転生したと思ったら、俺は豚貴族で地位を追われていました。 (如月空)
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転生したと思ったら、俺は豚貴族で地位を追われていました。
最近、俺の弟が増長してきている。使用人共も弟の味方の様で俺を敵視してやがる。
「忌々しい…、俺はこの家の長子であり、長男だぞ!だと言うのに、どいつもこいつも弟を立てやがって…!」
本当に腹立たしい。…まぁ良い、病床の父はそう長くは無いだろう。父が亡くなれば、俺がこの伯爵家を継ぐ事になるのだからな。
その後、一月も経たぬ内に父が死んだ。あっさり死んだ父に多少の情が湧いたが、直ぐに頭を切り替えた。
「先ずは、弟と其の取り巻き共の追放だな。」
我ながら甘い考えだとは思っている。だが、下手に始末をしてしまえば、いらぬ恨みまで買うことになる。
それに、対外的には簒奪を目論んだ弟に温情を掛けた、心優しき領主となるんだ、領民共も考えを改めるだろう。
意気揚々と執務室に入ると、何故か弟や妹、そして母と使用人共が揃っていた。
「…何故、お前が其処に座っている?」
俺がそう問い掛けると、弟…レヴィルが首を傾げた。
「何故と仰られても、私が領主を受け継いだから…としか、答えられませんよ?兄上。」
「なっ!?」
そんな馬鹿な話があるか!長男である俺を差し置いて次男であるレヴィルが領主の座に着く等と!
そして、其の後も俺はごねたごね続けた。言えば言うほど、暴れれば暴れるほど立場が余計に悪くなっていくと言うのに、”この時の俺”は何も分かっていなかった。
粘っていたが、結局俺は領地そして国から追放という処分が言い渡され、現在は国境近くの町に滞在している。
ちなみに、俺のお目付け役というか監視役として執事が一人付いている。と言っても、この町でお別れとなるわけだが。
「済まないな、付き合せてしまって。」
「いえ…、それよりも此れからの事、本当に大丈夫なのですか?」
「ああ、頭も冷えたからな、何とかやってみるさ。お前が持って来た此れもあるしな。」
そう言って、二冊の本を手に取る。其れは初級魔術教本、そして中級魔術教本だ。
何でこんな物を持っているかと言うと、この男の家は、所謂魔法貴族と呼ばれる魔術に精通している家系だったからだ。
「それにしても……。」
「ん?如何かしたのか?」
「…変わりましたな、アレフ様。」
「はは、もう少し早く目を覚ませれば良かったんだがな。」
と、此処で違和感を感じている者が居るのではないか?クソ豚貴族だった俺が、こんな事を言うなんて裏があるのでは?と…。
なんて事はない話、ただ単に”俺が目を覚ましただけ”だ。
目を覚ました時は愕然としたよ、何しろこの豚が自棄になって散財しまくった後、目が覚めるのが遅過ぎだっての!!
「とりあえず、店主が買い戻ししてくれて助かったよ。」
とはいえ、6割ぐらいで買い取って貰っただけだから、手切れ金として渡された金は大分減ってしまったが…、飲食した分は戻ってこないしな。
「そうですか…。」
「そうだ、マルフォイ。レヴィル…いや、ヴェリアス伯爵と其の家族。そして、其処に仕えている者達に伝言を頼めるか?」
「それは…。」
「いや、可能であればで良い。ただ、皆に色々迷惑を掛けて済まなかったと…。本当なら直接言うべきだろうがな。」
「…分かりました、お伝えします。…アレフ様、どうかお元気で…。」
「ああ、最後にマルフォイ殿に感謝を。」
そう言ってマルフォイの手を取り、握手を交わす。すると、マルフォイはすぅーっと涙を流し、そして、彼とは其処で別れた。
マルフォイが部屋から退出し、一人残された俺はベッドに倒れこむ。
「はぁ…、やっと終った。敵役みたいな名前なのにマルフォイいい奴過ぎる。」
何でも、この豚が生まれる前から仕えているらしく、コイツの教育係だったらしい。あんな良い人を困らせるなんて如何いう事だよ!?と腹に一撃を与える。
「…痛い。」
さて、オチてはないが、とりあえず話を進めよう。そうだな、先ずは俺の身の上話か。
あー説明口調なのは将来この体験を小説か何かにして一山当ててやろうとか思っているのと、自身の状況整理だぞ。
そして、此処まで来れば察しているだろうが、俺は転生者だ、前世の名前は今川義経、享年31歳。あー別に今川義元の子孫だとか、源義経に関係があるとかじゃないぞ?親のノリだ。死んだのは21世紀の地球だしな。
んで前世はごく普通の家庭で生活、就職先は自宅から近い場所。移動時間が勿体無いからな。
前世の趣味はWEBSSを読んだり、ラノベを読んだり、ゲームをしたりと色々やっていたのだよ。
そんで、俺は趣味に全力でね?仕事があるというのに、遅くまで趣味に没頭…、でも仕事には行かないと生活出来ないから仕事は行く。
物語を読んでいる時は其れに没頭し過ぎて、食事すら忘れる事も多い。でもって偏食も多く、不摂生の極まりといった感じだ。あ、仕事前はシャワーぐらい浴びるぞ?社会人だからな。
まぁ、自他共に認める様な趣味人だった訳だ。ちなみに死因は分からん。最後の記憶は大作を読み終えた後、思いっきり伸びたら視界が暗転したんだよ。んで気が付いたのはついさっき…、一時間ぐらい前か?
で、アレフとして目覚めた俺は、この豚の記憶を引き継いで一つとなった。ちなみに意識の混濁とかはない、魂的な物は一緒なんだろう。つまり、豚貴族アレフも俺自身という事だ。
と、此処まで話が進んだ事で次はアレフの話をしよう。
このアレフという男は、傍目から見るとラノベなんかでよくいる豚貴族そのもので、無能で我侭、そして傍若無人のクズだ。
魂が同じなのに、何故こんなに性格が違う?とか思われそうだが、多分俺の根っこの部分がクズなんだろうと思う。今の俺は前世の知識と理性があるからな。
ちなみに魂が同じだと思った事には理由がある。それは、この男も趣味に傾向する性格だったという事だ。
とは言え、未発達の世界では娯楽にも限りがある、其の上高い。となると、満足出来ない。出来ないから別の趣味を探す。だが、見つからない。
其の繰り返しでどんどん我侭になって行き、無駄に権力があるもんだから拍車を掛ける。そう豚貴族の誕生だ。
豚になった原因は、数少ない娯楽に食事がある。つまり、そう言う事だ。ちなみに、食事の味は前世と比較にならない。ダメな意味でな。
そして、魔法の方なんだが…。アレだ、この世界では魔法は一般的だ、冒険者以外の庶民でも初級魔法ぐらいなら使える者が多い。つまり、一般教養レベルと言う事だ。
流石に中級魔法以上は、才がないと使えないが、魔法が一般的だと言う事には違いは無い。
んで、そうなると魔法の鍛錬というのは、普通の勉強と変わらなくなる。つまり、勉強嫌いだったんだよ、この豚。素養は滅茶苦茶高いって言われていたらしいけど。
結局、無能のクズと言う烙印を押されたアレフは、追放されて今に至ると。うん、終ってるね。俺が目覚めてなきゃ、数日でのたれ死んでいたんじゃねえかな?
さて、身の上はこんなもんか?ああ、使用人やメイドに手を出そうとしてたとかあったな。本当にクズだなぁ。
色々と自分に突っ込みたい所ではあるが、これからの事も考えよう。
先ず、今いる宿に泊まれるのは10日間だ。うん、執事のマルフォイさんが手配してくれた、マジ有能。主人公の敵役っぽい名前とか思ってゴメン。
次に所持金の確認。散財して金貨1枚(1万円相当)を割ったが、買戻して貰ったり、着ていた豪華な服を売り払ったりで何とか金貨5枚ぐらいにはなった。
相場の方は平民を基準にするなら、1食に付き小銀貨3枚から銀貨1枚、300円から1000円程度。当面は飢えない程度に食えればいい、豚体型だしな。
宿代に関しては今泊まっている宿は高いが、安宿に移れば銀貨3枚から5枚程度で二食付きらしい。あ、今の宿も飯付きなので10日は何もしなくても凌げるよ。
それで、これから事だけど、一人で生きていかないと行けない訳で、仕事を探さないといけない。ただ、国外追放なので近々出て行かないと不味い(猶予はある)
手っ取り早いのは冒険者だ。うん、憧れの職業だね。……こんな体じゃなきゃ。
という訳で、方針が決まったので発表しよう。
先ずは、魔法の基礎を学び直す。一応、今の俺でも初級魔法ぐらいは使えるが、基礎をちゃんと理解している訳じゃない。なので勉強をし直さないといけない。
幸い、基本知識程度はあるので作業は今の俺が理解する為の復習になる。出来ればそのまま中級魔法までは覚えたい所だ。
そして、平行して行わないといけないのはダイエットだ。うん、今の体で旅が出来る訳が無い。とはいえ10日程でどれぐらい絞れるか…。
本を読みながら、ストレッチでもしてみるか?いや、集中しないと身に入らないよな…。食後に軽く走るとかしてみよう。
ともあれ、目標は出来た。うん、大丈夫だ。魔法はかなり興味あるし、今生の俺のいい趣味になるだろう。ダイエットは自主的に頑張らないとな…。
こんな感じで、俺の異世界生活が始まったのだった。
冒頭はアレですが、シリアスではありません。どっちかっていうとギャグ路線を目指します。
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元豚貴族のダイエットと魔法鍛錬。
「ぶひぃ、ふひ!はひ!」
「ふひぃ!はふっ!ごふっ!」
「ひぃ…ひぃ…、ふはっ!?うぎゃああ!?」
ゴロン!ゴロゴロ…べちゃっ!
……開幕から汚いSEが連発してしまって申し訳ない、今の一連の汚らしい音声は地面に転がっている男から発せられた物だ。
それはそれとして、体が全然動かねぇ…。ヤバくね?この状況!、
昨日の事だ、あの後早速と初級魔術書を読み込んで魔法の発現をチェックしていたのだが、夢中になりすぎてなぁ…、夕飯を食いそびれた上に、気付いたらド深夜だったんだよ。え?明かりは如何したって?何の為の初級魔法だよ!ライトぐらい直ぐにマスター出来たよ!
何が言いたいのかというとだな…、初日はそれだけで終ってダイエットなんてまったくしてねえんだわ。
このままじゃ不味いと思ったんでな、今朝は早めに起きてランニングでもしようと思った訳ですよ!だけど、この体は思っていた以上にヤバくてな?
走り始めて10Mぐらいで息が上がって、20M地点で足が上がらなくなり30M時点でもつれ始める、うん酷い。
だから、多少無理してでもって思って走ったんだよ。そしたらさ、50Mもいかないうちに両足の腿がつったんですよ!?
其れで今、絶賛のた打ち回ってます。うぅ…、情けねぇ…!
「どうしたの?おにいちゃん?だいじょうぶ?」
不意に声を掛けられ、首を向けると…
「…っ!?」
俺は目を見開いた。其処には天使がいたからだ!
「いや、なんでもないよ。ちょっと土魔法の練習をしてたんだよ。」
ズキズキズキ…
「ほぇ~?」
俺はシュパッタっと立ち上がり、天使に向けて微笑む。……きもいとか言うなよ?
