.hack//G.U. THE HERO (天城恭助)
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三崎亮:オリジン

思いついたので書いた。
でも、完結できそうな気がしないので誰か書いてください。お願いします。
他にもたくさん書きたいのあるんだけど、完結できそうにないからやりたくないんですよね。


「こっちに来るな、化物!!」

 

 数人の子どもが一人の子どもに向かって石を投げていた。

 

「うぐっ……ぐすっ」

 

 子どもたちの年齢はみな5、6歳程度であった。白髪の子どもの身体の一部は人のモノとは思えないものに変化していた。

 

 世界の人口の8割が何らかの超常能力・個性を持つ時代にあってもより特異な者は差別的な扱いを受けることがあった。

 

「コラ! 止めないか!」

「逃げろー!」

 

 青髪の青年が、それを止めて白髪の子どもをいじめていた子供たちは走り去っていった。

 

「全く……大丈夫か?」

「……おじさんは怖くないの?」

 

 白髪の少年は青髪の青年を見上げて言う。その顔の一部はまるで人形のような、球体と化しており角の様なものも生えていた。

 

「おじさん……まだ、そんな歳じゃないんだが」

 

 青年は小さくぼやく。老け顔とは思わないのだが、小学生低学年からみたらそう見えてもおかしくはないのだろう。

 

「あぁ、全く怖くないとも。ヒーローを志すものとして、当然さ」

 

 立てるかいと、青髪の青年は手を差し伸べる。少年はどこか眩し気に思え、少し手で目を覆う。戸惑いつつも、青年の手を取り、立ち上がる。

 

「welcome to the world」

「え? 何?」

「おまじないみたいなものさ」

「おじ……お兄さんはヒーローを目指しているの?」

「そうだよ。そうだ。今のうちにヒーロー名を名乗っておこうかな。近いうちに免許も取れそうだしね」

「すごいね! それでなんて言うの?」

 

 

 

 

「オーヴァン」

 

 

 白髪の少年、三崎亮はその日からヒーローを志した。

 

 

 

その数日後

 

「あ、オーヴァン!」

 

 亮は、公園にてオーヴァンを見つけ駆け寄る。

 そして、オーヴァンの傍に自分と同い年ぐらいの少女が居るのに気付いた。

 

「オーヴァン、そいつは?」

「そいつは? はないでしょ」

「なんだとぉ」

「何よ?」

「ははは。まぁ、喧嘩するな」

 

 少女の名前は七尾志乃。癒しの個性を持った少女だった。

 

「でも、オーヴァンこの子、言葉遣いひどいよ」

「この子じゃねぇ。俺は三崎亮だ」

「私は七尾志乃」

「そんじゃ、志乃勝負するか?」

「パス。そんなに暇じゃないの」

「ははは。急に賑やかになったな」

 

 オーヴァンは二人の様子を見て、笑っていた。

 

「笑うなよ、オーヴァン!」

「いや、すまんすまん。でも、この感じなら二人を会わせてよかったなと」

「なんでそんな上機嫌なの?」

「お前らが俺以外に口をきいているの初めて見たからな」

「「なっ!?」」

 

 志乃も亮も個性だったり、性格であったり、浮世離れしていたために友達がいなかった。その二人を会わせてみたら、殊の外子供らしく口喧嘩を始めてオーヴァンは嬉しく思ったのだった。

 

 

 

 

それから、10年の月日が流れた。

 

 

 

 

 

 

「そっか。志乃と初めて会った時は、喧嘩したんだっけか……」

 

 ベッドから起き上がり、亮は一人ぼやく。過去の記憶を夢に見て、涙が一筋流れていたことに気付く。

 

「ちっ!」

 

 そんな弱弱しい自分に舌打ちを打つ。

 志乃は1年前に正体不明の(ヴィラン)に殺されていた。

 亮は現在ヒーローとなって、志乃の仇を取ることを決意していた。

 

 

 今日は雄英高校の試験日。亮は(復讐)への一歩を踏み出さんとしていた。

 




「welcome to the world」は本当にただ言わせたかっただけです。
マジで整合性合わせて上手く言わせてあげてください。つまり、誰か書いて。多分、エタるので。
というか、オーヴァンも亮も志乃も誰おま状態。


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三崎亮の個性

僕のヒーローアカデミアに関する描写はかなり省いていきます。ほぼアニメ知識で覚えてないし。不満がある人は書いて。


 雄英高校の実技試験。

 4種の仮想ヴィランロボを個性で行動不能にすることで、それぞれに応じたポイントを集めるというもの。

 4種はそれぞれ0P、1P、2P、3Pと割り振られている。

 妨害行為は禁止。

 

 

 なんだぁ? 余裕じゃねぇか。

 

 

 それが三崎亮の感想だった。まるでヴィランの様な笑みを浮かべる。一時は、自身の個性にコンプレックスを持っていたが、今となっては自身の個性を最強の力であると信じていた。

 

 

 

 試験会場に向かい、大量の人混みの中、神経を集中させる。有象無象は、気にかけずただ目的のために。

 

「じゃ、スタート」

 

 唐突に告げられた開始の合図に亮はすぐに反応した。他の受験生を置き去りにし、早々に個性を発動させる。

 腕は鋭い爪をもった腕に、足は槍の様な細い足に。色は黒くどことなく機械のような、人形のような雰囲気であった。しかも、僅かだが宙に浮いていた。走るでもなくスライドするように移動する。明らかに普通に人が走るより速い速度である。

 

「ずあっ!!」

 

 仮想ヴィランロボに向けて腕を振り下ろす。仮想ヴィランは真っ二つに割かれて壊れる。

 

「よし、次ぃ!」

 

 亮の動きは止まることなく、仮想ヴィランを破壊し続けた。一人の少女を見かけるまでは。

 

「っ、志乃!?」

 

 すれ違ったうちの一人が志乃によく似ていた。だが、違う。よくよく見れば自分と似たような個性を使っていた。

 亮の視線に気づいたのか少女も足を止めた。

 

「あの……何か?」

「なんでもねぇ……」

 

 亮はすぐにその場を去った。

 

「ちっ」

 

 亮は舌打ちをする。思考が乱れ、仮想ヴィランを撃破することに集中できなくなっていた。不意に受験生の姿が目に入る。と、同時に瓦礫が受験生に落ちようとしていた。

 

「! らぁあ!!」

 

 瓦礫ごと傍にいた仮想ヴィランをぶった斬る。

 

「てめえら雑魚は隅に縮こまってろ!!」

 

 受験生にそう罵倒を言い残しその場を去った。

 

 くそっ、くそっ、くそっ、くそっ!

 

 

 志乃との思い出、約束がフラッシュバックする。

 

『私たちはヒーローを目指すんだから人助けをしないと』

 

『大丈夫? 亮』

 

『亮?』

 

 

 不意に暗くなり空を見上げる。ギミックである、0ポイントの仮想ヴィラン。超巨大なそのロボットが前に立っていた。他の受験生たちが逃げ出す中、亮は立ち尽くす。

 

 

「俺は、ぜってぇに逃げねぇ」

 

 仮想ヴィランに対する姿と自身の追い求めるヴィランの想像の姿を重ねる。

 

「てめぇは絶対に俺がぶっ殺す!」

 

 亮は個性により浮きあがり、0ポイント仮想ヴィランの腹の高さで止まる。

 腕を突き出し、0ポイントヴィランに突進する。腹の部分にぶち当たりそのまま突き抜ける。

 

 

三爪痕(トライエッジ)!!」





ノってきたら多分文字数が増える。

もう片方書いてるのがそろそろ終わりそうですので、並行して進めようかと。


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悲劇の舞台

僕のヒーローアカデミアのシナリオをなぞりつつ.hack//G.U.のシナリオをなぞるような形になるので、実は.hack//G.U.の内容を知らない方が楽しめるかもしれない。もちろん、同時に追う都合上それなりの変化は起きるだろうけど。


『私が投影された!!』

「ぉっ」

 

 雄英から届いた合否通知。その映像に唐突に映し出された№1ヒーローの姿に驚く。亮はヒーローに詳しいわけではないが、さすがにオールマイトのことは知っていた。

 

「今回君の得点はヴィランポイント50ポイント。これでも合格圏内だが、見ていたのはそれだけじゃない! 審査制のレスキューポイント! 君には25ポイントが付けられた。合計75ポイント。堂々の合格だ!」

 

 亮は合格したことをあまり喜んではいなかった。ヒーローを目指してはいるが、究極的な目的はそこではない。伝説のヴィラン「トライエッジ」を殺すことにある。

 トライエッジは姿さえ誰にも見られたことがない。ネットの掲示板で名づけられたヴィランである。現れた場所には必ず三角形の傷痕(サイン)を残す。それだけならばただの悪戯かもしれない。だが、被害者も存在する。志乃は赤く光る傷痕を残して死んだ。

 亮は雄英ならば、情報も集めやすいと考えた。そして、トライエッジは恐ろしい強敵であるはず。そのためには更に強くなる必要がある。雄英ならば、強くなる環境としても十分だろう。

 

 携帯が震える。何かの着信だ。その送信者を見て驚く。

 

「オーヴァン!?」

 

『いつもの公園で待つ』

 

 今まで一切の連絡がなかったのに、急にだ。

 ともかく、オーヴァンの待つ公園へ向かった。

 

 

 そこには、左腕に枷のようなものを巻き錠前でカギをしている男。オーヴァンの姿があった。出会った頃にはしてなかったが、小学校を卒業するころにはそうなっていた。不思議に思って聞いたが、はぐらかして詳しく話すことはなかった。

 

 

「久しぶりだな。亮」

「久しぶりって……あんたが突然いなくなったんだろ! あんたが居なくなった後、志乃は……!」

「知っているよ」

「知っているって……どうして志乃の葬式に顔も出さなかったんだ!」

「ヒーローの仕事が忙しくてな……どうしても抜け出せなかったんだ」

「……あんた、一体どこにいたんだ……?」

「亮。お前は今のところ俺の期待によく応えてくれているよ」

 

 オーヴァンはゆっくりと歩きだす。

 

「そいつは小さな種子だった。そこに宿るものが何なのか。確かめるために俺はそいつを育てた」

「育てる? 何の話だ。オーヴァン」

 

 オーヴァンは足を止めた。

 

「比喩的な言い回しさ」

「その変な腕になってから、オーヴァンは話をはぐらかす……」

「……トライエッジのことを知りたいか?」

「ヤツを知っているのか!?」

「あれはただのヴィランではない。消えない傷痕を残す。俺の調査が正しければ、今日奴は戻ってくる。あの、悲劇の舞台にな……」

「あのさびれた聖堂か……! ついに、ヤツをこの手で……! 絶対に志乃の仇を取ってやる! なぁ、オーヴァン」

「あぁ、これは俺たちにしかできないことだからな」

「俺たちにしか……!」

「俺は準備があるので先に行く。あの場所でまた会おう」

 

 オーヴァンはその場を去っていった。亮も自身にできる準備を武器を用意した。頼りないかもしれないが、包丁などの刃物をいくつか用意し、あの場所へ。

 

 そこは倒壊した建物がそのまま残されていた。そして、中には台座が残されており、そこには三角形の傷痕が残っていた。その下には花束が添えられている。

 亮はここで志乃と会話したことを思い出していた。

 

 

『昔、ここには少女の像があったんだって』

『少女?』

『アウラ――そう呼ばれてたらしいよ』

『なんでなくなっちまったんだろ?』

「さぁ、愛想尽くしちゃったのかもね。この世界に……』

 

 思い出から引き戻すように音が聞こえる。ハ長調ラ音、亮が知る由もないが、そういう音だった。

 

「何の音だ……!?」

 

 見渡しても何もいない。もう一度台座の方を振り返ると、青い球体が浮かんでいた。そして光と共に小さく爆発した。

 爆風に目を閉じて、目を開けたときには蒼い炎を纏った男が浮いていた。

 朱い色をしたツギハギの服と帽子。地に降りて、武器を構えた。独特な武器だった。扇子のように開いて卍の字のような形になった短剣を二つ持っていた。

 

「こいつが、トライエッジ……!?」

 

 あの三角形の傷痕のイメージと重なる。亮はこいつこそがトライエッジだと確信した。

 

「てめぇえええええ!!」

 

 亮は個性を発動させた。全身が異形の姿へと変わる。実技の試験とは違いより禍々しく、歪に、凶悪に尖った爪や脚部。三つ目で口や耳もない姿。

 亮は爪を振るった。人に当たれば容易に人を殺傷するモノだが、そいつは短剣一本――つまり左手だけで防いでいた。

 

「このぉ!!」

 

 その後も、連続で攻撃するも全て片手で防がれる。そして、そいつは右手の短剣を振るう。亮はそのまま弾かれ飛ばされ、右手の爪と化した指が粉々に割れていた。

 

「があぁあああ!!」

 

 異形のままで血は流れないが、激痛が走る。亮は睨みつける。

 

「一体何なんだ、てめぇは……?」

 

 相手が応えることはなかった。ただ虚ろな目で亮を見ていた。

 

「こいつが……こいつが……志乃を……!」

 

 右手を元の人間の腕に戻して包丁を持つ。

 対照的にトライエッジは武器をしまった。

 

「まだまだぁ!!」

 

 左手でトライエッジを再び攻撃したが、右手の素手だけで受け止められた。

 

「!? これならどうだ!」

 

 右手にあった包丁を突き刺すが、左の掌が覆うようにすると消し去られてしまった。

 

「!!?」

 

 驚いている間に、トライエッジの手が亮の顔を覆っておりそのまま突き飛ばされた。とても人間の力とは思えなかった。今までの戦いから見てまるで複数の個性を持っているようだった。

 だが、亮はまだ諦めてはいない。

 今度はトライエッジが右手を挙げた。

 

「何をする気だ?」

 

 そのまま亮に右の掌を向ける。トライエッジの右腕を腕輪のように光が纏う。そこから光が翼の様に広がる。その翼は腕はを中心に回転し、掌には徐々に光が集まり、それが亮に放たれた。

 

「……! 避けられねぇ!」

 

 光の玉が亮を直撃した。

 

「がああああああ!!」

 

 全身に痛みが走った。光は1、2秒の間だけ亮に纏わり付いていたが消え去った。

 

「なんだ……?」

 

 異形となっていた部分が崩れていくように消え去っていく。

 まるで自分そのものが消え去るようだった。

 

「はぁはぁ、はっ、はっ、ああああああああ!!」

 

 亮は恐怖に怯えたような絶叫を挙げて気絶した。トライエッジが去る姿を目の端に写して。




誰か、続きを書きません?


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消失

先の方まで考えてはいますが、続けられるかはわかりません。
考えているだけで、プロットも何も作ってないですしね。


「ここは……」

 

 亮が目覚めたとき、そこは病院のベッドの上だった。

 

「ようやく目覚めたか」

 

 そこには見知らぬ小汚い男が居た。

 

「入学早々サボりかと思ったが、面倒なことに巻き込まれたみたいだな」

「あんたは……?」

「俺は相澤消太。雄英高校1-Aの担任。つまり、お前の担任ということになるな」

「担任……?」

 

 亮はまだ意識がはっきりとしなかった。そして、トライエッジとのやり取りを思い出し、飛び起きた。

 

「トライエッジは!?」

「トライエッジだと? まぁ、詳細は警察に話してもらうが、何があったか簡潔に話してくれ」

 

 亮は、オーヴァンからトライエッジの情報をもらったこと。トライエッジらしき者と出会い戦いを挑み、負けたことを伝えた。

 

 相澤は、亮の行動に呆れた。問題行動のこともそうだが、入学早々出遅れたこともあり、除籍処分も考えたが、校長から止められていたこともあり留まった。

まだ、自分の生徒だとは言い難く、説教も警察がしてくれることだろう。

 

 

 しかし、オーヴァンなんて久しく聞いた名だ。と、相澤は思った。11年前のモルガナ事件の被害者の一人で重傷を負い、もはやヒーローを目指すことは叶わないと思われながらも、そこからヒーローになった。一時は華々しいデビューを飾り将来を有望視されたが、今では見かけることはない。

 

「……まぁ、いい。学校に来たらすぐに体力テストをする。準備しておけ」

 

 

 

 その後、身体の方に問題ないと医者にお墨付きをもらい退院。調書を取るために警察署まで出向いたり、結局、雄英高校に登校することになったのは入学式から翌週になった。

 雄英高校には、友達を作りに来たわけではない。だが、非常に気まずい。亮は1-Aの教室の目の前で、手を止めてしまった。

 

「おや? 君は……君が三崎君か!?」

 

 眼鏡をかけた真面目そうな少年。飯田天哉が亮に話しかけた。

 

「あ、あぁ。そうだけど……」

「そうか! よかった! 早く教室に入りたまえ」

 

 教室の戸を開けて、先に入るように促す。喜色満面であることにいいしれない温度差を感じつつ「お、おう」と教室に入る。

 

「君の席はここだ」

「サンキュ」

 

 周りの話す声が聞こえるが、特に気にしない。ここには目的のために来ているのだから無駄な会話は必要ない。

 

 担任である相澤が教室に入ってきた。

 

「三崎、ちょっとこっちに来い」

 

 黒板の前に立つ形になった。

 

「前から知らせてはいたが、こいつが事故があって入学が遅れた三崎亮だ。ほれ、適当に挨拶でもしろ」

 

 事故?

 訝し気に思う。ヴィランに襲われたのだから事故ではなく事件だ。単に言い方を変えただけかもしれないが、その言葉に引っかかった。

 

「三崎亮だ。よろしく」

 

 ただそれだけ伝えればいいだろうと、それだけ言った。

 一部クラスメイトは「それだけしか言わないのかよ」と思った。

 

「お前らにおしゃべりする暇なんかないぞ。三崎はこれから体力テストだ。いいな?」

「はい」

 

 相澤に連れられ、体操服に着替えた後にグラウンドへ出る。

 

「よし、これから個性を使って体力テストを行う」

「個性を使って?」

「今までは個性を使わず画一的な平均を取ってきただろうが、ここでは現在の限界値を知るために個性を使え」

 

 なるほど。合理的だ。と、意気込み手だけを変化させようとしたが、変化しなかった。

 

「?」

「どうした」

「個性が発動しない……?」

 

 何故。どうして。と、混乱する。自身の記憶を探り、一つ思い当たる。

 トライエッジから最後に受けた攻撃。まるで自身が崩れ去るかのように見えたあの攻撃だ。

 

「個性が使えないのか?」

「……はい」

 

 相澤は数秒逡巡した後、

 

「とりあえず、個性なしで測るぞ」

 

 そう告げた。

 

 

 亮の体力テストは至って平均的だった。個性なしの割には良い方というぐらいで、とびぬけた物は一つもない。

 相澤は頭を悩ませた。入試での活躍は確かに目を見張るものがあった。だが、現状の体力テストを見る限りとてもヒーローを目指せるものとは思えない。それなら除籍処分にするのが彼の常だった。しかし、校長から理由もわからず止められていた。三崎亮を退学させてはならないと。当然、理由を聞いたが頑なに話すことはなかった。

 

 

 亮は焦りを感じていた。あまりにも情けない結果しか出せない。単純に身体能力で言えば中学の頃よりは良くなってはいるが、あまりに普通だ。個性をもってすれば、いずれか、あるいは複数の項目で普通ではない記録が出せる。

 結局、全ての項目を測り終えて、普通の結果だけを残すこととなった。

 

 

 個性を使うことすらできない今の現状では、ヒーローを目指せるものではない。余計に苦しめることになる。この状況が続くようなら早急に諦めさせた方がいい。そう言ってやりたいのだが、二の足を踏んでいた。それを言うために自身の教職を諦める必要があるかもしれない。他のヒーローを目指せるものを置いて、自身が辞めるわけにはいかなかった。

 

「……飯を食って、午後の授業に備えろ」

 

 それだけしか言えない自分に腹が立っていた。そして、他の自分の仕事に戻るしかなかった。

 

 

 残された亮は、拳を握りしめ

 

「畜生っ!」

 

 そう言うことしかできなかった。




三崎亮の個性に関してはおそらく2話ぐらい先で詳しい説明ができるかと思います。まぁ、ちゃっちゃとここで明かしても良い気もするんですがね。


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メイガス

ヒロアカ描写省き過ぎてただの.hack//G.U.になってる気がしますが、気にしないでください。


 クックヒーローランチラッシュが作る、食堂で昼食を取る。場所が広いこともあって、一人の席を見つけるのは思ったより簡単だった。亮は、あまり人と関わりを持ちたくない。志乃を失ってからは、余計にその思いが強くなっていた。

 

「あの、お一人ですか?」

「あぁ?」

 

 苛立ちのまま振り返るとそこに立っていたのは以前、試験会場で見かけた志乃によく似た女だった。

 

「あ、あぁ……」

 

 その顔を見て、声のトーンが小さくなった。

 

「前の席、失礼しますね」

 

 前に座ると顔が余計によく見える。亮には、それが見たいが見たくないものだった。

 

「合格できてたんですね。よかったです。しばらく見かけなかったので心配していたんですよ。試験の時、すごかったので私が合格できていてあなたができていないなんてとても思えませんでしたから」

 

 笑顔もよく似ている。志乃はもっと落ち着いた雰囲気ではあったが。

 

「そういえば、お互い名前も知りませんね。私は日下千草(くさかちぐさ)と言います」

「三崎亮だ」

「……何かありました?」

「そりゃ、何かはあるだろうよ」

「いえ、そうではなくてですね、話しかける前は元気なさそうに見えて、今は私から視線反らしてませんか?」

「……特に意味はない」

「そうですか……何か困ったことがあるなら私に何でも相談してくださいね!」

「あぁ」

 

 煩わしいと思いつつもただ無下することはできなかった。志乃によく似ていたから。

 

 

 

 午後の授業には、ヒーロー基礎学の授業が行われた。

 オールマイトが教室に現れたときは、クラスメイトが色めき立っていたが亮は終始不機嫌そうな顔をしていた。

 オールマイトから戦闘訓練を行うために、コスチュームに着替える様に言われた。

 

 全員が入試にも使用された演習場に出た。

 

「始めようか有精卵共!! 戦闘訓練の時間だ!」

 

 戦闘訓練は基礎を知るために屋内での戦闘演習をするとのことだった。

 クラスメイトは同時に質問を投げかけるためにオールマイトは困っていたが、とりあえず状況設定が説明され、組み合わせはくじで行われることになった。

 

「オールマイト」

「なんだね。三崎少年。って、コスチュームに着替えていないのかい?」

「いえ、調子が悪いんで見学にさせてください」

「ふむ……しょうがない。けど、体調管理はしっかりね」

 

 オールマイトは内心、一人余るのをどうしようかと悩んでいたので渡りに船だったりした。しかし、教師としてこういうのもしっかり対処できないとますいんだろうなぁと別な悩みも抱えていたりした。相澤と情報共有をして、現在亮が個性を使用できないことも聞いてはいたが、ここでデリケートな問題に突っ込むこともない。

 

 

 

 亮はクラスメイトの戦いぶりをみながら、トライエッジ対策を考えていた。

 緑谷と爆豪の闘いを通してみて、緑谷のパワーや爆豪のコスチュームによる爆破ならあるいはトライエッジの防御を崩せるかもしれない。だが、参考にはならないし同じことができたとしてとても倒せるとは思えなかった。

 そして、その後のクラスメイトの戦いぶりをみて、いつも通り個性を使えたとして、勝つのが危ういと思うのは、轟ぐらいだろうか。だが、轟との戦ったとしてもトライエッジの対策にはならない。

 しかし、その対策以前に自分の個性を取り戻さなくては雄英に居られるかも危うい。個性がなければヒーローという職業はほぼ成り立たない。

 講評を聞きつつも、自身の心配事のためにほとんど聞き流す形になってしまった。

 

 

 

 放課後、クラスメイト達が爆豪との戦闘演習で怪我をした緑谷を心配し、あるいは授業の感想を言いに行くなか、亮はまっすぐ家に帰ろうとしていた。

 

「三崎さーん!」

 

 校門の直前で、日下に話しかけられた。

 

「途中まで一緒に帰りませんか?」

「……別にいい」

 

 亮はそのまま歩き出す。

 

「それってどっちですか? あ、方向同じですね」

「勝手にしろ」

 

 

 最寄り駅につき、さすがに改札まで付いてくることはないだろうと振り返ると日下は足を止めていた。

 

「三崎さん、変な音が聞こえませんか?」

「変な音って、人も結構いるし何の音かわかんねぇよ」

「一緒に見に行きましょう!」

「ひとりで行きゃいいだろ」

「ダメ……ですか?」

 

 悲しそうな顔をされて、亮は志乃を悲しませた様な錯覚に陥った。

 

「わかったよ。行けばいいんだろ、行けば」

「ありがとうございます! こっちです」

 

 日下の後を付いていくと、人の少ない裏路地へと進んでいった。そして、行き止まりのその場所には三角形の赤い傷が付いていた。

 

「トライエッジの傷痕(サイン)!?」

「トライエッジ? この傷痕はそう言うんですか?」

 

 亮がトライエッジの傷痕に触ろうとすると、傷痕が光った。

 

「何だ?! 傷痕に吸寄せられてる!?」

「うわぁ!」「きゃあ!」

 

 

 気づけば地底空洞の様な場所に居た。目の前には湖が広がっており、そこには大きな光る木があった。

 

「なんでしょう? 誰かの個性でしょうか?」

 

 悪戯にしてはたちが悪い。あまり長居はしない方がよさそうである。

 

「三崎さん。あそに人が!」

 

 そこには薄紫の長髪の青年がいた。木に腰をかけ、掌の上には黒い泡――穴のようなものがあり、それと戯れているように見えた。

 

「なんだろう? 綺麗……」

 

 青年の容姿が美形だったこともあり、その光る木と併せて幻想的に見えた。しかし、その浮かぶ黒い泡からは不吉な印象を受けた。

 

「聞こえる……音があの人の方から」

 

 青年の肩には白い猫がおり「にゃあ」と鳴く。青年はその猫を気にかけながら、木の裏側へと行った。

 

「あいつ、なんなんだ?」

「聞いてみましょう」

 

 日下は走って青年の後を追う。

 

「待ってくださーい!」

「危ないぞ!! 止まれ!!」

 

 誰かがそう言った。

 

「え?」

 

 日下と亮は振り返り声の主を探した。

 その後ろでは、黒い泡が合わさり空間にできた巨大な穴と化した。

 そこから3m以上はありそうなまるでミジンコのようなモノが出てきた。それには目も口もある様には見えず、中心部が淡く光っていた。頭頂部と思われる部分からは四本、触覚のようなものが生えていた。

 それに気づいた日下と亮。

 

「何?!」

 

 そして、亮たちをかばう様に一人の男が現れた。

 

「下がってろ」

 

 黄色いコスチュームを着た、水色の長い髪をポニーテールの様に纏めている男だった。

 

「行っけぇ!! 俺の――メイガスッ!!」

 

 その言葉と共に、男は変身した。頭は仮面の様なものを被っており、腕は細長く木の枝を思わせる。木の葉を思わせる緑色の楕円形のモノも付いている。下半身に足はなく、尻尾の様になっていた。その尾にも木の葉を思わせる物体が付いていた。その全体の大きさは、出てきた巨大なミジンコに劣らないものだった。

 その姿は亮が使う個性に少し似ていた。だが、決定的に何かが違う。自身が使うものと形が違うだとか大きさが違うとかそんな些細なことではない。感覚的だが、何かが違っていた。

 

 ミジンコの様なものは、レーザー光線を男に向けて放った。男はバリアを張って防ぎ、直後一気に距離を詰めてパンチで攻撃する。ミジンコの様なものにあった何かが壊れたように見えた。

 そして、男は右手をミジンコに向ける。右腕は大砲の砲身の様になり、その周りからは木の葉の様なものが生えていた。そして、その砲身から光球が放たれた。ミジンコに当たると、爆発したように強く発光し、気付いた時には消え去っていた。そして、男は元の姿に戻っていた。

 

「無事かい? お二人さん」

「あの……助けてくれてありがとうございます」

 

 日下がお礼を言う。しかし、亮は男を怪しく思っていた。

 

「いやいや、ヒーローとして当然のことをしたまでだ」

「ヒーローなんですか?」

「正確にはインターン生だけどね。それに君たちと同じ雄英生だ」

「先輩ですか!?」

「そう。三年の香住智成。ヒーロー名はクーンだ。よろしく!」

 

 一見すると好青年に見えるが、そこはかとなく怪しい。

 

「あれは結局なんなんだ?」

「うーん……俺から詳しい説明はできないかな。知りたいなら俺のインターン先に来るといいよ。三崎君に日下さん」

「お前、どうして俺たちの名前を!?」

 

 まだ、名前を言っていないのに名前を知っていた。自分たちは入学したばかりで有名人というわけでもない。

 

「あぁ、ごめんごめん。無駄な警戒をさせちゃったね。俺の個性もそうだけど君たちの個性もちょっと特殊なのはわかっているかな?」

 

 日下も亮も他人に言ったことはなかったが、それには気付いていた。何せ最初から普通ではなかったから。日下も亮も互いにそれを知る由もないが。

 

「あれ、だんまり……? まぁ、簡単に説明しておくと俺のインターン先はそういうことがメインなのさ。三崎君、君の探しているトライエッジの情報も何かつかめるかもね」

「てめぇ……どうしてそのことまで……!」

「だからさ。そういうこともひっくるめてとにかくおいで」

 

 亮は日下を見やる。日下はどうするのだろうか。こいつに付いていっても大丈夫なのだろうか。日下も一緒でいいのだろうか。様々な思いが入り混じっていた。

 

「どうしました?」

「……なんでもない」

「俺、なんか信用されてないみたいね……ヒーロー志望としてはなかなかショックかなぁ」

 

 おどけているように見えなくもないが、本当にそう思っているようだ。

 

「それで、来る? そろそろ報告に戻らないといけないんだよね。時間に厳しい人がいてさ」

 

 亮は迷ったが、トライエッジのこと、自身の個性のこと知りたいことは山ほどある。少しでも情報が得られるのであれば、付いていくほかにない。

 

「俺は行く」

「私も行かせてください。私もあの個性のことを私は知りたいです」

「そっか。それじゃ行こうか」

 




次回、説明回。話がほとんど進まないと思います。


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レイヴン

 

 クーンこと香住智成に連れてこられた場所は都内の一等地。ヒーロー事務所が至る所にある場所だった。50階建ての高層ビルの最上階。そのワンフロアが香住のインターン先のヒーロー事務所だった。

 

「戻ったよ、パイ」

 

 そこには露出度が高いコスチュームを身に着けた女性がいた。眼鏡をかけており、長い桃色の髪をツインテールにしていた。

 

「ご苦労様。そこの二人が例の子たちね」

「あぁ、あれが見えてたから間違いない」

 

 

 

 香住は報告をしていた。亮と日下は断片的には聞こえていたが、内容は全くわからなかった。

 

「おっと、待たせちゃってごめんね。改めて『レイヴン』へようこそ。三崎君、日下さん」

 

 香住が両手を広げて歓迎のポーズを見せる。

 

「レイヴン?」

「ここの事務所の名前だよ。普通はヒーロー名と事務所ってくっつけた名前だけど、ここはヒーロー事務所には見えないしね」

「クーン……」

 

 女性が、睨みつけるように香住を見る。香住は小声で「おぉ、怖い」と漏らす。

 

「彼女はパイ。ここでサイドキックをしている」

「よろしく」

 

 パイは格好に見合わず、生真面目かつ堅そうな雰囲気を持っていた。亮と日下は思わず頭を下げて挨拶をする。

 

「それでここの事務所のトップが八咫だ」

「八咫?」

 

 亮はヒーローに詳しい訳ではないが、全く聞き覚えがないというのもおかしく思った。ここの一帯は有名な実力者のヒーローばかり。そうでなくてはこんなところに事務所を構えることなどできない。

 

