界境の市 (丸米)
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The Skilled

息抜き用の思い付き連載。
もう二つのワートリの連載と並行してゆっくりやっていくつもりです。


 父は、昭和を彩った映画が大層好みであったらしく。

 特に武侠ものが非常に好みという事もあり。

 その様相を色濃く引き継いだ名前が、僕の名前です。

 

 勝山市。

 この名前についての解釈は様々あるでしょうが、割愛させていただきます。あはは。

 

「いいですか、太刀川さん」

 さて。

 どうしたものでしょうか。

 

「僕は、第一の刺客です」

「ふむん。刺客と来たか」

「ええ。そうです。僕は刺客です。──貴方にレポート課題を大学に提出させるための。しかし僕はことさら気が弱いのです。太刀川さんがその意思を貫徹するとあらば僕は身を引かざるを得ません。ですが。刺客は僕だけではありません。第二、第三の刺客がここに到来するのです!」

「ほほぉ。そいつは誰だ?」

「考えられるのは......まずは風間さん辺りですね。あの人は非常に冷徹です。冷酷ではないですよ。冷徹です」

「どう違うんだ?」

「残酷な冷たさではない。私情を抑え、やるべきことに徹することが出来るという意味での冷たさを持っている。風間さんという人は、そういう人です」

「お前は風間さん大好きだなぁ」

「何を言いますか。僕は好き嫌いで言えば太刀川さんも大好きですよ。いつまでもそのままでいてもらいたいと思っています。ただ.....」

「ただ?」

「大好き故に、こんなたかだか3000文字程度のレポートの為に一年を棒に振るような愚行をしてほしくないのです」

 

 そうです。

 僕は第一の刺客です。

 第二の刺客が風間さん。第三の刺客が根付室長か鬼怒田室長辺り。そして最後の刺客が忍田本部長でしょう。

 僕は太刀川さんよりも大きく年下ですし(高校一年生です)、あまり人に強く言えるような性格でもないですし、今こうしてレポートの催促をする人間としては最も軟弱です。

 頼みます。

 太刀川さん。

 僕は貴方の事を尊敬しています。同じ攻撃手として本当に凄いと思っています。

 だからこそ。

 そんな貴方がボーダーのタコ部屋に押し込められて周りの人からなんのかんの言われながら嫌々文字を埋めていく作業をやらされている未来にただただ悲観しているのです。

 

「そんな事より、ランク戦しようぜ勝山」

「そのレポートを終わらせてからです。後でいくらでもお付き合いしますから」

「頼む! 一本でもやってくれたら、やる気も出る! 十本勝負一回。これ一回きりだから」

「本当ですか。本当に一本でちゃんとレポート書いてくれるんですね?」

「本当本当。マジだって。だから頼む。な?」

 そうなのでしょうか? 

 いえ。

 太刀川さんにとってランク戦をする、という行為はある意味では食事のようなものなのでしょう。

 人生における至福の時であり、そして日常であり、与えてやらねば飢えて乾くもの。

 そういう、人生におけるかけがえのないものを奪ってしまっていることを自覚しておりますし、申し訳ないものとも思っているのです。

 ですが。

 今この段階において絶対に引いてはならないのです。妥協してはならないのです。この人の為にも、心を鬼にしなければならないのです。

 

 でも。

 一本だけなら。

 これから苦行に歩む人に恵みのミルクを与えるような、その程度の喜びなら。与えてもいいのではないのかと。僕の心は非常に迷っています。どうするべきなのでしょうか。

 

「わ......解りました」

 本当に。

 僕は押しが弱い。

 結局押し切られてしまう。

 

「一本.....だけですよ?」

 

 勝山市。

 心を鬼にする事が出来ない、甘い男なのでした。

 

 

 ボーダーという組織があります。

 細かい事を言えば色々言える事はあるのですが、敢えて一言で言うならば。

「異世界からの侵略者と戦うために設立された組織」です。

 

 僕が住んでいる三門市という場所には──「近界民」と呼ばれる異世界人からの侵略を現在進行形で受けています。

 三年前。

 三門市は、戦火に包まれておりました。

 突如として『門』から現れた化物はまるで怪獣映画のモンスターのよう。

 あらゆる兵器による攻撃も意味はなさず。

 ただ、あらゆる人々を攫い、そして死に追いやった忌まわしき事件です。

 県外からやってきた僕のような人間でも、テレビでその様を何度も見ていました。

 