「エナ、ご迷惑そうだから行きましょう。」
と、其処で声を掛けて来た人は女神様だった。…いや、言い過ぎた。普通に美人さんだ。多分、エナちゃんのお母さんだろう。何故そう思ったか?そりゃエナちゃんが5歳ぐらいの女の子だったからだよ。
「迷惑だなんてとんでもない!子供は好きですよ!」
そう言うと、エナちゃんのお母さんは俺を胡乱気な目で見る。うわぁ、変質者を見る目ですよ……いや、エナちゃんに変な事するつもりはないよ?
「くしゅん!」
必死で”無害です!”アピールをしていたら、エナちゃんがクシャミをしてた。そういや、早朝だし肌寒いもんな…、えっと記憶では今は冬なのか。
「えーっと…、水球…火術での温度上昇……、ホットウォーターボール!」
よし、上手く行ったぞ!熱過ぎず、温過ぎず良さそうな温度だ。
「わぁー!すごいね!お兄ちゃん!!」
おお!ロリっ子が俺に微笑み掛けてくれている!?やはり、エナちゃんは天使か!?
「ほら、此処の手を入れてみて?暖かいよ!」
「わー!きもちいいー!」
そうかそうか、気持ちが良いか。うむうむ、心が潤ってくるのう。
エナちゃんのお母さんが心配そうに此方を見ていたが、そんな目をしないで欲しいな、流石に幼女には手を出さないぞ!
それにしてもこの世界の魔法は便利だな、ある程度イメージ通りに魔法が発現してくれるし、自由度が高い。
其の証拠に、今作ったお湯の水球とかは魔術書に載ってないんだよね、つまりかなり応用が利くと言う事だ。
つまりやろうと思えば、ドラ〇スレイブだとか、エクス〇ロージョンだとか、我は放つ〇の白刃だとかやりたい放題出来る可能性があるって事だ。これは研究のしがいがある!
おっと、そうこうしている内に結構な時間が経っていたのか、エナちゃんが不満そうな顔をしているな、余計な事考えてたから制御が狂ったか?
「うー、お水がつめたくなってきちゃったよー。」
成程、外気温で冷めちゃったのか。
「もう一度暖めようか?」
「うん!」
「エナー、朝ご飯いらないの?」」
「あっ!」
エナちゃんはもう少し暖を取りたかったようだけど、お母さんに朝食を人質…物質にされてしまったらしく、慌てて立ち上がった。
そして、お母さんの下に駆け寄っていくエナちゃん、お母さんの方は俺に軽く頭を下げてからエナちゃんを引っ張って行った。
「お兄ちゃんまたねー!」
「またなー!」
エナちゃんが手を振ってくれたので、俺もエナちゃんが見えなくなるまで手を振り続ける。そして、俺はその場に倒れた。
「いてててててて!!!!」
そう、足はまだつっていたのだ。可愛い女の子に無様を晒したくない一心で今までやせ我慢していたアホである………。アホだなぁ。
―――――――――……
「街を歩き回るだけでもきついとは…。」
軽く走るだけでも死ねたので、先ずはウォーキングから始めてみたんだが、それでもこの豚には結構な運動になったようだ。
一旦、宿に戻って朝食を食べてから歩き始めたんだが、2時間程度でバテテしまった。
「こりゃ、休み休みやっていかないと、体を壊すな…。というか、もう膝を痛めている。」
という訳で、まだ昼前だというのに宿に戻ってしまった。無論夕方も歩くつもりではある、少しでも体を絞らないと何も出来ないからな。
宿に戻った俺は、教本片手に宿屋の庭で魔法訓練。勿論、お店の人に許可は貰っている。ライトの魔法は兎も角、属性魔法は室内じゃ危なくて使えないからな。
「よし、今度は火属性を試してみよう!…とはいえ、怖いからイメージはライターの火で!」
掌を天に向けながら魔力を循環させ、イメージを固めるとジュボッっと掌の上に拳程の火球が現れる。
「ホワイ?イメージより随分でかいんだけど…?」
うーむ、これはアレフの魔力が高すぎる所為なのか?それとも俺の制御がイマイチなのか?…どっちかというと後者かなぁ?の割にはエナちゃんに作った温水球は上手くいったんだよな。
それから、試行錯誤を重ねて、ようやくライター程度の火を灯す事が出来た。
うむうむ、すっかり夕方になってしまったが二日目にしては順調かもしれん。
「さて、夕食の時間まで町を歩くか。」
その後俺は、宣言通り夕食の時間まで町を練り歩いた。午前中よりも疲れなかったのは幸いだった。一朝一夕でどうにかなる事はないだろうが、頑張っていこう。
翌日も早朝から、ウォーキング。エナちゃんに会えるかなと思って昨日のコースを辿ってみたんだけど、残念ながら会えなかった。
そして、朝食を食べて、昼間から夕方まではまたウォーキング、合間の時間は魔法訓練にあてている。
そんな感じで一週間が経ち、残った滞在期間は3日となった。
「とりあえず、膝の痛みは引いたな。これなら旅は出来る…訳ねえな。」
俺は所謂ピザデブから、デブになった。でも動けるデブではないのでデブゴンにはなれない。ギリギリまで絞らないとなぁ…。
という訳で、今日から軽いランニングに切り替えた。速攻息は上がったが、以前よりは大分マシだ。それでもあまり走れなくて9割型歩いていたけどね。
今日のノルマもこなして、宿に戻ろうとすると、俺に近づいてくる女の子に気付いた。
「あ、やっぱりお兄ちゃんだ!」
「おお!エナちゃん!久しぶりだねー!」
「お兄ちゃん、お湯出してー!」
「はいはい、ちょっと待っててねー!」
可愛い女の子に屈託の無い笑顔でおねだりされたら、男としては応えるしかないよね?ないよな!
「ふわぁ…、暖か~い!」
「うちの娘がすみません…。」
無邪気に喜ぶ、エナちゃんを見て和んでいたら、エナちゃんのお母さんに声を掛けられた。
「別にいいですよー。かわい…子供の笑顔を見ると幸せな気分になれますから。」
「…そうですね。」
エナちゃんを見守るお母さんも、ほっこりした表情を見せていた。
「うー、ねえ、お兄ちゃん。」
「ん?如何したの?」
ちゃんと制御しているし、温くなるにはまだ早いと思うんだけど?
「足が寒い…。もう一個ダメ?」
ああ、成程。確かに手だけじゃ足元は冷えるよな。しかし、足湯か…。あ、そうだ。
「エナちゃんのお母さん、ちょっと良いですか?」
「え?はい。」
「お家にはお風呂ってあります?」
「……え?そ、そんな豪華なもの、うちにはありませんよ!?」
だよなぁ、あまり裕福そうに見えないし…。
「ならちょっと、お家の方へ伺いたいのですが。」
俺がそう言うと、エナちゃんのお母さんは思いっきり胡乱気な目で俺を見て来た。
「えっと、うちへ、ですか?」
「あ!変な事しようって訳じゃないんですよ。ただ、エナちゃんにお風呂を作ってあげたいなと思いまして。」
「ええ!?」
「水魔法と火魔法が使えれば、お風呂は使い続けられますからね。」
「え…えっと、うちはあまり裕福ではないので…。」
「あ、勿論金なんて取りませんよ!」
「で、ですが…。そんな事をして頂く理由が…。」
う、うーん。いきなりこんな話をされたら困って当然か。なら。
「理由はありますよ!俺、今魔法の修行中なので、其の練習がしたいんですよ。だけど、大きな物の生成とか出来る場所がないので、場所を借りられるだけでもありがたいんです!」
うん、嘘は言ってない、何しろ無許可でその辺に作ったら通報されて警吏がすっ飛んでくるだろうからね。
「お風呂ほしい!お母さんダメ?」
おっと、ここでエナちゃんのナイスアシスト!上目遣いでキラキラ目線だ!めちゃくちゃ可愛い!此れは落ちる!俺は落ちた!!
「え、えっと、主人と相談してからで…。」
む、むう…。そうなるか…。
「じゃあ、お父さんに聞いてみようよ!行こう!お兄ちゃん!」
そう言って、エナちゃんは俺の手を取る。その行動にお母さんが顔を引き攣らせていたけど、まぁ相手が俺じゃそうなるよな。
という訳で、エナちゃんに手を引かれ、お家までやってきた。既にお父さんは帰ってきていたようで、エナちゃんがお父さんに説明すると。
「ただってんなら、いいんじゃないか?」
と、あっさり承諾して貰った。という訳で…。
「じゃあ、このあたりに立てちゃいますね。あ、薪でも暖められるようにしますか?」
「いや、俺も嫁も火魔法は得意だ、エナは水魔法と相性いいし井戸もあるから、その傍に作って貰えるか?」
「ふむふむ、分かりました。じゃあ、早速作ってみますね。」
俺は地面に手を当てて、4畳分ぐらいのスペースで小屋っぽい建物を作っていく。造詣としてはイマイチだけど雨風を凌げられる頑丈な建物になれば問題はないだろう。
建物の強度は石ぐらい、でかい地震でも起きない限り、倒壊することはないだろう。
「あとは…、換気口を作って…、浴槽と…、こっちは脱衣所…。」
辺りはすっかり暗くなってしまったが、3時間程でなんとか完成する事が出来た。
「早速、水を…。」
水を召還して、ドボドボと浴槽に水を注いでいく。
「次は…、火球を…。」
拳大の火球を浴槽の中で発生させ続ける。水温がかなり高くなってきた所で、腕を回して程よい温度に。
「よし!」
完成したぜ!……エナちゃん、寝てなきゃいいけど。
「わぁ!すごーい!」
俺の心配は杞憂だった様で、エナちゃん一家を呼びに行ったら、三人揃って来てくれた。
「お、おい…、こんな立派なもの、本当にただで良かったのか?」
「ええ、勿論ですよ!お陰様でいい練習になりましたよ!」
うむうむ、満足してもらえたみたいだ。後三日で町を出ないといけないし、次の町に着いたら此れで稼ぐのも良いかもなぁ。
「じゃ、俺は帰りますので、後はご家族でお楽しみ下さい。」
「ええ~!?お兄ちゃん帰っちゃうの!?」
「ごめんね、そろそろ帰らないとお兄ちゃんも怒られちゃうからね。」
怒る人はいないけどね、夕飯の時間はヤバイけど。
「そっかー…。」
残念そうに顔を曇らせるエナちゃん。うぅ…、そういう表情されると帰りづらい!けど、宿に戻らないと。
エナちゃん一家と別れて、俺は宿に足を運ぶ。
後三日か、エナちゃんに会えなくなるのは辛いけど、この国を出ないといけないんだし、切り替えないとな。
翌日、朝のランニング中にエナちゃん母子にあって、改めてめちゃくちゃお礼を言われた。感謝されるって良いよな。
そして、残り二日間、減量と魔法鍛錬に費やした俺は、いよいよ町を出る事に。
「俺の冒険は始まったばかりだ!…なんてな。」
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アリス・ロナ・マークシェイド
街道を進む一台の豪華な馬車。左右には紋章が掘られており、それを見ただけで代々近衛騎士を排出する騎士の名門、マークシェイド家だと言う事が分かる。
護衛の人数は二人と一見少なく見えるが、盗賊等が手を出していい相手ではない。其れぐらい有名なのである。……勿論、世の中物を知らない馬鹿は多い。
「お嬢様、そろそろ休憩になさいますか?」
「いえ、平気よ。今日中に領都に着きたいわ。」
「畏まりました。」
御者をやっているのは、マークシェイド家の執事の一人だ。彼もまた、戦闘力を有している。
「はあ…、憂鬱ね…。」
そう言って、少女は言葉を漏らす。
少女の名は、アリス・ロナ・マークシェイド。子爵家の令嬢である。
腰まで届く長い金髪で、大きな瞳が愛らしい。目の色は深い青で所謂、碧眼という奴だ。
アリスは幼い頃から愛らしく、誰に対しても優しい少女であった為、誰もが愛して止まない美少女だった。それこそ兎を追って違う世界に行ってしまう某少女の様な。
現在は12歳となり、今回、他家への訪問を行っていたのだ、今は其の帰り道なのである。
「それにしても、あのクソガキ…。」
ギリッと唇を噛み締める少女、誰に対しても優しいという設定は何処行ったのか?
