読書家男と本屋の彼女 (シフォンケーキ)
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1話

初のオリジナルです。
気に入っていただけたなら幸いです。


出会いというものはいつ何処で起こるかわからないものだ。初めて彼女に会ったのは仕事帰りの本屋だった。傲慢な上司にこき使われて疲労と不満で満たされた夜の帰り道、近所の行きつけの本屋の看板を見て、そういえば今日は欲しい本の発売日だった事を思い出して彼はそのまま店に入って行った。

「いらっしゃいませ」

初めて聞くその声に彼は一瞬そちらに目を引かれた。そこには小柄で茶髪の女性店員がレジに立っていた。

(新人さん入ったんだ・・・)

そんな事を考えながら彼はお目当ての本を物色し始めた。

(そう言えば前に買いそびれたのもあったな。それもついでに買っておこうかな)

「よう、良ちゃん。いらっしゃい」

目当ての本を数冊手に取ると背後から男の声がした。良ちゃんと呼ばれた彼、赤城 良司は声のした方を振り返った。

「なんだ、千堂さんか」

振り返るとそこにはこの店の店長である千堂 勝久がいた。

「なんだとはまたご挨拶だな」

「残念ながらヤクザ宛らの面したオッサンの顔見て喜ぶような趣味は俺にはありませんよ」

「悪かったな、可愛らしい美少女じゃなくてこんな凶悪面のオッサンで」

千堂が笑って返した。彼らは長い付き合いなので顔を合わせるといつもこんな調子でふざけあっている。

「今日は新刊を買いに来たのかい?」

「はい。あと気になっていたものをいくつかね」

「良ちゃんみたいな客がいてくれるおかげでウチみたいな個人経営店も潰れずにすんでるよ。ありがとう」

「何言ってるんですか!個人経営にも関わらず大手にも引けを取らない店の広さとマニアックな作品まで仕入れている幅広い本の数!お礼を言うのはこっちの方ですよ!」

「お、おう。相変わらずだな、お前さんも」

 食い気味に言ってくる良司に思わず千堂は後ずさった。

「それより良ちゃん、リサちゃんを見てどう思った?」

「リサちゃん?」

聞きなれない名前に良司は聞き返した。

「今レジに立ってる新人さんだよ昨日から入ったんだ。見た目はいかにもギャルって感じだが彼女も結構なビブリア(本を愛する人)だよ」

「まあ、千堂さんがこの店で雇うぐらいだからそうでしょうね」

実はこの千堂という男、見た目に似合わずかなりの本好きであった。彼がこの店を建てたのも、好きな本に囲まれ、更にその本を色んな人にも読んでもらいたいという思いから始まったのである。故に彼がこの店で人を雇う条件はただ一つ。千堂 勝久が認められるくらいの本好きか否かだ。そのせいで今までこの店で働いた者はそう多くはなかったのである。

「それで、質問の答えは?リサちゃんを見てどう思った?」

「どうもこうも何も知らない状況で何を答えろって言うんですか。確かに可愛い娘だとは思いましたけど」

「やっぱり俺が思った通りだ。お前さんならそう言うと思ったよ」

「何なんですか、一体」

「いや、お前さんとあの娘ならさぞかしお似合いだろうと思ってな」

「何を馬鹿な事を・・・」

二人がそんな話をしていると件の「リサちゃん」がやって来た。

「店長、いつまでサボってるんですか?」

「おいおい、サボってるとは酷い言われようだな。大事な常連さんと話してただけだよ」

「それをサボりって言わなかったらなんて言うんですか」

「情報交換?」

「バカじゃないですか?」

(結構ガンガン言うタイプの娘だなぁ)

物怖じせずに千堂に言う彼女を見て良司はふと考えた。

「でも店長のお陰で今までいい本と巡り会えましたよ」

「ほらほら、こうやってちゃんと評価して下さるお客様がいるんだから」

「そんな店長に気を使わなくても良いんですよ。えっと・・・」

「赤城です。赤城 良司」

「舞崎です。舞崎 リサ。リサで良いですよ。よろしくお願いします。赤城さん」

「俺も良司で良いですよ。リサさん」

これが二人のはじめての会話だった。

「さて挨拶も済んだようだし、さっさとその本レジ通しちまおうか」

二人の顔を見た後に千堂が言った。

「そうですね。お願いします」

そう言って良司は持っていた本の山をレジのカウンターへと置いた。

「わぁすごい数ですね」

「最近買いそびれたのもあったので」

「と言っても良ちゃんは一度に買う時は大体こんなもんだがな」

「おお、店からしたら素敵なお客様だぁ!」

レジを済ませながらリサが笑って言った。可愛らしい笑顔に良司は思わずドキッとしたのは内緒の話。

「あれ、この本・・・」

リサが一冊の本を見るとその手を止めた。

「ん?ああ、その作品ですか」

リサが手にしていたのは去年の秋頃に新人賞を受賞した恋愛小説だった。

「知ってるんですか?『この愛の行く末は』」

聞いてから本屋の店員に何聞いてんだと良司は自嘲した。

「私も読んだんですよこの作品。でもあまり評判は良くないみたいですね」

「そうなんですか?でもまぁそれは自分で読んでから決めますよ」

「なら読み終わったらお互いに感想言い合いましょうよ」

「良いですよ」

「お前さんらすっかり仲良くなったな」

盛り上がっている二人を見てすかさず千堂が茶化す様に言った。

「揶揄わないで下さいよ。・・・お会計、6,810円になります」

「はい、なら丁度で。それじゃあまた」

代金を支払い本を受け取ると二人に挨拶をして良司は店を後にした。

「お買い上げありがとうございました」

二人だけになった店内でリサが頭を下げて言った。

「売れて良かったな。リサ先生」

「ちょっ!店長!」

「ああ違ったな。『この愛の行く末は』の作者、『衣崎 真理紗(いさき まりさ)』先生」

千堂に言われた途端、リサの顔が赤く染まった。

「絶対に他の人には内緒ですからね!店長!」

「わかってるよ。真理紗先生」

「店長!」

その日の店内はリサの怒声と千堂の笑い声で満たされた。

(これから面白くなりそうだ)

今後の展開を考えながら千堂は内心でそう笑った。




ペースは遅いと思いますが気まぐれに書いていきます。


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2話

良司とリサが出会ってから一週間近く過ぎた頃、良司は朝から千堂の店へとやって来た。正確に言うならば、千堂に呼び出されたのだ。

「何です?千堂さん、俺に用って」

「悪いな、休みの日に朝早くから呼び出して」

「それは構いませんけどね」

「実は折り入って頼みがあるんだ」

「頼みですか?珍しいですね。千堂さんが俺に頼みなんて」

「ああ、急で悪いんだが今日一日、俺の代わりに店長やってくれないか?」

「はい?」

「何、今日はリサちゃんもシフトに入ってるから一人でそんな重労働をする事もないし、良ちゃんなら店を任せても安心だ!」

「いや、その前にちゃんと事情を話してくださいよ」

「ああそうだったな。実は今日、隣町の書店で俺の好きな作家さんのサイン会があるんだ」

「・・・なるほど。サイン会には行きたいけど流石に入ってきたばかりのリサさんだけに店を任せるのも不安だから俺に任せようと」

「話が早くて助かるよ」

「でも良いんですか?たとえ常連客とはいえ部外者ですよ?」

「俺とお前さんの仲じゃないか。何度も臨時でバイトを頼んでいるから勝手は知ってるだろ?それに俺は良ちゃんを信用しているからな」

なかなかにズルイ言い方をするもんだと良司は内心で思った。だが、ここまで言われると流石に悪い気はしない。

「それに俺だってタダでやってくれなんて言わねえさ。見合った額を支払うし、もし引き受けてくれたら店の本五冊までなら好きなの持って行って良いからさ」

「喜んでお引き受けしましょう」

ここまで頼まれたら人として断るわけにはいかない。決して報酬に釣られたわけではないのだ。決して。

「それじゃあ何か困ったことがあったら連絡してくれ。夕方までには帰るからそれまで店は任せたぜ」

そう言い残して千堂は店を出て行った。

「・・・やれやれだ」

その後ろ姿を見ながら良司はため息をつきながらも、仕事の準備を進めるのだった。

 

「おはようございま〜す」

入荷した本の整理やら掃除やらを手早く済ませた頃、店の裏口からリサがやってきた。

「おはよう、リサさん」

「あれ?何で良司さんが?て言うか店長は?」

当然の事ながら状況が飲み込めないリサが聞いてきた。

「千堂さんなら仕事放ったらかして隣町までサイン会に行ったよ」

「マジですか・・・」

「マジです」

リサの顔を見るとあからさまに呆れたような顔をしていた。

「それで俺が代わりに今日一日臨時で店長代理ってわけです」

「あーなるほど、良司さんってもしかして前にここで働いてたりしてました?」

「うん。と言っても時々臨時でやってただけですけどね。でもよくわかりましたね」

「だっていくらなんでも何もなしに頼るのは流石にありえないじゃないですか。だから少なくとも経験者なのかなって」

「名探偵だ」

「兎に角今日はよろしくお願いします」

「こちらこそ」

そう言ってこの日の仕事が始まったのであった。

 

「暇だねぇ」

「そうですねぇ」

「そう言えば」

仕事開始から数時間後、作業もひと段落したところで良司が思い出したように言った。

「この前の小説、読みました」

「・・・どうでした?」

リサが恐る恐る聞いた。仮にも自分が書いた作品を直接評価されるのだから無理もないだろう(そんな事は彼が知る由もないが)。

「俺は好きですよ、あの話。面白かった」

「っ!そうですか」

「うん。ハッピーエンドで終わらなかったのは寂しかったけどそれもまた良いと思える終わり方でしたね。新作が出るならまた読みたいですし、あの作家さんの書き方、俺は好きですね」

良司が言い終わってリサの方を見ると何故か彼女は下を向いて顔を逸らしていた。

(しまった。熱くなって一方的に喋りすぎたかな。また悪い癖が出た)

「ごめんなさい、俺ばっかり喋っちゃいましたね。熱くなるとすぐこうなるんです」

「い、いえ、私も感想聞けて嬉しかったですから」

「そ、そっか。ならよかった」

「は、はい」

「・・・」

「・・・」

二人の間に沈黙が続いた。

(き、気まずい!こう言う間って俺苦手なんだよなぁ。俺ってここまで女の子と話すの下手だったのか)

思い返してみれば今までまともに異性と会話なんてした事がないと良司は気づいた。

(考えてみれば昔から本読んでばっかの人生じゃん・・・)

残念ながら今まで読んできた本には女の子との距離の縮め方なんてありはしないのだ。

「あの、良司さん」

「ん?」

良司が考え込んでいるとリサが聞いてきた。

「何で良司さんは本読むのが好きになったんですか?」

「また急ですね」

「えへへ。ちょっと気になって」

あまり話しても面白いものではなかったが、これ以上沈黙が続くよりはマシかと良司は一人で納得した。

「俺って昔から友達って少ないんです。だから一人遊びが得意でね、いつも家で遊んでたんですよ」

「・・・」

「そんな時、父親の持ってた小説を見つけたんです。それが何でかすごく面白そうで、漢字とかも内容も全然わからなかったくせに夢中で読んでた」

「それがキッカケですか?」

「うん。それから色んな物語の世界に没頭した。ページを捲る度に心が踊った。・・・そして憧れた」

「憧れた?」

「うん。だって凄いじゃないですか。読んだ人達を文字だけで魅了して、楽しくさせたり悲しくさせたり、色んな感情が湧き上がるんだよ?それってまるで魔法みたいだって」

「魔法、ですか」

「だから俺もそんな風になれたらなって、子供の時に思ってたんです」

「今は違うんですか?」

「今もなれたら、とは思いますよ。でも心のどこかで諦めてる自分もいるんです。何度も賞に応募しては落ちて、それを繰り返して。いつしかそれも仕方ないって言い訳しだして。最近じゃ書く事自体なくなった」

それでも自分が本を読むのを辞めないのは、好きというのもあるだろうが、その夢を諦めきれないからなのだろうと良司は内心で苦笑した。

才能もないとわかっていながら中途半端に夢に縋っているのだ。

「覚悟を決めて夢に向かう訳でもなく、かと言って夢をきっぱり諦める訳でもない。どっちつかずでかっこ悪いですよね」

良司は苦笑しながらそう言った。

「そんな事ないですよ」

だがリサはその言葉を否定した。声色から良司を気遣って言ったのではない事はわかった。

「だって良司さんは努力したんでしょう?その時点で何もしない人より(まさ)ってます。一番かっこ悪いのは口だけで何も行動しない人ですよ」

「そう、かな」

「そうですよ。今は少し休んでるだけです。疲れたらいつでも休んで、またやりたいときにやれば良いんです」

「かっこいいなぁ、リサさんは」

「そんな事ないですよ」

リサが照れながら言った。その表情に思わず良司はドキっとした。

「今度からリサ先生って呼んでいい?」

誤魔化すように良司が言った。

「先生はやめてくださいよぉ。普通にリサで良いですから。それに敬語もいらないですよ」

「なら俺のことも普通に呼び捨てでいいよ。と言うかそっちの方が俺は楽かな」

「だったら私の事も呼び捨てで呼んでください」

「えっと、う、うん。リサ?」

なぜか疑問形で呼んでしまった。まともに女の子と縁のない男は女の子を呼び捨てにする事に慣れてなどいないのだ。

(女の子を改まって呼び捨てにするって結構照れる・・・)

コミュ症陰キャ全開の考えだった。

「うん。良くん」

「あ、俺の事はそう呼ぶんだ」

「だって良ちゃんだと店長と同じだし、つまんないでしょ?」

「そう、かな?」

「そうだよ。これからもよろしくね、良くん」

満面の笑みを向けながら言ってくるリサに再び良司はドキっとした。

(当分この呼ばれ方は慣れない気がする・・・)

 

それからさらに数時間後、夕陽が差してきた頃、ようやく千堂が帰ってきた。

「悪いな二人とも。色々と買い物だなんだしてたら遅くなっちまった」

「本当ですよ、店放って出掛けるなんて店長失格ですよ」

「確かに」

「お前さんら揃って言うなよ。仲良しかよ」

「それより千堂さん、お目当てのサインはもらえたんですか?」

「勿論だとも。お陰様で良い一日になったよ。約束通りバイト代と、好きな本、持っていきな」

「いや、その約束は後日に取っておきますよ。権利ってのはここぞと言う時に使った方がいい」

「良くんそんな約束してたんだ」

リサが良司の名前を呼ぶと千堂がニヤついているのが見えた。どうせロクな事は考えていないんだろうが。

「お前さんら、随分仲良くなったな?もうそんなに進展したのかい」

そう言われた途端リサがわかりやすく慌てだした。

「そ、そんな仲良くだなんて」

「リサが自分からそう呼んだんじゃないか。なんだ、仲良くなれたと思ったのは俺だけだったんだね」

面白くなって良司も千堂の悪ノリに加わった。

「ちょっ、良くんまで!もちろん、き、嫌いじゃないけど」

(もしかしたらリサってこの手の話は得意じゃないのかな。まぁ俺もだけど)

慌てているリサを見ながらそんなことを考えた。

「良かったな良ちゃん。少なくとも嫌われてはないらしいぜ。まだ可能性は残ってるよ」

「まるで俺が店長に恋愛相談でもしたような言い方ですね。まぁ俺も嫌いではないですけどね」

笑いながら言ってくる千堂に良司も笑って返した。

「二人共私をからかってません?」

「「何を今更」」

リサの質問に対して二人は全く同じタイミングで答えた。

「わぁ二人がいじめる〜」

リサとの距離が近づいて少し嬉しく思う良司であった




誤字、脱字、ご感想などあれば書いていただけると嬉しいです。

お気に入り登録してくださった
てと様
アルストロメリア様
名無しの大空様
ありがとうございます。

ではまた次回。


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3話

舞崎 リサと言う人間は言わばどこにでもいる至って平凡な女性である。

過去に特筆する経歴もなければ人より凄まじく優れた点があるわけでもなかった。勿論彼女とて女の子である以上、ファッションやらオシャレにも興味はあったが、それはあくまで『人並み程度』にだ。そんな彼女がこれまでの人生で最も興味を引かれ、のめり込んだものがあった。

 

それが“物語”だった。

 

色んな作品の登場人物達の感情を考えては時に笑って、怒って、悲しくなる。そんな物語に触れるうちに彼女はある事を思った。

(こんな作品を書ける人はもしかしたら魔法使いなんじゃないの?)

そんな人に話せば笑われるような事を彼女は本気で思っていた。そんな風に考えている彼女が小説家というものに憧れを抱くのは至極当然と言えるだろう。

いくつもの作品を読み続けるうちにその漠然とした思いはやがて具体的なものへと変わっていった。

そしてある時、彼女は夢を叶える為に行動を起こした。

そう、書いたのだ。自分なりの‘‘物語’’を。

 

「ん?」

眼が覚めるとそこはいつもの自分の部屋だった。

(懐かしいこと思い出したな〜)

いつもと同じ時間に起きたリサは真っ先に今見ていた夢の事を考えた。自分が過ごした過去の事を。

(周りの人達によく笑われたっけ。絶対無理だって)

キッチンに移動してコーヒーの用意をしながら当時のことを思い出す。

(でも諦めなくて良かったなぁ。お陰で夢を叶えられたし。いや、まだ途中なのかな)

水を入れたヤカンを火にかけてそんな事を思い出しては笑っていた。

(それに店長やあの人にも出会えたし・・・)

「おはよう。リサ」

そんな事を頭の中で考えているとキッチンに一人の男性が入って来た。と言っても父親なのだが。

「おはよう。パパもコーヒー飲む?」

「うん。せっかくだから貰おうかな」

「ちょっと待っててね」

そう言ってもう一人分のコーヒーの準備をした。

「今日も仕事かい?」

「うん。この後すぐ家出るよ」

「ところでリサ」

「ん?どうしたの?」

「そろそろ彼氏くらい出来たかい?」

「ちょっ!?」

新聞を読みながら言ってくる父親にリサは驚いた。

「その反応だと想い人でも出来たのかな?」

「そ、そんなんじゃないから!」

そう言いつつもリサの脳裏にはある人物の顔が浮かんだ。

(何であの人の顔を思い出すんだろう)

そしてある人物の顔を思い出すとその人が言った一言が頭の中で何度も繰り返された。

『読んだ人達を文字だけで魅了して、楽しくさせたり悲しくさせたり、色んな感情が湧き上がるだよ?それってまるで魔法みたいだって』

それを聞いた時、自分と同じことを思う人がいる事に少し嬉しく思った。

そんな事を考えながらリサは朝食を済ませて仕事に行く準備をした。

 

「おはようございま〜す」

「おう、リサちゃんおはよう」

店に入ると新聞を読んでいる千堂がいた。

「店長、この前の何なんですか」

「この前の?」

「仕事放って隣町まで行った時のですよ」

「ああ、あの時のことか。いや悪かったな。どうしても自分の手でサインが欲しくてよ」

笑いながら千堂が答えた。

「それは別に良いですけど、なんで良くんを店員にしたんですか」

「経験者だし、リサちゃんとも顔見知りだから丁度いいと思ってな」

「丁度いいって・・・」

「でもそのお陰で彼と仲良くなれたろ?」

「・・・それは」

「安心しなって。別にリサちゃんの正体を良ちゃんにバラしたりしねえよ」

「それは本当にお願いしますよ」

「わかってるよ。でも隠す必要なんてあるのかい?」

「だって、なんか恥ずかしいじゃないですか。私があれこれ考えてこんな事書いたんだーって思われたら」

「まぁわからなくもねぇが・・・。ならずっとこのまま黙ってるのかい?」

「そりゃ、いつかは言いますけどでも言うタイミングは自分で決めますよ」

「そうかい。まぁ俺からバラす事はしないから安心しなよ。けどな」

千堂が間をあけて言った。

「どんなことでも先延ばしにしすぎると言い出せなくなるから気をつけなよ」

「・・・はい」

何故か彼のその言葉は強くリサの中で残った。

 

「リサちゃん、悪いがちょっと店を任せてもいいか?コンビニに行きたいんでな」

それから数時間、いつも通りに業務を行うと千堂が言ってきた。

「良いですよ。お客さんも来ませんし」

「素直に喜べねぇな。それは」

そう言いながら千堂は財布を片手に店を後にした。

一人残されたリサは色々と思い返していた。

 

例えば今朝見た夢の事。

例えば先程千堂言われた事。

 

自分は小説を書ける人を『魔法使い』だと思った。そしてそれに憧れて自分もそうなりたいと思った。言葉一つで相手に色んな事を思わせたい。色んな影響を与えたいと。

 

このくせ、自分の小説を好きだと言ってくれた人に自分がその作者だという事すら出来ていない。

無論、態々名乗らない人だっているだろう。だがそれはあくまで作品のイメージを壊したりしない為の配慮の様なものだ。対する自分はただ単純に知られるのが恥ずかしいなんて言う保身的な思考だ。そんな人間が『魔法使い』だなんて、我ながら笑えてくる。

つまり彼女は自分に対して自信がないのだ。

初めて書いた作品が新人賞を受賞したのだって、何かの偶然だと思っているし、もしも次を書いたとしてもその結果がどうなるかを考えるだけで不安になる。そんな状態で誰かに影響を与えられる作品が書けるなんて微塵も思えない。

自分を信じてあげられないのにどうして人に影響を与えられるだろうか。

だから彼女はいつも思ってしまう。

 

(結局私は『ただの人間』なんだなぁ)

 

そう思うと少し悲しくなるが気がつくとそう考えてしまうのだから仕方がない。

でも彼女は書く事をやめなかった。ここでやめてしまうと本当に自分は何もない人間だと認めてしまう事になると思ったからだ。

(あの人ならどう考えるんだろう。もしあの人に相談したら、なんて言ってくれるんだろう)

今朝のようにリサはある人物の事を考えていた。自分と同じ様に『魔法使い』に憧れたと言うその人を。

(でも聞けるわけないか。自分が小説を書いてるとも言えてないんだから)

「・・・サ、・・・リサ?」

その声にリサはハッとした。

気がつくと目の前に今しがた頭の中で浮かんでいた良司が立っていた。

「良くんっ!?」

「どうかした?ボーッとして」

「な、なんでもないよ!?」

まさか本人相手に相談ができるわけも無い。

「嘘でしょ?何も無いのにそんなボーッとするはずがないよ。少なくとも何か悩みはあるはずだ」

今日はグイグイ来るなとリサは内心で考えた。

「何でそんなに心配してくれるの?」

何でこの人は会って間もない自分のことをここまで心配してくれるんだろうか?リサは不思議だった。

「ただの偽善だよ。誰かが悩みがあるならそれを出来ることなら解決して自己満足に浸る。そんなただの偽善」

「・・・ただの偽善」

リサは繰り返して言った。本当にそれだけだろうか?何となくではあるが彼女はそうとは思えなかった。

「もしくは下心だよ。リサに心配してるフリして優しい人アピールをしてるだけかもしれない。あとお会計お願い」

手にしていた本を差し出しながら良司は冗談っぽく言った。

「合計で2030円になります」

「なら丁度で」

金を払いながら言う。

「何か会ったらまた話してよ。聞くくらいは出来るから」

「だったら、LINE教えて?」

リサは自分が言った一言に対して驚いた。自分は一体何を言ってるんだ。

「ごめん、今の無し!」

「良いよ?それぐらいなら。今からでいい?」

「えっ、う、うん」

案外あっさり言う良司に戸惑いながらもリサは答えた。

「はい。これ俺のIDね」

画面をこちらに向けてスマホを差し出されてリサも自分のスマホを取り出してQRコードを読み取った。

「何かあったらいつでも連絡してよ」

「うん。ありがとう」

「じゃあ俺は帰るから。また来るよ」

「うん。何かあったら連絡するね」

「何も無くても連絡してくれて良いよ」

そう言い残して買った本を手にして良司は店から出て行った。

そして入れ替わるように千堂が帰ってきた。

「何を仕事中にイチャイチャしてんだい」

どうやら2人の会話を聞いていたようだ。

「盗み聞きは趣味が悪いですよ。あとイチャイチャはしてません」

「ほぅ、良ちゃんから連絡先聞いといてよく言うねぇ」

「・・・どこから見てたんですか」

「リサちゃんが彼に連絡先を聞こうとしてた辺りだな」

ほぼ全部だった。

「まあ面白いものが見れたから良しとするよ。あと差し入れ」

そう言ってコンビニ袋の中からお茶の入ったペットボトルを置いた。

「あ、ありがとうございます」

なんか誤魔化されたような気もするが、面倒くさいのでもう考えるのはやめておこう。

(いつでも連絡していい・・・か。いつか相談できる日が来たら、その時は彼に話を聞いてもらおう)

勿論その時には自分が小説家だということも正直に打ち明けようと、魔法使いに憧れる彼女はそう心に誓った。




今回はリサ視点の話でした。
楽しんでもらえたら幸いです。

誤字脱字、ご意見ご感想などあれば書いていただけると嬉しいです。
ではまた次回。


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4話

最近買って読む小説のジャンルが恋愛物が多くなってきた気がする・・・


ある日のこと、良司は自分のスマホを見つめながら悩んでいた。理由は簡単。先日知ったリサのLINEに連絡を入れるかどうかだ。あの時は流れで自分でも驚くような事をほざきながら、あれよあれよと交換出来たくせにいざとなると連絡一つ取れやしないヘタレだった。

「こんなんでよく連絡先交換出来たな」

我ながら呆れるしかない。

そう考えていると、手にしていたスマホが震えた。誰かからLINEが来た様だ。

「誰だ?・・・ってリサ?」

送り主はリサだった。まさか送るかどうしようかと悩んでいる相手から来るとは。

内容はこうだった。

『4月23日、もし来れたら仕事終わりに店まで来てくれない?良くんに大事な用があるの』

なんともシンプルな呼び出しの連絡だった。まぁ用が有ればいつでも連絡してこいと言ったのは自分なのだから別に問題も無いが。

「と、兎に角、返信しないと」

言って彼はぎこちない動きでスマホを操作した。なんとも陰キャ丸出しだ。

『わかった』

なんか素っ気なくないか?そう考えて書き直す。

『美しい君のお誘いとあらば、何処へだって向かおうとも』

・・・気持ち悪っ。テンパってたとは言え、こんな事を書くなんて自分は正気か?良司は黙ってその文を消し、新たに言葉を繋げていった。

『承知した。この赤城、必ずやあなた様の元へ馳せ参じよう』

「だからいつの時代だよ!」

そう言って良司は思わずスマホをベッドに叩きつけた。キャラが違うとかのレベルを超えてるだろ。

「取り敢えず書き直そう。あれは無い。ん?」

そう思ってスマホの画面を見るとおかしな事があった。画面が割れているわけではない。うん。それはいい。では問題は何か?そんなものは決まってる。先ほどの文がリサに送られているのだ。恐らく放り投げた時に間違って送信ボタンでも押したんだろう。

「いやいやいや!なんで送信されてんだよ!取り消しだ!削除だ!削除!削除!」

しかし世の中というのはそう上手くはいかないようで、先ほど良司が打った文の横にはっきりと『既読』の二文字が表示されていた。これでは今更消したところで既に見られているのだから意味は無い。

「あーやばい。誤魔化す案が思いつかん・・・」

悩んでいるとスマホから音がした。LINEが来たようだ。

送り主はもちろんリサだった。

『りょーかいw良くんが来るの楽しみに待ってるね☆』

取り敢えずドン引きはされずに済んだらしい。

「・・・寝よ」

そのまま良司は考えるのをやめた。

 

 

翌日、仕事へ行った良司はいつにもなく悩んでいた。それはもう仕事が手につかないくらいには。

理由は単純。昨日リサから来たLINEの件だ。

(わざわざ俺に用ってなんだ?まさか告白でもするって訳じゃないだろうし)

なんて冗談を言ってはみたが、それがもし本当なら彼だって一人の男。嬉しい事この上ない話だ。

「何ニヤついてんの?気持ち悪い」

背後から良司に向かってそんな声が響いた。振り返るとそこには同僚の縦川聖護(せいご)がいた。

「別にニヤついては無いけど」

いけないいけない。哀れな妄想一つで思わずニヤついていたらしい。気をつけねば。

「彼女でも出来たのか?」

「ふざけんな。俺にそんなもん出来るわけないだろ」

言ってて悲しくなるが、事実としていないのだから仕方がない。

「ふーん。そういや、あの約束覚えてるか?」

約束?そんなものあっただろうか?と考えていると、その表情から察したのだろう。縦川が言ってきた。

「お前、覚えてないだろ」

「おう」

「ったく。今月の23日の合コンだよ」

「あー」

そんなものもあったな。確か急にメンツが一人足りなくなったとかで人数合わせで俺が選ばれたんだったか。

「本当に頼むぜ。前から粘って何とか取り付けた可愛い女の子達との合コンなんだから。お前だってこれをきっかけに彼女くらい欲しいだろ?」

別にそこまでして欲しいと思ったこともないんだが、言ってもどうせ彼は信じないだろうから良司は適当に流した。

「本当に当日は頼むぞ!」

「はいはい」

そう言い合ってお互いに仕事に戻った。が、良司はある事を思い出した。

(その日ってリサに呼ばれてる日じゃん・・・)

面倒な事になりそうだと良司は直感で思うのだった。

 

 

一方その頃、リサはと言うと千堂の店で今日も働いていた。

「なんかいい事でもあったのかい?」

「え?な、何もないですよ?」

千堂の問いに驚きながらもリサが答えた。

(そんな顔に出てたのかな?)

本人は気づいていないようだが、店に来てからずっといつも以上に上機嫌だったら大概の人間は気づくだろう。

(あれで隠せてるつもりなのか?今時の女の子はよくわかんねぇや。今度良ちゃんにでも聞いてみるか)

そんな事を内心で思いながら、千堂はある事を思い出した。

「そう言えば衣崎先生、もうすぐ新作が発売じゃないですか」

「店長!」

千堂がからかい半分に言うと案の定リサは大声で言った。店内ではお静かに願いたいものだ。

「発売日って確か今月だったよな?」

「はい。今月の23日です」

「ああ、だから機嫌が良いのか。自分の作品が店に並ぶってのは俺には詳しくはわからんが悪くない気分なんだろう?」

「いえ、でも不安の方が多いですよ。もし売れなかったらとかって思っちゃうと」

「難儀な商売だな。小説家ってのも」

(だったら何であんなに機嫌が良かったんだ?)

どうせ聞いても答えないだろうと予想して、千堂は口に出すのをやめた。

ご機嫌な理由はリサのみぞ知る。

 

 

さて、困った事になった。つい昨日、リサから用があると言われ、会う約束をした。それはいい。何一つ文句はない。だが、問題はその後だ。どうやらこのままだと良司はその日に会社の同僚達と合コンに行かねばならないらしい。これはスケジュール管理を怠った自分のミスなのでどうしようもない。だが乗り気ではないとは言え、一度行くと言ってしまった手前、当日にいきなり行くのをやめると言うわけにもいかないだろう。そう考えて良司は他の会社の社員達に代わりに行ってくれないかと聞いて回った。だが、結論としてそれは無理だった。

「僕その日彼女とデートなので」

 

「合コンとか興味無い」

 

「彼女いるから無理です」

 

などと色んな理由で断られた。代役が立てられない以上、このままでは自分が行くしかない。

(でも何時に終わるかも分からん合コンに参加して途中で抜けられるとも思わん。それでリサを待たせるのは悪いし・・・)

いっそのことそのまま断れば済むのかもしれないが、以前から言われていた事もあり、あまり頼み事を断れない性分の良司はなかなかそれが出来なかった。

「おう、何悩んでんだ?」

「・・・縦川か」

「なんだ?今度の合コンがそんなに不安か?安心しろって!お前にもちゃんとパス回して悪いようにはしないからよ!これを機に互いに彼女作ろうぜ」

「別にいなくても良いんだけどね」

「そう強がんなよ!隣に誰かがいてくれるってのは良いもんだぞ」

「付き合ってはすぐ振られてばっかの男に言われても説得力ないな」

「うるせぇ!俺の事は良いんだ!お前だって誰かいないのかよ。一緒にいてくれたらいいなって思う女とかよ」

「生憎と本ばかり読んできた人生なもんでね。女の子とは無縁の人生なんだよ」

「ハァ。つまらん奴」

縦川が溜息交じりに言った。

(一緒にいてくれたら、か。いや、まさかな)

その時、良司はある人物の顔を思い浮かべていた。

(それよりも、当日どうするか考えないとな・・・)

そんな事を思いつつ、彼は窓越しに空を眺めた。

何も面倒が起きなければいいのだが・・・。そう願うばかりだった。




本当は1話分で纏めようかとも思ったんですが長くなりそうだったので続きは次回に回します。

お気に入り登録してくださった
ワト様
ありがとうございました。

ご意見ご感想、誤字脱字等あればお願いします。
ではまた次回。


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5話

今回の話は普段とちょっと違う感じかも。
そして初の連日投稿。


4月23日のスケジュールのブッキングが発覚してから数日、良司は自宅で頭を抱えていた。合コンの代役の目処も、上手い解決策も思いつかないのだ。

(どうする?縦川に言って俺は抜けさせてもらうか?いや、あいつの性格上無理にでも連れて行かされる可能性が高い。ならリサに予定を変更してもらうか?いや、自分から必ず行くとかほざいておいて『行けませんでした』なんて話にならねぇ)

どちらかを取るのはどうやら無理そうだ。

ここで良司は当日に自分が取れそうな行動の選択肢を脳内で並べた。

 

・合コンの途中でこっそりと抜け出してリサの元へ向かう。

これは無理だろう。酒が入れば誰がどんな行動をするかわからないし、確実性に欠ける。

 

・リサに連絡して予定変更を頼む。

これはさっきも言ったが論外だ。話にならない。

 

・合コンを全力で楽しんだ挙句にリサの元へ行く。

もしこれを選ぶとしたら俺は自分の正気を疑うだろう・・・。どこの世界に人を待たせて合コンを楽しむ馬鹿がいる。

 

・仕事が終わると同時に全速力で縦川から逃げてリサの元へ。

そうなれば可能性としてこれが一番現実的だろう。縦川には悪いが、最早最終手段だ。これでいかせてもらおう。

 

だが、これを実行するにあたって、問題が一つある。

(事前にこれがあいつにバレたら間違いなく合コン会場まで俺はあいつに連行されるな・・・)

縦川と言う男は、普段は優しい男なのだが、周りに女の気配があるとそれを嗅ぎつけ、「自分だけいい思いはさせねぇ!」と何かしら面倒な事をしでかすクレイジー野郎なのだ。

(あいつ、言ってる事とやる事が矛盾してんだよなぁ。だから振られんだよ)

恋愛事に関してはあいつは最早歩く爆弾だ。

「畜生、面倒事になった」

こんな事なら安易に合コンの参加なんて認めなければ良かった。

「二度と合コンなんざごめんだ」

行ってすら無い合コンに毒づく。そんな事を言ったが、言っても何も解決しないのだから仕方がない。

「都合良く合コン中止になったりしないかな」

都合良くそんな事があるわけがない。

つまりは詰みである。

「こうなりゃマジで当日バックれるしかないな」

他に策が無いのだからこれしかない。あとで縦川から何か言われるかも知れないがそんな事はその時考えればいい。こちとら情緒不安定な歩く爆弾野郎よりも可愛い女の子との約束の方が大事なのだ。

「大体、どうせあいつが誰かと付き合えたとしてもどうせすぐ別れるか振られるのがオチだろ」

それならもう何も縦川に気を使う必要もないだろう。こうなればもう賭けだ。もうどうにでもなれ。

そうして良司はそのまま眠りに就いた。

 

 

縦川主催の合コンを明日に控えた4月22日、会社に行くと朝から縦川がえらく浮かれていた。どうせ明日の合コンが待ち遠しいとかそんな事だろう。

(悪いな縦川。お前の計画は俺がぶち壊す。精々俺抜きで楽しんでくれ)

縦川に気づかれないように良司は心の中でそう思った。

だが、気を抜いてはいけない。少しでも縦川に勘付かれたら脱走計画は破綻するだろう。

 

いわばこれは縦川と言う名の監獄から逃げるプリズンブレイクだ。

 

だから少しでもバレないように、良司はいつもと同じ様に振舞っておかねばならぬのだ。もしここで急に合コンに乗り気になったとでも言おう物なら即座に不審がられてしまうだろう。あいつはお調子者ではあるが、馬鹿ではない。食うか食われるかのこの戦争、油断したら死ぬのはこちらなのだ。

「おう赤城!明日はお待ちかねのスペシャルデーだぜ!戦いの準備はいいか?しかもその日は週末の金曜日、何なら俺達はそのまま夜戦に直行かもな!」

「いや、だから俺は興味無いって。俺はあくまで数合わせなんだから」

「そんな悲しいこと言うなよ。参加するなら楽しまなくちゃ損だぜ!」

参加自体がこちらからしたら損だよ、と思わず言いそうになるのを良司は必死に堪えた。落ち着け、明日までの辛抱だ。

脱獄決行前の囚人はこんな気分なのかと良司は謎の感覚を味わった。

「明日逃げんなよー」

その一言に思わずドキッとした。顔には出なかったと思うが大丈夫だろうか?

