あくタイプはかくとうタイプに弱い (T-)
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つじぎり

因みに作者が一番好きなタイプはいわタイプです。嫁ポケはタケシかな。


 オレはあくタイプが大好きだ。

 

 何故あくタイプが好きなのかと問われれば、軽く半日は語ってしまう程、オレはあくタイプを愛している。

 

 あくタイプと聞けば、人によって顔を顰める人もいるだろう。が、少し待って欲しい。『あくタイプ』という五文字だけで、あくタイプの全てを判断するのは、あくタイプ使いとして許せないものがある。

 

 さっきも言ったが話すと長くなるので簡潔に伝えておこう。

先ず見てほしいのは見た目だ。フォルム。

 あくタイプは一目見るだけで、全身の毛が粟立つ程にカッコいい。凛とした佇まい。クールだ。イケメンだ。

 しかし唯かっこいいだけじゃない。妖艶さも兼ね揃えていればワイルドな面も持ち合わせている。

 

 それに偶に見せる心からの笑顔はキュン死に値するものだ。可愛い。カッコよくて可愛いとか最強。

 あくタイプが好きな人の9割はこれが理由だろう。

 

 え?それはどのタイプにも当てはまるだろって?

 黙ってろ。テメェの喉にじごくづきしてやろうか。

 

 そして何よりトレーナーとして外せないのはバトル。そうバトルだ。多くのトレーナーは自分の好きなタイプで、尚且つ強いポケモンを求める。

 

 安心してくれ。お前の所望しているサザンドラとバンギラスはしっかりとあくタイプだ。遠慮せず此方の世界に飛び込んでこい。

 

 あくタイプの残忍で、卑怯で、徹底的に叩き潰すパワフルなバトルは、一度ハマると抜け出せない。背中がゾワゾワする程の気迫、プレッシャーに魅了されない奴は正直言って感性死んでると思う。エスパータイプに強く出れるしな。

 

 育て易さは…そこそこだな。強いポケモンが多いから、そりゃ主な三タイプやノーマルと比べたら少しは大変だ。

だがそこがいいんじゃないか。苦労して育てた先にある、悪友みたいな絆は一生モンの宝だ。これに関しちゃどのタイプにも言えるがな。

 だがドラゴンタイプやゴーストタイプ、どくタイプよりかはマシだろ。ちょっとした悪戯(過激)に目を瞑れば比較的いける。

 

 こんなまぁ、あくタイプの素晴らしさについてつらつらと述べた訳だが…

 

 悔しいかな、完璧で偉大で18あるタイプの中でも最強格のあくタイプでも、弱てnゲフンゲフン宿敵(ライバル)というものが存在する。

 

 その名も、かくとうタイプ

 

 脳筋の二文字を表すような、バチバチの近接戦闘プロフェッショナル集団。物理攻撃はこいつらの為にあるだろと言わんばかりの技構成。

 

 あぁ、忌々しい。そのガッチガチに鍛えられた肉体から繰り出される技にはうんざりする。なんど苦しめられたことだろう。神は人に、いやポケにニモツを与えないという事か。

 

 何よりムカつくのはかくとう使いとバトるとまるで戦隊モノの悪役にされた気分になる事だ。んだあいつら。どいつもこいつも正義の鉄槌を振り下ろすような顔しやがって。あくタイプが何したってんだよ。むし?フェアリー?あいつらは知らん。

 

 だが、オレはそんな事でメソメソ泣き寝入りするような三下のチンピラじゃねぇ。なにも悪者がヒーローに勝っちゃいけないなんてルールはない。世の中いつも善より悪が満ちている。どんな時代も悪がこの世を牛耳っているのさ。

 

 だから、今日もめげずに抗って見せようじゃないか。運命様ってやつによぅ!

 

「サイトオォォォォォォ!!オレと勝負しやがれぇぇぇぇ!!」

 

「また懲りずに来たんですか。私と勝負をしたいのならユニフォームに着替え、ジムトレーナーを倒してからにしてください」

 

 ボールを握りしめ、そう叫んだ。

 

 オレはジムチャレンジャー、アクサキ。

 背番号062のあく使い。

 

 絶賛ラテラルジムにて停滞中の、期待の新人(自称)だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ…はぁ…へへ、漸く、漸くここまで来たぞ…!さぁ、観念してオレと勝負しやがれ!」

 

「観念も何もずっと待っていたのですが。随分と遅かったですね。トレーニングの一つでもやっていれば良かったです」

 

「テメェ…!余裕こけるのも今のうちだ!直ぐに吠え面かかせてやる!」

 

 チクショオ…今回はイケると思ったんだが、またジムトレーナーとのバトルが長引いた。このオレがポケセンを往復する屈辱を、何度も遭わせられるとは…!

 だが、今日でそんな辛い日々ともオサラバだ。今日勝って、さっさと次の町に行ってやる!

 

「で?今回もまたあの条件をつけるんですか?勝った方の言う事をなんでも一つ聞く、というやつを」

 

「当たり前だ!今度こそ今まで奢らされた飯代やら何やらをせしめてやる!今から財布の心配しておけよ?オレはお金に関してはキッチリしてるからなぁ!」

 

「そうですね、確かに心配です。私、最近シュートシティにできたケーキ屋さんに行きたいのですが、貴方の手持ちで足りるかどうか…」

 

「オレのじゃねぇよテメェのだよ!?クソッ、ふざけやがって…行け、コマタナ!ぶちのめしてやれ!」

 

 固く握りしめたダークボールを叩きつけるようになげ、中から相棒を呼び出す。

 

 コマタナ。はものポケモン。あくタイプの中でも人気が高く、その名の通り、全身が刃物でできた最ッ高にクールでイカすポケモンだ。その手から繰り出されるつじぎりやきりさく攻撃には惚れ惚れする。

 それに進化するとキリキザンになる。あく使いならサザンドラ、バンギラスに並んでゲットしておきたい一体、今のままでも十分可愛くてラブリーだが、育てない訳にはいかないだろ。

 

 相手は…カポエラーか。

 

「コマタナ、ですか。何度も聞きますが本当にバッチ3つ受け取ったトレーナーですか?相性の事とか、一回一から学び直した方がいいかと思うのですが」

 

「ふん、舐めるなよ?オレのコマタナは毎日毎日、大岩を相手に特訓して、こうげきを最大まで上げているんだ!攻撃は最大の防御ってなぁ!さぁ、とくと味わいやがれ!この鋭いコマタナのつじぎりを!」

 

 しかもこのコマタナの特性は『まけんき』。『いかく』持ちのポケモンと相性が良いんだ。

 

 威圧的な鳴き声がカポエラーから飛ばされる。それを食らったコマタナの身体が淡い青色の光に包まれたのも束の間、直ぐに濃いオレンジ色に変化した。コマタナの掲げる手刀が、ギラリと鋭く輝く。

 こうげきランクが一段階降下からの二段階上昇。差し引き一で結果的にこっちのこうげき力が上がっただけ。イケる!イケるぞ!このまま押し切ってやる!

 

「今だコマタナッ!つじぎrーーー」

 

「カポエラー、インファイト」

 

「え、ちょ」

 

 カポエラーの目に淡い赤色が浮かんだと思った途端、凄まじい勢いで回転キックを連発される。コマタナが溜めた黒い斬撃は、いとも簡単に打ち砕かれた。突き上げた拳が少し下がる。

 そのままフィールドの壁に激突して目を回すコマタナ。戦闘不能。 

 急いで駆け寄り、昨日奮発してかったげんきのかけらを与えてボールに戻す。すまん、ゆっくり休んでくれ。

 

「コマタナのタイプははがね あくタイプ。かくとうタイプの技はただのこうかばつぐんどころか四倍にまでダメージが膨れ上がります。しっかりと相手との相性を考えるのも、トレーナーとしての役目ですよ」

 

「う、うるせぇやい!そんな事ぐらいオレでもわかるわ!でもあくタイプ使いとして、あくタイプ以外を使うなんてあり得ないだろ!」

 

「その気持ちはジムリーダーとして痛い程分かりますが、それなら尚更しっかりと作戦を立ててですね…つじぎりだって、かくとうタイプにはこうかいまひとつの技ですよ。あそこの場面ははがねタイプの技を打つべきです」

 

 まぁ、それでも勝てるとは思いませんが。

 

 そう言ってやれやれと首を振るサイトウ。チクショウ腹立つ…!絶対、絶対に泣かしてやる!

 

 コマタナを入れたボールを腰に掛け、もう一つのボールへと手を伸ばす。さっきはこうげきを最大まで育てた。

 だが、肝心の技が当たらなければ意味がない。繰り出す前にやられてしまった。

 つまり、速さ、速さだ。あの時オレたちには速さが足りなかった。

 

「行けっ、ニューラ!」

 

 放り投げる。中から現れたのはかぎづめポケモン、ニューラ。

 

 こおり あくタイプ。

 黒い毛並みと赤色の左耳に尻尾、鋭い爪が特徴(チャームポイント)のポケモンだ。とてもずる賢く獰猛で脚が速い。親が見てない隙にそのすばやさを活かしてタマゴを奪い取るなど、悪知恵が働く。

 よってしばしばブリーダーから怒りを買い、駆除される事もある。

 

 以上から、とても育てにくいポケモンの内に入るニューラだが、オレから言わせて貰えればそんな事ない。

 どんなポケモンもたっぷりと愛情を与え、真摯に付き合えば仲良くなれる。出会った当初は一悶着あったが、今のオレとニューラは切っても切れない固い絆で結ばれているのだ。

 でもお前たまにオレでつめとぎしてくんの、あれやめろよ?

 

「…また貴方は四倍弱点のポケモンを…これは一度本気で講座を開いて上げた方がいいですね。次の休み、開けといてください」

 

「なんでだよ大丈夫だよんな事百も承知だから!?確かにニューラはぼうぎょもとくぼうも高くない。だがどんな攻撃も当たらなければ意味ねェ!ついてこれるかなッ、オレのニューラのスピードに!行けニューラ、こごえるかぜ!」

 

 先ずは動きを止めてやる。

 オレの指示を受けたニューラがカポエラーの周りを高速で回り始め、全てを凍てつかせる吐息を吹きかける。パキパキと空気が悲鳴を上げ、カポエラーの身体が霜ついた。青色の光が生じ、動きが鈍くなる。

 よし、すばやさ一段階降下!このまま一撃離脱(ヒットアンドアウェイ)でじわじわと体力を削り切ってや

 

「カポエラー、でんこうせっか」

 

「ッ!?リ、リフレクタァァ!?」

 

 声を張り上げる。直ぐさま物理攻撃を通さないエネルギーの壁を貼るよう指示を出すが、間に合わない。

 突如、姿が霞む程に加速したカポエラーがリフレクターとニューラの間に割り込み、重い蹴りをたたき込んだ。

 

「ニューラ!?大丈夫か!?」

 

 吹っ飛ばされ、苦しそうに声を上げるニューラ。思わず悲鳴が漏れ出す。きずぐすり片手に急いで駆け寄り、その身体を抱き上げようとしてーーー制される。

 

「にゅ、ニューラ…お前…」

 

 ゆっくりと、まるでキャタピーの行進の様に遅く、しかし確実に立ち上がっていくニューラ。その身体はボロボロで、美しい黒い毛並みは泥を被り霞んでいる。

 

 だが、その目はまだ獰猛に光っている。まだ行けると、オレに伝えてきている。ニューラがこんなにも頑張っているのに、ここでニューラの気持ちを汲み取らずにバトルを終わらせるなんて、あくタイプ使いとして、いや、一トレーナーとしてあってはいけない事だ。

 オレ、お前の事を甘く見ていたよ。今の行動は、ニューラを信じていないも同然だった。へへっ、トレーナーとして恥ずかしいや。取り敢えず面白くない茶番を見せられてるかの様な目ぇしてるサイトウ、お前は潰す。

 

「ニューラ、まだ行けるな?すまねぇな、お前を信じてやらなくて。許してくれ。よーしこれからだ。あの澄まし顔に一発叩き込んでやろうぜ!」

 

『ーーー!』

 

 だから、今度はこっちの番だ。

 

 雄叫びを上げる。オレも、ニューラも。フィールドに響き渡る程、声を張り上げる。

 ニューラの手に黒いオーラが溜まる。漆黒の斬撃が渦巻く。

ギラリと、かぎづめが煌めいた。

 

「殺れ!つじぎりぃぃぃ!!」

 

 走り出したニューラに指示を飛ばす。完璧なタイミング。オレとニューラの絆が生み出した結果。その凶悪な一撃の、なんと美しい事か。あぁ、惚れ惚れする。

 そのままカポエラーへ肉薄し、黒の残滓を空中に撒き散らしながら凶刃を叩き込もうとして。

 

「カポエラー、インファイト」

 

「え、いやおいどうしたニューラまてまて戻ってくんの嘘だろなんでだよ今いい感じになってたじゃゴハァ!?!?」

 

 炸裂した。思わず涙が出るほど綺麗に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「トホホ…今月厳しいのになぁ…」

 

「ふむふむ、これも美味しいですね。あ、これも美味しそうです。頼んでいいですか?頼みますねすいません店員さん、これとこれと、あとこれお願いします」

 

「お前は鬼か?少しは遠慮しろよ」

 

「大丈夫です。私がこんな風に接するのも貴方だけです。貴方は私の特別なんですよ」

 

「主に財布としてだろふざけんな。変な事言ったって乗せられやぁしねぇぞオレは」

 

「むぅ、そうですか。私は嘘は言わないのですが。因みに貴方は食べないのですか?」

 

「オレは甘いのが苦手なんだ。胃がムカムカするからな」

 

「そうですか。人生損してますね」

 

 そう言って残りのショートケーキを口に放り込むサイトウ。モキュモキュと頬張り、身体から幸せオーラを放つコイツの姿は、確かに一定のファンに需要はありそうだ。

 オレには何が良いか分からんがな。相変わらず無表情なのは変わらないし、目に光が灯ってねぇし。てか人生損してますねは言い過ぎだろ甘い物の比率デカ過ぎない?

 

「しかし今日のバトルも惜しかったなぁ…後もう少しで行けると思ったんだが…」

 

「笑えない冗談ですね。あの状況を見てそんな事宣えるなんて…昔頭を強く打った事はありませんか?私の知り合いに腕の良い医者がいるので、今度見て貰いましょうか」

 

「ナチュラルにバカにすんじゃねぇよこの野郎。今日のはホントに惜しかったって。なーコマタナ、ニューラ。お前らもそう思うよな?」

 

 横にいるコマタナとニューラの頭を撫でながら、同意を投げ掛ける。不思議そうに此方を見上げる二匹は当に悪魔級の可愛さだ。

 はぁ〜尊い。コマタナが手刀を使ってケーキ切り分けてニューラに上げてるのマジ尊い。あくタイプ最高。例えバトルに負けてもあくタイプという事だけで実質勝ってるみたいな所ない?あるよね?(威圧)

 

「はぁ…しかしいつになったら次のジムに行けるのやら…次も次でフェアリータイプのジムだし、結構キツイんだよな…」

 

「んぐんぐ、一番早い解決方法は他のタイプを使う事だと思うのですが」

 

「じゃあテメェはかくとうタイプ以外のポケモン使えって言われたら素直に使えんのか?あ?」

 

「専門には劣ると思いますが一応使えない事もないかと」

 

「マジかよ凄いな」

 

 流石、ジムリーダーは伊達じゃないって事か。オレ今から他のタイプを使えって言われても無理だわ。扱える気がしねぇ。

ホント、どうすっかなぁ…修行しかないのはわかんだけどさ…

 

「…ん?どうした?」

 

 はぁ…と、ため息を吐くオレの袖が引っ張られる。クイクイと小刻みに伝わるリズムの発信源は、目線を下げた先、コマタナとニューラ。此方をジッと見てくる。心なしか、その瞳は悲しげに揺れていた。可愛い。

 

「おいおいどうしたんだよ二人とも。ケーキのおねだりか?」

 

 可愛いが、悲しそうにしている姿を見続けるのも人としてどうかと思うので、理由を聞くべくロトフォン片手に立ち上がる。

 

「ウォッ」

 

 座らされた。二匹同時に膝の上飛び乗られた。小柄な二匹とは言え、合わせたら30Kgある。中々重い。

 

「ちょ、甘えてくれるのはスゲェ嬉しいし俺的にもウェルカムだけど、重いってイッタァ!?え!?なんで!?なんで引っ掻いたのお前!?」

 

 脚がキツいので二匹には悪いが降りて貰おうとした所、ニューラに思っくそ引っ掻かれた。

 いいから黙って私の頭を撫でろと鼻を鳴らすニューラ。超絶腹立つ。可愛いから許すけど。てかお前最近オレに当たり強くない?可愛いから許すけど。

 

 しかし珍しい事もあるもんだ、と。

黒く艶のある毛を撫でながらそう思う。普段なら触ろうとすると凄い嫌がって引っ掻いてくる癖に、今日に限って自ら触れとすりよってくるんだから。

 ホント、猫系ポケモンって気まぐれだよな。可愛いから別にいいけど。あぁ…癒されるなぁおい。

 

「…ん?コマタナ、これ、オレにくれるのか?」

 

『………ー!』

 

 更にコマタナがアーンしてくるとか、オレ、明日死ぬんじゃないだろうか。

 自慢の手刀で綺麗に切り分けたケーキを、オレの口に刃が当たらないよう持ってきてくれる姿に感動しつつ、頬張る。

 

…うん。甘いのは苦手だが、愛するマイラブリー達の為なら幾らでも食べよう。一旦コーヒー頼んで良い?

 

 しかし、まぁ…なんというか。

 

せっせとオレの為に奉仕してくれる二匹をみてると…

 

「もしかして落ち込んでるオレの為にやってくれたのか?」

 

『……!』

『ーーー!』

 

 あ、照れた。

 

「っぅ〜〜!可愛い奴だなお前ら!今日は一緒のベッドで寝るか?ん?」

 

 そんないじらしい姿に我慢出来ず抱きついてしまう。オラオラお前ら暴れんなよ!ったくホントに愛しい奴らだなぁおい!

 

「アハハハ!いってぇ!いってぇよお前ら!いってぇしくすぐっテェ!?待ってコマタナの刃物が食い込んでる!食い込んでるってマジで暴れんな離すから!?」

 

 強く抱きしめ過ぎてコマタナの全身刃物が腕にブッ刺さった。あまりの痛さに反射的に離す。

 そのまま二匹はオレに威嚇した後自分のボールに入ってしまった。解せぬ。いや解せるけど。

 

「クソォ…ちょっと甘い顔したと思ったら直ぐに攻撃的になりやがって…そこが良いんだけどな。帰ったら死ぬほど特訓と称してじゃれついてやる。…で?テメェは何してんだサイトウ?取り敢えずその手にある皿とフォークを静かに置け?」

 

「いえ、大した事じゃないです。唯少し、貴方にケーキのお裾分けをしたいと思いまして」

 

 皿にナイフが当たる音に、数少ない客の話声、そして微かに豆を炒る音が響く。寂しくなった店内に、糖に染まった口を潤そうとコーヒーに口づけて。

 目線をずらした直ぐ先に皿とフォークを持ったサイトウが映し出される。思わずコーヒー吹きそうになった。てか何言ってんだこいつ。

 

「話聞いてたか?オレ甘いもの苦手なんだよ」

 

「ここのチーズケーキはとても絶品でして、思わず頬が落ちるかと思いました。はい、アーン」

 

「いや話聞けよ!?オレホントに甘いもの苦手なんだって!」

 

「かくとうタイプ使いとして、あくタイプに負ける訳にはいきません。さぁいざ尋常に、勝負」

 

「ホントに何言ってんだテメェ!?てか近い近い近いッ!?」

 

「インファイトは超接近戦闘(インファイト)と書きますので近いのは当然ですが。もれなく今の私はとくぼうとぼうぎょが一段階ダウンです。大人しくしてください。ハイ、アーン」

 

 逃げようと席を立とうとして、ガッチリと肩を掴まれる。更にそのままオレの関節やらなんやらに身体を当ててきやがった。完璧にキマッてるのだろうか、ぴくりとも、動かせない。

 

 てかガチで顔が近い…!?砂金のように煌びやかな髪やら、程よく濃くて健康的な褐色肌やらが全身にぶつかってきて、クソ、女特有の良い匂いが…!

 お、落ち着けアクサキ…こいつはオレの宿敵なんだ。超えるべき壁。動揺するな動揺するな…あくタイプ使いとして、こんな情け無い形で負けランねぇ!ぜってぇくわねぇぞオレは!隙見てその澄まし顔にコーヒーぶっかけてやラァ!

 

 

 

 

 

 

 

 結果だけ簡潔にいうと、オレは盛大に砂糖を吐く(物理)を体験し、即落二コマみたいなセリフを言う羽目になった。

 

 かくとうタイプには勝てなかったよ…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




アクサキ
ジョウト地方出身。
幼少期、四天王カリンのバトルを見てあくタイプに魅入られた。十二歳になると各地方のあくタイプを捕まえるべく旅に出ており、現在はガラル地方に滞在。
ジムチャレンジに参加しているが、当の本人は誰から推薦されたのか分かっていない。
最近の悩みは年下のサイトウと背が変わらない事。アホ。

サイトウ
ラテラルタウンジムリーダー。かくとうタイプ使い。
冷静沈着なバトルをし、表情筋死んでるんじゃないかというレベルで顔に出ない為、よく怒ってると勘違いされる。
あくタイプ使いとしてあくタイプを使い続けるアクサキのバトルを、本気で指導したいと考える事もしばしば。
最近の悩みはアクサキとのバトルが一方的になる事。因みにアクサキと戦う時のみ、インファイトを覚えたポケモンを使用してくる。なんでですかねぇ…?可愛い。

コマタナ ♀
アクサキがワイルドエリアで最初に捕まえたポケモン。
群れと逸れていたところを捕獲した。アクサキの溺愛っぷりをうざいと思いつつも、キリキザンのように尊敬している。最近の悩みはカレーを上手く食べられない事。玉ねぎみじん切りにしてるところを見たい。

ニューラ ♀
アクサキがワイルドエリアで2番目に捕まえたポケモン。
始めてのキャンプにウキウキしながらカレーを作っていたアクサキの横に、気付いたら皿を持って並んでいた。
アクサキの事をチョロいと思っている。最近の悩みは余りにもアクサキがチョロすぎて、逆に心配になってきた事。赤い耳モフモフさせて欲しい。

カポエラー ♂
今回登場したサイトウのポケモン。
しばらく出番が続くと思う。最近の悩みは主人がインファイトを連発させてくる事。コマ。



基本的な設定を言うと剣盾合併ルートの世界線です。某仮面少年もいれば、某ムチムチ熟女もいます。主人公とホップ、マリィ達も多分います。出るか分からんけど。
その他諸々雑な設定が出てくると思いますが、目を瞑っていただければ嬉しいかなと。




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あくのはどう

しょっぱなネタ切れで変な方向に進んでしまった…!多めに見て…?(つぶらなひとみ)


 オレはあくタイプが大好きだ。

 

 何故あくタイプが好きなのかと問われれば、軽く半日は語ってしまう程、オレはあくタイプを愛している。

 

 あくタイプと聞けば、人によって顔を顰める人もいるだろう。

 が、少し待って欲しい。『あくタイプ』という五文字だけで、あくタイプの全てを判断するのは、あくタイプ使いとして許せないものがある。

 

 そんなI LOVEあくタイプと街中で叫ぶ事も辞さないオレ。

 

 我が宿敵、サイトウをぶちのめすべく、今日も元気にララテルタウンでバトルを…と思っていたが、今日はお休みだ。

 

 何故なら…

 

「ヤローの兄貴!これ此処に置いとけばいいっすか!?」

 

「おー頼むよー!」

 

 ここは、段々畑の間に家が並ぶターフタウン。

 

 オレは今、旅費を稼ぐ為に絶賛バイト中である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「つ、疲れた…!」

 

 ソルロックも高々と宙を浮くお昼時、どかりと俵の上に腰を下ろす。巻き上がった藁とウールーの匂い。思わず噎せ返りそうだ。実家のメリープ牧場を思い出すぜ。

 

「朝の6時に起きて、ウールーの世話に小屋の掃除、畑を耕して野菜を取り、直売所まで運搬その他諸々…!クソッ、ポケセンでの勧誘が余りにもフワフワしてたから騙された…!ヤローの兄貴見りゃわかんだろ、オレのバカ!」

 

 こんな大変な目に遭ってるのも、全部あいつ(サイトウ)の所為だ…!あの野郎遠慮もせずにボコボコケーキ食いやがって、お陰で今月めちゃくちゃ厳しいわどうしてくれんだッ!

 

「昼飯もこれっぽっちしか買えねぇしよぉ、ホント、チャレンジャー支援ホテルとかがなけりゃどうなってた事やら…なぁ、コノハナ!次はあの褐色銀髪をぶっ潰してやろうぜ!」

 

『…ッ…ッ…!』

 

 お陰で今日の昼飯はおにぎり三つと沢庵だけだ。

 

 隣で座っていたコノハナがオレの気持ちに合わせてガッツポーズをしてくる。

 動きに合わせて頭の葉っぱが揺れる姿はなんとも言えないものがあり、そのまま疲れているオレの後ろに回って肩やら腰を叩いてくれる姿に父性が湧いてきた。とても葉っぱで笛作って音色で人を不安にさせるポケモンには見えない。

 ごめんよこんな不甲斐ないトレーナーで。お前にはもっと美味しいもの食べさせてやりたいんだが、ほら、おにぎり二つ食っていいぞ。お水もしっかり飲め。

 

「…はぁ…疲れたなぁ…」

 

 しかし、最近ため息を吐くことが多くなったと。

 

 おにぎりを頬張るコノハナの頭を撫でながらそう思う。

 

 ため息を吐く理由、心当たりは…ありすぎて困るが、一番の要因はバトルの勝率が悪いと言う事だろう。

 

 昨日だって…

 

 

『やいサイトウ!今度こそバッチ貰って今まで奢られた分きっちり返してもらうからな!いけ、コマタナ!アイアンヘッdーー』

 

『インファイト』

 

『え、ちょまっ、コマタナ!?クソッ、ニュ、ニューラ!コマタナの仇をとっtーー』

 

『インファイト』

 

『ノータイム!?おま、ふざけッ…チクショウッ!相手はぼうぎょとくぼう二段階下がってんだッ、頼むコノハナ、一げkーーー』

 

『インファイト』

 

『ちょっと待てやァァァァァ!?』

 

 

 なんて事になって、一日中買い物に連れ回されたからなぁ…。

 何が「か弱い乙女に荷物を持たせる気ですか」だよ。お前全然か弱くないじゃん。なんだったらオレより力強いじゃん。

 

「何より凹むのは、その後オレより全然年下のガキ二人が簡単に勝った事だよ。なんだよサイトウのやつ、簡単に負けてんじゃねぇぞ…」

 

 確か、あの二人はチャンピオンから推薦を貰ったトレーナーだった。今年のジムチャレンジからトレーナーになったそうだが…とてもルーキーとは思えない。

 

 バランス良いチーム編成、技構成。力強く育てられたポケモンに、的確な指示。上位トレーナーになる為に必要な全てが詰まっていた。

 

 特に凄かったのは、あのニット帽を被った女だ。あいつはヤバかった。

 

 まるで未来でも見えてるのではないかと思うほど、サイトウの交代ポケモンを読み、相性の良いポケモンに入れ替えてくる。

 道具と特性を駆使して、爆発的に能力を上げ、一般的に使い辛いとされている技同士を組み合わせて、一方的なバトルに持ち込む、など。

 

 トレーナーのポテンシャルとして、規格外だった。

 

「ポケモンも六体所持していて、どれも実戦で使用出来るくらいに育ってんだろ?ジムリーダーでさえ一気に扱える数は五体が限界って言われてるのに、チャンピオンと同じ事出来るとか、あのガキ何者だよ。あぁ〜凹むなぁ〜…」

 

 詰まる所、オレは。

 

 トレーナーとしての才能の差を見せつけられて、こんなにも落ち込んでいるのだろう。

 幾らレベルを下げているからとは言え、折り返し地点として重要な役割を果たすあのサイトウ相手に、ダイマックス切らせて勝利するなんて。

 

 未だに奴のポケモン一体すら倒せていないオレからしたら、到底無理な話だ。

 てかなんであいつインファイト打たなかったんだ。使えよ。あの大事な局面で使ってたら勝てたかもしんねぇのに。

 

「あぁぁぁぁモヤモヤする…!なんだこれ、めっちゃモヤモヤする!サイトウが負けてざまぁみろって所なのに…!」

 

 何故だろう。今日は調子が悪いのだろうか。どうしてこんなに感情に霞が掛かるんだ。たかが他人のバトル、オレが直接負けた訳じゃない。しかも負けた奴は宿敵、サイトウなんだ。

 せせら笑う事はあれど、気に食わない顔をする必要はないんだ。

 

 一体全体、オレはどうしたのだろうか。アイツは負けていいんだ。いつも真顔でスカしてきた野郎が負けた。ハハッ、こんなに気持ちの良い事はない。清々するぜ。

 

…いや、それともオレはーーー

 

「悩んでるね、アクサキ君」

 

「男の癖に、うじうじしてみっともないわよ」

 

「え、あ、ヤローの兄貴に…ルリナパイセン、来てたんすか。お疲れ様ッス」

 

 思考の海から引きずり上げられる。頭を抱えていた俺に被る二つの影。声の方向に視線を飛ばすと、麦わら帽子を脱いで汗を拭っているヤローの兄貴に、バウタウンジムリーダー、ルリナパイセンの姿が。

 

 この感情の事は一旦後回し。立ち上がり、脱帽しながらお辞儀をする。

 

 二人ともジムチャレンジで戦った相手だし、カブさんの所でバッチを取った時に送り出してくれた。その後も色々お世話になってたりするし、二人には足向けて寝れない。

 オレは口も態度(人相)も悪いから、せめて礼儀だけはちゃんとしないとな。

 

「しかしどうしたんすかルリナパイセン。バイト?てことは今日の手持ちはルンパッパか」

 

「違うわよ。私はヤローとバトルしたかっただけ。最近あんたみたいなのに負け続けてるから、鍛えないとと思ってね」

 

「先日のサイトウさんと彼女の試合を観て、僕たちもジッとしてられないからねぇ。いやー彼女(チャレンジャー)のバトルの才能は凄いもんだなぁ」

 

 あーそういう事。ジムリーダーも大変なんだな。

 

 しかし、そうか。

 ジムリーダーである二人の目からしても、あのガキは異彩に見えるのか。

 

 案外自分と同じ考えという事に安堵しつつ、反面。

 ジムリーダーさえ鍛えようと考えるあのガキとの差を、再度はっきりと見せつけられた気がして、身体が重く感じやがる。

 

「てことで、今日はここまでにするんだな。はい、お給金。どうもありがとうね。君もコノハナもしっかり働いてくれたから、とても助かったなぁ。またよろしくね」

 

「あ、うっす。こっちこそまたよろしくお願いします」

 

 取り敢えず、これと後数回働けば次の振り込みまで耐えられるか。

 

 思考を強引にズラす。

 

 コノハナをボールに戻し、身支度を整える。思った以上に余ってしまった時間、さて、この後どうしようか。

 

 心の蟠りが残ったまま、サイトウとバトルしたって勝てるわけがないし、何も得られない。今日はワイルドエリアで育成でもしようか。

 いや、なんならもうホテルで寝ちまおうかな。うん、それがいいな。

 

 今日はすごく疲れたし、テンションが上がる気がしない。何やっても失敗しそうな雰囲気がする。こんな日は一日モチベの回復に徹するのが一番だ。今日は、休んでしまおう。

 

「アクサキ、あんたどうせこの後暇でしょ?ちょっとバトル見て行きなさいよ」

 

「え?まぁ、時間があるって言ったらあるッスけど、これまた急だな」

 

 しかし、そんなオレに待ったを掛けるルリナパイセン。

 

 自転車に跨ろうとしたオレを呼び止める。どうやら試合を観ていけとの事。

 

 別にこの後何もないから観ても大丈夫だ。寧ろジムリーダー同士のバトルなんてそう簡単に見れない代物。チケットなしで、

 しかもジムリーダー直々に招待してくれるなんてとてもレアだ。観に行くべき。観に行くべきなんだが…

 

 正直言って、乗り気じゃない。

 

 なんかもう、今日はダメだ。大好きなバトルでさえ気分が上がらないなんてもう終わってる。二人には悪いが、早くホテルに行って休みたい。

 

「誘ってもらってなんですが、オレ今日はちょっとーーー」

 

「よし、スタジアム行くわよ!」

 

「え、いや、ルリナパイセン?話聞いて下さい?」

 

「どうせあんたのちょっとなんて休むかカレー作るかの二択でしょ。そんなの後でいいわよ」

 

 んぐっ…バレてたか。

 

 しかし、今日はやけに強引だな。

 負けん気でとても気が強い事で有名だが、人の用事…用事?に割り込んでまで予定を入れてくる様な人じゃない。

 

 普段ならヤローの兄貴も止めてきそうだが、ニコニコ笑ってるだけで、なんなら地味にスタジアムに続く道へと誘導してくる。本当にどうしたんだろうか。

 

 だってーーー

 

「ーーー大丈夫よ。あなたの悪い様にはしないから」

 

 渋々道を辿って行くオレの顔を覗き込んで。

 

 不敵に笑う姿は、かつてない程にカッコ良かったから。

 

…本当にどうしたんだろうか。

 

 そう思ってしまうのも、無理はない。

 

 

 

 

 

 

 

「ダーテング、あくのはどう!」

 

「受けてシザリガー!すかさずゆきなだれよ!」

 

 スタジアムに立つ、二人と二匹。熱気と闘志がここまで伝わってくる。

 

 視界を埋め尽くすのは色取り取りの技。エネルギーが、縦横無尽に駆け回る。技と技の応酬、そこに加わる司令塔の的確な指示、作戦。状況を瞬時に把握できる力があるからこそ映える一戦に、一進一退の攻防に、鳥肌が立つ。

 

 ジムチャレンジの時の様な、課題として出すポケモン達じゃない。ジムリーダーとして、いや、それ以前に一トレーナーとして鍛え上げたポケモン達が、そこにいる。

 

「ハイドロポンプで牽制、接近してきた所をクラブハンマーで叩き潰しなさい!」

 

「にほんばれを放った後にソーラービームを溜めて!その間に扇で砂埃を巻き上げ狙いを定めさせるな!」

 

 しかも使っているポケモンが、シザリガーとダーテングというのが堪らない。

 

 シザリガー、ダーテング。

 

 どちらもあくタイプを所持しており、二人の専門タイプもそれぞれ入っている二体。

 

 最終進化系であるためステータスが高く、物理型が多いが特殊型もいけるという、二刀流スタイルで多くのバトルに起用される、あくタイプの中でも有名なポケモンだ。

 

 また、育てにくいポケモンとしても有名なポケモンである。二匹の進化前はそこまで扱いにくいという事はなく、たんぱんこぞうが少し練習をすれば捕まえられるレベルなのだが…進化した際に手が付けられなくなり、レンジャーを呼ぶケースが毎年百件にも上る。

 

 よって、シザリガーとダーテングを捕まえているトレーナーはエリートトレーナーと同じ実力があるとされ、育てられるブリーダーは食うに困る事はないと言われている。

 

 つまり、だ。

 

 その二体を手足の様に扱い切り、しっかりと鍛え上げる事ができるジムリーダーの二人は、トレーナーとして最高峰に位置付けられるのだろう。

 

「ダーテングとシザリガーか…オレも欲しいなぁ」

 

 こいつらもあくタイプ使いとしては憧れで、一種の目標みたいなもんだ。

 ボールから勝手に出て試合を観戦しているコノハナを見遣る。

 

…一応、目標の片割れを達成する条件は満たしている。コノハナからダーテングへの進化方法はリーフのいしを使う事だし、進化させようと思えばいつでもできる。

 

 じゃあなんで、欲しいなと言ってるだけで、手に入れようとしないのか。進化させる事が出来るのにしないのか。

 

 答えは簡単だ。

 

 オレに、使いこなせるのかどうか。

 

 それが常に頭を過り、手が止まってしまう。

 

 オレだって、自分を信じたくない訳じゃない。今は停滞中だが、腐っても脱落者が多くでると言われている3番目のジムリーダー、カブさんに勝利したトレーナーだ。

 

 一応山場を越えたトレーナーとして、エリートまで行かないにしてもホープよりかは上、所謂中堅に属する実力はあると思っている。

 

 だが、これはあくまで()()()()()()()()()としての評価であって。

 

 あくタイプ使いとしては、オレは未熟者にも程がある。

 

 サイトウにいつまで経っても、ポケモンの一体すら倒せないのが良い証拠だ。

 

 あくタイプは強い。18あるタイプの中で、トップクラスに強いと言っても過言ではないほど、あくタイプは強い。それは、贔屓もあるが事実だ。少なくともオレはそう思っている。

 

 それ故に、難しい。育てるのも、バトルも、全てに何かしらの癖がある。育てがいがあると言えばそれで済んでしまうし、真摯に付き合えばしっかりと答えてくれるというのも、それはそうだが。

 少なくとも初心者にはオススメされないタイプだ。

 

 まぁ、なんというか

 

 ここまでグダグタ言ってきた訳だが、何が言いたいかというと…

 

 詰まる所、怖いのだ。

 

『…!…!』

 

 オレの袖を引っ張って、バトルの興奮を伝えてくるコノハナが、進化してダーテングになった時。

 

 今までと同じ様に、その屈託のない笑みを向けてくれるか。

 

 オレの言う事を、指示を、最後まで信じてくれるか。

 

 

ーーートレーナーとして、オレを見限らないでくれるか。

 

 

 それだけが、唯々怖い。

 

 当たり前だが、ポケモンだって感情を持つ生き物だ。

 

 オレがバトルで勝てば嬉しく思う様に、ポケモンも嬉しく思う。きちんとした好意を伝えてくる奴は好ましく思うし、的確な指示や意見を何回も伝えてくる奴の事は信用する。

 

 じゃあ、逆に負け続ければ?

 

 言うまでもない。オレが地団駄を踏んで悔しがる様に、今こうやって気分が落ち込んで暗くなる様に、彼等にも負の感情が湧き上がってくる。やるせない気持ちにもなるだろうし、機嫌も悪くなる。

 

 問題は、その溜まりに溜まった感情(不純物)の吐き出し先だ。

 

 当然…トレーナーに来るだろう。

 

 何度も間違った事言って、失敗を誘発させる上司が信用出来なくなる様に。

 

 弱小チームの敗因は、全て教え方が悪いと監督が責められる様に。

 

 ポケモンも、次第にトレーナーが自分を妨げる目障りな存在となって行く。仲良くなればなるほど、ポケモンは強くなるという話は、ただ道徳を育てる為に言われている訳じゃない。

 

 タイプ相性のせいだって?

 そんな言い訳、ポケモンに通じる訳が無い。向こうは例え相性不利でも闘ってくれている。

 それで勝てないというのは、結果的にトレーナーの力不足としてこれまた信用を失う事に繋がってしまう。

 

 カリンさんを見てみろ。あくタイプ使いという事を宣言しておきながら、今日まで四天王としての職務を全う出来ているんだ。

 完璧に、これはオレの力不足なのだ。

 

…あぁ、本当に今日はどうしたんだろうか

 

 折角好きなポケモンが、最高峰のトレーナーに使われている試合を見れているのに、まるで囈言(うわごと)を宣う病人だ。

 情け無い。本当に情け無い。

 

 マジカルシャインを当てられたかのように、バトルをしている二人と二匹、そして隣にいるコノハナが眩しくて。

 

 少し煩わしく思ってしまったオレに、嫌悪感と罪悪感が止まらないんだ。

 

「ちょっとアクサキ、何下向いてるのよ!ちゃんと観てたの!?」

 

「僕の粘りに粘った試合、自分なりに良かったと思ったけど…飽きちゃったかなぁ」

 

「え、あ、ちゃ、ちゃんと観てましたよ」

 

 そんな物思いに耽るオレを他所に、どうやらバトルは終わってしまったらしい。観戦席に上がってきたルリナパイセンとヤローの兄貴が、思い思いのことの葉を告ぐ。

 しまった。途中からあまり見てなかった。最低すぎんな、オレ。

 

「ったく、せっかく私達があなたの為になるポケモンを使ってあげたっていうのに」

 

「アクサキ君、僕が言うのもなんだけど、ジムリーダー同士のバトルは得られるものが多いよ?ちゃんと観てくれると嬉しいなぁ」

 

「そうよ。あなたがあくタイプだけで勝ち上がりたいって思うなら、今のバトルはちゃんと観なさい。ヤローからはダーテング、私からはシザリガーの立ち回りを学べる絶好のチャンス。そんな事ばっかしてると、いざこの二匹をゲットしてバトルする際、扱い切れなくなるわよ?あくタイプの事を良く思うのはいいけどね、過信は怪我の元なんだから」

 

「いや本当、すいません。せっかくのバトルを…今の手持ちでさえ、上手く扱う事ができないっていうのに、ダーテングやシザリガーなんて難しいポケモン、ハハハ…」

 

「…?」

 

 俯いて、弱音を吐き出すオレに、目を丸くするルリナパイセン。いつもならあくタイプは過信しても良いんだよ、だってあくタイプだからとか、反論している所なので、拍子抜けなんだろう。

 もう、今日は帰ろう。ホントに今日はダメだ。

 

「すいません、今日はもう帰るッス。試合、あざっした」

 

 二人と目を合わせないように、帽子を深く被り強引に席を立つ。コノハナが不思議そうに二人とオレを交互に見ながら後を付けてくるが、こんな姿をいつまでも手持ちに見せられないので、ボールに戻した。

 そのまま、いやに重たい身体を引き摺りながら、スタジアムの出口を目指して

 

「ーーーこの地方には、十八ものジムがあるの」

 

 足を止める。

 

 背中に投げつけられた言霊、反射的に首を回すと、仁王立ちをしたルリナパイセンの姿が。

 バトル前にいつもしているルーティーンの姿勢で此方を見つめてくる。ただ、少しいつもと違う所を挙げるとすれば、表情が柔らかい事か。いや、そんな事はどうでも良い。

 

 会話の意図が掴めない。ジムが十八もある、その事は知っている。だが、何故今それを…?

 

「ガラル地方のジムにはちょっとしたルールがあってね、メジャーリーグとマイナーリーグに分けられるの。十八人いるジムリーダーが競い合って、上位8名までがメジャー、それ以下はマイナーと言う感じで。まぁ、今年は少し例外で、メジャーが十個あるんだけど、そこは置いといてね」

 

 勿論、私もメジャーリーグに入っているジムリーダーよ?

 

 そう言って、尊敬しろと言わんばかりのドヤ顔をオレに向けてくる。それが、どことなくツボに入ってしまって、力なくも笑みが漏れてしまった。

 

 話は続く。

 

「ジムチャレンジャーは、そこから各々の実力に合ったジムを受けて、バッチ八個の獲得、本戦への出場、果てはチャンピオンを目指すの…ーーー突然だけど、ジムリーダーの仕事ってなんだと思う?」

 

 本当に突然だな。唐突に提示された質問を、ゆっくりと咀嚼する。

 

…ジムリーダーの仕事、か。

 

「ジムチャレンジャーを、倒す、とか…?」

 

「うーん、半分アタリで半分ハズレね。確かにジムチャレンジャーを倒すのも仕事に入るのだけど、正確に言うのならば…

ーーー選抜かしら」

 

「選抜?」

 

「そう、選抜」

 

 倒す事と、それの、何が違うのだろうか。

 

 頭の悪いオレにはよく分からないが、それをそのまま口にするのは憚られる。きっと、何かが違うのだろう。

 

「私達はね、常に挑戦者に壁を設けるの。それも、見上げる程高くなければ、飛び越えられる程低くない。必死になってよじ登る事が出来るギリギリのラインをついた、そんな壁をね。もし倒す事だけが目的ならば、わざわざ挑戦者に合わせたレベルのポケモンを出す必要はないでしょう?」

 

…確かに、そうだ。倒す事が目的なら、オレの時もそのシザリガーを出していれば良い話。わざわざポケモンも三体にしなくていい筈だ。

 

「相手に合わせたポケモンで、トレーナーとしての真価を測り、更なる高みへと登り詰める補助をする…それがジムリーダーの仕事だと、私は考えているの。

でも、そのためにはーーー勝利の喜びを与えなくてはならない。

…この意味、分かるかしら?」

 

 つまり私達は…

 

()()()()()()()()()()()トレーナーってことよ」

 

「ーーー」

 

 息を飲む。ゴクリと喉がなる。蒼い瞳に、射抜かれる。

此方をどこまでも真っ直ぐ見つめてくるそれは、まるで広大な海に全てを曝け出しているかの様な錯覚を起こす。

 

…いや、実際見抜かれているのか。

 

「勿論、バトルはバトル。ジムリーダー以前に一トレーナーとして本気で望むわ。本気で勝ちに行く。

ーーーそれでも、負けてしまう時は負ける。

よじ登れる人はどんどんと私を踏み台にして登っていく。それを私は是としなければならない」

 

ーーー当然、ポケモン達にもそれを強要する。

 

 どくり、心臓がなる。確実に核心をついてくる言葉に動悸が早まる。

 そんな事をしてしまえば、ポケモンが信用してくれなくなるじゃないか。ポケモンとの間に亀裂が入ってしまう。負け続ける司令塔など、彼らにとって必要ーーー

 

「ったく、うじうじと男の癖に、みっともないわね」

 

 ガバリと上げた顔に、ふわりと潮の香り、頬を撫でる。視線に絡まるのは、やはり海のように綺麗な青で。

 

「あく使いが、あくのはどうを恐れてどうするのよ」

 

 全てを、押し流してくれた。

 

「さ、こんな長くてしみったれた話は終わりっ!さ、アクサキ、もう自分がやるべき…ってもう居ない。挨拶ぐらいして行きなさいよ…」

 

「それは無茶の話だなぁ、ルリナさんが焚き付けたお陰で、彼、すっかり火がついちゃったんだな。このまま勢いでワイルドエリア、突っ切っちゃうんじゃないかな?」

 

「もう、何から何までピンキリな男ねアイツ…リーグスタッフに一応連絡入れときましょうか」

 

「それが良いんだな。して…どうするルリナさん?勢い付いてるチャレンジャー達に負けないためにも、もう一戦…今度は負けるつもりはないんだなぁ」

 

「あら、望む所よ」

 

 そんな二人の会話が霞む程、気付いたら走り出していたオレ。挨拶もせずに飛び出してしまった。衝動に突き動かされて、勝手に身体が動いたとはいえ、だいぶ失礼な事をしちまった。後日、お礼も兼ねて詫びをしよう。

 

 腰にかかっている、黒と緑のカプセルに触れる。

 

 ぐんぐんと風を着る音、もうやるべき事は、決まっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ」

 

「あ」

 

 晴れ渡る蒼い空、暖かなそよ風、漂う自然の香り。コロコロと気候が変動する特徴を持つこの地域からしたら珍しい、絶好のワイルドエリア日和。

 

 キャンプグッズを片手に、鼻歌を歌いながらスキップをしていた矢先。

 

 何故かカイリキーと組み手をしている、サイトウと、ばったり。

 

 いや何やってんだこいつ。ポケモンと殴り合いて。カントーの四天王シバじゃあるまいし、薄々感じていたが、やっぱこいつ頭の方がちょっと…

 

「何か失礼な事考えていませんか?」

 

「はっ、なんのことだか」

 

 しかし宿敵のあたおかな一面を見てしまった反面、これはナイスタイミングでもある。この二日間、ワイルドエリアとヤローの兄貴の元で修行を付けた成果、今発揮できる絶好のチャンス。

 見てろよサイトウ、今日という今日こそは度肝を抜いてやる…!