 それから。

 三門市は大災害の後に幾らかの復興を果たしましたが──それでも散発的な近界民からの侵攻は受けています。

 

 

 トリオン、というエネルギーが存在します。

 それは僕ら人間の中にある、肉眼では見えない器官から供給される器官によってもたらされているらしく。

 近界民と呼ばれるその化物たちは──そのエネルギーにより侵攻を行い、そしてそのエネルギーを狙い人を攫って行きます。

 

 ボーダーという組織は。

 そのトリオンという技術を応用し武装化した人員とそれによって形作られる換装できる肉体を用いて、異世界人からの防衛を行うために設立された民間組織です。

 

 そして。

 僕はそのボーダーの一員です。

 

 大いなる夢と希望、そしてちょっぴりの正義感。

 それだけを胸に、日々研鑽を積み重ねる数ある隊員のうちの一人です。

 勝山市。

 僕にとってボーダーという組織は。

 本当に。夢と希望そのものなのです。

 感謝しかありません。

 だからこそ。この組織の為に尽力をしたいと、そう心から思えるのです。

 

 

 結局。

 10本勝負に付き合う事に。

 後で風間さんに怒られやしないかびくびくしながらも、とにかくこの十本は全力でやらねばならないです。手を抜いてやる気を削いでもいけませんから。

 訓練ブースに入り。

 すぅ、と息を吸い込み。

 吐く。

 

 太刀川さんとの戦いは、やはり緊張します。

 この人に対しては、本当にどう戦えばいいのやら解らない。

 

 太刀川慶。

 この方はボーダーにおける文字通りの最強のお方です。

 

 誰よりも戦いを積み重ね。

 誰よりも勝ち続け。

 誰よりもその強さの証明をしてきた。

 

 その果てに、積み重ねた功績に比例して与えられたり没収されたりするポイントを誰よりも保有している方です。

 

 負けるつもりで相対はしません。

 されど、敗北そのものは覚悟をして臨まねばなりません。

 

 では。

 

「──勝負の合図はどうする?」

「お互いが構えて、静止したタイミングで」

 

 構える。

 ボーダーから与えられる、武装である『トリガー』

 その一つである──近接型のトリガーである弧月を握る。

 

 弧月は、日本刀に近い形態をしたトリガーです。

 

 それを。

 僕は左手で鞘を握り、自分の身体の前に持っていきます。

 そして体軸を斜めに置き。逆手に柄を握ります。

 

 これが。

 僕の構え。

 

 吸いつく柄の感覚が、頭を少しずつ冷やしていく。

 その冷たさが全身に駆けた時。

 それが──僕にとっての鉄火場の思考が出来上がる瞬間。

 

「それじゃあ──いくぞ」

 眼前の男は、変わらぬ笑みを浮かべて。

 駆けた。

 

 握り込んだ柄口。

 そこから放たれる斬撃。

 

 全てが、鋭い。

 

 襲い来る斬撃と僕の間に防御用トリガーのシールドを張る。

 刃がそこに通った瞬間。

 シールドは砕ける。

 弧月の斬撃は、あらゆるトリガーの中でも最高クラスの威力を誇る。シールド一枚で防げるものではない。

 それは織り込み済み。

 今ここにおける斬り合いにおいてシールドは斬撃のスピードを鈍化させる以外の意味はない。

 

 瞬間、太刀川さんに肉薄する距離を、踏み込む。

 シールドを砕く瞬間。

 逆手に握った柄を下段に降ろし、鞘を握った左手を跳ね上げて。

 すれ違いざまの、一撃。

 

 握る弧月は。

 鞘から出た瞬間に、その『形状を変える』。

 踏み込んだ至近距離に合わせ刀身が変化した弧月を、太刀川さんの腹部に振り下ろす。

 

 太刀川さんはそれを見越したのだろうか。

 斬撃と共に行使した右足の踏み込みの力を横方向に向けステップし、斬撃の軌道から身を捩り避ける。

 

