亜種特異点ジャガーころしあむ(オルタ) (朽木青葉)
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プロローグ 虎穴に入らずんば虎子を得ず

Side■■■■

 

なんだかよく分からないけど、どうやら世界は滅んだみたい。

 

藤村大河は自分に乗り移った、虎(?)みたいな神様からそう聞かされた。

 

けど「だから体を譲り渡すニャ!」と言われても、イマイチ実感が湧かない。

 

だって、ほんの少し前まで、大河はいつも通り士郎の家でぬくぬくみかんを食べていた。

 

それが突然、不思議空間に連れてこられて「世界が滅びたニャ」と言われても、信じる方がどうかしている。普段はアレだけど、これでも一応良識あるお姉さんなのだ。

 

……けれど、あの光景を見せられては仕方がない。

 

燃える都市。消えた人々。街を跋扈する化け物たち。

 

まるで映画のワンカットのようなその光景は、これがどうしようもないリアルなのだと実感させられた。

 

そして――

 

不意に垣間見た――見てしまった――あの子の可能性だけは見過ごせない。

 

だってあの子はあんなに頑張って。あんなに傷つきながら名前も知らない誰かを救ったのに……。

 

――その報酬があれなんてあんまりだ。

 

だから――

 

「……まったく、いつまでも世話の焼ける弟なんだから」

 

さて――それじゃあ、いっちょ。士郎のついでに世界でも救ってあげますか。

 

 

Sideカルデア

 

人理修復の旅を終えてもうすぐ■年。

一向に決まらない査問の結果を待つカルデア内は、のほほんとした空気に包まれていた。

カルデアのマスター藤丸立香もその例に漏れず、暖房のよく効いた食堂の席でレムレムと微睡みながら呟く。

 

「静かだねぇ」

 

「そうですね、先輩」

 

同じく、隣の席でぬくぬくと一緒に溶けていたマシュも同意する。

日課のトレーニングに励みつつ、マシュと共に過ごす幸せな日々。時々、小さな特異点が観測されて調査へ向かうこともあるが、それ以外には特に危険もない。平和――と、言い切ってしまえば「たるんでいる」と、エミヤ先輩あたりには怒られてしまいそうだが――人理焼却事件中では考えられないほど穏やかな毎日を過ごしていた。

特に、ここ数日はどこも静かで過ごしやすい。

同じことを考えていたのか、マシュもその話題を口にする。

 

「最近サーヴァントの皆さんも出かけているので、尚更かもしれませんね」

 

「なるほどねー。……そういえば、最近は朝起きても清姫たちの顔を見ないや」

 

マシュに言われて、始めてその変化に気付く。

少し気になって顔を上げると、確かにいつもならサーヴァントたちで賑わっている食堂内も閑散としていた。普段から大混雑している食堂がこんなに静かなのは珍しい。

首をかしげていると、マシュが補足してくれた。

 

「なんでも、近々またサバフェスのような大きなイベントがあるそうですよ。みなさん遠出用の支度をして出かけてしまいました」

 

「へー、今回は一体どんなイベントなの?」

 

「すいません、私も詳しくは……」

 

申し訳なさそうにしょんぼりするマシュ。藤丸は彼女の誠実な姿に思わず微笑み、気にしなくていいよ、と声をかける。

それにしても、

 

「イベントかー」

 

カルデアのサーヴァント管理はとても緩い。特にサバフェスの折に現界用の携帯バッテリーがサーヴァントたちへ支給されてからはそれが顕著だ。必要な時には強制帰還も可能だから、という理由である長期外出も許可されている。その外出の際に記憶を失って一騒動起こしたサーヴァントもいるが……。とにかく緩い。

時計塔の人々が聞けば頭を抱えそうな事態だが、このところのカルデアではサーヴァントが何かの用事で外出すること自体は珍しいことではなくなっていた。

なので、イベントが開催されているならサーヴァントたちがいないのも納得だ。

しかし、同時に新たな疑問も浮かぶ。

 

「それにしても、ほとんどみんな出かけたなんて珍しいね」

 

サバフェスの時でさえジャンヌオルタをはじめ、何騎かのサーヴァントはカルデアに残っていたはずだ。

けれど今は……。

 

「確かに、皆さんいないのは……少し、珍しいですね……」

 

と、藤丸の言葉にマシュもキッチン内を見渡す。

先ほど確認した通り、あたりは閑散としていた。

 

「…………」

 

少し前まで平穏を見出していた静けさも、一抹の不安がよぎれば印象はガラリと変わる。

――そう。まるで神隠しにでもあったかのような不自然な静寂。

なによりも――この異常事態に今の今まで気づいていなかったこと。そのものが――――。

と、藤丸の脳裏に浮か疑惑が形にまる前に、隣のマシュが何かを見つけて声を上げた。

 

「あっ、でも残っている方もいるみたいですよ」

 

と、キッチンの厨房の方を指で示す。

藤丸も目で追うと、確かにそこにはサーヴァントと思しき人影があった。

いつもなら赤い外套の料理上手がキャットたちと並んで包丁を振るっている場所。そこには双剣の弓兵と完全に同じ顔、同じ能力を持ちながら、まったく印象の異なる男が佇んでいた。

その頼もしくもどこか儚い姿を見つけ、普段と違うカルデアに不安を覚えていたことも相まって嬉しさから声を上げる。

 

「エミヤオルタだ!」

 

マシュもエミヤオルタとの久しぶりの再会に頬を緩ませている。

 

「珍しいですね。エミヤ先輩ではなくオルタさんが食堂にいるなんて」

 

「そうだね。いつもは霊体化して顔を見せてくれないのに」

 

エミヤオルタはカルデア内でも特別な存在だ。

サーヴァントの中には自らのことを『人』ではなくあくまで『兵器』だと自認するものもいる。実際、サーヴァントとはシステムだけを見ればそういった役割の使い魔だ。

エミヤオルタはこの考えが特に顕著だった。仕事の時以外は霊体化して決して姿を見せない。マスターとのコミュニケーションも必要最低限。むしろ、自ら拒絶している節さえある。いや、事実している。性格も藤丸立香とは真逆。

――いつ裏切るともわからない、信頼できないサーヴァント。

と、最初の頃は一部のサーヴァントたちの間でも煙たがられていたほどだ。

しかし、それも昔の話。むしろ今は……。

 

「…………ん?」

 

と、エミヤオルタを眺めながらそんな懐かしい思い出に浸っていると、不意にあることに気づき、藤丸は眉をひそめた。

 

「エミヤオルタ。あんなところで何をしてるんだろう?」

 

エミヤオルタは――仕事の時以外は霊体化して決して姿を見せない。

藤丸の言葉にマシュも、はっと、息をのむ。

 

「確かに……今エミヤオルタさんはとても出歩けるような……」

 

「――――っ」

 

ようやく事の緊急性を理解した藤丸は、緩み切った自分の頭を叱咤しつつ声を上げる。

 

「呼んでみよう! おーい!」

 

「…………」

 

ほぼ叫ぶような声量で呼びかけるが、エミヤオルタがこちらに気づく様子はない。

まるで遥か昔になくしてしまったものを虚空に求めるように、ただ洗面台で項垂れている。

 

「やっぱり様子がおかしい!」

 

「先輩!」

 

「うん! 行こう、マシュ!」

 

2人はお互いに頷いて、火が付いたように慌ててエミヤオルタへと駆け寄った。

近づけば彼の異常は一目瞭然だった。ただぼうっと立っているのとは訳が違う。目は虚ろで、体は固く硬直している。まるで、体から魂がそのまま抜け落ちてしまったかのようだ。

かなり慌ただしく駆け寄ったつもりだが、そんな2人の接近にすら気づく素振りを見せない。

 

「あの……エミヤオルタさん?」

 

と、マシュが恐る恐る声をかける。

すると、ようやくエミヤオルタの目に生気らしき光が淡く灯った。

 

「…………ん? ――何か話しかけていたか、あんた? ……ああ、それとマスターか。何の用だ?」

 

まるでいつものことだと言わんばかりに、覚醒したエミヤオルタは素早く状況を確認して口を開く。彼をよく知るものでなければ、あまりに自然なその動作に異常すら感じないだろう。

だが、藤丸は知っている。今、彼は何故自分がここにいるのかどころか、数分前まで自分が何をしていたのかすら分からないはずだ。

気づけばいつも知らない場所、知らない時間に、分からない作業をしている最中の自分。それを当たり前だと、エミヤオルタは受け入れている。

そして、彼をそんな体にしたのは他でもなく…………。

藤丸はエミヤオルタの痛々しい姿に息をのみつつ、こちらも平静を装う。

 

「……様子が気になって」

 

「大丈夫ですか? 何度か声をかけていたのですが……」

 

と、マシュも心配そうに尋ねると、エミヤオルタはいつも通り自虐的な笑みを浮かべて答えた。

 

「ああ、それは悪かったな。最近は眩暈が多い。つい5分前の事さえ、遠い――。いや、そんなことはどうでもいい。他に用は?」

 

エミヤオルタの問いに藤丸は黙って首を振る。

 

「なら、オレは失礼する。出番になったら呼べ」

 

それだけ言って、エミヤオルタは霊体化し、2人の前から姿を消した。

残された藤丸は暗い顔でうつむき、マシュもそんなマスターの憂いを察したのか悲しそうな声で言う。

 

「……随分、調子が悪いみたいですね」

 

「…………うん」

 

「やっぱり、まだ治療法は見つからないんですか?」

 

「ダ・ヴィンチちゃんが頑張ってくれてるみたいなんだけど……」

 

藤丸はエミヤオルタのバイタルチェックをしながらあれやこれやと苦悩するダ・ヴィンチちゃんの姿を思い出しながら答えた。

――エミヤオルタが信用できないサーヴァントである。と、煙たがれていたのは昔の話。

むしろ、応用が効く柔軟性の高い能力と優れた戦闘技術から、何度か戦場を超える頃には1級戦力として大幅な信頼を寄せられるようになっていた。実際、多くの特異点でマスターの窮地を救った。

多くの特異点でエミヤオルタはその能力を頼られた。――頼り続けてしまった。

――その結果がこれだ。

男は自らを機械と定義した。

担い手もその性能に多大な信頼を寄せ、何度もともに戦場へ赴いた。

ならば、結末は決まっている。

使い込まれた道具は消耗し、壊れるのが定めだ。

 

――強化すればするほど。親しくなればなるほど。中身が壊れて腐っていく。

 

それが、エミヤオルタの抱えている問題だった。

事態に気づいた時にはすでに遅く、第3再臨が完了した頃には致命的なまでに腐食が進行していた。

以来、エミヤオルタはカルデアで要治療のため、強制謹慎。

今日まで何度もダ・ヴィンチちゃんがメディカルチェックを行っているが、回復の目途は……。

 

――――パシッ! 

 

と、藤丸は後ろ向きになっていた気持ちを断ち切るために、自分の頬を力いっぱい叩いて顔を上げる。

 

「やっぱり、もう1度、ちゃんとダ・ヴィンチちゃんに相談しよう」

 

そんな藤丸の姿にマシュも嬉しそうに微笑んだ。

 

「はい! ダ・ヴィンチさんならきっと工房にいらっしゃるはずです!」

 

「早速行こう!」

 

これまではどんな姿になろうとも仕事を熟すエミヤオルタに甘えていた。

きっと、彼は今の自分に満足している。

男は自らを機械と定義した。――そう務めた。

けれど――

それでも――――

今の姿を見て、最早一刻の猶予もないと気づいた藤丸はマシュとともにカルデアキッチンを後にして、急いでダ・ヴィンチちゃんのいる工房目指して廊下を歩く。

――その途中のことだ。

 

「――あれ?」

 

「どうかしましたか?」

 

「前の人影、エミヤオルタじゃない?」

 

ふと、先ほども見たその背中を前方に確認して立ち止まる。

距離にして10メートル。2人に先行する形で歩いていた。

 

「本当ですね。……え? でもさっきエミヤオルタさんは厨房に……」

 

マシュもその姿を確認して首を傾げる。

いくら霊体化とはいえ、壁抜けはできても長距離の移動は難しい――はずだ。

 

「エミヤ先輩の方ですかね?」

 

「あ、ホントだ」

 

マシュの指摘通り、よく見るとその背中は厨房で料理を振るう方の彼のものだった。

――姿だけなら。

 

「……? ……でも、エミヤ先輩にしてもどこか雰囲気が――」

 

――おかしい。そう、言いながら隣のマシュの方を向こうとした時だった。

 

――――完全に油断していた。

 

大きな事件が解決した後の安堵。

カルデア内だからという警戒心の欠如。

――ヒントはあった。

故にこの事態は2人の慢心に他ならない。

エミヤに酷似した敵は、その油断を本能的に捉え、視線の逸れた一瞬を逃さず距離を詰める。

 

「――――え?」

 

瞬く間に距離を詰める戦士の歩法。

対サーヴァント戦において、その間合いは必死であると知っていたはずなのに。

 

「――マスター!」

 

事態に気づいたマシュによる悲痛な叫びが耳元に響く。

同時に藤丸の瞳には、目の前で振り下ろされる見知った双剣と、そんな刃を防ごうと懸命に踏み込むマシュの姿が映る。

――回避行動をとることはできない。藤丸の能力では現状を理解するので精一杯。サーヴァントへの指示ならともかく、自らの体を動かすことは不可能だ。

――マシュの防御は間に合わない。今の彼女は武装ができない。武装できぬ彼女は、ただの優秀なオペレーターに過ぎない。

どんなに優れた戦士でも構造が人間ならば簡単に死ぬ。

一時の慢心で命を落とす。

それが何の能力も持たないただの一般人ならなおさらだ。

故に、その刃は藤丸立香へと無慈悲に振り下ろされて――――

 

「――――ボサッとするな! 間抜け!」

 

一陣の風と共に。

振り下ろされた刃は藤丸に届くことなく切り伏せられる。

絶望していた藤丸の目に映るのは、見知った不器用なその背中。

見間違うはずもない。

まるで挑むように。突如襲来した脅威の前に立ちふさがる頼もしい姿を前に、藤丸は歓喜の声を上げる。

 

「エミヤオルタ!」

 

その後の展開は一方的だった。

無心の執行者は、自らと瓜二つの未知な脅威にも動じない。

マスターへの凶刃を防ぎすぐ、瞬く間に返す刃で敵の喉元へ鉛球を叩きつけ、速やかに目の前の障害を排除した。

仕事を終え、銃を下して振り返る自らのサーヴァントに藤丸は改めて礼を言う。

 

「ありがとう、助かった」

 

実際、彼が助けてくれなければ、間違いなく藤丸は命を落としていただろう。

しかし、当の本人はどこ吹く風。いつも通り、自虐的な笑みを浮かべて鼻を鳴らす。

 

「礼は良い。それよりも――」

 

「はい。状況確認が先決です」

 

エミヤオルタの言葉にマシュも同意し、2人は先ほど撃ち抜かれたエミヤそっくりな敵存在へと視線を向ける。藤丸もそのあとに続いた。

エミヤオルタによって頭部を破壊されたその敵は、血を流すでも、肉片をばらまくでもなく、黒い煤のようなものを漂わせながらポロポロと体を崩していく。

サーヴァントの影のようなその姿に心当たりがあった。

 

「これは――シャドウサーヴァント?」

 

「そんな、どうしてカルデアの内部に!?」

 

藤丸に続き、マシュも驚きの声を上げる。

考えなければいけないことは山ほどあったが、思考を形にする前にけたたましいサイレンがカルデア中に鳴り響いた。

 

「緊急警報!」

 

間違いなく、先ほどのシャドウサーヴァントの件だろう。

マシュも険しい顔で頷き、答える。

 

「ええ! 管制室へ急ぎましょう先輩!」

 

穏やかだった数分前が嘘のように、慌ただしく3人はカルデアスもある中央管制室へと走る。

 

「藤丸、到着しました!」

 

「マシュ・キリエライト到着しました!」

 

「――やあ、よく来てくれた2人とも」

 

いつも通りそう言いながら管制室へ駆け込むと、ダ・ヴィンチちゃんも変わらぬ口調で2人を迎え入れる。しかし、緊急事態だからか、その表情はどこか固い。

そんな彼女へマシュは慌てた様子で尋ねた。

 

「ダ・ヴィンチさん、大変です! カルデア内にシャドウサーヴァントが!」

 

マシュの報告にダ・ヴィンチちゃんもゆっくりと頷く。

 

「こちらでも把握してるよ。今回2人に来てもらったのは勿論そのことが関係しているが――順を追って説明しよう。まずはこれを見てくれ。毎度のことながら、微小特異点の発生だ」

 

と、ダ・ヴィンチちゃんは2人の前にモニターを表示して現状の説明を開始する。

 

「何の因果か、座標はまたしても特異点Fと全く同じ2004年、日本の冬木市だ。藤丸くんには早速この特異点を調査、修復してもらいたいんだが……その準備の過程である問題が発生した」

 

「それが――」

 

「そう。君たちの出会ったシャドウサーヴァントだ」

 

ダ・ヴィンチちゃんは頷き、ある衝撃の事実を口にした。

 

「現在、カルデアにいるサーヴァントたちは皆出張らっている。――1騎残らずね」

 

「――なっ!」

 

告げられたその衝撃の内容に、藤丸とマシュは思わず言葉を失った。

ダ・ヴィンチちゃんも、やれやれ、といっそ呆れ顔で説明を続ける。

 

「今思えば、敵による攻撃はすでに始まっていたんだろう。この未曽有の事態を天才たる私でさえ認識できなかったことも含めて……ね。とにかく、現在カルデア内に戦力となるサーヴァントは残っていない。しかし、特異点へのレイシフトに護衛をつけないなんて自殺行為だ。当然の流れとして、私たちは出かけているサーヴァントを緊急帰還させようとした。しかし……」

 

「……サーヴァントたちは帰ってこなかった」

 

「そう。代わりに召喚されたのが君らも遭遇したシャドウサーヴァントだ」

 

ダ・ヴィンチちゃんの施しているサーヴァントへのマーキングは完璧のはずだ。

どこで何をしているかまでは分からなくとも、マスター藤丸との契約状況は完璧に把握されている。

その情報によれば、サーヴァントたちはいまだ健在。携帯型のバッテリーも問題なく機能している。

ただ――なぜか、強制帰還の機能だけがバグを起こしている。

サーヴァントを帰還させようとすると、そのサーヴァントによく似たシャドウサーヴァントが召喚されてしまう。

故に、

 

「サーヴァントの召喚は、現状こちらに逆効果」

 

「そう。完全に戦力の補給ラインを絶たれてしまった」

 

藤丸の状況判断に、ダ・ヴィンチちゃんも同意する。

 

「幸いにもサーヴァントたちの使用したレイシフトの履歴が残っていた。彼らは皆、揃ってこの新たに観測された特異点へと赴いている」

 

「ということはつまり……」

 

「何らかの理由でこの特異点に捕らわれている可能性が高い」

 

「…………」

 

沈黙する2人へ、それでもダ・ヴィンチちゃんが事実だけを告げる。

 

「状況をまとめよう。こちらのサーヴァントは皆、先刻確認された特異点へ向かった可能性が高い。しかし、そのサーヴァントをカルデアへ呼び戻すことはできず、強制的に帰還させようとするとサーヴァントの代わりに敵性エネミーが召喚されてしまう」

 

こちらの戦力を割き、自陣に止め、補給ラインを絶つとともにカルデアへの攻撃も仕掛ける。なるほど、この状況は間違いなく攻撃だ。

――カルデアは完全に孤立してしまった。

最早、新たな戦力の補給は望めない。

つまり、

 

「解決には、特異点へ直接乗り込んでサーヴァントを取り戻すか、元凶そのものを叩くしかない」

 

「その通りだ」

 

ダ・ヴィンチちゃんは頷き、藤丸も覚悟を決める。

――この状況を打破するためには、自分が特異点へ直接レイシフトするしかない。そう理解した。

しかし、そのことの示す事実にマシュが悲鳴を上げる。

 

「そんな……じゃあ護衛なしで特異点へ? それは危険です! せめて私が――」

 

「ダメだ」

 

間髪入れずにダ・ヴィンチちゃんがマシュを制した。藤丸も同じ気持ちだ。

今のマシュは英霊の力を失い、とても戦える状態じゃない。

念を押すようにダ・ヴィンチちゃんが続ける。

 

「無論、私が行くこともできない。少数とはいえ、まだカルデア内には先ほどのシャドウサーヴァントが何体か残ってるからね」

 

多少の防衛設備があるとはいえ、スタッフだけでエネミーの相手は荷が重いだろう。

ここはカルデアの最終防衛ライン。管制室が落ちれば、マスターの存在証明ができなくなり、1手で詰む。それだけは避けなくてはならない。

頭で分かっていて、それでもマシュは食い下がる。

 

「なら、せめて――」

 

と、マシュが言う前に、黒い影がピシャリと割って入り、

 

「――オレがいるじゃないかマスター」

 

きっぱり告げた。

皆が声のした方を振り返る。

そこには名前も失いつつある、傷だらけの英雄が立っていた。

 

「…………」

 

「…………」

 

「エミヤオルタさん……」

 

黙ってはいたが、皆分かっていた結論だった。

ダ・ヴィンチちゃんは静かにエミヤオルタを見据え、藤丸は目をそらし、マシュが悲痛な声を上げる。

そんな彼らへ、これこそが自分の役割だ、と宣言するようにエミヤオルタが続ける。

 

「出番だろう? 戦場は目の前にあるのに何故出向かない?」

 

「――――っ」

 

分かっていた。彼ならば、何の躊躇もなく言うだろう。――自分を使え、と。

分かっていたから、黙っていた。

悪あがきと知っていても、彼にはもう戦ってほしくなかった。

故に、藤丸は答えられない。

代わりに、ダ・ヴィンチちゃんがただ事実だけを確認する。

 

「いいのかい? 確かに、今の君なら戦力としては十分だろう。だけど、だからこそ問題だ」

 

エミヤオルタの霊基は強化されるにつれ、中身が壊れる。

最早、彼に一刻の猶予も残されていない。

 

「ひょっとしたら、今度こそ――」

 

と、ダ・ヴィンチちゃんが警鐘を鳴らすが、

 

「問題ない。腐ったオレにはお似合いの末路だ」

 

エミヤオルタは、それこそ望むところだ、とむしろ晴れやかな顔で言い切る。

 

「それに言ったはずだ、マスター。――俺は機械のようなものだ。遠慮なく使いつぶせ」

 

「――――っ」

 

ダ・ヴィンチちゃんの言う通り、エミヤオルタはもう限界だ。

特異点へ向かえば、間違いなく、今度こそ彼の中身はすべてなくなるだろう。

しかし、今頼れる戦力はカルデアに彼しかいないのもまた事実。

葛藤する藤丸へダ・ヴィンチちゃんは優しく、しかし厳しく、突き放す。

 

「……あえて、私からは何も言わない。辛い選択を迫るようだが最終判断は君に任せよう」

 

どれほど悩んだだろう。

藤丸には酷く長く感じられたが、実際の時間にすれば一瞬だったかもしれない。

分かり切っていたことだ。

この結末は変えられない。

けれど、

だからこそ、

藤丸は自分の意志で選択して、自らのサーヴァントへ告げる。

 

「……一緒に行こう」

 

「…………っ」

 

同時にマシュが顔を歪める。

彼女の旅は、エミヤオルタのような者を救い続けるものだった。

故に、この藤丸の決断はマシュにとっては耐えられないのだろう。

 

「…………ごめん」

 

マシュにか。エミヤオルタにか。藤丸の口からは無意識に謝罪の言葉が零れる。

ダ・ヴィンチちゃんはその様子を静かに見守り、頷いた。

 

「……結論は出た。すぐにレイシフトの準備をしよう。――なに、そんな悲観することはないさ。負担が少なければ、あと数回の戦闘くらいなら大丈夫だろうし、もしかしたらこの特異点に彼を治す手がかりだってあるかもしれない。そうだろう?」

 

にやり、と最後に笑って見せるダ・ヴィンチちゃん。

藤丸とマシュは、はっ、と揃って顔を上げる。

 

「はい。――はい! その通りです!」

 

ああ、本当にそうなってくれたらどんなに良いだろう。

そして、その希望を最後まで失わなかったからこそ――。

元気を取り戻した2人を見て、ダ・ヴィンチちゃんも嬉しそうに微笑みつつ、最終確認を始めた。

 

「改めて――カルデア司令官代理として命じる。これよりマスター・藤丸は観測された冬木の特異点へと赴き、これを調査。および解決に全力を尽くしてもらう」

 

「了解しました!」

 

「いい返事だ。いいかい? 久しぶりにかなりの緊急事態だ。安全は保障できなきけど、気を引き締めていくんだよ」

 

元気よく頷く藤丸。

続けて、ダ・ヴィンチちゃんは珍しくエミヤオルタの方へも向き直る。

 

「エミヤオルタも。体に異常を感じたら、どんな状況でもすぐにカルデアへ帰還するんだ。この判断はマスター藤丸に一任する。我々の指示に従ってほしい」

 

「……了解した」

 

ダ・ヴィンチちゃんの指示に、不器用に、それでもしっかりとエミヤオルタも頷いた。

最後の準備を進める2人。

結果がどうあれ。――中身がどうあれ。おそらく、これが『この』エミヤオルタとの最後のレイシフトになるだろう。

 

「先輩、どうかお気を付けて……」

 

「うん、行ってくる」

 

心配そうなマシュの見送りを受けつつ、藤丸はコフィンへと入る。

――ああ、そうだ。最後に、これだけは約束しておかないと。

別れ際、藤丸はマシュの方を振り返って言った。

できるだけ。希望溢れる、とびっきりの笑顔で。

 

「――エミヤオルタやみんなを連れて、必ず戻ってくるから!」

 

「――っ! はい! 頑張ってください! 先輩!」

 

同時に、アナウンスが開始される。

 

――アンサモンプログラム スタート

――霊子変換を開始 します

――レイシフトまであと……。

 

カルデアを襲った未曽有の危機。

アナウンスを聞きながら、藤丸立香は改めて気を引き締める。

人理修復の時と比べても遜色ない危険度だ。

レイシフトでは飛んだ直後こそが最も肝心。

実際に足を運んでみないと、特異点の中がどうなっているのかはわからない。

1度は慢心で命を落としかけた。

故に、もう2度と同じ過ちは繰り返さないと胸に誓い、

 

――全行程 完了。

 

向かうは敵陣ど真ん中。

必ずみんなを救うを覚悟を決めて――藤丸立香は特異点へ飛んだ。

 

そして――――

 

 

 

――――レイシフト先はあたまのわるい結界に包まれていた。

 

 

 

『え~、毎度おなじみ、聖杯戦争~。聖杯戦争でございます~。

ご不要になった夢希望、もう諦めた野望などがございましたら、 お気軽にコロシアムにおいでください~』

 

藤丸がレイシフトしてすぐ、真っ先に耳にしたのはその正気を疑うアナウンス。

響き渡る謎の声。

謎の熱気に包まれた街。

そして、何故かバカ売れするジャガーグッズ。――にも関わらず、街は虎。

最も目に付くものはすべて虎柄。

建物の壁も虎。塀も虎。虎。虎。虎。

極めつけにはそこかしこに貼られているどこか見覚えのある肉球スタンプ……。

……ここまで揃えば誰でも分かる。

気を引き締めて臨んだ藤丸はあまりにも……あまりにも、あまりな黒幕の出オチにげっそりとし、叫んだ。

 

 

「ジャガーマンの――仕業だーーーーーー!!!」

 




……はい! ここでOP映像!
そして、タイトルコールどーん!

――亜種特異点ジャガーころしあむ(オルタ)――  ※出演キャラ風イケボ

ここに開幕です!

おそらくはじめまして! お久しぶりの方は本当にお久しぶりです……。朽木青葉と申します。

というわけで、今回はFGOのコラボイベント風短編です。
全体の文量は大体全7話。ちょっと長いFGOのイベントくらいのボリュームで、のほほんと週1を目指して更新していく予定……予定です!
バビロニアと同時くらいに最終回を迎えられたらうれしいね!

こんな感じですが、もしよろしければお付き合いいただけると幸いです。
改めまして、どうぞよろしくお願いいたします。


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第1話 虎も歩けば棒に当たる

Sideカルデア

 

謎の攻撃を受けたカルデア。

姿を消すサーヴァント。

戦力はエミヤオルタただ1人。

敵戦力。敵目的。ともに不明。

突如、未知の脅威に晒されたカルデアは、考えうる限り最悪の状況に立たされていた。

しかし、そんな状況でも人類最後のマスターは挫けない。

捕らわれたと推測されるサーヴァントたちを取り戻すべく、満身創痍のエミヤオルタと共にレイシフトを実行。

藤丸立花は敵地へと足を踏み入れた。

そして――――

 

直後、人類最後のマスターはその惨事を目撃し、あまりのやるせなさに咆哮する。

 

「ジャガーマンの――仕業だーーーーーー!!!」

 

誰が予想しよう。

壊滅的な打撃を与えた敵の本拠地と思しき特異点は――完璧なまでのギャグ空間だった!

