郡千草は勇者である (音操)
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第1話

始めまして、音操(ねく)と申します。
あらすじ部分に注意書きを書かせて頂きましたので、ご確認ください。


「ただいま」

 

扉を開けながらもそう言う。

1階建ての小さな貸家。そこが、私の家だ。

扉を開ければ、目に入るのは居間へと続く廊下と、居間に散乱するアルコール飲料の缶。

漂ってくる酒の匂いに顔を顰めて、チッ、と舌打ちをしながらも居間に入れば、いびきをかいて眠る男の姿。

30代の男性が、休日とはいえ夕方に晒して良い姿ではないだろう、と思う。

酔いに身を任せ眠っている男──私の父を起こさないように居間を通り、襖の奥へと向かう。

 

襖の奥の部屋には、1人の少女が居た。

イヤホンを耳に、携帯ゲーム機の画面に集中しているのが見える。

指の動き方からして、格闘ゲームをしているのだろう。

手にしていたビニール袋を床に置き、近づく。

床の軋む音に気付いたのか、それとも別の要素で気付いたのか。

ゲームを一時中断し、イヤホンを外して、彼女が顔をあげた。

 

「おかえりなさい、姉さん」

「ただいま、千景」

「……あの人は、どうしているの?」

「居間で寝てる。きっと夜まで……もしかすると、朝まで寝てるかもね」

「そう…静かで良い事だわ」

 

彼女は、郡千景。私の大切な妹である。

イヤホンをしてゲームをしていたのは、居間に居るあの人が酒を飲み何か世迷言でも言っていたのだろう。

ゲームに集中すれば、そんな事は気にならなくなる事を私たちは嫌と言う程に理解している。

 

「そうね、私もそう思う。あの人が散らかした居間を片付けたら、夕飯にしましょう」

「じゃあ、片付けは私が沢山するわね。姉さん、今日の夕飯は何かしら?」

「今日は、肉野菜炒めを作ろうと思うの…野菜増し増しだけどね」

「私は好きよ、姉さんの作る肉野菜炒め」

「千景にそう言われると、頑張ろうと思えるわ。さ、あの人を起こさないように、片付けをしちゃいましょう」

「えぇ、そうね」

 

私と千景に、母親と呼べる人は居ない。

父は今眠っているし、そもそも自分の趣味以外は何もしようとしない人だ。

故に、食事や掃除、洗濯などは私たち姉妹が自ら行わなければならない。

小学生の女の子がやる事ではないと思うが…もう慣れてしまった自分が居る。

 

「ねぇ千景。炒め物単品で出すのと、丼にするの、どっちが良い?」

「そうね……丼、かな?」

「分かったわ…あぁもう、まだ中身残ってるじゃない。捨てるとうるさいし、これは台所に置いておきましょう」

「姉さん、あの人の横にある本を取って貰える?元はこっち側に置いてあったはずなの」

「えっ、そうだっけ?」

「えぇ、そうよ」

「うーん……いつも掃除をしてる千景が言うなら、きっとそうね」

 

掃除は千景、料理は私。洗濯はその時その時、手が空いている方が。

何時の間にか、こういう役割分担で生活するようになっていた。

 

「部屋の換気をした方が良いわね…暑いし、酒臭いわ」

「じゃあ、台所の方で換気扇回すわね」

「窓も開けた方が良いかしら?」

「そうね。虫が入るから、網戸は忘れないで」

「蚊も多くなってきたものね……」

 

そんな事を言いながら、ビニール袋を手に台所へと向かう。

ビニールに入っているのは、あまり良い状態とは言えない野菜と、そこまで多くない肉。

肉が少ないのは予算の都合上だが、野菜が良い野菜ではないのは、私が好き好んで買ったわけでは無い。

良い野菜を持っていこうとすると、店主がうるさいからだ。

『阿婆擦れの子』『尻軽女の娘』と蔑まれ、『お前のような子が持っていって良いモノじゃない』と叩かれる。

それは面倒なので、自分でわざと小さいモノや色の悪いモノを選んで買う様にしている。

 

野菜の悪さを誤魔化すために、濃い味付けにした肉野菜炒め。

ロクに料理を習った事が無い小学生が作る料理だ、程度が知れている。

ご飯はこの前炊いた残りを冷や飯として残していたので、それを器に入れてレンジで温める。

取り出したご飯の上に、野菜炒めを盛りつけて居間へと運ぶ。

冷蔵庫に入れていた水出し麦茶を持っていけば、夕飯の完成だ。

 

「頂きます」

「はい、召し上がれ」

 

千景が一口、炒め物を食べる。それを緊張しながら見守る。

よく噛んで食べているその姿は、とても可愛い。

 

「ど、どうかな?」

「……美味しいわ。何時もと違う味付けなのね?」

「あ、分かる?ちょっと唐辛子とかニンニクとか入れてみたの」

「この味も、私は好きよ」

「そう?それは良かった」

 

千景が美味しいと言ってくれる。この味が好きと言ってくれる。

それが、私にとっての楽しみの1つだ。

こんな下手な料理でも喜んでくれるのが、とても嬉しい。

それと同時に、もっと良いモノを食べさせてあげたいな、と心の底から思う。

 

「千景、明日食べたいものは何かある?」

「そう、ね……姉さんが作ってくれるなら、何でも良いわ」

「そう?本当に何もないの?」

「だって、姉さんが作ってくれるのは、それまで食べてたインスタントとか、コンビニ弁当とかよりも、ずっと美味しいから。それに、私の嫌いなモノは出さないって、安心出来るし…」

「そっか……そっかぁ!もう、嬉しい事言ってくわねぇ千景は!」

「ね、姉さん、頭撫でるのは止めてよ……」

「もうちょっとだけ、もうちょっとだけだから!」

「もう、姉さんったら……」

 

困ったような、でも満更でもない、といった表情で撫でられる千景。

その顔を見て、私──郡千草は、満面の笑みを浮かべた。

 

 

 

――――――――――

 

 

 

2004年2月2日の23時。

もうすぐ日付が変わる、というその時に、私は生まれて。

2004年2月3日の0時。

日付が変わって直ぐに、千景が生まれた。

僅かな時間ながら、日付としては明確な違い。

故に、2月2日生まれの私が姉、2月3日生まれの千景が妹、という事になっている。

 

父と母は、恋愛結婚であると聞いた事がある。

親族は反対していたらしいが、それを振り切って2人は結婚。今住んでいる小さな貸家を借りて生活を始めた。

私と千景の誕生を、2人は祝福してくれたらしい。

 

私たち姉妹の仲は良好であった。

困っていたら互いを助け、時には喧嘩をして、でも仲直りして。

共通の趣味であるゲームで共闘し、対戦して。

ゲームのし過ぎで夜更かしをして、寝坊して母に揃って怒られた事もあったか。

慎ましくも、幸せな生活。それが、ずっと続くのだと、私と千景は信じていた。

 

でも、現実は違った。

 

全ての元凶は、どう考えても父だろう。

あの人は、心が体に追い付いていないとしか言いようのない人だ。

己の趣味を優先するが、家事は全く出来ず、家族への思いやりというものが無かった。

母が病気で倒れても何もせず、私たち姉妹どころか母の誕生日も祝う事は無かった。

結婚記念日をすっぽかして上司との飲み会に参加して、大喧嘩をしていた事も覚えている。

2人の怒鳴り声が響く家、部屋の隅で震えて泣く千景を、抱きしめて慰めた事も覚えている。

 

愛想を尽かした母が、不倫という行為に走ってしまったのも、無理は無かったのかもしれない。

私と千景に、『少し用事が出来たの。ゴメンね、これでご飯食べてね?』とお金を渡し、家を空ける事が増えた。

今よりもっと小さな子供だった私たちは、母の言葉を純粋に信じた。

あまり温かくないコンビニ弁当で夕飯を済ませるのは、あの頃の私たちには辛く、寂しいモノだった。

だけど、用事が出来てしまったのなら、仕方ない。そう思っていた。

 

母の不倫が父にばれ、それが広まってから、全てが変わった。

田舎の閉鎖された環境で、不倫という話題は一瞬にして広まった。

母が責められるのは当然の事で、父も立場がとても悪くなって。

そして、その2人の子供である私たちにも、影響が出た。

 

『あんな親の子供なんて、ろくな大人にならない』と教師にも見放され、学校ではいじめが横行した。

子供たちは皆、『淫乱女』『阿婆擦れの子』と、意味も分かっていないだろう己の親が言っていた言葉を私たちに言った。

私たちの持ち物が無くなるのは当たり前の事で、服をはぎ取られ焼却炉で燃やされた事もあった。

私がトイレに行っている時、千景を囲み、彼女の髪と共に耳を切って傷つけた事もある。

激昂した私が教室内を暴れまわった時、教師は私を責めた。実行犯の子供には何も言わなかった。

2人並んで階段を上っている時、突き落とされた事もあった。

千景には大きな傷は無かったけど、私は階段の段の角に頭をぶつけた時にそこが切れて、今でも痕が残っている。

右の眉の辺りから、5センチ程の長さの傷が耳の方へと伸びている。

千景がこの傷を見るととても心配するので、右目を隠すように、右側の髪は伸ばすようになった。

 

母が不倫していた男と共にこの村を抜け出した時は、恨むと共に羨ましく思った。

あの人には、行動出来る自由があった。

子供である私と千景には、抜け出すという行動に出られる程の自由が無かった。

出ていけるものなら出ていきたい。けれど、それをするには体力も、お金も、何もない。

止む事の無いいじめを、この村から抜け出せる日が来るまで耐えるしかない。

 

『あいつ、俺に押し付けて逃げやがった!』と、酔った父は頭を抱えて怒鳴った。

押し付けた、とは、私と千景の事だろう。

私たちが居なければ、両親は過去を捨てて新しい生活が出来ると考えていたらしい。

私たちの誕生を祝福した2人は、私たちの存在を呪った。

 

『姉さん、私たちは、疎ましい無価値な子なの?』と、一緒の布団に入った千景に言われた事がある。

私自身、それは思った事だ。私は生まれなかった方が良かったのだろうか、と自分の存在について考えた事がある。

でも、千景がそう言った時、私は真っ先に否定した。

 

『そんなことは無いわ』

『でも、母さんは私たちを押し付けて逃げてしまったわ…父さんも私たちを押し付けられたことに怒ってた』

『……千景、良く聞いて。確かに、あの人たちは私たちを疎んだわ。学校の子供たちは私たちを虐げるし、村の人たちは私たちを蔑む』

『……やっぱり、私たちは……』

『でもね、千景。少なくとも、私は貴方が居て良かったって、心の底から思ってるの』

 

千景の左頬に右手で触れ、優しく撫でる。

 

『こんなに可愛くて、綺麗で、優しい妹が居る……それが、嬉しいわ』

『姉さん……』

『千景は、無価値なんかじゃない。千景の事を、疎ましく思った事なんて、私は無いわ。たとえ世界中の人たちが貴方の事を否定しても、私は絶対に、貴方の味方よ』

『……ありがとう』

 

千景が、私の右頬に左手を伸ばす。

温かく、すべすべとしたその手で、そっと頬に触れた。

 

『私も、いつも私の事を気遣ってくれる、優しい姉さんが居る事が、とても嬉しい』

『そう……?ありがとう、千景』

『姉さんも無価値なんかじゃない。姉さんの事を疎ましく思った事も、私は無い……ゴメンね姉さん、さっきは、お互いの事を無価値で疎ましい存在だなんて言ってしまったわ』

『良いのよ、だってこうして確認し合えたじゃない。たとえ世界中の人たちが何と言おうと、私たちが…私たちだけが、互いの価値を知り、互いを必要としている。それが、改めて分かったわ』

『えぇ、そうね』

 

少し恥ずかしそうに、でも嬉しそうに、千景が笑ったのを、今でも鮮明に思い出せる。

千景は笑った後、私の方に寄り、私に抱き付いた。

 

『姉さん、今日はこうして寝ても、良いかしら……?』

『えぇ、勿論。私もギューッてしてあげる』

『……温かいわ』

『えぇ、とっても』

『おやすみなさい、姉さん』

『えぇ、おやすみなさい、千景』

 

左腕で抱き寄せ、右手で頭を撫でる。

数分もすると、静かな寝息が聞こえてくる。

それを確認し、千景を抱きしめたまま、私も目を閉じた。

 

あの日から、私達はもっと仲良くなれたと思う。

お互いに思っていた、己の存在に対する疑問。

それを解決する、己の存在を認めてくれる唯一の相手が居るというのが、とても嬉しかった。

少なくと、私はそう思っていて…千景も多分、そうなんだと思う。

仲良くなる、と言うよりも、依存と言うべきなのだろうか。

でも、そんな事はどうでも良かった。

あの日は、私にとっての『大切』を確認した日。

私はあの日、心に決めたのだ。

『この子の為に、私は生きよう。この子の為なら、何でもしよう』、と……

 

 

 

――――――――――

 

 

 

7月30日。

千景の頭を撫でまわした次の日、私と千景は地震の揺れで起きた。

僅かな物音で起きるようになってしまったこの身にとって、地震というのは刺激が強い。

微睡む事など無く一瞬で目が覚めてしまう。

幸い、揺れを感じるレベルでモノが倒れる事は無かったけど…

この時、私は嫌な予感を感じていた。

 

「千景。大きな地震の前には小さな地震が起きるって話もあるし、避難出来る準備だけでもしておきましょう。食料と水は私が見てみるから、千景は服とかタオルとかの用意をお願い出来る?」

「えぇ、分かったわ…あの人の分は、どうするの?」

「……一応、用意しておきましょう。あの人の事だから、避難なんて面倒だとか言って家から出ないかもしれないけど」

「……分かった」

 

家の食材を確認すれば、日持ちする食材というのはあまり無い。

缶詰が幾つかと、ビスケットや乾パンの類が数袋。

ペットボトルの水も数本、水出しした麦茶もあるが、そこまで多くは無い。

日頃切り詰めて、必要なモノしか買わない生活が仇となったか。

 

「……仕方ないわね。あの人の分を少し多めに確保しておいて、っと」

「姉さん、服は2着ずつ位あれば良いかしら?」

「そうね…取りあえず上下2着、下着は予備を多めに、かしら」

「ビニール袋とかも、用意しておかないとね……」

「歯ブラシとかも必要ね。必要なモノって多いわね、こうして考えると」

 

そんな事を言いながらも準備をしていると、2度目の揺れを感じる。

先ほどよりも大きいが、まだモノが倒れるほどではない。

しかし、あの人が起きてしまった。

 

「ん、んぁ……」

「あ、おはよう…父さん」

「おはよう、千草、千景……どうしたんだ、荷物なんて纏めて」

「地震がさっきから起きてるの。念のため、避難出来る準備をしてるわ」

「避難、か…この村の何処に避難するって言うんだ?」

「…当然、学校よ。避難所に指定されているし、私たちは学生なんだから」

 

当然、嘘だ。

学校なんかに避難しても、待っているのは針の筵。

そうと分かっているのに、誰が行くというのか。

 

「そうか……父さんは家に居るよ。どうせそこまで大きな地震じゃないだろうしね」

「まぁ、私たちもまだ家に居るわ。大きな地震が起きたら、避難するって形で」

「分かったよ」

「父さんの荷物も、ある程度纏めておいたわ。一応確認して、足りないものがあれば自分で入れてね」

「あぁ……ありがとう」

 

面倒くさそうに頭を掻きながら、あの人がそう言う。

それを確認して、私たち2人は奥の部屋へと移動する。

 

「あの人に言った通りよ。大きな地震が来なければそれで良い、来たら…あの場所に避難しましょう」

「えぇ、分かったわ…それまで、どうする?」

「まぁ、ゲームでもしてましょう。千景、何かやりたいゲームは?」

「……格闘ゲームで勝負しましょう」

「分かったわ、早速やりましょうか」

 

襖を閉めて、2人してイヤホンを付ける。

後はもう、ゲームに集中するだけだ。

千景の持つゲームの才は凄く、幅広いジャンルのゲームに精通している。

対して私は、格闘ゲームは千景程上手くはない。練習はしているけど、千景の方が一枚上手だ。

でも、だからといって負けっ放しというのは嫌だ。

こっそりと練習しているので、今日こそは勝ち越して見せる。

 

 

 

「むむっ……ッ、千景!」

「えぇ……揺れたわね」

「それも、結構大きいわ……千景、行きましょう」

「分かったわ、姉さん」

 

何度目かの敗北をし、もう1回と思った時、今までで1番大きく揺れた。

結構強い揺れに、更に大きな揺れが来た時危ないかもしれないと判断する。

千景と共にリュックを背負い、居間へと移動する。

そこには、揺れた後にも関わらず全く慌てた様子を見せない父の姿があった。

 

「父さん、私たちは避難しようと思うけど」

「そうか。父さんは家に居るよ。恐らくこれが本震だろう、きっと治まるさ」

「そう……揺れが続くようなら、まだあっちに居るわ」

「分かったよ」

 

適当に理由を付けて動こうとしないあの人は放っておいて、家を出る。

目指すのは、とある神社だ。

古く、手入れもされていないその神社は、隠れる場所として最適だ。

誰にも見つからないように、人気のない道を選んで通り、目的地である神社へと向かう。

物陰から覗いて、誰も居ない事を確認して境内へと入る。

 

「ふぅ……ここまで来れば、一安心かしら」

「姉さん、水を飲んで一息つきましょう」

「そうね」

 

適当な場所に座り、水を1口だけ口に含む。

ペットボトルを仕舞おうとすると、また揺れを感じた。

社がギシギシと嫌な音をたてながら揺れる。

 

「……社からちょっと離れた場所に居ましょうか」

「そうね、それが安全かも」

「取りあえず、夕方まで此処に居て、まだ揺れるようならもう暫く此処に居ましょう」

「そうね、あの人から遠ざかれるし……あ、姉さん。虫よけのスプレーをしておきましょう」

「蚊の多い時期だものね……」

 

 

 

結局、私たちは夜まで境内に居た。

地震が何度も起きて、起こる度に揺れが大きくなっていたのが原因だ。

持って来ていたビスケットを分け合って食べながら、静かに境内で過ごす。

時間つぶしにと持って来ていた携帯ゲーム機は充電が切れたので、本を読んで過ごしていた。

すると、今までとは比べ物にならない程の揺れが私たちを襲った。

 

「きゃっ!」

「千景!」

 

千景の身体を抱きしめる。

揺れの中、遂に社が耐え切れず倒れた。

 

「社が……!」

「手入れもされていなかったものね…あれ、あそこにあるのは、何かしら?」

 

揺れが治まった後倒れた社を見ていると、ふと千景が何かに気付いたらしく、恐る恐る近づく。

一緒に倒れた社に近づき、手を合わせた後倒壊した社を漁る。

すると、千景が何かを手に取った。

 

「なにかしら、それ……?」

「刃物、みたいだけど……社に置いてあったのだし、神様へのお供え物?」

 

古びている、さびた大きな刃物。柄が無い所を見ると、折れた刃なのかもしれない。

千景が両手で持たなければならない、かなりの大きさだ。

まじまじと刃物を眺める千景から視線を外し、社へと向ける。

今居る場所よりも奥の方に、何かがあるような気がした。

移動して漁り始めると、私もとあるモノを見つけた。

 

「千景、こっちにもあったわ」

「これも、刃物みたいね……でも、少し小さいわね」

「そうね。千景が見つけたやつよりも、一回り小さいかしら」

 

さびた刃物を、私も見つけた。

しかし、千景が見つけた刃物とは、違う所が結構ある。

全体的に一回り小さい、というのが大きな違いだ。

また、千景の持つ刃物は緩やかな曲線を描いていて、曲線の内側が刃となっている。

それに対して、私の持つ刃物は比較的真っ直ぐで、外側が刃になっている。

2つの刃物を見ながら違いについて考えていると、千景が少し悲しそうな表情を浮かべた。

 

「どうしたの、千景?」

「えっと、その……似ているな、って思ったの」

「似ている?」

「この刃は、誰にも見向きもされずに、ずっと此処に居たんだって思って……手入れをしてくれる人も、存在に気付いてくれる人も、誰も居ない」

 

ツゥと、千景の頬を涙が伝う。

 

「もし姉さんが居なかったら、きっとこの刃と私は本当にそっくりだったのね。1人で、打ち捨てられて……」

「千景……」

 

私が見つけた位置と、千景が見つけた位置からして、それなりに離れた場所にあったのだろう。

近くて、しかし動けない刃にとっては遠い場所。

もしかすると、壁一枚隔てて違う部屋に置いてあったのかもしれない。

同じ境遇の存在を知ることなく、孤独に長い時を過ごしていたのかもしれないと思うと……手に持つ刃の事を、私は他人の様には思えなかった。

千景が居なかったら、私もそうだったのだろうと、納得してしまったから。

千景が思ったように、私もこの刃達の事を可哀想だと思った。

指で軽く埃を払ってあげていると、何か温かなモノが、刃から身体に流れ込んだ気がした。

 

「……?何かしら、今のは」

「姉さん……?姉さんも、何か感じたの?」

「なにかこう、温かなモノが身体に入った気がして……千景も?」

「え、えぇ。偶然、かしら?」

「……分からないわね。でも、悪いモノじゃないような気がするの」

「私もよ」

 

どうやら、千景も何かを感じたらしい。

偶然とは思えないけれども……千景にも言ったが、悪いモノじゃない気がする。

あの、日の光のような優しい温かさは、むしろ安心感すら覚える。

 

「……姉さん。持ち帰る事は、出来るかしら?」

「この刃物を?」

「えぇ……このまま放っておくなんて、私には出来ないわ」

「……なら、もう少し遅くまで此処に居ましょう。あの人が確実に寝た後に家に入れば、怪しまれずに持ち込めるわ」

「そうね……ありがとう、姉さん」

「良いのよ。私もなんか、他人のようには思えないしね」

 

千景の提案を、私は受け入れた。

千景に言ったように、私はこの刃物の事をもう他人の様には思えない。

このまま放っておくなんて、私も出来なかった。

 

「この大きさだとリュックに詰める事も出来なさそうね。持って来ていたビニール袋にも入らないか。包んで持っていきましょう」

「直接持っていると、錆びているとはいえ指を切るかもしれないものね、そうしましょう」

「誰にも見つからないように、気を付けて帰りましょうね」

「分かっているわ、姉さん」

 

見つかったら、何を言われる事やら。

村の人には、絶対に見られるわけにはいかない。

そういう所を含めて、夜遅くに家へと戻ろうと思う。

1時間程更に待ってから、私たちは家へと戻った。

鍵を使って家に入ると、あの人は眠っているのが分かる。

起こさないように部屋へと入り、大きく息を吐く。

 

「ふぅ……なんとか、持ち込めたわね」

「えぇ。とりあえず、押し入れに入れておけばばれる事はないわね」

「あの人が押し入れを見るわけ無いものね」

 

そういう事で、持ち帰った刃物2つは暫く押し入れに入れておく事になった。

そこまで物も入っていない押し入れだ、2つの刃物を重ねることなく並べる事が出来た。

今日からは、この刃物達は1人ぼっちではない。

 

「疲れたわね、姉さん」

「そうね。金属の塊を持って歩いていたわけだし、疲れるのも当然よね」

「手を洗って歯を磨いたら、今日は寝ましょう……シャワーは明日で」

「賛成ね」

 

主に、腕が疲れている。

両手でとはいえ、金属の塊を持って歩くのは疲れた。

軽く汗を拭いた後、歯を磨いて手を洗い、布団へと潜り込む。

薄手の布団に、2人一緒に入る。時期が時期だけに暑いが、この方がグッスリ眠れるのだ。

 

「明日、学校の図書室とかで、錆の落とし方でも調べようかしら」

「そうね……あのままは、可哀想よね」

「えぇ。素人でも出来る方法は無いか、探してみましょう」

「じゃあ、明日の昼休みと放課後は、図書室ね」

 

学校の施設はあまり使いたくないが、調べものをするなら図書室だ。

我が家にはインターネットや携帯、スマートフォン等は存在しない。

いや、インターネット環境自体はあるのだけど、パソコン等は無い。ゲームのオンライン機能を使ったりする位。

なので、アナログな調べ方に頼るしかない。

刃を研ぐとかは出来ないと思うけど、せめて錆落としくらいはしてあげたい。

なんの本を調べれば書いてあるだろうか?錆落しまでの道のりは長そうだ。

 

「おやすみなさい、姉さん」

「えぇ、おやすみなさい、千景」

 

少しすると、千景がそう言う。千景が眠くなってきた合図だ。

私が返事をすると、安心したのか直ぐに目を閉じてしまう。

さらに少し時間が経つと、規則正しい寝息が聞こえてくる。

それを確認し、頭を優しく撫でてから、私も目を閉じた。




ぐんちゃんの誕生日という事で、チマチマと書いていたモノを投稿してみます。
数話分の描き溜めと、粗末なプロットだけの見切り発車。
これから頑張って書いて行こうと思うので、生暖かい目で見守ってください。
感想や評価などを頂けると作者が喜びます。
続きを書く気力が湧きます。タブン。


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第2話

しずくとシズクの誕生日記念で連日投稿です。
次回からは不定期な投稿となります。


『郡千草、郡千景。すぐ職員室まで来なさい。繰り返す。郡千草、郡千景。すぐ職員室まで』

 

刃を拾ったあの日から数日経過した、とある日の昼休み。

わざと少なく盛られた給食を食べ終え、千景と共に学校の図書館で調べものをしている。

そんな時、校内放送が流れる。

 

「わざわざ名指しで呼び出し……何かしら?」

「……行かなかったらそれはそれで面倒そうだし、行きましょう、千景」

「えぇ」

 

読んでいた本をしまって、職員室まで歩く。

嘲笑う声と汚物を見るような視線を無視して歩き、職員室のドアを叩き、中に入る。

 

「失礼します」

「来たか。取りあえず、奥の来賓室に行くぞ」

「はい」

 

面倒くさそうに頭を掻いた先生に付いて行き、来賓室へ。

初めて入る部屋だが、それなりに広かった。

中には、校長ともう1人、男性が居た。

神社などの神職の人、だと思う。

白を主とした色の服装を纏った人物が、来賓室の椅子に姿勢良く座っている。

 

「連れてきました」

「ありがとう、下がってくれ……2人共、まぁそこの椅子に座りなさい」

「は、はい!」

 

校長に促され、椅子に座る。

学校の椅子とは違い、固くないので妙に落ち着かない。

 

「ここに呼んだのは、こちらの方が君達に話があるという事でね」

「自己紹介をさせて頂きます。私、大社、と言う所から参りました」

「たい、しゃ……?」

「大きな(やしろ)……あぁ、社と言っても分かりにくいでしょうか。会社の社、です。そう書いて、大社と読みます」

「は、はぁ…」

 

千景が首を傾げる。

それを気にすることなく、大社と言う組織の人であるというその人は話を続ける。

 

「この度は、御二人にお話ししたい事がありまして、香川から参りました」

「香川から……遠くからわざわざ、お疲れ様です」

「いえ、お気遣いなく……校長先生、ここから先は、御二人と私のみでお話をさせて頂きたい」

「は、はぁ」

 

校長が、渋々と言った感じで退室していく。

それを確認した後、男性は元から良かった姿勢を更に正し、私たちを見る。

そして、深く、深く頭を下げた。

 

「郡千草様、郡千景様。御二人には、この世界を守る勇者となって頂きたい」

 

ゆうしゃ、ユウシャ……勇者、か?

頭の中で言われた単語を変換し、首を傾げる。

この人、頭がおかしいのだろうか?

 

「あの、勇者って、どういう事ですか?世界を、守る?」

「……御二人は、今この世界がどのような状況に陥っているか、知っていますか?」

「いえ、全然。インターネット環境も無いですし、新聞も取っていませんので……」

「そうでしたか、これは失礼。まずは、そこから説明させて頂きます」

 

男性は、私たちに様々な事を話してくれた。

私たちが刃を拾ったあの日――7月30日。

あの日、1日中ずっと続いていた地震は、日本中で起こっていたという事。

あの日の夜、この村には現れなかったが、化け物としか言いようのない存在、大社が『バーテックス』と呼称している存在が日本中に現れて、人々を襲っているという事。

バーテックスには銃火器などは通用しない事。

バーテックスに対抗出来るのは、特殊な力を宿した武器を持つ無垢なる少女、『勇者』だけであること。

全く事情を知らない私たちに、分かりやすいよう説明してくれた。

 

男性は、バーテックスという存在の写真を見せてくれた。

白玉に口が付いたような、と言えばとても可愛らしく聞こえるだろうか。

不自然なほど真っ白で、周りに移る逃げ惑う人々の大きさから比較すると、かなりの巨体だ。

そして……口からはみ出ている、人の腕と思われる物。

表面と同じく不自然なほど真っ白な歯に、真っ赤な液体が付いている…察するに、血だろう。

見ていて、少し喉の奥に込み上げてくるモノがあった。

千景も同じ思いなのか、顔を青くしている。

 

「子供に見せるには、刺激が強いかと思いますが……私共で入手した画像の中では、これでもまだマシなモノなのです」

「……こんな化け物が、日本中に…?」

「はい。つい昨日の事ですが、島根県から香川まで逃げてきた方々を、我々大社が保護致しましたが……話を聞くと、逃げてくる間に立ち寄った町は破壊しつくされ、そこに住む人たちも、もう…」

「そう、ですか……」

 

そう言うと、千景は俯いてしまう。

心優しい彼女の事だ。あの白玉お化け……バーテックスに襲われ亡くなった人たちの事を思い、悲しんでいるのだろう。

 

「あの、そんな化け物が居るのなら、なぜこの村は?」

「それは私にも分かりません。奇跡的に、としか……」

「そうですか…今も、バーテックスは日本中を荒らしまわっているのですか?」

「恐らくは。今、四国は『神樹様』とお呼びしている神様の力で、壁に覆われて守られています。直ぐにバーテックスが攻め込んでくる事はありません。しかし、壁の外では、バーテックスが人々を襲っており、地平の彼方には絶えず燃え続ける炎が見える他、日が昇らず常に夜空の如く黒い空が広がっていると」

「そんな……」

 

村の外……いえ、正確に言うならば四国の外、か。

外では、地獄のような光景が広がっているらしい。

そして、私は思った事を口にした。

 

「……こんな化け物を相手に、戦えと?」

「……」

「銃火器も効かない、人々を容易く噛み千切る事が出来る化け物を相手に……私と千景に、戦えと、そう言うんですか?」

「御二人には戦う力があると、大社の巫女が神託を受けました」

「私たちに、そんな力があると?」

「御二人は、7月30日のあの日に、何か変わったことが起きませんでしたか?特に、武具を手に入れられたとか」

 

男性の言葉に、緊張で身体が固まってしまう。

身に覚えのある事だ。

地震が起きて、神社が崩れ、そして、倒壊した神社の中から、私たちは……

千景も、同じことを考えたのか、顔をあげて男性を見た。

 

「咎めるつもりは一切ありません。ですので、教えて頂きたい」

「本当、ですね?」

「はい」

「……あの日、村の外れにある神社に避難していました。その神社が地震で倒れて、その中から、古く錆びた刃を見つけました。触れると、とても温かなモノが体に流れ込んできて……それだけです」

「今は家に保管してます……それが、何か?」

 

私と千景の言葉に、男性は納得したような表情を浮かべた。

 

「御二人が拾われた刃、そして流れ込んだという温かなモノ。それこそが、勇者として選ばれた証です」

「あの錆びた刃が、勇者の証……?」

「私共で現在把握している、勇者として認められた方は6人。昨日保護した、島根県からの避難者を道中バーテックスから守り通した方。7月30日、あの日に奈良から来られていた方。愛媛県で勇者として戦われた2人の方々……そして、貴方たち御二人。全員が、何かしらの縁により、神社で武具を手に入れられ、そして勇者としての力を得られています」

 

私たちの他に4人、勇者として選ばれた人間が居るそうだ。

 

「御二人以外の勇者の方々は、戦う事を了承し、大社の本部がある香川に集まって頂いております」

「香川に、ですか?」

「はい。皆様が勇者として戦えるよう、大社の方で生活の場を設け、戦闘訓練などを行います。その為に、香川の丸亀、そこにある丸亀城を、皆様の生活、教育、訓練に使えるよう改装しています」

「そこで生活をしながら戦闘訓練を積み……バーテックスと戦う日が来たら、私たちは戦うんですね」

「そう言う事になります。どうか、御二人にも来て頂きたい」

 

その説明を聞いた時、私の中で閃いた事がある。

 

(香川の丸亀に住む…つまり、この村から出る事が出来る……!)

 

勇者としての訓練を受ける為に、私たちは香川に行く。

そうなれば、私たちは高知の田舎であるこの村から、香川の丸亀城に住む事になる。

村から抜け出せる……私と千景が耐えてきた、蔑まれ虐げられる日々から、解放されるのだ。

 

(それなら、受けてもいいんじゃないかしら?)

 

そう考え……ふと、更にある事を思いつく。

目の前の男性は、今まで私たちに分かりやすく説明をするその姿を見るに、優しそうだ。

そして、来たばかりで私たちの事情を知らない。

……賭けに出るのも、良いかもしれない。

四国の外に広がる地獄とは違う、私たちにとっての地獄。

そこから、ただ抜け出すのではない……完全に解放されるかもしれない。

その可能性があるのなら、やってみる価値はある。

 

「……少し、妹と話をしても良いでしょうか?2人きりで、話をしたいです」

「急な話でしたからね、分かりました。外で待っていますので、終わったら呼んでください」

「ありがとうございます」

 

私たちに深く頭を下げた後、男性が来賓室を出る。

残ったのは、私と千景、2人きりだ。

 

「ねぇ、千景?」

「ね、姉さん……この話、受けるの?」

 

千景の手は震え、怯えてしまっているのが分かる。

怖いのは、分かる。私だって、あんな化け物と戦うのは、怖い。

怖いけれど…それを表情に出さず、安心させられるよう、微笑む。

千景の左頬を右手で優しく触れながら、私は千景に言う。

 

「この村から…いいえ、もっと言うなら……あの人からも、解放されるかもしれない。可能性は十分にあると思うの」

「……あの人、からも?」

「えぇ。私の話を、聞いてくれる?」

「……うん」

 

少し考えて、千景が頷いた。

千景が頷いたのを見て、私はその『可能性』について千景に説明をした。

 

 

 

「すみません、お待たせして……話は、終わりました」

「いえいえ、お気になさらず」

 

千景との話を終えた後、扉を開けて大社の人を呼ぶ。

校長が一緒に付いて来るが、そっちは気にしないでおこう。

 

「話は終わった、との事ですが」

「はい……勇者となる事を、私たち2人でお受けしようと思います」

「本当ですか!それはありがたい!!」

 

深く頭を下げる男性。

……こうも喜ばれるとは思ってなくて、少し驚いてしまう。

だが、目的は此処から先にあるのだ。

 

「あ、あの。少し、良いでしょうか?」

「はい、何でしょうか?」

「私たち2人は良いのですが、親にも話はしておきたいなと思いまして……出来れば、相談の場に来て頂きたいと思うのですが」

「それは確かに、重要な事ですね。分かりました、同行しましょう」

「お願いします。親は仕事で帰りが遅くなると思いますのですが、大丈夫ですか?」

「いえ、こちらがお願いする立場ですので、お気になさらず」

 

よし、前提条件はまずクリア。

だけど、まだまだ。

 

「ありがとうございます。あの、まだ時間はありますので、私たちが刃を見つけた場所とか、案内しようかと思うのですが……」

「本当ですか?大社に報告出来る事が増えるので、そちらの提案を受けさせて頂きたいです」

「分かりました。では、放課後にあの場所まで案内して、その後は家まで案内しますね」

「では、その様に」

 

取りあえず、現状出来るのはこのくらいか。

あとは、後々の行動次第、になるかな。

 

「校長先生、郡様の授業が終わるまで、こちらに居ても宜しいでしょうか?」

「え、えぇ、大丈夫です」

「ありがとうございます」

 

校長、なにやら冷や汗をかいているような……?

何かあったのだろうか。まぁ、どうでも良いけれども。

さて、今は…昼休みが終わり、午後の授業が始まってしまっただろうか。

 

「あの、校長先生。私たちはこれから授業を受けに戻ろうと思うのですが……」

「あ、あぁ、そうだね。君たちはもう戻りなさい」

「分かりました。千景、行きましょう」

「えぇ」

 

妙に口数の少ない校長の言葉を聞き、千景と共に立ち上がる。

そして、2人で来賓室から出て、職員室を抜ける。

……やけに静かだ。やはり、何かあったのだろうか?

まぁ、罵倒されず、嘲笑われる事も無いというのは有難いのだけど。

千景と共に首を傾げながら、教室に戻った。

 

 

 

――――――――――

 

 

 

『高知に勇者として目覚めた者あり』と神託があったのは、バーテックス襲来と、『神樹様』とお呼びしている神様が四国に現れた、その翌日であった。

直ぐにでも勇者として認められた人物へ接触を図りたかったが、名前以外分からない人物が何処に住んでいるのかを確認したり、既に接触出来た他の勇者の方々を香川に集める事が優先された。

結果として、数日経過した今、大社の人間である私が派遣された。

高知県の中でも、かなりの田舎。

奇跡的にバーテックスが現れなかったその村に、勇者として認められた者…郡千草様と郡千景様はいらっしゃると言う。

 

地震などの被害こそあれど、バーテックスに襲われていないからだろうか。

地震の治まった今、この村の人々は日常を取り戻しつつある。

村の外から入ってくる恐ろしい話から、目を背けるように。

 

そんな村にたどり着いた私は、郡様が通っている小学校を訪ねようと思った。

日常を取り戻しつつあるこの村では、平日である今、子供は学校に行っているだろうと思ったからだ。

が、そこまで方向感覚に自信は無かったので、道行く人に学校の場所を訪ねながら歩く事にした。

道行く人に、私はこう尋ねた。

『郡千草様と郡千景様にお話したい事があり、通っておられる学校へと行きたいのですが、場所は何処でしょうか?』、と。

すると、人々は嫌そうな顔をしながら、学校のある方向を指さした。

白装束の人間に突然道を尋ねられたから、怪しまれてしまったのだろうか、と思いながら歩き、小学校へとたどり着く。

 

たどり着いた小学校で、私は『大社の者です』と己の身分を明かした。

田舎だからだろうか、表社会に出て日の浅い組織である大社の事を知っている人物はあまり居なかった。

しかし、どうやら校長先生は大社がどのような組織であるか知っていたらしい。

来賓室に案内され、『この暑い中、ようこそお越しくださいました』と冷たい水を頂いた。

白装束を着こんでいるのでとても暑かったため、ありがたく水を頂いて、本題へと入った。

 

『こちらの小学校に通っておられる、郡千草様と郡千景様に、お話したい事があります。是非会わせて頂きたい』

この小学校を訪ねた理由を話すと、校長先生はとても驚かれたようで、ポカンと口を開いて固まってしまった。

数秒固まった後、慌てて了承して下さったが、妙な雰囲気を感じた。

しかし、自分の気のせいかと流し、校内放送がかかる中、水をもう1杯だけ頂き、汗を拭いて郡様を待つ。

 

待つ事数分、郡様御姉妹が来賓室に入ってくる。

長く美しい黒髪が特徴的な少女だった。

御二人の共通の印象としては、物静かな人なのだろうな、と感じる。

右目を隠すように右の前髪を伸ばしている少女が前に立ち、その後ろを、右の前髪を右の後頭部の方まで持っていって纏めている少女が少し怯えた風に付いて来ている。

恐らく、前を歩くのが姉である郡千草様、後ろを歩くのが妹である郡千景様であろう。

 

御二人に話をしていく中で、疑問に思う事が幾つかある。

見ず知らずの人間であるとはいえ、私の事をとても警戒されているように感じた事。

いくら田舎の村とはいえ、インターネット環境が無いというのは最近にしては珍しいと感じた事。

そして、インターネット環境が無いとしても、あの地震があれば親族に連絡を入れる等することで、村の外の情報を知っていても可笑しくないのに、この村の外の事を全く知らなかった事。

これらについて疑問に思いながらも話を続け、話せることを話し終える。

郡様御姉妹は少し悩んでいたようだが、郡千草様が姉妹2人きりで話をしたいと私に言った。

急な話であったのは確かなので、御一考頂けるなら、と2人きりにする事を了承した。

 

大社の上層部からは、『何があっても、どの様な手を使ってでも連れてこい』と言われている。

しかし、娘が大社の巫女である以外は平凡な宮司である私は、そこまで非情になり切れないで居た。

命懸けで戦って欲しいというこっちの話を、考えて貰えるだけでも有難いと思う私は、大社上層部からすると無能だろう。

だが……私は、これで良いと思っている。

戦う力を持っているとはいえ、彼女たちは数日前までは普通の少女だったのだ。

それを、少し彼女たちとは違うが、自分の娘が巫女として認められた私は、知っている。

娘は普通の少女だったと、親である私が一番知っている。

そんな娘が、神様の言葉を人々に伝える巫女として認められた。

突然の変化に驚き、不安を抱く娘の姿を、私は知っている。

彼女たちも、きっとそうなのだ。そう思うと、無理矢理連れていく事など、出来なかった。

 

来賓室を出て、職員室の椅子に座らせて貰う。

耳を澄ませば、職員室のあちこちで教職員が私の事をチラチラと見て、話をしているのが聞えた。

『なぜあの子が…』、と言う会話が聞えてくる。

……郡様御姉妹では無い方が良い、ということだろうか?

恐らくは、先に退室していた校長先生の方から、彼の予想で話が伝わっているのだろう。

私たち大社について、多少知っている人物であったのだし、それは仕方ない。

だが、これはどういう事だろうか?

そう思いながらも、私は郡様御姉妹の相談が終わるのを待つ。

 

話が終わったと言われ、来賓室の中に戻る。

四国の外が関わらない話なので、校長先生にも付いて来てもらった。

もし承諾して頂けるなら、転校の手続きなどが必要になるからだ。

結果として、郡様御姉妹はこの話を承諾して下さった。

命懸けの戦いとなるのを承知の上で、話を承諾して下さったのだ。

 

感謝を伝え頭を下げると、申し訳なさそうに声をかけられた。

どうやら、親にも話をしたいので相談の場に来てほしい、との事。

なるほど、それは重要だ。

親からすれば、娘さんが化け物との戦いに向かう訳だし、心配しない訳がない。

本人達が承諾しても、親は反対するかもしれない。そうなれば、私が説得する必要がある。

必要な事なので、相談の場に同行する事を伝える。仕事で帰りが遅くなるらしいが、こちらがお願いする立場なのでそれ位待つのは当然の事だ。

細かな所に気付いて気をつかって下さる辺り、優しい方なのだと感じる。

 

授業に戻られるとの事で、来賓室を出る郡様御姉妹を見送る。

一度来賓室から出た時チラリと確認したが、どうやら今日は昼休みの後、授業は1つしかないようだ。

となると、1時間もかからないだろうか。

そこまで長くない時間で、何をするべきか……あぁ、そうだ。

 

「校長先生。少しお聞きしたい事があるのですが、宜しいでしょうか?」

「な、なんでしょうか?答えられる範囲でしたらお答えしましょう」

「でしたら……先ほど、教職員の方々がおっしゃっていた事についてなのですが」

「教職員が、ですか?」

「はい。『なぜあの子が』と言っておられました。恐らくは郡様御姉妹の事だとは思うのですが……あれは、どの様な意味なのでしょう?」

 

私の質問に、校長先生が固まる。

暑さのせいとはまた違う、冷や汗をダラダラと垂らしている。

 

「そ、それは……いや、私にはさっぱり分かりませんな」

「そうですか?」

「えぇ。しかし、大社とはこの村には現れなかったあの化け物を倒すために動かれている組織と聞いております。彼女たちは物静かな子でしょう?戦いには向いていない性格ですので、そんな子が何故選ばれたのか不思議に思ったのではないでしょうか?」

 

……言ってることは、正しく聞こえるが。

どうにも怪しい。そんな風に感じてしまう私が居る。

 

「そう、でしたか……失礼、トイレをお借りしたい」

「どうぞお使いください。場所は分かりますか?」

「えぇ、大丈夫ですので、お気遣いなく」

 

彼らが語る事、全てを信用してはいけないかもしれない。

そう思いながら、私はトイレへと向かった。

 

 

 

「おや、授業が終わったチャイムですか」

「えぇ、そうです」

「では、郡様御姉妹のいらっしゃる教室へと向かいましょう」

「放送で呼び出す事も出来ますが?」

「いえ、御足労をかけてしまいますので」

 

校長先生の提案を断り、教室の位置を教えて貰ってそちらへと歩く。

慌てて校長先生が付いて来たので、2人で歩く事に。

子供たちの、楽しそうな声を聞きながら階段を上がり、目的の教室がある階へ。

白装束の人間が校長先生と共に歩いている事を不思議に思ったのか、声をかけられる。

手を振ったり軽くお辞儀をしながら、目的の教室へと近づく。

すると、何やら騒がしい声が聞えてくる。

授業から解放された喜びの声でも、遊びの予定をたてる期待の込められた声でもない。

声がするのは…目的の教室、ですか。

 

「失礼します」

 

扉を開け、中をざっと見渡す。

終わったばかりだからだろう、恐らく殆どの生徒がそこに居る。

何人かで固まり楽しそうに話す人たちが居る中、教室の奥に人だかりが出来ているのが見える。

10人程だろうか、子供たちが教卓から見て左奥の方を囲むように並んでいる。

その奥に、見覚えのある人物が居るのが見える。

 

「ねぇねぇ郡さん!何時も通り、お願いね?」

「今日の放課後は、人を待たせているの。今日だけは自分で……」

「へぇー……阿婆擦れの娘が、私たちに掃除なんかさせるの?」

「少しくらい遅れたって大丈夫よ。おねがいね、淫乱女!」

 

囲まれる中酷い事を言われ続け、見覚えのある人物…郡様御姉妹が、俯く。

それを見て、私の身体は自然と動いていた。

 

「き、君達!一体何をしている!?」

「ん?おじさん、誰?」

「そんな事はどうでも良い!それより、君たちは何て酷い事を言うんだ!」

「酷い事?」

 

私の言葉に、名も知らぬ少女は首を傾げる。

周りの子供たちも、同じ反応だ。

 

「だって、親が言ってたよ?『淫乱女の娘が、まともな筈は無い』って」

「『浮気なんかする女の子供なんて、人間じゃない』ってさー」

「先生達も言ってたぜ、『親があんなんじゃ、まともに育つはずが無い』って!」

「なっ……!?」

 

それを聞いて、思わず校長先生の方を見る。

顔を真っ青にして固まる校長を、睨み付ける。

 

「校長先生、これはどういう事ですか!?」

「こ、これは、その……」

「……分かりました、もう貴方から聞く事はありません。郡様、行きましょう」

「え、でも…」

「大丈夫です、大丈夫ですから……君達。私はこれから、郡様御姉妹と大切な用事があるんだ。今日は、今日だけは、どうかお願い出来ないかな?」

「えー……」

 

私の言葉に、子供たちが嫌そうに頬を膨らませる。

少し強引にでも抜け出そうと考えると、固まっていた校長先生が動いた。

 

「き、君達!今日は、自分で掃除を行いなさい!」

「校長先生が言うなら……はーい、分かりましたー」

「……どうぞ、お通り下さい」

「……ご協力、感謝します。それでは」

 

今更ながら、自分が……自分たちが行ってきた事を後悔しているのか。

カタカタと震えながら頭を下げる校長に一声かけて、その横を通り過ぎる。

郡様御姉妹をいつでも庇えるように気を付けながら学校の敷地を抜ける。

そのまま数分、郡千草様の指示の下移動して、人が居ない場所まで来て足を止める。

そして、御二人の方を向く。

 

「ここまで来れば、もう大丈夫でしょう」

「そ、そうですね……」

「………」

「郡千景様?どうかなさいましたか?」

「千景、どうしたの?」

 

俯く郡千景様に、声をかける。

郡千草様も不安に思ったのか、近寄って声をかける。

郡千草様の声に反応し、パッと顔をあげる。

 

「大丈夫よ、姉さん。何時もより速く歩いていたから、ちょっと疲れただけ」

「これは失礼しました。歩幅を考えて歩くべきでしたね」

「すみません、私も少し……」

「申し訳ありません。一刻も早くあの場所を離れるべきと、自然と歩幅が広くなっていたようです」

「……お気遣い、ありがとうございます」

「いえ、あのような場所、長居は不要と判断しただけの事ですので」

 

出来る事なら、直ぐにでも御二人を村の外、香川までお連れしたい。

そう思う程に、この村は御二人への悪意に満ちている。

今思い返せば、その片鱗はあったのだ。

学校への道中で道を尋ねた人たちの反応は、私を怪しがるのではなく、御二人が関わる話だから。

校長先生や教職員の方々のあの反応は、彼らが『人』として見ていなかった御二人が、勇者として選ばれるはずが無いという固定観念からのモノ。

 

御二人がこの村で虐げられているのは、御二人の親…特に、御二人の母親が浮気をした、という事らしい。

この閉鎖された環境では、浮気の話は瞬く間に広まったのだろう。

浮気と言うのは、確かに許される事ではとは思うが……

しかし、だからと言って、生まれてきた子供をすら蔑み、虐げる程なのだろうか?

子供には、罪は何も無いだろうに。

 

「ここからはゆっくり歩いて行きましょう。大分離れましたしね」

「お願いします……」

 

歩幅を合わせ、ゆっくりと歩く。

道の指示以外、互いのコミュニケーションは無い。

15分程歩くと、そこそこ大きな道に出る。

 

「この道を暫く真っ直ぐ行きます。暫くしたら石段が見えるので、そこを上がれば」

「件の神社へと着くのですね。分かりました……御二人とも、私の後ろへ」

「え、あの」

「どうか、私の後ろへ。だれか、人が居ます」

「ッ!」

 

少し遠くに、人が見える。

犬の散歩をしている御婦人が2人、談笑しながらこっちに歩いて来る。

私の言葉に、郡千草様が郡千景様の手を取り、私の後ろに隠れられる。

それを確認して、前を向く。

丁度、向こうも私たちに気付いたようだ。

 

「あら……いやねぇ、阿婆擦れの娘がいるじゃない」

「気分よく散歩をしていたのに、台無しよ」

 

わざとこっちに……私の後ろに居る御二人に聞こえるように言う。

御婦人を無視して、横を通ろうとする。

すると、御婦人の1人が、私に話しかけてきた。

 

「貴方、どの様な用でこの村に?」

「……こちらの御二人に、大事なお話がありまして」

「あら、そうなの?」

「はい。御二人の家族の方が夜に帰って来られるとの事で、時間があるので村の案内をして頂いています」

「ふぅん……あんまりその子を歩き回らせないで貰える?気味悪いのよね」

「……それは、失礼。ある場所へと案内して貰ったら、御二人の家に戻りますので」

「そう」

 

嫌悪感を隠さず、チラチラとこっちを見ては何か囁きながら、御婦人たちが離れていく。

にしても、気味悪いとは酷い事を言うモノだ。

 

「もう大丈夫ですよ」

「……すみません。私たちと一緒だと、貴方も……」

「いえ、お気になさらず。私は大丈夫ですので……むしろ、謝るべきは私の方です」

「えっ?」

「神社までの案内がなければ、あの御婦人達と会う事も無かったでしょう……申し訳ない」

「……気にしないでください。ああいう扱いには、慣れましたので」

 

慣れました、か。

慣れてしまう程に、長い期間蔑み虐げられながらこの村で生きてきた、という事か。

……御二人の事を考えるなら、まずは神社へと直ぐに向かおう。

村の外れにあると聞いているし、御二人が避難場所へと選んだというなら、人も近づかない場所のハズ。

そこなら、少しは落ち着く事が出来るだろう。

 

「御二人共、少し速く歩こうと思います。大丈夫でしょうか?」

「私は大丈夫ですけど……千景は?」

「私も、大丈夫」

「……本当に大丈夫そうね。神社まではここからだと、さっきのペースで10分くらいだと思います」

「でしたら、学校から出た時と同じくらいのペースなら、5分程で着くでしょう。神社についたら少しは落ち着く事が出来ると思います」

「ですね」

 

確認を取って、少しペースを上げる。

時折御二人がしっかり付いて来ている事、疲れていないかを確認しながら、歩く。

急いだお蔭か、私たちは誰にも会うことなく倒壊した社の所へとたどり着いた。




思った以上にアクセス数が増えたり、偉大な先駆者様から感想を頂いたりと、プレッシャーに押しつぶされポンポンにダメージを負っています。
頑張って書いていきますので、どうか温かな目で見守って頂ければ……(土下座


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第3話

お久しぶりです、作者です。
先日、勇者史外典の中に新しい巫女、それもぐんちゃん関係の巫女さんが登場しましたね。
その子についてどう扱うか、という部分で悩んでいた為、予定より投稿が遅くなってしまいました。

結果として、『現状書き溜めていた部分に干渉しない為放置する』、という事にします。
下手に触れて後々困るより、まだ触れない事で後に話の中に組み込みやすいようにします。
重要人物なので、本編に登場させてあげたいですからね。
登場などを期待されている方がいらっしゃいましたら、本当に申し訳ありません。


「あまり綺麗ではないのですが、どうぞ」

「お邪魔します」

 

倒壊した神社で一息ついた後、大社に報告出来そうなことを纏め、私は郡様の家へと来た。

小さな貸家で、郡千草様が言う様に、あまり綺麗とは言い難い。

廊下を歩き居間へと入れば、ある程度整頓されているのが分かる。

 

「そこで待っていてください、何か飲むものを用意します」

「麦茶くらいなら、冷蔵庫に入っているわね……お菓子、何かあったかしら」

 

あっという間に、人数分の麦茶と、ビスケット類が机に並ぶ。

 

「その服装で外を歩くのは、大変ですよね。良かったら、どうぞ」

「ありがとうございます。お菓子の方は、どうぞ御二人で」

「では、お菓子の方は千景と一緒に」

 

麦茶を頂きながら、ざっと家の中を見渡す。

閉ざされた襖の奥は、私室だろうか。

見える範囲に置いてあるビニール袋の中には、アルコール飲料と思われる缶が沢山入っている。

良く見ると、箸が三膳しか無い。

その事について少し考えようとして、郡千草様が私に話しかけた。

 

「あの……私たちが拾った刃物の、確認をお願いしても良いですか?」

「本当に、勇者の証として確かなモノなのか、私たちには分かりませんので……」

「分かりました。どちらに?」

「あっちの部屋に。今、持ってきますので」

 

襖の奥の部屋に御二人が入って、何かを漁る音がする。

少しすると、御二人がそれぞれ1つ、ビニール袋で包まれたモノを落とさないよう両手で持って現れる。

床に置いて、包んでいたビニール袋を取ると、錆びた刃物が見える。

大社で神樹様を見て、神樹様に選ばれた巫女を見て、他の勇者の方々が得た武器を見た事がある私には分かる。

神聖なモノ。この刃は、見た目こそ錆びた刃であるが、確かに勇者の武器たりうるモノだ。

このままでは使えないだろうが、打ち直せば、バーテックスに対抗出来る武器として生まれ変わるだろう。

 

「……確認致しました。まさしく、勇者の方々が手に取られた武器と同じく、神聖なモノです」

「そうですか?」

「はい。このままでは武器として使えないかもしれませんが、打ち直せば、立派な武具になるかと」

「そう、ですか……私たちが、そのままこの刃を使うんですね?」

「はい、そうなるかと。他の勇者の方々は、手に入れられた武具をそのまま扱われていますので」

「……あの。神聖なモノと言っても、私たちには分からなくて……具体的には、どう違うんですか?」

 

郡千景様の言葉に、少し考える。

どう違う……銃火器などと違い、何故バーテックスに通じるか、という意味か。

 

「では、簡単にご説明を。銃火器とは違い、この刃には神々の武具の力、あるいは神々自身の力が宿っております。これがバーテックスに対抗出来る理由となります」

「そうなんですか?」

「はい。一例ではありますが、先日島根から香川にたどり着かれた勇者の方は、『生太刀』と呼ばれる、とある神様の神器の霊力を宿した日本刀を武器として扱われています」

「へぇ……この刃には、一体どんな力が?」

「申し訳ありません、私ではそこまでは分かりません。大社本部まで持ち込めば、詳しく分かるかと」

 

頭を下げる。

神樹様のお言葉を神託として受けられる巫女ならば、分かるかもしれない。

徳島から香川まで人々を守り通した勇者、その方を導いたという巫女様は、武器に宿った霊力が分かったと聞いている。

 

「そうですか……」

「きっと、我々の為に力を貸してくださるのですから、良い神様の力が宿っているかと」

「そうだと良いですね」

 

そう言うと、郡様御姉妹は丁寧に刃をビニール袋で覆い、襖の奥の部屋へと戻しに行く。

なんでも、押し入れに隠してあるとか。

……押し入れに隠してあると、ご家族に見つからないだろうか?

見つけてから数日隠し通せているらしいが……

 

そういえば、ご家族の方……御二人のお母様は、いらっしゃらないようですね。

父親も母親も、どちらも家には居なかった。となると、共働きでどちらも居ないと考えるべきか。

それとも、町内会などの用事で出かけている?

聞いてみようか……いや、ご本人から聞くのは、気が引ける。

御二人の家庭事情に、深く関わる事だ。聞き出すのは容易ではないだろう。

ご家族の方は夜に帰ってくるという話なのだ、無理に聞く必要は無い。

そう判断し、大人しく時折郡様御姉妹から質問された事に返答しながら待つことにした。

 

 

 

家の掃除を手伝いながら、待つ事数時間。

家の外へと続く扉から音がした事で、ご家族の方が帰ってこられたのを認識する。

 

「ただいま、2人共……おや、どなたかな?」

「香川の方から来た人なの。話をしたいって」

「香川から?」

 

荷物を居間の隅に投げた後、ご家族の方……父親が、私の方を見る。

床に正座し、そのまま手をついて深く頭を下げる。

 

「初めまして。郡様御姉妹のお父様で、お間違いありませんか?」

「確かに、僕は千景と千草の父ですが……」

「私、大社と呼ばれる組織の者です。この度は、郡千草様、郡千景様にお話がありまして、香川より来ました」

「は、はぁ……」

「御二人の事についてお話したい事があり、お邪魔しております」

 

面倒くさそうに頭を掻きながら、お父様が座る。

 

「それで、お話と言うのは?」

「まず確認をしたいのですが、お父様は村の外の事情について、どれ位知っていますか?」

「村の外、ですか?すみません、あまり詳しくは……」

「でしたら、簡単にではありますが、私から説明させて頂きますね」

 

ある程度予想していたので、郡様御姉妹に説明した事の中から、話しても大丈夫な範囲で伝える。

村の外が…日本という国が、世界がそのような状態に陥っているとは思わなかったのか、顔を青くしている。

…職場の人から、話を聞いたりすることもあるだろうに。

もしかしたら、『あまり詳しくは知らない』どころか、『全く知らない』のかもしれない。

 

「今、この世界がどんな状況なのか、分かって頂けましたか?」

「え、えぇ」

「では、ここから本題に入らせて頂きます……先ほど話させて頂いた、我々大社がバーテックスと呼称している化け物。それに対抗出来る力を、郡千草様と郡千景様が有している事が分かりました。その為、御二人にはバーテックスに対抗するために戦う人材、『勇者』となって頂きたいと考えています」

「……えっ?」

 

理解し切れなかったのか、お父様はポカンと口をあけて固まってしまう。

 

「先ほど、バーテックスには通常の兵器は効果が無く、特殊な力を宿した武器を持つ選ばれた少女、『勇者』のみが対抗出来るとお話しましたね?」

「え、あ、はい。確かに、そう聞きましたが」

「貴方のご家族である郡様御姉妹に、『勇者』としての素質があると、先日神託がありました。私の方でも確認しましたが、御二人は勇者の証である武具を手に入れられている」

「素質?武具?僕は何も知らないぞ?……千草、千景、どういう事だい?」

 

お父様が、御二人の方を見る。

呆れたように、千草様が溜息をつく。

 

「この間、1日中地震が続いた日があったでしょう?」

「あぁ……確かに、あったな」

「貴方が家に居るって言って避難しなかった時、私と千景で神社に避難したの」

「神社?学校に行くんじゃなかったのか?」

「誰が行くのよ、あんな所……自分から針の筵に飛び込む趣味は無いわ」

 

針の筵、か。

確かに、この村の住民の態度を見れば、そうも表現したくなるか。

 

「で、神社に避難して、そこにずっと居たけど……一際大きな地震が起きた時に、社が倒壊したわ。その時、社の中に何かがあるって気付いて、千景と一緒に社を漁ったの。そしたら、大きな刃物を見つけたわ」

「姉さんと1つずつ見つけたその刃物が、勇者が持つ武具だったらしいの。手に持っていたら、何か温かなモノが流れ込んできて……それが、勇者としての力だったらしいわ」

 

御二人の言葉に、どういう事が起きていたのかを理解したらしい。

少し考えるように目を閉じ、また私の方を見た。

 

「どういう事があったのかは、分かりました。それで、えっと……大社、でしたっけ?大社としては、今後どうしたいんですか?」

「我々としては、御二人には大社本部がある香川へと来て頂きたいと考えています」

「香川に、ですか?」

「はい。他の勇者の方々と生活を共にし、戦闘訓練などを行って頂きます。本部の近くであれば、大社の巫女が受けた神託をすぐにお伝えする事も出来ますので」

「はぁ……」

 

娘さんの話だというのに、どうでも良さそうに対応されてしまう。

 

「もちろん、それだけではありません。御二人には香川で暮らす間の生活面のサポートもさせて頂きます。生活に必要な費用は大社で全て負担しますし、ある程度ではありますが、御二人が自由に扱える金銭の支給も考えています」

「……へぇ」

「また、ご家族の方にも援助金が支給されます」

 

『家族への援助金』という単語を口にした瞬間。

お父様の表情が少し明るくなったのを、私は見逃さなかった。

 

「そう、ですか」

「はい。娘さんが命懸けの戦いに身を投じられるのですから、せめてそれ位は、と」

「なるほど……千草と千景は、行くことに納得しているんですか?」

「御二人には、勇者として香川に行くことを承諾して頂きました」

「そうですか……2人が納得しているなら、自分から言う事は何もありません」

 

自分の娘が、命懸けの戦いに身を投じる。

それを、とてもあっさりと、お父様は承諾した。

…普通、自分の娘が命懸けで戦うとなれば、親は反対したりするものではないのか?

