酒呑少女の迷宮冒険譚 (ktwr999)
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プロローグ

 

「…………!?…………い!!」

 

 

 

 

「…い……すか!?し……て…さい!」

 

 

 

 

 

 声が、聞こえる。

 

 

 

 

 同時に伝わる揺さぶられる感覚に、意識が覚醒していく。

 

 

 

 

 目を開く。

 

 真っ白な髪と紅い瞳の少年がこちらを覗き込んでいるのが視界に映る。

 

 

 

「……誰?」

 

 見覚えのないその少年に問いかける。

 現実離れしたその髪と瞳の色、見慣れない格好に驚く。

 すると目を覚ましたことに気付いたのか、安堵とともに少し落ち着きを取り戻した様子の少年。

 

「大丈夫ですか?」

 

 どうやら俺は仰向けに倒れているみたいだ。心配そうな少年の姿を横目にゆっくり体を起こそうとする。

 

「――痛っ!?」

 

 全身を走る痛みに、思わず顔を歪める。痛みを押してなんとか起き上がる。

 少年は腰のポーチから何かを取り出して、

 

「あの、よければこれ使ってください」

 

 青みがかった液体の入った試験管のようなものをこちらに差し出してくる。咄嗟に受け取ってしまったが、これは一体なんだろうか……?

 見慣れないものに戸惑う。すると、少年は不思議に思ったのか首を傾げながらも説明してくれた。

 

「あれ?分からない?それは体力回復薬(ポーション)。ちょっとした怪我くらいなら治るから飲んでみて」

 

 そう言われて受け取った物を訝しげに眺める。

 

 

 ポーションって、RPGとかでよくある?こんな色の液体なんか飲んで大丈夫なのか?

 

 

 不安だが、少年の心配そうな表情を見ると飲まないというわけにもいかないだろう。

 容器の蓋を外して意を決して液体を飲む。口の中にじんわり広がる苦味とともに、全身の痛みが徐々に薄くなっていく。なにこれ凄い。

 

「大丈夫?モンスターにやられたの?」

 

 

 モンスター?さっきから何を言ってるんだこの少年は……?

 

 

 首を傾げていると少年はこちらに向かって手を伸ばしてきた。

 

「立てる?」

 

 そう言われ差し伸べられた手を掴み立ち上がる。身体に違和感を感じ、視線を下に落とす。

 そこには、着衣とも呼べないボロ衣を纏った、褐色肌の女体があった。

 

 

 はい?俺、女??どういうこと?

 

 

 訳が分からず辺りを見渡す。そこは薄暗い洞窟の少し開けた場所であった。松明などの光源が見当たらないが、それにも関わらず視界がしっかり保たれるほどには明るく、壁や床、天井は薄緑色をして、数十メートル四方ほどの広さがあった。

 

「こ、ここはどこで…す……か?」

 

 目の前の少年に尋ねようと声を出すと、それは聞き慣れない少女の声音だった。

 

 

 声まで完璧に女の子じゃねえか……。

 

 

 その事に戸惑いつつも、返事が無いことに不安を感じ、少年を見る。彼はこちらの身体をまじまじと見つめていた。その視線に従って改めて自身の身体に視線を落とすと、ふと気付く。

 局部こそ見えていないものの、着衣の役割をほぼ放棄しているボロ衣に纏われているその肢体は、少女とは思えないほど大人びていて、思春期真っ盛りであろう少年にはかなり刺激が強そうだ。

 

 

 ああ、色々突拍子もなさすぎて感覚が麻痺してきた……。羞恥心が全然仕事してくれない……。

 とりあえず何か隠せるものないか……?

 

 

 異常な状況の数々に頭の中で何かが焼き切れたのか、不思議と思考は落ち着いていた。裸に近い格好をしている事に慌てる事もなく冷静に周囲を見回す。が、辺りに羽織れそうなものは見当たらない。しばらくの間はギリギリ耐えているボロ衣に頑張ってもらうしかないようだった。

 

「あの……」

 

 少年の視線に気付いていないふりをしつつ彼の顔を覗き込むようにして声をかけると、少年も話しかけられたことに気付いたのか慌てて視線を逸らした。

 

「あ、い、いえ、ごめんなさい!なんでしょうか!?」

 

 咄嗟に謝って敬語が飛び出す辺り罪悪感はあるのだろう。まぁ仕方ない事だろうから責めるつもりはない。むしろこっちが申し訳ない……ほぼ全裸だもんな……。痴女だもんな……。

 

「ここはどこなんでしょうか?」

 

「こ、ここはダンジョンの2階層。この辺は人通りの多い場所から結構離れてるし、新米の冒険者がソロでうろつくのは少し危ないかも」

 

「ダンジョン…?冒険者……?」

 

 どういうことなんだろうか。

 そもそも俺は友人と自室のPCで酒を飲みながらオンラインゲームで遊んでいたはず。というか3日近くその友人と飲んだくれていたから記憶が曖昧なんだが、それにしても見知らぬ洞窟でしかも女の子になって、なんて全く心当たりが無い。

 

「何があったか覚えてる?」

 

 心配そうに見つめてくる少年だったが、どうしてこうなったのか、こちらもまったく分からない。

 

「頭でも打ったのかな?とりあえず帰って治療してもらおうか。ちょうど僕も一旦帰るところだったし、一緒に行こう」

 

 そう言って少年は後ろへ振り返り通路の方へと歩き出した。

 とりあえずついていけばいいのかな、と足を踏み出した時、ふいに脚の力が抜け地面にへたりこんでしまった。

 

「あ、あの……」

 

 自身でもどこから出たのか驚くくらいにか細い声だった。少年が振り返る。

 

「足に力が入らなくて……」

 

 すると少年は優しく微笑み目の前まで来て背中をこちらに向ける。どうやら背負ってくれるらしい。

 

「ありがとうございます」

 

 礼を言いながら肩に腕を回すと少年は俺を背負い、立ち上がって再び通路へと歩き出した。

 

「困ってるときはお互い様だよ」

 

 純粋そうな少年には毒になるだろうなと思いつつ、女の子を助けたご褒美にはちょうどいいのではないかと思いつつ、真っ白な髪を視界に写し、小さいながらも頼もしく感じるその背中に、豊満な胸を押し付けるように身体を預けることにした。

 

 一体ここはどこなんだろうか。ダンジョンがどうの言っていたが、さっぱり分からない。そもそも俺、女の子じゃなかったはずだし、夢にしても痛みはある。分からない事だらけだった。

 とりあえず色々話を聞いてみよう。

 

 

 

 それが俺の、いや()()、『ベル・クラネル』との出会いだった。

 

 



 

 

 その日も僕はダンジョン探索に来ていた。

 エイナさんに言われたとおり2階層での探索。朝から探索を続けて、そろそろ昼の休憩に一旦戻ろうかという時だった。

 ふと1つの通路に視線が向いた。

 

 

 静かすぎる……。

 

 

 いくら2階層でモンスターも少ないとはいえ、今まで探索してきた場所ならモンスターの1匹2匹、姿は見えなくとも声や音が響いていたり他の冒険者がいたりして、ここまで静かなことは無かったような気がする。

 

『冒険者は冒険しちゃいけない』

 

 エイナさんにきつく言われている言葉が頭に浮かぶ。

 

「でも、ここは2階層だし大丈夫だよね……?」

 

 湧き出てくる好奇心に勝てず、僕はその通路へ入っていった。

 

「もし危なそうだったらすぐ引き返してくればいいんだし」

 

 

 

 

 しばらく歩いたけど、その細い通路はかなり長く続いてるみたいだった。いくら進んでもモンスターや冒険者の気配はなく、突き当りも見えてこなかった。

 

「そろそろ戻らないと午後の探索の時間が――あっ!」

 

 もう諦めて帰ろうかと思った時、ようやく奥の方にうっすらと突き当たりの壁が見えた。

相変わらずモンスターの気配は無いけど、万が一に備えて警戒しながら、だけど足早に、奥へと進んでいく。

 

 すると突然、視界が開けた。

 

「……何も、ない?」

 

 どうやら行き止まりは部屋状の少し広い空間になっているみたいだ。モンスターの姿も見えず、その安心感から警戒を解く。

 

 

 

「ん……」

 

 

 

 不意に耳に誰かの声が届く。声のした方を向き眼を凝らすと誰かが倒れているのに気が付いた。

 慌てて駆け寄る。そこには、幼いながらも大人びたスタイルをした褐色肌の女の子が、全身傷だらけで衣服もボロボロの状態で仰向けになっていた。

 

「か、かわい――じゃなくて!」

 

 女の子の意識はなく、呼吸も弱々しい。下心を意識の隅に追いやって声を掛ける。

 

「大丈夫ですか!?しっかりしてください!!」

 

 僕は彼女の肩を揺すりながら呼びかけた……。

 

 

 

 それが僕の『エリナ・バルフィング』との、憧れていたダンジョンでの出会い(ロマン)だった。

 

 



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第一話

 

「はぁ……缶ビールが恋しい……」

 

 

 軽く息を吐いて空を見上げた。

 身に纏う外套の隙間から入り込む夜風が肌をくすぐる。

 

 俺の名前は『エリナ・バルフィング』。12歳、女。Lv.1の冒険者で、冒険者登録してから1年ほど。所属は【ソーマ・ファミリア】で、両親もそこに在籍。どちらも昔は冒険者だったが、現在、積極的な活動はしていない。兄弟姉妹はおらず、家族3人仲睦まじく暮らしている。()()()

 

 ギルドと呼ばれる場所に着いた時、受付の人、エイナ・チュールというハーフエルフの女性、がたまたま『エリナ・バルフィング』の事を知っていたようで、身元確認は意外とすんなり済んだ。

 どうやら知り合いが担当している冒険者の1人が『エリナ・バルフィング』だったらしい。他の人の担当冒険者まで把握しているとは、実に有能である。

 

 少年に背負われて地上に来た時にはまだ明るかった空も、今は既に暗く、バベルと呼ばれる塔が突き刺すように天へ伸びていた。

 ギルドに到着した後、治療されたり説明したりされたりあれよあれよと時間は過ぎ去り、ようやく解放されたのが今さっき。あの少年とはギルドに到着後しばらくして別れた。再びダンジョンに向かったらしい。

 そういえば名前聞きそびれた。今度会ったらお礼しないと……。

 

 治療班によると、俺は『精神的ショックで記憶喪失になってしまった』とのこと。

 友人と酒飲んでゲームしていて気が付いたらダンジョンで倒れていた、なんて話が通じるとは思えないので、それは黙っていた。それにここは俺が暮らしていた場所とは全くの別世界のようで、下手したら頭のイカれた危険人物扱いされるかもしれない。何がどうなってこんな事になったのかは分からないが、あまり大事になると面倒が増えるだけだろうから、なるべく避けたい。

 状況は理解できないが、こうなってしまっては仕方あるまい。『エリナ・バルフィング』がどのような少女だったかは知らないが、こちとらオンラインゲームで()()()()()()()()には慣れている。やれるだけやってみよう。

 ギルドを出る時エイナさんにホームまで送っていこうかと提案されたが、これ以上迷惑を掛ける訳にもいかないと思って断った。1人になって落ち着きたかったし、自身の足で歩いて今までとは違う世界の雰囲気を味わってみるのもいいだろう。

 

 

 差し当たっての問題は……

 

「家族、かぁ……」

 

 思わずため息が漏れる。俺自身の両親はまだ幼い頃にどちらも死んでいる。俺と同じで酒ばかり飲んでいたらしく、若くして病気で亡くなったと、俺を引き取った親戚からは聞いている。一緒に暮らした記憶も朧気で、距離感というか接し方が分からない。

 

「――ん?」

 

 ふと誰かと視線が重なったような感覚を覚えた。

 しかし見上げている空に、人影があるはずもなく、せいぜい満天の星空に鳥が数羽飛んでいるのが目に映るだけだった。気のせいか……。いきなり知らない世界にほっぽり出されたんだし、相当疲れてるんだろうなあ。癒やし(アルコール)が欲しい……。

 

「帰るか……」

 

 憂鬱な気分を抱えたまま、ギルドから借りた少し大きめの外套を引きずるように、歩き出すのだった。

 

 


 

 

「それにしても、この地図の完成度凄いな……」

 

 手元の地図を見て呟く。

 地図自体はシンプルな観光用のものらしく、なにやらよく分からない文字で説明が書かれているようだ。俺は異世界の文字なんてまったく分からない。しかし、エイナさんが描き込んでくれたのか、文字が読めない俺でも分かるように、ホームまでの道順に沿って目印となるような絵や看板の文字列などが細かく描かれている。さらに、万が一迷った時すぐに周りの人に道を尋ねられるように、なるべく人通りが多く治安のいいルートを選んでくれたのだという。

 一緒に行った方が手間が掛からなかったんじゃないかと少し後悔すると同時に、この地図を作ったエイナさんの有能ぶりを再確認した。

 

 

「……あれ?」

 

 そんなことを考えながら歩いていたせいか、ふと自分の現在地を見失ってしまった。立ち止まって辺りを見回すが、地図に描かれているような目印も見当たらない。

 

 これはやらかしたか……?仕方ない。誰かに聞いてみるか……。

 

 周囲に目印を探しつつ、気の良さそうな人はいないかキョロキョロしていると、不意に声を掛けられる。

 

「おう、エリナじゃないか。どうした?今夜の酒盛り場でも探してんのか?」

 

 声がする方へ振り返ると、恰幅の良い獣人の男と目が合った。頭の上にあるその体格にそぐわない犬耳が実にチャーミングである。

 

 知り合い?というか酒盛り場って……、『エリナ』には飲み歩き趣味でもあったのか?まあ丁度いい、この人に道聞くか。

 

「……ん? えらくしおらしいじゃないか? 悪い酒にでも当たったか?」

 

「いえ、あの……。ちょっと道をお尋ねしたいのですが……」

 

 するとその獣人は顔を顰めた。

 

「……構わねえけど、どうかしたのか? 似合わねえぞ、そんな喋り方……」

 

「ちょっと転んで頭を打ってしまったみたいで、記憶が……」

 

 こっちは相手の事を知らないのに相手はこっちの事を知っているという状況が非常に気まずい。

 

「まあいいか。ちょうどいい、軽く一杯引っ掛けて帰ろうと思ってたんだ。付き合えよ。そしたら帰り道でもなんでも教えてやるよ」

 

 えっ?酒飲めるの?……あっ

「でも私、お金もなんにも持ってないんですが……」

 

「それは気にすんな。こっちが誘った酒だ。こっちが持つに決まってんだろ。ってかその喋り方どうにかならねえのか? 普段と違いすぎて気味が悪いんだが」

 

「あ、す……ごめん」

 

 どうやら『エリナ』は普段丁寧口調ではないらしい。良い機会だし、『エリナ』が普段どんなだったのか聞いとくか。

 

 男は近くの店を指差すとそちらに向かって歩き出したので、俺もそれについていく。

 店の中は多くの人で賑わっていたが、ちょうど近くのテーブルが空き、そこへ座る。男が店員とやりとりしているのを横目に俺は辺りを見回す。様々な亜人達が入り乱れ、互いに酒を酌み交わし、陽気な声を上げ、混沌とした状況だった。その様子にふと思う。

 

 種族の違いとか、全然気にしてないんだな……。良い世界じゃないか……。

 

「で、一体何があったんだよ?」

 

 その声に思考を中断させ、男の方に向き直る。既にテーブルには酒の入ったジョッキが用意されていて、その獣人の男はそれを手に持ち口へと運んでいた。

 

「そんな気持ち悪いくらい雰囲気変わってんだから余程派手にすっ転んだんだろうな」

 

 男はニヤニヤしながら話を促してくる。

 

「実は全然覚えて無くて……。気付いたらダンジョンで倒れてたんだけど、ここがどこなのか自分自身が誰なのかも分からなくてね……」

 

 言いながらジョッキに口をつける。

 

 ああ、これだよこれ……。やっぱり酒はい――

 