藤丸は膝から崩れ落ちて拳で大地を叩く。

 

「返せ! こっちの覚悟とか緊張とかそういう純真を返せ!」

 

この現状には流石のエミヤオルタも思うところがあるのだろう。いつもはポーカーフェイスの彼も、目を見開いて唖然としている。

そんな2人の元に、ほどなくしてカルデアから通信が入った。

 

『――パイ――ンパイ――先輩! 聞こえますか!?』

 

「……マシュ」

 

切羽詰まった様子のマシュの声が、この現状ではすでに痛々しい。藤丸はやるせない気持ちでそう返す。

続いて、通信機越しにダ・ヴィンチちゃんの声が響いた。

 

『あーあーあー。うん、感度良好。どうやら通信は問題ないみたいだ』

 

サーヴァントが一斉に退去し、強制帰還さえ逆用される悲惨な状況だった。敵により通信妨害をされることも考慮していたんだろう。

しかし、

 

「――と言っても……」

 

『…………うん。言いたいことは分かる。どう見ても、今回の事件はチェイテやユニバース案件だ』

 

カルデアの方でもこちらの様子を視認できたのか、ダ・ヴィンチちゃんまで肩の力を抜いて、そうやるせない声を上げる。

状況は明白だ。これはジャガーマンによる何かしらの悪ふざけ(トラブル)。これまでの経験から推測するに恐らく危険度は低いだろう。良くて、ただの悪戯。悪くても、藤丸が精神的な傷を負う程度。カルデア壊滅の危機とは思えない。

故に、皆が脱力し、『あーあ、またそんな感じのイベントかぁ……』とため息をついていた時のこと。

――ただ1人、エミヤオルタが異議を唱えるように呆れた様子で首を振った。

 

「……やれやれ。どいつもこいつも雁首揃えて……」

 

「エミヤオルタ?」

 

この場でさえ緊張感を拭わないエミヤオルタに、藤丸は首を傾げながら呟く。

すると、エミヤオルタが諭すように嫌味たらしく言った。

 

「忘れたのか? それともあんたらはオレより記憶力がないのか? 特異点がどんな状況かなんて関係ない。事実として、オレたちは今――攻撃を受けているんだぞ」

 

「――っ!」

 

そうだ。忘れるはずもない。

藤丸はたった数分前に殺されかけたばかりだ。

その言葉に藤丸をはじめ、通信機越しのマシュたちも息を呑む。

 

「ここがどんな場所で相手がどんなバカでも、こちらの被害状況は何も変わらん。そもそも、この頭の痛くなる状況こそ、こちらを油断させる敵の罠かもしれん。忘れるな。今回の首謀者はこちらのサーヴァントを拘束し、あまつさえシャドウサーヴァントを送り付けてきた明確な『敵』だ」

 

「…………っ」

 

今度こそ、油断しないと決めたはずだった。

にも関わらず、この体たらく。

マスターの無様を非難するようにエミヤオルタは続ける。

 

「その上、容疑者第1号は腐っても神霊サーヴァント。まずは拘束されたこちらのサーヴァントたちを見つけ、戦力を補給するのがセオリーだろう」

 

今、1番の問題は戦力不足だ。

故に、まともな相手ならばまず間違いなく、徹底的にこちらの戦力を削ぐ。人質の開放がこちらの唯一の勝ち筋だというのなら、敵は全力でそれを阻止するだろう。

そう――。

 

「……まあ、と言っても相手だって馬鹿じゃない。そうそう大切な人質を見つけられるとは――」

 

「おう、マスターじゃねえか。こんなところで何してんだ?」

 

「あっ、クー・フーリンだ」

 

――――まともな相手ならば。

ごく普通に。ごくごく普通に。

日曜日にぶらっと街を散策するような気軽さで、いつもの青タイツを身に纏い赤い槍を携えたクー・フーリンが彼らの前に姿を現した。とても危機的状況に陥っているとは思えない。

クー・フーリンは、よっ、と片手をあげてこちらへ話しかけ、藤丸もしれっといつも通り応じる。そして、通信機越しにはマシュが嬉しそうな声を上げた。

 

『クー・フーリンさん! よかった無事だったんですね!』

 

「おお? 無事も何もピンピンしてるぜ」

 

『ちょっと待った藤丸くん。念のためバイタルチェック――良好だ。特に異常な点は見当たらない』

 

『はい。不審な点は見当たりません。そちらの方は正真正銘カルデアのクー・フーリンさんです』

 

ダ・ヴィンチちゃんに続き、マシュからもお墨付きをもらう。

皆が再開を喜ぶ中、

 

「……………………」

 

エミヤオルタだけが気まずそうにしかめっ面をしていた。

そんな彼へ、藤丸はニヤニヤしながら囁く。

 

「『やれやれ。どいつもこいつも雁首揃えて』」

 

「…………!」

 

いたずら心から藤丸がそう声をかけると、エミヤオルタは無言のまま、さっと目を逸らした。

いつも冷静に見えるエミヤオルタだが、流石にこの状況は恥ずかしいらしい。

藤丸はエミヤオルタのレア顔が見れた眼福にほくほくと、頬を緩ませる。……今だけはありがとうジャガーマン。

そんな2人の戯れを眺めながら、クー・フーリンが首を傾げた。

 

「しかし、マスターまでこっちに来るとはな……。なんかあったか?」

 

「実は――」

 

と、藤丸はこれまでの経緯を改めてクー・フーリンに説明する。

この特異点のこと。

カルデアの現状。

それらの問題を解決するために自分たちがレイシフトしたこと。

マスターの説明を受け、クー・フーリンはしたり顔で顎を撫でた。

 

「ははん……なるほどねえ。そういう状況か……」

 

納得した様子のクー・フーリンに今度はマシュと藤丸が尋ねる。

 

『クー・フーリンさんは何故この特異点へ?』

 

「ジャガーマンに無理やり連れてこられ……って様子ではないみたいだけど?」

 

「あー……まあ、ちょっとこっちも訳ありでな……」

 

「……?」

 

しかし、この問いに対してクー・フーリンはエミヤオルタの方をチラリと見た後、頬を掻きながらはぐらかした。いつも竹を割ったようにまっすぐな彼には珍しい返答に藤丸は首を傾げる。

続いて、クー・フーリンは俯きながら心底嫌そうな顔で小さく呟いた。

 

「――――峰の野郎……」

 

が、その言葉は誰の耳にも届かない。

 

「今、何か――」

 

と、藤丸が尋ねようとするものの、それよりも早く顔を上げたクー・フーリンはいつもの明るい口調に戻って仕切りなおす。

 

「まあ、こっちの事情はいいじゃねえか! それよりとっとと済ませようぜ」

 

この言葉の意味を『早くこの事件を解決しよう』と汲み取ったダ・ヴィンチは通信機越しに頷く。

 

『確かに、今はこの特異点の修復が先決だ。先ほどのエミヤオルタの意見も一理ある。どんな危険があるかわからない以上。早いに越したことはないだろう。悪いが、協力してくれ』

 

ダ・ヴィンチちゃんに続き、マシュも嬉しそうな声を上げる。

 

『はい! クー・フーリンさんの力を借りられれば百人力です! すぐにでもこの特異点を――』

 

――が、

 

「ん? いや? オレはお前らに協力なんざしないぞ?」

 

と、クー・フーリンはその申し出を断った。

まるで、それが当たり前であるかのように。

 

「え…………」

 

困惑する藤丸たち。

しかし、彼らの様子に気づかないのか、クー・フーリンはそのままの調子で当然のように槍を持ち直す。

そして、

 

「悪いがこっちにも事情があってね。お互いに名乗って、事情も理解した。ならやることは1つだろ? ――そろそろ死合おうぜ、マスター」

 

それは、どこまでもシンプルな。

暴力的なまでの宣戦布告だった。

 

「ルールはどうする? やっぱケルト式がいいか?」

 

ジリ……。と、手慣れた様子で槍を背中に構えながら、クー・フーリンはこちらへ歩み寄る。

突然の対戦ムードに藤丸は頭が追いつかない。

藤丸は悲鳴のような叫びをあげ、マシュも必死で訴える。

 

「ちょっと待ってちょっと待って! どうしてクー・フーリンと戦わなきゃならないんだ!」

 

『そうです! どうして私たちが――』

 

だが、クー・フーリンは止まらない。

 

「何故って――」

 

マシュたちの問いに彼は不思議そうに首を傾げ、その決定的な単語を口にした。

 

「当然だろう――聖杯戦争なんだから」

 

「――聖杯」

 

『戦争……』

 

何度となく聞いたその言葉が今、宣戦布告と共に槍兵の口から洩れる。

この場は聖杯戦争。

ならば、サーヴァント同士が出会えば、やることはただ1つ。

 

「待った!」

 

信頼から、なお藤丸はクー・フーリンに対話を要求する。

しかし、

 

「待ったなし。他にないならこのまま始めるぜ」

 

彼は戦士。

戦場においていかなる場合でも私情は挟まない。

例え、自らの主が相手であっても、この誇り高き番犬は決して手を抜かない。

 

「ちょっ――」

 

藤丸は慌てて礼装を構える。――が、もう遅い。

ゆっくりと、しかし着実に歩み寄って来たクー・フーリンは、マスターの目の前で立ち止まり、高々と朱色の槍を掲げた。

 

「じゃあな、マスター。オレもこれでようやく7人目。まあ、今回は運がなかったと思って次回頑張ってくれ。んじゃ――その心臓、貰い受ける」

 

狙うは心臓。

ただ上げて、振り下ろす。

それだけの動作だが、相手はサーヴァント。

ならばその槍は藤丸にとって必中であることに変わりはない。

その後の結末は決まっている。

紅い棘は吸い込まれるように藤丸の心臓へ向けて振り下ろされ――

 

「ふん……だから油断するなと言っただろう? マスター」

 

「エミヤオルタ!」

 

マスターをかばうように、藤丸と槍兵の間に割って入った漆黒の弓兵によって防がれた。

 

「…………」

 

「…………」

 

結末は決まっていた。

これが聖杯戦争だというのなら、サーヴァントがマスターを襲うのは道理であり、サーヴァントがマスターを守るのもまた必定だ。

激突した因縁の2人は静かに睨み合い、その間に藤丸は両者の邪魔にならないよう後退する。

至近距離で朱色の槍とモノクロの双銃が鍔ぜり合う緊迫の最中。

それでもエミヤオルタは頬を吊り上げ、詰まらなそうに皮肉った。

 

「敵に情けをかけるとは余裕だな、クランの猛犬。オレ如き、隙を突く必要すらないか?」

 

「あん? 意地汚いお前と一緒にするな弓兵。黒くてもその減らず口は相変わらずだな。お前との戦闘にマスター巻き込む訳ねえだろ」

 

「ふん。その割にさっきは随分な態度だったが」

 

「それはそれ。勝負に私情を挟むほど鈍っちゃ――」

 

同時。2人はマスターが安全圏まで離脱したのを確認した。

瞬間、

 

「――――いねえよ!」

 

「――――っ!」

 

閃光と共に両者が弾けた。

クー・フーリンは自身の槍の間合いへ。エミヤオルタはその1歩後ろへそれぞれ後退。

 

「はっ――!」

 

息つく暇も与えず、ランサーの朱槍が猛威を振るう。

最速の槍兵の攻撃は、エミヤオルタを以てしても捉えることができない。

認識できないのであれば、それは防げないのと変わりない。

故に、本来はこれで終わり。

両者には明確なスペック差と、覆せぬ相性差がある。

対クー・フーリンにおいて、エミヤオルタは不利と言わざるを得ない。

あっけなく、最速の槍は無防備なエミヤオルタの胸を捉え――

 

「ふっ――――!」

 

しかし、確実に心臓を貫くはずだった不可避の一撃は、如何な奇跡か双銃によって弾かれる。

 

「――――しっ!」

 

続けて2撃。

構えの甘い脇と、防御の薄い左頭上へ。

クー・フーリンの槍は正確無慈悲にエミヤオルタの隙を突く。

どちらも必殺の威力を誇る渾身の2連撃。

相手の隙をついた会心の攻撃だ。

が……。

 

「――――――っ!」

 

まるで初めからそこに槍が来ることを予期していたかのように、再び据え置かれた銃型の夫婦刀が必殺であるはずの刺突を阻む。

更に続けて、3撃。4撃。

しかし、結果は変わらない。

――それは奇妙な攻防だった。

圧倒的に優勢なのはクーフーリンだ。

エミヤオルタの防御が僅かでも遅れれば即致命傷。その瞬間勝負は決定するだろう。

なのに、その時は一向に訪れない。

エミヤオルタは紙一重でクーフーリンの攻撃を避け続ける。

故に無傷。

これこそ弓兵の心眼。鍛錬のみにより至る、剣撃の極地。

皮肉にも、どれほど記憶を失っても。どれほど体が崩れても。男の体に刻み込まれた戦闘技術は色あせない。

本来、防げぬはずの1撃が防がれ続ける。

そのあり得ない――いつも通りの――事態にクー・フーリンは嫌そうに眉を顰める。

このままでは埒が明かないと判断したのだろう。

 

「ふっ――――!」

 

先に切り札を切ったのはクーフーリンだった。

クー・フーリンの構えが普段より一層低くなる。

同時に、朱色の槍を中心に暴力的な量の魔力が渦となって逆巻荒れる。

クー・フーリンが宝具を使用しようとしているのは一目瞭然だ。

そして、エミヤオルタはその構えを知っている。

――それは一撃必殺の1撃。クランの猛犬の誇る正真正銘の切り札『刺し穿つ死棘の槍(ゲイ・ボルク)』

放たれれば最後。必ず心臓を貫く不可避の死棘。

エミヤオルタにこの宝具を防ぐすべはない。

しかし……。

 

「――――」

 

防げないのなら、安全圏に避ければいい。

強力な宝具であるが故に、その対処法はカルデアにおいて周知されている。

当然、エミヤオルタが対策を怠るはずがない。

クー・フーリンの行動をまるで初めから予知していたかのように、構えたと同時にエミヤオルタはバックステップで距離を取る。

離れられては必殺の1撃も届かない。

瞬時に安全圏まで逃れた弓兵は難なく危機を脱した――と、思われた。

 

「――――かかったな」

 

――ここまでが全て槍兵のフェイク。

エミヤオルタがバックステップを取ると同時、天性の勝負勘を持つケルトの戦士はニヤリと笑って自らも大きく後方へ跳躍した。そして、腕を上げて、新たに槍を上段に構える。

 

「――――っ!」

 

その構えを目にし、これまで戦闘経験よる先読みから、常にクー・フーリンの後の先を取り続けていたエミヤオルタが初めてこの戦闘において息を呑む。

槍を大きく振りかぶり、投擲する構えのそれもやはり必中。

放たれれば無数の鏃をまき散らし、必ず相手の心臓に命中する破滅の槍。

その名も『突き穿つ死翔の槍(ゲイ・ボルク)』

 

「ちっ――――!」

 

己の失策に気づき、エミヤオルタは苦々しく毒づいた。

回避は不能。直前、バックステップを行っているエミヤオルタの体は僅かに硬直している。その隙をクランの猛犬が見逃すはずもない。

追撃は不可能。弓兵の腕には銃弾があれど、矢避けの加護を持つ槍兵に飛び道具は効かない。

今、エミヤオルタにはその宝具を止める術はない。

そう――

 

「――――今だ、マスター!」

 

――1対1ならば。

両者には明確なスペック差と、覆せぬ相性差がある。

対クー・フーリンにおいて、エミヤオルタは不利と言わざるを得ない。

だが。今、この瞬間。両者の間に勝負を分ける決定的な差異があるとすれば――。

 

「エミヤオルタ――――!」

 

サーヴァントの声に答え、令呪が光る。

 

「――――クー・フーリンを討て!」

 

同時、3度きりの絶対命令権は膨大な魔力を編んで奇跡を紡ぐ。

今回、藤丸がエミヤオルタにかけたのは瞬間強化。

マスターの叫びは不可能を可能にし、必中の槍がクー・フーリンの手から放たれるよりも速く、空へ――。

槍兵は空中。ならば、回避不能なのは彼も同じだ。

令呪の力で跳躍したエミヤオルタの刃はクー・フーリンの霊核を的確に捉え――。

 

「グッ…………」

 

自身が矢となり、体当たりするような形で深々とクー・フーリンの心臓を貫いた。

 

「人生終了。ご苦労さま」

 

「…………」

 

捨て台詞を吐くエミヤオルタと、槍を掲げたまま動かないクー・フーリン。

そして、跳躍していた両者は引力に従って地上へ。

弓兵は華麗に着地し、槍兵は地に伏せる。

干将莫邪の刃は正確にクー・フーリンの霊核を破壊した。

故に、クランの猛犬は成す術もなく、そのまま消滅――

 

「――――ん?」

 

「――――え?」

 

――しなかった。

 

「チッ……抜かったぜ」

 

代わりに、ズ……と、体が一瞬ノイズのようにブレ、僅かに黒い靄を立ち上げる。――が、それもすぐなくなり、何事もなかったかのようにクー・フーリンはその場から立ち上がり、悔しそうに舌打ちした。

 

「わかっちゃいたが、赤いアイツと結果は同じか。あーやだやだ。クソ……また1から出直しかよ……間に合うか、オレ?」

 

と、文句を言いながらもクー・フーリンはまるで何事もなかったかのように2人へ歩み寄る。

 

「え……? え?」

 

「…………」

 

与太話では百戦錬磨の藤丸も流石に理解が及ばないのか目を白黒させる。流石に霊核を砕かれたサーヴァントが何事もなく復活したなんて話――いや、結構聞いたことある気がするが――なかなかない。

エミヤオルタはそんなマスターを守るように無言のままクー・フーリンを警戒する。

が、当のクー・フーリンは、もう戦闘は終わったと言わんばかりの気さくさでエミヤオルタを指さして言った。

 

「ていうか、そっちはマスター付きとかおかしいだろ。今回はマスターなしってルールじゃなかったのか?」

 

「マスター?」

 

「なし、だと?」

 

クー・フーリンの言葉を聞き、藤丸もエミヤオルタも揃って首を傾げる。

すると、何かを察したのか、槍兵はバツが悪そうに眉を潜めた。

 

「ん? なんだ、マスターたち知らなかったのか? そりゃあ、いきなり襲って悪いことしたな」

 

「本当だ。まったく、堪え性のない奴はこれだから困る。飯時前の犬か、あんたは」

 

「犬って言うな!」

 

エミヤオルタの嫌味に、クー・フーリンはいつも通り叫ぶ。

その様子を見て、ようやく危険度はないと見たか、エミヤオルタは構えを解き、藤丸もほっと胸を撫で下した。

 

「詫びのついでだ。この聖杯戦争について知りたきゃ教会へ行きな。オレがしゃべってもいいが……まあ、そういうこまけぇことは詳しい奴に聞いた方がいいだろう」

 

そんな彼らへ、クー・フーリンは情報だけ話すと背を向ける。

 

「じゃあ、オレはもう行くぜ。……実は今必死なんだ。ホットドックがかかってるからな! つーわけであばよ、マスター!」

 

「う、うん! ありがとう!」

 

お礼を言うマスターを背に、最速の英霊はそれこそ風のように去っていく。

特異点へレイシフトしてすぐ、嵐のような出来事だった。

残された藤丸たちは状況についていけず、ただただポカンと口を開け……。

最後に藤丸が首を傾げて呟いた。

 

「……ホットドック?」

 

 

Side???

 

同時刻。ここではないどこか。

 

――これは在りし日の、ある男の記憶。

 

彼女はいつも騒動の中心だった。

騒動の内容は様々だったが、きっかけは決まって彼女の気まぐれで。

いつの間にか多くの人を巻き込んでの大騒ぎになっている。

けれど、騒動の結末は不思議といつも温かく、彼女の振る舞いに多くの人が救われた。

だから――

 

『いい加減にしてくれ』

 

と、呆れながら――笑いながら――■■に■■■は注意する。

この時も控えめに言って世界の法則が乱れる宇宙の危機だったが、大事件を止めたはずの彼の表情は明るい。

彼だけではない。この時の騒動に巻き込まれた人々は皆、迷惑そうにしながらも嬉しそうで、誰も彼もが笑っていた。

 

『えー。何が起こったって■■が後始末してくれるならいいじゃない』

 

だから、対する■■■もどこ吹く風。満面の笑みを浮かべる。

その表情から伺えるのは絶対の信頼。どんなに自分が暴走しても、彼ならば止めてくれるという安心。

 

『何しろ■■は正義の――』

 

――ザザ……ザザザ…………―――――

 

「そうだ。■■は正義の味方だ」

 

誰かが呟く。

どこだかもわからない暗がりで、誰だかもわからない男は呟く。

だから……。

だから、あの時も■■は…………。

 

「ダメだ……」

 

その先の思考を男は拒絶した。

 

ダメだ。

ダメだダメだダメだ

ダメだダメだダメだダメだダメだダメだダメだダメだダメだダメだダメだダメだダメだダメだダメだダメだダメだダメだダメだダメだダメだ

 

「それだけは…………ダメだ」

 

故に、男はかつて否定した人類悪に希う。

どうか。

どうか、■■を――――。

 

「…………」

 

そして、男の願いは受け入れられた。

後は成就するのを待つばかり。

が――――。

 

「………………」

 

外の異変を察知して、伽藍洞の男の瞳にわずかな生気が戻る。

 

「…………来るか、カルデア」

 

最早、正常な思考力すら残らぬブツ切りな自意識の中、それでも覚悟を持ったまなざしで、男は確かに呟いた。

 

「なら――――聖杯戦争を続けよう」




ギャグっぽくてギャグじゃない、ちょっとギャグな短編。くらいを目指してます。
同じように、シリアスっぽくてシリアスじゃない、少しシリアス。むしろシリアル。そんな塩梅です。


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第2話 虎の魂百まで

Sideカルデア

 

特異点へレイシフトした直後、偶然遭遇したクー・フーリンとなんやかんや戦闘になり、なんやかんやで勝利を収めたカルデアの一行。

彼らは今、クー・フーリンの助言に基づき、この特異点で繰り広げられる謎の聖杯戦争について知っている人物のいるという教会へと向かっていた。

 

「とりあえず、状況を整理しよう」

 

その道中、エミヤオルタが藤丸たちにこう切り出した。オルタ化しても説明好きなのは変わらないらしい。

藤丸は歩きながら、教会への道を先行するエミヤオルタへ耳を傾ける。

 

「今、重要な疑問は大きく分けて3つ。カルデアを襲った犯人は誰か? カルデアのサーヴァントたちはどこへ消えたのか? この特異点で起きているらしい聖杯戦争とはなにか? だ」

 

『わからないことだらけですね……』

 

と、カルデアでオペレーターを務めているマシュが通信機越しに合いの手を入れ、それにエミヤオルタも頷いた。

 

「ああ。だが、この特異点を修復するためには最低限この3つの解明は必須だろう。まず急務なのが消えたサーヴァントたちの行方についてだ。先ほど遭遇したクー・フーリンはカルデアのサーヴァントということで間違いないのか?」

 

『間違いないよ。霊基パターンも完全に一致している』

 

エミヤオルタのこの問いには、マシュと同じくカルデアに待機しているダ・ヴィンチちゃんが即答する。

続けて、エミヤオルタが尋ねた。

 

「奴が第3者に操られていた可能性は?」

 

『こちらで観測した限り、バイタルに異常は見られなかった。精神汚染スキルや宝具を使用されていた可能性は流石に否定できないが……。状況やクー・フーリンの言動を見るに、その可能性も低いだろう』

 

『はい。私の記憶とも一致します。彼は正真正銘、カルデアのクー・フーリンさんでした』

 

ダ・ヴィンチちゃんの解析にマシュも太鼓判を押す。

それを聞いたエミヤオルタは悩まし気に眉をひそめた。

 

「しかし、なら奴は……」

 

『ああ、自らの意志でこの特異点へレイシフトし、自主的に聖杯戦争とやらへ参加していることになる』

 

エミヤオルタの疑問にダ・ヴィンチちゃんも同意する。

カルデアのサーヴァントも一枚岩ではない。ある程度の自由行動が許されている以上、そういった動きを見せるサーヴァントも中にはいるかもしれない。問題児の多いカルデアだ。何騎かが、自らの意志でトラブルを起こしている可能性は大いに考えられる。しかし……。

今回は――カルデアのサーヴァントがエミヤオルタを除き、残らずこの特異点にやってきている。

この異常行動に他者の干渉がないのだとすれば、100以上いるカルデアのサーヴァントたちが自分の意志で、まったく同じ行動を取っていることになってしまう。

 

「……そんなことがあり得るのか?」

 

顎に手を当てて考え込むエミヤオルタに、ダ・ヴィンチちゃんも、やれやれ、と答える。

 

『可能性はゼロではない。あくまで可能性は、ね。ただ、とても現実的な仮説とは思えないね』

 

「同感だ。間違いなく、今回の一連の珍事には一貫した第3者の思惑がある。そいつがこちらの思いもよらぬ方法でこの特異点へサーヴァントを招いたか。あるいは――」

 

『この特異点で行われている聖杯戦争がよほど魅力的か。それこそ――こちらのサーヴァントすべてが自らの意志で押し寄せるほどに』

 

「つまり――どういうことかわかるか、マスター?」

 

「えっ!? ――え、えっと……と、とりあえずこの謎の聖杯戦争について調べるのが先決……ってこと?」

 

ここまで黙って2人の話を聞いていた藤丸だったが、突然話を振られ、ビクッと体を震わせる。さながら、授業中にぼうっと外を眺めていたら突然問題を当てられた生徒の気分だ。

慌てふためきながらも、何とかそう要約した。

 

「その通りだ。故に、オレたちは今、その謎を知っているらしい人物のいる教会へ向かっている」

 

この答えは正解だったらしく、藤丸の言葉を聞き、エミヤオルタは満足げに頷き、次の話題に移る。

 

「では、これら2つの疑問は一旦保留するとして、最後に1つの疑問。誰がこの事件を起こしたか? だ」

 

しかし、このエミヤオルタの疑問には藤丸が首を傾げながら言った。

 

「誰って? ジャガーマンでしょ?」

 

今だって、少し脇目を振れば奇抜な虎柄が目に入る。そして、極めつけは定期的に街へ流れる謎のアナウンス。あの声は間違いなくジャガーマンだ。これで彼女が犯人でないのなら逆に何なのだ、と藤丸は思う。

そんなマスターの言葉に苦笑しつつも、エミヤオルタは忠告を口にした。

 

「まあ、十中八九その通りだろう。――だが、頭からそう決めつけていると足元をすくわれるぞ。容疑が確定するまでは第1候補に止めるべきだ。特に聖杯絡みの事件だとな。聖杯を求める奴なんて、それこそ腐るほどいる」

 

「なるほど」

 

任務遂行のためなら手段を択ばず手を抜かいない、仕事人気質のエミヤオルタらしい進言だった。僅かな可能性も取りこぼすな、ということだろう。

……しかし、ジャガーマン以外の可能性なんて考えもしていなかった。

 

「聖杯を求めているサーヴァントか……」

 

藤丸のこの呟きに、エミヤオルタは攻撃的な、それでいてどこか自虐的な暗い笑みを浮かべる。

 

「そうだな。特に確固たる野望をもって聖杯を欲する輩には注意が必要だ」

 

「確固たる……野望……」

 

「もし、心当たりがあるなら手伝ってやるよ。荷物は少ないほうがいいだろう?」

 

「…………」

 

そのエミヤオルタの言葉に、藤丸は答えない。エミヤオルタも返答がないのは想定内だったのだろう、そのまま気にせず足を進める。未だ、両者には決して譲れる境界線が確かにあった。

話もここで終わりだったのだろう。その後、2人は黙って教会までの道を進んだ。

ビル街を通り過ぎ、少し坂を登って、ようやく一行は目的の教会の前までたどり着く。

 

「ここが……冬木教会……」

 

教会の姿を目の当たりにし、藤丸は思わず息を呑んだ。

丘の上に建つ教会は地方都市のものとは思えないほど豪勢だった。建物自体はそう大きくないはずなのに、広大な敷地の奥に佇む教会は聳え立つような威圧感を覚える。

空に近いという立地もあるのだろう、そこはまるで天使たちの住む楽園のように美しく――それ以上に、どこまでも静かで空恐ろしかった。まるですべてを見透かされているような……。

藤丸はチラリと隣を盗み見ると、心なしかエミヤオルタの表情も固い。

 

「いいか、マスター。クー・フーリンの時のようなこともある。この特異点では何が起こるかわからない。特に――ここはマズい。万全の警戒を」

 

エミヤオルタにはここで待ち受ける人物に心当たりがあるのか、藤丸へ険しい顔で警告する。

あのエミヤオルタが忠告する相手。それだけで最大限の警戒をする理由としては十分だった。

 

「……うん。行こう」

 

何が起きてもいいように、覚悟だけはしっかりと決め、藤丸は一歩前へ踏み出す。

そして、ゆっくりと教会の扉を開いた。

僅かに開いた扉から、教会内の張りつめた空気が外部に漏れる。目に入った礼拝堂は驚くほど広かった。まるで、映画のセットのようだ。7つの特異点へレイシフトし、様々な時代を目の当たりにした藤丸だが、ここは現地の教会に勝らずとも劣らない。

厳かな空気を割り、藤丸たちが礼拝堂の奥へと進む。

そして、

 

「――ようこそ」

 

来客に気づいたのか教会の主が、かつん、と足音を立てて祭壇の奥から姿を現した。

凛としてよく通る、親しみを感じるもののそれでいてどこか胡散臭い声。

彼らが来るのを予期していたのだろう。突然の訪問に驚く様子も見せず、黒い神父服を纏ったその男は微笑む。

藤丸は顔を上げ、声の主を表情を伺うとそこには意味深な笑みを浮かべる黒い聖者――

 

「お待ちしていました、マスター。サーヴァント天草――ではなく、臨時でこの教会を任されているシロウ・コトミネです。本日は教会にいかがいたしましたか?」

 

――天草四郎時貞がいた。

 

「………………」

 

思わぬ顔の登場に、普段冷静なエミヤオルタが拍子抜けしたような、なんともいえぬ曖昧な表情で沈黙する。

そんな彼を見て、シロウが意外そうな顔で呟いた。

 

「おや? エミヤオルタさんも一緒でしたか。……なるほど。それはまた面白い状況ですね、マスター。……マスター?」

 

こちらへの信頼を感じられる穏やかな笑みを浮かべるシロウ・コトミネ。

しかし、この時藤丸立香が脳裏に浮かべたのは安堵でも疑問でもなく、これまでの道中の会話劇だった。

謎の聖杯戦争。消えたサーヴァント。

そして――聖杯を欲する確固たる意志を持ったサーヴァント!

パニックを起こしそうになる頭を必死に抑え、ただ使命感と『今、ヤラなければヤラれる』という危機感のみで口を開く。

 

「か――」

 

「か?」

 

「――確保ーーー!」

 

「――!」

 

「っ――――」

 

藤丸決死の叫びは功を奏し、瞬間エミヤオルタは正気に戻ってすぐさま武装。

まさかここまで迅速に動かれるとは思っていなかったのだろう、シロウはマスターたちを迎えた穏やかな仮面をわずかに崩して狼狽える。

――が、流石は鉄の意志を持つ稀代の聖人。自らのプランが崩れたことを察するやいなや、迫りくる脅威に対し、黒鍵を懐から取り出しすぐさま対抗する構えを見せた。

天草四郎はあまり戦闘力のあるサーヴァントではない。まともにぶつかれば、まずエミヤオルタの勝利は揺るぎないだろう。

だが、相手が“その”天草四郎だからこそ藤丸立香は油断しない。

2人が戦闘態勢に入るのとほぼ同時。

まだ、両者の距離が大きく開けているそのわずかな隙に、藤丸は叫ぶ。

 

「エミヤオルタ! ――――飛べ!」

 

「――――!」

 

「―――――――――っっっ?!!?!」

 

瞬間、躊躇なく令呪を使用。

この特異点に来て早々すでに2画目だが、まったく惜しくない。

天草四郎に反撃の隙を与えてはダメだ。

藤丸は令呪の効果でエミヤオルタをシロウの真後ろへ空間転移。瞬時にマスターの方針を理解したエミヤオルタは、転移と同時にワイヤーを投影し、反撃の隙も与えずシロウを拘束。

何もできず、ワイヤーでぐるぐる巻きにされたシロウはいっそ清々しい顔で教会の床に倒れた。

 

「くっ、流石マスター……。私の性格を考慮した素晴らしい先制攻撃です……やはり、今回の聖杯も私とは縁なきものでしたか……」

 

「ああ。見事だ、マスター」

 

天草四郎を拘束しつつ、エミヤオルタが珍しく本気で感心した様子でそう呟く。

同時に、自らのパートナーが敗北したことを察し、近くの物陰から1人のサーヴァントがため息を吐きながら姿を現した。

 

「まったく、だから我はやめとけと言ったのだ」

 

『セミラミスさん!』

 

その姿を見て、通信機越しにマシュが声を上げる。

セミラミスはこちらへ歩み寄りながら、同時に何やら魔力を込めていたらしい術式をさっと片手で解除するような仕草を見せた。やはりこのコンビ、初手からマスターを嵌める気満々だったようだ。まったく油断も隙も無い……。

天草四郎の魂胆を再確認し、藤丸は拘束した自らのサーヴァントへ詰め寄る。

 

「……詳しく。説明してください。今、冷静さを欠こうとしてます」

 

「ハハハ、マスターは冗談がお上手ですね。紅茶でも如何ですか?」

 

真顔で詰め寄るマスターに、シロウは笑いながらしれっとそんな提案をした。隣に毒のプロフェッショナルがいるのに誰がお茶などするのだろう?

藤丸はもはや表情筋1つ動かさず、右手を掲げながら更に詰め寄る。

 

「――説明を。説明を求めます」

 

「わ、わかりました。わかりましたから、その令呪は仕舞ってください。もう1画しかないじゃないですか」

 

マスターの態度に、ここからの懐柔は不可能と判断したか、シロウはようやく手を上げ降参した。

警戒しつつ、このままでは話し辛いという理由で、とりあえずはシロウの拘束を解除する。落ち着いたところで、マシュが尋ねた。

 

『どうして天草さんがこの教会に?』

 

「私はこの教会の管理人とは少しばかり縁がありまして。マスターの障害になることが懸念される人物だったので穏便な話し合いの元、役職を変わっていただいたんです。ちょうど、聖杯戦争のための拠点も欲しかったですし」

 

と、シロウは素直に答える。この物言いに引っ掛かりを覚えた藤丸が呟いた。

 

「穏便な……」

 

「はい、穏便な」

 

ニコニコと答える天草四郎。

何があったかはあえて問うまい。きっと、表面上は穏便な話し合いであったことは確かだろうから。……表面上は。あえて詮索はしまい。

それよりも。と、ダ・ヴィンチちゃんが話題を元に戻す。

 

『教会にいる理由は分かった。じゃあ、君たちはそもそもどうしてこの特異点へ?』

 

「勿論、虎聖杯に興味があったので」

 

「我はその付き添――こいつの監視をな」

 

「…………」

 

藤丸はこれも黙ってやり過ごす。目に見える地雷を踏むのはやめておこう。

どこまで気付いているのか、そんなマスターを見て楽しそうに微笑みながらシロウは補足する。

 

「虎聖杯のことは随分前からサーヴァントたちの間で話題になっていました。我々もその噂を聞いて、この特異点へやってきた口です」

 

『前々から』

 

「噂に……」

 

揃って首を傾げるマシュと藤丸。そんな話は聞いたこともなかった。

とりあえず、その疑問は保留にして質問を続ける。

 

『虎聖杯については何か知っているかい?』

 

「勿論です。――というより、マスターたちはご存じないんですか?」

 

「うん」

 

『知っているのならぜひ教えてください』

 

即答する2人を見て、この事態にシロウも違和感を覚えたのか顎に手を当て、

 

「……ふむ。情報の偏り方に誰かしらの意図を感じますが……。とりあえず、一旦保留でいいでしょう。では、僭越ながら」

 

と、虎聖杯について説明を始めた。

 

「コホン……虎聖杯戦争とは、毎度おなじみ聖杯を巡る聖杯戦争です。今回の景品は虎聖杯と呼ばれるものらしく“コロシアム”に鎮座しています。どなたでも参加は自由。ご不要になった夢希望、もう諦めた野望などがございましくらいたら、 お気軽にコロシアムにおいでください――と、教会のポストに入っていたパンフレットに書いてありました」

 

「パンフレット」

 

「はい、虎パンフ」

 

真顔で尋ねる藤丸に、シロウが真顔で答える。きっと虎柄のパンフレットに違いない。……自分の手で街中に配ったのだろうか? 新聞の号外のようにパンフレットをバラまきながら街中を大声で練り歩くジャガーの姿を幻視した。

 

『そういえば、街に流れてたアナウンスでもそんなことを言っていたような……』

 

と、マシュも唖然としながら呟く。

まさか、秘匿が絶対順守の聖杯戦争のルールが、パンフレットになって街にバラまかれてるなんて誰が予想しよう。そりゃ、誰も彼もが知らないことを驚くはずだ……。

呆気にとられる2人へシロウが続ける。

 

「まあ、要は虎聖杯を参加者で争う聖杯戦争です。これだけ聞けば普通の聖杯戦争ですが、この虎聖杯戦争の特異なのはマスターがいない点ですね」

 

「マスターがいない?」

 

「はい。サーヴァントが単身で参加することが可能なんです。この虎聖杯戦争では令呪が撤廃されています。更に、参加期間中は魔力も聖杯からある程度融通されるようで、サーヴァントも独立した一参加者として活動できます。あっ、勿論マスターも参加できますよ。この様子だと魔力の低いもの、ないし魔力のない者にも参加権が与えられているはずです」 

 

『なるほど、文字通り参加自由というわけですね……』

 

この説明でようやく、クー・フーリンの行動に合点がいった。

彼はマスター藤丸のことも1人の参加者と認識して勝負を挑んできていたのだ。

 

「それにしても、誰でも参加できるなんてずいぶん親切だね」

 

と、素直な感想を述べたのは藤丸だ。これにシロウも同意する。

 

「まったくです。聖杯があるとはいえ、これだけの数のサーヴァントに等しく魔力を配るなんて正気ではありません。これだけでなく、バーサーカークラスなど単身での参加の難しい者には知性を与えるなど、特別なアシストが付与されているほどの徹底っぷりです」

 

「喋るバーサーカー……」

 

『それは……徹底していますね』

 

藤丸とマシュはそれぞれ驚嘆し、シロウも頷いた。

 

「ある種の信念さえ感じます。恐らく、この虎聖杯と呼ばれるものの持ち主は……」

 

「持ち主は?」

 

「いえ、今のは忘れてください」

 

「おい」

 

いつもの胡散臭い笑みを浮かべるシロウへ藤丸が凄む。しかし、当の本人はどこ吹く風、そのまま笑って誤魔化した。

 

「ハハハ、すいません。では、1つだけヒントを」

 

そして、お詫びの代わりにシロウはこんな情報を口にする。

 

「おそらくあなた方が思っている以上に虎聖杯の影響は甚大です。例えば……そうですね。エミヤオルタさん。この特異点へ来てから――体調に変化はありませんか?」

 

「――っ」

 

図星だったのか、指摘されたエミヤオルタがあからさまに息を呑んだ。

同じく、それを聞いた藤丸も眉を顰める。

 

「エミヤオルタ……。やっぱり、体が……」

 

予想はしていた。

エミヤオルタの霊基はここへ来る前から限界だった。しかも、レイシフトしてすぐにクー・フーリン。そして、今は僅かだが天草四郎と戦闘。無事で済むはずがない。

やはり、この道中でも無理をしていたのだろう。自らの至らなさのせいで傷つくサーヴァントを思い、藤丸は内心で自分を責めた。

――が、覚悟して身構えていた藤丸は思いもよらぬ答えを耳にする。

 

「違う、マスター。――逆だ」

 

「逆?」

 

「……言われてみればおかしい。この特異点へ来てから――調子が良すぎる」

 

「――っ!?」

 

エミヤオルタに言われ、藤丸もようやくその言葉の意味に思い至った。

例えば、クー・フーリンとの戦闘。

例えば、ここまでの道中。

エミヤオルタはマスターと様々な議論をし、未知の特異点についての対策を考えた。

しかし、これは本来おかしな話だ。

――数分前の記憶さえ朧気なエミヤオルタが、どうしてクー・フーリンと過去の因縁を含めていがみ合い、教会にいる人物とやらに心当たりを見出せたのだろう?