私なら、そうするだろう。

 

「宜しいのですか?」

「えぇ」

「……分かりました。それでは、細かい話をさせて頂きたい」

「分かりました」

 

不思議に思いながらも、郡様御姉妹にも参加して頂いて話を続けていく。

何時頃香川へと行くのか、交通手段はどうするのか、荷物はどう持ち込むのか。

転校の手続き等についても、この村から香川へと行くにあたり必要な事は全て話す。

それについて、お父様は何も思わないのか、二つ返事で承諾していく。

ある程度話が終わった頃に、それを見ていた郡千草様が口を開いた。

 

「……予想はしていたけれど、本当に何も言わなかったわね」

「郡千草様?」

「少し、ほんの少しだけ、期待していたわ。命が懸かるような話になれば、流石に心配してくれるんじゃないかって……でも、そんな事無かったわね」

「……千草?」

「親権を押し付けられないが為に、未だ離婚し切れていない……子供の事を、自分の生活の邪魔にしか思っていない人だも、当然の事よね」

 

語られた事を、頭の中で整理していく。

浮気をしていたと言うお母様と、浮気をされたお父様。

離婚の話が出て来るも…郡様御姉妹の親権をどちらが持つか、という事で争う。

そして、今だ決着は出ず、離婚にも至っていない、と。

 

「何が言いたいんだ、千草?」

「……いえ、貴方には何も。ただ、決心がついたわ」

 

そう言うと、郡千草様が、私の方を見る。

今までのどんな時よりも、真剣な表情だった。

 

「大社の人……名前を伺っても良いですか?」

「私の名前、ですか?」

「えぇ」

真鍋(まなべ)暢彦(のぶひこ)、と申します」

「真鍋さん…ありがとうございます。では、改めて……真鍋さん」

 

郡千草様が、目を閉じて一度深呼吸をする。

そして、まっすぐ私を見た。

 

「私と千景の2人と、この人の……親子の縁を、切りたいんです。手伝って頂けませんか?」

 

郡千草様の発言に、私とお父様が目を見開いた。

 

 

 

――――――――――

 

 

 

「親子の縁を、切る……ですか?」

「はい」

 

私の発言に、大社の人…真鍋さんはとても驚いているようだ。

まぁ、仕方ないとは思うけど。

急に、親子の縁を切る手伝いをしてください、なんて言ったのだし。

 

「……理由を、聞かせて頂けますか?」

「……真鍋さんも、先ほどまでのやり取りで感じているかとは思いますが、あの人は自分の事以外に関してはとても関心が薄い人です。家族への思いやりなんて、全然無い」

 

ギュウッと、膝の上で拳を握る。

 

「母は、優しい人でした。ですが、家事もろくにせず、自分の趣味を優先して生きる父に段々愛想を尽かせて……浮気をして、浮気相手と村を出て行きました」

「……そう、でしたか」

「えぇ。先ほども言いましたけど、今でも離婚はしていません。親権をお互いに押し付け合って、まだ決められていないから……両親にとって、私と千景は邪魔者以外のなんでもない……!」

 

苛立ちと憎悪を込めて、あの人を一度見る。

完全に固まってしまっているようだった。

自分を落ち着かせるために一度深呼吸をして、また真鍋さんを見る。

 

「私は、あの人が嫌いです。この村も、大嫌い。何時か、この村から出られる日が来るのを、ずっと耐えて、待っていた」

「それが、今であると」

「はい。村の外から来たばかりの真鍋さんでも、分かってくれると思います……この村は、私と千景にとって、ただの地獄でしかない、って」

「……それは、確かに」

 

私たちと村の人間の間に起きた事を、真鍋さんは何度か見ている。

だからこそ、分かってくれるはず。

あの人やこの村が、私たちにとっては辛いモノだという事を。

……そうなるように、わざわざ村の中を歩き回ったり、あの人と話す場を設けたのだけれど。

教室でのやり取りを見て貰えたのが、一番印象に残っているだろう。

あれは予定外だったけど、私たちにとって、良い方向に働いた。

 

「……村を出ても、また戻って来るなんて考えたくも無い。この村に戻る理由を無くしたい……そう考えたら、縁を断ち切るくらいしか、思いつかない」

「わ、私からも、お願いします……真鍋、さん」

「千景?」

 

千景の発言に、私が驚く。

この話をするときは、私に任せて欲しいと言っていたのだ。

怯えているのが分かる。

でも、私の服の端を掴みながら、真鍋さんから視線を逸らさず、千景が口を開く。

 

「この村で過ごす中で、辛い事が沢山ありました。物を盗まれたり、罵声を浴びせられるのは日常茶飯事。机や椅子は傷つけられたり落書きをされ、モップや雑巾を洗った後の汚水をかけられ、服やランドセルは燃やされた」

「それは……とても、お辛かったでしょう」

「えぇ……」

 

そう言うと、千景が左耳にかかっている髪を左手であげる。

そこにある左耳、そして大きな傷を見て、真鍋さんが目を見開いた。

 

「姉さんがトイレに行っている時、でした。囲まれて、無理やり髪を切られて……この傷は、その時に」

「なんと、そこまでとは……!」

「……姉さんにも、未だに傷跡が残っているんです」

 

そう言うと、千景が私を見る。

何をして欲しいのか、私は察する。

右手で、右目にかかっている髪を避ける。

右目のすぐ近く、眉の横から右耳へと伸びていく傷が露わになる。

 

「階段から突き落とされた時に、私は軽傷で済んだけど、姉さんには、この傷が……」

「……学校内での出来事と思います。教職員は?」

「……何も、ありません。逆に、私たちが文句を言われました。『先生に迷惑をかけるな』、って」

「そう、ですか……」

 

私たちの身に、どんなことが起きたのか。

語られた事を理解して、真鍋さんは肩を震わせる。

…やっぱり、この人は優しいんだ。

私たちの境遇を、可哀想だ、って。そう思ってくれる人なんだ。

この村の人とは、全然違う。

 

「姉さんと、この村から出たい。そして、二度とこの村には帰ってきたくありません……どうか、お願いします」

「私からも、お願いします」

 

千景が頭を下げたのを見て、私も頭を下げる。

真鍋さんが、下を向いたり、天井を見たり、色々考える事数分。

改めて私たちを見た時、今までのどんな時よりも真剣な表情をしていた。

 

「郡千草様、郡千景様」

「あ、あの、千草、だけで大丈夫です」

「あ、私も……千景、だけで良いですよ?」

「そうですか?では、改めて……千草様、千景様」

 

様、も要らないんだけど……

でも、真鍋さんの立場上、付けておかないといけないんだろう。

 

「御二人には、申し訳ないのですが……私個人では、どうしようもない事です。この場でどうにか出来る話では、ありません」

「……そう、ですよね……」

「ですが、この事は必ず、大社本部にお伝えします」

 

力強く、私たちの事を真っ直ぐ見つめて、真鍋さんは言葉を続ける。

 

「ご家庭の状況、村の状況、郡様御姉妹の周りでどんな事があったのか……本日聞いた事、私が見た事、全てを大社本部、上層部へとお伝えします。私個人では何も出来ませんが、大社という組織の力があれば、必ずや郡様御姉妹の力になれるでしょう」

「真鍋さん……」

「千草様、千景様。後ほど、何かしらの文章として、御二人のお願いを纏めて頂けますでしょうか?そちらを大社本部へと持ち込めば、より確実に、御二人の力になれるかと思います」

「……はい!」

「この場で解決出来ない事、申し訳ありません。ですが、どうにか出来るよう、協力する事を誓います」

 

深く頭を下げる真鍋さんの姿に、視界が潤む。

唐突な願いに、協力してくと言ってくれる。

それが、私にとって……私たちにとって、どれだけ有難い事か。

千景の方を見ると、千景も少し泣いている様だ。

目を擦っているのが見える。

私が見ているのに気づいたのか、千景も私の事を見る。

千景が、泣きながら笑った。

 

「姉さん……良かった、良かったね……」

「えぇ……えぇ!」

 

思わず、千景を抱きしめる。

千景も、私の事を抱きしめてくれた。

そして、2人で一緒に、思い切り泣いた。

 

その後のその日の記憶は、大部分が曖昧だ。

確か、私たち2人のお願いを、紙に書いてはずだ。

どんな事を書いただろうか、それさえも曖昧だけど。

あの人が何か言っていたような気がするし、それに対して、真鍋さんが何かを言い返していたような気もする。

あの人の怒鳴り声が聞こえても、守ってくれる人が居たからか、落ち着いて文章を書けた気がする。

はっきりと覚えているのは、迎えの車が来た時に家の外まで見送った事。

真鍋さんがとても優しい表情で、『出来る限り早く、ここに来ます』と言ってくれた事。

そして、全てが終わった後、私と千景は何もかもを後回しにして、糸が切れたかのように眠りについた事だけだ。

 

 

 

翌日から、家の空気は最悪だった。

あの人が、縁を切りたくない、だなんて戯言を抜かしたからだ。

大方、援助金が欲しいからだろう。

元から許す気など全くない。千景と共に、適当に流して家を出ていく。

 

村の人たちの対応も、なんだか変わった気がする。

けど、もう少ししたら出ていく村の事なんて、もうどうでも良かった。

ゲームに逃げる必要すら感じない。本当に、どうでも良い事。

気にする事も無く、日々を過ごしていく。

 

そうして、2日後。

その日のお昼、またも校内放送で呼び出された私たちは、来賓室に来ていた。

校長先生と、真鍋さん、私たちの4人が、部屋の中に居る。

 

「真鍋さん、お久しぶりです」

「千草様、千景様、お久しぶりです。大変お待たせいたしました……早速、お話をさせて頂きますね」

 

真鍋さんはそう言うと、大きな封筒を私たちに差し出す。

開いてみると、長く難しそうな話がかかれた紙が何枚もある。

しかし、注釈やふりがな、要点などが書いてある。

きっと、私たちの為に、わざわざ用意してくれたのだろう。

 

「まず、村からの引っ越しですね。先日事前に話していた通り、こちらについてはあの日から5日後……今日からですと、3日後ですね。3日後の朝、大社の方で手配した業者の人に荷物を持っていって貰います。御二人につきましては、我々が香川までお連れいたします」

「はい」

「転校の手続き、住民票などにつきましては、全て我々の方で手続きを行わせて頂きます」

 

その発言に、校長先生がピクリと反応する。

それを一切無視して、真鍋さんは話を続ける。

 

「3日後の引っ越しを持って、御二人は香川にある学校の生徒として編入、住民票はこの村から、香川県へと移されます」

「はい」

「引越し先は大社で用意した寄宿舎になります。お荷物はそこまで多くは無いとの事でしたので、搬入なども問題なく行われるかと思います」

「はい」

 

先日確認していた事と間違いないか、記憶をたどって比べていく。

今のところ、大丈夫。

問題は此処からだ。

 

「では、次に移ります。御二人の要望であった、ご両親との縁について……こちらについてなのですが、法的に家族との縁を切る方法というのは存在しませんでした」

「……そう、ですか」

「しかし、様々な方法をとれば、限りなく近い状況に持っていく事は可能ではないかと判断しました。後半の書類に纏めてありますので、どうぞご確認を」

 

言われるままに、書類を見ていく。

相変わらず難しい単語が続いているが、要点が纏められた紙を見れば大体分かる。

あの人に引っ越し先の情報等を告げない、裁判所等で相手に住民票と戸籍の閲覧制限などをかける、等の複数の手段を行う事で、出来る限りあの人と関わる事の無い、あの人が関われない状況を作る。

そうすることによって、『縁を切る』という状況に限りなく近づける。

これが、大社の人が提示してくれた、私たちの願いに対する回答だった。

 

「必要な措置に関しましては、我々が全面的に協力致します……こちらが、我々が用意できる、出来る限りの物となります」

「……ありがとうございます。真鍋さんが、大社の人が、色々調べてくださったのが、分かります」

「私たちの願いを聞いて、叶えようとしてくれた……それだけでも、本当に嬉しいです」

 

2人で、頭を下げる。

大社と言う組織について、私たちは全然知らない。

けれど、法律について詳しい組織なんかじゃないだろう。

わざわざ、私たちの為に、法律とかそう言う事を調べてくれて、私たちの願いを叶えようとしてくれたのだ。

 

「どうか顔をあげてください……実は、話はこれだけでは無いのです」

「これだけじゃない、ですか?」

「はい。我々大社に、御二人の後見を勤めさせて頂きたいのです」

「「こう、けん?」」

 

首を傾げる私たちに、真鍋さんが説明をしてくれる。

簡単に言うと、財産管理とか、医療行為の同意などを、あの人に代わって行う立場らしい。

 

「御二人が成人されるまでの間、我々が財産管理などを責任をもって行わせて頂きます」

「お金の管理、ですか?」

「管理と言っても、口座を用意し、誰かが勝手に御二人のお金に手を出さないようにする、程度の物ですが」

「は、はぁ…」

「こうした管理は、本来ならば保護者……つまり、親権を持つ人間に許されるモノです。ですが、御二人のお母様は行方不明、お父様は……あくまで私の主観とはなりますが、財産管理を任せると危険ではないかと、判断させて頂きました」

「否定しません」

 

自分の事のみを優先し、他人への気遣いが出来ない、そんな人。

もし任せたら……まぁ、何時の間にか私たちのお金が消えている可能性が高そうだ。

 

「……話は、分かりました。これらの件について、私の方から大社の皆さんにお願いします」

「わ、私からも……お願い、します」

「かしこまりました。家庭裁判所などにも連絡を入れますので、こちらについては日付などが決まり次第、改めて連絡致しますね」

 

そう言うと何やらメモをとり始める。

数分メモを書いた後、真鍋さんがこっちを見た。

 

「ここまでの話で、何かご質問などありますか?まだ話していない内容も少しありますが……」

「……1つ、良いですか?」

「なんでしょう?」

「その、香川の学校、と言うのは、勇者だけの学校、なのですか?」

「勇者様と、巫女様が1人の特別クラスを設けております」

「巫女さん、ですか?」

「はい。勇者様の付き添いとして、先日島根から香川まで人々を守り通した勇者様を導いた巫女様が、御二人を含めた勇者様方と生活を共にされます」

「そうなんですね」

 

勇者と巫女だけのクラス、か。

…人が多くない、というのは安心出来るかな。

そう思っていると、真鍋さんが申し訳なさそうに口を開く。

 

「千草様、千景様。その巫女様について、お話させて頂きたい」

「なんですか?」

「巫女様にだけ、御二人の境遇を、詳しい部分はぼかしてお伝えしようと考えております」

「……何故、でしょうか」

 

真鍋さんの事を真っ直ぐ見ながら、質問する。

過去を切り捨てて、新しい生活を得る予定なのだ。

自分たちと生活を共にする人には、知って欲しくない。

 

「……御二人のように、家庭の問題を抱えている方は、他の勇者様にはいらっしゃいません」

「そう、ですか」

「はい。ですので、本人に悪気は無くても、御二人が余り話したくない話題を聞こうとする方も、いらっしゃるかもしれません。そうした場面を回避できるよう、話を誘導出来る人が居る方が、御二人にとって良いのではと思います」

「なるほど……」

 

少し、考える。

私たちが話したくない話題…つまり、家族の事、元住んでいた場所の事、学校の事、等だろうか。

悪気はないけど聞いて来る人、というのは、確かに居るかもしれない。

そして、もしそういう人が居たとして…怪しまれることなく、断り切れるだろうか?

…私のコミュニケーション能力を考慮すると、難しい気がする。

そう考えると、1人くらい、私たちの境遇を知っているからこそ、そういう話題を避けてくれる人が居ても、良いのかもしれない。

 

「千景は、どう思う?」

「……出来れば、知っている人は居ない方が良いとは思うわ。でも、1人だけなら……」

「そうね。1人だけなら、まだ……真鍋さん」

「はい」

「誰にも言わない事。これを条件に、その人に、詳しい事は除いて、大まかな話だけ……これで、お願いできますか?」

「かしこまりました。そうですね……これで、私の方からお話する事は全て終わりました」

 

紙を確認しながら、真鍋さんがそう言う。

どうやら、話すべき事は話し終わったらしい。

……やれるだけの事は、やったしやって貰ったと思う。

あとは、なるようになるだろう。




3話目にして原作からどんどん離れていってしまっていますね。
ここまでかっ飛ばして良かったのだろうか、という不安……胃が痛いです(プレッシャーに弱い男)
ですが、この話は必要だと思っているので、思い切って書いてみました。

本編中にある『縁を切る』という部分に関する事は、ネット等を利用して調べてみてはいます。
ですが、やはりネットの情報ですので、間違っていたりする可能性はあります。
法律などに詳しい方、間違っていたら申し訳ありません……


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第4話

遅くなってしまい、申し訳ありません。
先日、勇者史外典の最新版を読んでいて胃に穴が開きそうなほど悩むことになりました、作者です。
ぐんちゃん関係の某巫女さんですが、思いっきり出会い方が違う感じになるんですよね……
本作のオリジナルの出会い方は考えておりますが、皆様の反応次第では思いっきり本作を書き直す事も検討しておきます。



「千草様、千景様。忘れた荷物などはありませんか?」

「大丈夫です。元から、そこまで多くはありませんでしたから……千景は?」

「私も、大丈夫よ」

「そうですか。それでは、行きましょう」

 

大社の人…真鍋さんの確認に、私と姉さんは大丈夫だと答える。

真鍋さんと出会ってから5日後の朝。

遂に、私と姉さんが香川へと行く日が来た。

既に荷物はトラックに積んで貰い、後は此処を出るだけ、という状態。

真鍋さんが乗ってきた車に乗り込もうとして、後ろから声をかけられる。

 

「ち、千草!千景!」

「……なに?」

「ほ、本当に、行っちゃうのか……?」

 

あの人…私たちの父親。

未だに未練がましく、縁を極限まで無くすことに反対している。

姉さんと共に、あの人の方を向く。

 

「はぁ……援助金の事なら、問題なく出るって話は何度もしたでしょう?」

「そ、そう言う事じゃなくて……」

「……勇者の親、って肩書がそんなに欲しいのね、貴方は。今まで私たちの事を邪魔者扱いしておいて、私たちが特別だって分かったら手のひらを返して……」

 

嫌悪を隠さず、姉さんがあの人を睨む。

私も、恐らく姉さんと同じような表情をしているだろう。

 

「……母さんは、まだ私たちの事を気遣ってくれたわ。何もしない貴方とは違って、料理も作ってくれたし、掃除や洗濯もしてくれた……病気になったら看病はしてくれたし、誕生日の日には『おめでとう』って言ってくれた……不倫をしても、私たちへの申し訳なさがあったのも、分かっている」

 

思い出すように、姉さんが母さんの事を語る。

確かに、あの人とは違って、親らしいことをしてくれた。

不倫相手と逃げたとしても、その事は変わらない。

 

「私は、貴方を親と思っていない。法的に親子の縁を切れるなら、直ぐにでも切りたいくらいには、私は貴方の事が嫌いよ」

「……私も、貴方の事、大嫌いだから」

 

姉さんと共に、あの人を拒絶する。

私も姉さんと同じく、この人の事を親と思った事は無い。

私たち2人の拒絶を受けて、あの人がうなだれる。

 

「行きましょう、真鍋さん」

「……かしこまりました。それでは、お乗りください」

「千景、行きましょう」

「えぇ」

 

姉さんと共に、あの人に背を向ける。

今は、少しでも早く、この村を出たかった。

車に乗り込む。運転席には大社の別の人、その隣に真鍋さん。

後部座席に、私と姉さんが座る。

 

「では、これより香川まで移動します」

「お願いします」

「お、お願いします……」

 

車が動き出す。

村の大きな道を、トラック1台と私たちが乗っている車が進んでいく。

 

「丸亀市まで、ここから大凡2時間かかります。長時間の移動となりますが、大丈夫でしょうか?」

「分からない、ですね。こんな長時間の移動なんて初めてなので」

「そうでしたか。道中、パーキングエリアやサービスエリアに寄るようにしますので、具合が悪くなったりしましたら、直ぐに言ってください」

 

そう言うと、真鍋さんがこっちに何かの袋を差し出した。

姉さんが受け取ったので、2人で袋を見てみる。

 

「ゆず飴……?」

「酔いの対策として、用意させて頂きました。飴やガムを食べて、窓から遠くの一点を見ると、酔いにくいかと」

「……お気遣い、ありがとうございます」

 

高知県産ゆず使用、と書かれている飴を、1つ口に放り込む。

柑橘類特有の爽やかさと、飴としての甘さが丁度良い具合に感じる。

窓の外を見ると、村の外れの方に来ているみたいだ。

姉さんと共に、窓の外を眺める。

 

「……さようなら、故郷」

 

窓の外の景色が、私たちの見覚えが無い景色に変わった時、姉さんが呟いた。

嬉しいような、寂しいような。少し複雑そうな表情で、小さく呟く。

その姿を見て、私は姉さんに話しかけようと思った。

前の2人には聞かれないよう、小さな声で話しかける。

 

「姉さん」

「どうしたの?」

「……なんだか、寂しそうに見えたから」

「……分かっちゃうか」

「姉さんの妹だもの」

 

私の言葉を聞き、姉さんが恥ずかしそうに指で頬を掻く。

 

「村に住んでいる人が悪いだけであって、あの場所が嫌い、って訳じゃ無かったと思う」

「……うん」

「周りに村の人が居なければ、静かで、自然豊かな場所だもの。嫌いじゃなかった……いや、結構気に入っていたのかも」

「うん」

 

姉さんの言葉に、共感を抱く。

確かに、村の人が居なければ、良い場所だとは感じる。

神社の辺りなんかは、特に静かで過ごしやすかったし。

 

「あの村から出られるのは嬉しいけど、もう来ないんだなって思うと……ちょっと、寂しいかなって」

「……そうだったのね」

「未練がましいわよね。村から出る事を決めたのも、もう来ないって決めたのも、私なのに……」

「……ううん、そうは思わないわ。私も、そう思うから」

「……そっか。気にしてくれて、ありがとうね、千景」

「良いのよ、姉さん」

 

さっきまでとは違う、心の底から嬉しそうな笑顔を見て、安心する。

その後、他愛のない会話をしながら、車内での時間は過ぎていく。

 

 

 

――――――――――

 

 

 

「ゔぅぅ……うぇっ……」

「ね、姉さん、大丈夫……?」

「だ、大丈夫よ千景……んぶっ……」

「もうすぐ、もうすぐ目的地ですので、もう少しだけ我慢を!無理そうでしたら、先ほどお渡しした袋に!」

 

丸亀市内に入ったけれど、姉さんが限界に近い。

どうやら、姉さんは酷い車酔いに襲われたらしい。

飴を舐めてもすぐに舐め終え、飴が無くなってから5分もしたら、あとは終始酔いとの戦いだった。

最後のパーキングエリアから20分程乗っているが、買い足した飴も舐め終え、これは本当に駄目かもしれない。

 

「見えました!あそこが御二人の住む寄宿舎です!」

「姉さん、本当にもう少しだから頑張って!」

「……ンッ」

 

姉さんが左手で口元を抑えつつ、右手を軽く上げる。

それを見て、私と真鍋さんの思考は一致しただろう。

『あ、これ本当にマズいな』、と。

何時でも差し出せるように両手でビニール袋を構えつつ、早く到着しないかと外を見る。

すると、丁度目的地に着いたみたいで、視界に寄宿舎と思われる建物が見える。

二階建ての建物だ。

車が寄宿舎の前で止まる。

……車が止まる時に生じる、前後の揺れ。それが姉さんに最後のダメージを与えた。

 

「ンッ、ンンンンッッ!?!?」

「直ぐに!お部屋にご案内致します!!」

「お願いします!!」

 

あの白装束で良くあんな動きが出来るな、と感心する程の速度で真鍋さんが走る。

案内された部屋に、姉さんが駆け込んだ。1階の右端の部屋らしい。

車を降りて、真鍋さんの方へと歩く。

……壁越しに聞こえる水音と姉さんのうめき声は、気にしないであげよう。うん。

 

「……姉さんが、大変御迷惑をおかけしました……」

「い、いえ、お気になさらず……千草様のお部屋はこちらで、千景様のお部屋はお隣になります」

「入ってみても、良いですか?」

「勿論です。今、鉤を開けますね」

 

真鍋さんに鍵を開けて貰い、部屋の中に入る。

……思ったよりも広い。第一の感想はそれだった。

ベッドや机などのある程度の家具は揃えられているみたいだ。

ここが、新しい生活の場所なんだ……

 

「気に入って頂けましたか?」

「……えぇ」

「それは良かった……千景様、良ければ先に荷物を搬入致しましょうか?」

「……お願いします。姉さんは、まだ駄目でしょうし……」

「そうですね」

 

お願いして、先に荷物を運んでもらう。

と言っても、衣服が詰まった段ボールと、ゲーム機やゲームソフトが詰まった段ボール位しか無いのだが。

幾つかの段ボールが部屋に運ばれ、それで私の移住は完了した。

 

「千景様のお荷物は、こちらでお間違いありませんか?」

「……はい、大丈夫です」

「基本的な家具についてはこちらで用意させて頂きましたが、何か必要なものなどありますか?」

「そう、ですね……私か姉さんの部屋に、テレビがあれば。そこまで大きく無くても大丈夫ですので」

「かしこまりました、数日のうちに用意致しましょう」

 

もう戻る事は無いだろう貸家では、テレビを使えるのはあの人が居ない時間だけだった。

据え置きのゲーム機で自由に遊ぶには、テレビは必要不可欠。用意して貰えるなら、お願いしよう。

他には、直ぐに思いつくものは無い。

 

「とりあえず、今はそれだけです」

「もし後で思いついたモノがありましたら、遠慮なく申し付け下さい」

「は、はい……」

 

……勇者というのは、そこまで親切にされる存在なのだろうか?

姉さんとはまた違う親切さに、少し困惑する。

そんな事を思っていると、隣の部屋の扉が開き、未だ顔が青い姉さんが出て来る。

 

「さ、先ほどは大変お見苦しいモノを……」

「いえ、どうかお気になさらず……お部屋に荷物を搬入しても宜しいでしょうか?」

「お、お願いします……私は少し、外の空気を吸ってますので……」

 

そう言うと、寄宿舎の二階へと繋がる階段に座って動かなくなる。

未だに車酔いの影響が続いているらしい。

隣に座って、背中をさすってあげる。

 

「姉さん、大丈夫……?」

「千景……今後大社の車に乗る時は、酔い止めを飲むようにするわ……」

「そうね、それが良いわ」

「飴とかガムとかも、用意しておかなきゃね……」

 

姉さんの言葉に、頷く。

車に乗っている時の姉さんは、凄い速さで飴を食べてしまった。

真鍋さんが用意してくれた飴も、8割は姉さんが食べてしまったし……

もしも用意するのなら、長持ちするので飴よりもガムの方が良いかもしれない。

背中をさすりながら、荷物が搬入されていくのを見守る。

数分もすると、搬入は終わった。

 

「荷物の搬入は完了致しましたが……大丈夫ですか?」

「な、なんとか……搬入、ありがとうございます」

「ベッドや机などは用意させて頂きましたが、他に必要なモノはありますか?」

「私か千景の部屋にテレビがあれば……」

「そちらについては、先ほど千景様にお願いされています。数日中には用意しますね」

「でしたら、今のところは他には思いつきませんね」

「かしこまりました。他に必要なモノが思いつきましたら、遠慮なく申し付け下さい」

 

そう言うと、真鍋さんは私と姉さんに何かを差し出す。

メモ、だろうか?

見ると、電話番号が幾つか書かれている。

 

「真鍋暢彦の連絡先、大社本部の連絡先、寄宿舎の管理をしている人の連絡先……これは?」

「今後生活していく上で必要と思われる連絡先を、私の方で纏めさせて頂きました。基本的には私の方に連絡を頂ければ随時対応させて頂きますので、大社本部の連絡先はあまり必要ではないと思いましたが、念のために」

「……色々と、ありがとうございます」

「いえいえ、当然の事をしたまでです」

「その『当然』を、今まで受けた事が無かったので……『当然』の事をしてくれて、ありがとうございます」

「私からも、お礼を言わせてください……ありがとう、ございます」

 

姉さんと共に、頭を下げる。

この人の言う『当然』を、私たちは知らない。

あの村に住む大人が私たちに教えたのは、理不尽、悪意等ばかり。

私たちの言葉の意味を察したのか、真鍋さんの顔が辛そうな表情に変わった。

が、それも一瞬の事で、見る人を安心させるような笑みに変わった。

 

「恐れ入ります……無事荷物の搬入も済みましたし、私は大社本部に報告する為にそろそろ本部へと戻らせて頂きます」

「そうですか」

「はい。御二人から預かった武具を本部に届ける必要もありますので」

 

ビニール袋ではなく、大社の方で用意された白い布に包まれた2つの刃物。

錆が酷く、大社の方で打ち直し、新しい武具に鍛え上げる事に決定したらしい。

暫くしたら、綺麗になって私たちの手元に戻ってくるのだろう。

 

「これからの予定ですが、御二人のお部屋の中にある机の上に、書類を用意させて頂きました。そちらを確認して頂ければと思います」

「分かりました」

「お部屋の鍵を、御二人に渡します。もし紛失されたら、管理人へ連絡してください」

 

鍵を受け取る。

高知の貸家の鍵とは全く違う見た目に、新しい生活が始まる事を再認識する。

私たちに鍵を渡した後、真鍋さんが車のトランクからビニール袋を取り出し、私たちに差し出した。

 

「それと、こちらを」

「これは?」

「車内でお渡ししたゆず飴と同じモノです。二階の左端を除いたお部屋と、千景様のお部屋のお隣に、この寄宿舎で暮らす方々がいらっしゃいます。引越しのご挨拶をされてはいかがでしょうか?挨拶をされるときに、そちらの飴をお渡しすると良いかと」

「何から何まで、本当にありがとうございます」

「どうかお気になさらず……それでは」

 

姉の感謝の言葉に頭を下げると、真鍋さんは車に乗り込む。

姉さんと共に階段から立ち上がり、見送る。

車が見えなくなるまで見送った後、私たちは改めて寄宿舎の方を見る。

引越しの挨拶、と真鍋さんは言っていた。

今後生活を共にする人たちに、自分たちが寄宿舎に新しく来た事の挨拶をする、と言う事だろう。

 

「……千景、行きましょうか」

「……えぇ」

 

姉さんの手を握って、共に歩く。

人となりが分かっている真鍋さんとは違い、全く知らない人。

そんな人と会うなんて、とても怖い。

怖いけれど……姉さんが一緒なら、大丈夫。

温かな姉さんの手に少し安心感を覚えながら、私の部屋の左隣、そこにある部屋の扉にたどり着く。

二度深呼吸をして、姉さんが扉をノックした。

 

『はーい!今行きます!』

 

明るい声が中から聞こえてくる。

ドタドタと走ってくる音がして、扉が開かれる。

赤い髪の少女。左前髪に、花の飾りが付いたヘアピンをしている。

 

「えーっと……今日この寄宿舎に来た人、かな?」

「え、えぇ、そうなの。さっき引越しが終わったから、挨拶に」

「お隣さんと、そのお隣さんだね!私、高嶋友奈です!」

 

花のような、とでも言うべきか。

高知の同級生が浮かべた、嘲笑う笑みではない。

心の底から、楽しさや嬉しさを感じているのが分かる、明るい笑みを浮かべる少女…高嶋友奈さん。

 

「2人が来ることは、事前に案内を貰って知ってたんだ!えーっと、群(ぐん)千景ちゃんと、群千草ちゃんだよね!」

「「 …… 」」

 

笑顔で、名字を間違えられた。

姉さんと2人で固まっている間に、高嶋友奈さんは言葉を続けていく。

 

「高知から来たんだっけ?」

「……えぇ、そうなの。田舎の方から」

「そっかー!あ、私は奈良県出身なの!」

「あぁ、貴方が……あ、これ、良ければ受け取って貰える?高知のお土産なの」

「高知県産ゆず使用のゆず飴!ありがとー!」

「他の人にも挨拶しに行くので、今日はこれで」

「そっか。それじゃあ、またね!」

 

パタン、と扉が閉まる。

それを確認して、数歩離れて、姉さんと顔を合わせる。

 

「……名字、間違われたわね」

「……新手の虐め、なのかしら?」

「字が似ているから、素で間違えているのかもしれないけれど……」

「郡と群って、右側しか違わないものね」

「……気にしないであげましょうか」

「そうね、それが良いかも」

 

仮に虐めだとしても、これくらい別に気にならない。

なので、気にしないでおく事にしよう。今はやるべきことがある。

階段を上がって二階へと進み、左から2つ目の部屋へと進む。

此処から右端の部屋まで、人が居るらしい。

姉さんがノックをする。

 

『む、ひなたか?……いや、ノックのし方が違うか。今行く』

 

誰かと勘違いしたが、違いに気付いたらしい。

その人だったら中に入ってくるのを許容したのだろうか?

そんな事を思いながら、扉が開けられるのを待つ。

先ほどの高嶋友奈さんとは違い、走ってくるような事は無かった。

 

「貴方は……初めまして、ですね」

「初めまして。さっき引っ越して来たばかりで、挨拶に来ました」

「それはご丁寧にどうも。私は乃木若葉です」

 

凛々しい表情をした少女、乃木若葉さんと言うらしい。

手にしているのは……刀、だろうか?

姉さんも気になったらしく、指差して尋ねる。

 

「あの、その手に持っているのは?」

「これですか?これは私の武器です。島根の神社で手に入れて以来、常に持ち歩くようにしていまして」

「貴方が、島根から人々を守って香川まで来た勇者なのね……」

「そう言う貴方達は、高知から来られた勇者の人、ですよね?」

「自己紹介がまだでしたね。私は郡千草。こっちは、私の妹の千景」

「郡千景、です」

「郡千草さんと、郡千景さん……今日来るという話は聞いていました。これからはよろしく頼みます」

 

深くお辞儀をする乃木若葉さん。

見ているこっちが感動する程、綺麗なお辞儀だ。

 

「こちらこそ、よろしくお願いします……あぁ、よかったらこれをどうぞ。高知のお土産です」

「飴、ですか。ありがとうございます」

「他の人にも挨拶に行くから、今日はこれで」

「そうでしたか。それでは、また今度」

 

パタン、と扉が閉まる。

それを確認して、数歩離れて、姉さんと顔を合わせる。

 

「真面目そうな人だったわね」

「……ああいう人を、勇者と言うのかしら」

「なのでしょうね……」

 

誠実で、堂々としていて、礼儀正しい。

まさしく、勇者と呼ぶにふさわしい人だろう。

卑屈で、姉さんの後ろに隠れてばかりの私とは、まるで正反対。

……羨ましく思う。

 

姉さんに手を引かれるままに、隣の部屋へ。

そのまま、姉さんがノックをした。

 

『若葉ちゃん?……いえ、違いますね。今行きます』

 

若葉ちゃん……乃木若葉さんの事か。

乃木若葉さんと関係があると言うと、もしかしたらこの中の人は……

予想をしている間に、扉が開かれる。

落ち着いた雰囲気の少女が、そこには立っていた。

 

「初めまして。先ほど引越しが終わりまして、挨拶に来ました」

「あぁ、貴方達が……少しではありますが、お話は大社の人から聞いています」

「と言うと、貴方が巫女さん、ですか?」

「はい。上里ひなた、と言います。郡千草さんと、郡千景さんですね?」

 

やっぱり、この人が。

島根から人々を守ってきた勇者である乃木若葉さんを、香川まで導いた巫女。

そして……現状、この寄宿舎に住む人の中でただ一人、私たちの事情を知る人。

 

「高知では、辛い目に遭われていたと聞いています」

「……どんな話を聞いたかは、確認しません。ただ……」

「誰にも言わない事、ですね?分かっています」

 

悲しそうな表情で私たちを見る、上里ひなたさん。

哀れみ、だろうか?真鍋さんがどんなことをこの人に言ったかは分からないけど、悲しんでくれているらしい。

そして、他言無用である事は知っているらしい。

 

「あぁ、良かったらこれを。高知のお土産です」

「ゆず飴、ですね。ありがとうございます」

「それでは、他の人にも挨拶をしに行くので、今日はこれで」

「そうですか。それでは、また今度」

 

パタン、と扉が閉まる。

それを確認して、数歩離れて、姉さんと顔を合わせる。

 

「……良い人そう、だったわね」

「そうね……他言無用の約束、守ってくれると良いのだけれど」

「守ってくれることを祈りましょう……」

 

あの村の事を、上里ひなたさんはどれくらい知っているのだろうか。

もし私たちの両親の事を……母の不倫などまで知っていたら。

そして、それが彼女の口から知られてしまったら……そう思うと、油断は出来ない。

周りに知られてしまったら、ここが私たちにとっての第二の地獄に変わるのだから。

そんな事を考えながら、隣の部屋へ。

姉さんがノックをする……が、返事は無かった。

 

「居ないのかしら?」

 

そう言いながら姉さんがもう一度ノックをするが、やはり返事は無い。

どうしたモノか、と首を傾げ、取りあえず隣の部屋へ先に挨拶に行くことにする。

右端の部屋の前に移動して、ノックをする。

 

『はーい!今行くから、ちょっと待ってくれ!』

 

高嶋友奈さんとはまた違った明るい声。

ドタドタと走ってくる音が響いて、扉が開いた。

小柄な少女が立っていた。

 

「ん?んん?始めまして、で良いよな?」

「えぇ、初めまして。さっき引っ越してきたばかりだから、挨拶に来たの」

「そっか、今日高知から引っ越してくるって話だったな!」

 

……なんだか、本当に高嶋友奈さんとは別の方向に明るい人だ。

高嶋友奈さんが『明るい女子』としての明るさなら、この人は『腕白な男子』の明るさ、とでも言うべきか。

そんな事を思っていると、少女の後ろから誰かがこっちに近づいて来る。

フワッとした長い髪の少女だ。

 

「た、タマっち!この人たち、私たちよりも年上の人だよ!」

「うえっ!?そ、そうだったか……?」

「そうだよ。学年も上で……あ、す、すみません!」

 

ペコペコと頭を下げる、長髪の少女。

 

「あ、あの、初めまして。私、愛媛から香川に来ました、伊予島杏です」

「同じく愛媛から来た、土居珠子だ!……です」

「伊予島さんと、土居さんね。私は高知から来た郡千草、こっちは妹の千景よ」

「郡千景、です」

「郡千草さんと、郡千景さん、ですね。よろしくお願いします」

 

あまり慣れない様子で、丁寧に話す土居さん。

何と言うか、この2人は正反対だ。

だけど、とても仲が良さそう……

 

「あぁ、よかったら、こちらをどうぞ。高知のお土産です」

「飴、ですか?ありがとうございます。読書のお供に、頂きますね」

「ありがとう……ございます。飴、かぁ……うん、山登りの糖分補給に良いかもな」

 

……どうやら、趣味も正反対らしい。

読書を好む落ち着いた少女と、登山を好む腕白な少女。

 

「挨拶は終わったので、今日はこれで」

「あ、あの……さっき来たばかり、なんですよね?」

「え、えぇ、そうですけど」

「後で書類を確認されるとは思うのですが、一応。寄宿舎暮らしでの食事は、食堂でとる事になってます」

 

伊予島杏さんに呼び止められて、話を聞く。

食堂、か。今は丁度お昼だし、行ってみるのもありかもしれない。

……人目のつく所で、と言うのが怖いけれども。

 

「それで……えっと、その、もしも……」

「もし良かったら、タマと杏で案内する……しますよ」

「……」

 

……私は、不安だ。見ず知らずの人と食事だなんて、怖い。

チラリと、姉さんの方を見る。

丁度姉さんも私の方を見ていたらしく、目が合う。

何かを察してくれたのか、直ぐに姉さんは2人の方を向く。

 

「そのお誘いは嬉しいけど、引越しで疲れちゃってて……少し休んでから行きたいから、場所だけ教えて貰えるかしら」

「なるほど……それもそうですよね。書類の方にも場所は書いてありますけど、あそこの道を……」

 

姉さんの言葉に納得してくれて、伊予島杏さんが姉さんに道を教える。

良かった、と表情には出さないが安堵する。

それと共に、私の考えを察してくれた姉さんに感謝する。

 

「えっと、今の説明で大丈夫ですか?」

「えぇ、大体分かった。ありがとうね、伊予島さん」

「いえ、気にしないでください」

「それじゃあ、また今度」

「はい、それじゃあ、また」

「またな!……じゃなくて、また今度!」

 

伊予島杏さんの言葉に、慌てて土居珠子さんも続く。

その後、パタン、と扉が閉まる。

それを確認して、数歩離れて、姉さんと顔を合わせる。

 

「……正反対の性格の人だったわね」

「でも、とても仲が良さそうだったわ……」

「そうね……どうして、あんなにも仲が良いのかしら?」

 

正反対の性格だった。

きっと、何度も意見が食い違ったりもするだろう。

姉さんと同じ疑問を持ったので、一緒に首を傾げる。

 

「……まぁ、今考えてもどうしようもない、か」

「それもそうね」

「それじゃあ、一度部屋に戻りましょう。今度の予定は部屋に戻ってから決める、って事で」

「えぇ、分かったわ。書類を取ったら、姉さんの部屋に行くわ」

「じゃあ、部屋で待ってるわね」

 

2人で階段を下り、一度自分の部屋へと入る。

机の上に置かれている大き目の封筒を手に、即座に隣の部屋へ。

ベッドに腰掛ける姉さんの、すぐ隣に行く。

 

「さてさて、書類は……あぁ、これが食堂とか、丸亀城への行き方ね」

「姉さん、食堂への行き方は、伊予島杏さんの説明と違ったりしていない?」

「……えぇ、大丈夫そう。嘘をつかれたりはしていないみたいね」

「そう、それなら良かった……」

 

真っ先に、食堂への行き方を確認しておく。

他人から与えられた情報を、鵜呑みにしてはいけない。

あの村で過ごしてきた私たちには、その考えが染みついていた。

……勇者関係の話は、調べようが無かったのもあるが、村の外に出られる嬉しさが勝って信じてしまった。

でも、信じて正解だった。

 

「で、他には……基本、真鍋さんの言っていた事と同じことが書いているわね」

「えぇ、そうね……あ、ここは特に聞いてなかった話ね」

「明日の予定、かぁ……」

 

明日の朝、タンスに用意してある制服を着た上で丸亀城に用意された教室へ向かう事、と書かれている。

制服、か。そう言えば、制服を用意するからサイズを選んでほしいと真鍋さんから紙を貰って、それを提出した事を思い出す。

真鍋さんと出会ったあの日の、おぼろげな記憶の中にそんな事があったはずだ。

 

「時間を守って行動しないとね」

「……目覚まし時計、しっかり用意しておかないと」

「そうね」

 

平日の朝から、小学生ながら朝食の用意やゴミ出しを行ってきた私たちにとって、朝寝坊せずに起きるというのは必要不可欠なモノだった。

それに、高知の家であの人が立てた物音に反応して起きるようになってしまった私たちだ。

外的要因、つまり目覚ましの音があればすぐに起きられる。

起きられるのだが……姉さんの場合、外的要因が無いとずっと寝てしまう事を私は知っている。

 

あの人が仕事で家に帰ってこなかったある日。

目覚まし時計が電池切れで動かなくなっていたあの日、私はいつも起きる時間に起きた。

けど、姉さんはぐっすり眠っていて。

5分程物音をたてずに観察していたが、余りにも気持ちよさそうに寝ていたから、私は姉さんを起こさず、代わりにゴミ出しに出た。

その物音がしたら、姉さんは直ぐに目を覚ましたが。

 

「姉さん、目覚まし時計の電池は入れ替えてね?」

「わ、分かっているわよ。電池を変えて、起きる時間に設定する。大丈夫よ」

「……まぁ、もし忘れていたとしても、その時は起こしてあげる」

「えぇ、お願いね、千景」

 

あの日以来、姉さんが私を頼ってくれる事が1つ増えた。

『もしも時計が止まっていたりして、私が起きなかったら、その時は千景が起こしてね』、と。

姉さんには負担をかけてばかりだから、頼ってくれることがとても嬉しかったりする。

 

「……確認しておくべき事は、これくらいかしら」

「そうね。今日明日に関わる事は、これくらいみたい」

「よし、なら……ゴメン、ちょっと休ませて……」

「あ、本当に休みたかったんだ……」

「まだちょっと具合悪くて……」

「……姉さん、そんなに車酔いしやすい人だった?」

 

ふと、疑問に思った事を聞いてみる。

バスに乗って村から街中に移動した事も今までに何度かあるが、別に姉さんが酔っていたようには見えなかった。

特に、こんなにも酷い車酔いなんて、初めて見る。

 

「こう、臭いが駄目で……」

「そんなに変な臭い、してたかしら……?」

「うぅん、消臭スプレーとか、芳香剤だとは思うんだけどね……慣れない臭いがして、揺れと合わさって……」

「あぁ、成程」

 

確かに、車の臭いとは違う匂いがしていたとは思う。

個人的には気にならない香りだったが、姉さんにとってはあまり良くなかったのだろう。

 

「30分くらい、ゆっくり休みましょうか」

「うん、そうさせて……」

「姉さん、横になったら?ほら、膝貸してあげるから」

「……ありがと、千景」

 

そう言うと、ゆっくりと私の膝に頭を乗せる。

少しすると、静かな寝息が聞こえてくる。

そっと頭を撫でてみる。

 

「……姉さん、お疲れ様」

「スゥ……スゥ……」

「ふふっ……今は、ゆっくり休んでね。

 

姉さんがゆっくり休めるように。

物音1つたてないよう、静かに時間が経つのを待つことにする。

姉さんの寝息だけが聞こえる部屋で、姉さんの頭を優しく撫でながら、私は姉さんを起こす時間まで静かに過ごした。




千草ちゃん、本当にゴメンね……(ゲ○イン属性付与

ようやくのわゆ組のキャラクターと合流させてあげる事が出来ました。
ここからが本番、頑張って書いていきます。

冒頭にも書かせて頂きましたが、某巫女さんとの出会いの部分は完全に本作オリジナルになる予定です。
本作オリジナル展開で、しっかりと原作並に『敬愛(彼女流表現)』の念を抱かせてあげられるか不安ですが、まずはそこにたどり着くまで頑張って書かないといけませんね。
まずはそこまで、どうか温かく見守って頂ければ……(土下座


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第5話

投稿遅くなってしまい、申し訳ありませんでした。
ゲームが、ゲームが悪いんです……
色んなゲームが発売され、そっちを遊んでいて小説の方が中々進まず……
他にも色々とあるのですが、大きな原因はこれです。本当に申し訳ない。



「……ン、ンンッ……ふぁあぁぁ……」

「あ、おはよう、姉さん」

「……おはよう、千景」

 

目を開くと、見覚えの殆ど無い天井と、大切な妹の優しい笑みが見える。

あぁ、膝枕して貰って、寝ていたんだった。

名残惜しいけれども身体を起こす。

 

「どれくらい寝てた……?」

「1時間くらいかしら。珍しく起こしても起きなかったから、そのままにしていたの」

「1時間も?そっか……ゴメンね千景、足痺れたりしていない?お腹は空いてない?」

「足はちょっと痺れてるけど、数分もすれば大丈夫よ。お腹の方も、大丈夫……」

 

クゥ、と音が鳴る。私のお腹と、千景のお腹。どっちもだ。

2人揃ってお互いの顔を見て、同じタイミングで笑う。

 

「……食堂、行ってみよう」

「そうね、行ってみましょう」

 

部屋を出て、書類と伊予島さんの説明を思い出しつつ歩く。

たどり着いた場所では、真鍋さんと同じ白装束を着た人たちが数名、食事をとっているのが見える。

食事の邪魔にならないよう、静かに中に入る。

食事中の人が気付かないよう静かに動き、料理が置かれている場所を見る。

……うどんが、多い。トッピングの量も、尋常じゃない。

温かいモノと冷たいモノ、トッピングを組み合わせると30種は余裕で越えていると思われるくらい、うどんが一杯だ。

そんな事を思いながら料理を見ていると、食堂の人だろうか、30代か40代と思われる女性が1人、向こうからこっちに来る。

 

「おやまぁ、いらっしゃい!貴方達が、高知から来たって言う勇者様だね!」

「え、あ、はい。高知から来た、郡千草です。こっちは妹の千景です」

「こ、郡千景です……」

「自己紹介ありがとう。私はこの食堂で料理を作ってる者だよ。気軽におばちゃんとでも呼んでくれると嬉しいね!」

 

豪快に笑う、左胸に『多田』と書かれたネームプレートを付けた女性。

初めて見るタイプの人だ。

 

「この食堂は好きなモノを選んで貰って、自分で持っていって貰う形で料理を提供させて貰ってるよ」

「そ、そうなんですね……」

「所謂、セルフサービスって奴なんですね」

「そうだよ。私からの説明はこれくらいかね……さ、色々あるから、好きなモノを選んでねぇ!腕によりをかけて作ってるから!」

 

笑顔でそう言われて、改めて料理を見る。

豊富なうどん以外には何があるのだろうかと料理を見て、ある食べ物を見つける。

うどんとそのトッピングの向こうに、『それ』はあった。

 

「……肉野菜炒めとご飯、味噌汁にしようかな」

「じゃあ、私もそれで……」

「食べ終わったら食器類は向こうのカウンターに持ってきてね!」

「は、はい」

「姉さん、あっちの方空いてるみたい……」

「そっか。なら、そっちの方を使わせて貰いましょうか」

 

千景と共に、周りに人が居ない席に移動する。

2個隣の席まで全て空席なのを確認して、一安心。

これなら、たとえ何か飛んできたとしても、方向から誰が投げてきたのか特定出来る。

 

「冷めないうちに、食べましょうか」

「そうね……頂きます」

「頂きます」

 

手を合わせ頂きますと口にしてから、箸を手に持つ。

取りあえず、まずはメインの肉野菜炒めから。

……野菜の悪さを誤魔化すために、私は調味料を沢山入れて濃い味にしていたが。

この肉野菜炒めは、そこまで濃い味、という訳ではなさそうだ。

 

「フーッ、フーッ……ん、美味しい……!」

 

一口食べれば、その美味しさに驚く。

醤油がベースだろうか、甘辛く、濃すぎない味付け。

野菜は歯ごたえがあり、今まで私が食べてきた野菜とは全然違うモノだと思い知らされる。

肉も、量が多いのは分かっていたが、肉の質そのものも素晴らしい。

全ての要素がかみ合って、素晴らしい料理となっている。

 

「本当に美味しいわ……」

 

千景も、その美味しさに感動しているようだ。

箸の進むペースは、私の作った料理を食べる時より少し早い。

……美味しいモノを千景に食べさせられた事には、喜びを感じる。

それと共に、それが私の料理では無い事に、悔しさも感じた。

感じた悔しさを表情には出さず、野菜炒めを食べ、味噌汁にも手を伸ばす。

ネギと豆腐のシンプルな組み合わせで、インスタントとは全然違う優しい味がする。

……インスタントではない味噌汁なんて、いつ以来だろうか。

まだ母さんが家に居て、不倫もしていなかった頃。多分その時に飲んだのが最後だろうか。

味噌汁だけではない。

自分以外の誰かが作った料理を食べたのも、久しぶりだ。

 

「……姉さん?」

「どうしたの、千景?」

「いえ、その……姉さんが、泣いているから」

「……えっ?」

 

言われて、右頬に何かが伝っている事に気が付く。

指で軽く拭い、そのまま目の辺りを少し擦る。

 

「し、心配させてゴメンね?少し埃が目に入っただけよ」

「本当に、大丈夫なの?」

「えぇ、大丈夫」

 

自分で気付かなかったが、どうやら私は泣いていたようだ。

何故だろうか?……いや、分かっている。

過去を思い出していたのだ。

村の人から虐げられていなかった、遠い過去……まだ母さんが居て、不倫もしてなかったあの頃を。

あの人と母さん、千景と私、4人が慎ましくも幸せに暮らしていた、あの頃を思い出してしまった。

 

「そんな事より千景。味噌汁も美味しいわよ」

「本当?……あ、本当だ。温かくて、優しい味ね……」

「そうよね。とても温かいわ……」

 

千景の視線と興味を逸らして、もう一度だけ目の辺りを擦る。

これで、大丈夫……

 

「でも」

「でも?」

「……姉さんの料理は、もっと温かくて、心が落ち着く味がして、私は好きよ」

「……ありがとう、千景」

 

千景の方に手を伸ばして、頭を優しく撫でる。

満更でもなさそうに目を瞑って撫でられている千景を見ながら、私は微笑む。

そして、千景が目を瞑っているのを確認して、また零れてきた涙を拭った。

 

 

 

――――――――――

 

 

 

昼食を終えて部屋に戻ると、机の上に段ボールが1つ置いてあった。

疑問に思いながらも近づき、段ボールの上に置いてあったメモを見る。

 

『先ほどお渡しするのを忘れてしまっていたので、お部屋に置かせて頂きます。中身はある程度の設定をし終えたスマートフォンと、勇者御記となります。スマートフォンにつきましては、細かな設定をご自身でして頂いた後、ご自由にお使いください。勇者御記は、簡単に説明しますと日記になります。出来れば毎日、数行でも良いので書いて頂けると有難いです。時折確認させて頂きたいと思います』

 

中を開けると、確かにスマートフォンと『勇者御記』と書かれた1冊の本が入っている。

それと、スマートフォンの設定の仕方が書いてある冊子も付いている。文字の書き方からして、真鍋さんが書いてくれたのだろう。

冊子を見ていると、ドアがノックされ、そのまま開けられた。

 

「姉さん、あの……あ、姉さんの所にも、やっぱり届いてたのね」

「千景も?……なら、一緒に設定を済ませちゃいましょうか」

「うん」

 

ベッドに隣同士に座って、一緒にスマートフォンの設定をしていく。

パスワードにメールアドレス等、必要なモノは何で、どう決めるのか、冊子に分かりやすく纏められている。

その為、時折千景と相談しながら決めても、そこまで時間はかからなかった。

連絡先が間違っていないか、お互いに電話とメールをして確認し、登録は完了だ。

 

「これで大丈夫ね」

「そうね、千景」

「それにしても、スマートフォン……初めて手にするわね。アプリゲームとか、楽しみ」

「それは私も楽しみね。何か面白そうなアプリがあれば、一緒にやってみましょう」

「えぇ」

 

そんな事を千景と話しながら、すこしゆっくりと過ごす。

ここ数日は、縁を切りたくないと縋るあの人の対応とか、そういうのでゆっくりと過ごせなかった。

久しぶりに過ごす、千景と他愛のない話をしながらゆっくりとする時間。

やっぱり、こういう時間が一番落ち着く……

 

コンコンッ

 

『すみません、上里です』

「上里さん……はい、どうぞ」

 

聞こえてきたノックの音に反応すれば、相手は此処に住んでいる唯一の巫女、上里ひなたさん。

誰かが来るなんて思っていなかったから少し驚いたけど、とりあえず中に通す。

上里さんは私の部屋に入ると、ペコリと深く、綺麗にお辞儀した。

 

「郡千草さん、郡千景さん。先ほどはお土産、ありがとうございました」

「いえ、気にしないでください……お礼を言いに?」

「それもありますが、少しお誘いを、と」

「お誘い?」

 

上里さんの言葉に、千景と共に首を傾げる。

一体、目の前の少女は何を言っているのだろうか?

 

「実は、若葉ちゃんの提案で、勇者と巫女全員で一緒に夕食を食べに行かないか、と」

「夕食を皆で、ですか」

「はい。御二人が引っ越して来た事で、全員が揃った訳ですから。これから一緒に過ごす仲間ですから、親睦を深める為にも、一緒に食事をと」

「成程……」

 

少し考える。

確かに、私たち2人が合流した事で、現状見つかっている勇者は全員揃った事になる。

私たちが来るまでの数日間、ようやく互いの事を知って落ち着いてきた所に現れた、素性の知れない相手。

どういう人物なのか、コミュニケーションを計ってみた、という事か。

 

参加しなかった場合に発生するデメリットは何だろうか。

まず、相手の事を知る機会が減る事だろうか。

コミュニケーションの機会が減るという事は、つまりそう言う事だ。

また、相手から確実に不審に思われるだろう。

素性の知れない相手程、信じられない物も無いだろう。

……もっとも、素性を知っていても信じられない相手だっているのだが。

まぁ、それは今は置いておくとしよう。

 

参加することで発生するメリットは?

まぁ、相手の事を知る事が出来る、という事でしょうね。

コミュニケーションをとれば、それだけ相手の事を理解出来るだろう。

信頼が得られるか、というと、そうでもないけど。

でも、参加しないよりは印象は良いだろう。

 

「……他の人も、参加するのかしら?」

「はい。御二人以外の、若葉ちゃんのお誘いを受けた人は全員参加するみたいです」

「そうなのね……」

 

私たち以外全員が参加するのか。

となると、参加しなかった場合全員が私たちを非難する訳だ。

……村から出てまで、そういう生活から逃げてきたのに、またそのような状況に戻る訳にはいかない。

そう考えれば、とれる対応はただ1つ、か。

 

「……分かったわ。参加させてもらう」

「本当ですか?ありがとうございます!6時半にここを出発する予定ですので、時間が近くなりましたら、また呼びますね」

「えぇ、お願いするわ」

「それまでは、ゆっくり休んでいてください」

 

ペコリとまたお辞儀をして部屋を出ていく上里さんを見送って、扉を閉める。

千景を見ると、不安そうな表情だ。

 

「……参加、するの?」

「参加するのとしないのと、メリットデメリットを考えたみたけれど……参加した方が良さそうなのよね」

「そう……姉さん、私、怖いわ……」

 

千景が怖がるのは、よく分かる。

素性の知れない相手と食事するなんて、怖いに決まっている。

それに、外食となれば、他にも知らない人が客としてそのお店に来ているのだろう。

そもそも、料理を出す店員も全く知らない人間だ、警戒する対象しか居ない。

警戒すべき対象が増えれば、カバーしきれない可能性だって出て来る。

もしそうなれば、何をされるのか……

あの村では、給食にゴミや虫の死骸を投げ込まれたりした。

そういう経験があるから、千景は怖がっているのだ。

 

「……千景」

「姉さん?」

 

千景を安心させられるよう、自分が感じている恐怖を押し殺す。

千景の両手を包むように握って、まっすぐ千景の事を見る。

 

「怖いのは、良く分かるわ。でもね……怖いからといって不参加の選択肢を選ぶと、前と変わらないわ」

「前と、変わらない……」

「えぇ。相手は唯一参加しなかった私たちに不信感を覚える。不信感が嫌悪に変わって、最終的にはあの村と変わらない状況になるかもしれない。そこまで行かなくても、あまり良い気分にはならないでしょうね」

「そう、よね」

「それに、相手に事を全く知らないまま行動する事になるわ。それは、避けておきたいと思うの」

「……分かったわ」

 

私の考えを聞いて、分かってくれたのだろう。

千景が、怖いのを我慢して頷いてくれる。

それを見て、千景の両手から手を離し、ギュウッと抱きしめる。

 

「……どうしても怖くて耐え切れなかったら、私に言って。その時は、一緒に帰りましょう」

「……ありがとう、姉さん」

「良いのよ、気にしなくて」

 

千景も私の背中に手を回して、優しく抱きしめてくれる。

互いに抱きしめ合う事1分程、千景が落ち着いてきたのを確認して、手を離す。

 

「6時半くらいに出るって話だったから、それまで一緒に遊びましょう」

「そうね。姉さん、何かやりたいゲームはある?」

「そうねぇ…あ、そういえばいつもやってる狩りゲー、作りたい武器の素材が足りないの。手伝ってくれる?」

「もちろん。ゲーム機を取ってくるから、少し待っててね」

「えぇ、分かったわ」

 

先ほどまでの怯えた表情がすっかり変わり、楽しそうにしているのを見て安堵する。

後は、無事に乗り切るだけ。

…何事もなけれな良いのだけれど、どうなるかしら。

 

 

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 

 

午後6時50分。

私と千景は、寄宿舎の面々……私たち以外の勇者4人と、1人の巫女と共に歩いていた。

6時半に集まった私たちは、何を食べようかと話になったときに高嶋友奈さんがこぼした『そういえば香川ではうどんが有名で、地元の人のソウルフードだって聞いたんだ。折角だから食べてみたいなぁ』と言う言葉で、乃木若葉さんお勧めのうどん屋へといく事になった。

うどん、か。自分で茹でた事はなかったので、最後に食べたのはインスタントのうどんか。

あれはあれで手軽に食べられて嫌いではないが……

 

「あぁ、ここだ。今や香川でも少なくなってきた、本物の純手打ち店だぞ」

 

どうやら、目的のお店に着いたらしい。

そこそこ大き目のお店だ。時間が時間だからか、人は程々に入っているみたいだ。

全員が中学生に満たない女子だけだからか、店員さんが少し怪しんでいるように見える。

が、乃木若葉さんを見ると驚いたような表情に変わる。

 

「あら若葉ちゃんじゃない、いらっしゃい」

「こんばんわ。7人なのですが、席は空いていますか?」

「えぇ、大丈夫よ。それにしても、子供だけなんて珍しいわねぇ」

「新しいクラスメイトです。香川の外から来た人も居ますので、香川の良さ……いえ、うどんの良さを知って欲しくて」

「新しいクラスメイト……そうなのね。お冷を持っていくから、奥の席へどうぞ」

 

店員さんが、何かを察したような表情で私たちを見る。

一体、何を考えているのだろうか……まぁ、どうでもいいか。

乃木若葉さんを先頭に奥の席へと行く。

2人用の机を3つ繋げ、片側に私、千景、上里ひなたさん。もう片方に土居球子さん、伊予島杏さん、高嶋友奈さん。そして、所謂お誕生日席に乃木若葉さんが座る。

全員の手元にお冷が置かれた事を確認し、乃木若葉さんが口を開く。

 

「コホンッ……本日は、私が提案した夕食を兼ねた親睦を深める会に参加いただき、ありがとうございます」

「若葉ちゃん、堅苦しい挨拶は必要ないと思いますよ?」

「うん、タマもその意見には賛成だ。お腹がペコペコだ」

「そ、そうだろうか……では、手短に。これを機に、皆の事を知りたいと思っている。香川のうどんを楽しみながら、親睦を深めていこう」

 

やはり、乃木若葉さんは真面目な人なのだろう。

わざわざ堅苦しい挨拶を考えて、暗記してきたのだろうと想像、強く感じる。

 

「…さて、挨拶はこれくらいにして、うどんを頼もう」

「ここのうどんはどれも美味しいですよ。もし良ければ、私たちのお勧めのうどんを注文しても良いでしょうか?」

「私はそれでいいよ!」

「わ、私もそれで大丈夫です」

「タマも最初はそれで行こう!」

 

お勧めのうどん、か。

周りの人も同じものを頼むとなると、怪しい事は出来ない……筈ね。

千景の方をチラリと見る。

私が見ているのを感じたのか、こっちを見て軽く頷くのが見えた。

私の判断に任せる、という事だ。

 

「……えぇ、私もそれで大丈夫よ」

「私も」

「……皆さん、ありがとうございます。それじゃあ若葉ちゃん、どのうどんにしましょうか」

「暑い事も考えると、ぶっかけうどんだろうか?シンプルなうどんを最初は食べて貰いたいからな」

 

『ありがとう』と言う前に、私たちの事を上里ひなたさんは見ていた。

気にしてくれている、のだろうか?

少し考えていると、うどんが運ばれてくるのが見えた。

……まだ数分しか経っていないと思うのだけれど、提供まで早くないかしら?

インスタントとは違う、太い麺。

私の知っているうどんとは違い、つゆは並々と入っている訳では無いようだ。

小皿に分けて盛ってあるのはネギと…すりおろした生姜、かしら?

先ほど乃木若葉さんが言っていたように、具材などは殆ど無いシンプルなうどん。

 

「はい、お待たせしました。ぶっかけうどん7人前です」

「うわーっ、美味しそう!」

「そう言って貰えると嬉しいねぇ。でも、美味しそう、じゃないのよ」

「ここのうどんは本当に美味しいんですから」

「そう言う事よ。それじゃあ、ごゆっくり」

「ふふっ、皆さん、興味を持って頂けたみたいですね」

「美味いうどんで英気を養おうじゃないか。それでは代表して……頂きます」

『頂きます』

 

乃木若葉さんの言葉に続き頂きますと口にし、割り箸を割る。

さて、と……うどんではなく、まずはお冷を頂く事に。

千景も同じく、お冷に手を伸ばしている。

喉が渇いている、というのも無くは無い。けど、それだけが理由では無い。

変なモノが入っているなら、同じものを頼んだ周りに被害が出る筈。

周りの反応を見て、安全かどうかを見極める。その為にすぐうどんに手を伸ばす事はしないでおいたのだ。

 

真っ先にうどんを食べに行ったのは土居球子さん。

待ちきれなかったのだろう、勢いよくうどんを啜る。

そして、固まった。

 

「………」

「た、タマっち?どうかしたの?」

「な、なな、な……・なんじゃこりゃあああッ!?ぶっタマげたッ!!」

 

再起動したら、あとはもう止まらない。

伊予島杏さんの声も気にならない程に、夢中でうどんを啜っていく。

 

「……高嶋友奈、行きますッ!」

 

土居球子さんの反応に、何か感じたのだろう。

ズズーッ、とうどんを啜り、土居球子さんと同じく固まった。

 

「お、美味しい!具だって、出汁だって、見た目は普通なのに…!!」

「そ、そんなに……わ、私も、行きます!」

「あぁ、伸びる前に食べてくれ」

「伸びたうどんはあまりお勧め出来ませんし、作った人に申し訳ありませんからね。美味しいモノは、美味しい時に食べましょう」

 

興味半分恐れ半分といった感じで、伊予島杏さんがうどんを啜る。

そんな彼女の事を、乃木若葉さんと上里ひなたさんがうどんを食べながら見守っている。

 

「こ、これは…まるで、口の中で麺が踊るようです!こんなうどんは初めてです!!」

「だろう?素材だけではない、水にすらこだわりをもって作られたうどんは、良いモノだろう?」

「若葉ちゃん、きっと3人にはもう聞こえていませんよ」

「む、そうか……いや、それほどまでに夢中になってくれた、という事だな」

「えぇ」

 

誇らしげに語る乃木若葉さんと、そんな乃木若葉さんを優しい表情で見る上里ひなたさん。

そんな2人が、こっちを見た。

 

「2人は、食べないのですか?」

「え、あぁ、その……他の人の反応が凄かったので、ちょっと」

「そうでしたか……先ほども言いましたが、うどんは伸びない内に食べるのが一番です。どうぞ、まずは一口」

 

……流石に、周りの反応を伺うだけでは時間稼ぎも限界か。

少なくとも、今の段階で先に食べた人たちは問題なさそうではある。

……ここは、いくしかないか。

これ以上理由を付けて様子見をすれば、流石に不審に思われる。

チラリと千景と目を合わせる。

千景の表情には、私でなければ分からないだろうほんの少しの怯え。

 

「……えぇ、そうね。それじゃあ、頂きます」

 

うどんに視線を向け、ほんのわずかな時間だが変なモノが入っていないか確認。

見た感じ、あの学校の給食の様に虫が入っていたりしている訳では無い。

それを確認し、箸でうどんを数本挟み、持ち上げる。

ある種の美しさすら感じる。カップうどんなんかと比べるのは申し訳なく感じてしまう。

しかし、比較対象がそれしかないので、色々と比べてみる。

1本1本が長くて太く、しかし箸で挟んだだけで分かる程にコシがある。

うどんに絡んだつゆの香りは、嗅いだだけでその美味しさを予感させ、ゴクリと唾を飲み込ませる程に素晴らしい。

警戒心すら粉砕し、『早く食べろ』と身体の奥底から衝動が湧き上がる。

 

衝動のまま、うどんを食べ始める。

口に含んだうどん、そこに絡んだつゆの味がまずは伝わってくる。

カップうどんとは全く違う、強すぎなく、しかし確かに感じるつゆの味。

粉末スープを溶かしただけのアレとは全く違う、優しい味だ。

次に伝わるのはうどんを噛んだ時のコシの強さ。

伊予島杏さんの、『口の中で麺が踊る』という表現に納得してしまう。

私の知っているフニャッとした麺とは全然違う。これには、1本1本に確かな存在感がある。

 

うどんの麺の味は……私の知っているうどんとは全く違う、としか表現できない。

知らないだけで、これはうどんの麺、その原料である小麦の味なのかもしれない。

私の知らない、しかしどこか安心する味が口に広がり、つゆと合わさり『極上』としか表現できない領域へと昇華されていく。

飲み込んだ時ののど越しは、本当にカップうどんと比べたらこのうどんに申し訳ない。

 

長々と1口のうどんを分析したけれども。

全てが、次の一言に集約された。

 

「……美味しい、わね」

「……わ、私も、頂きます」

 

私の反応を見て、安全だと判断してくれたのだろう。

千景が恐る恐る、うどんを摘まみ、口に含む。

飲み込んだ後には、他の人と同じく心底驚いた表情。

 

「こ、これは……本当に、うどん?私の知っているうどんとは、全然……」

「2人の知っているうどんがどのようなモノかは知りませんが、これが香川のうどんですよ」

「香川のうどんの中でも、特にお勧めのうどんです。どうですか?」

「……えぇ、美味しいわ」

「それはよかった」

「喜んでもらえてよかったですね、若葉ちゃん」

 

安心した表情の乃木若葉さんと上里ひなたさんを横目に、うどんを啜る。

記憶にあるうどんは温かいうどんだけだが、冷えたうどんというのもいいかもしれない。

そんなことを考えながら半分ほど食べ、ふと小皿に載ったネギと生姜の存在を思い出す。

 

パラパラとネギを少しだけのせ、うどんと共に食べる。

シャキシャキとした食感とネギの風味が、うどんと合う。

次に生姜を少しだけのせ、うどんと共に食べる。

生姜の味が今までの味を変化させ、サッパリとしたその味に食が進む。

そして、どちらものせて食べてみる。

シャキシャキとしたネギの食感、生姜によって変化した味、全てが噛み合うことで箸が止まらなくなる。

アッと言う間に、うどんが目の前から消えていた。

 

「夢中になってくれる程、気に入って貰えたようで何よりです」

「……えぇ、そうね」

 

空になった器を見ながら、上里ひなたさんの言葉に同意する。

『夢中』という単語しか見つからない程に、私は食べる事に集中していた。

香川のうどん、恐るべし。

 

「見たところ、皆食べ終えたみたいだな。落ち着いたところで、少し自己紹介をさせて欲しい」

「自己紹介、ですか?」

「現状大社が見つけた勇者が、全員揃った。こうして集まったのは初めてだから、改めて自己紹介を、と思って」

「確かに、それは良いかもしれませんね」

 

乃木若葉さんの言葉に、伊予島杏さんが頷く。

来たときに挨拶はしたが、車酔いのダメージが残っていて把握しきれていない事も多い。

改めてここに居る人を観察する、というのは必要ね。

 

「では、ここは提案者である私から……香川出身、乃木若葉です。小学5年生で、修学旅行の時にバーテックスに襲われ、その際勇者の力を得て、人々を守りながら香川へと戻って来ました。丸亀市で暮らしていく中で、聞きたいことがあったら答えられると思います。これから、よろしくお願いします」

「次は私が。香川出身、上里ひなたです。若葉ちゃんとは幼馴染です。若葉ちゃんと同じく、バーテックスの襲撃の際に巫女の力を得ました。丸亀市や香川の事はもちろん、若葉ちゃんについて知りたい事がありましたら、私に聞いてくださいね?」

 

香川組、とでも言うべき2人。

今の所分かるのは、2人共礼儀正しい人である、という事。

少々乃木若葉さんは『かたい』人であるようだ。

上里ひなたさんは、一歩退いた場所から見守る人間、とでも言うべきか。

 

「じゃあ、次はタマだな!愛媛出身、土居球子!小学5年で、愛媛であの地震とかがあった時に勇者になったんだ!よろしくな!!」

「じゃ、じゃあ私も……同じく愛媛出身、伊予島杏です。小学4年生で、タマっちと同じく愛媛で勇者になりました。み、皆さんよろしくお願いします」

 

香川組に合わせて、愛媛組とでも言おうか。

元気いっぱいの土居球子さんと、大人しい性格の伊予島杏さん。

にしても……

 

「伊予島杏さん。貴方、土居球子さんよりも年下だったのね?」

「え、あ、あの、その……じ、実はそう言うわけじゃなくて……私、昔から身体が弱くて。小学3年生の時に、入院期間が長くなったので、1年やり直す事になったんです」

「……そうだったの。ごめんなさいね、無神経な内容の質問をして」

「い、いえ!」

 

ふと気になって聞いてみたけれど、返って来たのは少々重い話。

謝りはしたけれど、印象は悪くなっただろう。

失敗だったか……

そんな事を考えていると、土居球子さん伊予島杏さんに話しかける。

 

「そういえば、タマは杏よりも学年的には1年先輩なんだよな。そんな事気にしないでフツーに話してたけど、ふーむ……」

「た、タマっち?」

「そうかそうか、タマの方が先輩だもんなぁ……よぉし!杏、学校が始まったら、タマの事を先輩って呼んでくれ!!」

「え、えぇっ!?」

「学校の中だけで良いからさ!タマ、ちょっと先輩って呼ばれるのに憧れるんだよ!!」

「う、うーん……か、考えておくね?」

「前向きに頼むぞ、杏!」

 

……本当に、仲が良いのね。

土居球子さんの人の良さが、影響しているのかしら。

……警戒すべきは、土居球子さんの方かしら?