彼女の怒りは、今回訪れた伯爵家の三男坊に向けた物である。ちなみに三男坊は14歳とアリスよりも年上である。
「大体婚約の話を持って来たのはあっちでしょ!なのにあの言い草は何よ!?」
彼女が怒るのも無理はない、アリスがまだ幼い時に相手側が家格を盾にして一方的に婚約を結んで来たのだから。
「ちょっと、体型が変わった位でオーク呼ばわりとか酷すぎでしょ!」
……コレに関してはちょっと何処ではない。顔つき自体は変化がなく愛らしい見た目ではあるのだが、その、なんていうか…、大分横に成長してしまっていたのだ。
なので、三男坊が驚いてしまうのは仕方ない。ただ、女性…それもまだ少女であるアリスにオーク呼ばわりは失礼極まりないと思うが。
「はあ…、婚約破棄とか何処の悪役令嬢なのよ…。」
ボソりと呟き、アリスは嘗てやっていたゲームを思い出す。
……
………
<アリス>
マジで最悪なんだけど…、そりゃ、ちょっと体型がふくよかに成り過ぎたと思うけど、年頃の乙女に言う台詞じゃないよね!?コレだから貴族ッて奴は!
まぁ、頭の中でそんな事を考えながらも自分が悪いのは分かっているつもりだ。
そもそも彼女がこんな事になってしまったのは食事が悪かった。何が悪かったのかと言うと単純に不味かったのだ。
なら、食べている方が可笑しいと思う者も居る事だろう、そのカラクリはこれから語ろう。
彼女のマークシェイド家は、一般的な貴族家に比べてかなり厳しい。それは訓練などもそうだが、出された食事は必ず食べきらなくてはならない。
だが、その食事はアリスの口に合わな過ぎた。なので、自分で口直しの料理を作ってこっそり食べていたのだ。
更に、二年前のある日を境に、急激に運動能力が下がった…と言われてしまったのも原因である。
当日、何時も通りの訓練をしていたら、急にアリスが倒れてしまったのだ。それも本格的な訓練が始まる前だったのも関わらずだ。
当時、相当家族から心配され、アリスの訓練時間が極端に減ってしまったのだ。
食事量の増加と、運動量の低下…、いくらアリスがまだまだ成長期だとは行っても、限度があったのだ。
「あーあ、見た目だけは悪くなかったから結構期待してたんだけどなぁ。」
そろそろ、アリスの様子が可笑しい事を説明しておこう。…おっと。
「折角、転生してファンタジーの世界に来たのに、本当に思ってたのと違う…。」
食事事情は不衛生で、調理レベルも底辺だし!このまま、マークシェイド家を出ちゃおうかな?
と、何やらアリスが企んでいる様だが、話を進めよう。って、おい!
私の名前はアリス!今をときめく12歳の美少女(デブ)←これ止めて!絶対に痩せるから!(フラグ)
……コホン!実は私は転生者でして、前世では日本に住んでいました。死亡時の記憶はないけど、享年15歳かな?高一だったし、誕生日が遅いしねー。
ちなみに、異世界物の定番であるチートは持ってません!え?現代知識だけでチートだろって?あはは、それは使える状況にいればだよ!そもそも専門的な事なんて15歳の小娘が分かると思っているの?
まぁ、チートではないけど、この家に生まれたお陰で、剣士としての才能はあったりするんだけどねー、血筋って奴!まぁ、今は動けないケド…、っていうか私が目覚める前のアリスちゃんは天才だったんだよ…。
あ、まだ、紹介の途中だったね!日本での名前は”大和飛鳥”超和名!中二臭くて、私的にはお気に入りの名前だったんだよねー!アリスっていうのも定番で好きだけどね!
…うーん?何か話があちこちに飛んでいるよーな?ま、いっか!兎に角、剣の才能は天才的だったんだよ!幼女時代は!
え?今…?え?この体で動ける訳ないじゃん!……ってヤッバイ…、婚約破棄されたからさっきの冗談が現実になっちゃうよ!家に居られなくなるんじゃない!?この展開も定番だよね!?
前世では母子家庭で育ったし、料理に関しては中高と料理部を設立しちゃうぐらい好きだし、腕にも自信があるからいいけど…、追い出されちゃったら…、何処かで料理人やればいいかな?
いやいや!折角異世界来たんだから、冒険者になろうよ!冒険者ギルドだってあるんだからさ!
生活魔法ぐらいなら、私にだって使えるし!後は、カッコイイ冒険者仲間が欲しいな!
そんな感じでテンションを上げ下げしているアリスだが、肝心な事を忘れている。
「あ、不味いよ!」
「!お嬢様!如何しましたか!?」
思わず叫んでしまったアリスに護衛の兵士が慌てたように声を掛けた。
「あ、何でもありません。お騒がせ致しました…。」
ふう…。
一息ついたところでアリスは、問題を直視する。
この先、如何なるにしてもダイエットは必要だよねぇ…。でも、ご飯がなー。
自分の分は自分で用意したい。其れを許してくれれば話は早いんだけど…。
元々アリス…飛鳥は調理師志望なので、栄養バランス等の基礎知識はある程度ある。勿論、世界が違うのであまり当てには出来ない知識だが。
そんな事を考えていたら、不意に馬車が止まった。
「ん、どうしたんだろ?」
「お嬢様、盗賊共が現れました。」
――――――…
<アレフ>
エナちゃんの町(そんな名前ではない)を出発してから丸一日ちょっと、国境を越えリベル王国に入った。
「えーと、そろそろ何とかっていう伯爵領とマーク…しぇ…りどだっけ?子爵領に続く道の合流地点だよな?」
事前に軽く収集した情報だ、目的地はマーク…領にある領都ラムサ。今日中に着ければ良いけど。
街道を暫く進んでいくと、情報通り別の街道と合流した。
「えっと、街道が合流したら左に進むんだっけ?」
情報を頭の中で確認しながら、ふと左側を見ると豪華な馬車が止まっていた。
「ん?休憩中かな?…いや、休憩中なら端によるよな?……って、あれは…。」
柄の悪そうな男達が馬車を取り囲むように、近づいていく。そして、一際偉そうな態度の男が一歩前に出る。
「死にたくなければ、荷と”女”を置いていけ!」
そう言った多分リーダー格であろう男の口が歪む。
「貴様ら、我らがマークシェイド家の者と知っての狼藉か!」
護衛の兵士っぽい、壮年の男が盗賊に問う。
「野郎共!かかれ!!」
壮年の兵士の問い掛けに答えることもなく、男は部下に命令を下す。
「って、大丈夫なのか?見た所兵士が二人しか居ないんだが…。」
そんな事を口にしながらも、俺は駆け寄っていた。少し痩せた程度では走る速度に変化はない。だが、俺には魔法がある!
「『疾風の如く!』」
俺は身体強化魔法を自身に掛ける。すると、冗談見たく、身体能力が向上していた。
ちなみに、この魔法は俺のオリジナルスペルだ、一通りの初級魔法訓練が終った後、真っ先に覚えた魔法でもある。
仕様用途?そりゃ逃走用だよ、本来は!
そのまま俺は、馬車の所まで駆けて行った。
<アリス>
「盗賊…ですか、此処の管理は…。」
「ダフレ伯爵です。」
「そうですか…。」
ダフレ伯爵、うちの隣の領主で創作でよく見かけるタイプの貴族。…悪い方のね。
「お嬢様には、一切触れさせぬ!」
「お嬢様っ!?」
素っ頓狂な声を上げた者がいた。馬車の中からでは姿を確認出来ないが、馬車の後方から聞こえてきたようだ。
「な、なんだぁっ!?」
前方から聞こえる盗賊達の声、そしてもう一度後方にいる男の声が響く。
「『ストーンバレット・ファイアーボール!』はい、ドーンッ!!」
「「「ぎゃあああああ!?」」」
突如前方から叫び声が聞こえてきた。どうやら、後方に居た男が魔法を放ったらしい。
窓から顔を出すと、前方の盗賊達がギャグマンガの様に吹っ飛んでいた。
「やあ、美しいお嬢様、僕はアレフ。以後お見知りおきを。」
イケボに釣られて私は思わず振り返る。…そして、口を開いた。
「…豚じゃん……。」
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アレフとアリスの修行(ダイエット)
「…豚じゃん……。」
おうふっ!いきなり美少女から辛辣な言葉を頂きましたよ!…って、あれ?
馬車から降りてきた少女の姿を見て、アレフは目を見張る。
……これ、俺の事言えなくね?つっても、多分コイツは貴族令嬢だよな?ストレートに言ったら、ヤバイか?
「此れはまた、可愛らしい子豚(お嬢さん)ですね。」
あ、逆じゃん。
「あぁん!?」
目の前の少女が剣呑な雰囲気を出した、そして、彼女は顔を紅潮させて叫んだ。
「この豚を捕らえなさいっ!!」
「ハッ!…え?」
護衛の皆さんは困惑しながら、俺に剣を向ける。
其の様子に思わず俺は両手を上げて、降参の意を示した。
「何しているの!?早く捕まえなさいってば!」
「あ、いえ、その…アリス様?」
「何よ!?」
執事風の若い男が困ったような表情で、アリスに話し掛ける。
「私の記憶違いで無ければ、この御方は隣国サルジアの伯爵家の長子だったかと…。」
あら?俺の事を知ってるのか?
「え、ええ!?伯爵家!?うちよりも家格が上じゃない!?」
ああ、そうなんだ…。でも、国が違うから関係なくね?
慌てて頭を下げてきたアリスに、俺は声を掛ける。
「あー、確かに俺はヴェリアス家の長男だけど、家を出たから…。」
「「「「ええっ!?」」」」
―――――――――――――…
<アリス>
さっきの豚…じゃなかった、アレフさんは今、馬車の中で私の向かい側に座っていて、事情を説明してくれている。
「…で、結局俺は、家を追い出されちまってな。」
「…自業自得じゃないですか。」
アレフの話を聞き、私がストレートな感想を述べると、彼は肩を竦めた。
「あれ?でも、今はそんな感じじゃないですよね?」
彼は、家を追放されているので身分的には平民なんだけど、人によっては貴族に返り咲く人もいるらしいので、此処は敬語を使っておく。一応年上だしね。
「目が覚めたからな。」
「いや、目が覚めたって…。」
そんな傍若無人だった人が、追放されたぐらいで改心なんてするの?っていうか、別人レベルの変わりっぷりよね?
「まるで別人って感じですね。」
本音を漏らすと、彼は困ったような顔をしたが、其の後、何かに気付いた様な表情に変わる。
「あ、思い出した。」
「?」
「そうだよ、マークシェイド家のアリスって言えば、有名じゃんか!」
え?アレフって隣国の人でしょ?何で私の事を知っているのよ?
