど……。



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都市潜入

「とうちゃーく」

 

 都市の門から20メートルほどの位置。そこから門を観察する。武装した兵士らしき者が二人いる。チェインメイルと金属の兜を身に着けて、腰には剣を下げている。

 その他に非武装の者が三人。全員行儀よく兵士の対応を受けている。検問だろうか。見たところ男しかいない。

 向こうからこちらは丸見えのはずなのに、誰も気付いていない。手を振ってみても無反応だ。どうやら透明化が効いてるようだ。

 

 気配を殺して門の前まで接近した。一人が入場を許可されたようで、検問待ちは二人になっている。

 

「では次、身分証を見せてくれ」

 

 兵士がそう言うと、順番待ちだった男がカードらしきものを差し出した。なんだろう気になる。身分証とか欲しいんですけど。

 それはそうとこの世界の言葉が聞き取れて安心した。言語知識も脳内にインストールされてたようだ。

 

 カードを受け取った兵士の背後に回りこんで、その手元を見る。保険証や免許証サイズのカードだ。かなり精巧な作りで、色は黒に近いグレーの金属製。12桁の数字とおそらく人名が刻印されている。

 

「ミゲルね」

 

 そう呟いた兵士は、クリップボードに挟んだ用紙にボールペンで何やら書き込んでいく。

 ──え、どういうことだ? やたらに高品質な文具を使っている。ボールペンは言うまでもなくクリップボードや紙の品質が、現代のものと比べて遜色ない。これだけの物が作れる工業力があるのだろうか。

 いや、それにしては彼らの身なりはお粗末だ。チェインメイルや兜の存在感は大したものだけど、服の生地の目は粗いし、縫製にも寄れやほつれが目立つ。堅そうな革を縫い合わせたブーツは、いかにも手作りに見える。

 僕が疑問に頭を捻っていると、筆記役の兵士が不意に顔をあげた。

 

「なあ、なにかいい匂いがしないか? こう……桃みたいな」

 

「そうか? 俺にはわからん」

 

 兵士の言葉にもう一人が答えた。僕も答えた彼に同意する。いい匂いどころか君たちの体臭しかしないよ。お風呂に入っていないのか、服を洗っていないのか、だいぶ臭うのであまり近寄りたくない。

 

「いや、するって。……こっちだ」

 

 彼はくんくんと鼻を鳴らしながら、僕の方を振り向いた。後ろから覗き込んでいた僕は慌てて飛び退いてしまった。

 

「ほら、このへん」

 

「あー、ふわっと香る感じだな」

 

 兵士二人が先ほどまで僕がいた辺りを嗅いでいる。

 ──もしかしてこの身体の匂いか! 音には気をつけていたけど、そっちは盲点だった。人に近寄るときは注意しないといけないようだ。

 とりあえず今はこの場を離れよう。文具の謎は後回しでいい。

 

 そうして僕は都市への入場を果たした。

 

 

 都市へと入った僕は、とくに目的もなく大通りを歩いていく。それなりに人が行き交ってるが、混雑というほどでもない。道幅も広めの二車線道路くらいあって、ゆったり歩ける。

 通りから見える建物は三階建て四階建てが当たり前で、やたらに縦に長い。建材は木組みに漆喰の壁だったり、レンガや石を積んだりで、完全に木造のものは見あたらない。どれも揺れたら危なそうな作りだ。地震が起きない地域なのだろうか。

 

 姿を隠したまま道行く人たちを観察する。コーカソイドに近い人種に見える。全体的に目鼻立ちがはっきりしている。しかし肌の色に関しては、白いもの、赤みが強いもの、小麦色に近いものと様々だ。

 そして問題なのが髪色。ゴールド、レッド、ブラウンあたりは良いとして、グリーンやパープルなど目を疑うものもいる。はたして染めているのか地毛なのか、遠目で見ても判断がつかない。

 残念ながら亜人などは見かけなかった。獣人でもいたらテンション上がるのに。

 

 人間観察をしながら歩いていると、道幅の広がったちょっとした広場のような場所に着いた。道の端には露店が並んでいる。ざっと見渡した感じ、食品を扱う店が多い。

 手近な店を覗いてみると、果物の専門店のだった。リンゴにブドウ、柑橘類など見慣れたものもあれば、手のひらサイズの楕円の果物など、品種のわからないものもある。

 そういえば神様が地球のデータを使ってるみたいなことを言ってたっけ。食べ物が似てるなら馴染みやすくていいな。

 

「お、串焼き屋さん発見」

 

 炭火で肉を焼いてる屋台だ。なんの肉かはわからないけど、脂の焼ける匂いで小腹が空いてきた。ちょっと迷ったけど、店主の隙を見て一本くすねる。お金持ってないから仕方ないね。店主に気付かれる前に屋台から離れて、いただきますをする。

 

「うーん、まずーい」

 

 熱々のくせに冷めた肉の歯ごたえだ。おまけになんか臭い。これが平均的なストリートフードだとしたら異世界ってクソだな。まともな食事があることを願うばかりだ。

 しかし心配なのは食べ物に限った話じゃない。速やかに衣食住を整えないとホームレス生活まっしぐらだ。とにかくお金がなくては話が始まらないわけだが、いかにして稼ぐか……。

 

 こんなまずい肉で商売になるのなら、いっそ和食でも売るか? いや難しいな。僕にできる料理など、顆粒ダシや市販のタレを使う簡単なものばかりだ。そもそも基本的な調味料が揃うかさえ疑わしい。

 料理の『さしすせそ』なんて言うが、『さ』の砂糖の時点で流通しているかどうか。『し』の塩と『す』の酢はあるだろうが、『せ』の……『せ』ってなんだ?