「──やっぱり速いな。お前のそれ」

「これだけが僕の持ち味ですから」

 

 太刀川さんの腹部から漏れ出すトリオン。

 読んでいたであろうが、それでも避け切れなかった証を刻む。

 

「だが」

 

 捩じった体軸から。

 太刀川さんは捩じる方角から更なる斬撃を放つ。

 ステップし随分と開いた距離。

 それを埋め合わせるように、刀身が『伸びる』。

 

 ここで。大きく回避をしてはならない。

 最小限。

 最小限だ。

 

 太刀川が弧月を振りぬくスピードを想定し、『伸びる』斬撃の先端位置を読み取る。

 

 ぶしゅ、と。

 太刀川さんと同じく、腹部からトリオンが噴出する。

 

 さて。

 ここからだ。

 

 太刀川さんは二刀。

 両手に握るその刀が、武器。

 対する僕は一刀。

 

 この差が、この距離の中で。

 著しい差を生み出す。

 

 二刀が繰り出す。

『伸びる』斬撃の連撃。

 トリガーの中でも最強の威力を誇るその斬撃が、間断なく襲い掛かる。

 手数豊富な、必殺の一撃。

 その雨あられを紙一重を維持しつつ何とか避けつつ、その連撃に身をねじ込める隙を探す。

 

 斜めの体軸に。

 逆手に握った弧月を背中側に置く。

 斬撃を放つタイミングを、相手に悟らせてはならない。

 

 一つ、斜めに足を運ぶ。

 応じた一刀の斬撃が足元に襲い来る。

 くるり身を翻し、背中を見せながら──そこから斬撃の中に身をねじ込む。

 肩口が斬り裂かれる。

 左手も飛ぶ。

 でも構わない。

 右手は生きている。

 太刀川さんは残る一刀で斬りかかる。

 

 それを。

 逆手の弧月の刀身で受け止める。

 

 ここだ。

 この瞬間だ。

 

 刀身が、変化する。

 受け太刀で止まったままの態勢。

 それが。

 ぬるり、と変化する刀身により──受け太刀状態から抜け出し、太刀川さんの首元向けて、一撃をお見舞いせんと振り下ろす。

 

「残念」

 

 が。

 その刃が素っ首に到来するその寸前。

 体軸を下に置いた太刀川はそれを当然のように避け。

 

 僕の腹部に、その刀身を突き立てた。

 ──戦闘体、活動限界。緊急脱出。

 トリオンで形成された僕の戦闘体が。破壊されると同時に換装が解かれる。

 そして──トリガーに格納された僕本来の肉体は、ブース内のベッドまで飛ばされるのでした。

 

 

「──お前って、誰か師匠いたんだっけ?」

「いえ。いませんよ」

 結局。

 僕は太刀川さん相手に二本のみ取るだけで、完敗を喫しました。

 

「面白い戦い方だよな。──鞘と身体で刀を隠して幻踊で間合いを変えて初撃を撃ち込む。中々できる事じゃない」

「そうでもしないと、怪物揃いの攻撃手の方々には勝てませんから」

 

 僕の戦い方は。

 いわば対人に特化した戦法と言えます。

 

 トリガーには二種類あります。

 メインとなる武装トリガーと。

 その補助をするオプショントリガーです。

 

 武装トリガーには僕や太刀川さんが使う弧月をはじめとした「攻撃手」用のトリガーをはじめ。

 突撃銃をはじめとした「銃手」用のトリガー。

 トリオンを空中でキューブ上に形成し、それを直接敵にたたき込む「射手」用のトリガーや。

 遠く彼方から敵を撃ち抜く「狙撃手」用のトリガー。

 

 等々、あります。

 その中で僕は攻撃手用トリガーの「弧月」を選び、それをメインに戦いをしております。

 

 して。

 

 オプショントリガーと言うのは、対象を攻撃するのではなく『武装や装備者の補助』を目的としたトリガーです。

 その中で、弧月を使う上で非常によく使われるオプショントリガーは、旋空と呼ばれるトリガーです。

 