「私はそんなに有名なのですか?」
「ああ、剣を自在に操る天才美幼女!アリスを嫁にしたいって言ってた奴は多かったよ。まぁ、今の姿じゃどうな、ごはっ!?」
「あ、御免なさい。つい…。」
余計な事を口に出されて、ついイラっとしちゃった。
「……誰にでも優しい少女だって聞いていたんだけどな。そっちこそ別人みたいじゃん…!?」
アレフの言葉に私は、目を見張る。そして、彼もまた、口を開けたまま固まった。
「「もしかしてとは思うけど…!?」」
二人の言葉が重なり、私達はまた固まる。
「……出身地は?」
アレフが搾り出すように声を上げる。それに応える様に今度は私が口を開く。
「…都道府県から?」
多分、彼も私と同じ…、この時はそう思った。……後々気付いたんだけど、日本人というか地球人とは限らなかったのよね。
「神奈川県横須賀市。」「東京都江戸川区。」
前者がアレフ、後者が私だ。
「…で、どっちが主人公だと、思う?」
彼がそんな問い掛けをするので、私は率直に思った事を口に出す。
「アレフさんじゃないでしょ。体型的に。」
「アリスだって、無理じゃね?ヒロイン枠すら。」
ゴスッ!っと私の拳が、彼の鳩尾に入っていた。
……
…………
夕方頃、私はマークシェイド家の屋敷に戻った。家族はまだ返って来てないそうだ。
私の家族構成は父、母、兄と姉が二人ずつ。ちなみに兄姉は一つ上でも5個離れているので既に成人して居る。
父は、元近衛騎士で現在は領都の騎士団長だ。領地の経営は直接してないらしく、優秀な執事や文官が行政を代行しているらしい。
そして、二人の兄は長男22歳が近衛騎士、次男15歳が王国騎士団の中隊長でどっちも出世頭だ。
母は、治療魔法のスペシャリストで父の補佐役として領都の騎士団に勤めている。長女19歳と次女17才も父の元で女騎士として活躍しているみたい。…婚活はしないのかな?
末っ子の私は婚約者の元に嫁ぐ筈だったんだけど、見事に振られて出戻り状態。うーん、如何考えても私はウチの家名に傷つけているよねぇ…。ちなみにアレフに話した所…。
「ぶははは!婚約破棄とか何処の悪役令嬢だよ!?」
「うっさい!私も同じ事思ったわよ!!」
アレフは客室に案内されていた。盗賊を蹴散らしてくれたのは彼なので、当家としてはお礼をしないと行けない訳だ。
「あーそういや、名前はなんていうんだ?」
「はぁ?アリス・ロナ・マークシェイドだけど?」
アレフの質問の意味が分からず、私は胡乱気な目で答える。
「いや、そっちじゃなくて。」
ああ、そっちか。
「大和飛鳥よ。」
「お、カッコイイ名前じゃん。」
「ありがと、で、アレフは?」
「今川義経。」
「何処の戦国武将よ!?ってか、何か混ざってない!?」
今川義元なのか源義経なのかはっきりしなさいよ!
「其れ言うなら、大和飛鳥もアニメキャラっぽくね?」
「そうだけど、別に嫌って事はないよ?というか、かなり気に入っているしね!」
「ふーん?じゃ、もし家を出る事になったら、アスカって名乗るのか?」
「うーん…、アリスも捨てがたいんだよねぇ…。って、アレフはヨシツネって名乗らないの?」
「いや、世界観合わな過ぎだろ…。」
「じゃ、豚若丸とかどう?」
「おい…。」
名案だと思ったのに、もの凄い嫌な顔されちゃったよ。どう見てもお似合いの名前なのにねー。
「お嬢様、ご主人様達が戻られました。」
……
………
「話は聞いた、私からも礼を言おう。」
そう言って、お父様はアレフに礼を述べる。
「い、いえ、大したことでは…。」
ガタイが良く、強面の父に気圧されたのか、アレフは当たり障りの無い言葉を漏らす。うん、実に日本人的。
「そういえば、アレフ殿はヴェリアス家から出奔したそうだが、本当の事かね?」
「え、ええ。ちょっと、悪ふざけが過ぎたようで…その…、い、今は心を入れ替えましたよ!はい!!」
顔を引き攣らせながら、アレフは必死に答えている。……やっぱり怖いんだろうなぁ…。私からすれば娘馬鹿にしか見えないんだけど…。
「それで?今後の身の振り方は決めているのかね?」
「え、えーと、魔法の才はありますので…冒険者になろうかと…。」
アレフの返答を聞いて、ふむと考え込むお父様。何を考えているのだろうと、何気なくお父様を顔を見ると目が合った。
「…アリスは如何するつもりだ?家に残りたいと言うのなら手を回すが、周りが騒ぐかも知れん。」
ああ、やっぱりそうですよねー。家族や使用人は兎も角、領民や他家の貴族達は婚約破棄について色々言いそうだ。
そして問題なのは貴族側、間違いなく悪い噂が流れるし、マークシェイド家の名前に傷がつくよね…。
「…やはり、私は出た方が良いでしょうか?」
「いや?残りたければ残れば良い、可愛いアリスの為だ。何、他の連中に文句は言わさぬよ。」
フフと悪そうな笑みを浮かべるお父様だったが、私は突っ込まざるを得なかった。
「そんなの無茶ですよ!?ウチは子爵家なのですよ!?」
うちが公爵家ならば、何とかなったかも知れないけど、子爵家じゃねぇ…。
「む、むう、しかしなぁ……、。」
私の言葉でようやく現実を見るお父様だが、言い辛そうに言葉を紡ぐ。
「その、アリス?…一人で平気なのか?お前はまだ12歳なんだし、せめて成人するまで家に居ても…、それに…。」
言葉を紡ぎながら、お父様は私を見る。そして、上から下まで見てから言葉を続けた。
「其の体で旅が出来る…グハッ!?」
気が付いた時には、私の拳がお父様の鳩尾に入っていた。
其の様子に、アレフは顔を引き攣らせながら、私にそっと囁いた。
「お前、父親相手でも容赦ないのな……。」
<アレフ>
アリスの狂撃で倒れたマークシェイド子爵はものの数分で復活し、これからの相談が始まった。
「うーむ、残念だがそうするしかないのか…。だが、今のままではやはり不安だな。」
正直俺は場違いだと思う。だが、其れを指摘するような雰囲気ではなく、俺はメイドさんが入れたお茶を飲みながら静観していた。
「確かにアリスは剣才があるが…、言いにくいのだが、昔の様には動けまい?」
「う、そうだけどー!」
あの体じゃあねぇ、俺も人の事言える体型じゃないが、俺は魔術師だから何とでもなる。身体強化を使えば、動けるデブに変身出来るので逃げ撃ちぐらいは出来るのだ。
だけど、アリスは剣士だ。となれば、あの体型じゃ冒険者になるのは無理だろう。子爵の言う通り、成人まで家にいるべきだと思う。
ただ…、折角、同郷の人間に会えた訳だし、この縁を無くしたくはないな。
そんな事を考えながら、ふと視線を上げると子爵が此方を見ていた。
「あの、どうかしましたか?」
「アレフ殿は冒険者になると言っていたな。」
「え?ええ。私が出来そうな事はそれぐらいしかありませんし。」
一応、いくつか商売も考えてはいるけど、如何転ぶか分からないしなぁ。それに、冒険者になっておけば最低限の身分は獲得できるし。
「ふむ、やはり、噂で聞いていた人物と思えんな。」
噂、うん噂ね…、でもそれ事実なんだよなぁ…。
「お父様……?」
「よし、決めた!アレフ君。うちの娘をよろしく頼むよ!勿論、手を出したらただでは済まさないがね。」
強面のおっさんの圧が強い!
「ええ!?どうして其の流れになるんですか!?」
父親の言葉に悲鳴の様な声を上げるアリス。そんなに嫌なのかよ…。
「アリスは冒険者としてやって行くのだろう?ならば、信頼出来る者が傍に居た方が良い。それにアレフ殿は魔術師だ、アリスとは相性が良いだろう?」
「そうですけど!……はぁ、分かりました。お父様の指示に従います。」
俺の意思に関係なく決まったんですけど…、いや、まぁ良いけどね?アリスとは友達になれそうだし。
「アレフ殿も良いか?」
あ、こっちにも確認が来た。圧が凄いけど…。
「構いません、前衛が居た方が私も助かりますし。」
「そうか!なら、この話は終わりだな!」
アリスと旅かぁ、支度金とかは用意して貰えるかな?
「では、これから訓練に入ろう!二人とも、付いて来い!」
「「はっ?」」
―――――――――……
「ぶは!ぶひっ!ひゅはっ!」
「ひぃ、ふは、あふ!」
「二人とも、息を整えろ!余計辛くなるぞ!アリス!これぐらいの距離なら以前普通に走っていただろう!?」
翌日、俺達は子爵に先導されて、領都内をランニングしていた。
いや!色々可笑しくね!?何で俺達領都内を走ってるの!?何で、子爵自ら先導してるの!?アンタ、この町の領主だろう!?
領都一周の後は屋敷の庭で素振り1000回。だから、おかしくね!?俺魔術師だっていったよね!?
腕がパンパンになって上げられなくなると、今度は筋トレ、流石に腕立ては除外された。アリスは強制でやらされてるけど…。
腹が支えて腹筋が出来ねえ…、苦しい!って、メイドさん!?何で俺の背を押してるの!?え?補助?って痛いって!?これ以上曲がらないから!?
最後は短距離…50Mぐらいの距離を本気でダッシュ。無理です、もう倒れそうです。怒鳴らないで下さい…。もう無理ですからー!?
そして、入浴してからストレッチ。メイドさん達のサポートあり。美人に囲まれてるけど嬉しくはない。いてててててて!!!
晩飯は味が分からなかった。アリス曰く不味いらしいし、この世界の食事レベルを考えればそうなんだろう。なんか肉が多かったし、野菜と米食いたい。
昨日の夜はまだ平和だった、時間が遅かったからか、軽く訓練して終わりだった、でも二日目がコレだ。
何時の間にか、客室で寝入ってしまい、其の日は泥の様に眠った。
更に翌日、朝から素振り、ランニング、昼食を摂ってから剣術と効率的な運動の指導があって、またランニング。
夕方には屋敷に戻って、素振りをはじめとした近接訓練。そして、筋トレ筋トレ筋トレ。
そんなブートキャンプみたいな生活を続けて、一月が経った頃…。
「しんどい…。死ぬ。」
「無様ねぇ、豚若。」
「…人の事言える姿か?アスカ。」
「……家の中でアスカって呼ばないでよ。」
「じゃ、豚若はやめろよ。」
この一ヶ月で俺達の体は大分絞られていた。とは言え、俺はまだ世間的にはデブに入るだろう。ちなみにアリスはというと。
「…ねっとりした視線を向けないでよ!このロリコン!」
アリスは完全に痩せていた。まぁ手足は多少太めだが、剣士だから其処は仕方ないだろう。
「…今の姿なら、婚約破棄を取り消せるんじゃね?」
「別に未練なんかないし、大体、あんなクソガキ、私の趣味じゃないってば!?」
「クソガキって、お前の2個上だろ?」
「私の精神はJKなの!!」
「ああ、ロリババアか…、はあ…。」
「何で溜息つくのよ!?」
「見た目は良いのになぁ…、やっぱロリは純真無垢じゃなきゃ…。」
「いい加減殴るよ!?」
と、最近はこんな遣り取りが続いている。二人で居る時は遠慮が要らないから、本当に気が楽だ。
「で、魔法の方はどうなの?」
「ん?」
「最近は余裕が出てきたから、毎日訓練してるんでしょ?」
「まあね。つっても、攻撃魔法を放つ訳にも行かないから、魔力循環と身体強化だけだけど。
「…ねぇ、アレフ。訓練中も強化使ってない?」
「……。」
「ずるい!?」
「あー、明日から、アリスにも支援魔法掛け様か?」
「あれ?聞いて無いの?今日で一通りの訓練は終わりだって。」
え?そうなの?