「八咫はここの奥の部屋に居る。お目当ての話は八咫から聞いてくれ」

「あれ、一緒に来ないんですか?」

 

 日下が疑問を口にする。

 

「話を聞くのは君らだけだしね。まぁ、とにかく行っておいで」

 

 奥の部屋に入るとそこは薄暗かった。そして、かなり広い。このフロアのほとんどのスペースをこの部屋が占めているであろう広さだ。そして、その奥には何かの端末らしきものが置いてある。その端末らしきモノの上にある壁にはウロボロスの意匠があり、回転し続けていた。

 突如、電源が入ったように明るくなる。だが、その明るさは蛍光灯などの明るさを得るためのものではなく、電源が入っていることや、何かしらが動いていることを伝えるランプのような明かりだ。

 

「ようこそ知識の蛇へ」

 

 端末のある場所に立っていたのは、金髪の坊主頭をした男だった。服は色眼鏡をつけた修行僧の様にも見える。

 

「あんたが八咫ってやつか?」

「はじめまして……と言うのも妙な感じだ。私は君たちをずっと見ていた」

 

 八咫が端末に手をかざすとその部屋に一気に映像が映し出される。

 

「なっ!?」

 

 それらは、監視カメラの映像のように見えた。だが、尋常な数ではない。ざっと見ただけでも数百はありそうだ。

 

「今は世界の人口のおよそ8割の人間が何らかの超常能力を持つ社会だが、それらを大きく狂わすほどの異常が起こっている。それは、事象として、あるいは対象として様々な形で世界に表出する。三崎亮、君が体験した個性の異常もその一つだ」

「え? 三崎さん、それ大丈夫なんですか!?」

「あ、あぁ。って、そうじゃねぇ! 俺たちを監視していたのか!? 何の権利があってそんなことをしやがる!」

「私はこれでもヒーローなのでね。ちゃんとした調査だよ」

「調査だと?」

「本来、この世界にはありえないはずの異常。しかし、この世界に確実に存在する現象。我々はそれらを総称してAIDAと呼んでいる」

 

 聞いたことがない言葉。おそらくは何らかの略称だが、検討が付かない。

 

「今はまだ、ほとんどの人間に知られていない。現段階においてはその程度のレベルではある。しかし、三崎亮、君はそれに遭遇しているはずだ。そして、その脅威を、危険性を目の当たりにしている」

「……トライエッジ」

「彼が君に使った技。あれは、データドレインと呼ばれている技だ」

「データ……ドレイン?」

「個性を封じる個性自体は存在する。だが、データドレインの本質はそこではない。あれは、個性を含めた身体を改変させる技だ。その程度で済んだのは運が良かったとも言える」

 

 改変という言葉がどの程度のものかはわからないが、死んでいてもおかしくはなかったということだろう。

 

「トライエッジはAIDAなのか?」

「その可能性は否定できない」

 

 亮はその曖昧な言葉に対して舌打ちをする。

 

「また被害者たちの行方も調査中だ」

「被害者たちの行方?」

「AIDAに攻撃された、あるいはそれに類する何かに攻撃された時、その人間はどこかに消え去る」

 

 亮は志乃が殺された時のことを思い出した。志乃を攻撃をした張本人を見ることはなく、現場に着いた時には既に息絶えようとしている志乃がいた。すぐに救急車を呼ぶために携帯にかけながら志乃に駆け寄ったが、志乃はその場に大量の血痕と亮に言葉だけを残し、光の塵の様になって姿を消した。その残された血の量からほぼ確実に失血死していると考えられたため志乃は遺体がなくとも死亡したと断定された。

 

「我々はその様な被害者たちを未帰還者と呼んでいる」

「未帰還者たちは一体どこに行ったんだ」

「調査中だと言ったはずだ。怪しい場所があるにはあるがね」

「なら、そこを探しゃいいだろ!」

「既に調査済みだ。それに君たちも訪れただろう。あの異質な場所を」

 

 得体のしれない何かに襲われた場所。おそらくは得体のしれないあれがAIDAと呼ばれるものなのだろう。とにかく、あの場所は確かに普通ではない。どこにも出口はないが、傷痕を通してのみ出入りが可能な場所だ。

 

「あれはロストグラウンドと呼ばれている。この世界のどこでもない場所。GPSや発信機を付けて訪れても、世界中のどこにも反応がない。つまり、少なくともこの地球上ではないことは確かだ。一般には知られていないが、既にいくつか発見されている。君たちが入った場所は最近新たに確認された場所だ」

 

 そこに香住が調査に行く前に、亮たちが訪れていた。

 

「それで、どうして私たちを呼んだんですか?」

「君たちにAIDA調査を協力してもらいたい」

「私たちまだヒーローの仮免試験も受けてない学生ですよ」

「現状、AIDAに対抗するには特殊な個性を持つ人間にしかできない」

「それが、俺たち?」

「その特殊な個性を使うものたちを碑文使いと呼ぶ。クーンやパイもその一人だ」

 

 何故、碑文使いと呼ばれているのか。何故、自分たちはその個性を使うことができるのか。何故、碑文使いにしかAIDAに対抗できないのか。疑問は尽きない。

 

「どうして、碑文使いにしかAIDAに対抗できないんですか?」

「AIDAは普通の攻撃で傷つくことがない。どれだけの破壊力を有する個性や武器であろうともだ。碑文使いの能力だけがAIDAを駆除することができる」

 

 確かにその様な存在であれば、頼らざるを得ないのもわからないこともない。しかし、いくらヒーロー志望と言えど学生を頼るのは如何なものだろう。

 

「どうして、私たちにその碑文があるんですか?」

「君たちもおおよその検討はついているのではないかね? 君たち二人は11年前に事件に巻き込まれたはずだ」

 

 11年前、通称モルガナ事件と呼ばれる事件があった。8人のヴィランによって、災害レベルの被害がもたらされた。おそらく、ヴィランが起こした事件の中で最も甚大な被害を出した事件。

 

「その際に君たちは、移植手術が必要になるほどの重傷を負った。だが、君たち以外にも重傷を負った者はたくさんいた。ドナーが不足するのも当然だ。人工臓器では無理があった。そこで、君たちに提供されたのはそのヴィランたちの臓器だよ」

 

 その真実はヒーロー志望にとっては、かなり酷な話だった。臓器移植を受けたことは二人とも知っていたことだが、ヴィランのモノであることは知らなかった。

 

「そのヴィランの臓器を移植された者たちは、元々持っていた個性に加えて、変身する能力を得た。それが君たち碑文使いだ」

 

 元々持っている個性。亮も日下も変身する個性の他に元々個性を持っていた。それも使えなくなったわけではない。複合個性というわけでもないにもかかわらず、全く関係性のないそれらは普通では考えられないことだ。

 

 亮は元々『錬装士』という個性を持っていた。しかし、複数の武器が使えるはずのその個性は短剣しか創り出すことができなかった。変身する方が手っ取り早い上に変身は身体能力も大きく上昇するので使うことはなかった。また、個性の併用もできなかった。

 

「そういえば、三崎君は元々持っていた個性が使えるかは試していないのかね?」

 

 確かに試していなかった。もう使うこともないと思っていたからだ。ほぼ存在も忘れかけていた。

 

「……はぁっ!」

 

 腰に差している短剣を引き抜くように動作をすると、その手には短剣が握られていた。

 

「できた……」

 

 これで最低限の力は確保できた。と、考えてもいいのかは判断に困る所だった。

 

「碑文使いの能力と個性の併用は不可能であると思われるが、元々の個性を鍛えておいて損はない。個性を鍛えれば、碑文使いの能力も向上することがわかっている。ただ、加えて言うと君たちはまだ真に碑文使いと呼べる状態ではないがね」

 

「どうしてだ?」

 

「それは君たちがまだ開眼していないからだ。開眼した者の変身は憑神と呼び、碑文使い以外の人間に変身した姿が見えることはない。そして、AIDAに対抗できるのは開眼した碑文使いだけだ」

 

「お前たちに協力すれば開眼できるのか?」

「もちろん。むしろ、そうなってもらわなければ困る」

「いいぜ。協力してやるよ。ただし、俺に指図すんな。それが条件だ」

 

「日下君、君は?」

「私は……この個性を誰かに役立てられるなら手伝わせてください」

 

「よろしい。時間ももう遅い。憑神については後日、クーンから直接聞くといい」

 

 

 

 

 

 

 三崎達がそれぞれの帰路についた後

 

 

「八咫様……本当にあんな学生に力を持たせても大丈夫なのでしょうか」

「……遅かれ早かれ彼らは開眼に至る。そこは問題ではないよ、パイ」

 

 八咫はオーヴァンの個人情報を見ながら思考を続けた。

 

 

 

 

 

 そして、ところ変わってオーヴァンはある者と接触していた。

 

「探したよ。オール・フォー・ワン」

「僕を探し当てるとはなかなかやるじゃないか。でも、僕は君のことをまるで知らない。教えてくれないか?」

 

 オールフォーワンの声音はとても穏やかだった。しかし、心中は穏やかではない。

 場所が誰かに割れるようなことは一切していない。完全に闇に潜んでいたはずだった。それなのにこの男は居場所を突気止めた。

 

「今は活動していないが、ヒーロー名、オーヴァンだ」

「ヒーローが僕のところに来る……か。そもそも僕のことを知るヒーローはほとんどいない。一体、何をしに来たんだい?」

 

 何者なのか知っていて、この場にやってきたヒーローならば、捕まえるために行動するのが普通だ。ならば、オーヴァンの目的はそれ以外だ。

 

「あんたと敵対するつもりはないよ。ただ少しばかり協力しに来たんだ」

「協力? ヒーローが、僕に?」

 

 オールフォーワンの声に笑いが混じる。

 

「単刀直入に聞くよ。その目的は?」

「黄昏の鍵」

 

 

 その存在を知るは、未だ誰もいない。




最後にとりあえず、オーヴァン出しておきました。どう話に絡めるかはまだ考え中。
ついでに言うと他のG.U.のキャラをどうやって出そうか頭を悩ませている最中です。


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胎動

 翌日のHR、相澤から学級委員長を決めるように告げられた。

 クラスのほぼ全員が率先して引き受けよう、というよりやりたがっていた。その中で三崎は一切やる気はなかった。

 飯田の提案により投票で決めることになり、三崎は特に何も考えず飯田に投票した。

 結果的には、緑谷三票の八百万二票で委員長と副委員長は決まった。飯田には一票しか入っていなかったため、他の誰かに入れたのだろう。やりたがっていたのに何を考えているのやらと内心思っただけで三崎は誰に言うこともなかった。

 

 

 昼休み、クーンこと香住の姿を見つけた。向こうも気づいたのか、こちらに駆け寄ってきた。

 

「『G.U.』に入るんだってな。これからよろしく」

「ジーユー?」

「八咫から聞いてないのか? レイヴンは仮の名前で俺らは『G.U』って呼んでる」

「意味は?」

「何かのプロジェクト名だって聞いたけど」

「ふーん……それより、憑神について教えろよ」

「別に気にしちゃいないけど、先輩に中々すごい態度するね」

「敬語使った方がいいのか?」

「いや、全然気にしなくていいよ。俺もその方がやりやすい」

 

 

「三崎さーん! 香住さーん!」

 

 日下も来たので、そこで昼食を取りながら話を聞くことになった。

 

 

 曰く、憑神とは個性に非ざる個性。肉体よりも精神に結びついている力だと言う。

 精神に結びついている力故に身体をいくら鍛えたところで開眼に至ることはない。

 

「それじゃあ、どうすんだよ」

「心で碑文使いのルールを理解するしかない」

 

 クーンが自身の胸を親指で指差しながら言う。

 

「心で理解って……どうやって?」

「意識を研ぎ澄ますこと……一番手っ取り早いのは実戦なんだけど、対人でやるわけにもいかないからなかなか難しいんだよね」

「お前も確かな方法が分かっているわけじゃないのか」

「たはっ。痛いとこ突くね。俺やパイが碑文使いとして開眼したのも偶然の事故のようなものだった」

 

 ウゥーーーー!!

 警報が鳴り響いた。

 

『セキュリティ3が突破されました。生徒の皆さんはすみやかに屋外へ避難してください』

「なんだ?」

「誰かが校内に侵入したみたいだね。落ち着いて行動しよう」

「でも、皆さん相当に焦って出口で混みあっちゃってますよ! 誰かがちゃんと誘導しないと!」

「ンなこと言っても、あの状態じゃ下手に動けねぇよ。ったく、何をそんなに慌ててるんだか」

 

 ここは現役のヒーローたちが教師を務める高校である。ヴィランが攻め入って来たのだとしても相当に強力でない限り、優々と対処できるだろう。

 

「少なくとも俺はセキュリティ3が突破されるなんてのは初めて聞いたし、慌てるのも無理はないさ。ここにいる誰も彼もがヒーロー科と言うわけでもないしね」

 

 その混乱の人混みの中、一人が浮き上がり出口の壁の所に激突した。そのポーズは非常口の看板の様になっていた。

 

「皆さん、大丈ー夫!! ただのマスコミです!」

 

 そうやって飯田が混乱を収めていた。

 

「お、やるねぇ。彼」

「……麗日の個性でも借りたのか?」

 

 飯田の個性だけでは不可能な動きであったこと。緑谷と麗日と飯田が一緒に行動しているのを見かけたことからの連想だった。

 

「おや、知り合いかい?」

「クラスメイトだ」

「へぇ。あれは仲良く……とまでは言わないけど、関係は作った方が良いと思うぞ」

「なんだ、急に」

「ただのお節介だよ。まぁ、彼に限ったことじゃないけど情報を集めるならもう少し気を使った方が良い」

「……気には留めておく」

 

 香住の言うことも最もなことである。しかし、三崎の性には合わないことで、できそうもなさそうだし行動しようとも思わなさそうだと思っていた。

 

 

 午後の委員決めで緑谷が飯田を学級委員長に推薦したために飯田が学級委員長となった。

 特に気にしていたわけではないが、自分としては情報集めと自身の特訓に時間を費やしたいので、時間の無駄だと感じるのが否めなかった。

 

 

 放課後は香住に憑神を使えるようにするための訓練を頼もうとしたのだが、予定があるとさっさと帰ってしまった。仕方ないので相澤に演習場を借りる許可をもらい、錬装士の訓練をすることにした。

 個性自体を成長させることは一朝一夕には叶わないと感覚的に理解できていたので、扱い方を身体に馴染ませるのが今一番やるべきことだと判断した。

 理由は判然としないが、逆手の二刀流が一番自分に合っている様に感じたためにその型を練習した。三爪痕も同様の型であったことを思い出したが、使えるものは何でも使うと心に決めていたため嫌悪感を押し殺した。

 

 怒りと憎しみの全てを力に変えて、三爪痕を討つ。その一念で練習を続けた。

 

 

 

 

「さすがにそろそろ帰れ」

 

 相澤に声をかけられて、日が沈み暗くなっていることに気付く。汗が大量に流れ、息も整わない。

 

「……状況が状況だけに焦るなとは言わん。だが、一度落ち着け」

「俺にはどうしても成し遂げたいことがある。落ち着いてなんていられない」

「三崎……お前、本当にヒーローになりたいのか?」

 

 疲れもあってか、本当のことを言ってしまいそうになる。

 

「ヒーローには……ヒーローは俺にとっては手段です。目的のために必要な」

「そうか」

 

 ヒーローになることはゴールではない。ヒーローになってから活躍できるかが問題だ。そのことは、教師も生徒も皆がわかっていることだろう。だが、目的となると一体それは何なのか。

 

「目的については、話してくれないのか」

「言えません」

 

 相澤は三崎に尋ねてはいるが、本当はおおよその検討は付いていた。三爪痕が関連している可能性が高い。病院で口にしていた伝説のヴィランの名。蒼炎を纏った男。三爪痕に狙われた者は行方不明になる。三爪痕が訪れた場所には三角形の傷痕が残される。実在はするようだが、誰も見たことがない都市伝説の様な存在だ。それに三崎亮は会っている。しかも、恨みを抱いている様に見えることから被害者の中に家族か友人のどちらかがいるのだろう。

 

「わかった。言う気になったら聞かせてくれ」

 

 校長、本当に三崎を雄英に置いたままで大丈夫なんでしょうか。

 そう思わずにはいられなかった。

 

 

 

 

 三崎が駅前を歩いていると香住を見つけた。

 

 あいつ、こんな時間に何やってんだ?用事があるって言ってたけど……

 

 

「君たち、残念だけど今日はここまでだ」

「あぁん、クーン様ぁ。もう少し遊んで行きましょうよぉ」

「そうですよ。クーン様」

 

 香住が2人組の女性と話し込んでいた。デートという奴だろうか。いや、おそらくナンパだろう。

 

「あぁ、そんな情熱的な視線を向けないでおくれ。君たちの視線にしば……」

 

 香住が三崎の存在に気付いた。

 

「しばらくぶりだね。三崎君!」

「よぉ、クーン様。随分と楽しそうじゃねぇか」

「いや、これは、なんだ。パトロールと同時に情報収集をする大事な仕事でな。決してやましいことをしていたわけではないんだ」

「クーン様、この子誰?」

「こいつは俺の後輩で……あぁ、すまないけど今日は帰ってくれないかな。これ、俺の連絡先。それじゃ!」

 

 香住は三崎を人気の少ないところに引っ張って行った。

 

 

「ナンパとはいいご身分だな」

「だから、さっきのはパトロールだって……」

「ほぉ……なら、パイに伝えてもいいんだな」

「待ってくれ。俺が悪かった。このことはパイには言わないでくれ」

「ったく、俺の頼みを断っておいてそれかよ。それにヒーローとしてどうなんだよ」

「いや、さっきの全部が全部嘘ってわけでもなくてだな。最近、怪しい動きをしている連中がいるんだ」

「……AIDA絡みか?」

「まだわからん。だが、可能性は高い。ヴィランがAIDAを利用するにせよ、自滅するにせよ危険なことには変わりない。早めに対処しなきゃならん」

「なら俺も……」

「ダメだ。お前はまだ仮免もなければ開眼もしていない。危険だし、規則違反だ」

「ちっ……」

 

 三崎は無理やりにでも押し掛けようとも思ったが、三爪痕が係わっているかはわからない上に無暗に香住との関係を悪くするのも今後に差し障るかもしれなかったのでやめた。

 

「そう焦るな。一刻も早く三爪痕をなんとかしたい気持ちも察するけど、焦ったところでいいことなんかないよ」

 

 てめぇに俺の気持ちがわかるか! と、言いたい気持ちを堪え「そうだな」と、応えた。

 

「気を付けて帰れよ」

「あぁ」

 

 

 翌日の午後。

 相澤から今回のヒーロー基礎学が救助訓練であることが伝えられた。コスチュームに着替え、バス移動となった。

 三崎のコスチュームは至る所に黒い革のベルトを巻いたようなコスチュームで肩と腹が露出していた。

 何かを指定した覚えはないので文句はなかった。ただ、少しばかり気恥ずかしくもあった。それでも、態度に出した方がより恥ずかしくなってしまうとも思ったのでいつも通りの態度でいた。

 常闇が何故か「同志か……」と、妙な共感をしていたように見えた。恐らく、勘違いである。

 

 飯田が張り切って、席順に並ばせたが、バスが観光バスのタイプでなく市営バスなどにあるタイプだったためにから回っていた。

 バス内では個性の話、緑谷の個性がオールマイトに似ているということを蛙吹が指摘した。そのあとは、ヒーローと言う職業が人気商売みたいなところがあるという話から爆轟がいじられていた。

 

 三崎はその話題に乗ることはなく、ただ傍観していた。志乃が生きていたらどうだったんだろうか。と、そんな感傷に浸っていた。

 

 

 訓練場に到着し、その広大なドームに拡がる様々な施設にUSJかよと騒ぐ。

 嘘の災害や事故ルームという名称で、本当にUSJだったとは誰の言か。割とこじつけにいっている様な気もする。

 スペース13号というヒーローは災害救助で活躍するヒーローらしく今回の指導をするらしい。三崎は災害救助に全く持って興味がないために欠伸を噛み殺しつつ、13号の言う小言を聞いた。

 要約すれば、個性という危険な力を持っているが、それを人助けに活かすことを学ぼうということらしい。ヒーローらしい考え方と言えばそうなのだろう。逆説的に復讐を志す自分はヴィランらしいのだろう。まして、ヒーローになる気があまりないので、さもありなんと言ったところか。

 

 ふと、目を横にやると、黒い何かが見えた。そこからは人影がみえ、やがてそれらが正体を表していく。

 

「一かたまりになって動くな!! 13号、生徒を守れ!」

 

 相澤がいち早く気づき、告げる。

 

「何だ? 入試時みたいにもう始まってんぞってパターン?」

「動くな! あれは、ヴィランだ!」

 

 三崎は、自分の中で心臓ではない何がドクンッと鼓動をしたのを感じた。




多分、また長期間かかります。
なお、クオリティは保証しかねます。


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感染

思ったより早くできました。
ただ、内容はほぼヒロアカまんまで、ハセヲこと三崎君が空気です。


 嘘の事故や災害ルームにてヴィランが現れた頃。

 オールマイトは出勤前に制限時間ギリギリまで活動したために、学校の仮眠室にて休まざるを得ない状況にいた。その姿は世間に隠している骸骨の様に細身になった本当の姿となっていた。

 教師の仕事に専念しなくてはいけない身で、ついついヒーローとしての仕事に手を出してしまう。反省しているが、果たして直す気があるのか。

 仮眠室のドアをノック音が聞こえた。そして、扉が開けられた先にいたのは八咫であった。

 

「久しいな、オールマイト」

 

 本当の姿は世間一般には全く知られていないはずなのに、一目で何者であるかを見破られた。オールマイトは内心かなり焦った。その上、自分の既知であるかのような話し方だ。

 

「な、なんのことか。私は八木というものですが」

「隠す必要はない。あなたの事情は既に知っている」

「そう。彼は情報通だからね」

 

 そして、傍に立っていたネズミなのか犬なのかよくわからない生き物。

 

「校長先生」

「YES! ネズミなのか、犬なのか、熊なのか。かくしてその正体は――校長さ!」

「本日も大変整った毛並みでいらっしゃる」

「秘訣はケラチンさ。人間にこの色艶はだせやしないのさ」

 

 八咫は咳ばらいをして、暗に早く会話をさせろと伝えた。

 

「おっと、この話はまた今度。君が事件を解決に動いたことも今は後回しさ」

「それで、彼は一体……」

「11年ぶりだから覚えていないのも仕方あるまい」

「11年前……」

 

 オールマイトは必死に記憶の中を探る。

 

「もしや、火野少年か!?」

「今は少年と言われるような年齢でもないがね。それと今は八咫で通っている。一応、プロヒーローになったのでね」

「意外だなぁ! 君はヒーローには興味ないと思っていたよ」

「プロヒーローになったのはその方が都合が良かっただけの話だ。しかし、今日はそんな話をしに来たわけではない。私が独自に追っている案件の捜索の中でオールマイト、ひいては雄英が狙われている可能性があることがわかった。至急に対策を取った方がいいだろう。既に襲われている可能性もある」

「なんだって……!?」

 

 オールマイトは立ち上がり、マッスルフォームへと姿をかえる。

 

「まだ話は終わっていないぞ」

「13号君にも相澤君とも連絡が取れないんだ。火野君の言う通りかもしれん。間に合わなくなる前に早く行かなければ」

「……なら、早く行きたまえ。生徒が危機かもしれんのだろう」

 

 オールマイトは、すぐにUSJへと向かった。

 

「やれやれ……彼は変わらんな」

「そうだね。でも、このままではいられない。彼の容体も状況もそれを許してくれない」

「衰えてもなおNO.1ヒーローで平和の象徴と謳われるその強さでも、抗えないものはある。どれほど強く、心が強靭でも資格がなければ、あれらには勝てん」

 

 八咫は、色眼鏡の位置を直しながら呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 広場の中央に現れたヴィランたち。その集団を引き連れてきたと思わしき黒い靄状の人間。

 

「13号にイレイザーヘッドですか……先日いただいたカリキュラムではオールマイトはここにいるはずなのですが……」

 

 そして、広場の中央に陣取っている手を全身に着けた男。

 

「どこだよ。せっかくこんなに大衆引き連れてきたのにさ……オールマイト、平和の象徴がいないなんて……子どもを殺せば来るのかな?」

 

 それらの声は小声でヒーロー達に聞こえることはなかったが、その悪意を隠す気など一切ない。

 

 ヴィランが直接ヒーローの養成所とも言うべき場所を襲うのは、ヴィランにとってもかなりのリスクが付き纏う。だが、侵入者用センサーが反応することもなく中から出てきたことを考えると、何からの策があってここに来たことが推測された。

 それらを指摘する生徒たちもいた。

 三崎は唐突に現れたヴィランの中に三爪痕の姿を探したが居ないようだった。あれが誰かと組むことは考えづらいがもしかしたらということもある。三爪痕は突然現れるのでワープの個性を使っていることも考えられた。

 

 相澤は13号に避難と学校側に連絡を試すように伝え、ヴィランに直接戦闘をするつもりのようだ。

 

「先生は一人で戦うんですか!? あの数じゃいくら個性を消すっていっても!」

「一芸だけじゃ、ヒーローは務まらん」

 

 相澤はゴーグルをつけ、広場に飛び降りた。ヴィランは個性で狙い撃ちしようとするも発動することなく各個撃破していく。

 ゴーグルをつけることによって視線を隠し、連携を乱す。捕縛武器を使って体制を崩し、相手に激突させる。数が多いと言えど、チンピラと大して変わらないようなヴィランであれば全滅は無理でも生徒が逃げる時間ぐらいは十分に稼げるだろう。

 しかし、そう上手くはいかなかった。黒い靄状のヴィランが僅かな隙に階上まで上って来た。

 

「初めまして。我々はヴィラン連合。僭越ながらこの度ヒーローの巣窟、雄英高校に入らせて頂いたのは平和の象徴オールマイトに息絶えて頂きたいと思ってのことでして」

 

 何故か、本来ならばここにオールマイトがいることを知っていたようだ。そして、それに必要な役割を果たそうとしていた。

 そこに爆轟と切島が攻撃を仕掛けにいった。

 

「その前に俺たちにやられることは考えてなかったか!?」

 

 しかし、その攻撃は効いている様子がなかった。

 

「危ない危ない……そう、生徒と言えど優秀な金の卵」

 

 靄状のヴィランから一気に靄が広がる。

 

「散らして嬲り殺す」

 

 そして、包み込むように閉じていく。

 そして、三崎が気付いた時には土砂ゾーンの上空にいた。

 

「っと」

 

 ヴィランに囲まれていたが、轟が一瞬にして氷漬けにしていた。

 ヴィランたちにこのままでは壊死すると脅しをかけて、オールマイトを殺せる根拠を聞き出しに行っていた。

 そして、ヴィランは少し抵抗したもののあっさりと口を割った。

 脳無という黒いヴィランが本命であると。

 

「助けに行くのか?」

「あんな奴らに平和の象徴は殺れないし、殺らせねぇよ」

「そうかい」

 

 轟が中央広場に戻るのに三崎も付いていった。

 

「危ねぇから、お前は残ってろ」

「はぁ? てめぇが言える立場じゃねぇだろ。てめぇも俺も生徒でしかねぇんだからな」

「……そうだな」

 

 意外とものわかりがいい。三崎はいまいち轟という人間を測りかねていた。ただ単純な実力で言えば、認めたくはないが今の自分より強い。それが単純に嫌だった。

 

 

 向かう途中で爆発したかのような轟音が響き渡った。土煙が立ち昇っているところから考えておそらく戦っている。それもオールマイトが。

 一気に駆けて向かった。

 

 そこには脳をむき出しにしたヴィランをバックドロップを決めていたが、靄のヴィランのゲートにより逆に攻撃をくらったオールマイトの姿があった。

 近くには、緑谷、爆豪、切島の姿が見えた。少し離れた位置には蛙吹と峰田の姿も見える。

 爆豪がヴィラン達の死角から一気に飛び出し、靄のヴィランを爆破で吹き飛ばした。

 さらに轟の氷結させる個性により、脳むきだしのヴィランの半身だけを凍らせた。それによって締めが緩まった隙にオールマイトは抜け出した。爆豪は靄のヴィランを組み伏せていた。

 

 俺の出る幕はねぇな。そもそもサポートになるかも微妙なところだったが……

 

 そう思っていた矢先だった。

 

「攻略された上に全員ほぼ無傷……すごいなぁ、最近の子どもは……恥ずかしくなってくるぜ敵連合……!」

 

 そうぼやいていたが、その言に諦めはない。

 

「脳無、爆発小僧をやっつけろ。出入口の奪還だ」

 

 脳むきだしのヴィラン、脳無は氷結した身体を無理に動かし身体が砕けても構わずに立ち上がった。

 

「皆、下がれ! なんだ!? ショック吸収の個性じゃないのか!?」

 

 砕けた身体がみるみるうちに戻っていく。

 

「別にそれだけとは言ってないだろう。これは超再生だな。脳無はおまえの100%にも耐えられるように改造された超高性能サンドバッグ人間さ」

 

 動き出した脳無は、爆轟に向かって走り出す。そして、その速度は

 

 

 速い!!

 

 その移動から攻撃までの一連の動作によって生じる余波でさえ、強烈な風圧だった。

 それを目で追える者は、その場ではオールマイトだけだった。故に、爆豪には避けられない。しかし、爆豪に脳無の攻撃が当たることはなかった。オールマイトがかばったからだ。

 

「加減を知らんのか……」

「仲間を助けるためさ。仕方ないだろ? さっきだってほらそこの地味なやつ。あいつが俺に殴りかかろうとしたぜ? 誰がために振るう暴力は美談になるんだ。そうだろ? ヒーロー?」

 

 大仰に手を広げ。たくさんの手を付けたヴィランは語る。

 

「俺はな、オールマイト! 怒ってるんだ! 同じ暴力がヒーローとヴィランでカテゴライズされ善し悪しがきまるこの世の中に! 何が平和の象徴! 所詮抑圧のための暴力装置だ、お前は! 暴力は暴力しか生まないのだと、お前を殺すことで世に知らしめるのさ!」

 

 その語りにオールマイトは冷静に答えた。

 

「めちゃくちゃだな。そういう思想犯の眼は静かにもゆる者。自分が楽しみたいだけだろ。嘘吐きめ」

 

 先ほど語っていたヴィランは面の様に付けている手で隠れているのにも関わらずニヤついているのが見て取れた。

 

「バレるの早……」

 

 余裕なのか、頭のねじが飛んでいるのか。あるいはその両方か。異質さが際立つ。

 

 みんなでオールマイトをサポートすれば、撃退できる、と切島は言うが

 

「ダメだ! 逃げなさい」

「さっきのは俺がサポートに入らなけりゃやばかったでしょう」

 

 緑谷も何か言いかけたが、口を閉ざした。

 

「それはそれだ、轟少年! ありがとな! しかし、大丈夫! プロの本気を見ていなさい!」

 

「脳無、黒霧やれ。俺は子どもをあしらう」

「クリアして帰ろう!」

 

 ヴィラン達が一斉に攻勢に出る。

 

「おい来てる。やるっきゃねぇって」

「ちっ!」

 

 三崎もまた万全ではないが、構えを取るしかない。

 しかし、その前にオールマイトが脳無に立ち向かった。その勢いに大量の手を付けたヴィラン――死柄木弔は気圧され、動きを止める。

 

 脳無とオールマイトの拳がぶつかる。

 

「ショック吸収って自分で言ってたじゃんか」

「そうだな!」

 

「真正面から殴り合い!?」

 

 脳無とオールマイトの殴り合いは、その余波で誰も近づけない程だった。

 

「無効でなく、吸収ならば! 限度があるんじゃないか!? 私対策!? 私の100%に耐えるなら! さらに上からねじ伏せよう!!」

 

「ヒーローとは常にピンチをぶち壊していくもの!」

「ヴィランよ、こんな言葉を知ってるか!?」

 

 

 

――Plus Ultra(更に向こうへ)!!