ここまでのエミヤオルタは――あまりにも正常で。あまりにも鮮明だった。

シロウも続けて告げる。

 

「ええ。そして、私に指摘されるまでそのことにご自身でも気づかなかったでしょう? 世界の異物には特別敏感なあなたでさえ」

 

「……悔しいが、その通りだ」

 

「このように、この“頭の悪い結界”内では認識阻害も働くようです」

 

“頭の悪い結界”この特異点に施された謎の結界。

どうせジャガーマンのやることとこれまで軽視してきたが……まさか、その軽視そのものがこの結界の作用だとはカルデア側も流石に予想外だったようだ。皆一様に改めてこの特異点の異常性を思い息を呑む。

もしかしたら、本当に恐ろしい場所なのかもしれない。藤丸は再度この特異点の早期解決を決意した。

シロウの話を聞き、マシュが今後の方針を総括する。

 

『とりあえず、我々は虎聖杯の回収のためにその“コロシアム”を目指せばいいわけですね』

 

「はい、それで間違いないはずです」

 

「ふん……。これで情報はすべてだろう。では、もうここには用はないな。戻るぞ、マスター」

 

と、エミヤオルタは1人足早に出口を目指して身を翻す。一刻も早くこの教会の外に出たい、といった様子だ。

しかし、その背中をダ・ヴィンチちゃんが呼び止める。

 

『ああ、帰るのはちょっと待って。天草四郎、まだ君に聞きたいことが』

 

「なんですか?」

 

『君たちはもう、この聖杯戦争に参加する気はないんだよね』

 

「……そうですね。非常に惜しいですが、こうしてマスターたちに見つかってしまった以上、私が目的を果たすのは難しいでしょう。そういう意味では、確かに我々にはもうこの特異点に未練はありません」

 

『なら、1度君たちだけでもカルデアに戻ってきてくれないかい? ていうか、切羽詰まった事情がないなら、どうしてもっと早いタイミングで戻ってきてくれなかったんだい? こっちは現在進行形で大変なんだよ?』

 

「おや? それは想定外ですね……。詳しくお聞きしても?」

 

『もちろんだとも』

 

そして、ダ・ヴィンチちゃんはシロウへ現在カルデアにシャドウサーヴァントが湧いていること、こちらにいるはずのサーヴァントたちを呼び出しても応答がないことを告げる。

シロウはそんなダ・ヴィンチちゃんの話を真剣な顔で聞いていた。

 

「……なるほど。いえ、初耳です。もちろん、現在もダ・ヴィンチさんが開発したバッテリーは持ち歩いています。……が、こちらに連絡は入っていませんね。パスはいかがですか?」

 

『それが上手く観測できない。藤丸くんたちがレイシフトしてから、こちらでも改めてサーヴァントたちのパスを調べてみたんだが……なんだいこれは? 少なくとも君、天草四郎を示すタグがその特異点だけで何故か10つ反応している。完全にバグっていてバッテリーの方の帰還システムは使い物にならないとみるべきだろう』

 

そして、説明を聞き終えたシロウは顔を上げ、あっさりとこちらの頼みを快諾する。

 

「……なるほど。そういう事情でしたら私たちは戻ってカルデアの防衛にあたりましょう。セミラミス、構いませんか?」

 

「我に指図するな。……が、我の見解も同じ故、特別に付き合ってやる」

 

「ハハハ、ありがとうございます」

 

「……ここに来てから、何時にも増して気安くないか、お主?」

 

シロウの不敬にセミラミスがわずかに凄む。――が、その反応まで織り込み済みだったのだろう、睨まれながらもシロウは楽しそうに笑っていた。

そんな2人にダ・ヴィンチちゃんは頭を下げる。

 

『こちらからも礼を言おう、セミラミス。それに天草四郎。早速、こちらから帰還用のアンカーを垂らすから指定座標で待機していてくれるかい?』

 

「わかりました。ただ、シャドウサーヴァントが出現する仕組みが分からない以上、その方法でも何が起こるかわかりません」

 

『もちろん。こちらの出口には私が張り付いてばっちり警戒するから安心してくれ。シャドウサーヴァントも2騎くらいなら私だけで十分さ。なにせ天才だからね』

 

「流石、心強い。ではマスター、我々はこれで」

 

「うん、そっちも気を付けて」

 

『情報、ありがとうございます』

 

と、その前にもう1度、シロウはこちらを振り返り、

 

「――ああ、最後に忠告を」

 

エミヤオルタへそう呼びかけた。

今度こそ外に出れると思っていたらしいエミヤオルタが、あからさまに顔をしかめる。

 

「なんだ、手短に話せ」

 

「随分不機嫌だね」

 

「……場所が悪い。特に神父とここの相性は最悪だ」

 

首を傾げて尋ねる藤丸へ、エミヤオルタはそうぶっきらぼうに答えた。

そんな2人の様子を眺め、楽しそうに微笑みながらシロウはエミヤオルタへこう忠告する。

 

「この特異点での勝負ですが――殺し合いはやめた方がいいですよ」

 

「ふん。流石は聖職者様。だが、オレは殺人機械。あいにくと人道なんてものは――」

 

「いえ、そうではなく。単純な効率の話です」

 

英霊としての在り方を問われたと思ったのであろうエミヤオルタは、苦々しい顔で皮肉を言った。

が、それは勘違いだとシロウは首を振り、エミヤオルタが眉を顰める。

 

「なんにせよ、マスターと一緒ならそのような所業は例えサーヴァントであろうと許さないでしょうが……」

 

「もし、対象を殺すとどうなる?」

 

様子の違いに気づいたのか、エミヤオルタも真剣な顔に戻って尋ねる。

その問いに、シロウも真面目な様子で言った。

 

「殺せません。そして、先ほどの情報から推測するに――少々、厄介なことになると思います。まだあくまで憶測の域ですが、警戒するに越したことはないでしょう」

 

神父の忠告に、エミヤオルタは仏頂面で返す。同意は出来ぬとも、一応進言として受け取ったということだろう。今度こそ、堕ちた正義の使者は教会に背を向ける。

最後にその背中へ、

 

「――残念ながら、この特異点ではあなたの願いは叶いません」

 

そう、信託を下すように神父は告げた。

 

「……さっきのが最後の忠告じゃなかったのか?」

 

「おっと、これはうっかり」

 

エミヤオルタはそれこそ仇敵を睨むかのように眉を顰め、シロウは何でもないことのように微笑んで誤魔化した。

迷い人へ忠告し、仕事を終えた聖人は今度こそ踵を返す。

 

「では、マスター。……それにエミヤオルタ。私はこれで。どうぞ注意してください。どんなに不格好でもこれは聖杯戦争。この機に本気で聖杯を狙うカルデアのサーヴァントも少なくありません。帰り道にはご注意を」

 

こうして神父は退場した。

後には藤丸と、酷く思いつめた顔で沈黙するロストマンだけが残された。

 

 

Sideシロウ・コトミネ

 

急遽、特異点からカルデアへ帰還することになった天草四郎とセミラミス。

ダ・ヴィンチちゃん特性携帯用現界バッテリーを使用するのはリスクが大きいため、カルデア側から直接アンカーを垂らす形で帰還することになる。

ダ・ヴィンチちゃんとの協議の結果、ちょうど冬木教会に霊脈が通っていたこともあり、この場所から直接帰還する運びとなった2人は、藤丸たちと別れた後も準備が整うまで教会の地下聖堂で待機することとなった。

 

「――本当にあれでよかったのか?」

 

その最中、セミラミスがそう尋ね、シロウ・コトミネが答える。

 

「ええ、いいんですよ。確かにここの聖杯は魅力的です。それこそ、私の悲願も達成しうる可能性を持った稀有なものでしょう」

 

「なら――」

 

セミラミスはシロウの野望を知っている。……それが例え、このカルデアではない遠い世界の出来事で、このセミラミスではない彼女だとしても。この“頭の悪い結界”内では明確にその世界の記憶を保持している。

故に、彼女はかつてのマスターに食い下がる。

が、シロウ・コトミネ――天草四郎は悔しそうな、嬉しそうな表情で首を振った。

 

「……約束、しましたからね。マスターと」

 

それはあるマスターとサーヴァントのちょっとした幕間。

彼と契約を結んでいる間は――。

その自らの――遠い世界の彼女の――知らないシロウの顔に、セミラミスは寂しそうに微笑みつつ、ため息を吐く。

 

「……まったく、お主は本当に頑固よな」

 

「はっはっは。でなければ、この姿で召喚になど応じていません」

 

シロウは笑って誤魔化し、意味深な表情で呟いた。

 

「まあ、それだけではありませんしね」

 

「ん?」

 

「ここは“彼”のために用意された特異点ですから」

 

どんな形であれ、これは聖杯戦争。

果たして、あのロストマンがこの戦いを経て、どんな答えを得るのか。あるいは――。

迷える子羊を思い、聖職者は小さくほくそ笑む。

セミラミスも、そんな彼の横顔を見て小さく頬を緩ませた。

カルデアに帰還すれば“頭の悪い結界”の効果は消えるだろう。異常をきたしている記憶も正常に戻るはずだ。

それでも――。

 

「行きましょう、セミラミス」

 

「……ああ」

 

今回はお互いに手を取り合って。

シロウとセミラミスは同時に聖杯戦争から辞退した。




~~ 次回予告 ~~

やめて! これ以上本編の文量とシリアス展開が増えたら、ギャグと精神が繋がってるジャガーマンの体まで燃え尽きちゃう!
お願い、死なないでジャガーマン! あなたが今倒れたら、残された伏線や士郎との約束はどうなっちゃうの!? ネタはまだ残ってる! ここを耐えれば、メインヒロインルートに突入なんだから!

次回 「本編 お休み」

デュエルスタンバイ!


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一方その頃 犬と教会編

~~ 一方その頃 ~~ 

sideクー・フーリン

 

藤丸たちが教会へ赴いている頃。時を同じく、カルデア所属のクー・フーリンは絶体絶命のピンチに立たされていた。

 

「や、やめてくれ……」

 

一騎当千百戦錬磨の勇士も今は見る影もなく、その脅威を前に情けなく悲鳴を上げながら後ずさる。

脅威は、クー・フーリンを弄ぶようにほくそ笑みながらじわりじわりと詰め寄った。

 

「どうした、カルデアのランサー? お前らしくもない。そんなに私の出した料理が食べられないか?」

 

「うっ……」

 

脅威を持つ男、言峰綺礼は怯えるクー・フーリンとの距離を詰めながら容赦なく『それ』を彼の顔の前へと突き立てる。

瞬間、クー・フーリンは顔をしかめ、血の気を失い悶絶した。

クランの猛犬とも恐れられる男をここまで窮地へ追い込む――その脅威とは!

 

「さあ――ホットドックを食え、ランサー」

 

「アーーーッッ」

 

――ホットドックだった

抵抗空しく、言峰の手によって間違いなく胃の許容量を超えた大量のホットドックを口の中へねじ込まれるクー・フーリン。

ほどなく。シュンシュン――と、音を立てながらランサーは光の粒になって霊体を消滅させ――同時。黒い靄が発生し、何事もなかったかのように再び体が実体を取り戻した。

自らのサーヴァントが『ホットドックを食べすぎた』というあんまりな原因で1度死に、理解不能な力によって再び蘇ったという愉快な現象を目にしつつ、神父は愉しそうに笑う。

 

「死んでも蘇る、まったく虎聖杯とは本当に素晴らしい。よかったなランサー、これで心置きなく好物が食えるぞ」

 

「好物じゃねえよ! しかも、口の中痛っ! なんだそれ!? ホットドックじゃねーのか!?」

 

「無論、ただのホットドックではない。私の自信作――麻婆ホットドックだ」

 

「地獄か!」

 

劇物と劇物のダブルパンチに悶絶する自身のサーヴァントを恍惚とした眼差しで眺めつつ、言峰は愉しそうに呟く。

 

「死んでも蘇る虎聖杯の新ルールに加え、今回新たに現われたお前のようなカルデアのサーヴァント……。こちらも素晴らしい。まさかこれほどの召喚システムを築く組織があったとは。私も下ぼ……。優秀な部下を増やせて喜ばしい限りだ」

 

「今、下僕って言おうとしたろ」

 

「うるさいぞ、下僕3号」

 

「隠す気ねぇのかよ!」

 

しかし、クー・フーリンは口では悪態を吐きつつも逆らうことはできない。

なぜなら、この神父は――

 

「おーうオレ」

 

「お帰りオレ」

 

「お疲れオレ」

 

「…………」

 

と、2人が口論していると、程なくぞろぞろと槍を抱えたクー・フーリンの周りに同じ顔の英霊たちが帰ってきた。

そう、これこそがクー・フーリン1騎では言峰に逆らえない理由の一端――クー・フーリン軍団である。誰が予想しよう。令呪のないこの騒動をこれ幸いと、街にあふれたサーヴァントたちをハントしている人間がいるなどと!

この神父はカルデアのサーヴァントが街にあふれると、この騒動をこれ幸いと自身の人心掌握術を駆使し、数多のサーヴァントたちをゲット。相互監視を徹底し、その手腕によって令呪に頼らずクー・フーリンズを自らの支配下に置いていた。

しかし、これほどのクー・フーリン軍団を抱えながらも言峰の表情は固い。彼には未だ達成できていない目的があるからだろう。

帰ってきたクー・フーリンたちに言峰は苦言を呈する。

 

「まったく貴様らはまともにお使いもできないのか」

 

「いや、元はと言えばお前が教会取られたのが原因だろ」

 

自らを棚に上げた横暴な仮の主へ、逆にクー・フーリンが呆れながら突っ込んだ。

そう。神父は今、自身の拠点である教会をカルデアのサーヴァントに取られ、宿無しの身なのである。カルデアのサーヴァントを奪う神父が、カルデアのサーヴァントに自身の家を盗られる、なんとも因果応報な状況だった。

対抗策として、クー・フーリンたちへ虎聖杯の取得を命じたものの――結果はご存じの通り。どうやら他のクー・フーリンたちも失敗したらしい。

言峰は教会を奪われた当時のことを思い出したのか、苦々しく口を開く。

 

「シロウ・コトミネ……まさかあれほどの男がいるとは……」

 

「お前がそこまで。それほどの相手か」

 

「ああ」

 

答えながら、遠くへ意味深なまなざしを向ける言峰。

黄昏る彼の様子を目にし、クー・フーリンは固唾を呑んだ。この死んでも蘇りそうな男をこれほど追い詰めるシロウ・コトミネの知略に戦慄したからである。

――が。

 

「泰山の麻婆食べ放題だと……店主と馴染みの私でさえ入手困難な代物を……あの男、一体何処で……」

 

「案外チョロいな! お前!」

 

続いた言峰の言葉にクー・フーリンは盛大にズッコケた。

同時に、2人の背後にいた少女からも呆れた様子の声が上がる。

 

「まったく、そんなしょうもない理由で私の教会を明け渡さないでください」

 

「何がお前のだとシスター?」

 

その刺々しい物言いに言峰も心底嫌そうに振り返り、少女カレン・オルテンシアへ言葉を投げた。

対するカレンもまるで仇敵を見るかのような厳しい視線で神父を睨み、反論する。

 

「今は私のです。それをあなたが性懲りもなくまた横取りしたのでしょう。良い年の大人がいつまでも過去のものにご執心なんて、ストーカーの素養があるんじゃないかしら? 亡者は亡者らしく、さっさと消えなさいダニ神父」

 

「ふむ、それは実力不足の告白か? 同じ轍を踏む女を派遣し続けるとは、教会も随分慈悲深いものだ。君にあの教会は少々荷が重いのではないかね。この機に冬木から身を引いたらどうだ、悪徳シスター?」

 

「…………」

 

「…………」

 

「ホントこいつら仲悪っ!」

 

壮絶な毒舌合戦に、隣で聞いていたクー・フーリンがたまらず叫んだ。

この2人はここへ来てからずっとこの調子だった。どちらかが何かをすれば片方が苦言を呈し、対する方は皮肉で返す。

この屋敷のどこにいようと2人の口論は絶えることなく、今も部屋の中央でクー・フーリンズを束ねる言峰へ、椅子にもたれながら聖骸布を窓の外へ垂らすカレンが……。

…………聖骸布を窓の外へ垂らす?

 

「……そういえば、アンタは何やってんだ?」

 

その奇妙な行動に気づき、クー・フーリンはカレンへ尋ねた。

カレンは首を傾げながら答える。

 

「見てわかりませんか?」

 

「わからないから聞いてんだよ……」

 

「アンリマユ狩りです」

 

「え?」

 

「アンリマユ狩りです。……と、失礼――フィッシュ」

 

瞬間、カレンは奇妙な掛け声とともに、窓の外へ垂らしていた自らの聖骸布を釣竿のように目一杯引き上げた。

すると、聖骸布の端にくっついていた真っ黒なサーヴァントたちが力のない悲鳴を上げながら屋敷の中へ水揚げされる。

 

「ぎゃー」

 

「釣られたぜー」

 

「おや、ダブルゲット。大漁です」

 

ピチピチと、床の上を転げまわる釣りたてホヤホヤの黒ずくめサーヴァントを眺めるカレン。その声は、抑揚のないものの本当に心の底から嬉しそうだ。

 

「ふふふ、これでアヴェンジャーが10人……。ああカルデアに虎聖杯……なんて素晴らしいのかしら……。友達ポイントで交換できるというのがまた良いわ……。アンリに友達……ふふふ」

 

「こっちもこっちで怖いな……。つーか、そんなサーヴァントカルデアにいたか?」

 

僅かに頬を緩ませながら呟くカレンの様子に、若干クー・フーリンが顔を引きつらせながら首を傾げる。

そんな彼ら3人を眺め、また背後からある人物が声を上げた。

 

「あの……私の拠点で好き勝手しないでください……というか、出てってください…………」

 

あまりにも自由な神父とシスターコンビに遂にこの屋敷の主、バゼット・フラガ・マクレミッツが苦言を呈した。

そう。何を隠そう、言峰とカレンのいるここは、元はといえばバゼットが拠点としている廃屋だったのだ。教会をシロウ・コトミネへ譲ってしまってすぐ、言峰は何食わぬ顔でこの屋敷へ赴き、その巧みな話術によってバゼットを篭絡。なし崩し的にカレンもちゃっかり居座り、今では完全に教会組がバゼットの屋敷を占拠していた。

勝手に居座る2人を見るバゼットの表情にはいつもの覇気がなく、どこが暗い。まるで雨に濡れてダメになっている子犬のようである。バゼットは暗い顔のまま、クー・フーリンを携える言峰と、釣り上げたアンリマユを侍らせるカレンへ鬱々とした視線を投げる。

 

「それに、何で私にはランサーもアンリも1騎だって来ないんですか……。結構な額課金したのに……ああ、またバイト増やさないと……」

 

「…………」

 

嫉妬と自虐でダメになっている別世界のマスターを見てクー・フーリンは『多分、回すガチャを間違えてるな……』と、思うが何も言わない。

言峰とカレンもそんなバゼットを無視し、自らの悪だくみに没頭していた。

 

「さあ、行け! ランサーたち! 我が教会を取り戻すのだ! なお、失敗時には胃が裂けるまでホットドックを食べてもらうので覚悟せよ」

 

「「「ぎゃーーーー!!!」」」

 

「――フィッシュ! ふふ、アンリが1人、アンリが2人……」

 

「ああ、ランサー……。アンリ…………」

 

「…………やれやれ」

 

言峰とカレンはニヤリと笑い、クー・フーリンたちは悲鳴を上げ、バゼットの嘆きは空しく響く。そして、三者三葉の地獄にクー・フーリンは思わずため息を吐いた。

この奇妙な聖杯戦争も、終息までまだまだ先が長そうだ。

 

 

おまけ

sideクー・フーリン(冬木)

 

言峰にたらふくホットドックを食わされた後、カルデアのクー・フーリンは気分転換に港へ赴いていた。

そこで自由気ままに釣りをする、自分に瓜二つの背中を発見し、隣に腰を掛けながら声をかける。

 

「よう、冬木のオレ」

 

「おう、カルデアだがなんだかのオレ」

 

と、声を掛けられたクー・フーリンも釣りをしながら気軽に答える。

そんな冬木の自分に、カルデアのクー・フーリンはため息を吐きながら呟いた。

 

「こっちのオレは大変だなあんなマスターじゃ」

 

当然、あの神父のことである。冬木のクー・フーリンもため息を吐きながら答えた。

 

「まったくだ……。そっちのマスターはいいやつなんだろ? 藤丸……って言ったか? 羨ましい限りだぜ」

 

「……あー」

 

冬木のランサーは本心を告げるが、意外にも対するカルデアのクー・フーリンの反応は芳しくなかった。

歯切れの悪い様子でカルデアのクー・フーリンが続ける。

 

「マスターはいいやつなんだけどな……」

 

「なんだ、なんかあんのかよ?」

 

「……師匠がいんだよ」

 

カルデアのクーがげんなりと口にしたその言葉を聞き、冬木のクーも思いっきり顔をしかめて叫んだ。

 

「ゲッ、何でだよ!? あいつはサーヴァントにはなれねえはずだろ!?」

 

「色々あんだよ色々……」

 

答えながらカルデアのクーが遠い目をする。冬木のクーもその表情に色々察し、同じく黄昏た。

 

「師匠のいる職場を考えてみろ、おちおち釣りもできねえぞ」

 

「ああ。流石に師匠の視線があっちゃ、何をするにも落ち着かねえだろうなぁ……」

 

カルデアのクーが続け、冬木のクーも同意した。

僅かな期間でお互いの境遇に同情した2人はスカサハについて語りながら笑い合う。

 

「何? あの女、やっぱ全然変わってねぇの?」

 

「性格は全然変わってねぇな。あのままでいいのかねぇ……」

 

「ありゃ死んでも治らねえだろ」

 

「違いねえ」

 

「はっはっは!」

 

「はっはっは!」

 

「はっはっは!」

 

と、背後から同じく笑い声が1つ。声は女性。それもどこかで聞き覚えのある、背筋が凍るような響きだった。

全てを察し、2人が恐る恐る後ろを振り返ると……。

 

「…………」

 

「…………」

 

「久しいな、馬鹿弟子共」

 

案の定、そこには話すクー・フーリンたちを見下ろすスカサハの姿があった。

その表情は驚くほど爽やかで、笑みすら浮かべている。――が。長い付き合いの彼らにはわかる。――あっ、地雷踏んだ。と……。

事態に気づいた2人は、同時に悲鳴を上げた。

 

「ゲッ!? 師匠!?」

 

「一体いつから!?」

 

「はじめからだ、戯け!」

 

それが合図となったかのように、スカサハは問答無用の戦闘態勢に入り、クー・フーリンたちは火が付いたかのように慌てて飛び退く。

 

「やっべ逃げろ!」

 

「できると思うたか――フィッシュ!」

 

「「ぎゃー!」」

 

しかし、完全な不意打ちを喰らい、冷静でない2人がスカサハの魔の手から逃れられるはずもなく……。

冬木の港に、男2人の断末魔が響いた。

クー・フーリンたちの受難は続く…………。




間が空いてしまい申し訳ありません
今回は前回予告した通り、本編はお休みで番外編
1話に出てきたあんにゃろうと2話で出番を盗られたあんにゃろうのお話です

次回は普通に本編の更新ができると思います
多分……きっと……予想外の予定とかがなければ……

そんな感じで相変わらず緩々の作品ですが、これからもどうぞよろしくお願いいたします


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第3話 藪から虎 前編

Sideカルデア

――藤丸立花は夢を見ていた。

それは、こことは違う遠い世界のどこか。ある心を鉄にした男の記憶。

 

――正義の味方になる。

 

それだけが、その男のすべてだった。

その在り方でのみ、男は自らの生を受け入れられた。

自分を生かすもの。

自分を生かしてくれたものに、背を向ける事はできない。

 

愛する人がいた。

好きな人のことを守るのは当たり前だと、教えてくれた人もいた。

けれど、男は心を鉄に変えて、口にした。

――父親(キリツグ)と同じ道を歩むと。

 

「かわいそうなシロウ。……そんな泣きそうな顔のまま、これからずっと、自分を騙して生きていくのね……」

 

少女が告げる。男は答えない。

信じたものは曲げられない。

救えなかったものの為、これ以上、救われぬものを出してはならない。

故に、男は正しいと信じた道のために、愛する人を切り捨てた。

男はその瞬間、真の意味で正義の味方(エミヤキリツグ)と同じものになった。

 

――ならば、結末は決まっている。

黒幕を殺し、姉弟を殺し、ライバルを殺し、殺し、殺し、殺し――

男はあらゆる手を尽くして聖杯戦争を終わらせた。

 

そして――

 

……

 

…………

 

………………

 

 

「起きろ」

 

不意にそう声を掛けられ、藤丸立香は振り向いた。

同時、視界がある男の記憶から、底の見えない暗闇へと切り替わる。

その墜ちそうな暗闇の中、ぽつんと黒い影が佇み、こちらを見ていた。

 

「キミは……」

 

「オレのことなどどうでもいい。……ふん、また落ちてきたか」

 

呟く藤丸へ、黒い影は鼻を鳴らして、ついて来い、と言わんばかりに背を向ける。

 

「出口はこっちだ。すぐに――」

 

「待って」

 

が、藤丸はその背中を呼び止めた。

 

「なんだ?」

 

「このままでいい」

 

なんとなく……このままではいけない気がした。

ここが危険な場所だというのは本能でわかる。こんなものを何百と抱えれば、藤丸の中身は一瞬で塗りつぶされてしまうだろう。

けれど……この時、この特異点でだけは……。

藤丸の姿に、黒炎の男は眉をひそめた後、あきらめたように首を振る。

 

「……いいだろう。だが今宵はもうやめておけ」

 

と、男は藤丸の顔の前へ手をかざし、

 

「さあ、目覚めの時だ」

 

――

 

――――

 

――――――――

 

「…………」

 

気づけば藤丸は、急ごしらえのベッドの上で目を覚ましていた。

場所は冬木教会の礼拝堂。シロウ・コトミネがカルデアに帰還することになった後、ダ・ヴィンチちゃんの提案で、藤丸とエミヤオルタはここで休憩することにしたのだ。礼拝堂の椅子の上で横になって僅かだが仮眠をとった。

隣には、そんな藤丸を守るようにエミヤオルタが佇んでいる。ただ、どうやらこちらもいつのまにか眠っていたらしい。

 

「……ちっ」

 

藤丸とほぼ同時に目を開けて、自分の失態に気づいたのか苦虫をかみつぶしたかのような顔をする。

そして、心底嫌そうな顔で呟いた。

 

「だから嫌なんだ。邪魔な機能(きおく)があるのは……。マスター、何か見たか?」

 

「……いいや、なにも」

 

「…………そうか」

 

藤丸はただ黙って首を振る。

僅かに間を置いたが、エミヤオルタもそれ以上は何も尋ねなかった。

あれは終わってしまった世界の話。

ここにいるのは、その世界の影法師。

ならば、2人に話すことは何もない。

エミヤオルタはゆっくりとこちらへ向き直り、藤丸も静かに立ち上がる。

 

「なら、行くか。マスター」

 

「……うん」

 

まだ調査は始まったばかり。早く、元凶と聖杯を見つけてこの事件を解決しなければ。

多くの問題を抱えつつも、共通の目的の元、2人は歩きだし……。

 

「――――暗ぁぁぁい!」

 

「――――痛い!」

 

教会を出ると同時に、愉快なロリなブルマが絶叫しながら、藤丸の顎へアッパーをキメた。

あまりに唐突な出来事に目を白黒させる藤丸へ、銀髪の少女は続ける。

 

「暗い! 暗いのよ! せっかくこのわたしがサプライズしようとずっと教会の外でスタンバイしてたっていうのにあんたたち暗い!」

 

『おはようございます先輩。先ほどはよく眠れ――って、キャァァァ! 先輩! 大丈夫ですか先輩!?』

 

「うん、大丈夫じゃない……主に精神的に……」

 

教会の出口の前で大の字に倒れる藤丸を見て、マシュが絶叫した。

これまでいろいろなことを経験してきた藤丸だが、流石に出合い頭のロリブルマに顎をアッパーされた衝撃から立ち上がれそうにない。倒れたまま、どこまでも青い空を虚ろな目で眺めながら吐き出すようにつぶやく。

 

「やはり、チェイテピラミッド案件か……っ」

 

「ちょっと、わたしをイロモノ扱いしないでくれる!?」

 

思わぬツッコミに、銀髪の少女は抗議の声を上げた。そんな少女へマシュが言った。

 

『あなたはシトナイさん!?』

 

「シト――まあ、そうね。……うん、わたしはシトナイ。でも今はシトナイであってシトナイでないの」

 

「は?」

 

『えっと……では、どちら様なのでしょうか?』

 

シトナイ(?)の意味不明な言動に藤丸とマシュはそれぞれ首を傾げる。ちなみに、エミヤオルタは彼女が登場してからずっと、複雑なものでも見るかのような顔で沈黙していた。

そんな彼らへ、少女は自らの力を誇示するかのように胸を張り、高らかに宣言する。

 

「ふっふっふ……よくぞ聞いてくれました! 今のわたしはこの虎聖杯戦争を管理する主催者が1人! 弟子1号よ!」

 

「この聖杯戦争の主催者!?」

 

『つまり、あなたが……』

 

「元凶……!」

 

藤丸、マシュ、エミヤオルタがそれぞれ驚愕する。これから探そうとしていたこの事件の黒幕が、まさか自ら目の前に現れ、しかもその正体がこんな『アレ』な感じの少女だったとは!

彼らの心境を知ってか知らずか、弟子1号は嬉しそう様子で続けて言った。

 

「そうよ。またよくわからないモノがこっちに来たっていうから、わたしがこうしてわざわざ直接様子を見に来たの。――ふーん、あなたがカルデアのマスターで、こっちが……」

 

「…………」

 

と、弟子1号は値踏みするように一行を一瞥し、一瞬だけエミヤオルタと視線を交わす。

その瞳は先ほどまでのふざけた調子から一転、思慮深い神秘的な色へと変わっていた。少女の姿はまるで、全てを見通す女神のようであり、同時に気ままな妖精のようでもある。

弟子1号はエミヤオルタを一瞥し、物知り顔で頷く。

 

「……なるほどね。おおよその事情は理解したわ。正直、彼女の作戦が上手くいくとは思なえないけど……。まあ、対価は払ってもらう予定だし、一応手伝ってあげる」

 

「……………」

 

『あの? それは一体……』

 

「気にしないで、こっちの話よ。ね、鉄心の執行者さん?」

 

「…………」

 

弟子1号の言葉に、エミヤオルタは答えない。

代わりに鼻を鳴らして、本題へと話を進めた。

 

「……ふん、御託はいい。要は次の相手はあんたってことだろ?」

 

「流石、理解が早くて助かるわ」

 

「――っ!」

 

弟子1号はあっさりと頷き、それの意味することに藤丸とマシュが同時に息を呑む。

彼女は虎聖杯の主催者だと言った。同時に、こちらの様子を見に来たとも。

シロウ・コトミネの情報によれば、形は違えどこれも聖杯戦争。

ならば、対峙したサーヴァントが行うことは1つだ。

 

『まさか、シトナ――いえ、弟子1号さんと戦うことになるなんて……』

 

マシュと藤丸は覚悟を決め、改めて少女の姿を見る。

見て……。

 

「けど……」

 

『ええ、その前に……』

 

「な、なによ」

 

2人の視線を感じたのか、そう弟子1号は一瞬たじろいだ。

戦いの前に、どうしても確かめたいことがあった。

少し恥ずかしそうに身をよじる彼女へ、藤丸はずっと気になっていたことを尋ねる。

 

「あの……その……ふとももの大変露出した体操服のような恰好は……?」

 

そう、その一昔前に一世を風靡した、あまりにもキワドイ衣装について!

 

「…………」

 

――が、なんとこの質問に対して弟子1号は渾身の黙秘!

