ヘイ!タクシー! (4m)
しおりを挟む

始まりは案外突然に
始まりは案外突然に01


ここは、日本だ

そう、過去でも未来でもない、ましてや最近流行りの異世界でもない

そんな普通の世界、普通の場所、そこが彼の住んでいる国

これは彼の物語、というよりも俺達の話

期待した人には悪いけど、自分は別に超能力を持っているとかそういうわけじゃない

 

ガサッ

 

だからといって金持ちというわけでもない

 

「・・・イ」ガサッ

 

普通に働いて普通に暮らす、家と職場の往復の毎日、そんな普通の人間だった

 

「・・・オイ」ガサガサガサガサッ

 

とりあえずこれはそんな毎日が変わる朝

 

「・・・起きろ」ドサッ

「ぶふっ」

 

なんてことない、いつもの一幕である

 

「お前、いつまで寝てるつもりだ」

「ううん・・・って、あ?今何時・・・」

「8時50分だ、ねぼすけ」

 

デスクの上にカバンとコンビニの袋を置き、クリーム色の長い髪を払いながら俺に向かって、その人はそう答えた

いつの間にか顔の上に置かれたコンビニのアンパンの袋を持ちながら時計を確認すると、確かにもう9時近くになっている

また事務所のソファーで眠りこけてしまっていたのか

 

「春だからってボーッとしすぎだ」

「うーん・・・あれ?でも、ひな先輩なんでこの時間に来てるんですか?」

 

出勤時間は9時半頃のはずなのに

 

「私は朝一で郵便局に持ってく書類があるんだ。それに、なんでここに居るかなんてのはこっちのセリフ。一晩ここに居たのか?お前今日休みだろう」

「いや、それが・・・」

「大方、夜通し姉さんに付き合わされたクチか?」

 

事務所の隅の大金庫から会計用の小型金庫を取り出し、デスクに座ってお札を数えながらそう言った

 

「休みの前の日くらいさっさと帰れ」

「まぁ、やること自体は嫌いじゃないんで・・・」

「おはよう!諸君!」

 

弁解しようとしたその時、事務所の扉が勢いよく開き、スーツ姿のそこそこ歳の中年男が入ってきた

 

「おはようございます。社長」

「おお、雛子君!今日も、一段と可愛らしいね!今日も1日、よろしく頼むよ」

「いえ、こちらこそ」

 

ニッコリと笑顔で返すひな先輩

 

「それと、今度可愛らしいと言ったら、リフトで押し潰しますので」

 

ニッコリと、笑顔を続ける、ひな先輩

 

「あ、朝から辛辣だなぁ・・・雛子君。ハハハ・・・」

「何なら、社長の車フューエルポンプのヒューズ引っこ抜いておきましょうか?」

「そ、それだけは勘弁してほしいかな・・・」

 

デスクから立ち上がり、壁際のロッカーを開けて書類に手を伸ばしながらひな先輩は社長に言い放つ

頑張れ社長、きっと良いことが待ってるはずだ

 

「おい、お前」

「はい、何ですか?」

 

蘭道 雛子(らんどう ひなこ)と書かれたネームが入った社員証を首から下げ、ぶっきらぼうに話しかけてくるのは、俺の先輩

呼び方は色々あるんだけど・・・俺はまぁ、ひな先輩とか呼んでいる

二つ年上の先輩で、口はちょっと・・・いやかなり悪いけど頼りになる女の人

なんで社長が言ったことにあんなにムキになるのかというと

 

「あの上にある書類、取ってほしい」

「踏み台は?」

「・・・多分工場に持ってかれた」

 

普通なら・・・うん、普通の身長なら手が届くであろう書類を指差しながら、ひな先輩は俺に目配せをしてくる

 

早く取れ、取らないと殺す

 

そんな念を感じながら、俺は持っていたアンパンを目の前のデスクに置き、ロッカーの上に手を伸ばす

 

「違う左だ、・・・行き過ぎ、もうちょい右、それじゃない、そうそれだ」

「これですね。よいしょっと。・・・はい、・・・ひな先輩」

「おい、今書類を見ながら一瞬考えたことを是非とも聞こうじゃないか。言ってみろ、怒らないから。ほら、お姉さんに言ってごらんなさい」

「いや、えっと・・・」

 

違うんです、本当に違うんです

別にチb・・・ちっちゃいとか思ったわけじゃないんです

ただ書類を渡すときに目線が少し下に行くなぁって思っただけなんです

 

「わ、私は社長室に行こうかな!あ、ほら!雛子君、電話!電話だよ!」

 

タイミングが良かったのか悪かったのか、フロントデスクに置いてある電話が鳴り響く

 

「ふん、まったく・・・。お電話ありがとうございます。青葉自動車、フロントの蘭道です」

 

電話を取ると同時に今までのやり取りが嘘のように声色を変え、メモ帳を開きペンを持ってフロント業務につくひな先輩

社長はというと、逃げるように社長室へ向かっていった

 

「はい。あ、お電話お待ちしてました。ええ・・・はい、そうですね、そろそろお伺いしようと思っていたところで・・・はい、かしこまりました。では10時にお伺いしますね。では失礼します。はーい・・・」

 

ここは俺の職場である青葉自動車工業

主に自動車の整備を生業としている

お世辞にも大きいというわけではないが、それなりに楽しい職場だ

従業員は

社長

フロントのひな先輩

フロントと忙しかったら整備の俺

それと・・・

 

「あ!社長!やっと来た!」

 

工場と繋がっている扉が開き、今にも社長室に入ろうとしていた社長を呼び止めた

 

「おお!おはよう美空君!調子はどうだい?」

「どうだい?じゃないですよ!私のトルクレンチどこやったんですか!」

 

バン!とデスクに手を抑えながらそう言う

 

「あ、ああすまない。家の車をタイヤ交換しようと思って借りて帰ったのだが・・・つい」

「ついって何ですか!もぉぉぉ・・・あ、レイジ君おはよ」

「お、おはようございます。姉さん」

 

この人がもう一人のスタッフ、整備担当の海道 美空(かいどう みそら)

ツナギ姿にポニーテールの似合う、四つ年上の先輩、ひな先輩より二つ上になる

 

「姉さん、私の車のトランクにあるから使っていい。これ、鍵」

「ひなちゃんおはよう!そして・・・ありがとー!」

「姉さん待って、ホント待って。このスーツ下ろしたてだから本当に待って、そのグリスまみれのツナギで抱きつかないで」

 

両手を前に出して本気で拒否するひな先輩

 

「えぇぇぇ・・・」チラッ

「いや、俺もダメですからね。シャワー浴びたんですからこれでも」

「本当にみんないけずなんだからぁ・・・」

 

ひな先輩から鍵を受け取り、トボトボと事務所の出口に向かう姉さん

 

「あんた達一体何やってたの?」

「あー・・・トラックの車検」

「それであんなになる?」

「ついでに隣空いてたから姉さんの車入れて、なんかいじってたみたいだけど」

「絶対それがメインでしょうが・・・って、まさか姉さん寝てないんじゃ」

「いや、俺が見た時は寝てましたよ。寝板で自分の車の下に潜り込んでそのまま」

 

やれやれと手の上に顎を乗せてうなだれるひな先輩

姉さんはいい意味でも悪い意味でも車馬鹿だから・・・まぁ、そこが良いところでもあるんだけど

 

「あ、そうだ。社長」

「な、何かね雛子君」

 

スッと顔を上げ、社長室へ入ろうとしていた社長を呼び止めたひな先輩

 

「車取り、行けません?」

「時間は?」

「10時くらいにあっち着」

 

あと1時間くらいは余裕があるみたいだけど

 

「申し訳ない、私も陸運に用事があってねぇ・・・」

「ひなちゃーん!ありがとっ!借りてくよーん。ハイッ!鍵!」

 

工具を揚々と掲げながら、鍵を渡して工場へ帰ろうとする姉さんをひな先輩は呼び止めた

 

「姉さん、車取り。もう姉さんしかいない」

「えぇ・・・いいとこなのに、いつ?」

「10時くらい」

「んー、代車は?」

「なし」

「じゃあ、誰か私を連れてってくれる人いないと・・・」

 

そう言って、姉さんは社長を見る

 

「すまない、美空君。もう私も出なくてはいけない時間なんだ。昼までは戻らないだろう。ああそれじゃ!雛子君、事務所頼んだよ!」

 

そう言うと、社長は鞄を抱えて出口へと向かう

 

「あ、社長!キャンペーンガールの件どうなったんですかー!?」

「帰ってきてから話そう!では、行ってくる!」

「行ってらっしゃい、社長」

 

姉さんの言葉を遮った社長はひな先輩の言葉を背に、そそくさと車に乗って行ってしまった

 

「もう、そんなんだったらいつまで経っても・・・!って、行っちゃった・・・」

「とにかく早く顔洗ってきて、それと着替えてくること」

 

ひな先輩がそう言うと「はーい・・・」と抜けたような返事をして、姉さんはシャワー室へと消えていった

 

「キャンペーンガールなんて募集してたんですね」

「姉さんが社長に掛け合ってほぼごり押しで話通してた。応募はゼロだが」

「いやまぁ、それはそうですよね・・・」

 

こんな見たことも聞いたこともない工場の為に、そんな気を使ってくれる人がいる方が奇跡だ

 

「で、悪いがお前送っていけるか?私は姉さん帰ってくるまで事務所にいなきゃいけない」

「ええ、いいですよ。休み今日に入れたけど、どうせ暇だし」

「悪いな、そのアンパン朝ご飯の足しにしてくれ。食ってる間に姉さんも出てくるだろ」

 

そう言うと、髪の毛を手で後ろに払い、顔をデスクに落とし書類の作成に戻るひな先輩

俺はというと、事務所の冷蔵庫から牛乳と昨日余分に買ってしまったクロワッサン、みかんゼリーを取り出し、テーブルに持ってきてもそもそと食べた始めた

そこの冷蔵庫、お前専用だな。なんて言葉を掛けられながら、テレビの電源をつける

 

『はーい!今日の朝イチ特集は・・・今人気急上昇中!346プロダクションに潜入調査です!』

 

女子アナの人がそう言うと、やたらと大きい建物の中に入って、案内人の人に連れられながら様々な場所を廻っていく

 

「ここってそんなに有名なんすか?」

「お前そんなこと言ってたら姉さんに殺されるぞ」

 

ほらっ、と言われて見せられた顧客管理表には、氏名の欄に『美城プロダクション』と書かれた顧客情報が10台以上、上から下まで書き連ねられていた

 

「数字で3、4、6、って書いて''みしろ''って読むんだ。表向きには漢字で書くより数字で書いたほうが愛着があるってことなんじゃないか?」

「でも、なんでうちに入庫してくれるんですかね?こんなに大きい会社なのに・・・」

 

テレビを見ていると、まるで建物というよりはおとぎ話に出てくるような城のような建物に入ると、壁には華やかなドレスのような衣装を着ている女の子のポスターがデカデカと何枚も飾られており、渡り廊下を抜けると、そこらにあるビルなんて比べ物にならないくらい大きなオフィスビルがそびえ立っていた

 

「社長の友人と、お孫さんがそこで働いてるんだと」

「え、それすごい。あぁ、だから贔屓にしてもらってるってことか・・・」

 

オフィスビルの他には別館があり、そこにはエステルームや浴場等、社員が楽しめる設備が数多く存在している

もはや会社というよりは一つの施設のような、それほど大きな会社だった

 

「それで・・・結局何をやってる会社なんすかね?」

「社長が言うには、芸能関係の仕事が多いそうだ。だけど最近なら・・・」

 

ひな先輩が言い終わる前に、テレビでは女子アナの前に一人の女の子が飛び出してきた

 

『みなさーん!おっはようございまーす!いきなり飛び出てもカワイイボク!輿水幸子でーす!』

『え!?幸子ちゃん!?本物!?私聞いてないんですけど!?』

『先週、次は346プロにお邪魔するって言ってたときに。ボクに会いたいって言ってくれたじゃないですか!サプラーイズ!ですよ!』

『きゃー!嬉しい!どうしよう!先週の放送見てくれてたんですか!?と、とりあえず、サインください!』

『えへへ!これもボクがカワイイせいですね!』

 

慌てふためく女子アナに、スタジオから笑い声が飛んでいる

 

「・・・この子も有名なんですか?」

「お前・・・もうちょっとテレビとか見ろ。最近出ずっぱりだぞ。アイドルだ。アイドル」

 

テレビを見ると、その子の特集映像が流れており、さっき見たような煌びやかなドレスを見に纏い、仲間たちとステージで歌ってる様子が映っていた。

その会場は満員で、沢山のサイリウムに彩られながら、笑顔を弾けさせている

 

「他にも島村卯月、渋谷凛とか。速水奏、北条加蓮、高垣楓とか。他にも沢山いるぞ」

「あ、確かに聞いたことあります。最近ドラマとか出てましたよね」

「ああ、この輿水幸子はスカイダイビングもしたしバンジージャンプもした」

 

・・・それってアイドルがやることなのか?

それよりも

 

「なんかひな先輩詳しいですね?」

「そりゃ嫌でもそうなるわ、いつも・・・」

 

そう言いかけたその時、シャワー室からドタドタと慌ただしく事務所に駆け込んでくる音がした

 

「ちょっと!今さっちんの声がしたんですけど!」

 

そう言われたひな先輩が親指でテレビを指差す

 

「あぁ!さっちん!今日もカワイイ・・・グフフ!」

「ちょっとこのドルオタ!ちゃんと髪乾かして・・・まったく」

 

呆れた様子で隅に置いてあったドライヤーを持って、タンクトップにツナギの袖を腰あたりで団子結びにした姿のままテレビの前に座りこんだ姉さんの髪を乾かし始めるひな先輩

ミディアムショートがドライヤーでパラパラと揺れるのも気にせず、姉さんはテレビにかじり付いていた

 

「飲みに行って何を話すかと思ったら、男の話でもなくやれ美波ちゃんはどうだのウサミンはああだのいつもいつも聴かされたら嫌でも詳しくなる」

 

姉さんの髪をとかすというよりはグシャグシャにしながらそう言う

 

「ひな先輩・・・結構キてますね」

「あの姿はお前には見せられんわ」

 

そのあともブツブツと姉さんのグチをつぶやきながら、髪を乾かすひな先輩

テレビの特集が終わる頃には姉さんの髪はしっかり整えられ、いつものポニーテールがゆらゆらと揺れていた

 

「ありがとひなちゃん。それで、どこに車取り行けばいいの?」

「ああ、そういえばそうですね」

 

そろそろ俺も車の準備をしなくては

 

「うん?そこ」

 

そう言ってテレビを指差す

 

「・・・どこ?」

「だから、そこ」

 

頭にクエスチョンマークを浮かべている姉さんに、ひな先輩は再度346プロの特集をやってるテレビを指差す

 

「・・・?」

「ああ、もう」

 

まだ状況が飲み込めていない姉さんに、ひな先輩は車両と仕事の詳細が書かれたオーダーシートを渡す

 

「10時頃、美城プロダクションの今西さんって人の車を取りに行くの。仕事の内容は・・・」

「ほえぇぇぇ!!」

 

ひな先輩の説明を聞き終わる前に、姉さんが奇声を上げ始めた

 

「ちょっとアタシ・・・お化粧してくる!」

「姉さん待って、もうそんな時間ないから。お願い待って」

 

手洗い場に消えようとする姉さんをひな先輩は必死に抱きついて止めていた

 

「だって346プロよ!アイドルがいるのよ!何かあったときの為に準備しとかなきゃ!」

「いやいや車取りに行くだけだから。なんかあったら私たちもマズいから」

「今、車まわしてきますね」

 

姉さんがこれ以上重症化しないうちに、俺は車を取りに外に出た



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

始まりは案外突然に02

「フフ〜フフ〜フフ〜フフ〜フフフン♪」

「ご機嫌ですね」

 

346プロに行けるのがそんなに嬉しいのか、姉さんは車に乗り込んでからというもの、鼻歌を歌いながら意気揚々としていた

 

「そりゃそうよ。今までスタッフの人が車工場に持ってくるだけだったし、実際に行くのなんて初めてだもん」

 

サンバイザーを手前に下げ、ついてる鏡で髪型を整えながら嬉しそうにそう答えた

 

「で、俺はその今西さん?を第一スタジオとかいうところに連れて行けばいいの?」

「そっ。自分で行くつもりが、点検の日をすっかり忘れてて足が無いんだって」

 

こういうことはよくある

代わりの車がない場合など、車を持ってきたりしたお客さんを自宅や都合がつく場所まで送り届けるのだ

まるでタクシーみたい

一応地図も貰ってきた

 

「だからちょい待っててね、私は鍵貰ってきたらさっさと行っちゃうから。あ、でも途中で紗枝ちゃんとかに会ったらどうしよう!あーんもう!グフフ・・・」

 

・・・ダメだ、監視の意味でも姉さんが会社から出てくるまでちゃんと見てなきゃダメだ

 

「あ、ここよ!うわデカい!!いやーすごい!さすが大企業!ビル上まで見えないじゃない!」

 

そうこうしてるうちに目的地に到着した

テレビと同じ、お城のように大きい建物に、見上げると首が痛くなるほどバカデカいオフィスビル

おとぎ話に出てくるような大きな正門をくぐり抜けると、正面玄関が見えてくる

その丁度前あたりに車を止めた

 

「じゃあちょっと行ってくるねー!うふふーん!レッツレッツゴー!」

 

もうテンション爆上がりのまま、俺の言うことなんて一つも聞かず、玄関から勢いよく入っていった

 

「まったく・・・」

 

お世辞にも静かとは言わない車のマフラーの音が、壁に反響して低くあたりに唸っていた

建物に入っていく人も、車が古いのもあってジロジロと見ていく

姉さん、早く帰ってきてくれよ・・・

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

ああ、早く早く急がないと!

まさかテレビの生放送がこんなに押すなんて思ってませんでしたよ!

それもこれもボクがカワイイせいですかねぇ!

 

「幸子!次の現場、第一スタジオだから!表に車まわしてある!」

「はーい!・・・ってプロデューサーさんは来ないんですか!?」

「悪い!今から別の現場なんだ!すまん!急いでるから!」

 

ああ、ちょっと!っとボクが言い終わる前に、プロデューサーは慌ただしく廊下を走って行ってしまった

まったく、こんなカワイイボクを置いていくなんてプロデューサーは・・・ってそんなこと考えてる場合じゃなかった!

急いで控え室に行って支度をしないと、次はKBYDだから友紀さんや紗枝さんが待ってるはず!

急いで控え室に飛び込み身支度をしていると、プロデューサーから連絡が入る

玄関前に止まってるシルバーの車に乗ってほしいとのこと

 

「まったく・・・ボクの扱いがだんだんと雑になってきてるような・・・」

 

考えごとをしながら扉を開けると、丁度横から歩いてきたツナギ姿の女性とぶつかってしまった

深々と帽子を被っていたせいで前が見えなかったですね

 

「あ、すいません!」

「いえいえ、こちらこそごめんなさい。あ、そうだ、あなた今西さんって方知ってる?」

「今西部長ですか?部長なら、この先のオフィスにいると思いますが」

「ありがとう!ここ広くて迷っちゃって。助かったわ!急いでるから、ごめんなさいねー!」

 

そう言うとその女性は慌ただしく廊下を走って行ってしまう

なんだか今日は皆さん忙しそうですね

それにしても今の女性、綺麗な方でした

アイドルでしょうか?でもボクには気付いてなかったみたいだし・・・

 

「って、時間!」

 

どうしましょう!もう間に合いませんよー!

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

ホエー

チョットシマムー!

イコウ、ウヅキ

 

「はぁ・・・」

 

ここに車を止めてると色々な人に見られていく

今も高校生くらいの女の子にガン見されたと思ったら、お仲間に連れられて避けられるように建物に入って行った

まぁ、見た目古い普通のシルバーなセダンだけど・・・姉さん仕様だから

まったく、そんな姉さんは何やってんだか。あれから10分くらい経つぞ

そうして、そろそろエンジンを切ってシートを倒してゆっくりしようとしたところで、助手席のガラスをノックされる

視線を左に向けると、そこには満面の笑みを浮かべた姉さんが車の鍵を持って立っていた

ガラスを下に下げる

 

「遅かったっすね」

「ええ、ちょっと迷っちゃってね。それより聞いてよ!戻ってくるときに、レッスン室で水本ゆかりちゃんがレッスンしてるとこが見えたのよ!あとあと、今そこでニュージェネとすれ違って!それからそれから・・・!」

「あ、ああわかりましたわかりました!帰ってからゆっっっくり聞くので、今はその鍵持って車乗ってさっさと帰りやがってください」

「わかったわ!帰ったらひなちゃんにも聞いてもらおーっと!」

 

そう言うと、ウフフっといいながら車に向かっていく

ひな先輩、お疲れ様です

その後、姉さんが車に乗って出ていってすぐだった

自分も今西さんを待つ準備をしようとした時に後ろのドアが勢いよく開く

 

「ドライバーさん!第一スタジオまでお願いします!カワイイボクをみんなが待ってるんですよ!」

 

そう言って乗り込んできたのは、帽子で顔はわからないが、声と見た目からして中学生?くらいの女の子・・・か?

 

「君が・・・今西さん?」

「はい?なんだか今日は部長に用事がある方が多いですね、違いますよボクは・・・ってドライバーさん!急いでください!もう間に合わないですよ!」

 

女の子はスマホを取り出すと、時計を確認したりどこかに連絡を取ったりと画面とにらめっこしながら格闘し始めていた

 

「ああ・・・次はあのディレクターさんの番組なのに、どうしよう・・・また迷惑かけたら・・・」

 

よくわからないが、やっぱり相当焦ってるみたいだ

 

「・・・第一スタジオでいいんだっけか?」

「はい!早く出してください!今西部長にはボクが連絡しておきますから!」

「まぁ・・・その人と同じ行先なら」

 

そんなに急いでるなら仕方ない

久しぶりだからな、まぁやるだけやってみよう

 

「ドライバーさん?一体何をやってるんですか?」

「準備だよ準備。もうちょい待って」

 

俺はハンドルの右下にある小物入れを開けると、中に隠してあるスイッチをパチっと入れる

 

「何か後ろで、ウィーンって音がしたんですけど・・・」

「大丈夫大丈夫、じゃあ行くよ」

 

メーターの中にある『ABS』のランプが点灯したのを確認すると、アクセルを徐々に踏み込み煽っていく

マフラーの音が辺りにどんどん響き始めた

 

「では、第一スタジオに参りまーす」

「え?なn、ほぇぇぇぇぇ!!!」

 

姉さんのような叫び声と、タイヤの音を後ろに響かせながら、『第一スタジオ』へ向けて勢いよく飛び出して行った

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

おや、何やら凄い音を響かせて車が飛び出して行ったが、どこの部署の者だろうか?

見ないような懐かしい車だったが・・・

それに、後ろの席に乗っていたのは・・・

 

「今西部長〜」

 

おお、どうやらお迎えが来たようだ

いや〜最近の整備工場は親切だねぇ

今度お礼を言いにいかないと

 

「輿水さんどこ行ったか知らないっスか?送って行くように言われたんスけど。なかなか出てこなくて」

「輿水君なら、今別の車に乗って出て行ったみたいだが?」

「え、マジっスか!あちゃ〜、入れ違いになっちゃったんスね。すいません、上には言っておきますんで・・・」

「第一スタジオがどうとか言っていたので大丈夫とは思うが・・・」

「あ、だったら今西部長乗ってくださいよ。行先一緒なら送っていきます!」

「あ、ああ。すまないね」

 

そう言って後ろのドアが開いたので、遠慮なく乗せてもらうことにした

輿水君も間に合っていればよいのだが・・・

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

「ほんえぇぇぇ!!」

 

体が右へ左へ、まるで遊園地の乗り物に安全装置なしで放り込まれたような、そんな感覚が幸子を襲っていた

むしろその方がよかったのかもしれない

 

「ちょちょちょ!前赤!赤信g、赤信号!」

「おお、それじゃあ失礼して」

「は!?ブッふむ!」

 

次の瞬間、ブレーキの反動でタイヤの音とほぼ同時に前シートに顔を埋める幸子

そしてそのまま右に体が引っ張られていく

スカイダイビングやバンジーなど縦方向のアトラクションには強いと思っていた幸子だったが、これはあまりにも予想外だった

 

「ぷっは!な、なんな!」

 

裏路地に入り、顔を上げると網目状の跡が顔についている

 

「顔にシートの跡付いちゃってるよ、姉ちゃん!」

「いいから!よそ見しないでください!」

 

バックミラー越しに確認する零次に、幸子が必死に抗議するがすぐ次のアトラクションが迫る

 

「次左だったっけか?」

「そうですけどっ!何する気ですかぁぁ!!」

 

そう言っている間にT字路に侵入し、幸子がドアの上のグリップに捕まると同時にタイヤの音が鳴り出し、ふわっとした感覚が幸子を襲った

 

「ほー!ほぉぉー!ほぉぉぉぉ!」

 

悲鳴なのか何なのかわからない声を上げる幸子をよそに、まるで氷の上を滑っていくかのように車は後ろを滑らせながら左へと曲がっていく

 

「あ、あれ?ドライバーさん!?高速の入り口今過ぎちゃいましたけど!」

「ん?ああ、そのスタジオの場所だったら下走ったほうが速い。あ、できればシートベルト締めてくれる?スピード上げるから」

 

その言葉に冷や汗が吹き出る感覚が尋常じゃない幸子は、マッハでシートベルトを引き出す

 

「あ、次右だ」

「え、ちょまだはははぁぁぁ!」

 

ベルトをバックルに入れる前に体が思い切り左へ傾き、ベルトを引き出しながら真ん中へ倒れ込む

急いで起き上がり、おぼつかない手先で何とかベルトを差し込んだ

 

「ド、ドライバーさん?もうちょっとゆっくりでも・・・いいかなぁ〜って」

「大丈夫大丈夫、あと5分で着くから」

「え!?あと5分で着くって距離じゃなおおぉぉぉおお!!」

 

幸子の体がシートにぴったりと張り付いた



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

始まりは案外突然に03

「幸子はん、遅いなぁ」

「珍しいよね、いつも1時間前には楽屋入りしてるのに」

 

本番まで30分を切ったころ、2人は心配そうに顔を見合わせていた

いつもは先に楽屋で準備をして、2人を迎えてくれている

楽屋を間違えたりすることはあったが、ああ見えて根は真面目なので、有名になってテレビ等に出演する機会も増えたこともあり、そういうところはしっかりする子だということは2人も十分理解していた

 

「確か今日346で生放送やってたよね。それかなぁ?」

「さっき幸子はんから連絡ありましたが、少し遅れますーゆうてただけやし、今、なんだか連絡できへんみたいやし・・・」

 

心配で紗枝もさっきから何度かメッセージを送ってはいるのだが、忙しいのか何故か既読の文字はつくが返信は返ってこなかった

 

「最悪間に合えばいいけど・・・こうなったら着いたらソッコー準備だよ!そろそろアップしとかないと!」

「まぁまぁ友紀はん、ここで動き回るわけにもいきまへんし、そろそろ来るんやないですかー?」

 

走り込みでも始めようかという勢いで立ち上がった友紀とは対照的に、紗枝ははんなりとした態度で言葉を返す

そのまま椅子に座り直した友紀だったが、そう言った紗枝も内心少し焦っていた

次は、もうすっかり有名な川島瑞樹がパーソナリティのお昼のトーク番組、遅刻なんてしたら自分達はおろか、瑞樹にも迷惑をかけてしまう

番組の内容の確認やメイク等やる事は山積みで、意味もなくスマホの画面をトントンと親指で叩く中、残り時間はそろそろ25分に差し掛かろうとしていた

紗枝が謝罪の言葉を考え始めようとした。その時だった

 

「あ、この足音って!」

「なんや・・・間に合ったんやなぁ」

 

いつも飛んだり跳ねたり走ったりしている幸子の様子をよく見ていた2人は、足音で幸子だと気づく

短いタイミングで響く足音はどんどん大きくなり、走っていることが簡単にわかった

 

「さて、そろそろ準備しますか!」

「まったく、幸子はん。もう堪忍どすえー?」

 

2人は立ち上がりそれぞれ準備を始め、幸子を迎える用意をする

そして足音が楽屋の前で止まり、ドアノブが回された

そしてドアが

 

「あ、幸子ちゃんお疲r」

 

ガチャ!バタン!

開いてすぐ閉まった

部屋の中央付近では、幸子が放り込んだキャスター付きの小さいスーツケースがテーブルに当たって倒れキャスターの音がカラカラと乾いた音を立てていた

 

「え!?ちょっと幸子ちゃん!?」

 

尋常じゃない幸子の様子に、友紀に続き紗枝も楽屋から出てみると、通路左奥の女子トイレのドアが勢いよく閉まった

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

「うー・・・うぇー・・・」

 

女子トイレに入ると、一番奥の個室から呻くような声が聞こえてきた

 

「ちょ、幸子ちゃん?大丈夫!?」

「幸子はーん?」

 

友紀が個室のドアをノックというよりはドンドンと叩きながら話しかけるが、呻くような声が聞こえてくるだけだった

よく聞いてみると、間に合ったのはいいけどあんな運転がどうのとか、こんなカワイイボクをどうのとか独り言が聞こえ始めてきたので徐々に調子を取り戻し始めているようだ

 

「さ、幸子ちゃん?ものすっごい申し訳ないんだけど、そろそろ準備しないとマズいんだよね・・・」

「入りますえ〜?」

 

鍵はかかってなかったので、ゆっくりドアを開けるとトイレのフタの上に腕を枕にしてグッタリしている幸子の姿があった

 

「一体何があったのさ?」

「あんなの普通じゃないですよ・・・、間に合ったのはいいですけど・・・大丈夫。大丈夫です。だいぶラクになりました。こんな時でもカワイイボク・・・」

 

そう言うとまた頭を伏せてしまう

 

「さぁさぁ、申し訳ありまへんが楽屋にいきますえ。友紀はん、悪いのやけどメイクさん呼んできてもらってもかまへんか?」

「あ、うん。幸子ちゃんのことよろしくね!」

「よいっしょっと、幸子はん。もう少しやから、楽屋のほうで少しお話ししましょ?」

 

割と大丈夫そうだったので、紗枝は背中をさすりながら幸子に肩を貸し楽屋へとゆっくり戻る

楽屋のドアを開けるとメイクさんたちが待っており、大鏡の前に幸子を座らせると自分たちも同じように座る

 

「本っっ当に大変だったんですよ!急いではいましたけどあんな運転するなんて!」

「でも、そんな乱暴な運転手さんいたっけ?」

 

プリプリ怒る幸子を横に、髪を整えられながら友紀がそう言った

確かに少し急ぐ場面はこれまでもあったが、ここまで極端に幸子が悪態をつくようなドライバーはいただろうか?

大体送迎はプロデューサー、忙しければ他の346のスタッフ

それなりに場数は踏んできたつもりなので、メンバーもほぼほぼ固定されている

紗枝の頭の上にクエスチョンマークが浮かんだ

 

「それにボクのことを知らないなんて!きっとこの春に入った新人さんなんですね!プロデューサーにガツンと言ってもらわないと!」

 

幸子が言ったその言葉に紗枝と友紀は鏡越しに顔を見合わせた

 

「幸子はん・・・もしかして」

 

これまでの幸子を振り返ってみて、一つの仮説が生まれる

 

「車もブンブンいってて・・・どうしました?」

 

そんなに目立つ車なら2人が知っていても不思議ではないし、他の場面でも見かけたりすることもあるはずだ

車を入れ替えるという話も聞いてはいないし、新しい車にしたのならプロデューサーから乗る前に何かしらの注意が入るはずだ

だとしたら

 

「乗る車・・・間違えたりしてないよね?」

「・・・」

 

一瞬、沈黙が入る

 

「い・・・いやいや、そんなわけないですよ!プロデューサーもシルバーの車に乗ってと言っていたし!出口前に止まっていたし!だ、大体!ボクがそんな間違いを二度も・・・!」

「あ、前のあれはやっぱり間違いだったんだ」

 

そんなやりとりをしていると、楽屋のドアがノックされた

紗枝が返事をすると、今西部長が顔を出す

 

「あ、今西部長はん。お疲れ様どす〜」

「おお、みんな揃ってるようだね。急いでるときにすまない」

 

ペコっと頭を下げる

 

「珍しいですね。今西部長が来るなんて」

「ああ、今日はプロデューサーに頼まれて様子を見にきたんだが、ちょっと確認したいことがあってね」

 

そう言うと、今西部長は幸子のほうを見る

 

「今西部長!」

「おお、輿水君。連絡は貰ったが間に合ったみたいだね、よかったよかった」

「すいません。本当に急いでいたので・・・」

「いいんだいいんだ、連絡は頂いたしね。それにしても・・・あの車に乗るとは」

「どうことやろか?」

 

紗枝も友紀も状況が飲み込めていなかった

 

「ああ、輿水君が乗った車は、実は私の友人の整備工場の者が使っている車なんだ。私としたことが、今日自分の車を預けるのをすっかり忘れてしまっていてね。それでこのスタジオまで送迎を頼んでいたわけさ。はっはっは」

 

そう言うと頭の後ろを掻く今西部長

もう言い逃れは出来なかった

 

「幸子はん・・・」

「ま、まぁ!無事スタジオには着きましたし!ボクもこの通り完全復活!さぁ!メイクも終わりましたし、そろそろ行きましょう!ね?ね?ねぇ!」

「幸子ちゃん・・・いくら何でもそれは・・・」

 

今度は今西部長が不思議そうにやりとりを見ているとドアが開き、番組スタッフが迎えに来た

 

「さぁ行きましょう!カワイイボクを皆さんが待ってますよ!」

 

紗枝と友紀は再び顔を見合わせると、まぁしょうがないと2人で納得し、今西部長の応援を背中に受け、スタジオへと向かうのだった

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

 

「ただ今帰りました〜」

「おお、お疲れ様」

 

事務所に入ると、ひな先輩がコンビニのおにぎりを口に咥えながら手を少し上に上げて迎えてくれた

そうか、もうお昼すぎだもんな

 

「そういえばお前、昼飯は?」

「あ、帰りに買ってきましたよ。ほら」

「お前・・・もうちょっと他の物も食べたらどうだ・・・」

 

いいじゃないですか、鮭おにぎり好きなんだから

 

「そういえば、姉さんは?」

 

ひな先輩に聞くと、不満バリバリな顔をして親指を事務所の奥に向ける

 

「にへっ、フフフ。にゅふふ・・・」

 

見てみると、何やらテーブルの前で薄ら笑いを浮かべている姉さんの姿があった

 

「・・・何か目の前のカップ麺に面白いことでも書いてあるんですかね?」

「帰ってきてからずっっっとあんな調子なんだけど」

 

その表情は一喜一憂しており、にへぇ〜と表情が和らいだとと思ったら、頭を左右に振って普段の表情に戻り、また何かを思い出したかのように表情を崩すということを繰り返していた

 

「姉さん、姉さん?ちょっと、姉さん」

 

さすがに見ているこっちが恥ずかしくなってくるので声をかけに行く

 

「あ、あらレイジ君、お疲れ。今戻ったのね」

「ええ、お疲れ様です。あの・・・大丈夫ですか?」

「へ!?大丈夫よ、大丈夫。別に何ともないわ。ええ、別に何も?ゆかりちゃんが仲良さそうに仁奈ちゃんと話してる姿が尊かったとか、智絵里ちゃんが天使だったとかそんなこと考えてただけよ?あぁ、でもグフフ・・・」

 

ダメだ、これは限界だ。完全にポンコツになってる

ちなみに目の前のカップ麺もそろそろ限界だ

 

「随っっっ分と楽しかったみたいね」

 

ひな先輩が自分のお昼を持ってこっちのテーブルへ来た

姉さんのカップ麺の蓋を開け、強引に箸を持たせる

 

「私が一人で必死に書類を片付けてる間に二人仲良く346観光だなんて、羨ましいったらありゃしないわ。あー羨ましい」

「わ、悪かったわよ・・・ひなちゃん。あ、でもでも!本当に凄かったのよ!もう目の前にアイドルが!すぐ近く!そう、こんな距離感だったんだから!」

 

そう言って、隣に座ったひな先輩の肩と自分の肩の間に手を入れて前後交互に動かす

そんなに近くにアイドルがいたなんて確かに羨ましい

 

「はいはいわかったわかった!ほら、早くしないと冷めちゃうから」

「あぁ!い、いただきまーす」

 

ひな先輩に諭されやっと食べ始める姉さん

俺は冷蔵庫に飲み物を取りに行くついでにテレビをつける

すると

 

『さて!346プロの方々にとっては嬉しい悲鳴!オリコンチャートを独占しているアイドル部門の方々ですが、ここで生の声を聞いてみたいと思います!KBYDの皆さん!今のお気持ちは?』

『これも一重に応援してくれてるファンの方々のおかげどす〜。ほんまに、ありがとうございます〜』

『そうそう!野球と同じ、一人じゃここまでこれなかった!みんなありがとー!大好きだよー!』

 

お昼のトーク番組にまたまた、346プロのアイドルが出演していた

確かに、ひな先輩の言う通り色々な番組に出演しているようだ

 

「あぁ!紗枝ちゃん・・・!今日もはんなりカワイイ!」

「まったく、見境ってものがないのか!」

 

カップ麺をズルズルすする姉さんと、持ってきた飲み物をコップに注いで姉さんに渡すひな先輩

 

「あぁ、神様ありがとう・・・この世にKBYDを生み出してくれて本当にありがとう」

「いいからお昼終わったらちゃんと仕事に戻ってよ。いい?」

 

うん。と爽やかな声で返事をする姉さん

その時だった

 

『そうそう!確かにボクもカワイイですが、皆さんの応援あってこそですよ!これからもカワイイボクと!』

『野球!』

『どすえ〜』

『『『KBYDをよろしくお願いします!』』』

 

息ピッタリな自己紹介の後に、スタジオからは大きな拍手と歓声が響く

でも、気になったのはそこじゃなくて

 

「ごちそうさま!たまにはひなちゃんお手製のお弁当も食べたいかなぁ〜なんちゃって」

「ちゃんと仕事したらね」

「ちゃんとやることはやるわよ〜、今西さん何時だっけ?」

 

この声、なんだか聞き覚えがあるような・・・

それにこの服とこの喋り方

 

「8時までに届けてほしいって、場所は第三スタジオとか言ってたけど」

「んー、りょうかーい。その時に地図頂戴ね」

 

そうだ、間違いない

この子は・・・

 

「この子、今日スタジオまで乗せてった子じゃん」

 

その独り言を呟いた瞬間、事務所の空気が張り詰めたのがハッキリわかった

 

「・・・あ?」

 

流し台にお湯を捨てながら固まる姉さんと

 

「・・・」パリッ

 

無言でおにぎりを咥えるひな先輩

情報処理が追いついていないようだった

 

「なんだって?聞こえなかった、もう一回」

 

ギャルゲーみたいな五七五を言い出す姉さん

 

「この子を、乗っけて、行ったの、スタジオに」

「この子?」

「うん」

「幸子ちゃん?」

「うーん、多分そう」

「あの34で?」

「まぁ、うん。後ろに乗ってたけど」

「・・・」モグモグ

 

俺たちの会話をよそに、モグモグタイムを続けているひな先輩

その後また数秒沈黙が続き、お湯を全部捨てて、しっかりと容器の中を洗い、ちゃんと分別してゴミ箱に捨てた姉さんが、テーブルを挟んで目の前に座る

 

「ねぇ」

「はい」

「あなたの車のリヤシート、私の車と交換しなさい」

「いやいや、車が違うから無理ですって」

「元は私の車なんだからきっと大丈夫よ!」

「なんですかそのパワーワード!」

 

また姉さんが羨ましいとか何とかギャーギャー騒ぎ始めた隣で、ひな先輩からツッコミが入る

 

「というかお前、今西さんはどうした?」

「あ、何かその・・・幸子ちゃん?が、連絡しておくから出してください!みたいなことを言っていたのでそのまま出しました。相当急いでいたみたいですし、スマホいじってたとこも見たので・・・」

「まぁ、何も連絡ないとこを見ると大丈夫だったみたいだけど・・・それよりも」

 

横目で姉さんを見る

 

「ああ!この服、よく見たらあの時ぶつかった子と同じ・・・!じゃあじゃあ!あれは幸子ちゃん!?私としたことが、一生の不覚!

でも、この後リヤシートを・・・いやいやそれよりも!」

 

テレビに張り付きあれだこれだと言い始めた姉さんを呆れ顔で見るひな先輩

 

「ほらほら、さっさと仕事に戻りますよ」

「ちょっと離してレイジ君!私にはやるべきことがあるの!」

「やるべきなのは、し・ご・と!ほらオーダー持って」

「もう・・・はーい」

 

今西さんの仕事内容が書かれた紙を持たせ、ひな先輩がキレる前に工場に押し込んだ

 

「まぁ、ああなるのも無理はないと思うけどな。ファンならなおさら」

 

食べ終わったゴミを捨てながら、ひな先輩が言う

 

「・・・まぁ、ここまで人気になったんなら別の問題も出てくると思うけど」

「?」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

始まりは案外突然に04

「はい!OKでーす!」

 

スタッフの号令と共に、スタジオ内は各々が周りの共演者やスタッフ達に''お疲れ様でした''や''ご苦労様''と声をかけ、スタジオを去っていく者やそのまま話が弾む人達で溢れる

KBYDのメンバーも例外ではなく、お互いや共演者たちに揉まれていた

 

「お疲れ!幸子ちゃん!いや〜最初はどうなるかと思ったけど、無事間に合ってホントよかった〜!」

「ほんま堪忍やわぁ〜、プロデューサーはんにも言っておきまへんと」

 

一通り挨拶を終えた友紀と紗枝が、幸子と合流する

 

「ま、まぁまぁ二人とも、生放送でしたし仕方ないですよ。それに、その分カワイイボクも!沢山アピールできましたしね!」

 

そう言いポーズを決める幸子に、二人顔を見合わせ笑いを浮かべた

 

「幸子ちゃん、お疲れ様!」

 

声がしたほうに振り向いてみると、番組の司会進行として呼ばれていた川島瑞樹がこちらに向かって歩いてきた

本来ならこの番組は、瑞樹ともう一人、同じ事務所の十時愛梨が司会役だったのだが

 

「いきなり呼んじゃってごめんなさいね。まさか愛梨ちゃんがダブルブッキングしてたなんて、そっちは大丈夫?プロデューサー、何か言ってた?」

「いえいえ!はい、こっちは大丈夫でした!むしろKBYDを呼んでくれるなんていい宣伝になる!って張り切ってましたけど・・・」

「フフッ、まったく相変わらずね。それに比べてプロデューサー君ったら、キッチリ言っておかないと!」

 

そう息巻いている瑞樹を今度は友紀と紗枝がなだめていた

そんな様子を見て、幸子は思わず笑いを浮かべる

 

「瑞樹!そろそろ大丈夫か!」

「あ、プロデューサー君!ごめんなさい、私そろそろ次の現場に行かないと行けなくて・・・また後でね!」

「あ、はい!お疲れ様です!」

「お疲れ様です〜」

「お疲れさまでーす!」

 

三人がそれぞれ挨拶すると、瑞樹はニコッと少し微笑みプロデューサーの元へと駆けていった

スタジオから出ていく後ろ姿を見ると、どうやら愛梨のことでまた瑞樹がプロデューサーに追及しているらしく、頭を掻くプロデューサーの背中を瑞樹がバシッと叩く

 

「あんな凄い人と一緒に仕事できるなんて、やっぱ感動だよね〜」

「友紀はん?今日の夜も一緒に仕事する予定どす〜、早く準備しないといけないんとちゃいますか?」

「そ、そうですよ!今何時・・・あぁ、早く準備しないと!この後はゴールデン生放送なんですから、次こそはちゃんと台本合わせもして・・・」

「そうそう!今夜もよろしく頼むよ〜」

 

三人の会話を遮るように、スタジオのカメラの影から、少し小太りで無精髭を生やし、眼鏡をかけた中年のおじさんがこちらに向け近づいてきた

ベタッベタッという乾いた足音が、4人以外誰もいなくなったスタジオに響き渡る

 

「ディレクターさん・・・」

「いやいや、間に合ってよかった。それに今日の幸子ちゃんも、いつも以上にキマッてたねぇ〜。何か吹っ切れたような魅力があったよ!二人もお疲れ様!」

「はい・・・お疲れ様です」

「・・・お疲れ様どす〜」

 

幸子も友紀も紗枝も、ディレクターの明るい台詞に対して、目線を少し落とし、瑞樹の時とは逆に声のトーンを落としてそう答えた

それでもディレクターは笑みを崩さず、幸子の手をおもむろに握り始める

 

「僕も最近の346さん達の活躍には感服していてね、ディレクターとしても僕個人としても応援しているんだよ!そうだ!今度KBYDの今後の打ち合わせも兼ねて、みんなで食事でもどうかな?なーんてハッハッハ!」

「あ、はい・・・、ありがとう・・・ございます」

 

自分の手を握って離さないディレクターに対して、幸子は自分の血の気がどんどん引いていくのがわかった

でも、他のアイドルたちにもこうしている光景を見たことが何度かある

その時もみんな愛想笑いを浮かべて、自分と同じように目線が下がっていた

これが大人の世界では普通なのかもしれない

自分が抱いている''この感情''は、間違いなのではないかと、幸子は自問自答していた

いつもいつも、こうだった

でも、でも、でも、と頭の中がぐるぐる回るような感覚に襲われ始めたところで横から仲間の言葉が割って入った

 

「ディレクターはん?私たち、これから次の現場の準備があるんどす。申し訳ありまへんが、そろそろ失礼致します〜」

「そうそう!ごめんねディレクターさん!また後で!」

 

紗枝がさりげなく幸子の手首を掴んでディレクターの手から引き離し、その隙にテンションに任せて幸子を強引に引き寄せ、握られていた手を今度は自分がしっかり握る友紀

その幸子の手は、少し震えていた

 

「おお、そうかそうか!これは失礼した!じゃあまた、今度は今夜のゴールデンで!」

 

そう言うと、足早にスタジオを去ろうとするディレクター

やっと解放される

そう思った時だった

 

「あ、そうそう。今度、うちで旅番組をやろうとしていてね。その舞台が京都だから、是非紗枝ちゃんにオファーができないかプロデューサーに聞いてみてくれないかな?どうだい?」

 

戻ったと思ったディレクターが今度は紗枝の右後ろに立ち、肩にその左手を置き、耳元でささやくようにそう言った

 

「・・・うち、どすか?」

 

とっさの事にいつもの調子を崩し、言葉に詰まりながら返事を返した

肩に置かれた手に力が入り、困惑した表情を浮かべる紗枝

相手に背を向けた状態で、表情を見せなくてよかったのが不幸中の幸いだった

 

「そうそう、地元だし、いいところ沢山知ってると思ってね。検討してみてくれないかい?」

「プロデューサーはんに・・・聞いてみます」

 

すると、そうかいそうかい!と機嫌を良くしたのかすんなり離れるディレクター

紗枝がホッとしたのも束の間だった

 

「じゃあ、よろしく頼むよ!」

「・・・!」

 

ディレクターがそう言った瞬間手が今度は、紗枝の腰からお尻の間あたり、微かに指がお尻に当たる絶妙な位置にバシッと当たった

間違って当たってしまったとかそんなレベルではなく、しっかりとした意思を持ってねっとりと指が触れる

突然のことに、反射的に体が動いて手から離れ、ディレクターを凝視する紗枝

そのディレクターの表情は薄ら笑いを浮かべており、スタスタとスタジオの出口へ向かっていく

残された三人はただ呆然とその場に立ち尽くしていた

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

「ひなちゃーん。はい、追加」

「ん」

 

昼休みが終わり、特に何も予定もなかったので夕方の今の今まで事務所に残り、ひな先輩がフロント業務をしている側でソファに座りうとうとしていると、今西さんの車を見ていた姉さんが紙を一枚持って事務所に入ってきた

その紙を受け取り、じーっと見つめるひな先輩

 

「んー・・・部品ないからどっちにしても後日」

「じゃあ、あと降ろすだけだから。そのままやっちゃうね」

「うん、お願い」

 

紙をひな先輩から受け取り、姉さんは手でパラパラと揺らしながら工場へと戻っていった

点検の際は車の悪いところを見たあとに紙に書き出し、お客さんに相談して直すのだ

 

「それにしても、やっぱり何か引っかかります」

「なんだ、昼に言ったことまだ気にしてるのか。どの業界でもありえることだぞ」

「それはそうですけど・・・身近にそういうのがあるのかと思うと、何か気持ち悪いです」

「このご時世セクハラなんて、どこにでも転がってる話なんじゃないか?」

 

そう言われても、やっぱり考え込んでしまう

ましてや美城プロダクションなんていう大手企業とつながっていると聞いたなら尚更だ

アイドルが勢いに乗っている最中、そんな欲望の対象にされるだなんて、なんだかやりきれない気分になってしまう

 

「私なら、一発ブン殴って終わらせるけど」

「そんな乱暴な・・・」

「あのねぇ、この世には女の子にそんなことした奴にはどんな制裁を加えてもいいっていう裏のルールがあんのよ」

 

デスクに肘をつき、顎を手に乗せて言うひな先輩

 

「じゃあ、ひな先輩も何かそんな経験が・・・」

「おい、今の時代それを聞いただけでもセクハラになるんだぞ」

 

そう言うと指をパキパキと鳴らしながらこちらを睨み付けるひな先輩

すいませんすいません、ホントごめんなさいと謝り倒すと、フンッと悪態をつきフロント業務に戻る

殴られないように注意しとかないと・・・

 

「ひなちゃーん、とりあえずオーダーだけ戻す・・・ってなしたの?」

「・・・零次にセクハラされたの」

「ちょっと言い方!」

 

そうすると姉さんは、自分の体を抱きしめてモジモジし始める

 

「いや〜んレイジ君ったらぁ、はっ!てことは私もそんな目で見られてたってこと?あ〜んもう、ひなちゃんになら見られてもいいけど!もう、え・っ・ち!」

 

そう言うとひな先輩は回転する椅子の向きを姉さんに向け、口を半開きにした状態で眉間にシワを寄せてジトーっとした目で姉さんを睨みつけた瞬間

バッ!とそのまま無言で姉さんの手からオーダーを奪い取った

その一切感情のこもっていない動きに姉さんから冷や汗が吹き出し始めていた

 

「・・・くだらない事言ってないで早く書類書いてきて」

「りょ、了解でーす・・・」

 

苦笑いを浮かべながらそのまま後ずさりし、後ろ手で工場のドアを開けて姉さんが戻っていった

姉さんも見てくれは良いんだけど・・・

 

「あ、そうだ」

 

明細表の作成を止め、今度は椅子を俺に向けてひな先輩が話す

 

「またなんだけど、今西さんを今度は第三スタジオまで送ってくれないか?」

「・・・あっちはそんなに人が足りてないんですかねぇ」

「なんだかみんな出払ってんだと、社長からも、今西さんに青葉君の所なら信用できるって言われて引き受けてたし・・・悪いが頼む。姉さんも今はダメだし、私も・・・」

 

そう言うと、ひな先輩はデスクの上の明細表をチラッと見る

 

「わかりました。行ってきますよ」

 

そうして俺は重い腰を上げる

そうだな、この業界は困ったときはお互い様だし、たまにはこういう日もいいかも。大体ひな先p

「ちょーっと、待って待って待ってー!はい!こ〜れ!」

 

事務所のドアが思い切り開いたと思ったら、書類をかき分けながら俺の元まで迫り、こ〜れ!のタイミングで俺の胸ポケットに何やら棒状のものが差し込まれる

 

「なんですかこれ?」

「なんですかってそんな恥ずかしいこと言わせないで〜、写真撮ってこいとか言わないからさ、せめてちょこーっとだけボイスだけでも撮ってきて欲しいと・・・ハッ!」

 

姉さんが何かに気づき、ロボットのように首をその何かの元に向け回転させると、その先には、おそらくかき分けた書類の一枚が空中に舞ったのだろう、頭の上に書類が乗っかっているひな先輩が、書類の隙間から恐ろしい目で姉さんを睨みつけている姿があった

 

「ひ、ひなちゃんごめんなさい。つい出来心なのよ。そうよだってこんな機会滅多にないし、だから思い出にいてて!痛い痛い、そんなに髪引っ張らないで!わかったちゃんと仕事するからぁぁぁ」

 

叫びも虚しく、姉さんはひな先輩に髪を引っ張られて、工場へと戻されていった

大丈夫だ姉さん。きっとこの先いいことがあるはずだ

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

『・・・』

 

楽屋の中に、沈黙が流れていた

誰も何も喋らず、椅子に座っていた

部屋の時計の音だけが響く中、幸子はずっと俯いたまま動かず、紗枝は唇を噛みしめ時折落ち着きのないため息をもらす

友紀は顔に両手を当て、まるで顔を洗う時のように、落ち着きなくうーっという呻き声を上げながら両手を上下に動かしていた

そして、恐る恐る呟く

 

「やっぱり、この事・・・プロデューサーに」

「ダメです!」

 

俯いたままの幸子が突然立ち上がり、両手を胸の前で固く握りしめ友紀に向かって言う

 

「そんなのダメです!川島さんとか、愛梨さんにだって迷惑がかかってしまいます!沢山私たちを番組で使ってくれてるんですよ!そんなことしたら!」

「その為に幸子ちゃんが我慢するの!?幸子ちゃんだけじゃないよ、あいつ大人たちにはいい顔してさ!私もう我慢できない、本当に限界!見てられないよいつもいつも!もういっそのこt」

「二人とも!」

 

幸子と友紀がお互いに詰め寄りながら始めた喧嘩ギリギリのやり取りを、紗枝は一喝で破る

紗枝の方を向いて顔を伏せる二人の手を取り、紗枝はいつものように落ち着いて話しかけた

 

「この後も一緒にお仕事しますし、今はこれくらいにしておきまへんか?ディレクターはんも、もしかしたら・・・間違いかも・・・しれまへんし・・・」

「間違いってなん・・・!」

 

そう言いかけた友紀は紗枝の手が少し震えていることに気づく

紗枝は笑顔でこちらを見ているつもりのようだが、その唇は何かを押し殺すように震え、無理やり笑顔を作っていた

 

「遅れて悪い!次の現場に行くから車に・・・ってどうした?」

 

部屋に飛び込んできたプロデューサーが、中央で手を取り合っている三人を見て不思議そうに呟く

何でもありまへんよ?と言い離れようとする紗枝を友紀は強引に引き寄せ、幸子共々後ろから抱きしめるように首に手を回した

 

「いつものことだよプロデューサー!私たち最高のチームだからさ!こうやってギューってしてたんだよ!ギューって!」

 

目一杯抱きしめる友紀はプロデューサーに聞こえないようにボソッと二人に、大丈夫だからと呟く

紗枝はゆっくりその抱きしめている手に自分の手を重ね、いつもは恥ずかしがり何かと文句を言う幸子も嫌がる素振りを見せず、ただ友紀の胸の中に顔を埋めていた

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

また俺は、美城プロの時と同じように正面玄関の前に車を止め、今西さんを待つことにした

スーツ姿の人たちや、撮影の機材らしきものを持っている人たちが建物に出たり入ったりと朝よりも慌ただしく人や物が動いていた

 

それにしても、結局あの子は間に合ったのだろうか?

 

着くなり顔を真っ青にして建物に飛び込んで行ったけど、我ながら少し申し訳ないことをしたと反省してる

 

「また会ったら謝っとかないとな・・・」

 

肘掛けに肘をついて、顎に手を当てて考えていると、後ろのドアが開いた

 

「第三スタジオまで頼む。早くしてくれ、急いでるんだ」

「・・・今西さんですか?」

「・・・いいから早く出してくれ。急ぐんだこっちは」

「いや、ですが・・・」

「いいから早くしろってんだ兄さん、ホラッ!」ドンッ

 

そう言うと助手席の後ろを軽く蹴る中年のオヤジ

タクシーか何かと勘違いしてるのか?

しぶしぶ車を出し、現地へと向かい始める

そのオヤジは自分はディレクターだからなんだの、最近の若い奴は現場がわかってないだのぐちぐちと文句を言い始めた

車蹴りやがったなコイツ

 

「だからな新人君、俺は・・・おっと何だ?」

 

俺を新人のスタッフか何かと勘違いしながら話している最中、オヤジの携帯が鳴り響きどこかへ連絡を始めた

カメラとか撮影という単語が聞こえてきたのでテレビ関係の話だと思う

何はともあれ、これでやっとグチから解放される

 

「ええ、こっちはKBYDが代わりに・・・いゃあ〜いい子たちでしたよ〜。手がスベスベで・・・え?いやいや、そこまで出来ませんでしたよ〜、それは今夜打ち上げで・・・あの紗枝ちゃんもいい"カラダつき"でしたよぉ〜はっはっはっ」

 

シートにふんぞり返り、腕を組みながら吐き出す言葉の節々に、よくわからない単語が散りばめられていた

聞き違いじゃなければ、KBYDって単語が聞こえた

いいカラダつきだぁ?何かテレビ的な業界用語なのか、それとも・・・そのままの意味なのか

そんな欲望の対象にされているKBYDのメンバーが、昼のテレビの中でスポットライトを浴びる中満面の笑顔を輝かせている姿が頭に浮かんできた

 

「いや、ガッチリじゃなくて・・・そっちは絶対付いてくる。その後仕事はないはずだからね。・・・それくらいの"ご褒美"はいいだろ?打ち上げ会場はホテルだし、部屋も取ってあるしなぁ・・・普段はいい顔してるし何の疑いもなく付いてくるだろうよ」

 

きっと、アイドル達はここまで有名になるまで俺たちには想像もつかないような血の滲む努力をしてきたのだろう

姉さんだけではなく、大勢のファンを魅了するまで、それこそ血反吐を吐くような思いで

 

「・・・」

 

それをこんな奴に

 

「いや、やっぱりKBYDも誘うかぁ。さっきのあの可愛い反応を見ると、ムリやりねじ伏せたくなる。・・・だろう?そうだろう?川島瑞樹もいいカラダしてるだろう?十時愛梨もあの胸!・・・ええ、そうなったらいつもの海外留学ってことにして・・・ああ、・・・楽しみだねぇフフッフッフッフッ。・・・え?嫌がったら?」

 

夕陽の光がリヤドアのガラスから差し込み、その嫌らしく笑う口元を照らす

いよいよ嫌気が差し、ツッコミを入れようとしたその時だった

 

「あn」

「それでいい、打ち上げの飲み物に混ぜろ」

 

そう言い携帯を切った、俺の中での疑いが確信に変わる

 

"どんな制裁を加えてもいいっていう裏のルールがあんのよ"

 

「あん?なんだ新人。言いたいことあるのか?言ってみろほら、ホラホラホラ」

「・・・いえ」

 

赤信号で車が止まる

 

「チッ、こう急いでる時に限って赤かよ。おい新人、間に合わなかったらただじゃおかないからな」

「いえ、こればっかりは交通ルールですから・・・」

「うるせぇよゆとり」

 

するとまたドンッと助手席を蹴るオヤジ

俺はもう、我慢の限界だった

 

「・・・急げばいいんですね?」

「あ?さっきからそう言ってんだろうがバカが」

 

俺は振り返ってニッコリとその親父に笑顔を向けながらそう言うと、ハンドルの右下のスイッチを入れた



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

始まりは案外突然に05

番組が始まってからというもの、いつもとは違う違和感に気づく

もう終盤に差し掛かるというのに、あのディレクターの姿が見えないのだ

気づいたのは幸子だけではないらしく、友紀も紗枝も、他のキャストも撮影中なので大きく表情には出さないが、カメラが回ってないところで小声で言い合っている

 

「・・・ねぇ、どうしたんだろうね?あのディレクター」

「さぁ、ボクにも何が何だか・・・」

 

カメラの後ろではADが携帯片手にウロウロしており、番組の進行はテレビプロデューサーが代理で進めていた

 

「では!早いもので今日はもうお別れの時間がやってきてしまいました!司会進行は私、川島瑞樹と!」

「十時愛梨がお送りしました〜」

『バイバーイ!』

 

ついにディレクターが到着しないまま、番組の締めに入ってしまった

スタッフのOKサインと共に、出演者たちが次々と立ち上がり各々で話を進める

 

「でも、こんなこと初めてですね」

「う〜ん、でもよかったじゃん!ディレクターと顔合わせなくてさ!ほら、帰りにプロデューサーに頼んでスイーツでも食べに行こ!紗枝ちゃんも、ほら!」

「そうどすな〜。特に今日幸子はんは朝から晩までよう頑張りました。プロデューサーはんもきっと、許してくれはりますえ〜」

 

スイーツと聞いて少し調子を取り戻したのか、紗枝もいつものはんなり調子に戻り幸子の頭を撫でていた

 

「お疲れ!三人とも!」

「お疲れさま〜」

 

そうしていると、瑞樹と昼間はいなかった十時愛梨がこちらに向かって挨拶をしながら近づいてくる

 

「KBYDのみんな〜、今日はごめんね。私のせいでお昼のお仕事に急に入ってもらって〜」

「いえいえ!全然大丈夫でした!」

 

胸の前で手を合わせ、申し訳なさそうに謝る愛梨に幸子がそう答えた

 

「でも変ね、ディレクター番組の最後まで出てこないなんて」

「前の現場で何かあったとか〜?幸子ちゃんたち何か知ってる〜?」

「あの・・・実は・・・!」

 

キョトンと首を傾げながらいつもの調子で聞いてくる愛梨に友紀が何かを言いかけるが、それを察した幸子が友紀の腕を引っ張り、無言で首を横に振った

 

『?』

 

その様子に瑞樹と愛梨はお互いに顔を見合わせ、二人して首を傾げる

そんな時、スタジオの扉が開き見覚えのある人影が入ってきた

 

「あ!待ってましたよ!どうしたんですかー!全然連絡もなしに、大変だったんですから・・・どうかされたんですか?ディレクター?」

 

やっと現れたその人物にADが駆け寄るが、何だか様子がおかしい

問い掛けに応えず、ふらふらとした足取りで俯き、呼吸は浅く今にも倒れそうだった

 

「ここは私が。ディレクター待ってましたよ〜。早く打ち上げの準備を・・・おっとっと」

 

テレビプロデューサーが駆け寄り様子を確かめようとするが、ディレクターはそのままバランスを崩しプロデューサー側に倒れ込む

それを受け止めるが、顔面蒼白のまま下を向いたままだった

 

「ディレクター?」

「う、ううぅ・・・」

 

何かを伝えようとしているみたいだが呻き声を上げるのみでまったくわからない

次の瞬間

 

「ぶぉおぇぇぇぇぇぇ!!!」

「わ、わ、わぁぁぁぁ!」

 

呻き声が生々しい音に変わり、プロデューサーのスーツを汚しながら周りの床にも撒き散らし、そのまま地べたに崩れ落ちる

 

「おぇぇぇ・・・が、ガぁぁ・・あ」

 

それでも留まるところを知らず、少し吐いては止まりまた吐いてを繰り返していた

苦しそうに呼吸をしながら涙目になり、両手をつきながらまったく動けなくなっていた

その壮絶な様子にADやスタッフたちが駆け寄る

 

「ああ!ったくなんだ本当に!早く別室に連れてけ!早くほら!」

 

汚れたスーツの上着を慌てて脱ぎ、Yシャツ姿になったプロデューサーが指示を出す

幸子達を含む出演者一同も驚きを隠せず、その様子に叫び声を上げたり狼狽したりなど動揺していた

 

「な、なんなの?一体何があったの!?」

「さ、さぁ。ボクにも何がなんだか・・・」

 

友紀が幸子の肩を持ちながら尋ねる

しかし、この光景に幸子は何だか午前中の自分が重なる

 

「何だか、幸子はんみたいなやなぁ。あそこまで酷くはありまへんやったけど・・・」

「・・・もしかして」

 

紗枝の言葉に、幸子は何かに気づいた

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

「おやおや、大丈夫かね?」

「はい!すいません、そこちょっと通してください!」

 

何やらスタジオの方から慌ただしく、四人のスタッフに両手足を持って運ばれていくテレビ局のディレクターの姿があった

何かあったのだろうか?凄く顔色が悪かったが・・・

 

「あの、すみません」

「ん?おや、君は?」

 

声のしたほうに振り向くと、それはそれは顔立ちの整ったクリーム色の長い髪が似合うハーフのような見た目をした可愛らしい女の子が立っていた

 

「今西様という方を探しているのですが、どこにいるかご存じですか?」

「私が今西だが?」

 

そう言うと女の子は姿勢を正し、上着のポケットから封筒を取り出した

 

「大変失礼しました。私、青葉自動車工業の蘭道と申します。お車が出来上がりましたので納車に参りました」

 

ペコっと頭を下げる

 

「おお、君が青葉君のところの。彼から話は聞いているよ、なんでも優秀で頼りがいのある社員がいるとね。どれどれ、ありがとう」

 

そう言うと女の子は封筒から紙を取り出し、今回の依頼の内容と結果説明を始めた

その可愛らしい見た目とは裏腹に、しっかりと仕事内容について説明する

教育がきちんと行き届いているようだ

彼も真面目だったからねぇ

 

「あ、それとうちの者が大変失礼しました。お送りすると言っていたのに、人違いをしてしまったみたいで。厳しく言っておきます」

「いやいや、こちら側も手違いがあったみたいだ。逆に彼に申し訳なかったと伝えておいてくれないか。私は無事目的地には行けたと」

「は、はぁ・・・」

 

そう言うと彼女はキョトンとした顔で不思議そうに返事をする

私は彼女に今日はありがとうと伝え、事態を把握しようとスタジオに向かおうとしたその時、彼女に呼び止められた

 

「それから、これを彼から預かってきました。関係者の方に渡してほしいと」

 

そう言うと彼女はポケットから、よく記者会見などで見るボイスレコーダーを取り出し私に渡した

 

「彼が言うには今すぐに聴いてほしいとのことです。では、私はこれで」

 

また可愛らしくペコっとお辞儀をすると、私に背を向け出口へと向かっていった

今すぐにとは・・・どういうことだろう?

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

「何があったのかしらねぇ・・・」

「もの凄く顔色が悪かったから、体調不良かなぁ〜」

「いや、それにしては・・・」

 

呑気に瑞樹と愛梨が話し込んでいる傍で、幸子は一向に首を傾げたままだった

顎に手を当ててじっくり考え込んでいる姿を、紗枝と友紀はこれまた不思議そうに見守る

 

「やっぱりあの人が・・・」

「例の運転手さん?」

 

そう友紀が言うとこくりとうなずく幸子

 

「・・・川島さん。あの・・・」

「幸子ちゃん?」

「ええと・・・・その・・・」

 

愛梨と台本を確認していた瑞樹に幸子は近づき、意を決して今日起きたことを含め、瑞樹に打ち明けようとした

その時だった

 

「川島君!ちょっといいかね!」

「今西部長!」

 

瑞樹はすぐさま声のしたほうに振り向き、口ごもる幸子にちょっとごめんねと声を掛け、出入り口付近にいる今西部長のところへ駆けていく

 

「あれ?今西部長だ〜。どうしたんだろうねぇ?」

「珍しいね、スタジオまで入ってくるなんて」

 

愛梨と友紀が、瑞樹と今西部長のやりとりを見ながらそう呟く

確かに、美城専務と裏方にいたところを何度か見たことはあるが、こうやって現場に入ってくるところは見たことがない

 

「なんだか話し込んでるみたいだけど・・・」

 

KBYDも愛梨も、その行末を見守っていたが何だか様子がおかしい

すると今西部長がボイスレコーダーらしきものを取り出し、瑞樹に聴かせ始めた

最初は黙って聴いていた瑞樹だったが、だんだんと様子が変わっていく

唇を噛みしめ始め、目がつり上がり両手は余程強く握りしめているのかプルプルと震えていた

手に持っていた台本がグシャグシャに握りつぶされ、最早原型を留めていない

 

「瑞樹さん・・・?」

 

今まで見たこともない表情に、いつもの様子とは違い真面目なトーンで心配する愛梨

今西部長との会話が終わったようだが、瑞樹はその表情を崩さず、何かを睨みつけるような姿のままだった

 

「あ、あの・・・川島さん?」

 

尋常じゃない様子の瑞樹が気になり、幸子達も瑞樹に近づく

するといきなり台本を思いっきり地面に叩きつけた

 

「きゃっ・・・!」

 

愛梨が小さな悲鳴を上げるが幸子たちには目もくれず、出入り口の扉を手で乱暴に開け、ちょうどディレクターを運んできたスタッフの一人に詰め寄る

 

「あのディレクターはどこに行ったの!!さっさと教えなさい!!どこ行ったって聞いてんの!!!」

 

胸倉を掴み鬼のような形相でスタッフに問い詰める瑞樹

 

「あ・・・あの廊下の突き当たりを右に曲がって・・・一つ目の左の部屋です」

 

怯える様子のスタッフが恐る恐るそう答えると、瑞樹が胸倉から手を離し、その方向へ駆けていく

 

「ちょっと川島さん!」

「ボクたちも行きましょう!」

「う、うん・・・」

「今西部長、少し失礼します。プロデューサーはんにご連絡お願いしても?」

「あ、ああ。わかったよ」

 

幸子が愛梨の手を引き、KBYDと愛梨は瑞樹が走っていった方向へ追いかける

脇目も振らず拳を握りしめながら突き進み、瑞樹が突き当たりを右に曲がる

追いかけたメンバーも同じく右に曲がったところで

 

「こんのクズ!!!」

 

という瑞樹の聞いたこともない絶叫と何かをぶっ飛ばすような音がすぐ側の部屋から聞こえた

怯える幸子と紗枝、愛梨を背に恐る恐る友紀が部屋を覗いてみると、そこにはベッドから転げ落ちてるディレクターと、その前に肩を上下に動かしながら息をしている瑞樹の姿があった

 

「か・・・川島さ」

「なにとぼけたこと言ってんのよ!!!え!?私たちの前ではいい顔して私の仲間の前ではいつもその態度ってわけ!?はっ!!いい度胸してんじゃないあんた!!!」

 

友紀が声をかけようとするが、そんな間も無くディレクターの胸倉を掴みベッドに放り投げる

その右手を見てみると拳が真っ赤に染まっており、ディレクターの左頬も同様に赤くなっていた

 

「私が前の仕事してたときもあんたみたいなのは腐る程いたわ!!でもあんたみたいなクズは初めてよ!!あ!?何とか言ってみなさいよ!!!」

 

今度はディレクターの髪の毛を鷲掴みにしながら叫ぶ瑞樹

ディレクターも必死に抵抗するが、それでも瑞樹は離さなかった

 

「か、川島さん。もうそのへんで・・・」

 

事態を聞き付けたテレビプロデューサーが部屋に到着し必死に瑞樹を宥めようとするがそれでも止まらない

友紀が幸子、愛梨が紗枝の目を手で覆った

 

「あんたもグル?え?グルなの?ハッキリ言いなさいよほら!!」

 

そう言うと今度はテレビプロデューサーの胸倉を掴む

 

「め、滅相もありません!今西様から事情は聞いています!この件は、厳正に対処致しますので!だから、手を・・・苦し」

 

それを聞くと瑞樹は手を離す

床に手をつき咳き込むテレビプロデューサーを横目に、今度は部屋の前で怯える友紀たちの前まで来て楽屋までついてくるように言う

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

「か、川島さん・・・?」

 

楽屋に着いても、瑞樹は幸子達に背を向けたまま何も言わない

紗枝も愛梨も怯えきった表情のままその場に立ち尽くしていた

すると瑞樹が大きく一つ深呼吸し、幸子達に向き直った

その表情は先程までの鬼気迫るものではなく、いつもの優しい表情に戻っている

 

「幸子ちゃん、どうして言ってくれなかったの?いつから?今日初めてじゃないよね?」

「それは・・・その・・・」

 

幸子と同じ目線まで腰を落とし、優しく話しかける

すると幸子は、ポツリポツリと話し始めた

 

「だ、だって・・・ボクだけじゃなくて、他にもたくさん346のアイドルを使ってくれてるし、ボクが何か言ったら、川島さんたちにも、迷惑、掛けると思って・・・それに間違いだったらどうしようって・・・お仕事、無くなっちゃうんじゃないかなって・・・思って・・・」

 

途中から徐々に涙声になりながら、勇気を振り絞り、拳を強く握りながら瑞樹に少しずつ伝える幸子

その様子を見て、うんうんと頷きながら瑞樹は何も言わずただただ聴いていた

 

「だから、どうすれば・・・いいかわからなく・・・なって、本当に・・・ごめんなさ」

 

幸子が言いかけると、瑞樹は人差し指を立て幸子の唇の前に持ってくる

 

「確かに、相談してくれなかったのは残念だわ。でも、あなたが謝ることなんて何もないのよ。悪いのは、全部大人たち」

「ううっ・・・う、うぅ・・・」

「正直に言ってくれてありがとう。でも、これだけは覚えておいて」

 

瑞樹は幸子をぎゅっと抱きしめた

 

「私は、仲間が傷つくのを黙って見てるほど安い女じゃないわ」

「ううっ・・・うぅぅぅ!!」

「よく頑張ったわね」

 

そう言うと幸子の頭を優しく撫でる

瑞樹はそっと顔を上げると、着物の裾をぎゅっと握りながら今にも泣き出しそうな顔をしている紗枝に気づいた

すると片手を広げ、おいでと紗枝にも言うと、紗枝は何も言わず黙ってその腕に収まった

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

「よし、完了だ。帰るぞ」

「はい」

 

スタジオに着いたあと、ひな先輩から連絡があった

車の書類が出来上がったので、車と一緒に持っていくから帰りの足にそこで待っていてほしいとのことだった

ひな先輩が車の鍵と明細を持っていないということは無事今西さんに渡すことができたのだろう、助手席に乗り込む

 

「言われた通り渡しておいた、なんだ?何か入っているのか?」

「ええ・・・まぁ」

 

ふん・・・とひな先輩は溜息と声が入り混じった返事をして助手席に深く腰を落とし、シートベルトを締めた

それと確認すると俺は車を出す

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

「・・・今日は随分と楽しかったみたいだな」

「え?」

 

スタジオを出てしばらく車を走らせ、工場まであと少しのところの赤信号で停車中にひな先輩がおもむろに呟く

 

「私が必死に仕事片付けてる間に姉さんと美城プロに行ったり、車にアイドル乗っけたり」

「ま、まだ言うんですか・・・勘弁してくださいよ。別に遊びに行ったわけじゃ」

「それも・・・リヤタイヤを溶かして材質変化させるほどにな」

 

ひな先輩が少し顔を右に向け、横目で俺の方を見る

夜の街明かりでその顔が照らされ、少し呆れたような表情をしているが怒っているのかそうでないのか、ハッキリとはわからなかった

 

「・・・まぁ、お前に何もなさそうだからいいけど」

 

そう言うと、前方に視線を戻す

 

「とにかく・・・とっとと四駆に戻してABSのランプ消せ」

「あ・・・は、はい」

 

俺は慌ててハンドルの右下のスイッチを戻す

スイッチから顔を戻すと、ひな先輩が前方を指差す

いつの間にか青信号に変わっていた

 

それからは特に会話もなく、無事事務所に車を入れ、いつもの場所に駐車しているところでひな先輩がまた呟いた

 

「それにしても、私がスタジオを出る頃に中がなんだかバタバタ騒がしかったけど・・・一体何だったんだ?」

 

・・・ってことは今西さん、聞いてくれたのか

手遅れじゃなければよかったけど

俺がやったことは正しかったのか・・・

余計なことをしてしまったのかと不安が今になって襲ってくる

 

「おい、何してる?工場終わってるみたいだから事務所閉めるし、早く戻るぞ」

「あ、はい。すいません」

 

車から鍵を抜き、ひな先輩と事務所に戻った

 

「あ、お疲れ〜二人とも〜」

「お疲れ。工場もう終わったんでしょ?」

「うん、あとは二人待ち〜の状態」

「姉さん、お疲れ」

「ん〜、社長は先に上がったよ〜」

 

ソファに座り携帯を触りながらテレビを観ている姉さんの横を通り、自分の荷物を取る

 

『・・・調べによりますと、ボイスレコーダーには他にも強制猥褻をほのめかすような供述も含まれており、他にも余罪を追求する方針です。次のニュースは・・・』

 

テレビの音声を聴き流し、自分の荷物をまとめる中、早くしろとまくし立てるひな先輩の声を聞き、姉さんもテレビを消し自分の荷物をまとめる

二人して急いで出入り口に向かい、ひな先輩が電気を消してセキュリティの電源を入れ、出入り口の鍵が閉められた



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

始まりは案外突然に06

「・・・以上が今回の議題だ。いつもより早く出社してもらって申し訳ない」

 

誰も喋らない会議室の中で、スーツ姿の男女が書類をめくる音だけがパラパラと乾いた音を立てていた

それぞれが真剣に書類に目を通し、納得する者、落胆する者、反応は人それぞれだった

 

「美城専務、これは全て事実なのですか?」

 

その中、一人が立ち上がり問い掛ける

美城専務と呼ばれたその女性は

 

「そうだ。報道以上の資料はこちらにもない。どうアイドル達に伝えるかは各々に任せる」

 

と、感情を込めずまるでそのまま文章を読み上げるようなトーンで冷淡に答える

立ち上がった男は、はいと一つ返事を返しそのまま椅子に座った

 

「これで緊急会議を終了する。早く出社した分は今日の残業時間につけていい、では私は失礼する」

 

そう言うと美城専務は自分の資料をまとめ、足早に会議室を後にする

会議室の扉を閉める直前に、中でどよめきが広がる声が聞こえた

 

「・・・はぁ」

 

自分の部屋に戻り、デスクに着いたときに最初に発したのは溜息だった

まさか、こんなことが起こっていたとはと自分の不覚に嘆く

そんな時、部屋の扉がノックされた

 

「・・・どうぞ」

「失礼するよ」

 

返事を返すと扉がゆっくりと開き、今西部長がいつもと同じ柔らかい笑顔を専務に向けて部屋へと入ってくる

 

「・・・おはようございます。聞きたいことが山ほど」

「おお、おはようおはよう。えぇ、私も伝えたいことがあって来たんだ。何、大丈夫だよ。年寄りは朝に強いからね」

 

あっはっはと小さく笑いを浮かべると、中央にある応接用の椅子に座る

専務は二人分のコーヒーを壁際のコーヒーメーカーで入れ、今西部長に差し出す

ありがとうとそれを受け取ると、専務も自分のデスクに着いた

 

「では、本題に。この事件を告発したのは今西部長だと伺っているのですが」

「ああ、そうだよ。ちょうどテレビ局にいて良かった」

 

今西部長は内ポケットから、例のボイスレコーダーを取り出し目の前のテーブルに置く

 

「友人の部下から預かった物だ。今回名前が上がった者以外にも、被害を受けた者は少なくないようだ。まったく嘆かわしい」

「ええ、だから今回の決定を下したのです」

 

美城専務が通達したのは、今回の騒動の元であるテレビ局とは一切手を切るという異例のものだった

346のアイドルを多く起用していたため、これにはアイドル部門のみならず、他の部署からも驚きの声が上がる

 

「シンデレラには相応しい舞台を。そこがあまりにも曇っていては光を浴びることはできない。何より・・・」

 

手元にあるアイドル部門の人員の一覧表に目を向ける

 

「彼女達や、彼女達のご両親に顔向けが出来なくなる」

 

コーヒーを一口飲み、また溜息をついた

 

「君も変わったね。強引に付き合いを続けると思っていたが」

「大事なのはアイドル達。そして彼女達の気持ちを尊重すること。それを私はここに来て学んだつもりです。大事なのは目先の利益ではなく、これからの未来。あなたからもその志を学んだつもりなのですが」

「ふっふっふ、そうだったかな。でも、気が短いのは相変わらずだね。昨日の今日で決定とは」

「時計の針は、待ってはくれません。まだ見ぬシンデレラにも思いを馳せようと思ったまでです。ところで・・・」

 

専務は立ち上がり、テーブルの上に置いてあるボイスレコーダーを手に取る

 

「この音声を録ったという"彼"に興味があるのですが」

 

そう言って再生ボタンを押すと、証拠となる証言の後に数十分間、同乗していたとされるディレクターの悲痛な叫び声が記録されていた

何を言っているのか言葉にならず、ただひたすら叫び声だけが聞こえる

 

「彼は私の友人が経営している会社の社員だよ。なんでも、優秀なドライバーだそうでねぇ。今回は私の送迎を頼んだのだが、手違いがあったようでこの事態が把握できたみたいだよ」

「ドライバー・・・」

 

今西部長がコーヒーを飲む中、顎に手を当てて考えこむ専務

そして何かを思いついたのか、デスク戻りもう一度一覧表に目を通す

 

「・・・何か、また思いついたのかね?」

「・・・ええ、まだ確証はないですが」

 

また顎に手を当てて、深く考え込み始めた

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

「本っっっ当にすまなかった!!」

「プ、プロデューサーさん。もう頭を上げてください・・・」

 

昨日のことが気になり、いつもより早く会社に来てみると、事務所のデスクで頭を抱えているプロデューサーを見つけた

心配になって声を掛けてみると開口一番で謝罪の言葉、それからこんな調子である

 

「し、しかし俺のせいで・・・」

「プロデューサーさんのせいじゃありません。昨日川島さんにもそう言われたでしょう?」

「それは・・・そうだが・・・」

 

あの騒動の後、川島さんからボク達のプロデューサーに檄が飛んだ

いつまでもくよくよしない!あんなやつの事を考えるくらいなら、この子たちのことをもっと考えてあげなさいと

そんなことを言う川島さんを、ちょっとカッコいいと思ってしまった

 

「だからこれからも、カワイイボクのプロデュースをお願いしますね!」

「さ、幸子。う・・・うん」

「もう!ホントに気にしないでくださいってばぁ!」

 

プロデューサーの肩を掴んで前後に揺らす

そうするとプロデューサーの口元に少しずつ笑顔が戻り、それにつられてボクも少し笑ってしまう

 

「それで、こんなに朝早くからなんで頭を抱えてたんですか?」

「・・・実は」

 

プロデューサーから事のあらましを聞いた

テレビでは話題になっていたが、そんなことになっていたとは

 

「専務も思い切りましたね」

「ああ、大事なのはお前たちのことだって。

しかし・・・どうしたもんかなぁ」

 

するとプロデューサーはデスクに戻り、上に散らばっている書類を漁り始める

結局のところ仕事が無くなったことに変わりはなく、穴を埋めなくてはならないのだが、中々スケジュールに合うものが無いのである

 

「これは・・・ダメだ、次の日はここで仕事なのに遠すぎる。これも・・・時間が合わないし・・・」

 

あれでもないこれでもないと書類を書き分けるプロデューサーのデスクから書類が一つ落ちる

それを拾い上げたボクは、ふとその書類に目を通すと書いてあることに興味が湧いた

 

「これって・・・」

「ああ、いいんだいいんだ。昨日からとにかく何でもいいから仕事を集めてただけだから。拾ってくれてサンキュー」

 

そう言ってボクから書類を取ろうとするが、逆に身を翻し、書類を読みふける

 

「・・・幸子?」

「おはようございまーす!」

「おはようございます〜」

 

そうしているうちに、他のメンバーも事務所に入ってくる

脇目も振らず書類を読みふけるボクを不思議に思ったのか、二人が心配そうにプロデューサーと話していた

 

「あ、あのプロデューサーさん!!」

「は、はい!」

「この仕事について、お話があるんですが!」

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

「おはようございまーす」

「おお、おはよう。昨日は休日なのにすまなかったね。何事もなかったかい?」

「ええ、まぁ・・・」

 

会社に着くと社長が既に出社しており、自分のデスクをせっせと片付けていた

 

「今日入庫沢山あるんですかね?」

「う〜ん・・・私が昨日見た感じではそうでもなかったと思うが・・・」

「工場入らないといけなかったら言ってくださいね。俺も今日はそこまで忙しくないですから」

 

そう言ったあとアルコールチェックの機械で検査し、パソコンの電源を入れる

確かに、そこまでの入庫はないようだ

 

「おはようございます」

「あ、ひな先輩。おはようございます」

「おはよう雛子君!あ、それと一つ頼みが・・・」

「何ですか・・・?」

 

パソコンの電源を入れ、荷物を置きデスクの上にある社員証を首に掛けながら怪訝そうに答えるひな先輩

 

「このトルクレンチを美空君に返してくれないかな?なんだか怒られそうで・・・ハハハ・・・」

「わかりました。自分で返してください」

「そ、そんなぁ・・・」

 

ガックリとうなだれる社長を横目に、俺の隣に座り髪を手で払ってメールボックスを確認するひな先輩

頑張れ社長、きっといいことがあるはずだ

そんなことを思いながら俺も荷物を整理し、業務の準備をしようとしたその時、ひな先輩がバンッ!とキャスター付きの椅子に座ったまま机を両手を伸ばして押し、机から離れた状態で、相当驚いたのか手を伸ばしたまま停止していた

 

「ひな・・・先輩?」

「おっはよーございまーす!あら、ひなちゃんどうしたのー?そんな椅子に座ったまま両手広げてー」

「おはよう美空君!あの・・・これを家から持ってきたんだが・・・」

「ああ!!もー、今度から気をつけてくださいね!」

 

まったく〜と社長からトルクレンチを受け取ろうと姉さんが動こうとしたが、それよりも早くひな先輩が立ち上がり、社長からトルクレンチを奪い取ったあと急いで姉さんに渡し、そのまま姉さんの手を掴んで自分のパソコンの前まで連れて行く

 

「え?ちょっ、何?」

「見て」

 

半ば強引に姉さんをパソコンの前に座らせ、メールボックスを見せるひな先輩

それから数分たち、姉さんの表情がみるみる変わっていく、その瞬間

 

「あああぁぁぁぁぁ!!!」

 

という姉さんの悲鳴が事務所の中に轟いた

 

メールボックスには、キャンペーンガールの仕事の件について美城プロダクションのアイドル部門、KBYD担当プロデューサーという名前でメールが届いていた



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

契約
契約01


「はいこれ、スイフトの車検証と自賠と納税証明書」

「ん、サンキュー」

 

あれから約半月、4月も終盤に差し掛かり今日までは特に何もなく日常が過ぎてゆき新年度の片鱗感じながら仕事に励んでいた

 

「・・・」ソワソワ

 

街は初々しい学生服やスーツに少し慣れた人たちが溢れ、新しい仲間や上司との会話に花を咲かせる様子をよく見るようになった

 

「なんか言ってた?」

「あー・・・下廻り見たら連絡してほしいって」

 

この業界も大分客足が落ち着き、どちらかといえば暇な月が続く

 

「わかった。オーダーには書いておくから」

「だから追加出す時に・・・って姉さん大丈夫?」

 

だが今日この日だけ、ウチは違っていた

 

「だあぁぁぁぁ!二人ともおかしいって!」

「「何が?」」

 

朝出社してからというもの、工場と事務所を落ち着きなく何回も往復し、鏡の前に立って身だしなみを整えたり、ソファに座って携帯を触ったりとソワソワしていた姉さんが頭を両手で抱えながら勢いよく立ち上がった

 

「だってそうでしょ!今日KBYDが打ち合わせで会社に来るっていうのにその落ち着き様!ありえない!ありえないわ!!」

「いや、まぁ来るといえば来ますけど・・・」

 

そう、今日はキャンペーンガールの件で346のアイドルグループ、KBYDが顔合わせも兼ねての打ち合わせということで会社に来ることになっている

最近では、姉さんが「あと2日・・・」「あと1日・・・!」と年末のカウントダウン並みにぶつぶつと呟き始めたので、ひな先輩が心底呆れていた

 

「だからって仕事が入ってこないわけではないし。ほら、早く戻らないとマズいんじゃないですか?」

「いや、仕事してる場合じゃ」

 

その瞬間バシッと姉さんの後ろからひな先輩が姉さんの頭目がけてバインダーを振り下ろした

 

「今は仕事する場合。来たら教えてあげるから」

「いや、でも・・・」

 

姉さんの目の前にオーダーを突きつけるひな先輩

 

「私たちがいるから大丈夫。ほら、試乗点検行ってきて」

「はぁい・・・」

 

そう言うと渋々オーダーを受け取り、姉さんは外へ車を取りに行く

 

「まぁ、姉さんの気持ちもわからんでもないけどな」

「そうですね・・・」

 

椅子に背中を預け、だらんと背もたれにのけ反りながらひな先輩が言う

姉さんだけではなく俺たちも、少なからず心が踊っているのがわかる

芸能人が来るというだけで落ち着かないのに相手はあの今をときめく超人気アイドルグループKBYDとくればなおさらだ

ひな先輩も時おり出入り口をチラチラみたり、かくいう俺もソワソワしてキーボードを打つ手がたまに止まってしまう

 

「本当にウチの宣伝なんかしていいのか?ましてやあのKBYDがわざわざ」

「やっぱりそんな凄いんですか?」

「んなお前、凄いなんてもんじゃないぞ。どのテレビ局にも引っ張りだこで、LIPPSやクローネと並ぶ人気グループだし。バラエティ番組でもよく見るしな」

「そんな人気グループがなんでここのキャンペーンガールなんか・・・」

「さぁ、裏があるとしか思えない」

 

実際この話も何故かポンポンとテンポ良く話が進み、社長が要求する条件も快く引き受け、今日の打ち合わせが実現する運びとなった

怪しい、怪しすぎる

後で莫大に請求書送られてこないだろうな・・・

 

「まぁ、実際会ってみないとわからんっていう話だ。この前も社長が」

 

そうひな先輩が切り出した瞬間、出入り口の扉が開く

二人同時に扉の方向を向いた

 

「おはよう諸君!遅くなってすまなかったね、ちょっと寄るところが・・・と、どうしたのかね?」

「「なんだ、社長か・・・」」

「な、なんだい二人して・・・傷つくなぁ」

 

ものの見事に二人の台詞が被った

社長は少し肩を落とし社長室へと入って行った

 

「・・・まったくタイミングの悪い」

「本当ですよ・・・こっちがどんだけ心ぱ」

「あの〜、すいません」

 

声が聞こえたほうを見てみると、出入り口を少し開け、中を覗き込むスーツ姿の青年が立っていた

 

「いらっしゃいませ。本日はどういったご用件でしょうか?」

 

ひな先輩がすぐ仕事モードに入り、お客様に近づく

俺も言われたことをすぐメモできるよう準備をするが

 

「ああすいません、申し遅れました。私、美城プロダクションのアイドル部門でプロデューサーをしているものです。今日こちらで打ち合わせを予約していたのですが、社長様はいらっしゃいますでしょうか?」

 

そう言った瞬間ひな先輩がバッとこちらに一瞬で振り向き、さっさと社長を呼んでこいと言わんばかりにこちらを睨みつけていた

 

「ちょ、ちょっと社長!お客様ですよ!もう!ゴルフクラブなんて磨いてないでさっさと出てきてください!あーもう!早く!」

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

「KBYDの姫川友紀です!よろしくお願いします!」

「小早川紗枝いいます〜。よろしくおたのもうします〜」

「輿水幸子です!よろしくお願いしますね!」

「改めまして。私がKBYDのプロデューサーでございます。本日はお招き頂き、ありがとうございます」

「いえいえ、こちらこそよろしくお願いします。社長の青葉雄二郎です。どうぞ、よろしく」

 

お互いに事務所のソファに座り、テーブルを挟んでの名刺交換が行われていた

この光景に大分慣れているのか、アイドルの三人は特に何をするわけでもなく、自己紹介を終えそのやりとりを黙ってみていた

俺はパソコンで作業、ひな先輩はというと

 

「どうぞ、お茶です」

 

意気揚々と、お茶くみ係に徹していた

ありがとうございますとアイドルそれぞれが眩しいほどの笑顔をひな先輩に向ける

去り際に俺と目が合ったときは、どうだ羨ましいだろうと言わんばかりの表情を俺に向け、給湯室へと去っていった

ふん、いいよいいよ別に変な気を使わなくてもいいし

弾ける笑顔が最高に可愛いお姉さんなんか、はんなり京都美人の高校生なんか、カワイイカワイイボクっ娘中学生なんかの側に行けるなんて、羨ましくも何ともないんだからな!

