能力バトルはもういいから普通の学校生活を送らせてくれ! ――国立異能力バトル高等学校学級日誌 (アレクラルク)
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第一章 バナナとゴリラの危険な関係
ようこそ♪ 異能力高校へ


「うるせえよ。ザコが」

「…………っ!?」

冬林(ふゆばやし)くん!?」

 

 ……がこん、と。

 後頭部に衝撃があり、僕は顔面から教室の床に突っ伏したようでした。

 

 痛みはなかったです。ただただ重い一撃でした。

 想定していた何倍もの衝撃で、中身の詰まった土嚢袋を、そのまま頭に叩き落とされでもしたかのような。

 

(ああ……まずい)

 失いかけていく意識の中で、僕はそんなことを思いました。

 

「何するのよ! 冬林くんに!」

「あ? コイツが殴っていいって言ったんだろうが。けっ! こういうカッコつけた勘違い野郎を見ると反吐が出るぜ」

「むっかー! キミに冬林くんの何が分かるっていうの!」

「るせーぞ。このアマ。てめえもコイツみてえにしてやろうか?」

 

(やめろ……)

 世界が遠いラジオのように聞こえる感覚。頭に受けた負傷。

 このままではいけない。そう思うけれど、何もできない。

 

 空き教室の床に突っ伏す僕。敵。僕の仲間になってくれた女の子。

 僕は……

(どうしてこんなことになったんだ……)

 

 そう。

 すべては入学式の日がきっかけでした。

 僕らの苦難と戦いが、あの時から始まった――。いいや、もっともっとずっと前から、この学校の忌まわしい歴史は続いていた。

 …………。

 

 原始の時代。

 人は国家という組織に所属することなく、比較的自由に生きていたとされています。

 だけど、ある人は言います。

 

 狩猟で生きる民族は、集団で狩りをするほうが効率がいいことに気が付いた。やがて狩りを指揮するリーダーが生まれ、国家へと発展したと。

 

 ある人は言います。

 

 農耕で生きる民族は、土地で作った作物を守るために戦う必要があった。効率よく戦争に勝つために、法や指導者が生まれ国家ができた。あるいは肥沃な土地や水源を求めての奪い合いが始まったと。

 

 ……真相は分かりません。

 

 だけど、今の時代、僕らは現実に国という枠の中で生きており、名前は違えど王の役目を果たす人々がそれぞれの国に存在する。

 

 僕らの世界はどのようにしてできたのか? これからの世界はどうなるのか?

 国とは何か? 王とは何か?

 もっとも強くて大きな国を作れる王は誰なのか?

 

 部活動という名の国家と、学校という小さな世界を舞台に繰り広げられる国盗りゲーム。

 ……僕らが巻き込まれたのは、壮大な実験シミュレーションだったのかも知れません。

 …………。

 

 入学式が終わるまでは、普通の学校と変わりなかった……と思います。

 国立ウィル能力研究大学附属高等学校。通称、異能力バトル高校。

 

 本年度の新入生になった僕こと冬林(かなめ)は、1年B組の35番。

 東北地方のとある県。親元を離れ、初めての一人暮らし。周りは知らないコたちばかりでしたが、新しい生活にそれなりに期待していたと思います。

 しかし式が終わって、手洗いに寄ってから教室に戻ると……

 

「てめえ、オレにケンカ売ってんのか?」

「フ。そんなつもりはないぜ。ただクラスメイトに対して、お前の態度がひどいからな。改めた方がいいんじゃないかと忠告しただけさ」

 ……真新しい学生服を着た二人の男子が、教室の前のほうで対峙していたのです。

 

 一人は細めの体格の整った顔立ちで、へらへらした笑顔を浮かべてますが割とハンサム。よく言えば人当たりが良く、悪く言えばなれなれしい印象も。

 もう一人は目つきが悪くて肩幅が広く、イライラとした目つきを相手に向けています。髪は短くとてもとがった雰囲気で、うっかり目を合わせでもしたら危険そうだと直感しました。

 

 のちに座席表で確認すると、細身の男子は出席番号1番「相坂(あいさか)祐一(ゆういち)」くん、

 目つきの悪い方は2番の「上田(うえだ)竜二(りゅうじ)」くんと言いました。

 

 途中で入ってきた僕には、どういう事情で二人がにらみ合っているのか分かりません。

 しかし、僕の疑問などお構いなしに、教室の空気は険悪さを増していきます。

 

「……いい度胸してやがるな。ぶちのめされても後悔するなよ?」

 上田くんは右のこぶしを握り締めると、威嚇でもするかのように何もないところをヒュンヒュンと殴り始めます。すると――

 

 ――ブン、と。

 彼の右こぶしが淡い不思議な光を帯び始めました。

 

 しかし、それに相坂くんは小さく笑います。

「お前こそ、ケンカを売る相手が間違っていたな。見るがいい。

 この相坂祐一の【ホーリー=フィンガー】の能力を!」

 言って、彼が制服のポケットから取り出したのは、何と一個の湯飲み茶碗でした。

 

 使い古した物らしく、内側はまだらな茶色に汚れています。

 相坂くんが右手の人差し指をぴんと立てると彼の指先も淡く輝き始め、それで左手に持つ湯飲みの内側をそっとなぞりました。

 すると、驚くべきことに。

 相坂くんが人差し指でぬぐったその箇所が、まるで新品同様に純白の輝きを取り戻したではありませんか!

 

「な、何! 貴様、この能力は!?」

「フフ。驚いたか? そう。俺はこの指で触れるだけで――湯飲みについた茶しぶをキレイに落とすことができるのさ!」

「くたばれ」

 ……上田くんの右フックが、相坂くんの頬にめり込みました。

 

「ほごへっ!?」

 どごーんという衝撃音。黒板の壁に叩きつけられた相坂くんが動かなくなりました。意識を失った彼の体がずるりとその場に崩れ落ちる光景を、僕とその他のクラスメイトたちは声も出せずに見守りました。茶碗がカラリと転がります。

 

 数分後。

「というわけで。相坂は大学附属の病院に搬送された。二週間は入院だろうな。まあ、この学校ではこの程度のことは日常なので、気にせず勉学に励むように」

 茶髪でポニーテール、スーツ姿の女性教師が教壇に立ち、無表情にそうのたまいました。

 

 僕らB組の生徒たちは上田くんを除くほぼ全員がポーカーフェイスを浮かべ、

「へっ、このクラスにも強い能力者がいるじゃねえか。面白くなってきやがったぜ!」

 みたいな台詞を吐く者は皆無でした。

 

 ちなみに相坂くんの手から落ちた湯飲みは、奇跡的に、ひび一つ入らず無事でした。



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クラスの空気? 最悪ですね

 クラスの雰囲気は目に見えて悪くなりました。

「おう、昼休みか。お前、ひとっ走りして、パンとコーヒー買ってこい」

「あの、上田くん。昨日立て替えた分のお金がまだ……」

「あ? やるのか、コラ」

「い、行ってきます!」

「けっ、腰抜けが。おい、そっちのお前。アイツが帰ってくるまで肩でも揉めや」

「は、はい……」

「そういや、次の授業で宿題が出てたな。お前、やってきてるな? 始まるまでにオレのノートに写しとけ」

「…………」

「何だ、そのツラは。文句があるなら、いつでも相手になるぜ」

「い、いえ。滅相もない! 上田さんに不満などはありようはずもございません!」

「けっ! どいつもこいつも腰抜けぞろいが。このクラスではこのオレ様が最強だってことだよな! ひゃーはっはっはっはっは!」

 

 2番の上田くんの席は廊下側の前方です。僕の席は窓側の後ろから二番目で、今のところ実害がありません。

(しかし、こんなクラスの状況は普通に嫌だ……)

 

「……いやー、先生。困ったことになりましたよね」

 昼休み。僕は自分で作ったお弁当を持って、担任の木嶋(きじま)(あおい)先生のいる生物準備室に。

 

「ああ、本当だな。冬林くん。上田のようなお山の大将を担当することになって、先生はとても面倒くさい」

 僕らのクラスの担任は生物担当。二十代半ばくらいで、黙っていればそれなりにキレイなおねーさん。髪は明るい茶色のポニーテールで、洒落っ気のない地味な色のゴムで留めています。入学式の日はぴしっとしたスーツでしたが、それ以後は着慣れた印象の白衣姿。

 

「……先生。面倒くさいとか言ってないで、上田くんをどうにかしてください」

「私だって自分が可愛い。かったるい。ああいう上田みたいなのに道理を説いて、逆ギレされて怪我でもしたらどうしてくれる?」

「かったるいとか言わんでください。あなた、ここの教師でしょうが!」

 内臓むき出しの人体模型。骨格標本。棚一面にはホルマリン漬けにされた生き物の死骸。狭くてほこり臭い空間で先生と二人机に座り、僕は箸を動かします。

 

「ごちそうさまでした」

「はいはい。私が言うことでもないが、お粗末さん」

 節約のため手作りしてきたお弁当を食べ終えます。

 

「それで先生。何度も言いますが、上田くんをどうにかして欲しいです」

「だから、嫌だと言ってるだろ。そもそも具体的に私に何をして欲しいんだ」

「そうですね。上田くんをホルマリン漬けにして、ここの棚に並べるとか」

「怖!」

「冗談です」

「可愛らしい顔して、言うことは結構エグイのな……」

 そうおっしゃる先生は口調や態度がふてぶてしくて、キレイなお顔やスタイルが台無しな印象です。

 

 ともあれ、本題。

「先生。クラスメイトに横暴な振る舞いをしないよう、上田くんに注意してもらえませんか? 僕はまだ実害はないですが、今みたいな状態は嫌すぎます」

「クラスのみんなが心配か?」

「普通、心配するでしょう」

「そうか? 私に言わせりゃクラスメイトなんぞ、たまたま同じ教室で過ごすことになっただけの他人だよ。あまり思い入れを持つと馬鹿を見る」

 担任教師の言うことか!

「先生はどういう学校生活を送ってきたのです?」

「どうと言われてもな……あー、学生時代のことではないが、つい最近、元クラスメイトから電話があったな」

「何て?」

「いや、『マルチも宗教も結構です』って用件を聞く前に即切りした」

「…………」

「そういうわけだから冬林。友達ってのはいいもんだぜ!」

「さわやかな笑顔が恐ろしいほど似合わない!」

 

 1年B組クラス担任、木嶋葵。(性別、女性)

 僕の印象では、とてもダメっぽい人でした。

 

 先生への「お願い」は不発に終わり、僕は昼休み終了ぎりぎりで教室へと戻ります。

 空のお弁当箱を手に教室に入ると問題児の姿は見えません。

 

(……ああ、良かった。上田くんがいなくって)

 クラスメイトに失礼でしょうが、それが正直な感想でした。

 

 僕が一歩教室に踏み入ると、クラスの数名がじろりとした視線を向けてきます。彼らのほとんどとは、まだ話したことがありません。

 居心地が悪い思いをしながらも、窓側後ろから二番目の自分の席に着きます。

 

「やっほー! お帰り、冬林くん。今日もお昼教室にいなかったよねー。いつもご飯どこで食べてるのー?」

 後ろの席の女子が話しかけてきました。

「……ちょっと探検もかねて、その辺をぷらぷらと」

 木嶋先生のところにしか行ってませんが、かろうじて嘘ではない……はず。

 

「そうなんだー。今度、私も一緒に行っていい?」

「いや、それは……」

「む。ひょっとして恥ずかしがったりしてるかな? 大丈夫だよー! 私は男の子と一緒でも気にしない人だから」

 言葉を濁す僕に、彼女は物怖じのしない快活な笑顔でぐいぐいと迫ってきます。

「気持ちだけ受け取っておくよ。えーと……」

 異能力高校1年B組の人数は36人。

 机の並びは6×6で、僕は最後から二番目の席です。

【ウィル能力】と呼ばれる超能力の素質のある者だけを集めるため、異能力高校は入学者の男女比が年度ごとにバラバラに。便宜上(男女問わず)あいうえお順で出席番号と最初の席順が決まります。

 

「えーと……ふふふ、違う。へへ……ほほ……まま……みみ……み? 水野(みずの)さん」

「……今、私の名前を忘れてなかった?」

「そんなことはナイナイデス」

「むぅ! 失礼だなー。入学式の日によろしくって言ったのにー!」

「ゴメンね……」

 初日の茶しぶ事件で、細かいことは頭から吹っ飛んでいて……

 

「まったくもう! 実は冬林くんってば、クラスメイトの顔なんて卒業まで半分くらいしか覚えない人だったりしない?」

「そんなことは全然まったくゴザイマセン」

「あははー、おかしい!」

 じとっとした目でにらまれましたが、すぐにくすくす笑い出します。

 

(ああ、このコの存在に癒される……!)

 僕の周りはたまたま男子ばかりでクラスの雰囲気もぎくしゃくでした。しかし、後ろの席にいるこの女の子が、ささやかなオアシスに。

 

 1年B組36番、水野さん。(下の名前は、またあとで)

 

 絶世の美少女とまではいかないですが、愛らしく生き生きとした表情のコでした。学校の制服を無難に着こなしているように僕には見えます。ほどけば背中の半分くらいまでの髪を後ろで一つのみつあみにして、先端には薄い紫色のリボン。

 猫のしっぽのようなそれが、しゃべったり笑ったりするたびにぴょこぴょこ揺れる。目の光は好奇心が強そうで、やんちゃな子猫といった印象が。表情がころころ変わって、個人的には見ていて飽きません。

 

 しかし、その時――

「……おい。上田が来たぜ」

 廊下のほうを見ていたクラスの男子が警告をしてくれました。

 

 小さな声でしたが効果は絶大。

 

 クラスは一瞬で静まり返り、立っていたコたちも席に着きます。

 がらりと大きな音を立て、前のほうの扉がオープン。

 

「けっ……!」

 凶悪犯のような目つきをした上田くんが入室。

 クラスメイトの誰もが、彼と目を合わせようとしません。

 2番の彼の席は廊下側の前から二番目。窓側最後の僕や水野さんとは、ちょうど対角線の両端です。

 

「……むぅ。上田くんってば相変わらず態度悪い!」

「水野さん! しっ……!」

 席が一番遠い自分たちでも、こんな思いをしている。

(近くにいるコたちは、もっと大変ってことだよね……)

 午後の授業が始まり帰りのホームルームが終わっても、嫌な気分は消えませんでした。



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かくも腐ってるMy母校

 翌日の昼休みも、僕は生物準備室を訪れます。

「先生。かくかくしかじかで、上田くんは今日もこんなことをしてたのですが……」

「何をやってる冬林。いじめは見て見ぬフリをするのも同罪だぞー」

「だから、こうして先生に報告してます!」

 教室での居心地が悪いので、ここでお弁当を食べさせてくれる木嶋先生には感謝です。

 しかし、のらりくらりとした彼女の態度に、僕は頭が沸騰する寸前でした。

 

「報告されたからと言って、私がどうにかする義務はないな」

「あるでしょ、普通!」

「普通の学校だったらな。しかし、ここをどこだと思ってるんだ?」

 国立ウィル能力研究大学附属高等学校。通称、異能力バトル高校。

 

「要するに、お前らは学生という名のモルモットなんだよ」

「言葉を選べよ!」

「いや、でも事実だし」

「うすうす感じてはいたけれど、僕はとんでもない学校に入学したような……」

 両親やまだ小学生の妹には、電話やメッセージアプリで「意外と普通の学校だったよ? 先生やクラスのみんなもいい人ばかり」と報告してます……。

 

「とりあえず、お前らの超能力は【ウィル=ウィルス】という特殊な細菌によって発現するのは知ってるよな?」

「そうでしたっけ?」

「お前な。この学校に入ったなら、そのくらいは知ってろよ」

 呆れたようにおっしゃる木嶋先生を前に、僕は黙々とお弁当の包みを広げます。

 

「でも、僕は別に超能力者になりたくてこの学校にきたわけではないですし」

「じゃあ、何がしたくてここにきたんだ」

「……勉強ですね」

「そうか。だったら実家に帰れ」

「何でですか!」

 人間の価値が、強い超能力の有無で決まってたまるか! ……そう思っていた時期が、僕にもありました。

 

「真面目な話。この学校は、強力で優秀なウィル能力の持ち主を探すのが目的だから。お前みたいなヘタレが、生き残れるような環境じゃねーんだよ」

 木嶋先生のお言葉は、本気で僕を心配しているようにも聞こえます。

 

「……何ですか、その『生き残る』という表現は?」嫌な予感。

「文字通り。この学校のモットーは弱肉強食。生徒同士の潰し合いで弱い奴らをどんどん脱落させることを教育方針にしている、サバイバルでバトルロワイヤルな校風です」

「それのどこが教育だあああああああああああ――――っ!?」

 中学時代の僕は、温厚で面倒見のいい優等生で通っていました……。(遠い目)

 

 今世紀も十年以上を過ぎた頃。

 某国の科学者により、ある特殊な細菌が発見されました。

 ウィル=ウィルスと名付けられたその細菌は増殖力が極めて弱く、空気中や水中では半日足らずで死滅します。人間の体内に侵入しても、ほとんどの場合は免疫機能にやられてしまい何も異常を起こしません。

 

 しかし、ごく稀にウィルスに対しての免疫が働かず、体内に菌をとどめることができる者も。

 するとウィルスは希少な宿主を守るかのように、保菌者に特殊な力を与えるそうな。

 

「――それこそが、お前らの持つ【ウィル能力】。そして、ウィル能力を発現させ身につけることに成功した者たちを【ウィル能力者】と呼ぶのだぜ、ばっばーん!」

「……口でばっばーんと言われましても」

 ノリノリで解説する担任教師に、僕は昨日のお風呂の残り湯のような冷めた態度で反応しました。

 

「ノリが悪いなー。お前も最近まで中坊だったろ? 強力な超能力を身につけるとか言われてよー。血がたぎったり、封印していた邪気眼がうずいたりしないわけ?」

「いえ。あまり……」

 あ。もちろん残り湯はムダなく洗濯に使用しますよ?

 

「人の心を持たない冷血漢め!」

「何でそんなの言われにゃならんのですか! ……というか、先生。その強力な超能力を身につけた乱暴者が好き放題しまくっているのが、ウチのクラスの現状では?」

「ちっ! 気付かれてしまったか」

「お仕事しようよ、担任教師!」

 こうして漫才してる間にも、クラスでは次の犠牲者が……

「ふっ。残念ながら、それは違う。この学校では、ああいう上田みたいなのに好き勝手させておくのが教師の大事なお仕事なのさ」

「何でじゃあ――っ!?」

「解説しよう。今から十年以上前に、ウィル=ウィルスなるものが発見された。それを体内に入れると人間は超能力者になれます。ここまではいい?」

「……ちらっと習った覚えがあります」

「では、そのウィルスが発見されたあと、世界の各国は何を考えたでしょうか?」

「軍事力への利用……でしたっけ?」

「よくできました。誰でも一度は考えるだろ? 強い超能力を身につけて、武装した兵士や警官相手にズッギャーン!」

「そんなものでしょうか?」

 国家の秩序を守るため命がけで働いてくださっている公務員の皆様に、どうしてそのような無法な行為が許されるというのでしょう。

 

「……中二成分のないガキというのも不気味だな。どういう学校生活を送っていれば、お前みたいなのが出来上がるんだ」

「ひどい……」

 むしろこの先生の学生時代が知りたい。

(面白い黒歴史なエピソードなんかを入手できたら、脅迫なんかに使っちゃる……)

 

 ちなみに僕は中学時代、妹の送り迎えをしてました。

 冬林ゆずちゃん。僕の妹で、今年で小学2年生。ちょっと年が離れてて、やんちゃだけど元気なコです。僕が中学2年生まで幼稚園。僕の中学入学と同時に母さんが忙しくなり、僕がお迎えを任されて――

「うるさい。黙れ」

 ? 先生が突然、苦い顔をしています。

 

「……シスコンの気はあるが、お前が真面目ないい子なのは分かったよ。荷物まとめて実家に帰れ。今すぐじゃなくていいから、そのうちな」

「何でそんなこと言われるんですか!」

「ええーい! うるさい! ここはお前みたいな、いいコちゃんが生き残れる環境じゃねーんだよ!」

 全然納得がいかないままに、僕はこの日の昼休みも収穫なしで生物準備室を去ったのでした。

 

 午後の授業で――

「ねえねえ、冬林くん冬林くん! ちょっといいかな?」

 僕が窓からの日差しに目を細めていると、後ろの席の水野さんが、ぴょこぴょことみつあみを揺らしながら話しかけてきました。

 

「……ゴメン。水野さん。今、授業中だよ」

「むぅ!」

 今の時間は上田くんも教室の反対側で大人しています。

 

 だけど、彼の背中越しに見えるのは、ぽっかり空いた出席番号1番の席でした。

(……クラスのためとかキレイ事は言わない。僕自身の安全な学校生活のために、上田くんを誰か何とかして欲しい……)

 

 僕は一生懸命考えますが、仲間や友達のいない今の状況では手詰まりでした。

 やがて上の空だった授業が終わり、帰りのホームルームも終了します。

 

「ねえねえねえねえ、冬林くん冬林くん!」

「うん。水野さん。また明日ね」

「むむむむぅ! 待ってってば!」

 何だか呼び止められた気もしましたが、上田くんに絡まれでもしたら嫌なので、一秒でも早く学校の敷地から出たいです。

 一人暮らしのアパート(四畳半のキッチン付。トイレ風呂別だが、築ウン十年で家賃は安い)に戻った僕は夕食を作り、一通りの家事と宿題を終えてから就寝しました。

 

 翌日の昼休み。

「ああ、疲れた……。冬林。コーヒーいれて」

 懲りもせず生物準備室に押しかける僕も僕ですが、人が入ってくるなり用事を頼む木嶋葵先生も色々どうかと思います。

 

「うるさいなー。私は今日、真面目に仕事をしていたの……」

「言われてみれば、机の上にノートパソコンがありますね」

「スパイダーソリティアで、ようやく勝率が三割超えてきた」

「遊んでるし!」

「仕事の合間の息抜きだって。あ、たぶんお湯が沸いてるから」

 机の脇には、どう考えても先生の私物に見える電気ポットが。

 

「細かいことは気にするな。私、砂糖なしのミルクのみ」

「はいはいはいはい……」

 インスタントのコーヒーをこれまた私物らしいカップに入れて、お湯を注いでかき混ぜてからパックのミルクを投入。

 それを先生に差し出してから、今日も手作りの弁当を机に置きました。

 

「……では、先生。今日もここでお昼よろしいですか?」

「好きにして。ただし『上田くんを何とかしてくださーい!』はナシの方向で」

「そうします」

「おや?」

 カップを口元に運んだ先生が、不思議そうな顔をします。

「どうしたの? そうか。ついに学校辞める決心したか」

「違います」

「短い間だったけど、お前のことは忘れない」

「違うと言ってるでしょうが!」

 僕もこの先生のことは一生忘れないでしょう。……色んな意味で。

 

「とりあえず昨日の続きと、先生が動けない事情があるのなら、お聞きしたいと思っただけですよ」

「そう。とりあえず昼飯を食べちゃいな。昨日はどこまで話したっけ?」

「ウィル能力の軍事力利用がどうこうでズッギャーンなところです」

「ズッギャーンってのは何だよ、恥ずかしい」

 この先生にツッコミを入れたら負けという自分ルールを発動しようと思います。

 

「まあ、そこからは長いんだけどさ……」

 コーヒーのおかわりを要求してから木嶋先生は、ウィル能力の軍事力転用はすぐに頓挫したのだとおっしゃりました。

 

「どうしてなんです?」

「長い戦いの歴史を経てきた人類が争いのむなしさを学習したから……と言ったら信じるかい?」

「言うのが先生でなければ信じたかも知れません」

「何だよ、信用がないなー」

「生徒に信用されたいなんて気持ちがあったんですか……?」

「本当の理由は、ウィル能力により出る効果がどれも実用的でなかったからだよ」

 

『――博士! ナンバー3201がウィル能力を発現しました!』

『ふむ。それはどのような能力なのじゃな?』

『はい。彼の能力は怪力です。ウィル=ウィルスの作用により、腕の筋肉量が一時的に増大。理論上の計算では厚さ一センチの鉄板を打ち破ることすら可能です』

『素晴らしい! 研究三年目にして、ようやくまともな能力者が現れたわい!』

『しかし、使用に条件があるようでして……。彼はその怪力を、固く閉まったビンのふたをつかんでいる時しか発揮できないようなのです』

『ほぅ……。つまり彼のウィル能力は「固いビンのふたをパワーでこじ開けられる能力」ということになるのかな?』

『たぶん』

『またか! また、そんなしょうもない能力か! いつになったら、実戦で使えるような強力で優秀なウィル能力者を見つけることができるんじゃ!』

『でも、今までのよりは格段に便利ですよこれ。【シール=ブレイカー(封印を破るもの)】とでも名付けましょうか』

 

「――こんな感じだったらしいのよ。研究の始まった最初のころは」

「待ってください。ウチのクラスのえーと……茶しぶくんと同レベルではないですか?」

「ホーリー=フィンガーよりは、まだシール=ブレイカーのほうが優秀じゃねえ?」

「……どんぐりの背比べ?」

 僕自身は別に強い超能力が欲しいと思っていませんでした。……この時までは。

 しかし、これはいくら何でもショボすぎると言いますか……。

 

「そ。ちょっと強い能力でも、兵器の発達した現代では役立たず。こんな研究に使う金があったら、銃や戦車なんかを買ったほうがマシだって話」

 銃や戦車を一蹴するようなクラスメイトにいられるほうが怖いです。

 

「でも、研究が打ち切られたわけではないのですよね。どうしてです?」

「大人の事情。この研究で飯を食うようになっていた連中が色々ごねて抵抗した」

「……事業仕分けは?」

「されなかった。その後、簡単な血液検査でウィルスを体内に保持できるか調べられる技術が開発された。また研究を進めていくうちに、大人よりも子供のほうがウィル能力者になれる確率が高いという事実が判明した」

 

「要するにウィル能力の才能とは、ウィルスに対する抵抗力が無いことなんだよ。そうした免疫力のようなものは、大人より子供のほうがずっと弱い」

「そうですね。ウチの妹も小さいころは、よく病気してて大変でした」

「……シスコンめ」

「シスコンじゃないです。普通です」

「……とにかくウィル能力の適性者を見つけるには、子供の血液をたくさん調べるのが効率的と分かった。ガキどもが多く集まって、大人が命令を出しやすい場所は?」

「学校ですね」

「その中で、自然に血液を集められる行事と言えば?」

「健康診断」

「正解。お前も中学の時に血を採られたろ? あの時の血液を調べた結果、お前は体内にウィル=ウィルスを入れておくことができる体質の持ち主だと判明した」

「つまり、超能力の素質があったと」

 ただし、この時点での僕は……

 

「そうして全国から集められたのが、この学校の生徒たちというわけさ」

「……強い能力を見つけるのに、数撃ちゃ当たるという発想ですよね? 上田くんを放置なのは、彼が貴重で優秀なサンプルだから?」

「半分正解」

「……半分だけ?」

「そう。ぶっちゃけたことを言うとだな――」

 今までぶっちゃけてなかったことに驚きです。

「優秀なウィル能力者を兵隊にしようという当初の目的は、現場の人間ほぼ全員あきらめてるの」

 ……はい?

 

「たとえば我らがクラスのお山の大将、上田くん。彼はお前らの中では優秀だよ? でも、鉄砲で撃ったら普通に死ぬし」

 撃つなよ。

「ぶっちゃけ、お前ら生徒を集めてるのは国からの予算が目当て。ガチの国家間戦争で使える人材なんぞ千人に一人もいない」

 そのせいで国からの予算は削減される一方なのだと、木嶋先生は生温かい笑顔でおっしゃいました。

 

「さーて、冬林要くん。ここからはシビアな現実のお時間です。正直に答えてくれたまえ。お前がこの学校に入学したのは一体何が目的よ?」

「……強い超能力を身につけて、強敵をばっさばっさと倒したいカラデスネ」

「異議あり。証人は前後の発言が矛盾しています」

「その……授業料が無料というのに魅力を感じまして」

「他には?」

「えっと……この学校の生徒って、大抵は親元を離れてきますよね? 僕もそうですし。そうした生徒には家賃や生活費の補助があるというのが、すごく気が利いていて嬉しいなーと……」

「つまり金に目がくらんだと?」

「……家は裕福でもないので、父さん母さんに楽をさせてあげられるかなーと」

「しかし、この学校の実態を知った今ではどう思う? そうした金銭的な優遇を」

 木嶋先生の表情は生温かい笑顔のままでした。

 それに僕は恐る恐る返します。

 

「……もしかして、モルモットをおびき寄せるためのエサだった?」

 先生はにっこりと目を細め――

「はっはっは。バーカバーカ! 金に目がくらんで、ざまあ見ろ!」

「うわあああああああああああああああああああああああああ……っ!?」

 国立ウィル能力研究大学附属高等学校。通称、異能力バトル高校。

 自分はとんでもないところに入学したのだと、僕が痛感したのはこのときでした。

 



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僕らは低レアリティー?

「話をまとめるぞ。ウィル能力の研究は、もともと軍事目的で始まりました。この学校のお前ら生徒は、そのためのサンプル。しかし、ほとんどはショボい能力しか出ないため、国の予算はどんどん減ります。ここまではいい?」

「……はい」

 木嶋先生の表情は、真面目なものに戻っています。

 

「しかも、お前ら生徒を在籍させておくにはムダに金がかかります。授業料、家賃、生活費の補助、部費や雑費エトセトラ。厳しい予算をやり繰りするのはどこも大変。となると学校側としては、お前らにどんな対応を取るしかないでしょうか?」

「……サンプルの生徒を集められるだけ集めたら、不要になったコたちを切り捨てる?」

 僕もつられて真剣な表情に。

 

「正解。そこで、」

 ――この学校のモットーは弱肉強食。生徒同士の潰し合いで弱い奴らをどんどん脱落させることを教育方針にしている、サバイバルでバトルロワイヤルな校風です。

 

「となるわけよ」

「く、腐ってる……」

 高いお金を出してガチャを引いた後、不必要な低レアキャラを次々に売却していくようなものじゃないですか……。

 僕はソーシャルゲームはあまりやったことないですけれど、売られる低レアキャラにしてみれば、たまったものじゃないですね。

 

「金が目当てで入学したヤツに言われるのは、先生もちょっと不本意だ」

「だとしても、騙し討ちですよ……。こんなことなら普通の学校に行けば良かった」

「今から行けば? 先生たちは別に止めないよ?」

「あんたらはそれでも、国の作った教育機関か!」

 僕を含めた生徒たちの人生を、一体何だと思ってるんだ……!

 しかし、先生はどこ吹く風です。

 

「国に過剰な幻想を抱くのはやめとけよ。それにほら? 考えようによっては、世の中の厳しさを身をもって知ることができたとも言えるじゃん?」

「詭弁です」

「世の中は詭弁に満ちている」

「今この状況がそうですね」

「先生のことは、歩く詭弁と呼んでくれてもいいよ?」

「開き直るな!」

 頭を抱える僕でした。

 

(……ん?)

 しかし、そこでふと気になることが。

「あのですね、先生」

「ん?」

「先生がこうして僕を保護してくれてるのって、おかしくないですか?」

「何のことだね?」

 微妙に先生の目が泳いだ気が。

 

「いえ。何となくですけれど。……この学校は生徒たちを争わせて、退学者を一人でも多く出したいんですよね?」

「そうね。金がかかるから」

「その生徒同士の争いに学校が介入することは? 特に一方の誰かに肩入れだとか」

「いやー、そんなの逆恨みされちゃうじゃん。名誉のために言っとくと、学校は特定の生徒が辞めるよう仕向けたりはしてないよ? 上田みたいな乱暴者がいてもほっといて、居心地の悪くなったコが勝手にいなくなってくれるだけ」

 

「……それでも充分ひどいです。でも先生。だとしたら、こうして僕をかばうのもダメなんじゃありません?」

「誰が誰をかばうって? お前は勝手に私の生物準備室に押しかけて、友達も作らず一人で飯を食ってるだけだろ?」

「誰のせいで友達も作れないクラスの状況なのですか……! 今まで気にしてなかったですが、先生は僕を上田くんからかばってくれていますよね? 学校側が中立だと言うのなら、即座に追い返してないとおかしいはずです」

 ここ数日の先生の行動は、明らかに今までの説明と矛盾。

 

「気のせいじゃねえ? 学校はお前が消えたところで気にしないよ?」

「そうですね。この学校は生徒がいなくなっても気にしない。むしろ推奨。でも、一つだけ例外があるのではありません?」

「ほう……」

「せっかく集めたモルモット。エサに寄ってきた間抜けなカモ。――つまり、入学した生徒の能力が分かる前に脱落されるのだけは、学校にとっても困るのだと予想します!」

 

 国立ウィル能力研究大学附属高等学校。通称、異能力バトル高校。

 僕は1年B組35番、冬林(かなめ)

 ウィル能力は――未覚醒のままでした。

 

 ぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱち……

「いやー、よく気付いたね。冬林くん。そんなに頭が鈍いわけでもないんじゃん」

「……何で急に、悪の黒幕みたいなしゃべり方になっていますか。先生は」

「くっくっく。それに気付きさえしなければ幸せだったものを!」

「悪ノリはいいから、事情を説明してください」

「ノリが悪いな。まあ、こういうこと――」

 

 ①僕のウィル能力は未覚醒。これが分かる前に脱落されるのは学校に都合が悪く、担任が責任を負わされる。(お給料を一部カット)

 ②そこでクラスの問題児とぶつからないよう自分の根城にかくまっていた。

 

「ろ、ロクでもない……!」

「助けてもらって何を言う。まあ、いいんだけどな。こういうことにもなってるし」

 

 ③しかし、一方で学校は生徒同士の潰し合いに関知しないという原則アリ。現場の判断も尊重するが、これ以上はよろしくないというのが上の判断。

「というわけで、お前はもうここに来ちゃダメだから。クラスの他のみんなと同じく、上田の脅威に怯えながら毎日教室で過ごすように」

「……あんたねえ」

「そんな顔するなって。不公平だろ。お前だけ助けるのは大体にして」

 一瞬納得しかけましたが、悪いのはやっぱり学校ですよね……。

 

(あ。でも、他にかばわれたコがいないってことは、クラスのみんなは全員ウィル能力とやらに覚醒してる――?)

 そして昼休みが終わり、部屋を出る直前に――

 

「そうそう。冬林。私はお前たちを助けることができないが、アドバイスくらいはしてやろう。――力で上田を倒せないなら、陰謀で潰せばいいんじゃねえ?」

「……いんぼう?」

「そう。強い能力に目覚めたアイツを、まだ能力に目覚めてないお前が、知恵と策略を駆使して撃破する。カッコいいじゃん? そういうの」

「そうでしょうか……」

 首をかしげながら教室に戻る僕。

 

 ……言葉というものは、他人を誘導するために存在する。

 僕が先生の暗示を真に受けなければ、この先の流れは違っていたかも知れません。

 

 午後の授業が始まっていました。

「えー。宿題を出してたな。ここの文章を上田。訳してみろ」

「うっす。えーと……

『はーい、ケンジ! あなたたちはどうしてクジラなんかを食べるのよ? あんな賢い生き物を食べるなんて残酷だわ!』

『はーい、リンダ。今では食べる人も少なくなってるけどね。でも、質問に答えよう。それはキミらにとってクジラは賢い生き物かも知れないが、ボクらにとっては全然そうじゃないからさ!』」

「うむ。上手く訳せているな。解説すると、ここの構文がこうなっていて――」

 年配の男性教師が教壇に立ち、英語の問題を黒板に書いていきます。

 異能力者だけを集めたこの高校も、授業の光景だけはごく普通。

 しかし、授業も上田くんの動向も、今の僕は気になっていません。

「……おーい、冬林くーん? 雰囲気暗いけど、だいじょうぶ?」

 背中から声が聞こえた気もしますが気にしません。

 机に開いた真新しいノートのページには、

 

『どうやって上田くんをやっつけるか? ~陰謀篇~』と書いていました……。

 

 どうやって、上田くんをやっつけるか?

 ①自分で倒す。

 ②仲間を集めてみんなで倒す。

 ③他の誰かに倒させる。

 

 いや、実際にやるつもりはないですよ? 怖いですし。面倒ですし。

 だけど僕は思いついた限りのことを、ちまちまとノートに記していき――

 

 キーンコーンカーンコーン……

 

「はい。今日の授業はこれで終わり。各自、予習復習をしておくように」

(……うわっと。いつの間に)

 気が付くと、英語の授業が終了でした。ノートに板書は一行もなく、

 

 どうやって上田くんをやっつけるか? ~陰謀篇~

 ①自分で倒す。

  真っ向からのケンカで勝つ→×

  ウィル能力を使っての勝負→?→たぶんダメ

 

 ②仲間を集めてみんなで倒す。→△

 (裏切り者が出る恐れ)

 

 ③他の誰かに倒させる。

  世紀末救世主→いない

  協力者を探す→見返りは?(お金→ない 情報提供→? 能力で援護する→?)

 

 などといった記述が。

(どれも実行できそうにない……)

 ノートをしまうと、荷物を持って立ち上がります。

 本日最後の授業は教室移動。

 

「えー。本日の連絡事項は特になし。お前ら、いい放課後を」

 1年B組のホームルームの短さは異常かなと思います。

 

 担任の木嶋先生は面倒くさがりな性格らしく、連絡事項のない日などは「特になし。解散」だけで済ませることも。

 ざわざわし始めるクラス内の空気。いつものように僕もさっさと帰ろうとします。

 

「あれ?」

 ノートがない。

「ちょっ……! 何で……! 冗談じゃ……!」

 慌ててがさごそ机を探すが、やはり英語のノートは見つかりません。代わりに奥から出てきたものは――

「……手紙?」

 



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クラスメイトと謎の声

『放課後、体育館の裏まで来てください。――キミのクラスメイトより』

 

「やっほー、冬林くん! 来てくれてありがとうね。すっぽかされちゃったら、どうしようかと思っていたよ」

 指定の体育館裏まで全速力で直行すると、見覚えのある女の子がそこにいました。

 

「み……水野さん? どうしてキミが……!」

 ぴょこぴょこ揺れる薄紫のリボンのついたみつあみ。好奇心の強い子猫のような表情。身長は僕のほうが頭半分くらいは高いです。

「よかった! 今日は名前を覚えててくれたみたいだね」

 国立ウィル能力研究大学附属高等学校。通称、異能力バトル高校。

 僕らが通うこの学校は、盆地にあるなだらかな山のふもとに造られています。

 体育館の裏手がその山で、地面の舗装は途中までで途切れていました。どこにでもある平凡な校舎と体育館の外形に、美しい山の緑が背景を添えています。

 

「それで水野さん。水野さんは僕に何の用事……?」

「んーとね。これ」

 息を整えながら訊ねると、僕の後ろの席の女の子、1年B組36番の水野さんは、にこにこしながら手に持ったものを見せてきます。

 

「……どうしてそれをキミが持っているのデショウカ?」

 名前は書いていないが間違いありません。

 彼女の右手にあるのは、見覚えのある英語のノートです。

 

「ごめんなさい。悪いとは思ったけど、教室移動があったでしょう? 最後まで残ってキミの机を調べた。すごいことが書かれててびっくり! あとすごくキレイな字!」

 キラキラした目で、水野さんは僕のことを見てきます。

 しかし、心が薄汚れていた僕は、疑心暗鬼でいっぱいでした。

「……何で、そんなことしようと思ったのさ」

「えっとね! 英語の授業中、上の空なんだけど集中してて。授業は全然聞いてない感じなのに一生懸命何かを書いてた。みんなの板書と書く時の音もずれてたし」

「……それで何を書いてるか気になって確かめた?」

「うん! ゴメンね」

「予想もしてないところに伏兵がいたよ……!」

 席の位置が反対だから、上田くんには見つからないだろうと油断してました。

 しかし、水野さんの手にある僕のノートをクラスで見せられてしまっては……

 

「どうしたの? この世の終わりみたいな顔をして」

「……うん。僕はどこでどう間違えて、死亡フラグを立ててしまっていたのかなと」

「変なの。とりあえず、これは返すね」

「……へ?」

 英語のノートを返されました。

 

「ゴメンね。勝手に持ってきて」

「いや、水野さん? 何で返すの?」

「む。人を泥棒扱いしないでよ! 失礼な」

 ぷっくりと頬を膨らませる水野さん。

「……じゃあ、どうして?」

「あのね、冬林くん。二人で協力してこの学校を平和にしよう!」

 真面目な表情になって、上目づかいで水野さんはそう続けてきます。

 

「…………はい?」

「木嶋先生から聞いたんだけど。この学校ってひどいところなんだって! 超能力を持った生徒同士をケンカさせて、せっかく入った学校から追い出すって!」

「……それは僕も聞いたけど」

「ひどいよね!」

「……うん。ひどい」

「何とかしよう!」

「……どういう風に?」

「この学校を平和にする! 生徒のケンカなんてないようにして、入学したみんなが卒業までルンルン楽しい毎日を送れるようにします!」

「予想をはるかに上回る大きな野望が出てきたね……! でも、どうやって?」

「分かんない!」

「こら!」

「だから、一緒に考える仲間を探してたの! まずはクラスの誰かに声をかけたいなーと思ってたんだけど、上田くんがあんなことをしちゃったから!」

「あー……」

 現在、1年B組の雰囲気は最悪です。目立って問題児に目をつけられてはたまったものではないとばかりに、隣や近くの席同士でおしゃべりする光景すら稀でした。

 

「それで誰かに声をかけるキッカケを探してたところに、僕が変なことをしてるのに気付いたと?」

「うん。スゴイよね!」

「……ちっとも全然すごくない。あのさ、水野さん。キミは上田くんをやっつけたいと思っているわけ?」

「クラスメイトにそんなことしちゃダメでしょう!」

「どっちなのさ!」

「だから、上田くんをやっつけたりはしないの! 上田くんに反省して、相坂くんや他のみんなにも謝ってもらう。じゃないと、みんなの不満がボーンってなって、戦争みたいになっちゃうし!」

「反省させるってどうやって! というか、戦争なんて大げさな……」

「こんな作戦考えた人が言っても説得力ありません! めっ!」

「ちょっ! 何で僕が怒られるのさ……って」

 気付きます。

「……そうか。これが僕に欠けていると言われた中二成分というヤツか!」

「失礼なことを言われてる――っ!?」

 ※違います。

 

「……あのさ、水野さん」

「何よ」

「水野さんも今の上田くんをどうにかしたいとは思ってるわけだね?」

「違いますー。1年B組だけじゃなくて、この学校全体をどうにかしたいと思っているんですー!」

「……すねた口調になっちゃってるし。ゴメンね?」

「謝ってくれるなら別にいいよ」

「……何故か上から目線だし」

 でも、どうしよう。このコ、何となくうちの妹みたいで、ほっとけない……。

「学校全体をどうにかするってどうやって?」

「それはまだ分からない。でも、とりあえず上田くんのことを何とかしたいなーと思ってる。手始めに」

「手始めに?」

「知ってる? この学校の先生たちは本当は生徒に平和な生活を送って欲しいのだけど、上田くんみたいなコを止められなくて仕方なく能力バトルなんだって!」

「へ?」

「ウィル能力の効果って様々で、強くて戦闘向きの能力を身につけたコはどうしてもそうじゃないコをいじめてるって。だから、そういう悪い生徒たちをどうにかすれば……」

「ちょっと待って。僕が聞いてるのと微妙に違う気が……」

「? 冬林くんも何か聞いたの?」

「そうなんだけど……僕がお昼に聞いた話だと」

 その時でした。

 

《――競い合え。地上に降り立った魂たちよ》

 

 ……………………

 

「水野さん? 何か言った?」

「ふぇ? 何って?」

「……ゴメン。何の話だったっけ?」

「むぅ。もういいです」

「え?」

「もういいって言いましたー!」

 気が付くと、水野さんはまたもぷっくりとすねた顔になっています。

 

「うわ、ゴメン! 機嫌直して!」

「キミにご機嫌をとられる筋合いはありません! 何だよぉ、せっかくお話ができると思ってたのに上の空でさ!」

「あちゃー……!」

「いいもん! キミに手伝ってもらったりなんかしないもん! 悪いことしちゃダメだって上田くんを説得するのに心細いから、ついてきてもらおうと思ったのにさ!」

「え。説得するつもりだったの?」

「当たり前! キミみたく実力行使に出るのは、それが失敗したときの手段でーす!」

「……じゃあ、何で僕に声をかけたの?」

「上田くんを何とかしたいのは一緒だったから! それに悪い人じゃないと思ったんだもん! 怖い作戦を考えてるけど!」

「ん……」

「でも、いい! キミの力なんて借りません! だから――」

「だから?」

「私が失敗して返り討ちにあったなら、キミが上田くんを何とかしてね!」

「……ちょっと待った!」

 立ち去ろうとする水野さんを、思わず手をつかんで引き止めました。

 

「…………何?」

「いや、あのね……」

 ①水野さんを見捨てる。

 ②水野さんを助ける。

「何さ。これから作戦決行なんだから離してよ!」

「えーとね……」

(……ほうっておけ)

 心のどこかでは、そんな風な声もします。

 

 ――この学校のモットーは弱肉強食。生徒同士の潰し合いで弱い奴らをどんどん脱落させることを教育方針にしている、サバイバルでバトルロワイヤルな校風です。

 ――ここはいいコちゃんが生き残れる環境じゃねーんだよ!

 

 正直、今の僕は自分のことだけで精一杯。誰かを助ける余裕はありません。

 だから――

「あのさ、水野さん」

「何なのよっ!」

「これあげる」

 返された英語のノートを、水野さんに手渡しました。

 

「はえ? 何これ?」

「人質」

「ひとじち?」

「そ。僕が水野さんを裏切るマネをしたら、それを上田くんに渡してチクっていいよ。『へっへっへー。同じクラスの冬林って野郎がこんなことを企んでいましたぜ』って」

「な……! まさかこのノートにそんな使い道があっただなんて!」

「気付こうよ」

「あれ? でも、そう言ってくれるってことは!」

「うん。水野さん。……僕はキミの仲間になるよ」

「おおおおおおおおおおおおおっ!」

「……学校を良くするとか、そこまでは正直ついていけないけどね。でも上田くんをどうにかするのに、僕も知恵を貸してくれる人がいると嬉しいし」

「なるほど! 期間限定の同盟だね」

「そ。上田くんの問題が片付いたら、また契約更新するかどうか考えよう」

「敷金や礼金は?」

「いりません」

「やったー! よろしくねー!」

 ぴょんぴょんとジャンプした水野さんが、ノートを持たないほうの手で握手を求めてきます。

 

(早まったかなー……?)

 それに苦笑いで応えながら内心ではすでに後悔が出始めています。でも――

(ここで女の子を見放したりしたら、ゆずちゃんだけじゃなく、父さん母さんにも顔向けができないし……)

 

「よし! それでは改めてよろしく。冬林要くん!」

「よろしく。水野さ……ゴメン。下の名前なんだっけ?」

「おだまきだよ。水野おだまき」

「……すっごいレアな名前だね。花の名前じゃなかったっけ?」

「うん。正解。派手ではないけど、可愛い花だよ!」

 誇らしげに笑う水野さん。

 

 花言葉は確か――勝利の誓い。

 話をしながら考えました。

(何としてでも……どんな手段を使ってでも、このコは上田くんから遠ざけよう!)

 

《優しいねー。でも、ダメだよ?》

「ん?」

《戦い競い合うために、キミたちはこの地に集まった。個々に与えた力と才能はキミたちの意志と意志をぶつけ合うためにこそ》

「……水野さん。何か言った?」

 疲れているせいでしょうか?

 先程から水野さん以外にも、かすかに女性の声が聞こえるような……。

 

「えーとね。坊主が屏風に上手にジョーンズの絵を描いた!」

「誰だよ、ジョーンズ!? というか、一瞬でどんな話題転換があったのさ!」

 叫んだ直後――

 

「あれ? お前ら、同じクラスだったよな?」

 上田竜二くんが登場でした。

 

 



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初めての敵

「う、上田くん……? ドーシテココニ?」

 目つきが悪くて体格がいい我らがクラスの問題児。お山の大将。

 初日に茶しぶくんをやっつけて病院送りにした、銃で撃てば普通に死ぬ上田くんが何故か突然この体育館裏に現れたのです。

 

「おう。てめえらの支配者、上田様だぜ! んー……自分でもよく分からないけどよ。変な電波を浴びたというか……」

「……でんぱ?」

「頭の中に女の声が聞こえてきたんだよ……。《体育館裏に行ってごらん? 面白いものが見られるよー》って」

「疲れてるんじゃない? 上田くんも地元じゃないでしょ? 環境が変わって身体が慣れていないかも知れないから、無理はしないほうがいいと思うよ」

「おお! 冬林くんって誰にでも親切なんだね! 見直した!」

「……あの。僕の名前を言わないでくれる?」

「何をぶつくさ言ってるんだ。えーと……冬ぴー?」

「……ああ、うん。僕の名前は冬ぴーダヨ」

「あっはっは……! ゴメン。ちょっとだけ面白い……!」

「あ? 馬鹿笑いしてんじゃねーぞ。冬ぴーの後ろの女」

「む。クラスメイトにその言い方はひどいと思うよ?」

「ああーん? 女が偉そうなこと言うんじゃねえ! 文句があるならかかってきな」

「むぅ。穏便に説得しようと思ってたのに腹立つなー。そっちがそのつもりなら……!」

「冬ぴーチョップ!」ぺちこーん。

「あうっ!」

 緊急避難的な一撃でした。

 

「ゴメンね。上田くん。見苦しいところを見せちゃって」

「……こんなところで漫才の練習でもしてたのか、てめえらは?」

「いや、ちょっとこのコと二人で探検を。この学校ってどんなところかなーって」

「ほぅ。奇遇だな、オレもだよ」

 とっさのごまかしに、食いついてきました。

「そっかー。やっぱり自分の通うところくらいは知りたいよねー。特に上田くんだったら、三年間余裕でこの学校にいられるだろうし」

「へぇ……。分かってるじゃねーか!」

「うんうん。強い人はいいよねー。僕らは全然弱っちいからさ、いつ学校を追い出されるか分かんない」

「へっ! 大変だなー、ザコどもは」

「うん。正直、キミがうらやましい」

「そうかそうか。てめえらもせいぜい頑張れよ!」

「またねー」

「むぎゅぎゅぎゅぎゅ……!」

 僕が長年の修行で身につけた「ここはお兄ちゃんに任せて黙っていなさいオーラ」で、後ろの水野さんを制しつつ、上田くんを口先三寸でごまかすことに成功です。

 

《ありゃ? 丸め込まれちゃったよ》

「じゃあ、オレはもう行くから」

「へー、体育館の裏側は山みたいになってるんだね」

「おう。面白そうだよなー。じゃあな!」

 上機嫌になった上田くんが、手まで振って別れてくれます。

 

「また明日ねー」

《んーとね。上田くん?》

「あ? 何か言ったか?」

「? また明日って言っただけだけど……」

 しかし、何故か突然、不審そうに足を止めます。

「てめえじゃねえ。いやでも、そっちの女とも違ったような……」

《――そのノートを奪い取れ》

 

「ん? 何だそのノート。ちょっと貸せ」

「へ……? うわっ!」

「きゃっ!」

 ずかずか無造作に近づいてきた上田くんが、水野さんの手からひったくります。

「えーと。何々……」

 ……パラパラと。

 真新しいノートのページがめくられていく。

「…………」

 彼が目を通す数秒は、地獄のように長く感じられました。

 

「そうか、そういうことかよ……!」

 ノートを投げ捨て、顔を上げた上田くんの目には獰猛な光が宿っています。

「てめえら、二人でオレを倒す相談をしてやがったな!」

 

「……逃げるよ! 水野さん!」

「へ? きゃっ……!」

 水野さんの手を引いて、一目散に逃げ出しました。

 

《――さあ、戦いだよ。我が使徒よ。絶体絶命に追いつめられたその時こそ、キミという人間の本質があらわになる》

 

 どこをどう走ったか覚えていません。

 気が付くと校舎の建物に入っていたようでした。

「……み、水野さん。大丈夫……?」

「うぎゅー……疲れたー……死ぬー……」

「ゴメンね……引っ張りまわしちゃって」

 年度ごとに入学者数が違うため、この学校には使っていない教室がいくつもあります。その中の一つに身を隠し、どうにか一息をついていました。

 

「おらー! てめえら、どこに隠れたー!」

 部屋の外からは、怒りに満ちた上田くんの声。

 

「……さて。どうしようか、この状況……」

「むぅ。ケンカなんてするつもりなかったのに。上田くんってば早とちり!」

「そうなんだけどね……。言い訳を聞いてもらえる状況じゃない……」

 入り口の前に机を積み上げ、バリケードのようにしておきました。

 時間稼ぎにはなると思うのですが、階は二階か三階のため逃げ場もない。

 

「……さて。水野さん」

「どうするの?」

「何とかして上田くんを倒すか、和解するための方法を考えよう!」

「おお!」

 どうやって上田くんをやっつけるか? ~陰謀篇~

 ①自分で倒す。

 ②仲間を集めてみんなで倒す。

 ③他の誰かに倒させる。

 

「まず③は真っ先に除外だね。このタイミングで都合よく、僕らを助けてくれるような人が出てくるとは思えない」

「んとねー。走ってる途中で、何人かとはすれ違ったよ。でも、後ろから上田くんが『待ちやがれー!』とか言うのを聞いた途端、みんなサッと避けて隠れた」

「……見て見ぬフリか。仕方ない。同じ立場なら、僕も同じだったろうし……」

《シビアだねー》

「……でも、水野さん。よくそんなの観察してる余裕があったね?」

「えっへん。すごいでしょー!」

《……さてと。このコに与えた能力は確か……んー》

 ③他の誰かに倒させる。→×

 

「……となると、選択肢は一つだね」

「そうだねー。頑張ろう!」

 ②仲間を集めてみんなで倒す。

 

「……あの、水野さん。つかぬことをお伺いしますけど」

「エロいこと?」

「違います! キミもこの学校の生徒だし、ウィル能力とやらを使えるんだよね?」

「そうでーす。水野おだまき15歳。れっきとした超能力の持ち主です!」

 1年B組36番 水野おだまき

 ウィル能力名 ????

「……その能力を使って、上田くんをどうにかできる?」

「んー。難しいかも。実は私の能力って、戦闘やケンカには向いてない」

「……そっか。分かった。女の子に危険なことをやらせるわけにもいかないし」

「あれ? いつの間にか、保護者目線で見られてない?」

「そんなことはナイナイデス」

「おーら、てめえら! どこ行ったー!」

 上田くんの声が近づいています。

 

「今は上田くんを倒すのは諦めよう」

「決断早! でも、どうするの?」

「倒すのは無理でも、倒されないのはできるかも知れない」

「つまり?」

「上田くんと休戦して、和解する方法を考える!」

 

「水野さんから見て、上田くんってどういうコに思えるかな?」

「そうだねー。ケンカっ早い」

「うん。あとは?」

「力とか強いのが自慢みたい。だから自分より強いと分かった人には、結構へこへこするんじゃないかって思う」

「なるほど……」

「あと、意外とズルイところもありそうな感じ。自分が痛い目に遭うかもってなったら、口では偉そうなことを言いながらも逃げちゃうかも……って、どうしたの?」

「……いや、別に」

 女の子ってたまにナチュラルで辛辣です。

 

「……でも、僕の観察とも大まかな感じは一緒かな。じゃあ、水野さん。作戦の方針は決まったよ」

「ほうほう」

《ほうほう》

「ハッタリかまして、上田くんをビビらせる!」

「と言うと?」

「えーとね、水野さん。水野さんの能力は戦闘には使えないって言ったよね? その代わり、トリックとかには使えない?」

「どういうこと?」

「上田くんには、正確なキミの能力なんて分からないはずだよね? だから、何かトリックを仕掛けて、キミのを強くて危険な能力に見せかけるんだ!」

「ぶらふ?」

「ブラフ。そうやってびっくりさせれば、上田くんも頭が冷えてくれるかも知れない。『もしかして、コイツらはやべえのかも!』と思わせたあとに――」

「なるほど。休戦を持ちかけるんだ!」

「その通り!」



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スプーン=マゲール

 

「んー。でも正直、私の能力だとさ、そういうだましにも使えないかもよ?」

「……僕も何か考えるよ。それで、あの、悪いんだけど」

「私の能力を見せればいいの?」

「……うん。嫌かも知れないけれど」

「嫌じゃないけど。でも、冬林くんの能力はどんなのなの?」

「いやその……僕の能力は何というか……」

「やっぱりあとで! 楽しみは取っとく! すっごく面白い能力を持ってそうだし!」

「どうなんだろうね……」

《だろうねー? 今年まだ力を与えていないのはキミだけだけど》

 

「それじゃあ、冬林くん。私の能力をお見せしますよ、ずっぎゃーん!」

 がさごそ、と。

 制服のスカートのポケットに水野さんは手を入れて探ります。

(……頼む、神様。どんな些細なものでもいいから、この状況を打開できる能力であってくれ!)

 真摯な祈り。

《にやにやにや》

「私のウィル能力は――これだよ!」

「………………………………………………へ?」

 水野さんがポケットから取り出したのは、何と一本のスプーンでした。

 

「あの、水野さん? それは何?」

「スプーンだよ。えっへん!」

 超能力。そしてスプーン。

 この二つの単語から連想したものが一つあります。

 恐る恐る訊ねた僕に、水野さんは誇らしげにえっへんと胸をはりました。

《お胸のサイズはそこそこだねー》

 

「……へえ。そうかー。これがスプーンというものかー。うん。スプーンだよね。どう見ても何の変哲もない、カレーやチャーハンを食べる時などに使う、ごく普通の西洋食器なスプーンだ……!」

《軽い現実逃避をしている模様です》

 

「……それで水野さん。その罪のないスプーンを、キミはこれからどうするわけ?」

《声に泣きが入っている感じです》

 

「ふふーん。見ててね。こうするのだよ、てえええええええ――い!」

 水野さんが気合を入れると、彼女が手に持つスプーンが淡い光で包まれ始めます。

 次の瞬間――

 

 彼女が誇らしげに構える固い金属のスプーンの先端が、飴細工でも熱したように、ひとりでに、ぐにゃりとへし曲がってしまったではありませんか!

 

「見ててくれた? このスプーン曲げこそが、私の使える能力だよ!」

「…………」

 僕が反応を返すには、たっぷり十秒以上の時間が必要でした。

「……ねえ、水野さん」

「何かな」

「水野さんの能力はスプーンを曲げるだけ?」

「うん」

「たとえば、自在に金属を操れるみたいな能力だったら、ここには机や椅子がいっぱいあって……」

「そういうのはちょっとできないなー」

「手に持ったものを何でも、ぐにゃりと曲げられるとかなら、上田くんをビビらせることもできそうだけど……」

「んー。全然無理」

「……マジでスプーンを曲げるだけ?」

「曲げるだけ。やっぱり超能力と言ったらこれだよね! ここに入学するって決めた時から、是非ともスプーン曲げができるようになりたいなーと思っていたら……」

《叶えてあげました》

 

「ちなみに私はこの能力を【スプーン=マゲール】と呼んでるよ!」

「そのまんまやないかーい!」

 

 1年B組36番 水野おだまき

 ウィル能力名 【スプーン=マゲール】

 効果 スプーンを曲げるだけ。

 

「さあ、冬林くん! この私の能力を使って上田くんをどうにかできそう?」

「ねえ、水野さん」

「なーに?」

「実は僕、この学校を卒業したら、実家に帰って妹を遊園地に連れていってあげると約束してるんだ……」

「どうして遠い目をして死亡フラグを立ててるの?」

「フラグも立つわああああああああああああああああああああ――っ!?」

「そこにいやがったか、てめえら!」

 居場所が上田くんにバレました。

 

「くっ……しまった!」

「バリケードがあるから、ちょっとはもつと思うんだけど……」

 水野さんの予想は当たりませんでした。

「おらっ! てめえら、覚悟しやがれ……って開かねえ!?」

「よし! そのままUターンだ!」

「帰れ帰れー」

《帰らせません。ほら、上田くん?》

「ちいっ! こうなったらオレのウィル能力の出番だぜ!」

 次の瞬間――と言っても二秒か三秒後。

 どごーんという衝撃がして。

 積み上げたバリケードがぐらぐらと揺らぎます。

 

「な……!」

「もう一発!」

 さらに二秒か三秒後。

 どごーん!(二回目)

 

「何てこった! せっかく積み上げたバリケードが、今にも崩れそうになっているううううううううううううううううううううううううう――っ!?」

《変な解説台詞だねー》

「よし! もう一発でラストだぜ!」

 次の衝撃で完全に防壁は崩された……というか、扉ごと吹っ飛ばされました。

 

「くっくっく! 冬ぴー。それと後ろの女。ここがてめえらの墓場だぜ!」

 残忍な笑みを浮かべた上田くんが入室。

「……ああ、うん。ダメだ」

 また口先でごまかすことも考えましたが、彼の表情を見た途端ムリだと確信。

 

「あの、上田くん……ゴメンね?」

「ああ!? 今さら謝ったところで、容赦しねーぞ、冬ぴー」

「……うん。キミが怒るのはもっともだ」

「てめえらもあのクソ生意気な茶しぶ野郎みたく病院送りにしてやるぜ! ひゃーはっはっはっはっは!」

「でも、上田くん。ものは相談なんだけど」

「ああ? 命乞いか、こら!」

「うん。命乞い。――実は、キミをやっつける作戦を立てたのは僕なんだ。水野さんはたまたまあそこを通りがかってノートを拾ってくれただけ」

「ちょっ! 冬林くん……?」

「水野さんは黙ってて。僕に引っ張ってこられただけでキミは関係ないんだから」

「むぎゅぎゅぎゅぎゅ……!」

 ここはお兄ちゃんに任せて黙っていなさいオーラを再発動!

 

「だから、上田くん。お願いです。僕のことはいくら殴っても構わない……いや、ホントは痛いのは嫌だけど。大怪我して父さん母さん妹に心配かけるのも嫌だけど……。それでもどうか水野さんには何もしないで」

 クラスメイトの彼に向かって、僕は深々と頭を下げます。

《……あ。そういうスキを見せちゃうと……》

 

「うるせえよ。ザコが」

「…………っ!?」

「冬林くん!?」

 ……がこん、と。

 後頭部に衝撃があり、僕は顔面から教室の床に突っ伏したようでした。

 

 痛みはなかったです。ただただ重い一撃でした。

 想定していた何倍もの衝撃で、中身の詰まった土嚢袋を、そのまま頭に叩き落とされでもしたかのような。

「何するのよ! 冬林くんに!」

「あ? コイツが殴っていいって言ったんだろうが。けっ! こういうカッコつけた勘違い野郎を見ると反吐が出るぜ」

「むっかー! キミに冬林くんの何が分かるっていうの!」

「るせーぞ。このアマ。てめえもコイツみてえにしてやろうか?」

 痛みを感じないというよりも、意識を失いかけているのだなとぼんやり思います。

「許さない! こうなったら冬林くんに代わって、私がキミをやっつける!」

「……そのスプーンで何をする気だ、てめえは」

(水野さん……スプーンを二本持っていたのか……?)

 考えることはそれではないと分かっています。だけど、頭が働きません。

 世界が急に真っ暗で。二人の声だけが、遠い遠いラジオのように……。

《どうするのー?》

(うるさい……黙れ……)

《おや?》

「てりゃー! 突きー!」

「……ひょい」

「くっ! 避けられた! しかも、口で『ひょい』とか言われてる!?」

「そりゃ避けるわ。てめえ、ケンカなんて全然ダメだろ?」

「したことないよ! 体育の成績だって授業だけはマジメに受けてたから、お情けで2をもらってたようなものだしね!」

「それでよくオレに突っかかってくる気になったよな! へっ! でも、それさえ分かっちまえば、こっちのもんよ。オレの能力で、一気に片をつけてやらあ!」

 ヒュンヒュン!

 

「む……その動作」

「あ? 何だこら?」

「どうして上田くんは、何もないところをヒュンヒュンとパンチしてるの?」

「てめえを血祭りに上げる前の景気づけだぜ!」

「嘘じゃない? 今、冬林くんにパンチする前も、同じ動きをしてたじゃない」

「……何だと、てめえ」

「思い出した。相坂くんをやっつけた時も同じだった。つまり、そうやって何もないところをパンチするのが、キミのウィル能力を使う条件なんだ!」

「ちっ! 余計なことに気付きやがって……」

 

(あ……ヤバイ……)

《そうだね。ヤバイね》

 

「てめえの言う通りだぜ! オレは何もないところを殴るたびに、次のこぶしでの攻撃の威力をアップさせる力を手に入れた。気に喰わねえヤツを思いっきりボコにしてやれるこの能力を、オレは【拳々発破(けんけんはっぱ)】と呼んでいる!」

「ださーい。カッコ悪ーい。センスなーい」

「……こん畜生! 女だから手加減してやろうかとも思ったが、彼氏もろともボッコボコの再起不能にしてやらあ!」

「彼氏じゃないもん! 学校を平和にするための仲間だもん!」

 

(水野さん。ダメだって……!)

 何とかしたいが、まったく身体が動きません。

(力が欲しい!)

 この学校にきて初めて、僕は心から思いました。



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覚醒

《よろしい! ならば、その望みを叶えましょう! ……というか、ここまで長引いたのは、キミが最長記録なんですけどネー》

 

 頭の中で謎の女性の声がします。

《さあ! この絶体絶命の状況でキミはどんな望みをする? それこそが、キミの意志。キミの本質。地上時間で十年以上生きて作られた、キミの魂のあり方だよ!》

 

(……水野さんを)

《ん?》

(……いいえ。この学校でこんな風に困っている弱いコたちを助けてあげたいです)

《ほう》

(……そのためにはまず上田くんをやっつけないといけないですが、そんなに痛めつけなくていいです。最低限のケガだけ負わせて追い払うくらいで結構です。

 この学校を制覇するとかビッグになるとか世界征服とか、そういう大げさな能力は要りません。僕のすぐ近くにいる大きな口を叩く割りには全然実力のない女の子と協力して、どうにかこの場を切り抜けられる程度の力で充分です)

 

《ちょっ! 変に注文が細かいね! あんまし遠慮されたって、かえって調整が難しくて面倒な……》

(あと、僕が頭に負ったダメージを今すぐ治せ)

《命令形!?》

 

(だって今のままだと、どんな能力に目覚めたところで意味ないでしょうが)

《いやー、でもそれは別口での注文になると言いますか》

(……僕がこんな風になったのは、あんたが変な干渉をしたからではないですか?)

《ぎくっ!》

(傷を治してくれるのなら、この件はチャラにしてあげます)

《うわー……タメの交渉をされちゃった。軽い気持ちでちょっかいかけたが、意外にタフな魂だったよ》

(いいから早く! 水野さんが危ないです……!)

《はいはーい。チュッ……♪》

 その瞬間、身体が温かい何かに包まれた気がしたのです。

 

「……っ! 上田くん。とりあえず、そのこぶしを引っ込めて」

「冬林くん!」

「バカなっ! オレの攻撃を喰らって、何故お前は立ち上がれる!?」

「……あれ? ホントだ、何でだろう?」

 気が付くと、身体が動くようになっていました。

 よろよろと立ち上がり、今の状況を確認します。

 

 僕を背中にかばうようにして、水野さんが立ちふさがってくれていました。手にはナイフのように握り締めたスプーン。(二本目)

 上田くんが振り上げている右こぶしはまばゆいほどの光量で、それでいて目には刺さらない不思議な輝きを帯びています。

 

「【拳々発破】……パンチの威力を上げるウィル能力。フルパワーで喰らったら入院程度で済まないのかな……」

「ちっ! 意識があったのかよ。オレの能力を喰らって立ち上がったのは、冬ぴー。てめえが初めてだぜ!」

「……他の誰を今までキミは殴ったの?」

「てめえと相坂の野郎だぜ!」

「……あいさかくんって誰だっけ? そうか、僕で二人目か……」

 

「あの……冬林くん。大丈夫?」

「うん、水野さん。かばってくれてありがとね」

「頭は……?」

「痛くない。思考もクリア。不思議なくらい、すごく気分が落ち着いているよ……」

「ええーい! オレを無視するな! このこぶしの能力で、二人まとめてぐっちゃぐちゃのハンバーグにしてやるぜ!」

「それを言うなら、ミンチ肉?」

「分かってるよ、うるせえな!」

「冬林くん……」

 

《――さて。これ以上、わたしはこの戦いに関知しない。

 …………。

 嘘じゃないです。本当です。説得力がないですか、そうですか。

 ぶっちゃけて言っちゃうと、上田くんに与えた能力は「人を暴力で屈服させたい」という彼の意志を具現化させたもの。

 

 地上に降り立った魂たちは、その肉体、環境、言語、教育などにより、さまざまな精神の方向性を手に入れる。

 

 生まれも育ちも違う人間は、異なる意志を持っているのが当たり前。

 意志は未来で、未来は意志。――さあ! 手繰り寄せたい未来があるのなら、意志の力で勝ち取るのです!》

 

「あのね、上田くん。――謝れ」

「はぁ!?」

「水野さんにひどいことを言ったでしょう! 女の子を怖がらせちゃダメだって、お父さんに習わなかった?」

「あ? ガキや女は殴って言うことを聞かせろってーのが、オレの親父の教えだぜ! ついでに電化製品もな! ひゃーっひゃっひゃっひゃっひゃっひゃっ!」

「……子供の教育をきちんとするには、まずご両親がしっかりしないとダメなんだね」

 

「何で同じクラスの男子生徒に、オレの家族をバカにされにゃならんのだ!」

「そうだね。関係ないことを言った。ゴメン」

「くっ! 何なんだ、急に余裕のある感じになりやがって」

 

「ん……」

 立ち上がった僕は、自分の右手をじっと見てみます。瞬間。

 ――ブン、と。

 右の手のひらが、淡く発光し始めます。

 

「ちっ! 冬ぴー。てめえ!」

「冬林くん……。それは一体……?」

「あのさ、水野さん。ちょっとお願いがあるんだよ。この上田くんとのバトルが終わってからも、僕に協力してくれない?」

「おお! 何か感動! 喜んで!」

「ありがとう。――じゃあ、さくっと上田くんをやっつけようか」

 国立ウィル能力研究大学附属高等学校。通称、異能力バトル高校。

 これが僕の初戦闘!

 

「あのさ、上田くん。聞く気はないと思うけど言っておく。大人しく降参するなら、見逃してあげる。僕はキミをやっつける作戦を考えて、キミは一発僕を殴った。それでおあいこにしてくれない?」

「……は。なるほど。分かったぜ! てめえのそれはハッタリだろ。口先だけで、でかいことを言ってるが、実はオレ様に勝つ自信はまったくねえ! そうだろ? ヒャーハッハッハッハッハッハ!」

「……冬林くん?」

「すぐに分かるよ」

 不安そうに振り返る水野さんに微笑みかけます。

 

「まだハッタリを続ける気かよ……。しゃらくせえ!」

 光り輝くこぶしで、上田くんは数発のジャブを宙にかましました。

 すると、彼のこぶしの輝きがMAXに。

 

「【拳々発破】――フルパワーだぜ!」

「つまり、それが威力の限界ってことだよね」

「……ナメやがって。これでぶん殴ったら、人間がどうなるか知りてえか?」

「知りたい知りたい。だから、それでキミの顔面を殴ってみせて欲しいな♪」

「分かった。オレの顔面を殴ればいいんだな……って誰がするか、ボケえええっ!」

「まさかのノリツッコミだった……。キミこそ漫才の才能があるんじゃない?」

「オレはこのこぶしで天下をとるぜ!」

「キミなんかにとられたら、大勢の人間が迷惑だ」

「この野郎……!」

 

《ひとまず舌戦では冬林くんの勝利かなー?》

 

「ぺらぺら女みたいにしゃべりやがって……! 男だったら、こぶしで語れよ!」

「めちゃめちゃキミに有利じゃん。自分の得意な土俵でしか戦わない卑怯者」

「うるせえ! 女ともども、ぶっ殺してやらあ!」

「……そっか。キミはそういうヤツなんだね、上田くん」

「ああん!?」

 目の前にいる倣岸不遜なクラスメイトに僕は――

 

「キミみたいな野郎に、妹は絶対に嫁にやらん!」

「アホか!」 

「あと、よその家のお嬢さんにも、ひどいことをするんじゃないの!」

「知るかよ! だったら、てめえの女をまず殺してやらあ!」

「だから、そういうこと言ったりしちゃいけません! めっ!」

「ナメやがって! ごちゃごちゃ言うのはもうやめだ!」

 上田くんがこぶしを振り上げて、襲いかかってきます!

 

 1年B組2番 上田竜二

 ウィル能力名 【拳々発破】

 効果 何もないところを殴るたび、次のこぶしでの攻撃の威力がアップする。

 

「くっ! 来るなら来なさい! でも、冬林くん。どうするの?」

「あのね、水野さん。予備のスプーンはまだ持ってる?」

「? これが最後だけど……」

「そう。じゃあ、一発で仕留めるよ」

「へ?」

 激昂する彼のこぶしが届こうとする寸前に――

 ポン、と。

 水野さんの肩に、僕は淡く輝く右手で触れました。

「ナメてんじゃねえ! ……は?」

 次の瞬間――

 

 水野さんの持つスプーンが、ボンッと輝いたかと思うと巨大化します。

 

「な、何じゃい、それは!?」

「うわわわわっ! お、大きくなった!」

 元の大きさの数倍、僕の身長近くもの長さになったスプーンの柄が、うねうねと大蛇のようにうごめいています。

「……行け。【スプーン=マゲール】強化版!」

 

 ――軍事目的で優秀なウィル能力者を兵隊にしようという当初の目的は、ほぼ全員あきらめてるの。ガチの国家間戦争で使える人材なんぞ千人に一人もいない。

 ――私の能力って戦闘やケンカには向いてない。だましにも使えないかもよ?

 

 弱い能力。使い道のない能力。戦闘にはまったく不向きなウィル能力を――

 

《……この学校で困っている弱いコたちを助けたい。キミの望みは叶えたよ?》

 一瞬だけ強化して、攻撃的な能力に変化させる!

 

「これが僕の……あ。しまった。名前を考えていなかった……」

「おわわっ! 何かスゴイ! エネルギーがあふれてくる! 上田くん、覚悟!」

「な、何じゃそりゃああああああああああああああああ――っ!?」

 水野さんの手の中でうごめいていた巨大スプーンが、獲物に鎌首をもたげる蛇のように、上田くんに向かって飛びかかっていきました!

 

「がっ……! がはっ……! こん畜生……!?」

 螺旋状に巻きつくツタのように。

 あるいは獲物を締め上げる蛇のように。

 細長く伸びて曲がったスプーンの柄が、ぎりぎりと上田くんの全身を締め上げました。

 

「く、くそ……! このオレ様が……こんな……ところ……で……」

 彼のこぶしの輝きは、徐々に徐々に弱まっていきます。

 やがて意識を失って上田くんは倒れました。

 

「お? おおおおおっ!? や、やった。上田くんをやっつけちゃったよ!」

「……水野さん。僕が気を失ってる間、ケガとかなかった? 大丈夫?」

「全然平気!」

「そう。良かった……」なでなでなでなで……

「ちょっ! 何で頭をなでるかなー!?」

 

《さてさて。まずはこの学校での初勝利おめでとう。無事ウィル能力にも覚醒し、これでキミは名実ともに、異能力高校の一員だ。――でも、油断しちゃダメだよ? この学校におけるキミたちの戦いは、むしろここからが本番だ》

 

《強い能力を身につけた僕は最強だぜ、ヒャッハー! ……とか言ってたら、上田くんと同レベル。その程度の人材はあっという間に呑まれて消えるのが、ここ異能力高校のクォリティー》

 

《でも、キミの魂は、ほんの少しだけ面白い。……キミみたいな能力を欲しがったコはいたかなー。いなかったかなー。まあいいや》

 

《追伸。あとで、キミに与えた能力に、かっちょいい名前をつけとくように!》

 

《また追伸。キミの能力+水野さんの【スプーン=マゲール】のコンボで発現するこの特殊効果は、【スプーン=スネイク】と呼ぶとしよう! ずっぎゃーん》

 

 頭をやられた後遺症? 変な声が聞こえた気がします。

「水野さん……何か言った?」

「うん。上田くんをこのままにしとくと可哀想だから、先生に連絡しようって」

「ああ、そうだね。それがいい……」

 

《地上に降り立った魂よ。わたしの力のカケラを与えた使徒たちよ。せめぎ合え高め合え競い合え。千の輪廻に値する生を生き、レーテの水でも洗い流せぬ自らの形を手に入れろ。いつかこの【女神ウィル】の元へと辿り着け》

 

 だけど、たぶんきっと気のせいです……。



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平和は次のバトルへの準備期間

 上田くんを倒した翌朝から、クラスは堰を切ったように騒がしくなりました。

「えー。今朝のホームルームは連絡事項が一つあります。1番の相坂だけでなく、2番の上田竜二もしばらく入院することになりました」

 某ギャンブル漫画の名作のごとく、「ざわざわ……ざわざわ……」というざわめきが。

 

「はいはい、お前ら。落ち着け落ち着け」

「はーい、先生! それはどういうことなんでしょうか?」

「いい質問だね、31番の原さんや。でも、この学校の規定により、私たち教師は生徒の情報を、他の生徒に話しちゃダメなのよ」

 そして先生がいなくなり――

 

「――おい。お前、どう思う?」

「上田のことかい?」

「他に何があるって言うんだよ。アイツが病院送りにされただって? おいおい、悪い冗談だろ」

「ふむ。つまり、お前はこう言いたいのだな? このクラスの誰かが、あの上田とバトルしてウィンしたと!」

「……ああ、うん。そうだけどよ」

「そして、お前はオレがやったのではないかと疑って、鎌をかけているな!」

「ちっ! いや、さっきまではそうだったけど、今は絶対無理だと確信したわ」

 

「ふっ。所詮、上田のような単細胞にクラスを制覇するなどできなかったな……」

「ヤツが不在のこのスキに、我らの勢力を伸ばそうぞ……!」

「しかし、問題は誰がヤツを倒したか……?」

 

「ねえねえ。上田くんを倒したのって、やっぱりウチのクラスの誰かかな?」

「普通に考えて、よそのクラスのバカにちょっかいかける人はいなくない? いるとしたら、あのバカに代わって、ウチを支配したいと企んでるとか……」

「ミ○ミの帝王にも、ヤクザにからまれた人が別のヤクザに助けを求めて、結局そっちのヤクザに身ぐるみはがされるお話とかあったよねー」

「……原さん。あんた、どういう漫画読んでるの?」

 

「この中に、上田を倒した犯人がいる!」

「畜生! これ以上、こんなクラスにいられるか! 俺は次の犠牲者になるのが嫌だから、みんなから距離を置かせてもらうぜ!」

「バカ、高橋! その台詞は死亡フラグだ!」

 今まで上田くんに抑えられていた反動で、クラスは一気に騒がしく――

 

 昼休み。

「困ったねー、冬林くん。みんながパニックでギシンアンキだよ……」

「……そうだね、水野さん。僕らが上田くんを倒したと知られたら、一斉にみんなで襲いかかってきそうな感じ……」

 僕は教室を出て、水野さんと二人で校庭の木陰で昼食を取っています。

 

「悪いことなんてしてないのにー!」

「文句を言っても仕方ないよ。今は大人しくしていよう。クラスで仲間を探すのは、みんなが落ち着いてからのほうがいい」

 僕は手作りのお弁当。水野さんは登校する途中で買ってきたらしい野菜サンド。

 

「うぅー! 平和への道のりは遠いよー」

「遠いねー……というか、そんなものが来る日があるのやら」

 

 食事を終えて、教室に戻る途中の廊下で――

「よぉよぉ。冬林とついでに水野。お前、無事ウィル能力に目覚めたんだって?」

「先生、こんにちはー!」

 腐れ教師に対しても、水野さんは元気いっぱいな笑顔を見せます。

 

「はい、こんにちは。冬林はそんなに私を邪険にせんでくれ」

「……昨日上田くんがあそこに来たのは、先生の差し金ではないのですか?」

「そういうのは私、むしろ規則で出来ない。ただの偶然だろ。偶然」

「……そうですか」

《いえーい》

「冬林には結構いい能力が出たみたいだし。この先どう生き残りの戦略を取っていくかは任せるよ。昨日のアレは水に流して適当に仲良くしないかね?」

 妥協と和解を求めるような微妙な笑顔。

 

「……それはそれとして、私は仕事で報告書を出さないといけないの。お前のウィル能力の実験をしたいから、放課後、水野と生物準備室に来てくれる?」

 教室に戻り――

「ねえねえ、冬林くん。放課後は一体どうするの?」

「……この学校は非常識なとこだけど、担任教師のお願いを無視するのも気が引ける」

「おお! 冬林くんってばツンデレだー」

「……どこで覚えたの、そういう言葉」

 



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部活バトルって何やねん

 放課後――

「いけ、水野! お前の【スプーン=スネイク】で、人体模型のひゃっはー君を破壊するのだ!」

「って、どういうネーミングですか!」

「何だよ。ひゃっはー君は私の大事な親友なんだぜ」

 

「親友を破壊しろとおっしゃるのですか、先生は」

「科学の発展に多少の犠牲はつきものさ」

「……その犠牲とやらに、僕ら生徒も含まれていそうなのが鬱なんですが」

「いいなー、冬林くん。先生と仲が良くて楽しそう」

「どこが……?」

 実験を終える頃には、日がとっぷり暮れていて――

 

「んー。なるほど。色々と分かったな。冬林の能力で強化した能力は、二回目以降も同じ効果で変化しない。効果が出るのも一瞬だけ」

「ええ。他にも色々と……」

「でもよー。この能力は結構強力だけど、致命的とも言える弱点が二つねえ?」

「……ですね。一つは仲間がいないと戦えないこと。あと、もう一つの弱点が……」

「こっちは本当にマズイわな。お前が能力を使って戦うには、相当覚悟を決めてかからないといけないわけだ」

「ええ。昨日は上田くんだけだったからよかったですが……」

 

 翌日。

「よおよお、冬林だったっけ? お前、上田の野郎を倒したのが誰か知らないか?」

「……全然まったく心当たりがナイヨ」

 前の席の男子が話しかけてきたのですが、本当のことは言えません。

 

「むぅ! 何かやりにくいー!」

「……仕方ないよ。僕らが上田くんを倒したと知られるわけにはいかなくなった」

「他の悪い人もやっつけろー、とか言われちゃうから?」

「そうだね。断ったら角も立つだろうし。でも、僕の能力は濫発できない」

 他に人がいない中庭で、水野さんと内緒の相談をしています。

 今まで実感がなかったですが、この学校の生徒は全員がウィル能力の持ち主です。

 僕や水野さんを除いたクラスメイトの顔と名前すら、まだ一致しません。しかし、その全員が何らかの能力を持っていて、他のクラスや学年の人たちも同様。

 みんながみんな上田くんのようなコだとは思いたくないですが……

 

「うぅー! キミと私でコンビを組んで、この学校の悪い人たちをバッタバッタとやっつけていきたかったのにー!」

「……水野さんが危ないことをしなくなってくれるのはプラスかな。というか、何でそんな好戦的になってるの? 上田くんのことは穏便に説得しようだったのに……」

「冬林くんが殴られたから!」

 水野さんのみつあみが、ピョコンと揺れます。

 

「え」

「上田くんにガツーンとやられたとき、心臓が止まるかと思ったもん! あんなひどいことする人たちがいっぱいいるなら、全員やっつけちゃわないと!」

「うわー……」

 彼女の安全に僕は責任を感じざるを得ませんでした。

 

 とはいえ、しばらくは平和な日々が続きそう。

「いただきまーす! 今日も校庭でお昼だねー!」

「ちゃんとよく噛んで食べるんだよー……って、僕が言うのもおかしいか」

「いえいえ。キミのお兄ちゃん目線にも慣れました。何だかなーって感じはするけど、面白いし、まあいいよ」

 そんなに変なこと言ったつもりはないんだけどな……。

「でも、今日も美味しそうだよねー。それ全部手作りなの?」

 僕の弁当は、ミートボール、卵焼き、きんぴらなどの定番。水野さんは買ってきたらしいコロッケサンド。

 

「……一応、全部作ってるけど。でも、残り物とか作り置きがほとんどだよ? 昨日ハンバーグだったから、残ったタネでミートボール作ってまとめて冷凍しておいた。おから入れて増量してあるけど」

「冬林さんってば、マジでぱねえっす!」

「口調が変わっちゃってるよ……。食べる?」

「むぅ。味に興味はあるけど、催促したみたいで恥ずかしいな……。よし! このコロッケのカケラと交換で!」

「ありがとう。……マスタード効いてて美味しいね」

 

 穏やかな日々でした。しかし、のんびりとばかりはしてられません。

「……先生。この学校で身を守るには、どうするのがいいでしょうか?」

 ある日の放課後。毎度おなじみの生物準備室を僕は一人で訪れます。

 

「おや、珍しい。今日は水野がいないのか?」

「用事があって先に帰っちゃいました。僕は今後の相談を……」

 能力の効果を試す実験に協力して以来、担任の木嶋先生が、わずかに情報提供などをしてくれるようになりました。

 水野さんとコンビを組んでから、何となく自分が先導役に。

 

(あのコがひどい目に遭うのは嫌だし、僕の能力は一人では戦えない……。上田くんだって、いずれ退院してくるだろうし)

 だから、少しでも多くの情報を集め、今後の方針を誤らないようにしたいのです。

 

「そうねー。基本は強い能力を持った人たちがいる、どこかのグループに所属させてもらうこと。部活なんかに入るのもいいかもよ」

「……部活?」

「そう。この学校における部活動とは――一種の武力集団だ」

「何でじゃあああああああああああああああああああああ――っ!?」

「常識で考えれば分かるだろ?」

「……常識という言葉の意味が、一瞬で理解不能になりました」

 

「えーと。つまりだね。水野さん。僕らのウィル能力は一人一個で、一度発現したら固定で変化しない。だから、強い能力のコはずっと強くて弱い能力のコはずっと弱い。それが三年間続くのが嫌で、この学校を辞めちゃう生徒が多いらしいんだ……」

 翌日早朝。

 登校しているクラスメイトがまばらな教室で、昨日聞いた話を水野さんに伝えます。

 

「上田くんみたいなコが、たくさんいるってことだね! 許せない!」

「いや、強くても悪いことしない生徒もいるらしいから……。それと、強い部類の能力者でも無敵と言うには程遠い。だから自然と生徒同士が集まって、グループを作ることになるんだってさ」

「なるほど。まさに私と冬林くんみたいな感じだね」

「そうそう。ウチのクラスでも、小さなグループがいくつか出来てる気配があるし」

「それで、それと部活がどうしたの?」

「先生に言わせると、最初のうちはここの部活も普通のサークル活動だったらしいんだ。でも、いつの時代も上田くんみたいなコは必ずいる。そんなコに部活の仲間が倒されたら……」

 

 ――許せねえ! 仕返しだ!

