目覚めたら全身柱間細胞になってた (卑の意志を継ぐ者)
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第一話︰戸籍が欲しい

九畳間の和室に朝を迎えたことを知らせるベルがけたましく鳴り響く。

三つ巴柄の布団にくるまった男はしかめっ面を浮かべ乱雑にスヌーズのスイッチを叩いた。

 

「後5分……」

 

目覚めし時計の頑張りも虚しくその男はふいと時計に背を向けてまたスヤスヤと寝息を立て始めようとした。

彼はどこにでもいる普通の大学生。

強いて違うところを挙げるならサブカルが人一倍好きということくらいか。特にFate関連。

 

「……は?」

 

何か信じられないものを見たような顔で男は布団を蹴りだす。

そして時計の時刻……否、西暦を確認する。『1990年』と表示されているそれに文字通り頭を抱えた。

 

「夢でも見てんのか、俺は」

 

試しに頬をつねる。

彼の五感は正常に機能していたのか、すぐに手を離す。

彼の記憶が確かならば現在は『2019年』の年の暮れだった。何度確認してもそれは1990年を示したままである。

 

電波をしっかり受信しなくなったのだろう、そう結論付けようとした彼の頭が何者かに殴打されたようにブレた。もちろん物理でぶっ叩かれたわけではない。

自身が視た、さりとて信じ難い記憶が脳内を蹂躙するように蘇る衝撃が彼の頭に伝播したのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『クモ膜下出血で死んじゃったけど何に転生したい?』

「柱間ァ!!……むにゃむにゃ」

『お主前世はクレイジーサイコホモじゃったりせんよな?ま、よいよい。では柱間細胞と……これとこれでよいか。で、どこに転生したい?』

「九州」

『おk。おもしろそうだから冬木市な』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何言ってんだ俺ぇぇぇぇ!!!??」

 

あんた死んだけど何になってどこに転生したい?と夢占いの人でも困惑しそうなアホらしい光景を夢だと思った彼は目の前に相対した人物に脊髄対話を試みた。

結果はご覧の通り神(暫定)に(ふざけて口にした願いも添えて)転生させられたのである。

 

その事実を認識してしまった彼はSANチェック……ではなくあらん限りの力を振り絞って叫んだ。

どうして一度死んだにも関わらず死地に飛ばされなければならないのか。

 

今まで受験直前の初詣の時くらいしか超自然的存在を信じていなかった彼だがその認識は改めなければと心に決めた。

そして彼は神に祈る代わりに中指を立てた。いっそ清々しいほどの笑顔である。

感謝はするが敬いはしない。自分をこんな人外魔境に転生させた神様なら笑って許してくれる。

 

彼がブチ切れ気味になるのは当然のことだろう。

むしろこの状況で反骨心を抱けるとは……大した奴だ。やはり天才か。

神(暫定)の言葉が正しければここはFate/stay nightの第五次聖杯戦争、Fate/ZEROの第四次及び第一〜三次の開催地である聖杯戦争御用達都市の冬木市だ。

モブはもちろんメインにも厳しい(生存率的な意味で)ことで有名である。常人が生きるのには壊滅的に向いてない。

 

 

「いやそもそも此処はど「お前誰だ!?俺の布団で何してんだァ!!?」ほわあぁぁぁあ!!!?す、すみませんでしたーーー!!!」

 

ちなみにだが神(暫定)は彼の身体を死亡時の年齢に合わせて製造した時点で力尽きている(精根的な意味で)。

今生の彼はナナシ、親ナシ、戸籍ナシのナイナイ尽くし。平たく言えばこの世界に彼の存在していたという証明はZero。

現在の身体の状況も加味すれば今彼が魔術師に見つかるとデッドエンドルート確定である。

 

そして今の今まで彼が寝ていた部屋は神(暫定)が適当に見繕った家である。もっとも、赤の他人の家なのだが。

そんなところで見知らぬ人物が魂を込めた雄叫びを上げれば不審に思った家主が突撃してくるのは当然の帰結。

 

とっ捕まえようとする家主(目視30代)の組み付きロールを彼は股下スライディングで回避。

そのまま勢い余って壁に衝突したが即座に立ち上がり寝巻着のまま廊下を走る。

玄関らしきドアを乱雑にこじ開けて外へ脱出。彼は昼下がりの街を半狂乱になりながら裸足で駆けて行った。

後ろから男の怒号が聞こえるが気のせいだろう。

 

 

白昼堂々住宅に不法侵入した青年が冬木市のニュースで取り上げられたのはまた別のお話。

 




彼︰本SSの主人公。前世は大学生。
〆切三日前のレポートをZEROから三徹で完成させようとした無理が祟って死亡した。
危機的状況でも楽観視を忘れないため度々ガバをやらかす。


転生特典その①

柱間細胞(偽)︰柱間細胞に極めてよく似た何か。
転生したら全身これになってたよ。怖いね。


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第二話︰拾われた男

時刻は既に午後七時を回った。

残念ながら男の手元やその周辺に時計は無いため体内時計換算だが。

あれから彼は市街地を抜けた先の森の中にじっと身を潜めていた。

枯葉が大量に降り積もりその下にはダンゴムシやムカデが湧いている。今から市街地へと突貫するような無謀さは彼にはない。

現在の彼の立場は要保護青年か不法侵入者かの二つに一つ。

もしかすると周辺では警官の巡回が強化されているかもしれない。

 

ナナシ親ナシ一文ナシの彼が今捕まるわけにはいかなかった。

後ろ盾ゼロのヤベー特性持ちの子どもなんて魔術協会が嬉々としてホルマリン漬けにしようとするに違いない。

いや、生きたまま礼装にされてしまうなんてことも……。

今は捕まった場合のことは考えないことにした。

 

悲観的観測を取りやめた彼はほとぼりが冷めるまで今身を寄せている木の洞で待機することにした。

 

 

そういえば転生してからろくに食事をしていない。

場所が場所だったので仕方ないといえばそれまでなのだが。

意を決して昆虫でも食おうかと思ったが頭に間桐の刻印虫の姿が過ぎったせいで一瞬美味しそう見えたコオロギが醜悪に見えるようになってしまった。

 

雲間から差す星の光を虚ろな瞳で眺めながらまともに回らない頭で彼は考える。

 

柱間細胞。NARUTO疾風伝に登場する木ノ葉の里初代火影『千手柱間』の細胞のことだ。

とんでもない量の生命エネルギーの塊であり、それを移植したものにはチャクラ量の増加や木遁の行使などの様々な恩恵を与えてくれる。無論、それ相応のリスクも存在するが。

夢で対話(とは到底言えたものではないが)した神の言を真実とすれば彼の身体は千手柱間本人ないしは柱間細胞に準ずるものに置換された何かになったのだろう。

現在彼は自分の姿を知り得ていないが正解は後者である。

 

原作(NARUTO)中の白ゼツと呼ばれる存在は食事や排泄――う○こをしない。彼らは柱間細胞を元に作られているとされるため自分も食事は必要ないのでは……と考えたがすぐにその考えをふるい落とした。

原作終盤で白ゼツは無限月読によって神樹と呼ばれる樹に取り込まれた人々の成れの果てであることが判明している。神樹の末端とでも言うべき彼らに食事や排泄が必要ないのは自然なことだ。

 

飢餓感を感じるということは彼の身体がゼツに類似したものではなくあくまでも人の体だということを物語っている。それにしても規格外な存在には変わりないのだが。

 

「……腹、減ったなぁ」

 

今日一日くらいなら持つだろうが明日はどうだろうか。

空腹が引き寄せてきたのか彼はこっくりこっくりと船を漕ぎ始める。人間の三大欲求は仲良しなのかもしれない。

ああそうだ、夢で神様出てきたら文句のひとつでも言ってやろう。おい神様、不法侵入者になっちまったんだが。

 

そのまま彼は目を閉じる。もう色々と限界だった。

 

「――――?――、―――!――!――――――!!」

 

何やら近くで声が聞こえる。

声は近づいて来ているようだが彼の耳はそれを超える速さで遠く離れていく。もはや何を口にしているのかさっぱり分からない。

視界に声の主かと思われる老人が目に入ったところで彼の意識は部屋の灯りを消すようにブツリと切れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ」

 

最初に目に入ったのは知らない天井だった。

彼の顔に向かって朝日が差している。眩しかったのか昨日と同じようにふいと目を背けた。

彼は初めての使徒戦の後病院で起床したシンジくんの気持ちを想像する。目覚めていきなり知らない場所だというのは存外不安な気持ちになるものだった。そもそも現在の彼の居場所は無いにも等しいのだが。

 

白昼堂々の逃亡虚しく捕縛されたと考えるには些か待遇が良すぎる。しかしふかふかのベッドで見知らぬ人間を寝かせる人間なんているのだろうか。

 

 

――では誰が?