「ダッハッハ!」

「――ブフッ!」

 

 突然男が大声で笑い出したので思わず吹き出してしまった。せっかく酒がぁっ……。恨みを込めた視線を男に投げつける。

 

「いやあ、ワリィワリィ。お前がそんなにメソメソしてる姿をお目に掛かれるなんてな、ダッハッハ!にしてもダンジョンでぶっ倒れてよく生きてたな!相当運が良かったんだな、お前」

 

「確かに……」

 なんで無事だったんだろうか。装備も何も持ってなかったのに。

 

「ああ、そうだ。なんにも覚えてないなら改めて自己紹介しないとな。俺はロッグス、しがない酒呑みで、お前とはただの飲み友達ってとこだ。どうだ? 思い出したか?」

 

 言いいながら彼、ロッグスは、立てた親指を自身に向け、ニヤリと笑う。

 

 あ、この人はきっと、雑に扱っていいタイプの人だ……。

「ロッグス……。全然覚えてないや。まあ、酒呑みを自称するようなダメ男みたいだし、無理に思い出す必要もなさそう」

 

 軽くジャブを入れてみる。

 

「おお? 少し調子が戻ったか?」

 

「そう?」

 

 どうやら間違いではなかった様子。

 

「まだ固いけどな」

 

 正解でもなかった様子。だけど少し()()()気がする。ついでに確認しておこうか。

 

「私って、誰とでもそんな感じだったの?」

 

「まあ、俺が見ていた限りだと、な。俺がお前と会うのは大抵飲み屋だったから、普段は分からん」

 

「ふーん、飲み屋かあ……」

 

「毎日どっかしらの店で飲んでるって聞いてるぞ」

 

「そっか」

 『エリナ』も結構な酒呑みらしい。十分とは言えないが、ある程度の事は分かった。これで()()()()()()

 

 俺は残ったジョッキの中身を飲み干して立ち上がる。

 

「さて、付き合いの一杯も終わったことだし、今度は私に付き合って貰おうかな、しがない酒呑みさん」

 

 そう言って微笑むと、ロッグスもジョッキを飲み干し立ち上がる。

 

「ちと飲み足りないが、まあいいか。それじゃあ、エスコートしてやるよ、幼い飲んだくれ」

 

 


 

 

「「エリナっ!!」」

 

 

 ロッグスに付き添われホームまで辿り着き入り口で別れた。中へ入ると、近くにいた男女2人が声を上げ近寄ってきた。片方は小柄だが精悍な男性、もう一方は妖艶な褐色の女性。ドワーフとアマゾネスだろうか。

 

「遅かったじゃないか。ちょうど今ギルドの人から色々話を聞いてた所だ」

「心配したのよ?大丈夫?何があったの?」

 

 どうやらこの2人が両親みたいだ。

 

「……ごめんなさい。ただいま」

 

 そう答えると、2人は驚いたように互いに顔を見合わせた。

 

「では、無事到着したようなので私は戻りますね」

 

 そばに居たギルド職員らしき人はそう声を掛けるとホームから出ていった。

 

「とりあえず部屋に戻ろうじゃないか」

「そうね…。話はそれからね」

 

 奥に向かう2人に、とりあえず付いていく。夜中だからだろうか屋敷全体は薄暗く、通路も所々に灯った照明が僅かに周囲を照らす程度で、どこか冷たい印象を感じる。

 しばらくすると2人はとある部屋に入っていく。ここが我が家だろうか。俺もそれに続いて中へ足を踏み入れる。

 

「――っ!?」

 

 中へ入った瞬間嗅覚を襲う強烈な臭い。思わず鼻を摘み顔を顰める。

 それはアルコールの匂いだった。ものすごく酒臭い。部屋自体はそこそこの広さがあり最低限暮らせる程度に家具も幾つか配置されていたが、酒瓶が大量にしまってある棚が幾つもあるせいで3人暮らすには少し手狭に感じられる。

 

「とりあえず、まぁ飲め」

 

 父親の声に視線を向けると、いつの間にか部屋の真ん中の机を囲っている両親2人。その机の上には3つのジョッキに発泡酒のようなものが注がれていた。

 

 

 あ、この人たち俺と同類(アルコール・ジャンキー)だ……。

 

 


 

 

「ガッハッハッハ!」

「アッハッハッハ!」

 

 事の経緯を話したら思いっきり笑われた……。さっきも似たような光景を見たぞ……。

 入り口での雰囲気からしてもっと心配されるのかと思ったらこれである。

 

「そんなに笑わないでよ……」

 

 せっかくの酒なのに酔うに酔えないじゃないか……。

 

「ガッハッハ! だってなあ! 2階層で身ぐるみ剥がされて死にかけるってのがなあ!」

「しかも記憶も無くなったなんて、1年近くも冒険者やってるのに、それは……アッハッハ!」

 

 父の名は、ガイアス・バルフィング。母の名は、メルクリア・バルフィング。2人ともダンジョン経験は豊富のようで、駆け出しの新米冒険者でもなかなか死ぬことのないような場所で倒れていた俺の事がツボだったらしい。俺自身なんで倒れてたのかなんて分からないんだからそんなに大爆笑しないでくれよ……。

 

「アッハッハ! ……はあ……でもまあ、エリナが無事でよかったよ」

 

 ひとしきり笑うと、メルクリアはそう言って温かい眼差しでこちらを見てきた。

 

「……ごめんなさい。ご心配おかけしました」

 

 素直に謝っておく。見に覚えがない親とはいえ心配させたのだから。

 

「おいおい、そんなに畏まらなくていいじゃないか。俺達は家族なんだから」

 

 父親の一言が胸に刺さる。俺にとっては赤の他人。どうにも居心地が悪かった。

 

「それに、親を心配させるのも子供の仕事みたいなものよ」

 

 母親の視線が痛い。今まで触れたこともないその温かさに、胸の奥がチクチクする。

 

「そっか……。うん、心配させてごめん。全然何も覚えて無くて、ちょっと不安だったから……」

 

 心を覆うその影を、言葉と共に飲み込んで、取り繕うように2人に笑顔を向ける。

 

「そうだな、今日のところはもう寝な。色々あって気疲れしてるんだろうよ。寝たらそんな不安も吹き飛ぶさ」

「それでも不安なら一緒にお酒飲みながら話を聞いてあげるわよ。飲んで吐き出せば楽になるわ」

 

 そう言うと2人は酒盛りを中断し、寝室とシャワールームを案内してくれた。

 

「ありがとう」

 

「なによ。家族なんだからこれくらいの事気にしないで」

 

 メルクリアはそう言って着替えを用意する。

 

 …………あれ?シャワーとか着替えとか、俺、やばくね……?女の人の身体なんて生で見たことないし、え?マジで?これ大丈夫?

 

 不安な気持ちを抑えつつ、俺は羽織っている外套と申し訳程度に身を包むボロ衣を脱ぎ捨て、シャワールームへと入る。

 

 結論から言えば、俺の心配は杞憂だった。

 女性の身体とはいえ、自身の身体に欲情するほどナルシストでは無かった事に安心した。特に何かあるわけでもなく、いたって普通に身体を流していく。胸に手を当てて軽く揉んでみたが、別に変な気分になるという事もなく、小さく細い指の隙間から溢れるものを感じ、その戦闘力の高さに驚かされただけだった。

 ふと鏡を見るとそこには、胸辺りまで伸びた黒髪に褐色肌の小柄な少女が一糸まとわぬ姿で佇んでいる。瞳は紅く、昼間に出会った少年より少し暗い色をしていた。試しに胸を両手で寄せてみたり腕を上に大きく伸ばして背を反らしたり、そのスタイルを強調するような姿勢を取ってみたが、

 

 うん、これはヤバい……。

 こんな格好をあの少年の前に晒してたのか……。

 

 今更湧き上がる羞恥心に悶々としながら、視線を移し用意された衣服を身に付けていく。着慣れない服装に違和感を感じながらも着替えを終わらせると、俺は寝室へ向かった。

 寝室は非常に簡素で、ベッドと服が収まっているであろうタンスが置いてあるだけだった。そのままベッドに横たわると、慣れない世界に対する精神的負荷と疲労感からか、すぐに睡魔が襲いかかってきた。

 

 これからの生活に不安を抱きながら、押し寄せる眠気に意識を委ねるのだった。

 

 



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第二話

 

「神様ー! ただいま戻りましたー!」

 

 元気な声と共にベル君が帰ってきた。今日も無事戻ってきてくれたようだ。

 

「おかえりー。今日は少し遅かったじゃないか。どうしたんだい?」

 

 返事をしながら駆け寄り、ベル君の身体を見回す。特に怪我はない様子に一安心。

 

「ちょっといつもより張り切り過ぎちゃいまして」

 

 少し嬉しそうにはにかむベル君。

 

「何かあったのかい?」

 

「お昼ごろにダンジョンで気絶してた女の子を助けたんです。それで、もっと頑張らなきゃって気合が入りまして……」

 

「女の子?」

 

 ベル君はダンジョンに夢を抱いている節がある。ピンチの女の子の前に颯爽と駆けつける、なんて話は特に好きそうだもんなあ。

 

「ふーん。どこの眷属()なんだい?」

 

 ダンジョンにいたってことはどこかの眷属なんだろう。あの絶壁(ロキ)の所だったりしたら謝礼金ふんだくってやろう。

 

「それが、記憶喪失で、自分の名前も何があったのかも分からないみたいで」

 

「記憶喪失?」

 

「あ、でもエイナさんがその子のこと知ってたみたいで……確かエリナちゃん? とか言ってたかな? 気になるなら明日聞いてきましょうか?」

 

「いや、無事だったならそれで構わないさ」

 

 変に首を突っ込んで他の【ファミリア】と揉め事なんて、今の状況じゃあ無理無理。

 

「さあ、今日もさくっと【ステイタス】を更新してとっととご飯を食べようぜ」

 

 今のボクにはベル君がいてくれるだけで十分さ。

 

 



 

 

 朝、窓から差し込む陽光に目を覚ます。女の子の匂いが微かに鼻孔をくすぐる。起き上がると自身の身体が視界に映る。

 

 ……ああ、やっぱり夢じゃなかったんだな。

 

 胸に手を当てると柔らかい感触がするし、股間を弄ってもアレが手に触れる感触はない。どこか空虚な感傷に浸りながら、ベッドから立ち上がり部屋を出る。両親は既に起きていて、朝食を食べているところだった。

 

「おう、起きたか」

「おはよう。よく眠れた?」

 

 こちらに気付くと微笑み、母親が俺の分の朝食を用意する。

 

「おはよう。まだちょっと落ち着かないけど、大丈夫」

 

 そう答えて用意された朝食を食べ始める。パンに野菜とハムのようなものが挟まったサンドイッチだった。普通にうまい。

 

「食い終わったらソーマ様のところに挨拶に行くからな」

「昨日の事もあったし、【ステイタス】の更新もしてもらいましょ」

 

 父親は食べ終わると、グラスを取り出し酒を注いで飲み始める。当たり前のように飲んでいるが、まだ朝である。さすがジャンキー、俺でも朝食直後からは飲んでなかったぞ。休日なら昼前辺りには空き缶を2~3本積んでたけど。

 ソーマ様。どうやら【ソーマ・ファミリア】の主神に会いに行くようだ。

 神様。眷属たちに『恩恵』を与える存在。それにより眷属たちは【ステイタス】に則した力を与えられ、強力なモンスターにも太刀打ち出来るようになる。

 ギルドで説明はされたが、実際に会うのは初めてだ。この世界では当たり前のように街中を歩いてるらしいが、神なんて崇高な存在に会えるなんて、考えただけで緊張する。どのような人物、もとい神物なのだろうか。神様は各々が好き勝手に暮らしているらしいからあまり期待するのもよくなさそうだが、自然と胸が高鳴る。

 

「さて、行くか」

 

 俺が朝食を食べ終わると、父親が声を上げる。昨日会ったばかりでまだ馴染めてない家族と一緒にお出かけって考えると、なんだかムズムズしてくる。やはり居心地が悪いなあ……。

 

 部屋を出て通路を歩いていく。昼間なので昨日よりも明るかったが、それでもどこか冷たい印象は変わらない。そういう雰囲気の【ファミリア】なのだろうか。それとも【ファミリア】はどこもこんな感じなのだろうか。

 それも気になるが、今一番頭を悩ませているのは、()である。

 めちゃくちゃ揺れる。昨日は色々あってそこまで気が回らなかったのだろう。一晩経って少し落ち着いたからか、凄い気になる。密着性の高い服を着ているからこれでも抑えられている方なのだろうが、歩くたびに上下にゆっさゆっさと凄いことになっている。これは晒とかでキツめに押さえないと激しい動きは大変そうだ。周囲の目、的な意味でも。

 

 慣れない身体に戸惑いながら、しばらく両親2人の後ろについて歩いていると、前方から背の高い眼鏡の男が後ろに女の人を引き連れて歩いてきた。根暗そうな男性と気の弱そうな女性、なんとなく上下関係を察せてしまう。近くまで来ると立ち止まりこちらに話しかけてくる。

 

「おや、一家揃ってお出かけとは珍しい。どうかしたのか、バルフィング?」

 

「これはザニス様。実は昨日、娘がダンジョンで倒れたらしく、無事戻ってきたはいいんですが、どうにも記憶喪失になってしまったようでして」

 

 父親が畏まって返す。

 ザニス。ギルドの資料で見た名前だ。確か【ソーマ・ファミリア】の団長だったかな? 【ファミリア】を取り仕切っているNo.1とか書いてあった気がする。

 

「ザニス様、お時間が……」

 

 後ろに控えていた女性が声を掛ける。

 

「ああ、分かっている。それでは、何かあったら報告してくれ」

 

 そう言うと彼はすれ違い歩いていった。その姿が見えなくなると父親が口を開く。

 

「エリナ、アイツには気をつけろ。一応この【ファミリア】の団長だが、アイツは薄汚いクズみたいな人間だ」

 

 吐き捨てるように言うと、返事も待たずに再び歩き出す。

 同じ【ファミリア】なのに随分と殺伐としてるなあ……。そんな事を思いながら小さく頷き、後に続く。

 

 

 両親は大きな扉の前で立ち止まった。ここが主神ソーマ様の部屋だろうか。父親は扉をノックする。

 

「ソーマ様、ガイアス・バルフィングです。失礼します」

 

 礼儀正しく声を掛け中に入る。結構広い部屋だった。周囲の棚には酒瓶が大量に置かれ、正面に机、その机のそばに、神様が、立っていた。

 ひと目見ただけでその人が神だと分かった。ギルドで聞いてはいたが、実際に見て納得した。神威。神が常に発しているオーラのような威圧感のような。ピリピリするような感覚ではなく、なんというか溢れ出る神々しさというか。まあ、神様が神々しいのは当たり前なんだろうけど。

 その神はこちらを一瞥すると、すぐに興味を失ったのか視線を近くの酒瓶へ移す。

 

「ソーマ様、私の娘が昨日ダンジョンにて記憶喪失になってしまったようで、確認と、【ステイタス】の更新をお願いできないでしょうか」

 

 父親が話し掛けると、ソーマ様はこちらを向く。目が合った。端正な顔立ちだが、どこか影のある雰囲気を纏っていた。

 

「名は?」

 

 虚ろなその眼差しに身体が少し強張る。

 

「エリナ・バルフィングです」

 

 俺がそう名乗ると、ソーマ様は近くにあった盃と酒瓶を手に取り、その盃に酒を注ぐとこちらに差し出してくる。

 どうすればいいのか戸惑い、父親を見ると促すように無言で頷く。俺は盃を受け取る。注がれた酒は澄んでいて、覗き込むとその水面に俺の紅い瞳が映る。ちらとソーマ様を見たが、その表情に感情は無かった。

 意を決してその盃を一気に呷る。

 

「美味っ――」

 

 その酒の美味さに思わず声が出た瞬間、視界がぐるぐる回り、同時に心の奥から溢れ出る快楽の渦に呑まれるように、

 