「ったく。何でこんな事に」

誰にも聞こえない声で呟いた。

「明日ねぇ。ん?・・・明日?」

そこで良司はある事に気付いた。

明日、4月23日に何があるのか。

そして、それを知って彼は思った。明日は何としてでも逃げ切らねばならないと。

 

そして迎えた決戦の日、4月23日。朝から良司は不穏な雰囲気を感じていた。

(何だ?まるで見張られているこの感覚)

辺りを伺うが、誰かがこちらを見ている様子はなかった。あまり周りを警戒していると不審がられるだろうから気にせずに仕事に取り掛かった。

そして時間は経って仕事が終わる数十分前、良司は少しずつ自分の荷物を片付けていた。一度に片付けてしまうと何か急いでいると周りに思われる危険があるからだ。勿論仕事は全て終わらせて、残業など無いように対処した。定時で帰ると昨今の職場環境では異常と思われるらしいが、やるべき事を全て終わらせたのだから例え上司であろうと文句を言われる筋合いはない。後は業務終了の時間が来るのを待つだけだ。

しかし、世の中そう上手くはいかないようだ。

背後から誰かに肩を掴まれたのだ。相手なんて確認するまでもない。縦川だ。

「そろそろ時間だ。行くぞ」

その一言で良司は察した。

 

プリズンブレイクは失敗したのだと。

 

振り払って逃げるかとも考えたが、下手に動いてもそのまま取り押さえられるのがオチだろう。問題は何故彼がこんな早くに行動していたかだ。

「珍しいな。仕事が終わる直前にお前が俺に声を掛けるなんて」

「そりゃそうさ。そうでもしなきゃお前に逃げられるからな」

決定的な一言だった。確実に彼は良司が逃げようとしている事に気づいていた様だ。

「何でバレた?って顔だな?そりゃわかるさ。だって前に俺がお前を合コンに誘った時もお前は仕事が終わる前に帰り支度全部済ませて、気がついたら帰ってたからな」

失敗した。まさか前にやった事を覚えていたとは。そこまで根に持っていたのか。と言うか、こいつは合コンにどれだけの情熱を注いでいるんだ。

「いや、悪いんだが、俺実はこの後用があるんだ」

こうなればいっそのこと、本当の事を言って解放してもらうしかない。

「嘘つけ。どうせ帰っても本読むくらいしか無いお前に用なんてあるわけ無いだろうが」

案の定全く信じてもらえなかった。

(どうする?行く途中で逃げようにも体力でこいつに勝てるとは思えない。そうなればもう合コンの最中に抜け出すしかない。でもそれもこいつに読まれていると考えた方がいいか)

手詰まりと言ったところか。だが、諦めるわけにはいかない。例えプリズンブレイクは失敗してもまだこの勝負に負けたわけではない。最終的に勝てばよかろうなのだ。

結局、良司は途中で逃げる事も出来ず合コン現場まで連行されるのだった。

 

 

仕事が終わった後、電車に乗り、良司達が待ち合わせ場所に着くと、まだ相手の女性陣は来ていないようだった。話によると今回の合コンは3対3だそうで、こちらにももう一人の男がいる。少し前にうちの会社に入った広瀬と言う男だ。彼もこの集まりに乗り気なようだ。

「先輩、女の子達、まだですかね?」

「まあそう言うな。待ち合わせ時間までまだ10分以上ある」

スマホの画面を見ると時刻は18:15。待ち合わせは30分らしい。広瀬と縦川が話している横で良司は考えた。ここから逃げ出す算段を。

(こいつら、能天気に浮かれやがって。こっちは必死だってのに)

だが、こちらとて馬鹿ではない。こんな事もあろうかと策は考えている。

「悪い。ちょっとコンビニ行ってきていいか?」

そうこのままコンビニへ行く振りをして逃げるのだ。

「ああ良いよ。だが、お前の鞄は預からせてもらう」

どうやらこちらの策は見越されていたようだ。どこまでこちらの動きを警戒してるんだ。

「ッチ。わかったよ」

言って良司は縦川に自分の鞄を手渡してからコンビニへ歩いた。そして店内に入り、いくつかのおにぎりやお茶を買い、周りを警戒して確認した。あとをつけていたりはしていないようだ。

「良し、今だ!」

そのまま良司は全速力で駅まで走った。

赤城 良司の第2回プリズンブレイクの始まりだ。




書いてて思った。「リサ出てねぇじゃん」
次からはちゃんと出ますんでもし良ければ次も見てやってください。
続きは明日中には載せるつもりです。

ご意見ご感想、誤字脱字等有ればコメントお願いします。
ではまた次回。


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6話

今までで一番多い文字数になった気がする。
あまり多くしない様に気をつけてたのに・・・。


縦川達から逃走した良司は駅前のコインロッカーへ移動した。

「念の為に対処しておいて正解だった」

そう言って良司はズボンのポケットから一つの鍵を取り出した。このコインロッカーの鍵だ。それを鍵穴に差し込み、ロッカーを開けた。中にはいくつかの書類などがあった。勿論良司の私物だ。

実は彼らがこの駅に来た時、良司はトイレに行くと言い、隙を見てこのコインロッカーに鞄の中身を隠したのだ。何かあれば彼がああやって鞄を預かると言い出す事を見越して。

中身のない鞄など、奪われても何の効力もないのだ。

「ここまでは順調!」

ロッカーの荷物を全てコンビニ袋へ移し、足早にその場を立ち去った。もたもたしていると縦川に勘づかれる危険があるからだ。

(今の時間が18:30。ここからだと千堂さんの店まで約1時間半。閉店が21時・・・。ギリギリか)

「赤城先輩!」

「っヤベ!」

駅の券売機で切符を買った時、自分を呼ぶ声が聞こえてきた。広瀬だ。恐らく不審に思った縦川に探すように言われて来たのだろう。縦川本人が来る事は無いと思っていたが、案の定だった。

声を聞いた途端、良司は出てきた切符を改札に通してホームへと走った。広瀬は普段から縦川に可愛がられていたから彼からの頼み事は大概聞く。勿論自分を連れて来いと言う命令も素直に聞いた事だろう。

ホームに続く階段を全力で駆け上がるとタイミングよく電車が来たのでそのまま飛び乗った。

(・・・何で俺は合コン一つでこんなに人に追いかけ回されなきゃいけないんだ)

非常に理不尽だった。

するとポケットに入れていたスマホが震えた。画面を見たら縦川からの電話だったので迷わず切った。車内での電話はマナー違反なのだ。

(あいつあの鞄捨ててるかもなぁ。休みの間に別の鞄用意しとかないと)

一番ありえる可能性を考えて良司は少し笑った。まぁそれも覚悟の上での計画だからそれはそれで構わないが。

何はともあれ、良司のプリズンブレイクは無事に終了した。

後はリサの元へ急ぐのみである。

 

 

同時刻、千堂の店では千堂とリサが退屈そうにしていた。

「今日もお客さん少ないですね」

「いつも暇みたいに言わないでくれよ」

「だって事実じゃないですか」

「そうだけどよ。何ならリサちゃん、今日はもう帰ってもいいぞ?」

「お客さんがいないからですか?」

「・・・お客さんがいないから」

リサの言葉に少し悔しそうに千堂が言った。

「気持ちは嬉しいですけど閉店までいますよ。ちゃんと」

千堂の言葉は有難いが、リサにもここにいる理由があるのだ。

「何だ?良ちゃんでも待ってんのか?」

「べ、別にそんなんじゃないですよ。それに何で良くんが出てくるんですか」

「違ったのか?てっきりそうだと思ったんだがな」

何一つ違っていない。

「そ、そんなわけないじゃないですか。何を馬鹿な事を言ってるんですか」

(あ、図星か)

図星である。

「それで良ちゃんはいつ来るんだ?」

「仕事終わったら来ると思うんですけどね」

「来る事は否定しないんだな」

「あっ」

見事に引っかかるリサ。その内秘密がバレるのも時間の問題なんじゃないだろうか?

「まぁ何やる気なのかは大方の検討がつくから野暮な事は言わねぇがな」

千堂が笑いながら言った。

「まったくもう・・・」

千堂のイジリに困りながらも内心でリサは思った。

(良くん、早く来てくれないかなぁ)

待ち人はまだ来ず。

 

 

その頃、良司はその日一番と言っていいほど焦っていた。縦川の追っ手がやって来たとかではない。その辺の事はもう心配しなくても大丈夫だろう。問題はそこじゃない。

(乗る電車間違えたぁぁぁ)

とんでもないミスをやらかしていた。

あの時、追っ手が来て焦っていた良司は間違えて反対方向の電車に乗るという通常ならありえないミスをしでかしていた。それに気づいたのは電車に乗ってから3駅ほど進んだ後だった。勿論既に正しい電車に乗り換えたが時間がギリギリなのには変わりない。

「だけどまぁ、何とか間に合うかな」

車内の座席に背中を預けながら一人呟く。

「それに、こっちもリサに用があるしな」

隣にあるコンビニ袋を見ながら笑って続けた。そしていつもの駅に着くとそのまま電車を降り、改札を抜けた。念の為辺りを伺うがそれらしい影は見当たらなかった。

「縦川には悪いが、今回も俺の勝ちだ」

言いながらリサの元へ向かおうと思ったが、一つ寄らなければいけない所がある事を思い出して、良司はその場所へと足早に向かった。

 

 

時刻は21時前。そろそろ店を閉める時間だ。ずっと待っているが待ち人はまだ来ていなかった。

「遅いなぁ良くん。もしかしたら急に来れなくなったとか?それともそもそも忘れてるとか?」

いつまで経っても現れる気配のない彼の事を考えながらリサは悶々と考えていた。と言うかあからさまにイラついていた。いつもなら揶揄ってくる千堂がビビる程度には。

別に全然姿を見せない彼に怒っているわけではない。いや、多少はそれもあるんだが、大半を占めているのは自分自身にだった。

(これじゃあまるで良くんが来ないのを残念がってるみたいじゃん。別に付き合ってるわけでもないのに。それにこれじゃまるでメンヘラみたいじゃん・・・)

彼は必ず来ると言ったのだ。だったらそれを信じて待つしかない。

(新作、早く読んでもらいたかったのに、良くんの馬鹿・・・。でもずっと一人で浮かれてる私の方が馬鹿みたいじゃん。渡すなら今日がうってつけだったのになぁ)

俯きながらそう思うリサ。昨日までと同じ人物とは思えない程のテンションの下がり様だった。

(おいおい、なんか今にも泣きそうじゃねぇか。良ちゃん、来るなら早く来いってんだよ。気まずくてこっちが耐えられねぇ)

近くにいた千堂も何も言えずにいた。最早彼は早く良司が来てくれるのを祈るのみだった。

そしてそんな千堂の祈りが通じたのか、店の入り口からやっと待ち人は現れた。

 

 

「ごめん。遅くなった。」

店に入って一言目に彼、赤城 良司はそう言った。恐らく走って来たのだろう。息が上がっていた。

そして良司の顔を見て途端、先程まで沈んでいたリサの顔色も明るくなった(ついでに言えば気まずい空気が無くなって千堂も影で喜んでいた)。

「遅いよ」

リサの一言。しかし顔は笑っていた。

「悪かったよ。色々あってさ。それで俺に用って?」

良司がリサに聞くと、近くにいた千堂は何も言わずにバックヤードへと入って行った。

(俺があの場に居るのは野暮ってもんだ。千堂 勝久はクールに去るぜ)

千堂がいなくなり、その場には必然、二人だけになった。

「来てくれないかと思っちゃったよ」

「来るよ。約束したから」

「カッコイイんだ」

「揶揄うなよ。それで?もう一回聞くけど俺に大事な用って?」

「うん。実は、さ、良くんに渡したい物があるんだ」

言いながらリサは何故か視線を逸らした。何処と無く顔も赤い気がした。

(え?何この空気、何渡されるの!?まさかのラブレター?からの告白!?急展開過ぎねぇ!?しかもここで?絶対後で千堂さんに揶揄われるやつじゃん!)

そんな馬鹿な事を脳内で妄想する良司。残念ながらその予想は外れである。

「これを今日良くんに渡したかったの」

そう言ってリサが差し出したのは一冊の小説だった。それは勿論、今日発売の衣崎 真理紗先生の新作だった。

「これを俺に?」

「うん。迷惑だった?」

「全然!寧ろ嬉しいよ。ありがとう、リサ」

「うん。どういたしまして!」

満面の笑みで答えるリサ。その顔に思わず良司は見惚れた。

「でも参ったな」

「え?」

参った?リサは何かミスでもしたのだろうか?と考えていると良司が続けて言った。

「まさか二人とも同じこと考えてるなんて」

そう言いながら、良司は笑って一冊の小説をリサへと差し出した。

「受け取ってくれる?」

「これって・・・」

「知ってる?僕が子供の頃に初めて好きになった作家さんのデビュー作なんだ。結構マイナーで知ってる人少ないけど。それを読んで明確に思ったんだ。俺もこんな風に小説を書いてみたいって」

その表紙を見てリサは思わず笑った。なんせその作品に影響されて今のリサがいるのだから。そう。リサも良司と同じ様な事を同じ作品で思ったのだ。どこまでも似ている二人だ。

「うん。知ってるよ。私も好きだよ」

「なんだ、もう読んでたのか。なら失敗だったかな・・・」

そう言う良司の手から小説を取るとリサは言った。

「うんうん。これが良い!」

「そっか、なら良かったよ」

理由はわからないが、リサが嬉しそうだから良しとしよう。

「あと、もう一つ。これをどうぞ」

「え?」

そう言って良司はもう一つある物を差し出した。

 

一本の薔薇の花だ。

 

「これ買いに行ってたら遅くなってさ。ごめんね。店閉まるギリギリだったから店員さんに呆れられたよ」

薔薇の花を差し出された理由は勿論リサは知っていた。でも実際にこうやってプレゼントされるのは初めてだった。

「知ってたんだね。今日の事」

「まぁね。知識だけは人並み以上には有るつもりだからさ」

少し照れながら良司が答える。

リサはまだしも、何故良司がこんな事をしたのか、答えは今日、4月23日という日付にあった。

 

『サン・ジョルディの日』

 

それはスペインのカタルーニャ地方の聖人の名からその名がついたもので、一般的に、「本の日」などと呼ばれ、カタルーニャなどでは親しい人に本を贈る記念日とされている(日本ではあまり浸透していない様だが)。

そしてもう一つ。先程言った聖人のとある伝説から、カタルーニャでは男女が薔薇を贈り合う「薔薇の日」とも呼ばれている。だから良司はリサに本と薔薇を贈ったのだ(勿論諸説有り)。

(ちょっとキザだったかな・・・。と言うかいきなりこれは重いか?)

今更ながら自分が行った事が何処と無く恥ずかしくなって来た。少しやらかした感を感じながらもリサの顔を見た。

「ありがとう。大事にするね!」

めちゃくちゃかわいい笑顔だった。

(・・・喜んでくれてるみたいだしやってよかった、かな?)

「じゃ、じゃあ俺はそろそろ帰るよ。また来るよ」

顔が赤くなるのを感じた良司は誤魔化す様に店から出ていった。

「こっちこそありがとうねー」

去り際にリサのそんな声が聞こえた。

 

 

「き、緊張したぁぁ」

良司が店から出た後、リサの一言目がそれだった。自分の新作を渡す事もそうだが、今まで家族以外の異性に何かをプレゼントすると言う経験があまり無かったからだ。勿論逆もまた然り。本と薔薇のプレゼントなんて生まれて初めてだった。

(ヤバッ。顔がニヤけてきた)

嬉しさのあまりか、自分でもよくわからない状況になってきた。

(こいつら早く付き合えばいいのに)

物陰から見ていた千堂は少し笑いながらそう思った。

 

それから数日間、リサの機嫌はいつも以上に良かったらしいが、それはまた別の話。

 




無事に今回も書き終わりました。
作中に出てきた「サン・ジョルディの日」に本を贈る風習はシェイクスピアやセルバンテスなどの文豪の命日になぞらえて薔薇を贈る習慣と結びつけたんだとか。個人的にはこの話は好きだったりします。

次はいつ掲載するか未定ですが、書き次第載せるつもりですのでその時はまた見てやってください。

ご意見ご感想、誤字脱字などありましたらコメントお願いします。
ではまた次回。


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7話

この作品を書いてると自分も本屋に行けば何かしら出会いがあるんじゃないかと思っては「そんなアホな事あるか」とツッコんで悲しくなる毎日。


 リサとのプレゼント合戦から数日後の休日、良司は自室でリサからプレゼントされた衣崎 真理紗先生の新作小説を読んでいた(因みにあの時縦川に取られていた鞄は無事に帰ってきた。ボロクソに文句は言われたが)。

 すると突然ピンポーンと呼び鈴の音が聞こえてきた。一人暮らしの良司の家に来客とは珍しい。新聞の勧誘とかだろうか?だとしたら有無を言わせず追い返してやろう。

「はーい。どちら様ですか?」

 玄関の扉を開けながら言うとそこには一人の女性がいた。勿論リサではない。

「久しぶり。入っていい?」

「久しぶり。良いよ」

「お邪魔しまーす」

 良司に言われ、部屋の中に入っていく女性。

「相変わらず本ばっかだねぇ、この部屋」

「まあな。それより何の用があって来たんだよ。美希」

「そんな嫌そうな声で言わなくても良いじゃん。お兄ちゃん♪」

「気持ち悪っ」

 今し方やってきたこの女性、何を隠そう良司の実の妹、赤城 美希である。

「ひっど。愛しの妹が折角プレゼント持ってきてあげたのに」

「プレゼント?」

「そ。お母さんが渡せって」

 そう言って美希はあるものを差し出した。

「映画のチケット?」

 差し出されたそれを見てみると、どうやら映画のチケットらしい。しかもタイトルを見てみると『この愛の行く末は』だった。そう言えば実写映画の公開が始まったとネットの記事であった気がするなと良司は思い出した。

「お母さんが知り合いから貰ったらしいんだけど私達興味無かったから兄貴にあげようかなって」

「ああなるほど。ありがとう。そう言う事なら貰うよ。・・・って2枚?」

 チケットは2枚あった。

「彼女でも連れて見に行ったら?あっ、素敵なお兄様にはデートに誘うような相手はいないんでしたっけ?」

(この妹、ぶん殴ってやろうか)

 勿論本当にやる気もないが、この場合やっても良いんではと思ってしまう。

「まぁ原作の小説は読んでるから内容は知ってるんだけどな」

「え?そうなの?ならいらなかった?」

「いや、最近映画も見てなかったし偶には映画も見てみるよ」

 そう言って美希からチケットを受け取った。

「まぁそれで気になる女の人でも誘ってみれば?恋愛系なんでしょ?それ」

(気になる女の人、ねぇ)

 そう言うと不思議なもので浮かんでくる人物が一人いた。

(いやいや、何で彼女の事を思い浮かべるんだ俺は)

「え、何?兄貴好きな人でもいんの?」

 良司の表情からそう思ったのか、美希がそんな事を言い出した。

「別に好きな人なんていないよ。ただこの作品を知ってる人を思い出しただけだ」

 嘘は言っていない。

「お前こそ彼氏でも誘って見に行けばいいじゃないか」

 確か前に会った時に彼氏が出来たと言っていた気がする。

「いないよ。そんなもん。私に彼氏はいなかった」

 どうやら知らない間に別れていたらしい。道理で自分でチケットを使わないわけだ。

「そう言うわけだから、それは兄貴が使って。その気になる女の人でも誘ってさ」

「だからそう言うのじゃないって」

 話を聞かない妹だ。だがしかし、他に誘う相手もいないので誘う人物は一人しかいなかった。

 

 

 その頃、千堂の店では相も変わらず千堂とリサが暇そうにしていた。

(ん?LINE?)

 そんな時、リサのスマホに一件のLINEが入った。

『今日映画のチケット貰ったんだけど予定空いてる?近い内に一緒に行かない?』

 良司からの映画のお誘いだった。

(えーと。これってあれだよね。良くんから映画に誘われてるって事で良いんだよね)

 少しの間そう考え、数秒後、彼女は改めて画面を見た。

(ええええええ!何で急に!?お、落ち着け私!一度冷静に考えよう!)

 一度落ち着く為にリサはスマホをしまった。

(順に考えよう。送ってきたのは良くんから。そして内容は映画のお誘い。よし、大丈夫。何も慌てる事はない。普通の連絡なんだから普通に返せばいいの)

 だがそこでリサはある事を考えた。

(・・・でも何で急に私を映画に?私も良くんも映画が趣味なんて話はしてないし映画の好きなジャンルもお互いに知らないはず。それに誘うなら私より仲の良い友達を誘えば良いのに)

 そもそもそんな相手は良司にはいないのだが、そんな事はリサの知った事ではない。

 そして男が女を映画に誘うとなれば、その映画のジャンルも大概検討がつく。

(もしかしてこれってデートに誘われてる?)

 もしかしなくても誘われている。

(いやいやいやいやいや、落ち着こう。これだとまるで良くんが私に好意を持ってるとか勘違いしてる痛い女だ。これはあれだ。他の人が都合が悪くて偶然私に話が回って来たやつだ)

 実際には他の人物は誰一人誘われていないがリサが知る由も無い。

(ただのお誘いなんだから、普通に返せばいいんだよ。うん。仕事が終わったら返信しよう)

 そう考えてリサは平常心を保つ為に仕事に専念した。

 

 

 人間というのは面倒な生き物で普段と少し違う事が起こるだけでやたらと不安になったりするものだ。

(返信が来ない・・・。既読はついてんのに。急に送ってひかれた?)

 あれから数時間、リサからの返信は無かった。自分に自信の無い人間はどんな事にも自己嫌悪と不安に襲われるのだ。

「兄貴どうしたの?ずっとスマホ見て」

「別に。それよりお前はいつまで居座る気だよ」

「暇だし。ここラノベも漫画もあるし」

「お前は兄の家を漫画喫茶か何かと勘違いしてないか?」

「そんなわけないじゃん。あ、兄貴、コーヒーおかわり。砂糖多めで」

「・・・はいよ」

 なんだかんだ言いながらコーヒーを用意するあたり、良司もお人好しだ。

(やっぱいきなり誘ったのは失敗だったかな。いや、そもそもなんでこんなに人一人誘うのに俺はオドオドしまくってんだ)

 そうだ。自分はただ友達と映画に行くだけなのだから普通にしていれば良いんだ。何も焦る事はない。

「兄貴、リサさんって人からLINE来たよ」

 良司のスマホを片手に美希が言ってきた。

「人のスマホを勝手に見てんじゃねぇ!」

 叫びながら美希の手からスマホを奪い取る。確かにリサから返信が来ていた。

『うん。明日なら空いてるよ。映画楽しみにしてるね』

 その一言で良司は何故かとてつもなく安心した。

「そのリサさんって人、兄貴の彼女?」

「そんなんじゃねぇよ」

「でも気にはなるんじゃない?」

「・・・何でそう思うんだよ」

「スマホずっと見てたし、リサさんって人から連絡来た時の兄貴、引くほどテンション上がってたじゃん」

「言うほどじゃねぇよ」

「いや、自覚が無い時点でもう重症だから」

 そんな酷い症状なのか。

「別に兄貴に好きな人が出来ても笑ったりしないけど、家族としては心配してるんだよ」

「心配?」

「だって兄貴って今まで誰かと付き合った事ないじゃん。昔から一人で家で本読んでばっかだったし。そもそも特定の女の子と連絡先交換した事とかないじゃん?」

「・・・そうだな」

「そんな人がまともに恋愛なんて出来るのか心配してもおかしくないでしょ」

 妹にまで心配される程なのかと良司は頭を抱えた。それと同時に彼は考える。

「俺、リサの事、好きなのか?」

 誰に聞くでもなく良司は呟いた。

 それを意識し出した途端、心拍数が上がるのをなんとなくだが感じた。

「精々デート頑張って来なよ、兄貴」

 美希が言うが、そんな言葉、今の彼には届いてはいなかった。

 恐らく、彼の人生でこれが初めてのまともな恋と言うものだろう。

 何とも不安の残るデートになりそうだ。

(面白い事になりそうだなぁ)

 兄の慌てる姿を見ながら妹はそんな事を考えながら、密かに笑っていた。

 そんな美希の思惑など知りもせず、良司は震える指先で明日の日程をリサへと送るのだった。




たまに街中出歩いてネタになりそうな事を探そうにもお国が自粛しろって言うもんだから家から出れやしないよ。

ご意見ご感想、誤字脱字などありましたらコメントお願いします。
ではまた次回。


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8話

最近こっちの作品ばっか書いてもう片方の作品がいつも以上に進みが遅い気がしてきた。


 良司に返信をした時、リサはスマホを見つめていた。

「どうしたリサちゃん。スマホ見つめて」

「い、いえ。何でも無いですよ?」

「そうか?そう言えば最近、衣崎先生の小説が映画になったそうだな」

「その名前で呼ばないでくださいよ。確かにそうですけど」

「で先生は映画見たのか?」

「まだ見てないですよ」

 そもそも自分が原作を手掛けた映画を見に行くというのはリサとしてはどうにも気恥ずかしいものがあった。

「誰か誘って行けばいいのに」

 千堂が言うが、そんな相手がどうとかの話ではないのだ。

「仮に誰かから誘われたら行くのかい?」

「そりゃあ誘われたら行きますよ。折角誘ってもらったんですし」

 誘ってくれる相手がいれば、だが。

「もしかしてリサちゃんって友達いねえのか?」

 デリカシーも何もあったもんじゃない質問だ。

「い、いますよ。良くんとか。・・・良くんとか」

「・・・俺が悪かったよ」

 察した千堂が素直に謝った。素直に謝られるとリサとしても少し虚しいものがあるが。

「・・・まあ機会があれば見に行きますよ」

「そ、そうだな」

 気まずい空気が流れた。

(う、嘘は言ってないもんね。明日良くんと映画行くんだし。何見るかは知らないけど)

 まさか自分の作品を観る事になろうとは、この時のリサはまだ知る由もなかった。

 

 

 そして仕事が終わり、再度スマホを見ると良司からの連絡があった。明日の待ち合わせに関する連絡だ。

『明日1時、店の近くの駅前で待ってて』

 いたってシンプルな内容だった。

『了解☆』

 リサもシンプルに一言で返信した。これで後は当日を待つだけだ。

 だが、いざ家に帰って考えると改めて思ってしまう。

『これってやっぱデートじゃね?』と。

(いやいや、ただ友達と映画に行くだけだから。デートじゃないし)

 誰に言うわけでもなくそんな言い訳をしていた。

 これ以上考えると余計な事を次々考えそうだったので、それ以上余計な事を考える前にリサは寝た。

 

 

 そして翌日。

 起きたら時間は朝5時だった。

 念の為説明すると、それはリサが起きた時間ではなく、良司が起きた時間だ。

「・・・早く起きすぎた」

 どう考えても浮かれている事を自覚しながら良司は呟いた。二度寝しようともしたがどうにも寝れそうにはなかった。

「飯にしよう」

 早すぎる気もするが、他にする事がないのだから仕方がない。

 それから数時間、あれやこれやと作業をするが時間が気になって仕方がなかった。そして家事も一通り終えてしまって暇である。

「家にいても暇だし出掛けるか」

 現在時刻は午前10時。

 暇だからと家を出たが、これと言って行く場所もなかった。普段から引きこもりがちな生活をしているのだから仕方がない。

 かと言ってこれからまた家に戻るのも面倒な話だ。

 そうなればこの辺で暇つぶしに丁度いい場所は一つしか思いつかなかった。

 

 

「いらっしゃいませ」

 店のドアが開くと同時に千堂が言う。

「おはようございます。千堂さん」

 やはり良司が行く場所なんてここくらいしかないのだ。

「おうおはよう。良ちゃん。リサちゃんなら今日は休みだぞ」

「誰もリサ目当てでこの店来てる訳じゃないですよ」

 思わず知ってると言いかけたが、そうなれば面倒になるのは確実なのでグッと堪えた。

「そういや良ちゃん知ってるかい?」

「何をです?」

「最近衣崎 真理紗先生の作品が映画化したんだとさ」

「ええ。ネットで情報は見ましたよ」

 その作品をこれから観ようとしてるんだから勿論知っている。

「もう見たかい?」

「いいえ、まだ見てないですね。観ようとは思ってますけど」

 実際今日この後観に行くのだ。

「ならリサちゃんでも誘って観に行ったらどうだい?互いに作品知ってるんだから話も合うんじゃないか?」

 それは俺らにデートにでも行けって言いたいのだろうか?と良司は考えたが、深く考えるのはやめておこう。

「リサをねぇ」

「ああ。実際、興味は有るみたいだし、機会があれば観たいって言ってたぞ」

「千堂さん、前から聞こうと思ってたんですけど」

「何だ?」

「何で俺とリサをくっ付ける様な事するんです?」

 初めてリサと会った時からそうだ。事ある毎に二人を揶揄ってはまるで二人の距離を縮めて付き合わせようとするかの様な立ち回りをする千堂に前から疑問を感じていた。

「そんなの決まってるだろ。面白いからさ」

 ハッキリと言い切った。

「何ですかそれ」

「いやぁ、年取るとよ、色恋沙汰の刺激ってのが全く無いんだよ。俺はこんなだから周りに女っ気も無いからな。だったら代わりに自分の周りの誰かの色恋沙汰を見たくなるのよ。まぁ年寄りの悪足掻きみたいなもんさ。言っておくと、誰でも良かった訳じゃないぞ?俺は本当にリサちゃんと良ちゃんがお似合いだと思ったからこんなマネをしたんだ。嫌な思いをしたなら謝るけどな」

 こう言ってはいるが、二人が本当に嫌な思いをしていない事ぐらい千堂はわかっていた。それをわかっていながら素直に謝る様な事をするのだからこの人もタチが悪い。

 現に少なくとも良司は悪い気なんてしてはいなかった。リサと出会ってから、彼女とする会話はいつも楽しく感じていたのだから。

「別に良いですけどね。千堂さんがガキの悪戯みたいな考えでやってるわけでもないでしょうし。でもそんなに恋愛事の刺激って欲しいもんですか?」

 つい最近までまともに人を好きになった事も無い良司にはよくわからない話だ。

「当たり前だろ。人生を楽しむには何事も刺激が必要だ。良くも悪くも心に波があるから人生生きてるって実感するんだ。そしてそれをよりわかりやすく実感出来るのが恋愛してる時だぞ」

 途端に千堂先生の講義が始まった。

「そこまで言って何で自分の恋愛を諦めてるんですか」

「若くして恋愛を諦めたって言ってる良ちゃんには言われたくねぇけどな」

「今日も千堂さんの言葉の刃は切れ味が良いですね。見事に論破されましたよ」

「論破するなら刀より言霊の弾丸だろ」

 

 かなり話が逸れた。

 

「俺はよ。そりゃ若い頃はそれなりに遊んだけどもうこの年だ。相手にするのは数少ないお客さんと本の山だ。そんな男に出会いも何も無いだろ」

「千堂さん顔もちょっと怖いですもんね」

「初めて来たお客さんが連れた赤ん坊が俺の顔見た途端泣き出すからな」

 悲しい過去だ。話をしたら物凄く男女問わず良い人なのに。話も出来るし。

「千堂さんって今いくつでしたっけ?」

「今年で40だな」

「言ってもその歳ならまだ相手も見つかるでしょ?最近じゃ若くなくても結婚するとか普通にありますし。別に千堂さんも結婚願望が無いわけじゃ無いでしょ?」

「そりゃ出来るもんならしたいけどな。やっぱ相手がなぁ。わざわざ必死に相手探してまでってのも御免だし」

 確かに千堂の立場で考えれば、口では客が少ないと言うが、いつもそれなりの客は来ている。そんな客達の相手をしながら店を経営して、更に焦る様に相手を探すと言うのも馬鹿らしい話だろう。

「もしかしたらお客さんの中に千堂さんの事が好きな人がいるかもしれませんよ」

「こんなおっさんのどこに惹かれるんだよ」

 笑いながら言う千堂に、良司は少しだけ悪い癖が出た。

「なら賭けますか?」

「賭け?」

「今日から二年以内に千堂さんが結婚したら俺の勝ち。出来なかったら千堂さんの勝ち」

「俺の場合悲しい勝利だな、おい」

「やりますか?」

「勝った時はどうなるんだい?」

「俺が勝ったらその時はこの店の本十冊をただで貰います。千堂さんが勝ったら五万払いましょう」

「賭博法に引っかかるんじゃないのか?」

「千堂さん、バレなきゃ合法ですよ」

「好きだねぇ。お前さんも」

 良司は意外と賭け事が好きだった。

「まぁ良いさ。わかった。やるよ」

 やれやれと言った感じで千堂が言った。

「なら紙とペンあります?後で誤魔化せない様に証拠残しておかないと」

「徹底的だな」

 言って二人は互いに賭けの内容を確認し、それぞれ自分の名前をサインした。

 その後、いい具合に時間を潰した良司は二冊ほど本を買って千堂の店を後にして、リサとの待ち合わせに向かうのだった。




本当はこの話書かないでリサとの映画の話をさっさと書こうと思ったけどなんか書きたくなったので。

ご意見ご感想、誤字脱字等あればコメントお願いします。
ではまた次回。


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9話

最近金が無さすぎて欲しい漫画やラノベが全然買えないぜ!(働け馬鹿野郎)


 12時30分。なんだかんだ本屋で時間を潰した後、良司は駅前に着いた。と言っても約束の時間より早く来てしまったが。

(ま、遅れてくるよかマシだよな)

 辺りを見渡すが、まだリサは来ていない様だ。早く来たのだから当たり前だが。

(待ってる間にさっき買った小説でも読むか)

 近くのベンチに座ると、良司は先程千堂の店で買った本の一冊を取り出して読み始めた。

 

 

 12時45分。リサは待ち合わせ場所の駅へと辿り着いた。本当はもう少し早く来るつもりだったのだが、あれやこれやとしているうちに時間が掛かってしまった。

(流石に良くんはまだ来てないかな?)