 『せ』で始まる調味料と言えば……背脂? たぶん正解だ。脂質は三大栄養素の一つだし料理には欠かせない。とにかく『せ』も見つかるかもしれない。

 しかし最後の『そ』。肝心のソイソースこと醤油が見つかる確率は限りなく低いだろう。これでは和食の再現など出来ようはずがない。

 

 やはり別の方法でお金を作らなければならない。

 洋ゲー的な視点なら、スリ、空き巣、強盗などがお手軽に見えてしまうが、いきなり盗みというのも人としてどうかと思う。

 真面目に働くのは気が進まないが、この世界で頼れるのは自分だけだ。面倒でもやるしかない。ではどうやって?

 

「誰かに聞いてみるか……」

 

 僕はまずい肉を齧りながら、話しかけやすそうな人を探した。

 

「ふぅ、ごちそうさま」

 

 めぼしい人が見つかる前に串焼きを完食してしまった。とりあえず邪魔な串は道端にポイする。木なんだし、いずれ土に還るはず。

 

「もう誰でもいいや」

 

 正直なところ、エルフである僕を見た人の反応が怖くて尻込みしていたのだ。いいかげん覚悟を決めよう。

 僕は透明化を解除すると、通りを歩く恰幅の良いおばさんに声をかけた。

 

「あのー、ちょっといいですか」

 

「はいよ、なんだい」

 

 おばさんが振り向くと同時に、目を見開いて口をポカンとする。

 

「僕、なにか変ですか?」

 

 エルフが人間の街にいることが問題だったら困るな。場合によっては逃走も考えないと。

 

「とんでもない! あんまり別嬪さんだから驚いちまったよ。エルフで黒髪とは珍しいね。初めて見たよ」

 

 おばさんに隔意などは見られない。どうやらエルフお断りというわけでもなさそうだ。ひとまずホッとした。

 

「この街でエルフは見かけませんか?」

 

「見ないってわけじゃないけど、まあ珍しいよ。旅人でたまに見るくらいさ。ところで要件はなんだい?」

 

「えーと、この街で仕事を探してるんですけど、どこか斡旋してくれるような場所はありませんか?」

 

「ふーん、仕事ねぇ……。働き口なんてのは大抵は縁故で決まるもんだよ? あたしにツテがありゃ紹介してやりたいところだけど、生憎心当たりはないねぇ……。そうだ! あんた見栄えが良いんだし、飛び込みで給仕にでもなったらどうだい?」

 

 接客とか日本のアルバイトと変わらないじゃないですかー。せっかく超人的な力を貰ったんだし、もっと楽で稼げるお仕事がいいです。例えば用心棒とか。基本は寝て過ごして、ピンチの時だけ『先生お願いしやす』『承知した』みたいな感じで。

 

「もっとこう……腕っぷしとか腕力が物言う仕事はありませんか? 日雇いで肉体労働とかでもいいですけど」

 

「そんな細っこい腕してるのに、もしかしてあんた強いのかい? ちょっと見た目からは信じられないねぇ……。けど、それだけ立派な服着てたら強くて当たり前か」

 

 んん? ちょっと意味不明なことを言い出したぞ。

 

「えーと、服が立派だと強いんですか?」

 

「そりゃそうさ。金持ちの家の子は小さいうちから訓練して戦力値を上げるって聞くよ? お貴族様や商人が鉄札持ちじゃ恰好つかないからね。良い服着てるなら訓練もしてるし戦力値も高い。そういう風に見とけば下手こかないで済むって話さ」

 

「なるほど。納得しました」

 

 身なりがいいと舐められないのか。ミリタリーロリータ服に感謝だな。

 そして謎のワードが出てきた。戦力値に鉄札。気になるほうから確認しよう。

 

「ところで戦力値ってなんですか?」

 

「あんた戦力値を知らないのかい!? ものを知らないにも程があるねぇ。戦力値ってのは、その人の強さを数値にしたものさ。指で輪っかを作って、輪っか越しに自分の手のひらを見てごらんよ」

 

「あ、なんか見えますね」

 

 親指と人差し指で輪を作って、手のひらを見ると65535という数字が浮かんでいた。これはおじさんゲーマーにとって馴染みのある数字だ。65535とは16ビットで表せる整数の最大値。いにしえのファミリーなゲーム機では、ダメージやステータスのカンスト値としてよく採用されてたものだ。

 お約束的に考えると、見かけは65535でもさらに上限を突破してる可能性すらある。この数値を他人に教えるのは危ないな。少なくともこの世界の常識を学ぶまでは極力明かさないようにしよう。

 

「あんた、口に出さないのは正解だよ。戦力値の上か下かで粋がる奴は多いからね」

 

「あー、面倒な人に絡まれそうですもんね。ところで普通の人はどれくらいの数値になるんですか?」

 

「平民なら大抵500以下だよ。兵士みたいに荒事に慣れてる連中なら500以上も珍しくないけどね。そんで1000を超えたら一流の使い手さ。それだけあれば仕官も夢じゃないよ」

 

