ガチャを回して最強ステータスを目指せ! カードで作る異世界ハーレム!! (ブランチ)
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ド底辺の冒険者

 今日は5話まで、2時間おきに投稿します。


「ニングさん、そろそろ転職を考えた方がいいんじゃないですか?」

 

 ある日のこと。

 冒険者ギルドの受付嬢から、そんな話をされた。

 

「冒険者になって5年も経つのに、F級(●●)から上がれない。普通の人なら、とっくに見切りつけて転職してますよ」

 

 F級とは、生物の『力量』を格付けしたランク。

 アルファベットでA~Gに分けられている。

 

##########

  力量: 人の強さ / 魔物の脅威

  -…-…-…

  A級: 複数の州・中堅国で最上位 / 複数の州・中堅国の危機

  B級: 州・小国で最上位 / 州・小国の危機

  C級: 街で最上位 / 街の危機

  D級: 村で最上位 / 村の危機

  E級: いっぱしの戦士 / 多数の一般人が死傷する脅威

  F級: 一般的な成人 / 一般人が死傷する脅威

  G級: 一般的な子供 / 一般人でも対処できる脅威

##########

 

 オレのランクはF級(●●)

 つまり一般人なみの力しかない。

 冒険者の業界では、ド底辺の扱いだ。

 

「そして、あなたは『成長限界』を迎えてます。その意味、分かってますよねぇ?」

 

 受付嬢の指摘。

 分かってるに……決まってんだろ。

 

 オレの個体情報(ステータス)には★がついている。

 

##########

  名前: ニング★

##########

 

 ★がついた冒険者は成長が止まる。

 あとはいくら努力しても、ステータスが伸びないのだ。

 

「で、でもさ、『限界突破』できるかもしれないし……」

 

 ごくまれに起きる奇跡の現象がある。

 ステータスから★が外れ、成長の限界が解除されるのだ。

 それを限界突破という。

 

「はぁ、呆れました。ごくまれ(●●●●)って意味、分かってます? 大半の凡人には縁のない話ってことですよ」

「それは……」

 

 受付嬢の言ったことは正しい。

『限界突破』を起こすには、ある条件を満たすのが必須と言われている。

 

 ――社会的に名を知られる功績。

 

 ボス級の魔物討伐、怪事件の解決、伝説級のアイテム入手……などなど。

 そのような難題を達成しなければ、★が外れることはまずない。

 

「もう夢を見るのはやめなさい。このままでは一生、貧乏な生活をする羽目になりますよ?」

 

 F級冒険者の日収は、5400cp(キャピー)ほど。

 低賃金の労働者と同じくらいなのだ。

 

「時間を無駄に使ったら、苦労するのはあなた自身ですからね」

「……ぐう」

 

 オレは何も言い返せない。

 そのまま冒険者ギルドを後にするしかなかった。

 

 夕方の街、歩く足取りは重い。

 

 無駄だったのか……この5年間?

 

 5年前――15歳だった頃。

 

 オレには大きな夢があった。

 いつか頂点のA級になってやる。

 

 そして稼いだ大金で御殿をつくろう。

 さらに美人の女奴隷たちを買って。

 ハーレム御殿でウハウハだ。

 

 でも、それは夢のまた夢。

 現実は20歳になっても、底辺のF級どまりだ。

 

『あれニング? まだ冒険者やってたのかよ』

 

 同期の冒険者と顔を合わせるたび、そう言われる始末。

 連中はとっくにE級、D級に上がっている。

 そして金を稼ぎ、生活を安定させていた。

 

 ――もう夢を見るのはやめなさい。

 

 これが無能の末路ってことかよ、くそッ!

 

 道端の石を蹴り飛ばす。

 石はコロコロと転がっていき、ガタンと何かにぶつかった。

 

「……ゴミ捨て場か」

 

 通りの一角に、ゴミを置く場所があった。

 明日は粗大ゴミの日らしく、大型の家具がいろいろ置かれている。

 

 オレもこのゴミたちと似たようなもんか。

 役に立たないとみなされ、捨てられかけている。

 

「んん?」

 

 ふとゴミ山の中に目が留まった。

 妙な物を見つけたのだ。

 

「なんだこれ? ガチャ台だよな」

 

 ガチャ台――景品を排出する販売機。

 数十年前、ある錬金術師によって発明された。

 今は駄菓子屋などに置かれ、子供たちの射幸心を煽る娯楽となっている。

 

 この台はカードを排出するタイプのようだ。

 いわゆるカードガチャってやつ。

 

「しかし懐かしいなぁ」

 

 オレは子供の頃、ガチャにハマっていた。

 子供たちの間で、カードでメンコバトルする遊びが流行っていたのだ。

 小遣いすべてをつぎ込んで、ガチャを狂ったように回したっけ。

 

 あの頃は幸せだったな……。

 

「このガチャ台、まだ使えそうだぞ」

 

 台を点検してみたが、特に壊れている感じではない。

 どこかの店が、新台と入れ替えて捨てたのか?

 

 ……なら、拾っちまうか。

 

 オレにとって『ガチャ台』は、思い出の詰まった宝箱だ。

 掃除して、部屋に置くインテリアにしたかった。

 

 ゴミ捨て場に置かれてたんだ、誰も文句は言わんだろう。

 

 というわけでガチャ台を抱え、お持ち帰りした。

 持ち帰っちゃったのである。




 主人公のステータス。

##########
  名前: ニング★
  -…-…-…
  力量: F級
  MP: 9/9
  心力: 3
  技力: 3
  体力: 3
  -…-…-…
  スキル:
  【解体】
##########


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謎のガチャ台

 下町にある集合住宅。

 そこがオレの住まいである。

 

 自宅の一室にガチャ台を運び込んだ。

 

 さて確認したいことがある。

 台の中に景品が残ってたりしないか?

 

 蓋を開けて中身を見ればすぐ分かる。

 ……が、それは野暮ってもんだろ。

 

 やはりガチャは回さないと意味ないでしょ。

 ガチャ好きとして断固そうする。

 

 というわけでコイン投入口。

 そこへ手持ちの小銭を投入!

 

 ガチャのハンドルを回す。

 ガチャ、ガチャ、ガチャリ。

 

 排出口から1枚のカードが出てきたではないか。

 おお、中身が残ってた!

 カードを抜き出して確認する。

 

###############

  【メッセージ】

  -…-…-…

  これは『終わらないガチャ』です。

  景品を出すには、100cp(キャピー)を入れて下さい。

###############

 

 文章の書かれたカード。

 読んだ感じ、このガチャ台のことを説明してるのか?

 

 ――終わらないガチャ。

『終わらない』って何だよ、意味がよく分からん。

 

 ――景品を出すには、100cpを入れて下さい。

 なんだ小銭じゃ駄目なのか?

 

 オレは2枚目の小銭を、投入口に入れるが――。

 カチャっと落ちて、返却口に戻されてしまう。

 受け付けてくれるのは最初の1回のみらしい。

 

 100入れるしかないのかぁ……。

 

 貧乏人からしたら、かなりの出費だ。

 140cpもあれば、大衆食堂で3食とれるからな。

 

 いや待てよ。

 よく考えたら悩む必要なくね?

 

 台を分解して、金を取り出せばいいだけじゃん(爆)。

 しょせんゴミ捨て場で拾ったガチャだ。

 

 よし……100cp投入!

 ガチャリ、今度はちゃんと入った。

 

 ガチャのハンドルを回す。

 ガチャ、ガチャ、ガチャリ。

 排出口から、2枚目のカードが出た。

 

 さて『景品』とやらはどんなものか?

 

##########

  【限界突破:1】

  -…-…-…

  限界値+1

##########

 

 その文字を見て、オレは気分が悪くなった。

 

『限界突破』……ッ!?

 いま見るのが最もきつい言葉だ。

 

 ――でもさ、『限界突破』できるかもしれないし……。

 

 ――呆れました。ごくまれ(●●●●)って意味、分かってます? 大半の凡人には縁のない話ってことですよ。

 ――もう夢を見るのはやめなさい。

 

 受付嬢の説教を思い出しちまった。

 何だこれ、『限界突破』できねえオレへの当てつけか!?

 

「くそッ!」

 

 腹が立って、メンコカードを床に叩きつけてしまう。

 そのとき、

 

『――カード認証』

 

 近くで誰かの声がした。

 気のせいでも、幻聴でもない。

 

 声の出元は分かっている。

 オレはポケットからある物を取り出す。

 

 それは携帯用の手鏡だった。

 

『限界値が+1されました』

 

 声は鏡の中から聞こえてくる。

 

「『携帯魔鏡(ポケットミラー)』が作動した?」

 

 携帯魔鏡――冒険者が持ち歩く、鏡の魔法品(マジックアイテム)

 音声アナウンス、ステータス表示など、便利な機能がついている。

 

「ステータスオープン」

 

 オレは合言葉を唱える。

 すると魔鏡の表面に、個体情報(ステータス)が表示された。

 

##########

  名前: ニング

  -…-…-…

  力量: F級

  MP: 9/9(限界10)※

  心力: 3

  技力: 3

  体力: 3

  -…-…-…

  スキル:

  【解体】

##########

 

 んん? 何か違和感がある。

 

 ――名前: ニング★

 

「おい、★はどこいった!?」

 

『成長限界』を示すマークが消えた。

 つまりそれは、

 

「オレのステータスは……まだ成長するってことか!」

 

 あり得ない、なんでそんなことがいきなり起きる!?

 

 異変の理由を考えた。

 何か変わったことはなかったか?

 

 ――カード認証。

 ――限界値が+1されました。

 

「ああああ、ガチャから出たあのカード!」

 

##########

  【限界突破:1】

  -…-…-…

  限界値+1

##########

 

 思いっきり『成長限界』って書いてるじゃん!

 

 ステータスの限界突破、それは『カード』の仕業だったのだ。

 

 いや、まさかそんな……。

 でも他の原因なんて、思い当たらんよな。

 

 あぁ~考えても埒が明かん。

 検証してみるしかない。

 

 このガチャに不思議な力があるかどうか――。

 さらにカードを引いてみれば分かるはずだ。



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終わらないガチャ

 財布を持ち出し、100cpを投入する。

 ガチャ、ガチャ、ガチャリ。

 

 ガチャ台から新しいカードが出てきた。

 

##########

  【ただのメンコ】

  -…-…-…

  友達とメンコバトルしよう。

##########

 

 ……んんん?

 

 ステータスを確認したが、まったく変化なし。

 

「ハズレかよッ!」

 

 出るカードがすべて当たりとか、そんなうまい話はないようだ。

 

 ええい、次の100cp入れるぞ。

 ガチャ、ガチャ、ガチャリ――。

 

##########

  【ただのメンコ】

  -…-…-…

  友達とメンコバトルしよう。

##########

 

「……あ」

 

 ハズレ、2連続でハズレ。

 200cpがただの紙切れに……。

 

「あははははは……って笑ってる場合じゃねえ」

 

 くそったれ、当たりが出るまで突っ込んでやる!

 

 ガチャ、ガチャ、ガチャリ。

 ……【ただのメンコ】、ハズレ。

 

 ガチャ、ガチャ、ガチャリ、

 

##########

  【限界突破:1】

  -…-…-…

  限界値+1

##########

 

「ききき、来たァーーー!」

 

 2枚目の限界突破ゲット。

 

『カード認証。限界値が+1されました』

 

 魔鏡のアナウンス。

 さあ、ステータスはどうなってる!