 そう思っていたリサだったが、よく見るとそこには既に良司の姿があった。

「お待たせ〜、って何か読んでる?」

 声を掛けてみたが、どうやら小説を読むのに夢中で聞こえていない様だ。

 こうなるとどこまでやったら気づかれるか試したくなるのはリサだけだろうか?

 試しに隣に座ってみてもやはり気付いた様子はない。

 カシャッ。

 取り敢えず写真を撮ってみた。スマホには良司の横顔が写されている。

(おお〜これでも気づかないんだ。なら次は何をしよう?)

 相変わらず彼の視線は手にある小説から離れない。

(落書きしてみたいけどペンが無い・・・)

 仕方がないので代わりに彼の頬でも突いてみようかと指先が彼に触れる直前、

「いや、何する気だよ」

 その手を止めた。

「あ、やっぱ気付いてた?」

「写真撮られて気付かない方がおかしいよな?」

 そりゃそうだ。

「あはは。だったら何でその時に言わなかったの?」

「あのまま放っておいたら何するのかと思って」

「ひどいなぁ。それよりいつから気付いてたの?」

「お待たせ〜の辺りから」

「最初からじゃん!」

 リサのリアクションを見ながら良司は手にしていた本を閉じた。

「それじゃあ、行こうか」

「うん」

「それと、さ」

「ん?」

「その服、似合ってるよ」

 少し照れながらそう言った。

「ふふっ。ありがとう」

 リサの言葉を受けながら、逃げる様に良司は駅へと入って行った。

 

 

 そして電車に揺られる事数十分。二人は映画館へとやって来た。

「映画館って久しぶり」

「俺もだよ。自分から行こうって思う事なんかあまりないからな」

「見る前に何か買う?」

「迷うなぁ。欲しくはあるけど欲しくないって感じかな」

「どう言う事?」

「映画と言えばポップコーンはいるとは思うし食べたいとも思うけど、見ている時は最後まで映画に集中したい派なんだよ。ポップコーンやジュースを口にしている一瞬すら勿体無く感じるんだよ」

「最初から最後まで映画に没頭してたいって事?」

「簡単に言うとそんな感じ」

 我ながら面倒な性格だと良司は苦笑した。

「でもまぁ結局買うんだけどな」

 本当に面倒な性格だ。そう思いながら二人はジュースとポップコーンを買ってシアターへと入って行った。

「ところで今日って何の映画見るの?」

 席に着くとリサが聞いてきた。そう言えばまだ説明していなかった。

「衣崎 真理紗先生の『この愛の行く末は』だよ」

「そ、そうなんだ」

(あれ、気に入らなかったか?)

 そう考えると同時にシアターから明かりが消えた。

 

 

 良司から映画のタイトルを聞いた時、リサは驚かずにはいられなかった。それでもなるべく表情に出さなかった自分を彼女は内心で褒め称えた。

 いつか見ようとは思っていたが、まさかこんな流れで自身が原作を手掛けた映画を見ることになろうとはとんだサプライズだ。

 だが、今そんな事を言っても仕方がない。折角の映画だ。楽しんで帰らなければ損だ。

(まぁ話は勿論知ってるんだけどね)

 だが実写化となれば多少なりとも細部の変化などはあるだろう。その辺をじっくり見させてもらうとしよう。

(そう言えば、男の人と二人きりで映画見るのって初めてだ)

 始まる直前にそんな事を思い出した。

 

 

「結構面白かったな」

「うん」

 数時間後、映画を見終わった二人は近くの喫茶店へと移っていた。作品を見終わった後に感想を言い合いたいのは二人共同じだった。

「キャストも悪くなかったし良かったと思うよ」

「そうだな。ここ最近の実写化した作品の中では文句無しだと思う」

 良司の感想を聞いてリサは少し安心した。実写化した映画とは言え自分の書いた話が目の前で酷評されたら流石にメンタルに響く物がある。しかも彼は原作をリサが書いた事を知らない。つまり彼の感想はいつもお世辞抜きの本音と言う事になる。それに対しての称賛の言葉だ。嬉しくない筈がない。いや、嬉しさと言うよりもやはり安堵したと言う方が正しいか。

 当然そんなリサの心境など良司は知る由も無いが。

「この後どうする?特に考えてなかったけど」

「ならゲームセンターに行きたいかな」

「リサってゲーセンとかよく行くの?」

「たまに、だね。暇な時に軽く遊びに行く程度だけど」

 本当は小説を書いていて行き詰まった際に行くのだが、そんな事を言える訳もない。

(まぁ人が多い所に行けば人間観察にもなるし、何かネタになる事が見つかるかも知れないしね)

「なら行きますか」

「うん」

 そんなやりとりをしながら二人は店を後にした。

 

 

 近くのゲームセンターに移動した二人は取り敢えずあてもなく店内を歩いて見て回った。

(そう言えばゲーセンに来るのって久々だな。美希に連れられてたまに来るくらいだったし)

 誰かと一緒に来るならまだしも、自分一人でなんて良司の場合は殆どなかった。

「何からやる?」

「と言っても俺あまりゲーセンは詳しくないからなぁ。リサは何やりたい?」

「ん〜、ならあれやりたい」

「あれ?」

 リサが指さしたのはクマのぬいぐるみのクレーンゲームだった。

「・・・また難しそうなのを。まぁやってみるか」

 止める理由も断る理由も無いので、リサと良司はその台をプレイし始めた。

 

 しかし。

 

「あ、失敗した」

 百円。

 

「また落ちた」

 二百円。

 

「今度こそ」

 三百円。

 

 そして。

 

「・・・全然取れねぇ」

 気がつけば二人合わせて二千円近くの金が財布からクレーンゲームの台へと瞬間移動していた。はて、いつから二人は手品師になったのだろうか?

「クレーンゲームならよくある事だよね」

 クレーンゲームにおける必然。それは短時間で財布の中身が瞬時に溶ける事。故に安易な気持ちでクレーンゲームに手を出すのは悪手中の悪手なのだ。

 だが、それと同時に起きてしまう人間の心理があるのもまた道理。

「いや、ここまでやって諦め切れるか!取るまでやる!」

 それがこれ、コンコルド効果だ。コンコルド効果とは、時間、金銭、精神をある物に投資し続けると損をすると分かっていながら、引くに引けず、辞められない状態を指す言葉である。元々は投資などに使われる用語なのだそうだが、今回の様にクレーンゲームやギャンブルなどに置き換えてもらえばイメージし易いだろう。

 皆さんも一度は経験があるのでは無いだろうか?

『こんなに金使ったんだから取らずに帰れるか!』

 簡単に言えばこの状態がそれである。

 

 それはさておき。

 一度火がついてしまえば、あとは勝つか負けて燃え尽きるかの二択だ。男が取ると決めたなら、それはもう取って帰る以外に道は無いのだ。

「りょ、良くん、あまり熱くなんない方が」

「大丈夫。今ならテンション上がってるから取れる気がする」

 全く根拠の無い自信だった。

「いや、それが危ないんだって」

 リサの静止も聞かず、良司は百円玉を投入した。

(大丈夫。今までの動きで何となく取る算段はついた。あとはイメージ通りに俺が操作するだけ)

 頭で考えながら、アームがゆっくりと動き、ぬいぐるみを捉えた。そして持ち上げ、またゆっくりとアームがぬいぐるみを掴んだまま元の位置へと進む。

 だが安心はまだ早い。アームの振動で少しずつぬいぐるみがズレてきているのがわかった。

(あと少し、あと少し)

 それを見守る良司とリサ。なんなら少しばかり周りに見物人もいた。

 クレーンゲームとは何故かこの運命の一瞬、そして景品が落ちる瞬間、周りの動きが僅かながらにスローモーションに感じるのは良司だけだろうか?

 見ている全員が息を殺して結果を見届ける。

 

 結果は ───

 

「すごいね〜。まさかあれから本当に取っちゃうんだから。周りの人も盛り上がってたよね」

 無事にゲットした。

「まぁな。良司さん、やる時はやるんだよ」

 自慢げに言うが、内心ではとてもホッとしていた。

(良かったぁ、取れて)

 そして良司は手にしていたぬいぐるみをリサに差し出した。

「リサにやるよ」

「え?いいの?」

「元々リサにあげるつもりで取ろうと思ってたからな。俺は達成感が得られたらそれでいいよ。それに、リサと遊べて楽しかったし」

「ずるい言い方するねぇ。わかった。それなら有り難く頂戴します」

 そう言ってリサはぬいぐるみを受け取った。

「ねぇ良くん」

「ん?」

「ありがとう☆」

 素敵スマイルだった。

「うん」

 まったく。心臓に悪いのでやめてほしい。誤魔化すように返事をしたが、良司は自分の顔が赤くなってないか少しばかり心配だった。

「それより、この後はどうする?俺は腹減ったから飯食いたいけど」

 話題を変える為に咄嗟にそう言ったが、実際あれから時間が経ち、いい具合に空腹にはなってきた。

「ならご飯食べに行こうよ。良くんは何食べたい?」

「今の気分的にラーメンかなぁ」

「ならラーメン食べに行こ!良くんのオススメってある?」

「ああ、ちょっと電車に乗るけどな」

「じゃあ案内よろしくね!」

 そう言うとリサは良司の手を引いて歩き出した。リサに引っ張られる様に歩きながら、この時良司は自覚した。

 

(ああ、そうか。俺はこの子に)

 

─── 人生初の恋をしたんだ、と ───

 




小説って書いてる間は嫌な事忘れられていいよね。(お前に何があった)
てな訳でやっとそれっぽく話が進みそうな気配ですね。(お前のさじ加減だろ)
もし読んでくれている方達の中で「こんな展開が見たい」と言う案があればコメント等お願いします。もしかしたら採用されるかも。(ネタが無いならそう言えよ)
・・・今日はやたらと野次がうるさいな。
そう言えばUAが300を超えまして、ありがとうございました。

お気に入り登録して下さった
ただの麺様
アクノロギア様
ありがとうございました。

ご意見ご感想、誤字脱字等あればコメントお願いします。
ではまた次回。


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10話

今回は内容の割には載せるのが遅くなったな・・・。
て、手抜きはしてませんよ?


 皆さんはじめまして。赤城 美希です。実は今日は皆さんにお話ししたい事があるんですよ。なんと私の兄貴、赤城 良司が生まれて初めて好きな人が出来たそうなんです。

 まぁ周りからしたら「知らんがな」って話なんでしょうけど、兄貴を昔から知ってる人からしたら軽い事件なんですよ。多分親に言っても信じない位には。

 さて、問題は何故私がそんな事を知っているのか。それは昨日、私が兄貴の家に行った際、兄貴が好意を持っているらしい相手を知ったからなのよ。兄貴はどうやらその人を映画に誘ったらしく、返事が来る間ずっとスマホを気にしていたの。

 そしてその人から連絡が来た時のリアクションで私は確信しました。

 

 兄貴はこの人の事が好きなんだ、と。

 

 そんな面白い事を知ったらもう放って置くわけにはいかないんだなぁこれが。と言うわけで、私はある事をすることにした。

 それは勿論、尾行。

 会うのが次の日だと言う事はわかっても、二人が会うのが何時なのかわからない為、私は朝から兄貴の家の前に張り込む事にした(我ながら何をやってるんだって話ではあるが)。

 念の為、帽子に伊達眼鏡の簡単な変装を。張り込みのお供には当然あんぱんと牛乳を装備と言う完璧な張り込み態勢。

 現在時刻は朝9時30分。いつ出てくるか分からないので目が離せない。

「と言っても流石に暇なんだよねぇ」

 ドラマの真似事みたくこんな事をしてみたが、暇には勝てない。世の警察の粘り強さには脱帽だ。

 私には兄貴の様な読書の趣味は無い為、暇潰しの本など手元には無い。スマホがあるのが唯一の救い。偉い人、スマホを作ってくれてありがとう。

 それから30分程して動きがあった。兄貴が家から出てきたのだ。

「出てきた!」

 姿を見失わない様に且つ気づかれない様に一定の距離を保ちながら私は跡をつけた。

「こっちって駅の方だよね?って事は駅で待ち合わせ?いや、映画館で現地集合って事もあるか」

 行き先を予想しながらしばらく歩くと兄貴は何故か本屋へと入って行った。

「あれ、ここって確か千堂さんの店だよね?」

 私も何度かこの店に来たので覚えている。

 ならこの店で待ち合わせ?それとも単純に本を買いに家を出ただけ?中に入ればわかるかも知れないけど、それだとバレてしまう可能性が高い為、それは出来ない。

「出て来るまで待つか」

 でも、それからしばらく経っても兄貴はなかなか出て来なかった。

「出て来ないしそれらしい人は誰も来ない。もしかしてもう相手は店の中に?」

 そう考えたが、それにしても中にいる時間が長すぎる気がする。

「もしかして中で千堂さんと話し込んでる?」

 兄貴の事だ。本絡みの話が長引いてるのかも知れない。

「多分待ち合わせの時間までここで過ごす気だ」

 やれやれ。張り込んでる妹の立場も少しは考えてもらいたいね。

「張り込みは根気が大事ってね」

 昔そんなセリフを刑事ドラマで言ってた気がする。何だったかはもう忘れたけど。

 

 

 勝手に張り込んでる私が言うのもおかしいけどさ、流石に長過ぎない?

 兄貴が店から出てきたのは店に入ってから二時間くらい経ってからだった。

「いやいや、確かに他のお客さん入って来なかったけどさ」

 仮に千堂さんと話してたにしても長すぎでしょ。ずっと見てたけどその間誰も来ないってあの店大丈夫なのかな?それとも本屋ってどこもそんなものなの?

「おっと、兄貴を追いかけないと」

 馬鹿な事を考えてるうちに危うく見失う所だった。

 そのまま兄貴は駅まで行くと辺りを見渡して誰かを探していた。まぁ考えるまでもなく今回のデートの相手だよね。

「確か名前はリサさんだっけ?」

 連絡が来た時に兄貴のスマホの画面を見た時にそうあった気がする。

 でもまだ来ていなかったのか、いないと分かると兄貴は近くのベンチに座ってさっき買ったらしい本を読み始めた。

「こんな時まで本読むなんて兄貴相変わらずだなぁ」

 さてもうすぐそんな兄貴が恋したらしいリサさん?のお顔を拝見させてもらおう。

 そう待ち続けて十数分。兄貴の元に一人の女性が近寄ってきた。

(あの人がリサさん?)

 兄貴の待ち合わせの相手は予想に反して見た目が派手な人だった。ギャルっぽいって言った方が正しいかな?てっきり大人しそうな人だと思ってたから意外だった。

 でもその人が話しかけても兄貴は本に夢中で全然気づいてない。もしかして人違い?

 そう思ってしばらく見ていると兄貴もやっと彼女に気づいてその人の顔を見た。反応からして本当にあの人が兄貴のデートの相手ってわけだ。

 見た目で言えば共通点も無さそうな二人なのに、何処で知り合ったんだろう?

「っと、二人を追わないと」

 考えている間に二人が駅の方へと移動したので急いで後を追う。

 

 

 数十分後、特に何も起きもせず、二人は映画館へと辿り着いた。

 勿論少し離れて私もそれを見ている。

「二人共何話してるのか全然聞こえないじゃん」

 距離がある上に人が多いから仕方ないか。

 そしてしばらくして二人はシアター内へと入って行きました。チケットも無ければ映画を見る気も無いから一先ずここまで。

「映画終わるまで他で時間潰してよ」

 暇だから近くの喫茶店でも行こっと。

 

 

 数時間後、映画館へ戻って張り込んでいるとすぐに二人が出てきた。

「お、出てきた。結構楽しそうに話してんじゃん」

 相変わらず何を話してるかは聞こえないけど何となく楽しそうなのはわかった。

「さてさてこの後二人は何処へ行くのか。流石にここで解散はしないと思うけど」

 予想通り、二人はそのまま外へ出ると近くの喫茶店へと入って行った。当然私も入る。

「・・・またここかぁ」

 どうでも良いけど実はここ、さっきも入った店なんだよね。どうでも良いけど。

 

 

 しばらくして喫茶店を出ると、次に二人はゲームセンターへ行った。

 人が多いから気をつけないと見失いそうだ。

 見てると一つの台を二人で見ていた。ぬいぐるみを取るみたい。

「でも兄貴ってクレーンゲーム得意だっけ?」

 私の知る限り兄貴にそんな特技は無い。

 案の定、あっという間にお金が飲み込まれた。

(あーあれじゃダメだよ。チマチマ100円入れてないで500円入れないと1クレ損するだけじゃん。500円で6回できるのに)

 思わずあれこれ言いたくなるのはクレーンゲーム経験者なら仕方ないよね。

 しばらくしてようやく取れたようだ。

(兄貴めっちゃ喜んでるよ。しかも周りにギャラリーできてるし)

 あんなに喜んでる兄貴初めて見た。

(あ、兄貴すぐぬいぐるみ渡した。何言ってるか聞こえないけど)

 大方それなりに格好をつけて渡しているんだろう。

 その後二人は駅の方へと歩いていった。

(もう良いや。ここで終わりにしよう)

 リサさん?に手を引かれながら歩いて行く兄貴の姿を見ながら私は一つ確かに思った事があった。

(・・・彼氏欲しい)

 て言うか今日の私虚し過ぎない?でもそれよりやっぱり兄貴に対してこう思う私はブラコンなのかな?

 

「取り敢えず兄貴、おめでとう」

 

 誰に言うわけでもなくそう呟いて私も帰る事にした。

「その前にラーメンでも食べて行こうかな」

 

 そうして彼女は人混みの中へと姿を消した。

 この後偶然にもラーメン屋で二人を見つけたのはまた別の話。




たまには他のキャラの視点でもと思って今回は妹ちゃんを登場させました。そのうち千堂さんとか他のキャラが増えたらそのキャラ達視点でもやろうかな。
(困った時はこのやり方でやれば何話か話数稼げるな)

お気に入り登録して下さった
大橋 一麻様
ありがとうございました。

ご意見ご感想、誤字脱字等あればコメントお願いします。
ではまた次回。


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11話

最近なんだかんだ色々あって投稿遅れました。ごめんなさい。
では本編どうぞ。


「なぁ赤城よ」

 朝仕事に行くと、挨拶も早々に同僚の縦川が話しかけてきた。

「何だよ?」

「お前、昨日の夜どこにいた?」

「は?」

 突然の質問に良司はそんな間の抜けた声を出した。そして昨日の事を思い出す。

(昨日の夜って言ったらリサとラーメン食べに行ってたな。でも何でそんな事をこいつが?)

 そんな事を考えていると、良司の答えを聞く前に縦川が口を開いた。

「ネタはあがってんだ。さっさと認めねぇか!こちとらお前が駅前で可愛らしい女の子と一緒に歩いてんのをこの目で見てんだよ!」

 まるでドラマに出てくる取調べの刑事だ。

「ああ、まぁそうだな。確かに昨日の夜なら駅に行ったよ。出掛けた帰りだしな」

 面倒には思ったが隠すだけ無駄と判断した良司はそのまま認めた。

「ほぅ。ならお前はその女の子と何処へ行っていた?まさか帰り道で偶然会ったなんてつまらん事は言わねぇよなぁ?」

(あーいつもの面倒なやつだ)

 恐らく縦川は良司とその時一緒にいた女の子が恋人関係、もしくはそれに近しい関係だと思っているのだろう。そしてそうなれば嫉妬深い彼が何も言わずに黙っている訳がない。

「さぁ答えろ!お前とその子の関係ってのをよぉ!」

「・・・友達だよ。趣味が合う友達」

「ほぉ?お友達?成る程、だがその割にはお前さんえらく楽しそうだったなぁ?お前のあんな楽しそうな顔俺は初めて見たぞ」

「そりゃお前だって同年代の男といるより可愛い女の子と一緒にいた方が嬉しいに決まってるだろ」

 はたしていつまでこの尋問擬きは続くんだろうか?

「成る程成る程。まぁ確かに一理あるな。そこは納得しよう。では次の質問だ。解答には十分気をつけろ」

「それは質問じゃなくて拷問の際に使う言葉だぞ」

「んなぁ事はどうでもいい。聞きてぇのは一つだけだ。お前はその子の事好きなのか?あん?」

「段々口調がチンピラみたいになってるぞ」

「いいから答えろぉ」

 彼は最近ヤクザ映画でも見たんだろうか?

「質問に質問を返して悪いんだが、なぜそんな事を聞く?仮に俺が誰を好きになろうと関係ないだろ」

 何となく先の展開を予測しながら良司が聞いた。

「そんなの決まってんだろ、お前に」

 やれやれと言わんばかりに縦川が言う。その先を予想している良司も被せる様に言う。

「「その子を紹介してもらう為」」

 その一言を言い終わると良司がハァと溜息をついた。何とも分かりやすい奴だ。つまりは昨日の晩、偶然見かけた縦川はいつもの様に今回も女の子と知り合おうと言う魂胆だったのだ。

 そしてその言葉を聞いてここ最近で一番と言っていい程に良司はイラついた。

「お前、女と遊べりゃそれでいいのかよ」

「は?」

「別にお前が何処で誰と何してようと勝手だけどよ、お前の勝手に周りを巻き込むな」

 前から彼の女癖の悪さには思う所があった。

「女を抱きたいだけなら風俗にでも行け。女と喋りたいならキャバクラにでも行け。お前の性欲解消に人を利用するな」

 今まで何度か世話になった事もあったが、それとこれとでは話が別だ。例え相手が誰でもこちらが我慢出来ない事もある。

「・・・」

 良司の言葉を聞くと縦川は明らかにイラつきながらも黙って自分のデスクへと戻って行った。

(いや、今のは違ったな)

 そして良司も自分が言った事に自ら指摘した。

 別に縦川に言った事に関して罪悪感があるとかでは無い。そもそも彼にあれこれ言った理由が違うのだ。

 いつもの様に彼が女と知り合いたいと言っただけなら良司もここまで言わなかっただろう。

 では何故今回に限ってこんな発言をしたのか。それは決まっている。

(その対象がリサだったから、だよなぁ)

 彼に言った事が嘘という訳ではない。勿論本心から出た言葉だ。でもその根幹は自分の友達が、いや、自分が好きになった女の子が女癖の悪い知り合いに目を付けられるのが嫌だったからだ。

(独占欲ってやつなのかな)

 その表現が正しいのかすらわからなかったが、それでもその本心を隠して相手に説教紛いの事をした自分がどこか子供の様に思えてしまった。

 

 気に入らないから憂さ晴らしに他人に当たり散らすだけのガキと同じだ。

 

 一度考えるとそれがなかなか頭から離れなかった。

(ッチ。アイツのせいで朝から嫌な気分だ)

 内心でそんな不満を吐きながら良司は仕事を始めるのだった。

 

 

 その日の昼休み、縦川 聖護は一人、喫煙所でタバコを吸いながら考えていた。

 内容は勿論今朝良司に言われた事だ。

 彼があそこまで嫌悪感を出して言ってくるのは今回が初めてだった。そんな人間に言われれば少なからず彼だって考えさせられる事はある。

「女遊びが好きで悪いのかよ」

 タバコの煙と一緒にそんな言葉を吐き捨てる。だが彼だってこのままで良いと思っている訳ではない。側から見れば自分が女癖の悪い人間だと思われている事だって流石に気付いている。

 だがそれでも無意識に焦りだってある。自分にだって結婚願望もある。だが学生時代からの友人達は気がつけば恋人がいて、気がついたらどんどん結婚していく奴等もいる。結婚式に呼ばれては「お前も早く良い人見つけろよ」なんて言葉を言われ続けるばかりだ。

 学生の頃は何の保証も無かったが、いつかは自分も誰かと出会って結婚して子供を作って、そんな未来を漠然と描いた。だが現実は違う。気がつけば卒業してから数年、自分は取り残されていくだけじゃないか。自分で言うのも虚しいが、自分は話をするのは人並みには上手いが、決してモテるわけではない。だから恋人だってここ数年まともに出来た試しもない。

 そして仕舞いには親からも「早く彼女くらい作れ」とせっつかれる毎日だ。

 そして気がつけば空回りの連続の果てに女遊びの毎日へと堕落していっていた。

「ダッセェなぁ、俺」

 もう一度煙と一緒にそんな独り言を吐き出す。

 周りの男連中の恋愛事情に敏感なのも、また自分だけ取り残されていくのが怖かったからだ。改めて考えるとガキ以下じゃねぇか、と縦川は苦笑するしか無かった。

 だから彼は決意した。もう馬鹿にされるのも御免だ。

「いつまでも笑われたままで終われるかよ」

 言われっぱなしは彼の性に合わないのだ。

 

「上等だ。女遊びは今日限りだ」

 

 そう言って彼は喫煙所を後にした。

 

 

 その日の仕事終わり、良司が帰り支度をしていると背後に人の気配がしたので振り返ると、そこには縦川が立っていた。

「どうした?」

「話がある。コーヒーくらい奢るからちょっと付き合えよ」

「・・・わかった」

 そう言って良司は縦川に連れられて喫煙所へと移動した。

「ほれ。受け取れよ」

 自販機で缶コーヒーを買うと縦川がそれを投げて寄越す。その後でタバコに火をつけた。

「それで?話ってなんだよ。昨日の子なら紹介しねぇぞ」

「それはもういい。いや、寧ろそれに関しては悪かった」

 突然謝ってきた縦川に良司は驚いた。

「何だ急に」

「いや、俺ももう女遊びってのをやめようかと思ってな」

「あ、そう」

 気のない返事で返す良司。

 昨日の今日でそんな事を言われた所で誰が信じるか。

「信じないのは勝手さ。でも俺だって考えるとこはあるさ」

 良司の態度から察したのだろう。縦川がそう返した。

「?」

「周りがさ、恋人いるのが当たり前みたいな顔してるし、なんなら周りの連中は気がついたらすぐ結婚だとよ。親にまでせっつかれる。こちとら女友達すらいないのにどうやって恋人作れってんだよ。寧ろ教えて欲しいくらいさ」

「それで?これからは女遊びやめて真面目になりますって?」

「おう」

「んなもん勝手にしろよ」

 態々宣言されたって知ったこっちゃない。

「つれないねぇ。男の一大決心だぞ」

 縦川の女遊びをやめる発言など、ヘビースモーカーのタバコやめる宣言程度にはあてにならない。

「まぁ何にしても、今朝と今までは悪かったよ。もうちょい真面目に生きてみるわ」

「お好きにどうぞ」

 気の無い返事をしながら缶コーヒーを飲む良司。

「それに人の女に手を出して痛い目に会いたくねぇしな」

「は?」

「好きなんだろ?昨日の女の子が」

 突然そんな事を言われ、良司の思考が僅かに止まった。

「今まで女っ気が無かったお前が女の子と一緒にいるのも不思議だったし、今朝の態度で何となくわかったよ。そりゃ自分の好きな子が俺みたいな奴に狙われたら良い気はしないわな」

 事実を言い当てられてしまったら何も言い返せない。

「何時知り合ったんだよ」

「何でお前と恋バナしなきゃならんのだ」

「好きなのは認めるんだな」

「事実だからな」

「おー、クールに返すねぇ」

 露骨に煽る縦川に少しイラッとする良司。

「・・・知り合ったのは今年の3月頃、いつも行ってる本屋に店員としてあの子がいたんだよ。それで話してみたら結構話が合ってな」

「て事はその子も本好きなのか?」

 良司の本好きは縦川も知っていた。

「ああ。それから色々話していくうちに好きなんだって最近になって自覚した」

「成る程な。見た目はギャルっぽい感じだったけどお前と同レベルの本好きか。そりゃ気も合うわな」

 そう言って縦川はある事に気がついた。

「ちょっと待て、もしかして前にお前が合コンの時に逃げたのって・・・」

「ああ。彼女と会う予定が俺のミスでブッキングしちまったからな。お前らについて行ったら約束に間に合わないと思って逃げた」

「それならそうと言えば良かったじゃねぇか」

「あの時のお前が女絡みの理由で素直に返してくれると誰が思う?他人の恋愛事にすぐ嫉妬する奴がよ」

「・・・俺が言うのもなんだが、絶対に帰さないだろうな」

 ばつが悪そうに縦川が言う。

「ま、まぁ、今後は今までみたいな事が無いようにするから安心しろよ」

「はいよ」

「今までの詫びに飲みに行こうぜ。今日は奢るぜ」

「そう言う事なら是非とも」

 良司がそう言うと、二人は会社を出て居酒屋へと向かうのだった。




8月中には1話書こうとして気がついたらもう8月終わりでしたね。しかも時間ギリギリ。
こんなやつですけどこれからも書いていくんでもし良ければ読んでやって下さい。

お気に入り登録してくださった
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春はる様
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W・W様
unko⭐︎star様
ありがとうございました。

ご意見ご感想、誤字脱字等あればお願いします。
ではまた次回。

・・・何かいいネタあったら宜しくね。


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12話

恐らく過去一更新が遅くなりましたね。
9月中に載せようとしたらまたギリギリだよ。
真面目にやれよ!


 人間と言うのは時に失敗をしでかす生き物だ。そしてその失敗と言うのはいつも後になってから、大変な時になってから気がつくのが相場らしい。

「やらかしたなぁ」

 一人でポツリとリサが呟いた。こんなミスをしたのは初めてであった。

「・・・締め切りの日間違えてるじゃん」

 まさかの記憶違いであった。締め切りは来週だと思っていたら、確認したらまさかの三日後が締め切りだったのだ。

 気がついたのが締め切り前日でなかったのがまだマシではあるが、時間が減っている事に違いは無い。

「しかも問題なのはまだ書き終わってないんだよねぇ」

 普段から余裕を持って書き上げていたので、絶望的に間に合わないなんて事が無いのがせめてもの救いだろうか?