 

 

 オールマイトの一撃が脳無のボディを捉え、そのままUSJの外へと吹き飛ばした。

 

「……漫画かよ。ショック吸収をないことにしちまったぜ。究極の脳筋だぜ」

 

 

「やはり衰えた。全盛期なら5発も撃てば充分だったろうに300発以上も撃ってしまった」

 

「衰えた? 嘘だろ……完全に気圧されたよ。よくも俺の脳無を……チートがぁ……!」

「全っ然弱っていないじゃないか!! あいつ……俺に嘘を教えたのか!?」

 

「どうした? 来ないのかな!? クリアとかなんとか言ってたが……出来るものならしてみろよ!!」

 

 死柄木は、オールマイトの気迫に気圧されたが、まだ余裕があった。

 

「……あんまり使いたくなかったけど、仕方ない。黒霧帰るぞ」

「死柄木弔……あれを使うのですね」

 

 なんだ、帰るのか?

 

 死柄木は懐から黒い球体の物体を取り出した。

 

「直接この目でオールマイト倒されるところが見れないのは残念だけど、これでやられてくれるならそれはそれで良いな」

 

 黒霧は靄を広げ、死柄木はその中に入っていきながら、球体を投げ捨てる。

 球体の物体はガラスの様に砕け、黒い泡の様な中身が溢れていく。

 

「そいつは、他者の精神に入って暴走を引き起こす。平和の象徴が平和を壊すなんて皮肉が効いてて面白いと思わないか?」

 

 そう笑いながら消えていった。

 

「まさか、AIDAか!?」

「知ってるの、三崎君!」

「あぁ。だが、詳しく話してる時間はねぇ! こいつは逃げるしかねぇんだ!」

 

 俺が憑神を開眼させてさえいれば……!

 

 黒い泡は、何もない空間に消えては現れる。それはまるで何かの鼓動であり、生き物の様に見える。そして、この場で最も近くにいたオールマイトに向かって動き出した。その速度は、脳無に比べたら大したことがない速度だった。

 

「オールマイト! そいつに触れるな! 攻撃されたら、消えちまう!!」

「な、何!?」

 

 しかし、オールマイトは既に体力を使い果たしており、一歩でも動けば本当の姿を晒してしまいかねない状態だった。

 

Shit!

 

 そんな悪態を内心で吐く。

 だが、そのオールマイトの状態を知っている者も居た。

 

「オールマイトォーー!!」

 

 そう言って駆け出したのは、緑谷だった。オールマイトをかばうために前に立った。

 

「緑谷少年!!」

 

 

「SMASH!!」

 

 AIDAに向かってオールマイトの天候をも変える一撃を彷彿とさせる拳が放たれた。その一撃によって緑谷の腕は、うっ血するほどだった。

 しかし、AIDAには意味がなかった。拳によって生じる風圧も無いように動いていた。

 

「そんな……!!」

 

 そして、黒い泡が緑谷を貫いた。



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開眼

本当は、テイルズオブザレイズとコラボしている間に投稿したかったです……


「ぐっ……!!」

「緑谷少年!!」

 

 守り育むべき生徒に守られてしまった。そんな後悔が過るが、まだそんな思考に陥っていられるような状況ではない。

 明らかに緑谷の様子がおかしい。

 

「あ……あ。aaaaaaaaaaaaaaaAAAAAAAAAAAH!!」

 

 どこかノイズ交じりの絶叫。やたらめったらに身体を揺さぶり、それによって暴風が巻き起こる。砂埃が大きく舞い上がり、視界が遮られる。

 

「なんだ!? どうしたんだ! 緑谷のやつ! あの黒い泡のせいか!?」

「あのヴィランは他者の精神に入り込み暴走させるとか言ってたから、それだろ」

「はっ! デクをぶっ倒すいい機会だ! 要は大人しくさせりゃいいんだろ!!」

 

「やめろ! あれは迂闊に手を出していいもんじゃねぇ!」

 

 志乃が消えてしまった時のことが、フラッシュバックする。まだ三爪痕とAIDAが同一のものであるとわかったわけではないが、あの悲劇が起こってしまうのではないかと心の奥底が訴えてくる。

 

「そうだね。君たちは下がっていなさい」

 

 そう声をかけてきたのはセメントスだった。気付けば雄英教師たちがUSJに集まっていた。

 

「他のみんなは!?」

「ヴィランは全て取り押さえて、生徒はみんな保護したよ。後はここだけだ。君たちも早く避難しなさい」

「ちっ……」

「ここで助けに行けないなんて男らしくねぇ……けど、プロに任せるしかねぇよな」

 

 ただ、ここを去ることしかできない歯がゆさ。自身の力のなさを痛感することしかできなかった。

 そして、三崎は出口の方を見るとそこに八咫が居ることに気付いた。

 

「どうした? 三崎?」

「いや、ちょっとな。先行っててくれ」

「……よくわかんねぇけど、お前も早く来いよ」

 

 三人がUSJから出ていくのを見送り、八咫に話しかけに行く三崎。

 

「なんで、ここにあんたが居んだよ?」

「近くでAIDA反応出始めてな。ここにも警戒するよう通達に来ていた。このタイミングで来るとは思っていなかったがね」

 

 緊迫した状況だというのに、その言葉は落ち着いていた。

 

「あの2人も来ているのか? 碑文使いじゃなきゃ、AIDAはどうにもできねぇんだろ」

「2人は別件で動いている。よってすぐにここに来ることはできない」

「なら、どうすんだ!」

「君がやりたまえ。君も碑文使いだ」

「……本気で言っているのか?」

「もちろん。このままでは深刻な被害がでることは避けられん。かと言って、プロヒーローであってもこの事態を鎮静化させることは不可能だ。君の言う通り、碑文使いにしかこの状況は打開できない」

 

 ヒーロー志望の学生とはいえ、まだヒーローの仮免許も取得していない人間に最前線に立てとその男は言った。プロヒーローであるはずのその男が。

 

「俺は別にいい。ただ、そんなこと他のヒーローが許すわけないだろ」

「許すさ。なぁ、校長先生」

「校長……?!」

 

 傍にいた、動物が個性を持ったという希少な存在である雄英高校の校長。三崎はそのサイズ感故に全く気付いていなかった。

 

「……本当は絶対にそんなことはさせてはいけない。けれど、この場は君に頼むしかないのさ」

「さぁ、行きたまえ。三崎亮君」

「どうなっても知らねぇぞ」

 

 三崎は、走って緑谷の下へと向かう。

 

 

 

「君、本当にプロヒーローかい?」

 

 校長のその質問は、三崎に対して言った言葉に対しての疑問だった。プロヒーローが子どもに「対処できるのはお前だけだからお前が対処しろ」なんて、例え事実であったとして言えるわけがないし、させることもできるわけがない。

 

「先ほども言った通り、プロヒーローになったのは都合のためであって、私に適性があるとは思っていない。そもそも、私の本職でもない」

「そうだったね。そうでなきゃ、私が君の言う通りになんてしないのさ」

「ご協力痛み入る」

「私としても苦渋の決断なのさ。皆には、何を言われても仕方ない」

 

 それは、校長の嘆きであった。一言で済ませてしまうならば大人の事情。しかし、こんな事情に生徒を巻き込むことを許してしまう自分に憤ってもいた。

 

 

 

 

 三崎は、不思議と高揚感があった。確信にも似た予感があった。自分はもうすぐ開眼に至る。八咫の言葉を安請け合いしたのも、今この場であればモノにできそうだと感じればこそだった。

 

 緑谷の居る場所へ。しかし、その道をセメントスが個性『セメント』を使って塞いでいた。被害拡大を防ぐためだ。他のヒーロー達も緑谷を何とか無事に助けるために尽力している。

 三崎は双剣を取り出して、セメントスが作った壁の破壊を試みたが、まるで歯が立たなかった。

 当のセメントスは緑谷を抑えるために前線にいるために三崎の存在に気付いてはいなかった。気付いていたら、止めるのが当然だ。

 

「くそっ!」

 

 いや、まだ自分にはやれることがある。これもなんとなくでしかなかった。けれど、やってやる。ただ、それだけのことだった。

 

 双剣を捨て、何も背負っていない背中にまるで剣を引き抜く様な動作をする。

 そして、何もないはずの虚空から大剣が出てきた。

 

「これで、どうだぁ!」

 

 力任せにV字に斬りかかった。

 

「虎乱襲!!」

 

 それは斬るというよりも砕く様な一撃だった。壁は目論見通り突破できた。武器を投げ捨て、再び走る。

 

 視界に入った緑谷は蹲ったまま動いていなかった。黒い泡が全身を纏い、四肢の一部が異形な姿になりつつあった。

 

「緑谷!!」

「mi……さkiくn……?」

 

 緑谷の声がひどく聞き取りづらかった。

 

「なんで、君がここに!? 早く逃げなさい!」

 

 ミッドナイトが声を上げる。

 彼女の個性「眠り香」によって、緑谷を眠らせようとしていたが、何故か効力を発揮できず困惑していた。そこに、更に生徒がやって来たのだから対処に困る。

 

「校長から許可はもらってる。勝手にやらせてもらうぜ」

「ちょっと、そんなこと許せるはずないでしょう! 大人しくしていなさい!」

「俺ならAIDAを……あの黒いのを取り除ける」

「……!? だとしてもダメよ」

 

 現状は芳しいものとは言えなかった。黒い泡からは、黒い腕が伸びて攻撃を仕掛けてくる。近づけば、緑谷が超パワーによる風圧によって吹き飛ばされる。そのたびに、緑谷の身体が壊れていく。ただ、不幸中の幸いとも言えるのか黒い泡が身体を纏ってからは個性を発動する際に起きるダメージがかなり軽減されていることだった。しかし、ヒーローとして考えてはいけないことだが、個性によるダメージで自滅という可能性もなくなったためにどうしようもなくなっていた。

 

「でもよ……ふっ!」

 

 伸びてきた黒い腕を三崎は大剣で弾き飛ばす。

 

「埒が明かねぇんじゃねぇか。このままじゃジリ貧だ」

 

 エクトプラズムもブラドキングもスナイプもセメントスもプレゼント・マイクも緑谷を抑えることができずにいた。相澤と13号は負傷のためにこの場にはいない。

 そして、オールマイトは……

 

「そういや、オールマイトは?」

「オールマイトは……あの黒い球体の中よ」

 

 真っ黒のために遠近感がまるで働かないが、確かに緑谷の傍に黒い物体があった。

 

「そうかよ。だが……俺ならやれる」

 

 三崎は緑谷に直行する。特に考えなどはなかった。

 

「待ちなさい!」

 

 それを視界の端で捉えたエクトプラズムが、分身体を使い三崎を捕獲にかかった。

 黒い腕に囲まれる中、安全に保護するのは不可能に近かった。

 黒い腕の一撃は、セメントスが作る壁も容易く切り裂き、粉砕する。その数も時間が経てば経つほどに数を増やしていく。対処に来たプロヒーローたちに行動不能になるほどの怪我を負っていないことが奇跡的に思えるほどに手強かった。

 

「誰も邪魔すんじゃねぇ!!」

 

 あと少しで、何かが掴める。ここで成長できなければ、きっと一生三爪痕には届かない。このまま被害が拡大すれば、短い付き合いとはいえ、クラスメイトを、緑谷を見捨てることにもなる。誰かを見捨てるという選択肢は選べない。誰かが消え去る様をまた見たくはなかった。

 

 ハ長調ラ音が頭の中で響く。

 そして、何かの声が聞こえた。

『ミ・ツ・ケ・タ……!』

 

「……来い」

 

 ふと、口からこぼれる。何かを呼ぶ。誰を?何を?

 

「……来い!」

 

 そして、何かの影を感じ、オールマイトが脳無を吹き飛ばして作った穴に目をやる。

 

「オーヴァーーーン!!」

 

 その人影は笑みを浮かべたように見えた。

 そして、再びハ長調ラ音が響いた。

 

「来た! ……来た! ……来た! 来た! 来たぁああああ!!!」

 

 三崎の身体が変容した。

 以前使っていた変身の個性の様に、巨大な人形の様な姿。そして、その右手には巨大な死神の鎌の様なものが握られていた。

 最も、その姿を認識できるものは碑文使いに限られる。

 憑神を使用する際、その空間は法則がすべて塗り替えられる。時の流れも、物理現象も全く異質なモノへと変容する。AIDAも近い性質を持つが、AIDAは触れたものに限られ、憑神は辺り一帯が強制的に変容させる。しかし、それらを知覚できるものも碑文使いだけだった。

 

 AIDAから黒い腕が視界を埋め尽くすほど、押し寄せてくる。三崎は鎌の一振りで全て薙ぎ払った。

 

「うぉおおおお!」

 

 左手からは球体の電撃を緑谷に向けて放つ。

 

「guaaaaaaa!!」

 

 黒い泡も含めてすべての動きが鈍くなった。

 

「悪ぃな、緑谷。だが、これで終いだ!」

 

 右手にあった鎌が消え去り、右腕が砲台の様に変じる。そこから球体のエネルギーを緑谷に向けて発射し、直撃した。人形の右腕は砲身が縮み、盾のように拡がる。そして、球体のエネルギーからあらゆる何かを吸収していく。最後には発射した球体も右腕に吸い込まれていった。

 

 緑谷が蹲っていた状態からそのままうつ伏せに倒れた。そして、黒い泡が離れ消えていく。異形と化していた部分も元通りになっていった。

 

「収まった……?」

 

 教師の誰かが言葉をもらす。

 

「ククク……ハーッハッハッハ!!」

 

 そう笑い声をあげたのは三崎だった。

 

「どうだ! 見たかよ! 俺の力をよ!」

 

 達成感、優越感、そんな感情に入り浸る。プロヒーローにさえできないことを自分はやってのけた。これを喜ばずにいられるはずがない。

 

 

 そして、オールマイトを覆っていたと思われる黒い幕も消え去っていく。

 そこに立っていたのは、三崎にとっては誰かもわからない姿だった。

 

「……誰だ?」

 

 

 

 教師たちには、三崎が何かをしたことは分かったがそれ以上のことはわからなかった。三崎の様子も気になるが、それ以上に緑谷とオールマイトを急いで保健室に連れていかなければという思いだった。

 

「大丈夫ですか!? オールマイト!」

 

 ミッドナイトが駆けつけた。

 

「あぁ、何とかね。緑谷少年は……?」

「自身の個性でケガをしていて、気絶もしていますが、無事です」

 

 ブラドキングが、緑谷の容態を確認し答えた。

 

「そうか……よかった……しかし、彼には見られてしまったな」

「もしかして、オールマイト……なのか?」

「あぁ、昔あるヴィランとの戦いで負った傷が原因でね。活動に制限時間があるんだ」

「まさか……三爪痕……!?」

「違う違う。でも、それに負けず劣らずの大物だよ。それとくれぐれもこののことは他言無用で頼むよ」

「あ、あぁ」

 

 三崎の中で異常なまでの高揚感は既に失せていた。しかし、三爪痕を倒しうる力を手にできた喜び、三爪痕への復讐心は燃え上がり続けていた。



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11年前の真実

過去回想というか、過去話というか。無印の.hackやってないし、ダイジェストというか、序盤だけ。コンパクトにまとめたかったので一話で強引に終わらせにいきました。


 雄英高校がヴィラン連合に襲われた翌日、雄英高校は臨時休校となった。その日、八咫はオールマイトの下に訪れていた。

 

「まずは、昨日の件を謝罪しておこう」

「それは、何についてだい」

「あなたの秘密が一部とはいえ三崎亮にばれてしまったことだ」

「……そこはまぁ、仕方のないことだ。それより、私は君が三崎少年をあの場に差し向けたことに対して怒っているよ」

「ヒーローとして、間違っているのは理解している。だが、いつかは必要になることだった。それがあの時だっただけだ」

「君は……!! まぁ、もう何も言うまいよ。それで、謝罪だけじゃないんだろう?」

「その通り。まずはこれを見てもらおう」

 

 八咫は、透明なビニールに包まれた何かを取り出しテーブルの上に置いた。光っていること以外には何もわからない。

 

「これは、一体?」

「三崎亮があの事態を解決した後に手に持っていたものだ。この物質についてはきちんと調べたわけではないが、おそらく緑谷出久がの持つ個性が可視化されたもの。その欠片だと思われる」

「そ、それでは緑谷少年は!?」

「安心したまえ。彼から個性が失われたということはない。だが、しかるべき知識と施設を持つモノならばこれを複製し、利用することも可能……かもしれないな」

「それで、君はこれをどうするつもりなんだ?」

「あなたに差し上げよう」

「ど、どうして?」

「お詫びの品といったところだ。それに私にとっては無価値だ。それにこの存在が割れれば狙われる要因にもなり得る」

「君は……君は変わらんなぁ」

 

 今、利用価値がないと言えば、確かにないかもしれない。しかし、平和の象徴が持つ個性を利用できるかもしれない物質が存在するとして、それが如何ほどの価値になるのか想像もつかない。

 

「そうでもない。そして、お詫びにしたいことはまだある」

「まだ、何かあるのかい?」

「11年前の事件。何故、起きたのか知りたくはないかね?」

「……聞かせてもらうよ」

 

 

そして、八咫は一から語り始めた。

 

 

 

 かつて一部地域に壊滅的な打撃を与えた事件。無事に解決できていなければ、日本にとどまらず世界にも大きな被害をもたらしたともいわれるほどの事件。8人のヴィランが暴れた、その事件。

 そのヴィランは、人ではなかった。人ではなく、ある存在を産み出すために造られた人造生命。俗に言うならばホムンクルス。そのホムンクルスの名をモルガナといった。

 そして、モルガナによって造り出そうとした存在。それは神であった。より正確に言うのであれば、この個性社会において神にも等しい能力を持ったシステム。そういう個性を持った人間だった。その個性とは、全ての人間の個性の制御を可能とする個性である。他者の個性を封じることはもちろん、それを解除したり、暴走する個性を抑制する。あるいは、強制的に発動させることも可能とするものだった。

 それを望んだ男は、世界を平和にしたい一心で行っていた。研究を行った者の名はハロルド・ヒューイック。その男に出資した者の名を番匠谷淳。

 

 当時、既にオールマイトがトップヒーローになっており、犯罪率が低下していっている最中であった。平和の象徴、既にそう称える者もいた。しかし、番匠谷はオールマイトも人であると断じていた。いつかは限界が来ると考えていた。人である以上、病気に合うかもしれない。事故に遭うかもしれない。どちらもなくずっとヒーローを続けたとしてもいつかは引退する。そして、その後を背負うものは、存在するのか。いたとしても、さらにその先はどうなるのか。

 

 いくら法を整備したところで個性の使用など心ひとつだ。ヒーローは個性を用いて個性を悪用するものたちを捕らえる。しかし、結局のところはそれでは根本的解決になりえない。そのためのシステムが必要だった。

 それを可能としうる人物がハロルドだった。不世出の天才。彼が何故に日本に渡って来たのかはわからなかったが、彼は個性研究をしてきた人だった。有名な論文の一つも書いていない彼であったが、彼は人工的に個性を産み出すことに単独で成功していた。何故か彼は、それをどこにも発表もせず、またどこの研究所にも所属しておらず、たまたま番匠谷と出会った。番匠谷はハロルドという天才が居るという情報だけは知っており、声をかけていた。

 そして、番匠谷は今の世の中に対する悩みをハロルドに打ち明けた。ハロルドはその悩みに対し環境とお金さえあればその悩みを解決できると力説した。番匠谷はその言葉を信じ、お金をかき集めた。当時、まだまだ広まっていないクラウドファンディングから、銀行からの融資、知人からもお金を借りた。研究施設も何とか借りることができた。

 ハロルドは、場所を整えてから1週間もかからずにモルガナを創り出していた。モルガナには、様々な能力があり、そのうちの一つデータドレインは、個性を封じる個性であり、番匠谷はそれに希望を見出した。ハロルドはまだまだこれは序の口であるという。このモルガナから産みだされる存在こそ、まさしくこの世の神となり得るもの、救世主であると語った。

 

 ほどなくして、モルガナから女児が誕生した。女児と言っても、生まれたばかりの段階で既に身長は150センチほどあり、銀の長髪で、言葉も交わすことができた。女児にはアウラと名付けられた。

 アウラが産まれたその日、ハロルドは姿を消した。そして、モルガナが暴走した。モルガナは、自身の娘とも呼べるアウラを殺そうと動いたのである。アウラは、事前に気付いていたらしく、既に逃走していた。モルガナは一つの肉体であったはずのモルガナは8つに分かれ、それぞれ形を変えた。その姿は、ハロルドが肌身離さずに持ち歩いていた叙事詩に登場する8つの禍々しき波と呼ばれる存在に酷似していた。

 

 8つに分かれたモルガナ。通称八相は、それぞれがアウラの捜索を始めた。アウラを探すためなら街を破壊し、道行く人々を攻撃することもためらいがなかった。

 その様な存在にヒーローが黙っているはずもなく、すぐに多くのヒーローが駆け付けたが、モルガナは異常なまでに強かった。既に№1ヒーローとなったオールマイトでさえ、単独では倒すことが叶わなかった。

 ありとあらゆる攻撃が効かず、モルガナの攻撃の全てが一撃で人の命を屠る威力を持っていた。モルガナは、積極的に人を攻撃するわけではなかったので近づかないことが対抗策だった。

 アウラは、8相の一つ死の恐怖「スケィス」に見つかり、追いかけられていた。そして、その場に居合わせたモノが居た。ヒーローライセンスを取得したばかりのヒーローオルカと当時中学生で一般人であったカイトと言う少年だった。

 オルカはアウラを助けるべく、スケィスに挑む。アウラは、その隙を見てカイトに一冊の本を託した。アウラはこの本を指してこう言った。

 

『強い力……使う人の気持ちひとつで救い。滅び。どちらにでもなる』

 

 オルカは、スケィスに戦いを挑んだもののデータドレインをくらい、カイトに「逃げろ」とだけ残し、遺体も残らず消え去った。

 スケィスは、カイトにもデータドレインを撃とうとしたが……

 

「私が来た!!」

 

 オールマイトが、スケィスの攻撃を拳による風圧で阻止した。普通のヴィランであれば、その一撃で瀕死もしくは、それなりの怪我を負うだろうが、スケィスは多少仰け反った程度だった。

 

「少年!! 早く逃げたまえ!!」

「でも、そいつは!」

「大丈夫! 何故って? 私だからだ!」」

 

 オールマイトは、スケィスと善戦できていた。それはオールマイトの規格外の強さ故であったが、それは同時に他のヒーローでは戦いにもならない差だということだった。八相の共通の特徴として、攻撃の一切が効かない。衝撃によるノックバックこそ発生するが、まるでダメージも痛みを感じている様子もないのである。それはオールマイトの100%の一撃をくらって、ようやく動きの鈍りを少しだけ見せる程度であった。

 オールマイトと言えど内心で「SHIT」と叫ばずにはいられなかった。

 オールマイトができることは、周りの人間が全員避難するのを待って自身も全力で離脱することである。他のヒーロー達では時間稼ぎをするどころか、一瞬で命を奪われかねないため中々前線にでることはできなかった。TOP10入りしているヒーローでやっと足止めが可能ぐらいである。たった一体でそれなのだから8体が全国に散っている状況で避難誘導に大半の人員がそちらに割かれていた。

 不幸中の幸いというべきか、八相は人間に興味を示すことはほとんどない。邪魔をする相手には全く容赦はないが、邪魔した相手であっても積極的に追いかけることはない。と言っても、その前に大半の人間は死んでしまう。

 

 カイトはその場から逃げたかったが、同時にオルカの仇を取りたかった。そして、アウラから渡された一冊の本。少女はいつの間にか姿を消していたが、カイトの頭の中で声が響く。

 

『本を開いて』

 

 カイトは言われた通りに本を開くと、本から何かが流れ込んでくる様な感覚を覚えた。耐え切れず本を投げ捨てるが、まだ何かが流れ込んでくる。

 そして、右腕には幾何学模様で半透明の腕輪が付けられていた。それは、八相がデータドレインを放つ際に生じる、物体によく似ていた。

 

「うわあああああ!!」

 

 そして、右腕はスケィスに向けられ、データドレインが放たれた。データドレインはスケィスに直撃した。スケィスは、今までの攻撃をくらった時と違い、全身の一部が欠けていた。十字架の杖も消え去り、明らかに弱体化している。

 オールマイトは突然の事態に困惑したが、このチャンスを逃すまいと全力の一撃をスケィスの放った。

 

「UNITED STATES OF SMASH!!」

 

 スケィスは、粉々になって吹っ飛んでいった。

 

 それが、八相が初めて撃破された時の出来事である。この闘いに巻き込まれた人々も多くおり、その地域の病院がどこも満床になってしまうほどだった。その中には、三崎亮もいた。

 スケィスの残骸は密かに、ハロルドの研究について知っていた政府の人間に回収された。スケィスを基の状態に復元することは不可能とみると、一部だけでも生かしておきたかった政府は、人間に移植することを考えた。そして、たまたま選ばれたのが三崎亮だった。移植が必要となるほどの怪我を負っており、自然な形になるように取り計らわれた。

 

 

 

 そして、カイトは八相と闘っていくことになったのである。その道則は険しいものだった。八相が強力な敵であることもそうだが、一部ヒーローや一般人も時に辛辣であった。彼自身は無個性であったが、データドレインという異質な力を使っていたことには変わりなくヴィラン扱いするものが居た。また、データドレインは八相の使う特徴的な力でもあり、それも嫌悪に拍車をかけていた。助けられなかった人を指して、逆恨みする人も少なくはなかった。

 そんな困難な中でたくさんの犠牲(その犠牲の中にはアウラも居た)を払いながらも八相の全てを撃破し、無事事件は解決された。カイトは間違いなくその立役者であるが、本人は報道されることを拒んだ。犠牲者がでたことはもちろん無個性であったとはいえ、個性の様な力を使った。それは、この社会では立派な犯罪である。本人が望んだこともあり表立って、彼が賞賛されることはなかった。

 しかし、物理的に死んでしまった人たちは二度と返ってくることはなかったが、データドレインによって、影すらも失ってしまった人たちは帰って来たのである。それを大きく称える人もおり、ネットでカイトは伝説のヒーローとして名をはせた。

 こうして、大災害にも等しい事件は幕を下ろした。

 

 

 

 

 

 

 八咫は、三崎亮と日下千草がモルガナの臓器を移植され特別な個性が使えることを伝えた。同時にそれはワン・フォー・オールやオール・フォー・ワン以上に秘匿されなければならない個性であることも伝えた。

 

「それで? この話にも何か意図があるんだろう?」

「人聞きが悪いな。ただ、一つ伝えておきたかった。アウラを復活させようとする動きが政府にあるとね」

「何だって!?」

 

 モルガナの事件を引き起こした原因とも言えるためオールマイトも心中穏やかではいられない。

 

「一度は破棄された計画だが、モルガナの細胞はまだ碑文使いの中に生きている。と言っても、現状はAIDA対策のために碑文使いが集められているのだがね」

「つまり、君はその責任者か」

「その通り。これは政府の命令であり、根津校長にも話は入っている」

「それでか。三崎少年があの場にいたのは」

「番匠谷淳の懸念はただ一人のモノではないということだ。碑文使いは、平和の象徴に代わって平和のシステムを創り出す」

「なら、何故あそこで三崎少年を送り込んだ」

 

 下手をすれば、三崎亮は再起不能となっていたかもしれない。

 

「彼の覚醒を促すため。それと、オールマイトを失うことを避けたかった。オールマイトが敗れたとなれば社会の混乱を招く」

「……情けない話だ。平和をもたらす平和の象徴が、平和を保つために守られるなんて」

「これで話は終わりだ」

 

 八咫はその場を去ろうとしたが、扉に手をかけて動きを止めた。

 

「そういえば、聞いていなかったな。オールマイト、AIDAをどう思った?」

「どう思ったって……恐ろしい存在だと思ったよ。ただ……」

「ただ?」

「緑谷少年に感染したAIDAに閉じ込められてたわけだけど、閉じ込められたというよりは、何かから守ろうとしていた様な、そんな印象を受けたよ」

「……ふむ。参考にさせてもらおう。失礼」

 

 彼は思考を続ける。他のヒーローより圧倒的に様々な知を持つ彼は何を思うのか。彼自身の願いはどこにあるのか。オールマイトは八咫が悪だと思っていないが、どこか歪さを感じるのであった。




カイトは本名どうすっかなーと考えたけど何も思いつきませんでした。
でも、カイトはまた少し出す予定があります。そこに行くまでちゃんと書くかはわかりませんが。その前に手が止まってしまいそうな気もします。


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幕間 始まりの日

珍しく連投しております。お気を付けください。

 過去話パート2。もっと後に書こうとも思ったのですが、これ以降おそらく書くタイミングがないのでここで投稿。読み飛ばしても多分、問題ないです。
 いつも通りに.hackの話を無理やりヒロアカに押し込めただけですがね。正直、この辺りの.hack関係の話は実はそんなに詳しくはないです。でも書いてて結構楽しかったです。


 これは、この物語の発端。彼らが知る由もない知られざる話である。

 

 ハロルド・ヒューイックは、天才であった。彼が生まれたころには既に、個性持ちの方が多数派となっている時分であった。そんな中で、彼は無個性として誕生した。しかし、その天才ぶりは生半の個性持ちなどより圧倒的に優れた力だと言えた。それは自他共に認める事実であった。そんな彼が個性について研究をするようになったのは、無意識にコンプレックスになっていたのか……それは彼のみぞ知ることである。

 

 彼は、将来はいずれほぼ100%の人間が個性を持つだろうことを確信していたが、同時に個性を持つ者のが完全に100%になることもないだろうと考えていた。そして、個性を持っていたにしても自身の望まない形、望まれない力、気付くこともできないような異質、あるいは小さな力。そんな問題を抱えることは、想像に難くなかった。

 ヒーローという存在が、ヴィランを退治するそんな世の中は対処療法であって、根本の解決には至らないと。だからこそ、全ての人間が個性を扱え、自身の望む形に変化させ、制御を可能とする手段が必要だと考えた。自身ならきっとそれらを可能にすることができると信じていた。しかし、その様な手段がそう簡単に見つかるはずもなく年月だけが過ぎ去っていく。周りの研究者たちの視線も天才に期待する目から冷ややかな視線へと変わっていくのも当然であった。

 

 彼は、途方に暮れ人の視線を避けて研究室の外へと出かけることが増えた。そして、ある時、一人の女性を見つけた。一目惚れであった。研究以外のことに興味を持てたのは、とても久しぶりであった。彼は、柄にもなく彼女をナンパしに行った。慣れないこと故に拙い喋り、たどたどしい言葉、とても天才と呼ばれた男には見えなかった。彼にとって幸いだったのは、その女性が聡明な人であったことである。笑いながらハロルドの言葉を受け止めた。立ち話もなんだからと近くの喫茶店へと入った。

 

 

 彼女の名は、エマ・ウィーラントと言った。彼女と会話を重ねたハロルドは、彼女への愛を募らせていった。そして、会話を重ねていくうちに彼らが互いに無個性であることを知った。しかし、互いにその個性がなくとも自分自身にはそれに負けないモノがあると語った。ハロルドは自身の頭脳である。エマは、自身の夢である。夜に見る方の夢である。

 ハロルドは意外に思った。彼女もまた自身と同じように自身の知性にこそ自信があるものだと思っていたからだった。

 彼女は、その夢に夢とは思えないほどのリアリティを感じていた。これは人々に広めたいとそれを基に叙事詩をしたためていた。その叙事詩のタイトルは『黄昏の碑文(Epitaph of the Twilligt)』。彼女にとってその叙事詩は、架空の出来事などではなく、自分の知りえないどこか遠くで実際に起きた出来事なのだと、そう語った。