 

「ステータスオープン」

 

##########

  名前: ニング

  -…-…-…

  力量: F級

  MP: 9/9(限界11)※

##########

 

「ふ、増えてる……『限界値』が11に!」

 

 こうなっては認めざるを得ない。

 カードには奇跡を起こす力があるのだと。

 

 なら、あのメッセージって、

 

##########

  これは『終わらないガチャ』です。

##########

 

「終わらない……ステータスが成長するって意味だったのか!」

 

 ガチャからカードを出してステ強化。

 それが思う存分できたとしたら?

 

 なれる、なれるぞ高ランクの冒険者に!

 そして、オレの願いだって叶えられる?

 

 ――稼いだ大金で御殿をつくろう。

 ――ハーレム御殿でウハウハだ。

 

 そうだオレの夢は、まだ『終わらない』。

 

  ◆  ◇  ◆

 

 ガチャ台を拾って、まずは何をする?

 生活を見直してみるか。

 

 夜が来て、朝になった。

 

 オレは街の外に向かう。

 目的地は『メジハ平原』。

 そこで魔物(モンスター)が発生しているのだ。

 

 草むらを歩くことしばらく。

 さっそく1体の魔物と遭遇する。

 

「モフモフモフ」

 

 角の生えたウサギ(ホーンラビット)

 ランクG級、一般人でも楽に倒せる雑魚だ。

 

「『青銅の剣』で攻撃!」

「モひゃッ!」

 

 ウサギをサクっと叩き殺した。

 

「スキル発動、【解体】」

 

『スキル』とは、この世界の生物が使う、超能力や特技のこと。

 

 するとウサギの死体に異変が。

 あっという間に消えてしまったのだ。

 

 これが≪解体≫の効果。

 魔物の死体を消して、『落とす品物(ドロップアイテム)』に変えてしまう。

 冒険者には必須のスキルだ。

 

 ぽとりと落ちてきたのは……『ウサギ肉』。

 20cpで売れるドロップ品。

 こうした素材を拾い集め、冒険者は金を稼ぐのだ。

 

 ではここで見直し(●●●)

 オレは1日で、どれほどの稼ぎを生産しているか?

 まとめるとこうなった。

 

##########

  ・1日で狩れる数はG級の魔物、約27体。

  ・G魔物×27のドロップ品は、540cpで売れる。

  ・G魔物×27倒すと、ステータスが+1成長する。

##########

 

 これを参考に計画を立てる。

 手際よくステータスを成長させるために。

 

##########

  案1: ガチャを回すのは、1日4連(400cp)まで

  -…-…-…

  1日の食費が140cp。

  家賃や雑費も入れると、生活費は赤字である(汗)。

 

  足りない分は貯金を切り崩そう。

  出世すれば、収入は増えるんだから。

##########

 

##########

  案2: 『限界値』は+2~3くらい余裕を持たせておく

  -…-…-…

  ★がついたまま、魔物を倒すのは避けたい。

  ステータスが成長せず、戦闘経験が無駄になってしまうのだ。

##########

 

 気をつけるのはこんなところか。

 というわけで新スケジュールによる生活が始まった。

 

 1日……数日……1週間……2週間……。

 そして18日目の夕方。

 

 ガチャをすること72回。(総数5+72)

 引いた【限界突破:1】――18枚。



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ガチャ77連

 

 オレのステータスはここまで成長していた。

 

##########

  名前: ニング

  -…-…-…

  力量: E級※

  MP: 27/27(限界29)※

  心力: 9※

  技力: 9※

  体力: 9※

##########

 

 ――E級。

 

「やった……やったぞ」

 

 もうオレは、底辺のF級じゃねえ!

 

「受付嬢さん! オレ、E級に上がっちまった!」

 

 さっそく冒険者ギルドへ見せびらかしに行く。

 

「う、嘘でしょ。どんなインチキしたんです!」

 

 受付嬢に失礼なことを言われた。

 

「おい、人聞きが悪いぞ!」

 

 まあステ上げした方法(●●)がインチキっぽいのは事実だが。

 

「ギルドの魔鏡で測ってもE級だわ……」

「現実を認めな、あんたも言ってただろ」

 

 ――でもさ、『限界突破』できるかもしれないし……。

 ――呆れました。ごくまれ(●●●●)って意味、分かってます? 大半の凡人には縁のない話ってことですよ。

 

「オレは凡人(●●)じゃなかったってことだ」

「……うぅ」

 

 受付嬢はぐうの音も出なかった。

 

「『E級』昇格おめでとうございます……。腕章を更新しますね」

 

 そして『E』と書かれた腕章を渡される。

 これは冒険者の身分証だ。

 

「おう、ありがとう」

 

 腕章を左腕に装着。

 オレは意気揚々と、ギルド会館を後にした。

 

 あぁ~すっきりしたわ。

 あの受付嬢、何かと説教しやがって気に食わなかったし。

 

 さあて夕飯食って、家帰ってぐっすり寝るか。

 

 ――とはいかねえんだけどな。

 寝る前にやることがあるだろ。

 

 ガチャだ。

 今日も日課の4連しないとな。

 

 自宅に帰り、さっそくガチャ台を回す。

 

 ガチャ、ガチャ、ガチャリ……【ただのメンコ】。

 ガチャ、ガチャ、ガチャリ……【ただのメンコ】。

 

 ガチャ、ガチャ、ガチャリ、

 

「んんん……ッ!?」

 

【ただのメンコ】……じゃない。

【限界突破:1】とも違う。

 

 なんかキラキラ光るカードが出てきたのだ。

 

##########

  ☆☆☆

  【愛天使(キューピッド)の矢】 消費MP9

  -…-…-…

  <魅了>、<長射程>、<放心>

##########

 

 なんだ、このキラカード!

 

『カード認証。【愛天使の矢】を獲得しました』

 

携帯魔鏡(ポケットミラー)』のアナウンス。

 ではステータスが更新されたのか?

 

「ステータスオープン」

 

##########

  名前: ニング

  -…-…-…

  力量: E級

  MP: 27/27(限界29)

  心力: 9

  技力: 9

  体力: 9

  -…-…-…

  スキル:

  【解体】

  【愛天使の矢】※

##########

 

 おお、新しい項目が!

 キラカードって、『スキル』を覚える効果があるのか。

 

【愛天使の矢】、どんなスキルだろう?

 カードの説明にはこうしか書いていない。

 

 ――<魅了>、<長射程>、<放心>。

 

 まあ言葉から何となく察しはつくが。

 

 これは、人と仲良しになるスキルじゃないか?

『愛』、『魅了』とかまんますぎる。

 

 人を魅了する魔法って、おとぎ話でも見たことがあるモチーフだ。

 それで主人公が、王子様やお姫様をたぶらかして、結婚しちゃったりとかよ。

 

「お姫様……結婚……ああああ!」

 

 そうだよ、このスキルは使えるかもしれない。

 女を口説くのに!

 

 オレの夢は『ハーレム御殿』。

 女を<魅了>するスキルとか、喉から手が出るほど欲しいわ。

 

 これはもう、試しに使ってみるしかないだろ。

【愛天使の矢】を検証することにした。

 

「しかし使うとして……どの女にする?」

 

 オレには女の知り合いがいない。

 

 生活に余裕なさ過ぎて、恋愛なんてしたことねえ。

 おかげで20歳にもなって童貞だよ、ちくしょう!

 

 ……ま、愚痴ってもしょうがない。

 今からでも探そうじゃないか、理想の恋人ってやつを。

 

  ◆  ◇  ◆

 

 日が変わり、翌朝になった。

 

 オレは街中のある酒場へ向かう。

 何の用かといえば、

 

「――情報が欲しい。どっかに可愛い娘いないか?」

 

 そこに頼りになる『情報屋』がいるのだ。



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キラカード 【愛天使の矢】

 

「なんだ藪から棒に?」

 

 答えたのは中年の男。

 彼こそは、この酒場の店主である。

 

「おやっさん、街で顔が利くだろ。それで何組ものカップルを仲介したって聞いたぞ」

 

 出会いを求める者を助ける、『出会いの導師』。

 店主は冒険者たちから、そう呼ばれているのだ。

 

「だがな、ワシはタダで助けるわけじゃないぞ」

「分かってるよ。店でいちばん高い料理と、高い酒をくれ」

 

 貯金をはたいて散財。

 これで店主の機嫌はだいぶよくなる。

 

「よしよし、ワシの知ってるべっぴん娘の情報を教えてやろう」

「待ってました!」

 

「まず『○×亭の看板娘』。美人で愛嬌があるという――」

「待て、そいつ知ってるぞ。男癖が悪いって評判のビッチだろ!」

 

 悪いが論外だ。

 

「むぅ、『女戦士のA子』はどうだ? 面倒見が良い姉御肌で――」

「そいつ、彼氏いるんだが」

「……そ、そうだったか? ワシの情報がちと古かったようだな」

 

 まあそういうこともある、よな?

 

「ごほん、『女魔法使い・B子』は? クール系で頭も切れるという――」

「そいつ猫被ってるけど、性格が悪いクソ女だぞ」

 

「『女神官・C子』は? 性格も良いし、優しい娘だぞ」

「知り合ったら、宗教の集まりにしつこく誘われるらしいんで、ちょっと……」

 

「さっきからケチばかりつけおって! お前、本当は情報通だろ!」

「そりゃオレだって、自分なりに情報を集めちゃいるわ」

 

 でもロクな女が見つからなかったんですハイ。

 

「だからとっておきの情報くれよ」

「ぬぬぬ」

 

 え……何よその反応?

 

「まさか、これ以上は知らないのか?」

「い、いや待て待て! 思い出したぞ」

 

 ほう~とりあえず聞いてみようか(疑念)。

 

「街を出てしばらく先に、『メジハの森』があるだろ。そこに村があるのは知ってるか?」

「森の村? 知らないな」

 

「その村にな、長耳人(エルフ)の娘がいるらしいぞ」

「エルフ……エルフってあのエルフ!?」

 

 長い耳をした、美男美女ばかりの亜人。

 大陸でもお目にかかるのは珍しい種族だ。

 

「そ、そのエルフ娘はどんな評判なんだ?」

「さあな、ワシも噂で聞いただけだし。自分で確かめに行きな」

 

 なら善は急げだ。

 オレは森の村へ行ってみることにした。

 

  ◆  ◇  ◆

 

 街を出て、平原を歩くこと30分くらい。

 向こうに森が見えてきた。

 このメジハ地方に広がる、森林地帯だ。

 

 森の道を進むことしばらく。

 

 ――向こうに何かいる!

 

 ガサガサと草むらの揺れる音。

 そこから出てきたのは、

 

「ガルルルル!」

 

 灰色狼(グレーウルフ)……凶暴なオオカミ。

 ランクF級、一般人が死傷するリスクのある魔物だ。

 

「だがE級(●●)のオレには雑魚だな」

 

『青銅の剣』で攻撃!