 ――これからは部員同士で協力して身を守りましょう。

 

「そこで部活の内容に興味はなくても、少しでも戦力になってくれそうな生徒はどんどん採用していったとか……」

《ぐんかくきょーそー》

「なるほどー。でも、あれれ?」

「何?」

「それだと最後の最後には、部活同士のバトルになっちゃわない?」

「……木嶋先生に聞いてくる」

 聞きました。

 

「……なってるらしい。先生に言わせると今はマジメに部活動をやってるところのほうが少なくて、強い仲間をかき集めて少しでも自分たちの勢力を伸ばそうと、戦国時代の国盗りバトルみたいな有り様になってるだとか……」

「ひどい! 何でそんなの誰も止めないの!」

「止められるの……? どこの部活にどんな人がいるとかは教えてもらえなかったけど」

「むぅ! ひどいね……!」

 水野さんが怒りに奮えた様子で、ぷっくり頬を膨らませてます。

 

「そうだね、ひどいねー」

 この時の僕はどこか他人事で、「何を言ってるんだ、先生は……」みたいな感じだったと思います。しかし、後日――

 

「ヒャッハー! 野球部さまのお通りだぜ!」

「おらおら、ザコども! 消毒されたくなかったらどきやがれ!」

 などと言いながら校内を闊歩する、モヒカンヘアーで学生服を着て釘バットを持った十人以上の男子の集団を目撃することになったのでした。(学年は不明)

 周りの生徒たちは僕も含めて、目を合わせないようこそこそしてます。

 

「……木嶋先生。何なんですか、あの人たちは」

「野球部だよ。だから、バットを持っててもおかしくない」

「釘バット。改造。凶器。野球不可」

「部費で買ったバットをどう使おうと、基本アイツらの自由だし」

 たまたま近くにおられた先生も、顔をしかめて物陰に隠れるだけでした。

 

「注意しましょうよ! 嫌ですよ、こんな無法地帯!」

「うるさい! お前がここの教師だったらそんなことができるのか? アイツらこの学校でも一・二を争う勢力で、関わりになるのはヤバイんだよ!」

 

 さらに後日。これは僕が直接見聞きしたわけではないですが――

「ヒャッハー! 中庭にある畑を荒らしてやるぜ!」

「ひいっ! わたしたち園芸部が必死で耕した菜園がぁあああああああっ!」

「畜生! 野菜も買うと高いから、一人暮らしの食費を節約できると思ってたのに!」

「ヒャーッハッハッハッハッハッ! 他人の仕事を台無しにするのは楽しいぜ!」

「ひぃっ! おやめください! それは来年使う予定の種もみですじゃ――っ!?」

 

「ヒャッハー!」「ヒャッハー!」「ヒャッハー!」

「てめえら園芸部は消毒だ――っ!」

 

「そこまでだ! 外道ども!」

「……部長!?」

「ヒャッハー! 誰だ、てめえは?」

「3年、園芸部部長、関ヶ原(せきがはら)ケンイチ! おのれ! よくも大事な部員とみんなが手塩にかけた畑を! 野球部の下っ端どもよ、喰らうがいい! これがおれの【炎爆(えんばく)白陣(はくじん)黒狼(こくろう)蒼牙(そうが)呪氷(じゅひょう)斬滅(ざんめつ)悪竜(あくりゅう)飛翔(ひしょう)超覇(ちょうは)雷吼(らいこう)絶風(ぜっぷう)退魔(たいま)轟神(ごうしん)破衝(はしょう)天殺(てんさつ)烈空(れっくう)撃砕(げきさい)キューティーアタック】の能力だ!」

 どかーん! ずかーん! げしゃーん!

 

「ぐはっ! こ、コイツ強え!」

「農作業で鍛えた肉体と打撃系のウィル能力の相乗作用……弱小勢力だと思っていたが、部長クラスともなると侮れねえ! ヒャッハー! 誰かキャプテンを呼んで来い!」

 ずしーん……ずしーん……ずしーん……ずっぎゃーん!

 

「な……! 貴様は!」

「やい、てめえら! オレの名を言ってみろ!」

「ヒャッハー! あなた様こそ我ら野球部のキャプテンにしてリーダー、3年の渋谷(しぶや)銀之助(ぎんのすけ)部長こと、略して『シャギ様』にございます!」

「ヒャッハー! シャギ様が来られたからには、てめえの負けだぜ!」

 

「くっくっく。ウチの部員を可愛がってくれたようじゃねえか! たかが園芸部ごときに、オレさまが負けるはずがない!」

「おのれ……! おれは最後まであきらめん!」

「野球部よりすぐれた園芸部なぞ存在しねぇえええええええええええ――っ!」

 

 翌朝。

「えー、今日のホームルームでは連絡しておくことが一つあります。昨日の放課後、野球部と園芸部の間で部活バトルが起きて、後者が敗北。部長以下全員が退学し部活も解散。部費予算は全額野球部に奪われました」

 

 そこまで事務的な口調でおっしゃってから先生は――

「まあ、ウチのクラスには園芸部がいなくて良かったよ」と。

 

 僕の後ろの女の子は、ぷりぷりと怒ってました。

「むぅ! やっぱりこの学校はひどいね、冬林くん」

「……そうだね、水野さん。控えめに言っても最悪だね……」

 

「よし、冬林くん! やっぱり私たちの力ですべての悪い人たちをやっつけて、この学校に平和と統一をもたらそう!」

「出来るかああああああああああああああああっ!」

 クラスがざわざわしてたので、このやり取りを聞く人は少なかったと思います。……誰だよ、穏やかな日々なんて言ったのは。

《しゅりょー民族 VS のーこー民族。――この学校も、まだまだこんな段階か》



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ホーリー=フィンガー

 その日の放課後。

「……水野さーん。まだ気は変わらない?」

「変わりません! こんなひどい学校で、みんな三年間も生活するなんて可哀想!」

「……それは僕も同感だけど」

 僕のウィル能力は、弱いウィル能力を強化する能力です。弱点の一つが仲間がいないと戦えないこと。

 

「でも、無理して付き合ってくれなくてもいいよ。危険な戦いになるのは間違いないし。私のことは気にしなくていいから、冬林くんは自分の安全を第一に考えて!」

「ああああああああああ…………!」

 だけど、たった一人の仲間が単独行動しそうな勢いで、彼女が倒されでもしたら僕自身の身すら危ういです。

 

「ねえ、水野さん。無理するのは良くないよ。千里の道も一歩からと言うじゃない? 今は地道に力をつけることを優先すべきかと思うんだ」

「具体的にどうするの?」

「……作戦会議だったら、よそでやって欲しいんだけどなー」

 放課後の生物準備室でした。パソコンでお仕事をしてらっしゃる先生に申し訳なく思いながらも、他に行くところがありません。

 

「とりあえず、キミ以外にも仲間を増やしたいと思うんだ。それも、なるべく弱いウィル能力の持ち主を」

「キミの【ずぎゃーん=ボム】が使える相手ってこと?」

「……ちょっと待って。何それは?」

 

「キミのウィル能力の名前だよ。肩に触られた途端、ずぎゃーんとエネルギーが流れてきて、それがボーンと爆発する感じだから【ずぎゃーん=ボム】!」

「……えーと」

《却下♪》

「思いつきでつけただけだから、もっとカッコいいのがあったら変えてもいいよ」

「……とりあえず仮名ということで」

《よしよしよし》

 

 1年B組35番 冬林要

 ウィル能力名 【ずぎゃーん=ボム】(仮)

 効果 弱くて戦闘に向かない能力を強化する。ただし……

 

「……色々実験したけれど、僕の能力は使い勝手が今イチだよね。弱点の一つが同じ相手には同じ効果しか出ないこと」

【スプーン=マゲール】→【スプーン=スネイク】(効果は固定)

 

「僕らのグループにキミしかいないと、敵の能力次第では絶対に勝てない可能性もあるんだよ」

「私のスプーン攻撃を、正面から受け止められるみたいな?」

「正面からとは限らないけど」

「んー。でもさ、冬林くん。私たちが声をかけたとして、その人は素直に仲間になってくれるかな? 思ったんだけど……」

 

 ――やあ! 僕は冬林要。僕は弱くてカスなウィル能力を、強くできる能力を持っているぜ、ずっぎゃーん!

 弱い能力者(本当かよ……?)

 

 ――だから、もしキミの能力が全然戦闘に向かない能力だったら、僕らの仲間になっておくれよ!

 弱くて疑い深い能力者(これ、騙される可能性もなくないか? 『ぎゃははー! バッカでえ! 僕の能力はそんなのじゃ全然ねーよ! てめえの能力がカスだってのを確かめるために嘘をついただけなのさー!』みたいになる可能性も……)

 

 ――さあ! 僕らの仲間になってくれる?

 ――やなこった。

 

「なんてなっちゃう可能性もなくはない?」

「確かにね……。ずっぎゃーんはさておいて」

「あと逆にね、上田くんみたいな人だったら……」

 

 ――こんにちは。僕は冬林要です。弱い能力を強くする能力を持っていて、ただいま仲間募集中!

 強くて悪い能力者(オレには関係のない話だな……。いや、待てよ? これが本当ならコイツは仲間がいないと戦えない? 一人でいるところを狙えば楽勝で……!)

 

「みたいになっちゃわない?」

「……そうだね。やっぱり自分の能力をバラすのはリスクが大きい……。わざと嘘の能力を教えて勝負を有利にする人もいるだろうし」

 

「どうしよっか?」

「でも、幸い僕らには一人だけ心当たりがある」

「誰それ?」

「……茶しぶくん」

「もしかして相坂くんの名前を忘れてる?」

 

 1年B組1番 相坂祐一

 ウィル能力名 【ホーリー=フィンガー】

 効果 指で触れることで、湯飲みなどについた茶しぶを落とす。

 

「……そ。そのアイサカくん。とりあえず彼は強いとは言えないタイプの能力者だと思うんダ」

「ぶっちゃけザコだって言いたいの?」

「……入学式の日から恐れを知らず果敢に上田くんに立ち向かい、自らの能力さえも披露してくれたヨネ」

「初日から信じられないほどアホなことを仕出かしてる?」

「……全然学校に出てきてないから頼れる仲間や友達もいないハズ」

「退院してからもハブられそう? 上田くんが調子に乗っちゃったのは相坂くんのせいだとも言えるわけだし」

「……彼も病院でひとりっきりで心細いだろうし。僕らがお見舞いに行ってあげれば少しは喜んでくれるカナーと」

「ケガで心身ともに弱ってるところに、つけ込もうという作戦かな?」

「……水野さん。オブラート、オブラート、オブラート!」

 全部図星。

 

「あのさ、お前ら。病院に行くのはやめておけ」

 パソコンから目を離さずに僕らのやり取りを聞いていた白衣姿の先生が、ぼそりとアドバイスしてくださいます。

 

「……木嶋先生。どうしてですか?」

「今のあそこは危険だから。バスケ部とバレー部のケガ人が入院してて、双方負傷者に手出しをされないよう兵隊を出し合って牽制(けんせい)してる」

「何をおっしゃっているのか、まったく理解が不能です……!」

「実はお前らが入学する少し前、バスケ部とバレー部の間で中規模な武力衝突が起きてたんだ。その時のケガ人が今も病院に入院してる」

「どうして学校の部活動で、武力衝突なんて単語が出てくるんじゃ――っ!」

 

《それがここ異能力高校のクォリティー♪》

 

「あ……。何だかスポンサー様がご機嫌っぽい……」

「誰ですか、スポンサーって」

「秘密。ざっと説明すると、バスケ部とバレー部の間でバトルがあったの。今は休戦してケガ人には手出ししないと約束したが、そんなの当てになるか分からねえ」

「……協定破りをされないよう、お互いがお互いの仲間を守ってる?」

「そ。今のお前らが病院に乗り込むのは、紛争してる国の国境地帯に素手で観光に行くようなものだから」

「……迷惑な人たちだ。相坂くんや上田くんは大丈夫でしょうか?」

 クラスメイトなので。一応は。

 

「……じゃあ相坂くんと接触するのは、彼が退院してからのほうが安全ですね」

「見舞いに行ったほうが、心証は断然よくなると思うがね」

「……水野さんの安全には代えられないです。どうしても仲間にしなくちゃならないわけでもないですし」

「まあ、お前みたいな能力持ちでもない限り、アイツを欲しがるヤツなんていないだろ。ちなみにホーリー=フィンガーの使い手は、あと一日か二日で退院だ」

「それは貴重な情報です……。いいんですか、そんなの教えてくれて?」

「んー。たぶんバレるとヤバイから内密で」

 

「ねえねえ、冬林くん。いいことを思いつきました!」

「……水野さん。何?」

「私たちも部活を作って、他の勢力に対抗しない?」

「却下! 僕らみたいな弱小勢力が旗揚げしたって、あっという間に潰される!」

「むぅ。いいアイディアだと思うのにー!」

「冬林が正解だろうよ。今は大人しくしてたほうがいい。この時期は各部も新入生を勧誘するのに忙しくって、どちらかと言えば平和だし」これで?

 

「つまり戦力になる生徒を集めてから、戦いが本格化するということですか?」

「そ。どこにも入れてもらえなかった帰宅部たちが次々と消えていくのも風物詩」

「……最悪だー、この学校」

 しかし、そうなると今後の方針は限定されます。

 

「じゃあ、水野さん。これからの僕らはこんな感じで――」

 ①相坂祐一くんが退院したら交渉して仲間に入れる。

 ②自分たちと気の合いそうな、あるいは実力を買ってくれそうな部活を見つけて、入部させてもらう。

 

「むぅ。相坂くんはともかくとして、部活に入るってどういうこと? 既存の勢力なんかに取り込まれたら学校制覇の目標が遠のいちゃいます!」

「女の子が危ないことしちゃいけないの!」

「むぅ!」

「……水野さん。ものは考えようだって。この学校の人だって、みんなが極悪人なわけないじゃない。弱いコを助けてあげたいとか、学校を平和にしたいだとか、そう考える人たちだっていなくはないハズ……」

「なるほど! そういう人たちと仲間になればいいんだね!」

「そうそうそうそう……」

《口先三寸》

 彼が退院してきたのは、その翌日でした。

 

「やあっ! みんな元気にしてたかい! 1のBのスターにしてアイドル相坂祐一が、今日からみんなと一緒の時間を過ごせるようになったぜ! はっはっはー!」

「ぶっ!」

 朝。入学式以来で教室に姿を見せた相坂くんは、とても元気で朗らかでハンサムでステキな笑顔で登場でした。

 

「……誰だ、アイツ」

「ほら。上田にぶっ倒されてた野郎だよ」

「ああ! 思い出した、あのクソザコ!」

 しかし、それがかえってですね……

 

「……あの野郎。何をへらへらしてるんだ。てめえが余計なことしたせいで、俺らがどんな思いをしたと思ってやがる……!」

 クラスでの反感を買ってると言いますか。

 

「フ。あのようなザコが、のこのこ舞い戻ってくるとはな……」

「あやつを血祭りに上げ、我らが野望の足がかりにしてくれようぞ……!」

 誰だ、コイツら。

 

「んー。何だい、みんな怖い顔して。俺たちはこれから三年間を過ごす仲間じゃないか。みんなスマイルで仲良くしようぜ! ん? ミスター上田はお休みかい?」

 ――オマエヲコロス、オマエヲコロス、オマエヲコロス……

 

「よし! 冬林くん。さっそく相坂くんを仲間にするよ!」

「空気読もうよ! 水野さん!」

「あー。お前ら、席に着けー。今日から相坂が登校なので欠席は上田一人だけな」

 木嶋先生が教室に入ってきて、朝のホームルームが始まりました。



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茶道部へ

「オッケー! 俺はキミらの仲間になるぜ! 一緒に楽しい三年間を過ごそうな!」

「よろしくね! 相坂くん!」

「俺のことはジョニーでいいぜ!」

「私のことは水野でいいよ。やったね、冬林くん! 相坂くんが仲間になった」

「……僕にとっては、気苦労が倍になっただけのような」

 

 ホームルーム終了後。

 水野さんを説得するのは無理そうなので、殺気に満ちた教室から相坂くんを廊下に連れ出し、「嫌なら断ってくれてもいいよ」というニュアンスをにじませつつ、彼を仲間に入れる交渉を。

 

 しかし、成功。

(……何だって、僕がこんな苦労を)

 仲間は増えたが脳内ではファンファーレでなく、呪いのアイテム装備時の効果音が鳴っています。

「む。何だか、微妙に扱いが悪い気がするぜ。ジョニーとも呼んでくれないみたいだし。仕方ない、ミスター冬林。代わりに俺がキミのことをジョニーと呼ぶぜ!」

「やめてよ!?」

 しかし、確定。

 

「それで、ジョニー。これからどうするんだい?」

「……そうだねー。僕らじゃ戦力が足りないからさ。どこかの部活に入れてもらうしかないと思ってる。……誰かさんがクラスで嫌われているから大至急!」

「どこに入部するとかは決めてるかい?」

「いや、全然……」

「だったら、俺のアイディアを聞いてくれるか? 俺の能力を知ったら、絶対に歓迎してくれそうな部活が一つだけあるんだよ!」

「……へ? どこ?」

「うむ。聞いて驚くなよ! ――茶道部さ!」

「……さどうぶ?」

 茶と聞いて少し辟易(へきえき)した。世間に茶人程勿体振(もったいぶ)った風流人はない。広い詩界をわざとらしく窮屈に縄張りをして、極めて自尊的に、極めてことさらに、極めてせせこましく、必要もないのに鞠躬如(きっきゅうじょ)として、あぶくを飲んで結構がるものは所謂(いわゆる)茶人である。あんな煩瑣(はんさ)な規則のうちに雅味(がみ)があるなら、麻布(あざぶ)聯隊(れんたい)のなかは雅味で鼻がつかえるだろう。廻れ右、前への連中(れんじゅう)(ことごと)く大茶人でなくてはならぬ。あれは商人とか町人とか、まるで趣味の教育のない連中が、どうするのが風流か見当が付かぬ所から、器械的に利休以後の規則を鵜呑みにして、これで大方風流なんだろう、と(かえ)って真の風流人を馬鹿にする為めの芸である。(夏目漱石『草枕』)

 

「……茶道部がどうして、キミを歓迎してくれるわけ?」

「フ。ジョニーともあろうものが察しが悪い。茶道部といったらお茶を飲むだろ? 湯飲みが汚れる。それを俺の【ホーリー=フィンガー】で浄化する……!」

「スゴイ! ナイスアイディアだよ、相坂くん!」

「……どこが?」

「はっはっは! 俺のことはスティーヴと呼んでくれたまえ!」

 

 昼に生物準備室を訪れるのは、恒例になりつつありました。

「……申し訳ございません、木嶋先生。放課後にお邪魔したいので、茶道部の部室がどこか教えていただけませんでしょうか?」

「え? マジで行く気なの? 『そんなの歓迎されるわけねーだろ』とか『学校制覇の目標はどうなった』とかツッコんだ?」

「言いましたよ! でも、二人とも聞く耳を全然持ってくれないし……!」

 

「ホーリー=フィンガーを強化したらどうなった?」

「……試してるヒマがなかったです。それで、先生」

「んー。どうするかな……。前に調査に付き合ってもらった分は、すでに返したような気もするんだが……」

 木嶋先生は机に座ったまま、難しそうにブツブツ呟きはじめます。

 

《ほほーう。茶道部さどーぶ茶道部ねー。ユミノちゃんのところに、このコの能力が加わったら……いいね! 面白いことになりそうじゃん!》

《言っていいよ。葵ちゃん》

 

「……分かった。どうせ押し問答になるだろうしな。茶道部の部室を教えてやろう」

 こうして放課後に茶道部へ。

 

「帰れ帰れ! 帰りなさい! 部長は今大変な時期なんです! あなたたちのような、どこの馬の骨とも知れないアンポンタンどもに構ってるヒマはないのですです!」

「そうだね。ご迷惑おかけしました。ごめんなさい。それじゃあ、水野さん。相坂くん。帰ろうか」

「ちょっと待った! 冬林くん」

「へい、ジョニー! ここで引き下がっては男がすたるぜ!」

 

 放課後。

 文化系の部室が集まるという、プレハブ棟の一室を教えられておりました。

 

「しかしノックして出てきた女の子に、すげなく『帰れ!』と言われたので、僕ら三人は茶道部入部を諦めたのでした……」

「早すぎだよ! 冬林くん」

「ネバーギブアップだぜ、ジョニー!」

「……いきなり押しかけるのって、そもそも失礼だったかも知れないし」

 詳細は省きますが、今日だけでエネルギーと気力を使い果たしておりました。

 そこに茶道部の部室前で口の悪い女の子に出くわして、僕はグロッキー寸前に。

 

「冬林ジョニーくんとおっしゃるのですか? 後ろの二人に比べて、キミはマトモな感じですね。でも存在自体が目障りなので、やっぱりどこかに消えてください」

「ジョニーじゃないよ! 要と言います」

「はん! 勘違いするんじゃねーですよ! あなたのファーストネームなど、茶道部には何の価値もないクズ情報。というか、てめえ様の人生で、下の名前で呼んでくれる女の子なんて、身内やご家族以外に現れませんですからね!」

「ひどい……!」

 現れたのは、警戒心の強い猫のような目で、こちらを見上げる女の子でした。

 とても小柄な体格で制服姿が中学生に見えます。私服だと、もっと幼くなるかも知れません。肩くらいまでの黒髪を黄色のゴムで二つに分けて縛っています。

 素朴な日本人形を思わせる顔立ちで、可愛らしいと言えばらしいのですが、少し目つきがキツくて口が悪い……。

 

 何となく同じ1年生の感じはするのですが……

「あのですね、茶道部の部員さん」

「何ですか? このゲロ野郎」

「……………………帰ります」

「帰っちゃダメだよ! 冬林くん!」

「へい、ジョニー! そこは粘るところだぜ」

「あんたら三人とも、はよ帰れ!」

「仕方ない。ジョニーに代わって、俺が交渉させてもらうぜ!」

「相坂くん。がんばってー!」

「ああ、うん。頑張って……」

 

「へーい! 美しいお嬢さん!」

「何です。見てて鬱になるブ男さん」

「俺と結婚しようじゃないか!」

「ぶっ!」

「嫌です」

「ミーとマリッジしませんですかー?」

「……いっぺん死ぬがよろしいかと。鏡でしたら手洗いに。それとも何ですか? あなたみたいなブ男に配慮して、ウチの学校の男子トイレには鏡を置かないことにしてるのでしょうか?」

「瞳に映るお互いの姿を見つめ合えば、俺たちにそんなの必要ナッシング!」

「キモイ! うざい! 死ね! うっとうしい!」

「ちょっ! 相坂くん。マジギレされてる!」

 

「おお! 相坂くんが茶道部のコを口説き落としてる!」

「……水野さん。僕の目には好感度が、がんがん低下しているようにしか……」

「そのままマイナスを極めてオーバーフロウだ!」

「難しい言葉を知ってるね……!」

 

「ああもう! 本っ当に、クソうっとうしいですね! あんたらは!」

「仲間を代表してゴメンナサイ……」

新山(にいやま)さーん。さっきから何を騒いでますの?」

 部室のドア越しに柔らかい女性の声が。

「はうっ! な、何でもありません! 部長!」

「あ! バカ……!」

「誰がバカですか! このジョニー!」

「ゴメン! でも、そういうことを言っちゃうと……」

 

「おお! 今ここの部長さんがいらっしゃるのが明らかになったよ! 相坂くん」

「ああ! 何としてでも新山ちゃんを口説き落として、俺らを仲間に入れてもらうぜ! ミス水野!」

「あぎゃーっ!?」

「こうなるじゃん……」

 

「うぐぐぐぐぐ……! よ、余計なことを言ってしまいました。不覚ですです」

「……僕の仲間がご迷惑をおかけして申し訳ありません。えーと……新山さん?」

「マジで迷惑ですから、とっとと帰れ」

「帰りたいのは山々だけど……」

「新山ちゃんというんだね。同じ部員同士の仲間として俺と愛を語ろうぜ!」

「一緒に頑張って、この学校を平和にしよう!」

「……この二人をキミならどうにかできる?」

「山に埋めるか、海に沈めちゃっていいのでしたら」

「この学校で洒落にならない冗談はやめようよ!」

 そんな風に騒いでいますと……

 

「うーるーさーいー! 何なんですの、さっきから!」

「はううっ! も、申し訳ございません、部長! 実は変な連中が来てまして……」

 新山さんが一度部室の中に入ります。

「敵ですの?」

「いえ。口では入部希望だと言ってますです。でも、信用していいものか……」

「ということは1年生? 何組ですの?」

「三人ともB組だと言ってます」

「木嶋先生のクラスですわね……。んー。では、新山さん」

「は……はい!」

「戦力をまったく補充しないというわけにもいかないです。何となくの直感で運を天に任せちゃいましょ。あのですわね、新山さん。【バナナ=カウント】を使ってください」

「何ですとー! 封印していた、わたしの能力を使えとおっしゃるのですですか!」

「ええ。例のアレの回数が三人合計で奇数だったらお招きする。偶数だったら、お引き取りを」

「はい!」

 

 その頃、僕らは部室の外で――

「……相坂くん。女の子に軽々しく結婚するなんて言っちゃダメだよ」

「何を言ってるんだい、ジョニー! 俺は本気でプロポーズしたんだぜ。――俺、この学校を卒業したら一目惚れしたあのコと結婚するんだ……!」

「やめてよ! キミに死亡フラグを立てられると、僕と水野さんまで巻き添えだ!」

「こら、二人とも! ケンカなんてしちゃダメ! 私たちは一緒に学校を平和にする仲間でしょ! めっ!」

「……水野さんに怒られるとは」

「娘は父親の背中を見て育つものだぜ?」

「……娘じゃない。せいぜい手のかかる妹が、もう一人増えたって感じだよ」

「むぅ。すっごく失礼だー!」

 かなり騒がしくしてました。

 

「あんたら、やかましいですですよ! ウチの部室の前でクソったれどもに騒がれると、あとで近くの部活から茶道部が悪く言われてしまうのですです!」

「……この学校でも普通のご近所トラブルとかあるんだね。いや、むしろそういう小さなトラブルが、みんなが超能力なんか持ってるせいで……?」

「何を感心したように言ってるのです? このジョニー!」

「新山さん。実は僕をジョニーと呼ぶのは、キミと相坂くんの二人っきりだけなんだ」

「失礼しました。冬林さん」

「いいけども。それで新山さん。キミたちの部長さんは一体何て……?」

「……あなたたち三人を、お招きしろとおっしゃいました」

 

「え……?」僕。

「おおっ」水野さん。

「やったぜ!」茶しぶくん。

 

「追い払えともおっしゃいました」

「どっちなのさ……?」

「さあ? どっちになるかは、あなたたち全員の過去の行動次第です」

「……過去の行動?」

 

 その瞬間。

「――【バナナ=カウント】」

 新山さんの両の瞳が――淡く淡く輝きます。

 

「じー――――……っ」

「あの……? 新山さん?」

 その目でじっと食い入るように、僕の顔を見上げてきます。

「冬林さんは――『0回』ですね」

「……何が?」

「質問には答えません。続いて水野さん」

「はいはーい! 何かな?」

「じー――――……っ」

「おお! 何だろ何だろ! じー――っ!」

「……! あんたは見なくていいんですよ! 水野さんも0回と……」

「あの、新山さん。さっきから一体何を……?」

「質問には答えません。説明も一切いたしません。ところで冬林さん。0足す0は、いくつですです?」

「……引っかけ問題でないのなら、0以外にないと思うよ」

「0は奇数ですか? 偶数ですか?」

「偶数」

「そうですか。では、どっちになっても恨まないでくださいね!」

「~~~~?」

 茶道部の新山さんの能力は……

 

「……最後に。そこのアホ」

「何だい、ハニー。俺のことはダーリンと呼んでくれてもいいんだぜ?」

「うるさい。この脳たーりん! とにかく、最後はあんた次第で決まります。わたしの【バナナ=カウント】で、あなたの顔に浮かんで見える数字はと……」

「おおーう! 情熱的なまなざしだ!」

「キモイ! 黙っとれ!」

 まだ秘密。

 

「おお! 相坂くんと新山ちゃんが見つめ合ってる! けっこうお似合いのカップルに見えなくない?」

「……水野さん。僕、ハリセンとか常備したほうがいいのかな?」

「質問を質問で返された!? しかも、よりにもよって何それは!」

「……いや。相坂くんが抱きついたり、ちゅーしようとしたら止めないと……」

「あははー。大丈夫だよ。相坂くんもそこまでバカじゃないってば」

「……彼がどの程度のバカかを見極めるのは、僕にはすっごく難しい」

「さらりと、ひどいこと言ってるよー? あ。新山ちゃんのお仕事が終わったみたい」

 

「ぬぐぐぐぐ……!」

「おーう? もう俺を見つめてくれないのかい? 照・れ・屋・さ・ん♪」

「……遠くにいるお父さんお母さん。そして兄弟姉妹たちよ、ゴメンナサイ。あなたたちの娘は、自分の家族を犯罪者の身内にしてしまうかも知れません……!」

 

「……あの、新山さん。こぶしをプルプル振るわせてるのは、もしかして『助けてください』のサインかな……?」

「冬林さん……。あなたの特徴のない凡庸なツラを見てますと、ささくれだった神経が、わずかながら癒されていくのを感じますです……」

「……僕なんかの顔が精神安定のお役に立てるなら何よりで」

 

「それで、新山ちゃん。相坂くんは何回だったー?」

「水野さんは、もうちょっと空気を読んでくれようか!」

 茶道部部員の新山さんは、ぷるぷると悔しそうにこぶしを震わせながら、

「……1回です」と言いました。

 

 0+0+1=1

 合計――奇数。

 

「……それでは、茶道部にお招きします。くれぐれも部長に失礼のないように!」

「はっはー。俺が愛するハニーのお世話をしてくれてる人に、失礼なんてすると思うのかい?」

「主にてめえに言ってるのですよ! ブタ野郎!」

 



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異能力高校入部試験(茶道部部長 松川弓乃)

「失礼しますです、部長! 口では入部希望だとか抜かしている、不審人物三名様をご案内です!」

 茶道部の部室内は雑然としていて、茶道に関係のないガラクタが所狭しと積まれている印象です。畳などもなく、床がむき出し。

「ご苦労様です、新山さん。あとのことは、わたくしにお任せくださいな」

「はい、部長! と、その前に……」

 散らかっている室内ですが、不潔な印象はありません。

 僕らを案内した茶道部部員の新山さんは、清掃具の入っている部室内のロッカーから一本のほうきを取り出して、逆さまにして壁に立てかけました。

 

「どうぞどうぞ。お入りください。茶道の基本はおもてなしですからね。どうかごゆるりと、おくつろぎを!」

「……あからさまに、とっとと帰れと言ってるね」

 古臭い迷信を知っています。

 

「……冬林さんは、まだギリギリでマシなのですよ」

「ギリギリなんだ……」

「ただ、後ろのアホ二匹がボーダーをぶっちぎりで下回っていると言いますか……」

 

「うわーい! ありがとね、新山ちゃん!」

「はっはー! 俺の愛が通じたぜ!」

「……コイツらみたく脳みそ空っぽで生きられたら、人生が楽しくて楽しくて仕方ないでしょうねー。あー、うらやましい、うらやましい。……けっ!」

「すごい勢いでやさぐれてるね……!」

 そのとき、部室の奥から柔らかい声がします。

 

「あらあら。にぎやかですわねー。こんなにお客様がくるのは何年ぶりかしら?」

「申し訳ございません。おたくの部員さんには、大変ご迷惑をおかけして……って」

「うわっ! すごい美人さん!」

「ああ、うん……。本当だ……」

「はっはー! ミス水野の台詞に、ジョニーが素の反応をしているぜ!」

 部室の奥にいるのは、とても美しい女子生徒でした。

 流れるような長い黒髪に陶器のように白い肌。柔らかい輪郭に、スッと通った鼻筋。穏やかでおっとりな笑顔ですが、こちらを深く貫くような瞳が印象的です。

 水野さんや新山さんと同じ学校の制服姿なのですが、彼女が着ているそれは妙に大人っぽく、夜会のドレスのように洗練されているように見えました。

《――ちなみに、お胸もぽよよんです。新山さんは、まあ普通?》

 

 奥のほうに小さな正方形の机があり、ちょこんと背もたれのない椅子に。

 窓からは西日が差し込み、こちらの様子を微笑ましそうに見守る彼女の姿に、柔らかな光をそえていました。

「茶道部にようこそ。新入生のお三方。――わたくし、3年の松川(まつかわ)弓乃(ゆみの)と申します。

 ここ異能力高校の茶道部の部長を務めさせていただいておりますわ」

 にっこり。

 それが松川先輩との初対面。

 

「ヨロシクお願いイタシマス……」

 耳のあたりが、じんわり熱い。

「おお! 冬林くんが赤くなってる! てっきり世の中の女の子は、妹さんの延長くらいにしか見えてないのかと思っていたよ」

「……水野さん。僕は別にシスコンじゃないからね?」

「あらあら。仲がよろしいですわね? お二人は恋人ですの?」

「違います!」

「反応早! 恋の予感?」

「だから、水野さん。違うって!」

「くすくすくす。可愛らしいコたちですわねー」

「あぅうううう……!」

 水野さんや新山さんを相手にするのと違ってやりにくい……。

 

「はっはー! そうか! ジョニーの弱点は年上のキレイなお姉さんだったか!」

「……だから、違うって!」

「ふふーん。ウチの部長なら当然です! ……でも、警告しておきますよ? そっちのクソ野郎にもです。いくら松川部長が美人といえど……!」

「へーい! 松川先輩! この学校を卒業したら俺と新婚旅行に出かけません?」

「? わたくしが結婚するのに合わせて、キミも他のコと結婚なさいますの?」

「わーお! さらりとフラれたぜ! でも、いいなー。キレイなお姉さんに、すげなくあしらわれるのってゾクゾクする……ごほへっ!?」

 気が付くと、僕は彼の脳天に一撃を入れていました。

「相坂くん! これからお世話になるかも知れない人に失礼なこと言うな!」

「てめえは、わたしの言うことを聞いてなかったのですですですか! その腐った脳みそには何バイトの記憶領域しかないんじゃ、ボケボケボケ!」

 いつの間にか、新山さんの右足も彼の腹部に。

「ふ……二人とも……いいツッコミチョップとキックだったぜ……ばたんきゅー」

 僕と新山さんのダブルアタックで【ホーリー=フィンガー】の相坂くん撃沈。

 

「あらあらあら」

 

「おお! 一目ぼれした先輩にちょっかいかける相坂くんに、冬林くんがジェラシーだ。新山ちゃんは、さっきプロポーズされたばかりなので怒ってる!」

「……水野さん。それは違う」

「名誉毀損にもほどがあります!」

「はーい! 松川先輩! ユミノって不思議で可愛い響きですけど、どういう字を書くんですか?」

「……聞いてよ」

「聞きなさいです!」

 ……新山さんに親近感。

 

「弓矢の弓に、乃木大将の乃ですわ。んー、水野さん」

「おお! 字は普通。簡単。でも、ちゃんと読めるしカッコいい!」

「ありがとうございます。水野さんのお名前は?」

「おだまきです! ひらがなで!」

「苧環ですの……。滅多にないけど、いい名前だと思いますわ」

「ありがとうでーす!」

 

「……すごいな、水野さん。初対面の先輩とあっという間に和んでる」

「ウチの部長の人徳ですですよ。あの人、弱い者には優しいのです」

「そっか。この学校にもマトモでいい人はいるんだね……」

「何をしみじみ言っちょりますか」

「ゴメン。入学式以来、ずっと殺伐とした日々を生きてきたものだから……!」

 

「ねえねえ、新山ちゃん! そう言えば!」

「……何ですか。うざくはないが、うるさいの」

「おお! デレた! 新山ちゃんってクラスは何組?」

「デレとらん! ……C組ですよ。1年の」

「おお! 隣だね!」

「はいはい。隣です隣です。質問は以上でよろしいですか? 水野さん」

「新山ちゃんのお名前は?」

「……! 部長。そろそろ本題に入りましょう!」

「あれ?」

 

「そうですわね。ちょうど一人倒れてますし。三人ともこちらに座ってもらえます?」

「ああ、ハイ……ってアレ?」

「どうしたの?」

「……水野さん。今さらりと先輩の台詞が黒くなかった?」

「それは恋だよ! 冬林くん」

「文脈が通じてないよ……」

「微笑ましいやり取りは、そのくらいにしてくださいな。どうぞ、冬林くん。椅子ですわ。水野さんはこちらに」

「あ。どうもありがとうございます……」

「ありがとうでーす!」

 部長自ら、椅子を用意してくれたので腰かけます。

「新山さんは、わたくしの左に」

「はい、部長!」

 相坂くんを除く僕ら四人の位置関係は――

 

   新山

 松川 ■ 冬林

   水野         ――となりました。

 (■はテーブル。新山さんの後ろが窓で、松川先輩の後ろが壁)

 

(……しまった。この席だと正面から見られて緊張する……)

「あら。どうなさいましたの? 日が差し込んでまぶしいとか?」

「いえ……」

「でしたら、もうちょっと、わたくしのほうを見ていただけます? 顔をそらされると話しにくいですわ」

「ああ、ハイ。努力イタシマスデス……」

「あははー。冬林くんが照れてるよー。新山ちゃんも応援してね!」

「そこで伸びてるアホたれに比べれば、そっちのヘタレは安全牌ですね」

 ラブコメかよ! な空気が室内に流れます。が、しかし――

 

「……それで松川先輩。僕ら三人が茶道部を訪れた用事なのですが……アレ?」

「どうしたの?」

「……ねえ、水野さん。このテーブル、おかしくない?」

「? ホントだ! 何でサイコロが入ってるの?」

 先に気が付いたのは僕でした。

 四人が座るテーブルの真ん中にはプラスチックのケースが埋め込まれてあり、中には二個の六面体サイコロが。

 さらに四辺の部分には、細長い長方形の溝がついています。

 

「……もしかして、全自動卓というやつですか? 麻雀の」

「ええ。よくご存知ですわね」

「……父が欲しがってたんです。でも高いし邪魔だし、母さんに怒られるって嘆いてまして。僕はやったことないですし、父さんの漫画を読んでたくらいですけど」

「そう。でも、ルールはご存知と。では、せっかく四人メンツがそろってることですし、入部試験も兼ねて打ちますか?」

「……へ?」

 にこにこと笑顔を浮かべたまま、茶道部部長の松川弓乃先輩は、白くて細くて長い指で牌をつまむ動作をしてみせました。

(……茶道部に来たはずが、何故に麻雀対決に?)

 しかも、打つを「ぶつ」と言ってるあたりが本格派。

 

「はーい! ごめんなさい! 私、このゲーム知りません!」

「あらあら。簡単ですわよ、水野さん。最初に1000点の手であがったら、あとの全局九種九牌で流して勝利です」

「? きゅーしゅきゅーはい?」

「……松川先輩。どう考えてもそれは確率が低すぎです」

「部長にツッコミを入れるとは何事ですか……と言いたいですが、わたしも確かに今のはどうかと思います」

「可愛がってた部員に裏切られましたの……。めそめそめそ」

 泣き真似をする先輩もお美しい顔でした。……が、スルーしたほうがよさげだと、僕の直感がアラームON。

 

「新山さんも麻雀やるの?」

「パソコンで遊ぶ程度です。リアルで打ったのは数えるほどしかありません」

「……こっそりネト麻の段位とか持ってたりしない?」

「ご想像にお任せします」

「むー。知らない言葉ばっかりでつまんないー!」

 水野さんがむくれるが、問題はそこではないのです。

 

「あらあら。では、どのゲームで勝負しましょうか? ウチには何でもありますわよ。将棋、囲碁、チェス、オセロ、ドミノにバックギャモン。トランプやウノや花札はもちろん、ボード系なら、人生ゲームにモノポリーなんかも……」

「ちょっと待ってください。ここは茶道部の部室ですよね?」

「ええ」

「百歩譲って、ゲームがたくさんあるのはいいとして……」

 部室内をざっと見回します。

 畳……なし。

 掛物……なし。

 花入……なし。

 倒れている相坂くん……(今のところ)関係なし。

 その他、杓や釜など茶道に使いそうな道具……影も形も見当たらない。

 

「……茶道の道具が全然ないのは何故なんでしょうか?」

「もともと、ここはゲーム部の部室でしたから。茶室は別に校舎の外にありますの」

「ゲーム部?」

「ええ。将棋部や囲碁部やその他が合併してできた、結構大きな勢力でしたわよ」

「……過去形ですか?」

「過去形ですの」

「……過去形になった理由を、お聞きしてもよろしいですか?」

「何となく察しはつきません?」

「……ついてしまうのが嫌なんですよ!」

「あらあら」

 口元を押さえて微笑む松川先輩からは、ブラックなオーラが発散されてる……?

 

「? どういうこと? 新山ちゃん」

「フ。察しが悪いですね、水野さん。つまり、わたしたち茶道部は――」

 そして僕の予想の通り――

 

「――わたくしたち茶道部は、部活バトルでゲーム部を潰して、この部室を乗っ取りましたの。敗戦の責任を取って当時の部長と副部長は退学。残った部員たちも散り散りになりました」

「やっぱりか!」

「わたくしが1年のときの話ですから、キミたちに直接の関係はないですわよ?」

「そういう問題ではありません……!」

「では、冬林くん。水野さん。それと名前を忘れましたけど、もう一人。――あなたたち三人が部活バトルで頼りになる人材かを試すため、ちょっとしたゲームなどをいたしません?」

 松川先輩の笑顔に僕は――

 

「……帰りたくなってきましたよ」

「頑張ろう! 冬林くん」

「わたし的には、尻尾を巻いて逃げてくださっても結構ですです」

 国立ウィル能力研究大学附属高等学校。通称、異能力バトル高校。

 茶道部への入部試験スタート! でした。(相坂くんはまだ死亡中)



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交渉バトル→誕生日当てゲーム

 さて。いつの間にかゲーム対決をすることで話が決まりかけております。

「……ところで、松川先輩。わざわざ僕らをテストする必要なんてあるのですか?」

 彼女の交渉術に気付いた僕は、少しだけ抵抗を試みました。

 

「あらあら、冬林くんってば。腰が低いように見えて自信家ですわね」

「いえ。僕らの実力が図抜けて高いとかではなくてですね。……あなたたち茶道部も、そんなにすごそうには見えないと言いますか」

「む。何を失礼なことをおっしゃいますか! この男」

「じゃあ、新山さんに聞くけれど。キミたち茶道部って総勢何人?」

「わたしや部長も含めて三人です。今はいないけど、2年の先輩が一人います」

「どう考えても弱小勢力じゃん! 頭数だけなら僕らと同じだよ!」

「あらあら」

 

「……失礼を承知で言わせてもらうとですね、あなたたち茶道部に仲間を選んでいる余裕なんてあるのかなーと。増やせる戦力は増やしておいたほうが良いのでは?」

「いいところに目をつけます。ただ流されるだけの、お坊ちゃんでもないのかしら?」

 ……やっぱり。さりげなく台詞が黒い。

 

「いいのですか、部長? こんなひょろひょろ野郎に言わせておいて」

「ええ、新山さん。ただ相手に合わせるだけでなく自分の主張もきちんとするのは、むしろわたくしには好印象。簡単にイモを引くような野郎には、よその部活との交渉を任せたりできませんもの」

「おお! 好感度アップだよ、冬林くん」

「……水野さん。『イモを引く』って、ミナ○の帝王でヤクザさんが言ってた言葉のような」

「そんなの読むの?」

「……父さんがね」

 実家の書斎の本棚には、色んな書籍や漫画がありました。

 

「では、冬林くんに水野さん。キミたちはこんな話をご存知です? ――『保険会社は保険のセールスはするけれど、自分から保険に入りたがる人はお断り』」

「……何ですか、それは」

「つまり自分から保険に入りたがる人は、すでにトラブルを抱えている可能性が高いということですの。保険金の支払いが発生すれば会社にとっては損になる」

「……それが僕らに、何の関係があるのデショウカ?」

「わたくしたちみたいなヤクザな連中の仲間に加わりたいとわざわざおっしゃるからには、裏があると思うのが当然ではありません?」

 にっこりと。……凄みのある笑顔。

 

「あなたたち、1年B組でしたっけ? 木嶋先生のクラスですわね」

「……ご存知なのですか?」

「わたくしが1年の時、担任でしたの。そのご縁で今もたまに準備室にお邪魔して、世間話などもする仲ですわ」

「……サヨウデシタカ」

「あの人のお話ですと、そちらのクラスは大変だったみたいですわね? 初日に考えナシのおバカな男子がヤンキーを挑発して、クラスの雰囲気が最悪になったとか」

「……そういうこともアリマシタ」

「負けたコの名前は忘れましたが、ウィル能力は覚えてます。ホーリー=フィンガーでしたっけ? 湯飲みについた茶しぶを落とす能力」

「……湯飲みの汚れなんて、指に塩をつけてこすれば落ちますヨネー!」

「そのコがお茶つながりでウチに入部しに来たらどうしようかなーなどと、先生とお話していたのですけれど」

(あの人。そういうことは先に言ってよ……!)

「木嶋先生を責めるのは、スジ違いですわよ?」

「心を読まれた!?」

 主導権? 何それ。……な状態です。

 

 ――ヤクザにからまれた人が別のヤクザに助けを求めて、結局そっちのヤクザに身ぐるみはがされるお話とかあったよねー。

 

「さてさて。冬林くんはポーカーフェイスが上手ですわね。でも、ポーカーを知らない人が、この言葉を聞いたら『豚肉野郎の顔』とか訳しそうではありません?」

「……ポーカーの語源にもよりません?」

「かも知れません。あと、ホーリーフィンガーって結構下品なスラングだった気がするのですが、そのことを承知で能力名をつけたのでしょうか?」

「本人に聞いてみないことには何ともデスネー……」

 ロジカルに攻めてきたかと思えば、関係のないことで煙に巻く。

 

 僕も反撃の言葉を考えようとしましたが――

「新山さん」

「はい! 部長」

「水野さんの様子はどうでした?」

「へ? 私」

「ころころ表情を変えてましたよ。部長が何かおっしゃるたびに、『おお、すげえ!』みたいな感じになって、そのあと慌てたように表情を打ち消しての繰り返し」

「はい、確定」

「あっ! うー! うー……っ!」

 僕らの事情を完璧に洞察されて、すぐに交渉は詰み負けでした。

 

「……ゴメンね! 冬林くん。私の表情を読まれていたよ」

「仕方ないよ。だいじょうぶ。まだ終わったわけじゃ……」

「でも、スゴイよ! この松川先輩の洞察力と、冬林くんのウィル能力があれば、学校制覇も夢じゃ……もごもごもご!」

「? どうなさいましたの。急に水野さんの口を押さえたりして」

「……何でもアリマセン。ただの遅れてやってきた中二病です」

「学校制覇がどうだとか……」

「気のせいですよ。僕らみたいな1年生の弱小集団が、身の程知らずな野望を持つはずがないじゃないデスカ。はっはっは」

「ぷはっ! 失礼なこと言われてる――っ!」

 

「では、それは保留にしまして冬林くん。わたくし、キミのクラスの上田くんとやらは危険人物かも知れないと、頭の隅っこに留めておいておりました。彼が何者かに倒されて入院しているという情報も掴んでいます」

「優秀なアンテナをお持ちデスネー……」

「冬林くんが【ホーリー=フィンガー】の持ち主ですの?」

「違います」

「では、あっち?」

「……ええ。あっちです」

 

「あれ? いいの、冬林くん。相坂くんの能力をバラしちゃって」

「……仕方ないよ。どうせウチのクラスの誰かに聞けば分かることだし。変な嘘をついたりしたら、かえって心証がマイナスだ」

「おお、なるほど!」

「上田くんを倒したのは、あなたたち?」

「……ええ、そうです。僕と水野さんでやっつけました」

「ふーん。なるほど……」

 

「ねえねえ、新山ちゃん新山ちゃん。何を松川先輩は考えているんだろう?」

「……何でそれをわたしに聞きますか。まあ、すぐに分かりますよ」

 

「上田くんをやっつけたはいいものの報復が不安で仕方ない。共通の敵である相坂くんを仲間にして、わたくしたちに後ろ盾になってもらいにきたなんてところですかしら?」

「……それを言うなら、『共通の敵を持つ』ではないですか?」

「! 何か言いやがりましたか? てめえ、こら」

「いえ、別に」

 顔が赤くて、台詞が黒い。

 

「すごーい! 茶道部の部長さんともなると、こんなにアッサリ私たちの狙いを見破っちゃうんだ」

「ふふーん。当然です!」

 ……水野さんは素直に信じていましたが。

 もしかして木嶋先生に圧力をかけて、僕ら二人の情報も聞き出したりしてないです? この人。

 この学校の強い生徒は、下手な教師より影響力を持っていそうですし。

 

「……コホン。気を取り直しまして。そういう事情があるのでしたら、あなたたちを部員にすることに、こちらもやぶさかではありません」

「本当ですか! やったよ、冬林くん!」

「水野さん。喜ぶのは、話を全部聞いてからのほうがいいかもよ」

「……本気ですか、部長。その上田さんとやらが、ウチの敵になってしまうリスクもありますよ?」

「ええ、新山さん。こちらの戦力が増えるメリットもありますし。この世にノーリスクなんてありません。人生はリスクとリターンを天秤にかけての取捨選択。でも、それはそれとして――」

 不敵に微笑む松川先輩。

「ここで簡単に入部させるのは、やっぱり面白くないですわ♪ というわけで、冬林くん。水野さん。あなたたち三人の入部をかけてゲームをしましょう」

「……茶道部の入部試験というわけですか?」

「ええ。あなたたちの実力を、わたくしはまだ知りません。上田くんを倒したと言ってるのは、自分たちを売り込むためのハッタリの可能性もありますし」

「むぅ……悔しいけど、そう思われても仕方ないのかな。よーし、その勝負を受けましょう! でも、麻雀はイヤ!」

「はい。いざ尋常に勝負です♪」

 

「……水野さんってば」

 僕はため息をついてから――

「あの、松川先輩。ゲーム対決で勝てば三人とも入部でいいのですね?」

「はい。種目はこちらで決めさせてもらいます」

「条件が互角なら文句はつけません。ただ、僕らが負けた場合には……?」

「そうですわねー。先日の野球部と園芸部の件は知ってます? 愛と勇気と正義のために、キミたち三人で園芸部のカタキを討ってもらうなんてのはどうかしら?」

「やめて! 死ぬ!」

「よし。頑張るよ、冬林くん!」

「水野さん。空気読んでよ……!」

 どうにか交渉した結果、僕と水野さんが一回ずつ先輩と勝負し、どちらかが勝てば入部ということに。(気絶中の誰かさんは戦力外)

 初戦のゲームは松川先輩が決定しますが、二回戦は僕らが決めます。

 

「では、わたくしの最初のお相手はどちらです?」

「はーい! 私でーす!」

 でも、負けた時の条件は引っ込めてもらってません……。とりあえず水野さんに出てもらって様子見を。

 

「では、よろしくお願いしますわね。あ、そうそう……。最後に一つだけ」

 思い出したようにおっしゃる松川先輩。コロンボか。

「そんなに警戒した顔をしなくても。純粋に勝負を楽しみたいので、ゲーム中、ウィル能力の使用はお互いなしにしませんか? という提案なのですけれど」

「どうする? 水野さん」

「いいよー!」

「……僕もいいです」

「そう。ありがとうございますの♪」

(……僕ら二人のウィル能力は、どうせ役に立たないだろうから関係ない。でも、松川先輩や新山さんの能力は? ただの口約束だから場合によっては――)

 

「しめしめ。狙い通りですの。発動条件クリアっと」

「……何か言いました?」

「いえ、何でもありませんわよ? では、水野さんとの一回戦。わたくしはこんなゲームを提案させていただきますわ」

 誕生日当てゲーム

 ~ルール~

 ①プレイヤーは相手に、イエス・ノーで答えられる質問を一つする。あるいは正解だと思う日付を一つ言う。

 ②された質問に、相手は嘘をつかず答える。あるいは日付を当てられたら負け。当てられなかったら攻守交替。

 

「おお! 面白そうだよ!」

「……水野さん。負けたら大変なことになるってのは分かってる? それと松川先輩。それだと審判がいないので、質問に嘘をついたりもできません?」

「んー。学生証に生年月日があったでしょう? 勝負が済んだら確認で」

 制服のポケットから出したそれを、お互い裏返しにして、テーブルにしている全自動麻雀卓の中央に。

「よーし! 正々堂々、勝負です!」

 水野さんも同じことをして、僕と席を交替しました。

 僕の右が水野さんで、左が松川先輩。正面が新山さんで、その後ろに窓があります。

 見えるのは放課後の校舎だけで、生徒の姿はありません。よその部活動では今頃何をしてるやら……。

 

「では、水野さん。先攻と後攻のどちらがいいですの?」

「決めていいんですか? じゃあ、先攻で!」

「はい。では、そちらの質問からスタートですわ♪」

 ゲーム開始。

 

「何にしようかなー……。まずは普通の質問で。松川先輩の生まれた月は偶数ですか?」

「ノー」

 攻守交替。

「わたくしの番ですわね。何を聞くのがいいかしら」

「部長。ここは一発で答えを当ててはいかがですです?」

「あははー。新山ちゃん。それはさすがに無理だって!」

「水野さんの誕生日は五月の一四日だと思いますの」

「何で分かるの!?」

 瞬殺ぅううううううううう――――っ!

 

「え? えええ? 何で? はっ! もしや松川先輩。相手の誕生日が分かるウィル能力を持っている!?」

「違いますわよ。水野さん。実はわたくしにとってラッキーなことに」

「らっきーなことに?」

「わたくしの母も、五月の生まれでしたのよ」

「それが何!?」

 松川先輩の言い分を僕は信じたわけではありません。

 

「実は中学時代、母の誕生日に花束でもプレゼントしようと思いまして。どうせならと、五月の誕生花について調べたことがありました」

「あれ? もしかして」

「ええ。水野さんのお名前の苧環という花は、一四日の誕生花。本やネットで調べてたのが、たまたま頭に残ってました」

「うわー……何というアンラッキー。私の名前にそんな由来があったとは知らなかったよ。ゴメンね! 冬林くん。負けちゃった!」

「……うん。仕方ないよね、勝負だし」

 たとえば、さりげなく出させた学生証。松川先輩が透視ができるウィル能力を持っているとしたら? あるいは、木嶋先生から僕らのことを聞き出していて、僕らの名前も知っていたら?

 

(レアな名前だから、何かの由来があると考えてもおかしくない……)

「ふふーん! さすがは部長。これで茶道部の一勝ですです! 今のうちに、尻尾巻いて逃げ帰ってはいかがです?」

「しかし、まわりこまれてしまった……みたいなオチになりそうだからやめておく」

 新山さんにため息をついてから、水野さんと席を交替。再び松川先輩と向かいます。

 

(……さて。僕が決める番だけど。どういう勝負ならこの人の裏をかける? じゃんけんか何かで運勝負だと、流れは向こうにありそうだし……)

 少し考えてから僕は――

 

「よし。水野さん。帰ろうか」

「帰っちゃダメだよ、冬林くん!」

「だって、どうしても茶道部に入らなきゃダメってわけでもないし」

「ダメだよ! そんな! ここで私たちが撤退したら、犠牲になった相坂くんの英霊に申し訳ない!」

「死んでない死んでない死んでない!」

 水野さんに軍部の指導者だけはやらせてはいけません。

 

(――どうしよう。松川先輩とガチで勝負して負けたら目も当てられない。こっちに有利なイカサマとかで騙すのが理想的なんだろうけど……)

 ちらりと正面にいる先輩の顔を見ます。

「あら? どうなさいましたの」

「……いえ」

 この人なら、僕の罠や仕掛けなんてあっさり見破りそうな予感……。

 

(どうしよう……どうしよう……どうしよう……そうだ! 父さんの持ってた漫画の主人公だったらこんなとき!)

「では、先輩。僕もゲームを決めました」

「はい。どんなのですかしら?」

 誕生日当てゲーム

 ~ルール~

 ①略。②略。③先手……僕。

 

「――待てや、こら! ですの」

 お美しい笑顔のままで、先輩はドスの効いた声を出しました。

 



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ステイル・メイト

「あのですわね、冬林くん。それ、わたくしが考えたゲームですわよ?」

「そうでしたっけ? でも、同じゲームがダメとは言われてないですし」

 飄々(ひょうひょう)としてみせますが、内心はかなりドキドキです……。

 

「では、それはいいとしましょう。ですが、先程わたくしは水野さんに先手を譲ってあげました。でしたら今度は、こちらが先攻になるのがスジではありません?」

「それは先輩と水野さんの勝負で、僕には関係ないでしょう? どちらが先手か決めるのも、ルールの決定権の範疇(はんちゅう)だと思ってます」

「……可愛い顔して、えげつけない手を使ってきますわね?」

「いやー、だって負けたら、僕の仲間たちが危険なことになりますし……」

 この主張が通った場合、僕は二問分のアドバンテージを獲得します。

 一年三六六日の誕生日候補をイエス・ノーで半数で減らしていく。これが基本になるこのゲームで優位に立てるのは間違いなし。

 

「冬林くん! すごい! えぐい! ずるくて汚い! でも、逆にカッコいい!」

「ウチの部長との取り決めを逆手に取るとはですですね……」

 しかし、実際勝負してどうなるかは別問題。あっさりハンデを覆して、先輩が勝つ可能性だってあります。

(でも……)

 その場合は「ずるい! 連続で勝つなんてイカサマだー!」などと叫びつつ、水野さんの【スプーン=スネイク】で松川部長を攻撃。相坂くんを抱えて部室から逃げ出す選択もあるかなーと……。

 

(実際、最初の勝負はどう考えてもペテンだろ……)

 

「雲行きが怪しくなってきましたわ……。キミ、わたくしに要求でもありますの?」

 もちろん先輩や新山さんの能力次第では、戦って負ける危険もあります。

「そうですねー。これ以上はお互い面倒なことになりそうですし、勝負はやめにしませんか? 茶道部部長、松川弓乃先輩」

 

「冬林くん! 何を言ってるの!?」

「へい、ジョニー! ここで逃げては男がすたるぜ!」

「いや、逃げるわけじゃなくってね……って、さらりと相坂くんが復活してるー!?」

 いつの間にか背後に立たれてて、びっくりでした。

 

「いやーはっはっはっはっは! 本当はしばらく前から目が覚めていたんだよ。ただ、この部室の床は、愛しの新山ちゃんや松川部長が踏みしめていたものだと思うと、もうちょっとすりすりしていたくなってだなー……」

「もういっぺん死ね! この変態!」

「相坂くーん。私もそれはキモイと思う」

「そんなに、わたくしの靴の裏がなめたいですの?」

「はっはー! 総攻撃だぜ。それでジョニー。これからどうするんだい?」

「そうだねー……」

 女性陣の視線が冷たくなったのに気付かないフリをしつつ、この場の全員の不満を最小に抑えるアイディアを考えます。

 

「松川先輩。僕ら茶道部に仮入部ってできますか?」

「仮入部ですの?」

「ええ。勝負に勝ったわけではないので、僕らを正規の部員にしてくれとは言いません。ただし負けたわけでもないので、野球部とのバトルはなしにしていただければと……」

 僕としては、それが最低限の条件です。

 

「正規の部員でないのなら、わたくしが守ってさしあげる義務はないですわよ?」

「……ヤバイ問題が起きたら切り捨てる宣言ですね。今はそれで構いません。ただ、何か起きた場合は先輩の指示で働きますし、功績次第では正規部員への昇格を」

「悪くないですわね」

 水野さん、相坂くんだけでなく、松川部長にもメリットがあるはずの提案。

 

「正式な部員である新山さんのことも、茶道部の先輩として立てますので……」

「……如才がなくてムカつきますね、この男」

 こうは言っていますけど、彼女は基本、部長に従うと見ました。

 

「どうでしょうか? 松川先輩。とりあえずでも茶道部に置いていただけるのでしたら、僕ら頑張ってお役に立ちたいと思います」

 僕の左横と後ろで、水野さんと相坂くんもうんうんと頷いています。

 ――狙うはチェスで言うところのステイル・メイト。

 松川先輩を屈服させることが、本来の目的ではありません。プライドや勝ち負けなんて、今の場面ではどうでもいい。

 

「冬林くんと言いましたっけ? キミは意外と使えそう。でも、あとの二人は微妙かなーと思ってしまうのですが」

「……え」

 まさか他の二人を切り捨てて、僕だけ茶道部に入れと言ってます……?

 

「ん。まあ、いいでしょう。歩のない将棋は負け将棋とも言いますし。全然使えなさそうに思えるコでも、意外な場面で役に立ってくれたりするものですわ」

 そうおっしゃる先輩には、確かに何かの風格がありました。

 こうして僕ら1年B組の三人は、茶道部に仮部員として所属することになったのです。

「やったー! 冬林くんのおかげだよ! スゴイ交渉術だった! カッコいい!」

「ああ、うん……。良かったよね」

 満面の笑顔になった水野さんが僕の手をとって振ってきて――

 

「はっはー! ハニー! 今日から、ここが俺たちの愛の巣だぜ!」

「触るな! キモイ! 肩に手を回すな! あんたとくっつくくらいなら、舌をかんで死にますですよ!」

 僕の仲間二号がやっぱり空気を読まない人で――

 

「やれやれ。今年の勝負はどうなることやら。わたくしのいる一年間、みんなにはひどい目に遭って欲しくないのですけどね?」

「……スミマセン。松川先輩。僕の仲間たちをどうかよろしくお願いします」

(ああ……どうにかなった)

 しかし、僕たちの戦いはここからが本番だったのです……。

 

 翌日の放課後。

 僕、水野さん、新山さん、相坂くんの1年生四人は、茶道部の部室で麻雀の全自動卓を囲んでおりました。

「……自分で言ってて意味不明。まったく松川先輩は何を考えているのやら」

「ブツブツうるさいですよ。冬林さん。ほら、何を切るのです?」

「ドラの五索(ウーソー)で」

「むむむ……。ジョニーはドラ切りか。ミス水野の一筒(イーピン)をチーしたってことは、ホンイツか? では一萬(イーワン)は通ると見たぜ!」

「ロン。三色同順ドラ二。半荘終了。僕二着ー」

「ひどい、冬林くん! せっかく逆転の手だったのに!」

「……それに振り込むと僕がラスになりそうだったから。いいじゃない。今ので相坂くんがラスになったよ」

「わたしはトップをキープでラッキーです」

「自分の力であがりたいの!」

 とりあえずゲームが終わり、新山さんが各自の得点を紙に書いていきます。

 

「……しかし、何なんだろうね、この状況」

「何がです? 冬林さん。あ、次は水野さんの起家です」

「よーし! 今度は負けないよ」

「はっはー! いやいや、次こそ俺がトップだぜ!」

「……茶道部に入部したはずが、何で最初の命令が『今日中に四人で麻雀を覚えなさい』なのさ!?」

 

 ――とりあえず、基本的なルールはマスターしてくださいな。お金はかけちゃダメですけど、ポイントの集計はしてください。わたくしは出かけてきますので、お留守番をよろしくですわー♪

 

「……もしかして新山さん。松川先輩って茶道に興味ない? 水野さんの九索(キューソー)、チー」

「む。ジョニーがまた変な鳴きをしているぜ!」

「その可能性はありますね。部長はもともとゲーム部の人でしたから」

「……そのゲーム部って茶道部に潰されたってところ? 一索(イーソー)ポンして三索(サンゾー)切り」

「そうですね。二索(リャンソー)は通ります?」

「通ります。一度負けたけど、よその部活の力を借りるとかして乗っ取った? それとも敵ながら優秀な人だったから、当時の茶道部の人にスカウトされたとか?」

「さあ? そこまでは存じません」

「むむむ。冬林くんが大物手の予感だよ……! ここは――三筒(サンピン)!」

「ロン。ジュンチャンのみ。2000点」

「あううううっ! また、そんな手で親を流された!」

 

「ねえねえ、新山ちゃん。新山ちゃんの名前ってどんなーの?」

「うるさい、黙れ! リーチ!」

「何で怒るの! ドラ切り!」

「一発で何を切っちょりますか、あんたは!」

 

「はっはー! 俺は知ってるぜ! ハニーの名前は、梅子(うめこ)っていうんだよな?」

「ぎゃああああああっ! 何で茶しぶ野郎がそれを知っちょりますか!?」

「愛するハニーのことを知りたいとは思うのは当然じゃないか! 具体的には今日の昼休みに、隣のクラスに行って聞き出したぜ!」

「畜生! クラスの誰か知らないですが、コイツに情報をもらしたヤツはタダじゃおかねえ!」

「……行動力があるよね、相坂くんは。……現物の(ペー)

「おっと、ジョニーが牌を捨てたぜ。最初に六筒(ローピン)を捨ててるし、たぶん三筒(サンピン)は平気……」

「ロン! リーチ一発一通(イッツー)満貫(まんがん)!」

「アウチ! 愛が痛いぜ!」

 

「でもさ、梅ちゃん。何で名前を知られるのを嫌がってたの? すっごく可愛くていい名前じゃない?」

「梅ちゃん言うな!」

「……花の名前で水野さんとおそろいだね。新山さんの名前も誕生花?」

「そうなの? 梅ちゃん!」

「うるさいですね! わたし、自分の名前そのものが嫌いなわけではなくてですね、名前の由来を聞かれるのがイヤなんですよ!」

「何で?」

「……天真爛漫な人間って、たまに無性にムカつきませんか? 冬林さん」

「そうか! ハニーが俺に冷たく当たるのは、それが原因だったのか!」

「あんたは無神経なだけじゃ、こら!」

「……僕も新山さんの名前はいい名前だと思うけど」

 

「わたしの梅子という名前なのですが。実はわたし、四人兄弟なのですよ。姉が松子で兄が竹男。双子の妹がいて、そのコがうぐいす」

「……それは、うん」

「感想はいいですよ。『いい加減だねー』とか『男だったら、梅太だった?』とか『妹さんと双子だって分かったときに、両親がとってつけた感じ』とか、そういうのは聞き飽きました」

「……もしかして、ご兄弟もこの学校にいたりする?」

「いいえ。上の二人は年が離れてますし。妹も適性検査に合格しましたが、普通の学校に行きました」

「そっか……。親元離れて大変じゃない? ご飯とかはちゃんと食べてる?」

「何で同学年の男子に、そんな心配されにゃならんのですですか」

 

「ツモ! これって高い手かな?」

「……水野さん。それは緑のみ! 役満ですです!」

 

「オーラスで逆転リーチがあがれなかったぜ! でも、親だからもう一回チャンスがあるってことだよな?」

「……ゴメン。相坂くん。僕、流し満貫」

「おーう!?」

 

「そういえば、新山さん。このゲーム部じゃなくって茶道部って、もう一人先輩がいるんだっけ?」

「いますよ。夏村(なつむら)エレン先輩。2年生。三日に一回くらい部室にきては、隅っこで体育座りして、『どうせ私はダンゴ虫みたいな女よ……』『世界中の人間が自分の黒歴史を公表されればいいのに……』とか壁に向かって呟いてます」

「何それ怖い……!」

 

 などといった場面を挟みつつ、東風戦を十回終えたところで集計を。

「……結果が出ましたですですよ。トップがわたし。二着が冬林さんで三着が水野さん。この二人はほぼ同点で、そこのバカが一人負け」

「ははは。俺はこのゲームが苦手なようだ。ハニーに花を持たせただけで満足だぜ!」

 コンコン、と。

 部室のドアがノックされたのはこの時でした。

 



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不意の来訪

「おっと。お客さんだぜ、マイハニー!」

「……仕方ないですね。正規の部員のわたしが出ます」

 新山さんが部室のドアを開けました。

 

「どうも。こちらは茶道部でよろしかったですな? 松川部長はご在室でしょうか」

 顔を出したのは、クールで大人びた印象を持つ、メガネをかけた男子生徒でした。きっちりと真ん中で分けてなでつけたような髪型で、身長は新山さんよりだいぶ高め。

 

「……いいえ。部長は出かけておりますが。どちら様でしょうか?」

 知り合いではないようで、新山さんがピリピリしてます。

「俺はバスケ部2年の神平(かみだいら)正信(まさのぶ)と申します。松川部長にお話があったのですが……」

 バスケ部という単語に聞き覚えがありました。

 

 ――実はお前らが入学する少し前、バスケ部とバレー部の間で中規模な武力衝突が起きてたんだ。その時のケガ人が今も病院に入院してる。

 

「…………」

「? どうしたの、冬林くん。怖い顔して」

「ジョニー! 悩みがあるなら相談に乗るぜ!」

 

「おや? しばらく見ないうちに、にぎやかになりましたな。今年の茶道部は部員数が少なくて、数ヶ月ももたないだろうというのが、大方の予想だったのですが」

「……ケンカ売りに来たのですか? 部員が増えたのはウチの部長の人徳ですです!」

「ふむ。あの人は敵には容赦がないが、目下の者には面倒見がいいとの評判ですな」

「ふふーん! 分かれば、よろしいですです」

「使い道のないザコ能力者に無用な情けをかけ過ぎて、それまでの仲間が去っていったといううわさも耳にしましたが」

「やっぱりケンカ売りにきたのですか、このメガネ!」

 バスケ部2年、神平先輩。

 彼が今日、何をしにこの部室にきたのかは分かりません。

 ただ、この人の動きに最大限の注意を払って警戒しろと、僕の奥底に眠る本能のようなものが告げていました。

 

「ふむ。怒らせてしまいましたな。いや、失礼。そんなつもりはなかったのですが。本当は大事な用事があったのですが、後日改めてうかがいましょう」

「……二度とくるな!」

 しかし、この場では特に動きもなく、神平先輩は去っていきます。

「ええーい! 塩まけ塩!」

「……お疲れ様。新山さん。さすがに誰も塩は持ってない」

「感じの悪いメガネだったねー」

「へーい! 次の半荘を始めるかい?」

「麻雀なんぞやってる気分ではないですですよ!」

「梅ちゃんがすねちゃった……。トランプでもする?」

「……ゴメン、水野さん。僕もちょっと考えたいことがある」

 しばらく沈黙の時間が続きました。

 

「ただいま、戻りましたわー。……? どうしましたの。皆さん、お静かで」

 松川先輩が戻ってくるだけで、ほっとしたような空気になります。

「お帰りなさいです! 松川部長」

「……お帰りなさい」

「お帰りなさーい!」

「ご飯にします? お風呂にします? そ・れ・と・も・俺?」

「ただいまですわ、冬林くんに水野さん。わたくしの留守中に変わったことはありましたかしら? 新山さん」

「はっはー! 華麗にスルーされるのも快感ですぜ!」

「で、留守中、何かありました?」

 ほれぼれするようなスルーでした。

 

「いけ好かないメガネの男子がきましたですよ。部長が留守だと伝えたら、すぐに帰っていきました。あと、これが半荘十回の集計です」

「ありがとうございます。新山さん。いけ好かないメガネというのはどんなコですの?」

「バスケ部のカミダイラさんとか言っていました。2年だそうです」

「ああ、神平くんですか」

「……お知り合いですか?」

 用紙を渡した新山さんに代わって、僕が聞きます。

 

「あのメガネをかけた坊やでしょう? 彼らとは、去年ちょっと色々ありまして」

「……それは先輩たち個人でなくて、バスケ部と茶道部の間でということですか?」

「ええ、冬林くん。あら、この結果、面白い……」

 集計結果を見た松川先輩は、何かを考えていたようでした。

 

「さて。今日はもう遅いですわね。部活はもう終わりにして、また明日ここでお会いしましょう。では、みなさん。さようならー♪」

「はーい! さようならー!」

「失礼しますです。部長」

「ハニーと部長のお顔を見られることを励みに生きていきますぜ!」

 元気いっぱいに、三人の仲間たちが去っていきます。

 

「それでは僕もこれで……」

「あ。お待ちくださいな。冬林くんは、ちょっと残ってもらえます?」

「? はい……」

 夕暮れの部室で、松川先輩と二人で残されました。

「……あの、先輩?」

「ん。ちょっと待っててくださいね。今考えを整理していますから」

「はい……」

 机代わりにも使っている自動卓。

 昨日、最初に座ったときと同じ並びに座り向かい合います。

 

「んー。どう考えたものかしら……。アレがアレでこうなって……」

「…………」

 夕日の色がにじむ室内で会話はなし。だけど、居心地は悪くありません。

(何だろうね……この感じ……)

 この部室に来て二日目。

 茶道部部長の3年生、松川弓乃先輩と出会って二日目。

 たったそれだけの時間でしたが、不思議とここの空気は過ごしやすく感じます。

 

 しかし。

「あのですわね、冬林くん」

「はい」

「あなたたちの敵の上田くんが、バスケ部に入部したみたいです」

「…………はい?」

「そして、キミたちへのリベンジという名目で、バスケ部は茶道部に部活バトルを仕掛けてくるものと思われます」



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水面下の攻防(茶道部 VS バスケ部)

 翌朝。1年B組の教室にて。

「えー。今朝のホームルームでは連絡事項が一つあります。出席番号2番、入院していた上田竜二くんが今日から登校しています。みなさん、拍手ー」

 ぱち……ぱち……ぱち……ぱち……

「おー。葬式会場のテンションだー。久々に全員そろったし今日も一日がんばれよー」

 担任の木嶋先生が退出しても、教室はしばらく静かでした。

 

「いえーい、ミスター上田! 初日に色々あったけど、これからは仲良くしようぜ!」

「……なれなれしいぞ、この茶しぶ。てめえみてえなクソザコが気安く話しかけてくるんじゃねえ」

「はっはー。ミスター上田はツンデレだな」

「ぶっ殺すぞ、てめえ! また病院送りにされてえか!」

 

 窓側最後方の席から、僕と水野さんは上田くんたちの様子を見ていました。

「……相坂くん。何でああいう言い方をするんだろ」

「むぅ! 上田くんってば、全然反省してないね」

「……うん。誰かさんも危ないことしてるって自覚を全然持ってくれないね」

「どうしようか? 冬林くん。また悪いことするなら説得して、それでもダメならやっつけないと!」

「……だから、そういう台詞を女の子が言わないで欲しい……って」

 上田くんのほうを見た途端、彼と目が合いました。

 彼は無言であごをしゃくると教室の外に出ていきます。

 

「はれ? 何だろ?」

「……外に出ろって意味だと思うけど」

「どうするの?」

「……どうしようね」

 悩むフリはしましたが、最初からどうするかは決まってました。

 

 教室から少し離れた廊下です。周囲に他の生徒の姿はありません。

「……それで上田くん。僕らに何の用事?」

「そうそう! また悪いことするなら、ただじゃおかないからね!」

「ナメやがって! この女!」

 上田くんの額には、千切れそうなぐらい太く赤黒い血管が浮いています。

 

「……水野さん。挑発するのはやめて」

「はっはー! 世界はラブあんどピースだぜ!」

「何で茶しぶ野郎まで来てやがるんだ!」

「はっはー! 知らなかったのかい? 何を隠そう俺たちは……」

「私たち三人は同じ茶道部の仲間なんだよ! ずっぎゃーん!」

「何ぃーっ!? さ、茶道部ダト! ちっ、雑魚同士がつるみやがって……!」

「はっはー! ちなみに隣のクラスには、俺のハニーがいるぜ!」

「ゴミ能力者の分際で女作るとは生意気だな……!」

 

「…………はぁ」

「あれ? どうしたの、冬林くん。ため息ついて」

「悩みがあるなら相談に乗るぜ、ジョニー」

「……水野さん。相坂くん。どうしてそういうことを上田くんにバラしちゃうわけ?」

「バラすって?」

「僕らが茶道部に入ったことだよ……。黙っていれば上田くんを不意打ちして、速攻でまた病院送りにできたかも知れないノニ」

「な……!」

「うわっ!? 冬林くんが黒くなってる!」

「ジョニー・ブラック……いや。ジョニー・ザ・ダークネスだぜ!」

「おおっ! ちょっとカッコいい!」

「……相坂くん。人に勝手な中二ネームをつけないで……」

「人がちょっと入院している間に、ずいぶん性格が悪くなったじゃねーかよ、冬ぴー。いや――ブラック冬ぴー・ザ・ダークネス!」

「上田くんまでやめてよね!?」

 

「……それでさ、上田くん。僕らに一体何の用事?」

「あ? 何でてめえが仕切ってるんだ。女のかげに隠れてた腰抜け野郎が!」

「……? もしかして僕には負けてないけど、水野さんにやられたと思ってる?」

「そうだろうが! オレが負けたのは、ソイツのスプーン攻撃にで、てめえは何もしてねえだろうが!」

「……あー、ウン。そうだったヨネ」

「そっか! 上田くんは知らないんだ。実は冬林くんの【ずぎゃーん=ボム】は……もがががが!」

「頼むから水野さんは黙ってて……!」

「……おい、冬ぴー。いきなり何をやってやがるんだ」

「何デモナイヨ。上田くんは気にしないデ」

「? スプーン攻撃ってのは何なんだい? そう言えば、俺はジョニーの能力もミス水野の能力も知らないや。はーっはっはっはっはっはっは!」

「……お前ら三人本当に仲間か?」

 

「……いやいや、上田くん。実を言うとね、キミの読み通り、僕は大して戦闘には強くナイ。だけど、交渉の時とかに相手の嘘を見抜くウィル能力を持っているンダ」

「な、何だと!?」

「え? 冬林くん。何でそんな嘘つくの?」

「…………」

 後ろから撃たれるとはこのことでした。

 

「いやいや、ミス水野。これはアレだろ? ハッタリだろ? ミスター上田を動揺させて、情報を引き出そうという狙いだぜ!」

「おお、なるほど!」

「……あのさ、キミたち」

《せっかくの機転が台無しだー》

 

「……なるほどな、冬ぴー。確かにこの三人じゃ、お前が交渉役をやるしかねーわ」

「ああっ!? 同情の目で見られてる! ……まあ、いいや」

 

「……あのさ、上田くん。腹を割って話すとだね。キミが何かしてこない限り、僕らはこれ以上戦うつもりはないんだよ」

「は?」

「あれ? 冬林くん。何言ってるの?」

「おいおい、ジョニー。何を勝手なことを言ってるんだ」

「……勝手じゃないよ。実は昨日のうちに、松川先輩から指示を受けてる」

「おお! いつの間にそんな特別みっしょんを!」

 

 ――あなたたちの敵の上田くんがバスケ部に入部したみたいです。だから、こちらはそれに気付いてないフリをして、情報を引き出せるだけ引き出すように♪

 

「……つかぬことを聞くけどさ。上田くんは仲間や友達なんていないよね?」

「ケンカ売ってやがるのか? てめえ、こら」

「あれ? もしかして部活なんかにも入ってる?」

 全力の演技で、不思議そうな顔を作ります。

「……げ。いや、何を言ってるンダー。オレは部活なんかには全然入ってないゼー」

「そうなんだー。いや、水野さんには負けたけど、キミくらいの実力の持ち主なら、あちこちからスカウトされると思ったんだけどナー」

「負けたは余計だ! でも、まあそのアレだ……。なかなか見る目があるじゃねーかよ。ブラック冬ぴー」

「……ブラックは余計だよ。でも、そういう言い方をするってことは、やっぱりどこかから声がかかっているのカナー?」

「そんなことは全然ねーっての! でもまあ、オレ様くらいの実力があれば? 黙っていてもこの学校のすげー人から声がかかって、ビッグなスターに一直線みたいな?」

 分かりやすーい。

 

「そっかー。上田くんは、まだ部活に入ってないんダネ?」

「おう! まだだぜ!」

「でも、入る予定はあると。文化系の部活カナー?」

「はぁ? 何を言ってやがる! このオレ様が文化部ごときに入るかよ!」

「やっぱり戦闘バリバリの運動系の部活かな?」

「たりめーだろ!」

「そっかー。行くところがないようだったら茶道部に誘ってみてと、松川部長に言われてたんダケド……」

「は?」

 

「ジョニーのヤツ、いつの間にそんな話をしてたんだ?」

「二人でナイショの話をしてたとは、やっぱり恋だよ!」

「うーむ。悔しいが、お似合いのカップルの気がするぜ……。よし、ミス水野。俺たちで二人を祝福だ!」

「浮気だって梅ちゃんに言いつける」

「うぎゃーお!? 誘導尋問に引っかかったぜ!」

 

「ナメてんのか、てめえ! 何でこのオレがてめえらと同じ部活に入るんだ!」

「……言うと思った。ただ松川先輩に言わせると、ちょっと強い能力を身につけた程度で調子に乗ってる生徒は、気が付くと学校から消えていることも多いからって」

「調子に乗るんじゃねーぞ、冬ぴー!」

「……だから、キミに行く場所がないようだったら監視も兼ねて手元に置いてあげてもいいというのが、茶道部部長のご意思なんだけど……」

「へっ!」

 

「おおっ! 部長ってば優しいよ。そっかー、退院した上田くんをまたやっつけなきゃいけないかと思ってたけど、そういう発想もあるんだね!」

「まさに北風と太陽だな! ミス水野」

「ナメるんじゃねーぞ、てめえら! このオレ様はこう見えてもな……!」

「こう見えても?」

「……あ。イヤイヤ。何でもねえ。えー、お心ヅカイは感謝シマスガ、てめえらとなれ合うつもりはねえと、てめえらの部長に伝えろ。……伝えてクダサイ」

「そっかー。残念ダケド仕方ないネー。はっはっは」

「ハッハッハー! ……じゃあな」

 

「むぅ。上田くんと仲直りはできないかー。残念」

「ものは考えようだぜ、ミス水野。ユーが抑止力になってくれるなら、ミスター上田はしばらく大人しくしてくれるだろうさ」

「そっかー! よし、頑張ろうね冬林くん……ってどうしたの? 難しい顔して」

「ああ、うん。がんばろうね……」



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激突!

 昼休み。

「どうぞ、冬林くん。粗茶ですが」

「……ありがとうございます。って、玄米茶?」

 僕は松川弓乃先輩に呼び出され、校舎の外にある茶室にいます。

 元ゲーム部の部室と違って、茶室といえばイメージするようなごく普通の茶室です。

「お嫌いでした?」

「……そういうわけではないんです。妹が小さいころ、これの玄米だけ食べちゃって怒られてたなーと」

「あらあら。わたくしもやりましたわ、それ。ささ、冷めないうちにどうぞ」

「いただきます……」

 ずずずずず……

「あ。美味しいです……」

「良かったですわ。ここでマズイと言われたら、形無しですもの」

「仮にも茶道部の部長様ですからね……。ごちそうさまでした」

「お粗末さまでした。――それで、冬林くん?」

「はい。上田くんのことなのですが。彼はたぶん――」

 

 放課後。

「やっほー! 梅ちゃん! 一緒に部活行こー!」

「はっはっは! 今日もハニーと愛を育むぜー!」

「何しに来やがったですですか、てめえらは!」

「ゴメンね、新山さん。押しかけて。実は松川先輩からこんなメッセージが来てて」

「部長から?」

 ――今日の放課後は四人で移動。部室に来るまで固まって離れないように!

「本当に部長からですね……。いつの間にID交換を?」

「……今日のお昼休みにちょっとね」

「んー。わたしには来てないです。部長があなただけに連絡してたということは、放課後はあなたの指示で動けということでしょうか?」

「まあ、解釈は任せるけれど……」

 

『バスケ部が襲ってくるかもという話は、他の三人にはナイショです』

『……どうしてですか?』

『警戒してる素振りを向こうに気付かれるのは不利ですの。あのコたちは演技が下手でしょうし。いつも通りに振る舞ってもらえればと』

『……僕は?』

 

「よーし、梅ちゃん! 部活行こう! 今日も麻雀かな? 負けないよー!」

「ひとたび勝負になったなら、ハニーといえども手加減はナッシング!」

「……いいですよねー。コイツら能天気で。ねえ、冬林さん?」

「ん……」

 

『冬林くんが難しい顔をしてるのは普通でしょう? 違和感ないから問題なしです』

『うわー、納得のいく理由デス……』

 

「でも何で松川先輩は、私たちに一緒にくるよう言ったんだろう? もしかして危ないことでもあるのかな?」

「はっはー! それはアレだよ、ミス水野。俺とハニーが少しでも長く一緒にいられるようにして、愛を育ませてくれようという計らいさ!」

「おお! なるほど!」

「へ? 何を言っているんです。ウチの部長は、わたしに嫌がらせなんてしませんよ」

「……へい、ハニー。素で言われると俺のガラスのハートが傷つくぜ」

 

『バスケ部とバレー部が抗争してたって話は知ってます?』

『……木嶋先生から聞きました。よく知らないですけれど、ヤバイ人たちなのかなーとは思ってましたが』

『どっちもバリバリの武闘派ですわよ。バレー部は二次元らぶらぶ天然さわやかサイコパスくんが率いる戦闘集団で、バスケ部はホモサピエンスを超越したような筋肉もりもり覇王ゴリラ様が率いてます』

『…………はい?』

『どちらも結構な武闘派で、校内ではぶいぶい言わせています。野球部やサッカー部には一歩を譲りますけどね。三月の抗争で部員が入院してたと聞きますから、その縁で上田くんに声をかけたかも』

『……それより、もっと気になる単語が出てきたような!』

 

「でも相坂くんの理屈だと、部長は私と冬林くんをくっつけようとしてる?」

「絶対にないとは思いますが、このアホよりマシではないですか」

「むぅ。私的には冬林くんが松川部長のヨメなのにー!」

「しかし、冬林さん。あなた、部長に何を言われていたのです? さっきからキョロキョロしてますが……」

 

『……その部活バトルとやらですけれど。そもそも何が悲しくて、同じ学校の生徒同士で無益な勝負を――?』

『部費予算。この学校で揉め事が起きる理由の一つが、国からの予算の取り合いですの。最初はここの部活も普通で、各部長が集まって会議とかやってたらしいそうですが』

『過去形ですか……?』

『過去形ですのよ。最初はみんな真面目に公平な予算配分をしようとしてたのが、今はすっかり形式だけに。部活同士で勝負して賠償金をぶんどったり、相手勢力を解散に追い込んで部員を退学させたりですとか――』

『……改めて聞きますと本当にロクでもないところですね! この学校は!』

 

「朝からずっとこんなだったよー。心配事でもあるのかなー?」

「ジョニーがこんなになるってことは、実家の妹さんが風邪でもひいたか?」

「……いや、相坂くん。昨日も電話で話したけれど妹は元気いっぱいみたいだよ」

 

「しかし冬林さんちは、どうしてそんなに兄妹仲がいいものやら。わたしも兄弟はいますけど、そんなに面倒見てもらった記憶なんてねーですよ」

「梅ちゃんはしっかりしてるから、平気だって思われたんじゃないのかな?」

「うれしいような、うれしくないような……。ああ、そう言えば――」

 僕らは何気ない会話をしながら、廊下を元ゲーム部のほうの部室に進んでいます。

 

「拳々発破ぁあああああああああああああああああああああああ――っ!」

「……! 危ないぜ! ハニー!」

「へ?」

 DOGOOOOOOOOOOOOOOOOOOOON!