これは決して嫉妬なんかではない、そう、宣戦布告だ

いつもからかってくるひな先輩への宣戦布告なのだ!

ぐぬぬ・・・とひな先輩を目で追っていると、ふとボクっ娘中学生と目が合う

気のせいなのかさっきから、何回かこちらをチラチラと見ている気がしてならないのだ

話が進む中、俺も何回かそちらを見るのだが、高い確率で目が合う

あちらはすぐ目を逸らしてしまうけど、何か言いたいことでもあるのだろうか?

 

「あーもう足廻りガッタガタ!。フロント右のタイロッドエンドもダメだし、リヤの右デフサイドシール漏れてるし、どこまでやるの・・・ってひなちゃんは?」

 

頭をかきながら追加を出しに来た姉さんに、俺は事務所奥を親指で指差した

すると、姉さんに気づいたKBYDのメンバーが笑顔でこちらに向かってお辞儀をする

 

「ちょちょちょ、ちょちょちょっと待って待って待って待って。ホンモノ?ねぇ本物!?」

 

姉さんが机を盾にするようにしゃがみながら、顔だけ机からヌッと出しビクビクして狼狽えていた

 

「おお、美空君ちょうどいいところに。今大丈夫なら、少しいいかね?」

 

その様子に気づいた社長が姉さんを呼びつけた

追加が書かれた紙を持ちながらオロオロしている姉さんに、「俺が渡しておくんでどうぞ行ってきてください」と言うと、「はい・・・いただきましゅ・・・」とよくわからない返事を返し事務所奥へとゆっくりした足取りで向かっていった

 

「彼女がここの整備主任者で今回の仕事の立案者である海道美空君だ。何かわからないことがあったら彼女に聞いて欲しい」

「あ、あの!海道美空です!ああすいませんこんな格好のまま!ええとええと、今回は本当にありがとうございます!あのあの!ふ、ふつつか者ですがよろしくお願いします!」

「美空君、お見合いじゃないんだから」

 

するとその場にドッと笑いが起こる

姉さんも少し緊張がほぐれたのか、アハハ・・・と首筋を手で押さえながら照れた笑いを浮かべていた

その様子を給湯室で作業をしながら聴いていたひな先輩も、少し笑みを浮かべている

姉さん、本当によかったね

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

「あー、ではロケーションになりそうなところを探してこようか。美空君、KBYDのみんなを案内してあげて」

「は、はい!じゃあこっちのドアから工場に。あ、そこの段差に気をつけてね!」

 

そう言うとKBYDのメンバーは工場へと入っていった

残ったプロデューサーと社長は契約内容の確認と了承の為、書類による打ち合わせが始まる

ひな先輩はさっき姉さんが持ってきた追加の紙を片手に、お客様へ連絡しどこまで作業をするかの確認に入る

そういう俺はというと、みんなが対応に当たる中仕事に励んだおかげで、あらかた片付いてしまった

どうしようかと仕事を探していると、社長から呼び出しがかかり、事務所奥へと脚を伸ばす

 

「零次君。すまないが、打ち合わせが終わるまでの間、美城さんが乗ってきた車を洗ってあげてくれないか?」

「そんな、社長さん!いいですよわざわざ・・・」

 

手を前にかざして遠慮するプロデューサー

 

「いやいや、それくらいはさせて欲しい。では零次君、お願いするよ」

 

社長直々の命令だったので、汚れないよう上着を着て外に行こうとしたとき

 

「・・・そうか、君が・・・」

「はい?」

「いや、何でもないんだ。ごめんね、よろしく頼むよ」

 

呼び止められた気がしたけど、とにかく車を取りに外へ出た



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

契約02

「私、こういうところ初めて来た」

「そうだよね、中々女の子はこういうとこ来ないよね〜」

「何やら沢山機械が置いてありますなぁ。ちんぷんかんぷんどす〜」

「ボクにも何に使うものなのかさっぱりわか(ビー!)わぁー!ごめんなさいごめんなさい!」

 

横方向に動く床に足をとられ、工場内にブザーが鳴り響いた

 

「あはは、大丈夫大丈夫」

「この、動く床?みたいなのはなんなんやろなぁ」

「ああ、これはサイドスリップテスターっていって・・・」

 

海道さんに連れられて、ボク達はロケーションになりそうな場所を探して青葉自動車工業の工場の中を歩いている

辺り一面には、普段暮らしていては滅多に見られない物や風景で溢れていた

移動する机の上や壁にはおそらく車を直すために使う工具が置かれていたり掛けられていたり、後はよくわからない数字や記号や文字が書かれたプレートが壁に貼り付けられている

鉄骨剥き出しのその壁は、まるで会社の地下駐車場のようだった

 

「それにしても、どうしてウチの仕事を引き受けてくれたの?お世辞にもウチはそんなに大きな会社じゃないし・・・あなた達ならもっと大きな仕事がありそうな気もするけど」

 

海道さんが天井近くの箱から伸びるホースの横の紐を引っ張り、カラカラという音と共にホースを上に巻き取りながらボク達に尋ねる

 

「あー、ちょうど仕事が全く無かったときに青葉自動車さんのキャンペーンガールの仕事を見つけまして、美城専・・・上司に相談してみたら、是非受けてほしいと」

「幸子はんが猛プッシュしてくれはったんどす〜。興味深々みたいやったし〜」

「え?は、はい!自動車を直すお仕事って凄くカッコいいなぁ〜って思って!」

「あら〜、嬉しい事言ってくれるじゃない!」

 

そう言うと海道さんは、自分の移動する机(キャディっていうみたいです)から一枚の色紙を取り出した

 

「あのー・・・よかったら、サインとか・・・頂いちゃったりしても?」

 

海道さんが両手で色紙を差し出し、恐る恐るこちらの表情を伺いながら尋ねてくる

ボク達はお互い顔を見合わせて、快く了承した

嬉しそうにキャーっと可愛い反応をする海道さん

ま!ボクもカワイイですが!

 

「じゃあ私から!ふむふむ、海道さんへ・・・と!」

「そういえば昨日キャッツ勝ったわね」

「あれ!?お姉さんもしかして結構いけるクチ!?」

 

色紙が紗枝さんに渡る

 

「きゅきゅきゅ〜っと、是非今度京都にもいらしてくださいね〜。美味しいところたくさんございますえ〜」

「紗枝ちゃんありがとう。一回行ってみたいんだけど、中々時間が取れなくてね〜」

 

最後にボクに色紙が渡された

 

「よいしょっと、はい!カワイイお姉さんへ!ま、ボクもカワイイですが!」

「いや〜ん!生カワイイ頂きました!ホントにホントにみんなありがとう!」

 

ぎゅっと抱きしめられている色紙には、ボク達三人のサインと、海道さんへと書かれたメッセージが書き込まれていた

そのメッセージの最後には、三人がそれぞれ書いたハートマークが可愛く添えられている

 

「それにしても、お姉さんも美人なんですから、モデルとかになれそうなのに」

「あら、友紀ちゃんありがとう。昔レースクイーンみたいなのはしたことあるけど・・・ああ!ダメよダメ!ケータイで調べるみたいなことしたら!もう、恥ずかしいんだから!」

 

きゃーっと両手で顔を覆う海道さん

ケータイという単語でその時、ボクは自分の携帯を車に忘れたことに気づいた

 

「あ、ごめんなさい!ボク・・・携帯を車に忘れてきちゃったみたいで・・・」

「あら全然取ってきていいわよ!私達、多分裏にいると思うから」

「すいません!すぐ戻ります!」

 

そう海道さんに伝えると、ボクは急いで車へと向かった

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

「ん、こんなもんかなぁ」

 

一通りスポンジで車を洗い流し、水をかけたところで、せめてものお礼としてボディコート剤を使い、丁寧に拭き取り始める

車の外装がみるみるうちに綺麗になり、まるで新車のような艶が出ていた

そんな最中工場をチラッと覗いてみると、あの三人が姉さんと仲良さそうに話している様子が見えた

姉さんも話好きだから、あの三人と仲良くなれるのもうなずける

昨日キャッツの試合をテレビで観ていたのもあり、野球が好きと言っていたアイドルとも話が弾んでいるようだ

 

「あのー・・・すいません」

「ん?はい?」

 

工場から目を離し、車の拭き取りに戻り少しすると、背後から話しかけられる

振り返ると、右手を胸に当て、恐る恐る俺に向かって話しかける輿水幸子ちゃんの姿があった

相当緊張しているのか、左手もきゅっと握られている

 

「携帯を車の中に忘れてしまって・・・取ってもいいですか?」

「ああ、いいよいいよごめんね。どうぞ」

 

俺はスライドドアの前から避けると、幸子ちゃんがドアを開け中に入りドアが閉められた

携帯を探して、幸子ちゃんが中で右往左往している横で拭き取りを再開する

・・・それにしても、あらためて考えるとやっぱり凄いことだよなぁ

あの超人気アイドルグループが、こんな小さい整備工場のキャンペーンガールの仕事を引き受けてくれるなんて

もっと大きな仕事なんて沢山あるはずなのに、その方が会社の利益にも貢献できるのになぜ?

いくら社長の友人や孫が働いていると言っても、損益で動くはずの大企業が簡単に許可を出すはずがない

何か本当に裏があるのでは?

そんなことを考えていると、スライドドアが再び開き幸子ちゃんが降りてきた

 

「あの、ありがとうございました!」

「あー、うん。見つかった?ああ、よかったよかった」

 

そう言って作業に戻る

・・・戻るんだけど、背後から何やら視線を感じる

じっ・・・と俺がやってる作業を見つめ、話し掛けようとしているのかそうでないのか、若干気まずい雰囲気が流れていた

 

「あ、あはは・・・どうしたん?まだなんか忘れ物?見ててあまり楽しい作業じゃないと思うけど。ああ、みんななら裏に行ったの見たから、そこの右からぐるっと周れば裏に」

「やっぱり、あの時のドライバーさんですよね」

 

携帯を持った手を後ろに組み、まっすぐ俺の目を見つめてそう言った

 

「その声にその後ろ姿、間違いないと思うのですが」

「あー・・・姉ちゃんの言ってる人、もしかしたら別に居たりして・・・」

「ほら、その"姉ちゃん''って台詞。あの時言われたのとおんなじです」

 

すると、ゆっくりとこちらに向かって近づいてくる

 

「最初は今西部長が車を呼んだと聞いていましたからタクシーの運転手さんかと思いました、しかしまさか整備工場の方だったとは」

「・・・あの時は悪かったね。恐い思いさせて」

「ホントですよ。本当に恐かったんですから」

 

いつの間にか俺の顔を覗きこめる位置まで接近していた幸子ちゃん

んー?と顔を左右に揺らしながら俺の顔色を伺っていた

てっきり怒っているかと思っていたが、その表情はイタズラを仕掛けるような、ニヤニヤした笑みを浮かべ、しばらくそのまま俺の顔をじーっと見ていた

俺は少し身構える

 

「まぁ、何はともあれ」

 

そう言うと、顔を離し先程と同じように手を後ろに組み笑顔で続ける

 

「あなたのおかげで私達は、今こうしています。今日はその言葉をどうしても伝えたかったんです。あなたのしたことは許しましょう!ボクはカワイイので!」

 

満面の笑みを浮かべ、身を翻し、少し駆け足で工場へと戻っていく

ちょうどメンバーも、裏から戻ってきたみたいだ、手を挙げて幸子ちゃんを迎えていた

 

「ボクはカワイイのでって。ふふっ、なんだそりゃ」

 

幸子ちゃんが合流する直前、チラッとこちらを向き軽く手を挙げる

俺もそれに合わせて、手を挙げて答えた

世間を魅了する346のトップアイドルグループ

それに夢中になる人の気持ちが少しわかった気がする

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

「では、後ほど書類を上に送ったあとで今回のロケーションを見たアイドルの意見も絡めて詳しい撮影のスケジュールをご連絡致します。本日は本当にお忙しい中ありがとうございます」

『ありがとうございます!』

 

プロデューサーの後に続き、KBYDも頭を下げ挨拶を交わす

さすがトップアイドル、来た時もそうだが場数を踏んでいるだけはあり、こういう場のマナーはしっかり心得ているようだ

 

「いやいや、こちらもKBYDさんのような有名な芸能人と一緒に仕事ができるなんて本当に光栄です。何卒、今後ともよろしくお願いします」

 

社長がプロデューサーと握手を交わし、頭を下げたタイミングでこちらも一同揃って頭を下げる

会社としての顔は社長で、いつも他の企業の重役とは社長がやり取りをしているので、こういう場は慣れないが朝礼の時の挨拶訓練が役に立っているようだ

 

「これで私たちは失礼させていただくのですが、青葉社長。一つ、勝手なお願いをさせていただいてもよろしいでしょうか?」

「はい、我々に出来ることなら」

 

社長がそう言うと、プロデューサーは俺に目を向けた

 

「この後予定がなければ、彼を連れて美城プロへ戻りたいのですが、青葉社長の許可を頂きたいのです」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

契約03

「いやぁ、急な話で悪かった。どうしても君に会いたいという人がいてね」

「あ、いえ。決して忙しいというわけではなかったので・・・」

 

企業訪問が終わり、時計が11時を回る頃、久しぶりに乗る助手席の感覚に、なんだかいつも自分で車を運転してる為違和感を覚えながら、俺は美城プロさんの車に乗せられて美城プロダクションへ向かっていた

会社を出て行く直前、姉さんも行きたいと駄々をこねていたが、まだ仕事があるとひな先輩に引き止められ渋々工場へと戻っていった

職業柄、車に乗ると耳や体でその車の状態を確認してしまう

あ、いま少し足廻りからコトッていったな

今度工場に入ってきたら見てみないと

 

「ねーねーお兄さん!」

 

ぼーっとしながら車の状態に思考を巡らしていると、助手席の後ろから唐突に話しかけられた

彼女の名前は姫川友紀さん、野球が大好きなアイドルだそうだ

なんでもあの有名な球団、キャッツの試合の始球式までこなしたことがあるという

 

「お兄さんって、何者?」

「何者って言われても・・・」

 

姫川さんが運転席と助手席の間から少しだけ顔を出し、こちらを覗き込むようにそう聞いてきた

その顔は興味深々と言わんばかりに輝き、まるで子どものようだ

 

「こらこら友紀、そんな突然に」

「だって気になるじゃん!美城専務もあんな風に言ってさ。紗枝ちゃんも気になるよね!」

「ええ、確かに気になりますなぁ」

 

小早川さんが窓枠を人差し指でサッと撫でる

 

「あの短時間で車の中をここまで綺麗にできる腕前、只者じゃありまへん」

「そっち!?いやすごい綺麗だけどさ!」

「すまなかったなぁ、汚かっただろう?この車」

「ああ、いやいや」

 

確かに、車の中から色々な物が発掘された

飴玉の包み紙、ガチャポンの空き容器、空の化粧水の瓶など、他にも窓には沢山の汚れが目立ち、シートには長さが様々な髪の毛というように日頃様々な人がこの車を利用していることが見て取れた

姉さんの話では346プロに所属しているアイドルの数は100人を優に超えており、それぞれが個性を武器に様々な舞台で活躍しているらしい

 

「で、お兄さんは一体何者なんですか?」

 

それまで口を閉じていた幸子ちゃんが、おもむろに俺に向かって問い掛ける

 

「俺は、ただの会社員だよ」

「ボク達を助けてくれたのに?」

「おい、幸子まで。すまんなぁ兄さん」

「いえ、ただ・・・」

 

俺は前に視線を戻して答える

 

「あなたたちが歌って踊って、沢山面白い物を見せてくれてるこれからを、あんなやつに邪魔されたくなかっただけ。というか、あいつが気に食わなかった」

 

そう言うと、姫川さんはニヤッとした表情で言う

 

「へぇ、中々面白いこと言うね兄さん。てっきり下心でもあるのかと思ったけど」

「さすが''ヒーロー''さんやわぁ、美城専務がこだわる理由もわかる気がします」

 

小早川さんの言い回しに若干引っかかる

 

「ヒーローって、どういうこと?」

「あ、ああ!ほら皆さんそろそろ着きますよ!降りる準備をしないと!」

 

幸子ちゃんの言葉にクスクスと笑うプロデューサーを不思議に思いながら前に視線を戻すと、車はいつの間にか美城プロダクションへ到着し、巨大な正門をくぐり抜けていた

いつかに来た巨大な正面玄関は相変わらずの存在感を放ち、そのおとぎ話に出てくるような風貌は見た者を圧倒させている

その側を通り抜け、車は地下駐車場へと入っていく

周りには何台もの社用車、個人の車、使われていないのか端っこでブルーシートがかぶせられている物など様々で、その一角に車が止められた

 

「よいしょっと!あー、お昼が終わったらレッスンだっけ?」

「ええ、その後雑誌の取材。その次はテレビ局まで行って公開インタビューどす〜」

「ああ、昼一でレッスンルームに向かってくれ。その間に必要な物用意しておくから。それと、夕方に局に着いたらすぐメイクさん呼んでくれ」

 

みんな車から降りると歩きながらすぐ打ち合わせが始まった

プロデューサーが手帳を開き、今後の予定に間違いはないか照らし合わせている

俺はしみじみ、別の会社に来たんだなと思い知らされていた

 

「ああ、いきなり申し訳ないね。俺たちの後についてきてくれないか?」

「あ、はい。わかりました」

 

俺は大人しくプロデューサーとその後ろにKBYD、その後から静かについていく

壁際のスロープを登り、エレベーターに乗り込む、エレベーターもアウトレットモールやマンションにあるようなデジタルで階数が表示されるものではなく、アナログに針で階数がわかるものになっていた

 

「今日はベテトレさんらしいですね」

「え゛、マジ!?ただでさえ最近体が硬いのに・・・」

「まぁまぁ、PCSの方たちとご一緒みたいやから、不甲斐ないところみせんようにがんばりまへんと」

 

なんだかよくわからないけど、仕事の話?が繰り広げられているのも束の間、エレベーターの針が止まり扉が開かれると、一番最初に目に飛び込んできたのは、おとぎ話に出てくるお城に飾られているような大きなシャンデリア

中央から上に伸びる大きな階段があり、それが途中から左右に分かれ、上の階に繋がっている

壁には天井から床まで大きく伸びるポスター

おそらく描かれているのはアイドルの人達なのだろう、眩しい笑顔で俺たちを迎えてくれていた

壁際には休憩スペースのようなものがあり、テーブルとソファが置かれ、今もお団子ヘアーのふわっとした女の子と、いかにも元気バクハツ!って感じの女の子が談笑している

 

「次は別スタジオでの撮影です。正面に車をまわしてあるので、それに乗ってください」

「りょうかーい、しぶりーん!早く早く!」

「未央、そんな急がなくても大丈夫だから」

 

ホールでは、屈強な見た目の男が指示を出し、短髪の女の子と、長髪の女の子が慌ただしく玄関から出ていった

それだけに限らず、周りの至るところでは、携帯電話を片手に早足で歩く者、テーブルに座りパソコンを開く者、沢山の書類を抱えてエレベーターに乗り込む者など多種に渡り、改めて大企業であることが窺える

 

「いらっしゃいませ」

 

突然かけられた言葉にハッと我に帰る

周りを見ながら歩いていたら、いつの間にかフロントまでたどり着いていたみたいだ

二人の女性が俺に話しかけてきた

 

「青葉自動車工業からのお客様だ。美城専務に連絡をお願いしたい」

「お待ちしておりました」

 

そう言うと女性は一枚の紙と、ネームプレートを差し出す

 

「では、こちらの入館証明書にサインをお願いします。その後にこちらのネームを首に掛けてお待ち下さい。すぐに案内の者をお呼びします」

 

俺は言われるがままに証明書にサインし、ネームを首から下げる

それを小早川さんが興味津々に見ていた

 

「へぇ〜・・・北崎はんっていう方なんどすなぁ。みなさんがれいじはんとおっしゃっておりましたから、本当のお名前が気になっていたんどす〜」

「ごめんね、申し遅れました。北崎零次っていいます。よろしくね」

「ええ、よろしくおたのもうします〜」

 

今になってお互いに挨拶をかわす

そうこうしているうちに案内役と思われる女性がフロントに現れ、ついてくるように促される

 

「じゃあ、よろしくお願いします。お前たちも昼までにある程度取材の準備と、インタビューの打ち合わせをしておいてくれ、俺は別の現場に行く」

「はーい!じゃあまたね!おにーさん!」

「それでは、またの機会に〜」

「今日はお世話になりました!これからもカワイイボクをよろしくお願いしますね!」

 

それぞれの挨拶に頭を下げると、彼女たちは別館へと続く渡り廊下まで歩いてゆき、去り際にこちらに手を振ってくれた

 

「では、北崎様。こちらへ」

 

案内役の女性に別の渡り廊下の方に手をかざされてそう言われる

どうやら彼女たちとは反対方向に目的地はあるみたいだ

俺は指示された方向へついていく

 

「専務はオフィスビルでお待ちです。少々歩くことになりますので、ご了承ください」

「ああ、いえいえ」

 

返事を返すとそのまま女性と共に無言で渡り廊下を歩く

左右に視線を向けると中庭が広がっており、沢山の木々と綺麗に舗装された道、しかしそこかしこに芝生も広がっている

今もシートを広げ、バケットからお菓子を取り出して談笑する女の子達や、道に設置されているベンチに座りギターを引く者などそれぞれが思い思いに楽しんでいた

 

「ここって、一体どんな会社なんですか?」

 

気になったので女性に聞いてみた

 

「美城プロダクションはアイドルだけではなく、俳優や歌手、モデルなど活動は多種多様に渡っている芸能プロダクションになります。この社屋の外観も、テレビや映画などの映像コンテンツも手掛けているため、撮影用の施設として利用されることもあります」

 

渡り廊下を抜けると、フロントがあった本館とは異なり、一般的なビルの内装にガラッと変わる

しかし規模はとても大きく、乗り込んだエレベーターに表示されている階数はなんと30階

女性は27階を押す

本館のエレベーターとは違い、一般的な物と同じようにデジタルで階数が表示されていた

 

「アイドル部門は設立されてまだ3年程しか経っていませんが、シンデレラプロジェクトを初めとする様々なグループは目まぐるしい成果をあげ、他の部門からも注目が集まっています」

 

エレベーターのモーター音と共に女性は説明を続ける

 

「これからお会いする美城専務は、そんなアイドル部門をまとめ上げる統括重役となります。最近まではニューヨークにある美城の関連会社に出向しておりました」

 

モーター音が徐々に弱まり、27階でデジタル表示が止まった

重々しく開くドアに、少しずつ緊張が高まっていく

女性に続いて歩く中、やはり疑問が浮かんでくる

そんなお偉いさんが、一体俺に何の用なのだろう

 

「北崎様、こちらです」

 

女性がある扉の前で足を止め、俺もそれに続いて止まった

他の一般的なオフィスと違い、その扉はいかにも高級そうな雰囲気を醸し出し、目の前にそびえ立っていた

騒がしいホールとは違い、全く周りの音がしない廊下は、妙な緊張感をもたらす

 

「ここから先は直接、美城専務にお伺いしたほうがよろしいかと」

 

そう言うと女性は、扉をノックした

 

「どうぞ」

 

中からキリッとした女性の声が聞こえ、それに合わせて扉が開かれた

目の前に、パソコンに隠れ顔は見えないが、ピシッとしたスーツを着た、いかにもバリバリのキャリアウーマンといったオーラを纏った女性がパソコンの画面とにらめっこしながら仕事をしていた

 

「失礼します。美城専務、青葉自動車工業の北崎様をお連れいたしました」

「ご苦労だった」

 

部屋に入り、案内役の女性が頭を下げると、それにつられて俺も無言で頭を下げた

 

「君は仕事に戻りたまえ。後は私が」

「はい。では、失礼いたします」

 

専務の言葉に合わせ、その女性はもう一度お辞儀をすると、速やかに部屋から出ていく

少し心細かったが、すでにその専務との緊張感でそんなことを考える余裕がなかった

 

「いきなり呼び出してしまって申し訳ない」

 

専務はそう言うと、椅子から立ち上がりこちらに向かって歩いてきた

その風貌はさっき予想した通りキャリアウーマンそのもので、身長も高く、整った顔立ちをしており、まさに美人というものを絵に描いたような出立をしていた

 

「私がアイドル事業部統括重役の美城だ。役職は"専務"となっている。以後、よろしく」

「あ、はい。よろしく・・・お願いします」

 

専務が頭を下げたので、こっちも頭を下げる

どうやら、こちらのことは仕事相手として見ていてくれてるようだ

 

「立ち話も何だ。どうか、そこに掛けて欲しい」

「・・・すいません、失礼します」

 

まるで就職の面接に来たみたいだ

俺は言われるがまま、その場のソファに腰掛けた

高級なソファに体を包まれ、少しだけ安心感が生まれる

 

「コーヒーでいいか?」

「え?あ、そんなお構いなく・・・」

 

俺の言葉を聞き流し、専務はコーヒーを2杯入れ、俺の前に一つ持ってきた

自分はテーブルを挟み俺の向かいに座り、コーヒーを目の前のテーブルに置く

 

「仕事は大丈夫だったか?もし穴が空いてしまったのなら、私たちがその分を立て替えよう」

「いやいや、大丈夫!大丈夫です!ちょうどキリのいいところで終わらせてきましたし、そんなお気遣いは・・・!」

「そうか、ならよかった」

 

そう言うと専務はコーヒーを一口飲んだ

この人、見た目はアレだけど、意外といい人なんじゃないか?

ちゃんと気を使ってくれるし、細かいところに目を向けてくれる

 

「では、本題に入ろう。君をここに呼んだ理由だ」

 

コーヒーをテーブルに置き、俺の目を真っ直ぐに見る

 

「単刀直入に結論を言わせてもらう」

 

専務の目が、一瞬で鋭くなった

 

「私たちは、君をスカウトしたい」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

契約04

「・・・はい?」

 

言っている意味が理解できなかった

専務はなんて言った?

俺のことをスカウトしたいって言ったのか?

一体どういう意味だ?役目は?まさかプロデューサーとしてじゃないよな?

困惑しながら専務に目を向けると、変わらず目線をこちらに向けている

その鋭い眼光は、決して冗談で言っているわけではないことを明確に表していた

 

「それは・・・一体どういう意味ですか?」

 

たまらず俺は専務に聞き返した

 

「君の力を貸して欲しい」

 

すると専務は立ち上がり、自分の机から一つのファイルを持って再びテーブルに戻り俺の目の前に差し出す

ファイルの中にはクリップで止められたほどほどに厚い書類が入っており、そこにはアイドル部門においての活動の資料等が沢山活字と共に並んでいた

 

「これは、我々アイドル部門が行っている活動を簡易的にまとめたものだ。すでに知っているとは思うが、設立以来アイドル達は様々な方面に進出し個性を発揮して活躍している」

「それは、はい。上司のほうから詳しく聞いています」

「そうか、話が早くてよかった」

 

すると次に、専務は何枚か書類をめくる

そこにはズラっと上から下まで名前、特技、所属グループ等が同じ等間隔で書き連ねているものが何人分も並んでいた

 

「見てわかる通り所属アイドルはすでに100人を優に超えている。活躍の場を広げるにあたり担当プロデューサーを増やしてはいるが、それでも目が行き届かない現場もあり、少なからずトラブルの報告も増えている」

 

それは確かに、この部屋に来る時に見た光景が物語っていた

見る人の殆どが忙しなく動いており、全部が全部アイドル部門の人ではないにしろ、忙しことには変わりなさそうだ

 

「そこでだ」

 

専務は次の書類をめくる、そこには氏名、年齢、住所、緊急時の電話番号を書くための欄と仕事の募集要項、そして最後には右下に自分、上司二名分の印鑑を押す場所が書かれた一枚の紙が挟まっていた

 

「少しでもプロデューサー達の負担を減らす為、君を我がアイドル部門の運転手としてスカウトしたい」

 

そう言うと書類を閉じ、目の前に差し出された

専務はまたコーヒーを一口飲み、俺の出方を伺っている

だが俺にも疑問に思っていることがいくつかあった

 

「しかし、何故自分なのでしょう。見たところ他にも人員は居るみたいですし。優秀なドライバーは別にいると思うのですが」

「・・・そうだな、君の言う通りかもしれない」

 

専務の発言にますます疑問が浮かぶ

 

「私が君を呼んだ一番の理由は、これだ」

 

すると専務はスーツの内ポケットから、ボイスレコーダーを取り出した

 

「それって・・・」

「長らく拝借していてすまない。交渉した結果、テレビで内容の公開は控えてさせてもらった。よってこの内容を知っているのは、一部のテレビ関係者と私、そして事業部の今西と一部のアイドル、当事者のみとなっている」

 

そっとボイスレコーダーをテーブルにある書類の横に置く

 

「君も我々同様、この事件に深く関わった者だ。信じていないわけではないが、問題の発言の部分は削除させてもらった。被疑者となった彼には、君がしっかりと"口封じ''してくれたみたいだしな」

 

つまりは、今度は俺の口封じの為に・・・いや、それは音声データを消せばいいだけだ

 

「今回の一件で、君はアイドル達から一定の信頼を得ているようだ。彼女たちから何かしらの接触があったんじゃないか?」

「まぁ、たしかに・・・そうですね」

 

幸子ちゃんや小早川さんの事を思い出して、俺はなんだか少し小っ恥ずかしくなり、慌ててコーヒーを一口含む

 

「今西からは優秀なドライバーだと聴く。彼女たちを救ったのも事実だ。様々な議論を行った結果、君が適任だと判断したまでだ。どうだ、私についてきてみないか?」

 

"私についてこない?''

 

・・・専務が言い終わった直後、懐かしい言葉が頭の中に響いた

 

「契約内容から見ても、君に悪い条件ではないと思うのだが。仕事中に何かしらの問題が発生したら、その都度報告してくれ。その時に対応しよう」

 

専務は立ち上がり、また自分の机に戻ると、一台のスマートフォンと別の書類が入ったファイルを持ってくる

 

「これが連絡用の携帯だ。中には私や、会社への連絡先が登録されている。今若者は会話アプリで連絡するのが主だと聞いたので、一応入れておいた。必要なら使ってほしい。車は」

「申し訳ありません」

 

専務の話を遮り、俺は一方的に頭を下げた

携帯を持ち説明する専務の手が止まり、その鋭い眼光が携帯から再び俺の目に向けられる

 

「・・・何故謝る」

「この話、お受けできません」

 

テーブルの上で開かれていた書類の向きを変え、専務の目の前に戻した

 

「何故、何故だ。内容も君にとって悪い条件ではないはずだ。何故・・・そんな事を言う」

 

携帯をテーブルに置き、姿勢を正して再び専務は俺に向き直る

 

「確かに、俺にとっては凄くいい条件だと思います。俺の年代にしてはこれ以上ないくらい魅力的です。ですが、それでもお受けできません」

「そこまで言っておきながら、自らチャンスを逃すというのか」

「いえ、そういう事ではありません」

 

俺も自分の膝に手を置き、専務に向き直る

 

「恩を返しきれていない人達がいるんです。専務のお話はとてもありがたいですが、私はあの場所が好きなんです。この会社に比べたらもの凄く小さな会社です。でも、今私はあの場所に居たいんです。契約云々の話ではありません。あなたとは、進んでいる道が違うんです。この話、お断りします」

 

そう言った直後、専務は少しだけ驚いた表情をして、すぐにまた鋭い眼光を俺に向ける

 

「君も・・・彼女と同じか」

「・・・はい?」

「いや、こちらの話だ」

 

すると専務はテーブルの書類を片付け、机から持ってきたもう一つの書類を広げる

 

「私は君に、俄然興味が湧いた」

「・・・お断りしたつもりですが」

「これは、先程の物とは少し違う」

 

書かれていた内容は、今度は俺個人ではなく青葉自動車工業宛、会社そのものに向けて触れられていた

 

「これって・・・」

「手が回っていないのは事実だ、優秀な人材は我々としても歓迎する。そこで、今度は青葉自動車工業様宛に仕事として依頼したい」

 

これには、俺も困惑した

俺個人の話ならまだいい

だが、会社そのものの話となると状況が大きく変わってくる

ここまでくると、俺だけで判断するわけにはいかない

まさか、ここまで考えて交渉してきたのか

専務は先程と変わらない様子で話を続ける

 

「青葉社長にも是非検討していただきたいのだが、どうだろうか?」

「どう・・・と、言われましても・・・」

 

俺は言葉に詰まる、これは今社長に電話してはい契約というわけにもいかない

社長だけではなく、姉さんやひな先輩も巻き込んでしまう話だ

帰って相談してみる以外ないだろう

俺はその意向を伝えると、専務は「わかった」と一つ返事をし、書類をファイルに入れ俺に渡す

 

「先のキャンペーンガールの件同様、良い返事が聞ける事を期待している。それとこれも、ありがとう」

 

書類と共に携帯とボイスレコーダーも渡される

俺は受け取ると上着のポケットにしまった

 

「依頼するからには、それ相応の報酬を約束しよう。通常の仕事になるべく差し支えないように青葉社長と相談しながら進めていくつもりだ。・・・ただ」

「ただ・・・?」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

契約05

「それで、どうだったんですか!」

「どうって?」

「私も聞こうと思ってたの!一体、どんな人だったの?」

 

別館の休憩室で昼食をとっていた幸子は、テーブルを挟んで座っているPCSのメンバーである卯月、美穂に質問攻めにされていた

体を乗り出し、目をキラキラさせて二人は幸子に問い掛ける

 

「どうもこうも、普通の人だと思いますよ?ボク達が乗ってきた車を綺麗に洗車してくれましたし、仕事はできる人かと・・・」

「え!?あの車を短時間で!?どうやって!?ねぇ幸子ちゃん!!」

「し、知りませんよ!響子さん離してください〜!」

 

響子に肩を掴まれグラグラ揺らされる幸子を他所に、卯月と美穂は妄想に花を咲かせていた

 

「人知れず幸子ちゃんを助けて、何も言わず去っていく・・・、本当にヒーローみたいですね」

「いや、卯月ちゃん!もうこれはまさしく・・・王子様みたいな・・・!」

「いやだから別にそんな感じの人じゃ、って響子さん!ボクの携帯勝手に取らないでください!何も撮ってませんから!」

「「はぁ〜」」

 

幸子の携帯を奪い取り、必死に車の写真を探す響子と、まだ見ぬヒーローに想いを馳せてテーブルに両肘をつき手に顎を乗せて物思いにふけ、ため息をつく卯月と美穂

そんな様子を見ながら紗枝と友紀は苦笑いを浮かべていた

 

「何やら北崎はんのハードルがどんどん上がっているような」

「大丈夫かな・・・まぁ、何でここに呼ばれたのかもわからないんだけどさ」

「「え!?ここにいるんですか!?」」

「あ」

 

ついつい口を滑らせてしまった友紀に詰め寄る二人

友紀は視線を紗枝に向け助けを求めるが、紗枝は巻き込まれないようにお弁当を食べ始めた

 

「いや〜、幸子ちゃんが言うように普通の人だよ。専務に呼ばれたみたいだから、何かあるとは思うけど・・・」

「返してくだ、っさいって!はぁ・・・たぶんキャンペーンガールのことじゃないですかね?」

「それでわざわざ呼ぶ?それだったら社長呼んだほうが早くない?」

 

確かに、それだったら社長を呼んだほうが早い

他にも色々考えたが、仕事関係の話なら尚更その方が都合がいいと幸子の頭の中は堂々巡りだった

 

「それだったら、お兄さん本人に用事があったとか?ほら、よく言うじゃん。現場の声が聞きたい・・・みたいな?」

「ロケーションのことですかね?ボク達じゃわからない・・・自動車っぽいところとか。それっぽく汚れてるところとか?車のゴミとか・・・」

「え!?そんな未知の汚れがあったんですか!?ねぇ幸子ちゃん!」

「あぁもう響子さん!!何にもな、あ、ちょ!携帯返してください!」

 

慌てふためくメンバーを見ながら、紗枝も食べる手をとめて物思いにふける

専務が彼をここに呼んだ理由、それが漠然としていてハッキリしない

何かが動こうとしているような、そんな気がしてならない

 

「それにしても、どんな人なんでしょう・・・」

「普通でいて普通じゃない。ますますミステリアス・・・」

 

「はぁ〜」と再びため息をつく卯月と美穂を見て、紗枝はとりあえず深く考えるのをやめ、再びお弁当に手をつけた

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

「では、青葉社長によろしく伝えてほしい。今日は突然呼び出してしまって申し訳ない」

「・・・いえ」

 

俺は受け取った書類を持ち、帰る支度を済ませて椅子から立ち上がった

専務も同じように書類を持ち、自分の机に置く

それと同時に俺も扉に向かった

 

「おお、すでに昼を回っていたか。よかったら346カフェに寄っていくといい。軽い軽食くらいなら出ていた筈だ」

 

専務がパソコンで時計を確認し、そう言う

気がついたらもう時計は12時を回ってしまっていた

帰ったらひな先輩たちに謝らないと

 

「では、失礼します」

 

そう言って扉を開け、部屋を出ようとした時だった

 

「最後に一つ聞かせてほしい」

 

俺の背中に向けて、専務がパソコンの画面の前に座ったまま一言呟いた

 

「この会社、不満があるとすれば何だ」

 

その言葉に俺は、背を向けながら少し考え答える

 

「高級車が、俺の趣味に合わない所ですかね」

「・・・そうか」

 

地下駐車場に止まっていた社用車を思い出し、それだけ伝えると俺は部屋から出た

扉を閉める瞬間、専務の口元が少し笑っているように見えたが勘違いかもしれない

そのまま来た道を戻りエレベーターを待つ

程なくして、下に向かうエレベーターが到着し、乗り込もうとするが

 

「おっと」

「あ、すいません。気づくのが遅れてしまって」

「いやいや、こちらもすまなかった」

 

ワンテンポ遅れてエレベーターから出てきた初老の男性とぶつかってしまった

 

「いえ、すいません」

「いや、こちらこそ」

 

そう一言ずつ挨拶を交わし、俺はエレベーターに乗り込んだ

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

コンコンと扉がノックされる

 

「どうぞ」

 

返事をするとゆっくり扉が開く

 

「お疲れ様。いやいや、なんだか少し気になってしまってね」

 

そう言って少し笑みを浮かべながら、今西部長は応接用の椅子に座ることなく、そのまま美城専務の机に近づいた

その様子を気にすることなく、美城専務は机に肘をつき書類を眺める

 

「随分と疲れているようだが、そんなに強敵だったかい?彼は」

「・・・どうしてここには、似たような者が集まってくるのか」

 

手に持っている書類を机に置き、専務は中央のテーブルに置かれているコーヒーを片付けるため、角の小さな台所に持っていく

 

「彼に何と言われたんだい?」

 

いつもと違い、少し肩を落として作業する専務を見抜き、今西部長はその背中に問い掛けた

 

「私達の車は自分の趣味に合わない、と」

「はっはっは、青葉君に聞いていた通りの子だね」

 

そう言って小さく笑う今西部長の言葉にため息をつく専務は片付ける気力が無くなり、コーヒーカップを台所に置くとそのまま机に戻った

 

「しかし、こちらにも収穫はあります」

「というと?」

 

すると専務は青葉自動車工業の資料を手に持ち今西部長に言う

 

「優秀な人材は歓迎する・・・ただ、それだけです」

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

「何階ですか?」

「あ、すいません。1階をお願いします」

「ああ、私と同じですね」

 

エレベーターに乗り込むと、三つ編みサイドの髪型が似合う、黄緑色の制服を着た女性が書類を抱え一人乗っており、特に何も話すことなくエレベーターが下に降りていく

しばらくすると、女性がチラチラッと自分を見ていることに気づいた

 

「何か?」

「あ、いえ。ごめんなさい。あなたが青葉自動車さんの方なんですね」

「そうですが・・・」

「申し遅れました。私、アイドル部門で事務を担当しております。千川ちひろと申します」

 

微笑みながら小さく会釈するその女性につられて俺も少し頭を下げる

 

「あなたがアイドル達を助けたと噂になっていたので、どんな人なのか私気になっていて」

「いやいや、助けただなんて・・・そんな大層なことはしていませんよ」

「でも、噂になっていますよ?女の子の情報網は早いですから」

 

そう言われるとなんだか恥ずかしくなり、少し俯いてしまった

それを見た千川さんはクスッと笑う

 

「だからこそ、きっと専務はあなたに目をつけたんですね」

 

千川さんが言うのと同時にエレベーターの扉が開き、千川さんに続いて俺もエレベーターから降りる

 

「美城プロダクションはあなたを歓迎しています。私自身も、あなたとお仕事が出来たらと思っていますから」

 

二人で少し歩き、千川さんはオフィスの前で立ち止まった

 

「専務は適当に人を選んだりはしない人です。あなたに何か光るものを感じたんだと思いますよ?」

「そういうものですかね?」

「はい、きっと。では、一緒に仕事ができる日を楽しみにしてますね」

 

そう言うとニコッと笑い、俺に背を向けてオフィスに入っていこうとしたが、「そうだ」と何かを思い出したように俺の元に戻ってきた

 

「これ、お近づきの印にどうぞ」

 

すると千川さんは、抱えていた書類の上からスタミナドリンクのような物を一本取り出し、俺に渡した

 

「では、私はこれで」

「あの、一ついいですか?」

「はい?」

 

戻る足を止めて、俺に振り返る千川さん

 

「346カフェってどこにあるんですか?」

「それなら、このビルを出て、中庭に行ってみたらすぐ分かると思いますよ」

「わかりました。ありがとうございます」

「ええ、ではまた」

 

さっきと同じように笑顔を浮かべると、オフィスに入っていってしまった

小腹も空いてきた頃だし、俺は専務に勧められた通り346カフェに行ってみることにした



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

契約06

「はぁ・・・」

 

外にあるテラス席に座り深く腰掛けると、俺は手に持っていた書類をテーブルに投げ出し、ため息をついた

346カフェは案外簡単に見つかり、美城の景観に溶け込んでいたその外観はとてもオシャレで、室内、外共に席が設けられており、今も何人かの社員が使用していた

街中にあっても違和感が無いような、小洒落たカフェになっていた

 

「それにしても・・・運転手ってか」

 

書類をまた手に取り、専務の話を思い出しながら、メイドさんが持ってきてくれた水を少し口にして物思いにふける

話自体は悪いものではない、だが仕事として捉えると中々踏み切ったことが出来ないのが現状だ

どうしたもんかと書類と睨めっこしていると、カチャンという音が自分のテーブルから聞こえてきた

テーブルに目を向けると、うさ耳姿のメイドさんがコーヒーを一杯持ってきてくれていた

 

「まだ何も頼んでいませんが・・・」

 

そう伝えるとそのメイドさんは

 

「あちらのお客様からです」

 

と言い体を少し右にずらした

その先には同じようにテラス席に座っている女性二人組がいた

一人はテーブルに肘をつき、手に顎を乗せながら少し微笑んで小さく手を振っているポニーテールの綺麗な女性

もう一人は、開放的と言っていいのか少し薄着な格好をした、ツインテールの似合う女の子が満面の笑顔を浮かべてこちらに手を振っていた

俺は軽く頭を下げて、いただいたコーヒーを口にする

うん、中々に美味しい

自分で作るインスタントコーヒーとは違う、プロによる完成された深い味だった

346カフェ、意外とやるじゃないか

期待に胸を膨らませて、今度はメニューを見る

サンドイッチにパンケーキと、軽食も豊富に揃っており、さらにデザートまで付いてくるという太っ腹ぶり

どれにしようかと迷っていると、俺がいるテーブルの別の椅子が引かれる音がした

 

「ここ、いいかしら?」

「お兄さん、こんにちは〜」

 

顔を上げると、いつの間にか向こうの席に座っていた女性二人組が俺と同じ席に座ってくる

 

「・・・他に空いている席はあると思いますが」

「私達を助けたヒーローに、インタビューよ」

 

そう言って手で前髪を払いながらこちらに微笑むその女性

 

「あ、あなたは・・・」

「うふふ・・・」

 

女性は先程と同じように手に顎を乗せると

 

「誰でしたっけ?」

 

ゴチンッ!とそのまま顎を滑らせて額をテーブルにぶつけた

そんな様子を見ながら、もう一人の薄着の子は苦笑いを浮かべている

 

「お、おかしいわね・・・これでも結構テレビに出てる筈なんだけど・・・CDデビューもしたんだけどなぁ。私が自意識過剰なだけ?わからないわ・・・」

「えーと・・・あ、そうだ!川島瑞樹さん!」

「正解よ、ちなみにこっちは?」

 

おでこを押さえている川島さんに手を向けられた女の子はまた「は〜い」と言いながら俺に小さく手を振った

 

「えぇと・・・確か、とと・・・とき?あいりさん・・・でしたっけ?」

 

姉さんが瑞樹とあいりの、だかなんだかって言っていたのを思い出し恐る恐る切り出す

 

「あ、おしい〜。十時愛梨です。よろしくね、お兄さん!」

 

少し首を傾げてニコッと笑うその笑顔に魅了されてしまうのはさすがアイドルと言ったところか

いやそれよりも

 

「というかなんでアイドルがこんなところに?」

「なんでって・・・」

 

キョトンとした顔で十時さんは川島さんと顔を合わせてクスッと笑う

 

「一応私達も美城プロの社員っていう扱いだから、どこにいても不思議じゃないわ。仕事で出てる以外は、レッスンもあるし、ここが私たちのホームグラウンドってとこね」

「ちなみに〜」

 

すると十時さんはさっきのうさ耳姿のメイドさんを呼ぶ

 

「サンドイッチお願いしまーす。彼女も美城のアイドルですよ?」

 

そう言って、メイドさんに手を向けた

 

「そう、今は訳あってバイトをしていますが・・・しかしてその実態は!歌って踊れる声優アイドル!ウサミン星からやってきた・・・安部菜々で・・・!ぐっ!キャハっ!」

 

ぐっ、辺りで腰に軽く手を押さえ、もう一方の手でこめかみ部分にピースを作るウサミン・・・さん

色々とインパクトが強すぎてウサミンしか頭に入ってこなかった

川島さんが顔を後ろにそらしながら、手で口元を押さえてプルプル震えている

 

「ああ・・・パンケーキ、お願いします・・・」

「私も、同じの、ふふっ、お願い」

 

川島さんが色々と抑えきれないのか、始終笑いを堪えながらオーダーを決めた

「か、かしこまりました!」とウサミンさんは半分逃げるように店内に帰っていくと、オーナーに慌ただしく注文を伝えていた

 

「・・・色んな人がいるんですね」

「人材が豊富なところが美城のいいところよ。ところで」

 

今度は俺に目を向けて川島さんが尋ねる

 

「なんであなたは美城プロに来たの?」

「ああ、言わなきゃダメ・・・ですか」

「私も気になるなぁ」

 

そう十時さんにも言われ、俺はテーブルに置いた書類のことも含めて説明した

 

「運転手さんかぁ・・・」

「はい、その件を含めて美城専務に呼ばれたんですが・・・」

「へぇ、専務がそんなことを・・・あら、あなた楓ちゃんと同い年なのね」

 

書類をパラパラとめくりながら川島さんが呟いた

 

「楓ちゃん?」

「ごめんなさい、こっちの話。名前は・・・北崎零次君ね。これからよろしく」

 

書類をファイルに入れてテーブルに置く川島さん

 

「あ、いや。まだ決まったわけでは」

「私は、ヒーローさんと一緒に仕事ができるなんてすっごい嬉しいけどなぁ」

 

十時さんそう言った時に、俺はここに来た時から抱えていた疑問を二人にぶつける

 

「聞きたいんですけど、その''ヒーロー''って何なんですか?ここに来た時も言われましたし、俺はそんな柄じゃないと思いますけど・・・」

 

そう言うと二人ともふふっと笑い出し、その様子を俺は不思議そうに眺める

 

「最初に言い出したのは、幸子ちゃんなのよ。ボク達を助けてくれたヒーローがいる!ってね」

「あの時はみんなで盛り上がってましたよね。まさかそのお兄さんと会えるだなんて、愛梨嬉しい」

「いや、本当にそんな大したことでは」

 

すると川島さんはまたファイルを手に取る

 

「専務は適当に人を選んだりしない。今までも・・・きっと、これからもね」

 

そのファイルを俺に向けて差し出し、俺はそれを黙って受け取った

十時さんはそのやり取りを少し笑みを浮かべながら見つめている

 

「あなた達はきっと、私たちに新しい何かを教えてくれると思う。一緒に仕事ができる日を楽しみにしてるわ」

 

そう言い、川島さんも笑顔を向けてくれた

 

「お待たせしました!サンドイッチ一つと、パンケーキ二つになりまーす!デザートは食後にお持ちしますね!」

 

気がつくと、さっきのウサミンさんが料理を運んできてくれていた

目の前に美味しそうな料理が並べられる

 

「さぁさぁ!頂きましょう!うん、相変わらず美味しそうね!」

「ああ、やっぱり二人のも美味しそう!一つずつ交換しましょう!」

 

そんな二人のやりとりを見て、俺も一つの答えが心に浮かびかけていた



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

契約07

「「ご馳走様でした!」」

「・・・ご馳走様でした」

 

二人と同じように目の前で手を合わせる

食事中も二人から、趣味だとか好きな物、お気に入りのアイドルはいるのかなど根掘り葉掘り聞かれ、その答えに詰まるなど久しぶりに楽しかった昼食だった

十時さんのサンドイッチとパンケーキを交換したりと、学生時代に経験していればさぞ嬉しかったであろう体験ができたので、少し複雑な気持ちになった

 

「菜々ちゃん!お会計おねがーい!」

 

今は食器を持ってカウンターに行き、店内のスタッフにお礼を言われて食器を返却した後、レジで会計を行なっている

昼休みも終わりに近づき、客足もまばらになっていた

 

「はいはーい!ええと、サンドイッチと・・・」

 

ウサミンさんが手慣れた動作でレジに打ち込み合計を出した

しかし、パンケーキ一食分が含まれていない

 

「あの、ウサミンさん。これ会計間違ってませんか?一食分抜けてますよ?」

「パンケーキは、菜々からのサービスってことで!」

 

キャハっ!とまたポーズを決めるウサミンさん

「ずるーい!」と川島さんや十時さんからブーイングが入る中、俺は一言お礼を言い、三人は店を後にした

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

「少なからず、みんなあなたに感謝してるのね」

「・・・逆に申し訳ないです」

「お兄さんモテモテですね、なんか羨ましい」

 

本館に向かう渡り廊下を歩きながら、川島さんと十時さんにからかわれていた

二人もそうだが、KBYDやウサミンさんも含めて、基本いい人たちばかりなんだと改めて感じることができた

そんなことを考えていると、いつの間にか本館の大きな階段の前まで到着していた

 

「私たちはこれから仕事だからここでお別れね。今日は本当にありがとう。また、会いましょう」

「私も今日は楽しかったです!男の人をナンパするのって初めてだったから、少しドキドキしちゃった・・・」

 

そう言って腕を後ろに組んで、恥ずかしそうに俯く十時さん

それを見ていた川島さんが、はっとした表情を浮かべて言う

 

「い、いや〜ん!瑞樹もチョードキドキしちゃった!もう、チョベリグー!って感じで〜!」

 

体を少し捻り、両手を顔に当てて恥ずかしがる仕草を見せる川島さんを俺はポカーンとした表情で見つめ、十時さんはというとチョベリグーという奇々怪々な呪文に頭の上にクエスチョンマークを浮かべていた

この人中々面白い人なんじゃないか

川島さんは大きく深呼吸すると

 

「さ、愛梨ちゃん。仕事の準備しに行きましょうか」

「え?瑞樹さん?あ、じゃあねー!お兄さん!み、瑞樹さん。そ、そんなに引っ張らなくても大丈夫ですよ〜」

 

十時さんの手を引き、中央の階段をスタスタと登っていってしまった

その後ろ姿はさながら、覚悟を決めレースカーに乗り込むドライバーそのものの雰囲気を醸し出していた

二人を見送ったあと、俺も出入り口へと向かう

途中でフロントの女性と目が合い、軽く頭を下げた

 

「あ、兄さん悪いね!」

 

声のした方に顔を向けると、KBYDのプロデューサーが鞄を抱えて慌ただしく入ってくる

 

「もう終わったんだね。今荷物を置いたらすぐに車取ってくるから」

 

鞄を手に下げて、少し息を切らしながらプロデューサーはそう言う

 

「いえ、そんなに工場から離れてないですし、歩いて帰ります」

「そうか?じゃ気をつけて帰ってね。今日は本当にありがとう!」

 

プロデューサーはまた鞄を抱え、オフィスビルの方向に慌ただしく走っていった

壁に掛けられていた大時計がもうそろそろ1時になろうとしている

俺は出入り口に向きを変え、工場に向かって歩き出した

出入り口から出ると、昼の時とは打って変わり、車が数台行き交い、さっきよりも多くの社員達が書類やパソコンを持ち出入り口を行き来している

その横を俺は申し訳なく、書類を持って通り過ぎる

正門から出る直前何気なく振り返り、他のビルより小さい8階建てくらいの一室を見ると、幸子ちゃんがジャージを来て窓側に寄り掛かり、他のメンバーと談笑しているのが見えた

レッスン?と言っていたので、おそらく準備して待っているのだと思う

 

ふと、幸子ちゃんが外に視線を動かし、俺と偶然目が合った

 

あちらも驚いたのか、少し顔を後ろに引くと遠慮がちに手を振ってくれた

それに俺も手を上げて答え、正門から出る

振り向きざまにその窓に他の女の子が何人か寄ってきたが、恥ずかしかったので足早に美城プロダクションを後にした

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

工場への帰路につくと、俺は様々な事に思いを馳せてぼーっとしながら歩道を歩いていた

専務の話、千川さんの話、そしてアイドル達

この約1時間で色々なことがありすぎて、頭の処理が追いついていなかった

みんな口を揃えて言っていたのは、''一緒に仕事ができる日を楽しみにしている''というセリフだ

川島さんが言っていた''新しい何か''とは一体何なのか

経験からくる言葉だったのか・・・

 

''私についてきてみないか?''

''私についてこない?''

 

昼過ぎの忙しない車の音たちに、考える暇もなく思考がかき消されていく

・・・会社のみんなにどうやって説明しよう

そうトボトボ歩いていると、車のエンジン音が後ろから通り過ぎることなく、俺の歩いている歩道ピッタリに止まった

右を向くと、ハザードを点灯させ助手席の窓を開けてミニバンが一台止まっていた

 

「おい」

 

中から聞き慣れた声がする

 

「ひな先輩?」

 

よく見てみると、運転席の辺りにクリーム色の髪の毛がちょこんと見えていた

 

「そこで何してる」

「あ、いや、別に。今事務所に戻ってる途中です」

 

俺は無意識に手に持っていた書類を胸に当て、極力悩んでいたことを気づかれないようにそう答えた

ひな先輩は俺が持っている書類をじっと見る

 

「・・・よし、乗れ」

「え、でもこれお客様の車じゃ・・・」

「異音確認の試乗も兼ねての車取りだ、お前も手伝え」

 

そう言われ、助手席に乗るように促される

助手席を開け、ひな先輩の鋭い視線を受けながら、俺はシートベルトを締める

車のナビの時計を見ると、すでに1時半を回っていた

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

しばらくして、会社の預かり車用駐車場に車を止める

 

「エンドだな」

「はい、おそらく」

 

ひな先輩と言葉を交わし、そのままひな先輩はエンジンを切る

お客様の車情報が書かれた紙にメーターの走行距離をメモすると、二人同時に車から降りる

駐車場には他にお客様の車もなく、社員駐車場に社長の車も止まってることから、みんな会社にいるようだ

 

「そういえばどうやってお客様のところに?」

「私のT30なげてきたの」

 

そう言って事務所の扉を開けて中に入る

一人で車を取りに行く時はそういうことが多い

代わりの車に乗り、その車を置いてくるかわりに、お客様の車に乗って帰ってくるのだ

 

「まぁ、それにしても・・・仕事がない」

「この時期なら仕方ないですよ」

 

席について上着を脱ぎ、駐車場を見ながらひな先輩がそう呟く

車業界は2、3月が繁忙期で、そこを過ぎると徐々に暇な月となってくる

俺も席につき、パソコンの予約を確認しても、今日の仕事は取ってきた車でほぼほぼ終わりのようだ

 

「あら、ひなちゃんお帰り〜」

「ん、ただいま」

「遅くなってすいません」

 

工場から姉さんが書類を持って入ってくる

 

「あれ?レイジ君じゃん。どうやって帰ってきたん?」

「私がたるき亭の前で拾ったの」

「あ、今度また飲みに行こうよ!今日はよかったの?隣のゲーセン行かなくて。王冠を取り返すとかどうのこうのは?」

「仕事中に行かんわ。ネメかおりに借り返すのはまた今度」

「なーんだ。あ、それよりも!」

 

空いてる席に座り、姉さんがワクワクしながら俺に尋ねてくる

 

「ねぇねぇどうだったどうだった?アイドルに会えた?何のお話だったのさ!」

「いや、それが・・・」

 

ひな先輩はそんな姉さんを横目に、さっき取ってきた車の情報をパソコンに打ち込み、オーダーを作成していた

 

「姉さん、デリカ持ってきたから先工場入れて上げて見て。前からコトコト音だけど多分エンド。オーダーは後から持ってくから」

 

プリンターに印刷用の紙を差し込みながら、ひな先輩が言った

 

「え〜、後で面白い話沢山きかせてよ〜」

 

ふー、と息を吐きながら姉さんは外に車を取りに行く

ひな先輩はというと、プリンターの印刷音をBGMにパソコンに向かい続けていた

 

「あのまま話してたら、またこの前みたいになるからやめとけ」

「・・・そうですね」

「で、何だそれは」

 

キーボードを打つ手を止め、俺のデスクの上にあるファイルを指差して尋ねてきた

 

「今日会った相手側の専務から頂きました。実際に見ていただいた方がいいかもしれません」

 

そう言ってファイルをひな先輩に渡す

すぐさま書類を出し、腕を組んで確認し始めた

 

「・・・で、お前は何て答えた?」

「俺ですか?」

 

ガラガラと姉さんが工場のシャッターを開ける音を聞き流しながら、ひな先輩は顔を少しこちらに向け尋ねる

俺はそんなひな先輩から顔を逸らして答えた

 

「俺個人の誘いはお断りしました」

「あっちの方が待遇いいのに?」

 

パソコンの横に置いてあるお菓子を一つつまみ、ひな先輩は再び尋ねる

 

「姉さんやひな先輩と仕事するの、結構好きなんで」

 

そう答えると一瞬沈黙した後、少し驚いた表情をして書類をデスクに投げ出し、「なんだよそれ」と少し笑いながら、椅子に乗ったままこちらに近づきお菓子を俺の顔の前に持ってくる

 

「ほらほら、お前のだーい好きな優しいお姉さんがお菓子を一つ分けてしんぜよう。ほらあーんしろ、あーん」

 

とクスクス笑いながら俺を見上げるひな先輩。目の前に差し出されたお菓子を俺は顔を動かして回避するが、それを追って口の前に持ってくる

 

「もう何なんですか、ん、もう。あむ・・・」

 

しょうがなく口に加えたお菓子をモグモグ食べてる様子を、ひな先輩は机に戻り肘をつきまるで悪戯っ子のように笑いながら見ていた

 

「でも、どうしましょうかね?これ」

「まぁとりあえず、これは私だけでもどうにもならん」

 

食べ終わると、ひな先輩は立ち上がって社長室の扉を開けて社長に一言言った

 

「社長。今日仕事終わりに職懇やります」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

契約08

職場懇談会

俺の職場では月に一度、月末になると職場懇談会というものが開かれる

先月の売り上げや利益、その他職場で困ったこと、必要な物はないか、不足しているものはないかなどの話し合いが行われる

幸いにも今日はみんな揃っているため、仕事を少し早く切り上げ、事務所と工場を閉め開催されていた

いつもはお昼休憩などに使っているスペースを使い、社長、姉さん、ひな先輩、俺がそれぞれ椅子に座り、目の前には会議用の資料が配られていた

それを元にひな先輩が話を進める

 

「ということで、売り上げ、利益共に前年度は目標を達成しました。これからはやっぱり売り掛けを何とかして徐々に積み上げていくしかないかと思います」

「単価も芳しくなかった感じね、まぁリースが多かったから」

 

姉さんが足を組み、資料を手に持ち答えた

 

「ほら、そこは年度末だったから。一応来店はいますけど、結局代車貸して帰っちゃう方もいましたし」

「社長〜、リフト一機追加してくださいよ〜。車検部品出ししたら上げっぱになるんですから〜」

「む、無茶言わないでくれよ美空君・・・これでもギリギリでやってるんだから」

「二柱のワイドがほしい欲しいホシイ〜」

 

駄々をこねる姉さんを社長が何とかなだめ、その場を押さえていた

それを呆れた様子でひな先輩も見ている

確かに、作業場所の確保は重要で、リフトを増やしたいのは山々だがスペースがないのだ

設備投資もやはりお金がかかり、そう簡単に決めるわけにもいかない

 

「まぁ、リフト云々はしょうがないとして他には?」

「洗車機止まる」

「先月直したばかりじゃない」

「エラー出して止まる」

 

今度はムスッとした表情のままひな先輩に視線を向ける姉さん

 

「・・・わかった、また見てもらうように手配するから」

「や〜ん、ひなちゃんありがと!」

「じゃあ、次は私から」

 

そう言うとひな先輩は、俺が貰ってきたファイルをテーブルに出す

 

「・・・何これ?」

「私達に仕事の依頼」

 

次にファイルから書類を出し、テーブルに並べる

姉さん、社長がそれぞれ手に取り、興味深そうに眺めていた

 

「ふむふむ、つまり・・・私たちにお抱えの運転手になれってこと?」

「私が目を通した限りはっきり書かれてるわけじゃないけど、つまりはそういうことだと思う」

「ふーん・・・」

 

姉さんと社長は資料を手に取ってパラパラとめくってテーブルに戻し、また別の資料を取って眺めていた

 

「社長どう思います?」

「うむ・・・確かにこれから暇な月にはなるが・・・繁忙期はどうかな?」

 

二人して唸りながら考え込んでいる

そんな姉さんを不思議に思い尋ねてみた

 

「てっきり姉さんならすぐ飛びつくかと思ったんですが・・・」

「そりゃ飛びつきたいわよ。アイドルと四六時中一緒にいられるなんてこの世のパラダイスじゃない。でも・・・仕事と考えるとねぇ」

「零次君はどう思うんだね?」

 

突如社長に話しかけられる

 

「どうやら、最初に目をつけられたのは零次君のようだ。君自身はどうだい?ここまで入れ込まれるのは理由がありそうだが?」

 

姉さんもひな先輩も、資料を持ちながら俺に目を向け、出かたを伺っていた

 

「正直、俺にはわかりません。なんでそこまでこだわるのか、一体専務は何を考えているのか」

 

資料をテーブルに戻し、両膝に手を置いて俺は続ける

 

「でも、彼女たちに言われました。一緒に仕事ができる日を楽しみにしていると。専務は適当に人を選ぶようなことはしない人で、きっとあなた達は新しい何かを教えてくれるって。俺は、そこに賭けてみてもいいんじゃないかと思います」

 

専務に言われたこと、アイドルに言われたことをそのまま先輩方に伝える

みんな黙って聴いてくれていた

 

「でも、人手不足なのは本当みたいですし。力になれるのなら、手を貸してあげてもいいのではないかと」

「確かに、報酬は悪いものじゃない」

 

「はい」とひな先輩が姉さんに資料を渡す

 

「え!?ちょ、こんなに貰っていいの?一回当たりの単価どうなってんの?」

「距離によって多少上下はするみたいだけど、燃料代も万が一の費用も負担してくれてるみたいだし、あっちも割と本気みたい」

「ふむ、ではこういうことかね?」

 

社長が切り出し、今度はみんな社長に視線を向ける

 

「仕事は受ける方向で、基本は私たちには私たちの仕事があるのでどうしても無理ならばその時は断ることも視野に入れる。零次君主体で進めて、時には雛子君や美空君に手伝ってもらうこともあるかもしれない。ということでいいかな?」

「俺は、それで構いませんが」

「私も特に異議はないです。なんだか面白そうだし!」

「みんなが言うなら・・・私は姉さんに賛成ですが、無理な時は本当に断りますからね」

「・・・では、決まりかな?」

 

社長は手に持っていた資料をテーブルに置く

 

「青葉自動車工業は、美城プロダクションの運転手役を引き受けることにする」

 

社長がそう言うと、小さく拍手が起こった

 

「じゃあ、他に無いなら職場懇談会はこれで終了です。お疲れ様でした」

 

ひな先輩の号令に合わせて、みんなが自分の資料を手に取り椅子から立ち上がった

テーブルの上を片付けたあと、姉さんは自分の荷物を取りに奥の更衣室へ行き、ひな先輩はパソコンをシャットダウンするためにデスクへ戻る

俺は社長室へ戻ろうとする社長を引き止めた

 

「社長」

「ん?何かね?」

 

ドアノブに手を掛けた社長が振り返る

 

「この仕事、最初から受ける気満々でしたね?」

「何のことかな?はっはっは」

 

社長はそう笑いながら、社長室へと入っていった

俺も自分の荷物を取りに自分のデスクへと戻る

 

「零次」

 

帰る支度をしていると、ひな先輩が上着を着ながら俺に話しかけてきた

 

「これから忙しくなるぞ」

「ええ、わかってます」

 

受けてしまった以上、何があるのかわからない

仕事もそうだが、美城プロと何よりアイドルとの関係が上手くいくのか全く予測ができない

様々な不安が押し寄せてくる中、これから戦っていくのだろう

 

「それと、今夜は付き合え」

「え?」

 

そう言うとひな先輩は顎で俺の後ろを指す

恐る恐る振り返ってみると

 

「レ・イ・ジくん」

「わひゃぁぁ!」

 

いつの間にか姉さんに背後を取られていた

 

「レイジ君さぁ、あ〜んまりアイドルのことくわしくないよねぇ?」

「いや、まぁ・・・そんなに興味があるジャンルではなかったというか、そもそもそんなにテレビとか見なかったから・・・」

「ダメよ〜。これからお仕事する相手のことは''最低限''知ってお・か・な・い・と」

「あ、もしもし小川さん?・・・三人予約できます?はい、そうですね。・・・はい。ええ、代行は結構です」

 

目をキラキラさせ、猫撫で声でそう言いながら迫ってくる姉さんをよそに、ひな先輩はいつもよく行くというたるき亭に電話を掛けていた

それを聞いた姉さんはますます目を輝かせ、バッグを片手に持ち俺の腕を掴む

 

「さぁ!行きましょう行きましょう!まずは瑞樹ちゃんと愛梨ちゃんの話から!早く車ガレージに置いて!いや、待って、まずはKBYDの話からにしましょう!」

「ちょっ!姉さん!ひな先輩、何とかしてください」

「だから今夜は付き合えって言ったろ?」

 

自分の車の鍵を指でクルクル回し、少し笑いながら、ひな先輩は事務所のセキュリティを作動させる為に出入り口へ向かう

 

「おお、みんな悪いね。さぁさぁ事務所を閉めようか」

 

社長も揃い、俺は姉さんに手を引かれ、事務所を出た

みんなが順次車に向かい、会社を出て行く

幸い歩いて向かえる距離にあるので車を置きに帰る

さてさて、帰るのは何時になるのかなぁ・・・

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

「はい、前向きな返答をありがとうございます。つきましては、後日の社員大会にて発表させていただきます。青葉社長にもご来賓の席をご用意させていただきますので、ぜひご出席を。はい、日程は書類にてご連絡させていただきます。それでは失礼します」

 

次の日、早速青葉社長から連絡が入った

携帯電話の通話終了ボタンを押し、デスクに戻り、携帯を置く

パソコンを操作し、人事部の担当者にメールを送り、青葉自動車社長が社員大会に参加する旨を伝えた

一通りの事務作業を終えると、椅子に深く腰掛け額に手を当てて目を閉じる

これで当初予定していた大会の目録を変更することなく進めることができる

 

「お疲れのようだね」

 

聴き慣れた声が聞こえ、体を起こし来賓用の椅子へ視線を向ける

いつの間にか、今西部長がそこに座っていた

 

「入るときに声を掛けたのだが、気づいてない様子だったから、勝手に入らせてもらったよ」

「・・・今西部長」

「彼から、良い返事はあったかな?」

 

ふふっと笑いながらそう尋ねる部長に、専務はため息を一つつき、答えた

 

「予定を変更しなくても済みそうです」

「変更するも何も、最初から来ることが分かっていて予定を組んでいたのではないのかね?」

「私も、相手の心のあり様まではわかりません。計画が予定どおりに進むことに安堵したまでです」

 

そう言った直後、専務のパソコンからメール着信の通知が入る

無事、人事部に話が伝わったようだ

 

「あとは、彼女達次第。アイドル達がどう思うか、彼らと接することで何を学んでいくのか。君はそこに期待しているのではないかね?」

「・・・コーヒーでよろしいですか?」

「今日は、お茶をもらうよ」

 

どのような表情で言ったのかわからないが、どこか楽しそうな返事をパソコンのモニター越しに聞き、言われた通りにお茶を入れ今西部長に差し出した

 

「ほう、茶柱が立っているね。これは縁起がいい、はっはっは」

 

再び椅子に座り直そうとしてる時に、今西部長のそんな嬉しそうな声が聞こえた




整備明細書

デリカ D5
ご用命事項
前から何かコトコト音がする

作業内容
試乗確認、現象あり
Fからコトコト音確認
F右タイロッドエンドガタ大 要×
F右タイロッドエンド×
サイスリA

作業者 海道


T様、ご入庫ありがとうございました!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

後書き 作者より01

ご挨拶が遅れてしまい大変申し訳ありません

作者の4m(よんえむ)と申します

 

早いもので、初投稿から約一か月が経ちました

沢山の方々に見て頂き、ありがたいことにお気に入りの数が250件を超えました

感想まで書いて頂き本当にありがとうございます

それだけではなく、先日にはなんと日間アクセスランキング58位という名誉を頂きました

他の名だたるクリエイター様の作品の間にちょこんと自分の作品を見つけ、正直気が動転してしまいました

本当に本当に感謝感激であります

 

作品に関しては、文字運び等細心の注意を払い執筆しております

『会社と会社』という構図をメインに据え、ビジネスとしての面も描きつつ、アイドル達との交流を描くというスタイルを目指しております

これから、どうその関係性が変化していくのかは是非楽しみにしていただければと思います

実は最初は、主人公たちが所属しているのは自動車整備工場ではなく、タクシー会社を想定して考えておりました

アイドル達を送迎し、その車内という独特な空間で打ち明けられる悩み等を聞くというお話でした

しかし、タクシー会社について詳しくなくそれならばと整備工場を舞台に選びました

作品タイトルにはその名残も残っています

 

私自身も車は好きで、最初は他の方々の作品のようにバンバン走行シーンを入れようかとも考えたのですが、それは他のクリエイター様方がすでに描いており、多くの方々に楽しまれているというプレッシャーもあり、それならば他の視点から描いてみようという考えからこの作品が生まれました

主人公たちが何を考え、何のために車を運転するのか、走ることに、より様々な意味を持たせようと考えたのです

主人公たちが走行するシーンはどこに描かれるかというところも楽しみにしていただければ幸いです

どうすればより楽しんで頂けるか、を日頃考えながら執筆しております

 

内容については、やっと主人公たちが346プロに合流し、次回からアイドル達と関わっていきます

どこかで機会がありましたら、他の執筆の裏話等もお見せできればと思っております

そして、ご入庫して頂いたT様

ご依頼本当にありがとうございます

お車の名前だけ頂き、整備内容についてはこちらでお話を作らせていただきました

その感謝の意味を込め、後書きにて整備明細書という形で残させていただきました

最後になりますが、これからも全力で執筆させていただきます

皆様本当にありがとうございます

作者より



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

HBD
HBD01


「ほんっっとありえないわ!!」

 

事務所の扉が閉められた直後、的場梨沙の叫び声が部屋中に響き渡る

中央のテーブルには、いかにもついさっき急いで作ったと言わんばかりの、端をホチキスで止めただけの書類が三冊並べられていた

そんな書類と、荒ぶりながらソファーに座る梨沙を怯えた様子で手を胸の前で小さく結び見比べる佐々木千枝

そしてやれやれと額に指先を当て、櫻井桃華は左右に首を振っていた

 

「梨沙さん、少し言葉使いが乱暴ではなくて?」

「そりゃ、ああも言いたくなるわよ!いくらなんでも急すぎると思わない!?」

 

桃華がテーブルから書類を取り、それに続いて梨沙も「まったく・・・」と悪態をつき、腕だけテーブルに伸ばし書類を取る

 

「レディたる者、常に優美な振る舞いをいたしませんと。ましてや私たちはアイドルですわ。仕事もスマートに、臨機応変に対応してこそ、大人のレディというもの」

「な・に・がレディよ!こんなの男だろうが女だろうがブチ切れるに決まってるじゃない!いい?こういうのはね、『理不尽』っていうの!パパに聞いたんだから!」

「二人とも・・・け、けんかは止めようよ・・・」

 

弱々しく呟く千枝を見て、梨沙と桃華はバツが悪そうに大人しくなる

コホンッと一つ咳払いをする桃華と、ソファーの肘掛けに腕を置き、口をへの字に曲げ不機嫌そうに梨沙は千枝から目線を逸らした

 

「ほら見て。仕事も楽しそうだし、わぁ!千枝達のライブBDの特典プロマイドの撮影だって!あ、でも・・・この服でいいのかな?もっとオシャレなのにしてくればよかった・・・」

「・・・千枝さん。衣装はあちらに用意してあると思いますわ」

「そ、それもそうですね。あはは・・・」

 

そう苦笑いを浮かべつつも楽しみな様子を隠しきれない千枝を見て、梨沙はなんだか居心地悪さを感じ、とりあえずターゲットをプロデューサーに変えることにした

 

「ったくあのチビプロデューサー。何考えてんだか全くわかんない」

「でも梨沙ちゃん。今日この後しか予定がないみたいだし・・・ね?私は大丈夫だから」

「・・・梨沙さん。''スマートに''ですわよ?私たちならすぐ終わりますわ」

 

二人は二人でとにかく梨沙の機嫌を直そうと、あの手この手で元気づける

それが届いたのかそれとも、そろそろ捻くれるのをやめたのか、立ち上がり一言叫ぶ

「わ、わかったわよ。でも・・・あぁぁぁん!もう!」

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

「あぁぁぁん!もう!」

 

姉さんの叫び声が、工場の扉を隔てて昼過ぎの事務所に響き渡る

 

「・・・どうしたんですかね?」

「さぁ、大方物が外れないんじゃないの?」

 

パソコンから目を離さず作業しているひな先輩がそう言う

扉に目を向けると小窓から、車の横に立ち腰に手を当てて、持っているハンマーを足にトントンとリズミカルに当てている姉さんの姿が見えた

ペンライトを片手に持ち、右前のタイヤが付いていた部分の裏側を覗き込み、しばらくするとハンマーをその部分に大きく振りかぶり何回も何回も叩き始める

金属音が工場に響き渡り、これまたリズミカルな音が事務所にまで小さく響き渡る

 

「・・・ロアアームか?」

「っぽいですね。まぁ、あの年式だったら相当じゃないですか?」

 

音が止まり、また目を向けるとハンマーをだらんと下げた姉さんの姿が見えた

見るに見かねたのか、ひな先輩が目配せで''行ってこい''と顔を工場へ振ったので、とりあえずキーボードの手を止め、足元から軍手を取り出し、扉を開けて工場へと入る

案の定、姉さんが肩で息をしてうんうんと唸っていた

 

「大丈夫ですか」

「あ、レイジ君。いや〜もう、はぁ・・・頑固頑固。頑固もいいとこよ・・・誰かさんみたいに」

 

そう言った後に事務所を振り返ると、たまたまこちらに目を向けていたひな先輩と目が合った

こちらの声は聞こえていないはずなのに、みるみるうちに眉間にシワが寄っていき、不機嫌な表情を浮かべるひな先輩

冷や汗がダラダラ出かけてきたその時、電話が来たのか席を立ち、別のデスクへ向かった

 

「さ、レイジ君。選手交代、次は私が押さえるから。あー、肩いっっったい、ほい」

 

気づくと目の前にハンマーが差し出されていた

それを無言で受け取り、先が欠けて丸くなってる長いマイナスドライバーをもう一方の手で持ち、ドライバーをロアアームのボールジョイントに当てハンマーでドライバーを叩き始める

姉さんはドライバーがズレないように手でしっかり押さえていた

ああ、確かにこれは中々だな

叩いても叩いても手応えがない、相当錆びついてるな

動く気配がまるでしない、もうちょっとこう・・・そう、こっち方面ならどうだ

うん、いいな。下に抜けてきてる、これならすぐにでも・・・

 

「おい!」

 

肩をバンッと叩かれて、俺はやっと背後にひな先輩がいることに気が付いた

叩いてる手を止め、ひな先輩に向き直る

 

「電話だ電話、デスクの上」

「デスクの上?」

「携帯。美城プロから」

 

そう言い俺からハンマーを受け取るひな先輩

汚れないように上着を着て、いつの間にか軍手を付けていた

急いで事務所へと戻る

 

「しっかりやるんだよー!」

「え?これ私が叩くの?」

 

去り際に姉さんのエールを受け、事務所に駆け込み携帯の通話ボタンを押す

 

「はい、お待たせしました。青葉自動車工業の北崎です」

『あ、もしもし!私は美城プロダクションアイドル部門のプロデューサーをしている者です!こちらにお電話すれば、送迎をお願いできると聞きまして!』

 

聞こえてきたのは、比較的若い男性の声だった

工場からまた金属音が聞こえてきたので、事務所の奥の更衣室に行き話を聞く

 

『大変申し訳ないのですが、今から三人の送迎をお願いできませんでしょうか!無理を言っているのは重々承知しているのですが、どうしても外せない仕事がありまして!』

「あ、いえ全然大丈夫ですよ。まずどこに迎えに行けばいいですか?」

 

携帯を耳に当てながら、自分のロッカーから必要な物をポケットに入れ事務所に戻る

金属音が止んでいたので工場を見ると、外した部品を見ながら二人して肩で息をしていた

 

『最初は美城プロに来てください。そこで三人が待っているのでお願いします。あ、住所を伝えておきますね』

「あ、はい。えーと・・・はい、どうぞ」

 

急いでメモ紙とボールペンを用意し、言われた住所とアイドルの名前をメモし紙を剥がす

 

『ではすいません、よろしくお願いします!』

「あ、何時頃までとか・・・」

『3時くらいまでに現場着でお願いします!では、失礼します!』

 

相当急いでいたのか、そう言った後にすぐ電話が切れた

俺はパソコンで、指定された住所を探す

 

「書いてある住所ならこの辺り・・・げっ!遠くね・・・」

 

そこは海沿い、もっと詳しく言うと観光用のビーチがある場所だ

今はまだシーズンオフだが、近くに大型のショッピングモールなどもあり休日等にはほどほどに車が行き交う年中通しての定番スポットになっている

片道1時間半はかかるぞ

今何・・・ちょっ!

