神王、砂の国に顕現せり (かすかだよ)
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第1話:神王と砂の王女

作者はにわかです。
ONE PIECEの知識はエニエス・ロビーで止まっています。


 サー・クロコダイル。

 

 “偉大なる航路(グランドライン)”の均衡を司る三大勢力の一角、“王家七武海”に名を連ねる大海賊の一人である。

 懸賞金8100万ベリーと“新世界”に跋扈する億越えの海賊と比較すると控えめな金額だが、懸賞金は政府への“危険度”の目安であり、決して“強さ”の指標ではない。

 つまり、懸賞金が億に到達しないうちに七武海に加入したという事実こそが彼が秀でた能力の持ち主であることの証左に他ならない。

 そして、その能力に見劣りしない戦闘力を誇っている。自然(ロギア)系悪魔の実“スナスナの実”の能力者であり、その能力にかまけることなく鍛え上げ、研ぎ澄ましたというその力は“鬼の跡目”ダグラス・バレットと引き分けたほどだ。

 

 それ程の大海賊が今、アラバスタ王国の砂漠で片膝を突いていた。

 全身に及ぶ重度の火傷。分厚い黒のコートを血と砂で汚し、左腕に装着している金色のフックは原型を留めておらず、ほぼ融解しかけている。

 

「あり得ねェ……! このオレが、こんなガキに……ッ!!」

 

 普段とは打って変わった満身創痍な出で立ちながらも、有らん限りの力を振り絞って立ち上がり、眼前に立つ男を睨めつける。

 

 クロコダイルの視線の先にいたのは、齢にして十代後半の美丈夫だった。

 絹のような黒髪を下ろし、砂漠地帯らしい褐色の肌と麗しい容貌。

 金を主体とした軽鎧を身に纏い、その上から純白の外套を被せている。

 金と青が交互に入り混じった錫杖を手にしており、その身から放たれる“覇王色の覇気”は青年を王の中の王と万人に言わしめるだろう。

 そして、黄金に輝く瞳は何の感慨も覚えた様子もなく、ただただクロコダイルを見下していた。

 

 その瞳がクロコダイルをイラつかせる。まるで路傍の石でも眺めているような眼は彼自身がバカだと切って捨てた連中を見ていたものと同じだから。

 そして、それは眼前に立つ青年が己をそのバカと同列に扱っていることと同義だ。

 

「舐めやがって……! この砂漠に必ずテメェを沈めてやる……ッ!」

 

 フラつきながらも掌に小規模な旋風を発生させる。

 砂地での戦闘はクロコダイルの本領だ。“スナスナの実”の能力で砂嵐を生み出せるが、砂漠であれば制御を手放しただけで町一つを半壊させることも可能となる。

 しかし、その悉くを眼前の青年に打ち破られてきた。もはや勝利は望み薄でありながら一歩も退かないのはクロコダイルの海賊としての意地なのだろう。

 そんなクロコダイルの足掻きを見て、青年が口を開く。

 

「はは! 足掻け。喚け。叫べ! 余が統べるこの国の簒奪を目論んだ貴様には死すら生温い──せいぜい踊るがいい、光なきもの」

 

 快晴な砂地に響く快活な声。

 アラバスタ王国を海賊の襲撃から何度も守り、“砂の英雄”としての地位を確立させつつあったクロコダイルが画策してきた国家転覆の計画を看破してみせた男はその抵抗すら無駄なのだと嘲笑う。

 

「上等だ。後悔しやがれ──砂嵐(サーブルス)!!」

 

 掌に生じていた旋風の制御を手放す。クロコダイルの手元を離れた途端、旋風は瞬時に周囲を吹き飛ばす砂嵐への変貌を遂げた。

 単なる砂嵐が通じないことはクロコダイルとて承知している。それ故に彼素早く次の技を繰り出した。

 

「“砂漠の向日葵(デザート・ジラソーレ)”!!」

 

 クロコダイルが万物に渇きを与える右腕を大地に押し付けた。“スナスナの実”の渇きの力が地下に点在する水脈を刺激し、青年の周囲一帯に巨大な流砂が形成され、その足を絡め取る。

 だが、それでも青年の顔に焦りはない。砂漠の脅威を以ってしてもこの男を倒せないことはクロコダイルも織り込み済みだ。

 

 ───だからこそ、致命的な一撃を叩き込む。

 

 砂嵐が青年を呑み込むと同時に砂嵐の制御を再び取り戻す。その場に砂嵐を押し留めることで青年の視界と動きを阻ませる。しかし、青年は砂嵐の中でも“見聞色の覇気”を用いてクロコダイルの位置を捉えているだろう。

 だが、全身を砂の奔流に呑まれた上に足を流砂が捕えている以上、確実に動きは鈍る。

 そして、クロコダイルも砂嵐の中に砂化させた自身の一部を仕込むことで青年の動きを捕捉しており、動きがないと知るや砂嵐へと踏み込んだ。

 

 砂嵐の中に飛び込むとクロコダイルは全身を砂へと変え、吹き荒れる砂嵐の勢いに身を任せて頂点へと瞬く間に登り詰める。

 青年の頭上を取り、実体に戻ったクロコダイルの手には旋風が。それを眼下に佇んでいる青年へと叩き付けた。

 

「この砂漠の染みになっちまうがいい……!! “砂嵐(サーブルス)(ペザード)”!!」

 

 再び全身を砂塵に切り替えたクロコダイルは砂嵐に混ざって青年の背後に回り、とどめの一撃を放つ。

 

「──“三日月型砂丘(バルハン)”!!!」

 

 クロコダイルの右腕が溶け、三日月型の砂の刃へと切り替わる。それは斬り裂いた相手の部位から水分を奪い、ミイラ化させる一撃。水源が希少な砂漠において喰らえば死を意味する文字通りの必殺の一撃である。

 クロコダイルが男を射程に捉え、その右腕をラリアットのように一閃する瞬間───

 

 

 

 ───地平を照らす日輪の如き神威がクロコダイルを呑み込んだ。

 

 砂漠を照らしていた極光が止むと、意識を失ったことで砂化が解けたクロコダイルが砂漠に倒れこんでいた。

 

「フン。この程度か、砂漠の王を騙りし者よ! だが、“神王(ファラオ)”たる太陽に平伏することを許す! ──そして己が愚かさに絶望するがいい!」

 

 

 

 この日をもってクロコダイルは露呈した数々の悪行によって王下七武海の座を剥奪。そしてインペルダウンへの幽閉が即座に決定された。

 そして、それが意味することは七武海の一角を容易く蹴散らした青年、アラバスタ王国の現国王であるネフェルタリ・オジマンディアスの名を世界中に轟かせることとなった。

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 戦闘が終わり、オジマンディアスが『熱砂の獅子獣(アブホル・スフィンクス)』に騎乗してアルバーナ宮殿に帰還すると廊下の向こう側から水色の髪色の少女が駆け寄ってきた。

 それを目視で確認したオジマンディアスは熱砂の獅子獣から飛び降りるとその少女に向かって歩いて行く。次第と近まる二人の距離。互いの顔のパーツがくっきりと見える程度の距離まで近付くと──少女はオジマンディアス目掛けて飛び込んだ。何の言葉もなかったが、オジマンディアスは何ら慌てることもなく、飛び込んで来た少女──ビビを危なげなく抱擁した。

 

 

「──おかりなさい、ラムセス!」

「今戻ったぞ、我が最愛のビビよ!」

 

 

 

 ネフェルタリ・ビビ。

 彼女はアラバスタ王国現女王(・・・)──つまりオジマンディアスの妃である。

 彼女とオジマンディアスの関係性などは諸々割愛するが、要約すれば許嫁というやつだ。

 

 

「あっ、ラムセス、大丈夫だった!? 怪我はしてない!?」

「当然だ。余を誰と心得る。アラバスタに君臨する太陽王であるぞ?」

 

 