「でも流石にあっちの仕事しながらってなると間に合わないかも」

 あっちの、と言うのは言わずもがな、千堂の店である。

「店長には悪いけど最悪一日だけでも休ませてもらおう」

 そう判断すると同時にリサは千堂の携帯へと電話を掛けた。数秒のコールの後に千堂が出た。

『おう、リサちゃん。電話してくるなんて珍しいな。どうしたんだい?』

「すみません店長、急なんですけど今日一日休ませてもらってもいいですか?」

『こりゃまた珍しいな。まぁ普段真面目に働いてくれてるから構わんが何かあったのか?』

 理由を話すべきかと考えたが、理由も言わずに休ませてくれなんてそんな都合のいい話もないなとリサは理由を話した。

「実は小説の締め切りが近いんですけどまだ書き終わってなくて。それで今日休ませてもらってそれで書き上げようかと」

『そう言う事なら仕方ねぇ。何なら書き終わるまで休んでもいいんだよ?』

「いえ、多分今日一日あれば終わると思うので大丈夫だと思います。明日は担当さんが来ると思うので出来れば明日も休ませてもらえると」

『構わんよ。まぁなんかあったらまた連絡してくれ。先生』

「はい。ありがとうございます。あと先生はやめて下さい」

 千堂に礼を言ってリサは電話を切った。

「さて、早いとこ書き上げますか!」

 とリサが意気込むと同時にスマホが鳴り出した。電話が掛かって来たようだ。

「はいもしもし?」

『あ、先生。おはようございます』

「あれ?柏木さん?」

 電話の相手は担当編集の柏木 麻依(かしわぎ まい)だった。

『はい。朝からすみません。今お時間大丈夫ですか?』

「大丈夫ですけどどうかしました?」

『いえ、締め切りの五日前にはいつも原稿が上がったと連絡があったのに今回は無かったので何かあったのかなと思いまして』

「あー、実はまだ原稿上がってなくて・・・」

『え!?だ、大丈夫なんですか!?やっぱり何かあったんじゃ!』

 リサの言葉を聞いた途端、柏木が取り乱した様に言った。

「いえ、単純に締め切りの日を勘違いしてただけですから。締め切りまでには間に合いますから安心して下さい」

『そ、そうですか。だったら良いんですけど、珍しいですね。先生が締め切り間違えるなんて』

「ははっ、ちょっと最近色々有りまして」

『もしかして彼氏とかですか!』

「え?な、何でですか?」

『だっていつも余裕を持って書き上げてる先生が締め切り忘れるなんて余程の事じゃないと有り得ません。でも声を聞いた感じだと何かトラブルや事件があったってわけじゃなさそうですからそうなればもう彼氏かなって』

「違いますよ。私彼氏なんていませんから」

『別に良いですよ隠さなくても。しっかりお仕事さえしていただけたら私も文句は言いませんし』

 まるで信じない柏木の言葉にリサは少し頭を抱えた。

「はぁ。取り敢えず明日には書き上がると思いますから心配しなくて大丈夫ですよ」

『はい。では明日の夕方に伺いますね。その時には彼氏さんのお話も聞かせて下さいね。失礼します』

 そう言い残して柏木は電話を切った。

「・・・こりゃ明日は面倒事になるなぁ。柏木さん恋愛話大好きだし」

 彼女の反応から明日起こるであろう未来をリサは予想した。

 基本的に柏木 麻依と言う女性は仕事も出来るし人としても素晴らしいのだが、恋愛事に関しては妄想に浸る節があるのだ。

「・・・まぁ良いや。早く続き書かなくちゃ」

 そう言ってリサは残りの作業を終わらせる為に動いた。

 

 

 その日の夜。千堂は一人寂しく店で仕事をしていた。

「暇だねぇ。日が傾くとお客さんも来なくなるし、リサちゃんは休みだし、広い店で一人ってのは寂しいねぇ」

「あれ、リサ休みなんですか?」

 千堂が声のした方を見ると入り口に良司が立っていた。

「よう良ちゃん、いらっしゃい」

「どうも。それよりリサが休みって何かあったんですか?」

「あ、ああ。ちょっと大事な用が有るらしくてな。多分明日も休みだ。何だ?リサちゃん目当てに来たのに居なくて残念か?」

「そりゃヤクザみたいな面したオッサンの顔見るよりは可愛い女の子を見たいと思うもんでしょ」

「リサちゃんが目当てってのは否定しないんだな」

 千堂のその言葉に良司が言葉を詰まらせた。

「まぁ別に今更揶揄う気も無いから安心しな。好きなのかい?リサちゃんの事」

「・・・はい。好きですよ」

 少し顔を赤くしながら彼は答えた。

「いつからだい?」

 当然の事ながら質問攻めが始まった。

「いつからでしょうね。気がついたら好きになってたってのが正直なところですね」

 一度好きだと言ったからだろうか、良司本人も思ったよりすんなりと答えた。

 寧ろ溜め込んだこの思いを彼自身誰かに打ち明けたかったのかもしれない。

「しかし世の中ってのは面白いもんだよな」

「何がです?」

「だってつい最近まで恋愛どころか恋も無理だって思ってた奴が誰かを好きになるってんだから、面白いじゃねぇか」

「そうなる様に(けしか)けた張本人がよく言いますよ」

「でも悪い気はしないだろ?」

「そう言うのは自分で言わないもんですよ」

「他に言ってくれる奴がいないんだから自分で言うしかないんだよ」

「悲しい人生ですね」

「お互いにな」

 言い合いながら互いに笑った。

「絶対に他言しないで下さいよ」

「しないさ。そんな事したら俺の数少ない楽しみが無くなるからな」

「千堂さんとしては俺らがくっついた方が面白いんじゃないですか?最初に俺がリサと会った時はお似合いだ、みたいな事言ってましたよね?」

「くっつくまでの過程を楽しむのが俺みたいな外野の特権だからな。リサちゃんの事を好きと自覚する前としてからの違いを楽しむのも乙なものさ」

 笑いながら言ってくる千堂に良司は苦笑いで返すしかなかった。

「まぁ人生の先輩として、なんて偉そうな事言って説教する気も無いがよ、うちの大事な従業員を泣かせたらタダじゃおかないからな」

「見た目ヤクザの千堂さんに言われたら子供だったら泣きそうですよね」

 そんな軽口で返したが、千堂に言われるまでもない。

「勿論ですよ。生まれて初めてまともに誰かを好きになったんです。俺だって相手を泣かせて終わらせたくなんかないですよ」

「それなら良いさ」

 二人は再度笑いあった。

「それから千堂さん、これ全部会計お願いします」

 それからすぐに数多くの本がレジカウンターの上に乗せられた。

「・・・」

「・・・」

 ほんの僅かな時間、二人の間に沈黙が生まれた。

「お前さん空気ってのを読めよ!ここは互いに黙って別れる所だろ!全部で3,980円になります!」

「何言ってんですか!こちとら本買いに来てんですから本来の目的果たして何が悪いんですか!4,000円でお願いします!」

「さっきお前さんリサちゃん目当てかって聞いて否定しなかっただろうが!4,000円お預かりします!・・・20円のお返しになります!小説の方、カバーはどうなさいますか?」

「リサ目当てなのは今更否定しませんけどそれ以外の要件が無いなんて誰が言いました?本屋に来たんだから本を買って何が可笑しいんですか!売り上げに貢献してるんだから感謝こそされど、文句を言われる筋合いは無いですよ!カバーはしなくて大丈夫です」

「普段から贔屓にしていただきありがとうございます!でも今回に関して言えば買うのは次回に回しても良かったじゃねぇか!リサちゃんがいる時に来ればその分長く話せるだろうが!袋の方有料ですが如何なさいますか?」

「その時はまた買わせてもらいますからどうぞご心配無く!売り上げ上がって良かったですね!袋はいらないです」

「心の底からご贔屓にしていただきありがとうございます!だったら精々次来る時はリサちゃんがいる事を祈るんだな!お買い上げありがとうございました!またのお越しをお待ちしております!道中お気をつけて!」

「こっちも次来る時はむさ苦しいヤクザの顔より可愛らしい女の子の顔を見たいもんですね!こちらこそありがとうございました!また近い内に来ます!」

 お互いに大声で言い合った後、良司は帰って行った。他に客が居ないから出来た事だ。

「・・・やっぱ偶には良ちゃんとこうやって馬鹿やるのも悪くないな。でも一人はやっぱ暇だな」

 他に誰も居ない店の中で千堂がポツリと呟いた。

 一人で仕事は退屈だが、リサに小説が完成するまで休んでも良いと言った手前、そんな弱音を吐くわけにもいかない。最悪でもあと一日か二日はこの状態が続くだろう。

「一人で仕事ってのは慣れてんだけどな。やっぱり暇ってのは慣れないねぇ」

 遠回しに客が少ないと自分で認めているのだが、千堂は気づいていない。

「まぁ、リサちゃんが戻ってくるまで一人で頑張るとするか」

 そう言って千堂は残りの仕事に取り掛かるのだった。

 

 

 一方その頃。

「やっと終わったぁぁぁ」

 リサは自室のベッドに倒れ込んでいた。一日掛けてやっと残りの作業が終わったのだ。

「これで後は柏木さんに見せるだけ!」

 本当ならパソコンがあればもっと早く終わったのだろうが、随分前にパソコンがお亡くなりになってから新しいのを買い替えていない為、原稿用紙に手書きというスタイルを取っていたのだ。

「まぁデビュー前からそれでやってたから問題無かったけどね」

 誰に言うでもなくリサは呟いた。気がつくと独り言を呟くのが昔からの癖になってしまっている。

「・・・早く寝よ」

 寝る直前にふと思ったのは、明日柏木からされるであろう質問責めにどう対応するかと言う事だったが疲れもあってか、リサはそのまま眠りについた。

 明日の事は明日のリサが何とかしてくれると願って。




ネタが思いつかないってやっぱり絶望的やね。(何かネタになりそうな事があったらコメント等お願いね!)
しかも投稿焦って後書き書き忘れるとか言うミスまでしちゃって(投稿した後にこの後書きを書いてます)。
まぁこんな奴ですが作品を読んでいただけたら幸いです。

ご意見ご感想、誤字脱字等あればお願いします。
ではまた次回。


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13話

最近どうももう片方の作品みたいに段々と更新の間が広くなってる気がしますね。これはまずい。
まぁそんな事より本編をどうぞ。


 無事に話を書き上げた翌日、リサは朝早くから目を覚ました。

「確か柏木さんが来るのって夕方からだっけ?」

 その日のスケジュールを確認しながらリサは呟いた。既に書き上げた原稿を確認する。特に問題は無さそうだ。

「一回店長の所に行って軽く話しておいた方がいいかな?店近いし」

 予定の時間までかなり空き時間がある為、状況報告の意味でも一度顔を出しておいてもいいかもしれない。

「そうと決まれば行きますか。新しい本も欲しいし」

 言い放ちながら朝食を済ませた後、店の開店時間を見計ってリサは出掛ける準備を始めた。こう言う時、仕事先が近いのは何かと便利だ。

 

 

「店長、おはようございます」

 開店時間から数十分程経った頃、リサが店に入るといつもの様にレジに千堂がいた。

「おう、リサちゃんおはよう。今日まで休みって言ってなかったか?今日は担当さんが来るとかって」

「そうなんですけどその前に店長に一言言っておこうかなって。急に休みも貰っちゃいましたし。でも明日からはちゃんと出れますから安心して下さい」

「成る程。別に気にしなくたって良いんだよ。こちとらそうなるかもって事を覚悟して君を雇ってるんだからな」

「でもやっぱりしてもらったからにはお礼は言わないとじゃないですか」

(今時の子にしては真面目と言うか、筋が通ってると言うか、相変わらず見た目とのギャップが激しい子だな)

 リサの言葉を聞いて千堂は内心でそんな事を思いながらフッと笑った。今まで雇った人間でここまで真面目な人間もいなかっただろう。

「時間があるなら少しの間話し相手になってくれねぇか?お客さんもいなくて暇なんだ」

「平日の開店直後ですもんね。良いですよ。私も買いたい本も有りましたし昼くらいまでなら」

「そうこなくっちゃな」

 ここらで幾つか以前から聞きたかった事を聞いてみるかと千堂は目論んだ。

「リサちゃんっていつから小説家になりたいって思ったんだ?」

「何ですか?唐突に」

「いや、何だかんだでそう言う話とかってした事無かったと思ってな。リサちゃんがここに来たのだって新人賞から暫く後くらいだったろう?」

 言いながら千堂はリサが店に来た時の事を思い出した。

 話はリサと良司が出会うより前に遡る。

 

 〜数ヶ月前〜

 その日の昼、千堂は普段とは違う状況に見舞われていた。と言ってもそんなに深刻な事でも無いのだが。

「君がバイト希望の子?」

「はい。舞崎 リサって言います。よろしくお願いします」

 渡された履歴書の写真とリサの顔を交互に見ながら千堂は失礼ながら色々と考えた。いや、別に実際の顔と履歴書の写真が別人でした、とかではない。ちゃんと同一人物だ。問題はそこではない。

(・・・本屋で働こうってキャラには見えねぇ)

 リサの事は前から知っていた。何度も店に客として来ていたからだ。その時も小説を読むキャラには見えないと失礼な事を考えたのを覚えている。

(まぁ見た目どうこうで選ぶ訳でもねぇから構わねぇけどな)

 とは言え見た目は派手だが小柄な所為か、履歴書を見なければいまいち年齢が分からなかった。

「てっきり高校生だと思ってたけど高校は卒業してるんだね」

「はい。去年の3月で卒業しました」

「まぁまずは月並みな事を聞こうか。志望理由は?」

「昔から小説や本が好きでそれに囲まれながら働きたかったので」

「本屋のバイトなら他でも有りそうだけど何で態々うちの店を選んだの?大通りにある訳でもないし、こんな面の悪い男の店なんて印象も良くないだろ?」

「前から何度もお店自体には来てましたから印象が悪いなんて事はありませんでしたよ。それにこのお店の品揃えも最高ですから。とても個人店でやってるとは思えませんよ」

「まぁ寧ろ個人店だからこそ好きな様にやれるのが強みだからな。その分売り上げにダメージを負うかもしれないがそれでも本が好きな人が来る『隠れた名店』を目指して始めたからな」

 言って、話が逸れたと千堂は話を戻した。

「接客業の経験は?」

「前にコンビニのアルバイトなら有ります」

「本は好きかい?」

 これは千堂が面接の際に必ず聞く質問だった。

「はい。本も、それを書く人もどっちも好きです」

 千堂の問いに迷わずリサが答えた。

「・・・」

「・・・」

 数秒間の沈黙がリサの不安と緊張感を余計に刺激する。

(どっかの誰かさんを思い出させるな)

 不意にそんな事を思った。

「よし、合格。これからよろしくな」

「え?もう終わりですか?」

 呆気なく終わった面接にリサは驚いた。

「何だ?もっと困らせた方が良かったか?生憎とこんな面してはいるが女の子を好き好んで脅したりする趣味は無いんだ」

 そんな冗談を言うとリサもつられて笑った。

「ふふっ。これからよろしくお願いしますね。店長」

「おう。よろしく」

 

 これがリサが面接に来た時の出来事だった。

(その後にまさか自分が新人賞を取った小説家ですって言い出すんだからあれには驚いた。まさかこんな身近に小説家の先生が居るなんてな)

 最初こそ千堂もリサの発言には半信半疑だったが、追々話を聞けば聞く程疑いの余地は無くなった。

「でも店長もよく私を雇いましたよね」

「断られると思ってたのか?」

「だって小説家として書きながらここで働きたいなんて言ったら多少は印象とか悪くなりそうじゃないですか。言ったのは後からですけど」

「言った本人が言うかね?別に俺は仕事をちゃんとしてくれさえすればこれが副業でも構わんさ。俺の採用基準は本に対してどれだけ愛があるか、だからな」

「でもそれなら良くんがここでずっと働いてそうなんですけどね」

「あいつは学生時代からここでバイトしてた事はあったけどな。それからも何かあれば時々手伝ってもらったりもしてる」

 確かに以前、彼本人もそう言っていた。

「いえ、店長と良くん仲良いからずっと働いてそうなのになって」

「良ちゃん曰く、『好きな物に囲まれるのも良いけど、その前に色んな事をまずは経験したい』とさ。確かに俺一人だけってのは何かと不便だったりはしたし、あいつがいてくれたら楽けどよ」

「この店って店長が建てたんですか?」

「ああ。もう十年近く前になるかな。色々あって前の仕事辞めて、それでこの店を開いた。まぁその話はそのうちな」

「いつか話して下さいよ」

「おう。いつかな」

 これを話し出すと空気が変わってしまうと判断した千堂は適当に話を切り上げた。

 それから話は続き、幾つかの千堂からの問いにリサが答え、程よい時間になるとリサも自分の買い物を始めた。

「それじゃあ私、買いたい本探してきますね」

「おう。売り上げに貢献してくれ」

 それから十分後、リサは大量の本を買って店を後にした。

 

 

 それから数時間後、リサは自宅にて柏木が来るのを待っていた。

「原稿も一通りチェックしたし問題無いね。あとは柏木さんが来るのを待つだけっと」

 完成している原稿を見ながらリサが呟くと同時に呼び鈴の音がした。

「おっ、柏木さん来たかな」

 リサが玄関に行き扉を開くと予想通りそこには柏木 麻依がいた。

「先生、原稿いただきに来ました」

「はい。取り敢えず中にどうぞ。コーヒーでも用意しますから」

「お邪魔します」

 柏木を自分の部屋に案内し、完成した原稿を見せている間、リサはコーヒーを作る為にキッチンへと向かった。

 

 

「それでは、確かに原稿はお預かりしました。また確認して何か有れば連絡しますね」

「お願いします」

 暫くして柏木が軽く確認をすると受け取った原稿を鞄の中にしまった。

「さて、それでは本題に入りましょうか」

「本題?」

「先生の彼氏さんの話ですよ」

「いや、だから私に彼氏はいませんから」

 案の定と言うべきか、柏木が改まって聞いてきた。と言うかそっちが本題でいいのか。

「何でそんなに隠すんですか!良いじゃないですか!くださいよ!色恋ネタを!」

「元から無いものは出せませんよ!て言うか毎回この手の話になるとキャラ変わりすぎじゃないですか!?」

「自分にそんな話が無いんだから周りからの恋愛話くらい求めたっていいじゃないですか!」

「知らないですよそんなの!」

 それぞれ言い合うとお互いに息切れして深呼吸しながら落ち着いた。

「前にも言いましたけど、私は生まれてこれまで一度も恋愛経験なんて無いんです。でも別に興味がないわけじゃないんです」

「何度も聞きましたよ。誰かを好きになっても自分が選ばれる事は無かったって」

「そうよ、そうなの、そうなんですよ!私だって青春の一つくらいしたかった!学生時代は結局勉強してるだけ!そりゃ今の仕事は楽しいけどそれでも今だって恋人くらい欲しいのよ!」

(ああ、面倒くさい事になった・・・)

 最早居酒屋で酔い潰れながら愚痴を溢してるサラリーマンみたいな有様だ。

「そ、そんな焦らないでもそのうち良い人が現れますよ」

「気休めを言うな小娘が!生まれてこの方30年、恋人がいなかった女の気持ちが貴女に分かるのか!」

 ダメだ。完全に酔って暴れるサラリーマンと化している。差し出したのはコーヒーだったはずなのだが。

「くっ、ふっ、うう」

 挙げ句の果てには泣き出す始末だ。よくこれで今までまともに仕事が出来たものだ。

 

 それから数分後。

 

「・・・すみませんでした。みっともない所を見せて」

「いえいえ」

 どうにか落ち着いたのか、漸くまともに会話出来る程度にはなったようだ。

「それで、先生の彼氏さんはどんな人なんですか?」

 前言撤回。やっぱりまだまともな会話は無理な様だ。

「いや、だから彼氏はいませんってば」

「なら言葉を変えましょう。先生の気になってる人はどんな人なんですか?」

「・・・そもそも何で気になってる人がいるって思うんですか?」

 リサの質問に柏木がゆっくりと答える。

「昨日も言いましたけど先生は締め切り日は守りますし、仮に何かあったとしても事前に連絡を入れてくださる人です。これはこちらもしても有難い話です。そんな人が締め切り日を間違える様なミスをした。そして電話で聞いた時、私の質問に先生は真っ先に『何でですか?』と聞いてから彼氏の否定をしました。一見すれば普通なんでしょうが、普段の先生なら真っ先に『彼氏はいない』と答えていました。そうなれば可能性は二つ。先生が私に嘘をついているか、恋人ではないが意識している相手はいる。そう推理しました」

 柏木の推理を聞かされてリサは思わず何も答えなかった。いや、答えられなかった。

 そして、沈黙は肯定を意味する。その時点で答えは出たと柏木は判断した。

「先生は嘘が得意な人ではありません。となれば残るは意識している相手がいると言うことになります」

 言い終わると同時にコーヒーを飲んだ。

「何か間違ってましたか?」

「見事な推理でした。名探偵」

「私はただの編集者ですよ。さて、誤魔化される前に先生の想い人のお話を聞かせていただいましょうか?」

 どうやらまだまだ(じんもん)は終わりそうにないようだ。

 




今回の話を書いて読み返すと前回と似た様な流れだな、と我ながら思ってしまいますね。決して手抜きでは無いですよ?
そして気がついたらUA数が600超えてました。(その割には感想を書かれた事がない・・・)
見てくださった皆様、ありがとうございます。
この作品を見て軽くでも楽しんでもらえたら幸いです。

お気に入り登録してくださった
パンイチ男様
はるかずき様
ありがとうございました。

ご意見ご感想、誤字脱字等あればコメントお願いします。
ではまた次回。


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14話

最近色々とやろうと手を出してたら小説書くのが遅くなりましたね。
(いつも通りだけど)
今年が終わるまでにあと何話投稿出来るかな?
では本編どうぞ。


「さあ、白状してもらいますよ。先生」

「も、黙秘権は使えますか?」

「残念ながらそれらが適応されるのは警察等での取り調べ、もしくは裁判において、ですから今回は適応外です」

「そ、そもそも喋らせる強制力は柏木さんには有りませんよね?なら答えなくても問題無いんじゃ?」

「ならこの原稿がどうなってもいいのか!こっちには人質がいるんですよ」

 そこまでするのか。

「いや、何かしても困るのは柏木さんも同じだと思うんですけど。それ手書きだし」

 確かに書いたばかりの原稿に何かされたらリサとしても精神的に来るが、結局柏木が困るのも目に見えている。

「いいじゃないですか。こっちは愛に飢えてるんですよ。求めてるんですよ。ラブを!」

「自分で言ってて悲しく無いんですか・・・」

「これ以上悲しくさせない為にも話して下さいよ」

(・・・なら最初から言わなきゃいいのに)

 そう思わずにはいられないリサだった。

「それで?いるんですよね?気になってる人」

「・・・まぁ確かにいますよ。気になってる人」

 これ以上絡まれても厄介なので素直に話して楽になろうとリサは考えた。

「どんな人ですか!どんな人ですか!」

「その前に一つ聞いていいですか?」

「何ですか?」

 案の定食いついてきた柏木を制してリサは前から思っていた事を聞いた。

「柏木さんは誰かとお付き合いしたいとは思わないんですか?」

「それは・・・」

「前から少し不思議だったんです。周りの恋愛話を聞きたがる割に、自分が誰かと付き合うように行動する事が少ないなって。いつも話を聞くばかりで柏木さんは『誰か良い人がいたら紹介してください』とは言いませんよね?」

 少しばかり痛い所を突かれた、と柏木は内心で思った。だが、こちらが散々聞いておいて相手の質問に対して黙秘する訳にもいかない。

「お恥ずかしいんですけどね、自信が無いんですよ」

「自信?」

「私は生まれてこの方、誰かとお付き合いをした事は有りませんし、ましてや異性の友人もいません」

 柏木が淡々と続ける。

「学生の頃なんかはそれでもいつかはって考えた事も有りました。でも結果はさっき言った通り。だからいつしか思っちゃったんですよ。『私には多分無理だ』って」

「・・・」

「一度そう思ったら後は自分に言い訳の連続ですよ。つまり、私の心が希望を持つ事を放棄してるんです」

 何をしたって自分は選ばれない。どんな時でもそれは頭から離れない。いつだってそんな呪いじみた考えが、柏木の活力を阻害する。

「最初から諦めている人間は勝負の場にも立つ事は無いんです。だから選ばれなくて当然。それが私の答えです」

 そこで柏木は話を終えた。

「少し論点がズレてる気がするんですけど、『求めている』のか、『求めていない』のか、どっちなんですか?」

「それは、私だって欲しいですよ。恋愛してみたいですよ」

 漸く、と言うべきか、彼女は本音を口にした。

「もし良かったら今度誰か紹介しましょうか?お時間がある時にでも会えるようにも出来ると思いますし」

「本当ですか?」

「はい。いつもお世話になってますしそのくらいなら」

「先生!」

 リサが言うと柏木が身を乗り出して顔を近づけてきた。余程嬉しいのだろう。

「でしたら本が好きで見た目がワイルドな人でお願いします!」

 丁度、と言うべきか、一人だけその条件に当てはまる人物に心当たりがあるので明日にでも話してみようとリサは内心で考えた。

「わかりました。話がついたらまた連絡しますね」

「ありがとうございます。では話を戻して先生の気になってる方はどんな方なんですか?」

「・・・覚えてましたか」

「誤魔化せると思ってたんですか?」

 話を逸らせると思ったが、どうやら失敗だったようだ。こうなってしまっては仕方がないのでこれ以上無駄な抵抗はやめよう。

「私と同じで本が好きな人ですよ。知り合ったのも数ヶ月前からで、特に意識もしてなかったんです。でも何度か会う度に楽しいし次いつ会えるかなとか気が付いたら考えちゃうんです。でも私も柏木さんと一緒で今まで恋愛なんてした事が無かったので、これが恋愛感情って言えるかはよくわかりませんけどね」

 柏木の言う通り、リサはとある人物の事が気になっている。だがそれははたして恋愛感情なのかと考えるといつもそこで考えが止まってしまうのだ。

「お互いに苦労しますね」

 柏木が笑って言った。

「だったら先生、いつかその人、私にも合わせてください。先生の気になっている方がどんな人なのか私も興味有りますから」

「機会が有れば」

 仮にここで嫌だと断ってもあれこれ言われるだけなのは目に見えているのでそう答えた。

「ではこれ以上お邪魔するのも申し訳ありませんからこれで失礼します」

 そう言って柏木は荷物を持って帰って行った。

「はい。お疲れ様です。また宜しくお願いします」

 リサもそう返して柏木を見送った。

「さて、また新しく書くとしますか!」

 そう言ってリサは新作の為に考えを巡らせるのだった。

 

 

 リサが柏木と話している頃、良司は少しばかり困った事が起きていた。いや、大した問題でも無いのだが。

「やばい、金が無い」

 中には1,854円。

 財布の中を見た時、中身の少なさに彼自身驚いた。いつも一度に沢山本を買っていれば当然の結果ではあるが。

「まぁ金をおろせば良いだけだから問題は無いんだが・・・」

 良司の言う様に、口座の中にはちゃんと残っているのだからおろせば問題無い、のだが・・・。

「肝心のキャッシュカードが無いんだよなぁ」

 昨晩財布の中のレシートなどを整理した際に「金を何時でもおろせると思ってたら余分に金を下ろしそうだ」と考えて家に置いてきてしまったのだ。何故その際に現金の額をちゃんと確認しなかったのか、今更ながらに後悔した。

 因みに彼はクレジットカードなど持っていない。

 そして問題なのはこの後なのだ。

「おい赤城、ちゃんと仕事終わらせてるか?」

 そんな風にあれこれと考えていると縦川が話しかけてきた。

「ああ、順調だよ」

「この後皆で飲みに行くんだから今回は逃げるなよ」

 別に今回は逃げる理由が無いのでそんなつもりは初めから無かったが、こう言われるといっそ逃げてやろうかと思う良司は性格が悪いのだろうか?

 そして悩みの種はまさにそれだった。飲みに行く、それはつまり金がいると言う事だ。だが先程も言った様に彼の財布の中身はとても寂しい状態だ。恐らく皆で行くのだから割り勘にはなるだろうが、不安な事には変わりない。金を借りれば済む話なのだろうが、彼としては人から金を借りると言う行為に抵抗があった。だが飲みに行く事は以前から決まっていたし、これに関しては完全に良司の落ち度なので文句を言うわけにもいかない。

(最悪の場合は借りるしかないか)

 非常に遺憾ではあるが、そうしよう。

 そう結論づけて残りの仕事を終える事にした。

 

 

「「「乾杯!」」」

 仕事が終わってから約一時間、良司は縦川達と居酒屋に来ていた。

「今週もお疲れー。いやぁ今週も部長が無茶振りしてくるかと思ってヒヤヒヤしたぜ」

 テーブルを囲んで乾杯すると同時に縦川が言った。今回のメンバーは良司を含めて5人。その中にはいつぞやの広瀬もいた。

「縦川君、それなりに仕事出来るけど時々不真面目で部長によく怒られてるもんねー」

 縦川にそう言ったのは同僚の女性社員、中峰 恵(なかみね めぐみ)だった。

「余計なお世話だよ、中峰」

 そんな二人のやり取りに周りが笑い出す。

「相変わらずあの二人って仲良いですよね」

 そう言ったのは良司の隣に座っていた澤口 麻耶(さわぐち まや)だ。恵と同じく良司や縦川と同期である。

「確かに、あの二人が一緒にいたら静かな試しがないね」

 彼女の言葉に良司も同意する。あの二人はどちらかと言えば常に明るい、学生で言えばいつもクラスの中心にいる様なタイプだ。対照的に良司と澤口は静かな方だろう。

「でも驚いたよ。澤口はあんまりこう言う飲み会って基本来ないだろ?」

「殆ど同僚だけの軽い物ですからね。それに恵に無理矢理引っ張られたので。上司達が集まる忘年会とかなら絶対に来ませんでしたけどね」

「あーそれわかるわ。酒楽しむより上司達の顔色伺うのに疲れるもんな」

 良司の言葉に今度は澤口が同意した。それに加え、彼女は人が多く集まる場が苦手なのでどちらにしても参加したくないのだ。

「でも先輩達も仲良さそうですけど何か接点でもあったんですか?」

 向かいに座っていた広瀬が聞いてきた。確かにどちらも静かなタイプの二人が仲良さそうにしていれば気になるのかもしれない。

「私も彼も趣味が同じなのよ。電車の方向が一緒でね。電車の中で偶然知ったのよ。お互いにお互いが好きな小説を読んでいたから」

「それから好きな小説とか作家さんの話で気が合ってな。そんな感じで仲良くなった」

「小説ってそんなに良いもんなんですか?読んでたって時間の無駄でしょ?字ばっかりですぐ疲れるんで僕は無理ですよ。漫画くらいなら読みますけど」

「「あ?」」

 広瀬の言葉を聞いた途端二人の態度が変わった。

「あなたそれ本気で言ってるの!?小説の良さがわからないなんて信じられないわ!」

「ああ全くだ!良さがわからないだけならまだいい。そんなもんは個人の勝手だ。だが読んでる間が時間の無駄だと?まともに読めもしない奴が知った様な口叩くんじゃねぇ!わかったか!」

「は、はい。ごめんなさい・・・」

 突然キレた二人に気圧されて咄嗟に広瀬が謝った。

「おいおい、どうしたいきなり」

「後輩いじめたらダメっしょ?」

 急な展開に状況がわからない縦川達が聞いた。

「そんなんじゃない。こいつが本は時間の無駄とか言い出すからお説教してやっただけだ」

「そうです。自分の価値観だけで物事を決めつけないで欲しいわ」

 二人の説明を聞くと縦川と中峰が「あー」と納得した顔を見せた。

「そりゃ広瀬、お前が悪い。言うにしても言葉と相手を選べ」

「そうだよね。二人共小説とかになると性格変わるもんね」

 二人が言うが、何処か呆れたような様子だった。

「でもそうやって考えると二人って結構気が合うよね」

「確かにそうですよね。そんなに気が合うならお二人で付き合ったりしないんですか?」

「「あー、無い」」

 少し考え、二人は同時にそう答えた。

「何で断言出来るんだよ」

「話が合う相手がいるのはいいんですけど別にそれは同じ趣味の話し相手が欲しいだけで恋愛対象ではないので」

「俺も同意見だな」

「て言うか二人共恋愛したいとか思わないの?」

「少なくとも今は思いませんね。私は本が読めればそれでいいので」

「相変わらずだねぇ、麻耶は。赤城君は?」

「俺は・・・」

「お前は違うよな」

 答えを言う前に縦川が遮った。

「縦川君何か知ってるの?」

「ああ。こいつには可愛らしいお友達の女がいるらしいからな。偶然見かけただけだがな」

「え、そうなの!?」

「あなたにしては意外ね」

「どんな人なんですか?」

 縦川の言葉にそれぞれが反応を見せる。

「俺が女の友達作るのがそんなにおかしい事か?」

「ありえねぇ」

「普通じゃないよね」

「異常よね」

「想像出来ません」

 好き勝手に皆がそう言った。

「それで、赤城君が好きになった子ってどんな子なの?」

「何で好きな子って決めつけんだよ」

「え?違った?」

 実際間違ってはいない。

「まぁ赤城君が好きかどうかは別として、相手は一体どんな子なの?」

 澤口が聞いてきた。良司としてはさっきの質問を掘り下げられなくて良かったと言うべきか。

「・・・俺と同じで本が好きな子だよ。もしかしたら俺よりもかも知れないけどな」

「『子』って事は年下なんですね。縦川先輩はその人の事を見てるんですよね?」

 広瀬まで続いて言ってきた。

「まぁな。見た目は割と派手な方で可愛らしい子だったよ。赤城と同じくらい本好きとは思わなかったけどな」

「へぇ〜、それでそれで?その子と赤城君は何処で知り合ったの?」

「お前らどんだけ興味あるんだよ!」

 それから暫くの間、良司は皆からの質問攻めにあった。




話が進む毎にペースが落ちてる気もしますが、もし良かったら次まで待ってやって下さい。
出来るだけ早く書くようにしよう。

誤字脱字、ご意見ご感想等有ればコメントお願いします。
ではまた次回。


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番外編1 クリスマスストーリー

偶には番外編でも書こうと思いついて書いたらまぁクリスマスも時間ギリギリ。(ギリギリクリスマス中だから良いよね?)
本編との時間軸なんて知ったこっちゃねぇ!とノリと勢いで書いたのでその辺は深く考えないで見てやってください。
あとこの作品で初めてサブタイトルらしいサブタイトルつけたね。


 12月25日は世間的にはクリスマスと言われる日だそうで、この時期になると世の中ではカップル達が普段以上に騒ぎ出す日だ。

 街中は明るく彩られ、クリスマスと銘打って色んなイベントが繰り広げられ、街行く人々の注目や話題を集める為に必死となる。

 それはおもちゃ屋然り、ケーキ屋然り。

 そしてそれは一件の本屋も同じだった。

「おー、やっぱ似合うねリサちゃん」

「店長、やっぱこの格好じゃなきゃダメですか?」

「まぁ良いじゃねぇか今日一日だけだからさ」

 店の中では店長の千堂ともう一人、リサが話し合っていた。

「大体こんなのどこで買ったんですか」

「ドンキで買ってきた。リサちゃんに似合うと思ってな」

「これセクハラで訴えたら勝てますか?」

「よしお若いの、平和的に行こう」

 千堂が平和的交渉に移ろうとするが、リサからしたらそれよりも恥ずかしさが勝っていた。

 なんせ、今リサが来ているのがサンタの衣装だったからだ(因みに千堂もサンタ衣装を着ている)。

「何で私のはミニスカサンタなんですか!」

「・・・ファンサービス?」

「馬鹿なんですか?」

「手厳しいねぇ」

 大体自分がサンタのコスプレをしたからって誰が喜ぶんだとリサは内心で思った。

「これで今日の売り上げがいつもより上がってたら笑い話にもなりませんよ」

「俺としては売り上げが上がってくれたら笑えるんだがな。何ならネットに画像載せて宣伝でもするか?」

「本当に訴えますよ?」

「さぁ今日も一日元気に働こう」

「誤魔化し方が雑過ぎますよ」

 リサが抗議するが、千堂は聞かぬフリで仕事の準備を続けた。

「・・・まぁちょっと可愛いからいっか」

 リサは一人そう納得して仕事を始めるのだった。

 

 

「暇だなぁ」

 12月25日の昼、仕事が休みだった良司は自室のベッドの上で読み終わった小説片手に呟いた。

「皆街中でイチャついてるし、数少ない友達連中にも全員断られたし」

 千堂の店まで遊びに行こうかとも思ったが、忙しい中邪魔しに行くのも悪いかと思って行くのをやめた(彼の店が忙しいかは疑問だが)。

 そう考えていると不意にスマホが鳴った。

「電話?」

 仕事関係の電話かと思いながら画面を見ると電話の相手は妹の美希だった。

「何だあいつ?」

 疑問に思いながらも良司は電話に出た。

『やっほー兄貴。今年のクリスマスも一人?彼女のいないボッチ?まぁ当然だよね。本しか興味が無い兄貴に彼女が出来るわけないよねぇ(ピッ)』

 第一声から不快感を得たので問答無用で良司は電話を切った。すると数秒後に再度美希から電話が来た。

「もしもし?」

『何で急に切っちゃうの?あ、そっかぁ。愛する妹に図星を突かれて動揺しちゃったんだぁ。可愛いなぁ(ピッ)』

 取り敢えず言い方に腹が立ったのでもう一度切った。するとまた美希からの着信が来た。

「もしもし?」

『あのさぁ兄貴、流石に何度も無言で切られるとこっちとしてはかなり傷付くんですよ』

「自業自得って言葉、知ってるか?」

『いやいや。私何も悪い事してないし』

「意図的に人を不愉快にさせようとするのは十分悪い事なんだよ。覚えとけ」

『へぇそうなんだ。それは知らなかったよ』

「それで?何の用で電話してきたんだよ。まさか俺を煽る為だけに電話したわけじゃないだろ」

『嫌だなぁ。私もそこまで暇じゃないのよ。今日は一人で寂しい兄貴を優しく可愛らしい私がデートに誘ってあげようって話よ』

「余計なお世話だ」

『まぁそう言わないでよ。兄貴が喜ぶ話があるんだから』

「喜ぶ話?」

 電話越しでも分かるくらいには美希の声は楽しげだった。

(なんか企んでるのか?)