彼女はどうやら、ムードメーカー気質のようだし、こちらに話しかけてくる可能性は他より高い。

この2人の仲では、どちらかというと土居球子さんを警戒しておこう。

 

「じゃあ、次は私が行くね!奈良県出身、高嶋友奈!小学5年生で、四国に来てた時にあの被害にあって…それで、色々あって勇者になりました!!ここに居る皆とは違って、1人だけ四国の外出身、かな?でも、皆と仲良くなりたいな!よろしくね!!」

 

私たちとは違い、四国の外から来たという高嶋友奈さん。

挨拶に行った時と同じで、明るい笑みを浮かべている。

 

「そうか、1人だけ四国の外が出身か…」

「友奈さん、四国の事で知りたい事があったら、私たちに聞いてくださいね?」

「その時はお願いするね!でも、今は大丈夫……かな?」

「疑問形、なんですね……」

「まー、しょうがないだろ。急に聞きたい事とか言われても、パッと思いつかないだろ?タマはそうだ」

「だねー」

 

……明るい人、である事は分かった。

彼女も土居球子さんと同じく、警戒しておこう。

さて、残るのは私と千景、か。

私たち2人に視線が集まるのを感じる。

緊張するし、恐怖も覚える。が、それを表情や仕草には出さず、押し殺す。

今この場において、緊張も恐怖も出してはいけない。

弱みを曝け出せば、つけ入る隙として見られる。

何事も無いかのように、自己紹介をしよう。

 

「じゃあ、私ね。高知県出身、郡千草。小学6年生で、千景の姉。田舎出身で、普段気にしなかったからあまり高知の事には詳しくないわ。興味がある人はごめんなさいね。地震で避難していた神社が崩れて、そこで武器を見つけて勇者になったの。だから、実戦は経験していないわ。でも、足を引っ張らない様に頑張るから、これからよろしくおねがいします

「……高知県出身、郡千景。小学6年生よ。姉さんと一緒に、同じ神社で武器を拾い、勇者になったわ。これから、よろしくお願いします」

「ごめんなさい、少し人見知りしやすい子で……千景共々、よろしくお願いします」

 

やはり怯えを隠し切れない千景のフォローを少し入れて、挨拶を終える。

さて、どう来るか。

まず最初に来たのは……乃木若葉さん、みたいね。

 

「実戦経験が無いんですか?」

「えぇ。偶然なのか、私の住んでいた所はバーテックスが来なかったのよ」

「そうですか……」

「不安に思うのも当然だと思うわ。でも、覚悟はしているつもりよ」

「……分かりました。何か私に出来る事でしたら、何でも相談してくださいね」

「その時は頼りにさせてもらうわ」

 

乃木若葉さんからの質問に、事実を伝える。

恐らく、この中で最も戦闘をしてきた人だからこその不安、なのだろう。

私の発言に、ある程度納得したのか、大人しく引き下がってくれる。

次に来たのは……あれ、高嶋友奈さん?

 

「あの!『(ぐん)』じゃなくて、『(こおり)』だったの!?」

「……あぁ、それ?えぇ、私たちは郡、群じゃないわ」

「ご、ごめんなさい!すっかりそうだと思い込んでて……」

「いえ、良いのよ。紛らわしいのは本当だし」

「あー、友奈はタマと同じ勘違いしてたんだな。タマも杏に言われるまではすっかりそうだと思い込んでたからな!」

「もぅ、得意げに言わないでよタマっち。先輩達に失礼だよ!」

「うっ……す、すみません」

 

高嶋友奈さんの発言に、他の人にも飛び火したみたいだ。

でもまぁ、紛らわしいのは本当だし、こちらとしては余り気にしていないのだが……

……あぁ、そうだ。

 

「気にしなくて良いわ。それに、たったの1歳しか違わないし、話しやすい話し方でいいわよ」

「良いのか!?……じゃなくて、良いんですか?」

「えぇ。これから長い付き合いになるのだから、ね?」

「……じゃあ、タマはそうさせて貰うぞ!」

 

これで良し、と。

……下手に丁寧な話し方とかされると、その人の本質を探れないもの。

その人にとって自然に話せる状況、これが相手を探る為に必要よね。

それに、伊予島杏さんへのさっきの失敗を、少しでも取り戻さねばならない。

『多少の事は気にしない、良い人』として見て貰えれば良いのだけれど。

 

「高嶋友奈さんも、あまり気にしないでね」

「うん、ありがとうね、千草ちゃん!……千景ちゃんも、ごめんね?」

「……え、えぇ、大丈夫よ。気にしていないから」

 

千景が、驚いた表情を僅かに浮かべ、それを隠すように不器用に笑う。

……私も、少し戸惑ってしまった。

『千草ちゃん』に『千景ちゃん』、か。

そんな風に呼ばれたのが……とても、久しぶりだったから。

 

全てが変わったあの時よりも前。

つまり、ささやかな幸せが続くと信じていられたあの時。

もう微かにしか思い出せない、あの学校の同級生の、私たちに向ける楽し気な笑み。

それと共に、そう呼ばれていた……筈、よね。

数年の時の流れ、そして私たちにとっての地獄のような日々は、あの場所での平和だった頃を忘れさせてしまった。

おぼろげな記憶でしか、もう思い出せない。

 

「……姉さん?」

「どうしたの?」

「……また、姉さん、泣いているわ」

「……そう言う千景も、泣いているわね」

 

千景の声に、意識が現実に引き戻される。

千景の指摘に、また私が泣いていた事を気付かされる。

そして、今回は千景も泣いていた。

私が言うと、初めて気付いたのか頬を伝う涙に触れた。

 

「……本当、ね」

「えぇ」

「急に泣いて、大丈夫か!?」

「や、やっぱり名前間違えたの嫌だった?本当にごめんね!?」

「ち、違うのよ、これは。気にしていない、気にしていないから…」

 

同じことを思い、泣いたのだろう。

互いに涙を流した理由を察し、互いに相手の涙を拭う。

そんな私たちを、土居球子さんと高嶋友奈さん、私たちに対して多少の負い目のある2人が、心配に思ったのか慌てて話しかけてくる。

急に話しかけられ驚いた千景の手を握りながら、2人への対応をする。

そんな私たちの姿を、上里ひなたさんが悲し気な表情で見ている、ように見えた。




みんなでうどんイベントを、本作では此処に放り込んでみました。
原作では明確な時期が分からないので、親睦会として最初にやっても良いと思って書いてみました。

次回からは郡姉妹と他の原作キャラの絡みを書いていければなぁと思いつつ、更に書いてみたい事もあるからそれも書かなければ、と作業量の多さに絶望。
原作冒頭にたどり着くまでに、何話かかるのやら…頑張らねば(白目


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第6話

一か月以上経ってしまい本当に、本当に申し訳ありません(土下座
ゲームもあるんですけど、コロナの影響で仕事がドタバタしておりまして…
今後も投稿頻度が遅くなってしまうかもしれませんが、失踪だけはしないようがんばります(汗

今回、アンケートを設置させて頂きます。
ちょっと悩んでいる事について、皆様の協力を頂ければと思いまして。



「若葉ちゃん」

「ひなたか。どうした?」

「眉間に皺、寄ってますよ?お悩み若葉ちゃんみたいですね」

「……分かってしまうか」

「もちろん、若葉ちゃんの事ならなんでも御見通しですよ」

 

全ての勇者が揃ったあの日から、数日が経過した。

それは学校が始まってから同じ日数が経過した事も意味している。

そんな今日、学校の昼休みに私、『乃木若葉』はある事を考えていた。

昼を食べ終え、早めに教室に戻り考え事をしていた訳だが、ひなたに気付かれてしまった。

 

「敵わないな、ひなたには」

「うふふ……それで、何を考えていたんですか?」

「……郡さん達について、少しな」

「郡さん達、ですか?」

「あぁ」

 

私たちの中で、最後に香川に来た2人の人物。

郡千草さんと、郡千景さん。

ここ数日、同じ教室で学ぶ者として、同じ勇者として行動を共にしてきたが……

 

「……あの2人から、警戒されているな、と思ってな」

「それは……」

「朝話しかけても、昼食を誘っても、放課後の鍛錬を誘っても、夕飯を誘っても……全て、切り上げられたり断られたりしているんだ」

 

思い出して、溜息を吐く。

今後行動を共にするのだから、友好的な関係を築けるように積極的に話しかけたりしている。

土居さんや高嶋さん……いや、友奈だ。友奈などとは、今の所良好な関係を築けていると思う。

伊予島さんも、本人の性格を考えれば、悪くない反応を貰えている。

ひなたは言わずもがな。

だが……郡さん達だけは、上手くいかない。

 

『郡さん、おはようございます』

『おはようございます、乃木若葉さん』

『……おはよう、ございます』

『今日も1日、頑張りましょうね』

『それじゃあ、また』

 

『郡さん、良かったら昼食を一緒に食べませんか?』

『そう、ね……』

『……姉さん』

『……ごめんなさい。また今度ね?』

 

『放課後、一緒に身体を動かしませんか?』

『放課後は千景とこの辺りを散策する予定があって……』

『……またの機会に』

 

『こんばんわ。友奈達も誘って、一緒に夕食を……』

『少し疲れちゃってて……後で食堂に行くわ』

『姉さんと一緒に行くから……』

 

放課後の鍛錬や、夕食の時は仕方ないとして。

朝と昼食の時に、会話を切り上げられたり、共に食事をするのを断られる時。

どうにも向こうから拒絶されている様に感じる。

『私たちに話しかけるな』と、言外に込められている様に感じてしまうのだ。

 

「特に、千景さんから警戒されているようでな……どうしてだろうか、どうすれば良いのだろうか、と考えていたんだ」

「それは……難しい話ですね」

 

険しい表情で、ひなたが呟く。

珍しい、と私は感じた。ひなたが、私の幼馴染がこのような表情を浮かべるのは、そう多くない。

 

「ひなた。何か策は無いだろうか?」

「ん~……そう、ですねぇ……」

 

ひなたがここまで悩むとは。これもまた珍しいと感じる。

これは、中々の難題なのだろう。

悩む事少々、突然、ひなたが目を見開き、片方の手で手のひらを『ポンッ』と叩く。

 

「閃きましたッ!」

「お、おぉ?何か考え付いたのか!」

「はい!」

 

そう言うと、ひなたは自身の両手で、私の両手を包み握る。

そして、グイと身をこちらに寄せた。

目を輝かせ、私にこう言った。

 

「若葉ちゃん、私に良い考えがあります!」

 

 

 

 

 

「郡さん」

「乃木若葉さん?」

「……何か用、かしら?」

 

放課後、私は郡さん達の所へと向かう。

姉妹2人で、何かを話し合っているようだ。

いつもなら、この後誘っても断られていたが、今回はひなたの策がある。

 

「正確に言うならば、千草さんの方に」

「……何かしら?」

「少し話をしたいと思いまして」

 

ひなたの策とは、『2人同時にではなく、どちらか片方を対象にする』と言うモノだ。

確かに、2人同時に誘ってしまうと、片方に用事があったりすると誘えなくなってしまう。

だが、1人だけならそう言う事も無い。

勿論、誘った人に用事がある場合にはもう1人を誘えるように内容は考えている。

 

「……えぇ、良いわよ」

「姉さん?」

「千景、ちょっと行ってくるわね」

「…………部屋で、待っているわ」

「分かったわ」

 

『千草さんからお誘いするのが良いかと』というひなたの言葉に従ったが、成功の様だな。

……ただ、千景さんのこっちを見る目がかなりキツイのだが。

立ち去る千景さんを見送り、千草さんがこっちを見る。

 

「それで、話って?」

「まず、ひなたと合流させてください。今回の話は、ひなたも一緒の方が良いと思うので」

「……えぇ、分かったわ」

 

数秒、何かを考えた後、私の言葉に頷いてくれる。

諸事情により職員室へと向かったひなたと合流する為に、歩き始める。

 

「……千景は誘わなかったのね、今回は」

「最初は誘う事を考えたのですが、まず千草さんから話をしたいと思いまして」

「……千景は人見知りしやすくて、誘っても断られると思うわ。だから、私だけ誘ったのは正解かもね」

「何時かは千景さんとも話をしたいとは思うのですが……」

「そうね……もう少し、待ってあげてくれないかしら。新しい環境に慣れる時間が、あの子には必要なの」

「引っ越して来られたばかりですからね」

 

こうして話してみて、やはり千草さんは千景さんよりこちらを警戒していない様に感じる。

そして、千景さんがこちらを警戒する理由も、納得できる。

自己紹介の時も、人見知りしやすいと千草さんが言っていたし、そう言う事らしい。

 

「上里ひなたさんは……あぁ、職員室に行くって言ってたわね」

「聞いていたんですか?」

「狭い教室の中だもの、聞こえるわ……盗み聞きしているみたいね、これじゃあ。ごめんなさいね?」

「いえ、気にしないでください」

 

どうやら、千草さんは細かな事が気になりやすいタイプなのかもしれない。

それでいて、悪いと思ったらすぐに謝ってくれる辺り、悪い人では無いのだろう。

……いや、悪い人だったら勇者に選ばれていないか。その辺は考えるだけ無駄だ。

千草さんも千景さんも、神樹様に選ばれた、勇者に選ばれる程の良い人なのだ。

そんな事を考えながら歩いていると、職員室が見えてくる。

すると、丁度良いタイミングでひなたが出てきた。

 

「失礼しました……あら、若葉ちゃん。それと、千草さん?」

「ひなた、丁度良かった。これから時間は空いているか?」

「えぇ、今日の用事は終わりましたが……?」

「それは良かった。千草さんと話をするときに、ひなたにも居て欲しいんだ」

「私が、ですか?」

 

首を傾げられる。

まぁ、その反応は想定内。

千草さんに聞こえないよう、ちょっと耳を貸して貰う。

 

(千草さんは、実戦経験は無いが覚悟はしている、と言っただろう?)

(え、えぇ、そうですけど……)

(その辺り、聞いておきたくてな。大社に伝えられるお前にも聞いていて欲しいんだ)

 

そう、今回の目的は千草さんの覚悟、について聞く事だ。

『実戦は経験していないの。でも、足を引っ張らない様に頑張るから』

『不安に思うのも当然だと思うわ。でも、覚悟はしているつもりよ』

そう、彼女は言っていた。

しかし、それがどれほどのものか、直接聞いてみたい。

 

(……分かりました、協力しましょう)

(助かる)

「……それで、上里ひなたさんも一緒に来るのかしら?」

「え、えぇ。折角ですので、ご一緒させて貰いますね」

「分かったわ」

 

ひなたも同行してくれるようだし、これで準備は整った。

さて、早速話が出来る所へ移動しよう。

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

(あぁ、どうしましょう、どうしましょう……!)

 

私、上里ひなたは完全に焦っていた。

というのも、若葉ちゃんの行動が、現状完全に悪手である事に気付いてしまったのです。

 

状況として。

まず、千草さんは若葉ちゃんと2人きりでの会話、1対1の状況だと思っていたという事。

恐らく、若葉ちゃんの事ですから、最初は私と合流する旨を伝えていなかったはず。

若葉ちゃんのお誘いを受けたのは、1対1、つまり、周りを警戒せず、目の前の相手のみに気を付ければ良い状況だから、というのが確実にある筈です。

そこに、私と言う2人目の警戒対象が現れた。

これでは、仲良くするための第一歩なんて踏み出せそうにもありません。

 

そして、さっき私を誘った時の行動、これもマズいです。

誰から見ても、今のは『千草さんに聞かれたくない隠し事をしている』と言う風にしか捉えられない。

絶対に、千草さんはこちらを警戒するでしょう。

 

(事前に話の内容を確認するべきでした……うっかりひなたです……)

 

千草さん……いえ、郡さん達について、大社のとある人から私だけ話を聞いています。

その人曰く、郡さん達は高知で辛い目に遭っていたのだ、と。

 

『郡様御姉妹は、両親ともうまく行かず、住んでいた場所でいじめに遭っていたそうです。そのせいもあって、御二人は対人恐怖症、と言うべき状態ですし、故郷の事もあまり良く思われていません』

『上里様、どうか、御二人のお傍に居る時には、あまり故郷の話や昔の交友関係の話などはしないよう、気を遣って頂けませんか?』

 

この話は内密に、と言われています。

お二人は、いじめに遭っていた事をとても気にされているのだ、と。

できれば、そう言う過去があった事を知って欲しくないのだ、と。

そう語る大社の方……真鍋さんの表情は、とても辛そうで。

きっと、この人はもっと詳しい事情を……どれだけ郡さん達が辛い目に遭われたのかを、知っている。知っているからこそ、お二人を助けてあげたいと頑張っているのだと、分かってしまった。

大社の人間としてではない。大社の人間としてサポートするにしては、深く関わり過ぎですから。

きっと、これは……そう、良き大人として、お二人を助けたいと思ったから、その為に私に頼ったのだと思います。

 

そう、大社の人が、勇者をサポートする者としてではなく、一人の大人として助けてあげたいと願う程に、辛い目に遭われた方。

そんな人を相手に、完全に警戒させてしまうような事をしてしまっている。

それに気づいてしまい、どうにかしないとと焦っています。

でも、焦ったままでは良い考えは浮かばず、若葉ちゃんの目的地……若葉ちゃんの部屋へと着いてしまいました。

 

「どうぞ、上がってください」

「……お邪魔します」

 

あぁ、どこか諦めたような表情の千草さんが考えている事が分かってしまいます。

若葉ちゃんの部屋は、寮の2階の端。しかも、隣は私の部屋。

つまり、千草さん視点では『逃げる事は難しく、何かあっても周りの人に気付かれない場所』です。

『何をされても、逃げる事は出来ない。此処は大人しく従うしかない』

きっと、そういう諦めの感情が、先ほど顔に出ていたのでしょう。

 

「………それで、話って、何かしら?」

 

若葉ちゃんに勧められるまま、部屋の奥の方に座った千草さんが、今までに見た事が無い、鋭い目つきでこちらを見ながらもそう言う。

完全に警戒されていますね……

それに気付いているのか、気付いていないのか、真剣な表情で若葉ちゃんが口を開く。

 

「では、単刀直入に。先日話されていた、貴方の覚悟についてお聞きしたい」

「……理由を、聞いても?」

「バーテックスの脅威を知っている者として、実際に奴らを見ていない貴方がどのような覚悟で此処に来たのかを、知っておきたいからです」

「……互いの認識をすり合わせしておきたい、という事ね?」

「そう思って頂ければ」

 

そう言うと、少し考えるような仕草をする。

ですけど、それも数秒の事。直ぐに視線を若葉ちゃんへと向ける。

 

「では、まず私の方から話しましょう。その上で、貴方の考えを私に教えて欲しい」

「分かりました」

 

話はしてくださるみたいですね。

姿勢を正し、千草さんが話をするのを待つ。

 

「まず、バーテックスに対する認識から話しましょう」

「お願いします」

「では……バーテックスは、あの地震が続いた日に、空から現れた謎の存在らしいわね。特徴として、銃火器などは一切通じず、神聖な力を宿した武器による攻撃でしか倒せない。あと……人を食い殺す、という事は知っているわ。何か間違っている事はあるかしら?」

「いえ、大丈夫です」

 

千草さんの認識を肯定する。

 

「補足、と言いますか……バーテックスはあのような見た目ではありますが、かなり素早いですし、噛みつきだけでなく体当たりだけでも人を重症に追い込める程に強いです」

「そう……えぇ、分かったわ。戦う時は、気を付けるようにするわね」

 

若葉ちゃんの補足の言葉。

それを、千草さんはあっさりと受け入れた。

驚く訳でもなく、怯えるわけでも無い。

『あぁ、そうなんだ』程度に、あっさりと。

 

「……驚かないのですね、千草さん」

「?」

「いえ、『あの見た目で速いのか』とか、そういう反応をされるかと思っていたので」

「あぁ、そういう事……確かに、そういう事は思ったけれど、実際に戦闘までした人が言う事だもの。そうなんだ、って納得するしかないでしょう?」

 

……なんででしょうか。

普通に聞けば、『こちらの話を聞いてくれているんだ』と納得出来るところなのですが。

僅かではありますが彼女の境遇を知っているモノとして、『本当にそう思ってくれているのだろうか?』と疑ってしまいます。

 

「……では、バーテックスを相手する覚悟についてなのですが」

「変わらないわ。私は、バーテックスと戦う」

 

若葉ちゃんの質問に、千草さんは即答する。

それが逆に不安に思ったのでしょう、若葉ちゃんが少し考えて口を開いた。

 

「……大丈夫ですか?」

「えぇ……少なくとも、私はやれる。いいえ、やるしかないのよ」

「やるしか、ない?」

 

千草さんが言った言葉に、若葉ちゃんが首を傾げる。

『しまった』と言いたげな表情をされているので、本来は言うつもりでは無かったのでしょうか。

 

「今のは、どういうことですか?」

「……少し、事情があるってだけよ。気にしないでくれると助かるわ」

「……分かりました、この件についてはこれ以上詮索はしません」

「そう、それは助かるわ」

 

私の言葉に対する返答に、ここが今聞き出せる限界なのだと察する。

しかし、少しだけ知っている私には、今の言葉だけでも分かることがある。

恐らく、彼女は……

 

「……事情については、私も聞きません。別の事を聞いても?」

「何を聞きたいの?」

「何かしらの事情があるとしても、貴方は勇者となり今後バーテックスと戦う事になる……何の為に、戦うのですか?」

 

勇者になった事情ではなく、勇者として戦う目的、ですか。

私も気になる事ではありますが、答えてくれるのでしょうか……

千草さんを見ると……先程までとは違い、普段と変わらない表情をされていますね。

 

「目的、ね……参考までに、乃木若葉さん、貴方の目的を聞いても?」

「私の目的、ですか?」

「えぇ」

「私の目的は……あの日、私と友達になってくれたあの子達を、そして多くの人たちを襲ったバーテックスに、報いを受けさせる。そして、バーテックスに奪われた世界を、取り戻す。その為に、私は戦います」

「……立派ね、貴方は」

 

真剣な表情で……いや、バーテックスに対する怒りが現れた、険しい表情で若葉ちゃんが語る。

それを聞いて、千草さんは『立派だ』と呟く。

 

「立派、ですか?」

「えぇ、そうよ。多くの人の為に、世界の為に戦える。凄い事だと思うわ」

「……貴方は、違うのですか?」

「そうね。直接的な被害を受けた貴方と、そうした被害を受けていない私との違いもあるかもしれないのだけれど……私の目的は、そんな大きなモノじゃないの」

「では、貴方は何の為に?」

 

多くの人の為でもなく、世界の為でも無い。

若葉ちゃんからすると考えられない、千草さんの目的。

それは、恐らく……

 

「私の目的は、『千景を守る事』よ」

「千景さんを、守る……」

「えぇ、そう。私にとって最も大切なあの子を、あらゆるものから守る。その為に、私は戦う。世界を守るとかそういうのは、あの子を守る過程で生じる副次的なモノよ」

「……あくまで、千景さんが第一、であると」

「そうよ」

 

力強く言い切る千草さん。

……辛い環境を共に耐えてきた千景さんこそが、最も大切だ、と。

そんな千景さんを守る為に、自分は戦うのだ、と。

そう言う千草さんの姿は、今まで見てきた中で一番輝いて見えました。

 

「付け足して言わせて貰うわ。私にとって、千景が第一と言ったけれど……私自身と比べても、あの子の事が上に来るの」

「自分よりも上、ですか?」

「えぇ……私にとっては、そうなのよ」

 

目を細めて、千草さんが微笑む。

 

「そんな千景を、守りたいの。だから、その為ならバーテックスとも戦ってやるわ……これが、私の戦う目的よ、乃木若葉さん、上里ひなたさん」

「……分かりました。教えて頂き、ありがとうございます」

「私からも、感謝を。ありがとうございます、千草さん」

「貴方の戦う意志、確かに感じました。また、覚悟の方も十分に」

 

頭をさげ、礼を言う。

言いたくない程辛い過去を隠しながらではあるが、戦う目的などを教えてくれた。

それだけでも、対人恐怖症の可能性がある千草さんからすると勇気のいる事だったのでしょう。

 

「良いのよ。戦いを知る人間として、経験の無い人間が戦えるか不安に思うのは当然の事でしょうから」

「分かっていたのですか?」

「えぇ。この間質問をされたときに、何となく察したわ」

「……申し訳ありません、貴方の意志の強さを知らず、疑ってしまいました」

「初対面の相手の事だもの、知らなくて当然よ。気にしなくて良いわ」

「しかし……」

「良いのよ、乃木若葉さん」

「……ありがとうございます」

 

謝る若葉ちゃんを、あくまで気にしていないと言って許す千草さん。

しかし、強引にも思えるその行動に、私は別の意図を感じます。

そう……『これ以上は聞かないで欲しい』という、拒絶を。

 

「今日聞きたいと思っていた事は聞けました。改めて、ありがとうございます」

「いえ、私も得る物があった良い時間になったわ。こちらこそ、ありがとう」

「それは良かった」

「……乃木若葉さん。千景を待たせているし、今日の所はそろそろ帰らせても貰おうと思うのだけれど……」

「先ほども言いましたが、今日聞きたい事は聞く事が出来ましたので、大丈夫ですよ」

「そう?なら、今日はこれで……明日からも宜しくね」

「こちらこそ、よろしくお願いします」

「宜しくお願いしますね、千草さん」

 

こちらの挨拶を聞いた後、千草さんが部屋を出ていく。

それを見送り、若葉ちゃんの方を見る。

 

「若葉ちゃん、どう思いました?」

「……難しいな、というのが正直な感想だ」

「まだ判断するには情報が足りない、という事でしょうか?」

 

眉間に皺を寄せたお悩み若葉ちゃんの言葉を聞いて、首を傾げる。

ですが、どうも違うみたいです。

首を横に振った若葉ちゃんが、少し考えてこちらを見る。

 

「良くも悪くも、千景さんありきというのが、難しいと感じたんだ」

「それは、その……」

「きっと、千草さんはバーテックスを相手に、臆することなく戦うだろう。千景さんを守れるのならば、その命すら捧げられる、のだろうな」

「……そう、ですね。あの人は、きっと」

 

千景さんを守る、その為に戦うのだと語っていた時の、とても真剣な表情。

そして、千景さんの優先順位が一番上だと語った時の、とても優しい表情。

あれは、嘘を言っている人が浮かべられるモノでは無い。

若葉ちゃんも、同じことを思ったのでしょう。

 

「いつも一緒に居る事を考えると、千景さんも千草さんの事を大切に思っている事は想像できる」

「そうですね」

「……2人で支え合える間は、きっと大丈夫だろう。しかし、もしどちらかが大怪我をしたり、命を落とした場合は……」

「……残った方も、戦えなくなる」

「あぁ」

 

郡さん達は、故郷で辛い目に遭いながらも、互いに助け合って今まで生活されていた。

同じ時を、同じ辛さを共有する相手の事を、とても大切に思われているのでしょう。

比翼の鳥、というモノを思い出す。

2羽が互いに支え合わないと飛べない、片方の翼と、1つの眼を持つ鳥。

郡さん達は、まさに比翼の鳥の様に、互いに相手の事を助け、支え、今まで乗り越えてきたのでしょうね。

もしも、そんな己の半身とも呼べる存在が居なくなったら……比翼の鳥と同じく、残された方も何も出来なくなってしまう。

 

「戦う意志については確かなモノだと分かったが、違う問題が分かった。これは、千景さんにも早く話を聞きたいところだな」

「えぇ。ですが若葉ちゃん、千景さんに話を聞くのはまだ先ですよ」

「千草さんからも言われているからな。千景さんが警戒を緩めてくれるまでは待とう」

 

若葉ちゃんの言葉を聞き、頷く。

きっと、一月では足りないくらい時間がかかるでしょう。

ですが、焦って聞きに行ってはいけない。

無理に聞きに行ったら、それこそ千景さんが心を開いてくれるまでの時間が伸びてしまう。

私たちは、2人に酷い事をしない。そう分かって貰うまで、時間をかけて接していくしかない。

 

「……しかし、この事は友奈や土居さん、伊予島さんにも伝えておくべきだろうか?」

「そう、ですねぇ……恐らく、球子さん達もお話をしようと思うハズです。先入観の無い状態で全員が郡さん達と1度お話をしてから、情報を共有したいところですね」

 

球子さんや友奈さんは積極的に関わろうとするでしょう。

杏さんは、球子さんと一緒に行動されることが多いですから、きっと一緒に話をする事になりそうですね。

思慮深い杏さんの感想は気になりますし、球子さんや友奈さんは色々と気を遣ってくれるタイプの人なので、私たちとは違う事に気付いてくれるかもしれません。

そうした情報を集め、今後どう接していくか決めたいですね。

 

大社には……真鍋さんにはお伝えするのは確定でしょう。

御二人の事について最も詳しいようですから、何か聞けるかもしれません。

ただ、上層部までこの話を持っていくかどうか……悩みますね。

やることも、考える事もとても多いですが、頑張らないといけません。




香川組と郡姉妹の絡みとなりました。
今後数話を使って、原作キャラと関わらせつつ本作の郡姉妹について掘り下げられればと思っています。

冒頭にも書かせて頂きましたが、アンケートを設置させて頂きました。
気軽に投票して頂ければと思います。


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第7話

遅くなってしまい、本当に申し訳ありません……(焼き土下座
仕事がドタバタしておりまして、まだ暫く低速更新が続きそうです。
職場でけが人が出てしまったので、人手不足でさらにドタバタするかもしれないという…失踪は絶対にしませんので、どうか温かく見守って頂ければと……

前回のアンケートに投票して下さりありがとうございます。
投稿前に確認したところ、7割ほどで赤系が選ばれました。
赤系の色をした花から、『これだ!』と思った花を選び、その色の勇者服を纏った千草ちゃんになる予定です。


「あら、いつもの狩りゲー……あんな事があったのに、新作の発売は変わらずするみたいね」

「発売日は近いみたいだし、出庫自体はされていたのかしら……出たら買ってみましょう、姉さん」

「そうね」

 

乃木若葉さんと上里ひなたさんの2人と話をした次の日。

放課後、私と千景は街に出てゲームショップに来ていた。

イヤホンの調子が悪くなってきたから、良いゲームが無いか見るのも兼ねて来た。

 

「イヤホンもゲームも、小説もお菓子も、買いやすくなったわね。大社から支給されるお金もあるし……食費とか一切気にせず、自分の為に使えるのだから、ね」

「えぇ」

 

こっちに来る前は、買い物をするというのも一苦労だった。

あの人の給料から、まずあの人が趣味に使う分が引かれる。

そして、貯蓄に回す分が引かれる。

更に家賃や電気代などの生活するのにかかる費用、食費などを引く。

そうしてドンドン必要な分を引いて行って、あの人が私たちに回して良いと考えた分が小遣いとして回される。

といっても、そこまで多い訳では無いソレから、一緒に食べるお菓子代などを差し引いてから千景と分け合うので、手元に来るのは僅かなモノだった。

 

が、今ではそんな事は無い。

命を懸けて戦う事になる、替えの効かない人間だからか、大社から支給されるお金はかなり多い。

しかも、寮での生活にかかる費用などは全て大社持ちだから、支給されたお金は全て手持ちになる。

それが千景と2人、個別に与えられるのだから。

今までからは考えられない程、自由に買い物が出来る。

 

「……イヤホン、千景のはまだ大丈夫なのよね?」

「今のところは。でも、そうね……折角だから、買い替えようかしら」

「そう?」

「えぇ。ほら、こっちに来てから初めての買い物でしょう?記念に、お揃いのを買いましょう」

「それは、良いわね」

 

そんな事を言いながら、店内を歩き回る。

イヤホンを選び、買って次の目的地に行こうかとレジに向かうと、見覚えのある人がレジに並ぼうとしているのが見えた。

……見なかった事にするという選択肢は、取れそうにない。

なにせ、こちらがその姿を捉えた時には、向こうもまたこっちの事を見ていたからだ。

私たちの事を見つけたその人物が、こっちに来る。

 

「あ、千草ー!」

「土居球子さん……」

「フルネームなんか止めて、名前呼びで良いぞ!その方が気が楽だからな!!」

「そう……分かったわ、球子さん」

 

土居球子さん。

勇者の1人にして、個人的に勇者や巫女の中でも特に警戒しないといけないと思っている人の1人。

彼女と高嶋友奈さんの2人は、明るくこちらに話しかけてくる事も多いだろうと予想している。

接する機会が多いというのは、それだけで怖いモノだ。

 

「それと、千景……さん?やっぱりまださん付けした方が良い……ですか?」

「……………どちらでも、構わないわ」

「じゃあ、千景って呼ばせて貰うぞ!」

「え、えぇ、分かったわ」

 

……調子が狂うわね。

あの場所には居なかったタイプの相手なのよね、土居球子さんは。

……いや、そもそも悪意無く親し気に話しかけてくる相手なんて、何年ぶりだろうか。

 

「それで、千景も千草も何かゲームでも買うのか?タマは充電器のコードがどうも駄目になったみたいだから、買い替えにきたんだ」

「ゲームでは無いわ。イヤホンがどうも、ね」

「なるほどなー……それ買った後は、何か用事はあるか?」

「……何も、無いわね」

 

『何故正直に答えるの?』と視線で訴えてくる千景が見える。

そう思われるのは想定していた。

説明してあげたいが、今それをしたら球子さんに疑われてしまうので、今は視線を意図的に無視する。

 

「なら、タマと杏と一緒に街を歩かないか?」

「伊予島杏さんも?」

「杏は本のコーナーに居るんだ。タマがここで買うモノ買ったら、杏が行きたい本屋に行く予定なんだ。その間だったり本屋の後に街の散策もするんだけど、千景も千草もこっち来たばっかりだろ?一緒に歩きまわって、この辺りになにがあるか見て回らないか?」

「そう、ね……良いわよ。本屋には私も興味あるし」

 

貴方達にも興味がある、という本音は言わない。

そう、土居球子さん……球子さんの話に付き合っているのは、球子さんの事を知りたいからだ。

警戒すべき相手として、接触を避けるべきという考えもあるが、警戒すべき相手だからこそより詳しく知っておきたい、と言う考えもある。

相手の事を知っておいた方が、対応もしやすいだろう。

 

そんな私の思惑に、恐らく気付いていないだろう。

私の言葉をそのまま鵜呑みにし、球子さんが笑う。

 

「それは良かった!じゃあ、先に会計すませて杏の事呼んでくるな!」

「えぇ。伊予島杏さんと合流したら、先に店の外で待ってて貰えるかしら?」

「分かった!」

 

そう言うと、球子さんが走ってレジへと向かう。

それを見た後、球子さんの視界から外れるように商品棚の陰に隠れる。

周りに誰も居ない事を確認してから、千景が話しかけてくる。

 

「姉さん……」

「千景、勝手に話を進めてゴメンね」

「……相手の事を知る為に、必要な事だと姉さんが思ったのよね?」

「えぇ、そう……でも、千景と相談するべきではあったわ。この間の様に、私一人で済む事では無かったもの」

「良いのよ、姉さん」

「……ごめんなさい、千景」

 

千景の言葉に、謝る事しか出来ない。

罪悪感で俯く私の手を、千景が優しく掴む。

 

「今度、私のお願いを1つ聞いて。それでこの件はおしまいよ」

「千景……えぇ、分かったわ。それで良いなら」

「ほら、行きましょう。あまり待たせても、向こうに疑われてしまうでしょうから」

「そうね……」

 

……気遣わせてしまった。

姉として、不甲斐ないわね。

自分の情けなさに溜息を吐き出しながらも、千景に手を引かれるまま歩き始めた。

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

「こ、こんにちは」

「こんにちは、伊予島杏さん。球子さんから話は聞いているかしら?」

「は、はい!その、本屋に一緒に行くのと、道中色々な所を見て回るという事で」

「えぇ……それで、球子さんに誘われたのだけれど、貴方はどう?私たちが居たら邪魔になったりしないかしら?」

「いえ、そんな事は!」

 

タマっちが、偶然出会った郡さん達を今日の買い物に誘ったみたい。

それを知ったのはついさっき、本を物色していた時。

目的の物を手にしたタマっちが笑顔で走ってきて、『千草と千景を見かけたから、この後の散策に誘ったぞ!』と言われた。

 

郡千草さんと、郡千景さん。

高知県からやってきた、姉妹の勇者。

申し訳ありませんが、個人的には近寄りがたい人だと感じている。

何と言うか……凄く、警戒されているんですよね。

人見知りだという千景さんに警戒されるのは分かるんですけど、千草さんも周りの事を凄く警戒している。

2人は常に一緒に居て、お互いに周囲を警戒しているので、近寄りづらいです。

 

ここ数日勇者として同じ教室で授業を受けていますけど、授業は凄く真面目に受けているのが分かります。

国語や算数などの一般知識については、2人共問題ないようで、問題を解くよう言われても悩むことなくスラスラと解いていましたし。

勇者として求められる知識や、今の四国を取り巻く問題については、知らない事や分からない事を先生に積極的に聞いていました。

ただ、それについては千草さんが聞いて、それを2人で共有する形でしたけど。

 

総じて、現状分かっているのは『真面目な人だけど、何故かとても周りを警戒している』という事。

……その姿に、少しばかり自分と似ている、と感じてしまう。

自分の事を気遣う視線に、怯えてた私に。

どうしてか、似ていると感じてしまったんです。

 

「じゃあ、杏の目的地の本屋を探すぞ!道中面白そうなお店があったらそこも見る感じでな!」

「えぇ、分かったわ」

 

そんな2人が、タマっちの誘いを承諾してくれたというのは、意外、でした。

タマっちと並んで先頭を歩く千草さんを見る。

教室で見た、周りへの警戒を隠さないその姿からは想像出来ない、自然な笑みを浮かべてタマっちと会話をしている。

 

そんな千草さんとタマっちから視線を外し、右隣を見る。

さっきから無言で、千草さんの事を見ながら歩く千景さん。

その姿を見て……話しかけてみよう、そう思った。

 

「あ、あの」

「……何かしら?」

「その、千景さん……あ、千景さん、って呼んで大丈夫ですか?」

「……呼びやすいように呼んで貰って構わないわ、伊予島杏さん」

「ありがとうございます。私の事も、呼びやすいように呼んでください」

「……そう」

 

良かった、話しかけても何も反応されない可能性もあったけど、反応してくれた。

 

「それで、何か?」

「あ、そうでした。千景さんが少し、暗い表情をされていたので、気になって」

 

そう、千景さんがどうも暗い表情を浮かべていたから。

それが、どうしても気になってしまったんです。

 

「……………伊予島さん」

「は、はい!」

「……本当はね、土居さんの誘いを断りたかったの」

「えっと、それは……」

「姉さんと2人で出かけられるのが楽しみだった。他愛ない会話をしながら歩くのが楽しかった……正直、邪魔された気分よ」

「……すみません」

「貴方は何も悪くないし、向こうも悪気はないでしょう?それは分かっているわ」

 

そう言う千景さんが、溜息を吐く。

 

「分かってはいても、ね」

「……『本当は』という事は、実際には断らなかったんですよね?それは、どうしてですか?」

「さっきも言ったでしょう?向こうに悪気が無いのが分かるから、断りにくかったのよ」

「あー……」

 

タマっちが一緒に散策しようと無邪気に誘う姿を思い浮かべ、納得する。

 

「……それに、姉さんが行くって行ったのよ。なら、ね」

「……そう、でしたか」

 

千草さんの事を見ながら穏やかな笑みと共に言われた言葉に、ある確信を得る。

千草さんについてはまだ分からないですけれど……この人は、私と似ている、と。

前を歩いて、手を引いてくれる人が居るからこそ、世界を守る勇者としてこの地に居るのだ、と。

そんな確信を、私は得ました。

 

「千草さんの事、とても信頼されているんですね」

「えぇ。私にとって、とても大切な人よ」

「……私にとっての、タマっちみたいな人なんでしょうか。この人となら大丈夫だ、って思える人なんです」

「……そう、ね。姉さんが一緒なら、きっと大丈夫だって……この先の戦いだって、乗り越えられるって、そう思うわ」

 

そう言う千景さんの表情は、教室で見た事が無い、柔らかな笑みで。

その笑みを見ていると、どうしても思う事があります。

 

教室で見た、周囲を警戒している2人。

 

今こうして見ている、穏やかな笑みを浮かべる2人。

 

どちらが、本当の2人なんでしょうか?

 

 

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

「あ、この本は……うん、やっぱりあの先生の本だ」

「知っている作家の本なの?」

「えぇ、そうなんです!この先生は学生恋愛を良く書かれる方で、読んでいてもどかしさを感じるけど、見守りたいって思える関係を凄く丁寧に描写されるんです」

「へぇ……恋愛物が好きなのね」

「はい!」

 

途中何件か珍しいモノを扱うお店を見つけて立ち寄ったりしながら、見つけた本屋。

杏が活き活きしながら本を手に取っては戻して、歩いては立ち止まってを繰り返している。

タマは本にはあまり興味が無いから付いて行けない領域だけど、1人だけ話に付いて行ける人物が居た。

そう、千草だ。

 

「恋愛物は読んだことが無いのよね……」

「そうなんですか?」

「えぇ、そうなの……折角こうして一緒に来たのだし、お勧めの本はあったりするかしら?1冊くらい、何か買ってみようと思うのだけど」

「そう言う事でしたら、任せてください!あ、どんなタイプが読んでみたいか、リクエストはありますか?」

「そう、ね……重い話とか、後味が悪いタイプは嫌ね」

 

どうやら、千草は結構本を読むタイプらしいんだよな。

千景も読むには読むらしいが、千草程ではないみたいだ。

そんな訳で、喜々として本を選ぶ杏に付いて行けるのは現状千草だけだ。

 

「……伊予島さんは、本に関わると人が変わるのね」

「あれにはタマもおっタマげたもんだ」

 

千草とは、さっきまで色々と話していたけれど、千景とは全然だ。

千草のヤツ、教室ではピリピリしてたけど、話すと妹思いの良い奴だっていうのが分かった。

だから、次は千景の事を知りたいと思う。

 

「千景も千草も、本はどんなの読むんだ?」

「そうね……姉さんも言っていたけど、恋愛系は全然よ。どちらかというと冒険物とか、そういう感じかしら?」

「なんか意外だな。ミステリーとかそっちかと思ったんだけどな?」

「読むには読むけど、そこまでね」

 

他愛の無い事から、少しずつ、少しずつだ。

なんでか、この2人は周りを警戒しているみたいだしな。

……内気な性格みたいだし、周りと関わる事が苦手なのかもしれない。

それが影響して、地元じゃ虐めにあっていたり、するのかもな。

タマの通ってた学校でも、暗い子ってのはそれが原因で揶揄われたりしていた。

2人も、そうなのかもな?

 

まぁ、まだ何も分からないからな。

気を付けながら、少しずつ知る事からだ。

 

「そういう貴方はどうなの、土居さん?」

「タマは杏の読んでるようなのは駄目だな。文字ばっかりで眠くなるんだ」

「あぁ、そういうタイプなのね……」

 

んー……思ったより、会話が続くな?

もうちょっと難しいかと思ったが……気のせい、だったのか?

だったら良いんだけど……あれ?

 

「あれ、杏?千草ー?どこ行ったー?」

「え、あ…………ねえ、さん?」

 

何時の間にか、千草と杏が視界から消えていた。

しまった、本に関わった杏の行動力をすっかり忘れていた。

ほどほど広い本屋だから、探すのは少し時間がかかりそうだなこりゃ。

 

「千景、杏達を探さないか?」

 

千景に声をかけてみる。

……反応が無いな。

いや、良く見ると、身体が小刻みに震えてる?

 

「千景?どうかしたか?」

「……何も、無いわ。姉さんを探すのよね?」

「お、おう」

「分かったわ……多分、こっちよ」

「あ、待ってくれよ!」

 

タマの事を無視して、千景が店内を歩き始める。

って速いな!人にぶつかりそうになるのも気にしないで、千草を探す事に必死になっている。

 

 

「姉さん、姉さん……姉さん、何処に……!!」

「千景、待ってくれ!」

「姉さん、姉さん、姉さん……ッ、居た!姉さん!!」

 

千景がある方向へ走り出したのを、慌てて追いかける。

にしても、居たってどこに……あ、長い黒髪の先だと思う場所だけが見えてるけど、もしかしてアソコか?

だとしたら、良く気付けたなアレに。髪の先しか見えないぞ?

 

「姉さんッ!!」

「千景?」

「良かった、姉さん……何時の間にか姿が見えなかったから、心配したわ」

「御免なさいね、千景……」

「す、すみません千景さん。私、本を探すのに夢中で、他の人が居るのも忘れてしまいました……」

 

千草の後ろから千景が、ギューッと力強く抱き付く。

そっか、人見知りで千草が近くに居ないと怖かったんだな。

だから、千草を探しに走り回ったのか。

……にしても、怯えすぎなような気もするんだがな?

 

「……杏さん。目的の本自体は見つかっているのだし、今日はこれくらいにしましょう?」

「そ、そうですね。もう結構な時間、此処に居ますし……それじゃあ、今回はこれをお勧めしますね」

「えぇ、ありがとう。それじゃあ、会計を済ませましょう」

「はい!」

 

おー、いつの間にかそれなりに仲良くなってるみたいだな、あの2人。

杏としては共通の趣味を持ってる相手みたいだし、話しやすかったのかな。

……タマの方は、あんまりだったなぁ。

でもまぁ、気になる事は出来たし、収穫は何も無い、って訳じゃなかったな。

 

「……良かった」

「タマは驚いたけどな。千景って、あんなに慌てる事もあるんだな」

「……姉さんが居なかったんだもの、仕方ないじゃない」

「杏の本探しに付き合ってただけだろ?」

「だとしても、よ……少し目を離しただけ、だなんて思うかもしれないけれども、目を離した隙に事情が一変するなんて、よくある事なのよ」

「……千景?」

「そう、少しの時間があれば、なんでも変わるの……変わって、しまうのよ」

 

左の耳の辺りを手で触れながら、千景がそう言う。

その眼に、なんていうか……どす黒い?って言うのか?

とにかく、今まで学校の友達どころか、出会った誰も宿していないなにか怖いモノを見た、気がするんだ。

 

「……さ、行きましょう。レジの近くで待っていれば、直ぐに合流出来るでしょうから」

「あ、そうだな……」

 

一瞬だけ見せた怖いモノが、瞬き1つで消えていた。

レジの方へと歩く千景の背中を見ながら、一瞬だけ見せたアレは、何だったんだろうか?と考える。

でも、タマの頭では何なのか分からないみたいだ。

分からないモノを考え続けてもどうしようもない。

ちょっと怖い所があるけれど、基本的には良いヤツであるのは確かだ。

今は、それで良いだろ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

伊予島杏さんと、土居球子さん。

今日、2人と会話をしてみたけれども、やはり恐怖を感じる。

良い人なのだと思う。優しい人なのだと思う。

それでも、姉さん以外の他人であるという事実が、私にとっては恐怖でしかない。

 

あの場所で、たった1日で全てが変わったように。

人は、目を離した隙に変わってしまうのでしょう?

優しいように見せて、その裏で何を考えているか、分からない。

それが怖い。

姉さん以外の人は、みんな、怖いわ。

 

だからね、姉さん。

1人にしないで。1人にならないで。

耳を斬られたあの日の様になりたくないし、あの日の私のような目に姉さんを遭わせたくないわ。

 

―――勇者御記 二〇一五年八月 郡千景―――




愛媛組との絡み、ぐんちゃんメイン回となりました。
次回は、ついにあの娘との絡みとなります。

今回今までと比べ文字数が少なく……全国のタマっち&杏ファンの皆様、申し訳ありません。
次回は気力の確保と維持を上手く出来るようになって、文字数と内容を充実させたいです……



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第8話

投稿遅くなってしまい申し訳ありません(土下座
暑いのは本当に駄目で、体力が削られてしまい……何度か寝落ちして、変な所をクリックしたのか打ち込んでた文章が消えてたりしてました(泣
私、日本の北側出身なのですが今は東京に居まして、まだジメジメとした暑さに適応しきれていません……辛いです。

千草ちゃんの勇者服の色、およびモチーフの花については、大体『これにしよう』という案は決めました。
早くお披露目したいのですが、まだ先になってしまいそうです……


「では千草様、こちらの問題は解けますか?」

「はい。この問題の場合は、まずは……」

 

私が四国に来てから、おおよそ2週間。

香川に勇者が全員揃ってから、一週間が経過した。

この1週間の間で、他の人の事が少しずつ分かるようになってきた。

 

例えば、若葉ちゃん。

ちょっと『固い』人みたいだけど、抜けている部分もあって、武術の心得があるからそっちで話が出来る。

真面目で、誰かの為に……ううん、正確には違うかな?

あの日に犠牲となった人たちの為に戦う、そういう意志。

ちょっと危ないような気もするけど、戦う意志がとても強い人だ。

 

例えば、タマちゃん。

元気いっぱいで、見ているだけで元気を貰える人。

周りを気遣う優しさも持っているし、結構鋭い観察眼を持っているみたいなんだよね。

私たちの中で一番小さいけれど、もしかしたら一番人として凄いかも、って思える人だね!

 

そんな感じで、皆の事が少しずつ分かってきた。

分かってきた、んだけれど……他の人と比べて、分かる範囲が少ない人が居る。

 

「……これで、どうでしょう?」

「正解です。途中式を含めて、しっかりと理解されているみたいですね」

 

黒板の前に立つ、すっごく綺麗な黒髪の人。

郡千草ちゃん。頭が良くて、この1週間の中であてられた問題は1問も間違っていない。

落ち着いた人で、妹の千景ちゃんととても仲が良いみたい。

……あとは、自己紹介の時に話してくれた事しか、まだ分からない。

千景ちゃんも同じだ。

落ち着いた、と言うよりは、とても静かな人、みたいかな?

千草ちゃんと一緒の時は明るい表情も見せてくれるけど、千草ちゃんが居ない時には1度も笑っている所を見た事が無いんだよね。

千景ちゃんも、これ以外には自己紹介の時に話してくれた事しか分からない。

 

「……あと数分で時間となりますし、早めに終わりましょうか。それでは、今日の授業はこれで終了となります」

「先生、ありがとうございました」

 

うーん、もっと2人の事を知りたいな。

若葉ちゃんもタマちゃんも、杏ちゃんもひなたちゃんも、少しずつ仲良くなれている。

けれど、2人だけは、2人だけで完結しちゃっている。

きっと、向こうから来るのを待っていたら、何時まで経っても会話せず終わってしまいそう。

そう思ってしまう程に、こっちに興味が無いように見える。

いや、興味が無いというと正確じゃないかなぁ?

好意的な興味じゃない、って言うのかな……警戒する相手、として見られてるみたい。

どうしようかな……

 

「……友奈。友奈!」

「ふぇっ?若葉ちゃん?どうしたの?」

「どうしたの、も何も……授業が終ってずっと、ボーっとしていたから声をかけたんだ。大丈夫か?」

「友奈さん、熱でもあったりしますか?……うーん、熱がある訳ではない、ですね?」

「ご、ごめんごめん!ちょっと考え事してただけで……」

「そうか?」

 

若葉ちゃんの声で、意識が現実に引き戻される。

何時の間にか、授業は終わったみたいだ。気付かなかったなぁ。

ひなたちゃんが私のデコに手を当てて熱があるか確認してくる。勿論熱は無いよ。

キョロキョロと辺りを見渡すと、タマちゃんと杏ちゃんが何かについて話をしているのが見える。

千景ちゃんと千草ちゃんは……あれ?

 

「千草ちゃんと千景ちゃん、もう帰っちゃった?」

「今日は部屋でゲームをする、という話はしてたが……」

「そうですね。それ以上詳しい事は知りませんが」

 

そっか、考え事してる間に、もう行っちゃったかぁ。

ションボリとしてると、私たちが集まってるのに気づいたのか、タマちゃんと杏ちゃんもこっちに来る。

 

「千景と千草って単語が聞えたんだけど、あの2人について話してるのか?」

「実は今、タマっち……先輩と一緒に、その事について話してたんです」

「2人も?」

「実は、タマと杏は昨日あの2人と街を歩いたんだ!」

 

えっ!?

あの千草ちゃんと千景ちゃんの2人と一緒に!?

私と、若葉ちゃんとひなたちゃんも一緒に驚いた表情でタマちゃんを見る。

凄く得意げな表情で、腕を組むタマちゃん。

 

「と言っても、最初から一緒に歩いてた訳でないんですけどね」

「でも杏。あの2人を誘って、断られなかったのは本当だぞ!」

「それはそうだけど…」

「凄いねータマちゃん」

「そうだろうそうだろう、もっとタマを称えタマえ」

 

実際、あの2人を誘って断られなかったのは凄いと思う。

 

「それで、友奈達は何を話してたんだ?」

「実は、私がちょっと考え事してたら、それをボーっとしてるって勘違いされちゃって」

「んで、その考え事が千景と千草、って事なんだな」

「そうなの。その、2人の事をもっと知りたいなぁって思って」

「なるほどなぁ」

 

タマちゃんが、うーんと考え始める。

そんな姿を見ながら、杏ちゃんが口を開いた。

 

「……タマっちと話していたんですけど、あの2人とは無理に距離を詰めるのは良くないとは思うんです」

「無理に、とは?」

「その……昨日一緒に行動した時に改めて思ったのですけど、千草さんも千景さんも……特に千景さんが、周りを凄く警戒されてるな、って」

「千草とはそこそこ話が出来たんだけど、千景の方はあんまりでな。向こうが警戒心を緩めてくれないと、どうしようもなさそうっていうのがタマと杏の考えだなー」

「ふむ、そうか……」

 

実際に2人と話をしたというタマちゃん達。

その話を聞いていると、若葉ちゃんが会話に混ざる。

 

「実は、私とひなたも千草さんと話をした事があってな」

「そうなんだ?」

「あぁ。少し聞きたい事があって、話をしたんだが……千草さんから、千景さんと話すのは暫く待ってほしいと言われたんだ。人見知りな事もあるし、新しい環境に慣れる時間を作って欲しい、とな」

「ふんふん」

 

自己紹介の時にも、千草ちゃんが言ってたよね。『人見知りしやすい』って。

……でも、あの時の千景ちゃんは何と言うか……人見知りとは違う理由で、手が震えていたように見えたんだよね。

 

「うーん……やっぱ、私も2人と話をしてみたいなぁ」

「そう、ですねぇ……私たちの考えを纏めると、踏み込み過ぎない程度なら会話をしてみるのは大丈夫、という感じでしょうか?」

「千景さんについては特に気を付けて、というのも付け足せば、大丈夫だろうか?」

「タマはそれで大丈夫だと思うぞ」

「そうですね。あと、2人一緒にか、千草さんだけの時に話しかけると良いかと」

「なるほど……うん、私、ちょっと話しかけてみるよ」

 

皆からの話を聞いて、『やっぱり話をしてみたい』と考えが纏まる。

無理に距離を詰めない様に、でも、相手の事を少しでも知る事が出来るように。

難しいかもしれないけれど……それでも。

私は、2人の事が、知りたいな。

 

さて、と。

 

「どんなことを話題にすれば良いかな?」

 

そんな事を呟いていた。

殆ど知らない相手に話しかける。

その時、何を話題にして話しかければいいだろう?

 

「若葉ちゃん達は、自分から話しかけたんだよね?」

「うむ。確かにそうだが……私と同じ内容で話しかけるのは無理だろう」

「そうなの?」

「あぁ。なにせ、『何故バーテックスと戦うのか?』だからな」

『『『えぇ……』』』

 

タマちゃん、杏ちゃんと3人で同じ反応をしてしまう。

そんな私たちを見て、ひなたちゃんは苦笑い。

 

「千草さんの希望で内容を話す事は出来ませんが……少し千草さんの事を知る事が出来ました、とだけ」

「まぁ、そういう事だ。なので、私の事は参考に出来ないぞ」

「そっかぁ」

 

何と言うか、真面目な若葉ちゃんらしいというか……

さて、そうなるとどうしようかな?

皆でうーんと悩んでいると、タマちゃんがポンと手のひらを叩く。

 

「友奈と千景、千草は出身地が違うんだ。地元の話とかはどうだ?」

「あ、それは良いかも!」

「だったら、前の学校の話などもどうでしょう?」

「香川に来る前の話、か。確かに、話題としては適切かもしれないな」

 

タマちゃん、杏ちゃん、若葉ちゃんの言葉に頷く。

そうだよね、違う場所から来ているんだし、前住んでいた所の話をするのは可笑しくないよ。

なんで思いつかなかったんだろう?

話題も決まったし、早速行こう、と思って……

 

「そ、そう言えば、御二人の趣味って、なんなのでしょう?」

 

ひなたちゃんの意見に、皆で首を傾げる。

若葉ちゃんは趣味と言って良いのか分からないけど居合がある。

タマっちは登山を含めたアウトドア系、杏ちゃんは読書が好きだと公言している。

ひなたちゃんは……若葉ちゃんの写真を撮る事、なのかな?

ただ、2人の趣味は確かに知らないなぁ。

 

「そう言えば、何なんだろうな?ゲーム屋に居たし、やっぱゲームか?」

「千草さんは読書の可能性もあるよね?」

「恋愛物はあんまり読まないってだけで、他のジャンルで結構読んでるのかなぁ…千景は冒険物とか読むらしいぞ?」

「そう、なのか?2人の雰囲気からしたら、意外だな……ミステリー小説とかを読むのかと思ったが」

「冒険物かぁ……面白い本を知ってたら、教えて貰おうかな?」

 

そんな事を話しながら、ふとひなたちゃんの方を見る。

どこか焦ったような、そんな表情。

……どうして、そんな表情を浮かべているんだろう?

気になるけれども……ここは、追及するべきじゃない、かな?

話題を逸らした、って事は……ひなたちゃんは何かを知っているんだろうけど、他の人には知って欲しくない事、なんだよね?

なら、聞かないでおこう。

 

「地元の話よりも、そっちの方が気になるなぁ」

「よし、友奈!ちょっと聞いてみてくれ!」

「うん、聞いてみるよ」

 

また、チラッとひなたちゃんの方を見る。

どこか安心したような表情だ。

……うん、今は、ひなたちゃんの浮かべた表情について、考えないでおこうかな。

その方がきっと、今の穏やかな雰囲気を壊さないだろうから。

 

 

 

 

 

皆と別れて、寮へと向かう。

趣味について、という話題で話しかけるのは決まった。

けれど……2人は今、ゲームで遊んでいる、のかな?

うーん、今話しかけに言っても良いのかなぁ……

どうしよっかなぁ、と考えていると、もう寮に着いちゃった。

 

「んー……行ってみるだけ行ってみて、断られたら後日改めて、かな」

 

ここまで来ちゃったし、まず声をかけてみよう。

それで駄目だったら、また違う日に声をかけてみよう。

そう決めて、千草ちゃんの部屋をノックする。

千景ちゃんが千草ちゃんの方に寄っていく光景を何度も見かけているから、千草ちゃんの部屋に居ると思ったからだ。

3度ノックして少し待つと、ドアが開かれて千草ちゃんが出てきた。

 

「あら、高嶋友奈さん?」

「こんにちは!」

「えぇ、こんにちは。どうかしたの?」

「えっと……食事会以来、あんまり話をした事、無かったでしょ?だから、お話したいなーって」

「そう……少し、待ってて貰える?」

「うん!」

 

千草ちゃんは、千景ちゃんよりも話しやすいって聞いてたけど、本当みたい?

少なくとも、私の事を完全に警戒している、って訳じゃないみたい。

待っててと言ったのは、千草ちゃんに大丈夫かどうか聞いてみてくれるのかな?

待つ事数分、千草ちゃんが戻ってくる。

 

「待たせてしまって、御免なさいね。入って」

「良いの?」

「えぇ。どうぞ」

「それじゃあ、お邪魔しまーす」

 

許可を貰って、部屋の中に入る。

私の部屋と比べると……ちょっと殺風景な感じがする。

小物が全然ないみたい。ゲーム機とゲームソフトが数本だけで、あとは大社が用意してくれた家具だけ。

そんな部屋のベッドに、千景ちゃんが腰掛けていた。

 

「こんにちは!」

「こ、こんにちは……」

「急に来てゴメンね?」

「い、いえ、謝る事じゃないわ……それで、話って?」

 

うーん……警戒されてるなぁ……

人見知り、って聞いたけど、やっぱり違う様に見えるんだよね。

何と言うか……怖がられている、のかな?

いや、それだけだと人見知りとあまり変わらないんだけど……

なんだろう?

あ、いけないいけない。今はそこを深く考えるよりも、やらなきゃいけないことがあるよね。

 

「2人の事をもっと知りたいな、って思ったんだ」

「私たちの、事を……何を、知りたいの?」

 

睨むように、千景ちゃんが私の事を見る。

その眼には、今まで見た事が無いような、暗い何かが宿っている様に見える。

 

「2人の趣味、かな?ほら、私たちって、出身地位しか相手の事を知らないでしょ?」

「しゅ、み……そんな事の為だけに、来たの?」

「そんな事、なんかじゃないよ?同じ教室で過ごす大切な仲間の好きな事なんだよ?大切な事だよ!」

「……そ、そう、なの?」

「うん!」

 

私の言葉に、千景ちゃんは戸惑いを隠しきれていないみたい。

……そんなに、戸惑うような事を言ったかなぁ?

首を傾げると、千草ちゃんが会話に混ざる。

 

「大切、ね……それじゃあ、貴方の事も、教えてくれるかしら?」

「私の事?」

「えぇ。趣味を話すって、ちょっと恥ずかしくてね……良いかしら?」

 

私の趣味、かぁ……

……思えば、誰かに自分の事を話すのって、あんまり無いなぁ。

相手の話を聞くばっかりで……

でも、今は、話さない方がきっと気まずい雰囲気になりそう、だよね。

 

「……うん、良いよ。じゃあ、私から話すね。私ね、趣味は……武道、なのかな?少なくとも、身体を動かすのは好きだなぁ。後ね、美味しいモノを食べるのも好きだよ」

「武道?そうなの?」

「うん。若葉ちゃんとは違って、剣道や居合じゃなくて、格闘の方で」

「へぇ……美味しいモノを食べる、って言うのは、この間のうどんもとても美味しそうに食べてたものね」

「あはは……アレは美味しかったよねぇ。また皆で食べに行きたいなぁ」

「……えぇ、そうね。それは良いかも」

 

何かを探るような、千草ちゃんの目つき。

千景ちゃんの様に、怖がっている訳ではなさそうで。でも、警戒はされている。

……うーん、なんでだろう?

 

「千草ちゃんの趣味は、何?」

「私は……そう、ね。ゲームや読書は好きよ。あとは……料理、かしら?」

「料理出来るの!?すごーい!」

「出来る、とは言っても、多少出来るってだけよ……そうなると、趣味とは言えないかもしれないわね」

「でも、凄いなぁ。私、ちょっと調理実習でやったり、家族の手伝いをしたくらいだもん」

「……調理、実習、ね。そう言えば、そんなのもあったわね」

 

どこか遠くを見る千草ちゃん。

懐かしむような表情なら分かるけど、その表情は『苦々しい』としか言えないモノで。

……何か、嫌な思い出でもあったのかな。

なら、余り思い出させないであげよう。

 

「じゃあ、千景ちゃんは?」

「私、は……ゲーム、かしら」

「千景はね、ゲームがとても上手いのよ。ゲームに関しては、いつも助けて貰ってばかりだし、負けてばかりよ」

「そうなんだぁ!」

「ね、姉さん……でも、それくらいしか、無いわね。読書もそこまでだし、料理はからっきしよ」

 

千草ちゃんに褒められた千景ちゃんは、とても嬉しそうな表情を浮かべる。

直ぐに顔をプイとそむけられてしまったけど、一瞬見せたその表情は、とても可愛かった。

 

「そんなに凄いって聞くと、見てみたいなぁ」

「……他人に見せられる程のモノじゃないと思うけれど」

「そうなの?」

「えぇ……そもそも、姉さん以外に見せた事がないから、分からないけど」

「その唯一知ってる千草ちゃんが、とても上手って言ってるんだもん、きっと凄いんだよ!」

「……そう、なのかしら」

 

首を傾げる千景ちゃんを見て、ふと思う。

千草ちゃん以外に見せたことが無い、と言ってた。

……大人しい雰囲気と、インドアな趣味が合わさって暗い人だと思われて、イジメを受けていた、のかもしれない。

そう考えると、今の発言も、人に怯える理由も、辻褄が合うんだよね。

……そう仮定して、話をする事にしよう。

 

「もし良かったら、見せて貰えないかな?」

「……えっ?」

「私もゲームはする事あるんだけど、あんまり上手く出来なくて……他の人がどんなプレイをするのか見たら、上手くなれるかなぁって」

「……ゲームの腕は、やり込んだ時間で上がると思うのだけれど」

「そうかもしれないけれど……お願い!」

 

パンッ、と手を合わせてお願いしてみる。

その音にビックリしたのか、目を丸くしてこっちを見る千景ちゃん。

そんな私達を見て、聞きに徹していた千草ちゃんが会話に入ってくる。

 

「なら、千景と私の対戦を見てもらいましょう。参考になるかは分からないけど、ね?」

「……姉さんが良いのなら、私も良いけれど」

「フフッ……高嶋友奈さん、好きな方の画面を見てて」

「じゃあ、まずは千景ちゃんから!」

 

千景ちゃんの斜め後ろ、こちらを意識し過ぎないように少し距離をおいて座る。

携帯ゲーム機の小さい画面は、ちょっと見えにくいけれども、千景ちゃんを警戒させない事の方が重要だからね。

 

「格闘ゲームをやるけれど、高嶋友奈さんは経験は?」

「ちょっとやったことがある程度、かなぁ……あ、そうだ、千草ちゃん」

「どうかしたの?」

「その……フルネームは、止めて欲しいなーって思って」

 

ふと、気になったので言ってみる。

フルネームで呼ばれると、どうしても距離が遠く感じちゃう。

 

「……そう、ね。友奈さん、で良いかしら?」

「うん!千景ちゃんも、呼びやすいように呼んでね!」

「え、えぇ……高嶋さん」

 

フルネーム呼びじゃなくなって、少しホッとする。

少なくとも、これを拒否される程拒絶されてないんだ、って分かったからかな?