 

「ここであったが百年目!今日こそテメェをボコボコにして、今までの金全部返してもらうぜ!残念だったなサイトウ、今日ここでオレに会っちまったのが運の尽きだ!これが公式戦じゃねぇ事が惜しまれるぜ、なぁおい?」

 

「正確には私たちが出会ってから流れた月日は二カ月と七日、十三時間とちょっとですね」

 

「え、あ、そうなんだ、早いな、もう二カ月も経ったのか…ん?あれ、でもジムチャレンジが始まったのって、一カ月半前くらいじゃ…ってそんな事はどうでも良いんだよッ!?さっさと準備してオレとポケモン勝負しやがれ!」

 

 てか十三時間とちょっととか。サイトウも冗談なんて言うんだな。全然面白くねぇぜ。

 

「あと運の尽き、と言いましたが、全然運尽きてないです寧ろアルセウスに拝んで良い程に運がツイてます」

 

「どうでも良いだろそんな事!?早よポケモン出せや!」

 

「どうでも良くはないですね、今私と貴方が出会っているこの時間に、どうでも良い事など無いのです。そこのところ、しっかりと教えてあげなくては」

 

 チッ、こいつさっきから訳のわかんねぇ事ばっか言ってやがる。ポケモンと殴り合いなんてするから、頭逝かれちまったんじゃないのか。

 

「クソ、ラチがあかねぇ!もういいさっさとやるぞ!

 

出てこい()()()()()!」

 

『ーーー!!』

 

 腰にかかっているダークボールを投げる。中から飛び出し、雄叫びを上げるはダーテング。

 

 コノハナに、リーフの石を使った姿。

 

 吹き上がる旋風、目を細めるサイトウ。どうだ、カッケェだろ?昨日までのオレだと思わない事だな。

 

「ほぅ、ダーテングですか…コノハナ、進化させられたのですね」

 

 貴方には、まだ当分先の話だと思っていました

 

 そう言って、油断なくファイティングポーズに移行したかと思うと、ボールを投げるサイトウ。選出は、カポエラー。

 

「おいおい、オレを誰だと思っているんだよ。あく使いのアクサキ様だぜ?ダーテングなんてお茶の子さいさいよ」

 

「つい先日まで、進化による命令違反など恐れていた癖に、どの口が言うのやら…減らず口は私が塞いであげましょうか」

 

「はっ、余裕ぶっこいていられるのも今の内だ。オレのダーテングを甘く見てると痛い目あうぜ?それになぁ…」

 

 あく使いが、あくのはどうを恐れちゃみっともねぇだろ?

 

「いくぞダーテング、あくのはどうッ!!」

 

 オレ達の、初陣が幕を開けた。

 

 

 

 

 

 

 

「因みに私、ここ二日間くらいお預け状態みたいなもんだったので、空気とか一切無視しますね。溜まるものも溜まっていますし、さて、何して貰いましょうか」

 

「え、ちょ、まっ…!?」

 

 




アクサキ
ジョウト地方出身。
チャンピオンが推薦したトレーナーが、自分より上手にあくタイプを使いこなしているところを目撃、ハイメンタルブレイクされた。
ならせめてその取り巻き(何かと褒めてくれるショタ、方言シスコンホイホイ)だけでもと思い、勝負を仕掛ける。
がボコボコにされ、ハイメンタルブレイクされた。ちゃっかりメールは交換したらしい。
最近サイトウの事が少し怖くなってきている。バカ。

サイトウ
ラテラルタウンジムリーダー。チャンピオン推薦チャレンジャーにボコされた上に、二日間アクサキがジムチャレンジに来ないというアクシデントが重なり荒れに荒れた。
ワイルドエリアでばったりあった時は、理性をフル動員するので精一杯だったらしい。むっつりスケベ希望。

コノハナ(ダーテング) ♂
アクサキがホウエン地方を旅していた時にゲットした。
他地方からガラルへと持って来れた数少ないポケモン。アクサキの驚く姿が好きらしい。どんぐり

ヤロー
優しいお兄さん

ルリナ
優しいお姉さん




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かみくだく

なんだろう…最早設定回…みたいな?


 オレはあくタイプが大好きだ。

 

 何故あくタイプが好きなのかと問われれば、軽く半日は語ってしまう程、オレはあくタイプを愛している。

 

 あくタイプと聞けば、人によって顔を顰める人もいるだろう。

 が、少し待って欲しい。『あくタイプ』という五文字だけで、あくタイプの全てを判断するのは、あくタイプ使いとして許せないものがある。

 

 そんな、最近あく使いの兄貴がいるらしいバッドガールと友達になった、あくタイプの達人ことオレ。

 

 今日も元気にラテラルタウンへレッツゴー…と言いたいところだが…多分、今日もジム戦はお休みだ。

 

 何故なら…

 

「材料はしんせんクリームにモモンのみにしましょう。甘くてとても美味しいんですよ」

 

「は!?何言ってんだテメェ甘いカレーなんて不味いに決まってんだろうがッ!漢は黙ってスパイスセットにマトマのみだろぉぉぉォォい!?ちょ、ま、勝手に入れんッ、テメェ!?話聞けやァ!?」

 

 ここは、ガラル名物、ワイルドエリア。

 

 オレは今、カレーを作るため、絶賛サイトウとキャンプ中である。

 

 

 

 

 

 

 

「あぁ甘い…ぐすっ…このカレー甘いよ…」

 

「何を言ってるんですか。この甘さが美味しいんですよ。ピリッとしたカレーに甘いホイップ、最高じゃないですか」

 

「オレは最近お前が怖いよ…」

 

 コイツの味覚、どうかしてるんじゃないか?

 

 涙目になりながら、クリームが染み込んだ米にカレーを混ぜて口に突っ込む。甘口カレーで舌が汚染された後、おいうちをかけるようにクリーム米が口内でだいばくはつを起こす。リバースしそうになる所を寸出で抑え、コップを煽り水で胃へと流し込んだ。

 

 やばい、胸焼けがすごい。吐き気がする。まだ二口しか食べてないけどお腹一杯になっちまった。

 

「なぁダーテング、オレもう腹が膨れたからこのカレーやんよ。お前カレー好きだろ?」

 

『……ッ』

 

「あ、テメェなに材料のきのみだけ食ってんだよ!羨ましすぎるだろオレにも寄越しやがれ!」

 

 流石に限界が近いのでダーテングにパスしようと思ったら、コイツ材料のモモンのみだけ食ってやがった…!羨まけしからん…!

 しかも…?あらびきヴルストを取り出して、扇を振りかぶり…ッ!?ね、ねっぷうで焼いた、だと…!?なにそれ羨ましい!?

 

 ダーテングのねっぷうにより程よく焼けたヴルストは、ジュワリと音を立てながら脂を溢れさせ、キラキラと輝いてる。 

 普段なら、あー美味しそうに焼けたなぁ、ぐらいにしか思わないが、今のオレからしたらそれは垂涎のご馳走、文字通り涎が垂れてきた。

 

「ダ、ダーテング?オレたち、ホウエン地方を一緒に旅した仲間だよな?そ、それ、ひとっ、一口くれよ…!」

 

『……ー…』

 

「ちょちょちょ!?ちょっと待ってくれよ!?分かったッ!今度買うポケモンフードは少しお高めにするから!な!?頼むよ!」

 

『……ー…』

 

「おいダーテングぅ…!頼むって…お願いしますって…オレこのままじゃお腹減って動けなくなっちまうから…!」

 

『…〜…ーーーッ』

 

「く、くれるのか!?ありがとうダーテング!やっぱお前は最高の相棒(パートナー)だぜ!大好き!」

 

 あくタイプ最高!カッコよくて優しさも兼ね揃えてるとか、やっぱ神タイプですわ。

 

 今にも泣きそうなオレに、ヴルストを突き出してくるダーテング。はい、アーン、とでも声が付きそうなこの状況、心からアルセウスに感謝する。

 おいおい、わざわざオレの手が汚れないように食べさせてくれるとか。やばい鼻血でそう。

 

 いかんいかん。せっかくダーテングがくれるというのに、待たせてしまっては気が変わる可能性がある。

 さぁ、ダーテング、お前のそのヴルスト(天使)を、オレの口に突っ込んでくれッ!

 

「ア〜…」

 

「はい、アーン」

 

「ンッ…ン?…ンブッ!?」

 

「美味しいですか?美味しいですよね。私の唾液と共に味わって食べて下さい。吐き出したらカレーを司る神様から天罰が下りますから」

 

 ホイップカレー(悪魔)を突っ込まれた。

 

「オェェ…なんで、オレはヴルストを…て、テメェサイトウ!なんてことしやがる!?危うくお茶の間に流せないレベルの、あられもない姿晒す所だったぞ!?」

 

「いや、なんとなくあのままにしとくのは、貴方が新しい扉を開くように見えてしまったので。ダーテングには負けられないかなと。あ、泣き顔もいいですね凄いそそります」

 

「いや訳わかんねぇよ!?なに新しい扉って!?って、そんなことはどうでもいい、ダーテング!?すまん、もう一回ーーー」

 

『…ムグムグ…』

 

「アァァァァァ…!?」(慟哭)

 

 ヴルストが、オレが咥える筈だったヴルストが…!クソ、こんなあたおかな奴にあたおかなカレー突っ込まれたせいで…!ダーテングも少し待ってくれたっていいじゃん…!

 

「はぁ…今日は実質お昼抜きかよ…この後動けるかなぁ…」

 

「何を言ってるんですか、お昼ならここにありますよ。はいアーン」

 

「うるせぇもう食うかそんなもんッ!それ食うぐらいだったらマトマのみ丸かじりした方がまだマシだ!だからな、サイトウ…頼むから皿を持ちながらにじり寄ってくるの、やめろ?あと一歩でも前に進んだら、戦争が起きるからな?」

 

「構いません。どうせ勝てますし」

 

「アァ!?なんだとテメェじゃあやっかあ、すいませんすいません嫌だな冗談だろ、あっ、あっ、腕掴むのヤメッ、このッ、相変わらず力強ッ!?なんで動かせないのやめてやめてごめんそれだけはやめてなんでもするから、なんでもするかーーーーーー!?」

 

 

 

 

 

 

「いやはや、美味しかったですね。またやりましょうか」

 

「うぐっ…ぐすっ…もう胃が何も受け付けない…」

 

 かくとうタイプには勝てなかったよ…

 

 もうなんなんコイツ、力強過ぎない?腕掴まれたかと思ったらあっという間に組み伏せられたんだけど。皿持ちながら。おかしいよホントに。あぁ、口の中が糖分に侵されている…気持ち悪ぃ…!

 

『ーーー…ッ?』

 

「あぁダーテング、お前だけだよオレの天使は」

 

「成る程、なら私は貴方にとっての女神ですね。さぁ、抱擁してあげますよ、こっちにきなさい」

 

「黙れ閻魔大王」

 

 ツヤツヤしているサイトウの抱擁をあしらいながら、ダーテングの純白な後ろ髪に倒れ込む。

 あ゛ぁ゛〜…もっふもふ…!

 

 なんかもう、一日ワイルドエリアを回ったかのように疲れた。まだお昼ちょっと過ぎたくらいなんだけどな…この後やりたい事、てか目的があるんだが…

 

「そういえば、貴方は何故ワイルドエリアに?私とのジム戦をすっぽかしてまでやる事があるのですか?ないですよね?ねぇどうなんですか?」

 

 あぁ、そういえばコイツに言ってなかったな。

 

「今日はちょっと仲間にしたいポケモンがいてな。そいつを探しに来たんだ。テメェはなんでワイルドエリアに?」

 

「無視とは偉くなったものですね…私は修行です。あのチャレンジャーには、悔しながら完封されてしまいましたからね。いてもたってもいられなくなってしまって」

 

「それでカイリキーと殴り合うのかよやばいなお前」

 

 やっぱコイツと深く関わらない方がいいんじゃ…絶対に怒らせないようにしよ。別に怖くないけど。怖くないけど、一応ね?

 

「因みに何が欲しいのですか?タチフサグマとか?」

 

「タチフサグマなー…欲しいなぁ…欲しいけど、タチフサグマはまた今度にしようと思ってんだよな。今オレが欲しいのは…ホレッ、コイツ、シザリガーだ」

 

 ロトフォンに掲載された写真を見せる。

 

 そもそもオレの旅の目的は、各地方のあくタイプを捕まえる事。よってガラルにきた理由も、タチフサグマを捕まえる為だったりする。ジムチャレンジの存在はこっちにきて知った。

 

 だが、今回狙うポケモンはシザリガー。みず あくタイプ。高いこうげきに、低くないぼうぎょ、とくこう。

 特性てきおうりょくから繰り出されるタイプ一致アクアジェットで有名だ。

 

 またとても気性が荒いポケモンで、すぐに他ポケモンに乱暴をするなど、育てにくいとして話が多々あがる。

 ヘイガニを育てていた新米トレーナーが、シザリガーに進化した後手がつけられず、ポケモンレンジャーの御用となる、なんてケースは、年間を通して百件を超えるとかなんとか。

 

 そんな、あくタイプは新米トレーナーが手を出してはいけないと、一歩引かれる要因を作ったポケモンの一体、シザリガー。

 

 なんとしてもゲットしたい。ホウエン地方で捕まえられなかったリベンジを、ここで果たしてやる…!

 

「成る程、シザリガーですか。随分と大きく出ましたね」

 

「まぁな。いつまでも癖のある奴を扱えない訳にはいかねぇし、オレも成長してるってことよ」

 

 と、言ったものの…

 

「しっかし、中々見つからないもんだな。朝からこの辺りをぐるぐる回っているんだが、痕跡すら。なんだったら、もう今日は疲れたし、そろそろ帰ろうかって思ってる所だ」

 

 ワイルドエリアはコロコロと天候が変わるから、出現するポケモンもその気候に合わせてコロコロ変わる。きっと今日はシザリガーが出てくる天気じゃなかったのだろう。また日を改めて、万全の対策を整えて出直そうと思う。

 ダーテングも、バトルに負けたばっかりで疲れてるだろうし、ニューラとコマタナはポケジョブに行って貰ってるから今居ないし。

 

「じゃ、オレもう行くわ。またなサイトウ、首を長くして待っていやがれ。次会う時が、テメェの最後だ!」

 

 さ、帰って寝よ。

 

 ダーテングをボールに戻し、荷物を纏めてそばに置いていた自転車に跨る。近くに浮いていたソルロックの高さが下がっているのを見て、時計を確認したら一時半過ぎだった。

 意外にも長い時間コイツとキャンプしてる事実、少しシャクに思いながらも、楽しくなかったかと聞かれたら、直ぐに頷く事が出来ないのもまた事実。

 

 まぁ、丁度良い暇つぶしぐらいにはなった、それぐらいの気持ちだろう。

 

 心に残るザワザワに首を傾げながら、取り敢えずポケセンに向かうべく、ペダルを勢い良く踏み込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

「いやちょっと待って下さいよ」

 

「グエェェ!?」

 

 襟思っくそ掴まれた。

 思わずガマゲロゲが踏まれたかのような、潰れた汚い声が出る。自転車でバランス崩した時特有の冷や汗が止まらない。心臓バクバク言ってやがる。

 

 コ、コイツ…殺す気か…!?

 

「バッカヤロテメェ何しやがるサイトウ!?危ねぇだろうが!?お前自転車漕いでる人にチョッカイかけちゃいけませんってポケモンスクールで習わなかったのかよ!?オレァあくタイプ使いとして、砂糖と塩の位置逆にしたり、友達の水筒の中身をこっそりサイコソーダにしたり、色々な悪事に手を染めてきたが、自転車乗ってる奴の服掴んで引きずり落とそうとした事はねぇぞ!?」

 

「貴方にとっての悪事がその程度という事に衝撃が隠せないのですが。めちゃくちゃショボいじゃないですか貴方年上ですよね?背丈は変わりませんが、私より長く生きてますよね?」

 

「ぶっ飛ばすぞテメェ!?身長はカンケェねぇだろ!?」

 

 大体テメェのガタイに身長が異常なだけで、断じてオレは低身長じゃないわ!ちょっと平均より2、3センチ足りないだけだ!

 

「そんな事はどうでも良いんですよ。問題は、私というものがいながら、貴方が勝手に帰ろうとした事です。何帰ろうとしてるんですか」

 

「別にいいだろうがオレが帰ったって!なんでそんな事をテメェに決められなきゃなんねぇんだよ!?」

 

「何言ってるんですか?何故貴方が私とカレーを作っていたか…それは貴方がバトルに負けたからでしょう?勝った方がなんでも言う事を聞く、というルールのバトルで」

 

「ングッ…!」

 

 チクショウ、そうだった。今度こそ勝てると思って、いつも見たいに勝った方がなんでも言う事を聞くってルールをつけたんだった。有無を言わさずボコボコにされた事が衝撃的で、すっかり忘れてた。

 

「だ、だけどもうお前の、『一緒にキャンプをして下さい』っていうのは、さっきのカレー作りで終わった話だろ!?あれも立派なキャンプじゃねぇか!無効だ無効!ノーカンッ、ノーカンッ、ノーカ」

 

「は?」

 

「え、あ、その、や、やめろよ、急にそんな怖い声出すのウォ!?」

 

 底冷えするようなサイトウの声にビビっていると、掴まれてる襟に力が込められ、自転車から引きずり倒される。

 咄嗟に受け身は取ったは良いものの、突然の凶行と、まさかコイツが本当に危害を加えてくる筈がないという、一種の信用的なものが揺さぶられ、脳震盪を起こしたかのように身体が硬直する。

 

 上手く力が入らない。周りの気温が一気に下がったかのように思えた。心なしかサイトウの、常時ハイライトオフの瞳がさらに昏いような気がする。

 

「…」

 

「な、なにすんだよサイトウ!?おま、本当に怪我したらーーーッ!?」

 

 流石にチョッカイにしては度が過ぎてる。

 

 そう抗議しようと口を開いたら、人差し指で撫でるように塞がれた。黙っていて下さいと、またもや底冷えするような声に釘をさされ、完璧に萎縮するオレの心。

 

「何故貴方が勝手にキャンプの期間を決めているのですか?勝ったのは私です。そして貴方は負けた。これは揺るぎようがない事実。貴方の行動を含め、全ての決定権は私にあります。なんでも言う事を聞く、それの重みを少しは考えた方がいいのでは?いえ、今すぐ教えてあげましょうか」

 

 私、これでも結構我慢している方なんですよ?

 

 襟を掴みながらオレを無理矢理引き上げ、耳元でそう囁いてくるサイトウ。全身の毛が総毛立ち、経験した事のない冷や汗が滝のように出てきた。小刻みに震えてるのを必死に抑えるが、バレているだろうか。

 

 てか怖…!?え、怖ッ、え、すっごい怖い。かつて無いほどの恐怖を感じてる。首根っこ掴まれて怒られてるチョロネコの気持ちが凄い分かった。

 コイツ怒るとこんなに怖いんだ。最早喧嘩にもなってねぇ。

 確かに約束破ったのはオレだけど、なにもそんなに怖い顔しなくてもいいじゃん。

 

 それよりオレ一体なにされるんだ。流石に全財産寄越せとか言ってこないよな…?ちょっとストレス発散がてら殴らせろとか…!?

 い、嫌だ!カイリキーと殴り合える奴のパンチなんか喰らったら確実に死ぬ!

 

「あぁっ、その顔も凄くそそりますっ、あまり私を困らせないで下さいよ…!どうしましょう、メインディッシュは今日の夜にと思っていたのですが…もう、いただいてしまいましょうか。ここらでちょうど良い茂みは…」

 

 いやホントに何されるのオレ!?怖いよ怖いです怖すぎるって!?だ、だれか、助けッ…そうだ、だ、ダーテング!ダーテングに助けて貰おう!?

 

 何故か辺りをキョロキョロして、あそこはダメ、あそこも微妙だとかぶつぶつ言っているサイトウの隙をつき、ダークボールの開閉スイッチを押す。

 

……

 

 開閉スイッチを押す。

 

……

 

 押す、押す、押す。

 

……

 

 しかし たすけは あらわれなかった☆

 

 おいぃぃぃぃぃぃ!?ダーテング!?ダーテングさん!?

 おま、ふざけんッ、ボールから出てこいよ!ビビってんじゃねぇよ仮にも民家吹き飛ばせるぐらいの力持ってんだろ!?トレーナーのピンチに駆けつけてくれよ!このままじゃオレ…!?

 

「…何してるんですか?」

 

「ひゃいっ!?いや、いや何もしてねぇよ!?なーんにもしてないけど!?何もしてくれないって言った方が正しいかなあっはっはこんちくしょう!?てかもういい加減に襟離してくれませんかね!?服が伸びちまう!これけっこう気に入って」

 

「貴方に決定権は」

 

「…無いです…」

 

 どうしよう、取りつく島がない。オレもオレで情けねぇなコイツ年下の女だぞ。ビビってんじゃねぇよ。

 いや無理だよビビるわ。流石にカイリキーと殴り合える奴のことビビらないのは、人としてちょっとおかしいわ。ダーテング、お前が正しかった。

 

「…あそこで良いか…じゃ、行きますよ。講義の時間です。今回ばかりは私も経験がないので、痛くなってしまったらごめんなさい」

 

 いや寧ろ人を草込みに連れ込んだ経験があったら怖ぇよ。なくて当然だよ。

 てか、痛いって単語が出てくるという事は乱暴されるのねオレ。全力で回避させてもらうわ。オレまだ死にたくない。謝るには謝るから。謝るには謝るからオレにチャンスをくれ頼むッ!もう夜ご飯キャンプのカレーになっても良いからッ!

 

「サイトウ、サイトウ!オレが悪かった!そうだよな、約束だもんな!ちょっとオレどうかしてたよ!さぁその手を離してキャンプしようぜ?」

 

「…そんな取ってつけたように謝られても…」

 

「おいおい冷たい事言わないでくれよ!それにほら!講義ならキャンプの準備が出来た後、カレーでも食いながらゆっくりとやればいいじゃねぇか?な?」

 

「流石にものを食べながらやるのはレベルが高すぎる気がするんですが。しかし…そうですね…」

 

 なんでだよ飯食いながら勉強とかした事あるだろ。そのたまにくる良いとこのお嬢さん感なんなん?変なとこで真面目ちゃん発動しなくていいから。とにかく誘いに乗れ。乗ってくれ…!

 

 夜のワイルドエリアは危険だ。

 

 唯でさえ全地方屈指の危険地帯とされ、バッチの取得がなければ入っちゃいけないワイルドエリアは、夜になると危険度が大幅に上がる。

 強力な夜行性ポケモンの出現、足場が不安定な状態での視力低下、気候の変化も激しく、雪でも降ったら目も当てられない。

 

 その為、ワイルドエリアには常にリーグスタッフが警備に当たってくれている。

 

 あらゆるタイプに高い耐性を持つはがねタイプ使いを主軸に、人の危険などをいち早く察知出来るエスパータイプ使い。

 

 夜に強く、霊的なモノを感知して解呪などを手伝ってくれるゴーストタイプ使い。

 

 移動、運搬、上空からの警備を担ってくれているひこうタイプ使い。

 

 その他水難対策のみずタイプ使いなど、今オレ達が安全にワイルドエリアに利用できてるのは、彼らがいてくれるからだ。

 有名なところで言うと、ガラル地方で最初に貰える三体を連れているばぁさんかな。あの人バトルに勝ったらお小遣いくれるから、凄い有難いんだよなぁ。

 

 まぁ、ここまでワイルドエリア運用体制(取ってつけたような設定)を話してきたが、つまり何が言いたいかというと…

 

「ほらほら!カレーの材料になるきのみ取りに行こうぜ!こんなに天気が良いんだしよぉ、日中にしか出来ない事やらなきゃ!」

 

「……」

 

 夜になれば、リーグスタッフの数が増える。

 

 よって、あんまり『痛い』なんて単語が出てくるような行為を、大っぴらに出来なくなる…!

 

 さぁ釣られてくれ!『夜』という言葉に惑わされてくれ!ワイルドエリアでは、夜の方が悪い事出来なくなるという事実に気付かないでくれ!頼む!

 

…それに夜だったら、万が一そういう事になっても、オレがヤンチャしてたのを止めてくれたっていう、言い訳が効くだろう。写真も暗くて取りづらいだろうし。

 

 一応コイツ、ジムリーダーだから、ストレスとか溜まるもん溜まってんだろうけど、あんまり昼間っからネットに晒されるような事は、多分お互いの為にならないしな…

 

 まぁ、今度、今度な、ちょっとだけ相談に乗ってやっても良いかもしれん。ライバルが、よく分からんものに潰されて終わるなんて、ほら、なんか、嫌だし…コイツ年下だからな!

 オレってばなんて優しい男なんだろう!しっかりと年下に対しても気遣いが出来る!これはモテモテなのもしゃあなしっすわ…(彼女いない歴=年齢)(バレンタインチョコなし)

 

「…わかりました。やはり楽しみは後に取っておく方がいいですよね。キャンプの準備をしましょうか」

 

「そうだよそうだよ!やっぱ後の方が楽しさ二倍だって!」

 

 考え込んでいたサイトウが顔を上げ、吉報を報せてくる。

 

 よしッ、よしッ!なんからしくもない事を考えたが、そんな事はどうでも良い!ぬかったなサイトウ、このまま夜まで粘り、適当にリーグスタッフと合流してトンズラこかせて貰うぜッ!

 

 という事で、それまでは折角やるんだし楽しませてもらうか。

 

 さぁ、そうと決まれば早速準備だ。フフフ、遂に最近新調したオレのテントを見せる時が来たようだな…!

 

 とは言っても、大した事はない。キャンプセットを開けば既に完成されたテントが飛び出してきて、指定された場所に設置、固定される。

 後は付随されている料理道具を、焚き火にセットすればもう終わり、あっという間にキャンプ場が出来上がる。

 

 見てくれ、この太陽に映える漆黒と、あくタイプをモチーフにしたステッカーを!かぁー惚れ惚れするぜ…中古ショップだったが、中々良い買い物をした。

 わざわざ買い物に付き合ってくれたバッドガールには感謝だな。今度なんかお礼すっか。

 

…しかし、便利な時代になったもんだな、と。

 

 出来上がったキャンプ場を眺めながら、そう思う。

 

 オレがジョウトで野宿した時は、皆で一緒に汗を流しながら組み立てたもんだぜ。今のガキンチョどもがテントの組み立てる大変さと面白さを知らないのは、ちょっと寂しい気もするが、それが時代の流れってもんなんだろうなぁ…

 

「終わりましたか?…って、どうしたんですか、そんな哀愁染みた背中して。思った以上にテントがダサかったとか?」

 

「ちげぇよテメェブチコロがしてやろうか。ちょっと今ジェネレーションというものを実感しちまってな、オレも歳を取ったなって思っただけだ」

 

「歳を取ったって、貴方今何歳ですか。まだ未成年でしょう」

 

「ん?いやオレはもう成人してるぞ?タバコと酒はやってないけどな」

 

「え?成人…え?」

 

「ん?」

 

 何言ってんだコイツという顔をしながらこっちを見て固まるサイトウ、ハテナマークが頭に浮かぶ。

 珍しいなコイツの顔に感情が現れるなんて。結構レアだ。

 

 いやこっちこそ何言ってんだだよ。12を過ぎたら成人して、晴れてトレーナーなる資格を貰えるんじゃないか。酒とかは二十歳あたりからだけどさ。

 スクールでトレーナーとポケモン協会の構造、聞いたことあんだろ?博士やその街のジムリーダーに祝われたりしなかったのか?

 

 オレん時は、住んでた所が本当に田舎で何にもなかったから、わざわざ親父がタンバジムまで連れてってくれて、シジマさんに祝ってもらった。

 懐かしい、シジマさん、集まった皆を連れて欲しいポケモン捕まえてくれたんだよな。

 

 すっごいかくとうタイプ推されたけど。オレがデルビル欲しいっつってんのに、バルキー渡そうとしてきたけど。

 元気かな。元気だろうな。けどあの人修行してる時周りの声聞こえなくなるから、少し心配だ。

 そういや同期の奴らとも連絡とってねぇな。PWTとかで忙しいんだろうけど、ホテル戻ったら電話の一つでも掛けてやるか。

 

「まぁいいや。で、どうすっか。夜飯作るには少し早いしな。バトルでもするか?」

 

「そ、そうですね。どうしましょうか。バトルは先程やりましたけど、正直私はなんでも良いですよ。……夜まで時間を潰せれば良いので…あっ、そうだ」

 

「ん?どうした急に立ち上がって。やっぱバトルか?」

 

「そうですね、バトルです。ほら立って下さい」

 

 そう言ってオレの手を引き、強制的に立たせてくる。訳も分からずされるがままのオレに、バックを持たせ、何処かに連れて行こうとするサイトウ。彼女の手持ちのゴーリキーがいってらっしゃいとばかりに手を振っている。

 

 一体どこに行くんだ?

 

 そんな疑問を口に出そうとして、直ぐに封じられた。

 

「貴方の目標、達成しに行きましょうか」

 

 見たこともない。コイツの楽しそうな、したり顔によって。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ウォォォ…!?」

 

「良かった、やはり居ましたか」

 

 サイトウに手を繋がれたまま連れて来られたここは、ミロカロ湖の南にある桟橋付近。

 

 オレたちは今、木の影からとあるポケモンを眺めていた。

 

「ヤベェ…!はぁ…はぁ…ルリナパイセンが見せてくれた奴よりも、す、少しデカいんじゃねえか…!?荒々しさが前面に出てて、フヒッ、めっちゃワイルドだぁ…!」

 

「落ち着いて下さい、目が逝ってしまってますよ。トリップしないでくだ、ちょっと待って下さい。え?ルリナさん?何故ルリナさんが出てくるのですか?その話、詳しく教えてくれますよね?」

 

 今回オレがワイルドエリアきた理由兼目標である、シザリガーを。

 

「しかし、こっちの方にいやがったのか。前来た時はキングラー辺りしか出なかったから、てっきりいないのかと思ったぜ」

 

「シザリガーを探しているのに、水辺付近を念入りに探索しない貴方の思考に疑問を覚えますが。そんな事よりも話を」

 

「しかもあいつの特性、てきおうりょくじゃねぇか!?見たか今の!喧嘩売ってきたキングラーのクラブハンマーを、かみくだくで迎撃しやがったぞ!ま、ますます仲間に加えたくなったぜ…!」

 

「…はぁ…」

 

…?どうしたため息なんかついちまって。幸せが逃げるぞ?

 

 何か呆れてるサイトウも気になるが、そんな事よりシザリガーだ。

 さて、どうしたものか。そのまま近付いてバトル、ってのもいいが、ダーテングはサイトウとのバトルで疲れている。あのシザリガーレベル高そうだし、幾らタイプ相性は良いといえ、余り無理をさせるのも酷だろう。

 

 よし…久しぶりにアレ、やるか。

 

「では、私はカレーの具材となるきのみを取りに、辺りを周っているので。くれぐれも怪我のないようにして下さい」

 

「おう、頼んだ。甘いきのみばっかとってくんなよ。テメェも一応気をつ…けなくて大丈夫だな。ポケモンなしでも大丈夫だろお前」

 

「あ、あそこにモモンの木がありますね。ちょっと行ってきます」

 

「土下座するからそれだけはやめろ。頼むから。ちょ、おい!」

 

 あの野郎…!真っ直ぐ甘いきのみしか成っていない木に向かいやがって…!

 

 まぁいい。人が居なくなったのは、此方としても好都合だ。

 

さて、ここで取り出したるはポケモンフードと高級缶ヅメ。

 

それらを皿に盛り付け、最後にオボンのみを添えれば完成だ。ダーテングは出さず、空のダークボールのみ腰に携える。

 上着は全て脱ぎ、タンクトップ姿、これで害は有りません、怖くありませんとアピール。

 そのままじりじりと、じりじりとゆっくり、シザリガーに近づいて行く。

 

 美味しいものを与え、極力身軽になる事で相手の危機感を煽らず、好感度を上げてから捕まえる、ジョウトで旅している時からやっている、オレの捕獲戦法だ。

 アイツらからは良く呆れられたが。

 

 しかしこれでヤミカラスとコノハナは捕まえられた。ノクタスもギリ捕まえられた。サメハダーは無理だった。

 あいつはヤベェ。開幕オレの手を噛みちぎろうとしてきやがったからな。拳で語りあったよ。一人だったら危なかった。

 あれ、そう思うとオレ、案外サイトウの事バカに出来ないのか?

 

『…!ーーーッ!』

 

「おーよしよし…怖くねぇぞ怖くねぇぞ…ほら、これ美味しそうだろ…?」

 

 此方に気付いたシザリガーが、両手のハサミを振り上げて威嚇してくる。ハサミに張られた薄い水のベール、あれはクラブハンマーの構えか。

 当たれば相当に痛いだろうが、ここでビビったまうのは不策だ。

 

 野生のポケモンにあからさまな恐怖心を見せると、刺激してしまい凶暴になる事が多々ある。

 野生のポケモンに襲われて怪我するケースは色々あるが、理解のない人が無闇矢鱈に敵対心や恐怖心を持ち、野生ポケモンの本能を煽る、というのが大半だ。

 

 つまりここで持つべきは、友達になりたいという、心からの愛だ。

 

『ーーー!ーーー!ー……?』

 

「お、偉いなお前は。賢いな〜そうだぞ、オレは仲間だ。それ、たーんと食べてくれ」

 

 敵意がない事が伝わったのか、威嚇行動を辞めてくれるシザリガー。差し出されたエサを確認し、静かに口に運ぶ。お気に召してくれたのか、そこからは早く、ガツガツと食べ始めた。

 

 よしよし、ここまで来ればほぼ作戦は最高だ。後は食べ終わるのを待って、目の前にボールを差し出せば良いだけ。凶暴なポケモンって言われてるが、案外大人しいやつじゃねぇか。

 

「なぁシザリガー、お前は強い。強い故に、もうここら辺のポケモンじゃ相手にならないだろ?もっと強い奴と戦って見ないか?」

 

『…?ーーー!』

 

「そうかそうか戦いたいか。なぁ、オレと一緒に来てくれよ。そしたら、お前に世界を見してやれるぜ?ほら、このボールに入ってさ」

 

 差し出されたダークボール、徐々に近づいていく。自分の捕獲道具が迫っているにも関わらず、全く逃げる素振りを見せないシザリガー。

 ふふ、完璧に決まったと見た。さぁシザリガー、一緒にあの銀髪褐色をボコボコにしようぜ!

 

「お前は本当に良い奴だな…さ、いくぞ。大丈夫、飯もちゃんと食べさせてやれるから。な?」

 

『ーーー…』

 

 目と鼻の先まで距離が縮まるオレとシザリガーの距離。他人が見たら狂人か自殺志願者かと思われるだろう。

 だが、そんな事はない。これは逢瀬だ。愛するあくタイプに送る、愛情だ。

 

 シザリガー、オレの愛を受け止めてくれッ!

 

 遂に距離はほぼゼロとなり、ダークボールの開閉スイッチが押される。

 

 

『ーーー』

 

 

 筈だった。

 

「え?」

 

 先程まで穏やかだったシザリガーの顔が、凶悪な笑顔へと変わる。

 

 口元に、かみくだくのエフェクトを発生させながら。

 

『ーーーッ!!』

 

 差し出したオレの腕に、凶牙を突き立てた。

 

「ーーーッテェ!?!?」

 

 瞬間、爆発。かみくだくに使用されたエネルギーが奔流となり、オレの体を吹き飛ばす。

 ゴロゴロとコミカルに転がっていった先には、先程隠れていた木があり、思いっきり背中から叩き付けられた。

 

 クッソイテェ!?あの野郎、大人しいフリして騙しやがったな!?

 

「テメェこの、なんて事しやがる!だましうちなんて卑怯だぞ!やられたのかみくだくだけどな!みろこの腕!血ィ出ちまったじゃねぇか!」

 

『ーーー!ーーー!』

 

チクショウ、ゲラゲラ笑いやがって…!

 

 かみくだくをされた腕を見る。あぁ、なんて痛々しい。

 肘から先が打撲やらなんやらで青黒くなっており、モロに食らった掌付近はダークボールの破片によるものなのか、所々裂傷が刻まれていた。

 

 別に命に関わる程の怪我でもないが、かと言って無視していいかって程浅い怪我でもない。血も中々な量が出た。後で包帯でも巻いておこう。そうすりゃ大体なんとかなんだろ。

 

 それよりも…

 

「久々にキレちまったよ…来いッ、ダーテングッ!!」

 

 取り敢えずコイツだけは泣かすッ!そして捕まえてやるッ!

 

「ダーテング!ちょっと辛いかもしれねぇが頑張ってくれ!リーフブレード!」

 

『ーーー!』

 

 ダーテングの扇が淡い緑の光を放つ。十分に力を貯め、自然の刃となったそれを、風神の如く肉薄、シザリガーに向かって叩き込む。

 みずタイプのシザリガーに、くさタイプの技、更にダーテングもくさタイプだからタイプ一致補正が掛かる。大体のみずタイプはこれでフィニッシュとなる。

 

「なッ……!?」

 

『ーーー!?』

 

 が、奴はその大体には当てはまらないらしい。

 シザリガーのハサミに薄い水のベールが張られたかと思うと、勢い良く振り上げられる。

 降り掛かる二刀に合わせて繰り出されたクラブハンマーは、リーフブレードと僅かに拮抗、打ち破り、ダーテングを跳ね上げた。なんとか空中で体勢を立て直し、着地するダーテング。

 息が荒い。かなりのダメージが入ったようだ。

 

「幾らシザリガーのこうげきが高くて、てきおうりょくが発動するとしても、こうかいまひとつで半減される筈なんだが…ダーテング、まだ行けるか?」

 

『…ッ…ッ…ーーー!』

 

「ナイス根性、あともう少し頑張ってくれ!」

 

 しかし参ったぞこれは。リーフブレードが入らないとなると、残る選択はあくのはどう、ぼうふう、ねっぷうしかない。

 あくのはどうとねっぷうは、こうかいまひとつだし、ぼうふうは後隙がデカすぎる。

 それに天気が雨じゃないから、あまり命中率にも期待が出来ない。あれ体力結構使うらしいし。

 

 やっぱリーフブレードが妥当か…?

 

「ただいま戻りました。見てください、こんなに美味しそうなモモンのみが…あれ、まだ捕まえてないんですか?貴方ならすぐだと思ったのですが」

 

「いちいち煽んなやこの野郎!てか本当にモモンのみしかねぇのかよ!嘘じゃん!」

 

 次の一手をどうするか、オレたちが攻めあぐねている所、きのみを取りに行ってたサイトウが帰ってきやがった。

 クソ、コイツが帰ってくるまでに決着をつけたかったんだが…割と時間が掛かっている。早いところ捕まえなくては…!

 

「あまり時間がかかる様だったら、助太刀いたしますよ。それとももう助けて欲し…って、どうしたんですかその腕!?」

 

「誰がテメェなんかの助けを借りるか!この腕?ちっと作戦が失敗しちまってな、それだけだ!お前はモモンのみ以外のきのみ探して来い!」

 

「そんな場合じゃないですよ!血も出てるじゃないですか!見せて下さい、今手当てしますから!」

 

「うるせぇな!ちょっとシザリガーのかみくだくが当たっただけだ。こんくらい後で適当に包帯でも巻いとけば治るんだよ!そんな事よりバトルに集中させやがれ!」

 

「……成る程、アイツがやったのですか。へぇ…成る程…」

 

 怪我なんか気にしてたら逃げられちまうかもしれない。致命傷じゃねぇんだ、そんな騒ぐ必要はない。

 さて、どうやってつかまえようか…ん?

 

『ッ…!?ッ…!?ーーー!?』

 

「ど、どうしたんだお前、急に震えだして?」

 

 なんかシザリガーがめちゃくちゃ震え始めたんだが。遠目から見ても分かるぐらい冷や汗を出していやがる。まるで滝のようだ。

 いや本当にどうした?腹でも下したのか?でもさっきのフードには悪いもん入ってない筈…マジでどうした?

 

『ーーー』

 

「だ、ダーテング!?おい、勝手にボールに戻るなよ!?そんなに疲れてるのか!?」

 

 しかもダーテングまで挙動がおかしくなったし。一目散にオレの腰に目掛けて突っ込んできて、ボールに戻りやがった。

 ちょっと待ってくれよ!お前がやってくれなきゃどうやって戦えばいいんだ!

 

「おやおや、ダーテングは随分と疲れているみたいですね?どうです?戦えるポケモンは居ない事ですし、私に任せてみては?何、悪い事はしませんよ。ね?」

 

「あ?いや、それは…でももうポケモンいねぇし、回復薬はキャンプに置いてきちまったからな…」

 

「まぁまぁ、ね?任せてくださいよ。直ぐに、弱らせてあげますから。その時に、貴方がボールを投げればいいんです。簡単なはなしでしょう?是非ともっ、私にやらせて下さい…お願いしますよ…?」

 

「お、おう、お前も急にどうした?スゲェやる気じゃねぇか」

 

 なんか少し怖いな…目がなんか怖い。怒ってんのか?

 

 しかしどうすっか。自分のパートナーを自分で捕まえないってのは、なんかアレだしな…でもシザリガー欲しいんだよな。

 特にあのシザリガー強いし、絶対に即戦力になる。コイツに助けてもらうってのは、少し癪だが…

 

「そうだな、せっかくの厚意を無碍にするのも悪いか。じゃ、サイトウ、頼むよ。おいシザリガーテメェ、今からコイツが相手してくれるから覚悟しろよぉぉぉぉい!?どうしたお前!?なんで土下座してんだ!?」

 

 すっごい勢いで地面に頭打ち付けてんだけど!?めっちゃ目に涙浮かべてるし!さっきまでのあくタイプらしい感じは何処行ったんだよ!?

 

「さ、許可も降りましたし、やりますか。シザリガーさん、楽しい楽しいバトルの時間ですよ?思いっきりやりましょうか」

 

 まぁ、許可とか関係なしにやりますが。

 

「唯では済まないと思って下さい」

 

「さ、サイトウ?あくまで少し弱らせてくれるだけで良いんだからな?あんまり張り切りすぎんなよ?」

 

「分かってますよ。カイリキー、ビルドアップ。直ぐ様インファイトを叩き込みなさい」

 

「ちょ、ダメダメダメ!?オーバーキル!!オーバーキルだからそれは!?」

 

 全然話聞いてねぇなこの野郎!?ひんしにさせちまったら捕まえる前にポケセン直行じゃねぇか!?

 それにちょっとシザリガーが可愛そうだから!ほら、もうビビるくらい頭下げてんぞコイツ!なんならもう捕まえられんじゃねぇか!?

 

「そこをどいて下さい。カイリキーが戸惑ってるじゃないですか。カイリキー、彼が退くまでビルドアップをし続けて下さい」

 

「ますます退けなくなったわ!?シザリガー!今のうちにオレのボール入れ!殺されるぞお前!?ほら、ダークボール!今度は壊すなよ!?」

 

『ーーー!!ーーー!!』

 

 オレがボールをシザリガーの前に転がすと、アクアジェット並みの勢いでボールに飛び込んでいった。三回ボールが揺れ、カチリと捕獲完了を知らせる音が鳴る。

 い、色々あったが、シザリガーゲットだ。なんか凄い疲れた。

 

「チッ…逃げましたか…おめでとうございますアクサキさん。目標達成ですね。どうです?早速バトルをしませんか?シザリガーもきっと力が有り余ってるでしょう。やりましょうやりましょう。さぁ、早く出して下さい。さぁ、さぁ!」

 

 落ち着けサイトウ。一体どうしたってんだ、いつもに増してわけわからん事になってんぞお前。

 

『……ッ…』

 

 お前もお前で、ボール越しにぶるってんじゃねぇよシザリガー。どうしちまったんだマジで。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「イテテテテッ…!?おいサイトウ、もう少し優しくできねぇのか?」

 

「これぐらい我慢して下さい。男が情け無いですよ………よし、出来た。暫くは安静にしてくださいね。無理に動かすと悪化しますよ」

 

「くぅ〜滲みるなぁ…!こんなにしっかりしてなくても、適当にしてりゃ勝手に治んのに…」

 

「アクサキさん?」

 

「ひっ…!?分かった分かった!暫くは動かさないように気をつけるよ!危険な事もしねぇ!これでいいか!?」

 

「よろしい」

 

 煮えるカレーの匂い、パチパチと、薪の弾ける音が黄昏に響く。すっかりと暗くなってしまった空、オレたちはキャンプ場へと戻って来ていた。

 綺麗に巻かれた包帯に、熱い光が照らされより一層白く映える。

 

「しかし惜しかったなぁ…今まではこれで捕まえて来られたから大丈夫だと思ったんだが…何がいけなかったんだ?」

 

「何がいけないとしたらそれは貴方の思考回路です。馬鹿なのですか?捕獲されているポケモンならまだしも、野生のそれに生身で近づくとは…もう二度とやらないで下さいね」

 

「そいつは了承しかねるな、アレはオレが生み出した最高の作戦、数回失敗しただけでやめられ、嘘嘘冗談だよ!?もうやんないからその怖い顔やめろ!手ェ掴んでこなくていいから!」

 

 クッ…どいつもこいつも人の作戦にケチ付けやがって…!前もガミガミ煩かったんだ、別にオレが少し怪我しようと関係ねぇだろ…!

 

「…いや、でも…」

 

 もし逆の立場だったら…心配するか、オレも。

 

 オレの腕を見た時の、サイトウの顔を思い出す。

 

 普段の無表情が嘘の様に、感情が表に出ていた。隙を見せないように振る舞っているコイツが、あの時オレの前で感情を発露させた。

 それを見て、何も分からない程オレは鈍感野郎じゃない。少なくともオレは、コイツの中では知り合い以上のカテゴリに当てはまっているのだろう。

 

 それはなんだか…悪い気はしなかった。

 

「サイトウ…今度ナックルシティの駅前に、期間限定で他地方のスイーツが売られるそうだ。暇があったら、少し買っといてやるよ」

 

「…?それはとても嬉しいですし、有難いのですが…どういう風の吹き回しですか?」

 

「ちょっとした気紛れだ、気にすんな」

 

 だから、ちょっとぐらい感謝の気持ちを送ったって、バチは当たらないだろう。

 

 きっとこんなふうに思うのは…少し長く、一人旅が続いてしまっただけだから。

 

 こみ上げてきた、このよく分からない感情を、ゴーリキーが渡してきたカレーと一緒に飲み込む。

 

 サイトウを押し切ってマトマのみを入れた筈のそれは、何故だろう、少し甘さが残っているように感じた。

 

 

 

 

 

 

 

 あれ…何か忘れているような…?