 

「まさかのスルー!」

 

藤丸は思わずそうツッコむも、当の弟子1号はこれも無視して、やけくそっぽく叫ぶ。

 

「うるさーい! わたしにも色々あるのよ! 色々! ――そんなことより、さっさとやるわよ! さあ、来なさい! わたしのサーヴァント!」

 

「なっ! 彼女のサーヴァントと言えば!?」

 

「知っているのか!? エミヤオルタ!」

 

自らのサーヴァントを呼び寄せる弟子1号へ、そう身構えたのはエミヤオルタだ。

尋ねる藤丸へ、エミヤオルタは息を呑みながら警告する。

 

「ああ、気をつけろマスター! 第5次聖杯戦争で彼女が連れていたのはギリシャの大英雄。12の偉業をなした半人半神!」

 

「まさか、カルデアもオケアノスで何度も追い詰められたあの!?」

 

彼の言葉が示す人物を察して藤丸も驚愕して身構える。

かの英霊の恐ろしさは嫌というほど知っている。圧倒的なステータスと反則級の宝具を持つ正真正銘のトップサーヴァント。まさか、あの英霊がこんなギャグ空間に!?

そして――驚き、固まる2人へ答えるように。弟子1号のサーヴァントが高らかに名乗りを上げた。

 

「――ふっふっふ。そう、私こそ世界を救う大英雄! ――あれは誰だ? 美女か? ローマか? えっ、これ別の人の口上? ……まあ、細かいことは気にしない。とーう!」

 

と、その人物は大声で叫び、弟子1号とエミヤオルタたちの前へと姿を現した。

果たして、弟子1号のサーヴァントの正体とは!?

 

「バビロニア星からやってきた! 私こそは冬木のび――」

 

――バキュン。

 

「うおぉぉぉぉ!!!」

 

……まあ、当然ジャガーマンである。何故か、いつもの虎着ぐるみから剣道着姿へフォームチェンジしているが、その頭にはしっかりケモミミがついていた。

ジャガーマンの姿を確認すると同時に、無慈悲にもエミヤオルタの弾丸が炸裂。ジャガ耳のナマモノは絶叫しながら紙一重で回避する。

 

「……ふ、ふふふ。流石は黒いアーチャーさん……。こ、この私相手にノータイム発砲とはやるわね……ブルブル」

 

「あ、相手にとって不足なしっすね、師しょー……ブルブル」

 

よっぽど撃たれたことが怖かったのか、先ほどまでの大見得はどこへやら。ジャガーマンと弟子1号はミジンコのように震えながら、弱々しく、しかし、それでもしっかり啖呵を切った。

そんな彼らへ、藤丸はドン引きしつつも尋ねる。

 

「……えっと、ジャガーマンだよね?」

 

「――ノゥ! 私はジャガーマンなどというちょっとお茶目なお色気ムンムン有能サーヴァントではない! 冬木を救う謎の美人英語教師にして、弟子1号がサーヴァント『タイガ』なり! ババーン!」

 

「美人」

 

『英語』

 

「教師」

 

「おっ? 何ニャ、マスターちゃんたち? ケンカなら買うわよ~? シュッシュッ」

 

お惚けジャガーの言葉に、絶句する藤丸、マシュ、エミヤオルタ。3人の反応を見たジャガーマン改めタイガは、なおも挑発的な態度でそう言い、何故かシャドーボクシングを始める。

残念過ぎる自称美人お姉さんの言動に、エミヤオルタはため息を吐きながら言った。

 

「……はあ。どっちでもいいが、要はあんたが相手なんだろ……。さっさと済ませるぞ、マスター。この手合いは長引くと面倒だ」

 

「うん……まあ、そうだね……」

 

諦めた様子で銃を構えるエミヤオルタに、藤丸も仕方なく同意する。

とても嫌だが……本当に嫌だが……。ジャガーマンがこの事件の鍵を握っていることは間違いない。どちらにせよ、対決は避けられないだろう。

エミヤオルタは軽蔑した眼差しでタイガと弟子へ銃を突きつけながら冷たく言い放つ。

 

「ルールはどうする? 手っ取り早いコイツでいいか?」

 

対するナマモノ2人は銃口を向けられながら言葉の弾丸を受けて再び顔を青くした。

 

「ひえっ……師しょー、あいつホントおっかないっス……」

 

「お、落ち着け……落ち着くんだ、我が弟子……。神父さんも言ってなかったかニャ!? 今回殺しはなーし! 私の背中が虎柄な内は、あなたにそんなこと絶対にさせません!」 

 

と、涙目になりながらもエミヤオルタの提案を拒否するジャガー。そのまま意を決したかのように竹刀を構えて魔力を回す。

 

「――というわけで、宝具『無限の道場(タイガー・魔方陣)』発動ニャ!」

 

瞬間、タイガを中心に世界が炎のように捲れ上がる。

虎模様の街並みは一瞬で無限に竹刀を内包する荒野へ。地面の落ち葉は12か月を表す花札のカードへ。

一瞬のうちに心象へ取り込まれた藤丸たちは予想外の大技にそれぞれ驚きの叫びを上げる。

 

「――っ! いきなり宝具!?」

 

『エミヤさんの宝具に似ていますが……まさか固有結界!?』

 

そう、これこそタイガの持つ宝具『無限の道場(タイガー・魔方陣)』。術者の心象風景を具現化し、一時的に世界のルールさえ捻じ曲げる大魔術『固有結界』である。

――これはマズイ。と流石の藤丸も緊張感を走らせる。

固有結界は皆、規格外の能力を持つ。内部に取り込まれた時点でこちらが圧倒的に不利。

 

「いったい、どんな効果が!?」

 

唖然とするカルデアの一行へ、ジャガーは得意げに胸を張りながらその驚くべき効果を口にした。

 

「――この結界内ではすべての争いごとはこの花札によって勝負が決する!」

 

『…………』

 

「やはり、ギャグ宝具……」

 

「うるさーい! これでも正真正銘、由緒正しき(?)固有結界ニャよ!」

 

沈黙するマシュと、もう好きにしてくれ、と達観顔の藤丸へ、タイガが咆哮する。

しかし、エミヤオルタだけが苦い顔でマスターの認識を正した。

 

「――いや、悔しいがこのトラの言う通りだマスター。一見ふざけた効果だが、格上相手を問答無用で自分の得意とする土俵へ引きずり降ろす大変強力な宝具だ。警戒しろ」

 

「なっ――」

 

そう、どんなにふざけた見た目でも、性能だけ見れば破格の宝具『無限の道場(タイガー・魔方陣)』。風の噂によると、ある世界ではこれを使用したサーヴァントが花札だけで聖杯戦争の優勝を掻っ攫ったとか掻っ攫わなかったとか……。ちなみに、消費する魔力はミカン1個分。……ふふふ、意味が分からない。

エミヤオルタに絶賛されたタイガは得意顔で指さす。

 

「流石黒いアーチャーさん、わかってるぅ。さあ、マスター。山札からカードという名の剣を抜くニャ」

 

「…………」

 

タイガにどや顔でそう言われ、藤丸は改めて目の前に用意された花札へ目を落とした。

この世界ではすべての勝敗が花札で決定する。つまり、藤丸たちは否が応でもこの花札から逃れられない。――このナマモノ2人相手に!

どちらにせよ、こちらに拒否権はない。

藤丸は覚悟を決めて、山札へを手を伸ばす。

その闘志に、タイガと弟子1号も真剣な面持ちで頷く。

そして、タイガが勝負の開始を告げるように叫んだ。

 

「いざ! ――トラぶる花札!」

 

こうしてタイガと名乗るジャガーマン相手に、花札勝負をすることとなったカルデアの一行。

果たして、カルデアのマスターたちはナマモノ2人に花札で勝ちジャガーマンを捕らえることができるのか!?

後半に続く!




後半に続いた。マジか……。多分、作者が一番驚いてます。
お待たせしました。ジャガころ第3話『藪から虎』前半部分の公開です! 

短くサクッと終わる予定が、まさか毎話毎話1万文字を超えるヘヴィな作品になると……。やっぱり1話は5000文字くらいが読みやすいよね、と遠い目で呟いてみる。
アニメバビロニア……佳境ですね……。


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第4話 藪から虎 後編

Sideカルデア

 

冬木一美人な英語教師の放つ宝具によって花札勝負をすることになったカルデアの一行。

竹刀の刺さる荒野のど真ん中で花札をする。――という、改めて考えるとシュールな光景の中、ジャガー改めタイガと弟子1号、更にエミヤオルタまでが何故か慣れた手つきで準備を進める。

藤丸は若干の疎外感を感じながら、そんな3人を眺めていると、

 

「――ところで、マスターちゃんは花札のルールを知っているかニャ?」

 

彼の不安を察したのか、勝負の前タイガにそう尋ねられた。

藤丸は頬を掻きながら正直に答える。

 

「えーと……実はあんまり……」

 

張り切るエミヤオルタたちの手前言い出せなかったが、実は花札をやったことがなかった。なんとなく名前は知っているが詳しいルールはさっぱりだ。

タイガはしたり顔で頷く。

 

「うんうん、わかるわかる。親戚に美人のお姉さんがいニャいとなかなかやる機会がないと思います花札。美人のお姉さんがいニャいと。――ということで、説明よろしく黒いアーチャーさん!」

 

「オレ!?」

 

タイガに名指しされて驚くエミヤオルタ。

しかし、すぐに満更でもない様子で藤丸の方へ向き直る。

 

「……やれやれ。じゃあ、大まかにだけ」

 

「よっ、説明上手!」

 

「流石、世話好き!」

 

「外野は黙ってろ」

 

タイガと弟子1号はそんな彼をここぞとばかりに囃し立て、エミヤオルタは無慈悲にピシャリと遮り、説明を始めた。

 

「花札はかるたの1種とされている。12月をモチーフにした48枚の札で遊ぶカードゲームだ。札には1月から12月まで各月にちなんだ動植物が描かれ、1月につき4枚ずつある」

 

言いながら、エミヤオルタは分かりやすいよう藤丸の前へ花札を綺麗に並べる。

エミヤオルタの言う通り、1種類4枚。素人目にも豪華なイラストの描かれた特別な札が2種類と、簡素な札が描かれたカス札2枚だ。

それぞれ、

 

1月、松に鶴 松に赤タン 松のみ2枚

2月、梅とうぐいす 梅に赤タン 梅のみ2枚

3月、桜に幕 桜に赤タン 桜のみ2枚

4月、藤とほととぎす 藤に短冊 藤のみ2枚

5月、菖蒲と八ッ橋 菖蒲に短冊 菖蒲の2枚 

6月、牡丹と蝶 牡丹に青短 牡丹のみ2枚

7月、萩と猪 萩に短冊 萩のみ2枚

8月、ススキに月 ススキと雁 ススキのみ2枚 

9月、菊と盃 菊に青短 菊のみ2枚 

10月、紅葉と鹿 紅葉に青短 紅葉のみ2枚

11月、柳に小野道風という人物 柳とツバメ 柳に短冊 柳のみ1枚

12月、桐に鳳凰 桐のみ3枚

 

の計48枚。

 

「札にはそれぞれに意味がある……が、1度遊びながら説明しよう。――まずは先行となる親番を決める。正式なものもあるが、方法はなんでもいい」

 

と、エミヤオルタは並べた札を1度回収し、シャッフル。

今度はその山を裏向きのまま、説明しながらお互いのプレイヤーへ配る。

 

「決め終えたら続いて互いのプレイヤーへ手札として8枚配る。場にも表で8枚並べ、残りの24枚は裏のまま中央に置く。これが初期配置だ、覚えたか?」

 

「……なんとか」

 

配られた自分の8枚と場に出された8枚を交互に見つつ、藤丸はなんとかそう答えた。

マスターの様子を見て、エミヤオルタも頷く。

 

「よし。では、いよいよゲームスタートだ。親から順に、手札から1枚を表にして場に出す。今回はオレから」

 

と、エミヤオルタは自分の手札の中から菊と盃の描かれた札を場に出した。

 

「この時、場に同じ種類の札があれば、それを取って自分の陣地へ置くことができる。オレが出したのは9月の札である『菊に盃』。そして場には同じく9月の『菊のカス』がある。よってこれをオレの陣地へ加える」

 

宣言通り、エミヤオルタは同じ菊の花が書かれた2枚の札を場で重ねて、自分の方へ手繰り寄せる。

その後、場に重ねておいた山札へ手を伸ばし、一番上の札をめくりながら説明を続けた。

 

「続けて山の上からも1枚札を引く、やはり同じ札があれば自分のものとする。……ハズレだ」

 

エミヤオルタが山から引いたのはススキのカス札。しかし、場の7枚の中に同じ種類のススキはない。

藤丸は尋ねる。

 

「場に取れる札がない時はどうなるの?」

 

「そのまま出した札が場に残留する。これは手から出た札でも同じだ。――これでオレの番は終了。次はマスターの番だ。同じようにやってみろ」

 

エミヤオルタに促され、藤丸は自分の手札となる8枚を見ながら、習ったことを繰り返す。

 

「えーと……手から1枚場において、同じ種類を自分の方へ……。次に山から1枚を表にして、これも同じ種類を取る……と」

 

「その通り。――こうして、交互に札を取っていき、役の完成を目指す」

 

「役?」

 

「ああ。代表的な役は月見酒、花見酒。猪鹿蝶だな。マスターも名前くらいは聞いたことがあるんじゃないか?」

 

「うん。流石に猪鹿蝶くらいは」

 

そんな藤丸へ、エミヤオルタは山札の中から猪鹿蝶の役となる『萩に猪』『紅葉に鹿』『牡丹に蝶』を取り出して見せた。

 

「これが猪鹿蝶だ。この3枚を自陣に揃えれば役が成立する」

 

「なるほど。そのまま猪と鹿、蝶の3枚なんだね」

 

「そうだ。この役をどれか1種でもどちらかが成立させればゲームは終了。札を配りなおして初めからだ。役にはそれぞれポイントが付けられていて、これを競うのが花札の基本的な遊び方になる。……と、そういえばルールはどうするんだジャガーマン?」

 

「ノウ! アイム、タイガ! ――勿論、今回のルールは冬木の皆さん御用達12文先取バトルニャ! 先に12文を揃えた方が勝ーつ!」

 

と、いうことらしい。

ちなみに、役札が全て揃ったところでこのまま勝負して次のゲームへ移るか、それともゲーム続けてより高い役の完成を目指すかを選ぶこともできる。次へ移る場合は『勝負』。ゲームを続ける場合は『こいこい』と宣言する。このゲームの醍醐味の1つだ。

――と、ここまで説明してエミヤオルタは一息ついた。

 

「……こんなところか」

 

説明を終えたエミヤオルタへ、タイガと弟子1号はオーバーリアクションで涙を拭いながら拍手を贈る。

 

「エクセレント……エクセレント! お姉さん、感動したわ!」

 

「うんうん。やっぱ流石っすね、師しょー。見た目はちょっと厳ついけど、説明してる所は近所のお兄ちゃんって感じー」

 

「………………」

 

が、2人の喝采を受けたエミヤオルタは苦しそうに顔を歪めて無視し、話を進めた。

 

「…………説明はこれくらいでいいだろ? とっとと終わらせよう」

 

「えっ!? もういいの!? まだ全然……」

 

さっさとゲームの準備を始めるエミヤオルタに、藤丸は不安からそう声をかける。

実際、藤丸はまだ基本的なルールを聞いただけ。1度も練習なしに本番なんて、不可能なように思えた。

しかし、この不安をエミヤオルタは鼻で笑う。

 

「あれで十分だ。後は役だが……これは種類が多い。初心者にいきなり覚えろと言うのも酷だろう。そこはオレがサポートしてやる」

 

「そんな適当でいいの?」

 

「ああ。気づいているかもしれないが、花札はかなり運に左右されるゲームだ。故に――」

 

そうこうしている内に準備が整い、ゲームがスタート。

お互いに配られた8枚の札を確認し、そして――

 

「――はい『手四』6文よ」

 

開始と同時に、タイガが自分の手札8枚をすべてオープンしてそう宣言した。

見ると8枚中4枚がすべて3月の桜。――これは『手四』と言い、同じ月の4枚すべてが自分の手札に来た場合に成立する役で、成立した場合はこのままゲームをせず相手の勝利となる。

と、藤丸へ説明しながら、エミヤオルタはため息を吐く。

 

「……こういうことが稀によくある。素人が1人増えたところで、戦況に然したる影響はない」

 

「運ゲーじゃん!」

 

藤丸は思わず絶叫する。

初心者相手にそもそもゲームをプレイさせないなんて、プレイヤー泣かせにも程がある!

しかし、憤慨する藤丸をなだめる様にタイガが言った。

 

「コラコラ、マスターニャん」

 

「マスターニャん!?」

 

「全国の花札ファンを敵に回す発言はよくないニャ」

 

「そうっすよー。勝負はまだまだわからない、わからない」

 

「……うっ」

 

確かに、先ほどの発言は我ながら軽率すぎたかもしれない。

気を取り直してネクストゲーム。

藤丸とエミヤオルタに配られた8枚の手札は、

 

――カスカスカスタンカスタンカスタネ。高得点に繋がる札0。

 

「…………」

 

「……まあ、マスター。……まだ逆転の可能性は――」

 

「はい先行『桜に幕』出して、山からドロー『ススキに月』。手札に盃もあるから、次で月見酒と花見酒、各3文の計6文で私の勝ちね」

 

「運ゲー! やっぱりこれ運ゲーだよ!」

 

勝ち誇るジャガーへ、今度こそ絶叫する藤丸。

確かに、花見で1杯と月見で1杯はたった2枚で成立する高得点役。この2枚が手にあれば、勝負はほぼ決まってしまうので、やはり運要素が強いと言わざるを得ない。

 

「いいや、マスター。今回ばかりはそうでもないらしい。――雑魚には雑魚の戦い方がある。手を見ろ」

 

しかし、エミヤオルタはまだ勝負を諦めていなかった。

促されるまま、藤丸は自分の手札を改めて見る。

エミヤオルタが示したのは3枚の札。

 

「これは……菊のカス札2枚?」

 

首を傾げる藤丸へ、エミヤオルタは頷く。

 

「ああ、相手の手に『菊に盃』があろうとも、取らせなければ役は成立しない。そして、こちらの手には菊が2枚。場に1枚」

 

花札は同じ月の札が計4枚。そのうちの2枚をカス札をこちらが抱えている。

つまり――

 

「……この番で場の菊を取っちゃえば、こっちの手札にある菊を場に出さない限り、相手の役は成立しない!」

 

「その通り。そして――」

 

と、エミヤオルタの猛攻が始まる。手のカス札を出して場のカスを取り、山札からめくった札も確保。そのまま、続けざまに手札のカス札を順当に確保する。

彼らの手札に来たカス札は5枚。取れないはずがない。

故に、

 

「これで『カス』1文、勝負だ」

 

カス札が自陣に10枚貯まった所でエミヤオルタが宣言した。

たったの1文だが、これでも役は役。ゲームはリセットされて、初期配置に戻る。

唖然とする藤丸へエミヤオルタは言った。

 

「これが、このゲームの醍醐味の1つだ。どんなに点数の高い役でも、成立しなければ得点にならない」

 

「だから、相手が高い手なら、より早くあがることで凌げるのか!」

 

感心する藤丸。高得点を流されたタイガは悔しそうに頬を拭った。

 

「くっ……やるわね、デミヤん」

 

「誰がデミヤんだ」

 

「しかーし! そっちは後11文。こっちは後6文! 依然地の利は我にあり!」

 

「地の利ではないと思うが」

 

タイガはエミヤオルタのツッコミを総スルーしながら札を配って、ネクストゲーム。

タイガのリアルラックがこちらを上回っているのか、その後も藤丸たちにとって不利な展開が続いた。

だが、エミヤオルタはこのピンチを悉くカバー。相手が高得点札を取れば、速攻で凌ぎ。逆に相手が早そうなら、これ以上相手へ高い役が行かない様に妨害する。更に、初心者である藤丸へのフォローも忘れない。

縦横無尽の活躍を見せるエミヤオルタへ、藤丸が感心しながら尋ねた。

 

「上手いね、エミヤオルタ。どこかで花札を?」

 

「…………」

 

藤丸としてはただの雑談のような問いだったのだが、意外にもエミヤオルタは少し複雑な表情で俯いた。

そして、遠く見つめながら神妙に答える。

 

「……昔の話だ。正月になる度、どこぞのバカに付き合わされてな」

 

藤丸は嬉しそうな――悲しそうな――曖昧な表情を浮かべるエミヤオルタの顔を覗く。

その瞳は、正面で弟子1号と楽しそうに笑うジャガーマンの姿が映っていた。

 

「……それって」

 

「無駄話はここまでだ」

 

と、藤丸が尋ねるよりも早く、エミヤオルタはそう遮ってゲームに戻る。

その後も一進一退の攻防が続いた。

エミヤオルタのサポートもあり、なんとか藤丸も赤短を揃えることに成功。初めて自分で取れた勝利に、ついつい笑顔が漏れる。

――運ゲー。聞こえは悪いが、それは裏を返せば初心者も経験者も同じ土俵で対等に遊べるということだ。

老若男女問わず、初めてでも玄人でも一緒になって楽しめるゲーム。

だからきっと――今、この瞬間。この場はこんなにも居心地がいいのだろう。

 

藤丸に出し抜かれたジャガーマンは涙目で絶叫し、

 

そんな彼女を弟子1号が責めるように捲し立て、

 

その様子を見て藤丸はついつい大きく吹き出し笑う。

 

そして、エミヤオルタも……。

 

「……ああ」

 

「ん? どうした、マスター?」

 

「…………ううん、なんでもない」

 

藤丸は首を振りながら、花札をするエミヤオルタの横顔を見る。

きっと無自覚だからだろう。その顔はまるで……。

藤丸はそんな思いをそっと胸の内に止め、誰にも聞こえない小さな声でだけ呟いた。

 

「もしかして、ジャガーマンの目的って……」

 

しかし、それを確かめる術はない。

――そして、あっという間に勝負は佳境を迎えた。

 

「貰ったァ!」

 

「しまった!?」

 

と、タイガが雄叫びと共に『桜に幕』を先取。花札にもだいぶ慣れた藤丸が、相手の抱えたアドバンテージに絶叫する。

『桜に幕』は高得点の役に絡みやすい重要な札だ。

なんとしても、次の自分の番でリカバリーしなければ。

――しかし、相手は野獣。

野生の獣が、このチャンスを逃すはずもない。

続けて、タイガが吠える。

 

「もう遅ーい! 行け、我が弟子!」

 

「はいっす、師しょー! ――『ラインの黄金』発動!」

 

瞬間、山札を捲る弟子1号の右手が光った。

まるで希望の光のように。それが必然であると高らかに叫ぶかの如く、山札の上からめくる札を創造する。

現われたのは――『松に鶴』。

 

「――なっ!?」

 

「――にっ!?」

 

当然の出来事に藤丸とエミヤオルタが揃って絶句する。

対する虎とブルマは唖然とする2人を尻目に、手にした2枚を掲げ余裕の笑みを浮かべていた。

弟子1号の起こした奇跡に、藤丸が思わず叫ぶ。

 

「この花札、宝具もありなの!?」

 

「ありもあり、大ありニャ」

 

「これで次に『ススキに月』を取れば『三光』。『菊に盃』を取れば『花見で一杯』が成立して、わたしたちの勝ちっす!」

 

「ズッル! 反則だよ! 反則!」

 

「ノウノウ、マスターちゃん。反則じゃありませーん。何故ならこれはトラぶる花札だから!」

 

「そう! 宝具は使用可能っす!」

 

「そ、そんな……」

 

ならばせめて最初のルール説明の時にそう言って欲しかった……。

重要なルールを隠匿し、決めれば必勝のこのタイミングで宝具を使用する意地汚さ……。もといタイガと弟子1号の戦略に藤丸は力なく崩れる。

エミヤオルタは、そんなマスターの肩へ手を置きながら、

 

「このゲームの仕様なら仕方ない。人生、諦めも肝心だ」

 

この状況で、場違いなほど平然とした声でそう言った。

 

「エミヤオルタまで……せっかく、ここまで頑張ったのに……」

 

流石ドライなエミヤオルタ。藤丸は初めての花札での敗北に、悔しさから唇を噛む。

恐らく相手の手には次で役が完成する札が握られているだろう。

次のターンで必敗。

だが、

 

「宝具もあり……なるほどな」

 

勝負を諦めたかに見えたエミヤオルタは、ただ1人盤面を見据えたまま、

 

「なら――この札、すべて取ってしまっても構わんのだろう?」

 

そんな、とんでもない事を口にした。

 

「エミヤオルタ……」

 

サーヴァントが諦めていないのに、マスターの自分がこれでは立つ瀬がない。

俯いていた藤丸が顔を上げ、自分を叱咤した。

 

「――勿論! 遠慮なくやっちゃって!」

 

「……ふん。なら、期待に応えるとしよう」

 

マスターの激励を受け、エミヤオルタが前に出る。

対するタイガと弟子1号が叫んだ。

 

「バ、バカニャして!」

 

「ブーブー! このキザ男ー! 女泣かせー!」

 

「言ってろイロモノコンビ」

 

初期手札や場に出る札など運要素の強い花札。自分の意志でコントロールできる札の少ない花札で、相手のアドバンテージを覆すのは難しい。

開始と同時にここまでの差が開いてしまえば勝負はもう決まったようなもの。逆転はほぼ不可能だ。

そう、本来ならば。

――だが、ここに例外が存在する。

エミヤオルタは場に出ている札を見つめながら魔力を回す。

そして、自身の札を手に取って、

 

「――トレース、オン」

 

唯一無二の呪文を口にした。

同時、エミヤオルタはすべての札を自らの望むまま、新たに創造する。

手に取った札は『菊』へ。そして、山札から引いた札は『ススキ』へ。

無駄なく、相手の勝ち筋となる盤面を駆逐する!

同時に対面の虎とブルマが露骨に顔をしかめた。

 

「げっ!? ちょっ、アーチャーさんそれは――」

 

「先に宝具ありと言ったのはあんただろう?」

 

「うっ……」

 

「あー……ちょっとやりすぎちゃったわね、タイガ」

 

「うるさーい、ブルマ風情が! こっちの手には月と酒があるんだもん! 勝負はまだ分からないわ!」

 

「ほう、それはいいことを聞いた」

 

「うっ……」

 

そして、その後も一方的な展開が続いた。

タイガ&弟子1号がどんな札を出そうと、エミヤオルタは返しにそのすべての勝ち筋を排除。同時に、自分は着々と役のパーツを揃える。

いつでも、どのタイミングでも、好きな札を手に取ることのできるエミヤオルタに勝てるはずもない。

そして、

 

「――『猪鹿蝶』。勝負だ」

 

エミヤオルタの宣言と共に、ゲーム終了。

 

「ぐはっ……!」

 

同時に、何故かタイガが口から大量の血を吐いて倒れた。

原理は不明だが、どうやら花札の敗北による精神ダメージが肉体へも作用しているらしい。恐るべし『無限の道場』。

タイガが倒れたことにより、固有結界も解除され、風景が元の教会前へと戻る。

 

「くっ……流石は私の見込んだマスターにゃ……」

 

敗れたタイガは、観念したのか膝をつき、吐血しながら苦しそうに呟く。

 

「――しかーし! 今、倒れた私はナマモノ四天王最強の一角! そして事件の黒幕! ……え? 今、私かなりヤバくない?」

 

が、苦しそうなのは気のせいだったらしい。

次の瞬間にはそう元気に叫びだした。

 

「ジャガーマン……」

 

「というか、やっぱりあんたが黒幕か」

 

あんまりな告白に藤丸は顔を押さえ、エミヤオルタが呆れ顔で言う。

勿論、その程度の哀れみで止まるジャガーマンではない。

 

「くっ……本当は花札でけちょんけちょんにした後、ボロボロの2人へたっぷりと私の“大人”な魅力を余すことなく教え込むはずにゃったのに……」

 

「大人……?」

 

「えーい! かくなる上は!」

 

「上は?」

 

首を傾げる藤丸。タイガはなんだかんだで満身創痍。対するは常在戦場のエミヤオルタ。正直、ここから彼女が逆転できるとは思えない。

だが、タイガが大声でその起死回生の一手を繰り出した。

 

「――セイバーちゃーん! へループ!」

 

「え…………?」

 

「――っ!? マズイ!? マスター下がれ!」

 

「――遅い」

 

ふざけた空気から一転。

タイガの言葉と同時に、反転した極光が2人を襲った。

大地が割かれ、タイガと藤丸たちの間に巨大な溝を作り出す漆黒の剣士。――アルトリアオルタが2人の前に立ちふさがった。

 

「くっ……」

 

「エミヤオルタ!?」

 

自らを庇って膝をついたエミヤオルタへ、藤丸が慌てて駆け寄る。ギリギリだったため、僅かに回避が間に合わなかったらしい。

すぐに礼装へ魔力を回してエミヤオルタを回復させる。

これでエミヤオルタの傷は癒えたものの、彼女たちに隙も与えてしまった。

一気に形勢を逆転したタイガと弟子1号が高笑いしながら勝ち誇る。

 

「さっすが最優のサーヴァント、セイバーちゃん! しかもオルタ! 黒は強いって本当だったのねぇ……。さあ、この隙に逃げるニャ!」

 

「いえーい、師しょー! 大人気なーい!」

 

「わっはっは! 褒めるな褒めるな! ――というわけで、さらばー!」

 

「うわっ! あのジャガー、ホントに逃げた!」

 

と、悪びれもせずアルトリアオルタの影に隠れてそそくさと逃げる黒幕コンビ。

これには流石の藤丸もドン引きする。

エミヤオルタはすぐに追撃しようとするものも、

 

「まずい。マスター、すぐに奴を――」

 

「行かせると思うか?」

 

当然、その前にはアルトリアオルタが立ちふさがった。

眼前で剣を構える漆黒の騎士へ、エミヤオルタが苦虫をかみつぶしたような顔で呟く。

 

「…………まさか、あんたまでそっちとはな」

 

「何を戸惑う弓兵。所詮、我らはサーヴァント。貴様が1番理解していよう?」

 

「…………」

 

沈黙するエミヤオルタへ、セイバーオルタは臆することなく切っ先を向ける。

 

「あんな馬鹿だが、今回ばかりは私の主人だ。ここを通りたくば」

 

「ここを通りたくば……」

 

「この私を倒して見せろ!」

 

直後、暴力的な量の魔力がアルトリアオルタを中心に逆巻く。

それが開幕の合図だった。

臨戦態勢のまま、アルトリアオルタは彼らへ勝負方法を口にする。

彼女の告げた、衝撃の勝負方法とは!?

 

「――チキチキ、ジャガーマン争奪料理対決!!!」

 

「待って待って待って」

 

こうして、新たな戦いの火ぶたが切って落とされた!

遂にカルデアのマスターたちの前に現れた真犯人ジャガーマン!

新たに立ちはだかるはジャガーマン配下が1人セイバーオルタ!

彼らは見事セイバーオルタを倒し、ジャガーマンを捕らえることができるのか!?

ジャガーマンと虎聖杯を巡る攻防は熾烈を極め、舞台はついに後半戦へと突入する! 