 俺は意識を失った。

 

 



 

 

 昨夜、ギルドの職員が訪ねてきた時は何事かと思った。

 

 帰りが遅いのはいつもの事で、またどこかで飲み歩いてるのだろうと思っていた。

 しかし、違った。どうやらエリナはダンジョンで気絶し通りすがりの冒険者に助けられたらしい。その際、記憶喪失になり、一時的にギルドで保護していたのだそうだ。

 ギルド職員から話を聞いているとエリナが帰ってきた。特に目立った外傷は無かったが、装備一式まるまる失くしていて、衣服も外套一枚だった。驚いたのはその雰囲気で、今までとは全然違ってまるで別人のようだった。記憶失くすくらいまでウチの娘をボロボロにしやがった糞モンスターを、どうブチ殺してやろうかと、その時は考えた。

 

 しかしその後、エリナから話を聞くと、なにやら雲行きが怪しい。先にエリナを寝かせると私はガイアスと話し合った。

 

 たかが2階層なんかで装備も全て失くして気絶するなんて、明らかにおかしい。

 これは誰かに()()()()のではないか、と。

 

 本来、冒険者が冒険者を襲うというのは取り締まりされている。が、ダンジョン内は人目が少なく、他人の装備や持ち物を奪うような盗賊紛いな事をする輩も少なくはない。

 ガイアスも頷き、とりあえず明日ソーマ様に話してみようということになった。あの方が当てになるかは分からないが、何もしないよりはマシだろう。モンスターにしろ盗賊にしろ、覚悟しとけよ糞野郎。

 

 

 そして今、ソーマ様の部屋までやってきた。

 

 ここに来る途中でザニスとすれ違った。

 まさかコイツか? なんて思ったけど、コイツが関わっているならエリナが生きて帰ってきたのはおかしい。ザニスは狡猾な奴だ。目を付けた獲物を生かして帰すような事はしないだろう。それに、コイツに目をつけられるような事はしてないはずだ。襲撃される理由もない。

 

「ソーマ様、ガイアス・バルフィングです。失礼します」

 

 ガイアスは扉をノックすると、声を掛けて中へ入っていく。

 

「ソーマ様、私の娘が昨日ダンジョンにて記憶喪失になってしまったようで、確認と、【ステイタス】の更新をお願いできないでしょうか」

 

 確認、ね……。娘を疑いたくはないけど、記憶喪失を装ってエリナに成り代わっている可能性も考えられるわけね……。

 

「名は?」

 

「エリナ・バルフィングです」

 

 神に嘘は通用しない。ソーマ様も何も言わない辺り、ただの記憶喪失みたいね。

 ソーマ様が神酒をエリナに渡す。その表情を見ても、何を考えているのか分からない。ガイアスも止めないし、飲ませていいのかしら……。神酒に溺れて他の団員みたいな狂信者にならなきゃいいんだけど……。

 

「美味っ――」

 

 エリナはそう叫ぶとそのまま後ろに倒れてくる。咄嗟に後ろに腕を回して抱きかかえる。

 

「まあ、こうなるわよね……」

 

 ソーマ様を見ると、机の引き出しからナイフを取り出していた。

 それを見て、エリナをうつ伏せに横たえ、その綺麗な背中を晒す。ソーマ様はエリナに近寄ると、短刀で指先を切り、滲み出るその血をエリナの背中に馴染ませる。波紋のように染み込んでいくと、三日月に杯の模様、【ソーマ・ファミリア】のエンブレムと【神聖文字(ヒエログリフ)】が浮かび上がる。それを確認すると、ソーマ様はエリナの背中の左端からゆっくりと刻印していく。

 【ステイタス】の更新。神血(イコル)を媒介に【神聖文字(ヒエログリフ)】を刻む事で得られる『神の恩恵(ファルナ)』に、蓄積した【経験値(エクセリア)】を【神聖文字(ヒエログリフ)】として付け足し塗り替える作業。

 【ステイタス】の更新を終えると、ソーマ様は紙を取り出し、背中の【神聖文字(ヒエログリフ)】を私達でも読める共通語(コイネー)に換えて書き写した。そして、紙を差し出してくる。

 

 私はエリナの【ステイタス】が書かれたその紙を受け取り、その内容を確認する。

 

 ……はぁ。

 

 思わずため息が出る。およそのことは見当がついた。

 

「ソーマ様、この事は他言無用でお願いします。私としても、これ以上ソーマ様にご迷惑をお掛けしたくありませんので」

 

 これは他人に知られると面倒になる。ソーマ様もその事を理解しているのか頷いた。

 

「なにがあった、リア?」

 

 ガイアスが後ろから覗き込んでくる。肩越しにガイアスが生唾を飲み込む音が聞こえた。

 

「どっかの誰かさんが人様の愛娘に手を出したのよ」

 

 私は【ステイタス】の書かれた紙の下半分程を裂いてソーマ様に差し出すと、ソーマ様は机の上に置かれた蝋燭でそれを燃やす。

 

「エリナにはまだ伏せておきましょう。記憶喪失の件もあるし、落ち着いたら話しましょう」

 

「そうだな」

 

「私、用事ができちゃったから、エリナの事お願いしていい?」

 

 そう言って残った紙切れをガイアスに渡す。

 

「……あまり無茶はするなよ」

 

 返事の代わりにニッコリスマイルを返して、私は部屋から出る。

 

 

 さて、エリナに手を出したのはどこのどいつだ?

 

 



 

 

 部屋から出ていったメルクリアを見送り、目線を紙切れに落とす。

 

 

 エリナ・バルフィング

 Lv.1

 力:F341→E415

 耐久:F320→F360

 器用:I96→H127

 敏捷:F302→E436

 魔力:I0

 《魔法》

 ………………………

 

 

 途中で破られたそれを懐へしまう。はっきり言って、この成長幅は()()だ。前回エリナの【ステイタス】を更新したのは数日前。その数日間の伸びとしては、明らかに普通ではない。そう、エリナは()()()()()()()()

 改めて、横たわっている娘をじっと見つめる。神酒の魅了効果でいい夢でも見ているのか、僅かに口元を緩め、すやすやと眠っている。先程覗いた時に見た《スキル》欄を思い出し、思わずため息が漏れそうになる。

 

「ありがとうございます。手間をお掛けしました。では、失礼します」

 

 ソーマ様に頭を下げ、眠っているエリナを背に担ぎ、部屋をあとにする。

 

「リアが暴れすぎない事を祈ろう……。それにしても……」

 

 エリナを襲った人物の事を思い、

 

「知らなかったとはいえ、()()()に手を出すなんて、ツイてない馬鹿もいたもんだ」

 

 その運の悪さに心の中で合掌した。

 

 





あとがき
 拙文ですみません。
 頭に浮かんだシーンを文章に書き起こす難しさに苦悩。

 終わりの見えない見切り発車ですが、キリのいいところまでは書く予定。



※以下パッと思いついた部分の補足

 パパは酒強いLv.2なので神酒に多少耐性あり。そのおかげでソーマ様に無碍にされない。ザニスさんの事は気に入らないけど、自分たちに危害を加えてこないから放置。ザニスさん的にも、頼めばちゃんと仕事してくれるから特になんとも思ってない。

 娘を傷つけられてパパも怒ってるけど、ママのお怒りが凄すぎて、逆に冷静になってる。『ニッコリスマイル』の後ろに鬼のオーラが見えた。

 パパはママの事を『リア』と呼んでる。
 家族の中での立場はママの方が強い。けど外にはパパが強い感出してる。

 エリナの《スキル》はそのうち分かる、はず。

 エリナの基本アビリティ数値は、1年冒険者やってたらこんなもんかなぁと1時間位かけて考えた適当な感じ。そのうち後悔しそう。


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第三話

「おかえり」

 

 

 マンションの一室。俺は一人暮らしをしている。玄関を開けて部屋へ入ると、誰も居ないはずの部屋から声をかけられる。聞き慣れたその声に特に驚くということもなく。

 

「ただいま。今日は随分早いんだな」

 

 返事をしながら、手に持ったビニール袋から缶ビールを取り出し、開ける。プシュっという音と共に溢れ出る泡に、俺は慌てて口を付け、中のビールを一口喉に通す。

 

「仕事が思ったよりスムーズに終わったから」

 

 居間に行くと既に缶ビールを開けて寛いでいる友人が目に入る。普段からよく家に遊びに来ては一緒に酒を飲む友人。いつぞやの冬に家の扉の前で凍えながら俺の帰りを待っていたのを見つけてコイツに合鍵を渡したのも結構前で、もう随分長い付き合いになる。

 

「飯は?」

 

「作ってある。用意しとくから着替えて来れば?」

 

 今にして思えば合鍵を渡したのも正解だったな。めちゃくちゃ気が利く。

 出会いはいつだっただろうか。どこかの居酒屋かバーとかだっただろうか。ただなんとなく気が合って、一緒に酒を飲んで、気が付くと家に居着くようになってたってだけ。

 

「「いただきます」」

 

 着替えを済ませ、2人向かい合い酒を飲みながら飯を食べる。

 コイツの作る飯は美味い。一応一人暮らししているからには俺も多少は作れるのだが、料理スキルは友人の方がだいぶ高い。今日のメニューはハンバーグ。仕事終わりの人間が作るには面倒なそれを、友人はさらっと作っていた。そんな料理に舌鼓を打ちつつ、他愛ない会話に花を咲かせる。仕事の愚痴、笑い話、悲しかった事やちょっとした相談事。ありきたりな話を肴に酒を飲んでいった。

 

 

「さて……」

 

 食事を終え片付けも済ませると、俺はパソコンの電源を入れ、もはや日課となっているオンラインゲームを起動する。

 

「まだやってんの、それ?」

 

「やめるにやめられなくてな。言ってもログインボーナスとかデイリーミッションしかやってないからな」

 

 今はやっていないが、友人も一時期このゲームで遊んでいた事があった。その時期、俺も友人もガッツリこのゲームにのめり込んでいたのはいい思い出だ。

 

「相変わらずその女の子のキャラ使ってるんだ、ネカマ」

 

「ネカマとか言うな。男のキャラだって使うぞ? それに、これは()()()()()()()()ゲームだ。」

 

「出たよ、それ。チャットしてると本当に女の子とゲームしてる錯覚に陥るの、懐かしいよ」

 

 どこか遠い目の友人。

 

「やるからには徹底的に、な」

 

 そんな友人に向かってサムズアップをする。

 

「そっか。まあ、程々にな。それじゃ今日はもう帰るわ」

 

「おう。気をつけて帰れよ」

 

 俺は友人を見送り、作業の終わったゲームを終了してパソコンの電源を切る。

 その後は浴室へ行きシャワーで汗を流す。酒を飲みながらテレビのニュースをぼんやり眺める。続く天気予報によると、明日は夜から雨が降るらしい。念の為折りたたみ傘を持っていくか。

 そんなことを考えながらテレビを消し、寝室へと向かう。目を閉じる。明日は午後の会議が面倒だなと考えながら眠気に身を任せていく。

 

 そして、俺の意識は徐々に薄れていき……

 

 


 

 

 目を覚ます。

 

 夢を見ていた。いや、夢にしてはやけに現実的で、それは昨日まで当たり前のように過ごしていた()()だった。

 

 胸に手を当てる。ある。

 股間に手を伸ばす。ない。

 

 起き上がり見渡すと、見覚えのある質素な部屋で、胸の奥がチクリと痛む。

 俺は言い知れぬ不安と寂寥感を抑え込み、部屋を出る。

 

「おはよう。あれ? 1人?」

 

 外からの日差しが明るく差し込む室内の、真ん中の机で酒を飲む父親が目に映り、声を掛ける。

 

「お、起きたか。リアは用事があるらしくて出かけたぞ。とりあえず、まあ座れ」

 

 促され父親の正面に座る。すると父親は口を開き話し出した。

 どうやら俺が寝てたのは2~3時間程度のようだ。

 神酒の事、ステイタスの事、背負って運んできた事。それを聞いて俺も思い出す。神様に会いに行き、差し出された酒を飲み、意識を失った事、そして、その酒がめちゃくちゃ美味かった事。

 口に残るその感覚。

 どうやらあの酒、神酒には魅了効果があり、それによって得られる快楽は、いわば麻薬のように中毒性が高いものらしい。確かに美味かった。もう一度味わいたいと思うが、その快楽に溺れて廃人のようになってしまうのは恐ろしい。ある程度の【ステイタス】があれば魅了効果にも耐えられるらしい。

 

「あの程度の酒精で倒れるとは、お前もまだまだ飲み足りないな。ガッハッハ!」

 なんて笑われた。

 

 

 その【ステイタス】である。紙切れを渡された。普通というものがどんなものなのか詳しくは分からないが、ここ数日の成長具合が異常らしい。一般的に【ステイタス】の事を周りに喧伝することは良くない事だとされているが、今回の事は特に、誰にも漏らさないようにと釘を刺された。こういう異常事態(イレギュラー)は、他の神々や悪党などに目を付けられると、いたずらに弄られたり悪事に利用されたりと面倒になるらしい。

 

 【ステイタス】が書かれているらしい紙切れを父親に返す。

 

「なんて書いてあるのか分からないや」

 

 父親は紙切れを受け取ると、それに火をつけて燃やす。

 

「そうか、そうだったな。まずは共通語(コイネー)を勉強しなきゃな。ならちょうどいい、都市を歩き回りながら本屋で適当な本を買ってくるといい」

 

 そう言って、どこからかお金の入った袋を持ってくるとこっちへ差し出してくる。

 

「1人で?」

 

 受け取り尋ねると父親は頷く。

 

「俺はこれからダンジョンで稼いで来なくちゃならんからな。家族3人養うのも楽じゃないんだよ。ガッハッハ!」

 

 思いっきり酒飲んでたけど大丈夫なのか……?