 

 

 

 

 




アクサキ
ジョウト地方出身。
旅した順番はジョウト→カントー→ホウエン→ガラル。
来る前の手持ちポケモンはヘルガー、ドンカラス、ノクタス、サメハダー、ブラッキー、コノハナ。

その内ノクタスやサメハダー、コノハナはホウエンで捕まえたポケモンであり、ブラッキーは実家のポケモン。大会などがあると手持ちに加わっていた。

ジョウトでは、三匹を除いたパーティーにゴルバットを加えた形で、同期の二人と一緒に旅に出ている。
現在は二人が忙しくて会えていないが、今でもわざわざポケギアを使って連絡を取るほどには仲が良いらしい。

因みにあの後、ランプラーを連れたスタッフが通りかかった所で目的を思い出し、接触を図る。
が、スタッフに

「いやサイトウさんがいるなら大丈夫だろ」

と言われ、絶望。
シザリガーによるアクアジェットでなんとか逃げ切った。その日はポケギアを離せなかったらしい。間抜け。

サイトウ
ララテルタウンジムリーダー。夜までタノシイ事するの待たないかというアクサキの思惑を、分かっていながらワザと受け入れた恐ろしい子。
アクサキの自己を顧みない行動に、心を痛めている。という気持ちも半々で、なら自分も少しぐらい良いのでは…?と、少し危ない扉を開きかけている。
シザリガーをシバき損ねた事を、帰ってから本気で後悔した。

最近は、古い携帯電話のような物をみて、嬉しそうに、けど寂しそうに笑っているアクサキを見て、二つの意味で夜も眠れないらしい。
作者はこの物語をRにするつもりはない、諦めr

シザリガー ♂

「相当な恐怖を感じた」



ワイルドエリアが安全に使えている理由って、リーグスタッフが常に警備に当たっているからだと思うの。ソルロックにルナトーン 連れながら、クチート 肩車してパトロールしたい。



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ちょうはつ

すまん、許してくれ。ただ、許してくれ。それだけだ。


 オレはあくタイプが大好きだ。

 

 何故あくタイプが好きなのかと問われれば、軽く半日は語ってしまう程、オレはあくタイプを愛している。

 

 あくタイプと聞けば、人によって顔を顰める人もいるだろう。

 が、少し待って欲しい。『あくタイプ』という五文字だけで、あくタイプの全てを判断するのは、あくタイプ使いとして許せないものがある。

 

 そんな、最近サイトウとどう接すれば良いのか分からず、ポケギアと胃薬が離せなくなったオレ。

 

 今日も元気にラテラルタウンへ…と言いたい所だが、その前にちょっと寄り道をしよう。

 

 何故なら…

 

「なぁバッドガール、あの野郎に勝つにはどうしたら良いと思う?」

 

「ねぇアクサキ、マリィにはマリィって名前があると。そんバッドガールって言うん、たいがいやめてくれん?」

 

 ここは、蒸気機関によって近代化を遂げた工業都市、エンジンシティ。

 

 の、なんて変哲もないチャレンジャー用ホテルのロビー。

 

 オレは今、数少ないあくタイプ使いであるバッドガールと共に、絶賛作戦会議中である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…てのが、オレの普段のバトルスタイルだな。それでいつもボコボコにされんだが…バッドガールはどう思うよ?」

 

「やけんマリィにはマリィって名前が…そんバッドガールってなに?」

 

「あァ?あくタイプ使っててそんな奇抜な格好してんだから、お前はバッドガールで間違いないだろうが。違うのか?」

 

「全然違う。そもそもバッドガールって言葉、初めて聞いたばい」

 

 あれ、おかしいな?同期が出るからって、わざわざPWTの試合観に行った時に知り合った奴らは、バッドガール、ガイで通じたんだが…こっちでは言わないのか?

 

「まぁそんな事はいいんだよ。で、何か考えついたか?オレはここに新しく迎えたシザリガーを加えようと思うんだが、どうだ?アイツのかみくだくの威力は惚れ惚れするぜ?きっとサイトウの野郎もイチコロだ」

 

「なんでマリィん名前は呼べんでサイトウさんの名前は呼べると…!こん低身長唐変木…!」

 

「はぁ!?なんでここでオレの身長が出てくるんだよ!?第一人の事言える立場じゃねぇだろこのチビ助がっ!!」

 

「マリィには夢と希望があるばい。第一何歳と比べとーと、マリィはアクサキと違うてまだまだこれからん歳やけん!」

 

 この、言わせておけば…!

 

 って、イカンイカン。このままではコイツの関係ない話に巻き込まれて作戦会議が長くなるパターンだ。落ち着け。大丈夫。オレにもまだ夢と希望がある。毎日同期と実家から送られてくるモーモーミルク飲んでるから。

 きっと数年後には…あ、クソ絶妙に抜け出せねぇ!

 

「身長の事はどうでもいい!さっさとあのにっくきサイトウをぶっ潰す作戦考えっぞ!で、お前の考えは!オレはシザリガーを軸に火力で攻めようと思うんだが!」

 

「お前でもなか!マ・リ・ィ!」

 

「分かったよウルセェな!?で、マリィはどう思う!」

 

 クッ、大人びているとは言えガキはガキ、弟どもと大して変わんねぇ歳だ。一体何が気にくわないのか、オレには全く訳が分かんねぇ。バッドガールでいいだろうが。オレならバッドガイって呼ばれても振り向くぞ。カッケェもん。

 

 って、だからそんな事はいいんだよ。早くお前の意見を聞かせてくれ…!

 

 

「…えへへ…で、なんの話だっけ?」

 

 

「ふざけんなよお前!?」

 

 嘘じゃん!?えへへじゃねぇよ笑ってんなや!コイツ何にも話聞いてなかったのかよ!なんの為にわざわざ菓子折もってスパイクタウン行ったと思ってんだ…!

 オレ、何故か知んねぇけど危うく街の人たちに殺されかけたんだぞ…!?あーもー全然進まねぇ!

 

「冗談ばい冗談、ちゃんと聞いとー。あんまり怒鳴ると目立つばい?サイトウさんばどげんして倒すか、ちゅう話やろ?」

 

「ッ…冗談かよ…!いらん嘘をつくな…!」

 

 オレ、もしかして相談する相手間違えたか…?なんだったら、ニット帽かウールー使いの方が良かったんじゃ…

 

「ユウリは無口やけん、きっと何も上手ういかんし、後レベルが高過ぎてマネできん。ホップもホップであくタイプなんか使うた事がなかけん、期待するんな無理やて思うばい」

 

「…実はお前、サイキッカーだったりしない?」

 

「アクサキは顔に直ぐ出るもん。簡単な話、頼りになるんなマリィだけ。マリィだけなんばいアクサキ」

 

「グッ…」

 

 しょうがない…自尊心やらなんやらが傷つくから余り思いたくないけど、コイツオレよりバッチ多いし、バトルも上手いからな…べ、別に圧力にビビったとかそんなんじゃねぇから!

 

…それに、そろそろオレも焦らないといけない時期だ。

 

「で?天下のマリィさんは、一体どういう作戦を思いついたんだ?」

 

「急かしゃん急かしゃん。そうばい…アクサキは、変化技ば使う気はなか?」

 

「変化技ぁ〜?」

 

 変化技って…つるぎのまいとか、おにびとか、そういうやつか?

 確かに、今までアイツとのバトルで使った変化技は、ニューラのリフレクターぐらい。行き詰まっているオレには丁度良いアクセントかも知れない。

 

 けどなぁ…

 

「なんか…卑怯臭くないか…?」

 

「なんでよ、変化技ば使うんな別によかやろ?正式に認められとーポケモンの力ばい?別に悪か事やなか」

 

「いやまぁそうなんだが…」

 

 なんだかなぁ…バッドガールの言ってる事は正しいんだけど…

 

 昔、ホウエンで旅してた時に、旅費稼ぎがてら腕試しをしようと、ちょっとした大会に出た事があった。

 そん時にエルフーン、ヌケニン、ドヒドイデを持ったトレーナーと当たったんだが…あれはひどかった。

 

 開幕普通にすばやさ抜かれてやどりぎのタネ撒かれるわ、どくどくまもるじこさいせいやられるわ、先にドヒドイデを倒そうとしても、ここっていうタイミングでヌケニンに交代されてスカされるわで、もうコテンパン。マジで散々な目にあった。

 あの時が初めてだな、人に対して明確な殺意を持ったの。

 

 まぁそいつは次の対戦相手に何もさせて貰えず負けたんだがな。

 勝った奴に、君の犠牲は無駄じゃなかった、ナイスファイトって言われたよ。手を出さなかったオレを褒めて欲しい。

 

「てな感じで、余り変化技に良い印象ねぇんだよなぁ…それにさほら、漢なら、真っ向勝負で勝ちたいじゃん?」

 

「うーん、ホップも偶にそうだばってん、男ってなしてこうも馬鹿なんやろ…大体アクサキ、そげん事言うてらるー暇なかやろ?それにマリィとバトルする時はリフレクターとか使うとに、なんでサイトウさんには使いとねえん?」

 

「え、あ、それは…その…」

 

 そうだ。オレはバッドガールとバトルする時は、ニューラのリフレクターを数枚貼ってから、それを活用して有利に進めようとしている。

 なんなら、何もホウエンの時までいかなくても、簡単な積み技や妨害技ぐらいなら使ってる自分がいる。

 実際使いたいって気持ちは、恥ずかしい話、常にある。

 

『正々堂々、全てが壊れるまで。貴方に敬意を表します』

 

…でも

 

「オレも…良く分からないんだけど…」

 

 でも、なんだろうか。

 

 サイトウとバトルすると、だんだん、だんだん、心に染み付いた何かがザワザワしてきて…

 

 そういう、勝つ為だけのバトルってのが、頭から抜けていくというか…いや、それは単純に頭に血が上って判断力が低下してるからだろうけど…

 

 詰まるところ、オレは何を言いたいのだろうか。

 

「なんとなく…アイツとは、正面からぶつかりたいから、かな…多分」

 

 力ない笑みが溢れる。

 

 やっぱり、良く分からない。分かっていたとしても、これしかない。

 

 全く持って矛盾塗れ。勝ちたいと思っている癖に、変なプライド掲げて変化技は使いたくない。

 常人なら嫌悪感を抱くであろう、勝手な考え。

 

 喉に小骨が突っ掛かっている感覚だ。話が上手く纏まらない。心の中に何かある、それはハッキリしている。

 けど、何があるのかは、未知のまま。

 

 どうやらオレは、ジムリーダーというものに、何かしらのしがらみがあるようだ。因縁、ともいうべきか。

 

 まだ、きっとオレはーーー

 

「っとと、すまんすまん。気分を悪くしちまったな。せっかく考えてくれてるのに、柄にもなく変な事口走っちまった。忘れてくれ。長く旅してるとな、色々あんだよ」

 

 苦くなる口を慌てて閉じる。

 いけねぇいけねぇ。こんな事、これからのガキに話す様なもんじゃなかったな。何歳だよオレ、話の流れ的に急すぎんだろ。

 それにさっき焦らないとって言ったんだから、なり振り構う暇はないわな。

 

「…… 薄々気づいとったばってん、手強かね…」

 

「ん?どうしたバッ…マリィ、俯いちまって。具合でも悪くなったか?」

 

「別に?唯アクサキに、絶対変化技教えてやるて思うただけ。あくタイプば甘う見よーと、酷か目に合うって思い知らしぇちゃる」

 

「お、おう。それはオレも賛同するが…なんか…怒ってない?」

 

「怒っとらん」

 

 そう言って立ち上がり、ツカツカと出口へと歩いていくバッドガール。黙ってついてこいとばかりに、親指を立ててクイっと外を指す。

 その背中には、とてもその歳で出して良いようなものではない、おどろおどろしいオーラが漂っていた。彼女の後ろにいるモルペコが、お前何してくれとんねんとガンを飛ばしてくる。ご、ごめんなさい。

 

「お、おい、何処行くんだ?この後サイトウのジムに行かなきゃなんねぇから、あんまり遠出は…」

 

「しぇからしか」

 

「はい」

 

 なんかオレ、ガラルに来てから凄い振り回されてないか?

 

 タクシーうんてんしゅのアーマーガアを撫でながら、早く乗れとばかりに睨んでくる彼女を見て、今年一番のため息が口から溢れた。

 あぁ、ジョウトの同期が恋しい…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あぁ…結局スパイクタウンまできちまった…ラテラルタウンと真反対…」

 

 マリィによって連れられたここは、スパイクタウンの外れ、9番道路。昼過ぎぐらいに予定しているジム戦とは、真反対の場所。

 

 これ、約束の時間に間に合うか…?間に合わなかった場合、講義という名の折檻が始まるんだが…やばい、思い出しただけで鳥肌立ってきた。もうよそう。

 

「タクシー使えばすぐに着くやろ。それよりもマリィとん時間ば大切にしんしゃい」

 

「お前なぁ…ま、ガキなんてこんなもんか。ワガママ言えてりゃ、健康な証だな」

 

 バッドガールの少し横暴な意見に、ついつい文句が口から溢れそうになるが、そも、バッドガールに時間を取らせているのは他でもないオレだ。出かけたそれを噛み砕き咀嚼、飲み込んでおく。

 

 オレもコイツぐらいの時は、良くワガママ言って親やポケモンを困らせたもんだ。コイツは歳不相応な奴だからな、初めてあった時は少し心配だった。

 ワガママを一言も言わないってのも、いつか溜まったものが爆発しそうで怖いし。

 

 だからオレと会う時はそんな遠慮しなくていいぞと言ったんだが…流石に限度というものはあるぞ、バッドガール…

 

「それに、アクサキにとっても悪か話やなかばい。ほら、あそこば見て」

 

「おーあれは…フォクスライか…!そういやここら辺に分布してたな」

 

 バッドガールが草をかき分けた先に映るは、赤褐色の毛皮にモッフモフなしっぽを持つキツネ、フォクスライだ。

 

 フォクスライは、ガラルで捕まえる事が出来るあくタイプのポケモンだ。別名きつねポケモンとも言われ、身軽なフットワークや鋭い爪からなる窃盗術は、確かに昔話に出てくる悪戯狐を彷彿させる。

 主にタマゴや農作物を荒らし、酷い時には旅人のバックを掠め取って行くから、割と嫌われているな。オレは大好きだけど。あの美しい毛並みにダイブしたい。しっぽ触らせろ。

 

 因みにこういったポケモンによる被害は、大体レンジャーが済ませてくれるのだが…彼らも別に暇ではないし、付きっきりで雇うとなるとお金も掛かる。

 よってブリーダーや農家は、一家に一匹、番犬の役割を果たしてくれるポケモンを置いている事が多い。

 

 これが各地方によって違うから、中々面白い。

 カントーでは忠誠心が高く、むしタイプに強く出れるガーディを使っている人達が多いし、ジョウトではナワバリ意識の強いデルビルに吠えて貰っている。

 ホウエンの農場にはポチエナがいたな。あれはしつこい性格だから、一度見つけた侵入者をいつまでも追いかけ回しやがる。

 オレん家はヘルガーとブラッキー、グラエナにゴルバットが番をしてた。お袋には絶対服従してたなアイツら。

 特にグラエナ。お袋の「おい」だけで直ぐ腹見せたかんなアイツ。

 

 んでもってガラルでは、パルスワンを使うようGA(ガラル農業協同組合)が推奨してる。フォクスライの天敵がパルスワンだし、元々進化前のワンパチが牧羊犬として人気で、普及率も高く扱い易いし。

 それに可愛いしな。この前ウールー使いと一緒にいたポニテ助手のワンパチ触らして貰ったけど、あれはヤベェ。抱きしめたら離せなくなる。二つの意味で。

 

 これは捕まえない訳にはいかないな。

 丁度良い、今回はフォクスライを主軸にして挑んでみよう。今までこうげきが高い奴しか使って来なかったし、とくこうで攻めてみるのも悪くない。

 取り敢えずちょっと遅れるかもしれないってメール送っとこ。本当に、すまん、埋め合わせは、する…っと。よし、これで大丈うわもう返信きた!?

 

「こん前アクサキが全国んあくタイプば捕まえとーって聞いて、マリィも少し協力したかねって思うて。どげん?マリィってば気が効くやろ?ずっと一緒におりとうならん?」

 

「お、おう、いや、でも助かるよ。この前もモルペコとオーロンゲのタマゴ貰ったし。今大切に育ててるぜ。そろそろ生まれそうだから、実家に送る前に一度見に来てくれよ」

 

「勿論、見に行くばい。なんたってマリィとアクサキの間に生まれた子やけん、しっかりと見届けな。アクサキったら土下座してまで欲しか欲しかって言うんだから、マリィ、頑張ったんばい?」

 

「おいおい言い方、誤解を招くぞお前。正確にはオレのポケモンとお前のポケモンの間、だ。あんまし外でそういう事言うと、悪い人に嫌な事されちまうかもしれねぇから気を付けろ。ま、ホントに有り難いと思ってるよマリィ、ありがとうな」

 

 したり顔で胸を張っているマリィの目線に合わせ、頭を撫でてやる。フワリと巻き上がる整髪剤の香り、手入れが行き届いているのだろう。絹のよう艶やかな髪の感触が、手を擽ってくる。

 

 懐かしい、弟や妹が褒めて褒めてとうるせぇ時は、こうやって撫でたもんだ。ガキは、たっぷり褒めてやんないと性格ひん曲がるからな。しっかりとお礼を伝えなくては。

 そしてオレはさっきから秒単位で送られてくるメールは絶対に見ないぞ。絶対にだ。だって怖いもん。

 

「…ア、アクサキ…?」

 

「あっ、すまん。いつもガキ共にやってるように撫でちまった。幾ら知り合いとはいえ、野郎に髪を弄られるのは嫌だわな。配慮が足りなかった」

 

 困惑した顔で此方を見てくるバッドガール。視線が交錯した所で、自分がセクハラ紛いな事をしている事に気付き、慌てて手を離す。

 

…押さえられた。

 おいバッドガール、何やってんだよお前。オレの方から触った手前こんな事言うのもなんだが、手を離せ。見られたら事案案件だからこれは。ジュンサーさん呼ばれちゃう。

 ほら、なんか町の方から殺気が…!?

 

「…他の人にもやってるんだ…へぇーそうなんや〜…とんだタラシばいね。あ、撫でるんなそんまま続けて」

 

「タ、タラッ…?何処で覚えるんだそんな言葉。けど、あながち間違っちゃいねぇぜ?オレは全てのあくタイプポケモンにモテモテだからなぁ!後もう十分だろ?もう手ェ離させてくれ」

 

「撫でるんなそんまま続けて?」

 

「はい」

 

 怖いなぁ…ガラルに来てから歳下にビビりまくってんなオレ。情けねぇ…でも怖いなぁ…!

 今の目見た?完璧に人一人ヤレる目だったよ。コイツ若干サイトウに似てる気がする。

 

「えへへ、アクサキん手、大きゅうてぬくかね。いつまでも撫でられてたい」

 

「そうだろ?オレの手は兄弟と手持ちポケモンの中では割りかし評判なんだぜ?育て屋や保育士にスカウトされた時もあったし、立ち寄った町でガキ共の世話を頼まれた事もある。旅先で、同期の奴らが熱出した時は、一晩中頭を撫でてやったもんさ…ホント、懐かしいな…」

 

 あん時は割と必死だった。確かポケセンに泊まった時で、そろそろ行くかって準備してんのに全然起きてこなくて、布団ひっぺ剥がしてみたら顔めっちゃ赤いの。

 んで焦ってもう一人の方起こそうとしたらそっちも顔赤くてうなされてんの。

 

 いや〜ビビったね。急いでジョーイさんと医者呼びにいって、階段から転げ落ちたの今でも覚えてる。医者からは君丈夫だねって引かれながら言われた。ちゃんとカルシウムとビタミンとってるからな。

 

 でも、普段は大人びてるコイツがこんなに甘えてくるのは、兄貴さんが忙しいからだろうな。確かあくタイプのジムリーダー、ネズさんだっけか?ジムリーダーは多忙だから、じっくりと甘える暇なんてなかったに違いない。この歳で甘えたがるんだから、相当団欒の時間が取れなかったんだな。

 

 ま、どんとこい。こちとら十人兄弟の長男、一人くらい妹分が増えたって訳ないさ。

 

「それはそうとて、あそこにいるフォクスライはチャチャっと捕まえちまいましょうかね。バッド…マリィ、手伝ってくれるお礼に良いもん見してやるよ。ちょっとこれ持っててくれ。見てろよ〜」

 

「え、ちょっアクサキ!?なんで上着脱いで…って何やっとーと!?」

 

 取り敢えず、わざわざこっちまで来たんだ。要件さっさと済ませて、約束の時間に間に合うよう頑張ろう。

 待ってろサイトウ、今回のオレは一味違うぜ…!捕獲作戦、開始だ!

 

 

 

 

 この後、近くを通りかかったジュンサーさんに死ぬほど怒られて、騒ぎを聞きつけた町の人が本気でオレの息の根を止めに来るという、ちょっとした騒動になったんだが、それはまた別の機会に話そうと思う。

 

 あ、でも…唯、一つだけ。一つだけ話させて貰うとしたら。

 

 バッドガール…お前何故オレの背中に飛び付いてきた?

 

 そのせいでフォクスライにも逃げられるし、あらぬ誤解を掛けられるし、殺気は倍増するし…大変だったんだぜ?

 せめて、町の人から逃げる時は背中から降りような…てか、今すぐ降りて?

 

 

 

 

 

 

 

 

「おいバッドガ…マリィ、いい加減降りてくれよ。いつまでおんぶされる気だ?オレもうバトルしなくちゃなんねぇんだが」

 

「嫌。まだ全然足らん。それにバトルん後、どうせサイトウさんとどっかいくんやろ?」

 

 吹き抜ける乾いた風に、枯草色が擦れる音、出店に立つおっちゃんとマラカッチの客寄せ声に包まれる。

 

 時は流れて、ここはナックルシティの西に位置する山間の町、ラテラルタウン。

 

 色々一悶着があった末、無事にフォクスライと変化技の使い方を取得したオレは、確かな重量を持ちながら、丘の上にあるジムへと目指していた。

 

「それはサイトウに負けた場合だ。それも条件付きの場合。今日はそうなるつもりはねぇよ。だってオレが勝つからな」

 

「やったら一層こんままでおらんと。ほら、うりうり〜」

 

 オイコラどういう意味だ、振り落とすぞ。

 

 でも、最近はアイツの方から条件提示してくんだよな…毎回って訳でもねぇが。それに頼まれる内容も、ちょっとご飯でもどうですかとか、少し散歩しませんかぐらいだし、支障を来す程でもねぇ。

 

 いや…けど、ほら?先日が先日だったから…少し…な?

 

「てかさっきから何やってんだお前!背中でわちゃわちゃと鬱陶しい!オレもそろそろ疲れてきたから、そういうチョッカイやめて欲しいんだけど!」

 

「別に何にもしとらんばい」

 

「嘘をつけ!思っきしオレの髪いじってんじゃねぇか!おい、頬擦りするな!顔を埋めるな!帽子を返せ!息が首に当たってくすぐってぇんだよ!」

 

 クソ、コイツ鼻でも詰まってんのか?さっきから耳元でスンスンうるせぇよ。ほら、ティッシュやるから、絶対オレに鼻水垂らすなよ?

 それに腕もそろそろ限界だ。

 

 元々オレは、昔からあくタイプを捕まえる為に鍛えてたし、長旅を続けてきたから、持久力も付いている方だと思う。

 最近はサイトウが、「健康の為です」とか言ってガラル空手なるものを教えてくるから、そこそこ身体はしっかりと作れている筈だ。しかし空手って、殴る蹴るだけじゃなく、組技もあるんだな。

 

 けど、幾らガキとはいえ30〜40キロぐらいはある。

 詰まる所、そんな重りをつけたまま、ナックルシティから徒歩は流石にキツい。もう腕パンパンだ。ラテラルタウンって日差しが強いし暑いから、汗も凄いかいちまった。

 特にコイツと密着してる部分が蒸れて気持ち悪ぃ。女ってこういうの嫌いなんじゃないのか?

 

 そんでもって何より…

 

「…ッ…」

 

「ママ〜わたしもおんぶして〜」

 

「コラッ、みちゃいけません!行くわよ!」

 

「チッ…ここがガラルじゃなきゃ、マルマインを思いっきり叩きつけたのに…」

 

「もしもしジュンサーさん?今人相の悪い男が女の子を…はい…場所は…」

 

「まてまてまてまて!?」

 

 周りの視線が痛すぎる…!

 

 そうだよね…!人相の悪りぃ良い年した野郎と年端もいかねぇ女のガキが、街中で堂々と密着している…?確実に事案じゃねぇか…!?

 

 オレは断じてそういうのじゃねぇ!ガキなんて対象外だろ、どうやってそんな、その、こ、こい、恋仲の…だぁーしゃらくせぇ!?

 

「大体、これだけでそういう風に勘ぐってくるこの世の中が悪りぃんだ!なんなんだよクソ、唯ガキ一匹おぶってるだけだろうが!あったとしても庇護の対象だ!庇護の対象!」

 

「アクサキ、それやと余計、そげな風に見らるーばい?言い訳しとーごとしか聞こえんもん」

 

「クソがぁぁぁ!!じゃあテメェはさっさと降りろやァァ!!」

 

「絶対降りん。別に構わんし、寧ろそっちん方が都合が良か」

 

 どういう風に捉えたらそんな結論に達するんだよ!?なんか恨み買うような事したかオレ!?いいから降りろ!!おいテメ、ガッチリ脚でホールドしてくんな!降りろ!降ーりーろ!

 

「ちょっといいですか?」

 

 何がなんでも降りようとしないバッドガール、オレの手から逃れる内に抱っこの体勢になった所で、後ろから声を掛けられる。

 ほらぁ!お前が変に粘るから、遂に話しかけられちまったよ!どうすんだよオレまだジュンサーさんのお世話になりたかねぇぞ!

 

 しかしここできょどっちまったら尚更変な事してるクソ野郎みたく思われちまう。なら、ここは…!

 

「悪りぃな!今取り込み中だからヨォ、後にしてくれや!」

 

 堂々と、押し切ってやる!

 

 背筋をはり、ハキハキと。帽子のつばを上げ、語尾を荒くする事でビビってませんよとアピール。

 目を鋭くさせ相手を牽制し、まるで自分何にも疚しいことしてませんよの体を押し付ける。声的には多分女だ。オレは目つきが悪いから、大抵の奴はそこで引く筈ッ!

 

 さぁ、果たしてお前は、オレに説教する事が出来るかな!

 

 引き剥がしたバッドガールが腰に巻きついてくるのを無視して、後ろにいる勘違い野郎に勢いよく振り返り

 

 

 

 

 

「い い で す か ?」

 

 

 

 

 

 見た事もない表情でオレの肩を掴んでくる、ジュンサーより怖い人(サイトウ)がいた。

 

「ーーーーーッァ!?サ、サイトテメ、なん、なんでここに!?」

 

「なんでも何もここはラテラルタウン。私がいるのは当然ですが。少し遅れると聞いたので、その間少し街の警邏でもと思いまして。そしたら…」

 

 黄昏よりも深い黒に染められた瞳、チラリとオレの腰辺りに揺れたかと思うと、直ぐ様此方を射殺せんばかりの目線を飛ばしてくるサイトウ。

 汗腺が全開され、冷や汗が滝のように溢れ出てくる。悪い事をしていない筈なのに、ずっしりと肩に特有の重圧が。

 

 思わず膝をつき、正座に移行する自分の姿を幻視してしまう。本能の警告、彼女から発せられるオーラだけで、オレはコイツに敵わないと刷り込まれそうだ。

 こ、怖い…怖いよ…!この前の比じゃないくらい怖いんだけど…!?

 

 オレ、この後無茶苦茶(意味浅)にされるんじゃ…!?

 

「随分と面白い事してるじゃないですか。ねぇ?アクサキさん」

 

「い、いや待てサイト」

 

「口答え、していいと?」

 

「はい」

 

 肩に掛かる重圧(物理)が強くなる。骨が軋む音、弁明すらさせて貰えない。反抗したら死、それだけが脳裏に過り、口をかたく閉ざした。オレに変質者のレッテルを貼って来た周りの奴らが離れていく。

 この街の代表とも言えるジムリーダーが来たので、事が終息すると思ったのだろう。喧騒が蘇る。

 

 なんか…皆顔引きつってるように見えるのはオレの気のせい?

 おっちゃんの呼び込み声、悪くなった空気を飛ばそうとするセンコーみたいなんだけど。

 あ、目があった。

 直ぐ逸らされた。

 すっごい憐みの念が篭ってた。目に。泣きそう。

 

「今何時か分かりますか?一時です。予定していた試合時間は十二時半、つまり三十分も遅れているんですよ。ねぇ、分かりますか?極東の人は時間にしっかりしていると聞いたのですが。貴方には当て嵌まらないようですね。まぁ、ここまでは良いんです。過ちは誰でも一度は犯します。本当に遅れるべき理由があるかも知れませんしね。てっきり私も貴方が遅れる理由はその類に属するものだと思っていました。しかし…どういう事でしょうか?どういう事なんでしょうかね?貴方から送られてきたメール、『フォクスライ捕まえてくる』なんですよ。必要ありますか?私との時間を減らしてまで、必要あるのですか?ねぇ、どうなんですか?」

 

「え、えと…その…お前に勝つ為に、必要かな?…な、なんち」

 

「ないんですよ、全て。カケラも。微塵も。何もかも必要ないんです。貴方に必要なのは一秒でも早く私の所に来る事。そして長く時を過ごす事。全く持って遺憾です。何故思うように進まないのでしょうか。メールもそうです。私が何度も何度も返信を打っているのに、既読すらつけない。連絡の取れない携帯電話など必要あるのでしょうか?否、不要です。今すぐにロトムフォンを出して下さい。他のデータ諸共粉々にしてあげますよ。代わりに新しいのをお渡しします。高性能の新型です。何、遠慮はいりません。問題は何一つ、電話帳に登録できる件数が一しかない事以外は確認されていませんから。貴方に少しでも期待をした私の落ち度です。甘い顔も過ぎては毒、油断は大敵、修行不足も甚だしかった。蜜に虫が寄ってくるのは道理でしょうに、それを平気で外に置いておくなどと。大事なモノは入念に保管しなければ、現に悪い虫が付いてしまった。さぁアクサキさん。今すぐその婦女子(売女)を引き剥がして下さい。そして今すぐにジムに向かいましょう。あ、バトルが終わった後も用があります。少し組み手にご協力を。道着は貸し出します。今日の私は多少熱が入ってしまうと思いますが、頑張ってくださいね。簡単に帰れると思わない事です」

 

 メキメキと悲鳴を上げるオレの肩、濡れた瞳が晒される。一歩踏み込まれ、更に近くなったサイトウの顔。心なしか少し上気したそれが視界を染め上げる。

 てかやめて痛いから!?なんでそんないじめっ子みたいな顔するの!?目ぇ怖いよ!?

 

「あぁ、垂涎の馳走とは当にこの事ですね…食器とテーブルが揃っていたら直ぐに頂いたのですが、まぁいいです。後でいつでも頂戴出来ますし。さ、行きますよ。そこの、確かネズさんの妹さんでしたっけ?余り彼に迷惑を掛けないように。貴方と彼の立ち位置(年齢)を考え、今後行動して下さい。時間を取らせてしまい申し訳ございませんでした。気をつけて、()()、してくださいね?」

 

「あ、いやサイトウ、バッドガールはオレのバトルを」

 

「見学は許可していません。過度な騒音は試合の妨げとなります。いつもそれで貸し切りにしているでしょう?」

 

「いやまぁそうだけど、でも一人で帰らせんのは」

 

「はい?」

 

「なんでもないっす、はい」

 

 ごめん、もう無理。キャパ超えた、完璧にキャパ超えたよ。いつもならこんなガキ一人で帰らせるなんて何考えてんだテメェと突っかかる所だけど、今のオレには無理だわ。

 マジすまんバッドガール、不甲斐ない年長者を許してくれ。ちょっと買い物出来るぐらいの小遣いは渡すから。

 

「だってよバッド…マリィ、見学ダメだって。マジですまねぇな、せっかくここまで付いてきて貰ったのに、オレがアイツ怒らせちまったせいで。ほら、小遣い。終わるまで、ちょっとそこら辺プラプラしててくれ。変な人に付いていくなよ?なんかあったら直ぐに電話かけろ、一応ブラッキー預けておくから。ブラッキー、頼んだぞ。コイツを守ってやってくれ」

 

「…」

 

「マ、マリィ…?も、もしもーし?」

 

 財布から数千円取り出し、ブラッキーが入っているボールと一緒に渡す。

 が、ホルスターをちょこんと掴んだまま俯いているバッドガール、反応がない。ただのしかばーーーーー

 

「…かね…」

 

「え?」

 

 

 

 

「仲間外れは、寂しかね…?」(裾クイッ+つぶらなひとみ)

 

 

 

 

「ーーーーー」

 

こうか は ばつぐん だ!

 

「そ、そうだよな!そうだよな!仲間外れは寂しいよな!悪い悪いオレがどうかしてたぜチビッコ一人にさせるなんて何よりも避けなきゃなんねぇのによォ!一緒にジムまで行こうな!しっかり応援頼むぜ!」

 

「え、ちょっと、何勝手に決めてるんですか。見学は許可しないと言った筈ですが」

 

「うるせぇ!己の目的の為に街中でガキ一人にさせるバカになんて、オレはなりたくねぇ!遅れたオレが全面的に悪いが、バッドガールに見学許可がおろせねぇってんならまた別の日にさせて貰うぜ!大体お前なんとも思わないのかよ、ジムリーダーだろそれぐらいの器量見せつけてくれや!」

 

「クッ…至極真っ当な正論…!し、しかし何を言われようと彼女に対して私はなんとも思わ、嘘です。見学を許可しましょう。だからお願いしますそんな目を私に向けないで下さいその顔もとても素敵で疼いてしまいますがそれ以上に怖いです!」

 

 普段ならこんな威圧的な事はしないようにしているんだが(特にサイトウには)、別に構わない。恐怖心も罪悪感も這ってこない。彼女を見てクソみたいな劣情が浮かび上がった訳でもない。

 あるのは、間欠泉の如く腑の底から噴き上げてくるこの感情のみ。

 

 遠い昔の記憶が蘇る。

 

 ジョウトで暮らしていた時、駄々をこねる弟や妹の為に近所の駄菓子屋へと連れて行った記憶が。

 

 カントーを巡っていた時、公園に来たガキどもを面倒見て、丸一日をそいつらの相手をしてやった記憶が。

 

 ホウエンで旅費を稼いでる時、知り合った奴らと臨時で保育士になり、ガキどもにもみくちゃにされた記憶が。

 

 長々とすまない。簡潔に言おう。

 

 

 父性がダイマックスした。

 

 

「アクサキ、おんぶして欲しか…ダメ?」

 

「は?ダメに決まってますよなんでアクサキさんがそんな事しないといけないんですか。ジムまで坂やら階段やらありますから、彼に負担が掛かります。第一貴方、さっき嫌がられてたじゃ」

 

「おういいぞ!おんぶの一つや二つくらい、どうって事ねぇぜ!ほらマリィ、しっかり掴まれ、よッ!」

 

「アクサキさんッ!?」

 

 今のオレならなんでも出来そうだ。

 

 彼女の細い腰に手を回し、力を込めて高く上へ。磁器のように白い太腿を肩に乗せ、足首掴んで固定すりゃあ俗に言う肩車という奴だ。

 突然の行動に少し戸惑ったバッドガールだが、すぐに軽快な笑い声を上げる。あ、おんぶって言ってんのに肩車しちまった。まぁ喜んでるしいいか。こら、帽子とんな。

 

「ダ、ダメです認めません!どうしても何かを背負いたいと言うのなら、私を背負って下さい!ほら、年頃の婦女子を生に背中に感じられますよ役得じゃないですか、早くソイツを下ろして屈んで下さいよ!」

 

「なんでだよ。高々ガキのワガママ、可愛いもんじゃねえか。それになんでテメェをおぶらなきゃなんねぇ、テメェで歩け」

 

「〜〜ッ!いいから屈んで下さいッ!」

 

 そのまま進み出したオレ達の横をついて回り、ダメだダメだと抗議するサイトウ。延々と文句を言う姿からは、普段の覇気が見る影もない。さっきまであった殺気(なんちって)が消え失せた。

 

 大人顔負けの雰囲気を出す彼女の姿から一転、まるで駄々を捏ねるガキそのものだ。どうしたのだろうか。

 

「…アクサキがいいって言ってるのに、

ジムリーダー(筋肉ダルマ)が、ごちゃごちゃとしゃあしかね…背負っても堅か感触しか感じられんアクサキがかわいそう」

 

「此方の台詞です。色白な癖に脳内真っ黒な貴方に触れられたら彼まで汚れてしまう。早急に離れて下さい。それとも…喧嘩(バトル)なら買いますよ、妹さん(マセガキ)?」

 

「きゃぁーえずかばいアクサキー、サイトウさんえずうて一人で歩けそうになかねー」

 

「…随分と汚らしい蛆虫だ。急いで取り除かなければ彼が膿みに蝕まれてしまう。ソイツを下ろしてくださいアクサキさん。後すいません、先に彼女とバトルしなくてはいけなくなりました。なに、すぐ終わらせますよ」

 

 現に、なんかバッドガールとバッチバチになってるし。

 

 冷静沈着を心掛け、常に感情を表に出さない彼女にしては信じられない光景だ。バッドガールの何がそんなに気に食わないのだろうか。

 案外コイツ子供嫌いなのか?いや、ゴースト仮面と一緒に飯食ってる所も見たし、子供ファン対応もしっかりしてるから、そういう訳ではないと思うんだが…

 

 やっぱ、かくとうタイプとあくタイプは馴れ合えねぇのかな。フフ…矢張りあく使いは孤高の戦士、皆から求められる正義の鉄槌とは混ざり合えないって訳か…シブイな!

 

 ま、取り敢えずこの空気耐えられんから止めよ。

 

「おいこらお前ら、喧嘩すんな。サイトウ、さっきからみっともねぇぞわーきゃーと。仮にもコイツの年上でジムリーダーだろ?ガキのやっすいちょうはつぐらい、そんなガチで怒らんでもいいじゃねぇか」

 

「ですが…!」

 

「ですがもデスカーンもねぇの。オレみたいなんかが何言ってんだって思うだろうが、ここは一つ、年長者を見せてくれねぇか?」

 

「ッ…ーーー分かりました」

 

「マリィ、お前もだかんな。変に人を煽るな。相手は年上なんだから、ちゃんと敬意払え。勿論オレにもだ」

 

「はーい、サイトウさんと違うて、マリィはお利口やけんちゃんと言うこと聞く〜」

 

「一言余計だ一言余計。ホントに分かってんのか?」

 

 よし、二人とも落ち着いたみたいだし、これで大丈夫…だよな?相変わらずオレの髪わしゃわしゃしてくるバッドガールを横目に、黙って歩きだしたサイトウを見る。

 

 キビキビとした動き、伸びた背筋にいつものサイトウを見出すが、いかんせん、表情が冴えない。本人はポーカーフェイスを保てていると思ってんだろうが、その顔には沈痛といった感情が浮かんでいる。

 

…少し、強く言い過ぎただろうか。

 

 オレん家は喧嘩した時、まず年長者が叱られて、我慢してあげてくれだの譲ってやれだの諭されるタイプの家だ。それに反発する事は多々あったけど、いつも親父やお袋の姿を見ていたから、長男としての理解は出来ていた。

 だから、ついついサイトウにも同じノリで言っちまったんだが…

 

 でも、幾らコイツが大人顔負けの天才少女だとはいえ、少女は少女。オレよりも年下だ。オレが勝手にテメェのルールを押し付けるのは、確かに良くない。物分かりがいいから理解してくれているけど、納得はしていない筈。

 

 大体約束遅れてきた奴から説教くらうとか、クソ煩わしいに決まってる。オレだったら速攻殴り掛かる。何してんだオレ。

 そう思うと、矢張りコイツはしっかり者なんだろうな。問題は、そのしっかり者がなんでこんな喧嘩するか、その要因。

 

…コイツも、案外人に甘えられねぇ人生歩んできたらしいからな…

 

 英才教育、なるものを受けていたらしい。

 兎に角厳しい両親を持ち、表情筋が衰える程の辛い修行の毎日。弱音なんて吐けなかったと、この前ポロリと溢していた。話だけ聞いたら胸糞だが、本人は感謝をしていると来てっからどうしようもねぇ。

 

 ジムリーダーとなってからは一層弱い所なんて、彼女の性格上見せられないだろう。そんな溜め込む毎日送ってる時に、約束遅れた野郎が知らねぇガキ甘やかして、テメェは我慢しろ…鼻につく事この上無いな。

 

 てか改めて見てみるとクズじゃねぇかオレ。これは不味い。ちょっとフォロー入れないとかなり不味い。

 

 それに、これでは彼女が仲間外れだ。一人は…とても寂しい事だとオレが一番わかってるだろうに。

 

 しょうがねぇ、人生の兄貴として、此処は一肌脱ぎますか。

 

「マリィ、ちょっとしっかり捕まってろよ。絶対離すな」

 

「?分かったばい」

 

「よし良い子だ。おいサイトウ、ちょっといいか?」

 

「…なんでしょうか…?」

 

 一歩前を歩いているサイトウを止め、此方に身体を向けさせる。振り返ったサイトウは明らかに自分拗ねてますオーラを醸し出しており、声にはハリがない。

 まるで構って貰えなかった兄弟たちの様だ。それが尚更、オレの行動を後押しさせる。

 

「…先程は取り乱してしまい申し訳ありません。矢張り、自分にはまだ修行がーーー」

 

「ちょいと失礼」

 

「ーーーぁ」

 

 自分の態度に謝罪を要求されたと勘違いしたのか、頭を下げてくるサイトウ。その丁度良い高さになった頭に手を当て、ゆっくりと。

 手を櫛にして、砂金の様にきめ細やかでサラサラとした髪をかき分ける。

 

 ゆっくりと、ゆっくりと。ガキに込める慈愛を、そのままサイトウに。今までの経験を全て動員させ、ゆっくりと浸透させていく。コイツの心に溜まったヘドロを、少しづつ、掻き出していく。

 

「さっきは少し言い過ぎちまってすまねぇな…いつも頑張ってくれてんのに、ちょっと配慮が足りてなかった」

 

「ーーーぁ、いえ、そんな…私は、その…」

 

「謙遜すんなって。いつもジムリーダー頑張ってて、偉いな。オレァお前のおかげで、毎日ホントに助かってるぜ…ありがとよ」

 

「…あ、ありがとうございます…!?」

 

 髪を梳く作業を繰り返す。

 

 こういう、真面目で、謙虚で、中に溜め込む癖のある奴は、自分でも分からない内に承認欲求が募っていくと聞いた事がある。ガキは褒めてくれと遠慮しねぇが、彼女はもうそんな歳では無い。

 ジムリーダーという立場、向けられる期待、厳しい両親、作り上げた自分自身。褒めてくれなどと、嘯く事なんか出来やしない。

 

 だけど、彼女が褒めてくれと言えないのなら。

 

 此方が、頑張ったなと。褒めてやる事が必要だろうに。

 

 まだ、その全てを背負うには、早すぎるだろうに。

 

 いかんせん彼女は天才だから、出来上がっていると勘違いしてしまう。誰も彼女を褒めやしない。彼女に掛けられる言葉は常に〝頑張れ〟であり、〝頑張ったね〟ではない。

 それがどれだけ寂しい事なのか、オレは、全て理解出来ている訳では無いけれど。

 

 美味しそうにケーキを食べているサイトウを。

 

 楽しそうに買い物をしているサイトウを。

 

 嬉しそうに、ポケモン達と戯れているサイトウを。

 

 コイツは普通の女の子なんだと、それだけは知っている。

 

 だからせめて。

 

 周りが彼女を褒めないならば、せめてオレだけでも。

 

 かくとうタイプ永遠の宿敵(ライバル)として、彼女を労おうじゃねぇか。

 

 任せとけ、こちとら十人兄弟の長男。

 

 一人や二人、妹分が増えたって、どうって事ない。

 

「よしよし、頑張ったな…ほれ、お終い。悪りぃな、髪くしゃくしゃにしちまって、女ってぇのはセットとか大変なんだろ?今日の遅刻の事も合わして、今度埋め合わせするから、勘弁な?」

 

「ーーーえ?あ、もう終わりですか…いや、その…お気遣い頂き、ありがとうございます…埋め合わせの件、是非とも、よろしくお願いします。しかし…何というか…ホントにアクサキさんですか?頭でも打ったのでは?」

 

「おいコラどういう意味だ」

 

「そのままの意味です。あと、婦女子の髪を断りもなく触らない様に。他の人には絶対やってはいけませんよ?

…正直言って、危なかった…彼にこんな一面があるとは…!落ち着けサイトウ、落ち着くのです…!」

 

 良かった、いつものサイトウに戻ってくれた。顔つきも、大分ハッキリとして、矢張りストレスとか溜まっていたんだろうな。なんかぶつぶつ言ってっけど、これにて一見落着って訳かな。

 しかしさっきからバッドガール静かだな。どうした?

 

「あ、そっかそうだよな。やっべ、マリィにも同じ事言われたの忘れてた。いや普通にすまんな」

 

「…妹さんにもやったのですか?」

 

「え?おう、やったけど…」

 

「…まぁいいです。それ以上に、構って貰う事とします」

 

「おう任せとけ。テメェはいつも頑張っているよ。甘えたい時はいつでも甘えてこい。この最強のあくタイプ使い、アクサキ様が労ってやろう!フフッ、あくタイプを頼ってくるかくとうタイプ…実質コレ勝ちなのでは?」

 

「馬鹿な事を言わないでください。貴方が私に勝てる訳ないでしょうーーーありがとうございます」

 

「…いいって事よ」

 

 一瞬不穏な空気が流れた気がしたけど、気のせいだったみたいだ。再び一歩前を歩き出すサイトウ、足音だけが響いて、沈黙が続く。

 だが、悪くない沈黙、という奴だな。その静寂が、不思議と気持ちが良かった。

 

 あー、今日も善行を積んでしまったな。全く、オレってばなんて罪作りな男なんだろうか。バッドボーイがグッドボーイになってしまう。

 これはアルセウス(こわもてプレート)もほっとけないわ。よっしゃ、なんだかいけそうな気がしてきた。バッドガールが教えてくれた戦法もあるし、今日こそテメェをボコボコにしてやるぜ、サイトウ!

 

 見えてきたララテルジム、逸る気持ちを胸に秘め、そのまま足に力を込めた。

 

 

 

「…ねぇ、アクサキ」

 

「フフ…うん?どしたマリィ?」

 

 バッドガールが発した言葉で

 

「やっぱり、やっぱり他ん奴らにも同じ事やっとったんやなあ。ばり悲しゅうて、残念ばい」

 

「ハッ、それはそれは残念でしたね。下らない妄想が崩れ落ちて、お気持ち、ご察し致しますよ?」

 

「はぁ… こりゃあんまり言いとうなかったっちゃけど、まぁ、さっきからちょっと優しゅうされただけで、勘違いして有頂天になる可愛そうな人見てられんし、現実教えちゃった方がよかね…アクサキ」

 

「?」

 

 場が凍りつくまでは。

 

 

 

 

 

「アクサキがくれたカジッチュ、今も元気にしとーばい」

 

 

 

 

「…は?」

 

 あぁ、あの時のサイトウの顔、多分一生忘れないだろう。

 

 油のささってないギアルの様に、ゆっくりと振り返り。

 

 お前、それは本当かと、目線で投げかけてきたサイトウに対して。 

 

 

「え?おう、やったけど…」

 

 

 そう言った時の、サイトウの顔を、一生。

 

 見えない筈なのに、何故か粘着質な笑顔を浮かべているバッドガールが、脳裏に過った。

 




アクサキ
ジョウト地方出身。他地方での獲得バッヂ数はカントーが4、ジョウトが7、ホウエンが6。
十人兄弟の長男。
次男と六歳差と、歳がそこそこ離れているので、面倒役を任せられる事もしばしばあった。
それにより磨かれた兄貴力は凄まじいものであり、旅先の子供達には良く懐かれる。
本人は自分から醸し出されているあくタイプオーラに魅了されていると思っているが、実際は近所の優しいお兄ちゃんぐらいにしか見られていない(一部例外あり)
兄弟達+同期が言うオススメは、なでなで膝枕耳掻きマッサージのコンボらしい。心臓が悪ければ死ぬとか。

現在次男と長女(双子)は旅に出ており、仕送りをそちらに回す為、バイトを増やしている。
最近は十一人目の兄弟が出来るとかなんとかで、楽しみだとサイトウに言ったら「お父さん元気ですね」と微妙な顔をされた。
元気なのはお母さんらしい。無知。ナニとは言わないが。

本人の性格と育った環境上、年下は完璧に対象外であり、児童を異性の対象にする輩の事を「どうやったらそんな風に考えられるのか分からんw脳味噌腐ってんじゃないのか?w」と宣っておりつまり奴は我々の敵だ総員ボールを構えろ最大火力でぶっ飛ばしたあとふんじばってサイトウちゃんに献上するぞ。

サイトウ
ごめん、今めっちゃ荒れてるから正直近づき難いというかなんというか…説明すると、這い寄ってきた蛆虫にまんまとしてやられてご乱心…あ、サンドバック破けた。
気がすんだかな…え?なんでこっちくんのサイトウちゃん、ちょ、ちょっとマジかよ死ぬ死ぬ死ぬおい待てって誰か助け

マリィ
あくタイプジムリーダー、ネズの妹。
子供という特権を振りかざしてアクサキとイチャイチャ(一方的)をする恐ろしい子。
カジュッチュは作戦会議のお礼に何かするよと言ったアクサキに頼んで捕まえて貰った。
スパイクタウンの人は勿論、ニット帽、ウールー使い、フェアエステンパ、ポニテ助手など定期的に言いふらしており、社会的に外堀を埋めて…いやこの場合アクサキの周りに深い外堀を掘って中に入ろうとしている、やっぱり恐ろしい子。おんぶしてもらった時に来ていた服は洗わず保管しているらしい。
アクサキより知っている。ナニとは言わないが。可愛いばい。

フォクスライ ♂
空気。モブ。キツネ。

ブラッキー ♀
なんだったらフォクスライよりコイツの方が印象に残ってそう。アクサキの膝は私のモノ。クール。


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ふいうち

良い子のみんな!