嘘……まだ前半なの……。
というのは置いといて、

うあぁぁぁ! タイころリスペクトで7話にまとめようと思ってたのに、今回の前後編でナンバリングが狂ったぁぁぁ!
――ということに、前回アップしてから気づいて1人悶絶したマヌケは私です、おはようございます
まあ、現状ですら通算で6話目な時点で色々グダグダですが……


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第5話 虎より団子 前編

Sideカルデア

 

事件を起こした黒幕タイガ(ジャガーマン)を追い詰めたカルデアの一行。しかし、新たに現れた刺客アルトリアオルタの妨害を受け、あと1歩の所でタイガを取り逃してしまった。

そして、

 

「――チキチキ、ジャガーマン争奪料理対決!!!」

 

「待って待って待って」

 

新たに挑まれたのがこのトンチキ勝負である。

藤丸は抗議しながら、痛む頭を懸命に押さえた。流石にもうついていけないというのが本音だし、胃に穴が開きそうな気分だ。

見れば、隣のエミヤオルタも酷く複雑な表情で沈黙している。

しかし、苦悶する面々を前にしてもアルトリアオルタは止まらない。

 

「名乗りが遅れたな、私はナマモノ四天王が1人――セイバーオルタだ!」

 

「ナ、ナマモノ四天王!?」

 

『実在してたんですね……』

 

「そして、対決のルールは簡単だ――この私が唸る料理を作ってみせろ! 満足したら通してやる!」

 

「ただお腹が空いてるだけでしょ?」

 

『対決ですらないですね……』

 

交互に呆れる藤丸とマシュ。流石イロモノ、訳が分からない。

だが、当のアルトリアオルタは本気のようだ。

若干戸惑った様子のマシュがおずおずと尋ねる。

 

『……ところで、調理はどこでするのでしょうか?』

 

「そういえば……」

 

ここは街はずれに佇む冬木教会という建物の門の前だ。ちょっとした広場にもなっているこの場所はかなり広く、それこそ大規模な野外イベントを行えそうな程のスペースがある。

丘の上という立地もあり、晴れた日にピクニックでもすれば、さぞお弁当がおいしいだろう。――が、屋外なので当然調理道具はない。そもそも、キャンプでもない限り、屋外で調理などしない。

しかし、この懸念は杞憂だったようだ。アルトリアオルタは胸を張る。

 

「案ずるな、抜かりはない。――おい」

 

「「「はっ」」」

 

瞬間、彼女の号令と共に、広場の物陰から見覚えのある円卓の騎士たちが数人現れた。

彼らは暴君の指示に従い、テキパイとプロ顔負けの手際で調理場らしきものを設営していく。円卓の騎士とはいったい……。

素敵な笑顔で労働に励む面々――特にマシュが若干1名へ特別――呆れた眼差しを送るも、構わずアルトリアオルタが続ける。

 

「屋外であれ、調理において不自由はさせん。材料もこちらで用意しよう。貴様らは私が良しというまで調理に専念すればいい」

 

厳かに言い切り、王の言葉に作業中の騎士の1人ガウェインが頷いた。

 

「はい。騎士に野営はつきものですので、兵站に不足はありません。また、今回は美食ということですので、装備も可能な限り整えさせていただきました」

 

ガウェインの言う通り、彼らに組み立てられた屋外調理場は即興とは思えないほど見事なものだった。完成しつつある調理場を見回りながら、藤丸の口から思わず驚きの声が漏れる。

 

「うわっ、蛇口まである!?」

 

火力も申し分ないガスコンロに、広い調理台と見事なシルク。教会から(無断で)水道も引いているらしく、屋外なのに蛇口から水が出る。当然調理器具も完備しており、大小さまざまな器具がズラリと並ぶ。

プロから見ればまた違うのだろうが、少なくとも料理初心者の藤丸から見れば十分すぎる設備だった。ほとんど、屋内のキッチンと変わらない。

映像越しにもその凄まじさが伝わったのだろう、マシュも目を丸くしていた。

 

『こんな装備、いったいどこで?』

 

「道具類は全て親切なネコさんから頂きました」

 

マシュの疑問に、なんでもないことのように答えるガウェイン。

しかし、あり得ない単語を耳にした2人は固まり、首を傾げながら藤丸が問う。

 

「…………なんて?」

 

「親切なネコさんです」

 

やはり、当たり前、といった様子で即答するガウェイン。ニュアンス的に、それがニックネームなどでなく、キャット的な何かなのだと伝わる。

ガウェインは説明を続けた。

 

「こちらで偶然知り合ったのですが、ネコ缶を渡すとお礼にこれを。『オウ……親切なnice guy。ユーにこれを。其れを持つ者、世界の王となるであろう……。え? いらにゃい? つーか、アチシも何故こんなものを持ってるのかわからにゃい』とのことで」

 

「…………」

 

『…………』

 

そのネコさんとやらには全く心当たりがないが、なんとなく不穏な空気を感じる。具体的にはジャガーマンと似たニュアンスのイロモノ具合だ。

藤丸は恐る恐る手近な鍋を持ち上げて確認すると、裏に“メイドイングレートキャッツビレッジ”と書いてあった。……大丈夫だろうか、いろいろな意味で。ただただ、遭遇しないことを願うばかりだ。

 

「……はあ」

 

未確認のイロモノのことを思い、心労からため息の漏れる藤丸。

思えば、この特異点へ来てからこんなことばかりだ。

ここまでクー・フーリンとジャガーマンから立て続けにトンチキ勝負を挑まれてきたが、まさかそれに真面目なアルトリアオルタまでもが乗っかってくるとは……。

 

「……いや。そもそも、どうしてアルトリアオルタがジャガーマンの味方を?」

 

と、根本的な部分に疑問を抱き、藤丸が呟いた。

アルトリアオルタといえば暴君の如き振る舞いをしつつも、根っこの部分では理性的なクールなタイプだと思っていた。だから、おふざけジャガーと冷徹なオルタの組み合わせはどこか引っかかるものがあったのだ。

勿論、サーヴァントなのだから誰に仕えていても不思議ではないが……。もしかしたら、彼女なりの訳があるのかもしれない。

 

「まさか、何か事情が?」

 

だから、藤丸はそうアルトリアオルタに尋ねた。

対する彼女は、若干棘のある口調で吐き捨てる。

 

「……当然だ。この私が、ただ軍門に降るはずがない」

 

「やっぱり……」

 

どうやら理由がありそうだ。

固唾をのむ一行へ、アルトリアオルタは僅かに遠くの空へ目を向けた後、藤丸たちをまっすぐに見つめてその訳を答えた。

 

「――ホットドック1年分で手を打った」

 

「ただお腹が空いてるだけだよね!?」

 

見れば、アルトリアオルタの足元にはホットドックの残骸らしき大量の紙袋が転がっている。

自分の身は1年分のホットドックで売られたんだと思うと、ちょっと悲しくなった。気遣ったこっちがバカだった。――というかこの暴王、1年分を一気に食べたのか。しかも、その上で更に自分たちへ調理を要求していると?

藤丸はアルトリアオルタの胃袋を思い、眩暈を覚える。

マシュも同じ気持ちなのか、あり得ないものを見るかの様に唖然としながら問うた。

 

『そ、それだけ食べればもう十分なのではないでしょうか? いえ、もうすでに食べすぎなのでは?』

 

「人類のキャパシティは軽く超えてる」

 

しかし、マシュと藤丸のツッコミに対して、アルトリアオルタはなおも平然とした様子で答える。

 

「安心しろ、この程度で食い倒れる私ではない。浴槽いっぱいのバーガーですら満腹には程遠い。あと倍は余裕だ」

 

「その言葉のどこに安心しろと?」

 

「ホットドックはあくまでおやつ。主菜はこれから貴様らの作るとっておきのディナーだ。――楽しみにしているぞ」

 

「そして、思いのほかハードルが高い!」

 

一体彼女は、こちらの料理に何を期待しているのか? あと、浴槽いっぱいのバーガーとはなんなのか?

謎な謎を呼ぶイロモノ時空。

とりあえず、目の前の黒い騎士王は何故か、こちらの料理に甚くご執心だ。満足する料理を食べるまで梃子でも動かん、という気迫を感じる。

実際、いつまでもグダグダする藤丸たちに焦れたのか、少し不機嫌そうに剣で地面を小突いて催促した。

 

「――いいから早くしろ。元より貴様らに拒否権はない。私のために料理を作れ。暴飲暴食をさせろ」

 

「ついに建前をかなぐり捨てた……」

 

流石は騎士王、ある意味とても潔い。

要は、この機会に際限なくお腹いっぱい食べたい、ということらしい。

正直、ここまで自分たちの作る料理を求めてくれるのは、なんだか悪い気がしなかった。普段であれば、食事の1つや2つ作ってあげたいところだが……。一応、今は有事だ。

一刻も早く、逃げたジャガーマンを追わなければならない。

だから、エミヤオルタはやれやれと首を振り、駄々をこねるアルトリアオルタにあっさりと背を向けた。

 

「付き合いきれん。料理ならそこいらの店で勝手にテイクアウトしてくれ。オレたちは勝手に――」

 

「行かせると思うか?」

 

「――っ!」

 

――が。瞬間、魔力が爆発し、緊張が走る。

先ほどまでのどこか緩んだ空気はどこへやら。

即座に、エミヤオルタが庇うように藤丸の前へ出るが、そんなものは気休めだ。

目にも留まらぬ速さでアルトリアオルタが聖剣を一薙ぎした。

同時、藤丸の真横を死を纏った風が通り過ぎる。

 

「…………」

 

結果は明白だった。

藤丸のつま先を掠める形で、広場の地面がI字に抉れている。

今、アルトリアオルタが本気で聖剣を振るっていたら、間違いなく藤丸立香は死んでいた。エミヤオルタの防御も間に合わない。

ここはすでに彼女の間合い。

エミヤオルタでも、無傷の離脱は不可能だろう。

強張る2人へアルトリアオルタは粛々と告げる。

 

「勘違いするな、弓兵。これは私から貴様らへの譲歩だ。私の役目はあくまで『我がマスターの守護』。それを、条件さえ呑めば無傷で通してやると言っているのだ。勿論、貴様らが勝利した暁には奴の居場所も明かしてやろう。――それとも、我ららしく剣で雌雄を決するか? 私は構わんぞ」

 

「…………」

 

剣を構えるアルトリアオルタに、沈黙するエミヤオルタ。

代弁するかのようにマシュが呟いた。

 

『……確かに、これはチャンスです。アルトリアオルタさんの戦闘能力は私たちも知っていますが……エミヤオルタさんでも、とても無傷では……』

 

と、口にしながら、僅かに顔を曇らせる。恐らく、特異点Fでの戦闘を思い出しているのだろう。

あの時対峙したアルトリアオルタの強さは筆舌に尽くしがたいものだった。味方であればこれほど頼もしい英霊も他にいないが、再び敵になった時のことなど想像すらしたくない。正面から対峙すれば再び生還できる保証はないだろう。

彼女との戦闘はあまりにもリスクが大きい。

 

「……うん。戦闘をするよりずっと」

 

だから、マスターとしてそう結論を出し、エミヤオルタに自分の考えを口にする。

 

「エミヤオルタ。やっぱり、アルトリアオルタとは料理で決着をつけよう」

 

恐らく、この判断をエミヤオルタは嫌うだろう。

しかし、だからと言ってマスターの方針を蔑ろにするサーヴァントでないことも知っている。効率を優先する彼だが、至る結果が同じならある程度の遠回りも容認してくれている。

また、確かに最も手っ取り早いのは実力行使だが、今回の場合リスクを背負ってまで強行する必要性もない。

エミヤオルタも、そう判断したのだろう。彼は特に反論することも強行することもなく、やれやれ、と自嘲気味に頬を吊り上げ背を向ける。

 

「あんたがそう言うなら止めはしないさ。――が、無論オレは手伝わんぞ。料理ごっこなら勝手にしてくれ」

 

「勿論。――ごめんね、ちょっと待ってて」

 

「……ふん」

 

と、エミヤオルタは鼻を鳴らし、少し離れたところで腕を組む。

その姿を見て、マシュが不安そうに尋ねた。

 

『いいんですか、先輩? エミヤオルタさんが調理すれば、きっと――』

 

しかし、藤丸は彼女を遮るように首を振る。

 

「無理強いは出来ないよ。それに……」

 

今のエミヤオルタに料理をさせるのはあまりに酷だ。

だってエミヤオルタの舌はもう……。

無論、ちゃんと勝負のことも考えての判断だ。戦闘ならばともかくこれは料理対決。自分だけの力でもなんとか乗り越えられるだろう。

根拠があった。

藤丸はマシュへ自信満々で胸を張る。

 

「大丈夫だよ、任せて! カレーは得意だよ! カレーは!」

 

嘘ではない。

エミヤ先輩に初心者セットを貰ってからは勧められるまま時々料理をするようになっていた。……時々。……たまにくらい。

そのおかげで、カレーに関してはほぼ完璧にマスター。

何故かアルトリア系に大絶賛のカレーを作れるようになった。そして、彼女もアルトリア。

これなら……。

が、

 

「…………カレーは飽きた。もっとジャンクなものを寄越せ」

 

「なっ――!」

 

藤丸のカレー大作戦はアルトリアオルタの無情な宣言によって初心者セットで灰燼に帰す。

 

「そんな横暴な!?」

 

当然、藤丸は抗議するが、

 

「私がルールだ。……今日はカレーの舌ではない。別のものを作れ。別のものを」

 

と、アルトリアオルタからはそっぽを向きながらぶっきら棒に返されてしまう。

そう! この料理対決(?)のルールは『アルトリアオルタを満足させる』というもの。故に、彼女の主張は絶対。何故なら、食べたくないものを食べても満足なんてしないから。

……それはそれとして、何故か少し不機嫌そうなのは気のせいだろうか?

なにはともあれ、この料理対決の根本的なルール不備に気づいた藤丸は俯いた。

 

「……これが暴君か」

 

『先輩……』

 

「だ、大丈夫。大丈夫……。カレーはすべての道に通ずって、エミヤ先輩も言ってたし。アドリブでも。きっと……」

 

『先輩…………』

 

マシュの不安そうな声が空しく響く。

そう、きっと問題ない。

騎士王ならともかく、オルタの好物はジャンク。申し訳ないが、それなら初心者の自分でも試行錯誤すれば満足のいくものができるだろう。……多分。……恐らく。

 

「当然、マッシュポテトもなしだ。出した瞬間挽き潰す」

 

「注文が多い!」

 

アルトリアオルタから立て続けにリクエストを受けて藤丸が叫ぶ。

背後で設営の終わったガウェインが酷くショックを受けた顔をしていたが、こっちについては自業自得なのでかける言葉もない。用意された食材にやたら芋類が多いと思ったら、やっぱりあんたの仕業か……。

何はともあれ。こうして、エミヤオルタ不参加のまま、前途多難な料理対決が幕を開けたのだった。




お久しぶりです! 
第5話 虎より団子 前編
ようやく公開です!
毎度毎度遅くて、本当に申し訳ありません!

前編、ということで今回も2部構成。
後半もほぼ完成していて、明日には公開できる予定ですのでよろしくお願いします!


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第6話 虎より団子 後編

Side???

 

――夢を見た。

 

――かつての日々の夢を見た。

 

温かな食卓があった。

 

大切な人がいた。

 

修羅の道を歩みながら、そんな自分を気遣ってくれる家族がいて。応援してくれる人がいて。自分のことのように腹を立ててくれる友もいて。――たった数日だったが、忘れがたく頼もしい騎士がいた。

 

その誰もが笑う、夢のような日々があった。

 

きっと何物にも代えがたい、かけがえのないモノだった。

 

だから、男は――

 

『信じたものは曲げられない』

 

――自らの手で、その輝かしい日々と決別した。

 

切り捨て。殺し。裏切り。殺し。殺し。殺して、殺した。

 

家族を殺す男に躊躇はなく。

 

ライバルを裏切る男に死角はなく。

 

愛するものを殺す男に敵はなかった。

 

故に男は理想を叶え。

 

その果てで、

 

「――士郎」

 

「藤――――」

 

何か、大切なモノを失った。

 

 

sideカルデア

 

アルトリアオルタを満足させる料理を作る、という料理対決。――もとい、接待調理をすることになった藤丸立香。こんな茶番にエミヤオルタが付き合うはずもない。

彼の力を借りる必要はない、と1人意気揚々と調理を始めた藤丸だったが……。

――結論から言えば、瞬く間に挫折した。

 

「これは?」

 

出来た最初の料理をフォークで口元へ運びつつ、アルトリアオルタが半目で尋ねる。

ちなみに彼女は今、円卓の騎士の皆さんによって設えられた玉座のようなテーブル席に腰を掛け、藤丸の出した料理を食べている。簡素ながら騎士たちの執念が感じられる力作で、教会前ということもあり、彼女の座るそこだけちょっとした異世界が広がっていた。

そんな場の雰囲気と後ろめたさも相まって、藤丸は不正を暴かれた貴族さながらに目を逸らしながら答える。

 

「フライドポテト……のはずです」

 

「……ふん。確かに、ポテトならばレシピを知らずともある程度のものが作れるだろう。どこぞの騎士が大量に用意した食材を活用したことも評価しよう。――が、そんな出来合いで私が満足すると思ったか?」

 

「ぐっ……」

 

「出直せ。――それはそれとして、この完成品は頂こう」

 

――

 

続く2品目。

 

「これは?」

 

再びアルトリアオルタは不服そうに尋ね、藤丸が顔を歪めながら答える。

 

「……ターキーです」

 

「外はグズグズ。中はパサパサ。油の温度を間違えたな、出直して来い。――それはそれとしてあるだけ貰おう」

 

――――

 

3品目。

 

「これは?」

 

「ハンバ――エッグバーガーです」

 

「開き直ったな? 大方、具の調理に失敗し、急遽ハムと卵で代用したのだろう? 出直せ。無論、完成品は――」

 

――――――

 

4品

 

「これは?」

 

「…………シチューです」

 

「得意料理へ逃げるな。もはや何も言わん。――出直せ」

 

――――――――

 

5

 

「これは?」

 

「ビーフシ――」

 

「出直せ」

 

――――――――――

 

「ポト――」

 

「出直せ」

 

――

 

――――

 

――――――

 

こうして王からリテイクを受けること数回。すでにお手上げ状態だった。

確かに、藤丸には多少の料理スキルがある。今回の勝負、エミヤオルタなしでも大丈夫だと思ったのも嘘ではない。しかし、藤丸の料理スキルはあくまで自炊レベル。一通りの調理はできるがそれだけだ。

また、実際に料理を始めてから気づいたのだが、そもそも藤丸はちゃんとしたレシピをカレーくらいしか完全に記憶していなかった。

 

「せめてレシピがあれば……」

 

呟くが、当然レシピの持ち合わせなんてない。

ここまで記憶の中から必死にアルトリアオルタの好きそうな料理を思い出し、手探りで調理してきたが付け焼刃で上手くいくはずもない。自炊なら、うろ覚えのレシピで十分だが今回はそうではない。自分用に作るのと他人へ振舞うために作るのでは訳が違う。

まだまだ自分の腕は他人へ振舞えるレベルではないことを痛感し、無力感から天を仰ぐ。

それでも、

 

「…………よし、休憩終わり」

 

諦めるわけにはいかない。

幸い、この料理勝負に時間制限はないし、アルトリアオルタの胃袋に限界もない。下手だろうと、何回トライしようと、最終的に1度でも彼女が満足する料理を作れればこちらの勝ちだ。

勝負の行方はまだ分からない。

それに……。

 

「……うん。エミヤが言っていたことも、ちょっとわかる気がする」

 

料理は楽しい。

特に、相手の喜ぶ顔を想像しながら作ると、こちらも自然と笑みが漏れる。

もっと、おいしい料理を。

もっと、みんなに喜んでもらえる料理を。

だから、

 

「さて、次は――」

 

と、藤丸は嬉しそうに自分の戦場へと戻っていった。

 

 

――そんな彼を見守る視線があった。エミヤオルタだ。

調理を辞退した後、彼は監視するようにアルトリアオルタの近くを陣取り、マスターの背中を眺めている。

長年調理場から離れていたエミヤオルタから見ても、マスターの手際はお粗末だった。まず、下ごしらえがなっていない。あれでは騎士王様を満足させるなんて夢のまた夢だろう。

それでも。

 

「…………」

 

眩しいものを見る様に目を細める。

状況は限りなく悪いというのに、あれこれと試行錯誤するマスターはなんだか楽しそうだ。

そう。まるで、幼い頃の――

 

「――チッ」

 

エミヤオルタは、また要らない感傷に浸っていることに気づいて苦々しく毒づき、思考を放棄する。

この特異点へ来てから、こんなことばかりだ。

そんな大切なモノ(ガラクタ)、とっくに捨て去ったはずなのに。

 

「…………いや」

 

多分、そうじゃない。

もっと前から。

このカルデアで仕事を始めてからというものエミヤオルタは――

 

「……ん?」

 

と、ここで監視していた気配が変化したことに気づき、顔を上げる。

振り返ると、先ほどまで黙々と藤丸が作った失敗作群を消費していたアルトリアオルタが手を止め、嫌味たっぷりな笑みを浮かべてこちらを覗いていた。

エミヤオルタはぶっきら棒に尋ねる。

 

「なんだ?」

 

「何、貴様が愉快な面をしていたのでな。どうした、悪夢にでもうなされたか?」

 

「バカバカしい。サーヴァントは夢を見ない。見るのは……」

 

――が、ここでエミヤオルタはアルトリアオルタが言わんとしていることに気づき、より表情をより険しくする。

……まったく、本当に悪い夢だ。

エミヤオルタは苦し紛れとばかりに睨み返しながら呟いた。

 

「……余裕だな。今すぐ殺して押し通ってもいいんだぞ」

 

「ほう、吠えたな弓兵。確かに、貴様なら不意を突けばそれも可能だろう。――が、そこのマスターは1度死ぬぞ。それでよければ、私は一向に構わんが?」

 

しかし、この反撃もまったく通じず、アルトリアオルタは挑発するように椅子へ座ったまま軽く聖剣を持ち上げた。

無論、エミヤオルタも本気で一戦交える気はない。

――やはり、先のアレはパフォーマンスか。と、このやり取りでアルトリアオルタ側に敵意がないことを確認し、自分も矛を収める。

そんなエミヤオルタの様子を見つめ、アルトリアオルタは僅かに首を傾げた。

 

「……しかし、聞いていた印象と随分違うな」

 

「何?」

 

「貴様のことだ。行程を無視し、効率を優先する男だと聞いていたが……。ふん、まるで逆だな」

 

と、エミヤオルタを値踏みするかのように見まわし、鼻を鳴らす。

 

「私は無駄だと進言したが、あながちタイガの見立ても――」

 

「――前言撤回だ。今すぐ消えろ」

 

「やってみろ。今の貴様など高が知れている」

 

それだけ告げて、アルトリアオルタは視線を外し、藤丸へ戻す。

もう語ることはないということだろう。

エミヤオルタも正面へ向き直り、顔を歪めた。

 

「…………」

 

確かに、今の自分はらしくない。

アルトリアオルタがマスターへ危害を加えるつもりがないと確認できた以上、自分がこの場に留まっている理由がない。

本来なら、マスターの護衛など無視し、自分1人で元凶を追うべきだ。冷静な部分の自分がそう判断する。

しかし、体は一向に動かない。

視線は調理をするマスターへ向き、思考は――

 

「……バカバカしい」

 

記憶が戻って、腑抜けになったと?

あり得ない。

多少、記憶が戻った程度であり方が変わるわけがない。

この身はサーヴァント。

人を殺すしか能のない殺人機械だ。

――なら、意地を張る必要がどこにある?

 

「……やれやれ」

 

そう、何事も効率優先。

ただ、それだけの事。

食材を切る包丁だって人を殺せる。

なら、逆もまた然りだろう。

切れ味なら折り紙付きだ。

だから――

 

最後にもう1度、

 

「くだらない」

 

と、吐き捨てつつ。

エミヤオルタはマスターへ歩み寄った。

 

 

――その頃、藤丸はハンバーガーに再チャレンジしていた。

やはり、アルトリアオルタといえばこの料理だろう。

先ほどはハンバーグを作るのに失敗してしまいダメ出しを食らったが、出された品を見るアルトリアオルタの目は少し嬉しそうだった。恐らく、彼女が食べたいのはこの料理だろう。

なら、勝負をするならここだ。

 

「…………むう」

 

しかし、やはり肉料理は難しい。

調理はまたしても難航していた。

そもそもレシピがないので、調理工程がかなり怪しい。

 

「確か、ひき肉と玉ねぎと卵……卵って、ハンバーグのどこに使ってるんだ?」

 

こんな調子なので材料すらあっているか疑問だ。

確かパン粉も入っていた気がするが……全部混ぜて良かっただろうか……? 

料理は正確さが命。悩んだ時間だけ鮮度も落ちる。

このままでは、またボツを喰らうのは目に見えていた。

そうして、あーだ、こーだ、と四苦八苦していると、

 

「……やれやれ 見ちゃいられないな」

 

そんな藤丸の背中へ、歩み寄る影があった。

 

「違う、ひき肉は温まる前に手早くこねろ」

 

と、その影は藤丸から乱暴にボールを取り上げる。

予想外の事態に、藤丸は呆気にとられながら振り返った。

そこにいるのは見慣れた、頼もしい姿。

最早、厨房には立たないと半ば諦めていた男の出現に、藤丸は歓喜と共にその名を呼んだ。

 

「エミヤオルタ!」

 

しかし、叫んですぐ藤丸は安直な自分を思い顔を歪めた。対するエミヤオルタも居心地が悪そうにそっぽを向く。――やはり、無理をしているのだろう。

至らない自分を恥じながら、藤丸はエミヤオルタへ向けて頭を下げ、

 

「……あの、ごめ――」

 

「――勘違いするな」

 

間髪入れずにそう遮られた。

 

「要らん気を使うな。オレは、これが最も効率がいいと判断しただけだ。……どうせ味見もできん。昔取った杵柄だ。基本くらいは教えてやる。あとはお前がやれ。ハンバーグくらいは作れるだろう?」

 

頭を上げた藤丸へエミヤオルタは淡々とした口調で告げる。

彼らしい叱咤に思わず頬を緩ませながら、藤丸は元気よく答えた。

 

「――勿論!」

 

エミヤオルタが厨房にいる。

それだけで、これほど頼もしいことはない。

サーヴァントが無理を通して駆け付けてくれたのだ。ならば、期待に応えなければ。

 

「さあ、反撃開始だ!」

 

自らを鼓舞するように藤丸は叫ぶ。

そして、2人は必殺の1撃を振舞うべく、並んで厨房に立ったのだった。

 

 

……それはそれとして。

 

「――ところでマスター」

 

と、料理の途中でエミヤオルタが声を上げた。

 

「少し、次のレシピについて提案があるんだが構わないか?」

 

「いいけど、どうしたの?」

 

「いや、どうにも乗せられたようで癪なのでな……」

 

と、エミヤオルタは意地の悪い笑みを浮かべながら、その作戦を口にする。

 

「――騎士王様にも、童心に帰ってもらおうかとな」

 

 

――そして。

 

「ど、どう?」

 

エミヤオルタと2人で作った必殺の料理をアルトリアオルタの前へ運び、藤丸は不安に押しつぶされそうな思いでそう尋ねる。

 

「ふん。食べてみないことにはわからんが……」

 

対するアルトリアオルタは、出された品を見下ろしながら値踏みして、

 

「――まず、この旗はなんだ?」

 

と、冷ややかな目で口にした。

彼女の目線の先は、彼らの出した皿の上のハンバーグ。そこへ突き刺さった小さなイギリス国旗へ向けられている。

この問いにエミヤオルタは、しれっと何でもないことのように答える。

 

「知らないか? あんたは腐っても王だからな。こちらなりに趣向を凝らしてみた。やはり、城といえば旗だろう?」

 

「そういうものか?」

 

エミヤオルタはニヒルに笑い、アルトリアオルタは不思議そうに首を傾げる。

そんな2人のやり取りを見守りながら、藤丸は冷や汗をかきながら懸命にポーカーフェイスを保つ。プレッシャーで胃が痛いし、なんなら穴はもう開いている。

ハンバーガーに再チャレンジしようとしていた藤丸だったが、エミヤオルタの進言でメニューを少し変更した。

彼が提案したのはハンバーガーからシンプルなハンバーグへの変更と、いくつかのメニューの追加。ハンバーグだけでなく、フライドポテトなどいくつかの揚げ物と目玉焼きを加えた。更にそこから、装飾にも気を使い、すべての品を1つの大皿へ盛り付け、目玉のハンバーグにはつま楊枝で作ったお手製の旗を刺す。

こうして出来たのが目の前の品であり、

 

要は――お子様ランチだ。

 

途中までノリノリでエミヤオルタと一緒に盛り付けていた藤丸だが、事ここに至り流石にやりすぎたと反省する。

多分、アルトリアオルタはこの手の冗談が嫌いだ。

獅子の尾を踏まないか、と藤丸は顔を青くしながら事の成り行きを様子を見守った。

幸いにも、アルトリアオルタはお子様ランチを知らなかったらしい。少し眉をひそめながらも、激情することなくフォークとナイフを手に取った。

そして、

 

「…………」

 

反応はなかった。

ハンバーグを口に含んだアルトリアオルタは僅かに頷いただけで、その後何もなかったかのように2口目を口にする。

その後も終始無言。

時折、僅かに頷くだけで、これまでとは一転静かに吟味する。

 

「……裁定に移ろう」

 

と、口にしたのは皿の上の品をすべて平らげた後だった。

アルトリアオルタは静かに顔を上げ、

 

「――その前に。貴様、来い」

 

不愉快そうに、エミヤオルタを目の前に呼び寄せた。

 

「……なんだ?」

 

首を傾げるエミヤオルタ。

アルトリアオルタはそんな彼を少し屈ませ、

――額を力いっぱい指で小突いた。

 

「――っ!」

 

ビシッ、と気持ちのいい音が広場に響き、エミヤオルタが顔を歪める。結構痛そうだ。

抗議するように睨むエミヤオルタに、アルトリアは鼻を鳴らした。

 

「私をバカにしたのだから当然だ。むしろ、この程度で済ますのだから感謝しろ。気付かないとでも思ったか?」

 

「だよね!?」

 

僅かに怒気を帯びるアルトリアオルタの言葉に、藤丸がほぼ絶叫しながら同意する。

そりゃあそうだ。現代の知識をある程度有するサーヴァントが、この悪ふざけに気づかないはずがない。

 

「そもそも料理自体も酷い出来だ」

 

「だよねー!?」

 

最早、悲鳴だった。やはり、先の沈黙は嵐の前の静けさだったかっ!

アルトリアオルタの容赦のないダメ出しは続く。

 

「ブランクがあるだろうにその手際は見事だった。だが、慣れないコンロに火加減を間違えたな? ほかにもいくつか細かなミスが目立つ。貴様らしくない。……それに何より――私のオーダーはジャンクだ! お上品なハンバーグではない!」

 

「おっしゃる通りです……!」

 

藤丸は謝罪も兼ねて力いっぱい平伏する。

何度でもチャレンジできる、と思っていた料理対決だったが、例外があった。アルトリアオルタがこちらに失望すれば次のチャンスなんてない。

彼女が呆れて、最早ここまで、といえばこの勝負はお終いだ。

つまり、これでゲームセット。

悔しさから唇をかむ藤丸。

しかし、

 

「――が。……誤魔化せんか」

 

「……え?」

 

項垂れる藤丸へ、アルトリアオルタは穏やかに告げた。

 

「………………私としても非常に不本意だが。どうやら求めていたのは、やはりこの味だったようだ」

 

「――っ! じゃ、じゃあ!」

 

と、アルトリアオルタの言葉に顔を上げる。

そこで藤丸が見たのは、カルデアでの彼女にはほとんど見られない、とても穏やかな――それでいて、どこか悲しそうな笑みだった。

彼女は続ける。

 

「――ああ、私は満足してしまった」

 

この言葉に藤丸は、ほっ、と胸をなでおろす。

 

「ただし、それはそれとして」

 

と、アルトリアオルタは僅かに眉を顰めた。

 

「――この配膳は論外だ。故に、もう1度真面目に同じ品を作り直せ。それを以て、貴様らの勝ちとしてやろう」

 

「も、勿論!」

 

そのくらいなら朝飯前だ。実は、元々余分に作っていたものがまだいくつもあった。

藤丸は改めて、今回作った品を盛り付け直す。

ハンバーグと目玉焼き、揚げ物をそれぞれ別のお皿へ。それだけでは寂しいので茶碗に白いご飯と、急遽簡単なみそ汁も作って一緒に並べた。

素人に毛の生えたような不細工なハンバーグにご飯とみそ汁。

最終的に出来上がったのは、そんな夕食にでも出てきそうな、ありふれた家庭料理のようなメニューだった。

そのはずなのに、

 

「…………」

 

アルトリアは懐かしいモノでも見たかのように目を細め、静かに瞳を閉じた。

そして、

 

「――ジャガーマンはわくわくざぶーんという遊泳施設へ向かった。追いかけるなら急げ」

 

ハンバーグをゆっくりと噛みしめた後。

自らの敗北を認め、勝者へ報酬を渡す。

 

「――っ! ありがとう!」

 

「……礼を言うならこちらの方だ」

 

律儀にお礼を言う藤丸に対し、アルトリアオルタは首を振った。

そんな彼女を前にして藤丸は目を丸くする。

そこには冷徹で知られるアルトリアオルタの姿はなく。

料理を目の前に、胸の前で手を合わせる彼女の姿はまるで……。

少女は優しく微笑みながら呟いた。

 

「――感謝を、カルデアのマスター。それに黒いアーチャー。例え、貴様が他人の空似であり、私がかつての私でなかったとしても――この味を再び口にできてよかった」

 

「――っ」

 

藤丸には、彼女のこの告白の意味は分からない。

だから、息を呑んだのはエミヤオルタだ。

 

――かつて、温かな食卓があった。

何物にも代え難い、輝かしい日々であり。

たった数日だけだが食卓を共にした、頼もしい騎士が――

 

「――ふっ、どうした弓兵?」

 

しかし、彼女がその微笑みを見せたのは僅か一瞬。

輝かしい日々の残滓は記憶の景色を共有するように、遠くを見つめる瞳でかつての少年へ首を振る。

 

「我らはただの影法師。そうだろう?」

 

かつての日々は、面影を残すのみ。

例え、過去に何があったとしても――それは彼らのことではない。

所詮は他人の空似。

この行為に意味はない。

それでも。きっと――

 

「……ああ」

 

表情を消したエミヤオルタが機械的に答え、剣の英雄も静かに頷いた。

そして、

 

「すまなかったな、カルデアのマスター。どうやら、図らずも茶番に突き合せてしまったようだ。――貴様の品も、皆良きものだった。機会があれば、そちらの私へ振る舞ってやってくれ」

 

「――うん」

 

と、アルトリアは謝罪と共に、そんな願いを託す。

対する藤丸は、当然だ、とばかりに大きく頷いた。

なら、もうここで出来ることは何もない。 

少女の幻は消え、厳しくも美しい暴君はカルデアのマスターへ発破をかける。

 

「では、行け!」

 

「はい、行ってきます!」

 

こうして、1つの何かが決着した。

 

「…………」

 

「…………」

 

藤丸はまっすぐと前を見つめ。

エミヤオルタは表情をより険しく、手元へ視線を落として。

この特異点がどんなものであれ、そこに思惑があるのなら、示す答えがあるだろう。

 

「――ところで、エミヤオルタ?」

 

「なんだ、マスター」

 

「あのハンバーグ、また作ってよ。……出来れば、カルデアに帰った後で」

 

「…………覚えてたらな」

 

「うん、ありがとう。……ごめんね」

 

「………………」

 

その答えがエゴだとしても。

藤丸とエミヤオルタはアルトリアを残し、再び前に進む。




なお被告は「エミヤオルタはいつもこちらにしんどい思いさせてくるので、エミヤオルタにもしんどい思いをしてもらおう思った。反省はしてないし、きっとまたやる」などと供述しており余罪の有無を……うわ! なにをするやめry


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一方その頃 狂戦士を巡る恋愛(?)頭脳戦

~~ 一方その頃 ~~ 

Sideイリヤ(冬木)&イアソン

 

聖杯戦争。

それは魔術師たちの血塗られた戦い。

万能の願望器を降臨させるための大規模儀式。

 

その杯を手にした者は、あらゆる願いを実現させる。

 

しかし、聖杯は1つ。

故に、魔術師たちは殺し合う。

最後の1人なるまで。

自らの願いを叶えるため。

 

――奇跡を欲するのなら、汝 自らの力を以って、最強を証明せよ!