 

「はぁ・・・ん?どした?」

「すいませんひな先輩!ちょっと俺すぐ行ってきます!しばらく帰らないかも!」

「あ、あぁ・・・お前どこに行くんだ?っておい!ここに行くなら高速道r」

 

戻ってきたひな先輩の言葉を背に受けて俺は事務所を飛び出しメモした紙をファイルに入れてカバンにぶち込み、急いで自分の車に飛び乗った

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

「ここで待っていればいいのかなぁ」

「ええ、お迎えの車が来るとプロデューサーちゃまが言っておりましたわ。」

 

美城プロ正面出入り口の前に小さな三人が立ち並ぶ

小さな手提げバッグを前に持ち、周りをキョロキョロ見渡して、時には正門に目を向けその車を待つ

その中に一人、落ち着かない様子で梨沙は腕を組んで待っていた

 

「でも、あれだよね。プロデューサーさんが前に言ってた人だよね?新しい運転手さんが入ったって・・・」

「社員ではなく、普段は別の仕事をしていると言っていましたわ。呼んだら来てくれると」

「こ、恐い人だったらどうしよう・・・」

「どうもこうもないでしょ、ただの運転手よ」

 

千枝に対してぶっきらぼうにそう答える

 

「梨沙さん」

 

フンッと桃華の言葉を聞き流し、柱にもたれかかってため息をつく

そんな梨沙に桃華が一歩近づき、また喧嘩が勃発しようとしたところで、地の底から響いてくる様な低い音が辺り一面に響き渡り始める

 

「うっさいわね・・・何よ」

 

梨沙の言葉と同時にその音につられて三人揃って正門を見ると、ゆっくりとした速度でシルバーのセダンがその低い音を響き渡らせ敷地内に入ってくる

ぐるっと時計回りに曲がり、三人の目の前に止まった

 

「確かプロデューサーさんが言ってた車って・・・」

「ええ、銀色の車と言ってましたが・・・」

 

中にはスーツの上に薄いブルゾンの上着を着た男が運転席に座っていた



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

HBD02

「・・・で、ここで待ってればいいのか?」

 

俺はカバンからファイルを取り出し、中に入れたメモ用紙を取り出した

住所を確認し、その下にカタカナで書いた名前を見る

ササキチエ

サクライモモカ

マトバリサ

この三人を現場まで送っていくらしい

姉さんが飲みの席で語っていた中にこの名前は無かった為情報がない

子どもなのかグラマラスなお姉さんなのか、そしたら後ろ乗るスペースあるかこれ・・・

考えていると、コンコンコンと助手席をノックする音が聞こえた

 

「おお、やっと来t・・・おお!?」

 

助手席を見ると、ガラスの下あたりにちょこんと顔だけ出し、中を覗き込む高そうな服を着たパツキンの女の子がいた

俺はガラスを下に下げる

 

「・・・はい?」

「あなたが、私たちの運転手さんですこと?」

 

そう言いながら窓から少し中を覗き込みパツキンは言う

俺はメモ紙の名前を見ながら確認する

 

「確かに俺が運転手だけど、えーと・・・ササキチエさん?」

「それはこちらですわ」

「き、今日はよろしくお願いします!」

 

また窓の下からぬっと立ち上がり、こちらに向かってお辞儀をするこれまたショートカットが似合う礼儀正しい子

 

「じゃあ・・・マトバリサさんか」

「それはこちらに」

 

またまた下から顔を出す小さな女の子

何それ流行ってんの?

ツインテールをヒョウ柄の髪飾りで結び、腕を組み何も言わずこちらを鋭い目付きで睨んでいた

専務とは違い、完全に疑心暗鬼の意味合いが込められている

 

「ってことは」

「ええ、櫻井桃華と申しますわ。以後お見知り置きを」

 

一歩下がって、スカートの左右の裾を少し持ち上げまるで社交ダンスの前の挨拶の様に丁寧にお辞儀をする櫻井桃華さん

その立ち振る舞いからいいとこのお嬢様と言ったところなのかそうでないのか

 

「あ、あの〜・・・」

「いつまで待たせる気?」

 

一連のやり取りを黙って見ていた二人が痺れを切らし横から言う

 

「ああ、悪い。乗ってくれ」

 

親指で後ろの席を指差すと「まったく」と悪態をつきながらマトバちゃんがドアを開け乗り込む

 

「じゃあ、お願いします・・・」

 

それに続きササキちゃんも乗り込む

 

「わぁ、良い匂いする・・・!」

 

座った瞬間ササキちゃんがそう呟いた

そりゃそうだ、昨日芳香剤車の中に放り込んだばっかりだからな

 

「では、私も失礼して・・・」

 

そう言って助手席のドアを開け乗り込もうとするサクライちゃん

 

「ああ、あーあーあー!」

「はい?」

 

キョトンとした表情で座ろうとする手を一旦止め、不思議そうな目で俺を見つめる

 

「後ろ後ろ、子どもは後ろ」

「まぁ!レディに向かって!」

「だ・れ・がレディだ!10年早いわ!後ろ!」

 

「もう!」と一言だけ呟き、渋々後ろの席に座りドアを閉める

 

「はい、じゃあ出発しまーす」

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

美城プロを出発し少しして、やっと高速道路に合流できた

 

「そっか、まだ小学生か。若いね随分」

「・・・ねぇ、本当に私達の事知らないの?」

「知らないわ、あんまりテレビ見ないし」

「まぁ、流行遅れですわね」

 

時間が時間なので、そんなに込んでいる様子はなく、物流のトラックや会社の車ばっかりだ平日だし

そんな車の流れに逆らう事なく、間に合う時間帯ではあったので飛ばすこともなく目的地へと向かっていた

 

「何、あんたらそんな有名なの?」

「ライブにも出たんですよ。今日はそのBDのプロマイド撮影なんです!」

 

佐々木ちゃんのワクワクしている表情がバックミラーに映る反面、小さく舌打ちして肘を窓枠につき外の風景を見てる的場ちゃん

そんな様子を櫻井ちゃんは困ったような表情で見守っていた

 

「・・・梨沙さん」

「何よ、何も言ってないじゃない」

「そうではなくその態度ですわ。私たちなら大丈夫だと先程言ったではありませんか」

「ふ、二人とも・・・」

 

先程の様子から打って変わり、困惑した表情で佐々木ちゃんが遮り、しばし車内に沈黙が走る

的場ちゃんは変わらず外の風景に目をやり、櫻井ちゃんはため息を漏らす

 

「何?なんかあるの?」

「あんたには関係ない」

 

あんたってお前・・・

外を見ながらそう返事をする的場ちゃんに「ちょっと」と手で軽く小突き、すいませんと小さく呟き軽く頭を下げた櫻井ちゃん

その後しばらく沈黙が続き、車を走らせる音だけが響いていた

 

「・・・あ」

「へ・・・?」

 

俺が一言小さく呟いた言葉に佐々木ちゃんが反応し、俺と外をチラチラ交互に見比べる

視線の先には道路脇に立つ案内板があった

 

「SAあるけど寄るか?」

 

まだ少し時間があったので尋ねてみた

 

「別に」

「私も、特に用はありませんわ」

「あ、あの・・・私は、寄って欲しいかなって・・・」

 

バックミラーを見ると、佐々木ちゃんが少し体を動かしてモジモジしながらそう答えていた

俺としたことが配慮に欠けていたな

 

「あー、俺ちょっと用事あるから寄るな。何もないなら車乗ってていいし」

 

一旦高速から外れ、SAに入っていく

駐車場内は特に混雑しているわけでもなく、人もまばらだったが万が一の事も考えて少し端のほうに車を止めた

 

「はい、OK。降りる方はどうぞ」

 

サイドブレーキを引き、エンジンを切るのと同時に言う

 

「桃華ちゃん、ごめん。ちょっと・・・」

「ああ、申し訳ありませんわ。今すぐどきますから。よっと・・・」

「狭い車で悪いな」

 

後ろのドアが開くと同時に、俺も車から降り手を上に上げ大きく伸びる

櫻井ちゃんが一旦外に出て、佐々木ちゃんも降りてくる

降りると同時に少し小走りにSAの手洗いに向かっていった

 

「まぁ、せっかくですし・・・私も」

 

と言ったと思ったらこれまたSAの手洗いに早足で向かっていく

 

「・・・で、あんたはどうするんだ?行ってきたほうがいいんじゃないの?」

 

俺は振り返ってルーフに手をつき、後ろで背もたれに寄り掛かっている的場ちゃんに声をかける

 

「・・・いいわよ別に」

 

目線だけ俺に向けて答える

 

「いや、絶対行ってきたほうがいいってほら。これからちょい長いし」

 

そう言いながら後ろのドアを開け、はぁ・・・とため息をつきながら自分のバッグを持って的場ちゃんは渋々車から降りてくる

 

「あんたね、それ他の女にやっちゃダメよ。もっとね・・・こう、スマートにやんなさいスマートに」

「デートじゃないんだから、それにお前まだガキじゃんか」

「うっさいわね!」

 

すると俺の足の甲を思いっきり踏みつけてきた

しかし、踏みつけたはずなのにまったく痛がる素振りを見せず、それどころか潰れる様子を見せない靴に的場ちゃんは、その不思議な感覚に思わず俺に顔を向ける

 

「ああこの靴''安全靴''っていって、車に轢かれても潰れない強化素材がつま先にあr」

「バッッッカじゃないの!!」

 

俺の話を遮り、ドア強く閉めスタスタとSAに入っていってしまった的場ちゃん

・・・おい、もうちょっと大切に扱ってくれよ

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

(わかんないわかんない!ホンットワケわかんない!!)

 

ムシャクシャした感情剥き出しにしながら、梨紗は誰に当たるでもなく手洗い場で手を洗う

プロデューサーの事もそうだが、問題はあの男のことだった

新しいドライバーを雇うことになったとプロデューサーから聞いた時はへぇ・・・と聞き流していたが、周りがヒーローだのなんだの騒ぎだし自分も少し期待していたのがダメだった

蓋を開けてみれば何の変哲もない普通の男じゃないか

自分を子ども扱いする、他の奴と変わらない

おまけにドライバーと言っておきながら、自分たちのことは知らないときた

人が足りないから適当に拾ってきただけなんじゃないか

 

「梨沙ちゃん・・・!」

「あ・・・」

 

手洗いを出て、SAの通路に出ると千枝が壁に寄り掛かって待っていた

 

「結局皆降りてきたわね」

「あはは・・・桃華ちゃんももうすぐ出てくると思うから」

 

視線を目の前のガラス越しの駐車場に戻し、少し下を向いてそう答えた

 

「・・・あんたはどう思う?」

「何が?」

 

キョトンとした顔で聞き直す千枝

 

「あのドライバーのことよ。私たちのこと全然知らないし、子ども扱いするし、そもそもうちの会社の社員じゃないし。一体何考えてんのか専務は」

「子ども扱いはしょうがないよ、だって子どもだもん。車だって運転出来ないし」

「私はまだ信用できない」

 

梨沙はそうはっきり言い切った

 

「・・・でも専務が選んだってことは」

 

ふと隣の自動ドアが開くと、交通情報が映っている電工ボードの前で腕を組み、考え込んでいるドライバーの姿が見えた

 

「悪い人では・・・ないと思うよ?」

「いや、そうだけどさ・・・」

 

自動ドアが閉まると同時に、そう言って千枝はニコッと笑う

 

「お待たせしましたわ。さぁ、行きましょ・・・う?」

 

手洗いから桃華が出てくると、二人の様子に首を傾げてる

 

「いこ?」

「う・・・うん」

 

三人はドライバーの元へと向かう

近くに行っても相変わらず電工ボードに向かい考え込んでいた

 

「ちょっと、揃ったわよ」

「・・・うん」

「どうかしたんですか?」

 

千枝が尋ねると、ドライバーは電工ボードを指差す

そこには自分たちがこれから通るはずの高速道路が赤く点滅し、交通事故のため通行止めになっているという情報が出ていた



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

HBD03

「ツイてないわね・・・」

 

休憩スペースの丸テーブルを中心に四人で座り、的場ちゃんの呟きを聞きながら考え込んでいた

 

「車もどんどん集まってきてますね・・・」

「ですが、ゆっくりしてる暇もないですわよ。このままだと」

 

まばらだった駐車場も俺たちと同じような境遇の車たちが集まり始めている

時間まだほんの少し余裕があるが、櫻井ちゃんの言う通り高速が通行止めになった以上のんびりしている余裕はない

出口も混雑してしまう

 

「・・・よし、戻るか」

「戻る?」

「そ」

 

俺は立ち上がって近くの自動販売機にお金を入れる

 

「ここは反対方向に引き返す道もあるSAだし、一旦引き返して下道に降りる」

「ですが、相当時間が掛かってしまいますわ。現場スタッフの皆様にどう謝ればいいのか・・・」

 

そう言って顔を伏せてしまう櫻井ちゃん

 

「ん?謝るってどういうことさ」

 

自動販売機のボタンを押し、一つ、二つ、三つ、四つとテンポよくボタンを押す音と同時に飲み物が下に落ちてくる

 

「俺の仕事は、お前たちを時間までに現場にお届けすることだ。ほらっ」

「え?あっ」

 

櫻井ちゃんに桃ジュース

 

「そうじゃないと俺が会社から怒られる」

「あっ!ありがとうございます」

 

佐々木ちゃんにはぶどうジュース

 

「だからお前達が諦める必要ない。ほらっ」

「どうも・・・ってなんで私だけ炭酸?」

 

的場ちゃんにはコーラをあげた

 

「なんかイメージ的にそんな感じかなぁって」

「やっぱアンタ私のことバカにしてるでしょ」

「・・・俺炭酸苦手なんだよ。自販機にそれくらいしかバリエーションなかったし」

 

そう言って俺はオレンジジュースのキャップを開けて飲み始めた

他のメンバーも同じように飲み始めたが、的場ちゃんだけはコーラを持ったままこちらをニヤニヤした表情で見つめていた

 

「・・・子どもねぇ〜」

「飲めないなんて言ってないじゃんかよ!」

 

「フンッ!」とそっぽを向きやっとコーラを飲み始めた的場ちゃん

ったく自分だってガキのくせに

 

「ほらっ、佐々木ちゃんからも何か言ってやってくれ。頼むよ」

「え!?はっ、はい!」

 

ガタンッ!と椅子を後ろに少し動かして立ち上がり、飲み物を置き、テーブルに手をついて的場ちゃんと睨み合う

一呼吸置いて、佐々木ちゃんが話し始めた

 

「り、梨沙ちゃん」

「・・・何よ」

 

一方的場ちゃんは変わらず飲み物を手に持ったまま佐々木ちゃんと向き合っていた

心なしか、その目には様々な感情がこもっている様に感じる

場の空気が少し変わった気がした

それが気のせいなのか、はたまたアイドル達の間にも色々あるのか、今はまだわからなかった

 

「私だって・・・私だって!」

 

徐々に声が大きくなる佐々木ちゃんの言葉を黙って聞く的場ちゃん

次第にその目つきが段々鋭くなり、何を言われようが構わないという覚悟が伝わってきた

櫻井さんは飲み物を飲みながら先程と変わらない様子を取り繕っているが、気になるのかチラチラと横目で見ている

軽い気持ちで佐々木ちゃんに話を振ってしまったが、もしかしてマズかっただろうか・・・

そして、佐々木ちゃんが言い放った

 

 

「私だって、炭酸飲めるもん!」

 

 

ブフッ!とその瞬間櫻井ちゃんが軽く吹き出し、的場ちゃんはというと一瞬ポカンとした表情を浮かべたあと、顔を少し伏せて口に手を当て小刻みに肩が震え始めた

そして言い切ったと言わんばかりの満足気な表情を浮かべて、佐々木ちゃんが椅子に座る

 

「ん?今のどういう意味?なぁ、的場ちゃん」

「し、し、知らない・・・わよ。も、桃華に聞けば?」

 

笑いを堪えながら的場ちゃんがそう言うので櫻井ちゃんに目を向けると、飲み物をテーブルに置き、後ろに顔を背けて「フフッ・・・フッフッフッ」と小刻み笑っていた

 

「・・・さては、お前らグルだな!みんなして俺をバカにしてるなきっと!」

「さぁーね、そう思ってんならそうなんじゃない?さ、行くわよ!」

「あ、まっ、待って梨沙ちゃん!」

 

佐々木ちゃんが的場ちゃんに続き立ち上がる

 

「ほら、桃華も」

「フフッ。ええ、参りましょうか」

「あ!お前ら勝手に・・・」

 

俺の言葉を他所に、飲み物と荷物を持ち二人を引き連れてスタスタ車に戻る的場ちゃんだったが、その三人の様子はここに着く前のようなギスギスした雰囲気が完全に消えていた

一体何があったのか本当にわからない

今見ている限りでもとても仲の良い、普段競い合っているとは思えないまるで親友のような・・・そんな風に見える

俺も後を追い、車へと戻った

 

「さぁ運転手さん。急いでもらうわよ」

「もうあまり時間がありませんわ」

 

それぞれが元の席へ乗り込み、俺も車へと乗り込んだ

 

「・・・わかった。じゃあシートベルトをしっかり締めて。それと、真ん中の佐々木ちゃんをしっかり支えてあげてくれ」

「千枝さんを?」

 

そう言うと二人は佐々木ちゃんの両腕を掴み、困惑する佐々木ちゃんをよそにエンジンを掛ける

 

「それじゃ出発します!」

 

そうして車を発進させ、高速道路へと戻っていった

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

海岸線はずっと道が空いており、早く高速に出たおかげか渋滞に捕まるといったこともなくインターチェンジを抜け、無事目的地近くまで来ることができた

 

「うーんと・・・言われた住所だったらこの辺りだよな・・・お、あれじゃんあれじゃん」

 

大型のショッピングモールの横道を抜け、砂浜側の駐車場に入る

ショッピングモールは奥様方が晩ご飯の食材を買いに来ているのか車と自転車が右往左往していたが、こちらの駐車場はまだシーズンオフのため車はいないと言っても過言ではなく、おそらくは今回のプロマイド撮影とやらのスタッフ達のワゴン車が止まっていた

目の前の砂浜にカメラやら何やらが運び込まれていたから間違い無いだろう

一応ぶつけられないように少し離れたところに車を置いた

 

「はい到着です。お忘れ物のないようにご注意くださーい。10分早く着いたから褒めてくれてもいいんだぞ」

 

軽くアクセルを踏み、周りに低い音が響き渡ってからエンジンを切る

・・・後ろから返事がないのでどうしたもんかとバックミラーで確認すると、的場ちゃんが必死にドアを引っ掻いて開けるためのハンドルを探していた

外に出て開けてあげると的場ちゃんが必死に出てこようとするが、シートベルトを外していないため、つんのめるような姿勢になり中々出てこれない

シートベルトのバックルを外してあげると、勢いよく外に出て地面に手をつき、ツインテールを下に垂らて肩でゼェ・・・ゼェ・・・と息をしながら四つん這いになっている

佐々木ちゃんは目を回しており、櫻井ちゃんはというと助手席のシートにおでこをつけてぐったりしていた

 

「あんた・・・正真正銘の・・・バカね・・・」

「失礼な」

 

的場ちゃんはゆっくりと立ち上がり、荷物と佐々木ちゃんを車から引きずり出す

 

「千枝、大丈夫?行くわよ」

「だ、だいじょうぶ・・・れふ」

 

肩を貸し、佐々木ちゃんの分の荷物も手に持ち砂浜へと歩き始めた

俺は反対のドアへまわる

 

「櫻井ちゃん、大丈夫?」

「だ、大丈夫ですわ・・・これくらい、レディとして・・・」

 

おぼつかない手でシートベルトを外し、荷物を持って外に出るが、よろけてしまい俺の腹辺りに寄り掛かってしまった

 

「も、申し訳ありません!」

「いいって別に、あんた達もよく耐えてくれた。こちらもちょっと失礼、せーのっ、よっと」

「わっ・・・ひゃあっ!」

 

櫻井ちゃんの背中に手を回し、膝の裏を持って一気に持ち上げた

櫻井ちゃんは自分の荷物をお腹の上に持ち、俺の胸の前辺りに小さく収まる

世間一般で言う、いわゆる''お姫様抱っこ''というものである

 

「い、いけませんわ!こんな・・・私としたことが、はしたない・・・」

「肩貸してあげたいけど身長差的に無理だし、そのまますっ転んで怪我されても困る。それこそ俺が怒られるわ」

「で、ですが・・・」

「大丈夫だ、ミッションより軽い軽い」

「みっしょんという物がどういうものかわかりませんが・・・む、むぅ・・・」

 

そのまま俺の胸に顔を埋めて黙ってしまった

歩いていると的場ちゃん達に追いつく

 

「あぁ!ちょっとアンタ!何やってんのよ!」

 

横を通り過ぎるとまたこっちに向かって指を指し、叫び出す的場ちゃん

 

「しょうがないだろ、ふらんふらんで今にもすっ転びそうだったんだから。的場ちゃんもその様子じゃ大分戻ってきたな」

「誰のせいだと思ってんのよ!!このお子ちゃまドライバーが!!」

「失礼な!!子供心を忘れていないと言え!!控え室に着くまでだ!」

 

そのまま道路を渡り、階段を降りて砂浜に向かう

すでに撮影の準備は整っているようだ、スタッフ達がテントの中でテーブルを挟み話し合っている

子どもサイズの衣装が揃い、ダンボールを持ち何処かへ運んでいるスタッフもいれば、インカムで連絡をとっているスタッフもいる

元々人はいなかったが、人払いの対策もなされており、ロケーションも出来上がっているようだ

そんな中俺たちを見つけ、一人のスタッフが駆け寄る

 

「346プロさんですね!おはようございます!お待ちしておりました!」

「あ、本当ですか?おかしいなぁ、時間は守った筈なんですが・・・」

「いえ、時間は大丈夫なんですが・・・準備等がございまして、結構ギリギリで・・・」

 

遅れて的場ちゃん達も俺の後ろに到着する

佐々木ちゃんも少し顔色が良くなっていた

 

「で、控え室はどこですか?この子乗り物酔いしちゃってて」

「よっく言うわ・・・」

 

小声で的場ちゃんが呟いた

 

「それは大変!すぐご案内します!バタバタしててすいません!」

 

スタッフに言われるがまま、俺たちはテントに案内された

中には長方形のテーブルと、それを囲むようにパイプ椅子が並べられていた

隅にもう一つテーブルが置かれており、そこはおそらく荷物置き場なのだろう

部屋には別に簡素なラックが置かれており、ハンガーがいくつかぶら下がっていた

 

「あ゛あ゛あ゛ぁぁぁ・・・」

「はぁ・・・」

 

的場ちゃん、佐々木ちゃんの順に椅子に座り、的場ちゃんは机に突っ伏し、佐々木ちゃんは少し顔を下に向けそれぞれため息を漏らす

 

「よいしょよいしょ・・・よっこいしょと、ほい、お疲れさん」

「ありがとう・・・ございますわ」

 

足で残りの二つの椅子をくっつけると、その上に櫻井ちゃんを横にする

手をおでこに当てながら、櫻井ちゃんも大きく息を吐いた

 

「一つ聞きたいんだけどさ」

「何よ」

 

自分のカバンからスマホを取り出し、操作しながら的場ちゃんが返事をする

 

「さっきのスタッフはさ、なんでもうすぐ夕暮れだってのに''おはようございます''って言ったの?」

「業界の挨拶みたいなものよ」

「私たちはその日初めて現場に来て、初めてスタッフさん達に会う時は朝でもお昼でも夜でも、おはようございますって言うんです」

「へぇ・・・」

 

佐々木ちゃんの返答を聞き流すように何処かへ連絡をとる的場ちゃん

 

「的場ちゃんはどうしたの?」

「プロデューサーに無事着いたって連絡とってるの、今日は私が代表ね。ついでにあんたのことも書いておこうかしら」

「おい止めろ!言っておくけどな、俺炭酸飲めるからな!」

「大丈夫ですよ!私も飲めますから!」

 

そう言って佐々木ちゃんと妙に団結していると、俺の携帯が鳴った

 

「ああ、悪い、ちょっと外すわ。じゃあ仕事頑張れよ」

「はい!ありがとうございます」

 

返事をしてくれる佐々木ちゃん

的場ちゃんは携帯の画面とにらめっこしながら、片方の手を上に上げて答え、櫻井ちゃんは一旦おでこの手をどけて、少しこちらに微笑んでくれた

俺は一旦テントから出て、携帯の通話ボタンを押す

 

「はい」

『あ、お疲れ様です!本日はありがとうございます!アイドルからは連絡をいただきました。急な話で申し訳ありませんでした!』

「大丈夫ですよ、何とか時間内にお届けしましたので」

『それはありがとうございます!それで、あの・・・もう一つご相談があるんですが・・・』

「・・・はい」

 

俺は黙ってプロデューサーの話に耳を傾けた

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

「・・・」

 

私以外誰もいない事務所で、パソコンのキーボードを叩く音だけが部屋に響いていた

姉さんは整備が終わった車の試乗点検に、社長はまた振興会へ行っている

今日の仕事はあらかた片付き、私としても別に急ぎの仕事もないので、事務処理を含め書類の整理の関係上パソコンに向かっていた

今やめても別にいい仕事

要するに、ヒマである

 

「ふー・・・」

 

首をだらんと背もたれを挟んで後ろに傾け、隣のデスクに視線を向けた

あいつは上手くやっているんだろうか

アイドル達のドライバー役なんて仕事、正直驚いた、あいつの意見も買って許可したが本当に大丈夫なのか?

私は体を起こし、デスクの端に置いてあるスティック状のお菓子を一つ取り口に入れる

美城プロは様々なアイドルが集まっていると聞く、仕事もそうだがアイドルと上手くやっていけるのかどうかが心配だ

そんなことを考えていると、ふと私の携帯が震える

ポケットから出し画面を見ると、そこには''零次''の文字が映し出されていた

 

「はい、うんお疲れ。・・・え?うん、姉さん戻ってきたら別に大丈夫」

 

メモを一枚剥がし、言われた内容を書き留める

 

「二人?どこに・・・わかった。正面玄関に行けばいいのね?・・・わかった。ああ、帰る時は気をつけて帰ってこい。じゃあ」

 

そして携帯の通話終了ボタンを押す

それと同時に姉さんの乗る車が工場に戻ってくる音が聞こえた

近くの別の椅子にかけておいた上着を取り、袖を通し始める

 

「ひなちゃんただいま!後は洗車して終わり・・・どっか行くの?」

「ええ、留守番お願い」

 

オーダーを戻しにきた姉さんに頼み、車の鍵のキーリングに指を入れてクルクル回す

 

「ちょっと、美城プロに行ってくる」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

HBD04

砂浜に降りる階段に座りながらボーッとしていると、テントから三人が出てくるのが見えた

来たときに着ていた服とは違い、ワンピース、ミニスカートに可愛らしい上着、ショートパンツにカジュアルな服装など、それぞれの個性を活かすような姿に変わっており、そのビジュアルから改めてあの三人はアイドルなんだと実感させられた

カメラは波打ち際にセットされており、その側に屋根だけのテントと待機用のパイプ椅子が並んでいる

どうやら最初は櫻井ちゃんからの撮影のようだ、櫻井ちゃんが波打ち際で立たずみ、二人はテントのパイプ椅子に座る

 

一瞬佐々木ちゃんと目が合うと、こちらに遠慮がちに手を振ってくれた

それに合わせて持っている飲み物を少し上に上げる

 

的場ちゃんはというと、緊張してるのか手を太ももの上に置き、真剣な表情で櫻井ちゃんを見ている

よく見るとその手は拳の形にギュッと握られていた

そして撮影が始まる

スタッフの号令が下ると、空気が変わるのがわかった

その波打ち際に見たこともないような満開の笑顔が咲き、櫻井ちゃんが自由に舞い始める

印象がガラッと変わり、見るもの全てを魅了するような、そこにいるのはまさしくプロ

正真正銘のアイドルだった

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

正面玄関で待っていると、コンコンコンと車体をノックするような音が聞こえた

周りを見渡してみるが、誰もいる様子はない

気のせいかと思い前方に視線を戻そうとしたその時に、助手席の窓枠に小さな指が引っかかっているのが見えた

指が巻き込まれないようにゆっくりと窓を下に下げる

するとヒョコッと下から顔が現れた

 

「おねーさんは誰でごぜーますか?」

「誰って・・・ドライバーよ」

「ドライバー!みりあちゃん!運転手さん来たでごぜーますよ!」

 

そうしてうさぎ?のような耳のついた茶色いパーカーを来た女の子は玄関に振り返り、もう一人を呼ぶ

 

「あー!女の人なんだ!」

 

玄関を出てトトトッと小走りにこちらに近づいてくるショートカット、頭の両サイドにちょこんと乗るツーサイドアップを可愛いヘアバンドで結んでいる可愛らしい女の子

 

「こんにちは!赤城みりあです!今日はよろしくお願いします!」

 

屈託の無い眩しい笑顔で挨拶をする赤城さん

 

「仁奈は、市原仁奈です!よろしくお願いするでごぜーます!」

 

赤城さんに合わせるように、市原さんも同じように頭を下げた

 

「ええ、よろしく。ちゃんと挨拶出来て偉いな、じゃあ後ろに乗ってもらえる?」

「はい!失礼します!」

「失礼するでごぜーます!」

 

後ろのドアを開けて二人が乗り込んでいく

 

「わぁ!ぬいぐるみがあるよ!」

「シートがふわふわしてるでごぜーます!」

 

パーカーのうさ耳を跳ねさせながら、市原さんが上下に少し動く

 

「古い車でごめんね、もっと可愛い方が良かったでしょ?」

「でも安心します!なんていうか・・・そう!おじいちゃん家みたい!」

 

ぬいぐるみを抱きながらそう言う赤城さん

 

「おじいちゃんか・・・」

 

悪気はないんだ、悪気は

こういうストレートなところが子どものいいところだ、よくわかってるじゃないか

 

「でも、それならきっと現場に行ったらおねーさん大喜びでごぜーますよ!新しくてかっこいい車が沢山でごぜーます!」

「・・・どゆこと?っていうかこれから何の仕事なんだ?」

「これから、ドラマの撮影なの!」

 

・・・ドラマ?

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

撮影は順調に進んでいた

 

三人の仕事に少し興味が湧き、近くまで行って眺める

櫻井ちゃんがテントに入り、今度は佐々木ちゃんが出てくる

カメラの前に立ち撮影が始まると、櫻井ちゃんの時とは打って変わってまったく印象が違っていた

佐々木ちゃんはどちらかと言えば、少し物静かな印象を醸し出しており、手を後ろに組んでサラッと目線だけをカメラに向ける

何かを言おうとしてるようでそうでないような、もどかしいイメージが浮かび上がり、海に沈み始めようとする太陽が青空にうっすらと赤みを彩り、よりそのイメージを深いものにしていた

 

「はい!OK!千枝ちゃんよかったよ!」

「ありがとうございます!」

 

OKサインが出ると同時に肩にタオルがかけられ、佐々木ちゃんはテントに戻っていく

櫻井ちゃんと談笑しているあたり、満足のいく結果だったようだ

そして二人に声を掛けられながら、今度は的場ちゃんがテントから出てきた

しかし気のせいだろうか、少し肩に力が入り過ぎているような気がする

二人に声を掛けられても振り向くこともせず、口元だけを動かして返事をし、そのまま撮影場所へと向かう

 

そして、スタッフの号令と共に的場ちゃんが準備に入りカメラマンが撮影を始める

 

櫻井ちゃんが正統派、佐々木ちゃんのイメージが''静''だとすると、的場ちゃんは喜怒哀楽の''楽''のイメージで動いているように見える

少しおてんばでイタズラ好き、カメラに向かってベーッと少し舌を出してみたり、目の前で腕を組んでみたり、カジュアルなファッションも相まってより魅力を引き出している

しばらく眺めていたが、ある違和感に気づく

撮影はしている、しているんだが一向にOKサインが出ない

カメラマンが動き続け、カメラの向きを変え、距離を変え、撮影が続けられていた

 

「OK!ちょっと休憩しようか!」

 

OKという言葉に一瞬安堵の表情が出たが、それが撮影が終了したという意味ではないことを悟ると、とたんに的場ちゃんは顔を下に向ける

 

「梨沙ちゃん!お疲れ・・・様」

 

佐々木ちゃんの言葉に少しはにかみながら笑い、「うん」と一言返事を返してこちらに歩いてくる

俺のちょうど後ろにある自分たちの控えのテントに入る直前、一瞬だけ俺と目が合うと、何も言わずそのまま中に入った

なんだ?何がそんなに気に食わないんだ?

美城プロの時からそうだ、あいつだけ最初からふてくされた様な態度を取り、あからさまに機嫌が悪かった

いざこざがやはりあったのか?いや、それにしては

「あの!」

 

腕を組んで、下を向きながら考え込んでいると佐々木ちゃんの声が聞こえた

顔を上げると、申し訳無さそうな顔をしてこちらを見ている佐々木ちゃんと、服の胸元辺りをキュッと握りながら、心配そうな顔をしている櫻井ちゃんがいた

 

「・・・おう、お疲れ」

「はい、あの・・・すいません」

「千枝さん・・・」

 

てっきり返事が返ってくると思ったが、代わりに帰ってきたのは謝罪の言葉だった

 

「なんで謝るんだ」

 

俺は話しやすいように二人に近づく

 

「あの・・・こうなったのは仕事のせいじゃなくて、私のせいですから・・・」

「千枝さんのせいではありませんわ。仕事なんですもの、仕方ありません」

 

今度は佐々木ちゃんが下を向いてしまった

 

「・・・とりあえず、向こう行くか。そう、その階段」

 

俺は二人を連れて、さっきまで三人を見ていた階段まで行き、座り込む

 

「で、私のせいって?」

「はい、あの・・・実は・・・」

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

「お願い!妹を助けて!」

「わかったさ、こんな可愛いレディに頼まれちゃ、断る訳にはいかねぇな」

 

「はいOKです!」

 

スタッフの号令が響くと、つい今まで深刻な表情をしていた赤城さんに笑顔が戻った

相手役の俳優に褒められ、さらに笑顔に磨きがかかる

ドラマの撮影は終盤に差し掛かり、赤城さん演じる女の子の妹が誘拐犯にさらわれ、その場所へ急いで急行する・・・というシーンまで撮影が続いていた

見ていると中々興味深い

近くの壁に寄りかかり、じっと見学していた

 

「お疲れ様です!」

「お疲れさまでごぜーます!」

 

別の場所で誘拐される妹役を演じていた市原さんも合流し、わざわざ丁寧に私のところにまで挨拶に来る

 

「お疲れ様、わざわざありがと。私は演技のことはわからないけど、二人ともカッコ良かったぞ」

 

そう言うと歳相応に二人で喜ぶ赤城さんと市原さん

この現場も美城プロからそれほど遠くなく、製作スタッフに美城プロのネームプレートを付けているものがチラホラ混じっていることから、自社がお金を出している可能性が高い

 

「で、次はいよいよアクションシーンって訳か」

「そうでごぜーます!あのカッコいい車がブーン!のビューン!でごぜーますよ!」

「確かにカッコいいけど・・・」

 

市原さんが指を指した先には、おそらく撮影用に万が一動かなくなってしまったことも考え同じ車がズラっと並んでいた、私達にも馴染み深い、赤ランプを屋根にくっ付けたパンダカラーのセダンのヘッドライトが私を睨み付けている

 

「そうだよな、子どもが言うカッコいい車って本来こういう物だよな・・・」

「どういうことでごぜーますか?」

「市原さんも大人になったら分かる」

 

頭にクエスチョンマークが浮かんだまま市原さんは赤城さんを見るも、赤城さんも首を傾げていた

二人と話していると、なんだか製作サイドが騒がしい

スタッフ達がテントに集まり、台本やプリントをテーブルに広げて話し合っていた

言葉の節々に「まいったなぁ」や「どうしましょうかね?」とトラブルがあったような台詞が入り混じっている

 

「どうしたでこぜーますかね?」

「さぁ?」

 

二人も混乱していると、一人のスタッフがこちらに駆け寄ってきた

 

「すいません美城プロさん!なんだか、高速道路の事故のせいで、到着が遅れているスタントがおりまして・・・申し訳ございませんが現場押さえてある関係で、どうしても二人のシーンは今日撮りたいんです!少しだけ撮影時間が伸びるんですか・・・」

「え!?じゃあ仁奈たち、すぐ帰れないでごぜーますか!?」

「申し訳ありません!今対策を考えている途中ですので、もうしばらくお待ちを!」

 

そう言うと慌てた様子でテントに帰り、話の輪に戻っていった

 

「どうしようみりあちゃん!仁奈たち間に合わねーでこぜーます!」

「大丈夫だよ仁奈ちゃん。きっと・・・きっと大丈夫だから!」

 

市原さんの手をギュッと握り、必死でなだめようとする赤城さんだったが、やはりその目にも焦りが見える

 

「何?何かあるの?」

 

赤城さんに尋ねる

 

「あのね・・・実は今日」

 

そう言い掛けた瞬間、私の携帯が鳴った

 

「ごめん、ちょっと」

 

二人から若干離れ、邪魔にならないところで電話に出る

 

「もしもし?ああ、無事に現場についてるところ。だけどちょいトラブってる、その様子じゃ、そっちも上手くやってるみたい・・・え?」

 

電話の相手は零次だった

 

「・・・なるほど」

 

私は黙って零次の話に耳を傾ける

そして話を聞きながらまた二人に目を向けると、どうしたらいいかわからず、二人で右往左往していた

次第に行動にも焦りが見え始め、携帯を取り出して時間を確認したり、メッセージを送っているのか指を動かして画面とにらめっこしていた

 

「だからあの子達はあんなに・・・」

 

それなら確かに説明がつく

・・・そうだよな、この年頃ならそれが当たり前だ

当たり前のことを当たり前にすることが難しい世界へ飛び込んだのならなおさら、そういうイベントこそ特別なものだ

零次との会話が終わると、私は二人の元へ近づく

 

「・・・うん、だからごめんね。私たち参加できな」

「ちょっと待て」

 

どこかに電話していた赤城さんの肩を掴みこちらに少し強引に振り向かせる

赤城さんは少し泣きそうな顔をしながら携帯を耳に当て、私を見ていた

市原さんも同じ

・・・本当に大人ってやつは、どうしてこうも''都合''って言葉で子どもをこんな顔にすることが多いのか

子どもは純粋に生きているだけなのに

 

「ちょっと台本見せて貰ってもいい?今すぐ」

「え?あ、ごめん。また後でかけるね」

 

赤城さんは電話を切って、私に付箋だらけの台本を渡してくれた

ありがとうと一言伝えそのまま台本を開く

・・・やはり全然情報が足りない

全体の流れは押さえてあるが、私が知りたい箇所については一言だけだ

 

「ねぇ、あの車って見てもいいの?」

「大丈夫だと・・・思いますけど」

 

その言葉を聞くと、私はすぐに普段は近寄るのも躊躇うその車列に足を向ける

一瞬二人はその場で立ち往生するが、後ろか駆け足で付いてきた

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

「・・・やっぱりMTだ。ペダルは・・・うん、サイドも・・・」

 

お姉さんは車に近づくと、ぶつぶつと呪文のような言葉を呟きながら車をじっくり眺め始めた

前を見たり後ろを見たり、地面にしゃがみ込んで車の下を見たり、タイヤに手を当ててみたりと、何をしてるのか全然わからない

そんなにこの車が気に入ったのかなぁ

 

「みりあちゃん、おねーさんは何してるでこぜーますか?」

「わ、私にも全然わからないよ・・・」

 

すると、一通り車を見終わったお姉さんはスタッフのみんながいるテントに歩いていってしまった

一瞬呼び止めたけど、それでも止まる様子はなく、スタッフの一人に声をかけた

私たちもテントに向かうと、お姉さんと若いスタッフさんたちが話している

 

「そりゃダメだよお嬢ちゃん。お嬢ちゃんが乗ってきた''おさがり''のプリメーラとは訳が違うんだ、それに何者だ君は。素人に乗せられるほど簡単なもんじゃないんだよあれは」

「・・・監督は車好きですか?」

「ああ?そりゃ筋金入りだが、なんで?」

「監督を呼んできてください」

「だからなんでさ」

「いいから早く」

 

さっきまでとは違うピリッとした表情でお姉さんが言うと、スタッフさんは渋々監督を呼びに行く

少しすると、撮影現場を見ていた監督がテントにやってきた

 

「おう、お嬢ちゃんがなんか俺に用があるって?」

「はい、単刀直入に申し上げます。次のシーンであの車、私に運転させてください」

 

そうお姉さんが言うと、次の瞬間監督は大きな笑い声を出し、額に手を当てた

そして、笑いを堪えながらお姉さんに向かって言う

 

「ハッハッハ!そりゃ、ダメだわお嬢ちゃん。いくら現場が止まってるからって、悪いがその度胸だけ貰っとくよ、いくらなんでもそれは、お嬢ちゃん面白いなぁ!ちなみにお嬢ちゃん名前は?」

 

周りのスタッフもつられて笑いが起こっている中、お姉さんは表情を変えず一言答えた

 

「はい、私は蘭道と申します」

 

その瞬間、空気が変わったのがわかった

監督はもちろん、何人かのスタッフがとたんに表情を変え、何も言わずお姉さんを見つめていた

「マジか」、「本物?」という声も聞こえる中、さっき話しかけていた若いスタッフがお姉さんに言う

 

「わかったかい?お嬢ちゃん。残念だけどお嬢ちゃんにはまだ早いわ。あの車はマニュアルっていって」

「おい、1号車ここに回してこい」

「・・・え?」

「早く回してこい!」

 

監督の声が響き、そのスタッフは慌てて車の方へ走っていった

周りのスタッフもテーブルに戻り、シーンの段取りと打ち合わせに入る

 

「お、おねーさん?」

 

ポケットに手を入れて立っているお姉さんに仁奈ちゃんが恐る恐る話しかけると、お姉さんは少ししゃがみ込み「大丈夫、ちょっと待ってて」と笑顔で答えていた



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

HBD05

俺は黙って佐々木ちゃんの話を聞いていた

なんであんなに機嫌が悪いのか、今日一体何があるのか

 

「・・・」

 

俺は何も言うことなく、話を聞きながら控えのテントに目を向けた

そうか、だからあんなに気が立っていたのか

聞けば聞くほど、あいつの気持ちが痛いほど伝わってきた

佐々木ちゃんを見ると、少し辛そうな顔をしながら話を続けていた

櫻井さんも同じ

この子達は何も悪くない

こんな顔にさせたのは、全部大人たちって訳だ

本来なら大人になってから学ぶ、どこにぶつけていいのかわからない感情を、俺に教えてくれていた

自分達の予定を、仕事だからと片付けられる大人の世界に足を踏み入れてしまった、そんな、大人にならないといけなくなった子ども達

・・・本当につくづく、そんな決められてもいないルールをいつの間にか受け入れるようになっていた自分が嫌になってくる

 

「だから、私はいいんです。仕事だもん・・・ね?」

 

話の最後に佐々木ちゃんが櫻井さんにそう言うと、少し遠慮がちに笑い、それに答えるように佐々木ちゃんも笑った

 

「・・・何が''いいんです''だよ」

「え?」

 

俺は立ち上がって佐々木ちゃんに向き直る

 

「なんでそんなこと言うんだよ、なんで子どもがやりたいことやりたいって言っちゃいけないんだよ。嫌なことは嫌って言っていいんだよ、だってお前らまだガキだろ!」

 

アイドルだろうと何だろうと、その前にまだ子どもじゃないか

目の前の、本来なら夢を持って生きる権利がある子どもにこんな顔をさせる世間に俺は段々と腹が立ってきた

 

「めんどくさいこと考えなくていい、そんなの大人に任せりゃいいんだわ。そういう大事なことは早く言え」

「で、でも・・・」

 

泣きそうな顔で俯く佐々木ちゃんに俺は言う

 

「まだわからないかもしれないけど、大人になったらそれが出来なくなるんだぞ。仕事を優先したくないけど、しなくちゃいけなくなる。お前らにはそのアイドルって仕事を楽しんでほしい、その仕事を嫌いにならないでくれ。そのおかげで毎日楽しそうに暮らしてるひとを俺は少なくとも一人は知ってる」

 

アイドルっていうのが、あんなに人の目を惹きつける力があるなんてさっきまで知らなかった

だから、諦めないで欲しかった

 

「だから、佐々木ちゃんが諦めるなんて俺は許さない。俺は言うほど大人じゃないからな、他の大人がダメって言うなら俺が何とかしてやる」

 

そう言うと少し驚いた表情をした後に、徐々に徐々に、二人に笑顔が戻っていった

さっきまでとは違う、取り繕ったような作り笑顔ではなく、感情がその笑顔にしっかりと溢れている

人差し指で目元を拭いながら、その顔を俺に向けてくれていた

 

そのまま二人に背を向けて、俺はテントに向かった

入り口をめくると、椅子に機嫌悪そうに腕を組んで座る的場ちゃんがいた

 

「何よ、笑いに来たの?」

「・・・いや」

 

一瞬こちらに顔を向けたが、また目線を外しそのまま話を続ける的場ちゃん

 

「情けないわよね、こんな姿みっともない。私は大丈夫よ。別に気にしてないし」

「お前さ」

「あの二人何て言ってた?気を使って何も言ってないんでしょ?どうせ二人もアタシのこと」

「お前カッコいいよ」

 

俺の台詞に「はぁ?」と今度は体ごとこちらに向き、眉間にシワを寄せて俺に一言そう言う

 

「あいつらは何も言ってなかった。ただ、俺にやりたいことを伝えてくれただけだ」

「まったく・・・おしゃべりなんだから」

「あの子の為だったんだな?」

 

的場ちゃんは体を元の向きに戻し答える

 

「ええ、だからあんたには関係ないって言ったじゃない」

「いや、関係あるんだわこれが」

「何よ、仕事と関係ないじゃない」

 

ポケットからメモ紙を取り出し、見せながら説明を続ける

 

「俺が頼まれた仕事は、この『三人を時間内に送迎してほしい』っていうものだ、なかなかに粋なプロデューサーじゃないか」

 

すると的場ちゃんはハッとした表情になり、その驚いた表情をこちらに向ける

 

「大人は信用できなくても・・・''お子ちゃま''なら少しは信用してくれてもいいんじゃないの?」

 

そう言うと今度はフッと鼻で笑い、テーブルに肘をついてこちらを少し笑った表情で見る

 

「まぁよかったわ。お前が思ってたほど・・・クソガキじゃなくて」

「はぁぁぁぁぁ!?」

 

と思ったら血相を変えて、椅子を後ろに勢いよく飛ばし俺に詰め寄ってくる

 

「だ・れ・がクソガキよ!ちょっと見直したと思ったらそれがアイドルに対して言うセリフ!?あんたねぇ!少しはレディっていうものに対してデリカシー持ちなさい!」

「まだお子ちゃまだろ」

「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!?」

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

ドライバーさんがテントに入ってからしばらくして、私たちも後を追いテントに近づく

 

「大丈夫かなぁ?」

「ええ、あの人なら・・・何とかしてくれそうな気がします」

 

桃華ちゃんの言葉を信じてテントすぐそばまで行くと、中から何やら言い争うようなやりとりが聞こえてきた

 

「ほ、本当に大丈夫かな・・・」

「ええ、きっと大丈夫ですわ」

 

桃華ちゃんが笑顔でそう答えるが、いよいよ気になり入り口をめくり中入ろうとしたその時、勢いよく二人が外に飛び出してきた

 

「あんたにお子ちゃま呼ばわりされたくないのよ!炭酸も飲めないくせに!!」

「苦手なだけだって言ったろ!お前もレディレディ言うならフェアレディZに乗れるようになってみろ!」

「何、車の話!?知らないわよそんなの!!」

 

そう言って思いっきり悪態をつき、ずいずいと梨沙ちゃんはドライバーさんに迫っていく、そんな先程とは違う普段の自分全開の梨沙ちゃんを見て私はあることを思いつき、近くでこの騒動を見ていたカメラマンさんに言った

 

「カメラマンさん!お願いします!あれ撮ってください!」

「え?お、おう!わかった!!」

 

カメラマンさんはカメラを構え、撮影を始める

二人が波打ち際で言い争い、梨沙ちゃんがドライバーさんを叩いたり蹴ったり

それをドライバーさんはあっさりかわしたり

まるで遊んでいるようだった

そんな様子をカメラマンさんは次から次へとシャッターを切り、写真に収める

 

「32なんかいいんじゃないか?扱いづらいところがお前にそっくりだ」

「だから何よ!さんにーって!!んな事知らないって言ってんでしょ!それにこんなことしてる暇ないn」

「はい!OK!」

 

波打ち際に響くカメラマンさんの掛け声に、二人はやりとりを止めこちらに顔を向ける

 

「最っっ高にいい表情が撮れた!これなら文句ないよ!お疲れ様!」

 

そう短く言い残すと、カメラの液晶で画像を確認しながら他のスタッフが待つテントまで戻っていくカメラマンさん

 

「え?え、え?えっ?」

 

まだ何が起こっていたのかがわからない梨沙ちゃんは、交互にドライバーさんと私たちを見比べながら狼狽えていた

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

「終わりだってさ」

 

バンッと、一言言うのと同時に的場ちゃんの背中を軽く叩き、俺は二人の元へ歩き出した

背中を押されて少しよろけた的場ちゃんが慌ててついてくる

 

「ちょっとアンタ、まだ話は終わってないわよ。だいたいね!」

「まぁまぁ梨沙ちゃん、早くテントに戻ろ!ね?ね?」

「さぁさぁ梨沙さん。みんな待っていますわ」

 

佐々木ちゃんと櫻井ちゃんが的場ちゃんの背中を押して歩いている俺を追い越し、テントに向かう

 

「ちょ、何・・・ってアンタたち何笑ってんのよ」

「別に〜」

「とても仲が良さそうな光景が見られましたので」

 

するとまた「はぁ!?」と二人に悪態をつこうとするが、まぁまぁと二人になだめられテントに入ろうとする

 

「ちょっと待って」

 

入る直前に的場ちゃんは二人にそう言い、自分だけテントの前に残り俺に向き直る

二人はそんな的場ちゃんを見ると、何かを察したのかテントへと入っていった

 

「信じていいのよね」

 

俺は歩くのを止め、的場ちゃんと向き合う

笑うでも怒るでもなく、真面目な表情で俺に言う的場ちゃんに、俺は答えた

 

「早く荷物まとめてこい。待ってるぞ」

 

そう言うと的場ちゃんは鼻で笑い、ベーっと俺に向かって舌を出した後テントに入る

入る瞬間、気のせいか少し笑ったような気がした

・・・さて、帰るまでが仕事だ

俺はポケットから鍵を取り出し、車に向かう

そろそろ、夕日が海に沈みかけていた

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

「今日はお疲れ様!普段とは違う箱だったが、よくやったな!」

「何を言ってるんですかプロデューサーさん!このカワイイボクにかかれば、どんな所でも最高のステージにできますよ!」

「でも幸子はん、一つステップ間違えそうになってはりましたえ?」

「そ、そんなことありませんよ!常にボクは全開!最高のパフォーマンスを見せようとしただけで!」

「でも楽しかったよねー!夕方だから親子がたくさん居てさ!ショッピングモールもおっきくて広かったし!」

 

高速道路を走る中、ボク達は今日ついさっきまでやっていたショッピングモールでのミニライブについての話に花を咲かせていた

 

「あ、沢山中の写真も撮ったんですよ。ねこっぴーのぬいぐるみもあって」

「え!?うそ、どこに!?私の気づかないところで!」

「ちょうどキャッツとコラボしていたみたいで、今画像送りますね」

 

そう言って画像を送ろうと携帯で友紀さんの送信先を探していると、外で遠くから低い唸り声のような音が響いてきた

 

「ん?何だ?」

 

プロデューサーさんも気づき、サイドミラーを確認しようとした瞬間、一瞬でその音が大きくなり、右の車線に目を向けると何かが通り過ぎ、その音が一気に離れていく。同時に四つの赤く丸いライトが前方彼方へと消えていった

 

「うっわ、なんだ?あの車くっっっそ速いぞ。一体何キロ出てる?」

 

プロデューサーさんがメーターを確認する

ボクは自分の携帯に友紀さん以外に一瞬だけ表示された送信先の名前に見覚えがあるような気がしてならなかった

 

「幸子ちゃんまだ〜?」

「あ、ごめんなさい。今送りますね・・・あはは」

 

この中に、わざわざ自分の携帯の名前『的場』にしてる人なんて居ませんよね・・・

 

気のせいと思うことにした

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

辺りがすっかり暗くなる頃に美城プロの正面玄関に着くと、ひな先輩の車が止まっていた

中から二人の小学生くらいの女の子が元気よくドアを開け飛び出してきて、それをひな先輩が運転席の屋根に手をつき見送っていた

 

「おねーさん!ありがとーでこぜーます!!」

「ありがとうございました!お姉さんも行こう?ね?」

 

相当懐かれたのか、ツーサイドアップの似合う女の子に手を引かれて、美城プロに連れて行こうとするが、ひな先輩は困ったようにその場に留まっていた

 

「ごめんね、私はまだ会社に戻らないと行けないから・・・」

 

「えー・・・」とその女の子が残念そうにしていると、ひな先輩はこちらに手を向けて女の子達に何かを説明していた

すると今度は急いで二人美城プロに戻っていく

 

「早く早く!」

「急ぐでごぜーます!」

 

そんなやりとりをしながら正面玄関を開け、本館の中へと消えていった

 

「はい、到着です。お疲れ様でした」

「お疲れ・・・様」

「ありがとうござい・・・ました」

 

大分慣れたのか、行きとは違い返事をしてドアを開け、三人よろよろと外へ出る

俺も外に出て、今にも車に乗り込もうとするひな先輩の元に向かった

 

「ひな先輩、お疲れ様です。すいません助かりました」

「お疲れ。よかったな、間に合って」

 

ひな先輩は立ち上がってこちらに向き直りそう言うと、俺の車の近くにいる三人に目を向けた

 

「随分と仲良さそうじゃないか」

「ええ、まぁ。仲間思いな奴らだと思います」

 

お互いに支え合いながら、外の風に当たって少しスッキリしたのか大きく伸びる

 

「私は会社に戻る。もう工場終わってるみたいだし、私もすぐ帰るから。お前も何ならこのまま上がっていい、出勤簿は明日書け」

 

確かにいつの間にか、定時時刻は過ぎていた

ひな先輩は車に乗り込み、運転席の窓を開ける

 

「ひな先輩」

「何だ?」

 

エンジンを掛け、ガチャガチャとシフトレバーをDに入れたところで俺は気になったので聞いてみた

 

「何か良いことありました?」

「・・・何で」

「どことなく嬉しそうだなぁって思って」

 

するとひな先輩は手で前髪を少し掻き分けて、俺から顔を逸らして答える

 

「今夜のロードショーがファイスピだから・・・なんじゃないの?」

「いや、質問で返されても・・・」

 

顔を逸らしたままハンドルを握り、指でトントンとハンドルを叩く

もしかしてひな先輩・・・ちょっと照れてる?

 

「まぁ、とにかくお疲れ。私は先に帰ってファイスピ観る」

 

そう言うとそそくさと正門から出て行ってしまった

あんなひな先輩、久しぶりに見た

 

「ねぇ、アンタ」

 

車の音が遠くなっていき、正門をボーっと見ていると、後ろから声がする

 

「今日は、ありがとうございました!」

 

振り返ると正面玄関の手前に三人が並び、佐々木ちゃんが頭を下げていた

櫻井ちゃんも丁寧にお辞儀をし、遅れて的場ちゃんも頭を少し下げる

 

「・・・ああ、お疲れ。楽しめよ」

 

そう言って、車に乗り込もうとした時だった

 

「ちょっと待ちなさいよ」

 

的場ちゃんがそう言ったので、車から離れ、三人に少し近づく

 

「どうした?みんな待ってるんだろ?」

「アンタ、今夜暇?」

 

的場ちゃんが言うのと同時に、佐々木ちゃんと櫻井ちゃんが顔を見合わせたと思うと、何かを思いついたのか俺に近づき、二人でそれぞれ俺の手を掴む

 

「お、おい」

「御食事は、大勢で召し上がったほうが美味しいですわ!」

「少しの時間だけ、ご一緒しませんか?」

「いやいや、きっと水入らずのほうが・・・」

 

俺を中に引っ張っていこうとする二人に合わせて、的場ちゃんも中に入る

 

「新人歓迎会もまだだったし、ちょうどいいから寄っていきなさいよ。プロデューサーには私から言っておいてあげるから」

「別に俺、美城の社員になったわけじゃないし」

「いいから来なさい!」

 

すると的場ちゃんは俺の背中まで回り、強引に本館の中まで押す

俺はもう逆らうこともせず三人に身を任せ、渡り廊下を渡り、エレベーターにのり、オフィスビルの一室に案内される

 

「凄かったんでごぜーますよ!!車がブンブンブンブン!の、ブーン!の、キキー!キュルキュルキキキー!だったんでごぜーます!」

 

扉を開けると、うさ耳のパーカーの子を中心に子供たちが会話で盛り上がっていた

 

「あ、お帰りなさい!」

「お帰りでごぜーます!」

 

部屋の中には、さっきひな先輩が送ってきた二人を含め子ども数人が集まり、テーブルにはオードブルの料理とお菓子と飲み物がところ狭しと並んでいた

 

「そのお兄さんは?」

 

ツーサイドアップの子が的場ちゃんに尋ねる

 

「みんなが言う、ヒーローさんよ」

 

すると子供たちが一斉に集まり、これでもかと質問攻めに合う

 

「おにーさんだれ?」

「どこから来たの?」

「ヒーローだけど、ベルト付いてねーでごぜーますよ?」

「いやいや、変身!とかの方じゃないからね?」

「あ、ドライバーさん!お疲れ様です!」

「プロデューサーさん、なんかすいませんお邪魔しちゃって」

 

意外と想像より小さいプロデューサーと子供たちに囲まれている中、三人は準備を終え、真ん中の一つだけ何も置かれていないテーブルの上にいつの間にか、ワンホールのケーキが置かれていた

 

「じゃあみんな、いくわよ。プロデューサーお願い」

「はいはい」

「いよいよでごぜーますね!」

 

的場ちゃんがプロデューサーに言うとケーキのろうそくに火が灯され、部屋の電気が消される

 

「はい、せーの!」

 

『ハッピバースデートゥーユー、ハッピバースデートゥーユー、ハッピバースデーディア千枝ちゃーん!、ハッピバースデートゥーユー!!』

 

みんなで口を揃えて歌った後に、ろうそくの火が消される

電気がつくとそこに広がっていたのは、みんなからのおめでとうという言葉の嵐と、最高に嬉しそうな佐々木ちゃんの笑顔だった



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

自由研究
自由研究01


三人を送迎してからというもの、美城プロからの依頼が増えていった

ニュージェネレーションズ、KBYD、ラブライカ、ポジティブパッション、PCS、そして十時愛梨さん、川島瑞樹さんなどの大人組

あのちびっ子達とメンバーは多種多様に渡り、本当に人材豊富なんだなと感じた

必要であれば自分の車ではなく、美城プロのバスを貸してくれたりと会社の待遇も良く、幸いだったのは、例の噂が広まっていたおかげでみんなが気軽に声をかけてくれたこと

大人しい子もいるが、その相方が話を振ってくれることで溶け込み、車内が静まりかえり、気まずくなるということは少なかった

本田さんとか日野さんとかは、結構話し掛けてくれることが多い

あのちびっ子達も相変わらずだ、会うたびに寄ってきてくれる

 

「じゃ、ありがとレイさん!また今度ねー!」

「ああもう、未央ちゃん!すいません、ありがとうございました!」

 

今日も今日とて、快晴の夏真っ只中、セミの声をバックに本田さんと高森さんを連れ、美城へ送迎していた

エアコンパネル付近に貼り付けてあるメモ紙にチェックをつけ、鞄の中のファイルにしまう

この仕事のおかげで、大分美城プロのアイドルやユニットの事が分かってきた

彼女達はスカウトという形で入ってきた者が多く、部署の壁は薄いみたいで、様々なアイドル達が年齢などの枠組みを越えて活動し、常に可能性を追求しているようだ

遠くから来た者には寮を貸し出すこともあり、衣食住になるべく困らないように配慮されている

さすが、世界に手を広げる大企業である

 

「あ、お兄さん!」

 

車の中を少し片付けていると、外から聞き覚えのある声が聞こえた

トントントンと窓をノックされたのでウィンドウを下に下げる

 

「今帰りですか?」

「ああ、ちょうど帰ってきたところ。昼に間に合ってよかった」

 

俺の返答に笑顔で返し、中を覗き込むのは十時愛梨ちゃん

川島瑞樹さんとのバラエティ番組も好調のようで、先の一件での影響もなく、今もなお人気番組として多くの人に親しまれているようだ

姉さんも毎回毎回楽しみに見ている

俺もその折でよく見かけるようになったが、輿水幸子ちゃんの登場が多いようだ

 

「あ、あの・・・もしよかったら、お昼ご一緒しませんか?」

「昼・・・おお、ちょうどその時間か」

 

お昼頃にこの辺りをうろちょろしていると、よくランチに誘われるようになった

ちびっ子達をはじめ、本田さんなどのJK組、十時ちゃんなどもよく声を掛けてくれる

そうだな、ひな先輩には連絡しておこう

 

「じゃあせっかくだし。うん、いいよ。行くわ」

「わぁ・・・!」

 

十時ちゃんは口元に両手を当て、目を閉じ、少し俯いて嬉しそうに笑う

こういうところを見ると、改めてアイドルというのは普段の何気ない仕草でも人を魅了することができるのだと感心した

 

「じゃあ私、先に行ってますね!」

 

そう言って十時ちゃんは346カフェの方に歩いていく

少し小走りになったり歩いたりを繰り返し、嬉しそうに中庭の方に向かっていった

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

「う〜ん、どうしようかなぁ」

 

お昼のお弁当を事務所のテーブルに広げ、少しずつ摘みながら千枝は物思いに耽っていた

 

「いっその事ことアイドルについて・・・でもいつもここにいるわけでもないし、全員に話を聞くのは大変だし・・・」

 

うーん、とお弁当を摘んでは考え、摘んでは考えを繰り返していた

千枝の頭の中をぐるぐると駆け回り、悩みの種となっているのは、この時期になると待っている毎年恒例のアレである

 

「あ、千枝ちゃん!お疲れ様でごぜーます!」

「仁奈ちゃん。お疲れ様」

 

扉が開かれ、いつものうさ耳を跳ねさせながら部屋に入ってくるのは市原仁奈

 

「あ、お弁当!ごめんなさい、仁奈少し前に食べてしまったでごぜーますよ・・・」

「いいのいいの!私は少しレッスンが押しちゃったから、ゆっくり食べてただけだよ?事務所にも誰もいなかったし」

 

一瞬シュン・・・とした表情をして、テーブルを挟んだ目の前のソファーに座る仁奈

黙々とお弁当を食べる千枝を見ていたが、時たま何かを考えるような表情が気になる

 

「千枝ちゃん、何か悩み事でごぜーますか?」

「へ!?」

 

驚いて千枝は一旦箸を置く

 

「違う違う・・・!いや、悩み事って程のものじゃなくて・・・えーと」

「?」

 

口元に手を当て考え込む千枝に、仁奈はますます頭にクエスチョンマークを浮かべる

そして千枝は思い切って聞いてみることにした

 

「仁奈ちゃんは、夏休みの工作とかってどうしてるの?」

「工作でごぜーますか?」

「うん。あ、もしかして自由研究の方かな?」

 

千枝がさっきから頭を悩ませていたのは、学校の宿題のことだった

夏休みに入ってからというもの、一般的な小学生と違い、アイドルは多忙になる

長い休みを利用した泊まりのロケ、レッスンにテレビ番組、テーマパーク等の夏休み限定ミニライブなど普段は学校に行っているためどうしても都合がつかない時間帯にも仕事を割り振りできるようになるので、意外とそういう時間を取ることが難しくなる

国語や算数など、筆記系の宿題は事務所や控え室などに持ち込み進めることが出来るが、そういう類いの物となると話が変わってくる

 

「仁奈はずっと工作です!自由研究ってよくわからねーでごぜーますよ・・・」

「えっと、自由研究っていうのはね・・・」

「一つのテーマに対して、自分で調べて考察したりすることだよ〜ん」

 

突然聞こえた声にハッとなり周りを見回す

すると出入り口の付近に、扉を挟んでヴァイオレットカラーの長い髪と、頭の上にあるアホ毛がぴょこんとチラチラ扉に見え隠れしていた

 

「志希さん!」

「志希おねーさん!」

「あやや、見つかっちゃった〜」

 

にゃはは〜と頭の後ろに手を回し、笑いながら部屋に入ってくるのは一ノ瀬志希

今日は手元がダボダボの白衣を纏い、また失踪していたのか社内をうろついていたようだ

 

「部屋の前を通りかかったら、な〜んか美味しそうな匂いがして、ちょこっと覗いてみたら美味しそうなお弁当と、研究の話をしてるじゃないか〜。キョーミ出たから寄ってみたってワケ」

「また失踪中ですか?」

「今はお昼休みだから''お散歩''中だよ〜ん」

 

そう言って千枝の隣にドサッと腰掛ける

 

「あ、美味しそうな卵焼き〜」

「あの・・・よかったらどうぞ」

「え?いいの?じゃ、いただきまーす」

 

よく社内を失踪してはメンバーに連れ戻されるという光景をよく目にしていたため、こういった状況は慣れっこだった

 

「自由研究・・・悪くない響きだねぇ、テーマを自分で決められる開放感、私は決めたら一直線になれたから楽しめたけど、キョーミないこと調べても飽きちゃうし」

「興味が・・・あること」

「大事なのは知りたいって思うこと。その間に問題の提示があって、仮定があって、考察があって、結論があるだけなの」

「よくわからねーでごぜーますよ?」

「そ?」

 

頭を傾げる仁奈に、志希はソファーに肘をつき、逆に頭にクエスチョンマークを浮かべていた

 

「興味があることかぁ・・・」

 

千枝は完全に箸を止め、思考を巡らせていた

確かに、興味があることはある

裁縫は好きだ、しかしそれは完全に趣味というカテゴリーにあるため、興味を持ち調べるということとはまた違っているように感じる

アイドルのこと・・・、それもすでに日常といえるほど自分の中に溶け込んでおり、研究と言われてもどうしたらいいのかわからない

というより日々研究なのだ

最近気になること・・・そう、もしかしてアレか

 

「あ、ちっひろさーん!」

 

千枝が考え込んでいると突然志希は廊下に向かって叫ぶ

 

「あら、志希ちゃん。今日はここにいたんですね?」

 

そう言って今日も黄緑色のスーツを着て、書類を両手で抱えて入ってくるちひろ

揃っているメンバーが珍しいのか、感心したように一行を見ていた

 

「千枝ちゃんがね〜、大事な話があるんだって〜」

「あら、お仕事の話でしょうか?」

 

ちひろはしゃがみ込んでこちらを覗き込むように千枝を見ていた

何が何だか状況が飲み込めない千枝を横目に、志希は立ち上がり出入り口へ向かう

 

「じゃ頑張ってね〜。あ、そうだ、研究論文が完成したら読ませて?あの人には私も興味あるから」

 

そう言うと「バーイ」と言いながら、志希は早々と事務所を後にしていった

・・・ギフテッドというものは、みんなこんな感じなのだろうか?

志希の不思議な行動はいつものことだが、いざ自分がターゲットにされると背中がぞわぞわする、そう思うと千枝は何だかむず痒くなってきた

 

「何だったんでしょう?それで千枝ちゃん、大事な話って?」

「え!?あ、あの・・・え〜と・・・」

 

扉をぼーっと見ながら考えていると、ちひろに突然話しかけられ千枝は自分の中の言葉が飛んでしまった

そもそも、どうしたら良いのか分からず右往左往している中で志希に心を見透かされてしまい緊張と恥ずかしさで千枝は沈黙してしまう

自分はそんなに分かりやすいんだろうか?

そんな疑問が千枝の中に生まれていた

 

「仁奈たちは、自由研究の話をしていたでごぜーますよ!」

「まぁ・・・!そうだったんですか?」

「は、はい!」

 

沈黙を破ったのは仁奈だった

 

「自由研究かぁ、そうですね、もう夏休みですもんね、懐かしいな〜。私も随分悩んだっけなぁ〜」

「ちひろおねーさんもやったことあるでごぜーますか?」

「私も''元''小学生でしたから。あ、もしかして、大事な話ってそのことですか?いいアドバイス出来ればいいんですけど・・・」

 

もう色々なことでゴチャゴチャになっている千枝の頭の中であることを思いつく

 

「あ、あの!!」

 

千枝は思い切ってお願いしてみることにした

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

「それで、会う度に今日は何があった、北崎さんはこうだったって教えてくれるんです」

「そんなに面白いことしてないつもりなんだけどな」

「ふふっ、でも梨沙ちゃん、いつも楽しそうに話すんですよ?」

 

日差しを避けるように屋外のパラソルの下のテーブルに潜り込み、注文した品が届くまでの間、話に花が咲いていた

346カフェは今日も盛況のようで、店内、屋外共に日差しと暑さから逃れようと駆け込む者で賑わっていた

 

「お待たせしましたー!サンドイッチとパンケーキです!」

 

周りを見渡していると、いつものように安部さんが料理を両手に持ち、テーブルへと運んでくる

 

「あ、安部さん。そういえばウサミン星のエアコン直ったんですか?」

「ええ、近所に安いエアコ・・・あ、いやいや!ウサミン星では、ウサミンパワーで何でも直せちゃうんです!」

 

キャハッ!といつもの眼前ピースを御披露したと思ったら、そそくさと店内へと戻っていってしまった

 

「ウサミン星も100Vなのか・・・」

「菜々ちゃんもすごいなぁ、17歳なのに・・・」

 

俺はその言葉にえっ?と凄い勢いで十時ちゃんに向き直ると、十時ちゃんも『え?』と不思議そうな表情をしてこちらを見ていた

いやいや、どう考えてもあの人姉さんよりも歳う

「おやおやぁ?二人とも何見つめあっているんですかな?お昼時に二人っきりで怪しいですぞ〜」

 

声に合わせて二人ほぼ同時に顔をそちらに向けると、先程別れたばかりの本田ちゃんが腰に手を当ててこちらをイタズラっぽい目をしながら興味津々に見つめていた

 

「ちょっと未央ちゃん!す、すいません。お邪魔しちゃってっ!」

 

その後ろで先程とほぼ同じ反応をしながら、高森ちゃんが申し訳なさそうに頭を下げていた

 

「いや、いいんだ。そんな大層な話してたわけじゃないし。この世の神秘についてちょっと語り合ってただけ」

「え?そんなワールドワイドな話してたの?」

「しんぴ?」

 

はて?と状況が上手く飲み込めない十時ちゃんは頬に人差し指を当て頭を傾げていた

 

「ねーねーレイさん、ここいい?」

「ああ、別に。高森ちゃんもよければどうぞ」

「え?あ、じゃあ・・・お邪魔します」

 

そう言うと、本田ちゃんと高森ちゃんは空いている椅子に座った

 

「とりあえず、いただきます」

「あ、いただきます!」

 

俺と十時ちゃんはとりあえず、届いた料理を食べ始める

 

「で、どう?」

「・・・どうって?」

 

食べ始めて少しした頃、本田ちゃんが唐突に尋ねてくる

 

「えー、コホン。この会社にレイさんが来てから早四ヶ月が経ち、季節もすっかりスイカが美味しい季節となりましたが、この会社のご感想はいかに」

 

マイクをこちらに向けるようなジェスチャーをして、俺にそう問いかける本田ちゃん

他の二人も気になるのか、十時ちゃんも食べる手を緩めてこちらを見ていた

 

「・・・個性が生きている会社だと思う」

「と、いいますと?」

 

本田ちゃんは向けた手を戻し、他の二人と同じように俺を見る

 

「今のご時世、お前たちは知らないかもしれないけど、自分を出さないように、周りに流されるところが大半を占めている中、美城プロは個性を武器にして業界に切り込んでる。俺自身もこの会社のアイドル達を見てきて、それは伝わってきた」

「まぁ、人材だけは豊富だからねこの会社」

「だから、お前たちは凄いと思う。個性で戦うなんて中々できる事じゃない。普通なら企業イメージがどうとか言われるはずなのに、その壁が全くなく活動するなんて、お前たちのプロデューサー達は本当に優秀なんだな」

 

そう言って水を飲むと、三人は互いに顔を見合わせて恥ずかしそうに笑っていた

 

「だが、まだまだ知らない事ばかりだ。名前は聞いたことあるけど声を聞いたことない奴もいるし、そこは勉強だ」

 

俺はそんな三人を横目に自分のパンケーキを食べる

すると、高森ちゃんが尋ねてきた

 

「それを言うなら、私達もまだ北崎さんの事を何も知りません」

「ん?俺?」

「はい、実際に送迎してもらっても、周りの話を聞いていても、運転がもの凄く上手という話をよく聞きます」

「もしかしてレイさんって、元レーサー?」

「あ、カンジ〜」

 

本田ちゃんの相槌に十時ちゃんが合わせて答える

 

「違う違う、それは違うわ。俺はただの整備士兼フロントだ。まぁ周りの先輩方がちょっと・・・」

 

三人が俺の返答を興味深々に待っていると

 

「あ、ここにいましたか!北崎さーん!」

 

遠くで千川さんが俺に向けてファイルを持っている手を高く上げて振っていた



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

自由研究02

千川さんは俺を見つけると、ファイルを持った手を下ろし、胸元に抱えながらこちらに向かって走ってくる

 

「ハァ・・・ハァ・・・す、すいません。車は見つけたのですがどこにいるかわからなくて・・・」

「ちひろさん、髪ボッサだよー」

 

テーブルまでたどり着くと、今まで会社中を走り回っていたのか、息を切らして地面に顔を向ける

本田ちゃんがそんな千川さんの乱れた髪を一生懸命直していた

 

「大丈夫ですか?何か急な仕事でも?」

「あ、違うんです。仕事ではなく、少々お願いしたいことが・・・ハァ・・・ありまして」

 

大分落ち着いたのか、やっと顔を上げた千川さんは一枚のファイルを俺に渡す

 

「これは?」

「あ、あの。是非青葉自動車さんに協力して頂きたくて」

「ちひろさん、これ私達も見ていい?」

 

すると千川さんは、どうぞと本田ちゃんたちに促す

それと同時に三人も俺がファイルから取り出した書類に目を向けた

 

「企業訪問について・・・ですか?」

「はい、もうご存知かと思われますが世間一般は夏休みに入りまして。アイドルのみんなも仕事と勉強を両立させて活動しています。私達のアイドルは学生が多いですから、小学生から大学生まで・・・特に小学生のみんなは、普段の勉強以外に夏休みに課される宿題の一つに・・・アレが」

「ほう、工作ですな?」

 

本田ちゃんが千川さんに答えると『はい・・・』と申し訳なさそうに返事を返した

そうか、工作かぁ

俺も随分悩んで作ったっけな

 

「工作って作ってると、お父さんとかが結構手伝ってくれたりしなかった?私のお父さんも、結構熱が入っちゃってさ」

「私は自由研究だったなぁ。自分で撮った写真をノートに貼って、お散歩スポットノートみたいなのを作ったり」

 

本田ちゃんと高森ちゃんが会話で盛り上がる中、俺は書類とにらめっこしていた

 

「引き受けてあげることは・・・できないんでしょうか?」

 

十時ちゃんが遠慮がちに俺に提案してくる

 

「こればっかりは俺の一存では決められない。会社に対しての依頼だから、社長にも相談しないといけないし、姉さ・・・先輩にも聞いてみないとなんとも言えないな」

「そう・・・ですか」

 

俺の返答に十時ちゃんは俯き、千川さんも顔を下に向ける

 

「おいおいおい、誰も嫌だなんて言ってないぞ」

「・・・え?」

 

千川さんが顔を上げて、十時ちゃんもそんな千川さんと俺に向けて交互に視線を送った

 

「聞くだけ聞いてみる、それでダメなら悪かった。できるだけ協力させてもらう、俺も''元''小学生だったから・・・まぁ、悩む気持ちもわかるし」

 

そう言って最後のパンケーキを口に入れる

本田ちゃんも高森ちゃんも、十時ちゃんも千川さんも、そんな俺を見て微笑んでいた

 

「・・・なんだよ」

「レイさんってさぁ、なんだかんだ優しいとこあるよね」

「・・・何言ってんだか」

「口はちょい荒っぽいのに、JS組も嫌いだって言う人全然いないし、むしろ懐かれてない?お子ち・・・あー、凄いドライバーだって聞くし!」

「申し訳ありませんですわ本田未央様・・・おい、おいおいおい、今一瞬なんて言った?ん?あいつか、あいつがそう言いふらしてんだな!!」

 

知ーらなーいとシラを切り俺から顔を逸らす本田ちゃんに俺が反論している様子を、他の三人は楽しそうに見ていた

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

「ご馳走様でした。おう、もうこんな時間だな。ゆるふわラジオ出張編はこの辺で終了でいいか?」

「・・・!聞いてくださってるんですか!」

「たまにだ、たまに。いつもじゃない」

 

四人立ち上がると、高森ちゃんは嬉しそうに手を前に組んで少し俯いていた

 

「ではすいません、お手数お掛けしますがよろしくお願いします。青葉社長にもよろしくお伝えください」

「じゃあねー!レイさん!」

 

本田ちゃんの言葉に合わせて高森ちゃんがお辞儀をすると、三人はオフィスビルへと入っていった

 

「じゃあ私も、レッスンがあるので。すいません、奢って貰っちゃって」

「別に、前は自分の分ちゃんと払ってたろ?

たまにはカッコつけたいんだよ、男ってのは」

「えへへ・・・、それじゃあまた。お仕事の時はお願いしますねー!!」

 

そう言うと、別館方面へ十時ちゃんは手を振りながら消えていった

ここのアイドルは素直な子が多い気がする

変におごることもなく、何かをされたら必ずお礼を言って、それが当たり前だと思わずに感謝を見せてくれた

そこは、大人の世界に飛び込んだ故の恩恵なのかもしれない

 

「ふっふっふ、見たわよそして聞いたわよ〜」

「ん?おわっ!!」

 

ふと声がして辺りを見回すと、いつのまにか川島さんが俺の椅子の背もたれに手を掛けて、上から俺のことを覗き込んでいた

 

「ず〜いぶんと346に馴染んだみたいじゃない?今日は愛梨ちゃんとポジパの二人を誘うなんて、ヒーローさんは人気者ねぇ?」

「俺から誘ったわけじゃないです。みんな俺にただ構ってくれてるだけで」

「ふーん・・・で、さっきサラッと聞こえちゃったんだけど」

 

俺の椅子から離れて、俺の一つ隣の席に座る川島さん

 

「うちの小学生組が、自由研究でお世話になるって本当?」

「まだ、分かりません。会社に帰って相談しないといけませんし、確定ではない感じなので」

「そう。もし、いいって言ってくれたら、あの子たちのこと・・・お願いできる?」

「ええ、出来るだけ色んなことをやらせてあげて・・・」

「それもそうなんだけど、それ以外っていうか・・・」

 

川島さんは両手を合わせて組み、自分の膝の上に置いて、さっきまでの少し調子の良い口調ではなく、真面目なトーンで話す

 

「あの子たち、変に気負いすぎるところがあるから・・・特に夏休みに入ってからはずっと忙しくなってるし、何か・・・リフレッシュ出来ればいいかなって、勝手に思ってたり」

「そう言われても、自信がありません」

「きっと北崎君なら大丈夫よ。北崎君が今日事務所に来るぞってわかった日にはあの子達、凄く嬉しそうにするんだから」

 

そう言うと、川島さんは椅子から立ち上がる

 

「あなたみたいな人が、あの子達には必要なのかも」

「・・・」

「話が長くなってごめんなさい。ありがとう、私も会えて嬉しかったわ。今度飲みにでも行きましょ・・・ハッ!」

 

すると川島さんは手を後ろで組み、俺を下から覗き込むような体勢に変わる

 

「みずき〜美味しいお酒がのみたいなぁ〜、お兄さん連れてってつれてって〜、ご飯行こう?ご飯!」

 

キャピキャピッという効果音が大変似合う動きをしながら、猫撫で声で俺に向かっていわゆるアピる川島さん

 

「そうですね、その機会がありましたら是非。自分の先輩が大変珍しいお酒を実家から取り寄せたと言っていたので、スタッフの顔合わせも兼ねまして検討していただきたく」

「ちょっと〜、そういう反応じゃなくてもっとこう・・・ないの?誘い文句っていうか・・・か、か、か・・・」

「川島さん?」

「珍しいお酒・・・」

 

突然背後から聞こえたとても澄んだ声に驚き、立ち上がって振り返る

 

「か、楓ちゃんじゃない」

「瑞樹さんいけませんよ、''抜け駆け''は」

 

そこには、とても素晴らしい笑顔で川島さんにじりじりと近づいていく高垣さんがいた

 

「そのお話、私にも詳しく」

「あ、あぁ〜・・・じ、じゃあね北崎君!ほら!楓ちゃん!午後からレッスンでしょ!早く行くわよ!」

「珍しいお酒について詳しく〜」

 

そのまま高垣さんの迫力に押されることもなく、川島さんは高垣さんの腕を掴み強引に別館へと引きずっていった

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

「自由研究ねぇ・・・」

 

細いスティック状のチョコレート菓子を口に咥えながら、ひな先輩は自分の席でボソッと呟く

事務所に帰ってきてから、まずはひな先輩に書類を見せてから判断を仰ぐことにした

 

「100、120、95、よしよし、イエッサーイエッサー」

 

姉さんはというと、別のパソコンの整備要領書に記載されてる数値をオーダーにメモすると、意気揚々と工場へ入っていく

その間も特に目もくれず、ひな先輩は書類に目を通していった

 

「・・・ふむ」

 

ギギギっと椅子の背もたれから音を立てながら少し起き上がり、ひな先輩はパソコンのキーボードを指で叩きはじめる

工場からバチンバチンと金属音が響く中、パソコンとにらめっこを続けるひな先輩

 

「この日なんかいいんじゃないか?」

「どれですか?」

「12日」

 

パソコンには12日の予定表が表示されていた

自分のパソコンでも同じ画面を開いて確認する

 

「確かに・・・この日だったら入庫は少ないですね」

「私は朝ちょっといないが、全員出勤だしちょうどいいかも」

 

ん、とひな先輩から手渡されたお菓子を口に入れながら出勤状況を確認する

 

「あー、終わり終わり!あと洗車だけで終わり!オーダーここに置いとく・・・何これ?」

「あ」

 

ひな先輩の素っ頓狂な一言が聞こえたときにはもう遅く、姉さんは腰に手を当てながら書類に目を通していく

すると、みるみるうちに目が爛々と輝いていく様子が目に見えてわかった

 

「ちょっと、ちょっとちょっとちょっと!!なんでいつもこんな面白そうな事は二人だけの秘密にするの!?こんなの引き受ける一択に決まってるじゃない!!12日!?上等じゃないの!」

 

はっはっははぁ!と意気揚々と工場へ戻っていく姉さんを俺は唖然としながら見届け、ひな先輩はデスクの上で頭を抱えていた

 

「やっぱり情報は小出しにしていくべきだった」

「・・・コーヒーいかがっすか?」

「・・・一杯頼む」

 

俺は黙って給湯室に向かい、二人分のコーヒーを作り始めた

 

その後、戻ってきた社長も交えて話し合いを行い、12日に受け入れる旨を千川さんに伝えるととても嬉しそうに承諾してくれた



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

自由研究03

「じゃあ青葉自動車さんには伝えてあるから、気をつけて行ってきてね」

「はい、ありがとうございます」

「行ってくるでごぜーます!」

「行ってきまーす!!」

 

12日の朝、千枝たちは346プロに集合し、人もまだまばらな本館でちひろさんから説明を受けたあと地図を渡された

 

「本当に三人だけで大丈夫?何なら送って行くけど・・・」

「大丈夫でごぜーますよ!」

「何かあったときの為に、青葉自動車さんまでの道も知っておきたいですし、歩いて行きます」

「ありがとう!ちひろさん!」

 

そう言って荷物を持ち、ちひろさんに見送られながら正面玄関に向かう私たち三人

今回参加するメンバーは、私、佐々木千枝と

 

「楽しみでごぜーますね!他の会社に通うなんて初めてでごぜーます!」

 

いつものうさ耳のパーカーではなく、今日は動きやすい格好でとのことなので、練習着のジャージを身につけた市原仁奈ちゃん

 

「今日はお姉さんいるかなぁ?また会えるといいなぁ!」

 

同じく、赤城みりあちゃんである

 

正面玄関が開き外へ出ると、今日の空は蒼く晴れ渡っており、風も殆どなく、とても過ごしやすい日和となっていた

二人もこれからの体験に思いを馳せて、私が持っている地図を横から覗き込み、楽しそうに笑っている

かく言う私も、楽しみで浮き足立っているのは事実だ

 

「あら、みんな早いわね」

「あ!瑞樹おねーさん!おはようごぜーます!」

「おはようございます!あのね、今日は自由研究なの!私たちが北崎さんのところへ行くんだよ!」

「あらあら楽しそうね、羨ましいわ!」

 

正門付近で、入ってきた瑞樹さんとバッタリ出会った

二人は瑞樹さんを見つけると駆け寄り、楽しそうにこれからの予定を伝え合う

瑞樹さんはこれからクイズ番組の収録、レッスンにインタビューとこれまた忙しそうだった

 

「でもよかったわね。台風が丁度逸れてくれて」

「うん!天気予報で、今日は晴れるって言ってたよ!」

「おはようございます、瑞樹さん」

「おはよう千枝ちゃん、今日は二人のことよろしくね」

 

そう言って頭を撫でて一言、北崎君にもよろしく伝えておいてと言い残し本館へと歩いていった

 

「やっぱりカッコいいなぁ〜」

「仁奈もあんな大人になりてーでごぜーます!」

 

私の中でも、瑞樹さんは憧れのアイドルの一人だ

落ちついた佇まい、綺麗な歌声にダンス、そして私たちなど他の同僚や後輩に対する態度など挙げればキリがない

 

「この道路を真っ直ぐ行けばいいんだよね?」

「はい!地図にはそう書いてあるですよ!千枝ちゃんはどう・・・千枝ちゃん?」

 

私もあんな大人になれるのかなぁ

 

「どうしたの?千枝ちゃん」

「え?あ、ごめんなさい」

 

みりあちゃんの声で我に帰ると、気づけば二人に流されるように道を歩いていた

 

「どうしたでごぜーます?」

「いや、なんでもないよ・・・!ちょっと、どんなとこなんだろうなぁって思ってただけで」

「確かに、普段どんなことしてるんだろうね?北崎さん」

 

信号待ちをしている間、みりあちゃんの一言から、私たちは北崎さんの普段の行動を振り返り色々と推理が始まった

 

「やっぱり、たくさん車を運転してるんじゃないかな!ほら!いつも乗ってるアレみたいなの!」

「でも・・・''ふろんと''って言ってたでごぜーますよ?ふろんとってなんでごぜーますか?」

「詳しいことは私にもわからないけど、本館のお姉さんみたいに玄関の側に座ってるとか?」

 

信号が青になり、信号器のブザーと頭の中の木魚がシンクロしながらクエスチョンマークが三人の頭の上に浮かぶ

 

「でも、お子ちゃまなんでごぜーますよね?」

「いや、それは梨沙ちゃんが言ってるだけで・・・」

「車を運転しててふろんとで玄関の側に座っててお子ちゃまな人?」

 

うーん・・・とますます首を傾げるみりあちゃん

部門内でも北崎さんの謎については深まるばかりで、言ってしまえば私たちは『アイドルを送迎するドライバー』としての北崎さんしか知らない

今回の訪問についても、噂を聞きつけた多数のアイドルから並々ならぬ期待の眼差しを受け送り出された

他の小学生組も参加したいと言う子は少なくなかったが、生憎仕事の都合上今回のメンバーとなった

できればデレポで実況してほしい、どんなお菓子が好きか聞いてきてほしい、普段は何をやっているか聞いてほしい、趣味は?好きなヒーローは?好きなアイドルはいるのか?ファストフードは食べるのかなど、質問を考えるという点ではさほど困らなかった

 

「左に曲がって・・・ここで、ごぜーますかね?」

「あ、看板に青葉自動車工業って書いてあるよ!」

 

気がつくと、いつの間にか目的地の目の前へと辿り着いていた

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

「お、お邪魔しまーす・・・」

 

三人恐る恐る、青葉自動車工業の敷地内へと足を踏み入れた

横にスライドするタイプの鉄製の門が備えられている正門をくぐり、コンクリートで舗装された、ポツリポツリと車が脇に止まっている大きな駐車場を抜け、会社の名前が貼ってある事務所のような建物の前にたどり着く、その横には大きなシャッターが三つある横に長い建物が並んでいた

 

「お、おはようございまーす・・・」

 

ドアを開け私が先頭になりながら中に入ると、すぐ左には簡単なテーブルとソファ、右には受付用のカウンターが二つ並んでおり、その後ろにもう一つデスクがある

それぞれのデスクの上ではパソコンが起動しており、カラカラと音を立てて動いていた

 

「誰もいないのかなぁ?」

 

みりあちゃんが私を追い越して通路を進み、その奥に衝立を介して隠れていた場所に目を向ける

さっきのとはまた違う社員の休憩用なのだろうか、横に長いソファーと机、テレビが備え付けられていた

 

「こっちにもいねーです」

 

その反対にある、冷蔵庫や電子レンジがある小さな台所にも人の気配はなかった

通路の突き当たりにはドアのない入り口が一つあり、そこを抜けて左右にT字に通路があったが暗くてよくわからない

 

「まだ皆さん来てないとか?」

「でもドアの鍵開いてたよ?」

 

人の気配はするが人がいない

台所の隣にある、ちょっと豪華な絨毯と机、革製のソファーがある部屋にも誰もいなかった

 

「どうしようか?」

「ちひろさんに電話してみる?」

 

そう言ってみりあちゃんが携帯を取り出したその時、部屋の隅にあるドアが開く音がした

 

「いやー、まだQR捨ててなくて良かったですね」

「ええ、これで一応教材は確保できたと思・・・あら、あらあらあら!」

 

中に入ってきたのは、北崎さんと黒髪ショートカットの綺麗なお姉さん

どちらもツナギ姿で、何か仕事をしていたのか軍手をつけていた

 

『おはようございます!(ごぜーます!)』

 

揃って挨拶をすると、お姉さんが駆け寄ってきた

 

「おはよう!いやいや、よく来たわね!今日は歩いてきたの?」

 

お姉さんが私たちと同じ目線までしゃがみ込む

 

「はい、青葉さんの場所も知っておきたくて・・・」

「青葉さんですって!しっかりしてるわねぇ、言ってくれれば迎えに行ったのに〜」

「北崎さん!おはよう!」

「おう、おはよう。悪いな、誰もいなくて」

 

遅れてきた北崎さんに、みりあちゃんが挨拶をする

話を聞くと、みりあちゃんが言っていたお姉さんは今はいないみたいだ

 

「さぁ、こっちこっち。荷物はここに置いておいてね」

 

私たちはさっきの衝立の向こうのスペースまで案内された

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

「佐々木千枝です。今日はよろしくお願いします!」

「赤城みりあです!今日はよろしくお願いします!」

「市原仁奈です!よろしくお願いするでごぜーます!」

 

荷物を置いた後、丁度社長さんも戻ってきたようで、カウンターの側に集まり、円状に並んだ後朝礼が行われた

私たちが挨拶すると、小さく拍手が起こる

 

「さて、今日は知っての通り美城プロダクションから自由研究ということで三人が来てくれた。二人ともサポートをよろしく頼む。わからないことがあったらこの二人に聞いてね」

『はい!』

「うむ!元気がいいねぇ!今日は存分に学んでいってくれたまえ!」

 

はっはっはと笑う社長さんにつられて北崎さんとお姉さんもクスッと笑っていた

 

「今日は雛子君は遅れてくるようだ。何か連絡事項は?」

「今日は特に入庫もないので、基本二人でサポートに入ろうと思います」

「うん、では今日もよろしく頼む。朝礼は以上だ」

 

社長さんがそう言うと、北崎さんとお姉さんが頭を下げたので、私たちも同じように頭を下げる

社長さんはそのまま奥の社長室に向かい、北崎さんは近くのパソコンを触っていた

お姉さんが近づいてくる

 

「じゃあ今日は一日よろしく!私は海道美空って言います。海道さんでも美空さんでも好きなように呼んでね」

「じゃあ・・・美空さん。よろしくお願いします!」

「いや〜やっぱり可愛いわね!あ、ちょっと待ってて」

 

美空さんは奥のT字のスペースへ走っていき、戻ってくると手には小さいサイズの青色のツナギが抱えられていた

 

「一応これ用意してみたんだけど、ちょっと着てみてくれる?」

「わぁ!ありがとうお姉さん!」

 

お姉さんからツナギを受け取り、三人で着てみると驚くくらいにサイズがぴったりだった

 

「ぴったりでごぜーます!」

「すごーい!」

「ほんとだ・・・!」

「よかった〜、一応公式のプロフィールに合わせて注文したんだけど不安だったの。三人ともよく似合ってるわ!」

 

三人でお互いにツナギを見せ合い、見比べてみても全く違和感がなかった

普段着るステージ衣装並みにしっかりしていた

 

「じゃあ、いよいよね。工場はこっち」

 

すると美空さんはさっき入ってきた工場のドアを開ける

私たちはノートとペンとカメラを持ち、美空さんに続いて工場へと入っていった



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

自由研究04

「わぁ・・・」

 

ドアを潜り中へ入ると、そこは私たちの過ごしている空間とはまるで別世界

辺り一面機械がそこら中にあり、二本の柱の間に車が入り、それを柱から飛び出している片方二本ずつの金属のアームで持ち上げている

 

「あ、気になる?中々車の下なんか見たことないでしょ」

 

すると美空さんは側に置いてあった工具が沢山置いてある机の上から、手に持つハンドライトを持って下から照らす

そこには細い金属の配管のようなものや、前から後ろに繋がっている太い一本の棒、そしてクネクネ曲がっている途中途中にボコッと枕の様な形をしたものが付いている金属のパーツが付いていた

 

「おおー!これは一体何をするものなんでごぜーますか?」

 

仁奈ちゃんがその枕の様なものを指差し、美空さんに尋ねる

みりあちゃんも色々なところをカメラで撮影していた

 

「これはね、エンジンから出た排気ガスを外に出すための配管。''マフラー''っていう部品なの」

「この途中に付いている枕?みたいなものは何なんですか?」

「お、千枝ちゃんいいとこに気づいたわね〜。ちょっと待ってね」

 

美空さんは私たちに車の下から出るように促すと、柱に付いていたレバーを下に下げる

ギギギっという断続的な音を響かせながら車を下ろし、人が乗れる高さまで下げた

 

「ちょっと今からエンジン掛けてみるね、それと私が『エンジン掛けまーす』って言ったら、はーいって大きな声で返事をしてほしいの、じゃあいくね」

 

美空さんのエンジン掛けまーすという号令の後、言われたように大きな声で返事をする

それは近くで作業をしていた北崎さんも一緒だった

運転席の窓から上半身を少し車の中へ入れた美空さんはそのまま車の鍵を回す

キュルキュルキュルという連続的な音がした後に低い重低音が工場内に響き渡る

工場内という閉鎖された空間のため、音が反響して普段より大きく聞こえ、私たち三人は思わず身震いしてしまった

 

「ああ、ごめんなさい驚かせちゃって。そうよね、工場の中だから音響いてビックリしちゃうわよね」

 

するとすぐ美空さんはエンジンを止める

 

「凄い大きな音だったね!」

「仁奈も体にブルブルって来たですよ!」

 

仁奈ちゃんは体を震わせる仕草をしていた

 

「大きな音、ねぇ。果たしてそうかしら?」

 

美空さんはまた車を元の位置まで上げると、机から両端に丸い円のような、内側にギザギザが刻まれている工具を持ってきた

美空さん車の前側の方まで移動する

 

「よいしょっと・・・こんなもんかなぁ〜」

 

よく見るとマフラーは途中途中でネジで繋げられており、美空さんはその一部のネジを外し途中でバラバラに分解した

 

「はい、ちょっと下がってね。降ろすから」

 

その後にまた車を下まで下げる

 

「レイジ君、VQ直管にして掛けるから」

「マジですか!」

 

北崎さんはとっさにこちらを凝視したまま身構えた

 

「今からまたエンジン掛けるんだけど、さっきよりはちょっとビックリするかも」

 

さっきの経験から私たち三人も顔を見合わせた後、少し身構える

一度経験したので、ある程度大まかな予想はできていた

 

「じゃあ、エンジン掛けまーす!」

 

号令に合わせて私たちが返事をすると、美空さんは一瞬ニヤッと笑いながら鍵を回す

キュルキュルキュルという音の後にエンジンが掛か

ーーーーーーーーーーーーーーー!!!!