 1000で一流なら、僕は文字通り桁違いの実力があるのか。そんな気はしてたけど、上手く立ち回らないと面倒事に巻き込まれそうだ。

 

「へー、勉強になります。ちなみにこれって他の人の数値も見れるんですか?」

 

「相手に手のひら見せてもらえればね。言っとくけど離れた位置から片手で鑑定してもまず通じないよ。手のひらを見せない相手には、できるだけ近くから両手で輪を作って鑑定するのさ。でも実際にやったらイケナイよ。覗き見がバレバレなんだから、下手したら刃傷沙汰さ」

 

「面白い! 両手だとすごい鑑定になるんだ」

 

「くれぐれも人にやっちゃダメだよ! 両手鑑定だろうと格上にはそうそう通じないんだから。それに後ろから盗み見たって無駄だよ。正面から相手の顔を捉えて、鑑定が通るまで時間を待たないといけないんだ。そんなの相手に喧嘩売ってるようなもんさ。てんで割に合わないよ」

 

「はい、気を付けます! あと鉄札持ちについても教えてください」

 

「鉄札ってのは身分証のことだよ。戦力値500未満で貰えるのがアイアンカード。灰色のカードで、それを鉄札と呼んでるのさ。そんで戦力値500以上で銅札ブロンズカード。1000以上で銀札シルバーカードになるって寸法さ。1500以上だとゴールドカードらしいけど、そんなの庶民には無縁の話だからね。本当かどうかは知らないよ」

 

 ふーん、じゃあ僕はゴールドカードになるのか。エルフでも貰えるといいんだけど。

 

「身分証ってエルフでも作ってもらえます?」

 

「あんた身分証を持ってないのかい? あたしらは成人したら教会で作ってもらうんだけど、納税もしないといけなくなるよ? それでも構わないなら作ってもらえるはずさ。税金も一年目は免除されるし、持ってるに越したことはないよ。なんてったってカード無しで職探しは難しいからね。そんでもって腕っぷしに自信があるんなら、カードを持って冒険者ギルドへお行きよ。銅札以上なら仕事を紹介してくれるはずだよ」

 

「冒険者ギルド! そんなのあるんだ。ぜひ行ってみたいです。まずは教会からですね」

 

「そいつはよかった。それじゃあ道順を教えてあげるよ」

 

 かくして僕はおばさんの教えに従い教会へと向かうのだった。



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教会

 教会は都市の中心にあった。尖塔のある大きな建物は、宗教施設らしい荘厳な佇まいだ。

 一見さんお断りの雰囲気で非常に入りづらいが、迷ってる時間がもったいない。

 

「ごめんください」

 

 小声でつぶやいて扉から滑り込む。建物の中には礼拝中の人たちがまばらにいた。誰もこちらには注意を向けていない。

 入口から正面奥には祭壇が置かれていて、その背後には大きなステンドグラスがある。この位置からだと教会のスタッフらしき人物は見当たらない。とりあえず奥に行ってみよう。

 壁際に沿って祭壇の方に向かう。奥へと歩いていると祭壇前の横手に小部屋ほどのスペースがあった。

 そこで僕は見覚えのあるものを見つける。

 

「ATM?」

 

 ATM。現金自動預け払い機と思しき端末が五台ほど並んでいる。うち三台は利用者がいて、なにやら画面を操作している。

「どういう世界観なの?」

 

 空いている端末の近寄り画面を覗いてみる。お引き出し、お預入れ、残高照会などの馴染みのある文言が、現地の言葉で記載されている。この世界の文字が読めたのは幸いだが、カオスな状況に理解が追い付かない。

 

「なにかお困りですか?」

 

 端末の前で立ち尽くしていると、不意に後ろから声をかけられた。振り向くと修道服を着た女性がこちらを見つめていた。

 

「まあ!」

 

 女性は口元に手を当てて驚いている。ゆったりとした修道服とベールを被っていて、シスター然とした落ち着いた雰囲気を醸している。

 この人も、外で会ったおばさんと同じように、僕の顔に驚いてる。そんなにインパクト強いのか。

 

「失礼いたしました。かわいらしいお客様で驚いてしまいました。本日は当教会にどういったご用で?」

 

「えーと、身分証を作ってもらいたくて」

 

「個人識別カードのことですね。でも、よろしいのですか? ここで登録するということは、このルズベリーの国民となるということ。それに差し支えはございませんか?」

 

 え、国民になるの? なぜ国民登録を教会でやるのか。もしかして教会って国営?

 仕事探しにはカードが必要らしいし、国民になるからって拒む理由にはならない。

 国と教会の関りについて詳しく知りたいところだが、宗教関係者にあまり無知を晒すのも怖い。異端認定でもされたら困るし、余計な質問は控えておこう。

 一つ収穫だったのは、この国の名前がルズベリーとわかったことだ。

 

「ええ、構いません。あっ、二年目から税金を払うんでしたっけ? 大体おいくらになるんでしょうか?」

 

 おばさんが納税について言ってたことを思い出し、質問が口をついて出た。

 

「はい、初年度は無料ですね。それ以降は月に五万ノリタマの人頭税が課されます」

 

「ノ、ノリタマ? ふりかけ?」

 

「まぁ! ふりかけをご存じなのですね。なんでもユニス様のお気に入りだったらしく、通貨単位として採用されたと伝え聞いております」

 