 これは弧月の刀身を伸ばし、斬撃の範囲を広げるためのトリガーです。

 これは太刀川さんも積んでいるトリガーであり、弧月を使う攻撃手は積まない方が稀でしょう。距離を詰めなければならない攻撃手にとって、距離を延ばせるこのトリガーはとにかく利便性が高いのです。

 

 僕はそれに加え。

 幻踊、というトリガーを積んでいます。

 これは旋空とは逆に、使い手が非常に少ないトリガーで。僕が知っている限りですと二人程度しかいなかったように思います。

 

 これは。

 弧月の刀身を変化させることが出来ます。

 刀身を横長にしたり。逆に縦長にしたり。刀身を伸ばすのが旋空だとしたら、こちらは刀身を変化させる。

 

 僕は基本的に。

 鞘で刀身を隠し、相手との間合いを図り──初撃を叩き込むという手法でB級まで上がってきました。

 

 対攻撃手を想定した際に。

 相手と相対する距離によって幻踊で刀身の形を変え、一番的確な長さに調整する。

 また弧月使い同士で鍔競りが発生した時や、シールドを張られた際も。幻踊を的確に使用すればすり抜けさせる事が出来ます。

 接近すれば、幻踊。

 距離が空けば、旋空。

 これにより。

 旋空か、幻踊か。

 相対する相手に二択を迫り、その上で防御不能の一撃を形成する。

 

「風間さんも太刀川さんも。どちらもとんでもない攻撃の密度と手数を持っているじゃないですか。僕は手数じゃ勝てませんから」

 

 故に。

 一撃に重きを置いたスタイルが出来た。

 

「太刀川さん。満足していただけたでしょうか?」

「ああ」

「ではレポートに取り掛かっていただきますようよろしくお願いします」

「ああ。──ちょっと待って。あそこに米屋がいるじゃないか」

 訓練用ブースの手前。

 髪を束ねるカチューシャと、常に貼り付けられている笑みが特徴的な隊員──米屋陽介君の姿があります。

 太刀川さんは彼を見かけると、声をかけようとします。

 いけません。

「待ってください。約束だったはずです。僕と十本勝負をしたらレポートに取り掛かるって」

「何もランク戦しようって話じゃない。ちょっと話を聞こうとしているだけだ」

「いえ。このパターンを僕は存じております。このまま世間話をするままに個人戦を行うつもりでしょう。約束を守ってください」

「そんなことしないさ」

「申し訳ありません。信用できないです」

 

 個人戦という餌を前にすれば、この人は口が利ける野良犬と同様だ。

 餌を前にして「我慢できるから餌の前まで連れて行け」と言われ信用する人間がいるだろうか? 僕は出来ない。

 

 僕は太刀川さんを羽交い絞めにしつつ、そのまま訓練ブースの外に引っ張り出そうと画策します。

 逃がさぬ。

 

「──何をしている」

 さて。

 そんな光景の前に。

 

 意図せぬ──第二の刺客が現れた。

 あ、と。

 僕も太刀川さんも、声を出したのでした。

 

 眼前に。

 小柄ながら、凄まじい冷気と威圧を誇る、風間蒼也隊長の姿がありました。



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チャレンジャー

 かつて。

 一本のバットに人生を賭けていた時期があった。

 

 僕は、僕が生まれた頃にはもうメジャーリーグに行っていた一人の日本人選手が好きで。

 毎日のようにバットを振って。

 毎日のように泥まみれになって。

 毎日のように、ボールを追いかけていた。

 

 体格にそれ程恵まれていたわけではなかった。

 力もそれ程。

 そして特別足が速いわけでも、なかった。

 

 ただ一つだけ。

 動体視力。

 それだけは、非常に長けていたと思う。

 

 守備に就くと。

 バットとボールがくっ付くその瞬間には、何処にボールが飛んでくるかを判断できた。

 

 バッターボックスに立つと。

 相手ピッチャーの投球動作から、ボールが投げられるタイミングとその軌道を想定できた。

 

 リトルリーグにいた頃に、二期連続でリーグ首位打者を取ったことが小さな誇りだったりもした。

 

 将来。

 プロ野球に挑戦するつもりだった。

 どれだけ体躯に恵まれていなかろうが。

 それでも身体を大きくして。

 自分の才能と努力で。

 いけるところまで。

 

 その夢は断たれる。

 