家でジンギスカンをやる時は、お肉にしっかりと火が通っているかを確認しよう!作者との約束だぞ!隣でマクドウメェw wお前も食うかw wっていってきたYよ、テメーは許さん!

そしてそれを表したかのように今回の話は難産だ!そして多くのオリジナル設定を含んでいる!
ん?と思う描写やあれ?っと思う設定、なんか繋ぎ目の怪しくね?って感じる展開が出てくるかもしれないが、猫のお腹をさする様に優しくしてくれよな!元々だろって思ったそこの貴方!電車の中で催す呪いを掛けてやる!ポンポンペイン!




 オレはあくタイプが大好きだ。

 

 何故あくタイプが好きなのかと問われれば、軽く半日は語ってしまう程、オレはあくタイプを愛している。

 

 あくタイプと聞けば、人によって顔を顰める人もいるだろう。が、少し待って欲しい。『あくタイプ』という五文字だけで、あくタイプの全てを判断するのは、あくタイプ使いとして許せないものがある。

 

 そんな、最近次男と長女から旅が順調だという報告を受け、なんとか崩壊寸前のメンタルを立て直したあくタイプ使いことオレ。

 

 我らが宿敵サイトウを倒すべく、今日も元気にラテラルタウンへと足を運ぶ…のだが、今回は同じラテラルタウンでも目的地が違う。

 

 何故なら…

 

「頼むゴースト仮面!オレにゴーストタイプの扱い方を教えてくれッ!!」

 

「え、ぇ…あの、その…どちら様、ですか…?」

 

 ここはいつもお馴染み、枯れた風が吹き抜けるラテラルタウン。

 

 そこの、サイトウのジムとは真反対の丘に建っている、チャレンジャー最初の選択肢が一つ、ゴーストジム。

 

 オレは今、ゴーストタイプの極意を教わるべく、このジムのジムリーダー、オニオンことゴースト仮面に絶賛土下座中である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「悪りぃな、こんな無茶振り聞いて貰ってよ!あ、自己紹介が遅れたな!オレはアクサキ!唯我独尊、疾風怒濤を掲げし新星のあくタイプ使いだ!ま、あくタイプ使ってもう数年は経ってっから、新星でもなんでもねぇがな!アッハッハ!」

 

 そう言って、土下座により真っ黒になった顔を振り上げ、自己紹介をしてきたチャレンジャーさん。

 名を、アクサキ、というらしいです。取り敢えず、ジムの入り口で土下座されても目立つし困るので、ロビーへと入って貰いました。

 後、汚れが凄いので、拭う用にハンカチを…あ、でも…僕なんかが使ったもので大丈夫かな…大丈夫、だよ、ね?

 

「あ、すまねぇな、ハンカチまで貸して貰っちゃって。洗って必ず返すぜ。あと、これ…ちょっとした菓子折だ。フエンせんべいってんだけどな、お茶でも飲む時食ってくれ」

 

「あ…わ、ざわざどうも…ありがとう、ございます」

 

 よ、良かった…見た目に反して、意外と律儀な人のようだ。

 

 なんでも彼は、サイトウさんの所でチャレンジを受けているそうなのですが、使っているタイプの都合上(彼は頑なに自分の腕の問題と言うのですが)中々突破出来なくて困っていたそうで。

 

 そこで悩んだ結果、かくとうタイプの技を無効化できるゴーストタイプを扱えるようになればいいんじゃないのか、という結論に達したらしく。

 じ、自分で言うのもなんですが、一応ゴーストタイプを上手く扱える方である僕の所に、教鞭を振って貰うべく訪ねてきた…らしいです。

 

 ここまででしたら…その…ポケモンの、何よりゴーストタイプの事で頼って貰えるのは…あの…僕的に凄く嬉しいし、一トレーナーとして誇らしいんですけど…

 

「いやぁ、噂には聞いていたが…ホントに仮面つけてんだな!その仮面どうなってんだ?なんかの骨で作られてんのか?なんか、ミステリアスでカッケェな!しかし…お前ちゃんと飯食ってるか?随分と細い身体しちまって…オラ!」

 

「わ、わ…!?」

 

「ほらこんなに軽い。お前まだまだチビなんだから、いっぱい食わねぇとおっきくなれねぇぞ。よっしゃ!先ずは飯屋に行って腹拵えするか!好きなの言っていいぜ!カレーか?ラーメンか?それともジョウト料理屋か?勿論勘定はオレが持つぜ!」

 

「そんな、お気になさらず、お、おろして、下さい…!?」

 

 急に彼が立ち上がったと思うのも束の間、腰に手を回されます。何を、と彼に問いかける暇もなく、そのまま一気に重力から引き剥がされ、彼の頭上へと…所謂タカイタカイの体勢です。

 

 そう、この人…口調が乱暴な割に、凄く真面目で律儀な人なんですが、いかんせん、なんというか…

 

 僕たち、初対面のはずなのに、凄いグイグイくるというか…!?

 

 なんなのだろう…いや、ホントになんなのだろう。

 完璧にノリが昔ながらの友達感覚で接してきます。人付き合いが苦手な僕にとって、この状況は少し厳しいものが。

 正直言って、タイプ相性が不利すぎる。流石はあくタイプ使い、ゴーストタイプ使いの弱い所をズンズン突いてきますね…

 

「そ、その…!ご飯に、行くのも良いで、すが…その前に、あの…貴方のポケモンを、見せて、欲しい…です。どんな、子か…その…ゴーストタイプも、色々、あって…教えるのも、楽なので…」

 

「お、そっかそうだよな、今日はゴーストタイプについて教わりにきたんだった。色々飛ばしすぎちまったな、すまんすまん。えーと…ほれ、こいつだ。こいつの事で、少し話を聞きたくてな」

 

 そのまま僕を担いで外に出ようとするアクサキさんを、なんとか引き留めます。幾らゴーストタイプの扱いに長けているとはいえ、ゴーストタイプにも、それぞれ個性がありますから。

 事前にどんな子か、知っておくおかないで、大分、対処の正確性が、変わってきます。そ、それに、僕も、もう男の子なので、流石に恥ずかしいですからね、肩車。

 

 僕の、必死に捻り出した言葉を、しっかり聞き取ってくれたアクサキさん。肩から下ろしてくれました。

 そのまま流れるように、目線を合わせようとしゃがむ所を見ると、僕のような年齢の子との、接し方には慣れているのでしょうか…

 あ、あの、なんで頭を撫でてくるの…?

 

「…出てきてくれ、ヤミラミ。少し話をしようぜ」

 

『……』

 

 少し躊躇ったような表情を見せた彼は、ホルスターからダークボールを取り、中にいるポケモンを呼び出します。

 

 出てきたポケモンはヤミラミ。あく ゴーストタイプのポケモンです。

 土を掘り返す鋭い爪と、主食の鉱石を噛み砕く尖った牙を持っており、暗闇で宝石の瞳が光る時、魂を吸い取ると言われ恐れられています。

 

 で、ですけど…

 

 洞窟のゴーストタイプと言ったら、というポケモンですが…シャンデラやフワライドなどと比べたら、比較的扱い易い方に分類されています。

 アクサキさんは脱落者が多く出るカブさんのチャレンジを突破する程の実力を持っていますし、とても扱えないという程のポケモンでは…

 

「ヤミラミ、です、か…あくタイプ、ちゃんと入ってますもんね…」

 

「そうなんだよ〜あく ゴーストっていうスッゲェ優秀なタイプでさぁ、何よりキュートでミステリアスだろ?オレは大好きなんだが…いってぇ!?」

 

『…!…!』

 

「だ、大丈夫、ですか…!?」

 

 アクサキさんがヤミラミの頭を撫でようと手を伸ばした、その腕に、ヤミラミが妖しく光る紫紺の爪を突き立てます。

 加減はされているようですが、衝撃により仰反ったアクサキさんの腕には、真っ青な痣が。

 

「イチチチチ…相変わらず乱暴な奴だなお前は。そこもいいんだけどよ…あ、大丈夫大丈夫、心配すんな。日常茶飯事だから」

 

「いや、でも…痣が…!」

 

「大丈夫だって、ほっときゃ治る」

 

 ほ、本当に大丈夫でしょうか。ポケモンの技を、それもゴーストタイプの技を受けるなんて、普通の人なら慌てるなりすると思うのですが…

 顔に刻まれている裂創然り、腕に染み付いている咬傷然り、随分と、自分の怪我に頓着がない人の様です。

 

…サイトウさんが良く話してくるチャレンジャー、今更ですが、この人で間違いないですね。あの人が嘆く気持ちが、すっごく分かります。これは確かに心配になっちゃう。

 

「今のを見てくれれば分かると思うけど、この通り、あんまオレには懐いてくれなくてなぁ。バトルでも言う事聞いてくれないし、ホント、どうしようかって思っててよ…だから…」

 

「…なるほど…なんで、こんなに懐かないのか、知りたいと…」

 

「そう言う事。オレの知り合いで頼れる霊能力者はジョウトにホウエンと、聞こうとしてもちっとばかし無理があるだろ?お前の事はサイトウやマリィから聞いてたし、少しばかり、仲良くなるきっかけになるかなってな」

 

 そう言って、アクサキさんはボールに戻ってしまったヤミラミを、愛おしそうに、寂しそうに見つめます。

 トレーナーに牙を剥くポケモンなど、運が良ければポケモン大好きクラブ行き、悪ければ捨てられるのに…それでも自分のポケモンとして、愛そうとする彼は本当に優しい心の持ち主なのでしょう…顔は怖いですけど。

 

 さて、では早速始めましょうか。

 

「で、は…その、ボールを、貸してもら、えますか…?」

 

「ん…OK、分かった。気を付けろよ」

 

「だ、い丈夫…です。こう、見えても…ジムリーダー、ですから…」

 

「ははっ、そりゃ頼もしいこって」

 

 む…また頭を撫でられました。僕が幼く見えるのはしょうがない事ですが、やっぱり恥ずかしいものは恥ずかしい…なまじ気持ち良いのが厄介すぎます。

 

 おっと、気が逸れてしまいました。いけないいけない、集中しましょう。

 

 彼からダークボールを受け取り、開閉スイッチを押します。飛び出すヤミラミ、辺りを見回せば、後ろに主人、正面に訳の分からないトレーナー。

 そのトレーナーが、自分に掌を向けてくる。とても不審に見えるでしょう。ヤミラミの、歪む顔、強ばる体、妖しく光る影の爪。

 空気が張り詰める。

 

「ッ、おいヤミラーーー!」

 

「ーーーまって」

 

 それを見たアクサキさんが腰を浮かせますが、手で制します。

 詰まる喉、瞳に不安の色が濃く、されど此方の意を汲んで言葉通りに、ソファーに重量が加わる音。

 

 下手に、ゴーストタイプの気を立てると、霊気や波長が合わせ辛くなってしまいます、からね。少し、待ってください。

 

『……ッ!ッ!』

 

「だ、いじょーぶ、怖くない、よ…」

 

 ゆっくりと、手を伸ばす。彼から発せられる霊気、波長を、取りこぼさないように。紺碧の身体へと、手を伸ばす。

 

 この力を扱えるようになったのは、小さい頃の、大怪我がきっかけ。あの大事故で、生死の狭間を彷徨った僕は、亡くなったゴーストタイプのポケモンが見える程の、霊力を授かった。

 

 他人には見えないモノが、僕には見える。

 

 他人には聴こえないモノが、僕には聴こえる。

 

 他人には感じられないモノが、僕には感じられる。

 

 ゴーストタイプ

 

 当時は唯々恐怖の象徴でした。無理もありません。まだ今も未熟な僕ですが、あの時はもっと未熟、まだ暗がりで二の足を踏む、年相応の子供です。

 当然、怖かった。周りにいた、大人達でさえ、ゴーストタイプの事を恐れ、避けていたのですから。

 

 だから最初は、戸惑い、怖くて、不安で。

 

 もう普通の生活が送れないと、暗澹とした気持ちになったりもしました。

 

 勿論、()()()ですけどね?

 

 ヤミラミに意識を向けながら、チラリと自分の腰にかかっているボールを見る。中に入っているのは、小さい頃から共に戦い、共に泣き、共に笑った相棒、ゲンガー。

 

 ゴーストタイプとはいえ、ポケモンはポケモン。

 

 そう、僕に教えてくれた、掛け替えの無い存在。

 

 あれは確か…朝から雨がシトシトと降っていた、薄灰色の日曜日。

 

 家族みんなで、おばあちゃんが眠っている霊園へと足を運んだ、あの時に。

 

 墓石の前に、1束の花を添えて、手を合わせるゴーストを見て。

 

 僕の世界はさっぱりと晴れたんです。

 

「…よし、掴ん、だ…」

 

 構える姿勢は、次第に、鷹揚。

 一つ一つの細い糸が絡み合い、丈夫な紐へと昇華する感覚に、ヤミラミの周りに張られていた空気が弛緩します。色々と思いに耽っている間に、どうやら波長があったようです。

 

 これが野生のポケモンだったら、もっと時間が掛かったのでしょうが…そこはモンスターボールの力か、はたまたこのヤミラミが、まだ彼に対して心を塞ぎ込んでいないのか。

 

 多分、後者でしょう。

 短い付き合いですが、アクサキさんはポケモンの事をとても理解している優しい人って分かります。どんなに邪険に扱われても、どんなに反抗的な態度を取られても、それを許して、自分のポケモンをどこまでも愛せるポケ格者。

 

 きっとヤミラミも、それに気付いている筈です。ただ今は、ちょっとした、それこそ反抗期のようなものが来ているだけ。

 

 さぁ、ヤミラミ。僕に、君の想いを教えて下さい。

 

 君が、彼の事をどう想い、どれほど愛しているのか。

 

 恥ずかしがらなくていい。僕だけに、少し、教えて下さい、ね?

 

 それらの言葉、その意味を霊力に乗せて、さっきより淡くなった紫紺の手を取り送り込みます。

 

 びくりと跳ねるヤミラミ、しかしこちらの求めているものを理解して、考え込む。しばらく下を向いて、心の整理をしているようです。その姿は、まるで告白前の子供の様。

 

 少し微笑ましく思いながら、ようやく意を決したヤミラミの、光り輝く瞳。それを介して、彼の想いが乗った霊力を受け取ります。

 

 ふふふ、さて、一体どんな事が書かれているのかな…?

 

 

 

 

 

『アノヒトノ、コトガ、トテモ、コワイ。タスケテクレ』

 

 

 

 

 

……あれ?

 

「あ、あれ?お、か、しい、な…?」

 

「おっ、どした?なんか分かったか?」

 

「え、ぇ…確かに、彼の想いを、聞き出すことが出来、た、のですが…」

 

「おぉ!流石ガラル一のゴーストタイプ使い、霊能力者としての力もピカイチだな!で?なんつってた?」

 

「いやぁ、その…なんというか…」

 

 これは伝えても良いのでしょうか…?

 

 思った以上に、深刻な想いを伝えられた事に対する動揺が隠せません。

 え?あのヤミラミそんな事思ってたんですか?てっきり、『最近中々素直になれなくて…』みたいな事がくると思ってたのですが。

 

 どうしましょう、頭に思い浮かべてたものが一気に崩れ去りました。結構ちゃんとした恐怖の念が含まれていましたからね。

 あれ?もしかしてアクサキさんって、見た目通りの人?僕の早とちりなの?

 

 いや、一旦落ち着きましょう。先ずは彼にこの事を話さない限りには、進みません。何かしらの事情があるのかも知れませんし、それを知ってからでも対処は遅くないでしょう。

 万が一、ゴーストタイプが軽視されている様な事をしていたら…お家に藁人形余ってましたっけ…

 

 取り敢えず、伝えておきましょうか。ゲンガー、一応構えてて。

 

「……はー成る程、オレの事がめちゃくちゃに怖いと…」

 

「はい、確かにその様な事を…あの、つかぬ事をお聞きしますが、何か心あたりとかはありますか?どんな小さいことでも構いません。洗いざらい話して下さい。いいですね?」

 

「お、おう、急にハキハキ喋りだすな…なんか怒ってる?」

 

「怒ってません」

 

「いやだってダークボール構えてるし、ヤミラミの事抱きしめて離さないみたいになってるし、やっぱ怒って」

 

「早く話して下さい」

 

「は、はい」

 

 そ、そうだなぁ…と顎に手を当てるアクサキさん。記憶の海へと泳ぎだす。さぁ、ちゃんと思い出して下さい。

 何も危害を与えていないなら、ゴーストタイプが、ゴーストタイプがっ、人をこんなにも怖がる筈が無いんですからっ!

 

「…あぁ〜…オレの事怖がってる理由、分かっちまったかも…」

 

「なんですか!?」

 

「ちょ、近い近い仮面落ちるぞお前、ちゃんと話すから落ち着け。しっかし何処から話したもんかなぁ…」

 

 ま、無難に出会いからか

 

「そいつはさ、実はオレが捕まえたポケモンじゃないんだ。話すと少し長くなるんだが…オレがホウエンを旅してる時に、ゴーストタイプ使いと友達になったんだよ。そいつから貰ったポケモンでさ」

 

「友達から、貰ったポケモン?」

 

「そう、貰いモン」

 

 交換ではなく、貰ったポケモン、ですか。

 

 でもそれだけで、ここまで彼を怖がるでしょうか…もしかして、半分奪う様に貰っていったとか…!

 

「お前が考えている様な、強制的に連れていったってぇ訳じゃねぇぜ?ちゃんとそいつから直々に貰ったんだ。

『この子を見て、いつでも自分を思い出して』って。

まぁ、確かにトレーナー直々に貰っただけだから、ヤミラミが納得してたかって言われたら、首を傾げるしかないんだがな。そこは悪いと思ってる。でも多分そこじゃないんだよ、オレの事怖がってる要因は。問題は…その、貰う前に過ごした時間かもしんねぇ」

 

「そこで酷い事をしたと」

 

「違うよ?急に辛辣だなお前。バトルをな、したんだ。特訓とも言うか。最初もいったが、そいつの親トレーナーゴースト使いだろ?そいつがな、自分はあくタイプ使いに中々勝てない、克服する為にも手伝ってくれって言ってきたんだ。まぁ別に断る理由もねぇから、当時持ってたポケモン達で付き合ってやったんだけどよ。そんときに…」

 

「そんときに…?」

 

「そのぉ…ほら、オレってば最強のあくタイプ使いじゃん?だから、さ…あの、ちょこっと見栄を張っちゃったというか、ゴースト使いには負けたくなかったというか、なんというか…結構、そいつと派手に殺りあっちゃったんだよね…ガキどもに見られたら泣かれるレベルで…」

 

「子供が泣いてしまう程この子を虐めたんですか…!?」

 

 完璧にギルティじゃないですか。問答無用案件ですねこれは。ゲンガー、出番です。彼に向かってシャドーボール、手加減はしなくていいですよ。

 

「待て待て待て!?誤解だ!いや誤解じゃねぇかも知れねぇが!少なくともオレは戦闘不能の奴に死体蹴り行為なんてクソみたいな事やってねぇぜ!?泣くってぇのはオレの顔を見て、って話だ!」

 

「…聞きましょう」

 

「シャ、シャドーボールの構えは解いてくれないのな…お前もさっきからチラチラ見てるから分かると思うが、オレの顔って結構ワイルドだろ?当時もこの傷はちゃんとあってな、なんなら今より生々しく刻まれてて…

それに…オレ、よくサイトウとかから言われるんだが…本気で集中してたり、かなり気持ちが昂ぶってきたりしやがると、な。それらが合わさって、かなり怖く映るらしいんだ。この前なんてサイトウのやつに、何人ミロカロ湖に沈めましたか?なんて聞かれちまってさ…でも、そうか…ヤミラミお前…」

 

 オレのこと、怖かったのか

 

 そう言ってアクサキさんは、本当に悲しそうに眉を下げて笑いました。自分の顔に刻まれた裂創を、ゆっくりとなぞり、色濃くそれが歪みます。

 

 彼の顔見たゲンガーはシャドーボールを引っ込めて、申し訳なさそうに隣のソファーへ。元気だせよと、背中を摩ります。

 

「す、すいません、早とちりしてしまって…」

 

「いや、いいんだ、気にすんな。確かにオレは人相が悪りぃし、オマケにあくタイプ使いときてらぁ、そりゃ勘違いの一つや二つするさ。この傷も、テメェの落ち度でついたって訳だし、元々こっちにくる前はトラブルとかもあった。使ってるタイプの関係上、エスパーやゴーストに嫌われやすいことは分かってた筈だしな、ありがとよゲンガー、もういいぞ」

 

 深く帽子を被り直す仕草、ソファーから立ち上がり、ゲンガーの頭を揉みくちゃに撫で回します。気持ち良さそうに目を細めるゲンガー、その様子を見て僅かに口角を上げますが、直ぐに戻し、僕に向き直ります。

 そのまま僕に抱かれたままのヤミラミを真っ直ぐ見つめた後、机に置かれていたダークボールを構えて、中に戻しました。

 

「すまねぇなヤミラミ、今までお前の気持ちに気付かなくて。今からお前の親元に送り返してやっから、少しだけ我慢してくれよ。ホント、今までありがとな、楽しかったぜ?少なくともオレはな。でも、その分お前に迷惑掛けちまった」

 

やっぱり、オレなんかがゴーストタイプなんて扱おうとした事が、間違いだったって訳だ。

 

 そう、とても悲しそうに、とても寂しそうに呟いて。

 

 それなのに、それら苦しい事を、心の奥底に押し込んで、見せない様に笑顔を浮かべたアクサキさん。

 

 そんな姿を見てしまった僕は。

 

「ーーーッ、そ、そんなこと、ないですよ!」

 

 思わず声を荒げてしまった。自分でもこんなに大きな声が出せたのかと驚くほどに通る声量、キョトンとするアクサキさん。どうしたんだと此方を見てきます。

 

 当然、その先の言葉なんて考えていませんでしたから、あたふたと慌ててしまい、何を思ったか彼の手をガッチリと握ってしまって。

 

「その、あの、無理なんてッ、そんな事ないですよ!た、確かにアクサキさんは、そ、あ、えと、顔は怖、怖いですけど、僕も勘違い、しちゃいましたけど!と、と、とても優しい方だって分かります!あんなに自分を嫌っているポケモンに、愛おしそうな目を向けられる人、それにゴーストタイプに、ぼ、僕、初めてで!きっと、きっと、まだお互いに心がすれ違ってるだけで、少し気持ち、分かるんですっ、ゴーストタイプも見た目だけで怖がられる事がありますから!でも、その、あの、僕は何を言いたい、えっと、その…!

ーーーあ、アクサキさんなら、絶対にゴーストタイプと仲良くなれますよ!僕が保証します!!」

 

 だ、だから、付いてきて下さい!

 

 そう叫んで、手を繋いだままジムの外に彼を連れ出した僕を、本気で殴り飛ばしたい気分です。

 あぁ…僕は何て恥ずかしい事を…穴があったら入りたい…!?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「しかし驚いたぜ、お前ってばあんな大きな声出せたのな。急に手を掴んでくるし、ようやくガキらしい姿見せるじゃねぇか」

 

「あぅあぅ…や、やめて下さい、思い出しただけで恥ずかしいんですから!」

 

「そうかぁ?年相応な姿だっただろ、恥ずかしがる事なんてなかったと思うが。オレも弟が増えたみたいで楽しかったぜ。ほら、なんなら今も手ェ握ってやろうか?」

 

「ッ〜〜ーーー!?」

 

 薄暗い空気、どんよりとした空模様に、湿った風が吹き抜ける。

 

 ここは、ガラル名物ワイルドエリアの中で、屈指の人気(僕調べ 質問対象:サイキッカー、オカルトマニアその他)を誇るゴーストタイプの名所、見張り塔跡地。

 

『ーーー!』

 

「あっぶッッ!?馬鹿野郎テメゴースト何しやがんだ!?石投げてくんなよ殺す気か!?」

 

『ーーー!ーーー!』

 

「だ、大丈夫ですか…?」

 

 ラテラルタウンから移動した僕たちは、そびえ立つ崩れそうな影に身を包まれながら、彷徨うゴーストポケモン達と戯れていました。

 

「ったくゲラゲラ笑いやがって…で、この作戦とやらは本当に上手く行くのか?オレ、さっきからイタズラばっかされてんだがあっダァァ!?ゴビットおま、スネはダメだって…!?」

 

「い、いえ、大丈夫…です…上手くいきますよ……多分」

 

 力ない返事、不安そうな表情を浮かべ、少し離れた倒木に腰掛けるヤミラミを眺めるアクサキさん。大丈夫だろうかと頬を掻きます。僕も確証がある訳じゃないので…すいません…

 

 僕たちが現在実行している作戦、ゴースト(G)ポケモンに(P)好かれちゃいたい(S)、通称GPS大作戦は大変難航していました。

 

 内容は極単純、僕がお友達のゴーストポケモン達を呼び、アクサキさんが仲良くなる事で、ヤミラミの恐怖心を失くし、打ち解けようというもの。

 アクサキさんはゴーストポケモンと戯れるだけ、というとても簡単な作戦なのですが…

 

「アッチィィィィ!?馬鹿かヨマワルおにびすんな馬鹿かお前!?」

 

 難航している理由。それはアクサキさんとゴーストタイプの相性が、僕の想像を数倍超える程悪いと言う事です。

 

 しかし凄い嫌われ様ですねアクサキさん。さっきからゴースト達に揉みくちゃ(物理)にされてます。

 僕、何回もここに足を運んでいますが、ここまで誰かに過激なイタズラするゴーストポケモン達は初めて見ました。

 

 いや、でも本気で命を取りにいこうとしている子はいないので、見ようによっては仲良しに見えない事も…

 

「ヤミラミーほらほら怖くないぞーみんなとこんなに仲良く出来てるぞー遠慮なくオレの胸にグボはァ!?の、ノータイムあくのはどう…良い威力…流石はオレのヤミラミ、良い腕してるぜぇ…!」

 

「す、凄い音鳴りましたけど…いや、ほんとに大丈夫ですか?」

 

「へ、へ、ふぅ、おぶ、ヘーキ、ヘーキ…まだいけるおぇぇぇぇ…」

 

「む、無理しないでください…ほら、お水です…これで冷やして…」

 

…まだまだ先は長そうです。

 で、でもまだ始まったばかりですからね。全然チャンスはありますよ…きっと。

 

「うぅ…やっぱりオレはゴーストタイプに嫌われるんだなぁ…もう無理なんじゃ…」

 

「そ、そんな事ない、ですよ!アクサキさん、中々良いスジ持ってますから…!」

 

「本当かよ…まぁお世辞でも助かるぜ、もうちっと頑張ローブシン、なんちっぐべばぁ!?は、鼻っ面に、ダイレクト…!」

 

「は、はは…」

 

 ドヤ顔でそう言った彼に、何処からともなく飛んできたモンスターボールがめり込みます。群がるゴーストポケモン、溢れてしまう乾いた笑み。ついつい先の言葉を否定できなかった。

 

 でも、お世辞ではありませんよアクサキさん。今のギャグはお世辞にも面白くありませんでしたが、貴方は本当に良いチカラを持っています。

 

 確かに、びっくりする程彼はゴーストタイプと相性が悪いです。ですが…()()()()使()()としての素質が時折垣間見えます。

 

 例えば…

 

「ーーーズボン下げようとしたな、そうは行くかゴーストテメェ!」

 

『ーーー!?』

 

 彼は、異様にゴーストタイプの察知に長けています。

 

 最初にここを訪れた際、お友達のゴーストポケモン達はすり抜け、いわば霊力者など一部の人を除き、姿を見せなくする状態で彼を驚かせようとしていました。

 

 当然僕には見えていましたし、少しかわいそうにも思いましたが、これもゴーストタイプの特徴、知ってもらうには良い機会だと、意趣返しも込めて見逃したんです。

 

『そこの岩陰に二匹、草むらに三匹、地中に一匹…おぉお前ら二匹は積極的に近づいてくるな。よっ、オレアクサキってんだ、仲良くしようぜ?』

 

 彼は、全て気付きました。流石に種類までは判別出来なかったようですが、それでも隠れているゴーストタイプの位置や距離感を掴めるなんて、普通ではあり得ない事です。

 

 多分最初のそれが原因ですね。

 ゴーストタイプ達が執拗にイタズラしてくるのは。彼らにもプライドはありますから、全く驚きもせず、怖がりもしない。

 挙げ句の果てに自分の居場所を突き止めて挨拶してくるなんて、一泡吹かせないと気が済まないでしょう。

 

 まぁ、大半は今みたいに事前で気付かれているので、クリーンヒットしたイタズラは数回程度しかないのですが。

 これはアクサキさん自身が知らず知らずのうちに薪割って火に投げ込んでいますね。別に彼は何も悪く無いので、気の毒です。

 

 あまりにも酷いようでしたら、僕が一言言っておきましょう。

 

 十分今も酷いですが、これも作戦の一つ。アクサキさんがゴーストタイプに弱い所を見せれば、ヤミラミの恐怖心を消せるかも知れないという期待も込められていますから。そこは彼とも話していますし、大丈夫だと思います。

 

『ーーー!ーーー!』

 

『……』

 

「あ、コラ、人のバッグを勝手に開けちゃダメだよ…大切な物が入ってるかもだから、ね?」

 

 あらら、言ったそばから、ですね。

 

 直接的なイタズラは効果が薄いと感じたのか、二匹がアクサキさんのバッグを物色し始めました。

 人の物を盗ったり、隠したりするイタズラは今回の主旨に反していますし、それ無しにしてもやり過ぎですので止めに行きます。

 

「ねぇ、ダメだってば。ちょっと君たち度が過ぎているよ…?ほら、えーと…それはバッヂケースかな?それもちゃんと戻してあげて」

 

『ーーー』

 

「聞いてる?もう、いい加減にしないとぼく怒るよ?早く返しなさい」

 

 何度呼びかけてもやめようとせず、バッヂケースの様な物を持ったまま固まる二匹。あまりにも言う事を聞かない彼らに顔を顰めるも、それほど言う事聞かない子達だったっけなと首を傾げます。

 しかし持って逃げようともしていないので、ゆっくりと近づいていき、そっとバッヂケースを抜き取ろうとして。

 

 

「ーーーへいへーい、面白そうな事やってんじゃねぇかイタズラっ子共」

 

 

 影が差す。背中に感じる暖かな気配、

 しかし、一抹の違和感を抱きながら、振り返れば、口角を上げたアクサキさんが立っていました。

 

「あ、アクサキさん、すいません。この子達が…アクサキさん?」

 

 いつもより影が濃い目元、それでも分かる色を含む瞳に気圧されながらも、状況を説明しようと口を開きます。

 が、その言葉を最後まで聞く事なく、アクサキさんは僕の横を通って、バッヂケースを持ったまま動かない二匹の前で屈み、手から引ったくるように取り上げました。

 

 今までの彼を見てきて、らしくもないその行動。抱いた違和感が拭えず、困惑します。帽子を取られた時は、あんなに有無を言わさず取り上げたりなどしなかったのに。

 なすがままにされているゴーストポケモン達然り、本当に、どうしたのでしょう。

 

「楽しんでらところわりぃな。しかし、これぁオレの大事な物なんだ。失くされたり壊されたりしたら堪んねぇからよ、返してもらうぜ。おいおいそんな怖がるなよ、ちょっと注意しただけじゃねぇか。ほら、仲直りのハグをしようぜーーもう、やるなよ?」

 

 口調はいつも通りーーーいつも通りと言えるほど、長い時間を過ごしていませんがーーーフレンドリーで、少しワイルドなお兄さん。

 姿も表情も柔らかく、特にこれと言ったものは見受けられません。今も、イタズラした二匹を諭し、優しく抱きしめてあげています。

 

 ポケモンをどこまでも愛そうとしている、いつも通りの姿。後ろに控えているゴーストポケモン達が囃して…二匹は苦笑いです。心なしか、表情に余裕がないような…

 

 確かに感じられるこの違和感は一体ーーー

 

「…い。おーい。ゴースト仮面、聞こえてるか?おーい」

 

「ーーーは、はい!?」

 

「うぉびっくりした…急に大きな声でたな。いやな、暫くゴーストタイプとじゃれついてみたが、この後どうすりゃいいんだと思ってよ。お前に声掛けても返事がなかったもんで…どうしたボーッとしちまって。疲れてきたのか?オレが見張りしとくから、昼寝でもしたらどうだ?」

 

「いえいえ!少し考え事を、していただけで、まだまだ行けますよ!」

 

 意識を揺さぶる声、ハッと顔を上げると、アクサキさんが心配そうな顔をして、こちらを覗き込んでいました。どうやら考え事に集中し過ぎて、アクサキさんの呼び声に気が付かなかったようです。

 違和感の正体が分からないまま急接近してきた彼に、一瞬身構えてしまいますが、直ぐにその違和感が感じられない事が分かり、杞憂に終わりました。

 

 また、僕の勘違いかな…?

 

「それならいいんだが…いや、今日はもう帰ろうか」

 

「え…?い、いや、本当に大丈夫ですよ?これでも僕はジムリーダーですから。ほら、こんなにっ、動けますっ」

 

「それ以前にテメェはガキだ。そんなに飛び跳ねなくたって分かってラァ。日も落ちてきたし、今日知り合った野郎にそこまで尽くす必要はねぇってことだよ。暗くなったら流石のオレでもゴーストタイプに遅れを取りそうだし、なんかあったら親御さんに申し訳が立たん」

 

「で、でも夜は僕にとってホームグラウンドの様なものですし…」

 

「夜遅くまで起きてると背ぇ伸びねぇぞ?十時から一時まではゴールデンタイムっつってな、その間に熟睡してると身長が高くなるらしい。オレも最近その時間に寝るようゲフンゲフンつまりだ、夜のワイルドエリアに居て得られるモノは危険と睡眠不足って訳。すまねぇな勝手な男でよ。もし次の週末暇だったら、またオレとここに来て、ゴーストタイプを扱えるよう手伝ってくれよ、な?」

 

「…そ、うですね…分かりました。約束しましょう」

 

…うん、勘違いだな

 

 やっぱり、なにかの気のせいだったようです。

 しかし、全くアクサキさんは、凄い人だ。確かに少し疲れてきた僕を一目見て、それを当ててしまうんですから。

 

 顔が怖くて、ガサツで、口が悪い、でもそこに有る不器用で柔らかな暖かさ。面倒見の良さで、彼の右に出る人はそうそういないんじゃないでしょうか。

 サイトウさんが心の底から彼のことを楽しそうに話すのが良く分かります。確かにこれは居心地が良いです。

 

…もしこのままサイトウさんに勝てないというのなら、僕の所に来てもらうのもアリでしょうか?

 

「ありがとな。さ、じゃあ帰る準備すっか!覚えてろよお前ら!次来たときはゼッテェに仲良くなってやっからなブハァ!?さ、最後に…丁寧なお見送り…きんのたまッ…!?」

 

『ーーー!』

 

「う、わぁ…い、痛そうだなぁ」

 

 浮かんで来た不思議な感情に首を傾げていると、ゴーストポケモン達に別れの啖呵を切ろうと近づいたアクサキさんが、殴られたのでしょうか。下腹部を押さえて転がり回っていました。

 ゲラゲラと笑うゴーストポケモン、背筋を硬らせながら同じく下腹部を押さえる僕。

 

 とても下らない一コマの日常。ジムリーダーの仕事に加え、いつ終わるかも分からない特訓に、これから目が回るときがくる時が来るかもしれません。我ながら中々無責任な約束をしてしまったなと、ちょっぴりの後悔。

 しかしそれを優に上回る期待に、お腹の底を持ち上げられる感覚、やはり彼との時間は心地が良いと思っている自分がいます。

 

 これから、すごく忙しくなるだろうな

 

 そんな不安を、心から楽しみに思うくらいには。

 

 

 

 

 

 

 

 でも。

 

「が、は…あ、あれ…あれ…?」

 

「大丈夫ですかアクサキさん?どうしました?」

 

 でもですよ。

 

 

「ヤ、ヤミラミの、ヤツ、どこいきやが…った…?」

 

 

「ーーーえ?」

 

 

 こんなに早くも忙しくなるとは、誰が想像出来ましょうか?

 

 存在の失くなった倒木の上、顔から血の気が引いて行く感覚に目眩を覚えながら、僕はかなり動揺してしまいました。冷静さを欠いて、今思えばなんとも危ない判断だったことか。

 

「あ、お、おい待てゴースト仮面!一人で行く、な!ぐ…そっ、はよ治まれやオレのきんのたま…!」

 

 黄昏が降り始めたワイルドエリア、ヨルノズクの鳴き声が響きわたる、ワイルドエリア。

 

そんな危険地帯を、後ろから飛んでくる制止の声も聞かず、聞こえず。

 

焦燥という魔の手に、背中を押されて走り出してしまったんですから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 走る、走る、走る。

 

 息が切れても、草木が身体を裂いても、喉がひでり状態になっても走り続ける。

 

 原動力、すべてはこの背中に突き刺さる様な恐怖心。

 

 あぁ、あの同類達はなんて事をしてくれたんだ。心に有る古傷が再び開き、そこに新たな矢が刺さった。思い出しただけで背筋が凍る。泥水の様な不快感が身体を満たす。

 

 あの時、忘れもしない。

 

 我が真の主人と、アイツが共に時間を過ごしていた、あの時に…自分も同じ事をした。

 

 最初は好印象を持てていた。

 

 主人と余り変わらない身長、されど鍛えられている肉体に、顔に刻まれた裂創の数々。斜めに帽子を被り、ニヒルに笑って見せてきたアイツは、しかし我らが同類達を気味が悪いとせず、主人にも分け隔てなく接していた。

 アイツは天敵を従える者だったが、不快な気配も感じず、波長もそこそこあっていた。

 

 アイツには我らを従えるのに必要な原石があった。

 

 幽霊や、死んだ同類達を直接可視化する事は出来ないが、気配は感じ取れる。

 主人も、彼の秘めたるソレに気付いたのだろう。同族だ、同類だと、絆を深めるのにそう時間はかからなかった。

 

 そのまま幾日か、主人はアイツについて行った。確かに主人は若くて、それにしては忙しい立場にあったが、別に急ぎの予定がある訳じゃない。

 羽を伸ばせと言われていたし、暇を潰せそうな、面白い人間がいたらついて行くのが我らの特徴、ある種のシキタリみたいなものだ。

 

 山道を進み、橋を渡って、焚き火を囲む。主人は心底楽しんでいて、アイツはそれをとても喜んでいた。

 

 一人旅は寂しいから、一緒に時間を過ごせる友達が出来て嬉しい

 

 そんな言葉を吐いて、顔に似合わない、とても懐かしそうな目をしていたのを覚えている。感情に敏感な我らは、それが何なのか気になった。

 が、主人は深く聞こうとしなかった。それ以上に、友達、という言葉に意識がいって仕方なかったようだが。

 

 顔が怖くて 目つきが鋭くて、口が悪くて、だけど気さくで、優しい所謂いいヤツ。

 詰まる所、それが、アイツに対する我らの評価だった。

 

 評価()()()

 

 終わりを告げたのは、ある街に着いたときだ。到着した途端、アイツは行く場所があると別れを告げた。

 当然、主人がそう簡単に離れる訳もない。常に我らは娯楽に飢えており、アイツは飢えを満たすには十分過ぎる存在。

 

 主人は邪魔じゃなければ着いていかせて欲しいとアイツに頼んだ。少し戸惑った様子を見せたアイツは、数秒思案、苦笑いしながら構わないと言った。対して面白くないと思うぞとも言った。

 

 そのまま我らを治療する建造物に立ち寄り、何かの準備をするアイツ。腰に着いた六つの球体を確認し、町の中心へと繰り出していく。

 

 結論から言うと、アイツは修行者だった。

 

 各街に配備された(リーダー)、それに従う者と力比べをする、人間と我らに最も関わり合いのある儀式。それに挑戦する修行者だった。

 

 主人は喜んだ。何せ主人はその儀式に深く関わる重要人物。新しくできた友がソレに挑んでいれば、嬉しくもなるし、応援したくもなる。

 次々と配置された主の手下を蹴散らしていくアイツの背中を見て、主人は満足そうに口角を上げた。

 

 しかしここで問題があった。アイツは、肝心の主には勝てなかったのだ。何度も何度も、アイツは主に敗北を期した。

 一日が過ぎようと、二日が過ぎようと、一週間が過ぎようと…果敢に挑んでは、負け続けた。

 

 最初の数回は、残念だったなと軽い気持ちで眺めていた主人も、後半になってくると流石に焦り始めた。

 何か彼に協力してやれる事はないものだろうかと、我らを交えて考える程に。

 

 立場上、一人の修行者、挑戦者に肩入れをするのは気が引ける。

 だが、それ以上に友が負け続け、挫折してしまう事を恐れた。主人は何度もその様な者達を見てきたし、何より、唇を噛み切る程に悔しがりながらも、何処か瞳に青を灯し、息が抜ける様に苦笑するアイツの姿が、頭から離れなかったのだろう。

 

 だから、不味そうに飯を食うアイツに主人は言った。

 

 ゴースト使いとして強くなる為にも、あくタイプ対策の特訓に付き合って欲しい

 

 極力アイツの心情を慮る言葉。アイツは気づいたのだろうか、二つ返事で頷いた。

 

 主人はこの時、アイツに胸を貸してやる心持ちであった。実際主人はとても強い部類に属していたし、我らもそう考えていた。相性など関係ないと思っていた。

 

 しかし、嬉しい誤算というべきか。

 

 アイツは、我らに対し滅法強かった。

 この街の主とのバトルとは比にならないくらいに、的確な指示を出し、冴え渡った思考で此方の動きを読んできた。

 完璧に虚をついた筈のかげうちを気配で察知し対処してきたのを今でも覚えている。反撃で食らったあくのはどうの痛さは忘れもしない。

 

 拮抗した戦いの結果、主人は負けた。

 

 もしかして、手を抜いていたのだろうか。相性不利とはいえ、あの主人が苦戦を強いられ、惜敗したのだ。

 アイツは従えている属性的に、我らや念力使いの対処には長けていると言っていたが、それだとしてもかなり異色だ。

 

 姿を消しても気配で察知して攻撃を当て。

 

 透過を使って地面に潜っても、霊感的なもので出現場所を割り出し。

 

 霊力や怨念、神通力など不可視の一撃さえ避けれるルートを感じとり指示を飛ばす。

 

 そして何より、アイツが発する凶悪な(プレッシャー)が、我らの心を揺さぶり、苦しめた。

 顔の傷や、目つきに加えて、まるでそれは悪鬼の様で、我らより断然怖かった。

 

 主人はそれらアイツに備わっている力を目の当たりにして、益々気に入ったようだった。久しぶりに熱い戦いが出来る事を、アイツとの時間が更に心地良くなったと喜んだ。

 

 それからは毎日、アイツに戦いを挑むようになった。

 

 惜敗、惜敗、辛勝、惜敗……

 

 勝つこともあったが、それもギリギリで。

 

 こうも立場が逆転し、戦いにも負け続けると我らにも不満が募ってくる。どうにかして、アイツを一泡吹かせてやりたいと皆が考える様になった。

 だが、アイツには我らの透過や姿消しなどが効かないし、何より器がデカく大抵の事は声を上げながらも笑って許してくれる。

 生半可なイタズラでは意味がない。もっと大きな事をしなければ。

 

 そんな考えが、大きな過ちだと気付く事なくーーーアイツの逆鱗に触れてしまった。

 

 さっきの奴らのように物入れを漁り、大事そうにしまってあった、七つある勝者の証を、いじってしまったのだ。

 

『おいおいイタズラっ子共、何してやがんだ?人のバッグを勝手に物色するたぁ感心しねぇぜ?』

 

 底冷えするような声が耳朶を打ち、呼吸が浅くなるのを感じた。そこにいる全ての同族は、かなしばりにでもあったかのように動かない。

 腰を抜かした者もいたし、完全に委縮する者もいた。

 

 それほどまでに発せられた圧は強烈で、向けられる目線には暖かさなど微塵も残っていなかった。

 いつも通り、犬歯が見える笑みを浮かべていたが、中に渦巻く激情はドス黒く、我らの恐怖心を煽るだけだ。ただひたすらに怖かった。

 

 七つの証を返したら、アイツはすぐに許してくれたが、それが意味を為さないほどに、植え付けられたものは大きい。

 主人の様子も、アイツと共に過ごしているうちに少しおかしくなってしまった。固執、独占。少なくとも、自分を簡単にアイツへと送るぐらいには。

 

 自業自得だというのは分かっている。普通に接していれば、普通にいいヤツだというのも分かっている。

 

 だからこそ、そんな過ちを経験してしまっているから。

 

 アイツの裏に、何かとてつもなく禍々しいものが潜んでいるんじゃないかと、恐怖心が募っていく。アイツの元で過ごすようになってから、安眠出来た試しがない。

 

 怖い。

 

 アイツの一挙一動。従える者達。吐き出される言霊。

 

 全てが怖い。

 

 不快だ。

 

 アイツの力ない笑みが。青色に染まる瞳が。痛々しい傷が。

 

 無差別のアイジョウが。

 

ーーーそれを拒んでしまう自分が。

 

 不快だ。

 

 あぁ誰か、誰か頼む。

 

 

「ーーーい、た…!」

 

 

ーーー愚かな自分を、救ってくれ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「い、た…!」

 

 すっかりと暗幕が垂れた林、持ち前の霊感と夜目を駆使しながら探した先に、佇む小さな宝石人。安堵の二文字が、身体中を駆け巡ります。

 

 飛び出た音に驚き、ヤミラミは此方を警戒してシャドークローを構えます。

 しかし僕だと気付いたのか、直ぐにそれを解きました。響く安堵のため息。自分でどっか行ってしまった癖に、ホッとしているんでしょうか。

 何故飛び出したか、理由を問いただしたい所です。所ですが…

 

「よ、良かった…!見つかって、本当に良かった…!」

 

『………ッ』

 

 駆け寄って、紫色の矮躯を抱き寄せます。ビクつくヤミラミ、冷たい肌、泥だらけの顔が僕を迎えますが、構いません。

 汗でビシャビシャになった服を押し付け、ギュッと。もう離すもんですか。

 

 本当に良かった。この広大なワイルドエリアで家出もといトレーナー出をするなんて。探し当てられたのが奇跡です。ヤミラミがそこまですばやさの高いポケモンじゃない事が幸いしました。

 これで居なくなってしまったら僕が悲しいですし、何よりアクサキさんに合わせる顔がありません。

 

 流れる風の音。暫くの時間が経ち、漸く落ち着いて来た僕は、ヤミラミの両肩に手を乗せ、その煌びやかな眼を見つめます。

 

「ダメ、でしょ…凄く心配、したんだよ?気付いたら居なくなったから…もう、やめて、ね?」

 

『……。ーーー』

 

 怒っている事が伝わったのでしょうか、申し訳なさそうに目を伏せるヤミラミ。どんな理由があるにせよ、トレーナーをほっぽり出して何処かに消えてしまうなんて…ゴーストタイプと言えばという話なのですが、いけない事です。

 どれほど心配するか分からない悪い子に、少しぐらいの説教は許されていいはず。今度は手を掴み、力の抜けてしまった膝を立たせます。

 

「ほら、帰ろう…?皆んな、待ってる。アクサキさん、が、怖いなら、僕が間をもって…もって………う、ん。出来る限りで、仲介するから」

 

『ーーーッ………ッ……』

 

「君が、アクサキさんの、何に恐れて、何に縛られているか、僕にはわからないし、汲み取ってあげる事も、出来ないけど…でも、やっぱりそういうのは、しっかりと正直に伝えた方が、良いと思うな…案外、簡単に解決することだったりして…」

 

『ーーー!』

 

「お前に何が分かる…なんて言われても…さっき言った通りだよ。僕は何にも分からない。でも、アクサキさんは、違うんじゃないかな…?大丈夫だよ、きっと…彼なら、君の事も…悪いようにはならないよ。ほら…帰ろう、ね?」

 

『……』

 

 優しく頭を撫でてあげます。彼の様には上手く出来ないでしょうが、心を込めて、少しでも和らいでくれる様に。

 完璧に俯いてしまったヤミラミを見て、頑固な子供を相手にしている気分、苦笑いを浮かべます。

 ヤミラミの為にも、もう少しここにいてあげたいですが、そんな事したらアクサキさんの心臓が大変なことになってしまうと思うので、戻らなくてはなりません。

 

 アクサキさん…そろそろ歩ける様にはなったでしょうか?