『じゃあこれから兄貴の家行くから』

 言うと同時に呼び鈴の音がした。ついでに美希からの電話は切られていた。

「・・・あいつ」

 既に繋がらなくなったスマホを訝しげに見ながら玄関へと向かった。

 そして玄関の扉を開けながら言った。

「お前どんだけ暇なんだよ」

 ドアの向こうには妹の美希がいた。

「やっほー兄貴。メリークリスマス」

 なんともまぁ可愛らしい笑顔だこと。

「で?何の用だ」

「そんな明らかに邪険にしないでよ。愛する妹でしょ?」

「さっさと要件を言いなさい」

 美希の戯言を受け流しながら部屋の中へと招き入れた。

「だから言ったじゃん。デートしよって」

 何が悲しくて実の妹とデートせにゃならんのか。

「そう言えばお前がさっき言ってた俺が喜ぶ話って何だよ?」

「あーそれね。これだよ」

 言って美希は上着のポケットからある物を取り出して見せた。

「これは・・・」

 流石は妹。(良司)の好みを熟知している様だ。

 

 

 美希の訪問から数十分後、良司と美希は電車に揺られ、普段なら来る機会の少ない駅で降りた。

「久々に来るが、まさかクリスマスにお前とここに来る事になるとはな」

「寧ろ兄貴がこれを知らなかったのが驚きだけどね」

 先程見せた物を美希が再度広げて見せた。そこにはこう書いてあった。

 

『クリスマススタンプラリーイベント

古書店巡りの旅』

 

 美希が広げているチラシにそう書かれていた。

「古本屋が多いからなぁ。この街」

「そんなにあるの?古本屋」

「軽く見ても十はある」

「多過ぎない?」

「全く。どうやって切り盛りしてるんだろうな」

 店舗経営の事は微塵もわからない二人には想像も出来ない領域だ。

 さて本題のスタンプラリーだ。チラシを見るとどうやら一店舗毎にヒントを頼りに謎を解き、全てのスタンプを集めると景品が貰えるらしい。

「お前こう言うのって興味あったっけ?」

「謎解きとかって楽しそうじゃん?貰える豪華景品も気になるし」

「成る程、お前らしい」

 良司としても一日中家で暇しているよりマシなので別に構わないのだが、チラシに書かれている一文が気になった。

「なぁ妹よ。俺の目が確かならチラシに『参加資格はカップル限定』ってある気がするんだが?」

「あれ?兄貴ってば本読む癖に字が読めなくなった?ちゃんと書いてあるよ」

「つまりはそれを知った上で俺を誘ったってわけだ」

 要するに美希は景品の為に良司に恋人のフリをしろ、と言う事だ。

(まぁ確かに景品とかスタンプラリーの内容も気になるしな。ゆっくり回って楽しむとするか)

 そう思っていた矢先、良司のスマホが鳴った。

(千堂さんからLINE?しかも写真付きか。って、え?)

 画面を開くと一枚の画像と共に千堂からのコメントがあった。

『今日の閉店までに来たらミニスカサンタのリサちゃんがお出迎えしてくれるぜ』

 画像には盗撮と思しきアングルのサンタコスのリサが写されていた。

(やっべぇ、超見てぇぇ)

 どうやらゆっくりもしていられなくなった様だ。

「兄貴、どうしたの?早く行こ?」

「あ、ああ」

 何としても早く終わらせなければと意気込む良司だった。

 

 

(さて、良ちゃんはいつ来るかな)

 LINEを送った後、スマホの画面を見ながら千堂はそんな事を考えていた。

「後でリサちゃんにバレて文句言われそうだけどな」

「私がどうかしました?」

「いや、何でもねぇよ」

「?店長もサボってないで仕事してくださいよ〜」

「はいよ」

 そう返事を返して千堂は仕事の続きを始めるのだった。

 

 

 一方その頃。

「スタンプラリーにご参加の方達ですね。失礼ですが、お二人がカップルだと証明出来る物は有りますか?」

「証明ですか?」

「はい。例えばお二人が一緒に写っている写真などで構いませんよ」

 受付の女性にそう言われたが、そんな物は少なくとも良司のスマホには無い。

「あー俺のには無いなぁ。美希、お前のスマホに入ってないか?」

「私のにも無い」

「でしたら今ここでご自身のスマホ等で撮っていただいても構いませんよ」

「なら撮ろう撮ろう。あ、そうだお姉さん、撮ってもらっても良いですか?」

「構いませんよ」

「ならお願いします」

 言いながら美希が受付の女性へとスマホを渡した。

「ってそれ俺のじゃねぇか」

「良いから良いから」

「はいお二人共もっと寄って下さい」

 そう言われると同時に美希が良司の腕に思い切り抱きついて来た。

「暑苦しいから離れろ」

「はいはい。今だけは我慢してね。良くん」

(その呼び方はやめてもらいたいもんだ)

 その呼び方をされると本屋で働いている誰かさんを思い出す良司だった。

 そして数秒後にはスマホからシャッター音が鳴り響いた。

「はいこれでOKです。こちらがスタンプラリーのカードと次のヒントを指すカードです。スタンプは全部で十個。一つ目は受付のここ。全部のスタンプを押せたらここに戻ってきて下さい。クリア目指して頑張って下さいね」

 そうして二人は二枚のカードを受け取って、ゲームが始まった。

 

 

 同じ頃。リサは千堂の店にて少しだけ頭を抱えていた。

(何でか今日に限ってお客さんがいつもより多い・・・)

 別に客が多いのは構わないのだが、何せこの格好だ。周りの視線が如何にも気になって恥ずかしい。

「何なら写真撮影OKにでもするか?男性客が喜ぶぞ」

「店長、次は法廷で会いましょう」

「怒ると可愛らしい顔が台無しだぞ」

 文句を言いながらも結局こんな格好をしているのだから仕方ないと言うしかないリサだった。

(良ちゃんに見られた時にどんな表情をするか楽しみだ)

 一方の千堂は密かにそんな事を考えているのであった。

 

 

 ゲーム開始から数時間。なんだかんだで二人は残すところ後一つの所まで進めていた。

「えっと、ヒントには『最古の歴史ある店に置かれている最新の記述物を店の主人に示せ』だって」

「思ったより本格的に作ってあるんだな。このスタンプラリー」

 数も内容もそれなりにあった為、予想より時間が掛かっていた。

(でもまぁ場所はあそこだろうけど)

 カードを見て考えている美希を他所に良司は目的地に向かった。

「あ、ちょっと待ってよ。どこ行く気?」

「どこって、次のスタンプの場所だよ」

「わかったの?」

「ああ。粗方な」

「それってどこなの?」

「ヒントにあるだろ?『最古の歴史ある店』って」

 良司は歩きながら説明を始めた。

「最古の歴史って事は、この辺りで最も古くからある店って事だ。この辺で最も古い店って言えば、ここによく来る奴等ならすぐ分かるよ」

 そして歩く事数分。目的の場所に二人は着いた。

「『古本屋 本の壁』?」

 看板を見ながら美希が言う。

「ここの店主が、本に囲まれ、本に挟まれて生活したいって考えからこの名前にしたんだよ。ほら、入るぞ」

「うん」

「いらっしゃい」

 二人が店に入ると、一人の男性の老人がカウンターで新聞を読みながら言った。見た目からして六十前後だろうか。

「熊谷さん、お久しぶりです」

「ああ、お前さんか。最近見ないからくたばっちまったのかと思ったよ」

「熊谷さんこそ、そろそろ本に囲まれてあの世に行くかと思ったけどまだ先みたいですね」

「この本と店はワシにとっては子も同然。子供を残したままあの世になんぞいけるか」

「はは。何にしても元気そうで良かったですよ」

「それで今日は何の用で来よった?」

「これですよ」

 熊谷の問いにスタンプラリーのカードを見せて答えた。

「やはりお前さんも参加しよったか。となればそちらにおるのはお前さんの恋人か?」

「は、初めまして。美希と言います」

 横目で見てくる熊谷に圧倒されながら美希が挨拶する。

「いや実はこいつ、俺の妹ですよ」

「何と、お前さんにこんな可愛らしい妹がいたとは」

「ちょっと兄貴!」

 いとも容易くバラす良司に美希が焦った。

「安心しな娘さん。別にお前さんらが兄弟だろうと誰にバラすつもりもありゃせんよ。ワシはこのイベントすらどうでも良い」

「そうなんですか?」

「熊谷さんはイベントの内容より、それの影響で本を読む人が増えてくれたら良いんだよ」

「じゃが、だからと言って簡単にスタンプを押してやったりはせんがな」

「問題無いですよ。答えはわかってますから」

「ふん。相変わらず生意気言いよって。ではその答えとやらを見せてもらおうか」

「答えは貴方が持っているじゃないですか。その新聞ですよ」

「ほう。その根拠を聞こうか」

「最新の記述物。つまりそれはこの店の中で最も新しい情報を伝える物を見つけろって事ですよね?」

「待って兄貴。それならパソコンやスマホだって今時あるでしょ」

「熊谷さんは機械音痴で、しかもこの店にパソコンは無いよ。携帯は確かに持っているけど、店とは関係無い個人の所有物をヒントに使うとは思えない。だからこの店でその条件に当てはまるのは新聞だけだ。これ見よがしに新聞広げてたしな。合ってましたか?」

「ふん。いらん事ばかり覚えておるわ。カードを寄越せ。判を押してやる」

 どうやら正解だったらしい。カードを受け取った熊谷はカードにスタンプを押した。

「生意気に全部集めよって。精々気をつけて帰れよ」

「熊谷さんも精々長生きしてください。それじゃあまた来ますよ」

「ちょっと待て」

「ん?」

 店を出ようとした時、不意に呼び止められた。何かと思い見てみるとカウンターの下から一冊の本を取り出した。

「以前お前さんが探していた物じゃ。最近入ってきたので取っておいてやった」

「!それってあの小説ですか!ありがとうございます」

「兄貴、何それ?」

「ミステリーの女王、アガサクリスティの初版本だよ。まさか現物を見られるとは」

「ワシの人脈を侮るな。小僧が」

「因みにいくらですか?」

「ふん。特別にくれてやるわ」

「良いんですか?」

「その可愛らしい妹に免じてな」

「わあ、お爺さんって見た目に寄らず優しいんですね」

「・・・ふん。価値のわからん者に買われるくらいならお前さんの兄にくれてやった方がマシと思っただけじゃ」

「ありがとうございます。それじゃあまた」

「お爺さんも元気でね」

 そう言って二人は店を後にした。

「兄妹揃って騒々しい奴らじゃ」

 少しだけ笑って他に誰も居ない店内で彼はそう言った。

 

 

「スタンプコンプリートおめでとうございます!」

「ありがとうお姉さん」

「まずは参加賞のブックカバーです」

 差し出されたのは白を基調とした革のブックカバーだった。

「それでお姉さん、豪華賞品って何?」

「ふふ。お二人は運が良いですね。実は一番最初にクリアされた方に特別に景品が出るんですよ」

「え、そうなの?」

「はい。それがこちらになります」

 女性が差し出したのは一つの封筒だった。

「お二人で楽しんで来て下さいね」

「?」

「何が入ってるの?」

 美希が興味深々で聞いてくるのでその場で封筒を開けた。

「これって・・・」

「何それ?」

「隣町にある遊園地の年間フリーパスだな」

「はい。残念ながら期間が来年からですがどうぞ楽しんで来てくださいね。それともう一つの景品が一万円分の図書券お二人分になります」

「ありがとうございます」

「ありがとうございまーす」

 それを受け取って二人は帰路についた。

 

 

「もうすっかり暗くなったね」

「確かに。思ったより時間経ったな。流石にちょっと疲れた」

 電車を降りて家に向かいながら暗くなった空を見ながら互いにそう呟く。

「あ、兄貴、これ兄貴にあげるよ」

 美希が差し出したのは先程受け取ったブックカバーとフリーパスだった。

「いいのかよ?」

「兄妹で遊園地に行く気もないし、私は本読まないしね。図書券は私が漫画買う時に使うけど。遊園地は兄貴の気になる人とでも行って来なよ。じゃあ私こっちだから」

 そう言って美希は足早に帰っていった。

「偶には可愛らしい所も有るもんだ」

 まさか妹からクリスマスプレゼントを貰う事になるとは。

「ん?クリスマス?」

 そこで良司は大事な事を思い出した。

「忘れてた!」

 良司は大急ぎで目的地へ向かった。

 

 

(結局良ちゃん来なかったな)

 時刻は午後八時。もうすぐ閉店時間だ。客のいなくなった店内で千堂はそう考えたが、リサが思っていたのは真逆の事だった。

(あーこの格好を知り合いに見られなくて良かった)

 リサが感じていたのは見られなかった事に対する安心感だった。

 だが直後にその感覚は消し飛ぶ事になった。

 良司が入店してきたのだ。

「こんばんは」

「りょ、良くん!?」

「お、やっと来たか」

「え、店長が呼んだんですか?」

「あ、やべ」

 思わず墓穴を掘った千堂だが、良司はそんな会話すら聞いていなかった。

(やべぇ。リサのサンタコス、超可愛い)

 完全に見惚れていた。そして無意識にスマホを取り出してリサの写真を撮った。

「ちょっ!何で写真撮ってるの!?」

「はっ!すまん思わず撮ってた」

「ちゃんと消してよ」

「いや、スマホの壁紙にする」

「やめてよー」

 スマホを奪い取ろうとするリサと言い合ってると手にしていた物を落としてしまった。

「ん?何それ」

「ああ、今日はこれをリサに渡そうと思ったんだよ。これあげるよ」

 良司はリサに革製のブックカバーを差し出した。

「え、これどうしたの?」

「ちょっとしたイベントで貰ってさ。二つあったから一つをリサにあげようと思って。ほら、今日はクリスマスだし」

「ありがとう大事にするね!」

「喜んでくれたなら良かったよ」

「あ、でもさっきの写真は消してね」

 どうやら誤魔化せなかったらしい。

「それと、さ。リサって遊園地とか好き?」

「え?うん。好きだけど?」

「だったらさ、良かったら一緒に遊園地行かない?」

 そう言って先程受け取ったフリーパスを見せた。

「これも一緒に貰ってさ。その、リサと行きたいなって」

 良司が言うとリサは少し驚いた表情をしながら答えた。

「うん。絶対行こ!」

 満面の笑みだった。

(まぁた二人揃ってイチャイチャしやがって。あれで付き合って無いどころか告白もしてねぇんだよなぁ)

 少しばかり呆れながら二人の様子を黙って見てる千堂だった。

 

 

 因みに余談だが、良司が撮ったリサのサンタコスの写真は結局消される事なく良司のスマホに保存されたままだったそうだ。




思いついたまま書いたら何と本編以上にまぁ長い。そして時間はギリギリ。笑っちゃうね!
クリスマス、皆さんはどう過ごしましたか?恋人とイチャつきましたか?友達と過ごしましたか?それとも仕事?因みに自分は家に引き篭もってました。
これが今年最後の投稿になると思いますので少し早いですが良いお年を。そしてもし宜しければ来年もこの作品、そしてもう一つ掲載している東方の二次創作小説の方も楽しんでいただけたら幸いです。

ご意見ご感想、誤字脱字等有ればコメントお願いします。
ではまた次回。


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15話

あけましておめでとうございます。
本作では年明け一発目の投稿になりますね。(もう一月も下旬だよ馬鹿野郎)
ゆったりやってたら予想以上に遅くなってました。
今年もゆったり投稿していきますので良かったら読んでやって下さい。
では本編どうぞ。


「店長、一ついいですか?」

「何だ?改まって」

 原稿のやり取りを柏木とした翌日、リサはその後にした話を千堂へとしていた。

「実は私の担当さんが店長に会ってみたいそうなんですけど、いつかここに連れてきても良いですか?」

「俺は構わないが、何で俺に?」

「えーと、店長の話をしたらどんな人なのか会ってみたいって言われて」

「どんな話したら君らの会話に俺が出てくるんだ」

 流石に昨日の事をそのまま伝えるのは少し気が引けたのでリサはそれっぽく話を誤魔化しながら伝えた。

「まぁ別に会うくらいなら構わねぇけどな。でもいつ来るかだけは予め教えてくれよ」

「わかってますよ」

 取り敢えずこれで後は柏木と予定を合わせれば問題無いだろう。

(俺何かしたっけか?担当さんが態々来るって普通無いよな?)

 そんな不安が過ったが、千堂には思い当たる節など無かった。

 

 

 土曜日の昼間、仕事が休みだった良司は喫茶店に来ていた。勿論その店のコーヒーを楽しむ為、ではない。

 店に入ると既に待ち人がいた。

「やっほー、兄貴」

 妹の美希だ。

「休みに何の用だよ」

 店員にコーヒーを頼むと良司は本題を切り出した。

「今日は兄貴にお願いがありまして」

「改まってどうした」

 この時点で碌でも無い展開しか予想出来ない。

「今日一日だけ恋人のフリしてよ」

「断る」

 即答した。何が悲しくて妹とそんな真似をせねばならんのか。

「お願いだよ、もう後には引けないんだから」

「は?どういう事だよ」

「実はさ、少し前に大学の女友達とまぁ恋愛系の話になってさ。皆彼氏との惚気話になったのよ」

「まぁよくある話だな」

 女同士の恋愛話なんて惚気か他人の彼氏の悪口か浮気の疑い以外にある訳がない(極度の偏見)。

「でもほら、私は前に別れて彼氏いないじゃん?それで売り言葉に買い言葉でつい『私の事大好きで私にべったりな彼氏が最近出来た』って言っちゃった訳よ」

「お前馬鹿じゃねぇの?」

 何故そんなあからさまにすぐバレそうな事を言うのか。

「だって女の世界は舐められたら終わりなんだよ!」

「いや知らんし。何だそのヤンキー漫画に出てくる不良集団みたいな言い分は」

 そもそも自分の発言で困っているんだから自業自得だ。

「だからお願い!今日一日だけで良いから彼氏のフリしてよ!後は適当に別れたとか言って誤魔化すから」

「漫画や小説の定番みたいな事言ってんじゃねぇよ」

 創作物の中では幾度と見た展開だが、まさか自分が体験する羽目になるとは。

 幸い、と言うべきか美希の大学の友達と良司は今まで会った事が無い為、理屈の上では確かにこの作戦は問題無いだろう。

「適当に話し合わせてくれるだけで良いから。他に頼める人いないし」

「それに俺が協力して何の得が有る?」

「そう言わないでよ。終わったら本買ってあげるから」

「3000円分な」

「兄貴は私を商品券か何かだと思ってない?」

「3000円でお前のプライドが守られるなら安いと思うけどな」

 そもそも向こうに拒否する権利も無い。

「・・・わかった。それで良いよ」

 渋々と言った感じで美希は了承した。

「で?その友人とこれから会うのか?」

「うん。もうちょっとしたら来ると思うよ」

「は?お前、ここに呼んだのか?」

「そうだけど?」

「俺が断ってたらどうする気だったんだよ」

 行動力は評価するが計画性と爪の甘さが彼女の問題点だ。

「取り敢えず、今日だけお願いします!」

(・・・面倒臭ぇ)

 そう思ったが、3000円の為に頑張ってみるかと思う良司だった。

「先に聞いとくが、その友達にお前の彼氏はどんな奴って言ったんだ?」

「どんなって?」

「そいつの性格とかプロフィールとかだよ。お前の事だからあれこれ適当な事言ったんだろ。後で矛盾が起きたらすぐバレるぞ」

「あーそう言う事ね。一応歳上の社会人って言ってある。本読むのが好きな人とも言ったかな」

「お前完全に最初から俺に彼氏のフリを任せる気でいたろ」

 あまりにも特徴が被りすぎだ。まぁこの条件に合う人間など沢山いるだろうが。

「だって何かあったら一番頼りやすかったし。それにこの方が兄貴も変に演技とかしなくて良いから楽でしょ?」

(こいつ馬鹿なんじゃないのか)

 そこまで瞬時に考えられるくらいならそもそも変な見栄を張るなと思わずにはいられない良司だった。

 その数分後、話に上がった美希の友人が現れた。

 

 

「はじめまして。今井 瑠美です」

「はじめまして。あ、・・・縦川です」

 思わず自分の本名を言いかける。ここで本名を言ってしまったら即バレてしまう。

「彼氏さんは美希と仲が良いって聞きましたけど何処で出会ったんですか?」

 いきなりの質問だ。美希がこれと言って動かない辺りを見るとその辺は話していないらしい。どうにか上手い事辻褄を合わせるしかない。

「小説とかでよく有る話さ。美希が夜に変な奴にナンパで絡まれててそれを助けたのが出会った切っ掛け。その時に美希に一目惚れしてアプローチして今こうして付き合ってる」

 我ながらよくもまぁこんなに嘘をスラスラと言えるもんだ。

「美希のどこに一目惚れしたんですか?まぁ確かに可愛いとは思いますけど」

「あー、最初はそりゃ見た目から入ったよ。でもこうやって色々話してるとさ、よく笑う所とか、意外と可愛い事考えてたりとか、そう言う所を知ると余計に好きになるんだよ」

 チラッと隣を見ると美希が顔を赤くしていた。

 こんな事を実の妹相手に言ってると思うと気持ち悪くなりそうなのでやめていただきたい。

「ごめん、私ちょっとお手洗い行ってくる」

 その場の空気に耐えられなかったのか、美希が席を立った。

(馬鹿野郎。初対面の相手と気軽にトーク出来るほど俺は口が達者じゃねぇんだぞ)

 こうなってしまうと良司としてもどう話していいか分からなくなってしまうので困りものだ。

「あー、瑠美さんだっけ?美希は大学ではどう?」

「美希ですか?いつもと同じですよ。明るくて元気で、あれこれ考えるより先に行動してますけどね」

「ははっ。確かにいつも通りだ」

 まぁ美希の性格上、裏表や場所によって激しく性格を変えると言った事も無いだろう。

「縦川さんは会社勤めなんでしたっけ?」

「ああ、朝から会社に行って上司にコキ使われて帰っての繰り返しだよ。それなりに楽しくはあるけどな」

「私達も数年後にはそうなると思うとちょっと不安ですよ。これから何をしたいって夢も無いですし」

「夢なんて大層な物は無理に考えなくて良いんだよ。そんなのは気がついたら出来てるもんさ」

「そんなもんですか?」

「そんなもんさ。夢って言葉に惑わされるなら単純に『やりたい事』を考えたらいいさ」

「やりたい事?」

「夢って言うのは噛み砕いて言えば『今より先の未来でやりたい目標』だ。例えば来週この映画が見たいとか来月あの場所に旅行に行きたいとか。そう言うのを繰り返していく内に出来上がるもっと大きな目標を夢って言えばいいんだよ。そうやって考えれば夢の無い人なんて殆どいないさ」

「確かに、そうやって考えたら少し楽かも知れませんね。縦川さんは夢って有るんですか?」

「勿論あるよ。俺はね・・・」

「ただいまー」

 と良司が答えようとしたと同時に美希が戻って来た。

「お帰り」

「お帰りー」

「何の話?」

「ん?美希が可愛いなって話」

「何それ」

 瑠美が適当に誤魔化すと美希は然程気にする様子も無く流した。

 それから数十分、三人でたわいない話をすると喫茶店を出た。

「あ、私ちょっと行きたい場所有るんですけど行ってもいいですか?」

 瑠美が言ってきた。

「俺は構わないけど」

「私も良いよ」

 そして三人は瑠美の行きたいと言っている目的地へと向かった。

 そして十数分後、三人は目的地へと着いた。

「ってここかよ」

「何か問題有りました?」

「いや、特に無いよ」

 瑠美が行きたがっていたのは本屋だった。それも千堂の店だ。

(取り敢えず千堂さんの名前使わなくて良かったな)

 そんな事を考えてはいたが、良司はもう一つ気になる点があった。

「お前、何でずっと手繋いでるんだよ」

「だってこうでもしてないと瑠美に嘘だってバレるかも知れないじゃん。今日だけ我慢してよ」

 何だろう。周りから見たらイチャついている様に見えてるのかも知れないが、非常に嬉しくない。

「?二人とも、早く入りましょう」

 瑠美に急かされながらも二人も店の中に入って行った。

 

 

 時は遡って良司達が来る数分前。

「リサちゃん、悪いんだが少しだけ店を頼む。今から銀行とコンビニに行ってくる」

「店長、遂に店の売上が悪いからって強盗するんですか?」

「馬鹿。だとしたらそうなる前にリサちゃんをクビにしてるよ。振り込みと煙草を買ってくるだけさ。リサちゃんも何か欲しい物有るか?奢るよ」

「じゃあポッキーとコーラをお願いします」

「あいよ。少しの間だけ頼むな。何かあったら連絡くれ」

「はーい」

 そう言って千堂は店を後にした。

 任されたと言っても他に客も居なければ、今すぐやらなくてはいけない作業も既にあら終わらせているので実質暇である。

 となればリサが取る行動は絞られる。

「小説のネタ考えなきゃ」

 一人でいて、尚且つ静かなこの環境は考え事をするにはもってこいだった。

 そしてネタ帳にペンを走らせて数分後。店の扉が開いた。入って来たのは千堂ではないようだ。

「いらっしゃいませー」

 店の扉が開き、反射的にリサは言った。どうやらやって来たのは三人組の男女だ。

 そしてその客の姿を見てリサの動きが一瞬止まった。

「あ、良くん」

「よ、よう。リサ」

 やって来た客の一人が良司だった。しかも見知らぬ女の子二人に挟まれて、だ。まぁそれは良いだろう。別に彼にだって異性の友人などがいてもおかしくはないし、それをリサがあれこれ口を出す権利も無い。

 しかし、だからと言って彼女が何も思わないと言う訳でもない。

 なんせ二人の女の子の内、一人と手を繋いでいたのだから。

 そこから推測される事は大概皆同じだろう。そしてそれはリサも同じだった。

(良くん、彼女いたんだ・・・)

 案の定そう勘違いしていた。

 一方の良司はなんだか気まずそうな目でこっちを見ていた。

「あのさ、千堂さんは?」

「店長でしたら現在諸事情により外出しております。御用でしたら私からお伝えしますが?」

「あ、えっと、大丈夫です・・・」

 えらく平坦な上にいつもと違うリサの雰囲気に気圧され、良司はその場を離れて行った。

(何だろう。・・・リサの目が笑ってなかった)

 僅かばかりの恐怖感を感じながらそんな事を良司は思った。

 この店に来て初めて心の底から気まずさを感じた良司だった。

(・・・誰か助けて下さい)

 それが今の彼の切なる願いだった。




新キャラとか出す度にイメージ悪くならない様にとか次にまた出しやすい様にとか考えると話を書いてる手が止まるのは最近の悩みだったりしてますね。そう言った意味では妹の美希はまぁ使い勝手がいい。
そんな冗談はさておき、ヤンデレって良いですよね。(急にどうした)
気がついたらリサをどうにかヤンデレ路線へシフト出来ないか考えてたりしてます。と言っても少なくとも当面はそんな予定も有りませんが。
こんな感じで今後も書いていくので今年もよろしくお願いします。

ご意見ご感想、誤字脱字等有りましたらコメントお願いします。
ではまた次回。


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16話

本編の前に一つ謝罪を。
前回からかなり時間が空いてしまいました。
楽しみにしていた方が居られましたら大変お待たせしてすみませんでした。
言い訳をさせていただくと前回の投稿から少しして別の仕事に就いた為に話を書く余裕が有りませんでした。
と言ってもリアルが忙しいのは皆様も同じだと思いますので、こんな言い訳をせずに話を書けるよう、精進いたします。
今後ともこんな作者、及び本作を気にかけて頂ければ幸いです。
長くなりましたが、本編をどうぞ。


 赤城 良司は悩んでいた。困っていた。誰でもいいから助けてくれと願っていた。

(・・・気まずいなんてレベルじゃねぇ)

 良司の悩みの種はその店にいる店員さんにあった。訳あって自分の妹に彼氏のフリを頼まれた彼は妹の友達を含めた三人で千堂の店へと来ていた。だがその際、そこの店員さんに自分と妹が恋人関係にあるものだと勘違いしているらしい。その直後から店員さんの態度がいつもより他人行儀になっていたのだ。

(と言うかあの目が怖いんだがどうしたらいいんだ)

 流石に妹の友達の前で「実は恋人のフリをしているだけです」と言う訳にもいかず、なす術が無い。

(いや、そもそも付き合ってすら無いのにそんな事を態々言うってまるでリサが俺に気があると思い込んでるみたいじゃないか。どんだけ自意識過剰なんだよ)

 そう思ってしまっては余計にネタバラシなど出来る筈も無い。

(千堂さんもいないしこれじゃあなす術が無い!)

 取り敢えずどうにかリサと話す機会が欲しいと思う良司だった。

 

 

(・・・これ、完全にヤバいよね)

 良司が頭を抱えている時、美希も同時に似た様な事を考えていた。

 リサの存在は以前から知っていたし、兄である良司がリサに対して少なからず好意を持っている事も知っていた。そんな中で自分が良司の恋人(あくまでもフリではあるが)として現れたら面倒事に発展するのは美希でもわかる。

(流石に瑠美の前で今説明する訳にもいかないよね・・・)

 流石は兄妹と言うべきか、考える事も似ていた。

 美希は自分がそこまで優しい人間では無いと自負しているので他人の恋愛がどうなろうと知ったこっちゃないが、かと言って自分が原因となれば話は別だ。それなりに負い目も感じる。

 だが、現状自分から何かしてやれる事も無い。自分で招いた結果とはいえ、何とも気まずいものがある。

(取り敢えず瑠美が見てない時にでも説明するしかないよね)

 だがそんなチャンスが果たして来るのだろうか?

(若しくはメモでも書いてこっそり渡そう。その方が確実かも)

 妹さんはそんな事を考えていた。

 

 

 美希があれこれと考えている時、良司も打開策が無いかを考えていた。

(リサの誤解をどうにかしなければ・・・。だが何て言ったらいいんだ?どう言っても言い訳みたいになっちまう。いや、俺達別に付き合ってもないんだけど)

 恋人同士と言うわけでもないのにこんな事で頭を抱えるとはこれいかに。

(千堂さんが居てくれたらこっそり事情説明とか頼めたのに肝心な時にいねぇ!)

 これで腹を立てるのもお門違いとわかってはいるが、思わずにはいられないのが人間という生き物だ。

「縦川さん、ちょっといいですか?」

 と色々頭の中で考えていると瑠美が呼んできた。普段慣れない偽名なんて使うものだから自分の事だと咄嗟に反応出来やしない。

(はっ!これをきっかけにリサが疑問を抱いてくれれば後から弁解の余地が有るんでは)

 そんな淡い期待を良司は抱いたが、とうのリサはどうも聞いていないようだ。

(くっ、効果無しか・・・)

 一先ずそのまま考えても仕方がないので良司は瑠美の元へ行った。

「今井さん、どうかした?」

「この作品、縦川さん知ってます?」

 瑠美が見せてきたのは『この愛の行く末は』だった。何かと縁のある作品だ。

「ああ、その作品ね。うん、知ってるよ。小説は勿論、少し前にやった映画も見たよ」

「縦川さん的にこの作品どうでした?あ、映画ではなくて小説の方で」

「俺は好きだよ。結局ハッピーエンドにならない辺りもそれはそれでリアルで個人的には好きだね」

「そうですか?私的にはやっぱりハッピーエンドで終わってほしかったんですけどね」

「オチに不満?」

「不満って言うより、今まで読んできた作品の殆どがハッピーエンドだったからどうにも馴染めないと言うか、何と言うか」

 成程、彼女が言わんとしている事を何となく良司も理解した。

「まぁ、俺は作者じゃないから何言われても文句も無いけどさ。だったら今回は、知らない世界に触れられたって事で良いんじゃない?そう考えた方が否定的な考えだけするより得だよ」

「そう言われたらそうですけど」

 いまいち納得がいかないと言った表情を浮かべる瑠美。

「でもバッドエンドよりハッピーエンドの方が良いじゃないですか」

「そうだね。確かに全てがハッピーエンドで終わるなら最高だ。でも全部がそうならない事も俺達はわかってる。コインの表と裏みたいなもんさ。どっちかだけなんてあり得ないし無理な話だ。物語に限らず、ね」

「なんだか難しい話ですね」

「そんな難しい事でもないさ」

 瑠美の返事を軽く受け流すと、良司は近くの本棚の本を物色し始めた。

(そう言えばこの辺の本も前に買おうとしてそのままだったな。ついでに何冊か買うか)

 そしていつもの調子で何冊かの本を選ぶと美希と瑠美をよそに、レジへと向かった。

「これお願いします」

 一度リサの顔を見たが、やはり顔つきは変わっていなかった(何も行動を起こしていないのだから変わる筈もないが)。

「・・・全部で3,650円になります」

「4,000円で」

「350円のお返しです。ありがとうございました」

 無表情のまま淡々と話すリサに困惑しながら良司はどうしたものかと頭を悩ませるしか無かった。

 

 

 今井 瑠美は少しばかり考えていた。考えている内容は今日の一連の出来事だ。

 友人の美希に呼び出され、喫茶店に行けば友人の恋人を紹介された。それはいい。その恋人は以前聞いていた通り読書が趣味らしく、先程話した感じではとても演技で瑠美に合わせている様子ではなかった。

 だが、何故かその恋人に違和感の様なものを感じていた。それが何かは明確にはわからなかったが。

(・・・何か変だ。何かはわかんないけど変だ)

 考えられる要因としたら美希が嘘をついている場合だ。何せ彼女は悪い子ではないが見栄を張りたがる性格。つい彼氏が出来たなどと勢い任せに言ってしまい、取り返しがつかなくなって友人に彼氏のフリをしてもらっている、なんて可能性は大いにある。

 もしそうならどうするのが正解か。二人を問い詰めて白状させるか、彼氏のフリをしている彼にこっそり聞くか。美希に聞くのも有りだが彼女が素直に認めるかは微妙な所だ。

(まぁ無理に問いただす気も無いんだけどさ)

 問いただす気は無いが、一度気になると答えを求めたくなるのが人間だ。

 よって瑠美は自分なりに推理する事にした。

(二人は恋人同士ではなく、あくまでも恋人のフリをしているだけだと仮定しよう。その根拠は二人の距離感が恋人のそれに感じられないから。これは感覚的なものだから根拠としては微妙ね。もう一つ、仮にも恋人である美希が近くにいるにも関わらず縦川さんがさっきからちょいちょいレジにいる店員さんに目が行っているから。それもなんか気まずそう)

 瑠美の意外な観察力に早くもボロが出そうになっているが、その事に二人は気がつく筈もない。

(美希に聞いても素直に答えると思えないし、やっぱり縦川さんにこっそり聞いてみようかな)

 そう考えて再び彼を探すと既に彼は何冊かの本を抱えてレジへと向かっていた。

(買うの早っ!と言うか量多っ!)