 幼い頃から王家としての気質、その片鱗を持ち合わせているビビだが、そんな彼女もまだ十代半ばだ。

 オジマンディアスの能力を知っているとはいえ、愛する人が戦ってきたら心配するものだ。ましてやその相手は王下七武海の一角なのだからその心配も一倍強い。

 ビビはバッとオジマンディアスから離れると彼の黄金比の如く整った玉体をペタペタと触っていく。

 

 

 

「ふはは! 愛い。愛いぞ、ビビ!」

「──きゃっ!? ……もう……っ」

 

 

 ぐるぐると自身の身体を回りながら触診していたビビが前に戻ってきたのを見計らってオジマンディアスは躊躇いなくビビを抱き上げた。

 オジマンディアスの遠慮のない行動に可愛らしい嬌声を挙げたビビだったが、姫抱きは悪くないと感じたのか、頬を赤らめて想い人の胸元に顔を埋めた。

 

 

 そんな彼女の気持ちを知ってか知らずか、オジマンディアスは黙って廊下を歩き出した。

 ビビもそれ以上口を開くことなくオジマンディアスの腕の中で揺すられながら彼の顔を見つめる。

 静寂が彼らを包み込む。何度か使用人とすれ違ったが、皆、絶世の美男美女の絵画のような逢引を邪魔しまいと、そそくさと自らの業務に勤しんだ。

 オジマンディアスはどうかは知らないが、ビビはこの空気が好きだった。

 小さい頃は王族としての役目に不満を感じ、密かに城下町に繰り出して同年代の子供たちと遊んだり喧嘩をして友好を深めていた。

 当然、彼等と過ごした時間は大切なものだ。彼等との関わりが今のビビを形成したと言っても過言ではないとも思っている。

 だが、それ以上にオジマンディアスと穏やかに過ごす時間が心地よいのだ。

 王女、ネフェルタリ・ビビでなく。友達のビビでもなく。

 年下(子供)の自分を一端の大人の女性として愛してくれていると実感できるから。

 そう、昔に憧れた絵本の中のお姫様のように。

 

 

 

「……ねぇ、ラムセス。私──……」

 

 

 ポカポカと降り注ぐ日光と無性に安心できる太陽の匂いに誘われたようにふよふよと訪れた睡魔に身を委ね、ネフェルタリ・ビビはゆっくりとその意識を沈めるのであった。

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 ──ある日、俺は転生していた。

 

 

 元々はいい年した大人だったのに気が付いたら幼少期に逆戻り。しかも名前と顔がまったくの別人に変わっていた。

 向こうじゃ聞いたこともない国名だし向こうで言うエジプトみたいな国だったから最初は詰みじゃん、とか思ったけど日本語が通じたのは幸運だった。

 なんで自分なんだー、とか本当に自分が死んだのかー、とか考えはしたものの幾ら考えた所で結論が出るはずもなく。一先ずは自分の所為で亡くなったとも言えるこの子の為に生きていくことにした。

 どうやらこの子は相当なお坊ちゃんみたいで両親やお手伝いさんに蝶よ花よと言わんばかりに大切に育てられたから何の怪我やらハプニングに見舞われることなく生きてこれたし、父親がよく情勢やらを教えてくれたお陰でこの世界の知識は充分についた。

 

 

 

 えー何々? 食べたら不思議な力が得られる悪魔の果実に奇想天外な天気がある島々。オマケに今は『大海賊時代』で処刑された海賊王の遺産を巡って世に海賊が蔓延っているぅ? 

 

 

 

 ……どう考えてもONE PIECEじゃねーか。

 

 

 

 向こう側──もう死んだのと変わらないから前世の記憶とでも言うべきものに引っかかる言葉の数々に頭を抱える。ワンピ、ワンピースかぁ……。嫌いじゃない、むしろ好きだったけどいざ自分がその世界の住人になるのなら話が変わってくるんだよなぁ。

 そんなこの世の真理に打ち拉がれていたが、ある時、脳裏に電流が走った。

 此処は現実(リアル)ではなく、空想(ファンタジー)だという当たり前過ぎて抜け落ちていた事実に気付いたのだ。

 つまりこの世界の法則が適用されているのなら、俺にも特訓次第では覇気や六式といった超人的パワーを獲得できるんじゃないかい!? となれば話は早い! 燃えろ、俺の厨二心───!! 

 

 

 とまぁ息巻いたまでは良かったんだけどね? 取り敢えずは目に見える成果が出てきて心にゆとりが持てたのだろう。

 鏡に映った自分の顔を見て、その顔と今の自分の名前が前世の記憶と合致したのだ。

 

 

 ……おじまんでぃあす。もう一回言おう、オジマンディアス。うーん、太陽王。

 あっ、そう思えば声もすっごいテラ子安……。

 え、ということはこの身体は未来の最大最強のファラオの玉体であらせられると? じゃあこの子ってお金持ちや貴族とかじゃなくてガチの王族ってこと? うわ、下手なことできねぇ……。

 

 

 そうやって日課にしてきた訓練を熟さずに思い耽っていたことをスランプや挫折だと勘違いしたのか両親が自然(ロギア)系の悪魔の実を誕生日にプレゼント。

 わあ、すごいや。と喜んだものだが、文献によるとサンサンの実。太陽の力を獲得できるとのこと。

 名前はオジマンディアス。手元には太陽の力を獲得できる悪魔の実。ついでに此処はアラバスタ。

 神が言っている、太陽王ロールプレイをする定めにあると……! 

 

 

 

 

 

 そんでなんやかんやあって十六歳の時に初めてアラバスタ編の裏主人公とも言えるネフェルタリ・ビビと許嫁の関係だと唐突に暴露されて困惑している間に異様に良い手際でネフェルタリ家に婿入り。

 最初、コブラ様は私、不満ですって感じの態度だったけどその分家臣のみんなやビビちゃんが優しくしてくれたんだよね。だけど時間が経つにつれて俺のことを認めてくれたのか、コブラ様には色々と良くしてもらったんだよなぁ。

 …………こんなに優しい人たちが古代兵器とかいう下らない代物の情報の為だけに何百人以上も犠牲になるのは、すっごい嫌だなぁ……。

 まだクロコダイルは居ないけど、いつ来ても大丈夫なように、みんなを守れるくらい強くなろうと思った。

 そして数年経ったらコブラ王から王位の座を譲られて正式なアラバスタの国王に着任し、国が二分されるより先にクロコダイルを倒して今に至るのだ。

 此処までは何とか最善だと思える道筋を辿れていると思う。けど、今俺は過去現在未来でも史上最大の問題と対面していた……!! 

 

 

 

 

「……ねぇ、ラムセス。私、貴方と会えて本当によかった……」

 

 

 

 ──子供が夜更かしなんていけませんっ! 

 

 

 俺が無理くり王位に就いたからビビちゃんは十四歳で女王になったんだよね。まだ遊び盛りだろうに、本当に申し訳ないことをしたよなぁ。慣れない業務を任された所為で夜な夜な徹夜してることを知ってるから寝かし付かせようと思ってたんだけどとんでもないこと言い残して眠りましたよこの娘。

 わ、寝顔すっごい可愛い──とか見惚れてる場合じゃねえ。ダメだ、普段は天真爛漫なのに儚げに呟かれたのが不意打ちすぎて動悸が止まんねぇ! 

 俺は太陽王……! 俺は太陽王……!! 俺は太陽王……!!! 