 

「さて、と。この格闘ゲームは知ってる?」

「あ、私の持ってるのと同じだよ!」

「そう、それなら良かったわ。私はこのキャラをメインで使ってて……」

「……私は、このキャラクター」

 

持っているゲームだから、どんなキャラクターなのかも分かる。

千草ちゃんのキャラクターは、一発一発が軽いけど、コンボが繋がれば一気に相手の体力を削れるタイプのキャラクター。

対する千景ちゃんのキャラクターは、設置などを駆使した難しいキャラクターだ。

 

「……御免なさいね、友奈さん」

「えっ?」

「解説とか、そんな事は出来ないわ……全力で、やるから」

「このゲームを含めて、対戦する場合は、全力よ」

「そう言う事なの……一戦終わるまでは、何もしゃべらないわ」

「そ、そっか……」

 

今まで、一度も見た事の無い、真剣な表情で。

私の方に一度も視線を向けずに、2人がそう言う。

キャラクターの選出が終わり、対戦が始まる。

 

『ラウンド1、ファイト』

 

システムボイスが流れて―――――真剣勝負が、始まる。

 

時に見合い、牽制し合う2人。

指の動きは私なんか比較対象にならない程に速く正確で。

1回でもヒットすればコンボで体力を持っていける千草ちゃんのキャラを、千草ちゃんのキャラクターが先の行動を読んで技を設置し、近づけさせまいとする。

その設置技の裏をかいて千草ちゃんはジリジリと距離を詰める。

 

千草ちゃんのキャラクターが、1回ダッシュすればリーチに相手を捉えられる距離まで近づいた。

けど、そこにたどり着くまでに半分の体力を持っていかれていて。

対する千景ちゃんのキャラクターは、1度も攻撃を喰らっていない。

 

千草ちゃんと千景ちゃん本人を見てみる。

千草ちゃんの方は真剣そのものといった表情、汗すらかく程に集中しているみたいで。

千景ちゃんは……表情は真剣だけれど、千草ちゃんよりは余裕がありそう、かな?

 

画面の方に視線を戻す。

少し目を離した隙に、状況は動いていたようだ。

設置技を抜け、ついに千草ちゃんのキャラクターの射程圏内。

怒涛の連撃でヒットを狙う千草ちゃんと、その攻撃を的確に防ぎ時間を稼ぐ千景ちゃん。

残り時間はあと10秒。

防ぎきれば千景ちゃんの勝ち、1度でもコンボを決められれば千草ちゃんの勝ち、といった所。

それをどちらも理解していて、だからこそこの数秒の攻防が激しくなる。

 

「ッッ!」

 

ついに、千草ちゃんの攻めが守りを抜けてヒットする。

そのままコンボに移行しようとして―――

 

『タイムアップ』

 

無常なタイムアップ。

あと数秒あれば、千草ちゃんの勝利だったかもしれない。

けれど、その数秒が、遠い。

 

「………届かなかったわね、また」

「……今回は、今までで1番危なかったわ」

 

集中状態から解放され、全身の力を抜いて穏やかに会話する2人。

そんな2人の言葉で、そのプレイに魅入っていた私の意識が現実に帰ってくる。

 

「す、凄いよ2人とも!プロの人みたい!!」

「そ、そんな事ないわよ、友奈さん」

「うぅん、本当に凄かったよ!!格好良かった!!」

「……そう、かしら?」

「うん!」

 

首を傾げる2人に対し、凄かった、恰好良かったと何度も伝える。

 

「……まぁ、それはそれとして。参考には、なったかしら?」

「うーん……上手すぎて、真似は出来そうにないかなぁ……」

「そう?でも、私から言えるとしたら、何事も練習すれば上達するはず、って事かしら」

「それもそうだね。私も練習すれば、2人みたいに上手くなれるかな?」

「それは、貴方次第ね」

「……じゃあ、今度練習に付き合って貰えない、かな?」

「……私たち、が?」

「うん!」

 

名案、と思い、お願いしてみる。

ゲームを通じて、2人の事を知る事が出来るかもしれない。

そういうのを除いても、一緒に遊んでいけば、少しずつでも仲良くなれるかもしれない。

そう思ったけれど……どう、かな?

 

「千景は、良いかしら?」

「……………姉さんが、良いのなら」

「……そう」

 

千景ちゃんの言葉に、千草ちゃんが少し悲しそうな表情を浮かべる。

ほんの一瞬だけど、確かに浮かべたその表情は、なんだったのだろう?

 

「……それじゃあ、お互いの予定がある日にでも」

「う、うん!……今日の次は、何時頃になるかな?」

「そう、ねぇ……明日は何も無ければ千景と街を散策しようと思っていたから、それ以降かしら」

「じゃあ、明後日から、私の予定が空いてる日に2人の予定を聞くよ。2人の予定が空いてたら、その時にお願いしても良いかな?」

「えぇ、分かったわ」

 

提案を受け入れられて、ホッとする。

次の予定が何時になるかは分からないけど、完全に拒否されなかったというだけでも、今は十分。

 

「……今日は、もう自分の部屋に戻るね!」

「あら、そう?」

「うん!」

 

私の言葉に、千草ちゃんが意外そうな反応をする。

時間的には、まだまだ早いとは思う。

けれど……千景ちゃんが、疲れている様に見えたんだ。

今日は、少し話が出来て、次も話す機会が作れる可能性が出来た。

それだけで満足。

 

「それじゃあ、また今度ね!」

「えぇ、また今度」

「……さようなら、高嶋さん」

「またね、千草ちゃん、千景ちゃん!!」

 

 

 

 

 

「……姉さん」

「どうしたの?」

「……『またね』って言葉、最近良く聞くわね」

「そうね」

「……遊ぶ約束なんて、いつ以来かしら……?」

「……『あの頃』より前、だった筈、ね」

「そう、よね」

 

高嶋さんが出た後、姉さんと話す。

今からだいぶ前、もうおぼろげにしか思い出せない頃の話。

まだ、私たちが蔑まれる存在になる前に、まだ友達と呼べる人が居た頃に、その友達と遊ぶ約束をした事も、あったかしら。

あの村での、虐げられ蔑まれ続けた日々に飲み込まれて、『だった筈』『あったかしら』と付けなければならない程、確証を持てないけれど。

 

「……姉さん」

「うん」

「……怖いわ、私」

「……うん」

「悪意の無い接触が、敵意の無い眼差しが……私たちを害さない人が、怖いわ」

「……そう、よね。私たちの周りは、そうだったもの」

 

私の言葉に、姉さんが頷く。

そう。私と姉さんがまだあの場所に居た頃は、周りは害意、敵意、嫌悪感を隠さない人ばかりだった。

この間の土居さんといい、今回の高嶋さんといい、それら悪感情を持たずに接してくる人なんて、もう何年も会っていない。

だから、怖い。

……だから、思う。

 

「……姉さんは、なんで、あえて接触しようと思うの?」

「千景……」

「怖いのが同じなのは、分かるわ。なのに、それを押し殺してまで……どうして?」

 

姉さんが恐怖を感じているのは、分かる。

他人には分からないかもしれない。でも、私には分かる。

上手く隠していても、僅かな仕草や表情に現れる『それ』を、見逃さない。

だけど、それを押し殺して、あえて接触する事を選んでいる。

……逃げても良いのに。あの場所では、逃げてきたのに。

 

「……千景には、分かっちゃうのね」

「えぇ。姉さんの事だから」

「……千景、私は―――」

 

プルルルルッ、と携帯から音がする。

姉さんが机の上に置いていたスマホから、音がしている。

表示されているのは、『真鍋さん』の文字。

姉さんが、スマホを手に取って、電話に出る。

 

「はい、もしもし。真鍋さん、ですよね?……はい、郡千草です」

 

姉さんは、あの時私に何を言おうとしていたのだろうか。

それについて、考えようとして……

 

「はい、はい……えっ?」

 

姉さんが、電話越しに伝えられた『何か』に対して、目を見開くのが見えた。

 

「……それは、本当、なんですね?……はい、はい……そう、なんですね」

 

困惑、しているのが分かる。

それと共に見えるのは……驚きと、恐怖、だろうか。

姉さんの事なら大抵分かる。

でも、これらの感情が露わになる程の『何か』とは、一体何が伝えられているのか。

 

「………分かり、ました。千景には、私から。後でまた、電話をかけ直しても、良いでしょうか?……はい、ありがとうございます。それでは、また」

 

電話が、終わったらしい。

未だに困惑した表情のまま、私の方を向く。

 

「姉さん、なにがあったの?」

「……千景。落ち着いて聞いて欲しいの」

「……うん」

 

 

 

 

 

「……母さんが、見つかった、って」




高嶋ちゃんとの絡み回となりました。
高嶋ちゃんを書くのは中々難しいですね……『なんか高嶋ちゃんらしくない』と思われましたら、私の力不足です、申し訳ありません。
もっと原作キャラについて勉強しないとなぁ……と思う日々です。

そして、次回はオリジナル回、『あの人』との話となります。
色々悩んだ結果、どういう話にするかは決めましたが……オリジナルな展開となるので、受け入れて貰えるか不安です。
不安でポンポン痛くなってきますが、決めた事なので頑張って書いて行きたいと思います。


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第9話

大変お待たせ致しました(焼き土下座
暑さで死んでいました。つらいです……最近湿気こそ減ってきましたが、気温が単純に高くて汗ダクです……汗っかきには辛い時期です。

私事ですが、スマホを買い替えた事で、遂にゆゆゆいが出来るようになりました!
早速プレイして、即座に3万円ぶち込んでURぐんちゃんをお迎えしました。
ぐんちゃんを愛でる為にも、少しずつ頑張っていこうかと思います。

さて、今回は、原作ではあまり語られなかった『あの方』との話です。
正直、受け入れて貰えるかどうか、という部分でずっと胃を痛めながら書いていました。
批評などが多い様でしたら、書き直しも視野に入れつつ投稿させて頂きます。
『この作品のこの人はこういうキャラなんだ』と受け入れて貰えたら幸いです。


「千草、千景!これから、予定は空いてるか?」

「もし良ければ、この間の本の感想を聞かせて欲しいのですが……」

 

放課後になって、土居と伊予島の声が聞える。

郡さん達に話しかけている様だ。

どうやら、2日前に一緒に本屋に行った時に薦めた本の感想を、伊予島が聞きたいらしい。

そんな2人の誘いに、千草さんが申し訳なさそうに言う。

 

「御免なさい、どうしても、行かなければならない場所が出来て」

「そう、でしたか……」

「感想は、またの機会で」

 

そう言うと、直ぐに2人で立ち上がり、教室を出ていく。

そんな2人を見て、土居と伊予島が話し始めた。

 

「……なんか、様子が可笑しかったような気が……タマっち――先輩は、どう思う?」

「なんか違和感を感じる、けど……なんだろうな?」

 

確かに、今日の2人は、どこか可笑しかった気がする。

心ここにあらず、とでも言うべきか。

何かについて考えている事が多かったように見えた。

 

「昨日話した時に、街の散策をするって言ってたけど……それとはきっと違う、よね?」

「あ、友奈。そっか、昨日はあの後話しに行ってたんだもんな」

「うん、色々話して来たよ!……っと、今はそれじゃなくて」

「……街の散策なら、『行かなければならない』というのはちょっとおかしいですよね」

「そうだけど……何処に行くんだろうね?」

 

何処かから、車が走る音が聞こえる。

それを意図的に無視して、2人が何処へ行ったのか考える。

が、結局教室に居る全員で考えてみたが、何も分からなかった。

……やたらと、ひなたの口数が少なかったから、大社関係の何かなのかもしれない。

が、あえて触れない事にした。

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

「御二人は、『天空恐怖症候群』という言葉を耳にされた事はありますか?」

「授業で、触り程度なら……千景は?」

「私も、詳しくは知らないわ」

「では、詳しく説明させて頂きます」

 

放課後、迎えに来てくれた大社の車の中。

酔い止めに用意したガムを噛みながら、真鍋さんの話に耳を傾ける。

 

「7月30日、バーテックスが襲来し、多くの人が被害を受けました。その中で、あの件がトラウマになった方々は少なくないです」

「それは、確かに居るかもしれませんね」

「はい。その方々の中でも、バーテックスを、そしてバーテックスが降ってきた『空』を恐れるようになった方々が居ます。その、『空』に対するPTSD、つまりトラウマの事を『天空恐怖症候群』と呼ぶようになりました……最近になり、大社及び大社と協力関係にある病院の医師、PTSD等に関する専門家でそう呼称しました」

 

話を聞いて、理解する。

PTSDというのは……ゲームでそういう単語が出たので、少し記憶にある。

分かりやすく言うと、真鍋さんの言う様に『トラウマ』なのだろう。

そして、こんな話をしたのは、恐らく……

 

「真鍋さん。その、この話をしたという事は、つまり……」

「……はい。御二人のお母様は、天空恐怖症候群に……」

 

先日、大社と協力関係にあるとある病院で、『郡』の名字を持つ女性が運び込まれた、と電話があった。

調べた結果、同じ名字の赤の他人、という訳では無かったらしい。

数年前に私たち姉妹をあの人の元に置いて、浮気相手と村を出た、私たちの母だった。

最初は小さな病院に運び込まれたらしいが、天空恐怖症候群に陥った人の中でも酷い錯乱状態にあり、大きな病院の精神科に移されたらしい。

その大きな病院というのが、天空恐怖症候群について調べている大社と協力関係にある病院、だったわけだ。

 

「……現在、医師や専門家の中で、『天空恐怖症候群』について様々な議論が交わされています。その中で、症状によりステージを分ける、という意見があります」

「ステージ、ですか?」

「はい。トラウマの深さ、『空』に対する恐怖の度合い、とでも言い換えられます」

 

ステージ1、空を見上げるのを怖がる、外出を怖がる程度。

ステージ2、バーテックス襲来時の記憶が蘇る事があり、精神的に不安定になる。

ステージ3、記憶のフラッシュバックの頻度が多くなり、時に幻覚が見える。ここまで来ると精神安定剤や睡眠薬と言った薬が手放せなくなるレベルになるようだ。

そして、ステージ4。記憶の混濁が起こり、自我の崩壊、発狂へと繋がる。

 

「御二人のお母様は、ステージ2とステージ3の間に区分される、と医師が言っておりました」

「そう、でしたか……」

「……昨日、千草様に電話をした際、会う事を勧めたのは私ですが……正直、断られるかと思っておりました」

 

申し訳なさそうに、真鍋さんが言う。

そう、昨日真鍋さんが電話をかけて来たときに、私にこう言ったのだ。

『千草様。一度、お母さまに会われてみてはいかがでしょうか』、と。

様々な感情に襲われながらも、一度千景と話すという選択肢をとり、共に考え……会う事に、決めたのだ。

 

「……断る事も、もちろん考えました」

「でしたら、何故?」

「……思ったんです。恨みはあります、嫌悪もあります。それでも、会う事を拒んだら……『家族から逃げる』という選択肢をとったら、私も千景も、母と変わらないって」

「それは……」

 

数年前のあの日、母は私たちを置いて、浮気相手と逃げた。

本人の考えは、分からないけれど。『家族から逃げた』という事実は、確かに残っていて。

そんな人に、なりたくないと思った。

 

「だから、会ってみたいんです」

「……お強い方ですね、千草様と千景様は」

「……私は、別に。姉さんが居なかったら、たぶん、逃げていたから……」

「だとしても、ですよ」

 

真鍋さんの言葉に、頷く。

千景には、『辛かったら私1人だけで行く』と伝えた。

それでも、付いて来ると言ったのだ。

 

噛んでいたガムを面倒なので呑み込み、新しいガムを噛む。

酔い対策をしながら、真鍋さんの話を聞く。

 

「……御二人のお母様は、先ほども話した通り、天空恐怖症候群のステージ2とステージ3の間程に位置されます」

「そういえば、間の辺り、というのはどういうことなんですか?」

「判断出来るほど、御二人のお母様の様子を伺えていないのです……今の病院へ移られて数時間したら、ずっと眠っているとの事でして」

「そう、なんですか?」

「はい。医師も首を傾げているのですが……」

「……病院に行っても、起きているかは分からない、という事ですね」

「正直に申し上げますと、そうなります」

 

これは、どうなることやら。

……眠っていてくれた方が、会いやすいのかもしれないけれども。

出来るなら、言葉を交わしたい。

そう思いながら、母が居るという病院へと向かった。

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

夢を、見ているのでしょう。

もう、何年も前の事。

『あの人』と出会って、恋をして。

家族の声を振り切って、駆け落ちして。

小さな貸家を借りて……あの子達を、私は産んだ。

あの村の環境に潰されず、今も生きていてくれているのなら、11歳、かしら。

小学校の最高学年になるだろう、2人の娘。

娘たちとの何気ない日々を、第三者の視点で私は見ている。

 

『おはよう、母さん。何か、手伝う事はあるかしら?』

 

小さいながら、気遣いの出来る姉。

 

『お母さん、おはよう……私も、手伝うわ』

 

そんな姉の後ろについて歩く、物静かな妹。

仲が良い、2人の娘たち。

黒くて綺麗な髪を、長く伸ばした娘たち。

『私そっくりね』と言ったら、笑って喜んでくれた娘達。

 

……村に置いて行った私が言っても、誰も信じないでしょうけれど。

あの子達の事を、愛していた。

母さん、と呼んでくれるあの子……千草の事も。

お母さん、と呼んでくれるあの子……千景の事も。

大切な娘だと、そう思っていた。

時に優しく、時に厳しく……今思うと、優しくした比率が、だいぶ多かったかしら。

2人の母として、子供を支える大人として、愛していた。

愛していたのです、2人の娘の事を……

 

 

 

どこから、狂いだしたのだろう?

『あの人』が、私の誕生日を忘れて上司と飲みに行った時?

『あの人』が、娘達の運動会や学芸会を面倒だと言って見に来なかった時?

……いや、それは切っ掛けに過ぎない。

全ては、『あの人』に振り回される日々に疲れてきた、あの日に……

あの日、とある男性に声をかけられた時に、全てが狂った。

眼の下に隈を作り、顔色も悪かった私を気遣い、声をかけてくれた人。

その優しさに、少し心惹かれてしまい……

ふと出会った時に挨拶と少しの談笑をするようになり、連絡先を交換しお互いに愚痴を零す関係になり。

そして……その果てに、友人の域を超えて、浮気の段階へと踏み込んでしまった。

 

家の事を放り出し、彼に会う機会を作るようになった。

人目を気にしなくていいように、彼の家にお邪魔しておしゃべりをするようになった。

優しくされるのが嬉しくて……優しくされている間は、『あの人』の事を忘れられて、それがとても嬉しくて。

それでも『あの人』の事を思い出し気分が悪くなった時に、彼はより優しくしてくれて……

それで、より心惹かれてしまい……

 

『辛いなら、逃げてしまいましょう。何もかも、此処に置いて行って』

 

その言葉に、残された良心が『娘を置いて行くのはどうなのか』と待ったをかけて……

それでも、逃げる事を選んでしまった。

……娘を愛していたのは本当。

だけど、娘達への愛を上回ってしまい程に、私は『あの人』から離れたい気持ちを持ってしまっていた。

 

娘達を置いて、あの場所から彼と逃げた。

罪悪感に襲われ、体調を崩す事が多くなった。

夢の中で、泣き続ける娘達が現れることも増えた。

私の事を気遣ってくれる彼の優しさに縋り、生きる日々が続いた。

 

その日々の中で、ふと唐突に、とある方向が気になるようになった。

地図を開けば、その先にあるのは、高知県のあの場所で。

日に日に、その方向を見ながら『ごめんなさい』と泣きながら謝る頻度が増えていった。

あの子達に呼ばれている、そんな気がしたから。

 

そんな生活を続けて、数年。

私の事を楽しませようと、彼が外出を提案し、一緒に遅くまで遊んだ。

そして、その帰り道で……星が綺麗な、夜で……

くらいそらから、しろいほしが、おち、おちてきて

それで、ふふ、ふたりでひっしににげ、にげてでもだめでわたたしをつきとばしたかれははほしにのまれれてそれでほしにかこまれれれれれ

 

 

 

『勇者ぁ、パーンチッ!』

 

『大丈夫ですか!?』

 

『高嶋友奈さん、彼女を気遣うのは後です。今はまず、奴らを倒して安全の確保を』

 

『あ、そ、そうですね』

 

『安心してください。もう、大丈夫ですから!』

 

 

 

「ねむ………みたい………」

「そう………本当………」

 

声が、聞こえる。

聞いたことのない、ような、何処かで聞いたことがある、ような……

 

「ずいぶん、やつれて………」

「目の隈も……」

 

意識が少しはっきりとしてくる。

それにより、声もよく聞こえるようになる。

身体は、何故か金縛りにあったかのように動かないけれども。

 

「……そのままに、してあげましょう」

「姉さん、でも」

「休ませて、あげましょう」

「……姉さんが、そこまで言うなら……」

「ありがとう、千景」

 

ちか、げ?

その名前は、まさか。

いやでも、私の知っている『ちかげ』は……私の娘は、高知のあの村に。

私が、自分で、あの村に置いて行ったはずなのに。

でも、数年で変わっている事を考慮しても、聞こえてくるこの声は……

『千景』と、もう1人の私の娘、『千草』の声のように、聞こえる。

 

「真鍋さん。せっかく連れてきて貰ったのですが、眠っているようですので……」

「もう少し、待ってみる事も可能ですが?」

「……いえ。私たちが居ると、きっと休めないでしょうから。静かな部屋で、ゆっくりさせて……」

 

いや、間違いない。間違えるはずが無い。

あの日、私が置いて行った娘の声だ……

確信を得たその瞬間、涙が溢れてくる。

 

「……母さん、泣いているの?」

 

そっと、私の頬を誰かが拭う。

いや、誰か、ではない。千草だ。

 

「……真鍋さん。やっぱり、今日は帰ります」

「そう、ですか。」

「えぇ」

 

行かないで、と言いたい。

しかし、身体は動いてくれない。

 

「姉さん、良いの?」

「うん、良いのよ……もう、良いの」

 

手を伸ばし、引き止めたい。

しかし、身体は動いてくれない。

足音が聞こえる。少しずつ遠ざかっていく。

扉が開く音が聞こえて……

 

「さようなら、母さん」

 

千草の声に、確信を持つ。

『ここで何かしないと、この子は2度と私の前に現れないだろう』、と。

お願い、動いて!

何処でもいい、顔でも、腕でも、足でも!

目を開けるだけでもいい、反応を示せ!

頼むから、動いて!動いてくれ!

 

『どうして、そこまで願う』

 

時が止まったかのように、辺りの音が消える。

その中で、暗い視界にぼんやりとした白い人影が浮かび上がる。

 

『どうして、そこまで願う?』

 

オウムのように繰り返される、その言葉に。

私は、こう考える。

 

──どのような結果になるとしても、逃げ続けて来た過去を終わらせる為に──

 

『何故、終わらせる?逃げ続ければ良いのに』

 

──今の私が出来る、あの子達の為になる事だから――

 

『……本心か?』

 

――……それは、分からないけれども。でも、思いついたのは、これだけだから――

 

『……………よかろう』

 

白い人影が、軽く手を振る。

そうすると、少しずつ、少しずつだが、身体が動くようになるのを感じる。

 

『良く考え、良く悩みなさい、人の子よ』

 

 

 

 

 

「ちぐ、さ」

 

動くようになった身体を、急いで動かす。

振り絞って出したその声は、か細く、聞き逃されても仕方の無いモノだった。

 

「……母さん?」

 

千草の声。

それに一安心し、重く感じる腕を挙げていく。

2人の居る、その方へと伸ばしていく。

 

「ち、かげ」

「……お母さん」

 

なんとか、目を開く。

駆け寄ってくる、記憶にある姿よりも美しく育った、しかし娘たちだと確信を持てる2人の少女。

その姿を見て、涙が溢れてくる。

 

「……おはよう、母さん。久しぶりね」

「……………久しぶり、ね」

「……そう、ね。久し、ぶり、ね……」

 

伸ばした手を、千草が優しく握る。

そんな千草の後ろで、睨むように私を見る千景。

そして、千草が、困ったように笑いながら、私に言う。

 

「……ここで言うのも、あれかもしれないけれど」

「?」

「……………おかえりなさい、母さん」

「……ちぐ、さ」

 

あぁ、『言葉も出ない』、とはこの事なのでしょう。

この子は、自分を置いて行って逃げた親を。

自分たちが虐げられる理由を作った人間を。

まだ、親として認めてくれて、『おかえりなさい』と言ってくれるのか。

自分の中で、ナニカが決壊したのが、分かってしまった。

 

「ごめ、ん、なさい……」

「ッ」

「御免なさい、千草、千景……私は、貴方達を……!!」

「……一番辛かったのは、母さんだもの」

「それでも、私は貴方達の母親で、守らなくちゃいけなくて……それでも、私はッ!」

 

そう、本来ならば、親である私は、この子達を育て、守るモノだ。

しかし、それを放り出し、私は逃げてしまった。

縋っていた『彼』が居なくなり、目を逸らす事が出来なくなった罪悪感。

それに、耐え切れなかった。

 

パンッ、と音と共に感じる、頬への痛み。

 

「千景!?」

「……ち、かげ」

「……………」

 

右手を振り抜いたまま、千景がこちらを見る。

憎悪によって暗く淀んだ、見ているだけで吸い込まれそうな瞳。

 

「……もう、遅いのよ」

「千景……」

「今更、今更謝られたって、もうどうにもならないのよ。貴方が居なくなって、私たちがあんな目に遭った事には、何も変わらない」

「そうだけど、だからって……」

「姉さんは優しすぎるのよ」

 

そう言うと、千景が自分の左耳にかかっている髪を手で上げる。

見えるのは、大きな傷。

 

「ねえ、貴方が居なくなってから色々あったのよ?モノを盗まれ、燃やされ、壊されて……暴言を吐かれて、存在を否定されて……!消えない傷まで負わされて!全部、全部!!貴方達の娘だったから!!!」

 

そう叫ぶ千景に、私はなにも言い返せない。

 

「……逃げるなら、私たちも連れて行ってくれれば良かったのに。置いて逃げたのなら、戻って来なければッ」

「千景、それ以上は駄目」

 

千景の言葉を、千草が遮る。

 

「……私たちも連れて行ってくれれば良かった、というのは同意するわ。でもね、後半は駄目よ」

「姉さんッ!!」

「本人の意思は分からないけれど、再び会えた……私はね、嬉しいのよ」

「………姉さんは、それでいいの?」

「……良いのよ」

「そう、なのね……分かったわ、姉さん。今は、これで終わりにしておくわ」

「ありがとうね、千景」

 

千景に微笑みながら感謝を告げると、千草がこちらを見る。

 

「ねぇ、母さん」

「千草……」

「……私たちの事を置いて行った事、許す、なんて言わないわ」

「……えぇ、それは当然の事よね」

 

当然だ。

千景の言った事が本当なら、彼女たちは心にも、身体にも、消えない傷を負った。

その原因は、私と『あの人』。

そして、それが、私が逃げた事でより大きくなったのでしょう。

許されるだなんて、思わない。

 

「……だから、やり直しましょう」

「それは、どういう……」

「母さん。此処はね、高知のあの場所じゃないわ。香川県の病院なの」

「そ、そうなの?」

「えぇ、そう」

 

千草の言葉に、驚く。

締め切られたカーテンの向こうには、見知らぬ光景が広がっているのだろうか。

……外を見るのを、とても恐ろしく感じてしまう。

だから、その見知らぬ景色を見ようとは思わないが。

 

「私たち、『あの人』から離れて生活してるのよ」

「それって、どういう……」

「まだ詳しくは言えないけれど、真鍋さん……あぁ、白装束のあの人と一緒に、とある仕事をしてるのよ。その代わりに、香川県で生活出来てるの」

「……危ないお仕事、なの?」

「大丈夫よ。きっと、母さんが想像しているような仕事とは、違うわ」

 

千草の話に、なにか危ない仕事をしているのではと疑ってしまうが、違うと言われる。

信じるしかないけれど……小学生に出来る仕事なんて、一体何なのかしら?

 

「でね、母さん。大きな仕事だから、それなりにお金が貰えているの。きっと、母さんの入院費だって払えるわ」

「にゅう、いん……そう、ここは病院だったのね」

「えぇ、そうよ。それで、母さん……ここで、香川で、『あの人』を除いた3人で、家族としてやり直しましょう」

 

それは……とても、とても魅力的な提案だ。

でも、それは、それを受け入れてしまうのは……

 

「……千草、良いの?」

「良いのよ、母さん。母さんが、辛い中私たちを育ててくれたのは、分かってるから。だから、今度は私が、母さんを支える番よ」

「でも、そのお金は貴方が得たモノで、貴方が自分の為に使うモノで……それに、私は、貴方に、貴方達に……」

「えぇ、確かにこのお金は私が得たモノ。だから、何に使うかは私が決めるわ」

 

アッサリと、千草は答える。

 

「それで……どうかしら?」

「……どうして、そこまでするの、千草?」

「……言ったでしょう?」

 

私の疑問に、握っていた手に少し力を込めて、千景が優しく微笑んだ。

 

「一番辛かったのは、愛した『あの人』に振り回された母さん。そんな母さんが、辛い中でも私と千景を育ててくれたのは分かってる……だから、今度は私が、母さんを支えたいのよ」

 

その言葉に、私は耐えられなかった。

俯き、泣きながら『ごめんなさい』と言い続ける私を、千草は優しく抱きしめてくれた。

私が泣き止むまで、ずっと。

私が泣き止んだのを確認して、千草が話しかけてくる。

 

「母さん。暫くは入院生活が続くかもしれないけれど……時折、顔を出すようにするわ」

「え、えぇ……」

「お見舞いの時には、なにか買ってくるから。母さん、好きなモノって何だったかしら?何年も会ってなかったら、忘れちゃって……」

「そ、そこまで気を遣わなくて良いのよ、千草。入院費まで払って貰う立場なのに……」

「そう?」

「えぇ」

 

千草の提案を、断る。

優しい子ではあったが、ここまで優しかっただろうか?

身体の成長と共に、元から持っていた優しさまで成長したのでは、と思えるほどに、彼女は優しかった。

 

「こんな私に、また会ってくれる……それだけで、十分よ」

「……そう。何か必要なモノとかあったら、言ってね?」

「えぇ、ありがとう」

 

千草と話をしていると、視線を感じる。

千草の陰に隠れている千景の、恨みがましい視線。

 

「……………姉さんの優しさに、甘えないでよ」

「えぇ、分かっているわ。本来、こうして言葉を交わす事すら……」

「当然よ……あの人の方が悪いとはいえ、貴方も私たちに酷い事をしたって事には変わりないんだから」

 

千景の言葉が、鋭く心に突き刺さる。

『あの人』と同じ、という言葉……

えぇ、そう。忘れてはならない。

守るべき子を蔑ろにしたのは、私も変わらない。

 

「……母さん。今日は、そろそろ行くわね」

「え、えぇ。分かったわ…………ありがとうね、千草、千景」

「良いのよ。久しぶりに会えて、良かったわ」

「……感謝されるような事じゃないわ」

 

2人に、私に会おうと思ってくれた事、そしてこうして言葉を交わしてくれた事への感謝を告げる。

千草は微笑んで、千景は呆れたような表情を浮かべる。

 

「真鍋さん、お待たせしてすみません」

「いえ、お気になさらず……」

「それじゃあ……またね、母さん」

「……………さようなら」

「えぇ……また、ね」

 

また、泣きそうになるのを堪えて、手を振る。

2人と白装束の人……真鍋さん、という人が出て行ったのを確認して、ベッドへ身体を預ける。

一気に眠気が襲ってくる中、ふと思った。

 

(そういえば、あの白い人影と会話をしてから、妙に落ち着いているような)

 

そんな事を思ったが、眠気に抗えず、考えるのは止めて眠る事にした。

 

 

 

 

 

『 ……悔い、改める。それが選んだ選択か』

『 言葉にすれば易い事。しかし、それが正しく行えるか、となると……』

『 良く考え、良く悩みなさい。その過程を、その果てを、見守りましょう』

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

「姉さんは、優しすぎるわ……」

「……そうかしら」

 

夜、姉さんの部屋で。

2人、同じベッドで、薄手のタオルケットに包まりながら、話をする。

思い出すのは、病院でのやりとりだ。

 

「……姉さんは、どうして、母さんにあそこまで優しく出来るの?」

「?」

「……いくら『あの人』が悪いとはいえ、自分の子供を放置して浮気して、最後には1人逃げ出した人なのよ、母さんは。なのに、なんで……」

 

そう、姉さんは優しすぎる。

普通なら、もっと恨んで良いだろうに。憎んで良いだろうに。

姉さんは、『辛かったのは母さんだから』と微笑み、支えようとしている。

何故なのだろう。

 

「……千景。貴方が思っている事は間違ってないと思うわ。あの人がした事は、悪い事よ」

「えぇ」

「でも……あの人は後悔していた。それが分かったら……償う機会を、あげても良いかな、って」

「償う?」

 

姉さんの言葉に、首を傾げる。

償う、と言う言葉の意味は知っている。

知っている、けれども……

 

「……どう、償うっていうの、お母さんが」

「それは、母さん自身が決める事よ。この機会をどう活かすのか……そこに、母さんを許す、許さないを決める要因がある」

「……そう、かしら」

 

……最近。時折、だけれども。

私でも、姉さんの考えが……分からなくなる、そんな時がある。

怖いはずなのに周りに接触を図ったり……今回の、お母さんの件だったり。

私達は、同じのはず。そのはずなのに。

姉さんの考えが、理解し切れない。

 

「今すぐ許す訳じゃないわ。ただ、償おうと……変わろうとする母さんを、見てあげましょう」

「………うん。姉さんが、そう、言うなら……」

 

でも、姉さんが、そう言うのなら。

きっと、それが良いのだろう。

姉さんは、私達にとって不利益になる事をしない。

それだけは、絶対なのだから。

きっと、どれもこれも、私たちの為になる事なのだろう。

うん、そうよね……ホッとしたのと共に、眠気が襲ってくる。

 

「おやすみなさい、姉さん」

「……えぇ。おやすみなさい、千景」

 

寝る前の、いつものやりとり。

目を閉じる寸前、最後に見えた姉さんの表情は……どこか、悲しそうだった、気がした。

 

 

 

 

 

大社と呼ばれるこの組織で暮らすようになって、2週間程。

少しずつ生活には慣れてきたけれども、今までの違いには、まだ慣れない。

『巫女』とは呼ばれるけれども、神社の巫女とは違うのだし。

 

大社の巫女は、神託を受け、それを伝える者。

安芸先輩も、烏丸さんも……今はこの施設には居ない、上里さんも。

私と同じで、あの日、直接神託を受けた、そういう人。

なのだけれども……彼女たちに、どうしても劣等感を抱いてしまう。

 

彼女達と、私。

同じ巫女だが、決定的な違いがある。

他の3人は、直接『勇者様』と会っている。

けれども……私は、私だけは、勇者様にお会い出来ていない。

 

『郡千草』様と『郡千景』様、という名前は、教えて貰った。

2人を見出した巫女であるという事を利用して、『必ず、どのような事があっても、他人に漏らしてはならない』という条件の下、詳しい情報を教えて貰った。

私に御二人の情報を教えてくれた大社の人……真鍋さんの語ったことが本当なら。

とても辛い目に遭われて、しかしそれでも、世界の為に戦ってくださるのだという。

『とても心優しいお方です』という真鍋さんの言葉は、正しいのだろう。

まさしく、勇者と呼ぶにふさわしいお方なのでしょう。

 

窓の外、雲の無い空に浮かぶ月を見ながら、思う。

私が見出した、私の勇者様。

心優しいお方。勇者として崇められるに相応しいお方。

どうか、一度でも良いから、お会いしたいです。

 




郡母との物語でした。
語られていない部分がとても多いので、色々と好きに書かせて頂きましたが、いかがでしたか?
どんな反応があるか、考えるだけで胃痛が止まりません……(汗

そして、次に絡ませるキャラクターにも触れてみました。
出会いの時点で既に原作から離れてしまっている為、『あの子』らしさを保たせつつ本作オリジナルの出会いを描写しなければならない、というまたもハードルが高く胃が痛くなる状況。
頑張って書きますが……暑さのせいでまた遅れるかもしれません。
実家に帰れなくなった盆休みを利用して頑張って書きますので……(土下座


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第10話

大変お待たせいたしました……!(焼き土下座
熱中症でぶっ倒れたり、同じ部署で働く人が入院したりと、色々ありまして遅れてしまいましたが、なんとか投稿までたどり着きました。
書きたい事を書いていたら過去最長となってしまいました。

原作から比べると大幅に変わってしまった、『彼女』との出会い。
受け入れて貰えるかと思うと胃が痛くて痛くて……(胃弱男
前話同様、『この作品のこのキャラはこうなんだな』と受け入れて頂ければ幸いです。



「郡様が、こちらに来られる……それは、本当なんですか?」

「上里ちゃんから聞いたから、本当よ。なんでも、打ち直した武器を受け取りに、こっちに来るんだって」

 

安芸先輩の言葉に、思わず反応してしまう。

朝の祝詞を唱え、朝食を食べている時の事。

行儀が悪いと分かりながら、思わず身を乗り出してしまう。

 

「他には、何か知りませんか?郡様のご予定だったりは」

「私もそこまで詳しくないわよ。そこまで気になるなら……そうね、上里ちゃん本人か、烏丸さんか、もしくは詳しそうな神官さんに聞いてみたら?」

「……それも、そうですね。安芸先輩よりは、絶対に詳しいでしょうし」

「む……まぁ、言い返せないけどさ。巫女たちで一番年上の烏丸さんに、最も巫女としての力の強いうえに丸亀城で勇者達と暮らす上里ちゃん。絶対に詳しいでしょ」

 

郡様が、大社に直接来られる。

そう聞いた瞬間に、私は頭の中で『どうにかしてお会いする事は出来ないか』と考え始める。

安芸先輩の言葉に適当に合わせ、思考の大部分は考え事に回す。

 

勇者様に、お会いしたことが無い。

これは、烏丸さんや安芸先輩、上里さんに対して私が遅れている部分だ。

3人は気にしないだろうが、私にとっては、とても重要な事。

……『あんな』噂も流れているのだし、尚更だ。

 

お会いしたい。言葉を交わしたい。

日に日に、その思いは強く、大きくなっていた。

恐らく、今日この日が数少ないチャンスだ。

どうすれば、大社を納得させつつ、郡様御姉妹に会えるか。

……いや、難しく考えなくても、良いじゃないか。

 

「……ご馳走様でした」

「早ッ!?あれ、いつもはもっとゆっくりだよね花本ちゃん!」

「急がねばなりませんから。それでは、失礼」

 

急ぎ朝食を食べ終え、ある人物の下へと向かう。

今の時間なら、きっと……居た。

食堂の窓際、お茶を飲んでゆっくりとしているその人の前まで、周りの迷惑にならない程度に早足で向かう。

 

「烏丸さん」

「ん……花本か。どうした?」

「郡様御姉妹が、こちらに来られると聞きまして、お願いが」

「……想像はつくが、言ってみろ」

「郡様に、会わせてください。巫女として、ご挨拶をさせて頂きたいのです」

 

何も、難しく考えなくて良い。

丁度良い機会だったので、挨拶がしたい。それだけで十分だ。

なにせ、私は御二人を見出した巫女なのだ。

挨拶をする機会の1つや2つ、頂いて良いだろう。

 

「……断る理由も無い。挨拶しない方が不敬、だしな」

「えぇ。直接お会いできる機会があるならば、尚更」

「分かった。上に話を通しておく。花本の立場を考えれば、問題なく通るだろう」

「ありがとうございます」

「……まぁ、通らなくても、上里に頼んでみれば良い。大社の案内として、上里も一緒に来るらしいからな」

「それは、本当ですか?」

「あぁ。昨日上里と連絡を取り合った時に聞いたよ」

 

烏丸さんの言葉で、電流が走ったような気がした。

大社の、案内。

初めて来られるのだ、案内の1人や2人、ついて当然の事。

そうか、その手があったか…!

 

「……烏丸さん」

「……言いたい事は分かった。それについても、聞いておこう」

「ありがとうございます。この2週間程で、今一番貴方に感謝しています」

「素直で宜しい」

 

まるで教師のような言葉を吐きながら、烏丸さんは笑った。

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

「千草様、千景様。ここが大社本部です」

「ここが……」

 

母さんと再会して、数日。

私と千景は、大社の本部へと来ていた。

私たちが見つけた、錆びた刃。

それの打ち直しが、終わったのだと言われた。

その為、私たちの武器を受け取りに、足を運んだわけだ。

初めて見る大社本部に、落ち着かなく辺りを見渡していると、声をかけられる。

 

「千草さん、千景さん。どうでしょうか、始めて来た大社本部は?」

「そうね……静かで、自然豊かで、良い所ね」

「そうですね。私もそう思います」

 

上里ひなたさん。

巫女として強い力を持ち、丸亀城で共に過ごすことを許された彼女が、真鍋さんと共に案内をしてくれるのだとか。

 

「……それで、受け取る場所って言うのは?」

「大社の奥、神樹様の元です。神樹様の力を、打ち直した武具に馴染ませる必要がありましたので、今はそこに安置されていますから」

「分かったわ。それじゃあ、行きましょう」

 

成程、と思いながらも、先へ行くことを提案する。

しかし、真鍋さんが首を横に振った。

 

「それなのですが、少々お待ち頂きたいのです」

「何故、でしょうか?」

「御二人にお会いしたい、出来る事なら案内に同行させて欲しいという方がおりまして」

「……誰、ですか?」

「御二人を見出した巫女様……花本様です」

 

私達2人が勇者であると神託を受けた人、か。

 

「何故、でしょうか?」

「上里様のように丸亀城で共に生活出来る訳でもないので、お会いできる機会が今までなかった。なので、大社に来られた今日、ご挨拶をさせて頂きたい、と」

「成程……」

 

理由を聞けば、納得のいくものだった。

会える機会があるから、挨拶をしたい。特に違和感も感じない。

そんな事を考えていると、上里ひなたさんがこっちを見た。

 

「その……花本さんが御二人に会おうとする別の理由に、心当たりがありまして」

「……何、かしら?」

「実は、その……大社のごく一部の巫女や神官が、花本さんは勇者と共にバーテックス襲来の日を乗り越えたわけでも無い軟弱者だ、とか……そんな噂を流していると、聞いた事がありまして」

「……えっ?」

 

上里ひなたさんの言葉に、困惑する。

あの大社が。

私達2人の為に、あれだけ手を回してくれた大社という組織が。

そんな事をしているだなんて……

 

「勿論、その他大勢の大社関係者は、花本さんこそ御二人の巫女であると分かっています。ですが……」

「……特別な立場。勇者を見出した巫女という肩書に嫉妬した人がいる、という事なのね」

「恐らくはそうかと……だから、せめて挨拶だけでもする事で、『自分は郡姉妹を見出した巫女である』と、自分に言い聞かせたいのでは、と」

 

……このような状況下にあっても。

人と言うのは、上手くやっていく事は出来ないらしい。

……いや、当然の事か。

あの村の事を思い出し、あの村で虐げられても尚変わらなかった『あの人』を思い出す。

溜息を吐きながら、千景の方を見る。

私の視線に気付いたのか、千景がこっちを見た。

それを確認してから、耳元で囁く。

 

「千景」

「……会う、のね?」

「千景は、大丈夫?」

「……姉さんと一緒なら、大丈夫よ」

「そう……ねぇ、千景?」

「言いたい事は、分かるわ……えぇ、それも大丈夫よ」

「……ありがとう」

 

千景に確認を取る。

全てを言わずとも、千景は私の言いたい事を察してくれる。

優しく頭を撫でた後、上里ひなたさんと真鍋さんの方を見る。

 

「……お願いします。私たちを見出してくれた巫女に、会わせてください」

「分かりました。私が花本様を呼んできます。上里様、御二人と共に待っていてください」

「すみません、よろしくお願いします」

 

真鍋さんが歩いて何処かへ向かうのを見送り、上里ひなたさんと共に日陰へと移動する。

 

「上里ひなたさん。貴方は、私たちを見出してくれた巫女……花本さん、だったかしら?彼女について、どれくらい知っているの?」

「そうですね……高知県出身の方で、私と同い年の方です。余り会話する機会はありませんでしたが、物静かな方だったかと」

「そう……ありがとう」

「いえいえ、お気になさらず」

 

柔らかく微笑むその姿は、1つ年下とはあまり思えない。

話をしていて、警戒心を削がれる、というか……やりにくい相手だ。

 

「……フルネームで他人を呼ぶのは、癖ですか?」

「……下の名前で呼べるほど親しい人は、あの村には居なかったの。それだけよ」

「そう、でしたか……珠子さんや友奈さんは、名前で呼んでいましたね」

「本人に、頼まれたのよ。その方が気が楽だから、って」

「じゃあ、私の事も、名前で呼んで頂けますか?やっぱり、フルネームで呼ばれるのは疎外感を感じてしまいますから」

「それは御免なさいね。今度から、名前で呼ばせて貰うわね……ひなたさん」

「はい」

 

そんな感じで会話をする事数分。

真鍋さんともう1人、眼鏡をかけた少女が歩いて来るのが見える。

恐らく、彼女が件の巫女なのだろう。

千景と彼女の間に立ち、真っ直ぐ見つめる。

期待と不安、両方の入り混じった表情で、少女はこっちを見ている。

 

見知らぬ相手との会話に、緊張してしまう。

それを隠すために、出来る限り自然に、疑われない様に。

優しく微笑みながら、言葉を投げかける。

 

「貴方が、私たちを見出してくれた巫女、なのね?」

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

「花本様、お待たせいたしました」

「真鍋さん……あの、その」

 

自室で待機していると、1人の男性が訪ねて来た。

真鍋さん。郡様御姉妹との交渉を行い、香川に連れてきた人。

郡様御姉妹の詳しい事情を知る人であり、御二人の為にと行動されている人だ。

私に郡様御姉妹の情報を教えてくれたのもこの人である。

 

「落ち着いて聞いてください。花本様、御二人から許可は頂けましたよ」

「本当、ですか?」

「はい。上里様と待って貰っています、今から向かいましょう」

「は、はい!」

 

勢いよく立ち上がり、真鍋さんの後ろをついて行く。

お会いできる喜びを顔には出さず、内心ガッツポーズしながら。

そうして歩いていると、真鍋さんが一度立ち止まる。

 

「花本様」

「はい」

「……今一度、確認しておきます。郡様御姉妹の事情を詳しく知っているのは、私と貴女のみ……ですが、郡様御姉妹にとっては、私のみが詳しい事情を知っている人間です」

「分かっています。他言無用の約束、それを破って、真鍋さんは私に教えてくださった」

「……御二人は、人間不信、対人恐怖症と言える状態にある。その中でも、私の事は多少信頼して下さっているかと思います。その私が、他言無用の約束を破ったと知られた場合のリスクは、分かってください」

「はい」

 

真鍋さんの話は、確認だった。

御二人の辛い過去。御二人としては知られたくない過去。

それを知っている、という事実……気付かれるわけにはいかない。

御二人の大社への信頼を、どうにもできない程に崩してしまうからだ。

私が頷いたのを見て、真鍋さんがまた歩き始める。

 

「……私が、貴方に郡様の事情を話したのは、大社内に味方が必要と考えたからです」

「味方、ですか」

「はい。郡様の事情を知り、郡様の幸福を望んでくれる人が私以外にもいて欲しい……そう願った。そして、貴方を見つけた。郡様の事を知ろうと積極的に動く、家庭環境、特に親子関係が安定している同年代の少女。味方になってくれると思いました」

「そして、その考えは当たった、と」

 

家庭環境が安定している人間からすれば、郡様御姉妹が過ごされた環境がどれだけ酷いモノか、よく分かるだろう。

同年代なら、自分と比べ、悲しんでくれるだろう。

そう言う考えの元、私に教えてくれたのでしょう。

 

「花本様。大社の為、私や花本様ご自身の為、というのもありますが……郡様御姉妹の為にも、ばれない様よろしくお願いします」

「郡様の為……」

「はい。郡様の為を思うのなら、御二人の対人恐怖症を解消するのは必要になるかと思われます。その為には、人を疑う事を、人並み程度になる事が必要です」

「……この件がばれてしまえば、『あの村の人でない人も信じられない』という前例が生まれてしまう、という事ですね」

 

真鍋さんが無言で頷くのが見える。

確かに、それは防がねばならないだろう。

他人を疑い続ける生活、姉妹2人以外誰も信じられない生活……それは、悲しすぎるでしょうから。

 

歩き続けて、大社の本拠地、その入り口付近まで来る。

日陰となっている所に、3人の少女が見える。

1人は見覚えがある。

上里ひなたさん。最も巫女としての力があり、勇者と共に丸亀城で暮らす事を許された人。

彼女と共に居る、という事は……その隣に居る2人の人物が、私が会いたいと願っていた人。

 

近づくと、どの様な人なのか少しずつ分かってくる。

黒い、長い髪の人だ。

上里さんと話されているのは、右目を隠すように髪を伸ばした方。

上里さんの話に、クスリと笑っているその姿は、とても対人恐怖症の人とは思えない。

こちらの方が、郡千草様だろう。

そんな郡千草様の後ろに隠れる方。

上里さんを……いや、それ以外に対しても警戒されている様に見える。

こちらの方が、郡千景様。

遠目に見ても分かる程に、美しい方々だ。

 

私と真鍋さんが近づくのに気付かれたのだろう。

郡千草様が、こちらを見る。

その表情は、とても穏やかで。

聞いていなければ……いえ、聞いていても、とても他人を恐れられているとは思えない。

それ程、自然な、優しい笑みだ。

 

「貴方が、私たちを見出してくれた巫女、なのね?」

「は、はい!」

「初めまして。私が郡千草」

「……郡千景よ」

 

郡千草様が私に優しい笑みを浮かべる横で、郡千景様が不安や恐怖を隠さぬ表情で、それでも挨拶をして下さる。

それを認識し、私は即座に膝をつき、頭を地面に付けた。

 

「お、お初にお目にかかります。此の度はお会いする機会を与えて頂き、誠にありがとうございます。私は……」

「待って」

 

声をかけられる。

固まる私の方へ、誰かが近づくのが音で分かる。

 

「花本さん。どうか、顔を上げてくれますか?」

「し、しかし」

「顔を上げて、くれませんか?……挨拶は、相手の顔を見て、するものでしょう?」

 

そっと、私の手の上に誰か……いや、郡千草様だ。

郡千草様が、私の手の上に、手を重ねられているのだ。

恐る恐る顔を上げると、そこには郡千草様の優しい笑みが。

 

「さぁ、立ち上がって」

「それは、その」

「……そこまで、畏まられる程の者では無いわ。私も貴方も、神樹様から選ばれたという一点において、同じ立場だもの」

「いえ、そんな事は決して!郡様御姉妹は、この世界を救われるお方、私などと同じだなんて……」

「いいえ、同じなのよ」

 

チラリ、と郡千草様が郡千景様の方を見る。

それを見て、郡千景様が小さく頷き、1度深呼吸をして私の方を見る。

 

「……花本さん」

「は、はい!」

「……貴方の話は、少しだけ……上里、さん、から聞いたわ。その……私たちと共に居なかった、それだけで根も葉もない噂を流されてしまっている、と」

「そ、それは……いえ、郡様御姉妹は何も、何も関係の無い事です。全ては、御二人の元に馳せ参じられなかった、私の不徳の致すところでごさいます。」

 

思わず、上里さんの事を睨む。

何故、その事を郡様御姉妹に話したのか。

確かにその噂が流れているのは事実。

しかし、私が言った通り、郡様御姉妹が気にすることではないのだ。

 

だけど。

郡千草様は、私の言葉に首を横に振る。

 

「いいえ、関係のある事なのよ……貴方は、私達姉妹の事を見出してくれた最初の人。言うなれば、私達の恩人、なのだから」

「わ、私が、御二人の……恩人、ですか?」

「……この事は、この場に居る人以外には、言わないで欲しいのだけれども」

 

郡千景様が、私の方に近寄られる。

他人への恐怖を感じておられるのでしょう。その手には、僅かな震えが見える。

それでも、未だ膝と手を地面についている私の傍に来て、郡千草様が手を重ねて下さっているのとは反対の手に、手を重ねて下さった。

 

「……私達は、○○と言う、高知の田舎村の出身なの」

「えっ……わ、私の出身は、□□と言う高知の村、なのですが……聞き覚えは、ありますでしょうか……?」

「あら、隣村なのね」

「……凄い偶然、ね」

 

郡様御姉妹の言葉に、目を丸くする。

御二人の言われた村の名前に、聞き覚えがあったからだ。

そう、行こうと思えば、普通に行ける程度の距離しか離れていない、私の出身の村とあまり変わらない田舎村。

御二人が、そこの出身だった、だなんて……

 

「……まぁ、ともかく。私達はそこの出身、なのだけど……あまり、親と上手くいってなくて……よく、怒鳴られてたわ」

「だから、そんな親と離れる機会……私達を見出して、それを大社に伝えてくれた貴方には、感謝しているのよ」

 

語られた事に……いえ、『その事を語って下さったという事実』に、私も、上里さんも、真鍋さんも驚く。

だってそれは、大社上層部を除けば、真鍋さんと、丸亀城で共に過ごす上里さんにのみ開示されている情報で。

その情報は……郡様御姉妹にとって、知られたくない己の過去なのに。

何故、私に、それを。

 

「これは、貴方への感謝、そして……信頼の、印よ」

「感謝と、信頼……」

「えぇ、そう。私達は、親元から離れる機会を与えてくれた大社、そして大社へと私達の事を伝えてくれた貴方に感謝してる。そして、私達に対してこうも良くしてくれる大社と貴方を、信頼しているの」

「だからこそ、私と姉さんは、貴方にも私達のことを知って貰う事にしたのよ……」

 

郡千景様が、重ねて下さっていた手を1度離し、震えながらも、優しく手を握って下さった。

その横では、郡千草様が、御手が汚れるのも気にせず、私の額や髪に付いた土を優しく払って下さる。

 

「花本さん、立ち上がって」

「あ、いえ、その、御二人の手を煩わせる程のことでは……」

「良いのよ。さぁ、まずは立ち上がって」

「……わ、分かり、ました」

 

御二人の手を煩わせてしまう事に罪悪感を感じるが、この場で断り続けることの方が迷惑をかけてしまうと考え、まずは立ち上がる事にする。

サッと土埃を払い、御二人を見る。

郡千景様が、私の事を真っ直ぐ見つめ、口を開く。

 

「花本さん」

「は、はい!」

「……誰がなんと言おうと、貴方こそが、私の、私と姉さんの巫女よ」

「!」

 

涙が、零れそうになる。

手を強く握り我慢すると、郡千草様が私の方に近寄って来られる。

そして、優しく抱きしめて下さった。

 

「え、あ、郡千草様……?」

「花本さん。私と千景の恩人、私達姉妹の巫女……共に、実戦を知らない者同士、私達は変わらない。貴方への侮辱は、私たちへの侮辱と変わらない。だって、私と千景、バーテックスと戦った事が無いのだもの」

「それは、そうですが……」

「他の人の流す噂なんて、気にしないで。誰でも無い、私達が貴方を認めるわ……もしも貴方のことを悪く言う人が居たら、こう言って。『私は、郡姉妹に認められた巫女だ』って」

 

郡千景様の言葉でギリギリだったのに、郡千草様の言葉を聞いたら、もう堪えられなかった。

対人恐怖症だという御二人が、初対面の私に、ここまで優しい言葉を下さるなんて。

それが嬉しくて、もう我慢できなかった。

 

「花本さん?」

「す、すみません。でも、わ、私、嬉しくて、嬉しくて……!」

「……謝る事ではないわ」

「我慢しないで。誰だって……えぇ、誰だって、嬉しくて泣く事はあるわ。人として当然の事だもの」

 

優しい言葉に、涙が止まらなくなる。

自然と治まるまで、私は泣き続けた。

 

 

 

 

 

「お見苦しい所をお見せしてしまい、申し訳ありません、勇者様……」

「何度も言っているでしょう?気にしないで、花本さん」

「……落ち着いたのなら、それで良いわ」

 

落ち着いた後、湧いてきたのは罪悪感。

御二人を待たせてしまった。見苦しい所を見せてしまった。

しかし、私の言葉に対して、『気にするな』と言ってくださる。

 

「……待たせてしまって、すみません。ひなたさん、真鍋さん」

「いえ、お気になさらず」

「千草さん、気にしないでください」

「それでは、そろそろ向かいましょう。神樹様の所へ……花本さん、案内、お願いしても?」

「は、はい!お任せください!!」

 

勇者様に言われ、目的の1つを思い出す。

勇者様の案内をする、それに共に参加する、というのが私の目的。

しかし……本来案内をする筈の上里さんや真鍋さんではなく、私を頼って下さった。

それが、とても嬉しい。

務めを果たさねばと気合を入れる私に、郡千草様が微笑みながら近づく。

……本当に、他人を恐れられているの、でしょうか?

隠すのがとても上手なだけ?

余りにも自然で、美しい微笑みに、そんな疑問が浮かぶ。

 

「花本さん」

「は、はい!何でしょうか、郡千草様!」

「……成程、確かに、そうね。こうして聞くと、距離感を感じるわね」

「あ、あの……郡千草様?」

「あぁ、ごめんなさいね。少し、考え事をしてしまって……それで、少しお願いがあるのだけれど」

「お願い、ですか?何なりと」

 

郡千草様の言葉に、そう答える。

すると、少し苦笑いに近い表情で郡千草様が口を開かれる。

 

「……フルネームで呼ぶのを、止めて貰えるかしら?」

「……えっ?」

「ほら、その……名字だけ、とか、名前だけ、とか、色々あるでしょう?」

「そんな恐れ多い事は出来ません!」

「何度も言ったけれども、私達はそれほど畏まられる存在ではないわ。今の私と千草は、神樹様から選ばれたという一点を除けば、一般人と変わらないのよ」

「……他の勇者とは違って、実戦経験は無いもの」

「ですが……」

 

私の言葉は、郡千草様が私の手を握った事で中断される。

 

「ほら、ひなたさんなんて、乃木若葉さんの事をちゃん付けで読んでいるのよ?」

「そ、それは……上里さんと乃木様が、幼馴染であるからでして……」

「安芸さんは、幼馴染ではない珠子さん達のことを名前呼びされてますよ?」

「う、上里さん!?」

「事実を言った迄ですよ、ウフフ」

 

柔らかく微笑む上里さんの事を睨む。

しかし、どこ吹く風と言わんばかりにスルーされてしまう。

 

「それにほら、『何なりと』と言ったのは花本さん、貴方ですよ?」

「それは、そう、だけれど……」

「……お願い、しても、良いかしら?」

「こ、郡千景様まで……」

 

不安そうな表情で、郡千景様が私に言う。

……そこまで頼まれてしまっては、従うしかない。

 

「わ、分かりました……ち、千草様、千景様」

「本当は『様』も要らないのだけれど……真鍋さんも、ですけど」

「巫女様ならまだしも、末端の神官でしかない私にまで期待しないで頂けますか?首が飛びかねませんので」

「それは、困りますね……」

 

名字呼びで許して貰い、ホッとする。

そのまま、私と真鍋さんを先頭に歩き始める。

道中は全員の性格の関係上、結構静かなモノだ。

御二人の質問に対して、私や真鍋さんが答えながら、神樹様の元へと向かっていく。

 

そんな感じで歩き、目的の場所までもう少し、という所。

数名の巫女と神官が、歩いて来るのが見えた。

……見間違えるはずもない。

私の『あの噂』を流している一団。

 

「おや、花本様、こんにちは」

「……どうも、こんにちは」

「そして、後ろに居るのは真鍋さんと上里様、そして……郡様御姉妹、ですかな?」

「……えぇ、そうです」

「……初めまして」

「やはり、そうでしたか!初めまして、私は……」

 

やけに興奮した状態で自分の自己紹介を始める神官。

話によれば、一団の巫女の1人、その親であるらしい。

大きな神社の神官であったらしく、大社には設立初期から協力しているらしい。

そんな神官を相手に、郡様御姉妹……ち、千草様と、千景様は、とても警戒しているのを隠さずに相手をされている。

それに気づかず、神官は1人会話を続ける。

 

「しかし、郡様御姉妹は実戦を経験されていないと聞いておりますが」

「……えぇ、確かにそうですが」

「おっと、失礼。責めるような言い方になってしまい、申し訳ありません。勇者様は、何も悪くないというのは、当然分かっておりますとも」

 

神官が、こちらを見る。

 

「勇者様を、相応しき場に導く事が出来なかった巫女、彼女の責かと」

「……へぇ。貴方は、そう思うのですね?」

「えぇ。聞いたところ、他の勇者様は皆、巫女と共に戦いの場に赴き、人々を救った実績があるとの事。しかし、そこの巫女は郡様御姉妹の元に馳せ参じられなかったとか」

「ッ……!」

 

その言葉に、爪が肉に喰い込むほどに力強く拳を握りしめてしまう。

この神官は、御二人に私の悪印象を刷り込もうとしているのだ。

恐らくは、御二人の私への信用を失わせ、支える巫女の立場へ己の娘を据える為に。

 

言い返す事は容易だ。

その日は地元の人たちを神社の境内に避難させたり、村の人が集まっているか確認するために神社を離れられなかったのだ、と。

神託を受けた時はそうした活動の最中であり、抜ける訳にはいかなかったのだ、と。

だけど……馳せ参じられなかったのは、事実だ。

俯き我慢する私を見て、神官の娘が嘲笑うのが見える。

 

「……貴方の言いたい事は、分かりました。私達姉妹の元へと来られなかった花本さんは私達の巫女にふさわしくない、と……そう、言いたいのね?」

「左様です」

「なるほど……」

 

少しだけ、千草様が考える仕草を見せる。

そして、数秒して、千草様が神官と娘を見た。

 

「……1つ、聞いても良いでしょうか?」

「何なりと」

「では遠慮なく。貴方が相応しくないと言った巫女、花本さんだけれど……今日、私に会うために色んな人に話を聞いて、同行させて貰えないか、同行は駄目でも挨拶だけでも、と頼み込んだらしいのよね。それに比べて貴方とその娘さんは、さっき偶然あっただけ……自分たちを売り込むには、努力が足りないのでは?」

 

―――――空気が、固まった。

千草様の言葉で、神官とその娘の表情が固まる。

 

「花本さんは、私達姉妹に会いたいと公言し、挨拶だけでもしたいと頼み込む程に、私達の巫女として何か出来ないかを考えていた。それに対して、貴方達は何をしていたの?」

「そ、それは、その……」

「花本さんへ悪い印象を与える噂を流すだけ、よね?私達姉妹の巫女とその父親としての地位を得たいと真に願うなら、まず私達に会う事からするべきなのに、それすらしないで」

 

千草様が、まるでゴミを見るかのような目で、2人を見る。

 

「そんな貴方達を、信頼するとでも?」

「で、ですが」

「くどいわ」

 

そう言うと、千草様が私の手を取る。

突然の事に驚くが、千草様は止まらない。

 

「この場において宣言させて貰います。私達姉妹の巫女は、花本さん以外にあり得ない。花本さんへの侮辱は、彼女を認めた私達姉妹への侮辱ととります」

「……他人を侮辱するのを躊躇わないような人を、私と姉さんは、信用しないわ」

「こ、郡様!」

「くどい、と言いましたよ……今すぐこの場を立ち去る事、そして今後、私達姉妹と花本さんに関わらない事、この2つをもって、今まで花本さんを侮辱した事を不問とします。ですが、今から10数えるまでに私達の視界から立ち去らない場合……この件、大社上層部まで持ち込ませて頂きます」

「……勇者とその巫女を侮辱した罪って、大社としてはどう扱うのかしら?」

「10……9……8……」

 

顎の所に右手を当てながら首を傾げる千景様の横で、千草様が指折りながらカウントダウンを進めていく。

本気なのだと感じたのだろうか、神官が我先にと走り去っていく。

慌ててその後ろを追いかけていく巫女たちが視界から消えて、誰も戻ってこなかった。

 

「……静かになったわね」

「神前である事を考えれば、これが正しい筈よ。神前で騒ぐなんて、神官としてどうなのかしら、さっきの人」

「さぁ……まぁ、どうでもいいわ。行きましょう」

「そうね。花本さん、案内の続き、お願いします」

「は、はい!」

 

再び歩き始める。

けれど、先程のやり取りの中、御二人が言った言葉を思い出してしまう。

少し歩いて、私は立ち止まった。

 

「花本さん?」

「……千草様、千景様。御礼を、言わせて下さい。先程は、ありがとうございました」

「……礼を言われる程の事では無いわ」

「私は、あぁいう悪い噂とか、誹謗中傷とか、そういうのが嫌なの……だから、ね」

「御二人がそう思っていらっしゃるとしても、私は御二人の言葉に救われました」

 

深く、深く頭を下げる。

 

「なので、言わせて下さい……心優しき方。先程私の事を庇って下さった事、そして、私が御二人の巫女であると言って下さった事……本当に、ありがとうございます」

 

改めて、私が御二人の巫女であると言われた、その時に。

私は、決意したのだ。

御二人こそ、真に勇者と讃えられるべき御方。

そんな御二人の為に、命を賭して働くのだ、と。

何も迷うこと無く、私は自分自身に言い聞かせた。

 

「……どう、いたしまして?」

「どういたしまして。本当に気にしなくても良いと思っているけれども、そこまで言われたら、ね」

 

首を傾げる千景様と、どこか困ったような笑みを浮かべる千草様。

 

「……すみません、上里さん、真鍋さん。私のせいで、2度も待たせしてしまいましたね」

「お気になさらずに」

「花本さんにとっても、郡様御姉妹にとっても、必要な事でしょうからね」

「ありがとうございます。それでは、神樹様の所へと向かいましょう。もう少しです」

 

2人に謝罪し、また歩き始める。

といっても、数分だけだ。

そうすると、異様な光景が見え始める。

1本の巨木と、そこへと続く、両手両膝をついた人達の間に生まれた通り道。

 

「あれが、神樹様……」

「大きい……」

「一神官でしかないない私は、ここで。巫女様、勇者様の先導を」

「分かりました。千草様、千景様、こちらへ」

 

真鍋さんが、周りの人と同じく両手両膝をつき、待機する。

それを見た後、私達は通り道を歩き始める。

神樹様の根元、白い布に覆われた武具の前に立つ。

神樹様の前について、私と上里さんが膝をつき、両手をつけて頭をさげた。

 

「神樹様。勇者様をお連れいたしました」

「神樹様。神樹様の力が宿りし武具を、勇者様に」

 

私とひなたさんが、神樹様への挨拶と、武具を受け取る前の嘆願を行う。

すると、御二人が私達の前に出て、私達の様に膝をついた。

 

「お初にお目にかかります、神樹様。郡千草と申します」

「……郡千景と、申します」

「どうか、四国の、世界の為に戦う力をお貸しくださいませ」

「どうか、お貸しください」

 

勇者様自らの嘆願を、聞き届けて下さったのだろう。

神樹様が一瞬、淡く光った。

瞬間、頭の奥で鋭い痛みが生じる。

同時に流れてくる、様々な情報。

これは、神託だ。

痛みに耐え、神樹様の言葉を読み解く。

 

「ッ……千草様、右の武具を、お取りください。千景様は、左の、武具を……」

「花本さん……?分かったわ」

 

私の話し方に、違和感を感じたのだろうか、千景様がこちらを見る。

すかさず首を横に振り、心配しないで欲しいと無言で伝える。

 

「千景様の武具に宿りし力は、『大葉刈』。神々の武具の力を宿した、大鎌です」

「これが、あの時の……」

 

打ち直された刃を見て、懐かしむような表情を千景様が浮かべられる。

それを見た後、千草様の方を見る。

 

「千草様の武具に宿られたのは、『葦那陀迦神 』。神の力宿りし、薙刀です」

「……これが、私の、私達の武具」

 

千草様は、どこか嬉しそうな表情で、武具を見ている。

自身の武具を手に、喜ばれている姿を見て、自然と笑みが浮かぶ。

とても辛い目に遭われた方々。

しかし、この先御二人を待っているのは、勇者として称賛され、尊ばれる輝かしい日々だ。

その第一歩を、こうして見る事が出来たのだから、嬉しいのも当然。

 

「……ありがとう、皆さん」

「千草様?」

 

静かな空間に、千草様の声が響く。

何事か、とざわつく神官や巫女達を他所に、千草様の言葉は続く。

 

「私と千景がこの場で、こうして勇者として立っていられるのは、きっと皆さんのお蔭なのだと思います。私と千景を見出してくれた花本さんを始め、丸亀城で共に過ごすひなたさん、とても親身になってくれる真鍋さん……それ以外にも、もっと多くの巫女や神官の方、そうではない大社関係者の方の力があって、私は、私と千景は、ここに立っている」

 

薙刀を手に、千草様が周りを見る。

神樹様への通り道を形成していた巫女や神官を見て、力強く宣言した。

 

「私は、ここに誓います。この身果てるその時まで、勇者としての責を全うしてみせます、と」

「……出来る限りを、姉さんと共に行う事を誓うわ」

 

力強い千草様の宣言の後に続くように、控えめながら、確かな意志を感じる千景様の宣言が響く。

 

……泣くのを耐えるので、精一杯だった。

何故、何故この方々が、この優しく方々が虐げられねばならなかったのだろう。

真鍋さんから聞いた話。

何も悪くない2人の少女が、村ぐるみで虐げられ、蔑まれてきた話。

それをその身で経験し、その上で、命をかけて人を守る為に戦って下さるのだ。

 

勇者様。

何故勇者様は、こんなにも優しく強くある事が出来るのでしょう?