 

「そっか。それじゃ、行ってきます」

 

 やや呆れつつ俺は立ち上がり、そこら辺に置いてあった背嚢にお金の入った袋と、念の為昨日ギルドで貰った地図を入れる。外套は……着なくていいか。荷物を手に取り部屋を出る。

 物静かなホームの雰囲気とは裏腹に足取りは徐々に軽くなり、外に広がるであろう異世界の光景を想像すると、自然と胸が高鳴っていった。

 

 途中すれ違った人たちと軽く挨拶交わしながらホームを出る。

 外は眩しいほどに明るく、ふと1羽の鳥が視界に映る。カラスのように真っ黒だったが、どちらかと言えば鳩のような姿をしている。近づいても飛び立つ気配はなく、こちらをじっと見つめていた。しゃがみ込んで手を伸ばす。おそるおそる羽を撫でてみると、どこか気持ちよさそうに目を細める。

 

 かわいい……。

 

 俺に鳥を愛でる趣味はなかったが、むしろペットなんて飼ったこともなかったが、なんていうか、ものすごく癒やされる。

 その鳥を手に乗せる。しばらく視線が合わさる。しばらく見つめていると、俺のことを気に入ったのか、鳥は羽ばたいて俺の頭の上に乗る。

 視界には映らないが、その重みと感触が心地よい。異世界でペットを飼うっていうのも悪くない。俺はそのまま街の散策をすることにした。

 

 

 大通りへ出ると、街は、夜とはまた違った賑わいを見せていた。商店を回って買い物をする人たち、レストランやカフェで食事やお茶を楽しむ人たち、汗を流しながらどこかへ荷物を運ぶ人たち。そして、その人たちに溶け込むように自然に振る舞う神たち。どれもこれも、俺にとっては目新しく、思わず見惚れてしまう。

 

「カァ」

「あ、ごめんごめん」

 

 鳥が頭から肩に降りてきた。意識がそちらへ向く。カアって鳴くくせにカラスにしては細い鳴き声だなあ。なんて考えながら、辺りを見渡し、近くの商店でパンを一片買う。父親から貰ったお金は結構な量だったので問題ない、はず。

 パンを小さくちぎって差し出すと、鳥はそれを啄む。

 

「よし、今日からお前の名前はクロだ。いい名前でしょ?」

 

 肩の鳥にパンをやりつつ話しかけると、鳥もそれを理解したのか、カアとひと鳴きしてパンを食べる。黒いカラスでクロ。我ながら安直だなあ、と思わず笑みが溢れる。

 

 それから俺は賑やかな街並みをクロと一緒に散策した。

 まるでお祭りの屋台を練り歩くかのように、買い食いしたり飲み歩いたり、衣装屋でファンタジー色全開な服に目を奪われたり、道具屋では見慣れない道具に興味が湧いたり、装備屋や薬屋では多様なその種類に感心したり、気前のいい店の人に色々サービスされたり、神様にナンパされたりもした。断ったけど。なんていうか、こちらを見る目が怪しかった。

 

 気が付けば陽も傾き始めていた。

 

 そろそろ目的の本を買わないと。

 文字の勉強用だし、辞書のようなものと子ども向けの本を何冊かで大丈夫かな。それなら古本屋とかでいいか。

 そんな事を考えながら1つの路地にチラと視線を送る。偶然にもそれらしき店が目に入る。通りの喧騒とは対照的に物静かな雰囲気だった。歩いていくと肩のクロが肩から羽ばたき、その店の軒に止まる。飽きられちゃったかなと少し寂しさを覚えたけど、じっとこちらを見るクロの目が「さっさと用事を済ませて来い」と訴えているように感じられ、俺は店の中へ入っていった。

 

 店の中は狭く、人ひとりがギリギリ通れるほどの通路が幾つかあり、その奥に店員と思われる人がカウンターに座っているだけだった。

 通路の1つに入り、目当ての本を探し始める。すると、隣の通路から可愛らしい声で「んーっ」と踏ん張るような声が聞こえた。俺の他にも客が居たのだろうか。チラと隣の通路を覗き込む。

 

 神様がいた。

 

 俺と同じくらいの背丈の少女のようで、それでいて大きな果物を彷彿とさせる豊満な胸。あれ、俺のより大きいのではなかろうか。長いツインテールの黒髪を揺らしながら、本棚の上の方に手を伸ばし爪先立ちをしていた。

 どこか庇護欲を掻き立てられ、近くにあった踏み台を持ってその背に声を掛ける。

 

「よければこれ、使ってください」

 

「ん?」

 

 振り返ったその顔は神様らしく整っていたが、どこか幼さがあって愛らしい。

 

「ああ、ありがとう。えっと……?」

 

「あ、私、エリナ・バルフィングっていいます」

 

「ん?」

 

 俺が名乗ると、その神様は不思議そうな顔をする。

 

「どうかしましたか?」

 

「んああ、いや、なんでもないよ。ボクはヘスティア、見ての通り神様さ。そっちこそ、こんな寂れた古本屋に来るなんて随分珍しいじゃないか」

 

 店の人が聞いたら怒り出しそうだが、奥の店員は聞こえていないのか反応がない。

 

「ちょっと買いたい本があるんですけど、新品で買うような本でもないので」

 

「何を探してるんだい、手伝うよ?」

 

 どうやらこの古本屋の常連らしい。せっかくだし手伝ってもらおうか。

 

「ちょっとした辞典と子ども向けの本をいくつか買おうかと」

 

「ふーん。君、子供がいるのかい?」

 

「いえ、私用です。私、記憶喪失――」

 

 そこまで言って思い出す。()()()()()()()()()。というより、この神様には()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「――というか、()()()()みたいで、文字の読み書きもできなくなっちゃいまして」

 

「記憶障害……?」

 

 いまいちピンと来ていない様子のヘスティア様。ふと先程見ていた夢を思い出す。

 

「私、夢を見たんです。そこはこことはまったく違う場所で、私自身もまったく違う容姿で、朝起きて、食事をして、仕事に出かけて、日が暮れて家に帰って、のんびり寛いで、趣味に耽って、そして寝る。そんな当たり前のような日常を送る夢です」

 

 なぜだろうか。

 出会って間もない他人(かみさま)相手に言葉が勝手に溢れ出す。

 抑え込んだ不安と寂寥感が堰を切ったように流れ出す。

 

「休日は一日中だらだらと過ごして、友人とはお酒を飲んで他愛ない話に笑い合って、どうでもいいような日常だけど、それはとても充実してて……。でも、夢から覚めたら、私は私で……」

 

 最後の方は呟くような小声になる。

 俺は今までの日常に戻りたいのだろうか。そんな疑問に、胸の奥がチクリと痛む。

 なぜだろうか。頭のどこかに、もう戻れないのだろうという確信めいたものがあった。

 

「そっか」

 

 俺の話が止まると、ヘスティア様が優しく微笑み口を開く。

 

「ちょっと待っててくれ」

 

 そう言ってヘスティア様は店の奥の方へ行き、数冊の本を抱えて戻ってきた。

 

「これ、共通語(コイネー)の学習用の本と子ども用のちょっとした絵本さ」

 

 抱えていた本をこちらに差し出してくる。受け取るが、その意図がわからずに戸惑っていると、

 

「君にも主神がいるんだろう? だからボクから何か言うことはしないけれど」

 

 真剣な表情でこちらを見つめてくる。その瞳に吸い寄せられるように、視線を合わせる。

 

「……そうだね。1つだけアドバイスするなら、初対面の神相手に自身の事を曝け出すのは止した方がいい。基本的に神ってのは娯楽に飢えててね。君みたいに()()()()()を抱えてる子にはちょっかいを出して面白がる事が多いんだ。ボクはそんな事しないけど、気を付けたほうがいい」

 

「……わかりました」

 

 釈然とはしなかったが、ヘスティア様は彼女なりに俺の事を気遣っているのだと分かった。

 その後俺は持っている本の会計を済ませ、店を出る前にヘスティア様に頭を下げた。

 

「ありがとうございました」

 

「個人的に面白い絵本を選んだから、読み終わったら感想を教えてくれよ。ボクはこの店にはよく来るからさ。最近は本を読む人が少なくて寂しいんだ」

 

 笑いかけてくるヘスティア様にこちらも笑みを返し、別れを告げて店を出る。

 

 さて、どうしようかな……。ソーマ様にさっきの話をしても、今朝会った感じだと反応無さそうだし……。うーん……。

 そんな事を考えながら路地を歩いていると、肩にクロが戻ってきた。

 

「カア」

「ああ、待たせちゃってごめんね」

 

 クロの頭を撫でてやる。嬉しそうに目を細めるクロ。ああ、癒やされる……。そうだよな。考えたって仕方ない。まずは共通語(コイネー)の勉強からだ。

 

 言い聞かせるように気合を入れ、徐々に暗くなりつつある大通りへと足を踏み出す。

 ダンジョン帰りの冒険者がちらほら見え始め、街の賑わいも変わりつつあった。

 

「その前にちょっとお酒飲んで帰ろう」

「カア」

 

 





あとがき

原作至上主義なんで原作キャラ動かすのにビクビクしてます。
そのうち週1くらいの投稿ペースに落ち着くと思います。

不自然な描写や原作との矛盾があれば指摘してくださると助かります。
下手したら大幅な修正とか掛かりそうで怖いですけど。


※パッと思いついた捕捉

 主人公は元ネトゲ廃人。非ニート。女性関係乙。年齢は想像にお任せ。
 友人は同世代、ご近所さん。タダ飯タダ酒目当てで頻繁に襲来。

 神酒はおそらくめちゃくちゃ美味い。ただし魅了。

 クロは手品とかの白い鳩を真っ黒にしたイメージ。カアと鳴くがその鳴き声はカラスのように野太くはない。
 頭に鳥を乗せるのは現実的ではない。滑るし、痛い。

 ヘスティア様のカリスマ性でペラペラ喋るエリナちゃん。
 喋ってる間にベル君が助けた少女だと気付くヘスティア様。

 胸の戦闘力はヘスティア様の方が微妙に高い。背丈も同様。


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第四話

 

 共通語(コイネー)は意外と簡単だった。

 

 今朝から勉強を始めて、まだ完全に読めるようになったわけではないが、たった半日である程度なら理解できるくらいにはなった。

 そもそも会話は不自由なくできているのだから、あとは文字を当てはめていくだけのパズルみたいなものだ。ただし、文字自体を覚える必要はあるわけで、まぁそこは実際に使いながら覚えていけばいいか。ここまで出来るようになったなら無理に詰める必要もないだろう。そんな言い訳じみたことを考えた。俺は勉強が嫌いではないが、好きというわけでもないのでやらずに済むならそれがいい。勉強が嫌いという訳ではない。

 

 そういうわけで午前中で切り上げて、午後はギルドにダンジョン関係の話を聞きに行くことにした。

 というのも、昨日父親から貰ったお金は、

「お前がダンジョンに行って自分で稼げるようになるまでの小遣いだ」

 そうで、

「自由に使って構わないが、それが失くなる前にちゃんと自分で稼げるようになれ」

 とのこと。

 

 昨日使ったバックパックはそのまま使っていいと言われたが、それ以外の装備や道具も自前で用意しなければならないらしい。

 どんなものを揃えればいいのか。そういう話を聞くため、ギルドへ行ってみることにしたのだ。

 

 母親はまた用事で出かけたらしく、残っていた父親に、ギルドまで行く旨を伝えて部屋を出る。どこか生気の薄い他の団員たちにすれ違いざまに挨拶をしつつ、通路を通り出口へと歩いていく。

 

「カア」

 

 外ではクロが待っていた。ホームを出ると俺の肩に飛んでくる。

 昨夜ホームの前に着いた時、どこかへ飛んでいってしまったのだが、どうやら戻ってきてくれたらしい。愛想尽かされたのかと思って寂しかったけど、よかった。

 安堵の気持ちでクロを撫でる。やっぱりかわいいなあ……。

 

 大通りは昨日と変わらない賑わいを見せていた。一見すると昨日と同じようだが、ある程度文字が読めるようになったからか、少し違った景色に見えた。あの店はああいう名前だったんだ、とか。あの看板はああいう意味だったのか、とか。そんな事を考えて、近くの商店で買ったパンを千切ってクロに与えながら、俺は天高くそびえるバベルの方向に歩き出す。

 

 ギルド本部はバベルの近くに位置している。そもそもバベルはダンジョンの真上に蓋をするように建てられていて、冒険者を仕切っているギルドの本部がそのダンジョンの近く、つまりはバベルの近くにあるのも当然と言えよう。

 ちなみにバベルの上階には神達が住んでいるらしい。わざわざ地上まで降りてきているのに、高い場所で生活するのはどうなのだろうか。

 

 

 ギルド本部の前に到着すると、クロはどこかへ飛んでいってしまった。自由気ままな奴である。それとも建物内で邪魔にならないように気を使っているのだろうか。

 

 中へ入ると、そこは思っていたよりも静かだった。冒険者たちがダンジョンから帰ってくるにはまだ早い昼過ぎということもあってか、随分落ち着いていた。

 

 俺は受付へ歩を進め、受付嬢に話しかける。

 

「エリナ・バルフィングです。担当官のミィシャ・フロットさんはいますか?」

 

「少々お待ち下さい」

 

 そう言って受付嬢は奥の方に消えていく。しばらく待っているとピンク髪の小柄な女の人が出てきた。小柄と言っても背丈は俺より高くて、歳は結構若そうだなあ。

 

「エリナちゃんじゃん。色々聞いたよ。もう大丈夫?」

 

「まあ、一応大丈夫です。記憶は戻ってないですけど」

 

「あはは、本当に記憶喪失になったんだね。雰囲気が全然違うよ」

 

「そう……ですか?」

 

 雰囲気……。これはもう諦めるしか無いかなぁ。

 

「エリナちゃんは相談とか指導とか全然なかったから、話をする機会はほとんどなかったけどね」

 

「うーん……」

 

 記憶喪失ってことなら許される範囲だろうから開き直るしか無いか。

 

「それで、何の用件で来たの?」

 

「そろそろダンジョンに行こうかなと思って、必要な装備とか色々聞こうかと思ったんです」

 

「そういうことならギルドで『駆け出し冒険者セット』の販売があるから一式まるまる置いてあるよ。持ってくるから待ってて」

 

 そう言うとミィシャさんは奥の方へ歩いていく。

 不意にこちらを振り返り「ああ、それと……」と付け加えた。

 

「エリナちゃんは記憶喪失でダンジョンの知識とかもないだろうから、そこに置いてある冒険者用の冊子を読んでみなよ。色々書いてあるからさ」

 

 言い残すと今度こそミィシャさんは奥へ消えていく。まだ買うとは言ってないのに気が早い。まぁ、おそらく買うけど。

 

 ミィシャさんを待っている間に、言われた冊子を手に取る。『ダンジョン探索の心得』と書かれたその表紙には、様々なモンスターのイラストが描かれていた。

 中をパラパラと眺めていると、ミィシャさんが荷物を抱えて戻ってくる。

 

「はい、これ」

 

 せっかく持ってきてくれたんだし、どうせ必要になる物だし、買うべきだよなぁ。

 短刀、ポーチ、レッグホルスターに回復薬(ポーション)類がいくつか、などなど。背嚢は既に持っているので、その分を差し引いた額の代金を支払う。

 受け取ったそれらを持って近くの椅子まで移動して腰掛ける。とりあえず冊子から読もう。パッと見た感じだと今の俺でも読めるレベルの文字だったし。

 

 そんな事を考えつつ、俺は『ダンジョン探索の心得』のページを捲っていった。

 

 


 

 

『ブォア!』

「っ!」

 

 向かってくる爪を避ける。敵意のこもったその一撃はあっさりと空を切る。攻撃の勢いのままゴブリンは体勢を崩す。

 

「ふっ!」

 

 その隙に合わせて右手に持ったナイフを振るう。

 

『ぐぎゃあ!』

 

 切り裂かれたゴブリンは絶叫して倒れ、動かなくなった。その姿を確認して一息吐く。

 

「ふう……。武器なんて使ったこと無かったけど、意外となんとかなるもんだなあ」

 

 周囲に他のモンスターがいないことを確認して、倒れ伏すゴブリンに近づく。手に持った短刀を突き刺し、魔石を取り出す。何度目かになるそのグロテスクな作業にも既に慣れた。

 

 

 場所はダンジョン1階層。

 冊子を一通り読み終えた俺は、せっかくだから様子見しようとダンジョンへ向かった。それからもう1時間くらいは経っただろうか。本来この短刀は魔石を取り出す為の物みたいだが、軽量で扱いやすかったのでそのまま武器として使っている。

 最初の方に逆手に構えてカッコつけてみたりしたが、いざ戦闘になるとリーチが把握しづらく、当たったとしても大したダメージを与えられなかったので、今は普通に順手で扱っている。

 

 明日ちゃんとした武器を探しに行こうかな。

 とりあえず今日はもう帰ろうか……お酒飲みたい……。

 

 ダンジョンがどのようなものなのか実感できたので、探索を切り上げて地上へ向かう。途中、1階層の『始まりの道』と呼ばれる大きな通路に出る。そこには探索から引き上げる冒険者たちが多くいた。

 その中に、見覚えのある白髪の少年の姿を見つけた。

 

 もしやと思い、近寄って声を掛ける。

 

「あの……」

「うん?」

 

 振り向いたその瞳は鮮やかな紅で、その少年が一昨日助けてくれた人だと分かった。

 

「やっぱりそうだ! この前は助けてくれてありがとうございました」

 

 頭を下げて礼を言う。

 

「え? ああ! 2階層で倒れてた!」

 

「エリナって言います。エリナ・バルフィングです」

 

「僕はベル・クラネル。記憶喪失だったみたいだけど、もう平気なの?」

 

 ベルと名乗った少年は心配そうに尋ねてくる。

 

「全然平気です! 記憶はまだ戻ってないんですけど、そんな事気にしたってどうしようもないですからね!」

 

 少年の不安を吹き飛ばすように、努めて明るく振る舞う。

 

「そっか」

 

 少年が優しく微笑む。隣に並んで出口へと歩き出す。

 

「探索帰りですか?」

 