 ハロルドはそれを興味深く思った。この聡明な女性が、そこまで語るモノ。夢が実際にどこがで起きていたという荒唐無稽な話。エマはその話をしたのは初めてではなかったが、誰も信じる者はいなかった。エマの書く叙事詩を面白いという人はたくさんいたが、そのファンタジーな物語が実際にあったことと信じる者がいるはずもなかった。

 しかし、ハロルドはその言葉を信じた。きっと、それこそがエマの個性なのだと。誰も知らない世界を観測する個性なのだと。

 ハロルドは、エマにその叙事詩を読ませてほしいと頼んだ。エマは、それを快諾した。

 

 ハロルドは、黄昏の碑文を熟読した。そして、同時に考えていた。この世界が本当にあるとして、ただ一人が観測できる世界の存在を証明することができるのか。熟考はしたものの、結論は初めからわかっていた。不可能であると。ハロルドは絶望した。天才ともてはやされようと自分には成し遂げたいことが何一つとして成し遂げられていない。

 

 ハロルドは、黄昏の碑文に描かれた世界を証明する方法はないかと自身の研究をつづけながら考え続けた。研究とは未知を既知へと変えるためのものだ。不可能が可能になることを起こすのが当たり前の世界。彼に諦めるという選択肢はなかった。幸い、彼にはエマとの逢瀬という癒しができていた。

 彼女との会話は気持ちが弾む。馬鹿な人たちと話す苛立ちがない。幸せとはこういうものかと実感するほどに多幸感があった。しばらく後にハロルドは、エマと交際するようになった。しかし、自身の研究とエマの世界の証明はいくら時が経とうと進展をみせることはなかった。

 

 ある時、個性に関する論文を読み漁っているときに、無個性に共通している身体的特徴についての論文を見つけた。まだ、絶対にあっているとは言えないモノだったが、その論文における研究においては9割の精度で当たっていた。その論文に自分を照らし合わせてみると、自身には全く当てはまらなかった。今まで自分を無個性だと思っていたが、何かしらの個性を持っているのかもしれない。しかし、気付けない程度の個性など大したものではないだろう。それにこの論文が絶対にあっているとも言えない。なんとなく、この話をエマにも共有すると、エマも無個性の特徴に当てはまらないとのことだった。

 

 その時、ハロルドの頭の中で何かのピースがはまった様な感覚があった。やはり、エマはこことは違う世界を観測しているのではないかと。もしかしたら、自分も何か観測できない何かに関係する個性なのではないかと。突飛で飛躍した考えだと、論理的でないと、否定する自分もいたが、研究は時にそういう考えが必要だと検証した。

 今まで考えもしなかった、自分には何かしらの個性が存在していることを探すのは、正に暗中模索だった。そして何を思ったのかハロルドは、来る日も来る日も黄昏の碑文を読み続けた。エマとは違うだろうが、それこそ夢に見るほどに読み込んだ。

 そして、彼はついに異世界への扉を開けた。

 ハロルドの個性は、異世界への道を創ることだった。そして、今まで自身の個性に気付けないのも当然だった。その異世界の子細を知らなければ、その道を開くことはできないのだから。ハロルドが自分の個性に気付くことができたのはエマが居ればこそだった。同時に、これがエマが観測した世界の証明にもなった。この喜びをエマに伝えようと早速連絡を取ろうとしたが、電話が繋がることはなかった。一抹の不安を感じながらも夜が更けていたこともあり、その日は床に就いた。

 

 翌日、ハロルドには信じられない一報が届くことになった。エマが交通事故に遭い亡くなったとのことだった。ハロルドは悲嘆にくれた。ようやく彼女が焦がれた世界に繋がれたのにその直後に彼女が居なくなってしまった。そして、彼はこの世界から姿を消した。

 

 

 数年の月日が流れ、ハロルドは日本に居た。この時、ハロルドにはある目的ができていた。エマとの子どもが欲しい。既に彼女がこの世にいない中でどうするか。彼女が焦がれた世界を基に新たな命を創ろう。自分という天才と聡明な彼女に相応しい個性を持った子を。そのために再びこの世界で研究をしなければいけない。研究をするためには環境とお金が必要だ。理論は、異世界を放浪する過程で組み立て終えていた。後は、実践するだけ。

 

そして、彼は番匠谷淳と出会った。




次回から雄英体育祭の話に入っていきます。ようやくって感じですね。
ここでちょっと、.hack//G.U.風の次回予告入れてみます。なお、テキトーに書いているので本編にその台詞が出るとは限りません。



『せんせー、俺が一位になる』

『毎年、ここで多くの者が涙を飲むわ!!』

『はっ! 誰が相手でも憑神なんて使うかよ!』

『君の力じゃないか!』

『俺は右だけで……』

『お前は最高傑作なんだぞ!』

『君は……欅?』
『はい、オールマイト。あなたのファンです』

『君たちには最低限の活躍をしてもらわねば困る』

『俺は……ここにいる!!』



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雄英体育祭まで2週間

前回、敵連合側の描写入れるの忘れていたので今回に入れました。
それと、.hackの原作と同じところをカットというかダイジェストというか、あっさり描写にしたりしています。でも、今回おまけを書いているのですが、それも原作ほぼまんまです。でも、結構好きなところなので書きました。今回は全体的に飛ばし見でもいいかもしれません。


 敵連合が雄英高校を襲った翌日。当の敵連合の頭目である死柄木弔は苛立ちを抑えられずにいた。

 

「どういうことだ! オールマイトは健在のままじゃないか!!」

 

 新聞を投げ捨てて怒りをぶちまける。

 

『見通しが甘かったね』

 

 電話がAFOと繋がっていた。

 

『うむ。脳無も回収できなかったようだしな。肝心のAIDAも除去されてしまったようだ』

 

 AFOにドクターと呼ばれている人物が、軽く文句を言う。 

 

「そうだ。お前、あれはオールマイトでも絶対に倒せないと言っていたじゃないか!」

 

 弔が指差し叫んだ先のバーカウンターに座っていたのは、オーヴァンだった。

 

「その通り。絶対にオールマイトには倒せない。倒せるのはデータドレインを使える者だけ。つまり、その場にデータドレインが使える者が居たということだな」

「はぁ? お前、データドレインは世界でも限られたやつにしか使えないとも言ってただろ。それが、偶々そこに居たっていうのか?」

「そうでなければ、雄英高校は既にこの世にはないよ」

「……ちっ」

 

『あれらに関して僕も詳しいことは知らないよ。ドクターも知らないってことだし、君も教えてくれないしね』

 

「切り札を簡単に教えるほど俺は甘くないよ。互いに利用しあえる関係が、望ましいからね。教えてしまったら、簡単に切り捨てられてしまいそうだ」

 

『おや、まだ信用してくれないのかい?』

 

「俺は曲がりなりにもヒーローであるからね。最も、今はヴィランとそう変わらないか」

「お前、結局、何がしたいんだよ」

「前にも言った通り、黄昏の鍵さ」

「だから何なんだよ、それは!」

 

『黄昏の碑文』

 

 オーヴァンは表情を変えなかったが、明らかにAFOのその言葉に反応した。

 

『未完成の叙事詩なんだってね。興味深かったよ。何せ、何時ぞやの事件の犯人たちにそっくりなのが出てたからね。君の言う黄昏の鍵もちょっと書いてあったよ。と言っても、未完成だからか、詳しいことは何も書いてなかったけどね』

 

「さすがは……と、言ったところかな。でも、結局のところは黄昏の碑文も関係はない。俺が黄昏の碑文を気に入っている。それだけの話さ」

 

『おっと……もう少し、君が慌てるところが見れると思ったんだけど、そう上手くはいかないみたいだね』

 

 死柄木弔は完全に話題に置いて行かれていた。そのことにイライラし、首をかきむしる。

 それを察したのか、AFOは弔に語り掛けた。

 

『弔、学ぶんだ。この男を上手く利用できるくらいに成長しなさい。今度こそ、君という恐怖を世に知らしめるんだ』

 

 

 成長……Glow Upか。

 オーヴァンは内心で一人呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 三崎は、臨時休校の日、パイに呼び出された。憑神に慣れるための訓練である。山奥にて微弱なAIDA反応を検知しており、それを倒していった。途中、登山客がAIDAに巻き込まれそうになり、それをパイが庇い感染するというハプニングもあったが、三崎の憑神によって事なきを得た。

 

 

 そして、臨時休校を終えて学校が再開した雄英高校。

 その日には、相澤は復帰していた。包帯をぐるぐるに巻かれミイラの様になっていたが。

 

「先生、無事だったのですね!」

「無事、言うんかなぁ。アレ……」

「俺の安否はどうでもいい。何よりまだ戦いは終わってねぇ」

 

 戦いという言葉に以前のヴィランの恐怖が一瞬過るが。

 

「雄英体育祭が迫ってる!」

「クソ学校っぽいのきたあああ!!」

 

 

 ヴィランに侵入されたという事実がありながら開催が決定されたのは、逆に開催することで危機管理体制が盤石であることを示すためであるらしい。

 雄英体育祭は、ヒーローたちがスカウト目的で観に来るイベントである。それを中止するのは、年三回しかないチャンスを潰す行為であり、受け入れられないということだ。

 

 昼休み、クラスメイト達は雄英体育祭の話題で盛り上がっていた。目立てば一気にプロヒーローへの道が開けてくるため、盛り上がるのが普通である。しかし、三崎にはあまり興味がなかった。雄英体育祭後には、職場体験があり、その職場体験に行ける場所の中には指名をしてくれた事務所がある。三崎は、体育祭のリザルトの如何を問わず指名すると八咫から通達されていた。最も「指名してもおかしくない程度には活躍してもらわねば困る」とも言われていたが。詰まるところ、モチベーションも何もないのだ。三爪痕のことしか頭になく、将来ヒーローになりたいという想いすら薄い。クラスメイトとの温度差をはっきりと感じていた。

 

 食堂に行く最中、麗日のヒーローを目指す理由を緑谷、飯田と共に聞いた。言ってしまえば、両親に楽をさせてやりたい。ということだった。自身が徹頭徹尾自分のためであるのに対して、麗日は誰かのためにヒーローをやろうとしている。それが、少しばかり心にひっかかていた。

 

「三崎君は、どうしてヒーローを目指そうと思ったの?」

「俺か? 俺にはどうしてもこ……捕まえたいヴィランが居るだけだ。だから、最悪ヒーローにならなくてもいいんだ」

 

 復讐心丸出しで、殺したいなんて言いそうになってしまった。爆豪が常日頃から殺すとは口にしているが、誰もそれを本気で言っているとは思っていないだろう。三崎は内心で爆豪の口の悪さには引いていた。しかし、自身の本音に近しいものを感じ親近感の様なものも感じていた。

 

「おお! 緑谷少年がいた!」

 

 そこでオールマイトが来た。そのまま緑谷を連れて昼食に行ってしまった。

 何故、呼び出されたんだろう。と、二人は疑問を抱いていたようだが、三崎はなんとなくは知っていた。緑谷はオールマイトの秘密を知っていた。それこそ三崎より何か深い部分を知っているのだろう。三崎はそこを探ろうとも思わなかった。興味がなかったからだ。

 

「ところで、三崎君。君が捕まえたいというヴィランの名を聞いても?」

「……三爪痕だ」

「三爪痕……聞いたことないね。飯田君は?」

「俺も聞いたことないな」

「三爪痕は、誰も姿を見たことがない。わかっていることは、犯行現場に三角形の傷痕を残すこと。被害者は行方不明になること。それだけだ」

 

 三崎自身は会っていたが、余計なことを言って話を拗らせるのも面倒なので言わなかった。

 

「もし、何か情報があったら教えてくれ。ネットに載ってることは大体調べ尽くしたけど、新しい書き込みもあるかもしれないからな。できたら、他の奴にも伝えといてくれ」

 

 麗日と飯田の二人は快く引き受けた。そして、数日後にはクラスメイト全体に三崎が三爪痕というヴィランを探しているという話が広まっていた。

 

 

 放課後、1-Aの教室前にたくさんの人だかりができていた。

 

「何事だぁ!?」

「出れねーじゃん! 何しに来たんだよ」

「敵情視察だろ。ザコ。ヴィランの襲撃を耐え抜いた連中だもんな。体育祭の前に見ときてぇんだろ。意味ねェから、どけ。モブ共」

「知らない人の事とりあえずモブって言うのやめなよ!」

 

 爆豪の口の悪さは今に始まったことじゃない。三崎も正直同じようなことを思ってしまっていた。

 

「どんなもんかと見に来たがずいぶん偉そうだなぁ」

 

 人混みの中から紫色の髪をした男が前に出てきた。

 

「ヒーロー科に在籍する奴は皆こんななのかい?」

「あぁ!?」

「こういうの見ちゃうと幻滅するなぁ。普通科とか他の科ってヒーロー科落ちたから入ったて奴、結構いるんだ。知ってた?」

 

 ヒーローを志すものが多いのは現代社会でヒーローが多いことからもわかることだ。その人気が衰える様子は見えそうもない。

 

「体育祭のリザルトによっちゃ、ヒーロー科編入も検討してくれるんだって。その逆もまた然りらしいよ」

 

 ヒーロー科の実技試験は対ロボットであるために対人とは勝手が違う。体育祭の方がより複雑な状況への対応力が求められるはず。それ故にヒーロー科編入の話があるというのは、至極合理的な話だ。

 

「敵情視察? 少なくともおれは、調子に乗ってっと足元ゴッソリ掬っちゃうぞっつー、宣戦布告をしに来たつもり」

 

 その後、ヒーロー科B組からも文句が飛んできた。

 爆豪は気にせず帰ろうと動く。

 

「待てコラ。どうしてくれんだ。おめーのせいでヘイト集まりまくっちまってんじゃねぇか!」

「関係ねぇよ……」

「はぁ!?」

「上に上がりゃ関係ねぇ」

 

 爆豪らしい、シンプルな答えだ。切島はその言葉で納得してしまっているし、常闇も理解を示した。上鳴は、ただ敵を増やしただけだ、と騒いでいた。

 

「別にいいんじゃねぇの」

「はぁ!? 何がだよ!?」

「雄英高校の校訓なんだろ。Puls ultraってやつがさ。それなら、自分で作って超えるのもありだろ。超える壁が多けりゃ、その分強くなれる機会も増える」

 

 困難を超えることこそ成長の早道。できれば、実戦が好ましいが、それはなかなか難しい。しかし、実戦でなかろうと自身の将来がかかったものであれば必死さも増す。それが嫌悪する相手なら猶更だ。そういう意味で体育祭は良い機会だ。そう思えば、三崎もモチベーションが上がってくるのを感じられた。

 

「でもよぉ。間違いなく面倒なことになるぜ」

「ヒーローになるだけなら別にここじゃなくてもよかっただろ。ここに来たのは、トップヒーローになるため。違うか? なら、あいつの言う通り上に上がることを目指すべきだ」

 

 実はまるでトップヒーローになりたいと思っていない三崎であったが、爆豪のおかげで自身のモチベーションを見つけることができたので軽くフォローを入れることにした。

 

「なるほど……」

 

 あの態度は爆豪のいつもの態度であるので、元々嫌われていたというわけでもないのだが、爆豪の言動に少しばかりの理解が得られたようだ。

 

 三崎は帰ろうと席から立ちあがると、人混みの中に見覚えのある男が居た。

 

「あいつは……!?」

 

 AIDAと共にいた男だ。その時は見失って、その後AIDAに襲われかけたところをクーンこと香住智成に助けられた。

 走って追いかけるが、見失ってしまった。

 

「あいつ……雄英生だったのか……?」

 

 少なくともヒーロー科ではないはずだ。1年の階に居たために学年はおそらく同じ。

 

「一体何者なんだ?」

 

 八咫なら何か知っているかもしれないと、連絡を入れて、特徴や以前ロストグラウンドで見かけたことを伝えた。

 

『一ノ瀬薫だな。我々の監視対象の一人だ」

 

 やはり八咫は知っていた。

 

「やっぱり、AIDA関係か?」

『AIDAもそうだが、彼は碑文使いだ』

「何?」

『接触を図ったことも何度かあるのだが、避けられていてね。雄英生ということもあって、校長にも話をしたこともあるが、あまり登校もしておらず、会いに行った日も登校していなかった』

「ヒーロー科に入れなかったから……か?」

『それはないな。確かにヒーロー科を受けてはいたが、実技試験で彼は試験会場を歩き回っただけで何もしていない。当然ながら結果は0点で不合格だ』

「なんだ、それ?」

『私としても理由が知りたいところだよ。あぁ、それと彼が体育祭に参加するようなら君には彼との対話を頼みたい』

「はぁ? なんで俺がそんなことをしなきゃなんねぇんだ」

『君は我々の持つ情報が欲しいのだろう? 協力しないのであれば、三爪痕に関する情報は教えられないな』

「……わかったよ。やりゃいいんだろ」

『よろしい。それではよろしく頼む」

 

 ブツリ、と電話が切られる。

 

「面倒なことになりそうだな……」

 

 体育祭とはまた別のところで何かがありそうだとそんな予感がしていた。

 

 

 

 

おまけ

 

 

 その日の夜、一通のメールが届いた。

 

「緑谷から?」

 

 そのメールによると、ネットの掲示板に三爪痕の話題が出ているのだそうだ。あの2人から三爪痕の話を聞いて早速情報を送ってくれたようだ。

 確かにそのネット掲示板には三爪痕の話題が上がっていた。というより、それを載せた人物がプロジェクト『G・U』の長として三爪痕に話したいことがある。とのことだった。

 G.U.の長。八咫が長となっている「レイヴン」という組織は表向きの名でそれとは別に裏向きの「G.U.」という名がある。

 八咫がこれを書いたのだとしたら一体何のつもりなのか。

 指定された場所は、以前三崎が三爪痕と遭遇した聖堂であった。時間もないのですぐさま聖堂に向かった。

 

 

 

 廃墟と化した聖堂に明かりなどはなく、月明りだけが光源となっていた。聖堂は天井が崩れ、月明かりが大量に入ってくるためそこまで視界は悪くなかった。

 奥まで進むと台座の上に誰かが立っていた。

 

「ふっふっふっふ。まんまと罠にかかったな、三爪痕! ここであったが百年目。神妙にお縄を頂戴しろ!」

「誰だ?!」

「ふんっ! 悪党に名乗る名前などないわ! たぁっ!!」

 

 高く飛び上がりその姿が月明かりに照らされる。金ぴかである。頭の先から足の先まで金ぴか。その鎧がもし金であるなら馬鹿みたいに高そうな上に重そうである。しかし、そいつはそんな鎧を付けているとは思えないほどの高さまでジャンプした。

 そして、一回宙返りして着地する。

 

「鈍き俊足のドーベルマン、ぴろし3! ただいま参上!!」

 

 ポーズを決め、キランと、効果音まで口にした。実際、歯は白く手入れがされている様なのが若干苛立たしかった。

 

「……名乗ってるじゃん」

「……」

 

 数秒の沈黙が訪れた。

 

「それとさ、俺、三爪痕じゃないから」

「どわーっはっはっは。いやぁ、失敗失敗。てっきり貴殿が三爪痕かと思ったのだが」

「あんた、どうして奴を追っているんだ?」

「……ふむ。これは例え話として聞いてほしいのだが、ある建設会社に一人のデザイナーがいたと思いたまえ。その男は自分のデザインに絶対の自信を持っていた。建てられた建物で使われた自身のデザインを堪能していた。ところが、ある日男は信じられないものを目にする。自分の作成した超流麗凄艶究極デザインに醜い三角形の傷痕が刻み込まれていたのだ! 何という冒涜! 何という暴挙! 復讐の鬼と化した彼は、その犯人を突き止めるべく掲示板を利用した巧みなトラップを用意したのだ!」

「……それって、例え話?」

「そうだ。例え話として聞いてくれと、そう言っている」

「三爪痕はあんたが相手できる奴じゃねぇ。危ねぇから、ヒーローにまかせて追っかけるのはやめとけよ」

 

 ぴろし3は、首を振って否定する。

 

「問答無用! 私はヤツを捕まえるまでは止まらないぞ! 貴殿も三爪痕を探しているのか?」

「……まぁな」

「ふむ……」

「なぁ、他に傷痕がある場所があったら教えてくれないか?」

「ふぅむ……一見ドス黒く濁っているが……その奥に正義の輝きを秘めているように見えないこともないその瞳……! よかろう! 良き目をした人よ! 貴殿と私は志を共にする者のようだ!」

「……は?」

「三爪痕の探索の同志と認め、この命果てるまで……共に闘うことを誓おう!」

「……はぁ?」

 

 ぴろし3は、連絡先を押し付けてきた。

 

「まぁ、いいや。で、プロジェクト『G・U』の長ってどゆこと?」

「ん? 貴殿も私のサークルに入りたいのか? だが、絵が上手いことが条件だぞ。何しろ『グラフィック・うまい』で『G・U』だからな」

「八咫ってヤツ、知ってるか?」

「誰だね、それは?」

「いや、もういいや」

「そうか。では、私はまた策を練るとしよう」

 

 そして、ぴろし3がまた不可解なポーズを取る。

 

 

「旅路の果てまでも! 頭上に星々の輝きのあらんことを! じゅばっち!」

 

 そして、飛び上がる様な動作をするがそのまま飛んで行く様なことはなく走り去っていった。

 

「なんか……変なモンを見ちまった……帰って寝よ」




次回はオリジナルの話……でもないです。
でも、どうやって入れようかとずっと悩んでいたエピソードなのでちゃんと入れたいと思います。
正直、一ノ瀬ことエンデュランスもどのタイミングでどこにどうだそうかとめっちゃ迷ってました。後は、朔望ですかね。そんで、揺光も出したいです。雄英体育祭で、この3人をだそうかと考えています。
まぁ、.hack側の年齢とかはあまり深く考えないことにしました。できれば、寄せたいと思っていましたがかなり無理がありました。でも、話を続けて書きたいので考えないようにしました。


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雄英体育祭まで1週間

とっても書きたかったエピソード。世界観がゲームではなく、現実になっているのでどう言い換えた物かと頭を悩ませました。



 休日のある朝の早朝。三崎の携帯に電話がかかってきた。三崎は寝ぼけた目をこすりながら通話ボタンを押す。

 

「もしもし」

『あ、あの、三崎亮さんの携帯でよろしかったでしょうか?!』

「ん? 日下か?」

『そそそ、そうです。あ、あの、そのぉ……えーっと』

「……早くしてくれ。眠いんだよ」

 

 欠伸をしつつ、言葉を返す。

 

『ちょっ、ちょっと待ってください。その心の準備が……』

 

 何か言い淀んでいるが、三崎は寝ぼけた頭で何も頭が回っていない。

 

「切るぞ」

『す、すみません! その、今日、一緒に特訓しませんか!?」

「特訓? 俺とお前、二人でか?」

『そ、そうです!」

「いいぞ」

『ほ、本当ですか!? それじゃ、メールで場所と時間を伝えますね!」

「あぁ」

 

 電話が切られて、三崎は再び布団にもぐる。

 特訓か……あいつと二人で……

 

「はぁ!?」

 

 一気に目が覚めた。

 なんで俺となんだ……B組の誰かとやればいいのにわざわざ自分を選ぶ理由がわからなかった。同じ碑文使いという縁があるとはいえ、それ以外何かを共有しているわけでもない。

 日下千草は七尾志乃に非常によく似ている。他人とは思えないほどに。それが、複雑な気分にさせる。日下を見ると志乃との記憶を呼び起こさせ幸せな気分になるのと同時にそれを奪った三爪痕への憎悪も増す。そして、日下と志乃の違いが違和感をもたらし不快な気分になる。ただの別人であるにも関わらずそういう感情を抱いてしまう自分にも嫌悪感を抱いてしまう。

 しかし、寝ぼけていたとはいえ約束してしまった。約束を破ることは気が引ける。

 

「仕方ねぇ……か」

 

 再び携帯が震え、メールの着信を知らせた。場所と日時を確認し、動きやすい服装に着替える。そして、待ち合わせ場所に向かった。

 待ち合わせ場所であった駅には既に日下が居た。

 

「よう」

「おはようございます。三崎さん」

「お前、その恰好……」

 

 フリルがついた女の子らしい服装であった。確かにその服装は似合っていると言えた。

 

「私……何か変ですか?」

「別に変じゃねぇよ。ただお前、それで特訓するのか?」

「ちゃんと着替え、持ってきてますよ」

「そりゃそうか」

 

 今の恰好で動き回られるのは色々と困る。フリフリの衣装にスカートでは、きっと目のやり場に困る。汗で濡れれば……それ以上は考えないでおこう。

 

 

 

 

 

 

 

 日下に連れられて、山にやってきた。ハイキングコースである。

 

「……」

「三崎さん? どうしました?」

「ホントに特訓しに来たんだよな?」

「そうですよ。ほら、行きましょう!」

 

 山道をただ歩く。日下はとてもご機嫌な様子である。

 

「今日はとてもいい天気ですね。ピクニック日和です!」

「おい」

「あはは。そうですよね。今日の目的は特訓でした」

 

 

 

 こいつ、特訓する気ゼロだ……

 

 

 

 一体、日下は何を思ってこんなことをしているのか。

 

「ここ、とっても景色がいいんです。人も少なくて、私のおススメスポットなんですよ」

「へぇ……」

「あの……退屈ですか?」

「ん? まぁ、そんなことはねぇよ」

 

 わざわざ仲を悪くする様なことを言う必要はない。だが、正直な話、もうすでに帰りたくはなっていた。これなら一人で筋トレでもしてた方が有意義だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ついに山頂である。別段、高い山ではない上に、道も整えられていたために疲れるような道ではなかった。これでは山というよりかは丘だ。確かに家族連れが来る分には悪くない場所かもしれない。しかし、特訓に来る場所としてはぬる過ぎた。

 

「ここでお昼にしましょう。私、お弁当持って来たんですよ! 一緒に食べましょう!」

「はぁ」

 

 思わずため息をついてしまった。主目的からどんどん離れていくことに単純にイラついていた。

 

「三崎さん?」

「あぁ、ありがとう。もらうよ」

 

 日下はブルーシートを広げ、弁当箱を並べる。

 彩の良い手作り弁当だった。おそらくは、気合を入れて作ったことがうかがえる。

 

「どうぞ、お茶です」

「あぁ」

 

 水筒から紙コップにお茶を入れて三崎に渡す日下。三崎はそれを受け取りただ見つめていた。

 

「三崎さんはどうしてヒーローになろうと思ったんですか?」

「……別になんでもいいだろ」

「私はですね。榊さんっていうプロヒーローに憧れてヒーローになろうって思ったんです」

 

 日下は、榊について色々語った。月の樹という組織に属していること。平和を願う立派な人であること。その志に感銘を受けたこと。三崎は興味がなかったので話半分に聞き流していたが。

 

「私、思うんです。ヒーローって、ヴィランを倒すことばかり注目されがちだけど、人を助けることこそが本分だって」

「ヴィランを倒すことだって、人助けだろ」

「でも、ヴィランだって人です。暴力を暴力で抑えつけたって、同じことの繰り返しにしかならないと思うんです」

「それは違うだろ。何せオールマイトっていう実例が居る。№1ヒーロー様の圧倒的な力が犯罪率を低下させているっていう実例がな」

「そのオールマイトの力を超えるヴィランが現れたら、どうなるんでしょう」

「それは……」

 

 もし、オールマイトを超えるヴィランが現れたのなら社会は混乱することだろう。誰でも簡単に想像がつくことだ。誰もそれを考えないのはそれほどまでにオールマイトは多くの人々に信頼されているからだ。平和の象徴と呼ばれるほどであることからもそれがわかる。

 

「私、争うことって嫌いです。レスキューポイントのこともあって、なんとか雄英高校に受かることができましたけど、私ってどんくさくて勝負ごとに勝てたことがないんですよね。だから、負けた時のつらさはわかるんです」

「体育祭はそれでどうすんだよ」

「だから、迷っているんです。私はヒーローに強さは必要ないと思っている。だけど、世の中はそうは思っていない。強さのないヒーローなんて誰も必要としてくれない」

 

 強くなければ守れないのだから当然だ。ヴィランという脅威を打ち倒す強さがヒーローには必須だ。

 

「当たり前だろ。強くなけりゃ、守れないんだから」

「でも、傷つきます。私も闘っている相手もその人を想う見知らぬ誰かも」

「なら、お前はどうするんだ?」

「それは……まだ、どうしたらいいのかわかりません。でも、強さにばかり気を取られたら助けるべき人の声も聞き逃してしまいそうで……ちょっと立ち止まって綺麗な景色に心を洗われたり、そういうことも大事なことだって思うんです」

「くっアハハ……! もう、無理。限界」

 

 三崎の中で我慢ができなくなった。志乃と同じ顔で……

 

「バッカじゃねぇの、お前。ヒーローに強さがなくて務まるかよ!」

 

 三崎は日下に詰め寄った。

 

「お前は、ヴィランを気遣って倒せなかったことを言い訳にそのヴィランによって増える犠牲に目をつぶるのか!? ヴィランを気遣う必要も余裕もヒーローにあるもんか!」

 

 三崎の豹変ぶりに日下は怯えた。

 

「そのヴィランだって自分の欲望を満たそうとしているただの外道なんだよ!! そのヴィランを叩き潰すために力を求めて何が悪い! 答えろよ! どこが悪いか言ってみろ!」

「そんな……」

「……帰れ」

「え?」

「まぎらわしいんだよ、お前は! 二度と俺の前に姿を見せるな!!」

 

 日下は涙を流しながら走り去っていった。

 三崎は、日下が見えなくなったところで独り呟く。

 

「くそっ……志乃の顔で『立ち止まれ』なんて言うなよ……」

 

 三崎はその場で立ち尽くした。




 その場に広げられたブルーシートとか、弁当とかはどう描写したものかと思って、その後どうなったのか書いていません。流石に放置するのもどうなんでしょう?かと言って、ここで書くと雰囲気が壊れてしまいそうなので省きました。次回に何かしら書いておけばいいんですかね?
 後、もうちょいキレた時の台詞を長く喋らせたかったけど、思いつきませんでした。
G.U.本編の櫻井さんの「ポリゴンにテクスチャ貼っただけのただの偽物なんだよ!」ってとこの台詞好きなんですよね。同じ感じでもうちょい長い台詞にしたかったです。


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雄英体育祭

とりあえず、競技が始まる手前までってことで、ちょっとした幕間的な話です。


雄英体育祭まであと一日。最後の調整をと思っていた三崎だったが、両親が趣味でやっている花屋。用事があるとかで店番を任されてしまっていた。

 

 なんで俺がこんなことを……

 

 そう内心でぼやきながら意外と真面目に仕事をする三崎。

 

「あの~……」

「いらっしゃいませぇぇぇっ!」

 

 大きな声で笑顔で客に応える。が、客が見えず、すぐ下を見ると子どもが立っていた。

 金色のショートカットで中性的な少年だった。格好もユニセックスな服装なため、どちらかと性別を聞かれたら迷うかもしれない。

 

「あのぅ……ぼく、ほしいものがあって……」

「おう、どれだよ」

「シロタエギクです。ありますか?」

「ちょっと待ってろ……鉢植えに小さいのが一つあるな。500円だな」

 

 少年は小学生が良く使っていそうなマジックテープの財布を開いて、止まっていた。

 

「どうしたんだ? 買うのか? 買わねぇのか?」

「あ……おかね……たりない」

「足りない? それじゃあ、売れねぇよ。こっちも店番任せられてるんでね。きっちり商売しねぇと。欲しいもんがあるならちゃんと金を貯めてきな」

「ためてたんだけど……なくなっちゃったみたい……」

「なくなったって……自分の金なら使い道ぐらい覚えてるだろ」

「わかんないよ。きのうまで朔のばんだったもの」

「朔のばん?」

「朔はおねえちゃんだよ。このおさいふ、きのうまで朔がつかってた」

「要するにその財布を姉弟二人で共有しているわけか?」

「うん」

「それでお前が貯めてた金をねえちゃんが使いこんじまったと。ひでぇ、姉ちゃんだな」

 