 

 

 

 

 

とても疲れた1日だった。

けれども、私達には、必要な事ではあった。

勇者として戦う事を改めて宣言し、大社の信頼を得る。

この試みは、恐らく成功しただろう。

 

誤算だったのは、私達の事を見出してくれたのだと言う巫女……花本さん。

花本美佳さんとの出会いは、姉さんと事前に話していた段取りには入っていなかった、突然のもので。

でも、姉さんは落ち着いて対応し、彼女の信頼を……いや、あれは信仰とでも言い換えられるだろう。

彼女は、私達を崇拝している。

大社の人間として、ではない。

彼女自身の意志で、彼女は私達の事を神聖視し、崇拝してる。

あそこまで心酔しきっているのなら、きっと彼女は、味方でいてくれるのだろう。

突然の出会いであったけれど、少しは信じられる味方が、真鍋さん以外で増えたのは助かる。

別れる前に花本さんと連絡先を交換したから、大社の内情を調べるには彼女に協力を頼めば、嬉々として行ってくれるだろう。

 

姉さんのとった手段は、確かに大社の信頼を勝ち取り、私達に心酔する味方を作った。

けれど。

その時の姉さんは、余り、恐れていなかったように見えて。

その堂々とした振る舞いは、

 

 

 

郡千景様の御部屋の隅、丸めて捨てられており、回収

許可のない者の閲覧を禁ずる

持ち出し等を一切禁ずる

 




花本ちゃんとの出会い、そして武具を受け取る話でした。

次回からは数話分、郡姉妹と他のキャラの絡みを書いていきたいと思います。
勇者服とかについても触れていきたいのですが、どう触れていけば違和感なくいけるかと悩み中ですので、自分の中で納得できるモノが思いついたら書いていきたいと思います。

暑さが納まってきましたので、執筆ペースを戻しつつ、頑張っていこうと思います。
繰り返しになってしまいますが、今回は遅くなってしまい申し訳ございません。
次回はもっと早く投稿出来るよう、頑張っていきます(土下座


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第11話

本当に、本当に遅くなってしまって申し訳ありません。
上司が入院したり色々とありまして、ここまで遅くなってしまいました。
また、今回は書きたい内容を文章にする段階で悩みに悩んでしまいました。
スムーズに書けるようになりたいです……

今回、試験的に特殊タグでフォントを弄ってみました。
もしかしたら今後も使う可能性があります。
『こういうのは見にくくなるから止めてほしい』などありましたら、遠慮なく感想やメッセージなどで仰って頂ければと思います。


「勇者様、本日の訓練はこれまでとさせて頂きます。クールダウンを兼ねたストレッチを行いましょう」

「私はまだやれますが……」

 

郡さん姉妹が武具を受け取って、おおよそ1週間が経過した。

これにて全員の武具が揃い、バーテックスとの戦闘へと向けた訓練が本格的に始まった。

今日も行っていたが、思ったより体力が残っている内に終わってしまった。

私達の訓練を受け持っている神官へその旨を伝えると、首を横に振られる。

 

「乃木様。貴方様にまだ余力があるのは分かっております」

「でしたら……」

「ですが、あちらをご覧ください」

 

神官の視線が向けられた方を見る。

 

「あーんずー、大丈夫かー?」

「う、うん、大丈夫、だよ……」

「杏ちゃん、無理は駄目だよ?身体を壊したら、元も子もないんだからね?」

「うっ……すみません。正直な所、結構厳しいです……」

 

息を荒げ、膝に手を当てている伊予島さん。

見るからに限界が近そうであり、土居さんや友奈が背中をさすったりしながら声をかけている。

 

「お分かり頂けるかと思いますが、体力の限界が近い方がおられます。無理をして、怪我等に発展してしまえば、今後に支障が出てしまうでしょう」

「……分かりました。今日はここまで、という事で」

 

本音を言えば、それでももう少し、という気持ちはある。

鍛錬とは、『限界だ』と自分が思った、その一歩先に踏み込んでこそ先に進める物だと思う。

だからこそ、伊予島さんにももう少し頑張って欲しい、と思う。

しかし、神官が言う通り、怪我等に発展してしまう可能性があるのも事実。

なら、今は基礎が出来上がるまで無理をさせない方針に従おう。

 

そういえば、郡さん姉妹はどうなんだろうか?

ふと気になって、辺りを見渡す。

郡さん達は……居た。

土居さん達から離れた場所に居る。

 

「はい、千景」

「姉さん、先に……私は、もう少し落ち着いてからで、良いから……」

「そう……それじゃあ、先に貰うわね」

 

伊予島さんと同じくらいに息を荒げる千景さん。

そんな千景さんの背中をさすりながら、スポーツドリンクを飲む千草さん。

千草さんは、私や土居さん、友奈と比べると余裕は無さそうだが、千景さんや伊予島さんと比べれば余裕がありそう、といった具合か。

 

「では、少ししたらストレッチを行いましょうか。2人1組になって頂けますか?」

「杏、タマとやろう!」

「うん、お願いねタマっち先輩」

「姉さん」

「分かったわ、千景」

「若葉ちゃーん!」

「よろしく頼む、友奈」

 

 

 

ストレッチを終え、今日の予定は終了となった。

しかし、先ほども言った通り、まだ余力がある。

どうしようか、と考えていると、声をかけられた。

 

「乃木若葉さん」

「千草さん?」

 

意外だ、と思いながらも振り返る。

そこには、自然な笑みを浮かべる千草さんの姿があった。

 

「少し、聞きたい事があって」

「聞きたい事、ですか?」

「貴方は武道を修めていると聞いたので。体力をつける為に良い方法などあったら、教えて貰いたいのだけれど」

 

体力の付け方、か。

 

「体力の付け方、との事ですが……まず、近道はありません。これをまずは前提として覚えてください」

「えぇ。それは分かっているわ」

「その上で、ですが……基本は良く食べ、良く動き、しっかりと休養をとる事です」

 

成程、と言いながらメモをとる千草さんを見る。

……少し、心を開いてくれたのだろうか。

少なくとも、初対面の時と比べると、警戒は緩いように感じる。

 

「また、『キツイな』と感じたらすぐに休憩を挟むのではなく、もう少しやる事が重要ですね」

「それは、何故かしら?」

「自分の限界を作らず、超える為です。『無理だ』と思い止めてしまっては、その先に進む事は出来ません。走っている場合はもう数メートルへ、回数のあるトレーニングなら1回でも多く、限界の先に進む気概……そうした気概は、成長には欠かせません」

「ある種の精神論、かしら?……いえ、否定はしないわ。確かに、今より上を目指すからこそ、トレーニングをするのだもの」

 

メモをとって少し悩む仕草をした後、千草さんがこちらを見る。

 

「……乃木若葉さん。貴方の考え方なのだけれど」

「なんでしょう?」

「自分の限界を決めず、先を目指す。確かにそれが重要なのは分かるわ……けれども、そういうのはある程度の水準まで鍛えた人の為のモノだと思うのよね」

「……そう、思いますか」

「そうね。私と千景、それと杏さんはインドア派の人間だもの。気力や体力の限界が来るのも早いし、そこから無理をして怪我をする確率も、貴方と比べたら遥かに高いわ」

 

神官の方と同じ意見、か。

 

「貴方の考えを否定する訳では無いわ。けれども、その段階に踏み込む前に、千景や杏さんの体力をある程度つける必要がある、そう思うという話よ」

「……先ほど、神官の人とも話をして、同じことを言われました。正直な所、『それでももう少し頑張ってみて欲しい』という気持ちはありますが」

「……貴方が何を理由に、そう思っているのかは分からないわ。けれども……千景に、無理はさせないわ」

 

そう、言葉を吐き出した千草さんの眼は、あの日、ひなたと共に戦う意志を聞いた時と同じ、真剣な眼差しで。

 

「……何度も言うけれども、何事も、段階を踏みましょう、というだけよ。あなたが言う『限界の先』にたどり着く前に、まずは『限界』へ怪我無くたどり着けるようになりましょう」

「……分かりました。先を急ぐ気持ちを抑え、堅実に一歩ずつ進んでいきましょう」

「えぇ……アドバイス、ありがとう。参考にさせて貰うわね」

 

『これ以上聞く事は無い』と言わんばかりに、あっさりと去ってしまう千草さん。

その先に居るのは、どこか不安そうな表情の千景さん。

しかし、千草さんと話す時は、とても楽しそうで。

 

「……やはり、千景さんの警戒心が、まだ……」

 

千草さんは、自分が聞きに行った事を必ず千景さんと共有する。

それは、恐らく他人と関わる事を恐れている千景さんの為だ。

千草さんを挟む事によって、千景さんは初めて他人と関わる事が出来る。

 

「……どうにか、出来ないモノか」

 

私の呟きは、幸か不幸か、誰にも届かなかった。

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

「母さん、久しぶりね」

「千草……本当に、来てくれたのね。ありがとう」

「良いのよ母さん。入院した親を見舞いに来るのは、当然の事でしょう?」

 

千草と千景、娘と再会して暫く。

千草が、見舞いに来てくれた。

身体を起こして、頑張って笑顔を作る。

 

「母さん、紅茶が好きだった筈よね?それと……クッキーも、だったかしら?」

「え、えぇ、そうだけど……千草、これは、その」

「私のお金を、何に使うかは私が決める。そう言ったでしょう?」

 

笑顔で、紙袋を差し出す千草。

中には、彼女が言った通りのモノが入っているのでしょう。

でも、素直に受け取るには、私達の関係は歪んでいて。

躊躇う私に、千草がズイと紙袋を押し付ける。

 

「……躊躇う気持ちは分かるけど。関係をやり直したい私としては、受け取って欲しい、かな」

「……ありが、とう、千草」

「えぇ、どういたしまして」

 

絞り出すように言葉を吐き出した私に、千草が柔らかな笑みを浮かべる。

……この子は、どうしてこうも自然と笑ってくれるのだろうか。

自分の事を見捨てた親を相手に。

 

「……千景は、来ないわよね。私の事を、とても憎んでいるから」

「……もう少し、時間が必要ね、千景は。ゴメンね?」

「良いのよ……千草、貴方も、無理はしていない?」

「無理?」

「えぇ……憎まれて当然だと、思っているわ。私は、貴方達を置いて逃げた人間だもの。好きで会いたい訳では、ないでしょう?」

 

私の考えを、千草に伝える。

しかし、千草は首を横に振るった。

 

「好きで、と言うのは少し難しいかもしれないけれど、私は自分が望んでいるから、母さんに会いに来ているのよ」

「そう、なの?」

「えぇ、そう」

 

笑顔を絶やさない千草が、私の顔を真っ直ぐに見つめる。

 

「確かに、貴方は私達を置いて去っていった事実は変わらない。けど、それを悔いているのは分かる。なら、向き合いたいと思ったの」

「千草……」

「私はね、母さんが私と千景にどう向き合っていくのか、それを見たいの」

 

千草の手が、私の手を優しく包む。

そして、優しい笑みでは無く、悪戯に成功した子供のような笑みを浮かべる。

 

「だから、まずは元気になってね?元気になった後、どう向き合ってくれるのか……嘘は分かっちゃうからね?他人の事を探るのは、得意なんだから」

「……そう。それは、頼もしいわね」

 

『他人の事を探るのは得意』、か。

そうなる程に、周りを気にしなければならない生活を送って来た、という事だ。

そして、その原因は、私とあの人。

 

「でしょう?千景の為なら、一杯頑張れるんだから」

「……無理は、しちゃ駄目よ?」

「していないよ、大丈夫」

 

そう笑顔で答える千草。

……どうしてだろうか。

安心するべき場面の筈だ。

なのに、不安を感じてしまう。

 

「……母さん」

「な、何かしら?」

「心配しないで。私は大丈夫……だから、千景の心配をしてあげて欲しいかな」

「千景の……」

「えぇ。千景は、その……母さんが居なくなってから、私以外に対して、心を閉ざしているから。仕事仲間の子達と円滑な関係を築きたいとは思っているのだけれど、千景の事を思うと、近づきにくくて」

「……そう、なのね」

 

先日の事を思い出す。

千草の後ろを歩く、千景の姿。

 

「あの子なりに、頑張ってくれている。それが分かるからこそ、無理をさせないように気を配ってはいるのだけれども……」

「……御免なさい」

「……悪いのは、私もよ、母さん」

「えっ?」

 

千草の言葉に、素で驚いてしまう。

この子は、何と言った?

『悪いのは、私も』とは、どういう事かしら?

私の驚愕を他所に、一変して笑顔が消えて無表情になった千草が言葉を吐き出す。

 

「……母さんが居なくなって、千景の傍に居る人間として残ったのは、私とあの人になった。そして、あの人が千景の支えになる可能性なんて、全く考えられなかった」

「え、えぇ……」

「だから、私が千景の心の支えとして寄り添って、あの子が立ち直れるよう見守らないといけなかった。学友も教師も信用出来ないから、一緒に遊び、考え、学び、教え、良き人として成長出来るように導かないといけなかった……でも、駄目だった。私に出来たのは、心の支えとして寄り添う事だけだったの」

 

理解、しきれなかった。

娘の言葉を、何度も、何度も思い出し、読み解いていく。

そして、正しく理解して―――私は、ゾッとした。

 

「見守る事が出来なかった。立ち上がるのを見守るには、あの村の環境は酷すぎた……周りの悪意が、あの子に立ち上がる時間すら与えてくれなかったから。見守るだけではいけなかったの……直接動き、守ってあげないと、あの子の身体も、心も、耐え切れないから」

 

それは、小学生の少女がたどり着いたにしては、立派過ぎる考えだ。

 

「導く事が出来なかった。あの子を導くには、私自身が未熟すぎた……参考にするとしても、あの村の大人を参考にしてはいけない事くらい分かった。遊んであげる事は出来た。一緒に考えてあげる事も出来た。一緒に学ぶ事も出来た。あの子が分からない事を教えてあげる事も出来た……でも、『人としての成長』については、駄目だったの」

 

そう、『立派過ぎた』。

 

「……私には、あの子を自立させてあげる事が、出来なかったの」

 

千草の頬を、涙がツゥと伝う。

 

「干渉、し過ぎちゃったの。そうしたら、千景は、自立する事よりも、私に依存する事を、選んじゃった」

 

『違う』、と言ってあげたかった。

干渉しすぎたのではない。

そうせざるを得ない環境にいたのだから、貴方の行動は正しいのだと、言ってあげたかった。

 

「駄目、だったの。『甘えるな』って言って、自立出来るように支えるのが、正しかったのに」

 

『それも違う』、と言ってあげたかった。

間違いではない。

もし拒絶したら、それこそ千景は耐えられなかったのだから、貴方は正しいのだと、言ってあげたかった。

 

「でもね、出来なかった。突き放せなかったの」

 

でも、言えない。

そうなったのは、私のせいだ。

頼る事など出来ない『あの人』の元に置いて、逃げた、私のせいなのだ。

全ての元凶である私が、何を言ってあげられるのだろうか。

 

「選べなかった。『家族を突き放す』選択肢を考えただけで、胸が苦しくなって、涙が溢れて、息が苦しくなって……駄目だった。耐えられなかったの」

 

私のせいだ。

私の行動がどんな事を引き起こしたのか、一部始終を見ているこの子が、同じことを出来るはずが無い。

この子は、優しい子なのだから。

見捨てて逃げ去る事と、見守る為に少し距離を置く事。

全く違う行為でも、『伸ばされた手を掴まない』事ではある。

だからこそ、この子には出来なかった。

 

「私の甘さが、千景を私に依存させた……いいえ、違うわね。私こそが、あの子に依存していたのね」

 

自嘲する千草に、私は何をしてあげられるのだろうか。

 

「私が……そう、私が、そうしたのね」

 

悩んでいる間に、千草が、何かを確信する。

絶望した表情で、千草が、私の方を見ながら口を開いた。

 

「私が―――――千景を、依存させたのね」

 

優しいこの子は、千景を冷たくあしらう事など出来なかった。

責任感のあるこの子は、千景を支えなければと立ち上がることが出来てしまった。

姉である自覚があるこの子は、千景に負担をかけまいと我慢出来てしまった。

賢いこの子は、『良い人』というモノを、参考に出来るものが周りになくても想像出来てしまった。

 

そして、この子は、私が押し付けてしまった保護者としての役目を…『守り、導く』という、父や母が自分の子に行う事を、1時間にも満たない僅かな時間自分より後に生まれた妹に、行ったのだ。

親に見捨てられ、かつて友達と呼べた存在に蔑まれ、味方など誰一人居ない中で。

出来る限りの事を、唯一『家族』と呼べる妹の為に。

 

千草の行った事が千景の事を守ったのは、見れば分かる。

千草の前だけとはいえ、辛い目に遭った千景が笑顔で居られるのは、千草の努力の賜物でしょう。

 

「やっぱり、私じゃあ、駄目なのね」

 

しかし、彼女の理想には、及ばない。

大人でさえ難しい事なのだ。『過度に干渉せず見守り、良い人に育つよう導く』なんて事は。

 

「人生経験も、何もかもが足りない私には、無理だったのね」

 

でも、それが彼女には分からない。

まともに育てられた事が無い彼女には、分からなかったのでしょう。

私と『あの人』しか参考例が無いあの子には、『あの人』の接し方は駄目なのだという確信しか無かった。

そしてその確信と、『見捨てて逃げる事も駄目だ』という私の事を見て得た確信が合わさった。

その結果として、『見捨てず、しっかり接することこそ必要だ』という考えに至ったのでしょう。

 

「……ごめん、なさい」

 

ポロポロと、千草が涙を流す。

 

「ごめんなさい、母さん。ごめんなさい、もっと私がしっかりしてたら……千景の事、もっとしっかりと……」

 

優しく、真面目な千草は、自分の理想を、辛い環境の中でも必死に求め続けてきた。

『千景の事を、姉として、家族として支え、導く』という理想を……自分の事を蔑ろにしてでも、必死に。

『自分の存在意義は、千景の為にあるのだ』と自然と考えてしまう程に、千草はなってしまって。

 

そして今回、己のしてきた事とそれがもたらした結果を、見てしまった。

私が、見させてしまったのだ。

不穏な空気を感じた時に、無理やりにでも話題を変えれば、こうはならなかっただろうに。

何もしなかった結果、千草が考え直す時間を生んでしまった。

 

「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……!」

 

―――――あぁ、これが、私の犯した罪。

浮気をした事。愛していた子を置いて逃げた事。

そして―――――愛していた子に全てを押し付け、その責任で押しつぶしてしまった事だ。

 

「千草……」

 

震える手を、必死に伸ばす。

近づく手に、千草がビクリと反応する。

それでも、千草の方に手を伸ばして、優しく触れる。

 

「千草」

「かあ、さん」

「……謝るのは、私の方。貴方は、貴方の出来る精一杯をしてくれたわ」

「でも、私」

「良いの。全ては、私とあの人が原因だもの」

「……母さんは、何も」

「いいえ、悪いのは私なの」

 

逃げるな。目を逸らすな。しっかりと向き合え。

己の罪から、逃げ出す事を許すな。

自分に何度も言い聞かせ、千草の手を離さないで語りかける。

 

「全ては、誰が見ても愛想を尽かすような人間性を持っていたあの人と、そんなあの人から逃げる際に、2人を置いて行ってしまった私の責任だもの」

「……『あの人を選んだ私の責任』って、言わないんだね」

「言えないわ……言ってしまったら、あの人との間に生まれた貴方達を否定する事になるもの」

「……そう、思ってくれるの?」

「えぇ……貴方達2人は、私の娘だもの」

 

ギュウッと、千草の手を握る。

 

「千草」

「うん」

「あの日、全てを押し付けてしまって、ごめんなさい」

「……うん」

「貴方達の手を取らず、逃げてしまって、ごめんなさい」

「…………うん」

 

文字にすると、たったの2文字。

千草のその反応に、どんな意味が込められているのか。

怒っているだろう。憎悪と言っても良い程の感情を抱いていても、可笑しくない。

でも、決して目を逸らさない。

伝えるのだ。私が思っている事を、全て。

 

「あの人の面倒を見させてしまって、ごめんなさい」

「……うん」

「……辛い目に遭わせてしまって、ごめんなさい」

「……うん」

 

手が、震える。

それは、私だけでは無い。私が握っている千草の手もまた、震えていた。

 

「千草」

「……」

「千景の事を、精一杯守ってくれて、ありがとう」

「……そんな、事、ないよ」

「いいえ、貴方は千景の事を、確かに守ってくれたわ」

 

私の言葉を、弱弱しくも千草は否定する。

先ほど顧みて、己の理想とは違った事が、千草の事を傷つけている。

なら……今の私に出来るのは、こうだろう。

 

「千草。千景の事を見れば、貴方が頑張ってくれた事は分かるわ」

「えっ……?」

「千景は、貴方の傍を離れない。確かに、それは依存なのかもしれないわ」

「……そう、よね。やっぱり、私なんかじゃ……」

「でもね。それは『貴方なら守ってくれる』という信頼の表れ。貴方が千景の事を守れている証拠なのよ。貴方がもし千景の事を守れてなかったなら、千景が頼る事はないでしょうから」

 

私に今出来る事。それは、客観的に見た事実を伝える事だ。

貴方は千景の事を守れている、と。

そう伝えてあげる事こそ、今私が出来る事。

 

「千景にとって、貴方はたった一つの確かな寄る辺なのよ」

「……だとしても、それは私以外に誰も居なかったから、だよ。仮に、私よりもっと上手くあの子を導いてあげられる人が居たら……」

「だとしても、きっと千景は貴方を選んだわ」

「……どうして、そう思うの?」

 

怯えるような瞳で、千草が私を見る。

今出来る精一杯の笑みを浮かべながら、千草に言う。

 

「だって―――私が知っている貴方達2人は、互いの事を大好きだもの。違うかしら?」

「……私は、千景の事、大好きだよ。私は、そう、だけど……」

「大丈夫。千景もまた、貴方の事が好き。この間の数分程度しか見ていなかったけど、それでも分かるくらいに、貴方の事が大好きよ」

 

好きでも無い人間の事を、あそこまで信用なんて出来ない。

好きでもない人間の制止で、己の激情を抑えるなんて出来ない。

少なくとも、自分ならそうだ。

 

「……そう、かな」

「きっとそうよ……だから千草、自信を持って。貴方は、千景の事を、貴方の出来る精一杯で守った。そして、千景は確かに守られたの」

「……………そう、かな。そうだと、良いのだけれど」

 

少し、持ち直してくれたかしら。

少なくとも、手の震えは、止まっている。

 

「……母さん」

「何かしら?」

「………今日は、話を聞いてくれて、ありがとう。お見舞いに来たのに、私の話に付き合わせて、ごめんなさい」

「良いのよ、千草。今更どの面下げて、って話だけど……私はね、貴方のお母さんなのよ。子供の悩みを聞くのも、親の大切な役目なの」

「……ありがとう」

 

握っていた手が、するりと抜ける。

少し下がってから顔をあげた千草は、頬を涙で濡らしながら笑った。

 

「母さん。今日は、もう行くね」

「えぇ、分かったわ」

「今度は、出来れば千景と一緒に来るわ。その時もまた、お土産は持ってくるね」

「……これからも千景の事、お願いね」

「―――――えぇ、任せて」

 

 

 

 

 

 

『ちゃんと、向き合っているみたいですね』

『子の悩みを聞くのも、親の役目……成程』

『良く考え、良く悩みなさい。複雑に考える事、それこそ人間らしい事』

『私はその過程を、その考えの果てにたどり着く結末を、見守りましょう』

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

今日は、姉さんが1人で母さんの見舞いに行った。

不安ではあったが、どうしてもと姉さんが言うので、見送った。

帰って来た姉さんは、何と言うか……『憑き物が落ちた』と言うべきかしら?

なんだか、ちょっと何時もより自信に満ち溢れていた、そんな気がする。

 

姉さん曰く、『母さんと話をして、元気が出た』、らしいけど。

母さんに関する事については、どうしても、姉さんの考えが分かりにくい。

 

どうして、姉さんはあの人を許せるの?

どうして、姉さんはあの人と向き合えるの?

私達は、同じはずなのに。

同じはずなのに、姉さんの事が分からない。

分からないのは、怖い。

 

どうして

 

 

どうして

 

 

 

どうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうして

 

 

 

 

勇者様の部屋から出されたゴミから回収

 

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今回は郡母との絡み、千草ちゃんの掘り下げ回となりました。
フォントを弄った事で不穏な感じが出てくれると嬉しいな、と思いつつも、こういうのに頼らず不穏さ等を描写出来るようになりたいなと強く感じますね。

12月中には12話を投稿します(土下座)


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第12話

皆様、あけましておめでとうございます。(開幕土下座)
遅くなってしまい申し訳ありませんでした。
上司が入院しまして、しわ寄せでドタバタしてしまい……気付けば年を越してしまいました。
本当に、本当に申し訳ありません……!


「千草ー!」

「球子さん?」

 

放課後、千草に声をかけてみた。

というのも、千草が前よりも明るくなったように感じたからだ。

たしか、1週間くらい前かな?それ位前から、纏ってる雰囲気が明るくなった。

何か良い事でもあったのか?と思ってたけど、その日からずっとその調子。

だから、多分こっちの生活に慣れてきて素が出てきたんだろうと思ったんだ。

今なら、前より遊びに誘いやすいだろうと思って、思い切って声をかけたんだ。

 

「どうかしたの?」

「これからタマと遊ばないか?って誘いに来たんだ」

「今日、これから……そう、ね」

 

タマの誘いに、少し悩むような表情を千草が浮かべる。

 

「実は、友奈さんから誘われていて、千景と3人で遊ぶ予定なのよね」

「ん、そっか。先約があったんだな」

 

友奈に先を越されていたのか。

じゃあ今日は諦めてまた今度かなー、と考えていると、千草がこっちを見る。

 

「少し、待ってて貰える?」

「ん?タマは別に大丈夫だぞ」

「すぐ戻ってくるから」

 

そう言うと、千草が少し離れた所に居る千景の所に行く。

2人で何かを話し合うと、今度は友奈の所へ。

また何かを話し合って、こっちに戻って来た。

 

「2人に確認をとってきたわ。2人も一緒でいいのなら、大丈夫よ」

「良いのか?」

「えぇ。どうせなら、杏さんも……いえ、乃木若葉さん達も誘って、皆で遊んでみましょうか」

「おぉ!それは楽しそうだな!」

 

千草の提案に賛同する。

皆で遊ぶ、というのは楽しそうだ。

それに、全員の……特に、千景と千草、2人との距離を縮めるのに良さそうだしな。

 

「でも、皆で遊べるようなモノってあるか?」

「テレビゲームだけど、手軽に遊べる奴があるわ。それなら大丈夫」

「それは良かった!じゃあ、タマは杏子を誘ってみるぞ!」

「じゃあ、乃木若葉さん達の方は私が誘ってみるわね」

「頼んだぞ!」

 

柔らかく微笑む千草を見て、やっぱ明るくなったなーと感じる。

これなら杏も仲良くなれるかな、なんて考えながら杏の所へと向かう。

 

「杏!」

「タマっち、どうしたの?」

「これから、千草達と遊ぶぞ!」

「え、千草さんと、千景さん?」

「いや、ここの全員とだ!」

「え、えぇ!?」

 

タマの提案に、杏が驚く。

 

「……よく、千景さんが了承したね」

「うーん……千草の提案だから断れなかったんじゃないか?」

「それはそうかもしれないけど……」

 

千草と千景、特に千景の警戒心の強さは、全員が知っている事だ。

なにせ、少し声をかけただけでビクリと身体を震わせ、こっちを睨んでくるレベルだからな。

 

「ま、タマ的にはその辺は気にしないけどな。とりあえず、あの2人と遊べる。それで良いじゃないか」

「そう、だね。折角遊べるんだし、難しく考えなくても良い、よね」

「そうそう。じゃあ、杏は参加って事でいいんだな?」

「うん」

 

そう、杏にも言ったけど、難しく考える必要なんて無い。

重要なのは、あの2人と遊べる事だ。

今は、それで良いだろ。

 

 

 

 

 

「お邪魔しまーす!」

「お、お邪魔します」

「いらっしゃい。何も無い部屋だけれど、どうぞ」

 

微笑む千草の声を受けて、部屋の中に入る。

中には、もう千景と友奈が居た。

 

「あ、2人共やっほー!」

「……こんにちは」

「こんにちは、高嶋さん、千景さん」

「若葉とひなたはまだなのか?」

「もうすぐ来るとは思うわ。それまで、少し待ってましょう」

 

千景と千草が並んでベッドに腰掛けていて、友奈が直ぐ近くの床、千景の傍に居る。

タマと杏子で千草の近くに座り込む。

 

「急に参加して、大丈夫だったのか?」

「何時かはこうして遊んでみたいと思っていたからね」

「私もだよ!」

「……姉さんと一緒なら、まぁ」

 

ニコニコと笑顔な友奈と、少し仏頂面な千景は納得なんだけどなぁ。

前までなら想像もつかない位に優しく微笑む千草に、どうしても違和感を感じる。

前までは、こう、周りへの警戒心があったんだけど、急に消えたんだよな。

 

「あ、そうだ。急な参加のお詫びっていうかなんて言うか……とにかく、タマからの差し入れだ!」

「私からも。皆でなにか摘まめるものでもあった方が楽しいかなって」

「え、良いの?」

「杏も言ってるけど、皆で楽しむためのモノだからな!」

「……ありがとう、ございます」

 

部屋にあったモノから適当に選んで来たおやつを、机の上に置いておく。

杏が持ってきたのも合わせると、それなりになる。

これなら十分いきわたるな。

 

「今日やるゲームって、何をやるんだ?」

「『大乱戦』よ」

「おぉ、『大乱戦』!タマはこれ好きだぞ!」

「そう、それは良かった。杏さんは、やった事はあるかしら?」

「私は、ゲーム自体あんまり……それに、ジャンルも違いますから」

「大丈夫よ。そこまで難しい操作はないから、直ぐになれると思うわ」

 

『大乱戦』といえば、様々なゲームのキャラクターを操作して対戦する有名なゲームだ。

大人気のシリーズで、タマも良く遊んだことがある。

確かに、大人数でも遊べるし、千草の言った通り格闘ゲームと比べると簡単だったりするから、杏みたいな初心者でも遊びやすいかもしれないな。

 

「操作方法は……そうね、経験者の操作を見て貰いながら、慣れる時間を設ければ大丈夫かしら」

「割と簡単だし、杏もすぐ遊べると思うぞ!」

「…………まずは、使いやすいキャラクターとかよりも、自分の知っているキャラクターから触ってみても、良いかもね」

「そうだね、千景ちゃん。杏ちゃん、これくらいキャラクターが居るんだけど、何か知ってるキャラクターは居る?」

「え、こんな一杯……あ、このキャラクターは知ってます。このゲームはやったことがあるので」

 

千景が会話に混じって来たのに少しだけ驚く。

あ、でもゲームの話だから、ってのもあるか?

千景はゲームが好きだって話だし、会話もしやすかったのか。

千景との距離の詰め方の1つとして、考えておこう。

 

「あら、杏さんはこのゲームやった事あるのね?私と千景も、最新作を持ってるの」

「あ、そうなんですね。学校の友達から勧められたんですけど、コマンド形式なので難しくないですし、捕まえられるキャラクターも可愛いので、楽しくて」

「もし良かったら、今度対戦してくれないかしら?」

「……ガチパは、避けた方がいいかしら?」

「ガチパ……?」

 

……うん、ゲームの話題なら、2人と会話はしやすいっぽいな。

特に、千景には有効かもしれない。

そんな事を考えていると、部屋のドアがノックされる。

「どうぞ」という千草の言葉で、ドアが開かれる。

そこに居たのは、ビニール袋を片手に持った若葉と、ニコニコと笑うひなただ。

 

「遅くなって申し訳ない。折角皆で遊ぶという事なので、大勢で食べられるモノを用意したんだ」

「ありがとうございます。机の上に、置いてもらえるかしら?後で皆で分けましょう」

「あら、もう用意されてたんですね?」

「球子さんと杏さんが、持って来てくれたの。私もなにか用意しておけば良かったのだけれど、丁度何もなくて……」

「ゴメンね、私も特に持って来て無いんだ。今度からこうして遊ぶときは、何か持ってくるよ」

 

本当に申し訳なさそうにする千草と友奈。そんな2人の傍で、千景もほんの少しではあるが表情を暗くしている。

このままでは空気が重くなりそうだ。タマはそんな事望まない。

少し強引だけど、ここは話題を切り替えよう。

 

「まぁ、今は気にしないで遊ぼう遊ぼう。若葉とひなたは『大乱戦』やった事あるのか?」

「名前は知っていますが、経験は……」

「私も同じようなモノです」

「じゃあ初心者は杏、若葉、ひなたの3人だな。取りあえず経験者組で1回やって、どんなゲームか知って貰うか」

「そうね。じゃあ、早速始めましょうか。初心者の3人は、私達の操作と、あと画面を見て貰えるかしら?」

「見て学ぶ、という事ですね。分かりました」

 

遊ぶときでも真面目だなぁ、と思いながらもコントローラーを握る。

さぁて、友奈と千景、千草が相手。

友奈はスピードと手数が特徴的なインファイター型のキャラクターを選んでる。

千景は……地雷、誘導できるミサイル、時間差爆発する爆弾を使う、変わった戦闘スタイルのキャラクターだな。

で、千草は……弓にブーメラン、爆弾といったアイテムを使う2頭身のキャラクターだ。

因みにタマは、パワー溢れるゴリラを使う。1番使い慣れてるんだ。

さーて、どうなるかな?

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

「成程。上、横、下と一緒にこのボタンで、更に技が変わるんですね」

「えぇ。乃木さんの選んだそのキャラクターなら、こんな風に……ね?」

「これで、上手く使い分ける事で戦っていく、と……分かりました」

 

千草さんが、乃木さんに丁寧に操作方法を教えているのを横目に見る。

1週間ほど前と比べ、すっかり警戒されてる感じはなくなった。

私よりも、周りとの距離が近いのではと感じる程に、今の千草さんは自然体。

 

「負けた……タマの完敗だ……」

 

そして、隣で放心しているタマっちも横目で見る。

つい数分前まで行われた一戦は、結果としてタマっちが即座に敗北、友奈さんが少しして後を追い、姉妹決戦を千景さんが僅差で制した。

見ていて手に汗握ってしまう程の激しい戦いは、序盤にダメージを多く受けた千草さんが負ける形となった。

タマっちの敗因は……素人目に見ても、千景さんに動きを読まれていたからと分かる。

 

「強かったね、千草ちゃんも千景ちゃんも!ねぇねぇ、千景ちゃんから見て私の動きはどうだったかな?」

「え、っと、その……ガードとか、回避とか、使ってみたら良い、と、思うわ」

「なるほど……咄嗟に出ないんだよねー」

「そこは、練習するしか……」

 

最後に、千景さんに話しかける友奈さんを見る。

友奈さんは果敢に攻め込んでいたけれど、2人に比べたら確かに守りが出来ていなかったように感じましたね。

……そんな事より、千景さんと会話を出来ていることに驚きますけどね。

おっかなびっくりではありますけど、千景さんが千草さん以外と会話を繋げているのは、凄いと思います。

 

「杏さん、使うキャラクターは決まりましたか?私はまだ決まらなくて……」

「あ、私は決めました。このキャラクターを使ってみようかな、って」

「あ、見覚えありますね。確か……あぁ、このキャラクターと、同じ作品でしたか」

「シリーズこそ違いますけど、作品群は同じですね」

「そうですね……じゃあ、まずはこのキャラクターで、ゲーム自体を学んでみましょうか」

「ゲーム自体を学ぶ……そうですね。初心者ですから、まずはゲーム自体を理解しないと」

「キャラクターの好みを探るのは、その後でも遅くはないですからね」

 

ひなたさんと並んで、キャラクター選びについて語る。

キャラクターの特性とかよりも、まずはゲームについて理解を深める、というのは確かに大事。

なので、キャラクター選びは1度切り上げて、ゲームで遊んでみることに。

私は戦闘中に3体のキャラクターを切り替えながら戦えるモノを。

ひなたさんは、黄色くてちっちゃい、とあるゲームの看板ともいえるキャラクターを選ぶ。

乃木さんは……いかにも剣士タイプ、といえる、黒髪のキャラクターを選んでますね。

 

そうこうしていると、タマっちが放心状態から復活。

タマっちと初心者3人で遊ぶ事に。

 

「ふっふっふっ……ここはタマも使った事ないキャラクターを使うことでバランスをとるか。千草、なんかオススメとかってあるか?」

「そう、ね……球子さんが使って楽しめそうなキャラクターなら……このキャラクターは、どうかしら」

「このキャラクター?」

「意外とパワータイプよ。特にこれ、溜め技で……」

「一気に相手がぶっ飛んだ!?これはおっタマげだな!」

 

タマっちはタマっちで、新しいキャラクターを使うみたい。

それなら、経験差で開きすぎることは無いかな?

 

「設定は、アイテム無しのストック3、時間制限無し」

「ステージは、障害物もなんもかいフツーの場所、だね!」

 

大まかな説明を聞いて、ゲームを始める。

慣れないアクションゲームという事もあって、最初は苦戦する。

ひなたさんもそうだし、乃木さんもゲームにあまり慣れてないらしく、その動きはたどたどしい。

私達と比べ慣れているタマっちは、その辺の差で有利に立つ。

ムム、と顔を顰めると、後ろに誰かの気配を感じた。

 

「杏さん。このキャラクターは、実は……」

「えっ、あぁ、あの動きが……あ、そうなんですね」

 

後ろから、千草さんの声が聞こえる。

視線を画面から逸らさずに、アドバイスを聞いていく。

 

少し経過して、乃木さんが脱落。

残っている3人とも残機1。しかしダメージの関係上タマっち有利な状態。

……仕掛けるなら、今。

コマンドを入れて、キャラクターを切り替える。

操作するのは、3体のうち、バランスが取れている緑のキャラクターだ。

遠距離から攻撃して、タマっちのキャラクターにダメージを与えていく。

 

「むむむ……えぇい、ここは突撃あるのみだ!」

 

やっぱり。

チマチマとダメージが増えてきているのに焦ったのか、タマっちが突っ込んでくる。

大丈夫、この状況でこそ、千草さんのアドバイス通りにやれば……!

 

「杏、これで終わりだ!」

 

タマっちが選んだのは、下から上へと武器を振るうコマンド。

咄嗟にバリアを張るのも、回避を選ぶのも選択肢になる状況。

 

「ここで、こう」

 

でも、選ぶのは違う選択肢。

使うのは、キャラクター切り替えの操作。

3体のキャラクターが切り替わる際に、1度安全な所へと行って、元の位置に戻ってくるという動きをする。

そう、ある種の無敵時間が発生する。

 

タマっちの攻撃をすり抜け、出てくるのは赤いキャラクター。

3体の中で、もっともパワーに優れたキャラクターだ。

横に強くスティックを弾いて、コマンドを入れる。

振り抜いたまま硬直しているタマっちのキャラクターに、炎を纏った私のキャラクターが突撃する。

 

「なんとぉっ!?でもまだだ、まだ……!」

 

タマっちのキャラクターが、大きく飛ぶ。

でも、画面外にちょっと届かない場所で、体勢を整えられたみたい。

ジャンプを駆使してステージの端に近づいて……

 

「申し訳ありません、球子さん」

 

復帰する為の技を繰り出したキャラクターに、小さな電気の弾がぶつかる。

ステージ端で待機していたひなたさんが、タマっちのキャラクターに向けて放っていたみたい。

……この短時間で、キャラクターの技をある程度把握してる、って事ですよね?

ひなたさん、凄い……

 

「そんな、タマは、初めて使うキャラだとしても、初心者に負けるのか……!?」

 

画面外に消えていくキャラクターを見ながら、タマっちが呟く。

 

「タマちゃん、初心者とか、初めて使うとか、そういうのは関係ないよ」

「……上里さんも、伊予島さんも……それと乃木さんも、頑張っていたわ」

「うん!だから、誰が勝っても可笑しくなかったんだよ」

「まぁ、そうなんだけどさぁ……でも、経験者として恥ずかしいだろ!?」

「……気持ちは、分かるけど」

 

タマっちの会話を耳にしながら、ひなたさんとの対戦を続ける。

一騎打ち。

お互い初心者だけれども、少しずつ慣れてはいる。

 

「ここで、こうです!」

「ですが、これでどうでしょうか?」

「あっ!で、でも!」

「そんな!?」

 

見守られる中、試合は続く。

私達2人の性格上、様子見が多くなる。

少しずつ、確かにダメージを与えていく形で進んでいく。

 

「えぇい、杏ー!タマの仇をとってくれー!」

「ひなた、頑張れ!」

「2人とも、頑張れー!!」

 

応援が、聞こえる。

タマっちの声、友奈さんの声が聞える。

乃木さんの、ひなたさんを応援する声も、聞こえる。

 

「あ、え………」

「……どっち頑張って!」

「う………が、がん、ばっ……」

 

―――確かに、聞こえた。

人見知りだという千景さんの、勇気を振り絞って伝えようとした応援が。

途切れ途切れであっても。最後まで言い切れなくても。

それでも、千景さんが、応援してくれたのだ。

 

「ま、けま、せんっ!」

「若葉ちゃんの応援があれば、私は負けませんよ!」

 

自然と、コントローラーを握る力が強くなる。

手に汗握る、という言葉は知っていますが、こういうモノですか。

そんな事を思いながら、ゲームを続けていく。

タマっちが脱落して、1分ほど。

ひなたさんが、隙を晒した。

 

「しまっ……!」

「今です!」

 

横にスティックを弾いてスマッシュ攻撃を放つ。

黄色いキャラクターが、画面外まで一直線に飛んでいく。

 

「杏が勝ったー!よくやったぞー!!」

「むぅ、ひなたが負けたか……いや、しかし良い試合だった」

「そうだね!2人とも凄かったよ!!」

 

「2人共、上手かったわね」

「……そう、ね。初めてにしては、だいぶ」

「えぇ」

 

 

 

 

 

「いやー、だいぶ遊んだな!」

「そうだね。すっかり遅くなっちゃったね」

 

あれから、すっかり遊びこんでしまった。

放課後直ぐに遊び始めて、もう夕飯前。

やりこんで、もう操作にも慣れて、経験者の人ともそれなりに戦えるほどになっていた。

 

「楽しかったですね、皆さん」

「ゲームというのも、時には楽しいモノだな」

「そうですね」

 

初心者には優しく教えてくれたり、楽しむことが出来た。

私は、この場を設けてくれた人を見る。

 

「千草さん、千景さん。今日はありがとうございました」

「そうだな。一緒に遊ぶ事を許してくれた千景と千草、友奈にはお礼を言わないとな!」

「ありがとうございます。楽しかったです」

「不慣れな者に対しても親切で、楽しめました。ありがとうございます」

 

私達の言葉に、3人がそれぞれ反応する。

友奈さんはとても嬉しそうに。

千草さんは、優しく微笑んで。

千景さんは、少し恥ずかしそうに。

 

「私も楽しかったよ!!でもまぁ、私じゃなくて、千景ちゃんと千草ちゃんが許可を出してくれたからこそできた事だからね。私も2人にお礼言わなきゃ!!」

「お礼なんて、必要ないのよ。私には、皆を誘う勇気は無かったし」

「私も……だから、お礼なんて、言わないで」

「いや、2人には礼を言わせてください。この場を設けてくれた事には、変わりありませんから」

 

何処か居心地悪そう、と言うか。

困ったように笑う千草さんと、顔を顰める千景さん。

 

「それを言うなら、許可を出してくれた友奈さんに、お願いします」

「……そう、ね。高嶋さんに、お礼は言って」

「うーん……まぁ、そこまで言うなら。でも、タマは2人に感謝してるぞ!」

「私もだよ!」

 

タマっちと友奈さんの言葉に、2人が困惑を隠さずに言葉を返す。

それを見て、私とひなたさんが一緒に首を傾げた。

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

今日は唐突に、全員で遊ぶ事になった。

姉さんから話を聞いた時は、断ろうかと考えた。

しかし、姉さんと話し合い、遊ぶ事を了承した。

 

結果として、了承した事は正解だったのだろう。

姉さん以外の人について、理解を深める事が出来た。

高嶋さんと土居さんを警戒すべきである、という話を姉さんとしたが、上里さんと伊予島さんは別の意味で警戒するべきだろう。

あの2人は、他の人と比べ思慮深い。

隙を晒せば、そこから私達の隠している事にたどり着いてしまうかもしれない。

 

ああして、大人数で遊ぶなんて、あの日以来だった。

楽しくなかった、というのは嘘になる。

だけど、警戒を解くには早い。

本性を隠しているだけの可能性は十分にある。

 

でも。

信じたい、とは思う。

姉さんの為に。早く。

 

 

 

―――勇者御記 二〇一五年九月 郡千景―――

 

 

 

 

 

郡様御姉妹について報告

 

先月丸亀城宿舎に来られてから大凡1月経過

警戒されている所はあるが、現状無難な関係を築けていると判断する

郡千草様については、他の勇者様や巫女様と同じ位には対応が軟化

郡千景様については、来られた当初から変わらず警戒されている

現状維持を心掛け、御二人と接する事とする

 

追記

私の気のせいで無ければ、郡千草様の眼の隈が濃くなっておられます

また、少し頬がこけておられるように見えました

機会を設けて確認をして頂きたく思います

 

 

 

―――丸亀城宿舎 管理人より―――




日常回となりました。
今回、何時もより短くなってしまいました。

ゆゆゆいにて遂に花本ちゃん実装という報を聞いて、『仕事疲れに負けてられねぇ!』と気合を振り絞って書きました。
12月中にはあげたかったのですが、間に合わず……申し訳ありません。

そろそろ勇者服に触れて、先の段階に進みたいなと考えてます。
1月中になんとか13話をあげたいです……

アンケートを設置させて頂きます。
気軽に投票して頂ければと思います。


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第13話

投稿遅くなってしまい申し訳ありません……
新年早々職場にて無茶ぶりがあり、毎日3時間くらい残業してたりしたら時間がとれず……
書きたいことは頭の中にちゃんとあるのに、時間が足りない悲しみ。投稿頻度の高い方々の凄さを改めて感じます。

前回のアンケート、御協力ありがとうございます。
無理のないペースで番外編等をあげていこうと思いますので、時折活動報告を見て頂ければと……(土下座)
あと、今回もアンケート設置させて頂きます。
今後の展開を左右する重要なアンケートとなりますので、皆様の本音を教えて頂きたく思います。


「皆さま、本日はご報告させて頂きたい事がございます」

「報告、ですか?」

「はい。少しばかり、お時間を頂きたく」

 

皆でゲームをしたあの日から暫く。

丸亀城の一角、私達の教室で、大社の人がそう言った。

 

「先日、我々大社の本部にて、あるモノを開発いたしました」

「あるモノ?」

「『勇者システム』と仮名しております。神樹様の御力を科学的、呪術的に研究し、その力を勇者様に付与する為のシステムです」

「えっと、それは、どういった形で取り扱うんですか?呪術的とか、聞き慣れない言葉が出てきていますけど……」

「そこはご安心を。アプリケーションとして落とし込む事に成功致しましたので、皆様のお手持ちのスマートフォンにダウンロードして頂く事でご利用頂けます」

 

『メールを送らせて頂きますので、そちらからお願いします』という大社の人の指示の元、アプリケーションのダウンロードを済ませる。

 

「こちらのアプリケーションにつきましては、我々以外の誰にも存在を知られてはいけません。神々の力を人の手で扱う事は、世界の危機である今、勇者として選ばれた皆様と、その支援をする我々にのみ許されし事ですので」

「分かりました。使い方は、どうすれば?」

「アプリケーションを開いて頂き、表示されるボタンをタップするだけです。起動の条件は、勇者として選ばれた御方である事、そして戦う意志を抱く事です」

「戦う意志、ですか」

「はい。何かを守る為であれ、何であれ、戦う意志を抱く事。勇者システムを起動する為には、『それ』が必要です」

 

なんだか、凄い事をボタン一つで出来る、と言うのは分かる。

 

「現在、開発したての、所謂『β版』とでも言いましょうか……理論上、神樹様の御力を引き出し、勇者様へと付与する事は可能である、とだけの試作段階のようですが。今後も研究を重ね、より安全に、確実に勇者様をサポートできるようにしていくつもりとの事です」

「成程……こうしてアプリを配布したという事は、今日は起動実験、という事でしょうか」

「そうですね。実際に起動して頂いて、使用した感想などを頂きたいとの事です。なにせ、開発こそ出来ても、開発したアプリを起動できるのは勇者様のみですので、我々では試す事も出来ませんので」

「分かりました」

「開発チームの面々が来ておりますで、詳しい話はそちらで。これからご案内致します」

 

 

 

 

 

「勇者様、巫女様。こうしてお会い出来る日を、一日千秋の思いで待っておりました。私、仮名『勇者システム』の開発チーム、そのリーダーを務めさせて頂いております。どうか、よろしくお願いします」

「これはご丁寧に。乃木若葉です」

「勇者ではありませんが、挨拶を。上里ひなたです」

「高嶋友奈です!」

「土居球子だ!」

「い、伊予島杏です」

「郡千草です」

「……郡、千景、です」

 

丸亀城のある一室に案内される。

そこには、様々な機械やカメラ、そして白衣に仮面という中々凄い組み合わせの姿の人たちが居た。

その中の1人、女性の大社職員さんが頭をさげる。

ぼさぼさとした長い髪、手の荒れ具合から、もしかしたら結構無理をしているのかもしれない。

 

「本日はそちらの者から聞いておられるかとは思いますが、我々が開発致しました『勇者システム』の起動実験を、皆様のご協力の元行わせて頂きたく思います」

「神樹様の力を引き出す事が出来る、という話ではありましたが……」

「はい。と言っても、なにせ我々にとっても未知の力、初めての試みという事もあり、試作も試作ではあります。『システムの根幹が出来上がっている事の確認』こそが本日の目標ですので、引き出せる御力もほんの僅かです」

 

『ですが』と、強く拳を握りしめる大社の人。

 

「あの日から、我々は全力をもって開発に挑んできました。皆様方の助けになれるようにと、心血を注いだと、断言出来るほどに」

「……皆様の気持ち、確かに受け取りました。起動試験、やらせてください」

 

若葉ちゃんが頭をさげたのを見て、他の皆と一緒に頭をさげる。

なんというか、大社の人の思いが籠った言葉だった。

 

「では、まずは私から」

 

何事も無いかのように、若葉ちゃんがスマホの画面を操作する。

けど、スッとひなたちゃんが手を伸ばし、それを制した。

 

「若葉ちゃん、少し待ってください」

「ひなた?」

「まだ、この人の話は終わっていません……そうですよね?」

「えぇ、はい」

 

ひなたちゃんの、初めて見る鋭い視線。

その先で、大社の人が話し始める。

 

「先ほどお話させて頂きましたとおり、このシステムは我々では起動する事も出来ません。そして、取り扱うのは、神々の力……人の常識を超える、未知なる力です」

「……つまり?」

「ほんの僅かな力でも、皆様の身体に、どの様な影響を及ぼすか、分かっておりません」

 

ゾクリ、と背筋を何かが走る。

 

「人々に力をお貸しくださる神々の事を、疑っている訳ではありません。しかし、人の身に、神々の力を耐えられるのか……保障出来ないのです」

「……そう、ですか」

 

千草ちゃんの視線が、とても冷たいモノに感じる。

 

「えっと……つまり、どういう事だ?」

「アプリを起動した場合、私達の身に何かが起きても可笑しくない……そういう、事ですか?」

「……はい」

 

怖い。そう、感じてしまった。

考えれば、確かにそうだ。

未知の力。それがどんな影響を及ぼすのか、取り扱える私達にしか分からないんだ。

 

「……恐らく大丈夫だと、そう信じています。神樹様から引き出す力は、システムとして必要な最小限に抑えました。しかし、それでも……」

「……正直、私は、怖いです。でも……」

「起動しなければ、どうなるんですか?」

「神樹様の力を引き出す方法を、失ってしまう事になります。代用案は、現在ありません」

 

恐らく、皆少なくない程度には恐怖を感じたんだと思う。

若葉ちゃんの手も、止まった。

 

「……なら、やるしかないわね」

 

スッと、千草ちゃんがスマホを操作し始める。

余りに自然な動きにあっけにとられる中、千景ちゃんだけが反応を示した。

 

「ね、姉さん……?」

「代用案は、無い。なら、試す以外の方法は無いわ」

「でも、危ないかも、って……」

「歴史上、初の試みに危険が付き物なのは、変わらないわ。ただ、たまたまその場面に私達が立ち会うだけ」

「でも、でも……ッ!!」

 

千景ちゃんが、ギュウッと、千草ちゃんに抱き付く。

その瞳には、涙が浮かんでいて。

聞いていて胸が苦しくなる、そんな声で叫ぶ。

 

「姉さんの身に何かあったら、私、私……!」

「……大社の医療班、及びに医療器具はここに揃えてあります。この場で対応出来ない場合、迅速に病院へと搬送する手筈も」

「……千景。大丈夫、きっと大丈夫よ」

「ねえ、さん」

 

大社の人の言葉を聞いて、千草さんが千景ちゃんの頭を撫でる。

危険な目に遭うかもしれないと言うのに、とても優しく微笑んで。

千景ちゃんの耳元で、何かを囁く。

私達には、何も聞こえない。

しかし、千景ちゃんには確かに伝わったんだと思う。

不安そうな表情のまま、だけど千景ちゃんが抱き付くのを止めた。

 

「すみません、お待たせしました」

「……申し訳ございません。危険を伴う実験に協力して下さること、感謝致します」

「先ほども言った通りです。初の試みに、危険はつきものですから」

「……もし。もしも勇者様の御身に何かあった場合、私共一同、責任を取る覚悟はしてあります」

「責任を、ですか」

「遺書を、全員書いております」

 

その言葉に、千草ちゃんを除く全員で目を見開く。

この人達、今、何て……?

 

「そう、遺書を……」

「……この開発チームは皆、バーテックスの襲来により、家族や大切な人を失い、失意のうちに暮れていた所を大社にスカウトされた身です。このシステムは、私共の希望であり、願いです。それが人類の希望である勇者様を害したとなれば、責任を取ります」

「……皆さんの覚悟、確かに受け取ります。しかし、後を追う必要はありません」

「……しかし、それは」

 

千草ちゃんの言葉に反論しようとして、制される。

穏やかな表情で、千草ちゃんが口を開いた。

 

「……もし、私の身に何かあった場合、その身命を賭して代用案を考え、実現させてください。1月程で試作とはいえ神樹様の御力を引き出すシステムを開発されたその技術力と執念は、大社に無くてはならないモノ。6人も居る勇者、その中でも実戦経験の無い私とは違って、替えの効かないモノです」

「そんなことは決してありません!私共のようなモノは、この四国に何十、何百では聞かない程居ます!!ですが、御身はこれ以上探しても見つからない、選ばれた6人の勇者様の1人!!」

「……そう言ってくださって、ありがとうございます。ですが、私にとっては、皆さんの方が大社にとって益となると、そう思っています」

 

そう言うと、千草ちゃんが大きく深呼吸をする。

そして、大社の人たちの事を真っ直ぐみて、宣言した。

 

「勇者、郡千草として、皆さんに命令を。この身に何かあった場合、後を追う事を禁じます。私が望むのは、より安全な代用案の作成です……どうか、お願いします」

「……………かしこまり、ました」

 

『勇者としての命令』には逆らえないのか、大社の人が頷く。

奥の方では、嗚咽が響いている。

視線を向ければ、私達に見られない様背中を向けて、仮面を外して目元を擦っている人たちが。

視線を戻せば、千景ちゃんが千草ちゃんに近寄っているのが見えた。

 

「姉さん……………本当は、姉さんが1番手なんて嫌よ」

「ゴメンね、千景。でも、ね?」

「……………約束よ?」

「千景との約束、破った事は1度でもあった?」

「……………無い。だから、嫌だけど、我慢するわ」

「ありがとう、千景」

 

名残惜しそうに、千景ちゃんが一歩下がる。

それを確認して、千草さんがこっちを見た。

 

「ごめんなさいね。そういうわけだから、私からやらせて貰うわ」

「しかし、千草さん……」

「……なんだかんだ、1番の年長者だから。恰好つけさせて?」

 

さっきまでの真剣な表情や、千景ちゃんに向ける優しい微笑みとはまた違う、少しお茶目な感じで。

何でも無いように、千草ちゃんが笑う。

 

「……っていうか!千草!自分の事を替えがきくみたいな事言ってたけど、そんな事言うなよ!」

「……あぁ、ごめんなさい。千景が私にとって一番の大切で、他の勇者の人は実戦経験を積んでいる。1番どうでも良いのは、私だって判断しただけだから」

「ッ!冗談でも、そんな事言わないでよ!」

「友奈さん?」

 

きょとんとする千草ちゃん。

思わず息を荒げてしまったけれど。

でも、その言葉は、聞き逃せない。

 

「確かに、私達は実戦の経験はあるよ?でも、それだけなんだよ!それだけで、自分の事をどうでも良いだなんて言わないで!!」

「……そう、かしら?」

「友奈の意見に完全同意だ!というか、実戦経験って言っても、タマがやったのはがむしゃらに戦う位で、ほぼ未経験と変わらないんだ!差なんて殆ど無い!」

「わ、私もその……タマっちの後ろに隠れてばっかりで。御二人と、殆ど変わらないと言いますか……」

 

私達の言葉に、でも、千草ちゃんは首を傾げる。

そして、困ったように笑った。

 

「……ゴメンなさい。そう言ってくれるのは嬉しいけれど、ね?」

「……この一月の間で、貴方がとても良い人だというのは分かっています。千景さんの事を大切に思われている、優しい人だと」

「それに、一緒に遊んだ友達じゃないですか。どうでもいい、だなんて言えません」

「……………とも、だ、ち?」

 

ひなたちゃんの言葉で、千草ちゃんの表情が変わる。

……写真で見た能面の様な、無表情に。

 

「一緒に学校行って、ご飯も食べて、一緒に遊んだ!タマ達は友達だろ?」

「……………え、っと、その……………そう、なの、かしら?」

「少なくとも、私はそう思ってます。本の事を語れる、同じ趣味を持った友達だ、って」

「……………そ、う、なの」

 

俯いて、何かを考え込む千草ちゃん。

ほんの数秒、何かを考えて。

 

「なら、尚更私がやらないとね」

 

顔を上げてそう告げる千草ちゃんは、優しく微笑んでいた。

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

ともだち。

トモダチ。

友達。

 

その言葉を聞くのは、いつ以来だろう。

言われた時、理解出来なかった。

『あの日』以来、居なくなってしまったモノだったから、時間が経ち過ぎて思い出せなくなっていた。

 

友達って、なんだっただろう?

昔、そうであった人たちと、どう過ごしていただろう。

 

もしかしたら、何気ない談笑を楽しんでいたのかもしれない。

もしかしたら、放課後に一緒になって遊んでいたのかもしれない。

もしかしたら、時には頼り、時には頼られていたのかもしれない。

 

そんな、あったはずの出来事。

でも、思い出せない。

……いや、思い出したくない、と言うのが正しい?

思い出したら、辛くなるだけだから、無意識に思い出さない様にしてるだけ?

……分からない。

 

でも、もしも、だ。

もしも、彼女たちが。

上里ひなたさんが。

乃木若葉さんが。

高嶋友奈さんが。

土居球子さんが。

伊予島杏さんが。

千景の事を、『友達』だと思ってくれている。

もしもそれが、本当なら。

 

それは、なんて嬉しい事だろう。

千景の事を、大切に思ってくれる人が居る。

なんて喜ばしい事だろう!

 

私だけでは、駄目なのだ。

私なんかでは、千景を導けない。

それは、この間母さんと話したあの時に、嫌と言う程理解した。

だから、私以外の『誰か』が必要だ。

 

千景の『友達』。

千景の事を気にかけてくれる人。

……傷つけさせる訳には、行かない。

 

 

 

「なら、尚更私がやらないと」

 

決めれば、後は簡単だ。

開いていたアプリケーション、画面に表示された大きなボタン。

迷いは、無い。

軽く、タップする。

 

フワリと、花の香りが、した気がした。

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

眩しさの余り、手で光を遮ってしまう。

姉さんが、スマホの画面をタップした、その瞬間溢れて来た光。

それがおさまったのを確認して、恐る恐る、姉さんの方を見る。

 

「……姉さん、それ……」

 

飛び込んできたのは、鮮やかな『赤』だった。

赤を基調とした、変わった衣装を身に纏った姉さんが、そこには立っていた。

 

「……綺麗……」

 

思わず、そう言葉が零れる。

私の言葉に反応したのか、他の人も姉さんの方に視線を向ける。

 

「勇者システムにより形成される服……成功、したんだ!」

「主任、やりました!神樹様の御力を、具現化出来たんですよ!!」

「……………よか、った……成功、したぁ……!」

 

開発チームの人たちが盛り上がっている。

心血を注いだ、とまで言ったシステムが、取りあえず起動に成功した。

それを見て、安堵しているらしい。

 

しかし、私にとってそこはどうでもいい。

問題なのは、この先にあるのだ。

 

「姉さん……ねえ、さん?」

 

反応が、無い。

私の声に、反応してくれない。

恐る恐る、近づいてみる。

 

「姉さん?」

 

そっと、頬に触れる。

触れて、異変に気付いた。

 

熱い。

異常なまでに、姉さんの頬から熱を感じた。

 

「ぁ……………ち、かげ?」

「姉さん、大丈夫、なの……?」

「ぇ、え、えぇ。だい、じょうぶ、よ?」

 

何が、大丈夫、なのか。

いつもなら逸らされる事の無い視線が、定まっていない。

近づいて気付いたが、汗もかいている。

 

「大社の人!解除の方法は!?」

「は、はい!?」

「今すぐに解除する方法を教えて!早く!!」

「も、もう一度ボタンを押して頂ければ!」

「姉さん、直ぐに解除して!」

 

私の声に反応して、姉さんの手が動く。

しかし、その動きは緩慢で、スマホを持つ手も震えている。

落とさない様支えて、姉さんの手で押しやすい位置まで持っていく。

表示されているボタンに指が触れた瞬間、眩い光と共に着ていた服が戻った。

ガクリ、と力が抜けて倒れ込んでくるのを受け止める。

 

「千草さん!?」

「だ、大丈夫か千草!!」

「千草ちゃん!」

 

他の人達が駆け寄って来る。

が、そんなのどうでも良い。

荒く呼吸をする姉さんが、虚ろな目でこっちを見る。

 

「ち、かげ」

「姉さん!」

「……………だい、じょうぶ。わたし、は………」

 

何かを伝えようとして、途中で目を閉じて。

そのまま、姉さんの反応が無くなる。

 

心臓が、締め付けられるように痛くなる。

手の震えが止まらない。

考えたくもない事が、勝手に頭の中を過ぎっていく。

 

「いや、いやよ、姉さん……ねぇ、返事をしてよ!!」

 

そんな、まさか。

そんなはずはない。

 

「医療班、迅速に準備!病院への搬送も手配しておいて!!」

「はい!」

 

やくそくをしたのに。

ねえさんが、やくそくをやぶるはずはないのに。

 

「ねえさん!!おねがいだから、めをあけてよ!!!」

「千景ちゃん……」

「いや、いやだよ……ひとりはいやぁ……!!」

 

なみだがあふれて、とまらない。

こわい。

こわい。

こわい。

 

「勇者様、申し訳ございませんが、勇者様の御身体を診察させて頂きたく」

 

たいしゃのひとのことばに、そっちをふりむく。

『ヒィッ』とおどろかれたけど、どうでもいい。

どうしても、つたえるべきことがある。

 

「………おねがいします。おねがいします。おかねならかならずはらいますわたしにできることならなんでもしますだからどうかねえさんをたすけてくださいすくってくださいおねがいしますおねがいしますおねがいします……………ねえさんがしんだら、わたしもしにます」

「……必ず!!」

 

なにもできないじぶんがにくい。

ねえさんをとめられなかったじぶんがにくい。

たいしゃのひとたちがねえさんをはこんでいくのを、ながめることしかできないじぶんが、にくい。

 

「神樹様、どうか千草さんの無事を……」

 

うえさとさんのこえが、きこえた。

 

「千草、大丈夫なんだよな……?」

「分からない、けど……大丈夫だって、信じたいよ」

 

いよじまさんとどいさんのこえも、きこえた。

 

「千草さん……やはり、あの時私が……!」

 

のぎさんのこえも、きこえた。

 

「医療班、頼む、勇者様を……!」

「お願いします神樹様、勇者様をお救い下さい……!」

 

たいしゃのひとたちのこえも、きこえる。

ふと、だれかにかたをたたかれた。

 

「……たかしまさん?」

「千景ちゃん。千草ちゃんの傍に、行ってあげたらどうかな?」

「ねえさんの、そば……」

「うん。その方が千景ちゃんも落ち着くだろうし……千草ちゃんも、大好きな千景ちゃんが傍に居てくれる方が、すぐ元気になってくれるよ!」

「……そう、だといいけど」

 

……ねえさんだけじゃなくて、わたしのこともきにしてくれた?