「うん。エリナちゃんも?」

 

「はい! あ、そう言えばクラネルさんってどんな武器使ってるんですか?」

 

 他の冒険者がどんなものを使ってるのか気になったので聞いてみた。

 

「武器? 僕はこの短刀を使ってるけど……」

 

 そう言いながら、どこか恥ずかしそうに腰に差さっているナイフを見せてくる。俺が先程まで使っていた短刀と同じような物だった。

 

「そうですか……。どうしようかなぁ……」

 

 あまり参考にならないことを残念に思いながら呟く。

 

「今使ってるその短刀は合わないの?」

 

「そんなことはないんですけど、これは魔石回収用のナイフなので、もっとしっかりした武器を用意した方がいいのかなって」

 

「あぁ、そっか。記憶喪失だもんね。今までダンジョンに潜ってたのとかも覚えてないんだよね」

 

「はい。今日が初ダンジョンです。以前は7階層くらいまで探索してたみたいですけどね」

 

 冊子を読んでる時にミィシャさんが色々と話してくれたのを思い出して答える。悪戦苦闘しながら読んでいた俺に対して、そんなことお構いなしに話し続けるミィシャさん。世話焼きなのか、俺を口実に仕事をサボりたかったのか、おそらく後者だろう彼女に辟易した。

 

「えっ? 7階層? エリナちゃんって駆け出しの冒険者じゃないの?」

 

 驚いた様子のベル君。2階層で倒れてたなら駆け出しに思われても仕方ないのだろう。……両親の反応を見る限り。

 

「ダンジョンに潜るようになったのは1年くらい前かららしいです。まあ、今の私は駆け出しみたいなものですけどね」

 

 1年間潜っててもなにも覚えてないからなんとも言えない。乾いた笑みしか出てこなかった。

 

「そ、そっか……」

 

 表情が引き攣るベル君。お互いぎこちない微笑みを浮かべ、気まずい空気が辺りに漂う。出口が見えてきた。地上へと続く大穴、高さは10M程。その円周に沿うように設けられた大きな螺旋階段を登り始める。

 

「あ、そうだ。よければこのあと一緒にご飯でも食べませんか? 助けてくれたお礼に奢りますよ」

 

 雰囲気を変えようと話を切り出す。

 

「あ、ああ。ごめん。ホームで神様が待ってるから早く帰らないといけないんだ」

 

「神様と晩餐会ですか?」

 

「いや、僕のファミリアは小さくて、眷属は僕しかいないんだ。だからあんまり神様を心配させたくなくて」

 

「そうですか。なら仕方ないですね。それじゃあ、明日の午後。一緒に探索しませんか?」

 

『ダンジョン探索の心得』に『ソロ探索よりもパーティを組む方が効率がいい』と書いてあったのを思い出たので誘ってみる。お礼としては心許ないけど……。

 

「それなら別に構わないよ。人数は多いほうが安全に探索できるし。…………むしろ僕の方が足を引っ張りそうだけど……

 

「ん?」

 

「な、なんでもないよ!」

 

 ベル君は快諾してくれた。最後の方はよく聞き取れなかったけど。

 よし、なら午前中にお礼になりそうな物も見てみよう。

 

 話しているうちにいつの間にか地上まで戻ってきていた。既に辺りは暗くなり始めていた。お互い換金を済ませると、バベルの前の広場へと足を向ける。近くにクロが降りてきた。少し待つよう目配せすると、それを察したのか肩に飛んでくることはなく、距離を置いたままこちらを伺うように待つ。

 

 それを見て、俺はベル君の方に振り返る。

 

「それじゃあ正午にここで待ち合わせにしましょう」

 

「分かった。それじゃ、また明日」

 

「はい! よろしくお願いします!」

 

 挨拶をするとそれぞれ帰路に就いた。

 

 俺はもちろん、寄り道して酒を飲んだ。

 

 


 

 

「私ってどんな武器使ってたの?」

 

 ホームの部屋まで帰ってきて、お酒を飲みながら寛いでいる両親に向けて尋ねる。

 武器に関してまったくの素人である俺は、今まで『エリナ』が使っていた装備を明日の買い物の参考にしてみようと考えた。

 

「色々使ってたねぇ」

「自前で適当に買って使い回していたな」

 

 あまり参考にならなかった。

 話を聞くと、ダンジョン探索で稼いだお金は日々の酒代と様々な装備代に消えていた。一月ごとにコロコロ新調しては使い潰していたようだ。剣、斧、槍、刀、弓、鎌や棍棒のような物まで、使っていた武器は多岐にわたり、特に好んで使っていた物はないそうだ。

 

「今の【ステイタス】なら小型で威力がそこそこ出せる手斧(ハンドアックス)とか、いいんじゃないか?」

「それなら確かに敏捷も力も活かせるわね」

「なるほど……」

 

 自身の【ステイタス】の良さを殺さないように選ぶのか……。

 

「でも【ステイタス】に武器を寄せると、他の【能力値(アビリティ)】が伸びづらくなるんじゃないの?」

 

「別にいいんじゃないか? 全ての【ステイタス】を満遍なく上げる必要もないだろう」

「【ステイタス】っていうのはその人の『個性』なのよ。だから自身に合う武器ってのは自然とそういう物になってくるのよ」

 

「そっか」

 

 その『個性』は元々俺のものではない所為か、あまり実感がないんだよなぁ。

 とりあえず明日は手斧とか小型の武器を色々と探してみよう。

 

「ところで、ダンジョンにはもう行ったのか?」

 

 父が尋ねてくる。俺が持って帰ってきた装備を見て、ダンジョンに行こうとしているのには気付いているのだろう。

 

「一応行ったよ。1階層だけだけど」

 

「そうか。まぁ、気をつけろよ」

 

 父はそれだけ言うと会話から外れ、1人酒盛りを再開する。

 

「それで、どうだったの?」

 

 母親は食いついてきた。

 

「どうだったって言われても……。1階層だったし、そんなにキツくもなかったよ」

 

「そう……。あまり無理しないで、ダメだと思ったら迷わず逃げるのよ」

 

 命あっての物種よ、と母親は心配そうに言ってくる。

 

「うん、無理はしないよ。明日は装備を色々揃えて午後からダンジョンに行ってくるね」

 

「気を付けて、いってらっしゃい」

 

 そう言うと母親も父親と共に酒を飲み始める。相変わらず凄い飲むよなこの2人……。

 

 俺はシャワールームへ行って汗を流し、慣れた手付きで寝支度を整えると自室へ行きベッドへ入る。

 

 そう言えば昨日の夜はあの夢見なかったな……。

 今日はどうだろう……。

 

 どこか寂しい気持ちを胸に抱き、俺は眠りについた。

 

 




あとがき

 原作キャラの言動に頭が痛くなります。ベル君とのやりとりだけで数日悩みました。
 これからの事を考えると、もっと気楽に書くべきなんだろうなと思う第四話でした。



※訂正

 頂いた感想にあったので調べました。
 ヘスティア様より一回りも小さい身長だとメチャクチャちっちゃいじゃないですか……。
 さすがに小さすぎたので、本文・あとがきの記述を訂正しました。

『エリナはヘスティア様より若干小さい程度の背丈』ということでお願いします。

 それでもかなり小柄なんですけどね。


 それと投稿済み各話の日本語おかしい箇所等を訂正。大まかな流れは変わっていません。

 引き続き何かありましたらご指摘お願いします。


※捕捉

 クロは基本的に屋内に入らない。凄い空気が読める偉い鳥。

 ベル君は女の子相手に良い格好したかったけど、使ってる短刀がアレでちょっと恥ずかしかった。しかも自分よりダンジョン歴が長く、深い階層にも潜っていたと知り、思わず顔が引き攣る。



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第五話

 

 意識が覚醒する。

 

 閉じた瞼に降り注ぐ陽光。

 耳に染み込む鳥の囀り。

 

 目を開く。

 無機質な天井が映る。

 

 無意識に胸元に手が伸びる。

 伝わる感触が俺は女の子である事を告げてくる。何日経っても違和感は消えない。

 

 その違和感に、改めて考える。

 

 

 どうしてこうなったのだろうか……?

 

 俺は一体どうすればいいのだろうか……?

 

 元の世界に戻れるだろうのか……?

 

 俺は元の世界に戻りたいのだろうか……?

 

 このままでいいのだろうか……?

 

 …………

 

 

 止め処なく溢れ出す疑問は、圧倒的な重圧感を以て、俺の胸を押し潰す。

 呼吸が苦しくなる。

 

 その苦痛に耐え切れず、俺は思考を止めた。

 深呼吸をして息を整える。

 

 

 …………分からない。

 考えても答えは出ない。

 

 

 そう結論付けて、無理やり納得する。

 

 しばらくそうしていると徐々に落ち着いてきた。

 

 俺はベッドから出て立ち上がり、気持ちを切り替えようと両手で頬を叩く。

 

 

 とりあえず今は、この異世界生活を満喫しよう。

 

 

 そう考えると少しは気が楽になったような気がする。

 俺はヒリヒリと痛む頬に口元を緩ませ、意気揚々と部屋を出た。

 

 


 

 

 魔石。

 モンスターの生命力とも言える核。紫紺の結晶であるそれには魔力が込められており、魔石を破壊することでモンスターは即死する。モンスターを討伐した際に魔石を破壊しなかった場合、モンスターの死骸から魔石を回収することができ、冒険者はそれをギルドで換金することでお金を得て生計を立てている。

 ギルドによって回収された魔石は様々な道具に加工され、街の街灯や発火装置など、あらゆる場所で使用されている。

 

 俺が今乗っている昇降機もその1つだった。

 

 

 場所はバベルの塔。

 

「装備を買いに行くならバベルの上の方に行ってみな」

 

 ホームを出る時に母親にそう言われバベルまでやってきた。言われた通り上を目指したが、階段は3階で途切れ、辺りには換金所などの公共設備しか見当たらない。

 どうしようかと戸惑い、なんとなく人の流れに沿って歩いていた所、この昇降機を発見したのだった。

 そのまま昇降機に乗り込んだ。誰かが操作すると、昇降機は上へ昇っていく。独特の浮遊感がどこか懐かしい。

 

「何階だい?」

 

 気の良さそうなおじさんに話しかけられた。

 

「ここに来るのは初めてで……。装備を買いに来たんですけど、武器屋は何階にありますか?」

 

「見たところ駆け出しの冒険者かい? それなら7階か8階辺りのがいいんじゃないか?」

 

 そう言って昇降機を操作する。

 

「4階から8階にかけては【ヘファイストス・ファミリア】の店があるんだが、4階辺りの武器屋は1級品ばかりで、駆け出しの冒険者にはとてもじゃないが手が出せる代物じゃない。もう少し上の方に行けば無名の鍛冶師の安い装備品が売ってるんだ」

 

「へぇ、そうなんですか。街の方にも武器屋とかありますけど、こっちの方が専門的なんですかね?」

 

「そりゃ比べ物にならないさ。まぁ【ヘファイストス・ファミリア】の物しか置いちゃいないが、なんせフロア丸々が店みたいなもんだからな」

 

 しばらく話していると昇降機が止まる。

 

「さあ、着いたぞ」

 

 おじさんに告げられ、お辞儀をして昇降機から降りる。

 

 なるほど。おじさんの言う通り、本当に丸々店みたいな感じだ。武器や防具などがそこかしこに並べられている。

 

 辺りを見回していると、ふと見覚えのある男の姿が見えた。相手もこちらに気付いたのか近づいてくる。

 

「よう、随分朝早ぇじゃねぇか」

 

 大きい体格に似合わない犬耳を生やしたその男が話しかけてくる。

 

「ロッグス? こんなとこで何やってんの?」

 

 ただのしがない酒呑みがこんな所にいるとは思わなかった。冒険者だったのか?

 

「は? 酒飲み過ぎてボケちまったのか? 兄貴がこんな所にいる訳ねぇだろ」

 

 ん? ロッグスじゃない? 兄貴ってことは弟?

 凄い似てるんだけど……。そういえば口調が少し荒いような……。

 

「ああ、ごめん。こないだダンジョンで記憶喪失になっちゃって」

 

「なんだそりゃ。まぁ確かにいつもより、なんつうか、無邪気さがねぇ気がするな」

 

「無邪気って……。女の子に対して失礼じゃない?」

 

「はっ! オメーは女の子って柄じゃねぇんだよ。んで? ここに来たって事は装備買いに来たんだろ? てか記憶喪失って事はなんも覚えてねぇのか?」

 

 立ち話もなんだ、座れる所に行こう、とその獣人が歩き出したので、その後ろをついていく。

 

 

「俺の名前はレイナード。ヘファイストス・ファミリアの鍛冶師だ」

 

 昇降機から少し離れた所にあったテーブルに向かい合って腰掛け、その男、レイナードは口を開く。

 

「お前は俺の兄貴の紹介で来た()()()だ。()()の事も覚えちゃいないんだろ?」

 

「契約? 随分物々しいけど?」

 

「なに、ただの条件さ。『俺はお前に装備を格安で売る。お前は俺に不要なモンスターのドロップアイテムを渡す。』ただそれだけさ」

 

「不要な……? かなりこっちにいい条件だけど?」

 

「お前に売る装備は試作品みてぇなもんだからな。それが金になるだけで十分だ。ドロップアイテムはおまけみてぇなもんだ」

 

「そっか……」

 

 今まで使ってた武器が多種多様だったのはレイナードの試作品だったからなのか。

 

「それで? 今日は何を買いに来たんだ? 武器ならお前用に用意してある物があるぞ」

 

「……手斧(ハンドアックス)とか、ある?」

 

 両親に勧められたものを聞いてみた。

 

「……一応あるけどよ。小型で走り回るような武器は、お前のその(なり)じゃ色々キツいんじゃなかったか?」

 

「そう、なんだよね……」

 

 そう。それは昨日ダンジョンで短刀を使っていた時にも思った事だった。

 両親は【ステイタス】的に、と言っていたが、身体的にキツい所があった。それはもう、ブルンブルンと。

 レイナードもそれを把握しているようなので、とりあえず彼が用意した武器を見てみるか。

 

「それにお前、脇差持ってたろ。母親から貰ったとか。今日は珍しく持ってないみたいだが、小型の武器はそれで十分なんじゃなかったか?」

 

 それは初耳だ。気付いた時には何も身に付けてなかったし、家にもそんな武器は見当たらなかった。

 

「記憶喪失になった時に無くしちゃったみたい」

 

「そうか。ならそれも買ってくか?」

 

「……いや、それはいいや。一応ナイフがあるし」

 

 

 そういう訳で、レイナードの武器が置いてある場所まで移動する。

 普通に売り場に置いてあるらしく、彼曰く、

「どうせ試作品だ。売れるんならそれはそれでいいだろ」

 との事。

 エリナ用と言いつつもその雑な扱いに、()()の軽さを知る。まぁただの在庫処分みたいなものか……。

 

 薄暗い店へと入りレイナードはその店の店員に話しかけると、さらにその奥の方へと入っていく。俺は店員に軽く会釈をして後を追う。

 レイナードが立ち止まる。

 

「ほらよ、コイツだ」

 

 そう言ってレイナードは1つの槍を手に取る。

 

 いや、槍ではなかった。金属製の槍の穂先に斧のような物が付いたそれは、

 

斧槍(ハルバード)。お前にゃ少し大きいかもしれんが、リーチも威力も十分だろ」

 

 思わず息を呑む。ここへ来る途中には様々な武器が置いてあったが、この武器はそのどれよりも抜群に、

 

 カッコイイ……。

 

 見蕩れた。レイナードの説明も頭に入ってこなかった。はるか昔に忘れさった厨二心が蘇る。オンラインゲームでも実装されてはいたが、やはり実物は違う。

 身長をゆうに越える長さ。大きめで半月状の斧部。反対側にはナイフのように突き出た鉤部。そして薄く鋭く尖っている槍部。

 

「これ、本当に私が使ってもいいの?」

 

 声が震える。

 