 茶化した風に言う三崎。財布の共有がどうして行われているのか甚だ疑問だが、あえてつっこむ必要もない。それぞれ家庭の事情というやつもあるのだろう。

 

「……ううん、いいの。どうせ、朔のたんじょうびにプレゼントをかうつもりだったから」

「誕生日?」

「ふたごだから……ぼくのたんじょうびでもあるんだけど……」

「誕生日か……」

 

 特別何か誕生日に思い入れがあるわけでもないが、子どもが誰かのために何かをしようとしていることに水を差すのは気が引けた。そんなに高い物でもないし……

 

「仕方なねぇな。まけてやるよ」

「ほんとにいいの!?」

「あぁ。姉ちゃんによろしくな」

「うん! ありがとう!」

 

 少年は花開いた様な笑顔を浮かべた。

 

 ビニールポットに移し替えられた、シロタエギクを手渡す。シロタエギクはその名の通り菊に似た形の白い茎と葉があり、小さな黄色い花を咲かせる。花言葉は、穏やか、あなたを支える。

 

「ぼくは伊織っていうんだ。たりないぶん、きっとかえすからね」

「おう。金のことは気にすんな」

「おにいちゃん。ほんとにありがとう!」

「気を付けて帰れよ」

 

 伊織は小走りで帰っていき、見えなくなりそうなところで三崎に手を振っていた。三崎は小さく手を振り返した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、雄英体育祭当日。

 それぞれが控室で準備を整えようとしている中、三崎は控室のある建物に入る前に呼び止められていた。それも7人の女子に。

 

「なんだ、お前ら?」

「私はヒーロー科一年B組の拳藤一佳。あんたが三崎亮?」

 

 その中を代表してなのか、オレンジ色の髪をサイドテールにした女子が話しかけてきた。

 1年B組ということは、他の女子たちもそういうことだろう。

「そうだけど……」

「よくも千草を泣かせたね」

「はぁ?」

 

 誰かを泣かせた記憶なんて……と思ったが、思い当たる節は当然ながらあった。普段、日下と呼んでいたために下の名前を意識したことがなかった。

 

「ちっ、てめぇらにゃ関係ねぇだろ」

「大アリよ! 私たちの仲間を泣かせたんだから。ここに来たのはあんたに宣戦布告するためよ」

 

 B組女子達は怒り心頭と言った感じだ。一部、表情が見えないものもいるが、共通の目的でここに来たのだろう。

 

「ハッ! 面白れぇ! てめぇらまとめて返り討ちにしてやるよ」

「言ったわね。必ず報いを受けさせてやるから」

 

 それだけ残し、B組の面々は去って行った。

 

 

 B組の控室へと向かう女子たち。

 

「私、あの方がそんなに悪い人には思えないのですが」

 

 と、茨の様な髪をした少女。塩崎茨は言う。

 

 実際、詳しい話を日下から聞いたわけではなかった。ただ、B組の中で姉後肌である拳藤を頼って日下が相談し、それに乗ったはいいが、うまいアドバイスが思い浮かばず、他のB組の面々に聞いた拳藤によって、B組女子全員に日下がA組の三崎という人物が気になっていることが伝わってしまったのである。それによってアドバイスした拳藤であったが、後日、日下が泣きながらに三崎を怒らせてしまったと相談したことから、この事態に発展した。

 

「あの口の悪さじゃ、そうは思えないけど」

「ね」

 

 それに反論するのは、ウェーブのかかった緑がかった黒髪の少女、取蔭切奈。そして、それに同意する、「ん」とか「ね」とかしか喋らない黒髪の少女、小大唯。

 

「爆豪クン? という人、口ワルイ、ヒアしたヨ」

 

 角が生えた片言で喋る少女、角取ポニーが、まだまだ日本語がわからないので聞く。

 

「あれは口が悪いというより、怖い」

 

 と、白髪の少女でいつも幽霊のようなポーズを取っている柳レイ子。

 

「とてもヒーロー志望とは思えないよねー」

 

 長い髪で目が隠れているキノコを思わせる少女、小森希乃子。

 段々と話がずれていく。

 

「塩崎さん。それで、どうして三崎は悪い人に見えないの?」

「いくつかありますが、一番大きいのは以前、街でお見掛けしたんです」

「何を?」

「その三崎さんが、何故か店番をしていたらしくそこに来た子どもが、お金が足りなくて困っていたんです。最初こそ、冷たくしていた様なんですが少し話をした後に、結局売ってあげたみたいで。その子、笑顔でお礼を言っていたんです」

 

 B組の面々は意外だ、と共通した思いを抱いていた。

 

「それにヒーローを志す方ですし、日下さんが好意を寄せる方でもあるのですから」

 

 控室の扉が勢いよく開かれた。

 

「べ、別に三崎さんとはそんなのじゃありませんから!!」

 

 日下であった。

 

「あれ? 聞こえてた?」

「丸聞こえですよ!! 確かに、三崎さんはぶっきらぼうな様で意外と優しいところがあるというか……ちょっと、みなさんニヤニヤしないでください!!」

 

 

 

 

 

 女子達は、日下をからかって遊んでいたが、B組男子は、日下から好意を向けられていると言う三崎の話を聞いて、勝手にヘイトを高ぶらせていた。どこかのブドウほどではないが、モテない男の妬みである。B組の打倒A組に変わりはないが、爆豪と違い、本人と全く関係ないところでヘイトを買う三崎であった。

 




 今後出せるかもわからないのに朔望出してみたり、B組との因縁じみたものを書いてみたりしていますが、実は先の展開に関してはほとんど何も考えていません。
 なんとなくぼんやりした程度の考えはありますけど、メモ書きも何もしていないです。とりあえず、次回も更にキャラが増えます。活躍するかは知りません。障害物競走はまだいいけど、騎馬戦とかマジでどうしよ。


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障害物競走

割とすぐ書けてたんですが、これでいいかな?どうしようかなと迷ってたら一ヵ月ほど経ってしまいました。


1-Aの控室。

 

「おぉ、やっと戻って来たか! 三崎君! もうそろそろ入場だぞ!」

「何してたん?」

「あぁ、ちょっとな」

 

 言葉を濁して、はぐらかす。麗日はそこまで気にしていたわけではなかったらしく、追及してくることはなかった。

 

 

 そして、入場間近のこの時に轟が緑谷に宣戦布告とばかりにお前には勝つと宣言する。緑谷はそれに対して、自分も勝ちに行くと宣言した。轟が何故オールマイトを気にして、緑谷にその様な事を言ったのかは、三崎にとってはどうでもいいことであったが、少しばかりの苛立ちは感じた。自身の力を未だにクラスメイトに見せたことがないせいだろうが、クラスメイトの中での注目度は低い。実技を見学していた限りでは、実力で轟と爆豪が頭一つ抜けている。だが、三崎はそれに負けているとは思っていない。憑神に覚醒した今の自分なら何者が相手でも絶対に負けることはない。そういう自信があった。憑神は、AIDAなどの異常な存在のみに使用するようにと八咫に止められてはいるが、三崎は使いたいときに使いたいように使うと決めていた。相手になめられっぱなしでいるぐらいなら憑神の一撃で黙らせる腹積もりだ。

 

 

 入場の時を迎え、プレゼントマイクが派手にナレーションする。A組は先日のヴィラン襲撃を退けた件からも注目度抜群。例年であれば3年のステージが最も盛り上がるが、今年に限って言えば恐らく1年ステージの方が盛り上がりを見せている。

 

 クラスごとに整列し、主審であるミッドナイトが選手宣誓をする生徒、爆豪を呼ぶ。

 爆豪はポケットに手を突っ込んだまま壇上に上がる。

 

「せんせー、俺が一位になる」

 

 他の生徒からのブーイング。あんなことを言えば当たり前である。

 

「せめてはねの良い踏み台になってくれ」

 

 三崎は、この前の一件からも見てなんとなくわかった。態度が悪いのはいつも通りだが、ヘイトを集めて敵を増やし、自身を追い込み、強さを求めているが故の行動だ。三崎は不満を爆豪に投げ込む生徒たちばかりの中で、独りニヤリと笑った。

 

 

「それじゃあ、早速第一種目行きましょう」

 

 競技場にある大きな電光掲示板にルーレットの様に表示される。

 

「いわゆる予選よ。毎年ここで多くの者が涙を飲むわ! さて運命の第一種目! 今年は……」

 

 そして、電光掲示板に文字が止まる。

 

「コレ!!」

 

 障害物競走。

 

「計11クラスでの総当たりレースよ! コースはこのスタジアムの外周約4キロ!」

 

 ルールはコースさえ守っていれば何をしても構わない。

 ヒーローを目指す者たちの祭典の上、全国中継されているためにヴィランの様なことをする者はそうはいないだろうが、そのルールでいいのだろうか。

 

「さあさあ位置につきまくりなさい」

 

 すぐにスタートシグナルが動き出す。そして、全てのシグナルの明かりが消えた。

 

 

「スタート!!」

 

 

 一気にスタートゲートに人が駆け込むが、狭いために一気に通り抜けることができない。それを見抜いたものたちはすぐに前へと抜けた。一番前へと抜けた轟は、凍結を使用しながら進むことで妨害に動いた。

 A組は凍結に引っかかることなく、全員が突破した。事前に知識があったことが大きかった。他の実力者たちも避けることができていた。

 三崎は、体力温存と情報収集を兼ねて後ろの集団に付くことにした。

 

 

『さぁ、いきなり障害物だ! まずは手始め……第一関門ロボ・インフェルノ!!』

 

 プレゼントマイクの実況。それが知らせたのはヒーロー科の入試でも使われた仮想ヴィランだった。

 轟はその仮想ヴィランを一瞬で氷漬けにして抜けた。しかも、後続の妨害のために不安定な状態で凍らせていた。

 

『1-A轟! 攻略と妨害を一度に! こいつぁ、シヴィー!! すげぇな! って、おい! あいつ……あいつら誰だ!? 轟に並んでんぞ!?』

 

 一抜けかと思われた轟の横に並び、追い越している者が二人居た。

 

「なかなかやるじゃん。色男」

 

 そこに居たのは、赤髪のショートカットの女子だった。

 

「……」

 

 さらに横を無言ですり抜けたのは一ノ瀬薫であった。

 

『普通科の一ノ瀬薫と倉本智香だな』

 

 相澤は、手元の資料に目を落としながら話す。

 

『うぇ!? 何で知ってんの!?」

『別に知っているわけじゃない。ただ、普通科の問題児ってことで、何度か聞き覚えがあるだけだ』

『問題児って、何やったんだ?』

『一ノ瀬が不登校。倉本が喧嘩だな』

『いや、なんで容姿も知ってんだよ』

『ここにあるからな、資料が……』

『いや、もーOK!! その調子で解説頼むぜ!!』

 

 後続もどんどん第一関門を突破していく。しかし、三崎は、立ち止まっていた。日下が少しばかり気になっていた。轟の凍結は他のB組の助力で何とか抜け出したようだが、ロボの前でも縮まって動けなくなっていた。さすがに完全に戦意を失っている仲間までは助け舟を出せないB組。仮想ヴィランの質量は、人が死にかねないかと思われるほど巨大なものだ。その攻撃が、日下に向けられていた。

 

「ちっ!」

 

 巨大なロボの拳が日下に当たる前に、三崎が救い出していた。

 

『カックィイイ!! A組三崎! B組の日下を助けたぁ!蹴落としのサバイバル上等のこの場で人助けなんてやるぅ!』

『勝負の最中の今じゃ、そんなに褒められたことではないがな。あまり三崎らしくない感じもするが』

 

「み、三崎さん!?」

「こんなとこで躓くぐらいならヒーローなんてやめちまえ!!」

「……!」

 

 日下は三崎の叱責に涙目になってしまう。その様子に三崎は戸惑ってしまった。以前、言ったことの手前合わせる顔もない。

 

「……お前にも、これぐらい乗り越える力ぐらいあんだろ。俺は先に行く」

 

 三崎は変身の個性を使って、姿を人形の様な姿へ変える。憑神ではない方の変身だ。普通に走っていてはもう先頭に追い付くのは無理だ。

 

「あの! 三崎さん!」

「なんだ?」

「ごめんなさい……」

 

 それは助けてもらったことに対してか、先日のことに関してかはわからなかった。だが、どちらにしても

 

「謝んな。お前の正しさはお前が証明するしかない」

 

 自分は正しくはないことを承知で、復讐を為そうとしている。きっとお題目だけなら日下の方がずっと立派だ。それが本当に良いことかは別にして、理想としては自分の目的よりはずっとマシだ。それでも復讐を止めるつもりはないが。

 しかし、それなら何故自分は日下を助けたのか。志乃と容姿が重なるから……きっと、それだけだ。だが、それでは自分は志乃の容姿しか見てこなかったのだろうか、と嫌な気持ちに苛まれる。

 

「クソッ」

 

 

 

 

 

『オイオイ、第一関門チョロイってよ! んじゃ、第二はどうさ!? 落ちればアウト! それが嫌なら這いずりな! ザ・フォール!』

 

 かなり深い溝だった。岩場には、綱だけがかけられている。だが、空中を飛べる者には関係がない。

 轟がトップに変わりないが、爆豪がそれに追いつこうとしていた。

 三崎は、変身の個性によって反重力の様な動きで音もなく移動する。その速度で第二関門をものともせずに、抜ける。

 

『空飛べんのはずりぃな!』

『別にずるではないだろ』

『というか、あいつ誰?』

『お前、さっきまで見てただろ』

 

 三崎亮は、変身の個性と武器を取り出す個性の二つを持つ。かなり変わった個性だ。

 

 普通科の二人はここでペースダウンしていた。二人ともその気になれば、一気に駆け抜けることもできそうな気もしたが、三崎は構わずに抜く。少なくとも一ノ瀬は碑文使いだと聞いているので、自身と似たような変身の個性を持っていることは間違いない。そして、その変身の個性を使う碑文使い達は今のところ全員浮遊して移動する。一ノ瀬が例外の可能性も無きにしも非ずだが、恐らく全員で8名のはずの碑文使いのうち4名に共通する能力なので違うことは考えずらい。

 

 

 

『……そして、早くも最終関門! かくしてその実態は――一面地雷原! 怒りのアフガンだ! 地雷の位置はよく見りゃわかる仕様になってんぞ! 目と脚、酷使しろ!」

 

 

『ちなみに地雷、威力は大したことねぇが音と見た目は派手だから、失禁必至だぜ!』

『人によるだろ』

 

 実況が何か下品なことを言っているが、全国放送でそんなこと言っていいのか。

 

 

 

 

 地雷原は、先頭に居るほど地雷を気にしなければならない。轟と言えど、あまり慣れる様なものではないために減速を強いられていた。

 

「俺は関係ねー!!」

 

 爆豪は、爆発によって空を飛べるために足に地を付けることがない。よって地雷を気にする必要がまるでない。

 

「奇遇だな。俺も関係ないぜ」

 

 そして、巨大な影。その巨体を飛ばす、三崎も先頭に追い付いていた。

 

「てめぇ、誰だ!?」

「……まぁ、誰にも見せたことはなかったからな。先に行かせてもらうぜ」

「待てや! コラ!!」

 

 爆豪が三崎の腕を掴む。しかし、変身した三崎の膂力の前には意味をなさなかった。簡単に振り払われる。それでも爆豪がそのまま引きはがされることはなかった。轟も同様である。氷柱を伸ばして三崎の動きを止めに入るが、それに捕まることもなかった。

 

 BOOOOOOM!!

 

『後方で大爆発!? 何だ、あの威力!? 偶然か、故意か――A組緑谷爆風で猛追ーー!?』

 

 プレゼントマイクの言葉通り、ロボの残骸を利用して爆風をその身に受けて、先頭まで飛んできた。

 

『つーか! 抜いたああ!!』

 

 緑谷は三崎の頭上をも超えて前に出ていた。

 

「デク! 俺の前を行くんじゃねぇ!!」

 

 爆豪は、緑谷を先に行かせないために自身の個性の爆発で加速する。

 

「後ろを気にしてる場合じゃねぇ……!」

 

 轟は、自身の個性で地面を凍らせて地雷を気にせず走るための道を造った。

 

「面白れぇ!!」

 

 三崎はただ加速し、ゴールを目指す。

 

 緑谷は爆発の勢いがなくなり減速し、地面に激突しそうになったがロボの残骸を地面に叩きつけて、地雷を爆発させた。その爆発によって、轟、爆豪、三崎の動きは一瞬足止めされ、緑谷はその爆発によって更に前へと進んだ。

 

 

 

 そして、最初にゴールテープを切ったのは――

 

 

『さぁさぁ、序盤の展開から誰が予想できた!? 今一番にスタジアムへ還ってきたその男――緑谷出久の存在を!!』

 

 

「……一位は逃したか。まぁ、ガチ戦闘じゃねぇからいいか」

 

 三崎は呟く。悔しさがないと言えば嘘になるが、予選さえ勝ち進めばこの場は良い。重要なのは、経験を積むこと。雄英体育祭は、例年最後はタイマンだ。

 

 

「予選通過は上位44名! そして次からいよいよ本選よ! ここからは取材陣も白熱してくるよ! 気張りなさい!」

 

 

 三崎亮、第一種目――第2位。



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騎馬戦

やっぱり思いつかなかったので、騎馬戦はほぼカットのダイジェストみたいない感じでいきます。もしも期待している方がいたらすみませんでした。


「さーて、第二種目よ! 私はもう知っているけど~何かしら!? 言ってるそばからコレよ!」

 

 電光掲示板に表示された種目は騎馬戦。

 ルールは、2~4人のチームで騎馬を作ること。障害物競走の結果によってポイントが割り振られ、その合計のポイントがそのチームの持ち点となる。

 ポイントは下から5ずつ増える。そして、一位に与えられるポイントは1000万。

 その情報が与えられた途端に緑谷へと注目が集まる。

 1000万、もはやその数字に意味はない。持っていれば勝ちが確定する。そういう一発逆転を狙える様な要素だ。

 チーム決めも競技時間も制限時間は15分。

 

 三崎にとっては予選さえ突破できればそれでいい。わざわざ目立つ必要もない。となると、注目度が低い人間と組んだ方が漁夫の利を狙いやすい。影を潜めて終盤に奪い取る。それが理想的な形になるだろうか。それぞれの配点や誰がどれくらいの得点を持っているかでも状況は変わってくるが、それが一番労力が少ない且つ勝ちやすい方策であると考えた。

 

 

「ねぇ」

「あぁ?」

 

 誰かに話しかけられ、返事をしたら途端に意識が低下した。

 

 

 なんだ……!? 一体、何が……? ダメだ……意識が……

 

 

 このまま気絶するかと思いきや、意識が覚醒した。ふと、脳裏にスケィスの影が見えた様な気がしたが、あれが起こしたのだろうか。

 

「てめぇ、俺に何しやがった」

 

 話しかけてきた男は、以前A組の教室にやってきた普通科の男だった。その表情には驚きが見て取れる。

 

「……洗脳か?」

 

 理由はわからないが、そういう個性だと思った。そう直感できたのは、自身の内側に居るスケィスが教えたとでも言うのだろうか。自身の力なのにどことなく気味の悪さを感じてしまった。

 

「……そうだよ。あんたの個性は障害物競走の時に見たよ。ヒーロー向きの良い個性だよな」

 

 驚きは隠せていないが、極めて平静を装った風に会話をする。三崎は、結果的には洗脳されなかったので特に気にすることもなかった。

 

「なんだ、羨ましいのか? ま、俺にはどうでもいい話だ。それで、俺と組みたいのか?」

「……いいのか? 俺はお前を洗脳しようとしたんだぞ」

「結果的にはならなかったし、お前の個性はこの予選を勝つのには便利そうだ。時間が少なくなったところで、洗脳で動きを止めて奪えば、トップは無理でも予選通過ぐらいなら余裕だろ」

「……よし、組もう。後の二人は既に組んでるから。それに洗脳も済ませてある」

「へぇ……なかなか手が早いな。って、こいつは?!」

 

 普通科の男――心操の後ろには普通科の二人。一ノ瀬と倉本が居た。

 

 倉本は間違いなく心操の個性によって洗脳されているだろうが、一ノ瀬は本当に洗脳されているのだろうか。自身と同じく碑文使いである一ノ瀬が洗脳にかかっているのは考えづらかった。

 

「なんだ? 知り合いか?」

「いや、知り合いって程でもねぇけど……」

「個性は知らないけど、この二人、普通科とは思えないほど身体能力が高いんだよ」

「あぁ。俺もそれは見てた」

 

 障害物競走を途中までとはいえ、首位付近を走っていた。何故、順位が下がってしまったのかはわからないがこの二人のスペックの高さはヒーロー科に引けを取らない。

 

「名乗ってなかったな。俺は心操人使」

「三崎亮だ。短い間だが、よろしく頼むぜ」

 

 

 

 結論から言うと、事は三崎の目論見通りに進んだ。

 

 騎手に心操を置き、序盤には早々にハチマキを取られてしまった。わざとだが。

 ほとんどの騎馬は緑谷を狙って動き、緑谷はサポート科の装備と麗日の個性によって飛んで逃げ、更には常闇の牽制によって上手くことを運んでいた。爆豪も当然ながら緑谷を狙っていたが、逆にB組の物間に取られていた。

 三崎はこの目立つグループは、常に取り合いの状況に立たされているのでさり気なく取るというのは難しかった。出来るだけポイントが高い且つ自分たちと同じように圏内に入れそうだったら逃げに入ろうとしている騎馬から取るのがベスト。得点を持っていないのは状況を俯瞰的に見るという点に置いても悪くない選択だった。

 終盤、残り時間も僅かとなったところで予選突破圏内に居るグループ及び競っているグループ。すなわち、緑谷、轟、爆豪、物間、そして鉄哲この5グループ内でほぼ決まりだ。そして、現在競っている状況にないのは鉄哲だった。正確には激しい競り合いではないということ。4グループは激しい競り合い状態で、この中に突っ込むのは危険だった。そして、鉄哲チームに声をかけられる状況にあった。

 心操の「洗脳」は声をかけて相手が返事をすれば成立する。心操の個性を知らずして、これを避けるのはほぼ不可能だ。相当に無口だったり、口を効けないなどの特殊な場合を除けばほぼ100%上手くいく。洗脳にかかっている間の記憶はなく、衝撃で洗脳は解ける。

 予定通りに洗脳にかけることに成功し、苦も無く鉄哲の持つハチマキを全て奪取。

 競技は終了となった。

 

 結果は1位轟チーム、2位爆豪チーム、3位心操チーム、4位緑谷チーム。以上の4チームが次の本選に進出することとなった。

 

 一時間の昼休憩となり、各々が昼食を取るべく移動する。倉本が何が起きたのかもわからず、混乱していたが、一ノ瀬は早々に何処かへと行った。

 一ノ瀬とは早々に話をつけたかったが、心操に一言も挨拶もなしに居なくなるのも悪いので一言。

 

「助かったぜ」

「お互い様だ。……あんたとは当たりたくないもんだ」

「ご自慢のその個性も俺には効かねぇみたいだからな」

「そうだな……でも、どちらにしろ次でバレるんだ。初見殺しの個性じゃ、勝ちあがるのは難しい」

 

 雄英体育祭は例年最後は一対一のトーナメント戦になる。

 

「工夫だけでそれを何とかするのも厳しいな。特殊な状況にこそ強いだろうが、タイマンにはまるで向かねぇ」

「あぁ……それでも、俺はこれでヒーローに……!」

「まぁ、初戦で俺に当たらない様に祈っておけ。初戦さえ乗り切れば、誰かしらはお前の個性の良さに気付くだろ」

「……あんたは俺の個性をヴィラン向きとか思わないのか?」

「はぁ? お前以外の大概の個性だって悪用もできんだろ。ヒーロー向きもヴィラン向きもあるかよ。結局はどう使うかだ」

 

 心操は少しだけ面食らった様な表情をした後、僅かに微笑む。

 

「また会場でな」

「あぁ」




漫画の方でもメインメンバー以外の描写は意外と省かれてるんですよね。人数多すぎて、なかなか詳細書けるもんでもないでしょうけどね。


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思惑

アンケート試しにやってみました。そもそもちゃんと終わらせられるかもわからないんですがね。まぁ、不定期で亀更新ですけど、ちまちまと進めるつもりですよ。


 昼休憩、エンデヴァーとオールマイトが10年ぶりの再会をしているところ。1人の少年の様な男がそこに蜂合わせた。

 

「あっ! オールマイトだ! それに、エンデヴァーも!」

「君は……確か、欅……?」

 

 二本の角を生やした少年の様な容姿をした男。容姿だけでなく振る舞いも子ども染みているがヒーローである。それも10位に入っているヒーローであった。

 一切のヒーロー活動をしていないのにも関わらず10位という異様に高い順位に位置する特殊なヒーローである。

 

 

「はい、そうです! あなたのファンですよ!」

「はっはっはっは! それは嬉しいね!」

 

「ふん。話は済んだだろ。俺は行くぞ」

「あっ……! エンデヴァーさん、行っちゃうんですか?」

「便所に行こうとしていたところなんだよ!」

「……それはごめんなさい」

「ふんっ」

 

 エンデヴァーはそのまま行ってしまった。

 

「まぁ、あまり人に聞かれたくない話をするつもりだったので丁度いいですけどね」

 

 欅は、小声で呟く。オールマイトにははっきりと聞こえていたが、エンデヴァーには聞こえない程度だっただろう。

 

「それで、何か用かな欅」

「あなたの個性の話ですよ」

「! げほっ、げほっ。すまないね。ちょっとむせちゃって」

 

 オールマイトは個性に関する話は、誤魔化してきたが嘘ははっきり言って苦手である。マスコミに対しては、白を切り続けることができたが、相手が恐らくは確実な証拠を掴みに来ている場合、オールマイトにはそれを誤魔化しきるのはなかなか難しい。

 

「隠す必要はありませんよ。あなたの残り時間が少ないことも承知済みです」

「……何が言いたいんだい?」

「僕の手術を受けませんか?」

「しゅ、手術?」

 

 欅がその様なことをすることは聞いたことがなかった。そもそも欅は普段ヒーロー活動をしておらず、自身の擁立した月の樹と呼ばれるボランティア組織を運営しているという話しか聞かない。

 

「はい。手術というより改造ですけどね。僕、治療はできないので」

「か、改造ぅ!?」

「あ、心配しなくても大丈夫ですよ。別にサイボーグ化したりとか、非人間になったりだとか、そういうことになったりはしないので」

 

 それは裏を返せば、そういうことが出来るということだろうか。

 

「以前、八咫さんから個性の結晶をもらったはずです」

「なんで、君がそのことを!?」

「ま、その辺は気にしないでください。それを使えば、あなたの傷を治すことこそ叶いませんが、活動の限界時間は伸びるはずです」

 

 それは願ってもないことだった。緑谷に次の平和の象徴になるように託しているとはいえ、まだヒーローの卵だ。自分の支えは世間にとっても緑谷にとってもまだ必要になる。

 

「……色々と聞きたいことはあるけど、本当にそんなことができるならお願いしたい」

「はい。いいですよ。ただし、これは飽くまでもあなたの活動時間を延ばすだけです。体力や内臓機能が回復するわけではありません。もしかするとあなたの寿命を縮ませかねないです」

「……それは失敗することもあるということかい?」

 

 オールマイトは心配を滲ませる。

 

「いえ、改造は100%成功します。僕の言う寿命というのは個性の出力が上がるためにかかる負荷が増える身体的なもの。そして、運命的な活動時間が増えたことによって生じる変化。何者かに殺されるかも……という危惧です」

「そうか……でも、何者かに殺されるかもしれないという話ならば、既に承知済みさ」

 

 オールマイトは、自身のサイドキックであった彼のヒーローを思い出す。

 

「予知ですか?」

「君、ホントに何者だい? そんなことまで」

「それに関しては、サー・ナイトアイと組んでいたことを知っていれば予想が付きますよ。それと僕の正体に関してはまだ内緒です。それは次の機会にでも。それといつかはあなただけじゃなくて世界中に伝えようと思っています。けど、それがいつになるかはわかりません」

 

 オールマイトには欅がまだ信頼に足る人物なのかは、判断しかねるところはあった。しかし、欅は明かせないまでも秘密を持っていることを明かした。その上、人々の支持のみで順位を上げた多くの信頼を得ているヒーローだ。悪意を持っているとは、考えたくはなかった。

 

 

「君ほど社会に信頼されているヒーローは数少ない。君を信じよう」

「ありがとうございます! それでは後日連絡させてもらいますね」

 

 欅は子どもの様に手を振って去っていく。

 そして、すぐそばの曲がり角で女性に鉢合わせになった。

 

 

「欅様! 今までどこに行っていたのですか!? 本当にいつもいつもあなたという人は……!」

「か、楓……何も、今ここで説教をしなくても……」

 

 正に親に叱られる子どもの図であった。

 

 

 楓は欅と同じく月の樹に属するヒーローである。月の樹に属すると言っても、欅とチームアップをしているわけでも、サイドキックの立場にいるわけでもなく、月の樹の幹部でヒーローというだけである。しかし、常に欅と共に居る人物であるためにそういう勘違いはよくされていた。

 とは言っても、月の樹の幹部は欅を含めた7人の幹部の内6人がヒーローであり、共に行動することも多いため実質同じ事務所であるとも言えた。

 

 楓はオールマイトの存在に気付き、頭を下げた。

 

「すみません。お見苦しいところを……うちの欅が迷惑をかけなかったでしょうか?」

「いえ……」

 

 欅はオールマイトを見て、口元に指をあてて「しーっ」と声を出さずジェスチャーする。

 

 さっきの話は黙っていろという意味合いだろう。

 

「それでは私共はこれで失礼します」

「オールマイト! またね!」

 

 欅は手を振りながら楓と共に去って行った。

 

 

 

 

 

 

 ほぼ同時刻、轟は緑谷にどうして宣戦布告したのかを説明した。

 轟焦凍は、父――エンデヴァーが個性婚によってオールマイトを超えるヒーローにするべく作った子どもだ。その個性婚によって、結婚を強いられた母親にお前の左側が憎いと焦凍は煮え湯を浴びさせられていた。そして、轟はエンデヴァーを見返すために左側の個性を使わずに№1ヒーローになると決めた。

 緑谷はオールマイトに気にかけられており、オールマイトに近しい何かを感じ取ったために超えるべき存在として宣戦布告した。ということだった。

 

 緑谷はそれに対して自分だって負けられないと力強く答えていた。

 

 轟と緑谷が別れたところで、そこには三崎が居た。

 

「よぉ」

「……聞いてたのか?」

「立ち聞きすんのも悪ぃかとは思ったんだがな。タイミング逃した」

「そうか」

 

 轟は、盗み聞きされたことにあまり気にした様子はなかった。

 

「俺も人の事言えたもんじゃねぇけど、ひでぇ動機だな」

「……なんだと」

 

 しかし、その言葉は聞き捨てならなかった。

 

「さっきのつまりは、俺は№1になるまで全力を出しませんって宣言した様なもんだろ」

「違う!」

「違わねぇだろ」

 

 轟は意識していなかったが、それは手抜きに他ならなかった。使える力を半分しか使っていないのだから。

 

「俺は、母さんの力だけで……!」

「言っとくが、俺は別にお前の動機を否定しているわけゃねぇからな」

「は……?」

 

 先ほどまで、侮辱するようなことを言っておきながら、三崎はそれを覆すような発言をした。

 

「さっきも言ったが、俺も人の事言えねぇぐらいひでぇ動機でヒーローを目指してる。目指してるってのもおかしいな。ヒーローになる過程を利用してる。お前に話しかけたのは俺以外にもマジだけど碌でもない動機を持っている奴がいる、ってのがわかって少しだけ安心したからってだけだ」

「……お前は何のためにヒーローに?」

「復讐だ」

 