「それで、明日は一日掛けて、旅立ちの準備なんだけど、本当に聞いてなかったの!?」
「……。」
「まあ、そう言う訳だから、今日は早めに寝てよね。明日は早朝から色々用意しなきゃだし。」
「…分かった。」
「あ、そうだ!アンタって料理は出来る?出来るんなら手伝って欲しいんだけど。」
「料理に嵌っていた時期も少しあったからな、簡単なものなら作れると思うけど?」
「ん、了解。じゃ、明日朝一で食料の買出しに行きましょ。」
「あいよ。」
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やっぱり、あいつらはダメだったよ。
翌日の早朝、俺達は領都の朝市に来ていた。
「あ!砂糖がある!此れは買いだね!」
「って、いきなり砂糖かよ!?」
俺達は保存食とか、旅路に必要な物を買いに来たんじゃないのか?とアリスに問いたい。
「クッキーとか長持ちするし、保存食だよ保存食!」
こいつまた太りそうだな、と俺はアリスを見る。当の本人は俺の視線を気にすることも無く、次々に食材を買って行く。
「あまり買い過ぎるなよ?旅費なんだから。」
「はいはい。…あ!コレも買い!」
今度は蜂蜜かよ…。ってか、たけえ!?
………
「こんなに買って如何するんだよ。」
「え?これから旅に出るんだし、これぐらい必要でしょ?」
あっけらかんと言う表情でアリスは話すが、如何考えても量が多い。
先ず、10kgはあると思われる小麦の袋が三つもある。そして、塩は5kg程だろうか?更に砂糖が数キロ、高価な胡椒や唐辛子、蜂蜜も少なめではあるが買ってある。
更に更に、青果がどどん!と大樽ぐらいの容器に突っ込まれ、肉もゴロンと20kgはありそうだ…。
俺が魔術書目当てで古本屋を覗いている間にコレだ…。頭が痛くなる。
「…どうやって運ぶんだよ。」
「そんなのアレフが空間魔法なり、アイテムボックスなりで!」
「使えねえよ!?」
この世界アイテムボックスは無いが、空間魔法は存在している。とは言ってもほぼ、ロストマジックの一歩手前だ。使える者は一握りだけで、各国の宮廷魔術師クラスだけだろう。
そう言いつつも、自分も使えるようになる為に、空間魔法の勉強もしてはいるんだが…、資料が少なすぎるんだ。
「はあ!?じゃあ、如何するのよ!?コレッ!?」
「知らねえよ!?」
どうやらアリスは俺が空間魔法を使えると思っていたらしい。アレだ、異世界転生モノに毒されまくっているのだろう。
流石は現役の中二病なだけはある。…俺?俺は他にも趣味があるのでセーフだよ。…多分。
「ったく、しょうがねえな…。」
口論を続けていても仕方が無い。此処は出来る事をやろう。
先ずは土魔法を使い大小様々な箱を作り石程度まで硬質化させ、軽石程度の重さに調整する。
そして、そこに氷魔法を使って氷を敷き詰め、買った青果や肉をそれぞれの箱に入れていく。
最後に箱と同質の軽石の蓋を被せれば、保冷庫、アイスボックスの完成だ。
この一ヶ月のブートキャンプでやってた事は運動だけじゃない、はじめの一週間ぐらいと仕上げの昨日はへばったが、それ以外の日は魔法鍛錬&研究をする時間はあったのだ。
今回作ったアイスボックスは、旅で必要そうだからと予め考えていたものだったのだ。
いや、如何考えても必要になるだろう?食材を常温で保管したくないし…。まぁ、こんな大きさは想定外だったが…。
「へぇー、クーラーボックスかー。で?どうやって運ぶの?」
「馬車を呼べよ!つか、こんな量、旅に持っていけるわけが無いだろう!?」
この一ヶ月で薄々感じて居た事だが、アリスはやはりアホの子だったようだ。…ヒロイン力が低いなぁ…。世間的にはアホの子も需要が無い訳じゃないけど。
結局の所、食材は殆どマークシェイド家に置いて行く事が決まった。ただ、調味料はアリスが死守していたけど。
「はあ…、アレフったら使えないのね…。」
「…ケツを拭いてやったのに、其の扱いなの?」
そう、ケツを拭ったのだよ、俺は。マークシェイド家の食材保管庫に1時間掛けて氷魔法を使って保冷庫化させてきたんだ。お陰で魔力欠乏状態だよ…。
「だらしないなぁ、そんなに魔法使ってないじゃない。」
「…勘違いしているようだけど、氷魔法は初級でも制御が難しいだからな?というか氷魔法自体が水魔法の上級と言っても差し支えないんだからな?」
土魔法で小屋を建てるのと訳が違う。そもそも、材料となる土が周辺にある訳で、それらを操作するだけなのだ。
勿論、硬質化させて石なんかに変化させるのは相応の魔力が必要だが、石程度の変化なら魔法のクラスとしては中級かそれ以下程度だ。
例を挙げるなら、初級魔法のストーンバレット。此れは周辺の土を石に変えて攻撃する魔法なのだが、この時点で言っている意味は通じるだろう。
「はあ、とりあえず次の町までのお弁当作っちゃうから、竈に火を入れてくれない?」
「……其れぐらい自分でやれよ、俺は魔力切れだっての!」
何で俺がテーブルの上で突っ伏しているのか察せないのかよ。
俺がジト目で見ていると、アリスは、はいはい分かりましたよーと口を尖らせながら生活魔法で竈に火を入れる。
それから暫くアリスの様子を見ていたが、驚いた事に彼女は料理の手際が素晴らしく良かった。ただ、今あいつが作っているのは日持ちする物じゃないと思うんだが…。
「なぁ、アリス。揚げ物とか普通前日に作るものじゃねえよな?」
「ん?あ、コレ?夕食よ!夕食!折角今日は自分で作れるんだしね!アレフだって、何時ものメニューじゃ嫌でしょ?」
「あー…。」
これはアリスの言葉に同意せざるを得ない。
この世界は料理の技術が低いのか、大体大味になる上に、俺の知っている限りでは焼くか煮るかぐらいの調理法しかない。
一応、油はあるのだがコレもまた結構高級な上、市場に出回っているのは動物性の脂ばかりだ。
ちなみに今アリスが揚げ物で使っている油はピーナッツから絞り出された油で、アリスのお手製らしい。
「にしても、道具も揃ってないのによく油の油出なんて出来るな。」
「その辺は気合で、あ、アレフ。一度取り出すからバット取ってくれる?」
「へいへい。」
魔力が多少回復した俺は、念動魔法でバットをアリスの手元に飛ばす。
其れを受け取ったアリスは大量に揚げられた唐揚げをバットに移していく。
「もぐもぐ…。」
「…熱くねえの?」
揚げたての唐揚げを、そのまま口に入れるアリスを見て思わず聞いてみた。
「…コクン。熱いけど、味見は大事じゃん?」
そりゃそうだけど…、まあいいか。
「で、味は?」
「アンタ、何処の蛇よ?…うーん、まだ二度揚げしてないから食感は変わると思うけど、ただやっぱり風味がねぇ…醤油が欲しくなるわね…。」
「不味いん?」
「ん?そんな事あるわけないじゃない、塩味ベースだけど、ちゃんと生姜やニンニクは効いているし。こっちの料理と比べたら段違いだと思うわ!」
「ほう…。」
「ほら、試しに食べてみてよ!」
そう言ってアリスは塩唐揚げをバットごと、此方に向ける。俺はフォークを使って唐揚げを取り口に入れる。
「うん、普通に美味いな、まあ、唐揚げは醤油ベースの方が良いっていうのは同意だが。」
というか、単に醤油ベースの唐揚げの方が食べなれているからだと思う、こっちはこっちで十分美味かった。
「だよねー、醤油手に入れたいなぁ…。」
「ん?この世界って醤油あるのか?」
アリスの呟きに思わず聞き返すと、彼女はニタリと笑った。
「ふふふ、やっぱり気になる?」
「そりゃそうだろ、醤油があるならこれからの食事事情が大きく変えられるじゃないか!?」
俺が力説していると、アリスもうんうんと頷く。
「で、どうなんだ!?」
「勿論ある!って言いたいところなんだけど、現物を見たわけじゃないから何とも言えないのよねー。」
「ん?どういう事だ?」
「以前うちに来た商人がね、東国の方には何やら珍しい調味料があるって言う話をお父様にしていたのよ。
で、その調味料って言うのが黒い液体で匂いがきつくて、もの凄い塩辛いっていうね。」
「成程、聞けば聞くほど醤油としか思えないな。」
「でしょー!?ただね、其の商人も自分で手に入れたわけじゃないらしいし、お父様も然程興味を示さなかったから其処で話が終っちゃったのよ。」
アリスの話を聞いて、俺は暫く考え込む。そして
「なぁ、アリス。旅の予定なんだが…。」
其処まで言ったところでアリスに話を遮られる。
「アレフが何を言おうとしているのかはわかっているわ!当然、旅は東を目指すわよ!」
「ああ、醤油があれば大豆があるって事だし、味噌だってあるかも知れない。」
「お味噌汁!ああ、ならなら!やっぱお米よね!?こっちで出回っているインディカ米っぽい奴じゃない、日本米!」
興奮しているアリスに同意する様に俺も頷く。
「やっぱ、日本人なら米を食わないとな!」
お前ら、今は日本人じゃねえだろう?っていう突っ込みは無しな!というか聞く耳は持たねえ!