「ん? ああ、当たり前だ。てかお前、説明聞いてなかったろ」

 

 呆れ顔のレイナード。どうやらまだ説明中だったらしい。

 

 その後レイナードの説明を一から聞き直し、武器とホルスターを受け取る。代金を支払うと財布の中身はすっかり寂しくなってしまった。

 

「それと、お前に頼まれてたもんが確かここに……、あったあった。ほらよ」

 

 レイナードはそう言うと近くにある細々とした装備品が詰まったカゴから何かを取り出す。

 

「ボトル……?」

 

 金属製のボトルのようなそれは、水筒か何かだろうか……。

 

「酒瓶だ。ダンジョンでいつでも飲めるように腰に引っさげたいんだとよ」

 

「おお! それはいい!」

 

 思わず顔がにやける。流石あの親達の娘だ、発想が素晴らしい。

 

「記憶喪失になってもそこは変わらねぇのな」

 

 太っ腹なレイナードは酒瓶の代金はおまけしてくれた。

 その後、俺の異様なテンションに若干引いてるレイナードと別れ、バベルを出た。

 背中に斧槍を背負わなければならず、そのせいで背嚢は邪魔になりそうだ。1度家に帰って装備を整えよう。

 

 俺は足取り軽く家路に就いた。

 

 


 

 

 鏡を見る。

 

 長めの黒髪に紅い瞳、褐色肌の幼い顔つき。大きく突き出た胸は伸縮性のある布地の服でキツめに押さえられ、下はかなり短いショートパンツに薄手のソックスを膝下まで履いている。

 肩や腹、太腿など、はっきり言って露出が多いが、アマゾネスとしては一般的な装衣らしい。

 

 さらに、背中のホルスターにハルバード、腰にはナイフとウエストポーチに酒瓶をぶら下げ、レッグホルスターにポーションをいくつか差し込んである。

 

 準備完了。

 意気揚々とバベルと出て待ち合わせ場所の広場へ向かう。

 

 あの後、一度ホームへ戻った俺は不要な装備を部屋に置いて、街で昼食を取りがてら酒瓶に酒を補充し、再びバベルを訪れていた。

 バベルには着替えるスペースが用意されていて、俺はそこで装備の最終確認をしていた。

 

 

 外は多くの人で賑わっていた。

 陽は高く上り、そろそろ待ち合わせの時間だ。

 

「カア」

 

 頭上からクロの鳴き声が聞こえた。どうやら背中のハルバードの先に止まっているようだ。

 

「ごめんね。パン用意してないんだ」

「カア」

 

 上を見上げてそう告げるとクロはどこか残念そうに鳴く。

 

 ふと視界の端にベル君の白髪が見えた。そちらへ歩き出すと、不意にクロがどこかへ飛んでいってしまった。

 それを見送ってから、ベル君に声を掛ける。

 

「クラネルさん! お待たせしちゃってごめんなさい」

 

 ベル君がこちらに振り返る。

 

「大丈夫、僕も今来た所だから。あと、そんなに畏まらなくていいよ。エリナちゃんの方が冒険者歴は長いんだし」

 

「そう? なら私のことも呼び捨てでいいよ、ベル」

 

「うん、よろしくね、エリナ」

 

 ベル君が笑顔で答えてきたので、俺も笑顔を向ける。

 

「ところで、随分大きな武器だね、それ」

 

 俺の背中に差さっているハルバードを見て言うベル君。目立つもんな、これ……。

 

「知り合いに安く売ってもらったの。私もまだ使ったことないから試しがてら探索しようかなって」

 

 そう言って俺は後ろに手を回してハルバードを取る。思ったよりも軽くて、小柄な俺でも簡単に持てた。まぁ、それでも結構重いんだけどね……。

 

「あ、そうそう。これ……」

 

 ウエストポーチから買っておいた物を取り出す。

 

「これは……?」

 

「携帯できる小型の砥石(シャープナー)。この前助けてくれたお礼。ナイフみたいな手数の多い武器には必要かなって思って。命を助けてくれたお礼としてはこんなんじゃまだまだ足りないけど……、とりあえずの気持ちって事で、はい」

 

 そう言って砥石を渡す。正直、命の危機だったという自覚がないので実感は薄いのだが、それでも彼が命の恩人である事に変わりはない。こんな大恩どうやって返せばいいんだろうな……。

 

「ありがとう。でもそんなに気にしなくていいよ。この前も言ったけど『困った時はお互い様』だからね」

 

「そう……かな……? じゃあ、今度ベルが困った時があったら言ってよ。私が助けてあげるから」

 

 こんな小さい女の子じゃ頼りないかもしれないけどね。そう言って笑う。

 本人も言ってる通りそんなに気にすることは無いのかもしれない。まあ、俺ができる範囲で彼の手助けをしていけばいいのかも……。

 

「それじゃ行こうか」

 

「うん!」

 

 2人並んで歩き出す。

 

「そういえば、ベルはいつも何階層で探索してるの?」

 

「えっ……と……、5,6階層辺りかな……」

 

「ならその辺りを目指そっか。2人で潜ればいつもより効率も良くなるだろうしね」

 

「そうだね……」

 

 苦笑いを浮かべるベル君と共に、俺はダンジョンへと入っていった。

 

 




あとがき

 何人目かのオリキャラ。
 出てきたはいいですが、どうなるかは分かりません。活躍する時は来るのでしょうか。

 今回、バベルに関して色々と適当な描写があると思われます。
 そのうちシレッと修正するかもしれません。


※捕捉

 自分で自分を思いっきり殴っている姿を客観的に想像すると、馬鹿っぽく思えて笑えてくる心理。

 ロッグスとレイナードの兄弟仲は良くない。
 兄貴は飲んだくれのダメ人間。弟は試作武器を作りまくるような熱心な鍛冶師。

 斧槍。ハルバード。漢字2文字で横文字ルビのカッコヨサゲな武器。
 半分思い付き。ずっと斧槍で行くかは未定。おそらく変わる。

 エリナの容姿は正直なんとなくでしかイメージできてない。
 斧槍担いでる蛮族風褐色ロリ巨乳。

 女の子相手に見栄を張るベル君。
 この時点で5階層は未到達。


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第六話

 

「ハァッ」

 

 突き出した斧槍が空を切る。が、

 

「ふっ」

 

 待ち受けるようにして振るわれたナイフが獲物を切り裂く。

 

『グゲエッ!』

「止めっ」

 

 横薙ぎに振るった斧槍が胴体に突き刺さり、その獲物は息絶えた。

 

「ふう……。やっぱり振りかぶらないと力が入らないなぁ……」

 

 そう呟いて仕留めた獲物、ダンジョン・リザードから斧槍を引き抜く。ついでに魔石も回収する。

 

「そうなの? ちゃんと止めは刺せてるし、今日初めて使う武器にしては十分使いこなせてるように見えるけど」

 

 

 現在地はダンジョン4階層。

 最初は1階層でゴブリンやコボルト相手に斧槍で悪戦苦闘しながら試し斬りしていたのだが、慣れてくると物足りなくなって2階層3階層と降りていき、今に至る。

 

「まぁ、最初の空振りばっかの時よりかは使いこなせてる方だとは思うけどね……」

 

「それに今の、僕の方に誘導するように攻撃したよね? おかげでやりやすかったよ」

 

「ベル君が積極的に攻撃してくれるからこっちも助かってるよ」

 

 連携もしっかり取れるようになっていた。というか、ベル君の動きが分かりやすいだけなんだけど。

 

『狙った所に飛び込んで、狙った所を攻撃する』。その単純な動きは、ベル君の戦闘経験の少なさからなのだろうけど、だからこそフォローもしやすい。

 敵を動かしてベル君の標的を作り、ベル君が攻撃したらそのフォローに回る。

 

 こういうパーティプレイで味方の動きを読むのはオンラインゲームでかなり鍛えられた。支援タイプの女の子キャラで廃人やってた腕は伊達ではない。やり込んでたのはかなり前だし、慣れない武器を使った戦闘だったけど、それでもこの程度なら全然余裕があった。

 

 

 腰の酒瓶を手に取って一口飲む。アルコールで適度に緊張を解しながらの探索。割と理にかなっている。が、飲みすぎると酔いで酷い事になりそうなので、量はある程度抑えている。

 

「さっきからたまに飲んでるけど、そのボトル何が入ってるの?」

 

「ん、これ? お酒だよ」

 

「え?お酒?」

 

「そう。戦闘とか探索ってずっと気を張ってなくちゃいけないから、気付かないうちに気疲れしちゃうんだよ。だからその息抜き用にね」

 

 オンラインゲームでの経験論である。

 一度だけ酒も飲まずに熱中した時があったが、気疲れの所為でその後の睡眠が深すぎ次の日寝坊して酷い目に遭った。

 

「へ、へぇ……」

 

 ぎこちない笑みを浮かべるベル君。まだお酒の良さを知らないみたいだ……。いつか一緒に飲みに行こうと思ってたけど、その日はまだまだ先になりそうだ。

 

 

「さ! そろそろ次の階層に降りようか」

 

 切り替えてベル君に声を掛ける。

 4階層での戦闘にもある程度慣れてきて一度の戦闘が楽になった分、ダンジョンを歩き回る時間が増え、探索効率が悪くなっていた。

 

「そうだね……」

 

 ベル君の表情がやや強ばる。

 

「大丈夫? 気分が悪いなら今日はもう切り上げる?」

 

「いやっ、全然大丈夫! 行こうっ」

 

 そう言ってベル君は歩き出した。無理はしないで貰いたいが、まぁ普段からベル君が探索してる階層なので大丈夫だろう。

 俺も後について歩き出す。

 

 

 しばらく歩いて5階層へ降りた。

 深い階層へ進むにつれ、より強力なモンスターが出現するようになるだけでなく、モンスターの出現頻度と群れの数も増えていく。5階層では新しいモンスターは出ないが、その分頻度と数が4階層に比べて圧倒的に多くなる。

 しかし、いくら数が増えて多少連携して襲ってこようが、モンスターの動きが劇的に変わる訳でもなく、俺とベル君は危なげなく襲い来るモンスターを倒していった。

 

 

 

『ギャンッ』

「ふんっ」

 

 コボルトの群れにフロッグ・シューターが混ざった集団の最後の1匹に止めを刺す。辺りを見回して警戒しならがら、俺は酒瓶を呷る。

 

「特に問題はなさそうだね」

 

「ふう……そうだね。エリナがフォローしてくれるから思い切って攻撃できるよ」

 

「そう言ってくれるとこっちもフォローしてる甲斐があるよ」

 

 今の所ベル君は問題なく立ち回れている。俺の方も何度か懐に入られて攻撃を受けたが、体力回復薬(ポーション)1つで治るような浅い傷だけで、大したことは無かった。

 

「パーティ組むとこんなに楽なんだ……」

 

 ベル君が倒したモンスターの死骸から魔石を回収しながら呟いた。

 

 俺はまともなダンジョン探索は今回が初めてで、探索慣れしているベル君に頼りきってるから分からないが、やはり独りで探索するのと複数人で探索するのとでは全然違うようだ。

 そもそも単純な話、人数が1人から2人になるだけでモンスターへの対処が2倍楽になる訳だから、当然といえば当然か。

 

「そろそろ行こっか」

 

 魔石の回収を終えたベル君がこちらに振り向いて近付いてくる。

 

 その時、通路の奥からモンスターの唸り声がかすかに聞こえてきた。

 

「――ッ!」

 

 その声に一瞬だけ身体が強ばる。胸の奥が痺れたようにピリピリした。

 

「大丈夫?」

 

 ベル君が心配そうに声を掛けて来た。ベル君はなんとも無いみたいだけど、聞こなかったのかな……?

 

「……うん、平気。行こう」

 

 身体は違和感なく動く。俺は何事も無かったかのように、いつも通りを装う。

 ただでさえ慣れない探索でベル君には負担を掛けているんだから、これ以上負担を増やすのは心苦しい。

 

 

 

 通路の奥へと並んで歩き出す。

 

 なんか急に辺りが静かになったな……。

 

 奥へ奥へと進んでいく。

 辺りに言い知れぬ気配が漂い始める。

 

 

 なんだろう、この感じ……。

 

 徐々に強くなっていくその気配に覚えがあった。

 けどそれが一体なんなのか、何時何処で感じたものなのか、分からない。

 

 

 モヤモヤする……。

 

 思い出せそうで思い出せない。

 家の鍵をどこに置いたか忘れたような。そんな靄を胸に抱きながら薄暗い通路を進んでいく。

 

 

 焦れったい……。

 すぐ喉元まで出かかっ――ッ!?

 

 急激に強くなった気配。反射的にその方向に目を向ける。

 

 

『ヴヴォォォォォォオオオオオオ!!』

 

 

 突如響く叫び声。

 

 左の通路へと繋がる曲がり角。

 歩いていた道から死角になっていたその場所に、それはいた。

 

 視線が合わさり、恐怖で身体が固まる。指先1つ動いてはくれない。

 しかしそれとは対照的に、思考はクリアで落ち着いていた。

 

 目の前の巨体が徐ろに手を振り上げた。

 

 牛頭人体の巨体は濃密な()()()()を纏いこちらを見下ろしていた。

 身体はまったく動かずただ呆然とそれを眺め、どこか他人事のような景色に、俺はさっきから感じていた気配の正体を悟る。

 

 

 ……ああ、死んだ…………。

 

 

 ミノタウロスの大きな腕が俺に向かって薙ぎ払われた。

 

 



 

 

 突然だった。

 油断をしていた訳でもなくそれはいきなり現れた。

 

『ミノタウロス』。

 

 本来ならばもっと深い階層にいるべきモンスター。Lv.2でも単独討伐は困難とされ、Lv.1の冒険者たちにとってはまさしく絶望だった。

 

 物陰から響いた雄叫びと共に姿を現した化物は、いともたやすくエリナを吹き飛ばす。

 

「エリナっ!!」

 

 壁に激突し地面に横たわるその姿に思わず叫ぶ。

 するとその声に反応したのかミノタウロスがこちらを向いた。

 

「ひぃっ!」

 

 咄嗟に距離を取ろうと後退る。

 

 ふと、エリナがフラフラと立ち上がるのが目に入る。攻撃を防御したのだろうか、左腕が腫れ上がって力なくだらりと揺れる。

 

「エリナ! 逃げ――っ!?」

 

『ヴヴォォォォォオオ!!!』

 

 掛けようとした声はミノタウロスの雄叫びにかき消された。

 ミノタウロスがこちらに迫る。

 

 とりあえず逃げなきゃ……! こっちに引き付けておけばエリナも逃げやすくなるはず!