 

 

 

・・・周りの音が全く聞こえなくなった

もの凄く低い重低音が響いているのはわかる

こちらに向かって美空さんが何かを叫んでいるのはわかるのだが何も聞こえない

他の二人も相当驚いた表情をして耳を塞ぎ、お互いに叫ぶのだが何も聞こえない、北崎さんは美空さんに手首を捻るジェスチャーをしながら何かを伝えていた

すると美空さんは再度車に上半身を突っ込み鍵を捻るとエンジンの音が止まる

 

キィーンという耳鳴りが少し続いた後、私たち三人はお互いに顔を見合わせると、どこからか笑いがこみ上げてくる

 

「すっっっごーい!!」

「何も聞こえなかったでごぜーますよ!!」

「な、何かが爆発したのかと思いました・・・」

 

さっきの何倍も大きい音、というよりは衝撃に予想を大きく裏切られどよめく私たちに美空さんは言う

 

「さっきの千枝ちゃんが言ってたマフラーの途中に付いてる大きな枕みたいなの、私たちはタイコって呼んでるんだけど、あれにはこのエンジンの排気音を吸収する役割があって」

 

また車を上に上げると、美空さんはさっきの工具を使いマフラーをくっつけ元に戻す

 

「こうやって付けてあげれば元通りになるってわけ」

 

みりあちゃんがその様子をまたカメラに収める

 

「あの、その工具は何て名前なんですか?」

「ん?あ、これ?」

 

ちょっと気になったので聞いてみた

 

「メガネレンチ」

「めが・・・ね?」

「こうすると眼鏡みたいに見えるから、メガネレンチ」

 

工具を横にして目の高さまで持ってくる美空さんに思わずクスッと笑ってしまう

 

「その顔は・・・ちょっとは車に興味持ってくれちゃった系?」

 

三人ともコクコクと頷いた

 

その後は、その付近に付いている色々なパーツの事を教えてくれた

美空さんが言うには、車には沢山『なぜ?』『何?』が隠れていて、そこに興味を持ってくれるのが何より大事だとのこと

両手でやっと持てるくらいタイヤは重いのに何で運転していると小指一本でハンドルを回せるのだろう?

ブレーキを踏むと何で車って止まるんだろう?

改めて考えてみると、何故?と思えるそんな不思議が車には溢れていて、それを楽しそうに教えてくれる美空さんを見ていると自然と私たちからも質問が増えていき、それに嬉しそうに答えてくれた

 

「でもよかったんですか?この車のネジとか・・・パーツを取ったり付けたりしてしまって?」

「ん?ああ、いいのいいの。丁度交換したかった部品もあったし、これ私の車だから」

「お姉さんの車だったんだ!」

 

車を下ろしながらそう言う美空さん

見てみると、北崎さんの車と大まかな形は同じだけど・・・見た目は全く違う

 

「何ていう名前なんでごぜーますか?」

「車の名前?これはね、スカイラインっていう車。レイジ君と同じ車」

 

車を下ろしきり、ガチャン!という音と共に美空さんがリフトから離れて、車の下に入っているアーム(という名前らしい)を外にそれぞれ左右二つずつスライドさせて外す

これで車を出せるようになるのだそう

 

「でも、北崎さんの車と全然形が違うよ?」

「えっとね、車には型式っていうのがあって・・・何て説明したらいいかなぁ、そう!苗字みたいなのがあって、同じ名前でも苗字が違うの、ちなみに私のは35」

「俺のあれは34」

「さんごーと、さんよん?」

 

北崎さんが外に置いてある自分の車を指差しながら私たちに言う

交互に見比べてみてもやはり全く形が違った

 

「何で''さんじゅうご''じゃなくて''さんごー''なんでごぜーますか?」

「うーん、昔からそうだからねぇ・・・」

「昔ってどれくらい?」

「そうねぇ・・・」

 

大きなレバーの様な工具をタイヤに当て、バチンバチンと音を立てながら上から地面へ押し付け美空さんは考えていた

 

「50年以上は前かなぁ・・・」

「え!?じゃあおねーさんは50歳でごぜーますか!」

 

仁奈ちゃんの言葉に美空さんがずるっと体勢を崩し、後ろでは北崎さんがはっはっはと笑っていた

 

「ちょっと仁奈ちゃ〜ん、まだ私20代よ〜?50年生きてるわけじゃなくって」

「だよね!お姉さん綺麗だもん!」

「あら、ありがとみりあちゃん。何か複雑な気持ち〜」

 

北崎さんが続いて『まぁ、ギリギリだけどな』というと、『嘘は言ってないでしょー?』と工具を机に置きながら美空さんは額を拭った

 

「あら、もうお昼じゃない。ごめんね、お昼ご飯にしよっか!」

 

気づけばいつの間にか、時計は12時を回っていた

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

「楽しかったね!」

「うん、あんなに沢山部品があるなんて思わなかった」

「凄い音でごぜーましたね!仁奈、車の気持ちになったでごぜーます!」

 

ブンブンブーンと口で音を真似している仁奈ちゃんを見ながら、私たちはテーブルの上にお弁当を広げていた

事務所の衝立の向こうに案内され、一緒にお昼ご飯を食べるのかと思ったら、美空さんはまだやる事があって、お昼も買ってこないとと物凄く悔しそうな顔をしながら『もう、すぐ戻ってくるから!』と工場に飛び込んでいってしまった

北崎さんは346プロから連絡があり、送迎を依頼されたらしく車に乗り出掛けていった

北崎さんにも色々お話聞きたかったけど・・・お仕事だもんね

今の時間だったら、芳乃さんかな・・・ありすちゃんかも

 

「いただきます!」

「いただきまーす!」

「あ、いただきます」

 

二人の挨拶に合わせて、自分もとっさに手を合わせ食べ始める

 

「今日は千枝ちゃんと一緒に食べられるですよ!」

「うん。あ、仁奈ちゃんのお弁当かわいい・・・!」

「えへへ、今日はママが作ってくれたですよ!」

 

そう嬉しそうに言いながら、仁奈ちゃんは笑顔で箸を進める

 

「千枝ちゃんのも凄くかわいいよ!」

「そう言うみりあちゃんのも!」

 

みりあちゃんのも負けず劣らず、プチトマトやタコさんウィンナーなど、かわいいおかずが彩り良く並んでいた

 

しばらく三人でお弁当を食べていると、事務所の玄関が開く音がした

 

「うん?」

「美空さんかな・・・?」

 

足音と共にガサガサとビニール袋の擦れる音がするがこちらのテーブルまで来る事はなく、すぐに足音が止まり、イスに座る音と同時にデスクにビニール袋が置かれた音がする

ガサゴソと袋から何かを取り出し、包装のビニールを破いているようだ

 

「誰だろう?」

 

みりあちゃんがそう言うよりワンテンポ早く立ち上がり、衝立の向こうをチラッと覗いてみた

 

「誰?」

「すごい、お人形さんみたいな人がいる・・・」

「お人形?」

「うん、クリーム色の長い髪の可愛い女の人がクロワッサン食べてるよ?」

 

私が言ったことに心当たりがあるのか、みりあちゃんと仁奈ちゃんもこちらに駆け寄り通路に出る

 

「お姉さん(おねーさん)!!」

 

話しかけられたお姉さんは相当驚いたのか、両手で持ったクロワッサンを口に咥えたまま目を大きく開いて、こちらを見ながら固まっていた



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

自由研究05

「お姉さん!こっち!こっち来て一緒に食べよ!」

「わかった、わかったから・・・モグ・・・ング、今行くからちょっと待って・・・ん」

 

そのお姉さんは慌てて飲み込むと、デスクの上にあったビニール袋を持ち、みりあちゃんに手を引かれた状態で、こちらのテーブルまでやってきた

 

「こ、こんにちは」

「ああ、こんにちは」

 

頭を下げるとお姉さんも頭を下げ、みりあちゃんに導かれるままに隣に座った

 

「もう、お姉さん!ずっと会いたかったのにどこにいたの?」

「どこって・・・私はあまり美城プロには行かないからずっと事務所だよ。書類関係で行くことくらいしか・・・」

 

私がボーっとお姉さんを見つめていると、それに気づいたお姉さんがこちらに目を向ける

 

「ああ、ごめんね。私は蘭道雛子っていいます。初めまして、佐々木千枝さん」

「初めまして!あの、私のこと・・・知ってるんですか?」

「ええ、上司からよくお話伺っております」

「おねーさんは凄いんでこぜーますよ!」

 

仁奈ちゃんが目をキラキラ輝かせて話を始めた

 

「もうブンブンブーン!のキキー!キュルキュルキュルー!なんでごぜーます!!」

「凄かったよねー!!車がね!こうやってくるんくるん回るの!」

「ブンブンでくるんくるん・・・?」

 

二人して身振り手振りでその時の状況を興奮しながら伝えてくるが、全くわからなかった

お姉さんはというと、少しはにかんで笑いながらクロワッサンを口に運ぶ

 

「で、どう?楽しかった?」

「はい!美空さんが色々な部品のことを教えてくれました。ちょっかん?にしてエンジンを掛けてくれて・・・」

「げっ、あの状態でスカイラインエンジン掛けたの・・・まったく」

 

悪態をつきながらお茶のペットボトルを口にする蘭道さん

せっかくなので気になることを聞いてみることにした

 

「あの、気になってることがあるんですが、美空さんが『エンジンを掛けまーす』って言った後に返事をしてほしいって言っていたんです。それは何でなんですか?」

「それはね、例えば誰かと一緒に作業をしていたりする。エンジンって動き回る部品が沢山付いてるから、もしそういう動く部品の中に手を入れた状態でエンジンを間違って掛けて怪我をしないように確認するためだ」

「確かに・・・」

「危ないもんね」

「例えエンジンのスペースに誰もいなくても、誰かと作業していたら必ず言う。これは絶対言うと思う」

 

ペットボトルをテーブルに置いて、ソファーにもたれかかり一息つく蘭道さん

 

「他に聞きたいことはある?せっかくだし、答えられることは教えてあげる」

「あ、それなら・・・」

 

Q1、今まで乗ったお客さんの車で一番速かったのは?

 

「これは零次の影響だな・・・、うーん、難しいな・・・I-Rかなぁ」

「あいあーるだって」

「あいあーるっと」

「ああ、違う違う。えっとね、昔パルサーっていう車があって・・・」

 

Q2、今まで乗ったお客さんの車で一番値段が高かったのは?

 

「高かった・・・、これまた・・・新車か中古かわからないけど、外国のジャガーって車が一番高かったと思う」

 

Q3、工場で一番長い工具は?

 

「一番長い工具か・・・長い工具・・・、えっとね・・・大ハンマーかなぁ。大きくて長いハンマー」

 

その後も蘭道さんは色々な質問に答えてくれた、一緒に食も進み、そろそろお昼休みも終盤に差し掛かる頃、最後に気になることを聞いてみた

 

「零次さんって、おいくつなんですか?」

「歳?私より2つ下だから・・・25だな」

 

蘭道さんがそう言った瞬間、他の二人が『え?』という素っ頓狂な声と同時に蘭道さんをまじまじと見る

きっと私も同じ反応をしていると思う

 

「・・・こう見えても私は先輩なんだぞ」

「いえ、あの、けっして深い意味があったわけではなく・・・」

「でもおねーさん凄くカワイイでごぜーますよ!」

「お姉さんは、ハーフ?なんですか?」

「マm・・・母がアメリカ人」

 

『小学生に可愛いって言われちゃったよ・・・』と呟き、複雑そうな顔をしてまたお茶を飲む蘭道さん

 

「あの・・・蘭道さん」

「ん?」

 

私は意を決して聞いてみた

 

「''先輩''になるにはどうしたらいいんでしょうか?」

 

ペットボトルに口をつけながら、蘭道さんは無言で考え込む

 

「私たちもアイドルとして活動していて、たくさん後輩が入ってくるんです。だから、そんな人たちに負けないように、恥ずかしくないようにいい先輩になりたいんです。瑞樹さんみたいなカッコいい大人の人に・・・だから」

 

ペットボトルをテーブルに置き、蘭道さんは腕を組んでしばらく考える

 

「・・・そう気を張らなくてもいいんじゃないか?」

「え?」

 

蘭道さんは立ち上がって隅に置いてある冷蔵庫まで歩いていく

 

「アイドルっていう仕事が私には詳しくはわからない。でも、私の経験から言わせれば、先輩っていうのはなろうとしてなれるものじゃない」

「うーん?」

 

二人も頭を傾げる

 

「いいか?先輩っていうのは、後輩ができて初めて''先輩''になるんだ。それまでは難しいことは考えず、自分の出来ることをやりなさい。そうしてたら、いつか後輩ができたときに胸を張れるようになる。だから、そうだな・・・一生懸命やればいい」

 

そう言って冷蔵庫を開ける蘭道さん

・・・そうか、無理にやる必要は無いんだ

私は今の今まで、ただ先のことばかり、先輩という立ち位置に立ったときのことばかり考えていた

 

「一生懸命に・・・」

「そう。だから今やるべきことは」

 

振り返る蘭道さんの両手には、よくテレビで見るあのスイーツが握られていた

 

「あいつらが帰ってくる前に、このデザートをコッソリ食べる」

「ああー!」

「ゴージャスセレブプリンでごぜーます!!」

 

二人の言葉に、にっしっしと悪戯っぽく笑う蘭道さんは、そのまま元の席に戻り、私たちの前にそっとその宝石を差し出す

販売店には行列ができ、並んでも買えるかどうかわからないレア中のレアもの

ああ、凄く美味しそう・・・こころなしかキラキラ輝いて見える

その色艶、そしてその美味しそうな匂いがテーブルの上を支配していた

 

「あ、ちょい待ち」

 

蘭道さんは台所まで行き、人数分のスプーンを持ってくる

 

「でも、よかったんですか?これ中々買えないっていう話をよく聞くんですが・・・」

「いいのいいの、私も買ったのはいいけどいつ食べようかタイミングわからなかったし。こういうのはみんなで食べたほうが美味いし」

「いただきまーす!!」

「いただきますでごぜーます!!」

 

二人は辛抱たまらず、そのままデザートにありつき始める

 

「お腹空いてるから余計なこと思いついちゃうんだ。これ食べたことは内緒ね?」

 

人差し指を立てて口元に当てる蘭道さんの言葉をありがたく頂戴し、さっそく私も食べ始める

 

「いただきます!・・・ん〜!美味しいです!」

「そうかそうか、どんどん食え食え」

 

次から次へと手が止まらず、一生懸命食べ進める私たちを蘭道さんは嬉しそうに眺めていた

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

『ごちそうさまでした!』

「はい、お粗末様でした」

 

食べ終わったゴミを蘭道さんはビニール袋にまとめて入れて、台所へと片付けに行った

 

「一生懸命に・・・かぁ」

 

その一言で片付けてしまった蘭道さんも同じように悩み、考えたんだろうか?

台所で片付けている蘭道さんの背中を見ながらそう思う

瑞樹さんと同じ、やっぱり大人って凄いなぁ

 

「やっぱりおねーさんは凄いでごぜーます!」

「後輩・・・どんな人が来るんだろうね!」

 

二人も私と同じような反応を示していた

もしかしたら、私と同じように薄々どこかで悩んでいたのかもしれない

この業界は実力主義だ、力あるものだけが上のステージへと登っていける

それが全てだと思っていたが、それだけでは無いということが会社に入ってわかった

''個性を伸ばし尊重する''

それこそが346の理念であり、基本概念である、そうプロデューサーは教えてくれた

専務の一件の時もそれを武器として揺らぐ事はなく、結果的に垣根を越えて行動し、私たち自身を守り、アイドルとして導いてくれた

私は、私であることを許してくれた

 

「そうだね、楽しみだよね。どんな子が来るんだろう?」

「ゴージャスセレブプリン買っておかないとね!」

 

個性も立派な力の一つである事を教えてくれた

 

「みんな揃って何の話?」

「あ!美空さん!」

 

やぁ、と蘭道さんと同じようにビニール袋を下げて美空さんがソファーに座る

 

「乙女の秘密って話」

「えぇー、ひなちゃん何それぇ〜」

 

台所から戻ってきた蘭道さんが再度私たちに向かって口に人差し指を当てる

私たちは揃って首を縦に振った

 

「えっと・・・あれです!今まで乗ってきた車の中で速かったのは何かなって蘭道さんに聞いてて!」

「速かった車・・・うーん、一概に・・・どれも個性があるから・・・」

 

美空さんが考え込んでしまった

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

午後からはなんと、車のエンジンを見せてくれた

木でできた台座の上に、大きくて色々な機械やホース、電気の配線といったものがゴチャゴチャっとついている塊が乗せてあり、何が何だか全くわからなかった

きゅーあーる?という名前のエンジンらしい

しかし、美空さんが丁寧に説明してくれた

発電機、エンジンを掛けるときに使う始動装置、エンジンの力をみっしょん?(自転車でいう段切り替えみたい)に伝える大きな歯車など、想像していたものとは一味も二味も違うものだった

 

「じゃあ、これ外してみよっか!」

 

そう言うと美空さんは机(キャディというらしいです)から一方方向にしか回らない、棒の先に六角形の切り欠きがついた工具を渡してきた

 

「え!?ほ、本当に外していいんですか!?」

「うん、全然いいよ。ここと、ここと、ここのボルトを外してみて?」

 

教えられた部分に工具を当て、回してみようとするが全然回らない

 

「じゃあ、ここで千枝ちゃんに問題です!ネジはどっちに回したら緩むでしょうか!」

 

美空さんに言われて三人で頭を傾げて考える

確かに言われてみれば、どっちに回せばいいんだろう?

 

「うーんとね、水道の蛇口はどっちに回したら緩む?」

「えーと・・・あ、じゃあ!」

 

その方向に回してみると、あっさりボルトが外れる

 

「大正解!その工具はそのまま当てた状態で逆に回してもカチカチ音がして空回りするから、回しづらい位置まできたら戻す、緩む、戻すっていうことができる工具なの。ドラマとかで多分この音は聞いたことあるかな?」

 

言われた通りに動かしてみると、断続的にカチカチという音を響かせながらボルトがみるみる内に外れていく

 

「うんしょ、うんしょ・・・とれた!とれたよ!」

『おおー!』

 

二人から拍手が上がり、それに合わせて美空さんも褒めてくれた

 

「次は私!」

「あら、みりあちゃんできるかなぁ?」

 

私と同じようにやると、ボルトが上手く外れ、仁奈ちゃんも外すことができた

そして三本のボルトが取れると、やっとその部品が外れる

 

「これが、ウォーターポンプという部品です。これでエンジンを冷やす水を送ってるってわけ!こういう風に、壊れた部品なんかを外して交換したりするのが私たちの仕事」

 

部品を見せてくれたあと、美空さんはあっという間に三本のボルトをつけ、元に戻してしまった

私たちが三人がかりでかかった時間より圧倒的に早い

やっぱりプロってすごい

 

「何面白いことしてるの?」

「あ、蘭道さん」

 

蘭道さんも工場へ見学に来ていた

 

「あ、ひなちゃん!」

「零次から連絡が入って、夕方まで帰れないって。まぁ、こっちはいいって言っておいたけど」

「わかった、今はウォーポン外してたとこ」

「ふーん・・・」

 

蘭道さんはエンジンをマジマジと見ている

 

「じゃあ今度私の車、同じとこ壊れたら三人にお願いしようかな」

『えぇぇー!?』

 

そんな様子を美空さんは笑いながら楽しそうに見ていた

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

時間はあっという間に過ぎ、その後もエンジンはもちろん、車のバネ(さすぺんしょんだったかなぁ?)や、タイヤのナットの締め方、検査ラインの機器類(しゃけん?で使うんだって)などを見せてくれた

陽はどんどん傾いていき、丁度終業時刻に差し掛かるところだった

 

『台風が進路を変え、本土に接近しています。住民の皆さんはくれぐれも外出を控え・・・』

「まいったわね・・・」

 

気づいた時には外は雨風の大荒れの天気、まともに歩くことすらままならず、打ち付ける雨や風の音が事務所中に響いていた

 

「ただいま!ふぅ・・・災難災難」

「あ、社長!」

「おじいちゃん!」

「おお、仁奈ちゃん。今日は楽しかったかい?」

 

テレビの前に集まっていた私たちだったが、社長さんの元に駆け寄る

 

「どうしましょうか、こんな大荒れの天気じゃ・・・」

「ああ、今日はもう事務所を閉めよう!早く車を工場に入れて・・・」

「もう工場は閉めました。問題はこの子たちなんですが・・・」

「ママは今日、家に帰ってこねーでございます・・・」

 

仁奈ちゃんがしょんぼりした顔で社長さんにそう言った

交通機関も機能しなくなってきており、それで仁奈ちゃんのお母さんが帰ってこられないんだそうだ

 

「そうか・・・うーん、それは困ったなぁ・・・」

 

社長さんは腕を組んで考え込むが、美空さんをみてハッと何かを思いつく

 

「そうだ、美空君。仁奈ちゃんを今晩あのガレージで預かってくれないかね」

「え・・・えぇぇえぇぇぇぇぇぇええ!!?」

 

慌てふためく美空さん

 

「し、社長。ほ、本当にいい、いいんですか?そ、そ、そんなご褒美をいただいても!!」

「そんなに今日は楽しかったのかね、それなら尚更だ。一晩預かってはくれないか?」

「それは、そ、そ、それは・・・」

 

チラッと蘭道さんを見る美空さん

 

「食材もあるし、別に私はいいよ。零次もいずれ帰ってくるだろうし。寝る場所なら腐る程あるしね」

「じゃあ、今日はおねーさんたちとお泊まりでごぜーますか!!」

 

ええ、と蘭道さんが答えると仁奈ちゃんはとっても嬉しそうに喜んでいた

しかし、その隣にいたみりあちゃんは

 

「ずるいずるい!!私もお泊まりしたーい!」

 

顔をぷくっと膨らませ、美空さんに詰めよっていた

 

「で、でもそれじゃあ私の身が保た・・・ほら!お母さんとかに許可を頂かないと!」

「じゃあ聞くもん!」

 

そう言うとみりあちゃんは携帯を取り出し連絡を取る

しばらくすると、携帯を切って美空さんに嬉しそうに再度詰めよった

 

「この天気だったら朝まで会社で預かってもらった方が嬉しいって!いいって言ってくれたよ!!」

「会社・・・そうか、今は美城の子会社みたいなもんだから・・・」

「・・・美城には私が連絡しておく。だから大丈夫だ」

 

すると、今度は蘭道さんは私に向き直る

 

「・・・泊まってく?」

「・・・はい!」

 

私も家に連絡を入れた



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

自由研究06

ママに連絡してみたところ、帰ってきた返答はみりあちゃんと同じようなものだった

 

「じゃあ私車回してくるから、ひなちゃん閉める準備しておいて!」

「うん、わかった」

 

美空さんに言われた通りに、私たちは荷物をまとめ、玄関口へと集まる

 

「じゃあ、すまないが私は先に失礼するよ!雛子君、すまない。仁奈ちゃんのこと、よろしく頼むよ!」

「ええ、社長もお気をつけて」

 

社長さんは蘭道さんにそう言い残し、美空さんと一緒に外へと駆け出していった

 

「あの・・・気になってることがあるんですが・・・」

「ん?」

 

蘭道さんが人差し指で鍵をクルクル回しながら私に視線を向ける

 

「蘭道さんたちは一緒に住んでるんですか?」

 

その鍵をガシャッと手のひらに収めた

 

「・・・一応自分で借りてる本当の部屋はあるんだけど、ガレージの方が職場から近くて使い勝手がいいからいつの間にか住み着いたって感じかな」

「ガレージってことはおっきいんでごぜーますか!」

「多分ビックリすると思う。私もビックリしたもん」

 

ふふっと笑いながら蘭道さんはそう言った

北崎さん含め、やはりまだまだ謎が多い

うん?北崎さん含め・・・ってことは、さっき一緒に住んでるって言ってたよね・・・

え?じ、じゃあ今夜一晩北崎さんと一緒の部屋に!?

そ、そ、そんな・・・!今日たくさん汗かいちゃったし!今私変なニオイしてないよね!

 

「千枝ちゃんどうしたの?」

「へ!?い、いや何でもないよ!」

 

手を少し上げたり、襟を掴んで服のニオイを嗅いでいるとみりあちゃんに突っ込まれてしまった

ああ・・・私も今日はこんな格好だし、かわいい服持ってくればよかったかなぁ

って何言ってるんだろ私!お泊まりするだけだよ、そう!お泊まりするだけ!

 

「はぁーい!お待たせー!さぁさぁ乗って乗って!ってか外ヤバすぎだし!」

「千枝ちゃん!行くでごぜーますよ!」

「あ、うん!今行きます!」

 

仁奈ちゃんの言葉に導かれ、私たち三人は美空さんの車の後部座席に乗り込む

 

「わぁ・・・何か高級車って感じ!」

「そう?そんなに高くなかったのよこれでも。ありがとね」

 

外では蘭道さんが鍵を閉め、急いで自分の車の元へと走っていった

 

「さて、私たちも行きますか。そんなに遠くないから心配しないでね」

 

そう言うと蘭道さんの車に続いて発進する

私たちが触っていた車が何事もなく動くその姿に、私は自分の中で素直に感動していた

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

都会の喧騒を抜け、蘭道さんの車の赤いライトを辿りながら私たちはアパートやマンションなどが並ぶ住宅街へと入っていく

 

「それでね!莉嘉ちゃんがね、たくさんカブトムシ獲ってきたんだよ!」

「あら、カブトムシが好きだなんて初耳だわ。シール集めが好きって雑誌には書いてあったんだけど・・・」

 

少し前屈みになり、助手席を掴みながらみりあちゃんが楽しそうに美空さんと話に花を咲かせていた

 

「莉嘉ちゃんはね、木に登るのも上手なんだよ!上にいるカブトムシもクワガタも獲ってくるの!前に合宿をしたときも楽しかったんだよ!みんなで水鉄砲したり!」

「いいなぁー!仁奈も水鉄砲したいでごぜーます!」

「仁奈ちゃんも莉嘉ちゃんと海行ったよね?」

「はい!着ぐるみでごぜーますよ!」

 

私たちが話してる様子を、美空さんはバックミラーで楽しそうに眺めていた

 

それから少しの間、ナビから流れる音楽と車の音をBGMに話していると、いつの間にか蘭道さんの車がいなくなっていることに気づいた

 

「さてさて、まだまだ積もる話はあるけど続きはここでね」

 

そう言いながらハンドルを切り、開けたとても広い空き地のような場所に入っていく

車のライトが徐々に奥まで照らし始めると、そこには蘭道さんの車と、大きな半円状の建物が見えてきた

 

「これって・・・」

「体育館?」

 

みりあちゃんの言う通り、その大きさは学校にある体育館と比べても劣ることはなく、むしろ少し大きいくらいではないだろうか

横には地下に下っているスロープもある

向かって正面には屋根付近まで伸びている、青葉自動車さんの工場にあるような大きなシャッターが取り付けられており、その目の前までゆっくりと車が進む

 

「あ、ひなちゃん。あー、はいはい」

 

蘭道さんの隣に車を停めると、車の中から蘭道さんが美空さんに向かって、シャッターを指差して手首をひねるジェスチャーをしていた

 

「ちょっと待っててね、今シャッター開けてくるから」

 

美空さんはそう言い残し、車から降りてシャッターへと近づく

するとパッと淡黄色のライトが点き、シャッターの横に隠れていたドアを照らす

美空さんは持っていたバッグから鍵を取り出し、ドアノブに差し込んだ

そのまま中に入ると、ドアの窓から室内の電気を付けた様子がわかる

 

「おっきいでごぜーますね・・・」

 

仁奈ちゃんの呟きとほぼ同時に、ガランガランガランと大きな音を立てて目の前のシャッターが上へと上がっていく

少しずつシャッターの下から漏れる光が地面を照らし始め、蘭道さんの車が完全に見えるようになる位置までシャッターが上がると、低い音を少し響かせてライトを消し、蘭道さんの車が中へ入っていく

 

「ごめんごめん!今車入れるから!ふーっ・・・」

 

美空さんが駆け足で車に乗り込み、濡れた前髪をかき分けて、車を進める

少しの段差を乗り越えて、車は無事また蘭道さんの隣で停車する

 

「いやいや、大変だったわねー。お疲れ様、もう降りて大丈夫よ」

 

エンジンを切り、美空さんはそう言うと車を降りていった

それに続き、私たちも自分の荷物を持ってそれぞれ車から降りたのだが、一足先に降りたみりあちゃんが上を見上げ、そのまま固まっていた

 

「どうしたの?みりあちゃ・・・わぁ!」

「おおー!」

 

私の後に出てきた仁奈ちゃんも開口一番、驚きの声を上げる

 

『すっごーーーい!!!』

 

目の前にあった、というよりは広がっていたのは想像していたものよりはるかに広い空間と、見たこともないようなまさに秘密基地というような内装だった

体育館よりも更に大きい、鉄鋼が剥き出しの天井に一階の床はつるつるしたコンクリートのような感触で、二階部分はギャラリーとなっており、上から下を覗けるように吹き抜けとなっている

 

「かまぼこガレージへようこそおいでませ〜」

 

そう言って一階スペースの奥にあるソファーやテーブル、冷蔵庫に電子レンジなど、ちょっとした小上がりになっている場所に荷物を置いてツナギを脱ぐ美空さん

 

「工場にあったリフトと同じ・・・ここでも車を直せるんですか?」

「直すっていうか、ここは完全に私たちの趣味全開スペース」

「うわぁ・・・!」

 

車を二台止めた両脇には、工場にあったものと同じ、二本の柱からアームが伸びているリフトが左右一機ずつ備え付けられており、それでも横幅にはまだまだスペースがある

 

「すごーい!壁にたくさんパーツと工具があるよ!」

 

壁際には、おそらく整備に使うのであろう工具類と、車のパーツが所狭しと壁に掛けられていた

じっとみりあちゃんが眺めている

 

「あー、こっちこっち。荷物あるでしょ。とりあえず二階のギャラリーに上がってくれ。階段上がる前に靴脱いでね」

 

蘭道さんに諭され、私たちは入り口側の左角にある螺旋階段へと向かう

そのすぐ側に天井から伸びる長い透明なカーテンが紐で壁に括り付けてあった

 

「お邪魔しまーす・・・」

 

螺旋階段を上がりながら下をみると、改めてこの建物の大きさが分かる

反対角にも螺旋階段があり、それは地下にも続いているようだ

 

「わぁー!たかーい!おねーさーん!」

「いや〜ん、仁奈ちゃんに覗かれちゃった〜!」

 

仁奈ちゃんの言葉に合わせ、美空さんは胸を隠しつつも、着替えながらこちらに手を振ってくれた

段々と車も人も小さくなり、二階部分に辿り着く

ギャラリーは左右角の螺旋階段を始まりにコの字になっており、内側はガラス板が貼り付けられた柵、床には絨毯が敷かれていた

吹き抜け部分に目を向けると、天井から吊り下がっている大きなLEDの室内灯が見える

通路を進むと、道の途中に衝立に挟まれた部屋のようなスペースがあり、通路からは上手く見えない様にベッドやテレビ、タンスや小さいテーブルなどが置いてあった

テーブルの上にはゲーム機のコントローラーのようなものが置いてある

 

「そこは零次のスペース。ちなみに私はあの中央。で、その右隣のやたら段ボールが積まさってるところが姉さんのスペース」

 

中央部はホテルのバルコニーの様に他の部分より大きく迫り出しており、ちょうど一階部分にあった小上がりのスペースの上に位置していた

大型テレビに大きなテーブル、まるでリビングの様なスペースでその奥には本格的なキッチンと大型の冷蔵庫、食器棚が置かれていた

その隣に衝立を挟んでベッドとテーブル、可愛らしい小物や、ぬいぐるみがあるところを見ると蘭道さんのスペースに間違いないらしい

 

「まったく姉さん、段ボール片付けろって言ったのに。これじゃ寝るスペースもないわ、ああ、荷物は適当にそこらへんに置いといていいよ」

 

私たちはリビング部分に案内されると、大きなテーブルを囲む様に置いてあるソファーに座る

吹き抜け側にテレビが設置されており、そのテレビが置いてある台はかわいい小物があしらわれ、その奥にBDレコーダーがひっそりと佇む

 

「ん・・・んん・・・ふぅ〜、しょっと・・・」

 

蘭道さんがスーツの上下を脱ぎ、下着に少し胸元がはだけたワイシャツ姿でタンスを開けて次から次へとTシャツやジャージや短パンをベッドの上に取り出す

 

「これと、これ・・・は無理か。となると、これだな・・・」

 

私たちがそれをじっと見ていると、蘭道さんはその視線に気づきこちらに顔を向け、改めて顔を上下に動かし自分の今の格好を見る

 

「・・・いやん」

 

その言うと同時に両手で自分の体を軽く抱きしめ、下が正面から見えないように斜めになりながら少し体勢を後ろに引いた

その様子をみて私たちは少し笑う

 

「もっとかわいい下着着てればよかった」

「でもでも!すっごくかわいいですよ!そのピンクのブラとか!」

「お褒めに預かりどうもね」

 

そう言うと蘭道さんは自分の服を持って立ち上がる

 

「今は多分姉さんがシャワー使ってるから、今のうちにこの中から着るもの選んでいいよ。貸してあげる」

「ありがとうございます!」

 

私たちが服を選び始めると、蘭道さんはかわいい白いTシャツワンピースに着替え、台所へ向かい冷蔵庫を覗いていた

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

「ああまったく、こんなに降るとは思わなかった」

 

車の中で一人悪態をつきながら、大雨が降り続く中、俺はガレージへと向かっていた

送迎は無事終わったが、この天気で交通機関はほとんど停止し、帰れなくなったアイドル達を送り届けるのは骨が折れた

遠くなので会社に残って泊まる者、家といっても女子寮へ帰る者など様々で、意外と俺の家と女子寮が近いことが判明してしまった

ということは、気をつけなければリアル突撃隣の晩ご飯されてもおかしくないわけだ

 

「・・・気をつけよう」

 

特にあの、LiPPSとかいう奴ら

問答無用で人をあちこち振り回してくる

今日だって一ノ瀬志希とかいう奴が失踪したとか何とかでアイドル達が事務所中を探し回っており、俺が帰る間際車に向かうと、車の影からアホ毛がピョコンと飛び出していた時は驚いた

その後他のLiPPSメンバーに引き渡したが、速水奏とかいう奴がお礼という名目を引っ下げてぐいぐい迫り、『今日、会社に泊まっていかない?』などと言い始めたもんだから、『十年早い』と言い美嘉姉ちゃん?に引き渡し何とか会社から抜け出した

 

「あれ、明かりが点いてる」

 

すでに事務所を閉め帰ってきたのだろうか、シャッターの前に車をつけ、小窓から中を覗くと中央の埋め込み式リフトのスペースに姉さんたちの車が入っている

自動シャッターのセンサー電源は切られており、今は外からは開かないため、隣の出入り口から中に入りシャッターを開けた

中央のスペースには既に二台入っているため、隣の門型リフトのスペースに車を停める

 

「おお、おかえり」

「はい、ただいま戻りました」

 

車から降りると、ギャラリーから部屋着姿のひな先輩がお皿を持ってこちらを見ていた

俺は二階のリビングへと向かう

 

「あら、レイジ君おかえり!よく戻ってこれたわね!」

 

ソファーに座っていた姉さんが手をあげる

 

「いやもう大変でしたよ。次から次へとアイドル達をあっちへこっちへ、特によしのんとかいうアイドル、俺の車に乗ったのは初めてなのにまったく微動だにしなかった。一体何者なんですかあの子は」

「あ、おかえりなさい。北崎さん」

「ああ、ただ・・・って待て待て待て、なんでいるの!」

 

姉さんの陰からピョコンと現れたのは、サーキットのコースレイアウトがあしらわれたひな先輩の部屋着に身を包んだ佐々木ちゃんだった

 

「おかえりなさい!」

「おかえりなさいでごぜーます!」

 

ソファーの影から、これまたひな先輩の部屋着を着た二人が顔を出す

 

「今夜のお客様」

「・・・マジか」




お気に入り登録数が1000件を突破いたしました
本当にありがとうございます
そして、誤字報告、感想を書いてくださった読者の方々、評価をつけてくれた方々、この場をお借りして御礼申し上げます
とてもとても嬉しいです、これを糧にしてこれからも執筆に励んでいこうと思っております


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

自由研究07

「っていうか、アイドルここに居たらマズいんじゃないの?」

「緊急事態だもんしょうがないじゃない。華々しくていいじゃないの〜」

 

ねー?と佐々木ちゃんたちに向かい首を横に少し傾げながら姉さんがそう言う

 

「それに他のアイドルの子たちも美城に泊まってるんでしょ?今はウチも子会社みたいなもんだから、このガレージも会社の所有物だし、ここも美城プロみたいなものよ」

「何そのギリギリセーフでアウトなセーフは」

 

自分のバッグをベッド脇の床に置き、ブルゾンを脱ぐ

 

「あ、あの・・・ご迷惑でしたか?」

 

申し訳なさそうに顔を伏せながら言う佐々木ちゃん

その様子を見ていたひな先輩が、コップをテーブルに置きながら俺の方をジトーッとした目で見ていた

 

「いや別に迷惑ってわけじゃなくて、ただビックリしただけだ。会社でもみんな残ってるみたいだし、よかったのか?こっちで」

「へ?あ、えっと、その・・・」

 

佐々木ちゃんがモジモジしながら言い淀んでいると

 

「お姉さんたちとお話したかったの!今日すっごく楽しくて!仁奈ちゃんも泊まるって言ってて!ママに聞いて!それでね!」

 

佐々木ちゃんと同じようなぶかぶかTシャツを着た赤城ちゃんがそう言う

 

「そ、そうなんです!外がこんなお天気で、蘭道さんたちが誘ってくれまして!それで、お世話になろうかと!」

「な、なるほど」

 

赤城ちゃんがよっぽど嬉しかったのか、ソファーから降りてテーブルに両手をつき、みんなより一歩前のめりになってキラキラした瞳を俺に向けていた

 

「と、いうわけだ。仲良くしてやってくれ、まだ子どもだから」

「了解です。子どもが喜びそうなものありますかね、ここ」

「子どもはお前だ」

「え?俺?」

「ああ、お子ちy」

 

バシッと何かを言いかけた赤城ちゃんの口を佐々木ちゃんが塞ぎ、こちらに向かって苦笑いを浮かべていた

 

「とにかく飯だ、早く着替えてこっちに来い」

 

台所で調理していたホットプレートをテーブルの上に置き、一言そう言ってからまた台所に戻る

 

「あー、はいは・・・おっと、見るなよ」

「だ〜れも見ないって〜!」

 

自分のスペースに戻りカーテンを閉める直前、姉さんがソファーであっはっはと笑い頭を後ろにだらんとしながら言うと同時に三人が両手で目をパッと覆い、ひな先輩が台所で人数分のお茶碗をまとめながら鼻で笑っていた

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

「じゃ、いただきまーす!!」

『いただきます!』

 

姉さんの号令と同時に全員が手を合わせ、いつもより賑やかな食事が始まった

ソファーから降りて絨毯の上に座り、今をときめくアイドルが三人も食卓を同時に囲んでいる光景はとても華やかで、会話にも彩りが生まれる

 

「でねでね!その時にきらりちゃんと一緒にプロデューサーを捜したの!でも見つからなくて、次のステージにも遅れそうだったから、歌ってステージに行ったんだよ!そしたらたくさん人が集まってきて、パレードみたいになっちゃった!」

「何その超絶レアな現場」

 

今晩のメニューは焼きそばをメインに、その隣で肉やベーコンやウィンナーを焼く鉄板焼きスタイル

漂う香ばしい匂いと、美味しそうに焼ける音、ほんのりと上がる煙が食欲を誘う

 

「お前・・・自分だけ取るなよ・・・」

「ち、違いますよひな先輩!取り分けてるんですよ!はい、まわしてまわして」

「ありがとうでごぜーます!はい千枝ちゃん!」

「うん、ありがとう」

 

使い捨ての紙製の皿にベーコンを取り、市原ちゃんに渡し、それぞれの目の前へと並べられる

 

「美味しいです!」

「おねーさんは料理が上手なんでごぜーますね!」

「いや、ただ買ってきたのを焼いただけだし。こっちの焼きそばもそうだし」

「昨日買い置きしておいてよかったねひなちゃん」

「まぁ・・・火曜日だったし」

「美味しいだって」

 

両手でコップを持ち、ひな先輩は静かにくぴくぴと飲んでいたが少し俯いて顔を赤く染めていた

 

「それにしても、ここって何なんでごぜーます?体育館でごぜーますか?」

「ブフッ!」

「体育館って・・・」

 

ひな先輩が少し吹き出し、姉さんがクスクスと笑っていた

 

「違う違う。ここも会社の持ち物で・・・元々は倉庫だったな、俺が来たときは」

「で、私が設備投資するって言ったから実質私の。リフト付けたり、ここみたいに住めるようにしたりねぇ、ひなちゃん」

「人住むように作ってないからこのスペースもポン付けみたいなもんだ。姉さん段ボール片付けてって言ったじゃん」

「しょ、しょうがないじゃない。次から次へと届くんだもん、片付けるのめんどくさくて・・・」

「何だか秘密基地みたい!」

 

完全に物置と化している姉さんのスペースの中心に、うっすらとベッドが見える

 

「子どもってああいう場所好きだよね」

「も、もういいじゃない!ほらほら焼けてる焼けてる!食べなさい食べなさい」

「ありがとうございます。北崎さんもどうぞ、食べてください」

「いい、いい。遠慮しないで食え。俺も食べてるから」

「このバラ肉今日は切り方厚いな、ちょい待ち・・・焼けるまで時間掛かるからこっちあげる」

 

三人それぞれの皿の上に、焼きたての焼きそばや野菜や肉が乗せられていき、美味しそうに食べ進めていた

 

「喜んでくれてよかったわ〜」

「ええ、ん?姉さん大丈夫ですか?食べてます?」

「もう・・・色んな意味でお腹いっぱい・・・」

 

そう言いながらうっとりした瞳でため息をつき、三人の様子を見ていた姉さん

・・・お酒入ってないだけまだマシか

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

『ごちそうさまでした!』

「はい、お粗末様でした」

 

最初と同じように全員で手を合わせ、食事を終えて一息つき、テレビの電源を入れた

 

「美味しかったでごぜーますね!」

「もうお腹いっぱいだよ〜、ふぅ」

 

赤城ちゃんと市原ちゃんがソファーの足の部分にもたれかかり、お腹を押さえて満足そうな表情を浮かべていた

 

「あの・・・夜ご飯、ありがとうございました!」

 

佐々木ちゃんが、ホットプレートを持って台所へ向かうひな先輩に向かって言う

 

「いえいえ、普段もっと良いもの食べてるんじゃない?ごめんね、こんな物しか用意出来なくて」

「そんなことないよ!」

 

気づけば机の上にある紙の皿をまとめてゴミ袋へ入れて、台所へ持っていく赤城ちゃん

 

「何だかお家に帰ったみたい!あのね!みりあの家も、家族みんなでおんなじようにご飯食べるんだよ!妹も一緒に!」

「あら!みりあちゃん妹がいるの?」

 

姉さんがコップを片付けながら台所へ向けてそう言う

 

「うん!まだ赤ちゃんなんだよ!」

「あ、そっちに戻るついでにこの台拭きテーブルに持っていってくれる?」

 

はーい、とひな先輩から受け取った数枚の台拭きを持ってテーブルに戻り、上に置いた後に携帯の画像を姉さんに見せていた

 

「ふきふきするですよ〜」

「おお、市原ちゃん偉いな。サンキューサンキュー」

「あ、私も手伝います」

 

俺と一緒にテーブルを拭いてくれている市原ちゃんと佐々木ちゃん

黙々と三人で作業を進め、テレビの音だけがリビングに響いていた

 

「あ・・・!」

「おっと、悪い」

 

途中で佐々木ちゃんと手がぶつかってしまう

 

「・・・佐々木ちゃんってさ」

「はい?」

 

沈黙に我慢できず、会話したのをきっかけに話を振ってみた

 

「どうしてアイドルになろうと思ったんだ?」

 

ぶつかって止まっていた手を動かして、佐々木ちゃんの返答を待つ

 

「えっと、私は・・・」

 

所々で手を止めたり動かしたり、繋ぎ繋ぎで考えながら作業を続けていた

 

「実は、アイドルになるつもりなんて・・・最初はなかったんです」

「そうなのか」

「なりたいとも全然思ってなくて、ママがすすめてくれたんです。学校じゃ勉強できないことがあるって・・・だから、養成所に入ったのは自分の意思ではなくてママが言い出したことで・・・あ、これありがとうございます」

「ああ、どうも。市原ちゃんもありがとう」

「ピカピカでごぜーますよ」

 

ニコッとした笑顔で俺に台拭きを返してくれる市原ちゃん

佐々木ちゃんからも受け取り、折り畳んでテーブルに置いた後に、ソファーに佐々木ちゃんを中心に三人並んで座る

赤城ちゃんは別のソファーで姉さんと楽しそうに話を続けていた

 

「最初は右も左もわからなくて、レッスンの毎日でした。正直・・・わからなかったです、このまま続けていたら何が待っているのか」

 

膝の上で両手の指同士を合わせて、少し俯きながら続ける

 

「ほら、あの・・・私、他のアイドルの子たちと比べると、その・・・」

「・・・大人しい?」

「えっとあの・・・はい」

 

遠慮がちに笑いながら佐々木ちゃんは言う

 

「莉嘉ちゃんやみりあちゃんみたいじゃないし、このままどうなるんだろうって。でも、レッスンを続けていくうちにたくさんのお友達が出来て、みんな色んなプロダクションに誘われていきました。その時思ったんです、私もいつかテレビで見るような舞台に立って、歌って踊ってみたいって」

 

テレビは丁度、歌番組が始まっていた

 

「そんなときに、プロデューサーさんに出会いました。こんな私を見つけてくれたんです、''昇格''って言われて最初はわからなかったんですが、私もアイドルになれるんだって・・・!すごく・・・嬉しかったんです・・・!」

「そのときに千枝ちゃんと会ったでごぜーます!とってもかわいいおねーさんだなーって思ったですよ!」

「も、もう仁奈ちゃん!昔の話だから・・・!千枝恥ずかしい・・・」

 

今度は両手で顔を覆ってしまった

 

「この音・・・あ!みりあちゃんみりあちゃん!これ、L.M.B.Gじゃない!?」

「ホントだ!仁奈ちゃん、千枝ちゃん!私たちだよ!」

「本当でごぜーます!」

「あわわ・・・!これ、先々週に撮ったやつ・・・!」

 

テレビには、まるでマーチングバンドのような衣装に身を包んだ五人のアイドルが司会の人に紹介され、ステージで楽しく踊り歌っている様子が映し出されていた

 

「不思議な感覚ね」

「あ、ひな先輩」

 

顔を上に向けると、俺の丁度真後ろの背もたれに両腕を乗せてテレビを見ているひな先輩がいた

 

「たった今テレビに映ってる芸能人がすぐ隣にいるなんて、この前までは考えられなかったわ」

「人間慣れるもんですね、姉さんは別として」

 

赤城ちゃんは姉さんと、佐々木ちゃんは市原ちゃんと楽しそうにテレビへと視線を送る

 

「で?お前はどうだ?」

「俺?」

 

ひな先輩が顔を下に向け、俺と上下逆さまに目が合う

クリーム色の長髪がするっと垂れて俺の顔の周辺を覆い、閉鎖された空間で俺とひな先輩の顔だけが向き合う

 

「彼女たちのこと」

「・・・別に。ただ・・・」

「ただ?」

 

ひな先輩が口を動かすたびに、髪の毛が俺の顔をくすぐる

 

「きっかけはどうであれ、お互いがお互いを認め合ってると思います。いつも話をしていると、最後はいつも一緒なんです。凄いアイドルになるって。競争も激しいみたいだし、そんな中育て上げられたこいつらのプロデューサーたちは、よっぽどこいつらの事をわかってるみたいですね」

「・・・ふん」

 

ひな先輩は一言そう呟くと、トンっとソファーの背を叩いて立ち上がり、また眩しい室内灯のLEDが俺を照らす

 

「そんな彼女たちの送迎ができるなんて、お前も役得だな」

「いやいや、やっと挨拶返してくれるくらいになっただけっすよ」

「言ってろ」

 

コツンと俺の頭の上に何かを乗せて、リビングに入っていくひな先輩

徐々にその頭の上の物体からひんやりと冷たい感触が頭に伝わってくる

 

「アイス食べる人」

「アイスだー!」

「ひなちゃーん一本ちょうだーい」

「はいはい、お二人もどうぞ」

「あ、ありがとうございます」

「ありがとうでごぜーます!」

 

ひな先輩は全員に配った後に姉さんと赤城ちゃんが座っているソファーに腰掛け、赤城ちゃんと楽しそうにアイスを食べ始めた

 

「いただきます」

「いただきまーす!」

 

佐々木ちゃんと市原ちゃんと同時に、俺も頭の上からアイスを取り食べ始める

 

「・・・なぁ、佐々木ちゃん」

「んむ?」

 

アイスを咥えながらこちらに顔を向ける

 

「後で車の運転の仕方教えてやる」

「・・・へ?」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

自由研究08

「奈緒〜、そこのチョコレート取って〜」

「どっからどう見ても加蓮のほうが近いじゃんか」

「奈緒が取ったチョコレートが食べたいの〜」

「なんだよそれ!自分で取れまったく!」

 

そう言ってぶつくさ文句を言いながらテーブルの上からビニールの包紙に入った一口サイズのチョコレートを手に取り、わざわざ立ち上がって反対サイドに寝っ転がっている加蓮の元へと奈緒は持っていく

 

「ほら」

「ありがと〜」

 

携帯を触っている手を一旦止め、加蓮は包紙を開きチョコレートを口に入れる

美味しそうに食べる加蓮に悪態をつきながら元の位置に戻り、奈緒も自分の分を口にした

 

「止みそうにありませんね・・・」

「どうしよう、私あの子たちに台風は来ないみたいなこと言っちゃった・・・」

 

雨風が建物を打ち付ける最中、窓際で美優と瑞樹は不安そうな表情を浮かべながら外の風景を眺める

家に帰れなくなったアイドルたちは、美城プロダクションのそれぞれの場所で身を寄せ合っており、別館の休憩用の一室で瑞樹たちは思い思いに過ごしていた

 

「あの子たちは青葉自動車さんのところで保護してもらってるみたいですし、きっと大丈夫ですよ」

「でも美優ちゃ〜ん。あの子たち言った手前示しがつかないじゃな〜い。せっかく頼れるお姉さんになりたかったのに〜」

「そんな事しなくても、瑞樹さんは充分頼れるお姉さんだと思いますよ」

「でもでも〜・・・、あーんもう!今夜は飲みたい気分!どうせ346以外どこにも行けないし!」

「み、瑞樹さん!ここにはお酒はありません!」

 

そっか〜・・・っと備え付けられている冷蔵庫を開けてうなだれている瑞樹

しぶしぶ中にあったオレンジの缶ジュースを二つ手に取り美優の元へ持っていく

 

「奈緒〜、私もジュース飲みたくなっちゃった。取って〜」

「加蓮のすぐ後ろじゃんかよ冷蔵庫!」

 

まったく・・・と奈緒は冷蔵庫まで行き、ぶどうジュースを三つ取り出し一つを加蓮の目の前に一つ置く

 

「ありがと奈緒。優しいから大好き〜」

「あたしが飲みたかったからついでだついで!勘違いするなよ!もうやらないからな!はい、凛の分」

「ああ、ありがとう」

 

加蓮と同じように携帯を触っていた凛が奈緒からジュースを受け取り、再び携帯へと目を戻した

 

「みんな同じ感じか?」

 

奈緒がジュースの蓋を開けて飲みながら言う

 

「うん、みんな不安みたいだけど・・・上手くやってるみたい。未央たちも、ふふっ・・・ほら」

「どれどれ・・・ブフッ!」

 

凛の携帯に映っていたのは、シンデレラプロジェクトのオフィスで未央含むみんな揃って変顔をしている画像だった

 

「デレポで回って今流行ってるみたい。ほら、これとかこれとか」

「ちょ、ちょっと待って・・・お腹痛いはっはっは、アイドルがしていい顔じゃな・・・あっっっはっはっは!!」

 

奈緒がお腹を抱えて笑っている中、携帯の画面をスライドしていくと、LiPPSメンバーが人文字を作ったり、飛鳥や悠貴、ラブライカなどの面々が同室にいた光の影響で変身ポーズをとったりと、他の部屋の暇を持て余したアイドル達も便乗して次から次へと面白おかしい画像をデレポに上げていた

 

「あら、私たちも何かやる?美優ちゃんにスモック着せたりとか?」

「み、瑞樹さん・・・!アレはもう勘弁してください・・・」

「川島さん。ここに神谷奈緒という優秀な人材がおりますので」

「おい加蓮!あたしに話を振るなよ!あたしは何もしないからな!大体優秀って何だよ優秀って!いつもいつも私をからかっ」

 

次の瞬間とてつもない低い轟音と共に、辺りを包み込むような眩しい光が一瞬外に広がった

 

「ひゃん!」

「うわ!今のは結構近くに落ちたわね」

 

奈緒が頭を抱えてしゃがみ込み、瑞樹と美優は窓の外を覗き込んで外がどうなっているか確かめていた

加蓮も思わず起き上がり、部屋のドアを開けて廊下に顔を出す

 

「な、なんだよぉぉ・・・びっくりしたじゃんかぁ・・・」

「奈緒、可愛かったよ」

「ちょっ・・・凛!」

 

奈緒が凛に詰め寄ろうと立ち上がった次の瞬間、部屋の電気が消え一面真っ暗になった

 

「今度はなんだよぉぉ!」

「停電?」

 

凛が携帯のライトを点け、辺りを照らす

エアコンも冷蔵庫も止まり、加蓮と同じように廊下に出ると、照明も自動販売機も電源が落ち、辺りが暗闇に包まれていた

 

「そっちは大丈夫ですかー!!」

「うん!こっちは大丈夫!ありがとー!!」

 

声がした方向に振り返ってみると、姿は見えないが同じフロアの別室にいた茜が遠くから話しかけてきた

加蓮が返事を返して再び室内に戻る

 

「とりあえずここにいましょう。電力が復旧するかもしれないし、外は暗くて危ないわ」

「そうですね」

 

瑞樹の言葉に凛も加蓮も元の位置に戻り、デレポに目を通す

オフィスビル、本館の方も同じようだ

子ども達は怯えてしまっているようで、必死になだめている呟きが次から次へと投稿される

瑞樹も美優も携帯で必死になだめていた

 

「テレビもつかないなんて・・・暇だなまったく」

「奈緒〜、チョコレート取って〜」

「またかよ!暗くてわからないわ!」

 

そんな中、先程と変わらないやり取りを続ける奈緒と加蓮

凛はこんな状況下でもいつもと変わらないメンバーに少し心が落ち着く

 

「・・・ねぇ、奈緒」

「まったく加蓮は・・・ん?何だ?凛」

 

携帯のライトで照らしながら、凛は奈緒から渡されたぶどうジュースを手に取り顔の高さまで持ち上げて、奈緒の方にそのまま腕を伸ばす

 

「こんな状況だけど」

「あ・・・ふふっ。ああ」

 

そう言って奈緒も自分のジュースを持ち上げた

 

「ま、楽しくやるか」

 

そしてほんの少し笑顔を浮かべながら、凛の缶に軽くぶつけようと腕を伸ばすと、凛から返事が返ってくる

 

「私オレンジジュースがいい」

「ったく!!どいつもこいつも!!」

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

「うーん・・・」

「幸子はん。うろうろしても何も始まりまへん」

「そうですよ!悩んだときは、お外を走れ・・・ないですよね!今は!!」

 

暗闇の中、携帯を片手に幸子はうろうろと部屋の中を行ったり来たり、デレポの更新通知を見ながら落ち着きなく動いていた

 

「もう少し早く帰ってきていたら、北崎はんが送ってくれてたみたいやけど・・・こんな状況じゃ仕方ありまへんなぁ」

「プロデューサーさんも何か食料はないか探してくるって本館に行ったきりだし・・・こんなに暗かったら写真もまともに撮れないね。私のカメラもバッテリーが切れちゃって」

「よし!走れないならトレーニングしましょう!杏ちゃんがリングなんとかアドベンチャーというゲームを持っていたので、みんなでやれば運動も出来て楽しめる!一石二鳥ですよ!!」

「茜さん・・・電気が来てないのでテレビは動きませんよ」

「そうでしたね!!」

 

勢いよく立ち上がった茜は何もすることなく、そのまままた床に座る

幸子もまた携帯の画面を消してその隣に腰掛けた

 

「それにしても災難ですね、こう暗いとカワイイボクを見ることも出来なくなってしまいます!」

「・・・まぁまぁ幸子はん、あ、こんなところにお菓子ありましたえ?幸子はんどうぞ」

「え?いいんですか?食べましょう食べましょう!」

「あ、それは・・・」

「私もいただきます!!」

 

紗枝と藍子が使っていたテーブルに近づき袋の中からお菓子を一つ取ると、藍子が何かを言い出す前に二人は口に頬張った

 

「ふむ・・・ピリッと程よい辛さが中々・・・」

「そうですね、でも少し物足りな・・・ほ、ふぉぉぉぉぉ!!!!」

 

茜がまた立ち上がった

 

「きましたきました!!きましたよ!!燃えるような熱い感じ・・・はぁぁぁぁ!!走りたくなってきましたよー!!」

「あ、茜ちゃん!はい、お水お水!!」

「あひぃぃぃぃ!!!!」

「幸子はん、その隣の冷蔵庫に飲み物入っとります」

 

携帯のライトで冷蔵庫を照らす紗枝からそれを聞いた瞬間、幸子は我先にと冷蔵庫の扉を勢いよく開き、中身が水であろうペットボトルを一心不乱に飲み始める

 

「あ・・・幸子ちゃんそれは」

「ゴクゴク・・・うんぶっふぉぇぇ!!あがぎぃぃぃうひぃぃぃ!!!!」

 

藍子の心配が的中し、幸子は床に手をついて激しくむせ返りのたうちまわっていた

 

「幸子はん。はい、お水」

「おお!これは炭酸水ですね!!」

 

茜がペットボトルを確認する横で、今度は紗枝がコップに水を注ぎ幸子に渡す

一気に飲み干しまた両手を床について肩で息をする幸子

 

「なんで炭酸水がここに・・・し、し、死ぬかと思った・・・」

「ごめんね幸子ちゃん!このお菓子プロデューサーさんが番組の罰ゲームにどうかって持ってきたやつだったの!なんでも一番辛いお菓子の10倍は凄いよって・・・」

 

心配そうに幸子に駆け寄る傍ら、内心ちょっと番組でやったら面白いかもと思ってしまった藍子だった

 

「ま、まったく・・・ボクじゃなかったら対処できませんよこんなの」

 

藍子に介抱されながら、幸子はテーブルの上に突っ伏す

 

「まぁまぁ幸子はん。ほら、このデレポの動画でも見て機嫌直しておくれやす」

 

そう言って紗枝はついさっき投稿された『私たちの可愛い奈緒』という題名の動画を再生する

そこには雷に可愛い悲鳴をあげて恐がっている奈緒の姿があった

 

「・・・どこもみんな暇なんですね」

「せやなぁ、何にもすることな・・・おや?」

「あぁぁぁ辛いですね!すっごく辛いですね!美味しいですね!!」

「茜ちゃん、それくらいにしておいたほうが・・・」

 

よっぽど気に入ったのか次から次へとパクパクお菓子を口にする横で、紗枝はデレポに書き込まれた一文を目にする

 

「未央はんからですなぁ、何々・・・『エマージェンシー、冷蔵庫が停止した今、三村隊員が大量に買い込んでいたアイスが全滅の危機、至急シンデレラプロジェクトルームまで応援を求む』やって」

「アイス・・・」

 

幸子が呟いた瞬間、辺りは暗いはずなのに三人(一人はお菓子に夢中)それぞれ目が合ったのがわかった

真夏の真っ只中にエアコンが停止した今、幸子はもちろん他三人もラフな格好はしているがジワジワと衣服の内側に汗が滲んでくるのを薄々感じていた

保存していた飲み物もだんだんと温くなり、当然自動販売機も動かない

電力復旧の目処も今は立っていない

もう答えは決まっていた

 

「行きますよ!!」

「茜ちゃん!そのお菓子置いて!」

「え?あ、うおぉぉぉ!藍子さーーーん!?」

 

普段のゆるふわなイメージからは想像もつかない程の強靭な力で茜の腕を引っ張り、紗枝も幸子も四人部屋を飛び出した

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

「うん、多分これで大丈夫なんじゃないかな」

「ごめんね未央ちゃん、私のせいで・・・」

「いいのいいの!この暑さじゃ逆にアイスは救世主だよ!それにしてもかな子ちん〜、こんなにアイスを独り占めしようなんて感心しませんなぁ〜」

「ち、違うよ!私はみんなで食べようかなぁって思って・・・!」

「はい、文香さん。アイスです」

「ありがとう・・・ありすちゃん」

 

話を聞きつけたアイドル達がポツリポツリ現れ始め、テーブルの上に置いてあるアイスが少しずつ減っていく

 

「たのも〜」

「ちょっと周子!ごめんね〜、お邪魔するよ!」

「う〜ん、部屋に広がる甘〜い香り・・・ゾクゾクする〜」

「あ、見て見てシキちゃん。『私たちの可愛い幸子はん』だって。カワイイね!!」

「応援にきたわよ」

「うむ!ご苦労であります!」

 

続いてLiPPSメンバーも到着し、未央に誘導されながらテーブルの上からアイスを取っていく

 

「あ〜、ありすちゃ〜んさっきぶり〜」

「こんばんはフレデリカさん。それと、橘です」

「テイク2〜、橘ちゃんさっきぶり〜」

 

ソファーに文香と一緒に座っているありすの元へとフレデリカが駆け寄っていった

 

「あ、美嘉ねぇお疲れ!はい、アイス」

「うん、ありがとう。ごめんね〜急に押し掛けちゃって」

「呼んだのは私たちだし、大丈夫大丈夫!それにしても困ったもんだね〜」

「ホントね、莉嘉は無事に家に帰ったみたいだからよかったけど・・・志希ちゃ〜ん、何とかなんない?」

「いくら私がギフテッドでも何もないところから電気を作るのは無理・・・うーん待ってよ、とりあえず壁壊して中の配線を見ないと」

「やめなさい」

 

コツンと志希の頭を軽く叩く奏に未央たちはクスッと笑う

 

「他の子たちは?」

「しぶりんたちは部屋にいるって、ちびっ子組もプロデューサーと遊ぶ!って動かないみたいだし、後は来たら来たってカンジかな!」

「なるほどね〜」

 

そう言ってアイスを口に咥える美嘉

 

「ちびっ子といえば」

 

美嘉が口元をペロッと舐めて言う

 

「みりあちゃんたちは?自由研究・・・だったっけ?」

「ああ、なんか青葉さんに泊まるみたいだよ?あっちもあっちで大丈夫・・・なのかなぁ?」

「大丈夫なんじゃな〜い?」

 

地べたに座り込んでいた志希が顔を上に向けてそう言った

 

「今日一日追いかけてみたけど・・・特に?ってカンジ。仕事は仕事って人?志希ちゃんわかんな〜い、にゃは?」

「あんたねぇ、今日は仕事なかったからよかったけど・・・」

「ごめんなさ〜い。そしてこれからもごめんなさ〜い」

 

またコツンと志希の頭を軽く叩く奏

 

「それでここをこうするとページがスクロールできて・・・あれ?」

「ありすちゃん?下に帯のようなものが・・・」

 

暗がりで本が読めないため、ありすがこれを機にと文香にタブレットを勧めていたところ、画面にポップアップがスライドしてきた

文香がその帯を指差そうと前のめりになった弾みで人差し指が画面に触れ、ポップアップが拡大される

 

「デレポですね」

「ああ・・・皆さんがよく使っているという」

 

遅れて、部屋にいた数人の携帯にもほぼ同時に通知が届く

 

「・・・ライブ配信?」

 

そこにはタイトルが『エンジェルとの対決!』と書かれている一本の動画が上がっていた

左下に''Live''と書かれているため、動画のサムネイル自体はブラックアウトしており、再生しないと分からない仕組みになっている

 

「みりあさんみたいですね」

 

思わず再生ボタンをタッチする

 

「なになに?」

「みりあちゃんだって」

 

タブレットの大きな画面で見ようとアイスを片手にありすの座っているソファーの背後に回り、画面を覗き込む未央、美嘉を始めとする数人のアイドルたち

それに気づいたありすは目の前のテーブルにタブレットを立てて置く

未央たちは片手をソファーについて、前のめりのような姿勢になった

画面の中で右回転する数個の水玉模様が消える

 

『あ、映った?ああ!映った映った!!みんなー!こんばんはー!!』

「おお!みりあちゃーん!」

 

再生されると、みりあの顔の右半分が拡大されて写り込んでいた



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

自由研究09

『あ、みんな元気・・・わぁ!すごーい!!みんないる〜!!』

「ワオ!みりあちゃんいつの間にそんな大きくなってフレちゃんビックリ!」

「みりあちゃ〜ん、顔が近すぎて何が何だかわからないよ〜」

 

とコメントするとみりあは「ごめんなさ〜い」と携帯を顔から離す

 

「赤城隊員、状況説明を求む!」

『え?えっとね・・・台風が近づいてきて、帰れなくなっちゃったの!だから、仁奈ちゃんがお母さんに連絡して、泊まることになって、それでみりあたちも泊まりたくて、今日はすっごく楽しくて、それでね!』

「な・・・なるほどなるほど!とにかく、泊めさせてもらうことになったって事でOK?」

『そうなの!!』

 

みりあは感情を隠しきれず、満面の笑みでそう伝える

 

「それで・・・そこは何処なの?」

 

背景に映し出されている巨大なシャッターと、体育館のような内装をした建物が気になる未央がみりあに尋ねる

 

『ここはね・・・青葉自動車さんのお家なの!』

「お家?」

『ああ、ダメだった!ダメダメ!ホンっとダメ!』

『次は千枝が・・・!』

 

みりあの横から別の声がした

 

『''Welcome to Ridge state''』

 

次から次へと声が聞こえる中みりあが携帯のカメラを左に向けると、リビングのようなスペースが映し出される

そこにはソファーにぐったりと深く腰掛けている零次の姿と、その隣でゲームのコントローラーのようなものを持ってテレビと向き合う千枝の姿があった

 

「そっちは今何をやってるの?」

『今はね、みんなでレースしてるの!!』

 

携帯を持ってソファーに近づくと、そのテレビ画面には近未来的な車が映し出され、千枝が『これでもない、これはダメだったし・・・やっぱりこれ・・・』と呟きながら車をスクロールしている

 

「あれ?そっちも停電なんじゃないの?」

 

よくよく考えたら、テレビやら室内を眩しく照らしているLEDなど不可解なことでいっぱいだった

 

『あのね、''自家発電''なんだって!なんか・・・えっとね、コンプレッサーが止まったら困るから、だって!!』

「こんぷれっさー?」

 

聞き慣れない言葉に未央たちは顔を見合わせる

 

『あれ、お前ら』

「レイさんやっほー!おお!珍しい私服姿ですなぁ」

『やめろ!マジマジ見るんじゃな・・・ああ!お前!一ノ瀬志希!』

「どもども〜、先程はどうもどうも〜」

 

どこか抜けたような声で返事をする志希に、零次は呆れたように頭を抱える

 

「すいません・・・よく言って聞かせましたので」

『おお、美嘉姉ちゃんじゃないか。さっきは助かった』

『懐かし〜、7じゃないか!』

 

すると、画面の端にもう一つウィンドウが開き、別室の奈緒たちに繋がる

 

『あたしも幼稚園の頃よくやったよ!これからエンジェルに挑むのか!やるじゃんか!』

『奈緒、みんなが置いてけぼりくらってる』

「しぶりんだー!!」

『私もいるよー』

 

横から凛と加蓮が顔を出す

 

「しぶりんたちもアイス食べに来ればいいのに〜」

『本格的に暗くて危ないからやめとく、そっちはどう?みんな大丈夫?』

「うん!みんな元気だよ!三村隊員のおかげで!」

「も、もう!未央ちゃん!」

 

かな子が未央の肩をポカポカと叩く

 

「あ、そういえば奈緒の動画みたよ!意外と可愛いトコあるじゃん!」

『ん?どういうこと?可愛いトコって何ですか?美嘉さん?』

 

画面の前で奈緒が首を捻っていると、凛、加蓮が順番にスッ・・・っと静かに画面からフェードアウトした

 

『ん?なんだ?』

 

奈緒が画面から離れた凛と加蓮を不思議そうに見比べていると、Live動画の一段上でポンポンといいねの星が増えていることに気づく

気になったのか奈緒が画面に人差し指を向けスライドした瞬間、画面のバックライトでもハッキリ分かるほどに奈緒の顔が真っ赤に染まった

 

『くぅぅぅおぉぉぉらぁぁ!凛!!待てコラ!!逃げるなぁぁぁぁ!!』

 

次の瞬間、一瞬で画面から奈緒が消え、ドタバタと走り回る効果音だけが聞こえてきた

 

「ワオ!あっちも仲がいいね!レース始めるなんて!」

「いやフレちゃん、ちゃうちゃう」

 

周子がフレデリカの肩に手を置いてそう言う

 

『''Get ready to race''』

 

画面からそんな声が聞こえてきた

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

「ぐぬぬ・・・!ぐぬぬぬ!」

「佐々木ちゃん、無理はするな。まずは背中を捉えることからだ」

「うん、やっぱり最近の若い子はこういうの飲み込みが早いわね・・・」

「姉さんもやってみれば?」

「私はピコピコはだめよ〜ひなちゃん。携帯でさえ完璧に使いこなせないのに〜」

 

コントローラーを持った両手を、画面の車が右へ左へと曲がるたび同じように体ごと捻りながら佐々木ちゃんは必死に相手を追いかける

 

「あ!うっすらと見えたでごぜーますよ!」

「でも遠いね・・・」

「最後まで諦めません・・・!」

 

最後のコーナーを抜けて、直線に上手く入る事はできたが、相手のシルエットは遥か先を走っていた

 

「''Finish!''」

 

テレビの画面から音声が流れた瞬間、テーブルの上に立て掛けて置いてある赤城ちゃんの携帯の画面からも『ああ〜・・・』という複数の声が上がり、前のめりになってプレイしていた佐々木ちゃんが背後の背もたれに深く腰掛けて、コントローラーを持っていた手をだらんと自分の膝の上に置く

 

「ダメです、この人?強すぎです・・・」

 

テレビからはプレイヤーを励ます音声が流れる

 

『いやいや、エンジェル相手に初心者がそこまで追いつけるのは逆にセンスあるぞ』

『あの曲がりカーブの手前からこう・・・滑り始めれば?』

『さすがに初心者に直線ドリフトは難しすぎるわ凛』

 

美城組も他に特に娯楽がないのか、アイドル同士話している者、長電話している者など様々で、彼女達も例に漏れず画面を食い入るように見ていた

 

「みりあもや〜る!みりあもやーる!!」

「みりあちゃん!ここどうぞでごぜーますよ!」

 

市原ちゃんが立ち上がり、自分が座っていた場所をポンポンと叩いた

「ありがとう!」と赤城ちゃんが返事を返し、市原ちゃんと入れ替わるように佐々木ちゃんの隣に座る

 

「おねーさーん!」

「あら!仁奈ちゃんいらっしゃ〜い!」

 

俺の前をトテトテと小走りで通り抜け、姉さんとひな先輩の間にすっぽり収まる市原ちゃん

姉さんは飲んでいたビールをテーブルに置いて市原ちゃんの頭を撫でていた

 

「どれにしようかな〜」

『その銀色のは?』

『あ、それ走りやすいぞ』

「ほんと?じゃあこれにしよ!」

 

画面から聞こえてきた神谷さんのアドバイスに従い、赤城ちゃんは自分のマシンを選びスタート画面に入る

 

「ねぇねぇおねーさん」

「「なに?」」

 

市原ちゃんの問い掛けに、姉さんとひな先輩が同時に返事をして市原ちゃんに顔を向ける

 

「あ、えっと・・・うーん?」

「フフフッ、美空でいいよ」

「美空おねーさん?」

 

姉さんに顔を向けたあと、次はひな先輩と目が合う市原ちゃん

 

「・・・ひなでいい」

「ひなおねーさん・・・」

 

市原ちゃんのポカンとした表情から一変、笑顔が一瞬で広がる

 

「美空おねーさん!ひなおねーさん!」

「は〜い」

「よくできました」

「えへへ!」

 

そうして姉さんとひな先輩の腕に抱きつく市原ちゃん

 

「えへへぇ!!」

「姉さん・・・」

 

ご満悦な姉さんの様子に呆れた表情を浮かべるひな先輩

そんな様子に気づくことなく嬉しそうに市原さんは姉さん達にくっつく

 

「あ、あの・・・」

「ん?なした?」

 

隣から聞こえた佐々木ちゃんの声に応えるように、顔だけ向けた

 

「ずっと、お礼を・・・言いたかったんです」

「お礼?何の?」

「ふん!よいしょ!えい!えい!」

 

赤城ちゃんが運転に四苦八苦し、市原ちゃんが姉さんたちと楽しそうに話す

そんな騒がしいはずの室内に、俺と佐々木ちゃんだけの空間が出来上がっていた

佐々木ちゃんは太ももの上で両手の指同士を合わせて指先をつけたり離したり、完全に顔をこちらに向けるわけではなく、目線だけをこちらにチラチラ向け遠慮がちに話す

 

「と、突然すいません。前に、私の誕生日会に間に合わせてくれたこと・・・」

「ああ、そんな事もあったなぁ」

 

春頃だったか、初めて三人に会ったときだった

 

「あの後、北崎さんはご飯を食べたら帰っちゃって・・・ちゃんとお礼を言えなかったから」

「いや、別に。大した事はしてないし、それが仕事だったから」

「いえ!」

 

佐々木ちゃんが顔をこちらに向ける

 

「私嬉しかった・・・本当に嬉しかったんです。あんな風に言ってくれる人、今まで居ませんでした。大人の人はみんな、お話しするのはお仕事のことばっかりで・・・いつもお仕事のことを考えてて・・・でも」

 

顔を下に向けて、少し考えてから再び俺に顔を向けた

 

「私のことを考えてくれた人は・・・北ざk・・・零次さんが・・・初めてでした」

「・・・そっか」

 

改めて、こいつらがそういう世界にいることがわかる台詞だった

 

「今日は楽しかったか?」

「・・・はい!」

 

俺の質問に満面の笑みを浮かべて答える

子どものように無邪気な・・・いや、そんな言い方は止めだ

これは本来あるべき純粋な笑顔なんだろう

 

「えい!えい!えーい!!」

「わわ・・・!」

 

隣でコーナーを曲がる際に体も動いていた赤城ちゃんの腕が当たり、こちらにもたれかかってくる

 

「ご、ごめんなさ・・・!」

「ん?いや・・・」

「えい!むむむ・・・むーん!」

『みりあちゃんがんばれー!』

 

携帯から聞こえてくる声援と、ゲームプレイに夢中になり体を振り回す赤城さんから少し離すよう、肩に手を置き少しこちらに引き寄せる

 

「ふわ・・・わ・・・わわわ・・・わわわわ・・・!」

「おい、大丈夫か?」

「・・・はい・・・大丈夫・・・れふ」

「それならいいけど・・・、いやなら言えよ、千枝」

「・・・!はい・・・零次さん。えへへっ」

 

そう言って千枝は、俺の肩に軽く頭を預けた

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

『ねぇ、何かおかしくない?』

 

そんな声が携帯から聞こえてきたのでテレビ画面を確認すると赤城ちゃんが運転していた車が壁にぶつかり続けていた

赤城ちゃんに目を向けると、コクリコクリと顔を小刻みに下に向けて目を閉じ、コントローラーを持っていた手は力なく両膝の上に落ちている

 

「仁奈ちゃんも限界みたい」

 

姉さん達の方も、市原ちゃんがひな先輩の方に倒れ込み、その膝を枕にしてすやすやと寝息を立てている

俺は自分の携帯をひとまずテーブルに置いて、赤城ちゃんの携帯を取る

 

「悪い、こっちちょい限界きてるみたいだから切らせてもらうわ。お前らも早く寝ろよ」

『うん!みりあちゃん達のことよろしくね!レイさん!おやすみー!』

 

本田ちゃんがそう言うと、続け様におやすみと挨拶が聞こえて一人また一人と画面から離れていく

 

『や、やっとついた・・・茜ちゃんダッシュで行っちゃうんだもん・・・』

『いやー楽しかったですね!また一緒にやりましょう!』

『さ、さすがに・・・30階を階段で登るのはもう・・・堪忍やわぁ・・・』

『おお!ギリギリだったね!はいどうぞ!』

『やっと着きましたー!いくらカワイイボクでもエレベーターなしでここまで登るのは初めてですよ!さぁ!早くアイスをボクに!』

『あっ、ごめん丁度無くなっちゃった』

 

バタン!と何かが背後で床に倒れる音をバックに橘ちゃんの指が画面に近づくと同時に通話が切れる

時計を確認すると、もう9時半を回っていた

 

「さてさて、どうしようかねひなちゃん」

「とりあえず・・・仁奈ちゃんとみりあちゃんは私のベッドに運ぶ。千枝ちゃんは丁度お前にくっついてるから何とかしてくれ」

 

千枝も他の二人と同様に、俺に肩を預けたまま頭をこちらに傾け、すやすやとリズミカルに寝息を立てていた

くっつけている腕が窮屈にならないよう無意識に俺の左腕に自分の腕を回し、倒れ込むように枕にして寝ている

 

「おい、ここで寝たらダメだ。おい・・・まったく」

 

千枝の頭のつむじ部分を右手で軽くトントンとつつくが

 

「んむぅ・・・むふぅ・・・んん・・・ん」

 

軽く起こすつもりが、千枝は体を少しもぞもぞと動かした後に右腕も俺の腕に絡ませて完全に抱き枕にされてしまっていた

 

「よし、仁奈ちゃんはこれでいい。みりあちゃんもよろしく」

「はいは〜い。よいしょっ・・・と」

 

姉さんが赤城ちゃんの手からコントローラーを離し、そのまま抱き抱えるように持ち上げて後ろのひな先輩のベッドまで運ぶ

 

「ひなちゃんのベッドが・・・よっと、セミダブルで良かったわ」

「ベッドがちっちゃいのが嫌なの」

 

赤城ちゃんをそのままベッドに下ろし、市原さんと同じように横にする

薄いタオルケットを掛けると、安心したのかお互いに寝返りを打って向き合う形ですやすやと寝息を立てていた

 

「まぁそれにしても凄いわね、まだこんなに小さいのに」

「中々に肝が座ってる」

 

姉さん達が話しているのを聞き、改めて千枝に目を向ける

きっと、俺たちには想像も出来ないような、途方もない苦労があるのだろう

でも、それでも諦めずやってこれたのは自身の強さもあるだろうが、それ以上に仲間にも恵まれているからではないだろうか

 

「・・・」

 

俺は赤城ちゃんの携帯をテーブルから取り、そう思った

 

「職場環境は・・・いいんじゃないですか?」

「ふん・・・で、そっちはどうする?」

「ええ、そっちはいっぱいみたいなので、俺の場所まで運びます。あ、これ赤城ちゃんに」

 

そう言って携帯をひな先輩に渡す

 

「じゃあ、私は下にいるから三人をお願いね。んー・・・さて、やりますかぁ」

 

腕をグーっと上に伸ばし、姉さんは下に繋がる階段へと歩いていった

 

「じゃあ千枝ちゃんを頼む。・・・ふわぁ、私も少し眠い。どこで寝るか・・・」

 

ひな先輩は小さくあくびをして、二人が寝ているベッドに赤城ちゃんの携帯を置きに行く

 

「さて・・・よっこいしょっと」

 

俺も千枝を持ち上げて自分のベッドに向かう

さすがに抱き抱えるわけにはいかないので、いつぞやの櫻井ちゃんのようにお姫様抱っこで持ち上げてとりあえずベッドに座らせる

 

「ん・・・ふぅ?」

「ちょい待ってな、今この毛布をどけてタオルケットにするから・・・よしOK」

 

寝ぼけ眼の千枝の横で、寝苦しくないように準備をする

遠くから姉さんが階段を降りる音が聞こえてくる

 

「これでいいだろ。ほら横になって」

「んー?」

 

返事にならない返事を返しながら、千枝は大人しく横になった

 

「じゃ、おやすみ」

 

そう言ってタオルケットを掛けると

 

「うーん・・・えへへ」

「な、ちょっ」

 

タオルケットから腕を出して、前屈みになっている俺の首にそのまま回し俺をベッドに倒す

 

「おい、離せ。おい聞いて・・・はいないな絶対」

「・・・」

 

すぴーっとそのまま寝息を立て始めた

ひな先輩に助けを求めようとしたが、あちらも携帯を置きに行ってそのまま俺と同じような境遇になっているようだ

 

「これは逃げられそうにないな・・・明日の朝、嫌われてなきゃいいけど」

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

次の日の朝

 

「はわぁぁぁぁぁぁぁぁ・・・!」

 

小さくて可愛い悲鳴が零次のベッドの上で上がった

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

「・・・」

 

様々な部屋でパソコンのキーボードを打つ音、人が歩く音、話し声が聞こえる中、第3芸能課のオフィスのど真ん中で、一ノ瀬志希はあるノートに目を通す

 

「・・・ふむ」

 

顎に手を当てて、そのまま片足に軽く重心を移動させ若干楽な姿勢になり、立ったままノートを読み進めていく

時計の針が進む音だけが部屋の中に響き渡り、志希の目は文字を追っていく

 

「あ、シキちゃーん」

 

開きっぱなしの扉からそんな素っ頓狂な明るい声が聞こえたが、志希は一瞬目を扉に向けるも、そのまますぐノートに目を戻す

 

「なになに?そんな真剣なシキちゃん久しぶりに見たよ?」

「ふふ〜ん、ちょっと散歩がてら面白そうなもの見つけちゃって」

 

部屋に入ってきたフレデリカはそのまま志希の背後に回り、肩から覗き込むような体勢でノートを覗き込む

 

「あ、それこの間の自由研究ってやつ?ワオ!アタシも元小学生だからね、その気持ちよくわかる!」

「フレちゃんって出身パリじゃなかったっけ?」

「見た目はパリジェンヌ、頭脳は日本、その名はフレちゃんなのだー!」

 

そう言って両腕を上に伸ばすフレデリカに合わせるように、志希も「なのだー」と同じように両腕を上に上げる

 

「で、シキちゃん。さっき美嘉ちゃんが探してたよ?志希ちゃんどこ行ったんだろう?って」

「きっとその100倍は怒ってるよね〜」

 

現に今は営業時間真っ只中、前にここに来た時とは違い、時計は1時半を回っている

午後一でレッスンの予定が入っていたが、午後は誰もこの事務所にいないことを聞きつけた志希は知識欲を抑えきれず足を運んでしまった

 

「あれ?もういいの?」

「うん」

 

志希はノートを元の位置に戻す

 

「知りたいことはわかったし」

「フーン・・・」

 

今度はフレデリカがノートを手に取り目を通し始める

 

「ほら、早くいかないと。待ってるんでしょ?この前も散々だったからさ〜、美嘉ちゃんの機嫌損ねちゃ」

「シキちゃん、そんな心配そうな顔しなくても大丈夫だよ〜?」

 

フレデリカの言葉に喋るのをやめ、ドアノブに手を掛けたまま停止する志希

 

「・・・は?」

「うん?」

 

一旦扉から離れフレデリカに近寄ってくる

 

「あたしが?心配?いつ?あたしは研究対象がどういうものか気になっただけ。どうして?そう思ったの?教えて欲しいなぁフレちゃん?にゃはは?」

 

早口早足で捲し立てながら、猫のような笑顔を口元に浮かべフレデリカにピッタリと近寄った

3cmの身長差から、若干志希がフレデリカを見上げる体勢になる

 

「あの子たちなら大・丈・夫ってコト!あの真面目な千枝ちゃんが大丈夫なんだもん、きっと大丈夫だよ!ほらシキちゃん、笑って笑って!」

 

両手の人差し指で志希の口元の両端を上に吊り上げる

猫のような形から一変、ヘンテコな笑顔に形が変わった

 

「こっちの方が今のシキちゃんに合ってるよ!みんなのことが心配な、優しい優しいシキちゃん」

「・・・」

 

志希は何も言わず、フレデリカにされるがままになっていたが、徐々に顔を伏せていき、自分の顔に当てられているフレデリカの手を掴んで、そっと下に下ろした

 

「?」

 

フレデリカが頭の上にクエスチョンマークを浮かべていると、志希は俯いたまま自分の首元を撫で始める

 

「あ、いた!志希ちゃーん!!全くすぐあんたはいなくなるんだから・・・志希ちゃん?」

 

部屋に勢いよく入ってきた美嘉はいつもと違う志希の様子に気づく

首元に当てた手が下ろされると、首元がほのかに赤く染まっていた

 

「早く、レッスンでしょ」

「ええ、ってちょっと志希ちゃん?」

 

美嘉が近づく前に志希は美嘉の横を通り抜け足早に廊下に出て行く

 

「あら、志希ちゃん」

「え・・・?」

 

偶然通りかかったちひろが声をかけた

 

「トレーナーさんが探してましたよ?早くレッスン室に・・・志希ちゃん?大丈夫ですか?ほっぺたが少し赤いですが・・・」

「あ・・・いや・・・」

 

そう呟くように話した後、少し俯いて再び顔を上げる

 

「何のことかにゃ〜?にゃはは!」

「あ、志希ちゃん」

 

するとまた、志希は足早に去って行ってしまった

 

「あの子どうしたんだろ」

「大丈夫だよ美嘉ちゃん!大丈夫って話してただけだから!」

「はぁ?」

 

今度は美嘉の頭の上にクエスチョンマークが浮かんでいた



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

クローバー
クローバー01


神よ、感謝します

私にこの機会をお与えくださったことを

 

「はい!いつもありがとうございます」

 

私に、今日という日を与えてくれたことを

 

「本当ですか?これからも・・・応援よろしくお願いしますね」

 

神よ、感謝します

 

「えへへ、そんな・・・また、来てくださいね?」

 

この地に、大天使チエリエルを!ご降臨!なさって!くれた!ことに!!!!