 そう端的に告げた。轟がそれに関して深く追及することはなかった。しかし、全力を出さない宣言をした、と言われたことに引っ掛かりを覚えていた。

 

 

 

 

 

 

 昼食時 食堂は混みあっており、三崎はどこに座ったものかと……うろうろしていた。

 

「おーい! こっちだ! こっち!」

 

 聞き覚えのある声、探してみれば、その声の主は香住であった。

 

「なんで、あんたがここに居るんだよ」

 

 体育祭は学年ごとにステージが違うためにそれなりに距離が離れている。昼食時で自由な時間とは言え、短い休み時間で来るような距離ではない。

 

「まぁ、気にすんなよ。とりあえずは、予選突破おめでとさん!」

 

 大袈裟な振る舞いに三崎は少しばかり面倒そうに

 

「あぁ」

 

 とだけ応えた。

 

「反応薄いねぇ……別にいいけどさ。俺がここに来たのは、再度忠告しに来たってだけだよ」

「忠告?」

「八咫から聞いただろ。憑神は使うなって」

「そういや、そんなこと言ってたかもな」

 

 本当はちゃんと覚えていた。覚えていないふりをして使う気満々であった。

 

「お前なぁ……!」

 

 香住は、少しばかりの苛立ちを覚えたがすぐに抑えた。

 

「ただ、俺が憑神を使うなってのと、八咫が言う憑神が使うなってのは、同じ意味でも意図が違う」

「……? どういうことだ?」

「八咫は多分、憑神という能力の情報が漏れる可能性を危惧しているんだ。憑神は国家機密だからな。それが全国放送されているこの体育祭で披露されてしまえば、碑文使い以外には見えないとはいえ、解析される恐れがある」

「それで、お前は?」

「俺が憑神を使うなっていうのは、単純にこの力が危険だからだ。お前は手加減しているつもりでもあっさりと命を奪ってしまいかねない。命が失われないにしても相手が未帰還者になり得る可能性だってあるんだ」

「へぇ」

 

 三崎の生返事に香住のこめかみが少し動く。

 

「……これがどれだけ危険なことかわかっているのか? この力はAIDAの様な異質な存在にのみ使われるべき力なんだ。決して、人間に向けていいものじゃない」

「あんたがそう思うってだけだろ。人に向けるのが危険って意味なら他の個性だって似たようなもんだ。何も憑神に限った話じゃねぇ」

「そういう問題じゃないんだよ! 憑神は……他の個性とはまるで違うんだ。この世の何物でもない力で、本来ここにあってはいけないそういう力なんだ」

「はぁ?」

 

 言っている意味がまるでわからなかった。強い力であるなら三崎にとっては願ってもないことである。

 

「クーン。お前が何と言おうと俺は必要だと思った時に使う。相手が一般人だとかヴィランだとかAIDAだとか、関係ねぇ。俺は使いたいときに使いたいように使う」

「お前……! 何を言っているのかわかっているのか!? それはヴィランと何ら変わりないんだぞ!」

「ヴィランで結構。俺は復讐が果たせるなら、何だっていいんだよ。ヒーローだろうが、ヴィランだろうがな。たまたま、ヒーローの方が復讐を果たしやすいと思っただけだ」

「もういい……勝手にしろ!」

「あぁ、そうさせてもらうぜ」




これからどうなるかは、俺も知りません。ただ、次回でトーナメントまで書けないと思います。もしくは、初戦はダイジェストかなぁ……


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黒い泡

アンケートは、今のところ揺光に投票が寄ってますね。総数が少ないので何ともですが……やっぱ、揺光かわいいもんね。アンケ通りにするかはわかりませんけど、誰を求められてるのかなぁ……って、ちょっと気になったもので。
 今後の展開で勝敗どうすっかなぁ……と思ってたところがあったのですが、アンケを見て決めたところもあります。そこまで書く前にエタる可能性もありますが、見てください。応援がもらえたら頑張れないこともないかもしれない。


 会場にて、トーナメントの組み合わせが発表された。三崎の初戦の相手は芦戸であった。

 酸を飛ばすことができる個性を持つ女子生徒。身体能力は1-A女子の中ではトップクラスに高い。個性は単体でも強力なうえ、応用も効く。三崎は、勝つのが難しいとは全く考えなかったが、油断していい相手でもなかった。

 

「よろしく、三崎!」

 

 芦戸は、とにかく社交的だ。明るく誰とでもコミュニケーションを取る。三崎にとっては、嫌い……という程でもないが、僅かな苦手意識がある。

 

「これから闘うって相手に随分と馴れ馴れしいな」

「別に戦うって言ったって、これからもクラスメイトには変わりないし、競い合うライバル兼仲間って感じじゃん? 馴れ馴れしくったって別に良いと思うんだけど」

「……まぁ、いいんだけどよ」

 

 三崎はA組女子が、チアのコスチュームを着ていることは完全にスルーしていた。

 

 

 

 トーナメントが行われる前にレクリエーションの時間があるため、一旦解散となった。

 レクリエーションへの参加は自由であり、トーナメント出場者は、体力温存であったり、精神集中の時間であったり、気を紛らわせる時間など、各々で備えていた。

 

 三崎は、会場の外をぶらぶらと歩いていた。

 

「三崎さーん!」

「……日下か」

 

 日下は息を切らしながら三崎に駆け寄った。

 

「お前、レクは?」

「抜けてきちゃいました。……レクでもあんまりお役に立てそうになかったですし」

 

 日下の態度に思わずため息が出る。日下は自己評価が低い。雄英のヒーロー科に入学できただけでも誇ってもいいだろうに。さすがにそれだけで誇らしげにされたら、それはそれでイラつくだろうが。

 

「あ、ごめんなさい! こんな話をしに来たわけではなくてですね。遅ればせながら、本選出場おめでとうございます」

「用はそれだけか?」

「それと、障害物競走の時助けてくれてありがとうございました」

「別に礼を言われたくて助けたわけでもねぇし、気にする必要なんてねぇよ」

「そうはいきません。そうしないと私の気が済まないんです」

「そうかい」

 

 律儀なものだと、そう思う。融通がきかないとも言えるかもしれない。

 

「それでお礼なんですけど、今度一緒にご飯にでも……」

「断る」

「え」

 

 日下が言い切る前に三崎は断った。日下の口から思わず声が漏れた。

 

「礼はいらない。その辺の奴でも誘って行けよ」

「何で……?」

「俺は誰かと馴れ合うつもりはない」

「なら……どうして私を助けたんですか?」

「気まぐれだ。気まぐれ。たまたまそういう気分だったってだけだ」

「それなら三崎さんはどうしてヒーローに……」

「もういいだろ! 俺はトーナメントに向けて集中したいんだよ! ほっとけ!」

「! ごめんなさい!」

 

 日下は走って、会場に戻っていった。

 

「で、お前は何の用だよ」

 

 そこに居たのは、B組の拳藤であった。

 

「私は千草を追って来ただけだよ」

「なら追いかけてろよ」

「あんたねぇ……!」

 

 拳藤は、三崎の胸倉を掴んだ。

 

「人を傷つけて何とも思わないの!?」

「別に傷つけた覚えなんてねぇよ。変な妄想押し付けんな」

「あの子は、あんたのことを想って……!」

「迷惑なんだよ、そういうの。勝ち残れなかったB組にはわからねぇだろうけどな」

 

 三崎は、嘲笑した。拳藤は思わず、殴りにいきそうになったがぐっと堪えた。負けたことは事実で、笑われても仕方ない。三崎を投げ捨てる様に手を離した。

 

「あんた、良いヒーローにはなれないよ」

「別になれなくていいんだよ。ご立派なヒーローにはお前らがなってればいい」

「それどういう意味?」

「てめぇで勝手に考えろ」

 

 三崎はヒーローらしくない。ヒーローらしくないで言えば、爆豪もそうであるが、三崎はまた違っている。ヒーロー科にあってヒーローを志していない。ヒーロー科に在籍する全ての人間に共通するはずの意識。それがない。

 

 拳藤には、三崎が何を考えているのかわかるはずもなかった。千草を傷つけて、何のつもりなのか、と。それでもヒーロー志願者か、と。それでも、彼は千草を助けている。

 『ご立派なヒーロー』。ただ嘲笑うための皮肉を込めた一言だろう。なのにどこか自嘲染みていると感じたのは、何故だろう。

 

「お前らB組は、観客席で指くわえて見てるんだな」

「このっ……!」

 

 煽られて、また怒りが湧き上がってくるが抑える。

 

「あんたも精々一回戦負けしないようにね」

「負けねぇよ。絶対にな」

 

 

 負けないだけの強さを手に入れる。そのために戦い続ける必要がある。戦い続けるために負けるわけにはいかない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 一回戦第一試合。

 

 心操 対 緑谷。

 緑谷は心操の個性『洗脳』にあっさりとかかってしまった。洗脳により場外にさせられるというタイミングで緑谷は個性を暴発させて洗脳を解いた。心操は、もう一度洗脳をかけようと試みるがタネが割れているし、既に一度かかっている故に緑谷がそれに返事をするわけもなく、取っ組み合いになったところを背負い投げで心操を場外に出した。

 

 

 

 試合後、緑谷はリカバリーガールに治療を受けながらオールマイトと会話をしていた。心操が試合中に言った「恵まれた人間」。無個性であった緑谷には痛いほどに心操の気持ちがわかった。それでもヒーローになりたいと願った気持ちも。それでも勝ち抜かなければいけないのだと。

 そして、緑谷は洗脳にかかっている時に幻覚を見たと語った。オールマイトはそれをワンフォーオールに染みついた面影の様なものだと言った。緑谷はそれに納得いかない様子だったが、オールマイトは次の対戦相手を見なくていいのかと急かした。

 

「それと大事なことを言い忘れました」

 

 緑谷は深刻な表情を浮かべた。

 

「幻覚と一緒に……例の黒い泡みたいなのも見えた気がしたんです」

 

 ヴィランが最後に残していった謎の存在。ヴィラン曰く精神を暴走させるもの。それらしきものが幻覚と共に視界の端に居たのだ。

 

「……それは他の誰かに言ったかい?」

「いえ、まだ誰にも。もしかしたら、僕の気のせいかもしれません。けど、もしも本当にあれが居たのなら……」

「中止……とはならないだろうね。実害が出ない限り」

「な、何でですか!?」

「あの黒い泡『AIDA』は政府が存在を秘匿しているんだ。社会に無用の混乱を招くとね」

 

 それも理由の一つではあるが、政府の実験による副産物である可能性もあったために揉み消したいという事情もある。また、問題は日本に限らず世界にまで波及する可能性があるために問題が明るみになる前に揉み消さなければ国際世論で叩かれるのは必至である。

 

「それでも……隠しておくなんて……」

「あれらはどうも普通の物理法則が効かないようで、極一部の例外を除けば対処法が存在しない」

 

 対処法が存在しないものを公開したところで混乱を引き起こすだけで、害はあっても益はない。

 

「断言するが、仮に私が全盛期の頃の力を持っていたとしても『AIDA』には勝てない」

「オールマイトでも……!?」

「かつての彼がいればまた話も変わってきたかもしれないが……」

 

 オールマイトが思い出すのはモルガナ事件解決の立役者。しかし、彼の力も既に失われたものだ。

 

「彼?」

「『AIDA』に関しては私の方で対策を講じるから、緑谷少年は、試合の方に集中しなさい」

「は、はい……」

 

 

 なら、僕はAIDAに襲われた時どうやって助かったのだろうと……薄ぼんやりした記憶を思い出す。てっきりオールマイトや他の教師のプロヒーロー達に助けられたのだと思っていたが、全盛期のオールマイトでも倒せないものを他のヒーローたちが倒せるのだろうか。他のヒーローを侮っているわけではないが、それだけオールマイトは凄まじい力を持っている。あの時、最後に記憶に残っているのは、三崎亮の姿だった。

 

 

 

 

 

 一回戦第二試合。

 瀬呂 対 轟

 

 瀬呂は、轟に氷結させる前に速攻に場外に出そうと狙ったものの轟の超広範囲氷結で一瞬にして氷漬けにされた。瀬呂も思わず「やりすぎだろ……」と言ってしまっていた。あまりにもあんまりな様子に観客からはドンマイコールが沸き起こるほどだった。




 試合描写、超あっさり。スリム化。次回はそんなことないと思います。多分、おそらく、きっと、メイビー。


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倉本智香

前話同様、原作と同じ対戦の組み合わせは、簡単な説明です。


一回戦第三試合

 

 

『普通科、赤髪の問題児!? 倉本智香!』

 

『対』

 

『スパーキングキリングボーイ! 上鳴電気!』

 

「問題児……ねぇ。否定はしないけど」

 

 倉本は、呟く。

 自身の喧嘩っ早さには、自覚はある。普通科のクラスメイトは卑屈な人間が多い。ヒーロー科を目指したが落ちて普通科に受かったという事実がその要因である。心操の様に転科するために必死になれる者がいない。あわよくば程度の想いしか持たない。その態度にイラついてしまうのだ。この場に居ては自分も腐ってしまいそうだ、と。

 

「コレが終わったら飯とかどうよ?」

 

 上鳴は、倉本の事情など知らず声をかける。倉本の容姿は美少女と言って相違ない。勝気な瞳とその荒々しさを表すような赤髪であるが、小柄で可愛らしいと言っても良い。

 

「俺でよけりゃ慰めるよ」

 

 倉本が障害物競走の時に一時首位近くにも居たことから身体能力の高いことはわかっている。しかし、ヒーロー科に居ないのは、戦闘に置いては何かしらに不安があると上鳴は見ていた。かと言って、油断するつもりはない。

 

「多分、この勝負一瞬で終わっから」

 

『STRAT!!』

 

 上鳴は一気に放電する。倉本は瞬時に2本の短剣を取り出し、地面に突き刺す。上鳴が放電した電気は、刀身に流れていき分散されていた。

 

「ウェッ!?」

「あんた、アタシがヒーロー科に落ちて普通科に入った……とか思ったんじゃないでしょうね?」

 

 図星。雄英高校に入ろうとする大半の生徒はそれが目的なので、普通科に入っているのは特にそういう傾向があるのは間違いない。

 

「それとヒーローになれそうにないからヒーロー科を選ばなかったとかでもないからね。私が雄英高校に入ったのは全て、この体育祭でトップを取ること……正確にはガチバトルで一番になること! 私が目指しているのは武の究極! アリーナの宮皇!」

 

 それを聞いた観客はざわつく。アリーナは、個性を使った闘いの場。法的には限りなく黒に近いグレーな場所で、ヴィラン予備軍の溜まり場ともされている。賭博の場でもあり、黒い噂の絶えない所である。それでも存在が許されているのは、大量の税金と政治献金。アリーナでの個性使用によるガス抜きが、犯罪発生率低下に効果が出ているとされているためだった。

 

「ヒーローになる気なんて最初からないから、ヒーロー科を受けなかったんだよ。それでも雄英を選んだのはヒーロー科の強いやつと戦えると思ったから。そう思ってたんだけど、アンタは期待外れね」

「ウェ、ウェ……そんなことウェイ!」

 

 開幕全力放電のために、急激にアホ化が進んでいた上鳴。語彙がほぼウェイになっていた。

 

「……強い個性の癖して、情けない男だね」

 

 瞬時に距離を詰める倉本。その速度は、アホ化している上鳴にはとても捉えられるものではなかった。正気であったとしても捉えられたかどうか。その瞬間的な速度は、観客席で見ていた一部プロヒーローでさえ見失うほどだった。最後に放電で牽制しようとするもそれよりも速く、剣の柄で後頭部を殴られていた。その一撃で上鳴は気絶した。

 

『瞬殺! あえてもう一度言おう。瞬・殺!』

 

 

 

 倉本の個性は双剣士。短剣を取り出す個性。三崎と同質の個性だ。取り出せる武器の種類が三崎より少ない故に下位互換と言える。しかし、その素の身体能力は三崎より上だ。

 観戦していた緑谷は、ぶつぶつと呟きながらノートにメモを取っていく。

 

 上鳴に対して、八百万でも似たような対策は打てるだろうが、『創造』の個性の速度ではとても間に合うものでもない。武器を取り出す速度と瞬時に選択した判断力が優れていればこその動きだった。

 武器を取り出せる以外は、無個性とほぼ変わらないはずだが、それでも上鳴を完封してみせた。個性抜きの試合をしたら、1年生の中でほぼ確実に1位になるのではないかと思わせる身体能力だ。さすがに格闘とするのならば尾白に分がありそうではある。

 

 

 

 

 一回戦第四試合

 

 飯田 対 発目

 

 この二人の試合は、発目のサポートアイテムのPRの場となった。飯田は、発目に乗せられてサポートアイテムをフル装備。発目はそれを解説しながら、観客席で見ているであろうサポート会社にアピール。自身の個性『ズーム』でも確認。全て解説し終えた後、自ら場外に降りた。

 結果は飯田の勝利になるが、発目はやりたいことをやりきったので勝負で言えば発目の勝ちだろう。飯田は終始、宣伝のための人柱にされたわけである。これがプロヒーローへのアピールになるかと言えば厳しいかもしれない。しかし、この試合によって本人の馬鹿が付きそうなぐらいの生真面目さが伝わり、ヒーロー一家の生まれでもあるために元々の注目度もそれなりにあったから心配はいらないのかもしれない。

 

 

一回戦第五試合

 

『ピンクの酸性少女 芦戸三奈!』

 

『対』

 

『凶悪な面の割に意外にフェミニスト? 三崎亮!』

 

「なに勝手なこと言ってんだ……あの教師は……」

 

 プレゼント・マイクによる三崎の紹介を聞いて、芦戸は何かを思い出したように言う。

 

「三崎って、障害物競争の時、B組の子助けたんだってね」

「ん? あぁ」

「その子のこと、好きなの?」

「そんなんじゃねぇよ」

 

『START!』

 

 三崎は双剣を出して構える。

 芦戸は、もっと三崎が狼狽えると思っていたのだが、軽くあしらわれてしまった。

 

「えぇー、つまんない」

「くだらねぇこと喋ってねぇで、かかってこいよ」

 

 三崎は、芦戸の発言はなんとなく予想が付いていた。如何にも陽キャが言いそうな、頭が沸いた発言だ。陽キャ云々というよりも、恋に恋するお年頃な少女の恋バナしたい衝動でしかないのだが、三崎からすれば鼻で笑ってしまう様なくだらない話題だ。

 

「ぶー。ケチ」

「何がケチなんだよ……」

 

 ちょっと理解に苦しむ反応である。ある意味で日下以上のお花畑かもしれない。

 

「私が勝ったら根掘り葉掘り聞かせてもらうからね」

「別に聞かせるようなことなんてないが……いいぜ! お前がそれでやる気になるんならな!」

 

 芦戸は、走って距離を詰める。1Aの中でも高い身体能力を持つ彼女の動きは速く鋭い。しかし、肝心の酸は遠くに飛ばすことができない。懐に入られる前に対処する方が懸命だろう。

 

 三崎は持っていた、双剣を芦戸に投げつけた。

 

「きゃっ、危ない!」

「安心しろ。刃引きはしてある」

 

 と、言いつつも投げられた双剣はしっかりと地面に突き刺さっていた。直接当たれば、それなりの怪我を負っていただろう。

 

「そぉら!!」

 

 今度は大剣を取り出し、芦戸めがけて振り下ろす。

 

「ちょっ、ちょぉお!!」

 

 芦戸は間一髪避けたが、大剣が地面を砕く際に生じる衝撃波を感じた。最早、剣というよりは鈍器だ。大剣が当たった部分はクレーターの様に小さな窪みができあがっていた。

 

「ひ、ひぇええ」

 

 マジに殺しに来ていないかと不安になる芦戸。酸で溶かすことも考えたが、一瞬でこの大剣を無力化するほどの酸を出して自身の肌もそうだが、三崎の無事も大丈夫か不安であった。

 

 次は大剣の横なぎが迫っていた。

 

「骨破砕!」

 

 遠心力も利用した薙ぎ払い。ただ腕力だけで振るよりも速く威力も高まる。しかし、その分外した際の隙も大きい。それが普通だ。

 芦戸はそう思っていた。だからこそ振り切った状態を見て、その隙に懐に飛び込んでアッパーで決めるつもりだった。だが、次の逆側からの横なぎが既に迫っていた。

 

『直撃ぃい!!』

 

 最初に遠心力の勢いがのっていた一撃程の威力はないが、それでも人を吹っ飛ばすには十分すぎる威力だった。

 

 芦戸は地面を転がりながら、場外手前で止まる。三崎は追い打ちをかける様に短剣を眼前の床に突き刺した。

 

「ひっ!」

「まだ続けるか?」

「こ、降参します……」

 




芦戸対三崎はもうちょいなんかあってもよかった気はしたんですが、この時点で芦戸はまだアシッドベールとかその辺の技を使えないはずなので、三崎が簡単に勝ってしまいました。アンケもそんなに投票されてないしいいかな……と。別にそんな影響はされていないはずだけど、割り切る理由にはなってますね。


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一ノ瀬薫

一回戦第六試合

 

常闇踏陰 対 八百万百

 

 この試合は、常闇の圧勝であった。八百万が『創造』の個性で何かを創らせる前にダークシャドウによる中遠距離攻撃。八百万は何もできずに敗退することとなった。

 

 

 八百万の個性と三崎の個性は、似た部分があるが、根本的に違うものである。八百万の個性は、自身の脂肪を自身の知識のある物体にして創り出す。そのため、大きかったり構造が複雑なものほど創り出すのに時間がかかってしまう。

 

 対して、三崎や倉本の個性は、武器を取り出す能力である。本人たちにはどこにしまっており、どこから取り出しているのかは理解していない。自身の持ち物を袋から取り出している。それぐらいの感覚である。武器もいつの間にか増えている。また、取り出せる武器は使い方がなんとなくわかるのである。故に、誰から学んだでもなく、修行したでもなくても、ある程度使いこなすことができていた。本来、三崎の膂力は大剣を振り回すだけの強さはない。しかし、三崎の個性は身体能力を僅かに向上させ、身体の動かし方を感覚的にわかっているために自由に振り回すことを可能にしていた。

 

 汎用性、万能性においては、八百万の方が圧倒的に上だが、三崎や倉本の個性の方が直接戦闘には向いていた。

 

 

 

 

一回戦第七試合

 

 

『普通科、ミステリアスボーイ! 一ノ瀬薫!』

 

『対』

 

『ヒーロー科、堅く熱い漢! 切島鋭児郎!』

 

 

 

「おい、肩にいるその猫。危ねぇから誰かに預けとけよ」

 

 一ノ瀬の肩には、小さな白猫が座っていた。不安定であろうに、優雅に気品さえ漂わせる不思議な猫だ。

 

「心配ないよ……キミには、ボクも『彼女』も傷つけることはできはしないから」

 

 一ノ瀬の発言にむっとする切島。

 

「実際、一ノ瀬くんに不利になると思うけど、いいの?」

 

 ミッドナイトがそう確認を取るが

 

「構わない。『彼女』と一緒でなければ戦う意味がない」

「……理由はよくわからないけど、互いに合意があるなら許可します。切島君もそれでいい?」

「構わねぇっすよ。後悔すんじゃねぇぞ」

「後悔させられたら、いいね」

 

 

『START!』

 

 

「このっ!」

 

 切島は、若干の苛立ちを抑えられず、硬化を使って一ノ瀬を攻撃にかかる。一ノ瀬は、その攻撃をただ避けていた。攻撃する素振りもなく、ただ避けていた。

 

「逃げ回んなよ! 男らしくねぇぞ!」

「……つまらないな」

「はぁ?」

「キミは堅くなるだけだ。こんなことでは『彼女』が退屈してしまうよ」

 

 一ノ瀬は自身を抱くように腕を組む。

 

「はぁああああ! はぁ!」

 

 周りから見ればただ叫んだだけ。だが、三崎にはそれがはっきり見えていた。

 

 

 

「あいつ……!」

 

 三崎には、変身し、猫の様な姿をした人型の憑神が見えていた。下半身は薔薇の花の様な形をしており、手には鋭い爪が伸びていた。背にはベールの様なものが浮かんでおり、ドレスを着ている様にも見える。

 他人の憑神を見るのは香住の使っているもの以来だが、その感覚を忘れてはいなかった。まるで異空間に送られたかのような空気の変化。通常の変身とは違う、変化。周りを見渡してもその変化に気付けている者がいるようには見えない。一ノ瀬が変な叫び声を上げたかのようにしか見られていないようだった。

 

 一ノ瀬の憑神は、手を上に延ばす。

 

「消えてくれ……キミはただのみにくい人形だ……」

 

 憑神の手には光が集まり、それを振り下ろす。

 

 

 

「切島! 避けろォ!!」

 

 

 三崎は、限界まで声量上げて叫んだ。自分も使うつもりであったそれだが、感覚的にわかってしまったのだ。それが、どんなに凶悪な力であるか。

 

 切島は硬化で備えていたが、光が切島を襲った。憑神は、元の一ノ瀬の姿へと戻り、切島は倒れ伏した。

 

『な、なんだぁ!? 何が起きた!?』

『……俺にもわからん』

 

 碑文使い以外には、何が起きたかなどわかりようもない。憑神が見えないのでは、攻撃したかもわからない。会場がざわつく。観客席に居る多くはスカウトに来たプロヒーローだ。それが誰一人として一ノ瀬のしたことがわからなかった。観察眼に優れたヒーロー、イレイザーヘッドこと相澤でさえ見極められなかった。

 

 審判であるミッドナイトが、切島の状態を確認する。

 

「……気絶してるわ。呼吸も脈拍も正常ね……」

 

 ミッドナイトは切島が唐突に気絶した(様に見えた)ものだから少しばかり焦っていた。とりあえず、ちゃんと生きていることを確認できたので一安心する。

 

「一ノ瀬くん二回戦進出!」

 

 

 切島は、1分ほどで起き上がったが、何をされたかわかっていなかった。悔しいことには違いないが、釈然としない気持ちでいっぱいであった。

 

 

 

 

 

 

 相澤は、一ノ瀬に関して疑問を覚えていた。

 

「あれだけの力があって、何故ヒーロー科に受からなかった……?」

 

 プレゼント・マイクがそれに反応する。

 

「そりゃ、あれ対人限定とかじゃねぇの?」

「障害物競走の時にあいつの身体能力の高さを見ただろう。なのに一ノ瀬の得点は0だ」

「冷やかしとかじゃね?」

「……どうだろうな。一ノ瀬は、実技試験の会場内には入っているんだ。だが、何もしなかった」

「やっぱ冷やかしじゃねぇの? 雄英(ウチ)を記念受験する奴だって結構居るだろ」

「杞憂ならいいんだがな……どうも一ノ瀬からは、妙な気配を感じる」

 

 

 

 

 

 

 そして、観客席では

 

「三崎さん」

 

 三崎に声をかけたのは、八百万であった。

 

「先ほど切島さんの試合で避けろとおっしゃっていましたが、何が起こったのか見えていたのですか?」

「ケロ。私も気になるわ」

「俺も俺も」

 

 近くに座っていたA組の面々が質問してくる。

 三崎は何と言っていいものか悩んだ。咄嗟に大声をあげてしまったが、事は国家機密だ。安易に言って良いものじゃない。一ノ瀬はそれを堂々と全国放送で使ったわけだが、奴にとってはただの力でしかないからだろう。

 

「……勘、みてぇなもんだ」

「勘……ですか?」

「なんとなくあいつがやばそうな事をしそうだと思った、それだけだ」

「なんだ、つまんね」

「ケロ。でも、それにしては確信をもって言ってそうな気がしたけど」

 

 鋭いな。と、内心で舌打ちを打つ。蛙吹は、人を良く見ている。だが、それも証拠があるわけじゃない。

 

「俺の勘。結構、当たんだよ」

 

 適当な誤魔化しを入れておいた。一応はそれで納得はしてもらえたようだった。

 

 

 

そして、一ノ瀬の試合をテレビで観戦していた死柄木弔。

 

「はぁ?! なんだよ、今の」

 

 弔が声を挙げたことに対し、通話が繋がっていたオールフォーワンが反応する。

 

『弔、どうしたんだい?』

「普通科のガキがヒーロー科のガキを倒した」

『へぇ……』

「しかも、何をしたのかまるでわからなかった。それも、観客のプロヒーロー含めてだ」

『それは興味深いね。もしかしたら、彼の言ってた奴かな?』

「碑文使い……だったか?」

『碑文使い以外には見えない個性。不可視にして防御不能の一撃。これは、欲しくなるなぁ』

 

 オールフォーワンはオーヴァンに関して情報集めを続けているが、オーヴァンの目的は未だに見えてこなかった。オーヴァンは全てが未知数だ。死柄木弔に任せるには、まだイレギュラーが過ぎる。自身が万全であったとしても、警戒に値する。そういう男だ。利用価値は十分にあるとも思っているが、そろそろ切ることも考えた方が良いのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

一回戦第八試合

 

麗日 対 爆豪

 

 この二人の対決は、意外な好勝負であった。と言っても、最終的には爆豪の個性の圧倒的な火力によって麗日は敗北してしまった。

 麗日は、生物、非生物を問わず触れたものを無重力状態にすることができる。故に触れてしまえばほぼ確実に相手を場外に出せる。爆豪はそれを警戒し、一切手を抜かず爆破で応戦した。途中、観客席から遊んでないでさっさと場外に出してやれとブーイングを受けるが、相澤によって喝が入れられた。ここまで勝ち抜いてきた相手に対して油断できないからこそ全力なのだと。そして、麗日はただ攻撃されていたわけではなく、爆破によって飛び散った瓦礫を浮かせて空中に武器を貯めていたのだった。瓦礫を落下させて爆豪を攻撃するも爆豪はそれを爆破で全て破壊してみせた。麗日は、個性による限界を超えたためにそこで倒れ、勝者は爆豪となった。

 

 

 

 

 

 

以上、これによって二回戦に勝ち進んだ選手が決まった。

 

緑谷出久

 

 

轟焦凍

 

 

倉本智香

 

 

飯田天哉

 

 

三崎亮

 

 

常闇踏陰

 

 

一ノ瀬薫

 

 

爆豪勝己

 

 

この8名によって、二回戦が行われる。



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資格

二回戦第一試合

 

轟焦凍 対 緑谷出久

 

 轟は氷結による範囲攻撃で攻めたが、緑谷は、指を弾くことによる風圧によって防いだ。しかし、緑谷のその手段を使うたびに指が壊れていく。轟が近づいてきた時に距離を取るために左腕を使って振り払ったために左腕を大怪我してしまっていた。早々に両手分を使い果たしてしまった。轟はとどめの氷結を放ったが、緑谷は壊れた指で再度氷結を防いだ。緑谷の指は更にボロボロになっていた。それに焦りはじめた轟が接近戦を仕掛けてきたところで緑谷は壊れた指で握って拳を叩きこんだ。轟の氷結の個性は、使うたびに身体が冷えるために動きが鈍くなる。緑谷はそれを見抜いた。そして、その弱点は左側の個性である炎熱の方を使えば解消できることも指摘した。緑谷はその最後の締めくくりに「君の力じゃないか!」と叫んだ。

 轟はその言葉に応じて炎熱の個性を使用した。そして互いの全力を撃ち込んだ結果、冷やされた空気が一気に膨張したことで大爆風を起こした。それにより緑谷は場外にはじき出され、轟が三回戦へと進出した。

 

 

 

 壊れた舞台を直すために、しばしの休憩時間が与えられた。飯田、麗日、蛙吹、峰田は、緑谷の見舞いに行った。そして、三崎は轟が居る場所に向かっていた。

 

「よぉ」

「三崎か……」

「左は使わねぇんじゃなかったのか?」

 

 その言葉には棘があるようで、ただの問いでしかなかった。

 