 

「ぎゃふん……っ!?」

「ああっ!? 相坂くん!」

「ちょっ! 突然、何事ですか!?」

「――来たね!」

 

「おおーっと! いけねー! たまたまこぶしを振り回しながら廊下を歩いていたら、どっかのアホにぶつかっちまったぜ!」

「おい、上田。気をつけろ。お前はすでに我らバスケ部の一員なのだから、節度ある行動を心がけてもらわねば困るのだ」

「スミマセンっす! 神平先輩。――おやー? 誰かと思えば、冬ぴーと間抜けな仲間たちじゃねーかよ。けーけっけっけっけっけ!」

 

「な……上田くん! 相坂くんに何てことするの!?」

「コイツがうわさの上田くん……。ん? 一緒にいるのは、昨日来たバスケ部のメガネ野郎ではないですか!」

 

「失礼。茶道部の人たちでしたか。ウチの新入部員が、とんだ不調法をしたようで」

「ええ! 最低なことしてくれてますね。わたしの仲間に何をするのですですか!」

「梅ちゃんがデレた! ……なんて言ってる場合じゃないね。上田くん! 謝って!」

「あー、へいへい。スミマセンっしたっすー……」

「鼻ほじりながら言いますですか! 茶道部を甘く見てますね!?」

 

「うわっ! 聞きましたか、先輩。オレは真心をこめて謝ったのに、あんなこと言われちまいましたよー」

「うむ。残念だ。我々の誠意は向こうに通じなかったと見える」

「今のてめえらのどこにどんな誠意があったんじゃい!」

「梅ちゃんの言う通りだよ!」

 

『……松川先輩。根本的なことを聞きたいです。どうしてこの学校は異能力バトル高校なのでしょう? 木嶋先生に言わせると、国からの予算がないため生徒同士の潰し合い。でも、あの人は強いウィル能力を持った生徒を止められないせいだと、水野さんにはおっしゃってまして――』

『どちらも正解なのではありません?』

『……で、たった今先輩が、部費予算の取り合いで会議の代わりにバトルだなどと』

『戦争の原因が一つに限るという考えが間違いなのではないかしら? この学校の先生の言うことなんて、真に受けるほうがアレですし。――そんな議論は置いといて』

 

「うわーお! 大変ですぜー、神平先輩。オレらはちゃんと謝ってるのに、向こうはゴネていやがります!」

「うむ。たまたま腕が当たっただけなのに、何を要求してくる気やら」

「はぁっ!? ウチらを当たり屋呼ばわりするですか!」

「うわー、怖い怖い。オレらに何をする気だ、この女」

「うむ。上田。降りかかる火の粉は払わねばなるまい。やむを得んな。茶道部の無法に対抗するため、バスケ部2年神平正信――ウェルキンゲトリクス主将の代行として部活バトルを申し込む!」

 

「……! どっちが無法じゃ、このぱーぷりんども!」

「相坂くんをやっつけたのはそっちでしょう! というか、上田くん! バスケ部に入ってたって何よ、嘘つき!」

「はっ! 今のは不幸な事故だっての。それに朝は嘘をついてなかったぜ? オレが入部届を出したのは今日の昼休みだからな。ひゃーっひゃっひゃっっひゃっ!」

「……っ! コイツら。最初からそのつもりだったのですですね!」

「ゴメンね、梅ちゃん! 巻き込んで。でも、こうなったら戦うしかないよ! 冬林くんも準備いい!?」

 

『こういう状況になったから、茶道部を出て行けとは申しません。バスケ部を追い払うため、キミの力を貸してくださいな』

「――うん。いいよ。水野さん」

 

「よし! また上田くんをやっつけて、今度こそ悪いことしないよう反省させるよ!」

「わたしたちをナメた報いは受けさせるです!」

 茶道部1年、冬林要・水野おだまき・新山梅子。(相坂祐一くんは死亡中)

 

「ナメてんじゃねーぞ、ザコどもが! この前は不意打ちでやられたが、同じ手は二度と喰らわねえ!」

「上田。油断はするな」

 バスケ部1年、上田竜二。同じく2年、神平正信。

 

 国立ウィル能力研究大学附属高等学校。通称、異能力バトル高校。

 茶道部 VS バスケ部

 部活バトルのスタート! 

 

「――さて、冬林さんに水野さん。このクソ野郎ども相手にどう対処すればよいのですです?」

「えっとね、梅ちゃん! 梅ちゃんの能力って、戦闘には使える?」

「……実は正直、そういうのはサッパリで」

「分かった! じゃあ、私が戦うね!」

「って、何ですですか! その取り出したスプーンは!?」

 

『それでは冬林くん。バスケ部との戦いに備えて、キミと水野さんのウィル能力を教えていただきたいのですけれど』

『……言わないとダメですか? 松川先輩』

 

「ちっ! やっぱりそう来やがるかよ!」

「ふむ。スプーンで超能力というと、俺にはスプーン曲げくらいしか思いつかんが」

「甘く見たらダメっすよ! あの女が卑怯な不意打ちしたせいで、無敵のオレ様は病院送りにされちまいましたからね!」

「その話は病室で何度も聞いた。しかし安心しろ。上田竜二」

 神平先輩がメガネを光らせます。

「――その手の能力者の攻略は、俺の得意中の得意だからな」

 

『あらあら。警戒されておりますの?』

『……そういうわけではアリマセン。ただ、水野さんがいないところで秘密をバラしてしまうのは……』

『真面目でいいコで可愛いですわねー。では、キミたち二人の能力をわたくしがずばり当ててみせましょう!』

『…………へ?』

『と言うのは、ほぼハッタリですけどね。でも、あなたたちのどちらかが、ナイフか何かを持って戦う能力者だったりはしませんかしら?』

『え』

 

「……きな臭いですよ、水野さん。あの2年生のメガネ野郎が妙に自信満々です」

「だとしても、やることに変わりはないよ。私の【スプーン=スネイク】であの二人をやっつける! ――冬林くん!」

「ん……分かった」

 水野さんがスプーンを構え、僕が彼女の背中に回り込みます。

 

『……何故そう推理されたのです?』

『神平くんが偵察に来たからですわ。わたくしは彼のウィル能力を知っています』

 

「ちっ! 来ますぜ、先輩!」

「慌てるな、ここは俺に任せておくがいい。――ぬんっ!」

 神平先輩のメガネが淡く輝いた次の瞬間――

 

 彼の顔からポロリとメガネが床に落ちました。

「し……しまった! メガネ、メガネ、俺のメガネ……!」

「アホですですか!」

 

『バスケ部2年、神平正信くんの能力は――』

 神平先輩は廊下の床にかがみこみ、手探りでメガネを探しています。

 

「むむむ! これは攻撃のチャンスだよ! 梅ちゃんは後ろに下がってて! 今だよ、冬林くん……ってアレ?」

「? どうしたのですか、水野さん」

「う、梅ちゃん! スプーン……私のスプーンはどこに行ったの!?」

「はい?」

 水野さんの右手には、しっかりとスプーンが握られたままでした。

 

『神平くんの能力は――【道連れメガネ】。バスケ部の中堅幹部で冷静な参謀タイプである彼は、メガネを外して「メガネ、メガネ、俺のメガネ……」と呟くことで発動するウィル能力を持っています』

『……ツッコミ待ち?』

 

「どうしよう! 梅ちゃん! スプーンがない! スプーンがないと私……!」

「……さっきから何を言っているのです? スプーンなら今もしっかり握っているではないですか!」

「ないの! その辺に落ちてない!?」

「だから、さっきから一体何を……!」

「スキだらけだぜ! 拳々発破ぁああああああああああああああ――っ!」

「……! 危ない!」

 

『いえいえ。ギャグではなくて結構危険な能力ですわよ? 彼の能力のターゲットになった人間は、手に持っている道具をなくしたように錯覚しますの』

『……なくす?』

『たとえば、今の冬林くんはお茶の入った湯飲みを持っているでしょう? 神平くんの能力を喰らってしまうと、それが突然どこかに消えてしまったように感じるのです』

『……ちゃんと手に持っているにも関わらず? そうなったら、思わず湯飲みを探してしまいそうな――』

『ええ。うっかり中身をこぼして大やけど……なんてことにもなりますの』

 

 バスケ部2年 神平正信

 ウィル能力名 【道連れメガネ】

 効果 メガネを外して「メガネ、メガネ、俺のメガネ……」と呟くと、対象は手に持っている道具が消失したように錯覚する。

 

『彼の能力が真価を発揮するのは、武器を持った相手との対戦です。敵にナイフをグッサリ刺そうとする瞬間、それが見えなくなったとしたら?』

『……思わずナイフを探すでしょうね。そうなると逆にスキだらけ……?』

『ええ。味方に優秀なアタッカーがいれば、返す刀でKOです。彼は現在のバスケ部主将とコンビを組んで、去年の男子剣道部の主将を撃破。その功績でバスケ部内での地位を固めたといういきさつがありますの』

『……剣道部。なるほどね……』

 くだらない能力のようでいて、拳銃なども無力化できるのでは? と思いました。

 

 



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援軍

「~~~~! 水野さん……大丈夫?」

「だ、大丈夫だけど……。あれ? 何があったの……?」

 

「ちっ! 冬ぴーの野郎! とっさに女を引っ張ってかばいやがった!」

「敵ながら見事な反応だ。お前の攻撃は彼の背中をかすめただけだな」

「次はトドメを刺してやりますよ!」

「俺もフォローしよう……と言いたいが、もしや俺の能力が知られているか?」

 神平先輩がメガネを拾い上げ、それを再び装着します。

 

『というわけで、冬林くん。キミと水野さんの能力ですが……』

『……僕のウィル能力は教えます。ただし水野さんのは名前だけで』

『構いません』

『水野さんの能力名は【スプーン=マゲール】』

『………………はい?』

『そして僕の能力が――』

 

「ふ、冬林くん! 大丈夫!?」

「……大丈夫、水野さん。でも痛い……。かすっただけだけど相当痛いヨ……!」

「へっ! 腰抜けが!」

「……そういうわけだから、上田くん。お互いこのへんで手打ちにシナイ?」

「はぁ? 何を言ってやがるんだ、てめえは……?」

 

『――なるほど。キミと水野さんので【スプーン=スネイク】ですの……。大変優秀なコンボですが、神平くんには通用しないかと』

『……ですよね。あの、松川先輩』

『何ですの?』

『とりあえずバスケ部に降参しませんか?』

『ていっ♪』

『熱っ……! お湯が入ってないからって急須をほっぺに押しつけるのは……!』

 

「てめえ、こら。冬ぴー! 何をふざけたことをほざいてやがる!」

「待て上田。言いたいことがあるなら言わせてみよう」

「……神平先輩とおっしゃいましたっけ?」

「そういうお前は冬林でよかったか」

「……覚えていただけたとは光栄です。僕ら両方にとって無益な戦いをやめませんかという提案なのですが」

「ふむ。何が無益か無益でないかで意見が違っているようだ」

 神平先輩がメガネを光らせます。

 

「お前のような危険人物をバスケ部は野放しにするわけにはいかないな。上田を潰す作戦を練っていたそうではないか。可哀想に」

「そうそう! コイツら、ひでえっすよ! オレは何もしてなかったのによー」

「何もしてないってことはないでしょう! 上田くんのせいで、クラスのみんなはすごく嫌な思いをしてたんだよ。めっ!」

「ああん? 何だと、この女」

「……上田くんにも一理はあるかな」

「冬林くん……?」

 

『降参したって意味ないですわよ。どうせ……』

 

「水野さんの言った通り。上田くんのおかげでクラスの雰囲気は最悪だった。でも、僕らに直接の被害はなかったし。先に手を出したのはこちらと言える」

「へっ! 分かってんじゃねーかよ」

「でも、それって僕らが部活に入る前の話ですよね? 神平先輩」

「ほぅ」

「……僕の主張はこういうことです。僕と水野さんが先に手を出してても、それは上田くんの入部前だからバスケ部には無関係。それに文句をつけるなら、上田くんが相坂くんを倒したことをまずは問題にしないとおかしいでしょう?」

「おおっ! そうだよ、冬林くん!」

「確かに。入部前の出来事も考慮するというのなら、あんたらが先にウチに手を出してきたことになりますですね!」

 

「ああっ!? 下らないこと言ってんじゃねーぞ!」

「なるほど。分からないでもないな」

「はぁ? せ、先輩?」

「だが、その程度の理屈が通用するなら、ここは異能力バトル高校などとは呼ばれていない。――貴様らは過去に上田と揉めたから、いつバスケ部を攻撃してくるか分からない。だから先手を打って潰す。文句はあるか?」

「ありまくりだよ!」

「……水野さんの言う通りです。そんな理屈で攻撃されてはたまったものではありません。僕らはバスケ部と揉め事を起こすつもりはないですから、ここは退いていただけないでしょうか?」

 

「どうするんすか、先輩?」

「上田。お前はどうしたいのだ?」

「あんな口先野郎が何を言っても信用ならねえ! ムカつくからぶっ殺す!」

「……ということだ。俺個人としては恨みはないが、同じ部活の仲間がこう言う以上、全力をもって貴様らを潰す」

「くっくっく! 残念だったな、冬ぴー!」

「……どうあっても勝負は続行ですか?」

「ああ、冬林。ウチの新入部員を守るという大義名分があるのでな」

「どう考えても、そっちがケンカを売ってるし。ヤクザさんの言いがかりだよ!」

「水野さんのおっしゃる通りです。茶道部に恨みでもあるですか!?」

「恨みなどない。攻める理由があるから攻める。それだけだ」

「最悪だね、このメガネ!」

「人間のクズですよ、このメガネ!」

「……メガネは関係なくないか?」

 

『どうせ敵は難癖つけて、ウチとの勝負を続行しますわ。ですから冬林くん――』

 

「えー。やっぱりメガネといったら、インテリのしるしじゃないっすか?」

「お前はいつの時代の人間だ。そんなことより上田。今日はバレー部の動きがきな臭い。コイツらは早くに片付けよう」

「うす!」

 上田くんのこぶしが輝き光ります。

「来るよ、冬林くん! どうしよう……? スプーンはまだあるけれど」

「……僕も能力は温存してる。さっきは何があったのさ?」

「スプーンが消えてなくなった……ように感じた! よく分からないけど『持ってる武器を見えなくする』ような能力を、あのカミダイラって先輩は持ってるのかも!」

「なるほどね……」

 水野さんと新山さん。ついでに倒れている相坂くんをかばうようにして、僕は前に進み出ました。

 

「よっし! 【拳々発破】フルパワーですぜ!」

「タメに時間がかかるのが、お前の能力の弱点だな……。即座に攻撃できるタイプの敵には恐らく相性が悪いだろう」

「なーに! オレと先輩がコンビを組めば、大抵のザコはいちころっすよ!」

「ふむ。では、それをそこのザコどもで実証するか」

「うっす! まずは女の前でカッコつけてるカスからだ!」

 

「ふ……冬林くん?」

「……相坂くんを連れて新山さんと逃げられる?」

「できるわけないでしょ! そんなこと!」

「……うん。水野さんならそう言うだろうと思ってた」

「冬林さんの能力でこの状況をどうにかできませんか?」

「……ゴメン、新山さん」

「ひゃーはっはっはっはっは! 遺言はそれでいいかよ、冬ぴー!」

「くっ……! こんなゲス野郎ごときに茶道部が……!」

「くたばりやがれ! 拳々発破ぁあああああああああああああああ――っ!」

「……!」

「きゃっ……!」「ふ、冬林さん……!」「むーん……ハニー……無事かー……」

 上田くんのこぶしが僕の顔面を直撃しようとする次の瞬間――

 

『ですから冬林くん。放課後、敵と遭遇したら、わたくしが行くまで時間を稼いでくださいな』

「――【ときめかない=メモリアル】」

 

「『どいつもこいつも腰抜けぞろいが。まあ、このクラスではこのオレ様が最強だってことだよな! ひゃーはっはっはっはっは!』……って、何じゃあああっ!?」

 上田くんの動きが止まり、こぶしの光が霧散します。

「ていっ!」

「ぐっ……! こ、この野郎……!」

 その一瞬のスキをつき、僕は彼の腹部を蹴り上げました。

 もともとケンカ慣れしていないため、ほとんどダメージにならなかったようでした。が、数歩後退させることには成功します。

「どうしたのだ? 冬林を殴りにいくはずが、突然動きを止めたと思ったら訳の分からん言葉を言い出して」

「いや……オレにも何だか……って先輩こそ、その説明台詞は何ですか」

「メガネだからな」

「そうか。メガネだからっすか!」

「真に受けるな。しかし困った。あの女が出てきてしまったか……」

 

「冬林くん……! 大丈夫?」

「……うん。大丈夫だよ、水野さん」

「おケガがないようで何よりです。しかし、今のお声はもしかして……!」

「――大丈夫ですの? 新山さん。水野さん。冬林くんに相坂くん」

「ぶ、部長!」

「やったよ、冬林くん! 援軍だ!」

 

『……松川先輩がきてくだされば、上田くんと神平先輩に対抗できるのですか?』

『ええ。彼のような能力に、わたくしのウィル能力は超有効。天敵とさえ言えますし』

『……本当ですか?』

『信じてませんの? ――【ときめかない=メモリアル】♪』

 昼休みの茶室にて。

 松川弓乃先輩は、玄米茶のおかわりをすする僕を指差しました。

 彼女の指先が一瞬輝いた次の瞬間――

『「もう母さん! やめてよね! 僕もうお兄ちゃんなんだから、カナちゃんなんてよぶのはおかしいでしょっ!」……って、何ですか今のは!』

『か、可愛い……。それがキミの黒歴史な発言ですの?』

『……くろれきし?』

『わたくしは相手を指差すことにより、本人が過去に言った恥ずかしい台詞をしゃべらせる能力を持っています。――昔書いたポエムやラブレターなどの内容を暗誦(あんしょう)させることも可能! それがわたくしの【ときめかない=メモリアル】』

『な……何という嫌で恐ろしい能力だ!』

 個人的には木嶋先生に使ってみたい。

 

 3年、茶道部部長 松川弓乃

 ウィル能力名 【ときめかない=メモリアル】?

 効果 ターゲットを指差すことで、本人が過去に言った恥ずかしい台詞や過去に書いた恥ずかしい文章などをしゃべらせる。(強制発動・防御不能。ただし本人が恥だったと思っていないとダメなので、現在進行形の中二病患者などには効果が薄い)

 

『でも、確かに有効かも知れないですね……言葉で発動するタイプの能力に』

『ええ。それ以外の相手でも一瞬動きを止めることができますし』

 

【ときめかない=メモリアル】追記

 特定のキーワードが必要な能力の発動を妨害できる。

 



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敵の敵は駒

「お久しぶりですわ、神平くん。バスケ部のほうは、みなさんお元気にしてますの?」

 茶道部のリーダー、黒髪美人の松川弓乃先輩。

 彼女は天気の話でもするかのような気安さで、顔をしかめるバスケ部メガネの神平正信先輩に話しかけました。

 

「……お久しぶりですな。昨日おうかがいしたときはお留守だったようで」

「お互い今年も忙しいみたいですわね。ウェルキンゲトリクス主将はお元気ですの?」

「誰っすか? この美人だけど性格の悪そうなねーちゃんは?」

「上田。こちらの女性が茶道部の部長どのだ」

「へっ! つまり、ザコどもの親玉っつーことですね! 妙な技を使いやがったが、次はさっきみてーに行かねーぜ!」

「あらあら。元気のいい坊やですこと」

「ふむ。しかし、おかしいですな……」

 首をかしげる神平先輩。

「仲間からの情報によりますと、あなたは今、元ゲーム部の部室にいるという話だったのですが」

「は? どういうことっすか?」

 

 昼休みの茶室にて。

『……松川先輩の能力が敵に知られている可能性はないですか?』

『んー。たぶん情報はもれていないかと』

『そうでなくとも僕がバスケ部の立場なら、強そうな先輩が合流してくる前に僕ら1年生を狙うと思います』

『なるほど。確かに、敵が各個撃破を狙ってくる可能性は高いですわね……』

 

「この学校の部長クラスともなれば、強くて危険な能力を持っている可能性が高いのだ。できることなら、この女が出てくる前に勝負を終わらせたかった」

「ふん! ウチの部長がメガネ野郎ごときに遅れを取るものですか!」

「梅ちゃんの言う通りだよ! このメガネ!」

「ピーチクうるせーよ! ザコどもが!」

「いや、上田。これはお嬢さん方のほうが正論だ。メガネ以外」

「は? そんな……!」

「あらあら。神平くんってば」

「しかし俺もそう思ったからこそ、あなたの動向には注意を払っていたつもりなのですが。――いや、待てよ。もしや……」

 

『でしたら、それを逆手にとって、わたくしの身代わりを立てるとしましょうか♪』

『……身代わり?』

 

「もしや松川部長どの。今、そちらの部室にいるのは演劇部の――」

「さあ? どうでしょう」

 

『……【フェイスレス】の能力ですか』

『ええ。わたくしと仲のいい2年の女子なのですけどね。演劇部の部長であるそのコは、「誰にも顔を覚えてもらえない」能力を持っています』

『それは……強いのですか?』

『能力というより呪いと言いたくなるような代物ですけどね。放課後、そのコにお願いして、あっちの部室でエレンちゃんとお茶でも飲んでてもらいましょう』

 

 2年、演劇部部長 ????

 ウィル能力名 【フェイスレス】

 効果 彼女の顔を覚えることは誰にもできない。

 

『たぶんバスケ部は、わたくしを警戒して見張りをつけるでしょう。とは言え、ピッタリはりついてくるとも思えませんし。逆に不意打ちのチャンスです』

『……途中でこっそり入れ替わっても、尾行や監視してる人は気付かない?』

『ええ。彼女の能力はこの学校でも有名ですが、相手はそこまで考えないかと。――遠くて顔は見えないけれど、たぶん部室にいるのはわたくしだろう。そんな風に脳内で補正してしまうのが、人間の心理というものですの』

 

「してやられましたかな……。俺としたことが演劇部に関してはノーマークだった」

「よし! こいつらを倒したら、その女もぶっ殺してやりましょう!」

「無理だ。顔も分からん相手にどう報復する? 2年の女子を無差別攻撃などしようものなら、逆にバスケ部が集中砲火を浴びて消されるぞ」

「だああああああああっ! 面倒くせえ!」

「そうだ。面倒なのだ、戦いというものは……」

 

【フェイスレス】追記

 戦闘回避力に関しては異能力高校でも定評あり。

 

「畜生! コイツらだけでも、さっさとぶっ殺しちまいましょう!」

「待て、上田。軽はずみに動くな。どうもこちらの襲撃が予想されていたらしい」

「何のことです? お友達に紹介しようと1年のコたちを迎えにきたら、あなたたちとのバトルになってて、わたくしは大変びっくりでしたけど」

「違うじゃないっすか! このねーちゃんもこう言ってやがるっす!」

「……今のは絶対にフェイクだろう。おい、上田。さっきがお前が言った――いや、言わされた台詞は一体何だ?」

「へ……? いやまあ、何でもいいじゃナイッスカ……」

「ふむ。何となく理解した。――俺の予想が正しければ、次に俺が能力を使おうとした瞬間、松川はさっきの能力を使ってくるな」

「は? どういうことっすか」

「あらあら。さすがは神平くんですの」

「……弱小勢力といえど、部長クラスを侮ってはならぬということですな。いくら勝負とはいえ、個人的には絶対に喰らいたくない能力だ……!」

「キミも能力に目覚めたばかりのころは、『ふ……!』とか『笑止!』とか、よくおっしゃってましたものねー」

「バラすなよ! この女!」

 

「ねえねえ、冬林くん。さっきから何の話だろう?」

「……水野さん。もうちょっとだけキミは我慢していて」

 

「ちょっと、倒れてるそこのバカ。息はしているみたいですけど大丈夫ですか?」

「うぅーん……ハニー……ケガはない……かい……?」

「……人の心配しちょる場合ですですか。あんたみたいなアホたれは、どうせ役に立たないから、もうちょっと死んでおきなさい」

 

「……嫌な予感がしてきましたな。我々の襲撃などとっくの昔に予想済みで、すでに何らかの手を打っている?」

「よし! ぶっ殺しちまいましょう!」

「だからな、上田。どうも俺たち二人では――」

「ところで神平くん。キミたちバスケ部はバレー部と最近どうですの?」

「……ちょっと待て。何故そこで我らが宿敵の名前を出しますか!」

 

『松川先輩の【ときめかない=メモリアル】で神平先輩の【道連れメガネ】を無力化できるのは理解しました。でも、それだけでは決め手に欠けます』

『ですわね。わたくしの能力に攻撃力はないですし』

『……精神的なダメージは相当な気がしますけど。人によっては致命傷です』

『ですかしら。でも、それならそれで、わたくしにも打つ手がありますわ』

 

「――実はですわね、神平くん。わたくし、バスケ部とこんなことになるなど全然これっぽちも思ってなかったものですから。そちらのライバルであるバレー部部長に、こんなメッセージを送ってしまっていましたの。スクショ撮りましたので、今そちらに送信しますわ」

 松川先輩が自分のスマホを操作すると、神平先輩の制服ズボンのポケットから小さな振動音が聞こえてきます。

「……何ですと? ――ぶっ!」

 メールかメッセージアプリの画面を開いたらしい神平先輩が顔をゆがめました。

 

 ――拝啓 バレー部部長 中西くんへ

 1年B組の上田くんという男子が、茶道部の一年とトラブルを起こしてました。

 それなりの対処をしたいのですけど、そのコはバレー部の新人だったりはしないですわよね? 松川

 

『送信っと……』

『あの、先輩。これで何が起きるんです?』

『まあまあ、そう焦らずに。あら、さっそく返信がきましたわ……』

 

「……松川部長どの。これにバレー部はどう反応したのです?」

「ヒミツ……と言いたいところですけれど。わたくしと神平くんの仲ですし。やり取りを全部転送させていただきます♪」

 

 ――違うけど。何で?

 

 ――そのコ、最近まで入院してたそうですの。もしや大学病院にいたあなたたちがスカウトしてたりしたら、バレー部と揉めるのは避けたいと思いまして。

 

 ――ゴメン。松川さん。ちょっと待ってね。

 

『では、ちょっと待ちましょうか』

『……一体何が起きているのやら』

『バレー部は今、仲間同士連絡して上田くんのうわさを集めています。もしも彼が病院で、バスケ部の生徒に声をかけられていたなどの目撃情報が入ったら?』

『……話題の上田くんが敵の新戦力だと気付く。そしてバレー部は、僕らとバスケ部が戦闘になると予想する?』

『ええ。茶道部に戦力が割かれているのをチャンスと見て、後ろからバスケ部を刺しにきてくださるかも知れません』

 

 ――松川さんへ。該当なし

 調べたけど、やっぱりそのコはバレー部には入っていない。

 やっつけるなら好きにしちゃって。

 色々大変だろうけど、お互い今年も頑張ろうね。

 

『……そんなに都合よく、バレー部が利用されてくれるでしょうか? この返事ですと、どうとでも解釈できそうな』

『バレー部を思い通りに動かそうなどとは思っていませんわ。わたくしの目的は最初から、このどうにでも取れる曖昧な内容のメッセージをゲットすることでしたのよ』

『……え?』

『茶道部の都合のいいようにバレー部が動いてくれるとは限りません。でも、バスケ部の人がこれを見たら、最大のライバルが攻めてくるようにも読めるでしょう? この画像を神平くんに送信しますと――』

 

「……マズイな、上田。これ以上、こんな連中には構ってられん。いったん退却して仲間たちと合流するぞ!」

「は? どういうことっすか!」

 

『重要なのは、わたくしとバレー部の間にこういうやり取りがあったという事実です。神平くんはなまじ頭のいいコですから。不安と危機感を煽ってあげれば、戦闘をやめる方向に誘導できます。彼個人は好戦的な性格でもないですし』

 

「俺たちは茶道部と戦っている場合ではなくなったのだ。コイツらはハッタリのつもりかも知れないが、バレー部の部長は侮れん!」

「ちょっ……! オレのリベンジに付き合ってくれるって話はどうなったんすか?」

「後回しだ。お前もバスケ部の一員なのだからチームの事情を優先しろ」

「むぎがーっ!」

 

『そんなに上手く行きますか?』

『あとは仕上げをごろうじろ……ですの。成功率は半々といったところですが、それで敵がいなくなってくれるなら儲けものでしょ?』

 

「ねえねえ、冬林くん。よく分からないけど、すごいことになってるみたいだよ!」

「……そうだね、水野さん。松川先輩の作戦のおかげで、僕らは戦うことなくバスケ部を撃退できたみたいだ」

「ふふーん! 部長がスゴイのは当然です……と言っても、わたしにも何が起きているのやらサッパリですが」

 

「畜生! いい気になりやがって! 調子こいてるんじゃねーぞ、てめえら!」

「上田。相手にするな。では、茶道部の方たちよ。俺たち二人はここで失礼……」

「お待ちくださいな、神平くん。このまま帰るおつもりですの?」

「問題ありますかな。松川部長」

「大ありですわ。ウチの部員たちへの振る舞いに落とし前がついてません」

「落とし前ですと?」

 

『――ここまでが作戦の第一段階ですわ。そこから先の交渉は、わたくしに任せていただきたいのですけれど……』

 

「松川部長ともあろうお方が、妙なことをおっしゃいますな。バスケ部と茶道部の実力差を考えたなら、ここで我々が退いたほうがメリットでしょうに」

「あらあら。甘く見られたものですの。可愛い部員たちにこんなことをされて黙ってお帰りいただくようでは、これから一年を乗り切れるはずもないでしょう?」

「……メンツを立てろ、ということですかな?」

 

『今回負けたからといって、即座に茶道部がどうにかなるとは限りません。でも、今年のわたくしたちが弱そうなどと思われては、他の部活勢力が次々に攻めてくる恐れもあって厄介ですの』

 

「そのあたりの事情は俺たちバスケ部も同様です。常識的な範囲でしたら、そちらの要求を受け入れるにやぶさかではありません」

「何でっすか! こんなカスどもの言うことなんざ、聞く必要はないでしょう!?」

「今は状況がマズイのだ。最悪、近くにバレー部が潜んでいて、俺らを狙っている可能性もある」

「そんなのぶちめしちまえばいいっすよ!」

「それが簡単にできたら苦労はない。それで松川部長どの。そちらの要求は?」

「今年度のバスケ部予算の15%でどうですの?」

「……っ! 法外すぎますな、それは」

 

『その際、わたくしはちょっと無茶な要求をしてみようと思います。たぶん交渉はこじれるでしょうが、その時は――』

 

「――では神平くんがメガネをやめて、コンタクトにしていただくのは?」

「それも呑める条件ではございませんな」

「おうともよ! 先輩からメガネを取ったら何が残るっつーんすか!」

「上田。中途半端なフォローはやめれ」

 

「……何だろうね、冬林くん。松川先輩らしくない気がするよ」

「どのへんが?」

「んー。何て言ったらいいのかな……」

「わたしも水野さんに同感ですね。いつもの部長でしたら、相手が嫌がりつつも受け入れざるを得ないギリギリのラインをすっぱり見極めてしまうのですですが……」

「梅ちゃんもそう思う?」

「まあ、部長のことですから何かお考えがあるのかも……ん?」

 

 ずしーん……ずしーん……ずしーん……

 

「……何か聞こえませんか? 水野さん」

「ホントだ、何の音?」

 



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ウェルキンゲトリクス登場!

 ずしーん……ずしーん……ずしーん……!

 

「……何でしょう。どんどん音が近づいてくるのですですが」

「むぅ……。何だかピリピリするよ。梅ちゃんは何か感じない?」

「嫌な予感がバリバリですよ……。わたし、そういうカンはにぶいのですが……ん?」

「な……何よ、アレ!?」

「ば……化け物ですです!?」

 

 ずしーん……ずしーん……ずしーん……ずしーん……!

 

「……! このプレッシャー……まさか!」

「失敗でしたな、松川部長。目の前の敵にスマホを使わせるなど、援軍要請しろと言っているも同然でしょうに」

「くっ……! わたくしとしたことが……!」

「どういうことっすか? 神平先輩」

「さっき俺が松川からの連絡を見ただろう。その時に主将に連絡しておいた。もちろんメッセージはあらかじめ用意して、ワンタッチで送信できるようにしていたが」

「おお! さすが!」

「不覚でしたわ……!」

 

 ずしーん……ずしーん……ずしーん……ずしーん……ずしーん……!

 

「うぅーん……ハニーは俺が守るぜ……ん?」

「……おはよう。相坂くん。痛みとかはない? 大丈夫?」

「おーぅ、ジョニー……。頭がくらくらするけど、一体何があったんだい……?」

「バスケ部に入ってた上田くんが不意打ちで襲ってきたんだ。キミはとっさに新山さんをかばって気絶していた」

「おう、そうだ! ハニーは無事か!?」

「新山さんは大丈夫。ただ、色々すごいヤバイことになっているというか……」

「……? そういえば、さっきから変な音と振動が……って」

 

 ずしーん……ずしーん……ずしーん……ずしーん……ずしーん……!!!

 

「……へい、ジョニー。何で金剛力士像がこっちに歩いてきてるんだい?」

「それも上手い表現だね……。松川先輩に言わせると……」

 ――バスケ部はホモサピエンスを超越したような、筋肉もりもり覇王ゴリラ様が率いてます。

「だそうだけど」

「おいおいおいおいおいおいおいおい! ってことは何だ? あの筋肉に筋肉をつけ足したような化け物が……!」

 そう。満を持しての登場でした。

 彼こそが、バスケ部における最強の戦士――

 

 ずしーん……ずしーん……ずしーん……ずしーん……ずしーん……ぴたり。

 

 現れたのはまさに筋肉のかたまりでした。

「……ねえ、梅ちゃん。私の目の錯覚かな……。あの人の頭のてっぺんが廊下の天井についてるよ?」

「わたしにもそう見えますですよ。身長が二メートル以上あるのでしょうか……」

 丸太のような腕と足。身長は二メートルをゆうに超す巨体。猿人に先祖返りでもしたかのような野性味あふれる風貌。

「腕の太さが私の胴体くらいあるんだけれど……」

「いくら何でもそこまでは……。でも握りこぶしが、わたしたちの頭くらいありますですね……」

「腕も脚もぱっつんぱっつん……。あの学生服ってオーダーメイド?」

「眼光も異常に鋭いですです……」

 内側から盛り上がった筋肉は学生服をはちきらんばかりで、ギリシア彫刻を通り越し、金剛力士像のそれを思わせる圧倒的な迫力と存在感。

「まさに筋骨隆々! ゴリラのような大男だよ、梅ちゃん!」

「いいえ、水野さん。むしろお肌すべすべ、エステ通いをしてムダ毛をキレイに落としたゴリラ!」

 

 ゴゴゴゴゴゴゴゴ……!

 

「最悪ですわ……。このゴリラ主将が出てくる前に撤退を決めておくべきでした」

「俺に交渉を仕掛けたことが失敗ですな。松川部長らしくもない」

 

 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……!

 

「えーとさ……。上田くん」

「あ? 何だ、冬ぴー」

「『ガキや女は殴って言うことを聞かせろってーのが、オレの親父の教えだぜ! ついでに電化製品もな! ひゃーっひゃっひゃっひゃっひゃっひゃっ!』」

「ぶっ殺すぞ、この野郎!」

「……ゴメン。それより、この男らしい威風堂々とした体格をしたこの人が……」

「くっくっく。へにゃへにゃ野郎のてめえにでも、我らが主将の雄雄しさは伝わっているみてえだな!」

「ひどい言われようだ……。でも――」

「そうともよ! このお方こそ我らがリーダー! この異能力バトル高校でも最強クラスのパワーファイター……!

 3年の木村(きむら)良夫(よしお)ことバスケ部のウェルキンゲトリクス主将だぜ!」

 ずっぎゃーん!

「どこからツッコんでいいのやら……!」

 

「……とりあえず、はじめまして。僕は1年の冬林と申します。木村ウェルキンゲトリクス先輩でよろしいのでしょうか?」

「おい待て、冬ぴー。てめえは何を普通に初対面のあいさつをしてやがるんだ」

「いや……正直、頭がパニックなんだけど。とりあえず目上の先輩に、あいさつもしないのはアレかなと」

「けっ! いいコちゃんぶりやがってよぉ!」

 これが僕とウェルキンゲトリクス先輩との初会話。しかし――

 

 ――ふしゅっ! ふしゅっ! ふしゅるるるるる――っ!

「…………はい?」

 彼の口から漏れ出たのは、うめきとも吐息ともつかない一種異様な音声でした。

「な……主将! 何でこの野郎にそんなことを言うんすか!」

「えーと……上田くん。今の何?」

「うるせえ! ちょっと主将にほめられたからって、いい気になるんじゃねーぞ!」

「……ほめられたの? いや、僕の耳では人間の言葉とすら――」

 

 ――ふしゅっ! ふしゅっ! ふしゅるるるるる――っ!

「ははーっ! オレなんかにそう言ってくださるのは大変光栄に存じます!」

「だから、一体どんなコミュニケーションが成立してるのさ!」

 

「――フ。さすがですな、主将。敵に対しても認めるべきところは認めるその度量! この一年をあなたについていこうと、俺は改めて思わせていただきましたぞ……!」

「ひとりで感激してないで、神平くん。おたくの主将が何を言っていたのか説明してもらえます?」

「ああ、そうでしたな。松川部長。我らがバスケ部主将ウェルキンゲトリクス様は、このようにおっしゃっていたのです――」

 

 ――はじめまして。僕は1年の冬林と申します。木村ウェルキンゲトリクス先輩でよろしいのでしょうか?

『うむ。好ましい態度だな、若人よ。我はバスケ部を率いるウェルキンゲトリクスと申すもの。礼儀や敬意を向けられて悪い気のするものはそうおらん。お主のような部員を得たことは、松川の人徳のなせる業であろう』

 ――な……主将! 何でこの野郎にそんなことを言うんすか!

『いや、上田。我が部員よ。そのような考え方は、お前自身にとってもよろしくない。たとえ敵であろうとも、認めるべき美点、耳を傾けるべき主張があれば、貪欲にそれを学び見習い吸収せよ。敵を軽蔑し侮るような人生は、お前自身の成長の可能性をも狭めることになるであろう』

 ――ははーっ! オレなんかにそう言ってくださるのは、大変光栄に存じます!

 

「どうです? 素晴らしいお言葉だとは思いませんか?」

「……やれやれ。相変わらず言うことだけはカッコいいですわね、このゴリラ」

「あの……松川先輩?」

「冬林くんたちには説明がまだでしたわよね。彼こそが――」

 

『――さて、冬林くん。猛獣を罠に誘導しますわよ?』

 

「木村良夫くん――通称、ウェルキンゲトリクス。バスケ部の部長にして主将。わたくしと同じ3年生で血液型はB型。今年の八月で一八歳」

「……色々とツッコミたいところはありますけれど、何でこの人、人間の言葉をしゃべらないんですか?」

 ――ふしゅっ! ふしゅっ! ふしゅるるるるる――っ!

「ほら、また!」

 僕が驚いたのは、全部が演技でもありません。

 

「へっ! 冬ぴーの野郎は、主将が何をおっしゃってるか分からねえみてーだな!」

「仕方あるまい。偉大なる主将のお言葉を理解できるのは、我らバスケ部の部員たちだけなのだ」

 

「二人が言っているのは本当です。ウェルキンゲトリクスが口にするのは、通常あの『ふしゅるーふしゅるーふしゅるー』だけで、それ以外をしゃべることは滅多にほとんどありません。しかし何故か同じバスケ部の仲間にだけは、意味が通じているのがこの学校の七不思議」

「松川先輩。それって……」

「そういうウィル能力というわけでもないようですの。1年生でバスケ部に入部して以来、数多くの部活バトルで敵を仕留めてきた彼ですが、その能力はまったく不明。彼と戦って能力を知ってしまった生徒たちは――」

「……全員やっつけられて退学済み? よし! 逃げましょう」

「こらこらですの」

 

「へっ! 冬ぴーの野郎はやっぱりただの腰抜けですぜ」

「状況判断が的確だとも言えるがな。我らが主将が出てきたからには有象無象どもでは相手にならん。――ちなみに松川部長どの。我らが主将ウェルキンゲトリクス様はこのようにおっしゃっておりました。

『フ。松川よ。貴様とは1年のときから見知った仲だが、こうして部活の長同士として顔を合わせるのは初めてか。戦乱渦巻く我らが母校。戦いこそが人の業。お互い全力を尽くして競い合い、悲しくも美しい火花を散らそうではないか!』と」

「クソ喰らえですわよ、このゴリラ」

 黒い笑顔でおっしゃります。

 

「冬林くん、冬林くん! つまり、あの人が悪の親玉ってことでいいのかな? アレをやっつけさえすれば学校の平和に近づくの?」

「……そんなに簡単でもないと思うよ、水野さん。それにキミの【スプーン=スネイク】がウェルキンゲトリクス先輩に通じるか……」

「筋肉だから?」

「……筋肉だから。神平先輩だっているからね」

「むむむむむぅ……!」

 

「へい、ハニー! ここは俺に任せて逃げるんだ!」

「……へい、あんた。いきなり湯飲みを取り出して何をするつもりなんです?」

「フッ……聞いて驚くがいいぜ。今から俺が見せるのは茶道部に伝わる伝統奥義、その名も『茶しぶアタック』さ!」

「ウチの伝統を捏造してるんじゃねーですよ! あんたなんかを捨て駒にすることに良心の呵責はないですが、無意味な特攻はやめるですです!」

 

「茶しぶアタック――それはもしや伝説の!?」

「……水野さん。適当なノリで驚いたフリをするのはやめようよ」

 

「ちっ! 相坂の野郎め! ザコの分際でカッコつけた台詞を言いやがって!」

「相手にするな、上田。どうせ大したことのないハッタリだ」

 

「あらあらですの」

 

「……それで相坂くん。茶しぶアタックって一体何?」

「フ。ジョニーに聞かれたからには説明しよう! 茶しぶアタック……それは俺の【ホーリー=フィンガー】でピカピカにした湯飲みで相手を殴る究極奥義さ!」

「ただの無謀な特攻じゃん! 湯飲みをキレイにする意味ないじゃん! 茶しぶがないのに茶しぶアタックって変じゃない! そもそも茶道に使う古道具って、ぼやけた感じも味だからピカピカにしたら価値が下がるよ!」

「さすが、ジョニー。わびさびの心を理解している。しかし分かってくれ! 男にはやらねばならない時がある!」

「今じゃないよ! 絶対に!」

 

「そうですです! どうせ死ぬなら、もう少し役に立つところで死になさい! もっとも、あんたなんかにそんな場面がめぐってくることはたぶん一生ねーですが!」

「梅ちゃんがデレた!」

「デレとらん! アホなことを言ってないで水野さんたちもあのバカを……!」

「……ダメだ。遅いよ。新山さん」

 

「行くぜ! ハニーの声援を背に受けて! 必殺茶しぶアタ――――――ック!」

「頑張れ! 相坂くん!」

「行くな、ボケぇ!」

「……やれやれですの」

 

「けっ! 身の程知らずが。迎え撃ちますか? 神平先輩」

「いや、上田。必要ない。あの程度のザコごとき我らが主将が――」

 それは一瞬の出来事でした。

「くたばれーっ! ……へ?」

 ――ふしゅるるるるるぅううううううう……!

「ぎゃふん……!?」

 ずぎゃーん! ずどーん! どんがらがっしゃーん!

「ああっ! 相坂くん!?」

「言わんこっちゃねーですよ! あのバカたれ!」

 

「……松川先輩。今のは一体……?」

「何ということですの! 果敢に突進する相坂くんの目の前に、ウェルキンゲトリクスが巨体に似合わぬスピードで出現。後輩たちをかばうように立ちふさがりました。ひるんで足を止めた相坂に岩のようなこぶしですかさずパンチ。寸止めだったようですが、衝撃波だけで相坂は廊下の向こうまで吹き飛ばされていきました!」

「……ご丁寧な解説をアリガトウゴザイマス」

「正直、アレが普通に暴れるだけでウチは全滅しますわね。ウィル能力とか関係なしに」

「化け物ですか! あのウェルキンゲトリクス先輩は!」

 

「ひゃーはっはっはっはっは! オレたちの主将は最強だぜ!」

「虎の威を借る狐になるなよ、上田。お前が一人の虎になる素質があると見込んだからこそ、俺は同じ病室で会ったお前をスカウトしたのだ」

「分かってますぜ、神平先輩。――ひゃーはっはっはっはっはっ! 見たかよ、冬ぴー。我らが主将の圧倒的なまでのお力を!」

「……分かっとらんな」

「ああ、うん……。スゴイよね。上田くん」

「けっけっけ! ビビったな? ビビったな? ビビりやがったな!」

「ビビった、ビビった。でも、ちょっと思ったんだけどさ……」

「何だよ」

「ウェルキンゲトリクス先輩の素のパンチの威力がさ、ウィル能力で強化したキミの攻撃力をはるかに上回ってるんじゃないかという気がしたんだけど……」

「ぶっ飛ばされてーのか、この野郎!」



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バナナ=カウント

「――相坂くん! 大丈夫?」

「ええーい! くたばるではないですよ! あんたがどうなろうと、わたしには関係ないですですが、死なれると寝覚めが悪いにもほどがあるです!」

「ううーん……ハニー……愛しちょるぜ……」

「……! どうでもいいことを寝言で言うな!」

 

「さて、茶道部の皆様よ。主将が出てこられたからには、そちらに勝ち目がないことをご理解いただけましたでしょうな?」

「ひゃーひゃっひゃっひゃっひゃっひゃ! 思い知ったかよ、ザコどもが!」

「……上田。やめれ。みっともない」

 

 ――ふしゅっ! ふしゅっ! ふしゅるるるるる――っ!

 

「ほれ。我らが主将もお怒りだ」

「ひぃっ!? 申し訳ありませんでしたっす! ウェルキンゲトリクス様!」

「相変わらず独特のノリですわね。バスケ部は……」

 僕と松川先輩がバスケ部と対峙している後ろでは――

 

「畜生! アイツら! 茶道部をナメた報いは絶対確実に受けさせるです!」

「旦那様をやっつけられて、梅ちゃんが怒り心頭だ!」

「誰があのバカの嫁ですか! 水野さん。アイツら全員の首をとれますか?」

「……難しいかも。私の【スプーン=スネイク】を使っても、やっつけられるのは一人だけだね。メガネ先輩の能力で妨害される危険もあるし」

「厳しいですね……。一番厄介に違いないゴリラ野郎のウィル能力も分かっていないですですし……」

「むしろ梅ちゃんの能力でアイツらをずっぎゃーん! とできないかな?」

「……いえ。わたしの能力は戦闘にはまったく向いていないですから」

「何とかカウントだったっけ? 私たちの顔を見て0回とか1回とか言ってたよね」

「よく覚えてますね……。待てよ。アイツらに一泡だけでも噴かせるために――」

「? 梅ちゃん?」

「せめて恥をかかせてやります! 【バナナ=カウント】……って何ですとー!?」

「どしたの?」

「――くっくっく。水野さん。ナイストスでした。偶然ですが、おかげで連中に切り込むスキを見つけたかも知れねーですですよ……!」

 

 ――ふしゅっ! ふしゅっ! ふしゅるるるるる――っ!

 

「それで神平くん。おたくのゴリラ主将は何とおっしゃっておりますの?」

「ああん? このバカ女! 主将にナメた口たたいてんじゃねーぞ!」

「……上田くんこそ、松川先輩にその態度は何なのさ」

「るせーぞ、冬ぴー! 女のかげに隠れるしか能のねーてめえは黙ってろ」

「こらこら、上田。さて茶道部部長どの。我らがバスケ部主将ウェルキンゲトリクス様はこのようにおっしゃっています――

『ここまでだな、松川よ。智謀智略を誇る貴様といえど、有象無象の1年生を率いてこれ以上の抵抗はできまい。大人しく我が軍門に下るのならば、バスケ部は寛大な処遇を約束しよう』と」

 

「それは降伏勧告ですかしら?」

 ――ふしゅっ! ふしゅっ! ふしゅるるるるる――っ!

「然り。ウェルキンゲトリクス主将は続けてこのようにおっしゃっています――

『お前の優秀な頭脳を我は高く評価している。今年こそ学校の制覇の悲願を達成すべく、バスケ部には有能な人材が必要だ。神平先輩を補佐につけるので、我の部下……否。副将として存分に腕を振るうがよい』」

「な……このねーちゃんが、オレらの上司ってことっすか!?」

「上田。我々は主将の方針に従うだけだ」

 動揺したのはバスケ部の上田くんだけではありません。

 

「……どうなさるのですか? 松川先輩」

「あらあら。意識の高いゴリラですわね。でも、意外に好待遇。高く評価してもらってたみたいでビックリですの」

 満面の笑顔で、たっぷりの嫌悪感を表現するという高等テク。

 

「では、連中の要求を……」

「んー。お話自体は面白そうだと思います。でもね、冬林くん。わたくしにも譲れないものはありますの。……あのね、ウェルキンゲトリクス。わたくしがバスケ部に行ったとして、残りの部員たちはどうなりますの?」

 

 ――ふしゅっ! ふしゅっ! ふしゅるるるるる――っ!

 

「我らが主将ウェルキンゲトリクス様はこのようにおっしゃっています――

『すまぬがお前の下にいる者たちを、我はさほど評価していない。茶道部を解散しろとは言わぬので、あとは自分たちの才覚で生き延びてみせるがよい』と」

「何様ですわよ、このゴリラ」

「しかし、松川部長どの。……弱者は強者に従い生きるしか道はない。それがいつの世も現実ではないですか?」

「あら。それは神平くん自身のご意見ですの?」

「ええ。俺も一年間をこの学校で過ごしましたが、実力のない生徒たちの末路は無残です。この現状をどうにかするために、あなたの力をお借りしたい!」

「そのためならウチのコたちは見捨ててしまえと? あのですわね、神平くん――」

 松川先輩の口から、辛辣な毒舌が飛び出す気配がありました。

 しかし、それより一瞬早く――

「お待ちください!」

「……新山さん?」

 とても小柄な体格で、警戒心の強い猫のような目の女の子。肩くらいまでの黒髪を黄色のゴムで二つに分けて縛っています。

「お待ちください。松川部長に冬林さん。――もしかすると、わたしのウィル能力がこの不利な状況をひっくり返す切り札になるかも知れません!」

 

 1年D組の新山梅子さん。茶道部の正規部員。

 彼女のウィル能力を僕はまだ知りません。

『冬林くんと水野さんと相坂くんは、新山さんの能力をご存知ですの?』

『……まだ教えてもらってはいないです。ただ僕らの顔を見て0とか1とか言っていたので、情報収集系の能力かなと』

『それは何の回数だと思います?』

『他の能力者に倒された回数とかなら便利かも。……水野さんは「ちゅーの回数だったりしないかな?」と言っていました』

『地味に使えそうな能力を考えますわね。でも、ハズレ。そして、キミが水野さんの仮説を否定できないということは……?』

『……墓穴った!』

 

「――茶道部1年、新山梅子。わたしのウィル能力は【バナナ=カウント】!

 わたしは能力の発動中相手の顔を見るだけで、その人が今までの人生で行なった『ある行動』の回数を見抜くことができるのですです!」

「……ある行動?」

 最初に彼女と出会ったときに、何かの能力を使っているのは分かっていました。

 あの日の部室前と同じように新山さんの両の瞳が淡く淡く輝きます。

 

 ぐるりと。一同の顔を見回す彼女。

 その視線が僕らのリーダーのところで止まります。

「まず松川部長は0回です。さすがです。水野さんと冬林さんも0回で、向こうに倒れてるバカのことはひとまず置くといたしましょう」

「? 水野さん。これは一体……」

「冬林くん冬林くん! 梅ちゃんってばスゴイことに気付いたんだよ!」

 水野さんがぴょんぴょんと飛び跳ね、大事な友人を自慢するように言いました。

 

「――そして、バスケ部のアホどもよ。上田さんの回数は『2回』です」

「ああん? 突然、何を言ってやがるこの女!」

「メガネ野郎は『1回』ですね」

「待て、上田。まずは聞くだけ聞いてみよう。――新山さんでしたかな? 明らかに戦闘には向かない能力だと思うのですが、それは何の回数なのです?」

「聞いて驚くがいいですですよ、メガネ野郎。

 茶道部1年、新山梅子。わたしは相手の顔を見るだけで――

 その人が『バナナはおやつに入りますか?』という質問を、今までに何回したかが分かるのですです!」

「何じゃい、それはあああああああああああああああああ――っ!?」

 他に人のいない廊下に上田くんの叫びが響き渡りました。

 

 1年C組 新山梅子(所属 茶道部)

 ウィル能力名 【バナナ=カウント】

 効果 相手の顔を見るだけで「バナナはおやつに入りますか?」という質問を何回したかを看破する。(使用中、顔に数字が浮かんで見えるらしい)



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情報収集系能力者

「畜生! 何て恐ろしい能力だ! 正直、甘く見すぎていたぜ……!」

「上田。落ち着け」

「これが落ち着いてられますか! 2回……そうだ、確かに2回だ!

 最初は小学2年の時だった……。遠足の前の日にオレが先生に『バナナはおやつに入りますか?』と聞いた途端、教室は爆笑の渦に包まれた……。

 3年と4年の時は雨で二年連続遠足は中止になった。

 そして忘れもしねえ……アレは小学5年の時だった。オレが同じ質問をした途端、教室のみんなは冷めた目で……畜生! あの屈辱を今の今まで忘れていたぜ!」

 

「落ち着け、上田。確かに俺も一度だけ『バナナはおやつに入りますか?』という質問をしたことがある」

「一度ならオレよりマシじゃないっすか……」

「そうでもないぞ。実は俺がその質問をしたのは中学3年の時だったんだ」

「な……! そんなのは普通、小学生で済ませておくものでしょう……!?」

「その通り。だが敵の狙いが俺らに恥をかかせることならば、それも指摘してくるはずではないか?」

「は……!? 確かに!」

「つまり、あの能力で分かるのは質問の合計回数だけで、いつどこでどんな状況でといった詳細までは分からないのだと予想する」

「おお、すげえ! さすがはメガネだけのことはあるっす!」

「お前の中でメガネはどんな不思議アイテムなのだ……」

 

「どう? 冬林くん。梅ちゃんの能力はスゴイでしょ!」

「……うん。水野さん。確かに僕もそんな質問はしたことない。しかし、僕の想像のななめ下。最強クラスに役に立たない能力だ……!」

「そんなこと言っちゃダメ! もしかしたら脅迫なんかに使えるかもだよ?」

「……それはつまりこういうことかな? 『貴様が昔、バナナはおやつに入りますかという質問を7回したことを知られたくなかったら百万円を用意しな!』」

「やっぱり無理かな?」

「無理に決まってるよ! それより、ちょっと耳貸して」

「? いいよ」

「……バナナはおやつに入りますか、バナナはおやつに入りますか、バナナはおやつに入りますか、バナナはおやつに入りますか、バナナはオーパーツに入りますか……」

「おお! 冬林くんってば用心深い。念のために裏を取るんだ!」

 

「――さあ、新山さん! 僕が今した質問の回数は何回だった?」

「4回です」

「……すごい。1回フェイクを入れたのも見抜かれている。【バナナ=カウント】の能力は本物だ――って、それが分かったから何なのさ!?」

 

『もしかしますと、冬林くん。わたくしの予想では、キミのウィル能力は相手の能力を実際に見て知らないと使えないかも知れません。

 でないと、とりあえず相手に能力を使ってみて効果が出なかったら強い能力を持ってると分かる……なんて裏技ができますし。わたくしの経験から言うと、そこまで便利な能力なんてないですの。それと――』

 

「――よくぞ聞いてくださいました! 問題はこのゴリラ野郎なのですよ!」

「そういえば、新山さん。ウェルキンゲトリクス先輩の回数は……」

「151回です」

「は?」

「このゴリラ野郎は今まで百回以上この質問をしているのです! これは明らかに異常すぎる数字! どんな能天気なお調子者でも一生にせいぜい二桁が限度でしょう! となると考えられる理由はたった一つしかありません――!」

 茶道部1年新山梅子さんは、バスケ部主将の3年生、木村ウェルキンゲトリクス先輩を鋭く指差しながら言いました。

 

「そう! 『バナナはおやつに入りますか?』という質問をすることが、ゴリラ野郎のウィル能力の発動条件になっている!」

「……そんなバナナ! とでも言えばいいの……?」

 

 ――ふ……

「? 主将?」

 ――ふしゅっ! ふしゅっ! ふしゅるるるるる――っ!

「な……! ウェルキンゲトリクス主将! それは……!」

「神平くん。ゴリラは何と言っておりますの?」

「……松川部長。ウェルキンゲトリクス主将はこのようにおっしゃっています――

 

『ふはははは! 面白い! 面白いぞ、松川よ。たとえ無力に見える仔ウサギといえど、侮るべきではなかったな!』と」

「ということは……」

「『その通り! 我が能力の発動条件はまさしくそれだ。「バナナはおやつに入りますか?」という質問を我がして、それにツッコミを入れてしまった者は肉体に様々な異常を引き起こす! 例をあげるとこのような具合だ――!』」

 

 例その一

 バスケ部主将ウェルキンゲトリクスが「バナナはおやつに入りますか?」と質問し、それに相手が「いきなり何を言い出すんだ」とツッコミを入れた場合。

 ○相手は水虫になる。足のかゆみに耐え切れず、歩くどころか立っていることさえままならない。

 

 例その二

「遠足前の小学生か!」とツッコミを入れた場合。

 ○重度の化学繊維へのアレルギーを発症する。今着ている下着や衣類がそうならば、すさまじい苦痛を味わうだろう。

 

 例その三

「高校生にもなっておやつはねーだろ!」

 ○平衡感覚が混乱する。まっすぐ立つことも歩くこともできない。

 

 例その四

「そんな使い古されたボケをするんじゃない!」

 ○歯槽膿漏になる。歯ぐきの痛みに耐えるだけでなく、口臭もひどくなるため、仲間や友人が離れていくかもしれない。

 

 例その五

「そもそもおやつの値段の上限はいくらなんだ」

 ○神経性の下痢になる。戦場を離脱してトイレに駆け込むことができたら幸運だ。

 

 例その六

「一生バナナだけ食ってろ、このゴリラ」

 ○心臓停止。

 

 ――ふしゅっ! ふしゅっ! ふしゅるるるるる――っ!

「『と、相手がどのようなツッコミを入れたかによって肉体に様々な異常を引き起こす。これが我が【バナナとゴリラの危険な関係】の能力だ!』と、我らがウェルキンゲトリクス主将はおっしゃっておられます」

「何という恐ろしい能力ですの! ツッコミキャラの冬林くんでしたら、確実に餌食になっていましたわ……!」

「……松川先輩。人を勝手にツッコミキャラにしないでください」

「それをツッコミと申しますのよ。実際あのウェルキンゲトリクスがそんなことを言ったらどうなっていたか、シミュレーションされてみてはいかがです?」

「えーと……」

 シミュレーション開始。

 

 ――バナナハオヤツニ入リマスカアアアアアアアアアアアアアアアアッ!

『いきなり何を言い出すんですか、ウェルキンゲトリクス先輩は! ……はぐっ!?』

 水虫発症。

『冬林くん。足臭い……』『近寄らないで欲しいですです』『へい、ジョニー。お前にいられるとお茶がマズくなるんだよ』

『――と。みんなが言っているのでキミはクビです♪』

『がびーん!』

 …………

『ただいま、父さん母さん……学校辞めてきちゃったんだけど……』

『あ! おにーちゃん! おかえりなさ……うわーん! おにーちゃんの足くさーい!』

『うわああああああああああああっ!? 妹のゆずちゃんにまで!』

 終了。

 

「最低最悪の能力だ! 新山さんがいなければどうなっていたことか……!」

「……部長。拾っていただいたご恩を、わたしは返すことができたでしょうか?」

 

『――わたくしもウェルキンゲトリクスのウィル能力は存じません。ですが、アレに倒されて学校を辞めたコたちから戦いの様子は聞き出しておりました』

 

「ええ、新山さん。このような能力をわたくしは初見殺しタイプと呼んでいます。――タネが分かれば対処できるが、予備知識がないと高確率で喰らってしまう。この手の敵に対しては情報収集系の能力者が強いのですわ」

 

「嬉しいですです! こんなカス能力に目覚めたときは自分の運命を呪ったですが……」

「カスなんかじゃないよ! 梅ちゃんは!」

「……ホントだね。水野さん」

 

『わたくしが新山さんと出会ったのは、キミたちが入学する少し前。町で暗い顔しながらふらふらしている彼女と偶然お話しする機会がありまして』

『……ショボいウィル能力しか出なかったので絶望してた?』

『みたいです。どんな能力かは放課後になってのお楽しみ。それでその時、わたくしもここの生徒であることを隠したまま、能力に目覚めた状況などを聞き出しまして――』

『……しれっと黒いのが松川先輩クォリティー』

 

「けっ! 調子に乗ってんじゃねーぜ、ザコどもが! 何を言おうと、てめえらは使えねえカスなんだよ! コーショーがケツレツしたからにはぶっ殺してやるぜ! ひゃーはっはっはっはっは!」

「こら、上田。野球部のような笑い方をするでない。……残念です、松川部長どの。主将の能力を知られたからには全員消えてもらうしかなくなりました」

 ――ふしゅっ! ふしゅっ! ふしゅるるるるる――っ!

 

「はん! そっちがペラペラしゃべったんじゃねーですか! それにそのゴリラ野郎の能力は、もはやわたしたちには通じません! ボケにツッコミを入れると発動するというのなら、誰も何も言わないでいればいいのですです!」

 ――ふ。

「『――ふ』と。ウェルキンゲトリクス様は貴様の発言を鼻で笑ったぞ、新山よ」

「何でそんなの通訳しますか! このメガネ!」

 ――ふしゅっ! ふしゅっ! ふしゅるるるるる――っ!

「続けてこうもおっしゃっている――

『甘いな、新山とやら。【バナナとゴリラの危険な関係】の効果はそれだけではない。

 もしも我の質問に30秒以上誰も何も言ってこなかった場合。ボケがすべった気恥ずかしさから、我は理性を失った狂戦士へと変貌する!

 パワーやスピードは通常の三倍! 敵味方の区別なく目に映るもの全てをなぎ倒すまで正気に戻ることはなく、あまりの被害の甚大さ故に、我自身こちらの効果が出るのだけは望まぬほどよ!』と」

「な、何ですとー! ……って、それってわたしたちだけでなく、あんたや上田さんも巻き込まれるのではないですか?」

「…………」

「何か言いなさいです! このメガネ!」

 

「……冬林くん。大丈夫かな?」

「大丈夫だよ、水野さん。――もういいですよね? 松川先輩」

「ええ、冬林くん。ありがとう。狙ってた以上の収獲ですわ」

 松川先輩の笑顔は、輝かんばかりのブラックです。

「あのゴリラは豪胆で男気のある性格を売りにしてますし。部員の前で証拠を突きつけたら、ああいう言動をしてみせるしかないだろうとは思ってました♪」

「松川先輩だけは一生敵に回したくありません……!」

「光栄ですわ、冬林くん。ですが、わたくしに出来たのはここまでですの。わたくしや新山さんの能力では敵にトドメを差すことができません。幕引きを――」



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決着そして……

「ひゃーっはっはっはっはっは! 何だかよく分からないけれど、やっぱり主将はスゴイ能力を持ってるってことだよな?」

「……上田くんは相変わらずだね。まあいい。キミに付き合うのもここまでさ」

「おうよ! てめえらが地獄に行くからな……って、冬ぴー。何してる?」

「女の子のかげに隠れてる。僕はそれしか能がないカラネ。――新山さん」

「ほえ? 何ですか?」

「――【ずぎゃーん=ボム】(仮)」

 次の瞬間――

 

「バナナはおやつに入りますかあああああああああああああああああああ――っ!?」

 血を吐くほどの大声で、上田くんが絶叫しました。

 

「は? おい、上田。何を言って……うぐ!?」

 神平先輩が胸を押さえます。

「バナナはおやつに入りますかバナナはおやつに入りますかバナナはおやつに入りますかバナナはおやつに入りますかバナナはおやつに入りますかバナナはおやつに……!」

 念仏でも唱えるかのごとく、同じ台詞を全力で連呼し始めます……。

 

 ――バナナハオヤツニ入リマスカアアアアアアアアアアアアアアアアッ! バナナハオヤツニ入リマスカアアアアアアアアアアアアアアアアッ! バナナハ……!

 

 それらをかき消すほどの大音声は、バスケ部主将ウェルキンゲトリクス先輩のものでした。しかし、いくら叫んでいても彼のウィル能力は発動しません。

「……これは一体? 冬林さんがわたしの肩に触れた途端、凄まじいエネルギーが」

「新山さん。大丈夫? 痛みとかない?」

「いえ。非常に爽快な気分です……。うわ、連中のカウントが見る見る上がっていくですですよ……! いえいえ、違う? わたしがやらせてるんですか、これは!?」

 

 新山さんの瞳には、強く強く淡い輝きが宿っています。

 やがて――

 

「ばな……な……は……おやつ……に……がは……っ!?」

 口からわずかな血を吐いて、上田くんが倒れました。

「……はい……り……ます……ぐは……っ!」

 ほぼ同時に神平先輩も。顔を床に打った拍子にメガネに小さなひびが。

 

 ――バナナハオヤツニ……ごぐぉおおおおおおおおおおおおおおっ!

 

 さらにそれから数分遅れて。ウェルキンゲトリクス先輩の巨体が、ずしーん! と大きな響きを立てて崩れ落ちます。

「……冬林さん。もしや、あなたの能力は――いえ、あとでいいでしょう」

 新山さんの瞳の輝きが、ふっとロウソクの火のように消えました。

 

「――さて、松川先輩。僕の能力を新山さんに使ったら、相手の体力が尽きて倒れるまで強制的に『バナナはおやつに入りますか?』と叫ばせる能力になるみたいです」

「複数に攻撃できるのが強いですわね。もしかすると新山さんの視界内にしか効果はないかも知れないですが【バナナ=コーラス】とでも名付けます?」

「あれ? もしかして冬林くん。最初から私じゃなくて梅ちゃんに?」

「色々あってね。この勝負の流れなら絶対に強い能力になるからって……」

「おお、よく分からないけどスゴかったんだね!」

 

「へーい、そこのバカ! 終わったですよ。起きるですです!」

「んー……ハニーの愛を感じるぜ……」

 倒れていた相坂くんも目を覚まし―― 

 

 国立ウィル能力研究大学附属高等学校。通称、異能力バトル高校。

 茶道部 VS バスケ部の対決終了!

《と思わせといて、もうちょっと》

 

「はぅ!? ぶ、部長……!」

「? どうなさいましたの。新山さん」

「後ろをご覧になってください! ウェルキンゲトリクスが復活してます!」

「あら?」

 振り返った松川先輩と僕たちが見たものは、渾身の力を振り絞って立ち上がるバスケ部主将の巨体でした。

 そしてウェルキンゲトリクス先輩は――大きく息を吸い込みます。

 

「そんな! あれだけ『バナナはおやつに入りますか?』と叫んだ後に、まだ『バナナはおやつに入りますか?』と叫ぶ力が残っているのですですか!?」

「……へいハニー。気絶していたせいなのか、俺にはサッパリ意味が分からねえ」

 

「ど、どうするの!? 冬林くん!」

「松川先輩! 【ときめかない=メモリアル】で妨害を……!」

「んー。やめておきます」

「……へ?」

「その代わりに冬林くん。『――――』と言ってみてもらえます?」

「へ? へ? へ? それは……」

「くるよ!」

 次の瞬間。

 

 ――バナナハオヤツニ入リマスカアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!

 

 バスケ部主将の絶叫が、放課後の校舎に轟く轟く轟く轟く!

 それに僕は――

「いいえ! バナナはおやつに入りませーん! しかし、持てるのは一人一本までと決まってまーす!」

 ――ふしゅるっ!?

 

 5秒経ち10秒経ち……30秒が経過しても何も起きません。

「どういうこと?」

「簡単ですわ、水野さん。【バナナとゴリラの危険な関係】はボケにツッコミを入れると発動するウィル能力。何も言わずに黙っていても別の効果が出てしまう。

 だったらボケに対してボケで返せば、何も起きないということですの」

「おお、なるほど!」

 

「……あの。万が一その読みが外れて何かの効果が出てもいいように、僕に台詞を言わせましたか?」

「いいえ、冬林くん。わたくしは敵の大将の最後の攻撃をかわすという見せ場を、キミに譲って差し上げただけですわ」

「ちょっ……! この腹黒ビューティーが!」

「あら。いいですわね、そのあだ名。気に入りました」

 ――ふしゅるるー……

 

 後日。松川先輩はバスケ部と交渉し相当な額の賠償金をもぎ取りました。金の亡者というわけでなく、彼らの動きを制限するのが狙いです。

 演劇部にお礼もしないといけないですし、茶道部はまだまだ弱小。ほとんどが工作資金として出ていくお金だったそうですが――

 

「それでも若干の余裕はありますし。今日は、ぱーっとみんなで焼肉でも食べに行きましょう?」

『いえーい! 焼肉なんて久しぶりー!』

「みんな育ち盛りだからね……。たくさん食べて大きくなるんだよ」

「キミもですわよ。冬林くん」

 その席で――

 

「……あの、冬林くん。少しよろしいですか? みんなには聞かれたくないので向こうのほうで」

「? はい……」

 僕は複雑そうな顔をした部長に話しかけられます。

 

「どうしたのですか、松川先輩。改まって」

「実はですわね、冬林くん。わたくしはバスケ部との交渉ついでに、彼らと休戦協定を結ぼうとしていましたの」

「……いい考えだと思います。前回は上手くいきましたが、正直また戦いになったら勝てる自信はないですし」

「交渉の材料はたくさんゲット出来てましたので、順調に進むと思ったのですが……一つだけ嫌な条件を出されてしまいました」

「? 何ですか」

「キミを茶道部から追い出せという話です」

「え」

「……神平くんがキミの能力を見抜いてましたの。前回のバトルだけでなく、最初の上田くんとの戦いを合わせて考えるとこれ以外にないでしょうって」

「あー……」

「正直、キミが一人で戦い抜くのは難しいと思います。首尾よく別の仲間を見つけたとしても――」

「……僕のウィル能力は一時間に一回しか使えません。だから、バスケ部との戦いでは最後の最後まで温存してました」

 

 1年B組35番 冬林要

 ウィル能力名 【ずぎゃーん=ボム】(仮)

 効果 弱くて戦闘に向かない能力を強化する。ただし一時間に一回だけ。

(一度誰かに使ったら他の誰かにも一時間後。水野を強化→30分後に新山を強化→また30分後に水野を強化……のようなローテーション不可能)

 

「……ムカつきますわ、神平くんは。最後の最後にピンポイントで嫌な部分を突かれましたの」

「僕はただの仮部員ですしね……。表面上は無茶な要求とも言えないです」

「キミの性格は好ましいと思ってますし、戦力としても大きいです。キミが残っていただけるなら、三人とも正式な部員にして守ってあげたいのですけれど……」

「……そう言っていただけるのは光栄です。でも――」

 

「はーい。そろそろカルビ焼けるよー」

「はっはっは。てっきりハニーは、タン塩はタレで食うな、なーんて言い出すタイプかと思っていたぜ!」

「下品で汚らしくない限り、人の食べ方にケチつけたりはしねーですですよ……」

 

「松川部長」

「はい」

「僕の仲間たちをどうかよろしくお願いします……」ぺこり。

「そう言うのではないかと思ってました……。今日はお腹いっぱい食べてきなさい?」

「……ごちそうになります」

 

 一礼した僕は、煙と肉の匂いを胸いっぱいに吸い込みます。

 忘れないように。

 

「あーもう! 見てやがれですわよ、バスケ部の野郎ども。せっかく、わたくし好みのトリッキーで優秀な能力が加わりましたのに! この借りは必ずお返ししますわよ! 強きをくじき負け犬はドブに沈める腹黒ビューティー、松川弓乃の名にかけて!」

「……無茶はしないでくださいね? みんなが危なくなるのは嫌なので。というか、本当に気に入ってたんですか、そのあだ名」

 珍しくイライラした様子で髪をかきむしる松川先輩。……キレイなおぐしが台無しでした。

 だけど、やっぱりこの人は――

 

「おーい、冬林くん。部長ー。早くしないと食べちゃうよー?」

「……今行くよー。水野さん」

 

 こうして異能力高校、茶道部とバスケ部の四月の戦いは終了しました。

 一人になった僕、正式な部員になる水野さんと相坂くん、両部活のその他メンバーたちがこれからどんな戦いに巻き込まれていくかは別のお話。

 ……これは自然の闘争状態が続いていた僕らの世界が、社会契約を成立させるまでの物語。僕らの戦う部活バトルというのは、国家間戦争のたとえだと思っていてください。

 牛後(ぎゅうご)に過ぎなかった僕が鶏口(けいこう)になるには、あと数か月の時間が必要でした。

 

(一章 バナナとゴリラの危険な関係――了)



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第二章 サテライト=ヒーローズ
日常もバトルの一部分


「――ボクは仲間を愛している。この学校では何より仲間たちが大切だ。仲間を守るためならば、ボクはどんなことだってするだろう」

「だったら……」

「逆に言えば、仲間以外がどうなろうと関係ない。仲間でない生徒がどんな目に遭おうと、どんなに苦しもうと、どんな風に利用されて使い潰されようと、ボクは良心の呵責なんて感じない」

「鬼ですか、先輩は……」

「鬼ではないよ。神でもない。キミの向こう三軒両隣に住んでるような、ごく普通の高校生さ。そんなことより冬林くん」

「……何でしょうか? バレー部部長、中西(なかにし)先輩」

「キミの二次元の彼女はどんなコだい?」

 

 今回のお話は前回の勝負の続き。そして、やや女の子成分が少なめです。

 その日はバスケ部との激戦を終えて数日後。僕が一時期お世話になった、茶道部に別れを告げた翌日でした。

 

「えー。今日のホームルームは連絡事項がいくつかあります」

 四月。東北地方のとある県。

 国立ウィル能力研究大学附属高等学校。通称、異能力バトル高校1年B組。

 茶色の髪のポニーテール。年は二十代半ばで、そこそこ美人な白衣姿の女性教師。

 僕らの担任の木嶋葵先生が教壇でそう告げると、クラスはざわざわとし始めます。

 

「こらこら。いくら普段、私が真面目にホームルームをやらないからって騒がんように。連絡というのは席替えについてだ。ただし、お前らのほとんどには関係ない」

『……?』

 戸惑うクラスの空気を前に、先生は二人の生徒の名前を告げました。

「出席番号2番、上田竜二」

「……うす」

「36番、水野おだまき」

「……はい」

「お前ら二人だけ席替えです。荷物を持って席を交換してください」

 先生が指名したのは、廊下側前から二番目の男子生徒と窓側最後の席の女子生徒。

 二人は教科書やノートをカバンに詰めると、それぞれ荷物を持って教室をななめ方向に移動します。

 

「え。嘘。うわ、こっち来んなよ……!」

「……ラッキー。ヤバイのがいなくなった。でも何で?」

 ざわめきが強まる教室内。木嶋先生がパンパンと手をたたきます。

 

「静粛に。――悪いがこの件について、私からは何も説明できない」

「はーい、先生! これはどういうことなんでしょうか?」

「言ってすぐに質問か! 残念ながら31番の(はら)さんよ。先生はお答えできません」

「答えられないということは、ひょっとして他の生徒の人が関わっていたりするのでしょうか?」

「はっはっは。察しのいいコは嫌いじゃないよー」

 朗らかな笑顔でごまかして、先生は足早に教室を去っていきました。

 

 一時間目が始まるまで、クラスはちょっとした騒ぎでした。

 季節外れの転校生でも来たかのような。

 

「ねえねえ、水野さん。どうしてあなた、上田と席を交換になったわけ?」

「……えっとね。冬林くんが焼肉のあとにね……」

 廊下側の列の前から二番目。席を入れ替わった水野さんに、近くの女子が話しかけています。

 僕の後ろの席にいた女の子。36番の水野おだまきさんは可愛らしいコでした。

 

 絶世の美少女とはいえないですが、いつも愛らしく生気にあふれています。後ろでひとつに結んだみつあみに薄い紫色のリボンをつけているのがトレードマーク。

 機嫌のいい時はぴょこぴょこと跳ねて、それに合わせてみつあみが揺れます。

 しかし今日の表情は浮かなくて、髪も水やりを忘れた植物のようにしおれているのが教室の反対側からでも見えました。

 

「フ。それに関しては俺が説明させてもらうぜ!」

「相坂くん……」

 出席番号1番の男子が、その会話に割って入ります。

 水野さんの前の席。廊下側の一番目にいる相坂祐一くんは、ハンサムでしゃべりが面白い男の子です。陽気でアメリカンなノリがたまにうざいのはご愛嬌。

「ちょっと。茶しぶ野郎ごときに聞くことなんて何もないわよ?」

「はっはっはー。8番の柿本(かきもと)さんだっけ? 同じクラスなんだし仲良くしようぜ!」

「あんたとだけはお断りよ! あんたがバカをしでかしたせいで、上田の近くにいたあたしらがどんな思いをしたと……!」

「それについてはアイムソーリー。だけど、そのミスター上田を向こうにやったのが、俺たちの部長だって言ったらどうするかい?」

「……部長って?」

「うむ。実は俺とミス水野は茶道部の――」

 

 一方、教室の左後ろ。窓側の列の後方です。

 僕らの席の周囲では――

「……おはよう。上田くん」

「よぉよぉ、冬ぴー。オレ様がこっちにきたからには、てめえが調子に乗るのもここまでだ……ごほぇっ!」

「まだ声がしゃがれているね……」

「誰のせいだと……! ごほっ! げへっ!」

 2番の上田竜二くん。

 彼は目つきが悪くて肩幅が広い、威圧感のある男子生徒。……性格が悪くて暴力的なひどいコです。クラスの嫌われ者ですが、みんな怖くて手を出せないのが現状でした。

 今はバスケ部の一員で、僕や茶道部の水野さん相坂くんたちとは対立中。

 その彼が僕の後ろの席で、げほげほとせきをしつつ憎憎しげな目を向けてきます。

 

「【バナナ=コーラス】の後遺症かな……。あれだけ叫んでいれば、のどにダメージも残るよね……」

 彼の所属するバスケ部とバトルをしたのは、ほんの数日前のこと。

 

「あのさ上田くん。のど飴を持ってるんだけど良かったら――」

「てめえにもらう物はねえ! すぐにぶっ殺してやるから覚えてやがれ……!」

「前後の席になったんだから少しくらい仲良くしようよ……」

 

 そんな僕らの周囲では――

「――おいおいおいおい。何でコイツが来やがるんだ! 入学式にクラスメイトをぶん殴り、クラスの雰囲気を最悪にした戦犯、上田竜二がよ……!」

「今度は俺らをパシリにしようってか……?」

「これ以上好き勝手されてたまるかよ……! コイツだって一度入院してるんだ。誰にやられたかは知らないが、本気になってかかればよぉ……!」

 穏やかとは言いがたい殺伐としたオーラが漂い始め――

「ほら、上田くん。すさまじく和やかとは言いにくい空気になっている!」

「知るかよ! こんなカスども、あとで全員ぶっ殺してやらあ! こう見えても、このオレ様はバスケ部の――!」

「だから、そういうこと言うのやめなって! ああもう……!」

 

 そんなわけでこの僕、1年B組35番、冬林要の学校生活は、クラスで一番の嫌われ者が後ろの席にくるところから再スタートとなったのでした。

 

 



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所詮、一人では無力な僕

 午前の時間を、僕は居心地の悪い思いで過ごしました。

「おうこら、冬ぴー。てめえ、次の授業の宿題はやってきてるか?」

「……答え合わせでもする? 上田くん」

「てめえとなれ合うつもりはねえ! ノートを貸すから写しておけ!」

「……ちゃんと勉強しとかないと、あとで困るのは自分だよ?」

「先公みてえなこと言うんじゃねーよ! ……待てよ。性格の悪いてめえのことだ。わざと間違った答えを書くかも知れねえ!」

「キミはまず人に物を頼む態度から勉強したほうがいいかも知れない……」

 

 授業中――

「では、次の文章を――冬林。訳しなさい」

「はい、先生。『たとえば囲碁を打つときは得になる石を取り、得にならない石を捨てる判断を素早くしなくてはいけない。三目の石を捨てて十目の石を取るのは簡単だ。しかし、十目の石を捨てて十一目の石を取るのは難しい。だが、あの石もこの石も取ろうと欲を持てば、結局どの石も取られて負けてしまう』……」

「うむ。よろしい。座ってよし」

「はい……って、うわ!」

 すってーん!

 

「どうかしたか?」

「……イイエ。何でもアリマセン」

「くっくっく。ざまあねえな、冬ぴー!」

「……上田くん。椅子をスライドさせるという古典的ないたずらはどうなのさ」

 

 さらに次の授業中――

「では、この問題を上田。前に出て解いてみなさい」

「え。あー……うぅー……!」

「どうした? 簡単な問題だぞ」

「あぐぐぐぐ……!」

「もういい。代わりに冬林。やってみろ」

「ああ、ハイ……。これでよろしいでしょうか?」

「正解だ。二人とも席に戻ってよし」

 くすくすと。

 教室のどこかから意地の悪い笑い声。

 

「あ!? てめえら、何がおかしい!」

「上田。席に戻れ」

「くっ……!」

 席に着くと、後ろから殺気のこもった視線を向けられました。

 

「畜生、恥をかかせやがって……! いい気になってんじゃねーぞ、冬ぴー!」

「僕を恨むのはスジ違いデスデスヨー……」

 げしげしげし!

「調子こいてんじゃねーよ! てめえなんぞオレ様が一言言えばだな……!」

「ちょっ……! 椅子の背中を蹴るのはやめてってば……!」

 

 昼休み。

「おい、冬ぴー。てめえ、ひとっ走りしてオレ様のパンを買ってこい」

「……うん。言うんじゃないかと思っていたさ」

 カバンから手作りの弁当を取り出した直後、僕は盛大なため息をつきました。

 

「……買い物くらい行ってあげてもいいけれど。でも、上田くん。お金は?」

「あぁん? んなもん、てめえが立て替えとけよ!」

「……それは横暴ってものじゃないのカナー」

「おい、てめえ。分かってんのか? てめえのせいでオレだけでなく主将までが恥をかかされたんだ。金までぶんどられて、バスケ部はてめえのことを恨んでる。オレ様がてめえがまたウチとバトルする気だって報告すればだな――!」

「……それは怖い。でも、ゴメン。上田くん」

「あん?」

「実は今日、財布を持ってきていない。うっかり無駄遣いとかしちゃうとイヤだから」

「……っ! ふざけんな! ちょっとそこでジャンプしてみろ!」

「白昼堂々の教室でカツアゲの真似はやめようよ……!」

 何人かが視線を向けてきてますが、気にしている余裕がありません。

 

 上田くんがこぶしを振り上げ、僕が思わず身をすくめた次の瞬間――

 

 ぴんぽんぱんぽーん♪

 ――1年B組、冬林要くん。至急、お弁当を持って職員室まできてください。繰り返します。1年B組、冬林要くん。至急、お弁当を持って……

 

「……ゴメン。上田くん。僕、何だか分からないけど呼ばれてる」

「あ。待て! この野郎!」

 これ幸いとばかりに僕は教室を逃げ出しました。

 

 職員室。

「よぉよぉよぉよぉ、冬林。わざわざお昼にご苦労さん」

「……木嶋先生。一体どんなご用事でしょうか?」

「実は特に用はない。……まあ、ここで話すのも何だから、弁当持って移動しようぜ」

「あ。ちょっと……」

 先生に連れて行かれたのは生物準備室。いつかのように机に二人で座ります。

 

「いやー、懐かしいな。お前がここで弁当を食ってると少し前に戻ったみたい」

「まだ能力に目覚めてなかった頃ですね……。水野さんとお昼を取るようになってからは、ほとんど来てませんでしたけど」

「そうそう。それ以来、先生は一人っきりだ。――悔しいっ! 私なんかよりあの小娘のほうがいいっていうのね!?」

「……ソウデスネー。水野さんは目を離すと大変でしたが、先生は放置しても平気です」

「おいおい。私だって乙女心が傷つかないわけじゃないんだぜ?」

「誰が乙女ですかー……」

 内臓むき出しの人体模型。骨格標本。

 棚一面にはホルマリン漬けにされた生き物の死骸。

 1年B組の担任、木嶋葵先生は生物教師。狭くてほこり臭いこの部屋を、私室として使用しているフシがあります。

 

「……それで先生。今さら僕を呼び出して一体何の用事です?」

「用事ってほどでもないんだが。とりあえず昼飯を食っちゃえよ」

「……いただきます」

 箸を動かす動作が重い……。

「相変わらず美味そうな弁当だよなー。先生、女子力でお前に完敗だ」

「……だって食費が高くつくでしょう? 家計簿をつけていますけど、今月の様子を見る限り、国からの支給金だってギリギリですし」

「私より生活能力が高いな、お前。それはそれとして。――最近どうよ?」

「……子供との会話に困ってるお父さんみたいな切り出し方は何ですカー」

「うむ。期待していたテンプレ通りのツッコミだ。しかも棒読み」

「どうというのなら、先生もご存知の通りですよ……。上田くんと揉めて水野さんとコンビを組んで戦いました。相坂くんを仲間に入れて、茶道部の入部試験で仮入部」

 

「松川のところかー。アイツの担当は大変だった……」

「……そういえば、言ってましたね。1年の頃の先輩ってどんなでしたか?」

「秘密。守秘義務。そんなこと聞くとはアイツに惚れた?」

「水野さんみたいなこと言わないでください……。そのあと、同じ1年生の新山さんと麻雀やったりもしてましたけど」

「茶道部に入部したはずがどうしてそんなことになるのやら」

「……茶道部がゲーム部を倒したからだそうで、部室に全自動卓がありました。しかし、退院してきた上田くんがバスケ部に入部して。茶道部との間でバトルになります」

 

「そしてお前が大活躍して、見事敵を倒したわけだね」

「……松川先輩の作戦とみんなの協力があったからです。バスケ部から賠償金もいただいて、ひとまず休戦になったのですが――」

「引き換えに、お前を茶道部から追い出せという条件を出されてしまった。仲間たちを守るために、お前はあえて不利な条件を呑んだと。いやー、エライ」

「……僕的にはまったくテンションが上がらないです。それから何故か、今日の席替えがありまして。これから毎日上田くんが僕の後ろにいると思うと……」

「憂鬱か?」

「むしろ破滅へのカウントダウンが背中で始まってるような感じです……。ごちそうさまでした」

 僕は机に突っ伏して、深いため息を吐き出しました。

 

「……何でこんなことになったんでしょうね。上田くんだけでもヤバイのに、その後ろにいる人たちを思うと……」

「3年生の木村良夫こと、ウェルキンゲトリクスの率いるバスケ部が控えているのが怖いよなー。連中はああ見えて、校内でも相当ハイレベルな戦闘集団だし」

「ウェルキンゲトリクス先輩かー……」

 

 ――ふしゅっ! ふしゅっ! ふしゅるるるるる――っ!