 

 脚をプルプルさせているアクサキさんを思い浮かべながら、クスリ。

 そして来た道を引き返そうとーーー

 

「危ねぇ!!」

 

「ーーーえ?」

 

 宙を舞う。

 

 喉から漏れる呆気ない声、力の奔流に錐揉み回転しながら、何かに包まれる感触。轟く爆音、漫画のワンシーンの様にゴロゴロと転がり、やがて木にぶつかって止まります。

 視界が上下左右にままならず、脳が揺れ、思考回路がオーバーヒート、痛みを感じません。

 

 滲む視界が、だんだんと晴れていきます。目に映るのは…

 

『ーーーッ…!』

 

 シャドーパンチを振り下ろし、割れた地面の上で此方を睨んでくるーーーヨノワールと

 

「ごふ、いっテェ…お目目がパッチールだぜ…」

 

 鉄の匂いを垂らしながら、僕とヤミラミを抱えて目を回すーーーアクサキさん。

 

 本日何度目かわからない、血の気が引く。

 

「なんで、ヨノワール、気が付かなかったッ…そ、それよりも、アクサキ、アクサキさん!?大丈夫ですかしっかりしてください!?」

 

 帽子が吹き飛び、顕になった額が血潮に染まるアクサキさんの肩を強く叩きます。

 返る呻き声、目を回しながらも、ニヒルな笑みを浮かべて、青黒いガッツポーズ、そびえ立つ親指。全然GOODじゃないですよ!?

 

「大丈夫大丈夫。こんなの、お茶の子サイホーン、ルンパッパよォ…いやぁしかしギリギリだったな。お前らが抱き合ってる所ほのぼの見てたら、後ろからシャドーパンチ構えたヨノワール出てくんだもん。メジャーリーガー並のファインプレーみせちまったぜ。これからオレの事、ヘイガニー・マナフィの再来って呼んで良いよ。あ、あと…あんまり、肩、バシバシ叩かなイッデェ!?」

 

「言ってる場合ですか!?そんな、僕が気が付かなかったばっかりに、身を呈するなんて…!あぁ、頭から血が、ハンカチで止血を…いや、ヨノワールの対処が先…ダメだ、ホルスターはキャンプに置いて来てしまった…僕のバカ!?」

 

 空を切る指、キャンプにゲンガー含むボールを置いて来てしまった事を思い出します。青い顔からさらに血が…心臓バックバクで、ヨノワールの特性プレッシャーも相まってか、今にもへたりこんでしまいそうです。

 

「あーあー顔面蒼白になっちまって、白いお顔が最早舞妓さんの化粧だぞ。まぁまぁ落ち着けもちつけ、こう言う時はメリープを数えるんだ。メリープが一匹、メリープがぶはッ!?」

 

「それを言うなら素数です!あとなんでメリープ、というか、こんな下らない事ばっか言って、このままじゃ全員戦闘不能のひんし状態ですよ!?」

 

「待って、ゴースト仮面待って、先にお前のツッコミで戦闘不能になりそう。オレ怪我人だよ?もう少し威力下げてくれもいいじゃん若干キャラ崩壊してやがるぞお前。あと大丈夫だから落ち着け座ってろ。寧ろパニクって変な事されるとそっちが厄介だ。ほら、オレの後ろに隠れてな」

 

「どこからそんな自信が…楽観主義にも程があります…!!」

 

 ダメだ、きっとアクサキさんは頭を打ってこんらん状態になってるに違いない。適切な判断が出来ないんだ。

 

 なら、僕がどうにか、どうにかしないと…!こうなったのも、彼の制止を聞かずに突っ走ってしまった僕によるもの。

 責任を、取らなくては。

 

 此方を睨んでくるヨノワールを睨み返します。ヤミラミに戦って貰おうとも考えましたが、既にいろんな事が起き過ぎて、心が耐えられなくなったのでしょう。アクサキさんの胸の中で寝息を立てています。所謂気絶、戦闘不能。

 

 よって、今出来る最善の策とは、霊媒師の如くヨノワールと波長を合わせ、気を鎮める事。それしかありません。それしかありませんが…成功する確率は凄く低いでしょう。

 

 ヨノワールは意思があるのかわかっていないポケモンです。

 いや、実際には意思のある個体は確認されていますが、それは全て長い間人の手で育てられた者や、偶々そういう個性、性格を持っていた者ばかり。

 

 さらにヨノワールは人やポケモンの魂を奪い、霊界へと連れて行ってしまうポケモン。

 ゴースト然り、ポケモン界屈指のブラックリストと協会が直々に指定し、依頼を受け持つ際、ブリーダーランクはどんなに低くてもBは必要と義務付けられました。

(九段階評価 S、A〜Hの順 Bは一般的にベテランブリーダーと称され、ポケモン協会本部直属のレンジャーやブリーダーの最低ライン)

 

 それでも誘拐事件などが後を絶たず、毎年協会本部オカルト課が各地の僧侶、祈祷師、サイキッカー、レンジャーにオカルトマニアなどを収集し、被害者救助、魂奪還及び掃討作戦が繰り広げられる程。

 

 僕のヨノワールだって、ブリーダー、呪術師、霊媒師管理下の元、ヨマワルの頃からしっかりと育てたんです。そう簡単に野生のヨノワールを従えられたら苦労はありません。

 大好きクラブの初代会長は目を合わせただけで仲良くなれたと言われていますが…今の僕には関係のない話です。

 

『ーーー』

 

「や、やっぱりダメ、かぁ…!」

 

 案の定、ヨノワールは手に霊力を溜め始めます。シャドーボール、とくこうは余り高く無いとはいえ、直撃したらタダでは済まないでしょう。

 本能が危険を知らせるアラームを鳴らし、脚がガクガクと震えます。

 

 しかし避ける訳にはいきません。何せ僕の後ろには重傷のアクサキさんと、気絶しているヤミラミがいます。ヤミラミはまだしも、アクサキさんに当たってしまったら今度こそ死んでしまうかも知れません。

 ノーダメージの僕にはまだ、受け切れるチャンスがあるんですから。アクサキさんが身を呈して守ってくれた様に、今度は僕が…!

 

 溜まり切ったエネルギー、妖しく光るそれを振りかぶるヨノワールを最後に、来たる衝撃に備え、ギュッと目を瞑ります。

 

 で、出来れば、余り痛くありません様に…!

 

 

 

「いや、だから大丈夫だって言ってんだろ。話聞いてる?あんまり信用してくれねぇと泣くぞコラ」

 

 

 

 けれど、終ぞ僕の胸にシャドーボールが叩きつけられる事はありませんでした。

 

 ゴキリと響く重低音、立ち上がる気配、鋭くも暖かい口調に恐る恐る目を開けば、唇をフルフルさせているアクサキさんと、頬を凹ませながら吹っ飛ぶヨノワール、凛とした佇まいに澄まし顔のブラッキーが。

 

 腰が抜ける。

 へ?っと、思わず情けない声が喉から漏れでます。

 

「あ、アクサキさん…?怪我は…いや、それよりも何したんですか?」

 

 状況を飲み込めず、脳内ケーブルがこんがらがりショート寸前。純粋な疑問をアクサキさんに投げかけます。

 アクサキさんは、あぁ?と声を上げた後、頬を掻きながら答えました。

 

「何をって言われても…ふいうち、わかんだろ?アレをタイミング良く叩き込む様ブラッキーに指示を出しただけなんだが…」

 

「ふ、ふいうち?ブラッキーってふいうち覚えれましたっけ?というか、アクサキさんポケモン持っていたなら早く言ってくださいよ…!」

 

「だから大丈夫っつったじゃねぇか。近くにボールを投げられた事悟られない為にも、無防備演じるしかなかったんだからヨォ。ま、作戦は大成功って言った所だな。中々に名演技だろ?」

 

 そう言ってカラカラと笑い出すアクサキさん。どっと力が抜けます。

 ふいうちを、それもあんなに綺麗に当てたのに、唯当てただけ、なんて…それがどれだけ凄い事か、知ってて行っているのでしょうか?

 

 素早く攻撃できて、威力も高く、技の反動も極めて少ない、あくタイプの先制技、ふいうち。上位の大会などに良く見られ、ここぞという時の決め技として使われる事が多い技です。

 その人気度は、あくタイプで印象的な技は何ですかと聞いた場合、イカサマ、ちょうはつに次いで名を挙げられる程。

 

 代わりに、完璧に相手の攻撃に合わせなければならず、下手したらねこだましより低い威力になって後隙も多く生まれてしまうという、ハイリスクハイリターンな技でもあります。

 ですから、あんな当たり前だろ?なんて顔されても困るんです。

 

 いやでも、本当に良かった、全て演技だったのか…あの額から流れた血も、僕はてっきりかなりの怪我だと思ったのだけれど、アレも大した事なかったなんて

 

「あ、それはホントだぜ?今も血ィ止まんねぇし、ガンガン頭イテェし。なんならアイツのシャドパン当たった右腕スッゲェ腫れてきたからさ。いやぁまいったまいった!」

 

「馬鹿なんですか!?相当な大怪我負ってるじゃないですかぁ!?」

 

 全然大した事だった!?今も血が止まらないなんて、普通に大怪我じゃないですか!なんでそんなに余裕な表情浮かべてるんだろう!頭の怪我なのに!

 

「待ってください、今応急処置を…!」

 

「おいおい、んな事後でいいんだよ。怪我なんざほっときゃ勝手に治るしな。それよりも、今はやるべき事があるだろ?」

 

「何を言ってるんですか!ちょ、頭掴まないで下さい!ちょくちょく思ってましたけど、アクサキさんはホントに怪我に頓着がないですね!そんなではーーー」

 

 応急処置をしようとハンカチを取り出した僕の頭に手を置いて、アクサキさんは渋い顔。

 そんな彼に止血だけでも施そうと、頭に乗せられた手を退かそうと力を込めて。

 

「ーーー今」

 

「傷が残って…今?」

 

 再び響く、重低音。

 

「ーーー!?」

 

「……チッ、流石高耐久持ちのヨノワール。二発で堕ちてくれる程甘くはねぇかぁ」

 

 アクサキさんの表情が更に渋く歪みます。振り返った先には、ダメージを負いながらも、瞳を赤色で染めたヨノワールが。

 ブラッキーがまたしても綺麗にふいうちを当てた事に、アクサキさんの技量の高さが露呈しますが、それよりも、ヨノワールの粘着質な姿勢に唖然、緊張が走ります。

 

『ーーー!ーーー!』

 

「そんな怒んなよ、吹っかけてきたのはテメェだろ?しっつけぇヤツァ嫌われるって親父が言ってたぜ。さ、オレもブラッキーで攻撃しちゃったし、ここは一つお互い様って事で…」

 

『ーーーッ!!』

 

「ですよねー参ったなぁかなりキテやがんぜコイツ。なんでこんなに虫の居所悪りぃんだ?意中のヤツにでもフラれたりしたのか?しゃぁねぇな…ブラッキー、斜め右にあくのはどう!んでもってそっからちょい右にふいうち…今!」

 

 どうやら相当頭に血が上っている様です。制止という名の警告もなんのその。何度も何度も、ブラッキー繰り出すあくのはどうや、ふいうちを食らっているにも関わらず、目をギラつかせ、荒い息を吐きながらアクサキさんへとにじり寄っていきます。

 

 それに対し、溜息を()きながら、的確に指示を出していくアクサキさん。流石あくタイプ使い、完璧にゴーストタイプを捌いていくその背中は、男ながら心にくるものがあります。

 

 というかアクサキさん普通に凄いですね…透過したり、すり抜けを使ってきたりするヨノワールの行動先、全部見極めて攻撃を当てるなんて。

 このバトルだけを見たなら、ジムリーダーのそれと言われても違和感はありません。はて…これぐらいの実力があるなら、タイプ不利とはいえサイトウさんのジムも突破出来そうな感じがしますが…?

 

『……ッ……ッ…!』

 

「いやしぶといなお前、いくら何でも堅すぎんだろ随分と頑張るじゃねぇか。あくのはどうにふいうち、結構あてた筈なんだがなぁ」

 

 しかし、ヨノワールはブラッキーの猛攻に倒れる事なく、遂にアクサキさんの目の前まで到達してしまいました。息を切らしながら、待っていましたと言わんばかりにお腹の口を大きく開きます。

 魂を奪う、ヨノワールの捕食行動。あれに食べられたら最後、現世に残るのは肉体だけとなってしまいます。直ぐにブラッキーで迎撃するべきーーーなのですが

 

「あ、おいブラッキーさんや。勝手にボール戻んないでくれよ」

 

「ーーー」

 

ーーーブラッキーが、あくびをしながらボールへと戻ってしまいました。

 

 予想外の事態、呆気に取られる僕に、苦笑しながらボールに呼びかけるアクサキさん、勝利を確信したヨノワール。

 

 対抗手段がなくなり、絶対絶命のピンチ。

 

 いや、え、何やってるんですか!?

 

「眠かったんかな。まぁいつもこれくらいの時間まで寝てやがるからな、膝も貸してやらなかったし、拗ねちゃったのかも知れん。しゃぁねぇ、帰ったらおもっきしモフモフしてやっかぁ」

 

「のんきな事言ってる場合ですか!?アクサキさん、アクサキさんッ!?早く、逃げてください!早くしないと!?なんで、そんなに余裕そうにしてるんですか!?」

 

「大丈夫大丈夫、時間は稼げたし。ほら、そろそろ正義の騎士(ヒーロー)さんが、颯爽とオレたちを助けに来る頃だぜ?んなら、もうちっとピンチ演出しとかないとなぁ。きゃー助けてー!たべられちゃーう!」

 

「ふ、ふざけるのもいい加減に…!?」

 

 ダメだ、アクサキさん。今度こそ、今度こそ血を流し過ぎて、こんらん状態、適切な判断が出来ないんだ…!現状どれだけ危険に晒されてるか分かってない。

 僕がなんとかしなくちゃ、僕に何か出来る事は…!?考えろ、守って貰ってばっかで、このままじゃ、アクサキさんがーーーアイタッ!?

 

「あのなぁ、ゴースト仮面?あったばかりでキツイ話だと思うが、少しは信用してくれよ…そんな顔されっと、こっちまで悲しくなってくんぜ?ほれ、もうそろそろ来っから、それつけとけ」

 

「イタタ…来るって、なにが…?」

 

 ズンと奥底にクる声色、アクサキさんの真っ直ぐな瞳、乱雑に混ざりあった思考の沼から抜け出します。

 アクサキさんが投げてきた何かが当たった額をさすりさすり、疑問。一体彼は何を待っていて、何が来るのか。

 

 涙目になりながら、それを提示しようとして。

 

 アクサキさんの、曇りのないしたり顔が目に焼きつきました。

 

 

「何って、そらぁ言っただろ?」

 

 

 

 

「ーーーゴロンダ、つじぎり」

 

 

 

 

「正義の騎士(ヒーロー)さんだよ」

 

 

 

 

 一陣の風が吹く。

 

 砂煙を上げながら、アクサキさんの隣に立ったその人の背中は、随分と見慣れたものでした。

 

 砂金の様に綺麗な短髪に黒いリボン、スパッツに包まれた健康そうな褐色の肌、服の上からでも分かる、鍛えられた肉体。

 

 そしてなにより、男よりも男らしく、凛とした出で立ち。

 

 

 

「お待たせしました。貴方の騎士(ナイト)がきましたよ」

 

 

 

 鈴の様に綺麗な声でーーーサイトウさんは、アクサキさんに迫ったヨノワールを吹き飛ばしました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ま、間に合った!確保ー!」

「ランプラー、ほのうのうず!」

「デンチュラ、エレキネット!オクタンはうずしおを頼む!」

 

 サイトウの野郎がヨノワールをぶっ飛ばした後、続く三人のリーグスタッフ。吹き飛ばされたヨノワールを、見事なコンビネーションでたちまちに拘束していく。

 目を回すヨノワール、戦闘不能。漸くそれが確認出来た所で、身体が休めと危険信号、ふッと息を吐く。流石のオレでも、ちっとばかし疲れちまった。

 怪我もあるし、サッサとゴースト仮面とキャンプに戻って、今日は早めに寝よう。

 

「何もう全部終わったみたいな顔して戻ろうとしてんだ?お前にはまだ治療と念のための解呪、事情聴取という名のお説教が待ってんだよ逃げんな」

 

…そうだ厄介なのが残ってた

 

 踵を返そうとしたオレの肩を、いつの間に戻ってきたのか、ガッチリ掴んでくるランプラー使いのリーグスタッフ。言葉の通り、逃がさないと言う意思が伝わってくる。

 

 コイツは以前サイトウとワイルドエリアにいた時、オレの事を見捨てやがったサイキッカー、霊媒師だ。暇なのか、コイツはいつもワイルドエリアをプラプラ回ってやがる。

 オレ自身、特訓とかでワイルドエリアを使う事が多いし、毎回オレの捕獲方法にケチつけてきやがるから、いまじゃすっかり顔見知りだ。同郷だし、話が合うってのもある。

 

 いつもならこのまま一、二時間くらい説教を喰らうハメになるが…今回のオレは一味違うぜ。

 

 何たって、今回は今までとは違い、人助けによる行動だもんなぁ!ゴースト仮面という証人もいる。テメェの長い説教地獄からぁオサラバだぜ!

 

「まぁ待てサイキッカー、落ち着け。今回ばっかしは責められる謂れはねぇぜ?何てったって、一連のオレの行動は、ゴースト仮面を助ける為のもの。人として、当たりまーーー」

 

「テメェオニオンさんの事ゴースト仮面って言ってんのか!?不敬にも程があるだろふざけんな!てか何オニオンさんとワイルドエリアデートしてんだよ羨まけしからん俺と変わりやがれ!!」

 

「何処でキレてやがんだテメェは!?訳わかんねぇ事言ってんなよデートな訳ねぇだろ!デートってのは、その、こ、恋人同士のやる奴だろ!オレたちゃ男だ!てかなんでさっきからそっぽ向いてんだテメェ!」

 

「馬鹿野郎おま馬鹿野郎!今の状態のオニオンさん直視できる訳ねぇじゃねぇか!生で見たら死ぬわ!仰げば尊死!浄化されちやう!あとテメェがそういうのでどもっても全然萌えないんだよ萎えるわ!」

 

「えっ」

 

「やかましい!てかテメ、なんて酷い事言いやがる!?顔見て死ぬとかクソ悪口じゃねぇか!謝れよゴースト仮面に!」

 

「そういう意味じゃねえよお前本当にそういう所鈍感だよなサイトウさんが可哀想だわ!この天然タラシ!女だけには飽き足らず、今度はショタか!?ぜってぇさせねぇぞコンチクショー!?」

 

「んでサイトウが出てくんだよぶっ飛ばすぞテメェェ!?」

 

「大丈夫ですか!?今すぐ手当てをしますので…って何やってんの!?」

 

 取っ組み合いが始まる。右頬を抓ってくるサイキッカーと、鼻を摘んで上に引っ張るオレとの、あつき戦いが。

 すぐ様もう一人のリーグスタッフが止めてきたが、両者はまだ睨みあったままだ。めっちゃほっぺイテェ…ぜってぇはっ倒す!

 

「またオニオンさん絡みで揉めてんの?いい加減大人になりなさいよ。ほら、アクサキくんだっけ?怪我したところ見して…うわぁ派手にやったねぇ。こりゃ跡残るかもよ?エルレイド、いやしのはどうお願い」

 

「ほら言われてんぞサイキッカー、大人になれよみっともねぇぞ?」

 

「何度も何度も何度も何度も注意してんのに、事の重大さを理解できないオツムの弱ぇお前には言われたくないな!いい加減にしねぇと、サイトウさんにいいつけんぞ!」

 

「バッ、テメェそれ言ったら戦争だろうがァァ!?」

 

「ちょ、暴れないで治療中!傷が開くよ!?」

 

 コイツが言っちゃいけねぇ事言った!言っちゃいけねぇ事言った!!サイトウにバレたらヤバイ事になるに決まってんだろうが、人にはやっていい事と悪い事があるんだぞ!?

 

「ーーーぷっ、アハハ!やっぱりアクサキさんは、愉快な人です。さっきまであんなだったのに…一緒にいるサイトウさんは、毎日が飽きないでしょうね…羨ましいです」

 

 唸り合ってるオレたちに、割って入るかの様な笑い声。振り向けば、お腹を抱えて、目に涙を浮かべながら笑っているゴースト仮面が。

 

 なんか唐突にオレを褒めてきやがった。

 愉快?オレが?馬鹿野郎、オレはクールなあくタイプ使い。愉快なんて言葉とはかけ離れた存在だぜ?コイツめ…もう少し審美眼という奴を磨いてやった方がいいな。

 

 それにサイトウの野郎が飽きてねぇ訳ねぇだろ。何ヶ月顔あわせてると思ってんだ。そろそろヤツも次の街に進ませたいと思ってる筈だぜ。飽きてねぇのは、どっちかっつぅとオレの方じゃねぇか?

 

「して、アクサキさん。ジムチャレンジは、一回だけなら四番目と六番目のジム選択を変更する事が出来るんですよ。知っていました?」

 

 一頻り笑ったゴースト仮面は立ち上がり、寝ちまったヤミラミをオレに手渡してくる。サイキッカーがめちゃくちゃ青い顔しながら睨んでくるが、訳わからんから無視だ無視。

 そりゃ、開会式のときにそう説明を受けたから知ってるが…それがどうしたんだ?

 

「アクサキさん、最近チャレンジが停滞してきたんですよね?良かったらーーー僕の所に来てもいいんですよ?」

 

 そう言って、笑みを浮かべて手を握ってくる。頭に疑問符を浮かべているオレに、ゴースト仮面が甘美な誘いをドストレートで打ち込んできた。

 

 なんか嫌に粘着質で、一瞬マリィが頭を過った気がするが、気のせいだろう。クソ、ゴースト仮面め…なんて優しい子なんだ…!

 特訓に付き合ってくれるだけでは飽き足らず、オレがジムチャレンジを突破出来る様に心配してくれるなんて…!

 思わず涙がでそうだぜ、ガキどもが積んできた花束を渡されて号泣してた親父の気持ちがわかる気がする。

 

「あ〜成る程な。確かにお前んところに行ったら突破出来る可能性が上がるもんな。ゴーストタイプだし」

 

「なら…」

 

「でもやめとくわ」

 

 まぁ勿論答えはNOなんだけどな。悪りぃなゴースト仮面、舐めてもらっちゃ困るぜ。

 オレにはな、ジム変更をしたくない大きな理由があるんだ。それだけは曲げちゃいけねぇって、決めてあるからさ。

 

 何故…?と困惑した表情を浮かべるゴースト仮面。そりゃ名案却下されたらそんな表情にもなる。ガキの考えた案は極力否定したくないが、流石にそれはな。

 でも悪い事じゃないってことを、理由だけでも教えてやらなくちゃな。スゲェ自分勝手な理由だし。

 

 

 

「だってそんな事したら、サイトウの野郎に会えなくなっちゃうじゃん」

 

 

 

「「「「「…え?」」」」」

 

「え?」

 

 何、みんなどうしたんだよそんな目で見てきて。オレ変な事言ったか?

 




アクサキ
ジョウト地方出身。
マリィから借りた少女漫画で号泣した。サイトウにボコボコにされるシーンばかり書かれるため、弱いと思われがちだが、タイプ相性関係なしなら普通に強い。
相性有利のエスパー戦やゴースト戦の時には鬼と化し、その時だけはジムリーダーとも引けを取らないと言われている。

念波や霊力をそこそこ感じ取れるという、一応サイキッカーの適正持ち。
本人曰く、エスパーやゴーストには負けないように修行してたら、なんか勝手に身についた、との事。
ポケモン世界なら割とこういうのあるんじゃないかな、超能力者普通にいるしと考えた作者による勝手な考察&妄想。
何度かオカルト課から声を掛けられた事がある。全部断ったらしいが。
相性有利戦に滅法強い理由は、彼の性格故か、はたまた……
本人はまだ、奢られた分を返してもらう為という理由で言ったのを、誤解されていることに気がついてない。

サイトウ
ラテラルタウンジムリーダー。
リーグから定期的に依頼されるワイルドエリアの警邏を行なっていた際、リーグスタッフの一人から応援を頼まれ、いち早く駆けつけた凄い子。
愛ゆえに出来た技と本人は語っている。
どういう原理で要救助者がアクサキと分かったのかは謎のまま。
多分聞いても愛ゆえにとか言われて長くなるから割愛させてもらう。

オニオンがアクサキにした提案に戦々恐々したが、アクサキが最後に言った一言に見事胸をふいうちされた。
ちゃっかり録音済み。
帰ってからどのように式を上げるか考えたらしい。
子供も沢山欲しいと。アクサキ逃げて、超逃げて。

オニオン
ラテラルタウンジムリーダー。
今回色んな意味でアクサキ的にも、サイトウ的にも、作者的にも一番危なかった子。作者はタグ、後は察して。
一連の出来事を通して、アクサキに対し危ない扉を開き掛けた。家に帰った後めっちゃベッドの上ゴロゴロしたらしい。
因みに途中から仮面が外れていたが、本人が気付いたのはお風呂に入る前。
後日アクサキにその事を伝えたら、中々可愛い顔してんじゃねぇかとあくタイプ笑顔で言われ、ン゛ッ!となった。
マジで気をつけないと大変なことになる、この人ヤバイ。
そう再確認するオニオンだった。別に嫌いじゃないか(殴

ヤミラミ ♂
途中から空気だった子。
いやマジですまん。
アクサキとはホウエンで出会っており、ガラルに渡航する際に譲り受けたポケモン。
ある一件により、アクサキの事を恐怖の対象として見ている。
しかし、今回の出来事により、少し見る目が変わった。
が、アクサキがヨノワールと戦っているときに目が覚め、その姿を目の当たりにしたのでやっぱりダメだった。
現在はオニオンの所でアクサキに対するリハビリを行なっている。
オニオンに凄い懐いているヤミラミを見て、アクサキは悲しそうにしながらもヤミラミをオニオンに渡すか元の親に戻すか悩んでいるらしい。
因みにオニオンの所にヤミラミが住むようになった次の日、アクサキに一通の電話がきた。宝石。

ブラッキー ♀
正確にはアクサキのポケモンではなく、実家のポケモン。
アクサキがまだはいはいも出来ないときからイーブイとして共に暮らしており、実質アクサキの最古参手持ち。
他の手持ちポケモンからは姐さんと呼ばれ、慕われている。新人手持ちには大体姐さんから指導が入り、アクサキがどのような人物か、どのように生きてきたかを語られる。
コマタナやニューラ、ダーテングは勿論の事、あのシザリガーでさえ彼女の指導には根を上げた。
曰く、主人の事になると話が長くなるらしい。
それも淡々と話す、とのこと。基本的に放任主義の自由人であり、アクサキの現状を黙認している。
それは彼の一番は自分という余裕の現れか。
流石ブイズの中で一、二を争う高耐久。130は伊達じゃ無い。クーデレ。

リーグスタッフA
ランプラー使いのサイキッカー。
分類は解呪などを生業にしている呪術師。ブリーダーランクはCであり、そこそこの腕前をもっている為、ポケモン協会ジョウト支部アサギ部署からガラルへの赴任を命令され、こんにちまで働いている。
今年で5年目。大霊戦(大規模霊界掃討及び魂奪還作戦 ヨノワールのやつ)には参加した事無いが、定期的に行われる小規模のものなら参加した事がある。
オニオンファンクラブ会員番号1598。
しかしお気づきの方もいるだろうが、名前が記されない時点でコイツの出番は…

リーグスタッフB
エルレイドでアクサキの傷を治したサイキッカー。
分類は占い師。ネイティオを持っており、先見による救助要請を行う。
彼女自身の占いも当たると評判であるため、機会があれば受けてみるのも良いだろう。
ただし婚期の事を聞くと泣くのでそこら辺は慎重に。しかし、お気づきの(r y

リーグスタッフC
オクタンとデンチュラを使っていた男。
一番出番がない。主に水難救助を担っている。酒の席でAとBの愚痴を毎回聞かされる苦労人。しか(r y

いや本当、遅くなってすいませんでした。


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ダークホール

鎧の孤島をウロウロしてて投稿が遅れました。これも全部ドレディアたそが可愛いからいけないんじゃあ^ ^〜

皆さんの相棒は帰ってきたでしょうか?


 オレはあくタイプが大好きだ。

 

 何故あくタイプが好きなのかと問われれば、軽く半日は語ってしまう程、オレはあくタイプを愛している。

 

 あくタイプと聞けば、人によって顔を顰める人もいるだろう。が、少し待って欲しい。『あくタイプ』という五文字だけで、あくタイプの全てを判断するのは、あくタイプ使いとして許せないものがある。

 

 そんな、最近ホウエンの友達から毎日電話がきて、ちょっとノイローゼ気味になってきた、あくタイプの貴公子ことオレ。

 

 今日も元気にサイトウの野郎をぶちのめす…と言いたいところだが、ちょっと今回はやめておこう。

 

 何故なら…

 

「ゴッホァゴブはぁ…く、ゾォ…アダマ痛ぇ…風邪びいた…!」

 

 ここは、中世の城壁を活かした、歴史ある街、ナックルシティ。そこの、ジムチャレンジャーホテル204号室。

 

 オレは今、絶賛風邪をひいて寝込んでいる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「風邪をひいた?サイトウの野郎が?」

 

「はい、今朝から体調が、優れないようでして…」

 

 赤くなった鼻をさすりさすり、マジかと声を上げる。

 

 ここは、枯れ草の匂いが風と共にやってくる、いつもお馴染みラテラルタウン。そのジム出入り口。

 

 今日こそはサイトウをコテンパンにしてやる、そう意気揚々とジムに入ろうとしたオレは、待機していたジムトレーナーに待ったの声をかけられた。

 

 いやもっと早く声かけろよ。思いっきり顔面ドアにぶつけちまったじゃねぇか。確かに開いてると思って、大した確認もせずに入ろうとしたオレにも非があるけどさぁ。

 

 今朝見たドラマの様に、カッコよく入ろうとした手前、クッソイテェしクッソ恥ずかしいんだが?

「よぉサイトウ!今日こそおばぇ!?」ってなったからな。喋りながらプルプル肩震えてんの分かってんぞジムトレーナーさんよぉ?

 

「そんな睨まないで下さいブハッ…す、すいません伝言を預かっています。えーと…直ぐに、クフッ、治しておくので、今日出来なかったジムチャレンジは、明日の八時にやりましょう、だそうです。どうしますか?」

 

 今吹き出したよな?絶対吹き出したよな?テメェの鼻も赤くしてやろうか。

 

「チッ、まぁいい.んな事はどうでもよぉ…サイトウのヤツに伝えといて下さい!自己管理も出来ねぇバカは一週間家に篭って寝てろって!」

 

 ったくサイトウのヤツめ…一日で風邪が治る訳ねぇだろ。こんじょうあるのは認めるが、半端な状態で来られても困るんだよ。感染るし、病み上がりが一番怖ぇからな。

 

 それに、不完全な状態で勝っても嬉しかねぇ。万全なコンディションでぶちのめすからこそ意味がある。

 

 お、今のオレ凄いあくタイプぽかった。もうちょっとポーズを決めておけば良かったな。こう、帽子をクイッと、こう、クイッとやったら更にサマに…

 

「分かりました。貴方の風邪が心配なのでしっかり休んでください。一週間後の八時で大丈夫です、マイハニーと送っておきますね」

 

「言ってねぇよンな事一言も!?耳腐ってンのかテメェ!?」

 

 思わず帽子を地面に叩きつけちまった。もの凄い爆弾発言を送信しようとしたジムトレーナーに掴みかかる。不思議そうに此方を見てくるジムトレーナー。

…?じゃねぇんだよこっちが…?だわ!どんな風に解釈したらそんなふざけた文章になるんだ?

 なんだよマイハニーって。ぜってぇワザとだろ。オレとアイツはそ、その…ふ、夫f、そ、そんな関係じゃねぇ!

 

「心配なんかしてねぇよ!寧ろ普段から自分強いですオーラ出してる癖に、ザマァとすら思ってる!」

 

「またまたぁ〜そんな顔しておいて説得力ないですよ?サイトウさんの超絶ファンですもんね?アクサキさんは」

 

「どんな顔だよ、な訳ねぇだろオレはアンチだ!超弩級のッ!毎日毎日そういうサイトに書き込んでるから!めちゃくちゃワルだから!」

 

「毎回そういうサイトに書き込んで荒すんですよね知ってます」

 

「チゲェし!?別に分かってねぇ三下共に本当の事言ってるだけなんだよなぁ!?だんっ、じてっ!オレはファンじゃねぇし心配もしてねぇ!!もういいでしょ、オレァ帰りますよ!アザッした!」

 

「あ、待ってくださいよ。どうせこの後お見舞い行こうとか考えてるんでしょ?はい、コレ。サイトウさんの住んでるマンションの住所と部屋番号です。アクサキさんなら大丈夫でしょう、なんなら彼女にとっての特効薬だし。あ、でもハメ外し過ぎないで下さいよ〜、もしヤるならせめて付けてあげて下さいね」

 

「何を言ってるかよく分からないが、オレが、アイツの、お見舞いに?行かねぇよんなもん!それするぐらいだったら帰って寝るわ!」

 

 クソ、からかいやがって…!?

 

 ニヤニヤしながらツンデレですねぇとかほざきやがるジムトレーナーに背中を向け、この後どうするか考える。

 オレはてっきり今日一日はジムチャレンジの為に過ごすつもりだったから、完璧に予定が狂った。

 

 特訓は朝っぱらからやったし、勿論バイトも入れてない。誰かと会う約束なんざそれこそサイトウのヤツだけだし、他の奴らを当たろうにもマリィとウールー使いは8番目のジムに挑戦中、オニオンは仕事中だ。反対側のジムが賑わっている。

 

 ルリナパイセンもモデルで忙しいって言ってたし、ヤローの兄貴も同じだろうな。カブさんはきっと炭鉱走ってるだろうし…

 

 あ、ニット帽…はないな、うん。アイツ何考えてるか分からねぇし、通訳いないと会話続かねぇ。

 そもそも誘い文句がない。飯行こうにも、時間的にちょいと早い。まだソルロックが東側の空を飛んでいる。

 

 要するに、めちゃくちゃ暇だ。

 

 どうしよう、何をすれば良いのか分からない。フリーの日って何すれば良いんだ。一人で旅してた時は毎日移動やら特訓やら旅費稼ぎやらで、割と忙しい日々を送ってたから、のんびり何かをする事はあれど、暇なんて事はなかった。

 

 ガラルに来てからは、各地をまわるのも徒歩ではなくアーマーガアタクシー、寝床も飯も風呂もあり、所謂インフラが整った場所に留まり続けているから、野宿をする必要が無くなったってのもある。

 

 つまり比較的に他地方を周ってた時より苦労が少ない。基本的に何もする事がないなんて日はなかったしな。休んでたのは飯と風呂と、寝る前に本読むぐらいか。

 

 ポケモンバトル以外の趣味なんて持ち合わせてないし、ショッピングをするようなタマじゃねぇ。買いたいもんなんてない。そもそも昨日買い物したばっかだ。

 こんな時間から寝るのはな…なんか勿体ねぇ気がする。後々後悔するヤツだ。今からでも入れるバイト探すか?

 

 しかし、そう思うとオレってサイトウとばっかいんな。

 

 思い返せば、ほぼ毎日のようにアイツとは顔を合わせている。ジムチャレンジはそうだし、チャレンジがない日もカフェやケーキ屋、ショッピングにワイルドエリアと、色んな所に連れ出されてるし。オレの財布が軽くなる理由の大体は、アイツが絡んでいる。

 

 毎回毎回渋々ついて行っていたが、今考えれば、アイツはわざわざオレの所に来て暇を潰してくれたって訳だ。

 めちゃくちゃ良いヤツじゃねぇかアイツ。なんかシャクだから感謝はしねぇけど。

 

 だが、そのサイトウがいない今、自分で暇を潰さなければならない。それが非常に悩ましいというか、難しい話なんだが…チクショウ、コレも全部整い過ぎているガラルが悪い。

 流石世界で一番最初に工業が発展した地方だ。その癖サイトウの野郎、普段丈夫が服来て歩いてるようなヤツなのに、風邪なんてひきやがって。治ったらアホみたいにいじり倒してやる。

 

 

 取り敢えず、その辺でもぶらついてみるかぁ

 

 

 そう決めたオレは、やっぱりあげますよコレ、ツンデレさんと言ってくるジムトレーナーの額をデコピンし、丘を降りる階段に向かってダラダラと歩みを進めた。

 後ろからジムトレーナーがしつこく何かを喋ってくるが、振り返らず、適当に手を振って返事する。

 

 

 片方のジムリーダーが不在にも関わらず、町は相変わらずの賑わいを見せていた。

 

 

 強い日差しが照りつけ、乾いた風が砂埃を煽る中、ガヤガヤと音の絶えないメインストリート。

 ネンドールとユキメノコを連れたエリートトレーナーが堂々と歩き、おやっさんの呼び込み声に、マラカッチの奏でる舞踊、ガキ共がドータクンの周りを駆け、カフェを覗き込めばマダム達が紅茶を片手に談笑している。

 

 いつも通りの日常。いつも通りの、すっかり馴染みのある町。

 このジリジリとしたオレンジの中で響き渡る喧騒、人々の見せる活気が、オレは中々どうして、嫌いじゃなかった。

 

 けど、何故だか今日は…物足りない気がする。

 

 心の中に浮上する、よくわからないモヤモヤがオレの首を傾ける。わだかまり、気になり始めたらより一層と。普段より重い気がする胃の底の感覚に、眉は下がる一方だ。

 このまとわり付いてくるモノを振り落とそうと、エリートトレーナーに勝負を仕掛ける。まるで八つ当たりをするガキのように。

 

 

「何か、悩み事でも?」

 

 

 ふんだくった小銭を掌で遊ばせていると、目を回したユキメノコをボールに戻すエリートトレーナーの言葉に、目を丸くする。

 条件反射で特にねぇよそんなもん、と返してしまった。そうですか、なら良いんですがと、エリートトレーナー。明らかな困惑が身体を走る。

 悩み事?悩み事をしているように見えたのか?オレが?

 

 自販機でミックスオレを買い、一本そいつに投げつけてからその場を後にする。手頃なベンチに座り、冷たい缶を額に当てながら、深呼吸。

 プルタブを引っ張り、一気に流し込む。砂糖が舌を蹂躙する感覚、やっぱり甘いものは苦手だ。

 

…そんなにも情けない顔をしていただろうか。

 

 頬に駆ける袈裟の傷痕を撫でる。すっかりと癖になってしまった動作、痛みがチリチリと蘇る。それともアイツの観察眼が鋭かったのか。

 そもそも、オレは今悩んでいると言えるのだろうか。考えたってどうしようもない、どうでも良い事。深い溜息が木霊する。またよく分からないナイーブ期が来たのだろうか、勘弁して欲しい。

 

「あ、あにきだ!あにきがいる!」

「あにきー遊んでくれー!」

「おれにもジュースのませて!」

「かたぐるましてー!」

 

 そんなオレに反するように、いつも絡んでやってるガキ共は今日も元気いっぱいだ。座ってるオレに対して、配慮もなんもない、勢い良く駆け寄ってくる。

 まるでとっしん。反動ダメージだけは負わせないよう、立ち上がって受け止める。

 

 一人は背中をよじ登り、一人は飲みかけのミックスオレを勝手に煽る。残った二人は腰に抱きついてグイグイと引っ張ってきた。

 そこには純粋な白い光しかない。全く、ガキはガキだな。気が楽でいいや。

 

 さて、時間もある。少し遊んでやらないこともーーー

 

 

「あれ〜?そういえばいつもサイトウおねぇちゃんいるのに、今日はいっしょじゃないんだねー?」

 

 

 思考が刹那、揺らぐ。思わず滲み出る、ぎこちない笑み。

 

 

  おいおい、何を動揺しているんだか、オレは。

 

 

「まぁな、あの野郎は風邪だ。ジムチャレンジは延期」

 

「まじでー!?サイトウおねぇちゃんカゼひいたのー!?ちゃんとおなか温めてねなかったのかなー?」

 

「そうかもな。ってな訳で、オレは今日一日暇なんだ。せっかくだから、お前らの遊びに付き合ってやってもいいぜ?何して遊ぶか?」

 

「やったー!じゃ、ポケモンバトルごっこ!……でも、いいの?」

 

「あ?何がだ?」

 

 

 

「サイトウおねぇちゃんの、おみまい、いかなくてもいいの?」

 

 

 

ーーーだから、テメェは何に動揺してやがんだ、クソが。

 

 

 

 暫くガキ共と遊んだ後は、また振り出しに逆戻り。意味もなくメインストリートをぶらぶらと歩く。

 

 しくじった。ガキはガキだと、侮った。ガキも中々に痛い所を突いてきやがる。

 イテェイテェ。何より気を使われたのか、お見舞いに行くようガキ共に仕向けられたのが一番イテェ。

 途中から露骨に別れられたぜ。「サイトウおねぇちゃんに宜しくね」って。馬鹿が、ガキが大人相手に色々変な気起こしやがって。単純な善意が混じってるのが尚たちが悪い。

 

「あ、サイトウさんのとこの…今日は一緒じゃないのか」

 

「あら、サイトウちゃん風邪なの?ならほら、コレ持ってってあげなさい」

 

「おーいチャレンジャー!サイトウの男なんだろう?え、違う?どっちにしろ世話ぐらいしてやれよ、ほら、運んでってやるから!」

 

「いっけぇマルマイン〜だいばくはつッ!!(物理)」

 

 道具屋の若旦那、洋菓子屋のばぁさん、会ったこともねぇリーグスタッフ、顔見知り、顔見知らぬ関係なく、道行く人々が声を掛けてくる。

 一人変なのが混じっていたが、どいつもこいつもサイトウサイトウサイトウサイトウ…段々とうんざりしてきた。モヤモヤが募っていく。

 

 なんだ?オレはサイトウとセットで数えられてるのか?オレがサイトウといないとそんなに変か?オレだってアイツといない事もある。

 別にアイツとはこ、そ、の、恋仲ッ、って訳じゃねぇんだ。何処でどうしようとオレの勝手だろう。

 

 お見舞いのやつもそうだ。お見舞い、お見舞いて、なんでそこまでオレを行かせたがる?オレがいく必要なんて皆無だ。あくまでアイツとオレはジムリーダーと、その挑戦者。

 そこら辺を履き違える能無し共が多くて参っちまう。そんなに心配ならテメェが行けばいいじゃねぇか。

 

 あーイライラすんぜぇ!!

 

「だからってウチで冷やかしすんのはチゲェだろ。買わないんだったら、ほら、行った行った!」

 

「買わないなんて一言も言ってねぇだろ。今は選んでんだ。あーどれもうまそうで悩んじまうなー」

 

「いつもそんな事言って、マラカッチと戯れるだけ戯れたら帰っちまうじゃねぇか。マラカッチもいつの間にかお前に懐いちゃってるし…暇つぶしにウチを使うな、営業の妨げでサイトウさんに言いつけるぞ。さっさとお見舞いでもなんでも行ってこい」

 

 チッ、ケチくせぇ店だな。

 

 骨董品屋の横にある青果店、マラカッチと手遊びしながら、目の前に並べられた色とりどりの果物やきのみを眺める。ジョウトやホウエンで見たことあるやつや、こっちにきて初めて知ったものまで。

 コレはなんだと聞けば、このおっちゃん聞いてもねぇウンチク話してくれっから、暇つぶしになると思ったんだが…

 

「てかおっちゃんもあの野郎の事言うのかよ…」

 

「あ?どうしたんだよ、お前さんらしくない暗い顔しちゃって…なんか悩んでる事があるなら聞くぞ?」

 

 おっちゃんの所為だろうが…悩み相談なんて、そんな女々しい事出来る訳…

 

…まぁ、ちょっとくらい…暇つぶしの一環で、少しだけ、な…?