 

 ミノタウロスの注意がエリナに向かわないように警戒ながら後退して距離を取る。

 それに釣られるようにミノタウロスもジリジリとこちらに躙り寄る。

 

 不意にミノタウロスが腕を伸ばしてくる。後ろに飛び避けさらに距離を離す。

 

 

 

『フゥー、フゥー……!』

 

 しばらく睨み合いと牽制を繰り返しながら後退し、なんとかエリナからかなり距離を離すことができた。

 

 後はエリナの無事を祈りつつ、僕が逃げ切るだけだ。合流できればそれに越したことはないが、おそらくそんな余裕はないだろう。

 

『ヴゥムゥン!!』

「おわっと!」

 

 ミノタウロスが振るった腕をなんとか躱す。カウンター気味にナイフを腕に斬りつけたけど、ダメージはまったく入らない。

 たまらずミノタウロスに背を向けて走り出す。逃げ切れるとは思えないが、せめて人がいる所にいけば、もしかしたら助かるかも知れない。

 

 

 ああ、僕は間違っていた。

 

 浅はかな下心としょうもない見栄でこんな所まで来てしまった。

 5階層なんて来たこと無かったのに、女の子に良い格好しようとして嘘を吐いてしまった。

 意外と楽に探索できると心のどこかで油断して、女の子を危険に晒してしまった。

 

『ヴゥモォ!!』

「うわぁっ!」

 

 背後からミノタウロスの蹄が襲いかかる。

 当たりはしなかったが、その蹄は地面に突き刺さり、僕は体勢を崩して転んでしまった。

 慌てて後ろを振り向くと、ミノタウロスがじわじわと距離を詰めていた。

 

 

 詰んだ。これは終わった。

 

 ミノタウロスの息遣いが聞こえてくる。臭い吐息、踏みしめる土の音。筋骨隆々な牛頭人体はこちらを嘲笑うかのように見下ろしている。

 

 僕は尻もちをついたような体勢のまま、ずりずりと後ろへ下がっていく。が、背中に伝わる壁の感触がそれを拒む。もはや後ろに逃げ場はなかった。

 

 

 ……ああ、死んだ…………。

 

 せっかく女の子と出会えたのに、どうせならもっとイチャイチャ……。

 

 

 そんなしょうもないことを思い浮かべ、ミノタウロスが腕を振り上げる姿を見上げた。

 

 

 次の瞬間、目の前の化物の胴に一線が走った。

 

「え?」

『ヴォ?』

 

 僕とミノタウロスが同時に間抜けな声を出す。

 その線は胴だけでなく、腕や脚、首、顔など至る所に刻まれていく。

 

『ヴゥモォぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!?』

 

 断末魔が響き渡る。

 僕では傷1つ付けられなかった怪物が、あっさりと肉塊へと変えられた。

 その事実に、降り注ぐ血飛沫も気にすることなく、呆然としていた。

 

「……大丈夫ですか?」

 

 崩れ落ちた肉塊に代わって現れたのは、美しい少女だった。

 

 女神のようなその美しさに、見惚れてしまった。

 

 腰まである輝くような金髪。スラリと伸びた眩い手脚。華奢な身体つきに幼い女の子のような童顔。

 宝石のような金色の瞳が僕を見下ろしていた。

 

 金眼金髪の女剣士。蒼い装備に身を包み圧倒的な強さを誇る彼女の事を、僕は知っていた。

 いや正確には、Lv.1で冒険者として駆け出しな僕でも知っていた。

 

【ロキ・ファミリア】の第一級冒険者。【剣姫】アイズ・ヴァレンシュタイン。

 

「あの……大丈夫、ですか?」

 

 全然大丈夫じゃなかった。

 高鳴る鼓動で血が沸騰しそうだ。

 

 

 まるで物語のお姫様のように美しいその少女に、

 

 

 僕は恋をした。

 

 



 

 

 俺は死んだ。

 

 

 あの絶望的な死の気配を、俺は経験したことがあった。

 

 自宅のPCの前で、眠気が限界まで達し、仮眠をしようと薄れゆく意識の中で。

 襲い来る苦痛。冷たくなっていく感覚。迫りくる恐怖。

 俺はあの時死んだのだ。

 

 

 そしておそらく……

 『エリナ・バルフィング』も死んだ。

 

 死の気配を前にして動きを止めた身体の感覚。

 あれはきっと()()()()()()()()()()()()に対する恐怖だ。

 

 

()()()()()()で、俺は死んだ。

()()()()()()で、エリナは死んだ。

 

 俺たちは死んだ。死んだのだが、俺はどうしてここにいるのだろうか? そもそも俺は『俺』なのか? 確かに『俺』は死んだはず……。

 

 

 分からない。とりあえず酒飲もう。

 

 思考を中断し腰の酒瓶を手に取ろうとして気付く。

 

 左腕に力が入らない。

 ふと目をやると腕はパンパンに腫れていて、色も所々青黒くなっていた。

 

 それを見て、牛頭の怪物に吹き飛ばされた事を思い出す。

 咄嗟に左腕でガードしたのか、大きな怪我は他になく、痛みもほとんど無かった。

 

 思い出すと同時に、背中の熱に気付いた。

 焼けるような、熱い物を押し付けているような、そんな感覚なのだが、肌を刺すような痛みもなく、ただジリジリとした熱が伝わるだけだった。

 

 

 動く右手で酒瓶を取り中の酒を呷る。

 

 そういえば、もうあの気配は感じないな……。

 

 どこか呑気にそんな事を考えていた時だった。

 

「あの……大丈夫、ですか?」

「――うぐぅっ!?」

 

 突然話し掛けられて酒が喉に詰まった。

 びっくりした……本当にびっくりした。完全に油断してた。周囲の警戒を忘れてた。

 

 何度か咳き込み、呼吸を落ち着かせてから返事を返す。

 

「だ、大丈夫……なんとか」

 

 声の主の方へ視線を向ける。

 

 綺麗な女性だった。金眼金髪の剣士のようだが、女剣士と言うより、どちらかと言えばお姫様みたいな雰囲気を纏っていた。まるで物語から抜け出してきたかのような存在感がそこにあった。

 

「おい、アイズ。そんな雑魚放っといてさっさと行こうぜ」

 

 少し離れた所から男の声が聞こえた。

 その声にようやくベル君の事を思い出して、辺りを見回す。

 

 しかし、ベル君の姿はどこにも無かった。

 

「あの! この近くにもう1人男の子が居ませんでし……」

 

 言葉は最後まで続かなかった。急に全身の力が抜け意識が薄れていく。痛みと疲労がどっと押し寄せてくる。倒れて地面に激突したことすらどうでもいいと思える程だった。

 

 目を閉じる。

 

 

 閉じた瞼の裏に、先程まで並んで歩いていた少年の姿を浮かべ、彼の無事を祈った。

 

 



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第七話

 

 

 揺れる感覚で目醒める。

 

 誰かに抱えられているようだ。

 

 背に回されている細腕の感触を感じながらゆっくりと目を開く。

 

「目、覚めた?」

 

 覗き込んでくる顔には見覚えがあった。

 さっき出会った女性。綺麗で清楚な、お姫様みたいな人。

 改めて間近で見ると、その顔には幼さが残っていて非常に可愛らしい。

 

 その視線に顔が熱くなる。

 お姫様みたいな人にお姫様抱っこされるとか凄く恥ずかしい。

 

「……はい。もう大丈夫です」

 

 返事をしながら身体をジタジタと動かすと、その女性は地面に降ろしてくれた。

 抱えるのに邪魔だったのだろうか、彼女が差し出してきた斧槍を受け取る。斧槍が無事なのは良かった。1日で武器をダメにしたら俺の懐事情的に痛すぎる。

 力が入らなかったはずの左腕はまだ痛むが、普通に動かせるようになっていた。

 

 その事でベル君の事を思い出して口を開こうとした。

 

「あの男の子は、たぶん、大丈夫」

 

 察した彼女が言った。少し顔が険しくなった気がする。

 

「……良かった……」

 

『たぶん』という部分に少し引っかかったが、それでも俺は安堵から思わず言葉が零れた。

 

「目が覚めたみたいだね」

 

 不意に後ろから声を掛けられる。

 今気付いたが、周囲には多くの冒険者が並んで歩いていた。

 

 その中から、背丈は小さいが、どこか威厳のある金髪の小人族の男がこちらに近付いてくる。

 

「僕はフィン・ディムナ。【ロキ・ファミリア】の団長をしている」

 

「あ、えっと……エリナ・バルフィングです。【ソーマ・ファミリア】の冒険者です。こっちの女の人も【ロキ・ファミリア】の方ですか?」

 

 俺より小さいながらも堂々としたその姿に圧倒された。

 

【ロキ・ファミリア】。

 確か迷宮都市オラリオで1,2を争う大派閥とか。そんな大きな派閥の団長がこんな小柄な人だった事に驚いた。しかしその威厳のある佇まいに納得する。

 

「ああ。彼女はアイズ・ヴァレンシュタイン。君がモンスターに襲われてボロボロになっている所を見つけて保護したそうだ」

 

「そうですか。ありがとうございます」

 

 そう言ってアイズさんに頭を下げる。

 アイズさんにしろベル君にしろ、冒険者って優しい人が多いのだろうか。もっと柄の悪いゴロツキとかのイメージがあったけど、そうでも無いのか……。

 

「一応左腕の怪我の処置はしたけど、まだ痛みはあるだろうから少し安静にしておいた方がいい」

 

「何から何までありがとうございます」

 

「それで、1つ()()()があるんだが……」

 

「……なんですか?」

 

 妙に改まるフィンさんを見てこちらも少し身構える。

 

「そんなに構えなくていいよ。ただ、今日の事をあまり人に話して欲しくないだけだ」

 

「え?」

 

 そんなこと? てっきり治療費でも請求されるのかと思った。少し拍子抜けだ。

 

「大事になって変な噂でも流れたら困るからね」

 

「そうですか……」

 

 大派閥ともなると色々事情があるのだろう。いたいけな少女を誑かしたとか言われたら事案だもんな。

 

「分かりました。お金とかは大丈夫なんですか? 結構大怪我だったと思うんですけど……」

 

「それは別に構わないよ。見た所、君はまだレベル1だろう? そんな少女から金を巻き上げようだなんて、それこそ印象が悪くなるからね」

 

「大きい派閥って色々大変なんですねー……」

 

 フィンさんの苦笑いに大派閥の団長の苦労の一端を垣間見た気がした。

 

「今僕達は地上に向かってるんだけど、君はどうする? 怪我もしているし、一緒に来るかい?」

 

「それじゃあ、せっかくなんでお言葉に甘えさせて貰います」

 

「そうか。ならアイズ、この娘の事は君に任せるよ。僕は指揮に戻る」

 

「分かった」

 

 そう言ってフィンさんは戻っていった。

 

 

 残された2人、アイズさんと俺は並んで歩き出した。

 気まずい空気が流れる。というかアイズさんが無口で会話がほぼ無い。

 さっき一度だけ、ベル君の名前を聞かれたから答えたけど、それきり何も喋らない。何か考え事をしているのか、時折表情が変化するのだが、何を考えているのかさっぱり分からないし、こちらが声を掛けてもいいのか非常に悩ましい。

 

 

 その後、何事もなく地上へと出た。

 本当に何事も無かった。ただ黙々と歩き続けただけ。モンスターは他の冒険者が討伐していたようで、見かけることも無かった。

 

 

「それでは、ありがとうございました」

 

「先程も言ったが、まだ完治したわけじゃないからしばらくは安静にした方がいい。それと……」

 

「分かってますよ。そもそも自身がモンスターにやられたなんて話、恥ずかしくてできないですよ」

 

「それもそうか」

 

 微笑を浮かべるフィンさんに礼をして俺は【ロキ・ファミリア】から離れた。

 

 

 

 そのまま備え付けのシャワールームへ行き、汗を流しがてら傷を確認した。少し青ずんでいたが動かしても多少痛む程度で、ほとんど治っていた。

 

「ふぅ……」

 

 どんな治療をしたのか分からないけれど、全く力が入らなかった腕が問題なく動かせる。

 やっぱり大派閥ともなればそういう備えは凄いのだろうか。

 

 感心の溜め息と共に今日の出来事が思い出される。 

 

 

 バベル、装備、ダンジョン、ベル君、ミノタウロス……。

 

 そこまで考えて、思わず身が竦む。

 

 

 先程感じた()()()()が蘇る。

 

 

 それは冷たく、苦しく、深く、どこまでも絶望的だった。

 

 

 俺は死んだ。

 

 軽い仮眠の途中、朧気だった意識の最中、突如として襲いかかってきた苦痛。

 あの時の痛みは、思い出すだけで胸が引き裂かれそうなほどだった。

 

 胸を抱いてその場に蹲る。

 

 

 嫌だ嫌だ嫌だ……もう二度とあんなの味わいたくない…………

 

 絶対に死んでやるもんか……

 

 

 心の中で叫ぶ。

 

 胸の痛みを抑え込んで起き上がる。

 暗い気持ちをシャワーで流し、決意と共に装衣を身に纏う。

 

 

 その為に……もっと強くならなきゃ……

 

 忍び寄る死の気配を断ち切れる程に……

 

 

 そうだよね……『エリナ・バルフィング』……

 

 

 鏡に映る紅い瞳は、仄暗く輝いていた。

 

 


 

 

「何かあったの?」

 

 ホームの部屋に帰ってくると母親に聞かれた。

 

「慣れない武器だったからちょっと怪我しちゃって……」

 

 左腕に残る青くなった傷を見せながら返事をする。

 

「結局大型の武器にしたのね」

 

「知り合いの鍛冶師の試作品で、安くしてくれたからこれにしちゃった」

 

 小型の武器を勧められたのに、結局大きな斧槍を選んだ事に少し負い目を感じる。

 

 仕方ないんだ……。小さい武器で駆け回るのは身体的に辛いんだ……。

 

「エリナがそれを選んだのなら、私はとやかく言うつもりはないわよ」

 

「そうだぞ、エリナ。なんなら次は俺の戦斧(バトルアックス)のお下がりでも使ってみるか?」

 

「いつ使ってた戦斧よ、それ……。もう錆びついてるんじゃないの?」

 

「ガッハッハ!」

 

「錆びてなければ喜んで使うんだけどなぁ」

 

 相変わらず酒を飲んでいて陽気な2人。もちろん俺も帰りに飲んできたからほろ酔い状態だ。

 

「そういえば、その鍛冶師に聞いたんだけど、私いつも脇差持ってたんだよね? せっかくプレゼントで貰ったのに失くしちゃったみたいで……。ごめんなさい」

 

「ん? ああ、これの事?」

 

 そう言って母親は近くに置いてあった袋を取り、中から小刀を取り出す。

 

「刃こぼれしてるみたいだったから、ちょうど預かってたのよ」

 

「そうだったんだ。よかった……」

 

 脇差を受け取る。

 

 既にナイフがあるから部屋に置いておこうかなぁ……。

 もし本当に失くしたりしたら申し訳ないし。今使ってるのが消耗する頃には今より強くなってるだろうから、そうなったら使おう。

 

 そんな事を思いながら酒を飲み、しばらく過ごして眠りに就くのだった。

 

 



 

 

「よかったのか、リア?」

 

 エリナが部屋から出ていき眠りに就いた所で、ガイアスが徐ろに口を開く。

 

「えぇ……なんだか今日は様子が変だったし、余計な混乱はエリナに良くないでしょう」

 

 ガイアスが口にしたのは脇差の事だろう。

 

 あの脇差は、私が預かっていた訳ではない。

 

 エリナが装備を失くしたのではなく、奪われたのならば、裏の商店のどこかでその装備を金に換えた可能性が高い。

 そう思って、そういった盗品や曰く付きの品が扱われている路地裏の店をここ数日間手当たりしだいに探し回り、ようやく見つけて取り戻したのが今日の午後だった。

 

「そうだな……。確かに帰ってきてから少し変だったな」

 

 事情を全て話しても良かったのだが、今日のエリナは様子がおかしかった。

 記憶が失くなってから少し落ち着いた雰囲気だったのだが、今日は特に暗かったというか、何か思い詰めたような感じだった。

 

 どこかで何かがあったのだろうが、ダンジョンで負った腕の怪我以外には身体に異常は見当たらない。エリナ本人に聞いても特に変わったことは無さそうだった。

 強いて言えば知り合いの鍛冶師に会ったことくらいか……。今度問い詰めてみようか……。

 

「何があったのかしらね……。悪い事にならなきゃいいけど……」

 

 エリナの事は心配だが、強く追及するとかえって良くないかもしれないので、今はそっとしておこう。

 

「それで、何か手がかりはあったのか?」

 

 ガイアスも察したのか話題を変える。

 

「商店の方からの手がかりはほぼ無しよ。数人組の冒険者らしきグループって所までしか分からなかったわ。しばらくは店の見張りとそれらしきならず者グループ探しって感じかしらね」

 

「情報屋でも使えばどうだ?」

 

「私が信頼できる筋はもう随分前に廃業してるのが多くてね。新しくゼロから依頼するにはリスクが大きいのよ」

 

「なるほどな……」

 

「それに、私としてもあまり大事にはしたくないからね」

 

「そうしてくれよ。お前はすぐ熱くなってやりすぎるからな」

 

「なによ。信用してないの?」

 