 

 

そう考えたところで不意にガチャリとドアが開いた。

即座に上体を起こして目の前の人物を注視する。

白い髭を貯えた優しげな瞳の老人だった。

彼はその人に見覚えがある。無論画面越しに、だが。

 

「マッケンジー、さん?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

グレン・マッケンジー、70歳。

彼は最近の趣味である夜の散歩を楽しんでいた。

夜空の煌めきを阻害されない深夜は彼にとって何ものにも変え難い幸福であった。本当は孫と共にこの星を眺めたいと思っているがここ5年程音沙汰がない。

 

いつも踵を返して家へ向かう地点である森の近辺まで差し掛かったところだった。

唐突にここで引き返すと取り返しのつかないことが起こるような気がした。その感覚は生まれてこの方感じたことの無いもの――例えるならば啓示のような――だったが、その時のグレンは少々躊躇いながらもそれに従うことにした。

 

草の根木の根をかき分けて直感が導く先へとたどり着く。

視線の先には年端もいかない青年が木の洞の中でうずくまっていた。

思わず彼に声をかけたが薄く目を開けただけで他はピクリともしない。

脈は正常に機能しているようだが体温が異常に低く感じられた。

彼を低体温症と推定したグレンは彼をおぶって自宅へと向かう。

彼がどういった理由であの場所にいたのかは分からない。しかしグレンは寒さに凍えている彼を見捨てるようなまねはできなかったのだ。

 

帰宅後、彼はマーサ・マッケンジーに「子犬を拾ってくるのとはわけが違うのよ」と諭された。その割には少しだけ嬉しそうに彼の目には写ったが。

見捨てられなかったんだと取り成して彼を空き部屋に寝かしつけたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「すみません、何から何まで。見ず知らずの俺を」

「いやなに、これはワシの勝手だ。ばあさんには小言を言われてしまったがな」

 

グレンは呵々と頬を緩ませた。つられて彼も笑う。

ひとしきり笑った後、グレンはずいと顔を近づけて彼を見つめた。グレンの眉間のシワがほんの少しだけ寄ったように彼の目に映った。

 

「だがお前さんはあんなところにいたんだ?家出ってやつか?ま、話しにくいなら話さなくてもいいんだが」

「そう、ですね」

 

彼は口ごもった。

転生したんです!と言えば精神科を紹介されるか痛い子扱いされるのが関の山だ。

できるだけ悲劇的なヒロインのような振る舞いをするように意識する。

自分はウェイバーみたいな暗示の魔術は使えない。

恐らく第四次聖杯戦争のセーフエリアとも呼べるここを自ら離れる選択肢は彼には考えられなかった。

 

「俺は、少し記憶が朧気です。何かから逃げてきたことだけは覚えているんですが……」

「確か、忌み子と言われていたような気がします。どんな理由だったのかは、ちょっと」

 

土壇場ででっち上げたストーリーだ。

こうして働かない脳を回しているのが非常に辛いが、努めて悲痛な顔をして同情を湧かせるように彼は話しかける。

 

グレンは少し考える素振りをした後彼の目を覗くようにして尋ねた。

 

「忌み子と呼ばれたのは……その目が原因か?」

「目?」

 

思わず怪訝な表情をして聞き返してしまった。

少し顔をしかめたがグレンはそれに気づく様子もなく近くにある鏡を指さして「見てみろ」と一言。

 

彼は言われた通りに鏡中の自分に目をやった。

 

彼は転生してから飢餓、これからの身の振り、間桐の刻印虫の想起、自分が魔術師に捕まった想定、などなどをろくに回らない頭で必死に考えていた。その結果彼の脳には多大なストレスがのしかかっていた。

 

故にそれは必定というものだ。

神(暫定)が授けた素養がこんなにも短期間で芽吹いてしまったのは。これには予想外と笑っているに違いない。

 

彼の瞳は陽だまりの中でも淡く紅い光を放つ。瞳孔の周囲には黒い巴が二つ浮かび上がっている。

 

間違いない。この目は――――

 

「写輪、眼」

 

 




マッケンジー宅︰Fate/Zeroにおけるウェイバーの下宿先。今作における主人公の拠点とも言うべき場所。そのうち魔境と化す予定。


転生特典その②

言語理解︰主人公が前世で見知った範囲の言語を読み書き会話できる。高校の歴史の資料集とかでちらっと見たシュメール語も対応範囲内。
間違っても統一言語(Master of Babel)偽神の書(Godot Word)の類いではない。

転生特典その③

写輪眼︰みんな知ってるうちは一族の瞳。
現代人が直面するには世知辛すぎる環境によるストレスで開眼した。万華鏡にはまだまだ遠い。
神(暫定)はそれを開眼しうる素養のようなものを与えていたがこの早さで成し得るとは予想していなかった模様。写輪眼開眼RTAなら多分最速。


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第三話︰冬木市大改造

何故か発現した写輪眼によって忌み子だったという設定に信憑性を持たせることに成功した彼は口八丁で記憶が鮮明に思い出せるまではマッケンジー宅で厄介になることになった。

若干の罪悪感はあるがそんなもののために命をかなぐり捨てるようなまねはしたくない。

文句なら神(暫定)に言って欲しい。あれが一にして全、全にして一の全ての元凶だ。

 

現在の自分の状況を見つめ直したかったので記憶の整理をしたいと偽り、グレンからまっさらなノートとボールペンを受け取った。

 

グレンが下の階へ消えた後、窓から夜空を眺めながらマインドマップを作成していく。

これは彼が前世でも度々使っていたアイデア発想法だ。主題となる言葉や考えを紙の中心に据え、そこからイメージされるものをブランチと呼称される枝のような線を自由に伸ばして次々と書いていく。

マンダラート*1やブレインストーミング*2のように明確なルールや人数を必要としないため比較的楽に様々なアイデアを生み出すことができる。

 

今回彼が真ん中に据えたのは『転生』の二文字。

そこからブランチを伸ばして書いたのは『柱間』と『冬木』だ。

 

『柱間』から更に枝を伸ばし『柱間細胞』と『木遁』、そして『写輪眼』を追加する。

3つの項目に備考欄を作成。原作での設定を加筆して首を捻る。

 

(そもそもアレが嘘をついている可能性は?)

 

ゼロではない。何せ死んだものをもう一度死地に送るような倫理観が欠如した卑劣なやつである。卑劣様とタメを張るレベルの鬼畜所業だ。

神を人の尺度で測るのは無意味なことではあるのだが少なくとも彼はそう感じた。

 

だが何の確認もせずに己は無力なりと嘆くのは時期尚早。というわけで彼は実験をしてみることにした。

 

忍術の発動にはチャクラを練るのと印を結ぶことが必須であるが、NARUTOが終盤へ向かうにつれて印の使用頻度は減少していった。

印を結ぶのが早すぎて描写が減少したのか、そも印を必要としなくなったのかは岸影様でないと分からない。

 

自分の魂が宿る身体を構成しているのが柱間細胞ならばチャクラはほぼ無尽蔵だろう。ならば後は明確なイメージを練ることでどうにか忍術を使えないだろうか。

 

彼は両手をガッチリと組んで脇を広げた。いわゆる木遁系の忍術によく使われる体勢である。

そして不用意にも口にしてしまったのだ。

柱間細胞のイメージばかりが先行し、千手柱間と呼ばれた人物が卓越した木遁使いであったことを失念していたが故に。

 

「木遁の術」

 

 

――――その日、マッケンジー宅の庭には文字通り天を衝く樹木が乱立した。

 

 

人の目のつかない深夜だったからまだよかった。

彼は自分が与えられた能力をはっきり認知すると同時に神秘の秘匿を侵してしまったのではと戦々恐々とした。これだけの規模の魔術が露呈したと知ったらあの時計塔……黙ってませんね。

 

彼は窓から庭へと飛び降りどうにかこうにか生やしたそれを深く埋めることに成功した。

一応地下のインフラ設備をぶち破らないように慎重に樹を操作したのでマッケンジー夫妻が湯船に入れなかったりすることはないだろう。

 

(多分バレた……よな)

 

強力な魔力を帯びた魔術師というものはそれだけ魔力に対して敏感だ。Fate/SNのキャスターでは無いとはいえ、冬木のセカンドオーナーである遠坂時臣が魔力の流れに気づいた可能性は高い。間桐の方も同じくだ。

 

このままでは自分の不用意のせいでマッケンジー宅に蟲の大群や火炎が押し寄せてきてしまうだろう。

 

彼はどこか意気込んだような表情で両手の人差し指と中指を交差させた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

某月某日某時︰遠坂邸

 

冬木市深山町、館の外観はいかにもな魔女屋敷であるその家の主人――遠坂時臣はこめかみを押さえていた。

 

原因は自分の邸宅の周辺や本館の壁にまでストライプ柄のカーペットのごとく広がっている何かの『根』だ。結界の報せに飛び起きてみればこれである。

 

聖杯戦争の前哨戦が始まるにしてもまだ早すぎるだろう。

そもそもこのヘルヘイムの植物のような根に時臣は攻撃の意志を毛ほども感じなかった。

この規模の魔術、その気があれば瞬く間に遠坂は必滅の一途を辿ることになる。のはずが全くと言っていいほど此方を害す様子もなく、ただ生えてきただけですと言わんばかりだった。攻性の術式が仕込まれていることも確認できなかった。

 