 

「ほら、行こう?」

「……えぇ」

 

てを、にぎられる。

……ねえさんいがいで、てをつないでくれたのは…………いついらいだろう?

 

「すみません。千草ちゃんは、その……」

「現状、脈拍は高いながらも数値は安定しております。発熱や発汗などの症状はありますが、逆に言えばそれらの症状以外は出ておりません」

「……ねえさんは、だいじょうぶ?」

「少なくとも、命に別状は無いかと。念のために病院へ搬送させて頂き、精密検査を受けて頂こうかとは思いますが……」

 

……ほんとう、だろうか?

 

「……そばにいても、いいですか?」

「えぇ、勿論です」

 

ねえさんのそばにたって、ねえさんのことをみる。

あらく、あさいこきゅうをくりかえすねえさんをみるだけで、胸がさけそうになる。

ねえさんのみぎてを、つよくにぎる。

 

「ねえさん、おいてかないで……ひとりに、しないで……」

 

ねえさんのいないなか、ひとりでいると、おもいだしてしまう。

かみとともに、ひだりみみをきりさかれたあのひ。

ズキリと、きずあとがいたむ。

 

「……ち、かげ……?」

「ッ、姉さん!!」

 

聞き逃しそうなほどに小さく掠れた声に、意識が覚醒する。

聞き間違えるはずが無い。聞き逃すはずが無い。

顔を上げれば、うっすらと目を開けた姉さんが居る。

周りを見渡し、静かにするように手で制してから、声をかける。

 

「姉さん、無理はしないで」

「……ないて、いるのね……なか、ないで……」

「今は、私の事は気にしないで。それより姉さんが」

「ち、かげは、わたしが、まも、る、から……だい、じょうぶ、だから……なかない、で……」

「……姉さん」

 

私を見ているようで、私を見ていない。

意識が朦朧としているなか、私の声から、私が泣いているのを察して、無意識に慰めてくれている。

それを、理解した。

 

「いじめ、られても……さみしく、ても……わたしが、そ、ばに……」

「……うん。大丈夫。姉さん、大丈夫よ」

「……よ、かった……」

「だから、今はゆっくりと休んで。ほら、手を握って、一緒に寝ましょう」

「えぇ、そう、ね……おやすみ、なさい……」

「おやすみなさい、姉さん」

 

姉さんが安心出来るように、言葉を紡ぐ。

私が泣いていては、この人はこんな時でも無理をしてしまうから。

涙を拭って、握っていた手の力を少し抜いて。

姉さんが眠る様に意識を手放すまで、優しく手を握る。

目を閉じて、姉さんが僅かに込めていた手の力が完全に抜けたのを確認して、手を離す。

 

「……すみません、ありがとうございます」

「いえ、こちらこそありがとうございます。郡千景様のご助力がなければ、郡千草様の意識が戻った事に気が付かなかったかもしれませんので」

 

そう言う大社の人の奥では、何かをメモに書きなぐる人や、僅かに得られた診察結果から意見を交わしあう人たちが見える。

……姉さんを助けたい、と。そう思ってこの人達は行動している。

そう、信じたいと思える位には、必死になって行動してくれている。

電話をしていた人が私の前に居る人に何かを伝えて離れていく。

目の前の人が、私に話しかけてきた。

 

「郡千景様。病院へと搬送する手筈が整いましたので、これから郡千草様を……」

「私も、同行させてください」

「……こちらからお願いしようと思ってはいたのですがね。では、同行をお願いします」

「はい」

 

目の前の人の後ろをついて行こうとして、ふと、さっきまで一緒に居てくれた高嶋さんの方を見る。

何か考えているように見えたけど、私の視線に気付いたのか、こっちを見た。

 

「千景ちゃん、どうしたの?」

「あ、あの……その……」

「……落ち着いてからで、いいからね。何も無かったら何も無いで、大丈夫だから」

 

怖がらせない様に、落ち着いて欲しいのだと、私に言い聞かせるような……そんな笑み。

その笑みは、どこか姉さんに似ていると感じてしまう。

だからだろうか、すこし落ち着いてきた自分が居る事を自覚する。

 

「……その、さっきは、ありがとうございます」

「ん?」

「……手を、繋いでくれた事……それに、私の事を、気遣ってくれた事」

「気にしなくて大丈夫だよ!千景ちゃんが少し元気になってくれた事が嬉しいから!」

「……それでも、お礼は、言わせて。あの時は、ありがとうございました」

「じゃあ、どういたしまして!!」

 

……姉さんに似ていると、感じてしまったからだろうか。

なんというか、警戒心を削がれてしまう。

『少し気を許しそうになった』という事実から目を背けるように、大社の人たちと、運ばれていく姉さんの後を追った。




勇者システムについて、作者なりに考えた「こういう話があっても可笑しくないのでは?」というお話でした。
どのようなものであっても、試作段階というのは存在するはず。まして、それが未知の力を取り扱うなら……と思いまして。
西暦勇者の初陣(諏訪陥落直後)を100としたら、5か10位の完成度。付与出来る力はごく僅かなのに対して、身体への負担が大きいという設定。
独自設定感マシマシな部分ですので、受け入れて頂けるか不安で胃が……胃が……!

前書きにて書かせて頂きましたが、アンケート設置させて頂きます。
のわゆ原作との、とても大きな乖離が発生する可能性のある重要な事ですので、皆様の本音をお聞きしたいと思いまして、アンケートを設置するという行動をとらせて頂きました。
作者としては、「時間があるならどちらの話も書きたい」「それぞれの展開に魅力があり、決めきれない」と言うのが本音です。
優柔不断な作者で申し訳ありません。皆様の声で後押しをどうか……(焼き土下座)


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第14話

ぐんちゃんの誕生日に間に合わせる為に気合と根性を振り絞りました。
早い事にこの小説も1周年を迎えました。
ここまで来ることが出来たのは、読者の皆様のお蔭です。
今後も頑張って書いていきます!


「過労、かと思われます。少なくとも、症状から判断出来るのは重度の風邪か、もしくは過労か。しかし、風邪というには急すぎる」

「故に、過労である、と」

 

かろう。

カロウ。

……過労?

お母さんが入院している病院、そのとある一室。

少し落ち着いたけれど未だに息の荒い姉さんがベッドで眠る横で、大社職員と医師の話を聞く。

 

「過労と言っても、身体的疲労と精神的疲労とがあると思われますが、医師としての見解は?」

「私達では判断しかねます、としか……『呪術班』の見解を聞いてもいいでしょうか?」

 

話を振られたのは、大社本部から呼び出された人。

私と一緒に病院へ来た人を『技術班』と呼んだ、『呪術班』という所の人だ。

 

「郡様の症状について、こうして実際に目にした事で得た見解ですが……まず、前提として、我々も発足して1月程しか経っておらず、神樹様の御力について一端程度しか掴めていない、という事を理解して頂きたい」

「それは、承知しておりますとも」

「それを前提に置きまして……私の見解としては、身体的、精神的な疲労とはまた違う、別の要因ではないかと考えます」

「別の要因、ですか?」

 

医師の方と、同じことを思う。

身体的疲労、精神的疲労は分かる。

けれども、それ以外の原因?

 

「仮に、そうですね……『霊魂的疲労』とでも仮名しましょう。我々の肉体、精神とは別の、もっと人間の根本的な部分の疲労と考えます」

「具体的には、どういう事ですか?」

「この度の実験で行われた、『神の力の付与』という行為……郡千草様は、神々の力を人間の身体で行使した。より高次の存在の御力に触れた結果、『人間』という存在の核、魂に負荷がかかったのでは、と」

「……もう少し、分かりやすく言い換えられますか?」

「ふむ……そうですね。人より高位、つまり格が上の存在である神々の力に、低位の我々が耐え切れずダメージを受けた、と考えられます」

 

『少し失礼』と言って、紙に何かを書き込む呪術班の人。

大きな丸と小さな丸、それぞれに『神々の力』『人間』と書かれる。

 

「仮に、ですが。我々が扱う事を許され、授けられた力の大きさがこれくらいとします。そして、我々が許容出来る範囲がこのくらいとして……」

「……神々にとってはほんの一端程度の力でも、我々人間では耐えきれない?」

「郡千草様がシステムを起動するのに成功した事を考えれば、少なくとも我々人間が扱えることは確かであります。しかし、強すぎる力に耐え切れない、というのは可能性として十分にあると考えられます」

「なるほど……医学的な観点では解明できない、未知の領域……これは、互いに情報共有する機会を多く設けなければなりませんね。今回のような出来事が、今後何度も起こる可能性が高い」

「それは勿論です」

 

『初の試みに危険は付き物』という姉さんの言葉を思い出す。

大社の人たちも言っているが、『神々の力』という未知の力について、手探りで探さないといけない現状。

こういう事も、起こってしまうのは当然の事、なのかもしれない。

 

「……すみません。姉さんの、その……霊魂的疲労?というのは、どうすれば回復しますか?」

「……申し訳ございません、郡千景様。現状我々からお伝え出来る事は、一般的な疲労状態からの回復と同様、安静にして休んで頂く事ではないか、と」

「そう、ですか」

「まず、本日はお休み頂き、明日の経過観察をもって今後の方針を決めさせて頂きたく思います」

「……わかり、ました」

 

『神々の力』について研究している人間でも分からない事を、ズブの素人である私がどうこう出来る筈もない。

それは、分かっている。

……分かっていても、悔しい。

姉さんが苦しんでいる時に、私は何も出来ないだなんて。

 

「郡千景様、申し訳ありませんが、我々は1度退室させて頂きます。関係各所へ連絡をする必要もありますし、今後の方針を話し合う必要もありますので」

「はい」

「……恐らく難しい事かと思いますが、これだけは言わせてください。どうか、郡千景様御自身も、少しお休みください。郡千草様の事を心配に思われるのは当然の事でしょう。ですが、我々が最善を尽くしますので」

「……………ありがとう、ございます」

 

取りあえず、気遣ってくれた事のお礼だけは言う。

でも、大社の人や医師の方が言ったように、休む気になんてならない。

少し持ち直したとはいえ、姉さんの事が心配なのには変わりない。

いつ姉さんの体調が悪化するのかも分からない現状、目を離すなんて選択肢はとりたくない。

……ほんの僅かな時間で、状況は変わってしまうモノ。

それを、私は身をもって知っているのだから。

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

「皆、ちょっと良いか?」

「どうしたの、タマちゃん?」

 

千草が病院に運ばれて、千景がそれに同行して。

残された皆が、取りあえず教室に待機、って事になった今。

大社の人も居ない今だからこそ、話が出来ると判断して声をかけてみる。

 

「その、千景と千草について、話をしたいんだ」

「千草さんと千景さんについて、ですか」

「そうそう……千景の混乱してる姿、皆も見ただろ?あれを見たら、どうしても気になってな」

「そう、だね。あの取り乱し方は、只事じゃないよね」

 

タマと杏の言葉に、皆が頷く。

 

「千景ちゃん、凄く混乱してたよね……」

「私達や大社の人が近くに居るのに、『一人は嫌』と言っていた……周りが気にならなくなる程に動揺していた?」

「そこも気になりますけど……皆さん、覚えていますか?大社の人に向けていった、千景さんの言葉」

 

ひなたの言葉で、思い出してみる。

人形の方が表情豊かに見えるレベルの真顔で、大社の人に向けて言い放った言葉。

 

「……『姉さんが死んだら、私も死にます』って、言ってましたよね……」

「……冗談、じゃない、よな。タマにだって分かるぞ、アレは本気だよな……」

「……千景ちゃん、ホントに辛そうだったよ。傍に居たけど、ずっと震えて、怖がってた」

「皆気付いていなかったかもしれないが……大社の人に付いて行くとき、千景さんの手から、血が垂れていた。手を強く握りすぎて、爪が喰い込んでいたのだろう」

「それに自分で気が付かないくらいには、動揺されていたんですよね……」

 

あの時の混乱っぷりは普通じゃない、っていう共通の認識はあるな。

なら、話もしやすい。

 

「……タマの想像なんだけど、2人って、昔いじめられてた、とかなのかな」

「タマっち!?」

「いや、想像だぞ?想像なんだけどさ……2人の反応とか見てると、そう思っちゃうんだよ」

「私も、そう思うよ。辛い目に遭ってたのかなって事を前提にすると、2人の反応に納得しちゃうから」

 

友奈の言葉に、全員の視線がそっちに向けられる。

 

「友奈、それはどういう事なんだ?」

「その……私が千景ちゃん達と遊んだ日なんだけどね?色々と話してる時に、そう思ったの。警戒されたり、嫌な事を思い出したのか辛そうな表情になったり……なんでだろう?って考えた時に、『虐められていた』事を前提に考えたら、そういう反応をしちゃうのかなって納得出来たんだ」

「タマもだな。杏と一緒に街中を歩きまわった時にそう思ったんだ。愛媛の学校で、本を読むのが好きで身体を動かして遊ぶのが苦手な人が居たんだけどさ、『暗い』って理由で虐められていたんだ。もしかしたら、あの2人もそういう経験があるのかも、ってさ」

「……千景さん、千草さんと一緒なら大丈夫だ、って話をされてました。それって、逆に言うと千草さんが居ないと……そういう事、だったのかな」

 

友奈、タマ、杏。

3人が感じた、千草と千景の話。

それを聞いて、皆で考え込む。

少しして、ひなたが口を開いた。

 

「……千草さんと千景さんは地元で虐めを受けていた。それも、恐らく私達が想像しているよりも酷い虐めだと思われます。その中で千景さんの事を千草さんが庇っていく生活が続き、千景さんにとっては千草さんの存在が救いになっていた……そんな存在が、目の前で意識不明に陥った事で混乱した、と考えれば、全ての辻褄が合いますね」

「……確かに、そうですね。千草さんは千景さんの事を守っていた。守る為に周りを警戒されていた……千景さんは千草さんが自分を守ってくれると分かっていた。だから傍を離れようとしなかった……そう考えれば、確かに」

「……本屋で千草と離れた時、必死になって千草を探してたのは、そういう事か」

 

ひなたと杏の考察で、あの時の千景の必死さの理由が分かる。

人にぶつかりそうになっても気にならない位に必死に、千景は千草の事を探していた。

 

「……千草さんと『何故バーテックスと戦うのか』という話をした、というのは覚えているか?」

「そういえば、言ってたな。それがどうかしたのか?」

「千草さんは、千景さんを守る為に戦うと言っていた。それも、自分の命よりも、世界よりも優先して守ると言っていたんだ」

「自分の命よりも、世界よりも……」

 

……目の前で、証明されたな、それは。

危険のあるモノを千景に使わせない為に、自分が真っ先に使ったんだ。

 

「なぁ、これ、2人に直接聞いてみるか?」

「……難しい、よね。きっと、知られたくない事だろうから」

「そうですよね。でも……」

 

タマの言葉に、友奈と杏が続く。

正直、気になってしょうがない。

けど、内容が内容だから、聞きにくい。

どうするか、と悩むと、若葉が真剣な表情で呟く。

 

「……私が、直接聞こう」

「若葉ちゃん?」

「千草さんを呼び出して話をしたのは私だ。今回の件を聞きに行ったとしても、前例があるから行動を取ったこと自体に不審に思われないだろう」

「ですが、それは……若葉ちゃんが、郡さん達から今後警戒され続ける事になるのでは?」

「それも承知の上だ」

 

そう言う若葉は、眉間に皺を寄せて呟く。

 

「……あの時、私が起動しておけば、こうはならなかったかもしれない」

「いや、それはどうなんだ?千草の代わりに若葉が倒れてたかもしれないし……」

「郡さん達は実戦経験が無い。それはつまり、私達とは違って神樹様の力に触れた事が無い、という事にも繋がるはず。私達は1度でも触れた事で耐性のようなモノが出来ている可能性があるが、郡さん達にはそれも無いんだ」

 

若葉の言葉に、納得してしまう。

危険な力とはいえ、勇者として戦ったタマ達は1度触れている事になる。

身体がそれに慣れているかも、っていうのは、確かにある。

けど、千草と千景には、それもない。

 

「特に、私は島根県からずっと、人々を守る為に勇者としての力を振るった経験がある。恐らくだが、この中で最も長く神樹様の力に触れていた筈だ。耐性のようなモノが出来るのなら、私が一番可能性が高いはずなんだ」

「……確かに、そうですけど」

「だから、あの場で志願するのは私が最善だった筈……なのに、私は、我が身惜しさに止まってしまった」

 

何が起きるか分からない。

大社の人に言われたその言葉に、もう少しでボタンをタップしていた若葉の指は止まった。

そこで、千草は志願して、起動した。

 

「……けじめをつけねばならない事なんだ。だから、私に行かせてくれ」

「若葉ちゃん……分かりました。若葉ちゃんがそこまで言うのなら、私も止めません……ですが!」

「ですが?」

「若葉ちゃんだけが憎まれ役を買うのだけは許容出来ません」

 

ひなたが、こっちの方を見る。

 

「すみません、皆さん。若葉ちゃんが聞きに行く時ですが、私を含めたこの場の全員が気にしていたから、という事を千草さんや千景さんにお伝えしても良いですか?」

「えっと……若葉さんだけが気になったから、ではなく、私達も気にしていたから代表して自分が聞きに来た、という事にしよう、という提案……で、良いんですよね?」

「えぇ、そうです」

「あれ、フツーにそういう流れじゃなかったのか?」

「そう聞こえたでしょうけれど、若葉ちゃんは1人で背負い込む予定でしたね?」

 

ひなたの視線から、若葉が顔を逸らした。

 

「若葉ちゃん、責任を感じているからと言って、なんでも背負い込む必要は無いんですよ?」

「……ひなたには敵わないな。すまない、皆」

「良いんだよ、若葉ちゃん」

「千草にも言ったけど、若葉だってタマ達の友達だ。もっと頼りタマえ!」

「なんでも、とは言えませんけど、出来る事なら協力しますから」

 

……全く、放っておけない奴らばっかりだなぁ。

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

『姉さん……姉さん……』

 

声が、聞こえる。

 

『一人は、嫌……』

 

千景が、泣いている。

 

『姉さん……』

 

―――あぁ、起きないと。

あの子が泣いているなら、慰めないと。

不安を取り除いて、笑ってくれるように、いっぱい構ってあげなきゃ。

それが、私の―――

 

 

 

 

 

「あ、れ……こ、こは……?」

 

ぼんやりと視界が、見覚えのない景色を映している。

何度か瞬きを繰り返す事で、少し視界が定まってくる。

……どうやら、ここは病院のようね。

 

「私は、確か……勇者システムを、起動、して……」

 

重く感じる身体を起こして、考える。

上半身を起こした事で変化した視界の端、私の右手に、誰かの手が添えられている。

……いえ、誰か、なんて分かっている。

 

「千景……」

 

私の手を優しく握りながら、眠っているらしい。

……あぁ、涙の痕が頬に残っている。

泣かせてしまった。

その事実が、重くのしかかる。

 

「……ごめんなさい、千景」

 

千景を起こさない様に、そっと、出来る限り優しく左手で頭を撫でる。

しかし、気付いてしまったらしい。

 

「ん……ぁ、ねえ、さん?」

「……おはよう、千景」

「姉さん……姉さんッ!!」

 

ガバッ、と起きた千景が、私の頬に触れる。

 

「姉さん、熱は……大丈夫、みたい?具合は?」

「熱は、多分大丈夫。少し身体が重く感じるけれど、他は大丈夫よ」

「……よか、った。よかったよぉ……!」

 

ギュウッと抱き付いて来る千景を、拒みなどしない。

こちらからも優しく抱きしめる。

 

「心配かけてゴメンね、千景」

「本当に、心配したんだから……!あれから、2日も眠ったままで、このまま起きないんじゃないかって、怖くて、怖くて……!」

「……2日も?」

「うん……怖かった。姉さんがこのままだったら、って考えたら、凄く怖くて……」

 

そう言う千景の事を良く見る。

目元に隈が出来て、髪もボサボサとしている。

あぁ、本当に、いくらでも褒めてあげられる程に綺麗な髪が……

 

「……ずっと、傍に居てくれたのね」

「だって、手を握って、姉さんの脈を感じてないと……そのまま、姉さんが死んじゃうんじゃないかって、思って……」

「……ありがとう、千景」

 

そこまで、不安にさせてしまうだなんて。

己の不甲斐なさに苛立ちながらも、それを表に出さず微笑む。

 

「眠っている間、貴方の声を聞いたわ」

「私の声を……?」

「えぇ。きっと、手を繋いで、声をかけてくれたから起きられたのね……ありがとう」

「……姉さんの力になれたなら、嬉しいわ」

 

漸く笑ってくれた千景を見て、少し落ち着く。

 

「……私が眠っている間に、何かあった?」

「そう、ね……姉さんの様子を見に何人か大社の人が来た位、かしら?」

「そっか」

 

大きく変わった事は起きていない、のかしら?

 

「……姉さん。もうちょっとこうして……姉さんが大丈夫だって事、もっと感じさせて……」

「勿論よ、千景。貴方が満足するまで、ずっとこうしてあげる」

 

―――実に5分程。

頭を撫で、背中をさすり、言葉を囁いて。

千景が、名残惜しそうに離れていく。

 

「……ずっと、こうしている訳にもいかないわね。姉さんが起きた事、伝えなきゃ」

「そう、ね。千景、お願いしても、良い?」

「えぇ、分かったわ。姉さんは、安静に、ね?辛かったら、寝ちゃっても良いから」

「ありがとう、千景。お願いするわ」

 

最後に涙の痕を拭いてあげて、千景が部屋を出ていくのを見送る。

……さて、ここからどうなる事やら。

 

 

 

「千草様、意識を取り戻されたと聞きましたが……」

「えぇ。その節はご迷惑をおかけいたしました」

「いえ、我々の至らぬ所があり、御身を危険な目に遭わせてしまった……申し訳ございません」

「謝らないでください。危険を承知の上で、起動を志願したのですから」

 

深く頭を下げる大社の人に、そう告げる。

 

「体調は如何でしょうか?」

「少し身体が重く感じますが、それ以外は問題ありません」

「そうでしたか。それを聞いて、少し安心しました……食事はとられますか?すぐに用意させますが」

「そう、ですね……少しだけ、軽く食べられるモノを頂けますか?2日も眠っていたようですので、何も食べないというのは……」

「分かりました」

 

病院の人が部屋から出ていくのを確認し、大社の人がこちらを見る。

 

「食事を用意して貰う間に、身を清められては如何でしょうか?」

「……それも、そうですね。2日もお風呂に入っていない、というのは、その……」

「畏まりました。手伝いの者を手配致しましょうか?」

「それは、その」

 

言い淀んだ私の事を見て、千景が代わりに答える。

 

「いえ、私が姉さんの手伝いをしますので、大丈夫です」

「そう、ですか?」

「はい。ただ、着替えを用意して頂いても良いですか?……えっと、私の分も、出来れば」

「畏まりました」

 

視線を千景に向ければ、優しく微笑む千景の姿。

微笑み返す事で、無言で感謝を伝える。

私達にとっては、これで相手に感謝を伝える事は十分出来る。

 

「それでは、各種準備と、関係各所への連絡をさせて頂きます。暫くしましたら、また此方に」

「宜しくお願いします」

「……郡様。そちらのコードの先についているスイッチなのですが、ナースコールとなっております。病院関係者を呼ぶときは、そちらでも可能ですのでご活用下さい」

「あ、ありがとうございます……」

 

……もしかしたら、千景が少し無理をして声をかけたのが、分かっているのかもしれない。

出ていく大社の人を見送り、千景に声をかける。

 

「……お風呂、案内してくれる?」

「えぇ、大丈夫よ」

 

少し重く感じる身体を千景に支えて貰いながら、病院内の浴室へと向かう。

途中病院の人たち……看護師の方が『お手伝い致しましょうか?』と声をかけてくれたけど、丁寧に断った。

手を貸して貰いながら服を脱いでいると、千景が恥ずかしそうに声をかけてくる。

 

「その……姉さん。『お願い』をしたいのだけど」

 

『お願い』というのは、千景と私の間で何時の間にか出来ていた約束だ。

私が千景に何かを『お願い』した時、私は千景の『お願い』を必ず叶える。

現状、土居さん達と街を回る事を決めた時に1つ、アプリ起動の前に1つ、私は『お願い』をしていた。

その1つを、この場で使いたいと千景が言っている。

 

「言ってみて?」

「……一緒に、お風呂に入りたいの。姉さん、具合が悪かったりするなら、無理にとは言わないけど……」

「いいえ、大丈夫よ……そんな事で、良いの?」

「良いのよ」

 

大社の人に着替えを用意して貰ったのは、そう言う事か。

納得しながらも、一緒に浴室へと入る。

シャワーで汗を流して、私は千景の後ろへとまわる。

 

「それじゃあ、触るわね」

「お願い、姉さん」

 

千景の髪に触れる。

一緒にお風呂に入る時は、私達は互いの髪を洗いあう。

特に決めた訳では無いけど、自然とそうしていた。

優しく、丁寧に洗うと、ボサボサとしていた髪が綺麗になっていく。

 

「やっぱり、千景の髪は綺麗ね」

「姉さんの方こそ」

 

そんな他愛の無い事を話しながら、千景の髪を丁寧に洗う。

私達は、2人とも髪が長い。

丁寧に洗っていると、結構時間がかかってしまう。

10分近くかけて、千景の髪を洗い終える。

 

「じゃあ、交代ね、姉さん」

「お願いね、千景」

 

少しくすぐったく思いながらも、されるがままになる。

数分経ったとき、不意に後ろから抱き付かれる。

 

「……姉さん」

「なぁに、千景?」

「……姉さん、痩せたね」

 

ツゥ、と、泡にまみれた手が私のわき腹を撫でる。

少し浮いているあばら骨を撫でられて、くすぐったさと共に、ばれた事に対する後悔が湧き上がる。

 

「……何時から、気付いていたの?」

「大体、そうね……全員集まってゲームをした、あの日からかしら」

 

そんなに前から、気付かれていたのか。

驚く私の肩に、千景が顎を乗せる。

 

「目の隈も、前より濃くなった。少し、顔が細くなった……いいえ、違うわね。頬がこけた、って言うのだったかしら?」

「ち、千景……?」

「姉さん、最近あくびをする事が多いの、気付いている?目元を擦る事も、随分増えたわ」

「……隠してる、つもりだったんだけどね」

「姉さんの事だもの。分かるわよ、それくらい」

 

そう言うと、抱き付く力が強くなる。

少し息苦しさを感じるけれど、拒まないで甘んじて受け止める。

 

「……姉さん。ごめんなさい」

「貴方が謝る理由なんて、何も無いわ」

「謝る理由しか、ないわ……だって、姉さんが無理をしてるのは、私のせいじゃない」

 

肩に、少しだけ温かな水が伝う。

シャワーのお湯ではない。

わざわざ見る必要もない。

それが何かなんて、分かっている。

 

「私が周りを怖がるから、姉さんが前に出てくれる。姉さんが頑張る事で、妹である私の価値を高めようとしてくれる。常に周りに気を配って、私が危ない目に遭わない様に警戒して……疲れても、それを無理やり我慢して」

「……千景の為になってるって思うと、つい、ね」

「……ごめんなさい、姉さん。ごめんなさい、ごめんなさい、ごめん、なさい……!」

 

耳元で響く鳴き声に、胸が締め付けられるような感覚を感じる。

千景の為、と思って頑張ったのに。

 

「……私こそ、ごめんなさい」

「姉さん?」

「貴方を不安にさせてしまう、駄目な姉で、ごめんね」

「違うの、姉さんは悪くないの。悪いのは私で」

「私が、悪いのよ……ごめんなさい」

 

 

 

 

 

私のなすべきことを、見つけた。

あの子の為に、私が出来る事。

私ではあの子を導けない。

しかし、あの子の為以外に私は動けないでしょう。

ならば、やれることは1つでしょう?

 

私は、あの子の為に生きる。

あの子の為に、なんでもする。

この身は、全てあの子の幸せの為に。

 

―――勇者御記 二〇一五年九月 郡千草―――




私の考えている中での序章、これにて完です。

アンケート、ご協力頂きありがとうございます。
皆様の回答を元に、全力で頑張っていきたいと思います。

明日は活動報告にて番外編を投稿させて頂きます。


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第15話

お待たせいたしました。15話、原作との大きな分岐点となります。
相も変わらず胃を痛めながら、『本当にこれで良いのか?』と悩みながら、投稿までたどり着けました。
前書きを書いているこの瞬間も胃がキリキリと……



千草さんが病院に運ばれ、意識を取り戻してから3日。

私とひなたは、千草さんが入院している病院へと来ている。

 

「すみません、友人の見舞いに来た者ですが、郡千草さんの病室を教えて頂けませんか?」

「郡千草様、ですね?申し訳ございませんが、『関係者』の証拠を見せて頂けますか」

「こちらです」

「……確認いたしました。ご案内致します」

 

私達『勇者』の存在は、まだ公になっていない。

しかし、その重要度から、ヘタな政治家などよりも厚遇されている。

病院でもそう。

故に、見舞いに行くにもこうした手続きが必要だ。

 

看護師の方に案内されるまま、エレベーターに乗る。

カードキーを使ってから、病院の最上階へと向かう。

どうやら、最上階は勇者含めた大社関係者専用の階としているらしい。

階段なども封鎖して、簡単には入れない様にしているとの事だ。

そのまま案内を受けて、とある病室へとたどり着く。

 

「こちらです」

「ありがとうございます……申し訳ございませんが、ここからは大事なお話がありますので、人払いをお願いしても宜しいですか?」

「か、畏まりました!」

 

ひなたの言葉に、看護師が震えながらも頭を深く下げ、立ち去っていく。

……いや、まぁ、確かに大事な話があるのは事実なんだが。

 

「ひなた」

「言いたいことは分かります。けれど……これから聞こうとしていることを考えれば、必要じゃないですか?」

「……そうかもしれないが」

 

私達の予想が正しいのなら、という前提ではあるが。

これから聞きたい事は、郡さん達の辛い過去になる。

だから、人払いが出来るなら、しておきたい、というのは分かる。

 

「……若葉ちゃん、行きましょう」

「そうだな」

 

コンコンッ、とノックをする。

『どうぞ』という、久しぶりに耳にした声が聞えてくる。

 

「失礼します」

「あら、乃木若葉さんと、ひなたさん?」

「お久しぶりです。体調が回復したとお聞きしたので、お見舞いにと」

「こちら、大社御用達の青果店で買って来た果物です」

「ありがとうございます」

 

微笑む千草さんを見て、一安心する。

ふと部屋を見渡すと、少し奥で千景さんがこっちを睨んでいるのが見えた。

 

「おはようございます、千景さん」

「………おはよう、ございます」

 

千草さんが病院に運ばれてから、ずっと千景さんは千草さんの傍を離れようとしなかった。

だから、あの日から私は千景さんと会っておらず、今日久しぶりに顔をあわせた。

チラリ、とひなたの方を見る。

小さく首を縦に振ったのを見て、覚悟を決めた。

 

「千草さん、千景さん。申し訳ないが、時間を頂いても?」

「えぇ、大丈夫だけど」

 

確認をとって、深呼吸を1つ。

千草さんと目を合わせ、告げる。

 

「……先日、千草さんが倒れたあの日、なのですが」

「……心配をかけて、ごめんなさい」

「い、いや、そういう事を言いたいわけでは無くて……むしろ、その……あの時、躊躇わず私がやっていれば、こんな事には……申し訳ない」

「……難しいかもしれないけれど、気にしないで?危険を承知の上で、私が志願したのだし」

 

どこか困ったように微笑む千草さんを見ると、申し訳なさを感じる。

私に突き刺さる千景さんの視線も、それを助長しているのだが。

 

「っと、話が逸れてしまったな……あの日、あの時に、千景さんが物凄く動揺されていたのが、どうしても気になって」

「ッ……誰だって、大切な家族が倒れたら、ああなるモノでしょ?」

「その可能性は否定出来ない。だが……『姉さんが死んだら、私も死ぬ』という発言が、どうしても気になったので」

 

私の発言に、千景さんが目を見開く。

動揺、そして驚愕、といった辺りか。

 

「……あの時、そんな事、言って……」

「言っていましたよ。動揺していたからこそ、無意識のうちに本音が出ていたのかと」

「……どうしても気になって、残された全員でその意味について、その奥に隠された、2人が隠している事について、考えたんです」

「隠している事、ね」

 

千草さんの視線が、ひなたに向けられる。

先ほどまでの微笑みから一転した、能面のような無表情。

絶対零度の視線が、ひなたを貫く。

 

「……上里さん」

「信じて貰えるかは別になりますが、『私から特別話をした訳ではありません』と言わせて頂きます。皆さんの意見からたどり着ける予想を纏めただけです」

「……その発言を、信じても?」

「大社の巫女として、神樹様に誓いましょう」

「……………分かったわ。上里さん、私は貴方の事をある程度信用している……だから、今回は、信じます」

「ありがとうございます」

 

……ひなたは、今回聞きたい事について、何かを知っていた、のか?

いや、今はそれを考えなくて良い。

問題は、ここから先にある。

 

「……それで、皆は、どんな予想を?」

「……2人は、故郷で何かしらの虐めを受けていたのではないか、と。それも、私達が想像するよりも、酷いモノを。だからこそ、2人は周りを警戒していたんじゃないか、と」

「そう……」

 

千草さんが、チラリと千景さんを見る。

ビクリと身体を震わせ、狼狽する千景さんが、涙目で千草さんを見る。

 

「ご、ごめんなさい姉さん!私、私があの時……!」

「……貴方は何も悪くは無いわ。大丈夫、落ち着いて」

「でも、でも……!」

「大丈夫、大丈夫だから……」

 

……やはり、踏み込み過ぎたのだろうか。

涙を流しながら千草さんに謝り続ける千景さんと、そんな千景さんを、優しく慰める千草さんを見て、更に罪悪感を感じる。

正直、少し胃がキリキリとしてきた気がする。

 

「……乃木若葉さん、ひなたさん」

「は、はい」

「私が退院して丸亀城に戻るまで、その疑問への回答を待って貰えるかしら?伝えるなら、勇者全員に伝えるべき内容だから」

「……分かりました」

「ごめんなさいね?わざわざ足を運んでもらったのに」

「いえ、こちらこそ申し訳ない。今更ではあるが、言いたくない事なら言わなくても大丈夫ですが」

「……いえ、伝えるべきと、私は思うの。だから、大丈夫」

 

千草さんの言葉を信じ、ひなたと共に病室を出る事にする。

出ようとする直前、千草さんが声をかけてきた。

 

「3日後よ、退院してから丸亀城に行くのは」

「はい」

「それと……1つだけ、覚えておいてほしい事があるの」

「それは、何でしょうか?」

 

私が振り向き聞くと、真剣な表情の千草さんが。

悩み、躊躇い……口を開く。

 

「これは……えぇ、そうね。私達姉妹にとっては、墓まで持っていきたいと思えるほどの、誰にも話したくない話。そういう話だという事だけは、覚えておいて」

「……分かり、ました」

 

『私達勇者以外には、大社にも告げるな』

そういう事なのだろう。

一体、彼女たちに何があったのだろうか。

……3日後が、少し恐ろしく感じる。

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

「心配をかけてごめんなさい。今日からまた、皆と過ごせるわ」

「……姉さんに付きっ切りだったから、私も、ね」

 

あの日から3日後。

千草さんと千景さんが、丸亀城に戻って来た。

病院で休んでいたからだろうか、あの日よりも目元の隈はとれている様に感じる。

 

「……『色々と』聞きたい事はあると思うけど、後で、ね?」

 

そう困ったように笑いながら告げられて、私達は彼女達が話してくれるのを待つことになる。

授業中、訓練中、昼食……時間が過ぎていくが、まだ。

何時、話してくれるのだろうか。

授業等に集中出来ない状態が続く中で、遂には放課後になり……

 

「……放課後、時間を貰えないかしら?」

 

その言葉で、『来たか』と緊張が走る。

 

「それは、その……」

「………姉さん、1週間以上病院から出られなかったから……少し、外を歩きたい、って」

「もし良ければ、散歩に付き合って貰えないかしら?」

 

その言葉に、全員が首を縦に振る。

千草さんが居ない間に何があったのか、等を話しながら、丸亀城の外に出る。

久々の外を楽しんでいるようにしか見えない千草さんとは違って、千景さんは不安を隠しきれていない。

そんな2人に付いて行く形で歩いて行き、丸亀城からそう離れていない川沿い、開けた場所へとたどり着く。

 

「……ここなら、学生が集まっていても怪しまれないし、広い場所だから不自然に近づいて来る人にも気づける。多少大きな声を出しても、近くにはそれなりに交通量のある道路もある」

「……私達が話をしていても、怪しまれず、そうそう他人に聞かれない、と」

「えぇ。それに、大社関係者の目も無いわ」

 

私達の方を振り向いた千草さんは、とても真剣な表情だ。

それこそ、戦う覚悟について聞いたあの時と同じ位、もしくはそれ以上に。

 

「……これから話す事は、私と千景にとっては、誰にも知られたくなかった話。可能ならば墓まで持っていきたい、そういう話」

「……………正直、今朝まで……本当は、今でも、悩んでるの。話すのが……話した後が、怖いから」

「……約束を、して欲しいの。この話は、ここに居る人だけの秘密だ、って。誰にも……大社の人にも、内緒にする、って、約束を」

 

ギュウッ、っと千草さんの服の裾を掴んで、不安を隠さずに私達に告げる千景さん。

そして、そんな千景さんの前に立ち、私達に約束して欲しいと語る千草さん。

……答えは、決まっている。

 

「約束しましょう。この話は、我々だけが共有する秘密だ」

「大丈夫。絶対に守るから!」

「タマにだって分かるぞ。2人がたくさん悩んで、悩みまくって、話してくれることを決めたのは。安心しタマへ、タマの口は堅いんだ」

「不安に思うのは当然だと思います、けれど……信じて、ください」

「私は、何度でも言わせて頂きますよ。神樹様に誓って、必ず守ります、と」

 

それぞれが、それぞれの言葉で、本心を伝える。

約束する。約束は必ず守る。信じて欲しい。

その思いは、確かに伝わったのだろうか?

不安に思う中、千景さんの言葉が聞こえてくる。

 

「……ねえ、さん」

「千景?」

「わ、私……その……………信じて、みたい」

 

文字にすれば、10数文字にしかならない、その言葉。

それを口にするのに、どれだけの勇気が必要だったのだろう?

小さな、怯えが隠せていないその言葉に、千草さんが頷く。

 

「ありがとう、千景。その言葉で、決心がついたわ」

「……うん」

「……皆。少し長くなるけれど……話を、するわ」

 

 

 

 

 

「そうね、何処から話そうかしら?」

「思いつかないなら、タマが良い方法を知ってるぞ?」

「タマっち?」

 

少し悩んでいる千草さんに、土居さんが声をかける。

良い方法、と言っていたが……

 

「まずはどうでも良い事から始めよう。そうすると、後に残るのは大事な事だからな」

「他愛ない事を減らす事で、話したい事を整理する、という事ですか」

「……そう、ね。それは、良いかも」

「他愛、無い、事……」

 

確かに、一理あるな。

関心しながら、千草さんと千景さんの事を見る。

 

「じゃあ、他愛ない事から、始めましょうか」

「他愛ない、って言うのはなんか違うけど、前にやった自己紹介の補足とか、どうかな?結構話題を消費出来るかも」

「そうね……じゃあ、まずはそこから」

 

友奈の言葉で、話す内容は決まったらしい。

 

「えっと、あの時の自己紹介の補足として……高知県の田舎出身、って話はしたわね?山よりの田舎で、自然豊かな場所だったわ」

「……確かに、そうね。子供じゃあ、バスを使わないと街中に出られない、そんな田舎」

「あの村は、嫌いじゃない……って、胸を張って、言えないの。あの村の自然や、神社の境内の静かな雰囲気……木々のざわめき……そう言う所は、好きだったけど」

「……虫が多かったから、正直、あんまり。でも、静かな所が好き、っていうのは、姉さんと同じ」

「あと補足となると……自己紹介の時に話せなかった事、とか?」

「何があるかしら……」

「じゃあ、御二人の趣味とか、そういったお話はどうでしょう?」

 

ひなたの提案に、2人が首を傾げる。

 

「御二人は、今まで御二人自身の事を隠されていましたので……色々と、知りたいじゃないですか?」

「そうだなー。話しにくい部分は後回しにして、趣味とか、好きなモノとか?」

「そうですね。私、本の趣味くらいしか知らないですし……」

「そうだな、確かに気になるところではある」

 

私達の言葉に、更に首を傾げる2人。

やがて、千草さんが何かに気付いたような反応を見せる。

 

「……あぁ、友奈さんが言っていたわね。仲間の好きな事は、大切なんだ、って」

「覚えててくれたんだ!そうだよ、仲間の……うぅん、友達の好きな事は、大切な事だよ!!」

「……実はね、『友達』って呼ばれたの、とても久しぶりなの」

 

その言葉に、郡さん達以外の全員が首を傾げる。

いや、良く見たら、ひなたは険しい表情をしている。

 

「この話は、また後で。それで、私達の好きな事、となると……共通するのはゲーム、かしら」

「そうね。それと、姉さんは読書も、よね」

「好きな事、って言えるほどではないけどね」

「……姉さんと一緒なら、私は読書も好き」

「それは、私も。千景と一緒なら、何でも」

 

穏やかな笑みを浮かべる2人。

 

「そっか、2人はお互いの事を大好きなんだね」

「……えぇ、勿論」

「大切な家族だもの……」

 

…?

友奈の発言は、何もおかしいモノではないと思うが……

何故、ああも複雑そうな表情を、千景さんは……

 

「……そろそろ、隠し事をしながら話すのは難しくなってきたわね」

「そう、ね……姉さん」

「千景……大丈夫。きっと、ここに居る皆は受け入れてくれる。分かってくれるわ」

「……………うん」

「……そろそろ、本題に入りましょうか。私達の過去……ずっと隠したいと思っていた事について」

 

穏やかな雰囲気は一変する。

皆が、千景さんと千草さんの言葉を待つ。

 

「……私と千景は、余り裕福とは言えない家庭で生まれたわ。ただ、ね……親、というか父親が、どうしようもない人だった」

「……それって、どういう事、ですか?」

「あの人は、自分の事以外はどうでも良い、そう思っている人だったの。母さんは、結婚するまでそう言う所に気付かなかったみたい」

 

そう語る千草さんは、心底嫌な事を思い出したと言いたげな、苦々しい表情を浮かべる。

 

「家事の1つも手伝わない、子供の誕生日どころか母さんの誕生日も、結婚記念日も忘れて会社の飲み会に参加して、酔った勢いで母さんと喧嘩して……休日はお酒を飲んで寝ているか、テレビとかを見ているだけ。家庭の事をほったらかしにして、自分勝手に生きている、そんな人」

「それは……」

「……私と姉さんは、あの人を家族とは認識してないわ。住居と生活費を提供してくれる赤の他人、とでも言い換えられるわね」

 

これが、隠したかった事、か。

そう感じていると、千草さんが言葉を続ける。

 

「……そんなあの人に、母さんは愛想を尽かしたの」

「愛想を尽かした、って……」

「……母さんは、村のとある人と浮気したわ。心が耐えられなかったのよ……母さんは、あの人の事を好きだった。けど、何も返してくれないどころか、暴言を吐かれるそんな日々に、耐え切れなかったのよ」

 

語られる事実に、目を見開く。

 

「私達の事を置いて、家を空ける日が増えていった。浮気相手と過ごす時間が増えて……相対的に、私達と一緒に居てくれる時間は、減ったわね」

「そして……浮気が村の人たちにバレて、全てが変わったわ」

「たった1日にも満たない、そんな時間。目を離した隙には、全てが変わったの」

 

2人の言葉に、土居さんが「あっ」と何かに気付いたような声を上げる。

しかし、それも2人の言葉の衝撃に流されていく。

 

「あの日から、村ぐるみでの虐めが起きた。あの人は『妻に見限られる程のロクでない』、母さんは『阿婆擦れ』『淫売』『淫乱女』……そして、私達は、その2人の間に生まれた子供だから、って」

「……かつて居た友達も、教師も、誰もが私達を見限った……あの人たちの子供だからって、私達は何も、何も、悪くないのに……!」

 

……………なんだ、それは。

 

「罵倒されるのは当たり前。石を投げつけられ、モノは盗まれて……集団で囲まれて服を脱がされて、焼却炉で燃やされた事もあるし、給食にゴミや虫の死骸を混ぜ込まれた」

「……姉さんと離れた時に、髪と一緒に耳を斬られた。戻ってきた姉さんが怒った時は、何故か私達が教師に怒鳴られて、私の耳を斬った連中は無罪放免……2人で階段を上っている時に突き飛ばされて、私を庇って姉さんの額には消えない傷が出来た……」

 

スッ、と2人が髪を手で避ける。

千景さんの耳にも、千草さんの額の右側も、大きな傷跡が残っている。

 

「村の大人たちは、私達とすれ違うたびに罵倒した。理不尽に暴力を振るわれた事も、何度もある」

「……買い物に行っても、『お前たちのようなヤツに売るモノは無い』って拒否された事だってあるわ。売って貰えたとして、訳あり品をわざと渡されたりした」

 

怒りで、どうにかなりそうだ。

ひなたが、私の事を察してくれたのか、そっと手を握ってくれる。

それで僅かに落ち着きが、それでも苛立ちは収まらない。

 

「……そんな日々に、先に耐え切れなくなったのは、母さんだった」

「……それ、は」

「浮気相手と、村を出て行ったの……私達を置いて、ね」

 

絶句。

 

「そこからは更に、『子供を置いて逃げるような白状者の子』っていうのも、罵倒に追加されたわね」

「……残されたあの人は、『アイツは俺に押し付けて逃げた』って喚きながら、お酒に逃げるようになったわ」

「あの人は家事も何もしないから、私達2人で家の事をするようになった……慣れない家事に苦戦して、日々罵倒と暴力を受けて……そうして、数年間私達は生きて来た」

 

ギリ、と音が聞こえた。

自分の口の中、歯が擦り合わさった音だと、今更気付いた。

そうなる程に力を入れて絶えないと、私はこの怒りを叫んでいただろう。

 

「……なんだよ、それ!千草も千景も、何も悪くないじゃないか!!」

「そうです!なのに、なんで、なんでそんな……!」

「……閉鎖的な環境だったから、かしらね。人間、自分より下の立場の人間が居たら、日々の苛立ちなどをぶつけたくなるモノだと思うから」

「酷過ぎるよ!もし自分が言われる方の立場ならって、考えないの!?」

「……考えないわよ、ああいう連中は。自分がスッキリすれば、どうでも良いの」

 

何処か、諦めたような、そんな表情で。

吐き捨てるように、2人は言う。

 

「……私達は、他人を信じられなくなったの。たった一晩で、手のひらを返されて、ずっと存在を否定され続けて……」

「……姉さんさえ、私を肯定して、必要としてくれるなら、それで良かった」

「千景が居てくれる。私を必要としてくれる……傍に居てくれて良かった、そう言ってくれるたった1人の家族だったの」

「そうやって、私達は生きて来たわ……私は姉さんが、姉さんは私が居れば、それでいい、って」

「他人なんてどうでもいい。2人で生きて来たのよ」

 

……だからこその、あの狼狽だったのか。

ひなたの推測の通り。いや、それ以上に。

彼女達の繋がりは、深く、強い。

 

「……だから、今まで隠していたのよ」

「私達の過去を知って、また……また、あの村の人たちの様に、私達を責めてきたら、って……それが、怖かったから」

 

身体を震えさせる千景さんを、千草さんが優しく抱きしめる。

 

「……私達の過去を知って、どう思った?」

 

鋭い視線が、私達に向けられる。

……返答は、もう決まっている。

 

「千草さん、千景さん」

「ッ!」

「……安心してください。私は……私達は、貴方達を害したりしません」

「貴方達は何も悪くありません。巻き込まれた被害者……責められるような事は、一切していないんですもの」

「酷い奴らに囲まれ、辛かったんだな……だが、これからは安心しタマへ!」

「御二人は、私達の大切な友達で、大切な仲間ですから」

「少しずつ、信じて貰いたいな……もう、大丈夫だって!」

 

私に続いて、皆がそれぞれの答えを伝える。

千草さんと千景さんは、何も悪くない、と。

貴方達の味方である、と。

私達の言葉を聞いた千景さんが、ポロポロと涙を零す。

 

「……本当、に?私達を、虐めない?」

「本当だよ、千景ちゃん!」

 

怯える千景さんに対して、そっと近づいて手を握る友奈。

どうすれば良いのか、と千草さんと友奈を交互に見る千景さんに対して、友奈が微笑む。

 

「辛い経験をした後だから、直ぐには信じて貰えないと思うけど……でも、何度でも、信じてくれるその日が来るまで、そして、信じてくれたその後も、何度でも言うよ。私達は、友達だって!私達は、2人を傷つけないって!」

 

満面の笑みと共に言われたその言葉。

それを聞いて、千景さんの涙が止まらなくなる。

 

「あ、あぁ………うあああああ………!!!」

「今まで辛かったんだね……泣いて、泣いて、ため込んでいた辛さを少しで吐き出しちゃって」

 

優しく抱きしめながら、友奈が千景さんを慰める。

そんな2人を見る千草さんは、どこか嬉しそうな表情だ。

 

「……千景の事を、大切に思ってくれてありがとうね、友奈さん」

「当然だよ!……それに、大切なのは千草ちゃんもだよ?」

「……えぇ、ありがとう」

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

日記をつけるようになって、かれこれ2ヶ月くらいかしら?

みーちゃんがあの化け物が来るのを察知したら私が退治する、そんな日々にも慣れて来たわね。

畑を作ったりして、皆の元気を取り戻す作戦も上手くいった。

少なくとも、あの日と比べれば大幅に落ち着きを取り戻しているのは分かる。

 

ここからが本番。

助けが来るまで耐えるか、何処か避難できる場所へと行くか。

みーちゃんが言うには、四国にたどり着けば暫くは大丈夫、だったっけ。

 

そう言えば、今度、その四国への通信を試してみるのよね。

上手くいって、諏訪の外の情報とか聞き出せると良いのだけど。

 

まぁ、何事もトライしないとね!

 

10月1日 白鳥歌野




本作では、郡千景(一緒に郡千草)の過去を受け入れてくれる人たちが序盤から現れる事になりました。
恐らく、原作とは最も違いが生まれる分岐点となります。
どう影響していくのかは、次回以降を待って頂けますと……(土下座)

そして、次回以降登場する人物についても最後に触れました。
彼女についても、大きく原作と違う展開になる事が確定しております。
頑張って書いていきます……!
  




話は変わりまして、私事ではありますが、今話題のウマ娘のアプリを初日からやっております。
プレイされている方、推せる娘と出会えましたか?
私はライスシャワーというウマ娘に一目惚れしました。
現実のライスシャワーについて調べて、もっと好きになりました。
私が好きになるキャラクターの傾向として、『幸せになって欲しいと切に願えるキャラクター』というのがありまして……ブッ刺さりましたね、ライスシャワーは。
目指すはライスシャワーでストーリー完走!なのですが結構難しいです……
ファイナルまで進めたのは現在バクシンオーのみです。
中距離~長距離キャラの育成が難しすぎる……


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第16話

お待たせいたしました、遅くなって申し訳ありません……
ゲームが、ゲームが悪いんです……ウマ娘にド嵌りしてしまいました。
ライスシャワーとアグネスタキオンがね、もう私の好みにブッ刺さりすぎで……サイレンススズカも合わせたこの3人が好きで好きでアプリに嵌ってしまいました。

さて、本編ですが今回は『彼女達』との出会いとあります。
それと、本作の本来の目的の為に必要な事も書きました。
その為にまたも法律なりなんなりを調べたりして……


私達の秘密を打ち明けてから、大凡1月経過した。

幸いに、本当に幸いな事に、皆との距離は縮まり、少しずつ仲良くなれている……気がする。

『友達』と言うモノが分からなくなっている為、仲良くなるという感覚も分からないのだけど。

 

そんなある日、放課後に乃木若葉さんが近づいてきた。

彼女にしては少し珍しい、申し訳なさそうな表情。

 

「千草さん。少し、良いだろうか?」

「どうかしたの?」

「頼みごとをしたいのですが……内容が内容なので、どうしたものか、と」

「ふむ……取りあえず、その内容を話して貰えるかしら?」

「えぇ」

 

コホン、と間を入れて、乃木若葉さんが話し始める。

 

「……諏訪の勇者との通信を、この間から始めたのはご存知ですよね?」

「えぇ、聞いてはいるけれど……基本的には、貴方とひなたさんが担当していたわね」

「はい」

 

私達勇者の代表は、現状乃木若葉さんという事になっている。

大社の本拠地がある香川の勇者である事。

武具に宿っている力が高位の神々の力である事。

本人の実力も高く、実績も持っている事。

これらを考慮した結果、乃木若葉さんが私達四国の勇者の代表として活動して貰っている。

 

「おっしゃる通り、私とひなたが通信を行っているのですが……明日の通信を、変わって頂きたいのです」

「……理由が、何かあるのね?」

「実は、私が島根県から救出した方々の見舞いや鼓舞を依頼されて……断る事も出来ず、明日丸亀市の病院などを回る事になったんです」

 

成程、と頷く。

確かに、そういう話なら乃木若葉さんは断りにくいだろう。

彼女は、とにかく真面目な人だから。

 

「……分かったわ。代わりが務まるかは不安だけれど」

「大丈夫です。諏訪の勇者である白鳥歌野さんはとても良い人です……ある一点では譲れない所こそありますが、そこを気にしなければ、えぇ」

「何か、あったの?」

「えぇ……退けない戦いが、ありました。ですが、彼女との関係が悪化するとか、そういう内容ではありません。良きライバルと言いますか……まぁ、そんな感じです」

 

……?

まぁ、通信先の相手との関係悪化とかの話では無い、という事らしい。

 

「通信は、私1人だけで行った方が?」

「そうですね……ひなたも私と共に回る予定ですので、千草さん御一人か、もしくは他の誰かも一緒に、という形になるでしょうか」

 

さて、どうしたものか。

そう考えて、考えて……ふと、ある事を思いついた。

 

「ねぇ、こういうのはどうかしら?」

「………成程。それは、確かに良いかもしれませんね」

「えぇ。じゃあ、そう言う事で」

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

「ねぇ、みーちゃん」

「なぁに、うたのん」

「今日、四国との通信の日でしょ?今度こそ乃木さんとの麺類頂上決戦に決着をつけたいのよ。どうすれば私達と蕎麦がウィナーになれるか、作戦を考えない?」

「うーん……向こうにとってのうどんは、私達にとっての蕎麦と同じだから……やっぱり、実際に食べて貰わないと良さを分かって貰うのは難しいんじゃないかなぁ」

「Oh……それは、長く険しい戦いになりそうね」

 

みーちゃんとそんな事を話しながら、通信機材を置いてある部屋へと歩いて行く。

1ヶ月程前から始まった、四国に居る勇者との通信。

今日はその勇者通信の日。

 

「さて、と。えっと、これをこうして、こっちをこうして、スイッチを押して、っと」

 

パパッと用意を終えて、機材の電源を入れる。

これで、向こうと通信が繋がる。

 

『………tes,tes,tes. 聞こえますか?』

「?はい、聞こえますが……乃木さんでは無い、ですよね?どなたでしょうか?』

 

聞こえてきたのは、聞いた事の無い声。

落ち着いた印象を与えるその声の主へと誰かと聞いてみる。

 

『良かった。無事、繋がったようで……私は、四国に居る勇者の1人、郡千草と申します』

「乃木さん以外の勇者の人でしたか。初めまして、白鳥歌野です」

 

乃木さん以外の勇者。

話には聞いていたけれども、まさかこうして会話出来るなんて、思っていなかった。

 

『今日は乃木若葉さんが所用で通信に出られない代わりに、私が通信を担当させて頂きます』

「そう言う事でしたか。分かりました、今日はよろしくお願いします」

『えぇ、よろしくお願いします』

「それじゃあ、いつもの流れとかは把握されてますか?」

『確認はしましたけれども……近状報告、今後の方針について、が主な内容だとか』

「その認識で間違いありません。では、近状報告からしましょう」

 

そっか、乃木さんは用事が出来たのか。

……麺類頂上決戦は次回以降に持ち越しね!

 

「では、こちらの近状報告から!諏訪は前回の通信から1度だけ襲撃がありました」

『……バーテックスからの襲撃、ですか』

「はい。と言っても小規模なモノでしたので、無事殲滅出来ましたけど」

 

一昨日の事だけど、あの白い大きな化け物……四国では『バーテックス』と呼ばれている存在。

英語で『頂点』を意味する言葉を名付けられたアレは、時折諏訪に襲撃をしかけてくる。

今回もしっかり殲滅したけどね!

 

『……話には聞いていましたけど、そちらにはあの日以降も襲撃があるのですね』

「えぇ。乃木さんからは聞いていますけど、そちらは今の所襲撃も無いとの事で」

『はい。今のところは襲撃も無い状態が続いていて……申し訳なさを感じてしまいますね』

「乃木さんも言っていましたよ。負担を押し付けているようで申し訳ない、って」

『そう、でしたか……では、この話は止めにしましょうか』

 

礼儀正しい人なのね、郡千草さんは。

 

『こちらの現状報告ですが、先ほども言った通りバーテックスの襲撃は無く、平和と言っても良いかもしれません。四国の方では勇者の力を科学的、呪術的に引き出すシステムを開発しているのはご存知でしょうか?』

「えぇ、話だけは、ですが」

『完成に、少し近づきました。先日、初期型から改良し、使用者への負担を軽減出来たモノが出来ました』

「初期のモノは使用者が倒れる程の負担がかかったと聞きましたけど……」

『えぇ、あれは中々。改良版も私が使いましたが、確かにあの時よりは負担がかからなかったですよ」

「あ、貴方だったんですね」

『えぇ、そうです』

 

……礼儀正しい雰囲気からは信じられないのだけれど、結構無茶もしちゃう人なのね。

 

『大きな変化と言うとそれくらいでしょうか』

「そうですか。システムの実用化が近づいたというのは朗報ですね」

『えぇ、そうですね……あぁ、そうだ。白鳥歌野さん、少しお時間を頂いても?』

「なんでしょう?」

 

急に話しの流れが変わったので、少し驚く。

さて、一体何があったのだろう?

 

『乃木若葉さんから許可を貰って、今日はある事をしようと思っていたの』

「ある事、ですか?」

『こちらの勇者一同の紹介を、させて頂けないかと。白鳥歌野さんは、私達の中で話した事のある人は乃木若葉さんとひなたさんだけ、ですよね?』

「そうですね」

『他にも勇者として選ばれた人は居ますから。自己紹介だけでもさせて貰えたら、と思いまして』

 

成程、そう言う事か。

それは、確かに良いかもしれない。

乃木さんの他に、『高嶋友奈』さん、『土居球子』さん、『伊予島杏』さん、『郡千景』さん、そして今通信を担当している『郡千草』さんが居る。

みーちゃんのような立ち位置にいる『上里ひなた』さんも居ると聞いている。

でも、話したことがあるのは、乃木さんだけ。

上里ひなたさんについては、みーちゃんと同じように通信の部屋に控えているけれど、会話には参加しない形をとっているみたいだしね。

 

「……そうですね、折角の機会ですから、お願いします。乃木さん以外の人たちの事も、知りたいです」

『それは良かった。皆、こっちに近づいて』

『諏訪の人、聞こえますかー!!』

『いやぁ聞くだけって暇でしょうがなかったんだ!!おーい!!』

『タマっち!急に大声出したら驚いちゃうよ!!』

『……もう少し、静かにしましょう?』

 

Oh……元気いっぱいな人が2人程居るわね!

あんまりにも大きな声にみーちゃんがビックリしちゃってるわね。

 

『事前に決めていた順番で、自己紹介しましょうか』

『じゃあ、まずは私から。愛媛県出身の勇者、伊予島杏です』

「伊予島杏さんね。よろしくお願いします!」

『こちらこそ、よろしくお願いします。次は……』

『次はタマだな!杏と同じで愛媛出身の、土居球子だ!タマって呼んでくれ!!』

「えぇ、分かったわ、タマ!」

『次は私!奈良出身の、高嶋友奈です!!』

「高嶋友奈さん!元気一杯ね!」

『元気一杯だよ!それで、次が……』

『次は、私が……郡、千景、です。高知県出身』

『そして私、郡千草。千景の姉で、四国の勇者の中では最年長という事になるの』

「千景さんに、千草さんね!」

 

元気一杯な2人はタマと高嶋さん。

落ち着いた感じの人が伊予島さん。

そして、落ち着いた……と言うよりは、物静か?

何と言うか、内気な感じな人が千景さんで、そのお姉さんが千草さん。

タマと高嶋さんの判断は、腕白って感じなのがタマ、って覚えておきましょう。

 

「それじゃあ、私も自己紹介しましょう!諏訪の勇者、白鳥歌野!それと……私を支えてくれている人を、紹介しても良いかしら?」

『支えてくれる人?』

「えぇ。巫女さん、って言うのだったかしら?神様の声を聞き、伝えてくれる人」

『ひなたさんのような存在、という事ね』

「そうね。普段は真面目な話だから、勇者である私が、ってやってきたけど……今日は、そう言う日ではないでしょう?」

『そうですね……・えぇ、もし良ければ、紹介してください。貴方の事を支えている、巫女の方を』

 

許可を貰って、みーちゃんの方を見る。

 

「みーちゃん、こっち来て!」

「え?えっ?」

「ほらほら、四国の勇者に挨拶しましょ!」

「い、良いのかな?」

「向こうに許可も貰ったし、大丈夫よ!」

 

みーちゃんの背中を押して、マイクの前に立たせる。

 

「大丈夫、私も傍に居るから!」

「う、うん……え、えっと、初めまして。諏訪の巫女、藤森水都、です」

「水の都、で水都って読むのよ!」

『藤森水都さん、ね。よろしくお願いします』

『よろしくね、水都ちゃん!』

『よろしくお願いします、藤森さん』

『よろしくな!』

『……よろしく、お願いします』

 

うんうん、みーちゃんの事も知って貰えた。

……今度、乃木さんにも紹介しないと。

それと、上里さんの事を紹介して貰おう。

 

『……そろそろ、時間かしら』

「そう、ね」

 

千草さんの声で、気付いてしまう。

もう、時間が少ないという事に。

 

そもそも、バーテックスに襲われた今の世の中で、四国と諏訪でこうして通信出来ているのは何故か?