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

一週間前

 

「・・・」

 

夏もいつの間にか過ぎ、季節はほのかに秋へと移り変わろうとしている今日この頃

 

「はい、一回でいいですか?」

 

世間は前年度の終わり、街を見てみても様々な職種の人たちが慌ただしく動き、後期へと入るための準備、前年度の締めのために精を尽くしている

 

「暗証番号をお願いします・・・はい、もう少々お待ちください」

 

うちも例外ではなく、仕事が大詰めを迎え、美城からの依頼を断ることが増えた

大きな仕事こそ入ってはいないが、ちょこちょこした仕事が残っており、その消化作業に追われている

 

「はい、カードお返しします。ありがとうございます」

 

今日も今日とて、少し早いタイヤ交換やオイル交換などでお客様の来店が多かった

 

「・・・ふー」

 

ひな先輩が立ち上がってお客様を見送った後、クレジットカードのレシートを整理しながら椅子の上でため息をついていた

 

「終わりか?今日は大体」

「はい、そうですね・・・大体予約の方は来ましたね。というかさっきので最後です」

 

ひな先輩から受け取ったレシートをしまいながら、パソコンを確認する

予定ではさっきのお客様で最後、その後は白紙で埋まっていた

 

「飛び込みが来なければ・・・の話ですが、そろそろいい時間帯だし、もうこのまま大人しく帰りたいです」

「後は姉さん次第か」

 

そう言ってひな先輩は工場を窓越しに覗く

椅子を少し回転させて俺も同じように目を向けると、検査ラインで運転席の窓から少し外に身を乗り出して、手に持っているリモコンを天井からぶら下がっているデジタル数字が表示されている機器に向ける

 

「あと・・・40分くらいですかね。書類も含めると」

「暇だったら仕上げを手伝ってやってくれ」

 

「はい」と返事を返して自分のパソコンに向かい、明日の予定を確認しておく

周りの書類も片付けつつ、ぼちぼちと帰る準備をしていると、出入口から人が入ってくるチャイムが事務所に鳴り響く

 

「この時間予定あったか?」

「いえ、特に何も・・・飛び込みですかね」

 

事務所の扉が開いた

 

「こんにちは・・・」

「こんにちは〜」

「あ!お前ら!」

 

入ってきたのは、二人の女子高生

少し丈の短いスカートに制服姿というのは同じだが、学校は違うのか色合いは別

同じように肩からバッグを下げて、挨拶と同時に体の前に持ち直す

 

「零次さん、久しぶり〜」

「ひなさん、お久しぶりです」

 

そのまま受付のカウンターの前まで歩き、ペコっと頭を下げた

 

「ああ、久しぶり。待っててくれ、今コーヒー入れるから」

 

そう言ってひな先輩は給湯室へ行ってしまった

 

「で、今日はどうした?仕事はないはずだぞ。花屋とポテト姫」

「用がないと来ちゃいけないの〜?最近346に顔出さないから会いに来てあげたのに〜」

「冷たい人」

 

二人カウンターの前の小さな椅子に座り、床にバッグを置いて小さく不満を呟く

 

「ひなさんから、暇なら遊びにきなって前に会った時に言われたから、ちょうど凛と鉢合わせして・・・そのままって感じ」

「今日は放課後仕事もなかったから、加蓮と遊んでたってわけ。午前授業だったし」

「何で?今日そんなに特別な日だったっけか」

「明日から秋休みだから〜。私たち」

「そうかいそうかい、いいですね。学生はそんな休みがあって」

 

嫌味ったらしくそう返しながら、俺は書類をトントンと机の上で整える

 

「っていうか、前々から気になってたんだけど、零次さんっていつ休んでんの?」

「何だって?」

「いやホラ・・・プロデューサーが呼んだらすぐ来てくれるし、随分働き者だなぁって」

 

加蓮の言葉に凛も携帯を触りながら首を軽く縦に振る

 

「あのなぁ・・・一応仕事なんだぞ、お前たちの送迎。それに心配しなくてもちゃんと休んでる。家にいるだけで」

「大体寝るかゲームしてるかだろ」

 

コーヒーを三人分手に持ちひな先輩が給湯室から戻ってきた

二人はお礼を伝えるとコーヒーを受け取る

そして両手でカップを持ち一口飲むと、苦そうに顔を少し歪めた

カウンターの上にコーヒーを置くと、すぐに一緒に持ってきたスティックシュガーを二つコーヒーに入れた

 

「え、じゃあ家に一人?寂し〜」

「彼女とかいないの?」

 

スティックシュガーのゴミをクシャっと手で握りながら凛がそう言う

 

「今はいない」

「昔はいたんだ」

「いいだろ俺の話は、大体そんなこと聞いて誰が得するんだ」

 

凛と加蓮は顔を見合わせてクスクス笑う

 

「じゃあ・・・今はフリーってこと?」

「イイコト聞いちゃった〜」

 

カウンターに両肘をつき、そのまま両手に顎を乗せてニッシッシと小悪魔のような笑顔をこちらに向けている加蓮

制服の袖で手首が隠れ、衣替えし暖かそうな格好なのに胸元が少しあいているその少しあざといスタイルは、アイドルが故の武器なのだろうか

ファンが魅了される気持ちがまた少し分かった気がした

 

「だからって休みの日にお前らに付き合う理由はないからな。俺にだって予定っていうもんが・・・」

「送迎なり荷物持ちなり好きに使ってくれ、どうせ暇だから」

「ちょっ!ひな先輩!」

 

俺の抗議も虚しく、聞き流しながらひな先輩から差し出されたお菓子のチョコスティックを口で受け取り美味しそうに食べる二人

まったく人の気も知らないで

 

「ふぅ〜、後は書類だけだわ〜。片付けて終わり・・・ん?」

 

工場の扉が開き、大型のバインダーを抱えて事務所奥の検査員用デスクに来た姉さんがこちらの様子に気づく

 

「ちょ、ちょ、ちょ、ちょっと待って・・・!本物?ホンモノ!?トライアド・・・プリム・・・ス!?」

 

慌てふためきながらデスクにつき、バインダーで顔を隠すものの、少し目から上を出してこちらをうかがっていた

 

「こんにちは〜、初めまして」

「こんにちは。すいません、今日は神谷奈緒はいなくって・・・」

 

凛と加蓮がそれぞれペコっと頭を下げ姉さんに挨拶するが、姉さんは「いえいえぇぇ・・・」などと小さく返事をして縮こまってしまっていた

 

「あ、ああ。そういえば会ったことないよな。うちの整備士で検査員で工場長。基本工場にいるから会ったことないのも無理はない」

 

ひな先輩はそう言うと小さく姉さんに手をこまねく

姉さんは自分自身を指差して困惑していたが、ひな先輩がうんうんと頷くと恐る恐るバインダーを前に抱えたままカウンターまで歩いてくる

 

「は、初めまして・・・海道美空っていいます!最初に一つだけ言っていい・・・?もう最っ高!!大ファンなの!!」

「ホント?お姉さんありがとう!」

 

興奮冷めやまぬ姉さんに加蓮が手を差し向けると、姉さんは慌てて俺の机にバインダーを置き、手を軽く服で拭いて同じように差し出す

 

「ああ・・・一応ちゃんと手は洗ってるんだけど、こういう仕事してるから・・・もう少し綺麗にしておくんだったわ」

 

少し手が引っ込みかけるが、それを逃がさず加蓮は手をしっかり握る

 

「応援してくれてありがとうお姉さん。今日はいきなり来ちゃってごめんなさい」

 

加蓮がそう言って手を離すと、次は同じように凛も手を差し出す

 

「初めまして、いつもお世話になっています。わぁ・・・!職人の手ですね。カッコいいです」

 

凛も加蓮と同じように何の躊躇いもなく姉さんと握手を交わした

 

「そんなことないわ。あなたたちの方が何倍もカッコいいわよ」

「いえ、私は機械はよくわからないから・・・直せるお姉さんって凄い」

「機械系得意なアイドルもいるけど・・・私もあまりって感じだから」

 

加蓮と凛の言葉に「いや〜ん」と嬉しそうに喜ぶ姉さん

さっきとは裏腹に意気揚々とバインダーを持って奥のデスクへと向かっていった

 

「・・・あんなんだけど、悪い人じゃないから。よろしくね」

「全然〜、面白そうなお姉さん〜」

 

加蓮が興味深そうに視線を姉さんに送る横で、凛が加蓮とは少し違った意味合いで姉さんを見ていた

 

「う〜ん・・・」

「凛?」

 

唸っている凛に加蓮が声を掛ける

 

「どこかで会ったこと・・・あるような」

「・・・姉さんって美城プロ行ったことあったか?」

「最初車取りに行ったときくらいしか・・・ニュージェネとすれ違った、みたいなことは言ってましたけど''会った''とは言ってなかったですし」

「いや、そういう感じじゃなくて・・・」

 

顎に手を当てて考え込む凛

 

「どっか仕事で行ったときだったかな・・・会場?ライブじゃないし・・・」

「まぁ・・・あの人は謎が多いから」

「ライブにでもたまたま行ってたんじゃないですか?その、トライアドプリズムの」

『トライアドプリ''ムス''』

 

カウンターの二人と、姉さんからツッコミが入った

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

それからしばらく談笑していると、姉さんは工場を閉めるために戻っていった

日がすっかり落ちてゆき、辺りはすっかり暗闇に包まれていく

道路にも帰宅ラッシュの車が溢れ、街頭に灯りが灯り始めた

 

「ただいま〜。おお!これはこれは!」

「あ、こんばんは」

「こんばんは〜。お邪魔してます」

 

手に自分のコートと書類を抱え、社長が慌ただしく入ってきた

凛と加蓮は同時に立ち上がり、社長に向かって頭を下げる

 

「うむ、こんばんは。いやいや、やっぱりいつ行っても美城プロは大きくて緊張するねぇ」

「今西さんに会ってきたんですか?」

 

キーボードを叩きながらひな先輩が尋ねる

 

「会いたかったんだが、会議が長引いてね。残念だが会えなかったよ。ああ、そんなかしこまらなくてもいいよ。ゆっくりしていってくれたまえ」

「は、はぁ・・・」

 

呆然と立ち尽くす二人に、はっはっはと笑いながら社長室へと向かうがドアの前で立ち止まる

 

「ああ、そうだ。もう一人お客様が今入ってくる」

「お客・・・?」

 

コートを持っている手を軽く出入口に向け動かすと、事務所のドアが開く

 

「あれ?プロデューサー!?」

「凛、加蓮!お前たちどうしてここに?」

 

スーツ姿の青年が、凛と加蓮に向かい合った



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

クローバー02

「お前たち・・・今日はオフじゃなかったのか?」

「プロデューサーこそ、なんでここに?」

 

バタンと社長室の扉が閉まり、室内の電気が点いた

 

「俺は仕事の打ち合わせで来たんだ。まったくお前たちは・・・ああ、すいません。お仕事の邪魔をしてしまって」

「全然。丁度仕事が一段落して、話し相手が欲しかった頃に二人が来てくれたので、逆に助かりました」

 

会計用の小型金庫のお札を数え、領収書を整理しながらひな先輩は笑顔で答える

そんな様子を見ていた加蓮は「だってさー?」と手を後ろに組んでプロデューサーに向けイタズラっぽく笑うと、プロデューサーから頭にポンっと軽くチョップされる

 

「もう暗くなってきたし、さっさと帰りなさい。気をつけるんだぞ」

「えー?プロデューサー、こんな暗い中女の子二人だけで返すつもり?冷たーい」

「そ、そうは言ってもだな・・・」

「居てもいいでしょ?ねー?おねが〜い。後でプロデューサーと一緒に帰ればいいでしょ〜」

「冷たい人」

「凛はいつも歩いて帰ってるだろ!まったく、どうしたら・・・」

 

二人から責められ狼狽しているプロデューサー、そのやり取りを見ていると、小型金庫を事務所の隅の大金庫にしまいに行こうとするひな先輩に肩を叩かれる

 

「お前が送ってやれ」

「ああ・・・え?俺ですか?」

 

思わず振り返ると、何事も無かったかのようにスタスタと歩いていってしまうひな先輩

カウンターに向き直ると

 

「え?ホント?」

 

ついさっきまでプロデューサーに食ってかかっていた加蓮がいつの間にか目の前の椅子に座っていた

 

「それだったらアタシ言うこと聞いちゃうかも、凛はどうする?」

 

凛は凛で床に置いていた自分のバッグを持ち、帰る準備を整えていた

 

「・・・はぁ」

 

俺は渋々鍵がポケットに入っているブルゾンを羽織る

 

「なんか久しぶり〜」

「へぇ、へぇ。そうですかい。そいつはよござんす」

 

「ちょっと待ってろ」と加蓮の言葉を聞き流しながら準備を終えて、車を取りに行くため出入口へ向かう

 

「すいません、よろしくお願いします」

「ああ、いえいえ。キチンと送り届けます」

 

そのやり取りを間に受けたのか、ものすごく申し訳なさそうな顔で謝られてしまった

 

「大丈夫ですよ。いつもこんな調子なんで」

「そうそう、大丈夫だよプロデューサー・・・なんてね」

「まったくお前たちは・・・」

 

ひな先輩がフォローするが、凛の言葉に腰に手を当てて呆れているプロデューサー

そんなやり取りを見ながら出入口から外に出る寸前、ひな先輩がこっそりと加蓮に耳打ちしていた

・・・嫌な予感しかしない

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

「じゃあね〜プロデューサー。また明日〜」

「ああ。そうだ、明日は9時だからな。遅れるなよ」

「わかってる・・・本館のロビーに居ればいいんでしょ?」

 

プロデューサーの言葉と同時に凛ちゃんは携帯を開き、指で画面をスライドさせる

予定を確認していたのか、指の動きが止まると小さく頷き、携帯をポケットにしまった

 

「じゃあ、お邪魔しました〜。ひなさんまたね〜」

「ああ」

「お邪魔しました」

 

二人の言葉に椅子に座りながら軽く手を挙げて答えると、出入口に車を持ってきた零次の元へと向かう

出入口で腕を組んで待っていた零次の背中に加蓮ちゃんが回り込み、手でその背中を押していく

なんだよと悪態をつく零次をよそに加蓮ちゃんはぐいぐいと車へと押し込む、そんな三人を見ながら一口コーヒーを飲んだ

 

「本当にすいません。彼女たち悪気はないので・・・」

「大丈夫です、それはよくわかっています」

 

プロデューサーがそう言って外を見る。コーヒーカップを持ちながら、同じように視線を向けると、助手席に乗り込もうとする加蓮ちゃんを指差して止め、後ろに乗るよう催促する零次の姿があった

あからさまに不機嫌な様子で、えー?っと抗議する加蓮ちゃんだが、零次が首を横に振り再度催促すると渋々後ろに乗り込む

凛ちゃんはというと、最初からその結末がわかっていたかのように黙って後ろの席に乗り込み、一人携帯を触っていた

 

「それにしても、あんな風に笑う加蓮を久しぶりに見ました」

 

車の音を低く響かせて走り去っていく零次達を見ながら、プロデューサーがポツリと呟く

 

「あいつ、いつも申し訳なさそうに笑うことが多いんですよ。年相応に楽しんでもらおうと頑張ってはいるんですが・・・」

「テレビなんか見てる感じでは、そんな風には見えませんが?」

「とんでもない!加蓮は元々身体が弱くて、最初スカウトした時なんか名刺を突き返されてしまって・・・、ですが今は私の想像以上に輝いてくれています。私の目に狂いはなかったと、安心しているくらいで。あんな風に笑うようになったのはきっと、ドライバーさんが何かしてくれたのではないかと思っていたのですが・・・」

「あいつはそんな器用なことできるやつじゃないです」

 

そう、あいつはわざわざ説教したり、テーブルを挟んでお茶を飲みながらゆっくりお話しするようなタイプではない

いつもまるで子どものような事を言ったりやったり

アイドル達との関係もそうだ、今日も凛ちゃんや加蓮ちゃんにからかわれたりと、その間にまるで壁がないように振る舞う

美城に行ったときもよくアイドル達に捕まると私に愚痴ってくる

 

「それが彼のいいところだと、私は思うがね」

「あ、社長さん!」

 

いつの間にか、荷物を置いてスーツをピシッと着直した社長がカウンターに向かって歩いてきていた

 

「彼女達の周りには、普通の学生生活を送っていれば本来いるはずがない''肩書き''や''役職''といったものを持っている大人たちが沢山いる。今西君が言っていたが、そんな中、仕事に精一杯アイドルのみんなが努めてくれているそうじゃないか。その傍に彼のような人間が一人は居てもいいんじゃないかと、私は思ったんだけどね」

「社長さん・・・」

「まぁまぁ、立ち話もなんだ。早速仕事の話を聞こう。さぁこちらにどうぞ。雛子君、コーヒーを二つ頼む」

「わかりました」

 

パソコンの電源を落とし、社長に言われた通りにコーヒーを淹れるため給湯室へと向かう

社長に催促されたプロデューサーは言われた通りに事務所奥の休憩スペースまでついていき、テーブルを挟んでソファーに腰掛けた

それから横に置いたビジネスバッグからファイルに入れられた書類をテーブルの上に出し、社長の前へと少し近づける

 

「こちらなんですが・・・」

「ふむ・・・イベント、握手会の送迎と・・・この''付き添い''というのは?」

「ええ、大変申し訳ないのですが・・・」

 

コーヒーをそれぞれの前に置くと、社長はファイルから取り出した書類をペラペラとめくり、プロデューサーはその様子をうかがいながら、申し訳なさそうに切り出す

 

「お恥ずかしいことに、前期末で別件の仕事が重なり、どうしても緒方智絵里に付き添うことが出来なくなってしまいまして・・・。周りに現場のイベントスタッフもいるのですが、実のところ美城の関係者がいたほうがスムーズにいくのです。主に連絡の面で」

「忙しいのはどこも一緒ですなぁ」

「ええ。仕事が増えるのは嬉しいのですが、この時期はどうも・・・」

 

これまた態度を変えず、申し訳なさそうに頭の後ろに手を当てて社長にむかい、小さく頭を下げているプロデューサー

 

「そこで、青葉自動車さんのドライバーさんに、今回は付き添いもお願いしようかと思ったのですがいかがでしょうか?先程の北条の態度や周りのアイドル達の話を聞くと、随分とドライバーさんは信頼されているようなので、アイドルの方も安心すると思うのですが・・・。もちろん私もこれ以上に信頼して預けられる方はいないと思っております」

「うむ、困っているなら仕方がない。工場の仕事も一段落してきているみたいだし、早速、帰り次第零次君に伝えて・・・」

「社長、ダメです」

 

社長の言葉を遮るように、話に割って入る

 

「雛子君?」

「今回ばかりは、零次を出せません」

 

確かに工場は少し暇になった

だが会社としてみると話は違ってくる

 

さっきプロデューサーが言っていたように今の時期は前期末、仕事の締めでもあるが、新たに来る後期への始まりの季節でもある

前期分の仕事の領収書や明細書などの書類の片付け、処理、そして後期へ向けた仕事の確保、準備など、私一人では到底片付けられない量の仕事がまだ残っている

零次が抱えている領収書の量も、本人に聞いてみなければわからないし、加えて今年度は美城からの仕事も増えた

零次と協力しなければ終わりが見えない、まさに猫の手も借りたい状況なのである

 

「なので、今回は零次を出すわけにはいきません。書類を見た限り、現場は近くみたいなので、送迎だけに限れば出来なくもなさそうですが、それでもギリギリの状態です」

「うむむ・・・確かにそうだな。売り掛けの回収も兼ねての外回りなら・・・いや、それでもダメだ。うーん、どうしたら・・・」

「いやいや!青葉社長!私がこんな忙しい時に仕事を持ち込んだのが悪いのです!申し訳ありません。緒方もすでに経験を積んでいますので、最悪、現場スタッフに合わせるよう指示します」

「そんな、プロデューサー君。女の子を一人行かせるわけには・・・」

「あ、青葉社長、そんなに頭を悩ませなくとも、元々は我々の仕事ですので・・・」

 

お互いが謙遜し合い、頭を悩ませている中、私は自分のデスクに戻る

何気なく足元に置かれている膝くらいの高さのチェストを開けると、まだ処理していない領収書がビッシリと詰まっていた

 

「・・・はぁ」

 

一つため息をついて、チェストを閉め、机の上に肘をつき、奥で話し合う二人を見る

・・・ダメだ、どうやっても解決策が思いつかない

零次を行かせたとしたら、毎日が残業祭りになる

ただでさえ地獄を見る羽目になるのに、そんなことしたらまさに地獄行きだ

二人のように、私まで頭を悩ませる

 

「ひなちゃん?」

 

・・・顔を両手で覆い隠していると、頭の上から声が聞こえてくる

 

「何してんのそんな顔して〜、また難しいこと考えてるの〜?」

 

こっちの気持ちなんてつゆ知らず、その声の主はそんなことを言いながら私のデスクが密着している壁に、工場の鍵をいつもの場所へ引っ掛ける

 

「フンフンフフーン」

 

鼻歌を歌いながら先程作業していたデスクに行き、パソコンの電源を落としていた

その様子をジッと見ていると、その人は「うん?」とキョトンとした顔で首を少し傾け、同じようにこちらに視線を向ける

 

「おお、美空君。工場はもう終わったのかね」

「あ、社長!ええ、今日はもう終わりましたよ。というよりは仕事があらかた片付いたので大した事は今はないんですけど。あら、こんばんは」

「すいません、お邪魔しております」

 

プロデューサーに気付き、そちらにも頭を下げる

 

「あ、私もコーヒー貰おうかな〜。いいしょ?機械もう止めた?」

「いや、まだ」

「じゃ、もーらおっ!」

 

また意気揚々と鼻歌を歌いながら、姉さんは給湯室へと消えていく

その様子を見ていた社長が何かを思いついたのかハッとした表情を浮かべたのを私は見逃さなかった

 

「プロデューサー君、相談があるのだが・・・」

「社長!ダメですっ!」

 

思わず声を上げた

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

「わぁ・・・ありがとうございます!」

「こちらこそ!本物に会えるなんて!」

 

用意された室内で次から次へと押し寄せるファンに、ひっきりなしに握手を交わす

社長から話を聞いたときは、何かの冗談かと思っていた

やたらとひなちゃんが抵抗していたが、無駄な抵抗は止めろと無理やりおさ・・・説得したのが功を奏し、今回の仕事を割り振ってもらうことができた

握手会は順調に進み、天窓から差し込む日が段々と傾き始めてからもファンは途切れることなく続き、私も傍に立ち時々はがし役に徹する、ルールは守られるべきだ

しかし、これ程の人数をウェブページの小さな広告だけで集めるとは、彼女の人気ぶりがうかがえる

 

「智絵里ちゃん!来たよ!」

「あ!お兄さん・・・!」

 

智絵里ちゃんはそう言うと、一人のファンと握手を交わす

 

「また会えて嬉しいですよ!遠くから来た甲斐がありました!」

「午前中も同じこと言ってましたよ?」

 

そう言ってクスッと笑いかける智絵里ちゃん

そうだ、この人は昼前にも見掛けていた

相当なファンなのか、智絵里ちゃんも他のファンよりは親しげに接している

握手をしながら何気なく会話したり、そのファンの人の名前を呼んであげたりと神対応が続くが、そう・・・ルールは、守られなければ、いけない!!

 

「はいはいはい、すいませんね兄さん、そろそろ時間なのではい」

 

そう言って間に割り込み、手を入れて離れるように促す

 

「ああ、すいません!それじゃ、智絵里ちゃん頑張って!」

「はい、ありがとうございます」

 

最後にニコッとふんわりした笑顔を向けると、満足したようにそのファンは去っていった

 

「・・・今の人は?」

「え?あ、はい。私のことを凄く応援してくれている方なんです。いつもイベントとかあると来てくれて・・・あ、ありがとうございます。・・・え?そんなに遠くから来てくれたんですか?ありがとう・・・!」

 

会話している間もなく、すぐさま次のファンの人の対応をする智絵里ちゃん

私はと言うと、遠くでポツポツと歩きながら携帯を触っているそのファンの兄さんの背中を見ていた

そうか、そんな対応もしてくれるのか、さすがチエリエル様だ

その様子を側から見ているだけでも、智絵里ちゃんのその笑顔は、テレビや雑誌なとで見る時よりも一層輝き、百聞は一見にしかずということわざは、こういう時のためにあるのだろうと思った

 

握手会は滞りなく、大盛況のまま続いていく

 

 

 

 

 

 

続いていくのだが



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

クローバー03

「会えてよかった!うぅ・・・本当によかったでずぅ・・・!」

「ありがとう。また・・・会いましょうね?」

「はい!まだぎまずぅ・・・」

 

最後のファンが瞳に涙を浮かべ、握手している方とは逆の手でその涙を必死に拭いている

 

「それじゃ・・・ありがとう!本当にありがとう・・・!」

「はい・・・!帰るときは、気をつけて帰ってくださいね?」

 

その一言を投げ掛けると、ファンの男性は名残惜しそうに智絵里ちゃんから手を離し、一歩、また一歩と遠ざかっていく

 

「本当にありがとう!」

「はい、バイバイ・・・!」

 

スタッフが出入り口の扉に手を掛けて待機している中、その男性は出入り口で一旦止まり、最後出て行く瞬間こちらに振り返り大きく手を振っていた

それに応えるように、智絵里ちゃんも手を胸の前で小さく振ると、満足気な表情で男性は出ていった

直後、扉が閉められる

 

「はい!緒方さんお疲れ様でした!」

「はい、お疲れ様でした・・・!」

 

瞬く間に部屋の中はスタッフの声で溢れ、テーブルを片付ける者、テーブルに置いてあったCDを箱に入れる者、智絵里ちゃんの後ろに置いてあったホワイトボードを移動させる者などでごった返していた

 

「ふぅ〜・・・」

 

智絵里ちゃんはというと、無事イベントが終わった事に安心しているのか、胸に手を当てて、満足したかのように笑顔を浮かべている

 

私の視線に気付いたのか智絵里ちゃんがふと顔をこちらに向けると、はにかむように小さく笑い、ほんの少しだけぺこっとお辞儀をしてくれた

と思ったら、恥ずかしくなったのか顔を戻し、口元をすこしゴニョゴニョさせながら、顔をほんのり赤く染めている

 

・・・ああ、神様。破壊という言葉自体には善悪は無いという言葉を私は今日、智絵里ちゃんによるハートブレイクエンジェルスマイルによって、身をもって体感することができました

私はこんなに幸せでいいのでしょうか?

いや、これはチエリエルが運んでくれた福音の一端に過ぎない

その存在そのものが尊いというのに相応しい人ぶt

「あの・・・ド、ドライバーのお姉さん・・・」

「はい、なんでしょうか」

 

自分でもビックリするくらいハッキリとした口調がオートで口から出た

 

「そろそろ・・・私も今日は346プロに戻らなきゃいけなくてですね・・・帰りも送迎して・・・いただけるんです・・・よね?」

「もちろんですとも」

 

まだ私のことを恐がっているのか、たどたどしくそう話しかけてくる智絵里ちゃん

目線を合わせたり合わせなかったり、年相応に一歩身を引くその態度に、私は少し寂しさを覚えながら、一緒に身支度を整える

幸いにもスタッフの数は充分に足りており、テキパキと手際よく現場が元の状態へと戻る中、私と智絵里ちゃんは部屋を後にした

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

「・・・」

「・・・」

 

部屋を出てから、智絵里ちゃんの荷物が置いてある楽屋まで向かっているものの、沈黙が続いていた

智絵里ちゃんも気にしているのか、チラチラとこちらの様子をうかがっている

そのワンピース、すごい可愛いね

その四つ葉のブローチも素敵

髪に付けてるシュシュはどこで買ったの?

など、話題は尽きない筈なのに、聞こえるのは二人して廊下を歩く足音だけだった

 

「・・・えっと」

「あ、上ですよ」

 

エレベーターの手前、沈黙を破って出たのはそんな言葉だった

智絵里ちゃんが一歩前に出て、エレベーターの上ボタンを押す

 

「ありがとう」

「あ、いえ・・・」

「あの・・・今日は凄い可愛かったわ!もう、凄く・・・!可愛かったと思う!」

「本当ですか?えへへっ、ありがとうございます」

 

私は何を言っているんだ

もっと気の利いた台詞があるはずだろう

''かわいい''なんて言われ慣れているだろうに気の利いた言葉が出てこない

天井、壁、エレベーターの扉、視線ばかり動かして肝心な口が動いてくれない

せっかく智絵里ちゃんが隣にいるのに、つまらなかったらどうしよう!

 

「・・・あ、あの。ドライバーのお姉さん」

「へ?あ、はい?」

 

エレベーターのチャイムが鳴り、扉が開くと同時に智絵里ちゃんに話しかけられた

 

「あ、えっと・・・あの」

 

タイミングの悪さに、智絵里ちゃんがオドオドと口ごもる

 

「とりあえず、乗りましょうか」

 

そう言って、手で乗るように催促する

 

「そ、そうですね。じゃあ・・・失礼します」

「いえいえ、レディファーストですので」

 

智絵里ちゃんはぺこっと頭を下げると、足早にエレベーターに乗り込み、すぐ側のパネルの位置に立ち、''開''のボタンを押してくれていた

 

「あら、ありがとう」

 

私が乗り込むのを確認すると、智絵里ちゃんは一瞬ニコッと笑い、ボタンから手を離す

私はそのまま扉とは反対側の壁に腕を胸の前に組んで寄り掛かった

 

「ごめんなさい。それで、何だっけ?」

「あ、あの・・・ですね」

 

扉が閉まるのと同時に、智絵里ちゃんは話し始める

 

「零次さん・・・お元気ですか?」

「レイジ君?」

「はい・・・あの、最近346プロに来ないからみんな心配してて・・・」

「あらあらあら〜」

 

何か身体を壊したとか、事故にあったなどと勘違いしているのか、心配そうな表情のままそう聞いてくる智絵里ちゃん

まったく、あの子もモテモテねぇ〜

 

「今日、青葉自動車さんの方に会うって言ったら、みんなに聞いてきてほしいって言われたので・・・何かあったのなら」

「あぁ大丈夫大丈夫。別になーんも無いわよ。前期末だから忙しくて、顔を出せなかっただけ」

「ほ、本当ですか?よかった・・・」

 

智絵里ちゃんはそう言うと、ホッとした表情を浮かべて壁に少し寄りかかる

私から視線をちょっと外し、胸に手を当ててため息をついていた

 

「今日もレイジ君がよかった?」

「あ、いえ!そういうわけではなくて!その、零次さん以外の人と会うのは初めてで!ど、どうしたらいいかなって緊張してて・・・!」

 

両手をパタパタと振りながら、智絵里ちゃんは慌てて否定する

 

「ごめんごめん、冗談よ冗談」

 

すると、うぅ〜・・・と乗ってるエレベーターのモーター音と同じようなトーンで小さく可愛らしい唸り声を上げ、顔に手を当てて俯いてしまった

 

「どう?レイジ君上手くやってる?私、ずっと工場にいるから話しか聞いたことなくて」

「そうですね、零次さん・・・あ、この前梨沙ちゃんと仲良さそうにケンカしてましたよ?」

「それホントどういう状況なの?」

 

智絵里ちゃんは身振り手振りを交えて一生懸命説明してくれた

買ってきた飲み物が炭酸やら何やらで言い争いになり、噛みつきあいになるのはもはや日常茶飯事になっていて、それを見ているギャラリーたちも''は〜じまった、はじまった''と微笑ましく見ているのだという

最後は決まって、「お前、いつか倒す」「やってみなさいよこのお子ちゃまドライバーが」と締めるか第二ラウンドに持ち込むかの流れがお決まりだという

 

「でも、そんなこと言ってても梨沙ちゃん、零次さんが来ない日は何だかつまらなさそうにしてるんです。仕事の合間とか、休憩中にたまに抜け出して本館の玄関まで行ったりとか」

「ごめんね〜、ウチのが迷惑かけて」

「いやそんな!すごく仲良さそうなんですよ?何だか兄妹みたいで・・・」

 

その言葉に嘘はないのだろう

話をしている智絵里ちゃんはとっても楽しそうで、良くも悪くもレイジ君は彼女たちに何らかの影響を与えているみたい

 

話を続ける智絵里ちゃんだが、エレベーターのモーター音が徐々に小さくなり、チャイムと同時に扉が開く

 

「あ・・・」

「ん、どうぞ」

 

乗り込む時と同じように智絵里ちゃんに向け手で先に降りるように促すが、智絵里ちゃんは壁から離れようとせず、また''開''のボタンを押してくれていた

 

「レディファースト・・・です!」

「おぉ〜、ありがと!」

 

そう伝えると智絵里ちゃんはまたニコッと微笑んでくれた

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

「いやホントもう最っ高!聞いてよ智絵里ちゃんったら私にニコッて!そう!ニコッて笑ってくれたの!沢山お話しして、もう何が何だかあっはぁっ!はっはっは!」

『・・・ねぇ、その話あとどれくらい続く?』

 

智絵里ちゃんがまだ控え室で荷物をまとめている間、私は一足先に外に出て、車を玄関先までまわす

辺りはすっかり暗くなり、全天候型の正面玄関の照明が輝く中で、その屋根の下に車を止める

ビルの玄関前通路に車をつけ、エンジン音が響く中、車内でひなちゃんとの会話に花が咲いていた

 

『で?仕事のほうは?無事に終わり?』

「ええ、流石大人気アイドルね。会場も立派なビルだし、20階建てよ?もー、夕方までファンがひっきりなし、整理券配っておいて正解よこれは」

 

今回のイベントは新曲のCDの販促も兼ねた握手会

事前に抽選されたものも含む、当日券も交えての4日間のイベント

今日はこのビルだったが、近場で場所を転々とし開催されるものだった

場所が固定されていればプロデューサーも目が届きやすかったとのことだが、他のアイドルの仕事もあり、その現場まで行かないといけないものもあるため、どうしても全部には付き添うことができないとのことらしい

 

「そっちはどう?ひなちゃん。工場のほうは、大丈夫そう?レイジ君入ってるの?」

『まぁ、整備のときはね。ああ、書類は机に置いといたから。それに強力な''助っ人''もいるし、何とかやってる。あーだこーだ言いながら』

「あーだこーだ?」

 

ひなちゃんが話している後ろで、よく聞き取れないがおそらく工場でレイジ君が話しているような反響している声が聞こえてくる

社長がバイトでも雇ったのかな?

 

『とにかく、こっちは何とか大丈夫だからそっちはよろしく。気をつけて帰ってきて』

「はーい、安全運転しまーす」

 

そう言うと同時に通話が途切れ、携帯をポケットにしまうとシートに深く腰掛ける

ハザードが点滅しているメーターを何気なく眺め、音が車内に微かに聞こえながらボーっと外を眺めていると、玄関より少し離れた場所の人影に気付いた

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

「はい、今日は無事に終わりました。これから346プロに帰ります・・・え?はい、とっても親切で綺麗なお姉さんです。はい、よろしく伝えておきます。はい、お疲れ様です・・・!」

 

事務所への連絡を済ませて、携帯をバッグにしまいながら私はビルの受付の前を横切り、玄関へと向かう

外にはお姉さんの車が既に待機しているのが見え、車の屋根に手をつきながらお姉さんも外に出て待っている姿が見えた

なんだか待たせてしまったみたい

私は少し急ぎ気味に玄関の扉を開け、車に小走りで駆け寄る

 

「すみません・・・!お待たせしました・・・あれ?」

 

私が来たことに気付いていないのか、少し頬を膨らませたお姉さんの視線が車の前側から動かない

何かと私もその先を見ると、アーチ状の玄関の、外側の柱の影にいつものファンのお兄さんの姿が少し見えた

恐る恐るこちらを覗き込み、お姉さんの視線に怯えているのか出たり隠れたりを繰り返していた

 

「あれ?お兄さん・・・?」

「ち、智絵里ちゃん!」

 

私の言葉に安心したのか、遠慮がちに少しずつこちらに近づいてくるお兄さん

近づくたびにお姉さんは不機嫌そうに車の屋根を人差し指でトントントンと叩き始めていた

 

「丁度近くを通りかかって・・・智絵里ちゃんの姿が見えたから!」

「''出待ち''は感心しないわね」

 

お兄さんの動きが止まると同時に、バンッとお姉さんは手のひらで車の屋根を叩く

 

「お、お姉さん違うんです!このお兄さんはいつも他のファンの方とお見送りまでしてくれるんです!だから・・・!」

 

私は慌てて二人の仲裁に入る

怯えているファンに対してお姉さんはフーン・・・と一言不機嫌な態度を崩さず呟くと、そのまま車に乗り込んでしまった

 

「お、お兄さん。何だかすいません・・・」

「いえ!いきなり押しかけた自分が悪いんで!気をつけて帰ってください!」

 

そう言いながらまた頭を下げるお兄さんに対して、私も同じようにありがとうと伝えながら頭を下げた

そして私が車の助手席に乗り込んだのを確認すると、お兄さんは再度頭を下げ、こちらに背を向けて歩きだす

 

「まったく・・・熱心なファンもいるもんね」

 

ハンドルにベタッと上半身を乗せてフロントガラスを覗き込みながら、また不機嫌そうに呟く

 

「はい。でも、とってもありがたいです。こんなにも応援してくれる方々がいるなんて」

 

そうだ、以前は考えられなかった

何をしても弱気になり、一歩踏み出せなかった自分が、その一歩を踏み出して。

そのおかげでプロデューサーに会い、仲間たちに会い、そして大勢のファンたちに出会う事ができた

その一歩を踏み出したおかげで、立ち止まりそうになったときは背中を押してくれる人がいるのを知る事ができた

 

「私は・・・幸せ者ですね」

 

自分のお守り代わりのクローバーのネックレスを触りながらそう言うと、お姉さんはこちらを見てニコッと笑う

 

「智絵里ちゃんがそう言うならいいけどさー」

 

お姉さんは何とか自分の中で納得したのか、シートの背もたれに深く寄りかかり、一つため息をつきながらポケットに入っていた携帯を取り出す

 

「さて、仕事も無事終わったことだし退散しますか!ちょっと待ってね、今私が思考に思考を重ねたこの日のための最高のプレイリストを・・・車は古くてもナビだけは最新だから!」

 

お姉さんが自分の携帯を片手に持ちながら、車のナビを操作する

楽しそうにしているお姉さんを見ていると、突然その手が止まった

 

「・・・お姉さん?」

 

まるで時が止まったように、私の問いかけにも一言も答えず動かなくなったお姉さん

次第にその顔が険しくなり、次の瞬間には車のサイドミラー、ルームミラーなどで周囲を確認し始めた

私たちの周りはというと、そのビルの関係者たちが数人玄関から出入りしているくらいで特に問題はないように見える

ファンのお兄さんも丁度ビルの敷地内から出て行くのが見えた

 

「あの・・・お姉さん、お姉さん?」

「え?あ・・・」

 

私の問いかけにやっと答えてくれたお姉さんの表情は先程から打って変わって、何か信じられない物を見たように目を丸くして、私とジッと目が合う

私が少し首を傾げると、お姉さんは慌てたように笑顔を浮かべてハンドルを握り、元の姿勢に戻った

 

「ああごめんね!何でもないの。さぁ、戻りましょうか」

「は、はい」

 

そうして私は346プロへの帰路へついたのだった

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

「・・・あら、お帰り。もう零次は帰ったよ。私もそろそろ上がるから・・・」

「・・・ねぇ、ひなちゃん」

「ん?」

「ちょっと、工場貸してもらえる?」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

クローバー04

「・・・」

 

次の日、私は昨日と同じように346プロの本館の玄関でお姉さんを待っていた

玄関脇の壁に少し寄りかかり、時折玄関前の道路に目を向ける

 

「あ!智絵里ちゃんおはよー!今日もイベント?」

「うん、莉嘉ちゃんは・・・今日は収録だったっけ?」

「そう!お姉ちゃんと一緒なの!あ!未央ちゃんおはよー!」

 

私の横を嵐のように物凄い勢いですり抜け、莉嘉ちゃんはいつもの調子を崩さず、奥の休憩スペースに座っていた未央ちゃんの元へ走っていった

隣に座り、笑い声にその場が包まれながら会話が弾んでいく

あんな風に私も、もっと積極的だったら、お姉さんともっと仲良くなれるのかな・・・

昨日も何だか、会話もギクシャクしちゃって、切り出すのに少し時間がかかっちゃったし・・・

面白くない女の子だって思われたらどうしよう・・・

手提げバッグを両手でギュッと握りながら俯いていると後ろから声が掛かる

 

「智絵里ちゃーん!お迎え来てるよ!お迎え!」

「え?」

 

口に手を当てて叫ぶ莉嘉ちゃんの声に顔を上げ、一瞬そちらに振り返ると莉嘉ちゃんが一生懸命に玄関を指差していた

言われた通りに玄関を見てみるといつの間にか玄関前の道路にシルバーの車が止まっている

 

「レイさんによろしくねー!!」

「あ・・・う、うん!行ってきます!」

「え?レイくん来るの!?莉嘉も行きたい〜!」

 

未央ちゃんと、莉嘉ちゃんの羨ましがる声を背中に受けながら私は玄関へ向け歩き出す

玄関のガラスに未央ちゃんたちの姿が反射して映り、隣で駄々をこねる莉嘉ちゃんの頭に、エレベーターから出てきた美嘉ちゃんが「こ〜ら」と持っている台本を軽く置く

そんな光景を少し遅れてエレベーターから出てきたプロデューサーさんがクスクス笑いながら見ていた

それにつられ私もクスッと笑ってしまう

 

「あらっ、何か面白い事でもあった?」

「あ、おはようございます!」

 

中からは車しか見えなかったので、お姉さんが外に出ている事に気づかなかった

私は少し恥ずかしくなり、いつもよりも少し頭を深く下げて挨拶を交わす

へ、変な女の子だって思われたかな・・・

恐る恐る顔を上げてみると、お姉さんはキョトンとした表情で首を少し横に傾けて私を不思議そうに見ていた

 

それにしても、本当に綺麗な人

 

今もそう、車の前側に軽く腰を当てて寄りかかり、左手が軽く車に添えられているそのスタイルは、まるでモデルさんみたい

黒くてピシッとしたチノパンと、白のインナーに黒い秋用のコートを羽織って、前側が開けられたそのコートからは大きな胸元が見える

見ただけでわかるそのサラサラなミディアムショートな髪型はお姉さんにとても似合っていて、整った顔立ちも相まってより一層その魅力を引き立てていた

 

「・・・?どうかした?」

「いえ、あの・・・お姉さん、綺麗だなって・・・」

「いや〜ん、ありがとう!これ、ひなちゃんにも手伝ってもらったの〜。普段ツナギしか着ないんだから、たまにはオシャレしたらって!」

 

ひゃ〜っと両手を顔に当てて、恥ずかしそうに顔を隠してしまうお姉さん

なんだかその姿がとても可愛らしくて、またクスッと笑ってしまう

 

「さぁさぁ、その智絵里ちゃんの可愛いコーデも早く見てもらいましょう!はいどうぞ、乗って乗って!」

「すいません、ありがとうございます」

 

お姉さんはそのまま助手席のドアを開け、私をエスコートしてくれた

それを受け入れながら車に乗り込むと、柑橘系の爽やかないい匂いが車の中に広がっていることに気づく

 

「なんだか・・・いい匂いがします」

「あ、わかる?せっかくアイドルが乗ってくれるんだもん、綺麗にしたの!芳香剤も置いてみたんだけど・・・合わなかったらゴメンね」

「いえ!私好きです・・・なんだか落ち着きます」

 

そう言って私がシートに深く腰掛けるのを確認するとお姉さんは満足気にエンジンを掛けた

私は車が動き出すのと同時にシートベルトを締める

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

イベント2日目

この日は季節にそぐわず、気温が上がって少し暑い日和だった

天気こそ快晴だったが、生憎今日は外でのイベントで、会場と控え用のテントがショッピングモールの駐車場の端に備えられ、休日だったこともあり、大勢の人で賑わっていた

 

「はーい、こちら最後尾となりまーす!気温が高くなっているため、脱水症状にご注意くださーい!」

 

スピーカーを持ったスタッフの声が響く中、私も智絵里ちゃんの側で役目に徹する

 

「いやー大変だね智絵里ちゃん、こんなに暑いのに」

「いえいえ!皆さんに会えるのを私も楽しみにしてたんですよ!」

 

そんな中でも智絵里ちゃんはいつもの表情を崩さず、ファンの人一人一人と笑顔で接している

暑いのは智絵里ちゃんも一緒のはずなのに、一生懸命ファンの言葉に応えるその姿勢はまさにプロであるということを痛感させられていた

 

「はい、そろそろいいかな〜。すいませんね〜、今日はありがとうございます〜」

「ああ、ごめんなさい!今度はライブに行くねー!」

 

私が一歩前に出てやんわりとそのファンの女性に言葉をかけると、すんなり智絵里ちゃんの手を放し、素直に去っていく

智絵里ちゃんはそんな去り際でも最後までファンの人に手を振り、見送っていた

 

「大変申し訳ございません!ここで午前の部は終了となりまーす!午後は張り出している日程の通り開催しますので、それまでに整理券の受け取りをお願いしまーす!」

 

残り数人を残し、最後尾でスピーカーを持っているスタッフの声が聞こえた

時間ももうすぐ12時を迎えそろそろお昼時、駐車場に入ってくる車もミニバンやハッチバック等のファミリーカーが増え、子供連れの親子が楽しそうに車から降りてくる姿が多い

休日といえば休日だが、学校などの秋休みも重なっているのも大きいと思われる

 

「では、緒方さん一旦下がります!テーブルの上に昼食用意してありますので!午後の開始は1時半を予定してます!それまでには大体の準備の方をお願いします!」

「はい!ありがとうございます・・・!」

 

横で智絵里ちゃんの声が聞こえると同時に、目の前がテントについていたカーテンで閉ざされ、視界が遮られると同時に我に帰る

 

「・・・?お姉さん大丈夫ですか?」

「え?あぁ、ごめんなさい。少しボーッとしてて」

「もしかして、熱中症ですか!?」

「違う違う、ごめんね。本当にただボーッとしてただけだから。さぁさぁ、ここにいたら智絵里ちゃんが熱中症になっちゃうわ!奥に行きましょう!奥に!」

 

ワタワタと慌て始める智絵里ちゃんの肩を押し、半ば強引に控え用のテントへと押し込んだ

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

「あっちぃ〜、これは着てくるべきじゃなかったわね〜」

「私も・・・カーディガンは少し暑くて」

「朝はまだ涼しかったのにねぇ、はぁ・・・」

 

テーブルを挟んで向かい合って座ると、私とお姉さん二人して同じような事を言いながら上着を脱いで横の椅子の上に置く

お姉さんは自分のバッグの中からタオルを取り出して額の汗を拭いていた

 

「あぁ、食べて食べて!私に遠慮しないで」

「それじゃあすみません・・・いただきます」

 

そう言い食べ始める私を見ていたお姉さんは、持っていたタオルを置いてテーブルの端にあるダンボールからお茶が入っているペットボトルを2本取り出し、一つを私の前に置いた

私はまた''すみません''と一言お姉さんに言い、ペットボトルのキャップを開ける

 

「これって私が飲んでもいいんだよね?」

「沢山入ってるからいいと思いますよ?お姉さんも一応、スタッフですし」

「じゃ、もーらいっ」

 

お姉さんは子供のように無邪気でイタズラっぽく笑うと、脚を組んで椅子に座りゴクゴクと飲み始める

そんなお姉さんがなんだか可笑しくて、少しむせてしまった

 

「あらあら、大丈夫?」

「ケホッ、フフ・・・大丈夫ですよ。少しむせただけですから」

 

心配そうにしているお姉さんにそう答えると、私は続けて昼食の箸を進める

 

「それが''ロケ弁''ってやつね。初めて見たわ」

「普通のお弁当と変わりませんよ?お姉さんも一口どうですか?」

「いいのいいの大丈夫!ごめんね、ゆっくり食べられないわよね。じゃあ私も自分のをいただこうかしら」

 

そう言うとお姉さんはバッグから、可愛らしい青いお弁当包みに包まれた2段に重なっているお弁当箱を取り出した

それをテーブルの上に広げると、そこには美味しそうに焼き上がっている卵焼きに、ミニサイズのグラタン、端っこにはそっとミニトマトが添えられている等々、なんとも可愛くコーデされたお弁当があった

 

「お姉さん、料理も出来るんですか?」

「そう言いたいのは山々なんだけどね、これは一緒に住んでる後輩が作ってくれたの」

「もしかして、ひな・・・さん?」

「そうそう、よくひなちゃんのこと知ってるね」

「その、前にライブ配信でチラッと見たことがあって・・・」

 

あの時お姉さんの隣に座っていたクリーム色の長髪の女の人がそうなのだろう

 

「ひなちゃん中々美城プロに行かないから、知らないのも無理はないわ」

「一緒に住んでるってことは・・・妹さんとか?」

「あっはっは!あんなに面倒見がよくて出来た妹なら是非ほしいわ!違う違う、仲良いだけよ、お世話になりっぱなしね。うちの会社来たら多分会えるわ」

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

その後もお姉さんとの会話は続き、零次さんやお姉さんは会社でどんな仕事をしているのか、今は3人で住んでいて毎日ドタバタしてて楽しいというような話を教えてくれた

昼食も無事に終わり、お姉さんは自分の荷物を車に置きにいくと言いついでに私の上着も持っていってくれた

お姉さんが出て行ってしばらくしても帰ってこなかったので、私は携帯を触る手を一旦止め、出て行ったほうのテントをめくってみた

すると、少し先にさっきとは全く違う、昨日のような険しい表情を浮かべ、腕を組んで何かを探すようにキョロキョロと周りを見回しているお姉さんがいた

 

気になって近づいてみる

 

「あの・・・お姉さん?どうかしましたか?」

「わっ、なんだ智絵里ちゃん。驚かさないでよ〜。も〜う」

 

私が話しかけると一瞬でさっきの優しい表情に変わる

 

「ここにいると熱中症になっちゃいますよ。テントに行きませんか?」

「そうね・・・うん、そうね。行きましょうか。心配させてごめんね」

 

そう言うとニコッと笑い、お姉さんは私に続いてテントへと入った

先ほどと変わらない・・・お姉さんだった

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

緒方智絵里

その姿をショッピングモールの屋上駐車場から覗く人物がいた

その者は、周りの慌ただしく動き回る家族連れや、学生たち、カップルたちとは全く真逆で、下のイベントが行われている駐車場から一切目を離さず、柵に肘をついて、緒方智絵里が再度テントから出て女性と話し、戻る姿をその鋭い目に焼き付けていた

 

「おい」

 

その男は、隣にいる帽子の男に首で下の駐車場を見るように促す

 

「あの子がそうっスか?」

「・・・ああ」

 

帽子の男に話しかけられたその男は、自分がかけているサングラスに手をかけ、再度見えやすいように掛け直す

 

「それにしても・・・実際に見るとカワイイッスね〜。で、いつやるんスか?」

「まだだ、まだ''指示''がない」

 

そう言って、サングラスの男は携帯をポケットから取り出す

 

「まぁ、アイドルにとって''下''のスキャンダルはご法度中のご法度っスからねぇ〜。あんなカワイイ子・・・俺もう我慢出来ないっスよ!」

「焦るなよ、出来るだけ''優しく''してやれとの指示だ。前の借りは返させてもらう。そうだろ?姉さんよ」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

クローバー05

「凛?・・・凛?、り〜ん。どこー?」

 

車の運転席に座りながらドアを少し開けて、私は若干前後を見回しながら凛を探す、歌う時よりボリュームを抑えた声でも、その建物内に反響し、満遍なく音が広がっていく

返事がないので左右、斜め後ろと探してみると、車の前側から青いタオルを持った手が上がり、パタパタと左右に触れていた

 

「あ、いた。ねぇ凛、ガラスクリーナーとってくれない?なんかなくなっちゃってさ〜」

 

続いて凛の顔がゆっくりと現れこちらの様子をうかがっていたので、ガラスクリーナーの入っているノズルがついた容器をドアの隙間から出して同じようにパタパタと振る

それを凛は一瞬確認すると、頭と手を引っ込めて再度手だけを上に出し、人差し指でガラスクリーナーが置いてある壁の棚を指差した

 

「ちょっ、凛のほうが近いじゃん」

 

抗議も虚しく、そのまま凛は手を広げ軽く左右に振るとその手を下にゆっくりと下げていった

 

「・・・もう」

 

車内で一旦シートに深く座って一言文句を呟き、車から降りて渋々ガラスクリーナーを取りに行こうとドアを開けると、ちょうど書類を書き終えて車へと持ってきた零次さんと鉢合わせした

 

「おっと、びっくりした」

「あ、零次さんごめん。大丈夫?」

「大丈夫だ。・・・どした?加蓮」

「うん、ガラスクリーナーなくなっちゃって。それで・・・凛が取ってくれないんですよ」

 

最後のほうを凛に聞こえないように、零次さんにコソコソと耳打ちする

少し頬を膨らませている私の顔を見た後に、零次さんはそのまま顔を横に向け今度は凛の方を見る

 

「・・・ふむ」

 

車の前側を拭いている凛を見て何かをふと思いついたのか、私を見ながらシーッと唇に人差し指を当てた

はて・・・?と私も同じように唇に人差し指を当てて首を傾げると、零次さんは上半身だけ私の前を横切って車の中に入り、ハンドルに手をかける

私に後ろ手で3、2、1、とカウントダウンすると、0のタイミングでハンドルの中央を押す

すると次の瞬間、クラクションの音色が大きく工場内に響き渡った

 

「キャッ!わぁっ!!何!?ビッ・・・クリしたぁ・・・!」

 

工場の残響音に負けないくらいの可愛い悲鳴が工場内に響き渡り、タオルを持った凛が勢いよく立ち上がりその手を胸の前でギュッと握り、少し腰を引いて縮こまりながらその場で立ち尽くしていた

 

「あっっっはっはっはっは!!!」

 

次の瞬間に私は色々と堪えきれなくなり、手を叩いて車の中で爆笑していた

 

「んん〜!かーれーん!!」

 

両手でギュッと拳を作り、凛は少しむくれながらガラス越しに私を睨んでくる

滲んでくる涙を人差し指で拭いながら事の張本人を見てみると、車の屋根に肘を置いて、さも何事もなかったように凛から目を逸らして口笛を吹いていた

まだ笑っている私に頬を少し膨らませ始めた凛に向かって、人差し指で零次さんを指差す

 

すると凛のその視線は零次さんに向き、それに零次さんも気づくが、何も知らないと言わんばかりにすぐ目を逸らした

 

「んんん〜!!」

 

凛がタオルを握り締めたまま、肩を少し開いて前屈みになり、不機嫌な態度全開で車の前からスタスタと零次さんに歩み寄る

ジャージ姿でもわかるそのスラっとしたスタイルで、レッスンにより鍛えたその体幹を存分に無駄遣いし、排水溝や洗車機のレールなどを器用にかわして零次さんにタオルを持った手で振りかぶった

 

「ん!んー!んっ!んっ!んっっ!!!」

「わかったわかった、わかったって。悪かったって」

 

悪びれながらも、からかうように笑いながら両手を上げて無抵抗を決めている零次さんの様子に凛は更に顔を真っ赤にして歯を食いしばり、子供のように何回も何回もタオルで叩いていた

 

「はぁ〜、よいしょっと」

 

最終的に零次さんがその振り回している手を掴み抑えるが、力づくで抜け出そうと全身に力を入れている凛は一歩も引かない

そんな、二人がムードもへったくれもなく互いに目を離そうとせず睨み合っている横を素通りして私はガラスクリーナーを取りに行った

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

「はい。ほら、買ってきてやったぞ」

「わ〜い。ありがと零次さ〜ん」

 

おやつの時間どき、休憩スペースのテーブルに置かれたのは、複数の茶色い紙袋が入った透明なビニール袋だった

それは二重になっているにも関わらずほんのり温かく、香ばしくておいしそうな匂いをその周辺に漂わせている

 

「いっただきま〜す。ほら、凛も食べなよ〜」

「・・・」ムスッ

 

さっきの事をまだ根に持っているのか、不機嫌そうな表情はそのままに、テーブルの上に置かれている期間限定のバーベキュービーフフライドポテトを時折眺めながら、肘をついて零次さんを見つめている

 

「しっかし、お前も好きだなぁこういうの」

「うん、凛や奈緒とよく一緒に行くし。ん〜、やっぱ最高〜」

 

一口、また一口と食べる手が止まらない

甘じょっぱい風味が口の中に存分に広がっていく

零次さんもそれは同じなのか、ちまちまと摘んでは携帯を触っている

 

「喜んでくれるのは嬉しいけど、いいのかアンタら的には。太るぞ」

「あ、言っちゃう?それ言っちゃう?あーあ、言っちゃうんだ。ふーん、へ〜。アイドルに向かって」

 

まったく、零次さんったら失礼しちゃう

ポテトも元はじゃがいもなんだから野菜食べてるのと変わりないじゃない

それにレッスンだって頑張ってるし、今日だって零次さんの仕事手伝ってるし、その分のご褒美よご褒美

かな子ちゃんだって、「美味しいから大丈夫だよ!」ってお菓子沢山食べてるけど痩せたって言ってたし大丈夫なのに

 

「ねぇ?凛」

「私に振らないでよ・・・」

 

零次さんに言われてもなおその手を止めることなく、パクパクと食べ進めている私を今度は呆れた表情で眺めている

 

「凛も食べなよ〜、そんなブーたれてないで」

「ブーたれてなんか・・・ん、じゃあもらう」

 

そう言って摘もうとするが、直前に零次さんを見て何かを思いついたのかその手を止めて、さっきのように再度零次さんを見つめる

 

「ん?何だ?食いたいなら食え食え」

 

ポテトに手を伸ばした瞬間にそれに気づいた

零次さんもその手を止めて、再び見つめ合う二人

薄っすらと傾き始めた太陽の光が事務所の窓から入り込んで、そんな二人をちょうど良く照らし、まるでドラマのワンシーンのような雰囲気に仕上がる中で私は、何が起こるんだろうと楽しみに見つめていた

 

「・・・なんだよ」

 

眉間にシワを少し寄せて、少し不満そうにする零次さん

すると凛は、自分の口元を少し零次さんの方に突き出す仕草をする

え?と零次さんは声に出すことなく、表情だけで凛に抗議すると、凛はまた少し口元を突き出し、今度は目を閉じて少し口を開ける

 

「お前まさか・・・食べさせろってか」

 

零次さんの声に答えるように、小さくうんうんと凛はうなずいていた

 

「まったくお前・・・」

 

零次さんがそう小さく呟くと、凛は「早く」と小声でまくし立てる

助けを求めるように、零次さんは目線を私に向けるが、ニヨニヨとポテトを摘みながら見ていた私に観念したのかポテトを一つ摘む

 

「ん」

 

少しぶっきらぼうに、携帯を片手にポテトを凛の方へと差し出す

 

「・・・ん」

 

ポテトが唇に当たるのがわかると、凛は口を上下に動かして食べ進めていった

 

「ん・・・ん・・・ん、うん、美味しいね」

 

少しずつ少しずつポテトが凛の口の中に吸い込まれてゆき、零次さんの指に軽く唇が触れるくらいになると、零次さんはポテトから手を離す

 

「・・・おい」

「いいよ、別に気にしないし」

 

凛はそう言うと舌を少し出して唇をペロッと軽く舐める

 

「凛、なんかちょっとエロい」

「そう?」

 

気に入ったのかもう一つ、もう一つと携帯を片手に零次さんと同じようなスタイルで自分で食べ始めた

 

「・・・二人って、なんか何処となく似てるよね」

「「どこが?」」

 

まったく同じ返事をし、同じようにポテトを片手に、同じように携帯を持って、同じように脚を組んでソファーに座っている二人がどこか可笑しくて、三人しか今はいない事務所の一角で、346にいる時とは少し違う、なんとも言えない時間がゆっくりと流れていた

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

「ん?誰だ?」

 

ポテトを食べ終わってからしばらくして、零次さんが出してくれた飲み物を飲みながらゆっくりしていると、零次さんが持っていた携帯から普段は聞いたことがない着信音が鳴る

 

「はいもしもし、姉さんどうしました?・・・へ?はい、まだひな先輩は帰ってきてませんが・・・え?俺はいいですけど・・・わかりました、ひな先輩にも聞いてみますね」

 

立ち上がって休憩スペースから離れ受付のデスクに行くと、電話でやり取りが行われていた

会話の内容から、おそらく海道さんだろうか?

仕事の事なのかそうでないのかはわからないがそのまま会話が続いている

 

「ただいま。おっと・・・おお、お疲れ」

「あ!お疲れ様です〜」

「お疲れ様です」

 

ひなさんが事務所の扉を開けて中に入ってくると、零次さんが手を上げてひなさんに挨拶する

ひなさんはその横をすり抜けて休憩スペースまで顔を出し、私たちに合流した

 

「今日も来てるみたいだけど、あっちの仕事はいいのか?秋休みなんだから、家でゆっくりするなりしててもいいんだぞ」

 

上着を脱いでソファーに座り一息つくとひなさんはそう言う

 

「いえ、好きで来てるんでいいんですよ。それに、色々楽しかったですし〜」

 

すると凛が「加蓮」と肘で私の脇腹を小突く、テーブルの上に片付けて置かれているファーストフードの袋と、私達のそんな様子を見てひなさんは鼻でフフッと笑った

 

「ふぅ〜。あ、ひな先輩お疲れ様です」

「おお、お疲れ。で、姉さんなんだって?」

「それが今日の夜、緒方智絵里を」

 

そこまで零次さんが言いかけると、そのやり取りを私達が聞いていることに気づく

零次さんはその後の言葉をあー、あー・・・と濁すと、手に持っていた携帯をポケットにしまい、テーブルの上のゴミを片付けると、夕日が窓から差し込む中改まって私達の前に立ち、わざとらしく胸の前で手を叩く

 

「さ、二人とも。今日はありがとう!とても助かってお兄さん嬉しかったよ!もう今日は遅いし帰りなさい。家帰って飯食ってゲームして寝なさい」

「いや、ゲームはしないと思うけど・・・何?突然。さっきの智絵里どうこうは何なの?」

 

違和感バリバリな零次さんの対応に凛がつっこむが、私はそれ以上に気になる事がある

 

「ねぇ、零次さん。さっき着信あったとき聞いたことない着信音だったけど、あれ何?」

「ったく何だお前ら質問ばっかり、あれは俺のプライベート用の携帯だからだ。いつものは美城から貰った携帯で連絡とってるから違・・・あ」

 

零次さんが説明し始めたくらいのタイミングでひなさんが奥の更衣室へと消えていった

 

「へぇ・・・へぇ〜〜〜」

 

ひなさんが角を曲がって見えなくなるくらいに、みるみる口角を吊り上げてニヤニヤ笑い始める私に、さっきまで合わせていたはずの目を次第に零次さんは逸らし始める

 

「まぁまぁ零次さん、ちょっとここ座って」

「は?嫌だよ。なんでちょ、おいやめ・・・!ちょっ!」

 

嫌がる零次さんを凛が半ば無理やり私と凛の間に座らせ、逃げられないように私が零次さんの膝の上に背中を向けて座る

 

「これ、私の携帯の番号とトークのアカウント。零次さんも教えて?ね?」

「絶っっっっっ対やだ」

「凛」

 

私が一声掛けると、凛は逃げようともがく零次さんのポケットから携帯を取り出し、零次さんの顔の前に持ってくる

ロックまでは解除されまいと必死に顔を逸らし続ける零次さんだが

 

「教えてくれないと私、さっきの凛とのチュー画像間違ってデレポにあげちゃうかも〜」

「お前・・・小悪魔みたいなやつだな!」

 

動きが一瞬止まった瞬間、凛が携帯を零次さんにかざすとロックが解除され、アプリのアイコンが表示される

 

「そんな画像、加蓮撮ってないよ」

「・・・ハッタリかよ」

 

そんな呆れた様子の零次さんに、顔を上に向け逆さに目が合う状態で私は悪戯っぽく、べーっと舌を出した

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

二人が事務所を出て、携帯に『お疲れ様』『お疲れ様〜、今日も楽しかったよ!』とポップアップが二つ表示される様子を横目に、ソファーの背もたれに首を乗せて天井を見ながら深くため息をつく

 

「随分楽しかったみたいだな」

「勘弁してくださいよ。今日も奢らされたんですから」

「ふーん」

 

コーヒーを持ったひな先輩が逆さに映り、俺は体を起こすと、そのままスタスタとひな先輩と同じように自分のデスクに行き、パソコンをシャットダウンする

 

「で、本当に来るのか?」

「はい、でもどうしてでしょうかね?」

「さぁ・・・とにかく、帰って来客の準備だ」

 

姉さんの言う事が本当なら、智絵里が今日ガレージに来る

姉さんは何を考えているのか、いつもとは違う電話口での違和感に、俺は疑問を感じていた



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

クローバー06

ガラガラガラと、壁の中心に備え付けられていた巨大なシャッターが大きな音を立てて閉められていく中、車が建物の中心に止められてエンジンが切られた

 

「はい、お疲れ様!」

「あ、はい。お疲れ様です。わぁ・・・」

 

お姉さんに続いて車の外に出てみると、そこはまるで学校の体育館のように開放された空間が広がり、外から見えたアーチ状の屋根から室内灯がぶら下がっていた

明るいLEDが室内を眩しく照らして、外にいる時は見えなかったが、車の隣には二本の柱に挟まれて上まで上げられている零次さんの車があった

これがリフトと言うものだろうか?

 

「珍しい?そりゃあ珍しいか!車の下なんて見ないでしょ」

 

キョロキョロと周りを見渡していると、車の後ろから荷物を取り出していたお姉さんにそう言われる

 

「あ、本当に来たよ」

 

その声に上を見上げてみると、シャッター付近の壁から始まるコの字型のギャラリーの左側から、零次さんが柵に両腕を乗せて寄りかかりこちらを覗き込んでいた

 

「あー、ただいま!レイジ君!」

「あ、零次さんお久しぶりです!」

 

「おお、おかえり。久しぶりに顔見たわ」

 

お姉さんとほぼほぼ同時に挨拶してしまい、お互いに顔を見合わせてしまうが、そんな様子が可笑しかったのか零次さんが笑いながら柵の奥へと消えていく

私達も自然と口元に笑顔が浮かび、笑い合う

 

「おーい」

 

今度は女の人の声が上から聞こえる

 

「あ、ひなちゃんただいま!」

「おかえり。とりあえず飯」

 

再び顔を上げると、今度は正面の上からこの前の配信で見たのと同じ、クリーム色の長髪の可愛い女性の姿があった

エプロン姿で柵に手をついてこちらを覗き込んでおり、親指で自分の後ろを指差している

 

「お、お邪魔します!」

「初めまして、とりあえず上がってきな」

 

頭を上げると、おそらく・・・彼女がひなさんだろうか?

私に向かってそう言いながらニコッと笑うと、奥のスペースへと歩いていった

 

「よーいしょっと」

 

私がその場で立ち尽くしていると、隣でお姉さんは自分が持っているバッグを奥の小上がりのスペースにあるソファに投げ込んでいた

 

「あ、ああんもう・・・」

 

バッグはソファの端に当たり、床に転がる

お姉さんは長くため息をついて、渋々ソファに近寄ると、そのまま靴を脱いで小上がりに上がり、着ている服を脱ぎ始めた

 

「あ、ごめんね!上に行ってていいよ。私もすぐ行くから。そこの端の螺旋階段から上に上がれるよ」

「は、はい!」

 

茫然とその様子を見ながら立ち尽くしていた私に、慌てて声をかけてくれたお姉さん

私の後ろを指差して、着替えの続きを始める

私は言われた通りに隅にある螺旋階段へと向かった

 

「智絵里ちゃんごめーん!悪いんだけど、そのシャッターの右にある操作盤の捻るスイッチ右にしてくれない?」

 

登る直前靴を脱ごうとしていた時に、お姉さんの声が聞こえた

お姉さんの方へ振り返るとシャッターを指差していたので、またまた言われた通りにシャッターへと向かう

 

「そうそう、それそれそれ!」

 

お姉さんの方を見ながら指をそれらしきものに向けると、お姉さんは大きくうなずいていた

扉が開かれたその操作盤を見てみると一つだけ''連動''と書かれた文字の下に、左右に捻るスイッチが取り付けられていた

 

「右に捻って、右に」

「右に・・・」

 

言われた通りにスイッチを右に捻る

すると、ガチャン!という音と共に文字の上に付いている緑のランプが消えた

 

「どう?ランプ消えた?」

「はい!消えましたよ?」

「OK!ありがとう!」

 

上は長袖、下はジャージという姿になっていたお姉さんは手を上げてそう答えていた

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

二階のバルコニーに上がると絨毯が敷かれており、ひなさんがいた部分は広く広がっていて、テーブルやテレビ、ソファが備え付けられ、まるでリビングのようだった

 

「いらっしゃい。ちょっと待ってね、今用意してるから」

 

リビングに着くと、ひなさんが人数分の食器をテーブルに並べ、またキッチンへと戻っていく

 

「おう、久しぶりだな。元気だったか」

「零次さん!」

 

ひなさんと入れ替わるように、両手にコップを持ち、腰で冷蔵庫の扉を閉めたあと、その腕にお茶のペットボトルを抱えた零次さんがリビングへとやってきた

 

「おっと、悪い悪い。そうそう、そことそこに頼むわ」

 

私はその手からコップを受け取り、教えてもらった位置へと置く

準備をしていると、キッチンから美味しそうな匂いが漂ってくる

ミートソース独特のいい匂いが漂う中、ひなさんがパスタの水を切り、オリーブオイルを加えてボウルの上で混ぜ合わせていた

 

「まぁまぁ、そんなに見つめなくてもすぐできるからもうちょい待ちぃな」

「え?いや、あの!そういうわけじゃなくて・・・!」

 

自分でも気づかないうちにひなさんのことを見つめていたのを零次さんにつっこまれ、食い気があると思われたのが恥ずかしく、一気に頬の温度が上がるのがわかった

必死に弁解しようとするが、お腹が小さく鳴ったのがより拍車をかけてしまい、ますます恥ずかしくなって言葉に詰まり、少し俯いてしまう

そんな私を見て、零次さんはテーブルにお茶のペットボトルを置きながらフフッと鼻で笑っていた

 

「わ、笑わないでくださいよ〜」

「ちょっとちょっと〜、なに智絵里ちゃんいじめてるのよ〜」

 

顔を上げてみると、零次さんの背後にいつの間にかお姉さんの姿があり、しゃがみ込んでいた零次さんを腰に手を当てて上から覗き込んでいた

 

「いやいや、いじめてないですよ。ちょっと面白いものが見れただけです」

「も、もう・・・!そんなこと言うならチ、チョップですよ!」

 

わいわいと戯れ合っていると、ひなさんがパスタの入ったボウルを持ってこちらに向かってくるが、何が起こっているのか分からず首を傾げていた

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

「いただきます!」

「いただきます」

「いただきまーす」

「い、いただきます」

 

四人で手を合わせ、それぞれがフォークを持ち、それぞれのペースで夕食が始まった

 

「こんなものしかなくて悪かった」

「いえ、そんな!ひなさんのお料理、とても美味しいと聞いていたので一度食べてみたかったんです」

「あ、レイジ君ちょいソース取ってくんない?」

 

テーブルの上にはそれはそれは美味しそうに出来上がっているミートスパが並び、パスタの茹で具合と仕上がりは食べやすく絶妙で、ソースも色合い、もちろんその味も熟成された完成度であった

よくよく考えてみれば、調理している時の手際の良さといい、どこかで経験を積んでいるのかと言わんばかりの手捌きであった

一人分を作るのと、数人分作るのでは手間ひまも全く違うのに、この人は一体何者なんだろう・・・と思いながらもその手が止まらない

 

とりあえず考えるのをやめて、智絵里は食事に集中することにした

 

「で、今日は一体どういう理由で智絵里がウチに来たわけなんですか?姉さん無理やり誘ったん?」

「なにレイジ君。理由がないと来ちゃダメなの〜?ね〜?」

「零次さん違うんです・・・!前にみりあちゃん達が遊びに行って、凄く楽しかったって話を聞いていたので、私もどんなところなんだろうって気になってて、そんな時に誘っていただいたので無理やりってわけじゃないんです・・・!」

 

智絵里の返事に零次は、ふーん・・・と素っ気なく返して、再びフォークにパスタを絡める

 

「少なくともアイドルに似合う場所ではないな」

「それは言えてる」

 

零次の言葉に雛子も頷く

 

「そんな!なんだか普段見たことないものが沢山あって、不思議な場所です。まるで別世界に来たような・・・」

「智絵里ちゃんロマンチストね〜」

 

そう言う智絵里が改めて建物を見回す様子に、零次も雛子も嘘は言っていないのだろうと食事を続ける

だが気になるのはそこではなく、智絵里がここに来た本当の理由だ

いくら美空がアイドルオタクでも、まだ関係の浅い未成年を何の理由もなく連れ込むワケが二人にはわからなかった

 

「で、その握手会とやらは順調なのか?」

「え?」

「いや、ほら?よくわからない人もいるだろ?ずっとくっついてるとかさ」

「大丈夫ですよ。そうならないように現場には''はがし役''っていう人がいて、そういうファンの方を止めてくれるんです」

「それが今回私ってわけ!」

 

フフンと誇らしげな態度で美空は飲み物を口にする

 

「はい!お姉さんにはお世話になってて・・・」

 

仕事でトラブルが起きてるわけではない・・・と二人は考えつつも、美空と智絵里の様子を伺う

会話が弾んでいるところからも、ただ二人の仲が良くなっただけなのか、謎は深まるばかりだった

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

「へぇ・・・」

「・・・」

 

自分の車の下にキャディを引っ張り、オイルを抜こうと工具を探す

ひな先輩が台所で後片付けしている音をBGMに、俺がメガネレンチを選んでいる中、智絵里が横で興味深く車を覗いていた

 

「なんも面白くないだろ?」

「初めて見ました・・・」

 

オイルを抜くために、エンジンのオイルのドレーンボルトに工具を引っ掛けて回してる最中も、智絵里はポカーンと口を開けながら車の下を前後に行ったり来たり、あちらこちらに目線を動かしながら動き、俺の側でその動きを止めた

 

「今は何をしてるんですか?」

「ん?今?オイル抜こうとしてる」

 

そう言うとこれまた興味深そうに俺の動きに注目し始める

その視線になんだか少しやり辛さを感じつつも、俺はドレーンから工具を外し、キャディへと戻す

 

「あれ?いいんですか?」

「ああ、まぁ・・・せっかくだし教えてやる。一生使わないと思うけど」

 

オイルの受け皿をドレーンの真下に置いた後、俺は人差し指で弾くようにドレーンを回す

少しずつ少しずつ回っていき、オイルが若干滴の形で垂れ始めたら、一気にドレーンを指で弾いた

するとドレーンが受け皿にカランカランと金属音を立てて落ちるのと同時に、黒いオイルが一気に流れ出てくる

 

「わぁ・・・!」

「指で摘んで回してたら、このドレーンが外れた瞬間に手がオイルまみれになっちゃうだろ?だから弾くように回して最後はドレーンを落とすんだ。そうしたら手が汚れないってわけ」

 

一通りの解説が終わったあと、俺は受け皿に落ちたドレーンをキャディへと持っていき、その汚れをウエスで綺麗に拭き取る

 

「真っ黒ですね」

「5000キロも乗ったらそんなもんだ。うえっ、きったな」

 

智絵里は流れ出るオイルを眺めながらそう呟いた

 

「この機械はなんていうんですか?」

「それ?ミッション。トランスミッション」

「これは?」

「トランスファー」

「じゃあ、これは?」

「ラジエーター」

「・・・知らないものばかりです」

 

智絵里が指を指して、部品の名前を聞いてくる

オイル交換がいつの間にか、車解説講座になってしまっていた

オイルだけでなく、様々な部品にも興味深々に眺めている智絵里は、普段の様子からはその絵面はどうにもミスマッチで、独特な空間が生まれていた

 

「なんでもかんでも触ってたらその可愛い服が汚れちまうぞ、母ちゃんに怒られちゃうんじゃないのか」

 

拭いたドレーンをオイルパンに取り付けながら、今度はキャディの上に置いてある工具を眺めている智絵里の背中に語りかけると、少し顔を下に向けたのが分かった

別に気になる工具があったわけじゃない、その手は完全に止まっている

 

「私の・・・お父さんとお母さんは・・・」

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

「苦労してるんだなあの子も」

「あんなにいい子なのにね」

 

私とひなちゃんはギャラリー柵にもたれかかって、下にいる二人を覗いていた

 

「ひなちゃんはどう思う?」

「こればっかりはあの子の家族のことだから、どうすることもできない。私は・・・そう思う」

 

ひなちゃんは柵から離れてソファーに座り、テーブルに置いてある自分のコップにお茶を注いで口に運ぶ

 

「で?」

「うん?」

 

コップをテーブルに置き、今度は私の目をジッと見つめる

 

「今度は何に首を突っ込んだの?いや、突っ込みかけてんの」

「・・・何のことだか〜」

 

私は目を逸らして下にある自分の車に目を向けるが、背後から分かる

ひなちゃんはその視線を外してはくれていない

 

「実は、頼みたいことがあって・・・」

「うん」

「言い出しにくいんだけど・・・」

「早く言って」

 

ひなちゃんに諭されていると

 

「お前逃げんのかよ」

 

下からレイジ君の声が聞こえた

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

「・・・え?」

 

俺はオイルエレメントを手でエンジンに取り付けながら智絵里に話しかける

 

「そうは言ってもお前の父ちゃんと母ちゃんなんだろ?仕事忙しくてカリカリしててもお前の父ちゃんと母ちゃんなんだろ?そこらへんのさ、優しくてカッコいい父ちゃんとか美人な母ちゃんとかと車の部品みたいに取っ替えることなんて出来ないんだからさ」

 

エレメントを手でしっかり締め付け、汚れたところをスプレーのパーツクリーナーで綺麗に清掃する

 

「話しづらいかもしれないけど、一度向かいあってみたらどうよ。私こんな事今してるんだよって、こんな友達が出来て、こんな歌うたってって、逃げないで話してみたらどうだ?」

 

そう言って智絵里にパーツクリーナーを渡す

 

「あのな、逃げるのはな、負けるのと一緒だぞ」

 

智絵里は俺からパーツクリーナーを受け取ると、何かを考えているのか、それを少しの間眺め続けていた

 

「お前は根性があると聞いてる。頑張れ、ド根性女」

 

エレメントやドレーンの残った汚れをウエスで拭き取っていると、智絵里がこちらを見ていることに気づいた

 

「・・・いい目になったじゃん」

 

軍手で頬を擦りながら言うと、智絵里がふと笑い始める

 

「なんだよ」

「零次さん、変な顔」

 

そんなことを言い始めたので、ウエスをキャディに戻しに行くついでに手鏡で確認すると、頬に黒い擦った跡がハッキリ残っていた

 

「うお、マジか!」

「あはは・・・!」

 

今日は奢らされたり笑われたりと、散々な一日だった



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

クローバー07

イベント3日目

今日の天気は昨日と打って変わって曇り空が広がる

雨こそ降ってはいないが、どんよりとした雲が空を覆っており、時々隙間から僅かに光が差し込む程度

嫌な少し黒っぽい雲がまるで私達を嘲笑うかのように、そこにただ存在していた

 

「ありがとうございます。・・・はい!来ますよ?皆さん待っていてくださいましたから!」

 

イベント会場は昨日と変わらず、ショッピングモールを使用して行われていた

しかし開催場所は変更し、モール内のCDショップ前の一角を借りることができた

外の天気を考えると不幸中の幸いだったかもしれない

 

「新曲出たらCD買います!もう絶対買いますよ!」

「うん!ありがとうございます!楽しんでくださいね!」

 

ファンの人たちからも、この天気での開催を心配していた声もあったがそれも杞憂で終わり、それどころか心配していたファンの気持ちを盛り上げて帰させるという癒しスポットさながらの相乗効果を生んでいた

と、私は何を言っているんだろう

そんな効果はデフォルトで備わっている能力だ

人間、慣れとは恐ろしいものだ

信仰心が足りない、もっと大天使チエリエルへの愛を深めなければこの先どうm

「お姉さん?」

 

「はい、はい!なんでこざいましょう!」

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

お店への客足がほんの少しだけ落ち着き、ほっと一息ついていた頃、お姉さんが天使・・・とかなんとか呟いて考え込んでいたので気になって声をかけてみたら、なんでもないなんでもないと手を振って慌てた様子で何かを否定していた

顔を少し赤くし、手を頭の後ろに当てて、はははと笑っている

少し疲れちゃったのかな?