これから遠坂を害する危険がゼロではないため邸宅の周りのものだけでも除去を始めようとしたが、念には念をと切除前に『根』の効果を調査した結果驚くべきことが判明した。

 

『根』は冬木の竜脈の活性化や土地そのものの神秘性の向上を担っていたのだ。

時臣は切除を取りやめて家の邪魔にならない程度に剪定をすることにした。

ただでさえ冬木で二番目に高い霊地のレベルが更に引き上げられたのは良いことであり、召喚できるサーヴァントも一線を画すものが望めるだろう。

 

冬木市最高の霊地である柳洞寺は当初あまりにマナが濃いため後継者の育成に支障が出るので遠坂家は本拠地設置を断念していた。

現在遠坂邸ではその柳洞寺に匹敵するマナが周囲を漂っている。本来なら子どもたちだけでも早急に別な場所へと移動させなければならないのだが、このマナは通常とは異なる性質を孕んでいたのだ。

少なくとも通常のマナのような後継者育成を阻害するようなは効果は無い。それどころか成長を促している気さえする。

 

冬木市のセカンドオーナーとしては神秘の隠匿をしつつ、ここまでの土地改造を施した者がいるならばそれ相応の謝礼をしたいと思っている。

こちらに何の断りも無しにしでかしたことに関しては水に流してもいいとさえ思っていた。

 

しかしその後遠坂以外の土地にも『根』が生えていたことが判明した。

今回の事象を分析した時臣はこれは人為的なものではなく、はるか昔この地に埋められた礼装か何かが偶々稼働したのだろうと結論づけた。

 

冬木市そのものの魔術的、神秘的格が上がったのだ。これからは他の魔術師たちもこぞって土地を借用にしに来るだろう。更に収入が増えると思うと小さくほくそ笑んだ時臣であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

現状絞り出せるチャクラをありったけつぎ込んだ木遁・木分身の術と木遁変化を成功させた彼は分身に冬木の霊地や土地に無作為に木遁の術の発動しろと指示した。つい先程まで忍術とは無縁だったにも関わらず大した奴である。

 

マッケンジー宅に魔術師の目が向くのを回避するには同じような的を増やせば良いのでは?と彼は考えた。万が一目が向いたとしても集中的に見られることはないだろうと踏んでのことだった。

 

木分身は森の中や市街地の下水道、遠坂邸や間桐邸の蟲蔵にまで木遁を発動した。

 

なるべく地中に向かって樹を生やすというよりかは根を生やすような感覚で発動したためマッケンジー宅の二の轍を踏むことはなかった。

遠坂邸に関しては霊地の格が高いためか想定以上の結果となってしまったが。

 

間桐家は臓硯が他の地域に保有する霊地周りをしていたため蟲蔵大騒動が起こるのはもう少し先延ばしとなった。

 

下手人である分身を彼らに捕捉されたとしても適当なところで解術してあるためこちらにまで火の手が及ぶことは無いだろう。写輪眼で逐一周囲を確認しながらの作業だったので本当に万が一だろうが。

 

木分身を解術した彼はベッドに身を委ねた。

そこで突発的にあることを思い出した。自分は未だ名無しのままだということだ。

 

前世の名をそのまま使うのもいいが、せっかくなので新しい自分の名前を考えてみることにした。

心機一転というやつである。心以外は全部置換されているのだが。

 

彼は傍らに置いていたノートとペンを手に取り、ガリガリと候補を朝日が昇るまで書き続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……おや、クマが酷いぞ?」

「ちょっと色々思い出したことがありまして」

 

次の日の朝、グレンが朝食を食べているところに彼は目を擦りながら階段から降りてきた。マーサは朝からどこかへお出かけに行ったらしい。

 

「いつまでもお前さんとか君とかだと呼びにくいかなと思ってたんです。名前、思い出しました」

「おぉ!そうかそうか、そいつはよかった。じゃ、改めて聞いてもいいか?」

 

タメを作って、これが自分だ!とでもいうようにハッキリと彼は宣言した。

 

「はい。俺の名前は……千手、千手空間(せんじゅくうま)といいます」

 

 

*1
曼荼羅模様のようなマス目の中に一つずつアイデアを書き込む発想法。アイデアの整理や拡大が主な目的。

*2
集団でアイデアを出し合うことにより新たな発想を期待する技法。




冬木市︰空間の木分身のおかげで全体が一級霊地と神秘性を兼ね備えた場所になってしまった。彼はマッケンジー宅に魔術師の目が向かないように撹乱しただけなので多分悪くない(目逸らし)

木遁の術︰柱間細胞(偽)により発動できた忍術。ただ根っこを生やしたりするだけならば印は必要ない模様。
後述する空間の起源の影響によりこの樹を経由して放出されるマナやこの樹の周辺にあるマナは触れた生物の能力を活性化させたり成長を促したりする作用を持つ。これにはトッキーもニッコリ。

柱間細胞(偽)︰前々回紹介した空間の転生特典。(偽)とついているのは本来の柱間細胞とは別物のため。今回はその詳細設定について記述していく。

空間の起源は『成長』『活性』『生存』であり、それが彼の細胞を柱間細胞たらしめている。
細胞一つ一つが周囲のマナを燃料にエネルギーロスZEROどころか燃料以上の質と量のオドに変換して体内に貯蓄する。この性質上体内では常時魔力が回っている状態のため起源弾を撃たれると即座にタイガー道場行きである。

三重起源のせいでプラナリアじみた生命力を有し、致命傷でも魔力を回せば回復する。腕切断くらいならば二日もあれば饒舌な第四の壁を破る傭兵のごとく再生可能。

他者にこの細胞を移植した場合にも同様の効果を発揮するが、原作通りこの細胞への支配権が弱まると宿主の細胞と魔力を喰らい尽くして大樹へと変貌させてしまう。
少量であればその危険性を限りなく低くできる。


三重起源にでもしないと柱間細胞再現できないと踏んだ私を許せ読者ェ……。


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第四話︰英霊召喚

02-08︰後書きを大幅に追加しました。


某月某日︰季節冬

 

冬木市大改造から2ヶ月が経過した。

あれからマッケンジー宅には時臣がチラリと土地の視察に来たくらいで他の魔術師たちや間桐家は確認にすら来ていなかった。

冬木市全土に同じようなものが大量に存在しているためそちらには向かっていたようである。

 

クウマの目論見通りとなったが、彼は冬木市全体の神秘性と霊地の格が上がったとは夢にも思わなかった。

気がついたのは写輪眼で星を眺めようと空を見上げた時に翡翠色の魔力が冬木のそこかしこから立ち上っているのが見えた時である。彼はビビって腰を抜かした。特にその魔力は人体に悪影響は無いようだし、回収するのもアレなので放置しておくことにした。

 

 

空間は多大な魔力が冬木市全体で発生しているのをいいことに忍術の研究及び修行を始めていた。

マナが溢れるこの土地でいくらか魔術――忍術使ってもバレないか、と考えてのことだった。実際それは正解である。

誰かと戦うつもりはさらさらないのだが、自分の身が戦いに巻き込まれないとは考え難い。

自衛の手段を得るのとそれを上回る忍術使ってみたい欲が彼のやる気を突き動かしていた。

 

まずは原作にあった干支がモチーフの12種類の印の形を脳内から捻り出し、思い出せる範囲で印を結んでみる。

忍術が発動しなかったら印をちょっとずつ調整してまた試す。発動したらその印の順番を書き込んでまた別の印を試していく。

こうしてトライアンドエラーを何度も繰り返して使える忍術を増やしていった。

真っ先に多重影分身を使えるように頑張ったおかげで原作登場の木遁や土遁のいくつかは使えるようになり、更にオリジナルの忍法を編み出すところまでたどり着くことができた。

ちなみに修行場所はマッケンジー宅の近くに土遁で掘った穴を木遁で崩れないように補強した即席訓練場だ。

 

そんな忍術開発に勤しんでいたある日のこと、ふとクウマの右手の甲に違和感を感じた。

Fate時空で手の甲に違和感と言えば一つしかない。一つしかないのだ。

 

クウマは意を決して違和感に視線を向ける。

 

赤い二つの円の中心には瞳孔のような丸が配置され、格円には三つ巴の文様が写輪眼のようにくっついている。

輪廻写輪眼の文様と言えば分かりやすいだろうか。

 

どう見ても令呪である。

令呪の配布条件はまず御三家の血統に配布された後聖杯のことを知っているか聖杯を求めている魔術師に対して配布されるはずだ。

彼の『死にたくない』という願いを『じゃあ生き残るためにサーヴァントを授けてあげよう』という形で大聖杯が解釈して受理したことが今回の真相である。

大聖杯がやらかすとはこの柱間細胞……黙ってませんね。

聖杯君は本末転倒という言葉を早急にインプットした方がよろしいだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おぉ、クウマ。ちょっとおいで」

「何ですかグレンさん」

 

マーサさんの最近の趣味である家庭菜園に付き合った後ストーブの前で暖を取っていた時だった。マーサさんは取れた野菜を水道でジャブジャブと洗っている。

育てているのが根菜や白菜とはいえこの厳冬でそれを可能にしているのは確実に地下に根づいた木遁のせいだろう。

 