 

 

 

 

「……ほんと、ずるいよなぁ若いって」

 

 

 

 宝飾品を扱うような繊細な手つきでビビを自室のベッドに寝かせてやるとオジマンディアスは誰も見ていないことを確認すると普段被っている王としての仮面を外して薄っすらと赤くなった頬を掻きながら心情を吐露した。

 

 

 

 



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第2話:神王の在る所に波乱あり

 本日の天気は快晴、海面は波一つ立っていない。限りなく船旅に最適な天候だと言えるだろう。現に今、オジマンディアスが搭乗している船は一切のハプニングに襲われることなく悠々と海を渡っている。まさに優雅な船旅だ。乗っている船が豪華客船であれば、同行者がビビであったら正しく彼にとって至福の時間となっただろう。

 だが、オジマンディアスが乗っている船は贅を拵えた豪華客船ではなく、象徴たるカモメの羽が図案された帆を広げた軍艦で、同行者は妃とは対極に位置する武装した海兵たちだ。

 現在、オジマンディアスは世界政府からの命令により、海軍の同行の元、海王類が蔓延る凪の帯(カームベルト)を越えて赤い土の大陸(レッドライン)付近にあるマリンフォードに建つ海軍本部へと向かっていた。

 どうしてそうなったのか。それを知るには少しばかり時を遡る必要がある。

 アラバスタの国家転覆を目論んでいた大海賊、クロコダイルの王下七武海からの失脚。

 ニュース・クーによって世界中に広まったその一報は文字通り世界を震撼させ、世界中が突如と現れた正義の強者に色めき立っていた。そしてその中心地たるアラバスタは類を見ないほど、国を挙げた盛り上がりを見せていた。国民全員が挙げる歓声が国土全土を包み込んでいる最中、中心人物であるオジマンディアスが座す首都、アルバーナの王宮は対極的な緊迫状態を迎えていた。その中で普段と変わらない様子を保っているのはオジマンディアスと一人の海兵だけだった。

 

 

「悪いが、わしについて来て貰うぞオジマンディアス」

 

 

 手錠を持った筋骨隆々の老兵──英雄、モンキー・D・ガープが一枚の紙切れを突き出して玉座に座したオジマンディアスにそう告げる。

 

 

「ふ、ふざけないでいただきたい!」

「その通りです! クロコダイル討伐については洗いざらい伝えたはずです!」

「そんなことをわしに言われても困るわい。なにせ世界政府からの命令じゃからのぉ」

 

 

 余りに無礼な態度に護衛隊の副官であるチャカとペルが噛み付いたが、それはこの場に集う官僚や隊士達の代弁であった。

 ガープが連行しようとしているのは海軍や世界政府の目を潜り抜けて大犯罪を画策したクロコダイルを打ち破ったアラバスタの英雄だ。本来なら謝辞に来るのが当然だと言うのにあろう事か連行など納得いくはずがない。

 だが、それはガープも同じらしく頭を掻きながら愚痴を零した。

 

 

「イガラム、書類を寄越せ」

「かしこまりました、オジマンディアス様」

 

 

 玉座に座し頬杖をついたまま、オジマンディアスは傍らに立っていた比較的平静さを保っている護衛隊長のイガラムにそう告げた。その命令に首肯したイガラムは階段を下り、ガープから書類を受け取ってオジマンディアスに差し出した。

 差し出されたそれを乱雑に奪ってオジマンディアスは書類に目を通す。内容を簡略すると今回の事件をより明確化する為の事情聴取でその最後には世界政府からの発行を示す朱印が押されてあった。

 

 

「良かろう。英雄ガープよ、用意した船に案内するがいい」

 

 

 手にした書類を能力で焼き払うとオジマンディアスは玉座から腰を上げ、階段を一足で飛び降りて近くにいた隊士に錫杖を渡してからその両手をガープへと差し出した。

 それを見た全員が息を呑んだ。

 海軍本部の中将が持つ手錠が通常の手錠であるはずがない。悪魔の実の力を封じる海楼石製のものであることなどオジマンディアスは承知している筈だ。悪魔の実の能力者である彼が武器を手放して両手を差し出す。

 それはつまり───

 

 

「いや、お主には必要あるまい。その杖も持って構わん」

「そうか」

 

 

 ガープは一度目を伏せると手にしていた手錠をジャケットの下に仕舞い、オジマンディアスへと顎をしゃくると先行するように王宮の出口へと歩を進めた。

 

 

「──いってらっしゃい、ラムセス」

 

 

 今まで一度も声を出さなかったビビが玉座に座ったまま手を振りながら声を掛けた。それは王を案ずるのではなく、王の帰還を信ずる言葉。

 そして妃の祈祷に応えてこその王である。オジマンディアスもまた振り返ることもなくビビに国を託す。

 

 

「ビビよ、暫し国を任す。──行って参る」

「……うん」

 

 

 

 

 

 そんなやり取りを経て、オジマンディアスは海軍本部へと向かうことになったのだが、

 どうしてこうなった。 とオジマンディアスは甲板の手摺に体重を預け、ここ数日なんの変化もない殺風景な風景を眺めて嘆息する。元を正せば、護国という正当な理由があったとはいえ、七武海の元締である世界政府になんの報告もなくその一角に穴を開けたことは事実だ。ましてやアラバスタは世界政府の加盟国だ。なんの断りもなく100を優に超える国が囲む卓に不和を招くのも憚られたが故に此度の召集令に応じざるを得なかった。

 それに如何に理由が理由とはいえ、自分よりも幼い少女に何日もの仕事を押し付けるような形にも不満が募る。一応、程々で良いと伝えはしたが、責任感の強い彼女のことだ。恐らく寝る間も惜しんで執務室に篭ることだろう。帰ったら存分に甘やかすとしよう。 そう考えていたオジマンディアスの瞳が遂に海軍本部を捉えた──

 

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

「遠路はるばる済まないな、オジマンディアス王」

 

 

 

 オジマンディアスが指定された部屋の扉を開けると、そこには大きなカモメのオブジェがついた海軍制帽を被り、胸元に幾つもの勲章と大綬をあしらった白のハイネックジャケットを着用した巨大なアフロヘヤーと三つ編みの顎髭、黒縁の丸眼鏡が特徴な老齢な男──海軍本部元帥、センゴクと数名の将校、そして──三人の七武海が華美な椅子に座ってオジマンディアスを出迎えた。

 

 

 そこにいる三名の七武海は天夜叉、ドンキホーテ・ドフラミンゴ。暴君、バーソロミュー・くま。海峡のジンベエ。

 何れもがこの世界にその名を馳せる大海賊であり──此度の質疑応答には不適切な存在でもある。

 なぜいるのかは疑問だが、如何に海賊と言えども流石に海軍の本拠地たる海軍本部で騒動を起こすことはないだろう、とあたりをつけたオジマンディアスは一瞥するだけに留め、センゴクの言葉に応じた。

 

 

 

「良い許す。大方、余の威光を恐れた者どもからの指示であろう。貴様も大変だな、センゴク元帥」

「そう言って貰えると有り難い」

 

 

 金と青色の錫杖で床を小突きながらオジマンディアスは席へと歩を進めて椅子に腰を下ろし、少し離れた場所に座っている三人について問うた。

 そしてセンゴクが七武海を参集させた真意を述べようとした最中、特徴的なサングラスとフラミンゴの羽を思わせる上着を着用した男──ドンキホーテ・ドフラミンゴが会話に割って入った。

 

 

「それで──そこの賊どもはなぜ招いた? 余は凡骨どもの権謀術数にさしたる興味はないのだが」

「ああ。奴等は我々が貴方に──」

「フッフッフッフッ! そう冷たいことを言うなよ、太陽王。王としての器が知れるぜ?」

 

 

 込もるは嘲笑。サングラスが遮っているその瞳は窺えないが、聞く者の神経を逆撫でするような声色から彼がオジマンディアスを見下しているのだとその場に座している全員が悟った。

 それを不味いと思ったか、一人の将校が弾けたように席から飛び出してドフラミンゴの胸倉を掴もうとしたが、

 

 

「そう囀るな、王に焦がれし道化よ」

 

 

 それはオジマンディアスの零した一言で収まった。

 

 

「あァ?」

「余は小鳥の囀りになど意にも介さん。義憤を覚えた海兵よ、貴様の愚行を余が赦そう。再び席に座すがいい」

 

 

 青筋を浮かべたドフラミンゴが殺気を込めて睨み付けるが、本当に取り合うつもりはないらしい。オジマンディアスは立ち上がった将校に着席を促してセンゴクに会議を始めるように目配せする。

 完全に自分を舐め切った態度のオジマンディアスに対して隠すことなく舌打ちをしたドフラミンゴは会議に参加する気はないらしく、掛けていた椅子により深く腰を沈めて天井を仰ぎ見た。