 

「こんにちは」

 

気がつくと、自分の前に置いてあるテーブルを挟んで、一人の男の人が立っていた

 

「握手会をやってるって聞いたんだけど」

「はい!皆さんに会いに来ました!ありがとうございます!」

 

他のファンの方と同じように、私は手を差し伸べる

すると、その男性もそれに応えるようにゆっくりとその着ているグレーのパーカーの袖をめくって手を出して、私の手を握った

 

「会えてよかったよ、初めてアイドルを生で見ることができた」

「本当ですか?よかったらライブも来てください。11月に大きなライブがあるんです!」

 

握った手を少し上下に揺らしながら、私はその男性に話しかけるが、フードを深く被っていることからその表情全体を見ることは出来なかった

口元が笑っていることから、少なくとも不快な気持ちにはさせていないみたいだ

 

CDの話、テレビの話、その男性以外に珍しくファンの方がいなかったため、普段より長めに話をした

 

お姉さんも止めに入ることもなくその様子を見守り、男性も私の話に合わせて相槌を打つが、大分他のファンの方の姿がチラホラ見え始めたので、いよいよお姉さんが割って入る

 

「お兄さん、今日は来てくれてありがとう。またこの後も応援してね」

 

お姉さんも慣れた流れで男性と私の間に入り、サラッと笑顔を浮かべて手を離すように促す

 

「そうか、もっと話していたかったけど仕方ないね」

 

特に抵抗することもなく、その男性は素直に手を離し、最初と同じように袖の中に手を隠した

 

「じゃあ''お姉さん''の言う通りに今日は帰るね。頑張ってね、応援してるよ」

「はい!ありがとうございます!」

 

そう言って私はペコっと頭を下げてその男性を見送るが、お姉さんはその瞬間、男性を険しい表情で見つめる

他のファンの方にはそんなことしなかったのに、疑問だけが私の中に残っていた

そんな視線もつゆ知らず、男性はパーカーの両ポケットに手を入れて、何事もなく去っていく

私はお姉さんに尋ねようかと思ったが、またファンの方の対応に追われ始める

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

「あ、ここだったんだ!」

「お兄さん!」

 

夕方、終了時刻間際にいつものお兄さんがやってくる

パラパラと外は雨でも降ってきているのか、着ている上着には水滴がつき、本人もその髪や額に付いている水滴を慌てて袖で拭う

 

「いやいや、必死に探し回ったんだけど、全然見つからなくてさ!やるとこ変えたなら教えてよ〜」

「ごめんなさい、私も急だったからSNS更新できなくて・・・」

 

ははは・・・と苦笑いを浮かべる私に合わせて、お兄さんも笑顔を浮かべていた

 

それからも会話が続き、それは短い間だったがいつものように、終了時刻であったことをコッソリとスタッフに告げられると私はお兄さんの手を離す

 

「あ、もう終わりの時間か。ごめんね、何だか話し込んじゃって」

「いえ、いつもありがとうございます」

 

お兄さんは一歩下がり申し訳なさそうに頭に手を当てて謝罪する

私は他のファンの方と変わらぬ返事を返すと、それに満足したのかお兄さんは私に背を向けた

その間にもスタッフたちの片付けが始まり、私も後ろに下がろうとすると隣からお姉さんの声が聞こえた

 

「ちょっと待って」

「・・・へ?」

 

ポケットから携帯を取り出した直後に呼び止められたお兄さんは、胸の前で携帯を握りしめたままこちらに向き直る

 

「へ?・・・へ?へ?」

「そう、あなたよ。あなた」

 

お兄さんは自分以外の人に声を掛けたのではないかとキョロキョロと周りを見回すが、お姉さんの視線は変わらずお兄さんに向けられていた

 

「お、お姉さん・・・?」

「聞きたいことがあるの」

 

腕を組みながらそう言うと、お姉さんは私が下がろうとしていた控え室を顎で指し示す

困惑する私とお兄さんを連れて、お姉さんと私達は控え室へと入っていった

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

控え室には長テーブルを二つ平行に繋げたものが一つ、壁際にはもう一つの長テーブルと、その上にお茶が入っている給水タンクが備え付けられており、そのまた隣には紙コップが置いてある

壁の隅には美空と智絵里の荷物が置いてある小上がりになったスペースがあるが、美空たち三人は中央の繋げた長いテーブルに集まる

 

テーブルには向かい合うようにパイプ椅子が二つずつ備えられており、片方に男性が座り、隣の席に荷物を置いた

向かい合って智絵里が座り、その隣には美空が腕を組んで腰を下ろしている

 

「それで、あの・・・聞きたいことって?」

 

男性が恐る恐る美空に尋ねた

 

「あなた、智絵里ちゃんに詳しいのよね?」

「それはもう!世界一のファンだと思ってます!イベントにもほぼほぼ全部行きましたし!」

「ふーん・・・世界一ってとこは腑に落ちないけど」

 

男性の言葉に少し子供っぽく不機嫌になるが、美空は構わず話を続ける

 

「これまで智絵里ちゃんに、特に有名になってから、誰かから恨みを買ったり、怪しい奴が近づいてきたりしなかった?」

「とんでもない!」

 

男性はテーブルを叩き、少し前のめりになって美空と向き合う

 

「恨みを買うだなんて、そんなことは絶対ありません!智絵里ちゃんがそんなこと・・・するわけがありません!これだけは絶対に絶対に断言できます!」

「お兄さん・・・!」

「・・・」

「ですが・・・」

 

男性はポケットから携帯を取り出す

 

「怪しい人物については自分もわかりません。智絵里ちゃんには悪いけど・・・少なからず''アンチ''は存在します」

 

携帯を操作して、智絵里には見えないように美空に見せる

 

「今の時代はSNSですから、誹謗中傷だけでなく、こういったものも・・・」

 

そこには、『あの子は俺の子』や『僕がずっと守ってあげなきゃ』というような、いわゆるストーカー紛いの呟きやコメントが多数表示されていた

 

「自分もファンではありますが、流石にここまでは・・・。智絵里ちゃんのことは大好きですよ?でもこれはあまりにも行き過ぎてるところはあると思います」

「・・・実は」

 

無言で話を聞いていた美空が切り出す

 

「このイベントが始まってから、変な視線を感じるの。智絵里ちゃんをずっと見ているような、何だかむず痒くなるような、そんな視線」

「見られるのは慣れていますが・・・」

「違うの智絵里ちゃん、そうじゃないの」

 

普段とは違う真面目な表情で話を続ける美空

 

「私の勘違いならいい、でも私の経験上アレは明らかに智絵里ちゃんを狙っているような視線だった。こっちを舐め回すような・・・そんな類のもの」

 

美空の言葉に二人は思わず固唾を飲む

智絵里に関してはその得体の知れない恐怖に身をすくませるが、美空が隣からその太ももで小刻みに震えている手を握る

 

「大丈夫よ智絵里ちゃん!私の勘違いかも知れないし、少なくともイベントの間は私が隣にいるわ」

「お姉さん・・・」

「はがし役だしね〜、これでもちょっとは上手くなったんじゃない?」

 

美空はそう言って笑いかけると、智絵里にも少し笑顔が戻った

 

「・・・わかりました!」

 

俯いていた男性も顔を上げる

 

「イベントは明日もありますし、自分も会場周辺を回っておきます!そうすればセキュリティも万全でしょう!」

「お、お兄さん。そこまでしなくても・・・」

「何言ってるのさ智絵里ちゃん!これも智絵里ちゃんのため!頼ってもらえるなんてファンとしてこんなに嬉しいことはないよ!」

 

そう言うファンに対し、智絵里も思わず笑顔が溢れる

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

イベントが終わってお兄さんと別れた後、お姉さんから''ちょっとデートしよっ!''と誘われたので、私達は少しショッピングモールに残り、色々なところを見て歩いた

 

ゲームセンターに立ち寄って一緒に太鼓のゲームをしたり、お洋服屋さんに行ってお互いの服をコーディネートしたりと、普段アイドルの活動で忙しく中々遊びに来れなかった私にとって、その時間はとてもとても楽しくて、そしてなんとコーディネートした服をプレゼントしてもらった

お姉さんが言うには、こうやって女の子と服を買いに来る機会って滅多にないから、プレゼントするのが夢だったの!とのことらしい

ひなさんはあまりこういうところには来ないのだそうだ

私もお返しに、普段のお仕事でも使えるように手袋をプレゼントしてあげた

 

お姉さん、手がお仕事で汚れることが多いと思うからと渡してあげると凄く喜んでくれていた

帰り際、お兄さんも心配でまだショッピングモールに残ってくれていたようで、車で出て行く瞬間まで見送ってくれた

そして今日もあのガレージにお邪魔してしまい、また四人で楽しく夜を過ごした

 

そして夜中

私がお手洗いに起きると、下の休憩スペースで電気がついていることに気づく

周りのみんなを起こさないように静かに螺旋階段を降りていくと、スタンドの電気をつけたまま、作業用の机に突っ伏して寝ているお姉さんがいた

その脇には工具が散らばり、お姉さんもドライバーを握ったままスヤスヤと寝息を立てていた

私はその後ろにあるソファーの上にタオルケットを見つけると、そっとお姉さんの背中にかける

 

・・・ふと疑問に思う、何故私にここまでしてくれるんだろう?

仕事仲間だから?それでもお姉さんはそれ以上に仲良くしてくれた

一緒にご飯を食べたり、私の事について聞いてくれたり、この3日間本当によくしてくれた

様々なことを考えたが一向に答えは出ず、私はスタンドの電気を消し、その場を後にした

月明かりが部屋を照らす中、私は時折お姉さんの方を振り返るが、変わらずお姉さんは寝息を立てている

疑問だけが残るまま、私はお手洗いに向かった

 

 

そして、最終日が始まる



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

クローバー08

イベント最終日

この日は生憎の雨模様だった

雲は黒く染まり、外ではザーザーと激しく雨が降り、その雨粒が建物に当たる音が室内へと響く

昨日と同様に会場を変更して、本来であれば大型書店の店先を借りて行う予定だったが、室内の一角に場所を移されて行われていた

 

このような悪天候にも関わらず、ファンの人たちは会場となる書店へと足を運んでくれており、ガラス張りとなっている壁からは外で楽しそうにこちらを見ながら列に並ぶ様子がうかがえた

 

「よかったわね〜、今日も大盛況で!」

「そう・・・ですね」

 

間に挟む少しの休憩時間の合間に、お姉さんとの会話が弾む・・・と、思っていたのだが、中々思うように言葉が出てこない

用意されたパイプ椅子にお姉さんと並んで座り、私はペットボトルを持ちながら、言葉をつまらせていた

 

「?」

 

そんな私の様子に不思議そうに首を傾げているお姉さんだったが、私は沈黙を保ったままだった

この4日間、こんなに充実した日々は久しぶりだ

こんなに仕事が終わってしまうのが惜しいと思ったのはいつぶりだろう

握手会・・・ましてやライブなどファンの人たちと触れ合う機会なんてこれまでも沢山あったのに、こんなに楽しいと思ったのはいつぶりだろう

こんなに・・・夜一緒に食卓を囲んで食べるご飯が美味しいと思ったのは・・・いつぶりだろう・・・

 

「智絵里ちゃん・・・もしかして、楽しくない?」

「へ?あ、いや・・・そうではなくて!」

 

あまりにも私が黙ったままだったので、いよいよお姉さんが恐る恐る私の様子を確かめながら話しかけてくる

その真っ直ぐに私を見つめる瞳からは一切の曇りはなく、私の目を心配そうにジッと見つめていた

 

「何だか・・・今日で終わりなんだなって思ったら、寂しくなってしまいまして・・・せっかくお姉さんとも会えたのに・・・」

 

そう返事を返すと、お姉さんの口元が少し笑って私から目を離し、壁にかけられている時計へと顔を戻して、お姉さんはペットボトルのお茶を一口飲む

 

「だったら、いつでも遊びに来なよ!」

「え?」

「私は基本工場にずっといるし、誰かしらフロントにもいるから、暇なときはまた一緒にお茶しましょ!」

 

お姉さんはポケットから携帯を取り出して私に画面を見せる

 

「さっきひなちゃんから送られてきた写真」

「へ?・・・ふふっ」

 

そこには、青葉自動車さんの事務所でテーブルを挟んでお互いにソファーに座り、同じようにコーヒーカップを持って睨み合っている梨沙ちゃんと零次さんの姿が写っていた

梨沙ちゃんの隣では、千枝ちゃんが苦そうな表情を浮かべてコーヒーにスティック状の砂糖を入れている

 

「こんなふうにわりかし皆遊びに来てるみたいだから、智絵里ちゃんも遠慮しないでいいのよ?私も智絵里ちゃんに今日で会えなくなるのは寂しいわ」

「はい!是非!それならあの・・・!」

 

私もバッグから携帯を取り出す

 

「おね・・・美空さんの連絡先を・・・教えてくださいませんか?」

 

私がそう言うと、お姉さんは心底驚いた表情をした後、信じられない速度で画面をタップしてトークアプリを開き、画面を再度私に見せる

 

「は、はい、もち・・・もちろん、い、いいですとも・・・お、お、OK牧場ですとも・・・!」

「おーけー・・・ぼくじょう?」

 

ちょっとわからない単語と共に、少し震えた手つきで画面をみせる美空さん

その画面に映っている美空さんの連絡先を登録し、確認のためにスタンプを送る

 

「ありがとう・・・ございますぅぅぅ!」

「こちらこそ、ありがとう・・・ございます?」

 

美空さんは私が送ったスタンプを確認すると、テーブルに手をついて顔を伏せながら、まるで神様に祈るように手を合わせていた

そう言う私も、追加された美空さんの連絡先を見ながら、新しい友人ができた事に心が踊っており、先ほどとは違い、最後の仕事に臨む元気が湧いてきた

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

その後も、イベントは昨日美空さんの言っていた心配とは裏腹にスムーズに進んでいき、連日のイベントに出てくれたファンの方、今日初めて来てくれた方も変わりなく、今日で終わってしまうことを惜しみながら去って行く

いよいよ終わりの時刻が刻々と迫り、列に並ぶ人の数もあとわずかとなった頃、一番最後にお兄さんの姿が見えた

 

「智絵里ちゃん〜」

「お兄さん!」

 

そしていよいよ最後お兄さんの番となり、私はいつもと変わらず握手を交わす

 

「よかった間に合った、一応周りをぐるぐるしてたら、時間が全然過ぎていって、間に合わないかと思った・・・」

「本当に見てくれたんですか・・・!ありがとうございます!」

 

お兄さんは息も絶え絶えに、その勢いのまま一歩前に出て私と握手を交わす

やっぱり、私は幸せ者だ

事務所の仲間だけではなく、大勢のファンの人に囲まれて、零次さんがいて、ひなさんがいて、そして美空さんがいて

 

こうして色々な人と出会えてよかった

あの時、一歩を踏み出してみてよかった

あの時・・・あの帰り道でプロデューサーに会えてよかった

私は、人を笑顔に出来る人間に・・・なれているのかもしれない

 

「智絵里ちゃん?」

「あ、はい!今日はありがとうございます!」

 

お兄さんにそう言いながら精一杯の笑顔を向け私は頭を下げる

その時。自分の胸にかけられている四ツ葉のネックレスが目に入る

幸運は、案外そばにあるのかもしれない

 

「はい、お兄さん。今日も来てくれてありがとう」

 

美空さんの流れるような慣れた台詞が割って入り、お兄さんと私の手が離れる

 

「あ、終わりか〜。残念、またね智絵里ちゃん。きっとまた会いに来るよ!」

「はい、お兄さん!バイバイ!」

 

そう言うとお兄さんは、名残惜しそうにこちらを時々振り返りながらお店を後にしていった

それとほぼ同時にお店の時計が鳴り、イベント終了の時刻となる

 

「智絵里ちゃん、お疲れ様!」

「はい、美空さんもお疲れ様でした!」

 

スタッフが片付けに入り、私たちは控え室に行き帰り支度を整える

上着を着て、私はバッグを持ち、そして傘を持つ

今日は現場がガレージの近くということもあって、歩いて現場に来ていた

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

「やっぱりまだ雨か〜」

「夕立・・・ですかね」

 

店の自動ドアを抜け、雨避けとなっている軒下で、美空は傘の先を地面に置き、一言呟いてうな垂れる

「はぁ〜・・・」とため息をついている様子を智絵里にクスクスと笑われている事に気付くと、ピシッとした姿勢に戻り威厳を取り戻そうとするが時すでに遅く、その一連の流れも裏目に出てさらに笑われていた

美空の顔が少し赤く染まる

 

「じゃあ、行きましょうか」

「ええ、まずは大きい荷物を取りにガレージへ・・・」

 

そうして傘を差して二人が歩き出した瞬間、後ろから声がかかった

 

「智絵里ちゃん!」

「あれ・・・お兄さん?」

 

振り向いてみると、そこには先程店から出ていった男性が立っていた

同じように傘を差し、少し慌てた様子でこちらを見ている

 

「やっぱり、最後まで見送ろうと思ったんだけど、車が見えなかったから・・・思わず声掛けちゃった」

「そんな、そこまでしなくても・・・私は大丈夫ですよ。イベントも無事終わりましたし、これから美空さ・・・このお姉さんに送ってもらうので」

「いえ、ちょっと待って」

 

美空はそう言って振り返ると、智絵里より一歩前に出て、男性と向き合う

 

「見送るなら、これから目的地まで少し付き合ってもらうわ。いいでしょ?」

「もちろん!智絵里ちゃんに何かあったら困りますから!」

「お兄さん・・・でも・・・」

「大丈夫、自分も暇だから!」

 

困惑している智絵里に対して、美空は大丈夫よと伝え、三人で目的地へと向かうことになった

 

 

道中は智絵里と男性の間で会話に花が咲いていた

イベントとは違い時間制限がないため様々な話題が飛び交い、雨が降りしきる中、会話が続いていく

 

「それにしても、智絵里ちゃんのその服可愛いね!何だか初めて見た気がする」

「はい、これは昨日お姉さんにプレゼントしてもらったんです」

 

信号で止まっている最中、唐突にファッションショーが始まる

美空が買ったそれは、普段の智絵里のイメージを崩すことのない、可愛らしいミニスカートに、四ツ葉のネックレスが生えるように白の可愛らしいトップ、秋のイメージに合うようなコーディネートとなっていた

智絵里は腕を少し上げて、自分の服装を見回しながら説明していた

 

「にしても・・・やっぱ歩いてても遅いわね、この信号変わるの」

「そうですね・・・」

 

そんなファッションショーとは裏腹に、美空は変わらない信号に思わず足をトントンと地面に向かって叩いてしまう

 

「あ、そっちに、あっちに抜ける地下道がありますが・・・」

 

男性が指差した先には、私たちが行く対角の歩道へと繋がる地下道が伸びている

 

「え、なんだか怖いです・・・」

 

上からでもわかる、中を照らしている蛍光灯がチカチカしている様子に思わず智絵里は身をすくめ、美空の後ろに一歩下がる

 

「大丈夫大丈夫!急がば回れなんとやらって言うじゃない!早く帰ってみんなにただいまって言いましょ!」

「で、でも・・・」

「大丈夫!後ろには自分がいます!」

 

男性もそう言うので、智絵里も渋々了解し、三人は地下道へと入っていった

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

その空間は階段を降りるごとに薄暗くなっていき、徐々に徐々に地下空間特有のジメジメした感触が三人に伝わっていく

カツンカツンと足音を立てながら降りていくと、すぐに右に折れ曲がる構造になっており、その先には出口の階段が見えている

距離にして大体50mくらいだろうか、そんなに遠くはない・・・しかしその空間の雰囲気に、思わず智絵里の足が止まる

 

一定間隔で、タイル式の壁に設置されている薄暗い蛍光灯がその道を照らしており、地面の脇に走る排水用の溝には、上から流れてきた水がチョロチョロと中央にある排水溝へと流れていく

雨は未だ止む気配はない

先程と同じように降り注ぎ、その場の空気を振動させて、不気味な反響音が地下道内に響いていた

入り口の側のものと同じように、出口付近の蛍光灯の一本が不規則に点滅している様子がより一層場の不気味さを煽っている

 

「み、美空さん・・・」

「・・・早く抜けちゃいましょうか」

 

美空の号令と共に、傘を畳んで手に持ち直すと三人は歩き出した

排水用の溝から少し溢れた雨水が少しアスファルトの上に溢れ出し、歩くたびにピチャピチャと音を立てながら出口へと歩を進める

美空のすぐ後ろにピッタリと智絵里はくっつき、少し美空の服を掴みながら恐る恐る続いて歩く

男性もそれに続いて智絵里の後ろを歩き出した

 

後ろを歩く智絵里の吐息に若干の震えを感じた美空は後ろ手で智絵里の腕を掴む

 

そして、出口まであと半分くらいといったところで、突然美空が立ち止まった

 

「んむ・・・美空さん、どうしたんですか?」

 

唐突に止まったため、美空の背中に思わず顔を埋めて智絵里も立ち止まってしまう

 

「?」

 

尋ねても返事がないため、思わず男性の方を振り向くと、男性も目を丸く見開き出口の方を直視している

視線を前方に戻し、智絵里は顔を上げて今度は美空へと目を向けると、今までにないほど真剣な表情で目の前を睨み付け、口を固く結んでいた

そんな二人の尋常じゃない様子に、智絵里はゆっくりと美空の背中から体を右に動かして前の様子を確認すると

 

「ひっ・・・!」

 

目の前の光景に、思わず乗り出した体を勢いよく元に戻し、美空の後ろに隠れる

段々と息が絶え絶えになり、心臓がバクバクと脈打ち始めるのがわかった

全身の血の気が一気に引き、全身から冷や汗が噴き出てくる

 

智絵里が見たその先には二人の人影があった

普通の通行人ではない、どう見てもすれ違う気など全くなく、二人並んで出口付近の通路に立ち、三人をジッと見続けていた

一人は両手をポケットに、一人は後ろに手を組んで立っている

サングラスを掛けた男、そしてもう一人の帽子をかぶっている男は同じような黒いレザージャケットを着て、その場の不気味な空気とマッチするかのように笑みを浮かべていた

 

そんな二人の男を、点滅を繰り返す蛍光灯がまるで警告灯のようにその影を映し出す

 

「姉さん、久しぶりだな」

「・・・あんたたち」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

クローバー09

違う、零次さんの声じゃない

 

智絵里は微かな希望を懸けてその相手の声に耳を傾けたが、ものの数秒でその望みは断たれてしまった

 

「久しぶりっスね、姉さん」

 

こっちも違う

 

日頃レッスンで培った技術をフルに活用し、智絵里は相手の声を聴き分けて必死にまだ希望にすがろうとするが・・・ダメだった

 

今まで聞いた  誰の声とも違う

 

その瞬間智絵里の頭の中で様々な''想像''が広がる

みかた、てき、だんせいとじょせい、おとこと・・・おんな、あっちはおとこ、わたしは、、、おんな

頭の中はグチャグチャになり、自身でもわかる程、悲鳴にならない悲鳴が口から漏れ始めていることに気づく

相手に悟られないように、美空の背中に隠れて必死に押さえ込もうとしていた

美空が、智絵里の腕を掴む力が少し強くなる

 

「またあんたたちに会うなんてね」

「姉さん、そんな固いこと言うなよ。借りを返しにきただけだ」

「借り?」

「うちの仲間が、おたくのドライバーにお世話になったみたいで」

 

トン、トンと足音を立てながら、その男たち二人は近づき始める

 

「レイジ君のこと?」

「そうそう、だから・・・どうしてもお礼をって・・・話」

 

男達に合わせながら、三人も揃って後ずさる

美空も背中から智絵里を離さず、智絵里は美空の背中から今度は服をシワができるほど強く握りしめ、男性は来た道から逃げられないかと後ろを振り向く

 

「おっと兄ちゃん、無駄だぜ」

 

その声に智絵里が恐る恐る背後を確認すると、さっき入ってきた道から一人の人影が迫ってきていた

 

「あ、あなたは・・・」

 

智絵里が思わず声を漏らしたその先には、昨日会場であった時と同じグレーのパーカーをきた男性が、パーカーの両ポケットに手を入れたままこちらに歩いてきている姿があった

 

「やぁ、昨日ぶりだね。智絵里ちゃん」

「な、な、な・・・なん・・・で・・・」

 

必死に声を絞り出し、何とか出たその一言は、その衝撃もありあまりにも弱々しく小さくて、ジリジリとこちらに迫る足音にかき消され、相手に届くこともなく、しかしその男性はその場の雰囲気とは正反対に、清々しいまでの笑顔を浮かべて近づく

 

「おい」

 

その声に思わず体を大きく震わせ、智絵里は前に向き直る

 

「逃すんじゃねぇぞ、それから・・・''準備''だ」

 

サングラスの男がそう言うと、パーカーの男はポケットから携帯を取り出して、画面を数回操作すると、こちらに向けて構える

 

「さて、なに・・・すぐ終わるさ、大丈夫だ、緒方智絵里。美城プロのアイドルさんよ」

 

その敵意がハッキリとこちらに向けられていることに気づいた瞬間だった

ガクガクと足が震え始め、目からは恐怖のあまり涙がこぼれ落ち始める

 

「おいおい、そんなに隠れてないで姿を見せてくれ、俺たちはそ」

「お前ら!智絵里ちゃんに何するつもりだ!」

 

智絵里の後ろにいた男性が意を決してサングラスの男に食ってかかる

 

「・・・はぁ」

 

サングラスの男はその男性の態度に一つため息をつくと、嫌そうに顔を男性へと向き直した

 

「おい兄ちゃん、人が話してる時は邪魔するなってパパに教わらなかったか?」

 

歩みを止め、サングラスの男が男性を威圧するように睨み付けるが、それでも男性は引く様子はなく、そのまま対峙し続ける

 

「何するかって?そんなの・・・兄ちゃんならもうわかってるんじゃないのか?」

 

サングラスの男の視線が、わずかに美空からはみ出て見える智絵里の下半身へと移動した

 

「・・・可愛い格好してるじゃないか」

 

そのセリフに智絵里は自分の爪先から足、太もも、そしてミニスカートで隠れて見えない股の部分へと視線を動かす

 

「さっきも言った、すぐに終わらせるさ。三人もいるからな。さて・・・悪い子にはお仕置きだ。もう思い切りやれればどうでもいいか。だれが''パパ''になるかは」

「・・・!ひっ・・・!」

 

智絵里は片方の手でスカートを掴んで自分の下半身を隠し、また美空の後ろに隠れる

頭の中で悪いイメージが確立され、これから自分の身に起こるであろう出来事、それからの未来の想像に絶望し、震えながら美空の服を先ほどよりも強い力で握りしめる

 

「よし、行け」

「はいっス」

 

号令と同時に、カチカチカチという不思議な音を出しながら帽子の男が前から近づいてくる

後ずさりしながらその音の正体を確認すると、それは帽子の男が右手に持っているカッターナイフだった

 

「それを使うのは手こずったときだけだ。抵抗するようならそれで引き裂いて脱がせ」

 

指示を受けた帽子の男は一瞬で間合いを詰めると、美空の服を掴んでいた智絵里の腕を掴み強引に服から引き剥がす

 

「いや!やめて!!はなしてぇぇ!いやぁぁぁ!!!はなしてぇぇぇぇ!!!!」

 

腹の底から悲鳴を上げ、必死に美空の服を掴んで抵抗するが、その男の強引な力に智絵里の腕はあっさり白旗を上げる

 

「智絵里ちゃん!」

「うるせぇな」

 

男性の一言を一瞬で切り捨て、サングラスの男は、帽子の男の腕に収まった智絵里を見る

 

「たすけっ!たすけてぇぇ!!だれかぁぁぁ!!!」

 

泣きじゃくる智絵里をしばらく見ていると、美空たちの方に向き直り、サングラスの男は一つうなずく、すると

 

 

 

 

 

 

「姉さん今っス!!」

 

帽子の男が美空に向かってそう言う

 

と、次の瞬間

 

 

「ゴホッ!!!」

 

 

 

 

 

 

何が起こったのか、智絵里には一瞬わからなかった

涙で周りがよく見えていなかったせいもあるかもしれない

しかしそれでもハッキリわかったのは、遠くからでもよくわかる美空の綺麗なスタイルをした足がその美空の背後に一瞬で伸びて、その爪先がファンの男性の腹に届いたかと思うと、男性は大きくバランスを崩し後ろに吹き飛んだ光景だった

 

「おうぇ!ゴホッ!ゴホッ!あ、が・・・?」

「え・・・?」

 

智絵里もファンの男性も、一体何が起きたのか全く状況判断が追いついていなかった

智絵里が涙を拭い確認しても状況は変わらず、サングラスの男がその男性に近づいていく

 

「智絵里ちゃん、もう大丈夫っスからね!」

 

帽子の男が智絵里にそう言葉をかける

智絵里を捕まえている腕の力はそんなに強くなく、一瞬顔を上げるがすぐに戻し智絵里はそのままその様子を呆然と見守る

 

「ウッ、ウッ・・・ハァハァ、ハァ!」

「逃がさないっつったろ」

 

サングラスの男がそう言うと、何とか立ち上がり逃げようとする男性に向かって、帽子の男は持っていたカッターナイフを男性の目の前のアスファルトへと投げつけ、逃げ道を塞ぐ

 

「うわぁ!ハァ!ハァハァ・・・なんで、なぜ・・・?」

「''なぜ''だぁ?」

 

息も絶え絶えに、濡れることもいとわず壁を背にしてもたれかかり、苦しそうに男性はサングラスの男に尋ねるが、そんな様子を気にすることもなく男性の右足に履いていた靴を強引に脱がせると、地面に転がっていたカッターナイフで靴紐を切り落とし、爪先部分を切り取り、その裏に張り付いていたものを強引に引きちぎる

 

「はっはぁ〜・・・器用なことするねぇ兄ちゃん」

 

サングラスの男がそのままその手に持っている''それ''を男性の目の前で左右に揺らしながら確認させると、撮影していたパーカーの男に渡す

 

「充電式の小型カメラ・・・おおすごい、画像をアプコンできるやつだ。有線無線どっちもいけるやつ。なかなかのモノですよ姉さん」

 

話しかけられた美空は持っている傘を地面に投げ捨てて、壁に寄り掛かったままの男性に近づいていく

 

「そんな・・・どうして、今までだれにも・・・ガハァ!」

 

男性の元までたどり着くと、そのまま足で蹴り倒し、うつ伏せに倒れた男性の背中に足を乗せ、膝の上に肘を乗せて前屈みになる

 

「あんたねぇ、世の中やっていい事と悪いことってあんでしょ」

「ガ・・・アァァ・・・!」

「私はねぇ・・・曲がった事とか筋が通らない事がこの世で一番大っっっ嫌いなの!」

 

その瞬間、智絵里の背後にある出口の上から聞き覚えのある低いマフラーの音が聞こえた

 

「ファンならファンらしく、真っ当にアイドルを愛しなさい!あんたがやってた''それ''は、ただの身勝手な自己満足よ!」

 

出口の上からスタスタと急いで階段を駆け下りてくる二人分の足音が聞こえると、帽子の男の横に智絵里のよく見知った人物が並ぶ

 

「姉さんは?」

「まだ大丈夫っス、でも・・・そろそろ止めに行ったほうがいいと思うっス」

「零次!」

 

雛子にそう言われた瞬間、美空に向かって零次が走り出し、美空の肩を掴んで男性から引き剥がした

 

「やめて!離して!まだ、まだこいつには言いたいことが山ほどある!よくも・・・よくも智絵里ちゃんに!!」

「わかった!わかったから姉さん!もういいって!!」

 

それでも向かっていこうとする美空を零次は必死に引き留めながら後ろへと引っ張ろうとする途中バランスを崩し、二人して尻餅をついて倒れる

自分の上でバタバタと暴れる美空の後ろから零次はお腹に手を回して引き止め続けると、次第に動きが小さくなり、最後には腕と足と頭をだらんとしながら沈黙した

 

「姉さん、もういいんですよ。終わったんです。後はプロに任せましょう、ね?」

「・・・」

 

零次がそう言うと、美空は何も言わずただ、首を縦に弱々しく一つ振った

それとほぼ同時にサイレンの音が徐々に聞こえ始める

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

「はい、現行犯ですね。証拠映像はこちらで・・・」

 

現場に警察官が入り込んで取り調べが始まり、それぞれがそれぞれ対応に追われている中、美空は零次の車の左後ろのドアを開け、座席に座り、外に足を出してその光景を眺めていた

 

「久しぶりですね」

「あら、早苗ちゃん」

「あら、じゃないですよ〜!久しぶりに連絡来たと思ったらまた・・・動かすの大変だったんですからね」

 

プリプリと怒りながら、片桐早苗は美空の隣へと近づき、車に背を向けて寄りかかる

少しムスッとした表情で腕を組み、美空に向け開口一番文句をぶつけるが、その口調はどこか親しげで、何だか慰めるような雰囲気を醸し出していた

 

「私もこんな私服全開の格好じゃ、誰も元警察官だなんて思われなかったんですから今回だってどれだけ大変だったことか!何とか署に知り合いがまだいたから良かったものの・・・もっと早く連絡してください!」

「悪かったわよ〜。でも、その格好でもすぐ早苗ちゃんだってわかるわ」

「それは振る舞い的な意味?それとも身体的な特徴ですか〜?」

 

早苗はそう言うと車から離れ、美空に見せつけるように日頃の撮影と同じように気合いを入れて、腰を少し曲げ、左腕で胸を強調し、右手を頭の後ろに回してポーズを取り美空へと見せつける

 

「どう?一層セクシーに磨きがかかったんじゃない?」

 

パチンと美空に向けウィンクを放つ

 

「・・・ふふっ」

 

その様子を見て美空は少し笑うと、足を組んで前屈みになり、そのまま早苗と同じようなウィンクと共に投げキッスを放つ

 

「う・・・ぐふっ!」

 

するとまた早苗は先程と同じように車に寄りかかるが、ぐぐっ・・・と胸の辺りを押さえ、苦しむような演技を見せる

 

「この・・・ミディアムショートの化け物め」

「大丈夫大丈夫!おっぱいは早苗ちゃんの方が大きいわよ」

 

そう言ってはははっと早苗に向かって笑うと納得がいかないのか、またプリプリと怒り出す

そんな最中、こちらに向かって歩いてくる人物の姿があった

 

「姉さん、事件のことで聞きたいことがあるから少し来てくれって警察の人・・・が」

 

''・・・が''と言うのとほぼ同じタイミングで、その人物は美空と共にいる早苗を発見するとピタッとその足を止め、やたらと不機嫌そうな表情で頬をピクピクとさせて凝視する

 

「あ、ひなちゃん」

「・・・おや?」

 

それに気づいた早苗はとたんにいやらしい笑顔を浮かべ徐々に徐々に雛子へと距離を詰め始める

 

「おや?おや?おやおやおやぁ?」

「・・・チッ」

 

舌打ちしながらそのムカつく光景を見まいと雛子は顔を逸らすが、そんなことはお構い無しに早苗はスタッスタッとステップをきかせながら近づく

 

「シルヴィアちゃんじゃな〜い!」

「チッ、チッ、チッ、チッ、チッ!」

 

早苗はそんな不機嫌さ全開の雛子にゼロ距離で近づき、一生懸命顔を合わさないように舌打ちを連発しながら顔を逸らし続ける雛子に対して、大層面白いものを見つけた子供のように雛子の顔を覗き込む

手を後ろに組み、ん〜?と雛子の反応を楽しみながら雛子の周りをぐるぐる回る

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

「あ、零次さん」

「ん?おう」

 

警察官の人からの事情聴取が終わり、美空さんを探していると、道路脇で腰に片方の手を当てて自分の車を見ていた零次さんに会った

 

「どうしたんですか?」

「それがなぁ・・・」

 

零次さんは困った顔をしながらもう片方の手で車の方を指差す

そこには

 

「変わらないわねぇ〜シルヴィアちゃん。あの頃の可愛い姿まんま!」

「あら、それは奇遇ですねぇ。私も丁度まっっったく同じことを考えていました」

「ふふふ・・・」

「・・・フン」

 

睨み合いながら互いにどっしりと構え、零次さんの車の横で牽制し合うひなさんと早苗さんの姿があった

 

「こんな様子じゃなぁ・・・」

「・・・お二人は知り合いなんでしょうか?それに・・・」

 

気になったので零次さんに尋ねてみる

 

「何で早苗さんはひなさんのことを''シルヴィアちゃん''って呼んでいるんですか?」

「あー・・・ひな先輩昔そんな名前の車に乗ってた頃にさ・・・」

 

零次さんが解説してる間にも、キャットファイトは続いていた

 

「私のこと覚えてる〜?昔よく鬼ごっこしたわよねぇ?あっちゃこっちゃ逃げ回りよってからにこの小娘」

「歳一つしか変わらないじゃないですか。そうですね、楽しかったですよ?ずっと''鬼役''やってくれたから。私捕まらなかったし、ちゃんと''法定速度''だったしね」

「あんた・・・ねぇ!」

 

そう言ってまたキーキーと文句を言い始めてしまった

 

「もうらちがあかないから止めてくるわ、姉さんが戻ってきたら事務所まで送るから準備しといてくれ。・・・ハイハイハイお姉様方そこまでそこまで」

 

半分呆れた口調で二人に近づき、少し巻き込まれながらも零次さんは強引に割って入る

 

言われた通り私は帰る支度をするため地下道に置いてきてしまった傘を取りに戻った

 

・・・そういえば、混乱した状況が続いていたため気づかなかったが、いつの間にか雨が上がり、真っ赤に染まった夕日が入道雲から顔を出して辺りを夕焼けに染めていた

 

「あれ?智絵里ちゃんどうしたの?ボーっとして」

 

声の先には、二つの傘を腕にかけてこちらへと歩いてくる美空さんがいた



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

クローバー10

『容疑者によりますと、''数回やった''などと供述しており、そのカメラの転送先である携帯電話を確認すると、女性のスカートの中を撮影した画像が複数確認され・・・』

「こんな奴が本当にいるんスね〜」

 

事情聴取が無事に終わり、私たちは一旦青葉自動車さんの事務所へお邪魔していた

事務所には零次さん、ひなさん、美空さん、早苗さんそしてあの三人の男性が集まり、奥の休憩スペースに私、美空さん、早苗さん、三人の男性がテレビをつけてソファーで話している

 

「それにしても悪かったな智絵里の嬢ちゃん。恐がらせちまって・・・」

「ホントよ!私の後ろでビックビク震えてたんだから!優しくしなさいって言ったじゃない」

「いえ、あの、私が勝手に勘違いしてしまっただけなので・・・!」

「智絵里ちゃんは何も悪くないよ、あのおっかないグラサンのおじさんが悪いだけ」

「おいおい、これでも姉さんより歳下だぜ・・・」

 

パーカーの男性からそう言われたあと、サングラスの男性は困ったように頭に手を当てる

 

「それにしても姉さんよくわかったっスね〜、どうしてあの男が怪しいってわかったんスか?」

「ああ、それはね・・・」

 

それは、初日のイベントの帰り際

あの男性が車から離れたあと、ナビに携帯を繋ごうと無線接続の設定画面にすると、奇妙な接続先の名前が表示されたそうだ

どう見ても携帯電話の名称ではない

周りに歩いていた社員の方々のパソコンとも考えにくい

そもそも名称にmicro cameraと入っている時点で何やら怪しい空気を感じたそうだ

表示されたのは数秒だったので離れていった男性が怪しい

 

社員の方々にしてもマイクロカメラを持つ意味がわからないと、その男性にターゲットを絞り、数日同じことをして確かめたところ確信したそうだ

 

「いつも帰り際に見送ってくれてよかったわ。あれがなかったら調べられなかった」

「だからあの日の夜すぐに僕たちに電話してきたんだね。なんか工場に残って色々調べたらしいけど」

「ホントだホント」

 

声のした方にはひなさんが人数分の飲み物をおぼんに乗せて、こちらに運んでくる姿があった

 

「最終日に仕掛けるって言って、仕事も片付けてたんだから。まぁ、おかげで大分仕事は片付いたんだが・・・」

 

そのままひなさんが見た方向に目を向けると、フロントのパソコンと必死ににらめっこしながら仕事をしている零次さんがいた

 

「私も少し姉さんを手伝ってたから、その分零次に仕事を任せてしまって、あんなんになってる」

「・・・零次先輩ってちゃんと仕事するんスね」

「おい、お前たちといいアイツらといい俺のことを何だと思ってんだ!」

 

パソコンから身を乗り出して零次さんはこちらへと文句をぶつけてくるが、ひなさんが後で手伝ってやるからと伝えると渋々身体を引っ込めた

 

「とりあえず、ほれ。コーヒーでも飲んでゆっくりしろ」

 

そう言って飲み物を渡してくれたひなさんにそれぞれお礼を言って受け取ると、ひなさんも奥のソファーに早苗さんと向かいあって座る

 

「はい、早苗さん。飲み物」

「・・・ねぇ、何で私だけオレンジジュースなわけ?」

 

私たちは受け取ったコーヒーを飲んでいたが、隣からそんな声が聞こえた

うっ・・・やっぱり苦いなぁ

なんでみんなブラックで飲めるんだろう・・・

私は砂糖を二本続けて入れる

 

「あら、たまに飲んだら美味しいですよオレンジジュース」

「あんた・・・私のこと完全子供扱いしてるでしょ。これでもね、あなたより歳上なのよ、と・し・う・え」

「あ、ごめんなさい。私ママ活したことないんで」

「だれがママよ、一歳しか違わないって言ったじゃない」

「ごめんなさい、ババ活だった」

「あ・ん・た・ねぇ!!」

 

またまたヒートアップしていく二人を、私たちは苦笑いしながら眺めていた

 

「あの二人は今でもあんななんスね」

「あ、あの・・・美空さん」

「うん?」

「この・・・方々とは、お知り合いなんですか?」

「ええ、仕事してると変な知り合いが増えるのよ。この三バカトリオみたいに」

「ちょっ!姉さんひどくない!?」

 

パーカーの男性がそう反論する

 

「まぁ確かに、智絵里の嬢ちゃんのほうがきっと頭はいいわな」

「智絵里ちゃんも好きに呼んだらいいわ、こっちから90、100系、110」

 

美空さんは順番にサングラスの男性、帽子の男性、パーカーの男性と指差していった

・・・きゅーまる、ひゃっけい、ひゃくとー?

 

「車で呼ぶんスか!」

「今も変わらず乗ってんでしょ?黒いマークⅡ」

「そうだけどさぁ・・・」

「そう言う姉さんも長いこと乗ってるよなぁ、あのV35」

 

事務所の扉から見える美空さんの車を見る

 

「いいじゃない、好きなのよあのスカイライン。何だか放っておけない気がしてさ」

 

美空さんがコーヒーを一杯飲む

 

「それに、今回はあの子がいなかったら気付けなかったわけだし」

 

確かに、そう言えばそうだ

車にそんな機能があるなんて知らなかったし、それに・・・

 

「私も・・・何だか好きですよ、まるっとしててカワイイです」

「智絵里ちゃんマジ!?」

「今度俺も90持ってくるかぁ」

 

その後も四人は思い出話に花を咲かせ、私はそれを楽しく眺めていた

だって、とっても楽しそうに話してるんだもん

三人の男の人達、そして美空さん

普段は中々仕事が忙しくて会わないって言ってたけど、その四人揃った姿はまるで・・・

 

「・・・?どうしたの智絵里ちゃん」

「いえ!何でも・・・」

 

私はやっぱり・・・幸せ者かも・・・しれない

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

三人と早苗さんが帰ったあと(ひな先輩に食ってかかる早苗さんを強引に引き剥がし)、俺とひな先輩は少し仕事を片付けていた

姉さんと智絵里は奥の休憩スペースにいる

三人は''帰るときにCD買って帰る!''と意気揚々と出ていき、今度落ち着いたらサインが欲しいと伝えてくれと伝言まで頼まれた

 

「そろそろ晩ご飯の時間だし、後は明日にするぞ」

「そうですね」

 

ひな先輩の指示でパソコンの電源を落とし、帰りの支度をする

ひな先輩は出入り口に貼っていた''臨時休業''の張り紙を剥がしていた

 

「さて・・・おーい、二人とも。そろそろ帰・・・ふむ」

 

姉さんと智絵里を呼ぶために奥の休憩スペースへと向かうと、その光景に言葉が止まる

 

「どうした・・・おやおや」

 

そこには、ソファーにもたれかかりながらお互いに頭を預けあい、スヤスヤと寝息を立てている姉さんと智絵里の姿があった

 

「・・・私が美城に連絡して、遅くなりそうだからまた一日預かれないか聞いてみる。智絵里ちゃんの両親も今日は家に帰らないみたいだし」

「そうですね、このままガレージで面倒みましょう」

 

俺はそう伝えると、自分の車を持ってくるため、事務所から外へと出ていった



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

女子会
女子会01


智絵里の一件から数週間が経ち、俺たちの周りはまた平凡な日常を過ごしていた

 

「零次、包丁忘れた。ついでに持ってきて」

「あー、はい。了解です」

 

名前は伏せられて報道されたため、世間にはそこまで騒がれることもなく、美城プロダクションも変わらずあれからも平常運転であった

智絵里をガレージに連れてきたのも、連日のイベントということで行動パターンが把握されている中、一人にさせておくと何をされるかわからないということで、事が解決するまでは、本人が許すなら出来るだけ側にいてあげたかったという姉さんの配慮だったそうだ

 

実際あの三人組の話によると、犯人は姉さんがいつも智絵里の側にいたため簡単に近づく事が出来なかったという

 

智絵里本人はというと、今回の件は残念ですが、拡散される前だったので・・・他のファンの方々が待っていますから!

とほんの少し引きずりながらも前へと進み始めた

ほんと、肝が据わっている

 

俺たちはというと、前期末の地獄が終わり、後期が始まった最初のラッシュも乗り越えた、久々のゆっくりとした休日の昼

眩しい日の光が左右の大きなガラスから丁度同じくらい差し込んでいる正午に、ガレージの二階の居間に集まりパーティーの準備が進んでいた

 

テーブルの上には買ってきた飲み物とお菓子、そして

 

「あー、あー零次。熱湯に濡らしてから持ってこい、熱湯に。そうそう」

 

中央には立派なショートケーキがワンホール、デカデカと置かれていた

 

「零次さん、フォークも人数分お願いしてもよろしくて?」

「美空さん、こんな感じでいいですか?」

「うん、ありがと千枝ちゃん!もう座ってて大丈夫よ」

 

リビングには、俺たちの他に千枝と桃華も揃い、俺たちに混ざって準備に精を出している

 

「はいフォークだ、まわしてまわして」

「ありがとうございます。はい千枝さん」

「ありがとう!はい、ひなさんと美空さんも」

 

受け取った桃華からフォークがそれぞれ行き渡り、同時に紙製の皿もそれぞれの前へと並べられた

 

「ではでは・・・うん、レイジ君は千枝ちゃんの隣に。えー、コホン」

 

テーブルには、姉さんと桃華、俺と千枝が並んで座り、ひな先輩はというと

 

「ひなちゃん、お誕生日おめでとー!」

 

パチパチパチと姉さんの号令と共に拍手が起こる中、お誕生日席で片手を太ももの上に置き、もう片方は首に当てて恥ずかしそうに縮こまっていた

 

「さぁ雛子さん、一息にフーッとですわ!」

「やっぱりなんか恥ずかしいな・・・」

 

楽しそうに胸の前で手を合わせてそうひな先輩に催促する桃華に応えるように、テーブルの中央に身体を少し伸ばしてケーキに近づくと、軽く息を吹き掛けてロウソクの火を消すひな先輩

その瞬間にまた小さく拍手が巻き起こった

 

「さて、じゃあいただこうか。包丁包丁」

「あー待って待ってひなちゃん!パーティーの主役はそのままそのまま!私がやるから!」

 

いつものようにひな先輩がテーブルを指揮ろうと動き始めるが、姉さんがそれを止めると包丁を持ちケーキを切り分け始める

 

「はいはいはい!まずは桃華ちゃんが用意してくれた特製ショートケーキでございます」

「ありがとう姉さん。桃華ちゃんもありがとう」

「いえいえ。お誕生日ですもの、レディとして当然の事をしたまでですわ。会社でお世話になっている上司の方のためとシェフにお伝えしたら、皆さん張り切ってご用意してくださいましたの!」

 

と、全員の目の前にケーキが並んだタイミングで桃華が嬉しそうにそう語った瞬間、ひな先輩の手が止まる

 

「ちょっと待って、これ・・・一体いくらすr」

「雛子さん、今日は''そういう話''は野暮・・・ですわ」

 

人差し指を唇に当てて、イタズラっぽく笑う桃華

実際切り分けられたケーキを見てみると、近場で市販されているものと比べると明らかにクオリティが高く、造形もといクリーム、スポンジ部に至るまで、包丁を入れられてもなお形を崩すことなく美しい形を保ったままだ

クリームの艶一つに至るまで職人の技を感じられる

 

「さぁさぁ、いただきましょう!美味しそうね!」

 

自分のすぐ隣でひと回り以上の年齢差がある二人の高度な駆け引きが行われていることなどつゆ知らず、子供のように楽しそうに今か今かとケーキにありつく瞬間を待っている姉さんの姿を見ているとどっちが上司なのか一瞬わからなくなる

ひな先輩もそんな姉さんを見ると、早く早くと期待の眼差しをキラキラと送ってくる様子を見て、つられて笑顔を浮かべていた

 

「じゃあ、いただきます」

『いただきます!』

 

ひな先輩から号令が掛かると、俺たちも返事を返し、いよいよケーキにありつく

こ、これは・・・!

 

「ヤバッ・・・うま」

 

姉さんがそうボソッと呟いたのを俺は聞き逃さなかった

本来なら、スポンジがふわふわだったとか、クリームの甘さが絶妙だとか、味とか感触の感想が出てくるはずなのだが、俺も姉さんと同じ、ただ物凄く美味いものが口の中に入ってきたという感想が真っ先に頭に浮かぶ

他の方々も同様で、ひな先輩に至ってはこれでもかと目をキラキラさせて次から次へとフォークが進んでいた

人間、本当に衝撃を受けると直感的な感想しか浮かばないものなんだと思った

 

「喜んでいただけて何よりですわ」

 

そんな中一人、落ち着いた様子でお上品にケーキをお召し上がりになり、おジュースを頂いているお嬢様が目の前にいた

 

「・・・お前、すごいやつだったんだな」

「まぁ、零次さんに褒められてしまいましたわ」

 

そう言いながら桃華はテーブルに置かれていたお菓子を一つ口にすると、途端に目をキラキラさせ始めた

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

「えっとね千枝ちゃん、このね、メーターの緑の辺りに針がくるようにこのボタンを押してみて、これこれ」

「こう、ですか?」

 

千枝は姉さんに言われた通りにコントローラーの右トリガーを押す

テレビの画面に表示されている車のメーターの針がみるみる上がっていき、止まっている車の後ろでエンジン音と共にタイヤがキュルキュルと空回りしモクモクと白煙が立ち昇って見えなくなるほどに覆い尽くしていた

 

「そうそう、そのまま緑の範囲内に収まるように押したり離したり、おお!中々上手上手!」

「ほんとですか?えへへ・・・」

「よし、来るわよ来るわよ!スタートの合図と同時にこのレバーを上にトンってしてね!トンって!」

「わ、わかりました!」

 

食事が落ち着き、今は各々がそれぞれリビングで好きに過ごしていた

ひな先輩はその場から動かず、千枝と姉さんがゲームをしている様子を、携帯を時折見ながらお菓子のチョコレートを摘みつつ眺め、俺と桃華は足元に座っている千枝と姉さんを視界に入れつつ同じようにソファーに座って肩を並べテレビを見ている

 

「それにしてもこのお菓子美味しいですわ!今度うちのシェフの皆様にも教えて差し上げませんと!」

「そうだな、スーパーに行って300円で買えるって教えてやれ」

 

ひな先輩が買ってきた一口チョコレートが相当気に入ったのか、他の人よりも早いペースで手にとっては嬉しそうに包装紙を剥がし口に運ぶ

 

「はい、零次さんもおひとついかが?」

「おう、サンキュ」

「あ、あれ!?動かなくなっちゃった!」

「ありゃ、千枝ちゃんブローしちゃった。ちょいシフトアップのタイミング遅かったのね」

 

ガッカリしている千枝からコントローラーを受け取って、今度は姉さんが画面と向かい合う

 

「まぁ、車が壊れてしまいましたの?スタッフの方に新車を用意していただきませんと」

「その発想マジで尊敬するわお嬢様」

 

はて?と首を傾げている桃華のポケットで携帯が鳴った

着信に少しビクッとしながら桃華は携帯を取り出し、その様子を見ていた俺に対してコホンっと一つ誤魔化すように咳払いをしたあと、携帯を見る

 

「あら、みりあさんですわ」

「おお、仕事だもんな今日」

「ええ、本人もすごく来たがっていたのに残念ですわ。ほら」

 

桃華は少し身体を俺の方に傾け、肩に頭を預けて携帯の画面を見せてくれた

そこには参加できない事を悔しがるみりあの文章がトーク画面に表示されている

 

今日のパーティーも元々は千枝、桃華、みりあがたまたま事務所に遊びに来ていた時にひな先輩の誕生日を知ったことで企画されたものであった

せっかく予定を合わせて計画したのに三日前にみりあに突然仕事が入り、参加できないと分かった時は本当に悔しそうにしていた

 

「本人にも『たくさん写真を撮ってね』と言われていたのにわたくしとした事が。そうだ、今からでも遅くありませんわ」

 

そう言うと桃華は携帯を横に構え、そのカメラを周囲に向け始める

ひな先輩はチョコレートを咥え座ったままピースサインで応え、千枝と姉さんは下から振り返り、二人で一つのコントローラーを持って笑顔で応えていた

 

「ええと・・・む、何だか撮りづらいですわ」

 

桃華は今度は俺を撮るために少し後ろにのけ反るような体勢になりカメラを構えるが、少々無理なポーズになり体が震え始める

 

「ぐ、ぐぬぬ・・・あ、そうですわ!」

 

すると桃華は体勢を戻し、携帯を縦に持ち直すと先程と同じように俺に寄りかかり、画面を正面に持ってくる

 

「こうすれば二人で撮れますわ!」

 

カメラを起動すると、そこには俺と桃華の姿が映りだした

 

「さぁさぁ、零次さん。笑顔ですわよ!」

「あんまり写真で笑顔は苦手なんだよ・・・」

 

そう言うが桃華はお構いなしに満面の笑顔を浮かべて躊躇なくシャッターボタンを押す

さすがアイドル、笑顔がバッチリである

 

「いい写真がたくさん撮れましたわ!どうですか零次さ・・・は!わたくしとしたことが!」

 

寄りかかりながら先程から撮っていた写真を確認していた桃華がとっさに身体を起こし、元と同じように座り直す

 

「だ、男性に寄りかかるだなんて、はしたないですわ・・・」

 

携帯を持ったまま桃華は両手で自分の身体を少し抱きしめて、恥ずかしそうにこちらチラチラと見ながら顔を少し赤くしていた

 

「大丈夫だ、十年早い」

「ま・・・まぁ!レディに向かって!」

 

すると今度はプンプンと怒りながら顔を真っ赤にして俺に迫ってきた

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

「な、何とか勝てました・・・」

「すごいわ千枝ちゃん!やっぱり今の子って飲み込みが早いのね・・・」

「千枝ちゃんがプロストリートの世界に片足を突っ込みかけてる・・・」

 

気になって見ていたひな先輩がそう呟いている最中、桃華はカメラを構えてリビングを歩き回っていた

 

「おや?こちらは・・・」

 

桃華はカメラを構えるのをやめて、携帯をポケットにしまいながらリビングの隣にあるひな先輩のスペースへと赴く

 

「・・・写真?」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

女子会02

ひな先輩のベッドの枕元にある小さなテーブルの上に斜めに見えないように置かれた写真立てが気になり、桃華は手に取る

 

「ひなさん」

「んー?」

「こちらは、ひなさんでして?」

 

ひな先輩に見えるように、写真立てをこちらに向ける

そこには、白いレーシングスーツに身を包み、ヘルメットを持って白いスポーツカーの前で他の仲間に囲まれながらしゃがみ込んでいるひな先輩の姿が映し出されていた

 

「昔の写真だ。気にするな」

「し、しかし・・・そうは言われても気になりますわ。こちらはひなさんのお友達ですの?」

「友達っていうか・・・まぁ、そんなもんだな」

 

写真に目を戻し、桃華はかつてのレディースの仲間たちと笑顔で写っているひな先輩のことが気になり再び問い掛けるも、ひな先輩は恥ずかしそうにするばかりで中々答えない

 

「昔の零次さんたちは、どんな感じだったんですの?」

 

写真立てを元に戻し、桃華は再び俺の隣に座る

 

「そういえば・・・私も、昔の零次さんたちを知りません」

 

ひと段落したところでコントローラーを一旦テーブルに置き、千枝は俺に振り返った

 

「なんも面白いことない、平凡・・・かどうかはわからないけど、ね?姉さん」

「私が、レイジ君を拾ったの!」

「拾っ・・・た?」

 

千枝は俺をそのまま見つめた状態で、表情をあれよこれよと七変化させながら考え込む

きっと今、千枝の頭の中では大きな橋の下辺りで''可愛がってください''的なメッセージが書かれたダンボールに俺がちょこんと入っているイメージでも広がっているんじゃないかと思っていたが

 

あ、ほら今クスって笑った

 

「昔姉さんとちょこっと喧嘩したんだわ」

「まぁ!喧嘩はいけませんわよ!」

 

間違った方向に話がいってしまいそうだったので、考えをかき消すように千枝に遠回しに伝えたが、桃華につっこまれてしまった

 

「喧嘩っていうほどのものでもなかったけどね〜」

 

そんな中、能天気に姉さんはテーブルに手を伸ばしチョコレートを取ろうとする

手が届かなかったので、ひな先輩がかわりに一つ摘み、姉さんへと渡していた

 

「ま、とにかく・・・私がレイジ君を、そうねぇ、そう!スカウトしたってわけ」

「あ、あの・・・」

 

千枝が恐る恐る手を上げる

 

「今は・・・仲が良いん・・・ですよね?」

 

少し顔を伏せて、遠慮がちにそう聞いてくる千枝を見た姉さんは、チョコレートを咥えたまま、床におろしている脚に抱きついてきた

 

「じゃないと一緒に暮らしたりしないわよ〜、ねぇ〜?レイジ君!よしよしよし!お〜よしよしよし!」

「ちょっ、姉さん!脚撫で回さないでください!子供たちが見てる!」

「ひゃあ・・・!」

「わわわ・・・」

「・・・」

 

千枝と桃華が顔を手で覆いながらも、指と指の隙間からチラッとその様子を覗いている中で、ひな先輩はやれやれと小声で呟きながらテーブルの上に置いてあるコントローラーを片手で自分の方へと引き寄せ、画面を見ながら操作を始める

 

「ひなさん」

「んー?」

 

姉さんが俺にくっついている様子を千枝がわたわたとしながら眺めている傍で、桃華がさっきと同じようにひな先輩に声を掛ける

 

「ひなさんは、昔はどのような感じでしたの?」

「私?私か・・・」

 

桃華の言葉を聞きながら、コントローラーをカチャカチャと動かし画面の表示に従ってボディの色を変えたりエンジンのパーツを変えたり車を改造していく

 

「私も、同じように姉さんにスカウトされたから・・・」

「まぁ・・・!最初から今の会社にいたのではありませんでしたのね」

「ああ、まさかこんなに忙しくなるとは思わなかったけど」

 

車を完成させ、ゲームがロード画面に入ると、ひな先輩はワイワイとやっている俺たちを見ながらそう言った

 

「・・・でも、ひなさん何だか楽しそうですわ」

「そうか?」

「ええ、とても嫌がっているようには聞こえませんもの」

 

桃華がソファーから降りてひな先輩の隣に座る

 

「以前はどのようなお仕事を?」

「前は・・・」

 

ゲームがイベントに入り、車を囲んで大勢が盛り上がっている様子が画面に表示される

 

「車を運転する仕事・・・かな」

「まぁ!タクシーの運転手だったんですの!」

「何でタクシー限定なんだ・・・いやそういうのじゃなくて・・・」

「あら!ひなちゃん今の仕事ヤなの?」

 

俺にくっついていた姉さんが今度はひな先輩にちょっかいをかけ始めると、みるみるうちに露骨に嫌な表情に変わっていき、何故巻き込んだと言わんばかりに俺に視線を向けてくる

 

「ひなちゃんがウチに来てくれてよかったわよ〜、そりゃ最初はつっけんどんだったけどさ、仕事はできるしご飯は美味しいし最高のお母さんだもん」

「誰がオカンだ誰が」

 

ひぇ〜とわざとらしく身をのけ反る姉さんの後ろで俺は顔をそらして、最初のつっけんどんなひな先輩が妙なツボにハマりクスクスと笑いを堪える

 

「おい、お前。何笑ってる」

「いえ、そんな。俺は別に笑ってなんていなブフッ、いませんよ」

 

真顔でひな先輩に向き直るが途中で限界がきた

不機嫌な顔が更に強張り、コントローラーを桃華ちゃんに預けのしのしと姉さんをかき分けて俺に近づいてくる

 

「お?私の何がおかしいんだ?ん?顔、顔か?それとも身長か?まさか胸のことを言ってるのか?さっき姉さんに引っ付かれてたもんなこの変態が」

「俺なんも言ってない!」

 

ソファーに座っている俺の太ももの上に馬乗りになって両手で俺の両頬を掴み、額をくっ付けて罵声を次から次へと浴びせてくる

 

「あ、あれはよろしいんですの?」

「大丈夫大丈夫、ひなちゃん照れてるだけだから。あら、さすがひなちゃんセンスよくできてるわね〜この車」

 

かき分けられて押し出された姉さんが桃華の隣にたどり着き、車の詳細を見ながらそう呟く

 

「はい、桃華ちゃん。そのね、イベントってとこに行ってみて。アクセルはここ、ブレーキはこっち。車が滑り始めたらすぐに曲がってるのとは反対方向にハンドルを切ってね」

「わ、わたくし、運転は初めてですわ!」

「ほら、私の目を見てみろ、そうだ・・・正直に言え、何がおかしいんだ?ん?ん?ん〜?」

「ひな先輩ちょっ、ほら千枝も見てますから!」

「はわ、はわわ・・・ふ、二人が、き、き、キ・・・!」

 

ひな先輩に額を押し当てながら問い詰められ、時折鼻と鼻がぶつかり合い、唇がほぼほぼゼロ距離になっている様を千枝は勘違いしているのか慌てふためき携帯を構え始める

 

「そうだ写真、写真を沢山撮ってって頼まれちゃったから・・・!」

「千枝、ここはいい!あっちあっち!あっちだあっち!」

 

俺は必死になって桃華たちのほうを指差す

こんなとこあいつらに見られたら何言われるかたまったもんじゃない

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

「ごめんなさいごめんなさい、蘭道様ホントごめんなさい」

「・・・」

 

桃華と美空が楽しそうにゲームをしている間、零次はというと隣に腰を落ち着けている雛子に始終脇腹をつねられながら、謝罪の言葉を繰り返していた

早く解放してもらえるようにテーブルの上のチョコレートを口元に運ぶが、ただ無言で受け取るだけでそのままつねっている手は動かない

 

「うーんと・・・これかな?」カチッ

''Start your engine !''

 

援軍を呼ぼうにも、千枝は雛子のベッドの上に乗り、枕元に立っている三段ボックスの片隅からおもちゃを取り出してスイッチを入れると、そこからの操作方法に頭を悩ませている

まったく色気のない二人の空間をどうしたものかと考えている零次だったが、突然携帯が鳴り響く

 

「ん?・・・おう」

「・・・どした?」

 

覗き込んで確認しようとしてきた雛子に零次は慌てて携帯をポケットに戻す

 

「ちょっと・・・仕事の連絡が入りまして」

「仕事ぉ?今日休みだろう」

 

その雛子の一言に、ベッドの上で後ろのボディ半分が回る赤いスポーツカーのおもちゃを触っていた千枝と、テレビ画面に''イベント圧勝''の文字が表示され美空と喜んでいた桃華が零次に近づく

 

「まぁ零次さん、仕事なら仕方ありませんわね」

「そうですね、仕事ですもんね。早く支度をしないと」

 

桃華と千枝は零次の両腕を掴むと強引に立ち上がらせて、雛子の一連の流れを不思議そうに見つめる視線も気にせず通路へと押しやった

そのまま零次のスペースまで二人は零次の腕を引っ張って連れて行くと、髪型を整え、上着を着せてと瞬く間に支度を済ませる

 

「なんなんだアレは」

「まぁまぁ、ひなちゃん。気にしない気にしない」

 

ソファーの背もたれから体を乗り出してその様子を覗き見る雛子だったが、美空がテーブルに肘をつきながら持っていたコントローラーを軽く上下に振り、そんな雛子を抑える

 

「では、零次さん。お気をつけて」

「ああ、ありがとう。それじゃあ行ってくる」

「あの、零次さん!」

「ん?」

 

外に出る一歩手前、扉に手を掛けて出かかっていた零次に螺旋階段の上から千枝が声をかけた

 

「い、いってらっしゃい」

「ん、いってくる」

 

手を振ってそう言う千枝に、零次も手を上げて応えると、そのまま背を向けて外に出ていった

 

「・・・ふぅ」

 

エンジンを掛ける音が聞こえ、千枝が胸に手を当てて一息つくと、隣でニヤニヤと自分を見ている桃華に気づく

 

「と、どうしたの?」

「別に、なんでもありませんわ〜」

 

流すように桃華はそう言いながら、手を後ろに組んでリビングへと向かっていく

千枝はその場に立ち尽くしたままそんな桃華の姿を目で追っていると、その先で美空がニヤニヤと楽しそうな表情でこちらを見ていることに気づいた



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

女子会03

つい先日智絵里の握手会が行われたというショッピングモールへと車を入れて、停める場所を探して蛇のようにくねくねと駐車場内を動き回る

週末らしく駐車場はそこかしこに車が溢れ、歩道からも正面玄関に子供大人問わず人が出入りしている様子はさすが休日といったところか

 

運良く玄関から近い場所で丁度軽自動車が一台出ていったのでそこにすかさず自分の車をねじ込みエンジンを止めた

 

車の中で必要なものを探して助手席やドリンクホルダーをガサガサと漁っていると、ふと正面玄関脇で、短いツインテールを可愛いシュシュで結び、下の髪をピョンと跳ねさせたスタイルが印象的な小さな女の子が被っているベレー帽のつばを触りながら右左へと顔をキョロキョロ動かしている様子が目に入る

青っぽい色が印象的な秋服に身を包んでいる少し背伸びをしたようなそのコーディネートが大人っぽく印象を醸し出していた

 

待たせているのも悪いので、ドアを開けて外に出るとその女の子はこちらに気づき、大きく俺に向かってパタパタと手を振っていた

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

「い、いえ!あのっ!違うんです!別に深い意味はないっていうか!ただお見送りしたかっただけっていうか!た、た、確かに!私たちを助けてくれたり!運転してる姿はカッコいいなと思ったりもしますけど!あ、あれ?千枝なに言ってるんだろう・・・!」

 

手を前にこれでもかと大きく突き出し、パタパタと左右に振りながら千枝ちゃんは必死に否定するが、最後は顔を真っ赤にしながら頬に両手を当てて俯き、目を指で覆いながらうぅ〜・・・と恥ずかしそうに唸っている

 

やっぱりあの子モテモテねぇ

 

「まぁ!千枝さんは零次さんのことがお好きなんですの?」

 

あらあらまぁまぁとお嬢様オーラを醸し出しながらも、目の前で繰り広げられている恋バナに、年相応に目をキラキラさせて桃華ちゃんは容赦なく食らいついていく

 

「違うのっ・・・!す・・・す、好・・・す、きとかっ・・・そういうのじゃなくてっ!」

 

違うの違うのとすぐさま否定する千枝ちゃんがとっても愛おしく・・・ダメよ私

愛おしいなんてそんなレベルではないわ、それこそ千枝ちゃんに失礼というもの

そうよ、このふわふわ素敵空間を表現できる言葉などこの世に存在するのだろうか、いや無い

尊い・・・いやダメだ、この言葉ですら安っぽく聞こえてしまう、これを超える最上位互換はないものだろうか

しかし現に

「ふんっ」トスッ

 

様々な考えが頭の中でぐるぐるし始めた時、タイミングよく後ろから後頭部に軽く何かがぶつかった感触が広がる

振り返ってみると、手を垂直に真っ直ぐ構えて振り上げているひなちゃんがいた

 

「なんかヤバそうな表情してたから」

 

私がまだ何も言っていないのにそう返事を返すひなちゃん

そんな、私はそんなに表情にでるほど考えこむタイプだろうか

ただただ目の前に広がるオアシス・・・いや、ガーデンについて想いを馳せていただけだというのに

ほら見てごらんなさい。今も眩い小さな天使二人が顔をほんのり赤らめながらお話していらっしゃる

これを黙って静かに見守る以外の行動こそ罪、この空間時間次元こそ誰も経験していないs

「そうですわ!」

 

トスッとまた後頭部にチョップが当たったタイミングで桃華ちゃんが私たちの方に少し体を横に向け、手を胸元でパンッと叩いてそう言った

 

「こうやって集まる機会は中々ありませんから・・・わたくし、前々からひなさんや美空さんと一度はお出かけしてみたいと思っておりましたの!その、皆さんがおっしゃっている''女子会''というものをやってみたくて・・・いかがでしょう?」

 

叩いた手を合わせたまま口元まで持っていき、人差し指を唇に合わせて少し上目遣いになる桃華ちゃん

瞳をウルウルとさせて、懇願するようにそのまま私たちの反応を待っていた

隣で千枝ちゃんも同じように、私たちと桃華ちゃんを交互に見比べながら、期待の眼差しを私たちに向ける

 

「・・・」

 

後ろにいたひなちゃんも私の右肩から顔をひょっこり出して、そのまま顔を私の方に向け、どうする?と私と視線を合わせた

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

「ここはね!事務所のみんなと遊びに来たときに、よく集まってお昼ご飯とか食べるんだよ!あのハンバーガー屋さんとか、チキン屋さんとかアイス屋さんとか!いっぱいいーっぱいあって、どれも美味しいのっ!みりあが好きなのは、あのアイス屋さん!その中でもね、これとこれが・・・」

 

ショッピングモールに入ると、みりあは嬉しそうに俺の腕を引いて中を案内してくれた

一階にあった化粧品売り場や、惣菜売り場、そして今いるフードコート

確かに仕事終わりに食品なんかを買いに来たりでフラッと立ち寄ることはある

でも、今みたいに見て歩いたりってことはそうそうなかった

仕事を始めてからは尚更だ、必要なものを買いに来る以外でテナントに立ち寄ることなんてない

 

「あ!アレも美味しいんだよ!みりあいつも迷っちゃうの!」

 

そんな中、満面の笑顔を浮かべて楽しそうにあれよこれよと紹介してくれるみりあ

 

「なぁ、何でそんなに楽しそうなんだ?」

「楽しそうじゃなくて、楽しいんだよ!だってだって、零次さんとお出かけするの初めてだもんっ!」

 

アイスが入っているケースを見ながら、みりあはそう言う

 

「みんなとよくここ来てんだろ?誰と来たって一緒じゃないか。むしろいつものメンツの方が」

「今日は零次さんと一緒だから、楽しいんだよ!」

 

みりあはポケットから可愛らしい財布を取り出す

 

「だって零次さん、いつも送り迎えが終わったらすぐ帰っちゃうんだもん!遊びに行ってもお仕事中だからゆっくりお話できないし、だからね、今日はみりあの番!ねーねー!零次さんどれがいい?」

「あ、いや食べるなら俺が」

「ダメだよ!前に美嘉ちゃんと来た時言ってたもん、''奢られて当たり前の女はダメ''だって!それだとね、えーと・・・''将来そういう女''になるんだって!嫌われちゃうんだって!私零次さんに嫌われたくない!今日だって誘ったのは私なのに!」

 

そう言って頑なに自分の分は払うときかないみりあ

しまいには俺の分まで奢ろうとしていたので流石にそれはとみりあを止めた

そういえば、いつの間にアイスを食べる流れになったんだ?

女の子とは恐ろしい

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

「でもでも、ひなさん喜んでくれるかなぁ」

「ああ、みりあだったら何あげても喜ぶと思う。絶対そうだ」

 

二段アイスを片手にフードコートの隅にある二人がけの席に腰掛けて、アイスにかぶりつくみりあ

一応芸能人と一緒ということで、出来るだけ目立たないような席に座る

周りの客の数はまばらだが、何を言われるかわからない

 

「きっとビックリするよね!私今日行けないって言ったもん!」

「千枝も桃華も何も言わなかった、仕事なら仕方ないって俺を外に出したし」

 

やり方は少々あからさまだった気はするが

 

「ほんと!?じゃあじゃあ!絶対驚かせようねっ!えへへ・・・!」

 

嬉しそうにニコッと笑うと、そのままアイスをペロッと舐めるみりあ

 

今日は、みりあが考えた共同作戦

仕事があるのは本当だが、実は午前中だけ

午後は俺にアドバイスを貰いながら、ひな先輩にプレゼントを買って、サプライズで渡すということらしい

その為プレゼントタイムは昼食時に見送ったわけだ

ワクワクしながら食べ進めるみりあ

鼻の先にクリームがちょこんと付いているのを自分の鼻を指差してジェスチャーで伝えると、突然のことで、むぐぐっとむせ返りそうになりながら人差し指で拭き取る

そして再びこちらを見ると、「え、えへへ・・・」と恥ずかしそうに少し俯き、脇をキュッと締めて、持っていたアイスの影に顔を隠した

 

「まぁまぁ、ゆっくり食え。溶けはするけど逃げはしないだろ」

「うん、あ!零次さんのも美味しそう!一口頂戴!でもそれだと零次さんのなくなっちゃうから・・・私のも一口あげる!」

 

そう言うとみりあは少し腕を伸ばして、俺の方にアイスを傾けた

コーンの上に乗っている綺麗に一部がなくなっている抹茶アイスが俺の口元まで伸びる

俺も同じようにバニラアイスをみりあの前に傾けると、パクッと小さくかじった

同じように俺も少しいただく

 

「どうどう?美味しかった?」

「ああ」

「でしょー!みりあのオススメだもん!でも零次さんのアイスも美味しかったよ!今度来た時はバニラにしよ!」

 

また自分のアイスに戻る

 

「お前・・・中々恐ろしい奴だな」

「え?なんで?どういうこと?」

「えーっとな・・・なんていうか、今みたいなのは、本当に好きな奴ができた時にやってやれってこと」

「私、みんなのこと大好きだよ!千枝ちゃんも桃華ちゃんも!零次さんのことも好き!」

「男にするのは意味が違ってくるだろ?」

「そっか!あ、じゃあじゃあ!」

 

今度は体ごと俺に傾けて、側でこっそり小さく呟いた

 

「なんだか、デートみたいだね!零次さん!」

 

それだけ言うと、みりあは体を戻してまた夢中でアイスにかぶりつく

 

こいつ・・・中々に魔性を秘めているのかもしれない



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

女子会04

「・・・よし、じゃあ行くか」

 

ひなちゃんがドアノブを引っ張ってガタガタと出入り口が閉まっているのを確認すると、千枝ちゃんと桃華ちゃんは「はい!」と嬉しそうに返事をして、私たち二人の前を歩き出す

外はお昼時と変わらず晴れ渡っており、気温もちょうど良く、散歩には持ってこいであった

 

「それにしても、歩くなんて久しぶりね〜。いっつも車で出て行っちゃうから」

「私も何年ぶりだ、歩いて出かけるなんて」

 

敷地内から外へ出てしばらく歩いていると、休日だからか車通りは中々静かで、周りもチラホラ同じように散歩している人が見える

他にもどこかへ出かけずに家の前やマンションの駐車場で走ったり、チョークでアスファルトに絵を描いて遊んでいる子ども達

そんな子ども達を見守りながらも、ベンチに座ったり、子ども達の側で会話に花が咲いているお母さんたちなど、見ていると休日の空気を感じられる

 

「私たちも車を運転できれば、いっしょに遠くまでお出かけ出来たんですが・・・」

「たまには車から降りるのもいい、新しい発見がある。大人になったら一緒にツーリングにでも行こう」

 

前を歩く千枝ちゃんの両肩に後ろから手を置いてひなちゃんはそう言った

 

「わたくしもああ言っておきながら、車で送迎してもらうことが多いんですの。ですが事務所の仲間たちに誘われて、外でティータイムを過ごしてみると、わたくしの知らないことばかりでしたわ。ああ、すごい!これ、見てくださいまし!」

 

桃華ちゃんは小さい交差点の角にあった自動販売機の前で足を止めた

 

「この自動販売機、ボタンがありませんわ!346プロのとは違う・・・どう使うんでしょう?」

「こんなのがいつの間にか置かれてたのね、今まで知らなかったわ」

「置かれてる場所が凄いけど」

 

桃華ちゃんが自販機のタッチパネルを一生懸命タッチしている横で、ひなちゃんは腕を組んで置かれていたお店の看板を見上げる

 

「うわ、駄菓子屋なんて小学校の遠足以来!懐かしいわね〜、あ!私これめっちゃ好きだったの!」

「置かれてる場所のギャップ」

「駄菓子屋!わたくし、また来てみたかったんですの!」

「おやおや、いらっしゃい」

 

私が吸い込まれるように中に入ると、続いて桃華ちゃん、ひなちゃん、千枝ちゃんとお店に入り、白髪の優しそうなおじいちゃんがカウンターに座って出迎えてくれた

 

おじいちゃんは一言挨拶すると、再び新聞紙に目を通し始め、私達は店内を回る

店内と言っても、壁際に備え付けられている棚と、中央に置かれているテーブルが大部分を占めるほどこじんまりとしており、棚とテーブルには紙で手作りした仕切りが置かれ、駄菓子が沢山陳列されていた

カウンターの上に備え付けられている小さな棚に置かれたテレビからは相撲の音が聞こえる

 

壁には古い地域イベントや特撮ヒーローのポスター、レジカウンターにはおそらく生徒が手作りした近くの小学校の学芸会ポスターがテープで貼られていた

 

「これですわ!前に薫さんに教えていただいた、お肉の味がする不思議なお菓子!」

「あの、ひなさん。これはどうやって食べるんですか?」

「これはな、この横に置いてあるストローを袋の端から刺して中の粉をジュースみたいに吸うの。にしてもまだあったのかこれ、私の地元のほうでしか見たことなかったぞ」

 

それぞれが色々な駄菓子を手に取って、懐かしんだり楽しんだり、私も中央のテーブルに置いてあった、袋に入っている一枚の大きな煎餅を手に取る

 

「おや、今日は美人さんがたくさんだ。生きていると、良いこともあるもんですねぇ」

「おじいさま、ごきげんよう。申し訳ありませんわ、騒がしくしてしまって」

「いいのいいの、子どもは元気が一番。最近は来てくれる子が少なくなってねぇ。もう時代じゃないのかもねぇ」

 

そう言って寂しそうに外を見るおじいちゃん

 

「最近じゃ、いいね悪いねを携帯電話で言い合う時代だそうじゃないですか。私もねぇ、最近の子はわからないから、今の子に合わせてあんな自販機を置いてみたんだけどねぇ・・・」

「ああ、だから・・・」

「でも、そんなには変わらなかった。昔はここを待ち合わせ場所にしてくれた子どもが沢山いたが、今はどこにいてもわかる時代だから・・・そんな子たちにお菓子をプレゼントするのが好きでねぇ。ごめんなさい、長くなってしまったね。ゆっくり見ていってくださいね」

 

おじいちゃんはまた新聞を開き、先程と同じように静かになる

そんな中、桃華ちゃんがいくつかのお菓子を手に取ってカウンターへと持ってきた

 

「おじいさま。わたくし、この場所が好きですわ。もう一度、来てみたいと思っていましたの。これからも、お会いする機会がきっとございますわ」

「おやおや、これはこれは綺麗なお嬢ちゃん。ありがとうね。でも、それまでこの店があるかどうか・・・、きっとお嬢ちゃんたちにはもっと、お上品なお店が似合うと思うよ?」

「世の中にこんなに素敵なお菓子屋さんがあることをわたくし、お恥ずかしながら最近初めて知りましたの。誰になんと言われようと、わたくしはここが好きですわ。それに、お店が心配ならわたくしが是非お力になりますわ」

「はっはっは」

 

おじいちゃんは桃華ちゃんの言葉に軽く笑顔を見せる

 

「孫も昔、同じことを言っていてねぇ。ありがとうお嬢ちゃん。気持ちだけ受け取っておくよ。さてさて、おいくらかな」

「わたくしは本気ですわ。よければ証明として、サインを差し上げます」

「おやおや、最近はそういうのが子ども達の間で流行っているのかい?そうだねぇ・・・このカウンターの下にでも書いていっておくれ、あっはっは」

 

おじいちゃんはそう言って黒のマジックを桃華ちゃんに渡すと、さてさてとゆっくり腰を上げてそろばんを取り出し計算を始めた

その間に、桃華ちゃんは受け取ったマジックで学芸会のポスターの隣に慣れた手つきでサインを始める

 

「おじいさん、私はこれをください。それと、私も書いていいですか?」

「ええどうぞどうぞ。おやおや、お嬢ちゃんは若い頃の婆さんそっくりだ。髪留めがとっても可愛いですねぇ」

「ありがとう、おじいさん」

 

書き終わった桃華ちゃんからマジックを受け取ると、今度は千枝ちゃんが書き始める

 

「さて、いくらになったかな・・・、では合計で50万円だ。はっはっは」

「あら、申し訳ありませんわ。今現金で持ち合わせておりませんの、カードでよろしくて?」

「桃華ちゃん桃華ちゃん。100円出して、100円」

 

すると桃華ちゃんは私の言った通りに財布から100円玉を取り出しておじいちゃんに渡す

 

「これでよろしいんですの?」

「はい、100万円お預かりしますね・・・50万円のお釣り。ありがとうお嬢ちゃん」

 

またはっはっはと笑うおじいちゃんと、受け取った50円玉を不思議そうに見つめる桃華ちゃん

 

「おじいちゃん、今日はよかったね」

「ええ、久しぶりに楽しかったよ。よかったら、また来てくださいね」

「このサイン、大事にしたほうがいいよ。おじいさん」

「なるほど!このお店では、50円が50万円。100円が100万円なんですのね!」

 

桃華ちゃんがなんだか変な方向に勘違いしていた

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

買った駄菓子をお店の外のベンチに座って食べた後、私達は大きな通りへと出て街を歩き始めた

ここまで来ると、普段桃華ちゃんたちが使うお店がチラホラ見え始め、解説しながら案内してくれた

事務所へ向かう途中にあるという文房具屋さん

ここには可愛い文房具がたくさん揃っており、桃華ちゃんたちだけではなく中学生組や高校生組もよく利用するらしい

そしてその近くには美城プロアイドル部門の女子寮へと続く道、角の電柱で野良猫があくびをしていた

 

駅前まで来るとさらに利用するお店が増え、カフェにペットショップ、雑貨屋さんなどをお忍びで回るのだそうだ

アイドルの中には特に動物好きが多く、たとえアレルギーを持っていてもペットショップに立ち寄ってしまう人もいるのだとか

 

「・・・ふぅ、やっぱり今日ここは人通りが多いですね。カフェには入れそうにありません」

「時間も丁度おやつタイムだし、仕方ない。また今度にしよう」

「それにしても、なんだか珍しい光景ね。私達が来るときはほとんどお店が閉まっちゃってるから」

「まぁ!遊びに来るなら誘っていただければ良かったですのに」

 

桃華ちゃんが横から私の顔を見上げてそう言う

 

「いやいや、私達はこの辺って言ったら飲みにしかこないのよ〜。大人になったら誘ってあげるわ。そう、丁度そこの」

 

駅前から少し離れたところにある小さな雑居ビル、その前で私達は足を止めた

昼でも変わりなく、まだ準備中の札がかけられているが、正面上に''たるき亭''と書かれているその居酒屋は、目の前に来るだけで何だかテンションが上がる

 

「ここにひなちゃんや零次君とよくお酒を飲みに来るの、大人が遊ぶって言ったらこういうとこに来ちゃうのよ」

「そうなんですね。どちらかというと、私達はこっちによく来るんです」

 

千枝ちゃんが指さしたのは隣の四角い建物、黄色の壁にデカデカと''GAME''というカラフルな文字盤が備え付けられているその建物の窓から中を覗くと、筐体のLEDがチカチカと点滅し、楽しそうなゲームの音が微かに漏れ出していた

 

「ゲームセンターなんてまた、ひなちゃん御用足しじゃない」

「最近は忙しかったから、私も中々来れなかったけど。そうだよな、本来小学生が遊びにくるって言ったらこういうところを言うよな・・・」

 

ひなちゃんが千枝ちゃん達の方を向くと、私もつられてそちらを見る

すると千枝ちゃんの隣で目を爛々と輝かせている桃華ちゃんの姿が目に入った

 

「ゲームセンター!わたくし、あまり来た経験がございませんの!是非、是非遊んでいきましょう!ね、千枝さん!」

「う、うん。私も久しぶりに行ってみたい・・・です」

 

千枝ちゃんがチラッと恐る恐る私たちの様子を伺う

ひなちゃんも別に入ってもいいという反応をしていたので、先走る桃華ちゃんに続き自動ドアを潜った

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

「あら?」

 

ゲームセンターの自動ドアから中に入っていく人影の中に、何だか見覚えがある姿を見つけた

あの可愛らしいシルエットは・・・

 

「なんだか、久しぶりに面白そう。仕事までまだ少し時間があるし・・・」

 

時計を確認してもまだ余裕がある、何より・・・面白そう!