「この間詠鳥庵で服を買うついでに骨董品も見ておってのう」

 

詠鳥庵は冬木市深山町の呉服屋だ。服の他にも陶磁器や瀬戸物を中心に骨董も扱っており、その評判も上々。

クウマも何度かマッケンジー夫妻の頼みや暇を持て余した散歩ついでに店を見ていた。

 

「いつもワシらの手伝いをしてくれてるお前さんにちょっとしたプレゼントをあげようか、とばあさんと話してこれを買ってきたんじゃ」

 

そう言って渡されたのは格調高い正方形のケースだった。

グレン促されるままに開けてみると四つの玉のようなものが入っていた。

それぞれの玉には四季をモチーフにした様々なデザインが抽象的に描かれており、クウマの素人目で見ても素晴らしい技巧が施されているのが分かる。

一つを手に取って眺めてみると何か仕掛けがあるようだったがそれを起動する手立ては見つからなかった。

 

「俺なんかにいいんですか?すごく高そうなんですけど」

 

申し訳なさそうにクウマが言うとグレンはいやいやと笑って彼の頭を撫でた。

 

「いいとも。君がやって来てからはばあさんやワシも何かと精力的になっていてな。ワシらからの感謝の気持ちとして、受け取って欲しい」

「……本当にありがとうございます。俺は幸せものですね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同日午前二時、マッケンジー夫妻が寝静まったのを確認したクウマは胸をドキドキさせながら外に出た。

 

庭先にはこんこんと雪が降り積もりマーサさんからもらったブーツやコートがなければ霜焼けしてしまうような冷え込みだった。

クウマの知らないうちに木遁の根から樹が生えていたようだ。雪がくっつき樹氷のようになっているためパッと見では気が付きにくくなっていたが。

 

外に立てかけていたシャベルで雪を払い、木遁で角材を生み出して魔法陣を創っていく。

結局彼はサーヴァントを召喚することにした。そこそこ自衛手段も手に入れたことで楽観主義を加速させた彼は自分の内から湧き出る興味というものに抗うことができなかった。

だってロマンあるじゃん?とは彼の談である。

 

魔法陣は新都の不思議な喫茶店でファッション雑誌に紛れて置いてあった魔導書に描かれたものを使用している。もちろん魔導書を拝借したのではなく写輪眼を使って写本をさせてもらった。

 

魔法陣は大抵宝石やら魔力を通した水やら血液やらで作るが要は魔力と神秘が封入されているばよかろうなのだ。

 

作り終えた魔法陣に右手をかざし、左手にメモ用紙を携えた。やはりあの長い詠唱は途中で忘れそうになってしまうのだ。

 

 

「素に銀と鉄。礎に石と契約の大公」

 

「降り立つ風には壁を。四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ」

 

 

周囲に漂う翡翠色の魔力がゆっくりと陣を中心に渦巻き始める。

 

 

閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)

 

「繰り返すつどに五度。ただ、満たされる刻を破却する」

 

 

クウマの右手が妖しく輝き、そこから伸びた紅い魔力が陣の中心へと注がれていく。

 

 

 

 

 

――――告げる。

 

 

 

 

 

「汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ」

 

「誓いを此処に。我は常世総ての善と成る者、我は常世総ての悪を敷く者」

 

 

生み出される魔力の流れに乗り雪が荒れるように振り回される。クウマは陣の中から何かに視られたような気がした。

 

 

「汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ―――!」

 

 




誤認の恐れがあるため空間→クウマに変更しました。


クウマ︰本SS主人公。スーパー楽観主義者。多分エルメロイ教室のフラットと同じ部類かと思われる。

新都の不思議な喫茶店︰TYPE-MOON系列の作品にしばしば登場する喫茶店『アーネンエルベ』のこと。
店長であるジョージは骨董品収集の趣味があり、自分が集めた魔導書は店内のマガジンラックにファッション雑誌などと一緒に立てかけている。

写輪眼︰前々回後書きで出したクウマの転生特典その③。現在の目はまだ二つ巴の状態。驚異的な動体視力と魔力視を可能にする。
柱間細胞(偽)のおかげであんまり酷使も怖くない。任意でON/OFFが可能なため魔眼の中では(開眼時に精神疾患を患うことを除いて)高性能な部類。ついでに素人でも可能なほど魔眼の移植がしやすい事で有名。魔眼蒐集列車は泣いていい。

視線が重なった対象に幻術をかけることが可能。魔力放出や対魔力、あるいは精神力でレジストができる。

このFate時空にも数は少ないが写輪眼は存在し、魔眼界隈では度々行使できる力が多いことで話題に上る。しかし万華鏡に至るまでの事例は確認されていないのでランクは黄金止まりである。

万が一万華鏡写輪眼が観測されれば数十、数百倍の値がついてもおかしくはない。

皆様はどんなサーヴァントが出てくるか当てられるでしょうか?(雑伏線張りマン)(情報少なすぎて多分無理)(次で出てくる)
それはともかく感想頂けると非常に励みになります。

物語があるところまで到達したら幕間なども投下する予定です。


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第五話︰切腹

※今回はカニファンを視聴するような気分で見ることを推奨します。


「コタツは良い文明」

「変な電波受信してませんか皇女様」

「……平常運転よ。それと、あまり近付かないでください」

「そのコタツ俺のなんだけどなぁ」

 

前中後略。

経緯は省くがクウマはキャスターのサーヴァント、アナスタシアを召喚した。

彼女は召喚して挨拶するなり「必要最低限しか関わらないつもりですので」と言ってすぐさま霊体化して消えてしまった。

 

そんな彼女をおびき寄せるためにクウマはグレンさんにいただいたけど結局使わずに押し入れにしまっておいたコタツを起動し、秘蔵のハーゲン〇ッツを置いて現場で十数分待機してやっと皇女様と面会する資格を得たのだが……。

 

「お願いします皇女様!ちょっとだけでもいいんで話を聞いていただけませんか?」

「嫌。正直今同じ部屋にいるだけでもかなり妥協しているのよ?」

「そこを何とか!俺にできることならできる範囲でするから!」

「そこは何でもしますから!じゃないのかしら。でもそこまで言うなら……そうね」

 

いたずらっ子のような微笑みを浮かべてアナスタシアは呟いた。

 

「そうね。あなた、ハラキリって知ってる?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

皆様、ご機嫌麗しゅう。

この度召喚されましたサーヴァントのアナスタシア・ニコラエヴナ・ロマノヴァです。

 

此度のマスターに呼ばれた日はわたくしの故郷と同じような雪景色が広がる夜でした。

わたくしを、アナスタシアを呼び出すには良いセッティングです。雰囲気もそれなりだったと思います。

こういうのは運命の夜、と呼ぶのでしたか?

 

まぁそれは別にいいのです。問題はその後。

彼──クウマと言いましたか。パスを通してわたくしに流れてきた彼の思念はサーヴァントを呼び出す主としては似つかわしくない……いえ、絶対に相応しくないようなものでした。

 

何の理由も無く、ただ何かを召喚したいがために、わたくしを喚び出したのです!

不面目とでも言いましょうか。そのような理由で召喚されるのは少し、ほんの少しだけ許せなかったのです。

 

わたくしは他の英霊のような確固たる矜恃は持ち合わせていませんが、少なくともわたくしを必要とする人に喚ばれたかった。

わがままかもしれませんが、わたくしは真っ当な英霊ではありませんのでこれくらいは許されるべきでしょう?

 

ですので、姿を消しました。

わたくしが彼にしっかり応対する義理はありません。

そもそも聖杯に何かを願おうともしていない彼といくらコミュニケーションをとろうとしたところで無駄じゃありませんこと?

 

するとびっくりした彼は急いで窓から自分の部屋へと戻って行ってしまいました。

一瞬彼の手が樹に変貌したように見えたのは気のせいでしょう。今の時代は窓から家に帰るのですね。知りませんでした。

 

 

 

器用に靴を脱いで部屋に戻った彼はいそいそと何かしらの準備を始めました。

押し入れから机と掛け布団を取り出して何をするのかと思えば、天板を外してその間に布団を挟んで机の下からコンセント……でしたか。それをプラグに繋げました。

 

その後下階から容器に包まれた冷たい何かとスプーンを持ってきて、コタツの上に置きました。

何でしょうそれは。甘い匂いがしますね。

ノートにサラサラと何事かを書いてページを破り机に置いた後彼は部屋の隅っこに引っ込み正座しました。

 

紙を覗き見ると『アイスです。お気に召したらどうぞ』と書かれてありました。……少しは反省しているようですね。

 

彼の作戦にまんまと引っかかったようで少し気が乗りませんが……えぇ、それを分かって乗り込んでいるならわたくしの勝ちです。

わたくしは決して屈してなどいません。いいですね?

 

アイスに……コタツと言うのですね。良い文明です。

これを作った方には後で褒賞を……え、分からない?そうですか。それは残念です。

 

 

 

で、話を聞いて欲しいと?

何言ってるんですかマスター。わたくしとあなたで話すことなんて何もないでしょう?