 良司の買った物を見ると五冊近くの本があった(全部小説)。

(普通仕事とかしてたらあんなに読めないよ。絶対積む羽目になるわ)

 良司の買い方を見て『趣味が読書』と言う点だけは嘘じゃないと瑠美は改めて確信したのだった。

 

 

 舞崎 リサはこの日少しばかりイラついていた。それは誰かに対して、と言うより自分に対してと言う方が正しい。

 その日いつもの様に仕事をしていると三人組の男女が来店して来た。それは良い。お客様が来てくれるのは店としては有り難い話だ。

 だが、この時は少し事情が変わった。別にやって来た客がリサの嫌いな相手と言うわけではない。寧ろ少なからず良く思っている相手が来たのだから悪い気はしない。

 

 だが何事も例外は有る。

 

 その相手が女連れとなれば話は別だ。

 その姿を見た途端、リサの心の中に良くない感情が広がった(それが何かは、リサは分からなかったが)。

 色で言うなら黒い感情。

 初めて体験する感情だ。

(・・・何なんだろ、これ)

 知らない感情。故に理解が出来ない。故に対処法が分からない。

 だが、不意に可笑しな出来事が起こった。

「縦川さん、ちょっといいですか?」

 一人の女の子が良司の事を縦川と呼んだのだ。

(あれ?良くんの苗字って赤城だよね?)

 何故かはわからないが彼は普段とは違う名で呼ばれていた。それは何故か?リサは自分なりに予想する事にした。

(私や千堂さんに偽名を使っていた可能性は無いとして、今回何故偽名を使うのか・・・)

 今リサが持っている全ての情報を用いて推理をしてみよう。なに、彼女も一端の小説家。話を組み立てるのは雑作もない。

(まず一つ目、良くんは何故かあの二人に対して偽名を使ってる。二つ目、仮にどちらかと付き合っていたとして、その良くんの感じだと付き合ってるって様子じゃないんだよなぁ。どっちともなんか気まずい感じだし。・・・気まずいって言うか余所余所しい感じ?)

 などの理由からリサはある仮説を立てた。

(良くんは二人いるうちのどっちかと恋人のフリをしていて、もう一人に自分達は付き合っているんだと思わせようとしてる?)

 確固たる証拠は無いが、リサはそう結論付けた。それが当たっているのだから大したものである。

 仮にそうだとすると、彼には恋人はいないと言う事になる。

 それを思いついた時、リサは心の中の黒い感情が消えていくのを感じた(勿論、その原因が何かなど彼女には分からなかったが)。

(あれ、私何で安心してるんだろ?)

 

『彼と自分は付き合っているわけでも無いのに」

 

「これお願いします」

 そんな事を思っていた時、良司がレジに商品を抱えてやってきた。やはり少し気まずそうな表情だった。

「・・・全部で3,650円になります」

「4,000円で」

「350円のお返しです。ありがとうございました」

 咄嗟の出来事に思わず素っ気ない対応をしてしまったリサ。

(・・・やっちゃった。本当はいつもみたいに話したいのに)

 そんな些細な事でまたしても自己嫌悪に落ちるリサだった。

(絶対良くん嫌な気になったよね)

 一度始まると次から次へと続く自己嫌悪に、リサは堪らずため息をついた。

 だが、自分一人でこの感情と空気を変えられる術をリサは持ち合わせてはいなかった。

(だ、誰か助けて)

 そう思わずにはいられないリサだった。




久々に小説を投稿すると後書きで何を書けばいいのかいまいちわからなくなりますね(無理に書く必要も無いんだろうけど)。
前回から4ヶ月近く経ってからの投稿は本作では初かもしれませんね(だからどうした)。
次からはもっと早く投稿しなければ。
とまぁこんな作者ではありますが、もし作品に興味を持っていただけたら次も読んでやってください。

お気に入り登録してくださった
みどりのL様
ありがとうございました。

ご意見ご感想、誤字脱字等あればコメントお願いします。
ではまた次回。


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17話

前回の投稿から大分空いてしまいましたね。
もう片方の作品は普段から遅いから良いとして(良くはない)、こっちはなるべく早く投稿する様にしてたのに。
まぁそんな事は置いといて、本編をどうぞ。


 それぞれが心の内に不安や悩みを抱えていた頃、何も知らない千堂はコンビニで買い物をしていた。

「えーと、リサちゃんはコーラとポッキーだったな。俺はコーヒーで良いか。後は適当に腹に貯まる物でも買っておくか」

 一人でそう呟きながら千堂は一つずつ商品を手に取った。

 そしてそれをレジに持って行き、会計を済ませると店員さんがいってきた。

「只今キャンペーン中でして、700円以上お買い上げのお客様にクジを引いていただいております。二枚引いてください」

 そう言いながらクジ引き用の箱を差し出した。

「一等は何が当たるんだい?」

「一等はペアでのライブチケットになります」

 どうやら一等は有名アイドルグループのライブのペアチケットらしい。他はそのグループの関連グッズ、ジュースや食べ物の引換券のようだ。

(あんまりクジ運ってのは自信無いんだけどな)

 心の中でボヤきながら千堂は箱の中からクジを二枚引いた。

「一枚目はジュースの引換券ですね。この場で交換なさいますか?」

「ああ。お願いするよ」

「かしこまりました。では棚から好きな商品をおひとつ選んだ後にこちらまでお願いします」

 店員がそう促しながら二枚目のクジを確認した。

「あ、おめでとうございます!一等のペアチケットでございます」

「え、マジかよ」

 まさかの展開に千堂は店員の持つクジを確認したが確かにクジには一等の文字が書かれていた。

「ではお手数ですが、こちらに住所をお書き下さい。後日チケットの方を発送致しますので」

 店員に言われ、千堂は差し出された紙に名前や住所などを書き込んだ。

「ほい。出来たよ」

「ありがとうございます。では到着をお楽しみにお待ち下さい」

「はいどうもー」

 そう言い返して、千堂はコンビニを後にした。

「って言っても俺、今時のアイドルとか良く知らねぇんだよな」

 今時のオッサンには今時の若い人に人気の物は良くわからんのだ。

 と、そこで千堂は閃いた。

(そうだ、このチケットをリサちゃんにあげて良ちゃんと一緒に行かせたら良いじゃねぇか)

 二人の音楽の趣味について聞いた事は無かったが、二人で一緒に行くと言うのがこの場合重要なのだ。

(二人が面白い展開になったら個人的には嬉しいんだがなぁ)

 そんな事を考えながら千堂は店へと戻った。

 

 自分の店が修羅場になっているとも知らずに。

 

 それから十数分後、千堂は店に入った途端、その場の空気を悟った。

(・・・俺の店ってこんなに居心地悪かったか?)

 店に入り、店員のリサ、そして常連の良司の顔を見た途端、千堂は内心でそう思わざるを得なかった。

 取り敢えず千堂が気になったのは二点。一つはリサと良司の目が死んでいると言う事だ。

 そしてもう一つは良司が女の子二人を侍らせて、あまつさえ片方の女の子と手を繋いでいた点だ。

(あんにゃろう、リサちゃんがいながら他の女に手を出しやがったのか)

 一度彼に文句でも言ってやろうかと思ったが、千堂はその女の子を見てふと思った。

(あれ?あの子って確か良ちゃんの妹じゃなかったか?)

 以前にも何度か会った事があるのでよく覚えている。もう片方の女の子は初めて見る顔ではあったが。

(・・・よくわからんが何か訳ありだな)

 何となく察した千堂はそう結論づけ、一先ず事情を聞く為に良司の元へと近づいた。

「よう良ちゃん、来てたのか」

「あ、千堂さん」

「今日はどうした?女の子侍らせて。それも二人も」

 問題の部分を意図も容易く聞く千堂。良司としては説明出来る相手が現れた事は救いではあったが、いかんせんタイミングが悪い事この上ない。どうしたものか。

「ちょっと彼女とその友達と会う機会が有ったのでそのついでにここに来たんですよ」

 『彼女』と言う部分が小声になっていたのは良司は気づかなかった。それで千堂は大方の事を予想した。

(大方、妹ちゃんに彼氏のフリでも頼まれたって所か。もう一人の女の子を騙そうとしたが、その子の前だからリサちゃんにも説明出来ないってオチだな)

 見事に大正解だった。

(この現場を見た俺が気づけたって事は、あの女の子にも分かってるんだろうな。リサちゃんの雰囲気からするとリサちゃんだけはまだ分かってないみたいだが)

「そう言う事なら楽しいデートを満喫しな。ごゆっくり」

 なら自分がやる事は決まった。千堂はその場を離れる事にした。

「リサちゃん、ただいま。これポッキーとコーラね」

「店長、お帰りなさい。有難うございます」

 帰ってきた千堂からお菓子と飲み物を受け取りながらリサが言った。

「お客さんの前では食べるなよ」

「言われなくてもわかってますよ」

 そんな雑談をしている時、千堂の携帯が鳴った。

(良ちゃんからLINE?)

 今来たLINEを見てみると、今の現状を簡単に纏めた文と助けてほしいむねが綴られていた。

(あー、なんだ、予想通りか。しかし助けてくれって、良ちゃんもだいぶ追い込まれてるな)

 そう考えてる千堂の顔は少し悪そうな顔だった。

「店長、その顔で外歩いてたら間違いなく通報されますよ?」

 不思議そうにリサが言ってきた。

(おっといけねぇ。取り敢えず良ちゃんの頼みを聞いて貸しでも作っておくか)

 良司の方を一度軽く見ると、千堂はそう考えて動いた。

「しかしまさか良ちゃんが女の子連れて来るとは思わなかったな」

「・・・ええ、そうですね。でも彼が休みの日に誰と何処で何をしていようと彼の自由ですから。私には関係無いですよ」

(・・・わぁ、目が笑ってねぇ)

 軽く探りを入れるつもりで言った千堂だったが、直前の自身の選択を恨んだ。取り敢えずは現状を良くせねば。

「まぁあの子、良ちゃんの妹だけどな」

「え?」

「もう一人は知らねぇが、妹さんの方は昔に何度かうちに来てたからな」

「それがどうして恋人同士みたいな事してるんですか?良くんもしかしてシスコンとか?」

「先生、もう少し想像力を働かせなよ。紛いなりにも小説家だろ」

「今は本屋の店員なので」

「便利なこった」

 少し前までならこの手の冗談で動揺していたのだが、どうも慣れてしまったらしい。

「心配しなくて良いよ。良ちゃんはシスコンじゃないから」

 そもそもここに好きな人がいるのに他の女に手を出すような奴でもないと千堂は言いたかった(先程少し疑っていたが)。

「ネタバラシしちゃうと、妹さんに恋人のフリをしてくれって頼まれたらしいよ。もう一人の友達を誤魔化したいんだってさ。だからリサちゃんも上手く誤魔化してやってくれ」

 証拠にと、先程送られてきたLINEを見せた。するとリサの雰囲気が今までと変わったのがわかった。と言っても、リサの心境は良い事ばかりではなかったが。

(・・・あの子、良くんの妹さんなんだ。それに、良くんに悪い事しちゃった)

 そんな自己嫌悪に襲われていた。どうにかして彼に謝らねば。そればかりが頭に残っていた。

(でも今更言いづらいよ〜)

 先程の事を思い出すと如何にも言いづらさがあった。

 それを見て千堂も察したのだろう。それ以上揶揄う事はなかった。

(さて、やれるだけの事はやってやったし、後は二人が如何するかだな。取り敢えず良ちゃんにはやれるだけやったってLINEしとくか)

 これ以上は自分の動く場面ではないと思う千堂だった。

 

 

(・・・ん?LINE?)

 千堂からのLINEを見て、良司は取り敢えずの危機が回避された事を知った。

(よ、良かった。これで最悪の事態は一先ず避けれただろ)

 そうと分かれば後はこの場を穏便に済ませるだけだ。

「美希、この演技、いつまで続けるんだ?」

 瑠美に聞こえないように小声で隣にいた美希に話すと美希が答えた。

「取り敢えず今日の夕方には瑠美はバイトがあるからそれまで上手くやってよ」

 つまり後2、3時間はこの演技を続けなければいけない訳だ(既にバレているのだが)。

「やれるだけ上手くやってやるよ」

 報酬の3000円がかかっているのだ。やるしかない。

 

 

 それから数時間後、良司達三人は店を出て駅に来ていた。

「私この後バイトがあるので今日はここで失礼します」

「また大学でね」

「縦川さんもまた小説トークしましょう」

「うん。その時はよろしく」

 別れ際にそう言葉を交わしながら瑠美は駅の方へと歩いて行った。その姿が見えなくなった後、美希が言ってきた。

「あー疲れたー」

「それはこっちのセリフだ。慣れない事させやがって」

「偶には良いじゃん。感謝してるって。はい。約束の3000円。これで好きな本でも買いなよ」

「あいよ。確かに」

 美希に差し出された金を受け取り額を確かめる良司。

「じゃあ私は帰るから。慣れない事して疲れたし」

「そりゃ俺のセリフだよ」

「まぁお互い様って事で。じゃあまたね」

「おう。気をつけて帰れよ」

 歩いて去って行く美希の後ろ姿に良司はそう言葉をかけ、この後どうするかを考えていた。

(折角金が入ったんだしもう一度千堂さんの店に行って本でも買うとするか)

「赤城さん」

「はい?」

 不意に名前を呼ばれ、振り返るとそこには先程帰ったはずの瑠美がいた。

「やっぱり縦川って言うのは偽名だったんですね」

「え?あ!」

 一瞬何を言われているのかわからなかったが、瑠美のその言葉で理解した。

(・・・やっぱバレてたか)

「本当は美希のお兄さんですよね?」

「バレてるなら誤魔化す必要も無いね。何時から気付いてた?」

「二人の様子が変だって言うのは本屋に行く前から何となく思ってました。お兄さんだと確信したのはさっき名前を呼んだ時ですけどね」

「なら何で俺が美希の兄かも知れないと思った?」

「二人の雰囲気がおかしい事から付き合ってない、恋人のフリをしているのかもと思い、そこから美希がすぐにそれを頼める相手は誰かって考えました」

「・・・」

 良司も黙って話の続きを聞いた。

「男友達が多いとは言えない美希がそんなすぐにこの話を頼めるとも思えません。そして何時だったか、お兄さんがいるって話を聞いたのを思い出したんです」

「それで俺に声を掛けて兄だと確信した訳だ」

 困った名探偵だ。

「それで?態々帰ったフリまでして俺に声をかけた理由は?妹の嘘の証拠を掴みたかったからか?」

「それはまぁ半分くらいはありました。でも本当の理由は貴方ですよ」

「俺?」

「はい。同じ本好きとしてお友達になりたかったので」

「それで態々俺が一人になるのを待ってたのか」

 人気者も辛いもんだ。

「はい。なのでLINE教えてもらえませんか?」

「ああ、良いよ。それくらい」

 言って二人はスマホを出してLINEを交換した。

「ありがとうございます。じゃあそろそろ行かないとバイトに遅れるのでこれで。帰ったらまた連絡しますね」

「おう。気をつけてね」

 そして今度こそ瑠美は帰って行った。

「俺も帰るか。っと、その前に」

 そう言いながら良司はポケットの中の3000円を手の感触で確かめながら、再度本屋へと向かったのであった。




改めて見るとこの話、1日のくせに長いなぁ。次回ももうちょっとだけ続くのでお付き合いください。
次回からはもう少し早く投稿出来る様にしますのでその際は読んでやってください。

お気に入り登録して下さった
AugustClown様
ありがとうございました。

ご意見ご感想、誤字脱字等有ればコメントお願いします。
ではまた次回。


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18話

半月位で書こうと思ってたのに1ヶ月経っちゃったよ。どうしましょう(どうにもならん)。
言い訳するとね、仕事が忙しかったり小説読んだりパチンコ行ったりで忙しかったのよ(ただのクズやないかい)。
そんな事は置いといて、本編をどうぞ。


 良司達が店を後にしてから数十分後、店の中ではリサが死にかけていた。

「リサちゃん、生きてるか?って言うかまだ仕事中だぞ」

「生きてますよ。って言うか他にお客さんいないじゃないですか」

「いつものこった」

 我ながら虚しい事を言っているなと思いながらも千堂が答えた。

「だって落ち込みもしますよ。どう考えたって良くん嫌な思いしたじゃないですか・・・」

「まぁ、向こうも事情を隠してたから仕方ないだろ」

「そう言う事じゃないんですよー」

 あからさまに態度を悪くして接してしまったのだ。どんな事情があったとしてもいい思いをする筈が無い。

(まぁ良ちゃんの事だ。仮に不機嫌だったとしてもいつものリサちゃんの顔見ただけで機嫌は直るだろうけどな)

 所詮男なんてそんな単純な生き物だ。

「正直に謝りゃ許してくれるよ。あいつはそう言う男さ」

(好きな女の子が謝ってきたら二つ返事で許すだろうさ)

 流石にそうとは言えない千堂。

「・・・だったら良いんですけど」

 しかしそうとは知らないリサは千堂の言葉を手放しに喜べる筈もなかった。お陰で新作のアイデアも纏まりゃしない。

(あ〜、もうダメだ〜)

 暫くの間、死んだ様な顔でそんな考えを繰り返すリサであった。

 

 

 それから暫くして、再び良司が店に入ってきた。

「お、良ちゃん。さっきぶりだな」

「ええ。また来ましたよ。今度は一人で」

「愛する彼女は良いのか?」

「その説明はさっき送ったでしょ」

「説明?何の話かわからねぇな?」

「LINEに既読付いてんですから嘘ついても無駄ですよ」

 そんな雑談を千堂と交わしながら良司は横目でリサを見た。

(あー何か気まずい。普段みたいに喋れる気がしない)

 何も悪い事などしていないのにこんな気分になるくらいなら初めから引き受けなければ良かったと思ってしまう良司だった。

 だが今更そんな事を思っても後の祭り。とにかく今はこの現状を改善せねばならない。となればリサとの会話は必要不可欠なのだ。

「り、リサもさっきぶり」

「っう、うん。・・・さっきぶり」

「・・・」

「・・・」

 秒で会話は終了した。

(み、見てらんねぇ)

 流石に呆れかえる千堂だった。

「ほらお二人さん、さっきの事は互いに無かった事にして忘れちまえ。で、良ちゃんは何しに来たんだ?」

「何しにって、ここ本屋でしょう?本買いに来たんですよ」

「そうかい。ならさっさと選んできな」

「はいはい」

 千堂に促されながら良司は棚の本を物色しに行った。

「全く。見てる方が困っちまう」

「お手数おかけします」

 カウンターで座っているリサが言う。

「どうにかならねぇか?」

「どうにかしたいとは思ってるんですけどどうにもさっきのが気まずくて」

「まぁわからんでもないが」

「お陰で新作の考えも纏まらないですよ」

「一大事じゃねぇか」

 小説が書けない小説家など話にならない。

 そんな話をしていると本を片手に良司が戻ってきた。

「リサ、これお願い」

「はい。お預かりします。・・・こちら四点で2,570円になります」

「なら丁度で。袋は要らないから」

「かしこまりました」

 言葉自体は堅苦しいが、先程よりもリサの言葉が柔らかくなっているのを良司は感じた。

(少しはまともに話せる様になったか?)

 二人の様子からそう考える千堂。

「あ、あのさ良くん」

「ん?」

「その、さっきはごめんね。私態度悪かったよね?」

「別に良いよ。気にしてないから。ちょっと気まずかったけどな」

 少しばかり意地悪をしたくなった良司。

「ご、ごめん」

「良いって。もう気にしないでよ」

 申し訳なさそうに言うリサに良司がそう返した。

「・・・でも」

「んー、じゃあいつか飯でも奢ってよ。それで良いからさ」

 この手の場合、こちらが何度良いと言っても当人は決して満足しないだろう。であればこちらから妥協案を提示した方が話が纏まるのだ。

「・・・良くんがそれで良いなら」

(さり気無くデートに誘いやがって)

 良司の言葉にニヤつく千堂。

「じゃあ俺は帰るから。またな、リサ。千堂さんもまた来ますね」

「おう、気をつけてな」

「またね」

 そう言って良司は店を後にした。

「あ〜緊張したぁ」

「何を緊張するんだよ。はじめましてってわけでもねぇのに」

「さっき言ったじゃないですか。結構気まずいんですよ」

 全くもって面倒な事だ。

「でも良ちゃんも許してくれたみたいだし良かったじゃねぇか」

「それは確かに良かったです」

 他に誰もいない店内で、今ならタイミングが良いかと思い、千堂はある事を聞く。

「リサちゃん、前から一つ聞きたかったんだが、良いか?」

「何でしょうか?」

「お前さん、良ちゃんの事好きなのか?」

 前から聞こうと思っていた質問を千堂は口にした。

「・・・それは」

 焦りながら言葉を濁すリサ。その時点で答えは半ば決まっているようなものである。

「それは、嫌いじゃないですよ。でなきゃ一緒に遊びに行ったりしませんし」

「そりゃそうだ」

 そのくらいは誰でもわかる事だ。

「確かに良くんの事は嫌いじゃないです。もっとハッキリ言えば好きなんだと思います。でもこれが『恋愛感情として』好きかなのかがわからないんです。感情を理屈で理解しようって時点で違うのかもしれませんが」

 天井を見ながらリサが答えた。

 今までの人生で舞崎 リサと言う人物は恋人関係にあった相手などおらず、更に言えば誰かを好きになった経験も無かった。こんな感情を理屈で理解しようとするのがそもそも間違っているのかも知れないが、リサの中でこの感情が恋愛から来るものなのか、それがわからなかった。

「恋愛感情じゃなかったら他は何だ?人として、か?」

 千堂が聞く。

「それもあるとは思います。でももう一つ。彼が『自分の作品を好きでいてくれているファンだから』。そう考えた事があるんです」

「?」

 いまいち理解が出来ない千堂だった。

「彼は私が小説家だなんて知らないで接してくれています。だから読んだ作品の感想でお世辞が入るはずがありません。そして自分が書いた作品が褒められたら嬉しいのは誰だって同じです」

 小説に限らず、自分のした事で誰かに褒められたり感謝されれば嬉しく思うのは確かに必然だ。

「だから私のこの感情は『自分の作品を褒めてくれる優しい人だから芽生えたものなんじゃないのか』なんて考えまで浮かんだんです」

 どんな事でも褒められたら嬉しいし、褒めてくれた相手の事に対して悪い感情は基本的にはわかない。

「汚く言えば、『自分の事を褒めてくれる都合の良い人だから自分の為にもっと一緒にいたい』って思ってるんじゃないかって。そう考えたら自分が恥ずかしくて。とても恋愛感情かどうかだなんて考えられませんよ」

 それを聞いて千堂は大きく溜息をついた。

(・・・一度も恋愛をせずに大人になるとこんな拗らせ方になるのかよ)

 少しばかりリサと良司と言う恋愛下手の二人に呆れる千堂だった。

「リサちゃん、良いか?お前さんはさっき言ったな。恋愛って感情を理屈で理解しようとするのが間違いかもって。その通りだ。大間違いだ。さっき君が言った理屈を全部捨てて考えて答えてみろ。まず良ちゃんの事は嫌いじゃない。そうだな?」

「は、はい」

「なら良ちゃんと二人で話している時、一度でも全く楽しくないと思った事はあったか?」

「・・・無いと思います」

「そして今日、良ちゃんに彼女と思しき相手がいると知ってリサちゃんはそれに対して何かしら思う事があった。そうだな?」

「何でそれだけ確定で話を進めるんですか。・・・そうですけど」

「んなもん、見てたら誰だってわかるよ。そして、その相手が良ちゃんの彼女じゃないと知って少なからず安心した。違うか?」

「・・・はい。その通りです」

「世間一般じゃあ、それはもう恋愛的な意味で好きって事なんじゃねぇのか?」

 彼と一緒にいて、好きな小説の話題で盛り上がった時はそれだけで一日中楽しく思えた。二人で遊びに行った時だってそうだ。彼から貰ったくまのぬいぐるみは今でも部屋に飾ってあるし、クリスマスの日に閉店間際に彼がやってきてプレゼントをくれた時には心が躍った(サンタコスを撮られたのは恥ずかしかったが)。

 そう思ったら、答えはあっさりと決まった。

(そっか。・・・ふふっ)

 難しく考えて誤魔化していただけだった事実にリサは思わず内心で笑っていた。恋愛事に言い訳しているのは自分も同じだった。柏木の事を笑えやしない。

「店長、私やっぱり、良くんの事、好きみたいです。勿論、恋愛感情として」

 笑いながら彼女はそう告げた。

「そうかい」

 千堂も笑顔でそう返した。

「あ、でもこの事、絶対良くんには言わないでくださいよ」

「言わねぇよ。そう言う大事な事は本人が言わなきゃ意味が無いからな」

 まぁ言わなくても向こうもお前さんの事が好きだけど、とは言えない千堂だった。

「いつか自分から告白するのか?」

 ふと気になり、千堂はそう聞いた。

「その前に、良くんには言わなきゃいけない事がありますけどね」

「言わなきゃいけない事?」

「『衣崎 真理紗は自分である』って。私が良くんに告白するのは私が小説家だと話してからです」

「何で態々それを言うんだ?別に恋人になるには言わなくても良いと思うが」

「好きな人には隠し事をしたくないので」

 やっぱり律儀な子だ。リサの言葉を聞いて千堂はそう思わずにはいられなかった。

(リサちゃんが小説家だと知った時、良ちゃんがどんな顔するのか楽しみだ)

 そう考え、千堂は笑った。

「あ、店長今絶対悪い事思ってましたね」

「いや、そんな事ねぇよ。何でそう思うんだ?」

「だって店長の今の顔、悪人が悪い事考えてる顔でしたよ」

「放っとけ!」

「ふふっ」

(良かったな良ちゃん。お前さんの恋、思ったより悪い事にはならなさそうだぞ)

 楽しそうに笑うリサを見ながら、この場にいない良司に対し千堂は密かにそう思った。

「ならもし仮に、良ちゃんから告白されたらどうするんだ?付き合うのか?」

「え?やだなぁ店長。そんな事あるわけないじゃないですか」

(それがそうとも言えねぇんだよなぁ)

 そんな事は決して口には出来ないが。

「・・・でもそうですね。もし本当にそうなったら、多分私は凄く嬉しいです。それでも少しだけワガママを言うと思います」

「ワガママ?」

「はい。もしその時私が小説家だって言えそうになかったら、返事は待ってもらうと思います。相手には悪いとは思いますけど」

 相手を試す形で失礼とわかってはいるが、自分が小説家だと告げてそれでも何も関係が変わらなければ、その時は自分から想いを告げる。これはリサなりに譲れない部分だった(先に告白されているのだから返事をする形にはなるが)。

「面倒くさいとは自分でも思いますけどね」

「良いんじゃねぇか?誰にだって周りから大した事じゃなくても通したい筋の一つや二つは有るもんさ」

「はい。これだけは譲れません」

「良い顔して言いやがる。結婚式には呼んでくれよ」

「気が早いですよ店長」

「お、結婚まで視野に入れてるんだな。相当惚れられてるな、良ちゃん」

「っ!店長!」

 顔を赤くしながら声を荒げるリサ。

「ははは!怒ると可愛い顔が台無しだぜ?」

 そう答え、千堂は笑いながら閉店作業をするのであった。

 




明日(10/1)から恐ろしい事にタバコの値上がりが始まってしまうそうで、自分を含め、喫煙者からしてみたら地獄の始まりですね。みんなは決してタバコとギャンブルには手を出さないでね。
さて、なんだかんだで二人の想いが確定したわけですが、次回は他のキャラにスポットを当てた話にしようかと思います(二人が出ないわけじゃないよ)。
二人以外で好きなキャラがいたらコメントいただけたら嬉しいです。

お気に入り登録して下さった
NIS様
ありがとうございました。

ご意見ご感想、誤字脱字等有ればコメントお願いします。
ではまた次回。


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19話

早く書いて載せようと思っていたのに気がつけばこんな時間が過ぎてしまった。
あんまり間が空きすぎるとみんなに忘れられるから早めに書き続けなければ。
みんな前回の話覚えてる?


「もしもし、柏木さん。今お時間大丈夫ですか?」

 本屋での一件から数日後、リサは柏木に電話をしていた。

『先生?ええ、大丈夫ですよ。どうかしましたか?』

「以前話したお相手を紹介するって件なんですが・・・」

『先生、詳しくお願いします!』

 柏木はリサが言い終わる前に食いついた。

「は、はい。この前柏木さんと会った翌日にその話をして一応会っても大丈夫ってなったんですがどうしますか?」

『何言ってるんですか先生!会うに決まってるじゃないですか!会います!会わせてください!今日ですか?いや、いきなりは相手にも失礼ですよね。次ならいつが良いですか!?』

 激しく食いついた柏木に押されながらもリサは会話を続けた。

「そ、そうですね。一先ず柏木さんの予定が空いてる日で大丈夫だと思いますよ。その日に来る事は私から伝えておきますので」

『でしたら明日でお願いします!善は急げ!明日は何があっても他に予定入れませんので朝からでも大丈夫です!』

「あ、朝からは向こうも都合が悪いと思うので出来れば夜でお願いしたいのですが。と言うか柏木さんも仕事ですよね?」

『あ、そうだった。失礼しました。では夜に予定を空けておきます!先生、是非ともよろしくお願い致します!』

「はい。時間はまたご連絡しますので」

『はい!ありがとうございます!』

「それではまた明日に。失礼します」

『はい。ではまた明日に。此方こそ失礼します』

 その後、通話は切れた。

「こう言う事には絶対抜かりないよねぇ。と言うかめちゃくちゃ行動的だよ、柏木さん」

 などと感心しながらも、リサは出掛ける支度をした。と言っても単純にこれからバイトと言うだけだが。

「さて、今日も元気にお仕事しますか!」

 そう言いながらリサは千堂の店へと向かった。

 

 

「店長、おはようございます」

「ようリサちゃん。今日も頼むな」

「はい。それと店長、明日の夜なんですけど予定って空いてますか?お店閉めてからなんですが」

「明日?いや、これと言って特に用はねぇな。本読んだり酒飲んだりして寝るだけだ。それがどうした?」

「いえ、前に言った私の担当さんが良かったら明日にでも店長に会いたいって言ってるんですけど良いですか?」

「おいおい、えらく急だな。まぁ別に暇だから良いけどよ。因みに時間は?」

「それは店長の都合に合わせるって言ってましたよ。流石に会いに来る側が時間まで指定するのは失礼だからって」

「そりゃそうだ。ならまぁ21時過ぎって所だな店閉める時間だし」

「そんな時間じゃなくてもお客さんそんなに来ませんけどね」

「うるせぇ」

 少し拗ねる千堂。

「なら明日、その時間にお願いしますね。私はその人を迎えに行く事になると思うのでその時だけ抜けさせてもらって良いですか?」

「構わねぇよ」

 平静を装って答えたが、内心で千堂は少し動揺していた。どんな相手が来るかも気にはなっていたが、それより気になったのはわざわざここに来る理由の方だった。

(俺何かやらかしたっけ?全くそんな覚えはねぇが)

 などと検討外れの想像をしていた。

 

 

 それから翌日。昼過ぎ。

「今日の夜だったよな?来るの」

「はい。もしかして店長、緊張してます?」

「そりゃするだろ。どんな理由で態々来るのかもわかんねぇんだ」

「まぁそうですよね」

 千堂の気持ちも分かるが、こればっかりはリサの口から言うわけにもいかない。

「どんな人なんだ?」

「えーと、女の人で、昔から本が好きな人ですよ。その影響で編集者になったって言ってました」

「リサちゃんみたいに書き手になるってのは聞くが、編集者ってのは聞かねぇな」

「作家さんが書いた作品を真っ先に触れて、それを完成に導く過程が良いんですって」

 以前柏木から聞いていた事をそのまま話すリサ。

 自分が作者になるのではなく、作者の隣に立って完成までの過程を眺める傍観者、協力者。それが柏木が自ら選んだ道だった。

「本当、そんな人が俺に何の用だろうな」

 不安が増す千堂だった。

 

 

 丁度その頃。

「よし、これなら仕事はすぐ終わる!」

 千堂との対面に胸を躍らせていた柏木はいつも以上の勢いで仕事をこなしていた。

「柏木さん、今日は張り切ってますね。何かあるんですか?」

 そう言ったのは隣のデスクの川端 明美(かわばた あけみ)。柏木の後輩だ。

「ええ、今夜ちょっと人と会う約束が有るの。だから残業なんてしてる暇無いのよ」

(あー、男の人と会うのか)

 柏木の反応からそう判断した川端。柏木の性格は社内でもそれなりに知られていた。

(・・・いつになったら柏木さんは誰かと付き合えるのやら)

 後輩にここまで思われる柏木の立場とは。

(まぁ、私も彼氏なんていないんだけど)

 あまり人の事を言えない川端だった。柏木ほど飢えてはいないが。

 とその時、柏木達の背後から声がした。

「おお柏木くん、今日はいつも以上に仕事熱心じゃないか」

「あ、阿久津編集長」

 振り返ると編集長の阿久津 博之(あくつ ひろゆき)が立っていた。

(・・・面倒な人に捕まったなぁ。柏木さん)