 

「ギャン!」

 

 グレーウルフをサクっと瞬殺。

 

「スキル発動、【解体】」

 

 オオカミの死体が消え、ドロップ品が落ちる。

『オオカミの毛皮』、40cpで売れる素材。

 

 F級の魔物うめえ! G級に比べて、ドロップの値段が倍だ。

 ほくほくしながら、毛皮を拾う。

 

 しかし、この森には魔物が発生しているようだ。

 警戒しながら進もう。

 

 そして街を出てから、1時間ほど経っただろうか。

 

「――村だ」

 

 森を切り開いた、開拓村にたどり着いた。

 

 人口は、30人もいなさそう。

 数戸の建物に、数家族が暮らす小集落である。

 

「エルフ娘も簡単に見つかりそうだな」

 

 さっそく村を見回ってみる。

 

「ん、あんたよそ者だか?」

 

 道で、農夫っぽいオッサンに呼び止められた。

 

「ああ、街から来た冒険者だ。よろしく」

 

 とりあえずフレンドリーに接する。

 

「冒険者……冒険者と言っただね!」

 

 農夫が詰め寄ってきた。

 

「おめえさん、この村で仕事をする気はねえだか?」

 

 なんか話を切り出された。

 

「別に仕事を探してるわけじゃないんだ。ちょっと私用でな」

「ふぅん、そうかい」

 

 農夫は諦めて立ち去って行く。

 

「……あ、いっけねぇ」

 

 村人から、エルフ娘の情報を聞き出さないと。

 

「待ってくれ! 教えて欲しことがあるんだが」

「んん、タダで教えろってのは虫が良すぎねえかぁ?」

 

 農夫が苦笑いしながら振り返る。

 

「……分かったよ。仕事(●●)とやらの話を聞くから、それで勘弁してくれ」

 

 こうして交渉が成立した。



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エルフ娘の噂

 

「仕事ってのは、村で警備をして欲しいだよ」

 

 なるほど、そういうことか。

 

 田舎の村は、ある問題を抱えている。

 人口が少ないため、魔物に(あらが)う戦力が不足しがちなのだ。

 

 そこで解決策が編み出された。

 冒険者を雇い、村を警備してもらうというもの。

 

「いま警備の冒険者がやめちまって、空席だっただ。おめえさんが入ってくれたら助かるんだども」

 

 たしかに近くの森には灰色狼(グレーウルフ)が出るし、警備が必要というのは分かる。

 

「ま、気があったら、村長の家さ訪ねてくれだ」

「分かった。じゃあ、こっちの用を聞いてくれ」

 

 オレは当たり障りのない範囲で、事情を明かす。

 

「……ふぅん、エルフの娘っ子だか」

 

 果たして噂は本当なのか?

 

「それなら村長の家さ()るだよ」

「本当か! そこに行けばエルフに会えるんだな?」

 

 オレは大急ぎで、村長の家へ向かった。

 村で一番、大きな家の扉を叩く。

 

「誰かいるか!」

「はぁい、どちら様?」

 

 家から人が出てきた。

 それは20代前半くらいの女性。

 

「――ッ!」

 

 彼女の耳は、人間と違う。

 耳先が長く、尖っていた。

 

 間違いない、長耳人(エルフ)の女だ。

 

 しかも、すげえ美人!

 まるで、おとぎ話の女神様みたいで。

 街に行けば、女優かモデルとして即デビューできるだろう。

 

「あのう、何のご用でしょう?」

 

 エルフ嬢が怪訝な顔をする。

 

「あ~村の警備員を探してると聞いたんだが」

 

 オレは冒険者(E級)の腕章を見せつける。

 

「あら冒険者の方でしたか。どうぞお入りください」

 

 エルフ嬢は家に招き入れた。

 

 ああ……胸がドキドキする。

 彼女めっちゃ好みのタイプだわ。

 

 よし、決めた!

<魅了>スキルを使うぞ。

 もしそれが予想通りの効果なら、

 

『ニングさん……私、あなたが好きになっちゃったみたい(発情)』

 

 顔を赤くし、すり寄ってくるエルフ嬢。

 

『お願い、抱いて』

 

 抱いちゃう、抱いちゃうよもう!

 そしてベッドに直行してあれこれ……ぐふふふ。

 

 オレが内心ほくそ笑んだときだった。

 

「あなた、お客様よ」

 

 エルフ嬢が、奥に向かってそう言った。

 

 ――あなた。

 え、『あなた』って言ったよな?

 

「これはこれは、どちら様ですか?」

 

 奥の部屋から、1人の青年が出てきた。

 歳は20代半ばくらいか。

 

「街から来た冒険者だが、あんたは?」

「私が村長です。この村は人手不足で、若輩ながら務めておりますゆえ」

「じゃあこちらの女性は……」

「私の妻です」

 

 人妻かよぉ!!!

 

 終わった……オレの一目惚れ(呆然)。

 さすがに、人妻に手を出す気にはなれん。

 

「それで我が家にどんなご用で?」

 

 青年村長が聞いてくる。

 

「ええと、村の警備の話ってのを聞いて……」

 

 でも、やる気ゼロになったわ。

 適当なところで断って、街に帰るか(落胆)。

 

 そして応接間で、見せかけの交渉が始まった。

 

「仕事の条件としてはこうなりますね」

 

 村長が書類に、情報をまとめてくれた。

 

##########

 ・森の見回りと、魔物の間引きを毎日して欲しい。

 ・警備の期間は1週間で契約。

 ・報酬は週給で、3500cp。

 ・契約の延長は『1週間単位』で可能。

 ・契約中、指定の宿舎に寝泊まりしてもらう。

 ・食事は村で提供する。

##########

 

「まあまあの条件だな」

 

 でも受ける気はねえけど。

 

 じゃあ難癖つけて断りましょうかね。

 オレがそう思ったときだった。

 

「ただいま!」

 

 玄関に誰かが入ってくる。

 

「あれ、来客中だった?」

 

 子供っぽい澄んだ声。

 まだあどけない、エルフの少女だった。

 

「この娘はアンナ。私の妻の妹です」

 

 村長が紹介する。

 やはりエルフ妻の血縁か。

 

「あたし、奥に下がってるね」

「いや待つんだ、ここに残りなさい」

 

 村長が呼び止めた。

 

「え、どうして?」

「お前にも関係のある話だ」

 

 そして経緯を、アンナに説明した。

 

「――ということだが。ニングさんは、この村に来るのは初めてらしい」

 

 たしかに『出会いの導師』に聞くまで、この村は知らなかったし。

 

「だから森を回るとき、案内する者が必要になる。それをアンナ、お前に任せたい」



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村の警備員

 

 な、なんだって!

 

「子供にオレの手伝いをさせるのか?」

 

 あ、思わず口に出てしまった。

 

「子供じゃありません、もうちょっとで15です!」

 

 エルフ娘は口を尖らした。

 

 ちょっとで15って……まだ14歳ってことじゃん。

 冒険者ギルドに登録できない子供。

 

 ――って言うと怒りそうだからやめとくが。

 

「失礼したお嬢さん」

「ニングさん」

 

 そこへ村長が口出しする。

 

「アンナは森歩きをさせたら、大人以上の働きをしますよ」

「というと?」

「彼女は()が良いのです」

 

 ん、なるほどな。

 

 アンナは長耳人(エルフ)

 獣のように長く、尖った耳を持つ亜人。

 

 つまり聴覚(●●)が発達しているのだ。

 野外で音を拾ったり、気配を察する能力は、人間を上回るだろう。

 

「では、依頼を受けてくれますか?」

 

 村長が最終確認をしてくる。

 

 ううむ、どうしよう……。

 さっきまでは断るつもりだったけど、今は状況が変わる。

 

 アンナも可愛いよなぁ。

 

 ベクトルとしては、おとぎ話の妖精タイプか。

 やはりエルフの娘は美しい。

 

「……ッ!」

 

 ああ、胸がドキドキする(またか)。

 まさかこれ……恋ってやつ?

 

「分かった、依頼を受けようじゃないか」

 

 オレは決断した。しちゃったのだ。

 

 認めるしかない。

 14歳の少女が好きになったと。

 

 もう開き直ってやる。

 罵りたい奴は、ロリコンと罵りやがれ!

 

 この世界じゃ、早い奴は13歳くらいで結婚するんだ。

 そんぐらいの歳を好きになって何が悪い!

 

「では書類にサインを」

 

 渡された契約書に署名。

 オレは1週間、村の警備員をすることになった。

 

  ◆  ◇  ◆

 

 村の周りに広がる森。

 オレとエルフ娘(アンナ)はそこの見回りを始める。

 

 灰色狼(グレーウルフ)に遭遇。

 ――駆除。――【解体】。――ドロップ品を拾う。

 

「アンナ、荷物を持ってくれ」

「はい」

 

 ドロップ品の保管袋、備品など。

 そういったものはアンナに運ばせている。

 

 オオカミ駆除……オオカミ駆除……オオカミ駆除……。

 

 作業を始めてしばらく。

 時間は昼になった。

 

「そろそろ飯にするか」

 

 ちょうど良い具合に倒木がある。

 オレたちはそれに腰掛けた。

 

 弁当を取り出してランチタイム。

 用意してくれたのは村長の奥さんである。

 

「お姉ちゃんのサンドイッチおいしい~」

 

 アンナがパンにぱくついた。

 

 オレは、その様子をじっと見ている。

 ……はぁ、なんかせつない。

 

 さっきから妄想ばかりしているのだ。

 アンナと恋人になって、愛し合う場面を。

 

 エルフ娘への想いは、どんどん募る一方だ。

 

 でも……見極めが必要だな。

 

 さっきから懸念していることがある。

 アンナに男がいたりしないかと。

 

 あんなに可愛いなら、間違いなくモテそう。

 まだ子供っぽいが、恋人がいたっておかしくない年頃だ。

 早い子は肉体経験を済ませてたりするのも……。

 

 いやいや、あの天使が淫らなわけねえだろ!

 

 でも、人は見かけによらないっても言うし……。

 

 どっちだ、どっちなんだ?

 アンナに彼氏はいる? いない?

 

「……アンナ、なんでオレを手伝おうと思った?」

 

 遠回しに探りを入れてみる。

 とりあえず適当な話題を振って。

 

「実はね、夢があるの」

 

 タメ口で返すアンナ。

 オレがそうするよう頼んだからだ。

 

「あたし、15歳になったら冒険者になりたいんだ」

 

 つまり冒険者のオレを手伝うことで、修業したかったのか。

 

「となると村を出て、街で暮らすわけだ。家族や知人と離れるのは大変だな」

「そうね……。街で独り暮らしを始めるつもりよ」

 

 ――独り暮らしを始めるつもりよ。

 

 ふむ、一緒に付いてくる男はいない。

 どうも彼氏はいなさそう?

 

 まあ念のため、()も探っておくか。

 

「よし、見回りをさっさと済ませるぞ」

 

 オレは雑談を打ち切り、仕事を再開する。

 そして午後の見回りも、問題なく終わった。

 

 村に戻って、村長に報告。

 魔物を狩った証として、ドロップ品を見せる。

 これで業務は終了だ。

 

「おつかれ、案内ありがとう」

「おつかれ、ニングさん」

 

 アンナと別れて独りになった。

 オレはある場所へ向かう。

 

 村の酒場。

 目的は噂話を聞くためだ。

 

「村長の義妹さん、なかなか見どころあるな」

 

 酒場の客とおしゃべりし、

 

「彼女、冒険者になるつもりだって? 周りはどう思ってんだ?」

 

 アンナの人間関係を探り出していく。

 

 果たして村人たちの返答は――。



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エルフの少女アンナ

 

 ――村に来て2日目になった。

 

 日中の見回り(2日目)……問題なし。

 

 夕方の酒場での聞き込み(2日目)……良い傾向。

 探ってみたが、やはりエルフ娘(アンナ)に彼氏はいないようだ。

 

 なら、次のステップに進んでもいいよな。

 アンナに<魅了>スキルを掛ける!