 

できる範囲で何でも?ふぅん……。

 

「そうね。あなた、ハラキリって知ってる?」

 

わたくしのお父様──ニコライ二世はそれは結構な日本びいきのお人でした。

特にサムライやゲイシャとかの文化についてよく饒舌に語っていたのですけれど……そこで『ハラキリ』と呼ばれる責任の取り方を耳にしたのです。本人は絶対やりたくない、と言っていたのですけれどね。

確か自分の腹部を短刀で切って自殺する、でしたか。

 

「よく知ってる。……もしかしてやれと?」

「ええ。そのくらいしてもらわないと」

 

もちろんわたくしの目論見は「そ、それだけはご勘弁を皇女様!!俺、心を入れ替えますから!」と彼の口から言わせることです。

元々本気でやらせるなんて思ってません。それくらいすれば彼も心を入れ替えるでしょう。そう思っていた時期がわたくしにもありました。

 

 

「……分かった。少し待っててくれ」

 

 

────ちょっと待ってマスター?

 

え?分かった?分かったって言いましたかマスター?

 

まさか本気でやるんですか?お腹切っちゃうんですか?

いえ、やれと言ったのは確かにわたくしですけど……。

 

わたくしがあまりの衝撃に口をパクパクさせていると彼が戻ってきました。その手に鋭い小太刀を携えて。

 

 

「ちょ、ちょっと待ちなさいなマスター。本気?本気でハラキリするつもりなの?」

「するけど?」

 

 

ただ何の理由も無くわたくしを喚び出したマスターにしては覚悟が座りすぎてるように見えます。

わたくしが止めないうちにクウマはどんどんと準備を進めていってしまいました。

 

 

「ま、マスターの覚悟は痛いほど伝わったから……その、もうしなくてもいいのよ?」

「いや、する。皇女様が良くても俺が納得しない」

 

 

何この覚悟ガンギマリマスター!!?(錯乱)

わたくしがいいって言ってるのよ!何でそう粛々と自分から死を迎えようとするの!

一人心の中で騒いでるわたくしが馬鹿みたいじゃない!!

これが日本の本当の姿なの……?恥をかいたらみんなハラキリできるの……?

 

 

「じゃ、やるよ」

「あ……あぁ、あ」

 

 

わたくしの一言で、たかが歴史の影法師の戯言で、今を生きる命が破局を迎えようとしている。

 

ダメ、それはダメ。

いやわたくしが指示したのだけど……ダメよ!

 

「ヴィイ!!」

 

全力で自分の半身とも言うべき精霊の力を解放する。狙いは一点、その手に持ったドスを────

 

 

 

──ザクッ

 

 

 

ドサリと倒れた。わたくしの前で。

ハラキリを止めさせまいと一瞬だけ彼が強化の魔術を使ったように見えた。

 

「何で……そこまで」

 

もう自分がしでかしてしまったことに何と言っていいのか分からなかった。

幸い現界はまだ続いているようだがそれもすぐに持たなくなるだろう。

 

「マスター。ねぇ、返事をしなさいなマスター」

 

ゆさゆさとわたくしはクウマの身体を揺する。

ぬるい体温が冷たい自分の肌に伝わってくる。ああ、さっきまでこれは命だったのだ。

 

会ってからそんなに──いえ、ほんの数時間くらいでしょうけど。あなたがわたくしを大切にしようとしてくれたのは知っていてよ?ええ、とっても。

 

「馬鹿。馬鹿ぁ……!」

 

語彙力なんてどこかに置いてきてしまったらしい。

柄にもない涙をボタボタと彼の身体に落としながらポカポカと力の入らない腕で彼を叩いた。もちろん、何の反応もない。

 

「マスター……」

「……御用ですか皇女様」

 

聞き覚えのある声に涙を拭うのも忘れてそちらを見上げた。

そこには目の前で転がっているクウマと同じ顔がいた。

 

 

 

何…これは!?

 

 

幻術なの!?

 

 

幻術……?イヤ、幻術じゃない。

 

 

また幻術なの!?イヤ……

 

 

 

「何なの貴方────────!?」

 

「アバ──────────────ッ!!?」

 

 

 

わたくしはつい、目の前にいたクウマに向かって特大の氷壁をかましてしまいました。

わたくしは一つも悪くないと思います。

 

 




令呪をもって命ずる。自害なさい、マスター。


ネタバラシ︰部屋から出た後木分身と木遁変化の術で自害する自分とガワだけそっくりなドスを作成して覚悟完了したマスターを演じた。

深夜テンションほど恐ろしいものはない。

アナスタシア︰カドアナクラスタの皆様には本当に申し訳ない。けど後悔はしていない。それが俺の忍道だ!!
ロシアの雪の皇女様。初回登場にしてキャラ崩壊してしまった。大丈夫大丈夫、この話はカニファン時空だからね!

幻術なのか!?︰ナルトスにおいて我愛羅が二代目水影の術に対してのセリフ。様々な派生が存在する。今回はアナスタシアが代役に抜擢された。

クウマの令呪の真相︰令呪は聖杯戦争一回につき合計21画配布されるが今回は画数がいくらか増えている模様。その原因は次回!


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第六話︰覚醒

柱間細胞によって強化されたシバリング*1で復帰を果たしたマスターは追加で繰り出されるヴィイによる氷結攻撃を難なく躱し続け、木遁・黙殺縛りの術でアナスタシアを緩めに縛ることで何とか落ち着かせることができた。大したやつである。

 

「……どういう手品だったか教えてもらえるかしら?」

「仰せのままに皇女殿下」

 

クウマの身体からせり出てくる木分身にアナスタシアは驚愕の表情を垣間見せた。

分身が木遁変化の術で作成したドスで実演をする頃には彼女は皇女然とした顔に戻っていたが。

おそろしく速い切り替え、写輪眼でなきゃ見逃しちゃうね。

 

「マスターは人間をご卒業に?」

「まだれっきとした人間だぞ!?……常人の枠からは外れてるとは思うが」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ改めて自己紹介。今回貴方のマスターとなった千手クウマだ」

「サーヴァント、キャスター。アナスタシアよ。ええ、よろしくね。意地悪なマスターさん」

「人のこと言えないのでは……?」

「じゃあお互い様、ということで」

 

口元を隠して微笑するアナスタシア。

その姿は可愛らしいのだが彼女はコタツムリになっているので皇女然とした威厳はまるで見当たらなかった。

 

「さて、では第一回今後の方針を決める会を始めます。俺の方針は『無辜の人々を可能な限り聖杯戦争の被害に巻き込まない』ことだ」

 

彼は転生してからずっと考えていたことがある。

それは曖昧かつ漠然としたものだったがアナスタシアの憤りがパスを通じて届いた時、彼の心に形を持って現れた。

 

 

 

────自分はこの世界で何をしたらいいのだろうか

 

 

 

今彼が自らの死を恐れて何処かへ隠遁しても後ろ指を指されることはない。

本当の意味で彼を知る人はこの世界には一人もいない故に。

 

残り二年弱で始まる聖杯戦争は多くの無辜の人々が死の危機に晒される。

自分に何の力も無いならば、尻尾を巻いて逃げ出しても長く悔恨は続きはしないだろう。

 

しかし彼は持っている、持ってしまっている。

人並み外れた力をその身に宿してしまっている。それがたとえ彼が望まざる力だったとしても。

 

彼は一昔前に見た気がする赤い蜘蛛男の映画のセリフを思い出した。

 

 

『大いなる力には、大いなる責任が伴う』

 

 

そのフレーズにクウマは薄く笑った。

何だ、やるべき事はすぐそこにあったじゃないか。

 

「皇女様、確かに俺は貴方を喚んだ時は何も考えてなかった。漠然としたものはあったけど……まともな指針がなくて、俺自身何をしたいのかも全然分かんなくて」

 

クウマは『死にたくない』と思っている。

彼に刻まれた起源がその考えに拍車をかけているのもあるが、それでも嘘偽りない彼の気持ちだ。

 

その乾いた渇望はマッケンジー夫妻や深谷町の人々と交流を深めていく過程を経て鮮やかに『成長』した。

 

 

死にたくない(死への忌避)』は『生きたい(生への渇望)』に。

 

生きたい(生への渇望)』は『生きて欲しい(生存への祈念)』へとその形を変える。

 

 

「だからちゃんと考えた。俺はみんなに『生きて欲しい』。グレンさんにマーサさん、深谷町の人たち、もちろんアナスタシアにも」

 

「全部を救うことはできないかもしれないけど、頑張ってみようと思うんだ。掴める手が、伸ばせる腕があるのに、結局黙って見過ごしたら死んでも後悔するような気がして」

 

「アナスタシア。俺は君が聖杯に何を望むのか俺には点で分からない。だけどその途中、ちょっとだけでいいから俺に力を貸してくれないか?」

 

アナスタシアの瞳に仰天とまでいかなくとも驚きの色が差した。

瞬き一つでそれを消すとまた柔和な微笑みを浮かべ、偶然面白いものを見つけた子どものように笑い始める。実際彼女は子どもといっても差し支えない享年なので比喩でも何でもないのだが。

 

「マスター、貴方わたくしを必要とする理由を作ろうとしていたでしょう?」

「ギクッ」

 

図星だった。

確かにクウマはアナスタシアの思いを払拭したいのもあって今回の方針へ思い至った。

ただそれは決して口をついて出たものではなく、十分に考えた上で出した結論ではあるのだが。

 

「いえ、別にいいのです。マスターがちゃんと考えていただけでも。加点1」

「1かぁ……」

「もっと欲しければ精進なさいな、マスター。期待していなくはなくってよ?」

 

そう言うとのっそりとコタツムリから元のアナスタシアへと進化した彼女は胸元のヴィイをきゅっと抱きしめた。

 

「ええ、マスターの方針にわたくしも乗りましょう。たまには民を守る役割を演じるのも悪くないかもしれないわ」

 

 

▼ キャスターの  アナスタシアが  なかまになった !