 

 

「……話が逸れたな」

「余は赦す、と申した。二度は言わんぞ」

「七武海を招いたことは謝罪しよう。だが、奴等には我々が貴方に打診すべき実力者として認めさせる必要があったのだ」

「ほう?」

 

 

 センゴクの瞳とオジマンディアスの黄金の瞳が交叉した。

 センゴクは顎鬚を摩りながらオジマンディアスの顔色を窺い、オジマンディアスは口元を歪め、興味深そうにセンゴクを見ていた。

 

 

 

「単刀直入に言おう、オジマンディアス王。七武海の陰謀を見破った貴方の神算鬼謀の知恵と威光を以って七武海を牽制してもらいたい」

 

 

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 

「───それは神王たる余の威光を窶せ、ということか? センゴク元帥」

 

 

 

 センゴクの言葉を聞いた瞬間、オジマンディアスが放つ神威が室内を満たした。空気そのものが数段重くなり、彼等が座していた円卓はおろか床や壁にまで及び、幾つもの亀裂が奔った。

 その光景を目前にした全員が放たれている神威の正体が覇王色の覇気なのだと悟る。

 だが、此処に集うは海軍本部元帥を筆頭に七武海と海軍本部の将校。覇王色を浴びたこともあれば、覇王色を宿す者さえいる。そんな覇王色に気圧されはするものの威圧に耐えられる実力者が一堂に会しているこの場で異常事態が起きた。

 

 

 

 

 誰も───オジマンディアスの問いに何も答えられなかったのだ。

 

 

 

 

 

 別に姦計を巡らせていたわけでも、何かの悪事が露見したわけでもない。ただ純粋に───新世界にさえ幅を利かせる七武海が、大海賊と鎬を削れる海軍将校が呑まれ、海軍を一身に担うセンゴクでさえもがオジマンディアスの覇気に呑まれかけていた。

 指の一本さえまともに動かせない最中、センゴクだけがそれを悟られないように毅然とした態度でオジマンディアスを見つめ続けた。

 

 

「ははッ。単なる戯れだ、赦せ」

 

 

 数十秒、一分。或いは十数分。そんな一瞬一瞬が途方もない時間だと錯覚させる重圧がフッと消え失せた。

 極限の緊張の糸が途切れ、センゴク以外の人間が額から汗を流し、激しく息を乱しているのを眺めて下手人であるオジマンディアスは快活に笑っていた。

 

 

(クロコダイルを倒したのも納得だが……)

 

 

 確かにクロコダイルの撃破も納得がいく覇気だった。これ程の実力者が秩序の均衡に働きかければ多くの海賊たちも鳴りを潜めることだろう。

 だがそれでも、世界政府は彼の存在を危惧するだろう。仮にもし、彼が民間人であったとすれば権力で海軍や世界政府に取り立てることも出来ただろうが───彼は世界政府に加盟している一国の王だ。圧をかけようにも、圧をかけた時点でそれは世界政府の誓いを無碍にすることと同義だ。その瞬間、世界政府は文字通り瓦解してしまうだろう。

 

 

(───やはり野放しには出来んな。アラバスタ付近の警備をより強化する必要があるか)

 

 

 表情を悟られぬように罅割れた卓の上に両肘を立てて寄りかかり、手元で口元を隠して、センゴクは心の中でそう吐露した。

 

 

「余の王威に屈さず、毅然と睨め返してみせた貴様に敬意を表し───此度の懇請、受諾してやろう。喜べ」

「引き受けてくれたこと、感謝する。では、此方の書類にサインを頼む」

 

 

 神威を浴びて尚、平然と振舞ってみせたセンゴクに対してオジマンディアスは傲然と裁定を下した。

 飽くまでも海軍が下で、己が上だと言わんばかりの態度に普段の将校達なら食ってかかるだろうが、覇王色に打ちのめされた今、彼らにそんな余裕はなかった。この場で唯一平静を保っていたセンゴクも折角取り付けた契約を破談させる気はないらしく、黙々と必用事項の記載された書類を渡した。

 

 

「当然、恩賞は弾む予定だ。返礼品は其方の望むものを用意しよう」

「それは有難いな。受諾した価値があるというものよ」

 

 

 センゴクから書類を受け取ったオジマンディアスがそう言い、いざペンを手に取った時、彼の腕が微かに震え──硬直した。

 

 

「───赦せ、元帥。如何やら七武海の席はもう一つ空席になるらしい」

「なに? それはどういうことだ?」

 

 

 オジマンディアスは口元を歪めてそう告げ、その言葉をセンゴクが訝しんだ。

 その直後、彼と同じような現象が将校たちにも見られた。そして、彼等はその現象を起こし得る人物を知っている。

 全員の視線が今まで無関心を貫いてきた男───ドフラミンゴに殺到した。

 

 

「フッフッフッフッ! 今回の一件をそいつに呑まれるのは困るんだよ、センゴク」

「ドフラミンゴ、貴様……ッ!」

 

 

 全員の敵意を一身に受けてドフラミンゴは嗤う。

 おそらく、オジマンディアスの覇王色の覇気に怯んでいた隙を見計らって目に見えない糸を身体中に張り巡らせて雁字搦めにしたのだろう。

 

 

「この場で海の藻屑になるか!? 海のクズども!!」

「おっと、暴れんなよ? アンタがおれを倒すよりもそいつらを殺す方が早いからな」

 

 

 顳顬に青筋を浮かべてセンゴクが糸を引き千切り、ドフラミンゴを打破せんと椅子から立ち上がるも、ドフラミンゴの脅しによってその動きが明らかに鈍った。

 そして、その瞬間をドフラミンゴは見逃さない。

 即座に両指を駆使して糸を絡めた将校たちを操り、人質へと変えていく。ある者は軍刀を首に当て、ある者は絞首させることで死の一歩手前まで追い込ませた。

 

 

「馬鹿げた真似を───なにが望みだ!?」

「なに。おれの要求を呑んでくれりゃ糸は解いてやるよ」

 

 

 

 両手を広げてドフラミンゴは冷酷に告げた。海軍の面目を殺す、悪辣な指示を。

 

 

「アンタなら簡単に出来るさ。そいつの手配書を発行すれば全員、あとで解放してやるよ」

「ふざけるな! そんなこと───」

 

 

 出来るはずがない。センゴクはその顔を苦渋で染めて震えた。

 だが、そんなことはドフラミンゴとて承知している。だから考える時間を与えない。焦燥しているうちに次善を取らせまいと策を弄する。

 ドフラミンゴはセンゴクに見せつけるように指を僅かに動かして将校らの首に刃を少しばかり食い込ませた。

 挙がる悲鳴。センゴクの歯を食い縛る音が嫌に響いた。

 

 

「ただで済むと思うなよ……ッ!」

「後のことは追々考えるさ。それよりも、どっちを取るよ───仏のセンゴク」

 

 

 海軍の面目と部下の命。最早、ドフラミンゴに要求の撤回をさせるのは不可能だろう。ならば、最善手は被害が少ない方を取ることだ。

 が。センゴクは不可視の糸の毒牙がオジマンディアスにも及んでいたことを捉えていた。

 此処でドフラミンゴの要求を呑んでも現状の二の舞いを被る可能性がある以上、仕方がない。センゴクは己の命を天秤に載せて──賭けに出る。

 将校らの命を引き換えに、ドフラミンゴを討つ。

 

 

 

 

 

 

 

「───這い蹲え、道化」

 

 

 センゴクが能力を行使しようとした時を見計らったように男の声が上がった。

 ドフラミンゴとセンゴクの視線が、声の発生源に向かい──そこには錫杖を手にして椅子に踏ん反り返っているオジマンディアスがいた。

 

 

「テメェは厳重に縛った筈だ。なんで動ける」

 

 