それは、神様の力によるモノ。

長時間維持出来るものでは無い。

 

「今日は、ありがとうございます。また時折、乃木さん以外の人たちも通信に出てくれるかしら?」

『良いんですか?』

「えぇ、勿論!」

『それじゃあ、若葉とひなたに相談してみるか!』

『そうだね!』

『……機会があれば、また』

『それじゃあ、白鳥歌野さん、藤森水都さん、また今度』

「えぇ、また今度!」

「ま、また今度!」

 

 

 

「皆良い人みたいね、四国の勇者って!」

「そうだね……何時か、会ってみたいね」

「そうね……うん、直接会ってみたいなぁ」

「……ねぇ、うたのん」

「なぁに、みーちゃん?」

「……………やっぱ、何でも無い」

「そう?」

「うん」

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

「母さん」

「千草……?それに、千景と、大社の方まで」

「急でごめんなさい。でも、どうしても相談したい事があって」

 

諏訪との通信を終えた後、私は千景と真鍋さんと一緒に病院へと向かっていた。

というのも、私達がこっちに来てから、大凡3ヶ月。

とある事の準備が整ったからだ。

 

「相談って……何があったの?」

「母さん。1つ、聞いて良い?」

「えぇ、良いけれど……」

「本心を、教えて欲しい。嘘はつかないで、母さんの本心を」

「……えぇ、分かったわ」

 

恐らく、辛い事を聞く。

でも、これは私達『郡一家』の為に、必要な事だから。

 

「……母さん。『あの人』に、未練はある?」

「…………………………」

 

長く、重い沈黙だった。

考えて、悩んで……大凡1分程か。

母さんが、少し俯きながらも、口を開く。

 

「………そう、ね。無い、と言うと嘘になるわ。あの人を好きになったのは、本当の事だったから」

「………うん」

「………ねぇ、千草。香川に来る事、『あの人』は止めたかしら?」

「うぅん、全く。むしろ、私達が働くと自分に援助金が入るって知ったら、喜んでたくらい」

「……………そう、なのね」

 

何処か、呆れるような、そんな表情を浮かべて。

母さんが、真っ直ぐに、こっちを見た。

 

「千草。貴方が今日此処に来た本題を、教えてくれる?」

「うん……母さん、あのね」

 

母さんの表情は、とても真剣で。

だから、私は余すことなく伝えた。

私と、千景と、大社の人たち。

皆で細かな部分まで調整した、『あの人』との縁を断ち切る為の作戦を。

 

「……大社、って、凄い所なのね」

「うん。だから、こんな事も実現出来るの」

「……………分かったわ」

 

私の話を聞いて、少しだけ考えて。

母さんが、私の後ろ、真鍋さんを見た。

 

「大社の方」

「真鍋、と申します。郡様御姉妹の事を主に担当しておりますので、今後も付き合いがあるかと思います。どうか、よろしくお願いします」

「……こんな私が言う資格があるとは思いませんが……『娘』の事を、よろしくお願いします」

「どうかご安心を。全力をもって、サポートさせて頂きます」

「どうか、お願いします……それで、先ほどの話なのですが」

「はい」

「……そちらの提案を、受けさせて頂きます」

 

真鍋さんの事を真っ直ぐ見ながら。

母さんが、言い切った。

 

「……宜しいのですね?」

「はい。『あの人』との縁を切る事。これが、今の私が娘に出来る精一杯ですから」

「……畏まりました。では、その方向で調整させて頂きます……数日もあれば、皆様のご期待に副える成果を挙げて見せます」

「どうか、よろしくお願いします」

 

深く頭を下げる母さん。

それを見て、千景が呟く。

 

「……正直、断られると思っていたわ」

「千景……」

「……これなら確実に、『あの人』と縁を切れる。当初予定していた話よりも、もっと確実に、遺恨無く……だけど、その」

「千景、貴方の言いたい事は分かるわ……母さんの事を、酷い扱いをしてしまうもの、ね?」

「……うん」

 

千景の手を握りながら、代わりに言葉を紡ぐ。

大社の提案を聞いた時、難色を示す程度には、母さんの扱いが酷かったのだ。

しかし……『あの人』との縁を、当初大社が提案してくれた案よりも、確実に切れる。

天秤にかけ、選んだのは私だ。

 

「……良いのよ。私の扱いなんて、気にしなくて良いの」

「母さん……」

「私は、貴方達に酷い事をした。消えない傷を負わせてしまった……ほんの少しでも償えるのなら、酷い扱いを受けようとも、構わないわ」

「……………ごめんなさい」

「謝らないで、千草。役に立てて、嬉しいくらいなのよ」

 

そう語る母さんは、どこか誇らしげで……どこか、悲しそうだった。

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

『すみません、郡さんの御宅で間違いありませんか?』

「はぁ……確かに、僕は郡ですが?」

『大社の者、と言えば、分かりますかね?』

「大社の?」

『とある話を持ってきまして……聞いて頂けますかね?』

「……どうぞ」

 

仕事から帰って来て、明日は休みだから酒でも飲もうと考えた矢先。

チャイムが鳴ったから出てみれば、大社の人だという。

大社……千草と千景、2人を連れていった人達の組織、か。

とりあえず上がって貰う。

 

「いやぁ、夜分遅くに失礼。今ならお仕事終わって戻って来られたかと思いまして、ね?」

「えぇ、まぁ」

「こちら、夜分遅くの訪問のお詫びという事で、香川のお土産です。どうかお納めください」

「は、はぁ」

 

紙袋を受け取る。

それを適当に置いた後、大社の人を見る。

前来た人……真鍋さん?だったかと比べると、軽薄な印象だ。

20後半くらいのその人が、早速とばかりに口を開いた。

 

「お仕事疲れもありますでしょうし、本題に入らせて頂きます」

「あ、はい……」

「我々大社の方で掴んだ情報なのですがね……郡様、貴方の奥様の死亡が確認されました」

「……………は?」

 

唐突な話に、頭が真っ白になる。

アイツが、死んだ?

 

「勇者様からは、奥様は浮気相手と村を出て行かれたとの話で伺っておりました。それでですね、私共の方で各方面に確認を取らせて頂いたんですが……どうにも、他県の方で、バーテックスに襲われたそうで」

「……………」

「聞いたところによると、どうも手提げ鞄を持った腕だけが残っていた、と。で、鞄の中から財布などが出てきまして、それでようやく身元の特定が出来たそうです」

「………そう、です、か」

 

畳みかけるように与えられる情報に、パンクしている。

 

「それでですね、ここからが我々の提案なのですが」

「……なんで、しょう?」

「このままですとね、勇者様の親権は郡様、貴方に移る事になります」

「!」

 

親権。

アイツと押し付け合っていた、僕の枷。

それが、こっちに来る……?

 

「聞く所によれば、郡様は奥様と親権を巡って対立されていたとか」

「………え、えぇ」

「我々としましては、出来る限り早急に親権について決めて頂きたいのですよ。勇者様について探られたりしたとき、色々と不都合ですから」

 

スッと、目を細めて。

目の前の人が、小さな声で告げる。

 

「ここだけの話、親権をどうにかする方法、ありますよ?」

「え?」

「我々大社ですがね、暫定政府との繋がりが『そこそこ』ありまして、黒寄りのグレーゾーンに突っ込んだ話だろうと、もみ消せるんですわ」

「………続けてください」

「つまりですね。亡くなられた奥様が親権を持っていた事にして、生前奥様が後見として我々を指名していた事にするとですね、郡様の元に親権が来なくなるんですよ……あぁ、勿論親権が無いからと言って、お支払いしている援助金が無くなるとかはありません。今まで通り支払わせて頂きますとも、えぇ」

 

気が付けば、この人の話を聞き逃すまいと集中していた。

 

「しかもですね……郡様、この村から離れたいと思いません?」

「……思います、けど」

「実はですね、我々大社は今後の活動に向けて四国各地に支部を作ろうと思っているんですけども……徳島の方でですね、事務職を募集する予定なんです」

「は、はぁ……」

「我々の活動には公になると少し不都合な内容もありますので、外部との接触には一部制限がかかりますけども……どうです?住居などの斡旋もこちらで行えますよ?」

「………は、ははっ」

 

笑っているのに、遅れて気付く。

全てが変わったあの日から、どうにかしたいと思いつつも惰性でここまで続けてきた、しがらみだらけの生活。

まさか、全てを振り切るチャンスが、向こうから来るなんて!!

 

「受けさせてください!」

「即断即決、ありがとうございます!それではですね、裁判などの手続きもこちらの方で進めておきますので、書類にサインと印鑑を頂けますかね?」

「えぇ、はい!」

「では、こちらの書類、それぞれ名前と印鑑を……」

 

 

 

 

 

『終わりましたか?』

「えぇ、はい。全て無事に終わりましたので、報告を」

『そうですか。書類の方は?』

「全てサインと印鑑を押して貰いました。後はこっちで手続きをしてしまえば、大丈夫です」

『分かりました。それではそのように手配します……初任務、お疲れ様です。貴方のような人材を確保出来て、良かったです』

「いやぁ、お礼を言うのはこっちですよ……人を騙す事で世の為になる、そんな場を設けて下さって」

『今後も、この様な活動が必要になる場面があります。その時は、よろしくお願いします』

「こちらこそ……しがない詐欺師を刑務所から出して頂いた恩には、必ず報いますとも」

『えぇ、よろしくお願いしますね?』




うたのん&みーちゃんとの会話。そして郡父との切り離し策でした。
本作では、諏訪組とは若葉ちゃんだけではなく他の勇者も関わりを持つように。
これがどう今後に関わっていくのかは、頑張って書いていきますので続編をお待ちください(土下座)

そして、郡父との切り離し策。
郡父との接触を断つために、遠く徳島の地に飛んで頂く事にしました。
本人としては、お金が入ってくる上に針の筵から解放されるのでこれ以上ない提案に見えたでしょうね。
因みにですが、親権者が亡くなった場合、もう一方の親に自動的に移る事はないそうです。
調べて得た知識を元に書いておりますので、間違っている可能性はあるかもしれません。
間違い等ありましたら、メッセージ等で教えて頂けると……


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第17話

投稿遅くなってしまい申し訳ございません……(土下座
新しい部署に移動になりまして、ドタバタしておりました。
少し落ち着いてきましたので、5月以降は『恐らく』安定するかと思います。
失踪は絶対に、絶対にしませんので、どうか優しく見守ってください……(焼き土下座


11月も半ば、という時期。

諏訪との連絡について、乃木若葉さんと上里さんだけではなく、勇者達全員の中から数名で対応するようになった、そんなある日。

今日の担当は、私と姉さん、そして高嶋さんだ。

 

「こんにちは、白鳥歌野さん」

『こんにちは!……千草さん、前に言いましたよね?名前で呼んでほしい、って』

「あぁ、ごめんなさい。癖でつい……えっと、歌野さん。水都さんも、こんにちは」

『こんにちは、千草さん。今日は、千草さんだけですか?』

「いえ、千景と友奈さんも一緒よ」

「こんにちはー!!」

「……こんにちは」

『こんにちは!』

 

白鳥歌野さんと、藤森水都さん。

遠く離れた諏訪の地、つまりは長野県の勇者。

今も続くバーテックスの侵攻を、たった1人で追い払い続けているとの事。

 

「それじゃあ、まずは近状報告から始めましょうか」

『えぇ、そうですね。前回の通信から、今の所バーテックスの侵攻はありません。諏訪は平和でした。農作物も無事に育ってきているし、一般の方の笑顔も少し増えて来たわ』

「それは良かったですね。四国も相変わらず平和でした。勇者システムの開発も少しずつですが進んでいて、体感ですけどだいぶ負担は減ったように感じますね」

『一々着替えずとも、勇者としての装備が手元に来る……それは羨ましいですね』

「そちらでは自分で着替えるそうですね」

『えぇ、そうなんです』

 

……姉さん、楽しそう。

分かるの。乃木若葉さんや上里さん、土居さんに伊予島さん、それに、高嶋さんとも。

誰と話すよりも、緊張していないって。

 

「近状報告はこれくらいにしておきましょうか」

『そうですね。話すべきことは話しましたし……あ、こっちから話題提供良いですか?』

「歌野ちゃん、何を話してくれるの?」

『ふっふっふ……今回は、諏訪の人達のソウルフード、蕎麦についてよ!』

「お蕎麦!」

 

真面目な内容だけではなく、どこか雑談じみた物……いえ、雑談ね。

こんな事をしていて良いのだろうかと悩むが、話は続いていく。

 

『蕎麦はですね、とても魅力がある麺類なの!まずは香りね!蕎麦本体から香る気品ある香りは、つゆと合わさる事で至高とも言えるモノに昇華するのよ!!』

「ふんふん」

『さらに喉越し!細い麺はスルスルと食べられるわ!』

「なるほど……」

『そして、何よりも健康にも良いのよ!ルチンという栄養成分が含まれていて、動脈硬化や生活習慣病の予防に良いと言われているの!!』

「……」

 

蕎麦の素晴らしさについて熱弁する白鳥歌野さん。

そんな話を、高嶋さんと姉さんは興味深そうに聞いている。

私自身も、少し耳を傾けている。

 

『それに、蕎麦湯って言う楽しみ方もあるわ!美味しいだけじゃないのよ?蕎麦を茹でた際にどうしても逃げてしまう栄養素を取れるの!こうする事でもっと健康に良いの!!』

「蕎麦湯……そう言うのもあるのね」

『そうなのよ!きっと気に入って貰えると思うわ!!』

「私、奈良でも蕎麦は食べる機会があったよ!……あれ、京都だったかな?ニシンの甘露煮が乗ってて美味しかったの!」

『ニシンの甘露煮……ニシン蕎麦ね!そうそう、蕎麦には蕎麦単品じゃ無くて、合わせる物によっても変化を楽しめるの!』

 

ニシンの甘露煮?

なんというか、味の濃いモノだとは思うのだけれど……蕎麦と、合うのかしら?

 

『油揚げに天ぷら、友奈さんが言ったようにニシンの甘露煮!幅広い組み合わせには、それぞれの魅力があるわ!』

「……香川にも、あるのかしら?香川はうどんが一般的だから、どうなのかしら」

『んー……数は少ないかもしれないわね、残念だけど。でも、もし見つけたら行ってみて!それで、蕎麦の良さを分かって貰えたら嬉しいわ!』

『そ、そうだね。もし良かったら、食べてみてください』

「そうね、機会があれば……というか、お店があれば、かしら?」

「そうだねー……今度、散策しながら探してみない?」

「それは面白いかもしれないわね」

 

蕎麦、か。

私と姉さんは、インスタントしか知らない。

でも、少し興味を持つくらいには、白鳥歌野さんの言葉には熱意が籠っていた。

 

『あっ……もうそろそろ、時間みたい』

『あら、もっと蕎麦の魅力を知って貰いたかったけれど……仕方ないわね』

「それはまたの機会に、ね?」

「そうだね!次はもっと詳しい事を教えてよ!」

『そうね、次はもっと蕎麦の魅力を知って貰うんだから!!それじゃあ、またね!』

『ま、またね!』

「えぇ、また今度」

「またねー!」

「……また今度」

 

通信の時間は、割と不定期だ。

と言うのも、この通信が保たれているのは神樹様、そして諏訪側の神様の力だという。

無理に使い続けると悪い影響が出かねない、という訳らしい。

その辺りは、諏訪側に負担が出ないまで、という事で切り上げているみたいだけれど。

 

ブツッ、と音を立てて通信が切れる。

顔も知らぬ相手との会話に緊張していたのが一気に解れ、肩の力を抜く。

 

「蕎麦、蕎麦、蕎麦……ねぇねぇ千草ちゃん!今度街中を探してみようよ!」

「そうね、蕎麦もインスタントくらいしか食べた事がないから、お店で食べてみたいとは思うの」

「じゃあ今度ね!」

「えぇ」

 

高嶋さんとそんな会話をして、別れる。

というのも、高嶋さんは今日この後に乃木若葉さんとの鍛錬の約束があるという。

……久しぶりに、姉さんと2人きり。

 

「姉さん」

「千景?」

「……姉さんが良ければ、なんだけど……」

「……えぇ、大丈夫。夕飯まで、2人で過ごしましょう」

 

姉さんの言葉に、心が喜びで染められる。

……本当は、分かっている。

姉さんの事を思うなら、自立するべきで。

その為には、他人との関わりを持つべきだって事は、分かっている。

でも、やっぱり怖いのだ。

もう少し、時間が欲しい。

 

「……ありがとう、姉さん」

「良いのよ、千景。たまには、こういう日があってもいいじゃない?」

「……うん」

 

そっと握られる手が、温かい。

……今はまだ、この温もりに浸っていたい。

いずれは、離れなければいけないと、分かっていても。

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

「失礼いたします。大社の者です」

「あぁ、大社の……真鍋さん。お久しぶりです」

「えぇ、お久しぶりです」

 

丸亀市のとある病院。

その最上階に、私は来ていた。

入院している、とある人物……郡様御姉妹のお母様に、用がある。

 

「体調の方は如何でしょうか?」

「最近はだいぶ落ち着いていまして……お医者様曰く、『ステージ1』という区分に分類されるみたいです。以前は『ステージ2』との事でしたけど」

「それは良かったです」

 

天空恐怖症候群のステージが、下がっている。

ステージ1という事は、空を見たり外出したりすることに恐怖を覚えるレベル、という事。

精神的には概ね安定している状態だ。

 

「やはり、まだ空を見るのは怖いですか?」

「……そう、ですね。意識しないようにすることで、なんとか、という感じでしょうか。あまり窓際に近づこうとも思いません」

「やはり、そうなのですね……すみません、実際に天空恐怖症候群の方とお話をする機会は無かったモノでして、興味が先行してしまいました」

「いえ、仕方の無い事ですので、お気になさらず」

 

……本当に、精神的には安定しているらしい。

心の中で安堵する。

 

「こうして来られたという事は、私の処遇について、何か進展があったという事……なのでしょうか?」

「えぇ、はい。本日はそのご説明をさせて頂きたいのです」

「……よろしく、お願いします」

 

パイプ椅子に座り、資料を取り出す。

1つを相手に渡し、自分はもう1つの方を見ながら話し始める。

 

「……それでは、貴方の処遇について、お伝え致します」

「はい」

「では、まず現状ですが……貴方は、世間的には『死亡』扱いとなっております」

「……はい」

 

暫定政府との繋がりがある事、そして世界中で死者が溢れており、未だ遺体の確認が出来ていない行方不明者も多数存在する現状。

それらを使う事で、郡様のお母様が『死亡した』扱いにする。

そうする事で、親権を浮かせて、大社を後見に据える。

これによって『あの人物』と郡様御姉妹やお母様の縁を断ち切る。

これこそが、大社と郡千草様の考えた作戦であった。

 

「当然ではありますが、あくまでも『死亡』という扱いだけであり、貴方はこうして生きております」

「えぇ、はい」

「本来であれば、旧姓を名乗って頂くのが1番楽なのですが……聞いた話でありますが、貴方はご家族、郡様御姉妹からすると母方の祖父母、叔父、叔母の方々とは絶縁状態だとの事ですね?」

「間違いありません。私が『あの人』と駆け落ちしたあの日から、一切の連絡を取っておりません」

「であれば、旧姓を名乗る事で変に探られる可能性が生まれてしまいます。よって、この方法もあまり良くはない」

 

旧姓を名乗る方向性も無し、となると……

 

「大社から提案させて頂くのは、偽名を名乗り、大社で働く事、でしょうか」

「大社で、ですか?」

「もちろん、入院、リハビリが終了次第ではありますが。貴方自身の為にも、郡様御姉妹の為にもなる選択肢であるかと」

「私の為、ですか?」

「はっきり言いましょう。郡様御姉妹は『勇者』という特別な立場になられた。であれば、探るモノが必ず現れるでしょう。ご本人につきましては、我々が全力でお守り致しますが、ご家族までも完璧に守り切れるとは断言致しかねます。その際に探られると都合が悪い部分というのが、貴方の存在……正確に言うならば、『郡様御姉妹のご家族』です」

「……………はい」

 

勇者とは、高潔であらねばならない。

幼い身ながら、見ず知らずの他人の為に、命を賭して戦う少女達。

力無き人々は、その姿に希望を見出した……『見出してしまった』。

1度、その希望を持ってしまった人々は、その希望を、その希望『だけ』を待っている。

 

「家族を放り出してしまうような父親、愛想を尽かして浮気をしてしまう母親……人々は、そんな人が勇者様の両親である事を快く思わないでしょう。罵倒なら良い、ですが……」

 

言葉では、済まないかもしれない。

その言葉は、飲み込む。

しかし、言いたい事は分かって下さったのでしょう。

僅かに、身を震わせたのが見えた。

 

「……今なら、まだ間に合います。大社と暫定政府の力があれば、その事実を闇に屠る事が出来る」

 

そう、まだ間に合うのだ。

勇者の存在は、まだ公にはなっていない。

噂程度にはなっているかもしれない。

しかし、大社と言う組織の元、対バーテックスの要として集まっている事は公にはなっていないのだ。

だから、手を打つなら、注目を集めていない今の時期しかない。

 

既に、『かの人物』については手を打った。

高知の『あの村』から離し、大社の監視下に置いた。

 

『あの村』についても、着々と準備を進めている。

元々閉鎖的な村であったので、外部との交流は現代としては少ない。

郡様御姉妹、そしてそのご家族についての情報が流れていないかどうかの監視はしやすい。

大社が手を打つ前に悪い情報が流されない様、気を付けるだけだ。

 

残るは、目の前の人物のみ。

 

「郡様御姉妹のご両親は『あの日』に亡くなられた。そういうシナリオにし、それ以上遡れないように情報規制を行う」

「……そうすることで、千草と千景の名誉を守ると共に、私自身の事を探られないようにする。そう言う事ですね」

「はい。大社の考えうる最善手です」

 

少しばかり、悩んだ仕草を見せ。

しかし、『彼女』は微笑んだ。

 

「提案をお受けいたします。リハビリを終え退院した後は、大社の下で働かせて頂きます」

「……以前の提案の時もそうでしたが、条件も無く提案を受け入れて頂いております。我々としては有難いのですが……宜しいのでしょうか?」

 

前から少しばかり疑問に思っていた事を口にする。

なんの条件もなく、そのまま受けて下さっている。

『かの人物』とは違い、何も考えていないという訳では無いだろうに。

私の言葉に、『彼女』は少しきょとんと首を傾げた。

 

「私自身には、何も後ろ盾はありません。お金も、何もかもがありません。受けるしか手がない、と言うのが現状であります」

「しかし……」

「それに……あの子達の為になるのですから。喜んで、お受けいたします」

 

複雑そうな表情で、『彼女』は言う。

娘、という単語を使わなかったのは、『母』であった己が死亡扱いになったからか。

それとも……

 

「……面会も、控えた方が良いのでしょうか?もう、あの子達とは赤の他人にならねばならないのでしょう?」

「……いえ、暫くは大丈夫かと。勇者として公の場に出るまでは、大社も強くは言わないかと。あとは、郡様御姉妹の判断に委ねる部分になります」

「そう、ですか……何と、声をかければ良いのでしょうね、私は」

 

俯きながら、『彼女』は言う。

 

「本当に、酷い事をしました。恨まれて当然の事を、憎まれて当然の事を……私は、あの子達に、してしまった」

「……」

「あの子の……千草の優しさが、嬉しいと共に、怖いのです。なぜ、私にあそこまで優しくしてくれるのかが、分からない……」

「それは……」

 

確かに、私も不思議に思うところではある。

優しいお方なのだとは思う。

しかし、いくらなんでも、優しすぎると、そう感じてしまうのだ。

己を見捨てた親を、あそこまで許す事が出来るか?

同じ立場であったとしたら……断言できない。

 

「他人となったのを機に、接触を控えた方が良いのかもしれませんね……今の、とても優しいあの子は、たとえ私に恨みを抱いていたとしても、許してしまう。ならば、私の方から身を引く事が、あの子の為になるのでしょうか……」

「……難しい所では、ありますね」

「あの子の本心を聞く事が出来れば、良いのですが……話しては、くれないでしょうね」

「……いえ、それはどうでしょうか」

「えっ?」

 

思わず口を挟んでしまい、『彼女』が困惑した表情を見せる。

 

「あくまで私の意見ではありますが……郡千草様は、少なくとも、貴方の見舞いを週1回必ず来る程には貴方の事を気にかけておられます。そして、あの寛容さ……貴方が歩み寄る姿勢を見せれば、聞く事は可能ではないでしょうか?」

「……そう、でしょうか?」

「少なくとも、その姿勢を見せなければ、あの方も本心を語る事はしないでしょう」

 

優しい方であり、歳から考えれば賢すぎる方である。

郡千景様の為にと、常にそれを第一に考えておられる方である。

御二人に歩み寄る姿勢を見せれば、応えて下さるだろう。

 

「……そうですね。聡い子ですから、私から誠意を見せないと」

「それが宜しいかと。次お見舞いに来られた際にでも、どうでしょうか?」

「そうしてみます……私が、向き合わなければなりませんね」

「……えぇ、そうですね」

 

 

 

 

 

『悩み、考える……人らしい行いです』

『向き合うという選択肢、それを選んだ貴女の事を、誰が笑いましょうか』

『人よ。考える者達よ。良く、考えなさい。私は貴方方を見守りましょう』

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

「んっ……朝か。だいぶ早く起きてしまった」

 

11月も半ば、日の出が遅くなっているとはいえ、まだ暗い時間。

普段はもう少し寝ている、そんな時間に起きてしまった。

しかし、二度寝するには短すぎる。起きているしかあるまい。

 

ガチャッ、という音が外から聞こえた気がした。

 

「ん?」

 

チラリ、と窓の外を見る。

誰かが、寮から離れていくのが見えた気がした。

 

「……気のせい、だろうか?」

 

ひなたではない。それは分かる。

というか、階段を下りる音がしなかった為、2階にいる人ではないだろう。

ならば、友奈だろうか?

朝の鍛錬、と言うのなら納得ではある。

が……ほんの僅かに見えたその姿は、友奈では無いように感じた。

 

「……気にしても、どうにもならないな」

 

分からないモノはどうしようもないので、頭の外へと追いやる。

……折角朝早く起きたのだから、鍛錬に励むのもありだろう。

朝早く、少し冷えた風に当たれば頭も冴えるかもしれない。

武具を手に、外へと出る。

予想通り、涼しいというには少しばかり冷えている風が少し吹いていて、心地いい。

 

素振りや簡単なトレーニングを暫くこなしていると、辺りが明るくなる。

端末を見てみれば、良い時間になっている。

軽くシャワーを浴びたら、朝食に行こう。

そんな事を考えていると、誰かが近づいて来る音が聞こえる。

音の方向を見る。

 

「千草さん?おはようございます」

「おはようございます、乃木若葉さん」

 

まさかの人物に、少し驚く。

 

「朝から鍛錬?」

「えぇ、そうです……千草さんは?」

「私も、少し体力をつけないとと思って走って来たの」

「そうでしたか」

 

……窓の外に見えた、誰かの姿。

それが、千草さんだったのだろう。

あれから、1時間程か。

 

「どれくらい、走っていたのですか?」

「ここからゴルフコースまで走って、身体を動かして、それで戻って来たの」

「ゴルフコース……海沿いにある、あの?」

「えぇ、そう」

 

……ここからゴルフコースまでとなると、大凡2キロ程だろうか。

そこまで走って、身体を動かして、戻ってくる?

千景さんや伊予島さんほどではないが、あまり体力の無い千草さんには些か酷ではないか?

 

「……毎日、されているのですか?」

「えぇ、出来る限り毎日。千景が一緒に寝ている時は、出来ないけれど……週に5日くらいは、ね」

 

オーバーワーク、という言葉が頭の中を過る。

鍛錬は積み重ねるべきではある。が、適度な休憩を挟んだうえで行うモノだ。

過ぎた鍛錬は、その身を滅ぼしかねない。

それに、『この早朝に起きるのを毎日』というのも問題だ。

睡眠時間は足りているのだろうか?

 

「……懸念は尤もではあるけれど、大丈夫よ」

「ッ!?」

「睡眠時間は6時間前後取る様に調整しているし、ストレッチ等で疲労が溜まらないように気を付けているわ。クエン酸等の疲労回復効果を持つモノを摂取するようにもしてるの」

「……それは良かった。しかし、その知識は何処で……」

「調べる事は、好きなのよ……千景の為になるしね」

 

優しく微笑む千草さん。

しかし、その笑みに……ゾクリと、寒気を感じてしまった。

 

「乃木若葉さん。貴方の方の鍛錬はもう終わり?」

「そう、ですが……」

「良かったら、私の部屋に来てくれる?少し、試して貰いたいモノがあって」

「は、はぁ」

 

試したモノ?何だろうか?

気になったのもあって、ついていく事にする。

……以前は無かったはずの、いつの間にか置かれていた、1人用としては十分な大きさの冷蔵庫。

千草さんが、そこからタッパーを取り出した。

 

「これ、作ってみたの」

「はちみつレモン、ですか?」

「えぇ。疲労回復に良いモノを調べてた時に、おすすめだって」

 

少し厚さの不揃いな、手作り感溢れるはちみつレモン。

レモンを幾つかグラスに氷と一緒に放り込み、溜まっているはちみつも垂らして、炭酸水を注ぎ込む。

軽くかき混ぜて、千草さんが私の方に差し出す。

 

「飲んでみて」

「……頂きます」

 

一口、飲んでみる。

強めの炭酸、レモンの酸味、はちみつの甘さ……ん?

少し、塩っぽい?

予想外の塩っぽさ、しかし悪くない。

鍛錬で火照った身体に、冷たさが染みわたる。

 

「……美味しいですね」

「そう、それは良かった。何か気になったところとかはあるかしら?」

「そう、ですね……少しばかり、塩っぽいと感じましたが」

「あら……岩塩、入れ過ぎたかしら?次はちょっと少なくしてみましょう」

「岩塩、ですか?」

「えぇ。運動後の塩分補給も兼ねるなら、入れておきたいと思ったの」

 

どうやら、色々と考えられたモノのようだ。

自分でも飲んで、味を確かめている千草さんを見て、感心する。

ふと、千草さんの部屋の中、机の上を見る。

以前は無かった冷蔵庫に気を取られたが、机の上も中々にモノが増えていた。

見えるのは、本の山だ。

『少し塩っぽすぎるかな?』と呟いている千草さんに話しかける。

 

「千草さん、あの本は?」

「……栄養学やスポーツ学について、少し調べているの」

「栄養学もですか?」

「えぇ……いままで、栄養とかは一切気にしないで自炊してきたけれど、随分偏りのあるモノだったって気付かされたわ」

 

申し訳なさそうな表情で、千草さんが呟く。

 

「……母さんが家を出て行ってから、基本的には私が料理を作って来た。千景の成長の一端を担ったのは私……あの頃から気にしておけば……」

「……仕方の無い事、ではないでしょうか。小学生から栄養について気にしている人が、どれだけいるか」

「それでも、よ。両親の代わりにその役割を担う人間として、気にしなければならなかった」

 

ゾッとするほど、暗い瞳で。

千草さんが、拳を握りしめる。

 

「千景の姉として、支える立場の人間として……やれることは、やらないと」

「千草さん………」

「……あぁ、ごめんなさい。私個人の問題だから、気にしないで?」

 

雰囲気が、ガラリと変わる。

別人なのではないかと思ってしまう程の早変わり。

それに、恐怖すら感じてしまった。

 

「感想ありがとう。次作る時は塩を少なめにしてみるわ」

「え、えぇ」

「……そろそろ、時間も気を付けないとね。お互い、運動後だもの。シャワーくらい浴びないと」

「そう、ですね……それでは」

「えぇ、また後で」

 

何時もと変わらない……さっきまでの暗い瞳は錯覚だったのかと思ってしまうほど、優しい笑みを浮かべる千草さんに別れを告げ、千草さんの部屋を後にする。

……僅かに感じた恐怖が、頭を離れない。

『このままじゃ、いけない』

そんな思いを抱きながら、自分の部屋へと急いだ。

 

 

 

 

 

「……ふぅ」

「他人の感想を得られたのは僥倖ね。千景には美味しいモノを食べて欲しいし……」

「……乃木若葉さんには、悪い事をしたわね。未完成品を食べさせるなんて」

「何か、お詫びをしないといけないわね。どうしようかしら……」

「……ひなたさんにでも聞いてみましょう」

 

千草は1人でそう呟くと、シャワーを浴びる為、タオルや着替えを用意し始める。

用意し終えシャワーを浴びる為に移動すると、ドサドサッ、と後方で何かが崩れる音が聞こえた。

 

「……今度、本棚を用意しないといけないわね……大社に言えば、用意してくれるかしら?」

 

チラリと見た後、千草はシャワーへと向かう。

彼女が見た所には、10や20どころではない数の本が崩れ、山となっていた。




郡家問題については、ある程度解消しました。
今後は、両親どちらも、ではなく、郡母に焦点を絞ります。
そして、最後に少しだけ新たな問題をお披露目。
今後どうなるかは、頑張って執筆しますのでお待ちください(土下座



活動報告にて少しずつ執筆中の『○○の姉』シリーズですが、防人&あやちゃんをまず全員分投稿する予定です。
その後、誰かに絞って続編を投稿するか、別の作品(のわゆ組、ゆゆゆ組、雪花さんや棗さん)を対象として『○○の姉』を投稿するかはちょっと悩み中ですが……


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第18話

本当に、本当に遅くなって申し訳ございません!
幾つか事情はありますが、1番大きな原因は職場の先輩が仕事出来ない状態(命に別状なし)になってしまい、大幅な人員のやり繰りが合った事にあります。
経験少ない私ですら色々と駆り出される程にドタバタしておりまして……ちょっとずつ書き出して、漸く投稿までたどり着きました。
次回は1か月以内に投稿出来るよう頑張りますので……(土下座

今回、少し長めになっております。


12月に入った。

『あの日』から、もう4ヶ月も経つ。

バーテックスを撃退しつつ農作業を行い食料確保兼生存者のメンタルケア、なんて生活にも慣れてきた。

 

時折行われる四国との通信には、大分心を救われているわね。

生存者の人達の前では晒せない、『白鳥歌野』で居られる瞬間。

同年代の女子だけ、と言うのも精神的に楽だしね。

 

『歌野さん、水都さん。久しぶりね』

「お久しぶりです、千草さん」

「お久しぶりです」

『歌野さん、水都さん。本日は私とひなたも居る』

『よろしくお願いします』

 

今日は千草さん、若葉、ひなたさんね。

最年長者であり落ち着いた性格の千草さん、四国勇者のリーダーである若葉、そして巫女の筆頭であるひなたさん。

バランスが取れている組み合わせね。

 

「前回の報告から、1回襲撃がありました。少し数が多かった気はしますけど、無事殲滅したわ」

『無事でなにより、ですね』

「えぇ。怪我もしてないし、生存者の方にも被害は無かったわ」

『それは、良かった……こっちは、特に襲撃は無しね。勇者システムの方は、体感で、そうね……変身して直ぐ解除する位なら、余り疲労などは起きない位には開発が進んでいるわ。このペースなら、来年の前半にはほぼほぼ形になりそうね』

「それは良いですね!」

 

四国で開発されている、『勇者システム』。

向こうの神様である『神樹様』の力を引き出し、勇者の力にする、そういうシステム。

開発初期は、使用すると気絶してしまう程の負担がかかっていたらしいけど、だいぶ開発が進んでいるみたいね。

 

『今、システムの開発班等が協力して、更なるシステムを導入できないか研究しているみたいです。ゲームで言う所の時限強化、みたいなモノが出来ないか模索しているみたいです』

「時限強化……時間制限があるけど、より強力な力を発揮出来るようにする、という事ですか?」

『そうみたいです。こちらの方はまだ検討段階ではありますが、もしこの時限強化システムが導入出来れば、よりバーテックスの戦いにおいて優位に立ち回れるようになるのではないか、と』

『バーテックスの中には、複数体が合体して生まれた強化体も確認されていますからね。奴らは、白く丸いあのバーテックスと比べ物にならない程に強い……そうした相手に対しても戦いやすくなると考えれば、後々必要になるでしょう』

 

ひなたさんと若葉の言葉に、少し考える。

バーテックスの合体した存在として、『アレかな?』と思うのは居た。

しかし、月に1、2回くらいの頻度で来ているバーテックスの襲来で、遭遇したのは1度のみ。

直線的に水を吐き出してくる、ちょっと面倒なヤツだった。

だから、向こうと私の間で認識の差がある、のかな?

『アレ』であった場合、そこまで脅威には感じない。

しかし、向こうの知っているモノが『アレ』より強力な個体だった場合は……気を付けないと。

 

『バーテックスとの戦闘経験の無い私が言うのもアレだけど……時限強化システムには、期待と不安が半々、といった所かしら』

「期待と不安が、半々?」

『勇者システムの開発に携わったからこその不安なのだけど……今の段階でも、改良前は気絶するほどの負担を負った。なら、そこから更に神樹様の力を引き出したら、身体にかかる負担はどれくらいのモノなのだろうか?って』

『それは、確かに……』

『若葉ちゃん達が使う勇者システムは、神樹様の御力を必要最低限のみお借りするよう今では調整されています。それで漸く御し切れている現状から、更に御力を……まさか、また調整前の様に耐えられない程の負担が来る可能性もある、と?』

『……無いとは、言いきれないとは思うの』

 

『それを想定しての時間制限なのかしら』という千草さんの淡々とした言葉。

それに、私は、みーちゃんは……そして、遠く四国に居る若葉にひなたさんも、驚愕していると思う。

時限強化、というモノに隠されているだろうリスクに。

そして……それに気付いて、それをサラッと言えてしまう千草さんに。

 

「……大丈夫、なの?」

『……必要なら、使うしかない。必要なければ、使わなければ良い。そう言うモノだと認識しましょう。あくまで保険であり、常用するものでは無い……【あるけど使わない】と【使いたいけど無い】なら、前者の方が良いじゃない?』

「それはそうですけど……」

『備えあれば憂いなし、よ……何事においても、最悪への備えはしておいて損はしないもの』

 

どこか、重い、と感じてしまう発言。

不思議な説得力を感じる。

 

『──あぁ、御免なさい。妄想に過ぎない考えで不安にさせてしまって』

「いえいえ、気にしないでください」

『私、少し悲観的になりやすいから……心配し過ぎの可能性も高いわ。リスク無く使える可能性もあるから、ね?』

『……そう、です、よね。まだ、そうだと決まった訳ではありません、ね』

 

若葉の声が、どこか力無く感じる。

『ありえそうだ』と思ってしまったのだろう。

私自身、無いとは言い切れないと思っている。

 

「う、うたのん。そろそろ、時間みたいだから……」

「え、あ、うん!そろそろ時間みたいですけど……その、システムの開発が上手くいくと良いですね!」

『え、えぇ、はい。上手くいけば、若葉ちゃん達の力になりますから、ね』

『我々の力となり、それを白鳥さん達の為に使えれば、良いのですが……』

「……………四国の勇者が、うたのんを、助けてくれる、なら……………」

「みーちゃん?」

「な、なんでもないよ、うたのん」

 

……みーちゃん、何か言ってたような?

でも、慌てて否定されてしまう。

……気にしないでおきましょう。

 

「では、また次の通信の時まで、さようなら」

『えぇ、さようなら』

『さようなら、歌野さん。また次回に』

『藤森さんも、また次回に』

「は、はい!それじゃあ、さようなら」

 

 

 

 

 

「もしも、助けてくれるのなら……でも、四国から諏訪までは……………陸路で、大体500キロか600キロ……?」

「それは、流石に遠すぎる……途中まで来て貰って合流するとして……仮に名古屋で合流として、それでも200キロくらい……うたのん1人じゃ、避難民の人達を守りながら移動するには遠すぎる……」

「……守りながら、じゃあ、遠い……けど……………」

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

「あ、あの、高嶋さん……」

「千景ちゃん?」

「少し、良いかしら……?」

 

放課後、千景ちゃんに呼ばれる。

珍しいな、と感じちゃう。

だって、千草ちゃんと一緒じゃない、1人だけで来たから。

 

「千草ちゃんは?」

「姉さんは、用事があって出かけるから……それで、その……」

「そっかー……それで、えっと最初の件だけど……」

「……少し、相談、したくて……」

「私に出来る事?なら、相談に乗っちゃうよ!」

「あ、あり、がとう……」

 

ぎこちないけど、笑ってくれる事にほっとする。

千草ちゃんが居ない時でも、ぎこちないとはいえ笑えるようになっている。

それは、千景ちゃんにとっては大きな変化だから。

 

「それで、相談だよね。えっと、何についてかな?勉強とかはあんまりなんだけど……」

「勉強ではなくて、その……姉さんとの事で、相談なの」

「千草ちゃんとの事?」

「えぇ、そうなの……」

 

首を傾げる。

千草ちゃんの事についてなんて、それこそ千景ちゃんが一番詳しいと思うけど……

 

「その……姉さん、何か隠し事をしてるように感じるの」

「千草ちゃんが、千景ちゃんに?」

「えぇ……それで、何を隠してるのか、きっとはぐらかされそうだから、どうしたら聞けるかな、って」

 

千景ちゃんの言葉に、少し考える。

千草ちゃんが千景ちゃんに隠し事をする、と言うのが想像出来ない。

けど、千草ちゃんについて一番詳しい千景ちゃんが言う事だから、当たっている可能性は高い、と思う。

じゃあ、それって何だろう……?

 

「えっと、どうして隠し事をしてるって思ったの?」

「……その……ここ最近、姉さん、部屋に入れてくれないの………」

「へっ?」

「……前までは、許可を取らなくても部屋に入れてくれたのに、最近は、確認をとっても入れてくれない事が増えて……見られたくない何かが、あるのかな、って」

「部屋の中、かぁ」

 

……何か、見られたく無いモノがある、のかなぁ?

でも、『あの』千草ちゃんが、千景ちゃんに隠すモノって、なんだろう?

首を傾げていると、若葉ちゃんが近づいてきた。

 

「千草さんの部屋が、どうかしたのか?」

「千景ちゃんが、最近千草ちゃんが部屋に入れてくれないから、なにか隠しているモノがあるのかなーって思ってたんだけど……若葉ちゃん、何か知ってる?」

「千草さんの部屋、か……この間、少しだけ入ったが、変わったものは見えなかったが……」

「姉さんの部屋に?それって、何時頃?」

「大体、2週間程前、だろうか……」

「……何か、変わったものは、あった?」

 

2週間前、か。

結構前の話になるけど、千景ちゃんとしては気になるらしい。

身を乗り出して、若葉ちゃんに話を聞こうとしている。

 

「変わったもの……本が、山になっていましたけど……」

「本?」

「えぇ。栄養学、スポーツ学、それに……見間違いで無ければ、心理学などの本が、10冊程、でしょうか?」

「……そんなに?」

 

思わず聞いてしまう。

内容的に、薄っぺらな本という事は無いと思う。

そんな本が、10冊も?

 

「……1か月前には、無かったはず……」

「……1か月よりも短いに、あの本を10冊程勉強している、という事に……?」

「1冊、どれくらい厚かった?」

「たしか……そう、ですね、指2本よりは、厚かったような……」

 

私達と放課後を過ごしたり、千景ちゃんとゲームをしたり。

そうした後に、勉強時間を設けているとして……

かなりのハイペース、もしくは……夜遅くまで、勉強している?

 

「……………姉さん、もしかしたら……」

「千景さん?」

「少し、確かめてみるわ。合鍵は持ってるから……姉さんが居ない、今なら……」

 

チャリッ、と取り出された鍵。

一体、何を気付いたのだろう。

不安を隠し切れないその表情が、どうしても気になってしまう。

 

「……千景ちゃん。私も、付いて行って、良い?」

「高嶋さん?」

「私も気になるし……千景ちゃん、辛そうだから」

「……………ありがとう、ございます」

「私も、同行させて貰えないでしょうか?一番最近の室内を知っているのは私です、更に変わっている場合はその違和感に気付けるはずです」

「そう、ね……お願い、します」

 

3人で、千草ちゃんの部屋の前に移動する。

千景ちゃんが鍵を空けて、中に入っていく。

若葉ちゃんと2人で顔を合わせ、頷き、一緒に入っていく。

 

「……見当たらない、わね」

「机の上に、置いていたはずですが……」

「うーん……」

 

10冊以上にもなる、本の山。

しかし、『何処にも見当たらない』。

前に入った時と同じ、些か以上に殺風景な部屋のままにしか見えない。

 

「……本、ね」

「千景さん?」

「多分、ここに……あったわ」

「えっ!?」

 

千景ちゃんが漁ったのは、服を収納している筈のタンスだった。

衣服の下に、本が見える。

 

「一発で分かるんですね……」

「姉さんの事だから、何となく分かるわ……栄養学、スポーツ学、心理学……護身術に、料理レシピ?」

「本当に一杯あるね」

「………ちょっと、待って」

 

千景ちゃんがタンスから離れ、次に向かったのはベッドの方。

下を覗いて、手を伸ばすと、段ボールが出てきた。

中を開ければ、そこにも沢山の本が……

 

「って、多くないかな!?」

「……合計で、28冊、だけど……これは、ちょっと……」

「何それ!?」

「ろ、六法全書……法律について纏められた本だとは聞いた事がありますが……」

 

辞書なんかじゃ比べ物にならない程に分厚い本が現れる。

ドスンッ!と1冊の本からして良い音じゃない音が聞こえる。

 

「六法全書は置いておくとして、他には……株と、投資?なぜこんな本が……」

「千草ちゃん、勉強の為に買ったんだよね……?」

「………まさか」

 

何かを察したのか、千景ちゃんが机を漁り始める。

取り出されるのは、勇者御記?

 

「千景さん、何を……?」

「姉さんの考えが、ここに纏まっているはず。それを知りたいの」

 

無言で、穴が開く程真剣に読み始める千景ちゃん。

私と若葉ちゃんも、慌てて覗き込む。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

勇者御記、と名付けられた日記を頂いた。

日々の些細な事でも良いから、毎日書くようにとの事。

忘れないようにしないと。

 

あの村から、漸く千景を連れ出す事が出来た。

辛い目に遭ってばかりであったあの子が、幸せになれるよう、努力しないと。

 

―――勇者御記 二〇一五年八月 郡千草―――

 

 

乃木若葉さんは、少し真面目すぎる傾向にあると見える。

此方も誠意をもって対応すれば、特に問題はないと思う。

 

上里ひなたさんは、現状要注意。

私達の秘密を知る数少ない人物であるのもそうだけど、聡い人であるからだ。

 

同じ理由で、伊予島杏さんも警戒すべき。

しかし、どちらかと言えば物静かな性格であるのを考慮すると、上里ひなたさんよりは問題ない。

 

土居球子さんと、高嶋友奈さんは、上記の人物とはまた別で警戒すべき対象。

話しかけてくる頻度を考慮して、言動に気を付けないといけない。

 

これらを踏まえて、今後の対応を考えないといけない。

考える事は多いが、千景の為にも、頑張ろう。

 

―――勇者御記 二〇一五年八月 郡千草―――

 

 

乃木若葉さんと上里ひなたさんに、戦う意志について問われた。

彼女の生真面目さが、私達にとって悪い方向に働いてしまったと思われる。

思った事をそのまま伝えて、今回は事なきを得た。

 

千景の為に、私は戦う。

世界とあの子を天秤にかけられたら、私は千景に手を伸ばす。

その過程で、世界も守る。

 

―――勇者御記 二〇一五年八月 郡千草―――

 

 

土居球子さんと、伊予島杏さんと遭遇した。

向こうの事を知る為にも、接触する方向で行動したけれど、千景に負担をかけてしまった。

反省しなければならない。

 

2人とも、勇者として選ばれただけあって、良い人であるらしい。

しかし、警戒は続けなければならない。

ほんの僅かでも隙を晒してしまえば、弱みを握られてしまえば。

その先に待つのは、『あの村』と同じ状況なのだから。

 

―――勇者御記 二〇一五年八月 郡千草―――

 

 

友奈さんが、接触を図ってきた。

何と言うか……見ている此方が心配になってくる程に、良い人であった。

疑ってしまうのが、申し訳なくなってしまう程。

 

幸いな事に、ゲームという共通の話題が出来た。

彼女との接触を通じて、千景の人間不信が改善されていく事を願う。

 

―――勇者御記 二〇一五年八月 郡千草―――

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

「千草さん、このような事を考えて……」

 

若葉ちゃんの言葉を聞きながら、少し考える。

と言うのも……『千景ちゃんの事ばかりで、千草ちゃん自身の事が少なすぎる』。

千景ちゃんの事を思って行動しているのは良く分かるけど、それ以上が分からない。

 

「……もっと、先かしら」

 

千景ちゃんも、同じことを思ったのかな?

更に先を読もうとして……さっきの部分、その先を見て、千景ちゃんの指が止まった。

 

一体、何が………

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

母さんが見つかった。

見捨てられた事に恨みこそあれど、それを表に出してはいけない。

怒りに身を任せてはいけない。寛容さを示さねばならない。

模範的な人というのは、そうだろうから。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

「千草さん達の母親が、見つかった……?」

「……浮気相手と村を出て行ったお母さんが、天空恐怖症の状態で病院に運ばれた。同じ名字の人間って事で身元調査されて、特定されて、姉さんに連絡があったの」

「そう、なんだ」

 

千景ちゃんの話を聞きながら、考える。

これは、どういう事なんだろう?

今までとは違って、恐らく千草ちゃん自身の事だと思う。

けど、分からない。

3人揃って首を少し傾げながらも、続きを読むことを選ぶ。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

母さんと、話をした。

後悔していた。謝ってくれた。

それだけで、十分。

 

―――勇者御記 二〇一五年八月 郡千草―――

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

余りにも簡潔すぎるこの部分に、違和感を感じてしまう。

けれど、違和感を感じるだけで終わってしまう。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

武具の受け取りの為、大社本部へと向かった。

その先で、私達の巫女、花本美佳さんと出会った。

 

千景の事を勇者として敬ってくれる、良い子だ。

彼女は、きっと裏切らず、千景の助けになってくれる。

そう言う面を除いても、良い人そうなのは確か。

彼女の私達への信頼が消えない様、気を付けないと。

 

―――勇者御記 二〇一五年九月 郡千草―――

 

 

身体の鍛え方について、乃木若葉さんから聞いた。

参考になる部分もあるが、他の見解も知りたい。

そういう本を買う事も検討しよう。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

「乃木若葉さん、これは……?」

「確かに、聞かれた事がありますね。武道を修めるモノとして、何か教えてくれないか、と」

「ふぅん……」

 

若葉ちゃんの言葉に、少し不機嫌そうな千景ちゃん。

ちょっとこの場の空気が悪くなりそうな流れに、不安を覚えてしまう。

けど、その雰囲気も、先の文章を見て、色んな意味で消えてしまう。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

母さんから、千景の事を任された。

私が、実の母から、託されたのだ。

千景を支え、見守り、良き人となれるよう、全身全霊を賭して導く。

私は、託された役目を、必ず果たして見せる。

 

―――勇者御記 二〇一五年九月 郡千草―――

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

「千景ちゃん、これ、って……?」

「知らない、知らないわ、こんな事……姉さんが見舞いに行った、あの日?だとしても、何、これ……お母さんが、託した?姉さんに、私の事を任せた……?」

「千景さん、落ち着いてください。深呼吸を、ゆっくり……」

 

わかる範囲で、考える。

千草ちゃんは、1人でお母さんの所に言った。

そこで話す中で……千景ちゃんの事を、任された?らしい。

でも、何だろう?『支え、見守り、全身全霊を賭して導く』というこの言葉は?

 

深呼吸をして、少し落ち着いたらしい。

千景ちゃんが、御記に手を伸ばす。

 

「千景さん」

「もう、大丈夫、だから……先を、読みましょう」

「……うん」

 

少し震える指で、千景ちゃんがページを捲っていく。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

球子さんの提案もあり、全員で遊ぶ事になった。

不安だったのは千景の事だけ。

あの子の為にと、今までよりも積極的に、明るく振る舞ってみたけれど、それが功をなしたのか、千景が今までよりも会話に参加する頻度が増えている。

ゲームの話題という事もあったかもしれないけど、嬉しい事だ。

 

他の人達からお礼を言われたけど、良く分からなかった。

千景以外の誰かから感謝されるなんて、随分と久しぶりだったから。

どう返せば、正解だったのだろ?

 

―――勇者御記 二〇一五年九月 郡千草―――

 

 

 

私のなすべきことを、見つけた。

あの子の為に、私が出来る事。

私ではあの子を導けない。

しかし、あの子の為以外に私は動けないでしょう。

ならば、やれることは1つでしょう?

 

 

私は、あの子の為に生きる。

あの子の為に、なんでもする。

この身は、全てあの子の幸せの為に。

 

 

 

―――勇者御記 二〇一五年九月 郡千草―――

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

「……ここ、何か書いてあったのかな?」

 

書いてある内容に驚きつつも、疑問を口にする。

不自然な空白に、首を傾げる。

すると、千景ちゃんがシャーペンを取り出した。

 

「……あとで消しやすいように、薄くこの辺りを塗ってみるわ。姉さん、少し筆圧高めだから、浮かび上がるはず……」

 

サラサラ、と空白部分を塗りつぶす千景ちゃん。

そうすると、確かに、浮かび上がって……

 

 

私は、あの子の為に生きる。

あの子の為に、なんでもする。

この身は、全てあの子の幸せの為に。

 

 

千景ちゃんの手からすり抜けたシャープンが、机の上で転がる。

その音で、漸く私達は動き出す。

それ位に、衝撃を受けてしまった。

 

「……なに、これ」

「……『あの子』というのは、千景さんの事でしょう、けど……」

「千景ちゃんを導けない、千景の為にしか動けない……千景ちゃんの為に生きる、千景ちゃんの為になんでもする……この身は、千景ちゃんの幸せの為に……」

 

千草ちゃんの、生きる目的、なのかな……?

だとしても、これは……

 

「………ねえ、さん」

「千景ちゃん?」

「姉さん、の……姉さんの、生きる理由は、私……?」

 

震えている千景ちゃん。

どうしたのか、と聞こうとして……

千景ちゃんの頬を、涙が伝っているのが見えてしまった。

 

「千景ちゃん、泣いて……」

「千景さん、大丈夫ですか?」

「私は、私は大丈夫……でも、姉さんが……」

「千草ちゃんが?」

「だって、このままじゃ、姉さんが……!」

 

ポロポロと涙を零す千景ちゃんを、若葉ちゃんと2人で落ち着かせる。

10分程だろうか?

少し落ち着きを取り戻した千景ちゃんに、話を聞いてみる。

 

「それで、さっきの事なんだけど……」

「……日記を読んで、多分だけど、分かったわ。姉さんが、私に隠してあれだけ勉強していた理由」

「それは、その……千景さんの為、との事でしょうか?」

「それは……表面的、とでも言いましょうか。簡単に表現したら、そうなんだと思うの」

 

俯いて、とても辛そうに。

でも、私達に、千景ちゃんは言葉を選びながら話してくれる。

 

「……姉さんは、私の為に頑張っている……それも、たぶん、その……『姉』として、だけじゃない、もっと他の………そう、言うなら、『教える立場の者』として、『支える者』として、『見守る者』として……」

「それは、つまり?」

「……姉さんは、『あの村』で私達が頼れなかった人達が、本来であれば与えてくれた全てを、代わりに私にくれようとしているのよ……………自分の事は、一切気にせず……!」

 

理解、しきれない。

辛い目に遭ったという、2人の故郷。

そこで頼れなかった、多くの人達。

『教える立場の者』……教師。

『支える者』……友達とか、そう言う人。

『見守る者』……保護者。

そう言う人たちが、与えてくれなかったものを、千景ちゃんに、1人で、全部?

 

「……千景さん。それは、その……」

「不可能、と言いたいのよね?」

「……えぇ」

「否定は、しないわ……でも、姉さんはそれを成し遂げようとしている……いえ、正確には……ずっと、あの日から、与えてくれていたの……」

 

あの日……それは、多分、2人のお母さんが居なくなった日、なんだと思う。

 

「思い返せば、どうして気付かなかったんだろうって思うくらいに……姉さんは、ずっと、たくさん、多くの事を私に教えてくれていた……言葉で、行動で、示してくれていた……」

「……………」

「時折、姉さんの考えている事が分からない時があったわ……こっちに来たばかりの頃、姉さんがどうして周りと接触を図ろうとするのか、分からなくて……母さんが見つかった時、母さんがどう私達と接するか見守ると言った時も、なんでか分からなかった………きっと、行動で示してくれてたの。『自分以外の頼れる人を作って欲しい』って……『相手を憎むだけじゃなくて、赦す事も必要だ』って……言葉と行動で、教えてくれていたのよ……」

 

千草ちゃんのしてきた事は、確かに良い方向に働いたんだと思う。

最初に会った時よりも、千景ちゃんは明るくなったように思う。

 

「でも、それは……姉さんが怖いのを我慢して、苛立ちや恨みを心の中で抑えて、無理をして示してくれていた……考えれば、そうよ。姉さんだって、私と同じ苦しみを、痛みを味わって来たんだもの……怖くて当然で、母さんへの怒りを抱いて当然で……それでも、『私の姉だから』って、それだけで、全てを隠して……!」

 

でも、千草ちゃんがしてきた事は、千草ちゃんが自分を蔑ろにして成し遂げた事。

私達には分からないだけで、千草ちゃんの心には、傷が沢山ついているのかもしれない。

その傷を、千景ちゃんが見えない様に、ずっと隠してきたんだ。

 

「姉さんが居て、安心して……姉さんだって苦しいのを、理解していなかった……!姉さんなら大丈夫なんだって、勝手に思い込んでた……!!私は、私は……姉さんに依存して、姉さんの事を理解する事を、放棄していたのよ……!!」

 

それを、御記を読んで、千景ちゃんは分かってしまった。

 

「姉さんの為にも、周りとの壁を取り払おうとは思った!でも、それは、姉さんが安心してくれるかなってだけで……姉さんの負担になってるって知ってたら、もっと……もっと、頑張って……!!」

「千景ちゃん……」

「姉さん、ごめんなさい……ごめん、なさい……!!」

 

なんと、声をかければ良いのだろう。

私と若葉ちゃんは、千景ちゃんに言葉を投げかける事が出来なかった。

部屋の中で、千景ちゃんのすすり泣く声が、ずっと響いた。

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

「烏丸さん、話というのは……」

「まぁ、まずは座ってくれ。お茶、飲むか?」

「え、えぇ……頂きます」

 

夜、急に烏丸さんから、部屋に来るよう連絡が来た。

部屋に入ると、少し難しそうな表情を浮かべた烏丸さんが居た。

差し出されたお茶を飲み、一息いれたところで話しかける。

 

「それで、話がある、との事でしたけど」

「……夕方、友奈から連絡があった」

「高嶋様から、ですか?」

「お前の勇者……郡千草について、でな」

 

千草様について。

一体何があったのだろうか。

もしや……勇者システムの開発時に倒れられたと聞いたが、また?

 

「多分だが、お前が考えている事とは違う。体調を崩したとか、そういう話じゃなかった」

「そう、ですか……」

「……むしろ、それよりも厄介そうな話だったが、な」

 

それは、どういう事だろうか?

視線で話の先を要求する。

重い溜息を吐いて、烏丸さんが話を続ける。

 

「……花本。郡千草という人物について、どれ位知っている?」

「……貴女以上には、とだけ」

「黙秘、か……まぁ良い。友奈から、相談を受けたんだよ。随分と言葉を選んでいたようだから、相談したい事を理解するのに時間がかかったが、ざっくり纏めると『郡千草が何か隠し事をしている。それを知りたいが、上手く聞き出す方法を教えて欲しい』とな」

「千草様が、隠し事を……?」

「話によると、妹の……郡千景にも、隠している事らしい。それを知りたいんだそうだ」

 

千草様が、千景様に隠し事をされている?

それは、よっぽどの事なのではないだろうか。

直接お会いしたのは、1度だけ。

その1度だけでも、千草様が千景様の事を大切に思っている事は、理解出来た。

それほど大切に思っている相手にすら、隠している事。

……いや、それほど大切に思っている相手『だから』、隠している事なのだろうか?

 

「……烏丸さんは、何と?」

「まぁ、一般的な手法を幾つか教えたくらいだ。話して良いと思える程度に信頼を勝ち取るか、向こうが話してくれるまで気長に待つか……最終手段だが、脅迫するか、といった具合にな」

「……まぁ、確かに一般的に思いつく方法では、ありますが」

「友奈も、まぁ駄目元の連絡だったんだろうな。最後のヤツについては触れずに、信頼を勝ち取る方向でなんとか頑張ると言って電話は終わったが」

 

面倒くさそうに、また大きく溜息を吐いて、私の方を見る。

 

「……花本。ここからは、私の勘に基づく話になる」

「は、はぁ……」

「多分、一悶着起きるな。一ヶ月か、二ヶ月以内、と言った所かな」

「それは、どういう……」

「話から察するに、郡姉妹というのは、とても信頼しあっているんだろう?そんな2人の間で、隠し事なんて出来たんだ。どっかで拗れるのは想像に難くない」

 

少し考えてみて……烏丸さんの言葉に、否定出来ない。

御二人は、とても信頼しあっている。共依存、と言い換えても良い程に。

全てを共有しあってきたからこその、強い絆。

そこに、初めて出来た綻びとなるのだろう。

 

「……何故、私にその話を?」

「その方が良いと考えたんだ。お前は、2人の巫女だろう?それも、大社内でも噂になる程の熱心な巫女だ」

「そのつもりではありますが」

「だから、だ。後々拗れた事実だけを知ったら、お前も気に病むだろうと思ってな」

 

……親切心、だろうか?

未だこの人については把握しきれていないが、今回の『これ』は、恐らくただの親切心なのだろう。

今は、それで良い。

 

「で、どうする?」

「……少し、考えてみます。時間は余り無いでしょう、けど逆に言えば、少しはあるんですから」

「まぁ、頑張ってくれ……私も、これ以上は特に出来そうにないからな」

「この事を伝えて下さっただけでも、ありがたいです」

「貸し1、って事にしておいてくれ。何か適当に菓子類をくれれば良いさ」

「えぇ、分かりました。烏丸さんの好きそうなモノ、選んできますよ……ありがとうございました。それでは、また明日」

「あぁ、また明日」

 

郡様御姉妹の、仲違い。

避けられるならば、避けねばならないだろう。

御二人は、まだ互いに助け合わねば前に進めない、と考える。

御二人が支え合うのを止めて自立するには、早すぎる。

 

「まずは、そうね……上里さんに、話を聞いて……………千景様にも、お話を伺う事は、出来るかしら……?」

 

やれることを、出来るだけ急いで行わねばなるまい。

確実に話を聞けるだろう上里さんに連絡を取りつつ、自分の部屋へと急いで戻る。

脳裏で、最悪の事態――郡様御姉妹の仲違いと、それに伴う勇者様方の雰囲気悪化を避ける為に、出来る事を必死に考えながら。

 

 

 

 

 

『互いを思う、故に起きる不和……これもまた、人の業、なのでしょうね』

『良く考え、良く悩みなさい。この不和を乗り切るか、乗り切れぬか……』

『その過程を、その果てを……どのような結末であれ、私は見守りましょう』

 

 

 




前回触れていた不穏な要素に触れていきました。
色んな所に不穏な要素をばら蒔き、肥大化させていくのが今回のお話でした。

改めて、この度は投稿が大幅に遅れてしまいました事、誠に申し訳ございませんでした。
投稿ペース元に戻せるよう、頑張りますので……(土下座



以下、筆者のゆゆゆシリーズに対するちょっとした持論語りです。
興味ない方は飛ばしてください。



ゆゆゆ系には不穏要素が必要不可欠、というのが私の持論です(私個人のモノですので、他の方がどう思っているかはわかりませんが)
不穏な要素無しで、皆で和気藹々としながら日々を過ごし、一致団結してバーテックスに立ち向かう!最後は倒して大団円!というのは何か違う気がどうしてもしてしまいまして……

本作においては、のわゆ原作に置ける不穏要素、『郡千景とその過去』について、大幅に軽減する事が執筆する上での大前提であります。
そうすると、上記した『個人的に必要不可欠な不穏要素』が少なくなってしまう。
なら、それに代わる不穏要素を用意しなくては!と思って追加しているのが、『郡千草』という少女の存在から生まれる諸々です。
今現在焦点を当てているのは、『郡千草と郡千景の関係性』と言うべきモノ。
他にも色々考えておりますので、これで不穏要素を尽きさせないようにしたいと考えてます。



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第19話

お待たせしました、第19話となります。
最近暑いですね……相も変わらず、暑さに駄目な人間の為体力を削られながらも頑張ってます。

今回、少し短めです。


「上里さん、お久しぶりです」

『花本さん?えぇ、お久しぶりです』

「少し聞きたい事があって……大丈夫かしら」

『えぇ、大丈夫ですよ』

 

ある日の夜、花本さんから連絡がきた。

とても珍しいけれど、そんな事も気にならなくなるくらいに、真剣さを感じる声色。

 

『……千草様について、なのだけど』

「千草さんについて……何でしょうか?」

『……烏丸さんから聞いたわ。千草様が、千景様に何か隠し事をされている、と』

「ッ……」

『何か、知っているの?』

「それは、その……」

 

知っているも何も、烏丸さん、というか、誰か人生経験の長い人に聞くべきではと提言したのは、私だ。

その前段階で、若葉ちゃん達から相談を受けている。

当然、何を隠しているのか等、全て知っている。

 

『……お願い、します……教えてください』

「花本さん?」

『私は……私は、貴方と違って、郡様御姉妹の傍に居られない……でも、郡様御姉妹の為になら、なんだって出来る。何だってする……お役に、立ちたいの……』

「花本さん……」

『叶うなら、貴方の居るその立ち位置に、私が行きたい……………でも、でも……悔しいけれど、貴女の方が、勇者様達のお役に立てる……だとしても、郡様御姉妹の為に出来る事があるなら、したいの……!』

 

―――胸が締め付けられるような、声だった。

そして、語る想いに、共感してしまった。

私だって、若葉ちゃんの為に出来る事があるのなら、なんだってしてあげられる。

きっと、それくらいに、花本さんは郡さん達に、心奪われているのだ。

 

「……分かり、ました。他言無用……真鍋さんにも、今は内密に」

『え、えぇ、分かりました……教えてください』

「……千草さんは、どうも、とても無茶をされているそうです。ただ、それを千景さんに悟られない様、ずっと隠していた」

『無茶を……?』

「花本さん。貴方は1ヶ月の間に、指2本よりも厚い専門書を20冊以上、ジャンルも多岐にわたるモノを読破、内容を学ぶ事は出来ますか?」

『……仮に、その1ヶ月の間、ずっと他の事はしなくてもいいと言われたら、あるいは……』

「千草さんは、考えられる範囲ですが……時間帯は夕方以降、千景さんと別れた後。勇者としての訓練なども毎日行いながら、読破されています。内容を纏めたノートも、見つけました」

 

自分で言っていて、頭が痛くなる。

恐ろしい事に、六法全書ですら、ノートに纏められていた。

流石に千草さんが気になった部分だけとはいえ、それでも、ノートにして3冊以上使っていた。

 

『……何故?』

「……勇者御記に書いていた事を元に、千景さんが考えた結論ですが……千草さんは、千景さんが故郷で得られなかった全てを、千景さんに与えようとしているのでは、と」

『与えられなかった、全て……』

「花本さん。1つ、確認をさせてください」

『何、かしら?」

 

ここからの話をするにあたって、ある事を確認する必要がある。

返答次第では、話せる範囲が大きく変わってしまう。

 

「郡さん達について、【どこまで】知っていますか?」

『………それ、は』

「教えてください」

『………郡様達にも、真鍋さんにも、内密で』

「分かりました」

『……真鍋さんから、聞いたわ。郡様御姉妹について、あの人から全て』

 

これは……もしかしたら、私達よりも詳しいかもしれない?