 足の靱帯回りの骨が変形する難病に罹患し、もうまともに練習すら参加できなくなったが故に。

 

 走るごとに骨が軋む。激痛が走る。

 定期的に手術を行い、何とか日常生活は送れているが。もう走る事は禁止されてしまうほどの難病であった。

 

 それにより。

 野球を断念せざるを得なかった。

 

 

 何をしたかったのだろう。

 自分の人生は。

 才能がなくて諦められるならばよかった。

 いけるところまで、いきたかった。

 いけるところまで。

 でも僕がいけるところはここまで。

 そう病によって告げられた喪失感を。まだ自分の才能も努力も追いついていない時期に味わわされて。

 

 そんな時だった。

 ボーダーからスカウトが来たのは。

 

 僕がスカウトされた理由は。比較的高いトリオンと、そしてその上で病気で野球を止めた過去にあるとスカウトの人が言っていた。

 トリオンというエネルギーは未知な部分が多く。

 その研究が進むごとに、医療に応用できるかもしれない。

 その結果として──君の病気もまた治せるかもしれない、と。

 僕は。

 僕の人生に。僕が病にかかった事にも。

 意味を与えてあげたいと、その時に思った。

 ただ僕という人間に絶望を与えただけじゃなくて。

 この絶望が──また次の希望に、繋がってくれるなら、と。

 

 僕は。

 ボーダーがもたらした技術により──もう一度全力で走ることが出来る体と。

 そして、僕がボーダーにいることによって集められたデータが、将来に役立つかもしれないという夢と希望と。

 そして、純粋に市民を守る為の正義感と。

 それらを手にした。

 

 だから。

 ここにいる。

 

 

 

 はい。

 もうその後のお話なのですが。

 

 アレですね。

 悪ガキを納屋に叩き込む要領ですね。

 

 容赦のない腹パンから流れるような襟掴み。まるで襟締めの如く太刀川さんの衣類を捻り上げ、そのまま風間さんは太刀川さんを訓練ブースから引き摺りだしていったのでした。まる。

 何故太刀川さんが大学に行っているのか? 

 僕にとって七不思議と同様の謎に包まれている事象なのでした。

 

「おい、勝山」

「はい。どうしましたか、米屋君」

「さっき太刀川さんがいた気がするんだけど、何処にいった?」

「気になります?」

「おう」

「一緒に行きますか? ──ちなみに風間さんに連行されました」

「......南無」

「そろそろ僕等も中間テストですが、準備は進んでいますか?」

「そんなもん知らねぇ」

「知らない....」

 

 知らないとは? 

 知らないとは何でしょう。

 記憶がないのでしょうか。

 随分と都合のいい記憶です。

 

「そんな事よりも大切な事がある。ここは訓練ブースだ」

「はい」

「何のためにある」

「訓練の為ですね」

「だぜ。俺達は訓練をしなければならない。だろう?」

「勉強してください」

「ちぇ」

 

 この人もきっとアレでしょう。太刀川さんと同類の人間でしょう。

 

 米屋陽介。

 彼はA級隊員です。

 

 ボーダー内にはランクがあります。

 下から、C、B、Aと。それぞれ三段階。

 C級は訓練生です。ここで訓練や個人戦を通じてポイントを積み重ね、一定の値まで行けばB級隊員となります。

 B級からが正隊員です。ここではじめて給与が発生し、そして防衛任務が発生します。給与は完全出来高制です。

 そして、A級。彼等は本当に一握りの隊員によって構成されます。B級隊が昇格をしA級に行くか、それともA級隊からスカウトされることでA級になります。要はA級部隊に入れれば、A級になれます。

 

 彼はA級7位三輪隊の攻撃手です。

 A級になれば様々な特権が得られる事が出来るようで。

 既存の武装をチューンナップし、自身の適正に合わせて戦うことが出来ます。

 

 そんな彼は。

 弧月を改造し、槍型にして戦っております。

 

 戦いが楽しくて楽しくて仕方がないのでしょう。訓練ブースで一日見かけない日はほとんどない位に。

 僕も個人戦は大好きなのですが、この方のそれは本当に筋金入りです。

 