 殺意を露わにドフラミンゴが問う。

 ドフラミンゴがオジマンディアスに要した糸の本数は将校らの十数倍だ。そしてその本数はクロコダイルを倒し、覇王色に目覚めた眼前の男をそれだけ警戒していたという証左でもある。だが、その糸束をオジマンディアスは身動ぎ一つせずに解いてみせた。ドフラミンゴの警戒がさらに増した。

 だが。その警戒を一蹴するように。弄した策など無駄なのだと言わんばかりにオジマンディアスは嗤った。

 

 

「余こそが太陽である。貴様は太陽の軌道に関与できるのか?」

「テメェ……ッ!」

 

 

 オジマンディアスが錫杖で床を突くと彼の身体から炎が迸る。それらは将校達を雁字搦めにしていた糸を焼き切った。

 ドフラミンゴの築き上げた優位が、ものの数瞬で逆転された。

 だが、そんなもの、最早些事に過ぎなかった。

 

 

 

 

「もう一度言おう───天を仰ぎ、地を這え。さすれば、絶望による死を赦す」

「おれがテメェの下だと!? 図に乗るなよオジマンディアス!!」

 

 

 

 アラバスタ、ドレスローザ。

 同じく国を持つ王にして覇王色を宿した天に選ばれし者どうし。

 

 

 

 己の信にそぐわぬ者を誅殺すべく───海軍本部を戦場に、太陽と夜叉が衝突した。

 

 



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第三話:神王の威光

第二話で沢山の感想、ご意見ありがとうございました。
有り難い言葉もあれば厳しいご意見もありましたが、清濁併せ呑んでこれからの糧に出来れば、と思います。
至らぬ点も多くあり、お目汚しではありますが、これからも多くの方にこの作品をご覧いただけたら幸いです。

2月13日:ルーキー、日刊ランキング1位、2月18日:週間ランキング1位、お気に入りが6000を突破しました。皆さま、ありがとうございます。


今回、オリ技があるので一応注意喚起しておきます。






「その程度かっ!」

 

 

 ドフラミンゴが放つ覇王色の覇気を一瞬で押し返してオジマンディアスが吼える。

 聴くもの全てが身を竦ませる大喝。手にした王笏をドフラミンゴに突き付けて己が王威こそが至上なのだと示してみせた。

 対してドフラミンゴはその顔を屈辱に染めてオジマンディアスの覇王色に耐え忍ぶ。覇王色の覇気とは生まれ持った王の素質。武装色や見聞色のように訓練によって練度が高まることはなく、人間的な成長によってのみ鍛えられるという異質なそれは、己を写し出す鏡とも言えるだろう。

 だからこそ、この勝敗は両者の格を明白に知らしめた。

 故に、ドフラミンゴも負けじと吼える。己を至上とし、他者をゴミと断ずる高い選民思想を持つ彼はこの結果を断じて認めない。この格付けの結果を覆すために晒されたその隙を突いてドフラミンゴは押されながらも攻勢に打って出た。

 

 

「──―寄生糸(パラサイト)!」

 

 

 ドフラミンゴは吹き飛ばされながらも足底を床に引き摺らせることで退く速度を落としながら目に見えない糸を飛ばして再度、将校らを自身の操り人形へと仕立て上げると即座に彼らをオジマンディアスへと突撃させた。

 迫り来る海兵たちの攻撃を時には躱し、時には錫杖で防ぎつつオジマンディアスは傍らに太陽に等しい輝きと灼熱を発する球体──小太陽とでも呼ぶべき代物を顕現させた。そして小太陽が僅かに揺ぎ──―天すら焦がすであろう光が射出された。

 その名を、蛇を殺す蛇(ウラエヌス)

 地上を焦がすだけでなく、物理的な破壊力すら宿した魔力光が周囲に漂っていた糸をも融かしながらドフラミンゴを灼き貫かんと放たれた。

 

 

 

超過鞭糸(オーバーヒート)!!」

 

 

 視界で眩く破壊光に相対するは覇気を纏い、赤熱する極太の糸の鞭。

 ドフラミンゴの翳した掌から伸ばされた糸が太陽光を穿たんと音速の速さで射出されたが、

 

 

「ファラオの威光を知るがいい。フフ、フハハハハハ!」

「──―ッ!!」

 

 

 赤熱した糸の鞭は破壊光と衝突した端から灰燼に帰していく。それを目前としたドフラミンゴは負けじともう片方の掌から超過鞭糸(オーバーヒート)をオジマンディアス目掛けて射出するも、彼が放つ覇王色の込もった熱波は糸が近付いただけで糸を熔解させ、寄せ付けない。

 ハッキリと明確化する実力差に歯噛みするドフラミンゴだったが、ふと、オジマンディアスの背後にいつの間にかまた一つ小太陽が存在していると気付いた、瞬間。

 

 

 

 旭光が斬撃の如く飛来した。

 破壊光がドフラミンゴを縦に焼き切った。その身体が二分にされて矢状面を露わにしながら膝から崩れ落ち、倒れていく。

 が。二つに別れたドフラミンゴの身体は切断面から熱が行き渡り、まるで蝋燭が溶け切ったかのように白い塊だけが床に残る。

 その常軌を逸した光景を目にしてもオジマンディアスは狼狽えることなく武装色を纏った腕を側頭部に翳す。

 その腕の先には鳥の羽を模した上着をはためかせながら空中で身を翻すドフラミンゴの姿がそこにあった。彼は滑空しながらその身を大きく捻り、落下と回転が生む遠心力に武装色を纏わせた脚撃をオジマンディアスに叩き込む。

 

 

「──―足剃糸(アスリイト)

 

 

 鉄と鉄を打ち合わせたような衝撃音が響いた。

 拮抗は数瞬。ドフラミンゴが強引に足を振り切った。その足に遅れて覇気で鋭利さを更に増した糸による斬撃がオジマンディアスの腕に傷を刻み、オジマンディアスは半円を描くように足を剃らせつつ後退した。

 腕の傷から炎が奔らせたオジマンディアスと着地したドフラミンゴの視線がぶつかる。

 オジマンディアスは傷ついた腕を興味深そうに見つめ、ドフラミンゴは口を弧に歪ませて嗤った。

 

 

「フッフッフッフッ! 先制点はおれのようだな、太陽王」

 

 

 笑いながらゆったりとした動作でドフラミンゴは立ち上がる。起きざまに彼が指を動かすと、その傍らにドフラミンゴと瓜二つの人物が虚空から現れた。

 ──―影騎糸(ブラックナイト)

 ドフラミンゴをしてとっておきと言わしめる糸の分身体が銃弾を越える糸の弾丸を穿つその五指をオジマンディアスに突き付けた。

 

 

「──―フフフフ……フハハハハハハハハハッ!」

 

 

 掌で顔を覆って天を仰ぎ、豪快に高笑うオジマンディアス。いきなり彼が取った奇怪な行為をドフラミンゴは警戒心を醸しながら訝しむ。

 

 

「良い。良いぞ、余は貴様を見誤っていた。多少はやれるようだな、天夜叉よ」

 

 

 そんな視線を気に留めることなくオジマンディアスは両手を広げてドフラミンゴを見据えて告げた。

 

 

 

 

「故に! 余は──太陽の輝きを以って、お前を焼き尽くそう。今、ここで!」

 

 

 

 オジマンディアスが吼えると同時にその背から炎が噴出した。勢いよく、不定形に現れたそれは、次第に隼を思わせる燃え盛る翼を型作る。オジマンディアスが両手を開いても半分にも届かない大きさを持った煌翼はその全貌を露わにし、翼の面に熱源を無数に収縮させていく。

 

 

 

 

 

「浄滅せよ───天翔せし隼の不滅なる煌翼(ホルス・ハルマキス)ッッッ!!!」

 

 

 

 

 オジマンディアスの号砲を合図に、先ほど影騎糸(ブラックナイト)を一撃で熔解せしめた破壊光がドフラミンゴを灼き尽くさんと連続して放たれた。

 絶え間なく翼から放射され、爆裂していく破壊光。眼前が爆煙で覆われようとも、一切躊躇うことなくオジマンディアスは天翔せし隼の不滅なる煌翼(ホルス・ハルマキス)から蛇を殺す蛇(ウラエヌス)を放ち続けた。