 ――バナナハオヤツニ入リマスカアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!

 

「……今思うと、よく僕はあんなのと戦いましたよね。中学3年のとき『バナナはおやつに入りますか?』という質問を一回したことのある、クールでメガネな2年生の神平先輩も甘く見ていい人ではなかったですし」

「おいおい。そういう黒歴史っぽいエピソードをバラしてやるなよ。それより、ずいぶん覇気が抜けてるな」

「……そんなもの一円にもなりゃしません。うぅー……教室に戻りたくないよぅ!」

「情けない……が、高校生なんてこんなものだよなー。……ところでさ、お前、気付いてる? 今のお前が苦境にいるのは、お前がラブな茶道部部長、松川弓乃の仕業だぜ」



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茶道部の策

 ――わたくし、3年の松川弓乃と申します。ここ異能力高校の茶道部の部長を務めさせていただいておりますわ。

 ――あなたたち三人が部活バトルで頼りになる人材かを試すため、ちょっとしたゲームなどをいたしません?

 

「…………はい?」

 先生が口に出したのは、つい先日までお世話になっていた先輩のお名前。

 黒髪ロングでお美しい顔立ちですが、それ以上に腹が黒くて策略家のお姉さま。

 茶道部の部長の彼女の指揮で、僕たちは上田くんたちバスケ部を撃退しました。

 

「考えもしなかった――なんて顔をするんじゃないよ。そもそも突然どうして今日席替えなんかがあったのか? 不思議に思わないお前じゃないだろ」

「……先生の独断ではないのですか?」

「そんなわけあるか。私ら教師だって、生徒の恨みを買うのは怖いんだよ」

 先生の表情は呆れが八割、同情が二割といったブレンド?

 

「んじゃ、視点を変えてみよう。今回の席替えでメリットがあったのはどことどこ?」

「……バスケ部ですか?」

「その心は?」

「自分で言うとアレですが、僕を監視できることですかね……。向こうのリーダーを倒してしまったから、警戒されるのは理解できます」

 茶道部を抜けてフリーなので、僕には休戦協定も無効です。

 先日のバスケ部との戦いは向こうにとって、ほんの前哨戦のつもりだったと聞きました。新しく兵隊になった上田くんに気持ちよく仕事をさせるため、因縁のある僕や水野さんを襲撃。ついでに茶道部も潰そうと考えた。

 しかし、入念に牙を磨いていた松川先輩に反撃を受け、僕のウィル能力のことも知られます。

 

「そ。向こうからすれば、お前が別の仲間を集めてくるなら、先手を打って潰す必要があるだろう? そのため上田をピッタリつけとく作戦は有効だ」

「……僕ってそこまでするほどの強敵ですか?」

「強敵だよ。軽々しく使用はできないが、お前の能力は非常にヤバイ。発動条件が揃いさえすれば、たぶんこの学校でも最強レベル」

(こういうおだてを真に受けるのはやめておこう……)

 

「……バスケ部が茶道部にお願いして席を交換させたということですか? 神平先輩あたりなら、休戦協定を結ぶついでにねじこんでもおかしくは――」

「何を寝ぼけたことを言っている。むしろメリットが大きいのは、バスケ部でなく茶道部のほうだぜ」

「……へ?」

「そこまで理解力があるなら、考えが及ばないはずはないだろう? お前が茶道部の部長なら何を最優先に考える?」

「……部員たちの安全ですね」

「その心は?」

「……みんな強いとは言えない能力者だからです。水野さんに相坂くんに新山さん。あの三人の能力は、正直戦闘には向きません」

 うぬぼれるつもりはないですが、僕の能力があったからバスケ部とは勝負になったようなもの。松川先輩は優秀ですし、あと一人2年生の人がいるそうですが。

 

「だったら、お前ならどうしたい? 特に水野と相坂を」

「……なるべく二人には一緒に行動するよう指示を出します。同じクラスなわけですし。実際相坂くんが加わる前、僕と水野さんはそうしてた……あれ?」

「そう。今回の席替えで茶道部が得たメリットがそれ。他にも理由はあるんだけど、説明が面倒くさいからこれを使うわ」

 机の上にあるノートパソコンを、木嶋先生はポチポチと操作し始めます。

 

「……さーて。どのあたりがいいかなーと」

「あの、先生。一体何を……」

「うん。まあ、情けないお前にさ、この学校のちょっとした真実を教えてやるよ」

 液晶の画面には、動画再生用らしきアプリケーションが起動しておりました――

 

『……ちっ! 冬ぴーの野郎め! 逃げやがって。おい、隣の席のお前』

『な……何でしょうか。上田くん』

『何じゃねーだろ! 気の利かねえ野郎だな! 冬ぴーのヤツがいねーんだから、てめえが代わりにパンを買って来い!』

『え』

 ……映っていたのは、すっげー見慣れた教室の光景。

 

 僕は頭を抱えます。

「上田くん。何をやっているのさ……というか、先生。これは何?」

「うむ。実はだな、この学校のあちこちには、生徒たちの動向を監視するためのカメラやマイクが仕掛けてあるの」

「……あのですね。今の時代にはプライバシーや肖像権というものがあるのを知っていますか? 原始人先生」

「モルモットにそんなもの存在しねえ。この学校に入るときサインしてもらった同意書にもだな、『ウィル能力の使用状況を把握するための学校側の処置に、生徒は文句をつけません』という趣旨の文言が」

「それが監視カメラのことは気付きませんよ!」

「これが大人のやり方です。そんなことよりお前に見せたいのは、こっちじゃない。むしろ教室の反対側。席替えした水野と相坂の近くで、何が起きていたかが重要なのさ」

「……水野さんたち? あ。相坂くんが何か話してますね……」

 

『へーい! 出席番号7番のミスター貝森(かいもり)。俺たちとランチをしないかい?』

『……ごめんなさい、相坂くん。キミなんかと話していると、クラスから白い目で見られてしまいますので』

 異能力高校1年B組の机の並びは6×6。廊下側の一番前から、出席番号順に最初の席の並びが決まっています。

 

 僕と今の上田くんは窓側の一番後ろ。元水野さんの席の隣には、気弱そうな男子が一人います。(名前は確か浜崎(はまさき)くん)

 さっき映っていたのは僕の席の周辺でしたが、先生がポチポチと操作をすると、視点がスライド。

 教室の廊下側前方の光景が、映し出されます。

 

 1番の相坂くんの隣の席には線の細い気弱そうな男子が座っています。僕は話したことがないですが、上田くんにいいように使われている場面を以前目撃してました。

『はっはー! 俺はそんなの気にしないぜ? ミスター貝森』

『……うざいので話しかけないでもらえます? キミが余計なことしやがったせいで、ボクらは上田くんのパシリにされたりしたんですけども……!』

『それについては謝るけどさ。でも、教えたろ。その危険人物であるミスター上田を遠くにやってくれたのは――』

 

「……? もしかして」

「気付いたかい? ちなみに今のとほぼ同時に、水野が隣の席になった女子に話しかけてる」

 

『えーとね……出席番号8番の柿本さん?』

『何? 2番の上田と入れ替わりで隣になった、36番の水野さん』

『ちょっとお話ししたいんだけど構わないかな?』

『つまらない世間話だったらお断り。意味のある用件だったら聞かなくもない』

 今の水野さんの隣にいるのは、ウェーブのかかった肩くらいまでの髪をした女子。見た目は少し気が強そうですが理性的な印象で、サバサバした口調です。

 

『えーと……えーとね。柿本さんは上田くんがいなくなって嬉しいかな?』

『最高ね。晴れ晴れするような気分だわ』

『あのね……今回の席替えをやってくれたのは、私たち茶道部の部長なんだけど』

『恩に感じるなら仲間になれ。――とでも言うのかしら?』

『まずは見学に来てみない? みんなで麻雀とかして楽しいよー!』

『何それ? 部活に入ること自体は、あたしも考えてなくはないんだけど――』

 

「どうだい? 松川が何を考えていたか。そろそろ理解できただろう?」

「……バスケ部と取り引きしてたってことですか? 二人の席を交換することで、お互いにメリットが生じるから」

「おうよ。バスケ部は潜在的な敵のお前を監視したい。茶道部は弱小能力者である水野と相坂を固めて安全にしたい。さらに松川にしてみれば――」

「……問題児を追い払ったことで、元の上田くんの席の近くで茶道部の株が上がる。そこで水野さんと相坂くんに宣伝させて、部員を増やそうという作戦?」

「ご名答。仮に仲間にならんとしても、積極的に敵に回るヤツが出てこなければ儲けものだと言えるだろ?」

 

『……どうしたものかしらねー。この学校で三年間ソロプレイなんて無理ゲーっぽいし。強くて信用できる仲間がいてくれると嬉しいけれど』

『ウチの部長はスゴイ人だよ! 柿本さん』

『部員の人たちはすごくないの? 少し考えさせてねー。水野さん』

 

『へーい! ミスター貝森。茶道部は若い力を歓迎するぜ!』

『……軍隊の勧誘ですか、相坂くん。バスケ部とやらをやっつけたのスゴイですけど、また上田くんと揉めたりするのはイヤかなーと……』

『大丈夫! ミスター上田のいるバスケ部とは休戦の約束をしているからな!』

『そんなの当てになるんですかね……』

 

 さらに彼ら彼女らの周囲では――

『……どう思う? コイツらの話を』

『茶道部とやらが強いかだよな……。上田とバトルせずに済むのはオイシイかもだが、それが反故になったり別の敵と揉めたりしたらイヤだしよー』

 

「――と。こんなのがさっき、ウチの教室で起きてた出来事だ。この映像のことは言ったりするなよ。本当は生徒に見せてはいけないことになってるから」

「……松川先輩は、僕をバスケ部に売ったということですか?」

「そうとも言える。しかし松川にしても、お前と完全に縁が切れてしまうのは惜しいだろう。出来るなら――」

 

『うぅ……。上手く行かないよ? 相坂くん』

『諦めるのは早いぜ! ミス水野。頑張って仲間を増やして、バスケ部と対等以上に交渉できる力を身につけよう! そして――』

『また冬林くんを茶道部に入れよう! そして、悪い人たちをやっつけて学校制覇!』

『ああ! 俺のハニーと、いちゃらぶな学校生活を送るためにもな!』

 

「ただ、バスケ部と約束した手前もあるし。どっちを優先するかといったら、今いる部員たちの安全さ」

「そっか……。スゴイ人ですね、松川先輩は」

「ん? アイツを恨んだりしないわけ?」

「……いいんです。水野さんたちのことは僕も心配でしたから」

「お人好しだなー。そんなだと、この学校で長生きはできんぞ?」

 

「……かも知れません。――でも、先生。いくら茶道部とバスケ部で合意があったとしても、普通は担任の指示がなければ席替えなんて不可能だと思うのですが」

「うん。実は昨日、松川から電話があってな。『このお願いを聞いてくださらないのなら、先生のあーんな秘密やこーんな黒歴史をバラしちゃいます♪』と」

「【ときめかない=メモリアル】……って、教師が生徒の脅しに屈するな――っ!」

 お弁当を食べ終えた僕ですが、教室には時間ぎりぎりまで戻りませんでした。



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はははひふ

 数日後。午前中の中休み。

「――なあ、冬林。お前って上田と何かあったのか?」

 上田くんがいないスキを見て、前の席にいる男子が話しかけてきました。

 

「……違うケド。何でそんなことを聞くのカナ?」

「だってアイツ、お前を目のカタキにしてるみたいだし。授業中もこっそり椅子とか蹴ってるだろ」

「……ただの八つ当たりじゃないのカナー。僕は茶道部の人間じゃないし、上田くんと揉めたりしたことなんて全然ナイヨ」

「『おのれ、冬ぴー! 畜生、冬ぴー!』とかって、ブツブツ言っているんだが?」

「誰のことだろうネ、それ」

「クラスで苗字に冬がつくのは、お前だけだろ」

「他のクラスや学年の人かも知れないヨ? その人にずぎゃーんとやっつけられて、たまたま名前の似ている僕が近くになった」

「偶然ねぇ……」

「偶然ダヨ」

「少し前、アイツが入院してたことがあったよな。誰がやったか、お前知らない?」

「ああ。茶道部の人たちデショ? 教室のあっち側で宣伝してるよネ……」

「いや、その前の話だって。ほら、最初にアイツが誰かにやっつけられて、クラスが大騒ぎになっただろ」

「……そうだっけ? ゴメン、日高くん。実は最近、ストレスで記憶が曖昧になっててさ。クラスで何が起きたかなんて覚えてなかったりするんだよね……」

「あー、そりゃ気の毒に……」

 僕の前の席には、自信ありげでさわやかな容姿をした、そこそこ背の高い男子生徒が座っています。

 髪はワックスか何かでツンツン逆立てていますが、不良っぽくもなくさわやかなスポーツマン風の印象に。すらりと引き締まった体格で、運動なども得意そう。

 

「……それで日高(ひだか)くん。僕にどんな用事?」

 1年B組34番、日高エイジくん。(下の名前の漢字はど忘れ)

「用事ってほどでもないんだけどよ……。ちょっと話をしたいなと思ってさ」

 立つと僕よりだいぶ背の高い彼は、人目をはばかるようにそっとささやいてきます。

「話ってどんな?」

「ここじゃ話しにくいんだ。ちょっと昼休みに屋上まで来てくれないか?」

「……きな臭い予感がするんだけど」

「お前にとっても悪い話じゃないと思うぜ? ……あっと。やべえ。バカがきた」

 席を外していた問題児が戻ってきて、日高くんは前を向きます。

 

「んじゃ、冬林。あとでよろしく」

「……ああ、うん」

「おい、てめえら。何をこそこそ話してやがった?」

「……何でもないヨ。上田くん」

 

 午前の授業の最中、僕は完全に上の空でした。

(昼休みに屋上か……どうしたものだろ……?)

 心の中でため息をつきます。

(日高くんがどういう理由で声をかけてきたのかは、何となく予想がつくけどさ……)

 

 昼休み。

「よぉよぉ、冬林。よく来てくれた! すっぽかされるかとも思っていたが、そうならなくて何よりだぜ!」

「いえいえ、どういたしまして。それより日高くん」

「ん?」

「キミ一人だけかと思ってたけど、これまた随分と大所帯だね……」

 校舎の屋上にやってきた僕は、あたりをぐるりと見回しました。

 風のない暖かな日でした。緑の山が見える青空の下にいたのは、僕と日高くんを除いて他に三人の男子生徒たち。

 

「僕の記憶が正しければ、僕の右ななめ前の男子と、隣の席の男子と、ななめ後ろの席の男子に似ているね」

「本人たちだ」

「……冷静なツッコミをありがとう」

「別にツッコミのつもりはなかったが」

「それは僕が本気で分からないと思ったってことだよね……?」

「だったら、コイツらの名前を言ってみろよ」

「ちょっと待って。僕らの列の一番前が、原さんって女の子なのは覚えてるんだ……」

 1年B組の生徒は36人。机の並びは6×6。異能力高校は年度ごとに男女比が異なるため、性別問わずあいうえお順での出席番号。

 

「えーと、確か……灰川(はいかわ)くん」

「でゅふふふふふ! その通りでござるよ、冬林きゅん! ぶひひひひ」

花田(はなだ)くん?」

「自分のことは、同志花田と呼ぶがよい。シュプレヒコール!」

「……浜崎くんで良かったっけ?」

「うん。あんまり話したことがなかったけどよろしくね、冬林くん」

 28番 灰川(あつし)

 29番 花田房雄(ふさお)

 30番 浜崎(まこと)

 34番 日高エイジ

 そして35番 冬林要

「……このメンバーに声をかけて何をしたいわけ? 日高くん」

 

「フ。大体予想はつかないか?」

「元の水野さんの席というか、上田くんを包囲するメンバーなのが気になるけれど」

「なら話は早いな」

 にやりと笑う日高くん。

「単刀直入に言うぜ冬林。俺たち四人と連合を組まないか?」

「連合?」

「そう。上田の野郎に対処するための連合だ」

「……対処ってのは具体的に何をするわけ?」

「知れたこと。上田の奴をぶっ倒し、クラスに俺たちの名を知らしめる」

 

「……今の上田くんに手を出したら、バスケ部の人たちが黙ってないよ」

「バスケ部とやらが何ぼのもんよ! いや、バスケ部だけでなく邪魔する敵はすべて排除する。ゆくゆくはクラスだけでなく、この学校そのものを統一し――」

 

 自信ありげに宣言する日高くんに続いて三人が――

「女の子たちにモテモテでござるよ! ぶひひひひひひひ!」

「この学校に革命の火を! 断固闘争! 造反有理(ぞうはんゆうり)! シュプレヒコール!」

「ボクは普通に平和に暮らせれば、欲張ったことは言わないけど……」

(…………)

 ダメっぽいです。この四人。



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沈む泥船に誰が乗れるか

「……あのさ、日高くん。返事をする前にいくつか聞きたい」

「ああ、何だい?」

「ぶっちゃけ勝算はあるの? キミらの人数が多いとか、そういうこと以外にね?」

「その言い方は、俺らが数を頼りにするしかない無能みたいじゃないか?」

「……ゴメン。そんなつもりはなかったけれど」

「まあ、上田程度の能力者を倒すのにそれ以上の作戦なんていらんだろ」

「おい!」無能でした。

「そんなわけでイカれたメンバーを紹介するぜ! 上田の野郎をぶっ倒すために立ち上がってくれた、命知らずの仲間たちだ!」

 

 一人目。

「まずは28番、灰川厚! ――重量級のぷよぷよボディに、整髪料などをつけずとも、いつもしっとり油ギッシュな七三ヘアー! 中学時代はギャルゲに熱中しすぎて成績が悲惨なことになったため、受験のないこの高校に進学した。しかし、いい加減、ギャルゲは飽きたのでリアルの彼女を作りたい。そのために上田を倒して名を上げるのが、今回の作戦に参加してくれた目的だ!」

「ぷっぎゅー、日高氏! 拙者を紹介してくださって光栄ですぞ! げぴょーっぴょっぴょっぴょっぴょっぴょ!」

「……まずは名前を上げるより、しゃべり方と食生活を改善したほうがいいかもよ?」

「おおっと! 厳しいマジレスが来ましたですな、これ!」

 

 二人目。

「続いて29番、花田房雄! ――彼は革命のために産まれてきた革命の戦士だ! 搾取や階級のない平等な社会を実現するため労働者同士の連帯を……って難しいことはよく分からん。とにかく革命のための仲間を集めるのがこの学校に入学した目的だ!」

「仲間ではなく同志である! 断固闘争! 造反有理! シュプレヒコール! ところで冬林氏はこの腐敗した資本主義社会をどう思われる?」

「……ゴメン。あまり親しくない相手と政治やスポーツや宗教の話はするなと、父さんのビジネスマナーの本に書いてたから」

「ナンセーンス!」

「隣の席のヤツに親しくないと言い切るとは冷酷な。続いて30番、浜崎誠!」

 

 三人目。

「彼の特徴は普通! 平凡! 特徴がない! 上田の隣の席になって毎日びくびく過ごしているため、今回の作戦に参加した」

「……えーと、そんなわけです。上田くんが怖いので、できれば冬林くんも手伝ってくれるとうれしいな」

「ある意味、一番好感が持てるね……」

「ありがとう」

 

 四人目。

「最後にこの俺、34番、日高エイジ! このグループのリーダーだ。自分でも言うのも何だが、両親不在なごく普通の高校生! しかし、いきなり異世界に召喚されても勇者になれるくらいのスペックはあると自負しているぜ!」

「そんな自信は砕けてしまえ」

「はっはっは。意外とツッコミキャラだなー、お前って。ともかくこのメンバーを率いて、俺は上田を倒すつもりだ」

「へー。そうなんですかー」

「ちなみにこの作戦が成功したら、俺のために空から理想の美少女が降ってくる予感がするんだ……!」

「錯覚だから」

「夢も希望もない奴だなー。とにかく今日の放課後に作戦決行の予定なんだよ」

「……上田くんをやっつける?」

「ああ。俺たち四人でかかったら、あんな奴など楽勝さ! ただ念には念を入れて、増やせる戦力があったら増やしたほうがいいと思って」

 

「僕のことだね……?」

「お前だって上田のヤツが目障りだろう? 俺たちと協力して戦って、平和な学校生活を取り戻そうぜ!」

 自信ありげな笑顔で手を差し伸べてくる日高エイジくん。

 少し考えるフリをしてから、僕も笑顔で答えます。

「ゴメン、断る。というか、キミらに上田くんとバスケ部を倒すなんて無理だから、作戦は中止したほうがいいと思うよ」

 

 数日前の昼休み。

『――あのですね。担任の木嶋葵先生』

『何だね、生徒の冬林要くん』

『実は最近、僕の周りの雰囲気がぴりぴりしてまして。クラスのコたちが上田くんにバトルを仕掛けるんじゃないかという予感がするのですけど……』

 生物準備室でお昼を食べながら、僕は木嶋先生とこんな話をしてました。

 

『そういうこともあるんじゃねーの? クラスでの上田の影響力は前よりも弱まっているだろうし』

『……どうしてそんなことになったのでしょう?』

『お前や水野たちのおかげだね。上田やバスケ部が負けたことにより、自分たちでも勝てると錯覚する生徒が出てくるかも』

 新品の人体模型をきゅっきゅと布で磨きながら、先生はそうおっしゃいます。

『コロンブスの卵って知ってるかい? 最初に相坂を倒した時点では、上田の戦績は1勝0敗。勝率でいえば100%。自分たちでは勝てないだろうと、みんなイメージを膨らませて怯えてた』

『確かに僕なんかもそうでした……』

 しかし、そのあと水野さんとコンビを組んで、なし崩し的にバトルになって、しばらくして部活同士の集団バトルに――

 

『そう。今の上田は1勝2敗で逆に負け越し。そうなると、アイツを怖がる必要がないんじゃないかと考える生徒が――』

 

「ぷぎひいぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!?」

「ちょっ……! 灰川くん!?」

「何てことをおっしゃるですか、冬林きゅん! 拙者のモテモテロードを邪魔しようとは、ジェラシーですか? ジェラシーですな! ジェラシーでござるな! ええーい、男の嫉妬はノットビューティーでござりまするぞ!」

「いや、単純にキミらじゃバスケ部に勝てっこないと思うから……」

 

「ふむ。同志冬林」

「花田くん。一瞬たりともキミと志を同じくした覚えはないけれど……」

「自己批判!」

「は?」

「自己批判! 自己批判! 自己批判! 総括せよ! 総括せよ! 総括せよ! 革命万歳! 革命万歳! 革命万歳!」

「意味不明な台詞を無表情で言われるのってすっごい怖いよ!?」

 

「あの、二人とも……。冬林くんが困ってるから……」

「……浜崎くんが天使に見えるね」

「まあまあ、みんな落ち着きなって。冬林の言い分も聞いてみようぜ」

「……日高くん」

「とりあえず、何を根拠にそう言ってるのか教えてくれるか? まるでその言い方だと、お前が上田やバスケ部と戦ったことがあるみたいに聞こえるが」

 

『……だったら、戦闘になる前に止めてあげないといけないですね。誰が動くのかは、まだ分からないですけれど』

『おや、優しい。むしろ上田と組んでソイツらを潰せば、バスケ部からの好感度がアップするかもよ?』

『……待て、担任。クラスメイト同士の争いを放置する気満々ですか』

 

「……そういうわけでは全然ナイヨー。ただ、何となく全力で無理っぽいかなと」

「おいおい。話のスジが通ってないぜ。上田とも戦ってないくせに、何でそんなことが分かるんだよ?」

「……それは」

 

『んー、原則としては学校は生徒同士の争いに不介入。それがなくとも面倒くさいことはしたくない』

『……ダメな教師ですよね、先生は』

『だから、お前が争いを止めたいと言うのならそれも止めない。

 でもさ、冬林。一つ忠告はしておくぜ。お前がバスケ部とバトルしたことは黙っていたほうがいい。水野と組んで上田を倒したこともな』

『……どうしてです?』

 

「……いや、根拠なんてないケレド。でも、うわさに聞いた感じだとバスケ部ってスゴソウダシ。上田くんみたいなコが素直に服従してる時点でさ、上の人はかなりの実力を持っているんじゃないかなーと……」

「と。コイツは言ってるけれどみんなどう思う?」

 

『相手がお前から話を聞き出そうとするからさ。上田に神平、それにウェルキンゲトリクスのウィル能力。部員の秘密情報をもらしたらバスケ部に報復の口実を与える』

『うげっ……!』



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暴走してんじゃねえよ

「ぎゅぷーぷっぷっぷっぷっぷっぷ! 愚問でありまするぞ、日高氏! 冬林きゅんの意見など聞く必要はござらぬでござるよ!」

「灰川。その理由は?」

「ぬっふー! 拙者が思うに、茶道部とやらは大した連中ではござりませぬな! 相坂氏のような弱小能力者に声をかけているのがその証拠!」

「確かに。実力がないからこそ、弱い奴でも声をかけて数をそろえないといけないと考えられるよな!」

「いや、それは……」

 

『茶道部についても事情は同じ。水野、相坂、新山、松川の四人の能力。部長の松川はお前に好意を持っていて、また仲間に入れたいと思っているかも。だが、お前が茶道部にとって、不利な行動をしたとなったら――』

『……立場上、それがしにくくなる? 僕だってみんなが危ないのは嫌ですけど』

 

『だったら天秤にかけるハメになるかも知れないぜ。かつての仲間たちと、単なるクラスメイトの安全をさ』

『ちなみに先生にとってクラスメイトというのは?』

『同じ教室で過ごすだけの単なる他人』

『言うと思っていましたよ……!』

 

「花田。お前はどう思う?」

「同志灰川の意見に賛同する。茶道部に敗れたバスケ部とやらも、実力は低いと見ていいだろう。断固闘争! 造反有理! 夜明けは近い! シュプレヒコール!」

「そうだな。俺たちが負ける要素などどこにもないぜ!」

「その根拠のない自信を引っ込めてもらえないのかなー!」

 

『というわけで、お前がバトルを止めようと思ったら、バスケ部や茶道部の情報を漏らすことなくバカを誘導するしかないわけだ。私だったら無理ゲーっぽいから投げるけど』

『それでも冷静に説得すれば――』

 

「浜崎。最後にお前の意見も聞こうか」

「えーと。何となくだけど、冬林くんの意見は無視できないんじゃないのかな……。前に水野さんと一緒だったよね? もしかして例の茶道部のバトルにも関わってたり?」

「う。うぅ……うぅううううううう……!」

 

 ――拳々発破ぁあああああああああああああああああ!

 ――スプーン=スネイク!

 ――メガネ、メガネ、俺のメガネ……

 ――ときめかない=メモリアル。

 ――行くぜ! 必殺茶しぶアタック!

 ――「バナナはおやつに入りますか?」という質問をすることがゴリラ野郎の……

 ――バナナハオヤツニ入リマスカアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!

 

『どうせ無理』

『その達観したような目は何なんですか……!』

 

「……ゴメン。全然そんなことはないケレド。水野さんと特に仲が良かったりはもしないケド。でも、とにかくキミらがバスケ部と戦って勝つなんて無理だから、今は大人しくしていたほうがいいって絶対!」

「はっはっは。このチキン野郎が」

「……チキンでいいよ。日高くん。正直、僕の能力は強いほうでもないからね」

 

「と。コイツは言ってるけれど、みんなは方針を変更する必要があると思うか?」

「ぷっぎゅー! ないでござるよ、ぶひひひひひ!」

「断固闘争!」

「何か引っかかる気はするんだけど……みんながそう思うなら仕方がないね」

「あぁああああああああっ!?」

 

『仮にバトルになったとしても、気にすることはないけどな。ここは異能力バトル高校。お前が何をしようと何をしまいと、自然に生徒たちの潰し合いが発生する』

『先生はもっと気にしましょう……!』

 

「というわけで冬林。俺たちはこのまま予定通り、今日の放課後に上田を倒すぜ」

「……うん。せめて浜崎くんだけでも生き延びて」

「はっはっは。俺たちが負けるなんてありゃしないぜ。そんなことより、お前やっぱり俺たちに協力してくれるつもりはないんだな?」

「……ゴメン。沈むと分かってる船には乗れない」

「そこまで言うなら仕方がない。――これでも喰らえ」

 ポン、と。

 僕の肩に、日高くんが軽くタッチします。

 次の瞬間――

「……へ?」

 ズシン、と。

 僕の身体が仰向けに、屋上の床に倒れこみました。

 慌てて起き上がろうとしましたが、身体が鉛にでもなったかのように重いです。

 

「な、何を……?」

「俺のウィル能力での攻撃さ。能力名は略して【ぷちグラ】、正式名称はまだ秘密。

 ――よし、お前ら。ソイツを押さえろ!」

 

「ちょっ! 何するのさ!」

「ぶひひひいいい! 済まぬでござるよ、冬林きゅん!」

「この場で総括されないだけでもありがたいと思え」

 身体の重さはすぐに消えました。しかし灰川くんと花田くんに手足をつかまれ、フェンスのそばまで引きずられます。

 

「浜崎。アレはちゃんと用意してるな?」

「あ、うん……。ゴメンね、冬林くん……」

 浜崎くんが取り出したのは、ドラマやドキュメンタリーではよく見ますが、善良な市民が使われることはほとんどない、警察官が犯罪者を拘束するための、鍵のかかる金属のリングを鎖でつないだ道具――つまり手錠でした。

 

 それを浜崎くんから受け取ると、日高くんは僕の右手首を拘束します。さらに手錠の輪のもう片方をフェンスの金網につないでしまい――

「ちょっ! 何をするのさ、日高くん!」

「悪いな、冬林。お前が仲間になってくれるなら、こんなことはしなくて良かったんだが」

「……上田くんを倒す前の景気づけに、僕を血祭りに上げるとか?」

「そんな野蛮人みたいなことは考えねーよ! ただ、俺らが放課後に動くって情報を上田にバラされると困るから」

「……勝負が終わるまでここにいろと?」

「ああ。それさえ済んだら解放するぜ」

「僕、お昼もまだ食べてないんだけど……」

「あー、そりゃ気の毒だ。上田たちを倒したら、ラーメンの一杯でもおごってやるよ。あ、浜崎。ちょっとコイツの身体検査をしておけ」

「あ、うん。えーと、ごそごそごそ……。お財布しか持ってないね……」

「それはそのままにしておこう。ペンチとか針金とかは?」

「持ち歩かんわ、そんなもの! スマホだったら教室のカバンに入れてある! 外部との連絡を取る手段はないよ、畜生!」

「うわ、こっちの狙いを見抜かれた。いやー、悪いな、冬林。この埋め合わせはあとできっとするからさ……」

 

 ぞろぞろと。

 四人のクラスメイトたちは、屋上の出入り口へと向かっていきます。

 

「ぶひゅひゅひゅひゅ! これであとは憎き上田氏を倒すだけでありますな!」

「断固闘争! 造反有理! シュプレヒコール!」

「あの、日高くん……。上田くんを最初に倒したのは冬林くんかもって話はどうしたの? バスケ部とも戦って、部員の能力も知ってるかもって」

「ああ。それは俺の勘違いだったみたいだな」

 屋上の扉が閉められました。

 

「あの……バカタレどもが」

 どこまでも青い空の下。

 僕は一人で屋上に放置されました……。

 



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身の程知らずたちのラプソディ

 青い空。流れる雲。どこからか聞こえてくるチャイムの音。

 

 ……ぐぅ~~~~~~~。

 という、お腹の音。

 

「……あー、お腹空いた。死にそう。僕、他の男子に比べて食が細いほうだと思ってたけど、それでもやっぱり成長期の少年だね。一食抜いただけで、とんでもない苦痛だよ。畜生、人をこんな目に遭わせやがって……。アイツら全員餓鬼道に堕ちろ。トイレを済ませてきてたのだけが不幸中の幸いだよ……」

 今日の最後の授業が始まっていました。

 しかし1年B組、冬林要。屋上に大絶賛放置中ですぜ。いえーい!

 

「それにしても、ホントこの状況ってヤバイよね……。今のところ屋上には誰も来てないけど。でも、敵の誰かに見つかったら僕は一巻の終わりじゃないか……」

 ぶつぶつと恨み言を呟いて、どうにか空腹を紛らわしています。

「……ひもじいのってホントにつらい。ア○パンマンがヒーローなわけが分かったよ。それにしても、ここを上田くんなんかに見つかったらどうなるか……」

 半ば朦朧とした頭で、シミュレーションを開始します。

 

『ふんふんふふーん。おお――っと! これはどうしたことだ! 何となく気の向くまま屋上に来てみたら、冬ぴーが手錠をかけられてるぜ!』

『……上田くん。た、助けて……』

『ふざけろ。何でオレがてめえを助けなくちゃならねえんだ? というか、これはチャンスだぜ! くたばりやがれ、拳々発破ァアアアアアアアアアアア――っ!』

『ぐぎゃああああああああああああああああああああああああ――っ!?』

 

「うん。ロクなことにはならないねー……」

 疲れが増しただけでした。

「他の人でもシミュレーションしてみようかな……」

 バスケ部2年、神平正信先輩。

 

『む。特に理由はないが屋上に来てみたところ、先日戦った1年の冬林を発見したぞ』

『……あの、神平先輩。前のことは水に流して僕を助けてもらえませんか?』

『できない。貴様はかつてバスケ部に損害を与えた仇敵だ。部活の一員であるこの俺が、勝手な判断で助けるわけにもいくまい』

『……ですよね。だったら、せめて取り引きしません?』

『何と何の取り引きだ』

『……僕はバスケ部にとって重要と思われる情報を提供します。その代わり、先輩は僕がここにいたのを見なかったことにしてください』

『ふむ。その情報の内容は?』

『実は今日の放課後に……』

 

「……あれ? 意外と最悪でもないような。ウェルキンゲトリクス先輩は……」

 

 ――ふしゅっ! ふしゅっ! ふしゅるるるるる――っ!

『ああっ!? 通訳の神平先輩がいないと何を言っているのか分からない!』

 

「……考えるエネルギーのムダだった」

 ぐぅ~~~~~~~。

 ……あー。マジでキツイ。

 

「助けてー、茶道部のみんな……」

 ぶつぶつ呟いているうちに、授業の終わる時間になっていました。

 放課後は生徒や部活のメンバーたちが、それぞれの意図で動きやすい。つまりはこの学校が戦場になる時間帯。

 そんな中で屋上で拘束される男子が一人。

 体育館はここから見えませんが、美しい緑の山は自然と目に入ります。

 

「ホント、どうしようね、この状況……」

 右手首にかけられた手錠に、忌々しげに目を向けます。

「こんな時こそ便利な超能力が使えたらいいのかな……。手錠かフェンスを錆びて老朽化させるとか。鎖をばらばらに外すとか。自分の手首を外して、またくっつけ直したりできても面白いかも……」

《――でも、もうキミの能力は決まっちゃったよ?》

「なんだよねー……って」

 何か今、幻聴が聞こえました。

 あまつさえ、それに返事までしてしまった……。

 

「ヤバイ。本格的に参ってるかも……」

 校舎の内外はざわつき始め、人の移動する気配が多数、屋上の僕にも伝わってきます。

 そのうちの何人かは、日高くんたちのように戦いに出るのでしょう。

 

「何で、みんなケンカなんかするのかなー……。やるなら他人の迷惑にならないところでやってほしいよ。と言っても」

 僕は小さくため息をつきました。

「日高くんたちが動いたのだって近くに上田くんが来たからだし。その原因は僕が上田くんを倒す作戦をノートに書いて、それが見つかったことだよね。となると迷惑はお互い様だし、この状況も自業自得か……?」

《そこでそう思えるあたりがケンキョだね》

「まだ幻聴が聞こえるし……。ん?」

 嘆いていると、校庭のあたりから声がします。

 

「ヒャッハー! このグラウンドは我ら野球部がいただいたぜ!」

(……何だ今の)

「ガッデム! 今日の校庭の使用権はサッカー部にあるはずだぜ、デストローイ!」

「ヒャ――ハッハッハッハッハッハッハッ! 蹴鞠が趣味のおじゃる野郎どもは、校庭の隅に引っ込んでな!」

「てめえらこそ、その釘バットを〝ピー〟の穴に突っ込んで、マニアックなオナ〝ピー〟でもしてやがれ! この〝ピー〟で〝ピー〟な〝ピー〟野郎!」

「言いやがったな! てめえらサッカー部は消毒だ――っ!」

「返り討ちだぜ! デストロ――――――――――イ!」

 校庭のあたりが「騒がしい」という表現では追いつかないくらい、雄叫びと狂乱に溢れかえっていて騒がしいです。

 さらにどこからともなく風に乗って――

 

「お――ほっほっほっほっほっほっほっ! モヒカンヘアーの野球部と、デビルでメタルなメイクのサッカー部! 醜いオス同士を争わせ、校庭の覇権は女子ソフトボール部がいただきますわ!」

 という声が。

 

「いやー、今日は幻聴がよく聞こえるね」

《アレは現実の声だって》

「幻聴にツッコミを入れられた! いや、気にするな……。あれもこれも現実じゃないんだ。野球部とサッカー部が血みどろの争いを繰り広げてて、実はソフトボール部が漁夫の利を狙う黒幕だったりはしないんだ……!」

《――ふむ》

 段々と意識が遠くなり……

 

 次に目が覚めたとき、あたりはすっかり暗くなっておりました。

 

「うぅ……ゆずちゃん……。不甲斐ない兄を許しておくれ……って、アレ?」

 一瞬状況を忘れていましたが、手首を見ることで何があったか思い出します。

 

「……まだ手錠はかかったままか。ということは、日高くんたちは――」

 呟いた直後。がちゃりという音を立て、屋上の扉が開きます。

「おや。こんなところにいたか。冬林」

「木嶋先生……」

 月明かりの下に現れたのは、クラス担任。

 

「いやー、心配したぞ。冬林。ホームルームの時にいなくって。相坂と水野に聞いてみたら、昼から姿が見えなかったと――」

「分かってます。先生はたまたま、ここを通りがかっただけなんですよね?」

「ん?」

「この学校には監視カメラがあるから、僕の状況は当然把握されているはずでした。しかし僕をタダで解放しては、日高くんたちの作戦の邪魔になる。かといって、このまま学校に放置したりしては、責任を追及されるのは先生です。ですから、夜の見回りのときとかに、偶然、たまたま、僕がここにいるなどこれっぽちも知らずに、先生はここを通りがかってくれるだろうと信じてました」

 

「……何を言っているのか分からない」

「そうですヨネー。――では、先生。助けてクダサイ! 実は僕、日高くんと灰川くんと花田くんと浜崎くんのせいで、こんなことになってるんデス!」

「な、何だってー! あの四人がそんなことを仕出かしたとは、全然ちっとも知らなかったぜ! しかし、お前を解放したらアイツらの不利になりそうだしなー」

 

「大丈夫ですヨ。彼らは放課後に作戦決行と言ってましたから。今となっては結果が出てて、僕が何をしようと平気なはずです」

「仕方ないなー。私としても、お前をほうって帰るわけにもいかないし。今回だけは特別だぞ」

「ありがとうございます……」

「というわけで、冬林。こんなこともあろうかと予測していたわけでは全然ないが、たまたま私の白衣のポケットに、日高から取り上げていた何かの鍵があってだな……」

「うわーい。それがもし偶然万が一、この手錠の鍵だったら助かります! 早速試してみてください」

「あいよ」

 がちゃり。

 

「うぅ……やっと解放された。ホントに先生ありがとうござ腹減った……」

「何か手錠を解いたとたん、ぐったりしたな」

「ええ、緊張が解けた分、一気に疲労と空腹感が……。今ならアン○ンマンの顔を丸ごと食べて、バタ○さんが用意したスペアの顔も食べられそう。そして、バ○キンマンが勝利して世界は闇に包まれた」

「……その最終回はちょっと観たいな。そんなことより冬林。私は何故か偶然に、お前の荷物を持ってきてやっててな……」

「! カバンの中にお弁当が残ってたはずですね!」

「こんながっついたお前は初めて見るぞ!」

「先生。今何時です?」

「八時。夜の」

「朝の八時だったらびっくりですよ。んー。ぎりぎり傷んでないと思うかな……。今日はそんなに暑くなかったし、梅干しも入れてたし。ええーい、あとで腹を壊そうが知ったことか! 今はこの空腹が満たすことが先決じゃ!」

「……うーむ。ワイルド。あー、もう一つついでに冬林。私は以前ダイエットのためにまとめ買いしたが、結局飲んでいないペットボトルのお茶をたまたま持ってきていてな」

「……スミマセン。ありがたくいただきます」

「うむ。感謝して飲むがいい。それと――か、勘違いしないでよね! 別にお前に飲ませるために持ってきたわけじゃないんだからね!」

「……食事を終えてから、ツッコミはゆっくりと入れますね」

「うわ! しまった、自爆した!」

 弁当箱の中身を、僕は30秒かそこらで平らげました。

 梅干しにいたっては種の中身まで食べました。

 木嶋先生からもらったお茶も飲み干して、ようやくようやく落ち着きます。

 

「ふぅ、ごちそうさま……。おかげで生き返りました。それじゃ、先生。約束のツッコミを入れますね」

「おぅ。煮るなり焼くなり好きにしやがれ……!」

「先生はどこもダイエットする必要なんてないでしょう!」

「そっちかよ! くそ、私としたことが一瞬キュンとした!」

「お世辞です。というか、お礼です。先生が来るまでに他の誰かに見つかったらと、気が気じゃなかったもので……」

 胃が満たされて、やっと頭が動いてきます。

 

「それで先生。いくつか聞きたいことがあるのですが」

「手短にな。私も今日は疲れてるから」

「? 何かあったんですか?」

「うむ。今日の放課後に、野球部とサッカー部の正面衝突が起きてだな。怪我人が嫌になるほどたくさん出て、手続きや何やでてんてこまい」

「……その戦いで最大の利益を得たのは、女子のソフトボール部の人たちだったりはしませんか?」

「何でそんなことを知っている?」

「ちょっと極限状況で空耳を……何でもないです。聞かなかったことにしてください」

「賢明だな。お前としても、この件には無関係でいたいだろ」

「……それで先生。無関係ではいられないほうですが。――日高くんたちはどうなりました?」

「この時間になってもアイツらはお前を解放しにやってこない。それが答えだ」

「ってことは……」

「うむ。あの四人は上田とバスケ部の連中に惨敗した。特に重傷なのは浜崎で、二ヶ月かそこらは入院だ」



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やられた分はやり返そうと思います

 翌日。

 僕は右手首に包帯を巻いて登校しました。

「本日の欠席者は、灰川、花田、浜崎、日高の四人だな。連絡事項は他になし」

 朝のホームルームが終了すると、クラス全員の視線が窓側後方に集中。

 そこにはぽっかりと空席が四つ。

 その空席に取り囲まれるようにして、登校してきている生徒が二人。

 一人は窓側一番後ろの上田くん。もう一人はその手前にいるこの僕です。

 

(……どうしたものかなー、この状況)

 刺さるようなクラスの視線。ざわつき始める不審の空気。

 今の自分は、とても目立ってしまっているという自覚がありました。

 

「あのー、冬林くん。ちょっといいかな?」

「何かな、原さん?」

 中休み。上田くんがいないスキを見計らい、列の一番前の女子が少しおっかなびっくりな感じで話しかけてきたのです。

「おお、名前を覚えてくれてた……。あのね、日高くんたちのことなんだけど。何であの四人が休んでるのか、冬林くんは知らないかな?」

「知ってるよ」

「そうか、やっぱり知らないよね……って知ってるの――っ!?」

「お手本のようなノリツッコミだね」

「これでも修行を重ねているからね……って何の修行だ、何の」

 1年B組31番 原千恵美(ちえみ)

 ウィル能力名 ????

 

「セルフツッコミまでもこなすとは」

 癖のない長い髪を正面から見て左にまとめ、サイドのポニーテールにしています。髪をまとめるシュシュには、さくらんぼ色をした小さなハートのアクセサリ。下手すれば子供っぽい印象になりそうなアイテムですが、センスがいいのかそんな感じはありません。

(あまり話したことはないけれど、ケンカしたこともない。個人的には悪い印象はないかなー……)

 可愛いコだと思います。まあまあ。

 

「まあまあ。わたしのツッコミ技術については、あとでじっくり語ればいいんだよ。それより冬林くん。その、ですね……。キミがあの四人の欠席の理由を知ってるというのは、その……もしかして……」

「僕が上田くんとグルになって、あの四人をやっつけたとかじゃないからね」

「あ。そうなの?」ほっとした様子。

「うん。今の状況を見ると、そう考えたくなるのも分かるけど……」

 僕と上田くんの席は、教室の後ろの左隅。

 その周りを取り囲む四人がぽっかりいない……。

 

「いやいや、信じていましたよ。冬林くんはそんなことができる人じゃあないってね! でも、だったらあの四人が休んでる理由は何なわけ?」

「上田くんに倒された」

「ひゃい?」

「あの四人は上田くんをやっつけようとして返り討ちに遭いました。正確には、彼と彼の所属するバスケ部にかな」

「ちょっ! そこの話をくわしくプリーズ!」

「あ。もうすぐ休み時間終わっちゃうよ」

 チャイムが鳴り、古典の先生が少し早めに入ってきます。

 それに遅れて上田くんも戻ってきました。

 

「がはっ! ええーい、仕方ない。その話は後でじっくり聞かせて!」

 前の席に戻っていく原さん。

「……おい、冬ぴー。てめえ、あの女と何を話してた?」

「キミの許可がないと、僕はおしゃべりもできないの……? まあ、昨日のことについて色々と」

「何を話した。てか、何を話す気だ」

「そうだね……。昨日の件に関しては、キミは身を守っただけだというつもり」

「…………は?」

 

 日高エイジくんが登校してきたのは、それから二日後。

 彼はクラスメイトから、自分が白い目で見られていることに気付いたようです。

「……やぁ。おはよう、冬林」

「おはよう、日高くん。ケガはもう大丈夫?」

「何とかな……」

「グループのリーダーだったキミが、一番に回復するというのも皮肉だね」

「ちょっ! 頼むからそういうのを、大きな声で言わないでくれないか」

 朝のホームルームが始まる直前でした。

 お互いの席に着いた僕たちは、しらじらと世間話を交わしたり。

 先日の大胆不敵な態度はどこかに消えて、僕の前の席の日高くんは落ち着かなさげに周囲をきょろきょろ見回しています。

「包帯とかも見えるところにはしてないね。前の戦いでキミだけは、ほとんどケガがなかったの?」

「だから、そういうのはやめてくれ……!」

「心配しなくてもいいよ、日高くん」

 僕はにこやかな笑顔を作って言いました。

 

「? 何がだよ……」

「キミらのしたことは、もうクラスのみんなが知ってるから」

「…………は?」

「あー、お前ら。席に着け」

 木嶋先生が教壇に立ち、朝のホームルームが始まりました。

「えー。連絡事項が一つあります。欠席していた四人のうち、今日から日高が登校している。現在クラスで話題沸騰中の日高がな」

「ちょっ! どういうことですか、先生!」

「連絡事項は他になし。お前ら、いい一日を」

 叫ぶ日高くんをスルーして、教室を出て行く担任教師。

 

「……おい、冬林! お前、一体何をした?」

「大したことはしてないヨ」

「だから、一体何をした!」

「キミらが欠席の理由を聞かれたから答えただけさ」

「何を話した! 誰に話した!」

「全部。あの日のキミらの一部始終は、クラスのみんなに話しておいた」

「な、何だと……?」



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僕は聞かれたことに答えただけですよ?

 二日前の中休み。

『さあさあさあさあ、冬林くん! さっきの話の続きをプリーズ!』

『……原さん。そんなに焦らなくても』

『焦る! 焦るよ! 焦るって! というか、さっきの続きが気になって、授業どころじゃなかったし』

『先生に三回も注意されてたね』

『もともと古典って苦手だし……。って、それはいいの! それより、あの四人が上田くんにケンカを売ったってマジ話!?』

『うん』

『うわー、命知らずなバカ野郎どもがいたもんだ。よりにもよって、あの上田くんなんかにねー……』

『同感だけど、原さん』

『何?』

『僕の後ろに、本人がいるのを忘れてない?』

『おぅよ、こら』

『がはっ! いやその、今のはそういう意味じゃなくってね……』

『どういう意味で言ってやがった』

『あぎゃー! しゃべればしゃべるほどドツボの予感!』

 

『原さん。大丈夫。落ち着いて。昨日の件に関しては上田くんは悪くないんだよ』

『はえ?』

『先に仕掛けたのは日高くんたちのほうなんだ。上田くんは正当防衛だし、バスケ部の人たちも部員の仲間を助けただけだよ』

『どういうこと?』

『実は昨日の昼休みにね――』

 身を乗り出してくる原さんに、僕は前日の出来事を話しました。

 クラスは雑談をする者も少なく、多くの生徒たちが耳をそばだてている気配を感じます。

 後ろの上田くんも口を挟まず、僕のしゃべるがままに任せていました。

 

『――と。あの四人はこんなことを言っていたんだ。それで僕も一緒に戦わないかと誘われたんだけど……』

『冬林くんは断ったんだ?』

『……正直、あの四人を見て最初に浮かんだ言葉が「THE・烏合の衆」だったから。それに最近は上田くんも誰かを殴ったりはしてないし。五人がかりで襲うなんて卑怯だよ』

『おお。で、どうなったの?』

『……上田くんにチクられるとヤバイからって、手錠をかけられて拘束された』

『ええ――っ! 確かに昨日は午後からいなかったけど!』

『その頃、僕はお昼も食べずに屋上にいました。ちなみに木嶋先生が発見してくれたのが夜の八時ね』

 

『八時間も放置されてたの!? ひどい! 上田くんを狙うのは分からなく……』

『ああん?』

『……げふんげふん。上田くんを狙うだけでもひどいのに、無関係な冬林くんにそんなことをするなんて!』

『うん。この学校にきて以来、最低最悪の八時間だった。お腹は空いてめまいはするし。変な幻聴は聞こえるし。傷んだお弁当を食べたせいか、体の調子もちょっと悪いし』

『お気の毒……。あれ? その右手の包帯はどうしたの?』

『ああ、これ?』

『リストカット……じゃないよね?』

『うん。僕、右利きだし。ちょっと手首に手錠の跡が残ってね……』

『痛くない?』

『大丈夫だよ。このくらい』

 実際のところ、右手首に傷などありません。

 しかしクラスの同情を買うために、僕はわざと目立つように包帯を巻いていました。

 

『うぅー! ひどいね、日高くんたちは!』

『そうだね。でも、僕が知ってるのはここまでだよ。放課後、あの四人がどうなったかは、バスケ部の人のほうが詳しいかな……』

『自業自得! ぷんぷん!』

 このような話を、僕は二日間話し続けました。

 

「――というわけで。あの日のキミらの言動は僕がきっちり広めといてあげたから」

「何てことしやがるんだよ、てめえ!」

「……日高くん。うるさい」

「うるさい、じゃねえよ! 俺らを悪者扱いしやがって!」

「自覚がないのが最悪だね……。クラスメイトに手錠をかけて、八時間も飲まず食わずで放置だよ?」

「そ、それは……上田のヤツを倒したら、助けてやるつもりでさ……」

「それでも五時や六時にはなるじゃない。その間、僕が苦しんでても、悪いヤツに見つかってひどいことをされても、気にしないと言いたいわけだ」

 

「仕方ないだろ! 確実に上田を倒すには、お前に情報をもらされるわけにはいかなかったし!」

「だったら、最初から声をかけるなよ。それに結局負けてるし。キミらがバスケ部に勝てるわけないからやめておけと忠告したよね?」

「だって、クラスで暴れてる上田のヤツを誰かが何とかしないといけないだろ!」

「誰もそんなこと頼んでないよ。それに席替えをしてからの上田くんは誰も殴ったりしてないし? 確かに空気は少し悪くなったけど、キミらに倒されるような理由はない」

 

「てめえ、上田の味方をするのか!?」

「そんなつもりはないけれど。ただ今度の件に関しては、キミらの肩を持つ気にはなれないね」

「お、俺たちだってひどい目に遭ったんだよ!」

「自業自得って言葉を知ってる? ちなみにクラスのみんなと話したところ、上田くんにだって身を守る権利はある、バスケ部が部員を助けるのも当たり前、僕に対してキミらは一方的な加害者だというのが、およそ共通した意見だった」

「そんな! 俺たち悪いことなんてしてないだろ!?」

 助けを求めるように、クラスを見回す日高エイジくん。

 しかし彼の擁護をする生徒は、ただの一人も出てきませんでした。



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関係改善?

 一騒動終えての昼休み。

「いやー、恐ろしいな、冬林。お前がここまでえぐい方法で日高たちを追い詰めるとは、さすがの私も思ってなかった」

「…………」

「どうした? せっかく作ってきた弁当を食べないの?」

「……いただきます」

 木嶋先生に呼び出された僕は、生物準備室の机の上に手作りのお弁当を広げています。

 

「んで、冬林。お前はこれからどうするの?」

「……何がでしょうか」

「お前の立ち回りにより、日高たちはカーストの最底辺に転落だ。このまま行けば、四人全員学校を辞めちまうかも知れないなー。さすが、腹黒ビューティーのお気に入り」

「やめてください! 僕、そこまで極悪なこと考えた覚えはないですよ! 日高くんたちのせいでひどい目に遭ったから、このくらいはやり返してやらないと気が済まなかったというだけで!」

「それで、これだけの結果を出したら大したもんさ。前から思っていたけれど、お前には他人を蹴落とす才能が眠っているぞ、きっと」

「……何でそんなこと言われるのでしょうか。不本意だ」

 

「あんな包帯の小細工までしたような何を言う」

「……アレは僕に同情してくれる人がいれば、この先の仲間集めが有利かなーと考えただけですよ。バスケ部や上田くんとは微妙ですし。茶道部のみんなとも、また一緒に戦えるかどうか分からない……」

「そうだねー。自分の保身や利益のために、利害の対立する生徒たちを追い込み痛みつけ切り捨てる。それこそが異能力高校の日常だ。甘ちゃんだったお前が成長してくれて、先生は実にうれしいよ」

「……やめてください」

 箸を止めます。

 

「僕はこれ以上、日高くんたちに何かするつもりはありません。やられた分は、すでにやり返したと思ってますので」

「そうか? ドブに落ちた犬は沈めるのが、勝負事の鉄則だろに」

「そういうのはもう嫌です。これ以上クラスで何かすると、やり過ぎだって風向きが変わる恐れもありますし」

「そう? でも、すでに日高たちにとっては地獄だぞー。何せこの二日間、お前が話したのはすべて事実なわけだから。アイツらは弁明のしようがない」

「……下手に言い訳を重ねるほど、傷口が広がっていくわけですね?」

「うむ。それに塗りこむための塩を今のうちに用意しておくのが得策だ」

「ですから、僕はそういうのは……」

 コンコンと。

 その時、ノックがされました。

 

「ちーっす。先生はいますかー……って、冬ぴー!?」

「……げ! 上田くん!」

 箸を手にしたまま固まる僕。

 

「やめて! 二人とも私のために争わないで!」

「って、いきなり何ですか、先生は!」

「空気が重くなりそうだったからボケてみた。人生で一度は言ってみたい台詞だったし」

「……ホントにもう」

 気が抜けます。

 振り上げていたこぶしを上田くんも下ろしました。

 

「それで上田。お前、いったい何の用事よ?」

「……いや、先生に用事があったわけじゃないんすが」

「じゃあ、この人体模型の『ひゃっはー君二号』にか」

「そんな不気味な人形とお話しする趣味はねえ! 冬ぴーに用事があったんすが、教室にいないから先生に聞きにきたんすよ」

「うむ。冬林ならついさっき、お前の二メートル手前にいたな」

「今でもおるわ! 畜生、オレのことをバカにしやがって……!」

「……あの、上田くん。僕に何か用事かな?」

 からかわれている彼に、助け舟を出してみます。

 

「……あー、いや。オレが用があるわけじゃねーけどよ。ちょっと探してくるよう頼まれてて」

「誰に?」

「うるせえ! 今連絡するからちょっと待ってろ!」

 入り口のところで立ったまま、スマホの操作をし始めます。

 

「……もうちょっとしたら来るってよ。それまで大人しくここにいてろ」

「ああ、うん……」

 ぶっきらぼうに命令されました。

 しかし、先日までのような敵愾心は、その声から感じられないような。

 

「ふーむ。なるほど。おい、上田」

「……何っすか、先生」

「お前は一度でいいから言ってみたかった台詞って何かある?」

「……ここはオレに任せて先に行け」

「おお。戦う男の子のロマンだな」

「……そうっすね。言ってみたいし、言われてみてえ」

「冬林は何かある?」

「いえ、別に……。しいて言うなら、妹を幸せにしてやってくれ?」

「シスコンめ」

「……シスコンじゃないです。普通です」

 気まずい時間が少し過ぎ、その間にお弁当も食べ終えました。

 

「――失礼します、木嶋先生。うむ。久しぶりだな、冬林」

「神平先輩……?」

 現れたのはバスケ部2年の神平正信先輩という人です。

 クールで大人びた印象を持つ、メガネをかけた男子生徒でした。きっちりと真ん中で分けてなでつけたような髪型で、そこそこ背も高くて知的そうなハンサムかと。

 彼はかつて戦ったバスケ部のブレーン役で、メガネを外して「メガネ、メガネ、俺のメガネ……」と呟くことで発動するウィル能力を持っています。

 

「……バスケ部の神平先輩が僕に何のご用事でしょうか?」

「そのことだがな、冬林。そのバスケ部というのは忘れてくれ」

「はい?」

「今の俺は、バスケ部の一員としてお前に会いに来たわけではない。上田にお前を探させたのは、たまたま部活の後輩が同じクラスだったというだけで、ここで俺が何を言おうと、それはバスケ部の方針とは関係ない。いいな?」

「え、ええ……」

「うむ。では、冬林要――」

 何を言い出すのかといぶかしんでいると、

 

「今度の件について、上田とバスケ部の行動を弁護してくれたことに礼を言う。本当に助かった。ありがとう」

「……へ?」

 神平先輩は深々と、僕に向かって頭を下げてきたのです。

 

「あの、先輩……?」

「言っておくが、これはバスケ部としての見解ではないからな。ウチの部や後輩をかばってくれたことに俺が個人的に感謝している。それだけだ」

「……えーと?」

「けっ。いい気になるんじゃねーぞ、冬ぴー……」

 先輩の後ろでは、上田くんがすねたようなような表情に。

 

「聞き流してやってくれ。クラスで微妙な立場にいたコイツだが、お前が日高たちとやらを悪者にしてくれたおかげで、いくらか過ごしやすくなったそうだ」

「いえ、上田くんをかばったわけではないですが……」

「バスケ部の行為の正当性を主張してくれたのも助かった。大きな声では言えないが、先日以来、我々は多数のトラブルの火種を抱えていてな。あの程度の連中なら余裕だが、それ以上の敵が出てきては面倒だった。しかし、1年B組内での反感はお前が鎮めてくれたから、しばらくは警戒しなくてよいはずだ。――あくまで俺個人として感謝する」

「……どういたしまして」

 

「しかし、一つ聞いても構わんか? 被害者で発言力の増したお前なら、逆に我々への反感を煽ることもできただろう?」

「それはまあ……別に今回は、バスケ部が悪いことをしたとは思いませんから」

「ほう……」

「そりゃ、僕やクラスのみんなは上田くんのせいで嫌な思いもしましたけどね……。だからと言って、これからはずっと無抵抗のサンドバッグでいろというのも」

「今回に限っては、やり返した我々のほうに理があると?」

「そう思います。僕は」

「なるほど……。お前はそういうヤツか」

 指でメガネを押さえつつ、神平先輩はしばらく何かを考えていたようでした。

 

「失礼したな。帰るぞ、上田」

「うーっす……」

「木嶋先生も失礼しました」

「おう。元気でなー」

「それでは俺たちはこれで失礼するが――冬林」

「……何でしょうか」

「俺個人としては、二度とお前と顔を合わせたくはないな」

「はい?」

「それとだ。我らがバスケ部主将ウェルキンゲトリクス様は、かつてこのようにおっしゃっていた――『品性下劣な味方とつるむより高潔な敵としのぎを削るほうが、より美しい人生の時間を過ごせるだろう』と」

「はぁ……。らしい台詞だなとは思いますけど」

「それだけだ。邪魔したな」

 神平先輩と上田くんのバスケ部二人は、生物準備室を出ていきました。

 

「何だったんでしょうか、今の……」

「ヤバイ。だいぶ面白いことになってきてるぞ」

「……先生?」

「つまり神平としては、お前のことが気に入ったのさ。この先もなるべく争いたくないと思ってる。『二度と顔を合わせたくない』ってのを通訳すると『できれば、お前とは戦いたくない』って意味」

「……そうなんですか?」

「おう。しかしバスケ部としては警戒を解くわけにはいかないし、これで貸しを作ったとは思うんじゃねーぞ、ってところ? でも、良かったじゃん。連中との関係改善の道が見えてきたぞ。これからのお前次第では」

 



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視線が冷たい? 自業自得だろ。でも……

 それから数日が過ぎて、灰川くんや花田くんも登校してきました。

 しかし、彼らを見るクラスの視線は冬のブリザードのようでした。

 

「ぷぎゅふぐぐぐっぐう――っ! 冬林きゅ――ん!」

「……何なのさ、灰川くん」

「どうしてキミはあの時に、拙者たちをもっと本気で止めてくれなかったのですか!」

「責任逃れをしたい人間の常套句だね……。でも確かに、僕も悪いことをしたなーとは思ってる」

「ぐひっ!? で、でしたらですな、拙者たちや日高氏をですな――!」

 

「ホント、悪いことしたよ……浜崎くんには」

「ぷげ?」

「キミらはもう回復したのに、浜崎くんだけ重傷でまだ病院にいるんだよね? キミらがいい気になって盛り上がってる時も、彼だけは慎重な意見を出してたし。僕がもうちょっと頑張ってフォローしてれば、浜崎くんはあんな目に遭わなかったかも……。そう思うと、心が痛いよ」

「ぷ、ぷぎ、ぷぎ、ぷぎひぃー!」

「この学校に入学した生徒は、卒業までに半分しか残らないって話は知ってる? その計算でいくと、年間で二割くらい減るのかな。このクラスだと約七人? 浜崎くんがその第一号になったりしたら僕も悲しい」

「うぎゅ、うぎゅ、うぎゅるるる――っ!」

「でさ、灰川くん。このまま浜崎くんが退学したらキミらはどう責任を……」

「ぷぎぃひいいいいいいいい――――――――――――――――――――――っ!」

 泣きながら逃げ去っていく灰川くん。

 

「……造反有理、造反有理、造反有理、革命万歳、革命万歳、革命万歳……!」

 花田くんは自分の席で身じろぎもせず、焦点の合っていない瞳をギョロギョロとさまよわせ、怪しい台詞をぶつぶつ呟いています。

 現実逃避をしたくなる気持ちは分かります。しかし隣の席にこんなのがいられると、僕は居心地が悪くて悪くて仕方がない……。

 

「けっ……」

 上田くんとは相変わらず話をしません。

 しかし最近は、後ろからにらんでくることも少なくなりました。かと言って、日高くんたちに敵意を燃やしている風もないのです。

 時折窓の外を見ながら、何かを考え込んでいる様子が多くなりました。僕につまらないイタズラもしてきません。

 

「ねえねえ、冬林くーん」

「……原さん。何?」

「えっとですね、この色紙にサインくれない?」

「サイン? 誰の?」

「キミの」

「何で?」

「キミのファンになったから」

「……何で?」

「情け容赦のない正論っぷりにキュンときました。えーとですね、『正論とは他人を切り捨てるための武器である。by 冬林要』って書いてくれるとうれしいなー」

「やめてよ! 僕だって好きでやってるわけじゃないんだよ!」

 

「えー、でも額縁に入れて飾りたい」

「……今の僕、周りからどういうキャラに見られてるのさ」

「んー。ぶっちゃけちゃっていいのかな?」

「あー、お前ら。席に着けー」

 国立ウィル能力研究大学附属高等学校。通称、異能力バトル高校1年B組。

 日高、灰川、花田くんの三人を悪者にすることで、このクラスは比較的穏やかにまとまる兆しを見せていました。

 

「――頼む、冬林! 俺たちを助けてくれ!」

 日高エイジくんに土下座をされたのは、そんなある日の早朝でした。

「え? な、何、日高くん?」

「頼む! お前しかいないんだ! 昨日、茶道部にも門前払いをされて、あとは頼れそうなのはお前しか……!」

「茶道部? 松川先輩が何かしたの……?」

 たまたま早く登校してきた朝の廊下。

 待ち伏せしていたらしい日高くんを無視して進めばよかったのですが、耳に入った言葉に思わず足を止めてしまいます。

 

「ああ、聞いてくれ! 実はだな……!」

 その瞬間。起き上がってきた彼に、がっちり腕をホールドされて。

「しまった……。あの、日高くん。離してくれない?」

「そうしたら、お前は逃げるだろ! 頼む。時間はとらせない。お願いだから、話だけでも聞いてくれ!」

「……分かったよ」

 他に選択肢はなさそうでした。

 

「それで日高くん。茶道部と何かあったわけ?」

「ああ、実はさ……」

 階段の踊り場に移動して、日高くんの隣に並んで座ります。

 

「クラスで居心地の悪い俺たちは、どこかの部活に入ろうと思うんだ。強いグループの後ろ盾があれば、みんなは白い目で見てこないだろう?」

「そう……。でもさ、日高くん」

「何だ?」

「学校生活がつらいなら、異世界に行って勇者になれば?」

「あの発言は忘れろ! お願いだから忘れてください! ……とにかくだな。バスケ部とケンカしたって茶道部なら、俺たちを仲間にしてくれるかと思ったんだが……」

 

 ――茶道部に何の用事ですか? えせイケメン。あなたは自分の笑顔をさわやかだと思っているようですが、そのさわやかさは安物のミント味の歯磨き粉のように、気色悪い感じですです。ウチの繊細な部長に貴様のツラを見せたら、吐き気を催してしまわれかねません。とっとと失せろ、ゲロ野郎!

 

「そんな感じで毎日、部員のコに追い払われてな……。そのコ、最初に俺の顔を見た時に『4回……。うわ、キモ!』とか言ってたんだが」

「……相坂くんか水野さんに紹介してくれるよう頼むのは?」

「断られた。それで放課後ずっと部室の前を見張ってて、ようやく茶道部の部長に会えたわけなんだが――」

「ストーカーじゃない……?」

 

 ――申し訳ありません。現在、わたくしたち茶道部はバスケ部と休戦協定を結んでおりますの。彼らと一戦交えたあなたたちを部員にすることは出来ません。バスケ部と敵対している他の部活を紹介するのもNGですわ。

 

「――と。やんわりしているが、きっぱりした調子で断られた」

「……ウチのクラスの状況は、水野さんと相坂くんが報告してるだろうしね」

「ところで、冬林。お前、あの美人の部長さんと知り合いか?」

「……前に会って話したことはあるよ。何で?」

「あの人さ、こんなことも言ってたんだよ……」

 

 ――ただ、ウチに助けを求めに来てくれたコをすぐに追い払うのも問題でして。この学校の部活とは、ウィル能力者同士が身を寄せ合って戦う互助集団。右も左も分からない1年生をあっさり見捨ててしまっては、存在意義が問われることにもなりかねません。

「……優しいね。それで?」

 

 ――ですので、ちょっとした独り言。日高くんのクラスには1年生にしては経験豊富で、この学校の勢力図を少しは知っているコがいたような。

 

「……僕だと明言してないじゃん」

「しかし、お前のことじゃないかと俺の勘が言っている! 水野や相坂と仲が良かったみたいだし。さっきも俺が言ってないのに、茶道部の部長の名前を知ってたろ!」

「それは……」

「頼む! どんな些細な情報でもいい。知ってることがあったら教えてくれ!」

「そんなことを言われても……。僕だって日が浅くて、学校や部活の情勢なんかにくわしくないし。バスケ部とケンカしてそうなところの心当たりなんて…………あ」

 

「知ってるのか!?」

「いやその……」

「頼む! 教えてくれ! お前から聞いたとは口が裂けても言わないから! 灰川や花田や退院してくる浜崎のためにも、俺は今の状況を何とかしないといけないんだ!」

「うぐぐぐぐ……!」

 理屈や利害で言うならば、ここで彼らは見捨てるべきでした。

 無謀にもバスケ部にケンカを売って負けた四人。ここで彼らを助けたことが知られては、バスケ部からは敵対行為と見なされる?

 

 ――今度の件について、上田とバスケ部の行動を弁護してくれたことに礼を言う。

 ――ドブに落ちた犬は沈めるのが、勝負事の鉄則だろに。

 

 修復しかけた彼らとの関係に、またひびが入ってしまいます。

 

 だけど僕は気が付くと――

「……あのね、日高くん」

「ああ、何だ!」

「僕らが入学する少し前、バレー部とバスケ部が戦ったって話は知っている?」

 

 そう言ってしまっていたのです……。

 



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動き出す負け犬たちと……

 ――実はお前らが入学する少し前、バスケ部とバレー部の間で中規模な武力衝突が起きてたんだ。その時のケガ人が今も病院に入院してる。

 ――バレー部は二次元らぶらぶ天然さわやかサイコパスくんが率いる戦闘集団です。

 

 1年B組の教室に再び不穏な空気が漂い始めました。

「というわけで、野郎ども! 俺は今日の昼休み、早速バレー部と交渉するぜ!」

「ぷぎゅ――っ! 頼りにしておりますぞ、日高氏!」

「断固闘争! 断固闘争! 断固闘争! 同志日高の交渉力に期待する!」

「任せろ、お前ら! もう苦しい思いはさせないからな!」

 教室の一角、僕の席の前のほうが、にわかに盛り上がっています。日高エイジ、灰川厚、花田房雄。昨日まで沈んでいた三人が歓喜の表情を浮かべて盛り上がるのを、登校してきたクラスメイトたちは不審そうな目で遠巻きに見ていました。

 

「……おい、冬ぴー。話がある」

 そんな空気の中で声をかけてきた上田くん。

「分かった……。場所を変えて話そうか」

 こっそり教室を出て、廊下で秘密の話をします。

 

「あの三人に余計なことを吹き込んだのはてめえかよ?」

「……ゴメン。うっかり口が滑ってね。キミらが前に戦ったらしいと言ってしまった」

「オレらが入学する前の話だな……。主将や先輩たちから聞かされてはいたけどよ」

 忌々しそうに舌打ちされます。

 

「上田くんもバレー部のことは知ってるの?」

「毎日、放課後に会ってるっつーの……。同じ体育館だしよ」

「なるほど。どんな人たち?」

「知らねーよ。お互い遠くから見てるだけで話もしねえ。ただ向こうの部長は、さわやか過ぎてムカつくイケメンだ。女受けはいいかも知れねーが、実力は絶対ウチの主将のほうが上だけどな!」

「……何となーく、関係性が分かってきたよ」

 ため息。

 

「それで上田くん。あの三人……もしくは四人がバレー部に入ったら、やっぱりムカつく?」

「たりめーだ。クソみてーなザコどもだから見逃してたが、またバスケ部の敵に回るってんなら容赦しねえ!」

「じゃあ、今のうちに潰しておく?」

「ここでオレが手を出したら、今度はバスケ部が悪者にされるだろうが! 誰かさんのやり口は、近くでじっくり見させてもらったからな!」

「……そうだね。やっぱりそう取られるか」

「決着をつけるのは、アイツらが正式にバレー部に入ってからだ。冬ぴー。このことは主将や神平先輩に報告させてもらうぜ!」

「……分かってる。でも、キミたち三人の能力までは教えてないと伝えておいて」

「知るかよ。クソが」

 ピリピリとしながら、席に戻っていく彼。

 

(これでバスケ部との和解はなくなったね……)

 野球部とサッカー部が以前衝突したように、バスケ部とバレー部の仲も悪いようです。たぶんこの学校では、活動場所が近い勢力同士は自然と反発心が強まるのかと。

 

(そんな危うい状況に火種を投げ込んだのは僕……)

 日高くんたちにとっても、バレー部に入ることが果たして安泰と言えるのか? 苦しい状況から逃げるために、もっと大きな危険に飛び込んでいってるのでは……と。

(……それでも動き出した流れは止められない)

 そんな沈痛な気持ちのままで、僕は午前の時間を過ごしました。

 

「それじゃ、バレー部の部長のところに行ってくるぜ!」

 昼休み。日高エイジくんは意気揚々と教室を出ていきます。

「……………………行ってきたぜ」

「躁鬱か!」

 しかし、しばらくして戻ってくると、何故か見るに耐えない意気消沈した姿に。

「ぷぎゅるふふっ? 何があったでござるか、日高氏?」

「報告せよ! 報告せよ! 報告せよ! 同志日高は部長との面会を拒否されたか?」

「そうじゃない……。会って、こっちの要望も伝えることはできたんだ。ただ、代わりに出された条件が……」

「ぷぎゅぎゅ――っ! 何ですか、その無茶苦茶ハードモードなミッションは!」

「ナンセーンス!」

 三人で顔を突き合わせているものの、会話の内容は聞こえてきません。

 チラチラと。上田くんの顔をおびえるように盗み見てはいるのですが――

 

「あ? やるのか、てめえら! こら」

 しかし彼がすごむと、三人とも視線を外してしまいます。

 

「よーよー、お前ら。そういえば、昨日のテレビは見たか?」

「ぷぎゅ! 拙者にとってテレビとは、ギャルゲをするための機材に過ぎませぬ」

「腐敗した資本主義の犬どもの製作した番組を、革命の戦士たる自分が鑑賞するなどあり得ぬことだ!」

 会話しながらも、やはりチラチラと上田くんの様子を確認中。

「何なんだ、アイツらは……。かかってくるなら、とっとときやがれ!」

 一瞬びくっとしながらも、三人は世間話のフリを続けるのでした。

 

 数日後。

 早朝の教室で僕は一人の男子生徒に話しかけられました。

「へい、ジョニー! 最近大変みたいじゃないか!」

「……相坂くん? うわー、何か久しぶりだね……」

 1年B組1番、相坂祐一。

 彼は僕の二番目の仲間で、同時期に茶道部に仮入部した友人です。

「いやー、悪い。ジョニーが大変なのは知っていたんだ。ただ、こっちのほうでも色々、大詰めの交渉があってさー……」

「そうなんだ……。詳しくは聞かないよ。茶道部のみんなは元気にしてる?」

「ああ。ハニーもミス水野も元気だぜ。みんなジョニーがいなくてさびしがってる」

「……また一緒に遊びたいよね。それで、相坂くんは何の用事?」

 上田くんや日高くんたち三人は、まだ登校してきておりません。同じく茶道部の水野さんも。他のクラスメイトの姿もまばらで、僕らに聞き耳を立てているコはいなさそう。

 

「実は我らが部長からジョニーに伝言を預かっていてな!」

「……松川先輩?」

「そう。『先日は迷惑をおかけして申し訳ありません。キミのことは助けてあげることもできず、わたくしは大変気になっておりました』」

「それは別にいいんだけれど……」

「『おわびと言っては何ですが、バレー部の部長と会ってみるつもりはありません? わたくしが紹介しますので』とのことだぜ」

「……バレー部の?」

 これが茶道部のえぐ――――い作戦の始まりであることに、この時の僕は気付いていませんでした。



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変態サイコパス登場

 朝のホームルームまでは、まだ少し時間があります。

(どうしようかな? 今何が起きているのか、確かに気になってはいるんだけど……)

 周囲に人がいない自分の席で、僕は頬杖をついて先ほどの提案を思案中。

(今日まで日高くんたちに動きはなし……。上田くんはいつ激発するか分からなくて、挟まれた僕はたまったものじゃないんだけれど……)

 

『おうおう! 日高ども! 文句があるなら、いつでもかかってきやがるがいいぜ!』

『なあ、灰川。この前貸してもらったゲームだけど、女の子が全員同じ顔に見える』

『ぷっぎゅー! 分かっておりませぬな、日高氏。そこを見分けるのが通の目利きというものですぞ!』

『シュプレヒコール!』

『無視するんじゃねーよ、てめえらは!』

 

『……あのさ、日高くんたちと上田くん。揉め事なら僕から離れたところでやってもらえない? お願いだから』

『ああん? いい気になってんじゃねーぞ、冬ぴー! このオレ様が、てめえに命令される筋合いなんてねーんだよ!』

『はっはっは。何を言ってるんだ、冬林。俺たちは友達同士で話をしているだけで、揉め事なんて起こしてないぜ。なあ? 灰川。花田』

『ぷっぎゅー! そうでござるよ』

『シュプレヒコール!』

『ああ、もう……!』

 

(毎日毎日こんな感じ……先生もクラスのみんなも……)

 

『……木嶋先生。日高くんたちと上田くんをどうにかしてください!』

『どうにかとか言われても、学校は生徒の揉め事に関知しない……というか、まだ勝負にさえなっていないのに何を一体どうしろと?』

『そうなんですけど……』

『まあ、仮に大きなトラブルになったとしても私は何もしないがな』

『このバカ教師ぃいいいいいいいいいいいいいいいいいい!』

 

『やっほー、冬林くん。最近、大変そうみたいだね?』

『……おはよう、原さん。今のところ僕に実害はないんだけどね……』

『戦う気があるのなら、日高くんたちもさっさと戦っちゃえばいいのにねー』

『……それで一度、痛い目を見てるから』

『そっかー。わたしは協力できないけれど、話くらいは聞いてあげるね』

『ありがとう……って、さりげなく「自分は関わりません」って予防線を張られてる?』

『いやいやいやいや。それは何のことデスカー?』

『僕だって別に、原さんを巻き込みたいわけじゃないけどさー……』

 

(教師もクラスメイトも頼りにならない……。やっぱり流れがおかしくなったのは、あの日、日高くんが戻ってからなんだよ。状況を打破するヒントは、あのとき彼が何を言われたか……?)

「おい、冬ぴー。話がある」

(でも、やっぱり怖いよね……。松川先輩もウェルキンゲトリクス先輩もとんでもない人たちだったし。バレー部の部長さんとやらもきっと……)

「てめえ! 無視してんじゃねーよ!」

(やっぱり危険で怖いのは嫌だしなー……。松川先輩には悪いけど――)

 

「拳々発破ァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」

「のわわわわっ!?」

 とっさに伏せた僕の頭のすぐ上を、重い衝撃がかすめていきます!

 

 一方、教室の反対側で――

「おはよー! 相坂くん……って、向こうが大変なことになってるよ!?」

「やあ、おはよう。ミス水野。今日はいつもより早いじゃないか」

「のん気にあいさつしてる場合じゃないよ! 冬林くんが上田くんに襲われてる!」

 

「おい、冬ぴー。いい度胸じゃねーか。オレ様に隠れてこそこそ何をやってる?」

「……上田くん。僕、キミに胸倉つかまれるようなことをした覚えは……」

「とぼけてんじゃねえ! 朝に茶道部のザコと話してたって聞いたぞ! バレー部の部長と会うってことは、カス三人とつるんでバスケ部に刃向かおうってことだな!」

「!? 何でキミがそのことを……?」

 

「どうしよう! 何を言ってるか分からないけど危ないよ!」

「大丈夫さ、ミス水野。部長の読みが正しければジョニーは――」 

 みたいなやり取りがあったことに、今の僕は気付きません。

 

「もしかして、さっきの話を聞いてた誰かがチクっただとか……?」

「んなの、どーでもいいんだよ! やっぱりてめえ、まだ茶道部の連中と!」

「違うって! ……そうだ、上田くん。――僕と取り引きするつもりはない?」

「ああん!?」

 至近に怒りの上田くんの表情がある僕は、とっさにそう口にしておりました。

 

 昼休み。

「いやー、灰川。俺、段々ギャルゲ女子の見分けがつくようになってきたぜ」

「ぷっぎゅー! 絵師様たちの苦労と努力が、日高氏にも伝わったわけですな!」

「断固闘争! 造反有理! シュプレヒコール!」

 日高くんたち三人は談笑するフリをしつつ、こそこそと教室から出て行きます。

 ……ここ数日はいつも大体こんな感じ。

 

「カス同士がつるみやがって! ――おい、冬ぴー。朝の話は大丈夫なんだろうな?」

「……ちょっと待っててね、上田くん。あ。松川先輩からメッセージが来てる……」

 ――お昼に茶室に来てください。キミが一人でいるのを確認したら、追加の指示を送ります。松川

 

「というわけだから、上田くん……」

「えーと。オレはてめえの動きを、いったん見逃せばいいんだな?」

「そう。それで帰ってきた僕をキミは脅して、無理やり話を聞き出すんだ。その情報を上の人に伝えれば、キミも部活でいい顔ができるじゃない?」

「けっ! 頭のいいヤツってのはロクなことを考えねーな!」

「……それじゃ、行ってきます」

 教室を出て行こうとする僕。

 その途中、相坂くんと目が合いました。

 

(ぐっ……!)(ぐっ……!)

 お互い無言で指を立てます。……が、少しだけ罪悪感。

 

「……ねえ、相坂くん。朝に冬林くんと何かあったの?」

「何でもないぜ、ミス水野。そんなことより柿本さんとの――」

 

「さて。茶室には着いたけど。……って早速次のメッセージだ」

 ――入り口に手紙が挟まっています。

 

「……短い。でも、ホントだ。何々……」

 ――右を向いて五メートル移動。上を向く。

 

「……何なんだろう。あ。木があってリボンが結ばれている……」

 ――↓の場所に行きなさい。

 

「……手描きの地図が挟まっていたよ。これは体育館の裏あたり……?」

 忍者ごっこでもさせられている気分でした。

 

 体育館の裏手には大きな山があり、ふもとは深い森のようになっています。

(午後は体育があるからな。体力を使い切らないようにしないと……)

 草木を分けて進んでいくと、急に開けた場所が。

 

「~~♪」

 快晴の空。柔らかい木漏れ日の下。

 そこにはピクニックでもするかのように、一人でご機嫌な男子生徒の姿が。

 空のペットボトルや弁当容器が、横に置いたビニール袋の中にしまわれていました。地面に直にあぐらで座り、薄汚れた野球か何かのボールを、右手で軽く上に投げてはキャッチするのを繰り返して遊んでいます。

 

「おっと。お客さんだね。キミが松川さんの言ってた1年生?」

 向こうがこちらに気付き、微笑んできます。

 柔らかく人当たりのよい笑みでした。

 見た目はとてもさわやかな好青年で、初対面の人間のほとんどは良い第一印象を持ちそうです。しかし――

 

「……はじめまして。僕は1年B組の冬林要と申します。あなたが――」

「うんうん。はじめましてだねー。ボクがうわさのバレー部部長さ」

「……いえ。うわさをお聞きしてるわけではないのですけど。失礼ですが、名前をお伺いしてもよろしいでしょうか?」

「おっと。これはボクのほうこそ失礼したね。名前を教えてもらったのに、おにーさん名乗ってなかったよ」

 

(でも、何となく胡散臭いな……)

「ボクは3年の中西雷雨(らいう)。松川さんとは元クラスメイトで、たまにお話しなんかする関係でーす!」

 



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ボールは伏線

 ボールを持ったままの体勢で、中西先輩は座るよう勧めてきました。

「楽にしてくれていいよ。松川さんの紹介のコにあまりひどいことはしないから。ボクとしても茶道部と揉めたりするのは嫌だしねー」

「……では、お言葉に甘えまして。今日はお時間を取っていただき、大変ありがとうございます。中西先輩」

「はっはっは。まあ、感謝してくれたまえー」

 国立異能力バトル高校で、僕が直接知っている部活のトップは現在二名。

 茶道部部長、松川弓乃先輩。バスケ部主将のウェルキンゲトリクス先輩。

 

 ――あらあらあらあら。

 ――ふしゅっ! ふしゅっ! ふしゅるるるるる――っ!

 

 どちらも僕から見ればものすごい人でした。バスケ部のライバルだというバレー部のリーダーも、油断できる相手のはずがありません。

(でも、警戒しすぎてても仕方ない。こうなった以上、腹はくくろう!)

 

「……まずお聞きしたいことなのですが。松川先輩は僕のことをどのように?」

「んー。今日の午前中にだねー」

 ――わたくしの知り合いの1年生が、中西くんにお会いしたいとの話ですの。少し気弱そうですが礼儀正しくていいコですので、一度会ってみてもらえません?

「みたいなことを言ってたよ」

「……それだけですか?」

「それはどういう意味で聞いている? 何かやましいところがあって、松川さんが余計なことを言ってないか心配だとか?」

「いいえ! そういったわけではないのですが!」

 

「冗談だよ。正直、キミがバスケ部とかの刺客の可能性もあるけどさ。松川さんの紹介だから、その線は薄いと思ってる」

「……バレー部の皆様は、茶道部と仲がよろしいのですか?」

「んー。微妙」

「……ホントに微妙そうな言い方ですね」

「でも、松川さんの性格は知っている。ここでキミがボクを狙って返り討ちに遭ったりしたら、彼女の失点にもなるじゃない? 最悪、バレー部と茶道部のバトルになるし。そういう下手を打つコではないなという意味では信用してる」

「……なるほど。って、さらりと僕を倒す気満々ですか!」

「いやーはっはっは。ボクも一応この学校の部長クラスだし? タイマンの能力バトルでは、並の坊やなんかに負けないよ」

 にこにこにこ。

(怖い……! 今の僕は一人っきりだし、万が一勝負になりでもしたら……!)

 

「冗談冗談。でも、キミは少し面白いコだね。1年生にしてはこの学校になじんできてるフシがある」

「……ソウナンデショウカ。僕、先輩やバレー部と敵対するつもりは全然まったくございませんので!」

「あの松川さんと、どんな知り合いなのかも聞いてみたいところだけど……。ボクの質問のターンはこのくらい?」

 にっこり。

 

「それで、冬林くんって言ったっけ? 時間もないことだし手早く用件を済まそうか。キミの性格だとボクを待たせると悪いからって、お昼も食べてなさそうだし」

「……さりげなく気遣いをされている?」

「いやだなー。ボクは善意と気遣いの達人だってこの学校でも評判だよ。嘘だけど」

 ここまで中西先輩の口調は柔らかいです。

 しかし、少しでも彼の機嫌を損ねたら、一瞬で叩きのめされるのではという予感がありました。

 

「……あのですね、中西先輩」

「何かな?」

「実は僕が聞きたいことというのは、先輩を不快にさせるお話かも知れないのです。もしそうだった場合でも、怒らないと約束してはいただけないでしょうか?」

「慎重に慎重を重ねるねー」

 ウェルキンゲトリクス先輩が率いるバスケ部の、ライバルであるバレー部の部長。

(少しでも無事に帰れる確率が上がるよう、注意し過ぎるくらいでちょうどいいはず!)