「してるさ。俺も怒ってない訳じゃない。人様の大事な娘に手を出したんだ。きっちり代償は払ってもらわないとな。……ただ、やりすぎて面倒事になるのは御免だ。そこはしっかりやれよ」

 

「分かってるわよ」

 

 そう言って酒の入ったグラスを呷る。ガイアスも同様に酒を飲んでいた。

 

 

 その事にふとエリナの装備を思い出して口に出す。

 

「そういえば、エリナの装備見た? 腰に酒瓶ぶら下げてたわよ」

 

「ガッハッハ! ダンジョンでモンスターを肴に酒でも飲むのか? まったく、誰に似たんだろうな」

 

「アッハッハ! お互い様よ。この夫婦にしてあの娘あり」

 

「違いねぇ!」

 

 そんな会話を肴にして飲む酒と共に、夜も更けていった……。

 

 





あとがき

 今回少し短いです。
 キリが良かったのとなかなか進まなかったのと……主に前半部。

 ライン区切りを変えました。が、一本線だとあとがきの区切りと同じで分かりづらいかもです。またそのうち修正する可能性。


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第八話

 

 

 少女は走る。

 

 出口を目指してひたすら駆ける。

 

 突き進む道は薄暗く、出口の位置は分からない。

 本能に従って闇雲に疾走する。

 

 赤黒い血と汗が額を伝う。

 煩わし気にそれらを拭う。

 丁寧に拭う手間さえ惜しい。

 

 立ちふさがる障害物たちを薙ぎ払い、速度を落とさず駆け抜ける。

 

 少女の身体は傷だらけだった。

 しかし、その傷も気にならない程に大きな熱を背中から感じていた。

 

 少女はなんとなく気付いていた。

 その熱が、自分に残された時間なのだと。

 その熱を感じなくなった時が、少女の終わりなのだと。

 

 少女は走る。

 

 その瞳は、流れる血のように、赤黒く輝いていた。

 

 



 

 

 ダンジョンへ行こうと思っていたのだが、腕の怪我をミィシャさんに見咎められた。

 

 せっかく装備を整えてバベルの前まで行ったのに、結局ホームへと引き返す羽目になった。

 一旦装備を外して、今日は都市の散策でもしようと思い、街へと繰り出したのだった。

 

 

 この都市で俺が知っているのは、ホームからダンジョンへの道順と、数日前に散策した冒険者通りと呼ばれる大通りくらい。せっかくの機会だから、少なくとも自身が生活する都市の何処に何があるのか把握しておくのもいいかもしれない。

 と言っても都市はかなり広くて、以前ギルドで貰った地図を見る感じだと今日だけで全てを見回る事も出来なさそうだ。とりあえず近場から適当に回ることにした。

 

 

 

 地図に載っていてホームから一番近いのは『ダイダロス通り』と呼ばれる所だった。ガイドによるとこの辺り一帯は道が入り組んでいて、迷宮街と呼ばれる程だそうだ。

 都市にすら慣れていない俺なんかが入ったら、出てこれなくなるかもしれないと思ったので深入りはせず、迷子にならない程度の散策をする。

 

 狭い路地に建物が窮屈に並んでいて、一歩中に入ると都市の象徴であるバベルすら見えなくなって、方向感覚が失くなる。迷宮街と呼ばれるのも納得で、余程この通りに慣れていない人でない限りはすぐに道に迷ってしまうだろう。

 周囲の人影は疎らで、どうやらここは貧民街らしく、見かける人たちはどこか影のある人が多い。迷宮街という街の性質上、訳ありの人たちが多く流れてきて治安が悪くなるのは仕方ない事なのかもしれない。

 

 

「カア」

 

 そんなことを考えていると肩に乗ったクロが鳴く。どうやら小腹が空いているらしい。なんとなく意思疎通ができるようになってきた。

 

「この辺りで買い物はちょっと怖いからもうちょっと待ってね」

 

 俺は呟いて他の場所へのんびりと歩き出した。

 

 

 

 

 しばらく歩いて東の方へ。こっちの区画は都市外から来た人向けのエリアになっているようだ。

 ちょっとした屋台やら宿泊施設、喫茶店のような軽食屋にお土産用の小物屋など、割と人気も多くて活気に溢れていた。

 

 とりあえずクロにパンを買い与える。

 地図にはこのエリアの店が多く書かれていて、この店はこんな土産があるだの、この宿はどんな感じだのと事細かに書かれていた。

 

 この近くには闘技場があって、たまにイベントが催されるらしい。数日後には怪物祭(モンスターフィリア)と呼ばれるイベントがあるようだ。

 案内によると、【ガネーシャ・ファミリア】が観衆の前でダンジョンのモンスターを調教(テイム)する祭で、毎年この時期に開催するようだ。

 冒険者でもない一般の人の前にモンスターを連れてくるのは危険だと思うのだが、そこを踏まえてのアピールなのだろう。

 

【ガネーシャ・ファミリア】はこの迷宮都市の治安維持に貢献している派閥と聞いたが、こういうイベントで周囲に自分たちの力を誇示することで、犯罪の抑止に繋げようとしているのだろうか。自らの手の内を晒してまでするなんて、随分自信がある派閥みたいだ。 ただ単純に神様の気まぐれなのかもしれないけど……。

 

 

 その後も大通りを散策する。土産物屋ではバベルやモンスターの模型など、道具屋では旅に必要な非常食や道具一式など、出店では都市外各地のいろんな軽食や服装など、様々な物が売られて賑わっていた。

 

 のんびりと散策をしていると、ふと辺りが薄暗くなっていることに気付く。別に夜になった訳ではなく、都市を囲う大きな外壁の近くまで辿り着いたのだ。

 

 外壁。

 そもそもそれは大昔にダンジョンから溢れ出ていたモンスターの侵攻を食い止める為に作られたと聞いた気がする。今でこそモンスターはダンジョンの中から出てくる事はないが、昔はどうやら違ったらしい。上層のゴブリンやコボルト程度でも神の恩恵がなければ厳しいだろうに、そう考えると今は随分穏やかになったんだろうなあ……。

 

 

 外壁は上まで登れるようになっていて、せっかくだからと登ってみた。

 かなり高い。けど、景色がいいだけで特に何もない。

 通路の縁に立ち、都市の外を見渡す。

 広がる草原に遠くに聳える山や森など、今まで見たことないような壮大な景色が広がっている。

 

 こういう雄大な自然を見てると自分の存在がちっぽけに見えてくるんだよね。

 まあ、ちっぽけって言ってもその人にとってはものすごく重いものなんだけど……。

 

 両腕を広げて全身で風を感じる。

 目を閉じて深呼吸。澄んだ空気が胸に広がる。

 

 昨日の感覚を思い出す。

 

 死の気配、死の痛み、死の恐怖。

 心の奥から身体の隅々まで、全てが凍りついたように動かなくなった。それでも意識ははっきりしてて、明確に『死』というものの一端が感じられた。

 

 都市外の方の縁から降りて、今度は反対側の縁からオラリオの街並みを見下ろす。

 大きなバベルとそれを囲む人々の喧騒。誰もがそこで生を謳歌していた。

 俺達みたいに一度でも『死』を味わったことのある人はいるのだろうか……。もしかしたらいるのかもしれない。いるならば会ってみたい。この感覚を誰かと共有したい。そう思えるほどに、見下ろす街並みには多くの人で埋め尽くされていて、そう思えるほどに、人と人とが混じり合って蠢いていた。

 

 

「カア」

 

 しばらく物思いに耽っていた俺は肩のクロの鳴き声で意識を戻す。どうやら近くに誰か来たらしい。

 

「ん? 誰?」

 

 周囲を見回すと、少し離れたところに見覚えのある大柄な犬耳男がいるのが目に映った。

 

「あれ? ロッグスじゃん。何やってんの?」

 

 近づいて声をかける。声を掛けられた男はこちらに振り返って少し驚いたような顔をした。

 

「お? エリナじゃねえか。お前こそこんな所で何してんだ? しかも肩に鳥なんて乗っけて」

 

「私はオラリオ観光だよ。昨日ダンジョンで怪我しちゃってね。軽いんだけど一応治るまでダンジョン禁止って言われたの。この鳥はこないだ見かけて餌あげたら懐かれちゃってね」

 

「そうか。黒い鳥なんて、なんとも微妙な取り合わせだな」

 

「…………で? ロッグスはこんな所で何を? 飲みすぎて迷子?」

 

「いや、すまん。俺だっていつでもどこでも飲んでるわけじゃないぞ。ここらへんの店で働いてんだよ。その休憩」

 

 しがない酒呑みさんはちゃんと働いている人らしい。まぁ、朝から晩まで一日中飲んだくれるような人はエリナの両親くらいのものだろう。そう考えると父も母もなかなかクレイジーだな……。

 

「なんだちゃんと働いてるんだ。どこで働いてんの? 今度冷やかしに行ってあげる」

 

「この通りにうちの派閥の店が1軒あってな。そこで働いてんだよ。冷やかしなら来んなよ? てか俺んとこは結構高価なもんばっかだから来るときは覚悟してこいよ?」

 

「派閥? あれ? ロッグスも冒険者なの?」

 

「ああ、一応な。ってかそうか、記憶無いから覚えてないのか。【ヘファイストス・ファミリア】だよ。俺の弟は鍛冶師でお前に装備売ってたんだが」

 

「ああ、レイナードなら昨日会ったよ。斧槍(ハルバード)を安く売ってもらったよ。というかロッグスも【ヘファイストス・ファミリア】って事は、鍛冶師だったの?」

 

 よくよく考えたら弟だけ派閥に入って兄は無所属、なんて事はないか。

 

「もう辞めた。今はなんでもないただの店番さ」

 

 昔はやってたんだ……。何か事情でもあって辞めたのかな? あんまり根掘り葉掘り聞くのも良くないか。

 

「へぇ……。で、仕事の休憩がてらそのままサボりに来たと……」

 

「サボりじゃない、休憩だ。だがお前がどうしてもと言うならば、これから早引けしてやけ酒に付き合ってやってもいいぞ?」

 

「やけ酒って……。ただロッグスが飲みたいだけなんじゃないの、それ。馬鹿と煙は高い所に上るって言うけど……」

 

「そんな事はない。それに、それならお前はどうなんだ?」

 

「私は馬鹿じゃないから煙の方だね」

 

 笑いながら答える。

 燃えカスから薄っすら立ち上る煙。なるほど、あながち間違いじゃない。

 

「ほら、その顔だよ。何か悩み事でもあんじゃないのか? 相談には乗れないかもしれないが、色々吐き出す酒くらい付き合ってやるよ」

 

 男前な台詞を吐き出したそのしたり顔に少し腹が立ったけど、確かに酒は飲みたい。

 

「しょうがないなあ。それじゃちょっと付き合ってよ。『どうしても』」

 

「おう。仕方ないから付き合ってやるよ」

 

 そうして俺のオラリオ観光はあっさりと終わりを告げ、ぶらりオラリオ飲み歩きが始まった。ちなみにまだ午前中である。

 

 


 

 

「とっておきの飲み屋がるんだ」

 

 昼間から飲み歩き、日も暮れて辺りは夜の街。あちらこちらから酔った冒険者の喧騒が聞こえてくる。何軒目か分からない梯子酒。朝から飲んでる割にベロベロに酔っ払っていないのは『恩恵』のおかげなのだろうか。それでも結構酔ってはいる。

 

 そんな中でロッグスが口にした。

 

「少し値は張るが、メシは旨いし給仕は可愛い。それを肴に飲む酒も旨い。完璧な店だ」

 

 女の子と一緒に『可愛い給仕がいる店』に行くのはどうなんだ……?

 

「ふーん。よく行くの?」

 

「たまに、だな。1つの店に拘って通うってのは俺の性に合わないからな」

 

 隙あらばドヤ顔をこちらに向けてくるロッグスにもそろそろ慣れた。

 

 

「ここだ」

 

 看板には『豊穣の女主人』と書かれていた。中は結構賑わっているようで外まで大きな笑い声が聞こえてくる。ロッグスに従って中へ入る。すると聞き覚えのある声が聞こえ、そちらに耳を傾ける。

 

「ほんとざまぁねえよな。ったく泣き喚くくらいだった最初から冒険者になんかなるんじゃねぇっての。ドン引きだぜ、なあ()()()?」

 

 ああ、思い出した。確か昨日意識失う前アイズさんと一緒にいたような……。

 

「ああいうヤツがいるから俺達の品位が下がるっていうかよ、勘弁してほしいぜ」

 

「いい加減そのうるさい口を閉じろ、ベート。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。巻き込んでしまったその少年に謝罪することはあれ、酒の肴にする権利などない。恥を知れ」

 

 

 ……ん?()()()()()()()()()()()()()()()()()()?って事は昨日死にかけたのってこの人達のせいだったの?

 

 話している団体の方へ視線を向けると、昨日いたアイズさんやフィンさんなどが目に入る。なにやら揉めているようで徐々に険悪な雰囲気になっていった。

 

「おう。どうした? ロキ・ファミリアに知り合いでもいんのか?」

 

 横で店の人とやり取りしていたロッグスがこちらに話しかけてきた。

 

「ああ、いや何でもな――」

 

 

 

 ガタン!

 

 

 

 大きな音を立てて椅子が1つ倒れる。そこに立っていたのは紅眼白髪の少年、ベル君だった。こんな酒場にいるなんてなんとも場違いな感じがしたし、そもそもお酒飲まなそうな感じだったんだけど、意外と飲んでるのかな?

 

 立ち上がった彼はそのまま外へと飛び出していった。

 

 あ、ちょ……

「ごめん! ちょっと待ってて」

 

 

 咄嗟にそう言い残して俺も店を飛び出していく。

 

「お、おい!」

 

 ロッグスの声に振り向きもせずに外へ出る。

 

 辺りは薄暗く、目当ての人影は見当たらない。

 

 

 どっちだ?

 

 どこへ向かった?

 

 

「カア、カア」

 

 クロがこっちだと言わんばかりに鳴く。

 

「ありがとう」

 

 そう言ってクロの方へ向かう。

 

 クロが少し高い所を飛んでいくのでそれについて走っていく。

 

 

 思わず飛び出して来ちゃったけど、どうしよう。

 追いついても掛ける言葉が見当たらない。

 

 なんとなく状況から、話題はベル君の事だったんだろうけど、昨日ベル君に何があったのか知らないし、今してた話も途中からだったからよく分からない。

 

 あの獣人、昨日もそうだったけど、元から口が悪いっぽいし、周りからも咎められてたから、そんなに気にするようなことでもなさそうなんだけど……。

 

 何かがベル君の琴線に触れたのかもしれない。

 

 あまり踏み込むのは良くないとは思うけど、命の恩人だし、できる限り力になってあげたい。

 

 

 

「カア」

 

「うげ……」

 

 考えてるうちにバベルの前の広場まで来ていた。

 クロの様子だとベル君はそのままダンジョンへと向かったみたいだった。

 

 どうしよう……。

 

 今の俺は全くの手ぶらで装備は何も持ってきていない。

 しかも左腕にはまだ少し違和感が残っている。この状況でダンジョンに飛び込むのは流石に無理がある。

 それに、ロッグスを店で待たせている。

 

 

「カア、カア」

 

「…………それじゃお願いしていい?」

 

「カア」

 

 

 どうやらクロがここでベル君がちゃんと帰ってくるか見ててくれるらしい。

 

「朝までに戻らなかったら教えて」

 

「カア」

 

 なんかクロが凄い賢いんだけど……。

 

 

 ベル君の心配と、クロへの若干の戸惑いを胸に、俺は走ってきた道を歩いて引き返した。

 

 





あとがき

 PC新調したので色々弄ってたら間隔が開きました。申し訳ないです。
 ブラウザ変わると色々変わるんですね……。新調早々キーボードぶっ壊れたのかと思いました。

 言い訳はさておき。そろそろ原作設定との矛盾点が出てきそうで怖いです。ビクビクしながら書いてます。
 何かおかしな点があったら報告してくれると助かります。


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