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

女子会05

「あー!見て見て零次さん、あそこゲームコーナーなのっ!行こう行こう!」

「おいおい、プレゼントはいいのか?」

「ちょっとだけだよ!行こう!」

 

アイスを食べ終わった後は、ショッピングモール中央吹き抜けのエスカレーターから二階に上がって、またもやみりあ先導の元、お店の選定がてら案内が始まる

歩いてみると、前に来たときに比べるとテナントが入れ替わり立ち代わり、新規オープンや閉店のお知らせなどの張り紙が見え隠れしていた

やはりテナントの一つとして展開する以上は月の売り上げ目標等もその場独自に設定されているのだろうか

そんなことを考えながらぼちぼち歩いていると、フロアの一角にガヤガヤと様々なBGMが漏れ出しているエリアへと到着する

 

「うーん、どれがいいかなぁ〜。あ!あの太鼓のゲームはね、智絵里ちゃんがすっごい上手なんだよっ!」

 

床がグレーを基調とした通路の絨毯から薄いベージュのタイルへと打って変わり、乗って動く言ってしまえばゲームといえばゲームなキャラクターの乗り物から、オーソドックスなUFOキャッチャー、体を動かすものや銃やハンドルが付いた筐体、プリクラからコインゲームまで、他の所と比べるとショッピングモール自体が大きいこともあり、割とスペースが確保されていて親子連れで賑わっていた

 

その隣にはおもちゃ屋が隣接されており、販売戦略がしっかりなされている

 

「あのプリクラはね、来たときにみんなでよく写真撮るんだよ!ほらこんな感じ!」

「おお、本当だ」

 

意気揚々とみりあが見せてきた携帯のカバーには他のメンバーと写っているシールが貼られていた

みんなで顔を寄せ合い、それぞれがポーズをとって楽しそうに笑い合いながら仲良さそうに写っている

唯一違うのは、普通の人と比べると写りもそうだがポージングや角度が完璧なことである

流石はアイドルか

 

「でもね、みんな忙しくなって中々一緒に遊べなくなっちゃったの。ここにはよく来るんだよ?来るんだけど、''揃ってみんなで''っていうのはあんまり・・・」

 

そう言って顔を少し伏せるみりあ

 

「・・・アイドルは楽しいか?」

「うん!楽しいよ!みんなで色々なところに行くの!レッスンしたり、ライブしたりっ!沢山テレビにも出てるんだよ!この前なんてね、莉嘉ちゃんがね・・・」

 

みりあに聞いてみると、楽しそうに身振り手振りを交えて次から次へと話が出てくる

海へ行った話、山へ行った話と、話題が変わるたびに一緒にいるアイドルが変わり、まるで仕事というよりは遊びに行ったかのように話す

 

どうやら俺の心配は杞憂だったみたいだ

 

だってそうだろう、このゲームセンターには周りに沢山の人がいるはずなのに、仲間について話すみりあの顔はその中でも一層輝いていて、とっても楽しそうなのだから

 

「なんか、お前のことが少しわかった気がする」

「どういうこと?」

「仕事も遊びも、楽しめれば一緒っつー話。今度迎えに行った帰りにでも暇なら連れてきてやる」

「ほんと!?なんだ、零次さんも遊びたかったんだ!」

「いやそうじゃなくて」

「なら行こ!何が空いてるかなぁ」

 

みりあは携帯をポケットにしまい、スタスタと歩いていくなかを一緒に人をかき分けて進んでいく

ふと隅を見ると、その先にはワニの頭をぶっ叩く昔ながらの筐体がひっそりと佇んでいた

薄汚れたその外観からかなり年期が入っているのがわかる

 

「これならできるね!前にね、美波さんがすごい点数とってたんだよ!」

 

ハンマーを手に取ってみると、持ち手の木の部分が擦れてつるつるになっており、補修されてはいるが、ハンマー部分の皮は一部剥がれて中の黄色いスポンジが薄ら見えていた

筐体のデジタルカウンターもドット欠けしているところがあり、結構ボロボロだがそれでもまだ元気にBGMを奏でており、愛されている様子がうかがえる

 

「零次さんやろ!やろやろ!」

 

俺が筐体を観察している横で、みりあは二人用の青いハンマーを持って今か今かと目を輝かせて俺を見続けていた

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

「あの大きなお魚を狙いたいですわ・・・ふん!ぬぬぬぬ!あっ!あー・・・ダメでしたわ・・・」

「あ、意外とちっちゃかった」

 

UFOキャッチャーで取ったカニのぬいぐるみを隣に置き、テーブル状の筐体を挟んで座る桃華ちゃんが肩を落とす中で、リールを巻き小さな小魚を釣り上げる

 

筐体の画面には''GET!!''の文字がデカデカと表示され、ポイントが入ったが数字の値は少ししょっぱかった

筐体の画面がそのまま巨大な水槽を上から覗き込んだような感じになっており、桃華ちゃんはめげずに画面と睨めっこして再び大物を狙う

 

「どうですかお嬢さん、釣れますか?」

「あ、ひなさん。それが中々・・・ってなんですのそれは!凄いですわ!」

 

桃華ちゃんの横から小さなバケツ一杯分にまるまる入ったコインを脇に抱えて話しかけるひなちゃん

その後ろでは千枝ちゃんがコインが入った小さなトレーを両手で持って立っていた

 

「ひなさん凄かったんだよ!コインが沢山ジャラジャラ落ちてきて!」

「あれはタイミングと気合いと根性と運だから。たまたま今日は運が良かっただけ」

 

ひなちゃんはそのまま桃華ちゃんの隣に座って、持っていたコインを桃華ちゃんの投入口に入れ始める

 

「いいんですの!?そんなに沢山!」

「持っててもしょうがないし、それなら大物を狙ってしまおう。とりあえずこれでエサと釣竿を最高級にする。それで姉さんに勝てる」

「ちょっとズルくないそれ〜!」

「美空さん!私も手伝います!」

 

そう言うと千枝ちゃんは私の隣に座り、トレーを画面端に置く

むむむ・・・!っと唇を固く結んでへの字にまげ、太ももの上で拳を作って前のめりになり、固唾を飲んで画面と真剣に向き合う千枝ちゃん

ハッ!もしや、これが千枝ちゃんとの初の共同作業!そんな・・・!まだ早いわ!

まだお互いの事をあまり知らないのに!

あまり!知らないのに!でもでもでもでも!

 

「千枝ちゃん・・・頑張ろうねぇ!えへへっ!」

「・・・?」

「・・・」チャリンチャリン

「ひなさん?そんなに入れてしまっては・・・」

「いいんだ、あのキモい姉ちゃんさっさとボコボコにするぞ」

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

「わ〜い!ねぇねぇ零次さん!見て見てトップスコアだって!」

「ハァ・・・ハァ・・・」

 

歳とは・・・ここまで残酷なものか

筐体がやたらテンションの高いBGMを流し、スコアの数字が点滅を続ける中、俺と年齢が一回り以上違うアイドルが隣でぴょんぴょん跳ねて喜んでいた

久しぶりとはいえ数分のプレイでここまで息が上がるとは、悲しくも体の衰えを感じてしまう

 

「あ、ボーナスプレイだって!もう一回できるよ!」

 

おいおいマジかよ、あのワニ共はまだ叩かれる元気があるのか。そりゃあ相手はアイドルだ、やる気も出るわな

スタンバイモードへと入るゲームに、日々のレッスンで鍛え上げたその素晴らしい体力と瞬発力を持ってしてみりあは戦闘態勢へと再び戻る

 

「どうしたもんか・・・」

 

画面と音声で次ラウンドのカウントダウンが始まる中、俺に向けて期待の眼差しを送るみりあの視線が一瞬俺の後ろへと移る

「おや?」と疑問を抱いた様子でそのまま俺の後ろを見ていたので振り返ってみると、そこには保育園の年長組くらいの男の子が俺たちの姿をワクワクした表情で見ている姿があった

 

「え?あー・・・これ、やってみるか?坊主」

「いいの!?」

「ああ、お兄ちゃん少し疲れたから」

「ほんと!?ありがと!おじちゃん!」

 

・・・そのセリフに少し複雑な気持ちになったが、タイミング的には丁度よかった

俺はハンマーを男の子に渡し、筐体の前へと来るように促す

男の子はそれはもう嬉しそうにハンマーを受け取ると、一目散に筐体へと駆け寄った

俺はというと、みりあ達のすぐ後ろにあるベンチへと腰を下ろし、少しうなだれながら行く末を見守る

 

「よろしくね!」

「うん!よろしくね!お姉ちゃん!」

 

カウントダウンが終わり、ゲームが開始されると二人共必死にワニを叩き始めた

二人で息を合わせたり、みりあが指示を出したりと一生懸命その男の子に教えながらゲームが続いていく

みりあには妹がいると聞いていたが、これは将来いい姉ちゃんになりそうだ

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

「ひなちゃん・・・あそこまで本気出さなくても・・・」

「負けるのは性に合わないから」

「でも楽しかったですわ!最後に大物も釣れましたし!」

「美空さん、元気出してください!今度はきっと勝てます!」

 

カニのぬいぐるみを抱きしめながら、満足げな表情を浮かべてハサミの部分をフニフニと握っている桃華ちゃんを見ていると、少し負けてもよかったかなと思ってしまうが、横で私を励ます千枝ちゃんを見ていると、勝って喜ぶ姿も見たかったかなとも思う

ああ!なんて贅沢な悩みなんだろう!

なんで私の体は一つしかないのだ!

分身とかできれば異なる未来を掴み取ることができたかもしれないのに!

 

「あら・・・!あれは!」

 

そんな事を考えていると、タタタッと桃華ちゃんが小走りで駆けていく

その先には、少し細長の筐体に赤いバケットシートが備え付けられ、特徴的なレース用のハンドルが印象的なレースゲームが四台横に並べられていた

 

「そうですわ!」

 

と桃華ちゃんが言いながら持っているカニのぬいぐるみの両ハサミをぽふっと合わせる

 

「お二人とも、車の運転がとてもお上手だと聞きましたわ!このゲームなら四人でできるみたいですし、是非ともお手合わせ願いたいですわ!来る前に少し練習もしましたし!」

 

練習というのはおそらく、ガレージで遊んでいたゲームのことだろう

その為か、桃華ちゃんが妙にやる気になっていた

千枝ちゃんを見ても同じようにワクワクしているし、ひなちゃんに至っては久しぶりの対人戦なのか、ゲームカードを用意して準備万端だ

 

「私カード持ってるし、これあれば皆速くした車で戦える。どう?やる?」

 

そうやる気満々でひなちゃんが言ってきたので、私は久しぶりにバケットシートへと腰を下ろすことにした

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

「楽しかったねっ!」

「うん!ありがとうお姉ちゃん!」

 

スコア表示が消え、再びコイン投入を促す音声が聞こえ始める中、スコアは決して良くはない数字ではあったものの、嬉しそうに二人ではしゃいでいた

 

「おじちゃんもやらせてくれてありがとう!」

「おお、ちゃんとお礼言えて偉いな。いいんだいいんだ、楽しそうでよかった」

 

そう言うと二人はまた顔を合わせてにっこり笑い合う

 

「あ!ここにいた!」

「お姉ちゃん!」

 

男の子は唐突にそう言うと、俺が座っているベンチを横をすり抜けて、買い物袋をぶら下げている黒と白の横ストライプの上着が似合う中学生くらいの髪が長い綺麗な女の子へと駆け寄る

 

「一人で行っちゃダメって言ったじゃない」

「ごめんなさい。でも、お姉ちゃんが遊んでくれたよ!」

 

男の子が振り返り、再び俺たちの方へ向くとそれに合わせて女の子もこちらを向き、一つ頭を下げる

 

「すみません、うちの弟が」

「いいんだ、丁度一回分余ってたし、それならやってくれたほうがよかった」

「楽しかったよ!また遊ぼうねっ!」

 

みりあがそう言うと、男の子は満面の笑顔でうなずき女の子を見る

そんな男の子にクールな印象だった女の子の顔に一瞬暖かい笑顔が浮かび、再度俺たちに頭を下げた

 

「すみません、それでは失礼します。行こうりっくん。お母さんがフードコートで待ってるから」

「うん!バイバイ!お姉ちゃん、おじちゃん!」

 

大手で手を振る男の子にみりあも同じように手を振り、俺も手を軽く上げると、二人はゲームコーナーから去っていった

 

「さて、俺たちもそろそろ行くか。どこに行けばいいんだ?」

「あ、えっとね!こっちこっち!この先にね、可愛い小物屋さんがあるんだよっ!」

 

またみりあの案内が始まった



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

女子会06

左から私、千枝ちゃん、ひなちゃん、桃華ちゃんの順で全員がシートに座り、ひなちゃんがカードをスキャナーにタッチした後で画面に表示されている指示に従い、右下にあるコイン投入口へと100円玉を入れた

 

「わぁ、レースの車のシートってこんな感じなんですね・・・」

「中々セミバケなんて座る機会なんてないよな、確かに」

 

すると軽快なBGMがシート備え付けられている左右のスピーカーから聞こえるのと共に画面がデモ映像から白く変わり、車選択画面へと移動して国内、海外問わず様々な社名が表示される

 

「へぇ〜、こんなに種類があるのね」

「えっと・・・これは、こうやるんですか・・・?」

「そうそう、ハンドルを回して選んでアクセルで決定するの」

「あ、この車にいたしましょう。いつも乗っている車にそっくりですわ」

「ちなみに右がアクセル、左がブレーキ」

 

桃華ちゃんがベンツのカテゴリーで車を選んでいる最中さらっとおっそろしい事を言っている隣で、シートから少し体を乗り出してひなちゃんは千枝ちゃんに操作方法を教えていた

千枝ちゃんが教えられた通りにハンドルを動かして車を選んでいく

 

「どれがいいんでしょう・・・速いとか遅いとかってあるんですか?」

「ちょこっと違いはあるけど、今は好きなの選んで大丈夫だ」

「沢山ありますね・・・」

 

色々な会社の車を吟味していた千枝ちゃんだったが、一つの車の前でカーソルが止まった

 

「ん〜・・・と、ちぁい・・・ちえい・・・さー?」

「おお、VIPカーいったか。そうだ、チェイサーだそいつは」

「チェイサー・・・」

 

千枝ちゃんはボソッと車名を呟くと、右足を動かしてアクセルを踏み車を決定する

 

「え、なに?千枝ちゃんチェイサー?」

「あ、はい!車の名前に私の名前も入っているので・・・」

「じゃあ私もセダンにする〜」

 

みんなが車を選び終わったみたいなので、私も国産車の中から一台を選ぶ

あら、初めて乗った車じゃない

こんなに懐かしいのも入ってるのね、じゃあこれにしよ

 

「ふむ・・・どれにするかな」

 

ひなちゃんのプレイ画面に''挑戦者登場''の文字がデカデカと表示された後、コース選択画面へと移る

都内県外等様々なコースが出揃っている中で、首都高速を選ぶひなちゃん

 

「やっぱここかな・・・」

「これだったら千枝ちゃんも桃華ちゃんも道知ってるかもしれないね!」

「う、運転したことはないので・・・!」

 

千枝ちゃんの心配を他所にロード画面へと入り、みんなが選んだ車が表示される

 

「私たちは''GUEST''なんだ・・・ってひなちゃんのS14カッコいいズルい!」

「そりゃカード持ってんの私だし・・・」

「この1から6のレバーはどう使うんですか?」

 

千枝ちゃんがハンドルの左に設置してあるシフトレバーをガチャガチャと動かす

 

「千枝ちゃんの車はオートマだからこれ使わないわ大丈夫」

「なんだかムズムズしてドキドキしますわ・・・櫻井家の名に恥じぬよう頑張りませんと!」

 

また画面が白くなると、選んだ車がコースへ並んですでに走っている状態で表示され、カウントダウンが始まった

 

「ああ〜、なんだか面白くなりそう!」

「こ、これは!普通の高速道路ではありませんか!皆さまいけませんわ!安全運転で走行しませんと!」

「右がアクセル・・・!左がブレーキ・・・!」

「久しぶりだ、この人数で対戦するのは」

 

各々が戦闘態勢に移行する中カウントダウンがゼロになってデモ走行が終了し、踏み込んだアクセルに合わせてエンジンの回転数が跳ね上がり爆音が響いて、メーターの針が右へ振れるのと同時にスピードが上がっていく

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

「ねぇねぇ零次さん、ひなさんが好きなものってなんなの?」

「車」

 

小物屋に入った俺たちは、店内のテーブルやラックにゴチャッと置いてある様々な商品を手に取ってプレゼントを探していた

雑貨屋と言ったほうが正しいのか、小さなガラスの置物や小さいポーチから大きなバッグ、筆記用具にポスターやカレンダーといった日用品や小さなミニカーのおもちゃなどの商品が所狭しと並んでいる

 

みりあに尋ねられたが返答が気に入らなかったのか、商品が置かれているカウンターを挟んで、そのカウンターに置かれているムスッとした表情の猫のぬいぐるみと同じような表情を俺に向けていた

 

「確かにひなさん車も好きだけどっ!もっと何か可愛い物とかないの!!」

「うーん、そうは言ってもなぁ」

 

不機嫌さ全開でみりあが抗議してくるが、正直言って思い当たる節が多過ぎて迷ってしまう

枕元にはぬいぐるみが置いてあるし、その近くの棚にはおもちゃもある

車は好きだけどみりあが言う通りプレゼントするならもっと何か可愛らしいものを・・・

 

「ひなさんも女の子なんだよっ!零次さんも可愛いものにしよ!」

「ああ・・・え?俺?」

「うん。零次さんも買うんでしょ?」

「え?あ、いや俺は」

「え?」

 

みりあは''この人何言ってんの?''みたいな不思議そうな表情を俺に向けてくる

俺としては、みんなが帰った後に夜ご飯でも奢ってあげようかと思っていたんだが、今そんなこと言ったら今度こそそっぽを向かれかねないので、そのまま言葉を飲み込んだ

 

「・・・そうだな、プレゼントか」

「お誕生日なんだよ?零次さんもプレゼントあげたら、きっと喜んでくれるよ!」

 

みりあが一点の曇りもないまなこでこちらを見ながらそう答える

ニコッと一つ笑い店内の奥へと入っていったので、俺も後に続いてついていき棚に置かれている小物を見ながら色々と考える

ふと思い返してみると、ひな先輩に改まって何かを贈るなんて考えたことがなかった

 

いつも、何だかぶっきらぼうな先輩

いつもキリッとした表情をして、テキパキ仕事をこなして、怒られることもあるけどなんだかんだ色々出来て頼ってしまう先輩

料理が上手で面倒見がよくてこの人には出来ないことなんてないんじゃないかと思うくらい

 

''ひなさんも女の子なんだよっ!''

 

ボーっとした表情で棚にあった赤いミニカーを手に取って、仕事をしているひな先輩のことを思い出す

よく合間にチョコレートのお菓子を摘んでいたり、新しい服を買ったら自分が休みの日に着て姉さんに見せに来たりと、確かに意識してなかっただけで思い当たる節が沢山ある

普段仕事してる姿と、ガレージでだらんとしている姿くらいしか見たことなかったし、出掛けるなんて尚更だった

会社で飲みには行ったりはするが

考えてみてもひな先輩、男の俺から見ても中々に可愛いと思うし

 

「あぁぁー!零次さんっ!」

「ん?ああ、違う違う。これはただ400Rがカッコいいなーって思ってただけだ。別にこれ買うわけじゃない」

「ほんとにぃ〜?」

 

俺が手に持っているミニカーをジロっと見ながら、みりあは疑問の声を上げる

 

「零次さんはその車が好きなの?」

「ああ。イカすよな・・・最新の車だし高くて今は手出せないけど、いつかは乗ってみたい。ホラホラ、プレゼント選ぶんだろ。早くしないと」

「私はね・・・これっ!」

 

そう言ってみりあは、後ろに組んでいた手を解いて俺に向けて商品を掲げる

 

「おお、可愛いじゃないか」

「でしょー!これから寒くなるし、ちょうどいいかなって!ひなさん実家が寒い地方だっていうから!」

 

みりあの手には、モコモコの毛があしらわれた暖かそうな青い耳当てが握られていた

値札をみても値段は手頃だし、これなら変に気を使わせることもないだろう

 

「零次さんも早く見てきなよ!私は少しこの辺りを見てるから!」

「ああ、わかった」

 

みりあに言われて俺はミニカーを置き、その場から離れる

結局、何を贈ればいいんだろう?

再び色々歩き回った結果、やっぱりしっくりくるのはアレしかないと思いその場所へと向かった

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

''残り5km''

 

と画面に表示され、ついついアクセルを踏み込む力が強くなる

スピーカーからBGMとエンジン音が爆音で響く中、私は昔のようにハンドルを両手で握りしめ、高速の直線上にいる黄色い一般車両をぶつからないよう縫うように避けていく

 

「あ、あ、あー!危ない、ぶつかるっ!なんでっ・・・!あっとっ!あー!あぶっ!危ないー!」

「何で皆さんそんなに速いんですのっ!負けるわけにはいきませんわ!わたくしの車が一番速いに決まってますもの!」

 

千枝ちゃんと桃華ちゃんがシートの背もたれから上半身を少し起こして画面に食らいつき、ハンドルに胸を押し当てて必死に先頭を走るひなちゃんに迫っていく

 

当の本人はというと、涼しい顔をしながら片手でハンドルを握り慣れた手つきで右へ左へとオーバーアクションで一般車を避けて、後ろの私たちに追い越しのチャンスを与えるが、画面には無情にも残り1kmの表示が見え、残りの距離数がkmからm単位に変わり、みるみるうちにその数字が減っていく

普段ひなちゃん簡単そうにやってたけど、結構難しいわねこれ

 

「あ、相手の前に出ろ!?あともう少しで追いつけるんですのよ!ひなさんを追い抜かすんですの!!」

 

画面にはさらに''相手の前に出ろ!''と表示が中央に現れ、その横で500mからのカウントが始まる

 

「あともうすこ・・・少しで!あ、いや!あともうちょっと!!あ、あぁぁ!あああー!!あー・・・」

「はっはっは」

 

ほぼ並んでひなちゃんの横に並ぶが、二人の意気込みも虚しく、それぞれの筐体の画面には順位が表示され、ひなちゃん1位、千枝ちゃん2位、桃華ちゃん3位、そして私が4位で終わった

ひなちゃんがハンドルから手を離し、頭の後ろで手を組んで笑っている

 

「なんでそんなに速いんですの・・・ひなさんずるいですわ。前を走る他の車を弾き飛ばして邪魔するんですもの」

「もう少しだったのに追いつけなかった・・・ひなさんお上手です」

「大丈夫よ千枝ちゃん!私より上手な運転だったわ。凄い滑るんだもんこの車」

 

コース自体はひなちゃんの配慮であまりコーナーがなくストレートの多いところを選んだため、テクニックの差がそこまで開くこともなく、四人楽しくレースを終えることが出来た

が、しかし、二人はひなちゃんに負けたのが相当悔しかったらしく、自分が選んだ車が画面に表示されたあとのコンティニューして続行するか?のYES、NOでひなちゃんの顔を窺いながら反応を待っていた

 

「そうか、よかったらちょっと教えてあげる。おお、来るか。それならこっちおいで、おいでおいで」

「私はちょっと疲れたから休憩する〜、肩凝るのよね〜、ひっさびさのセミバケ」

 

私はシートから降りると、後ろに設置されている横長のベンチへと腰を下ろした

ゲームが設置されているコーナー自体が広々としていたため、特に窮屈な思いをすることなく背もたれに寄りかかり、ひなちゃんたちの様子を見守る

他に待っている人もいなかったため、二人はひなちゃんの近くへと寄り添う形で教えてもらっていた

 

あんなに楽しそうにしてるひなちゃんを見るのは本当に久しぶりかもしれない

いつもだったら夜に何かレイジ君も誘ってご飯を食べに行くくらいだったのに、今年は違う

ハンドルを持って文字通り手取り足取り教えている姿を見ていると、彼女たちには感謝しかない

いつもひなちゃんには迷惑をかけることが多いから、楽しんでもらえて良かった

それも、私の大好きなアイドルたちのおかげで

レイジ君にもちょっと感謝ね

 

「そうそう、曲がるときはハンドルをこう・・・少し振りながら曲がると曲がりやすくなる。こうやって、ふいっふいって」

 

そんなひなちゃんたちの様子を見ていると、私の横をスタッスタッと通り過ぎ、私が座っていた筐体へと向かう人が一人

 

女性だ。スラっとしたスタイルに可愛らしい白いカーディガン、青のロングスカートが似合う少し身長の高い女性

ベレー帽の様な帽子を被り、サングラスとマスクをしているため表情はわからないが、私より若い?ひなちゃんと同じくらいだろうか

 

その女性はそのままシートに座り、100円玉を入れる

ひなちゃんが持っているのと同じカードを筐体へとかざすと車が表示され、赤い外車が選ばれた

結構このレースゲームって女の人に人気があるのかしら?

ひなちゃんたちもそれに気付き、チラチラと気にしながらプレイを続行していた

しかし、そんなひなちゃんたちのプレイ画面に''挑戦者登場''の文字が表示され、ひなちゃんたちはその女性へと顔を向けると、「よろしくお願いしますね」と女性が澄んだ綺麗な声で言うのと同時に頭を一つペコっと下げた

 

「では、せっかくですからわたくしたちも!」

「うん!やってみよう!」

 

千枝ちゃんも桃華ちゃんもさっきと同じ筐体へと戻り、同じようにゲームを始めた

ちょっと気になったので、ひなちゃんの筐体のシートに近付いて様子を見る

 

「他のカード持ってる人とやるのは久しぶりだ。さて・・・ん?お?」

 

千枝ちゃんと桃華ちゃんの参戦が確定し、レース前走るメンバーが画面に表示されると、その女性の名前にひなちゃんが固まる

 

「な・・・ん?え・・・?」

 

相当驚いているのかひなちゃんが改めて千枝ちゃん越しに女性を見ると、その女性はもう一度こちらに向けて頭を下げた

 

「ネメ・・・かお・・・」

 

ひなちゃんが衝撃を受けている中無情にも、レースへのカウントダウンが始まる

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

残り1kmという表示がこんなにも恨めしいと思ったのはいつぶりだろう

自分のすぐ先、数十メートルを走るカウンタックにどうしても追いつけない

 

「全然追いつけないですわ!やはりまだまだ練習が足りません!」

 

私の声を代弁するように桃華ちゃんが叫ぶ中、相手の前に出ろと私を煽るように文字が中央に出てくる

さっきとは違う、ハンドルを両手でしっかりと握りしめて、アクセルを目一杯踏み込むが、どうしても追いつかない

 

「わっ!やっぱりダメでした・・・お二人速すぎです・・・」

 

結果そのままあっけなくレースは終わり、私は二位。あとは先程と変わらなかった

コンティニューの画面で力が抜け、だらんとシートの背もたれに寄りかかる

 

「あなたが、''Hina''さんですね?」

「あんたが・・・''ネメかおり''さんか」

 

「はい!」とネメかおりさんは私の後ろまで来て、つけているマスクを外して嬉しそうに挨拶した

 

「''かおり''でいいですよ。一度お会いしてみたかったんです!私!」

「お知り合いなんですか?」

 

千枝ちゃんと桃華ちゃんもそばに来て、一緒に話を聞く

 

「いつも、私の分身と戦ってくれてたんです!お店の王冠を取って取られて取って取られて」

「あなたがいつもひなちゃんが言ってたネメかおりさんかぁ〜」

 

私たちに会えたのがそんなに嬉しかったのか、子供のように笑いはしゃいでいるかおりさん

私よりもおそらく年下、しかし私よりも身長が高い

薄茶色の髪の毛は、ベレー帽に隠れていて見えないが中で編んでいるように見える

シュッとした顔立ちに、サングラスをしているもののかなりの美人であることがわかった

 

「すいません、突然お邪魔してしまって。楽しそうに遊んでいたのでつい・・・」

「いや、こっちも会えてよかった。どんな人なのか少し気になってたから」

「こちらこそ、一緒に遊んでくれてありがとうございます。お二人もありがとう、佐々木千枝さんに、櫻井桃華さん」

「私たちのこと知ってるんですか?」

「有名だもの!」

 

またまた嬉しそうに千枝ちゃん桃華ちゃんと握手するかおりさん

ふと私と姉さんにも顔を向ける

 

「あの・・・もしかしてお二人も、アイドルなんですか?」

「「いやいやいや」」

 

姉さんとシンクロしながら手を横に振る

 

「そんな、お二人も凄く可愛らしいのに・・・」

「可愛いだってさひなちゃん!」

「お世辞をどうも」

 

私たちが話していると、千枝ちゃんと桃華ちゃんが何やらムズムズした様子で見ていた

 

「あ、あのかおりさん!よかったらもう一度やりませんか!」

「わたくしも!このままでは引き下がれませんわ!」

「本当!?いいですよ!やりましょうやりましょう!」

 

やはりこの人、どことなく子供っぽい印象が目立つ

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

「ここか?たるき亭の隣じゃんか」

「ゲームセンターにいるって言ってたから、多分ここだと思うけど・・・」

 

みりあと共にガレージへと戻ってみたが、四人の姿が見当たらなかったのでしばらく待っていると、みりあに通知が入る

なんだか走り書きのような文面でゲームセンターにいるとだけ書かれていたので、みりあの推理の元、ここへとたどり着いた

 

「ここにもよく来るのか?」

「うん!遊びに来るんだよ!みんなどこ・・・あ!」

 

みりあが指差したその先、ゲームセンターの隅にある広々とした一角に、よく見知った人影がゲームの筐体のシートに寄り掛かって画面を見ていた

筐体の席は全て埋まっていて、それぞれの画面が動いていることから、対戦でもしているのだろうか?

 

「美空さーんっ!」

「ん?あら、あらあらあら!みりあちゃーん!」

 

みりあがそんな姉さんに駆け寄っていき、少ししゃがんだ姉さんと抱き合う

 

「なんで!?今日来れないんじゃなかったの!?」

「ビックリさせようと思ったの!ねぇねぇ、ビックリした?」

「ビックリもビックリよ〜!」

 

きゃ〜とまた姉さんと抱き合うみりあ

それよりも、こっちの様子が気になる

 

「で、こっちはなんなんですか?」

「ああ、何だかひなちゃんの知り合いが偶然居て、一緒に遊んでんの」

 

ゲームでは、知らない女性とひな先輩、千枝と桃華が四人揃ってデットヒートを繰り広げていた

カウンタックにS14にチェイサーにAMG GTと国内海外の車が入り混じ、四人真剣な表情で楽しんでいた

 

ネメかおりって何だ?

 

「おお!今回はひなちゃんの勝ちね」

「みりあもやーる!みりあもやーる!!」

「なら交代だみりあちゃ・・・みりあちゃん!」

「ひなさん!お誕生日おめでとう!」

 

シートから降りたひな先輩の手を握り、上下にブンブンと振りながら嬉しそうにするみりあに、ひな先輩もつられて笑う

ひな先輩はそんなみりあをシートへと誘導すると自分のカードを筐体へとかざし、みりあがレースへと参戦する

 

「よろしくね!お姉さん!」

「あら、赤城みりあさん!こちらこそよろしくね」

 

隣にいたベレー帽とサングラスをかけた怪しい女性が挨拶すると、すぐにレースが始まった

この人は一体何者なんだ?

 

「ふぅ・・・久しぶりに楽しかった」

「お疲れひなちゃん」

 

シートの後ろのベンチに三人座って、ゲームをしてる四人を見守る

 

「三人で出掛けるなんて久々ね、いつ以来かしら。隣にはよく来るけどねぇ〜」

「まさかゲーセンにいるとは思わなかったですよ。ひな先輩」

「ああ、こんなに充実した誕生日は久しぶりだ。ありがとう」

 

ひな先輩が珍しく、面と向かってお礼を言う

するとひな先輩はすぐゲームの画面へと視線を戻し、例の女性の画面へとのめり込むと、そこはそう曲がればいいのか・・・などとぶつぶつと呟きながら太ももの上に肘をつく

そんなひな先輩の様子を見ながら姉さんが俺に小声で言う

 

「負けず嫌いだから」

「・・・そうっすね」

「ん?何だ?何か言った?ん?」

 

俺と姉さんを交互に見比べながら、ひな先輩は不思議そうな顔をする

それが何だかおかしくって、姉さんと笑いあった

 

「楽しかったねっ!」

「結局一回も勝てなかった・・・」

「もう少しなんですわ・・・もう少しで何かが掴めそうなのに!」

「みんなとっても上手だったわ!抜かされるのも時間の問題ね」

 

レースが終わり、勝ち残った女性のボーナスプレイに三人が集まって運転の仕方を学んでいた

中々に女性の教え方が上手い、何か先生の様な職業をしている方なのだろうか?

要点をまとめ、わかりやすいタイミングで三人へと伝える

 

「いた!かおり〜!ここにいたのかー!」

 

突如、ゲームセンターの入り口付近から声が聞こえる

振り返ってみると、赤毛の長い髪が特徴的な小学生くらいの女の子がこちらに向かって近付いてきた

 

「もうかおり!おやぶんが呼んでたぞ!そろそろ時間だって!」

「あ、やだ!もうそんな時間!ごめんねたまきちゃん。すぐに行きますって伝えておいてもらえる?」

「わかったよ、すぐ来るんだぞ!」

 

''たまき''と呼ばれたその子はそれで納得したのか、駆け足で出口から出ていくのと同時に、女性も慌ててシートから降りる

 

「ごめんなさい!私、これからちょっとお仕事で・・・また時間があったら遊びましょう?」

「わかりましたわ!次こそは、追い抜ける様に努力いたします!」

「今日は楽しかったです。ありがとうございます!」

「いえいえ、私も楽しかったわ。そういえば、あなたたちはチームか何かなんですか?」

「「チーム?」」

「ええ、このゲームはチームロゴを作ることが出来るんですが、一緒にやってたからてっきり作ってるのかなって」

 

千枝と桃華がひな先輩に尋ねる様に顔を向けるが、ひな先輩は首を横に振る

 

「何も考えてなかった。私の周りでやってる人もいなかったし」

「作ろうよっ!!」

 

そんな中、みりあが声を上げた

 

「みんなのチーム!今日楽しかったもん!」

「そうですね、せっかくの機会ですから」

「名前は・・・何にいたしましょう」

 

困惑するひな先輩を置いてけぼりにして、次へ次へと話が進んでいく

三人のアイドルがひそひそと相談している様子を姉さんが楽しそうに見ている中で、女性は今か今かと発表を待っていた

 

「それじゃあ・・・!」

 

みりあが取りまとめると、三人で声を揃える

 

「「「チームかまぼこ!」」」

「美味しいですよね!かまぼこ!!・・・かまぼこ?」

 

女性が首を傾げている傍で、俺たち大人組三人はズルッと体勢を崩す

 

「あの・・・もしかして、かまぼこを生産している会社に勤めていらっしゃるんですか?」

「「「いやいやいや!」」」

 

ひな先輩からも三人にツッコミが入る

 

「もう・・・ちょい可愛い名前にしない?その、ほら。プリンセスブルー・・・みたいな」

「ええ、でも。あの場所見たらそんな感じしたんだもん!体育館より可愛いよね!」

「いや、まぁ、うん・・・そうだけど、、、うん?」

 

はたまた首を傾げるひな先輩の傍、その女性が慌ててゲームの隣にある筐体へと向かう

 

「じゃあとりあえずそれにしましょう!これをこうして・・・こう!」

 

女性がその筐体を操作すると、女性のカウンタックのフロントガラスに''チームかまぼこ''というロゴが入る

 

「じゃあ、よろしくね。また機会があったら遊びましょう!すみません、ちょっと急いでて・・・!それではまた!」

 

そう言い残すと女性は一礼して、さっきの女の子と同じように慌ただしく出て行ってしまった

 

「まぁ、かおりさんも登録しちゃってたからとりあえずこれにしよう。これを、こうして・・・こうだな」

 

ひな先輩も同じようにフロントガラスにロゴを入れる

その様子を見ていた三人は嬉しそうに笑い合っていた

三人も同じようにひな先輩に教えてもらいながら名前を入れる

ひな先輩から廃車カードを貰って車を作ったのか

 

「さて、そろそろ帰りましょうか。にしても荷物があるから若干大変ね」

「俺の車は、他に四人しか乗れないですよ」

 

どこかに寄ってきたのか、駄菓子が入ったデカデカとした袋を荷物置きから持ってくるメンバーたち

荷物は運べるかもしれないが人は運べない

 

「それなら心配御無用ですわ」

 

どうぞこちらにとゲームセンターから出ると、一台の黒い車が目の前に止まる

 

「先程、お迎えを呼んでおきましたの。これで皆さまガレージへ戻れますわ」

「いや、それにしたって・・・」

 

その他とは明らかに異彩を放つその車は、さっき桃華が乗っていたスーパーカーの5人乗り4ドアクーペ型。総額1000万越えの高級車だった

企業のエンブレムがフロントバンパーの真ん中でキラキラと輝き、綺麗にワックスがけされたその車は、普段は近づくことすら躊躇ってしまうようなオーラを纏っている

 

「生で初めて見た」

「さぁさぁ、どうぞどうぞ」

 

そのトランクに駄菓子を積むという明らかに上下の差がありすぎる贅沢なことをした後に四人が乗り込み、ドアが閉まる

 

「やだぁ!私もAMGGT乗るぅ〜!」

「姉さんしょうがないじゃないですか!気持ちは痛いほどわかりますが姉さんはこっち!」

「いやぁぁぁ!!」

 

子供のように叫ぶ姉さんと俺を背に、気持ちいいほどエンジンをふかして走り去っていくベンツに少し嫉妬しながらも、俺は姉さんをスカイラインの助手席に押し込んだ

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

「あの、ひな先輩」

「ん?」

 

プレゼントのお渡し会が終了してみんなが帰り、片付けも終わってソファーでゆったりしているひな先輩に話しかける

 

「あの・・・」

「なんだ、早く言え」

「・・・お誕生日おめでとうございます」

 

みんなから貰った手編みの手袋や耳当てが並んでいるテーブルに、俺が買ったプレゼントが置かれる

 

「いつもお世話になっているので、何かと思ったんですが、何だかこれがしっくりきて」

「・・・ぬいぐるみか」

 

買った猫のぬいぐるみのムスッとした表情がひな先輩を睨みつけていた

 

「いや、ごめんなさい!深い意味は無いんです!ひな先輩沢山ぬいぐるみ持ってるからこういう表情のやつないなぁとか思って!」

「・・・いや」

 

ぬいぐるみをクルクルと回して四方八方から観察していたひな先輩が、ぬいぐるみを胸元で抱きしめる

 

「可愛いじゃないか。ありがとう、大事にする」

 

・・・また何か鉄拳制裁が飛んでくるかと思ったが、意外とすんなり受け入れられた

こういうのが流行ってるのか・・・?

 

「・・・何だ」

「え、あ、いや。別に」

「ふむ・・・よいしょっ。・・・ありがとうだニャー」

 

ひな先輩が持っているぬいぐるみの右手を持ってこまねくように動かし、そう言った

 

「・・・和ませようと思ったんだけど、私が馬鹿みたいじゃないか」

「・・・いえ、大丈夫です。和みました」

 

何だか今日は、ひな先輩が少しお茶目に見えた




ネメかおり

謎の人物
スラっとしたスタイル、可愛らしい声、薄茶色の髪、編んでいるのかはベレー帽でわからない。ショートカットではなさそう
高身長(ここだけ妙に筆圧が強い)、時折子供のような態度を見せる
胸がデカい(ここだけ妙に筆圧が強い)

教え方が上手い、先生か何かをやっていた?
たまき、という妹?かどうかはわからないが仲間がいる。呼び捨てだったので妹か?
おやぶん?がいる。組織か何かか?今度巴ちゃんにでも聞いてみよう

''ネメかおり''が本名かどうかはわからない
本人が言うには、もっとカッコいい名前にしたかったがプレイヤーネームの文字数に制限があり一部略したらしい

千枝ちゃんと桃華ちゃんを知っていた、アイドルに詳しい?
詳しいことは謎

〜ひなこの日記より抜粋〜


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

1129
1129 01


「みんなー!今日は・・・ありがとうございましたー!!」

『ありがとうございましたー!!!』

 

その瞬間、目の前を覆い尽くす光の海から大きな歓声が響き渡る

それは私たちが使っているようなマイクがあるわけでもないのに何十何百という波となり、私達の元へと届いていた

その声に私たちがお互いに顔を見合わせると、もはや汗だくになり息も絶え絶えなのにも関わらず、その顔は充実した表情に満ち溢れている

 

「とときーん!!」

「未央ちゃん!」

 

ドレスのような素敵な衣装に身を包み、指や頭に綺麗なアクセサリーをつけた未央ちゃんが、隣にいた私に思わず抱きつく

それを見ていた藍子ちゃんも加わって、小さな輪ができていた

周りを見てみると、大人組も子供組も手を取り合ったり同じように抱きついたりと、広い広いステージの一角で私たちはお互いの健闘を称え合っていた

 

「ありがとー!!」

「大好きだよー!!今日は本当にありがとう!!」

 

そんな時間も束の間、舞台袖に近いメンバーから、それぞれが思い思いのセリフをファンのみんなに投げかけて、ステージから降りていく

 

「また、お会いしましょう!それまで私たちも、ずっとずっと待っていますからねー!!」

 

私もそうファンのみんなに言葉を投げかけ舞台袖に去っていくと、背中でわかる、一際大きい歓声が上がり、ステージを作っている鉄骨まで響いていた

 

「お疲れとときん!楽しかったねー!」

「うん!未央ちゃん!お疲れ様!」

 

ステージ裏の階段を降り、少し開けたスタッフ用のロビーに着くと、走り回っているスタッフを潜り抜け、未央ちゃんが再び私の元へと歩み寄り、私の手を握った

 

「久しぶりの大きいライブ・・・わたくしこと未央ちゃん、まだまだいける感じなんですがな?」

「私はもう大満足!でも少し寂しい気もする・・・感じ?」

 

階段がある壁際に置かれていたテーブルの上にある小物入れにマイクを置き、途中同じようにマイクを置きにきた奈緒ちゃんにもねぎらいの言葉をかけた

 

『これにて、本日のライブの全工程を終了致します。お席をお立ちの際は、お忘れ物の無いようにご注意願います。なお、出口付近は混雑が予想されますので、お客様におかれましては・・・』

 

会場内に注意喚起が響き渡り、見にきていたファンのみんなが一斉に動いている様子が音と会場の振動、そして壁際のモニターからわかる

 

「この瞬間が、なんだかちょっと切ないよね。魔法が解けていくような・・・現実に戻るような・・・そんな気がしてさ」

「でも、凛ちゃん。私、すごく楽しかったです!未央ちゃんもいて、凛ちゃんもいて・・・久しぶりの大きなライブだったから」

「しぶりんは相変わらず、詩人だね〜」

 

モニターを見ながら感情に浸る凛ちゃんをからかうように、未央ちゃんがそう呟くと、凛ちゃんは「ちょっと・・・!」と恥ずかしそうに未央ちゃんに詰め寄り、それを周りのメンバーがクスクスと笑いながら眺めていた

 

「お疲れ!愛梨ちゃん!」

「あ・・・!瑞樹さん!」

 

ポンッと後ろから肩に手を置かれたので振り返ってみると、瑞樹さんが首にかけたタオルを使って自分の頬を流れている汗を拭いていた

ふーっという満足げなため息が漏れている後ろでは、瑞樹さんとは対照的に涼しげな様子の楓さんがニコッとはにかんだような笑顔を浮かべている

 

「みんな終わってすぐなのに元気ね〜、これが若さってもの・・・はっ!み、瑞樹も、あと2時間くら・・・いえ、オールでいけちゃうかも〜!」

「瑞樹さん・・・さすがに私もオールはちょっと・・・」

「オールでエールを送る・・・ふふっ」

 

楓さんの隣にはいつのまにか美優さんも揃っていて、苦笑いを浮かべていた

 

「だ、だって〜・・・」

「なら、次のライブ会場は居酒屋でお願いしまーす」

「楓さん・・・中々元気ですね」

「でも、この後打ち上げですよ。ここでやるんですかね・・・会社?」

 

実際のところ、会場のスタッフにも346関係の人間が結構な数混ざっており、その範囲はサポートから会場の設営、はたまたライブそのものに関わるものなど多岐に渡っていた

あまりアルバイトを雇わないというのも346のやり方なのだろうか

今このロビーを行き交う人の中にも見知った顔がチラホラ見える

 

「会社かもしれないですね、それならもう楽屋に戻ったほうが・・・」

「あ、みゆみゆ〜!」

 

私達の元へと、未央ちゃんが駆け寄る

 

「皆さんもお疲れ様です〜。よかった、みんな揃ってて。プロデューサーが記念撮影するから、着替えてまたロビーに集まってほしいって!打ち上げは346に戻ってからって!」

「あら、やっぱり会社でやるのね。じゃあ早く行きましょうか」

「駆けつけ三杯・・・今夜のお酒は格別に美味しいかもしれませんね・・・」

「あ、かえ姉さま。さきほどプロデューサーがこれは見つからないようにって取引先から頂いていた大きな瓶を何処かに運んでおられましたが」

「私、プロデューサーにちょっと用事ができましたので」

「楓さん・・・!早くい、きましょう!」

 

素敵なドレスのような衣装をカッコよくたなびかせてどこかへ行こうとする楓さんの腕を、美優さんが必死に引っ張りながら瑞樹さんと共に楽屋の方向へと歩いていく三人

そんな様子を見ながら、未央ちゃんは「にししっ」とイタズラっぽく笑う

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

「アルトって休み開け納車でいいんだっけ〜?」

「うん、朝一だけどね」

「りょ!」

 

ガレージの一階にいた姉さんが二階のバルコニーにいるひな先輩に話しかける

携帯ゲーム機を持ちながら自分のベッドから柵の部分へと歩み寄り姉さんに答えると、そのままリビングのソファーに座り、ごろんと寝転がった

 

「あ、だいもんじ外れた」

「ひな先輩何のゲームやってるんですか?」

「ブラック2」

 

季節もすっかり冬の息吹を感じさせ、飲み物を取りにキッチンへと向かうと窓からは肌寒い隙間風が入ってくる

ひな先輩も上下暖かそうなスウェット姿で毛布を被りながら、夕飯は何にしようかと呟いていた

幸いガレージ内は暖房が完備されており、壁に一つずつ配置されたそれは温度さえ設定しておけば自動で動いてくれる

なので、今下で作業している姉さんのように上は半袖、下は作業着と言った格好でもあまり寒くはない

 

「あぁぁぁぁぁ!!やっぱり納得いかない!納得いかなぁぁぁい!!」

 

下で作業台に向かい作業していた姉さんが唐突に叫ぶ

 

「何でせっかくチケットまで貰ったのに行けないの!何で何で何でぇぇぇ!!」

「仕方ないじゃないですか、仕事が溜まってたんですから」

「そりゃあ有休申請してなかった私が悪かったけど〜・・・」

 

チケットを悔しそうに握りしめ、不機嫌さ全開で背後のソファーにダイブしていた姉さん

俺も自分のスペースに戻るとテーブルに置かれていたチケットを手に取り内容を確認する

11月29日という日付と共に、参加するアイドルのシルエットが描かれているそのチケットは何度見ても今日の日付しか書かれていない

 

「2Daysなら明日休みだから行けたのにぃ〜、よりにもよって何で今日・・・」

「工数もあったからもうどうしようもなかったですよ」

「今頃智絵里ちゃんの新曲が生で聴けたのにぃぃぃ!!」

 

足をバタバタとさせて駄々をこねる姉さんの姿が見なくても想像できるのか、ひな先輩は「全く・・・」と頭を左右に振る

工数というのは、その日に入れることができる仕事の量のことで、上限を設けることで出勤している人数に合わせて仕事の量を調整し、現場がパンクしないようにするシステムである

今日は''全員出勤''という扱いだったので通常通り仕事が入り現場が回っていた

 

「・・・さて」

 

ひな先輩がソファーから立ち上がり、携帯ゲーム機をパタンと折り畳んでテーブルに置きテレビをつけると、バルコニーの柵まで近寄り下を覗く

 

「姉さん」

「んあぁぁ?」

 

ソファーで仰向けになり、丁度下を覗いていたひな先輩と姉さんの顔が合う

 

「今日、何食べたい?」

「・・・肉の日だから、焼肉」

「わかった」

 

ひな先輩はそれだけ言うとキッチンへと向かい、冷蔵庫の中身を確認する

ひな先輩も流石に可哀想と思ったのか、姉さんにリクエストしたのだろう

そんな姉さんは少し機嫌が直ったのか、また作業台へと向かう

俺もひな先輩を手伝うことにした

 

「何かありますか?」

「じゃあ肉買ってきてくれ、肉」

「じゃあ今日は俺も多めに金出します」

「悪いな」

 

さすがに姉さんの様子に俺もいたたまれない気持ちになったので、少しでも機嫌を直してくれるようお金を多めに準備して外に出る

 

テレビではこれから天気が荒れるようだと言っていたから、気をつけることにしよう



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

1129 02

冷房が効いた部屋が心地よい

ステージに立つと、会場の熱気だけでなくスポットライトの光、直接当たるものと壁や床に当たって照り返すもの、それらの熱に加え周りのみんなの熱気というか熱狂が伝わり、否が応でも汗が噴き出す

そんなライブの証をタオルで拭き取ると、私は鏡の前に立ち、着ている衣装に手をかけてゆっくりと紐を解いていく

それはまるで魔法が解けていくように、柔らかく足元へと落ちていった

 

「紗枝さん、少し手伝ってもらえませんか!背中の紐が固くて衣装がカワイイボクから離れようとしないんです!」

「あら〜?幸子はん、腕伸びるんやあらへんやったっけ?」

「ボクはそんなゴム人間じゃありませんよ!」

 

隣では幸子ちゃんが同じように衣装を脱ぎ、それを紗枝ちゃんが手伝っていた

そんな光景を見ていると、凛ちゃんが言っていたように普通の日常に戻っていくのがホッとするような寂しいような、いつもの事だがなんだかもどかしくなる

 

「とときん大丈夫?手伝うよ?」

「え?あ、うん。ありがとう、じゃあこのホック外してくれないかな?」

 

私がボーっとして着替える手が止まっていると、それを手こずっているのと勘違いしたのか、一足先に着替え終わった未央ちゃんが私の背中にまわり着替えを手伝ってくれた

 

「ありがとう未央ちゃん。もう大丈夫だよ」

「本当?あ、そういえば」

 

衣装をハンガーにかけて、すぐ隣にあるハンガーラックへとかけると、代わりに会場へ着てきた私服を取る

 

「レイさんたち、やっぱり来れなかったって。残念だね」

 

未央ちゃんは中央のテーブルへと戻り、頬杖をつきながらそう言った

 

「そっか〜、でもしょうがなかったのかも。チケット渡したの結構ギリギリだったし?」

 

やはり、相手の休みもわからないまま渡してしまったのが間違いだったのかも

もっと事前に聞いとけばよかったなぁ

せっかく沢山レッスンして、久しぶりの晴れ舞台だったから、観てもらいたかったのに

 

「うむ、こうなったら無理やり連れてくるしか・・・」

「ダ、ダメだよ未央ちゃん。零次さん困っちゃうよ」

 

そっか〜、と未央ちゃんは深く顎に手を当てると、次におそらく情報元である凛ちゃんの元へと駆け寄り、一緒に携帯に目を落としていた

私はハンガーからブラを取って、肩紐に腕を通し背中のフックの上下をとめる

上着を着てロングスカートを履くと、自分のバッグからヘアゴムを二つ取って、一つを口に咥え、鏡に向かって自分の髪を結んでいく

 

「あの人もひどい人ですね!せっかくカワイイボクの晴れ舞台だというのに観にこないだなんて!それにしても、どうして凛さんが知ってるんですか?デレポに上がってたわけでもないのに」

「それがですねさっちーさん。どうやらレイさんとしぶりんはただならぬカンケーにあるらしいのですよ〜」

「ちょっと未央」

 

凛ちゃんは携帯の電源ボタンを押して画面を消し自分のバッグに入れると、呆れたように未央ちゃんに一言言い、上着を取りに私の隣のラックへ近づく

 

「だってそうじゃ〜ん」

 

空いたその席に未央ちゃんが座った

 

「レイさんにお迎え頼む時だって、電話するんじゃなくていつものトークにそのままメッセージ送ってるんだもん。なんでレイさんのアカウント知ってるのさ〜。ん〜?」

「それは・・・加蓮が無理矢理・・・」

「まぁ・・・あの方も隅に置けまへんなぁ」

 

凛ちゃんはこれ以上追求されまいと少し未央ちゃんに背を向けて上着を羽織る

そんなやり取りを見て、紗枝ちゃんはクスクス笑っていた

そっか、加蓮ちゃんと凛ちゃんが二人で携帯を見ながら笑ってる姿をたまに見るのはそういうことだったのかなぁ

・・・結構私も一緒にお昼ご飯を食べたり、お話ししたりしてるんだけど、零次さんはあまり自分のこと話したりしないし・・・付き合ってるわけじゃなさそうだけどそんなに仲がいいんだ・・・ちょっとジェラシーかも

 

「よいしょ・・・と、まったく!零次さん、そういうこと全く聞いてこないんですから!ボクの連絡先を知りたくないんでしょうか!こんなにカワイイボクの!」

「そこまで踏み込んだらあかんって思ってるからじゃありまへんか〜?あくまで私たちは''仕事''の関係ですから」

 

ピコンと私のバッグの中で着信音がなる

携帯を取り出し開いてみるとプロデューサーの業務連絡で、準備が出来たら控え室がある通路を抜けたロビーで集合とのことだ

実際控え室の扉の向こうからは、準備を終えた他のアイドルたちが話しながら歩いてる様子が音と声でわかる

 

私はそのトークにスタンプを押して返すと、その下の『青葉自動車 北崎』というトークを開く

飾りっけも何もない名前のトークルームを開くと、''迎えにいく'' ''到着しました''などの業務的な会話しか展開しない寂しい画面が表示されていた

零次さんの仕事が休みの日は携帯を職場に置いているのか、連絡しても返ってこない

 

「ていうか、レイさんと何話すの?」

「別に大したことじゃないよ。大体加蓮が何かしら呟いて、それに零次さんがツッコむみたいな。今日は何食べたとか、こんな服買ったとか」

 

携帯を閉じて、私も普段のやり取りを思い出す

私のみならず、みんなと同じように接している零次さん

梨沙ちゃんとはなんだかよくケンカしてるみたいだけど、それでも年少組とは仲がいい

・・・零次さんってあまり私たちに興味ないのかな?

大人の対応だなぁとは思うけど、もうちょっとドキドキしてくれたりとか・・・

私は無意識に鏡で自分の少し乱れていた前髪を直す

 

「愛梨さん?準備できましたか?」

「へ?あ、ごめんね!今私も行くから!」

 

幸子ちゃんの声に振り返ってみると、いつの間にかみんなが次々と部屋から出て行っていた

急いで私も支度をして部屋を出る

 

「あら、幸子。お疲れ、今日もすごくチャーミングだったわ」

「奏さん!ボクは今日も明日も明後日もカワイイボクですよ!そこをお間違えなく!」

「あ、愛梨ちゃん!いこいこ〜、フレちゃんが20m先までエスコートしてあげよ〜う!」

「フレデリカちゃん、お疲れ様〜」

 

廊下に出てLippsのメンバーと合流すると、一緒にロビーへと向かう

考え込むのはやめよう、今度会ったときにでもこっそり聞いちゃおうかな

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

「どうしろっつーんだよこれ・・・」

 

右腕に大体2キロほどの肉の塊を持ち、左手には買い物した商品が入った袋をぶら下げて、雨が段々と強くなっていく中急いでスーパーの出入口から自分の車へと走る

両手が塞がっている手でやっと車の鍵をポケットから取り出し、ボタンを押して鍵を開け後ろの席に荷物を置くと車へと飛び乗った

 

「さっっっむ!」

 

急いでエンジンを掛けてヒーターを全開にすると、助手席に置いていたティッシュを数枚乱暴に取り出し、顔を拭いていく

 

「あぁ〜まったく・・・」

 

そしてシートに深く腰掛けて一息つき、手をヒーターの吹き出し口に当てて暖まっている最中、ルームミラーで後ろに積んだ大きな肉の塊を見る

今回の買い物で福引券が貯まり、財布の中を漁ってみると整理していないレシートに紛れて福引券が見つかり合わせてみると丁度一回分になった

ダメ元で今回のあいつらのチケットが紙切れになった分、一等の北海道旅行のチケットでも当たらないかと引いてみると、なんと2等の高級肉2キロ分が当たってしまった

いや、嬉しいには嬉しいんだけど

 

「これだったら肉買う必要なかったんじゃね?」

 

結局今俺の車の中には俺が買った肉(少々高級)プラス高級国産肉2キロが乗っかっており、軽く焼肉パーティが出来るレベルである

野菜もあるが比率が凄まじいことになっていた

 

「ひな先輩の料理スキルに頼るしかないか」

 

顔を拭いていたティッシュを助手席の足元に置いてあるゴミ箱へ放り込むと、ノリノリのポップスをオーディオから流し車を出してスーパーから出て行く

 

街を流していると、サラリーマンや学生、カップル、家族問わず頭の上に何かを乗せてたり、顔を伏せながら酷くなる雨風に打たれながらも一目散に走って、駅や建物の下に入る様子が見えた

気温もさっきの様子だとこれから下がり、暖房をつけないと今夜はきつくなりそうだ

信号待ちをしている時に雨宿りしている人達を見てみると小刻みに体が震えている様子も見てとれる

 

帰り際に美城の前を通りかかってみると、少し開いた大きな門の隙間を社員の人たちがくぐり抜け建物の中に入っていっていた

数人が門に集まり、対策をしているのかガヤガヤとカッパ姿で作業をしている

 

大変なのはどこも同じか、うちの工場も今日は入庫が少なかった分車を工場になるべく入れて帰ることができたのは幸いだったのかもしれない

俺はこれ以上酷くならないうちにとガレージに向け車を走らせる

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

「あ〜、暖かいですね〜」

「うむ、我を包み込む加護の精霊よ、皆にも同等の祝福を授けよ!」

「ふふ・・・まるで新たなセカイが創造されていくようだ。蘭子、ボクもここの住人に加えてもらってもいいかな」

「あ、フレちゃん。ここにあったよイヤホン」

「ホントだ〜、シューコちゃんありがと!まったくイケナイ子!勝手に迷子になって!」

 

記念撮影を終えたアイドルたちが次々と大型バスに乗り込んでいく

玄関からバスに入るまでの短い間にも、外との気温の差に体を少し震わせてバスの座席へと座る

なんともいえないバス特有のこもるようなエンジンの音と、暖かい空気が彼女たちを包み込んでいった

 

「響子さん!お先にどうぞ!」

「ありがとう悠貴ちゃん。寒いね〜」

「お、みんないるか〜?」

 

最後にプロデューサーが乗り込み、通路に立つとメンバーに向かって一言掛ける

各々が手を挙げたり、返事を返していく中でプロデューサーはリストと照らし合わせて確認していった

 

「よし!じゃあこれから346に向かうから、着いたら別館の多目的ホールまで来てくれ。荷物は各々の部屋に置いてきてもいいし、でも貴重品は」

「プロデューサー、わかったから早くバス出して。いつものやり方でいいんでしょ?」

「ああ、理解が早くて助かる。じゃあ頼んだぞ」

 

運転席付近に座っていた凛に諭されると、プロデューサーは運転席に座りバスをゆっくり発進させた

ラジオが流れ、車内に会話がどんどんと生まれていく

 

「楽しかったですね!美穂ちゃん!」

「うん!でもよかった〜、練習してたとこのステップ間違えなくて・・・」

「奈緒〜、一瞬ステージの移動間違え掛けたでしょ。上手にはけろって言われてたとこ」

「なっ!ちょっ加蓮!くそ〜、上手く誤魔化したと思ったのに・・・」

 

うりうり〜と肘を奈緒に押し付ける様子を通路を挟んだ反対側の席で、窓枠に頬杖をつきながら外を眺めていた梨沙がチラッと見ると、また外へと視線を戻す

 

「楽しかったね梨沙ちゃん。私もみんなと久しぶりに歌えたから、間違えないか心配で・・・」

「大丈夫よ、いつも通り完璧だった。あれならファンの期待に応えられたと思う」

 

隣に座っていた千枝が梨沙に声を掛けるも、その返事はどこか浮かないもので、少し寂しさを感じる

 

「零次さん、来れなくて残念だったね」

「な・・・!別にいいわよあいつなんか!今日はプロデューサーが運転してくれてるし、ただのドライバーよ!・・・ただの」

 

千枝の一言に梨沙は少し声を荒らげて答えるも、最後の方にはその声のトーンが少しずつ下がり、また外を眺め始めた

その様子に千枝はクスッと笑う

 

「まったく、こんな日に雨だなんて!カワイイボクが何をしたっていうんですか!」

「まぁまぁ幸子はん。きっとおてんと様も、幸子はんのライブに感動して涙を流してくれはったんどす。ありがたく受け取りましょ」

「でもここまでしなくても・・・」

 

信号待ちで止まっている最中に幸子が外を見ると、雨は容赦なく地面に向かって打ちつけ、風は目の前の信号機を大きく揺らしている

 

「け、結構強いね。大丈夫かな・・・」

「何〜?李衣菜ちゃん怖いの〜?まったく、ロックが泣いてるにゃ」

「ふ、ふん!そんなみくだってさっきから震えてるくせに!」

「な、何言ってるにゃ!みくがそんなこ」

その瞬間、外が一瞬明るくなると、凄まじい轟音が鳴り響く

 

「にゃぁぁぁぁぁ!!」

「ひゃんっ!」

 

みくと李衣菜の悲鳴と同じように、車内にもポツリポツリと声が上がる

 

「蘭子、いくらなんでも雷魔法はちょっと・・・」

「・・・」ガタガタガタ

「おお、今のは大きかったな」

 

プロデューサーがそう呟いた瞬間、外から光が消えた



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

1129 03

「わ〜お、停電かにゃ〜?」

「志希、そんな呑気な」

「そんな〜奏ちゃん、隠さないとそのおヘソ取られちゃうよ〜?」

「・・・黙りなさい」

 

にゃはは〜と私の隣で志希は呑気に笑っている

特に気にする様子もなく窓際で携帯を触っている周子越しに外を見てみると、照らしているのは車のライトくらいで、建物の電気はもちろん、街灯、信号機に至るまで完全に光が消え闇が支配していた

 

・・・なんだかこれじゃ言い回しが飛鳥みたいね

 

「見て見て奏ちゃん!周り真っ暗だから今ならめっちゃ星綺麗に見えるよ!フレちゃん感激!なんてロマンチック・・・」

「いや、曇ってて何も見えないんですけど・・・」

「そんな美嘉ちゃん〜、いつでも星は空に輝いているんだよ!」

 

いかんせん状況がロマンチックではない

 

「おいプロデューサー、どうなってんだよ。これマジ帰れないやつだぞ☆」

「そ、そうは言われてもだな・・・」

「電車も止まってるみたいですねぇ、今日はウサミン星には戻れないかも・・・」

 

運転席の後ろに座っている佐藤さんがプロデューサーにつっかかっている間にも他のアイドルたちも窓際に張り付いて、外の様子を伺う

携帯を確認して今の状況を調べたり、家族に連絡したりと何かしらの対応をとる中でラジオから今の状況が説明された

雷の影響により広い範囲で停電が起こっており、病院などの自家発電のシステムが整っている施設を除けばここら一帯は完全に沈黙しているらしい

電車が使えなくなったのでバスに乗り換える人、タクシーを止める人でターミナル周辺もごった返しており、おちおち帰るのも困難だという

 

「困ったなぁ・・・これじゃあ会社に戻るのも、・・・おっと」

 

プロデューサーの携帯に着信があったのか、バスを道路脇に停めて携帯を耳に当てる

 

「はい、はい・・・えっ!?本当ですか!?ゲート・・・いやそれじゃ俺たち、あっ!ちょっ!待ってくださ・・・!あぁ・・・」

 

会社と連絡を取っていたのか、一連のやりとりを私たちはじっと見守る

あれだけ騒がしかった車内が静まり返り、外で未だゴロゴロと唸っている雷鳴の音だけが際立って響いていた

 

「何?どうだったの?」

 

携帯を閉じてポケットにしまい、額に手を当てて項垂れているプロデューサーに凛が尋ねる

 

「それが、停電で会社の正門のパワーゲートが開かなくなってるらしいんだ。普通の車も入れないくらいの隙間しか空いてないらしくて」

「手で開けられないのかい?」

「それがな飛鳥、飛んできた金属片だか木片が引っかかって開かないらしいんだ。いまスタッフが総出で作業してるみたいなんだが、復旧できるかどうかは未定らしい」

「え、じゃあ会社に戻れないってことですか!?」

「今のところは・・・な」

 

『えぇ〜!』と車内に不満の声が上がる

 

「マジかよ〜、あたし大きい荷物会社に置きっぱなしだぞ」

「私は・・・お腹が空きました・・・」

「何も飲まず食べずの歌い通しだったもんね。悠貴ちゃんに少し賛成かも・・・私もこういう時に限ってバッグに何も入ってないから・・・」

「プロデューサー君、子どもたちだけでも駅かどこかで・・・」

「ダメよ瑞樹ちゃん、とても車を停められる状況じゃないわ。駅前なんかで降ろしたらそれこそパニックになっちゃう、犯罪にまきこまれるかもしれないわ、これだけの人数を帰宅まで一度に管理するのは不可能よ。いくらプロデューサー君でもね」

 

あながち早苗さんが言うことも間違ってない

今チラッとすれ違った駅前やバスターミナルを覗いてみても、すでに帰宅難民と化した人たちが押し寄せており、とてもではないが外の天気も相まって降りるのはほぼ不可能に近い

ライブ帰りのファンの人たちもいるだろうし、大騒ぎになるのは目に見えている

20人以上の人数を管理するのはさすがに酷というものだろう

 

「じゃあ今日はバスの中で夜明かしってこと?それならどこか大きい駐車場とか、お手洗いがある場所に・・・メイクも落としたいし」

「それがな美嘉、そうもいかないんだよ。燃料がな・・・」

 

プロデューサーが次は車の燃料計と向き合っているようだ

『エンジンが止まればヒーターも止まる。風は出るだろうが暖かい風が出なくなる。バッテリーも上がるだろうし寒いところじゃ致命的だ』と、今になって零次さんのセリフが頭をよぎった

 

「でも外がそんなに寒くなければ・・・雨と風が強いだけかも、よいしょっとあばばばばば!!」

「幸子はん!はよ閉めて!」

 

幸子が少し窓を開けただけでも、雨風はもちろん肌を突き刺すような寒い冷気が入り込む

 

「うへぇ・・・」

「もう、幸子はんったら・・・」

 

顔面がびしょ濡れになっている幸子の顔を、紗枝が自分のハンカチを取り出し呆れた様子で綺麗に拭いていく

いよいよ打つ手がないかもしれない、私も今住んでいる部屋の戸締りなんかを気にし始めてる

 

「・・・」

「千枝、あんた大丈夫?さっきから黙ってるけど」

「バスを停められて、暖かくて、電気が使えて、お手洗いがあって、みんなが入れるような広い場所・・・?」

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

「どーすんだよこれ・・・」

「いや、俺に聞かれましても。本当だったら一等の北海道旅行を当てたかったんですが・・・」

「なになになあに?あら〜!すっごい!高そうなお肉!」

 

ガレージに戻り、肉の塊と野菜を引っ提げてリビングに上がると、エプロン姿のひな先輩がガスコンロなどの器具を準備している途中だった

姉さんも珍しくダンボールだらけの自分のスペースへと赴き、タンクトップ姿で荷物の整理をしていた

・・・LiPPSの曲を流しながら

 

「とにかくバラして冷凍しておくか。さすがに食いきれんわこれは。スペースあったかなぁ冷凍庫」

 

肉を両手で抱え、冷蔵庫の前でしゃがみ込み冷凍室を開けて中の様子を確認するひな先輩

 

「これだったら野菜のほうが欲しかった・・・っていうか肉買う必要なかったじゃん」

「今更レディースのみんな呼ぶわけにもいかないしね〜」

「あれ?帰ってきてるんだっけ?」

「いや、まだ何人か海外」

 

ひな先輩はゴソゴソと手を突っ込んでスペースを確保しようとしてるみたいだが、物がありすぎて一向に上手く進まないようだ

 

「せっかく買ってきましたし、こっちもいただきましょうよ。一応高いお肉ですよ」

「どれどれ、お姉さんも・・・わぁ!ホントだこっちもすごい!ありがとうレイジ君!今夜は高いお酒開けちゃおうかな〜。何本あったっけ?」

「ダメ。あったとしても一本だけ」

 

ひな先輩に覆い被さるようにする体勢で上の冷蔵庫を開けて中を漁る姉さん

俺はひな先輩から作業を引き継ぎ、テーブルの上に皿と調味料を並べる

その際にテレビを見てみると、どうやら外の様子は予想以上に悪いようだ

ここら一帯で停電が起こり、交通機関が麻痺してごった返している様子が映し出されている

気温もグングン下がっているようで、もはや冬の息吹どころか真冬に近い肌寒さになっていた

そんな中姉さんがタンクトップなんて格好で居られるのもこのガレージが自家発電なんて無駄に豪華な設備が整っているせいだろう、一体どこからそんな資金が出てきたのだろうか?

そんな姉さんはふんふん〜とLiPPSの曲を口ずさみ、小刻みリズムにのって体を揺らしながら片手にまずビールを持つ

 

「ちょっと、さっきから頭の上にポフポフっておっぱいが当たって鬱陶しいんだけど」

「あ〜、ひなちゃんごめんね〜。上これ一枚だからさ」

「ちゃんとブラしてよ、垂れちゃってみっともない」

「もうめんどくさいんだもん、どうせ私たちしかいないし。あ、レイジ君これ。ビール、これ」

「あー、はいはい。持ってきます」

 

俺にビールを渡すと今度はつまみを探して冷蔵庫を漁っている姉さん

ひな先輩もなんとか肉を冷凍庫に押し込み、しまってあった野菜をテーブルまで持ってくる

買ってきたものと合わせても今日はなんとか足りそうだ

あの肉を食べる際にまた買ってくればいいか

 

「あぁ、ホント鬱陶しかった」

「お疲れ様です。俺はどっちかっていうとLiPPSのほうが苦手です」

「前々から聞いてたけどそうか?カッコいいと思うんだけど」

「そりゃあ歌ってるときはそうですが、普段の様子見たらビックリしますよ」

 

そうだ、普段のあいつらときたらたまったもんじゃない

フレデリカときたら何だか突拍子もないことを突然思いつき、塩見周子がそれを煽るように拍車をかけるし、一ノ瀬志希ときたら何処へともなく突然消えるし、速水奏は苦手だあのタイプ

なんでだ、なんであんなに迫ってくるんだ

パーソナルスペースがなさすぎる

本館のソファーに座っていた時なんか、気づいたら顔がすぐ隣にあったりして心臓に悪い

あの時振り向いていたら唇が当たっていた

その驚いた俺の様子を見てクスクス笑ってるし、あいつ本当に高校生か?

美嘉姉ちゃんに関しては、いつもすみませんと謝ってくるので日頃の苦労がうかがえる

 

「とにかくあいつらは・・・あいつらだけは苦手です。ほんっと勘弁してください」

「ほほう・・・休日暇なら付き合ってやればいいじゃないか」

「いやほんっっっと勘弁してください」

 

イタズラっぽく笑うひな先輩に、俺は全力で否定を振りかざす

休日まであいつらに振り回されたらたまったもんじゃない、自分用の携帯の連絡先だけは守り通さねばならない

 

「ただでさえ凛と加蓮にアカウントバレてるんですから、これ以上増えたらそれこそ体がもたな」

 

ピンポーンっとその瞬間、ガレージにインターホンの音が響き渡った

俺たち三人は思わず顔を見合わせる

 

「あ、私行くからひなちゃんとレイジ君は準備してて。よいしょっと・・・あ、ブラ下か」

 

そう言って姉さんはトントントンと螺旋階段を降りて下に行き、格好を整えて出入り口へと向かった

 

「外がこんなになってるのに客?」

「新聞の勧誘にしてはアグレッシブですね」

 

はいはいはい・・・と小走りになる姉さんを上の柵から少し乗り出して覗く

一体誰だ?こんな嵐の夜に



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

1129 04

ガレージの出入り口が開くと同時に外で吹き荒れる雨風が一瞬中に入る

テレビで言われていた通り外は相当酷いことになっているようだ、二階から見ているだけでも雨風だけでなく吹き荒れる轟音まで玄関から響いてくるのがわかる

 

「夜分遅くに申し訳ございません!私346プロの・・・」

 

聴き取れたのはそのセリフだった

肩から下まで雨に濡れ、髪型もぐちゃぐちゃになっているその男は必死に手で髪型を直しつつ、少し上がっている息を整えながら姉さんに状況を説明しているようだ

 

「誰?」

「なんか・・・美城プロの人みたいですけど」

 

俺と同じように、ひな先輩も作業を一時中断してギャラリーの柵に手をつき、姉さんとその美城プロの男のやり取りを見守る

気のせいか、少し開いている出入り口から大型のバスにでも乗ってきたのかディーゼルエンジンの音がしているような気がするが・・・

 

「・・・というわけでして、大変申し訳ないのですが少しの間、ここに彼女たちを停めておいてはいただけないでしょうか!彼女たちも随分と信頼をおいているみたいで、ここしか思い当たる節がないと言っていまして・・・。私は報告の為、会社に戻らなくてはならないのですが・・・申し訳ございません!」

 

その男の人が必死に頭を下げて謝っている言葉の中に、一言気になるワードが引っかかる

 

聞き間違いでなければ''彼女たち''と彼は言ったような

 

俺の頭の中で嫌な想像が膨らんでいく

いやいや待て待てそんなことはない、そんなはずはない

人間はマイナスな方向に考えていく生き物であると聞いたことがあるがきっとそれだ間違いない

俺はライブのチケットと共に貰ったパンフレットに書かれている、参加ユニット及びアイドルのリストに目を通す

 

何をしているんだ俺は、まだあの男は''彼女たち''としか言っていない

悪い方向に考えるのはよせ、女性スタッフというセンもある

 

そうだよきっとそうだ

 

プラスに考えろプラスに、美人な人だったらいいなぁスタッフの人、そうスタッフの人

俺はパンフレットを自分のテーブルへ戻すと、必死に自分の考えを押し殺して、今度は恐る恐る柵へと近づき動向を見守る

 

「少し待っていてくださいねっ!」

 

語尾が跳ね上がる返答を返した姉さんが、俺たちが寄り掛かっているリビングの柵の下までツカツカと歩いてくる

俺もひな先輩も同じようにその姉さんの動きを追って少しずつ顔を下に向けながら待っていると、すぐ下についた姉さんがそれはそれは嬉しそうな顔をして上を向き俺たちに一言言った

 

「車どけて!」

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

11月29日

わたくしの脳内にこの日を書き記す

 

「じゃあとりあえず二柱に入れますよ!ひな先輩もそれでいいですよね!」

「ああ、頼む。鍵だほら、下まで来い。いいか?落とすぞ」

 

それは雨風が吹き荒れ雷鳴が轟くある夜だった

舞踏会への招待状が紙切れと化したこの日、追い討ちをかけるように停電が起こり人々が絶望していた時、空から天使たちが舞い降りようとしていた

私の意識が、五感が、どんどんと敏感になっていく

いいのか、そんなことがこの世に存在してもいいのか、そんな天国のような空間が・・・あってもいいのか

このままでは、私自身が天に昇ってしまいそう・・・

 

「姉さん、車下げるからシャッター開けて。・・・姉さん?おーい」

 

かゆっ・・・うま・・・

 

「ちょっと・・・おーい?」

 

私は無言で出入り口の横にあるシャッターのスイッチを押し、シャッターを開けた

ガタンガタンと機械の作動音と共に重々しく開いていくシャッターと、掛かるレイジ君の車のエンジンの音

それら全てがBGMになり、オープニングとなる

さぁ、夢の時間の、始まりである

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

ガラガラガラと音を立ててシャッターが開いていく様子を背後に感じながら、俺はひな先輩の車を二柱リフトの中に入れ、鍵を抜いてゆっくり降りる

ガレージ内を徐々に照らしていくヘッドライトの光と、響くエンジンの音。やはりその正体は20人から30人クラスの大型バスのものだった

逆光で運転席の様子しか見えないのが恐ろしい

 

「はいはい、オーライオーライ!」

 

ガタンッとシャッターが開ききる音と同時に、姉さんの誘導に従ってその重いタイヤをミシミシと動かしながらバスがゆっくりと入ってくる

バスの屋根を打ち付ける雨の音が段々と無くなっていき、完全に入ったことを確認すると俺はシャッターを閉じるボタンを押して階段で上に上がった

 

バスの窓はカーテンが閉められて中が見えなくなっており、誰が乗っているのかわからないのが恐い

いやいや、きっとスタッフの人もお疲れなんだろう、ライブ会場の設営のバイトもめちゃくちゃ忙しいって聞くし

バスからエアが排出される大きな音が響くのと同時にエンジンが切れて、大きなドアが開く

 

「あ、ひな先輩。はい、鍵」

 

リビングのスペースへと戻り、先程と同じように下を覗いていたひな先輩に鍵を渡す

 

「おう。で、誰なの?」

「きっとスタッフの人たちですよ。そうですよきっとそう。カーテン閉めきってるのはみんな疲れて寝てるんですよ」

「さっきの姉さんの喜びようを見た感じそうは思えないけど」

 

確かに、今姉さんはというと下の休憩スペースにある小さな姿見で自分の格好を整えている

いやそんなハズはない、まだ希望はある

しかし、開いたバスのドアの中から、比較的若い女の子の声が沢山聴こえるような気がする

 

「・・・いないって言ってください」

「何?」

「俺は、いないって言ってください!」

 

微かに聴こえたその''人物たち''の声に、俺は急いで自分のスペースに隠れた

くそっ!もっとクローゼットの中整理しとくんだった!

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

「うわぁー!広ーい!しぶりん見て見て!体育館みたい!」

「確かに、聞いてはいたけど・・・ここまでとは」

 

バスから降りた瞬間、開口一番未央と凛が意気揚々とそんな声をあげる

二人とも噂程度には聞いていたが、広さはもちろんそれ以上に中の設備や壁にかけられている工具、部品の数に驚き興味津々に眺める

 

「ここが噂の・・・」

「凄いね悠貴ちゃん。私こんなところ初めて・・・あ、二階のダンボールが沢山積み重なってるところ、埃溜まってそう・・・」

「正に異界の地、数々の神具がその封印を解かれし時を待っているというのか・・・」

「ふむ、ボクたちは知らないセカイに迷い込んだ子羊というわけか。しかしボクたちはまだこのセカイ触れたばかり、どう染まっていくかは運命が決めていく」

「あ!ソラ姉ー!久しぶりー!」

「未央ちゃーん!久しぶりー!」

 

バスから出てくるメンバーたちは各々がそれぞれ驚きの声を上げ、恐る恐る近づいたり眺めたりとその反応は十人十色である

美空と未央は再会を抱き合って喜び、ライブに行けなかったことを美空は未央に謝罪していた

その脇を通り過ぎて、瑞樹と楓は壁にかけられている工具を顎に手を当てて眺め、美優と菜々、愛梨は床、壁、天井と頭を動かして室内を見て回る

 

「なんだか不思議な感覚ですね。ドラマの撮影の時にこういうところは見たことはあったんですが・・・」

「ナナも一緒ですよ・・・、いやはやここまでのガレージはウサミン星でも見たことがな」

「あっ!菜々さん!」

「え゛っ」

 

凛のところに未央が戻ったタイミングで、美空は菜々に声を掛けて小走りで駆け寄る

 

「ご無沙汰してます〜!」

「あ、あ、あぁ。こ、こんばんはー、お姉さん・・・」

 

美空に話しかけられた瞬間、全身から冷や汗が噴き出し始め、言葉の節々がしどろもどろになっていく

 

「アイドルになられたって聞いて、一度改めてご挨拶したいと思ってまして〜。うちの親もまた菜々さんに会いたいなんて言っててもう困っちゃいますよねあっはっはっ」

「そ、そうなん・・・ですか?は、はははっ。そんなにわた・・・ナナこと知ってるんですね!キャハッ!」

「それはもう!地元の''花''なんですから〜。また昔みたいにうちに遊びに来てくださいよ〜」

 

普段の様子とは打って変わって、口元に手を当てながらもう片方の手を丁寧に体の前に添えて菜々に話しかける美空だったが、肝心の菜々はというと、目がグルグルと泳ぎまくりその純粋な美空の眼差しを流しに流しながら落ち着きなく呼吸が乱れ始め、後ろから降りてくる奈緒と加蓮の不思議そうな視線をそれはもう肌にビンビンと感じると、フェンシング選手も顔負けのスピードで一気に美空へと間合いを詰めて、美空の肩へと腕を回してかがみ込む

 

顔をゼロ距離で近づけてボソボソと何かを相談している様子を続けて降りてきた卯月と美穂も''はて?''と顔を見合わせて眺めていると、美空と菜々はおもむろに立ち上がった

 

「菜々ちゃん初めまして!ごめんね〜、私知り合いとすっかり勘違いしてて!大変だったでしょう!上で休んできて!」

「はい!ありがとうございますお姉さん!キャハッ!」

 

いつもと変わらない(?)様子で受け答えする菜々は、後ろで見ていた加蓮たちを''さぁさぁ''と螺旋階段の方へ、美空に言われた通りに誘導する

 

「あ!ソラ姉!ここは靴脱いで上がるの〜?」

「そう!そこに適当に置いといていいから〜!あ、あなたたちも・・・。!!!LiっっっPPS・・・!!!!」

「あら、お姉さんこんばんは。初めまして。ごめんなさい、突然お邪魔してしまって」

 

奏に続いて降りてきたのは、後部座席に座っていたLiPPSの面々だった

 

「やっぱ零次さんいない〜ん?」

「でも車あるっぽいから居るんじゃなーい?」

「レイジさーん!あなたのフレデリカだよ〜!」

「こらっ!すいません、騒がしくしてしまって・・・」

「い、いえいえぇぇぇ・・・」

 

顔を手で押さえながら感情と息を押し殺している美空に、美嘉が頭を下げる

 

「あ、あのあの・・・わ、私あの、大ファンなんです!!あの、これあの・・・アりゅ、アルバム買いました!!」

「あ、私たちの。ありがとう、お姉さん」

 

美空が腕を伸ばしてLiPPSのメンバーにアルバムを見せると、奏はニコッと笑ってそれを受け取り自分のバッグからペンを取り出す

そして美空に目配せをすると、大きく首を縦に振ったので、ケースにサインを書き込んでいった

書き終わると次はフレデリカ、周子、志希、美嘉へと渡っていき、それぞれのサインが書き込まれると、真ん中のわざと開けられたスペースに''美空さんへ''の五文字をそれぞれが一文字づつ分けて書き美空へとCDを返すという粋なファンサービスを行っていた

 

「た、宝物にしますぅぅぅ・・・」

「喜んでくれてよかったわ。あ、握手するならそれよりも・・・藍子、少しいいかしら?」

「私ですか?」

 

丁度降りてきた藍子に奏は一声掛けると、美空に許可を貰ってから藍子に美空の携帯を渡す

大層喜んだ様子で携帯を渡した美空は、メンバーに言われた通りにしゃがみ込んだ

すると奏が美空の後ろから首に腕を回して抱きつき、右腕をフレデリカ、左腕は志希が腕を組み、美空の前では周子と美嘉がピースをしながら美空が見えるように間隔を空けてしゃがむ

 

「それじゃあ撮りますよ〜。はい、チーズ!」

「美空さん。はい、笑顔」

「は、はいぃぃぃ・・・」

 

前後左右をLiPPSのメンバーに密着された状態で囲まれ、それを346きってのカメラマンである藍子が撮影するという公で再現するととんでもなくお金が動きそうな空間がそこに出現する

 

「はい!いい笑顔でした!」

「あり、がとう・・・藍子ぢゃん!」

 

藍子から携帯を受け取っている最中、もう美空の頭の中は感動やら感激やらの感情が入り乱れ訳がわからなくなっていた

 

「それじゃあすいません、お邪魔します。こらっ志希!自分の荷物自分で持って!」

「さてさて、零次さんはどこかにゃ〜?」

「おまえはホーイされているっ!」

 

志希に続き、フレデリカ、周子と螺旋階段に向かっていき、それを美嘉が追いかける

そのあとに奏も一つ美空に頭をさげると、階段へと向かっていった

 

「あの、美空さん・・・大丈夫ですか?」

「私、もう死んでもいい・・・」

 

千枝の問い掛けにも、美空は上の空だった

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

カンカンカンッと螺旋階段を上がってくる、''やつら''の足音が聞こえてくる

 

「さぁ〜、手を挙げて出てくるのだ〜」

「もうネタは上がってんのよんっ!」

 

誰が出てくっつんだよ誰が、俺は逃走者か!