 

「いいねー。キミと話をしてるのって楽しいな。敬語使ってもらったりして気分がいいから、おにーさん、何でも答えちゃう」

「軽っ!」

「いいのいいの。で、何?」

「……では、お言葉に甘えまして。聞きたいことというのは日高くんのことなのですが」

「誰のこと、それ?」

「……三日くらい前の昼休みに、1年生の男子がうかがったと思うのですが」

「三日前……1年……。ああ、あの小生意気な坊やだね!」

 日高くんの名前を出した途端、わずかに先輩の態度に変化が見えました。

 

「何。キミってアイツのお友達?」

「……いいえ。たまたま、クラスメイトで前後の席になっただけですが」

「キミ、名前は冬林くんって言ったっけ? ひーふー、なるほど。彼の言ってた仲間の一人はキミなのかい?」

「違います。むしろ彼らには色々と迷惑をかけられました」

「どういうことか教えてくれる?」

 日高くんたちにされたことを、僕は正直に話しました。彼らとバスケ部の上田くんに挟まれて苦しい思いをしていることも。

 ただし自分が日高くんにバレー部のことを教えたことや、ここで中西先輩と会うのを上田くんが知っていることなどは話しません。

 

「うわー、入学早々、キミもひどい目に遭ってるね」

「……同情していただけて恐縮です」

「友人は選べてもクラスメイトは選べないしね。しかし、面白い話を聞かせてもらったよ。ぷちグラ、ぷちグラ、ぷちグラね……」

 興味深そうに、言葉を反芻(はんすう)する中西先輩。

 

「で、その日高くんがどうかしたの?」

「……僕に言わせると、連中は最初からどうかしているのですが。ただ、中西先輩とお話ししてから、輪をかけて妙な様子になりまして」

「さりげなく毒舌だね。気に入った」

「僕の後ろの席に、バスケ部の上田くんというコがおりまして。彼の様子をうかがっている気配はあるのですが、何もしてないようなんです。

 上田くんのほうでもイライラしてて。まあ、自分から攻撃してはマズイと思っているのか、手出しはしてないみたいですが……」

 ――今は風当たりが強くならないよう大人しくしてろって、神平先輩に言われてるんだよ。先にアイツらが仕掛けてきたら、ぶちのめしていいとも言われたけどな!

 そう上田くんはぼやいてました。

(上田くんを抑えてくれていることに関してだけは、神平先輩に感謝だね……)

 

「というわけで、僕の周囲はここ最近異常にギスギスしてまして。たぶん、その原因は中西先輩がご存知かと……」

「なるほど。そういうわけか」

 納得したように、中西先輩はうなずきます。

「キミの考えてる通りだね。確かに三日前の昼休みに、その日高くんが教室にきたよ。ただ、態度があまりにアレだったから、ボクとしてはちょっと機嫌を損ねてね」

「……日高くんは中西先輩に一体何と?」

「んーとだね……」

 

 ――はっはっはー! あなたがバレー部の部長様ですね。俺は1年の日高エイジと申します。才能あふれるこの俺と愉快でイカレた仲間たちが、バレー部の新入部員になって差し上げますよ!

 

「とかいう風に言ったんだ」

「……アホですね」

「うん。アホ丸出しだね」

「中西先輩は一体何と?」

 

 ――食事の邪魔だから、どっか行け。目上の人間への態度がなってないバカなぞ、バレー部には必要ありませんから消え失せろ。

「みたいなことを言って、追い払おうとしたんだけど」

「……厳しいですが、当然な対応だと思います」

「ありがとう。でも、そう言ったら、彼泣きそうな顔になって、その場で土下座なんぞしやがってね」

「土下座か……。迷惑ですよね」

「うん。昼休みだったとはいえ、教室でそんなことされると目立つなんてもんじゃない。ボクもさすがに気まずいから仕方なく、場所を変えて話だけは聞いてあげたよ」

 

「それで、どんなお話を?」

「とりあえず向こうの情報は聞き出した。クラスに上田くんという問題児がいて、何者かに倒されたとか。そのあと彼がバスケ部に入部して茶道部に負けて、自分たちの席の近くにきたとか。それをやっつけようとしたが返り討ちに遭い、クラスでの自分たちの立場が最悪になったとか」

「肝心な部分を、ほぼ全部聞き出してるじゃないですか!」

「はは。これくらいは基本だよ。ちなみにボクの聞き出した情報と、キミの話に矛盾はないね」

「……ちなみに矛盾があった場合には?」

「んー。とりあえずラチカンキンして、正しい情報を吐くまでごーもんタイム?」

「僕を正直者に育ててくれた両親に、感謝したくなりました……!」

 

「いやー、そんなマジに取られても。ほんの軽い冗談だって」

「目が笑ってないのですけど……」

「笑ってない目でジョークを言うのがマイブーム」

「……それはともかく、日高くんは一体何と?」

「『俺たちはバスケ部に恨みがあるから、先輩のお役に立ちますよ!』とか、威勢のいいことを言ってたけれど……」

「むしろ歓迎できないような言い方ですね?」 

「そうだね。あのコの仲間のことは知らないけどさ、リーダー役があの程度という時点で、高が知れているかなと」

「……なんせーんす」

「ボクらバレー部としても、戦力になる生徒は欲しいよ? でも正直、アイツは微妙。ぶっちゃけいらない。邪魔。欲しくない」

「本当に正直にぶっちゃけてるのが、よーくよーく分かります!」

「あと、バスケ部との関係もだいぶ危うい状態だから。変に火種を増やして刺激するのもよろしくない」

 右手のボールをもてあそびながら、中西先輩はため息をつきます。

 

「では、日高くんの入部は断ったのでしょうか?」

「そこもまた、微妙なところでね……。ウチに助けを求めにきたコを追い払っちゃうのもアレなのよ。元々ウチの学校の部活動は、生徒同士が助け合い身を守るための集まりだったってのは知ってる?」

「先生から聞いてます。最初は普通にサークル活動をしてたのが、一部の横暴な生徒から身を守るため協力しようという話になって。そのうち部活の内容に興味はないが、仲間に入れて欲しいという生徒が増えたとか……」

「そうだねー。実はここだけの話、ボクはバレーよりバスケのほうが好きなんだ」

「それだけは絶対に言ってはならない台詞でしょう!」

「冗談だって。野球やサッカーも好きだけど。とにかく、そういう経緯がウチの学校の部活動にはあるわけで。助けて欲しいという生徒を門前払いするのもアレなのさ」

 

「……バスケ部と仲が悪い他の部活に、たらい回しするのはいかがでしょう?」

「ほう。お主もワルよのう」

「いえいえ、どこぞの3年生の先輩にはかないません……」

「でも、それもどうだろうね。もし、よその部活に日高くんたちが入ってさ。さらにもし万が一、彼らが八面六臂(はちめんろっぴ)の大活躍をしてバスケ部に損害を与えたら、連中の恨みは紹介したボクらに向かう可能性は充分あるよ」

「うわーい、ソイツはおおごとだー……」

「それはそれで、面白いことになりそうだけどね。でも、ボクが選択したのは別の手さ」

 

「それはどんな?」

「まあ、入部にちょっとした条件をつけさせてもらったよ。――ただね、冬林くん」

「……?」

「キミ、この条件が何か聞きたいかい? というか、聞く覚悟はあるのかい?」

 おちゃらけていた先輩の表情が、いつの間にか真剣なものに変わっています。

「どういう意味でしょうか、それは……」

「ここから先を話すには、ボクは完全に部長モードに入らせてもらうということさ。今までは若干グレーだったけどね」

 軽く肩をすくめられます。

 

「これまで話した情報は、ボク個人が教えても問題のないレベルのことだけだ。キミなら想像できていそうなことの補足や、調べれば分かる程度の話だけ。しかし、ボクが日高くんに出した条件などは、この先のバレー部の運営に関わってくる」

「つまり、部としての機密情報というわけですね……?」

「受け取った情報を、キミがどう活用するかは勝手だよ? ただしキミの行動によって損害が出た場合、バレー部はキミに報復する。ボクのところでキミに情報を渡したという情報を止めてやってもいいけれど、それはキミに対する貸しになる。うっかり情報を止め切れないで、部員の誰かがキミを潰しに動いても気にしない」

「…………」

「というわけで。おにーさんは親切にリスクの説明をしてあげました。で、冬林くん。キミはボクが日高くんに何を言ったか知りたいかい?」

 試すような、挑発するような、中西雷雨部長の視線。

 

「……ここでなら、まだ引き返せるということですね」

「そ。ターニングポイント」

 この時点で引き下がるなら、バレー部は僕をノーマークで済ませるということです。

 

 中西先輩と話をしていて理解しました。理解させられました。

 はっきり言って、この人は自分よりずっと格上です。

 彼が率いているバレー部を、敵に回してしまえば自殺行為。

 ですが――

「……中西先輩」

「んー?」

「いえ。中西部長。あなたたちバレー部が、ウチのクラスの日高くんに何を言ったのか、教えてください」

「その決断に至った理由は教えてくれる?」

「……詳しいことは言えないですが、僕も色々としがらみがありまして」

「しがらみかー。まあ、それなら仕方ない」

 

「……聞かないんですか?」

「答えたくはないんだろう? キミがどう情報を使うかは、何となくボクも知らないことにしといたほうがいい気もするし」

「……ホントに、ここの学校の人たちと来た日には」

 自分一人だけなら、ここで引き下がる決断もできました。

 しかし今の僕は、あとで上田くんに情報を渡すのを条件に、行動を見逃してもらっているのです……。

 

『――そうだ。上田くん。僕と取り引きするつもりはない?』

『ああん!?』

『日高くんたちがバレー部の部長に何を言われたのか、キミも気になっているよね? 僕がそれを聞き出してくるから暴力は……』

 …………

『神平先輩は何だって?』

『……とりあえず泳がせろって言われたぜ。で、戻ってきたら、どんな手を使っても情報を聞き出せだってよ』

『分かった。じゃあ、交渉成立。あとでキミは僕を脅して、バレー部の情報を聞き出すということで』

『卑怯なことを考えやがる!』 

『暴力よりはマシだって……』

 

(ここまで聞いた話程度では、上田くんは神平先輩に顔が立たないと思うんだ……)

 バレー部部長、中西雷雨先輩から機密情報を聞き出して、バスケ部員の上田くんに伝える。さらに、バレー部・バスケ部双方から恨みを買わないように立ち回る。

 ここから先は綱渡り。

(胃が痛い……)

 

「それで、バレー部部長、中西先輩。あなたは、いえ、あなたたちバレー部は、日高くんたちの入部にどんな条件を出したのです?」

「うん。ボクは彼にこう言った。――『正々堂々クラスのみんなが見ている前でその上田くんとやらに再挑戦して、負けを認めさせることができたなら、バレー部への入部を考えてもいいよ』って」



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無茶振り王ご降臨

『ぷぎゅぎゅ――っ! 何ですか、その無茶苦茶ハードモードなミッションは!』

『ナンセーンス!』

 

「……あの、中西先輩。無茶振りという言葉をご存知です?」

「知ってるよー。むしろ専売特許にしたいくらいだね」

「されては、たまったものではありません。どういう理由でそんな条件を……?」

「半分は、彼らが戦力になるかを見るためだね。ぶっちゃけ彼らの実力は極めて低いと見てるけど」

「……もう半分は?」

「無論、彼らを追い払うための口実さ」

「……ここ数日何が起きていたのか、ようやく理解ができました」

 

(そんな条件を出されては、あの三人は動きたくとも動けねえ……)

 最初に上田くんを襲ったときに、日高くんたち四人は見事返り討ちに遭っています。もう一度真正面から挑めと言われたら、僕が彼らの立場でも躊躇(ちゅうちょ)します。

 正面が無理なら、側面からの不意打ちという手もありますが……

 

「正々堂々という条件をつけたのは何でです?」

「うーん。ぶっちゃけアイツらへの嫌がらせがほとんどだけど」

「こら」

「ウチの名前を汚して欲しくないというのもある。アイツらに卑怯なやり方で戦われると、回りまわってバレー部の評判が悪くなるじゃない」

「正々堂々とした戦いが、中西先輩の信条ですか?」

「いや、全然。部活同士の戦いだったら、ボクらはどんな卑怯な手でも使うよ。ただ、この場合、立場の弱い1年生を利用した形になるからさ」

「勝っても負けても問題だと?」

 

「そうだね。もしアイツらがせこい手段を使って負けた場合。バスケ部は背後の事情を聞き出すじゃない? ボクらが入部をエサにして、連中をぶつけたと知られたら――」

「バレー部の評判が下がってしまう?」

「勝った場合も同じだよ。アイツらが卑怯な方法で上田くんをやっつけて、ウチに入部したとする。そうなると、やっぱり向こうは怒るだろうし。仲間の弔い合戦ということで、士気が上がっちゃうかも知れないね」

「ただでさえ手強い相手なのに、勢いがついたら厄介ですね……」

「逆に真っ向勝負なら、勝っても負けても敵ながらあっぱれみたいに思ってくれて、しばらく交戦を避けられるかも」

「なるほど。どう転んでも、バレー部の損にはならないと」

「そうだねー。実は自分でも適当に言っただけだったからビックリだ」

「待てい!」

 中西先輩の出した条件は、バレー部の利を守るための理に適っているものでした。

 故に、彼がこれを引っ込めたり訂正したりする可能性はほとんどないと思われます。

 

 ただ――

「……戦い方の条件について、もう少し詳しくいいですか? たとえば日高くんは仲間がいますが、三人がかりで上田くんと戦ったりしてもいいのでしょうか?」

「相手がいいと言えばいいんじゃない? ボクが思う正々堂々というのはね、これこれこういう条件で勝負しようぜと持ちかけて、相手がうんと言えばOKさ」

「明確で分かりやすい基準です。ジャンケンで勝ったとかではダメですよね?」

「そりゃダメだよ。ウチの部活に入りたいのなら、よその部活との戦いで役に立ちそうなところを見せてもらわなきゃ」

「つまり、それらの条件を満たしさえすれば、日高くんたちはバレー部に入部できるわけですね……?」

「ん? 何か企んでる?」

 今の条件は変えないままで、中西先輩の裏をかく方法があるかも知れないと、僕の直感がぼんやりと告げています。

(……僕にとっては、あまり関係ない気もするけれど)

 

「いえいえ。そんなことはないデスヨー!」

「あからさまに挙動不審だね。ボクのウィル能力で攻撃するよ?」

「やめてください! 僕、先輩やバレー部に対して悪意を抱いているわけではないですから! これ以上今の状態が続いて上田くんや日高くんたちの板挟みになってたら、胃に穴が開きそうだと思っただけですから!」

「とっさに本当のことを言って、ごまかしてる感じだね」

「ごまかしてなんてないデスヨー!」

 ……ごまかせている気がまったくしない。

 

「いいよ。キミがクラスで何をしようと気にしないでいてあげる。多少のトラブルはあったほうが、ボクも学校生活が楽しいし」

「……えーと。ありがとうございます?」

「どういたしまして。それはそれとして冬林くん」

「……何でしょうか?」

「キミばかり質問してるのは、不公平な気がしない? ボクからも聞かせてもらいたいことがあるけど構わないかな」

「それは……はい」

「それじゃ、まず。キミ、日高くんとその仲間たちに肩入れする理由って何かある?」

「いえ、全然」

「じゃあ、上田くんやバスケ部のほうを助ける理由は?」

「もっとないです」

「だったら、連中のことは静観すれば? どっちが勝とうが負けようが、キミにとって損はないでしょ」

「……それができたらいいのですけど」

 上田くんを恐れて動けない日高くんグループ。敵が動くまで動けないバスケ部。

 そんな連中に囲まれて、もう毎日ストレスが半端でない……。

 どちらが勝つ負けるはいいとして、とにかく今の状況をどうにかして欲しいというのがこの時までの本音でした。

 

「ふーん。まあ、いいけどね。キミがちょっくら動いた程度では、ウチの屋台骨は揺らがないという自信があるし」

 膠着状態を作り出した張本人が、しれっとそんなことをおっしゃいます。

「じゃあ、続いて質問だ。少しプライバシーに関わることだけど構わない?」

「……そんなの聞いてどうするのです?」

「キミの人となりを、もう少し知っておきたいと思ってね。何となくだけど、キミとは長い付き合いになる予感がするんだよ」

「……僕はバレー部を敵に回すつもりはありません。もちろん中西先輩個人のことも」

「そういうニュアンスでもなくってね……。いや、今のはボクの言い方が悪かった。難しい話はここまでにしてさ、学校の先輩後輩として話さない?」

「それでしたら、まあ……」

「オッケー! ボクも部長モード終了だー」

 中西先輩は軽く微笑んで、あぐらで座ったまま「んん――っ!」と背中を伸ばします。

 

「……中西先輩を見てますと」

「ん?」

「あくびをしているライオンが、間近にいるような気分がします」

「それは和むってこと? 怖いってこと?」

「両方だから困るんです」

「はっはっはー。面白いたとえだね。松川さんが気に入るわけだ。彼女と何があったかも、聞いてみたくはあるけれど。そのあたりはキミも言いたくなさげだね?」

「ええ……。できれば秘密にさせてください」

 

「じゃあ、代わりに軽い話題でも振ってみよう。ねえねえ、あのさ、冬林くん」

「……何でしょうか? バレー部部長、中西先輩」

「キミの二次元の彼女はどんなコだい?」

「……………………はい?」

 



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にじげんのかのじょ【二次元の彼女】

 かのじょ【彼女】

 ①女性の三人称 ②女の恋人 ③チャラいにーちゃんがナンパの時に使う呼びかけ

 

 にじげん【二次元】

 ①縦と横で構成される面の世界 ②アニメや漫画などの創作物。対義語【三次元】

 

「……あの、中西先輩? 今何とおっしゃいました?」

「あれ。聞こえなかったかな? キミの二次元の彼女はどんなコかって聞いたんだけど」

「…………えーと」

 

 にじげんのかのじょ【二次元の彼女】

 ①現実に恋人のいない男性が恋をしている創作上のキャラクター。人によっては複数いたり、アニメの放送などに合わせてころころ変わる。(冬林の脳内国語辞典より)

 

「……ちょっと待ってくださいね。今すぐ考えを整理しますから」

「どうしたの? もしや二次元の恋人が多すぎて、誰から紹介していいか困ってるとか」

「黙っとれ。普通に考えれば……これは突然の宣戦布告?」

「え? 何で?」

 たとえば、次のような会話があったとしましょう。

 

『ねえねえ、キミの彼女はどんなコだい?』

『へ? いやいや、彼女なんていないですよ。今は色々とやることが多すぎて』

『はー、それは残念だね。でも、二次元の彼女ならいるんじゃない?』

『……ひどいことを言われてません? そりゃ僕も人並みに漫画とかは読んだりしますし、この女の子可愛いなーと思ったりすることはありますけれど……』

『もったいないなー。たとえ二次元でも恋人がいれば、人生は豊かに色づくよ?』

『……考えておきます』

 

 あるいは、

『ねえねえ、キミは彼女とかいるのかな?』

『え。いますよ、もちろん!』

『へー。実はそのコ、二次元のキャラだったりしないかい?』

『がびーん! なぜ分かったのですか!』

『はっはっは。お見通しだよ、そのくらい』

 

(こうした会話はアリかナシかで言ったら、まあギリギリでアリだろう……)

《アリなんだ?》

 多少アレな要素が混じってますが、同じ学校の友人や仲のいい先輩後輩でなら、こういうやり取りがあってもいいとは思います。

 

『ねえねえ、キミは二次元の彼女とかいるのかな?』

『いきなり二次元で確定ですか! そんなに人がモテないだろうと思うんかい!』

 これも親しい仲ならば、飛ばし過ぎたジョークで済むかなーと。

 

 だが、しかし――

『キミの二次元の彼女はどんなコだい?』

(――僕の感覚だと、これはアウトだ)

 何が悪いかと言うと、相手に二次元彼女がいると決めつけているのがひどすぎる。

 お前は現実の女性に見向きもされまいというだけでなく、性欲を制御できない豚野郎だなといったニュアンスまで含まれた、退場処分級の暴言です。

 

「あれ、おかしいな? ボク、変なことでも言っちゃった……?」

 中西先輩が不安げに眉を寄せています。

(しかし、演技の可能性は充分あるぞ……。先程までのやり取りで、彼の知的レベルはかなりの高さだと実感できた。何か意味があってこんな質問をしているのかも!)

 しかし一体どんな狙いがあって、相手の二次元彼女の存在を聞き出す必要があるのでしょうか……?

 

「あの、冬林くん? おーい」

 真っ先に思いつくのは挑発です。

 僕を怒らせて先に手を出させ、学校での立場を悪くさせる。でも、この中西部長については考えにくい。そんな真似をしなくても平気なだけの実力はあると思えるからです。

 となると、他に考えられる理由は一つしかありません。

 

「もしもしー?」

 そう。ここは異能力バトル高校。

 ここの生徒が突然脈絡もなく奇妙な言動をした時には、必ず何かの裏がある。

「つまり……!」

「つまり?」

 相手の二次元彼女の存在を聞き出すことが、バレー部部長、中西雷雨のウィル能力の発動条件になっている!

「って、それはどんな能力だ――――っ!」

「何を一人で叫んでいるのさ」

 冷静なツッコミが痛かったです。

 

「いやー、違う違う。ボクの能力はそんなのじゃ全然ないって。単純に、普通で無難な世間話のつもりで聞いたんだけど」

 悪びれた様子もまるでなく、中西先輩はケロリとした顔でおっしゃいました。

 

「……先輩は普通や無難といった言葉の意味を、早急に考え直すべきかと存じます」

「そうかな? 思春期の少年少女の交わす日常会話としては、恋バナはそんなに外した選択でもないと思うけど」

「……初対面でするには、微妙に気まずい話題です」

「逆に言えば、それだけ親睦が深まるじゃん?」

「そこを議論すると、どうせ僕が負けるからやめにして……。何ゆえ僕の恋人は、二次元限定でなくてはならないのでしょうか」

 僕自身の名誉のために、そこだけは何としても問い詰めます。

 

「んー。キミに限った話ではなくてだね。この学校に通う男子なら必然的に」

「……この学校って、そんな嫌な伝統があったのですか?」

 男子が全員、二次元の彼女を欲しがる国立高校。

 そんな学校の卒業生になったりしたら、いくら何でも不名誉すぎる……。

 

「そういうわけでもないけどね。じゃあさ、冬林くん。キミの周りにいる女子生徒を何人か思い浮かべてみてくれる?」

「……心理テスト?」

「違う。いいから、とにかくやってみて」

「はぁ……」

(同じクラスの水野さん、原さん。隣のクラスの新山さん。3年生の松川先輩……)

 

「そのうちの何人かはさ、普通に敵だったりしないかい?」

「……そんなことはないですけれど」

「そうなの? 恵まれた学校生活を送ってるみたいでムカつくなー」

「……恵まれてるのですか? それだけで?」

「まあね。たぶんキミも長くこの学校にいれば、厄介な女の子が敵としてぶつかってくることもあると思うよ」

 肩をすくめるバレー部部長。

「身もふたもないことを言ってしまうと、この学校に通う生徒は男女を問わず、生き残りをかけたライバル同士。こんな殺伐とした環境で、いやーんでうふーんであはーんで、きゃっきゃうふふな感情が芽生えるのはまれだよね」

「……一体どういう表現ですか」

「でも、否定はできないだろ?」

「……そうじゃない例も知っているとだけ言っておきます」

「そうなの? この学校も少しずつ、ぬるくなってきてるのかなー」

「ぬるくなってコレですか……?」

「まあ、いいや。じゃあ、質問を変えるけど。キミ、松川さんのことは美人だと思う?」

「……外見だけなら、悪い印象を与える人でないですね」

「じゃあ、あのコが目を潤ませて『好きです、冬林くん! わたくしと男女の交際をしてくださいませ!』とか言ってきたら?」

「孔明の罠です」

「だろ? 世の中には美人局とかハニートラップとかいうのもあるらしいしねー……」

「悟ったような目で、遠くを見上げる中西先輩でした……」

「ナレーション口調はやめなさい。でも、ボクらもお年頃だから、健全な男女交際に興味がないとは言えないよね?」

「言えないです」

「素直でよろしい。――そこで、二次元の彼女の出番なのさ!」

「……どうしよう」

 これから話されるであろう内容を、半分くらい予想できてしまう自分がいます。

 

「――この地球上に住む全ての人間は、潜在的な敵同士。人は限られた土地や資源やお金を奪い合って生きている。国や企業などといった集団が作られるのは、人が単独で戦うよりも奪い合いに勝てる可能性が高まるからさ」

「いきなり壮大な話になってきましたね……」

「ボクらにとってもすごく身近な話だよ。たとえばこの異能力高校には、学費無料や生活費の補助にひかれて入学した生徒も多くいる。しかし、国からの予算に限りがあるから、誰がこの学校に残るかで潰し合いが起きてるじゃないか」

「うがっ……!」

「この世界に生きてる限り、老若男女を問わずこの構図からは逃げられない。ボクの場合、自分より弱いちびっ子とかをいじめるのは、スカッとしないからやらないけどさ」

「……それ以外ならいいんですか?」

 良心の呵責があるのかないのか分かりません。

 

「ちびっ子のことは今はいいや。問題なのは男女だよ。ボクも健全な男子である以上、美しい恋人が欲しいと思う気持ちは確かにある。でも、どんなに美しく可憐な女性であろうとも、この世に生きている人間同士、利害がぶつかる可能性は消えない」

「……何でしょう。すごく深いことを言っている気はします。共感もできなくはありません。でも、次に続く言葉はきっと――」

「でも、二次元の女性となら、そんな風に戦う理由はどこにもないよね!」

「そう来ると思っていましたよ! 思っていたが、ツッコミを入れずにはいられねえ! どういうねじくれたルートを辿ったら、そんな結論に至るんですか!」

 

「ええー? むしろ当然の帰結だろう。同じ次元、同じ時間、同じ空間にいるからこそ、人と人とは争うんだ。逆に言えば、違う次元に住む存在同士は、利害が対立しないから争わない。ならば真実の男女の愛は、二次元と三次元との間にしか成立しないとさえ言えるだろう!」

「……ダメだ、この人。早く何とかしないとだけど、僕なんかにはどうにもできないのが見えている……!」

「ボクは三次元、彼女は二次元。ボクは彼女に触れることさえできないがそれでもいい。愛されるよりも愛することに価値がある。彼女の笑顔を想うだけで、ボクはどんな困難も乗り切れる。この胸にある熱い感情だけは、誰が何を言おうと嘘じゃない!」

「もう好きに突っ走ってくれとしか言えないです……!」

 バレー部部長、中西雷雨先輩。

 ありとあらゆる意味で、勝てる気がまったくしない相手でした。

 

「ところで、それはそれとしてね、冬林くん」

「いきなりの話題転換は何ですか!」

「そんなハイテンションでなくてもいいよ。ほらほら、ギアダウン、クールダウン」

「……誰のせいだと。ああ、うん。落ち着きました」

「キミも順応性が高いよね。さっきの話でちょっと気になることがあったんだけど」

「さっきというのはどの話? 中西先輩の言動でもう何もかも頭から吹き飛んでます」

「そりゃ失礼。正直、さっき言ってたことは、口から出任せがほとんどだったけど」

「待てい! 一体どこからどこまでが!」

「ボクが二次元を心から愛しているのは本当さ。それはともかく、キミが言ってた能力なんだけどね」

「……僕がツッコミに使ったエネルギーを返してください。利息をつけて」

「『相手の二次元彼女の存在を聞き出すことで発動するウィル能力』――もしこれが本当にあったとしたら、どういう効果が出ると思う?」

「……聞かれても困ります。適当に思いついただけなので」

「まあまあ、いいから答えなさい。というか、答えろ。これは先輩命令だ」

「何ゆえ、ここで暴虐に!? そうですね……幻覚を見せるような能力は?」

 

「どんな?」

「えー、僕がさっきの質問をしますよね。すると中西先輩は、これこれこういうゲームやアニメの、何々というコが好きだと答えます」

「ふむふむ」

「すると先輩の目の前に、そのコの幻影が現れました」

「な、何だって!」

「そのコはにっこり微笑んで……あれやこれやで、きゃっきゃうふふな幻を見せられるという」

「な、何て恐ろしい能力なんだ……! ボクがそんな能力の攻撃を喰らったら、一生幻覚から覚めないという自信があるよ!」

「あー、はいはい。さようですか」

「うん。間違いなく寿命が尽きるまで、二次元の彼女たちといちゃいちゃらぶらぶする夢を見続けているね」

「ちょっと待て。今さらりと複数形だった」

 

「でも、ボクの経験から言わせてもらうと、そこまで最強な能力が発現している生徒は、この学校にはたぶんいない」

「そうなんですか? というか、これのどこが最強だ」

「うん。幸か不幸か。残念ながらというか、惜しいというか」

「本音を隠す気ないでしょう!」

「それにそういう効果が出るのは、ウィル能力って感じがしない。――むしろ悪魔との契約だ」

「……悪魔?」

「ソロモン王の悪魔に、それに近い能力を持ったヤツがいたと思う。名前はシュトリとかシトリーだったかな」

「……何で先輩は、そんなことをご存知なんです?」

「どうしても気になることがあって、前に少し調べたんだ」

「気になること?」

「ああ。実は昔……悪魔っ娘に恋をしてね」

「聞いた僕がバカでした」

 もうすぐ昼休みも終わりです。

 

「では、先輩。僕はそろそろこれで……」

「うん。またね。ボクにとっては、有意義で楽しい時間だったよ」

「……そうですね。僕も楽しくなかったと言えば嘘になります」

「そう言ってもらえると嬉しいね。あのさ、ところで冬林くん」

「何でしょうか?」

「キミのウィル能力は本当は、さっきの幻覚の能力だったりはしないかな?」

「しねえよ! 仮にそんな能力だったとしても、先輩には絶対に使いません!」

「……そうか。残念だ」

「無駄に憂いを含んだイケメン顔なのが腹が立つ……」

「それじゃあ、キミの能力はどんなのさ?」

「それはですね……って、さらりと誘導尋問をするな!」

「はっはっは」

 これが僕とバレー部部長の3年生、中西雷雨先輩との出会いでした。



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膠着状態……まあいいか

「――で、冬ぴー。てめえはバレー部の中西に勝負を挑むこともなく、すごすご逃げ帰ってきたわけか」

「……上田くーん。情報をもらいに行っただけなのに、何で戦わなくちゃダメなのさ」

「けっ! 理屈ばっかりこねてる腰抜けが」

「……その評価自体は反論できない。あとで神平先輩に直接お話ししておいて。メールとかだと証拠が残って僕困る」

「えーと。オレがてめえをぶん殴って、話を聞いたことにすればいいんだよな?」

「そうそう。キミが僕を脅して話を聞き出したところ、中西先輩が日高くんにこう言ったと言っていたと言ったと伝えておいて」

「ややこしいなー、おい!」

 今日の最後の授業は、男女に別れての体育でした。

 男子は体育館でバスケット。女子は校庭で変なダンスをやらされているそうです。

 体操服に着替えた僕と上田くんは、みんながボールをダンダンとドリブルしたり、パスしたりシュートするのを遠目に見ながら、隅でこそこそと会話をしてます。

 

「……しかし、アレだね」

「何だよ、冬ぴー」

「いつの間にか、みんなが暗黙の了解で僕らを隔離してるよね……」

 何か急用ができたとやらで、体育の先生はこの場にいません。各自グループを作って、適当に運動しているよう告げていました。

「そうか? みんなビビって、声をかけてこないだけだろう」

「……僕の認識では、それを隔離というんだけどね。というか、上田くんは分かるけど、何で僕まで?」

「は? てめえ、自分が危険人物だって自覚がねーのかよ。てめえの周りは、いつもトラブルが起きていて、ビビリどもが近寄りたくねーと思うのは当然だろうが!」

「……そのトラブルの大半はキミがらみだったと記憶している。つまり、僕は平凡な高校生で、とばっちりを受けてるだけだと主張するよ」

「嘘をつけ。てめえはヤバイから監視しとけと、神平先輩からも言われているぜ!」

「……不本意だ。僕はただ平和に学校生活を送りたいだけなのに」

 ぼやいてみますが、クラスメイトは誰も話しかけてきません。

 しかし、先生がいなくて自由に使える時間ができたのをいいことに、僕は昼に中西先輩と話した内容を、約束通り伝えていました。

 

「しかし、あの変態イケメンは、やっぱり油断ができねーな」

「……そうだね。どう言いつくろっても変態なのに、全体として、すごくさわやかな印象だったのがもう何やら」

「んなのどーでもいいんだよ。あの野郎が余計なことを言ったせいで、日高とアホどもがビビってるってことじゃねーか! ザコの上にビビリとは救いがねーよな」

 

 日高くん灰川くん花田くんの三人は、相変わらずクラスでの立場が悪かったです。

「よーし、お前ら。パスいくぜ!」

「ぶひゅひゅひゅひゅ! 手加減をお願いしますぞ、日高氏!」

「ああ、行くぜ! てりゃぁああああああああああああああああああああ――っ!」

「ぐひょげーっ! 思いっきり投げましたな、今! 拙者の体にぶよよんと当たって、かなり結構痛かったですぞ――っ!」

「くっくっく。油断するほうが悪いのさ!」

「ぬぐぐぐぐ! 花田氏! 二人がかりで日高氏に報復ですぞ――っ!」

「断固闘争!」

「はーはっはっはっはっはっ! かかってきやがれ!」

 誰も声をかけないため、必然三人でつるむことになります。

 しかし、アレはアレで楽しそう?

 

「けっ……! ザコ同士がつるみやがって」

 吐き捨てるように上田くんが言いました。

 三人が一瞬びくっと身をすくませます。

 ですが、すぐに何でもない風を装ってボール遊びを再開。

 

「……平和だねー」

「どこがだよ」

「いやまあ……キミや僕とか、キミや日高くんたちとの冷戦は続いているけどね。でも、平和ってそもそも、その程度のものかも知れないし」

 昼休みの前までは、この先どうなるのか不安で仕方ありませんでした。

 しかし中西先輩の話を冷静に分析すると、今の状況が動く可能性は低いと思えます。

 

 ――ボクは彼にこう言った。『正々堂々クラスのみんなが見ている前でその上田くんとやらに再挑戦して、負けを認めさせることができたなら、バレー部への入部を考えてもいいよ』って。

 

「……あの三人がさ、キミに堂々と勝負を挑んでくる可能性はあると思う?」

「は? あるわけねーだろ! 正直アイツらザコ過ぎて、オレ一人でも楽勝だっての」

「……まあ、上田くんは言うだけの実力があるからね」

「へへっ、分かってるじゃねーか。たとえ三人がかりだろうと、アイツらはオレの敵じゃねえぜ!」

「でも日高くんの能力だけは、マークしといたほうが良くはない?」

「あ? アイツの能力なんて知らねーぞ。あのバカ、ウチの主将が出てきた途端、ビクンと固まって、そのままぶっ飛ばされてたし」

「……普通の高校生が、あの人と遭遇したらそうなるよね。ウェルキンゲトリクス先輩は、この件について何だって?」

「なれなれしいな、てめえ」

 

 ――ふしゅっ! ふしゅっ! ふしゅるるるるる――っ!

 

「『あのようなザコどもは放っておけ。あの程度の敵に勝利したところで、バスケ部としては名誉にならぬ。もし連中が再び我らに弓を引いたり、よその部活に身を寄せることがあれば、その時改めて戦端を開くとしようではないか!』と、我らがバスケ部主将、ウェルキンゲトリクス様はおっしゃっていたぜ!」

「……上田くん個人としてはどうなのさ?」

「オレが主将にケチをつけるわけねーだろが! ただ、今の状況はいらつくからな。連中から仕掛けてくれたらいいのによー!」

「望み薄だね……」

 何だかんだで、バスケ部の方針には従う上田くん。

 トップのウェルキンゲトリクス先輩がそう考えているのなら、しばらくはクラス内が冷え込むけれど無風の状態が続きそう。

(今の上田くんをたとえるなら、散々暴れまくって周りに迷惑をかけていたけど、就職した途端、社長や上司に頭が上がらなくなったヤンキーってところ……?)

 

「……何かムカつくことを考えてねーか?」

「気ノセイダヨ」

「殴りてえ」

「あ。そういえば、上田くん」

「話を逸らすのはいいが、つまらねえ内容だったらぶん殴る」

「キミのいるバスケ部ってさ、ちゃんと真面目にバスケしてるの?」

「そうか。そんなに殴られたかったか」

「いやいや。バカにしてるわけではなくってね? この学校の部活って、名前だけでロクに活動してないところもあるって言うじゃない」

「ああ。オレもそんな話を聞いたことはあるな」

「それで、キミのところはどうなのかなって」

「放課後は普通にバスケの練習をしているぜ。バトルがない時限定だけど」

「……少し意外。キミらはケンカばっかりしてて、そういうのに興味がないと思ってた」

「やっぱりバカにしてるだろ! まあ、オレや他の部員たちも、バスケが好きで入った奴なんていねーんだけどよ」

「ウェルキンゲトリクス先輩の人間的な魅力に惹かれて集まったと?」

「へっ、分かってるじゃねーか! 我らがバスケ部主将ウェルキンゲトリクス様はこうもおっしゃっていたぜ――」

 

 ――ふしゅっ! ふしゅっ! ふしゅるるるるる――っ!

 

「『高校で三年間バスケ部にいたのに全然バスケができないと、将来恥をかくかも知れないからな』と」

「いかつい顔して、変なところに気遣いしてるね……!」

「くっくっく、冬ぴー。尊敬すべき我らが主将を敵に回してしまったことに関しては、少しだけてめえに同情してやるぜ!」

「……色んな意味で、不本意な言われよう」

「オレも体を動かすのは好きだしな。どうせ家にいたってやることないし」

「掃除、洗濯、料理、勉強……」

「てめえはオレの母親か!」

「そういえば、この町は娯楽が少ないってみんなが言ってた気がするね」

「ああ。遊びに行くところなんて全然ないぜ。だから放課後に集まって、くだらねえことしゃべってるだけでも楽しいのさ。バレー部のクソどもがいなかったら、もっと気分がいいんだけどよ!」

「……きっと向こうもそう思ってるんだろうね。かと言って、どっちかが全滅するまで戦ったら、お互い悲惨なことになりそうだけど」

 バレー部とバスケ部の確執に、これ以上首を突っ込むのは危険そうです。

 

(……ほうっておこう)

 それが最善だと判断しました。

 バレー部の中西先輩の出した条件により、日高くんグループと上田くんは互いに金縛りにされました。巻き込まれた僕は、とてもストレスに晒されています。

 しかし逆に考えるんだ……。それさえ我慢できるなら、しばらくは今の平和な状態が維持できると考えるんだ。

 ここは国立ウィル能力研究大学附属高等学校。通称、異能力バトル高校。

 この学校にいる限り、どうしても生徒同士のいざこざの問題はつきまといます。

(……しばらくの間だけでも、戦いを回避できるなら上等だよね。って、だんだん思考が木嶋先生に近くなってる……?)

 そう自分を納得させようとした矢先でした。

 



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女神のいたずら

「はーはっはー! シュートだぜー!」

「クソーッ! また点を取られたぜ……」

「何でそんなに上手いんだよ……」

「実はこの日のために秘密特訓をしていたのさ!」

「嘘をつけ」

「どうして嘘だと思うんだい?」

「たかが体育の授業のためだけに、んな無駄なことをする奴がおるか」

「コスパが悪いだろ、コスパがよぉ」

「はっはっはー! 損得ばかり気にしては大きな人間になれないぜ?」

「ムカつくなー、おい!」

「はっはっはー! 不満があるなら、正々堂々とバスケットボールで勝負しようぜ!」

「望むところだ!」

 体育館のコートのどこかから、そんな声が聞こえてきます。

 

「…………ん?」

「どうした、冬ぴー」

「いや、何だか……ふと引っかかるものがね……」

(正々堂々……勝負……)

 

「はーはっはー! また追加点ゲットだぜ!」

「うがーっ! 畜生!」

「いいようにやられっぱなしでムカつくぞ!」

「はっはー! いいじゃないか。ユーたちはバスケ部の部員ってわけでもないんだし」

「……そりゃそうだな。たまにはクラスメイトに華を持たせてやってもいいか」

「自分の部活のスポーツで負けでもしたら、ダサすぎるからやだけどよー!」

 

 ――ウチの部活に入りたいのなら、よその部活との戦いで役に立ちそうなところを見せてもらわなきゃ。

 

「……うわー」

「どうしたんだ、冬ぴー。さっきから」

「……何でもナイヨ。中西先輩の言葉をねじ曲げて解釈すれば、日高くんたちがキミと勝負して、バレー部に入る抜け道があると気付いたわけじゃナイヨ。本当ダヨ」

「は? どういうことだ、それは!」

「だから、全然何でもナイから、気ニシナイデヨ」

 上田くんを言いくるめようとしたその時でした。

 

《――ほほーぅ、なるほど! 面白いことを考えますなー♪》

「ん……?」

「どうした、冬ぴー。青い顔して」

「……いや。何だか急に寒気というか、嫌な予感がして……」

 

《いいじゃない。そういう感じで勝負を挑めば、確かに日高くんたちがバレー部に入るチャンスは出てくるよ! このステキなアイディアを早速教えてあげなくちゃ♪》

「……何だろう。何故か分からないけど、全力で『余計なことをするな!』と叫びたい」

「おい、大丈夫か? 変な電波でも浴びてるのかよ? てめえ」

 

《だ・れ・に・し・よ・う・か・な? ――よし! 灰川くん》

「ぷぎゅっ!?」

「? どうした、灰川」

「シュプレヒコール?」

「……日高氏。花田氏。お二人のどちらかが、拙者に話しかけましたかな?」

「いや、違うけど……」

「ナンセーンス!」

 

《んーとねー。あのねー。灰川くん。ごにょごにょごにょのごーにょごにょ……》

「……ぷぎゅふ? ぎゅふ! ふふふ。ぎゅぷぷぷ! ぎゅぷーぷっぷっぷっぷ! ぼぎょっひょぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

「ど、どうした灰川! 突然に!」

「ナンセーンス!」

「聞いてくだされ、日高氏! 花田氏! 拙者灰川厚の脳細胞に突然、天才的なひらめきがインスピレーションしましたですぞ、ぬっふー!」

「ひらめきだ……?」

「造反有理!」

「日高氏。少し確認させてもらたいことがあるのです。バレー部の中西部長のおっしゃっていた条件なのでござりまするが――」

「……あちゃーっ!」

 僕が気付いたことに、どうやら灰川くんも気付いたらしく――?

 

《くっくっく。あとはとりあえず何もしない。お仕事終わり♪》

「くそっ……! 何故だか無性に突然、神をも殺す力が欲しくなってきた……!」

「おいおい。急に中二病発言したりして、ホントに頭が大丈夫か?」

 

「――中西部長は拙者たちに、正々堂々としたやり方でバスケ部の上田氏を倒すように言った。それで間違いありませぬな?」

「あ、ああ……。おい、灰川。お前、声が大きいよ……」

「自己批判!」

「花田も普通の言葉で話せよ!」

「ナンセーンス!」

「ぐぷぷぷぷ! つまり逆に言うとですな。正々堂々とさえしていれば、どんなやり方だろうと構わない。つまり噛み砕いて言うとですな、戦い方の条件を中西部長はそれ以上出してきていない。――つまり、ガチンコバトルで上田氏と戦わなくとも構わない。そういうことではござらぬか? ぱっひゅぅうううううう!」

「……ああ、いや。『トランプとかで勝負して、「正々堂々上田くんに七並べで勝ちましたー!」なんて類のボケをかましたら、キミら永久に出入り禁止ね』と、さわやかなスマイルで釘を刺されてはいたんだが」

「にゅふ?」

「ナンセーンス!」

「だから、とんちみたいなやり方は無理だと思うぜ……。あくまで部活同士の勢力争いで、頼りになるところを見せないと」

「ぷぎゅっふっふっふっ! それならば問題はナッシングでござりまするな!」

 

「は? いや、もったいぶってないでだな……」

「造反有理!」

「ぷぎゅふふふふふふ! もちろん説明しますとも! 拙者の考えはこうでござる!

 バレー部の出した条件を満たすには――拙者と日高氏と花田氏がバスケ対決で上田氏を負かせばよいのではござらぬか?」

「は? どういう理屈だ?」

「ナンセーンス!」

「おうおう、てめえら! 何をこそこそ話してやがる!」

「ぷげひっ!? う、上田氏ではござらぬか!」 

「げ! 聞いてたのかよ……!」

「シュプレヒコール!」

 止めるヒマもなく、三人のほうに向かっていく上田くん。

 

 何だ何だと他の男子たちも近づいてきたものの――

「邪魔だ、てめえら! どっか行ってろ!」

 上田くんが一喝した途端、全員すぐに引き下がりました。

「何だか面白そうな話をしているな? オレも無関係じゃねえみたいだし? ちょっと話に混ぜてくれるかー、おい!」

『~~~~!』

 ドスの効いた笑顔を向けられて、蛇ににらまれたカエルになる三人。

「ちょっと、上田くん。こんなところで暴力は……」

「黙ってろ、冬ぴー。てめえにゃ関係ない話だろ」

「……そうだけど。キミが三人を殴ろうとするなら見過ごせないよ」

「はぁああああああ? 何を言ってるんだ、冬ぴー。オレはクラスメイトたちとの親交を深めるために、ちょっと話をしたいと思ってるだけだぜ!」

「言いながら、こぶしをブンブン振ってるし……!」

 

 1年B組2番 上田竜二(所属 バスケ部)

 ウィル能力名 【拳々発破】

 効果 何もないところを殴るたび、次のこぶしでの攻撃の威力がアップする。

 

(戦闘する気マンマンじゃん……。日高くんたちはどうするかだけど……)

 チラリと視線を向けてみますが三人はぷるぷると怯えるだけで、上田くんに対抗しようといった気概はミジンコほども感じられません。

(自分たちの撒いた種は自分たちで刈り取れ! ……と言いたいけれど)

 彼らがいなくなってしまったら、次のターゲットは僕なわけで……。

 

「あのさ、上田くん。落ち着いて。キミが今何かするのはマズイと思うよ」

「あ? てめえに指図されるスジはねえぞ、冬ぴー!」

「うん。ないね。でも、キミに指図する立場の人がここにいたら、勝手な真似はするなと言うと思うんだ」

 だから、ここは危険を冒してでも仲裁に……。

 

「神平先輩にさっきの話とかはまだ報告してないよね? 体育の時間でスマホがないから。報告しろと言われたことを言わないうちに勝手なことを仕出かしたら、キミが怒られるかも知れないよ?」

「ぐ……! じゃあ、どうするのがいいんだよ?」

「ここは穏便に話を聞いて、まとめて報告すればいいんじゃない? どうあれバレー部に関することで指示もなしに動いたら、バスケ部でキミの立場が悪くなると思うんだ」

「うぐぐ……! 仕方ねえ……」

 上田くんはこぶしを下ろすと、三人のほうに顔を向けます。

 

「おい、てめえら。さっきの話がどういうことか、説明してもらおうか?」

「――おい、灰川。説明しろよ……!」

「造反有理!」

「ぷぎゅぅ、ぷぎゅ、ぷぎゅぎゅっ? ぷぎゅーぎゅぎゅぎゅぎゅ! ……ぐふっ!」

「ああっ、灰川!? あまりのプレッシャーに灰川が白目をむいて気絶した――っ!」

「ナンセーンス!」

「バカにしてるのか、てめえらは!」

 にわかに騒がしくなる体育館の一角。

 しかし、僕らを除く残りの男子たちはそんな騒ぎなどないかのように、談笑やバスケの練習に専念するフリをしてました。



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何で僕!?

「おい、日高。そこの全身がいつもカエルみたいにじっとり湿ってる豚野郎を、顔に水をぶっかけてでもたたき起こせ」

「へ? いやいや、それはないだろう……? クラスメイトにその暴言はあるまじきだし、大体誰のせいでコイツが気絶したと――」

「じゃあ、てめえが代わりに説明しろよ。できねえなら、まとめてぶっ飛ばす」

「起きろ! 起きるんだ、灰川厚! 起きないと俺たち三人がまとめて死ぬぞ!」

「ナンセーンス!」

「……ぷぎゅ……ぎゅ……ぷぎゅ……ぎゅ……ぎゅ……ぎゅぴー……」

「ああ、目を覚ます気配がまるでない!」

「ナンセーンス! ナンセーンス! ナンセーンス!」

「よし。てめえら処刑決定だ!」

「だから、今はそういうのやめようよ!」

 ……仲裁に入るのも命がけ。

 

「ああっ! そうだ、冬林!」

「……何。日高くん?」

「もしかしてお前なら、灰川が言いたかったことが分かるんじゃないか?」

「……何を根拠に?」

「ただの勘だ! この日高エイジの本能が、ここを生き延びるためにお前の知恵を借りろと言っている!」

「造反有理!」

「厄介事をたらい回しされてるだけのような……」

「そういや、冬ぴー。お前、さっき何か言いかけてなかったか?」

「やっぱり! よっしゃ、冬林……いいや、冬林大先生! どうか察しの悪い哀れな虫けらのような俺たちに代わって、灰川はんの言いたかったであろうことを上田さんに説明してやってくんなまし!」

「シュプレヒコール!」

「……何? この流れ」

 この場を丸く収めるには、自分が説明する以外になさそうです。

 

(……でも、もしも僕が灰川くんの考えていた以上のことまで教えてしまった場合。余計な入れ知恵をしたとして、バスケ部に恨まれる可能性が――)

「おいこら、冬ぴー」

「分かったよ言えばいいんだよね、言えば! 説明するからそのこぶしを引っ込めて! あと、キミらやバスケ部がどうなろうと僕は責任を負わないからね!」

 上田くんに脅されるようにして、僕はやけっぱちで話し始めました。

 

「……とりあえず言わせてもらうとさ、上田くん。日高くんたちがキミにバスケ対決で勝利しても直接の被害はないはずだよ。ただバスケ部の対外的な威信が落ちることで、間接的な損害が出る可能性はあると思う」

「何を言ってるのか分からねえから、分かるようにしゃべりやがれ」

「ああ、うん……。努力はするよ」

「続きを話せ」

「えーとね……。この三人がキミとバスケで対決したとする。勝っても負けてもバレー部にメリットはなさそうに思えるよね?」

「オレが負けたら、あの変態イケメンはバカにして笑うだろ」

「そういう考えもあったのか……。でも、そのためだけに日高くんたちを入部させキミらとの対立を深めるのは、中西先輩にとって割りに合わないと思うんだ」

 

「そうだな。コイツらザコだしな」

『…………』

「あ? 何か言いたいことでもあるのかよ?」

「……何でもない。続けてくれよ、冬林」

「ナンセーンス……」

 日高くんと花田くんは一瞬顔をしかめましたが、上田くんにひとにらみされると、すぐに視線を逸らしてしまいます。

 

「えーとね、上田くん。日高くんたちがキミにバスケで勝っても、せいぜいバカにされる程度でキミやバスケ部に損はない。逆に言えば、バレー部にとってのメリットはないように一見思える。ここまではいい?」

「いいぜ」

「日高くんたちも分かるよね?」

「ああ……」

「シュプレヒコール!」

「……でもさ、『バスケ部員がそうでない生徒にバスケで負けた』――このことを上手に使えば、バスケ部の足を引っ張ることができるかもなーと思ったんだよ」

「? どういうこった」

「……立場を変えて考えてみようか。たとえばキミらバスケ部が、中西先輩率いるバレー部とバレーで対決したとするじゃない?」

「どういうシチュエーションだよ、それは」

「たとえだってば。とにかく、そういう勝負になったとする。それでキミたちバスケ部が、バレー部にバレーで圧勝したとしたら?」

「……笑っちまうな、思いっきり」

「だよね。バレー部の人たちは部活の時間に何をしてたんだ、って話になるじゃない」

「それで?」

「だからさ……『バレー部はバレー部なのにバレーがめっちゃ弱い』って話になったとする。で、僕がバスケ部の責任ある立場だったらね、次の予算会議とかで『バレー部は真面目に活動してないみたいだから部費を減らしたら?』と提案するよ」

「……おお!」

「もしくは『放課後、体育館を使う時間を減らしてもいいんじゃないか?』とか」

 この学校の予算会議とかが、どんな実態なのかは知りません。

 しかし仲の悪い勢力同士で足の引っ張り合いになっているのは容易に想像できますし、建前とはいえ、部活動の名目で予算をもらってる以上……

 

「やるな、冬ぴー……。オレなんかには絶対思いつかない悪知恵だ!」

「……でも、逆に言うとだね。キミがバスケで負けたとしたら、バレー部が同じコトを言ってくる可能性もあるなーと」

「! この外道が!」

「……まあ、とにかくそういうコト」

 僕が話を終えると、日高くんと花田くんがアイコンタクトを交わし合っています。

《……ぷぷぷ。これはこれは――》

 

「ぷっぎゅっぎゅっぎゅっぎゅっぎゅっ――――――――――っ!」

「うわ! びっくりした」

「すごいですな、冬林きゅん! 拙者はそこまで深い考えは全然持ち合わせておりませんでしたぞ! ぎゅぷーっぷっぷっぷっぷっぷっ!」

「……灰川くん。いつの間に復活したの……って、ええええええええええ!」

「おい、冬ぴー。てめえ、コイツらに余計なことを言ってくれたな」

「上田くんが言えって言ったんじゃないか!」

「けっ! 人に責任を押しつけようとは最低だな」

 ……海の底にでも沈めてやりてえ。

 

「おい、灰川。花田。お前ら、ちょっと耳を貸せ」

「ぷっぎゅっぎゅ――っ!」

「ナンセーンス!」

「日高くんたち。その作戦会議はちょっと待て!」

「ぶっちゃけるとさ、冬林のアイディアをどう思う?」

「とても素敵だと思いましたぞ! ぶっちゃけ拙者は、よその部活との戦いにスポーツの試合も含まれると考えていただけですが。しかし、拙者に代わってこのように素晴らしいまとめをして下さるとは、これも日頃の行いの賜物ですな! ぎゅぷっ!」

「断固闘争!」

「ああ……。俺たちが上田とガチで戦って勝てる可能性はほとんどねえ。しかし、バスケでの対決なら一発逆転の目が出てきたぜ!」

「ぷっぎゅふふふ――っ! そしてバレー部に入部させていただいて、拙者は女の子にモテモテでござるよ。ぶひひひひ!」

「この学校に革命の火を! シュプレヒコール!」

「お前ら、いい加減に目を覚ませ――――っ!」

「くっくっく……。面白くなってきたじゃねえか」

 

「よし、上田! 俺たち三人とお前一人で正々堂々バスケットボールで勝負だぜ!」

「望むところだ!」

「望むなよ!」

 この場を収めるためだけに、僕は持てる限りの力を振り絞ります。

「……あのね、上田くん。キミはバスケ部の一員だって自覚はあるの? 宿敵バレー部に関わることを、入部したばかりの1年生が判断していいと思ってる?」

「む」

「神平先輩やウェルキンゲトリクス先輩は、キミに目をかけているみたいだけど。でも、こういう勝手なことをするようじゃ、かばいきれなくなるかも知れないと思うんだ」

「ぬぐ! 主将や先輩の名前を出しやがるとは……!」

 

「それから、日高くんとその他二名」

「な、何だよ?」

「ぷぎゅっ?」

「ナンセーンス!」

「キミらが何で盛り上がっているのか、僕にはさっぱり分からない。確かに僕はああ言ったけど、それはあくまで僕の意見であって中西先輩がどう考えるかは別の話」

「ぬっ……!」

「ぷぎゅぎゅ!」

「ナンセーンス!」

「だから、キミらがバスケで勝ったところで、バレー部に入部できるとは限らない。もう一度先輩に会って確認を取らないと、骨折り損になるかもよ?」

「くっ……! 正論じゃねーか」

「ぷぎゅぎゅぎゅぎゅー……」

「ナンセーンス!」

「むしろ僕が中西先輩だったら、キミらの入部を拒否したあと、キミらが勝ったという事実だけは利用してバスケ部をさっきの論法で攻めるとか……」

「この外道が!」

「冬林きゅん! それは悪魔の発想ですぞ!」

「シュプレヒコール! 自己批判!」

「何で僕が責められるのさ! ……というわけで四人とも。それぞれ立場は違うけど、キミらが今戦うのはマズイと思うんだ。放課後になったら上田くんはバスケ部に、日高くんたちはバレー部に行って今の話を――」

 

「けっ! 何でてめえに仕切られなきゃならねえんだ」

「僕だって関わりたくないよ! とにかく放課後まではキミら大人しくしておいて!」



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あまり嬉しくない再会

 放課後。

「やあ、冬林くん。また会ったね! 昼休み以来とはずいぶん早い再会だ」

「……どうも。中西先輩。お元気そうで何よりです」

「午後の授業中、脳内で彼女といちゃいちゃしていたからね。はっはっは」

「……さようですか」

 

「相変わらず反応に困ることをおっしゃいますな、バレー部の部長どのは」

「やあ、神平くん。キミも相変わらずメガネだね」

「劇的に視力が回復したということもないもので。――久しぶりだな、冬林」

「……どうも。先日、上田くんと一緒だったとき以来でしょうか?」

「そうだな。このような形で再会したのは残念だ」

「何? 二人は友達かい?」

「いえその……」

「一時は友人になれるかと思いましたが、お互いの立場がそれを許さなかったようです」

「わーお、ロミオとジュリエット」

「男と心中する趣味はございませんな」

「僕もです」

「ボクもだよ。同性は恋愛対象ではないし、恋愛の結末として心中を選ぶのもゴメンだね。二次元三次元を問わずにさ」

 

 3年、バレー部部長、中西雷雨。

 バスケ部2年、神平正信。

 二人の上級生に呼び出され、僕は文化系の部室が並ぶプレハブ棟の一室にやって来てました。

 

「……この状況は何なのでしょうね」

「どうしたんだい? 冬林くん。二次元の恋人が『ごめんなさい、他に好きな人ができましたの!』とか言って、去っていった時みたいな顔してさ」

「そんな経験は一生ねえよ! とりあえず、ここは何の部屋なんですか?」

「演劇部の部室だよ」

「ここの部長は俺と同じ2年の女子でな。よその人間や他の部員に聞かれたくない話をする時などに、よく場所を貸してもらっているのだ」

「言われてみれば……」

 部屋の中には雑多な衣装や動物や怪獣のかぶりもの、全身を映す大きな姿見などが置かれています。

 

「……ここの人たちは、バレー部やバスケ部と一体どういうご関係で?」

「んー。難しいね。仲がいいわけでは決してない」

「かと言って、派手に対立しているわけでもないですな。何と言いますか……」

「向こうはボクらみたいな野蛮人、眼中にないって感じ?」

「ですな。我々が戦う分には勝手にしてくれ。演劇部は一切関知しないし、どちらの味方にもつかない」

「去年ボクらが同盟して卓球部を潰した時も、ずっと中立を保ってたしねー」

「……さりげなく極悪非道な台詞が飛び出すし!」

「それが異能力高校クォリティーさ」

 へらりと笑う中西先輩。

 

「……その演劇部は、ひょっとして体育館のステージで発表とかも?」

「そうだね。体育館を使う部活はいくつかあったけど、結局そことボクらとバスケ部だけが生き延びててさ」

「演劇部は微妙に活動の時間がずれていて、普段もこちらの部室を使ってる。我々のどちらからとも距離を取り、ほとんどケンカにならないのだ」

「……そういう立ち回り方は見習いたいです」

「いやいや、彼女の真似はしようったってできないと思うよ。あの部長の能力はボクでもビビるくらい凶悪だから」

「……防御力というか、戦闘回避力ではピカイチでしょうな」

「ええっ! 二人そろって大絶賛……?」

 ……実は僕も茶道部の松川先輩に聞いてます。演劇部部長の【フェイスレス】。

 でも、何となく驚くフリを。

 

「まあ、今は演劇部のことはいいんだよ」

「そうだな。我々がお前を呼び出したのは、重要な話があるからだ」

「……はい。何でしょうか」

「うんうん。冬林くん。――キミ、面白いアイディアを出してくれたみたいだね」

「うむ。冬林。……お前は余計なことを言ってくれたそうだな」

 微笑む中西先輩と、苦い顔をする神平先輩が対照的でした。

 

「……とりあえず、申し訳ございませんと言ったほうがいいのでしょうか?」

「そうかもねー。ボクらとバスケ部の関係が、またちょっとややこしい感じになりそうなのは確かだよ」

「お前のせいかどうか不明だが、上田の奴がやたら好戦的に張り切っている」

「それは元からな気がしますけど……。とりあえず今日の体育の時間にですね――」

 言い訳になる気すらしませんが、起きた出来事をそのまま話します。

 

「ふーむ。どう思う? 神平くん」

「今の話を信じるならば、彼が悪いとは言えないでしょうな」

「『異議あり!』ってツッコミ入れたくなるようなところって何かある?」

「俺のほうではございません。中西部長は?」

「話の整合性は取れてるよね。お互い武闘派で売ってるし、下っ端同士がキャンキャン吠え合うのはいつものことか」

「ですな。だからと言って、彼の行動は黙認できるレベルを超えていますが」

「そうだね。ホント、この状況をどうしてくれるんだと言いたいよ」

「いえその……あの時は事態を収拾するために……」

「うん。キミの主張は分からないでもない。でも世の中、ボクや神平くんみたいに物分かりのいい人間ばかりじゃないからさ」

「正直、バスケ部でのお前の評判は最悪だ。先日の件だけでなく今日のことまで加わっては、下の連中を抑えておくことができなくなる」

「……そうでしたか」

 今までにないほどのプレッシャー。

 色々とまずいことになっていると予想はできますが、まずは正確な情報が必要です。

 

「……あの。放課後になってから少し時間が経っていますけど。それぞれの部内では、どういう話になってますでしょうか?」

「中西部長?」

「いーんじゃない? というか、そのつもりで呼び出したんだし」

「ですな。では、バスケ部のほうから……」

 きらりとメガネを光らせて、神平先輩が話し始めます。

「今日の放課後になってすぐにだな、上田が俺の教室に『親分、てえへんだ――っ!』とばかりに飛び込んできた」

「はっはっは。神平くんってば、変なところでユーモアがあるね」

「……中西先輩。少し黙っていてください」

「落ち着かせて話を聞いてみるとだな。例の日高グループの……灰川だったか? ソイツが妙なことを言い出したとか」

「ボクもそう聞いてるよー」

「そもそもの話を聞きますと中西部長。あなたは連中に、ウチの上田を正々堂々と打ち負かしたら入部を許すと話していたそうですな?」

「まあね。バスケ部を刺激しないのとバレー部に助けを求めに来たコを見捨てないという体裁を保つには、そのへんが中間地点かなーと」

「しかし『バスケ部員にバスケで勝ったら条件を満たす』などといったたわ言を、聞き入れるあなたではないでしょう?」

「そうだねー。普通だったらド却下だけど……」

「貴様が余計な入れ知恵をしたらしいな? 冬林」

「……いや、もう本当にスミマセン」

 縮こまりたくなる気分です……。

 

 しかし、気付いたこともありました。

「ですが、あなたも困ったものですな。中西部長」

「何がだい?」

「そういう話をしていたならば、我々にも一言いただきたかったというのです。今度の件で頭に血が昇っているのは、主に上田ですからな。他の部員連中は、そのイライラが伝染しているだけの者も多くいます」

「んー。ボクが根回ししとけば、どうにかなった?」

「その可能性もありました。今日になって上田が話を俺に報告してくるような状況では手遅れですが」

「むー。困ったねー……」

 昼休みにバレー部中西部長から聞いた話を、僕はバスケ部の上田くんに伝えました。が、神平先輩はそのことを隠してくれている。

「ああ、冬林」

「……?」

「貸し借りなしだ」

「はい……」

 ――今度の件について、上田とバスケ部の行動を弁護してくれたことに礼を言う。

 つまりは、そういうことらしいです。

 



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入部試験の内容は……

「んー? 二人して何のお話だい?」

「いえ、特には。それより、あなたがコイツと顔見知りだったというのが初耳です」

「今日の昼休みに松川さんの紹介で会ったんだよ。最初はおっかなびっくりだったけど、話しているうちにお互い二次元を愛する同志だったというのが判明してね」

「名誉毀損で訴えるぅぅうううううううううううううううう――――っ!」

 

「……そうなのか。いや、冬林。趣味は人それぞれだ」

「哀れむような目で見ないでください!」

「そうだよ、神平くん。失敬な。ボクらは女の子にモテないから、二次元に逃避しているわけじゃない。心の底から幸せにしてあげたいと思える女性が、たまたま二次元の存在だった。それだけさ!」

「一人称を複数形にしないでください! 頼むから!」

「気にするな、冬林。愛の形もそれぞれだ」

「ドブに落ちた犬は沈めるとはこういうことかよ、こん畜生!」

「で、さっきバレー部では何が起きたかなんだけどね」

「さらりと話題を転換された!?」

 

「日高くんと愉快な仲間たちが、ボクの教室にやってきました。で、キミが言ったバスケ部を攻撃するための論法を、さも自分たちが思いつきましたみたいな感じでペラペラしゃべったわけなのだけど――」

「……何だか光景が目に浮かぶような」

「うんうん。なかなか優秀なロジックだったよ。でも、あんなバカっぽい連中が、こうも高度で複雑なことを言うのは変だと思って」

「……中西先輩って、さりげなく黒いですよね」

「大事な仲間たちのためならば、ボクはいくらだって黒く汚れる覚悟だよ。とりあえず連中をおだてて話を聞いたところ、キミが関わっていることが判明した」

「……何でそういうことペラペラしゃべりますかね、アイツらは」

「普段周りに無視されてるコが、ちょっと話に興味があるような態度を見せられると、いらんことまでつい言ってしまうものだよ。豆知識」

「……この学校の人間で戦隊モノをやったとしたら、全員ブラックになりそうですね」

「花田くんだけはレッドじゃない?」

「やめれ」

「話が逸れてませんか、二人とも」

 

「……スミマセン。それで、日高くんたちはどうしたのですか?」

「んー。ボクも追い返すわけにはいかなくてさ。かと言って、連中の要求を丸呑みしてバスケ部と揉めるのも困っちゃうし。ちょっと遅かった感じではあるけれど、敵への根回しのターンだね」

「ということは……?」

「俺が連絡を受けたのだ。さらに俺から演劇部に依頼して、この場所を貸してもらった」

「……あなたたち、実はすっごく仲が良くないですか?」

「敵だよ」

「敵だ」

「全然そうは見えないような……」

「避けては通れない敵だからこそ、変な形で戦うのは嫌なんだよ。こちらが一方的にバスケ部をボコにして、バレー部に被害がないのが理想的」

「こちらも同じ考えですな。下手に遺恨が残らぬよう、壊滅させるのがベストです」

「でも、物事は理想通りに行かないのが世の常だしね」

「虫のいいベストではなく、リアルでベターな次善の策を。今はにらみ合いを続けて、お互い戦力を消耗しないようにしませんと」

「ふははははー。今は攻め込みはしないけど、スキを見せたら刺しちゃるぜー」

「くっくっく。我らバスケ部は鉄壁の防御なりー」

 

「……お二人ともすっごい棒読みですね」

「でも、ボクらの関係は何となく分かってきたろう?」

「……おかげさまで、それなりに」

「とにかくバレー部としては、バスケ部との全面対決だけは避けたいんだよ。かと言って、日高くんたちを追い返す理由もちょっとなくてさ」

「そこで神平先輩と協議して落としどころを探そうと……?」

「そう。ボクは部活を率いる立場として、言葉には責任を持たないといけないし」

「我々もバスケ部の利益が最優先。しかし今はまだ、バレー部の立場やメンツも考慮しなくてはなりません。……そこがこの学校の面倒なところです」

「面白いところでもあるだろう?」

「他では味わえない、貴重な学校生活であることは確かでしょうな」

「うわーい……」

 今の僕には、雲の上のように感じる会話でした。

 

「で、結論を言っちゃうとだね、冬林くん」

「……はい」

「バスケ部は日高くんたちの挑戦を受けてくれることになったよ」

「え。三対一のバスケ対決をですか……?」

「んにゃ。三対二」

「俺と上田があの三人と戦う。もしもこちらが負けたなら、日高たちはバレー部入部の条件を満たすという解釈になったのだ」

「神平先輩が出陣ですか……?」

 厄介な――しかし他人事なら面白いことになったと思いました。

 

「そうですか。ご健闘をお祈りします」

「ん。俺と上田だけに祈られては少し困るな」

「そうそう。祈るなら、ついでに日高くんたちの健闘も祈ってよ」

「……? そう言えば、どうして僕はここに呼ばれたのです?」

「キミに仕事を頼みたいと思ってね」

「……仕事?」

「そう。バスケの試合をするのに、プレイヤーは両チームそろってる。でも、必要なのが他にもあるだろう?」

「もしかしなくても、審判でしょうか……?」

「そうそう。キミにはその大役を依頼したいと思ってね」

「……どうして僕なんかに話が回ってくるんです?」

「この件に関して中立で、タダ働きをさせられそうなのがキミしかいない」

「何か色々とぶっちゃけてますね!」

「実際問題、こういうのでよそに借りを作りたくはないんだよ。『バスケ部さんと揉めたとき、手を貸してあげたではありませんのー』みたいなことを言い出すコが、この学校にはうようよいるし」

「……誰か一人のことを想定してないですか?」

「気のせいだよ」

「バスケ部としても事情は同じ。この件で部外者に借りを作るのは避けたい」

「その点、彼なら安心だよね」

「そうですな。いくら借りを作ったところで、踏み倒してしまえば同じです」

「……どうせ、あなたたちから債権回収できる実力なんてないですよ!」

 すでに僕が断れないようにする流れができてしまっている感じです……。

 

「でさ、冬林くん。このオファーを受けてくれる?」

「……断ったら、この学校に僕の居場所はなさそうですね」

「話が早いコって楽でいいね。脅したりすかしたりする手間が省ける」

「……お昼に何となく怖い人の気がしたのですが、僕の勘は正しかったみたいです」

「それは狭い考えだね。ボクはバレー部の部長として仲間の利益を最優先にしてるだけ。それがキミの負担になったからって、嫌いになって欲しくはないなー」

 僕なんかに嫌われたところで、この人は痛くも痒くもないでしょう。

 

「詳しい条件を俺のほうから話していいか?」

「……お願いします。神平先輩」

「さっきも言ったが、やるのは二対三の変則バスケ。こちらは俺と上田が出て、相手はお前の知っている三人。基本的にはバスケットのルールで勝負する」

「そうそう。基本的にはね」

「……明らかに含みのある物言いをしてますね?」

「うむ。ただ勝負するのも芸がないので、一つ特殊なルールをつけようという話になったのだ」

「それはどういう……?」

「お前なら予想できているとは思うがな」

「そうそう。この流れでなら、よほどのバカでない限り分かるはず。この学校でこういう勝負をするのなら、こうしたルールを入れざるを得ないよね」

「……中西先輩がニコニコしてるのは、ロクなときではないと学習しました」

 

「うわー、ひどいこと言われちゃったよ。神平くん」

「俺も冬林に同感ですが?」

「はっはっは。挟み撃ちだよ。んじゃ、せーので言おうか?」

「いいですよ。せーの――」

 

「ウィル能力の使用もOK!」中西先輩。

「各自、ウィル能力の使用を許可する」神平先輩。

「ウィル能力を使って勝負……って、微妙にハモらないですね」

 

 上田竜二【拳々発破】神平正信【道連れメガネ】

  VS

 日高エイジ【ぷちグラ?】灰川厚【?】花田房雄【?】

 

「……バレー部への入部をかけて、超能力バスケ対決ですか」

「面白いよね。こういうバトルは今までありそうでなかったよ」

「ですな」

「その理由はどうしてでしょう……?」

「単純にガチのバトルになるからだよ。ルールの枠内で暴れるだけのスポーツ対決なんて、この学校の生徒がやるわけないじゃん」

「ですな」

「スポーツなんて暇潰し。これで大きな揉め事を解決できるなんて思うバカはいない」

「仮に考える者がいたとしても実行するのは至難でしょう」

「運動部の部長と部員が言っていい台詞ではないような……」

「いいじゃん。こういうやり方で、たとえば部活同士の全面対決を避けられるわけもない。ただ、この手のチンケなトラブルを解決するには、もしかすると便利かも」

「必死の思いをしている日高くんたちを、チンケの一言で切り捨てたあ――っ!?」

「チンケな問題だよ。ボクから見れば。とりあえず明日の昼か放課後に、勝負という話になったのだけど」

「放課後だと疲れが出ている可能性もあるのでな。昼に体育館でという話になった」

「幸い、あそこはボクらのテリトリーだし。ウチとバスケ部が協力すれば、一般生徒の出入りは制限できる」

 

「……さらりと怖いことを言ってるような。あの、一つだけ確認が」

「何かな?」

「この勝負のコンセプトは、あくまで平和的なスポーツでの問題解決ですよね? 直接攻撃や暴力行為は禁止ですよね……?」

「おや? それは考えてなかったね」

「真っ先に考慮すべきところです!」

「いやいや、ボクとしては当然そんなのナシだと思っていたからさ。でも、バスケ部さんの意見はどうなんだろね?」

「心外ですな。我々もそのような真似はしませんとも。やられるまでは」

「やられたらやり返すと暗に言ってる!」

「えー。ウチの入部希望者に、それはちょっとひどくない?」

「何をおっしゃいます、中西部長。そもそもゲームやスポーツというものは、条件がフェアであってこそ意味がある。我々が経験者であるハンデは人数の少なさで相殺です。ならば相手が暴力でくるのなら、こちらも暴力で返すのがスジというもの!」

「……神平先輩」

 

「うーむ。困った。神平くんの言うことに反論ができないぞ。ボクは日高くんたちに紳士的なプレーをするよう要求するけど、勢い余って腕が当たったりボールがぶつかったりするのは当然あるし」

「おやおや、我々がその程度でへそを曲げると? よほどひどい目に遭わない限り、こちらも放置しますとも」

「その基準が曖昧だねー。まだ部員でない連中がどうなろうといいけどさ。あんまりふざけたことされちゃうと、おにーさんの顔が潰れちゃう」

「この勝負を受けた時点で、そちらのメンツは充分立てたと判断しますが?」

「いきなり火花が散ってるし……!」

 この勝負はかなりの確率で、血を見る可能性がありました。

 

「というわけでね、冬林くん」

「……何でしょうか、中西先輩」

「この通り、ボクらは血の気の多いバカだから。紳士的な勝負ができるか不安なんだよ。そこで公正無私な立場から、ゲームの進行を助けてくれる人がいると助かるなー」

「うむ。俺としても同感だ」

「……今のはお二人とも演技でしたか?」

「本音と演技の境なんて曖昧さ。ボクにとって言葉とは、相手を誘導するための道具に過ぎない。確実に言えるのは、ちゃんと監視してくれる人がいないと、明日の勝負ははっちゃけたことになりそうだってこと」

「中西部長が引き受けようかともおっしゃったが、彼は立場上中立とはまったく言えん」

「……分かりました。審判役を引き受けます」

「いえーい、サンキュー!」

「うむ。明日はよろしくな、冬林」

 その日は徹夜で、バスケットのルールを暗記する羽目になりました……。

 



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異能力高校入部試験(バレー部部長 中西雷雨)

 そして翌日。

「いえーい、みんな。盛り上がってるー?」

「……中西先輩。あなた、何しに体育館に来たんですか」

「しくしくしく。冬林くんが冷たい」

「真顔で嘘泣きをしないでください。僕、徹夜で気が立っていますので」

「んー。ギャラリーがいたほうがいいかと思ってね。ボクも今度の件の当事者として、事態がどうなるかを見届けたいし」

「……試合の邪魔をするようでしたら、審判権限で追い出しますよ?」

「うーわ、怖い。あ。今思いついたけど、キミ一人じゃ手が足りないよね。得点係でもやってあげようか?」

「……それは普通に助かります。が、相手の了承を得てからにしてください」

「いえーい! 了解」

 他に人がいない昼休みの体育館。乱入してきた中西先輩はバスケ部二人のほうに歩いていきました。

 

「やあやあ、こんにちは。今日もメガネの神平くんに、うわさのルーキー上田くん」

「どうも。お世話になります」

「あ? なれなれしく話しかけてんじゃねえぞ、てめえ!」

「メガネ男子キック!」

「がはっ! な、何をするんすか、神平先輩……!」

「バカ者! 中西部長に対する礼儀をわきまえろ! この方はある意味で、バスケ部にとっての最重要人物だ」

「えー? だってコイツ敵じゃないっすか」

「敵の総大将だからこそ礼儀を守れ。貴様の態度次第ではバレー部と開戦するかも知れんという自覚を持て!」

「えー。うぜえ。だりぃ……」

「貴様は……!」

 

「いいじゃない。神平くん。1年生はこのくらいのほうが元気があってよろしいよ」

「……中西部長」

「上田くんって言ったっけ? キミのうわさは聞いてるよ。あのウェルキンゲトリクス主将に実力を見込まれた、将来有望な新人だって?」

「へ? けっ……ほめても何も出ねーっすよ」

「いやいや、ボクはお世辞なんて言わないよ。こうして実際話してみても、ひしひしと高い実力があるのを感じるね」

「……へっ。なかなか見る目があるじゃねえっすか!」

「いいなー、今年のバスケ部は。こんな才能あふれるコを敵に取られるなんてヘマしたよ。この中西雷雨、一生の不覚になるかも知れないね」

「……中西先輩。こんな出会いでなかったら、あんたとはマブダチになれたかも知れないっすね……!」

「いつか正々堂々とやり合おう。今日もいい勝負を見せてくれると期待してるよ」

「望むところっす!」

「ボクも得点役を頑張るね。神平くんもそれでいい?」

「問題なしっす!」

「……お前な。まあ、あなたはこの試合でイカサマをする理由もないでしょう」

「オッケー。んじゃ、ボクはあっちの三人のところに行ってくるから」

 

「いやー、いい人っすね。中西先輩は。敵ながら尊敬できるものを感じたっす!」

「このアホ! 分かってはいたが、お前では手玉に取られて終わりだな……」

 

 一方の日高くんグループで――

「やあやあ、日高くんに花田くんに灰川くん」

「あ、どうも……お世話になります」

「シュプレヒコール!」

「ぷぎゅふ――――っ! なれなれしく話しかけてくるではないですぞ!」

「このバカ! 中西部長に何を言ってる!?」

「え。何、灰川くん。死にたいの?」

「ぷぎゅっ!? だ、だって、さっきおっしゃっていたではありませぬか? 『1年生はこのくらいのほうが元気があってよろしい』と」

「んー。そういうのを真に受けられても困っちゃう。ボクの言葉には戦略的な意味があるというのを理解してもらわなきゃ」

「……申し訳ないっす。今後は失礼のないようにさせますから……」

「日高くんは及第点だね」

「同志日高になれなれしく話しかけるでないわ! シュプレヒコール!」

「話を理解してたか、花田!?」

「はっはっは。面白いねー、キミたちは。とりあえず今日は健闘を祈っているよ」

 

「……あのー、みなさん。お集まりいただいてよろしいでしょうか?」

 日高くんたち三人とバスケ部二人は体操服で、僕と中西先輩の二人は制服姿。

 濃いキャラたちのそろった六人に、僕は声をかけました。

「改めまして。本日、審判を務めさせていただく冬林です。日高くんたち三人の入部をかけて、バスケ部の神平先輩と上田くんが勝負してくださることになったのですが……」

「こら、冬ぴー。もったいぶってないで、さっさとしろよ」

「上田くんは黙ってて! 実は昨日の夜、ルールというか進行上の不備に思い当たってしまいまして」

『?』

「ぶっちゃけた話、審判やる人が足りません。主審が僕でスコアラーが中西先輩。でも、タイマー……でしたっけ? 時間を測る人がいないのが痛いかなーと」

「おいこら、冬ぴー。試合当日になるまで、そんな問題に気付かねーとはどういうことだ」

「僕は役目を押し付けられた立場だよ! しかも、昨日言われたばかり! おかげで徹夜でルールブックを読み込んで、眠くて眠くて仕方ない!」

「けっ! 言い訳なんぞしやがって」

「……何かもう色々と覚えてろ」

 

「そういうことなら、ボクがタイマーも兼ねようか?」

「……中西先輩。いえ、これはさすがに中立の人でないとマズイかと」

「そうかもね。で、どうするの?」

「……一応考えてはきたのですけど。あのですね、神平先輩に日高くんたち」

『?』

「10点先取で勝ちという風に、ルールを変更させてもらえないでしょうか?」

 

 ~時間に関するバスケットのルール~

 3秒ルール……ボールを持ってる側のプレイヤーが相手フリースローラインの内側に3秒以上いてはいけない。ただし、シュートしてボールから手が離れた瞬間、3秒になった場合は含まない。

 5秒の制限……スローインやフリースローは5秒以内に行う。相手が1メートル以内に接近して防御された場合も、5秒以内にパスかドリブル、シュートをする。

 24秒ルール……ボールをコントロールしたチームは24秒以内にシュートをしなければならない。などなど……

 

「そうしたものを全部ナシにしようというのだな?」

「ええ、神平先輩。ビデオで判定ができるわけでもないですし」

 時間が経った経たないで揉めたりしたら、僕が収拾するのは無理。絶対無理。

 

「その代わりと言っては何ですが、制限時間を決めたいと思います。今は昼休みでそんなに時間もないですし。予鈴が鳴ったらそこでおしまい。没収試合で勝者なし」

「どう思う? 神平くん」

「悪くはないと思います。元々そうした制約は、試合をスピーディーに進めるためのものですからな」

「この条件なら日高くんたちも引き延ばしはできないね」

「でしょうな。我々は勝ちに行く理由が薄いですが、その時はあなたが何かしますでしょうし」

「そうだねー。キミらが素人相手に引き分け狙いだったと、茶飲み話で面白おかしく吹聴しちゃう」

「……だそうだ。上田、勝ちに行くぞ」

「うっす! バスケ部の名誉を守るためっすね!」

 

「10点ってのは、どこからきたのかな。冬林くん」

「……時間的にそのくらいが適当かなと。何となく決めただけなので、希望があれば変更していただいて結構です」

「ボクは変える必要はないと思うけど。バスケ部さんは?」

「いえ、これで結構」

「よーしよし。日高くんたち。この条件で見事勝利してみせたまえ」

「はい! 任せてください、中西部長!」

「ぷぎゅふふふ――っ! ご期待に応えて見せますぞ!」

「断固闘争!」

「……肝心なことをもう一つ。両チームとも暴力行為は禁止です。目に余ることをした場合、一発退場とさせてもらいますので」

「む。調子こいてるんじゃねーぞ、冬ぴー!」

「……審判の指示に逆らっても退場なんだけどね。普通なら」

「そうだね。それはボクもそう思う。神平くんの意見はどうだい?」

「スポーツでバトルする以上、やむを得ない前提でしょうな」

「……と言ってるけど? 上田くん」

「ぬぐぐ……! 理由はどうあれ、てめえごときに仕切られるのは気に入らねえ!」

「……僕、こちらの二人に頼まれて仕事をしている立場だからね?」

 これで試合になるのかと不安になりました。

 日高くんたちは中西部長に従うしかないので、今の段階では文句が来ません。

 

「そうだよ、上田くん。キミが今冬林くんに文句をつけたのは、『オレは中西や神平の決めたことに従うつもりなんてないぜ、ひゃっほーい!』と言っているも同然だ」

「……え。そんなつもりはないんすが……」

「キミがどういうつもりかは問題じゃないんだよ。キミの行動が周りから見て、どう映るかが問題なのさ」

「……バスケ部に迷惑がかかるかもってことっすか?」

「そうそう。他人の行動を悪意で解釈して言いがかりをつけるような生徒は、この学校にいっぱいいるし。ボクとか、松川さんとか、冬林くんとか」

「何ゆえ、僕が先輩方と同列ですか!」

「……そうか。冬ぴーみてえな野郎に、足を引っ張られる可能性はあるっすよね。オレもこれからは注意しないと……」

「え。上田くんが一発で納得するほど、今のに説得力があったわけ?」

 

「その代わりと言っては何だけど。細かいファウルは回数がたまっても退場にならないというルールはどうだろう」

「……中西先輩。それはどういう意図で言ってます?」

「だって誰が何回ファウルしたかなんて、いちいち数えるのが面倒じゃん。少なくともボクだったら、そんなの覚えていられない」

「進行をスムーズにするという大義名分を持ってきますか……」

「神平くんもそれでいい?」

「構いませんよ。むしろ上等」

「くっくっく! 面白いじゃねえっすか」

「日高くんたちは?」

「……それだと俺たちが、ちまちま上田に殴られることになりませんか?」

「ええー? その程度の覚悟もなしにウチに入部したいとか言ってるわけ?」

「ぎゅっぷーっ! 日高氏! ここは勝負のときですぞ!」

「断固闘争! 断固闘争! 断固闘争!」

「お前ら……よし! やったろうじゃないですか!」

「じゃあ、そういうことで。あとは冬林くんに任せたよ」

「ほれぼれするような手さばきですね……!」

 厄介な上田くんをあっという間に説得し、僕を含めた他のメンバーも丸め込む。

 これがバレー部部長の実力かと、背筋が寒くなりました。

 

「……それでは試合を始めます。みなさん、コートに移動してください。中西先輩はスコアボードを」

「はっはっは。任せておいて」

 

 上田竜二【拳々発破】神平正信【道連れメガネ】

「よし! 目に物見せてやろうじゃねえか!」

「お手並み拝見と行こうではないか」

  VS

 日高エイジ【ぷちグラ?】灰川厚【?】花田房雄【?】

「負けないぜ! お前らに勝利して、俺たちはバレー部に入部する。そして――」

「女の子たちにモテモテでござるよ! ぶひひひひひひひ!」

「この学校に革命の火を! 断固闘争! 造反有理! シュプレヒコール!」

 国立ウィル能力研究大学附属高等学校。通称、異能力バトル高校。

 

「いやー、何人死ぬか楽しみだね」

「物騒なことを言わんでください!」

 超能力バスケ対決スタート!