でも、そこは気にしない。

重要なのは、『御二人について知っている』という事。

 

「では、あの村での御二人の境遇についても、知ってますね?」

『えぇ』

「なら、話が早いです。千草さんは、普通の人が得られるだろう全てを、千景さんに与えようとしているんです……家族からの愛情を、教師から与えられるはずだった知識を、友人から得られるはずだった様々な経験を……全て、1人で」

『それはっ……それは、流石に無理よ。そんな事、大人ですら出来ない、出来るはずが無い!』

「そう、ですよね……でも、千草さんはそうしようとしていて……実際の所、可能な限りそうあり続けていました」

 

保護者が与えてくれるモノ、教師が与えてくれるモノ、友人などが与えてくれるモノ。

全てを、1人で。

それも、ただの小学生が。

 

「千景さんが、言っていました……千草さんが、香川に来てから積極的に私達に関わろうとしたりしたのには、理由があったんだ、と。『自分以外にも頼れる人を作って欲しい』と、行動で示していたんだ、と」

『千草様の行動に、そんな理由が……?』

「えぇ、そうです……それも、ご自身の抱いている他人への恐怖や、心の痛みを無視して」

『……ッ!』

 

花本さんが、息をのむのが聞えた。

……真似出来るか?と言われたら、即答は出来ない。

そういう事を、平然と、千草さんは行っていた。

 

「……考えてみれば、そうですよね。御二人が経験したのは、私達が想像出来ない程苦しい出来事だった筈です。現に、千景さんは他者を拒むようにまでなった……そういう出来事です」

『……他者への不信、不安、怒り……それを、全て無視して』

「はい……全ては、千景さんへの模範となる為に」

 

辛く苦しい目に遭ってもなお、他者に歩み寄る。

その様な目に遭うようになった原因の1つとも言える母親を、赦し、寄り添う。

どのような葛藤があったのだろうか。

私には、想像も出来ない。

そして、その葛藤を、理性で抑えるのが、どれだけ大変なのかも、私には分からない。

ただ、そう簡単なモノではないだろう、という事だけは、分かる。

 

「……きっと、千草さんは、他人に見せないだけで、苦しい思いをされている。千景さんは、どうにか寄り添いたい、そう思っています」

『だから、千草様と話をしたいと……その前段階として、千草様の口から、本心を聞きたい、と』

「そうです」

 

現状、千草さんの部屋に忍び込み、こっそりと勇者御記を見たからこそ、千草さんの本心の一端を知る事が出来ているだけ。

このまま千草さんに詰めかけても、話を聞く段階で、勝手に勇者御記を覗いた事を話さざるを得ない。

そうすれば、千草さんと千景さんの間に、消えない傷が出来る可能性がある。

それを、千景さんは恐れた。

だからこそ、千景さんは、千草さんから本心を聞き出す方向で動き始めている。

 

『……どうにか、聞き出す方法を考えないといけないわね』

「はい。聞いただけでも、無茶をされているのが分かる程です……いつ、限界が来るかもわかりません」

『………教えてくれて、ありがとう。私の方でも、何か考えてみるわ』

「お願いします。今は、1人でも多く協力者が欲しい。ですが、協力を得られるのは、御二人の事情を深く知る人だけですので……」

『そう、よね……………取りあえず、何か方法が無いか考えてみるわ。お互い、時折連絡を取りましょう』

「そうしましょう」

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

「……何か、何か方法は無いかしら……」

 

上里さんに確認をとったところ、思った以上に深刻な問題であった。

千草様は、ご自身の精神状態を完全に無視して、千景様の為に動かれている。

このままでは、精神面のみならず、身体にも異変が生じて可笑しくない。

早急に、解決しなくてはならない。

 

しかし、内容が内容だけに、相談出来るのは限られている。

どうすれば、解決に近づける……?

 

「あれ、どうしたの?悩み事?」

「安芸先輩……えぇ、少し、考え事を」

「ほほーう?どれどれ、先輩に相談してみなさい」

 

悩んでいると、先輩が声をかけてくる。

……さて、どうしたものか。

安芸先輩は、郡様御姉妹の事を知らない。

故に、相談出来る事なんて……………いや、あるには、あるか。

 

「……では、少し相談を」

「うんうん」

「仮に、ですけれども……そうですね、安芸先輩のご家族の方が、明らかに、安芸先輩に隠し事をしてるとします」

「ほうほう?」

「隠し事は、ご家族の方の負担になるような事で、それでも隠そうとしている。安芸先輩は、それを知りたいと思った時、どうします?」

「……え、結構ガチな相談だったわね、コレ……うーん、どうしようかな……」

 

安芸先輩が、顎に手を当てながらウンウンと唸り始める。

 

「自分に隠し事しててー、それのせいで大変な目にあってるのに必死に隠しててー?……なんとか聞き出そうとするとは思うのよね、私」

「でしょうね」

「まぁそうなんだけど……ただ、無理に聞こうとすると喧嘩とかしそうだし……うーん……」

「……やっぱり、そうなりますよね」

 

更にウンウンと唸る事1分程。

唐突に、先輩が立ち上がった。

 

「うん、悩むのは止めた!」

「はい?」

「2人っきりになって、他言無用って事で聞き出す!やっぱり腹割って話すのが一番よ!」

「……はぁ」

 

……まぁ、確かにそうではありますけど。

それが出来れば、どれだけ楽か……

……………いや、もしかしたら。

もしかしたらだけど、最善手の可能性が、ある。

ただ、その場合、千草様に話を聞きに行くのは、千景様ではなく、自分だ。

 

「……参考にさせて頂きます」

「お、参考になるなら良かったわー!」

「すみません、少し席を外しますね」

「あ、はーい」

 

一応許可を得て、部屋を出て行く。

当然、考え事をしながらだが。

 

最善手の可能性、というのも、私の立ち位置が重要だ。

千草様が頑なに隠しているのは、相手が千景様だからこそ、だろう。

千景様の為にと行動されている御方だ。千景様に心配をかけぬよう、隠しているのだ。

それを考慮すると……千景様ではない、他者の方が話しやすい、という可能性はある。

 

では、他の勇者様や、上里さんが相談相手になれるか?となると、少し難しいかもしれない。

なにせ、直接千景様と話が出来る距離に居る。

何時、情報が洩れるか分からない相手に、相談出来るか?となると、難しいモノがあるだろう。

 

その点、私は大社に居る。直接話を出来る距離では無い。

それに、大社本部において、郡様御姉妹の件を知っているのは、私と真鍋さんのみだ。

そして、私が深い事情を知っていると、千草様は知らない。

千草様から見れば、『多少事情を知っていて、話をしたとしても、周りに漏らす事が出来ない』、そういう人間と映るはずだ。

なにせ、仮に大社内にこの話が漏れたと知られたら、疑われるのは私だけ。

千景様に知られたとして、疑われるのは私だけだ。

そんな危険を犯すような人間とは、流石に思われていない……そう、だと思う。

 

この立ち位置を活かせば、相談相手を名乗り出る事が、出来るかもしれない。

……可能性は、ある。ならば、後は詳細を詰めれば……

 

「……千草様の為に、千景様の為に……」

 

やろう。やってみよう。

何もしないより、万倍マシだ。

お役に立つのだ。恩を返す時だ。

 

「そうね、上里さんと連絡を取りつつ、詳細を詰めて……詰め終わったら、千景様に確認をとり、千草様からお話を聞く。この流れで行きましょう」

 

やる事は決まった。

ならば、まずは詳細を詰めなくてはならない。

如何にして千草様と2人きりの状況を作るか。

他言しないと信じて頂くにはどうすれば良いのか。

そして……千景様から、御許しを頂けるか、どうか。

 

「……やらないと、何も始まらないわ、花本美佳。今は行動する時よ」

 

1人、決心する。

『自分の巫女は貴方だけだ』と言ってくれた御方の為に、出来る事があるのだ。

ならば、何でも、やってやる。

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

ある日、私は1人ある場所を歩いていた。

香川県にある、大きな病院。

その、最上階の、とある一室の前で、立ち止まる。

1つ、大きく深呼吸をして、心を落ち着かせ、ノックした。

 

『どうぞ』

 

返事が聞えたのを確認して、中に入る。

……私が最後に見てから、大凡1ヶ月程、か。

多少顔色が良くなったその人は、私を見て、目を見開いた。

 

「ち、かげ……?」

「……………久しぶりね」

「千草は、どうしたの?」

「姉さんは、今日は出かけてるの。私一人よ」

 

伊予島さんと土居さんに、協力して貰った。

姉さんと1日、付き合って欲しいと言うと、快諾してくれたのだ。

だから、ここに居るのは、私とこの人だけ。

 

「今日来たのは、聞きたい事があったからよ」

「聞きたい事?何かしら?」

 

首を傾げるこの人を無視して、パイプ椅子に座る。

 

「ねぇ……姉さんに、何をしたの?何を言ったの?」

「千草、に?」

「えぇ、そう。そうよ。姉さんに……何を、した?」

 

苛立ちを、憎しみを込めて、睨み付ける。

 

「姉さんの日記を、読んだの。そうしたら、書いてあったのよ。『母さんから、千景の事を託された』、って。ねぇ?姉さんに何を言ったの?何を吹き込んだの?」

「ち、かげ」

「答えろ!!姉さんに、何を吹き込んだ!!!」

 

そうだ。

姉さんが無茶をする一因は、確実にコイツが関わっている。

だから、聞きに来た。

私の言葉に、態度に、何かを感じ取ったのか。

考え込む仕草をして、口を開いた。

 

「……『千景の事を、お願い』って、言ったわ」

「……それ、だけ?」

「えぇ。千景にとって、千草こそが頼れる寄る辺。だから、これからも守ってあげて欲しい、そう思って、そう言ったの」

 

……それ、だけ?

本当に、それだけなの?

なら、どうして、姉さんはあんなに……?

 

「……千景。千草に、何があったの?」

「……どうでも良いでしょ?貴方は、もう私達の母親じゃないんだから」

「ッ!!」

 

不安そうに聞いてきた言葉を、切り捨てる。

……そうだ。この人は、母親じゃない。赤の他人なんだ。

ただ、姉さんの御記に書いてあったから、情報を聞き出しに来ただけ。

そうでもなければ、ここに来ることも無い。

 

「何?何辛そうな顔してるのよ?今更母親面しないで……姉さんが普通に接してくれるから、勘違いでもしてるの?なら覚えておいて……貴方はもう、血が繋がってるだけの他人よ」

「………分かってる。分かってるわ」

「なら……」

「でも、でもね……私は、他人だとしても、困ってる子供を、見捨てたくないわ」

 

……………何と、言った?

コイツは、今、何と言ったの?

『見捨てたくない』、なんて、ほざいたのか?

 

「……………で」

「……ち、かげ?」

「……どの口で、ほざいた!?あの日、全てを捨てた人間の癖に!!」

「が、ぐぅ……!」

 

気が付いたら、その喉に手を伸ばしていた。

 

「何て言った?何をほざいているの?お前がした事を忘れたの!?」

「か、はっ」

「あの日、お前は!私を!姉さんを!全て切り捨てて!!自分だけ、楽になったんでしょう!?そんなお前が、『困ってる子供を見捨てたくない』だと!?ふざけるな!!!」

「あ、が……」

「お前のせいで、私は、私と姉さんは……!!」

 

そう、そうだ。

コイツのせいだ。

コイツが逃げたせいで、より酷くなったのだ。

姉さんが苦しい思いをしたのも、コイツのせいなのだ。

怒りを、恨みを込めて、首を絞める。

辛く、苦しそうに喘ぐ姿に、僅かに溜飲が下がる。

……溜飲が下がったからこそ、気付いてしまった。

 

「……何よ。何よ、その眼は」

 

どうして、そんな眼が出来る。

 

「なんでよ」

 

首を絞められているのに。

 

「……何なのよ、その眼は!?」

 

どうして……穏やかな眼を、しているの。

気味が悪くて、手を離してしまう。

せき込む姿を見ながら、私は一歩退いてしまう。

 

「どうして、そんな眼が出来るの……どうして……?」

「げほっ、けほっ……こうなって、当然だと、思っていたもの」

 

少し呼吸を整えて、言う。

 

「恨まれて当然……だからこそ、何があっても、甘んじて、受け入れるつもりでいたわ……千草は、優しくしてくれたけど……本来なら、こうなっても、可笑しくはないもの」

「ッ……」

「千景、貴方のその怒りは、正しいモノよ……憎んでくれていい、恨んでくれていいわ」

 

そう言うコイツの眼は、どこまで、穏やかで。

穏やかで……姉さんと、似ていた。

 

「私は、もう過ちを犯さない。貴方達に向き合う。逃げないし、目を逸らさない……そう、決めたの」

「……………」

「だから、教えて欲しいの。千草に、なにがあったのか……」

 

………口だけなら、何でも言える。

出まかせの可能性だって、ある。この場を凌ぐ為の、そういう言葉かもしれない。

 

『今すぐ許す訳じゃないわ。ただ、償おうと……変わろうとする母さんを、見てあげましょう』

 

姉さんの言葉が、脳裏を過る。

姉さんの、言葉……………

 

「……………チッ。分かったわよ」

「……ありがとう」

「礼は言わないで……姉さんの変化について、知りたいだけ」

 

大きく溜息を吐いて、椅子に座る。

……姉さんの言葉が無ければ、私は、どうしてたのだろうか?

僅かに湧いてきた疑問を、無視する。

 

「……姉さん、最近無茶をするようになったのよ」

 

スマホの写真を、見せつける。

そこに写っているのは、六法全書含めて28冊の本と、その内容が纏められた大量のノートだ。

 

「これは……?」

「1カ月の間に、姉さんが読破した本。それも、夕方以降、私と別れてから勉強して、これだけやっている事になるわ」

「それは……確かに、これだけの量を、その時間でやるとしたら、よっぽど詰め込んでも、深夜まで時間を使う事になる」

「でしょう?それに、聞いた話だと、姉さんは朝の6時には起きて、早朝トレーニングをしてるみたいなのよ」

 

トレーニングの件については、乃木さんから聞いた話になる。

なんでも、ふと偶然早く起きた時、外を走っている姿を見た、と。

その後、戻って来たタイミングで話を聞いたら、週に5日はトレーニングをしている、と。

 

「……ねぇ、姉さんから、何か聞いてない?」

「……………そう、ね。思い当たる事が、少しだけ」

「教えて、今すぐに」

 

私の言葉に、悩む仕草をして。

でも、しっかりと私の事を見ながら、口を開いた。

 

「……千草は、私の想像を遥かに超えて、貴方の事を支えようとしているの」

「………続けて」

「私が想定していたのは、千景の姉として支える事。でも、あの子が考えていたのは違ったわ……姉として、保護者として、緒に遊び、考え、学び、教え、良き人として成長出来るように導く……大人ですら出来ない事を、やろうとしていたわ」

 

……ノートに書いて合った事だ。

やはり、姉さんは、大人ですら出来ない事をなそうとしていたのか。

 

「……そして、千草は……それが、出来てなかった事に、気付いてしまった」

「それ、は……」

「千草は、悔いていたわ。千景の事を自立させてあげられなかった。千景に対して過度に干渉してしまった……千景の為にと固執しすぎて、行き過ぎた固執は依存となって、自分の依存が、千景を自分に対して依存させてしまった、って」

「……………そん、な」

 

私が、甘えてしまっただけなのに。

姉さんが、そこまで自分を追いつめてしまった、なんて。

 

「それで……きっと、私の言葉が……『千景をお願い』という言葉が、狂わせてしまったのね」

「……どういう、事?」

「追い詰められた千草には、私の言葉が……きっと、言葉以上の意味に、聞こえてしまったの。私が込めたのは、『姉として支えてあげて欲しい』という意味だった、けれど……もっと深く、重く、受け止めてしまったのだと、思うわ」

 

『それこそ、己が身を滅ぼしてでも、千景の為に動く程に』

その言葉を受けて、一瞬、頭が真っ白になってしまう。

 

「……それって、じゃあ、姉さんが無理をしてるのは」

「……千景?」

「無理をしてるのは……私の、せい?」

 

声が、震えてしまう。

それでも、言葉にして吐き出さないと、こころが、たえきれなくて。

 

「わたしが、わたしが、ねえさんにあまえたから、わたしのせいで、ねえさんが……」

「千景、千景!」

「わ、わたしがあまえちゃったから……ねえさ、ねえさんが……!」

「違う!全ては私のせいなの……貴方は、貴方達は、何も悪くないの!!」

 

 

 

あぁ、そっか

 

わたしが、あまえてしまったから

 

ねえさんは、くるって、しまったんだ

 

 

 

ねえさんをくるわせてしまったのは―――――わたし、なんだ




少しゆゆゆらしく、少女を曇らせる事に成功した、かな?
中々描写が難しいので、上手くいっているか不安ですが……

郡姉妹のこの山場については、あと数話使う予定です。
そうしたら作中時間も大きく進む予定ですので、もう暫くお付き合いください(土下座


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第20話

お待たせしました。
暑いのは、本当に嫌ですね……仕事中にぼんやりする事も時折あるので本当に怖い。

今回は少し長めです。


部屋で、1人うなだれていた。

私の甘えが、姉さんを狂わせてしまったのだと、知った。

姉さんを狂わせてしまったのは、私なのだと、知った。

 

「私が、悪かったのね……私が、私が……」

 

―――スマホが、鳴った。

画面を見てみれば、そこに表示されていたのは……花本さん?

何だろうか、と思い、電話に出てみる。

 

「……はい」

『千景様、少しばかりお時間を頂きたいのですが、宜しいでしょうか?』

「……えぇ、良いわ」

『ありがとうございます……先日、他の巫女経由で、千景様と千草様について話を聞きました。その……千草様が、何か隠し事をしているのでは、というお話を』

「……そう、聞いたのね。上里さんかしら」

『はい。上里さんからは、事情を知るモノ以外には他言無用との事で話を聞いております』

「そうして、頂戴」

 

……私と姉さんの事、か。

一体、何だろうか。

 

『それで、その……千草様から話を聞く方法をお探しとの事でしたが』

「えぇ……」

『少し、思いついた事があります。その件で、お話をさせて頂きたく思いまして』

「……言ってみて」

『私が、直接千草様から聞き出してみたいのです』

 

……ふむ。

 

「どうして、かしら?」

『千草様が頑なに隠し続けるのは、千景様を心配させない為であると考えられます。故に、千景様から聞き出そうにも、拒否される事は想像に難くないかと』

「まぁ、そうね……」

『かといって、丸亀城に居る方々で聞き出そうとすれば、何時でも千景様と話す事ができる距離に居る事から【いつ千景様に話が漏れるか分からない】という疑問を抱かれる可能性は高いかと思われます』

「……だから、私達の事情を知っていて、かつ距離の離れている貴方なら、という事?」

『はい。可能性は、他の方が聞き出そうとするよりは、高いと考えています』

 

……筋は通っている、とは思う。

姉さんが話そうとしない理由は確かにそうだろうし、そこから『どうすれば話してくれるか』を考えている。

姉さんが話してくれる確率としては、確かに高いだろう。

 

「……貴方の意見は、分かったわ。ただ、少し聞かせて」

『はい、何なりと』

「この方法だと、今後貴方はずっと姉さんに疑われることになるわ。『秘密を漏らしてないか』と……そして、万が一、それを知られたら……」

『覚悟の上です。たとえ、その結果として……私が、どうなろうとも』

 

電話越しのその声は、決意が本物であると分かる程に真剣で。

 

「……どうして、そこまで出来るの?」

『千景様?』

「私は……私達は、偶然選ばれただけで……貴方は、偶然、私達を見出した……ただ、それだけ。それだけの繋がりしかない人間に……どうして?」

 

そう、疑問に思ってしまった。

偶然が重なって、私と姉さんを見出した、それだけのはずだ。

なのに、どうしてここまで、己が身を捧げるような事まで……?

 

『……千景様、少し、私の事をお話させてください』

「……えぇ、良いわ」

『ありがとうございます……千景様、私の名前、美佳という名前です。漢字で、美しい、佳いと書きます。これ、読みを知らない人が見たら、何と呼ぶと思いますか?』

「……【よしか】じゃないとしたら……【みか】、かしら?」

『はい、そうです。友達も、保育園の先生も、学校の先生も、病院の先生も……だれもが、【みか】と呼びました。本人達からしたら、愛称のつもりだったんでしょうけれど……私は、自分の事が否定されたように感じていたんです』

 

……本名を、呼ばれない生活、か。

私や姉さんは、【あの村】では、『阿婆擦れの子』『淫乱女の娘』等と呼ばれていたが……それとは、また違う。

悪気は一切ない、故にたちの悪い……そういう事なのだろう。

 

『正しい名前を呼ばれず、自分が自分でないような……【花本美佳でなければならない】理由を見いだせない、そんな日々を、ずっと過ごしておりました。そんな中、バーテックスの襲来があり……私は、御二人の巫女となった。私が、【花本美佳】でしか出来ない事を、見つけられたんです』

「……………」

『そして、御二人が大社に来られたあの日……御二人が、私を、【花本美佳】を、巫女だと認めて下さった。確固たる自分を、得られたのです。【みか】ではない、【花本美佳】を』

 

そう語る声には、熱が籠っていた。

 

『私は、御二人に救われました。【花本美佳】を認めて下さった、大切な御方……御二人の為になるのであれば、この身捧げる事に躊躇いはありません』

「……ありがとう、ございます」

『お礼を言うのはこちらです、千景様。御二人の為に出来る事があるのなら、何でもしたいのです』

 

……姉さんに、救われた人、か。

なら、まぁ……信じる、とまではいかなくても……任せてみるくらいなら、良いか。

 

「……貴方がなんで私達に尽くすのか、それは分かったわ」

『では……』

「……花本さん。姉さんについて、一任するわ……今は、少し、私は姉さんと距離を取った方が、いいだろうから……」

 

姉さんの為にも……自分にとっても、ね。

正直、心はもう、自分で分かる程にグチャグチャだ。

落ち着かせる必要が、ある。それは、確かだ。

 

『畏まりました。根を詰めてから、実行させて頂きます』

「えぇ……花本さん、姉さんを、お願い……」

『千景様?』

「……私は、姉さんの、負担になってるかも、しれないから……支えて、あげて……」

『……畏まりました、千景様』

 

電話が切られ、静寂が戻ってくる。

 

(……今は、花本さんに、任せよう……)

 

グチャグチャになった心が、落ち着くまでは。

ひとまず、姉さんの前で、今まで通り過ごせるようになるまでは…

胸が張り裂けそうなほどに苦しいけれど、涙が出そうになるけれど。

少し、少しだけ、姉さんから、距離をとろう。

 

 

 

「……………姉さん……………」

 

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

千景様から許可を頂き、2日程上里さんや烏丸さん、安芸先輩にも協力を仰いだ。

その上でもう一度だけ千景様と電話で確認を取り、作戦は決定した。

 

気になるのは、千景様の様子だ。

前回電話をしてから2日、それだけでも、電話越しですわ分かる程に、落ち込まれていた。

烏丸さんの推測通り、郡様御姉妹の間に初めて出来た溝、と言うのが影響を強めている。

 

「恐らく、このチャンスを逃せば、次は無い」

 

自分に言い聞かせる。

千景様の精神状況を考えれば……そして、同じ位、もしかしたらそれ以上に傷ついている千草様の事を考えれば、次の機会が巡ってくる前に、取り返しのつかない事態になる。

故に、チャンスは今回の1度限り。

 

深呼吸をして、覚悟を決めて。

震える指を、感じる恐怖を、精神で持って御す。

登録されている電話番号に、電話をかけた。

 

『もしもし、千草ですが』

「千草様、花本です」

『美佳さん?』

「はい。少々お時間を頂いても、宜しいでしょうか?」

『えぇ、構わないけれど……』

 

声色だけでは、千草様の状態は分からない。

ただ、千草様は『他人に自分の状態を悟られなくする』事にかけては一流である。

それは、勇者の方々、そして勇者を見出した巫女達の共通認識となっている。

故に、この電話だけで判断はしない。

 

「実は、その……千草様にお願いしたい事がありまして」

『お願い?何かしら?』

「あ、あの……こ、今度の休日に、丸亀市を、散策してみたいと思っていまして」

『うん』

「そ、それで、その……い、一緒に、行きませんか……?」

 

声が上ずってしまうのを、気合で抑える。

傍から見れば、デ、デート……の、誘い、だけど。

まず、これが成功しないと、作戦が難しくなる。

 

『……………えぇ、良いわよ。少し息抜きをしたいとは、思っていたから』

「ほ、本当ですか!?あ、ありがとうございます!」

『いえ、こちらこそ』

 

よし!

これで、2人きりの状況を作る、と言う前提条件は達成した。

……千草様と一緒に居られるのは、純粋に嬉しいですし。

 

「で、では、その、日曜日に、丸亀城前で」

『えぇ、分かったわ。詳細は、後でメッセージアプリとかで詰めましょうか』

「はい!」

『……当日、楽しみにしているわね、花本さん』

「はい!!そ、それでは!!」

 

 

……千草様から話を聞き出す、というのも大事だけど。

2人きりで、街を歩くのも……楽しみたい、ですね。

 

 

 

 

 

「待ち合わせまで、あと1時間……」

 

気合を入れて、持っている私服の中から『一番似合ってるわ!』と安芸先輩に言われた服を選んだ。

『大事な日だ、手伝ってやろう』と、烏丸さんが化粧を施してくれた。

『お勧めの場所を教えますね』と、上里さんからいろんな場所を教えて貰った。

ある意味、これは勇者を支える巫女達の総力戦と言っても良い。

 

ドキドキと、心臓が鳴る。

緊張と、不安で、暑くも無いのに汗が頬を伝う。

12月も後半、冷たい風が吹く。

思わず目を細め……風が止んだ、その先に。

眼を開くと、1人の人が歩いて来るのが見えた。

 

黒い髪を風に靡かせて。

黒を基調とした、時期に似合った服装を身に纏って。

そして、柔らかく微笑みながら。

すれ違う人たちが思わず振り返ってしまう程に……おもわず、見惚れてしまう程、綺麗な、その人が。

私の前で、立ち止まって。

 

「お待たせ、美佳さん」

 

浮かべられていた微笑みを、強めて。

私の手を、優しくとって、そう言った。

 

「ち、千草様……おはよう、ございます」

「えぇ、おはようございます」

 

ドキドキ、なんてものじゃない。

心臓が破裂するんじゃないかってくらいに、音をたてている。

顔が、かぁっと熱くなっている。

 

「素敵な服ね、とても貴方に似合ってるわ」

「ち、千草様も、とても……とても、素敵です」

「ありがとう……少し、不安だったの。こうして着飾るのは、初めてだったから」

「そ、そうとはとても……」

「そうかしら?だとしたら、上手くいって良かったわ」

 

見惚れながらも、さっと全身を見る。

……目の隈とかは、見えないけれど。

ただ、どうも顔が細くなった……いや、付いている肉が薄いんだ。

 

「ち、千草様、その……少し、痩せられました、か?」

「―――えぇ、そうなの。訓練に集中しすぎたかもしれないわね」

「そう、ですか……」

「そうね、実は千景にも最近心配をかけてるみたいで……だから、偶には息抜きでも、って考えてたから、今回のお誘い、有難かったわ」

 

……千景様が、御記を読まれた事は、ばれてない。

そう思って、大丈夫、でしょうか?

いや、ここまで来たのだ、引き返す事は出来ない。

 

「さぁ、行きましょうか」

「え、えぇ、はい!」

 

歩き出す千草様に、付いて行こうとする。

が、ほんの数歩だけ歩いて、千草様が止まる。

 

「千草様?」

「あぁ、いえ、今日は美佳さんの散策に付き合う形だから……エスコート、お願いしても?」

「え、あ……は、はい!」

「実はね、美佳さんが何処に行きたいのか、楽しみだったの。さぁ、最初の場所に、行きましょう?」

 

そう、微笑みながら言う千草様の姿は、とても美しくて。

夢見心地のまま、私は千草様と共に歩き始めた。

 

 

 

 

 

「あ、美佳さん」

「何でしょうか?」

「『様』付けは駄目よ?変に目立っちゃうから」

「え”っ……………」

「……『さん』付けで、ね?」

「わ、分かり、ました……………ち、千草、さ、ん」

「はい、良く出来ました」

 

 

 

 

 

「ど、どうでしょうか?」

「とても似合ってるわ、美佳さん」

「そ、そうでしょうか……」

「えぇ、本当」

 

千草様と、色んな場所を巡った。

服やアクセサリーを取り扱っているお店で、互いに服を選んでみたり。

 

「これ、流行りの小説だって杏さんが言ってたの」

「恋愛小説、ですか?私はあまり詳しくなくて……」

「私もなんだけど、借りて読んでる最中なの。あ、あっちの方は個人的に好きな本」

「ど、どれですか?」

 

本屋で、千草さまのお勧めの本を教えて頂いたり。(当然買いました)

 

「あ、これ美味しいですね」

「こっちも美味しい……あ、そうだ、美佳さん」

「はい?」

「はい、あーん」

「ふぇ?」

「あーん」

「あ、あ、あーん………」

 

お勧めされたスイーツを一緒に食べたり。(差し出されたスイーツの味は一切分からなかったですが)

他にも、色んな所を一緒に巡った。

その度に見せられる、柔らかな微笑みが、嬉しくて……

 

 

 

―――そのどれもが、『どれも殆ど同じ』という事に、気付いてしまった。

 

 

 

「こういう場所、良いわね」

「え、えぇ」

 

とある喫茶店の、角の席。

休日という事もあり、それなりに人が居る。

けれど、店の雰囲気もあるのだろうか、静かな、落ち着きのある雰囲気。

向かいに座る千草様には、『今までと同じ』微笑みが。

 

眼の開き方も、口角の上がり方も。

殆ど、同じだ。

それに気付いてしまって、どうしても、気になってしまう。

ツゥ、と、汗が頬を伝う。

暑さから来るものでは、無かった。

 

「―――ねぇ、美佳さん」

「は、はい」

「ここ、お勧めのケーキが2種類あるみたいなの。折角だから、違うモノを頼んでみましょう?」

「あ、は、はい!それでは、千草さ、ん、は、どちらを……」

「美佳さんが、好きな方を選んで?私、もう片方を選ぶから」

「い、良いのですか?」

「えぇ」

 

また、だ。

見間違えではない。

『まったく同じ笑み』が、千草様に、張り付いている。

それが―――とても、とても恐ろしく、感じてしまった。

 

 

 

「今日は、楽しかったわ」

「そ、そう、でしたか……」

「えぇ。良い息抜きになったわ」

 

その後も街中を歩き、丸亀城からそれなりに離れた公園のベンチで横並びに座る。

千草様の言葉が嬉しい……けれど。

どうしても、気になってしまう。

 

チラリと、辺りを見渡す。

幸いな事に、自分達の居るベンチと、その周りには、人は居ない。

―――ここからが、本番だ。

 

「ち、千草さん」

「何?」

「あの、その……」

「―――何を、聞きたいのかしら?」

 

ゾクリ、と、何かが身体中を駆け巡る。

千草様の視線は、鋭く、冷たい。

 

「え、あ……」

「ごめんなさいね?どうしても……そう、どうしても、昔の癖って、抜けなくて」

「ち、千草、さ……」

「でもね……貴方の視線が、貴方の緊張が、どうしても私の疑いを深めてしまう。どうしても、ね?」

「す、すみません、千草様……」

「謝らないで……いや、そうね。申し訳ないと思うのなら、教えて頂戴?ねぇ、美佳さん……貴方は、『今日』、何を聞きたいのかしら?」

 

―――見破られていた。

何もかも、見破られていたのだ。

 

「ち、千草様」

「―――花本美佳、私の、千景と私の巫女。責めるつもりはありません……教えて、くれますか?」

「……ずるいですよ、千草様。そう言われてしまっては……私は、断れません」

「えぇ、そうよ……貴女なら、こう言えば断らない。そう分かっていて、こう言うの」

 

なんて、なんてずるい人なんでしょうか。

恐ろしく感じると共に、【断らないと分かっている】という、ある種信頼されている事に、安堵してしまう自分が居る。

少し呼吸を整えて、千草様を真っ直ぐ見る。

 

「千草様。この度は疑われるような振る舞いをした事、申し訳ございません」

「謝る必要はないわ……本題に入りましょう。貴女は、何を聞きたいのかしら?」

「……上里さん経由で、とある話を聞きました。千草様が、最近無茶をされている、という話です」

「……そう、ね。そう、映ったのかしら」

「えぇ。千景様も心配されているとの事で……ただ、どうしてそこまで無茶をされるのか、聴く機会に恵まれない、と。そこで、私が名乗り出たんです。私が、聞き出してみせる、と」

「……何故、かしら?」

 

私を見る目は、とても冷たいもので。

心の奥底まで、見透かされているような、そんな感覚。

―――バレてはいけない事だけは、隠して見せる。それ以外は、全て曝け出してでも。

 

「幾つか、理由はあります。まず単純に、千草様や千景様の為に何か出来るのなら、と思ったため。次に、身近な人には聞かれたくないのではと考えた為です」

「……成程、ね」

「千景様や、丸亀城で過ごす人達の耳に入る事は、私が言わなければありません。もしもこの話が伝わっていれば、その時は私以外に話を流す人間はいませんので、如何様な罰を下されても、甘んじて受ける所存です」

 

あくまで、『上里さんから私に話が流れて来た』、という形にする。

これは、上里さんと決めた事だ。

本来の『千景様から上里さん、そこから私』という流れは、バレてはいけない。

故に、そこだけを隠して、あとは本当の事を話す。

9割9部の真実の中に、1部の嘘を隠す。

 

「……………そう。そうよね。話せるとしたら……」

「千草様?」

「……ねぇ、美佳さん。約束して?誰にも……本当の意味で、誰にも話さないで。どれだけ頼まれようと……誰に、頼まれようと。真鍋さんにも、千景にも、誰にも、話さないでくれますか?」

 

うっすらと、涙が浮かぶ、その表情は。

もしかしたら……今日、始めて見る、『作られていない』表情かもしれない。

不安そうに、私に話す、その表情に。

悩むことなく、私は応えた。

 

「勿論です。貴方に仕える巫女として、誓います。この場で聞いた事は、誰にも話しません」

「本当よ?もし誰かに話したら、私は、貴女を……」

「―――その時は、私を殺してください。貴方の手で、真っ先に、他の誰も疑わず、私を」

 

人生で、これほど落ち着いて心の内を話したことは無い。

それ程に、落ち着いて。

私は、他人に己の命を委ねた。

 

「……良い、の?」

「はい。先ほども申し上げた通り、私が言わなければ、誰も分からない事です。ですので、私以外を疑う必要はありません」

「なん、で、そこまで」

「私は、千景様と、千草様の巫女です。御二人の為ならば、この身捧げる事に躊躇いはありません」

 

本心を、千草さまに伝える。

御二人の為ならば、この命なぞ。

千草様の反応を、伺う。

 

「……これから話すのは、誰にも話した事の無い話。私が、ずっと、ずっと、誰にも話すことなく隠し続けてきた事です。誰にも知られたくない事なんです……改めて、聞きます。今から話す事は、誰にも、話さないで欲しい。それがたとえ、千景であっても。少しでもそれらしい噂が流れた瞬間、私は、貴女を殺してしまうでしょう。それ位に、この話は、誰にも知られたくない事……………それでも?」

「はい。どうか、聴かせてください。千草様が、ずっと、ずっと、1人で抱え込んできたモノを……私で良ければ、支えさせてください」

 

少し俯きながらも私に確認を取る千草様に、私は迷わず応える。

私の言葉の後、千草様が顔を上げてこちらを見る。

その頬には、涙が伝っていた。

 

「―――ずっと、ずっと、怖かったの」

 

その言葉に、少し首を傾げる。

怖かった、とは、何だろうか?

 

「私と千景の親は……正確には、私達の父親は、酷い人だった。子供の事だけではなく、結婚相手にすら興味を示さないで、自分の事を最優先するような人だった。それが原因で両親は喧嘩して、最終的には母親は浮気に走った。それがバレて、私達は村八分……母親は浮気相手と共に村から逃げて、私と千景、父親だけが残された」

「ッ……」

 

改めて聞いても、なんて酷い話だ。

発端は父親とはいえ、そこで浮気に逃げた母親も、何も悪くない千草様達を虐めた人たちも。

なんて、酷い。

 

「父親は頼れない、周りの人も頼れない。だから、私が頑張らないといけなかった。私が千景の心の支えとして寄り添って、あの子が立ち直れるよう見守らないといけなかった。一緒に遊び、考え、学び、教え、良き人として成長出来るように導かないといけなかった……私が、千景の見本に、ならないといけなかったの」

「それ、は……」

 

絶句する他、無かった。

あらかじめ聞いていたが、【それ】は、小学生がする事では無い。

大人ですら不可能だろう。

 

「常に、千景の見本になれるように行動したつもりだったわ。でもね、駄目だった。駄目だったのよ、私は。その先にたどり着いたのは、過度に干渉した結果、千景を依存させてしまったという事実だけ。自立させてあげる事が、出来なかったの」

「……」

 

何と、声をかければ良いのだろうか。

想像することすら出来ない、苦悩の果てに。

出来る事をやった、その先で……出来ていなかったと、知ってしまった、この人に。

何と、声を―――

 

「―――それだけじゃ、ないの」

「……え?」

「ここに、丸亀市に来るために、私は父親を切り捨てた。勇者としての名を汚さない為に母親も切り捨てた……外道の所業よ。人として、酷い事をしたの。千景から、それを責められるのが、何よりも怖い……!」

「で、ですが、それは……」

「怖い、怖いのよ!【もしも】が頭を離れないの、千景に責められる夢を見るの、これが原因で勇者としての資格をはく奪させる夢を見るの……!!」

「千草、様……」

 

頭を掻きむしりながら、ボロボロと涙を零しながら千草様がそう言う。

涙で化粧が落ちて、目の下の隈が、くっきりと見えた。

 

「怖い、怖いよ美佳さん……!勇者の資格がはく奪されるのが怖いの。でも、勇者の資格がはく奪されないのも怖いの!」

「え、あ……」

「『家族を切り捨てる』なんて酷い事をしたのに、私は勇者の資格をはく奪されないの。勇者の基準が、『無垢な乙女』の基準が分からないの!ねぇ、どうして?どうして私は許されてるの!?」

「そ、それは、その……」

 

―――分からない。

どうして、なんだろうか?

頭の中で、考えてみる。

 

「怖い、怖いよぉ……はく奪するなら、今すぐしてよぉ……!」

 

どこまでも、落ち着いていて、笑顔を絶やさなかった千草様が。

年頃の少女の様に、泣いている。

神聖で、尊ぶべき御方の、人らしい姿。

―――気が付けば、優しく抱きしめている、自分が居た。

 

「千草様……大丈夫、大丈夫です」

「よ、美佳さん……」

「神樹様は、千草様を見捨てる事はありません。大丈夫です」

 

あぁ、分かったかもしれない。

神樹様が、何故この御方から勇者としての資格をはく奪しないのか。

 

「千草様。1つ、お聞かせください」

「何……?」

「千草様、貴方様は……家族を切り捨てられた事は、千景様や貴方様の為だけでは無く、『切り捨てた家族の為』でも、あったのでは?」

「……なん、で、そう、思ったの?」

「幾つか理由はありますが……千草様は、お優しい方ですから。きっと、己が保身の為『だけ』に、切り捨てるような事はされないと、思いまして。それに、もしそうであれば、神樹様が勇者としての資格をはく奪しないのも、理解出来ますので」

 

どこまでも、人らしい姿。

そこに私は、勇者の資格がはく奪されない理由を見出した。

あれだけ辛い目に遭われて、尚、外道へと堕ちることなく、今日まであり続けた。

それこそが、証拠なのではないだろうか?と。

 

「家族を切り捨てた事を、千草様は『外道の所業』と言いました。恨み、妬み……人によっては、復讐に走っても可笑しくない程、辛い目に遭われた。ですが、千草様はそうした行為に走らなかった。耐えて、その中で出来る限りを尽くされた。その姿に、神樹様は勇者としての資格を見出されたのではないでしょうか?」

「で、でも……私は、保身の為に、家族を切り捨てて……」

「……『それだけ』、なのですか?」

「え?」

「あくまで保身の為、その為『だけ』だと……本当に、そうなのですか?」

 

そう、どうしても気になってしまうのだ。

この優しい御方が、保身の為『だけ』に、動くのだろうか、と。

呆けた表情を見せる千草様に、何度も聞く。

 

「保身の為、というのはあるのかと思います。ですが、本当に、その為『だけ』なのですか?」

「……ない」

「?」

「……分からない。分からない、分からない……分からないわ、そんなの……」

 

 

 

「美佳さん、私はね―――――『私自身』が、分からないの」

 

 

 

「そ、それは、どういう……」

「恨みはある『はず』、怒りもある『はず』……だけど、産んでくれた感謝もある『はず』で、育ててくれた恩も感じてる『はず』、それこそが人としての正しいあり方だから『そのはず』なの。千景と共に過ごす中で、親への負の感情は確かに持ってて、でもそれを表に出すのは理想的な人間ではないと表に出さないように気を付けていて……気が付いたら、どれが正しいのか、分からなくなっちゃった」

 

―――それ、は。

 

「ねぇ、美佳さん……『私』って、どれが正しいのかな?恨みを持っている『私』?怒りを覚えている『私?』産んでくれた事に恩と感謝を感じている『私』?それとも、それらの感情を表に出さない『私』?他人を疑って過ごす『私』?仲良くしたいと思う『私』?どれが、『私』かな……?分からないんだ、分からないの、分からなくなっちゃうの……!だからね、質問には答えられないの。『本心』って言うのが、分からないの。だからね、保身の為だけに切り捨てたのか、その先に別の意味があったのかも、自信を持って答えられないの」

 

―――なんで、どうして。

 

「千景の為に頑張ってる『私』は、多分、本物……そう、それだけは、多分本当の『私』なの。だから、頑張らないと、頑張らないといけないの。『私』は、千景の為に頑張れる『私』は、『私』だから……!!」

 

―――どうしてこの御方は、こんなにも苦しまないといけないの?

ギュウッと、抱きしめる力が強くなる。

どうか、何か、言葉をかけなければ。

何か、私に出来る事、私に伝えられる事は、何が……

そうだ、これを、伝えよう。私でも、分かる事を。

 

「千草様」

「美佳さん……」

「……私から言えることは、少ないですが、宜しいでしょうか?」

「うん、お願い、教えて……」

「千草様は、千景様の為にと行動出来る、勇気ある御方。優しく、強い御方で……私が、敬愛し、誰よりも尊ぶ御方です」

 

そっと、ハンカチで涙を、涙で落ちた化粧を拭きとる。

化粧で隠されていない、ありのままの千草様を、真っ直ぐに見つめる。

 

「千景様の為に頑張る御方、確かにそれも千草様です。ですけど、もっと沢山、千草様の素敵な所はあります……どうか、周りの言葉に、耳を傾けて下さい。時には、周りを頼ってください。千草様『だけ』が頑張る必要は、無いんですよ」

「そう、なの?」

「はい。私が知らない、知る事の出来てない『千草様』を知っている方が、周りにはいらっしゃります。どうか、不安を、恐怖を、抱え込まないでください……千草様でも分からない『千草様』を、きっと、知っている人が、居ますから」

 

頼る相手が居ない故に、常に模範的であれと行動されてきた御方。

だが、もう、その必要は無い。

千草様の、千景様の境遇を知り、それでも支えたい、そう思う人たちが居るのだ。

千草様が知るべきは、『他人を頼る事』だ。

―――ツゥ、と、拭いたばかりの千草様の頬を、涙が伝う。

 

「……良い、の?誰かを頼って、良いの?」

「はい、良いんです」

「私、託されたの。千景の事を、母さんから。私が、私だけが、託されて……」

「託されたのは千草様かもしれません。ですが、誰も頼ってはいけないと、言われたわけではありませんよね?……大丈夫、大丈夫ですよ」

「……………良い、んだ。私、誰かを頼って、良いんだ……!」

 

誰も頼れない日々の中で、誰かを頼るという選択肢を、忘れてしまった。

正確には、『自分の事を』誰かに委ねる、という選択を、忘れられてしまったのだろう。

 

「はい、良いんです……私で良ければ、幾らでも、頼ってください。微力ながら、お手伝いさせて頂きますから」

「良いの?美佳さん、私……」

「私は、千草様の御役に立てるのならば、何でもします。何でも、申し付けください」

「……じゃあ、ね?暫く、こうさせて……?」

「えぇ、千草様が望むままに」

 

抱きしめる力を弱めて、そっと片手を千草様の頭の上へと持っていく。

優しく撫でると、嗚咽が聞こえてくる。

私は、千草様が自分から離れるまで、ずっと、ずっと、優しく抱きしめ続けた。




1つだけ言わせてください。

やっちまったぜ(テヘペロ

筆が乗った結果、色々と背負わせてしまいました。反省はしてますが後悔はしてません。
あと1話か2話、続いたら大きく時系列進む予定ですので、もう少々お付き合い下さい(土下座


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第21話

生きてました(土下座
冗談抜きで職場がどったんばったん大騒ぎ()でして、漸く落ち着いたのが11月半ば、そこから書き方を思い出す為に匿名で別作品を書き、漸く帰って来れました……
これから前の投稿頻度に戻したいと思いますので……



「ごめんなさい、美佳さん……」

「謝らないでください、千草様。貴方様の苦悩を知る事が出来た事、そして少しでも支えになれる事、これ以上の喜びはありません」

 

泣き続ける千草様を慰めて、どれくらい時間が経っただろうか。

僅かに薄暗い程度だった空が、もう大分暗くなっている。

……服の胸の辺りがちょっと湿っているけど、千草様が苦しみを吐露して下さった証だ。

 

「……ねぇ、美佳さん、約束は、守って……?」

「えぇ、勿論です。この事は、誰にも……千景様にも、絶対話す事はしない、と」

「お願いよ?私、これを話すのは、本当に始めてで……千景には、知られたくないから……」

「千草様からの命に背く事は無いと、誓います。形ある証拠が必要であれば、何か用意致しましょうか?」

「……いいえ、良いわ。この話をした時点で、貴女に対しては、その……ある程度以上、信用しているから。貴女なら、話を漏らす事は無い、って」

「千草様……ありがとう、ございます」

「お礼を言うのはこっちよ……ありがとうございます、美佳さん」

 

涙を拭って、千草様が私に礼を言う。

その時、ふと気が付いた。

 

「千草様……笑顔が、その……」

「笑顔?」

「え、えぇ……自然な笑顔を、浮かべられて……今日、と言いますか、今まで見てきた笑顔は、全部同じ笑顔でしたので……」

「そう、だったの?」

「はい……意図して、そうされてたのでは?」

「いえ、そんな訳じゃ……」

 

……千景様を不安にさせるまいと、無意識に思われていたのでしょうか。

その為、笑顔を無理に浮かべる事が増えて……そうして無理に浮かべた笑みが、張り付いてしまった、と。

 

「そう、でしたか……素敵な笑顔でした。きっと、千景様も、今の笑顔を見られたら、安心して下さるかと」

「そう、だと、良いのだけれど……」

「大丈夫ですよ」

 

何でしょうか、その……少し、角が取れた、とでも言いましょうか。

張り詰めた雰囲気が消えた、様な、気がしますね。

もしかしたら、これこそが、千草様の『素』に近づいた状態なのかもしれません。

 

「……ねぇ、美佳さん。今日は、ありがとうございました。なんだか、少し身体が軽くなった、そんな気がするわ」

「一助となれたのでしたら、光栄です」

「あ、あのね、それで、その……もし、良かったら……また、こうして一緒に出掛ける事って、出来るかしら?今度は、私が案内してみたいの」

「い、良いのですか?」

「えぇ……貴女相手には、もう、何も隠す必要はないから。時折で良いから、一緒に出掛けられたらな、って思って……駄目、かしら?」

「い、いえ!そんな事はありません!!私で良ければ、是非!!」

 

う、上目遣いで懇願などされなくても、そんなお誘い、お受けしますのに……

思わず、抱きしめている手の力が強まってしまう。

 

「あっ……フフッ」

「どうか、されましたか?」

「いえ、その……温かいな、って。私、千景を抱きしめる事は一杯あったけど、こうして抱きしめられる事って、殆ど無かったから……」

「成程、そうでしたか」

「……美佳さん。今日、帰る時まで、こうしてて良いかしら……?」

「はい。ずっと、こうしていましょう」

 

どこか恥ずかしそうに、お願いをされて。

暫くの間、ずっとこうして抱き合っていた。

 

 

 

『花本さん。首尾は、どうなったのかしら……?』

 

大社本部に戻ったタイミングで、千景様からの電話。

気になっているのはやはり、千草様についてのようです。

 

「千景様。この度の件、御話を伺う事は出来ました」

『じゃあ、それを……』

「しかし、口止めをされています。千景様にも、話す事を許されておりません」

『……そう』

「はい。私は、万が一噂が流れた際に私を迷わず殺して欲しい、そういう約束の元、千草様から御話を聞かせて頂きました。ですので、申し訳ございませんが、詳細をお伝えする事は、千景様であっても……」

『……………そう言う事なら、仕方ないわね』

 

正直に、今回の件について話させて頂く。

 

「私から千景様にお伝え出来る事は……そう、ですね、1つだけ」

『何かしら』

「どうか、千草様から話してくださる時まで、千草様の事を信じてお待ちください。千草様は、とても悩んでおられました……今回の件を通して、恐らく、良い方向に変わって頂けるかと思います。ですので、どうか」

『……えぇ、分かったわ。今回は、ありがとうございました』

「いえ、いえ。御二人の為になれる事、これ以上の喜びはありませんので」

『……今の姉さんに寄り添えるのは、多分……私よりも、貴女だと思うから。頼んだわ』

「は、はい!!」

『それじゃあ』

 

……此度の役目は、無事、果たせただろうか?

些か不安はあるけれども……

少しだけ、光明を見いだせたと思う。

 

(私に出来る事は、現状ここまで、でしょうか)

 

ここから先は、千草様ご自身の問題になる。

張り詰めすぎたその先に、糸が切れるように限界が来るという事は回避出来たとは思う。

けれど、千草様と千景様の不和、それを完全には回避しきれていない。

そして、それを完全に回避するためには、御二人が歩み寄る必要がある。

 

(どうか、御二人が再び歩み寄れますように……)

 

目を閉じて、祈る。

今の私には、それだけしか出来ないから。

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

「1人で頑張らなくて良い、頼っても良い、かぁ……分からないなぁ……」

 

暗い部屋の中、1人ベッドで横になって考える。

美佳さんの言っていた言葉を、頭の中で何度も何度も繰り返す。

 

千景の模範にならねばと、周りを頼れぬ中1人で頑張って来た。

自分自身の事が分からなくなって、それでも我武者羅に、千景の為に頑張って来た。

その果てに失敗したと気付いて、それでも千景の事を託されて。

だから頑張って、頑張って、頑張って……

 

「……美佳さん」

 

命を懸けて、私へと尽くしてくれる人。

弱い所を曝け出して、それでも尚、敬愛してくれる人。

 

「……………甘えても、許してくれた、よね」

 

軽蔑の視線では、なかった。

罵倒も、されなかった。

ただ、慈愛に満ちた視線と、敬愛、崇拝の籠った言葉で、包んでくれた。

 

「……………美佳、さん」

 

 

 

 

 

 

(眠れなかった………)

 

眠気のあまり目の下を擦りながら、着替える。

電気ケトルでお湯を沸かしながらコップに適当にインスタントコーヒーの粉を放り込んで、冷蔵庫の中から『試作品』を取り出す。

適当な大きさで切り分けて、丁度沸いたお湯をコップに注ぐ。

 

(ん……ちょっと、味が薄いかしら?)

 

一口食べて、感じた事をメモしておく。

そのまま取り分けた分を食べて、パパッと洗って―――

 

コンコンッ

 

『姉さん』

「千景?」

『あの、その……先、教室で、待ってるから……』

「えぇ、分かったわ」

 

……部屋に入れないようにしたのは、何時からだったか。

積んでいる本の数から、無茶をしているのがばれない様にとしてきたけど……むしろそれが、千景に心配させてしまった。

不甲斐ない姉だ、全く……

何時か、謝って、安心させてあげないと……

 

 

 

「おはようございます」

「お、千草おはよう!」

「おはよう、千草ちゃん!」

「おはようございます、千草さん」

 

教室に入ると、球子さんに友奈さん、杏さんに―――

 

「おはよう、姉さん」

「おはよう、千景」

 

千景が、どこか安心したような表情で、こっちを見ていた。

 

「……姉さん、姉さん」

「千景?」

「―――いえ、やっぱ、何でも無いわ」

「そう?」

「えぇ」

 

何だったのだろうか?

ちょっと気になるけど……何でも無い、と言われてしまえば、それ以上は聞けない。

首を傾げながら、自分の席へと戻っていった。

 

 

 

「千草、千草」

「球子さん……?」

「何て言うか、その……千景と、何かあったのか?」

「えっと、その……」

 

放課後、教室でうなだれていると、球子さんが話しかけてきた。

聞かれるのは、千景との事だ。

 

「……少し、心配をかけてしまって、ね」

「そっかぁ……なんか、2人共様子がちょっと変だったから、気になってな?タマに相談できる事なら話してみタマへ!」

「気持ちは受け取るわ。でも、その……自分で解決しなきゃ、いけない事で……」

「そうなのか?」

「えぇ、そう―――」

 

―――どうか、周りの言葉に、耳を傾けて下さい。時には、周りを頼ってください。千草様『だけ』が頑張る必要は、無いんですよ―――

 

断ろうとしたとき、美佳さんの言葉が頭の中を過る。

 

「―――ねぇ、球子さん」

「ん?」

「あの、その……やっぱ、話してみても、良い、かしら……?」

「勿論!さぁさぁタマに言ってみタマへ!!」

 

目をキラキラとさせながら、ズイと近づいて来る球子さんに、少し悩みながらも口を開く。

 

「実は、その……今まで、千景に隠し事をしてて……」

「ふんふん」

「それで、その……それに、千景が気付いたみたいで、不安に思われてて……頑張って隠してたんだけど、それがかえって千景を不安にさせちゃって……」

「なるほど?」

「だから、その……何時かは、隠し事を打ち明かしたい、そうは、思うの……だけど、その……怖いの」

「怖い?」

 

一度口に出してしまえば、後はもう、スルスルと言葉として出て行ってしまう。

私の想いが、全て。

 

「隠し事をしてしまった事、それを千景に知られる事……それがもとで、千景から拒絶される事。全てが、怖いの……」

「……成程な。なんとなく事情は分かった」

「……どうすれば、良いのかしら……」

「うーん……やっぱ、ここまで来たら隠し通すか、全部話すかのどっちかしかないと思うぞ?」

「やっぱり、そうなるのかしら……?」

 

球子さんから帰って来たのは、考えてはいた選択肢だった。

ただし、と球子さんが続ける。

 

「どっちにしろ、決めるなら早い方が良いと思うぞ?」

「どうして、かしら」

「悩んでる姿を千景に見せ続ける方が、千景が心配するからな!だから、どっちを選ぶにしろ、早く決めた方が良いとタマは思う!」

「………そう、ね。確かに、それは、そうよね」

「うん。タマから言えるのは、それと……あと、あ、これもだな」

「?」

「……もし他に悩み事があったら、何時でもタマを頼りタマへ!タマは、千草の友達だからな!!」

 

―――友達、か。

前は、良く分からなかったけど。

今は、なんとなく、分かる。

 

「―――――ありがとう」

「どういたしまして、だ!!」

 

きっと、困った時に、助け合える人。

それが、友達、なんだろう。

こうして助けてくれた、球子さんのような人が、きっと。

 

 

 

球子さんが何処かへ行っても、1人教室で項垂れていた。

千景に、話すか、話さないか。

どちらにしろ、早い方が良い。

球子さんの言う事は、もっともだ。

今この瞬間ですら、きっと千景に心配をかけてしまっているのだから。

 

悩む、悩む、悩む。

怖い、怖い、怖い。

そう、怖いのだ。

千景に拒絶される、その僅かな可能性が、千景と向き合う事を躊躇わせる。

 

どうしよう、どうしよう。

1人悩んでいると、ふとナニカの気配を感じた。

顔を上げて、思わず困惑してしまう。

目の前に居たのは―――人の形をした、真っ白い『ナニカ』だったのだから。

 

『―――悩める【人】よ。考える【人】よ』

「……貴方、は?」

『選ばれし【人】よ、君に問おう』

 

中性的な声が、響く。

問いかけには応じず、むしろ逆に質問されたが。

 

『何故、考える?何故、悩む?恐ろしいなら、逃げてしまえば良いのに』

「それ、は……」

『何故、逃げない?』

 

その問いかけに、直ぐに答える事は出来なかった。

少し考えて、口を開く。

 

「―――逃げる事は、出来ない」

『何故?』

「私が……あの子の『家族』が、あの子を置いて逃げるなんて、二度と会ってはいけない。かつて、それで泣くあの子を、守ると決めたのは、私だから」

『君以外にも寄り添う人は居るだろうに。何故、周りに任せ逃げない?それが原因で苦しんでるのに』

「………」

 

またも、即答は出来ない。

確かに、今では美佳さんや真鍋さんなどの味方は居る。

昔とは違う。

―――でも。

 

「それでも、よ。私は、あの子にとって唯一の『家族』なのだから」

『それだけの為に?』

「私はあの子の、千景の姉。支え、導き、模範となるべき存在。そして―――千景を、誰よりも愛しているもの。逃げたりなんてしないわ」

『―――愛ゆえ、か。それもまた、【人】らしい行い』

 

私の答えに、『ナニカ』が上機嫌そうに笑う。

 

『―――良く、そこまで真剣に悩みました。良く、そこまで真剣に考えました』

「?」

『貴方のその姿に、私は【人】らしさを見出した。その姿を、私は愛おしく感じましたよ』

「何を、言って……そもそも、貴方は」

 

―――気が付いたら、『ナニカ』は消えていた。

 

「幻覚か、何かだったの……?」

 

考えても、何も分からない。

そう思う事にする。

でもまぁ、助かったところはある。

 

「……うん。私は、逃げない。千景を愛しているのは、本当だから」

 

例え千景から拒絶されたとしても、私は、千景を愛している。

心の底から、誰よりも、何よりも。

『ナニカ』との会話で、それをしっかりと再認識した。

 

「―――話そう、全てを」

 

 

 

 

 

『悩める人よ。考える人よ―――――【考える葦】の子よ。【私】は、貴女を好ましく思います』

『これからも、良く悩み、良く考えなさい。その果てを、見守りましょう』

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

『部屋に来て貰えるかしら?』

『どうしても話したい事があるから』

『待ってます』

 

「姉さん……」

 

トークアプリの画面を、何度も見直す。

夕飯を食べて、別れて、自室に戻って。

どうしようかと考えていた時に、送られてきたメッセージ。

周りに気付かれないように、そっと部屋を出て。

姉さんの部屋の前に、私は立っている。

 

何を、話したいのだろうか。

何故、今まで隠していた部屋の中へと招き入れるのだろうか。

グルグルと、頭の中を様々な疑問が駆け巡る。

不安と、困惑と、色々と頭の中で混ざり合う、そんな感覚。

 

怖い、怖い、怖い。

―――怖い、けれど。

 

「姉さんが、待ってる、から」

 

―――コンコンッ

 

『入って』

「お邪魔、しま、す」

 

部屋の中へと、そっと入る。

あの日以来、初めて入るその部屋。

中は殆ど変わらない、けれど。

フワリと、甘い香りが漂っている、ような……?

 

「千景」

「姉さん……」

「……こっち、来て?」

「……うん」

 

ポンポンと、自分が腰掛けるベッドを叩く姉さん。

その横に、座る。

 

「姉さん。話したい事、って」

「……千景」

「うん」

「ごめんなさい。貴女を、不安にさせてしまって」

「それは……」

「全部、話すから……ね?」

「……うん」

 

互いに指を絡めて、手を握って。

『離さない』『逃げない』と、無言での意思表示。

 

「―――私、ずっと怖かったの」

「怖かった……?」

「うん、そう。ずっと、ずっと、母さんが居なくなった、あの日から」

 

姉さんの言葉に、少しだけ考える。

でも、私は、あの日、気付いたのだ。

姉さんの、勇者御記。それを覗いた、あの日に。

 

「―――貴女を支え、導き、見守る。その重責を、果たせるんだろうか、って。ずっと、怖くて、悩んでた」

「それでも、『千景を支えられるのは私しか居ない』って、自分に言い聞かせて来た。そうして、ずっと頑張って来た、そのつもり」

「そう、その『つもり』であって―――あくまで、そこまでだった」

 

―――姉さんの理想は、私の、いや、他人が考えているよりも遥かに高く、尊いモノである。

きっと、誰かを支えたいと願う人にとっての最上の理想。

 

「支える、なんて綺麗なやり方が出来なくて……私は、貴女を私に依存させる事でしか、寄り添えなかった。気付けたのは、最近の事」

「そんな事はないわ、姉さん。それは―――」

「―――たとえ、どんな理由があっても、私は成し遂げなければならなかった。だって、私は貴方にとってただ1人の家族だもの。唯一の寄る辺を名乗るのならば、そうでなければならなかった」

 

姉さんにとっての原動力であり……姉さんを雁字搦めにしている、呪いの如き理想。

何処までも、姉さんを『郡千景の理想の姉』として縛り付けてしまう。

 

「もっと上手く出来る、もっと理想は高く遠い所にある……それが、分かった。だから、必死になって、我武者羅に……自分の事を顧みず、頑張ったわ」

「……それが、ずっと部屋の中に入れてくれなかった理由?」

「……うん、そう」

 

そう言うと、姉さんがベッドの下に手を伸ばした。

引きずる音と共に現れたのは、段ボール箱。

―――あの日開けた段ボール、だけじゃない。

合計で2つ。

 

「これ、参考書とか、色々入っているの」

「……何冊、あるの?」

「今は35冊、って所かしらね」

「35冊……」

「ちょっと、無理しちゃってたかもね」

「目の隈とか、もしかして……」

「そう、ね。ちょっと夜遅くまで勉強してたから……夜中の0時くらいまでかしら」

 

姉さんの呟きに、少し考え込む。

本の数は、この短期間で7冊増えている。

 

「嘘、よね?」

「千景?」

「ねぇ、姉さん。私も、本当の事、話すわ」

「何かしら?」

「―――私、姉さんが居ない間に、一度だけここに入ったわ」

 

―――この場で、まだ、私を少しでも不安にさせまいと嘘をつく。

姉さんなりの優しさなのは、分かる。

けど、今この場でして欲しい事は、本当の事を教えて貰う事。

だから、こちらから仕掛ける。

 

「それ、は」

「28冊。その時の本の数……7冊も増えてる」

「……そっか。千景には、バレてた、のね」

「うん。だから、教えて……本当の事を」

 

ギュッと、握っている手の力を強くする。

観念したように肩を竦め、大きく溜息を吐いて。

姉さんが、困ったように笑いながら、口を開く。

 

「―――夜中の2時まで勉強して、朝の5時に起きて、1人トレーニングをして、それで朝千景に出会うまでにシャワーを浴びて、丸亀城に行く。これが、私が最近ずっとやってた事」

「―――」

「目の隈は少し化粧で誤魔化してた、つもりだったんだけど」

「私には、分かるわよ……姉さんの、事だもの」

「そう、よね。千景には、隠せないわよね」

 

無茶をしている事、それだけは分かっていた。

けれど、その『無茶』が、想像以上で。

絶句する他なかった。

 

「眠れないの、最近」

「え?」

「正確に言えば、『寝ても悪夢で魘されて起きる』、かしら?」

「どう、して」

「千景。私は、ここに来るために、『あの人』を切り捨てた。私達の立場を守る為に、母さんすら切り捨てた……『家族』を、切り捨てたの。人として許されざる行為、外道の所業よ。それをした事で、勇者としての資格を剥奪されないかどうか、気が気じゃなかった」

 

何処か遠い所を見つめて話す姉さん。

 

「勇者の資格を剥奪される夢を見た。そして……千景に、嫌われる夢を、見たわ」

「そんな事!」

「怖かった。とても、怖かったの……だから、その恐怖を振り払うように、我武者羅になったわ」

「……………そう、なの、ね」

 

姉さんの頬を伝う涙に。

そして、浮かべている、辛そうで、苦しそうな表情に。

私は、姉さんの隠していた苦しみが、私の想像以上である事を、改めて理解する。

 

「他にもね、怖い事はあるの」

「他にも、まだ?」

「うん……ねぇ、千景」

「何?」

「―――『本当の私』って、何だろう?」

「本当の、姉さん?」

「うん、そう」

 

質問の意図が分からず、首を傾げる。

本当の、姉さん。

どういう意味か考えようとして―――

 

「理想の姉を演じる『私』、メッキがはがれた『私』……色々な『私』がいる。けれど、どれが本当なのか、分からなくなっちゃったの」

「―――」

「色んな『私』が居過ぎて、分からなくなっちゃって……でも、1つだけ、確かなモノはあった」

「……それ、は?」

「―――千景の為に、頑張る事。それだけは、私の絶対だから。だからね、頑張らなきゃ、それすら無くなったら私は私じゃなくなる、って思って……」

 

―――姉さんが、自分自身を、見失っている?

頭の中で、今の言葉が、グルグルと駆け巡る。

 

「千景のお蔭で、全てを見失う事は無かった。そう思ってるわ」

「でも、それは……私の姉という理想を求めなければ、そうはならなくて……だから、私が、私が居なければ……!」

「千景。それ以上は、駄目よ」

 

私の唇に、指を押し付けて。

姉さんが、私の言葉を遮る。

 

「……私はね、千景。貴方の姉である事に、誇りを持っているの。千景が居ない私の人生なんて、考えられない……」

「ねえ、さん?」

「だから、ね?千景が居なければ、なんて、言わないで……それだけは、駄目よ」

 

震える手で、そっと私の頬に触れて。

怯えたような表情で、姉さんが言う。

 

「貴方の為に、それすら奪われたら―――今の私じゃ、耐えれない……!」

「……姉さんも、そう、なのね。私達、まだ、離れられないわね」

「ごめんなさい、千景、ごめんなさい……貴方を独り立ちさせなきゃいけないのに、私が貴方に依存してしまって……!」

「うぅん、私も悪いの。いえ、私が悪いのよ、姉さん……貴方に、甘え過ぎたから。私自身が独り立ちする為に頑張る事を放棄したから、こうなっているの」

「違う、違うの!私は貴方のお姉ちゃんだから、だから私が頑張らないといけなかった!我慢して、貴女を……!」

「姉さん、聞いて」

 

涙を流して謝る姉さんに、告げる。

 

「―――今まで、ずっとありがとう。これからは、私も、頑張ってみるから。だから……姉さんだけが、頑張り過ぎないで?」

「ち、かげ……」

「私が、寄りかかり過ぎたんだよね、姉さん。私も、1人で立てるように、頑張るから……そして、姉さんの事を、ちょっとでも、支えられるように、なってみせるから」

 

姉さんの頬に、手で触れて。

優しく、そっと額に私の額を付ける。

ふれあい、本心を伝える。

 

「時間は、どうしてもかかってしまうけれど……出来る限り、頑張ってみるから。だから、ね?」

「ちかげ、ごめんね、わたし……!」

「謝らないで。私の大好きな姉さん、大切な姉さん……甘え過ぎてごめんなさい。頼り過ぎて、ごめんなさい。甘えるだけじゃない、そんな妹に、なってみせるわ」

「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……!!」

「良いのよ、姉さん。今度からは、2人で頑張りましょう?」

 

自分の事を『不甲斐ない』と責める姉さんを、優しく抱きしめる。

ずっと、甘えて来た。ずっと、頼って来た。

―――変わらないと。私自身の為にも、姉さんの為にも。




この度は長期にわたり投稿が出来ませんでした事、申し訳ありません。
また頑張って投稿していきたいと思いますので、生暖かい目で見守って頂ければと思います。


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