しかし、その足音が俺のスペースの前でピタリと止まる

 

「シキちゃん?」

「くんかくんか・・・なんだか零次さんの匂いがする〜」

 

あいつは犬か何かなのか

俺は外の様子を確認しようと恐る恐るクローゼットの扉を少し開けた瞬間

その隙間に顔がニュッと外から押し付けられ、中にいた俺と目が合った

 

「私だよ、私」

「うぉあぁぁぁぁぁ!!!」

 

周子がいた



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

1129 05

「・・・で?」

「で?」

「で?ってお前・・・何があったんだ?一体」

 

二階ギャラリーの廊下、自分のスペース、リビング、ひな先輩、そして普段は使わない姉さんのスペースまで、見渡してみると所々にさっきまでライブをしていたであろうアイドルたちの姿が見える

テレビや雑誌などの''メディアの姿''ではなく、全員が普段着姿で歩き回っているその光景は中々にレアなんじゃないかと思ってしまった

 

「美空さん、すいません。突然お邪魔してしまって。いきなりだったものですから、何も用意できなくて・・・」

「いいのよ楓ちゃん!困ったときはお互い様なんだからうちの業界!今夜は無礼講でいきましょう、無礼講!」

 

柵から下を覗いてみると休憩スペースでは、姉さん率いる大人組がテーブルを囲んで談笑している

割と仲良くしているあたり、何処かつながるものがあるのかもしれない

 

「へぇ・・・ひなさん中々オシャレなのね。これはよくわからないけど」

「梨沙ちゃん、それ裏側にスイッチがあるの。これをパチッと」''Start your engine!''

「・・・」ウズウズ

「奈緒〜、行きたいなら行ってもいいんだよ〜?」

「なっ!?加蓮!べ、別にアタシはそんな!懐かしいなぁって思っただけだ!」

 

リビングでは、ひな先輩のヘッドの側にあるラックからベルト型のおもちゃを取り出して、梨沙と千枝がいじって触っており、それを興味深そうに見ている奈緒を、凛と加蓮がからかっていた

 

「まぁ、見ての通りよ。私たちは行き場がなくなって、そして前たまたま遊びに来た千枝のアドバイスにしたがって、お邪魔したってワケ。外も、まだこんなだし」

 

俺のベッドにペタンと座り込んでいる奏が、ベッド脇の壁の窓を指差す

先ほどと変わらず、外では雨が降りしきっており、まだ停電も回復していないみたいだ

遠くの地区はほのかに灯りが見えるが、それでもこちらはいつ復旧するかわからない

 

「私たちこれからどうするのかしら、もしかして・・・一晩、可愛がってくれるのかしら?」

「ガキのくせに何言ってんだか・・・だから近いんだっつーのお前は!」

「は、はわわ・・・!」

 

俺が自分のスペースのテーブルの前に座ると、後ろのベッドに座っていた奏が静かに俺の肩に手を置いて耳元でそう呟いてくる

それを同じく俺のスペースに座っていた卯月、美穂、悠貴が顔を真っ赤にしながら両手で顔を少し覆い、指の隙間からチラッとこちらを覗いていた

 

「見て見て〜、TriSaleの写真集あったよ〜」

「なに〜?零次さん好きなーん?」

「お前らはくつろぎすぎじゃ!」

 

奏、美嘉、志希その他はベッドなり床なりにペタンと座っている反面、フレデリカは俺の本棚から勝手に写真集を取り出し、周子はベッドに横たわりながら携帯をポチポチと触っていた

 

「こらっ!アンタたち!」

「えー?でも美嘉ちゃんも気になるでしょ〜?零次さん好みの・・・オ・ン・ナ」

「そ、そりゃ・・・男の趣味っていうのは、興味あるけど・・・」

 

中央にあるテーブルに、フレデリカが写真集をデカデカと広げると、そこにいるメンバーが顔を近づけマジマジと見る

あれだけ小うるさく注意していた美嘉も、チラチラとテーブルを覗いていた

 

「あ、でも。PCSのとき一緒に仕事したよね!」

「そうですね!とっても綺麗で可愛い人たちでしたよ!この人、楽屋で私にチョコレートを一つくれたんですよ!職場のスーパーで特売だったからって!」

「確か、スーパーの美人従業員三人組のユニット・・・でしたっけ、零次さん?」

「言っとっけど、別に俺が好きなわけじゃないからな。姉さんが置いとく場所がなくなっちゃったからって俺の本棚に押し込んであるだけで」

「で、結局誰推しなん?」

「・・・真ん中」

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

キャーッという黄色い悲鳴が零次さんのところから上がる中、ボクは紗枝さん、愛梨さんとリビングのソファーに座り、テレビのニュースを見ていた

 

「すいませんなんだか・・・、私までお邪魔してしまって」

「いいんですよプロデューサーさん。少しゆっくりしていってください」

 

床に緊張気味に体を固まらせて座り、ひなさんが差し出したお茶を申し訳なさそうに受け取るプロデューサーさん

 

「それがですね、あまりゆっくりしてる暇もないといいますか・・・」

「どういうことにゃ?Pチャン」

 

リビング脇の柵に腕を掛けて立っていたみくさんがプロデューサーさんに問い掛ける

 

「一応、今日のライブの報告を本社にしなくてはならなくて・・・、ライブの行程がスムーズにいったかとか、終了後のアイドルたちや、ライブ中に気分が悪くなったお客さんがいなかったかなどの健康状態を報告する書類が私のデスクにあるので、結局私は何とか戻らないと」

「この天気の中で?車もないのに・・・、いやバスはあるけど、これでまた戻るのはかなりロック・・・っていうか無理じゃない?」

 

李衣菜さんの言う通りだ、まだ外の天気は荒れに荒れている

バスで戻ったにせよ車を停める場所がない

 

「ああ、それなら一応」

 

するとひなさんは自分のベッドにいる千枝ちゃんに一言声を掛けると、千枝ちゃんは壁にかけられていた鍵を取り、ひなさんに渡す

 

「一台車あるんでよかったら使ってください。姉さんー!T30使うけど使わないでしょー!使うから!」

 

鍵をプロデューサーさんに渡すのと同時にみくさんの隣に行き下に向かってひなさんが叫ぶと、''おけまるー!''と返事が返ってきた

 

「出入り口出てすぐ隣にSUV停まってるんで、行くなら気をつけて。この子たちなら居ても大丈夫なので」

「え?プロデューサーさん本当に行くんですか?」

 

愛梨さんも心配そうに尋ねるが、プロデューサーさんは本気らしい

本社に連絡を入れ、帰る旨を伝える様子をボクたちは黙って見つめていた

 

「確認が取れたので、私は本社に戻ります。お茶までいただいて、食い逃げみたいですみません。終わったらすぐ戻ってきますので・・・お前たちいい子にしてるんだぞ」

「ちょっ、そこまで子どもじゃないよプロデューサー!」

 

不満をぶつける未央さんを軽くあしらいつつプロデューサーさんが上着を着て外に出る準備をしている最中、零次さんの声が上がる

 

「えっ・・・え!?プロデューサーさん帰るんっすか!?」

「はい、すみません。少しの間、こいつらをよろしくお願いします。北崎さんなら、信頼されているみたいですし」

「いやいやいや!さすがにこの人数はちょっ・・・!離せ・・・こらっ!」

「う〜ん、なんだかケミカルな匂い〜」

 

ずずずっと、足にくっついて離れない志希さんを引きずりながら通路に顔を出しプロデューサーさんをなんとか引き止めようとする零次さんだったが、その抗議も虚しくプロデューサーさんはその横を素通りして階段を降りて出入り口へ向かう

 

「あ、プロデューサーさん!そういえば、打ち上げってどうなるんですか!?」

 

出て行く直前に、美空さんの場所のダンボールを響子さんと一緒に整理していた藍子さんが声を掛ける

 

「残念だが、お前たちの参加は難しいだろうな。スタッフのみんなには言っておくから!悪い、もう行くぞ!すぐ戻ってくる!」

「なんと!」

 

蘭子さんの驚く声を最後に、プロデューサーさんはそそくさと出て行ってしまった

少しの間沈黙が流れるガレージだったが、それを破ったのは奈緒さんから聞こえてきた小さなお腹の音だった

 

「な!ちょっ・・・!」

「なんだ、お前たちもしかして腹ペコか?」

 

恥ずかしそうにお腹を押さえている奈緒さんの様子を見ていたひなさんが、私たちに向かって尋ねる

 

「実は、本社に戻って食事も兼ねた打ち上げがあったんどす〜。ずっとライブやったし、何も口にする暇もなく・・・というわけでして」

「・・・」コクコク

 

紗枝さんが答えると、奈緒さんは縮こまったまま小さく頷く

周りを見ても、大体の人たちが同じような反応をしており、このカワイイボクも例外ではなく、今すぐにでも何かつまみたい気分であった

 

「ふむ・・・」

 

その様子を見ていたひなさんは顎に手を当てて考え込むと、何かを思いついたのか零次さんに声をかける

 

「零次、ホットプレートいくつあったっけ」

「たぶん・・・4、5台なかったでしたっけ?全然使ってなかったですけど」

「焼肉パーティするから全部出せ!」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

後書き 作者より02

50話という節目に際しまして、一言ご挨拶申し上げます

 

日頃、数ある様々な作品たちの中から、私の作品に目を通していただき本当にありがとうございます

 

気がつけば、お気に入りの登録数が1500件を越えて、毎日その数を見るたびに、増えた時は、楽しんで頂けたみたいでよかったなぁと思い、減った時は、私の努力がまだまだ足りなかった、その読者の方を満足させることが出来なかったと、その件数一件一件に一喜一憂し、より沢山の方に楽しんで頂けるにはどうすればいいかということを常日頃考えながら執筆しております

 

ここまで書き上げることができたのは他ならない、読者の皆様あってこそであります

 

感想、誤字修正の指示、作品の評価、本当にありがとうございます

 

皆様の感想が届くたびに、楽しみながら私も拝見させていただいています

楽しんで頂けたみたいでよかったと、''新しい感想が届きました''というお知らせを見るたびに、緊張しながら毎回そのお知らせを開いています

 

皆様の中に一つでも、心に残ったエピソード等があれば幸いです

 

さて、作品中では前回後書きを書かせていただいた時よりも、よりアイドルたちと親密になっています

お互いの性格や、自分の中に秘めた悩みなど、知っていくからこそ見えてくる新たな問題や課題にどう向き合い、どう考え行動していくのか、というところも楽しみにしていただければ幸いです

 

書いているととっても楽しくて、特に今回の''1129''編では初めてLiPPSを作中で描写させていただきましたが、あらかじめ用意していたプロットに沿って執筆している最中でも、頭の中で志希やフレデリカが勝手に動き回っていくので、プロット外のアイデアを思いつくことが多く、この二人に関しては今までもアイデアを考えるというよりは、頭の中で勝手に動き回る志希とフレデリカを私が文章にしているだけという奇妙な現象が発生しています

そのおかげで新しいアイデアが増え、作中で描写しても支障がないと思ったものはプロットに新たに書き加えていき、執筆しています

果たしてこれは共感してくださる方がいるのだろうか・・・

 

最後になりましたが、これからも是非私の作品を楽しんで頂ければと思います

ここまで書き上げることができたのも読者の皆様の応援があってこそです、本当にありがとうございます

重ねてではこざいますが、この作品の走行シーン等は全てフィクションです。皆様におかれましては日頃安全運転に努めていただきますようお願い申し上げます

 

作者より



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

1129 06

「これと・・・これと、これ・・・ってなんだこれTシャツ?ったくなんでこんなところに・・・とりあえずこの2つの台俺の場所辺りまで持ってってくれ。戻るとき足元気をつけろ、ダンボールだらけで何があるかわからんから」

「は、はい!」

 

姉さんのベッドへTシャツを放り投げるのとほぼ同時に、美穂は商店などでよく使われる酒瓶を入れておくプラスチックの容器を両手にぶら下げながら『よっ、ほっ、よいしょっ』と散乱しているダンボールを器用にステップで回避して姉さんのスペースを脱出し、廊下部分に出て行った

さて、次はホットプレートか

 

「あ、響子ちゃん」

「美穂ちゃん、おっとっと・・・ちょっと横通してね、零次さん大丈夫ですか?」

「ああ、にしてもやっぱここすごいわ。魔窟もいいとこだこりゃ」

「すいません、ちょっと片付けていた途中だったので・・・」

「いいんだぞ別に、こんなのほっといて」

「いえ、なんていうか・・・こういうのを見ると私、黙っていられなくって!」

 

俺の隣にしゃがみ込み、一緒になって奥にある必要なものを取り出す響子だったが、その顔は妙に張り切っているというか・・・爛々と輝いていた

『あ、こんなところにまで埃が・・・』などと呟き、物を引っ張り出しながら後で片付ける際のプランをもはや練り始めている

掃除好きとは聞いていたがこれは筋金入りだ

 

「よし、今だいけ。引っ張りだせ」

「ふんにゅぅぅぅぅ・・・!」

 

そんなことを考えながら、俺が上に乗っかっているダンボールを支えているうちに響子が下から奥にしまってあるホットプレートを引きずり出すという連携プレーのお陰で、やっと一番めんどくさい物を確保できた

 

「零次さん・・・!すいませんっ!ちょっと体抜けないんですがっ!どうしましょう!」

「ちょっとそのまま動くなよいいか?よいしょっと」

 

俺は動けずにバタバタと動かしていた響子の両足の足首を掴むと、ずりずりとそのまま後ろに引きずりだす

 

「よっと・・・もう、シャツが埃だらけ・・・ハッ!」

 

起き上がって髪を整え、シャツの腕や肩、お腹のあたりについた埃を払っている最中にシャツがめくれてお腹が少し見えているのに気付いた響子は、慌ててシャツを戻してお腹を隠す

 

「み・・・見ました?」

「何を?」

「その、おへそとか・・・ブr・・・下着とか」

 

ペタンと床に座り、戻したシャツを両手でギュッと掴み続けながら、少し恥ずかしそうに上目づかいでポツリと呟く

 

「腹ならいつもライブで見せてるんじゃないの?」

「ライブと普段じゃ全然違いますー!!もう!見たんですね!エッチ!」

「子どもが何言ってんだか、大丈夫だ。別になんとも思ってない」

「それはそれで何かムカつくっ!!」

 

必死に俺の腰あたりを両手で掴んでグラグラ揺らしながら抗議するが、「もういいですよーだっ!」と不機嫌な様子でホットプレートを持って立ち上がる

 

「まったく・・・、それでこれはどこに?」

「あー、ひな先輩のスペースあたりだな」

「わかりました。ふんっ、みんなに言いふらしてやるんだから」

「おいおい、火種を増やすな火種を」

 

しかし響子はベーっと俺に向かって舌を出して反発すると、ホットプレートを胸に抱え、リビングへと向かっていった

 

「ふー・・・」

 

柵に寄り掛かって一息つきながら、周りを見渡す

 

「フレちゃん、もうちょいそっちにダンボールずらしてほしいかにゃ〜。そしたらみんな座れると思う〜」

「ワオ!これだけダンボールがあればみんなで潜入できるね美嘉ちゃん!」

「いやいや、テーブル代わりに使うだけだからね。っていうか潜入って何?」

 

俺のスペース辺りでは意外なことに一ノ瀬志希のアドバイスに従い、美嘉姉ちゃん主導の元テキパキと準備が進んでいる

これもギフテッドの手腕なのだろうか?

 

「おお、上手いじゃないか。普段料理とかするのか?」

「本当だ。奏さん、意外と包丁さばき上手いんですね。これはロックかも・・・」

「一人暮らしですから、料理する機会は割と多いんです。・・・でもこれだけ大きなお肉を切ったのは、初めてです」

 

キッチンでは、せまいスペースを何とかやりくりして、ひな先輩指示の元、おそらく料理ができるメンバーが集まり、肉の塊を捌いていた

 

「・・・あ?」

 

それをボーッと眺めていると、ふと振り向いた奏と目があう

 

「なんだ?」

 

奏は包丁の動きを止めて、包丁を持っている手とは逆の手の指先を唇に当てると、次の瞬間俺に向かってその指先を素早く向ける

隠れていた唇は少し窄められおり、指を向けるのと同時にウィンクのおまけ付きだった

 

「おっと・・・!」

 

俺はそれに合わせるように、片手でその''奏から送られた何かを''キャッチする動作をすると、奏は『つれないわね』とでも言いたげに首を横に振りながら視線を元に戻し、また包丁を動かし始める

年齢に似合わないあの大人っぽい雰囲気もきっと人気の一つなのだろう

 

「あ、零次さん。あっちでわからないことがあるって千枝ちゃんが呼んでましたよ!それと、何かボクに手伝えることはありませんか!このカワイイボクに!」

 

廊下に視線を戻すと、いつの間にかそこにいた幸子ちゃんが自信満々な様子で腰に手を当てて俺を下から見上げていた

 

「それじゃあ、このダンボールを元の場所に戻しておいてくれ。そこだ、そのスペースに」

「これをですね。わかりました!任せてください!」

「あ、その前に」

 

「はい?」と首を傾げる幸子ちゃんに俺は黙って握ったままの拳を差し出す

何かを貰えるのかと幸子ちゃんは期待しているのか、ワクワクした表情で両手を合わせて受け皿を作り拳の下に差し出して待機する

が、開いても何も出てこない様子にますます首を傾げていた

 

「何なんですか?これ」

「ん?''真心''ってやつらしい」

「もうっ!作業に戻りますね!」

 

そう言って俺の脇を通り抜け、俺が指示したダンボールに手を掛ける

 

「んっ!・・・と意外と重い、ふんっっっ!おぉぉんどぅぅるぇぇあぁぁぁっ・・・!」

 

床に転がっているダンボールに自分の体ごと密着させて、力一杯踏ん張りながら元の位置へとズリズリと押していく幸子ちゃんの様子を見ながら、俺はリビングへと戻る

 

「おっと、零次はん。幸子はんは?」

「あっち」

 

途中で紗枝とすれ違い

 

「あ、アンタやっと来た!ちょっとテーブルが足りないんだけど、どうしたらいいのよ」

 

リビングで用意していたメンバー達と合流する

 

「ああ、じゃあ余分にまだダンボール持ってくるか。幸子ちゃん!」

「あ゛あ゛、やっと戻せた・・・何ですか零次さん!ダンボール戻しましたよ!」

「やっぱそれ使うからまた出して」

「勘弁してくださいよもうー!!」

「ああ、じゃあ私も手伝ってきますねー」

 

幸子ちゃんの様子を見ていた愛梨が、手伝うために幸子ちゃんの元へと向かうのと入れ替わるように千枝が紙皿とプラスチックのコップを持ってひな先輩のスペース前までやってくる

 

「零次さん、これはここでいいんですか?」

「そうだな、何枚かあっちに回してやってくれ」

「わかりました。奈緒さんこれ、そっちに置いてくださいって」

「おお、サンキューサンキュー。探してたんだよ」

「あ、奈緒チャン。今そこにホットプレート置くからそれ横に少しズラして欲しいにゃ」

 

奈緒にいくつか紙皿とコップを分け与えると、千枝と梨沙と共に準備に入る

 

「それにしても、凄く賑やかですね」

「そうだな、こんなにお客がくるのは久しぶりだ。昔はよく姉さんのレディース仲間たちが来てワイワイやってたんだけどさ。なんだかデジャヴだ」

「あ、だからこんなにホットプレートがあるんですね」

「そ、色々買ってきて鉄板焼きスタイルでパーティーだった。その後みんなでゲームしたりしてって感じ」

「後でまた勝負しましょう!千枝も上手になったんですよ!」

「お?俺とやる気か?いいだろう、その心意気やよし」

 

千枝と話しながら準備を進めていると、ホットプレートを組み立てていた梨沙が俺たちの会話を聴きながら不思議そうな顔をしていた

 

「アンタたち・・・随分仲が良いのね。普段そんな感じだっけ?」

「仕事の時はあまり時間取れないことが多いからな、話す時は話す」

「でも、送ってもらう時とかはお話するよ?私はほら・・・ここに遊びに来たこともあるし」

「ふーん・・・」

 

何かを疑うかの様に俺たちを見ながらホットプレートの電源ソケットを壁のコンセントに刺す梨沙

そしてひな先輩に呼ばれて俺がキッチンへ行くのと同時に、梨沙が千枝の首に腕をまわして俺に背を向けながらヒソヒソと千枝と話し始めた

「アンタ・・・あの男は・・・」とか「いや、違・・・!そういうのじゃなくて・・・!」など、なんだか失礼なことを言われている様な気がする

 

「さて、ぼちぼち始めるか。お前たちも零次と一緒に肉を配るのを手伝ってくれ」

 

切り終わった肉が調理台の上に皿に乗った状態で綺麗に並び、俺に続いて奏、李衣菜が手を洗ってそれぞれのテーブルへと運ぶ

 

「蘭子ちゃん!そう、そのままそのまま!オーライオーライ!」

「よいしょっ、よいしょっ」

「蘭子、もう少し右だ。そう、その位置だ」

 

リビングの端のテレビの横あたりの柵から、蘭子が紐の先端にホットプレートの箱の取っ手を引っ掛けて、釣り糸を垂らす様に姉さんの指示の元、下へとおろしていた

 

「蘭子ちゃん!おじょーずおじょーず!」

「無事に降ろせて''ホット''する。ふふっ」

 

姉さんの隣では早苗さんと楓さんがビールの入ったコップ持って蘭子ちゃんに妙なテンションでエールを送っている

っていうか既に酒盛り始まってやがるし

 

「よし、やるか。はーい、みんな待たせて悪かった。座ってくれ」

 

ひな先輩の号令に合わせて、それぞれが持ち場につく

 

「ぜぇ・・・ぜぇ・・・」

「幸子はん、お疲れ様どす〜」

 

丁度幸子ちゃんたちもダンボールを持って姉さんのスペースから戻ってきた

 

「あ、零次さん。ここどうぞ!丁度空いていますので!」

「あ、ああ。サンキュー」

 

俺も悠貴にポンポンと手で促されると、隣に座る

さて、どんなディナーになるのだろうか

少し恐ろしい気もする



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

1129 07

『かんぱーい!』

 

その号令が、様々な声が重なりあった状態でガレージに響き渡ると、それぞれのテーブルで''いただきます''が巻き起こり、一斉に手をつけ始める

肉の焼けるいい匂いと、食欲をかきたてる音がテーブルに広がり、箸が進んでいく

 

「あ、ご飯が足りなくなった人はセルフサービスでよろしく」

 

ひな先輩の言葉に、これもまた返事がそれぞれ返ってくる

 

「今日はお疲れ様でした!」

「うん、お疲れ。こんなに大きいライブは久しぶりだったから、少し緊張したけど・・・楽しかった」

「トライアドで歌うの久しぶりだったよなぁ、凛は最近ソロが多かったし」

「奈緒いっつも凛の番組チェックしてるもんね〜、やるたびに私にトーク送ってきてさ。この前楽屋でね・・・」

「ちょっ!!それはダメだ加蓮!その話は言わない約束だろ!」

 

他のテーブルからも、それぞれを労う言葉が飛び交い、今日のライブの思い出話に花を咲かせていた

 

「こらっ!志希!もうちょっと焼かないとダメだって!ほぼ生じゃないのアンタ!」

「志希ちゃん的にはこれくらいが丁度いいのだ〜」

「牛肉だから、大丈夫だとは思いますけど・・・」

「わ、私はちゃんと焼かないと心配なので・・・」

「卯月ちゃんも?私もなんだ!これ大丈夫だよね?」

「ごめんなさいね。すぐに慣れるわ、いつもこんな感じだから。美穂のそれは結構いい具合なんじゃないかしら」 

 

一部のメンバーは少し違うみたいだが

 

「うむ、誠に美味である!」

「本当だ、これほど上質なものは中々食べたことがない。しかし、これだけの量を確保するとは、彼もまた選ばれし者だったということか」

「クジで当たったらしいよ?」

 

どうやら喜んでもらっているようだ

テーブルの上からは次から次へと肉が減っていく

俺のスペースの少し横あたりから、リビングを跨いでひな先輩のスペースにかかるまで、大きく分けて3つのテーブルに分けられており、LiPPSとPCSで一つ、トライアドプリムスと未央、悠貴、愛梨、アスタリスク、俺で一つ、千枝、梨沙、幸子ちゃんに紗枝、蘭子に飛鳥、藍子、ひな先輩で一つ、後の大人組が下と、こうしてみるとそうそうたるメンバーが集まっているのがわかる

 

「野菜が少ないのが難点だったな」

「そんな、零次さん。いきなり押し掛けたのは私たちですし」

「とときんの言う通り!気にしないでレイさん!」

「それなら買ってくるか?近場なら何とか・・・」

「いや、奈緒。忘れてるかもしれないけど停電中だからね今」

 

凛からツッコミが入る

 

「そうにゃ。外もまだ天気が荒れてるし、あまり危ないことはダメにゃ。・・・って李衣菜ちゃん!それみくが育てたやつにゃ〜!」

「ご、ごめんて・・・美味しそうだったからさ」

「でも、悠貴とかは成長期なんだし、バランスよくしないとやっぱダメじゃね?陸上部だっていうし」

「いえ、あの・・・私ちょっと野菜が苦手で・・・」

 

あはは・・・とバツが悪そうに俯く悠貴だったが、オカン猫はそれを見逃さなかった

 

「悠貴チャーン?好き嫌いはダメにゃ。ほら、ここにあるから遠慮せずに食べるにゃ。みくも玉ねぎは食べてあげるから」

「ほら悠貴。これ焼けてるぞ。遠慮せずに食べろ。ほらほら」

「あ、ありがとうございます!」

 

そんなみくの言葉をかき消すかのように、俺が取り分けた肉にもぐもぐと食らい付いていく悠貴だった

みくに視線を戻すと、俺のことをジトーッとした目で見つめている

っていうかいいのか?玉ねぎ食べて

 

「なんだよ」

「零次さん。なーんだか悠貴チャンに甘くなーい?」

「・・・別に、そんな事ない。加蓮も食え、遠慮するな」

「私はちょっと休憩。見てて面白いし」

 

加蓮のイタズラスイッチがオンになったのが何となくわかった

 

「確かに悠貴は可愛いからちょっかい掛けたくなるのはわかるけど〜、もうちょっと日頃私たちにも構ってくれてもいいんじゃない?いつも返事がそっけないし〜」

「JKと何話すっつーんだよ」

「ホラ見てこれ」

 

すると加蓮が懐から携帯を取り出すと、トークの画面に切り替え両隣にいる凛と未央に見せる

 

「こんな淡々とした返事ある?せっかく2ショットとかレッスン風景とか送ってあげてんのに返事が''ああ''とか''おう、頑張れ''とか一言しかないの」

「そんな!しぶりんだけじゃなく、かれんにまで浮気していたなんて!」

「おい、人聞きの悪いこと言うな!」

 

メンドくさい奴らが嗅ぎつけるんだから!

 

「あら〜、シキちゃんの知らないところで修羅場ってるかんじ?あたしも混ぜて〜」

「こ、これが、三角関係ってやつかな!卯月ちゃん!」

「あら、凛と加蓮がこそこそやってるとこはたまに見てたけど、そういうことだったのね零次さん。私というものがありながら」

 

ほら見たことか

 

「違う、何でもない。黙って食べなさいほら」

「あれ?でもこれいつもの零次さんの連絡用のアカウントじゃないよね?名前違うし」

 

ちょっとロックさん。今そこにツッコまれるとマズいんすよ

 

「そ、何を隠そうしぶりんとかれんは、お互いの連絡先を知っているイケナイかんけーなのですよ!」

「おいこら本田おい!」

 

未央の一言を皮切りに、興味を持ったメンドくさい方々御一行が俺たちのテーブルに集まってきた

 

「ねぇ、零次さん。モノは相談なのだけれど」

「仕事の相談なら営業日にしていただけないですかね、奏のお嬢ちゃん」

「フレちゃんもショッピングして持ちきれなくて困ることあるんだ!家に送ったらお金かかるし〜」

「お前はもうちょっと包み隠すということをしないのか」

 

後ろから俺の両肩あたりに迫り、囁く様に連絡先を寄越せと言わんばかりにプレッシャーをかけてくる二人

 

「いいでしょ〜、ね?レイさん。ね、おねがーい。こんなに女の子に迫られることなんて滅多にないよ〜?だから・・・オ・ネ・ガ・イ」

 

''きゃる〜ん''なんていう効果音が聞こえきそうなひと昔前のアイドルの様に、両手を顔の前で組み、顔を少し斜めにして、これまた媚びる様な目線を俺に向けてくる未央だった

気のせいか、ウィンクするたびに顔の周りに三つ星が飛んでいるように見える

 

「なんか、アイドルみたいでムカつく」

「いや、バリバリ現役なんですが。もー、いいじゃ〜ん。私たちとレイさんの仲なんだしさー」

「どんな仲だよ・・・」

 

俺を指差しながらそう言う未央だが、周りを見ても一向に引く様子がない

いつの間にか一ノ瀬志希も座っている俺の背後に四つん這いで迫り、頭で俺の背中をずりずりと擦り始め、私も構えとちょっかいをかけてくる

 

「はぁ。悠貴、何とか言ってやってくれ」

「え?あの、えっと・・・私も、えへへ」

 

助けを求めようとしたが、悠貴もポケットから携帯を取り出し、上半分で口元を隠しながら、恥ずかしそうに期待の眼差しを俺に向けていた

 

「・・・はぁ」

 

これ以上引きずると何をされるかわからない

俺は半分諦めて自分の携帯を取り出そうとしたその時

 

「レイジく〜ん!ちょっと上からビール持ってきてくんな〜い?」

 

下から姉さんの声が聞こえてきた

ひな先輩に''どうします?''と問い掛けるように顔を向けたが、ひな先輩は行きたくないと無言で顔を横に振った

 

「悪い、ちょっと下行ってくる。後でな」

「絶対だよ!絶対だかんねレイさん!言質とったからね!」

「はいはい。ほら、パス」

「んにゃ〜ん」

 

背後にいた一ノ瀬志希の首根っこを掴んで、とりあえず横にいた悠貴に渡すと、俺は冷蔵庫へ向かい、ビール瓶を一本取り出した

 

「あら悠貴ちゃん」

「志希さん、大丈夫ですか?」

「うん。悠貴ちゃんの太ももモチモチ〜」

「こら!食べてすぐ横にならない!」

 

悠貴の膝に倒れ込んだ志希に注意する美嘉姉ちゃんの横をすり抜けて俺は階段へと向かっていく

 

「おっと、悪いな」

「いえいえ。もう少しずれますね」

 

卯月が退けてくれた通路を通って螺旋階段を降りると、奥でアッハッハ、ワッハッハと楽しそうに談笑している様子が見えるが、いかんせんどのメンバーも顔を真っ赤にしている様子からすこぶるめんどくさそうである

美優さんに至っては今にもぶっ倒れるんじゃないかと言うほどに目が据わっており、他のメンバーも次から次へとグラスにビールや日本酒を注ぎながら会話が弾んでいる

近づくほどにはっきり分かる酒の匂い

 

「おお!レイジくんありがとー!でねー、やっぱやるならタオル必要って話!」

 

テーブルの上には、既に開けたあとの缶ビールの空き缶が散らばり、高そうな日本酒が開けられて、それを一人静かに注いで高垣さんが満足そうに飲んでいた

 

「おっす少年!今ここ空けるからちょっと待ってくれよ!ナナ先輩ここ空けてほら!自分のやつ持って☆」

「ナナは菜々ですよ〜、えへへっ!はい!ウ〜サミ〜ンうふふっ!」

「ちょっと、JKに酒飲ませたんすか」

「違うぞ☆ナナ先輩は''ウサミン茶''を飲んでただけだぞ☆」

 

とりあえずそのヤバそうな飲み物を飲んだ安部菜々さんを、佐藤さんはとりあえず横にした

 

「とりあえず、北崎君も一杯引っ掛けていきなさい!ホラ!早苗ちゃんの隣にどうぞどうぞ!」

「あ、はぁ・・・」

 

川島さんに誘われるがまま、俺は早苗さんの隣に座った

座ったのはいいんだが

 

「・・・早苗さん?」

 

早苗さんの返事がない

自分の缶ビールを持ったまま、ソファーに深く腰掛けて座り込み、俯いたまま動かなかった

おかしいな、さっき楽しそうな声が聞こえたんだけど

 

「ちょっと、大丈夫ですか?」

 

ゆさゆさと軽く揺すってみると、ゆっくりと顔を上げ始めた

 

「あ、レイジくんしーらない」

 

姉さんがそう言った次の瞬間、缶ビールを持っているのとは逆の手で俺の腕をガシッと掴んだ

 

「あんらぁ〜ん?零次君じゃな〜い。うっふっふっふ〜」

「ちょっ!早苗さん!うっ・・・酒くさっ!」

「アッハッハッ!」

 

姉さんがソファーの背もたれにのけ反りながら笑っているが、その間にも俺の腕を掴んでいた手が徐々に俺の首元へとまわっていく

 

「ほらほらいらっしゃいな〜、お姉さんと一緒に飲みましょうよ!ん、ん、ぷはー!」

「なっ、意外と力強い・・・!どんだけ飲ませたんすか!」

「早苗ちゃん、ライブがあるからって色々禁止してたから。それが爆発しちゃって」

「もう最初から凄い勢い・・・だったんでしゅ」

 

美優さんはもはや呂律が回っていない

 

「あ゛、あっはぁ〜。ゔっ・・・しょっと、」

「早苗さ・・・ちょっ!下!」

 

おもむろに立ち上がった早苗さんだったが、立った瞬間にその腰から下に履いているものがスルッと床に落ちて、最後にそのベルトのバックルの金属音が静かに響く

 

「あら!早苗ちゃん可愛い下着ね〜」

「言ってる場合じゃないですって姉さん!」

「暑かったんだもんいいじゃないの〜、ああ〜あらあらおっと」

「うおっ!」

 

今度はそのふらふらの足取りのまま、俺の膝の上に倒れ込む様に座ったので、慌てて抱き止めた

 

「あら、優しい〜。ちょーどいいわここ。んくっ、ん、ぷは〜」

「ちょっと、早くどいてくださいよ」

「あ゛ぁ〜、もうこのまま何もかも忘れて一日中セックスしたい」

 

何言ってんだこの人!

 

「早苗ちゃん、溜まってるわね〜」

「見てないでどけてくださいよ!」

「あ、レイジくんもタオル使ったほうがいいかもよ」

「いりません!」

「あ゛っはぁ〜、ん、んっ、あ、なくなっちゃったもう〜。んん、ん!」

 

早苗さんが駄々をこねる様に身体を擦り始めたため、いよいよ引き剥がしにかかる

 

「あら?立ち上がったん〜!うふふ、ベッドどこぉ〜?」

「とり、あえず!ここで寝てください!」

「あぁあんっ」

 

抱きかかえたあとそのまま立ち上がり、早苗さんが俺に抱きついて落ちないうちに缶ビールを回収、座っていたベッドに横にする

 

「ああ、待ってぇ〜。さみしい〜」

「はい、これ!」

「うん?うふふ・・・」スヤスヤ

「はぁ、まったく・・・」

 

その辺の適当な酒瓶を抱かせると、驚くほどあっさり寝息を立て始めた

 

「根を詰めてたから''コン''っと寝る。ふふふ・・・」

 

何なんだ今日は一体



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

1129 08

下での騒動を何とか落ち着かせ、早苗さんに毛布をかけて寝かせると、残ったメンバーでまた酒盛りが始まったので、あまり無理はしない様にと念を押して二階に戻ったのはよかったのだが、そっちはそっちでまためんどくさい事になっていたのを忘れていた

 

「・・・なぁ、本当にやらなきゃダメか?俺超絶気が進まないんだけど」

「男に二言はないんでしょ?今回負けたのは零次さんなんだから、腹を括る!・・・くくくっ」

 

加蓮から喝が入る

クスクス節々で笑いがもれているが

 

「そうですよ!零次さんにも恥ずかしい思いをしてもらいます!」

「やっぱ響子お前ホットプレートの時のこと根に持ってんだろ」

 

結局、あの後周りにいた奏でやら一ノ瀬志希やら未央やらに、俺の携帯のトークのアカウントを教える事になってしまった

食事が終わると他のテーブルのメンバーもちょこちょこ集まり、''まぁ、どうせだからついでに"という名目の元で、ほとんどのメンバーに知られてしまった

加蓮に至ってはもうすでに専用のトークルームを作成し、いつでも連絡が取れる様にと手筈を整え始めていた

流石こういうところは女の子だ、行動がテキパキと早い

 

「じゃ、準備できた?光、レクチャーはOK?」

『バッチリだ!これで零次さんも立派なヒーローだぞ!』

 

加蓮の携帯のデレポから声が響くと、他のメンバーも携帯を取り出して撮影の準備を始める

 

「はい、零次さん。後ろしっかり止めましたよ!」

「千枝早くこっち来なさい!こんなの滅多に見れないわよ!早くやって早く早く!ふふふっ・・・!!」

 

食事の後はそれぞれ、俺のスペースで漫画を漁って読んだり、ひな先輩の後片付けを手伝ったり、色々なゲームを引っ張り出して遊んだりと、プロデューサーから連絡が来るまでの間、思い思いに過ごし始めていた

 

「はぁ・・・じゃあいくぞ。一回で終わらせるからな」

 

そして今は、ポーカーに参加したメンバーで決めた罰ゲームの真っ最中である

 

「ええと・・・何だっけ、セリフが・・・よし。ふぅ・・・いくぜ!ベルトさん!」

''Start your engine!''

 

教えてもらったセリフと同時に、何とか腰に巻いたベルトの裏側のスイッチを入れると、音声が鳴り響く

そのままベルトの右上に付いている車のイグニッションキーの様な突起を捻ると、エンジンがかかった様な音が出て、俺は右手に持っていた赤いミニカーの後ろ半分を180度回転させた

 

「変身!」

 

そのミニカーを左手首に腕時計のように装着した専用のブレスに装填し上側に倒すと、装填音と同時にベルトから音声が連続して流れた

 

''Drive! type speed!''

 

その後のメロディーの様な変身音に合わせて、光に教えてもらった通りのポーズを決めると、ベルトの液晶の演出が終わり全ての行程が無事終わった

 

25歳にして、生まれて初めてパーフェクトに変身ポーズを決めた瞬間である

 

「あっっっはっはっはっは!!!」

 

終わったと同時に、撮影していた携帯を胸に抱えながら床に笑い転げる梨沙を皮切りに他のメンバーも続けて笑い始めた

口元を押さえたり、顔を背けたりと何とか俺に伝わらない様にしていたが、その手に持っている携帯は変わらずに俺を捉え続けていた

 

『零次さん!すごくカッコ良かったぞ!これでアタシと一緒に悪を倒せるな!』

 

というデレポの光のセリフと同時に''ぶふっ!''っと吹き出す加蓮と凛

奈緒に至ってはなんだか感動というか、よくわからない表情をしていた

 

「・・・はい、千枝。これ返す」

「あ、はい。ありがとうございます!これってこうやって使うんだ・・・」

 

撮影場所となったテレビの前からソファーへと戻り、深く腰を落として一息つく

 

「じゃあ私も少し休憩しようかな。凛、そこのお茶取って〜」

「ん」

 

加蓮に続き、他のメンバーもトランプを一旦テーブルに置くと、手洗いに行ったり、携帯を見たりと思い思いに過ごし始めた

 

「ほら、あんた見てみなさいほら。よく撮れてるでしょ?もう最高だったわよほら!」

「お前いつかみてろよこの野郎め」

 

まだクスクス笑いながら、俺の右隣に座って俺に自分の携帯を見せつけながら満足そうにしている梨沙であった

 

「でも零次さんあれですよほらっ!新しい一面が見れて楽しかったですし!」

「・・・そのフォローは藍子にもかけて差し上げろ」

「ううう・・・私、こんな事したの初めてで・・・恥ずかしい・・・」

 

愛梨の言葉を受けてもなお、床に座り込みソファーの足元に寄り掛かっているのは、俺の前に同じ運命を辿る事になり見事に撃沈した藍子だった

俺とは違い銃型のデバイスとカードを使って変身する様は意外と迫力があり、さすがヴァルキュリアだとかなんだとか周りから称賛の声が上がったが、当の本人は撮影ではなかったのでと意気消沈してしまった

 

「でも藍子ちゃんもかっこよかったんだけどなぁ〜。ほら最後のセリフとか」

『あなたのお宝は、ボクが頂いた!』

 

愛梨が俺の左隣に座り、撮影した動画を再生する

凛々しい藍子の声が聴こえた

 

「消してください〜!お願いですから消してください!」

「どうしよっかなぁ〜」

「おいおいお前たち」

 

俺の隣で取っ組み合いが始まり、俺を押しのける

 

「ちょっと、狭い」

「悪い悪い」

 

梨沙が肘掛け部分に追いやられ、半分俺の膝の上に乗り掛かる形になってしまった

 

「にしても、みんな意外とすんなり受け入れてるわね。もっと緊張するかと思ったけど」

「そこに関しては俺も同意する」

 

周りを見てみれば年少組も年長組も、特に臆する事なく過ごしているように思う

 

「さぁ蘭子、次はキミだ。早く人生の行く末を決めたまえ」

「ふっふっふ・・・さぁ、運命の歯車よ。我が未来を指し示すがよい!・・・あ、子供が一人増えました!」

「次はボクですね!このまま行けばボクが一番・・・''銀行のコンピューターにウィルスが侵入する。2億円を失う''」

「はい、幸子はん。約束手形」

 

ひな先輩のスペースではボードゲームで盛り上がり

 

「みくの車壊すなにゃあ〜!!」

「し、しょうがないでしょ!みくちゃんの車じゃないとこのレースに出れないんだから」

「さっきみくが稼いだ賞金が修理代でパァにゃ!せっかくのカワイイ丸いお目々が半目になっちゃってるにゃあ」

「それなら次は私の使いなよ。エボリューションって名前がロックだよね!」

「・・・みくのほうがカワイイにゃ」

「私のほうがロックだもん」

「みくの」

「私の」

「みくのっ!」

「私のっ!」

 

『ふんっ!』とお互いにブー垂れながらテレビゲームに熱中している御一行もいる

 

「おい、お前たち。その喧嘩外で絶っっっ対やるなよ」

「そうだ、延々と決着がつかない。ドツボにハマるぞ。おっと悪いな、こっちはもういいからみんなと遊んでこい」

「はーい」

「シューコちゃん!早く早く、レイジさんの卒アル見つけたよ!」

「お前らなっ!」

 

俺が二人に声を掛けると、台所で作業をしていたひな先輩からも声がかかり、一緒に作業を手伝っていた周子はフレデリカに呼ばれると、俺のスペースで美嘉姉ちゃん主催の恋のテクニック''カリスマ編''がいつの間にかアルバム閲覧会に様代わりしている輪へと加わっていった

 

通り過ぎざまの不敵な笑みが気になる

 

「アンタも学生だった頃があるのね」

「当たり前だ、ちょうど今あいつらがその片鱗を目の当たりにしてる」

 

俺の卒アルを見ながらLiPPSや卯月や美穂がきゃーとかわーとか言って盛り上がっている様子が目に入った

フレデリカがデレポでその様子を実況し、投稿しているのか仕事用の携帯がポンポン鳴っている

 

「そして、私も''元''女子高生だ。はい、お口直しにどうぞ」

「ヒナさんありがとう!いただきます!・・・う〜ん!しぶりん!これ最高においしいよ!」

「ほんとだ。久しぶりにこんなに美味しい林檎食べた」

「ありがとう、実家の母にも伝えておく」

 

透明なガラスの器に美味しそうな林檎が沢山入ったものを中央のテーブルに置き、小皿をその隣へ置くと、ひな先輩もひと段落したのか、ソファーへと腰掛けた

 

「今日の料理も口に合っていればよかったんだけど」

「とんでもない!今日の焼肉美味しかった人ー!」

 

未央が一声かけると、所々から『はーい』という声と共に手が上がる

 

「喜んでもらえてよかった。今度はもっとマシなものを用意する」

「そんなこと・・・え?ということは、またここに来てもいいんですか?」

「ん?ああ、休日なら大体いるし。私も姉さんも、こいつも」

「ちょっと、ひな先輩。そんなこと言ったら・・・」

「やった!!ねぇ、聞いた聞いた?またみんなで遊びにこようよ!今度は沢山お菓子とか持ってきてさ!」

「確か、この近くに駄菓子屋さんがあったような・・・ねぇ?奈緒」

「へ?」

 

千枝と一緒にベルトをいじっていた奈緒が素っ頓狂な声を上げる

 

「勘弁してくれお前ら。ホラホラ、そろそろ帰る時間じゃないのか」

「えぇ〜、レイさん私たちに会えて嬉しくないの〜?アイドルがこんなにいるのに〜?」

「俺はお前たちのプロデューサーになった覚えはない」

「冷たい人」

「ブーブー」

 

加蓮がブーイングを始めると、それに合わせて周りからもブーイングが巻き起こる

 

「そんなこと言っても無駄さ、ほらプロデューサーから連絡だ。何とか送ってってやるから今日は大人しく家に帰れ」

「リサリサ!奪いとって!」

 

俺の体に乗り掛かりながら、渡しなさいと必死に俺に手を伸ばすが、迫る梨沙の頭を片手で押さえつけ、そのまま電話に出る

 

「はいもしもし。ああ、プロデューサー。・・・ええ、いい子にしてますよ。ご飯もこっちで。いつ戻・・・はい?」

 

そのまま俺はプロデューサーの話を聞く

だが、話が進むたびに体から力が抜けていった

 

「何?どうしたのよ」

 

何も抵抗しなくなった俺を不思議に思ったのか、梨沙もおとなしくなり俺の電話が終わるのを黙って待っていた

そして、プロデューサーからの連絡が終わる

 

「・・・プロデューサーが何とか会社に入ったのはいいんだけど、門が完全に閉まって開かなくなったんだと。人は出入りできるけどこの天気だし車がもう出せなくて戻れなくなったから何とか出来ないかだと」

「それはつまり・・・プロデューサーは戻ってこないということですかな?」

「そして、外に出るのも危ない?と」

 

未央に続いて凛が問い掛ける

 

「・・・よし。何とか送ろう!さ、準備準備」

「この天気で外に出るんですか?」

 

愛梨の言葉に合わせて黙ると、雨が強く屋根を打ち付ける音が聞こえてくる

 

「・・・寮組なら近いし送っていける」

「私たちだけ外に放り出すおつもりどす?」

 

いつの間にか、ボードゲーム組からも声が掛かり、俺は''その選択肢''が何とか起こらない様に抵抗してみたが

 

「私、前に千枝さんからお話を聞いて以来、お泊まりに興味あったんです!」

 

悠貴の言葉にあっさり脳内で白旗が上がる

 

「ほら、アレだよ。親御さんとか心配するしさ」

「さてと、準備するか」

 

ひな先輩が立ち上がったとほぼ同時に

 

「あ、お母さん?うん、今日は帰れそうにないから''会社''に泊まって行けって。うん、未央たちも一緒だから」

「パパ?うん、ごめんなさい。寂しいと思うけど、我慢してね」

「そうなんです!ボクと紗枝さん、みくさんや李衣菜さんも。はい、今日のライブのメンバーが・・・」

 

他のメンバーもそれぞれ連絡を取り始める

 

「ねぇ?零次さん。私、今日は帰りたくない・・・いて」

 

加蓮が妙にぶりっ子な態度でそう言ってきたのがちょっとムカついたので、頭に軽くチョップした

 

もう、色々と諦めた



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

1129 09

「シャワーはかわりばんこに使ってくれ。お湯張ってるところだから、今のうちに着替えなり何なり用意しておいて欲しい。わからないことがあったら私なり零次なりに聞いてくれ」

「あ、あの・・・ひなさん。私、また借りてもいいですか?着替え持ってなくて・・・」

「私も、お願いしたいわ。パパに持って来てもらうわけにもいかないし・・・」

「ああ、いいぞ貸してやる。他には・・・幸子ちゃんや紗枝ちゃんは大丈夫か?」

「そうですね・・・ボクもお願いします!」

 

ひな先輩に引かれる様にベッド傍のクローゼットへと案内される比較的''コンパクト''なお方々は、年相応の女の子と同じように楽しみながらひな先輩と寝巻きを選んでいる

アレが似合うコレが似合うと自分の前に服を近づけて見せ合いながら、楽しそうに笑い合っていた

心なしか、ひな先輩にもいつもとは少し違う柔らかい笑顔が浮かんでいる様に見える

 

まぁ、あっちはあっちでいい

問題はこっちである

 

「ねー、もっとカワイイのないん〜?」

「寝るだけなんだから何でもいいだろうが」

「女心がわかってないわね〜、零次さん。そんなんじゃ、私たちにモテないわよ?」

「大きなお世話d・・・。おーい、この枕元にあった携帯誰のだ」

「あ、それ私の〜。志希ちゃんの秘密が満載だから覗いちゃダ〜メ」

 

ベッドにのしかかり俺のクローゼットから服をティッシュのように次から次へと引っ張り出して着せ替え人形の様にアレコレ身につけながら好き勝手に選んでいく彼女たちをすり抜け、ベッドの上やテーブルの上に散らかっているものを片付けていく

 

「じゃあみくたち先に行くにゃ。ついでにお湯の様子も見てくるよ」

「ひなさーん。丁度よかったらそのまま止めといていいんですかー?」

「ああ、その後にボイラーの温度下げといてくれ。入り口の右上あたりにあるから」

 

了解!とみくと李衣菜がシャワー室へと向かっていった

シャワー室そのものは特に狭いというわけでもなく広いというわけでもない、一般家庭のボイラーを使用したオーソドックスなものだ

まぁ、一人暮らしの俺のアパートよりは十分広い

一人が浴槽に入り、一人がシャワーを使うというスタンスをとれば二人なら十分入れるだろう

 

「あ、あの。零次さん」

「ん?」

 

服を出すために散らかしたクローゼットの中をこの際だからと整理していると、後ろから声がかかった

 

「このぐらいのサイズって他にないですかね?試しに着てみたのはいいんですが、胸のあたりがちょっと・・・」

「どらどら・・・そいつはちょっとマズいな」

「で・・・ですよね」

 

振り向くと、他の物は大方取られたのか、白いワイシャツを羽織って、前のボタンを留めたのはいいが今にもパツンと弾けてしまいそうなくらいパツパツな状態になってしまっていた愛梨がいた

 

「ちょっと待ってくれ、確か大きめのスウェットが・・・」

「か、彼シャツだと・・・」

 

スウェットを探すためにまたクローゼットを漁ると、後ろからめんどくさい反応をする奈緒の声が聞こえてきた

 

「''彼シャツ''って何?奈緒ちゃん」

 

美穂が地雷へと足をつっこんでいく

 

「彼シャツっていうのはホラ・・・マンガとかで見たことないか?彼女が彼氏の家に泊まりに行って、朝彼氏のワイシャツを着るっていう・・・」

「奈緒、詳しいんだね。体験談かな〜?」

「は、はぁ!?一般常識だろ!一般常識!なぁ、そうだよな!だろ!?な!?」

「ふぇ〜・・・」

 

気になったのでチラッと後ろを見てみると、奈緒の返答に美穂が頬を赤く染めながらアホ毛をピンッと伸ばして赤面している傍ら、奈緒のことを面白そうな目で見ているトライアド御一行プラスαがいた

 

「そういえばさ〜、前に凛と一緒に事務所行ったとき零次さん彼女いたことある的なこと言ってたけどさ、どんな子だったの?綺麗系?それともカワイイ系〜?」

「へ?フレちゃん初耳!私というものがありながらっ!」

 

まっっっっためんどくさい事を

 

「別に、どっちもだどっちも。綺麗だったし可愛かった。というか昔の話だぞ、学生時代の話だ」

「え?じゃあこのアルバムの中に写ってるんじゃない!?もしかしてこれ?この仲良く二人で写ってる人!凄くカワイイ子!」

「ん?違う違う・・・ああ、薫か。いやいや美嘉姉ちゃん、可愛いってお前そいつは」

「じゃあどんな子だったの?私気になるわ」

 

奏まで興味津々のご様子だった

 

「んー・・・藍子みたいな子」

「ふぇぇぇぇぇええ!?」

 

これ以上追求されまいと適当にはぐらかしてまたクローゼットへと戻ると、かなり不意打ちだったのか藍子の素っ頓狂な叫び声が聞こえ、周りのメンバーからからかわれ始める

 

「ほら、スウェットあったぞ。そんな大袈裟にしなくても、お前たちも彼氏の一人や二人いるだろ?」

「いやいやレイさんいないですって。恋愛禁止とは言われてないですが・・・は!それなら・・・」

 

途端に俺の渡したTシャツに顔の下半分を隠して、ニヤニヤした表情を俺に向ける未央

 

「この中でぇ〜、彼女にするなら誰がいいですかっ!」

「はぁ?」

 

いきなり何を言い出すのかと思えば、そんなの本気にするやつがいるわけ・・・あるなぁ、何人か

''うひゅぅぅぅ''なんて声にならない悲鳴を押し殺しながら未央と同じようにTシャツに顔を埋めてる卯月はいるし、何か面白そうな話が始まったと言わんばかりにさっきまで寝転がっていた周子は食いついてくるし

どうしたもんか・・・そうだ

 

「そうだな・・・お前が彼女だったら毎日楽しそうだ」

「・・・ふぇ?」

 

その瞬間、その場にいた全員の視線が未央へと突き刺さる

 

「え?いや、あの・・・そんな、そ、そ、それはあの・・・なんていうか、えっと・・・そのあの、い、いきなり言われてもさ・・・!私はあの・・・アイドルだし・・・さ、は、はじめ、てだからさそんな事言われたの、だから・・・心の準備っていうか」

「未央顔真っ赤」

「もぉぉぉ!しぶりんっ!言わないで・・・!あぁぁぁぁ!何かこの空気いやぁ!恥ずかしいもぉぉ!」

 

ひゃーっとTシャツに顔を完全に埋めて悲鳴を抑える未央だった

 

「卯月が彼女だったら毎日幸せそうだし、美嘉姉ちゃんが彼女だったらグイグイ引っ張ってってくれそうだ」

「わ、私ですかっ!?き、恐縮です!」

「なーんだそういうことか☆ダメだぞ零次さん、あまり女の子をからかっちゃ」

「お前たちから振ってきたんだろ。ホラホラさっさと風呂入ってこい・・・おい、この靴下の片割れ誰のだ」

「あ、それシキちゃんの〜。欲しい〜?」

「いらねーよ!」

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

「ふ〜、やっとサッパリできましたね!」

「なんだかこうやってみんなでお風呂入るんは、修学旅行みたいで楽しいどすなぁ」

 

首にタオルを巻いて顔に当てつつ、階段を幸子と紗枝が仲良く談笑しながら登ってくる

その入れ替わりでラスト、響子と藍子が入れ替わりでシャワー室へと向かっていった

 

「さぁ、幸子。君の歩んできた人生の集大成だ。早くルーレットを回してくれ」

「・・・借金もお湯に流せないですかね」

「みくの勝ちにゃ〜」

「ちょっとみくちゃん!私にぶつかったんだから反則じゃん無効だよ無効!」

 

あれから順繰り順繰り回した結果、シャワータイムは比較的スムーズに進んでいった

幸子たちと同じように、ホクホクとした顔で首にタオルを巻いたり頭から被せたりしながら、それぞれがまたくつろいでいる

 

「いや〜、でもあったかいよねここ!こんなにデッカいガレージなのに冬とは思えない」

「そりゃ暖房が上下5セットずつ完備だからな。さて、後は寝るところだけか」

「えぇ〜、もっとお話ししようよ〜レイさん。恋バナとかさぁ〜」

「そういうのはお仲間たちとしなさい。それに話すほどの恋バナがない」

 

えぇ〜という抗議の声を受けながら、俺は今夜の寝床について考え始める

やはりこれだけの人数なので、雑魚寝は避けられない

バスの中で寝るというのもアリっちゃアリだが、いかんせん車自体がシャッター近くに置かれていて暖房から離れているということもあって、隙間風で少し肌寒くなってしまうのは避けられない

だからといってエンジンをかけると排気ガスで二酸化炭素中毒になりかねない

換気扇回すと今度は室内が寒くなる

 

「雑魚寝になるのはやっぱり避けられないか・・・」

「私はそれでも全然いいよ。前に凛と一緒に奈緒の家に行ったときもそうだったし」

「私は布団用意するって言ったのにそのままアニメ観て寝落ちしたからな・・・あの時」

 

まぁ、そういうなら仕方ない

他のメンバーも頷いて、しょうがないよねと了承してくれた

ならぼちぼち準備するか

 

「はいはい、ちょいどけてくれ。テーブル移動させるから」

「わ、私も手伝います!」

「いいっていいって、ゆっくりしててくれ」

 

テーブルを持つと、美穂も反対側を掴み手伝おうとしてくれた

申し訳ないのでやんわり断ろうとしたが、お世話になったのでやらせてください!と押し切られてしまったのでそのまま手を借りることにした

その姿を見た他のメンバーも次々と手伝いを始める

ダンボールの上の飲み物を脇に避けたテーブルの上に片付け、自分たちの荷物をその下に入れる

 

「李衣菜ちゃん、一旦ストップにゃ。みくたちはどうすればいい?」

「それなら・・・テーブルをちょっとテレビ側にずらしてくれ」

「わかったにゃ!」

 

今度はリビングの整理を始める

みくと李衣菜が協力してテーブルをどかし、ダンボールを端に避けてソファーの前にスペースを作った

それを見ていたひな先輩のスペースの御一行も片付けを始める

 

「フレデリカ〜、これフレデリカのじゃない?」

「あら!今度はそんなところに!まったくもう、勝手に居なくなって・・・うん?なにこれ〜」

「ああ、ゲーム機用のカラオケのマイクだ。テレビ台の下に入れておいてくれ」

「ふ〜ん・・・あ、そうだ!!ねーねー奏ちゃん!奏ちゃん!」

 

フレデリカがマイクを持ってLiPPSのメンバーの元へと向かっていった

また何を企んでいるんだか

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

「うーん・・・一体何だろう?」

「まぁまぁ、行ってみればわかりますよ。さぁさぁ」

 

美優ちゃんと早苗ちゃん、そして心ちゃんと瑞樹ちゃんも酔い潰れてしまったので、楓ちゃんと静かに飲んでいると、楓ちゃんの携帯にメッセージの着信が入った

楓ちゃんはそれを一読すると、私の作業台に置かれていたライブのチケットを手に取る

すると私の手を引いて、螺旋階段へと向かっていった

 

「さぁ、どうぞ」

 

手で促されたので、私は言われるがままに階段を登っていく

そういえば、やけに上が静かだ

階段を登る音がガレージに響き渡る

 

「お待ちしておりました」

「あら、フレデリカちゃん。どうしたの?なんだかいつもと様子が違うような気がするけど?」

 

登り切ると、そこにはレイジ君の寝巻きに身を包んだフレデリカちゃんが厳かな雰囲気でお辞儀をして待っていた

私の後ろから来た楓ちゃんがフレデリカちゃんと話す

 

「はい、確かに。ではでは・・・一名様、ご案内しまーす!」

 

フレデリカちゃんがそう言うと、楓ちゃんが再び私の手を引いてリビングへと向かう

そこには、上にいたメンバー全員が集まっていた

 

「あ、美空さん。どうぞ、こちらに」

「う、うん。ありがとう奏ちゃん」

 

私は言われるがまま、レイジ君とひなちゃんが座っていたソファーへと一緒に座る

 

「えー、では。コホン」

 

テレビの前に今度は未央ちゃんが立ち、私たちと向き合った

 

「海道美空さん。今夜は私たちを受け入れてくれてありがとうございます!美味しいご飯もありがとうございます!そこで、みんなで話し合った結果、ささやかではありますが・・・恩返しをさせて頂きたいと思います!」

 

未央ちゃんがそう言うと、周りからわーっと拍手が巻き起こる

 

「ではまずトップバッター・・・はやみん!よろしく!」

「最初は私?何だかライブより緊張するわ」

 

ふふふっと笑いながら、奏ちゃんは未央ちゃんからマイクを受け取り、未央ちゃんと入れ替わるようにテレビの前に立った

 

「では、美空さんに愛を込めて歌います」

 

そう言った瞬間テレビから流れてきたのは、奏ちゃんのソロ曲だった



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

1129 10

ああ、私は夢を見ているのだろうか

 

今目の前で、よく耳にする旋律に合わせて速水奏ちゃんが、ライブ映像と同じようにマイクを持って、透き通るような声を響かせている

振り付けは小ぶりながらも、節々に見られる日頃のレッスンによって培われたであろう洗練されたその動きは、よりその曲の魅力を引き出していた

 

「さすがはやみんっ!!いつでもどこでもシビれるねぇ〜」

「喜んでいただけて何よりだわ。でもいいのかしら、この住宅地のど真ん中で声を上げて歌ってしまって」

「大丈夫よっ!思いっきりエンジン吹かしても問題ないくらいの防音対策を施してある建物だからこれくらいじゃビクともしないわ!」

 

アイドルについて何か言われたらCD爆音で流してたって言えばいいしねっ!

 

「じゃあ次は・・・奈緒」

「えっ!私か!?」

「奈緒、頑張ってね〜」

 

パチパチパチ〜と周りから拍手を受けながら、ちょっとサイズの合わないブカっとしたレイジ君のTシャツを着たたまらなく愛おしい奈緒ちゃん(ここ、テストに出ます)が、頭に手を当てて恥ずかしそうに立ち上がり、奏ちゃんからマイクを受け取る

 

「じゃ、じゃあいくぞ!!」

 

そして今度は、奏ちゃんの曲とは打って変わって、ポップな曲調が印象的な奈緒ちゃんのソロ曲が流れる

ちょっとサイズの合わないブカっとしたレイジ君のTシャツを着たたまらなく愛おしい奈緒ちゃんは、その曲を綺麗に歌いあげていく

可愛らしい振り付けが、その小ぶりな動きでさらに引き立てられ、魅力が1000%増しくらいまでマシマシになっていた

 

いや、私は何を言っているの

そんな数字なんてもので表せられる筈がないじゃない

そもそもこのちょっとサイズの合わないブカっとしたレイジ君のTシャツを着たたまらなく愛おし

ーーーーーーーーーー

 

 

奏の曲をスタートに、代わるがわるマイクが受け継がれていきながら、さまざまな曲が披露されていく

ソロ、デュエット、そしてユニットと変化していく度に姉さんも喜びというよりは、まるで神を崇めるような満たされていくような表情へと変わっていき、ひな先輩も周りのアイドルに合わせて手を叩きながら楽しそうに観ていた

ライブの時のような、煌びやかなドレスの様な衣装ではない筈なのに、歌声や少しの動きなどそこから醸し出しているなんともいえないオーラはやはりプロというものなのだろう

 

「ではでは次はー、リクエストコーナーでーす」

 

一通り披露された後、周子がそう言うと俺たちへとマイクが渡される

 

「何か聞きたい曲、ありますかー?」

「え!?そんなことが・・・!許されていいんですか!?いくら払えばいいのでしょうか!!」

 

姉さんが口元に手を当てて、驚きのあまり言葉を失う

本来のライブなら、絶対にありえないこのシチュエーション

あの曲もいい・・・でもせっかくだからこの曲もとぶつぶついいながら姉さんが考え込んでいると、ハーイと手が上がる

 

「じゃあ、フレちゃんたちが歌いまーす」

「あんたがリクエストするんかい!」

 

美嘉姉ちゃんがツッコんでいる中で、「さぁさぁさぁ」と隣に座っていた一ノ瀬志希の手を引きながら、テレビの前に出てくるフレデリカ御一行

このまま歌い始めるのかと思いきや

 

「さぁさぁさぁ」

「あ?お、おい。俺?」

 

フレデリカは俺の手を引いて、同じようにテレビの前へとつれていく

 

「ではでは今宵この場限りの限定ユニット、''レイジー・レイジ・レイジー''を結成しまーす!あ、レイジさんセンターね」

「いやいや、イヤだよ全然わかんないし。ああもう曲始まってるし!俺この曲知らないんですけど!」

「大丈夫大丈夫〜、雰囲気で踊ってお・け・ば」

「可愛く言ったってわからんもんはわからんぞ」

「イヤ〜ン、カワイイって言われちゃった〜」

 

そう言いながらマイクを両手で持ってモジモジしだす一ノ瀬志希と、ね〜?と適当に相槌を打つフレデリカに振り回されながら曲のイントロが終わり、二人が歌い出した

当然振り付けどころか、メロディーすらわかっていないのでどうしたらいいかわからず、とりあえず二人にリードされながら何とか手ぶりだけでも合わせていく

そんな半歩遅れた様なくだぐだなパフォーマンスでも、周りのみんなは楽しそうに声を掛けていて、何だかわからない面白おかしい雰囲気のまま進行していった

 

「いいじゃんいいじゃんレイジさんその調子〜」

「世界デビューの第一歩!」

「こんなのでデビューできたらお前らは神かなんかだ!」

「はいチーズ!」

 

曲の合間でフレデリカが携帯を取り出して、自撮りを始める

そんなメチャクチャな展開のままなんとか曲が終了し、ありがとうございました〜という二人の挨拶とともに俺は元の席へと戻る

周りが笑いながら拍手する中で、さすがのひな先輩も苦笑いであった

 

「大丈夫ですよ零次さん!カッコ良かったです!」

「そうかい。その言葉で、元気100倍だ」

 

千枝が一生懸命励ましてくれているが、俺はソファーに座ってだらんと背もたれに寄りかかり、気が抜けた様に後ろに首を倒した

 

「じゃあお次は〜・・・ヒナさ〜ん!かみやんもカモカモーン!」

「・・・私か?」

「へっ?アタシ!?ちょっ、加蓮押すなよ!」

「よっ!ひなちゃん!」

 

まるでコントの様に未央につれていかれる奈緒と、姉さんに送り出されながら二人と合流するひな先輩

未央と奈緒が話し合いながら、曲を決めていく

 

「じゃあコレ!」

「うおっ、これまた懐かしい。未央よく知ってるな」

「ちょうど世代だったからさ、あそこの棚におもちゃあるの見えたし。ヒナさんもOK?」

「知ってはいるけど・・・上手くできるかはわからない」

 

未央が選んだのは、10年近く前の特撮ソングだった

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

それからは、懐メロや流行曲のオンパレードだった

それがドラマや映画の主題歌だったり、ゲームやアニメの曲だったり、その中でも知ってる曲があったりなかったり、でもみんな楽しそうにしてる

実際にやるとすれば、どれだけのお金が動いたら実現できるのかわからないその豪華なミニライブは大団円のまま終了し、千枝ちゃんや梨沙ちゃん、そして幸子ちゃんなどもそろそろ眠気に負けそうだったので、今日はこれくらいにしておこうということになり、今はみんなで寝床を作っていた

 

「すぴー・・・」

「まったくこの子は・・・」

 

美嘉ちゃんが腰に手を当てて見下ろしている先には、周子ちゃんが既に零次さんのベッドに潜り込んで占領し、寝息を立てている姿があった

 

「わたくし、押し入れで結構ですので・・・」

「やーい、フレちゃんの猫型ロボット〜」

「とときんはどうする?どこで寝る?」

「私は・・・まだ起きてるから大丈夫だよ」

「そう?わかった!しぶりんもうちょいそっちつめて?」

「うん。卯月、大丈夫?」

「はい!まだちょっと余裕があるので!」

 

LiPPSのメンバーは零次さんのスペース、千枝ちゃんや梨沙ちゃん、幸子ちゃんたちはひなさん

藍子ちゃんや響子ちゃんは美空さんのスペースでお掃除がてらと言いつつ、力尽きてベッドで物に囲まれながらまどろんでいる

奈緒ちゃんや加蓮ちゃんはリビングの3つのうちの一つのソファーを使い、一つは私が

残りの一つは飛鳥ちゃんと蘭子ちゃんが使い、既に二人も夢の中だ

 

「みくちゃんたち大丈夫?私変わろうか?」

「大丈夫にゃ!意外と快適にゃ」

「そうそう、悠貴ちゃんはどう?狭くない?」

「大丈夫ですよ!何だか合宿の時みたいで楽しいです!」

 

足元では、テーブルを少しテレビ側にずらしたスペースで、床に毛布を敷きその上でゴロゴロとしているみくちゃんたちがいた

 

「まるで猫だな」

「なっ!零次チャン!みくはネコみたいじゃなくてネコちゃんにゃ〜」

 

''にゃーん''と猫の様に右手で自分のこめかみを撫でる仕草をしながら零次さんを見上げるみくちゃん

その様子をなんともいえない表情で見つめていた零次さんは、何も言うことなく私とは反対サイドに座る

 

「やっぱりお前面白いやつだな」

「・・・何だかバカにされてる気がするにゃ」

「玉ねぎ食える猫なんて珍しいなぁって」

「やっぱりバカにしてるにゃ!!」

 

ふしゅー!と今度は猫の様に威嚇し始めたみくちゃんを、李衣菜ちゃんがまぁまぁと肩を叩いてなだめていた

ふんっ!とみくちゃんは零次さんから目を逸らすと、毛布を被ってしまう

 

「・・・ふぅ」

「た、大変ですね」

「いや・・・別に」

 

零次さんはソファーの肘掛けに手をついて、こちらを向くことなく淡々と答える

 

「何だか久しぶりですね。こうやって話すの」

「そうだなぁ。何だかお前たち忙しそうだったし」

 

零次さんの言う通り、ライブが近づくにつれ、私たちの予定はそれに関連したもので埋まっていった

レッスンはもちろん、それに伴ったプロモーション活動。テレビ、雑誌、ネット番組や写真撮影などやることは山々で会社にほとんど顔を出さないこともあった

次第にアイドルのみんなとも、そういう活動で顔を合わせることはあれど、プライベートなどで関わる時間が中々取れない日々が続き、零次さんたちと顔を合わせるのも久しぶり

 

「だから何というか・・・すっごく久しぶりで楽しかったです。こうやってみんなでワイワイやるの」

「仲良いんだな、お前たち」

「はい!よくショッピングに行ったり、映画に行ったり、今ここにいないアイドルのみんなとも色んなところに出掛けたり・・・」

 

それからは零次さんと色々な話をした

所々から寝息が聞こえ始める中、堰を切ったように次から次へと話に花が咲き始め、私たちは二人ソファーに座りながら語り合っていた

途中美空さんがガレージの電気を落としてからは、キッチンの小さな電気をひとつだけつけて話す

 

「もうそんなことがあって、プロデューサーさんが大慌てで会社に戻ってなんとか間に合ったんですよ。もうその日は大変で・・・」

「その人数を管理してるプロデューサーもすごいな。そもそも美城プロダクションってプロデューサー何人いるんだ?100万人くらいか?」

「社員数は多いですが・・・」

 

様々な分野へと手を広げている為、正確な人数までは私も把握していなかった

 

「実は・・・私たちのアイドル部門は、なくなってしまうかもしれなかったんです」

「どういうことだ?」

「美城専務・・・その頃は常務でしたが、あの人が346に帰ってきたときに・・・」

 

私はあの時の詳細を零次さんに話した

専務が何をしたのか、私たちが何をしたのか、何を決断して、どう行動を起こしたのか

 

零次さんは黙ってそれを聞き終わると、「そうか」と一言だけ呟き、キッチンへ行ってコップに一杯お茶を入れて持ってきてくれた

 

「喋り疲れたろ、ビール渡すわけにもいかないしな」

「あ、ありがとうございますっ!」

 

気がつけば、周りはもうすっかり静かになり、寝息と、時々回る暖房のモーター音がガレージ内に響いている中で、私たちは静かに二人でコップに口をつける

これだけ周りに人がいて静かなのは初めてかもしれない

 

「でも、あれだ」

「・・・?」

「そこまでして守り通したものなら、それは本物だ。それは・・・胸を張っていいと思うぞ。お前たちはやり抜いたんだ」

 

もしかして・・・励ましてくれてる?

 

「まったく・・・お前たちはわからない奴が多い。科学者だったり、お嬢様だったり、警察官だったり」

「・・・そんな私たちのこと、どう思います?」

 

ちょっとイジワルかもしれないけど、私は胸の内にある疑問をそのままぶつけてみた

「どうって・・・」と零次さんは少し困った表情をして、ポツリポツリと話し始める

 

「いつもいつも振り回されっぱなしで、あれ奢ってだのなんだの構ってくるし」

「あはは・・・」

「でも、まぁ・・・」

 

すると零次さんは私に表情を見せないようにそっぽを向く

 

「仕事仲間っていうよりは・・・気の合うダチっていうか、一緒にいてつまらなくはないっていうか。何かそんな奴ら。知らんけどっ」

 

そう言うと、私から顔を背けたまま、またお茶を一口飲む零次さん

その表情は少し照れてるような、そうでないような、ハッキリとはわからない

・・・そっか、零次さん。そんな風に思ってくれてたんだ

私は何だかやっと一歩前進出来たような気がしたのが嬉しくて、同じようにお茶を一口飲んだ

 

ふと床で寝ている未央ちゃんや凛ちゃんの方を見ると、たまたま起きていたのだろうか、私たちが話し終わるのと同時に目を閉じたまま少しはにかんだように笑っていた

未央ちゃんに至っては、零次さんに気付かれないようにこっそり毛布から手を出して、私に対して親指を立てていた

 

「あ、これこいつらに絶対言うなよ。また調子に乗るんだから」

「ふふふ・・・はいはい。あ、それはそうと零次さん」

 

私は懐から携帯を取り出す

 

「私、零次さんのアカウント、聞きそびれちゃって。よかったら教えてもらえませんか?」

「お、お前もか」

「お友達。お友達から始めませんか?」

「・・・その言い方は何だか引っかかる」

 

でも零次さんは観念したかのように携帯を取り出して、アカウントを表示させた

私は一人分零次さんに距離を詰めて、若干寄りかかるように零次さんの携帯を覗き込む

 

「はい、ありがとうございます!」

「そいつはよござんした。おお、''十時愛梨''って本名だったのか」

「何だと思ってたんですか?」

「なんだろ、''みさき''とか・・・''ひとみ''とか」

「私ってそんなイメージです?あ、せっかくだから。零次さん、ちょっと寄ってください。もうちょっともうちょっと」

「お、おいおい」

「はい、チーズ」

 

私は少しテンションが上がっていたのか、零次さんに強引に詰め寄ると、ほぼくっつきそうなくらいに顔を寄せて、携帯で写真を撮る

 

「2ショット、いただきました〜」

「まったく・・・」

 

撮った写真を見ていると、私はなんて大胆なことをしたのだろうと段々恥ずかしくなり、顔が火照ってきたのがわかった

 

「な、何だか暑いですね。ちょっと脱いでもいいですか?」

「ああ・・・ってお前、その下!」

「え?あ・・・!」

 

零次さんが慌てて顔を背けたので、私は自分の格好を改めて確認すると、すぐに上着のスウェットを下ろす

そ、そうだった。替えの下着もないし、部屋も暖かかったからこの下は何も・・・

 

「俺、寝る!」

「あ、ああ零次さん!ごめんなさい〜!もうちょっとお話しましょうよ〜」

 

肘掛けに頭を倒して横になる零次さんを慌てて私は揺する

一歩前進・・・できたよね?



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

1129 11

「う、うーん・・・」

 

重い瞼を手で擦りながら、私はおもむろに枕元にあった携帯を手に取る

横になりながら、バックライトの眩しい光に目を細めつつ確認した時刻は、午前2時

そのまま仰向けになって携帯の電源ボタンを押し、元の場所へ戻すと横でもぞもぞと動く梨沙ちゃん

周りが何も見えない暗がりでもそれはわかった

いや、よく見てみると下の階からうっすらと漏れる淡いオレンジ色の光が放射状に天井へと伸びて、微かに私がいる場所まで届いている

 

「そっか、ここは零次さんたちの・・・」

 

少しずつ意識がハッキリして、今の状況を段々と理解し始めてきた

みんなでライブをして、みんなで零次さんのガレージまで来て、みんなでご飯を食べて、みんなで遊んで・・・

 

「私、そのまま眠っちゃったんだ・・・」

 

横では私と梨沙ちゃんの他に、ひなさんがすやすやと寝息を立てている

私は一番壁際で、真ん中に梨沙ちゃん、そして一番通路側にひなさん

梨沙ちゃんの胸の上に手を当てて、子供をあやすように側で目を閉じている

ベッドが広いおかげで窮屈することなく、三人で横になることができていた

 

「・・・お手洗いどこだっけ。ふぁ〜・・・」

 

まだ重い体をゆっくりと起こし、私は大きなあくびを一つすると、二人を起こさないように足元からまわってベッドから降りる

 

「わぁ、何だか凄いことになってる」

 

私たちが眠っている間にいつの間にか、リビングから零次さんのスペースまで床がほとんど寝床になっていた

零次さんのベッドはもちろん、テーブルをよけてベッドそのものに寄り掛かって眠っていたり、ソファーにお互い頭を預けあって寝ていたりと、遠くの美空さんのベッドでも誰かが寝ている姿が見える

 

「あ、零次さん・・・と、愛梨さん」

 

ソファーに差し掛かると、零次さんが肘掛けに頭を預けて寝ているところに、愛梨さんがその上からさらに零次さんを枕にして寄りかかり、毛布を被ってスヤスヤと眠っていた

 

「ん、んん・・・」

「・・・」

 

私はソファーに近づくと、愛梨さんが被っていた毛布を剥ぎ取り、愛梨さんの上半身を反対側の肘掛けにそのまま振り子のように動かして移動させ、肘掛けを枕にするように寄り掛からせると、その上から取った毛布をかける

 

「う、うーん・・・ふぅ」

 

若干うなされていた零次さんの呼吸が少し落ち着いて、静かな寝息がリズミカルに聞こえてきた

周りに毛布がもうなかったので私はベッドに戻り、床によけてあった自分のコートをかけてあげた

ち、千枝は悪い子です

 

私はそれから、床に寝ているみんなを踏まないように気をつけて螺旋階段まで向かって下に降り、お手洗いを済ませた

お手洗いからフロアに出ると、奥の美優さんや瑞樹さんが寝ているあたりから、何やらパソコンのキーボードを叩くようなカタカタという音が聞こえてきた

どうやら漏れていた淡いオレンジ色の光の出どころもそこのスペースのようだ

ソファーに阻まれて見えないが、人影が動いているのが見える

 

私は恐る恐る近づいていく

その人物はまだ私に気づいていないようで黙々と作業を続けていた

ソファーにはそれぞれ美優さんと瑞樹さん、心さんと菜々さん、そして早苗さんが眠っており、その人物は奥の壁際にあるテーブルで丸椅子に座り、何かしらの作業を続けていた

 

「あら、千枝ちゃん!」

 

やっと私に気づいたのか、勢いよく振り返った

その人物・・・美空さんは、自分が思っていたよりも大きな声を出してしまったことに驚いたのか、とっさに口元を押さえる

ソファーで寝ている美優さんがもそもそっと動いた

 

「あ、すいません・・・驚かせてしまって」

「いいのいいの、コソコソやってた私も悪いし。ごめんね、起こしちゃった?」

「いえ・・・私はお手洗いに起きただけで・・・」

 

そっかそっかと美空さんはノートパソコンを操作する手を止めて、パタンとディスプレイを閉じる

 

「あら、もう2時じゃない。まだ寝てていいのよ?」

「少し目が冴えちゃって・・・あの、今は何してたんですか?」

「あ、私?」

 

隣にあった冷蔵庫から飲み物を取り出していた美空さんに質問すると、再び作業をしていたテーブルに戻り、ノートパソコンを開く

パスワードを入力して画面が変わると、そこには四角くいくつものエリアに区切られた枠の中で折れ線グラフや波型の線が動き回っているのが見えた

それぞれの枠の上には英語で何か書いてあるが、そもそも画面の中の文字が全て英語で書かれているので解説も何もなくチンプンカンプンだった

 

「な、何が何だかまったくわかりません・・・」

「まぁ、そうだよね〜。わかったら逆に凄いわ。データ取ってたの、今」

 

美空さんが言うには、これは今車のコンピューターがどうやって車を制御しているのかを見るためのプログラムらしい

よく見ると、美空さんの車の中でうっすらと光がチカチカしているのが見えた

 

「このソフトで車の色々な事が制御できるの。燃調とか空燃費とか点火時期とか・・・うーん、なんて言えばいいかな。エンジンもっと回るようにーとか、燃費を良くしたり出来たりする魔法のソフト」

「な、何だか凄いですね・・・」

「普通の人は使わないわ。よっぽど走りたい人か、私は燃費良くするために使ってるけど・・・とりあえず、ん〜きゅうけいっ」

 

するとまたパソコンを閉じて冷蔵庫に向かうと、オレンジの缶ジュースを取り出して私に渡してくれた

 

「あ、ありがとうございますっ」

「ビール渡すわけにもいかないしね〜」

 

美空さんは車に向かい、ドアを開け、鍵を抜いて戻ってきた

 

「よかったらそこ座って」

「は、はい」

 

私は美空さんが座っていた椅子に座ると、同じタイミングで缶ジュースの蓋を開け、ジュースを飲む

 

「うんっ、たまにはオレンジジュースも美味しいわね」

「でもよかったんですか?せっかく作業していたのに・・・」

「いいのいいの、ずっとやってたから疲れちゃった。エンジン掛けるわけにもいかないし、今爆音よ、爆音」

「あー・・・あれはちょっと確かにマズイですね」

 

あっはっはと美空さんは笑う

自由研究の時のことを思い出した

 

「いやー、でも楽しかったわ。こうやって大勢で集まるのも久しぶりだし、まさかライブまでやってくれるなんて〜」

「本当はダンスも見て欲しかったんですが・・・今度は是非ライブに来てくださいね」

 

喜んでもらえてよかった

うんうん、絶対行く!と美空さんも意気込んでジュースを飲んでいる

 

「それにしても・・・みんな仲良いのね。私はてっきり、裏ではバチバチにメンチ切って、一番上は私だー!みたいな感じなのかなぁって思ってたけど」

「そういう感じでは・・・ないですね。他の会社はどうかわかりませんが。でも、私は皆さんは仲間であって、ライバルでもあると思ってます。やっぱり、他の人が新曲が決まったりしたら悔しいですし、まだまだ頑張らなきゃって思います。まだまだ学べる事があると、皆さんはライバルで、仲間で、立派な先輩ですから」

 

私は半分自分に言い聞かせるように言い終えると、残っていたジュースを飲み干す

美空さんは何も言わず静かに同じようにジュースを飲み終えると、ゴミ箱へと捨てた

 

「・・・千枝ちゃんのほうがよっぽど大人ね」

「そんな、まだお酒も飲めませんし、車にも乗れません」

「私の方がまだまだ子供かも、私の周りはそういう人がいなかったから」

「何だか美空さんは、一人でなんでも出来ちゃうイメージがあるんですが・・・」

「そんなことないわよ〜、周りに助けられてばっかり。ひなちゃんの方が料理が100倍は上手だし・・・。そうね、強いて言うなら私のほうがまだ千枝ちゃんより背が高くて、おっぱい大きいわよっ」

 

えっへんと腰に手を当てて、得意げな表情をする美空さん

それが何だか可笑しくって、クスッと笑ってしまった

 

「・・・や、やっぱり、男の人っておっぱい大きい方が好きなんでしょうか!」

「それは・・・人によるんじゃないかしら。小さいほうがいいって人もいれば、大きいほうがいいって人もいるし・・・そこは探っていくのよ。気になる人がいればね」

「なるほど・・・、じゃあどうしようかな・・・」

 

私が考え込むと、美空さんは何かを察したのか、ほほーんと納得したような顔をして私に迫ってくる

 

「え?なになに千枝ちゃん好きな人いるの?きゃー!これは大ニュースよ!ちょっとちょっと、お姉さんにこっそり教えて教えて!誰なの!千枝ちゃんのハートを射止めた相手はっ!」

「いや、まだ何というかっ!よくわからないといいますか、その人自体がよくわからない人というか・・・!」

 

必死に弁解するが、それでも目の色を変えた美空さんがぐいぐい迫ってくる

こ、これは相談した方がいいのかも

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

目が覚めると、窓からは綺麗にうっすらと朝日が差し込み、雨音も止んでいたので嵐が過ぎ去ったのがわかった

それと同時に気づいたのが、自分にかけられていた誰かの小さなコートと、自分に寄り掛かって寝ている''何か''

 

「・・・おい。よけっ・・・おい」

「うーん・・・」

 

その''何か''はまともに返事をすることなく、身をもぞもぞとよじらせながら俺から離れようとしなかった

俺は昨日テーブルがわりに使っていたダンボールをその''何か''を引き剥がしながら片手で探り、ダンボールの中から金属の棒、おそらく車のマフラーを取り出して、俺の体と交換する形で滑り込ませる

幸い軽くて尖ったところがない部品でよかった

 

「う、うーん・・・」

 

マフラーにしがみついて俺の代わりに枕にすると、それはまた寝息を立て始める

周りを見渡すとまだ起きている人はいないようだ

千枝がベッドから消えているが

 

「うっ」

 

しばらくキッチンのところに立ってボーっとしていたが俺はその場の''女の子たちの匂い''に耐えきれず、自分のベッドでフレデリカに枕にされていたジャケットを引っ張り出して羽織ると外へと飛び出した

 

「マジで、何であんな甘ったるい匂いがするんだか」

 

アイドルだ