 

 タイミングは、アンナと2人きりのとき。

 となると、森の見回りのときだな。

 

 ああ、明日が待ち遠しいぜ。

 

 ――村に来て3日目。

 

 森の空き地で休憩中に、

 

「アンナ、話がある」

 

 オレは行動を開始した。

 

「そこに立ってくれ」

「んん、なんで?」

 

 首を傾げながらも、言われた通りにするアンナ。

 

 悪いな……。

 本当のことを言ったら嫌がりそうだから、何も言わない。

 

 こっそりスキルを発動させる。

 ――【愛天使(キューピッド)の矢】!

 

##########

  ☆☆☆

  【愛天使(キューピッド)の矢】 消費MP9

  -…-…-…

  <魅了>、<長射程>、<放心>

##########

 

 すると目の前で異変が起きる。

 半透明の幻影が、召喚されたのだ。

 

『ラブリ~!』

 

 弓矢を持った子供の天使。

 幻影はそんな姿をしていた。

 

『ラブリ~!』

 

 子天使は弓を構え、矢を放つ。

 

「――あッ!?」

 

 アンナの悲鳴が上がった。

 胸に矢が突き刺さったのだ。

 

「しまった、アンナ!」

 

 オレは血の気が引いた。

 まさか彼女を負傷させてしまったのでは!

 

「……んん……変な感じ」

 

 しかし、アンナは無事だった。

 矢が刺さったのに?

 

 いや、あれは……本物じゃない。

 矢の形をした、閃光(ビーム)だ。

 

 ほどなくして、ビーム矢は煙のようにフッと消えてしまった。

 

『ラブリ~!』

 

 子天使の幻影も消える。

 

「なんか胸がムズムズするけど、大丈夫よ」

 

 アンナ自身がそう宣言する。

 ふぅ、まさかと思って肝が冷えたぜ……。

 

「村に戻って、安静にするか?」

「こんくらい平気よ。あたし冒険者志望だし」

 

 どうやら体に異常はないようだ。

 よかった、よかった。

 

 ……いや、よくねえ。

【愛天使の矢】はどうなった!

 

 これで<魅了>スキルが掛かったはずだが。

 よし、確かめてやろう。

 

 オレは右手を伸ばす。

 まずは軽いスキンシップを。

 

 アンナの左手に触れた。

 なめらかで、暖かい。

 

「ニングさん?」

 

 アンナがこっちを見た。

 

「嫌か?」

 

 オレは指を絡める。

 少女の細くて華奢な指に。

 

「な、なんか……くすぐったい」

 

 アンナは手を振り解く。

 

 え……?

 拒まれてしまった。

 

「ご、ごめんな」

 

 オレは慌てて彼女から離れる。

 

 おい話が違うぞ、<魅了>掛かったんじゃねえのかよ!?

 

  ◆  ◇  ◆

 

 その後、オレはしばらく呆然となった。

 エルフ娘(アンナ)に拒まれたショック。

 それは予想外に大きかったのだ……。

 

 時はあっという間に過ぎていく。

 気づくと夜になっていた。

 

 村長宅の夕食会が終わり、オレは離れ屋へ向かう。

 そこが警備員の宿舎なのだ。

 

 部屋に入り、ベッドに寝転ぶ。

 

「はぁ……どうしよう?」

 

 アンナに、見切りをつけるべきだろうか?

 要領のいい男だったら、さっさと別の女を探しに行くだろう。

 

「アンナ……何でだよ……」

 

 でもオレは少女への執着が捨てられない。

 

 童貞の悲しい習性か。

 ストーカーになる奴の気持ちが、少し分かった。

 

 アンナ……アンナ……ああ!

 

 ――コンコンという音。

 

「……ん?」

 

 またコンコン。

 誰かが宿舎に来たらしい。

 

「こんな時間に誰だ?」

 

 オレは離れ屋の扉を開けた。

 その前にいたのは……、

 

「ニングさん、起きてる?」

「え、アンナ!」

 

 愛しいエルフ娘が立っていた。

 なんで?

 

「明かりついてたから、ちょっと話したくて」

「そうか、まあ入りな」

 

 アンナを部屋に迎え入れる。

 

「あら、何かしら、この機械?」

 

 彼女の視線が部屋の隅に。

 そこには『ガチャ台』を置いてあった。

 もちろん、ゴミ捨て場で拾った『終わらないガチャ』だ。

 

 実は昨晩、街に戻って自宅から持ってきた。

 日課のガチャをやるたび、街に戻るのがめんどくさいと思ったから。

 

「ええと、それは(汗)」

 

 しかしガチャ台を持ち込んだのは、村長たちに話してない。

 しまった、部屋に入れたのはマズかった!



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初めての恋人

 

「……街で買った物だ。複雑な仕掛けがついてるから、触らないでくれ」

 

 とりあえず警告。

 

「そう、分かった」

 

 幸いアンナは、もうガチャ台に興味を示さなかった。

 なら話題を逸らそう。

 

「で、話って何だ?」

「あのね……その……」

 

 アンナは語り出すも、どこか歯切れが悪い。

 

「ちょっと来て欲しいところがあって……」

 

 どうも宿舎の外に連れ出したいらしい。

 

「いいぜ、連れて行きな」

 

 アンナの申し出とあっては、断る理由がない。

 しかし、どこへ行くのか?

 

「……母屋(おもや)?」

 

 連れて来られたのは、村長宅。

 すでに明かりが消えている。

 

「なんでここに――」

「家の中では静かにね」

 

 アンナが口を閉じるジェスチャーをした。

 話をさえぎられてしまう。

 

 まあ、しつこく聞くもんでもないし。

 アンナのやりたいようにさせてやろう。

 

 彼女が向かったのは、村長宅の2階。

 そこには確か、寝室があった。

 

 階段を上ったとき。

 

 ――ッ。

 ――――ッ。

 

 寝室の方から、物音が聞こえてくる。

 いるのは村長夫婦のはずだが……。

 

 夜の寝室。

 若い夫婦。

 物音。

 

 ――むむむッ!

 その3つのキーワードでピンときた。

 

 まさか、まさかまさか、この音ってぇ……。

 

 ベッドがギシギシと軋む。

 夜のレスリングの音じゃねえか!

 

 思わず、アンナの手を掴む。

 これ以上は駄目だ。

 

 そして通路を戻り、家の外に引きずり出した。

 

「なぜあんな現場に行ったッ?」

 

 母屋から離れたのを確認し、問い詰める。

 

「……欲しいの」

 

 アンナが無表情でつぶやいた。

 

「教えて欲しいの……お姉ちゃんと義兄さんがやってることを」

「――なッ」

 

 頭をガツンと殴られた気分になった。

 

 教えて欲しい、夜のレスリングについて。

 

 性へ好奇心を持ち、子供が大人になる。

 この娘は、ちょうどその境にいるのか。

 

「ごほん、そういうのは、村の大人に聞いた方が……」

「は、恥ずかしいよ。身近な人に聞ける話じゃないし」

 

 言われてみればそうである。

 

 でも部外者のオレは違う。

 村社会で変な噂になるリスクがないってことか。

 

「……分かった、教えてやるよ」

 

 オレは語った。

 村長夫婦がベッドで何をしていたのかを。

 

「――ほ、本当なの?」

 

 アンナは聞き入っている、顔を真っ赤にしながら。

 

「ショックだったか?」

「……うん」

「ふふ、まだまだ子供だな」

「だから子供じゃないって!」

 

「よしよし、これで話は終わりだ」

「……待って、まだ納得してないよ」

 

 アンナが食い下がってきた。

 

「又聞きしたけど、それが本当なのか確かめたわけじゃないし……」

 

 ええとつまり、自分で確認したいってこと?

 

「いや、確かめるって言ってもな(汗)」

「確かめさせて」

 

 そのとき、アンナが手を握ってきた。

 

「――え?」

「ニングさんと……確かめたいの」

 

 少女の指が、こちらの指に絡まってくる。

 細くて、すべすべして、暖かかった。

 

 な、ナニコレ……女の方から誘ってきた。

 童貞20年で初めての体験である。

 

<魅了>か、<魅了>スキルの仕業なのか?

 今になって、ようやく効いてきやがったらしい。

 

「……後悔しないか? オレはしょせん流れ者だぞ」

「あたしも冒険者になるんだよ。冒険者の人に……大事なものをあげたっていいでしょ」

 

 それを聞いて安心した。

 

「オレの部屋に来な、知りたいことを教えてやる」

 

 少女の耳元で囁くように告げた。

 

 そのままチュッとキスをする。

 エルフの尖った耳先に。

 

 そしてエルフ娘は言われた通りにした――。

 

  ◆  ◇  ◆

 

 翌朝――村に来て4日目。

 

 オレはベッドで目を覚ました。

 寝ているのは……自分だけか。

 

 ぬくもりの残るベッドから身を起こす。

 シーツからほんのりと、少女の香りがした。

 

 アンナはもう起きたのか。

 

 身だしなみを整え、朝食会に向かう。

 村長宅に入ったとき、

 

「「あ――」」

 

 エルフ娘(アンナ)とばったり会った。

 

「おはよう……」

 

 なぜかもじもじするアンナ。

 

「おはよう、昨日は良い夜だったな」

「う、うん……」

 

 エルフ娘は、耳まで真っ赤になっている。

 ふふふ可愛いなぁ。

 

 恋人ができた。

 やっとその実感が湧いた気がする。



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家族の確執

 

「ニングさん、アンナの腕はどうですか?」

 

 朝食会のテーブル。

 そこで青年村長から、話を振られた。

 

義妹さん(アンナ)は見どころあるよ。冒険者になってひと月もすれば、E級にはいけそうだ」

 

 2日ほど、彼女と行動した上での所見。

 まあ冒険者で食ってくのには苦労しないだろう。

 

「ニングさん、お願いがあります。アンナをこのまま鍛えて貰えないでしょうか?」

 

 村長からの提案。

 アンナが冒険者志望なのを、家族は知ってるらしい。

 

「むろん報酬は追加でお支払いしますよ」

「……なら、断る理由はないな」

 

 オレは頼みを受けることにする。

 

 村長とは仲良くしておきたい。

 恋人の家族との付き合いも、大事にしないとね。

 

「ちょっとあなた、何を勝手に決めてるんです!」

 

 そのとき異議を唱えた者がいる。

 

 妙齢のエルフの女性。

 村長の妻であり、アンナの姉さんでもある。

 

「私はアンナを冒険者にするのは反対ですから」

 

 むぅ、エルフ妻は不承知なのか。

 家族が一枚岩というわけではないらしい。

 

「お姉ちゃん口出ししないで!」

 

 アンナが遮ろうとする。

 

「あんたは子供だから何も分かってないの! 冒険者は危険なのよ」

 

 それは、否定できない。

 冒険者になった新人が、身の丈に合わない敵に挑んで――死亡。

 業界ではよく聞く話だ。

 

「だから死なないように、修業するんでしょ!」

「凡人が修業したってタカが知れてるわ。あんたみたいな無謀な子が、真っ先に死ぬのよ?」

 

 姉妹喧嘩が始まってしまった。

 どうにかしてくれよ、村長(汗)。

 

「たしかに君の言う通りだ。私としては、アンナを冒険者にするのは……気が進まない」

 

 は……?