「そんなお前は大丈夫なのかよ」

「大丈夫ではないので、こつこつ日々勉強しているんです」

「俺とは違うな!」

「勉強してください」

 ボーダー提携校で隊員が留年の憂き目に遭うなど、根付さん辺りが大いに頭を抱える案件だろう。あの人多分毎日胃痛で死にかけているでしょうから、これ以上悩みの種を増やさないでいてあげて下さい。

 ちなみに僕の成績は、そこそこまあまあといったところ。別段文句は言われない成績をキープしております。

 

「──でさ」

「はい」

「今年の新人、見たか?」

「噂には聞いていますね。本当に凄いと」

 確か。

 木虎という名前の女性隊員が久しぶりの逸材だと。すんごく嬉しそうに嵐山さんが大はしゃぎしていた覚えがある。彼女は確か、つい先日B級に上がったと聞きました

 

「毎年入ってくる隊員のレベルが高いですね。僕が入隊した時期ですと、奈良坂君や歌川君、照屋さんが大いに目立っていましたし」

「新人王争いめちゃくちゃ盛り上がってたなぁ、あの時」

「僕は蚊帳の外でしたね」

「お前がB級に昇格したの、結構後だったもんな」

 はい。

 そうなのです。

 僕は今の戦い方を定着させるまで、割と長い期間下積みを続けてきました。

 最初のうちの僕はハウンドや射撃トリガー持ちの方々のいいカモでした。C級時代の労苦を思い浮かべると、シールドが存在する今の環境のありがたさが身に沁みます。

 B級以上はメイン・サブ合わせて八つのトリガーを持てますが、C級は一つのみ。弧月を装備すれば、それ一本で戦い抜かなければなりません。当初の僕は、弾幕を避けながら相手に肉薄する手段を持っていませんでした。

 ただ。

 その労苦があったからこそ、可能な限りシールドを使用せずに射手・銃手に肉薄する思考する癖が身に付きましたので、無駄とは思わないのですが。

 

「新人.....まあ普通正隊員になってから一年もたっていない僕なんて本来ならまだ新人の括りでしょうけど」

「出来てからまだ数年しかたっていない組織だしな、ボーダー」

 

 ボーダーは三年前の近界民による大規模侵攻から発足した組織です。

 その歴史の浅さたるや新興ベンチャー企業もかくやとばかりであり、たった数年でここまで巨大組織となった訳です。何処からお金を引っ張ってきているのでしょう。一時期ここは本当に悪の組織ではないのかなどと好き勝手C級で噂が立っていたのを思い出します。

 

「お前これからどーするの?」

「訓練ブースをぶらぶらして、ちょっと本部の技術室に行って、夕方から防衛任務ですね」

「お、防衛任務。今回お前はどこと組むの?」

 防衛任務は基本的に隊ごとに行います。

 どの隊にも所属していない僕は、自然とどこかしらの隊に組み込まれて行う事となります。

 

「今日は照屋さんにお呼ばれしまして、柿崎隊ですね」

「お。同期からのお誘い」

「はい。同期からの誘いです」

 

 照屋文香。

 全く同じ日に入隊した、一つ年下の同期です。

 彼女は、こう、何というか。

 お嬢様として培った教養と、生まれながらに持っている行動力とバイタリティで物事を大いに推進させる能力の凄まじさが合わさり、多分無敵なんだろうなぁと。そんな風に思っていました。

 かつて。

 B級に上がったらどうするか、という話題があり。

 僕は暫く個人戦で腕を磨くつもりだ、と伝えたら。

 彼女は──柿崎先輩が結成する隊に入隊するつもりだ、と自信たっぷりに言っていた。

 そして彼女はとんとん拍子にB級に上がると、実に当然のように柿崎隊に入隊したというではありませんか。

 ちなみに。柿崎先輩とは全く面識がなかったにもかかわらず入隊理由が「支え甲斐がありそうだから」。肝が据わっているとか、そういう次元のお話を綺麗にかっ飛ばした怪物の如きメンタリティを誇る女性です。

 

 憧れか好意か、それは多分まだ本人も解っていないのでしょうけど。

 本当にとんでもない人でした。

 

 何だか妙に気が合い、よくよく個人戦にも付き合ってもらっていました。その意味では本当に感謝している人の一人です。

 

「それじゃあ、また今度」

「おうよ。俺もこれから個人戦の約束があるから」

 

 さて。

 どうしたもの、と僕は個人戦ブースを見て回ります。

 

「──あ」

 丁度ブースから。

 一人の女性が出てきました。

 確か、あの方が──最近噂の怪物新人の木虎さんでしょうか。

 ブースから出てきたものの、少し憮然とした表情を浮かべています。

 どうしたのでしょうか? 