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ところで……」

「どうしたのですかマスター?」

「どうして俺は締め出されてるんだ?」

 

マッケンジー宅二階のドアに二人で身を預け壁越しで作戦を練り練りする二名。

先ほどまでは同室にいたはずなのだが何故かクウマはいい笑顔のアナスタシアによって外へと追い出されている。

 

「壁越し会話でも十分意思疎通は可能ですが?」

「うーん……まぁいいか」

 

寒くなったら階を揺らす程度のシバリングで暖をとればいいやと半ば投げやりに今の状況を自分に納得させたクウマはドアの隙間からノートから破った紙を一枚差し込んだ。

 

「これは……」

「今後聖杯戦争の被害を被るかもしれない人達のリストだ。これから忙しくなるぜ、皇女様」

 

アナスタシアのほっそりとした指先がつう、とそのリストをなぞる。

 

ピタリと止まったその先には濃い文字で『遠坂 桜』と書かれていた。

 

 

*1
体温が低下した時に筋肉を動かすことによる熱の発生で体温を保とうとする生理現象。クウマは柱間細胞(偽)のおかげで人知を超越したシバリングが可能となっている。




生きて欲しい(ただし状態の是非は問わず)

やっぱり(別な意味で)ガンギマリマスターだったよ……。


「貴方分身して人海戦術もできるわよね?」
「解術フィードバックが辛い」


『成長』の起源が『生存』の起源に作用にし、『活性』の起源がそれらを後押しした結果『ちょっとのお金と明日のパンツがあればいい』人路線へと向かっていく主人公。
恐竜メダル?知らない子ですね。


『大いなる力には大いなる責任が伴う』︰スパイダーマンの登場人物であるベンおじさんの台詞。至言。

『遠坂 桜』︰現在1990年の年越し辺り。なのでまだ桜は間桐の養子ではないし、法治国家でやってはいけないことをほぼ完遂おじさんも蟲蔵実家に帰っていない。故に遠坂姓なのである。

クウマの令呪︰柳洞寺付近で発動した木遁の根がまさかまさかの大聖杯に直で接続。システムを拡張するという形で『成長』と『活性』の起源が発現してしまったため預託令呪と増えた鯖枠がクウマへと配布された。もちろん本人は気がついていない。


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第七話︰いくぞ妖怪爺。蟲の貯蔵は十分か

悪魔と相乗りする勇気……あるかな?



薄暗い夜道、アスファルトを踏みしめるかのように歩く人影が一つ。その足音はまるで死地へ赴く覚悟を固めているかのような雰囲気を漂わせる。

 

人影──間桐雁夜の心に渦巻く思いはただ一つ、あの姉妹──凛と桜をもう一度笑い合えるようにしてあげたい、それだけだ。

 

「ああ、何だってやってやるさ」

 

誰に言うでもなく、吐き捨てるように彼は呟く。

血の滲むような修練だろうが、身体を蟲に蹂躙されようが構わない。

その結果道半ばで命を落とすとしても……彼がその歩みを止めることは無いだろう。

 

「本当に何だってやるのか?」

「誰だ!?」

 

誰が自分のか細い呟きを拾われると予見できるだろうか。

振り向いた雁夜は黒い外套を羽織った何かが値踏みをするかのような視線を向けているのを目撃する。

 

街灯程度しか光源のない中で雁夜がそれをしっかり視認できているのは外套の文様と妖しく光る眼、そしてそのフレンチクルーラーのような仮面に起因する。

外套には赤い雲取文様が描かれ、その目は暗がりにも関わらず爛々と紅い光をこちらに放っている。

何よりオレンジ色のグルグル仮面は無駄に光を反射していた。

 

「じゃあトビ、とでも名乗ろうか。まあ偽名だけど」

「何が目的だ?」

 

正直雁夜にはトビと名乗る者の目的が分からなかった。

魔術師目線から見れば自分はとっくの昔に間桐家から出奔した愚か者だ。コネクションどころか人質としての利用価値すらないと自負している。

 

ならば自分の魔術回路を狙った魔術師だろうか。

古ぼけた記憶の中で妖怪爺──間桐臓硯が鶴野よりはまだお前はマシな素養を持っているわと言っていた気がする。

だがこんなところで死ぬわけにはいかない。まだ自分にはやるべき事があるのだ。

 

「目的?あぁそいつは────君を殺すことだとも」

 

 

──マズい

 

 

雁夜の直感はそう訴えた。

コンクリの下から何かが地下を抉る轟音が足を通して伝わってくる。

逃げ切れるかはともかくとして逃げなくてはならない。

 

踵を返して駆け出すも雁夜は何かが自分の脚に巻き付いたことでその行動を停止されることを余儀なくされていた。

脚には葉っぱが生い茂った根のようなものが幾重にも雁夜を地の底へと引きずらんばかりに蠢いている。

払い除けようとするもただの植物にしては考えられない強靭な力で雁夜にへばりついてくるのだった。

 

「ク、クソォッ!!俺にはまだ────」

「あいあい。お疲れさん」

 

やるべきことが。そう言おうとした口に根っこを噛まされ、雁夜は植物と共に一気に地下へと下っていったのだった。

 

その光景を半目で見下ろしながらため息を着くフレンチクルーラー。

 

「柄ではないんだけどね」

 

おひねり感覚で聖杯をバーカウンターで滑らすグランドクソ野郎のような台詞を口にして指紋仮面もアスファルトに穿たれた穴の中に飛び込んでいった。

 

誰もいなくなった夜道でコンクリートの穴は逆再生のようにギュルギュルと巻き戻る。夜道はつかの間の平穏を取り戻したのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ぐっ」

 

身体が軋むような感覚が身を刺し雁夜の目が覚めた。

動かない頭に火を灯して身体を起こす。

見回す限りここは和室のようだ。

新緑色の畳からはほのかにイグサの匂いが漂い、近くには湯のみと急須とお茶請けの三色団子が──

 

「いや違うだろ」

 

問題はそこではない。

自分はトビとかいうやつに殺害されたのではなかったか。

もしくは殺害は他の魔術師に自分を諦めさせるためのブラフで、本当は何か恐ろしい実験の材料やら触媒やらにされてしまうのではないかと雁夜は考える。

 

「だとしてもな……」

 

自分が死ぬ間際だと仮定してもこの待遇はおかしい。

希望を持たせて絶望に叩き落とすのが趣味な倒錯した魔術師なのかもしれないが……。

 

ふと、雁夜の目にお茶請けの近くに置いてある紙が目に入る。

 

『お茶を飲んで団子食べて元気になったらそこのドアから出てきてください』

 

グウ、と雁夜の腹が鳴る。

確かにここ最近の彼はあまりものを食べていなかった。

自責の念やこれからどうすべきかについて悩み尽くしていたので食欲不振になっても仕方ない。

 

毒物とか魔術的な工作とかそういうことを雁夜は一瞬だけ忘れてしまった。

敵の陣地のはずだが何故か雁夜の荒んだ心は一時の落ち着きを取り戻したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

結局彼は団子もお茶も飲んだ。

無駄に美味かったのは何故だろう。

空腹感だけではないような気がする。

 

ガチャリと意を決してドアを開けるとまた同じような部屋だった。少し広めで床の間と掛け軸があるくらいしか違いが見当たらない。

 

その部屋には立て看板のようなものが中央に設置してある。彼は怪訝な表情でそこに記された文字をよんでいく。

 

『汚れたパーカーやズボンを脱いでバスケットへ。その後戸棚にある和服にお着替ください。こちらの不手際ですのでどうかお許しを』

 

見れば確かに自分の衣服は汚れていた。

大量の植物に絡まれながら地下へと進行していったのだ。土埃などがついても当然だろう。

 

至れり尽くせりな現在の自分に違和感とどっかでこれ見たことあるようなという既視感を感じつつも雁夜は看板の文字通りにいそいそと服を脱ぎ、灰色の着流しと少し長めの薄紺色の羽織に袖を通す。

 

置いてあった姿見で自分を見てみるとなかなかどうして似合っていた。一瞬だけ臓硯の姿を幻視したのは多分気のせいである。

 

 

次の部屋もまた同じ内装だ。違うところは立て看板の内容くらいしかない。

 

『これで最後です。一歩だけ足を進めてくださいな』

 

先ほどとは違う筆跡のような気がする。

特にそれを不審に思うことなく雁夜はその足を踏み出した。

 

「おわぁっ!!?」

 

瞬間、床の畳が忍者屋敷の如くどんでん返り、雁夜はその中に足を滑らす。

暗闇の中無駄に長いヒノキの香りがする滑り台をジェットコースターの如き勢いで駆け抜ける雁夜。

最終的に終着点で特大クッションの中へときりもみ回転をしながら軟着した。

 

「きゅう……」

「この方はジェットコースターなるものは苦手だったのかしら?」

「多分誰だってこうなると思うが……イタズラにしては手が込みすぎてるんじゃないですか皇女様」

「やるからには徹底的に、よ」

「OK、マム。だからヴィイの眼を光らせるのはやめてくれないか?」

 

 

▼ かりやは こんらん している !