そして俺達はがっしりと手を握る。
「アレフ、これから長い付き合いになりそうね!」
「ああ、こっちこそよろしく頼む!」
俺達の心は一つになった。
「さて、明日の準備をしちゃいましょ!とりあえず、初日の分はサンドイッチでも作って、後…、あ、アレフがいるから小さめの冷蔵庫ぐらいは…。」
「作れ無い事はないけど、持ち運びは如何するんだ?」
「荷運び用の小さめの馬車を買えばいいんじゃないかな?一頭立てなら、そこまで高くないし。」
「ん?あんなに色々買ってたのに、まだ金残ってるのか?」
「うん、でもまあ、荷馬車と馬の飼料を買ったら殆ど尽きるけどね。」
「……大丈夫なのか?それ?」
「大丈夫大丈夫、イケルイケル。」
ちょっと心配ではあるが、これから冒険者として生きていく以上、荷馬車があれば、色々便利だとは思う。重い荷物を自分で運ばなくてもいいという点も魅力的だ。
「でもなんか、旅立ち前から随分恵まれているよな、俺ら。」
「だねー!異世界転生モノは最初は苦労……しない話もあるけど…。うん、私達はそっち側って事だよ。」
「俺TEEEE出来る様な実力はないけどな。」
強さに関しては血筋で多少恵まれているだけだ。俺は魔法の才、アリスは剣の才と。後、どっちも貴族生まれという点と、お互いが転生者だから二人分の知識チートがあるという所だけだ。
……あれ?思ったより俺たちって恵まれてるな。
「で、小型の冷蔵庫だっけ?後で作ってみるけど、何入れるんだ?」
「そうね…、先ず卵でしょー?後ミルクと…、精肉もある程度入れておきたいわね。」
「ふむ、野菜室なしなら其処まで嵩張らないか。あとは卵をいれるなら、衝撃を吸収出来る様にしておかないとな。」
「うん、御願いね。…さて、ご飯を食べたら。残り作業をしちゃいましょ!」
アリスと一緒に厨房でそのまま夕食を食べた後、俺達は明日の準備に掛かる。
とは言っても、今は準備だけだ。という訳で、今のうちにパン生地を練って置く、弁当作りを行う頃には良い感じに発酵しているだろう、多分。
ちなみにクッキーも早朝から作るらしい。明日はかなり早起きになりそうだ。
翌日、まだ夜明け前だと言うのに、アリスに叩き起こされた。男の寝室に勝手に入って来るあたりアイツは乙女力が無さ過ぎる。
「んー、ちょっと発酵させ過ぎちゃったかな?でもまぁ、これぐらいなら!」
アリスはパン生地を触りながらブツブツ言っている。
「で?俺は何すれば良い?」
簡単な料理ぐらいなら俺も出来ない事はないが、凝ったものは無理だ。
「アレフは炒り卵…、サンドイッチ用にスクランブルエッグを作っておいて!私はこっち仕上げちゃうから!」
「あいよ。」
スクランブルエッグぐらいなら簡単だ。塩に胡椒もあるし味も調えておこう。
30分後、アリスは焼きたてのふんわりしたパンをサンドイッチ用に切り出していた。
俺は俺で、朝食の準備だ。とは言っても作ったのは目玉焼きと昨晩アリスが作った唐上げの2度揚げをしただけだが。
「よし!準備オッケー!」
「こっちも出来たぞー。」
アリスは出来たサンドイッチをバスケットに詰める。それから二人揃って朝食だ。
「おー、アレフもちゃんと出来るんだね、ちょっと心配してたよ!」
朝食をパクつきながら失礼な事を口にするアリス。
「お前な…、此れぐらいは普通に作れるだろ。」
「そう?調理実習とか結構酷いの居たよ?男女問わずに。」
ああ、うん。アリスもといアスカの年代ならそう言う奴もいるだろう。いや、俺の年代でも料理をまったくしない奴はいるか。
「そういや、パンの耳はどうするんだ?」
何となく目に入ったので、アリスに聞いてみた。
「ん?んー…、あ!」
まだ食事中だと言うのにアリスは立ち上がる。そして、パンの耳を刻みだした。そして、油が入った鍋に火を入れている。
「……ああ、あれか。」
アリスが何を作るつもりなのか分かってしまった。
「折角、沢山砂糖があるんだしね!」
アリスは刻んだパンを油に投入していく、カラッと狐色に揚がると油から取り出しバットに上げていく。トドメとばかりに砂糖をふんだんに振り掛けた。
「揚げパンか、保存に向くのか?」
「さあ?でも、ラスクとか結構もたなかったっけ?」
そんな会話をしつつ、アリスは揚げパン片手に残りの朝食を片付けていく。
「はあ~幸せ~。やっぱ、美味しい物食べてこその人生だよ。」
其れは全面的に同意するので、俺も揚げパンを試食する。当然美味かった。
朝食の後はクッキーを焼き上げるだけだ。準備は昨日のうちに殆ど終らせているから、昼前には出発出来るだろう。
「いや、でも美味いな、コレ。」
「当然じゃない!ああ~止まらない~!」
クッキーの焼き加減を見ながら二人でパクパク食べていく。あっと言う間になくなってしまったので、今度は常備しているパンを揚げ始める。
「うまうま!」
そんな感じでクッキーが焼きあがるまでコッペパンサイズのパンを10個程二人で食い尽くしていた。
そうなると、当然…。
「う…。」
「ひっ!」
俺は完全に胸焼けを起こし、アリスは体重計の針に恐怖していた。ちなみに俺もリバンドしていた……。
だが、まだ3kg程度だ、多分旅に出れば減る筈。俺達はそう願って旅立つのであった。
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リタ
この世界、人の命は軽い、まだ、文明が低く又、魔物がいるからだ。
そんな世だからこそ、悪党もまた蔓延る。盗賊共が良い例だ。
盗賊共は物を奪い人を、そしてその命すらも奪い取る。
とある街道に商人の一家がいた、最近盗賊が出ると噂されている街道にだ。
「冒険者の皆さん、そろそろ盗賊が出るって言う街道です。御願いしますよ?」
其の男はまだ若手の商人だった。とは言え、夫婦の年齢は30前後と言った所か。
冒険者達が警戒する中、馬車は進む。そして、問題となっていた区画を無事に通り抜けた。
「…何だよ、盗賊なんか出ないじゃないか。」
「心配して損したわね。」
商人夫婦はそんな事を口にしながら、緊張を緩めていた。
「プギィーーッ!!」
その時突然、街道脇の森から魔物の雄叫びが轟く。
「オークの雄叫びだ!こっちに来るかもしれねえ!警戒しろ!」
冒険者達は商人夫婦の乗る馬車を護る様に警戒していたが。
「え、あ!わわ!?」
御者をやっていた商人は、オークの雄叫びに怯え、混乱して馬車を走らせてしまう。
「て、おい!?」
「ちょっ!?」
突然、走り出した馬車に冒険者達は、慌てて追い縋ったが…。
ドーンッ!!
暴走した馬車は街道を大きく逸れて、大木に突っ込んだ。その時、御者をしていた商人の男は衝撃で投げ出され、体を強く地面に打ちつけた。
また、商人の妻は崩れた荷物の下敷きになり、打ち所が悪かったのか、そのまま息を引き取っていた。
そして、唯一即死を免れ生き残ったのは、商人夫婦の娘である8歳の少女ただ一人だけだった。尤も彼女もこのままでは死んでしまっていただろう。
「急いで助けろ!!」
馬車に追い付いた冒険者達は焦った様に叫んだ。
「こっちはダメだ!」
「クソ!こっちもだ。」
「あ、この子は息があるよ!?早く回復魔法を!!」
夫婦は手遅れだったが、唯一生き残った娘は、冒険者達の必死の救助活動により、崩れた馬車から助け出され、治療を受けた彼女は命を繋いだのだった。
「くそ、あと少しで町に着いていたってのによ…。」
冒険者のリーダーが悔しそうに呟いた。そう、本当にあと少しだった。ほんの半刻程で町に着いていたのだ。
「どうする?」
メンバーの一人がリーダーにそう尋ねる。
「兎に角、馬車を引き起こせ。馬はどうだった?」
「気を失っているだけみたい…。」
「そうか、なら、彼らの遺体と積荷を町まで届けよう。あの娘にとってはつらいだろうが…。」
「うん、私がついているよ…。」
「頼む。」
冒険者達は善人だった。彼らは夫婦の遺体と共に積荷を全て町に持っていった。
彼らは詰め所、そしてギルドで事情聴取をされたが、詰め所は勿論、ギルドからもペナルティーは特になかった。彼らの日頃の行いのお陰だろう。
そして、ギルドは夫婦の遺体を埋葬し、其の費用は商人の荷物を買い取る事で済ませたようだ。
諸々の手続きが終った後、ギルド側は残金を娘に渡そうとしたが、少女の親戚を名乗る者が現れ、少女を引き取ると言う。
怪しんだギルド側が調査したところ、この町に住む商人の叔父であることが分かったので、素直に少女と遺産を託した。
しかし、其の判断は間違いだった。
三日程過ぎた頃、少女がギルドに現れたのだ。
少女に事情を尋ねたところ、彼女は男が遺産を持って逃げたと言う。
直ぐに職員を動員し、衛兵まで動かしたが既に足取りを掴めなかったのだ。
「本当に済まない…。せめて、身分証だけでも…。」
ギルドマスター自らが少女に頭を下げ、彼女は身分証代わりに特例でギルドカードを発行してもらった。
それから暫く経ったある日の事である。
<リタ>
朝、間借りしているギルドの寮の一室で、目を覚ました元商人の娘リタは、呆然とした様子であたりを見渡していた。
「え?ちょっと…これ、如何いう事!?」
彼女は混乱していた、見える物、視界に入る物そして、自分の体に。
「え?嘘!?私子供じゃない!?うぐっ!?」
其の瞬間、彼女に記憶が流れてくる。リタとしての記憶。そして…
「ちょっと待ちなさい、私!冷静になるのよ!」
彼女は一度深呼吸してから、口を開いた。
「私の名前は、日向里美。35歳。千葉県山武市出身。職業は小学校の教諭。」
よし、私は正常だ。記憶を飛ばしている訳じゃない。だけど、これは一体?というか、この記憶って…
「え、ええ…?異世界転移じゃなくて転生?何?私、死んだって事なの?」
死亡時の記憶はない。でも覚えていたら其れは恐怖でしかないので、その事についてはこれで良かったと里美は思った。
「白鳥の影響かしら…、まだ冷静で炒られるのは…。うーん。生きているだけありがたいのかしら…?」
白鳥というのは彼女の後輩で生粋のオタクだった。里美は読書が趣味だったので数年前からラノベ小説を白鳥から勧められていたのだ。
「これって役に立ったって事かしら?でも、今の状況は不味いわよね…。」
リタの記憶と融合した彼女は、今自分の置かれている状況を考える。
里美と融合した今のリタの人格では、両親との思い出は映画のワンシーンとしてしか感じない。
亡くなった両親には申し訳ないが、今現在で重要な事はやはりお金の問題だろう。
「せめて、あの男が来る前に目を覚ましていれば…。」
あの時のリタに里美の人格が戻っていれば、彼女は騙されたりしなかっただろう。ギルドの人の前で断っていた筈だ。
「今更言っても仕方ないわね…。さて、今日も仕事に行きましょうか。」
8歳の子供である私に仕事があるのは冒険者ギルドのお陰だ。
元々は雑務や使いっぱしりの仕事が用意されていたが、元商家の娘としてのリタの事務能力が評価されてギルドの書類整理や経理の仕事を回して貰える様になっていた。
里美の意識が戻る前でも、リタは十分に優秀だったというわけだ。
そして、ギルドの見習い職員として生活をしながら、徐々にこの世界に慣れてきた頃、運命の転機が私に訪れた。
「将来はギルド職員かしら…?でも、受付嬢とか…、かなりきつそうな仕事なのよね。」
ギルドは24時間営業だ。休憩時間も少ない上、面倒な冒険者も多い。そういう手合いを相手にしてもにこやかに対処しないといけないんだから、仕事のきつさが良く分かる。
他にお金を稼げる手段となると冒険者だけど、今は其れも難しい。一応、指導官の手が空いている時に訓練を受けているが、実戦となると中々に辛い。
幸い、私は敏捷さと手先の器用さ、そして体の柔軟性に優れているみたいなので、短剣を操るシーフスカウトに向いているらしいが。
「だけど、冒険者、冒険者か…。」
ギルドの仕事をこなしながら、私は物思いに耽る。
小さな子供、それもただの女の子でしかない今の私は当然、火力なんてない。そもそも非力な上、火力がないお子様シーフスカウトにソロなんて出来る訳が無いので、パーティーを組む必要がある。
だけど、私をパーティーに入れてくれる人なんて早々居ないだろうし、居ても変な連中だと私が困る。
前世とは違い、今の私は結構…いや、かなり可愛い部類に入る。なので、今の私に言い寄る様な変態はお断りしたい。
カランカラン
ギルドの扉が開き、人が入って来る。そして、私は何となく其方に目線を送っていた。
「……何あれ?貴族の兄妹?でも護衛が居ないような…?」
冒険者ギルドは貴族が来るような場所じゃない、来たとしても依頼の持ち込みをする者ぐらいだ。
それだって、依頼の話は従者が通す。だからこそ、従者らしき者を引き連れていない彼らが異様に思えた。
「お前、すっかりリバウンドしちゃったな。」
兄と思われる男が半笑いで妹?に話し掛ける。
「うっさい!うっさい!全部アンタの所為よ!!っていうか、前ほどじゃないわよ!?」
「俺の所為にするなや。砂糖を買い込んだのはお前だろうが。」
「うぅ…、アンタがあの後に作ったパンの耳揚げパンが美味し過ぎたのよ…。」
…ちょっと待って!?パンの耳揚げパン!?ちょっと、私も其れ食べたいんだけど!!