 

そして、今宵も熾烈な戦いに身を投じ、衝突する2人の勇士がいた。

 

「今日こそ白黒つけるわよ、ギリシャ金ピカ」

 

彼女はイリヤスフィール・フォン・アインツベルン。

この聖杯戦争を取り仕切る御三家が1つ、アインツベルンを以てして最高傑作と謳われるホムンクルスである。

人体の7割も占める魔術回路を持つ規格外の存在。

まず間違いなく、この冬木において最強のマスターであろう。

そんな彼女が、真剣な面持ちで仇敵を睨む。

自信と使役するサーヴァントへの信頼の表れか、普段は戦場ですら余裕の笑みを絶やさぬ彼女だが、今その面持ちに一切の余裕はない。

それもそのはず、

 

「いつでもいいぜ、ちびっこ」

 

対するはアルゴノーツを率いた大船長。数々の冒険を繰り広げたギリシャの大英雄イアソン。サーヴァントとしての戦闘能力は低いものの、数々の大英雄を従えてきたカリスマと高い指揮能力を誇る強敵だ。

イアソンはややすれば傲慢にも見える態度で不敵に笑い、少女を見下す。

しかし、

 

「…………」

 

その瞳に一切の油断はない。

慢心から失敗も多い彼だが、それでも負けられない戦いはある。

負けられない。退くわけにはいかない。

絶対に譲れないものがイアソンにはあり、

 

「…………」

 

それは、イリヤも同じだった。

 

両者の間合いはすでに必死。

退くなどという選択肢は端からない。

ならば、衝突するは必然だ。

静かに睨み合う2人。

 

「「せーの!!」」

 

そして今、激闘の火蓋が切って落とされた!

両者が競うはただ1つ!

 

「バーサーカーは私のもの!」

 

「ヘラクレスはオレのもの!」

 

当然――ヘラクレス(バーサーカー)争奪戦である!

2人は睨み合いながら1歩を引かずに再び叫ぶ。

 

「私のよ!」

 

「オレんだ!」

 

「私のよ!」

 

「オレんだ!」

 

大声対決!

――威嚇。それは動物に刻まれた本能。あるものは大声により自らの力を誇示し、あるものは攻撃の糸口としても使用される。

そのルールは極めてシンプル。――先に折れた方が負け!

ルール無用の極めて不毛な小競り合い(こどものケンカ)である!

ここ冬木にカルデアのサーヴァントが出没するようになってからというもの、2人はこうして顔を合わせるたびに衝突していた。

当然未だ勝負はついていない。

今宵も、このまま無効試合に終わるかに思われた――その時だ!

 

「何よ! 伝説ではあなた、バーサーカーを島に置き去りにしたそうじゃない!」

 

――イリヤが仕掛ける!

 

「あ、あれは……」

 

「どんな理由があろうと、どんな状況だろうと、置いて行くなんてサイテーよ! 私なら絶対に許さない! あなたになんてバーサーカーは渡さない! バーサーカーの主に相応しいのはこの私よ!」

 

「ぐっ……」

 

――精神攻撃!

言葉によって相手の心を先に挫く盤外戦術の基本!

精神は人間の肉体にも大きく左右する。安定したパフォーマンスを発揮するためには、安定したメンタルが必須なのは最早常識だ。

その中でも言葉攻めは速攻性とコストパフォーマンスに非常に優れた、まさに定石。ただの言葉であるが故に効果は微々たるものだが、ただの言葉であるが故に防ぐことも困難。

これにより、単純な威嚇合戦は一転、心理戦の様相を呈する!

 

「オ、オレだって聞いてるぞ! お前、ヘラクレスを従えてたくせにセイバー相手に勝てなかったそうじゃないか! オレならそんなヘマはしない!」

 

当然! 心理戦ならばこの男も黙っていない!

 

「戦略のせの字もわからんちびっ子が! 従者の足手まといになる主がどこにいる! ヘラクレスの主に相応しいのはこのオレだ!」

 

「うっ……」

 

――論点のすり替え!

政治家から、子どもを言いくるめる母親まで。あらゆる人々に活用される論争の基本戦法! 自分のことを棚に上げ、相手の弱点を突く、攻守一体の盤石な1手だ。

流石はかのイアソンと言えるが、この戦法は諸刃の剣。口論でこの1手を切るということは、相手にこの選択肢を与えるということでもある。

自分が優位に進んだ際には一転、すり替え返しをされるリスクも意識しなければならない。

 

「…………」

 

「…………」

 

故の、膠着状態。

なんだかんだ、言葉の暴力がお互いにクリーンヒットした両者は、涙目になりながらも目の前の仇敵を睨む。

攻守は逆転し、攻める立場のイアソンだが現状畳みかけるにはリスクが高い。

対するイリヤも痛いところを突かれ、攻めあぐねた状況。

打破するためには2人のとった次の行動は……。

 

「――あなたも私がいいわよね! バーサーカー!」

 

「――お前もオレがいいだろ! ヘラクレス!」

 

――丸投げ!

膠着した口喧嘩で繰り出される最終奥義!

判断基準及び責任問題を第3者に丸投げする禁断の術である! 

当然、巻き込まれる第3者はたまったものではない。

片方の味方をすれば片方の恨みを買う。

しかし、だからと言って

 

『オレはどっちも好きだよ。アハハ』

 

なんて抜かそうものなら、修羅場突入必須!

矛先はこの第3者へと向き、すべての責任を押し付けられる。傍迷惑極まりない1手である! 通常なら、この丸投げを無傷で回避する術はない。

 

しかし! 

2人の狙う本丸はかの大英雄へラクレス!

此度の現界クラスはバーサーカー!

当然、喋れない!

 

2人が欲しているのは、この膠着状態を打破するきっかけ。

バーサーカーが喋れないなんてことは常識だ。

故に、先の問いにも答えを期待していない。

――呻き声で良いのだ。

何でもいい。バーサーカーが呻き声をあげたその瞬間、

 

『ほら、バーサーカー(ヘラクレス)もそう言っているじゃない(だろ)』

 

と、自らの勝利を宣言する。

――言った者勝ち!

ペットなど相手によく使われる。相手が返事をできないことをいいことに、さもその子が自分の肯定をしたかのように仕立てる作戦だ。

無論、根拠はない。

根拠はないが、喋れない者を相手にするため否定もできない。

だからこその、言った者勝ち。

 

「…………」

 

「…………」

 

仕掛けた2人はお互いのパートナーを見つめ、固唾をのむ。

次に彼が発する一言で、これまでのすべてに決着がつくことが分かっているからだ。

そして、彼らのパートナーなる戦士は、厳かな表情でその重い口を開き……。

 

「――まあまあ、お嬢さん。それにマイベストフレンド。愛する2人が争う姿は胸が痛む……。どうか矛をお納めください。――無論、私はどちらも好きですよ、ハハハ」

 

「だからなんであなた喋れるのよ!?」

 

「だからなんでお前喋れるんだよ!?」

 

青空に、息の合った2人のツッコミが響いた。

 

今回の勝敗。

――ノーゲーム(バーサーカーが喋れたため)

 

 

――ところで。

少し後方に、そんなイアソンたちを見守る影があった。メディアリリィである。

メディアリリィは木陰に隠れながら、ヨヨヨ、と目元を拭う。

 

「ああ……おいたわしやイアソン様……」

 

「…………」

 

同じく物陰に隠れていた冬木のキャスター――メディアは、若かりし頃の自分を今にも殺さんとばかりに鋭いまなざしで睨む。

 

「……どうでもいいけど。あなた、その姿で宗一郎様の前に出たら豚にするわよ」

 

カルデアサーヴァント突然の発生による、冬木住民の苦悩は続く。

 

 

おまけ

Side黒髭

 

そこは冬木郊外の森の中。

黒髭はたまたま森を探索していると、そこで見知った人影を見つけた。

 

「……ん? おやおや、エイリーク殿」

 

見つけたのは同じカルデアのサーヴァントであるエイリーク。

エイリークはバーサーカークラスのため、本来なら喋れず、姿を見かけても声をかける意味はないが……。

この特異点では、虎聖杯の作用でバーサーカークラスは皆、理性を一時的に取り戻しているらしい。今ならば、かのバイキングの王とも交流が持てるだろう。

そう思い、黒髭はそのままエイリークへ近づき声をかけた。

 

「奇遇ですな! デュフフフ、如何ですかな? この機会にぜひ――」

 

が、フレンドリーに笑いながら歩み寄るも、対するエイリークの表情は暗い。

 

「あー、黒髭か。悪いな……」

 

「……? どうかされましたかな?」

 

こちらへ向けて手で制すエイリークに黒髭は首を傾げる。

こうして言葉を交わせるということは、やはり狂化は解除されているのだろう。

しかし、

 

「今は――俺に、近づかない方がいい」

 

「それはまたどうし――」

 

黒髭が更に歩みを進めようとした――その瞬間。

彼の足元で、何かが爆ぜた。

場所は今まさに、黒髭が足を下ろそうとしていた地面。

そこに呪詛で焼き付けることで、

 

――呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪夫に近づくな

 

と、びっしり書かれていた。

 

「…………」

 

「…………」

 

それを見て、すべてを察した黒髭は、

 

「…………(無言の敬礼)」

 

「…………(申し訳ないのポーズ)」

 

そのまま、その場で回れ右。おとなしく、来た道を引き返す。

 

「……今度何か差し入れよう」

 

エイリークの苦悩も続く。

 

――

 

――――

 

――――――

 

Sideセイバーオルタ

 

カルデアの一行が冬木教会を離れて間もなく。セイバーオルタが1人、彼の残した料理に舌鼓を打っている時のこと。

 

「……行ったわね」

 

ブルマ姿のイリヤ――弟子1号が物陰から顔を出し、セイバーオルタに声をかけた。

 

「イリヤスフィール――いや、弟子1号だったか」

 

その存在に始めから気づいていたのか、話しかけられたオルタは一瞥だけして食事を続ける。

 

「貴様、見ていたのか?」

 

「ええ――あっ、そのハンブルグわたしにも頂戴」

 

「やらん」

 

「何よ、ケチ。――ひょい」

 

「あっこら――」

 

と、無視されたのをいいことに、背後から近づいた弟子1号がハンバーグを強奪。

セイバーオルタは弟子1号の口に消えるひと欠片を名残惜しそうに見送った後、真剣な面持ちで尋ねた。

 

「……ジャガーマンはいいのか?」

 

つい先ほどまで、彼女はジャガーマンと共に行動していたはずだ。

その目的は偽装と監視。協力関係にあるとはいえ、ジャガーマンはカルデアのサーヴァント。冬木の住民から見れば、得体の知れぬよそ者だ。

しかし、弟子1号はあっさりと頷く。

 

「――ええ。私の仕事はあそこでお終い。これで私もあなたも1敗だもの。今からじゃ間に合わない。ついていっても足手纏いだわ」

 

「あとは彼らに託すのみ……か」

 

セイバーオルタは眉を顰める。

それはカルデアへの不信感か。

あるいは自らへの不甲斐なさか。

弟子1号も藤丸たちが消えた方向を眺めながらつぶやく。

 

「あれがカルデアねぇ……。聞いた? サーヴァントがうん百体って」

 

「ああ。まさか、再び彼らと顔を合わせることになるとはな。どうやらあちらはカルデアの私と勘違いしていたようだが……。ふっ、懐かしい顔ぶれだった」

 

と、セイバーオルタは先ほどまで会場の設営を手伝ってくれていたかつての同僚たちの顔を思い出して微笑んだ。

 

「まさか、再び彼らと手を取り合えるとはな」

 

その奇跡に目を細める。

ちなみに、そんな円卓の騎士たちは仕事が終わると皆、仲良く街へ繰り出していった。きっと碌なことにはならない。

 

「こっちからしたら虎聖杯なんかより、彼らの方がよっぽどの脅威だわ……。ジャガーマンは用が済んだら帰るって言ってたけど……本当かしら?」

 

そんな自由気ままなサーヴァントたちの存在を憂いたのだろう。対する弟子1号は苦面する。

そして、

 

「それに――黒いアーチャー」

 

「…………」

 

「まっ、確かにほっとけない気持ちもわかるわ。あんな末路を見せられちゃ……ね」

 

エミヤオルタ。その元となった人物のことを思い、2人は押し黙る。

しかし、彼女たちにできることはもう何もない。

 

「まったく、次から次へと厄介ごとを連れてきて――任せたわよ、タイガ……」

 

だから、せめて祈るように、弟子1号は呟いた。

 

「どうか、私たちのシロウを――」

 

聖杯戦争は続く。

冬木の騒動はまだまだ収まりそうにない。




ということで、今回は再びの番外編。バーサーカーのお話でした。
やはりタイころと言えば燕尾服。燕尾服と言えばタイころ。

そして、本編もいよいよ佳境。
前作同様、ここからラストまではノンストップで投稿したいな、と思っており、出来上がるまでもうしばらくかかりそうです。申し訳ない……。

年内……年内には必ず……。いや、流石にもう少し早く……。


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第7話 魚心あれば虎心あり 前編

Side???

 

男は歩く。

 

男は殺す。

 

かけがえのないモノを擦り減らしながら無関係の他人を救う。

 

顔も知らないその他大勢のために、親しい隣人を殺しつくす。

 

大切なものを失った。

大切なものをこの手で壊した。

 

それでも。

それ故に。

男はもう止まれない。

 

『無辜の民を救え』

 

それが唯一。

男の使命。

 

なのに――

 

歩いて歩いて歩いて歩いて。

 

「…………」

 

「やはり、屋上は景色がいいですね。あなたもそうは思いませんか?」

 

「――殺生院ッ」

 

たどり着いたのは焼け野原だった。

 

 

Sideカルデア

 

巨大な施設だった。

 

「うわあ! すごい大きいプールっ!」

 

入場すると同時に藤丸が声を上げる。

青い海。白い砂浜。ザザーン、と打ち寄せるさざ波の音が心地よく、照り付ける太陽――を思わせる照明が肌を焼く。その光景は真夏の高級リゾートビーチそのものであり、とても屋内だとは思えない。

 

『資料によれば――ヨーロッパの本格リゾートを思わせるゆったりとした空間が魅力的。水温は体温に近い30~34に保たれ、1年を通して楽しめる全天候型屋内ウォーターレジャーランド――とのことです、先輩!』

 

「解説ありがとう、マシュ。――ギルくんから少しだけ話は聞いていけど、こんなにすごいなんて…!」

 

そうここが、

 

「――遂に来た! わくわくざぶーん!!」

 

藤丸とエミヤオルタはジャガーマンの行方を追って、わくわくざぶーんへとやって来た。

夏だ! プールだ! バカンスだ!

しかも、

 

「――アイリさん! 早く早く~!」

 

「あらあら。慌てると危ないわよー」

 

「まったく、相変わらずおこちゃまなんだから……」

 

「楽しいわ楽しいわ楽しいわ!」

 

「わーい!」

 

「待ってくださいジャック、ナーサリー。ちゃんと準備運動を――」

 

「――みんないるね」

 

『はい、先輩。皆さんとても楽しそうです。――どうやら、本日は私たちの貸し切りのようですね』

 

「ギルくんの仕業かな?」

 

というわけで、わくわくざぶーん内はサーヴァントだらけだった。一般人のいないプールでカルデアのサーヴァントたちが、存分に羽目を外している。

人間離れした身体能力を思う存分発揮してスポーツに興じるものもいれば、中には施設の屋台を借りて、料理を振舞っている物好きなサーヴァントまでいる。マシュの言う通り、楽しそうで何よりだが、皆サーヴァントのスペックをフル活用して遊んでいるので、ざぶーん内は半ば異界と化していた。

今も、どこからともなく、

 

「あたーっく」

 

「にゃんと!」

 

と、はしゃぐサーヴァントたちの声が聞こえてくる。

楽しそうに羽を伸ばすサーヴァントたちを見て藤丸が微笑んでいると、

 

「コラコラ君たち、飛び込みは危ないよ。――と。おや、マスター君?」

 

「教授?」

 

聞こえてきた、年季のある落ち着いた渋い声に振り返る。

すると背後に、およそプールとは似ても似つかわしくない高級そうなスーツを纏った老紳士、新宿のアーチャーことジェイムズ・モリアーティの姿があった。

場所は屋台の並ぶフードコートエリア。木製の小上がりに並べられたパラソル付きのテーブルの上で、仲間たちと優雅にカードゲームに興じている。

モリアーティ教授と一緒に卓を囲う他の2人を眺めながら、マシュも声を上げる。

 

『エルキドゥさんとメフィストフェレスさんまで?』

 

「こんな所でなにやってるの?」

 

尋ねる藤丸に、教授は手元のトランプを掲げながら言う。

 

「何って、ポーカーだよ。あの子たちがここで遊びたいと駄々をこねてね。――うちの子も行きたいというので、代表して私が保護者役を買って出たわけさ」

 

「ぱぱー」

 

「うちの子サイコー!!!」

 

と、プールの中から手を振るフランに父親のように呼ばれ、本気でガッツポーズからの歓声を上げる教授。うちの子とはフランのことらしい。

ゴホン、と1度咳ばらいをして体裁を整えてから続ける。

 

「ただ、連れてきたはいいものの、ただ見ているだけではつまらない。ほら、公園で子どもが遊んでいる間、保護者は暇だろう? だから、こうして暇人同士で集まってカードゲームに興じているわけだ」

 

「いけない大人だ!」

 

『はい、先輩! 水場で子どもたちから注意を逸らすのは大変危険です!』

 

「むっ……そこを突かれると少々弱いネ……」

 

藤丸とマシュに注意されてたじろぐアラフィフ。水難事故、ダメ絶対。

 

「この際だ、固いことは気にせず――マスター君たちもどうだい?」

 

「残念だけど、先を急いでるんだ。早く、ジャガーマンを探さないとだから……」

 

折角のお誘いだが、藤丸は即座に首を振る。

そう。本来の目的はジャガーマンの探索だ。

本音を言えば、藤丸だって今すぐみんなとプールで遊びたい。とても遊びたい。

だが、これほど大きな施設だ。探すだけでかなりの時間を要するだろう。ただでさえ、セイバーオルタとの料理対決に時間を使いすぎている。

そもそも、ジャガーマンがまだここにいるかどうかも現状定かではない。むしろ、もうすでに別の場所に移動していると考えるほうが自然だろう。

なので、一刻も早くジャガーマンの手掛かりを見つけて、後を追わなければいけない。

……彼女の計画に乗って後を追うことが、きっとジャガーマンの望みでもあるはずだから。

 

「まあまあ、そう言わず」

 

しかし、教授は引き下がることなく、焦る藤丸を軽いノリで茶化しながら、

 

「確かに、急ぎのようだが休憩も大事だよ。――特にそこのヒットマン」

 

「――っ!」

 

そんなことを指摘した。

藤丸は慌てて振り返る。すると、そこには顔面蒼白のエミヤオルタの姿があった。

 

「――エミヤオルタ! 顔色が!」

 

「……気にするな、マスター。本来の機能(戦闘)に支障はない」

 

「っ! そういう問題じゃ――」

 

いつもの自虐的な笑みを浮かべるエミヤオルタに、藤丸は慌てて駆け寄った。

この特異点では記憶障害が解決するとはいえ――いや、解決するからこそ――無理をさせてしまっていたのだろう。

事前に気付かなかったのは、マスターとして明らかなミスだ。藤丸は苦虫を噛んだ。

 

「……確かに、ちょっと休憩しよう。――ごめん、教授。やっぱりお邪魔しても?」

 

「もちろん構わないとも。さあ、こっちこっち」

 

教授もエミヤオルタを気遣うようにパラソルの下へ手招きする。

そして――悪とは、往々にしてこちらが弱っている時にこそ牙をむく。

 

「ふふふ、座ったね? マスター君」

 

「――――え?」

 

その時。藤丸の視界が突如、反転。

足が地面から離れ、浮遊感と共に世界がぐるりと縦に回る。

同時に、抵抗する間もなく手首を背中へ回され、藤丸は瞬く間に拘束されてしまった。

咄嗟にエミヤオルタとアイコンタクトを取るがもう遅い。

お見通しとばかりに、その視線を遮りながらその人物は告げる。

 

「おっと、動くな」

 

「――っ」

 

完全な奇襲。

戦慄する藤丸を見て教授は胸を張る。

 

「ま、まさか!?」

 

「そのまさか、さ。よく来てくれた、我がマスター。――私だ」

 

「お前もかーー!!」

 

セイバーオルタと同じ。教授もジャガーマンの刺客だったのだ。

藤丸は叫ぶが、後の祭り。まんまと教授に捕まってしまった。椅子に縛られ、ここから逃げられそうにはない。

非常に悔しいが、完全敗北だ。本調子ではないとはいえ、あのエミヤオルタの目さえも搔い潜っての犯行。これには我がサーヴァントとして敵ながら見事だと頷かざるを得ない。

しかし、これにアラフィフは首を振る。

 

「お褒めに預かり光栄だが、彼の名誉のために言っておこう。私の目から見ても、今の彼はらしくない。私相手とは言え、こうも容易く背後を盗られるなんてネ――というより。分かってて見逃しただろう、君?」

 

「――え?」

 

エミヤオルタが奇襲を察知していたにも関わらず、黙認した? どうして?

疑問と共に視線を投げると、エミヤオルタは特に隠すでもなくあっさりと答えた。

 

「……どう動こうが茶番に巻き込まれるのは目に見えていたからな。手間を省いただけだ」

 

これに驚いた様子で目を丸くしたのはモリアーティ教授だ。

 

「おや、ついに観念したのかい?」

 

「ああ、善意なんてものは所詮はヤスリだ。せいぜいこの身を削ってやるさ」

 

「なんと、それは重畳。君がそんなに素直だったとは――。なら、人質は必要なかったカナー?」

 

しかし、答えの出る前に、空気を読んだのかオジサンの茶化した声が響き、当然のごとくエミヤオルタは無視をする。

そんなエミヤオルタに藤丸は問う。

 

「じゃあ、調子が悪そうだったのは――」

 

「…………演技だ。失望したか、マスター?」

 

自らを傷つけるような投げやりな笑み。

しかし、藤丸は、

 

「――なんだ……よかった…………」

 

「…………」

 

と、心の底から安堵し、胸をなでおろす。

そんなマスターの反応に何を思ったか、エミヤオルタは答えない。代わりに、これこそが自分の仕事だと主張するように、教授へ尋ねた。

 

「……要件はなんだ?」

 

「君も察している通りだ、ヒットマン――ゲームをしよう。君が勝てばマスターを開放すると約束しよう。ジャガーマンの居場所も教える。『ジャガーマンと戦いたくば、この私を倒してからにしろ!』というやつダ」

 

「あんたが勝ったら」

 

「……そうだね。この特異点のことは諦めてもらおうかな。丁度ここはプールだ。マスターと戯れながら事の成り行きを見守っているといい。君みたいなワーカーホリックには1番の薬だ」

 

「ハッ、ぬかせ」

 

つまり、教授もジャガーマンの思惑をすべて見抜いての行動ということだ。

――そして、エミヤオルタもそのことに気付いている。

気付いて、付き合ってくれている。

 

「…………」

 

どのような心境の変化か、藤丸にもエミヤオルタの真意を推し量るのは難しい。

それでも、賽は投げらた。引き返すことはできない。

――なら、マスターとして、自分も勝負するならここだろう。

 

「では、お楽しみの競技発表だよ!」

 

「誰の楽しみだ」

 

冷静なエミヤオルタのツッコミが飛びつつも、モリアーティ教授が元気よく宣言する。

そして、

 

「今度の競技は――ドキッ! 水着っぽいサーヴァントだらけのプールサイド7番勝負ぅぅぅ!」

 

「7番勝負?」

 

「「「「「いえーい!!!」」」

 

「――って! ここにいるみんなもグルか!?」

 

同時、いつの間にか集まってきていたプール中のサーヴァントたちが一斉に名乗りを上げる。

こうして火ぶたが切って落とされた。

三者三様の思惑が交差する、ジャガーの夏(延長戦)が始まる。




お久しぶりです! 大変……大変お待たせいたしました!

予告通り、ここからはラストまで毎日投稿していこうと思います。
今回含めて本編はあと5話。よろしければ、お付き合いいただけると幸いです。

どうぞよろしくお願いします!


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第8話 魚心あれば虎心あり 中編

Sideカルデア

 

待ち構えていたアラフィフの卑劣な罠にハマり、藤丸が捕らわれ、『水着7番勝負』なるゲームへ挑むことになってしまったエミヤオルタ。

そんなエミヤオルタへ、アラフィフが説明を始める。

 

「『7番勝負』読んで字の如くだね。――ルールは簡単。ここにいる我々と7回勝負をしてもらう。4回勝てば君たちの勝利だ」

 

「勝負方法は?」

 

「無論、その都度変わる。詳しくは対戦相手に聞いてネ。――というわけで、対戦相手のみんな! よろしく!」

 

「「「はーい!!!」」」

 

と、教授の紹介と共に、エミヤオルタの前へチョコチョコとナーサリー、ジャック、ジャンヌオルタリリィの3人が元気よく現われた。

3人を代表してジャックが名乗りを上げる。

 

「はじめの相手はー、わたしたち!」

 

「ルールは――」

 

「――かくれんぼだよ」

 

「………………なんだと?」

 

「かくれんぼ!」

 

若干の沈黙と共に曖昧な表情で尋ねるエミヤオルタへジャックが元気よく答え、ナーサリーが続ける。

 

「黒いエミヤおじさまが鬼よ。30数えて捕まえるの」

 

「捕まらなかったら、わたしたちの勝ちー!」

 

「私たちが隠れる範囲はこのプールの敷地内。制限時間は10分です」

 

「無論。審判はこの私が勤めよう。ちなみに、他の勝負も同様だ。公平な判断を約束するヨ」

 

と、これはジャンヌオルタリリィと教授。

本来なら、仕掛けた側が審判なんて如何なものか? と、突っ込むべきなのだろうが、思惑もわかっているので特に異論はない。

パラソルの下、椅子に縛られたまま藤丸はその様子を黙って見守り、教授も承知したとばかりに頷く。

 

「よし! マスター君からの質問もないようだし。早速始めるとしよう」

 

「いや、オレはまだ――」

 

「よーい……始め!」

 

「わーい」

 

「隠れるのだわ。隠れるのよ」

 

「が、頑張ります!」

 

と、瞬く間に隠れる子どもたち。子どもと言ってもサーヴァントだ、3人は藤丸たちの前から一瞬で姿を消した。

対して、

 

「…………」

 

付き合うとは決めたものの、まさかいきなり子どもの相手をさせられるとは思っていなかったのだろう。スタート地点では、エミヤオルタがため息を吐きながら天を仰いでいる。

流石に見かねて藤丸が声をかける。

 

「……変わろうか?」

 

「…………くだらない」

 

が、それだけ呟くとエミヤオルタも動き出す。

こうして、ジャガーマンの思惑通り、エミヤオルタのプール対決が始まった。

 

――

――――

――――――

 

10分後。

 

「楽しかったわ。楽しかったの」

 

「ありがとうございました」

 

「じゃあねー」

 

「まったく……」

 

1回戦目のかくれんぼ対決。気配遮断と変化の凶悪スキルコンボを全力で使う子どもたちに対して、エミヤオルタもレンジャー顔負けの探索技術で応戦。

――見事エミヤオルタが勝利した!

そして、次の相手は……。

 

「よう、デミヤ! そっちのご主人も奇遇だな!」

 

「お前は……」

 

「キャット!」

 

タマモキャットが現われた。

新たなナマモノの出現に対し、露骨に嫌な顔をするエミヤオルタにキャットが語る。

 

「おっと、大分お疲れだなデトロイトよ。わかるぞ、此度は宴。あっちもこっちも庭駆けまわり、ネコはコタツで丸くなる。かく言う私もgood night ネコの手も借りたいとはこのことダ。――というわけで、勝負だワン!」

 

「…………」

 

「エミヤオルタ、ステイステイ」

 

やはり、ネコ科とエミヤオルタの相性は悪いのだろう。遠くから藤丸が慌ててなだめると、仕方なく、と言った様子でエミヤオルタが話を進める。

 

「勝負方法は――聞くまでもないな」

 

「無論、ネコといえば玉ねぎ! キャットといえば料理! 厨房という名の戦場で背中を預け合ったかつての友――によく似た男よ。今こそ雌雄を決する時ダ! 空前絶後! 唯一無二のクッキングバトルを目に焼き付けロ! ご主人の食事を作るのはこのアタシダ!」

 

つまり、キャットはエミヤオルタと料理対決がしたいらしい。

しかし、対するエミヤオルタは、

 

「――オレの負けでいい」

 

と、真顔で即答した。

エミヤオルタの棄権を受け、キャットが宇宙的なものを背景にしたような惚け顔で口を開く。

 

「…………Why?」

 

「オレの負けでいい――次だ」

 

「ま、待て、デミヤ! 共にご主人に忠義を尽くす者よ! アタシも貴様に――デミヤ!? デミヤーーーーー!」

 

と、エミヤオルタはそそくさとその場を後にし、キャットが叫びながら後を追う。

……何はともあれ、2戦目はエミヤオルタの不戦敗。

 

――――――

 

続いては、

 

「やあ、ますたー」

 

「お疲れ様。相変わらず、大変だね」

 

「ボイジャーにエリセ!」

 

と、フードコートのテーブル席に縛られている藤丸のところへ、ボイジャーとエリセがやってきた。

彼らが次の相手なのだろう。

 

「来てくれたんだね」

 

「うん。一応あの人には借りがあるしね」

 

藤丸の言葉に頷くエリセ。

エミヤオルタのことだろう。エリセと出会った特異点にエミヤオルタも関わっていた。

しかし、

 

「――なんのことだ?」

 

「はあ……とぼけてるんだか、いないんだか……」

 

と、キャットから逃げまわっていた当の本人は、近づいてくるなり遠慮なく眉を潜めた。エリセがため息をつく。

 

「……まあ、あなたならそう言うだろうとも思った。――だから、私はいいって言ったんだけど……。ボイジャーが」

 

「うん。また、いっしょにあそぼう?」

 

そう、ボイジャーはテーブルの上に大きな紙といくつかの小道具を広げた。

それにサイコロを振って、出た目の数だけ駒を進めて遊ぶ盤上遊戯――スゴロクだった。

 

「…………」

 

対するエミヤオルタは、ボイジャーの用意したボードゲームを見て黙ったまま目を細め、

 

「……ああ、構わないさ」

 

そう、僅かに口角を上げ、サイコロを振るう。

 

――――――――

 

「ふん、バカバカしい。あなたもそう思うでしょう?」

 

「ジャンヌオルタ!」

 

という訳で次の相手はジャンヌオルタ。

水着姿で現れた彼女に、エミヤオルタは露骨に眉を顰める。

 

「何しに来た暴走女?」

 

「決まってるでしょう!? リベンジよ! リベンジ! 新宿での借り。まさか忘れたとは言わせないわよ!」

 

ジャンヌオルタはそう威勢良く吠えるが、多分エミヤオルタは忘れているし、普段なら歯牙にもかけないだろう。

しかし、珍しくこの挑発にエミヤオルタは銃をもって答えた。

 

「気が合うな暴走女。小悪党は分かりやすくて助かる。こちらもちょうど憂さ晴らしがしたかった所だ」

 

「はっ! 晴らすのはこっちよ! 精々アンタはそのまま焦げ付いてなさい!」

 

「ちょっと、乱闘なら他所でやってくださーい」

 

藤丸が制止しようとするが遅く、銃を構えるエミヤオルタへ日本刀を構えたジャンヌオルタが豪快に爆炎を走らせながら突っかかる。

一瞬にしてプールサイドは業火に包まれた。

 

――――――

 

かくして、プールサイドの一角が戦場と化した。

――ゴウッ! と、ジャンヌの放った炎が勢いよく飛び、辺りは一瞬で水蒸気に包まれ、エミヤオルタがそれに乗じて弾丸を放つ。彼らのせいで、プールの一角がサウナのようだ。

しかし、幸いここにいるのは皆サーヴァント。この戦闘に巻き込まれるようなこともなく、むしろみんなショーでも見るように、2人の様子を眺めている。

戦う当人たちも楽しそうで、藤丸も頬を緩ませながらその様子を見守っていた。

そんな時、

 

「――マスター君。マスター君。ちょっといいかナ」

 

「…………」

 

「今のうちに情報交換をしておこう」

 

と、藤丸の耳元で教授が囁いた。

どうやら内緒話があるらしい、一応チラリとエミヤオルタの方を伺った後、藤丸は頷く。……丁度、こちらも教授に尋ねたいことがあった。

 

「うん。実は、こっちも教授に確認したいことがあったんだ」

 

「おや? 奇遇だね。いいよ、いいよ。オジサンになんでも聞いて」

 

話しやすいよう正面の席へ移動しながら胡散臭い口調で茶化すモリアーティへ、藤丸が尋ねる。

 

「今回、なんで教授はジャガーマンの味方をしているの? ――カルデアのサーヴァントをこっちに呼んだの、教授だよね?」

 

「おや、流石は私のマスター君。気づいていたのか」

 

「最初に気付いたのはエミヤオルタだけどね」

 

「……まあ、私がこっちサイドにいる時点で今更か」

 

そう、ずっとエミヤオルタが気にしていたことがあった。

それは――この事件の犯人は誰か? という謎だ。

藤丸は安直にジャガーマンだと決めつけていた。

でも、よく考えればそれはおかしい。エミヤオルタ以外のすべてのサーヴァントをマスターである藤丸へ気づかせることなくこの特異点へ転送する。そんな犯罪は、例え聖杯があったとしてもジャガーマンだけでは不可能だ。

しかし、教授が黒幕だと仮定すれば、辻褄が合う。

あっさりと自供した教授は、誤魔化すように顎を撫でながら問う。

 

「一応、採点しておこうかな。――何故、私だと?」

 

「単純な消去法だよ。こんなことできるサーヴァントはカルデアにもあんまりいないから」

 

聖杯でさえ不可能な大犯罪。

だから、発想が逆なのだ。

――この事件にはそもそも聖杯やスキルの類いが一切使用されていない。

カルデアは外部の攻撃には強いが、内部の謀略に弱い。巧みな話術、あるいは人脈を駆使して、サーヴァントたちをこの特異点へ誘導する。そんなことは、あの名探偵にすら証拠を掴ませない稀代の犯罪コンサルタントなら朝飯前だろう。

 

「勿論、決め手は教授がこのプールにいたことだけどね」

 

ジャガーマンサイドにいることからも、サーヴァント大量失踪の実行犯が教授なのは明白。

しかし、犯人が判明したところで、別の謎も浮上する。

 

「でも、どうして?」

 

それは動機。

この藤丸の問いにも、教授はあっさりと自白した。

 

「なに、単純な利害の一致だよ。ちょっとした予行演習――避難訓練みたいなものさ。少々この状況を作りたかったものでね」

 

「この状況? ……カルデアが孤立無援になること?」

 

「その通り。人理焼却中は問題なかっただろうが、今のカルデアは確固たる実態を以て存在している。それこそ、新宿の時のように、敵が直接君へ牙をむくときもあるだろう。我々がいつでも君たちを守れるとも限れない。故に、この状態の経験が必要だろうと思ってネ」

 

先ほど、藤丸が内心でも指摘した問題だ。――内部の裏切りに対する脆弱性。

これは、多くの他サーヴァントも問題視している。

今回の犯行は、その弱点を指摘するテストを兼ねていたのだろう。

そして、テストということは採点もしているはずだ。

 

「結果は?」

 

「――赤点だ。及第点すらあげられない」

 

と、自身のマスターへ教授は厳しく言い放つ。

事実、カルデアは完全に陥落し、エミヤオルタの救助がなければ藤丸は命を落とすところだった。

今回の敵はジャガーマンだったからよかったものの、もしもこれが本当に悪意を持った相手だったら……。

 

「でも、シャドウサーヴァントはやりすぎじゃない?」

 

危うく本当に死ぬところだった。

責める藤丸へ、教授が首を振る。

 

「ああ、それについては私と彼女の名誉のために訂正を。――実は私の用というはそのことについてだ」

 

そして、教授はその衝撃の事実を口に出す。

 

「天草君経由でシャドウサーヴァントについて聞いたよ。単刀直入に言おう。――私はその件に“心当たりがない”」

 

「――っ!」

 

教授の言葉の意味するところを察し、藤丸は息を呑む。

 

「君も察している通り、この事件はそこの冷徹漢を憂いたお嬢さんが発案し、我々が協力した共同犯罪だ。言わばマッチポンプだネ。けど――」

 

「――教授の計画にすらなかった乱入者が混ざっている」

 

「そういうことだ。――敵がいる。この特異点に。間違いなく、我々を狙っている」

 

「……気を付ける」

 

あの教授すら予想できなかったトラブル。ジャガーマンのことも含めて、やはりこの特異点には何かあるようだ。

気を引き締める自身のマスターの顔を見て、満足したように教授は頷く。

 

「グッド。私も天草君たちと協力して、可能な限りこの特異点の情報を集めよう。君たちはこのままジャガーマンを追ってくれ」

 

「いいの?」

 

「勿論だとも。元々、そちらが本題だ。面倒ごとはこちらに任せておきなさい」

 

尋ねる藤丸を安心させるように教授は微笑む。

しかし、すぐにその顔を今度は悲しそうにひそめ、もう1つの要件を切り出した。

 

「それともう1つ。――君が天草君に頼んだ調査結果も届いた」

 

「――!」

 

「随分用心深いじゃないか。――エミヤオルタ君の霊基グラフの再調査依頼、なんて」

 

「…………」

 

そう。実は、エミヤオルタには内緒で、天草四郎と別れる際、彼へ密かにあることを頼んでいた。それは――エミヤオルタの霊基グラフの再調査。

――体の調子が良い。これはエミヤオルタに限れば、好ましくない現象だ。

何故なら、彼の記憶は霊基が戦闘に特化すればするほど、ボロボロになっていくのだから。例えば、そう――『嗤う鉄心』が機能しないことにより、戦えば戦うほど。こちらが彼を気遣えば気遣うほど、追いつめられているのかも――。

思い出すのは先ほどの会話。

『演技だ』と、顔色の悪い彼は言った。しかし、演技で顔色まで変えられるものだろうか?