「……そうだな。でも、あん時だけはそのことを忘れた。今でも親父を否定したい気持ちがなくなったわけじゃねぇ」

「俺に気遣う必要はないぜ。勝手にお前に同族意識を感じてただけで、本当は違ったなら今まで通りって言うだけの話だ」

「別に気遣ったつもりはない。俺の本心だ。だけど……なんか、すまねぇ」

 

 三崎は味方とまでは言わなくとも共感できる相手を探していたのではないかと、轟は思った。その期待を裏切ってしまったのではないかと。

 

「謝んな。そんなつもりで来たわけじゃねぇんだ。お前のそれが良いのか悪いのかはお前が勝手に考えることだ。ただ、それでお前が先に進めるのなら悪いことじゃねぇんだと思う」

「俺の親父を否定してやりたい気持ちも復讐心なんだと思う。だから、お前と似たような気持ちを持っていたんだ。俺はただ親父を否定することだけを考えてきた。自分がどうしてヒーローになりたかったとかそういうことも全部忘れるぐらいにな。でも、三崎。お前は周りが見えている。お前も復讐だけじゃないはずだ。まだ、俺も清算できてねぇから偉そうなこと言えねぇし、上手く言えねぇけど、俺はお前の仲間だ」

 

 轟なりの精一杯の応援。とてもありがたいことで、嬉しく思う。でも、それに絆されて復讐を諦めてしまいそうで、怖くもあった。

 

「いらねぇよ。お前が何をするのかは勝手だ。でも、俺は絶対に復讐を遂げてみせる」

「三崎……」

「控室に行ってる」

 

 轟は未だ自分の進むべき道を迷っている。三崎もきっとそうなのだろう。緑谷の様に抱えているものをぶっ壊すことが必ずしもいい結果を産むかはわからない。結果はまだ出ていない。でも、三崎も言ったように前に進めた。三崎も前に進めるように味方をしてやりたい。そんな想いを抱えていた。

 

 

 

 

二回戦第二試合

 

『続いていくぜ! 倉本 対 飯田 だ!!』

 

 倉本は、双剣を逆手で構える。

 

『START!!』

 

 飯田は、走って倉本との距離を詰める。個性『エンジン』のためにその速度は並みではない。

 

「へぇ……一回戦のよりはマシかもね」

 

 倉本は真正面から受けて立った。飯田の加速の付いた蹴りを難なく双剣でいなす。

 

「僕より速い……!?」

「でも、その程度じゃ話にならない」

 

 剣を眼前へと突きつけられる。

 

「くっ……レシプロバースト!!」

 

 飯田の限界を超えた加速。騎馬戦の際は、緑谷が一切の反応すらできなかった超スピードだった。

 その速度の蹴りは速さゆえに避けづらく威力も高い。だが……倉本はその悉くを避けた。飯田のレシプロバーストは、十数秒しか持たない。そして、エンストを起こし動きが止まる。

 

「……ふぅ。速さだけはアタシに本気を出させたんだ。褒めておくよ」

 

 飯田は再度、眼前に剣を突きつけられる。

 

「それで、次は?」

「降参だっ」

 

 飯田は唇をかみしめ悔し気にそう告げた。

 

 

 

 

二回戦第三試合

 

『どんどんいくぜ! お次は三崎 対 常闇だぁ!』

 

 常闇の個性は、中遠距離攻撃を得意とする。対して三崎は近距離攻撃しかできない。懐に詰めさえすれば、勝利を掴むのは容易いはずだ。

 

『START!!」

 

「ダークシャドウ!」

「アイヨッ」

 

 常闇の個性『ダークシャドウ』は、それ自体に意思が宿っている。常闇の命令を受けて常闇の身体から黒い影のそれは伸びてくる。

 三崎は双剣で迎え撃つ。ダークシャドウの攻撃は腕によるものだ。三崎はそれを剣で受けるが、ダークシャドウ自体にダメージを与えられている様子はない。

 

「ちっ!」

 

 防戦一方で攻撃に移れるタイミングがない。一時的にでも振り払えれば距離を詰めることはできそうだが、ダークシャドウ自体に体力の概念があるのかはわからない。常闇がダークシャドウを操ることによる消費と三崎がダークシャドウの攻撃を捌くことにかかる消費はほぼ間違いなく後者の方が大きい。

 このままではジリ貧だ。三崎は双剣を仕舞う。

 

「臆したか!?」

「はぁあああああ!!」

 

 三崎の身体は変化を起こす。その身は巨大な人形の様な姿となる。

 

「いい加減、鬱陶しいんだよ!」

 

 拳を握り、ただ振り下ろす。巨大であるが故にそのリーチも質量も生半可ではない。数メートルの距離だろうと三崎の変身した姿では、腕が届く距離だ。

 

「ぐっ! ダークシャドウ!」

 

 常闇はダークシャドウで守りをかためる。ダークシャドウでは、勢いを殺しきれずにステージギリギリまで吹き飛ばされた。

 

「何と重い攻撃だっ!」

「これで止めだ!!」

 

 三崎はダメ押しとばかりにもう一度拳を振るう。

 

「ダークシャドウッ!!」

「アイヨッ!」

 

 ダークシャドウは影を伸ばし、人形の拳を伸ばした影で包帯の様に巻いて止めにかかる。

 

「てめぇのパワーじゃ足りねぇよ!」

「そうかもしれん。だが、ここで諦念していては己の信ずるものに到達など決してできん!」

 

 ダークシャドウによって一瞬止められたかの様に見えたが、勢いは全く死なず人一人分はある大きさの拳が常闇に直撃した。

 

「ぐおぉっ!!」

 

 常闇はそのままステージ下へと叩きつけられた。

 

「無念」

 

 

 

 

 

 三崎は次の試合に出る爆豪のところに居た。

 

「てめぇ、何の用だよ?」

 

 普通に観客席に戻っていれば、すれ違うはずもなかった。それがこうして目の前に爆豪の目の前には三崎が立っている。

 

「お前が俺の言うことを素直に聞くとは欠片も思っちゃいねぇが、ちょっとしたアドバイスだ」

「あぁ? いらねぇよ!」

「黙って聞いておけよ。あいつの持っている力に対処するには、特別な力がいる。強い弱いじゃねぇ。持ってるか、持っていないかだ」

「だから、降参しろってか? ふざけんじゃねぇ!」

「本当はそういうつもりだったけど、お前がそういうことを聞くなんて最初から思ってねぇから。俺が言いたいのはお前の唯一の勝ち筋だ」

「てめぇに言われなくても俺だけの力で倒す」

「断言してやる。あいつが力を使えば、その時点でお前は負ける」

「あぁ!? んだと!」

 

 爆豪が三崎の胸倉を掴む。

 

「だから、力を使わせる前に速攻でぶちかませ。何故かは知らねぇけど、あいつは一回戦でそれをすぐに使おうとはしなかった。なら、使う前に倒しちまえ」

 

 爆豪は投げ捨てるように手を離した。

 

「てめぇ、なんでそんなことを俺に教える」

「特に深い理由はねぇよ。敢えて言うなら、俺はお前のことを買っているってとこだな」

「は! てめぇに認められたって嬉しかねぇよ! 俺は俺の手で1位になるだけだ! あの野郎もてめぇも超えてだ!」

「勝てよ」

「言わるまでもねぇ!」

 

 三崎は本当は爆豪を止めようと思ったが、それを聞くような相手ではないことはわかっていた。おそらく憑神のことをちゃんと伝えたとしても降参することはなかっただろう。切島は無事に済んだが、また次に誰かがくらえば無事で済むとは限らない。確実に無事であるためには、爆豪が一ノ瀬に憑神を使わせる前に勝つしかない。それを祈る他ない。

 

 

 

 

二回戦第四試合

 

『これで二回戦も終わり。一ノ瀬 対 爆豪だ!!』

 

『START!』

 

 開始の宣言がされても、一ノ瀬は棒立ちのままだ。というより、肩に乗っている猫と戯れている。

 

「この野郎っ!!」

 

 爆豪はそれを自身がなめられていると感じ、一気に血が頭に昇る。

 掌で爆発を起こして加速し、一ノ瀬に爆破攻撃をしかける。

 一ノ瀬はそれを何でもないかのように、速いようでいて緩やかに流水を思わせる動きで攻撃を躱していく。

 

「……なかなか速いね」

「あぁ!? 上から見てんじゃねぇ!」

 

 少しばかり大きな爆破で、目の前の視界が塞がれる。

 一ノ瀬は煙幕の中から飛び出る腕に対して一瞬、反応が遅れた。

 

「遅ぇ!」

 

 一ノ瀬の眼前まで迫った爆豪の掌。確実に捉えた。そう確信した。

 

「ふっ」

 

 しかし、一呼吸の内に一ノ瀬が眼前から消えた。一ノ瀬は刀を取り出し、それを地面に突き刺してその柄を利用して、爆豪の背後に回っていた。一ノ瀬は攻撃するチャンスであったにもかかわらず、そのまま距離を取る。

 

「強いね。キミは」

「なんなんだよ! てめぇは! なめてんのか!?」

「『彼女』はキミが気になっているみたいだ……少し妬けちゃうな」

「んの野郎!!」

 

 爆破で飛び上がりさらに爆破で回転を加えて、一ノ瀬に飛び掛かる。

 

榴弾砲着弾(ハウザーインパクト)!!」

 

 爆豪の最大火力。威力も範囲もおおよそ防ぎきれるものではない。

 しかし、一ノ瀬は無傷で立っていた。

 

「でも、キミがいくら強くても『彼女』はボクに負けることを許してはくれない」

「な、何っ……!?」

 

 確かに直撃したはずだった。真正面から無事であれを受け止められるはずなどない。

 

「強くても資格がないキミには、最初から勝ち目なんてなかったけどね。哀れだね……キミは」

「俺が……哀れだと? 見下してんじゃねぇ!」

「そうやって吠えずにはいられない。キミはそのまま吠え続けることしかできないまま、夢も目標も叶えることもできずに老いて死んでいくんだ。可哀想に……かわいそう……カワイソウ」

「は?」

 

 爆豪は完全にキレていた。見下されていることが許せない爆豪にとって一ノ瀬の言動、行動は癪に障るどころではない。騎馬戦においてB組の物間に対してもキレていたが、その時はある程度は抑えられていた。今回は、怒りが沸騰を通り越して逆に冷静になっていた。

 自分は何故今こんなにも見下されているのか。哀れまれているのか。怒りというよりも疑問に近いものだ。そもそも何故爆破が効かなかったのかもわからない。思考は加速し、どれだけ考えを巡らせても答えはでない。少しだけ引っかかったのは一ノ瀬が言ったことと三崎が言っていたことが少し被っていたこと。三崎は、「その力を持っているか持っていないか」一ノ瀬は、「資格がない」と。それがどういった意味なのかは一切わからない。それが比喩などではなく、事実そのものなのだとしたら……そんなことあってたまるか、とその仮説を否定する。

 

「これでキミは終わりだ。さようなら」

 

 爆豪には、決してみることは叶わない。爆豪がハウザーインパクトを放つ前には一ノ瀬は既に憑神を使っていた。憑神は、この世界の法則とは外れた位置に存在する。それ故に普通の方法では傷すらつかない。憑神を倒すためには同じく世界の法則から外れた攻撃をするしかない。

 

 爆豪にはここで諦めるなどという選択肢はない。正体を暴いてみせる。そして、ぶっ倒す。ここで考えているのはそれだけだ。

 

 一ノ瀬の憑神の腕が振り下ろされる。爆豪には一ノ瀬が特に何かをしているようには見えない。ただ一挙手一投足見逃さないように神経を張り巡らせていた。それでも、何も見えないままに憑神の爪によって爆豪は切り裂かれ意識を失った。

 

 

 

 切島と同様に呼吸、脈拍共に問題はないようだった。しかし、すぐには目を覚まさなかった。

 

 一ノ瀬は勝利宣言を受け、爆豪は担架でリカバリーガールの保健室へと運ばれていく。

 

 

 

 

 観客席で三崎は頭を抱えた。爆豪をみすみす見殺しにした。まだ本当にそうかはわからないが、未帰還者になる可能性も捨て置けない。気になっているので見に行きたいところだが、準決勝まで時間がない。このタイミングで行くのも不自然な気がして行きづらかった。

 

 

 轟との対戦で大怪我を負い、その手術が終わって観客席から見ていた緑谷はいつものようにぶつぶつと呟きながら思考していた。緑谷は爆豪が負けたことに少なからずショックを受けていた。幼馴染でその実力のほどをよく知っている。簡単に負けることなど想像もつかなかった。しかし、それ以上に試合展開が不思議でしょうがなかった。そして、三崎がその場に居たのなら聞き逃しできない一言を呟いた。

 

 

「かっちゃん、どうして避けようともしなかったんだろう?」




三崎の代わりに爆豪が煽られました。原作と違って一ノ瀬(エンデュランス)に会うより前に開眼しましたしね。でも、とりあえず入れておきたかった台詞。
 正直、ヒロアカ側のキャラの扱いを決めかねているのが多いです。.hack側は大体どういう風にするか決まっているんですけどね。


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女傑

 リカバリーガールの保健室

 

 爆豪が目を覚ました。一瞬、何故自分がベッドの上で眠っているのか理解できなかったが、持ち前の頭の回転の早さがすぐに結論を出す。

 

「俺は、負けたのか……」

 

 受け入れ難い事実。しかも、何もわからないままにだ。

 

「目が覚めたみたいだね」

 

 リカバリーガールとしては一安心していた。外傷はなく、これと言って何か身体に異常があるわけではないために対処に困っていた。ただ眠っているだけと結論付けても良かったのだが、ミッドナイトの眠り香で眠らされたのとは何かが違っていた。しかし、無事に起きたのであれば杞憂であったのだろう。

 

「リカバリーガール。あの時、何が起きた?」

「私が聞く限りじゃ、誰もわからなかったみたいだね」

 

 普段ならあまりの不甲斐なさに自分に対してもキレていただろうが、そんな気力もなかった。

 

「かっちゃん!」

 

 保健室に駆け込んできたのは、緑谷だった。

 

「……デク、何しに来た」

 

 一番、来て欲しくない相手。昔から気味が悪い存在で、つい、何ヵ月前までは自分より間違いなく格下であったはずの幼馴染。

 

「よかった。無事だったんだね」

「てめぇに心配されるような覚えはねぇよ」

「でも、あんなすごい攻撃を受けてたら心配もするよ」

「だから、心配されるような……デク、てめぇ今なんて言った?」

「あんなすごい攻撃を受けてたら心配もするよ……?」

 

 爆豪は緑谷の胸倉を掴んで詰め寄った。

 

「な、何!?」

「見えてたのか!?」

「み、見えてたって何が?!」

「俺が何をされたかだ!」

「何をされたって、あの大きい猫耳?の人形みたいなやつの爪で……雰囲気は三崎君の変身した奴に近かった様な……同種の個性?いや、でも三崎君のはちゃんと物理的な攻撃ができるみたいだったし……」

 

 話していくうちに一ノ瀬の個性のことが気になってぶつぶつと思考モードに入る。

 

「勝手に考察してんじゃねぇぞ!! クソナード!!」

「はいぃぃ!!」

 

 緑谷が言うには、人形の様なものに攻撃されて意識を失ったとのこと。何故、緑谷には見えて爆豪には見えなかったのか。それが一ノ瀬の言うところの『資格』であるのか。そうであるのだとしたら何故緑谷――デクなのか。それが爆豪には不満で不愉快で堪らなかった。

 爆豪は緑谷を投げ捨てるように手を放し、保健室から出て行こうとする。

 

「どこに行くんだい!? まだ治療は終わってないよ!」

「もうどこも何ともねぇよ!!」

 

 そう言い残して保健室を後にする。緑谷と同じく心配して見に来た切島、上鳴と合流し「大丈夫か?」と声をかけられるもそっけなく返していた。

 

 後に、緑谷もリカバリーガールから他の人には一ノ瀬が爆豪に何をしたのかが見えていなかったことを知る。

 リカバリーガールは、緑谷の話を聞き校長から話を聞いていた碑文使いの存在を思い出す。しかし、何故緑谷が憑神を視認することができるのかは、推察することもできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

準決勝

 

『さぁ、いよいよ準決だ! これが雄英一年ベスト4!』

 

 

『轟 対 倉本!!』

 

 

 ステージの上に両者が立つ。轟はいつものようでありながら、内心は未だに迷いで溢れている。倉本は、自信に満ち溢れ満面の笑みを以って轟と対している。

 

「アタシの見立てだと一年ヒーロー科の最強はアンタだとみてるけど、どうだい?」

「……俺が本当にそうかはわかんねぇよ」

「謙虚なのか、自信がないのか。ま、どっちでもいいけどね、本気を出さなきゃ絶対にアタシには勝てないよ」

 

『START!!』

 

 轟は開始直後にいつもの氷結で倉本を捕まえようとした。倉本は、いつものように双剣を取り出し氷結された氷を切り裂きながら進んで見せた。

 

 その光景に轟だけでなく観客の全員が驚かされた。氷の堅さは、温度にも左右されるが瞬間的な堅さであれば鋼と同等に達することもある。岩と行ってもいい大きさはあろうそれを全て一太刀で切り裂いているのである。

 

「そらぁ!!」

 

 轟の懐まで辿り着いた倉本が思い切り振りかぶって、剣の腹で殴る。

 

「熱っ!?」

 

 それは異様なまでの熱だった。明らかに熱せられた鉄の温度。

 距離を取るためにも広範囲の氷結をもう一度だすが、倉本には容易く避けられた。

 

「アンタの個性、強力だけど、というか強力だからか。動きが雑だ」

 

 剣の先を轟に向ける。

 

「何があったかは知らないけど、全力を出せないなら闘いの場に出てくるな」

 

 倉本に言われたことは、緑谷に同じようなことを言われただけに申し訳ない気持ちになる。それでも迷いは未だに晴れない。

 倉本の個性は、身体能力や操作技術に大きく左右される。才能の一言では片づけられない積み重ねてきたものを感じる。倉本はヒーローを目指してはいないが、その研鑽はヒーローを目指してきた者たちと何ら遜色はない。それどころか圧倒的に上回っているからこそ、この場に立っている。

 轟も積み重ねてきた努力に引けは取らないとは思うが、ヒーローを目指すうえでの歪な想いがそこに陰りを落とした。ヒーローになりたかったくせに、ヒーローをちゃんと目指していなかった。

 

 

 轟は、氷結による牽制で倉本を近づけないようにするが、驚異的な熱量を持つ短剣と飯田のレシプロバーストにさえ伍するその速さを前にしてはほぼ意味を為さなかった。

 

 倉本が轟を自身の間合いに捉えた。倉本の一撃が目前に迫る中、炎を出そうとも考えたが、結局出すことはせずに倉本の短剣による一撃をくらって、場外へとたたき出された。

 

 

『勝者、倉本智香!!』

 

 倉本は勝ったというのに不快そうな顔を浮かべた。こんな勝負はつまらない。最強の肩書を手に入れるための前座として、雄英体育祭を選んだというのに期待外れも甚だしい。これでは前座にもならない。せめて決勝ぐらいは良い相手ならばと思う。しかし、ここまで期待外れであったものの決勝の相手に関しては少しばかり期待しても良さそうだと思っていた。

 

 倉本は三崎のことをよく知らないが、一ノ瀬に関しては何度か喧嘩を売っている。一ノ瀬がそれにまともに対応したことは一度もないが、軽い牽制とは言え攻撃が当たったことが一度もない。一ノ瀬が何を考えているかとか思っていることだとか一切わからないが、多分強い。一ノ瀬ならば相手にとって不足はないだろう。もしもその一ノ瀬に勝つような相手ならば、それも悪くない相手なのかもしれない。



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『三崎 対 一ノ瀬! 決勝にコマを進めるのは一体どっちだ!? 一ノ瀬が勝ち上がれば前代未聞の普通科同士による決勝になる! そもそもここまで勝ち上がってくる普通科なんていなかったけどな!』

『どっちもヒーロー科に入らなかっただけという話であって、実力そのものはプロヒーローに比肩するレベルだからな。爆豪と轟もプロヒーローに引けを取らない強さを持っているが、あの2人はそれ以上だ。そういう意味で言えば、当然の結果だな』

 

 三崎と一ノ瀬が舞台にて向き合う。

 

「てめぇは一体、何を考えていやがるんだ」

「何のことだい?」

「憑神がどんな影響を持っているのかわかってやっているのか!?」

「あぁ……キミはアレが見えるんだね。知らないよ……何も」

 

 

『START!!』

 

 

 試合開始の合図が会場に鳴り渡る。

 

「さぁ、来なよ」

 

 とりあえず、ここは戦うしかない。憑神抜きの素の実力の程がどれくらいかはわかっていないが、思いっきりやっても簡単に勝てる相手だとは思えない。避けに徹している時の回避能力はかなり高いのはわかっている。憑神のことを抜きにしてもそれだけの相手だとは思えない。

 

「まぁ、やるだけやってみるか」と小声で呟いて双剣を取り出して、一ノ瀬との距離を詰める。

 それに対して、一ノ瀬は剣を取り出していた。今まで逃げに徹していた一ノ瀬が剣を抜いた。三崎や倉本と同質の個性。斬刀士。

 しかし、三崎の攻撃を受けていなすために使えどもその剣を攻撃のために振るってはいなかった。攻撃というよりは牽制に近いことはしてはいたが。

 回避する。この一点に関しては今までと何の変化もない。

 そして、何合か打ち合ったかと思えば、一ノ瀬が距離を取った。

 

「足りない……全然足りないよ……こんなんじゃ、『彼女』が喜んでくれない。さぁ、もっと『彼女』を満たしてくれ!」

 

 一ノ瀬の様子が変わる。

 

「はぁああああ!!」

 

 そして、姿は巨大な人形の様な姿へと変じる。猫の様な頭を持ち、下半身が薔薇の花の様になっている姿に。

 

「てめぇが憑神を使うならこっちも使わせてもらうぜ!」

 

 音叉の様に響くハ長調ラ音。

 

「スケェェィスっ!!」

 

 三崎も人形の様な姿へと変じる。一ノ瀬のそれと比べれば小さくはあるが、それでも普通の人間と比べれば巨大な姿。手に持つ巨大な鎌は死神のそれを思わせる。オレンジ色の紋様を描きながら光るそれはいかなる物理法則で成り立っているのか。三崎にそれにさしたる興味はない。ただ、目の前の敵を蹴散らすのみだ。

 

「ここは……どこ? ここは……いやだ。だってここにはキミがいない。どうしてここにキミはいないの?」

 

 一ノ瀬は何かに語り掛ける。まるで独り言の様に。

 

 憑神へと変身する際、空間は別世界の様になる。碑文使い以外には認知できない。時間の流れさえも恐らくは普通の場所とは違う。三崎には、一ノ瀬の言う『キミ』は『彼女』を指すことは、推測が付いたがそもそも『彼女』が何物なのか全くわからない。

 

「ボクが弱いから……?だからなの……?」

「何言ってんだ……?」

 

 一ノ瀬は普通科とは言え、弱いわけではないだろう。一年A組で一、二を争うであろう爆豪さえ容易に下してみせた。これで弱いのだと言うなら、他は一体どうなってしまう。

 

「ボクが強くなったら……ボクら、ずっと一緒にいられるのかなぁ……? だったらボクは強くなる……! キミを守れるほどに……!!」

 

 一ノ瀬が戦闘態勢に入ったのが見て取れた。三崎は攻撃に備えて構えた。

 一ノ瀬が巨大な爪を振るうとそこから円形の斬撃が飛ばされた。空を自在に飛び回れる今の状態では避けるのは容易だ。下手に受けて未知の効果を発揮されても困るので、避けに徹する。その隙を狙って一ノ瀬は直接爪による攻撃をしかけた。さすがにそれを避けられそうにもなく鎌で受け止める。弾き飛ばし、鎌で殴り飛ばす。吹き飛ばされはするが、あまりダメージらしいダメージを負った様子はなかった。

 

「キミは何故強くなろうとする?」

「俺は……」

 

 志乃のことを思い浮かべる。言葉にはしなかった。

 

「ボクと同じ……? だったら、邪魔しないでよ」

「同じ……? お前も『彼女』を失ったのか?」

「1人はもうイヤだ……! もう失うのはイヤだ!!」

 

 一ノ瀬から薔薇の花弁の様なものが4つ散らばり、それらはそれぞれ意思を持つように動き始めた。二枚合わせの花弁の中央からレーザーの様なものが放たれた。

 

 三崎はその攻撃に対応してみせた。驚きはしたが、処理が難しいというほどではない。一ノ瀬の直接攻撃にも警戒しつつ、突進さえも仕掛けてくる花弁も鎌で斬り払った。

 

「キミがいなくなって、ボクはまた一人になった。『彼女』が現れるまでは……ねぇ、ボクは嬉しかったんだよ。トモダチはキミだけだから。欲しいのもキミだけだから。でも、いいんだ。世界の外側……『彼女』は戻ってきた」

「なんだ……? 何のことを言っているんだ……?」

「ボクはもう1人じゃない。姿は違っていたけど、ボクにはすぐにわかったんだ」

「お前の言っている『彼女』って、AIDAのことか?」

「『彼女』は『彼女』だ」

「お前はそんな得体のしれないものを受け入れているのか!? ふざけんな!」

 

 三崎は、左手を一ノ瀬に向ける。そこから光球が発射された。何発も連射されたが、その悉くを一ノ瀬は爪で薙ぎ払った。

 

「ぐぁ!?」

 

 一ノ瀬の身体を痺れが襲った。全く身動きが取れない程だった。三崎が放った光球には電気が付与されており、帯電していくうちに痺れて動けなくなるものだった。威力そのものは低いが、相手の動きを止める手段としてはかなり良い武器であった。

 

 三崎はその隙に一ノ瀬に大鎌を振り下ろす。

 

「はぁあああ!!」

 

 痺れている状態の一ノ瀬が避けられるはずもなく、鎌は直撃する。

 

「ぐぁあああ!!」

 

 しかし、一ノ瀬の憑神が両断されているということはなかった。ダメージがないわけではない。憑神同士の闘いは、通常の攻撃だけで決着がつくことはない。通常の攻撃で削れるのはデータドレインから身を守るプロテクトだけである。憑神同士の闘いにおいて完全に決着をつけるためにはデータドレインを決める他ない。

 

「早く終わらせないと……『彼女』がいなくなっちゃう……『彼女』は『人』との対話を好むんだ」

「『人』との、対話……?」

 

 三崎は、一ノ瀬の言っている意味がよくわからず、オウム返ししてしまう。

 

「キミはどんな言葉を残すのかな……! 言葉にならない――想いを!」

 

 下半身の部分を三崎に向けた。花の様になっているその中心部は、眼の様に見える。

 

「データドレインかっ!?」

 

 三崎の憑神であるスケィスを呑み込む程の大きさのエネルギーの球体。不意を突かれた三崎はデータドレインをくらってしまった。

 

「ぐおぉおおおお!!」

 

 データドレインは三崎の憑神を酸で蝕む様に削っていく。 だが、完全に憑神のプロテクトが壊されていたわけではない。

 

「はぁあああああ!!」

 

データドレイン自体もプロテクトを浸食していくが、弾き飛ばしてしまえばそれだけの攻撃だ。大鎌を振り回し球体を破壊した。

 

「これで終いだ!」

 

 一ノ瀬との距離を一気に詰めて、大鎌で切り裂いていく。プロテクトが完全に剥がれたのを確認し、蹴り飛ばして距離を取る。大鎌を虚空へと仕舞い、右腕が砲身の様に変形していく。そして、その砲の先には眼。

 三崎からデータドレインが放たれた。プロテクトが完全に剥がれた状態からのデータドレインに防ぐ手立ては存在しない。

 データドレインは一ノ瀬に直撃し、データを吸収していく。そして、全てを吸い取ったかの様に放った球体も三崎の砲身へと戻って来た。

 

「がぁあああ!!」

 

 一ノ瀬の憑神が崩れていくように、元の姿に戻っていく。三崎は決着が着いたので元の姿へと戻る。一ノ瀬はそのまま後ろに倒れていく。肩に乗っていた小さな白猫も落ちていく。一ノ瀬は猫が地面に直接落ちないように手を差し伸べた。

 

「ミ……ア……」

 

 白猫は、叫ぶように鳴き声を挙げる。白猫から黒い泡が溢れかえる。

 

「いやだぁあああああ!!」

 

 黒い泡が四方に飛び散っていく。最終的には、跡形もなく消え去ってしまった。

 一ノ瀬はそのまま気絶した。

 

「なんだったんだ……今の」

 

 ミッドナイトにより、一ノ瀬の状態確認が行われた。

 

「勝者、三崎君!!」

 

 少しの休憩時間をおいて、決勝が行われる。三崎は控室へと向かった。その途中

 

 

 

 

「決勝進出おめでとう。亮」

「オーヴァン……! なんで、あんたがここにいんだよ」

「俺もプロヒーローだからな。別に居てもおかしくはないだろう」

「あんたは今までそういうことやってこなかっただろうが!」

「ふ……まぁ、お前がいるからこそっていうのはあるかな」

「それで、何の用だよ」

「AIDA」

 

 三崎はその言葉に驚く。それは限られた人間しか知らないはずの単語であったからだ。

 

「どうして、あんたがそれを」

「一ノ瀬 薫の猫に擬態していたようだな」

「あれが……AIDA?」

 

 確かに今までの様な黒い泡になったが、あれは猫にしか見えなかった。

 

「それと決勝はどうするんだ?」

「どうするって、何の話だ」

「憑神を使うのか、否か」

「そんなことまで知っているのか!?」

「わかっているだろうが、今のお前じゃほぼ100%、倉本には勝てない」

「やってみなくちゃわかんねぇだろうが」

「確実に勝てる保証はない。憑神を使えば、話は別だがな」

 

 憑神を使えば確実に勝てる。言われるまでもない。憑神に勝てるのは同じ憑神か同質の力を持つAIDAだけ。しかし、一般人に使った場合に引き起こされる事象は、本当に安全だと言えるのか。

 

「ヒーローにとって敗北は、後ろにいる無辜なる人々の死を意味する。それがわからないお前じゃないはずだ」

 

 オーヴァンは囁く。

 

「だけど、別に今回勝つ必要もないだろ……」

「今回は敗北しても構わないと……? なら、次はどうなる? その時、また大事な何かを失わないと言い切れるか?」

「そ、れは……」

 

 惑う。迷う。

 オーヴァンの言葉が、脳裏に刻まれる。

 

「負けてはいけない。また、三爪痕に奪われてしまうぞ」

「嫌だ……それは、絶対に……」

「それじゃあな。亮。決勝戦も楽しみにしている」

 

 踵を返し、観客席へと戻るオーヴァン。三崎は、それをただ見つめていた。

 

「強くなれ。全ての悲しみと喜びを喰らい、踏み台にして」

 

 オーヴァンの最後の小さな声が三崎に届くことはなかった。



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雄英体育祭決勝

 決勝を間近に控え、観客席は盛り上がる。一方は普通科でありながら、その身体能力と身体技能はプロヒーロー以上であり、ここまで危なげなく勝ち上がってきた倉本。もう一方は、倉本と同質の個性持ちで、それ以外にも変身の個性を持ち、どういう手段で勝ったか不明であった一ノ瀬を打ち倒した三崎。注目が集まるのは無理からぬことだった。どちらが勝つのだろうかと予想を立てる者たちが後を絶たない。緑谷たちA組もその例に漏れなかった。

 

「これ、どっちが勝つんだろうな?」

 

 峰田が、そう呟く。

 

「三崎の変身も確かに強ぇけどよ、あの子の動きはそれより上だろ」

「上鳴君、直接対峙したわけだもんね」

「瞬殺されてたけどね」

「おい……! おい……」

 

 上鳴の意見もその試合結果の情けなさから耳郎に笑われていた。言い返せる要素が一つもないのでツッコミを入れるつもりが何も言えていえなかった。

 

「直接対峙したで言えば、飯田はどうしたんだ?」

「飯田君なら電話がかかってきたから、外で話してるよ」

 

「でもよ、結局一ノ瀬がどうやって勝ってきたのかわからなかったし、三崎がそれに勝った方法もわからずじまいだよな」

 

 一ノ瀬と三崎の試合は、憑神での闘いであったためにそれを見ることが出来た者はほとんどいない。

 

「おい、デク! てめぇは見えてたんだろ」

 

 A組の面々の視線が緑谷へと集まる。

 

「そうなん? デク君」

「え? まぁ、むしろなんで僕だけに見えてるんだろうっていう摩訶不思議現象だから……おかしいのは僕の方なのかなって少し心配になってるぐらいだよ」

「緑谷にはどういう風に見えてたんだ?」

「一ノ瀬君も三崎君も変身してて、巨人同士の闘いって感じだったよ。こっちに闘いの余波が伝わってこないのが不思議なぐらいのすごい試合だった」

「俺にはちょっと斬り結んだ後に、急に一ノ瀬が倒れたようにしか見えなかったんだが。後は最後の方で、ちょっと一瞬チカっと光ったようにも見えたぐらいだな。みんなもそうだよな?」

「光ったのは多分、三崎君の最後の攻撃かな? なんというか光の玉を一ノ瀬君に発射してぶつけてたから。でも、同じようなのを一ノ瀬君も使ってたけどそれは三崎君は打ち破ってたから光っては見えなかったのかな……そもそもなんで僕だけに見えるんだろうか。位置? 角度? 他にあれらが見えているのは、一ノ瀬君と三崎君だけなのかな? 僕と彼らの共通項なんてあまり思いつかないけど……」

 

 緑谷がまたぶつぶつと呟きながら思考する。

 

「怖いよ、デク君」

「あ、ごめん!」

「デク君は、どっちが勝つと思う?」

「素の身体能力だけで考えたら倉本さんの方が圧倒的に有利なのは間違いないと思う。三崎君の変身を踏まえたとしても倉本さんの方が上だと思うよ。でも、一ノ瀬君の使っていたあれはかっちゃんの爆破をものともしなかった。まるで透過でもしたみたいに……もし、三崎君も同じことができるなら……三崎君が負けることは考えづらいな」

 

 依然に三崎は変身の個性を使ったことはあったが、一ノ瀬の様に透過したりはしなかった。しかし、三崎の変身した攻撃は一ノ瀬にちゃんと届いていた。そして、その時ばかりは三崎の変身さえも他の人には見えていなかった。その違いが緑谷にはわからなかった。三崎が一ノ瀬と同様の見えない方の変身を使えるのならば今までどうして使わなかったのかも腑に落ちなかった。それに一ノ瀬の肩に載っていた猫。黒い泡となって消えてしまったが、例のAIDAだったのではないだろうか。三崎はそれを退治したということなのだろうか。緑谷にとっては謎が深まるばかりであった。

 

 

 

 三崎は決勝戦を前にひどく落ち着かなかった。決勝戦に緊張しているわけではない。自身が負けてしまうことに関して頭から離れなかった。「負ければ奪われる」。ただの試合なのだからそんなことがあるはずはない。倉本は確かに強いが、それだけだ。ヴィランではない。

 それとも自信がなくなる?負けた程度で自信がなくなるなら、三爪痕に負けた時に既になくしている。それでも、オーヴァンの言葉が頭から離れることはなかった。

 

 

『さぁ、いよいよラスト! 雄英1年の頂点がここで決まる! 決勝戦 倉本 対 三崎!!」

 

 

『START!!』

 

 舞台の上、倉本と三崎が手に持つのは双剣で構えも逆手で同じだ。奇妙なものである。三爪痕もまた同じ逆手だった。

 

「アンタ、自分と似たような個性を見るのは初めてか?」

「いや、そうじゃないが……」

「アタシらみたいな個性持ちは結構、多いんだ。便宜上、個性として扱われているけど、同系統の個性という括りで考えてもあまりに画一的過ぎるから、一部じゃアタシらみたいな個性を職業(ジョブ)って呼ぶやつもいるぐらいだ」

「何故、そんな話を……」

「アタシと同じ双剣使いに会うのは初めてだからね。と言っても、アンタはマルチウェポンみたいだけど」

 

 その言葉を聞き、倉本と三爪痕は恐らくは関係ないだろうと見切りをつける。

 

「少しばかり期待させてもらうよ。アンタの実力をね!」

 

 その言葉を言い切ったと同時に三崎へと斬りかかった。

 

 速っ!?