 さっきまでと言ってること違わねえか、村長さん!

 

「でもね村としては、冒険者が出るのは歓迎なんだ」

 

 んん、どういうことだ?

 

「新しい制度ができた。冒険者を出した村に、街の行政府が補助金を支給してくれるらしい」

 

 なるほどな。

 

 今は『魔物頻出期』と言われ、魔物らの動きが活発化している。

 魔物退治屋として、冒険者の需要が高まっているのだ。

 

「まさかお金のために、アンナに危険な仕事をさせるの!」

 

 エルフ妻が眉をひそめる。

 

「村は人手不足なんだ。補助金で施設を充実させて、移住者を呼び込まないとやってけない」

 

 これで大勢は決まったな。

 アンナと村長に賛同されては、反対するのは難しい。

 

「……私は反対しましたからね。そこまで言うなら、2人の責任でおやりなさいな」

 

 エルフ妻は不満たらたらに言った。

 

 ううむ、家庭内不和がちょっと心配だな。

 

「――ではニングさん。指導の報酬について話しましょう」

 

 村長が話を切り替えた。

 まあ交渉しようか。

 

 結果、アンナの指導料は、1日につき500cpと決まった。

 

 警備からさらに報酬が倍増じゃん!

 村に来てから稼ぎまくりだわ、ほんと。

 

「――じゃあ、修業の目標を決めようか」

 

 朝食会の後。

 アンナと2人きりで打ち合わせをする。

 

「魔物をいっぱい倒して強くなりたいわ」

「それより、大事なことがあるだろ」

「え、なあに?」

 

「村長の奥さん、お前の姉さんを安心させることだ」

「お姉ちゃんを……?」

 

 アンナは複雑そうな顔をする。

 

「他人に認めてもらうってのも、やりがいのある目標だぞ」

 

 オレがアンナを恋人にしたようにな。

 

「ましてや、お前を心配してくれる家族なんだ。大事にしておけ」

 

 ――あんたは子供だから何も分かってないの! 冒険者は危険なのよ。

 お姉さんの言うことにも一理あるのだ。

 

「だから強くなるのは、家族のためだ。そのことを忘れるなよ」

「……分かったわよ。努力します、師匠(●●)!」

「し、師匠?]

 

今まで通りに接してくれ、恥ずかしいわ!

 

「ごほん。とりあえず、アンナのステータスを見せてくれ」

 

 彼女に『携帯魔鏡(ポケットミラー)』を使わせる。

 

「いくよ、ステータスオープン」



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アンナ育成計画

 

##########

  名前: アンナ

  -…-…-…

  力量: F級

  MP: 9/9

  心力: 2

  技力: 4

  体力: 3

  -…-…-…

  スキル:

  【解体】

##########

 

「このステータス、『軽戦士型』か」

「軽……何それ?」

「冒険者の分類法だ。ステータスの傾向によって、7つのタイプがある」

 

##########

  魔法型……『心力』が高い。

  探偵型……『技力』が高い。

  戦士型……『体力』が高い。

  魔法工型……『心力』『技力』が少し高い。

  軽戦士型……『技力』『体力』が少し高い。

  魔戦士型……『体力』『心力』が少し高い。

  万能型……バランスの取れた心技体。

##########

 

『技力』が高いと、手先が器用になったり、身軽になったりする。

『体力』が高いと、筋力が強くなったり、生命力がタフになる。

(『心力』が高いと、精神がタフになったり、魔法技術に影響する。)

 

「『軽戦士型』はその2つの特徴で、トリッキーな戦い方をするタイプだ」

「へぇ、エルフのイメージにぴったりじゃない」

 

 神話やおとぎ話に出てくるエルフといえば。

 弓使いの野伏(レンジャー)というのがお決まりだからな。

 

「あたしも弓使いになるつもりよ!」

 

 アンナは手製の木弓と、矢筒を持ち出してくる。

 

「じゃあ、それを使って『瀕死狩り』をやってもらうか」

 

 ベテラン冒険者が、新人のステータスを手早く上げる方法がある。

 

 上位ランクの魔物を痛めつけ、瀕死(●●)まで追い込む。

 そして新人にトドめを刺させるのだ。

 これを『瀕死狩り』と言う。

 

「でもいいの? あたしは強くなれるけど、ニングさんは『成長値』が入らないんじゃない?」

 

 魔物にトドめを刺した者でないと、ステータスは成長しない。

 それが定められた法則だ。

 

「でも代わりに村長さんが、500cp(1日に)くれるしな。『成長値』は、金と引き換えってことだ」

 

 取引としては納得している。

 というわけで『瀕死狩り』によるステ上げが始まった。

 

 森を見回って、魔物を見つける。

 

『青銅の剣』で攻撃!

 

 オレが死なない程度に、灰色狼(グレーウルフ)をボコり、

 

「トドめッ!」 アンナが弓を射って、

 

「ギャン!」 矢が命中。

 オオカミの鼻面に突き刺さった。

 

 グレーウルフ死亡。

 

「この調子で狩ってくぞ」 「うん!」

 

 オレたちは息の合った連携で、魔物を次々に仕留めていく。

 

 そして、その日の見回りが終わる頃。

 アンナのステータスは、3ポイントも成長したのである。

 

##########

  名前: アンナ

  -…-…-…

  力量: F級

  MP: 12/12※

  心力: 3※

  技力: 5※

  体力: 4※

##########

 

「オオカミの毛皮が27個……まとめて1080cpになるよ」

 

 ドロップ品は、村の行商人に売却した。

 

「このお金も、ニングさんがもらって」

 

 アンナはどうしても報酬は受け取らないと言ってくる。

 結論はさっきと同じなので、大人しくもらっとこう。

 

 そんな感じで、アンナの育成計画は進んでいく。

 

  ◆  ◇  ◆

 

 ――村に来て9日目。

 時刻は夕方。

 

「や、やったぁ!!!」

 

 アンナが大はしゃぎする。

 

「おめでとう。これでお前もE級(●●)だな」

 

 オレは祝いの言葉を述べた。

 

##########

  名前: アンナ

  -…-…-…

  力量: E級※

  MP: 27/27※

  心力: 7※

  技力: 10※

  体力: 10※

##########

 

『瀕死狩り』を始めて6日。

 ついにオレと同格に追いついたか。

 

「じゃあ指導はここまでだな。明日からは1人で狩りをしてみな」

「ええ、ニングさんと離れなくちゃいけないの?」

 

 アンナが不満の声を上げる。

 

「ソロ狩りの方が、『成長値』『ドロップ』を稼げるだろ」

 

 E級になれば、1人で灰色狼(グレーウルフ)(F級)を相手にしても大丈夫だ。

 稼ぎの効率を考えるなら、別行動した方が得である。

 

「それに修業の目標を忘れたのか?」

 

 ――お前の姉さんを安心させることだ。

 ――強くなるのは、家族のためだ。そのことを忘れるなよ。

 

「ステータスが上がっても、お前には経験が足りない。同格の敵と戦うとき、その差によって敗れる場合もあるんだ」

 

 だから冒険者になるまで、戦闘経験を積め。

 E級になったからと言って慢心してはいけない。

 

 オレはそう言い聞かせた。

 

「……分かったよ、ニングさん。あたし我がままだった」

 

 アンナは素直に受け入れてくれた。

 

「でもさ、そのぶん、夜に可愛がってね」

「――えッ?」

「もう一度、ニングさんとあれ(●●)したいの」

 

 夜のあれって……あれだよな?

 

「駄目かな?」

 

 アンナは微笑する。

 まだ子供っぽい童顔。

 しかしそこには、大人びた艶っぽさが出始めていた。



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D級を目指せ

 

 翌朝――村に来て10日目。

 

 今後の方針。

 しばらく村を拠点にして、ステータス上げだ。

 

 あれからガチャをしたのは、16回。(総数81+16)

 オレのステータスはこうなっている。

 

##########

  名前: ニング

  -…-…-…

  力量: E級

  MP: 31/31(限界33)※

  心力: 11※

  技力: 10※

  体力: 10※

  -…-…-…

  スキル:

  【解体】

  【愛天使の矢】

##########

 

 MPを81まで上げたい。

 そうすれば『D級』に昇格できる。

 

 いま1日に増える『成長値』は1ポイント。

 だからD級になれるのは……50日後ということ。

 

 時間かかるなぁ(汗)。

 地道にやってくけどさ。

 

 そして日課が始まる。

 

 村長一家の朝食会に参加。

 家を出て、森の見回りに向かう。

 

「ニングさん、行ってくるね」

「おう、1人でも頑張れよ」

 

 今日からアンナと別行動。

 ひさびさのソロ狩りだ。

 

 さて森でひたすら魔物を狩りますかね。

 

 そう思いながら村を出ようとしたとき、

 

「――あッ!」

 

 村の民家の方で、悲鳴のような声が聞こえたのだ。

 

 んん、何があった!

 オレは現場へと駆けつける。

 

「魔物だ、魔物が出たぞ!」 「誰かぁ助けくんろ!」

 

 民家の方から、村人たちが逃げてきた。

 彼らは口々に「魔物が出た」と言っている。

 

「魔物って、そんな馬鹿な!」

 

 にわかに信じ難い話だ。

 村に魔物が入って来るなど、普通はあり得ない。

 

 なぜなら、村の周りには防柵があるからだ。

 

 しかも、ただの柵ではない。

 魔法による強化が施された『魔防柵』。

 

 材質は木だが、硬さは石壁なみ。

 多少の攻撃ではビクともしないはず。

 

「ガルルル!」 そのとき獣の吠える声がした。

 

「あれは灰色狼(グレーウルフ)!」

 

 森の魔物が、民家の影から姿を現す。

 侵入したというのは、本当だったのだ。

 

 ええい、気持ちを切り替えるぞ!

 とりあえず、魔物を排除しないと。

 

「「「グルルル」」」 「「「グルルル」」」 「「「ガルルル」」」

 

「……あ?」

 

 ところが、グレーウルフは1体だけではなかった。

 10体の群れを成していたのである。

 

 ……おい、さすがにオレ(E級)でもキツイぞ!