 そう思いながら川端は席を離れた。勿論、自分にも被害が来ないようにだ。この阿久津が態々席を立ってまで話に来た時は碌な事にはならないと噂されていた。

「柏木くん、実は君にとって良い話が出てきたんだ」

「良い話?お給料でも上がるんですか?」

「はっはっはっ。寝言は寝て言ってくれ。君の担当する衣崎先生の話だよ」

「先生の?」

「ああ。映画化した『この愛の行く末は』に続いて新作も順調に売れている。立派な売れっ子作家だ。そこで、先生のサイン会を開く事になった」

「サイン会、ですか?」

「うむ。映画のお陰で作品の知名度は高まり、作品も売れているとなれば更に話題性のあるイベントを開いて今の人気を確実な物にするべきだと話が纏まった」

「また急ですね」

 彼の言い分もわからなくは無い。人気作家のサイン。更に言えば今までリサはそう言った表立ったイベント等には殆ど出た事がない。そう言った意味でも話題性はある。何よりあの可愛らしさだ。少なくとも男性支持率は増すだろう。

 

 だが。

 

(でも何でこのタイミングで?普通に考えたら開くのは映画の公開記念とか新作の直後にするのが普通なのに。次の作品の話もまともに出てないのに)

 そこが柏木の引っ掛かった点だった。自分の担当する作家のイベントなのだ。彼女だって嬉しくない筈がない。だがその疑問は消える事が無かった。

「そしてそのイベントの打ち合わせをこれから行いたいんだが良いかい?」

「・・・わかりました」

 こちらが断れない立場だと分かった上でそんな事を聞いてくるのだからタチが悪い。しかし、こっちは早く終わらせなければならないのだ。余計な詮索はやめておこう。

「では14時30分に会議室に来てくれ」

「はい」

 阿久津がその場から立ち去ると同時に川端が戻ってきた。

「・・・何だったんですか?」

「よくもまぁ逃げてからそれを聞けたわね」

「違いますよぉ。トイレに行ってただけなんですよぉ」

 適当に流す川端にこれ以上言うのも面倒だと判断した柏木はそれ以上言うのをやめた。

「私の担当してる真理紗先生のサイン会が決まったそうよ」

「良かったじゃないですか。作品も映画も人気みたいですし、いつかやるとは思ってましたけど」

「この話自体は私も嬉しいわよ。でもタイミングが中途半端な気がするのよ。映画の公開記念ってわけでもなければ新作の為って感じもしないし」

「確かにそう言われると変ですね」

 川端も柏木の意見に賛同した。

「でも立場的にあれこれ言える立場でもないのよね」

「雇われの身って辛いですね」

「本当にね」

 などと他愛無い話をしていると、そろそろ会議室へ向かわなければいけない頃合いだった。

「それじゃあ、行ってくるわ」

「柏木さん、死なないで下さいね」

「人を勝手に殺さないの」

 少なくとも今夜の予定を終わらせるまで死んでたまるかと思う柏木だった。

 

 

「さて柏木君。阿久津君から話は聞いていると思うが、舞崎先生のサイン会が決定した」

「急なお話でしたので驚きましたよ。社長」

 会議室に入るや否や柏木にそう言ったのは社長の神木 慎一郎(かみき しんいちろう)だ。

「いや、すまないね。こちらも色々と立て込んでいたものでな。早速だが、本題に入らせてもらおうか。阿久津君」

「はい。実はだな、柏木君。既に場所の確保は出来ているんだ。あとは日時をいつにするかだけだ」

(えらく段取りが良いなぁ)

 阿久津の口ぶりからそう思う柏木。

「こちらとしては来月中の間にしたいのだが、先生の予定が合うかを君に確認してもらいたいんだ」

「もしも来月の先生の予定が合わなかった場合はどうしますか?」

「それをどうにかするのが今回の君の仕事だ」

 選択肢など無い。つまりはそう言う事だ。

「・・・わかりました。先生と一度相談して決まり次第日程をお伝えします」

「よろしく頼むよ」

「柏木君。急な話だとは分かっているが、このイベントは必ず実現、成功させたい。その為に少しでも早い報告を期待しているよ」

「社長、質問してよろしいでしょうか?」

「言ってみなさい」

「何故この様なタイミングでのサイン会が決定したのでしょうか?」

 先程から疑問に思っていた事を素直に聞いてみた。

「実力のある作家さんの後押しをするのが我々の仕事だ。確かにタイミングで言えば中途半端に感じるだろうが、話題作りと知名度アップを考えたら少しでも早く動く事におかしな点は無いだろう?次の作品が書き上がるまで待つのも確かに手だ。だがそれはいつになるか断定は出来ない筈だ。一年後になるやもしれん。二年先になるやもしれん。そうなってからでは折角今いるファンが離れてしまうかもしれない。それは何としても避けたいと思うのは作家も我々も同じだと私は考えるね」

 柏木の目を見ながらそう答えた神木。しかしそれを聞いても柏木の中にある疑念は完全に消える事はなかった。

 しかし、社長からの命令とあれば、柏木が断れる筈がない。

(・・・絶対に何か裏がある)

 確証も何も無いが、そう思った柏木。これ以上何を聞いても満足いく答えは返って来ないだろうし、これ以上言い合っても時間の無駄だ。早々に切り上げた方が自分の為だと判断し、それ以降柏木は何も聞かなかった。

 

 

 それから会議室を後にし、自分のデスクに戻った柏木は仕事をこなしながらも今回の件について考えていた。しかし当然答えが出る訳もなく、行き詰まってしまった。

(あーやめやめ。余計なこと考えて時間と労力無駄にしたって何にもならないわ。それよりも、目の前の仕事を早く終わらせて今夜に備えないと)

 などと考えている時、またしても背後から柏木を呼ぶ声が聞こえてきた。

「柏木ー、この後飲みに行かねぇか?」

 声を掛けてきたのは同僚の芹沢 宏人(せりざわ ひろと)。大学の頃からの付き合いだ。

「ごめん、無理。この後予定あるから」

「何だよ。また合コンか何かか?」

「あんたは知らなくても良いのよ。そうでなくてもこっちはやる事が多いんだからあんたに付き合ってあげられないの」

「何だそれ。つまんねぇの」

 そう言い残して、芹沢はその場を後にした。どうやら他の社員に声を掛けに行ったようだ。

「相変わらず仲良しですね。柏木さんと芹沢さん」

 隣にいた川端が言ってきた。

「大学からの付き合いってだけよ。そんなに仲良くもないし」

「そうですか?芹沢さん、やたらと柏木さんに声を掛けるが他の人より多いと思うんですが」

 周りの事を人並み以上に観察していると周囲の人間からもよく言われる川端。そんな彼女なりに観察した結果、そう言ったデータが取れた。

「他の人より声を掛け易いってだけでしょ。多少なりとも付き合いは長いんだし」

「本当にそれだけですかぁ?」

「何が言いたいの?」

 川端の言いたい事を何となく理解していたが、一応聞いてみる柏木。

「芹沢さん、柏木さんの事が好きなんじゃないかと」

 案の定、予想通りの答えだった。

「そんな事ないわよ。それに仮にそうだとしても彼は私のタイプでもないし」

 バッサリと否定する柏木。

「誰かと付き合いたいって毎日の様に言ってる割には選り好みしますよね。柏木さん」

 理想が強いと言うべきか、何にしても行動と理論が食い違っていると思ってしまう川端だった。

「誰でも良いってわけじゃないのよ。『こんな人と付き合いたい』って言ってるだけ」

「大して変わりませんよ」

「うるさい」

 適当に返事を返し、柏木は荷物を纏めた。

「それじゃあ、仕事終わったし私は帰るわ」

「お疲れ様でした」

「お疲れ様」

 軽く挨拶を交わして柏木は会社を後にした。

 

 これから大事な戦いに向かう為に。




今回は柏木さん視点の話となりました。次も続きますので柏木さんファンの方はお楽しみに。
こりゃ当分良司の出番はないな。

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♪様
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ハルト1234様
ありがとうございました。

ご意見ご感想、誤字脱字等有ればコメントお願いします。
ではまた次回。


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番外編2 ハッピーニューイヤー

皆様、新年あけましておめでとう御座います。
挨拶も早々にまず最初に謝らなければならない事がございます。
元日の活動報告にて「今日中には投稿出来たらな思ってます」などと言っておきながら、それから一週間が経過してしまいました。
読者の方々に対し変に期待させるような事を言ってしまった事をここにお詫び申し上げます。
こんな作者ではありますが、作品を楽しみに読んでいただけたら幸いに存じます。
これからも本作及びもう一つの作品も楽しんでもらえたらなと思います。では、長くなりましたが本編をどうぞ。


 1月1日。年が明け、朝早くから良司は家から近い神社へと来ていた。理由は勿論初詣だ。

「寒っ。やっぱ家で本読んでた方が良かったかな」

 そんな文句を口にする。そう。元々彼は初詣に来る気など無かったのだ。

「文句言わないの。年の初めくらい日本人らしく初詣しなよ」

 全ての元凶は妹の美希だった。朝早くから良司の家にやって来るや否や、彼を叩き起こして神社へと連行したのだ。

 何が悲しくてこの歳で妹と初詣に来なければならんのかと密かに思う良司だった。

「初詣も何も俺は神様を信じてねぇよ。朝っぱらから人の家のドア叩き続けやがって。新年早々近所迷惑だっての」

「あーでもしないと兄貴絶対行かないでしょ?寧ろ新年から健康的な生活の切っ掛けを作った妹に感謝するべきよ」

「恩着せがましいとはこう言う時に使うんだろうな」

「言葉の意味を再確認出来て良かったじゃん」

「お前には罪悪感ってもんは無いのか」

「新年早々兄貴の為に良い事をしたって爽快感なら有るけど?」

 これ以上は話にならないと判断して良司は深くツッコむのをやめた。

「にしても長い列だな俺らの番はいつになったら来るんだ?」

「さっきからずっと言ってんじゃん。あと20分くらいでしょ。我慢してよ」

 スマホを弄りながら答える美希に言われながら自分達の番が回って来るのを待った。

 

 

 それから数十分後、やっと自分達の番がやってきて、二人は賽銭箱に小銭を放った。何だかんだ言いながら初詣をする時にはちゃんとお願いはする良司であった。それに既に願い事は決まっていた。

(今年もリサと楽しく過ごせる時間が増えますように)

 誰かに聞かれたらそんな事は神様に頼まずに自分で何とかしろと言われる事間違いなしだろうが、自分で誘う度胸も無いチキンメンタルな良司は信じてもいない神様にでも縋るしかないのだ。

 そしてふと横を見ると未だに美希が目を閉じて手を合わせていた。

(何をそこまで必死に願ってんだ?)

「・・・今年こそ、今年こそ良い彼氏が出来ます様に

「・・・」

 聞こえるかどうかというボリュームで隣からそんな事が聞こえた気がしたが、良司は聞こえなかった事にした。

 それから二人は御神籤を引き、二人仲良く凶を引き、そのまま結んだ。

「さて、これからどうする?朝飯でも食いに行くか?」

 朝早くから叩き起こされてそのまま来た為、まだ何も食べていなかった。

「あー、ごめん。この後友達と約束してるからそこまで時間無いや」

「自由過ぎるな、お前」

「フットワークの軽さが私の武器だから」

「お前はボクサーか」

 そんな雑談を交わしながらも二人はその場で別れた。一人残された良司はこれからどうするかと頭を悩ませた。

 すると背後から声がした。

「あれ、良くん?」

「ん?リサ!?」

 振り返るとそこには栗色のコートに身を包んだリサが居た。

「良くんも初詣に来てたんだね」

「ま、まあね。リサも初詣?」

「うん。ここには毎年来てるからね」

「俺もだよ」

 早速願いが叶った事に良司は信じてもいない神様に感謝した。

(ありがとう神様!今年一年もよろしくお願いします!)

 先程美希に言った事と正反対の事を思う良司(哀れな生き物)だった。

「あ、そうだ」

「ん?」

「新年、明けましておめでとう御座います。今年も宜しくお願いします」

「こ、こちらこそ宜しくお願いします」

 礼儀正しく挨拶をするリサに良司も同じ様に返した。

「ところで良くんはこの後何か予定とかあるの?」

「いや、何処かで朝ご飯でも食べようかなってだけだよ」

「ふーん。だったらさ、私も一緒に行って良い?」

 可愛らしく首を傾げて聞いてきた。そんな頼み方をされて断れるわけが無い。

「勿論良いよ。飯は俺が奢る」

「え、そんなの悪いよ!」

 リサが食い気味に断って来た。だが一度言った以上、良司にも張りたい見栄の一つや二つはある。

「タダで奢るわけじゃないよ。リサ、今日は暇?」

「え?う、うん。今日は何も予定は無いけど」

 それを聞いて良司は少し笑って言った。

「じゃあリサ、一緒に遊びに行こう」

 それを聞いてリサは少し驚いた顔をしたが、すぐにいつもの無邪気な顔で答えた。

「うん。行こう!」

 こうしてお互いが自覚の無いまま新年最初の二人のデートが始まった。

 

 

「いただきまーす」

「いただきます」

 暫くして二人は近くのファミレスへとやって来ていた。元日だと言うのに店内にはそれなりに人がいた。

「でも何で急に遊びに行こうだなんて思ったの?」

 リサが頼んだパスタを頬張りながら聞いてきた。

「ん?リサと一緒に出かけたかったから、かな」

 今度はハンバーグセットを食べていた良司が答えた。言ってから自分がものすごく恥ずかしい事を言ってると認識して顔が赤くなった。

(んんんんん〜!)

 それを聞いたリサも顔を赤くして俯いていたが、当の良司はそんな顔を見ている余裕は全く無かった。

(な、何今の!?どう言う意味!?良くんは私の事をどう思ってるの!?もしかして良くん、私の事・・・)

 考えれば考える程妄想がどんどん加速していくリサだった。

(や、やめよう。都合の良い様に考えてると自分が痛い人に思えてくる)

 こう言う時は落ち着こう。落ち着く為に素数を数えよう。

 などとリサが考えている時、良司も似た事を考えていた。

(やばい、顔が熱い。一先ず落ち着こう。落ち着く為にフィボナッチ数列でも考えよう)

 

 それから五分間、二人の間に会話は無かった。

 

 黙々と食事を進めて食べ終わる頃、いつまでも黙っているわけにもいかず、良司は口を開いた。

「こ、この後どうする?行きたいところある?」

 自分から誘っておいていきなり聞く辺りが何とも言えない残念さはあるが、誘えただけマシであろう。そうで有って欲しい。

「そ、そうだね。じゃあゲームセンター行こうよ」

「おう。良いよ」

 ぎこちないながらも次の行き先を決め、二人はファミレスを後にした。

 

 

「そう言えばリサっていつまで休みなの?」

「三ヶ日の間はお休みもらったよ。年末年始くらいゆっくりしなさいって店長が」

「あー、千堂さんその辺キッチリ休ませたがるからなぁ」

 普段から問題無く店が回せるのは現場で真面目に働く者のお陰。そんな相手にはちゃんとした福利厚生を最優先に考えるのが千堂の基本理念だ。

「でも何が凄いってあの人基本的に年中無休で働いてるんだよなぁ」

「だよね。この前聞いたら『店の主人が店にいるのは当然だ』って言ってたもん」

「本が好きってのも有るんだろうけど、あの人、働いて人と触れ合うの好きだもんな。あんな顔だけど」

「あんな顔って、失礼だよ良くん」

「そう言うリサも笑ってるじゃん」

 二人して笑いながらも千堂の話で盛り上がった。

「そう言えば店長って何がきっかけで今の店を持つ様になったんだろう?良くん知ってる?」

「まあ一応ね。千堂さんから聞いた事無かった?」

「今まで考えた事も無かったよ。何でなの?」

「それは本人に直接聞きなよ。他人の俺が答えるわけにはいかないよ」

「ふーん。それもそうだね。今度店長に聞いてみるよ」

 そんな話をしていると気がついたら目的地に辿り着いていた。

「良くん、この前みたいにクレーンゲームでムキにならない様にね☆」

「気をつけるよ」

 リサに言われ、少し恥ずかしそうに良司が答えた。

 そんな冗談を交わしながら二人が店内に入る。ゲームセンター特有のBGMや空気が広がっていた。

「何からやろっか?」

「そうだなぁ。・・・クレーンゲームやると前みたいになりそうだし。リサは何かやりたいのある?」

「私?ん〜、あっ、あれやりたい」

「あれ?」

 リサが指を差しながら言ってくる。その先を見るとエアホッケーの台があった。

「何か懐かしいな。まだこう言うの有ったんだ」

「昔はよくやってた気がするよ」

 硬貨を入れながらリサが言う。

「なら勝負しようか」

「あ、良くん待って。折角やるなら何か賭けようよ」

「リサ、賭博罪って知ってるか?」

「勿論。でも内容によっては適応外になるんだよ?」

 確かに対象が食べ物や飲み物程度では賭博罪だとは言えない。

「で?何賭ける?」

「じゃあ負けた方が勝った方に本二冊買うって言うのは?」

「その勝負乗った!」

 えらく単純な男であった。

「先攻は譲るよ」

 そう言って良司はパックをリサに渡した。

「ふっふっふっ。良くん、あんまり私を舐めない方が良いよ。これでも昔はエアホッケーで負けた事無いからね!」

「ならお手並み拝見させてもらうよ」

 

 こうして二人の決戦の火蓋が切って落とされた。

 

 

 そしてその結果。

「・・・負けた」

 10対0。良司の圧勝で勝負は幕を閉じた。

「悪いね。でも真剣勝負で手は抜けないからさ」

 肩を落として悔しがるリサに良司が笑いながら言った。

(まぁ、前は美希に連れられてゲーセン来た時によくやってたからな)

 自分が勝つと嫌と言う程調子に乗るので美希と一緒の時は全力で叩き潰していたものだ。その所為か、ある頃から一緒にゲーセンに行ってもエアホッケーに誘われる事は無くなった。

(あいつ、勝ったら調子に乗るし負けたらすぐ拗ねるんだよなぁ。オマケに手加減してんのバレたら蹴ってくるし)

 理不尽にも程がある。しかしそのお陰で望まずしてエアホッケーは強くなった。

「てなわけでリサ、小説二冊ありがとう」

「良くん!もう一回やろう!」

「ふふっ。良いよ。同じ条件で賭けをしても良いならね」

 リベンジを要求するリサを見て可愛らしいと思う良司だった。案外リサも負けず嫌いな様だ。

 

 その後二回程リベンジをしたが、リサが良時に勝つ事は無かった。

 

「合計六冊。悪いね、リサ」

「今度は絶対に勝つから!」

「楽しみにしてるよ」

 子供の様なリサに勝者の余裕を見せつける良司だった。

「あ、次はあれやろうよ」

「・・・あれって」

 次にリサが指差したのはプリクラだった。

(生まれて初めてやるなぁ)

「卒業してから初めてだよ。良くんは?」

「人生初だよ。女の子とは勿論、男友達ともね」

「そうなんだ。じゃあ人生初のプリクラだね」

 人生初のプリクラの相手が自分の想い人なのだから落ち着かない。

 そんな良司の気など知る筈もなく、リサはプリクラの操作を始めていた。

「ほらほら良くん、早く!」

「わ、わかったから引っ張るなよ!」

 プリクラ機の外で考え耽っているとリサに腕を引かれて中へと強制連行された。

(思ってるより狭いんだな)

 偶にSNSの画像などで数人で撮ったプリクラの画像を見た事はあったが実際に入ると予想よりも狭く感じた。

 それからはリサに促されながら次々と撮影が始まった。

「良くんもしかして緊張してる?」

「緊張と言うか初めてで戸惑ってる」

 本当は狭い空間にリサと二人きりなのでかなり緊張していたが、流石にそうは言えない為、良司はそう誤魔化した。

「そんなの気にしないで楽しく撮れば良いんだよ」

 そう言いながらリサが良司の腕にくっつきながらカメラに向かってポーズを決めた。

(この状況で気にするなって方が無理だろ!)

 

 腕から伝わるリサの体温に良司の呼吸が乱れたのは言うまでもないだろう。

 

 

「楽しかったね〜」

「楽しんでくれたなら良かったよ」

 プリクラを撮り終えてご満悦のリサお嬢様を見て良司も少し嬉しくなった。

「この後はどうするの?」

「折角だし行きたい場所があるんだ」

「行きたい場所?」

「ああ。少し歩くけど良い?」

「うん。良いよ」

 リサが答えると二人は次の目的地へと歩いていった。

 

 

「あーここかー」

「まあ年が明けたからね。今日中にはちゃんと挨拶しとこうって思ってたんだよ」

「良い心掛けだねー。私もちゃんとしておかないと」

「じゃあ、入ろうか」

「うん」

 そう言って二人が入って行った店。それが何処かは説明する必要も然程無いだろう。

「千堂さん、いますか?」

「お、良ちゃん。いらっしゃい。それにリサちゃんも」

「お疲れ様です。店長」

 そう。言わずもがな、千堂の店だった。

「千堂さん、あけましておめでとうございます」

「あけましておめでとうございます。店長」

「ようお二人さん。今日はどうした?」

 中に入ると客のいない店内でレジに座りながら新聞を読んでいる千堂がいた。

「新年になったんで挨拶に来たんですよ」

「それに一人だと店長寂しいかなって」

「好き勝手言ってくれるな、おい」

 苦笑いしながら答える千堂。

「そう言わないで下さいよ。ちゃんと客として買い物しに来てるんですから」

「ようこそお客様。是非お買い物をお楽しみ下さい」

 どうも今日の男共は掌返しがお好きな様だ。

 対する二人はそんな千堂の声を聞きながら店の奥へと進んでいった。

「それで良くんは何買うの?」

「半分は新作を、もう半分は買おうと思ってまだ買ってなかったやつを、だな」

 そう言って良司は何冊かの本を手に取った。そして目当ての本を集めるとそれをリサへと渡した。

「はい。これでお願いね」

「う〜。わかった。ちょっと待っててね」

 軽く唸り声を出して良司に抗議しながらもリサはレジへと向かった。

「店長、これお願いします」

「毎度あり。新年早々よく買うもんだな」

「読むのは良くんですけどね」

「プレゼントか?」

「いえ、勝負に負けたので」

「何だそりゃ」

 いまいち状況が掴めない千堂だった。

「全部で4260円だ」

「4300円で」

「あいよ。40円のお釣りね。袋はサービスだ」

「ありがとうございます。はい、良くん」

「ありがとう、リサ」

「女に貢がせるとは最低だな、良ちゃん」

「千堂さん、名誉毀損で訴えたらどうなるかって気になりません?」

「OK、平和的に行こうぜお若いの」

 いつも通りの軽口を叩き合う。年始から楽しいひと時だ。

「じゃあ俺達はこれで失礼します」

「仕事頑張って下さいね〜」

「おう。お二人さんも気をつけてな」

 軽く挨拶を交わして二人は店を出て行った。

 

 

 それからは二人はカラオケに行ったり色んな店を覗いたりして過ごした。

 そして時間は過ぎ、辺りが暗くなってきた。

「あ〜、今日は楽しかった」

「だったら良かったよ」

 リサのリアクションを見て一安心した良司だった。

「この後飯でも行く?」

「うん。お腹減ったし行こっか」

「何食べたい?」

「うーん、気分的にお寿司かな」

「なら近くに回転寿司屋があるから行こうか」

「うん」

 隣で笑うリサを見て密かに良司は思っていた。

 

─── 今年も良い一年になりそうだ、と ───




新年一発目の投稿を盛大に遅刻しましたね。ええ、それはもう盛大に。
遅刻した理由はまぁくだらない事なので割愛します。
本当は本編の続きを書くか番外編を書くか悩んでたんですが、時期的にこっちだなと判断して本編は後回しとなりました(なら遅刻すんなや)。
今年もこんな感じでのんびりと投稿していきますのでよろしければお付き合いください。

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ありがとうございました。

ご意見ご感想、誤字脱字等有ればコメントお願いします。
ではまた次回。


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20話

皆さんお久しぶりです。
最近トラブルが多すぎる毎日でした。
財布を落としたり(キャッシュカードや保険証等も一緒に)、仕事のシフト間違えて仕事なのに休みと勘違いして昼まで爆睡したり。
小説載せるどころの騒ぎじゃなくなってましたね。
なんて言う言い訳をしても仕方ないのでこの辺で。
では本編をどうぞ。


 会社を出て駅へ向かう柏木の足は本人の気持ちとは裏腹に重かった。

(うう、緊張する)

 いつもの事ではあるが、柏木はこう言う場面になると期待もあるがそれ以上に不安に襲われてしまう。

 しかしここまで来て帰るわけにもいかない為、不安と戦いながらも待ち合わせ場所へと向かう。

(次の電車は十分後か)

 電車に乗ってしまえば後は待ち合わせの駅まで一本な為、迷う心配は無かった。

「あれ?かっしーじゃん?」

「?」

 背後からそんな声が聞こえてきて周りを見渡すが誰かが呼ばれていた様子は無い。となれば呼ばれたのは自分だが、自分をそんな風に呼ぶ知り合いはいただろうか?

「ありゃ、人違いだった?・・・あ〜やっぱかっしーじゃん」

 案の定と言うべきか、やはり声の主はこちらに向かって言っていた。後ろからこちらを覗き込む様に見てきた。

「あら、もしかして春日部さん?」

 そして柏木もその人物の顔を見てようやく思い出した。大学時代同じサークルだった春日部 日向だった。

「かっしーは仕事の帰り?ウチはこれから大学時代の皆と飲み会〜。かっしーも来る?」

 柏木は内心で『なんでこんな時に』と思っていた。

 この春日部という女、大学時代から何故か特に接点の無かった柏木に絡んでは長々と柏木に自分話をし続けてくるのだ(大概が彼氏に対する不満という名の惚気だったが)。

 別に人と会話するのは嫌いではないが長い上につまらない話をされれば誰でも嫌気はさす。

(でも悪い人じゃないんだよなぁ)

 何かあれば柏木に構ってきたりもしたが、困ってる時には積極的に話を聞いたり問題解決の案を出してくれたりもしていた。その部分が柏木に彼女を拒むと言う選択肢を選ばせなかった。多少の苦手意識はあったが。

「私は仕事の帰りでこれから人と会う約束があるので」

「もしかして彼氏?」

「ち、違います」

 仮にそうだったらどれだけ良かった事か。

「ふーん。あ、かっしーのLINE教えてよ。今度飲みに行こ」

 そう言えばなんだかんだ関わりは多かった筈なのに互いに連絡先は知らなかった。

「は、はい。良いですよ」

 言われるがまま春日部と連絡先を交換する柏木。

 交換を終えると同時に電車が来た。

「あ、ウチこの電車だから。またね、かっしー。絶対連絡してよ!しないとウチから連絡するから!」

 言い終わると同時に電車の扉が閉まり、春日部を乗せた電車は走り去っていった。

「・・・元気な人だなぁ」

 当時と変わらない彼女の姿に少し安心していた柏木だった。大学を卒業した後、当時の友人達とは殆ど疎遠になってしまったからだ(元々そこまで友達は多くなかったが)。

 そう考えれば今再びこうして会って関わってきてくれた事に感謝しなければいけないのかもしれない。そう考えていると丁度柏木が乗る電車がやってきた。

「よし、行こう」

 久々に会った友人の事を考えながら、これからの本題を思い出して柏木は戦場へと向かったのだった。

 

 

 一方その頃、千堂の店ではちょっとした出来事が起きていた。

「千堂さん、これお願いします」

 良司が来ていたのだった。

「はいよ。2680円だ」

「はい。丁度で」

「毎度あり。でも店閉まる直前に来るなんて珍しいな」

「ちょっと残業したもので。明日にしようかと思ったんですが今日発売の本が早く読みたくて」

「お前さんらしいな」

 平然を装って会話しているがこの時の千堂は少しばかり困っていた(無論リサも)。

(良ちゃんが来るのは良いけどこのタイミングだとまずいなぁ。もしここで担当さんと鉢合わせたらリサちゃんの事がバレちまう・・・)

 千堂自身の口からリサが小説を書いている事は言わないと約束している為、上手く誤魔化す術も思いつかない。

 現在の時刻は20時37分。あと30分程で柏木が来てしまう。

(うー、良くん。今日だけは早く帰って〜)

 リサも同じような事を考えていた。

(駅に着いたら連絡する様に柏木さんには言ってあるけどもし良くんが見てる前で仕事の話されたら誤魔化せないよ。いや、隠しておく必要も無いかもだけどまだ心の準備出来てないし)

 誰に言い訳してるのかもわからないままリサはそう考えていたが、そんな考えを良司が察する事など出来る筈もない。

 いっそこの段階で話してしまえば楽なんだろうが、そんな度胸はリサには無い。

「じゃあ俺はこれで。千堂さんもリサもまたね」

 しかしそんな思いが神様に通じたのか、特に何もなく良司はそのまま店を後にした。

「良かったなリサちゃん。これで少なくともバレずに済みそうだぞ」

「それは良かったんですけど、今言えたら楽だったかなって思っちゃうんですよね」

「確かに。先延ばしにしたら言えるものも言えなくなっちまうからな」

 打ち明けたいのに勇気が出ない。そんな自分に嫌気が差している。

「まぁ、今は考えるのはやめとけよ。過ぎた事を言っても仕方ねぇよ」

「・・・確かにそうですけど」

「それよりそろそろ担当さんが来るんじゃねぇのか?連絡は来たか?」

「はい。もうすぐで駅に着くそうです」

「なら早めに行って迎えに行ってやりな。店の方は心配しなくていいから」

「ありがとうございます。なら今から行ってきますね」

 そう言ってリサは店を後にし、駅へと向かった。

「・・・本当、何しに来るんだろうな」

 一人残った千堂がそんな不安を抱えながら呟いた。

 

 

 駅に着いた柏木は高鳴る心臓の鼓動を抑えようと呼吸を整えてながら改札を抜けた。次に服装におかしな点はないか、それと髪が乱れていないかのチェックを済ませた(やってる事が宛らデート前の女子である)。

(先生早く来ないかな。紹介してくれる人がどんな人か凄く気になって仕方ないわ)

 そう考えるとどうしてもじっとしていられず、駅の周辺をウロウロする柏木。

 そんな事をしていると、通り掛かった通行人にぶつかってしまった。弾みで相手は手にしていた袋を落としてしまったようだ。

「ご、ごめんなさい!ちゃんと前見てなかったもので」

 慌てて相手が落とした袋を手に取り、相手に差し出した。

「大丈夫ですよ。それよりそちらは怪我とか有りませんか?」

「いえ、私は大丈夫です」

「なら良かった。じゃあ気をつけてくださいね。それじゃあ」

 そう言って相手の男性は袋を受け取り、その場を去って行った。

(あの袋の中身、多分本ね。それもおそらく小説が数冊。読書が趣味なのかしら?だとしたら気が合いそうね。ってダメダメ余計な事を考えちゃ。今日は先生の紹介なんだから他の事で余所見をしたらダメよ)

 自分に言い聞かせ、周りを見ながらリサを探す。

「柏木さーん」

 少し離れた場所からリサが呼んできた。

「先生。お疲れ様です。もう例の方は来られてるんですか?」

「えーと、はい。いつでも大丈夫みたいですよ。あとその人は私が小説家って知ってるので気にせず話して大丈夫です」

 一応注釈を入れる。内心では来てるも何も今からその人物の店に行くのだが、と思って笑うリサだった。

 そんな事を思いながらもリサは柏木を連れて店へと戻った。

 

 

「店長、戻りました」

「お邪魔します」

「お、貴女がリサちゃんの担当さん?」

「はい。初めまして、柏木 麻依と言います」

「初めまして。この店の店長の千堂 勝久です。今日はどんな御用で?」

「先生が普段お世話になっているバイト先がどんな所なのか見てみたくなりまして。お忙しい中急に押しかけてしまって失礼しました」

 一礼して言い終えた柏木だったが、内心はそれどころの騒ぎではなかった。

(ヨッシャキターーー!私のタイプドンピシャーーー!)

 柏木は強面の男がタイプだった。

「千堂さんはこんな顔ですけど本が好き過ぎて自分で本屋を始めたんですよ」

「こんな顔で悪かったな」

 千堂も千堂で言われ慣れているのでそこまで気にもしない。

「でも意外でした」

「何がです?」

 千堂が聞く。

「先生が自分が小説家だと説明していた事にです。基本的に先生は周りの方には話さないと仰っていたので」

「だって働くとなると言わずにいたら何かと問題になるかもしれないじゃないですか。それに千堂さん、意外と融通利かせてくれてますし」

「意外とは余計だ。意外とは」

「ふふっ。楽しそうですね。お二人共」

「秘密を共有する程度には仲良しだもんな」

「そうですね」

 千堂とリサも笑って返す。

「普段の先生はどうですか?ちゃんとこちらのお仕事もなさってますか?」

「ええ。いつも真面目で気が効くんで助かってますよ。お客さんにも人気でねぇ」

「ちょ、ちょっとやめてくださいよ」

 突然の事に焦りだすリサ。宛ら気分は三者面談の教師と親の間にいる学生というところか。

「照れるな照れるな。褒めてもらってる時は素直に喜ぶもんさ」

「そうですよ先生」

 二人揃って言ってくる。出会って早々に仲が良い事だ。

「そうだ。先生、実は嬉しい報告が有ります」

「何かあったんですか?」

「先生のサイン会が決定したんです!」

「ほ、本当ですか!?」

「やったな、リサちゃん」

「はい!」

「実は場所はもう決まってるそうで、あとは先生の細かい日程を決めるだけなんです。来月の間で空いてる日はありますか?」

「来月ですか?プライベートな予定は特に無いですけど。店長、来月の私のシフトで休みっていつでしたっけ?」

「直近だと6日と9日、13日だな」

「なら柏木さん、13日でお願い出来ますか?」

「了解しました。また詳しい事が決まりましたらご連絡致しますね」

「ところで会場って何処なんですか?」

「ここから二駅程先にある本屋に場所を押さえていただいている様です」

「うちでやってくれても良いんだけどなぁ」

 どこか寂しそうに天井を見ながら千堂が言った。

「ま、また機会がありましたらその時はお声がけさせて頂きます」

 慌てた様子で柏木が言う。

「しかしまぁサイン会だなんて先生も偉くなっちまったもんだなぁ」

「店長、やめて下さいよ」

「良いじゃねぇか。おめでたい事なんだ。もっとはしゃいだってバチ当たらねぇよ」

「そうですよ。これで先生の作品がもっと世の中に知られるんです。胸を張っていいんですよ」

 千堂の言葉に柏木が後から言ってくる。嬉しさよりも気恥ずかしさの方が勝っているリサだった。

「折角来たので私も何か本買って帰ろうかしら」

「売り上げに貢献してくださる方は大歓迎だ」

 千堂のそんな言葉を聞きながら柏木は本棚を物色していく。

(やった!めちゃめちゃタイプの人と出会えた!今度からここに通い詰めよう!)