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試験開始!&僕のハッタリ

 昨日の帰りに自腹で買ってきたホイッスル。(税抜きで500円)

「……では、ジャンプボールから。両チーム一名ずつ真ん中に」

 それをひもで首に下げた僕はまずそう宣言しました。

 

「では、俺が行くとするか」

「よし! こちらからは俺が行くぜ!」

 出てきたのは神平先輩と日高くん。

 知的なメガネ男子と、自称・異世界に行っても勇者になれる高校生。

「行きますぜ! てりゃっ……!」

「ぬ……!」

 僕の手からボールが離れ、ジャンプボールを制したのは日高くんのほうでした。

 

「ぷっぎゅ――っ! 日高氏の愛がこもったボールを拙者が見事ゲットですぞ!」

 上田くんには花田くんがマークについています。

 最初にボールを手にしたのは自由に動ける灰川くんでした。

「ぷぎゅっ! ぷぎゅっ! ぷぎゅぎゅぎゅぎゅ――っ!」

 上手いとはいえないドリブルですが、ひとりノーマークなのは大きいです。ドタバタと聞き苦しい足音を立てながらも、難なくゴール下まで到達します。

「行きますぞ! ぷっぎょっぎゅ――っ!」

 重量級のぷよぷよボディが、シュートの構えを取った瞬間――

 

「メガネ、メガネ、俺のメガネ……」

 日高くんにマークされながらも、バスケ部神平先輩が自軍ゴールに近づいておりました。しかしまだ距離を詰め切れず、灰川くんのシュートを阻止することはできません。

 その彼の顔から突然メガネが外れて落ちました。

 足を止めてメガネを拾おうとしており、当然何かを仕掛けることもできなくなる。

 はずでした。

 

「ぷぎゅぎゅぎゅぎゅっ!? な……! 何ですと!?」

 灰川くんの動きが突然止まります。ゴール下でボールを持った体勢のまま、きょろきょろと首を左右させ――

「おい、灰川! 何をやってる!」

「ひ、日高氏! ボールは? ボールはどこに行ったのですか!?」

「はぁ……!?」

「スキありだ」

「「あ」」

 3秒ルールは無視するため、ラインの内側に何秒いても違反にはなりません。

 しかし、メガネを拾い上げた神平先輩が素早く日高くんの体をすり抜けて近づくと、灰川くんの手からボールをはたいて落とします。

 そのままドリブルで距離を取る。日高くんたちも追いかけますが、追いつかれる直前に、ボールは上田くんにパスされます。

 

「――行け、上田」

「行くっすよ! どけや、ザコ!」

「造反有理!」

「ぶっ殺すぞ、おらおらおら!」

「……ナ、ナンセーンス!」

 花田くんがマークについていましたが、上田くんが怒鳴り散らすと一瞬腰が引けてしまいます。

 その一瞬で充分でした。

 花田くんを抜いた上田くんが、ゴール下に位置を確保。慣れた動作でシュートを放ちます。投げ出されたボールはリングを通過、重力に従って、ネットを揺らしながらコートの床へと落下しました。

「うっし!」

「よくやった」

 電光式などではないアナログなスコアボードを中西先輩がめくります。

「ふむ。まずはバスケ部が2点だね」

 

「おい、灰川! 何だったんだ、今のはよぉ!」

「ナンセーンス!」

「ぎゅぷるっ! そ、それがですな……拙者は確かにボールを持ってシュートしようとしていたのですが、ボールが突然拙者の手の中から消えてしまいましたのであります! ぎゅぷぷぷぷぷ!」

「お前は何を言っているんだ……。ええーい、おかげで先制点を取られちまったぜ!」

「自己批判!」

「ぷぎゅひびゅぎゅぐぐぐ――っ!」

「……あのー、日高くんたち。キミらのフリースロー……じゃなかった。スローインで再開だよ」

「む。審判がこう言ってるぜ。取られた分は取り返す!」

「造反有理!」

「ぷっぎゅー……。もしやするとですな、敵のウィル能力での攻撃を……」

 バスケ部が先制した直後、ばたばたと試合を再開しました。

 

 花田くんのスローを受け取った日高くんが攻めに出ます。

 灰川くんよりもはるかに鋭いドリブルで、素早く敵陣に切り込もうとしましたが――

「拳々発破ァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア――っ!」

「何ぃいいいいいいいいいいいいぃ――――っ!?」

 横から割り込んできた上田くんが思いっきりこぶしをボールにぶち当てると、ボールは日高の進行とは逆方向に勢いよくすっ飛びました。

「うむ。ナイスパスだ」

 床にワンバウンドしたそれをキャッチしたのは神平先輩。

 

「花田! 灰川! ぼーっとしてないで追いかけろ!」

「ぷぎゅっ!」

「ナンセーンス!」

「すっとろい」

 日高くんの指示は間に合いません。

 経験者らしい手慣れたドリブルで、神平先輩はゴール下に運びます。

 そのまま体に染み付いた自然な動きでボールをほうる。美しい放物線を描いて、ボールはまたもリングの内側に吸い込まれました。

「4点目。――日高くんたちに悪い流れだね? くっくっく」

「……中西先輩。台詞が完全に悪役です」

「この身を悪に染める覚悟など、とうの昔にしているよ。それよりキミは審判のお仕事みたいだ」

 渋い顔をした日高くんが近づいてきました。

 

「おい、審判! 今のは上田のファウルだろう! ボールをこぶしで殴るのは反則だったはずだぞ、確か!」

「……え。ああ、うん。そうだったかもね」

「ルールを把握してろよ、てめえ!」

「いや、そもそも僕は全然バスケに詳しくないし。恨むなら、僕なんかを指名したどこかの誰かさんたちを恨んでよ」

「俺はこの学校で自分より立場が上の人には突っかからないことに決めた!」

「……情けないだとか、僕には言えない。じゃあ、うん。おーい、上田くーん」

「何だ、こら!」

「キミは今、こぶしでボールを殴ったかい?」

「何のことだ? オレは今、平手でボールをはたいただけだぜ」

「そうかそうか。じゃあ、ファウルじゃないね」

「そうそう。分かりゃいいんだよ」

「ちょっと待て! 何じゃい、それは!」

「いや、本人が殴ってないと言ってるし。それとも日高くんは、殴ったと証明できる?」

「どういう理屈だ、てめえこら! おい、灰川と花田も見てただろう!?」

「ぷっぎゅぎゅぎゅぎゅぅ――っ! 確かに上田氏はパンチをかましておりました!」

「シュプレヒコール!」

「ほら、二人もこう言ってる!」

 

「……残念だけど、スポーツの判定を多数決でするわけにはいかないよ」

「いや、多数決とかじゃなくっても、俺らの言い分のほうが正当だから!」

「……この場でそれを決められるのは、僕でもキミらでもないんだよ。――あのですね、中西先ぱーい」

「何だーい?」

「今、上田くんはボールをこぶしで殴ったでしょうか?」

「さーあ? 今回はボクは見てないね」

「分かりました。じゃあ、次からは見ててもらえます?」

「いーよ。おにーさん、注意しといてあげる」

「ありがとうございます。お願いしまーす」

 軽くお礼を言ってから、日高くんのほうに向き直ります。

 

「……というわけで、日高くん。今回に限ってはファウルなし。ただし、次からはファウルを取るということになったみたい」

「何で中西部長の言いなりなんだ、お前はよぉ……!」

「いやー、僕もこの学校で立場が上の人には逆らえないし」

「審判の仕事をする気あるのか、てめえ!」

「んー。というか今になって考えると、最初からこのつもりで僕が指名された……? この中で一番立場と発言力が強いのはあの人だけど、直接裁定すると角が立つから、あいだに僕を挟んだみたいな」

 スコアボードの横で微笑む中西先輩の表情からは、何を考えているのか読めません。

 しかし状況を逆算して考えると、これが正解……?

 

「ええーい、畜生! とにかく、てめえに抗議しても無駄だってことは分かったぜ」

「そうだね。これも入部の試練だと思って頑張れば?」

「他人事みたいに言いやがって……と言ったら、他人事だしと返ってくるのが見えてるな。よし、お前ら! 俺たち三人で力を合わせ、ここから一気に逆転するぜ!」

「ぷっぎゅ――っ! 行きますぞ!」

「断固闘争! 断固闘争! 断固闘争!」

「うん。気持ちの切り替えが早いのはプラスだね。仲間を奮い立たせるのもいい感じ」

 中西先輩が日高くんたちを値踏み中……?

 とはいえ、僕の感触としては彼らがバスケ部に勝てるとは思えません。

 

(どうしようね……? 日高くんたちが勝っても、僕にメリットがあるかは微妙……)

(だけど、僕とバスケ部との関係も改善してるとは言いがたい。この先の展開次第では、またバトルになる可能性もなくはない)

(困ったことに、僕のウィル能力の正体はバレている。でも、神平先輩が推理しただけだし、詳しい制限や弱点までは分からないはず。悩むところではあるけれど――)

 

「……あのさ、日高くん」

「あ? 何だよ」

「立場上、応援はできないけれど頑張って」

 ポン、と。

 僕は日高くんの肩に手を置きました。

 

「へ? あ、ああ、ありがとな!」

 次の瞬間――

 上田くんがこちらを見る視線が、とてもとても険しくなります。

 

「……おい、冬ぴー。もしかして、てめえは今!」

「何のことカナ? 上田くん。すぐに試合を再開するよ」

「ちっ!」

 

 花田くんのスローインを日高くんがキャッチ。そのままドリブルで敵陣に攻め入る。

 そこまでは先程とほぼ同じ。しかし、対処する上田くんの動きは妙に固い。

 日高くんを警戒して踏み込めず、じわじわとゴールまでの距離を詰められます。

「ふっ!」

「……にゃろ!」

 まるで普通のバスケットのような普通の動きで、日高くんの体が上田くんのディフェンスをすり抜けました。

 日高くんの動きは、やはり本職のバスケ部二人には及びません。しかし灰川くんや花田くんに比べるとスポーツ慣れはしている感じ。

 

「ぷっぎゅーっ! この先には行かせませんぞ!」

「シュプレヒコール! シュプレヒコール!」

「さすがに二人がかりだと抜きにくいな……。む。ウィル能力の圏外だ」

 メガネを光らせる神平先輩を、残り二人がセンターサークルのあたりで足止め。

 

「行くぜ! ――ふっ!」

「ちぃっ!」

 日高くんのシュートしたボールは、リングに当たって真上方向に弾かれます。

 どちらに落下するかは神のみぞ知る。しかし、偶然は負けている側に味方しました。

 

「うっしゃあああああ――っ! 2点ゲットだぜ!」

「やりましたぞ、日高氏! ぎゅふふふふふ――っ!」

「断固闘争!」

「よし! このままの勢いで一気に行くぜ!」

 沸き立つ日高くんたちの側をすり抜けて、神平先輩が近づいてきました。

 

「……今のはどういうつもりだ? 冬林」

「何のことです、神平先輩。僕が何か気に障ることでもしましたか?」

「貴様は今……いや。今ので抗議するのは無理か」

「……そうですね。僕はちょっと日高くんを励ましたりはしましたが。それがバスケ部の不利に働くこともないはずです」

「そうだな。俺らが深読みし過ぎで自滅しても、お前には責任のないことだ」

「お分かりいただけて幸いです」

「「はっはっは」」

 乾いた笑いが唱和します。

 ……少し離れたとこからは、上田くんが殺気のこもった視線を向けてきていたり。

 

「んー? 二人して何のお話だい?」

「……いえいえ。何でもありませんよ、中西先輩」

「腹に一物含んでいそうな会話は、ボクの大好物なんだけどー?」

「……ご期待には添えませんで。中西先輩は引き続き得点のほうをお願いします」

 

 1年B組35番 冬林要

 ウィル能力名 【ずぎゃーん=ボム】(仮)

 効果 弱くて戦闘に向かない能力を強化する。ただし一時間に一回だけ。

 発動条件は――相手の肩に手を置くこと。

 

「ちょっ! 神平先輩! 抗議するんじゃないんすか!」

「何を抗議できるのだ? 審判が一方のプレイヤーを励ましたら、それで審判失格か?」

「そうじゃなくってすね! 冬ぴーの野郎がウィル能力を使うのは……」

「使っていない。使ったように見せてはいるが使っていない。俺やお前が『もしかして、あの能力を使われた!?』と思っても、それは俺らが勝手にあたふたしているだけで抗議の材料にはなり得ない。――なかなか上手いハッタリだ」

「うがーっ! 汚ねえ!」

「アイツにしてみれば、また俺たちと戦う可能性もあるからな。その時に備えて『こういう戦い方も自分はできるのですよ?』というアピールになる。――面白い」

「……神平先輩は冬ぴーの味方をするんすか?」

「まさか。俺はもちろん、バスケ部の仲間であるお前の味方だ。だからこそ敵の分析は怠らない」

「うぉおおおおおおおおおっ! さすが先輩はメガネっす!」

「ああ、うん。メガネでいいさ、もう。よし、頑張って勝利するぞ」

「うっす! うっす! うっす!」

「しかし恐ろしい能力だ。だからこそ使用に制限がありそうではあるのだが……」

 

 上田くんたちが話しているそのスキに、僕はこっそりとコートを移動してました。

「やあ、灰川くん。今のはいい感じだったじゃない?」

「何です、冬林きゅん。拙者にホレでもしましたかな? げひょひょひょひょひょ!」

「……気持ち悪い寝言はさておいて。ここからが本番だよ。油断しないで」

 ――ポン、と。

 今度は灰川くんの肩にタッチです。

 

「あ! あの野郎また!」

「上田。黙っていろ」

 ……バスケ部二人が見ているのは、無論承知ですけどね?

「ぷぎょひょひょひょひょ! 油断ならいたしませぬぞ、冬林きゅん! 何故なら拙者は頭も体も常にテカテカ、全身が油っぽいことに関しては定評があるでござるよ! げぴょーぺっへっぺっぺっぺ!」

「……油と脂を混同してない?」



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勝負の流れはどちらのもの?

 そこから先の攻防は一進一退の流れになりました。

「げぴょーっぴょっぴょっぴょっぴょっぴょ! 拙者がドリブルで進行ですぞ! そして、すかさず花田氏にパスを……」

「メガネ、メガネ、俺のメガネ……」

「ぷぎゅっ!? パスするはずのボールが消えましたぞ!」

「スキありだ。そして奪ったボールを、すかさずパス!」

「ナイス! 先輩!」

「ぷっぎぃいいいいいいいいいいいいいいいい――っ!」

「何やってるんだ、灰川! てめえ!」

「シュプレヒコール!」

「おらおらザコども、どきやがれ! ――よっしゃーっ! 6点目!」

 

「ぬぐぐ……! またも悪い流れだぜ」

「同志灰川。自己批判!」

「ぷっぎゅ――……」

「三人とも揉めないで。まだ勝負は決まったわけじゃないんだから。ほら、ボールは誰に渡せばいい?」

「造反有理!」

「はいはい。花田くんのスローインから再開です。……神平先輩には注意してね」

 ポン。

「くっ! 冬ぴーの野郎! 今度は花田の野郎にか!」

「上田。過剰に反応するな」

「そうは言ってもっすね……!」

「シュプレヒコール!」

「くっ!」

「む。何故か上田が花田を警戒してて、俺への注意が逸れてるぜ!」

「畜生! 花田に気を取られているスキに、またも日高にシュートを決められたぁああああああああ――っ!」

 

「ふむ。バスケ経験者の有利を活かして、普通に相手を抜いて普通にシュートだ」

「よっしゃあああああああ――っ! これでオレたちがリーチだぜ!」

 

「やっべえ。もう後がなくなった……」

「ぷっぎゅー……」

「ナンセーンス……」

「はいはい。キミたち落ち込まない。ここから6点取れれば逆転だから」

 ポン。ポン。ポン。

「……あの野郎。今度は三人全員の肩に手を置いたああああ――っ!」

「だから上田。いちいち動揺するなと言ってるだろう!」

「ぷぎゅるるる――っ! パスでござるよ!」

「革命シュート!」

「うおおおおおおおおお――っ! 何故か動きのにぶった上田のスキをつき、花田が2点をもぎ取ったああああああああああああああ――っ!」

 

「……とは言え、このままの流れだとちとマズイ。審判、タイムはいいか?」

「えーと、たぶん3分くらいなら……」

「俺たちバスケ部は構わない」

「さすが神平先輩は話が早い……。じゃあ、そういうことで日高くん」

「さんきゅ。お前ら集まれ、作戦会議だ――!」

 バスケというのはスピード感のあふれるゲームです。

 ほんの5分もしないうちに、試合は8対6の正念場になっていました。

 

「いやー、なかなか面白いね。こんな楽しいゲームを特等席で観られるとは役得だ」

「……中西先輩。あなた、本気で面白がっていますね?」

「ご満悦だよ。『スタイリッシュなバスケ部 VS ぶざまにあがく珍獣たち』って感じでさ」

「あんたは毒舌で人を殺すシリアルキラーか」

「キミだってそう思ってるくせに。それよりバスケ部の反応が変だけど、こそこそと何か仕掛けてる?」

「……何の話でゴザイマショウ?」

「神平くんの動きも妙だよね。灰川くんを狙い撃ちにして、何かをやってるような気はするんだけど……」

「気のせいではナイデショウカ?」

 

 バスケ部2年 神平正信

 ウィル能力名 【道連れメガネ】

 効果 メガネを外して「メガネ、メガネ、俺のメガネ……」と呟くと、対象は手に持っている道具が消失したように錯覚する。

 

「そう? 灰川くんがきょろきょろしてたから、幻覚でも見せられたのかと思ったよ」

「……へー、ナルホド。もしそうダトシタラ、とても危険な能力デスネ」

「うん。相手の認識に作用するタイプの能力は敵に効果がバレにくいんだ。喰らった本人以外には何が起きているか分からないから。情報を共有されないよう一人だけを狙っていれば、最後まで正体を隠し通せることもある」

「ナルホド、ナルホド」

「あと一つ豆知識。バスケットのコートは縦が28メートルで、横が15メートルと決まってる。今は体育館の半分を使ってゲームしてるから、センターサークルからゴール下までの距離は7メートル? もしもウィル能力の有効射程がそれ以下だったら、当然効果は届かない」

「……タメニナルお話ですネー」

「ちなみにこの学校で人間関係がこじれる最大のタブーは何だと思う?」

「……相手の能力の正体や、その弱点をバラすこと?」

「正解。特にソイツの敵に話したりしたときは最悪だ。直接口には出さずとも、鎌をかけられてうっかり口を滑らしたり、態度に出しちゃったりした日には――」

「ちょっと田んぼの様子……じゃなくて、みんなの様子を見てキマース!」

「? どうしたの。ボクはこの学校の一般論を話していただけだけど」

 

(ヤバイ! これ以上、中西先輩と話していると――!)

 審判同士で会話している間にも、両チームはそれぞれ作戦会議をしてました。

 

「……うぐぐ! 冬ぴーの野郎め! 汚い手を使いやがって……!」

「それは仕方ないというか、お互い様だな。俺たちはアイツへの警戒を解いていないから、アイツが牽制で自分の力をアピールしてくるのもやむを得まい」

「……先輩がそう言うならいいっすけどよー。でも今まではハッタリだったけど、マジでウィル能力を使われたらヤバくないっすか?」

「マジでヤバイな。あのどうしようもない【バナナ=カウント】の能力が、俺たち三人を一蹴するほどになったのだ」

「トラウマっす……」

「しかし、それだけ強力な能力ということは相応の制約もあるはずだ。ふむ――」

「お? 何か思いついたっすか?」

「大したことではない。もしもあの時叫んだのが回数に入るとしたら、主将や俺たちは何回『バナナはおやつに入りますか?』という質問をしたことになるのかと……」

「マジでどうでもいいっすね!」

 

 一方、日高くんたち三人は――

「さて、お前ら。今の状況はかなりマズイぞ……。俺らの勝利条件をまとめると『これ以上バスケ部に点を取られる前に、4点を取ること』――あるいは時間切れになっても俺らの目的は果たせねえ」

「ぷぎゅふうぅうううう……。ハードモードなミッションですぞ……」

「ナンセーンス……」

「そうだ。このままだとバレー部入部は無理くせえ。ここまでは善戦できたが、地力の差を考えるとな……」

「一発逆転は厳しいですぞー……。ぎゅぐぐぐぐ――っ!」

「ナンセーンス……」

「しかし、勝ち目がないわけじゃねえ。俺の見る限りバスケ部には、致命的とも言える弱点が一つある!」

「ぷぎゅっ? 日高氏。それは一体……?」

「シュプレヒコール!」

「お前ら、ちょっと耳を貸せ。えげつない作戦にはなるんだが……」

 

「――そろそろ試合を再開します。両チーム、コートに」

「よっし! ボールをよこせ」

「はいはい。上田くんのスローインから」

「……おい、冬ぴー。言っておくが、これ以上何かしやがったら――!」

「ああ、うん。僕もそのつもり。最後はやっぱり自分たちの力で勝利を手にするべきだよね」

「ほう。分かってるじゃねえか。最初から余計なことしなけりゃいいのによ!」

「誰かさんが平然とボールをぶん殴るような真似をしなければ、僕も向こうに肩入れはしなかったと思うけど……」

 

「けっ! 言い訳なんぞしやがって」

「……これを言い訳と取られるようじゃ、やっぱりキミとは分かり合えないね」

「てめえと分かり合ったから何だっつーんだ」

「……そうだね。ゲームに戻ろうか」

 上田くんにボールを手渡し、ホイッスルを鳴らします。

 

「うりゃ――っ! 行くぜ――っ!」

 あと一回シュートを決めるだけでバスケ部は勝利の条件を満たす。逆に言えば、日高くんたちの入部不許可が決定します。

 神平先輩には、日高くんと花田くんがマークにつきました。

 

 ダンダンダン、と。荒々しいドリブルで攻め入る上田くん。

 その前に立ちふさがったのは――灰川くんでした。

 

「ぺっぎょっふ――っ! 拙者が上田氏のお相手ですぞ!」

「へっ! よりにもよって一番のザコをぶつけてくるか」

 上田くんの口元には露骨なあざけりの色が浮かんでいます。

 

「悪いな、メガネ先輩! あんたはこの先に行かせねえ!」

「断固闘争!」

「……む。妙な布陣だな」

 神平先輩が呟くのと――

「おやー? 何か企んでるみたいじゃん?」

 中西先輩がニヤリと口元をゆがめるのが同時でした。

 

「ぷぎゅっ! ぷぎゅっ! ぷぎゅぎゅぎゅぎゅっ!」

「とろい! 遅い! 体が臭い! てめえみてえなノロマな豚が、オレからボールを取れると思っているのか!」

「ぷぎぃいいいいいいいいいいいー! 拙者の体臭は関係ないですぞ――――っ!」

 灰川くんが何度か手を出したものの、すべて上田くんにかわされました。二人にマークされた神平先輩の援護がなくとも、順調にゴールまでの距離を縮めていきます。

「さあさあ、バスケ部のリーチです」

「中西部長はお気楽でいいですね……!」

 ここがまさしく正念場。

 灰川くんのディフェンスをあっさり抜いて、上田くんがシュート。しかし、ボールはリングに弾かれます。

 

「だああっ! 畜生!」

「上田! リバウンド!」

「うっす!」

 しかし、日高くんたちの危機は去りません。ボールは再び上田くんの手に収まりました。

「ぷっぎゅっぎゅっ!」

 灰川くんも手を伸ばしていましたが、動きが遅くて相手にならない。

「へへっ! もう一発シュートだぜ!」

「ぷぎっ!?」

 それ以外の三人はセンターラインのあたりにいます。神平先輩の妨害はないものの、日高くんと花田くんの援護もありません。

 このまま二人のタイマンならシュートが決まるのも時間の問題?

 

「ぷぎゅぎゅぎゅぐぐ――っ! ピンチですぞー!」

「……灰川!」

「ぷぎゅっ? ひ、日高氏?」

「お前ならできる! やれ!」

「断固闘争!」

「日高氏……花田氏……。ええーい! 拙者も覚悟を決めましたぞ!」

 仲間たちからの叱咤が飛んだのはその時でした。

 

「おやおや、何をするのかな?」

「……む。嫌な予感が……」

「灰川くんの能力を、そういえば僕は知らないけど……」

 中西部長、神平先輩、僕の三者が三様の反応をします。

「けっ! ザコが何をしようと蹴散らすだけだぜ!」

 上田くんは強気の態度を崩しません。

 

 しかし。

 事態は全員の予想を超えて推移しました。

「ぷぎゅぎゅっ! 上田氏!」

「何だ、おらおら!」

「でゅふっ! 実は拙者は中学時代、ギャルゲーで多くの女の子たちを攻略してきたのでござりまするが――」

 

「おや? 同志?」

「中西先輩は黙っててください」

 

「それがどうした!」

「さすがに何十人もの女の子を攻略すると飽きてきたのでござるよ、でゅふふふふ!」

 

「まだまだだね。ボクは何千人もの二次元女子たちを愛してきたが、まだまだ愛を与え足りない」

「だから、あんたは黙ってなさい」

 

「だから何だっつーんだ、この野郎!」

「それがですな。多くの女子を攻略しているうちに、拙者は新たな嗜好に目覚めたと申しますですか……ぎゅぷーふっふっふっふっぷっ!」

 

「おや? 灰川くんの様子が……」

「だから、あんたは口を閉じてろ……って、どうしました?」

 灰川くんたちのほうを振り返ります。

 そこで僕が見たものは――

 

「あ? 何が言いたいんだ、このオタクデブ!」

「それがですな、上田きゅん。拙者は女子が好きなだけでなく……」

「……あ?」

「やんちゃな少年キャラも、結構イケルということが判明したのですぞ! ぎゅぐーぷふふふふぅうううううううううううううううっ!」

 

 ぶよぶよした両腕を大きく広げ、

 純な乙女のごとく、ぽっと頬を赤らめて、

 デフォルメされたタコのように、くちびるを突き出し、

 

 汗と脂にまみれた顔面を、上田くんの顔に「ブッチュゥウウウ――――――ッ!」と近づけようとしている灰川厚くんの姿だったのです!

 

「へ? あ? え? ……って、ぎゃああああああああっ!」

「拙者の愛を受け入れてくだされ! 上田きゅーん!」

「冗談じゃねえ! だああああああ、畜生!」

 今まさに灰川くんにハグされようとしている上田くん。

 とっさに彼は猛スピードで、何もない空間に数発のパンチを打ち込む!

 

「拳々発破ァアアアアアアアアアアア――――ッ!」

 BAGOOOOOOOOOON!!

「ぷっぎゅぅぅぅうううううううううううううううううううううううう――っ!?」

 

「ぬうっ! あれは伝説の――」

「知っているのですか! 中西雷雨先輩」

「聞いたことがある。かつて週刊少年ジャ○プで一世を風靡した漫画家の編み出した表現技法。丸々一ページを見開きに使い、宇宙を背景に吹き飛ばされる敵の姿と、こぶしを振るう主人公を描写することで、その圧倒的な攻撃力を表現する。

 あの伝説の『車○アッパー』を、まさかリアルで見れるとは!」

「……解説ありがとうございます。じゃあ僕、灰川くんの容態を見てきますので」

「ああ、うん。ノッてくれてありがとねー」

 ホイッスルを鳴らして試合を中断させました。

 

「……灰川くん。生きてるー?」

「……ぷぎゅー……げひゅー……げぴょー」

「うん。息はあるね。意識が戻らないようなら先生に連絡して、病院で検査の手続きとかをしてもらうとして……」

 灰川厚・死亡確認! みたいな台詞を言わずに済んでよかったです。(脂肪は確認しましたが)

 

 倒された彼の周囲に他のメンバーも集まってきます。

 一つため息をついてから、僕はその中の一人にこう告げました。

「……上田くん」

「ああん!?」

「今の暴力により、キミはここで退場です」

「何だと、こら!」

 抗議されますが、ここで退くわけにはいきません。

「……最初に決めたことだから。暴力行為は一発退場。中西先輩も神平先輩もこの条件には同意していただけてましたよね?」

「うんうん。言った」

「……言ったな。俺も確かに」

 

「そういうわけで上田くん。キミはここまで。今のは誰がどう見ても、間違える余地がない暴力だから」

「先にやってきたのはあっちだろうが! アイツの顔面どアップに迫られるなど、暴力以上の暴力だったわ!」

「……じゃあ、灰川くんも負傷退場で痛み分けということで」

「痛み分けになってねーだろ!」

「見苦しいぜ、上田。たとえ何があったとしても、先に手を出したほうが悪いのさ」

「シュプレヒコール!」

「……日高。これはてめえの作戦か」

「おっと。言いがかりはやめてくれよ? 俺は灰川に『上田を挑発してペースを乱させろ』とは言ったけど。それってルール違反じゃないよな、審判?」

「造反有理!」

「……そうだね。前後にどんな事情があるにせよ、問題になるのはキミの暴力だけだよ、上田くん」

「そうそう。審判様の言う通りだぜ」

「革命万歳!」

「……そうか、てめえら。そういうふざけたことを抜かすからには覚悟はできてやがるんだろうな……!」

 

「よせ、上田」

「……っ! 先輩……!」

 激昂しかける上田くんを制したのは、神平先輩でした。

「すまんな、審判。上田と灰川を外して試合を再開してくれ」

「……はい。では日高くんたちのスローインから」

 三人のプレイヤーがコートに戻っていきます。

「ちょっ! 神平先輩! いいんすか!?」

「いいも悪いもルール通りだ。そして与えられたルールをいかに利用するか考えるのが、戦略というものなのだ」

「畜生! オレが連中に乗せられたから……!」

「そうだな。頭に血の昇りやすいお前を灰川を使って挑発。暴力を引き出して退場させる。普通こうした捨て駒の役目は誰がやるかで揉めるものだが……灰川を沈める作戦が裏目に出たな」

「一つくらい、いいとこ見せないとってことっすね……。先輩一人で大丈夫っすか?」

「うむ。やるだけはやってみよう――」

 

 一対二の状況に追い込まれても神平先輩は善戦しました。

 しかし、あと少しのところでシュートが決まらず、試合は日高くんグループが逆転で勝利したのです。



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悪意の詭弁

「うっしゃああああああああああああああ――――っ! 俺たちの勝利だぜ!」

「革命万歳! 造反有理! シュプレヒコール!」

「やりましたぞ! 日高氏! 花田氏! ぷっぎゅうううううううう――――っ!」

 スコアボードには10対8という結果が刻まれました。

 あれから灰川くんは意識を取り戻し、日高くんたち三人は肩を抱き合い、歓喜に満ちて自分らの健闘を称えています。

 

「さて、戻るぞ。上田」

「……畜生! あんなカスどもに負けるとは屈辱だ!」

「仕方あるまい。この雪辱はいずれ機会を見て晴らすとしよう」

「うっす!」

 バスケ部二人が立ち去って、体育館には三人の沸き立つ声だけが残されます。

 

「……中西先輩」

「ん。何だい? 冬林くん」

「これで本当に、あなたは日高くんたちを入部させてくれるのでしょうか?」

「それはどういう意味で言ってるかい?」

「……いえ。彼らは勝つには勝ちましたけど。正直、中西先輩の期待にそえるほどの実力があったかと……」

「はっはっは。やだなー。仮に役立たずのカス相手でも、ボクは言ったことを引っ込めたりはしないよ?」

「……なら、いいのですけど」

「でも一理はあるね。確かに笑える試合ではあったけど、彼らの実力は不明なままだ」

「だとしてもですね……」

「大丈夫。そんなの最初から分かってたから。ボクなんかに頭を下げざるを得ない時点で、戦闘力が低いのは見え見えだ……って、ちょっとゴメン。着信だ」

 体育館の隅に移動する中西先輩。

 

「やったぜ……! これで俺たち三人はバレー部の一員だー……って、あれ? おい、冬林。中西部長はどこ行った?」

「あっちだよ。電話みたい」

「そっか。ところで何つーか、お前にも迷惑をかけたよな……」

「うん。マジでいい迷惑だったよ、日高くん」

「待て。そこはもうちょっと社交辞令的な返し方があるだろう!」

「……正直、もうキミらと社交なんてしたくない」

 

「いやー、ゴメンゴメン。待たせちゃったねー」

 へらへらとスマホをしまいながら、バレー部部長が戻ってきます。

 

「見てくださいましたか、中西部長! 俺たちのチームワークと活躍を!」

「ぷぎゅぎゅぎゅぎゅ――っ! 拙者たちはやりましたぞ――っ!」

「シュプレヒコール!」

「うんうん。三人とも見事だったよ。正々堂々たる戦いでバスケ部の上田くんを負かしたわけだ」

「でしょう? これでおっしゃった条件はクリアっす!」

「ミッションコンプリートですぞ! でゅーふっふっふっふふふふふ!」

「造反有理!」

「うんうん。頑張ってくれたよね、三人とも」

 

(……何だろうね、この感じ)

 勝利に沸き立つ三人と、微笑みながら彼らを称えるバレー部部長。

 しかし言いようのない妙な不安が、のどのあたりまで出かかっています。

 

「それじゃあキミたち。約束通り、さっそく入部届を書いてもらいたい――」

「おお!」

「やりましたぞ!」

「シュプレヒコール!」

「と言いたいところなんだけど」

『……?』

「実はついたった今、ウチの副部長から電話があったんだよ。それで、ちょっと困ったことになっててさ……」

「困ったことというのは何なんです? 俺らで力になれることでしたら、何でもおっしゃってください!」

「……うわー、日高くん。そんな風に言われちゃうとボクも心が痛むんだけど」

「ぷぎゅ? 何なのでしょうな? 花田氏」

「シュプレヒコール?」

 苦笑する中西先輩に、三人の1年B組生徒が首をかしげます。

 

 ――ぞわぞわ、と。

 嫌な予感の水位が僕の中でせり上がっていきました。

 

「えーとね。順を追って説明させてもらうとさ、この学校の部活動は武力集団であると同時に生活共同体でもあるんだよ。

 この学校ではバトルが日常。勝負とかけ引きこそがボクらの日課。

 だから色んな能力者が身を寄せ合って戦う部活というものは、キミらが思っている以上に学校生活で大きな役割を果たしているんだ」

「それで……?」

「おい、冬林。中西部長にその口のきき方は失礼だぞ」

「いいって、いいって。さらに付け加えて言うならば、部活には当然部費も出て使い方は各部の部長に委ねられてる。それで話は微妙に変わるけど……ウチの学校は生徒に補助金を出してくれてるけれど、大した額じゃないじゃない?」

 

「……そうですね。僕は家計簿をつけていますけど、だいぶ切り詰めた生活をしてても毎月使い切っちゃうような感じです」

「……そうっすよね。俺も仕送りとかないからなー」

「正直、ギャルゲもロクに買えないような額ですぞ……。このシケた町にはゲームショップ自体見当たりませんが」

「腐敗した資本主義社会を打倒せよ!」

「日高くんたちも同意見? じゃあ、話を進めるけれど。それでもボクらはお年頃だし、色んな事情でどうしても物入りになることだってあるじゃない? そんな時ここの部活は理由をつけて、部員に資金の援助をしたりもするんだよ」

「ちょっ……! それは予算の使い込みと言いません!?」

「言うかも知れないけど、それが何? 一緒に戦う仲間が困っているなら、何を置いても助けてあげるのが当然じゃん?」

「いやー、それは何と言うか……」

「とてもありがたいお話ですぞ……。でゅふふふふ……!」

「シュプレヒコール! シュプレヒコール! シュプレヒコール!」

 

「……日高くんたち?」

「ただ、ボクらバレー部の予算だって無限にあるわけじゃないからさ。恩恵にあずかれる生徒は限られてると言いますか。それで、さっきの電話の件なんだけど」

「……一体誰からだったんです?」

「ウチの副部長から。彼はボクなんかより断然優秀で、ボクの知らないところで今日も動いてくれてたみたいなんだ」

「……それで?」

「実は今年は例年よりウチへの入部希望者が多くてね。最初に日高くんが会いにきた時点で、予定してた人数はほぼ集まりそうだったんだ。具体的に言うと、あの日でちょうど残り三人くらい?」

「まさか……!」

 その瞬間。突然に。

 中西先輩が何を言い出そうとしているのか理解しました。

 

「ぷぎゅっ? 結局どういったお話なのです? 中西部長」

「ナンセーンス!」

「うんうん。実はさっきの電話はこうだったんだ。――ウチの副部長が有望そうな新入生を三人見つけて仲間にしたって。だから悪いけど、キミたちが入部する枠はもうないんだ。タッチの差でね」

「ぷぎゅっ! な、何ですと――っ!」

「ナンセーンス! ナンセーンス! ナンセーンス!」

「まあまあ、キミたち落ち着いて。ボクだって、こんな事態になったのは心苦しい。結果として約束を破ることになったのも悪いと思う。だから、せめてもの償いとしてこういう案を出させて欲しい――」

「やめてください! 中西先輩!」

 僕の静止は間に合いませんでした。

 

 にっこりと。すべてを蔑むような、しかし魅惑的な笑顔。

 中西部長は演説をするシェイクスピア劇の役者のように両手を広げて、日高くんたち三人に言いました――

 

「ボクらバレー部は、キミたち三人のうち一人だけを仲間にしたいと思うんだ」



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クラスで最初の脱落者

「今日のホームルームでは連絡事項が一つあります。出席番号30番、入院していた浜崎誠が転校することになりました。……はいはい、お前ら。落ち着け落ち着け」

 翌朝。担任の木嶋葵先生の発言が、クラスに波紋とざわめきを起こします。

 

「はーい、先生! それはどういうことなんでしょうか」

「うむ。クラスを代表しての質問だな、31番、原千恵美。実は昨日、浜崎のお母様だという女性がやってきて――『むきー! ウチの誠ちゃまがケガをしたとはどういうことザマス! こんな野蛮な学校だと知っていたなら、可愛い誠ちゃまを入学させたりはしなかったザマスわよ!』みたいなことをおっしゃって、あっという間に転校と転院の手続きを終えてしまった」

「え? 本当に語尾がザマスだったんですか?」

「食いつくのはそこかい。確かに私もびっくりしたが」

「もしかして、レンズが逆三角形をしたメガネをかけてたり……?」

「かけてた、かけてた。まあ、それはどうでもいいとして――」

 ぐるりと教室を見渡す木嶋先生。

 

「私の立場上、言えたことではないんだが……。お前らも入学してそろそろ一ヶ月。この学校はロクでもないところだと理解できているだろう。運良く強い能力に目覚めりゃ無双できるが、お前らの大半は無双される側のザコだというのが現実だ」

『…………』

「だから、学力と親の金があるのならさっさと転校してしまえ。下手に意地をはって長くいても、脱落時のダメージが増すだけだ。今日の欠席は灰川と花田の二人だが、コイツらもどうなるか怪しいし。以上、解散」

 先生が立ち去ったあとも教室のざわめきは止みません――。

 

「冬林くん。おはよう」

「……おはよう。原さん」

「日高くんもおはようだね」

「……おはようさん」

「えーと……浜崎くんのことは残念だったね」

「……そうだね。僕はほとんど話もしなかったけど、とても残念に感じるよ」

「ちっ……!」

「クラスメイトがいなくなるってさみしいよね……。あ、そうそう。日高くん」

「……何だよ」

「花田くんたちが欠席の理由は知ってる? わたしの記憶だと、昨日の午後からすでにいなくなってたような……」

「……さあな。俺はアイツらのことなんて知らねーよ」

「え? 何で? キミたち三人はいつも一緒にいたじゃない」

「知らねーっつってんだろ! この女!」

「きゃっ! な、何でいきなり怒鳴るの……?」

 

「日高くん。目立つよ、そんなことしてると……」

「あ? 今日はもう、てめえに指図される筋合いはねーぞ! 冬林」

「……そうだね。あのさ、原さん」

「ふぇ? な、何かな……」

「この件に関しては、これ以上何も聞かないほうがいいよ。バレー部とトラブルを起こしたくなかったら」

「? 何でバレー部さんが出てくるの?」

「それも聞かないほうがいいと思う」

 

「んー……。分かった。全然わけは分からないけど冬林くんの言うことならね」

「……僕なんかを無条件に信用されても困るけど」

「そんなことないってー! と、ファンの一人として言ってみるー」

 自分の席に戻っていく彼女。

「何だよ……。言いたいことでもあるのかよ……?」

「……いや、別に」

「ふん……!」

「おい、てめえら。うるせえぞ、さっきから」

「……上田くん」

「ああ、悪い……」

「よおよお、日高! 聞いてるぜ。お前あのあと、あの二人をぶっ倒して自分だけがバレー部に入ったんだってな!」

 

『――ボクらバレー部は、キミたち三人のうち一人だけを仲間にしたいと思うんだ』

 昨日の昼休み。バレー部部長、中西雷雨の投げた致死の爆弾。

『ぷぎゅーっ!? 何をおっしゃっているのです! それはスジが通りませぬぞ!』

『シュプレヒコール!』

『そうとも、花田氏のおっしゃる通り! 中西部長は拙者たちを仲間にすると約束されたのですから、何としてでもしていただくのが正しい対応でござりますとも!』

『いやー、ゴメン。ボクも何とかしてあげたいとは思うんだけど……』

『ぷっぎゅ――――っ! だったら、何としてでも何とかするのが、あなたの仕事でござりましょう!』

『シュプレヒコール!』

 激昂して中西先輩に詰め寄る灰川くんと花田くん。

 

『…………』

『日高氏も黙っていてないで、何かおっしゃってくだされ……って、日高氏?』

『……なぁ、灰川』

『ぷぎゅ? どうなさいました? 日高氏』

『本当に――済まねえ!』

 トン、と。

 それまで黙っていた日高くんが、灰川くんの鼻先に軽く手で触れました。

 次の瞬間、見えざる手に引き寄せられでもしたかのように――

 

 灰川くんの顔面が体育館の床に勢いよく突っ込みました。

 

『ぷぎゅぎゅっ!? ――ぐふはっ!』

『ナ……ナンセーンス!?』

 ぐしゃりと何かが砕けたような音がして、床にキスする灰川くんの顔の下から、赤黒い粘性の液体が広がります。

『ナ……ナンセンス! ナンセンス! ナンセーンス! 同志日高! 同志灰川に何をされるか!? 自己批判! 自己批判! 自己批判!』

『うるせえ! 花田! もうそんなキレイ事を言ってられる状況じゃねえんだよ!』

『がはっ……!』

 騒ぐ花田くんの鼻先に、日高くんは握り締めたこぶしを叩き込み――

 

『ひ、日高氏……。う、ううう、裏切るのですか? 拙者たちを!』

 顔の下半分を赤く染め、砕けた鼻を押さえながら立ち上がる灰川くん。

『裏切るとか裏切らねえとか、もうそういう次元の話じゃねーんだよ! 「バレー部に入りたいのなら他の二人を切り捨てろ」と中西部長はおっしゃってるんだ!』

『ぷぎゅぅ! それはスジの通らないお話ですぞ!』

『シュプレヒコール!』

『スジを通してくれなんて俺らが要求できる立場かよ! バレー部には力があるが、俺らには何の力もねえ! その力のある集団の一員になりたいのなら、今の仲間を蹴落としてでも枠を勝ち取れってことだろが!』

『ぷっぎゅ――っ! そんな話は認められませぬ!』

『シュプレヒコール!』

『まだ分からねえのか、バカどもが!』

 …………。

 

『あ。ああ……! ああああああ……!』

『うわー。大変なことになっちゃったね、冬林くん』

『どの口でおっしゃいますか! 先輩は!』

 目の前で繰り広げられる阿鼻叫喚。

 先程まで仲間だったはずの三人が、ののしり殴り合う地獄絵図。

『巻き込まれると大変だから、ボクらは体育館の外で待っていようよ』

 それを引き起こした張本人は、いつものしれっとした表情でした。

 

『さて、冬林くん。アメでも食べる? ビー玉みたいに丸いキャンディ』

『いりませんよ、そんなもの……!』

『ありゃ。嫌われちゃったねー。ボクとしては当然のことをしただけなんだけどさ』

 体育館の扉に背を預け、中西先輩は制服のポケットから取り出したアメ玉を口に放り込みました。

 

『あのさ、冬林くん。ボクはこれでもキミのことは買ってるつもり。これが最後になるかも知れないから話をしたいな』

『……嫌ですよ』

『残念。まあ、キミに――いや、誰に嫌われようともボクは、チームの事情を最優先するけどね』

 中西先輩は一瞬目を閉じると、詩でも読み上げるかのように話し始めました。

 

『ボクは仲間を愛している。この学校では何より仲間たちが大切だ。仲間を守るためならば、ボクはどんなことだってするだろう』

『だったら……』

『逆に言えば、仲間以外がどうなろうと関係ない。仲間でない生徒がどんな目に遭おうと、どんなに苦しもうと、どんな風に利用されて使い潰されようと、ボクは良心の呵責なんて感じない』

『鬼ですか、先輩は……』

『鬼ではないよ。神でもない。キミの向こう三軒両隣に住んでるような、ごく普通の高校生さ』

『普通の高校生はこんな極悪非道な真似をしませんよ……!』

『そう? 日高くんはともかく、灰川くんや花田くんみたいなのを仲間にしたら部内の空気がおかしくなるし。適当な理由をつけてお引き取りいただくなんてのは、どこの組織でもある話じゃない?』

『……ああ言えばこう言いますね。先輩は……』

『やれやれ。本気で嫌われたみたいだね。そんなことより冬林くん』

『……何でしょうか? バレー部部長、中西先輩』

『キミの二次元の彼女はどんなコだい?』

『それはもういいですよ!』

 その時、がらりと体育館の扉が開きます。

 

『……どうも。お待たせしました』

 立っていたのは――ボロボロになった日高エイジくん。

『やあ、日高くん。お疲れ様。大変だったね』

 その彼に中西先輩は慈しむような視線を向けました。

 

『灰川くんと花田くんはどうなった?』

『……倒しました。二人とも気を失ってます』

『そう。彼らは先生たちに任せるとして。キミの口から改めて、ボクらにどうして欲しいか聞こうじゃないか』

『……はい。中西先輩。いえ、中西部長――俺をバレー部に入れてください』

『いいよ。日高くん。たった今この瞬間から、キミは守るべきボクの仲間だ』

 甘い毒のような微笑み。

 

『ボクは仲間を愛している。大事な仲間であるキミを守るためなら、仲間以外の人間にボクはどんな理不尽でも押し付けると約束しよう。騙し利用して痛めつけ脅し恐怖で縛り、圧倒的な暴力で蹂躙し、時に口先の空手形で同盟を結び、利益を搾り取れるだけ搾ったあとはゴミのように使い捨てるさ』

『……俺も中西部長の手足となって動きます』

『ありがとう。じゃあ、最初の命令だ。――保健室に行ってきなさい』

『へ? あ。ああ、はい……』

『ちゃんと手当てをするんだよ。放課後になったら、またここで。今日から早速、色々と動いてもらうから』

 

「――何つーか、てめえはオレ以上のカスだよな」

「へえ……そうかい?」

「そうじゃねーか。オレがぶん殴ったのは他人だが、お前は仲間を犠牲にしたんだろ? へっ! そこまで自分が可愛いかね」

「……可愛いさ」

「あ?」

「俺は自分が可愛いね。自分以外が可愛くないとは言わないけれど、一番はやっぱり俺だ。自分だ。自分の将来を守るためになら、俺はどんな卑怯者にだってなると決めた」

「けっ! 開き直ってやがるのか」

 

「開き直るさ。直りもするさ。俺は勇者でも何でもない。その他大勢の平凡で無力な高校生だ。てめえみてえなクソどもがのさばってるこの学校で生き残りたいと思ったら、手段を選んでられるかよ……!」

「へっ! 人のせいにするとは思ってた以上のクソだよな。まあ、自分がザコだという自覚があるのはいいんじゃねーの?」

「は? 何か勘違いしてねーか? てめえ一人程度だったなら、俺はタイマンでぶちのめせるさ。厄介なのは、てめえの後ろにいるバスケ部なんだよ。誰が言ったか知らないけれど、虎の威を借る狐ってのは名言だよな」

「鏡見て来い。その言葉、そっくり返すぜ日高……って、どこに行きやがる。冬ぴー」

 

「……ちょっとトイレで鏡を見てくる」

「てめえに言ったんじゃねーよ!」



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親善試合?と彼らとの約束

 数日後の昼休み。

「……もう嫌だ。マジで死ぬ。一生のお願いですから先生。あの二人を何とかしてください!」

「いや、無理。ここの生徒の人間関係の改善なんて、私なんかじゃ全然無理。それが簡単にできるなら、とっくに地上から争いはなくなってるさ。どんな大掛かりな戦争も、最初は人間関係の小さなごたごただったんじゃないかなーと私は思う」

 木嶋先生のいる生物準備室で、僕はお弁当を広げてました。

 ……しかし、箸はまったく進みません。

 毎日毎日上田くんと日高くんに挟まれて、ストレス死する寸前に。

 

「こうなってくると、さすがの私も同情するな……。1年生の小僧が耐えられるようなシチュエーションじゃねーっての。だけど、ちょっと聞いていいか? 冬林」

「……何ですかー?」

「この前のバスケの試合で、日高たちにお前の能力を使ってたよな?」

「そんなこともありましたっけ……?」

「いやいや。あの時、三人ともに【ずぎゃーん=ボム】(仮)の効果は出なかっただろ。アレは実際に強化しようとしたのにダメだった? それともバスケ部を牽制するため、能力を使うフリだけしてた?」

「……前者です。もしも効果が発現しても、充電の時間は午後の授業でやり過ごせると思ってました」

「じゃあ、そのことも報告書に追加で書くわ。もしかしてお前の能力は『相手の能力を見て知らないと使えない』?」

 その時、コンコンとノックがされます。

 

「……もしかして、また上田くん?」

「分からんだろ、そんなもん。ここはお前の私室というわけじゃないからな。客人を拒むわけにはいかないぞ」

「……先生のお部屋でもないでしょうに。とりあえずドアを開けますか?」

「頼む。私は枝毛を探すのに忙しい」

 がらり。

「いやっほー! お久しぶりです、木嶋先生。おお、冬林くん! ちょうど良かった。探してたんだよ」

「……中西雷雨!」

 悪い方向に予想が外れます。

 

「……ななな、何であんたがこんなところに。ああ、そう言えば松川先輩の元クラスメイトだったとか言ってましたよね。忘れてた!」

「うん。これも私の教え子。最近は会ったりしてないけどコイツの昔は色々知ってる」

 うんざりしたようにおっしゃるマイ恩師。

 

「はっはっは。やだなー先生。お願いだからボクの黒歴史をバラしたりしないでくださいよ?」

「安心しろ。今も現在進行形でお前は黒歴史を継続中だ」

「……今のスキに、さっさと逃げよう」

「おおーっと。待った。冬林くん。美味しそうなお弁当を置いてどこに行くの?」

「! 先輩のいないところならどこにでも!」

「うーむ。嫌われちゃってるねー。でも、結構探したんだからそれは困るよ。あのですね、木嶋先生」

「何だね? 二次元ラブ一代男」

「ちょっと冬林くんを借りていってよろしいですか?」

「好きにしろと言いたいが、たまに来てくれた教え子に気を利かせてやろう。ちょっくら散歩をしてくるから、話ならこの部屋を使っていいぞ」

「……僕の自由意志って一体何?」

 先生がさっさといなくなり、部屋で中西先輩と二人きり。

 

「やあやあ、冬林くん。しばらく見てないけど元気してた?」

「……ストレスで死にそう。原因はあんた」

「うーん。やっぱりウチの日高くんと上田くんは揉めちゃってる?」

「揉めない理由があるのなら教えて欲しいくらいですよ……!」

「そうだねー。困っちゃうねー。実はそのことで相談があるのだけれど――」

 

「というわけで、第一回バスケ部とバレー部の親善試合! 種目はバスケットボールで、審判は1年B組の冬林要くんにお願いしまーす!」

「何がどうしてこうなった!」

 翌日の放課後。バスケ部とバレー部が活動しているはずの時間帯。

 以前使用したホイッスルを首からさげて、僕は制服姿のまま彼らのテリトリーである体育館に連れてこられておりました。

 

「今になってどうしたんだい? こうなった事情は昨日説明したじゃないか」

「……実際に来てみますと、想像以上の殺伐さだったと言いますか」

「みんなピリピリしてるよねー。だからこその親善試合さ」

「正直、どの程度の効果があるのかサッパリですね……」

 体育館には結構な数の生徒が集められており、それぞれ二つのグループに分かれて、仲間同士ひそひそ話をしたり、相手をにらみつけたり牽制し合ったりしています。

 中西先輩は学校指定の体操服に着替えており、指定の室内用スニーカー。彼と同じ服装をしている生徒の集団が恐らくバレー部の部員たち。その中には険しい表情をした日高くんの顔もありました。

 バスケットシューズに正規のバスケットユニフォームという姿の生徒たちも、彼らから距離を置いたところに固まっています。黄色の生地に、黒文字で「WILL」というロゴマーク。つーか、校章。

 

「やあ、冬林。本当にお前とは縁がある」

「……どうも、神平先輩。今日はよろしくお願いします」

「どちらかと言うと、今日は俺たちが世話になる側だ。よろしく頼む」

「……双方とも怪我人が少なく済むように、最善を尽くさせていただきたいと存じます」

 

『冬林くん。キミ、もう一回審判をやってくれないかい? 実はバスケ部とバレー部で、バスケの試合をやらないかという話が出てるんだ』

 昨日の生物準備室。

 中西先輩の放った一言に僕は目を丸くしました。

 

『……何がどうしてそんなことに? ……ああ、いえ! 僕はもうあなたたちに関わるのは真っ平なので、事情は説明していただかなくて結構です!』

『情報収集はしといたほうが無難だぞー。お前はせこく立ち回るしか、生き残る手段が現状ないだろ』

『……木嶋先生。散歩に行ったんじゃないんですか?』

『あー、行く行く。今行く。それじゃ――』

『ほら、先生もああ言ってるし。返事は話を聞いてからでいいからさ』

『……絶対に受ける気はないですが、タダで情報をくださると言うならご自由に』

 

『そうする。単刀直入に言いますとボクは今結構困ってます』

『その理由は?』

『先日の一件以来、どうもバスケ部とピリピリしてて』

『当たり前です。当然です。自業自得です。ざまあ見ろ。もっともっと困りに困れ』

『わーお、クソ生意気な後輩だ』

『……みたいなことを、花田くんや灰川くんが聞いたら言うかも知れないデスネ』

『逃げを打ったね。まあ、いいさ』

 肩をすくめる中西先輩。

 

『ウチの日高と上田くんのこともあるけれど。他にも仲の悪い生徒同士がウチや向こうに入っちゃってるみたいなの。それで空気がかなり悪い。一触即発のギリギリ手前で、キッカケさえあれば、先日の野球部・サッカー部みたく爆発しそうな感じ?』

『……あなたたちがどうなろうと関係ないです。バスケ部にもバレー部にも肩入れする理由はありません』

『じゃあ、静観?』

『そのほうがいいと教えてくれたのは、先輩だった気がしますけど?』

『ふーむ。最初に会ったあの時か。これは一本取られちゃったかも……。まあ、それはそれとしてさ、冬林くん』

『何でしょうか?』

『バスケ部が加藤さんに傘を借りたって話は知ってるかい?』

『…………はい?』

『傘を貸した人にしてみれば、雨が降ってくれたほうが都合がいいよね』

『……あの、マジに何のお話ですか? 加藤さんって何年何組のどなたです?』

 

『分からないなら別にいい。話を戻すと、ボクはこの数日、今の状況をやり過ごすべく、神平くんとこっそり相談してたんだ。お互いの部員たちのガス抜きをして、どうにか正面衝突を避ける方法はないものか――?』

『……ようやく話が見えてきました』

『それを考えているうちにだね。キミが仕切ってくれたアレが使えるんじゃないかって話になったのさ』

 

 日高くんグループ VS バスケ部

 ウィル能力を使ってのバスケ対決。

 

『……つまりこういうことですね? バレー部とバスケ部の部員たちが、それぞれウィル能力を使ってバスケで勝負。ヤバイことにはなりそうですが、ガチの戦争をするよりはお互い傷が浅く済みそうだと』

『まさにそう。理解が早くて助かるよ』

『……どうしてバレーではなく、バスケでの対決になるのです?』

『んー。まあ、何となく?』

『……審判に僕を選んだのは、別の人を探すのが面倒だから?』

『そうだね。前回の実績はあるし。ルールも覚えていそうだし。キミがボクや神平くんの立場でも、他の人に声をかけようという流れにはならないさ』

『……だとしても、どのツラ下げてきたというのが今の正直な気持ちです』

『こっちもそれは想定してた。だからキミが心を動かされそうな条件を、一生懸命考えてきたよ』

『……言うだけ言ってみてくださいよ』

『うんうん。冬林くん。もしもキミがこの話を引き受けてくれるならね――ボクらバレー部とバスケ部は、灰川くんと花田くんに手出しをしない』

 

『……!』

『なんていうのはどうだろう?』

『……何をどうしたら、極悪非道のあなたがそんな条件を思いつきますかね!』

『んー。だってボクもあの二人には悪いことをしたと思っているし。――キミの次の台詞は「嘘をつけ」だ』

『嘘をつけ! ……はっ!?』

『嘘じゃないよ。ボクはこれっぽちも罪悪感なんてないけれど、悪いことをしたとは思ってる。ボクが思うくらいだから、キミならもっと気に病んでいるだろうと予想した』

 

『……あの件は僕に責任はないですよ。それに普通なら、僕に手出しをしないという話になるのではと思いました』

『もちろんアレはボクの責任さ。キミならこちらのほうが食いつきが良さそうなのと、日高くんの気持ちの負担を軽くしてあげたいのも理由かな。あの時のことを気にしているみたいだから、部長としては助けてあげたい』

 

『……歩くマッチポンプですか、あなたは』

『その評価は心外だ。ボクは限られた条件で、仲間たちのために最善を尽くそうと努力している。マッチとポンプだけで森に潜むモンスターを倒せと言われたら、火をつけて敵をあぶり出したあと、一生懸命ポンプで火を消す以外にないじゃない』

『~~~~!』

『キミの言いたいことは分からないでもないけどね。でも、ボクが人の心が分からない冷血だと思われるのは心外だ。そういう痛みもちゃんとボクは理解している。――分かった上で、相手の弱みにつけ込むのが楽しいじゃん?』

『…………』

 

 ――バレー部は二次元らぶらぶ天然さわやかサイコパスくんが率いる戦闘集団です。

 

『で、冬林くん。どうするの?』

『……いくつか確認させてもらいます。試合のルールは前回と同じ?』

『そうだね。お互いウィル能力使用のバスケ対決。ただし、人数や時間は正規でやるよ。プレイヤーは五人で、交代要員が最大七人。1ピリオド10分のクォーター制で、途中2分のインターバルや10分のハーフタイムも挟む』

『聞いたような用語がちらほらと……。それだと審判の手が足りないような?』

『バスケ部とバレー部が人員を出し合うよ。相手が不正をしないと信用しますってアピールもこめてね。ただ、主審はやっぱり中立の人でないとダメだから』

『ファウルは?』

『相手に直接接触した場合はとっていい。スポーツマンシップがないのは諦めて』

 

『……あの二人を攻撃しないという約束は、どこまで信用できるのでしょうか?』

『そうだねー。ボクらやバスケ部の言うことなんて真に受けたりしたらダメじゃない?』

『待てい!』

『いやいや。ボクはちゃんと部員にその旨を通達するよ。ボク個人としても、アイツらは見逃しても大過ないと思ってる。だけど、未来は常に不確定。先がどうなるかは誰にも見えない』

『……では、交渉は不成立ということで』

『まあまあ、そう早まらず。冬林くん。キミは約束とは守るものだと思ってる? 破るものだと思ってる?』

『……どちらかといえば前者です。同じ考えの人間が増えてくれるとうれしいです』

『実はその約束というものについて、面白い考え方をしたコがいるんだよ。そのコに言わせると、約束とは「相手が破った時に、責める口実に使うもの」なんだそうだ』

 

『? どういう意味です?』

『たとえばキミに三次元の彼女ができたとするじゃない? で、うっかりそのコとの約束をすっぽかしちゃったとする。するとキミはずーっとずっと「あのとき約束を破ったのだから、次はわたしの言い分に譲歩してくれるわよね?」みたいなことを言われ続けるだろうね、きっと』

『彼女なんていたことないけど、夢のない未来を想像してくれますね……』

『やっぱり二次元が至高だね』

『それは今は関係ねえ』

『あるいはキミが中世の王様で隣の国に戦争を仕掛けたいと思っていたとする。しかし、攻める口実がなくて困ってた。そこに隣の国の王様が、昔交わした何かの条約に違反したという情報が飛び込んできたとするじゃない?』

『……それを大義名分に相手国へと宣戦布告? 誰ですか、そういう危険な思想を中西先輩に吹き込んだのは……』

『現在、茶道部部長の松川さん』

『ぶ!』

『そういうわけで冬林くん。キミがこの話を受けてくれるなら、ボクらバレー部とバスケ部は灰川くんと花田くんに手出しをしないよ。約束する』

『……ああもう!』

 約束に違反したら攻めてきていいよと言われています。

(しかし今は実力の差がありすぎて、僕にそんなことができるはずもないってば!)

 

『……その約束はどのくらいまで有効です? たとえば、あの二人がどこかの部活に拾われて、あなたたちを潰す策略を練ったとしてもOKですか?』

『まさか。消すよ。ためらわず。部活同士のガチバトルでキレイ事など存在しない』

『……逆にそれ以外なら何をやっても?』

『そのへんは色々とグレーゾーン。ボクがどの程度、下を抑えておけるかにもよるからね。努力はする以上のことは言えないけれど、キミのほうでもあの二人にこのことは言わないで欲しいかな。――それじゃあ、そろそろ冬林くん』

『……分かりました。この話をお受けします』

『ありがとう! ボクも明日は紳士的なプレーで頑張るね』



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侮蔑と挑発の見本市

「――それでは試合を始めます。両チーム五名ずつコートに入ってください」

「ちょっと待ってもらっていいかな、冬林くん。ゲームに参戦する前に、ボクからバスケ部に言っておきたいことがある」

「……中西先輩。あなたプレイヤーとしてのご参加ですか?」

「まあね。どうせだったら楽しみたいし」

「……おい、てめえ。冬林。あまり部長になれなれしくするんじゃねーよ」

「日高くん……。そんな、」

「そんなつもりはなかった、か? 言い訳するんじゃねーぞ。俺ら部員からしてみると、同じ1年生が部長にタメ口たたくなぞ、何様だって気がして当然だろうが!」

「……ゴメン。でも、1年生?」

「ああ。ここにいるのは、みんなバレー部の1年だよ。2年はいなくて3年はボク一人というメンバー構成をさせてもらった」

「……そうでしたか。日高くんも忠告ありがとう」

「ふん……!」

 

「もしかして、バスケ部も新入生中心の編成だったりしますか? 神平先輩」

「そうだ。ゲームに参加するのは、上田も入れて全員が1年。2年生は俺一人で監督の役目をする予定だ」

「あっちのテーブル・オフィシャルズは違うけどね。ウチやバスケ部の2年や3年。ボクらの中では冷静で、道理の分かった連中だから」

「……どうも。今日は進行の補助をお願いします」

「それにしても今年はお互い新人が豊作だねー。神平くん」

「ですな」

「……むぅ」

 バスケ部バレー部ともに、ほぼルーキーだけでの布陣を敷いている。

(何か戦略的な意味がある気もするけれど、僕では予想ができないや……)

 

「それで、続きを言って構わないかな?」

「……バスケ部にお話でしたっけ? どうぞ」

「では、お言葉に甘えて。――やっほー! バスケ部のみなさん。ボクはバレー部の中西雷雨。今日はボクらに蹴散らされるために集まってくれてありがとね」

『――――!』

 

 ピイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイッ!

 

「中西部長。スポーツマンシップに反する挑発をいきなりするなああ――――っ!」

「えー。そんなもの幻想だよ。ボクの経験から言わせてもらうと、スポーツなんかやってるヤツは、スポーツをしてないコを見下す心の狭い人間になっちゃうし」

「今はそんな話をしてません!」

 

「……おい、何だ。あの野郎」

「ウチの部長になれなれしいな……」

「オレらバレー部をなめてんのか……?」

「おい、日高。アイツ、お前の知り合いか?」

「たまたま同じクラスで席が近いっつーそれだけだ。あんましナメた言動が続くなら、シメとかなきゃならねーかもな……」

「おう。そんときゃ手を貸すぜ!」

「がはっ!」

 ツッコミを入れた瞬間、バレー部陣営から険悪な空気を向けられました。

 

「いやー、日高くんの忠告が無駄になってしまったね」

「……そもそもの原因は、中西先輩の言動にあると愚考いたす所存です」

「変な敬語。それはともかく、バスケ部のほうも何だかぴりぴりしちゃってる」

「……誰かさんが余計な挑発をなされたせいだと、深く猛省をうながしたい所存です」

「ゴメンゴメン。じゃあ、少し神平くんと話してくるね。気が立ったバスケ部のガキんちょどもをなだめるべく」

「って、ちょっと!」

 止めるヒマもなく、バスケ部のほうへ向かう中西先輩。

 

「やあやあ、神平くん。ウェルキンゲトリクスがいないってことは、この件もキミが代表ってことでいいのかな?」

「……主将は現在、別の案件を片付けているためご不在です。お手が空き次第、こちらに向かうとのことですが」

「それじゃキミが指揮を執るわけ? ゲーム自体には参加しない?」

「そのつもりですが」

「そっかー。――じゃあ、キミらの負けで確定だ」

「何ですと?」

 ……体育館の空気が険悪さを増していきます。

 

「聞き捨てならない台詞ですな、中西部長。俺ではあなたに勝てないと言われた気がするのですが?」

「その程度を理解できるには頭が回るみたいね」

「自信たっぷりの挑発ですが、むしろ空威張りに見えて滑稽ですな。普通の勝負ならともかく、これはバスケの試合です。いくらあなたが百戦錬磨でウェルキンゲトリクス主将のライバルといえど、我らの土俵では分が悪い……」

「いや、全然?」

「……中西部長。それ以上の挑発は問題行為とみなして退場させます!」

「ああーっと。ゴメンね、冬林くん。キミに迷惑をかけるつもりはなかったんだ」

 とぼけた口調で謝罪する先輩ですが、すでに遅い。

 

「何なんだよ、あの中西って野郎は……!」

「畜生。俺らをナメやがって……!」

「あんなヒョロヒョロした男に何ができるってーんだよ……!」

「二次元フェチの変態が調子こいてるんじゃねーぞ、こら……!」

 バスケ部1年生たちの反感が、いきなり臨界点近くまで!

 

「うわー、ボクとしたことがついうっかり。親善試合をするはずが、みんなを怒らせちゃったよ。反省反省。自己批判」

「……明らかにわざとやってましたよね?」

「そんなことないよ、冬林くん。ボクだって人間だからミスもするさ。――そこで、おわびと言っては何だけどね、神平くん。バレー部はキミたちにハンデをあげるよ」

「ハンデなどもらう理由はありませんな。……あー、なるほど。ここで俺に『逆につけてやりたいくらいです』などと言わせるのが狙いでしたか」

「そんなセコイことは考えないって。単純にボクらの実力が圧倒的に上だから、ゲームを楽しみたいだけなんだけど」

「……口を閉じろと言いたいけれど無意味でしょうな。さっさとゲームに入りたいので、そのハンデとやらを聞きますよ」

 

「賢明な判断だ。それじゃあ、神平くん。試合を楽しくするために、こんな提案をさせてもらうよ。――前半の第1クォーター、バレー部はボク一人だけが参加する」

 

 



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サテライト=ヒーローズ

「ナメてんじゃねーぞ、てめえコラ!」

「神平先輩! やっちまいましょう、この男!」

「てめえ一人でおれら五人を相手だと? 頭おかしいんじゃねーか、このボケが!」

「ギャルゲの複数同時攻略と一緒にしてんじゃねーぞ、おら!」

「ちょっ! バスケ部の皆さん落ち着いて!」

「おやー? 一人だけ同志がいるような……」

 

「中西部長! あなた、自分で一触即発ギリギリと言っときながら……!」

「余計に火を煽っちゃったねー。でも、実力差があるのは事実だし」

「……もうダメだ」

 その一言が決定打。

 

「やっちまいましょうよ! 神平先輩! いくら中西部長といえど、ここまで言われて黙っていることはねーっすよ!」

「……上田。他のみんなも同じ意見か?」

「おう!」「当然」「やっちまえやっちまえ!」「ぶっ殺す!」「世の中、ギャルゲみたいに行かねーってことを思い知らせてやりましょうぜ!」

「……やむを得まい」

 深いため息を、神平先輩が吐き出しました。

 

「それでは中西部長。その条件に変更はございませんな?」

「うん。二言はないよ」

「……最初の10分間をバレー部はあなた一人が戦う。こちらは規定の人数でよろしいのですな?」

「五対一で問題ないよ。メンバー交代も必要ない。ガチでボク一人だけの出陣だ」

「どう思う? 冬林」

「……神平先輩。いえ、僕は立場上、推測とかを口にしてはダメなので」

 

「何か裏があるとは考えているのだな?」

「ないわけないと思います。ただ――」

「ただ?」

「中西先輩の表情を見てますと、本気で勝つつもりでもいるような……」

「……それは俺も思っていた。何にせよ、頭に血の昇ったアイツらを止めるのは――」

「お釈迦様でも無理そうですね……」

 中西先輩の挑発により、戦意MAXとなったバスケ部の1年生部員たち。(上田くんを含む)

 その現実を前にして、他に選択肢などありません。

 

「……では、中西先輩。神平先輩。その条件で試合を始めさせてもらいます」

「おっけー」

「よろしく頼む」

「ただ、ジャンプボールはどうしましょう? 中西先輩だけだと無理なので、バスケ部のボールから始めてもよろしいですか?」

「おおっと、そうか。どうせ最初だけだし、どうでもいいよ」

「神平先輩は?」

「……いや、先攻権はバレー部に譲る」

「おや? いいのかい?」

「ここまで有利な条件をタダでいただいてしまいましたからな。負けたときの言い訳をさせないよう、このくらいは譲りましょう」

「ふーん」

「では、両チームともそろそろ……」

「おっけー。中西雷雨、いっきまーす」

「こちらからは誰を出すかな……。島野、西村、藤坂、蘭堂、具志堅。まずはお前らで小手調べだ」

「うーっす!」「任せてください!」「目にもの見せてやるっすよ!」「神平先輩の期待に応えます!」「俺たちバスケ部に栄光あれ!」

「えー! オレは出してくれないんすか?」

「上田。お前はまだ控えてろ」

 それぞれのメンバーがコートに入ります。

 

「それでは試合を始めます。中西先輩。ボールを」

「うん。さんきゅー。それで冬林くん。――今日まで色々とありがとね」

「……へ? どういたしまして」

「ねえ、冬林くん。実はボクこの試合が終わったら、攻略の途中だったあのコへの告白イベントを発生させる予定だったんだ……」

「近年まれに見る斬新な死にフラグを立てられた!」

「へ? 何を言ってるのさ。ボクはフラグを立てたりなんてしてないよ。ここまでの流れは、カンペキに計画通りだしね」

「……計画通り?」

「そ。ボクなんかの手に乗っちゃうあたり、神平くんもまだまだ甘いよねー」

「……何ですと?」

「何をおっしゃっているんです……?」

「この状況をボクは狙っていたんだよ。コートの中にボク一人と、バスケ部の有象無象ども。そしてボクの手の中には試合で使うボールがある」

 ――ダンダン、と。

 その場で軽くドリブルしてみせる中西先輩。

 

「あのさ、冬林くん。キミ、もうちょっと下がってくれる?」

「……後ろにですか?」

「そそ。できたら、ラインの外側にいてくれると嬉しいな。審判のお仕事はそこからでもできるでしょ? ボクはキミに一方的な好意と親近感を抱いているから、巻き込んだりするのはヤなんだよ」

「……えーと?」

「主審に再起不能の重傷を負わせたら、試合は負けになっちゃうし」

「……よく分からないですけど、このくらいでよろしいですか?」

「そうそう。その位置。――これで全ての準備がおっけーだ。んじゃ、さくっと試合を始めてくれる?」

「え。あ……!」

 その瞬間。

 中西先輩の微笑が、一瞬だけ僕の視界に入ります。

 それは仲間に対する優しさを反転させたような、酷薄で容赦のない、それでいて敵味方の全てを魅了するような自信にあふれる表情でした。

 

 ――ピイイイイイイ、と。

 操られるようにして、ホイッスルを鳴らしています。

 

「くたばれ! 中西ぃぃぃぃいいいいいいいいいいいいいいい!」

「バスケ部の底力を見せてやるぜ!」

 試合開始と同時、まだ名前と顔の一致しない二人のバスケ部員が、ボールを持つ中西先輩へと突進!

「やれー! やっちまえ! 島野! 西村!」

「ぶっ殺せ、ぶっ殺せ、ぶっ殺せ!」

「お前ら、暴力行為は禁止だぞ!」

 体育館のコートの半分。壇上の反対側を使ってゲームをしています。

 壁側の一角にはバレー部の集団が陣をなし、もう一方のはじにいるバスケ部は、熱狂に満ちた喚声をコート内の仲間たちに送っていました。

 

「飛んで火に入る夏の虫ちゃん」

「ああん? 何か言ったか、てめえこら!」

「俺らの鉄壁のディフェンスを抜けるものなら抜いてみやがれ!」

「鉄壁かー。ちゃんちゃらおかしいとは、このことだ」

 中西先輩が笑う。

 ドリブルしながら数歩を歩いただけで、彼はまだ動きを見せません。

 ですが――

 

「あのさ、冬林くん。ありがとね」

「……え?」

「この試合が成立したのは、すべてキミのおかげだよ。キミがいたから日高くんたちがバスケで対決する話になり、キミが審判を受けてくれたから前回の試合が実現した。そして、その流れの延長で今のこの瞬間が存在する」

「……それが一体?」

「このチャンスがくるのをボクはずっと待っていた。このバスケ対決という土俵でこそ、ボクのウィル能力は最大の本領を発揮する。言ったじゃない? ――ボクはバレーよりもバスケのほうが好きだって!」

 中西先輩が手にしたボールをポーンと上空に放り投げます。

 

 次の瞬間。ボールが一瞬淡く輝いて――

「あ? 何をごちゃごちゃ言ってやがるんだ! ……がはっ!」

「俺らバスケ部をナメるんじゃ……ごふっ!?」

 

 ――ぎゅいんぎゅいん、という唸りとともに。

 中西先輩の至近にいたバスケ部員二名の身体が、コートの外に吹っ飛ばされます!

 

「島野! 西村!」

「か、神平先輩! コイツは……!」

 二人を弾き飛ばしたのは中西先輩の投げたボールです。

 

 バスケットボール。

 それが描いている軌跡は、円、周、公転。

 

 それは床に落ちることもなく、尋常の物理法則ではあり得ない目にも留まらぬスピードで、中西雷雨の周囲を3メートルほどの半径で風を切る轟音とともに旋回。(コートの横幅は、およそ7.5メートル)

 それは惑星につき従う衛星のように。

 

「自らの周囲でボールなどの球体を超高速で回転させる――

 これがボクの【サテライト=ヒーローズ】の能力だ!」



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蹂躙開始

「それじゃあ、バスケ部の新人諸君。ボクらバレー部の栄光と平和のために、悪いが地獄を見てもらおうか!」

『う……うわあああああああああああああああああああああああああっ!?』

 言葉と同時。中西先輩は敵のゴール側めがけて突っ込みました。

 ドリブルなどをすることもなく普通に走る。

 彼の移動に合わせ、ボールの旋回軌道もまた移動。

 

「ひいいぃぃぃぃぃぃっ!? ……うぎゃあああああああああああああああっ!」

「藤坂!」

「畜生! よくも俺たちの仲間を……ぴぎゃぶっ!?」

「蘭堂までが!」

「神平先輩……。実は俺、この試合が終わったら……ぐっぎゃああああああああああああああああああああああ――っ!」

「具志堅――――っ!?」

 バスケというのは、スピード感のあふれるゲームです。

 試合開始から数秒のうちに、バスケ部五人は超高速で回転するボールに巻き込まれ、全員がコートの外に弾き飛ばされ吹き飛ばされました。

 

「はいはーい。余裕でゴール下に到達だ。【サテライト=ヒーローズ】を解除する!」

 無人と化した戦場で、すでに中西先輩は悠々たる足取りです。

「ボールを手元に戻して――シュートする!」

 ヒュンッ! ……ぺこん。

「あ」

 リバウンド。

「……まあ、取ればいいんだよね、取れば」

 ボールを奪い返しにくるはずのバスケ部は、すでに五人全員が倒れ死屍累々(ししるいるい)

 

「改めてシュート。――はい、まずは先制点」

 おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!

 バレー部の陣地から喚声が湧き上がります。

 

「さーてさて神平くん。先制点は取ったけど、もしかするとこれが決勝点かも知れないね」

「……それは我々に点を取らせないという宣言ですかな、中西部長」

「んー。むしろ降伏勧告?」

「……何ですと?」

「ボクの能力は見ただろう? このまま戦えば、そちらの被害は甚大だ。ボクがキミなら割の合わない試合は捨てる。退き際を見極めるのも名将の条件の一つだよ」

 事実上、それも挑発の一環でした。

 

「冗談じゃねえ! やられっぱなしで終われるかよ!」

「おう! 上田の言う通りだぜ!」

「ナメられたままじゃ気が済まねえ!」

「くくく。奴ら五人衆は我々バスケ部新人の中でも、そこそこ強い中堅どころ……!」

「ダメじゃんよ!」

「……審判。ここでタイムを要求する!」

 神平先輩の表情に焦りが見えます。

 

「おやおや、いきなりタイムを使っちゃう?」

「仲間を回復させる時間が必要ですので。派手に吹っ飛ばされはしましたが、五人とも意識は戻っている様子です」

 その言葉の通り。

 何人かは顔に青あざを作るなどしながらも、黄色のユニフォーム姿の島野、西村、藤坂、蘭堂、具志堅くんの五人のバスケ部員は、よろよろとその場に立ち上がります。

 

「それはボクが手加減をしてたからだけど?」

「……これ以上、あなたと話すつもりはありません。審判、少しいいか?」

「ええ。構いませんけど……」

「実はルールについてなのだがな」

 苦い顔をしながら、神平先輩が近づいてきました。

「あの中西部長の能力だがな。ルールでファウルという解釈にはできないか?」

「……難しいです。ルールブックに『相手チームのプレイヤーにボールをぶつけてはいけない』とは書いてなかったと思いますし。明らかにスポーツマンシップに反するような言動はしてますが……」

 

『ファウルは?』

『相手に直接接触した場合はとっていい。スポーツマンシップがないのは諦めて』

 

「……確かに直接触れてはいないがな」

「ええ。それに失礼な言い方ですが、スポーツマンシップうんぬんを言い出したら、バスケ部のほうが不利ではないかと……」

 野次を飛ばしまくるバスケ部に比べ、バレー部は部長が派手な言動をするだけで、他の部員たちは大人しいです。

 

「トラベリングにはならないか?」

「……それの定義は『ボールを持ったまま、ドリブルをせず三歩以上歩く』? ボールを投げてからの移動だから、引っかからないと思います」

「『ウィル能力でボールを操作するのは違反』というルールを今から追加しろ」

「無茶苦茶なことをおっしゃいますね……!」

「こっちも必死だ。部員を生き残らせるためなら何でもするぞ。まさかあの中西の能力が、ここまでヤバイとは想定していなかった!」

「それは同感ですけれど……」

 思えば最初に出会ったときも、彼はさりげなく手にボールを持っていました。

 

 3年、バレー部部長 中西雷雨

 ウィル能力名 【サテライト=ヒーローズ】

 効果 ボールなどの球体を、自分の周囲で円を描くよう超高速で旋回させる。

 

「ちょっと計算に付き合ってくれ。俺の見た感じだと、およそ1秒でボールは二周していたようなのだ。半径が3メートルだとして、その速度は……」

「秒速およそ36メートル。これに3600をかけて、1000で割りますと……」

「129.6。つまり、最低でも時速130キロのスピードで飛ぶバスケットボールを、あの男は自在に俺たちにぶつけることができるのだ!」

「……さっき手加減とか言ってましたから、もっと加速できる可能性もありますね。しかも狭いコートで逃げ場はないし!」

 ウィル能力を持つ僕らといえど、基本は生身の高校生。

 マトモにそんな衝撃を喰らったら、一生の後遺症が残ってもおかしくは……

 

「……もしかして物理的な攻撃力では、かなりの上位ランクではありません?」

「どうだかな。しかし今の状況では、確かに最高の破壊力を持っている。ボール限定のサイコキネシスなど使い道は限られていそうなのだがな……」

「神平先輩が妨害は?」

「俺の【道連れメガネ】は相手が手に持っている道具にしか使えない。体から離れれば、その瞬間に効果は切れてしまう」

「……相性が悪いですね」

「だから、念動力系のウィル能力でボールを動かすのを禁止しろ」

「……無茶苦茶なことを言ってくれますね! ですが、あなたたちバスケ部にとっても、それはやめたほうがいいと忠告します」

「何故だ?」

「それが上手くいったら結果として、僕が情報を総取りすることになるからです」

 

「? どういう意味だ」

「つまりですね……そうしたルールを組み込んだ場合、バレー部のほうでも抗議する権利が発生するのですよ。そちらがシュートを決めるたび『今のは念動力でボールを動かしてたから無効』とか言ってもいいわけです」

「む……」

 ――今のは誰かの能力でボールを動かしていただろう!

 ――いや、そんなことはしていない!

「なんてやり取りが頻繁にあったとしたら、試合にならないじゃないですか? これを防ぐ方法は、僕には一つしか思いつきません。――バスケ部・バレー部の参加者全員の能力を審判に申請して教えること」

「……なるほど。情報の総取りか」

「ええ。あなたたちは校内でも危険な集団だと評判ですし。そこの新入部員二十名以上の情報なんてのは――」

「……それだけの手土産があるのなら、身を寄せるところには困らんだろうな。茶道部との縁も完全に切れているとは思えんし」

「そんなリスクがある以上、そのルールはやめたほうがいいと存じます」

「そうだな。馬鹿を言った。俺も冷静ではなかったか……」

「……そろそろ試合を再開です。バスケ部のスローインから」

「やむを得ん。バスケ部はメンバー交代をしない。島野、西村、藤坂、蘭堂、具志堅の五人で続行だ!」

 

 



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合法的なる暴力の嵐

 第一クォーター 2対0

 バスケ部がボールをコントロール中。

「おや? 妙な陣形を使ってきたね」

 神平先輩の指示があったらしく、バスケ部の五人は先程と違うフォーメーションで中西部長に対峙。

 ボールをドリブルしているのは、具志堅くんと呼ばれた男子です。残りの四人は警戒しながら敵のマークに当たってました。

 

「具志堅! 狙いはスリーポイントだ!」

「はいっす! 先輩!」

「なるほど。ボクからボールを取るのは諦めたんだ」

 中西部長の呟きが耳に届き、僕も遅れて理解します。

 

(神平先輩の立てた作戦は恐らくこうか――?)

 ①バレー部がシュートを入れると、ボールのコントロール権はバスケ部に移る。四人がかりで敵をマークし、一人が確実にシュートを決める。

 ②シュート後は権利がバレー部に移り、中西先輩のサテライト=ヒーローズが発動。しかし無理にボールを奪うのは諦めて、五人全員が必死で逃げる。

(つまり、野球みたいに攻守のターンがはっきり分かれる感じだね……)

 

 これを繰り返していけば、この第1ピリオド終了時、バスケ部は得点で遅れを取ることもないでしょう。

 ②で中西部長は得点を後回しにして、コート内のバスケ部員を仕留めるのを優先する可能性も高いです。

 

 しかし、その場合は8秒ルールや24秒ルールなどが彼らの有利に働くかと。

(※8秒ルール……ボールをコントロールしたチームは8秒以内にボールをフロントコートに進めなければならない)

(※24秒ルール……ボールをコントロールしたチームは24秒以内にシュートをしなければならない)

 

「いいね。なかなか考えた。しかし、この作戦はボクがボールを奪えないのを前提にしてないかい?」

「けっ! 調子こいてんじゃねーぞ! 中西さんよぉ!」

「さっきは不意をつかれたが、タネさえ分かれば手ぶらのてめえなんぞ怖くはねえ!」

「ボールを持たないボール使いなど、そこらの一般人と変わりなし!」

「おれら四人のディフェンスを抜けるものなら抜いてみな!」

「ボール使いかー。違うんだよなー」

 出来の悪い弟たちを見守るような表情で、中西先輩は薄く微笑みました。

 

「ボクが操れるのは――球体なんだよ」

 ――ヒュンッ、と。

 彼のもっとも近くにいたのはバスケ部員の島野くん。

 その両目の近くのすれすれを小さな何かの物体が、飛ぶ鳥か虫のように鋭い速さでかすめます。

 

「……ひっ!」

 とっさに手で目をかばう島野くん。

 それは人間が等しく持つ防衛本能。恐怖による反射行動。

 

「はい。まずは一人抜きましたー」

「……え? ああっ!?」

 しかし、それはこの試合中、絶対にやってはいけない行動の一つでした。

 

「西村くん、藤坂くん、蘭堂くん。――キミたち三人も同じやり方で充分さ」

「うわっ!?」

「ひぎゃっ!?」

「目が! 目がぁああああああああ――っ!?」

「大げさだなー。さすがに目を潰したりはしないよ。――今はまだ」

 眼球というのは人体の器官のなかでも極めて弱く、かつ失ったときのダメージがもっとも大きい急所の一つでしょう。

 その近くを何かが過ぎれば、誰でもとっさに目を閉じる。あるいは手などで目を覆う。

 それは即ち視覚の遮断。

 

「はいはーい。あっという間に四人全員を抜きましたー!」

 

「な、何だ今のは!?」

「……神平先輩。恐らく体操服のポケットに、丸くて小さい何かを仕込んでいたと」

「む。BB弾か何かをか……? それなら今すぐ試合を止めて、中西の身体検査を実行すれば!」

「証拠が出れば反則として扱うこともできますね。でも、僕の考えを言わせてもらうと、たぶん無駄です」

「な、何故だ?」

「あの人が使っているのは――アメ玉だと思うんですよ」

 ――アメでも食べる? ビー玉みたいに丸いキャンディ。

 

「【サテライト=ヒーローズ】は、丸い物体を自分の周囲で回転させるウィル能力。その軌道を調整して、アメ玉があの四人の目をかすめるようにした。スキをついて突破するには充分ですし、噛み砕いてしまえば証拠だって残りません」

「くっ! しかし一度検査を実行すれば、その手は二度と……!」

「たぶん予備のアメとかを、バレー部の誰かに持たせてるんじゃないですか? 一度シロだという結果が出たら、かえってやりたい放題になってしまうと思います」

「それはマズい。お前は俺以上に冷静だな……」

「だとしたら岡目八目だからでしょうかね」

「そうか。解説キャラ検定で準一級が取れそうなくらいだな……!」

「……そういう神平先輩は密かにテンパっておりますか?」

 中西先輩が具志堅くんに追いつきました。

 

「いやっほー! 具志堅くん。今まさにシュートをしようとしてたみたいだね」

「え。う、うわああああああああああああああっ!? な、何で?」

「怖がらなくてもいいってば。キミが動作に入ってるから、ボールにタッチはできないし。だから、YOU。さっさとシュートをしちゃいなYO!」

「ひ……ひいいいいいいいいいいいいいいいっ!?」

 素人目にも明らかに腰の引けたフォームで、ボールは放り投げられました。

 しかし、必然のごとくリバウンド。

 それを中西先輩が奪い取る。

 

「いえーい! それでは、おにーさん。反撃を開始しちゃいます。

 ――【サテライト=ヒーローズ】!」

 地獄が始まる。

「……ぐっ! ぶっぎゃあああああああああああああああああ――――っ!?」

「具志堅――――っ!?」

 最初の犠牲者は具志堅くんでした。

 先程よりも明らかに速いスピードで回転するボールが頭部を直撃。よろめいたところを、軌道を一周してきたボールが飛んできて顔面を激しく強打。

 

 さらに二周三周と……

 中西先輩がその場に留まるだけで、ボールの軌道は正確に具志堅くんの身体の位置を通過。サンドバッグにされたぬいぐるみか人形のように、重量級の衝撃が何度も何度も叩き込まれます!