 

 力量(ランク)の弱い敵でも、数が揃うと侮れない。

 

 ウルフ(F級)が3体までなら何とかできる。

 でも4体以上に襲われると、必ず勝てるとは言えなくなってくる。

 10体もいたら、ほぼ勝つのは無理だろう。

 

「おい、村の衆!」

 

 遠くで様子見してる、村人たちに声をかける。

 

「オレだけじゃ手に負えない! 加勢してくれ!」

 

 F級の魔物なら、武装した一般人でも互角に戦える。

 村人でも、十分な戦力になるのだ。

 

「わ、分かった」 「待ってでけれ!」

 

 武器を取りに行く、村人たち。

 

「「「グルルル(×10)」」」

 

 しかしウルフたちは黙って待つわけがない。

 一斉に襲いかかってくる。

 

 くッ……防戦に徹するしかねえか。

 そう思ったときだった。

 

 ――ヒュン、と風を切る音。

 

「ギャアン!」

 

 1体のウルフが絶叫する。

 何が起きたかというと、

 

「目玉に、矢!」

 

 ウルフの右目に、矢が刺さっていた。

 それを弓で射たのは、

 

「ニングさん、助けに来たよ!」

 

 エルフの娘、アンナではないか。

 騒ぎに気づいて、駆けつけてくれたのだ。

 

「いいタイミングだ」

 

 2人のE級が揃った。

 10体のF級が相手でも、高確率で勝てる戦力である。

 

 その後の戦闘は、特に語ることもない。

 オレたちは、10体のグレーウルフを全滅させた。

 

「冒険者さん、助かったよ!」

 

 戻って来た村人から感謝される。

 

「安心するのは早いぞ。他に入り込んだ魔物はいないか?」

 

 オレは警戒を怠らない。

 

「た、大変だ! 村長の家の方に、魔物が行っただよ!」

 

 そこへもたらされる凶報。

 まだ騒動は終わっていなかった。

 

「そんな……お姉ちゃんと、義兄さんが!?」

 

 家族の危機を知って、アンナは青ざめる。

 

「助けに行こう!」

 

 オレたちは慌てて走り出した。



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村の危機

 

 青年村長、エルフ妻。

 村に来てから、2人にはかなり世話になった。

 

 彼らの身に何かあったら……。

 そう思うと、オレも平静ではいられない。

 

 いや、悪い方向に考えるな。

 F級の魔物なら、一般人だって抵抗したり、逃げ切れる可能性はある。

 村長夫妻も無事に違いない。

 

「お姉ちゃん、義兄さん、大丈夫!?」

 

 村長宅の扉を、アンナが押し開ける。

 そこで出迎えたのは、

 

「――村長ッ!」

 

 血まみれで床に横たる、村長だった。

 

「駄目だ死んでいる」

 

 確かめたが、彼は息絶えていた。

 

「お、お姉ちゃんは!」

 

 アンナが奥の部屋に向かう。

 続いてオレも。

 

 そこには何かの気配があった。

 

「……グルルル」

 

 大きな体をしたオオカミだった。

 

「し、銀色狼(シルバーウルフ)!?」

 

 ランクE級の魔物。

 灰色狼(グレーウルフ)の上位種である。

 

 グレーウルフは、クチャクチャと何かを咀嚼している。

 

「うグッ!?」

 

 見たアンナが吐きそうになった。

 

 クチャクチャしている、ピンク色の物。

 それは内臓だった。

 

 オオカミの傍らに、女が横たわっている。

 

「奥さん……」

 

 衣服を剥がされ、半裸になったエルフ妻。

 その腹は食い破られ、臓物が引きずり出されている。

 

「う、うあああああ!」

 

 アンナは錯乱した叫びを上げる。

 

「――ッ」

 

 そのとき、シルバーウルフが跳び上がった。

 が……こちらに向かってではない。

 ガシャンと窓ガラスに体当たりし、破ったのだ。

 

 奴は家の外に逃げ出したのだ。

 

「逃がすか!」

 

 オレは後を追いかける。

 しかし――、

 

「「ガルルル!」」

 

 行く手に数体の灰色狼(グレーウルフ)が立ち塞がる。

 

「どけえッ!」

 

 オレは邪魔者たちをすぐ始末した。

 しかし、そのわずかな時間が致命的。

 

「……くそ、見失った」

 

 シルバーウルフは、とっくに姿を消していた。

 アンナの家族を殺した仇を、逃がしてしまったのだ。

 

「そういやアンナは?」

 

 彼女は付いて来ていない。

 まだ家の中に残っていたのだ。

 

「あ……ああああ!」

 

 そして家族の死体の前で、狂ったようにむせび泣いていた。

 

 オレは、なんと声をかけたらいいか分からない。

 あまりにも悲惨すぎて……。

 

  ◆  ◇  ◆

 

 その後、村に入り込んだ魔物を、何体か駆除した。

 騒動は収束する。

 

「なぜ村に魔物が入った?」

「こんなの今までなかっただよ!」

 

 事件の調査が行われる。

 ほどなくして、魔物が入ってきた原因は判明した。

 

「『魔防柵』に、穴が開いてるだ!」

「見たところ、劣化していたようだな……」

 

 いくら魔法で強化しても、経年劣化は避けられない。

 柵は長い年月を経て、モロくなっていた。

 そして穴を開けられ、外敵の出入りを許してしまったのだ。

 

「こんな、こんなことで……」

 

 たった1つの点検の見落とし。

 それが取り返しのつかない事態になった。

 

「……とりあえず、穴を塞ぐだよ」

 

 応急処置で、バリケードを作ることになった。

 

 あとは村人に任せていいよな。

 オレは村長宅に向かった。

 

 中に入ると、布をかけた2つの遺体が並べられている。

 村長と、奥さんだ。

 

「……うぅぐ」

 

 傍らで、アンナが泣いている。

 

「アンナ……」

 

 オレは彼女を抱きしめた。

 かける言葉がない以上、触れ合いで慰めるしかない。

 

 オレとエルフ娘は口づけを交わす。

 そして寝室へ行き、気が済むまで愛し合った。

 

「冒険者になろう、なんて思うんじゃなかった」

 

 ベッドの中。

 裸で横になったアンナがつぶやいた。

 

「お姉ちゃんの言いつけを聞いてればよかった。そしたら、あたしは家にいて、2人を助けられたのに……」

 

 いや無理だろう。

 冒険者の修業をしなかったら、アンナはF級のままだ。

 それでE級の魔物を相手に何ができる。

 

 彼女は冷静な判断を失っていた。

 

「やり直したい……。今朝に戻って、お姉ちゃんと義兄さんを助けたいよ……」

 

 オレも同じ気持ちだ。

 10日暮らして、村長夫妻が信頼してくれているのは分かった。

 大事な妹が、男と2人きりでいても何も言わないのだから。



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村長夫妻

 

「ごめんください」

 

 そのとき玄関の方で声がした。

 村人が訪ねてきたようだ。

 

「そろそろ時間だ。葬式の準備をしよう」

 

 オレはベッドから出て、脱いでいた服を着た。

 

 いろいろあったが、通夜は滞りなく行われた。

 

「おやすみなさい……」

「おやすみ」

 

 そしてオレたちは、別々の寝室へ向かった。

 村人の応対で疲れたし、今夜は1人で眠りたい。

 

 離れ屋の宿舎に戻り、ベッドへ横になる。

 

「――ッ?」

 

 そのとき部屋の隅で、何かがキラリとした。

 

「ガチャが、光った?」

 

 街から持ってきたガチャ台。

 表面には、魔鏡のようなパネルが埋め込まれている。

 

 そのパネルがチカチカと点滅し、光を放っているのだ。

 

「そういや今日は、ガチャ引いてなかったな」

 

 忙しくてすっかり忘れてた。

 

 ガチャにコインを入れようとしたとき、

 

「ガチャ……そうだガチャだ!」

 

 ある考えが閃く。

 

 ガチャからは出るじゃないか、不思議なカードが!

 

##########

  ☆☆☆

  【愛天使(キューピッド)の矢】 消費MP9

  -…-…-…

  <魅了>、<長射程>、<放心>

##########

 

【愛天使の矢】、それによってあり得ないことが可能になった。

 女に疎かったオレが、美少女を恋人にしてしまったのだから。

 

 なら、もしかしたらと考えてしまう。

 アンナを救えるカードが、ガチャに入ってるかもしれないと。

 

 オレは手持ちの金を確認する。

 

 村に来てからこのくらい稼いだ。

 警備報酬(3500cp)、F級魔物のドロップ(9720cp)、アンナの指導料(3000cp)。

 

 総額にして16220cp。

 うち1600はガチャに使ったから、残りは14620cp。

 

 これをすべて突っ込んで、ガチャを回してみよう。

 

 ――cp投入。

 ガチャ、ガチャ、ガチャリ。

 ガチャ、ガチャ、ガチャリ。

 ガチャ、ガチャ……。

 

 ガチャをすること、63回。(総数97+63)

 

「で、出たぁ!(驚喜)」

 

 2枚目のキラキラ光るカードが、排出されたのである。

 

##########

  【鉄の剣】

  -…-…-…

  アイテムを獲得する。

##########

 

「……あ?」

 

 手にしたカードが、ボワンと煙を吹いて爆発する。

 そして異変。

 オレの手にいつの間にか、一振りの剣が握られていた。

 

『鉄の剣』……量産品のナマクラ剣では、最上位のもの。

 街の武器屋で、普通に売ってるアイテム。

 

 ガチャから出てもあまり嬉しくねえ(汗)!

 ぶっちゃけハズレの部類である。

 

 ……まあ使わせてもらうけどさ。

 オレの『青銅の剣』より性能いいから。

 

 しかし、こんなので満足はできない。

 

 頼む、アンナを救えるスキル、出てくれ……!

 

 2度目のガチャタイムが始まる。

 

 ガチャ、ガチャ、ガチャリ。

 ガチャ、ガチャ、ガチャリ。

 ガチャ、ガチャ……。

 

 そして143連目に、(総数97+63+80)

 

「ま、またキラだぁ!」

 

 3枚目のキラカードが出た。

 

##########

  【時をかける者】

  -…-…-…

  <時間逆行>、<使い切り>

##########

 

「――ッ!」 カードを見て、心臓が破裂しそうになる。

 

<時間逆行>。

 

『やり直したい……。今朝に戻って、お姉ちゃんと義兄さんを助けたいよ……』

 

 時間を……逆に行く。

 まさかこれ、過去に戻れるスキルなのか!?

 

 だとしたら、やり直したいことがある。

 

 村長……奥さん……。

 大切な人たちを救いたい、救ってあげたい。

 

 だから奇跡よ、起きてくれ!

 

「スキル発動――【時をかける者】」

 

 さて何が起きる?

 カードに奇跡の力があるなら、アンナを救ってみせろ!

 

 ――ぐらり。

 立ちくらみのような感覚がした。

 

 体調不良? いや違うこれは。

 

 ぐらり、ぐらぐらぐら――立っている床が、建物が、激しい揺れに襲われたではないか。

 

「地震だ!」

 

 そのとき、足元が崩れるような感触がした。

 

 地割れ? 陥没? 直下で異変が起きたのは間違いない。

 

「う、うわああああ!」

 

 しかし逃れるすべはない。

 オレの体が、下に向かって落ちていく。

 

 そのまま意識を失った。



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時をかける者

 

「ううん……」

 

 目を覚ますと、日が明けていた。

 

 ここは……いつもの宿舎。

 オレは床に倒れて、眠っていたようだ。

 

 ええと地震が起きて、地割れにのまれたと思うんだが。

 だが床には、割れ目ひとつ入ってない。

 

 あれは、ひょっとして幻覚だったのか?