リタの記憶を見る限り、この世界には揚げパンすらない…と思う。そもそも、砂糖が高いので揚げパンなんて作ったら一個あたり幾ら掛かるか。
「すみませーん!ちょっと良いですか?って、子供!?」
「あら、可愛い。受付嬢って、こんなちっちゃな子でも出来るんだ?」
揚げパンの値段を想像して戦慄していた私に、先程の兄妹?が声を掛けてきた。
「あ、少々お待ち下さい!今、係りの者が参りますので!」
私が受付カウンターの側に居たのは偶々だ、というか、先輩職員の受付嬢の子がトイレに立つ際に店番代わりでここに座っていただけだ。
「くっ、ロリっ子受付嬢は居なかったのか…。」
「何でそう残念そうなのよ…。」
そんな遣り取りをしていたら、受付嬢が慌ててトイレから戻ってきた。
「すみません!お待たせしました!」
私は受付嬢の子に席を返して、自分の書類仕事に戻ろうとした。
「え?冒険者登録…ですか?」
え?この二人って貴族じゃないの?
「あ、あの貴族の方では?」
受付嬢の子も私と同じ事を思ったらしく二人に聞き返していた。
「いえ、俺達は平民ですよ。遠国を目指して旅をしたいので冒険者になりたいのですよ。」
「私には剣、彼は魔法の才がありまして、各地冒険者活動をして修行しながら東国を目指したいのです。」
「そ、そうなのですか…。でも危険ですよ?特に東国に続く道は険しいらしいのですが…。」
「それでも、俺達は行かねばなりません!」
「そうです!米と醤油、そして味噌が私達を待っているのですよ!」
……え?
私は思わず二人を見てしまった。
彼らの容姿は軽い肥満体型で、冒険者に向いているとは思えない。というか、そういう体型だったからこそ裕福な貴族だと思っていた。まぁ、大商人の子供という可能性も会った訳だけど。
其れは兎も角、私の聞き間違いで無ければ、米とか醤油とか、味噌とか…。え?本当にあるの!?
この世界の食事は基本的に大味で、市場には岩塩が出回っているので塩は其処まで高くはないけど、調理方法が発達していないのかレシピや調理道具が少ない。
醤油や、味噌があればこの世界の料理は改善されることだろう。というか、其れが出回っている土地なら必然的に美味しい食べ物がある可能性が高い。
「東国か…。」
受付嬢の話が事実なら東国との交流は少ないのだろう。だからこそ此方では回っていないと。そう考えると彼らの話に信憑性が増してくる。
「ん、どうしたんだ?お嬢ちゃん?俺のほうを見て。」
私の視線に気が付いたのか、男の方が私に声を掛けてくる。ちょっと其の視線はキモい。ロリコンはお断りですよ?
「え、えっと、ちょっと聞き慣れない単語が聞こえてきたもので。」
そんな事を言って、私は視線を逸らす。
「お!お嬢ちゃん興味あるー?」
「興味があるなら一緒に行くかー?」
「えっと…その…。」
興味はもの凄くある。可能であれば私も行きたいところだけど、あいにく今の私は、まだ8歳の子供だ。危険な旅路についていける訳がない。
でも、醤油や味噌、米が手に入るというのなら危険を犯しても、行って見たい。目覚めてからまだ一月程だけど、食事に関してだけは今だ慣れないのだから。
「えっと、とりあえず、手続きを進めても良いですか?」
二人揃って、私の返事待ちみたいになってしまっていたので、受付嬢が困ったような顔で二人に問い掛けていた。
「あ、すみません、御願いします。」
「では、ご案内しますね。」
「お嬢ちゃん、後で返事聞かせてねー。」
二人はヒラヒラと手を振りながら、新規登録の受付所に移動して行った。そして、一人残された私は、本気で悩んで思案に耽る事になる。
「正直言って付いて行きたい…、でも、あの子達の実力も分からないし、どうしようかしら…。」
この世界の成人は15歳、だから其の年齢まで訓練に費やし冒険者として活動するのも手だ。だけど、其の期間は7年もある。その間今の生活を続けていくとなると…。
「如何したの?もしかして、彼らの話が気になるの?」
何時の間にか戻ってきた受付嬢が私に声を掛けた。もの凄く真剣に考えていたから、戻ってきて居た事に気が付かず、思わずビクッっとしてしまった。
「え?ええ?そんなに驚かなくても…、で、さっきの話だけど、如何するの?私個人としてはそんな危険な旅はお勧めしたくはないけど、リタちゃんが自分で決めたのなら応援するわよ?」
どうやら私が付いていくか如何するか、悩んでいる事を受付嬢に見抜かれたらしい。なら、相談をしてみるのも手か。
「正直悩んでいます。勿論、彼らが本気で私を仲間に加えてくれるかというのも気になる所ですが。」
「あー、それがあったわね。リタちゃんは落ち着いてて知的で優秀だから、ついつい実年齢を忘れてしまいがちだけど、まだ8歳だもんね。」
そう、普通はこんな子供なんて誘う訳がない。さっきの事も社交辞令的な意味で声を掛けた可能性もある。というか其の確立が高い。
ただ、醤油や米という話は恐らく事実だろう。最低でも、現物を知らなければ、其れを求めて旅をするわけが無い。
すると此処である仮説が思い浮かんだ。もしかして彼らも?いや、そう判断するのはまだ早いか。
「それに、彼らの実力や人柄も気になります。私は、ご覧の通り非力ですから。」
「そうねぇ、人柄については私見だけど悪い人たちには見えないわね。二人とも癖は強そうだけど。」
普段から冒険者を相手にしているベテラン受付嬢のこの人が言うのなら、そう悪い子達じゃないだろう。私もそう感じた訳だし。
「実力については…、そうねぇ、いっそ実技試験にリタちゃんも付いて行ったら?試験場の森は危険な魔物も少ないし、ベテランの試験官も付いてるから。」
「あの、良いんですか?」
「ええ、勿論よ。職員としても何れ覚えないといけない業務内容だしね、リタちゃんの実力ならウルフやゴブリン程度なら倒せるだろうし。」
「えっと、実戦経験はまだなんですけど…。」
「何も戦えなんて言っているわけじゃないわよ。其の必要もないでしょうし、現場の空気に慣れる事が目的だから。心配なら私も付いていくわよ?こう見えて、私も結構強いのよ!?」
成程、どの道経験する事になるのなら、彼らの事を抜きにしてもいく意味はあるのか。それに職員にならずに冒険者になる場合でも今回の経験は生きる筈だ。
「分かりました、是非御願いします。」
こうして私は後日行われる、彼らの試験に同行することになった。
お久しぶりです。そろそろ活動を再開していきたいと思います。
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3人目の仲間も転生者
数日後、私は新人冒険者候補のアレフ君とアリスさんの実技試験に試験管見習いとして同行し、近場の森まで来ていた。
他に同行しているのは、私の戦闘訓練を見てくれているちょい悪親父、もとい元冒険者で今は戦闘教導官をやっているギルバートさん。そして、先輩職員の受付嬢エルザさんだ。
今回の試験では、薬草などの採取を指導。他は低級の魔物であるゴブリンや狼等の野生動物に対する戦闘能力を測るのが目的らしい。
彼らは当然最低ランクからのスタートなので、最初は主にこういう仕事を請け負う事になるそうだ。私自身も勉強になるので、今回できっちり理解したいと思う。
「おっと、待てアリス。其の薬草は根ごと回収するんだ。…そうそう、傷をつけんようにな。」
「私、こういう細々とした作業苦手なんだけど…。」
ギルバートさんに指摘されて、アリスさんはブツブツと不満を漏らす。一方アレフ君は黙々と作業を進めていている。女の子の方が落ち着きがないっていうのはどうなんだろうとは思ったが、アレフ君は17才らしいから年相応の落ち着きがあるんだろう。
「よし!採取に関してはこんなところだ!そして次が本試験の実戦だ!何、気負う必要はない!毎月再試験を受けられるからな、ダメならダメで再試験まで訓練に励めばいいんだ!」
採取に関してのレクチャーが終ると、次は実戦だとギルバートさんが宣言した。
成程、再試験を頻繁に受け付けているからこそ、最初に採取のレクチャーを行ったのね。職員としてこのまま生きていくのなら覚えておかないといけないわね。
「ようやく実戦かー、なんかやる前から肩張っちゃったよ。」
「それで、教官?俺達は何を倒せば良いんです?」
「うむ!お前達の相手は…。」
ギルバートさんが説明を始めたところで、私に悪寒が走る。ザワザワとした空気を感じ取り、鳥肌が立っていく。そして、私の視線は自然と森の奥へ走らせていた。
「ん?どうしたの?リタちゃん?」
「た、多分ですけど、何か居ます、…!?いえ!此方に来ます!」
突然押し寄せられてきた恐怖に駆られて私は、そう叫んでいた。
「何っ!?エルザ!リタを護れよ!ひよっ子共は自分の身を…って、おい!?」
既にアリスさんは森の奥へ駆けていた、そして、其の後ろでアレフさんが詠唱を唱えている。
「飛鳥!支援行くぞ!!」
「OK!よろしく!ツネ!」
「「「え…?」」」
アレフさん達の会話に私達は一瞬呆けてしまう。
「えと?今の何処の言葉?」
「わから…って、そんな場合じゃねえ!?」
ギルバートさんが慌てて駆け出すと、既にアリスさんは戦闘に入っていた。私もまだ勉強不足で詳細は分からないが恐らく狼の類だろう。ただ、サイズ的にはどう見ても上位種だ。
「今は…。」
うん、今は落ち着いて行動するべきね、多分さっきの悪寒はあの狼の奇襲を察知出来たと言う事だと思う。ならば、自分の役割を果たさなければ…。
「…んぅ?」
私は周囲に注意を向けて、他に猛獣や魔物がいないか気配を窺う…。すると、私達を遠巻きに囲い込むような敵意を感じた。
「!?囲まれています!」
って、そりゃそうよね!狼なんだから群れで行動するわよね!?