 ずいぶん適当な採用理由だね……。というか、ふりかけあるんだ。つくづくよくわからない世界だ。

 まあいい、ともかくユニス様というのがこの国及び教会においての重要人物らしい。

 誰ですか? などと聞くのは悪手だ。宗教的ビッグネームを知らないなんて、印象が悪いにも程がある。このまま話を進めよう。

 

「五万ノリタマか……。つかぬことをお伺いしますが、平民が一か月働くと、大体どれくらいの収入になるんですか?」

 

「そうですねぇ、一概にこうとは言えませんが、十二~三万ノリタマほどが最低ラインでしょうか。若年で経験が浅い方の場合は、どうしてもそれくらいになってしまいます。熟練の職人などになれば、もっと何倍も稼げるとは思いますが……」

 

 安月給だと40%くらい引かれるのか。結構エグいね。

 冒険者とやらの稼ぎが、どれほどかはわからないけど、さすがに最低賃金クラスではないと信じたい。

 まあ僕の場合は、払えなかったら国外に逃げればいいんだし、カードを作らない手はない。

 

「なるほど、参考になりました。それでカードの登録ってどうすればいいんですか?」

 

「それでは端末の前へどうぞ。操作手順を説明いたします」

 

「はい、お願いします」

 

 端末の前に立って、シスターの指示を待つ。

 

「ではこちらの各種お手続きをタッチして下さい。そして新たに開いたメニューから成人登録をタッチ。次にお名前の登録となりますので、画面の文字表から一文字ずつ入力をお願いします」

 

 操作もATMと変わらないな。一体どういうテクノロジーなんだろう。

 街並みから見て取れる文明レベルとはだいぶ隔たりがある。もしかしたら神様や運営側が作った設備なのかもしれない。

 

「えーと」

 

 まずは名前の入力をしないと。さすがにこの身体で藤木蓮太郎を名乗るのは妙な感じだな。

 新しく別の名前を考えようか。とはいえ、それっぽい名前なんてパッとは思いつかない。

 

 自分の名前の入力でまごつくのは不自然だ。偽名を考えてると言われても否定できない。実際考えてるし。

 仕方ない。ここはシンプルに『レン』にしよう。実は誰かにそう呼ばれることに憧れがあったのだ。

 藤木蓮太郎だとレンタやレンタカーなどの残念なあだ名になりかねない。ましてやキレンジャーなどと言われた日には……。

 

 名前の入力が終わると、次は生体認証登録を求められた。画面横の読み取り機に指を乗せて登録は完了だ。

 指紋認証なのか静脈認証なのか謎だが、これなら他人に悪用されることもないだろう。

 しかし生年月日の入力を求められなくてよかった。もしあったら確実にボロが出ていた。

 この世界では、正確な誕生日を覚えてる人が少ないのかもしれない。厳密なカレンダーで管理された社会には見えないし。

 

「以上で登録は完了ですね。こちらからカードが排出されますので、しばらくお待ちください」

 

 シスターの指示に従い十秒ほど待つと、カード挿入口らしき隙間から新たなカードが排出された。

 

「黒い?」

 

 出てきたのは真っ黒なカードだった。都市の入場門で見た鉄札らしきカードは、もっと灰色だった。でもこちらは、ほぼ漆黒と言っていい黒さだ。

 

「黒ですか!?」

 

 シスターが驚きの声を上げる。

 

「黒って珍しいんですか?」

 

「珍しいというより、寡聞にして私は存じません。登録には数多く立ち合ってきましたが、黒いカードというのは今回が初めてです……」

 

 確か戦力値1500以上で金カードのはずだけど、さらに上の階級だと黒になるのかもしれない。おばさんは戦力値1000で一流の使い手と言っていた。1500より上の階級は存在が知られていないのかもしれない。

 ましてや僕の戦力値は65535もある。イレギュラーな色になっても不思議はない。

 

「えーと、これってなにか問題になるんでしょうか? 異端とかそういう……」

 

「いいえ、とんでもない! たとえどのような色でもユニス様がお授け下さったものですから。そこに不信を抱くなど恐れ多いことです。ですが、あなたがお仕事を探される際などは、お辛い思いをすることがあるかもしれません。どうしても色の問題は付きまとうものですから……」

 

 えぇー、マジか。まあ、言われてみれば納得するしかない。けど厄介なことになったな。

 黒だと鉄札に色が似てるし、下手すれば最弱のカードとも見られかねない。

 そうでなくても偽造や塗装を疑われるかもしれない。いずれの場合にせよ、ろくでもない結果が待ってるだろう。

 はたして冒険者ギルドでこれを見せていいものか……。

 まあ、仮に問題が起こったとしても、最悪暴力でねじ伏せればいいんだし、行くだけ行ってみるか。

 もしも、勤労意欲あふれる若者をないがしろにするというのなら、それはもう社会が悪い。

 真っ当に働かせてくれないなら、反社会的な手段を用いるまでだ。能力をフル活用して、お金持ちの家からでもガッポリ頂けばよかろうなのだ。

 

 だいぶ思考が逸れてしまったので話を戻す。先ほどの彼女の発言には、気になる部分があった。『ユニス様がカードを授けた』。そして『不信を抱くのは恐れ多い』。

 やはりユニス様とは、この宗教における神に思えてならない。ユニス様が実在する神かは不明だが、どのみちこんな意味不明な機械を管理してる組織だ。教会関係者とは敵対しないよう気を付けたい。

 

「大丈夫ですよ。カードを作ってもらえただけ幸いです。それはそうと、これがあればこの端末で預金や引出しができるんですか?」

 