 

「実は…」

 

 ポツリポツリと、胸の内に渦巻いていた感情を発露させていく。

 

 朝からなんだかモヤモヤする事。

 

 何故か物事全てをブルーな気持ちで考えてしまう事。

 

 皆んながサイトウサイトウ煩くて、なんでオレにばっかり言ってくるのか分からない事。

 

 腹の中に溜まった物を全部、全部。

 

 それらを聞いて、成る程なぁ…と顎をさするおっちゃん。若いっていいなと呟きながら、生暖かい笑みを携えて、こっちを真っ直ぐ見抜いてくる。

 

「で、結局お前さんは嫌なのか?」

 

「何がだよ」

 

 

「何がって、サイトウさんのお見舞いに行くのが」 

  

 

「…そこが、分からねぇから苦労してんだろうが…」

 

 帽子を深く被りながら、脱力する。項垂れるって言った方が正しいかも知れない。

 

 

 サイトウの容態が、気にならないといえば嘘になる。

 

 

 健康的な肉体を持ってる人と言われて、オレの中で真っ先に思い浮かぶのはサイトウだ。風邪をひいたって聞いた時、確かに動揺したし、あのサイトウが…ともなった。

 早く治って欲しいとも思っている。他意はない。あくまでジムチャレンジが滞るからだ。暇だし。

 

 ただ、それでオレが看病に行く、と言うのが、何故か引っかかってしまう。素直になれない。行くという選択肢を押せない。自分でもなんでこんなに感情がブレるのか分からないし、そんな自分が相当面倒くさいと言うのも分かっている。

 あーもうこの際だ。心配してるさ。

 

 どうせアイツの事だ。心労が祟ったんだろう。若くしてジムリーダーを務める身だ。リーグからの仕事、負けない為の修行、勝つ為の特訓、そんな事1ミリも理解出来てない三下共の誹謗中傷、クズ連中の罵詈雑言、逃げ出す訳にはいかない、ジムリーダーとしての責任。

 ストレス溜まりまくりの生活に決まっている。

 

 鍛えてるから大丈夫だと。こんな事気にする様ではまだまだ甘い、修行が足らないと。

 

 アイツはいつもそう言ってくるが、ロトフォンを見て僅かながらも顔を顰めているアイツをオレは知っている。迷惑メールを受けている事も、毎日イタ電が掛かってくる事も、ある時は、街中で直接言われた事も。

 そいつは路地裏に連れ込んでノしたが。

 

 どいつもこいつも、サイトウが完璧超人だと勘違いしてやがる。一枚仮面を剥がせば、アイツは唯の女だ。失敗する事もあるってのに。出来る事なら変わってやりたいぐらいだぜ。

 

 

 出来る事、なら…ジムリーダー、に…か…

 

 

ハハッ、随分大きく出たもんだ。

 

 

 嘲笑する。自分自身に対し、その発想に対し。

 ダメだダメだ、思考がズレちまった。いつまで引き摺ってんだオレは。らしくない。オレらしくない。

 ネガティブな考えに持ってかれる所だったぜ。まだまだ、先はわかんねぇって話なのにヨォ。

 

「詰まる所、皆がオレに行けって押し付ける様にお見舞いを勧める態度が、気にくわねぇんだろうなぁ…そもそも、親がいんだろ親が。オレなんかが行くよりよっぽど良いわ」

 

「…あー…その事なんだが…多分、サイトウさんの親御さんは、看病しないんじゃないかな…」

 

「アァ?なんでだよ、子供が風邪引いたら普通看病すんだろ」

 

「その()()に当て嵌まらないのが、親御さんってのも、お前さん、知ってる筈だろ?」

 

「…そうだった」

 

 アイツの両親、クソ程厳しかったんだっけ。

 

 

 英才教育

 

 

 オレみたいな人種からしたら、反吐の出るような話だ。やりたい事をやらせて貰えず、毎日叱咤、修行の日々。表情筋が衰えるって、相当な辛さだろう。

 

 そういや、アイツ前に風邪引いた事話してたな。確か、何から何まで自分でやったって。

 風邪ひいた状態でタフすぎんだろ、やっぱお前色んな意味で凄い奴だなとそん時は引いてたけど、もしかしてそういう事か?だとしたらクソなんだが。

 

 いやでも、流石にな…まさか…流石に…風邪ひいた娘ほっぽってく程バカじゃねぇだろ…

 

 流石に…うん、オレが行く必要なんて…唯のジムリーダーと挑戦者だし…うん…

 

………

 

……

 

 

 

 ヤベェ、なんかもう面倒くさくなってきた。

 

 

「おっちゃん、モモンとオレン、後とくせんリンゴを適当に見繕ってくれ」

 

「お?なんだ、遂に行く気になったのか?」

 

「さぁな。唯、こんなウジウジ考えてんのはオレのキャラじゃねぇって思っただけだ」

 

 こちとら既に頭がショート寸前なんだよ、もうどうにでもなりやがれ。

 

「ハッハッハッ!それが良い、若いうちなんて行き当たりばったりで、なんも考えなくて良いんだよ。ホラッ、毎度あり。ちょっとだけオマケしといたからな。サイトウさんに、宜しく頼むよ」

 

「だから行くとはいってねぇだろ…。ありがとなおっちゃん、また今度。サイトウになんか買わせにくるわ。とびっきり高いの用意しとけよ」

 

「そりゃ楽しみだ。マラカッチの果実でも仕入れてくるかな。じゃ、気を付けろよ」

 

 良い香りが漂う、確かな重量を持ちながら露店を後にする。強く照り返す日差し、雲一つ、ポツリと浮かんでいる青い空。その雲も、東の空へと流れて消えそうだ。

 

 色々話して吹っ切れたのか、はたまた思考がオーバーヒートしてとくこうが二段階下がったせいか、なんだか少し気が楽になった気がしやがる。

 やっぱ、会話とは偉大だ。病は気から、ハッキリわかんだね。

 

 さ、そろそろ昼時だし、買うもん買ってさっさと行きますかね。

 

 待ってろよ、テメェの弱ってる姿を写真撮って、後日アホみたいに揶揄ってやる。その為にも、早く元気になって貰わなきゃなんねぇからな。ったく、面倒の掛かるヤツだぜ。

 

 そんな、自分の中で素直とは言いがたい正当な理由を立てて、丘の上にあるジムへと走り出した。

 

 

 

 

 取り敢えず、着いた途端に

 

「やっぱり来ましたねアクサキさん。ホラ、コレ、目的のものです。いやぁ〜待機しといて正解でした。貴方の事ですから、きっと街中で物資揃えて嫌々の(てい)で行くんだろうなって思ってたんですよぉ〜全くもぉ〜マジツンデレっすね!ツンデレのアクサキさん、約してツンザキさん!コレはアクサキさんファン一同大歓キィイテテテテテテェ!?いふぁいでふあくそぁきそん、いふぁいでふっ!?ふぁなを摘ふぁないふぇくだふぁい!?」

 

 って言ってきたジムトレーナー、テメェは許さん。赤っ鼻にしてやる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そのあとオレは看病を完璧にこなした。

 

 アイツは中々良いところに住んでやがったから、エントランスのよくわからねぇセキュリティにドギマギしつつ、不審者扱いされながらもなんとか無事にヤツの部屋まで辿り着いた。

 

 意気揚々とドアを蹴破って、案の定人の気配のない室内に顔を顰めつつ、さぁ、どんな間抜け面晒してやがるかなと見てみれば、思ってた以上にヤバそうでビビったりしたけど。

 

 鈍臭ぇゴーリキー共どかしておかゆも作ってやったし。

 

 買ってきたきのみや果物すりおろして、ホウエン旅してた時作った苦い漢方薬も飲ませてやったし。

 

 寝汗でぐしゃぐしゃになった服の着替えも手伝ってやった。流石に下着交換や背中拭いたりするのはニューラにやって貰ったが。

 

 暑いといえばニューラのこおりのつぶてで氷嚢を、寒いといえばダーテングのねっぷうを。

 

 溜まってた家事もやってやったし、サイトウが風邪そっちのけでやろうとしてたジムの事務(なんちって)なんかもやってやった。

 

 それでも、悪いです、すいません、とか言って休もうとしねぇから、わざわざこのオレが膝貸して、無理矢理寝かせて、頭も撫でて、手も握って、子守唄も歌ってやって。

 

 ようやく寝息が聞こえてきたから、アイツのロトフォンに何かあったら直ぐ連絡する様に念押してから、ドヤ顔で帰ってきたんだ。

 

 全く、風邪を引くなんてバカな奴だなぁなんて口走りながら、やれやれと肩を竦めながら、帰ってきたんだ。

 

「まざかぞのまま、ゴホッ、はぁ、はぁ、感染っちまうとは…下手こいた…!」

 

 そして現在に至る。

 

「ガハッ、ゴホッ…ア゛ァ゛…喉がいでぇ…熱下がってる気がしねぇぞ…チクショ…!」

 

『ーーー』

 

 室内に響く刺々しい咳、ニューラが何やってんだお前は、という顔で氷嚢を投げつけてくる。

 熱が奪われていく感覚に息をつくのも束の間、直ぐ様襲ってくる倦怠感と頭痛が煩わしい。吐き気を催す。目が回る。

 

 ぬかった。最高に油断した。

 

 ジョウトを旅してた時も、ホウエンを旅してた時も、看病する機会なんて沢山あったが、感染った事なんてなかった。今回も大丈夫だろうとタカを括っちまった。

 

 あんだけ風邪ひいた事バカにしたのに。

 

 あんだけオレは丈夫だから感染る訳がないと豪話したのに。

 

 余裕ぶっこいてマスクもしなくて、その結果がこれだ。無様。ホントに何やってんだオレ。穴があったら入りたい。

 

「今日はジムチャレンジねぇよな…確か、一週間後で良いってジムトレーナーに言った気が…ぞうだ今日バイト、行かなきゃ…薬はサイトウの野郎に使ったので最後だから、先ずは薬局に…いや、ワイルドエリアで採ったねっこはまだ残ってるから…先に食料…クッゾ、頭が回らん…!」

 

 しかし不味い、不味い事になったぞコレは。

 

 風邪を引いちまったのはまだ良い。頭痛や吐き気はツレェが、薬飲んどきゃ治る。サイトウに使った漢方薬はエゲツない程苦いけど、我慢すればいい話だ。

 

 バイトもなんとかなる。今日の仕事は炭鉱での作業だ。そんなに人と接触する仕事ではないし、チリ屑が気管に入らないようマスクを着用するから感染の危険性も低いだろう。

 時間も半日だし、体力的にも大丈夫だと思いたい。

 

 問題は…

 

『メッセージを受信したロト!メッセージを受信したロト!』

 

「チッ、やっぱきやがったか…!」

 

 騒がしい事この上ない、ロトフォンのアラームが部屋に響き渡り、寝ているオレの目の前にすっ飛んでくる。

 這う這うの体でロック画面を外し、受信箱を見れば見慣れたアイコンと整った文章が。

 

 そう、オレがなんでここまで焦っているのか、その理由は

 

『こんにちわ、貴方のサイトウです。少し宜しいでしょうか?』

 

 オレがアイツを看病したのが三日前で

 

『この前はどうもお世話になりました。お礼も兼ねて、ご飯でもご一緒にどうでしょうか?』

 

 あの野郎が完全に復活してやがる事だ。

 

「なんでこんなに日を跨いで感染るんだよおかしいだろ…!それよりも、ホントに不味いぞこの状況は…サイトウの野郎に、こんな痴態を見られる訳にはいかねぇ…!絶対にだ…!」

 

 あんだけ風邪ひいた事煽っといて、煽った張本人感染ったらとか恥ずかしい以外の何でもない。羞恥心で死んでしまいそうだ。アイツが今のオレを見てどう思うか…それを考えただけで熱が上がっちまう。

 

 クソ、あの野郎ジムリーダーだろ…!フットワーク軽すぎやしねぇか、仕事しやがれオレの事はどうでもいいから…!

 

 普段あんなに暇が潰せて丁度良い、良い奴だと謳っている癖に、掌返して悪態をつく。それに天罰を与えるが如く、咳がこみ上げ、鼻水が洪水状態、症状が悪化していく。

 辛い。人を小馬鹿にしちゃいけねぇって神様が怒ってやがるのか。そろそろ薬飲んで胃に何か入れとかなきゃおっ死んじまう。

 

 取り敢えず、返信しとかなきゃ…

 

『お礼なんて、んな事気にすんな。仕事しとけ仕事』

 

『私が気にします。ジムリーダーの業務はちゃんと予定を組んでこなしていますので大丈夫です。勿論、休憩時間を利用するつもりですよ。ジョウト料理屋なんてどうです?テンドン、でしたっけ?好きですよね』

 

『朝からオメェよ。本当に大丈夫だから。ほら、今日バイトだし』

 

『朝って、もうお昼前ですよ?まだ寝てたのですか、珍しいですね。いつもならバイトがあっても昼食ぐらいは一緒に取ってくれるのに、今日はいやに断ってくるし、何かあったのですか?』

 

『なんもねぇ。とにかく、オレはいかねぇ』

 

 その言葉を最後にロトフォンを放り投げる。もういいのかと再度目の前に浮かんでくるそれにシッシッと手を払い、顔を深く布団へ。

 もう限界だ。今ので余計頭がクラクラしてきやがった。ニューラに頼んで氷嚢を作り直して貰う。あんまり頭を使いたくないってのに、あの野郎食い下がってきやがって。無駄に鋭いからヒヤヒヤしちまう。

 

 少し寝てから、飯買ってバイト行こう。もう、休まなければ、そろそろ本格的に風邪がヤバくなってきた。

 

 身体の危険信号に身を任せ、重くなってきた目蓋を重力に任せる。ニューラにお使いと、バイトの時間に起こして貰う様に頼み、濁る意識をまどろみの森へと投げ出そうとーーー

 

『電話ロト!電話ロト!』

 

 コイツへし折ってやろうか

 

「テメェ…ちっとは空気読めヤァ…!せめてもう少し声小さくしろ、頭に響いて敵わん…!」

 

『そんなの知らんロト!さっさと電話に出ろロト!』

 

 この野郎、生意気言いやがって。今度充電する時は質の悪い電池でやってやる。

 

 目の前で騒がしく揺れるロトフォンをひったくり、電話先も見ずに通話ボタンを押す。もしもしと、無駄に綺麗な声が耳朶を打ち、少し落ち着いてしまった己を一括。怨みマシマシの、いかにも迷惑ですという意を含め、返答する。

 

「少し、しつこいんじゃねぇか、サイトウさんヨォ…?」

 

『貴方が一方的に会話を切るからです。一体どうしたのですか?アクサキさんらしくない。本当に、何があったのですか?』

 

「さっきもメール、で言っただろ…なんもねぇよ…!バイトがあるから行かないだけだ」

 

『そんな筈はありません。アクサキさんが私の誘いを断るなどありえない』

 

「普通に断るときは断ってるわボケェ…その自信はどっからくんだ…!もういいか、話は終わりだ。電話代だって馬鹿にならねぇんだから、また今度、な?」

 

『もしかして…先約があるのですか?』

 

「話聞いてたか?あるよ。バイトだっつってんだろ」

 

『屁理屈言わないで下さい。口塞ぎますよ?思いっきり舌絡ませて』

 

「どこらへんが屁理屈なのか分からんしテメェは一体何言ってやがんだ。オレをおちょくりたいだけなら電話切るぞ?てかもう切っていいよな?これ以上長話してたらバイト遅れちまう」

 

 今日のサイトウは一段と面倒くせぇ。少し早いが、バイトって事でさっさと電話きってホテル出ちまおう。

 

『先程からバイトバイトバイトバイト…貴方が今からシザリガーと受けるバイトは第二鉱山での鉱石発掘及び運搬作業、昇給あり日給10800円ですよね?一時半業務開始、五時に終了と聞いておりますが、これは何かの間違いでしょうか?まだ業務の時間まで一時間以上ありますよ?なんで嘘をつくんですか?ねぇ、なんで?嘘を付く必要、ありましたか?バレるんですよ。分かるんですよ。私は貴方の事ならなんでも知っているんですから。そんなにも舌を引き抜かれる程激しくシたいという事でしょうか?そもそも誰ですか?私とアクサキさんの時間を邪魔する不届き者は。性別は?名前は?使用タイプは?まさかとは思いますが妹さん(マセガキ)なんて事はありませんよね?許しませんよそんな事。今すぐに断って私の元へーーー』

 

「さいなら」

 

 雲行きが怪しくなってきた通話をブチ切り、非通知にして今度こそバッグへと放り投げる。これ以上奴の長話に付き合う義理はない。作業着に着替え、荷物を持って玄関に向かう。

 クソ、思ってた以上にキチィ…だが、バイトといえ仕事は仕事、しっかりやらなくては…

 

 ふらつく身体に鞭を打ち、眉を曲げてこっちを見てくるニューラに行ってきます、取手を捻って力一杯押す。

 

 

 

 

 

 

「な ん で 切 る ん で す か ?」(くろいまなざし)

 

 

 

 

 

 

 全力で引いた。片腕で止められ、力の拮抗は呆気なく崩れたが。

 

 ドア越しに絡みついた力に投げ出される形でサイトウの胸へと飛び込むが、冷暗な瞳に唸る邪気、瞳孔が縮こまる。恐る恐る顔を上げれば、絡み合う視線に、影の掛かった冷たい笑みがオレを出迎えた。

 引きつった笑顔で返す。場面だけ見れば、見つめて笑い合う男女という甘酸っぱい青春の1ページ。笑うしかない。

 

 いくらなんでも、部屋の前ガン待ちしながら電話はダメだろうがぁ、サイトウさんヨォ…!?

 

 そんな心の慟哭虚しく、奥のベッドへと担がれていく。心なしか鼻息が荒いサイトウの横顔を最後に、シーツへと投げ出され小動物のように小刻みに震えるオレは、今日という日が早く終わることを心から願った。

 

 

 取り敢えずサイトウ、そのアゴを掴んで上向かせるのやめろ。うざってぇし、感染るから。なんの意味があんだよこれ。おい、なんで舌舐めずりした。上に股がるな。重いから、おい、感染るぞおい、おいッ、ックショ腕動かせん離せ!相変わらずどんな力してやがんだテメェおいおい近い近いやめろおい、おぃーーー!?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 冷たい暗黒にポツリと一人、立ちすくむ。

 

 辺りを見回しても、闇、闇、闇。ヘドロのように真っ暗なソレは膝下まであり、歩こうにもまとわりついて動きを阻害する。肺が凍てつくように痛い。

 

『風邪ごときで寝込むなんて、情けない』

 

 そうやって、まとわり付く闇に四苦八苦していると、背中から声を掛けられる。振り向けば、父さんだ。

 父さんは私を灰色の瞳で一瞥すると、呆れ、ため息を吐きながら、修行が足りないと私を叱責した。身体に重圧が加わり、ヘドロが腰まで上がってくる。

 いや、この場合私が埋まっていっているのか。

 

『ジムリーダーとしての責務も果たせないなんて、情けない。一体私は何処で育て方を間違えたのかしら』

 

 次に現れたのは母さんだ。ジムリーダーとしての仕事をこなせない私に嘆き、ヒステリック、失望の眼差しを向けながらその場で泣き崩れてしまった。

 更に重圧が加わり、胸までヘドロに浸かった。

 

 昏い、ねっとりとした熱が身体を焦がす。随分と既視感のある言葉、光景。それもその筈、これは今朝仕事に行く両親に投げかけられた言葉だ。奥歯を噛み締める。

 

 寒い。虚しい。寂しい。悔しい。怖い。苦しい。不快感が込み上げる。このヘドロに浸っている限り、常に負の感情が間欠泉のように吹き上がり、とどめを知らない。

 もがけばもがくほど身体はヘドロに囚われていく。

 

 そんな私を他所に、二人はドロドロと融解し始めて、辺りのヘドロを取り込み合体する。そして表面をウネウネと動かしながら、再び人の形をとり。

 

『ーーーサイトウ?』

 

 そして私の将来の夫であるーーーアクサキさんが現れた。

 

 アクサキさんは半分以上低くなった私を見つめながら、困惑した様な、酷く悲壮な表情を浮かべる。

 

 まるで薄々気づいていた物語の結末に、改めてショックを受ける様な、そんな表情を。

 

『やっぱり、やっぱりお前もなのか…お前も、オレを置いていく』

 

 何が、何の事だ、何でそんな表情(カオ)をする。置いていくとはどう言う事だ。

 

 必死にアクサキさんの元へ行こうとするが、どれほど前に進んでも差は縮まらない。寧ろ、徐々に離れていっている。身体も、段々とヘドロに飲み込まれていく。

 

『お前もどうせ、追いつけない程先に行ってしまうーーーほら、もう届かない』

 

 胸までだったヘドロは首まで、首までだったヘドロは顎まで。

 

 ゆっくりと、されど確実に身体は沈んでいき、アクサキさんは私から離れていく。

 

…いやこれはーーー()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 背中に紐をつけられて、引っ張られる感覚だ。

 

 アクサキさん、アクサキさんッ!こっちに来て、私を引っ張り上げて下さいッ、お願いしますッ!

 

 叫ぼうにも、声が出ない。喉から捻り出そうにも、喉仏を丸ごと取られたかのように、空気を震わす事が出来ない。

 

『ーーーあばよ、サイトウ』

 

 そう言って帽子を深く被り、その場で蹲ってしまうアクサキさん。ズブズブと周りのヘドロが波打ち、彼を包み込んでいく。

 一気に引き剥がされるスピードが上がる。抗えない。何度も彼の名前を叫ぶ。

 が、届かない。どんどんと、彼との距離が開いていき、遂に私の身体全てがヘドロに飲み込まれてーーー

 

 

「ーーーアクサキさんッ!?」

 

 

「うおビックリした。なんだサイトウ、オレの名前急に叫んで」

 

「ーーーッ」

 

 目に飛び込んだのは、見慣れた部屋に、虚空へと伸ばす自分の腕、真っ白なシーツにベッド。

 

 そして、横に置いてある丸椅子に座りながら、書類片手にキョトンとした目で此方を見てくるーーーアクサキさんが。

 

 ゆ、め…夢、か…?

 

「おい?大丈夫かサイトーーーグェッ!?」

 

「ーーーっ!」

 

 思わず身体を起こして、アクサキさんを力の限りに抱きしめてしまう。そこに存在している事を確かめる様に、もう二度と何処かに行かない様に、離さない様に、強く、強く。男らしくも、優しい匂いが私を包む。

 

 突然の圧力にガマゲロゲが潰された様な声を出したアクサキさんは、すぐ様私を引き剥がそうと肩に手を置いてーーーそのまま背中を撫でてくれた。心に渦巻いた不純物が、浄化されていく。

 

 何処までも鋭く、とても柔らかい、暖かな、光。

 

「何でこんなに震えてやがんだテメェは…ひっぺ剥がそうにも剥がせねぇ。どうした、怖い夢でも見ちまったのか?」

 

「は、い…貴方が、暗い彼方に消えてしまう、そんな夢を…見て…良かっ、た…夢で、ホントに良かった…!」

 

「ちょ、おま、え、泣いッ…ったく、調子狂うぜ…ほら、よしよし、もう大丈夫だぞー」

 

 慈母の様に優しい手が私の背中を撫でる度に、ポツリポツリと嗚咽が漏れた。

 

 それから暫く彼に抱きついて、どれほどの時間がたっただろうか。ピンポイントに湿ってしまった彼の服をみて、顔を赤くしながらも今の状況を整理する。

 

 今アクサキさんが私の部屋に居て、私の隣に座っている理由。それは、風邪を引いた私を彼が看病してくれていたからだ。

 

 不甲斐ないながらも心労が祟ったのか、かなりの高熱を出してしまい寝込んでいた矢先、インターホンが鳴り、代彼がドアを蹴破る勢いで部屋に入ってきた時は驚いた。

 

「おうおうサイトウ、随分と苦しそうだな!大丈夫か!テメェの間抜け面拝みに来てやったぞ感謝しやがれオラァ!」

 

 そんな事を言いながら彼は完璧に看病をしてくれた。

 

 東洋で有名らしい病人食であるおかゆも彼が一から作ってくれた。食え、そうぶっきらぼうに、けど、火傷しない様にフーフーしながら私に食べさせてくれた時は、久しく感じていない母の味を想起させた。

 流石に疼いた。病人として立場は弁えたが。

 

 薬も彼が用意してくれた。市販の薬を買いに行こうとした私を引き止めて、ちからのねっこやら、ふっかつそうやらで作った彼特性の漢方薬を、ホウエンを旅したときに覚えたんだ、オレは風邪ひいた事ないけどな、と自慢げに見せてきた。

 材料に使われているものは、全て舌が痺れるほど苦いものばっかりだったが、彼はわざわざ買ってきてくれたきのみととくせんリンゴを擦り下ろし、それに混ぜて私に飲ませてくれた。

 

 挙げ句の果てに、彼は溜まっていた家事もやってくれた。洗濯、皿洗い、掃除。女子力ってのが足りてねんじゃねぇか〜?あ、女ってのも怪しかったな失敬失敬!と一々私を煽りながらも、丁寧にそれらをこなしてくれた。

 

 おかゆの時もそうだったが、彼は家事全般が上手かった。これは将来専業主夫になってもらうのもアリかも知れない。疲れて帰ってくる私に新婚三択をしてくるアクサキさん…全然アリ。

 寧ろウェルカムだ。心配なのは、彼は長男だから婿に抵抗があるかも知れない。

 

 その他彼はニューラのこおりのつぶてで定期的に氷嚢を変えてくれたり、寒いと言った私の手を握ってくれたり。

着替えなんかも手伝ってくれた。身体を拭いたりしてくれたのはニューラだったが。

 私は別に構わないと言って少し大胆に彼の前ではだけて見せたが、嫁入り前の女がそんな軽率な事言うじゃねぇとデコピンされた。彼の中では、嫁入り前の女性の部屋に入る事はセーフなのだろうか。

 

 ベッドに横たわりながら、チラリと彼を盗み見する。

 

 無数の裂創に隠れた、凛々しくもあどけなさを残している顔。真面目に机に向かっている姿も相まって、普段より三割増でカッコよく見える。好きだ。こっそり隠し撮る。

 

 彼は今も、私のジムの書類仕事を手伝ってくれている。本当に、彼には頭が上がらない。先程出来上がったものを流し見たが、私のサインなどが必要な所以外、全て綺麗に内容を纏めていた。

 是非とも私の所で仕事をしてほしいくらいだ。永久就職を推奨するレベルで。

 

「アクサキさんは、この様な仕事の経験があるのですか?」

 

「んあぁ、少しだけだけどな、同期のサポートって名目で、同じような仕事に就いたことならあるぜ。ホントはもっと違う事やりたかったんだけどな、残念な事に、オレはこう言う仕事が性に合ってるらしい」

 

 私の問いかけに、アクサキさんは何故か困り顔で苦笑する。

 残念、か…どうして、残念と言う言葉が出てくるのだろう。どうしてそんな悲しそうに笑うのだろう。

 

先程の夢の内容が蘇る。心がザワザワして、沈黙に、何か喋らなければと焦ってしまう。

 

「それなら、私の所で事務をやって下さいよ。そしたら、私とずっと一緒にいれますよ?色褪せない日々が来る事を約束します」

 

 そんな焦りからきた言霊は、随分と告白じみた内容になってしまった。今更といえば今更だが、ドキドキもする。

 だが、鈍感な彼の事だ、なる訳ねぇだろ、そう一蹴するに違いない。

 

 

「…そうだな…案外それが、一番良いのかも知れないな」

 

 

 しかし、彼の返答はそんな私の予想を、良いか悪いか裏切る事となった。やっぱり彼の顔に浮かぶのは、悲しそうな、困り笑顔だ。

 

「さ、もう寝ろ。テメェは病人、風邪ってのは寝なきゃ治らん。寝れねってんなら、ほら、膝枕。子守唄も歌ってやるから、な?」

 

 私の余計な探り入れを回避する様に、彼が寝るよう指示してくる。有無を言わせないようにベッドに乗り込んで膝枕をしてくるなんて、しかも子守唄付き。

 

 もう少し話していたい。会話を楽しみたい。そう抗おうにも彼の膝枕はとても心地が良く、時折ゆっくりと手で髪を梳き、頬を撫でてくるのが気持ち良い。

 ジョウトの、それもかなりの鈍りがある言葉で歌われる子守唄は、耳を優しく包み込む。

 

「アクサキ、さん…お願い、です…もう、何処にも行か、ないで…私から、離れ、ないで、下さい…」

 

 必死の抵抗もあっという間に崩され、まどろみの森へと身を投げ出す寸前、そうアクサキさんに、お願いする。私の初めて見せるかも知れない弱音、再びキョトンとしたアクサキさんは、少し間を置いて、吐き出すかの様に。

 

「…はぁ…分かった分かった。どちらにせよ、ジムチャレンジが終わるまではここを離れる気なんてねぇしな。約束するよ」

 

「約束、ですよ…破った、ら、私直々に、舌を抜いて、あげ、ます…ケーキも、奢ってもらい、ましょうか…私、行きたい、ところが…」

 

「おいおい、もう破る前提かよ信用ねぇな。ほら、これで良いか。こうしてりゃ少なくとも、お前から離れる事は出来ねぇ」

 

 布団からはみ出て冷えてしまった、私の手を握ってくれて。

 

 今度こそ、私は完全に意識を手放した。

 

 

 

 

「何処にも行かないで、か…ハッ、こっちの台詞だよ…こうでもしねぇと…手でも掴んでねぇと…

 

 

 

 

ーーー離れていっちまうのは、いつもお前らだろうが」

 

 

 静かな部屋に響き渡る、寂しい声を拾う者は、誰もいない。

 

 

 

 

 




アクサキ
ジョウト地方出身。
最近街でナンパされたらしい。
大家族の長男だけあってか、看病スキルが凄まじく、家事も人並み以上にこなせる家庭的男子。
何処に婿を出しても恥ずかしくないとはお母さん談であり、お父さんはそんな息子が悪い女に引っかからないかヒヤヒヤしているらしい。
毎週五通は手紙が届いてくるとかなんとか。
忘れられがちだが彼はジョウト、カントー、ホウエンを長年旅したベテランの旅人。
因みにカントーとホウエンは例外こそあれど、基本的に一人で巡っていた。路銀を稼ぐ為にやれる事はなんでもやっていたため、仕事経験は豊富に持っている。
ジム経営の書類整理などはジョウトで学んだらしい。どうやらやりたい仕事も、あるにはあるそうだ。コンクリートは木材と違って、外側が腐らないから状態が分かりづらい。

サイトウ
ラテラルタウンジムリーダー。
病人のアクサキにマウント(ぶつり)をとった凄い奴。
本人曰く、服が乱れ、顔が赤く息も荒いアクサキを見て抑えきれなくなったとか。
その場で組み伏せなかった自分を寧ろ褒めて欲しいと彼女は語る。
どっから情報を仕入れたのか、お見舞いにきたマリィによるドロップキックによりアクサキの貞操は守られた。
本来ならばその場でポケモン交えたリアルファイトに移行するが、辛そうなアクサキの手前、休戦が締結、一緒に看病するはこびとなった。
汗やらなんやらで色気が増したアクサキの無防備な姿を見て、一瞬同盟を組んでコトにアタルか本気で迷ったらしい。が、どちらが一番かで揉め、大惨事大戦が勃発。
矢張り人間は何処までも愚かという事を知った。
色んな、それはそれは身体中色んなモノでびしょびしょになった二人は、無事、次の日風邪引いたとか。流石のアクサキも二回目はないのか、お見舞いには行かなかった。

ニューラ ♀
久しぶりの登場。
主人がいきなり番候補とおっ始めようとした為、空気を読んでお使いに行った。
嫌々ながらも、ちゃんとアクサキの頼みを聞き、自主的に氷嚢を変えてあげている。ちゃっかりお駄賃として買い食いしたらしい。ツンデレ。

ダーテング ♂
久しぶりの登場。
ホウエンを旅している時に看病を手伝った事が何度かある。なんだったらアクサキに看病してもらった事もある。
イタズラ好きだが、なんやかんやで優しい良い子。アクサキの中でいちばんクセのない奴って言われたら多分コイツ。地味に手持ち歴長いしな。

ジムトレーナー
アクサキのファン。何かとアクサキをからかって楽しんでいる。今度の登場予定はない。

おっちゃん
青果店を営んでいる。夜は奥さんと共に受粉の勉強をして実を作ろうとハッスルハッスル。今度の登場予定はない。


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なげつける

遅れてもこういう事言っときゃ読者はチョロいから喜んで許してくれるってばっちゃ言ってた
(いつも読んで頂きありがとうございます。感想、評価、誤字修正報告、どれも作者の励みとなっており、どんなに筆が進まなくても、皆さんの応援があるからこそ、ここまで続ける事が出来ました。これからも拙い所が目立つと思いますが、何卒温かい目で見守ってくれると嬉しいです)


 オレはあくタイプが大好きだ。

 

 何故あくタイプが好きなのかと問われれば、軽く半日は語ってしまう程、オレはあくタイプを愛している。

 

 あくタイプと聞けば、人によって顔を顰める人もいるだろう。

 が、少し待って欲しい。『あくタイプ』という五文字だけで、あくタイプの全てを判断するのは、あくタイプ使いとして許せないものがある。

 

 そんな、今日も今日とてジムチャレンジを済ませ、シザリガーと共にバイトに来たオレ。

 

「誕生日ィ〜?」

 

「そう、誕生日。サイトウくんのね」

 

 振り上げたピッケルを岩壁に叩きつけながら、間抜け声を辺りに晒す。

 

 ここは、焦げた岩の匂い、肺に直接殴りかかってくる熱気にリズミカルな打撃音が響き渡る、ガラル産業の基盤が一つ、第二炭鉱。

 

 オレは今、にっくき宿敵であるサイトウの誕生日を祝ってくれないかと、絶賛カブさんに声をかけられている所である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「第一回!チキチキ、サイトウの欲しい物なーんだ!誕プレ選手権〜!」

 

「ちょっと待ちんしゃい」

 

 晴天、という言葉がぴったりな程に青い空へと声を張り上げる。地元では馴染みのあるこの導入は、どうやらガラルでは伝わらないようだ。

 集まった四人の内三人は首を傾け、一人は待ったを掛けてきた。

 

 ックショオ、ノリの悪い奴らだぜ。イッシュだったら絶対に乗ってくれるのに。

 

「イカれたメンバーを紹介するぜ!〝だぞだぞJr.〟!なんでも褒めてくれるチャンピオンの弟!」

 

「流石だぞ!」

 

「いやなにが?ちょっと待ちんしゃいって」

 

「次に〝ゴースト仮面〟!ミステリアスなじゃりんこジムリーダー!」

 

「が、頑張ります…」

 

「ねぇ、やけんしゃ話聞いとー?」

 

「最後に〝ニット帽〟!全く喋らん!意思疎通不可!以上!」

 

「マリィん番はなかとかよッ!!」

 

「プゲラッ!?」

 

 めげずにノリを続けたオレの頬を、マリィの腰の入った右ストレートが穿つ。パァンという小気味良い音ともにきりもみ回転。地面へダイブ。めっちゃイテェ!?

 

「な、なにすんだマリィテメェ!?ガキが出しちゃいけないレベルのパンチ飛んできやがったぞ!?」

 

「しゃあしか馬鹿!アクサキがデートって言うたけん来たとに訳わからん事言い始めて、挙げ句ん果てマリィん事無視したけんやろ!」

 

「デデデデデデデートなんて言ってねぇよ一言も!?買い物付き合ってくれってちゃんと伝えただろうが!」

 

「アクサキにしゃっちが電話かけられて『暇あるか?付き合って欲しい』なんて言われたら否が応でもそげなもんだっちゃ思うてしまうやろうが!しかも、よりによってなんでアイツんことで…!しぇっかくおめかしして来たとに!」

 

 フンッ!と言ってそっぽを向いてしまうマリィ。なにをそんなに気に食わないのか、やっぱ女ってぇのは良く分からん。

 

「……」

 

「イテテテ…あぁサンクス、ニット帽。洗って返すぜ」

 

「……」

 

 腫れた頬をさすりさすり、土を払いながら立ち上がると、見かねたニット帽がハンカチを渡してくる。気の利くやつだなと感謝しながら顔を拭き、後日洗って返すとポッケへと。

 

「……」

 

「…ニット帽?」

 

 突っ込もうとしたら手を掴まれた。

 

「ぇっと…その手はなんだ?」

 

「……」

 

「え、いや、だから洗って…」

 

「……」

 

「あの、おい、ちょっと、おい通訳(マリィィィ)!?」

 

 ずっと無言で微笑んでくるですけど!?怖いんですけど!?なに、これどうすれば良いんだ!?

 

「…もしかして、ユウリん通訳係っていうことだけで、マリィん事呼んだん…?」

 

「いや、それだけって訳でもないけどよぉ…やっぱコミュニケーションって円滑に進めなきゃダメじゃねぇか、な?」

 

「…はぁぁぁぁ…!!」

 

 すっごい大きなため息を吐き、マリィがにらみつけてくる。怖い。ぼうぎょ一段階ダウン。

 てかガキ二人にビビり散らかしてるとか情けないなオレ。今更だけどよ。

 

「貸して」

 

「はい」

 

「ほら、ユウリ。後で使わしぇてね」

 

「……!」

 

 オレからひったくるようにハンカチを取り、ユウリに渡す。

 受け取ったユウリはニッコリ満面の笑み。分からん。自分で洗うからいいって事か?律儀な奴だぜ。

 

「まぁいいか。そろそろ本題に入るぜ。今日の午後…そうだな、6時くらいか?それぐらいにサイトウの誕生日会をやるそうだ。で、誕生日といえばプレゼント。日頃の感謝を込めて、今日はそのプレゼントを皆に買ってもらおうと思ってな、集まって貰った。何か質問ある奴いるか?」

 

「はい」

 

「なんだマリィ」

 

「マリィはオニオンのジムに行ったけんアイツにお世話なんかなっとらん」

 

「これを機会に仲良くなれ。他にはないな。じゃ、行くぞ。なんかあったらオレにいえ。逸れるなよ。今日は暑いからな。水分補給はしっかりしとけ。ないなら買ってやるから遠慮すんな。ほら、アメやるよ」

 

「まるで保護者だぞ!」

 

「お、お父さん…?」

 

「誰がお父さんだ」

 

 保護者ってのはあながち間違ってはねぇが。こんなかで最年長はオレだからな。なんかあったら責任とんのはオレだ。問題が起きねぇようにしっかりと引率しなければ。

 

 屯ってたシュートシティの広場から移動し、ガラルの中で一、二を争う大型デパートへと辿り着く。

 ここはよくサイトウの野郎に強制連行される所だ。服屋に装飾品売り場、食事処もある。ここならプレゼントっぽいもん何かしらあんだろ。

 

 取り敢えず、昼飯兼ねてカフェで一服するか。

 

「ーーーてな訳で、先ずは作戦会議だ。誰か、アイツが欲しがってるものとか知ってる奴いるか?もしくはこれいいんじゃないかってヤツ」

 

 音を立てないようにコーヒーを傾けつつ、四人にそう持ちかける。

 プレゼントを買うにしても、どんなジャンルを買うかによって変わってくるからな。候補絞っていかなきゃ間に合わん。

 

 うーんと首を捻り考える四人…いや三人。おいマリィ、興味なさげにあくびすんなよ。一緒に考えてくれや。ほら、このサンドイッチあげるから。

 

「サイトウさんの欲しいもの…欲しいもの…なんでしょうか…」

 

 彼女、結構物欲が乏しいですから…

 

 そう言ってストローでオレンジジュースを器用に飲みながら、苦笑いするゴースト仮面。

 物ではなく(モノ)なら喉から手が出るほど欲しがっているんですがと続ける。なんのこっちゃ。

 

「全然思いつかないんだぞ!」

 

「……」

 

「…強いていうならケーキやドーナツなどのスイーツじゃないかって、ユウリがいっとーばい」

 

 次いで三人もこれと言った意見が浮かばず、疑問符が辺りに漂うばかり。唯一ユウリがいい線ついてるが…

 

「甘いものかぁ…それもいいが、料理とかはルリナパイセンにヤローの兄貴が作るからな。オレも手伝うし、食べ物以外が良いと思う」

 

「そうなんですか…それじゃあ買っても被っちゃいますね…」

 

「ちゅうか薄々気づいとったばってん、やっぱりアクサキって料理しきるんやなあ」

 

「ん、まぁな。忘れられがちだが、オレは三地方を周りきった旅人、自炊ぐらい出来なきゃ話になんねぇよ。味も保証するぜ?この前サイトウの野郎に一食分作ってやったら、『毎日私に貴方の手料理を食べさせて下さい』って言われたからな」

 

 ふふっ、あん時のアイツは傑作だったぜ。

宿敵(オレ)が作った料理(ヨワシの味噌煮定食)にもかかわらず、美味しそうに頬張りやがってさ。

 食い終わって、悔しさからかプルプル震えた後、跪いて手を取ってきやがんの。女の癖に男に家事勝負で負ける屈辱を味合わせる事が出来て、オレァ大満足。

 また今度、魚フライ定食でも作ってやるか。

 

「えーいいなぁ!俺もジョウトの料理たべたいんだぞ!」

 

「ぼ、僕も興味…あります…」

 

「台所貸してくれりゃあ作ってやる。なんなら今日すぐに味わえるぜ。あまりの美味さに、お前ら、度肝抜かすなよ?…って話が逸れたな。これ以上いても進まなそうだし、時間もねぇし。そろそろ無難に小物売り場辺りでも行ってみっか」

 

 関係ない話題で時間を浪費して、集合時間に間に合わなくなったらしょうもない。手元に置いてあるレシートをとり、先に出るよう伝えてレジに向かう。

 

「…………」

 

「ユウリもそう思う?本当、アクサキには困ったけんだっちゃん…アイツばっかよか思いしゃしぇとったまるかって話ばいね…アクサキが鈍うて助かったばってん、こすかよな…うん、うん…そしたら、マリィによか考えがあってしゃ…」

 

 ふと、財布をいじってる時にさっきから静かだったマリィとニット帽の小声(ニット帽は喋ってないが)が聞こえてきたが、アイツらなんの話してんだろうか。

 

 少し気になったが、ガキとはいえ女の会話を聞き出すのも野暮ってもんだ。大したことじゃないだろう。大したことじゃないと思う事にする。別に二人の目やらオーラが怖かったからとか、そんなんじゃない。断じてない。

 

「……」

 

「ふふふ…」

 

 どうしよう、すっげぇ嫌な予感がする。

 

 そんな、ねっとりとした歳不相応な二人の笑顔を振り切るように、急ぎ足で小物売り場に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 小綺麗な置物に、ちょっとした化粧用品や美容品、よくテレビで紹介されている便利な道具など色々な商品が立ち並んでいる、ヨロズショップ『かるわざ』

 

 店番をしているサワムラーとアギルダーの横を通り抜け、だぞだぞJr.とゴースト仮面は道具売り場、マリィとニット帽は化粧品売り場へと、それぞれ店を出ない事を条件にプレゼントを探す。

 

 オレは別に買う必要はないので、店主を冷やかしながらサワムラー達と戯れていた。

 

「全く、だぞだぞJr.達もマリィ達も、子供してやがんなぁ。アイツら、真っ先に自分の興味ある場所へと向かいやがって。可愛げのある奴らだぜ。そう思わないか?」

 

「へいニイチャン、変な所で感傷に浸ってんじゃないよ。冷やかしか?」

 

「オレはな。大丈夫だよそんなに睨むなって、連れどもがちゃんと買うからよ。多分な。あ、プレゼント用の包装紙扱ってるかこの店?」

 

「多分て…あるよ、無料でな。千円以上お買い上げ頂いたお客様にはメッセージカードとかもつけさせて頂いてるぜ。なんだ?先公の誕生日かなんかか?」

 

「オレは学生じゃねえよ。そんなに幼く見えるか?」

 

「あの子らとタメか一、二個上ぐらいに見える」

 

「目ぇ節穴かよ、全然年上だわ」

 

 こっちにきてからやたらガキ扱いされる。ルリナパイセンやヤローの兄貴には、歳の離れた弟みたいに接せられるし…確かにガラルやイッシュの人達はみんな大人びて見えるけど。

 サイトウの野郎も最初年上かと思ったからな。

 

「老けてんなぁっていったら殴られたっけ」

 

「なんの話だ?てかニイチャンもなんか買えよ。ちょうどアザとかに効く軟膏を仕入れた所だぜ?サワムラーもアギルダーもまだ仕事残ってんだから、あんまし邪魔してやんな」

 

「断る」

 

「断んな。営業妨害だ」

 

 しっしっと手を払って見せた店主は、そのままアギルダーとサワムラーに品物の確認に行くよう指示する。てきぱきと働く彼らの姿を見て、よく育てられていると感じた。

 戯れてて分かったが、店主、結構な腕前してやがんぜ。アザなんて、服で隠れて見えない筈なんだが。

 

「さ、そろそろ様子見てくっかな…」

 

 このまま店主と駄弁りながらポケモンを眺めて皆を待つのも良いが、誘ったやつがなんもしねぇってのも失礼だろう。先ずはだぞだぞJr.達がいる道具売り場へと向かう。

 

 幾つかのレーンを過ぎて着いた売り場には他にもトレーナーがちらほらと見えたが、二人の格好は目立つので直ぐに分かった。

 近づいて見てみれば、どうやら買う道具をあらかじめ絞ったみたいで、どちらにしようか二人で話し合ってるようだ。来て正解だったな。

 

「よぉお前ら、どんな感じだ?何にするか決まったか?」

 

「あ、アクサキ!いい所に来たんだぞ!」

 

「サイトウさん、かくとうタイプの使い手なので、近接戦闘に役立つものにしようかって、ホップさんと話してて…アクサキさんはちからのハチマキか、きあいのタスキ、どちらが良いと思いますか…?」

 

 声を掛ければ、オレに気付いた二人が難しい表情を一転、ワンパチの如く駆け寄ってくる。かわいい。弟どもを彷彿させやがる。元気にしてるかな、アイツら…帰ったら手紙送ろう。

 

「中々イカしたチョイスじゃねぇか二人とも。確かにこの二択は迷いどころだ」

 

「だろだろ!?自分でもビビっときちゃったんだぞ!でも…」

 

「でも…?」

 

「高いんですよね…二つとも…」

 

 俯く二人から物を受け取って、値札を巻くってみる。

 おぉ…タスキ12000のちかハチ18000かぁ…当たり前だが、結構するなぁ…!

 特にタスキは一回限りの使い捨てだから、財布出し渋る気持ちも分かるぜ。

 

 ま、そういう時の為に今日オレが来てんだけどな。

 

「二人とも、今日は何円ぐらい持ってきた?」

 

「俺は…6000円だぞ」

 

「僕4500円…です」

 

 ふむふむ…ガキの割には結構持ってんな二人とも。流石、上位トレーナーにジムリーダー。バトルでそこそこ金はあるんだな。

 

「んじゃ、オレが10000円出すからタスキにして、二人は1000円ずつ払ってくれよ。そしたらお前らの()()()も丁度よく財布から出されるだろ」

 

「え…いいのか?」

 

「そしたら随分と、アクサキさんの負担になってしまいますが…」

 

 オレが出した提案に、申し訳なさそうな顔をしてこちらを見てくるだぞだぞJr.とゴースト仮面。

 次には自分がもっと出すとか言いそうな雰囲気を漂わせてきたので、それを遮るように二人の頭を掻き回す。

 おいおい、あまり大人のオレ様を舐めて貰っちゃあ困るぜ。

 

「馬鹿野郎、プレゼントといえ、ガキにこんな大金払わせる奴がいるかよ。ガキはガキらしく、1000円ぐらい握り締めときゃいいのさ」

 

「俺らもそこそこ持ってるし、気にしなくても…」

 

「お前らが気にしなくても、オレが気にするし、なによりサイトウの野郎がいっちゃん気にするぜ?プレゼントってのはな、高けりゃ良いってもんじゃねぇの。要は気持ちよ気持ち。やっすい物買ったって、それに気持ちが篭ってれば立派なプレゼントだ。そもそも、あの野郎は誰が一番出したお金が少ないとか、気にするタマじゃねぇだろ」

 

 オレも、(きざ)ったらしい料理や高級な置物を貰うより、ガキどもがせっせと集めてくれたきのみの方が好きだし、一生懸命作ってくれた置物の方が嬉しいしな。

 

 そういって二人の頭を撫で続けていたら、何やらキラキラとした目線を二人から送られる。

 どうした?オレの今の名言に感動しちまったか?

 

 フッ、どうやら今日もオレァクールにあくタイプらしく、純粋無垢なガキどもを此方側の世界へと引きこんぢまったぜ…なんて罪深い男なんだオレは…!

 

「アクサキが珍しく、珍しくッ、とても良い事言ってるんだぞ…!」

 

「おいテメェ珍しくってどういう事だ。普段からオレは良い事しか言わねぇよほっぺちぎり倒したろか」

 

「アクサキさん、いつもと違って純粋にカッコいいです…!」

 

「お前もかよゴースト仮面…一言余計なんだお前らぁ…!」

 

 いつもどんな風にオレのこと見てやがんだコイツら。そこんところちょいと問いただしたい所だが、まぁ良い。時間も時間だし、マリィ達の方に行くか。

 

「じゃ、お前ら。10000渡しとくから先買っといてくれ。ラッピングしてくれるらしいから、それもしっかり頼んどくように。オレは一回マリィ達の方見てくるわ」

 

「分かったぞ!」

 

「では、入り口のベンチで待ってます」

 

 札を握りしめてレジへと走るだぞだぞJr.と、律儀にお辞儀して後を追いかけるゴースト仮面を見送り、レーンを移動する。

 

 幾つかのレーンを過ぎるたびに客層が変わっていき、化粧品特有の甘ったるい匂い。周りの視線が痛い中、一つのレーンを覗き込めば、顎に手を当て、思案顔のニット帽が。

 

 あれ、アイツ一人か?マリィのやつは何処行きやがった?

 

「…!………」

 

「よぉニット帽、どんな感じだ?相方はどうした?」

 

「……!」

 

 六感が優れているのか、すぐ様こちらに気付いたニット帽がパタパタと駆け寄ってくる。丁度良い位置にきた頭を帽子越しに掻き回しながら、マリィの行方を聞いたんだが…

 うん、相変わらず何て言ってるか分からん。

 

「他の所に行ったのか?」

 

「……」

 

「あぁー違う?なら菓子売り場だ」

 

「……」

 

「これも違うか。じゃ、便所だなイッデェ!?」

 

「……!……!」

 

 思いっきり爪先にかかと落としされた。

 

「な、何すんだニット帽…まぁいい、マリィのやつ、変な所には行ってないんだよな?」

 

「……」

 

「そっか、なら安心だ」

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

 あかべこかってくらいに首を縦に振るニット帽。取り敢えず、ちょっとした不安は消えた。そして会話も消えた。静寂が訪れる。

 

「…あー、その、ニット帽?プレゼントはどれにしたんだ?」

 

 静けさと気不味さに耐えきれなくなった口から、捻り出すように話題を提示。側から見たら事案案件のこの光景を、少しでも和らげようと試みる。

 

「……」

 

「お、おぉ、それにしたのか。確かにこれ、いい匂いだな、あはは…」

 

「……」

 

「はは…は……」

 

「……」

 

「……」

 

 やばい!めっちゃ気不味い!会話がツヅカネェ!?