 対戦ブースから、別な人が出てきます。

 

「あ、歌川君」

「お久しぶりです。勝山先輩」

 そこには。

 同期の歌川君の姿がありました。

 

「個人戦ブースに来るの、珍しいですね」

「割と来てますよ?」

「ほら。風間隊はよくよく上から仕事を振られるじゃないですか。──ところで、今戦っていたのって」

「ええ。最近噂の新人の銃手です」

「木虎さんですね」

「はい。──強かったですよ。こちらも、三本取られました」

「歌川君からですか? それは凄い!」

 

 歌川遼。

 彼は現在A級3位部隊である風間隊所属の万能手です。

 カメレオンと呼ばれる隠蔽トリガーを用いた近接戦が主体の隊であり、その一員である歌川君もまた相当な実力を持った人材の一人です。

 そんな中三本を取ったという。

 新人という枠を取っ払ってなお、素晴らしい成果です。

 

「──何も凄くはありません」

 

 その何気ない会話が。

 気に入らなかったのだろう。

 

「──負けたんですから」

 

 木虎藍は実に悔し気な表情を浮かべ。

 その場を去っていった。

 

 それでも。

「凄いですね」

「ええ」

 

 かける言葉は変わらない。

 この状況で悔しさを味わえる負けん気が。

 やはり凄いと。

 そう思えるのでした。

 

 

 僕は自身の身体のデータを、定期的に技術室へと提出します。

 トリオン研究の一環として、トリオンを使用していることで、難病を患っている僕の肉体がどう変化しているのかを技術室が調査しているからです。

 月に一回程度。

 難病とはいえ、別段命に係わる事でもありませんし。

 調査をするには、かなりお手軽なサンプルだったとの事です。

 

「あら。こんにちは、勝山君」

 

 丁度。

 同い年のB級隊員の方も技術室に来ていたようです。

 

「こんにちは、那須さん。あ、サンプルデータの提出ですか」

「うん。勝山君もそうみたいね」

 

 那須玲。

 B級那須隊の隊長を務める、大変整った顔立ちをされている方です。

 彼女もまた、病を患っている方です。

 僕の場合は歩行に障害が出ているだけで、日常生活を送る分にはさほど問題はありませんが──彼女の場合、本来ベッドから出る事すらとても困難な程に病弱な身体を抱えている。

 それ故に、トリオンを応用しての医療研究の為に入隊したという、僕とかなり似通った経緯でボーダーに入ったという事です。

 

「身体の調子はどうですか?」

「単純に、気力が湧いてきている分だけ元気になっている気がするわ」

「隊を作ったからですね。順位も中位まで上がってきましたし、これからですね」

「うん」

 

 那須さんはニコリと微笑みながら、そう言う。

 以前は割とクールな方だと思っていたのですが。

 この人は基本的に、チームメイトの話をしている時には割と表情を崩すのだな、という事が最近解ってきました。

 

「あ。あとこの前くまちゃんから貰った桃缶。あれ、勝山君からって言ってたわ」

「はい」

 僕の地元は桃が名産でして。桃を加工した商品が非常に豊富なのです。

 その事を、彼女のチームメイトである熊谷さんに話した後、何故か桃ではなく桃缶を非常に欲しがっていましたので、両親に頼んで送ってもらいそのまま手渡したのです。

 成程。

 那須さんは桃缶が好きなのか。

 

「私、桃缶好きなの。ありがとう」

「よかったです。それなら、また送ってもらって、熊谷さんにお渡ししますね」

 