「はい、そのとおりです。よろしければ手順をご説明しましょうか?」

 

 やっぱり銀行業務もやってるのか。つくづく万能なカードだな。いずれそっちでもお世話になりそうだ。

 

 さてと、用は済んだしそろそろ退散しよう。

 黒カードについて調べさせて欲しい、なんて言われたら面倒だ。

 

「いえ、たぶんわかるので大丈夫です。あっ、そろそろ行かないと。お手間取らせてしまってすいません。いろいろとありがとうございました」

 

「いえ、お役に立てたなら幸いです。あなたにユニス様のご加護があらんことを」



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冒険者ギルド

二話更新一話目


 冒険者ギルドは都市を横断する運河に沿って建っていた。

 この街で見かける平均的な住居を三つほど束ねたくらいの幅があり、下から見上げると大きな壁のように見える。

 

「でかいなー、儲かってるのかな」

 

 景気がいいのはいいことだ。ぜひ僕もあやかりたいものだ。

 

「お邪魔します」

 

 場所を間違えてたら気まずいので、念のため小声で挨拶をしてからドアを開けた。

 

「酒場?」

 

 外観相応に広い室内には、乱雑に並べらたテーブルと、卓を囲みジョッキを煽るガラの悪い男たちが確認できた。

 窓が小さく採光が足りないためか、室内は夕暮れ時のように薄暗い。壁にかかったランタンのオレンジの明かりが、より一層その印象を強くしている。

 ぶっちゃけ不良のたまり場にしか見えない。この中に入らないといけないなんて、どんな罰ゲームだ。見た目美少女エルフとか完全にアウェーじゃないか。

 しかもこいつら全員が全員、酒を飲む手を止めてこっちを見ている。おまけに「おい見ろよ!」とか「ヒュー」とか言って、テンションあげあげだ。

 

 一刻も早く帰りたい……。とにかく酔客以外で話ができそうな人を見つけないと。

 店内を見渡すと客席とは離れた位置に大きいカウンターがあった。カウンターの中には女性が二人にいる。そのうちの一人が僕に向けて、こっちだよとばかりに手招きをしていた。

 あそこが受付なのか。僕はカウンターまで脇目も振らずに駆け付けた。

 

「いらっしゃい、お嬢ちゃん。ご依頼かしら?」

 

 二十代の半ばくらいのお姉さんが、気だるげに声をかけてきた。眠たげな眼をこちらに向けて頬杖をついている。まるでやる気が見られない。

 だが僕は知っている。こういう人こそ信用できるのだ。おそらく面倒事があっても上司に報告したりせずに、場当たり的な処理でうやむやにするタイプだ。

 僕のブラックカードを見せるに相応しい相手と言えよう。きっと不審を抱いても、面倒くさがってなあなあで済ませてくれるはずだ。

 

「あのー、こちらで仕事を紹介してもらえるって聞いたんですけど……」

 

「うちで斡旋してるのは商会の護衛やモンスターの討伐よぉ? 荒事が前提になるから、銅札以上しか受け付けてないけど、お嬢ちゃんはお持ち?」

 

「えーと、これじゃダメですか?」

 

 僕はおそるおそるブラックカードを差し出す。

 

「だからぁ、鉄札じゃあ……って、なにこれ! 黒くない?」

 

 お姉さんは僕の手からカードを奪い取ると、顔の前に近づけてまじまじと見つめた。

 それだけでなく手を遠ざけたり裏返してみたり、照明に当てて色合いを確認したりと目立つことこの上ない。

 

「ちょ、見せびらかすのやめて」

 

「ねぇ、これなんだかわかる?」

 

 僕が奪い返そうとするより先に、お姉さんが隣の席の同僚の人にカードを渡してしまった。

 くそう。全力で楽天的な予測を立てたけど、こんなカードを見せられたら誰かに相談するのは当たり前だった。

 二人は「わー、こんなの見たことない」「これって鉄札かな?」などと盛り上がってる。おかげで周りの視線を集めて仕方ない。

 

「もう返して!」

 

 カウンターから乗り出して、二人からカードを奪い取った。

 

「あー、ごめんねぇ。でも、そのカードじゃ仕事は紹介できないかな。鑑定で戦力値を見せてもらえれば話は別だけど」

 

「じゃあいいです」

 

 こんなところで僕の異常な戦力値は見せたくない。そもそも彼女たちは僕の1~2%程度の戦力値しかないはずだ。これほどの格差がある場合、はたして鑑定が通じるのだろうか。手のひらを見せても無理という可能性がある。

 

「あ、でも戦力値を見せてもらうだけじゃダメかも。黒いカードなんて前例がないし、ちゃんとギルドマスターの許可をもらわないとね。今聞ければいいんだけど、あのオッサン出かけてるのよねぇ。なんでもワイバーンが出たんですって。知ってるワイバーン? こーんなでっかい飛竜。って私も実際に見たことないんだけどねぇ。

 あ、でも安心してね。ワイバーンに襲われたリアトリス家の騎士たちが、そのまま倒しちゃったそうだから。まあ、そんなわけで今現在ギルドマスターは、ギルドの腕利き連中を連れて死体の回収に行ってるってわけ。なにせワイバーンの素材となると、一千万ノリタマは下らない大商いだしねぇ」

 