 

「はい。まずは一人やっつけたー」

 その場に倒れた具志堅くんは、もはやピクリとも動きません。

 

「さーてさて。8秒ルールがあるからね。速攻で移動しないとダメなのよ」

「……! お前ら、中西から見てのバックコートに避難しろ!」

(※バックコートバイオレーション……一度フロントコートに進めたボールをバックコートに戻してはいけない)

 

「的確な指示だ。――だが、全員逃がさない!」

『う、うわぁあああああ――っ!?』

「やっちまえ――っ! 中西部長!」

「バスケ部の連中に目にもの見せてくださいよ!」

「いえーい! 仲間の声援があるのなら、おにーさんは全力で頑張っちゃう! あとは二次元のあのコの愛があれば最高だ!」

『ぐぎゃああああああああああああああああああああああああああ――っ!?』

 島野、西村、藤坂、蘭堂くんの四人は圧倒的な暴力により蹂躙されました。

 



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中西 VS 上田 球体と拳

 第1クォーター 4対0

「さあさあ、試合を続行するよ。キミたちバスケ部のスローインから再開だ。とは言え、全員ズタズタだから、メンバー交代が先だろうけど」

 24秒ルールをフルに使い、敵の四人にダメージを与え続けた中西先輩。

「き、貴様……!」

「怒らないでよ、神平くん。この形式で勝負するのはキミと話し合って決めたことじゃない? 『加藤さんがアレなことを企んでいるみたいだから、軽くスポーツでもしてお互いの敵意を発散させようぜ』って」

「……迂闊でした。今思えば、あの言葉があなたの罠だった」

「やだなー。ボクは言葉を罠として使ったことなんか一度もないよ? それはともかく、試合はたったの4点差。まだまだ逆転は可能だよ」

「貴様……!」

 すでにこの第1クォーターは点の取り合いの勝負ではありません。

 バレー部部長の【サテライト=ヒーローズ】での攻撃に、何人のバスケ部員が生き残れるか? そんな戦いになっていました。

 

「まあ、どうするかは適当に決めて。ボクはちょっと仲間とお話ししてる」

 マイペースな歩調で、部員たちのところに戻る中西部長。

「……やむを得んな。お前たち」

『はいっ! 何っすか、神平先輩』

「責任はすべて俺が取る。この試合は棄権しよう!」

「なっ! 何を言い出すんですか!?」

「おれたち、まだまだ戦えるっす!」

「あの五人はさすがに無理ですが、残りのメンバーはまだ無傷!」

「……こんなところで、お前たちを使い潰すわけにはいかんのだ! 敵はバレー部だけではない。ここで戦力が弱体化しては一気によその勢力に攻め込まれ、伝統あるバスケ部が消滅する可能性すら――」

 

「わーお。神平くんってば冷静だー。さすがはメガネキャラだけのことはある」

「中西雷雨……!」

 

「神平先輩! やっぱりやっちまいましょう!」

「ここまでナメられて、引き下がれるわけねーっすよ!」

「お前たち……」

 沈痛な表情で、メガネの下の瞳を曇らせる神平先輩。

「だったら、オレが行くっすよ!」

「……上田」

「オレ、頭悪いから分かんねーすけどよぉー。こういうのってアレじゃねーっすか? ――偉いヤツをぶっ殺せ」

「……間違ってはいない。敵の頭を潰すのはこうした場合のセオリーだ。しかし、あの男は危険すぎる!」

「へっ! 上等じゃねーっすか。オレなんかを拾ってくれたバスケ部への恩に報いるために、この上田竜二が参るっす!」

 

「――そういうわけで、審判の冬林。本人がタイマン勝負をしたいと言うので、こちらは上田だけを出してワンオンワンに持ち込みたいのだが」

「向こうが先にやってきた以上、拒否するわけにもいかないでしょう……。上田くんに無茶はしないよう伝えてください」

「感謝する」

 神平先輩と苦笑を交わし合い、試合再開のホイッスルを鳴らします。

 

「中西部長! 仲間のカタキを討たせてもらうぜ!」

「思ったより早く出てきたね。いいよ。真っ向勝負と行こうじゃないか。おにーさん、胸を貸したげる」

「後悔させるぜ、その余裕!」

 ドリブルをしながら上田くんが近づきます。

 ただし利き腕ではなく左手で。右手は固くこぶしを握り締め、時折何もない空間に向けて空のパンチを打ち込んで――

 

「不自然なフォームだねー。灰川くんのこともあったし、おにーさん、キミの能力を見切っちゃったかも」

「へっ、上等! あんなクソデブごときはともかく、あんたほどの男と刺し違えるなら本望よ! フルパワーで行きますぜ!」

「いいねー。ピリピリしたこの空気。これでこそ異能力高校の生徒だよ」

 ゴール下で微笑む中西先輩。

 次の瞬間、上田くんが動きました。

 

「くたばりやがれ! 拳々発破ァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア――――っ!」

 ボールを後ろに放り投げ、真っ向から殴りかかる!

 そんな彼の右こぶしには――強くて淡い輝きが。

 

「……いい能力みたいだね。MAXでの破壊力ならボクより上か? でも――」

 上田くんの攻撃を中西先輩は避けようともしません。

「行け――っ! 上田!」

「その野郎を潰しちまえ!」

「お前なら中西にだってきっと勝てる!」

「やったか!?」

 上田くんのこぶしが敵の顔面を打ち砕こうとするその瞬間――

 

「でも、タメがない分、接近戦ではボクのほうが有利だね」

 ――ひゅんひゅんひゅん、と。

「がっ!? ……へ? え? あ……!?」

 上田くんの肉体、こぶしを突き出した右半身に、散弾銃で撃たれたように、無数の小さな穴が開きます。

 

《……全弾きゅーしょは外しておくよ?》

 何が起きたのか分からない。そんな表情で一瞬呆ける。

 血が噴き出す。

 

「な……! 何じゃこりゃあああああああああああああああああああ――――っ!」

『う、上田あああああああああああああああああああああ――っ!?』

 

 倒れる上田くんを、中西先輩は冷たく見下ろします。

「【サテライト=ヒーローズ】――キミの半身にパチンコ玉を撃ち込ませてもらったよ」



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あふれる詭弁と第1クォーター終了

「いやいや、誤解だよ。神平くん。ボクは上田くんを傷つけるつもりなんて、これっぽちもなかったんだ」

「……よくもそんなことが言えたものですな! パチンコ玉など、あなたの能力なしでも立派な凶器になり得るでしょう! それが『たまたま』あなたのポケットに入っていた理由があるのなら、ご説明していただきたい!」

「まあ、カリカリしないでよ。ちゃんと事情は説明する。実はウチの部員の火口くんが、未成年なのに駅前のパチンコ屋に行っててね。ねえ、火口」

「はい。申し訳なかったっす」

 

「……それで?」

「部長としてはそんなの見過ごすわけにはいかないじゃん? 先生に見つからないよう、パチンコ玉をポケットに持っていたから没収したの。そこを上田くんが殴りかかってきたから反射的に――」

「……パチンコ玉を自分の周囲で高速回転させてしまったと?」

「本当はバリアーみたくして、ガードするだけのつもりだったんだ。でも、上田くんが予想以上に勢いよく突っ込んできてたから」

「……不幸な事故で身体に突き刺さってしまったと?」

「そうそう。アレは不幸な事故だった」

「……誰に何と言われようと、身体検査を実行しておくべきでした」

「そうかもね。ボクが火口からパチンコ玉を取り上げたのは、上田くんが出ると言い出した直後だけどさ」

 

「~~~~!」

「まあまあ。カリカリしないで神平くん。たまたまボクのポケットに、アメが一個入っていたけど食べないかい?」

「いるか!」

「そう。じゃあ、これはボクがガリガリガリのごっくんちょ……と」

 取り出したアメを噛み砕く中西先輩。

 

「さて、神平くん。ボクとしてはこれ以上疑われるのは心外だ。フェアプレーの精神で臨むべく、身体検査でも何でもしてくれたまえ!」

「やかましいわ!」

「神平先輩、落ち着いて……。ここであなたが冷静さを失っては、バスケ部は完全に瓦解します」

 

(どうしたって分が悪いよね……。最初に殴りかかったのはバスケ部だし)

「……ああ、スマン。冬林。忠告には感謝しよう」

「冬林くんは親切でいいコだねー。おにーさん、ちょっと神平くんにジェラシーだ」

 バスケ部のプレイヤーたちはすでに六人が倒されました。

 あっという間に戦力は半減し、残りのメンバーも士気は目に見えて低下中。

 

「……お前たち。作戦を告げる」

『は……はい!』

「この先、バスケ部は一人ずつしかメンバーを出さない。――そして、逃げ回ることだけに専念する! ボールを奪おうなどとするな。点もいらん。足が疲れたらすぐ交代。いざとなったらコートの外にも逃げる。

 とにかく中西から距離を取ることだけを考えろ!」

「それは……時間稼ぎってことっすか?」

「そうだ。第一クォーター終了まで恥も気にせず逃げ回れ。そして中西の動きを観察し、あの能力の弱点を何としてでも見つけ出す!」

 

「――わーお。向こうもなりふり構わなくなってきた。でも神平くんってば、敗戦処理の才能があるかも知れないね」

「……侮辱するというよりも、本気でそう思ってるような口ぶりですね。中西先輩は」

「うん。結構本気でほめてるよ。あのコは勝ちに行くよりも、自軍の被害を最小に減らすような戦い方が得意かも」

「長い目で見れば、そっちのほうが優秀かも知れないですね……。しかし、上田くんたちは大丈夫でしょうか?」

 勝負の内容はすでに学校に申請してあり、あらかじめ手配してもらっていた救護班が、すでに倒れた六人全員を大学病院に搬送してくれていましたが――

 

「大丈夫じゃない? あそこの先生たちは優秀な人がそろっているし。ボクが撃ち込んだ玉くらいなら、キレイに摘出してくれるはず」

「……それでもしばらくはまた入院でしょう。いちおう手加減はしてたんですか?」

「だねー。ボクが本気で能力を使えば、パチンコ玉で人体を貫通するくらい余裕……と言いたいけれど。人間の肉や骨って固いから」

「待て。前にも試したことがあるんかい……!」

「くっくっく。ご想像にお任せするよ」

(もう嫌だよ……この学校!)

 

「それじゃあ、別の話題を振るけれど」

「二次元の彼女のネタを、三度も使うような人ではないと信じてますよ」

「わーお。釘を刺されちゃいました。んじゃ、ちょっと趣向を変えて。――キミ、ボクの能力の弱点って思いつく?」

「……ボールがないと戦えないこと」

「それは誰でも分かるよね。他には?」

「……射程距離が意外と短い気がします。というか、半径を広げ過ぎるとボールが一周する時間が長くなり、相手が避けやすくなるのでは」

「いいところに目をつける。でも、バスケ部の連中もそのくらいは承知だろうさ」

「分かっていても打つ手がないのが現状ですよね……。逆に言えば、それらの弱点がなくなる戦いに持ち込んだのが凄いかと」

「いえーい! おにーさん、頑張りましたー!」

 

「……それと、自分の弱点を補う工夫がもう一つ」

「ん?」

「日高くんを仲間に入れたのは、万が一にでもバスケ部に取られたくなかったからではないですか?」

「……! キミもスゴイね! そこまで読まれるのは予想外」

 

 そこから先の展開は、ほぼ神平先輩の指示した通りの流れになりました。

「――【サテライト=ヒーローズ】!」

「逃げろ! 牧村!」

「ひいいいいいいいいっ!? うぎゃああああっ! あぎゃああああ――っ!?」

「ちっ! ちょこまか逃げるのに専念されると、さすがに軌道に捕らえにくいや……」

 ピイイイイイイ――ッ!

「――っと。時間をかけすぎた」

「8秒ルール。ボールのコントロール権がバレー部からバスケ部に移ります!」

 

「さあさあ、牧村くん。かかってきなさい。ボクはキミとの一騎打ちを所望だよ!」

「挑発に乗るなよ、牧村。シュートは決めなくていい。とにかくボールを取られるな。もし取られたらすぐ逃げろ!」

「はいっす! いざとなったらコートの外にだってぶん投げるっす!」

「それでいい!」

「……開き直られると厄介だね。まともにワンオンワンだと技術の差は結構あるし」

「中西先輩。念押ししますが、今回はファイブファイルで退場ですので」

「分かっているさ、冬林くん。……くっ! また、ちょこまかと!」

「……ウェルキンゲトリクス主将。あなたのご指導で磨いてきた技術が、このような形で役立ちましたぞ!」

 

「メンバー交代! 牧村を下げて剣持に!」

「……はぁはぁ、もう走れねえっすよ」

「よくあの能力から逃げ切った。まだ勝負はついていないからゆっくり休め。お前の力があとでまた必要だ」

「はいっす! ……っと、先輩!?」

「ん?」

「剣持の野郎が、今シュートを決めたっす!」

「何っ!」

 おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!

 

「メンバー交代! 剣持に代わって手塚を出す!」

「……うぐぐぐ。痛ってー……!」

「大丈夫か、剣持?」

「……かすっただけだから問題ないっす。しかし先輩。スミマセンっした!」

「? 何を謝る」

「……点を取るなという指示を無視しちまいましたから」

「いや、俺は危険を冒してまではするなという意味で言ったのだ。お前のシュートでみんなの士気が高まったからな。むしろ、よくやってくれた」

「……神平先輩!」

「手塚には無理をするなと言ってある。剣持に張り合おうなどとせず、自分の安全が第一だと。お前も今は身体を休めることだけを考えろ」

「うっす!」

 

 第1クォーターも残り数秒となりました。

「ひっ! うわっ! どわっ!」

「逃げろ! 逃げるんだ! 沼田!」

「あと少しだ! 頑張れ!」

 あれからバスケ部は手塚くんと交代で出た部員がボールの直撃を喰らい、意識を失って搬送されました。しかしこの場合は、犠牲者を一人に抑えた神平先輩の手腕が評価されるべきでしょう。

「楽しませてくれるよ! このクォーターが終わって引っ込むまでに、もう一人仕留めておきたいところなんだけど……!」

「かわせ、沼田! あと少しで終了だ!」

「ういっす!」

 現在の得点は24対8で、バスケ部が大きく負けています。

 

 しかし、この先の流れ次第では充分逆転可能な点差。

 コートにいるのは、篠宮くんという男子と交代で出された沼田くんというバスケ部員で、中西先輩の【サテライト=ヒーローズ】での攻撃を必死に全力でかわしています。

「あ……!」

 しかし残り2秒を切ったところで、運悪く足を滑らせました。

 

「――よし! はいぱー虐殺タイムの開始だね」

 そのスキを見逃すような敵ならば、バスケ部はこのような窮地にいません。

 

「う、うわああああああああああああああああああああ――っ!?」

『ぬ、沼田――っ!』

 誰もが彼の退場を確信したその瞬間――

 

 ――ズシン、ズシン、と。

 校舎を揺るがすような足音が聞こえてきます。

 

「……っ! これはまさか……!」

「皆の者! 喜べ! 援軍だ! 我らが主将のお出ましだ!」

 

 現れたのは、まさに筋肉のかたまりでした。

 丸太のような腕と足。身長は二メートルをゆうに超す巨体。猿人に先祖返りでもしたかのような野性味あふれる風貌。

 内側から盛り上がった筋肉は学生服をはちきらんばかりで、ギリシア彫刻を通り越し金剛力士像のそれを思わせる圧倒的な迫力と存在感。

 

 彼こそが異能力高校バスケ部主将――

 

 ――ふしゅっ! ふしゅっ! ふしゅるるるるるるる――っ!

 

「来たね、ウェルキンゲトリクス。ここからが本当のゲームの始まりだ……!」

 不敵に呟くバレー部部長。

 旋回していたボールが床に落ちてバウンドし、第1クォーターが終了します。

 



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第2クォーター開始とメンバー交代

「……とは言え、さっきまでの戦いで、おにーさんエネルギーを使い切っちゃってヘロヘロだ。あのさ、冬林くん」

「はい。何でしょうか」

「あらかじめ宣言しとくけど、次からはメンバー交代。ボクが引っ込んで、火口、矢野、獅子堂、中熊、華小路くんの五人を出すよ」

「了解しました」

「主将の到着と沼田くんの生還で盛り上がってるバスケ部にも言いたいことがある。さっきチラッと神平くんが『援軍だ』とか言ったけど、ウェルキンゲトリクスがメンバーとして参加するのはナシだよね?」

「……確かに。僕もそれはルール違反だと認識します」

 

 ――ふしゅっ! ふしゅっ! ふしゅるるるるるるる――っ!

 

「中西部長。それと主審の冬林。我らがバスケ部主将ウェルキンゲトリクス様はこのようにおっしゃっています――『案ずるな。この試合を我は神平とその他の部員たちに預けている。我のごときがしゃしゃり出て、彼らの功績を奪うような真似はせぬよ』と」

「点差は目に入ってる? 功績どころか負け星がついちゃうだけかも知れないよー」

 

 ――ふしゅっ! ふしゅっ! ふしゅるるるるるるる――っ!

 

「我らがバスケ部主将ウェルキンゲトリクス様はこのようにおっしゃっています――『それならそれで構わぬよ。勝利の美酒を味わうだけでは、男は男として成長せぬ。臥薪嘗胆(がしんしょうたん)を味わい、敗北の責任をその背に負って耐えてこそ、仲間を支える強さを身につけることができるのだ』と」

「わーお。かっちょいーい。その点だけだとウチは結構きびしいねー。ボクら3年が好き放題やりすぎたからさー。下があまり育っていないのよ」

 

 ――ふしゅっ! ふしゅっ! ふしゅるるるるるるる――っ!

 

「我らがバスケ部主将ウェルキンゲトリクス様はこのようにおっしゃっています――『ならば来年の今頃は、我々がそちらを手玉に取っているかも知れぬな。中西よ』と」

「んー。ボクらもバスケ部も両方死んでる可能性だってあるけどねー」

 

 ――ふしゅっ! ふしゅっ! ふしゅるるるるるるる――っ!

 

「『なるほど! それは充分あり得る事態だな! 我としたことが、つまらぬ未来を予想した。あるかも分からぬ先のことより、今のこの試合の結果がどうなるか? この席で見届けさせてもらうぞ、中西よ』と」

「おっけー。仲間の葬式で使う弔辞の準備でもしといてよ」

 

「それでは第2クォーターを開始します。バレー部のボールデッドだったので、バスケ部のスローインから」

 2分のインターバルを挟んで第2クォーターが始まります。

 バスケ部のメンバーは、生き残っている牧村、剣持、手塚、篠宮、沼田くん。

 バレー部は中西部長の宣言通り、火口、矢野、獅子堂、中熊、華小路くん。

 この試合開始以来、初めての五対五の対決です。

 

「いやー、ようやく普通のバスケらしくなってきたね」

「……あんたが言うな!」

 ともあれ、第2クォーター開始。

 

「んー。ヒラの勝負だと、さすがにこっちが押されているや」

「よし、そのままもう一本シュートを決めろ! 我らの底力を見せるがいい!」

 数分が過ぎて、得点は30対20と、点差がじりじりと縮められています。

 

「ちょっとタイム。冬林くん。少しいい?」

「……何でしょうか? 中西先輩」

「キミがルールを把握してるかをちょっと確認したくてね。あのさ、プレイヤーが一人になったらその時点で負けだって知ってる?」

「……………………へ?」

「普通のバスケの試合でもケガしたり、ファウルがたまって退場することは当然あるじゃん? ボクらはこの試合で変則なメンバーの出し方をしたけれど、最低二人のメンバーがいないとチームとは呼べない。だからそういうニュアンスで、この取り決めがあると思うのだけど……」

「……待ってください。急いでルールを確認します!」

「そんなこともあろうかと、あらかじめルールブックのページを開いておいたよ」

「ぶっ!」

 

 ~良い子のバスケットのルール~

 ゲームの途中でプレイヤーが一人になると負け。相手チームの得点が多い場合はそのスコアを採用し、自分のチームの得点が多い場合も2対0で負けになります。

 

「こういうルールが公式であるけど、どうしようか? 他のルールもアレンジしちゃってるから、これを使うかはキミの判断に任せるけれど」

「……待ってください。このルールを採用したら、あなた間違いなく消耗戦を仕掛けますよね?」

「はっはっは。誠意とスポーツマンシップにあふれるボクのことを信用してよ」

「勝負の鬼である中西先輩は、一番卑怯で効果的な手段を取ると確信してます!」

 現在バスケ部五人に対し、バレー部はフルで十二人が健在です。

 バレー部十一人が倒れる前にバスケ部の四人を倒せばそれで勝ち。

 

「やだなー、冬林くん。親善試合の意味が分かってる? そんな卑怯なやり方だと、勝ったとしても遺恨が残ってしまうじゃない。あくまで正々堂々とした戦いこそが、ボクらバレー部の信条さ!」

「『部活同士の戦いだったら、ボクらはどんな卑怯な手でも使うよ』『部活同士のガチバトルでキレイ事など存在しない』……どちらもあなたの台詞です」

「えー? ボクそんなこと言ったっけ?」

「部活を率いる立場として、言葉には責任を持たんか――――い!」

 僕のツッコミが体育館に響き渡ったその時でした。

 

 ――ふしゅっ! ふしゅっ! ふしゅるるるるるるる――っ!

 

「『構わぬ。そのルールを組み込んでくれるが良いぞ、審判よ』と、我らがバスケ部主将ウェルキンゲトリクス様はおっしゃっているぞ、冬林」

「……って、ウェルキンゲトリクス先輩に神平先輩。いつの間に?」

「そんなこともあろうかと、のあたりだな。主将のご意思は我々にとって最優先。バスケ部はその泥仕合に、あえて踏み込むことを良しとしよう」

「おやおや、神平くん。いいのかい?」

「構いませんとも。お互いルールに反しないのなら、何をやっても問題なし。それがこの学校における正々堂々というものですな?」

「いいねいいね。それでこそバスケ部の次代を担う人材だ」

 

 ――ふしゅっ! ふしゅっ! ふしゅるるるるるるる――っ!

 

「ただし念を押しておくけれど、途中参加のウェルキンゲトリクスがコートに出るのは認めない」

「構いませんよ。ただ、我らが主将が応援席から部員に激励を飛ばすのは、どのルールにも違反していませんな?」

「? それがダメならスポーツ観戦なんてできないじゃん」

「ですな。……聞いたな? 冬林」

「ええ……。確かに中西部長のお言葉を耳にしました」

 ここからバスケ部の反撃が始まることを僕は洞察したのです……。

 



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反撃開始!(蹂躙されるモブたちよ)

「タイム終了ー。それじゃ、お前たち。手はず通りの作戦で。ただし不測の事態が起きたら、各自柔軟かつ迅速に対処するよーに」

『はいっ! 中西部長!』

 試合再開。

 コート内ではバレー部バスケ部のプレイヤーたちが、五対五で入り乱れています。

 第2クォーターに入ってからはウィル能力の応酬はなく、ヒラ(イカサマなし)の勝負が続いています。ただし審判の僕の目に映らないというだけで、水面下では何か起きている可能性もなくはなし?

 

(しかし、静かだった水面に波紋はすでに投げられた……!)

 

「さーてさて。乱戦を制するのはどっちかにゃーと」

 先程までと比べ、明らかにコート内の空気がぴりぴりとして重苦しい。

 お互いウィル能力をフルに使っての攻防が始まる。

 恐らくは中西部長さえもが――そう思ったであろう瞬間でした。

 

 ――バナナハオヤツニ入リマスカアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!

 

「いきなり何を言い出すんだ、てめえわぁああ――――っ!? はぐっ!」

「ど、どうした? 火口」

「あ、足が……足が……!」

「足がどうした? 痛いのか?」

「か……痒い」

「は?」

「痒い……。痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い! ひいいいいいいいいいいいっ! もう我慢できねえ!」

「おい! 試合中に靴を脱いで掻きむしるなよ……って臭ええええええええええっ!」

 バレー部1年、火口くんの足は傷口が化膿でもしたかのように、ぐちゅぐちゅと無残な有り様になっていたのです。

 

「何だよ、そりゃ……。水虫か?」

「昨日まではなかったよな!?」

「痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い!」

「しっかりしろ、火口! ……でも、臭え!」

「皆の者! 速攻だ!」

『あ……!』

 バスケ部が得点を入れました。

 

「……あれー? ねえ、バスケ部さん。というか、ウェルキンゲトリクス。お前今一体何をした?」

「何のことですかな、中西部長。我らが主将ウェルキンゲトリクス様は、コート内で戦う仲間に向けて、激励を飛ばしただけですぞ」

「『バナナはおやつに入りますか?』のどこに喝を入れる要素があったのさ」

「どんな台詞で士気を上げようが、それは我々の勝手でしょう」

「む」

 

「……お話し中、失礼します。主審としてバレー部の火口くんは、試合に参加不能だと判断しました。とりあえず保健室に連れていき、足の容態がひどいようなら病院で診てもらったほうがいいのかと」

「おっと。ゴメン、冬林くん。ボクとしたことが仲間の心配を忘れるとは不覚だよ」

「それで、中西部長。火口くんの代わりはどうします?」

「……あえてメンバーの補充なし。点差はあるし、しばらく四人で続行ね」

 

 ――バナナハオヤツニ入リマスカアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!

 

「てめえは遠足前の小学生か! ……ぎゃっ!」

「どうした矢野!」

「か、身体が……皮膚がぴりぴりするよおおおおおおおおおっ! うおわあああああああああああっ!?」

「お、おおお落ち着け! 暴れるな!」

「皮膚? 服の下がどうかしたのか?」

「みんな! 矢野を押さえろ! そして体操服を脱がせるんだ!」

「ぴぎゃああああああああああああああああああああああああっ!?」

「ひいっ! これはひどい! これは重度の化学繊維へのアレルギだあ――っ!」

 

 ――バナナハオヤツニ入リマスカアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!

 

「何なんだよ、さっきから! 高校生にもなっておやつはねーだろ! ……はれ?」

「獅子堂! どうした急にフラついて!」

「な、何か眩暈(めまい)みてーな感じが……。ま、まっすぐに立てねえ……ごぼふっ!?」

「獅子堂――っ!?」

 

「失礼しました、中西部長。ウチの部員がついうっかり、ふらついた獅子堂の顔面にボールをぶつけてしまったようです。しかし――」

「……ボールをぶつけちゃダメというルールはなかったね。悪いが、冬林くん。すぐに彼を保健室にお願いだ」

 

 ――バナナハオヤツニ入リマスカアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!

 

「そんな使い古されたボケをするんじゃねえっ! ……ごほふっ!」

「中熊! ……ひっ! 急に中熊の口が臭くなったと思ったら、重度の歯槽膿漏になっている――っ!」

 

 ――バナナハオヤツニ入リマスカアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!

 

「……『バナナはおやつに入りますか?』って質問をみんなよくするけどよぉ――っ。それって持っていけるおやつの値段にもよるよなぁあああああ――っ?

 おやつの値段が200円とかだったらよぉ――っ。せっかくの遠足、小学校生活を楽しくするイベントだ。バナナの一本二本くらい、おまけしてやれって感じだな――っ!

 

 だが、逆に500円とかだったらよぉ――っ。ガキが菓子ばっかり食ってねーで友達とも遊べって感じでよぉ――っ。バナナはおやつに入れちまえって思うよなぁ――っ?

 

 つまり、どういうことかって言うとだよぉ――っ……

 

 そもそもおやつの値段はいくらだっつーんだよ! それを言わずに『バナナはおやつに入りますか?』なんて聞いてるんじゃねーぞ、このタコが! ……ぐっ!?」

 

 ぴーぎゅるるるる!

 

「は、腹が……! 突然腹が本気出した感じのぜん動で、腸の内容物を押し出そうとしてやがる!?」

「ちょっ! 誰か華小路くんを速攻でトイレに連れてって!」

 

 バレー部1年、火口、矢野、獅子堂、中熊、華小路くん。――再起不能。

 得点的にもバスケ部はバレー部に逆転しました。

 

「ふむ。そちらは五人全員が脱落したようですな、中西部長」

「……えーとね。メンバー交代。初岡、目黒、真島、柴山、田中」

「では、審判。それで試合を再開してくれ」

「ちょっと待った。タイムを取るよ。……こんな心理状態何年ぶりだろ。おにーさん、頭がパニックになってるや」

「ちっ……!」

 バレー部のメンバーは残り七人。

 初岡、目黒、真島、柴山、田中くんの五人に日高くん。監督も兼ねている中西部長。

 

「おい、冬林。話がある」

 その内輪の中から抜け出して、僕の前の席の日高エイジくんが話しかけてきました。

「……何の用さ、日高くん」

「そう邪険にするなって。同じクラスメイトだろ?」

「クラスが同じなだけで仲良くできるなら、僕らはこんなことになっていない」

「うるせえ! 中西部長から伝言があってお前に聞きたいことがあるんだよ」

「……答えない。聞きたくない」

「いいから聞けよ! そっくりそのまま伝えるぜ――

『ねえ、冬林くん。キミ、第1クォーターの間、神平くんにアドバイスしたりしてズルイよね? 彼を揺さぶり指揮を混乱させ、バスケ部を殲滅する予定が狂っちゃった。

 いくつかトラップも仕掛けてたけど、キミに潰された気もするし。審判が一方に肩入れするのは良くないよ。

 

 ――だから、ボクらにウェルキンゲトリクスのウィル能力を教えてちょんまげ♪』」



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審判冬林 VS バレー部日高

『あの、日高くん……。上田くんを最初に倒したのは冬林くんかもって話はどうしたの? バスケ部とも戦って、部員の能力も知ってるかもって』

 

『この学校で人間関係がこじれる最大のタブーは何だと思う?』

『……相手の能力の正体や、その弱点をバラすこと?』

 

「断る」

「即答しやがったな。てめえ!」

「……だって、僕がそんなことしなくちゃいけない理由は全然ないし。そもそもウェルキンゲトリクス先輩の能力なんて、僕は知らないデスデスヨー」

「嘘をつくんじゃねえ、てめえこら!」

「……嘘ジャナイッテ。勝手な妄想で絡まれたって、知らないものは知らないとしか言えナイヨー」

「この野郎!」

 日高くんに胸倉をつかまれます。

 

「ふむ。そちらの部員が問題行動を起こしているようですな」

「おおーっと! 日高くん、それはナシ。あくまで平和的なやり方でボクのミッションを達成してよ」

「……中西部長」

「ここからバレー部が逆転できるかはキミの成功にかかってる。キミなら冬林くんとの友情により、有利な情報を引き出せると信じているよ」

「……はい」

 日高くんが手を引っ込めます。

 バスケ部とバレー部。

 双方から向けられる視線が険しくなりました。

 

 ……僕としては、ここが正念場のようでした。

 バレー部1年 日高エイジ VS 無所属主審 冬林要

「甘く見るなよ、冬林。俺はバレー部での居場所を守るために、何としてでもお前から情報を聞き出すぜ!」

「……お帰りください。バスケ部に恨まれるのが嫌だから、僕はキミに話すことなんて何にもない。そもそもそんな重大な機密を、僕みたいな1年ごときが知るわけナイジャン?」

 それぞれ校内での立場をかけた交渉バトル!

 

「――とりあえず日高くん。審判権限で退場にされたい?」

「できるわけないだろう。俺はお前と普通に話しているだけだぜ? 正当な理由もなく処分をしたら、お前はバレー部から恨まれる!」

「……いや、めちゃめちゃ正当な理由だと思うけど」

「見解の相違だな。とにかく知ってる情報をとっとと話せ!」

「……困ったな」

(ひとまずの方針は……タイムの時間切れまで粘ること?)

 

「……そもそもバレー部は何を根拠に、僕がそんな情報を知ってるなんて思うわけ?」

「お前は茶道部のコネを使って、ウチの部長に会いに行ったって聞いたぜ? そんなリスキーな行為を茶道部がするなんてよっぽどのことさ。お前と連中に強いつながりがあったのは間違いない!」

「……自分とこの部長に会わせるのを、リスキーなんて言っちゃうのはどうなわけ?」

「うるせえ! 俺たちはまだ入学して日が浅い。お前に茶道部とのコネができたとしたら、例のバトル以外に考えられないだろ!」

「……それはそれは名推理」

(ピースが欠けまくりな気はするけれど、中西先輩はたぶん確信があるんだろうね……)

 

「あのさ、日高くん。仮に僕が茶道部と一緒に戦って、バスケ部主将の能力も知っていたとしよう。でも、今の僕は審判として話すわけにはいかないよ。――もちろん、ここで見聞きした内容もぺらぺらしゃべるつもりはない」

「……部長の【サテライト=ヒーローズ】をバラされたくなかったらってか?」

「僕だってバレー部を敵に回したいわけじゃない。ただ仕事を引き受けた以上、可能な限り公正でありたいと思ってる」

「敵の能力が分からなければ、俺たちは高い確率で負けるんだよ……!」

「承知の上で勝負でしょう? 自分たちに都合が悪いからって何で僕が責められる?」

「仲間を助けてやりたいという当たり前の気持ちが分からねーのか!」

「……ゴメン。それをキミが言う?」

 

「バレー部の居心地はそんなに悪い? あんな入部の仕方をしたら、自業自得だという気はするけれど――」

「うるせえ! 勝手な想像をするんじゃねーよ! みんな灰川や花田のことは知ってるが、俺を温かく迎えてくれたよ」

「……そうなの?」

「ああ――『そんな二人が仲間じゃ仕方ない』『実力のないヤツがウチに入ったって苦しむだけだ』『中西部長の判断は適切だった。お前も足手まといを率いてよくやったよ』ってな」

「……可哀想だよ、二人が」

「屁理屈ばっかりこねやがって! こっちはお気楽なてめえと違って必死なんだよ!」

「……僕だって安楽な立場じゃない。――分かった。キミがそう来るのなら、切り札を一つ切らせてもらうよ」

 僕は声を低めます。

「あん? 異世界の勇者ネタなら、もう俺は動揺しないぞ」

「そうじゃない。あのさ、日高くん――【ぷち=グラビティ】」

「な……!」

「やっぱり。それがキミのウィル能力の名前だね。効果は物を重くすることで、時間は数秒ってところかな?」

 

 1年B組34番 日高エイジ(所属 バレー部)

 ウィル能力名  【ぷち=グラビティ】

 効果 触れた物体を数秒間だけ重くする。

 

「……いつから気付いてやがったんだ」

「この体育館で、キミらが仲間割れをした日。キミが灰川くんの鼻先に触れた瞬間、彼の顔面が床につっこんだ。最初の屋上では僕の体が急に重くなったしね……」

(察しのいい人たちなら一発で気付くのかも知れないね。たとえば――)

「……俺の能力をバスケ部にバラすって言いてーのか?」

「それだと僕がバレー部に恨まれる。だから、ちょっとした工夫をさせてもらうよ」

「工夫……だと?」

「あのね、日高くん。中西先輩はどうしてキミを仲間にしようとしたんだろう?」

「……あの二人に比べたら、俺が一番マシだったからだろ」

「僕はそれだけじゃないと思う」

 

「……何が言いたい?」

「中西先輩の【サテライト=ヒーローズ】はバスケットボールを回転させて、敵にぶつけることができる。アメ玉も動かせる。複数のパチンコ玉を弾丸のようにも撃ち込める。攻撃力とスピードを兼ね備えた、優秀で戦闘向きな能力だ。でも――」

「何だよ?」

「たとえばボーリングの玉とかを、同じように操作できるかというと疑問じゃない?」

「……! つまり球体であっても重すぎるものは動かせない?」

「そう。だからキミが被弾覚悟でボールを受ければ、回転を止めることができるかもと思うんだよ」

 

 ――面白い話を聞かせてもらったよ。ぷちグラ、ぷちグラ、ぷちグラね……

 ――日高くんを仲間に入れたのは、万が一にでもバスケ部に取られたくなかったからではないですか?

 

「……俺は部長の天敵だった? でも、それが一体?」

「天敵というか対抗策の一つかな? 上田くんを倒したパチンコ弾とかは防げないだろうし。でも、そのことをバスケ部に教えたら連中はキミの獲得に動く……かも知れない」

「……! 俺が部長やみんなを裏切るかよ!」

「そう。でも、僕はバレー部のみなさんに、僕がバスケ部にこのことを教えたことを教えてあげようかと思うんだ」

「て、てめえ……!」

 ①日高くんの【ぷち=グラビティ】があれば、中西先輩の【サテライト=ヒーローズ】を封じられる?

 ②とは言えバスケ部がそれを知っても、必ず日高くんを引き込みに動くとは限らない。

 ③しかしバレー部の部員がこのことを知ったなら、日高くんに疑念が湧くはず。

 

「……この試合中は僕は何もしないよ? でも、このあとクラスメイトとして上田くんのお見舞いに行こうかと思ってる。そこでバスケ部の誰かに出くわしたら、脅されて今の推理をしゃべっちゃうカモ」

「この野郎……!」

「上田くんのこともあるし、現実にバスケ部がキミを入部させるのは難しい。でも、そういう嘘情報を流すのは、彼らにとっていい作戦だと思うんだ」

「……バレー部の仲間割れを誘えるからか?」

「そう。キミが仲間を裏切った前科も不利に働く。――まだやるかい?」

 自信満々なフリをしてみたが、こんなのは実現性が薄いハッタリです。

(でも、日高くんがもう少しだけ混乱してくれればそれでいい。タイムが終わるまで、あと何秒……?)

 チラリとバレー部のほうを見てみましたが、中西先輩は「はじめてのおつかい」を見守る親のような表情でこちらの様子を窺ってました。

 

《冬林くんもエグくなってきてるよねー。でも――》

 

「……さて。そろそろ戻ってくれるかな? 日高くん」

「――よ」

「? 何?」

「姉ちゃんが不倫をしたんだよ!」

「へ?」

 それは突然の絶叫でした。

「……な、何さ。突然」

「二年前に結婚した姉ちゃんが、職場で不倫をしてたんだよ! それが旦那にバレて離婚された! 会社もクビになって慰謝料を何百万と請求されて! ウチに出戻ってきて貯金もないから払えないって親父とおふくろに泣きついて! そしたらウチの馬鹿両親! 俺の学費を弁済に使いやがった!」

「……マジ?」

「マジもマジも大マジだ! 抗議したら『ウチの姫ちゃんが困っているのだから仕方ないだろ? お前も男の子なんだから、お姉ちゃんを助けてあげなさい』だとよ……。

 畜生! アイツのどこが姫ちゃんじゃ! 結婚前は普通の体型してたのが、戻ってきた時には豚の国の女王陛下みたくなってたわ!」

「……子供はいるの?」

「いねえよ! 家に帰ってきてからも、毎日毎日ゴロカラ家畜みてーに暮らしてた! そんで俺には『あんたは卒業したら遊んでないで、家に少しでもお金を入れなさい』だとよ……! 人の人生狂わしといて何抜かす……! 家に金がなくなったのは全部てめえの責任だろうがよぉおおおおおおおおおおおおおおお――っ!」

「…………」

「……もう俺はあの豚女のせいで、中卒の底辺として生きていくしかないのだろうか。そう絶望していた時に、この異能力高校の入学案内が届いたんだ……。正直、天の救いだと思ったね。何が何でも、どんな苦しい思いをしようと、誰をドブに沈めようと、俺はこの学校を卒業する。そう――」

 固くこぶしを握り締めて、日高エイジくんは宣言します。

 

「高卒労働者に――俺はなる!」

 それは夢も希望もない、しかし切実な魂からの叫びでした。

 

「……俺はこの数週間で自分のレベルを思い知ったよ。この学校にはお前や上田みたく嫌な野郎がゴロカラいる。中西部長には完敗だ……。

 それでもあの人は、俺が部員である限りは助けてくれると言ったんだ。化け物じみた精神力と冷酷さだが、リーダーとしては頼りになる。俺はバレー部の一員として生きていくため、何が何でもてめえから情報を聞き出すぜ!」

 タイムが終わるまで、あと数秒。

 

「……あのさ、日高くん」

「おう! 何だこら!」

「『バナナはおやつに入りますか?』って僕に質問してみてくれる?」

「…………は?」

「いいから」

「『バナナはおやつに入りますか?』……これでいいのか?」

「『いいえ。バナナはおやつに入りません。しかし、持てるのは一人一本までと決まってまーす』」

「……はああああああああっ!?」

「今のやり取りをそのまま中西先輩に伝えてみてよ。――それと『一生バナナだけ食ってろ、このゴリラ』は絶対ダメなNGワード。あと、みんなが黙っていてもダメ」

「……え? あ、ああ……」

 釈然としない様子ながらも、日高くんは仲間たちのもとに戻ります。

 

「――おっけー。分かった」

 しばらくして、中西部長の声が僕の耳に届いてきました。

 

「ウェルキンゲトリクスの能力は、ボケにツッコミを入れると発動するタイプの能力だ」



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バナナとゴリラの危険な関係、その本領

 試合再開。

「……スゴイね。あれだけで答えに辿り着くんだ……。というか、タイプとして分類されるほどツッコミで発動する能力は多いんかい!」

(これからのツッコミは控えよう……)

《前の台詞がすでにツッコミなのですが。ちなみに神平くんからは――》

 

『ああ、冬林。お前のさっきの発言はバスケ部への敵対行為と見なさせてもらうぞ』

『……あの、直接情報を話したわけではないのですけど』

『言い訳にならん。この試合中は何もしないが、いずれ借りは返してもらう』

『あーもう……! 余計なこと言わなきゃ良かった……!』

 

《甘ちゃんだねー。可愛いけどさ♪》

 

 試合は前半残り数分で、バレー部が4点を追う状況でした。

 

「行け! 初岡、目黒、真島、柴山、田中!」

「迎え撃て! 牧村、剣持、手塚、篠宮、沼田!」

『うおおおおおおおおりゃああああああああああああああっ!』

『くたばれええええええええええええええええええええええええええええっ!』

 

 ――ふしゅっ! ふしゅっ! ふしゅるるるるるるる――っ!

 

「はっ! よろしくお願い致します、主将!」

「来るね……!」

 

 3年、バスケ部主将 ウェルキンゲトリクス(本名・木村良夫)

 ウィル能力名 【バナナとゴリラの危険な関係】

 

 ――バナナハオヤツニ入リマスカアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!

 

 効果 『バナナはおやつに入りますか?』という質問をして、ツッコミを入れてしまった者に肉体の異常を引き起こす!

 

「ふっ……! タネさえ分かってしまえばこっちのものだぜ!」

 不敵に微笑んだのは、コート内でボールを持つバレー部1年の初岡くん。

「いいえ! バナナはおやつに入りません! しかし、持てるのは一人一本までと決まっているぜ!」

 

【バナナとゴリラの危険な関係】追記

 この能力はボケにツッコミを入れると発動する。ボケにボケで返されてしまうと効果がない。

 

 ――ふしゅっ! 

 初岡くんの叫びにより、ウェルキンゲトリクス先輩の攻撃は無効化される――

「がっ……!? ぐぎゃああああああああああああああああああああああっ!」

 はずでした。

 

『は、初岡――っ!?』

 初岡くんの右足首が、あり得ない方向に曲がっています。

 

 ばたんとコートに倒れ伏し、手からボールがこぼれ落ちました。

「よし! お前ら、ボールを奪え!」

「取らせるな! 目黒! お前が近い!」

「へいっす! 中西部長! ……やりました! 取りました!」

 

 ――バナナハオヤツニ入リマスカアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!

 

「ええっ! も、もしかして一言一句でも変えちゃダメ? 『いいえ。バナナはおやつに入りません。しかし、持てるのは一人一本までと決まってまーす』……ぎゃっ!」

 バレー部目黒くんの足首も、同じように折れ曲がる。

「……ちょっと待ちなよ」

 中西先輩の表情から、すっと微笑が消えました。

 

「くっ……! 冬林の野郎! 俺にガセ情報をつかませた!?」

「いや、日高。ボクの勘がそれは違うと言っている。この状況を合理的に説明できる解答は――」

 バレー部が思考する間にも、バスケ部の攻撃は続いています。

 

 ――バナナハオヤツニ入リマスカアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!

 

「くっ! うるせえ! 今は遠足の準備の時間じゃねえだろう!」

「バカ、真島! それは紛れもないツッコミだ!」

「し、しまった……! ……がはっ!」

「真島ああああ――っ!?」

 

 ――バナナハオヤツニ入リマスカアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!

 

「うるせえ! 下らないこと喚いているんじゃねーよ、このゴリラ! ……ひぎっ!」

「柴山! 自分でツッコミを入れるなと言っておきながら……! くっ! つ、次の攻撃がくるぞ……。ど、どうすればいいんですか、中西部長!」

 

 ――バナナハオヤツニ入リマスカアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!

 

「う、うわああああああああああああああああああああああ――っ!?」

 バレー部でコートに立っているのは、田中くんという男子一人になりました。

 彼がパニックになりかけたのとほぼ同時――

「日高」

「は……はい!」

「『――――』と言え」

「へ? へ? へ? な、何で?」

「いいから言え! 今すぐに!」

 長考していた棋士がようやく駒を動かすように。

 中西先輩が日高くんに指示をします。

 

 次の瞬間――

「『いいえ! アフリカなんかではバナナは主食! お酒だって造ってまーす!』」

 

 ――ふしゅっ!?

 

 そして――何も起こらない。

「どう? 日高くん。体におかしいところはどこかある?」

「い……いえ。何も」

「おっけー。おにーさん、冴えが戻ってきたかもね」

 いつもの笑顔を取り戻した中西先輩が、バスケ部陣営にウィンクを飛ばします。

「さーてさて。どうする? バスケ部。ここで試合を捨てるなら、おたくの主将の最後の秘密は守られるかも知れないよ?」

「いかがなさいますか、ウェルキンゲトリクス主将?」

 

 ――ふしゅっ! ふしゅっ! ふしゅるるるるるるる――っ!

 

「さようですな。俺もそう思います。――中西部長。我らがバスケ部主将ウェルキンゲトリクス様はこうおっしゃっておいでです――

『ふ。中西よ。それは聞けぬ相談だ。何故なら我がウィル能力の最後の特性は、敵に知られたところで被害は薄い。弱点を突かれたのは最近のため、このようなルールがあること自体、我自身も気付いておらなんだがな』と」

「ふぃー……。でも、ギリギリで気付けて良かったよ」

「あ、あの。中西部長? おれは一体どうしたら……」

「田中くん。次にウェルキンゲトリクスが攻撃してきたら今のと同じ台詞を言ってよ」

「へ? えーと……バナナがお酒でアフリカで……」

 

 ――バナナハオヤツニ入リマスカアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!

 

「って、いきなり――っ!? 『いいえ! アフリカなんかではバナナは主食! お酒だって造ってまーす!』……ぎゃああああああああああああああああっ!?」

 コート内にいる田中くんも倒れました。

 その有り様を見て、僕もようやく気付きます。

 

「……もしかして。ウェルキンゲトリクス先輩の能力に『同じ台詞は一度きりしか使えない』?」

「みたいだねー。キミが彼の攻撃をかわしたのも一回だけだったんじゃないのかな?」

 

【バナナとゴリラの危険な関係】追記2

 ツッコミではないボケ台詞でも、すでに誰かが言ったニュアンスの台詞では、何らかのダメージを受けてしまう。

 

「た、確かに……。でも、そこまで分かっているのなら、田中くんで実験する必要はなかったような?」

「いいや。この場合は推理に確証を得るのが最優先。ウェルキンゲトリクスの能力を正確に知ることは、この試合だけでなく一年間の勝負にだって関わってくる。冷酷かも知れないけれど、ここで新入りを何人か潰すくらい安い買い物だったよね」

「お、鬼だ……!」

 僕が真に彼に恐怖したのは、この時だったかも知れません。

「キミから情報をもらうのも敵は織り込み済だったみたい。マジで一本取られたよ」

 

 ともあれ、試合はバスケ部が2点を入れて6点差。

 第2クォーターも残り20秒を切っています。

 途中参加のウェルキンゲトリクス先輩の能力だけで、バレー部の十人が倒された。

 

「しょうがないにゃー。次からはまたおにーさんが参戦します」

「ほう? よろしいのですか、中西部長」

「やるしかないし。それと先に言っておくけど神平くん。キミの推理は当たっています」

「……何のお話です?」

「キミはボクのスタミナを疑問視してるだろ? 実はそれ、正解さ。

 ボクの【サテライト=ヒーローズ】はパワーとスピードが強い能力だけど、それだけ使用にエネルギーを喰っちゃうの。第1クォーター、フルに動いたから疲労困憊。今まで休んだ程度ではちょっと回復が追いつかない」

 

「……そのようなことを、なぜわざわざ俺に話すのでしょう」

「こう言われるとキミは困るだろ? さっきまでは推理に自信があったけど、ボクが変なことを言ったせいで、ハッタリやフェイクの可能性が出てきて揺れている」

「……本っ当ーに喰えないお人ですな。あなたは」

「ボクを食べていいのは二次元の美少女だけだから」

 へらりと笑い、中西先輩はテーブル・オフィシャルズたちのところに向かいます。

 

「ねえねえ、紙一枚とシャーペンちょうだい。遺言状をしたためる。……はい、どうも。さーらさらのさーらさらっと」

 用紙一枚を奪い取り、裏に何かを書き始めました。

「……中西先輩。一体何を?」

「ん。だから遺言だよ。冬林くんもちょっと見るかい?」

「ぶ!」

 そこに書かれていた内容は――

 

「んじゃ、これは日高くんに預けよう。あとのことはヨロピクね」

「……いえ、ヨロピクと言われましても。俺はコートに出なくていいんですか?」

「んー。正直、足手まといかな。キミ、ボクの公転攻撃に巻き込まれずに適切な援護ができる?」

「……普通に考えて死にますね」

「でしょ? だから、キミのやるべきことは、ボクに万が一のことがあった場合、その遺言の内容をつつがなく執行してくれることなんだ」

「そんな縁起でもない……って、この内容は……!」

「くくく。ヨロピク頼むよ、日高くん」

「へい……。引き受けました」

 

 コートに向かう中西先輩。

 が、途中で足を止めます。

「あ、そうそう。神平くんにウェルキンゲトリクス」

「……何でしょうな?」

「お互い余力が残ってないからさ。試合はこの第2クォーターで終わりにしない?」

「……いかがなさいますか、主将?」

 

 ――ふしゅっ! ふしゅっ! ふしゅるるるるるるる――っ!

 

「『ふ。神平よ。我はこの試合をお前に預けたと言ったであろう。中西の揺さぶりなど取るに足らぬ。お前はお前の判断で、敵への返答を決めるがよい』みたいなことを、キミらのバスケ部主将は言ったとみたよ」

「……ドンピシャですな」

「彼との付き合いも長いから。で、どうするの?」

「そうですな。……こう言ってはいけないでしょうが、俺もいい加減飽きました」

「いえーい! それじゃあ、お互い最後の一踏ん張りと行こうじゃなーい!」

 

 第2クォーター。

 最後の20秒が始まりました。

 

「【サテライト=ヒーローズ】! ずっぎゃ――――――――――――ん!」

「口で言うなよ!」

 公転するボールを従えた、中西先輩が敵陣めがけて突進します。

 しかし彼を迎え撃つのは、バスケ部の牧村、剣持、手塚、篠宮、沼田くんの五人ではありません。

 

 ――バナナハオヤツニ入リマスカアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!

 

 コート外からのウェルキンゲトリクス先輩の雄叫び!

 バスケ部五人はゴール下に集結し、中西先輩の射程の外にいます。

 敵への攻撃もゴールも決まらず、中西雷雨ここで散るかと思われたその瞬間――

「いいえ! バナナはバショウ科バショウ属の多年草。学術上、『おやつ』なんて分類には入りませーん!」

 

 ――ふしゅっ!?

「な……! 日高! 貴様!」

 叫んだのは、コートの外の日高エイジくんでした。



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中西の策

『……中西先輩。これのどこが遺言ですか?』

『しー……っ。冬林くん。声が大きい。バスケ部の連中に聞かれたら、温厚で善良なボクでも怒るよ、ホント』

『……失礼しました。でもこれ、どう見てもカンペですよね?』

『そうだよ。ボクの思いつく限りのバナナに関するギャグやボケやトリビアを書いて、日高くんに読み上げさせる。そうやって時間を稼いでいるスキに、ボクはバスケ部の残党をミ・ナ・ゴ・ロ・シ♪』

『あなた、実は地上に降り立った悪魔でしょう……!』

 

「あの野郎! 最後の最後まで抜け目のない……!」

「はいはーい。神平くん。愚痴や泣き言はあとでじっくりゆっくりと!」

「お前ら、散開して回避しろ!」

「ちょっと反応が遅いよねー。三人ばかりとらえたよ!」

『ぐぎゃあああああああああああああああああああああっ!』

 バスケ部1年、牧村、剣持、手塚くん。――脱落。

 

「あとの二人は来ないわけ? じゃあ、遠慮なくシュートだね……!」

 バスケ部との点差、4点に。

 

「くっ! 篠宮、沼田。こうなっては絶対にボールは渡せんぞ……!」

 残り時間も少ないが、充分逆転が可能な圏内です。

 さらに二人のどちらかが倒れては、ルール上バスケ部の負けになる。

「どうだろうねー。ここまで来たら、ボクもちゃんと点数で勝ちたいとか思ったり」

「お前ら、真に受けるなよ」

「信用ないにゃー」

 一方、コートの外側では――

 

 ――バナナハオヤツニ入リマスカアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!

「いやいや、次の遠足の行き先はバナナ園! 現地でいくらだって食べられまーす!」

 ――バナナハオヤツニ入リマスカアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!

「今度の行き先は南極でーす! 凍って釘が打てちゃうけれど、それでもキミは食べるのかーい?」

 バスケ部主将ウェルキンゲトリクス VS バレー部1年、日高エイジ(原稿:中西)

 両者譲らぬ、シュールなボケ合戦が続いてました。

 

「さーてさて。ボクもシュートを決められるわけにはいかんのよ。これ以上点差が開いたら、時間的に逆転は無理だしね」

「フ。できますかな?」

「おれと篠宮のコンビは、今年のバスケ部1年のなかでも、最強の名をほしいままにしているぜ!」

「おい、二人とも。あからさまに負けフラグを立てるなよ……」

「いいじゃない、神平くん。昔のキミを見ているようで微笑ましいや」

「待て。事実無根だ」

「しかし、バスケ部1年最強だというのなら仕方ない。――ボクも少し本気を出すとしようじゃないか」

 いつの間に補充したのでしょうか。

 中西先輩の体操服のポケットから、無数の色とりどりのアメが飛び出して、右回転左回転ランダムのように、ぐるぐると彼の周囲を乱舞して、見る者を幻惑し始めます。

 

「な……!」「こ、これは一体……?」

「【サテライト=ヒーローズ】――カラフルキャンディー・コレクション」

 ポップなウィンクをしてみせるバレー部部長。

 

「――さて、キミたち。知っているかな? この太陽系にある惑星は、英語ではローマ神話の神々の名前が冠されている。

 それを取り巻く衛星たちも、神話の登場人物の名をつけられた。そして我らが地球の衛星であるあの月は、狂気と不実のシンボルだ。占いで使うタロットでは一八番目のカードだね」

「……それが?」

「一体何だっつーんだよ?」

 ボールをドリブルする篠宮くんを、沼田くんが前でガードする体制。

 

「――警戒したところでもう遅い。キミらはすでにボクの策にはまっている。一見、不規則な動きのなかに、よく見ると一定のパターンがあるだろう?」

「な……何だと?」

「くっ! 無数のアメ玉を操って何をしようというんだ、てめえは!」

「ふっ。ならば、お見せしようじゃないか。篠宮くん、沼田くん……」

 右手の人差し指を立て、中西先輩が二人の方向を指し示します。

 

 次の瞬間――

「あっち向いて、ホイ!」

「へ?」「あ?」

 中西先輩が向かって右方向を指差しました。

 つられてそちらを見る篠宮くん。沼田くんも同じ方向に顔を向けました。

 

「はーい。このスキをついて、ボールにタッチ♪」

『中西! てめえええええええええええええええええええええええ――っ!?』

 渦巻いていたアメ玉がポケットの中に吸い込まれ、代わりにバスケットボールが高速回転し始めます!

 

「やーいやーい、バーカバーカ! 引っかかってやんの! アメ玉を出してからの動作や言葉は、全部お前らを騙すためのブラフだよーん! これからは詐欺師が右手を動かしたら左手を見るようにするんだね! その時は右フックを決めるけど!」

 バスケ部二人を吹っ飛ばし、中西先輩は悠々と移動してシュートを決めました。

「うぐぐ……!」

「あがが……!」

 しかし、その回転の威力と加速は先程までより明らかに弱い。

 直撃を受けた篠宮・沼田くんは、ダメージを負いながらも立ち上がります。

 

 ――バナナハオヤツニ入リマスカアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!

「いやー、俺、バナナ大公殿下のことをマジでリスペクトなんっすよぉおおおおおおおおおおおおおおおお!」

 

 第二クォーター残り7秒。

 点差――2点。

 

「さあ! ここが最後の勝負だ。バスケ部の諸君! お互い悔いがないように、全力を出し切って戦おう!」

「お前ら、適当に時間を稼げ。コイツのペースに乗るんじゃないぞ」

「は! 承知」

「分かってますぜ!」

「……わーお。神平くんってばクールだね」

「それではバスケ部のスローインで再開です」

「いえーい……。冬林くんも粛々と自分のお仕事を遂行だー。――まあ、いいさ。他人のミスなんて当てにしない。ボクは自分の力でボールを奪い、最後はスリーポイントを決めて逆転さ!」

「フ。今のあなたにできますかな?」

「さっきの攻撃は明らかに威力が弱っていたぜ! バスケ部1年最強の、篠宮とこの沼田のコンビから果たしてボールを取れるかな!」

「やはり言動が負けフラグっぽいのだが……」

 残りの数秒をやり過ごすべく、バスケ部の篠宮くんと沼田くんのコンビは守りに専念する構えでした。

 篠宮くんが後ろでドリブルし、沼田くんが前に立ちガードする。

 

「おやおや、さっきと同じ陣形で大丈夫? ボクに手玉に取られたのを忘れたかい?」

「フ。二度も三度も同じ手は喰らいませんぞ!」

「おれが篠宮をガードして、ボールには絶対触れさせねえ! あんたが何を言おうと何をしようと、おれたちはもはや動揺しないぜ!」

「ふーん。ボクが何をしようとね……」

 一方その頃、外野では――

 

 ――バナナハオヤツニ入リマスカアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!

「くっ……! そろそろカンペに書かれた文章も尽きてきた。――いいえ! バナナというのは、白人の思考や価値観に染まった黄色人種に対する蔑称でーす!」

 ――バナナハオヤツニ入リマスカアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!

「ストックの台詞はあと二つ! …………へ?」

「? 日高くん?」

「な……中西部長。お、おおお俺にこんな台詞を読めとオッシャルノデショウカ……?」

「ちょっ……! 何か言うなら早くして!」

 

【バナナとゴリラの危険な関係】追記3

『バナナはおやつに入りますか?』という質問をして、30秒以内に誰も何も言ってこなかった場合――

 

「畜生! 俺も覚悟を決めたぜ……。バレー部の勝利と栄光のために行け! ――日高エイジ!」

 次の瞬間――

「『いやん、ダーリン♪ 今夜のおやつは、あなたのバナナを食べさせてえええええええええええええええええええええええええええ――――っ!』」

「ぶっ!」

 大絶叫する日高くんに、つんのめりそうになる僕。

 あとでカンペを確認させてもらったところ、

 ※ボクが中学のとき、クラスの女子が持ってたBL小説のオビの文。ここぞという場面で大声で感情をこめて叫ぶこと!

 という注釈が添えられていたのでありました……。

 

 ――ふしゅるっ!?

「は……!?」

「な、何じゃそれは……!」

「あ、アホか!」

 コートの内外のバスケ部たちにも動揺が走ります。

「油断したね、キミたち」

『あ……』

 その瞬間、中西部長が沼田くんの脇をダンスのようなステップですり抜けて、篠宮くんに追いつく。ドリブルしていたボールに、そっと軽く手を添えます。

 

「――言ったじゃない? 右手を動かしたら左手を見ろって。この場合、ボクが右手で日高くんが左手さ。ボクに注意を向け過ぎたのが、キミたち二人の敗因だ」

「ぐっ……! おのれ!」

「あんたを意識するなってーのが無理な話っすよ……」

「そう言ってもらえると、おにーさん冥利に尽きちゃうね。また今度みんなで遊ぼうよ」

『お断りだああああああああああああああああああああああああああ――――っ!?』

 高速回転するボールが、篠宮くんと沼田くんの二人を弾き飛ばしました。

 

「このままゴールまで一直線!」

「くっ! あの二人では止められん! 主将!」

 

 ――バナナハオヤツニ入リマスカアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!

 

 しかし、中西先輩に最後の難関が降りかかる。

 コートの外で観戦する、ウェルキンゲトリクス先輩からの側面攻撃!

 

「日高くん! 頼んだよ!」

「分かってます。でも、カンペの最後に書かれたこの文章は……!」

「ゴメン。ボクもそこで引き出しが尽きちゃって」

「……あの短時間で、これだけ考えられただけでも神業ですよね。ええーい! 俺も男を見せてやる! くたばれ、ウェルキンゲトリクス! 

 ――てめえみてえなゴリラ野郎は遠足のあいだ友達とも遊ばず、一人で黙々とバナナだけを食っていやがれ! ……がはっ!」

 最後はボケでなくツッコミでした。

【バナナとゴリラの危険な関係】の能力が日高くんに発動。彼の鼻穴から噴水や水鉄砲のように鼻血が出て、コート内に小さくない血だまりを作ります。

 そのまま意識を失い彼は倒れる。

 

「うわっとっとっとっとっと!」

 鼻血が噴き出したのは、ちょうど中西先輩の進行する方向でした。不運な偶然に対処もできず、血だまりに足を取られてしまいます。

 何とか転びはしなかったものの、体勢を立て直すのにコンマ数秒のロスが出た。

「チャンスです、主将! もう一度、あなたの能力で攻撃を――」

 

 ――ふしゅ……しゅしゅ……しゅしゅしゅしゅー……

 

「な……! いかがされたのですか、ウェルキンゲトリクス主将! どうしてそんな苦しげな表情で胸を押さえているのです!」

「おや? 偶然、彼のトラウマでもえぐっちゃった?」

「くっ! 中西雷雨!」

 日高くんの鼻血を踏み越えて、中西先輩はスリーポイントのラインに到達しました。

 ――残り時間は1秒を切っています。

 シュートの構えを取りボールを放つのとほぼ同時、時間の表示はゼロになりました。

 ……投げられたボールは真っ直ぐには入りません。一度リングに当たってからバウンドし、それから重力に引かれてリングの内側へと落下。

 

 試合終了のホイッスルを鳴らします。

 

「いえーい。おにーさん、やりましたー!」

「……くっ! 最後で詰めを誤った……!」

 

 歓喜するバレー部の中西部長と、苦悶するバスケ部の神平先輩。

 対照的な二人に向けて、僕は勝負の結果を告げました。

 

「――引き分けです」



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戦いの終わりと黒幕の思惑

「……だから、最後のスリーポイントのシュートをですね。中西部長はラインを踏んで打っていたんです。ですから最後の得点は2点しかない同点で、バスケ部とバレー部は引き分けです」

 これまで大人しくしてくださっていましたが、バレー部・バスケ部双方のメンバーが進行の補助のお仕事を手伝ってくれておりました。

 しかし試合が終わり、僕が結果を告げた途端、バレー部の面々が抗議に来ます。

 

「何を根拠に言っているのだ、貴様!」

「冬林……とか言ったな? ふざけるなよ。お前、バスケ部に買収でもされたか?」

「貴様らこそ、ふざけたことを言ってるな!」

「俺たちバスケ部がそんな手を使うか! お前らでもあるまいし」

「何だと? もう一度言ってみろ!」

「うるせえ! やるか?」

「ちょっ! みなさん、落ち着いて……」

 バスケ部も出てきて、収拾がつけられそうにありません。

 

「まあまあ、みんな落ち着いて。まだ試合は終わったとは言えないからさ、審判様の言い分を聞こうじゃないか」

「……中西先輩」

「バスケ部のほうでも、みんなを落ち着かせてくれると助かるにゃー」

 

 ――ふしゅっ! ふしゅっ! ふしゅるるるるるるる――っ!

 

「は、はい。ウェルキンゲトリクス主将。確かに俺たちは、この試合の全権を神平に委ねています……」

「おい。あとは頼んだぞ……」

「分かりました。――冬林。その判定はどこから来たのだ? 確たる証拠がないのなら、この場合は我々に有利なジャッジでも受けられん。バレー部のほうでも納得すまい」

「そうだねー。ボクがラインを踏んでたって証拠でもあるのかい?」

「……神平先輩。中西部長。実はそれがあるんです」

「む」「おや」

「皆さん。こちらに来ていただけますか? コートのここからここまでに……」

「……ボクの足跡が残っているね」

「そうです。日高くんの鼻血を踏んでいったので、中西部長の靴の跡が残ってしまったんですね。で、最後にシュートを決めたここを見ますと……」

 ほんの一センチにも満たないですが、確かに室内用運動靴の爪先跡が、スリーポイントラインの上に、くっきりとスタンプされていたのです。

 

「そっかー。日高くんの鼻血かー」

「……鼻血だな」

「くっ! 鼻血さえなければ、おれたちバレー部の勝利だったのか……!」

 

「……まさか鼻血に救われるとはな」

「鼻血の効果が出たのが、不幸中の幸いだったな」

「我らが主将のウィル能力は、実際にツッコミを入れるまでどんな効果が出るか分かりませんからな……」

 バレー部日高くんやバスケ部の篠宮・沼田くんも、すでに病院に搬送済み。

 

「それで、皆さん。引き分けの延長戦とかですが……やりませんよね?」

「そうだねー。お互い熱も冷めちゃってるし。もう勝負はお開きだ」

「このクォーターで終わりだと、俺と中西部長で言ってしまいましたからな。……というか、これ以上はやってられん」

「よーしよし。みんなー、集まれ。ケガした部員たちへのケアと、入院することになるヤツらを守るためのプランを練るぜー」

「俺たちも同じことを相談です。――しかし、悔いの残る戦いだ。最後の最後、主将に頼らず俺がメガネを外していれば……!」

 

 ――ふしゅっ! ふしゅっ! ふしゅるるるるるるる――っ!

 

「ははーっ! 光栄なお言葉でございます!」

「……何となくですが、『いや、神平。この戦いでお前は見違えるほど成長したぞ』みたいなことを、ウェルキンゲトリクス先輩はおっしゃったのでしょうか?」

「おや。冬林くんがこの学校に染まってきてる。こういうコがいるのなら、ボクとしても楽しい最後の一年になりそうだ……」

 

《やれやれ。わたし的に今回の試合の感想は――国破れて山河あり。大山鳴動して鼠一匹。一将功成りて万骨枯るって感じかな?

 バスケ部とバレー部は、しばらく膠着(こうちゃく)が続きそうだね》

 

「……? スミマセン、中西先輩。雑巾はどこにありますか?」

「真面目だねー、冬林くんは。――さーて。後始末が終わったら、ボクは家に帰ってあのコとの結婚イベントを発生させるぜ!」

「あんたは最後までブレないですね……!」

 長い放課後が終わったと言いたいですが、実際は30分かそこらの戦いでした。

 

 いわゆる一つのエピローグ。

「――こんにちは、冬林くん。今お時間はよろしいですか?」

「松川先輩……? うわ、何だかお久しぶりです……!」

「ええ。お久しぶりですわ。お茶をお煎れしますので、茶室にいらしてくれません? お話ししたいことがありますの」

「……あ、ハイ。喜んで」

 茶室には他の部員がいませんでした。僕は、かつてお世話になった茶道部部長、キレイで長い黒髪の3年生、美貌の松川弓乃先輩と二人になります。

 

「どうぞ。粗茶ですが」

「……玄米茶ですね。あー、懐かしい味だ……」

「冬林くんは最近お疲れみたいですわね?」

「……面倒くさいことになってます。茶道部のみんなは元気ですか?」

「向こうの部室で遊んでますわ……と言いたいところなのですが。色々仕事を覚えてもらって、今年一年を乗り切るための工作などを」

「……まあ、みんな元気でやってくれてるなら何よりですよ」

 心地よい時間が流れたのは一瞬だけでした。

 

「あのですわね、冬林くん」

「はい」

「例のバスケ部とバレー部の試合について、わたくしたちが裏で糸を引いていたのに気付いてました?」

「……はい?」

 長くて美しい髪を揺らしながら、先輩がおっしゃったのはとんでもないことでした。

「中西くんが言ってませんでしたかしら? 『加藤さん』がどうだとか」

「……言われてみれば。誰のことだろうと気になってはいたのですが……」

「加藤さんというのは茶道部のことを示す暗号ですの。ヒントは芸人」

「……? 加藤さん……茶道部……お茶……なるほど。えーと、確か『バスケ部が加藤さんに傘を借りた』でしたっけ?」

「傘というのはウチとの協定のことですわ。バスケ部と休戦したわたくしたちは、連中が大きな勝負に巻き込まれるよう陰で工作してましたのよ」

「……何で?」

 

「冬林くんはこういうジョークをご存知です? ――『銀行とは晴れの日に傘を貸して、雨が降ったら取り上げる連中だ』」

「茶道部とバスケ部の話にそれがどう関係するんです……?」

「晴れの日に傘を貸したって恩に感じる人はいないでしょう? 休戦協定だって同じこと。相手が順風満帆で平和な時に攻めずにいても意味がない。

 ――むしろ強敵との戦いで、てんやわんやしている時に攻めないでおく。

 そうなって初めて相手には貸しになりますの。『大変だったあの時に、わたくしたちが約束を守ってあげたから助かったでしょう?』って」

「……ちょっと待ってください。それで松川先輩は日高くんを!」

「ええ。利用できると思いました。彼らをバスケ部の敵対勢力に押し付けることで、連中を勝負に巻き込もうと考えたのです」

 

「わたくしの作戦はこうですわ――。キミのクラスの日高くんがバスケ部と揉めた。彼らが別の部活に所属すれば、そことバスケ部でバトルになる。バスケ部がずたずたになったところを休戦協定を結んでた茶道部が助ける。貸しができてウマー」

「先輩が僕のことを日高くんに教えたのは……?」

「キミの口からバレー部のことを教えて欲しかったのです。わたくしが情報を流しては、バスケ部からつつかれますし」

「……でも、中西先輩はすぐに三人を入部させませんでしたよね?」

「ですから、わたくしも次の手を。キミに情報を取りに行かせてですね――」

「……あれ? もしかして、あの日の体育の時間『正々堂々バスケットで勝負だぜ!』と言ったのは相坂くん?」

「どうかしら? まあ、ここまでの作戦くらいは、たぶんバスケ部もバレー部も読んでいたと思います」

 

「……はい?」

「わたくしの企みを承知の上で、中西くんは神平くんに持ちかけましたの――『茶道部がボクらを噛み合わせようとしてるから、軽くバスケの試合で部員同士のストレスを発散させようぜ』って」

「しかし、フタを開けてみると……サテライト=ヒーローズで中西無双?」

「ええ。神平くんはまんまと騙されたわけですわ。日高くんが上田くんを挑発してたのも、たぶんバレー部の指示でしょう」

「……僕の知らない水面下で、どんな攻防があったんだ!」

 

「言い訳をさせてもらいますとね、冬林くん。わたくしは茶道部のためにキミを犠牲にするつもりはなかったですわ。むしろキミを獲得するために、バスケ部にダメージを与えたかった」

「……上田くんとか、神平先輩に?」

「ええ。キミを危険視してるのは主にその二人。彼らが一時的にでもいなくなれば、どさくさ紛れにウチはキミをゲットできます。前にキミを退部させる条件は出されましたが、また入部させない約束はしてないですし」

「……会話が黒い。黒すぎる。僕なんかにそこまでする価値ありますか?」

「ありますわ」

 まっすぐに目を見つめられます。

 

「キミと水野さんのコンボ――【スプーン=スネイク】は中西くんにだって対抗可能。あるいはバスケ部・バレー部が体育館に集まっている状況で、新山さんとの【バナナ=コーラス】を使ったら?」

「……そんなことを言われてもですね」

 僕自身は一時間の無防備状態が怖すぎて、うかつに自分の能力を使えません。

 

「専守防衛スタイルになるのは仕方ないと思ってますわ。でもねー……。こうなってしまうとねー。二つの部活でキミ、変に有名になっちゃいましたし」

「どさくさ紛れの再入部がもうできない……? 先輩の計算はどこで狂ったのです?」

「んー。最初の試合までは読み通り。……ただねー。アレの結果がねー。わたくしの予想だと、もっとグダグダになるはずでしたのに」

「ぐだぐだ……?」

「普通に考えて、この異能力高校でスポーツの試合が成立するとは思いませんわ。日高くんたちと上田くんでケンカになって、なし崩し的にバスケ部やバレー部の戦力が投入される。そんな乱戦になるパターンを、わたくしは何度も見てきましたが――」

「もしかして……僕が審判の仕事を上手くやり過ぎた?」

「【ときめかない=メモリアル】で攻撃していいかしら?」

「やめてください」

 

「でもほら。また機会はありますよ。僕は茶道部にいなくても、先輩にはお世話になったと思ってますし。いつかピンチになったら協力を――」

「……そういう問題でもないのですわよ。キミのウィル能力は強力ですし。味方にできないのなら、いっそ敵になる前に――なーんて思うレベルです」

「それは……」

 長かった四月もようやく終わりに近づいています。

 今後の僕がどんな学校生活を送るのか? 未来は神のみぞ知る――。

 

(二章 サテライト=ヒーローズ――了)



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第三章 そるとスウィート=ラブぱっしょん
茶道部の依頼


「はわわっ! は、はじめまして! 料理部部長の成宮くるみと申します!」

「……ちっちゃいとか言わないで欲しいですぅ。これでも3年生ですから、キミたちよりはおねえさん! そりゃ松川さんなんかと比べると、『あぅうううー!』ってなっちゃいますけれど……」

「はーい。放課後はいつもこの格好ですよぉ? 制服にエプロン。……狙ってるわけじゃないですぅ! 料理部の伝統的なユニフォームみたいなものなんですぅ! 萌えキャラを気取ってるわけじゃありませーん!」

「それでは、いざ尋常に勝負と参りましょう! 手加減はしてあげないですよぉ?」

「私のウィル能力は――【そるとスウィート=ラブぱっしょん】!」

 

 長い四月がようやく終わり黄金週間の谷間でした。明日から五月の連休が始まりますが、僕こと冬林要の気分は晴れやかとは言えません。

「えー。今日の欠席は上田、灰川、花田の三人。それぞれ重傷だから仕方ないが、あとあと出席日数に響くとキツイわなー」

 国立ウィル能力研究大学附属高等学校。通称、異能力バトル高校1年B組。

 クラス担任の木嶋葵先生(白衣姿で茶色の髪のポニーテールな女性。生物担当)が教室を出ていくと、それぞれの一日が始まります。

 

「おっはよー! 冬林くん」

「……おはよう。原さん」

 僕の座る窓側の列の一番前にいるのは、31番の原さんという女の子。

「テンション低いねー。連休はどう過ごすー?」

「……普通かな。ご飯食べて宿題やって掃除して。あとは足りない生活用品とかを、買い出しにでも行こうかなって」

「私は町の探検とかする気だよー。この町とか学校の近くとか。どんなところかなーって、まだ全然知らないし」

 癖のない長い髪を向かって左にくくったサイドのポニーテール。髪を留めるシュシュには、さくらんぼ色をしたハートの形のアクセサリ。

「そうなんだ。面白いお店とかあるといいね」

「……おい、お前ら。うるさいぞ。世間話だったら他でやれよ」

「ああ、ゴメン。日高くん……」

 後ろから二番目の僕の前の席には、日高エイジくんというワックスで髪を逆立てたスポーツマン風の男子。前はさわやかで自信ありげな笑顔をしてたのが、最近はやさぐれて目つきが悪いです。

 

「ふーん。バレー部の新入部員様ともなると、さすがにエラそうにしてるよね」

「あ? 何だって? もう一度言ってみろ」

「ちょっ! やめなよ、日高くん! 原さんも戻って」

「あっと。ゴメンね、冬林くん。またあとでー」

「けっ……! お前って女に媚びるスキルは高いのな」

「……媚びるというか、家にいたころは妹の面倒を見てたから」

「へっ! いいおにーちゃんですこと。俺に言わせりゃ女なんぞ、みんなウチのクソ姉と一緒だよ!」

 彼の家族の複雑な事情を、僕は聞いて知っていますけど――

 

「……それはどうかと思うよ、日高くん。キミの事情は聞いたけど、よその家のお嬢さんを悪く言うのはやめなって」

「ホント、てめえはキレイ事の世界に生きてるな。俺はあの豚の魔獣と悪魔合体したような姉貴のせいで、一生恋愛も結婚もする気が起きねーよ!」

「……中西先輩みたく、二次元女子との恋に心を燃やすのはどうだろう?」

「部長のことは尊敬してるが、あの部分だけはマネたくねえ!」

「……そうだね。ゴメン」

 前の席の日高くんとは険悪な関係に。

(……それでも彼とは話が通じるだけまだマシかな)

 

 入院している上田竜二くん、灰川厚くん、花田房雄くん。

(あのコたちのことは心配だけど、会わなくてせいせいするのも確かなんだよ……)

 そう考えてしまうのも、異能力高校の現実でした。

 

 昼休み。

「やあ、ジョニー。最近調子はいかがかな?」

「はーい、スティーヴ。おすすめのサプリメントでもあるのかい?」

「はっはっは。面白い返しじゃないか。心の余裕が出てきた証拠かな?」

「……そうかもね。で、何の用事? 相坂くん」

 教室で手作りのお弁当を食べていると、同じクラスのハンサムガイ、茶道部の相坂祐一くんが話しかけてきました。

「実はウチの部長から、ユーに伝言があるんだよ」

「分かった。OKと伝えておいて」

「……へい、ジョニー。俺が言うのも何だけど、用件を聞いてから返事しようぜ?」

「松川先輩の頼みだったら最優先して何でも聞くよ? 現状、僕にとっては一番頼りになりそうな味方だし」

「それは恋だね! 冬林くん」

「水野さん……。うわー、久しぶり」

「うん! すっごい久しぶり! 冬林くんは元気してた? 【ずぎゃーん=ボム】の新しい名前は決まった? もしも私の名前を忘れちゃってたらショックだなーと思ってたんだよ! あ、梅ちゃんは元気してるよ! 夏村先輩ってすっごく面白い人なんだ! それでね、それでね……!」

「ああ、えーと……」

「ミス水野。さすがにジョニーが困ってる。ちょっと落ち着こうぜ、セーブセーブ」

「むぅ! 相坂くんってばうるさいなー! ぐりぐりぐり……」

「……わき腹をスプーンでえぐられるのは地味に効くぜ。――反撃を喰らえ! 必殺茶しぶアタック!」

「きゃーっ! 湯飲みで頭をコツンってされたー!」

「楽しそうだね、二人とも……」

 自然と微笑ましい気分になってしまいます。

 1年B組1番、相坂祐一くん。同じく36番、水野おだまきさん。

 二人は茶道部の部員で、かつての僕の仲間です。そこの部長の3年生である松川弓乃先輩には、今も色々とお世話になっておりました。

「それじゃミス水野。ジョニーとの話は任せたぜ」

「うん! 相坂くんもまたあとでね!」

「……水野さん?」

「うーんとねー! あのねー! 冬林くんは放課後に時間あるかなー?」

「うん。今日はとりあえず大丈夫」

「よーし! それじゃあ、茶道部の作戦に協力してよ!」

 

 放課後。

「ヒャーハッハッハッハッハッ! 料理は火力だぜっ!」

「否! 料理は切れ味なり! 斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る!」

「料理はスパイスざんす!」

「ノンノンノーン! 料理はやっぱりエレガンス!」

「料理は愛憎! 受け取れ、乙女の恨み節~♪」

「何じゃい、ここの人たちはぁあああああああああああああああ――っ!?」

「こらこら、冬林くん。大声でツッコミを入れるのは相手に失礼ですわよ?」

「……申し訳ありません。松川先輩。ここは一体どこなのでしょうか?」

 茶道部の面々と待ち合わせた僕は、そのまま別の場所に連れてこられました。

 女子が三人なのですが、やましい気持ちはありません。……ないですって。

 

「調理室。またの名を料理部の部室ですわね」

「……そんなのがこの学校にあるとは初耳です」

「部屋がですの? 部活がですの?」

「両方です」

「あらあら」

「ふん。この学校の料理部のことも知らないのですですか? そんな情報収集力で、よくあれから生き延びていましたね。大昔に流行ったというエリマキトカゲのほうが、まだ立派なアンテナを持っていると思うのですですよ!」

「……新山さんは、エリマキトカゲが好きなのかな?」

「何ですか! その親戚の子供にあげるプレゼントをリサーチする、優しいおじさんのような言い方は!」

「梅ちゃん。冬林くんはこういう人なの。妹さんの面倒を見てきたから、大抵の女の子にはお兄ちゃん目線になっちゃうみたい。

 聞いたんだけど、最初はウチのクラスの木嶋先生にさえ『葵も大人になったんだから、ちゃんと先生のお仕事をしないとダメでしょう!』みたいな感じで話してたって!」

「……水野さん。さすがにそれは事実無根」

「ふん! 年上の妹が萌えポイントだとは、わたしの想像を超える変態ですですね」

「……新山さんも相変わらずだね。でも、元気してたみたいで何よりだ。相坂くんとはうまくやってる?」

「何であんたに、そんな心配されなきゃならんのですですか!」

「まあまあ、梅ちゃん。落ち着きなって。いくらツンデレだからって」

「ツンデレちゃうわ!」

「あらあら。微笑ましいやり取りですわ」

「ホントですね、松川先輩。水野さんが部活になじんでたみたいで、僕はとてもうれしいです……」

「いえいえ。ですから、キミは何ゆえ保護者目線になっていますの?」

 彼女たち三人は、かつて一緒に戦った仲間たち。ただし事情があって今は別々。

 

「もう! 冬林くんってば、私の授業参観に来たお父さんみたいだよ!」

「……水野さん。それはさすがに傷つくよ?」

 僕と同じクラス、1年B組36番、水野おだまきさん。

 彼女は僕の最初の仲間で、元はすぐ後ろの席でした。髪は後ろで一つのみつあみにして、薄紫色のリボンをつけています。

「はん! でも実際、冬林さんが結婚して娘ができたら、甘やかしまくるんじゃねーですか? あれもこれもお父さんに任せておきなさいって感じでやってあげて、水野さんみたいになっちゃいますよ」

「梅ちゃん! それはどういう意味なのかな?」

 1年C組、新山梅子さん。僕たちとは隣のクラス。

 黄色のゴムで二つにくくった髪が特徴で、背は小さめで口が悪い。たまに「です」を重ねて言ってしまう癖がアリ。水野さんには「梅ちゃん」と呼ばれています。

「ほめられてるんだよ。水野さんは可愛いって」

「そうなの? ありがとう! 梅ちゃん」

「……チョロっ! 水野さん。そんなだと悪いおじさんに騙されますよ?」

「大丈夫! 知らないおじさんが話しかけてきても、全部無視すればいいんだよね!」

「それもどうかと思いますが……このご時世ですからね」

「新山さんも根はいいコだよねー」

「何をしみじみ言っちょりますか! 冬林さんは!」

 彼女たちのウィル能力は、めっちゃショボくて弱いです。しかし、僕の能力とコンボすることで恐ろしい効果を発揮するのだぜ、ずっぎゃーん!



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料理部部長 成宮くるみ

「やれやれ。みんな騒がしいですわよ? これから大仕事なのですから、体力を使い切らないでくださいな」

「はーい、部長!」

「もちろん承知していますです」

「相変わらずスゴいですよねー、松川先輩は。こんな自由奔放なコたちを率いて、この学校でやっていけるなんて尊敬します……」

「それはお世辞ですの? グチですの? しばらく見ないうちに冬林くんはやつれたというか、やさぐれましたわね……」

 そのコたちを率いているのが、3年生の茶道部部長、松川弓乃先輩。

 見た目はぽややーんとしてて、髪が長い美人なおねえさん。だけど、勝負事に関しては実に容赦がなくてえげつないです。

「……ちょっと。何かムカつくことを考えてないですかしら?」

「いえ。そんなことはナイデスヨ」

 水野さんと新山さんの二人の部員。かつては仲間だったけど今は部外者である僕。

(この三人を料理部とやらに連れてきて、先輩は何を企んでいるものやら……)

 

 僕ら四人が調理室の前で騒いでおりますと――

「? あのー。どなたかおいでですかー……はわわわわっ!?」

 部室のドアが開いて、一人の女の子が飛び出してきました。

「……! 危ない!」

 制服にふりふりピンクのエプロンという姿です。背は新山さんよりも微妙に低い? 髪は淡い茶色のふわふわな癖毛で、ピンクの花のアクセサリー(たぶんコスモス)を留めています。

 彼女は調理室から顔を出してきょろきょろしていましたが、こちらの姿を認めて近づいてこようとしました。が――

 その瞬間、何もないところに足を取られて、すってーん! と。

 とっさに僕は腕を伸ばしました。が――

 

「――っと。はい、キャッチ。大丈夫ですの? 成宮さん」

「……はぅううう。どなたか存じませんがありがとうございます……って、はわわ! ま、松川さんではありませんか!」

「あらあら」

 一足早く動いたのは茶道部部長。

 

「……うーむ。倒れそうになったコをとっさに助けようとしたけれど、松川先輩に反応で遅れてしまったよ」

「残念でしたねー、冬林さん。モテないあなたがせっかくのフラグを立てる機会を、わたしたちの部長に奪われて」

「ううん。新山さん。女の子が無事なら何よりだ」

「そのキレイな善人ヅラを吹っ飛ばしてやりたいですね!」

「理不尽だよ!?」

「あははー。冬林くんと梅ちゃんは久しぶりなのに仲いいねー。でも、あっちのコもちっちゃくて可愛い! 1年生かな?」

「……違うと思うよ、水野さん。だって松川先輩のことをさん付けで……」

 

「はぅううう! 松川さんに抱きとめられてしまいました……! どうしましょう!