 

 どうしよう。今までに無いパターンだ。これがマリィやサイトウの野郎だったら、終着点何処?っていうほど馬鹿みたいにトークが続くのに。

 今のだって、保湿クリームらしき物を指差ししただけだぜ?

 

 なんでこいつ一言も喋んねぇんだろう。首振るか、表情変えるか、指差しかの三択しかないじゃん今んところ。

 ニコニコ微笑んでこっち見てくれるのはありがテェが、オレが欲しいのは笑顔じゃねぇ、声なんだよ。

 

 あぁぁぁ通訳(マリィィィ)早く、早く戻ってきてくれぇ

 

「……」

 

「…あ?どうしたニット帽。手ェ突き出してきて」

 

 そんな事を心の中で叫んでいると、俯いていた視線の先に白い掌が映し出される。顔を上げれば、物欲しそうな顔でオレに腕を突き出してくるニット帽。

 意図が分からない。なんだってんだ?

 

「……、……」

 

「…?そこの試供品クリームがどうしたよ?」

 

「…ッ、………」

 

「…あ、…ぁぁ?なんだ、手につけたのか?良かったじゃねぇか、タダでケア出来たな」

 

「……!……!」

 

「えぇなんだよ怒るなよ、なんだってんだ…?」

 

 送られてくるジェスチャーを辿々しく読み取ると、どうやらニット帽は試供品のクリームを使ったらしく。

 

 しかしいまひとつで何かが伝わらないようで、膨れっ面を向けてくる。それがなんだかホシガリスに似てて、ついついほっぺを両手で挟み込んでしまった。

 

 フニャッとした顔になるニット帽。磁器のように綺麗で、柔らかい肌はいつまでも触っていたくなる。可愛いな。ロトフォンに撮ってもらおうかな。

 

「〜〜〜……!!……!」

 

「あっはっは!すまねぇすまねぇ、ワザとじゃねんだ。本当だぜ?」

 

「……ッ!」

 

「わぷっ!?」

 

 ポカポカ殴ってくるニット帽の頭を笑いながら押さえていたら、しびれを切らした彼女の不意を突いた一撃が鼻に優しく直撃する。

 同時に鼻腔を殴りつけるフローラルの香り。試供品クリームか。とてもいい匂いだが…あぁそういう事。

 

「匂いを嗅げってか」

 

「……!」

 

 ブンブンと首を振っている。正解かよ。随分と長い戦いだったぜ…

 

「……!」

 

「左手は違うの付けてんのな。はいはい、どれどれ…」

 

 こっちもこっちもと強請るように左手を突き出してくるニット帽の手を柔らかく掴む。

 そのまま彼女の背に合わせて少し屈み、顔へと近づけて…うん、甘い香りがする。

 

「いいんじゃないか?オレァさっきのやつの方が好きだけど、どっちもニット帽にゃぴったりだ」

 

「…!…!」

 

「おぉ、そんなに喜ばんでも…あくまで嗅覚の鈍い野郎の意見だぜ?こういうのはマリィとかに聞いた方がーーー」

 

「呼んだ?」

 

「ーーーちょうどな」

 

 あまりにもニット帽が嬉しそうにしているので、謎の申し訳なさが首筋を垂れてくる。

 こうなってくると保険を掛けたくなるのが極東人。自分なんかより、〇〇に聞いた方が良い、という決まり文句を吐こうと。

 

 した所で、トンッ、という衝撃と共にやってくるガキ特有の柔い温もり、背中にマリィが飛び乗ってくる。

 めっちゃびっくりした。いつの間に後ろにいたんだ…?気配全く感じなかったんだが。ガキも中々侮れねぇぜ。

 

「で、なんの話ばしとったと?」

 

「あぁ、ちょっとニット帽のことでな。試供品のクリームを塗ったらしいんだが、お前はどっちが良いと思う?」

 

「アクサキはどっちが好いとーと?」

 

「またオレかよ…オレァ右手についてるやつが好きだな」

 

「ふーん…ま、マリィも右ん方が好いとーな。こっちん方が匂いが自然でしつこうなかし。よう分かってんばいアクサキ、流石やなあ。マリィもついでに買うとこう」

 

 なんか褒められた。悪りぃ気はしねぇが、ホントかよ。からかってるだけじゃねぇのか?

 

「因みにお前は何処行ってたんだ?お陰でこっちゃあ弾まないトークでキャッチボールしないといけなかったんだが」

 

「ユウリがもうちょっとみたいっていうけん、先にレジ行っとったんや。もうみんな待っとーばい。早う行こう」

 

「マジかよオレたちが最後か。そりゃすまなかった」

 

 なんだ、マリィ先に買ってたのかよ。ちょうど入れ替わった感じか?ニット帽にはもう少し早く伝えて欲しかったが、まぁしゃーなし。待たせるのも悪いし、さっさと行くか。

 

「……」

 

「うん、バッチリ撮れたばい。もうそげん風にしか見えんぐらいに。御伽噺んワンシーン、お姫様ん手ばとる王子様やった。うん、ちゃんと送るね。どうしぇ今晩使うやろ?何度も保存と保護掛けときんしゃい。いじゃとなったら、これで…ふふふ…近か未来、使う事になりそうやけど。うん、うん、こげんラインギリギリん事してしまうんも、全部アクサキが悪かっちゃもんね。ふふっ、アイツには、覚悟しといてもらわな。子供やけんってねぶっとーと、足元掬わるーって事ば」

 

……なんだろう。凄い取り返しのつかない失敗をした気分だ。悪寒が…!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ…今日も疲れました…」

 

 強い西日が制服を照らし、朱色に染めていく。ダラダラと汗がワイシャツに染み込む感触を不快に思いながらも帰路につき、ついついそんな弱音が漏れた。

 いけないいけない、こんなことで根を上げるなんて、修行が足りていない証拠だ。

 

 私はジムリーダーを務めさせて貰っているが、一応学生の身分だ。

 

 単位制の学校であり、私は全て単位を修得済みなので、普段は行かなくても良いのだが、今日は学校の創立記念日。

 我が校きっての才女として、何か一言話してくれないかと校長先生に頼まれてしまっては、断るに断れない。

 

 今日は一日オフだったので、アクサキさんとスイーツバイキングでも行きたかった。

 

 残念でならない。

 

 それに…

 

「今日、私の誕生日ですし…」

 

 別に、本格的に祝われるとは思っていない。もうそんな年齢じゃないと、私が一番分かっている。

 まぁそもそも、本格的に祝われた記憶も、ケーキのローソクを消した記憶も、私には微塵もないのだが。

 

 でも…でも、まさか誰もおめでとうと声を掛けてこないとは。

 

 学校に行っても、ジムリーダーはどんな感じだ、誰々とは会うのか、など職務に関しての話題しか話されない。

 

 下駄箱を開けてみればいくつか紙が入れてあり、机の中にも同様だったのだが、内容は大体察する事ができた。

 案の定確認してみれば、熱く甘い言葉で綴られたものから鋭利で冷たいものまで。今日は後者のほうが多かった。

 

 ロトムフォンを確認しても、事務的な連絡か迷惑メールの二択しかない。母も父も、一週間前に話した事だけが記録されている。

 

「……入ってる訳、ないですよね…」

 

 スクロールして、上の方にやってくる項目を眺める。一番使用回数が多いチャット欄、アクサキさんの連絡先だ。

 そこにも新しい情報は特になく、少し期待していた自分の浅ましさと情けなさに気分が沈む。くる訳がないと分かっている筈なのに。

 だって、彼は私の誕生日なんて知らないのだから。

 

「ケーキでも、買っていきますか…」

 

 ふと目についた売店のショートケーキを包んでもらう。自分で自分の分の誕生日ケーキを買うなんて、途方もない虚無感が足を掴んでくる。

 が何もないよりは精神衛生的に良い。日頃の修行のご褒美という事にして、付き纏う負の感情を振り払う。

 

 今日はこの後、確認しなければいけない書類がある。

 それにチャレンジャー情報の整理に、コート整備と…とにかく、ジムリーダーとしての業務、しっかりと気を引き締めなければ。

 

「失礼します。只今戻りました。今日の業務はどのくらい進んでいますでしょうか」

 

 そんな事を考えていれば、あっという間にジムの前だ。いつものサイトウの仮面を貼り付けよう。疲れている身体に鞭を打ち、背筋を伸ばして中へと足を進め。

 

 

 

 

『ジムリーダーサイトウ、お誕生日おめでとう!」

 

 

 

 

「ーーーぁ、へ?」

 

 思わず、間が抜けた声が漏れた。

 

 視界に映るのは、クラッカーと思わしきテープと紙吹雪、そして笑顔で私を迎えてくれる前半ジムリーダー組と、いつも共に働いているジムトレーナーにスタッフ達。

 

 紙と音のカーテンが晴れた先には、誕生日おめでとうと書かれている横断幕に、折り紙やリースで彩られた待合室が広がる。

 元々備えられていた机の上には飲み物と料理が所狭しと並んでおり、真ん中にはワンホールのチョコレートケーキが。追加でパイプ型の机が組み立てられているほどの豪華さだ。

 

 小さい頃、密かに夢見ていた光景が、そこにはあった。

 

「あの、これは…一体…?」

 

「決まってるじゃない、貴方の誕生日会よ。サプライズでね」

 

「ほら、以前サイトウくん、誕生日会を経験した事がないと言っていただろう?君は今年でジムリーダー就任3周年だからね、何処かで祝おうとは思っていたんだ。ちょうど良かったよ」

 

「さぁさぁ、僕んとこの野菜と、ルリナさんとこの幸でたんまりと料理を作ったからなぁ。主役さま、いっぱいお食べぇ」

 

「ぼ、僕も、その、手伝いました…!飾り付けとか…」

 

 脳が処理出来ずに固まる私に、ルリナさんが、カブさんが、ヤローさんが、オニオンさんが。

 

 それぞれ思い思いのことを話して、私を労ってくれる。

 

「俺達もいるんだぞ!」

 

「……!」

 

「ふん…」

 

「貴方達は…あの時のチャレンジャー…に、妹さん…」

 

「なに、きちゃ悪か訳?別にアクサキに言われてきただけやけん。アクサキん料理食べたかけん残っとーだけ。勘違いしぇんで」

 

「いえ、別にそんなことは…その…貴方が私の誕生日などに来るなんて、予想外でして…あ、ありがとうございます…」

 

「…勘違いしぇんでって言いよーんに、アンタんことなんてなんとも思うとらんけん!そげん急にしおらしゅうなられたっちゃ、違和感しかなかけん!フンッ!」

 

 更には、かつて戦ったチャレンジャーの二人に恋敵(妹さん)まで、わざわざ。

 

 言い様も表せない感情が胸を満たしていく。目頭が熱い。気を緩めれば決壊しそうだ。目を擦り、意地でも止める。

 先ずは、お礼を言わなくては。煌びやかに飾られたこの空間を、所狭しと置かれた料理の数々を、私の為に作ってくれた皆さんに。

 

 情けない姿を見せる訳にはいかない。

 

「皆さん、今日はーーーぁむ!?」

 

 それらの感謝を伝えようと背筋を正して、口を開ーーーいたところに、何かを投げ入れられる。

 一口大のそれはしょっぱい味付けで、カリカリと、尚且つ噛めば噛むほど肉汁が溢れ出してきて…これは、から揚げ、というやつでしょうか…?

 

「凄く美味しいです…が、ルリナさん。話そうとしてる人の口に突っ込まないで下さいよ…」

 

「貴方が堅っ苦しい事言おうとしたからよ。あと、アクサキから伝言。『後は適当に確認してハンコ押すだけだ。飯は熱いうちに食えぶっ飛ばすぞ』だって。アイツってば誕生日会で主役が来る前に帰ったりとか、馬鹿みたいに空気読めない癖に、変な所で気が回るんだから。この料理だって、アイツが作ったのよ?中々憎めない男よね」

 

「いやぁまさかアクサキさんがジムの書類仕事できるとは思いませんでしたよ。てっきり今日は八時九時辺りまで残業かなと思ってましたが、すっかりと終わってしまいました。思い出しただけで笑えますよ。『アイツのことだから空気読まず仕事しようとするに決まってる。貸してください、オレも手伝います』なんて。まじアクサキさんツンザキさんだわぁ」

 

「アクサキさんが、そんな事を…」

 

 素直じゃない彼らしい言葉。素直じゃない彼らしい行動。

 

 素直じゃない。けど、とても優しい、彼らしい全て。

 

 嬉しい。嬉しい。彼が、私の誕生日を祝ってくれた、喜びが、それだけが胸を渦巻く。

 

 ただ、欲を言わせて貰うなら…今この場で、彼と会いたかった。

 

「なに残念そうな顔してるんですかリーダー、そういうのはもうちょっと隠してくださいよ!さ、早いとこ始めちゃいましょう!私、お昼からなんも食べてないんです!彼の言う通り、熱いうちに堪能しちまいましょうよ!はい、コップ持って!」

 

「…はい…ありがとうございます…!」

 

 だが、これ以上を望むのはワガママに他ならない。足るを知れ、サイトウ。今はこの幸せを享受しよう。

 

 オレンジュースが並々と注がれたグラスを持つ。目線を上げれば、微笑みながら私を待つ皆んなの姿。その光景に今度こそ姿勢を正し、辿々しく喉を震わせる。

 

「か、乾杯…!」

 

『乾杯〜!!』

 

 文字通り、夢のような時間が始まった。

 

 美味しい料理、心を擽られる喧騒、温かな光り輝く空間。

 

 今まで修行や職務に半生以上を費やした私にとって、ちょっぴり刺激の強い時間を過ごした。

 ジュースを飲むほど、ケーキを食べる程…この空気に包まれれば包まれるほど、母や父の顔、修行やジムリーダーの責務が脳裏に過ったが、それでも…

 

 それでも、楽しかった。人生で、経験した何よりも。

 

 失礼ながら、ジムリーダーに就任した時よりも、歓喜が私を包み込んだ。押さえ込んでいた、幼い私が両手を振り上げている。

 

 なにせ、こんなにも素晴らしい宴に加え、プレゼントまで用意してくれていたんだから。

 

「ラテラルタウンは日差しが強いでしょお。道着姿のサイトウさんも素敵じゃが、やっぱり女の子だもん。きっとこれが似合うと思うんだなぁ」

 

「女は髪が命よ!私も潮風に晒されるから、ケアはしっかりしてるの。ここは空気が乾燥してるし、貴方はそういうの気にしないから、ほら。いい匂いでしょ、これでアクサキを墜しちゃいなさい!」

 

「二人に比べて華のない品になってしまうけど、僕からはこれを。このメーカーのタオルとリストバンドは肌触りがよくて、質が良いんだ。この町は暑いからね、沢山汗をかくだろう?サイトウくんも、気に入ってくれると嬉しいな」

 

「ぼ、僕からは…これを…その、ホップさんと、一緒に買ったんです。最終的に選んだ、のはアクサキさんだし、殆ど払って、くれたのもアクサキさん…なんですけど…や、役立ててくれると嬉しいです」

 

「ちからのハチマキと迷ったけど、アクサキがこっちがいいっていったんだぞ!サイトウさんは被弾覚悟のバトルスタイルが多いからって!アクサキってば、流石だぞ!よくサイトウさんの事を見ているんだな!」

 

「………!」

 

「『私からは保湿クリームを、ここら辺は乾燥していますから。あと負けません』って言うとーばい。良かったじゃんアクサキがよか匂いって言うとったやつ(マリィが買ったやつ)よりしっかりしとーよそれ。おめでとう〜あーデート楽しかったな〜次はどこしゃぃ連れて行ってくるーんやろアクサキったら」

 

 ヤローさんからは麦わら帽子を。

 

 ルリナさんからは美容シャンプーを。

 

 カブさんからはハハコモリ印のスポーツタオルとリストバンド。

 

 オニオンさんとホップさんからはきあいのタスキ。

 

 ユウリさんと妹さんからは保湿クリームを。

 

 それぞれの有難いお話と共に(妹さんはちょうはつを打ってきたが デートとか聞いてない)それらを胸に抱く。

 私には十分すぎる代物の数々、満ち足りているとは、正にこの事だ。これで満足しない人がいたら、それはただの強欲。忌避すべきもの。

 

 忌避すべき…ものなのに。

 

 まだ、物足りないと思っている自分がいる。

 

「ふぅ…少々、熱くなりすぎました…」

 

 重くなった身体に昂った気持ちを引き摺りながら、家へと続く夜道を歩く。先程お開きになった宴会に後ろ髪を引かれ、多幸感に酔っている感覚がむず痒くも心地よい。

 

 それと同時に、夜風が私の心底を掬い上げる。

 

 あんなにも素晴らしい時間を提供して貰ったのに、なにがまだ物足りないのだろうか。ボンヤリと光る街灯を潜り、自問自答。愚問だ。答えなんて、とっくに分かっている。

 

 アクサキさんに会いたかった。

 

 たったそれだけ。たったそれだけのワガママが、あの素晴らしい時間にしこりを残してしまう。

 

 それがどれだけ未熟で、浅ましく、馬鹿げた事か、理解はしている。しているが、だからといってこの溢れ出てくる欲の対処方を私が知っている訳がない。

 

 膨らませ続けた風船はやがて割れ、二度と戻す事が出来ない。

 

 私は欲の味を知ってしまった。今まで押さえつけられてきた反動が、うまくガス抜きが出来なかったツケが、ここで回ってきた。はやる気持ちを抑えられない。

 

 彼の胸に飛び込みたい。

 

 彼の頬を触りたい。

 

 彼の温もりを、全てを感じーーー私のモノにしたい。

 

 今からでも会いに行ってしまおうか。

 そして、そのまま欲望の獣に身を任せてしまおうか。

 

 そんな考えが浮かんできた自分が情けない。パシリと自分の両頬を叩く。鋭く伝わってくる痺れが私の思考を晴らしてくれる。

 

 落ち着くんだ、サイトウ。足るを知ろう。アクサキさんに教えて貰った言葉だ。実に良い語録だと、感心したじゃないか。 

 満足を知れば、心が豊かになる。豊かになれば、心に余裕が生まれ、心身を鍛え上げる力となる。

 

 なに、明日からはジムチャレンジがあるんだ。その時に、彼の事を堪能すれば良い。

 

 そう結論付け、絡まった胸の内にクリアスモッグをぶつけたところで、マンションへと辿り着く。考え事をしていたから、あっという間についてしまった。

 番号を押し、管理人さんにロックを解除してもらう。そのまま見慣れた通路を通って、自分の部屋へとーーー

 

「あ、ちょっと待っておくれジムリーダーさん。渡すものがあるんだ」

 

「…?私に、ですか?」

 

 向かおうとした所で、管理人さんに声を掛けられる。管理人さんはゴソゴソとフロントの棚を漁って目当てのもの、小洒落た紙袋を取り出すと、カウンターに置いた。

 

…まさか管理人さんまで私にプレゼントを用意してくれたのだろうか。そんな訳ないか。

 

「あったあった、はいこれ。さっき黒い帽子を被った傷だらけ男の子が来てね、ジムリーダーさんが帰ってきたら渡して欲しいって頼まれたんだ。確か…アク、アク…なんだっけかな…」

 

「黒い帽子に傷だらけ…あ、アクサキさん…?」

 

「あーそうそうアクサキだアクサキ!その子がこれを。立場上中身は少し見させて貰ったけど、危険物は確認されなかったからね、安心して。じゃ、後はごゆっくり」

 

 そう言って肩を回しながら控室へと入っていく管理人さん。紙袋を持つ私だけが取り残される。

 

 アクサキさんが…プレゼントを…?

 

 彼からのプレゼントは料理だと皆が言っていたのだが…どういう事だろうか。中身が気になるが、取り敢えず部屋に戻る。

 

 部屋に入ってすぐ、リビングの机へと紙袋を置く。中には包装された箱が入っている。あまり大きくはない。重くもなかったから、食べ物や小物類でもないだろう。

 

 考えてても仕方がない。さっそく開けようと、箱を取り出し包装の切れ目に手をかけて

 

 カチリ、と。

 

 聴き慣れた開閉音が部屋に響いた。

 

「ーーーッ」

 

 箱の蓋が吹き飛ぶと共に、青白い光が辺りを照らす。

 

 やがてそれは形を取り始めーーー1匹のポケモンが現れる。

 

『ーーー?ーーー!』

 

「ーーーぁ」

 

 思わず、声にならない声が漏れた。

 

 だって、現れたポケモンは、白いハチマキを巻いたような額に、ふと眉がチャームポイントの拳法子熊。

 

 

ーーーダクマだったのだから。

 

 

『最近鎧の孤島で確認されたかくとうタイプのポケモンでして、型によって進化が変わる珍しいポケモンなんですよ』

 

『ほーん…興味のねぇ話だが、なんだ、欲しいのか?』

 

『それは勿論。私もジムリーダー以前に一トレーナーの端くれ。かくとうタイプの事は気になりますしーーーなによりいちげきの型はあくタイプになりますから』

 

『…あっそ…だからって、別に興味なんてワカネェが、ちょっと詳しく聞いてやっても良いぜ?』

 

 先日に話した、彼とのたわいもない会話が思い返される。

 

 日常の一コマに組み込まれた、大して重要でもない与太話だった。常人なら気にも留めず、すぐに忘れられる様な話だったのに。

 

「覚えてて…くれたんだ…!」

 

 容易ではなかっただろう。わざわざ鎧の孤島まで行って、苦手なかくとうタイプの事を調べて。

 彼が先に帰った理由を聞いてみれば、「眠いし疲れた」と言っていたそうだ。カブさんが誕生日会を計画していたのが一週間前、つまりマスタード師匠の試練をたった七日の内に、クリアした事となる。

 

 きっと無理をしたに違いない。私の為に。寝る時間まで削って。

 

 身体中を駆け巡る激情に耐え切れず、膝をついた私にダクマが駆け寄ってくる。ニコニコと笑いながら差し出されたその手には、カジッチュ型のメッセージカード。

 

 

『大切にしなかったらぶっ飛ばす。いちげきの型にしなくてもぶっ飛ばす』

 

 

 そう、男の人の字で、ぶっきらぼうに。

 

「あぁ…あの人は…」

 

 あの人は、本当に…一体私をどこまで酔わせてくれるのか。

 

 こんなにも未熟者な私を、どうしてここまで優しくしてくれるのか。

 

 あぁ、誰かこの感情を抑える術をーーーいや、教えてくれなくていい。この感情だけは、いつまでも溢れ出しておきたい。

 

 

「アクサキさんーーー大好きですッ!!」

 

 

 だって、この体を焦がす甘い熱を覚ましたくはないのだから。

 

 こぼれ落ち、水気を含んだ想いを、目の前のダクマを力いっぱい抱きしめて、高らかに叫んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…ふぅ…落ち着きました…ありがとうございます、ダクマ。さて、箱を片付けますか。ダクマのボールも、彼らしい、ダークボールにしたんですね。それにこれは…髪飾りですか。そういえば、最近今のが古くなってしまったと彼に話したんでしたっけ…ふふっ、アクサキさんったら、明日からはどうしてくれましょうか…ん?」

 

なんでしょうか、底に、まだ何か…ーーー

 

 

 

 

【極薄!シルクカンパニー製0.001ミリ〇〇ドーム!】

 

 

 

 

「ーーーシィッ」

 

ーーー走った。

 




「しめしめ…サイトウのやつ、今頃飛んで喜んでんだろうな。頑張った甲斐があったもんよ。しかし…髪飾り買った時に店員から渡されたアレ、なんだったんだ?よくわかんねぇから一緒に入れておいたが…ーーーん?こんな時間に誰だろ。はーい今出るゼェ」

アクサキ
ジョウト地方出身。
今度同期と会う約束があり、ウキウキしている。
カブさんから誕生日会の話を受け、真っ先に行動したツンデレ系主人公。
サイトウが欲しがっていたダクマを捕まえるべくわざわざ鎧の孤島行きチケットを買い、マスタード師匠に土下座してまで試験を受け、三日三晩ろくに寝ないでギリギリ誕生日に間に合わせた。
皆んなと買い物する一時間ぐらい前に本島へと戻ってきている。朝帰りじゃねこれ。
本編でもあるように料理が得意。
ジョウトを回っていた時は料理担当だった。時折料理を振舞われる同期の二人からはオカンと崇められている。本人も別に料理をするのは嫌いではないらしい。
得意料理はお味噌汁だそうだ。幸せそうに飲んでる姿が好きだかららしい。私に毎日お味噌汁を作ってくだーーー

アクサキ's好感度表

サイトウ→宿敵、だけど嫌いではない。少し気にならない事も…
マリィ→妹のように見てるが、たまに見せる妖艶な雰囲気にはドギマギ
ユウリ→妹
ホップ→大きい弟
オニオン→小さい弟
ルリナ→頼りになる大人。こんな姉貴が欲しかった
ヤロー→頼りになる大人。こんな兄貴が欲しかった
カブ→頼りになる大人。こんな叔父さんが欲しかった。
店主→強いなコイツ。いつか手合わせしたい
ジムトレーナー→有難い時もあるけど、ウゼェ…
手持ち達→世界で一番愛している

サイトウ
ラテラルタウンジムリーダー。
特に今日が誕生日とかそういう訳でもないのに、作者のネタが尽きた為誕生日にさせられた。
生まれて初めてと言える誕生日会を開催してもらい、感動。元々高かったアクサキ好感度も天元突破した。
アクサキの料理を食べて、本気でお婿さんへ迎え、専業主夫として毎日新婚三択してほしいと考えている。
マジで養うつもりらしい。
最早アクサキが精神的支柱となっている。
料理の腕前はイマイチだが、本人曰く「カレーは美味しいと評判」
料理も作り、誕生日プレゼントも仕掛け終わって、さぁもう寝ようとしたアクサキのところに例のブツを持って突撃。
ブツを口に加えながら迫ったが、当の本人は何してんだか全く理解していなかった。
なんなら食べ物だったのかと勘違いし、オレも食べてみよと口に加える始末。
これには流石のサイトウもがっくし、泣く泣く押し倒した。しかし既にアクサキの膝で丸まっていたブラッキーを起こしてしまい、お冠の彼女に性誕祭は阻止され、アクサキの貞操は守られた。

サイトウ's好感度 以下アクサキだけとする
アクサキ→全てを私のモノにしたい。今すぐにでも喰べていいですか?

マリィ
あくタイプジムリーダー、ネズの妹。
最近サイトウのモノより大きくなった。アクサキの前だとよく胸を張る。しかし効果はない。
ユウリの通訳係。
どうやって読み取っているのかは永遠の謎である。
子供の特権というものをよく理解していて、買い物中もアクサキの飲みかけに口つけたり、後ろから抱きついておんぶを要求したりとやりたい放題やった。
ユウリとアクサキのやり取りを写真に収めている。
理由は…言えないが、ヒントだけ言わせてもらうと、立ち位置的な角度、周囲からの見え方、それだけ。
社会的立場を崩す準備は整ってきてるって訳だ。
よくアクサキの部屋を訪ねており、遊ぶ隙をついてコレクションを増やしている。今夜も捗ったそうだ。

アクサキ→メチャクチャにしたい。子供に組み伏せられて歪む顔を見たい。もうヤッちゃっていいかな?いいよね?

ユウリ
チャンピオン推薦トレーナー。
ゲーム主人公。無口だが、無感情という訳ではない。
アクサキの前では遠慮などせず感情をあらわにさせる。
大人しそうにみえて今んところ屈指の危険人物。
マリィ曰く、バトルが神がかって強いので、誰も止められないとのこと。
本人もそれを分かっており、いつでもアクサキを組み伏せる準備が整っている。
アクサキとバトルをしている彼女をみれば、時折嗜虐的な笑顔を浮かべる姿が拝めるだろう。
マリィと同盟を組んでおり、愛してもらえれば、アクサキを手に入れることさえ出来れば、愛人的な立ち位置でもよいと考えている。
ぶっちゃけアクサキを回す気満々。ただし誰でも許せるという訳ではない。
見た目からは想像できないほどに嫉妬深く、アクサキに色目を使ったモブたちにはお礼参りバトルを仕掛けている。
が、普通に優しくて良い子なので実害が出るような事はしていない。
それ以上に甘える、ただただ愛が重いタイプ。
サイトウの事も恋敵だとは思っているが、完璧に排除したいとは思っておらず、なんなら友達になりたいとも思っている。
マリィに協力して撮ってもらった写真は待ち受けに使い、額縁にも飾っていつでも使えるようにしている。
ジワジワと浸食していってる彼女に、アクサキはいつ気付くのだろうか。
今もベンチで必要以上にくっついてるの咎めないどころか膝枕して頭撫でてやがるからアイツ、終わったな。

アクサキ→好きです好きです好きです好きです好きです好きです好きです好きです好きです好きです好きです好きです好きです好きです好きです好きです好きです好きです好きです好きです好きです好きです好きです好きです好きです好きです好きです好きです好きです好きです好きです好きです好きです好きです好きです好きです

ホップ
チャンピオンの弟。
ユウリの恋路を応援している良い奴だが、彼女の本性まで気付いていない。ピュッアピュア。
アクサキと同様キスで子供が出来るとおもっている。
アクサキの事を親戚のお兄さん感覚で慕っている。
アクサキよりバトルは強いが、彼もユウリには勝ったことがない。
アクサキが飯に連れて行く第一候補に入っており、彼自身も良くアクサキを誘ってカレーキャンプなど行う。
それをユウリやらなんやらに妬まれ、立ち位置を狙われるが、アクサキからの信用もあるこのポジションを彼から取る事は至難の業だろう。
頑張れ、ホップ。俺は応援してるよ。

アクサキ→頼りになるお兄さんだぞ!

オニオン
ラテラルタウンジムリーダー。
ゴーストボーイ。アクサキと出かけられてご満悦。
すっかりとアクサキ沼へとハマってしまった哀れな子であり、抵抗感がなくなってきた自分に戦慄しているらしい。
ようこそ、こちら側の世界へ。我々は貴方を歓迎しよう。

アクサキ→優しいお兄ちゃん。もっと一緒にいたいな…なんて…

カブ
エンジンシティジムリーダー。
優しいおじいちゃん。ガラル一のアクサキ理解者であり、アクサキの事を息子ないし孫のように思っている。
アクサキの相談にも良く乗っており、アクサキが心の底から尊敬している、最も信頼の厚い大人。

アクサキ→とても優しくて、見た目以上に崩れやすい子だよ。大人として、僕たちがしっかりと見守ってあげよう

ルリナ
バウタウンジムリーダー。
モデルをやっている。
アクサキの事を可愛い弟の様に思っている。
アクサキの見た目が見た目なので、プライベートの護衛を頼む時もあるとかなんとか。
ただし、稀に見せるアクサキのカッコいいムーブにキュンとする事もあり、複雑な心境になるようだ。
私にはヤローが…とかいってたし。
サイトウら辺の大体の事情は知っている。

アクサキ→可愛い弟分。いじめた奴は流し去る。

ヤロー
ターフタウンジムリーダー。
マッシブ農家。
アクサキの事を可愛い弟分の様に思っている。
アクサキが尊敬する男性の一人。
彼とは良く一緒に仕事をしており、とても頼りにしているとのこと。
アクサキも実家が大農家だからね、話が合うんでしょう。
最近は彼を正規で雇おうか悩んでいる。

アクサキ→可愛い弟分。いじめた奴は一緒に農業だぁ

店主
ヨロズショップ『かるわざ』の店長。
サワムラー、アギルダー、フワライド、ペロリーム、ルチャブルと、特性『かるわざ』を持つポケモンを使っており、セミファイナルまで進んだ事がある実力者。
彼女の好感度表は絶対にいらない。

アクサキ→ものを買えものを。話はそれからだ

ジムトレーナー
アクサキのファン。もう書くの疲れた。

アクサキ→何この人めちゃくちゃおもろいな



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うそなき PP 3/20

拝啓、読者の皆様
お元気ですか?私はボチボチです。ようやく待ちに待ったDL C第二弾『冠の雪原』がリリースされましたね。作者は忙しくて多分四割も進められていません。本当です。決して地平線で宙に浮いたり、生活線で味方を蘇生したりなんかしていません。なんなら鎧の孤島も完クリしていません。早く進めて、厨ポケ禁止シーズンを満喫したいものです。
続けてご報告致します。
徒佗顕示様から素晴らしいイラストを頂きました。

https://img.syosetu.org/img/user/307050/70337.jpg

このイラストを貰ったのは9月です。そろそろ作者は恥を知った方が良いですね。活動報告に徒佗顕示様のTwitter URLがありますので、是非とも。素晴らしい作品がたくさんあり、作者の目は幸福に満たされました。徒佗顕示様、本当に申し訳ありませんでした。
そろそろ本気で怒られそうなので、ここらで筆を置こうと思います。今回は作者が新たな挑戦をしようとして燃え尽きた話です。お目汚しの御準備を。では。



「まったく…あの人は本当に時間を守らない。一体なにをしているのやら」

 

 ぺたりぺたりと質感の良い音を響かせながら、仄暗い廊下を歩いていく。向かう先はチャレンジャーの控え室。予定時間になっても出てこないアクサキさんの様子を確認するためだ。

 

 足の裏から伝わってくる冷気に、ジムトレーナーにお願いすれば良かったですと僅かながら後悔。

 しかし折角の密室で二人きりになれるチャンス。ただでさえ彼に擦り寄ってくる泥棒猫が多くなってきた昨今、機会を無駄にしたくなかった。

 

 灯りが漏れ出す扉が見えてくる。微かながら人とポケモンの気配も感じられた。

 一応、病かなにかで倒れていないか心配だったが、これなら杞憂に終わりそうだ。彼の優秀なポケモンなら、彼の異常に気付かない訳があるまい。

 

 きっと彼のことだ。作戦を練るのに熱中しすぎて時間を忘れたのだろう。

 私のことを考えながら頭を捻っている彼を想像すると、中々にクるものがある。可愛い人だ。今日も存分に愛し合うとしよう。

 

「アクサキさん、何をしているのですか。開始予定時間はとっくに過ぎてますよ。早く準備をしてくだ…アクサキさん?」

 

 緩みそうになる表情を元に戻し、勢いよく扉を開ける。

 

 果たしてアクサキさんはそこにいた。傍らにはブラッキーが座っていて、特に変わったことはない。

 バトル前の、作戦を手持ちのポケモンと話し合うトレーナーの姿。

 

 しかし、何やら紙…いや、写真のようなものをジッと見つめていた。此方に気づいた様子はない。それほどにそれへと意識が入り込んでいた。

 

 そっと近づいて、後ろからそれを覗き込む。はしたないが好奇心が抑えられなかった。

 

 それは、相当昔に撮られた写真であった。

 

 古ぼけたフィルムに写っていたのは、三人組の幼いトレーナーと、その相棒らしきポケモン達。

 真ん中で笑っているのは恐らくアクサキさんだろう。頬の傷はないが、それとなく今のアクサキさんの面影を感じられた。彼の足元で座っているブラッキーも少し若く見える。

 

 彼の両隣にいる二人は、アクサキさんの…同期…だろうか?

 

 一人は少年で、もう一人は少女。

 

 男の子は落ち着いた表情で、女の子は元気溌剌な笑顔で写っている。ポッポやミルタンクを従えた彼らは幸せそうな顔をしていた。

 

 

「可愛い顔してるだろ。タンバでシジマさんに勝った時の記念写真だ」

 

 

「…気付いていたのですか」

 

「ブラッキーが教えてくれた。それまではわかんなかったけど、よ」

 

 不意にアクサキさんが言葉を発した。此方に一瞥もくれず、淡々としたそれらを写真と共に投げてくる。

 

 慌てて受け止めた写真はやはり色褪せていた。雨粒が落ちたような跡が付いていて、シワが目立つ。

 片時も離さなかった、そんな年季が感じられた。なんとなくそれが気に食わない。

 

「随分とこの写真に思い入れがあるようですね。少なくとも、私とのバトルの時間を忘れるぐらいには、価値のあるものなのでしょうか」

 

「意地悪な質問すんなよ、悪かったって」

 

 そう言って彼はブラッキーをボールに戻す。よっこらせと腰に手を当てながら立ち上がり、そして漸く此方を見た。普段と変わらない。

 不敵な笑みを浮かべ、その頬には鋭い裂創が走っている、いつものアクサキさん。

 

「今日こそはテメェに勝つぜ、筋肉ダルマ。オレの考えてきたスペシャルな作戦で、ボッコボコのボコにしてやらぁ」

 

 そう言って、親指を下に向けて首を掻っ切るジェスチャーをする。

 

 そんな彼の顔を見て、何故か動悸がした。

 

 なにか、決定的なものを見逃している気がする。

 

 ここで動かなければ、もう届かなくなる。そんな気が。

 

 自分でも処理が出来ないような不安に襲われた。

 

 

「ーーーあぁ?」

 

 

 だから、アクサキさんの手を取ってしまった。

 

 理由はない。ただ、グラウンドに向かおうとしたアクサキさんの手首をワシボンの如く、逃さないように、縋るように、掴んでしまう。

 

 怪訝そうな顔で振り返るアクサキさん。俯いている私を心配そうに覗き込んでくるその姿に、喉が詰まる。言葉が出ない。思考に渦が生まれる。握る手に力が入る。

 

 何を言えば良いのだろうか。何をすれば良いのだろうか。そもそも何かをする必要はないのではないか。

 ただの私の考えすぎで、実際アクサキさんにはなんにもないんじゃないか。

 

 分からない。分からない。悔しい程に分からない、が。

 

 部屋に入った時に一瞬だけ見えた、頬の傷をなぞる動作。

 

 何かを噛み締めるかのように、ゆっくりとなぞっていくあの動作が。

 

 アクサキさんにとってどんな意味を持つのか。

 

 いくら修行一辺倒の無能な私でも、それぐらいは分かっていた。

 

「ーーーなぁ、サイトウ」

 

 顔を上げる。眼前に、優しい目をしたアクサキさんが広がる。

 

 彼は真っ直ぐと私を見つめながら、穏やかに声をかけた。

 

 

「テメェはさ、ポケモンバトルは好きか?」

 

 

 唐突な質問。場違いにも程があるそれに、意味を図りかねる。

 

「それは、どういう」

 

「答えてくれ」

 

 だが、アクサキさんの目は本気だった。いつもみたいにふざけて揶揄(からか)っている訳ではない。

 黒いのに、純白な瞳で私を射抜いてくる。引き込まれそうだった。

 

「それは勿論、大好きですが。私の存在価値の一つですし、私をより高みへと連れて行ってくれる。そして何より…ポケモン達と一体になれる気がしますから」

 

 腰にかけたボールが揺れた。それを見たアクサキさんは目を細める。

 そしてそのまま、出口へと歩いていく。

 

「オレもだ、サイトウ。オレもポケモンバトルが大好きだよ」

 

 扉の取手を握る前に、振り返る。不敵な笑みを浮かべながら、犬歯を光らせて。それがとても蠱惑的に映った。

 

「それだけでいい。それだけでいいさ。今は、ただただ戦おう。遅れた分際で何を言ってやがると思うかもしれねぇがな」

 

オレ達は、ポケモントレーナーなんだから。

 

「目と目以外で語る必要はねぇ。テメェみたいな生意気な小娘に心配される程、このアクサキ様は弱くはねぇのさ」

 

 そう言って、今度こそ部屋を出て行ってしまった。

 

 発破を掛けられたのだろうか。確かにジムリーダーとして、バトル前に雑念に囚われてしまうことは良くないことだ。気を引き締める。

 

 引き締めようとするが…やはりダメだ。脳裏からあの姿が離れない。

 

 アクサキさんは強い人だ。バトルも心も強い。

 他人やポケモンを思いやれる。落ち込むことはあれど、決して根底にある弱さを人に見せない。人間が出来ている人だ。

 

 だが、それでも心配だった。寧ろ、それが心配だった。

 

 廊下に出る。遠くにアクサキさんが歩いている。その背中を見て、思ってしまう。

 

 

ーーーどうして、そんなに寂しそうなのか

 

 

 苦しくて、悔しい。が、私には、何も出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「また負けた…」

 

 一体、いつになったら勝てるのだろうか。

 

 時刻は八つ時を優に回り、黄昏が世界を覆う、そんな中。

 寒風に背中を押されながら、とぼとぼと暗いオレンジの道を歩く影法師がひとつ。アーマーガアの鳴き声が空に響き渡る。

 

 皆んな大好き、あくタイプ使いことオレ。アクサキだ。

 

 今日も今日とて、あくタイプの貴公子たるオレ様はサイトウの野郎に勝負を挑み、フルボッコにされちまった。今はその帰りである。

 

「今日も負け。昨日も負け。一昨日なんて、半分もサイトウのポケモンを倒せなかった。どうなってんだチクショウ…」

 

 先のバトルを思い出す。

 

 こうそくいどうを捕らえられ、ほのおのパンチで吹き飛ばされるニューラ。

 

 リーフブレードとからてチョップの激しい打ち合いの末、壁に叩きつけられるダーテング。

 

 ビルドアップをつんだ攻撃に、サイコカッター諸共ねじ伏せられたコマタナ。

 

 手数にいなされ、狂わされて、単調になったクラブハンマーにカウンターを合わせられたシザリガー。

 

 サイコキネシスで三体も撃破してくれたが、蓄積ダメージに耐えきれず、インファイトに沈んだブラッキー。

 

 決して成長を実感しない訳じゃない。出会った当初に比べれば、変化技への理解も深まったし、的確な技の指示も出来るようになって来た。

 

 確かに負け続けてはいるが、無価値な敗北ではない。昨日のオレより弱くなっていることだけはないと、あの野郎からも折り紙付きだ。

 奴にそんなフォローをされるのは気に食わないが。

 

 澄まし顔で、オレのポケモンを薙ぎ倒すサイトウが脳裏に過ぎる。

 

「そう思うと、サイトウの野郎もしっかりジムリーダーやってんだなぁ…」

 

 なんて、街灯に居座るランプラーを眺めながら感傷にふけってみたり。

 

 昨日のオレより弱くなっていることだけはない。

 

 それはアイツがオレに掛けてくれた言葉。ジムリーダーとして、チャレンジャーに贈る、激励の花束。

 

 チャレンジャーの壁となるように。糧となるように。ルリナパイセンが言っていたこと通りに、ジムリーダーの職務を全うしている。

 

 でももし、それらを投げ打って、純粋な感想を述べるとしたならば。

 

 きっとその後にこう続くのだろう。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 頭打ち。キャパシティオーバー。

 

 詰まるところ、オレのやっていることは現状維持。

 

 なんとも優しい野郎だ。そこはかとなく実力の限界を伝えてくれるなんて、身に滲み過ぎて心が痛くなって来やがるぜ。

 何度目かもわからないため息が零れ落ちる。

 

 もう、奴を倒さずに何ヶ月経っただろうか。オレもすっかりこの街の顔馴染みだ。

 今も、ガキどもがバイバイと手を振り、おっちゃんが辛気臭い顔すんなとオレンのみを投げつけて来やがる。

 

 最早、目を瞑ってでも、この乾いた橙の景気を思い浮かべる事が出来る程には。

 

 少し、長くここに居座り過ぎちまった。

 

「何がいけねぇんだろうなぁ…いやまぁタイプ相性が悪いってのは百も承知なんだが…」

 

 オレンのみをかじりながら、はぁ…と、ため息が零れ落ちる。思考を元に戻す。

 

 そうだ、そんなことは百も承知なんだ。あくタイプがかくとうタイプに不利な事ぐらい。何年トレーナーやってると思っていやがる。

 問題は、そんな事がわかり切った上で負け続けているという事だ。

 

 オレたちみたいな、一つのタイプないし類似タイプしか使わないっつートレーナーは、タイプ相性不利を言い訳にする事はできない。

 

 そりゃそうだ。一つしか使わないのなら、自ずと一貫した弱点というものが現れるのは道理である。

 タイプ複合型パーティーが強いと言われる理由は、一重に弱点一貫性を排除できるという点に他ならない。

 

 しかし、では何故昨今までタイプエキスパートは衰退せず、本格的な複合型パーティーはあまり盛り上がりを見せないのか。

 

 単純な話、それが一番効率的で、比較的誰にでも手を付けられる難易度だからだ。

 やる前からわかり切った、一貫した弱点があるのなら、対策を重ねて徹底的に対処すればいい話である。

 あくタイプしか使わないのなら、かくとう、むし、フェアリーに気をつけて、対策を立て特訓すれば良い。

 

 言うは易く行うは難し。そんな一筋縄でいくものでもないが、少なくとも複合型パーティーよりかはマシだ。

 あれは弱点をカバーし合える反面、対策すべき弱点そのものが増える。まず育成が大変だし、金もかかっちまう。

 

 あんなものを上手く扱えるのは上位トレーナーのほんの一握り程度。それこそチャンピオンそこらの実力者だけ。

 タイプエキスパートが弱くない事はジムリーダーや四天王、それこそサイトウ自身が証明してる。

 

 長々と話してしまったが、詰まるところ、何が言いたいかというと…

 

 

「オレが弱いだけなんだよな…とほほ…」

 

 

 それに尽きる。ただそれだけの話だ。

 

 オレが弱い。ポケモンは悪くない。ポケモンの力を十二分に発揮させる事が出来ないオレが悪い。

 

 

 オレには、決定的な何かが足りない。

 

 

「挙句の果てには、『もう一度、ヨロイ島で特訓をしましょう。貴方はあともう少しで貴方を超えられます』とか言われてチケット渡されるし…なんでこれペアチケットなんだよ。あの野郎も行く気か?そういやダクマの進化がどうたらこうたら言ってたな…」

 

 暗くなってきた空に貰ったチケットをかざす。紛う事なき、ヨロイ島行きのチケット。

 期限は明日から一週間ほど。つまり今日中に荷物を準備しなければならない。

 急すぎる。もしこれが初めてのヨロイ島だったら突っぱねてた。まぁ、もう用意出来てるんだが。

 

 ニット帽やマリィも誘ってやろうか。

 

 ゴースト仮面やルリナパイセン達のお土産はどうしようか。

 

 兄弟子や姉弟子、師匠の皆は元気だろうか。

 

 サイトウの野郎はきっと修行で手一杯になるだろう。何か差し入れるものも準備してやるか。

 

 

「…なんて」

 

 

 ホイホイ言われるままに行こうとするオレは、相当毒されてしまってるんだろうな。このガラル地方に。

 

 軽くなった足取りを見て、思わず嘲笑(えみ)が溢れる。

 

 何ヶ月経っただろうか。勝てない勝てないと、それをいい事に建前を掲げて、理由を作って。

 居心地の良さを覚えたここに滞在する様になってから、一体何ヶ月経っただろうか。

 

 いつからだ。早く次の街に行ってやると、さっさと奢った分返せと言わなくなったのは。

 条件付きのバトルを快諾し、楽しむようになったのは、いつからだ。

 

 見切りが付いたなら、感情が重石となる前に、友情も義理も何もかも捨てて、次の場所へと行く。

 

 そうやって、ジョウトもカントーもホウエンも、制止の声を振り払って飛び出してきた筈なのに。

 

「…そろそろ、潮時…か…」

 

 くさ。みず。ほのお。

 一向に埋まらないバッヂリング。いくつも重なった(ボロ)ケース。鈍く光りを放つ。

 

 どちらにしろ、もう長くはない。この時間は、やがて終わりを告げる。

 

 忘れられがちだが、オレは旅人だ。旅人が、別れを惜しむ事はあれど、悲しむ事はない。

 

 だから、だからせめて、せめて、今だけは。

 