 もしかしなくてもワイバーンって、僕が撃ち落としたあの翼竜のことだよね。

 それにしても一千万ってどういうことだよ。死骸置いてきちゃったじゃないか。しかも回収に行ってるだと? 他人様の成果を横取りしようとは、なんてけしからん奴らだ。どうにか落とし前をつけてやりたいところだけど、さてどうしてくれよう……。

 

「リアトリス家が倒したものを冒険者ギルドが回収するんですか?」

 

「そうよぉ、死体漁りは我ら下賤の仕事ってね。って言うのは冗談としても、うちには解体のノウハウも販路もあるからねぇ。全部投げてくれたほうがお互い楽なのよ」

 

 ふーん、出張買取みたいなものか。しかし、ちゃっかりしてるなぁリアトリス家。人の成果を掠め取ってお金儲けとは、貴族にあるまじき所業。

 決めた! ここはリアトリス家からこっそりお宝を頂いて、一千万ノリタマ分の損失補填をしてもらおう。彼からしたら、一千万盗られたところで金銭的に損はないし、ワイバーンスレイヤーの名声は得られたんだ。むしろ収支は黒字なくらいだ。これぞ、俺にヨシお前にヨシの良案ってやつだよ。

 

「ところでリアトリス家というのは、どういったお家なんですか?」

 

「リアトリス伯爵家を知らないの? ここリアトリスのご領主様よぉ?」

 

 へー、街の名前にもなってる貴族なんだ。

 それにしても伯爵家か。爵位ってよく知らないけど上級貴族ってやつ?

 僕の認識だと、公爵とか侯爵とか頭にコウが付くやつがデカい領地を持ってる大大名って感じだ。

 伯爵はそいつらのワンランク下の小大名。子爵と男爵は、旗本や御家人と言った下っ端役人のイメージだ。

 

「はー、伯爵様ですか。さぞかしお偉いんでしょうね」

 

「実際偉いのよぉ? リアトリスは交通の要衝だし、交易から得られる税が大きいから、下手な侯爵家より力があるって噂なんだから」

 

 ほー、そんなに儲かってるなら、ますます打ってつけだな。多少多めに金品を頂いても家計が傾くこともなさそうだ。冒険者ギルドを出たら早速お邪魔しよう。ここで得るものはなさそうだしね。

 

「景気が良さそうで羨ましいです。僕もお金が欲しいので、他所で仕事を探してみようかと思います。このカードじゃ冒険者の仕事は無理みたいだし」

 

「ええ、それがいいと思うわぁ。薬草採取なら誰でも受け付けてるから、よかったら検討してみて。別の日ならギルドマスターも居るはずだから、カードのことを相談してみるのも手よ? それじゃあ、お仕事探しがんばってねぇ」

 

 薬草採取ってなんだそれ? まともな収入になるとは思えないんですけど……。もう盗賊プレイに気持ちが傾いてるから、そんなシケた仕事する気になれません。すまんなお姉さん。

 

「はい、検討してみます。それでは、お世話になりました」



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冒険者狩り

二話投稿二話目


 冒険者ギルドを出た僕は、リアトリス家への潜入計画を考えながら街をぶらついていた。

 まずはリアトリス家の位置を知る必要がある。領主という話だし、誰かに聞けばすぐわかりそうだけど、見慣れないエルフが領主家の位置を嗅ぎまわっているというのはあまりよろしくない。ここは別の手段で調べるべきところだが……。

 

「まあ、考えすぎだね」

 

 盗みが発覚したとして、街の住人に対して聞き取り調査をするとは限らない。仮に調査したとしても僕が尋ねた相手をピンポイントで見つけるのは困難だろう。仮に捜査の手が僕まで及んだとして、大人しく捕まってやる義理もない。

 

「結論。なにも困らない」

 

 ヨシ、適当な誰かに聞こう。ちょうど都合のいい人たちもいることだしね。

 冒険者ギルドを出てから、僕の後ろを男が二人でつけてきているのだ。

 この身体の感覚器官は大したもので、周囲の生物の気配が大体わかってしまう。なので男たちの尾行は最初から僕にバレバレだった。

 僕は追跡してくる男たちを引き離さないように、人気のない路地へと誘導していく。

 路地は恐ろしく道幅が狭かった。軽自動車でも壁を擦ってしまいそうな狭さだ。男二人で通せんぼされたら、すり抜けることは不可能だろう。男たちからしたら鴨ネギな状況だな。

 男たちを引き連れて奥へ奥へと進んでいくと、やがて行き止まりにたどり着いた。

 

「よぉ、お嬢ちゃん。道に迷っちまったかな?」

 

「うん、今日初めて来た街だからね。おじさんたちはリアトリス家って知ってる?」

 

 男たちは二十代半ばくらいと思われる二人組だ。二人とも革鎧を着こみ、腰に剣を下げている。どちらもニヤニヤと笑いながら、今来た道を塞いでいる。

 

「おじさんはひでーなぁ。これでも22なんだぜ? まあいいさ。リアトリス家だったな。もちろん知ってるぜ。教えてやってもいいけど、それには情報料が必要だな」

 

 ヤングマンになった僕から見れば、彼らは十分おじさんなのでおじさん呼びで問題ないのだ。

 

「へー、ちなみに情報料っておいくら?」

 

「なぁに、金は要らねぇよ。お嬢ちゃんが今着てる服。そいつをここに置いてってくれりゃあ、バッチリ教えてやるぜ?」

 