 

「……そうだスキル、【時をかける者】はどうなった!」

 

 オレは宿舎を出る。

 向かったのは村長の家。

 

 あそこに行けばすべてがはっきりする。

<時間逆行>とは何なのか。

 

 オレが家に入ったとき、

 

「どちら様かしら?」

 

 奥で女の声がした。

 2度と聞くことはないと思っていた、彼女の声。

 

「あら、ニングさんじゃないですか」

 

 エルフ妻が現れた。

 

 その体には傷一つない。

 腹が裂けて内臓を垂らしてもいない。

 

 彼女は蘇ったのだ。

 

「よかった……本当によかった」

 

 思わず目が熱くなる。

 

「は、はい?」 ぽかんとするエルフ妻。

 戸惑うのも無理はないが。

 

「……ちょっと悪い夢を見たのさ。気にしないでくれ」

 

 オレはそう言ってはぐらかした。

 

「そういや、村長は?」

「井戸の方に行きましたよ」

 

 エルフ妻の情報を元に、そちらへ行ってみる。

 

「ふぅ……」 裏手の井戸で顔を洗う、村長の姿があった。

 

 これで夫妻の無事を確認。

 

「村長さん、週給もらえるのはいつだっけ?」

「ええと、4日後の夕方にお渡ししますよ」

 

 つまり村に来てからの日数は、10日目。

 

 確定した、<時間逆行>が起きてる。

 オレは夫妻が死ぬ日、その朝に戻ったのだ。

 

「……村長さん、ちょっと出かけて来る」

 

 そのとき薄っすら考えていた案が、頭の中で形になる。

 

「あの、もうすぐ朝食会ですが?」

「魔防柵を見てくるだけだ、すぐ戻る」

 

 夫妻の死の原因とは。

 魔防柵の穴を見落とし、魔物の侵入を許してしまったこと。

 

 だったら前回と違う行動をとれば。

 変えられるんじゃないか、最悪な未来を?

 

 防柵が壊れる場所は分かってる。

 その地点に向かって、オレは駆けつけた。

 

 メキ、バリバリという音。

 劣化してモロくなった柵の壁が、壊れ始めていた。

 

 間に合った。

 先回りで対策すれば、すべてが変わる。

 

 ほどなくして、柵に穴が開く。

 そこからオオカミの頭が出てきた。

 

 銀色の体毛……忘れもしない、

 村長を殺し、エルフ妻の肉を喰らった、銀色狼(シルバーウルフ)

 

「今度は逃がさねえぞ――」

 

 前に使いそびれたスキルを、今こそ発動させる。

 

##########

  ☆☆☆

  【愛天使(キューピッド)の矢】 消費MP9

  -…-…-…

  <魅了>、<長射程>、<放心>

##########

 

『ラブリ~!』

 

 子供天使の幻影が、弓を射る。

 銀オオカミの脳天に、矢が刺さった。

 

「ガル……」 そして呆けたように立ち尽くす。

 

 よし、<放心>が掛かった!

 

【愛天使の矢】には、<魅了>以外にも効果がある。

 それが<放心>。

 スキルに掛かった者は、しばらく行動がとれず、無防備になってしまうのだ。

 

「てめえには、こいつをご馳走してやる」

 

 ぼけっとしている、銀オオカミの口に向かって突っ込む。

 青銅の剣で刺突。

 

「ガぶァ!」

 

 剣は口内から、オオカミの頭を貫通した。

 血を吐き、びくびくと痙攣した後、ばたりと倒れる。

 

 シルバーウルフは死んだ。

 

「さあ、これで終わり……じゃねえな」

 

「ガルルル」 「グルルル」

 

 穴の向こうには、まだオオカミがいる。

 しかも10体以上の群れ。

 

 手下の灰色狼(グレーウルフ)どもか。

 

「てめえらはどうする? 親分の仇を討つか?」

 

 オレは素手で拳を握る。

 

「ガウ!」 グレーウルフが襲いかかってきた。

 

 しかし1体だけ。

 柵の穴が狭く、多数で通り抜けできないのだ。

 

「ならオレ(E級)の敵じゃねえ!」

 

「ギャン!」 拳打が直撃し、ウルフ(F級)の頭は叩き割られた。

 

 そんなワンパン虐殺を何回か繰り返すと、

 

「「キャンキャン!」」 勝ち目がないのを悟り、グレーウルフたちは尻尾を巻いて逃げ出した。

 

 これで、すべてが終わった……。



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ハッピーエンド

 

 オレは角笛を取り出す。

 警備員に与えられた、危機を知らせるための警笛。

 

 ブォオオオという音が、村に鳴り響く。

 

「なんだなんだ?」 「冒険者さん、何があったべか?」

 

 集まって来る村人たち。

 

 その後の流れは、前回と同じだ。

 

 魔防柵の破損が知れ渡る。

 そして穴を塞ぐ、バリケードが作られることになった。

 

「ニングさんお手柄でした。もし魔物の侵入に気づかなかったら、村はどうなってたか……」

 

 ただ違うのは、村長が生きていることか。

 

「魔防柵の点検はしっかりすべきだな。警備の条項に入れた方がいい」

 

 危機管理を怠ったのが、問題の一因である。

 村人もオレも、そこは反省しないといけない。

 

 そんなこんなで後始末は終わり。

 解散する頃、午前もだいぶ過ぎていた。

 

 やれやれ、ようやく飯だ。

 朝から何も食べてないので、腹が減って仕方がない。

 

「ただいま」 そう思いながら家に戻ったとき、

 

「義兄さん、ニングさん!」

 

 血相を変えたエルフ娘、アンナが飛び出してきた。

 

「何かあったのか?」 ただならぬ様子に警戒する。

 

「お姉ちゃんが、お姉ちゃんが……」

 

 まさかエルフ妻に……。

 

 彼女の死体がフラッシュバックする。

 

 そんな、運命は変わったんじゃなかったのか!?

 

「奥さん!」 オレは思わず駆け出していた。

 

 ――結論を言えば、それは取り越し苦労だったが。

 

 エルフ妻は生きていた。

 

「うぐッ……」 彼女は口を押えて苦しんでいたのだ。

 

 念のため診療所に連れて行ったが、

 

「これは……おめでとう。ご懐妊です」

 

 診療所の先生にそう告げられた。

 

 じゃあエルフ妻が苦しんだのって……。

 

「つわりですな、体をお大事に」

 

 エルフ妻に赤ちゃんができたらしい。

 あれだけ夜にお励みになってたからな。

 若い夫婦の努力は、ついに実を結んだのだ。

 

 おめでたで、めでたし。

 オチがついて一件落着。

 

  ◆  ◇  ◆

 

 日が暮れて、夜になった。

 

「あたしも、いつか赤ちゃん産むのかな?」

 

 宿舎のベッドの中。

 エルフ娘、アンナがそんなことを言った。

 

「産むさ、可愛い子をな」

 

 オレは相槌を打つ。

 

 ただアンナが妊娠することは、今はないだろう。

 

 なぜなら、オレに生殖能力がないから。

 

『冒険者は避妊手術を受けねばならない』

 ギルドで定められた規定である。

 

 なぜこれが設けられたかというと、女冒険者の妊娠を防ぐためだ。

 子供を身籠ってしまうと、激しい運動、戦闘ができなくなるからな。

 

「でも冒険者を引退したら、避妊を解除してもらえるんでしょ?」

 

 避妊手術は魔法で行われる。

 解呪してもらえば、生殖能力は元に戻せるのだ。

 

「だから子供を作ろうと思ったら、だいぶ先の話になるな」

「その頃はあたし、おばさんになっちゃってるね……」

 

 アンナは冒険者志望。

 なら、避妊手術を受けることになる。

 

「けどエルフがそんな心配するのか?」

 

 エルフは不老種族。

 10代後半~20代前半くらいの容姿で止まり、あとは老化しない。

 死ぬまでその歳の姿なのだ。

 

「それ純血エルフの話よ。あたしは混血(ハーフ)だし」

 

 そう言われるとアンナの耳、エルフにしてはやや短い。

 人間とエルフが交わって生まれた子か。

 

「だから人間の血を引くハーフエルフは、老けちゃうの」

 

 といっても人間よりはだいぶ若々しいけどな。

 ハーフなら死ぬ間際で、中年くらいの老け方。

 

 アンナならきっと美人なおばちゃんになるだろうし。

 オレにとっては十分ストライクだよ。

 

  ◆  ◇  ◆

 

 次の日――村に来て11日目。

 

「ニングさん、よろしいですか?」

 

 夕方、宿舎に戻って来たとき。

 青年村長が待ち構えていた。

 

「折り入って、相談したいことがあって」

 

 村長宅へ行き、話をすることになる。

 

「それは先日、壊れた『魔防柵』についてです」

「ええと、『魔法工』に依頼するって話だったよな?」

 

『魔防柵』は一般人では修理できない。

 

 それは()法で強化された()

 作るには特殊な技術が必要になるからだ。

 

 なので魔法(●●)()作できる職人――『魔法工』の出番となる。



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魔法工

 

「それで街の『魔法工ギルド』に、使いを送ったのですが……」

 

『「魔防柵」の補修? できるのは1カ月後ってとこだなぁ』

と言われたらしい。

 

「おい、何でそんなにかかるんだ!?」

「依頼の予約がそこまで埋まってるそうです」

 

 近頃、この地方では魔物による災害が多発している。

 それで建造物に被害が出ているというのだ。

 

 魔法工ギルドには、補修の依頼が途切れることなく舞い込んでくるという。

 

「それじゃ、お手上げだな(汗)」

「ただギルド職員はこうも言ったそうです」

 

『急ぎの用なら「ラグアン」へ行ったらどうだ?』

 

「ラグアンって、穴の街ラグアンか!」

 

 魔法工芸が盛んなので有名な街だ。

 つまり魔法工が大勢いる。

 手の空いてる魔法工が見つかるかもしれない。

 

「けどラグアンは遠いな。徒歩で行くなら3日はかかるぞ」

 

 往復すれば6日、途中で魔物も出る。

 一般人が気軽に行ける距離ではない。

 

「そこでニングさん、あなたに依頼したいのです」

 

 ラグアンの街へ行き、魔法工を連れて来て欲しい。

 村長からそう頼まれた。

 

「旅の費用は村が出します。とにかく『魔防柵』の修理を早くしないと」

 

 応急処置のバリケードでは、強い魔物に破られる可能性がある。

 危機対応に抜かりがあってはいけない。

 それを先日で学んだのだ。

 

「分かった。オレが行くとして、村の警備はどうする?」

「こちらで何とかします」

 

 まあ新しい警備員を雇うなり、やりようはあるか。

 

 その後もいろいろ交渉し、ようやく契約がまとまった。

 

 翌朝――村に来て12日目。

 

「では行ってくる」

 

 森の村を後にし、オレたち(●●)は旅に出た。

 

「ヒヒーン」といななく馬。

 

 出発の際、村から馬を1頭を借りた。

 もちろん旅道具を積むためだ。

 

「ラグアンってどんなとこかしら?」

 

 エルフ娘のアンナも一緒だ。

 交渉には村の代表も必要ということで、連れて行くことになった。

 

「ドワーフたちが創った街だな」

 

 手先が器用な亜人――ドワーフ。

 物作りが得意な種族で、優秀な職人をしばしば輩出している。

 

 大陸西方にも知られる、ラグアンの工芸産業を支えているのは、彼らなのだ。

 

「ドワーフって、山や洞窟に住んでるんだっけ」

「うむ、だからラグアンもそんなところにある」

 

  ◆  ◇  ◆

 

 ――村を出て、7日目の午後。

 

 オレたちは山地に入っていた。

 ただし木が生えていない、禿山だが。

 

 山の頂上に巨大な穴があった。

 大昔、火山活動によってできた、噴火口である。

 

「着いたぞ、あそこが『ラグアン』だ」

 

 ラグアンの別名は『穴の街』。

 火口の跡に創られた街なのだ。

 

 穴の中のあちこちから、蒸気が噴き出していた。

 金属を加工する甲高い音、何かの機械音が引っ切り無しに響いて来る。

 

 さすが工芸の街だな。

 

「うう……うるさくて耳が痛くなりそう」

 

 アンナは長い耳を手で押さえる。

 静かな森で暮らしていたからな。

 工業地帯の騒音は辛かろう。

 

「じゃあ用事をさっさと済ませるか」

 

 オレたちは『魔法工ギルド』に向かった。

 

 あとは魔法工を見つけて、明日に街を去るだけ。

 そう思っていたのだが、

 

「悪いけど、あなたの依頼は受けられません」

 

 ずんぐりした矮人の女性。

 ドワーフの受付嬢がそんなことを言われた。

 

「え、いや、ちょっと待ってくれ! ここは工芸の街だろ?」

 

 まさかここの魔法工も、予約でいっぱいなのか!