――もしも、その言葉こそが嘘だとしたら……。

 

「残念ながら、君の危惧した通りだったよ」

 

杞憂であってほしいと思っていたが、教授は神妙な顔のまま告げた。

 

「――エミヤオルタ君の霊器腐食が進んでいる」

 

「――っ!」

 

恐れていた事態に藤丸は言葉を失くし、教授は事実のみを淡々と口にした。

 

「この特異点の結界で表面上の症状は抑えられているが――彼の自我はもう、長くはもたないだろう」

 

「…………」

 

思わず、言葉を失う。

――しかし、この事態は初めから分かっていたことだ。

出発前によぎった自分の言葉が、再び脳裏を掠める。

 

『これが、このエミヤオルタとの最後のレイシフトになるだろう』

 

…………そうさ、だから。




ところで、皆さんに1つ謝らなければならないことがあります……。

ギャグといったな、あれは嘘だ。


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第9話 魚心あれば虎心あり 後編

Sideエミヤオルタ

 

藤丸がアラフィフと情報交換していた頃。

ジャンヌオルタと勝負のついたエミヤオルタの前に次の対戦相手が姿を見せる。

現れたのは白髪の美女。

 

「次は私たちね」

 

「…………アイリスフィール、だったか」

 

生前ですら面識はない。

しかし、その顔を見れば一目瞭然だ。

彼女は――イリヤスフィールの親族。

そして、

 

「それと――」

 

「はい! 私たちです!」

 

「よろしくね、お兄ちゃん♪」

 

「……イリヤ」

 

その本人――によく似た少女2人も姿を見せる。

小学生のイリヤスフィール。それと、彼女に瓜二つなクロエ。

彼女たちは並行世界の住民のため、エミヤオルタの知るイリヤとはほとんど別人のような存在だがそれでも……。

エミヤオルタは頭を振る。

 

「ルールは?」

 

「私たちと10分間お茶をしましょう。10分経ったらあなたの勝ち。香りのいい紅茶を用意したの。折角だから、マスターさんと一緒にいただきましょう」

 

「もはや、対決ですらないな」

 

微笑むアイリに、エミヤオルタはいつもの自虐的な笑みで答えた。

ここまで直接的に来るといっそ清々しい。

ジャンヌオルタとの戦闘で、気づけば随分ざぶーんの端まで来ていたらしい。アイリたちとマスターがいるフードコートエリアまで歩きつつ、エミヤオルタは皮肉を返す。

 

「あのお人よしも、オレをぬるま湯へ浸けたがっているらしい。まったく、いい迷惑だ」

 

「……ごめんなさい。辛い思いをさせてしまっているわよね」

 

対するアイリは困った様子で頭を下げた。どうやら、あちら側も自覚はあるらしい。

謝りながらアイリスフィールはエミヤオルタへ親愛とも、哀愁ともつかない、複雑な眼差しを向ける。

 

「あなたは――あの人とよく似てるから」

 

「…………」

 

世の中には、幸せであることに苦痛を感じる人間も存在する。

その言葉の指す人物に思い当たったエミヤオルタは僅かに眉をひそめ、それに気づいたアイリが補足する。

 

「大丈夫、ここにはいないわ。――お察しの通り、実はあの人も誘ったのだけど、逃げられてしまったわ」

 

「だろうな」

 

彼なら、こんな茶番に付き合うはずがない。

生前、エミヤオルタが追い求めた義理の父親。

追い求め、追いすがり。遂に、自分も同じものに成り下がってしまった。

……いや、同じではないか。

腐った鉄などと同じなんて、本人が聞いたら憤慨ものだろう。

 

「――今回はこんな強引な手段を使っちゃって本当にごめんなさい」

 

と、物思いにふけるエミヤオルタへ、アイリスフィールは再び頭を下げる。

 

「でも、あなたが孤独を求めるのと同じくらい。私たちもあなたともっとお話がしたいの。みんな薄々気づいているのよ。――これが、あなたと話す最後の機会だって」

 

「…………」

 

「だから、今回だけはもう少しだけ我がままを言わせて頂戴。できれば。ほんの少しだけでいいから、ジャガーマンさんとお話しをしてあげて欲しいの。……きっと、彼女もそれを望んでいると思うから」

 

エミヤオルタは答えない。

アイリスフィールたちも気を使ったのか、それから何も言うことはなかった。

4人はフードコートへ向け、静かに歩みを進める。

そして、

 

「あれ? エミヤオルタ?」

 

到着と同時に、とぼけた様子で藤丸が彼らを出迎えた。

どうやら、マスターの方もエミヤオルタのいない間、モリアーティと何やら話していたらしい様子だが、それも丁度終わったようだ。

藤丸はエミヤオルタを見て、少しだけ俯き、

 

「……おかえり!」

 

すぐにそう、笑顔で迎える。

 

「どうしたの?」

 

「…………いや」

 

いつもと変わらぬ、その笑顔に安堵した――そんな自分にどうしようもない嫌悪感を抱きつつ、エミヤオルタも頬を吊り上げた。

 

「――なんでもないさ」

 

 

Sideカルデア

 

フードコートエリアでのお茶会は終始穏やかに進んだ。

アイリスフィールと藤丸が紅茶を飲みつつ笑顔で話し、若干空回りした様子のイリヤをクロエが茶化す。

エミヤオルタはただ黙ってそれを見守っており、彼女らもそれ以上のことは望まなかった。

夢のような10分があっという間に過ぎ、アイリたちが何事もなかったかのようにこの場を後にする。

そして――

 

「さて、ここまで5戦が終わったわけだが……」

 

と、そのお茶会にしれっと混ざっていた教授が、紅茶を啜りながらこれまでの戦績をまとめる。

 

「なんと! エミヤオルタ君の3勝2敗! 7戦目を待たずにリーチと来た」

 

エミヤオルタは次に勝てば勝負が決まる。

逆に、教授側はもう1戦も落とせない。故に、

 

「では、そろそろ私が出ようカナ」

 

満を持して、モリアーティ教授が名乗りを上げる。

 

「ルールは?」

 

「せっかくカードがあるんだ。ポーカーをしよう。ディーラーは……エルキドゥ()頼めるかな?」

 

「ああ、構わないよ」

 

と、近くにいたエルキドゥがトランプを受け取りながら答えた。

これに対して、やはり同じく開幕からずっと教授と暇つぶしをしていたカードゲーム仲間のメフィストフェレスが不満を訴えるように笑いながら首を傾げる。

 

「おや、(わたくし)は~?」

 

「君はお休みだ。だって君、息を吸うようにバレバレなイカサマをするからネ」

 

「ナントォ!?」

 

「――待て」

 

教授とメッフィーの寸劇に流されず、エミヤオルタがカードをシャッフルするエルキドゥを指さす。

 

「そこにいるのもアンタの身内だろう? イカサマをしない保証は?」

 

「おや? 信用できないと? 大丈夫サ。エルキドゥ()“は”私がどうこうできるタマじゃない。公平性は保証しよう」

 

「…………」

 

「疑い深いネ。……では、こうしよう。ディーラーの不正が判明した場合、私の失格で構わん」

 

「…………いいだろう」

 

実際、彼以外にディーラーが務まりそうな人物がいないのも事実。この提案で、エミヤオルタは妥協する。

続いて『今、思いついた』と、でも言いたげな惚け顔で、教授がこんなことを提案した。

 

「そうダ。それと並行して、宝具やスキルの使用も禁止しよう。君の宝具は厄介そうだ。――こちらも使用が判明した場合は即失格 敗北とする」

 

「判明した場合……な」

 

「クククッ、その通り。せいぜい足らぬ知恵を巡らせたまえ」

 

その意味を察したエミヤオルタが指摘すると、教授は楽しそうに笑う。

そして、準備が整った。

エルキドゥが流れる動作でカードを配り、最初のゲームがスタートする。

教授が慣れた手つきでチェンジを宣言しながら、エミヤオルタを挑発する。

 

「一応、尋ねるがルールは大丈夫かナ?」

 

「……こちらも2枚だ」

 

「グッド」

 

この挑発を無視し、エミヤオルタもチェンジを要求。教授は満足げに頷いた。

こうして、ゲームは淡々と進み――

 

――

――――

――――――

 

圧倒的だった。

 

「――ハイ、フルハウス」

 

「…………」

 

「惜しかったねー。その3がキングだったら君の勝ちだった」

 

……惜しいものか。

藤丸は余裕綽々な教授を睨みながら、これまでの戦績を思い起こす。

フォールドを含めて、これでエミヤオルタの5連敗。開始からずっと、教授は降りることもなく勝ち続けている。そんなことはポーカーではあり得ない。

挑発しているのだ。間違いなく、教授はイカサマを――

 

「――違う、マスター」

 

と、モリアーティを探る藤丸の視線を察したのか、エミヤオルタがその間違いを指摘する。

 

「――ディーラーだ」

 

「――っ!」

 

言われ、思わずディーラーエルキドゥの方を向く。

対し、疑いの眼差しを向けられたエルキドゥはどこ吹く風、いつもの穏やかな微笑みを称え静かに見つめ返してきた。

 

「…………」

 

藤丸が監視する中、そのまま次のゲームへ。

流れるような動作でカードを配り――。

 

「ストレートフラッシュ。こんなに強い役が揃うなんて、珍しいことがあるものダ」

 

「…………」

 

教授の6連勝。事前に用意した、エミヤオルタのチップは残り僅かだ。

ゲームの後、エミヤオルタがこちらへ目配せをしてくるが、それに対して藤丸は黙ったまま首を振る。――とてもじゃないが、素人の自分には見抜けない。

それにしても、疑いをかけた直後に平然とイカサマをぶち込んでくるとは。強かというか、面の皮が厚いというか……。

エルキドゥもいつの間にあんな技憶えたんだろう?

何はともあれ、ディーラーの不正を見破り指摘しない限り、エミヤオルタの勝利はないだろう。

エミヤオルタも険しい表情でエルキドゥを睨む。

 

「そういえば、まだあんたがここにいる理由は聞いてなかったな」

 

教授に加担するということは、彼もまたジャガーマンの仲間ということだ。

――しかし、何故彼がエミヤオルタにちょっかいをかけるのか? 普段の彼ならエミヤオルタなんて歯牙にもかけないはずだ。

この疑問を察してか、エルキドゥは頷く。

 

「うん。実は、僕自身君に興味がない。でも、ある人に頼まれてね。少し尋ねてもいいかい?」

 

「なんだ?」

 

「――世界の掃除屋なんてものを進んで背負った君の生涯に、一体何の意味が残ったのかな?」

 

「――っ」

 

息を呑んだのは藤丸だ。

明確な地雷。それでも、ウルクの切れた斧は止まらない。

 

「君は自分の望みを通り行動し、すべてを失った。何もかも失って、それで君は救われたのかな? 残ったものはなんだろう?」

 

遠慮のかけらもないエルキドゥの問いに、エミヤオルタは……。

 

「…………どいつもこいつも」

 

限界だったのだろう。

深いため息と、明確な苛立ちをもって答える。

 

「仲良しごっこはさぞ楽しいだろうさ」

 

「――っ」

 

強烈な拒絶。

エミヤオルタはエルキドゥを睨んでいるが――間違いなく、藤丸へも向けられた言葉だ。

 

「だが、あいにくと俺はサーヴァントであり、ただの兵器だ。――言ったはずだぞ? そう扱えと」

 

「…………」

 

そう。エミヤオルタは初めから自分の望みを口にしていた。

人としてでなく、兵器として扱えと。

分かっていた。

こんな茶番も。

自分を人として扱う環境も。

エミヤオルタは望んでいない。

 

謂れのない慚愧が悪であるように、謂れのない憐憫もまた――

 

尋ねているのはエルキドゥだ。

それでも、きっと。否定されているのはマスターである藤丸。そして、今も奮闘しているジャガーマンだった。

ずっと見ないようにしていた現実を突きつけられる。

だから、

 

「ごめ――」

 

藤丸が挫けそうになった(楽になろうとした)時、

 

「――いいえ、それは無理な相談よ」

 

相手の切り込みが唐突だったように。

援軍も、思わぬところからやってきた。

 

「えっ、ナーサリー…………?」

 

いつからいたのか。いつの間にか、プールで遊んでいたはずのナーサリーが藤丸たちと同じ卓に座り、ゲームを鑑賞していた。

子どもたちの英雄は、迷い子へ囁くように言葉を紡ぐ。

 

「だって道具に恋をする人がいるんだもの、道具だって恋をするわ。少なくとわたしたちのマスターはわたしたちをそんなふうには扱わない。――そうでしょう?」

 

「…………そうだね」

 

ナーサリーの微笑みに、藤丸もゆっくりと頷く。

カルデアには多種多様なサーヴァントがいる。

化け物だからといって拒絶しない。

不可解だからといって諦めない。

そうして、藤丸は歩いてきた。

――例え、それを。彼自身が望んでいなくても。

 

「……エミヤオルタがどんな人だったかなんて知らない」

 

だから。

エミヤオルタの顔をしっかりと見据えて。

 

「それでも、見て見ぬふりなんてできない」

 

ただのこっちのわがままだ。

無理やりどうこうしようなんて、身勝手なことは言えない。

けれど、

それでも、

それだけの関係では、終わらせたくない。

結末も結果も、何も変わらなくとも、

 

「もっと知りたい。もっと一緒にいたい。だから――」

 

その果てで、エミヤオルタが幸せになれるならどんなに――――。

だが、

 

「…………やれやれ、とんだ勘違いだ」

 

やはり、エミヤオルタの答えは変わらない。

救いを求めていない者に、救いの手は届かない。

それでも、

 

「オレはとっくに……」

 

――淡く微笑む。

その言葉に、どんな意味はあったのか。

 

「…………ああ、なるほど。そういうことか」

 

「えっ……」

 

そのささやかな変化に藤丸が気づく前に、エミヤオルタが視線をテーブルへと戻した。

そして、

 

「エミヤオルタ!?」

 

ディーラーへ向け、投影した己の銃を突きつけた。

驚きから藤丸は悲鳴を上げ、教授も訝し気に眉を顰める。

 

「どういうつもりかね? 宝具の使用は――」

 

「ああ、禁止だ。だが生憎と俺は勝負師じゃない。――どいつもこいつも、酷い勘違いだ」

 

と、銃を構えながらエミヤオルタは藤丸の方をチラリと伺う。

まるで、間違いを諭すように。

まるで、迷い子を安心させるように。

 

「問題点が違う。――はなからカード勝負で勝てるわけがない。そう、カード勝負ではな。いい加減正体を表せ」

 

「えっ?」

 

エミヤオルタの前半の言葉。それはどういう……。

と、藤丸が思い当たるよりも先に、ポーカーの決着を告げる声がディーラーから漏れる。

 

「――あーあ、バレちまったか」

 

姿形はエルキドゥ。しかし、決して彼の口からは漏れないであろう言葉遣いと声色。

エルキドゥに化けていたディーラー――新宿のアサシンこと、燕青は素直に両手を挙げて降参する。

 

「エ、エルキドゥじゃない!?」

 

「勿論だとも。エルキドゥ()がこのような茶番に付き合ってくるれるはずがないだろう?」

 

驚く藤丸に、教授は惚けた顔で平然と呟く。

 

「そう。こいつはただの影武者だ。そして――スキルの使用は即失格。だったな?」

 

「あっ!」

 

カードとチップも、あからさまなイカサマをしていたのも、すべてフェイク。

この勝負の本質はまったくの別。

――スキルで紛れた偽物を見つけること。

これがこの勝負の勝利条件だった。

看破したエミヤオルタを称えるように、モリアーティ教授は悪党顔でニヤリと笑う。

 

「グッド。合格だ」

 

「どうして。こんな回りくどい真似を……」

 

困惑する藤丸。

対する、教授はマジシャンのようにカードを弄びながら手の内を明かした。

 

「言っただろうマスター君。――テストだよ。エミヤオルタ君を助けたい、というのがジャガーマン嬢の願いだが……私はそれが疑問でね。まあ、最も。彼女はそこまで織り込み済みで強硬策に打って出ているようだが」

 

「…………」

 

「だから君にも、彼女に会う前に考えてほしかったのさ。――悪党の幸せというものを」

 

「余計なお世話だ」

 

「だったようだネ」

 

冷たく言い放つエミヤオルタに、素直に頷く教授。

何が、正解か。

本人が望むまま、破滅させることか。

本人の意思を殺して、苦しめることか。

あの神殿で藤丸が願ったのは、どちらだったか。

憐憫か? それとも――。

 

「…………」

 

だから、この問題にマスターである藤丸は初めから意見をする権利を持っていない。

――それでも。と、強引に止められる人物がいるとすれば……。

 

「彼女は穂群原という学園で君たちを待っている。そこが、我々の用意したゴールだ」

 

「…………わかった」

 

「――私ができるのはここまでだ。後のことは頼んだよ」

 

「うん、ありがとう」

 

険しい表情で後を託す教授に、藤丸は頷く。

向かうは穂群原。きっと、そこがジャガーマンの用意した終着点だ。

そこに行けば、きっと――。

 

「……行こう、エミヤオルタ」

 

「ああ」

 

ブレることのない鋭い眼差しでエミヤオルタも頷き。

藤丸たちは、ジャガーマンの元へと向かう。

 

 

Sideモリアーティ

 

エミヤオルタとマスターたちが穂群原へ向かって程なく。

 

「……まったく、世話の焼ける」

 

その背中を見守りながら、モリアーティはやれやれと肩を竦める。

 

「それにしても、エミヤオルタ君。――彼はサンプルケースとして大変興味深い存在だ」

 

カルデアの召喚式はマスターとサーヴァント相互の同意がなければ召喚されない仕組みになっている。

だから、藤丸と意見の合わないサーヴァントや相容れないサーヴァントが召喚されにくい。

そう――エミヤオルタは、そんな数少ない例外的なサーヴァントの1人だ。

エミヤオルタはマスターに何も望まず、マスターにも何も求めないことを望んでいるが……。

恐らく、彼は根本的にカルデアのシステムと相容れない。

 

「さて、我がマスターはそんな悪性サーヴァントと付き合い、その最期を看取る時、どんな反応を示すのか……」

 

この先のことを思い、教授は思わずほくそ笑む。

 

「自らの手で崩壊を促進し、その最期に手を貸せぬ状況……。もしかしたら、エミヤオルタ君との関係こそ、今後の良い訓練に――ん?」

 

と、途中で電子音が鳴り響き、思考を中断して通信機を起動する。

――どうやら、仕事の時間のようだ。

 

「私だ。……ああ。予定通り、マスター君たちを彼女の元へ誘導した。無論、私たちはこのまま――次の仕事へ取り掛かろう」

 

あらゆるものを背負い、あらゆる悪を目の当たりにし、それでも善性から目を背けない我がマスター。

そんな前途多難なマスターの期待を背負い、今日もモリアーティ教授は暗躍する。




例えどんな未来を歩もうと藤丸立香は純粋な悪人とは契約しない。
だから、彼/彼女の召喚したサーヴァントならどうあれ信用できる。

――と、太鼓判を押してくれた人がいたなぁ……。
なんてことを思い出し、しんみりしながら書いていたらリンボが実装されました。
藤丸立香……お前……。

あと、なんかカッコつけているアラフィフですが、その暗躍の結果マスターが死にかけているので、後日キッチリみんなに絞られました。


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第10話 かわいい虎には旅をさせよ

Side???

 

男の決断は世界を救った。

 

それ故に――今、男の目の前で無辜の民が死んでいく。

 

最愛の人を殺した。

かけがえのない家族を失った。

全てを捨てて、脅威となりうる悪の芽を摘んだ。

 

その結果が目の前の焼野原なのだとしたら――。

……じゃあ、いったい何のために。

 

全てを切り捨て、全てを失い。

手に入れたのは人殺しの技術と――誰も救えなかった、という事実のみ。

 

首謀者は自ら身を投げ、それ故に守りたかった民が死んでいく。

虚ろな眼差しで生存者を探すが、そんなものがいるはずもなく――。

 

再び、男は彷徨う。

地獄を歩く。

無数の瓦礫の中から、居もしない生存者を探す。

 

探し、

歩き、

彷徨い、

 

そして――――

 

 

Sideカルデア

 

ジャガーマンは穂群原学園へ向かったという情報を入手した藤丸たち。

プールのあった都市から橋を渡り、住宅街を抜け、山の中腹にあるというその学園を目指す。

歩く度に遠退く住宅街を見下ろしながら坂を上り、これまでの軌跡に思いを馳せる。

街はずれの教会付近からスタートし、気づけば街を横断していたらしい。

――特異点F。本人は言及しないが、ここがエミヤオルタの生まれ育った街なのは間違いないだろう。

なら、今目指している学園というのも……。

自然と視線が前を向き、一歩一歩を踏みしめる。

ジャガーマンは、そんな学園の校門の前に仁王立ちし、登校する生徒を見守る先生のようにこちらを待ち構えていた。

 

「わっはっは、遅かったにゃ戦士たちよ!」

 

坂を上り切った藤丸たちを、まるで歴戦の勇者のように高笑いを浮かべながら迎え、

 

「ホント……ホントに……遅かったニャ……。わたしはここでずっとスタンバってて……てっきり忘れられちゃったのかニャ、と……若干不安になってたりしました!」

 

と、一転。遅刻を責める先生のように、涙ながらにぶっちゃけた。

 

「まあ、結構色々あったからね」

 

料理にプールと、ここに来るまで結構時間がかかった。まさか、その間ずっとこの学園で待っていたのだろうか?

若干弱った様子のジャガーに対し、藤丸はちょっと申し訳ない気持ちで頬を掻いたが、

 

「ふっ……宮本武蔵戦法とはやるニャ、マスター」

 

「いや、勝手に自爆しただけだよね?」

 

「そもそも、待つくらいなら逃げるな」

 

それは勘違いだったようだ。

何故かキザ口調で呟くジャガーマンの言葉を、エミヤオルタも無慈悲に切り捨てる。

が、お道化ジャガーは止まらない。

 

「それはそれ。撤退戦はボス戦の肝でしょう? 私はボス! 故に咎なし! 罪もなし!」

 

「アンタが撤退してどうする」

 

「黙らっしゃい! それよりも――さあ、マスターちゃん! よくぞ来た! まずはここまで来たことを誉めてやるニャ! そして、我が軍門に下れば世界の半分を――って」

 

と、ここまでいつものようにハイテンションで捲し立てた後、『おや~?』と顔を赤くしながら首を傾げた。

 

「――もしかして、もうそんな雰囲気でもない感じかなー……?」

 

「…………ああ」

 

「…………」

 

エミヤオルタはただ静かに頷き、藤丸はそんな2人の様子を黙って見守った。

こちらの真剣な眼差しにジャガーマンもすべてを察して、しんみりと呟く。

 

「そっか、気づいちゃったか」

 

「あれで隠しているつもりなのは、どこぞのバカとそこお人よしだけだ」

 

「うっ……」

 

「わっはっは、まったく返す言葉もございませーん」

 

冷たいエミヤオルタの言葉が藤丸にも容赦なく刺さる。

対して、驚きつつも笑顔でそう受け流しているジャガーマン。やはり全てを察して、それでも事に及んでいたのだろう。……少し。ほんの少しだけ、目の前のふざけたサーヴァントを見直す。

それはエミヤオルタも同じだったのだろう。

 

「…………」

 

「…………」

 

辛そうに。本当に辛そうに。しかめっ面をするエミヤオルタと、それをただ見守るジャガーマン。

……そうして、どれくらいの時が流れただろう。

 

「――オレは」

 

エミヤオルタが、何かを決意したかのように重い口を開く。

まるで、罪を告白する聖人のように。

身を切るように。それでいて頑なに。

そのエミヤオルタの言葉を、

 

「オレは生前、あんたとあんたの――――」

 

「――待った」

 

寸前で、ジャガーマンが手で制した。

俯くエミヤオルタへ、ジャガーマンは申し訳なさそうに顔を歪める。

 

「折角話そうとしてくれたのに、ごめんなさい。でも……私にもわからないけど……。その言葉は、多分違うと思うの。黒いアーチャーさん。……だって……それは、きっと難しい問題でしょ?」

 

「…………」

 

押し黙るエミヤオルタへ、ジャガーマンは優しくも、儚い表情で頬笑みかける。

 

「多分、あなたが私を通して見てる私は、この私じゃない。――同じように、私があなたを通して責任を感じているあなたも、今のあなたじゃない。そうでしょう?」

 

所詮サーヴァントは影法師。

エミヤオルタの世界の藤村大河と、ジャガーマンとなっている藤村大河が別人なように。

ジャガーマンが責任を感じている人物も、きっとエミヤオルタ本人ではない。

けれど、

 

「それでも、お互いに止められない。私があなたを構うように。きっと、あなたも私に感じる何かがあるのよね?」

 

「…………ああ」

 

悲しそうに笑うジャガーマンの言葉に、エミヤオルタはただ頷く。

別人だとはわかっている。

それでも、譲れないもののためにジャガーマンはエミヤオルタを救い。

そして、エミヤオルタもまた、自分の譲れないもののためにそれを拒み続ける。

割り切るには近すぎて。

伝えるには遠すぎる。

絶望的な結論に、それでもジャガーマンは微笑む。

 

「それが確認できただけでも良かったわ。……私の中のあなたとあなたの中の私のことは、きっとここで何をやっても解決しない」

 

カルデアにも、生前の遺恨を残すサーヴァントたちが多数在籍している。

『生前の諍いも、確執も、それは生きた者たちだけのもの』とは、誰の言葉だったか。

エミヤオルタと藤村大河、そして衛宮士郎とジャガーマンの問題は何をやっても解決しない。

しかし、

 

「だから、ここにいる私とあなたは――」

 

エミヤオルタとジャガーマン。

2人は今、こうしてここにいる。

話もできるし、手も届く。

なら、

 

「――これで決着をつけるニャ!」

 

決意と共に。

彼女は藤村大河としての顔を隠し、ジャガーマンとしていつものように面白おかしくふざけた笑みを浮かべながら、懐から何かを取り出した。

受け取りながら、エミヤオルタは目を見張り、藤丸が首を傾げる。

 

「これは……」

 

「竹刀?」

 

それは、剣道に使用する2本の竹刀だった。

どこにでもある、ありふれた竹刀のようだが、何故か片方には虎のストラップがついている。

驚くエミヤオルタへ、ジャガーマンは不敵に笑う。

 

「もちろん、憶えてるわよね?」

 

「…………ああ」

 

「……よかった」

 

その一言に、どれだけの感情が詰まっていたのだろう。

頷くエミヤオルタに藤村大河はゆっくりと微笑み、

 

「――ルールはシンプルに一本勝負で行くニャ!」

 

すぐに、ジャガーマンとして叫ぶ。

 

「私が勝ったらデミヤんは私の子分! 絶対服従! 弟分としてこき使うから覚悟するニャ!」

 

「……ああ、非常に貴方らしい。……シンプルで分かりやすい答えだ」

 

まるで、曇り空が晴れたように。

エミヤオルタも、呆れたような――それでいて嬉しそうな――苦笑いを浮かべながら、竹刀を構えた。

スキルも宝具もなしの剣道勝負。

これほど分かりやすい決着もないだろう。

ジャガーマンも、そんなエミヤオルタの表情を見て微笑み、

 

「――合図はマスターちゃんがお願い」

 

自身も真剣な面持ちで竹刀を構える。そこにおふざけジャガーは存在しない。

 

「…………」

 

大役を任され、藤丸は息を呑む。

ジャガーマンの構えは中段。最も基本的な構えであるものの、切っ先の一切ブレないその様子から、剣豪サーヴァントたちにも負けぬ確かな凄みが感じられる。

それに倣ってか、対するエミヤオルタも得意の二刀流を捨て竹刀を中段に構えている。誇りもなにもない、と嗤う普段の彼とは一線を期す。まるで、童心に帰ったかのように。そこには1人の剣士がいた。

両者はすでに開始の間合い。あとは、藤丸の掛け声一つで試合が始まる。

 

「…………」

 

「…………」

 

――空気が張り詰める。

真剣な眼差しで互いを見つめる両者。

そして、

 

「――始め!」

 

「――――ヤッ!」

 

「…………っ」

 

竹刀がぶつかる。

先に仕掛けたのはジャガーマンだった。

彼女はただ、まっすぐに。エミヤオルタのガードをものともせず、鋭く飛び込み――。

――寸前で、エミヤオルタがそれを防ぐ。

ジャガーマンの猛攻は続く。

 

「――ハッ!」

 

「くっ……」

 

見事な連撃。

やはり、こと剣道に限ればジャガーマンの方が優位か。息つく暇も与えず攻め続ける。

対する、エミヤオルタは防戦一方。戦場とは違う、慣れぬ形式というのもあるのだろう。ジャガーマンと比べ、やはり竹刀さばきがどこかたどたどしい。

それでも……。

 

「――――」

 

……その表情に、仄かな歓喜を見出すのはこちらのエゴだろうか。

花札の時にも垣間見た、かつての少年を思わせる夢中な表情。

そんなエミヤオルタの顔を見て、ジャガーマンも嬉しそうに。本当に嬉しそうに笑い――。

遂に、その時が訪れた。

 

「――ッ!」

 

ジャガーマンの猛攻に耐えられず、遂にエミヤオルタのガードが崩れる。

達人でも見出せるかどうかという僅かな隙。

しかし――それを見逃すジャガーマンではない。

 

「――貰った!」

 