 

▼ かりやは めのまえが まっくらに なった !

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うちのキャスターがほんとすみません……あ、でも3部屋の内2部屋の管轄は俺です」

「あぁうん。分かった。君が苦労しているのよくは分かったから……なんて?」

 

御所か金閣寺に匹敵するレベルの畳が敷き詰められた部屋に雁夜は通された。

現在クウマが使い魔の不手際とそれを止められなかった自分について雁夜に土下座している。

雁夜はその使い魔について詳しく話を聞こうかと思ったが面倒くさそうだったのでやめた。

ちなみに件の使い魔は近くの部屋でハーゲン〇ッツを美味しそうに頬張っている。

 

 

「えっと……君が俺を拉致した犯人ってことでいいのかな?」

「ええ、相違ないです。あ、さっきはトビって言いましたけど俺は千手クウマと言います」

「千手……?ああ、うん。俺は間桐雁夜だ」

 

「……時間がない、というか身が持たないので単刀直入に言います。雁夜さん、遠坂 桜を守るために俺に力を貸して頂きたい」

「桜ちゃんを知ってるのか!!?」

 

雁夜の顔が驚愕に染まるが対するクウマは特に表情は変えずに淡々と話を続ける。

 

「ええ、知っています。雁夜さんなら今彼女がとても危険な状態にあることはご存知のはず」

「ああ、嫌ってほど分かってる。だから俺が聖杯戦争で……」

「それもあまり望みがないことは分かっているはずです」

 

雁夜は口を噤んだ。

その通りだ。今から一年ちょっとで自分が聖杯戦争への切符を手にできるかも分からない上、よしんば参加できたとしても急造品が長年研鑽を続けてきた魔術師に勝てるかと問われれば否である。たとえそこに才能があったとしても。

 

そしてあの外道に堕ちた妖怪爺が律儀に約束を守るような性格をしていないこともよく知っていた。

 

だが何もアクションを起こさなければ桜を救うことができる可能性はゼロ。彼女が間桐に蹂躙されるのを傍観できるような性根を雁夜は持ち合わせていなかった。

 

「これ、計画の要項です。とりあえず目を通してもらえればなと」

「色々と苦労を強いると思いますけど、雁夜さんをこれに組み込めたらだいぶ楽になります。この手は悪魔のように見えるかもしれませんが……相乗りしてくれませんか?」

 

雁夜はクウマの手の紙束を見つめ、そして────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

某夜、間桐邸の前に臓硯と雁夜が相対する。

 

 

「ほう、よく来た雁夜。その服を見るに……形から入ろうとでもしたか?」

「そんな気は毛ほどもないけどな。臓硯、俺が来た理由は分かるだろ」

「ああ、手に取るように分かるぞ。大方桜を解放しろ、とかそんなところじゃろう」

 

「そこまで分かってんなら話は早い」

 

雁夜は羽織を脱ぎ捨てファイティングポーズを取る。

臓硯は少し面食らったような表情からみるみるうちに愉悦ここに極まれりといった顔へと変貌した。

 

 

 

「聖杯戦争なんてやってる暇はない。今ここでお前に勝てたら、桜ちゃんを解放しろ!」

 

 

 




「マスター、ミヤ〇ワ ケンジって知ってる?」
「知ってるけど……」

雁夜おじさん︰Fate/ZEROの幸薄枠。多分次回で一番身体を張ることになる人。デスクワークによる疲れと出奔した結果巻き起こった事態への自責の念、最後に栄養不足気味が重なりクウマに確認しなければならないことを諸々忘れている模様。
例えば何でコイツが桜ちゃんのこと知ってるのとか、要項に書いてある情報とか。
クウマが立案した計画の詳細は次回!

雁夜おじさんが通された場所の看板とかその他︰元ネタは注文の多い料理店。各部屋のどうでもいい情報は以下3つとなります。

①木遁産お茶っ葉に木遁の葉っぱを練りこんだお団子。多分これのせいで精神が病みかけおじさんは美味いと感じてた。

②和装の資金は木遁の術の角材や木を売った。木遁産の木はめちゃくちゃ質がいいらしい。
クウマ容疑者は和装雁夜おじさんがどうしても見たかったなどと供述しており――

③マスター!テレビで騙してやった特賞っていう番組があるのですよね?ね?



現在の時系列について︰前話から5ヶ月ちょい過ぎて1991年の春と夏の間に突入。

雁夜おじさんが通された部屋︰冬から春にかけてはクウマは土遁と木遁で冬木市に地下大迷宮を作ってた。一応理由はある。まだそこまで広くはない。おじさんが通されたのはその一室。

大迷宮なんて作ったら流石に感づくのでは?︰今の冬木は魔力が濃すぎるためにちょっとやそっとの魔術行使は大海に真水を一滴落とすかの如く他の魔術師に気づかれることは無い。
だから大迷宮作っても誰も気が付くことはないんだ!ないったらないんだ!(強弁)

フレンチクルーラー
①︰シュー生地を揚げたドーナツ。螺旋的な形状が特徴的。

②︰犠牲になったのだ……犠牲の犠牲にな。NARUTOの登場人物であるトビ及び彼がつけているお面のこと。今回は木遁変化の術でトビに変装していた。

悪魔と相乗りする勇気……あるかな?︰仮面ライダーWの主人公の片割れであるフィリップの台詞。至言。


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第七話︰慢心爺は蠱毒の夢を見るか?

「知ってるか?草タイプは蟲タイプに弱いんだ」
「知っているかしら?蟲タイプは氷タイプに弱いそうよ」

「え、嘘?でもサーヴァントは幽霊のようなものですし、アレの攻撃に『効果はいまひとつのようだ』ってできるわよね?」


「ちょっと待て!臓硯とタイマンバトルってどういうことだ!?」

「言葉通りですけど……?」

「いや首を傾げるなよ!こっちは魔術のまの字すらかじってない一般人だぞ!どうやって戦えってんだ!?」

 

別室で作戦要項をしげしげと眺めていた雁夜はある項目が見えた際にクウマが待機していた部屋へと突撃した。

おかしい、明らかにおかしい。

何故こいつは一般人と化け物を戦わせるようなことをするのか。

 

「これが一番生存率が高いからです」

「確かに臓硯は俺を弄ぶかもしれないが……いやそれでもこれは……」

「ああ、生存率っていうのは蟲爺のですよ?もちろん雁夜さんも含めてますが」

「は?」

 

雁夜は目の前のクウマという人物が得体の知れない化け物に見え、戦慄した。

生存率?臓硯の?全く何を言っているのか分からなかった。いや、理解を拒んだという方が正しいか。

 

「大丈夫です。勝算はあります。絶対に誰も死なせません」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

雁夜は何度も練習した通り指を規定の形に動かす。

果たしてこれで放つことができるのかという疑念が生じるが、自分が纏うこれを信用する他ない。

 

雁夜は自身の背に滾り迸る『何か』が身体の中央に向かって収束していく感触を覚える。

その『何か』を口から弾のように吐き出すイメージで一気に放出した。

 

「火遁 豪火球の術!」

 

雁夜の口から吹き出る特大の火球が四散しようとする臓硯を巻き込みながら闇を紅に染め上げた。

 

周囲に火の粉をまき散らした後、炎はゆっくりと収束する。

雁夜は初めて煙草を銜えたかのようにゲホゲホと咳き込みながら術を停止させた。

 

「……でき、た」

 

ヒリヒリと痛む喉にゴクリと唾を飲みこんだ。

彼は臓硯とのタイマンバトル前の二週間、死に物狂いで『印』とその順番、繰り出される術のイメージを頭に叩き込んでいた。

雁夜の属性は火と水だったのでそれに合わせた印を咄嗟に出せるレベルにまでクウマの木分身とスパルタレッスンに取り組んだのだ。

 

魔力の適切な操作は半人前もいいところなのでその部分だけに関しては木遁変化の術でプロテクター状になった木分身が担当している。

 

「流石に肝を冷やしたぞ、雁夜。いつからそんな芸達者になっていた?」

「つい先週からだッ!」

 

雁夜もこれで倒したとは微塵も思わなかった。

何せ相手は500年モノの大妖怪だ。たかが炎での不意打ち、容易く躱してみせるだろう。

 