 そして、ついに。

 

 

 

 

 

「──―ぐおあァアァァァッッッ!!!」

 

 

 

 爆煙が閉ざしている向こう側からドフラミンゴの絶叫が耳を劈いた。それを聞いて敵の容体を確認すべくオジマンディアスは蛇を殺す蛇(ウラエヌス)の弾幕を止めると立ち続ける爆煙を薙ぎ払う為に破壊光を一発だけ発射した。

 

 

 

「ハァ……ハァ……ゼェ……ッ」

 

 

 

 外へと吹き飛んでいった爆煙。鮮明に晴れた視界には木っ端微塵に砕け散った壁と綺麗さっぱり消え去った壁や床。そして、大量に飛び散っている白い液体の中央で片膝をついて息を荒げているドフラミンゴがいた。

 先ほどまでの悪のカリスマを思わせる才気は見る影もないほどに伺えない。白地の上着についていたフラミンゴの羽を想起させる装飾は消え失せ、晒していた身体の所々に火傷が見て取れた。

 

 

 

「ほう、ほう。面白い! 余の威光から背を向けるでもなく、正面から受け、耐え忍ぶか!」

「……舐め、るなよ……!」

「だが、その傷では立っていることすらままなるまい」

「…………ッ!」

 

 

 ふらつきながら息も絶え絶えな様子で立ち上がったドフラミンゴに対してオジマンディアスの関心が高まる。それは彼が取った行動が文字通り命を賭けた賭博だったからだ。

 ドフラミンゴは嵐の如く襲い掛かる破壊光の弾幕に対して背を向けて無様な死に様を晒すよりも、骨の髄まで焼き尽くされる死を回避すべく覚醒した「イトイトの実」の能力を駆使してオジマンディアスの猛攻を辛うじて凌いでみせたのだ。

 

 

 だが、その代償は大きすぎた。

 ドフラミンゴの脇腹に出来た火傷に籠る熱が皮膚を焼き、その下にある筋肉までをも熔かし続けていた。当然、ドフラミンゴとて黙ってあるがままを受け入れているわけではない。熔け続ける筋肉を糸で少しづつ削ぎ落として火傷が広がるのを阻止しようと糸を身体に這わせているが、火傷の熱がその糸を焼き切っていた。

 その怪我と有様を眺めてオジマンディアスはドフラミンゴにそう告げた。

 ドフラミンゴはその問いに答えない。否、答えられない。今もなお、細胞の一つ一つを無数の鋭い針で突き刺すような激痛が彼に襲っていた。

 

 

 

「──―死を乞うがいい、天夜叉。貴様の気概に免じ、余が直々に死を下賜してやろう」

「……」

 

 

 腕を組み、傲然とした態度でドフラミンゴを見下してオジマンディアスはそう告げた。

 ドフラミンゴは沈黙。その顔を怒りに染めてもただ無言のまま、オジマンディアスを見据えていた。

 その遣り取りを無関心を貫いているくまは兎も角、海兵達を庇うべく見届けるしかないセンゴクと加勢しようにもオジマンディアスの熱波が強力すぎるが故に近付けないジンベエには、今にも噴火しそうな活火山のようにしか思えなかった。事実、それは正解に近かった。

 皮切りは、あたりに飛び散った真紅の飛沫。そして艶のある黒に染まった糸から滴る鮮血がドフラミンゴの覚悟を言外に語っていた。

 

 

「20人の王の一人……ネフェルタリ。その名を聞くだけで気分が悪い……!!」

 

 

 サングラス越しでもひしひしと伝わる殺意を滲ませながらドフラミンゴは今でも極稀に夢に見る、忌まわしき過去を想起する。

 自分から力を奪った愚父。人の際限ない悪意に身を晒されたこと。自分を殺そうとしてきた天竜人たち。そういった過去が起因して世界の破滅を望み、実現すべく暗躍してきたドフラミンゴが持つ情報網はとある事情によって世界政府に迫るものがある。

 世界の秘された真実を知るドフラミンゴだからこそオジマンディアスに牙を剥いた。彼にとって天竜人に成り得た(・・・・)末裔など復讐の対象の一つに過ぎない。そして、ドフラミンゴの目の敵である天竜人もネフェルタリを裏切り者と見做していた。

 ドフラミンゴと天竜人は敵同士だが、敵の敵は味方とも言う。ドフラミンゴはネフェルタリへの復讐を。天竜人は思わぬ力を得たネフェルタリの台頭を恐れて。この戦いは両者の利害が一致したからこそ発生した戦闘であった。

 当然、この場に限ってどのような結果になってもドフラミンゴは世界政府の庇護を受けれるように根回しを済ませてある。

 故に、ドフラミンゴも一切の躊躇なく戦えるのだ。

 ドフラミンゴは床を蹴り、外へと跳躍した。雲に糸を引っ掛けてゆったりと高度を上昇させていく。それに伴って糸化した建造物もまた、ドフラミンゴに追従する。

 

 

「──太陽王ッ! お前が太陽を冠した気でいるなら、おれが舞う天により高く昇ってみせろ!!!」

 

 

 虚空に身を浮かせ、ドフラミンゴはオジマンディアスを睥睨する。

 

 

「良かろう。貴様の策に乗せられてやろう」

 

 

 オジマンディアスも煌翼をはためかせ、ドフラミンゴに追随すべく天へと舞い上がった。

 飛翔は隼の如く。オジマンディアスはドフラミンゴよりも高所を即座に陣取り、その身を翻す。腕が揺らぎ、炎と化していた。

 

 

「──―盾白糸(オフホワイト)

 

 

 ドフラミンゴもまた、決着の一撃を放つべく動き出す。共に上昇する何柱もの糸の柱を二柱に統合し、オジマンディアスの攻撃を防御すべく自身の手前で交差させる。

 

 

「16発の聖なる凶弾……!!!」

 

 

 弓なりに両腕を後方に引き絞る。それに呼応するようにドフラミンゴの背を拝していた16本の糸の束が武装色によって純黒に染まりながら、その切っ先を弧にしならせた。

 

 

「───―神誅殺(ゴッドスレッド)!!!」

 

 

 神殺しを冠する凶弾が矢の如く放たれる。その何本もの攻撃は盾白糸(オフホワイト)をいとも容易く貫いてオジマンディアスを穿たんと飛び出した。

 

 

 

旭光の威光は蛇の如く(アテン・ウラエヌス)!!!」

 

 

 対するオジマンディアスは牙を剥いた魔弾に向かって炎と化した腕を引き絞り、ドフラミンゴに突き付けるかのように腕を振るった。

 その勢いに乗って拳から飛び出た炎で象られた蛇が、太陽の威光を発しながら大口を開けて16発の凶弾を飲み込んだ。

 そこで終わることなく蛇は大口を開けたまま落下しながら盾白糸(オフホワイト)ごと──ドフラミンゴを飲み込むと顎門を閉ざし、頭から尾へと順を辿って火が消えるように空に溶けていく。

 おおよそ十数秒を掛けて炎の蛇が消えたと同時に、飲み込まれていたドフラミンゴが姿を現した。彼は燃えたまま一切の抵抗、身動ぎ一つすることなく地へと墜落していく。意識を失っていることは明らかだった。

 そんなドフラミンゴの傍らに、忍び寄った男が一人。

 

 

 

 

 

 

 

「────旅行するなら、どこに行きたい?」

 

 

 

 今の今まで静観を貫いていたはずのバーソロミュー・くまが、なすがままに落ちていくドフラミンゴの隣にいたのだ。

 彼の手は黒い手袋を外してあり、掌にある肉球を露わにして、振りかぶっていた。彼が食した「ニキュニキュの実」の能力を使用しようとしているのは誰の目から見ても明らかだった。

 

 

「───なんのつもりだ、くま……!!」

 

 

 