 

 なんとか一撃を防ぐが、次の一撃、更に一撃と矢継ぎ早に放たれる斬撃に防戦一方になる。自身の攻撃より圧倒的に速い。それに重い。このままでは確実にやられてしまう。

 

「ほらほらぁ! どうしたぁ!」

「こ、このっ……!」

 

 攻撃に転じようとするが、そんな隙は一切なかった。強いことはわかっていたが、地力にここまでの差があるとは思っていなかった。負ける。そんな確信にも似た予感が頭を過る。

 

「アンタも期待外れか……」

 

 そんな落胆の言葉と共に、三崎を蹴り飛ばした。

 

「ぐぉっ……!!」

 

 鳩尾に入り、膝から崩れ落ちる。

 

「これではっきりしただろ。アンタとアタシじゃ、格が違うんだよ。格が」

 

 勝てない……素の実力において、三崎が倉本に勝っている点は何一つとしてない。

 

「……負けてたまるかぁぁぁぁ!!」

 

 全身を変身させる。憑神ではない普通の変身である。

 

「そういえば、そんなこともできたんだっけ。他の職業の個性じゃ見たことないね。錬装士の特別か? それともアンタだけなのか。どっちにしてもアタシの敵じゃない」

「くそがぁ!!」

 

 変身した三崎の拳が振り下ろされる。3m超えの巨体から繰り出されるそれは、破壊力に優れる。まして、鋼鉄に等しい強度を持った拳である。剣で受け止められようと、その圧倒的質量で潰せる。そう三崎は思っていた。倉本はその一撃を受け止めるのではなく、いなした。その隙に倉本は飛び上がって、三崎の顔面に向けて拳を放った。その一撃は、変身した三崎の顔面を文字通り砕いた。人形の様になっているため表情が変わることはないが、陥没しひび割れていた。

 

「な……んで……?」

「さっきも言っただろ。アンタとアタシじゃ、格が違うんだよ」

 

 やはり勝てない。このまま負けるのか。本当にこのまま何もできずに、為す術もなく、負けるのか。でも、ここで勝つ必要は……

 

 

『負ければ奪われるぞ』

 

 

 嫌だ。それだけは嫌だ。また、奪われるのは嫌だ。でも、勝つためには……

 

「あぁあああああああああああああ!!」

 

 その絶叫はどんな感情によるものかもわからない。それが負けに対することなのか、相手を害してしまうことに対してなのかは三崎には判然としなかった。

 

「スケェェェェィス!!」

 

 変身が憑神へと変化する。見た目の上では何も変わらない。だが、時の流れさえも異質となった空間は、どんな強者であっても資格がなければ認識することさえ叶わない。

 憑神となった変身。スケィスには巨大な鎌が握られた。

 

「うわぁあああああ!!」

 

 ただ横なぎに振り払った。倉本はその攻撃を認識できない故に直撃し、意識を失った。

 三崎の変身は解け、倉本は舞台へと倒れ伏した。

 ミッドナイトが、倉本の状態をみて、意識がないことを確認した。

 

「三崎くんの勝利!!」

 

『以上で全ての競技が終了! 今年度雄英体育祭1年優勝者は、A組三崎亮!!』

 

 三崎は勝ったはいいものの憑神を使ってしまった罪悪感からか誰とも目を合わせられそうになかった。気分の悪さに思わず舌打ちまでしてしまった。

 

 

 

 

「しかし、結局何やったかわからずじまいだな」

「あぁ……観客席のプロも同じだろうな」

 

 解説席で話す教師二人。相澤は、一ノ瀬や三崎がどの様にして勝ったのか依然として推測もつかないが、少しだけ思うところはあった。校長が三崎を特別扱いしていることに関してだ。特別扱いと言っても、除籍処分にしてはならないということだけだが、それだけでも生徒如何さえも教師の自由にさせている雄英高校の方針からすれば、それを反故にしている形になる。三崎の個性がそれに関係しているかはわからなかったが、今のところ思い当たる点と言えばそこぐらいであった。

 

 

 

そして、観客席

 

「デク君、一体何が起こったん……?」

 

 A組の面々おろかプロヒーロー達も誰も理解出来ていないなか、数少ない見えていた者。緑谷には、三崎の憑神がはっきりと見えていた。

 

「三崎君がでっかい鎌で……でも、あの感じだったら普通……」

 

 爆豪が一ノ瀬から攻撃を受けて無傷であったこともあったので、未経験の感覚ではなかったが、見たままで言えば間違いなく倉本の胴体と下半身が二つに分かたれる一撃であった。

 

「デク君?」

「でっかい鎌で倉本さんを攻撃したら、倉本さんが気絶した風にしか見えなかったかな」

 

 緑谷は言葉を少しだけ濁した。あまり考えたくはないが、三崎が人を殺す様な動きを見せたことがショックであった。そんなつもりがあったのか、なかったのか、相手が無事である確信があったのか。絵面だけで言えば、殺人の現場を見てしまった様な気持ち悪さだけが胸中に渦巻いた。

 

 

 

 しばらく後に、倉本は目を覚ました。そのことに三崎は表情には出さなかったが安堵していた。そして、表彰式が行われた。

 メダル授与にオールマイトが登場。その際、オールマイトの「私が来た」とミッドナイトの「我らがオールマイト」という紹介の声がダブった。グダグダである。

 

 

 まずは轟にメダル授与をした。オールマイトが轟に炎を使わなかったことに関して尋ねると轟は、オールマイトに清算しなくてはならないものがあると伝えた。オールマイトはそれに対して今の君にならきっとできると励ました。

 

 そして、もう一人の3位である一ノ瀬。彼は柱に縛られていた。一ノ瀬はただ歩き回っていた。猫を探して。居るはずもないそれをただ探していた。

 教師たちが連れてきても、またゆっくりと歩き出して探しに行こうとするために縛られていた。それに対して抵抗するわけでもなかったが、それでも探しに行こうとすることを辞めなかった。生気のない、まるで人形の様に、機械的に歩みを止めようとしなかった。

 

「ミア……」

 

 ただ「ミア」とうわ言の様に呟き続けていた。

 

「一ノ瀬少年、おめでとう」

 

 オールマイトが目の前に立ち、声をかけても返事も何もない。何も聞こえていない。

 

「あの……一ノ瀬少年?」

 

 オールマイトには一ノ瀬と三崎との一連の攻防は全く見えなかった。しかし、憑神の存在を知ってはいたので、何となしに何らかの特別な事情を抱えていることはわかった。恐らくは、11年前の被害者である。11年前の事件は確かに解決したが、助けることが出来たようで、そうではなかったのかもしれない。

 

「君が今、何に悩み苦しんでいるのかはわからないが……教師のみんな味方をするし、私にできることがあれば協力する。打ち明けてくれとは言わない。ただ、ここに立てる程の実力を誇れるように願っているよ」

 

 一ノ瀬は、それを聞いても何も変わった様子を見せなかった。「ミア」と呟くだけだった。

 

 

 準優勝の倉本。

 

「倉本少女、おめでとう」

「おめでたくなんかないよ。アタシは勝ちたかったのに……」

 

 倉本は血が出そうなほどに唇を噛みしめていた。

 

「そう言いなさんな。準優勝だって立派なことだ」

「アタシは、誰よりも強くなりたいだけだ。オールマイトより、天狼より……アイツより」

「やっぱり、アリーナを目指すのかい?」

「当たり前だ。アタシは最強の称号を手に入れる。絶対に」

「……君の夢だ。私にそれを否定することはできない。ただ、その力くれぐれも悪用しないように頼むよ」

「アリーナチャンピオンは、誇り高い奴がなるんだ! ヴィランなんかとは違う!」

「そんなつもりはなかったんだが、なんか……ごめんよ」

 

 アリーナには、ヒーローが参加することがないわけではないが、あまり良い行いとは思われない。アリーナ参加をきっかけに裏社会との関係を疑われて引退に追い込まれたヒーローもいる。事実関係としては、未だ不明のままであるが、信用のない者が続けるにはヒーローという仕事はあまりに過酷であった。

 オールマイト自身もアリーナには良い印象を持っていない。ただ、法的にはグレーではあるが、完全に悪だと決まっているわけでもない。それを否定していい理由も持ち合わせていなかった。

 

 

 

 そして、優勝した三崎。

 

「見事だったな。三崎少年」

 

 三崎は、未だに気分が沈んでいた。

 

「どうしたんだい? 優勝したと言うのに浮かない顔で」

「オールマイト……人を殺したことはあるか?」

「……原則としてヒーローは、ヴィランが相手であっても殺したりしない。しかし、やむを得ない状況も少なからずある」

 

 オールマイトは明確な回答は避けた。

 

「今回、俺は相手を殺しかねない手を使った。相手を殺すかもしれないとわかっててそれを使った。負けるのが怖かったんだ」

「しかし、相手は死んでいない。結果が全てとまでは言わない。君は君の全力を尽くして、この試合に臨んで勝利した。負けるのが怖いのは当然さ。その恐怖を乗り越えてヒーローは日々人助けをしていくものだ」

 

 三崎は人助けがしたいわけではない。ヒーローになりたいわけでもない。今も変わらずに三爪痕を倒したい以上のことはない。今この場に居るのはその過程にでしかなく、結果的に雄英体育祭で優勝したというだけの話だ。例え、先の試合で倉本を殺してしまっていたのだとしてもその目的を違えることはない。

 オールマイトは三崎を励ました。しかし、意図したものとは違い、三崎は改めて自身の目的を再確認した。

 

「改めて優勝おめでとう。三崎少年」

 

「さぁ、今回は彼らだった! しかし、皆さん。この場の誰にもここに立つ可能性はあった! ご覧いただいた通りだ! 競い! 高め合い! さらに先へと登っていく姿! 次代のヒーローは確実にその芽を伸ばしている! てな感じで最後に一言!」

 

「皆さんご唱和ください! せーの」

 

「プルス              「プルス……

 

「プルス    「お疲れさまでした!!」  「プルス

 

「プルスウ    「プル

 

 

 その場に居たオールマイトを除いた人は全員プルスウルトラと言うのだとばかり思っていた。

 

 

「そこはプルスウルトラでしょ、オールマイト!」

 

 そんな観客の声も挙がった。

 

「ああいや……疲れたろうなと思って……」

 

 良いこと言ったようで意外と抜けているオールマイトのグダグダな締めによって1年生の雄英体育祭は幕を閉じた。




雄英体育祭がようやく終わった。なんとなくここら辺からエタる人が多い様な気がします。気のせいかもしれませんけど。先行き不透明ですが、完結できる様に頑張りたいと思います。


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ハセヲ

 雄英体育祭終了後、日下は落ち込んでいた。1人で人気のない場所で立ち尽くしていた。

 

「やぁ、君はこんなところで何をしているのかな?」

 

 そこに話しかけてきた1人の男。

 

「え、あの……ごめんなさい」

 

 既に体育祭は終わり、ほとんどの人が帰宅している。いつまでも居残っていたことを言われたのかと思い反射的に謝ってしまう。

 

「あぁ……別に怒っているわけではないよ。君は亮の友達でいいのかな?」

「……? 三崎さんのお知合いですか?」

「あぁ。プロヒーローのオーヴァンだ。亮との関係は……そうだな。亮の兄貴分と言ったところかな」

「そうなんですか……三崎さんの友達……だと思っているのは私の方だけかもしれません。私、主体性ないしどんくさいから三崎さんをいつもイライラさせてしまうんです」

「そうか……だけど君は亮ともっと仲良くなりたいんだろう? だったら、君も努力しなくちゃ……違うかい?」

 

 日下には、三崎に抱いている気持ちがなんなのかよくわかっていないが、仲良くなりたいという思いは確かにある。三崎は、冷たい態度こそ取るが助けてもらっている。彼の助けにもなりたいとも思う。

 

「私、どうしたらいいんでしょうか?」

「亮が三爪痕というヴィランを探しているのは知っているね」

「それは……え? でも……」

 

 オーヴァンが言わんとしていることはすぐにわかった。要は「三爪痕を見つけろ」ということである。しかし、ヒーローの資格を持っていないものが、ヴィランを探すというのは、様々な理由から危険だ。単純に三爪痕は強力なヴィランであるはずであるし、資格を持っていなければ、個性の使用はその時点で犯罪である。

 

「大丈夫。君のその音を聞く個性を使えば見つけられる。見つけたらヒーローを呼べばいい。そうすれば、亮は君を認めてくれるよ」

「そう……でしょうか……?」

 

 

 

「……ところで、亮が何故三爪痕を探しているかは知っているかい?」

「知りませんけど……?」

「彼には幼馴染が居てね。七尾志乃という女の子なんだが、彼女は三爪痕に……殺された」

「え……!? それじゃあ、三崎さんは復讐のために……!?」

「あぁ。志乃は俺にとっては妹のような存在だった。亮とはとても仲が良かった。大事な人を亡くすというのは……それは、身体の一部が欠けたかの様な喪失感だ。復讐はその欠けた部分を何とかして埋めようとする反応の様なもの。ヒーローとしては否定するべきなのだろうが、俺はあいつを止めることはしたくないし、できそうもない」

 

 オーヴァンは、内心で自嘲する。一体どの面下げてこんなことを言っているのか。しかし、自分の言葉に偽りもない。本当のことを言っていないだけで。

 

「職場体験が近々あるはずだ。その時に、君が頼りに思うヒーローの指名があるならそこに行くんだ。きっと力になってくれる。俺が指名しても良いんだが、生憎人を受け入れられる余裕は俺にはなくてね」

「私、頑張ってみます」

 

「それにしても君を見ていると志乃のことを思い出すよ」

「私と志乃さんはそんなに似ているんですか?」

「世の中に3人は似ている人が居るとは言うが、居るはずのない志乃の双子の姉妹かと思ったよ」

 

 オーヴァンは携帯端末で志乃の写真を見せた。日下は自分と見間違えそうなほど似ている人がそこには確かに写っていた。そして、そこに一緒に移っているのはオーヴァンと三崎の姿。

 日下は、以前に三崎に紛らわしいと言われたことを思い出した。これ程までに似ているのならそう思うのもわかる。自分でさえも撮った覚えのない写真の様に感じる。記憶にないだけでそこに居たのでは、と勘違いしてしまいそうなほどだ。

 よく似ている別人。それも亡くなった人で大事な人であったのなら紛らわしいと思われても変ではない。そして、三崎が日下(私)に優しい時があるのは――その人(志乃さん)に似ているから?

 自分の内面など関係なしに、三崎の人を想う優しさでもなく、志乃という人物に似ていたから三崎に優しくしてもらえた。それは、何とも……何とも虚しい。日下はただ自分を見てもらいたかった。認められたかった。三崎は、日下(私)を見ていてくれているのだと思っていた。しかし、本当は日下の姿を通して志乃を見ていただけだった。実際の真実はともかく、日下はそう確信していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 雄英体育祭を終えて、次の登校日。全国放送されているだけあり、その影響力は計り知れず、雄英ヒーロー科のほとんどが一般の人々から声をかけられていた。

 A組の教室でもその話題で持ち切りであり、雄英の凄さを改めて感じていた。

 そこに相澤が入ってくると、一気に静かになる。毎度毎度、注意されていれば、そうもなるだろう。

 

「相澤先生、包帯取れたのね。よかったわ」

「婆さんの処置が大袈裟なんだよ。んなもんより、今日のヒーロー情報学ちょっと特別だぞ」

 

 抜き打ちでテストかと内心怯える生徒が居たが

 

「『コードネーム』ヒーロー名の公安だ」

 

「「「胸膨らむやつきたぁあああ!!」」」

 

 一気に騒がしくしたが、相澤の睨みですぐに静まった。

 

「というのも、先日話したプロからのドラフト指名に関係してくる。指名が本格化するのは2,3年から。つまり、今回来た指名は将来性に対する興味に近い。卒業までにその興味が削がれたら一方的にキャンセルなんでことはよくある」

 

 峰田が「大人は勝手だ」と机を叩く。

 

「頂いた指名がそんまま自身へのハードルになるんですね!」

「そ。で、その指名の集計結果がこうだ」

 

轟   2854

三崎  1531

爆豪  1231

常闇  280

飯田  250

上鳴  272

八百万 108

切島  40

麗日  20

瀬呂  14

緑谷  1

 

「例年はもっとバラけるんだが、3人に注目が偏った」

 

「三崎、一位だったのに思ったより少ないね」

 

 三崎はどうでもよかったので、特に反応はしなかった。結局はレイヴンのところに行くことに変わりがない。

 

「結果だけ見りゃ上等だが、実態が見えなかったからだろ。どういう力かわからないから、どう扱えばいいかわからない。そんなクソみてぇなのはほっときゃいいんだ」

「爆豪がフォロー入れるとは珍しい」

「あぁ!? 俺の推察と事実を言っただけだ。ボケが!!」

 

 爆豪の周りはどうせキレられると思い言わなかったが、「ツンデレなのか?」と思っていた。

 

 

「これを踏まえ、指名の有無に関係なくいわゆる職場体験ってのに行ってもらう。お前らは一足先に経験してしまったが、プロの活動を実際に体験してより実りのある訓練をしようってこった」

 

「それでヒーロー名か!」

「俄然楽しみになってきた!」

 

「まぁ、仮ではあるが適当なもんは……「付けたら地獄を見ちゃうよ!!」

 

 相澤の言葉を遮る様に現れたのはミッドナイトだった。

 

「この時の名が! 世にそのまま認知され、そのままプロ名になってる人、多いからね!」

「まぁ、そういうことだ、その辺のセンスをミッドナイトさんに査定してもらう。俺はそういうのできん」

 

「将来、自分がどうなるのか。名を付けることでイメージが固まりそこに近づいてく。それが、『名は体を表す』ってことだ。『オールマイト』とかな」

 

 考える時間が与えられたのだが、15分ほど経つと

 

「じゃ、そろそろ出来た人から発表してね!」

 

 まさかの発表形式。ヒーローになったら名乗りを挙げることもあるだろうから変な話ではないが、結構恥ずかしいものがある。

 一発目に出てきた青山が「I can not stop twinkling」という、短文を持ってきた。ミッドナイトはごく普通に「そこはIを取ってcan’tに省略した方が呼びやすい」なんて指摘する。次に発表したのが芦戸。「エイリアンクイーン」ミッドナイトに止められたが、大喜利っぽい空気になったために次が出にくくなってしまった。

 その空気を変えたのが蛙吹だった。「フロッピー」普通に良い名称が出たことで次々と発表する人が出てくる。

 

そして、三崎は

 

「ハセヲ」

 

「ハセオ?」

「『お』じゃねぇ『を』だ『うぉ』! 普通に書いてあんだろうが!」

「ごめん、ハセラ*1

「……おい、そのネタは多分誰にも伝わんねぇからやめろ」

「それで意味は?」

「特にねぇよ。テキトーだ、テキトー」

 

 その後、轟は「ショート」という自分の名前で通したのを見て、自分もそうすれば良かったかと、少し悩みもした。

 A組は爆豪を除き、ちゃんとヒーロー名が決まった。爆豪は最後までミッドナイトに拒否されたために自分の名前で行くことになっていた。

*1
角川書店、ケロケロエース連載、漫画“.hack//Link黄昏の騎士団” 第一話の誤植である。また、PSPで発売された.hack//Linkの限定版付属DVD、『.hack//DRAMATIC DVD』内の、スペシャルスキットドラマ「出張?」内のアスベル(Tales of Graces)の発言「すまないハセラ 悪気はなかったんだ」に対しハセヲは「そんなマニアックなネタを…」の後、「角川書●が青くなるからやめておけ」と返した。オーヴァン曰く「確かにケロケロA(エース)の第一話を見ていないと全力で置いて行かれるな」などとコメントしている。ニコニコ大百科より引用



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職場体験

指名があってもなくても職場体験に行くことが決まっているが、緑谷には指名が一つだけ来ていた。指名をしたヒーローは欅。ヒーローオタクでもある緑谷は当然欅のことを知っていた。しかし、その彼であってもオールマイトの秘密を知る以前のオールマイト以上に謎が多いヒーローだった。個性不明。年齢不明。本名不明。経歴不明。活動不明。性別は男――とされてはいるが、中性的な見た目でもあるのでネットでは女性説さえある。そんな謎だらけの人物にも係わらずヒーローランキング10位という高順位にいる謎。と言っても、これは欅の作った『月の樹』と呼ばれるボランティア団体が多くの人に支持されているからだ。

 

 『月の樹』はヒーローのみならず、多くの一般人が在籍しており、普段は市民レベルでの防犯対策や救急治療などの講義を行っている。全国に拠点があり、日本人の5人に1は在籍していると言われている。『ヒーローに頼り切りになるのではなく、ヒーローがより多くの人を助けられるようにするために自分を助けられるようにする』というのが、『月の樹』の目指すところである。また、平等である社会も目指しており差別問題なども解決するべく積極的に動いている。

 

 これらの活動が、大きく世間で評価されているために欅はヒーロー活動をほとんど行っていないにもかかわらず10位という高順位にいる。容姿が美少年というのも一役買っていそうでもあるが。

 

「緑谷少年、ちょっとおいで」

「なんですか?」

 

 オールマイトは人の居ない廊下へと歩いていく。

 

「君は、欅の指名を受けるつもりかい?」

「いや、まぁ、折角来た指名ですし……」

「彼には注意した方がいいかもしれん」

「え? どうしてですか?」

「一体どこまで把握しているのかはわからないが、私の限界時間が近いことを知っていた。それにワンフォーオールのことを知っているかの様な口振りだったんだ」

「秘密を明かしていないのに……ですか?」

「当日は、私を呼んでいるので私は行くつもりなのだが……君を指名するということは、もしかしたら本当に色々と知られているのかもしれない」

「そ、そんな!! それって大丈夫なんですか!?」

「彼は信頼のあるヒーローだ。間違っても人々を混乱に陥れる様なことはしないと思うが……私にも彼が何をするつもりなのかが全く見えてこないんだ」

 

 後日、自分の秘密を打ち明けるとも言ってはいたが、一体どんな秘密なのか。

 

「指名を受けない方がいいんでしょうか……?」

「それは君の思う通りでいい。そういう懸念がある。ということだけ伝えたかっただけさ。彼が何を思っているのかわからないとは言ったが、私は彼を信用すると決めている。ただ、だからと言って君が信用する必要もない。ということさ」

 

 それはオールマイトの迷いの現れでもあった。信用したいという気持ちは山々であるが、怪しいことこの上ない。一抹の不安がないわけではない。本当に信頼したのなら緑谷にわざわざ警戒を促す様なことを言う必要がない。それを理解できない緑谷ではなかったが、悩んだ末に指名を受けることにした。

 怪しいは怪しいかもしれないが、間違いなくトップヒーローの1人である。そんなヒーローがどんな活動しているか興味が沸かないわけがない。

 

 


 

 

 飯田は、マニュアル事務所の指名を受けることにしていた。その理由は、ヒーロー殺しの二つ名を持つヴィラン『ステイン』が次に出没する可能性がある保須市に拠点を構えていたからだった。飯田がステインを探そうと考えているのは、彼の兄であるヒーロー『インゲニウム』が下半身不随となるほどの大怪我を負わされたからだ。つまるところ、復讐である。

 『インゲニウム』は飯田の兄であり、憧れのヒーローでもある。それを潰した『ステイン』がどうしても許せなかった。怒りで腸が煮えくり返りそうな気持ちを表面上は、何事も無いようにしていた。これは自分だけの問題だから。友人にいらぬ心配をかけたくはないし、迷惑をかけたくもない。だが、1人だけ話を聞きたいと思っている相手が居た。『三爪痕』というヴィランを探しているクラスメイト――三崎だ。その時は理由を聞かなかったが、彼はもしかしたら自分と同じで復讐を考えているのではないかと思っていた。学生の身で特定のヴィランを追いかけるのはそれ以外に考えられなかった。一体どんな気持ちであるのか、飯田は無意識に共感できる相手を探していた。

 

「三崎君。ちょっといいか?」

「ん?」

「三崎君は『三爪痕』というヴィランを探していると言っていたが、何故か聞いてもいいか?」

 

 三崎は飯田がどうしてこのことを今になって聞いてきたのか少し考えて、すぐに答えは出た。周りに興味があまりない三崎でも、そのニュースが耳に入らないわけがなかった。

 

「既に答えは出てんだろ。答え合わせのつもりか?」

「僕は……この気持ちを抑えることができそうもない。君は一体どんな気持ちで……」

「俺は抑える気がない。例え犯罪者と罵られようと俺は三爪痕を……殺す」

「……そうか」

 

 飯田は、その決心を強めようとしていた。ヒーロー殺しへの復讐を。

 

「俺はお前を止める気はないけど、それは本当にお前がしたいことなのか?」

 

 横目でヒーローに憧れ、志し、努力を続ける姿を見ていた。その力は、復讐のために培ったものではない。憧れたヒーローに近づくためのものだ。それを復讐のために使うのは惜しいと感じた。

 

「ヒーロー殺しが憎い。その気持ちで頭がいっぱいなんだ……!」

 

 三崎には大切な存在を傷つけられて憎く思う気持ちは痛いほどわかった。しかし、三崎と飯田には決定的に違う点があった。

 

「お前の兄貴は生きてんだろ。容態が落ち着いたら、話してこい。それからもう一度考えればいい」

「君は……」

「俺の幼馴染は殺された。目の前で消え去る姿を見ることしかできなかった。復讐がそいつのためだなんて言う気はねぇが、俺がそいつにしてやれるのはそれしか思いつかなかった」

 

 復讐なんて結局のところ自分のためだ。志乃が復讐を望む様な奴ではないことはわかっている。それでも、それ以外に考えつかなくなった。

 

「お前の夢とその復讐を天秤に載せてどちらが重いか……落ち着いて考えれば見えてくるだろ。それでも復讐の方に傾くなら、好きにすればいい。その時は、自分の夢も捨てるんだな」

「君は、それで復讐を選んだのか」

「元から俺の天秤には復讐しか載ってねぇんだよ」

 

 飯田は、燃え上がる様な復讐の気持ちが少しだけ落ち着いたのがわかった。復讐したい気持ちがなくなったわけではない。ただ、自分がヒーローを志していることを思い出した。兄の様な立派なヒーローになりたい。その気持ちに今も変わりはない。

 

「ありがとう! 三崎君!」

 

 自分の道を正そうとしてくれた三崎に感謝の念を覚えた。と、同時に、助けたいと思った。三崎は、復讐しかないと言ったが、そんな人間がこんなアドバイスできるだろうか。自分と同じように復讐しか見えなくなっているだけではないのか。そんな只中にあって人を導くだけの力があるのだ。彼が本当にヒーローを志すのならば、きっと素晴らしいヒーローになる。

 

「僕は、兄さんの様な人々を導けるヒーローになる!」

「……そうかい」

 

 クラスメイトの身では烏滸がましいかもしれないが、三崎を正しき道へと導いてあげたいと思った。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 職場体験、当日。駅構内に集まったA組は、コスチュームを渡され、それぞれの職場体験場所へと移動を開始していた。

 

「飯田君、本当にどうしようもなくなったら言ってね。友達だろ」

「あぁ、大丈夫だ」

 

 飯田は結局、ノーマルヒーローマニュアルの事務所を選んでいた。ヒーロー殺しに高い確率で遭遇できそうなのは今だけだったからだ。この機会を逃せば、捕まるか、次の出現場所が予想できなくなるか。いずれにせよ、復讐の機会は失われる。まだ、迷いに揺れている。自分があるべき姿、なろうとしている自分は思い出せたが、ヒーロー殺しへの恨みは晴れてはいなかった。

 

 

 



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