「カカカ!ワシも耄碌したものよ。お前がそんな才能を隠し持っていたとは夢にも思わんかった」

「間桐の魔術よりかはこっちのがマシだっただけだ。いくぞ臓硯、蟲の貯蔵は十分か!!」

「粋がることだけは一人前のようじゃな、雁夜!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、二人が激突してる間に……」

 

土遁を使い間桐邸に忍び込んだクウマは蠱毒の坩堝と化した蟲の大海の中に浮かぶ木目模様の繭を発見する。

 

「やっと救出できるぜ……と、その前に。木遁 樹液林の術」

 

間桐家の蟲蔵には過去にクウマの木分身が放った木遁の根っこが地下から天井を穿つように峭立している。

そこに向かって新しく開発することができた術の一つである木遁 樹液林の術を発動する。

これは間桐キラーとして開発しておいた術であり、木遁で放った樹から吸着性の強い樹液を発生させる術である。

 

魔力の強いものに向かっていく習性のある間桐の蟲たちはこぞって樹液に向かっていきベチャベチャと狂ったように汁をすすり始める。

地脈から汲み上げている魔力なので質も人の由来のものとは比べ物にならないだろう。蟲たちが群がっていくのも自明の理である。

 

見るも無惨で醜悪な蟲タワーを形成していく様子を見届ける義理は無いので蟲の海から解放された木目模様の繭──変形した木分身に守らせていた桜を回収してクウマは地上へと脱出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「カハッ!」

「一芸手に入れても所詮は童。それどうした、ワシに勝つんではなかったのか?」

 

臓硯が使役する大鎌のような脚の蟲からの攻撃に対し雁夜は火球を放とうとするも印が間に合わずモロに食らってしまう。

 

プロテクターがあるので深刻なまでのダメージとはいかないが、この衝撃を受け続けるのははばかられた。衝撃で骨や筋肉が軋むことは避けられないからだ。

 

「大見得を切ろうともやはりお前はお前のままだな雁夜よ。今ならまだ赦してやらんでもないぞ?」

「俺の知ってる臓硯は……そんなタマじゃない」

 

口から胃液を吐き出しながら雁夜は懸命に言葉を紡ぐ。にじり寄る臓硯に憎悪が揺らめく視線を向けるが妖怪爺が意に介すことはない。むしろそれすら楽しむように嗤っていた。

 

「カカ──本当だったんだがのう。では雁夜、おまえにはちとキツい灸を据えるとするか」

 

蟲が臓硯の周囲にとぐろを巻くかのように集結し始める。逆境であるのにも関わらず雁夜は奇しくも臓硯と似たような笑みを浮かべていた。

 

「気でも触れたか、雁夜」

「違うな、臓硯」

 

ノーモーションで雁夜の口から針のような飛沫が射出される。

 

天泣。印を結ばずに出せる水遁忍術。雁夜の奥の手だ。

しかし習熟度が低かったのか、勢いだけは良かったものの臓硯が避けるまでもない微量に魔力を含んだ水となってしまった。

これが雁夜の最後の悪足掻きだろう。臓硯の口はますます歪んでいく。

 

「虚仮威しか?では、覚悟せい」

「ああ、虚仮威しだ。どう背伸びしたって()()()()()()()()()ことは分かってた」

 

 

────ええ、だからわたくしがいるのです。

 

 

瞬間、周りに凍てつく冷気が吹き付ける。ある地点を中心に放射状に霜が広がっていく。ここが彼女の領域なのだと示すように。

今の季節は春と夏の狭間。目の前に雪がちらつくことなど日本に寒波でも来なければありえないことなのだ。

 

雁夜の後方からドレスを纏った白髪の少女がゆっくりと歩み寄り、目を合わせれば凍ってしまいそうな瞳を臓硯へと向ける。

背後にはアナスタシアを守護するようにモヤのような異形が佇んでいた。

 

「永遠に煩悶する彫像におなりなさい。と言いたいところだけど、マスターから一つオーダーを貰っているの。だから少し、ほんの少しだけ────手加減してあげるわ」

 

ヴィイの蒼白い双眸がゆっくりと見開かれる。

 

何の感情も籠らぬ怪異の瞳が醜悪な蟲群を視つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「雁夜さん無事ですか〜?」

 

クウマが地上に脱出する途中空気が一気に冷え込んだのを感じとった。これは作戦通りに上手くいったのだろいか。

 

地上へ出て間桐邸の門へ向かうとそこには蟲と氷のカーニバルな前衛芸術と化した臓硯、腰を降ろし肩で息をする雁夜、そして明後日の方向を眺めているアナスタシアがいた。こちら側は全員無事のようだ。

 

「クウマ君、桜ちゃんは!?」

「無事ですよ。でも眠っちゃってるんで……」

「そっか。あぁ、安心した」

 

クウマが背中におぶった彼女を見ると雁夜は糸が切れたように肩を落とした。そしてそのままくうくうと寝息をたて始める。

 

「あちゃあ。まぁそりゃそうか。アナスタシア、ちょっと二人を……OK。後で俺が二人とも抱えていくから」

「いえ、それには及びませんわマスター。その、桜はまだ子どもですので、早急に安全な場所に連れて行ってあげなくては」

 

彼女が何を思っているかクウマにはパスを通さなくとも分かった。

分かったがあえて地雷を踏み抜くマネをすることはなかった。たっぷり間を置いてクウマはGOサインを出す。

 

「分かった。任せるよ」

「ええ、お任せ下さいな」

 

アナスタシアは桜をゆっくりと抱え慈しむように見つめるとマッケンジー宅への道を辿って行った。

 

 

「……さてと。臓硯さん、起きてます?狸寝入りしてもいいことありませんよ?」

「────クカカカ。貴様が……キャスターのマスターか?」

「そうだ。ついでに雁夜さんに忍術の手ほどきをしたのも俺だ」

 

氷山の中で唯一半分だけ氷の中から身体を出した刻印虫がしゃがれた声で笑った。

 

「忍……?まあよい、ワシ相手に手加減とは間桐も舐められたものだな」

 

「勘違いしないでくれ、臓硯さん。アレは余裕からの手加減じゃない。俺は目の前で誰も死なせない。それ故の手加減だ。だから決して抜かりはしないよ」

 

「ははは、ははははは!なんと殊勝な男よ、死が見たくないからとこの老いぼれを生かすとは!……して、どう生かすつもりだ?既に風前の灯火となったこの臓硯を。もう四半刻もせずにおまえの目的は達成できなくなるぞ」

 

「それなら既に考えてある。やらかしたとしても今より蟲々感がアップするだけだから心配しないでくれ」

 

 




毎日書き溜めゼロからの更新も今回で止まります。そろそろお体に触りそうですから。


ここ数ヶ月のクウマの動向︰
冬木地下大迷宮を作るのと桜を守護するのに尽力していた。

予め蟲蔵に木分身を配置しておき、桜が放りこまれたところで臓硯に気が付かれないように保護。
木分身を通して桜の魔力を蟲に食わせているので臓硯が異常に気がつくことは無い。

臓硯は桜の身体の調整が終わるまでの必要最低限の栄養は蟲から分泌されるヤバそうな液体で賄うつもりだったらしい。
桜が自分にちょうどいい器になるまで臓硯の本体は臓硯を象っている蟲たちの中におり、桜の監視は蟲蔵の刻印虫に任せておくことにした。

木分身が変化した繭の中で桜は過ごしており、その中で食事的にはあれだが結構快適な生活をしていた模様。

木分身は蟲の蹂躙をその身に受けているのでそのフィードバックは全てが本体へと通じている。前話で身がもたないと話していたのはそのため。クウマの鋼の精神で発狂を防いでいた。


作戦詳細︰
クウマは皆に『生き残って欲しい』と思っているので敵味方問わず全員生存が勝利条件。

なので臓硯と戦うのがクウマだとニュータイプが如く目的に気がついた臓硯に桜を人質にされたり、最初からクライマックスになった奴さんに瞬殺されてしまう可能性があった。草タイプは蟲タイプに弱いのである。

その点雁夜おじさんは(言い方が悪いが)完全に臓硯に舐められており、ちょっとやそっとの足掻きで臓硯が息子(戸籍上)に止めを刺すことはなく、なおかつ本気を出してこない上に慢心してくれる。

雁夜おじさんが身体を張っている間にクウマは蟲蔵で桜を救出して妨害工作。とりあえずここまでいければ計画はほぼ成功といえる。

最後に臓硯を不意打ち水遁でずぶ濡れにしてアナスタシアにヴィイヴィイヴィイしてもらう、と大雑把にいえばこんな計画。


どうして臓硯おじいさん生き残ってるの?︰
ヴィイの弱点創出能力を使って臓硯本体がいる場所を指定。そこ以外の場所を凍結してもらうことで半死半生の臓硯氷像が完成する。

最初は乗り気でなかったアナスタシアだがバケツみたいな容器に入った特大ハーゲン〇ッツをプレゼントしたところ快く了承してくれた。

天泣︰二代目火影である卑劣様──千手扉間の忍術。低コストノーモーションで放てる不意打ち特化技。


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