 なるほど、服狙いか。確かにこのミリタリーロリータ服は縫製も抜群に良いし、手工業の世界なら相当な高値になりそうだ。

 

「話にならないね。そこ、通らせてもらうよ」

 

「おおっと、そいつは残念だ。なら仕方ねぇ、じゃあ通行料ってやつだ。痛い目にあいたくなかったら、その服さっさと脱ぎな」

 

 会話役の男が剣を抜くと、もう一人が手をわきわきしながら、こちらににじり寄ってきた。

 

「へっへっへ、俺が脱ぐのを手伝ってやるよ」

 

 うわっキモ。発情した男キモ。さすがにこれは遊んでる場合じゃないぞ。最速で無力化しよう。

 素手で殴ったら肉片が飛び散りそうだし、とりあえず飛行魔法で浮かしておく。

 

「フライ」

 

 飛行の魔法で三階くらいの高さまで一気に持ち上げる。

 

「なっ! 魔法使いだと!」

 

 飛んでく仲間を見て、残った男が剣を構えてこちらに駆け寄ってくる。即座に攻撃とか、切り替え早いな。

 

「でも浮かす」

 

 再び飛行の魔法で持ち上げると、上昇の途中で男がこちらに剣を投げつけてきた。この人、とっさの判断力高いな。

 でも僕の身体って動体視力も半端なく上がってるから、余裕でかわせるんだよなぁ。かわすどころか掴み取るのも余裕。白刃取りだとさすがに怖いから、安全に握りをキャッチする。歩いてるカブトムシを捕まえるくらいイージーだ。

 頂戴した剣は抜き身で危ないので、とりあえずアイテムボックスにしまっておく。空中に入口を作ってポイだ。

 

「アイテムボックスだとぉ! ちくしょうッ! 銀級かよ!」

 

 んん? アイテムボックス使うと銀級? 銀級って銀札持ちってことかな? つまり戦力値1000でアイテムボックスが貰えるってことかな? 気になるから後で聞いてみよう。まずはお話がしやすいように、少し痛めつけてからだ。

 男をゆっくり上昇させて、一人目と同じくらいの高度まで持ち上げる。

 

「クソッ! クソクソッ! おい、待て! やめろ!」

 

「はい、どーん」

 

 地上三階ほどの高さから、二人一緒に地面まで一気に叩き落とした。地面にぶつかった瞬間に二人の周囲に光の膜のようなものが現れたと思ったら、その瞬間に砕けて消えた。これ見覚えがあるぞ。ワイバーンの攻撃を受けた時の騎士と同じエフェクトだ。

 

「クソッ! 外殻(クラスト)がッ!」

 

 外殻(クラスト)っていうのか、この便利なバリア。バリアを張るのに予備動作がなかったけど、事前に張っていたのかな? 叩きつけた後の二人は、空中であたふたしている。見たところダメージを負った様子はない。

 

「元気そうだね。もう一回やろうか」

 

「わあああ! 待て! 待て待て、待ってくれッ! 頼む! 謝るからカンベンしてくれ! もう一度落とされたら本当に死んじまう!」

 

「しょうがないなぁ。じゃあ、投げなかった人の剣も没収ね」

 

 武器を持たせたままでは、お話がスムーズに進まない。抵抗しづらいように二人を逆さ吊りにしてから、腰に下げてる剣を奪い取った。ついでに抜き身の剣の鞘も頂戴した。

 

「これでよし! そんじゃまずは、有り金を全部もらおうか。迷惑料ってやつだよ」

 

「そんなっ! ひでぇ!」

 

「バカッ! 黙って従え!」

 

 兄貴分っぽい人は物分かりが良くて助かる。二人はポケットから革の財布らしきものを出すと、地べたに放り投げた。僕は二人の動きを見張りながら財布を回収する。

 

「へー、長財布なんだ」

 

 巾着に金貨ジャラジャラなイメージだったので意外だ。さっそく中身を確かめてみる。

 

「わ、紙幣だ」

 

 現代の紙幣に見劣りしない精巧さだ。いいかげん慣れてきたぞ謎テクノロジー。疑問は後回しにして、さっさと金額を確かめる。兄貴分の財布からは6262ノリタマ。弟分からは1630ノリタマを回収できた。

 紙幣は1000ノリタマ紙幣しかなかった。硬貨は500、100、50、10、1ノリタマ貨を確認できた。なぜかアラビア数字だったので、非常に馴染みやすい。

 

「あんまお金持ってないんだね……」

 

 二人合わせて8000ノリタマ弱とは世知辛い。これっぽっちじゃ、一泊の宿代になるかも怪しいものだ。まあ、欲しいのは情報であって、カツアゲはあくまでついでだ。切り替えて情報収集に入ろう。

 

「それじゃあ、質問に答えてもらおうかな」

 

「なんでも答えるから、その前に逆さ吊りをどうにかしてくれ」

 

「うーん、また反抗されても面倒だしなぁ」

 

「あんた銀級なんだろ? 俺たち程度じゃ、まともに外殻(クラスト)を削れねぇよ」

 

「ふーん、まあいいか」

 

 外殻(クラスト)がよくわからないけど、勝ち目がないという認識なら許してやってもいい。くるりと回転させて二人の上下を戻してやる。

 

「ところで外殻(クラスト)ってなんなの?」

 