 木っ端微塵に消え去った壁の淵に立ち、空を見上げてセンゴクが激昂してくまに問うが、もう遅い。

 くまは躊躇いなく腕を一閃。

 肉球がドフラミンゴと接触し───

 

 

 

 

 

 

 ポン、という軽快な音と共に振るわれたその一振りは、ドフラミンゴに纏わりついたオジマンディアスの燃え盛る炎を掻き消し───ドフラミンゴをマリンフォードから消し去らせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




昔、作るだけ作って放置していたTwitterを動かし始めました。
https://twitter.com/Schwein1309
予約投稿やら呟いていく予定なので宜しければどうぞ。


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第4話:神王と悪魔の子

 

 アラバスタを燦々と照らす太陽が沈みきり、昼間とは打って変わった肌寒さを感じさせる真夜中にオジマンディアスはアルバーナ宮殿を抜け出して一人葬祭殿に足を向けていた。

 ただその貌は思案顔で、普段の傲岸不遜の笑みは鳴りを潜めていた。そんなオジマンディアスの心中は海軍本部で起きたドフラミンゴの行った凶行が占めていた。

 

 

 既に事件から一日が経ち、二日目を迎えたというのに七武海の解任の一報どころか当事者であるオジマンディアスに沙汰の結末の報告すら来なかった。

 ドフラミンゴと同じ七武海であったクロコダイルの一件は一日を待たずと世界中に彼の解任が世界政府から宣布されたというのに余りにも対応に差異がありすぎる。

 そのことを不審に思いながらも、オジマンディアスの思考は戦闘中にドフラミンゴがオジマンディアスにだけ聞かせるように呟いた言葉に割かれていた。

 

 

「20人の王の一人、ネフェルタリ……奴の言葉の真意が汲めん。当座の狂言と取るべきか、否か」

 

 

 20人の王。その言葉の真相がオジマンディアスには分からなかった。彼の知る限りでは政府設立に関わったとされる19人の王───俗に言う世界貴族にネフェルタリ家を加えれば数字上は20になる。しかし天竜人の悪逆非道を知っているオジマンディアスはネフェルタリ家の人間と天竜人では人間性が余りにかけ離れている為、それはないだろうと切って捨てる。

 平和を愛し、国を思い遣る心優しいビビや王としての自覚が強く、国民の幸福を願う名君であるコブラと違い、人を人とも思わぬ振る舞いや人を殺すことを悪だと自覚していない天竜人がとても苦楽を共にしたとは思えなかったのだ。

 

 

 だが、ドフラミンゴの瞳に込められた憎悪や言葉から滲み出でていた殺意が紛い物だと思えなかったのも事実だ。

 当初はその場しのぎの出鱈目かオジマンディアスの思考を乱す為に嘯いた戯言かと考えたが、如何に大海賊とはいえ、まるで当事者とでも言わんばかりの迫真の演技が成せるだろうか。

 さらにオジマンディアスとドフラミンゴは初対面だった。にも関わらず親の敵でも見るようなあの態度。それに裏で暗躍するなら兎も角、政府公認の海賊である七武海の座を手放すような真似を悪のカリスマとも称されるドフラミンゴが大々的に起こすだろうか。そして、騒動そのものを揉み消そうとするかのような遅々とした政府の対応。

 まるでドフラミンゴと天竜人がオジマンディアスの力量を測る為に徒党を組んだかのような───

 

 

 オジマンディアスの思考はそこまで進んだが、視界の傍らに敷き詰められた石畳の道に荘厳な建造物───葬祭殿が目に入った為、思考が途絶えた。

 そして葬祭殿の傍らにある芝生でカモフラージュを施した隠し階段の入り口に手を伸ばした。

 それこそがオジマンディアスの目指していたアラバスタ王国の国王のみに代々継がれる国家機密たる『歴史の本文(ポーネグリフ)』の在処にしてオジマンディアスが独断で匿った人物の隠し場所を示す印であった。

 

 

「───まあ、天夜叉の思惑はこれから知るとしよう」

 

 

 終始思案顔だったオジマンディアスの貌が不敵なそれに戻り、口角を上げて不遜に笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 コツ……コツ……と石階段を降りていく音が木霊する。

 数分ほどの時間を掛けて下り終えたオジマンディアスの視界に広がったのは天井を支える幾本もの支柱に繋がれたり、巨大な扉の前の門に掛けられたペトログリフを除く全てが左右対称に建置された地下聖殿の一端と門にもたれかかる一人の人物だった。

 

 

「何度見ても見事だな。先王から聴いた際は杜撰と感じたが、地下にこれほどの神殿を建造するか」

 

 

 感傷も程々にオジマンディアスはその人物に向かうようにゆっくりとした歩調で歩き出した。

 一歩、また一歩と近付くたびにその人物の仔細がはっきりとしていく。

 

 

 砂漠地帯であるアラバスタに似つかわしくない砂で汚れている白で統一されたロングコートにブーツ。

 そんな上着とは対称的な紫色で揃えたショートのトップスとショートパンツ。

 セミロングのボブカットの艶のある黒髪に青い瞳、くっきりと筋の通った高い鼻の美女。

 

 

 十数年前に政府から公布された手配書を見たことがある者ならば思い出すことだろう。

 彼女は僅か8歳して破格の賞金額を掛けられたことで当時、世界中で話題になった賞金首。

 

『‘‘悪魔の子”ニコ・ロビン 懸賞金7900万ベリー』

 

 

「眼は覚めたか、ニコ・ロビン」

 

「……ええ、お陰さまでね」

 

「───ハハッ! そう拗ねるな。余が海軍の目を欺いたのは貴様にとって悪い話ではあるまい」

 

 

 自然に腕を組んで傲然と太陽の色をした瞳でロビンを見下して言葉を投げ掛けるオジマンディアスに対して彼女はそっぽを向いて不服そうにそう答えた。

 女性らしいプロポーションを持ち、整った容姿をしている彼女がそうしただけで、男ならたじろいでしまいそうなものだが、オジマンディアスはただ快活に笑った。

 

 

「……私が解せないのはそこよ、Mr.オジマンディアス」

 

「ほう? 何が解せんのだ、申せ」

 

 

 ただ、クロコダイルと共に居たところを強襲され、抵抗する間も無く意識を奪われた上に気付けば海楼石の手錠を嵌められたまま見知らぬところに数日近く軟禁されている彼女にとって、この現状は何とも理解し難いものであろう。

 

 

「私の事を知ってる上に、B・W(バロック・ワークス)の最終作戦の全貌を知ったのでしょう? なら、なんで私を匿ったのかしら…」

 

「──ああ、赦せんとも。だが、それ以上の価値を余は貴様に見出した。それに──────」

 

 

 ニコ・ロビンの問い掛けにオジマンディアスはその貌から表情を僅かばかりに消したが、すぐに普段通りの不遜な態度を張り付かせて門にもたれかかっていた彼女の腕を引いて扉の前へと連れ出した。

 そして荘厳と佇む巨大な扉をこじ開けてから、半身をずらして扉が閉ざしていた光景をニコ・ロビンに見せた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──────貴様の望みは国ではなく、これだろう?」

 

 

 ソレはキューブ状の石碑だった。

 正面には幾何学的な文字の羅列が陳列している決して砕けず、割れず、融けない硬石に記された歴史文。

 解読はおろか、探索すら禁じられた代物。

 オハラという島を地図上から消し飛ばした元凶。

 

 

 

「『歴史の本文(ポーネグリフ)』……! こんな近くにあったなんて……」

 

 

 まさか何年も掛けて狙っていたものがこんな間近にあったとは考えもしなかったのだろう。扉の前でへたり込んでいたロビンは海楼石で弱り切った身体に鞭を打つ思いで立ち上がった。勢いが強かったこと、予想以上に海楼石で堪えていたことが合致して思わず彼女はよろけるが、オジマンディアスが肩を掴んで事なきを得た。

 

 

「そう逸るな。この場には余と貴様以外は立ち会わん」

 

 

 その言葉を聞いて彼女の逸る心が落ち着いて冷静さを取り戻したのだろう。ロビンはええ、とだけ呟いてからまるで変人でも見るかのような目でオジマンディアスを見据えた。

 