 入学した1年の時からすらーっとしてた美人さんで。毎年毎年どんどん美貌と輝きを増してきて。頭も良くて仕事もできて。並みの男子なんてずっぎゃーんで。

 そんな理想で憧れの女の子がナイト様みたいに私のことを……はぅうううううう!」

「あらあら、成宮さん。起きてー? 戻ってきてくださいなー」

 

「……ほら。あの人も3年生みたい。松川先輩と同時に入学したらしいから」

「むぅ。さすが冬林くん! 観察力が鋭いね」

「細かいことばかり気にしててウザイです。小姑系男子とでもお呼びしますか?」

「……さっきから何で毒舌なわけ? 僕、新山さんに何かしちゃった?」

「今のあなたは部外者ですからね。なれ合うのもどうかと思うだけです」

「……なるほど」

 

「もう! 梅ちゃんはそんなだからツンデレなんて言われるんだよ?」

「誰がツンデレですですか! 今度わたしをそう呼んだら罰金百円取りますからね!」

「きゃー! 梅ちゃんがお母さんみたいなことを言ってるー」

「……僕がいない間、二人とも仲良くやってたみたいだね」

 1年生三人がはしゃいでおりますと――

 

「――さて、成宮さん。そろそろウチのコたちをご紹介してよろしいですかしら?」

「はーい、松川さん。今日はよろしくお願いしまーす」

「よろしくですわ。では三人とも。こちらに来てくださいな」

「はーい!」「承知ですです」

「……ええ。先輩」

 

「では成宮さん。こちらが1年C組の新山さん。B組の水野さん。二人は茶道部の部員です。で、こちらがB組の冬林くん。このコは部員ではないですが、親しいと言っていい関係ですわ」

「そうなんですかー。1年生のみなさん。今日はよろしくお願いしますねー?」

『よろしくお願いしまーす!』

 ぺこり。

 お互い頭を下げ合ったあと、水野さんが小声で耳打ちしてきます。

「ねえねえ、冬林くん! ちっちゃいけれど一生懸命で可愛いコだね!」

「……水野さん。年上の先輩に失礼だよ」

「むぅ。冬林くんは相変わらず真面目だね」

「むしろ水野さんのほうがフリーダム過ぎるかなー……」

 

「へーい、そこのB組二人。思ったことをぺらぺら言うのはトラブルの元なので、やめてもらいたいですですよ」

「ほら、梅ちゃんにも怒られた!」

「……あー、うん。僕が悪かった悪かった」

 僕ら三人のやり取りに3年生のおねーさんズは苦笑い。

 

「申し訳ありませんわ、成宮さん。騒がしいコたちばっかりで」

「いいえー。大丈夫ですよ、松川さん。可愛くて面白いコたちばっかりで、見てて楽しくなっちゃいますぅ」

「そう言っていただけると嬉しいですわ」

「じゃあ、私からも自己紹介させていただきますねー。えーと、1年生のみなさん。は、ははは……はじゅめまして!」

『…………』

 噛みました。

 

「はわわっ!? し、失敗です! リテイクリテイク! やり直しのチャンスを要求しますー!?」

「成宮さん。大丈夫ですわ、落ち着いて」

「……コ、コホン。は、はじめまして! 料理部部長の成宮くるみと申します! 今日は茶道部のみなさまとお会いできて大変光栄に思います。えーとえーと……はわわ! あとは何を言えば良かったのでしたっけ……!?」

「成宮さん。深呼吸深呼吸」

 

 3年、料理部部長 成宮くるみ

 ウィル能力名 ????

 

「冬林くん冬林くん。この成宮先輩ってウチの松川部長とはずいぶん違うね? 部長は美人さんだけど、この人可愛い! ちっちゃくて!」

「……そうだね。この学校の部長ってヤバイ人たちばかりだと思ってたけど。バスケ部のウェルキンゲトリクス先輩とかとは全然違う。バレー部の中西先輩のことは……水野さんは知らないか」

 

 ――あらあらあらあら。

 ――ふしゅっ! ふしゅっ! ふしゅるるるるる――っ!

 ――ならば真実の男女の愛は、二次元と三次元との間にしか成立しないとさえ言えるだろう!

 

(改めて思うと、みんな本気でロクでもないな……)

 

「うぅー……そこのお二人。聞こえてますよー?」

 気が付くと、料理部部長の成宮くるみ先輩が、じっとりした目を向けてきています。

 

「……ちっちゃいとか言わないで欲しいですぅ。これでも3年生ですから、キミたちよりはおねえさん! そりゃ松川さんなんかと比べると、『あぅうううー!』ってなっちゃいますけれど……」

「あ……ごめんなさい」

 暗い感じのジト目ですが、上目遣いになってて、むしろどこか愛らしいです。

 

「……! 冬林くん。この人やっぱり可愛いよ!」

「水野さん。そういうのを火に油って言わない……?」

「だって、ちっちゃいのにおねえさんだよ? 制服にフリフリぴんくのエプロンだよ!  あのあの、成宮先輩。先輩はいつもその格好なんですか?」

「はーい。放課後はいつもこの格好ですよぉ? 制服にエプロン」

「可愛すぎ――っ!」

「……水野さん。ブレーキブレーキ」

 

(こういうやり取りは懐かしいけど。ヒヤヒヤするよ……)

 成宮部長の機嫌を損ね、かつ彼女のウィル能力が強力なものであったりした場合――

 

(一瞬で全滅……なんて可能性もなくはないよね?)

 

「やれやれ。何をやっているのです。冬林さん。水野さんが暴走したら止めるのがあなたの役目でしょう」

「……新山さん。前はそうだったけど、僕もう茶道部を抜けちゃってるから」

「言い訳ばかりしないでください。まあ確かに、わたしもあの格好は萌えキャラ気取っててどうかと思うのですが。……ぶっちゃけ、ああいう女はウザイ。マジで」

「何でキミまで挑発するのさ!?」

 一触即発……というわけでもありません。

 

「うぅ……茶道部部長の松川さん。私、あなたのところの部員さんに嫌われちゃってるみたいですぅ……!」

「大丈夫ですわよ、成宮さん。あのコ、ほとんど誰にでもああですから」

「……でも、この制服エプロンを悪く言うのだけは許せません! これは別に狙ってるわけじゃないですぅ! 料理部の伝統的なユニフォームみたいなものなんですぅ! 萌えキャラを気取ってるわけじゃありませーん!」

「あらあら」

 

「梅ちゃん梅ちゃん! あのコぷんぷん怒ってるのも可愛いね!」

「どこがですか、水野さん。ああいう女は絶対に、腹でロクでもないこと企んでるに決まってますよ」

「そんなの部長や冬林くんと一緒じゃない! 気にするようなところじゃないよ!」

「……水野さん。キミはちょっと黙ろうか」

「むぎゅぎゅぎゅぎゅ……!?」

 水野さんの口を手で押さえ、新山梅子さんに小声で話します。

 

「……あのさ、新山さん。ちょっといい?」

「何ですですか、冬林さん。松川部長のお願いを何を考えずにOKしたけど、さすがに事情が分からなくなってきたので、説明を要求したいとでも言いたげな顔をして」

「……うん。まさにそうなんだけどさ」

「はん! どうせすぐに分かります。開けてみてのお楽しみですですよ」

 不敵に微笑む小柄で二つ分けの髪型をした新山さん。

 

「――では、成宮さん。本日はよろしくお願いします」

「はーい、松川さん。こちらこそ。茶道部のみなさんとは仲良くやっていきたいなーと、個人的には思います」

「ええ。わたくしも同感ですわ。それでは――」

「それでは部室のほうにご案内でーす。今日は一般の部員はいなくて、四天王の五人しかおりませんので」

 調理室の中に、成宮部長の小柄な姿が消えていきます。

 

「――さて、新山さん水野さん。勝負の準備はよろしいですか?」

「はいです!」「がんばりまーす!」

「冬林くんもよろしいかしら?」

「……あの、松川先輩。もしかして今日のこれは、料理部に対しての部活バトル?」

「違います。今のところ料理部に戦争を仕掛ける理由はないですし」

「今のところなんですね……」

「ただ、勝負自体はさせてもらおうと思っていますわ。茶道部・料理部ともに、ダメージの残らない方法で」

「? それはどういう……」

「やってみてのお楽しみ。ただ、この勝負方法では冬林くんが非常に重要なキーパーソン。ちょっと難しいお仕事をしていただくつもりです」

「……よく分からないですが、お世話になった茶道部のために、微力を尽くさせていただきたいと思います」

「ありがとうございますわ」

 にっこり。

 兵士を鼓舞するジャンヌ・ダルクのような笑顔を先輩は浮かべ――

 

「それでは参りましょう! 新山さん。水野さん。――要お兄ちゃん♪」

「~~~~!」

「ちょっ! 冬林くんがつんのめって倒れたよ! 衛生兵! 衛生兵ー!」

「ええーい! 部長にお兄ちゃんなんて呼ばれて喜ぶとは、わたしが思ってた以上の変態ですですね!」

 ……とにかく僕は茶道部の女子三人と、料理部の部室に乗り込んでいったのでした。



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料理部四天王(ひふみよい)

「ようこそ! 我ら料理部へ! 四天王のみなさんは、五人とも準備万端でお待ちかねですよー?」

 調理室に入ってみると、にこにこと微笑む成宮部長がお出迎え。

 本人的には不敵な笑みのつもりかも知れないですが、やっぱり可愛らしいとしか言いようのないお顔です。

 そして、彼女の後ろには――

 

「ヒャッハー! 料理は火力だぜ! 俺の能力【パイロガル=シーザー】によって炒めたチャーハンは、余分な油がすっかり飛んでパラリとした口当たりに仕上がるぜ!」

「否! 料理は切れ味なり! 我のウィル能力で強化したこの手刀は、すべての食材を一刀両断に斬り刻む……」

「料理はスパイスざんす! ミーのブレンドしたスパイスの香りに、酔いしれるがよいザンス!」

「ノンノンノン! 料理はやっぱりエレガンス! ボンジュール! トレビアーン!」

「料理は愛憎! 愛しいけれど浮気なあなたに乙女の愛と恨みをこめて! そして満額受け取り、生命保険!」

 何だか好き放題に暴れているとしか表現しようのない、学校の制服にエプロンを着用した五人の男女の姿がありました。

 

「……とりあえず、このキャラが濃い人たちは何なのでしょうか?」

「あらあら、冬林くん。頭が真っ白の状態から回復したばかりで、ツッコミに冴えが戻ってないようですわね?」

「松川先輩のせいですよ! ウチの妹が将来成長して先輩みたくなったら、僕はどう接してあげればいいんだと、本気で悩んでしまったではないですか!」

「……微妙に傷つく言い方ですわ。でもキミを見込んで、この先のツッコミは任せます。

 成宮さん。そちらの部員をご紹介していただけますか?」

「はーい。我ら料理部が誇る四天王たち! 普段は五人全員が顔をそろえる機会は少ないですが、今日は茶道部さんたちのために、こうして集まっていただきましたー!」

 

「……成宮先輩? さっきから気になっていたのですが四天王なのに五人って、」

「では、一人ずつ紹介させていただきますねー」

「スルーされた!?」

 

「ヒャッハー! 料理は火力だぜ!」

 料理部四天王の一人目は、ツンツンとがったモヒカンヘアーに、制服とふりふりピンクのエプロンという、少しギャップが激しすぎる系の男子でした。

「――四天王がひとり、平岡(ひらおか)くん。彼は炎のウィル能力を持つ2年生で、つい最近まで野球部に所属しておりました」

「……この学校の野球部と言いますと、デストロイでガッデムなサッカー部とケンカしてるところではなかったですか? 成宮先輩」

「お詳しいですねー。先月起きた野球部とサッカー部の抗争には、彼も参加しておりました。しかし、大きなケガを負い一線では戦えない体に。

 野球部には『ヒャッハー! 裏切り者は消毒だー!』という鉄の掟があり、本来なら転部など認められないところだったのですが……」

 

「ヒャーハッハッハッハッハ! 成宮部長が野球部の部長に交渉し、俺を引き取ってくれたのだぜ!」

「ガチのバトルはもう無理ですが、炎の威力は衰えず。実家が食堂だったこともあり、料理のスキルはもともと高い。そこで彼には『炎のモヒカン料理人』として、第二の人生を頑張ってもらおうと思ったんですぅ!」

「ヒャッハー! 成宮部長のご恩に報いるためにも、俺はどんどん炒めて(あぶ)って蒸しますぜ! 料理は火力! ヒャーハッハッハッハッハ!」

 

「引退したスポーツ選手の、その後の話を聞いてるようだ……!」

(でも、そんな交渉を成立させるとは……成宮先輩って意外にやり手?)

 

 二人目。

 殺人マシンのように冷徹な目をした、スキのない武術家のような佇まいの男子。

 しかし顔立ちはやや童顔で、背は僕より少し低いかもです。

 

「料理は切れ味! 斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る!」

「……キャベツが親のカタキのように、見る見る千切りにされていきます。しかも包丁ではなく手刀を使って! 目が血走っているのがちょっぴり怖い!」

 そしてやっぱり、ふりふりエプロン。

 

「ご解説ありがとうございまーす。彼は四天王がひとり、藤ヶ森(ふじがもり)くん。

 手刀の威力を強化して、食材を切り刻むウィル能力の持ち主です。1年生では彼だけが四天王を名乗ることを許された実力者なんですよー」

「普通に戦闘に使えそうな能力の気もしますが……食材限定?」

「それは秘密。可愛い部員の能力を、部長の私が教えちゃうわけにはいかないですし」

 

「――我が能力は、まな板の上に置かれたすべての物を斬り刻む!」

「はぅぅう! 藤ヶ森くーん! 私がせっかくカッコつけたのにー!」

「……自分でバラしちゃってるし!」

(僕らを騙すための、フェイクの可能性だってあるけどさ……)

 

「あの、藤ヶ森くん。僕はB組ですけど、キミは何組?」

「フ。それは無意味な質問だ。我はどこにも所属することができぬ孤独な魂の持ち主よ。料理部に身を寄せているのは、我が魂に刻印された使命を果たすため。一時的に利用し共闘しているだけの関係を果たして仲間と言えるのか――」

 

「D組ですよねー。藤ヶ森くん」

「……はい。部長」

「そういう中二病な発言は、あとで恥ずかしくなっちゃいますよ?」

「フ。我のどこが中二病だと言うのです?」

「まずはその一人称から直しましょうねー」

 

「あらあら。こんなところにわたくしのウィル能力のカモ発見」

(……! 松川先輩がターゲットロックオンの目をしてる)

 

 三人目と四人目。

「料理はスパイスざんす!」

「ノンノンノーン! 料理はやっぱりエレガンス!」

 

「四天王がひとり、御手洗(みたらい)くんと吉田(よしだ)くん。御手洗くんはスパイスの調合が得意で、吉田くんは盛り付けなんかが得意です。キレイですよー。二人とも私と同じ3年生」

「……この二人だけ紹介が雑ですね。ふりふりエプロンは同じくですが」

 

 五人目。

「料理は愛憎! 受け取れ、乙女の恨み節! 愛するからこそ憎らしい。憎らしくても愛してしまう。嗚呼、乙女の純情アンビバレンツを今日もお皿に表現しちゃうの……!」

 

「最後に四天王の紅一点。2年生の井上(いのうえ)さんでーす。

 彼女は去年、憧れの先輩に告白したものの『ゴメン。ボクにとって三次元のコは、すべて非攻略キャラなんだ』というあまりな台詞で玉砕。すさんで暴れまくっていたところをスカウトしました」

「……やべえ。その先輩とやらに、すっごい心当たりがある……!」

 

「あの人はわたしにこう言った――『だからキミが二次元になるか、ボクが四次元以上の存在になるまで待っててよ』と。そんな言葉を信じてすがりたくなってしまったわたしは、バカで弱い女なの……」

「……うっわー。続きを聞きたくなーい……!」

「こんなわたしを拾ってくれて、料理部には感謝していまーす♪ 愛と憎しみは表裏一体。乙女の純情を料理にこめて……いつかはバレー部の中西の首をとったらぁあっ!」

「やっぱりか! あの人、普通にモテてるじゃん!」

 

 ちなみに井上先輩は事務所の力でごり押しせずともアイドルになれそうなくらいの可愛らしい風貌で、腰までのまっすぐ長い髪に薄い緑のカチューシャが似合っています。

 言動と男の趣味さえ目を瞑れば、大昔の清純派アイドル、あるいはラブコメの正統派ヒロインといった風格が。

 

「――と。これで四天王のご紹介は終わりです。最後に私、成宮くるみ。この異能力高校料理部の部長です。ちっちゃくて頼りないかと思いますが、みんなの力を借りて、どうにかこの一年間を乗り切りたいと思ってまーす」

 ぱちぱちぱちぱちぱちぱち……

 

 成宮くるみ先輩がぺこりとお辞儀をすると、四天王の五人の拍手が起こりました。

 

「疲れました。この人たちの紹介を聞くだけで、すげえエネルギーを取られた気分……」

「ご苦労様です、冬林くん。なかなか冴えのあるツッコミでしたわよ」

「……そんな褒められ方は嬉しくないです。松川先輩」

「要お兄ちゃんのツッコミ、弓乃はすごいと思ったよ?」

「やめて。マジで」

「あらあら。敬語を忘れるくらい……。冗談はこのくらいにしまして冬林くん。キミなら今の話だけで、色々と分かったことがあるのではありません?」

「まあ、そうですね……」

 僕に理解できたのは、料理部とその他の部活との関係です。

 

(まずは野球部とのことだけど……)

 この学校の野球部を、僕は好戦的でヒャッハーな集団だと認識しています。しかし、他の部活とのバトルでケガした仲間を軽く扱っては部員の士気に悪影響。

 だから、モヒカンの平岡先輩を引き取ってくれた料理部に野球部は借りがある? 最悪、彼らと揉めたとしても、人質にできるかも知れません。

(でも逆に、野球部と対立しているサッカー部からは……?)

 

 3年の中西雷雨先輩が率いるバレー部とは、潜在的な火種を抱えています。

 女子の井上先輩がイニシアチブを取ったりしたら、バレー部とのバトルになる? たとえば3年生が引退して、井上先輩が部長になるとか。

 

(……? 待てよ。今まで気にしたことがなかったけれど――)

「松川先輩。少し話は変わるのですけど」

「何でしょう?」

「途中で脱落することもなく、この学校を無事に卒業した生徒って――」

 どうなるんですか? と聞こうとしたその時でした。

 

「ただいま、冬林くん! 部長! 戻ったよー!」

「指示されていた通りのものを買ってきましたですですよ!」

 茶道部の女子部員二人が調理室に入ってきます。

 

「……水野さん。新山さん。あれ? いつの間に二人はいなくなってた?」

「ツッコミに夢中で気付いていませんでした? 今回の勝負に必要なものを取ってきてもらっていましたの」

「……必要なもの?」

「ええ。水野さん。ちょっと見せてあげてくださいな」

「はーい、部長! ほらほら、冬林くん。見て見て見て!」

 水野さんと新山さんが手にしているのは、ご家庭の主婦などが買い物のとき持ち歩くような、ごく普通の布製のトートバッグ。

 カバンの口を広げて、水野さんが中身を見せてきます。

 そこに入っていたものは――

 

「おや……?」

 ニンジン、ジャガイモ、玉ねぎ、ブロックの豚肉……

 

「……水野さん。この材料は一体何かな?」

「ルーは梅ちゃんが持ってるよ。冬林くんは甘口、中辛、辛口のどれがいい?」

「中辛で……って、そうじゃなくてね?」

「あ。お肉はポークでよかったかな? 牛肉とかシーフードが好きだった?」

「ウチではチキンだったけど豚も好きだよ。……だから、そうじゃなくってさ」

 一方、茶道部・料理部の部長同士が――

 

「では、成宮さん。今日はよろしくお願いしますね?」

「はーい、松川さん。それでは、いざ尋常に勝負と参りましょう! 手加減はしてあげないですよぉ? ふっふっふー」

 

「あらあら。手強そうですの。そちらは材料の準備はよろしいですか?」

「ふっふーん。ここをどこだと思っているんです? カレーの材料くらいなら、いつでも準備万端そろってますよー!」

 

「……ふむ」

 その会話を聞いて、僕の頭脳が高速回転し始めます。

 

 ――もしかして今日のこれは、料理部に対しての部活バトル?

 ――違います。ただ、勝負自体はさせてもらおうと思っていますわ。茶道部・料理部ともに、ダメージの残らない方法で。

 

 ――この勝負方法では冬林くんが非常に重要なキーパーソン。ちょっと難しいお仕事をしていただくつもりです。

 

「……なるほど。分かりました。松川先輩」

「どうしました? 冬林くん」

「これから茶道部と料理部が料理対決をするので、僕に審査員をやれ、ということですね?」

「あら、スゴイ。よく分かりましたわねー」

「マジですか!?」

 半分ジョークのつもりだったのが大当たり。

《ぱちぱちぱちぱちー♪》



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料理対決!

 国立ウィル能力研究大学附属高等学校。通称、異能力バトル高校。

「実を言いますと、料理バトルというのはこの学校の料理部で、伝統的な問題解決の方法なんですよー♪」

 料理部部長の3年生、成宮くるみ先輩はニコニコ笑いながらそう説明し始めました。

 

「……どうしてそんなことになるのです? 成宮先輩」

「えーとですねー。冬林くんもご存知でしょうけど、この学校は異能力バトル高校なんて呼ばれちゃっています。ウィル能力を持った生徒同士のケンカが日常茶飯事」

「嫌な学校ですよねー……」

「でも、毎回ガチのバトルをしていたら、みんな身体がもたないでしょう? ウチの平岡くんみたいな例もありますしー」

 

「……ですよね。僕のクラスにもケガして入院してるコが何人か――」

「だから、よその部活と揉め事が起きちゃった時でもお互いの被害が少なくなるよう、十年くらい前の先輩たちが色々考えたらしいんですねー」

「その一つが料理バトル?」

「そうなんですよー。よその部活の人たちは、あまりそういうの考えないと言いますか。考えても実行できないみたいなんですけど」

「あー……」

(親善試合でバスケをしようぜーとか言いながら、相手部員をずたずたに駆逐していったどこぞの先輩みたいな人もいたしねー……)

 

「その点、ウチの料理バトルは平和的ですよー? ルールは簡単。お互いメンバーを出し合って料理を作る。審査員が美味しいと思ったほうが勝ち。負けた側は何でも一つ相手の言うことを聞く」

「……スゴイ。それが本当なら、確かに平和的な勝負です」

「えへへー。スゴイでしょー?」

 しかもタダ飯が食べられます。

 

 でも、この異能力高校のことだから――

「あのですね、成宮先輩」

「はーい。何ですかー?」

「失礼ですが、その料理対決とやらは、どっちが審判を買収するかで勝負が決まったりはしないのでしょうか?」

「……はえ?」

「あるいは審査員の家族を人質に取るとか。ウィル能力で洗脳とかして、自分たちに都合のいい言動をさせるとか……」

 

「ふぇええ? 何かこのコやさぐれてますぅ――っ!」

「こらこら冬林くん。失礼なことを言わないですの」

「あたっ!」

 背後からの松川チョップ。

 

「ごめんなさいね、成宮さん。このコ、色々あって人間不信気味ですの」

「いえいえ、怒ってはないですよー。ここの生徒には珍しくないですし。それに料理部に挑戦してきた相手にも、そういうの企んでたコたちが実際いたらしいですからー」

「……はい?」

「だから料理部伝統の勝負方法と言っても、ここ最近は全然なんです。実は私たちの世代は今回が初めて。卒業しちゃった先輩たちから、お話だけは聞いてましたけど」

 にこにこと微笑む成宮部長。

 

「……だったらどうして、今回の勝負になったのでしょう? 僕は料理部の皆さんとは初対面ですし、信用してもらえる要素がないかと――」

「そうなんですけどー。ちょっとお噂を耳にしましてー」

「うわさ?」

「はーい。松川さんから聞いてますよー? この前、バスケ部とバレー部が揉めちゃったときバスケの試合をすることになって、キミが審判役を買って出て、見事に丸く収めたそうではないですかー」

「ぶっ!」

「バスケ部・バレー部といえば、体育館を支配する凶暴な二大勢力。その人たちがケンカしないよう済ませるなんてスゴすぎですよー。しかも1年生のコが!」

 

「……いえ。実はそれなりの被害が出てて、今も何人かは入院してるのですが」

「その程度で済むなら上出来ですよー。松川さんもすっごく褒めていましたよー!」

「……先輩が?」

 ちらりと松川先輩のほうを見ますが、にこにこ微笑むだけで何も言いません。

(……色々と誇張して吹き込んでませんか? 先輩は)

 

「で。そんな面白いコがいるのなら、一回勝負してみてもいいかなーと。フェアな審査員の人が純粋に料理の味だけを見てくれるなら、ウチの四天王たちが負けるわけはないですしー」

 にこにこ笑顔の成宮先輩の背後では、料理部四天王の五人(平岡、藤ヶ森、御手洗、吉田、井上)が、紛れ込んだよそ者を見る山奥の村人のような視線を向けてきています。

 僕が信用できるかを……疑ってるのでしょうね。やっぱり。

 

「あの、成宮先輩。少し松川部長とお話しさせてもらってよろしいですか?」

「いいですよー。私たちは勝負の準備をしちゃってますねー」

 成宮先輩の背後で料理部四天王の五人たちが、鍋やまな板、包丁などを二グループ分用意し始めます。

 

「……松川先輩」

「何ですの? 冬林くん」

「単刀直入にお聞きします。今度は何を企んでいますか、あなたは」

「んー。企むなんて言い方は心外ですわ。料理部に対して純粋に、真っ向勝負を挑もうというだけですの」

「わざわざ敵の土俵で相撲を取る人ではありませんよね? 先輩は」

「わたくしだって、たまには勝負に出ますわよ? ここで料理部を負かせば、茶道部の戦略の幅が広がるのです」

「先輩や水野さんたちの料理スキルのほどを、僕は知らないのですけれど……」

「大丈夫。今日に備えて三人でひそかに特訓を」

「付け焼き刃でどうにかなりますか? 料理四天王の人たちはあんなですけど――」

 ちらっと五人のほうを見ます。

 

「ヒャッハー!」「斬る斬る!」「ザンス!」「トレビアーン!」「うふふふふー♪」

 

「……こうして見てる感じだと、かなり手際も良さそうですよ?」

「さすが、家事スキル全般の高い冬林くん。エプロンの締め方を見るだけで相手のレベルが分かってしまいますのね、きっと」

「……冗談はおいてですね、松川先輩」

「何ですかしら」

「真っ向勝負だというのなら、僕、茶道部に甘い判定はできませんよ?」

「あら」

「……僕が前に仮部員だったのが、知られてないとも限りません。身びいきと思われるのも嫌なので、味のレベルに大きな差がない限り茶道部の勝ちにはしにくいです」

 お世話になったのに不義理な気はしますけど……。

 

「構いませんわよ? それで」

「……そうなんですか?」

「ええ。キミのそうした性格を見込んで、わたくしは料理部に推薦したのですし。キミはただルールに従って、公正な判定をしてくださればOKですわ」

 にこにこにこにこ。

「……その笑顔は絶対に何か企んでいますよね?」

「何のことですかしら?」

 松川先輩の腹を読むのは無理そうなので、もう一人の部長にコンタクト。

 

「……スミマセン、成宮先輩。念のため、料理バトルのルールを確認させてもらいたいのですが」

「あ。はーい。そこの黒板の横に貼ってある紙にぜんぶ書いてありますよー。私たちはそろそろ調理に取りかかるので、冬林くんは読んでてください」

「これですね……?」

 

 異能力高校料理部~料理バトルのルール~

 ①料理バトルとは、料理部に対して他の部活、あるいは二名以上の生徒グループが挑戦する勝負である。料理を作る生徒の人数は双方の合意によって決められる。

 ②作る料理は双方とも同じ料理でなくてはならない。ただし使う食材や作り方の手順に関しては、両グループともに自由である。

 ③勝敗を決めるのは一名以上の審査員である。審査員は料理部および相手グループに属さない中立の生徒で、両グループの代表者の合意を必要とする。

 ④審査員が二名以上で意見が分かれた場合、勝敗は多数決で決定する。票が同数、あるいは審査員が一名で引き分けと判定した場合は引き分けとする。

 ⑤勝った側は負けた側に、一つだけ何でも要求ができる。

 

(ここまでは理解できるけど……)

 

 ⑥料理バトルは料理部の部室を使って行う。食材は両グループがそれぞれ自分たちの調理に必要な分を用意する。バトル開始後の買い足し・持ち込みは禁止。調理道具は学校の備品を使用するが、持ち込みは特に禁止しない。

 ⑦時間内に料理を完成できなかったグループは敗北とする。調理室およびその備品に大きな損傷を与えた場合も同様とする。

 

(こういう禁止事項をいれなきゃダメな出来事が、色々あったんだろうなーと想像できるね……ん?)

 

 ⑧調理中、ウィル能力の使用は自由。ただし能力の使用不使用を問わず、相手への妨害や暴力行為は厳禁。発覚した側は即敗北。

 

(本当に、この学校と来た日には……!)

 僕が頭を抱える一方で、料理部と茶道部はすでに調理を開始してました。

 

「ヒャッハー! 料理は火力だぜ! 俺の炎のウィル能力で、タマネギをきつね色になるまで炒めるぜ!」

「否。料理は切れ味なり! 我が能力は包丁要らず。まな板に載せた肉や野菜を、手刀を使って斬る斬る斬る斬る……!」

 

「ねえねえ、梅ちゃん。ジャガイモの芽って取らなきゃダメなんだよね?」

「……水野さん。わたしお肉を触るのが嫌なので、皮むきを替わって欲しいですですよ」

「ん。皮むき器じゃないけど大丈夫?」

「包丁くらい使えますです……」

「おお、スゴイ。あ、ルーはここに出しておくね」

 

「ふふーん。料理はスパイスざんす! ミーの【エンジェル=ブレンド】の能力で、最高の香りをお届けザンス!」

「市販のルーを使うなどエレガントではあーりませーん!」

「料理は愛憎! 3年生の御手洗先輩と吉田先輩はうざいですよねー♪ うふふー」

 

(やっぱり。料理部の人たちのスキルはかなり高いよ……。変人だけど。水野さんと新山さんは最近お手伝いを始めた子供レベル? これじゃ勝てる見込みは……ん?)

「あの、成宮先輩」

「はい。何ですかー?」

「お忙しいところすみません。ここの文章なのですけれど……」

「ああ。これはちょっと分かりにくかったかも知れないですねー」

 

 ⑨審査員が食べられないものを出した場合、敗北とする。

 

「えーとですね。冬林くんはラブコメとか読みますかー?」

「……僕自身は好んで読まないデスガ、父さんの本棚に何冊かありました」

「あ。ちょっと見栄はってますー?」

「見栄なんてはってないデスヨー。全然デスヨー……」

「そういうラブコメのお約束にですねー。料理がダメなヒロインがゲロマズな料理を出してきて、主人公が我慢して『美味しいよー』なんて言うシーンがあるでしょう?

 もしも料理バトルでそんなの出されちゃったらですねー、審査員の人は『ペッ!』ってしちゃっていいですから」

 

「……いいんですか?」

「ええ。私が先輩に聞いた話だと、わざと嫌いな生徒を審査員に推薦して、料理部に負けるのを覚悟で毒殺狙い――なーんてことをしたコがいるらしくって」

「……それはひどい。でも――」

 

「あのー、成宮さん。よろしいかしらー?」

「はわわ! 松川さんが呼んでますので私はこれで!」

 

「はーい、松川さん! 一体どんなご用事ですかー?」

「あのですわね、そちらの四天王の方たちなのですが」

 

「ヒャッハー! 炒めの次は煮込みだぜ!」

「フ。全ての食材を斬り終えて、我の出番は終わったようだ……」

「ミーのブレンドした究極のスパイスを味わうザンス!」

「んー。このお皿のブリリアントな輝きがエレガンス……」

「隠し味に、わたしの愛と憎悪をたっぷり注入♪」

 

「ウチの自慢の四天王たちが一体どうかしましたかー?」

「えーと。三番目の御手洗くんと四番目の吉田くん? 二人のキャラが微妙にかぶってませんですかしら?」

「はわわわわっ!? ま、松川さん! それは思ってても言っちゃダメ……!」

 

「おぅ、吉田。今日こそ結局をつけようぜ」

「いいぜ、御手洗。俺もてめえのお澄まししたツラは気に喰わなかったんだ」

「それはこっちの台詞だぜ。何がエレガンスだ、この野郎……!」

 

「……はわわわわっ!? た、大変ですぅ。料理バトルの最中なのに、御手洗くんと吉田くんがキャラを作るのも忘れて、つかみ合いとガン飛ばしを始めてますぅ!」

「あらあら。二人はキャラを作っていましたのー? 全然気が付きませんでしたわー」

「松川さんが棒読みですぅ! くっ! 『相手チームに話しかけちゃダメ』というルールがないのを逆手にとって、こんなからめ手をしかけてくるとは……」

 

「ほらほら、御手洗先輩と吉田先輩。キャラがかぶってる同士で潰し合えー♪」

「煽らないでください、紅一点の井上さーん!」

「えー。でもでも、成宮部長。そもそも四天王なのに五人いるっておかしいですし」

「そんなの今さらじゃないですかー!」

 

(……騒がしくなってきたけど、僕は中立を守っていよう)

 成宮先輩がはわはわとしながらも、カレーの匂いが漂い始めました。



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エプロン姿のお姉様の策略

「――はーい! 両チームとも完成でーす。続いて試食に移ります。ご飯はあらかじめタイマーで炊いておきました。茶道部さんの分も一緒ですぅ!」

「ありがとうございます、成宮さん。先に試食してもらうのは――」

「私たちはどっちでもいいですよ? 松川さんにお任せですぅ」

「では、こちらが先攻で。新山さんと水野さん。二人は盛り付けをお願いしますね?」

「はいですです!」「任せちゃってくださーい!」

 異能力高校、料理バトル。

 両部活ともにカレーが完成し、人数分の皿と食器が用意されます。

 下校時刻も近づいていて夕飯にするにはちょうどいいのですが……。

 

「どうぞ、冬林くん。茶道部お手製のカレーですわ」

「……どうも。お水とスプーンもいただけますか?」

「はい。お待ちくださいな」

 笑顔の松川部長。

 

「どうぞ。お口に合うといいですわ」

「……ありがとうございます」

 学校の制服にエプロン姿の松川部長。

 

「どうしました? 冷めないうちに召し上がって欲しいのですけど」

「……そうします」

 彼女が出してくださったカレーは見た目も匂いも平凡ですが、充分に食欲をそそるものでした。

 スプーンを手に取り口に運びます。

 

「いただきます。……美味しいです」

「あら。ありがとうございます」

「普通に美味しいです」

「あらあら。おかわりもありますが、それは料理部の試食が終わってからで」

「……美味しいけれど、普通レベルの美味しさでしかありません。このくらいの味では、勝つのは正直きびしいかと」

「キミに美味しいと思っていただけたなら、わたくしは充分満足ですわ」

 にこにこにこ。

 

「……松川先輩はここから一体どんな作戦を?」

「料理バトルにかこつけて、キミに手料理をごちそうしたかっただけと言ったら――」

「信じません」

 とりあえず、この時点で茶道部の失格はありません。

 

「はーい。では、料理部のみなさーん。私たちも試食しましょう。いただきまーす!」

『いただきまーす!』

「はむっ……もぐもぐもぐ。あ、美味しいですね。微妙に甘酸っぱくて和風な感じ。すりおろしたリンゴと……お醤油がちょっと入ってる?」

 成宮くるみ部長の合図に合わせ、料理部四天王の五人もスプーンを取ります。

「ヒャッハー! ちゃんと火は通っているぜ!」

「食材の斬り方は我に比べればまだまだだ」

「香りはいいが、家庭料理のレベルざんすね!」

「エレガントと言うには程遠い……」

「愛情はたっぷりこもってるけど憎悪が足りないわ憎悪が! なーんちゃって♪」

 五人とも辛口の評価でした。しかし、水野さんと新山さんは――

 

「梅ちゃん梅ちゃん! 結構美味しくできたよね?」

「よっぽど変な手順でない限り、カレーをマズくはできねーですよ……。普通に食えるものが作れたので、わたしは充分満足ですです」

「相坂くんたちも呼べばよかったねー。梅ちゃんのエプロン姿が見たいー! って叫んでたし」

「あのバカがこなくて良かったですですよ! 茶道部が恥をかくとこでした」

「男の子なんだから仕方ないよー。冬林くんだってチラチラと松川部長のエプロン姿を見ていたし。甘酸っぱいねー。ほのかに漂う恋の匂い!」

「ムッツリですね」

「普通だよー。余った分はタッパーで持って帰ってあげよう!」

 

(茶道部のみんなのこの余裕はどこから来るんだ……?)

 

「……ふぅ。ごちそうさまでした。それでは続いて、料理部のカレーを試食でーす! 四天王のみなさんは盛り付けをお願いしますねー!」

『はーい、部長!』

 成宮くるみ先輩の宣言と同時、料理部四天王が動き始めます。

「では、冬林くん。お皿をお下げしますわね?」

「……どうも。松川先輩」

「成宮さーん。食器も下げちゃってよろしいかしら?」

「いいですよー。こっちでもスプーンを用意しますねー」

 松川部長がお皿と食器を手に取り、下げようとします。

「ああ、そういえば、冬林くん」

「何ですか」

「わたくしたちのエプロン姿に見とれていたというのは本当ですの?」

「……ノーコメントで」

 

 国立ウィル能力研究大学附属高等学校。通称、異能力バトル高校。

 料理部部長のちびっこ3年生、成宮くるみ先輩。

「それでは料理バトルもいよいよ大詰め! 私たち料理部のターンです。四天王のみんなが一生懸命作ってくれたお料理を、たっぷりじっくりご賞味くださーい!」

「! こ、これは……!」

 お皿に盛り付けされたカレーからは、ドガーンでズガーンでゴゴゴゴゴな、圧倒的なまでのオーラが放たれておりました。

 

「言っておきますが、ウチの四天王は五人ともすっごい実力の持ち主ですからね? 見かけ倒しじゃありませんよー!」

「た、確かに……。何でたかがカレーに圧倒されているんだ、僕は」

「名付けて、料理部四天王特製『炎の斬滅スパイスエレガントカレー~乙女の愛と憎悪をこめて』――五人の技術と情熱がこもった一品です。熱いうちに召し上がれ♪」

「四天王特製ということは、成宮先輩は何もしてないんですか?」

「ちゃんと監督とかしてましたー! 細かいこと気にしてイヤなコですねー!」

「……ゴメンナサイ。でも――」

 

「うわわわわわわ! スゴイ! めちゃめちゃ美味しそうだよ、梅ちゃん!」

「……ええ。たった今ウチのを食べたばかりなのに、食欲がガンガン湧いてきますですですね!」

 

「ヒャッハー! 我ながら見事な火加減だぜ!」

「見よ! この食材の美しい切り口を……!」

「ミーのブレンドした最高の香りをお届けザンス!」

「我ながらエクセレントな盛り付けでーす!」

「……うざいコイツらを、たまーに毒殺したくなるのよねー。くすくすくす」

 

「両チームともに全然緊張感がないのに違和感が……」

「仲良くケンカしてるみたいで微笑ましいじゃないですかー」

「四天王の人たちは別の意味で緊張してる感じもしますけど」

「うわっ! 目ざといですねー。実はあのコたち、たまに仲間割れなんかもしちゃってて。私はすっごく苦労してるんですよー?」

「みなさんキャラが濃いというか個性的ですしね……。それをまとめる成宮先輩って、実は意外とすごいのでしょうか?」

「はわわ! 意外とか言われちゃってます。年上に対して失礼ですぅ!」

「あ。ゴメンナサイ……」

「あのー。冬林くん。成宮さーん。審査員の人が食べてくれないと、わたくしたちも食べられないのですけれど?」

「はわわ! 松川さんに正論を言われてしまいました。それでは冬林くん――いいえ、審査員どの!

 料理部の特製カレーを、どうぞお召し上がりくださいませ!」

「はい。では、いただきます――あれ?」

 気付きます。

「どうしました?」

「……成宮先輩。このスプーンが――」

「スプーンがどうかしましたかー? って、アレ? な、何ですかー、それ!」

 カレーを食べようと僕が手にしたスプーン。

 

 その先端が、ぐにゃり! と折れ曲がっていることに。

 

「はわわわわ!? な、何でそんなことになってるですか! 私が持ってきたときは、ちゃんとまっすぐなっていましたよ?」

「……でしたよね。運ばれてきたときは、ごく普通で。でも成宮先輩とお話ししてたら、いつの間にかこうなってて。会話中、僕のところに近づいた人はいないと思いますけれど……あれ? ちょっと待てよ。もしかして――」

 

「あらあら。どうなさいましたの。成宮さん。何かトラブルでも発生ですかしら?」

「はわわ! 松川さん。じ、実は――」

「あらあら。原因はさっぱり不明ですけれど、冬林くんのスプーンがとんでもないことにー」(棒読み)

「……松川先輩。もしかして、これは水野さんの――」

「何を言っているのか分かりません。でも冬林くん。一つ確認しますけど」

「……何でしょうか?」

「そのスプーンでは、キミはカレーを食べられませんわよね?」

 

「……当然でしょう。それが?」

「茶道部が用意したスプーンは、わたくしがお皿と一緒に下げました。ですから、そのスプーンは料理部が用意したもの。違います?」

「……ませんけど。でも、松川先輩。さっきから一体何を?」

「つまりこの料理バトルで、料理部は審査員のキミに『食べられないスプーン』を出してしまった。そうですわよね?」

「そうなりますね――って、まさか!」

 茶道部部長が微笑んだまま、料理部部長のほうを向きました。

 

「成宮さん?」

「はわわ! な、何ですか、松川さん? そのニコニコ笑顔が怖いですぅ!」

「残念ですがこの勝負、わたくしたち茶道部の勝ちですわ♪」

「……はえ?」

 

(――松川先輩! そう来るか!)

 

「はわわ! 何を言ってるんですか、松川さん! まだ審査員の冬林くんは一口だってウチの料理を食べていませんよー!」

「いえいえ。味の優劣の問題ではありません。料理バトルのルールに従えば、すでにそちらの敗北が決定ですの」

「ほえ?」

「あなたたちの出したスプーンで審査員は料理を食べることができません。それはダメだと、ちゃんとルールのここに書いてあります――」

 

 ⑨審査員が食べられないものを出した場合、敗北とする。

 

「ほらね?」

「はわわ! ち、違いますよ、松川さん! これは食べられないようなマズイ料理を出しちゃいけないという意味でして――!」

「そんなのどこにも書いてませんわー。『食べられないもの』を料理に限定するとは、そちらが勝手に言っているだけ。この条文を読んだ通りに解釈すれば、食器やスプーンを含まない理由はない。それがわたくしども茶道部の主張です」

「はわわわわわわ! 松川さんがルールの穴を突いてきました……。やり手の検事さんや弁護士さんみたいですぅ!?」

 目をぐるぐるさせる成宮くるみ先輩の隣で、僕は机に突っ伏してました。

 

(……おかしいとは思ったんだよ! 明らかに料理のレベルが違いすぎるのに、茶道部のみんなは余裕綽々で。そうか! 彼女のあの能力で!)

 チラリと水野さんのほうに目を向けます。

 彼女は「私はこの騒ぎに全然関係ありませーん」と言いたげな無表情をしていましたが、僕と目が合うと小さく笑って、こっそり手を振ってきます。

 

 1年B組36番 水野おだまき(所属 茶道部)

 

(彼女は僕の最初の仲間で、一緒にクラスの問題児の上田くんと戦った。そのときウィル能力を見せてもらって、効果も説明してくれたけど……)

 

 ウィル能力名 【スプーン=マゲール】

 

『……ねえ、水野さん』

『何かな』

『水野さんの能力はスプーンを曲げるだけ?』

『うん。曲げるだけ。やっぱり超能力と言ったらこれだよね!』

 

 効果 スプーンを曲げるだけ。

 

(でも、手元にあるスプーンしか曲げられないとは言ってない! 弱くて役に立たないと思っていた能力に、こんな使い道があったとは――!)

 二人の席は離れていますが、僕のスプーンがへにゃりとなった理由は、彼女のウィル能力以外に考えられない!

 

「あらあら。それでは成宮さんは、わたくしどもの主張が的外れだと?」

「当然です! こんな裏技みたいな負け方じゃ、料理部四天王の五人だって絶対に納得してくれませんよ!」

 

「ヒャッハー! ふざけた言いがかりだぜ! 焼きつくしてやるか? 俺様が」

「……我らを侮辱するならば斬り捨てる」

牽強付会(けんきょうふかい)もいいとこザンスね!」

「こんな決着はエレガントではあーりませーん!」

「……くっくっく。やってくれるじゃないのさ、茶道部」

 

「あらあら。これは大変ですの。平和な料理バトルをするはずが一触即発の空気です」

「……松川先輩。ここまではあなたの作戦通りですよね、きっと」

「何のことです? そんなことより冬林くん。一つお願いがありますわ」

「……聞きたくなーい!」

「わたくしども茶道部と料理部の主張のどちらが正しいか、審査員のキミが判定してくださいな♪」

「無茶振りだぁあああああああああああ――っ!?」



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審査員という名の下っ端

 窓から見える外の景色は、すっかり暗くなっていました。

「……何てことを言い出すのですか、松川先輩。ここで料理部に不利な判定をしたら、恨まれるのは僕になるではないですか!」

「あらあら。そんなことはないと思います。キミは親善試合の審判として、バスケ部とバレー部の対立を収めた実績もありますし」

「それとこれとは話が別です……」

「あの連中に比べたら簡単でしょう? ウチの茶道部や料理部は、この学校では穏健派で通ってますし」

「穏健な人たちは『斬る!』とか『ヒャッハー!』なんて言いません……」

 

「ヒャッハー! ふざけた判定をするのなら焼きつくす!」

「その首をまな板の上に載せてくれよう」

「ミーのブレンドした殺人スパイスの封を解く日が来ようザンスとは……」

「たとえエレガントではなくっても戦わねばならない時がアリマース!」

「一度でいいから人肉って調理してみたかったのよねー♪」

「はわわ! 四天王の皆さん。五人とも落ち着いてー!」

 

「……最悪の場合、茶道部と料理部のガチ戦争にもなっちゃいますよ?」

「そのときはカウントをコーラスに変えて逃げちゃいましょう。ほら、キミと新山さんのコンボを使って」

「ばっくれる準備も万端ですか! 本当にどこまでも抜け目のない……!」

 

「梅ちゃん梅ちゃん。冬林くんは何て判定を出すつもりかな?」

「さあ? でも、わたしの出番がないよう祈っていますですですよ」

 

「――それでは判定を言わせていただきます。料理部部長の成宮くるみ先輩。そして四天王の皆さん。今回の勝負の結果ですが」

「うぅー! お願いですから、ひどい判定はしないでくださいね? スジの通らないこと言われちゃうとウチの四天王が怒って、ずっぎゃーんってなっちゃいますし!」

 

「ヒャッハー!」「斬る斬る!」「ザンス!」「トレビアーン!」「うふふふふー♪」

 

「ほら! こんな風になったみんなを止めるのは部長の私でも無理なんですよー!」

「……僕としても、せっかく平和的な勝負の最後を暴力な結末にしたくはありません。そこで言わせてもらいますと、茶道部の松川部長の主張は言いがかりに近いと思います」

「! そうですよね!」

 成宮先輩の顔がぱっと明るくなりました。

 

「わっ! 大変だよ、部長! 梅ちゃん! 冬林くんが裏切った!」

「まだそうとは限りませんわよ? 水野さん」

「そうですです。とりあえず黙って続きを聞きましょう」

 

「――料理バトルのルールその九、『審査員が食べられないものを出した場合、敗北とする』。これを素直に解釈すれば『あまりにひどい味の料理を出してはいけない』という意味になるでしょう。成宮先輩のおっしゃった通りです」

「ですよね! ウィル能力の使用は禁止してないですけど、茶道部の誰かがスプーンを曲げて勝ちなんてのはあんまりですぅ!」

「……僕もまったくの同感です」

 

「ヒャッハー! 話が分かるじゃねえか!」

「ふむ。斬り捨てる必要はなさそうだ」

「ザンス!」

「それでいいのですよー。トレビアーン!」

「わたしたち料理部四天王を敵に回すなんてバカな真似はしないわよねー? 坊や♪」

 沸き立つ四天王の五人。

 

「……しかしですね」

『?』

「この条文を書いたのは、茶道部ではなく料理部の人たちですよね?」

『……!』

「はわわ! 冬林くんが痛いところをついてますぅ!?」

 

「……料理部の皆さんに僕が言いたいのはこういうことです。

 確かに松川先輩のやり方は、ルールの裏をかく卑怯なものでした。しかしそのルールを定めたのは、あなたがた料理部自身です。

 もしも部員の誰かが今日までに条文の抜け穴に気付いて改正していれば、茶道部はこの手を使えなかった。――違います?」

 

「はわわわわ! いえ、そんな無茶を言われましても!」

「無茶ですか? あのルールを見たときに、僕も一瞬『ん?』ってなりました。それはつまり、解釈に曖昧な余地があるということ。料理部の皆さんは放課後に毎日、あの文章を見てましたよね?」

「痛い! 痛い! 正論が痛いですぅ!」

「すぐにとは言いませんが僕も二・三日すれば、つけ込むスキに気付いた可能性は充分あります。今回の勝負に関しては、自分たちで作ったルールの不備を放置していた、そちらのミスだと言えないでしょうか?」

「はわわ! し、四天王の皆さん。何か冬林くんに反論は……」

 

『…………』

「はわわわわ! みんな黙っちゃってますぅ!?」

 

「というわけで、成宮先輩。残念ですが、この勝負――」

 国立ウィル能力研究大学附属高等学校。通称、異能力バトル高校。

 

「……茶道部の勝ちで決着です」

 茶道部 VS 料理部の料理バトル終了!

 

「ありがとうございます。冬林くん。キミならそう判定してくださると信じてましたわ」

「……どうも、松川部長。ただ僕からも一つお願いが。確かに今回は茶道部の勝ちですが、このやり方はいくら何でもアレなので。料理部の人たちに無茶な要求はしないであげて欲しいです」

「はわわ! ふ、冬林くんが優しいですぅ!」

 

 ⑤勝った側は負けた側に、一つだけ何でも要求ができる。

 

「あらあら。そんなことを言われると、ますます成宮さんの困った顔が見たくなります」

「松川さんがどSな目をしていますー!? はわわわわ!」

 

「……水野さん。お願い。キミからも何か言ってあげて……」

「あははー! やっぱり冬林くんは優しいね。でも大丈夫! 実は部長は最初から」

 

「それでは料理部部長の成宮さん。今回の勝利における茶道部からの要求ですが――」

「さ、早速ですかー! はわわ! どうかお手柔らかにー!?」

「あなたはこれからわたくしのことを『弓乃ちゃん』と呼ぶように♪」

「…………はえ?」

 

 帰り道。

「――ねえ、水野さん。つまり松川先輩……というか茶道部は、料理部と同盟を結びたかったってことでいいのかな?」

「そうだよ、冬林くん。今の料理バトルのルールだとああいう裏技ができちゃうよ! って教えてあげるのが、今日の目的だったんだ。そうすれば料理部の人たちは喜んで、私たちの味方になってくれるでしょ?」

 すっかり暗くなった下校のルートを、僕は水野さんと二人で歩いてました。

 

「……なるほど。でも、ただ教えるだけじゃ芸がないし。よその部活の言うことで聞く耳を持ってもらえないかも知れないから――」

「うん! 実際に勝負して勝ったら簡単なことだけ要求する作戦だったの。『口で説明するより実際に敗北したほうが、連中は茶道部のありがたみを実感しますわー』って」

「……あの人らしい。でも、本当に上手い作戦だったよね……」

 

『ヒャッハー! これからも茶道部の人たちとは末永く仲良くやっていきたいぜ!』

『料理部との共通の敵になるものは我の手刀で斬り捨てよう!』

『まあ、今度の件に関しては素直に感謝しておくザンス!』

『これからはトレビアンな関係を築いていきたいものデスネー!』

『……うーん。借りができたのは認めざるを得ないかー』

 

「――料理部四天王の五人も喜んでたね。すぐに例のルールは改正されるだろうし。次に料理バトルを挑んでくる生徒がいたとしても、今日のと同じ手は使えない」

「そうそう。確かに卑怯な作戦だったけど、これが最初で最後だよ」

「……この勝ち方で『予算を半分よこせー』とかだったら向こうもキレるだろうしね。それなら好感度を稼いでおこうというのはとてもいい判断だった」

 

『うわわわわ! 梅ちゃん。この料理部の人たちの作ったカレー、ホントにすごく美味しいよ!』

『……美味い。美味すぎ。美味すぎですです! たった一皿に凝縮された旨みと旨みと旨みを香り高きスパイスが引き立てる……!』

『マトモに勝負していたら絶対勝てなかったよねー。――おかわりくださーい!』

 

『ねえ、成宮さん。これからあなたのことを「くるみちゃん」と呼んでいいかしら?』

『はわわ! ま、松川さんは私をドギマギ死させるおつもりでしょうか!? いえ、松川さんじゃなかったですね……。ゆ、ゆゆゆ、ゆゆゆゆゆ、弓乃ちゃん……!』

『くすくす。くるみちゃんは可愛いですわー♪』

『はわわわわ……!』

 

「……他のところは知らないけどさ、今年の茶道部ってすごく順調なんじゃない? バスケ部には勝利してお金も取った。料理部との同盟も成功して戦力強化」

(それもこれも松川先輩の考えた作戦だけど……)

 

「どうなんだろう? でも、やっぱり私は冬林くんがいないとさびしいよー!」

「……そう言ってくれるのは素直に嬉しい」

 道を曲がります。

 

「ねえねえ。冬林くんはまた茶道部に入ってくれないのかな?」

「……そうしたいけど難しい。あれ以来、僕はバスケ部ににらまれてるから」

「えーと。上田くんは今病院だよね?」

「上田くんだけじゃないんだよ。他の部員の人たちにも僕のことは知られちゃってる。あと2年の神平先輩が、最近発言力をつけてきてるとかで監視がね……」

「むぅ! 許せないね、あのメガネ!」

「メガネに罪はないと思うけど。水野さんの家はこっち?」

 少し歩いてから、水野さんがぴょこんと跳ねます。

 

「あ、そうだ! 冬林くん」

「何かな?」

「いっそ料理部に入るといいんじゃない? あそこは歓迎してくれるよ、きっと! もともと料理だって得意だもんね! 毎日お弁当作ってたし」

「……どうだろう? 今日の件で恨みは買っていないと思いたいけど」

(ぜいたく言える立場じゃないけど、『ヒャッハー!』とか『ザンス!』とか言う先輩のいる部活はなー……)

 

「むぅ。テンション低いねー。いいアイディアだと思うのにー!」

 むくれる水野さん。

「でもさ、バスケ部のせいで茶道部がダメなら、冬林くんにはウチと仲がいい部活に入ってもらいたいな。それなら私や梅ちゃんも、もっともっと頑張れるし!」

「……僕の【ずぎゃーん=ボム】(仮)とのコンボだね。二つの部活をつなぐ役割も果たせるし、重宝してもらえそうではあるけれど――」

 

「あとはね! 成宮先輩!」

「……? 成宮部長がどうかした?」

「ほら! あの人のウィル能力! あの人の能力だったら冬林くんが強くしてあげることもできるんじゃない?」

「あー……」

 

『――それでは料理部と茶道部の友好を祈念して、食後のデザートを振る舞いですぅ! これは私の自信作ですので、よーく味わってくださいね?』

 

「まさか冬林くんだけのコーヒーゼリーが、あんなことになってるなんてね!」

「うん。僕も夢にも思わなかった……。さらに成宮先輩のウィル能力で、ゼリーをあんな風にしてしまうとは……!」

「スゴイ能力だったよねー。戦闘には使えないと思うけど、料理部の部長さんらしい能力だったし」

「他では茶道にもバスケにもバレーにも、全然関係のない人が部長をやってたりするけどね。成宮部長の能力に僕の【ずぎゃーん=ボム】(仮)を使ったら……」

「面白い効果になると思うよ? そして茶道部と料理部が力を合わせて、悪い人たちをずっぎゃーん!」

「……考えておく。あ、水野さん。ひょっとしてあのアパートが」

「もう着いちゃったね。今日は送ってくれてありがとう!」

 

「いやいや。夜道を女の子一人で歩かせるのは心配だったし。新山さんは松川先輩が送ってくれるって言ったから」

「このシスコンからレベルアップしたフェミニストめー! それじゃ、また学校で!」

「……うん。また連休明けにね」

 水野さんと手を振って別れ、僕は自分のアパートに向けて歩き始めます。

 

(――これからのことを、僕もそろそろ考えなくっちゃね。真剣に。一人でやっていくのは絶対無理だし。成宮くるみ先輩の料理部か……)

 

『私のウィル能力は――【そるとスウィート=ラブぱっしょん】!』

 



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列の一番前にいた女の子

「ねえねえ、冬林くん。キミ、わたしの彼氏になってくれないかなっ!」

「……………………何で?」

 

 朝。五月の連休が終了し、久しぶりの学校でした。

 しかし教室の自分の席に着いた途端、僕はいきなりの違和感に襲われます。

 

「おはよー! 冬林くん。久しぶりー。連休はエンジョイしてたかなー?」

「……原さん? 何でキミが日高くんの席に座ってるの?」

「ん! おはようって言ったのに、おはようって言わないのはどうかと思うよ?」

「……ゴメン。おはよう。で、何で?」

 1年B組のクラスは6×6で机が並び、僕の席は黒板に向かって左、窓側の後ろから二番目にあります。

 後ろと隣とななめ前の席の男子は入院中。ななめ後ろの男子は転校。前の席はバレー部の日高エイジくんという男子生徒。しかし何故かそこにいるのは――

 

「……僕の記憶が確かなら、原さんはこの列の一番前だったよね?」

「んー。交換した」

「……へ?」

「連休前、日高くんと相談してたんだ。わたしと席を交換してくれない? って」

「……どうしてさ」

 その日高くんは、まだ登校していないようでした。水野さんと相坂くんの茶道部二人も。早い時間のため、他のクラスメイトたちの姿もまばらです。

「ここじゃちょっと話しにくいね。ちょっと場所を変えない?」

「……いいけどさ」

 

 1年B組31番 原千恵美

 ウィル能力名 ????

 

 彼女に引っ張られるようにして、僕は空き教室まで連れてこられました。

「……それで、原さん?」

「んーとねー。何から言えばいいのかなー」

 立てた人差し指を口に当て、首をかしげている原さん。

 彼女と僕の関係は――

 

「そういえば冬林くん。前に色紙に書いてくれたサインありがとうねー!」

「……恥ずかしいからイヤだったけど。根負けしたんだよね、僕が。いや、あのね。原さん。そうじゃなくって」

「分かってる分かってる。キミのファンとして言っておきたかっただけだから」

 ちょっとしたことがキッカケで、何故かファンを自称されています。とは言え、そこまで親しい仲でもなく、せいぜい友好寄りの中立といった関係かと。

 

「それでね、冬林くん。実はわたしキミにお願いがあります」

「……内容次第では善処したいと思うけど」

「うーん。まあ実を言っちゃうと、善処してもらえないかもなーっていう内容なんだよ。それでまずは外堀を埋めるべく、日高くんと交渉したんだ」

「……?」

「んとねー。まず冬林くんの前の席って、日高くんにとっては気まずいじゃん?」

「……そうだよね。今はともかく三人が退院してきたら」

「そこでわたしの席と交換しない? って持ちかけたら、もったいぶって悩んだフリした挙句、OKしてくれたんだ」

 

「日高くんのメリットは分かるけど……原さんは?」

「ファンとしてキミの近くにいたかった! なんてのは?」

「それだけのために、僕の近くに来るのはリスクが高いよ……。二つ後ろは上田くんだし。灰川くんや花田くんも退院してきたらどうするやら……」

「キミの周りは、まさに混沌のるつぼだね!」

「やめてよ!? 僕が原因みたいに言うのは!」

「あははー。違うんだ?」

 快活に笑う原さん。

 

「でも、まるっきり冗談じゃないんだよ? キミの近くにいたかったのは本当」

「? それはどういう……」

「実は冬林くんに、ちょっと面倒なお願いをしたいんだ。席が遠いと断られるかもだけど、これから毎日近くにいれば、気まずくなるからOKせざるを得ないかなーと」

「……何を企んでいるのさ、原さんは」

「うむ。ではでは、単刀直入に言っちゃいますね!」

 ばっばーん! とばかりに。

 大げさな身振り手振りで、耳目を引く動作をしてみせる彼女。

 

(シェイクスピア劇の演説か! ……いや、観たことはないけどイメージで)

 心の中でツッコミを入れた次の瞬間――

 

「ねえねえ、冬林くん。キミ、わたしの彼氏になってくれないかなっ!」

「え」

(こ、これは……! 人生初の女の子からの告白なのか……!?)

「あ。でも付き合うとか男女交際だとか、そういうのはいらなくて。とりあえず名義だけの彼氏というか」

「……へ?」

「人から何か聞かれたときだけ『彼氏ですー』ということにして欲しいんだよ。しばらくの間だけでいいし、そのあとは他の女子と付き合ったりしてもいいからさー」

「……………………何で? というか、名義だけの彼氏って何!?」

 

「んーとねえ。ちょっと長くなるけどいいかなー?」

「……この時点ですでに、厄介な予感しかしないんだけど」

 

 1年B組31番~原千恵美のお話~

 さて。まずはどこから話そうか。

 ねえねえ、冬林くん。冬林くんは部活とかに入ってる?

 

「……いや。今は入っていないかな」

 そっか。じゃあ、この学校では部活バトルっていうのがあって、生徒同士がどがーんでぐしゃーんで、ずがががーん! になるのは知ってる?

「……知りたくはなかったけど知ってるよ。擬音のツッコミは放置でいい?」

 

 入学する前までは、わたしもそういうの全然分かっていなくって。

「そうだね。前もって知ってたら僕もこんな学校に……」

 

 それでそういうのを何も考えずに、入る部活を決めちゃったんだよねー、わたし。

 

「……へ? 原さんって部活に入ってたの?」

 そう。事の起こりは二ヶ月くらい前……。わたしがこの異能力高校への入学を決めて、こっちに引っ越してきた直後のことだったんだ。

 

「長くなる? それ」

 頑張って短く話すね。その日、わたしは自分のウィル能力が発現したので学校に報告にきてたんだ。で、帰り道、某中古書店によってみたんだよね。

「本屋さん?」

 うん。お目当ては漫画だったんだけど。高校生になったんだし、新しい趣味とかに手を出してみてもいいかなーって。そこで目に入ったのが手芸コーナーの本だったんだよ。

「手芸?」

 そ。フェルトとかのマスコットが、すっごく可愛くてさー。『いいなー、欲しい。自分でも作ってみたいー!』って。

「……何故だろう。とっても女の子らしいエピソードなのに、薄氷を踏むような危機感がヒヤヒヤと」

 

 それで『よし。中学時代は帰宅部だったけど高校では手芸部に入ろう!』って。

「……あるの? 手芸部。ウチの学校に」

 あったの。で、入学式の次の日だったかな? 『スミマセーン! マスコットとか作りたいので手芸部に入れてくださーい!』って。

「ロクな結果になる気がしない! やってることは全然おかしくないはずなのに!」

 あははー。香城(こうじょう)先輩も今の冬林くんみたいな顔してた。

 

「……誰それ?」

 手芸部の部長さん。わたしが部室に行ったときにいた人で、すっごい苦い顔しながらね、この学校の成り立ちとか歴史とか、部活とか部活バトルのことを教えてくれたの。

 

 手芸部のメンバーは、わたしを入れて今四人。部長と副部長が3年生で、2年生の人とわたしが部員。

「……結局そこに入部したんだ。全員女の子?」

 女の子。ただ、マトモに手芸ができる人は一人もいない。部長と副部長がらぶらぶしてて、2年の人がいつもボーっとしながら漫画読んでる。

 

「変なところではあるけれど、この学校ではマシな部類かな……」

 でも、部長は真面目な人なんだよ? 『あたしたちの代はいい加減だったけど、ちゃんと手芸をやりたいってヤツが入ったからにはマトモに活動しないとな……』って言って、フェルトとか針とか糸とか買ってくれたり。

「……部費予算で?」

 なのかな? 分かんないけど。

 

「……それが僕に彼氏うんぬんの話とどう繋がるの?」

 それだとキミに彼氏ができるみたいだよー? まあ、冗談はさておいて。わたし手芸部の先輩たちに、ちょっと引け目があるといいますか。

「……それはちょっと分かるかも」

 うん。右も左も分かってなかったわたしを仲間に入れてくれて。放課後も楽しく過ごせるように気を使ってもらっちゃって。わたしは部活バトルとかまだだし、他の生徒とケンカしたこともないんだけどさ。

 

「……それはラッキーなことだと思うけど」

 うん。でも、この先トラブルがないとも限らないじゃん? だから、わたしも手芸部の一員として、何か備えをしておきたいなーと。

「……考え方は悪くないよね。でも、それが僕を彼氏にするのとどう繋がるのさ?」

 そうだね。これは言う順番が悪かった。実はわたしのお願いというのは、冬林くんに手芸部に入って欲しいってことだったの。

 

「…………はい?」

 冗談に思われてるかもだけど、わたし、キミのファンなんだよ? 冬林くんが同じ部活に入ってくれたら、頼りになりそうで嬉しいなー。

 

「……何でそんなに評価が高いわけ? 僕、原さんと一緒に戦ったりとかしてないのに」

 んー。周りの男子がごろごろ死んでいるのに、ちゃっかりキミは生き残ってる。

 

「死んでない死んでない死んでない!」

 冗談冗談。本当の理由は乙女の直感とフィーリング。キミと一緒に部活ができたら、とっても面白そうだと思うんだ。

 

「……ここは異能力高校なんだけど?」

 異能力高校であってもさ!

 

 ただ、一つ問題が残っていてね。ウチの部活の先輩たちが、冬林くんを歓迎してくれるとは限らないなーというのに気付いちゃった。

「……それ以前に、まずは僕の意思を確認して欲しい。――でも、なるほど。そういうことかな?」

 そういうこと。わたしと同じクラスってだけで推薦しても、先輩たちはキミのことを知らないし。『うさん臭いヤツだなー』って追い返しちゃうかも知れないでしょ?

 でも、『わたしの彼氏ですー!』って紹介すれば――

 

「断りにくいね……。マトモな神経なら、後輩の人間関係を壊したくないだろうし」

 そう! だからキミに、名義だけでも彼氏になって欲しいんだよ。そして是非ぜひ、わたしたちの手芸部に!

 

「……どうしよう。そりゃ僕もまだ部活には入ってないし。原さんが嫌いなわけでもないけどさ。でも、そういう大事なことを事前情報ほとんどなしで決めるのは……」

 

 大丈夫! 手芸部の先輩たちはみんないい人。

 

「……いや、いい人なら問題ないってわけじゃなくってね?」

 大丈夫大丈夫! キミに迷惑はかけないから。大船に乗ったつもりで、ささっと入部届にサインだけしてくれればいいからさー!

 

「……ミ○ミの帝王とかカ○チタレ系の作品で、『絶対に迷惑はかけないから連帯保証人になってくれー!』とか言われてる場面が浮かぶんだけど」

 あ。冬林くんもそういうの読むの?

 

「……いや、父さんが趣味で漫画集めてて」

 そうなんだ。ちなみにわたしの初恋は『利息はトイチでっせ――っ!』の人だったよ。

「それでどうして、僕を彼氏にしようという話になるのかな……!」

 

 んー。そこはほら。彼氏にしたい人とダンナにしたい人の違いみたいな?

「……どっちがどっちか知らないけど、あの人はカタギの女の子が関わっちゃいけない人だと思うんだ。――あのさ、原さん。ちょっと考えさせてくれる?」

 

 いいよ。お昼までにお返事くれる? それじゃ、教室に戻ろっか。

 

 そんなわけで。

 1年B組35番のこの僕に。

「いやー、お昼だお昼だ。冬林くんはお弁当?」

「……うん、まあね。あのさ、僕の前の席になった原さん」

「席が替わると新鮮だよねー。隣近所がスカスカだけど。何かな?」

 

「……『手芸部の皆さんがよろしければ、お世話になりたいです』と伝えてくれる?」

「いえーい! やったー!」

 ……………………はじめてのかのじょができました。



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手芸部にGO!

 放課後。

「……何なんだろうね、この感じ。彼女ができるってもっと人生の一大イベントで、どきどきわくわくするものだと思ってたのに。でも、『どうせまた、厄介なごたごたに巻き込まれるだけなんだろうなー』という予感しか」

「もう、冬林くん。沈んだ顔してるのは、わたしに対して失礼だよ?」

「……ゴメンね。それで原さん。手芸部の部室って」

「見えてきた。すっげー達筆で、書道部って書いてある看板があるでしょう? そこの隣が手芸部の部室だよ」

「ここかー……」

 名義上の彼女になったクラスメイトの原千恵美さんに手を引かれ、文化系の部室が並ぶプレハブ棟に。

 

(水野さんや相坂くんたちは……よし。いない)

 調理室はここから遠いですが、全自動の麻雀卓などが置いてある、ゲーム部から奪った茶道部の部室が近くにあります。

 悪いことはしてないですが……今は茶道部のみんなと顔を合わせるのが気まずい。

 

「じゃあ、冬林くん。先に入って待っててくれる? わたしは部長と副部長を迎えに行ってくるからさ」

「……部外者が一人で部室にいろと?」

「ううん。今なら(もも)先輩がいると思う。二人でお話でもしてるといいよ」

 

「……漫画読んでる2年の先輩だったっけ? って、初対面の女の人と間をもたせるほど、トークに僕は自信がないよ!」

「大丈夫大丈夫。じゃあ、またあとでー」

「ちょっ! 原さーん!」

 プレハブ棟の通路に一人で残されました。

 

(どうしよう……。初対面の人といるのは気まずいし。原さんが戻るまで待っていたいところなんだけど)

 

「……誰だ、アイツ。見ない顔だな」

「手芸部の前で何してる? 確か3年の香城センパイのとこだったよな。あそこは」

「……誰だそれ」

「知らねーかな? 髪は長くてモデル体型なんだけど、やたら男前な感じの人。髪は短いけど女っぽい感じの人と、いつもよくつるんでる」

「あー、ひょっとして、ぽやーんとしてて胸のでかい」

「そうそう。その人が副部長だったかな、確か」

 

(ここでボーっと立ってたら、周りから不審に思われそうだね……)

 人の姿はまばらですが何人かの視線を感じます。

 

(……仕方ない。原さんがいい人たちばっかりだと言っていたのを信じよう!)

 意を決して、手芸部の部室に入った僕が見たものは――

 

 長い髪をおさげで左右二つに分けた、大人しそうな文学少女風の女の子でした。

 

「…………」

 柔らかな光の差し込む部室。教室で使っているものより古ぼけた机と椅子。

 文庫本よりやや大きいサイズの本を手に、こちらに正面を向けて座っています。一心不乱なまなざしをページの上に注いでいて、僕の入室に気付いた様子はありません。

 

(……何の本だろう? あれは)

 目をこらした僕に見えたタイトルは――

 

 ド○えもん

 

(逆に渋っ! ……そういえば、父さんは持ってなかったな。ドラ○もん)

 ちなみに長編や愛蔵版ではなく、やや古ぼけた普通サイズの単行本。

 

 ぺらり、ぺらり、と。

 彼女はとっておきのおやつでも味わうかのように、真剣な表情をして、時々口元を小さくほころばせつつ、一枚一枚愛しそうにページをめくっていきました。

 人形のように整った容姿。ですが心から楽しんでいる様子が、かすかな笑顔から伝わってきます。

 やがて未読のページの厚みが、既読の厚みに吸収されていきました。最後のページに目を通し終えたらしい女の子は本を閉じ、ぎゅっと愛しそうに胸元に抱き締めます。

 

《ちなみにお胸のサイズは、かなりぽよよん》

 

 彼女は幸せそうに目を閉じると、疲労困憊(ひろうこんばい)から温泉にでも浸かったかのようなウットリした声と表情で――

 

「ふぅ。この巻も面白かったー……。天国にいる藤○先生。私、先生のことをマジでリスペクトなんっすよー……!」

「ぷ!」

 そのしゃべり方の調子がおかしくて、何となく僕のツボでした。

 

「……誰?」

「あ。いえその……」

 途端、警戒心むき出しの目を向けられます。

 席を動いてはいないのですが、人に慣れていない野良猫が全力で距離を取るときのような印象が。

 

「……はじめまして。1年B組の冬林要と申します。原さんの紹介で、こちら手芸部にうかがったのですが」

「ふぅん……。キミが原ちゃんの言ってた彼氏さん?」

「……ええ。一応ハ」

「何だか冴えない男の子ねー……と、心の中で思う桃さんでした」

「口にしてます。あなたが原さんの言ってた桃先輩?」

「名前で呼ぶな。なれなれしい」

「……失礼しました。苗字はお聞きしてなかったもので」

 

百ヶ瀬(ももがせ)よ。百ヶ瀬桃。2年生」

「では、百ヶ瀬先輩でよろしいでしょうか?」

「少し長いわね。略していいわ」

「…………ガセ先輩?」

「新聞部とかにいそうなキャラね。ウチの学校にも新聞部はあるけれど」

「でも、他の略し方にしますとですね……」

「『ももがせ』を略すのだから、もも先輩でしょ? 普通。そっちのほうが可愛いし」

「一周して同じじゃないですか!」

「……つまらないツッコミね。出世しないわ、きっと」

「ツッコミの出来不出来で出世が決まる社会は腐っていると思います」

「あら。今のはいいツッコミね」

 

(……変な人だ。悪い印象はしないけど……)

 その時、待ち人が戻ってきます。

 

「やっほー! 冬林くん。桃先輩とトークが弾んでたー?」

「原さん。待ってたよ。あ。後ろの人たちが……」

「うん。ウチの部長の香城(こうじょう)舞子(まいこ)先輩と副部長の早乙女(さおとめ)澄香(すみか)先輩だよ! スミマセンでしたー、桃先輩。冬林くんの相手してもらってて」

 

「……別にいい。こんにちわ、部長。副部長。例の件はどうでした?」

 原さんと入室してきた二人の女性に、眠そうな目をした百ヶ瀬桃先輩が話しかけます。

 

「ああ。順調だよ。桃。お前の情報のおかげで何とかメドが立ちそうだ」

「……お役に立てて良かったです。部長」

「いつもありがとうね、桃ちゃん。桃ちゃんのおかげで私たち、いつもとても助かってるわ」

「……いえ。澄香センパイもお疲れ様です」

 3年生だという手芸部の部長と副部長は、対照的な雰囲気をした女子生徒たちでした。

 

「えーと。今日は何だっけ……? 原の友達が入部希望で面接だったか?」

「違うわよ! 舞子ちゃん。友達じゃなくて彼氏さん!」

「似たようなもんだろ、澄香」

 部長の香城舞子先輩は、髪が背中半分くらいまでの長さで、キレイで艶のあるストレート。顔立ちも女性的でないというわけでは決してありません。

 しかし凛とした目つきやピンとした背筋などが、中性的な風格を与えています。モデル体型の美人さんですが、制服姿が軍服のようにきりりとした印象でした。

 

《お胸のサイズは普通。しかし、グッドな形》

 

「全然違うわ! もう。舞子ちゃんってば女子力なさすぎ!」

「それは今さらというか生まれつきだよ……。というか、あたし的には狭いサークルで愛だの恋だの騒がれると鬱陶しそうでイヤなんだけど」

「女の子が恋愛を鬱陶しいとか言っちゃダメ! 手芸部のコが彼氏を連れてくるなんて初めてじゃない。ああもう、原さんってば急なんだから。せめて前の日に言ってくれれば、お菓子とかジュースとか用意したのに――」

 副部長の早乙女澄香先輩は、対照的にほわわんとした人でした。

 

 ほんわりとした丸顔に優しい瞳。髪は短くしていますが、それが女性らしさを損なってもいません。むしろ全体の柔らかい雰囲気の中、良いアクセントになっているかと。

 

《ちなみにお胸は、ばいーん! ぼいーん!》

 

「……浮かれるなって澄香。というか、今のは失言だぞ。一瞬だけど桃のヤツが『私に彼氏がいないのをバラすなよ、この女……!』みたいな目でお前を見てた」

「ああっ!? ゴメンナサイ、桃ちゃん!」

「いえ。そんな目はしてないです……。それより部長」

「ああ。立ち話も何だしな。桃。悪いけど――」

「……はい。机を動かします。原ちゃん。手伝って」

「らじゃっ!」

「あの、原さん。僕も……」

「いいよいいよ。冬林くんはそこにいて! わたしと桃先輩でチャチャッとやっちゃうからさー」

 

(お客様扱い……?)

 手芸部の四人と僕。

 五人が座りやすいように、机の配置が変えられました。

 

「えーと。冬林……くんだったっけ? とりあえず窓のほうに座ってくれ。あたしは向かいに座るから」

「……香城先輩でしたっけ? 窓のほうだと僕が上座になるのですけど」

「いいよ、それで。澄香と桃はこっち。原はそっちに座ってくれ」

 

 手芸部部長の指示で、てきぱきと座る場所が割り振られていきます。

 

     原

 部長 ■■ 冬林

  副部長、百ヶ瀬

 (■■はくっつけた机。僕の後ろが窓で、部長の後ろが入り口)

 

「――さて。自己紹介が遅れちまったな。あたしは3年の香城舞子。一応、ここの手芸部の部長をやってる」

「……ええ。原さんからお名前だけは聞いてます」

 僕の前に座るのは香城舞子先輩。とても凛々しい雰囲気をした、可愛らしいというよりは頼りがいがあるといった感じの女性です。

 

「ん。短い付き合いになるかもだけど、よろしくな」

 ぶっきらぼうな口調と表情。

「……よろしくお願いいたします」

 あえて僕を上座に座らせて、居心地を悪くさせようとしてる……? 微妙に歓迎はされていないようでした。

 

「もう! 舞子ちゃん。何でそんなに愛想悪いの。せっかく原さんの彼氏がきてくれたんだから歓迎しましょ?」

「……澄香こそ人を疑うことを覚えてくれよ。長くこの学校にいるんだから」

「何も悪いことしてないのに疑ったりしたら、疑われたコがかわいそうでしょ!」

 

「……あー、うんうん。そうだなそうだな。あたしが悪かった悪かった」

「もう! 舞子ちゃんってばどうしてそんな……!」

 そんな香城部長の態度を、おっとりした印象の副部長がいさめています。

 

 ……こっちの先輩は親しみやすそう。

 

「ゴメンなさいね、冬林くん。ウチの部長が愛想悪くって」

「……いえ。気にしてないですから」

「ホントは舞子ちゃんは優しくっていいコなの。でも、キミがウチに入部したいって聞いた途端『何だかうさん臭いな……』って言い出して」

「……そうなんですか?」

「ええ。『原に彼氏がいたなんて、今まで聞いたこともなかったぞ……』って」

「……それは」鋭い。

 

「うん。分かってる。――恋の炎というものは、突然に燃え上がるものなのよね!」

「へ?」

「二人はどういうなれそめなのかしら? お付き合いってどういうことをしてるの? 私たち以外に、二人の関係を知ってる人たちはいるのかしら?」

「……えーと」

 ぽわぽわした笑顔で質問を投げかけてくる副部長。

 

「……澄香。話がずれている」

「あ。そうね、舞子ちゃん。私ったら自己紹介もしてないで」

「……澄香センパイ。話が少しズレています」

「何で二回言うのよ、桃ちゃん!」

「……何となく」

「もう!」

 緊張感がありません。

 

「私は早乙女澄香と言いまして、ここの手芸部の副部長をしてますね。頼りないとか、ぼけーっとしてるとか、よく言われちゃうんですけれど……」

「……いえ。そんなことはないと思いマス」

「本当? そう言ってもらえてうれしいわ。よーし! 二人の愛を守るため、おねーさん色々と頑張っちゃう!」

 ぽわぽわと。邪気のない感じでガッツポーズを。

 

「おい、原。お前の彼氏は二枚舌か?」

「部長ー。それは早乙女先輩にも失礼ですよ。ね? 桃先輩」

「……のーこめんと。略してのこめ」

「む。みんなにひどいことを言われてる気がするわ」

「……手芸部の皆さんは、面白い人たちですよね。早乙女先輩」

「あ。冬林くんもそう思ってくれる? ありがとう。これから一緒に頑張りましょう!」

「……ヨロシクお願いいたします」

 腕を伸ばしてきて、握手を求められました。

 

「ちょっと待て、澄香。あたし、まだコイツを入れるとは言ってない」

 それを手芸部部長が振りほどきます。

「え。何でよ、舞子ちゃん。このコすっごくいいコじゃない!」

「……お前のいいコは基準が低すぎて当てにならん」

「もう! 何でそんなこと言っちゃうの! 桃ちゃんはこのコどう思う?」

「……特にどうとも」

「むぅ。でも、キライなわけじゃないのよね? 原さんは当然――」

「はいはーい! わたしの彼氏であることを差し引いても、冬林くんは手芸部の助けになる人材だと思ってまーす」

 

「というわけで舞子ちゃん。賛成が二の反対一よ!」

「よし、桃。ジュースおごるから反対にしろ」

「……承知。500ミリのペットボトル一本で」

「って、堂々と買収なんかしちゃダメでしょう!?」

「……今なら二本で寝返りますぜ?」

「それもダメ!」

 楽しそうに議論をしています。香城先輩がまとめ役?

 

「……面白い人たちだね、原さん」

「でしょう? それに本当はすっごくいい人たちなんだよ! みんな」

「それは何となく分かるけど……」

 

(……それにしても変なノリだね、ここの人たち。……あ。そうか)

 

     原

 部長 ■■ 冬林

  副部長、百ヶ瀬

(これを……)

 

     妹

  父 ■■ あいさつに来た妹の彼氏

    母、姉

(こう考えると結構しっくり来るような……)

 

「おい、原の彼氏。失礼なことを考えてねーか?」

「……気のせいデス。香城先輩。いえ、部長」

「何だか微妙にムカつくな……」

 イケメンな仕草で前髪をかきあげて、手芸部部長の香城舞子先輩はジロジロと僕を見てきます。

 



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異能力高校入部試験(手芸部部長 香城舞子)

「……まあいいや。お互い腹を割って話そうぜ。お前、ホントのホントにウチに入部したいと思ってるわけ?」

「え。ええ。それはモチロン……」

「彼女といちゃいちゃしたいってだけの理由で入部されたら、周りのあたしらが迷惑だ」

 はっきりと言われます。

「舞子ちゃん! 何でそんなひどいこと言っちゃうの!」

「ひどくねーよ、澄香。こんなのは手芸部の部長として最低限の主張でしかない」

「もう! 桃ちゃんも何か言ってあげて!」

「……足手まといは必要なっしー」

「もう! ひどいわよ、二人とも!」

 目に涙をためる副部長の早乙女澄香先輩。いい人だ。

 

 2年の百ヶ瀬桃先輩は、ぼーっとした表情で何を考えているのか読めません。

 

「ゴメンね、冬林くん。わたしもここに来るまで、部長に精一杯口ぞえはしたんだけどさ」

「ううん。原さん。たぶんこうなるだろうとは思ってたから」

 入学から五月の今日まで、僕と手芸部のあいだには接点はなし。

 

(向こうにすれば、怪しいと思われるのは仕方ないよね……)

 それでも、あえてここに来たのには理由がありました。

 

「……実はですね、香城先輩。僕はこの学校に入って以来、色々とひどい目に遭ってまして」

「うん。まあ、それは誰でも一緒だな。あたしや澄香も入学したての頃は、右も左も分からず大変だった」

「……その過程でですね、よその部活バトルとかにも少しだけ関わりまして。この学校を生き抜くためには、どこかに所属しないと無理っぽいなと」

「それで自分の彼女の紹介でウチに来たと?」

「……何か問題あったでしょうか」

「悪いとは言わないが、微妙に情けない気がする」

「そうかもデスネー……」

「まあ、お前にも事情があるんだろうけどさ。たぶん」

 肩をすくめて、一瞬だけ気遣わしげな目をしてくださる香城先輩。

 

「ウチ以外の部活で、入れそうなところはなかったのか?」

「……いくつか考えてはみたのですけどね」

 

 国立ウィル能力研究大学附属高等学校。通称、異能力バトル高校。

 五月現在、僕が知っている部活勢力は次の九つです――

 

 茶道部、バスケ部、バレー部、演劇部、野球部、サッカー部、女子ソフトボール部、料理部、手芸部。

 

(でも、このうちのほとんどは入れないというか入部したくもないというか……)

 

 バスケ部は敵。バレー部は部長がサイコパス。

 野球部はヒャッハー。サッカー部はデストロイ。それに女子ソフトボール部がちょっかいをかけていて、この三つ巴に関わるのは危険かと。

 気心知れた仲間がいるのは茶道部。しかし僕が入部すると、またバスケ部との戦いに巻き込んでしまう……?

 

 料理部の成宮部長は嫌いな人ではなかったです。が、その他の先輩たちのキャラが異常にクドイ。演劇部には少し興味があったのですが、バスケ部やバレー部との関係が近いのが……

 

 そんなわけで、ここの手芸部がどういうところか確かめておきたかったのです。入部がダメでも、顔見せだけのつもりでいます。

 それと午前中のうちに――

『……ねえ、前の席になった原さん。ちょっと確認』

『何かな何かな?』

『キミたち手芸部って、どこか他の部活とケンカしてる?』

『んー。今はしてないと思うよ。わたしが入部する前のことは知らないけど』

 この前の帰り道では――

 

『ねえ、水野さん。茶道部って最近どこかとバトルしてる?』

『してないよー! バスケ部とのケンカ以来ずっと平和!』

『……そっか。それはホントに良かった』

 二人の話を信じるなら、手芸部と茶道部が戦うこともなさそうです。下っ端の1年生のため、情報が入ってない可能性はありますが。それに――

 

『……ねえ、原さん。その席、居心地悪くない?』

『何でー? 周りスカスカだけど、これはこれで気楽だよ』

『今はそうかも知れないけどさ……』

 わざわざ僕なんかの前の席に来た原さん。

 

『手芸部のメンバーは、わたしを入れて今四人。部長と副部長が3年生で、2年生の人とわたしが部員』

『……結局そこに入部したんだ。全員女の子?』

『女の子』

 総勢四人と、決して多いとは言えない人数の小勢力。

 

(今は分からないけど、もしも手芸部が問題を抱えていて、原さんが遠回しに助けを求めてきたのだとしたら――)

 僕の思い過ごしならそれでいいです。手芸部の人たちと会ってみるだけでも、メンバー構成などの情報が得られるわけですし。

(彼女ができるからって、ほいほい来たわけじゃないよ? ……マジで)

「……実は他に入りたいところがないもので。もしも僕などでよかったら、手芸部の皆さんのお力になりたいです。香城先輩」

 

「ふん。どうしたものかねー……。今すぐ追い出したくなるような無礼なガキんちょではないけれど」

 3年、手芸部部長 香城舞子

 ウィル能力名 ????

 

「ねえ、舞子ちゃん。私、このコ気に入ったわ。二人の仲を引き裂くのも可哀想だし、仲間に入れてあげましょう?」

「……澄香。そういう私情全開の判断はやめてくれ……」

 3年、副部長 早乙女澄香

 ウィル能力名 ????

 

「むぅ! 舞子ちゃんってば! 桃ちゃんは?」

「……どっちでもいいです。澄香センパイ。部員としては部長の決定に従う