「何ですって!?」
「ちぃ、すまん!そっちは何とかしてくれ!」
ギルバートさんはアレフさん達にそう声を掛けて、新手に備える。あちらは上位種とはいえ一匹だ、ギルバートさんはあの二人なら何とかなると判断したようだ。
私は覚悟を決めながら、短剣を握った。そして思った。せめてもうちょっと体が成長していればと…。
「ガゥ!」
「ひぃっ!」
まだ私の覚悟が決まりきってないのに、いきなり狼が飛び出してくる。私は死ぬ思いで転がりながら攻撃を回避した。
「リタちゃん!?このっ!」
エルザさんが狼に向かって矢を放ち、狼達のヘイトを稼ぐ。そして其れを庇うようにギルバートさんが前に出た。
「!?今度は後ろから!?くっ!」
今度は覚悟が完了していたので、何とか反撃をする事が出来た。…案外、リタは才能があるらしい。
「やるじゃないか!リタ!」
「でも、無理はしちゃダメよ!?」
そこからが本当の始まりだった。狼達の群れが縦横無尽に飛び掛ってくる。ギルバートさんが私達二人を護る様に戦い、エルザさんが仕留めて行く。私の力では牽制が精一杯だったけど、手傷を負わせ狼の動きを鈍らせる事が出来ていた。
時間はどれぐらい経ったのだろう?30分?一時間?…いや、まだ数分も経ってないのかも知れない…。私にとっての初陣はかなり濃い内容になってしまった。
「ちっ、どれだけいやがるんだよ!」
ギルバートさんが吐き捨てるように呟く。其の気持ちはよく分かる。何しろもう既に、一般的な群れなら一つ分以上は軽く倒している筈だ。
交戦を続けて行く内に状況が変わり、此方の実力を理解したのか、狼達は先程までと違い、狼達は遠巻きに此方の隙を窺っている。勿論、牽制する様に仲間が飛び出し、それに合わせるように狼達が連携して来ている。
依然として睨み合っていたが、唐突に均衡が崩れる事になる。
「あっ…、矢が!?」
火力担当のエルザさんが矢を使い切ってしまい、彼女は短剣を握った。そして矢が飛んで来ないこの状況を勝機と判断したのか、再び狼達の総攻撃が始まってしまった。
狼達の討伐ランクは低ランクに入るとは言え、普通に考えれば十分に猛獣の類だ。数匹程度ならいざ知らず、この数では本来後衛役であるエルザさんには無茶だろう。そもそも本職でもないんだから。
「エルザ!俺が前に出る!リタと一緒に防御に徹しろ!」
「はいっ!」
ギルバートさんが攻勢に出たが、やはり、この数は無茶だったのだろう。盾役のギルバートさんが離れた途端、私とエルザさんは少しずつ傷を負うようになってしまう。
「くぅっ…。」
少しずつギルバートさんが数を減らして行っているが、私達の状況は絶望的なままだ。
「ゥガァ!」
決して油断していた訳ではない、ただ、集中力が持たなかっただけ…。私は自分に飛び掛ってくる狼を相手に一瞬呆けてしまった。
「っ!?」
最悪死ぬ!?と目を背けた瞬間、私の前から声が掛かった。
「あっぶなー!大丈夫リタちゃん?はあ~もう!あの群れボス、しぶと過ぎだよ!」
「え…?」
「親玉は倒しました!支援を掛けます!」
何時の間にか、アリスさんとアレフ君が戻って来ていた。私は恐怖からなのか、安堵からなのか分からず、一筋の涙が零れ落ちる。
「お前ら、無事だったのか!?…支援魔法に感謝する!奴らを追い払うぞ!」
…………
……
…
「アレフ、そしてアリス!二人の登録を認める!」
私達は町に戻って来ていた。あれから二人と合流した私達は、アレフ君の支援魔法を受けて、あっさりと狼達を退けていた。更に、アレフ君は傷だらけの私達に回復魔法を唱え、それもギルバートさん達に驚かれていた。
そしてギルドに戻ったアレフ君達は正規登録証を受け取り、二人でハイタッチをしていた。
「念願の冒険者カードを手に入れたぞ!」
「そう、関係ないね。」
「おいおい、此処はお約束だろー?」
「え?じゃあ、マジで殺っちゃっていいの?」
「……それは勘弁してくれ。」
二人はこんな感じにおどけているが、私は色々気になる事があった。
「あの、さっきの言葉って…?」
「え?ああ…、二人で決めた戦闘用語だよ。俺達、此処に来るまでに何度か盗賊に襲撃されてさ、だから、他の奴らには分からない言葉を使おうと思ってな?」
「結構普段使いしちゃってるから、自然と出ちゃうんだよね…、まぁ、さっきのはアレフに釣られたんだけどね。」
確かに其れはかなり有効だろう。自分達の手の内を晒す事なく仲間だけに伝達出来るこの言語は…。そう、ここでは”日本語”なんて通じる訳がないんだから。
「お二人にご相談したい事があるのですが…。」
「え?私達に?」
二人は首を傾げながら顔を見合わせる。多分、私の相談内容に想像がつかないんだろう。
「えっと、それは内密にしたい事か?」
アレフ君の問いに私は頷く。
「じゃ、一旦私達の宿にも戻ろっか。」
「だな、じゃ、俺ギルバートさんに一旦抜けることを伝えてくるわ。リタを連れて飯食ってくるとか言っとけば良いだろう。」
「だね。じゃ、アレフ御願いね。」
そして、ギルドを出た私達は二人が停泊している宿の部屋まで移動する。お茶を入れて落ち着いたところで私は二人に爆弾を投げ掛けてみた。
「お二人は何処の出身なのです?というか、元日本人ですよね?」
「え…?」「は…?」
私の問い掛けに二人は呆けてしまう。たっぷり十数秒が経過した後、アレフ君が頭をガリガリと掻きながら口を開いた。
「まさか、”三人目”とはな。」
「こりゃ、もっといるんじゃない?」
この反応は当たりと見るべきだろう。なら、信頼を得る為にも私から自己紹介するべきね。
「驚かせてごめんなさいね。私は日向里美。以前は小学校で教師をしていたわ。」
「おや、先生でしたか。私は大和飛鳥。前の職業は女子高生です!」
「今川義経だ。戦国武将みたいな名前だけど、生前は多目的業種の派遣社員だ。」
私達は改めてよろしくと握手を交わす。
大体の年齢が分かるのは、アリス――飛鳥さんだけか。なら、この際、私の年は誤魔化しておきましょう。うん、35歳とか言ってもアレでしょ。
「先生、旦那さんとか心配じゃないですか?」
「え?……わ、私は独身だったから平気よ!後、先生は止めてくれる?この見た目なんだから!」
「なら、喋り方をもう少し幼くした方が良いんじゃないか?今の喋り方だとなんつうか、変に貫禄があるって言うか、オーラを感じると言うか…、ぶっちゃけ、俺より年上って感じがするんだが?」
うっ…!?
「ツネって31歳だったっけ?それより年上ってなると、まさかのアラフォーだったりして?」
「ぶふぅ!?」
言い当てられてしまい、私は飲んでいたお茶を思わず噴出した。
「あー、ごめんなさい、先生。じゃなかったリタちゃん。これからは子ども扱いするから!」
それもそれでイヤなんだけどー!?
「年齢ネタはタブーか。っていうか、道理で俺の本能が食いつかなかった訳だな。やっぱりロリっ子は純真無垢じゃないとな!」
こっちはこっちで……。まぁ、変な目で見られるよりはマシね。
「はあ…、話を戻して良いかしら?」
私がそう問い掛けると、二人は揃って頷く。
「それで、二人に相談したい事なんだけど。」
「もしかして、一緒に旅をしたいとか?」
「ああ、米や醤油に食いついてたし、ここの食事を考えるとなー。」
「話が早くて助かるわ。御願い出来るかしら?」
「そりゃ良いけど、条件はあるぜ?」
「…何?」
条件って、まさかリタの体を狙って!?
「その口調直して、先生。せめて、さっきまでぐらいの口調で。今の先生は本当に”先生”って感じがするし、目立つよ其れ。」
「ああ、完全に大人の女性だわな、其の口調がポロっと出ないようにしてくれれば同行は構わない。なんていっても同郷の仲間だしな。」
「確かにそうねっていけない!油断してた、これからは気を付けるね。」
私が口調を戻すと、二人は私に向かってサムズアップをしていた。アレフ君、疑ってゴメンね。
「あーでも、ギルドだともうちょっと硬かったから、この町を出るまではあまり変えられないと思う。」
「まぁ、それは追々で。」
「分かった、じゃあ、ご飯に行きましょう?じゃなかった行こうよ。」
う、うーん、難しいわね。この二人が同郷だと認識しちゃった所為か、ついつい昔の口調が出てしまうわね。これはリタ本来の喋り方を思い出しながら実戦していきましょうかね。
そんな事を考えながら、部屋を出て行こうとすると、アレフ君に腕を掴まれた。
「何処行くんだよ、飯食うなら此処で良いだろう?」
「え?部屋で?」
ルームサービスとかかしら?
「アレフ準備よろ~。」
「あいよ。」
アレフ君は窓を開けて椅子に座る。そして、何故かフライパンを持ったアリスさんがいた。
「お昼は昨日の残りで良いよね?あ、アレフ、パンを切っておいて。」
「ほいほい。」
アレフ君は箱の中からパンを取り出すと、音もなくそれを両断する。
今のは風の魔法とかかしら?って事はあのフライパンの意味って…。
「火御願い。」
アリスさんがそう言うと、彼女の前に火の玉が現れる。そして、其の上にフライパンを移動させてとろりとした液体を垂らす。
「油?」
「そ!植物油なんだよー!」
アリスさんが油を入れ終わると、フライパンの下の炎が力強く輝く。どうやら火力を上げた様だ。
暫くするとアリスさんは、左腕だけでフライパンを支えながらテーブルの上に乗った箱から、何かを取り出す。そして、それを油が入ったフライパンに入れる。
ジュワー!
その音に私は目を見開く。最早懐かしいとまで思える揚げ物特有の音。
これ絶対美味しい奴だわ!?
ふとアレフ君の方を見ると、彼は半分に切られたパンの上にレタスを置き、白っぽいクリーム状の液体を付けていた。
「って、マヨネーズ!?衛生管理とか大丈夫なの!?」
自家製マヨネーズは良いんだけど、卵の衛生管理は難しいのよ?というか、生食できる日本が異常なんだからね!?
「大丈夫だ、そのあたり抜かりはねえ!」
「私、調理師目指してたので管理ぐらいは出来ますよ。勿論卵自体も選別してアレフが作った簡易冷蔵箱で保管してますし。」
調理師志望!?じゃあ、これからはアリスさんに頼めば美味しい食事にありつける!?
「アリスさん 貴方は女神ね…!」
「そっか、食の女神だから、ふと…ってあっちぃ!?油飛ばすな!」
「余計な事言ったから罰が当たったのよ!さて、仕上げ~。」
アリスさんは楽しそうに、揚げた肉をバットに移していく。そして、其の上に赤い粉末を振り掛けた。
「って!?香辛料じゃない!?高いのよ!?それ!?」
「大丈夫だよ、実家を出る時に大量に買い込んだから!」
「実家って…。え?大商人だったの?」
「いや、貴族だよ俺達。俺は廃嫡された伯爵家の長男で、アリスは家を出た子爵家の末娘だ。」
「ナニソレ!?貴族生まれとか羨ましい!」
貴族の元令嬢とか絶対婚活に有利じゃない!?あーそういえば、二人とも体型は少しアレだけど、顔は滅茶苦茶整っているのよね!悔しい!
「良い事ばかりじゃないよ。うちは騎士の家系だったから滅茶苦茶厳しかったし。さぁ、出来たから食べよー!」
ドン!と更に乗せられたのは、肉厚の鶏肉を挟んだサンドイッチ…というかチキンバーガー?
「「「いただきます!」」」
私は内心ドキワクしながら、齧り付く。粉末唐辛子を振り掛けられた揚げ鶏はレタスの水分とマヨのお陰で辛さがマイルドとなり良いアクセントになっている。
「はああああああああ。」
今の私はきっと、飯の顔をしている事だろう。転生してから始めて食べる美味しい食事に私の気持ちは幸せに満ち溢れていた。
これから私達は米や醤油、更に未知なる美味を目指して旅立つ事になるんだろう。そう思うと、口元が緩んでいく。
「じゃあ、食べ終わったらギルドに戻ろう!リタちゃんの引き抜きも説明しないといけないしね!」
「うん、御願いね。あ、後私の保護者はアレフ君になるわね。其処に関してもこれから御願いするわね。」
「あいよ。」
こうして私は、アレフ君アリスさんと共に行動する事になった。
私個人としては、純真無垢なロリっ子より、一見丁寧な口調だけど、毒を吐き時に煽ってくる様なクソガキちゃんの方が好きだったりします。更に言えば、そんな性格で実は寂しがりやで偶に甘えてくる様なロリが!!?>病院に行け。
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