こんなふうな曲が、あったようななかったような。
もう嫌だなぁ…
そうやって、夕暮れ時の坂道、つま先で地面を蹴り蹴り歩く。
みんな、私をいじめるんだ…
苛める、という言葉の意味を知ったのは、本当につい最近のことだった。
友達――と呼んでいた存在も、先生も、お母さんでさえも。
お母さんはもういない…
ううん、いるけど。
昔のお母さんは、車にぶつかってしんじゃった。
お父さんは嬉しそうに、新しいお母さんを見つけてきて。
お父さんも…しんじゃった。
―――お母さんは、私を嫌い。
私は、お母さんが好きなのに、お母さんは私が嫌い。
なんでだろ…
考えても、わからないや。
また少しずつ坂を下り、夕日を受けて伸びる影を眺める。
遊びたいなぁ…
最近、遊んでない。遊ぶ相手がいないのだから、至極当然と言えばそうなんだけど。
小学2年生の身に、それは確かに辛いことであった。
遊びたいな…
また、同じ事をうだうだと考えながら、帰りたくない家へ、帰っていく。
かくれんぼ、鬼ごっこ、キャッチボール…
いずれもいずれも、独りではできない遊びだった。
誰か遊んでくれないかな…
…無理だよね…
なんて、呟き。
「あそぼ」
誰かの声が、空しく響いて。
「寂しいんでしょ?あそぼうよ」
私は、夕暮れの坂を振り返る。男の子が一人、立っていた。
大きな口を開けて、歯をむき出して、にこっと笑う。
「ぼくと、あそんでよ」
誰だろう、とか、なんで、とか、思う間もなく。
私は、その子の手を取って、駆け出していた。
――――楽しい。
私は、ずっと、その子と遊んでいた。
できないあそびなんてなかった…その男の子は、たくさんの遊びを知っていた。
夕暮れは通りすぎて、時間は流れを止めていく。
屈託のない笑顔と、否応なしに過ぎて行く遊びだけが、私の頭を塗り替えていく。
おんなじ遊びでも、彼となら楽しかった。
何度も何度も遊んで、覚えていった。
帰りたくないおうちになんて、帰らない。
遊びたいのに、遊ばないなんて、ありえない。
私はずっと…こうやって、遊びたかったんだ。
それでも。
気がつくと、私はひとりぼっちだった。
彼の姿はどこにもなくて――ただ、どこかで見たような夕暮れの坂道だけが、私の目の前に伸びている。
…唐突に。
私は理解した――世界の意味を。
私の体験したことの、意味を。
「うふふ…♪」
楽しかった。
独りなのに、すごくすごく、楽しかった。
わかっていた…この先に、何があるのか。
坂を下りきって、公園に入る。
小さな女の子が、泣いていた。
寂しいんだ―――かつての自分のように。
そんな子を、救ってあげなきゃいけない…恩返しのつもり。
「ねえ、あそぼ?」
私は、問いかける。
「寂しいんでしょ?あそぼうよ」
大きく口をあけて、にっこりと笑う。
歯もむき出して、にっこりと笑う。
敵意もなく、にっこりと笑う。
ただただ、にっこりと笑う。
だって…遊ぶのは、楽しいから。
時に我を忘れて、全てを委ねてしまう程に。
それが、私の、世界なの。
小さな、世界。
ちょっとずつ広がっていく、私の世界―――
引きずり込まれた世界は、私のものじゃないのかもしれない。
けれど、遊んでいる間は―――確かに、確信を持って、私の世界であると言い切れる。
だから―――――
あそぼ?
遊びはほどほどにしましょうね…なんて。
読んでくれて、ありがとうございます
目次 感想へのリンク しおりを挟む