 一人浮かれながらも本棚を漁る柏木だった。

 

 因みに余談だが、この時の柏木の買った本の合計金額が8000円を超えたとか超えなかったとか。




なんやかんやトラブルだらけではありましたが何とか楽しく生きてられるので大丈夫だろうと思いながら続きを書いてます(再発行したキャッシュカードは最近届きました)。
そんな作者のプライベートは置いといて、柏木さん視点での話は一旦ここまでとなります。恐らくそう遠く無いうちにまた書く事になるとは思いますが。
次回はいつ投稿するかわかりませんが、もし良ければ次も読んでやって下さい。

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ありがとうございました。

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ではまた次回。


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21話

活動報告でも言ったように今月中に投稿出来ましたね。
まあ遅すぎる上にギリギリ過ぎましたが。でも大事なのは言った事を守ろうと姿勢なので守れた自分を取り敢えず褒めておきます。
くだらない話はさておき、本編をどうぞ。


 柏木と千堂の出会いから数日、リサは頭を抱えていた。柏木と千堂を合わせた事、ではない。問題はその後の事だ。

「サイン会かぁ」

 そう。リサが小説家としてデビューしてから初めてのサイン会が決まったのだ。この事自体はリサも嬉しい。だが、それとは別に思う事もあった。

「人前に出る事って余り無いからなぁ。不安だなぁ」

 簡単に言えば緊張していた。

 サイン会まで一ヶ月を切り、それと同時に緊張感も増してくる。

 しかしそんな事ばかり言っても始まらないので切り替えていくしかない。そう思っているとスマホが鳴り出した。

「もしもし?」

『あ、先生お疲れ様です。先日はありがとうございました。今お時間宜しいですか?』

 相手は柏木だった。

「はい。どうかしましたか?」

「いえ、サイン会についてのご連絡なのですが、開催時間が1時間早まる事になりましてそのご報告をさせていただこうと」

「成程。わかりましたありがとうございます」

 そうしてリサは電話を切った。

「早まったかぁ」

 より一層緊張が増したリサだった。

 

 

 一方その頃。社会人らしく仕事をこなしていた良司だったが、昼休みの為会社の食堂で昼食を取っていると澤口がやって来た。

「今日は縦川君と一緒じゃないのね」

「縦川に用か?あいつならさっき部長に呼び出されてたから先に来たんだよ。そろそろ来ると思うけど?」

「普段昼食は二人で食べていたから意外だっただけよ。用があるのはあなたの方だし」

「俺?」

「あなた、衣崎先生のファンだったでしょ?」

 隣に座りながら澤口が言った。

「ああ。一番好きな作家さんだけど、それがどうかしたか?」

「ついさっき出た情報だけど、あなたに朗報よ」

 言って澤口はスマホの画面を良司に見せてきた。

『衣崎 真理紗先生初のサイン会決定!◯月13日 ◯◯駅徒歩二分の本屋にて11時から開始予定!』

「これマジかよ」

「態々嘘をつく意味があるのかしら?」

「・・・無いな」

 軽く(あし)らう澤口の言葉に苦笑する良司だった。

「それで、当然行くのよね?」

「おう。特に用事も無いしこんな機会は滅多に無いからな」

 自分の好きな作家のサイン会だ。行くのは至極当然だろう。

「澤口も行くのか?」

「ええ。私も衣崎先生の作品は好きだしどんな人か気になるじゃない?」

「確かに」

 あの小説の数々をどんな人が書き上げたのか良司も気になっていた(本当は既に知っているのだが)。

「良ければ一緒にどうかしら?」

「珍しいな。お前はこういうのは一人で行くものだと思ってたよ」

「残念な事にこう言った事に興味を持ってくれる友人がいなかったからよ。私だって同じ趣味で語り合える友人がいるなら一緒に行こうと思うわ」

「そりゃそうか。まあ断る理由も無いし、良いよ。一緒に行くか」

「ええ。それじゃあ当日の10時に駅で待ち合わせましょう」

「了解」

「お、何だよお前ら。何か遊びに行く話でもしてるのか?俺も混ぜろよ」

 話が一段落したタイミングで縦川がやってきた。

「別に。お前の興味の無いジャンルの話だよ」

「本関連って事か」

 縦川が数秒考えてから言った。

「よく分かったな」

「俺の興味の無いジャンルでしかもお前ら二人が話してるってなったら俺じゃなくてもわかるぜ」

「そうかい。で?お前も行くか?」

「行かねぇよ。興味無いからな。精々二人で楽しんで来いよ」

 案の定断ってきた。

 こうして当日は良司と澤口の二人がサイン会に行く事が決定した。

 

 

 その日の夜、仕事が終わった後に良司は千堂の店へと行っていた。

「千堂さん、これお会計お願いします」

「はいよ。2,638円な」

「はい。丁度で」

「毎度あり。袋はいらねぇよな?」

「はい。あ、それと千堂さん、知ってますか?」

「何がだ?」

「今日聞いた話ですけど来月の13日に衣崎先生のサイン会があるんですよ」

「そ、そうだったのか。そいつは驚いたな。良ちゃんはやっぱ行くのか?」

 思わず知っていると言いかけた千堂だがどうにか堪えてそう言葉を紡いだ。

「そりゃ勿論一番好きな作家さんのサイン会ですから」

「だよな。まぁ気をつけて行ってこいよ」

 そう言ってはいるが、千堂は心の中で真逆の事を考えていた。

(まずいな。こりゃ後でリサちゃんに連絡しとくか・・・)

 本人の気持ちの整理がついていない以上、偶然でもバレるのを防がねばならない。

(・・・このままだとバレるのも時間の問題だな)

 一抹の不安を感じた千堂だった。

 

 

 それから数十分後、リサのスマホに着信があった。

「店長から電話?」

 態々連絡してくるとは急ぎの用事だろうか?そう思いながらもリサは電話に出た。

「もしもし店長、お疲れ様です」

『おうリサちゃん。休みの日に悪いな。今いいか?』

「はい、大丈夫ですけど何かありましたか?」

『リサちゃん今度サイン会があるだろ?さっき良ちゃんが店に来たんだが、どうやらそのサイン会の事を知ったらしくてな。当日行くって言ってたんだよ』

「本当ですか!?」

 予想以上に大問題だった。

『ああ。知ったのは今日みたいだが楽しそうに話してたよ』

「〜〜〜っ」

 リサは言葉にならない悲鳴をあげていた。

 シンプルに興味を持って来てくれる事は嬉しい。だが、仮にこのまま当日を迎えれば確実に良司にバレる事になってしまう。自分の口から真実を告げたいリサからしてみれば『知られたので白状する』と言うのは嫌なのだ。

 となればリサに残された手段は二つ。

 

 一つ、良司にバレない様に当日どうにか誤魔化してやり過ごす。

 

 一つ、サイン会当日までに良司に本当の事を明かす。

 

 現実的に考えて一番目は無理だろう。替え玉として誰かを座らせるわけにもいかないし、変装した所で誤魔化せる筈もない。そもそも替え玉を用意して嘘をついたらその後が何かと面倒になるのは目に見えている。

 となれば消去法で残るは一つしかない。

 

「良くんに、自分の事を打ち明けます」

 

 リサなりに覚悟を決めた瞬間だった。

 それを聞いた千堂は数秒の沈黙の後、一言だけ言った。

『俺にやれる事があるなら何でも言いな』

「ありがとうございます」

『いや、夜遅くに悪かったな。おやすみ』

「はい、おやすみなさい」

 そうして通話が終了した。

「・・・ふう」

 気がついた時にはリサは溜息をついていた。

 サイン会よりも緊張する事が出来てしまったのだ。

「どうやって打ち明けよう」

 問題はそこだ。次に良司と会った時に話すのがベストではあるが、それまでに心の準備が出来るだろうか?

「ダメダメ。今までそうやって言い訳してきたからこうなったんだから」

 思わず逃げる様な思考になっていたのを無理矢理押さえつける。もう逃げる訳にはいかないのだ。

「次に良くんと会った時に言おう。それが良い、筈、だよね?」

 疑問系になっているがそれに答える相手はいない。

 さらに問題はどう伝えるかだ。シンプルにサイン会前に伝えるか?それともサイン会まで黙っていてサプライズで驚かし、その後で伝えるか。

「いや、それ結局伝えれてないじゃん」

 それではバレた後の白状だ。リサとしてはサイン会の前に言いたいのだ。

「うーん。・・・よし、やっぱり次会った時に言おう!そして今まで黙ってた事を謝ろう!」

 決心がようやくついたリサだった。

 サイン会まで半月近くあるのだ。会う機会が必ず訪れるだろう。

 そう考えてリサは寝る事にした。

 

 だったのだが。

 

 あれから二週間が経過してしまった。

 サイン会まで残り五日となっても未だにリサが良司と会う事は無かった。

(何で?何でこんなにすれ違うの?いつも一週間に一度くらいは会ってたのに。え?何?神様私の事嫌い?)

 ただの偶然なのだがここまで来ると誰かに八つ当たりの一つもしたくなるのが人間の悪い癖だ。

「リサちゃん、あれから良ちゃんに言えたのか?」

「言うどころか会えてないんです」

「うちには何度か来てたが全部リサちゃんのシフトが休みの時だったからなぁ」

 やはりこれは神様の悪戯なのではなかろうかと本気で思うリサだった。

「このままだと当日になって久しぶりに会う、なんて事になりかねねぇな。何ならここに呼び出すかい?」

「・・・そうですね。お願いしても良いですか?自分だと何て言って良いのかわからなくて」

「あいよ。ちょっと待ってな」

 そう言って千堂はスマホを取り出して良司にLINEを送った。

「後は来てくれるのを待つだけだな」

「き、緊張してきました」

「まあどうなるかはわからんが、ちゃんと伝えたい事は全部伝えな」

 そうだ。ただ伝えれば良いのだ。先ずはそこからだ。何も難しい事はない。

 そう自分に言い聞かせ、その時が来るのをリサは静かに待った。

 

 

「ん?千堂さんからLINE?」

 仕事の途中で千堂からLINEが来ている事に気づいた。

『悪いんだが、今日仕事が終わったら店に来てくれ』

 何ともシンプルな内容だった。

(千堂さんから連絡なんて珍しいな。また休みの日に仕事を手伝って欲しいのか?)

 一番ありえる可能性を考えた。

(まぁ今日は用事も無いし仕事は夕方には終わるだろ。終わったら行くとするか)

 そう考えて仕事を再開させる良司だった。

 

 だが、世の中はそう甘くないらしい。

 

 夕方になっても良司が会社から出る事は無かった。

(あの馬鹿部長何でこんな時に限って人に仕事押し付けてきやがんだ!)

 残業していた。

 仕事が終わる間際、納期が間近に迫っている作業の終わりが見えないと急にほざき出した部長の命令により、何故か良司だけが残業する羽目になってしまったのだ。

(何だよ神様は俺の事が嫌いなのか?)

 そんな事を考えても仕事が進むわけではないとわかってはいるが思わずにはいられなかった。

(他の奴らは皆帰るし何で俺だけ居残りなんだよ)

 そう考えると同時、せめて遅れる旨を知らせておこうとスマホを手に取った。

「・・・嘘やん」

 思わずそんなエセ関西弁が出たが、それも仕方がないだろう。

「・・・バッテリー切れかよ」

 スマホの画面は真っ黒のまま、良司の顔を映していた。

「充電器なんて持ってきてねぇよ、俺」

 唯一の連絡手段が途絶えた良司に残された選択肢は一つだ。

「さっさと終わらせて帰ろう!」

 ヤケになった良司は謎のテンションのまま自分のデスクと向き合うのだった。




日差しが馬鹿ほど人をイラつかせる季節になってきましたが、皆さん体調は問題無いですか?自分は暑いのは苦手なので毎日死にそうですね。
まったく、あついのはパチンコの演出だけにしてもらいたいもんです。
まあパチンコ打っても負けてばっかなんですけどね。
そもそも打つ暇があるなら小説書けよって話ですが。
そんな馬鹿な話は置いといて、本当に皆さん、暑さで体調を崩さない様に気をつけてくださいね。
暑さで動く気がなくなった時は気晴らしにでもまたこの作品を読んでやってください。

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ではまた次回。


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22話

どうもお久しぶりです。
他ごとをあれやこれやとやってたら全然話書いてませんでしたね(早よ書け馬鹿野郎)。
前回の話を覚えてない方は過去の話を読んでもらえたら幸いです。読まなくても問題は無いと思いますけどね。
長々と話すのも何なので本編をどうぞ。


 良司がやっとの思いで仕事を終わらせて会社を出た時には既に20時を過ぎていた。

「ヤベェ、千堂さん待ってるよ。店閉まるまでに着けるか?」

 残り30分。大分ギリギリな時間だ。だが普段のペースを考えれば間に合う。兎に角急いで向かうしかない。

 

 

 一方その頃、良司の到着を待っていた千堂とリサは未だに彼が姿を表さない事に少しばかり焦りを感じていた。

「・・・来ねえな」

「・・・来ませんね」

 客もいない店内で二人が呟く。

「いつだったか閉店時間ギリギリで来た時を思い出すな」

「何度かありましたね」

「時間過ぎても来なかったらどうするよ?リサちゃん帰るか?」

「いえ、良くんが来るまで待ってます。でないといつになっても言えなくなりそうなので」

「お前さんも頑固だねぇ」

 そんな事を言ってはいるが、千堂はそれ以上揶揄うつもりも無かった。

 本人が悩んだ挙句に出した答えだ。誰がそれを笑えるだろうか?

「秘密を打ち明けたら良ちゃん、どんな反応するだろうな」

「どうでしょうね。でもなんだかんだで普段と変わらずに接してくれるとは思ってます」

 それは自身の願望を抜きにしてリサが思った事だ。

「と言うか、そもそもこの事を私が大袈裟に考えすぎなのもわかってるんですけどね」

「でも、リサちゃんにとっては大事な事なんだろ?」

「はい。やっぱり、好きな人には隠し事したくないんです」

「まあ彼が来るまでゆっくり考えときな。俺はちょっとタバコ吸ってくるから」

 そう言って千堂は店から出て行った。

「良くん、早く来ないかなぁ」

 待ち人は今どこだろうか?

 

 

 リサの待ち人こと良司は電車に揺られていた。

(こりゃマジで閉店時間ギリギリだな。取り敢えず今度モバイルバッテリー買っとこう)

 そんな反省をしつつ、呼び出された理由を考え始めた。

(一番可能性が高いのならまた仕事の手伝いを頼むとかだよな。でも今はリサもいるし、今までこんな話の切り出し方は無かった)

 仮に手伝いを頼まれてもストレートに言ってくるのが普段の千堂だ。

(まさか遂に店の売り上げが傾いて店閉めるとか?)

 いや、なんだかんだ言っても毎日お客さんが来ているのだからそれは無いだろう。

 となれば他の可能性はなんだろうか?

(まさか千堂さんに恋人だか好きな人でも出来たか?)

 だとしたら今度はこちらが揶揄ってやろう(勿論話は真面目に聞くが)。

(リサに関しての相談事とかだったりしてな。まさかそんな訳無いか)

 そのまさかである。

(何にしろさっさと行って話聞けば済むな)

 そんな事を考えていると同時に電車が目的の駅に辿り着いた。電車を降りて改札を抜けると良司は真っ直ぐに千堂の店へと向かうのだった。

 

 

 時刻は20時50分。間もなく閉店時間だ。

(結局良くん来なかったなぁ。仕事忙しいのかな・・・)

 リサも一度はそう思った。だが彼の性格を考えれば、遅くなるにしても連絡の一つくらいは入れそうなものだが。

(でも仕方ないよね。今打ち明けたいって言うのは私の我儘で、良くんには良くんの時間が有るんだから)

 自分に言い聞かせる様に言ってはいるが色んな感情が押し寄せてきていた。

 とその瞬間、店の扉が開いた。反射的にリサがそちらに目を向ける。

「良くん!?」

「・・・悪い、俺だ」

 入ってきたのは千堂だった。タバコを吸い終えて戻ってきたらしい。

 無意識に良司の事で頭の中が埋め尽くされていた。

「気持ちはわかるが、接客はちゃんとやってくれよ」

「はーい」

 確かに今のが千堂だったから良かったが、他のお客さんであれば面倒な事になりかねない。とリサが思っていると同時に再び扉が開く音がした。

「いらっしゃいませ」

 そちらに視線を向けると待ち望んでいた人物がいた。

「良くん!?」

「おう。リサ、お疲れ様。千堂さんいる?」

「いるよ」

 どうにかリサは平然を装いつつ良司の対応をする。

「お、良ちゃんいらっしゃい。遅かったな」

「どうも。急な残業を片付けてましてね。それでいきなりなんですけど俺に用って何なんですか?また仕事のヘルプですか?」

「いや、実は話があるのは俺じゃなくてリサちゃんなんだよ」

「リサが?」

「ああ。俺は店閉めて裏で待ってるから話終わったら呼んでくれ」

 そう言って千堂は店を閉めるとそのまま店の奥に行ってしまった。

「それで?リサからの話って何?」

「えっと、ね。実は良くんに言わなきゃいけない事っていうか、言いたい事があるんだ」

「言いたい事?」

 リサがわざわざ言いたい事とは何だろうか?良司は考えたがそれらしい答えが見つからなかった。

「うん。・・・実は、実は私が」

 意を決してリサは言葉を紡いだ。

 

「実は私が小説家の『衣崎 真理紗』なの」

 

 リサがその事実を口にした後、数秒程静寂に包まれた。

 果たしてこの事実を聞いて良司がどんな反応をするのか、リサは怖くて仕方がなかった。そしてすぐに良司が応える。

「・・・えっと。知ってたよ?」

「え?」

 再度数秒程静寂に包まれる。今彼は確かに知っていると言った。何を?当然自分が小説家だという事をだ。何故?千堂が教えていたのだろうか?いや、この事を千堂がバラしていたとは考えにくい。そしていつから知っていたのだろうか?そうなれば自分が今まで隠していたのは何だったのか。

 色々な考えが頭の中で巡るが、当然リサが答えに辿り着く事はない。

「と言っても知ったのは最近なんだけどね」

「・・・えっと、いつ、どうやって知ったの?」

「少し前にサイン会の話聞いてさ、そういえばどんな人なのかよく知らないなと思ってネットで検索したんだよ。そしたら名前と一緒にリサの顔が写ってたからさ」

 言われてリサは思い出した。確かに新人賞を取った時に一度インタビューと同時に撮影があった筈だ。恐らくその時のものだろう。

「えっと、じゃあ何でその時に聞かなかったの?」

 当然と言えば当然の疑問だ。

「リサも千堂さんも何も言わなかったからてっきり知られたくないんだろうと思ってたよ。だったらそれに首を突っ込むのは野暮ってもんだろ?」

「あー、・・・あはは。そっかぁ」

 良司の言葉を聞いてリサは全身の力が抜けるのを感じた。でももう一つ、リサは聞きたかった事がある。

「それじゃあ、さ。私が小説を書いてるって知って、私が小説家だって知ってどう思った?」

「どうって言われてもなぁ。不思議と驚きはしなかったんだよなぁ。と言うか何か納得した」

「納得?」

「いや偶にさ、衣崎先生の話すると何かリサの反応が変っていうか居心地悪そうに感じたからさ」

「あー」

 なるべく顔に出ないようにしていたつもりだったがどうやら思いっきり顔に出ていたらしい。

「でもリサが衣崎先生本人だって言うなら納得だ。そりゃ自分の話を目の前でされたら反応に困るだろうさ」

 見事に心理を読み解かれたリサはもう色々と恥ずかしさが湧き上がった。

「でも何でその事を俺に言おうと思ったの?」

「良くんといるとさ、やっぱり楽しいんだ。好きな小説の話して、何でも無い事で笑い合って。そんな事が嬉しいの。だから隠し事もしたくないって思ったんだよね。今回のサイン会で多分良くんは知ったら来ると思ったし、そこで隠し事がバレるっていうのが嫌だったの」

「別に隠したい事の一つや二つ誰でもあるだろ?」

「確かにそうだと思う。でも私は嫌だったんだよ。良くんには隠したくなくて、いつか自分から言いたかった。だからこれは私のワガママみたいなもの。まあ実際はバレるのが怖くて自分からサイン会の事も言えなかったけどね」

 どこかバツが悪そうにリサが笑って言った。

「・・・そっか。まぁなんて言うか、言ってくれてありがとう」

 何処か照れ臭そうに良司が言った。

「でも俺はリサが衣崎先生だったとしてもこれからの付き合いを変える気もないし今まで通り関わっていきたいけどな」

「へへっ。ありがとう」

 リサも笑って返す。

「それじゃあ、当日を楽しみにしてるよ。衣崎先生」

「その名前で呼ばないで!」

 堪らず叫ぶリサを見て笑う良司。

(やっぱり、良くんとこうやって話せるのが一番楽しいな)

 そんな事を再確認する。そして真実を知っても尚、変わらずに関わってくれる事に感謝をした。やはりリサとしても畏まられるより、気楽に話せる方が良いに決まっている。

 何とも呆気なく解決したが、リサにとってはこれは大きな出来事だ。

「人に知られたくないなら俺も周りには言わない事にするよ」

「ふふ。お願いね」

「でもやっぱりあれか?知り合いとかに自分が小説家だって知られるのって結構恥ずかしさってあるのか?」

「んー。小説家だって事に対してなら何とも無いよ?けど作品を読んだ人が相手なら話は別かな。私が書いたって知ってると『こんな考え方してるんだ』とか背景だとか私自身の事を想像されるとちょっと気恥ずかしさ?みたいなのがあるよ」

「あー、何か言いたい事はわかる気がする」

「あはは。だから知ってるのは店長と家族くらいかな?」

「他の友達とかにも言ってないの?」

「あー、うん。友達かぁ。言ってないなー。あはは・・・」

(もしかして何か地雷踏んだか?)

 リサの反応から何となく察する良司だった。

「ま、何にしてもこれからもよろしくな。リサ」

「うん。よろしくね。良くん」

「おう。次に会うのはサイン会の日か?さっきも言ったけど、楽しみにしてる」

「楽しみにしてて☆」

 とびきりの笑顔で答えるリサを見て良司の鼓動が高鳴ったのは言うまでもないだろう。

「じゃあ俺は帰るよ。おやすみ」

「うん。おやすみ!」

 言葉を交わし、良司は店から出て行った。

「もう終わったかい?」

 タイミングを見て千堂が出てきた。

「はい。一先ずは言いたい事は言えましたよ」

「なら良かったな」

 これでリサの中に潜むモヤモヤは解消された(良司が既に知っていた事には驚いたが)。

 途中色々あったが、これで心置きなくサイン会に臨めると言うものだ。あとは当日を楽しみながら乗り切るだけだった。

(不安もあるけど、サイン会頑張るぞ!)

 誰に言うでもなく張り切るリサだった。




最近話が進むごとに投稿頻度が伸びてるのが目に見えて悪化してる気がしてならないですね。
年内にもう一話くらい載せれたらなとは思ってます。
それともしよければもう片方の東方の二次創作も読んでいただければと思ってます。
では次も良ければぜひ見てやってください。

誤字脱字、ご意見ご感想等有ればコメントお願いします。
ではまた次回。


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23話

前回の投稿から一年近く空いてしまいました。本当に申し訳ございません。
今まで読んで下さった方も過去の話を忘れてる事でしょう。
もし覚えてる方がいましたらこのまま読んでやってください。
では本編をどうぞ。


 リサが良司に秘密を打ち明けてから数日後、サイン会を翌日に控えた前日である。

 今は昼休み。良司はその日、朝からそわそわしていた。勿論理由は決まっている。

(明日は遂にサイン会当日か。早く仕事終わんねぇかなぁ)

 仕事が終わらないかとちらちらと時計を確認するが、当然それで時間の流れが速くなるわけがない。

「落ち着かない様子ね」

「ま、まあ色々とな」

「好きな作家に会えるのだから気持ちもわかるわ」

 事情を知るはずも無い澤口が言ってきた。

(実は何度も会ってんだよなぁ)

「おいお前達、少し良いか?」

 二人が話しているとそこに部長である生瀬 純三郎が来た。同時に二人は思った。

((絶対碌な話じゃない))

 そして二人の予想は見事に的中していた。

「明日の休み、お前達暇だろ?今度の取引先の方との接待ゴルフに付き合ってくれんか?」

「用があるので嫌です」

「お断りします」

 仮に明日が暇だったとしても選択肢があるのなら断るに決まっている。

「お前達な、大事な接待なんだぞ。謂わば仕事だ。それ以上に大事な用があるのか?」

 そんな物より大事な物などこの世には腐る程ある。

「明日僕等は休みですからね。仕事はしませんよ」

「それに仮にそれが仕事だったとしても大事な仕事を前日にいきなり相手の確認も取らずに言ってくるのはどうかと」

 大体、人を暇である前提で言ってくる上司の話など誰が耳を貸すか。

「何だ上司に向かってその態度は。・・・もしかしてお前達二人でデートか?」

「違いますよ。何ですぐそう言う話に持って行きたがるんですか」

「暇そうなお前達が揃って用事があると言われれば誰だってそう考えるのが自然だろ」

「それってあなたの感想ですよね?」

「え?」

「僕等だって生きてる人間である以上それぞれ休みの日に予定を入れるのって至極当然なんですよ。それをあなたの一方的な考えてあれこれ言われても正直知らないですよ」

 普段以上のペースで反論する自分に喋りながらも驚く良司だった。

「そんな口を聞いてタダで済むと思ってるのか?」

「脅迫ですか?お好きにどうぞ。その時は法廷で会いましょう」

「何?」

「今の会話、全部録音してあるので」

 そう言ってスマホを取り出す。

「このご時世、パワハラだけで社会的に問題だと言うのはご存知ですよね?」

「俺を脅す気か?」

「いいえ。何をするのも個人の自由ですから。でもそれをしたらどうなるかを考えてくださいと言ってるんです」

「チッ。話にならん。もうお前等には頼まん」

 生瀬はそう吐き捨ててその場を去っていった。

「・・・意外ね。貴方があそこまで言い返すなんて」

「自分でも驚いてるよ」

 明日の事で必死になったのか、日頃の無理難題に我慢の限界が来たのか、どちらなのかすら分かっていなかった。

「まぁそんな事はどうでも良いや。何にしても明日だ」

 くだらない事はさておき、大事なのは明日のサイン会なのだ。

「取り敢えず今日はさっさと仕事終わらせて明日に備えて帰るさ」

 大事なイベントには万全のコンディションで臨むのだ。

「ところで明日は駅で待ち合わせでいいかしら?」

「ああ。朝9時集合で。サイン会の前に何か食ってから行こう」

「良いわよ」

「サインしてもらう本、忘れてくるなよ」

「貴方もね」

「さて、そうと決まればさっさと仕事終わらせて帰るとしますか」

「ええ。仕事でミスでもして部長に難癖つけられるのも嫌だものね」

 そして二人はその日一日、滞りなく仕事を終え無事に帰宅した(途中何度か部長に嫌味を言われた気がしたがそんなものは知った事ではない)。

 

 

 そしてその日の夜。リサは今日も今日とて千堂の店で労働に明け暮れていた。

「悪いね。明日サイン会があるってのに」

「良いですよ。元々シフトが入ってたんですからちゃんと仕事しますよ」

「真面目だねぇ」

「そりゃ店長に比べたら誰だって真面目ですよ」

「言ってくれるじゃねぇの」

 そんな雑談を繰り広げながらも二人は仕事を進める。

「で、実際サイン会を明日に控えて今の心境は?」

「どうでしょうね。今は落ち着いてますけど明日会場に行ったら緊張してると思います」

「そんなもんかね。俺はサイン会なんざした事ないからわからんが」

「怖さ半分、楽しさ半分って感じですね」

 その言葉に嘘はない。両方の感情が湧いてきてリサ自身何と表現して良いかわかっていないのだ。

「まあ、明日は楽しんで来な」

「はい☆」

 

 

 そして遂にやってきたサイン会当日。良司は朝からそわそわしていた。

「財布と携帯、それにサインしてもらう本。よし、全部あるな」

 この確認も朝起きてから5回目である。

「・・・落ち着けよ。俺」

 自分に言い聞かすが、それでも落ち着いていない自覚はあった。

「・・・別にリサと会うのなんて珍しくないだろうに」

 確かにリサと会うのは珍しくはない。しかし『尊敬する小説家』に会うのは初めてなのだ。少なからず緊張するのも無理はない。

 しかしこんな事を永遠と繰り返すわけにもいかない。そろそろ家を出る時間だ。

「・・・行くか」

 最後に一度荷物や戸締りを確認して良司は家を出た。

 

 

 待ち合わせの駅に行くと既に澤口がいた。

「お待たせ。早いな」

「集合時間前に来るのは社会人の基本よ」

「手厳しいねぇ」

 そんな他愛も無い会話を続けながら駅を後にした。

「どうする?近くの適当な喫茶店とかでいいか?」

「ええ。落ち着ける所ならどこでも良いわ」

 そして二人は近くにあった喫茶店へと入って行った。それから数分後、運ばれてきたコーヒーを味わっていると澤口が口を開いた。

「そう言えば貴方に聞きたかった事があるのだけど」

「珍しいな。答えられる範囲ならどうぞ」

「貴方、衣崎 真里紗先生と知り合い?」

 思わずコーヒーカップを持っていた手が止まる。

「・・・何でそう思う?」

「この前縦川君達と飲みに行った時に貴方の話になったの覚えてる?」

「そんな事もあったな」

「今まで浮いた話がなかった貴方が見た目の派手そうな子と一緒にいたと聞いてまず初めに似合わないと思ったわ」

「まあ妥当な感想だな」

 見た目が派手なギャルと地味な男がセットなどというのはドラマや小説くらいだ。

「でもそれから暫くして考えたら確か衣崎先生もそんな印象だったと思い出したのよ」

 淡々と続ける澤口。どうやら彼女も以前ネットで調べた事があるらしい。

「それで何となく俺に鎌をかけてみたってわけか」

「ええ。その様子だと当たっているみたいだけれど」

「突拍子も無い推測にしては良かったんじゃね?まあ衣崎先生と知り合いだってのは認めるけど」

「でもそうなると貴方は衣崎先生の事が好きって事になるわね」

「ッ!」

 良司はコーヒーを吹き出しそうになるのをギリギリ堪えた。

「だってそうでしょう?貴方が会っていた人と衣崎先生が同一人物であるなら必然そうなるわ。最近の貴方の態度から考えれば会いに行くのが想い人で尚且つそれが好きな小説家のサイン会と言う特殊な場であるなら尚更。その人の事が気になっていると言う縦川君の言い分が正しければ、ね。まあその反応からすると間違ってないようだけれど」

「今日はよく喋るな」

「私も人間よ。こう言う事を面白くも思うわ」

 澤口はそう言うが、良司からしたら意外だった。

「・・・俺ってそんなにわかりやすいか?」

「少なくとも貴方自身が思っているよりはわかりやすいわね」

 そう返事をしてコーヒーを飲む澤口。

(だとしたらその内リサにもバレるんじゃねぇかな。最悪もうバレてる?)

 そんな事を気にしても彼に確かめる術は無い。

「そう言う澤口はどうなんだよ。浮いた話ってか気になる相手の一人でもいねぇの?」

「生憎と無いわね。そもそも私が求めていないもの」

「ふーん。なら求めるようになったら教えてくれよ」

 特に深く触れる事も無く良司が流した。

「・・・珍しい人ね」

「何が?」

「大体私がこう答えると『そんな筈が無い』『嘘だ』って言う人が殆どだったから」

「別に本人がそう言ってんだからそれを他人が嘘だとか決めつけるのなんざおかしな話だろ。そいつが超能力者で相手の心が読めるなら話は別だが」

 良司が吐き捨てるように言った。それは自分にも同じ経験があったからだ。最近まで恋愛に興味が全く関心が無かった為、学生時代の友人達からそう言われていた。

「自分自身に対しての言い分に周りがゴチャゴチャ言ってくるのって正直迷惑とすら思ってるよ。何で自分の事なのにそれを嘘だなんだって周りに決めつけられなきゃならねぇんだ」

「やっぱり貴方変わってるわ。でも全くもって同意見よ」

 確かに澤口の言うように良司の言い分は珍しい方だった。彼が周りにこの考えを言っても毎回の如く真面目に受け取る人間はいなかったからだ。

「恋愛なんて言ってしまうと酒やタバコと一緒だと思ってるからさ。やりたい奴がやれば良いし、やらなければならないなんて法律も無い。だから恋愛してないからなんて理由で引け目を感じる必要も無いし、それで周りから文句を言われる筋合いもないんだよ」

「恋をしている人が言うと説得力が違うわね」

「人を好きになった事が無い頃にこれを言ったら毎回『負け惜しみの言い訳だ』って鼻で笑われてたからな。今なら少しは聞く耳持たせられるかもな」

 笑いながら答え、コーヒーを飲む。

「そろそろ出ましょうか」

 スマホで時間を見ると確かにそろそろ向かうのに丁度良い時間だ。

 そこで良司はとある事を思い付き、伏せて置かれていた伝票に手を重ねて言った。

「澤口、ちょっとここの代金を賭けてギャンブルしないか?」

「賭け事は法律違反よ」

「その場の食事代やジュース代程度なら賭博罪にはならねぇよ」

「それで、何をするの?」

「俺達二人の合計金額の十の位が奇数か偶数か。お前が選んで良いよ。俺はその逆だ」

 お互いに伝票を見てもいなければ正確な金額など知りもしない。

「・・・奇数で」

「なら俺が偶数だな」

 なんだかんだで参加する澤口だった。そして二人はそのままレジへと向かった。

 

 

「澤口、ご馳走さん」

「勝負の結果だもの。仕方無いわ」

 結果として勝負は良司が勝った。

「それじゃ、今回のメインイベントに行きますか」

「ええ」

 そのまま二人は目的の本屋へと足を進めるのであった。




前回の投稿から約一年。長すぎる間を開けてしまいました。
これは決して自分が小説を書くのが嫌になったとか飽きたとかそう言うのではありません。
仮に飽きが来ていたとしても一度始めた以上、最後まで書き切る事はこの場を借りて宣言しておきます(どこで言ってんだ)。
単純に手をつけていなかっただけです。ごめんなさい。
先程も言いましたが、一度載せた以上はどれだけ時間が掛かっても最後までやり切りますのでもし良かったらその時までお付き合いいただけたらと思います。

お気に入り登録してくださった
輪廻様
星雲様
秋兎01様
行方様
Aoi_Tomoe様
mimizu0708様
ありがとうございました

誤字脱字、ご意見ご感想等あればコメントお願いします。
ではまた次回。


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