「は? ……外殻(クラスト)外殻(クラスト)だろ。なんだと聞かれても上手く説明できねぇよ。防御壁って言うのか? あんたもカード持ってるなら使えるはずだろ」

 

「カードを作ると使えるようになるの?」

 

「そのはずだ。使えるというか勝手に出て守ってくれる。これが割られない限り、本人がダメージを受けることはない」

 

 ほー、便利なもんだ。ゲームのHPみたいだ。HPが1でもあれば戦闘に支障はない感じがよく似ている。

 

「簡単に割れるところしか見たことないんだけど、これってどれくらい頑丈なの? あと割れたら直らないの?」

 

「堅さは人それぞれだろ。戦力値の高さと防具の守りによるって話だ。鎧を着てれば堅いし、布の服なら脆い。裸なら最初から出ない。それと割れた場合は、一時間くらい経たないと再生しない。単に削られただけなら数分で回復するがな」

 

 ふーん、それじゃあ格上相手にちくちく削っても自然回復で無効化されそう。戦力値至上主義になるのも頷ける話だ。

 

外殻(クラスト)のことはもういいや。次はなんで僕のことを銀級だと思ったの? アイテムボックスを使ったから?

 

「その通りだ。戦力値が1000になればアイテムボックスが解放されるからな。あんたが銀級だと知ってりゃ手を出さなかったってのによ……」

 

 なるほど。戦力値1000でアイテムボックスが使えるなら、そりゃ求人も多かろうという話だ。

 

「僕のことを狙ったのは、冒険者ギルドでカードを見たから?」

 

 おそらく薄暗い室内かつ、遠目で見た僕のブラックカ-ドを鉄札と誤認したんだろうな。

 

「ああ、そうだ。偽造なのか他人のカードなのか知らんが、まったく貧乏くじを引いちまったよ。ハナから俺たちみたいなバカを釣るつもりだったのか?」

 

「そういうわけじゃないんだけどね。じゃあ次にリアトリス家の場所を教えて。本当に知ってるの?」

 

「スマンが具体的な位置は知らん。リアトリス家は街で一番デカい屋敷だと話に聞く。貴族街なら教会の西にある。そこからは自分で探してくれ」

 

「ふーん、知らなかったんだ。まあ、それだけわかれば十分か。じゃあ最後に着てるもの全部脱いでくれる? 端金もらっても迷惑料にならないからさ」

 

「なっ! それは……」

 

「そんなぁ!」

 

 なんでそんなに躊躇うかな。人の身ぐるみを剥ごうとしたんだから、同じことをされても完全に自業自得だろう。脱がしていいのは脱がされる覚悟のある奴だけだ、という名セリフを知らないのかよ。

 

「脱ぐ気がないなら、その気にさせるまでだよ」

 

 僕は両手の人差し指を立てて、お互いを向かい合わせにする。その動きに連動して宙に浮いた二人も、お互いを見つめ合う形になった。

 

「お、おい! なにをするつもりだ!?」

 

「も、もしかして……」

 

「はーい、チュッチュしましょうねー」

 

 二本の指の位置を近づけて、二人にキスさせようとするが、二人ともそうはさせじと必死に首をねじって顔を背ける。

 

「待て! 待て待て! わかった脱ぐ! 脱ぐからそれだけは許してくれ!」

 

「ひいいぃぃぃ!」

 

 二人とも降参するの早すぎ。チューで気分が盛り上がった二人が、自分から服を脱いで愛し合うという完璧な計画だったのに、第一フェーズで任務を完了してしまった。不完全燃焼だけど目的は達成したし文句はない。

 

「じゃあ、きりきり脱いでねー」

 

「なんで俺がこんな目に……」

 

「うぅ……」

 

 パンイチになってる二人が脱ぎ捨てた服と革鎧を回収しようと、手を伸ばしたところで気付いた。

 

「う、くさい……」

 

 よくよく見ればボロいしバッチイぞ。転売してお金にしようと思ったけど、こんな汚物を査定させるなんて、お店の人にも迷惑だろう。アイテムボックスに入れるのも、空間が汚染されそうで気が進まない。

 

「いっそ燃やすか?」

 

「な、なんでだよ! 要らないなら返してくれよ!」

 

 心情的に焼却処分したいところだけど、街中で火の魔法は火力調整に不安があるし、煙が出たら騒ぎになりそうだ。魔法で空の彼方に飛ばしてもいいけど、なんの益も無いしただのイジメになってしまう。

 しょうがない、返してあげるか。冷静に考えれば、裸の二人を解放したら要らない注目を集めるし、警察的な組織に逮捕や事情聴取されては僕も困る。

 

「いいよ、返してあげる。ただし条件として、僕のことを誰にも話さないこと。ここで見たこと聞いたこと全部ね。約束を破ったら、今度はチューじゃなく、相棒の相棒をしゃぶることになるからね」

 

「ぜ、絶対に喋らねぇ……」

 

「エ、エルフ怖い……」

 

「それじゃあ僕は行くけど、もう悪いことしちゃダメだよ。やったら罰を受けるって肝に銘じておいてね。君たちのこと、ちゃんと見てるからね」

 

 脅しの言葉をかけつつ、透明化の魔法をかけて姿を消す。やべー奴に目を付けられたと思えば、彼らも少しは態度を改めるだろう。

 では、空に上がってリアトリス家を探そう。一番大きな屋敷なら、上から見ればすぐわかるはずだ。

 

「き、消えた……」

 

「一体なんだったんだ……」



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