 

「それにしても───正気とは思えないわ。当然、オハラのことも知ってるんでしょう?」

 

「戯け。余に二度も同じ事を述べさせる気か? それに貴様に『歴史の本文(ポーネグリフ)』を見せたのは余の誠意というやつだ」

 

「そう……もっと近くでも見ても?」

 

「好きにしろ。……もっとも、貴様の望む内容は記されてないだろうが」

 

「それでも構わないわ」

 

 

 そう言ってロビンはオジマンディアスに背を向けて足を引き摺りながらも『歴史の本文(ポーネグリフ)』の元にたどり着き、錠で縛られた両手で文面に触れながら目を通していく。

 

 

 

 

 

 

 

 

「他にはもうないの……? これがこの国の隠している全て……?」

 

 ……どれほどの時間が経っただろうか。

 ニコ・ロビンが文面をなぞる音だけが響く時間は、彼女はポツリと呟いて漸く終わりを迎えた。

 何処か縋るような声音を耳にしたオジマンディアスは壁にもたれるのを辞めてから端的に答えた。

 

 

「そうだ。この国にある『歴史の本文(ポーネグリフ)』はそれだけだ。やはり記されているのはプルトンの在処だったか」

 

「……ええ。満足はできないけど、納得はしたわ。それで、私は貴方に何をすればいいのかしら」

 

 オジマンディアスの答えを聞いてニコ・ロビンの眼に諦めが宿ったが、それを振り払うように頭を横に振るってからオジマンディアスに言葉を促した。

 

 

「余が貴様に求めることは多くあるが、それよりも貴様には呑んで貰う条件がある」

 

「……条件?」

 

「そうだ。端的に告げよう、ニコ・ロビン──────」

 

 

 ニコ・ロビンにとって選択の余地などない状況下で''条件''を持ち出したオジマンディアスを疑問に思いながら彼女はオジマンディアスの言葉を待った。

 そして、彼女の顔は驚愕に染まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「─────貴様には、此処で死んでもらう」

 

 

「な…………!? どういうつもりかしら!? 貴方、言ってることが矛盾しているわ!!」

 

 

歴史の本文(ポーネグリフ)』を背にニコ・ロビンがオジマンディアスを睨め付けて声を荒げる。手錠の鎖がジャラリとドーム状の空間に響いた。そんな中、オジマンディアスは悪びれもなく口を開いた。

 

 

「戯け、そう怯えるな。貴様も不用意に政府に嗅ぎ回られるのは御免だろう。故に名を捨てろと言っているんだ」

 

「ああ……ミス・オールサンデーなんてあからさまな偽名じゃなくて本名っぽいものを名乗れ、ということね……」

 

「それと、その風貌も化粧で誤魔化せ。貴様の経歴は余が捏造してやろう」

 

「それくらいなら構わないわ。それで、肝心のお願い事は何かしら?」

 

 

 ホッとしたように胸を撫で下ろした彼女を尻目にオジマンディアスは追加で条件を付け足したが、条件というにはあまりに温情なそれにロビンはクスっと笑いながら首を傾げてオジマンディアスの言葉を待った。

 

 

「先ずはB・W(バロック・ワークス)社員の運営に違法ではない範囲でのレインディナーズの経営だ」

 

「それだとクロコダイルと組んでた時と何ら変わりないわね。別に私じゃなくても出来そうだけど」

 

 

 そう。オジマンディアスの口から出た願い事は彼女がミス・オールサンデーとして活動していた時に熟してきたものだった。寧ろ、大規模な暗躍する必要が無くなった為、以前よりも簡単になったといえる。クロコダイルが高く評価していた彼女じゃなくても熟せる業務になっていると考えていいだろう。

 ロビンがその点を指摘すれば、オジマンディアスもうむ、と答えてから本題への切り口を口にした。

 

 

「余が真に貴様に頼みたいのは、ただの一つだ。貴様にしか為せぬ大任だと思え」

 

「私にしかできないこと、ね……」

 

 

 オジマンディアスの口から出た『ニコ・ロビン』にしか出来ないこと。それを耳にしたロビンの眼に闇が宿り「ああ、またか」という思いが彼女の胸に浮かび上がった。

 十数年間も裏社会で多くの組織を隠れ蓑にしてきた彼女が得手とすることなど真っ当な代物ではない。多くの機関に足取りを易々と辿らせないほどの情報抹消能力と、暗殺である。

 大方、他国へのスパイかオジマンディアスにとって都合の悪い存在の暗殺だろう。そう当たりをつけたニコ・ロビンの心から熱が奪われていく。

 

 

 

 

 瞳を曇らせ、僅かに俯いているロビンに気付いていないのか、オジマンディアスは彼我の距離を詰めていき───手錠で縛られた彼女の両手を包み込んで、重々しくその言葉を紡いだ。

 

 

 

 

 

 

「──────余の秘書として仕えろッ」

 

 

 

「そう。わかったわ──────えっ?」

 

 

 また世界から恨まれるのか、そう考えて極めて冷徹に返事を返したロビンだったが自分の想像していたより真っ当な職務内容に思わず彼女の素が漏れた。

 

 

「───そんなことで、いいの……?」

 

 

 

「そんなことだと貴様ァッ!?」

 

 

 取り繕うことも忘れて彼女は素でオジマンディアスに問い返した。裏社会で生きてきて、生きていることが罪だと言われた自分にしか出来ない事が、宮仕えで、事もあろうに一国の王に仕える秘書? 堪らず『歴史の本文(ポーネグリフ)』を惜しげもなく見せられた時よりも奇人変人を見るかのようにオジマンディアスを見つめるニコ・ロビン。

 

 

 

 そんな彼女にオジマンディアスが体裁も気にすることなくキレた。

 

 

「これから貴様を匿うためにアラバスタ全土での情報収集や新たな法案の発布をせねばならんのだぞ!? 政府の諜報機関をも寄せ付けぬ盤石な態勢を整える必要があるんだぞ貴様ァッ!!」

 

 

 

 ロビンが弱っているにも関わらず胸倉を掴み、激しく揺する始末。

 

 

「ふふっ! ご、ごめんなさい……! おかしくて、つい……!」

 

「なにが可笑しい!? 貴様が食した『ハナハナの実』は自身の感覚器を生やせる能力だろう! それをオハラの学者が食したというのなら政において重宝されるべきだろう!!」

 

 

 オジマンディアスがロビンを揺する勢いが更に増したが、それでも彼女の笑みが収まることはなかった。それどころか揺すられる勢いに比例するように彼女の笑顔は明るくなっていった。

 闇の中で生きてきた彼女にとってこういった真っ当なことで求められるのは、賞金首に堕ちてからは初めてだった。彼女はそれが無性に嬉しかった。

 

 

 

 

 

「それでいいわ。私を貴方の下で働かせて」

 

 

「そうか! なら存分に使ってやるから覚悟しておけ!!」

 

 

 オジマンディアスはロビンの胸倉から手を離し、懐から錠の鍵を取り出して彼女の手錠を取り外してやった。

 呆気なくするりと手首から抜け落ちた手錠が石畳の上でガシャリと落ちた。

 

 

「それで───私はこれからなんて名乗ればいいのかしら」

 

「ああ───それなら予め決めてある。史書を意味する言葉、ヒストリアだ。学者のお前には相応しかろう」

 

「……ヒストリア。今日から私の名前はヒストリアね。よろしく、王様」

 

「───フン。存分に使ってやる。精々励めよ、我が共犯者」

 

 

 ニコ・ロビン改め───ヒストリアが手を差し出し、オジマンディアスが乱雑にその手を掴んだ。

 

 

 今日、この日を以ってニコ・ロビンという女は死に、生まれ変わった。

 口調は尊大で態度は傲慢不遜だが、人を想いやれる暴君が持つ人の温もりに触れて、数十年間も凍り付いていた彼女の心の氷が少しだけ、溶けた気がした。

 

 

 

 



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