 

「いえ、問題はそこではなくて――」

 

 ドワーフ嬢が、アンナをちらりと見る。

 

「『エルフ』の村から依頼を受けるのは、遠慮したいのです」

 

 ええと……何それ。

 

「種族差別かよ!」

「この街のドワーフで、エルフに良い感情を持つ者はおりません。お引き取りを」

 

 ドワーフ嬢はその一点張り。

 あとはまともに取り合ってくれなかった。

 

「ああ、二度と来るか!」

 

 オレはそう言い捨てて、ギルド会館を出た。

 

「なんだぁ、この『長耳』のガキは?」

 

 すれ違ったドワーフ男から、罵声を浴びせられる。

 

 街のドワーフたちが、アンナを見る目つきがおかしかった。

 怒り、憎しみ。

 そんな感情が露骨に混じっているのだ。

 

「おい、あんたら、エルフが何をしたってんだ!」

 

 あまりにもひどいので、思わず問い詰める。



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ヘイトの街

 

「兄さん、この街は初めてかい?」

 

 少し話が分かりそうな、老ドワーフが出てきた。

 

「ワシらが『長耳』を憎む理由を教えてやろう」

 

 老人は経緯を語り始める。

 

 ドワーフは工業を重視する種族。

 森を保護するエルフとは、反りが合わない。

 

 なので自然破壊や環境保護をめぐって、しばしば対立を繰り返してきた。

 

「まあ時には『長耳』と妥協したり、譲歩することもあったがな」

「今はそんなつもりはないようだが」

 

「当然じゃろ、『長耳』どもは卑劣な手を使いおった。大陸に我らの悪口を言いふらしたのじゃよ」

 

 老人の主張によるとエルフは、反ドワーフのキャンペーンを始めたのだという。

 そしてドワーフ族は、西方地域で孤立した。

 自然を破壊する強欲な矮人、というレッテルを貼られて。

 

「他の種族まで、ドワーフ叩きに加担しおった。むろん人間(●●)もな」

 

「むぅ……」 そう言われると、心当たりはある。

 人間の国でも、文化人や報道によって、ドワーフ批判がされた時期があったからだ。

 

「それも長耳の陰謀じゃ。あ奴らはその美貌で、各地の要人に取り入って(たぶら)かしておる」

「長耳は陰口で、ドワーフを貶める卑怯者だ!」

「卑怯者!」

 

 ドワーフの群衆が口々に声を上げる。

 

 オレとしては複雑な気分だった。

 あいつらエルフを憎んでるようだが、ちょっと誤解がある。

 だって実は(●●)……。

 

「やめて! 知らない! あたしそんなこと知らないの!」

 

 そのときアンナが悲鳴を上げた。

 まずい、限界だ。

 

「アンナ、街を出るぞ」

 

 エルフ娘の手を引っ張る。

 

「ヒヒーン」 停めてあった馬も回収。

 

 オレは穴の外に向かう、大急ぎで向かう。

 こんな街に一秒たりともいたくなかった。

 

「ニングさんごめんなさい。迷惑かけて」

 

 大穴の外に出たとき、アンナがそう言った。

 

「あたし、一緒に付いて来ない方が良かったね……」

「いや、それは違う。お前は悪くない」

 

 アンナが付いて来なくても、結果は同じだろう。

 

 ドワーフの魔法工を連れて行く。

 だが村にエルフがいると知ったら。

 そいつは腹を立てて帰ってしまうに違いない。

 

「この街から魔法工を連れ帰るのは……無理だな」

 

 オレは見切りをつけ始めていた。

 

 依頼失敗。

 村長には悪いが、事情を受け入れてもらうしかない。

 

「今日はもう遅い。野宿して明日に帰ろう」

 

 宿に泊まろうにも、どうせエルフお断りとか言われるだろうし。

 

 というわけで、野宿に取り掛かろうとした。

 そのとき、

 

「そこの旦那、魔法工を探してるんだって?」

 

 誰かに声をかけられた。

 

「「――ッ」」 オレとアンナは警戒し、身構える。

 

「心配しなさんな。あたいはギルドに登録してる魔法工さ」

 

 山の岩陰から人が出て来る。

 左腕についたギルドの腕章。

 たしかに魔法工に間違いない。

 

「……まだ若いな」

 

 成人していない、ドワーフの少女だった。

 しかも美人(重要)。

 

 ドワーフにしてはスタイルが良く、スレンダーな体型。

 短い髪と、作業着姿のせいか、ボーイッシュな印象を受ける娘だ。

 

「お嬢さんが、オレたちに何の用だ?」

「あたいと取引しないかい?」

 

 ドワーフ娘が、妙なことを言った。

 

「あたいの頼みを聞いてくれたら、あんたらの依頼、受けてもいいよ」

「いいのか、エルフの住む村に連れてくぞ?」

「構やしないよ。あたいはそういうの興味ないから」

 

 ドワーフにもヘイトを持ってない奴がいるらしい。

 さて、どう応じるべきか。

 

「……話は分かった。その約束を守ってもらえる保証は?」

 

 ギルドを介さない依頼は、信憑性が低い。

 さらに素性の知れない相手となると、信用しろって方が無理。

 

「お金を渡すよ」

 

 ドワーフ娘が、巾着を見せた。

 

「これだけ渡しときゃ、あたいがトンズラしても元が取れるだろ」

 

 いわゆる保証金ってやつか。

 ふむ、なら話だけでも聞いてみよう。

 

「頼みって何だ?」



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ドワーフ娘の頼み

 

「聖域へ行って、『精霊の試練』を受けたいのさ」

 

 精霊の試練、大陸では昔から行われている、一種の儀式だ。

 

「そんなに、試練の報酬(●●)が欲しいか?」

「あたいはね、ステータスに★がついてるのさ」

 

 ★、そのマークがついた者は、ステータスの成長が止まる。

 すなわち『成長限界』。

 

「なのに力量は『F級』。魔法工で食っていくのは、無理だって言われてる……」

 

 この娘、オレと同じだ。

 

 ――あなたは『成長限界』を迎えてます。その意味、分かってますよねぇ?

 ――冒険者になって5年も経つのに、F級から上がれない。普通の人なら、とっくに見切りつけて転職してますよ。

 

「でも『精霊の試練』を受ければ、『限界突破』できるそうじゃないか。あたいはそれに賭ける」

 

 定めの法則――『限界突破』するには、社会的な名声を高める、『難題』を達成せねばならない。

 

 たしかに『精霊の試練』は、要件を満たしていた。

 

「でも、それがどういうものか分かってるのか?」

「もちろんさ、命を失うかもしれないんだろ」

 

 試練には過酷で危険が伴う。

 挑戦者が命を落とすのも珍しくない。

 

 F級だった頃のオレが、受けずにいた理由もそれだ。

 

「でもあたいは、命をかけて度胸試しするつもりさ」

 

 何とも無謀な女だな(汗)。

 そこまで決意してるなら、止めるつもりはないが。

 

「で、オレたちへの依頼ってのは?」

「試練を受けに行くとき、護衛して欲しいのさ」

 

 ドワーフ娘によると、精霊の聖域までの道に、魔物が出るのだそうだ。

 そのくらいなら、オレらへのリスクは低いか。

 

「分かった、では最後のテストをしよう」

「え、テストって?」

 

 ドワーフ娘はぽかんとする。

 

 スキル発動――、

 

##########

  ☆☆☆

  【愛天使(キューピッド)の矢】 消費MP9

  -…-…-…

  <魅了>、<長射程>、<放心>

##########

 

『ラブリ~!』 子供天使の幻影が、弓を射る。

 

「――うッ!?」 ドワーフ娘の胸に、幻の矢が刺さった。

 

<魅了>スキルはかけさせてもらう。

 これでドワーフ娘は、オレに好意を持つ。

 

 つまりあちらの話に、嘘や隠し事がないか確認できるのだ。

 では尋問を始めよう。

 

「お嬢さん、あんたの名前は?」

「あ、あたいは……レシィ、レシィだよ」

 

 ドワーフ娘はモジモジしながら答える。

 

「レシィ、今までの話は本当か?」

「もちろんさ! 山の精霊に誓って偽りは言ってないよ」

 

「何かオレたちに話してないことはないか?」

「実は後で話そうと思ってたことが……」

 

 お、さっそく重要そうな情報が。

 

「実はあたい、混血児(ハーフ)なんだ。人間とのね」

 

 ほう、ドワーフにしてはスタイルいいもんな。

 

「いま街の連中は余裕を失ってるだろ。だから混血のあたいも、肩身が狭くてね……」

 

 彼女も何か嫌がらせを受けてるのか?

 

「依頼を街の冒険者に頼んだけど、断られちまったのさ。混血児の護衛なんかできねえって」

 

 部外者のオレたちに、話を持ち掛けたのはそういうわけか。

 

「ドワーフって、そんなにひどい奴らなの?」

 

 アンナが憤慨の声を上げる。

 さっき受けた仕打ちと、エルフの混血児として思うところがあるのか。

 

「いや、断るのにも事情はあるんだよ」

 

 レシィは意外な返答をした。

 

「山の精霊は、混血ドワーフを嫌う。そんな言い伝えがあってね」

 

 混血児と一緒に聖域へ行くと、精霊の怒りによって天罰が下る。

 街のドワーフたちはそんな噂を信じているらしい。

 

「待てよ! 噂が本当だったら、オレたちも害を受けるんだが!」

 

 明らかに話さず隠してたな。

 こっちが知ったら、断るかもと思ったのだろう。

 

「でもしょせん噂だよ。本当かなんて分からない」

 

 レシィは食い下がった。

 

「旦那たちが断るならしょうがない。あたいは1人で試練を受けに行くよ」

 

 そこまで切羽詰まってるのか。

 

 でも、気持ちは分かる。

 

 オレだって、あのときガチャを拾わなかったら。

 思い悩んだ末、『精霊の試練』に挑戦してたかもしれない。

 

「いや断るつもりはない。あんたの護衛を引き受けよう」

「本当かい!」 「ニングさんいいの?」

 

 亜人の少女たちが詰め寄って来る。

 

「この程度のリスクで諦めてたら、冒険者なんてやってられんだろ」

 

 それにレシィのことをほっとけない。

 まるで昔の自分を見ているようでな。

 

 こうして交渉は成立した。




 連載をしばらく休止します。
 再開は1週間後くらいを考えております。

 ただハーメルンへの投稿はやめて、
 今後は小説家になろう1つに絞ることになりそうです。

 どうかご容赦ください。<m(__)m>


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