再び鋭く飛び込む。

確かな達人の踏み込み。

間違いなく、必殺必中の一撃。

ジャガーマン――藤村大河の剣の腕は確かなものだ。剣術ならともかく、剣道で彼女に敵う者は現代にまずいないだろう。才能にも恵まれた、まごうことなき最高峰の実力。

対して、エミヤオルタ――衛宮士郎の剣の才は凡人の域を出ない。無論、才がないわけではない。しかし、それはセイバーやアサシンなど、剣の英傑たちとは比べるべくもない。

だからこそ、

 

「――――ふっ」

 

――エミヤオルタは修練を重ね、愚直な努力と技術のみでここまで戦い抜いてきた。

わざとその隙を作ったエミヤオルタは、僅かに身を引くことでジャガーマンの飛び込みを回避する。

 

「なっ――――」

 

瞬間、ジャガーマンは驚愕し、己の失策に気付くがもう遅い。

勝利を確信し、飛び込んだジャガーマン胴はがら空きだ。

そこへ、

 

「――――ハッ!」

 

エミヤオルタの竹刀が突き刺さる。

その寸前。

お互いの体が交差する間際。

自らの負けを悟ったジャガーマンはエミヤオルタの耳元で、

 

「――強くなったね、士郎」

 

そんなことを囁いた。

 

「藤――――」

 

しかし、エミヤオルタはそれ以上答えない。

これは、虎聖杯を巡る戦いであり、それ以上でもそれ以下でもない。

だから、

 

「――勝負あり!」

 

藤丸の言葉が校庭に響く。

ジャガーマンが負けて、エミヤオルタが勝った。

これで決着し、

 

「…………」

 

「…………」

 

きっと、同時に。2人の間の何かが終わった。

――そして、それは同時にマスターである藤丸の結論でもある。

負けたジャガーマンは、吹っ切れた顔で笑う。

 

「あー! 負けた! 負けた!」

 

「……気は済んだか?」

 

「うーん? 本音を言えば、まだまだ未練も後悔もグズグズだけど」

 

尋ねるエミヤオルタへ、ジャガーマンは困ったように、

 

「――スッキリはしたわ」

 

晴れやかに。心底安心した様子で、にへら、と笑った。

それを見たエミヤオルタも、

 

「……そうかい。それはなにより」

 

小さく。本当に小さく。そう微笑んだ。

だから、後腐れなく。

 

「――なら、さっさと聖杯を渡せ」

 

いつもの仏頂面に戻って、カルデアのサーヴァントとして本来の職務を全うする。

しかし、

 

「――えー、それは無理よ」

 

「なっ――」

 

軽いノリで、再び聖杯の引き渡しを拒否するジャガーマン。

話が違うとでも言いたげにエミヤオルタは眉を顰め、抗議しようと口を開くが、それよりも早くジャガーマンがその事実を口にした。

 

「だって私――――持ってないもん」

 

「…………は?」

 

「えっ…………?」

 

予想外の答えに、エミヤオルタと藤丸が揃って固まる。

しかし、同時に藤丸の脳裏にあることが思い起こされる。

それは、ここへ来てすぐのエミヤオルタの忠告と、先ほど聞いた教授の情報。

 

『敵がいる』

 

つまり、

 

「…………この特異点を作った犯人は別にいる?」

 

その藤丸の言葉に、頷く影があった。

 

「――はい、その通りです。カルデアのマスター」

 

「――っ!」

 

「故に、私たちはジャガーマンさんに協力してきました」

 

いつからいたのか。

ジャガーマンの背後から現れたその影はカルデアにいるパールヴァティーやカーマによく似た少女だった。

 

「あなたは?」

 

「初めまして、カルデアのマスター。そして、ごめんなさい。私は、間桐桜っていいます。一応、この街のマスターの1人で、今はジャガーマンさんの協力者です」

 

尋ねる藤丸へ少女――間桐桜は名乗りを上げ、ジャガーマンの方を向いて悲しそうに呟いた。

 

「…………失敗してしまったんですね、先生……」

 

「うん、ごめんねー。あなたにも大分気を使わせちゃったのに」

 

「……いいえ、仕方がありません。簡単に止まる人じゃないのは、私もよく知っていますし……」

 

「…………」

 

願いと諦めの混ざったような複雑な笑み。彼女もまた、エミヤオルタの関係者の1人だったのだろう。

――しかし、それも一瞬。

 

「けど――」

 

「はい。私の、私たちの目的に失敗は許されません。だからこそ、あなたに協力を要請しました」

 

ジャガーマンは困り顔で呟き、間桐桜もすぐに引き締まった顔で頷く。

そして、

 

「――カルデアのマスター。図々しいことは百も承知で、お願いします」

 

と、頭を下げて、その内容を口にした。

 

「どうか、どうか私たちの先輩を助けてください」

 

 

Side???→エミヤオルタ(特異点)

 

男は虚ろな眼差しで、焼野原を彷徨う。

生存者の誰もいない荒野。

その結果を招いた自分を呪い。

そして――

 

「じゃあ、その願い。私が叶えてあげましょー」

 

…………やけにマジカルな。人型なら割烹着の似合いそうな少女の声が男に届いた。




ホロウアタラクシアの藤ねえの進路相談エピソードが滅茶苦茶好きです
合わせて、タイガーころしあむのEDテーマ「SAYONARAじゃない。」も是非

次回は最終更新
最後ということで、前後編とエピローグの3本立てとなりますのでご注意ください


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第11話 虎は死して皮を留め

Sideカルデア

 

ジャガーマンとの決着をつけたエミヤオルタ。

ジャガーマンも自分の中の何かと折り合いをつけ、これにて一件落着。――かに思われたが、この特異点を作った犯人は彼女ではなかった。

 

「きっかけは、やっぱり虎聖杯だったんだと思います」

 

そして、今。

ジャガーマンの協力者と名乗る間桐桜から、この事件の全容が口にされる。

 

「元々、この街では虎聖杯の力によって藤丸さんたちのような別の世界の方がやってくる事例が多発していました」

 

「改めて無茶苦茶な世界だ……」

 

「まったくです……」

 

その説明を受けながら 藤丸が思わず呟き、間桐さんも心底呆れた様子で頷いた。彼女もこちらの騒動に余程苦労していたのだろう。

 

「そんな状況なので、誰が呼び出したのかまでは分かりません。……でも、多分彼も虎聖杯によって呼ばれた別世界の住民の1人だったんでしょう。――ある時、その人がこの街に召喚されました」

 

本来、召喚されるはずのない異物。

――それが、この特異点の生まれた最初のif。

 

「死んでしまった方やif世界の住民。魔法少女に果てはインベーダーまで、色々な方がいるこの街ですが、虎聖杯のおかげか、これまでは深刻な事態にならずに済んでいたんです。ただ――その人は違いました」

 

恐らく、本来の持ち主の影響なのだろう。――頭の悪い結界。殺し合いを容認しないルール。虎聖杯はどこまでも安全安心設計だ。だから、滅茶苦茶なのにどこか笑える。その程度のモノだった。

しかし、その力は本物だ。

もしも、誰かが意図的に。それを悪意あるものとして使ったなら――世界なんてひとたまりもないはずだ。

そして、どんな偶然か。あるいは何らかの不具合か。そんな使用者が現われてしまった。

虎聖杯は万人の願いを叶える。

故に、当然その人物も聖杯にたどり着く。

 

「そこで何を願ったのかも、私たちには分かりません。けど、その結果、衛宮先輩がこの街から姿を消しました」

 

それが、この特異点の楔。

 

「……なるほどな。虎聖杯とやらを扱っているのは藤村大河だ。そして、彼女を止めるのは小僧の役目。しかし――」

 

「止めるはずの衛宮って人がいなくなってしまった。だから特異点化した。――ん? エミヤ?」

 

「今、そこは気にしなくていい。マスター」

 

首を傾げる藤丸に、空かさずエミヤオルタが突っ込んだ。――いや、絶対スルーしちゃいけないワードだと思うんだけど。

しかし、そんな藤丸を他所に間桐さんが話を本題に戻す。

 

「また同時期に、並行してあなたたちも現われました。だから、ジャガーマンさんに相談したんです。……実はこちらの世界の藤村先生も少し前から行方不明でして……」

 

「おい」

 

「まあ、先生の行方不明は心配ないというか……この件とはまったく別問題だと思いますが……」

 

街が異常事態だというのに肝心の時にいない虎。その事態に桜も呆れた様子であいまいに笑う。

そんな中、別世界の同一人物は空気を読まず、なぜか自信満々に胸を張った。

 

「うむ。それは私が保証するニャ! ――なんだか、どこかの宇宙(ソラ)でポリスなキャットとスペースオペラを繰り広げている気配を感じる!!」

 

「よしんば無事であったとして、そんな珍事件があってたまるか」

 

となると、本来のオーナーの不在というのも原因の1つだったのかもしれない。

結果として、ここは特異点と化してしまった。

 

「どうすればいいの?」

 

「簡単です。虎聖杯は平等。どんな人にも門を開き、参加者と勝負する過程でその願いを叶える」

 

尋ねる藤丸へ、間桐さんが答える。

 

「すでに、あなたたちはこの道中で私たちと戦い、一定数の勝利を収めています。なので、求めればコロシアムまでの道が開くはずです。だから――」

 

「コロシアムって所へ行って聖杯を確保。そこにいるはずの『その人』を止める」

 

カルデアが聖杯を回収すれば、特異点での異常は白紙に戻る。

 

「はい。部外者であるあなた方にこんなお願いをするのは大変心苦しいのですが……」

 

「――勿論、引き受けるよ」

 

頭を下げる間桐さんへ向け、藤丸は何でもないことのように即断する。

結局、やることはいつもと変わらない。

元凶に会って、聖杯を確保する。

そのまぶしさにか、間桐さんも微笑む。

 

「ありがとうございます。今、コロシアムが出現しているのは、おそらく大空洞です」

 

そうと決まれば、あとは行って聖杯を回収するだけだ。

善は急げと言わんばかりに、藤丸は踵を返し――

 

「あっ――ちょっと待って」

 

その背中をジャガーマンが引き留めた。

 

「なんだ、まだ何か――」

 

流石に嫌気がさしたのか、露骨に顔をしかめるエミヤオルタ。

そんなエミヤオルタへ、

 

「――行ってらっしゃい」

 

ただ、一言。

ジャガーマンは微笑んだ。

何でもない、ただの挨拶。

いつも、交わしていた――。

――いつか、違えてしまった。

再会の約束。

エミヤオルタはその言葉に、動きを止めて――。

 

「…………ああ」

 

小さく。

でも、確かに。

その言葉に頷いた。

……それで十分。

 

「マスターちゃんも、気を付けてね」

 

「うん」

 

こちらにも微笑むジャガーマンへ、藤丸も確かに答える。

 

「――行ってきます」

 

自らのサーヴァントの手に取って、必ず帰ると約束する。

――さあ、向かうは大空洞。

マスターとサーヴァントは、コロシアムへと堕ちていく。

そして、

 

――

――――

―――――――

 

~~ 一方その頃 ~~

Side間桐桜

 

「……行っちゃった?」

 

「ええ」

 

校庭に残ったジャガーマンと桜の2人。

2人は藤丸とエミヤオルタの背中が見えなくなるまで見送って、

 

「じゃあ――」

 

「はい、私たちは彼らの行く道を守りましょう」

 

――彼女らも彼女らの戦場に身を投じた。

武器を取り、今まさに迫ろうとしている背後の脅威を睨む。

 

「■■■■――――!」

 

――それは影。

何千、何万にもなる影の大群が、2人を呑むように押し寄せる。

……実は、彼らには伝えなかった異常がもう1つあった。

それが――謎のシャドウサーヴァントの出現。

この特異点では、死に至る傷を負っても自動的に回復する。故に虎聖杯戦争で死者は出ない。

――しかし、これは元々の虎聖杯にはなかった機能だ。

同時に出現したのがシャドウサーヴァント。

彼らはコロシアムへ向かおうとすると現われる。――まるで、自らの消滅を防ぐかのように、虎聖杯を守り続ける。

影にやられれば復活し、また影が増える。

気付いた時には最早手遅れ。今の冬木に、自らの影のいない者は存在しない。

だからこそ、彼女たちはカルデアに頼るしかなかった。

……それでも。

 

「ここは私たちの街です。藤丸さんたちばかりに頼る訳には行きません。私たちの街は――私の家は私が守ります」

 

同時、それを察知したかのように、校庭一杯に影が迫る。

彼らは皆、一様に同じほうを向いている。

それは藤丸たちが向かった場所。聖杯の眠る地、大空洞。

意思を持たない化け物故に、その狙いは単純明快。藤丸たちの阻止だろう。

――そんなことはさせないと。間桐桜は弓掛を嵌めた左手を構える。

そんな頼もしい桜の姿に、ジャガーマンは少しだけ目を細め、

 

「じゃあ、私も一肌脱いじゃうおっかなー」

 

静かな怒りを滾らせながら、これまでの胴着姿から霊基チェンジ。カルデアでの正装、ジャガーウェアへ。

 

「……実際、この街を好き勝手されていい気分でもないし」

 

かつての妹分に背中を預けながら。

 

「――私たちも、1発ブチかましてやろうじゃない」

 

今、再び。冬木の虎が吠える。

 

 

Sideジェームズ・モリアーティ

 

更にもう1人。この事態を予見していた者がいた。

 

「来たね。――諸君、準備はいいかい?」

 

ジャガーマンたちが撃ち漏らし、主の元へ迫る影を補足しつつ、ジェームズ・モリアーティは手元の通信機へ話しかける。

そこから、各地に散らばったカルデア中のサーヴァントの声が響いた。

 

『勿論です。このガウェイン、騎士の誓いに賭けて。民家は必ず死守します』

 

『スカサハだ。バカ弟子共々港は任せろ』

 

『こちらイシュタル。郊外の方も準備OK! ――って、きゃあ! こんの土人形! 遂に壊れたのかしら!? こんな時まで突っかかって――――』

 

『あー、同じく郊外。城周りはオレとヘラクレスに任せとけ。――なあ、ヘラクレス!』

 

『わたしたちも準備おっけーだよ! ホントはもうちょっと遊んでたかったけどね』

 

『プールはまた今度一緒に行きましょう、ジャック。――さあ、楽しいお茶会の時間だわ』

 

『カルデア側も問題ありません。万が一の際の退避と守りは任せてください』

 

……なんだか1つ、気になるチームもあるが。とりあえず、準備は万端。

各地に出現したシャドウサーヴァント。彼らはコロシアムへ至るもののみを襲う。

天草くんが予想したその発生条件は――サーヴァントがこの特異点で死亡した時。まるで、生贄のように。死んだサーヴァントと入れ替わる形でその影は出現する。

今、この特異点は聖杯戦争中。そして、カルデアのサーヴァントが各地に出現している。もしも、この条件が正しければ――シャドウサーヴァントの数は優に千、場合によっては万を超えるだろう。

事実、ダ・ヴィンチ氏が調査したところ、天草四郎のシャドウサーヴァントだけでも2桁近くいることが確認されている。

故に、モリアーティ教授は水面下で準備を進めてた。

 

「……まあ、半分我々のせいみたいなところもあるしネ」

 

モリアーティがカルデア一斉避難訓練なんてしなければ、ここまでシャドウサーヴァントが増えることもなかっただろう。

聖杯が回収できても、修繕前に特異点の住民はシャドウサーヴァントに殺されてしまいました――では、マスターに示しがつかない。

だから、備えた。

来るべきこの時の為に、各地へカルデア全てのサーヴァントを配置し、万全の守りを固める。

そう――全てはこの時のために。

 

「さて、準備は万端。あっちはエミヤオルタ君に任せて――」

 

幾重もの糸を張り巡らせた旧き蜘蛛は巣の中央でほくそ笑み、

 

「私たちは、あの子の露払いをするとしよう」

 

自らも棺桶を構えて、目の前の影へ立ちはだかる。

 

 

Sideラムダ

 

「……来たわね」

 

「ああ、君の予想通りだ」

 

そしてもう1組。大空洞へ向かう彼らを守護するのは彼らだけでなかった。

その1人、赤い外套のアーチャー、エミヤは決戦前に相方、

 

「それにしても意外だな。君がこんな雑事で身をやつすとは。……いや、与えることこそ、君の本質だったかな? ――快楽のアルターエゴ、メルトリリス」

 

「気やすく話しかけないでくれる? あと、私はラムダ。まったく、何度言えばわかるの?」

 

ラムダリリスへ声をかけ、当の彼女はそうエミヤを睨みつける。

 

「いい? 私はプロフェッショナルだから依頼されて、仕方なく、あなたとタッグを組んでいるの。雑事ですって? ――その通りよ! まったく、マスターもマスターね。あなたといい、あの男といい……あんなつまらない男のどこがいいんだか……」

 

「…………」

 

不満そうに独り言ちるラムダの背中を、『君が言うな』とでも言いたげに、エミヤは黙って見つつ、

 

「……まあ、あんなつまらない男のどこがいいんだ、という意見には概ね同意だ。……まったく、二丁拳銃だと? ――そんなもの誰が使ってもかっこいいに決まっている!」

 

こっちはこっちで羨ましそうに、そう叫ぶ。

それはそれとして、

 

「まあ、しかし――」

 

「ええ、今回ばかりは許してあげる。――あの黒いのには、私も少し借りがあるもの」

 

それは誰も覚えていない。虚数の海での話。

自分ですらない、別の人物の記録。

 

「それにしても、あのドンファン似の男を救おうなんて、とんだ傲慢。なんて勘違い。けど――」

 

そんなマスターだからこそ、あの虚数の海を越えたのだろう。

その結末を思い、メルトリリスは静かに微笑む。

 

「――だから、邪魔をしてはダメよ、BB。それと……ステッキさん?」

 

「冤罪です! ブーブー! 今回BBちゃんは本当に何もしてないよーだ!」

 

「そうです! そうです! いくら面白――大変な状況だからって、抜け駆けなんてしませんよ、プンプン! 早くイリヤさんのところに返してください! それはそれとして、あなた魔法少女に興味とか――」

 

「はいはい」

 

と、騒ぐ2人(?)の口を塞ぐラムダリリス。

そう、彼女らが教授に依頼された本来の仕事は、BB含めた不安要素の抑止だった。カルデアには天草四郎を筆頭に、虎聖杯を使って悪事を働こうとする輩が何騎かいる。

教授はそんなサーヴァントたちにも自身の糸を手繰り、対抗策を用意していたのだ。

今も各地で、各サーヴァントが敵性エネミーと戦いつつ、反乱分子を抑止しているはずだ。

 

「…………」

 

……とまあ、ここまではいい。

実際、彼らが野放しではマスターにも危害が及ぶ。報酬もしっかりもらう予定だし、僅か程度であれば手を貸してもいい個人的な理由(モチベーション)もある。あるが……。

 

「なんでこのドンファンと一緒なのよ……」

 

小さな声で、不満を漏らす。

 

「……ん? 今何か――」

 

「何でもない! 何でもないわよ! そうよね! あなたってそういう人だわ!」

 

叫ぶラムダと、何が何だかわからない、といった顔で首をかしげるエミヤ。

そういうところまで大変腹立たしい。

 

「まったく、早く終わらせるわよ!」

 

だから、ラムダは腹立たし気に声を上げ、

 

「――――」

 

一転。いつの間にか目前まで迫ってきていた影の大群を冷たく睨む。

彼女はスタァ。

どんな環境。どんな仕事であれ、プロフェッショナルとして完璧に熟す。

だから、

 

「――さあ、融けるように踊りましょう」

 

奈落へ落ちる弾丸を眺めながら、空へ羽ばたいた白鳥は再び戦場を舞う。

 

 

――――――

――――

――

 

Sideエミヤオルタ

 

そんな裏で総力戦が繰り広げられているなど露知らず。皆の援護を受け、無事エミヤオルタたちはコロシアムへとたどり着く。

 

「…………」

 

――エミヤオルタは事の顛末を理解していた。

これは、かつての己の過ちが生んだ特異点だ。

花札。

料理。

スポーツ。

そして、剣道。

どれも、衛宮士郎が藤村大河と競ったものであり、2人だけの楽しい思い出だった。

ジャガーマンは、そんな自分の幻影を代弁したに過ぎない。

何故なら、恐らくこの先にいる人物は――。

……見慣れた悪夢だ。

 

――――ならば、正さなければならない。

 

もうすぐ夜が明ける。

楽しかった夢も、もうおしまい。

そろそろ、目を覚ます時だ。

 

だから――何度だって、その終わりを見届けよう。




なおご存じの通り、どこぞのステッキは冤罪ではなく100%ギルティです。
奴を野放しにしてはいけない……。


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第12話 人は死して名を――

Sideカルデア

 

間桐桜の言う通り、大空洞は異界と化していた。

大空洞というくらいなのだから、本来は洞窟の様な空間のはずだが――。

 

「――――」

 

歩く2人の周りには、何もない。

ただ、下っているという感覚だけを頼りに歩みを進める。

歩く。

落ちる。

そして、

コロシアム――と呼ぶにはあまりにも寂しい空間へ出た。

 

「…………」

 

「…………」

 

何もなく、あるのはただ遥かに伸びる無の地平線と――頭上からパラパラと堕ちる、壊れたステンドクラスのような、ボロボロの天幕ただ1つ。

その逆月の中央。聖杯の座する場所の目の前に――

 

「……やはり、来たかカルデア」

 

「…………え?」

 

――聖杯のある主たる、この事件の元凶が佇んでいた。

その姿に藤丸は言葉を失くす。

彼は――エミヤオルタにそっくりだった。

……いや、顔は同じでも、彼の状況はより悲惨だ。体のそこかしこに亀裂が走り、最早崩壊寸前。

しかし、だからこそわかる。あれはカルデアのエミヤオルタもいずれ辿る末路。両者は等しく同じ者。

だからだろう。多分、エミヤオルタは元凶が誰かに気付いていたのだ。

 

「――意外だな」

 

極めて冷静に、それでいて嫌悪感を隠すこともなく、エミヤオルタは男を睨む。

 

「まだ、減らず口を叩けるか。亡霊のくせに、随分と未練がましいじゃないか」

 

「はっ――」

 

自らと同じ男からの罵声に、聖杯の主は思わずといった様子で失笑する。

――が、それは蔑みではなかった。

 

「オレだって本意ではない。何より、オレの邪魔をしてるのは他でもない、アンタたちだろう」

 

「…………?」

 

カルデアが、虎聖杯の邪魔をしている? まったく心当たりがない藤丸とエミヤオルタが揃って首を傾げる。

そんな彼らへ、男は心底疲れた様子で天を仰いだ。

 

「願いは成就された。なのに、いつまで経っても終わりが来ない」

 

まるで祈るように。

ただひたすら、その時を待つ。

 

「……ああ、なるほど」

 

その姿で、気づいてしまった。

 

「お前が聖杯に託した願いは――」

 

「――オレ自身の消滅だ」

 

呟くエミヤオルタの言葉に重ねるように、男は答える。

 

「オレだけじゃない。オレが『オレ』となる可能性の根絶。――この聖杯ならば可能だと、どこぞのステッキに唆されてな」

 

堰き止められた長年の鬱憤を吐き出すように。

ロストマンは訴える。

そう。彼が願ったのは――八つ当たり。

すべてを失い、すべてを失くし。

世界を変えるでもなく。

過去を変えるでもなく。

それでも自らを責めることしかできなかった不器用な男の成れの果て。

男は、それですべてを吐き出し切ったのか。

最後に一言、疲れたように声を漏らす。

 

「……もうたくさんだ」

 

「…………」

 

その願いをエミヤオルタが否定できるはずもない。

 

「だろうな。同じような悪夢なら、オレも見飽きた」

 

「なら――」

 

「ああ。正直、オレとしては虎聖杯なんぞどうでもいい」

 

両者は等しく同じ者。

しかし、

 

「――が、今のオレは曲がりなりにもこいつのサーヴァントでな」

 

「なに?」

 

男は、そこで初めて、藤丸に気づいた様子で目を丸くした。

今まで、脅威となりうるかつての自分しか眼中になかったのだろう。

ただ無辜の民を救う機能に特化した兵器。そんな自分が連れてくるはずのないお荷物。本来居るはずのない異物を目の当たりにして――気づいた。

 

「そうか……お前は――――」

 

「…………ああ」

 

「…………」

 

頷くエミヤオルタを見て、彼は俯く。

それで、交わすべき言葉もなくなった。

男たちは口を噤み、代わりに剣を携える。

そして……。

 

「マスター、指示を」

 

「…………彼を止めて」

 

「了解した」

 

最後の戦闘が始まった。

 

「――――ふっ」

 

「――――はっ!」

 

男が双銃を振るい、男が同じ武器で受ける。

男は弾丸を放ち、男が交わす。

鏡合わせの攻防。

両者は等しく同じもの。

壊れかけのガラクタか、すでに果てた残骸か。

どちらも、無為なことに違いはない。

 

「――――っ」

 

「――――!」

 

故に勝負はつかない。

同じ武器。同じスタイル。同じ信念。

2人を分ける決定的などこにもない。

――違いがあるとすればそれは…………。

 

「――――マスター!」

 

「――――っ!」

 

サーヴァントの呼び声に答え、藤丸の最後の令呪が光る。

 

「エミヤオルタ――――!」

 

本来、居ないはずの異物。

マスターの叫びは今、エミヤオルタを救い――

 

「…………」

 

「…………ハハ」

 

もう1人のロストマンをその刃で貫いた。

――同時。思い出すのは原初の記憶。

 

やはり、そこも地獄だった。

その地獄を1人の男が彷徨っている。

その瞳に正気はなく、きっとその手で掬えたものも何もない。

だから、

 

『よかった! 生きてる、生きてる……!』

 

いないはずの生存者を見つけ、目に涙をためて喜ぶ男。

それがあまりにも嬉しそうだったから。

いつか、そうなりたいと。

少年は男に憧れ、そして――――。

 

「…………そんな未来もあったんだな」

 

「らしいな。あいにくと、記憶にはないが、記録によるとそうらしい」

 

男の呟きに、男も頷く。

両者は等しく同じ者。

荒野を彷徨い、何もつかみ取れなかった名無しの残骸。

ただ、片方はその果てで――――虚数の海に溺れる、小さなマスターと羽の折れた白鳥を見つけた。

生存者なんぞ、居ないはずの虚数の海。

いつもと変わらぬ汚れ仕事。

それでも――

 

『とまぁ。白鳥はこうして飛び去って行ったワケだ』

 

ロストマンは彼らの手を取り、亡霊と共に海の底へ沈み。

マスターは羽の折れた白鳥と空へと羽ばたいた。

 

救った男と救われた少年。

堕ちたロストマンと羽ばたいた白鳥。

 

どちらが奇跡だったかといえば、それは――。

 

「なら、お前は最後まで――」

 

「無論、そのつもりだ」

 

失くした男に、見つけた男は笑う。

なら、やるべきことはただ1つ。

 

「そのために」

 

「ああ、障害は排除しないとな。――それが、正義の味方の仕事だ。マスター、あまり――」

 

汚れ仕事の前に、エミヤオルタはマスターの方を振り返る。

しかし、

 

「――大丈夫。見届けるよ、今回も」

 

「…………そうか」

 

まっすぐと。

泣きそうな顔で。

その最期を見届けようとする藤丸。

その姿に目を細め……。

 

「――――」

 

――エミヤオルタは、自らの末路へとどめを指した。

刃は抵抗もなく男に刺さり、そのまま力なく地に伏せる。

同時、返す刃で聖杯も壊す。

パリン。という、乾いた音と共に、水筒型の聖杯が砕けてガラクタとなった。

 

「…………」

 

――これで、すべてがお終い。

任務は完了。

歴史は修復され、冬木にはまた元の日常に戻るだろう。

だから、異物である自分たちも元居た場所へ。

特異点の崩壊と共に、藤丸たちの帰還も始まる。

聖杯からのリソースの回収は……。

 

「……ダメか」

 

難しそうだ。壊れた虎聖杯には何の残滓も残っていない。

つまり、カルデア側も成果なし。

マイナスがない代わりに、プラスもなし。

帰ればまた、あの騒がしい日常が待っている。

現状維持――それは、つまり…………。

 

「……エミヤオルタ」

 

特異点からの退去が始まる。

藤丸はボロボロで傷だらけな自らのサーヴァントの名前を呼んで。

 

「――帰ろう、カルデアに」

 

せめて微笑みながら、手を差し出す。

――それがいつ消えるとも知れぬ幻だとしても。

エミヤオルタもそんなマスターの姿に目を細めつつ、

 

「…………ああ」

 

しっかりとその手を掴んだ。

 

彼らの旅はまだまだ続く。

 

だから、今は帰ろう。

自分たちのホーム。

みんなの待つ、カルデアへ。

 

――

――――

―――――――

 

Sideエミヤオルタ(特異点)

 

彼らがカルデアへ退去して間もなく。

 

「…………」

 

如何な奇跡か、貫かれたはずの男には、まだ意識があった。

しかし、それもつかの間の神の悪戯。

崩壊は免れず。

帰る場所を忘れた亡霊は、ただ1人。

崩れ落ちるコロシアムで、これまで通り寄る辺もなく彷徨う。

――はずだった。

 

「……不思議ではあったんだ」

 

聖杯のなくなったコロシアム。

ただ閉じるだけの空間。

そんな、本来誰も入れぬはずの空間に、落ちる影があった。

――まるで、初めからそこにいたかのように。

 

「……不自然なルールが追加されていた」

 

死なない生贄。無限に湧く影。

――どれも、男には心当たりがなかった。

聖杯の鎮座していた場所に佇んで微笑む影へ、崩れかけの男は呟く。

 

「あなたが――抑えていたのか」

 

その人物は男の問いに答えない。

そんなことはどうでもいい、と言わんばかりに。

ただ、いつもの陽だまりのように、全ての事情を呑み込んで。

それでいて、あの頃のままに。

彼女は男に微笑んで――。

 

「――――おかえり、士郎」

 

「ああ………………」

 

それは在りし日。

いつか、交わした破れない約束。

だから、その男もまたあの日のように……。

 

「―――ただいま、藤ねえ」

 

そうして、まるでつきものが落ちたかの様な、柔らかな笑みを浮かべ――かつての残滓は、日の出と共に朝の空気に溶けていった。



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エピローグ
ロストマン


Sideエミヤオルタ(カルデア)

 

――――■■日後

あの事件から時は流れ。またいくつかの問題が起こり、いくつかのお祭り騒ぎを経ながらも、サーヴァントたちはカルデアで変わらない日々を過ごしてた。

特に状況に変化もなく――エミヤオルタの治療法も見つからないままだ。

そして、

 

「マスター、頼みがある」

 

「…………」

 

遂に、その日が訪れた。

告げるエミヤオルタに、藤丸も逃げずに頷く。

向かうはダ・ヴィンチちゃんの強化ラボ。

 

「本当にいいのかい? 一応忠告するけど、今度の今度こそ中身がすべてなくなるぜ」

 

「ああ、構わない。どうせ早いか遅いかの違いだ」

 

ダ・ヴィンチちゃんの最終確認に、エミヤオルタはまるで何でもないことのように答える。

今から行われるのは霊基の最終再臨。

エミヤオルタの能力を限界まで引き出す強化だ。

それは同時に――エミヤオルタの崩壊を意味している。

 

「…………」

 

「…………」

 

もう、決まっていた結末だ。

エミヤオルタの霊基は治らない。――ならば、せめて兵器として最大限に利用するのが道理だろう。召喚リソースだってただじゃない。むしろ、この結論は遅いくらいだ。

そう訴え、今強化が行われる。

施術は一瞬だった。

再臨の終わったエミヤオルタは、

 

「――よくやってくれたな、マスター。俺を語る中身は全てなくなった。正真正銘、オレは無銘の英霊になったわけだ」

 

自らの悲願を達成し、ニヒルに笑う。

 

「…………」

 

「……まったく」

 

藤丸は答えない。

そんなマスターの顔を眺めながら、エミヤオルタが思い出すのはあの特異点。

 

「……顔をあげろマスター」

 

今にも泣きだしそうな顔で俯く藤丸へ、エミヤオルタは笑う。

 

「オレがここまで来れたのは、あんたのお陰だ」

 

何も救えなかった。

何も成しえなかった。

そんな男の――叶わなかった生前の願いを叶えてくれた。

だから、

 

「そんな顔をするな。――大丈夫だ、マスター。これからもオレは、ここで頑張っていくから」

 

曇りのない笑みで答える。

マスターの顔は見えない。

それでも。

 

――

――――

――――――

 

更に時は流れ。

 

……ああ、瞼が重い。

終焉が近い。

一秒前すら遠く。

恐らく、遠くない将来。本当にエミヤオルタは中身を失い、からっぽの英霊となるだろう。しかし、

 

「…………」

 

日記をめくれば嫌でもわかる。

カルデアに召喚されたこと。

白鳥をクレーンで吊り上げたこと。

藤ねえと再会したこと。

そして――数々の戦場で、最期まで背中の大切な人(マスター)を守り抜けたこと。

 

無駄のない。まるで業務連絡でも書き記すかのような簡素な文字だが、その日記は温かさに溢れていた。

 

後悔は数知れず。

それでも……。

 

「エミヤオルタ」

 

「……ん? ――ああ、出番か」

 

呼びかけるマスターの言葉に、エミヤオルタも答える。

 

「よし、行こうか。マスター」

 

「うん。――これからもよろしくね、エミヤオルタ」

 

「…………ああ」

 

それでも……ここに来たことは間違いではなかったのだ……。




自分の中身がすべて消えることを望むエミヤオルタ
そんな彼に、カルデアの人たちはどんなことを思うのだろう?
彼の望みが叶う、その前にもしこんな珍道中があったなら……。

――なんて妄想から生まれた、コラボイベント&エミヤオルタの幕間風二次創作
『亜種特異点ジャガーころしあむ(オルタ)』でした!

毎度毎度、間が空いてしまい本当に申し訳ありませんでした……。
そんな中、最後までお付き合いいただいた読者の皆さんには感謝しかありません!

ここまでお読みいただき、本当にありがとうございました!


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