 ポケットから、もう何年も使い古されているポケギアと、()()()()()()()を取り出す。

 

「ハハッ…情けねぇ…」

 

 

 諦める、という言葉が大嫌いだった。

 

 

 自分にはもう無理だという奴に反吐が出た。

 お前には出来やしないという奴に虫唾が走った。

 

 どんなに命中率が低い技だって、撃ち続ければいつか当たるのに。走り出すことさえしない人生に何を見出せるのか。

 

 なんとまぁ、要領の悪い人生だった。

 

 思えば、笑ってしまうような考えを掲げた青いガキの頃のオレ。母さんみたいにいじっぱりで気持ちの良い子だなと、呆れ顔の親父によく頭を撫でられた事を思い出す。

 

 光に這い寄らない闇など、価値はない。

 

 勝とう。どんな無様を晒そうとも。諦めない。

 

 出来ない事なんて、何もないんだ。この世は可能性に満ち溢れている。

 

 そんな信念を胸に刻んで、この道を走り続けた。

 

 

 走り続けたんだ。

 

 

 幾日も幾日も。

 

 走って…走って…走って、走って、走って、走って、走って、走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って。

 

 やがて靴が擦り切れ、爪が割れ、足の皮が破れて。

 

 歩くことも叶わず、身体を支える事も出来ず、膝から崩れ落ちてしまった時。

 

 

 気付いてしまった。

 

 

 オレというものの運命に。オレというものの結末(エンディング)に。

 

 

 最初は抗った。そんなものに呑まれてなるものかと、みっともなく足掻いた。見て見ぬふりを続けたよ。

 

 振り向けば確実に、現実は嘲笑わらって此方を見ているのに、前だけを見ていた。耳を塞いだ。

 気付けば己には無数の傷痕が刻まれている。

 

 今更止まり方なんて知らない。引き返すなんて選択肢取れない。

 だから、いつかゴールに辿り着けると信じて。

 

 

 

でも…でも。

 

 やっぱり。いっくら歩いた所で、景色が一つも変わらないんだ。

 

 周りの奴らが頂きへと続く道を進んで行く、その背中を。

 

 ただ眺めてることしか出来ないんだ。

 

 心の底から沸沸と湧き出てくる、くろいヘドロ。

 それが徐々に身体を蝕み始めた時、あぁあぁ気付いたよ。気付いてしまったよ。

 

 

 気づいちまったからこそ。

 

 

『ーーー全身ッ全霊!!もう、全て壊しましょうッ!!』

 

 

 滾る熱気。唸る闘志。痺れる空気。

 

 そんな様々なエネルギーが飛び交う、泥臭く愛らしいこの戦場で。

 

 悠々と、力強く咲き誇る菜豆の花に。

 

 

ーーー魅せられちまったオレがいた。

 

 

 認めよう。これ以上長く居れば、テメェに絆されちまう自分がいることに。

 

 (せいぎ)に這い寄るのは(あく)の道理。眩しくて、目を瞑っちまった。こんなオレにも、通すべき筋ってもんがある。

 

 

 さぁさぁ、英雄様。正義のヒーロー様。

 

 

 戦おう。闘おう。骨の髄まで。全てが壊れるまで。

 

 

 オレが対価として懸けるのは矜持(カード)(バッヂ)

 

 

 ダラダラと伸びる展開は好みじゃない。何話までも引き伸ばしにされるシナリオなんてクソ食らえだ。

 

 ヤルなら一瞬。ランターンに翳された夜道の如く、潔く。

 

 

 その覚悟が、他でもねぇ。テメェのお陰で決まったんだ。

 

 

「ちょうど良いのか悪いのか…まったく、無駄金叩いちまったぜ。オレも明日が楽しみで楽しみで仕方がねぇよ、バーカ…はぁぁ…キャンセル代いくらかな…」

 

 沸々と煮えたぎるこの想いのせいだろうか。

 

 零れ落ちたため息は白くたゆたい、虚空へと霧散した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 オレはあくタイプが大好きだ。

 

 何故あくタイプが好きなのかと問われれば、軽く半日は語ってしまう程、オレはあくタイプを愛している。

 

 あくタイプと聞けば、人によって顔を顰める人もいるだろう。

 が、少し待って欲しい。『あくタイプ』という五文字だけで、あくタイプの全てを判断するのは、あくタイプ使いとして許せないものがある。

 

 そんな、最近サイトウに旅の話をしてやったら何故か不機嫌になられたあくタイプの代名詞ことオレ。

 

「おかしいな?聞いとった話と全然ちゃうんだけど」

「きっちりと説明して貰いましょうか?」

「アクサキ…お前って奴は…」

 

「あの…その…」

 

 

 何 故 こ う な っ た。

 

 

 睨み合う三人の言葉に、ある種の悪寒が背筋を掛ける。武道場の空気は冷えに冷え、心なしか、潮の香りが強くなった気がした。喉が渇く。

 

 ここは、ガラル地方の東に位置する、自然豊かな修行の孤島、ヨロイ島。

 

 修行の為にこの島に訪れたオレは今、今世紀最大のピンチを迎えているところである。

 

 誰か助けて。

 

 

 

 

 

 

『……』

 

「……」

 

 沈黙が辛い。目線が痛い。

 

 何故こんなことになったのか。どうしてこんなに空気が重くなるのか。

 

 状況を整理する。

 

 ジムチャレンジから帰り、すぐ様チケット返金の手続きをした次の日。

 ヨロイ島へと出発したオレたちは、現地で兄弟子姉弟子の洗礼を受けつつも、なんの問題もなく道場へと辿り着いた。

 

 そこでオレたちを迎えてくれたのは師匠に女将さん、門下生達。

 

 そして、サイトウに誘われる前から元々ココで会う予定だったーーー同期の二人。

 

 本当に、久しぶりの再会である。

 最後にちゃんと会えた日はいつだろう。あまり情けない所を見せないようにしようと気張るも、元気そうな二人を見ると、やはり胸にこみ上げてくるものがある。はやる気持ちを抑えるのが難しい。

 

 そうして、笑顔で駆け寄ってきた二人を素直に受け止めようと腕を広げた。

 そこまではよかった。

 

 二人が、サイトウが、それぞれを認識するまでは良かった。

 

 オレにタックルかます勢いで抱きついてきた同期の一人と、サイトウの目がバッチリとあった。

 

 空気が凍った音がした。

 

 そして冒頭へと戻る。出会った途端バチバチだった。

 

 確かに同期の二人にも、サイトウが来ることを知らせなかったし、サイトウにも知らせなかった。

 

 いや、だって…せっかくだしお互いを紹介するのに丁度良いと思ったんだもん。

 地方は違えど、同じジムリーダー。仲良く出来ると思ったんだもん…こんな喧嘩腰になるとは思わないじゃん。

 

 因みに伝えなかった理由はサプライズにしようと思ったから。

 

 ホウレンソウって大事なんだよ…と引きつった顔で言ってきた兄弟子と姉弟子を思い出す。

 なんで急に野菜の話してきたんだろ…言われなくてもガキじゃあるめぇし、栄養は摂ってるわ。

 

 遠くに座ってこちらを見てる二人を見る。せめて助けてとアイコンタクト。師匠は爆笑中であてにならない。

 

 あ、目を逸らされた。

 

「… まぁええか、このままじゃ埒が明かへんしね。一旦、お互いの自己紹介といこうやんけ。ウチはアカネ。一応ジョウトでノーマルタイプのジムリーダーを務めさせて貰うてる。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。アクサキはね、結構寝相が悪いんや。ときとんぼなしに(しょっちゅう)抱きついてくるんやで。それがわりかし強うてね、グッと抱きしめてくんねん。もう二つの意味で眠られへんくなってまうでね。本人もプリンみたいに柔らこうて気持ちええって言うとったし。

それに比べてあんたは…フッ、あんまりアクサキを満足させられそうにあらへんね。顔埋めたら鼻が折れるとちゃう?まな板ちゃん?」

 

 冷や汗垂らして黙っているオレを見兼ねてか、同期の一人ーーーアカネがサイトウにそう切り出す。満面の笑顔で、サイトウに手を差し出した。

 いやテメなに暴露してやがんだ恥ずかしいから内緒にしろっつったのに。よりにもよってなんでサイトウの野郎に言っちまうかな。

 まぁそもそも抱き付き癖のあるオレが悪いんだけどよ。抱き心地はスゲェ良かった。ミルクの匂いがした。なんでか知らんけど。

 

 サイトウ?寝相を攻撃だと勘違いされて殺されそうだから一緒に寝たくねぇな。

 

 ピキリ、と音がした。

 何の音だと辺りを見回すも、そんな音が出るものは見当たらない。サイトウの野郎が何故か小刻みに震えてるだけだ。寒いのだろうか?年中裸足の癖に珍しい。

 

「同じくひこうタイプジムリーダー、ハヤト。()()()()()()()()()()()()()()()()()。それだけは譲れない。が、その、なんだ。貴方も苦労してるな。一応、ジョウトの一部ジムリーダーで話し合った協定にそって、アクサキは俺らで占有する事となっている。俺もそれに協力しなければならない。貴方には同情するが…無理は言わない。諦めてくれ」

 

 さらにもう一人の同期ーーーハヤトも後に続き、クールな微笑を携えながら手を差し出す。

 協定?何を言ってんだコイツは。コイツはコイツで思考回路がよく分からん時があるからな。

 前も空を眺めながら「風になりたい…」とか言って笑い泣きしてたし。大抵そういう時ってオレが悪いらしいんだけど。なんでや。

 

 またピキリ、と音がする。

 再度辺りを見回す。サイトウが珍しく笑みを浮かべている以外、やはり何もない。疲れているのだろうか。

 

「…これはこれは、()()()()どうもありがとうございます。私もジムリーダーをやっております、サイトウと申します。アクサキさんには()()()()()()()()()()()()()()()()()、とても良くして貰っていまして。最近では…そうですね。2日に1回は掃除に洗濯、食事等の手伝いをしてくれます。これでは押しかけなんとやら、ですね。()()()()()でここまで関係を築くことが出来ました。

今日は来たるべき時の予行演習も兼ねていて…おっと、失礼。惚気を聞かされても楽しくありませんよね。配慮が足らず、申し訳ありませんでした」

 

 最後に、差し出された二人の手をしっかりと握って、ハッキリとサイトウが自己紹介をする。改めて聞くと、オレ、パシリみてえだな。

 でもなぁ、コイツ生活力ゼロのだらしねぇ女だからなぁ。オレが世話してやんないといけないっていう謎の使命感が出てくんだよなぁ、そんな事してる余裕ないのに。

 作った料理は美味しそうに食ってくれるから別に良いんだけどさ。

 

「中々やるやんけ。退屈はしなさそうやな」

「こちらのセリフです。あなた方の傲慢、全て壊してあげましょう」

「ぬかせ。吠え面かかせたるわ」

「あぁ…胃が痛い…」

 

 相変わらずオレを置いてけぼりにしている気がするが、まぁ良い。

 

 何はともあれ、自己紹介もすんだんだ。さっきまで地獄みたいな空気だったが、これで少しは仲良くなってくれるだろう。

 実際、出会った当初よりかは穏やかな空気が流れている気が…

 

「取り敢えず、マスタードさんにしっかりと稽古をつけて貰わないとな。これ以上いがみ合うと、企画したアクサキが悲しむ」

「む… そうやな、それだけは避けな。命拾いしたね、まな板ちゃん」

「…まぁいいでしょう。()()()()()()()()楽しい修行旅行(ハネムーン)を、無駄にしたくはありません。あなた方。くれぐれも邪魔をしないように」

 

…仲良くなるよね?

 

「頼むぜ兄弟子姉弟子。この道場にいる限り、あんたらの方が上なんだから仲良くするよう言ってくれよ」

 

「嫌に決まっているでしょう、貴方の自業自得ですこの人たらしが」

「完全に勝てっこない奴ら連れてきやがってェ…せっかく上玉見つけたと思ったのに、これじゃ無理だなァ。サラバうちの春…いや、こっそりコイツの食事に盛ればワンチャン…?」

 

 だからオレが何したっていうんだよ、チクショウ。

 




えー、真面目な話をしますと、最近というかここ半年ぐらいマジで忙しくなってきて、尚且つモチベも上がらないという最悪の状態でした。言い訳言っていいわけって感じですが、事実なのですいませんというしかありません。笑うところですよ。
この忙しい日々がいつ終わるか分かりません。今回並みに間が空いてしまうかもしれません。皆様にはご迷惑をお掛け致しますが、何卒、温かい目で見守ってくださいまし。

え?人物紹介はどうしたって?

…感の良いガキは(ry


アクサキ
ジョウト地方出身。友達大好きっ子。アカネ、ハヤトと共にジョウト地方を旅した。二人の事は大親友だと思っている。
最近はサイトウの家に行き、朝食を作ってからバトルするという一連の流れが出来上がっている。
食事以外にも掃除、洗濯、買い物に、おやすみ前のマッサージまでこなしており、周りから通い妻と認識され始めた。 本人の前で言うとグーパンが飛んでくるので注意。ニット帽とマリィに聞かれてもバッドエンド。
疲れてベットに倒れ込んだサイトウをマッサージしている時(特に下半身辺り)、凄く変な気持ちになったそうだ。おや?アクサキの様子が…

サイトウ
ラテラルタウンジムリーダー。最近忙しくてアクサキと遊びに行けない上に、ライバルの追加でストレスがやばい。
アクサキが通うようになってなかったら大変なことになっている。アクサキが。
少しでも彼と触れ合うとマッサージを頼んだ時、ダメ元で際どい所を押すよう誘導したら「こここるのか」とか言って躊躇なくいかれ、ビクビク震えるのを痛気持ちいいと勘違いしたアクサキが日頃の恨みを思う存分晴らした為、生き地獄を垣間見た。
コイツマジで押し倒してやろうかと思ったが、腰が抜けて実行に移せなかったらしい。
次こそはと狙うも、何故だかアクサキが誘導に引っ掛からなくなり、泣く泣く枕と下着を濡らした。
次の日洗濯ものが多くなってアクサキに怒られた。

アカネ
コガネシティジムリーダー。アクサキの同期であり旅の仲間。
アクサキ大好きっ子その1。
協定は彼女とミカンで作った。ジョウトの有力者でアクサキを全力で囲もうとしている。
アクサキの親への挨拶も済んでいる為、現時点で一番可能性が高い(成功するとは言っていない)。
ご自慢のダイナマイトでプリティなモノでアクサキを誘惑するが、効果があった試しがなく、海に行った際に水着で抱きついたが暑いと言って相手にされなかった時は、ショックと共に謂れのない暴力がハヤトを襲った。

ハヤト
キキョウシティジムリーダー。アクサキの同期であり旅の仲間。ファザコン。
アクサキ大好きっ子その2。
アクサキの1番の親友兼ライバルとして、常に彼のことを大切に思っている。
作中で見せたサイトウに見せた牽制は、貴重なポジションを他の人に取られまいという気持ち故に起こした可愛らしい抵抗である。よく勘違いされるが、恋愛感情はない。残念。
苦労人であり、苦労人である。アカネの暴走を抑え、人たらしなアクサキが起こしたあれそれの仲介に入り、対処している超重要人枠。
それでも次々と降りかかってくる問題に一時期胃薬とアクサキが離せなくなった。

セイボリー
今回の被害者その1。可愛い弟弟子が厄介事背負って突っ込んできた。
アクサキがヨロイ島に来た時に勝負を仕掛けたが、コテンパンにされた。エスパータイプなのにアクサキに挑んだのが間違い。
その後色々と燻ったが、アクサキと修行を続けていくうちにアクサキ持ち前の気持ちの良さと過去を知り、また自分の超能力を認めてくれた為、和解していった。
今はエスパータイプのジムリーダーになる為、猛勉強&修行をしている。

クララ
今回の被害者その2。春がきたと思ったら一瞬で過ぎて行った。
アクサキがヨロイ島に来た時に勝負を仕掛けたが、普通に負けた。普段サイトウにボコられている分弱く見えるが、ジムリーダー見習いに負けるほどアクサキは甘い男ではない。
その後色々と燻ったが、アクサキと修行を続けていくうちに、アクサキ持ち前の気持ちの良さと過去を知り、またアクサキが自分の歌を嘲笑わずに聴いてくれた為、和解していった。
今はどくタイプジムリーダー兼アイドルになる為、猛勉強&修行をしている。



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うそなき PP2/20

グルーシャちゃんくんに情緒やらナニやらをめちゃくちゃにされなかったものだけが私に石を投げなさい。


「なぁ」

 

 

 不意に、アカネさんに声をかけられた。

 

 

 ダイキノコを探す手を止め、振り返る。こちらを見ずに、生い茂る草をかき分ける横顔。ついでに揺れる豊満な臀部と胸部が見えた。

 

 舌打ちを抑え、返事をする。

 

「なんでしょうか?無駄口を叩く暇があったら探してください」

 

「アクサキ」

 

「はい?」

 

「アクサキのこと、どれくらい知ってるんや?」

 

 最初は、心底呆れてしまった。こんなくだらないことに作業を止めさせるなと。あまりにもマウントの取り方が安直だと思ったからだ。

 この牝牛もアクサキさんに惚れている。どうせ付き合いの長さを武器に私を牽制しようとでも思ったのだろう。

 

 そんなもの、いくらでも覆る。

 

 量より質なのだ。

 

 栄養が全てその駄肉に行ってるのか?

 

 すこしはよこせ。

 

 そう言って、私はアクサキさんとの相思相愛エピソードを語った。

 

 30分ほどたっただろうか。主だった出来事を喋り切って、どうだと言わんばかりに改めてアカネさんを見た。

 

 アカネさんは、真っ直ぐとこちらを見ていた。

 

 桜色の瞳が私を貫く。

 

「あんたはアクサキのこと、全然わかってへん」

 

 予想通りの言葉だった。

 

 ただ、その重みが違うような気がした。

 

 喉が詰まる。

 

「なにが…」

 

 言いたい。

 

 遮られる。

 

「全然わかってへん。上部だけしか見てへん。アイツの本質を見ようとせえへん。強いやつやと勘違いしてる」

 

「アクサキさんは強い方です。強くて、そして優しい。勘違いなどではない」

 

「そうやな、優しいで。アイツは優しい。そうそうおらへんよ、あんなええやつ」

 

 アカネさんが天を仰ぐ。昔のことを思い出すかのように、遠い空を眺める。

 

「でもな、強うはあらへんねん」

 

 そう言って、立ち上がった。ズンズンと私に近づいて、見下ろす。

 

 交錯する。

 

 「そやさかい、アンタには絶対に渡されへん。アクサキにとってアンタは毒や。一度摂ったらえずき出されへん、甘ーい甘ーい猛毒や。アンタとおったらアイツの心身ボロボロになってまう。それも本人すら気ぃつかへんうちに」

 

 訳が分からず、訳の分からない言葉で罵られる。

 

ーーーいや、訳の分からないなどと嘯うそぶくことはよそう。

 

 とぼける時間はもうおしまいだ。

 

 だってそれは、紛うことなき事実なのだから。

 

 見ないように、気づかないように先延ばしにしたものが、今となってやってきたのだ。

 

 

「ジムチャレンジは諦めてもらう」

 

 

 特大の利子をつけて。

 

 

 かりそめの幸せが瓦解する。

 

 

 

 

 

 

 

「アクサキはさ」

 

 

「もう、バトルはやらないのか?」

 

 

 それは、よく晴れた昼下がりのこと。

 ポッポがさえずり、バタフリーが優雅に飛び交い、キレイハナたちが踊り出す。

 

ーーーそんなよくあるジョウトの日常、その一幕。

 

 ハヤトとアクサキは、キキョウシティの近くの森の、ひときわ大きな木の上で寝そべっていた。

 

「…今さっき人のことボコボコにしておいて、なんか言ってらァ」

 

「おいおい、拗ねるなよアクサキ。真面目に答えてくれ」

 

「答えるも何も、質問の意味がわかんねー。眠いから邪魔すんな」

 

「そんなに引き摺るなよ、悪かったって」

 

「…ふんっ」

 

 アクサキはまともに取り合わず、帽子を深く被り直した。

 それもそのはず。彼らはつい先程まで6対6、フルパーティでの対戦を楽しんだばかりだった。

 

 結果はアクサキの完敗。

 

 ヘルガーで攻め、ブラッキーで受ける戦法こそよかったものの、それだけでハヤトのパーティを突破できるほどの破壊力はない。ヘルガーと並ぶほどのアタッカーと、それらを支えるサポート役が足りなかった。

 

 実家から来てもらったオクタン、イワーク、パルシェン、フォレトスも決して弱いポケモンではないが、彼らは普段は畑仕事に従事している。いきなりバトルで活躍しろと言われても、土台無理な話。

 

 アクサキがハヤトのポケモンを一体倒す頃には、パーティの半分が機能停止していた。

 

 そんな惨劇のクールダウンとして、ハヤトが連れてきたのが街を一望できるこの大きな木の上なのである。アクサキが悪態づくのも無理はなかった。まだまだ肉体的にも精神的にも大人と言えない彼は、負けて機嫌が悪いのだ。

 

「そういう意味じゃないんだがな…」

 

「はぁ?じゃ、どういう意味だよ」

 

「そのままの意味だよ」

 

「なんだそれ」  

 

 そよかぜが吹く。木々を優しく揺らし、木漏れ日がチラチラと柔らかく2人を包む。どこからかサクラの花びらが飛んできて、アクサキの鼻に降り立った。

 

 とても気持ちの良い日だ。雲一つない晴天。

 

 友の門出を祝うにはこの上ない、絶好の日。

 

 挨拶巡りに行った。思い出を語った。負けてしまったがバトルもした。あとは最終手続きをしに行っているアカネと合流して、打ち上げやって、2人を送り出すだけ。

 

「しかし、懐かしいな。みんなでジョウト中を巡ったのも、もう3年前か」

 

「もうそんなにたったのか」

 

「早いよな」

 

「あぁ」

 

「楽しかったよなぁ」

 

「あぁ」

 

「みんなで色々やってさ、初めの一歩を踏み出したと思ったら、もう終わってやんの」

 

「あぁ」

 

「ガキどももすっかり大きくなっちまってさぁ。特にチョウノとタツタ!背だけじゃなくてバトルも一丁前に成長してやがるし、ありゃ将来が楽しみだな。反抗期に片足突っ込んでたのはちょっと寂しかったが…」

 

「あぁ」

 

「それにいつのまにか数も増えてたしなぁ。このまま行ったらタイプの数だけ弟妹ができちまったりして。んなわけないか!ガハハハハ!」

 

「あぁ」

 

「ハハハ…ハ…」

 

「……」

 

「……」

 

 それなのに、弾まない会話。空回りする笑い声。これまでの仲がウソかのように気まずい空気が流れて、やがてアクサキは口を紡ぐ。そしてため息を吐いた。

 

 ため息を吐いて、チラリとハヤトに目をやる。 

 ハヤトは遠くを眺めていた。どこか懐かしい香りが漂ってくる故郷よりも、もっと先を。蒼く澄み渡る空を。じっと、じっと。 

 

 (これから人の上にたつってぇのに、なんて面だ)

 

 アクサキは心の中で独り言ごちる

 

 ハヤトとアカネは1年間の旅を通して8つのバッヂを集め、ポケモンの知識を蓄え、バトルの腕を磨いた。

 大小関わらず大会では好成績を収め、ジョウト地方のポケモンリーグとも称されるシロガネ大会では決勝リーグまで進出。

 ハヤトが優勝、アカネが準優勝と、若輩ながらも快挙を成し遂げる。2人の決勝戦は大変な盛り上がりをみせ、視聴率が3割を超えるほどに白熱したものだった。

 

 そんな2人の血が滲むような努力が実り、リーグ委員会(ジョウト支部)からそれぞれひこう、ノーマルタイプのジムリーダーに任命され、今に至るのである。

 

 しかし、本来ならば夢が叶った幸福感に染まっているはずの横顔は、耐え難い苦痛を受けているかのように歪んでみえた。

 

 勘弁してくれと、アクサキはまたため息を吐いた。

 

「不安かよ」

 

「あぁ…あぁ?何が?」

 

「何がって、そりゃジムリーダーのことだよ。来週からだもんな」

 

「いや、あぁー…まぁそうだな」

 

「気にするこたぁねぇよ、胸張っていけって。長年の夢が叶ったんじゃねぇか。お前のオヤジさんも喜んでるよ」

 

「…そうかな」

 

「そうだよ。『空の男になれ』って約束、立派に果たしてんだろ」

 

「だといいんだが…」

 

「大体な、お前はくよくよ考えすぎなんだよ。米も炊けねぇ半人前のくせに」

 

「……米は関係なくないか」

 

「大丈夫だってお前の実力なら。1番近くで見てきたオレが言うんだから間違いねぇって。なんならオレも手伝うからさ。バトルは無理かもしれねぇけど、書類整理とか結構得意だぜ、オレ」

 

「……」

 

「ま、そもそもオレみてぇな野郎がジムトレーナーになれるか怪しいけどな、人相悪いし!そん時は裏口入社させてくれよ!ガハハハハ!」

 

「……」

 

「おーい、笑う所だぜー今のー。おいおーい」

 

 あの手この手でハヤトを元気付けようとするアクサキの努力虚しく、ハヤトは俯いたままそよ風に吹かれている。万策尽きたアクサキも、気疲れでゲンナリしていた。

 

 どれほどの時間が経っただろうか。

 

 バトルで流れ出た汗はすっかりと冷えた。暖かくなってきたとはいえまだ若干の冷たさを残している風が更に体温を奪っていく。このままでは風邪をひきそうだ。そろそろ降りるべきだろう。

 アクサキは帰宅の準備を始めた。

 鼻歌混じりに、軽い足取りで。まるで、何もなかったかのように。

 

 だから、決壊した。

 

 

「アクサキはさ」

 

 

 ハヤトがポツリと、呟いた。

 

 ともすれば風にのって消えてしまいそうな声で。

 しかし、ぼうふう雨のような荒さを持ち合わせながら。

 

 

「もう、バトルはやらないのか…?」

 

 

 瞳を揺らしながら、言った。

 

「あーもう。だからそれどういう意味ーーー」

 

 

「三年」

 

 

「あ?」

 

 

「三年だ」

 

 

 

「旅を終えてから」

「夢を誓ってから」

 

 

「お前がセブンバッヂになってから」

 

 

「もう三年経った」

「なぁアクサキ」

 

 

「イブキさんには、いつ挑むんだ?」

 

 

「ーーーぁ」

 

 

 周囲の温度が、一段階下がる。

 踏み込んだ内容、アクサキの地雷を的確に踏み抜いて詰めてくるハヤトに、アクサキは困惑し立ち尽くす。

 

 膝を抱えたまま、ハヤトは動かない。それなのに、壁際までジリジリと追い込まれていると錯覚するほどの圧力がアクサキを襲っていた。

 

「慎重に進めるべきである事だと、俺もアカネもわかってるんだ。あんなこともあったし、無理は禁物だという事もわかってる」

「お前にはお前のペースってものがあるし、横から口を出すべきじゃない」

「そんなことはわかってる」

「でも」

 

 

「もう、そろそろ本気出してもいいんじゃないかな」

 

 

 そう言って顔を上げたハヤトをみて、アクサキは絶句した。

 能面のように感情が見えない顔、惚れ惚れするように綺麗な空色の瞳には暗雲が立ちこみ、グラグラと揺れている。

 

 マズイ。

 

 本能が警鐘を鳴らす。

 

「何、言ってんだテメェ…オレは十分本気で」

 

「嘘をつくな」

「お前があの程度なわけがない。いくら即席のパーティだからとはいえ、たった2匹で勝てるはずがないんだ」

「キレを、勢いを」

「なにより勝利に対する執念を、昔まえに比べてほとんど感じなかった」

「そもそも、なんで今だに即席のパーティなんだ。昔のお前なら、すぐに草むらへと繰り出していたはずだ」

「なぁ、どうしたんだよアクサキ。どうしたんだ」

「俺と(しのぎ)を削っていたお前は、どこにいってしまったんだ」

「あの時の気持ちはもうなくなったのか」

「諦めないって言葉は嘘だったのか」

「答えてくれよ、アクサキ」

「なぁ」

「アクサキ」

 

 

「どうしたら、ポケモンバトルをしてくれるんだ?」

 

 

 反応できたのは、ほぼ奇跡のようなものだった。

 

 あるいは経験が活きたのか。

 

 反射的に駆り出されたネストボールが、ハヤトの背後から飛び出してきたオニドリルと衝突する。

 

 回転するクチバシに当たったボールは砕けちり、中から飛び出してきたイワークがその巨体とぼうぎょ力をもってアクサキを守る。

 

 重さと衝撃に耐えきれなくなった枝は音を立てて折れ、重力の赴くままに落下する。アクサキはイワークに咥えられ、ハヤトはエアームドに捕まりながらゆっくりと下降。

 

 両者の体勢が整ったのは、いつのまにか出てきていたネイティオのみらいよちがイワークを沈めたときだった。

 

 受け身を取りながら、倒れ伏すイワークを新品のボールに戻し、礼を言う。

 さすがは畑四天王が一角。戦闘不能になる直前までアクサキを守りながら、無事に着地させた。ステルスロック等の牽制行為もしっかりとこなした彼は表彰ものだろう。

普段は仲間から「図体だけ」「きのみを奪とりにくるポッポのたいあたりの方が痛い」「大人しくディグダだけ連れてきてくれ」「今日もゼニガメから逃げ帰ってきたんすかwww」と散々な彼は、渾身のドヤ顔をかましながら後続へとバトンを渡した。

 なお、エアームドのきりばらいにより一瞬でステルスロックは消失した。世の中は非情である。

 

 ハヤトが場を整えている間に、アクサキはパルシェンとオクタン、フォレトスを出して守りを固める。

 

 パルシェンとフォレトスが前に立ち、オクタンが後方で控えるてっぺきの布陣。ルールが存在するポケモンバトルではみせない、野生を全面に出した彼らに、ハヤトは身を引き締める。

 

 覚悟の上だった。彼らが殺気を浴びせてくることは。彼らにとってはアクサキは大切な家族。家族がひどい目に遭わされたら怒るのは当然のこと。今も、それぞれが顔を真っ青にしたアクサキに寄り添いながら、背筋が震えるような眼で睨んでくる。

 

 よりにもよってなんでおまえがと、睨んでくる。

 

 それでもハヤトは止まらない。止まるわけにはいかなかった。

 

 心の臓へと放たれたオクタンほうを避けながら、一歩踏み出す。

 

 

「弱くなっていくお前なんて見たくないんだ」

 

 

「傷付くお前を助けられないなんて、嫌なんだ」

 

 

 震え、滝のように汗を流しながら荒く息を吐くアクサキ。ハヤトは淡々と言葉を投げかける。

 

 

「俺はもう迷わない」

 

 

 執拗に、徹底的に攻め上げる。一つ、また一つと、ポケモンだけではなく、アクサキの持っているモノまで削りおとす。傷を上書きする。

 

 

「ジムリーダーになる者として、最初の責務を果たそう」

 

 

「引退しろ、アクサキ。トレーナーカードを置いてくれ」

 

 

「お前に、バッヂは渡せない」

 

 

 そうして、目の前がまっくらになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そこまでだ」

 

 気付いたらハヤトさんに背後を取られていた。  

 

 アカネさんとの戦闘中、しつこく粘ってきたミミロップにトドメを刺し、あとは司令塔を拘束するだけだった。勝ちを確信し、対策もせずに詰め寄ったのが仇となったのだろう。その一瞬の気の緩みで、身動きを取れなくされた。

 

 首筋にピジョットの翼を突きつけられる。カイリキーとカポエラーは動かない。動けない。動いたらどうなるか、分からないほど私の手持ちは愚かではないからだ。

 

 さらにはオオスバメとドードリオがいやらしい位置に陣取っている。唯一ボールを繰り出せる位置だ。無理して手持ちを出しても、初撃を取られ、どちらにしろ不利。完全に主導権を握られた。

 

「すまない、随分と頭に血が上っていたようだったからな。少々手荒だが、止めさせてもらった。悪く思わないでくれ」

 

「それはどうも。それはそうと、ピジョット、オオスバメ、ドードリオはガラルへの入国を禁じられているはずですが」

 

「俺はジムリーダー。信用があるからな、ちゃんと申請すれば許可が降りる。そこらの…有象無象とは訳が違う」

 

「…それは誰に対しての発言ですか?」

 

「俺に聞くより、自分の胸に聞いたほうが早いと思うが」

 

 身体中の血液が沸騰するかのような感覚に陥る。が、それによりも彼の言った事を理解してしまう自分に嫌気が刺した。

 

「来るのが遅いねんハヤト。どこほっつき歩いとったんや」

 

「うるさいぞアカネ。勝手に突っ走って自爆した奴に文句を言われる筋合いはない。俺が止めなきゃ明日の朝刊の一面飾ってたぞ」

 

「そらそれでアクサキの記憶に一生刻み込まれるさかい別にかまへんけどな。棺桶にはオクタン堂のたこ焼き入れといてや」

 

「断る。アクサキの悲しむ顔なんて見たくない。ほら、かけらとキズぐすり。サイトウ、キミにも」

 

「ありがとうございます…。流石にそこまでするつもりはありませんよ」

 

「嘘つかんといてや。ウチに当てる気満々やったやろ。こんな美人に躊躇いのう攻撃してくるなんて、どこでそのきもったま学んできたん」

 

「どのような状況でも対応できるよう日々精進しておりますので」

 

「怖いわぁ最近の子。なおさらアクサキのこと任せられへん」

 

「その言葉、そっくりそのままお返ししますよ」

 

「…はぁ。ピジョットたちも、もういいぞ。戻れ」

 

 ハヤトさんが手持ちを戻す。自由になったが、ここでもう一度バトルを仕掛けるなんて無粋な真似はしない。双方に利益がない。私も手持ちを戻し、ボールに安全ロックをかける。

 

 背中に張り付いていた殺気も、冷え込んでいた空気も霧散する。ひとまず、この場で血が流れることはなくなった。ハヤトさんもアカネさんも対話の姿勢をとっている。

 

 ひとまずここは落ち着くべきだ。

 

「ほら、アカネも立て。いつまでも半べそかいてると跡残るぞ」

 

「ええもん、それでアクサキに心配してもらうんや。いーこいーこしてもらうんや。そのまま昔みたいに膝枕やらしてくれたりしてぐふふ」

 

「…どうやら栄養が頭に入ってないようですね。だらしのない身体になる訳だ」

 

「の割には、まな板ちゃんはお尻もお胸も足りてへんようやな。カッチンコッチンで、どうやったらそれでアクサキを受け止めてやれるん?」

 

…………よし。

 

「カイリキー、彼女のダイエットに貢献してあげなさい」

 

「ミルタンク、格差社会の哀れな被害者を軽う揉んだれ」

 

「揉んでも意味なんてありませんでしたよ!」

 

「そういう意味ちゃうわ!」

 

「だからお前らやめろって…はぁ…胃が痛い…」

 

 こうして、集中の森は地獄と化した。

 

 

 

 それが今朝の出来事になる。

 

 

 

「で?なにか?それでダイキノコも取らずにノコノコ帰ってきたってぇことか、テメェは?」

 

「…面目ありません」

 

「ハッ!元気があって大変よろしいことだな、ジムリーダー様よぉ、え?おい」

 

 いつもと違い、おこっているアクサキさんが、顔に雑に消毒液を塗ってくる。

 

 あのあと、取っ組み合いのケンカにまで発展した私たちは、再度ハヤトさんに止められ(その際に2回ほどハヤトさんが宙を舞った)、渋々ながらも道場に戻った。ダイキノコを集めることなどすっかり忘れて。

 

 待ち受けていたのはもうそれは思い出したくもないほどの説教、説教、説教。ミツバさんには死ぬほど絞られ、マスタード師匠には爆笑された。

 

 そうして、アカネさんと私の間には1日の隔離命令が出され、今に至る。

 アカネさんは最後までアクサキさんに治療してもらおうと縋り付いていたが、笑顔のミツバさんとハヤトさんに連れて行かれた。目が笑っていなかった。

 

「っぅ…アクサキさん、もう少し優しく塗ってください」

 

「ウルセェ。やってもらえるだけ有難いとおもいやがれ。ボロボロになって帰ってきた時、オレがどれだけ心配したかもしらねぇで」  

 

「心配してくれたんですか」

 

「するに決まってんだろ。…なに嬉しそうにしてんだテメェ」

 

「顔に出ていましたか」

 

「相変わらずの鉄仮面だがな。はぁ…ったく、慌てて損したぜ」

 

「おたま持ちながら転ぶアクサキさんも可愛かっッッッダァ!?」

 

「はーいお薬ふやしておきますねぇ。包帯も、巻いてっ、あげますからねぇっ!」

 

「優しく!優しくお願いしますっ!?」

 

 圧迫止血も真っ青なアクサキさんからの愛包帯を受け止める(少し力を入れたら弾け飛んでしまった。引いてるアクサキさんの顔も可愛かった)。

 その後も手際よく治療される。治療行為ゆえに彼との距離が近い。すごく良い匂いする。そういえば匂いを好ましく思える相手とは身体の相性バツグンとかなんとか…優しい手つきで身体を触られているとか実質前戯では?一生続かないかなこの時間。

 

 などと思っていると、不意に肩を引かれた。考えごとをしていたこともあり、バランスを崩して後ろから倒れる。しかし、その先に待っていたのは硬い床ではなく柔らかく温かい感触。アクサキさんの太もも、いわゆる膝枕。

 

 膝枕。

 

「…ハッ。よっぽど疲れてんだな、テメェ」

 

 いつもなら逆に押し倒してくるのによぉ。

 

 突然の出来事にこんらんして固まる私をよそに、アクサキさんが言う。その綺麗な目を細めながら、優しく私の髪を掻き分け、撫でてくる。

 

「な、な、アク、サキさん」

 

「ほれ、動くな。くすぐってぇ」

 

「は、はい」

 

「ん。いい子だ」

 

 さらさら、ぐしぐし、ふにふに、ぺたぺた。

 

 髪を梳すき、頭を揉み、耳をつついて、頬を撫でられる。道場から吹き込む心地よい風に眠気を誘われ、しかし寝るのは流石に迷惑だと目を開けば、「ん?」と慈愛の表情で微笑むアクサキさんで視界が埋まる。

 

 快感と幸福で頭を包まれる。この暖かい胸の苦しみが、一生続けば良いのにと心から願う。

 

 今この瞬間だけは、ジムリーダーとしてのサイトウでも、武闘家としてのサイトウでもない。異郷の男性に恋する1人の少女として、私がいる。ここにいる。それがむず痒くも嬉しかった。

 

「気持ちいいか?」

 

「…はい、とても」

 

「そりゃよかった」

 

「以前から思っていましたが、整体師の経験がおありで?」

 

「昔、寝付けねぇって泣く弟にやってたんだ。そしたら他の奴らが、ずるいずるいぼくもあたしもって騒ぎやがってさ。数こなすうちに、自然とな」

 

「優しいですね」

 

「当ったりめぇだろ。地元じゃ仏のアクサキで名が通ってたんだ」

 

「…私も、貴方みたいな兄が…欲しかったです」

 

「…テメェみたいな出来の良い妹なんざゴメンだね。兄貴の立つ瀬がねぇだろうが」  

 

「兄さん」

 

「やめろ、すげぇむず痒い」

 

「結婚しましょう兄さん。法律なんて壊して、共に愛し合いましょう」

 

「しかも兄離れできてねぇタイプかい。ガキたちにもよく言われたわそれ」

 

「その話詳しく」

 

「急に落ち着くな。あとその目やめろ。怖いから」

 

「むぐ」

 

 頬を強く揉まれる。意外に男らしいごつごつした手。たくさんの豆跡と細かい傷がある、努力の手。

 その中に、一際目立つ大きな裂傷痕に目が止まる。

 

「気になるかよ」

 

「あ、いや…すみません」

 

「謝んなくていい。目立つもんな、顔のやつと合わせてさ」

 

 そう言って、顔の中心にある大きな傷跡をなぞる。その時、決まってこの人は寂しそうな、悲しそうな顔をする。そして、それを誤魔化すかのようにふざけて笑うのだ。

 

 それが、堪らなく嫌だった。どうしてそんな顔をしなければならないのか、誰がそんな顔にさせるのか、怒りすら湧く。

 そしてそれ以上に、自分なんかが触れてしまったら、もっと悲しませることになるなどはないかと。

 言い訳をし、怖がり、何もできない自分に嫌気がさした。  

 

 

『ジムチャレンジは諦めてもらう』

 

 

 だからこそ、踏み込んだ。

 

 今こそ勇気を出す時だ。

 

「アクサキさんは…」

 

「あん?」

 

「アクサキはどうして、そんな傷を負ったのですか?」

 

「そりゃあオレは男の中の男だからな、傷の一つや二つくらいないとカッコつかないというか」

 

「真面目に答えてください」

 

「ーーーいやまぁ、色々あったんだよ」

 

「その色々が聞きたいんです」

 

「おいおいサイトウ、随分来るじゃねぇの。意外と秘密話とか好きだったりするんだなお前も」

 

「…私には話せないのですか」

 

「話すも何も、大した話しじゃねぇからなぁ。ただ旅してる途中にミスって大怪我しただけさ」

 

 いつのまにか、アクサキさんの手は私から離れ、しきりにハンカチを握っている。

 どうやら、このまま続けても欲しい答えは返ってきそうにない。仕方ない。癪ではあるが、切り札を切るしかないようだ。

 

「アクサキさん、どうしても話していただけませんか」

 

「しつこいぞ、サイトウ。オレはなにもーーー」

 

「アカネさんと話しました」

 

「ーーー」

 

「彼女、いろんな話をしてくれましたよ。アクサキさんの小さい頃のことや、それこそ聞いてもないようなことすらたくさん」

 

「…あいつは喋るのうまいからなぁ。楽しかっただろ」

 

「ちっとも」

 

「手厳しいねぇ…で、なんの話をされたんだ」

 

 

 

「あなたのトレーナー人生を終わらせるため、ここに来たこと」

「そして、あなたを叩き潰すのに協力してくれないか、と」

「そんな素敵な話をしてくれましたよ」

 

 

 

「ーーーなるほど、な」

 

 大きく息を吐く。アクサキさんは、ひどく落ち着いているようだった。

 やっとか。

 そんな声すら聞こえてきそうなほどに、反応が薄い。あるいは諦観しているようだった。

 

「驚かないのですね。仮にもあなたの親友が、あなたを踏み躙ろうとしているのに」

 

「まぁ、な。アイツ…アイツらのことだし、アイツらなりの何か考えがあるんだろ。昔から、ちょっと視野が真っ直ぐいきすぎる所があった」

 

「なんでそんなに落ち着いているのですか。このままじゃ、貴方の大好きなポケモンバトルができなくなるのですよ」

 

「いや、そりゃオレだって嫌だけどよぉ。ジムリーダーのアイツらがいうんだから、そう悪いことにはならないと思うけどな、オレは。そんな悪い奴らじゃねぇことはオレが一番知ってる」

 

「ーーーっ、あなたのこと、弱いって言ってたんですよ!有象無象とも!」

 

「そりゃ、アイツらからしたらそれは唯の事実」

 

「ーーー〜〜ッッ事実なんかじゃない!!!」

 

「ーーーサ、サイトウ…?」

 

 気づけば起き上がり、アクサキさんの肩を掴んでいた。押し倒す勢いで彼の瞳を覗き込む。珍しく弱々しい色をした目に、今回ばかりは怒りが湧いた。

 

「アクサキさんは弱くない!強い人だ!毎日毎日努力を欠かさなくて、決して諦めなくて、優しくて、親切で、根性があって、ちょっと粗くて不器用で、すぐ自分のことを後回しにするけど、それでもいつも周りを気にして、みんなが笑顔になるように立ち回ってくれて、こんな私にもかまってくれて、意外に身体ががっしりしてて、髪もサラサラで、いい匂いもするし、ふにゃりと笑う顔が可愛くて、それでいて真面目な時の横顔はおとぎ話の英雄のようにかっこよくて、なによりあなたはポケモンを愛している!」

 

「お、落ち着けサイトウ。衝撃の事実にオレ嬉しい通り越してついていけてないから」

 

「ジムリーダーのいうことだから間違いない?そんなものは知りません!私もジムリーダーです!誇り高きガラルの若きジムリーダー!向こうがあなたを否定するなら、私があなたを肯定します!あなたは強いトレーナーであると!」

 

「え、う、うん。あ、ありがとう?」

 

「だからアクサキさん…そんな顔しないでください。そんな悲しいこと言わないでください。普段のあなたのように、そんなの鼻で笑い飛ばしてくださいよ。いくら大切なご友人だとしても、やっていいことと悪いことがあります。今回は悪いことです」

 

「だ、だがよぉ」

 

「大丈夫。もし向こうが実力行使をしてきても、必ず私がアクサキさんを守ります。守って見せます。指一本触れさせません。あなたの前に立ち続けます。だからお願いです…諦めないでください。まだ私との勝負、終わっていないんですから」

 

「……」

 

 目を瞑って深く考え込むアクサキさん。何秒、何分、あるいは何十分経っただろうか。しようと思えばキスができるような近さで固まる私たちが動き出したのは、アクサキさんの深い深いため息と優しい抱擁だった。

 

「わかったわかった。とりあえず、テメェがオレのこと凄く認めてくれていることは伝わったよ。正直嬉しい。ありがとな」

 

「なら…」

 

「あぁ。正直お前の話をどこまで信じていいかもわかんねぇし、そんなことになると思えねぇけど、もしそうなったらオレなりにやってみるよ。勿論、サイトウにも頼らせてもらう」

 

「本当ですか。嘘じゃないですよね」

 

「ほんとほんと。嘘じゃねぇから。だから一回離してくれ。オレからやった手前言うのもなんだが、テメェの力で抱きしめ返されると背骨が折れる」

 

「あともうすこしだけ」

 

「サイトウ」

 

「…わかりました」

 

 名残惜しいがアクサキさんから離れる。なにより、話の流れが良い方向に向かって安心した。安心したとともに、どっと疲れと痛みが湧いてくる。

 

「あーあーもー、怪我人のくせに興奮するからだよ」

 

「すいません。つい」

 

「つい、じゃねぇ。テメェ風呂入り直してこい。汗かいちまってて包帯が巻きにくい」

 

「お風呂入ってきたら、膝枕、またやってくれますか」

 

「んなもんいくらでもしてやるから、早く行ってこい。汗冷えて風邪ひくぞ」

 

「すぐ戻ります」

 

「肩までしっかりつかれよ。オレ布団敷いとくから…てかアイツ、傷の話は聞いていかなくてよかったのかなぁ…まぁいいか」

 

 アクサキさんは優しい人だ。優しく、心の強い人。

 だからこそ、私が彼を支えなければ。絶対に、彼らに彼を渡さない。

 

 決意を胸に、私は浴場まで向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それにしても、『守る』かぁ…」

 

 

 

 

 

 

 




本当に長い間お待たせいたしました。剣盾どころかSVが発売されてしまいましたね。時間を作る、時間を決める、そしてその間で作品を完成させる。この三つがとてつもなく難しくなってきた今日この頃です。
さて、ほぼ休止といってもいいんじゃないかなと言うぐらいには時間が空いてしまったこの作品。すっかり話を忘れてしまっているという方も多いと思います。自分も何回も見返しました。見返して手直しもしました。設定も少し(あるいはだいぶ)変わりました。サイレント修正してました。あまりにもひどすぎて。ご了承してくださいお願いします(土下寝)
そんな作者なにやってんだお前ェ状態にも関わらず、感想で生存確認を行ってくれた方々には頭が上がりません。ほんとにありがとうございます。あれなかったらマジでモチベが終わってました。

こんな感じのグタグタ作品ですが、少しでも皆さんの暇をつぶせたら幸いです。最近は暑い日が続き、なおかつ風邪も流行ってまいりました。皆さまもお身体にはお気をつけて、いつまでもグルハルを推し続けてください。ナンジャモ?お前は三十路であれ。四十路でもええぞ。


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