 人は。

 好きなものを話すとき。

 表情が朗らかに崩れる。

 それを見ることが出来たので。

 今日は、いい日になりそうです。



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Self Control

今作はちょっとずつ恋愛要素も入れていこうかと。はい。


 恋情と親愛。

 その間には確かな差があるのだと思います。

 恋情はどんなものでしょうか。

 僕個人としては未だ体験していない感情ですのでそういう意味での主観的情報として記すことが出来ないのが実に残念ではありますが。

 ただ自分なりの解釈を申しますと、恐らくは「自己主体」の感情であると解釈します。

 もっと踏み込んで言うのならば。

「自己の幸福の為」の感情であると。

 

 誰かを好きになる、という一つの現象から。

 好きになった誰かを自分が手にして独占したい。特別な存在でありたい。

 そういう感情。

 

 では親愛はどうでしょうか。

 親愛は僕でも理解できる感情です。

 要は「他者主体」の感情。要は「他者の幸福の為」の感情です。

 好きな誰かに幸福になってもらいたい。

 この感情に関しては男女関係ありません。僕であれば好きな友達も両親にも幸せであってほしいと願っていますから。

 

 ではでは。

 照屋文香という人にとっての柿崎国治という人に向ける感情とはどのようなものなのでしょうか。

 彼女は言う。

 柿崎先輩は実に「支え甲斐のある人」だと。

 解釈に悩みます。

 支える、という言葉は柿崎先輩に向けられた他者主体の言葉でありながら。

 甲斐、という言葉には自己主体の言葉です。

 

 柿崎先輩のこの先の幸福を願っていることは間違いなくそうなのでしょうけれども。

 そこに自分が関わっていたという意思も確かに感じられる発言だ。

 

 という事を。

 素直に僕は照屋さんに告げました。

 

 未だ僕も照屋さんもC級時代だったときです。

 

 何というロックな人なのでしょう。

 

 何故ボーダーに入ったのか? 

 →柿崎先輩の事を支え甲斐がありそうと思ったから。

 

 僕にとってこれは、照屋文香という人物を知るうえで一番のパンチラインでした。

 

「はじめてです」

「何がですか? 勝山先輩」

「貴方のボーダーに入った理由です。特定個人に向けられた感情で、というのは聞いた事ないですね」

 

 照屋文香という女性は、お嬢様です。

 佇まいや身に纏う雰囲気には隠せない高い品位と教養が感じられますし、その所作一つ一つが実に洗練されているように感じられます。

 ですが。

 その品位だったり教養だったりを一切損なわぬまま、恐ろしいまでのバイタリティが同居している人物でもあるのです。

 恐ろしや。

 

「それとあの記者会見で嵐山先輩ではなく柿崎先輩をピックアップする人物も珍しい」

 かつて。

 柿崎先輩は、かつて嵐山先輩と共に記者会見をしておりました。

 その際──目立っていたのは嵐山先輩で、柿崎先輩は良くも悪くも「普通」な会見だった覚えがあります。

「そうでしょうか?」

「少なくとも私の周囲では照屋さんだけですね」

 

 現在照屋さんが所属している柿崎隊隊長、柿崎国治隊長は。

 とても気さくで、素朴で、何処を切っても隙の無い人格者です。

 その良さと言うのは、一般的な人が持つ優しさを集合させたような人で、付き合ってみてその素晴らしさに気付く類の人です。

 

 恐らく。

 その素晴らしさをきっと一目で、直感で理解できたのだと思います。

 恐ろしや。

 

「それを言うなら勝山先輩だって」

「はい?」

「何で年下の私にまで敬語を使うんですか」

「経験則ですね」

「経験則?」

「僕が元々野球やっていたのをしっていましたか?」

「そうなんですね」

「そうなんです」

「それがどうしたのですか?」

「基本的に、人によって態度を変える人は信用されないんですよ。僕、その時キャプテンをやっていまして」

「キャプテンですか」

「はい。──前任のキャプテンがとにかく部員に嫌われている人でして」

「ふむふむ」

「何でかな、って考えてみたら。結局人によって別な顔で接しているからだなって思ったんですよね。自分よりも立場が下か上か。この二点で思い切り態度を変える。そのくせ自分には甘い」

「ああ。それは嫌われますね」

「なので試してみたんです。自分に出来るだけの丁寧な言葉使いと態度で人と接してみようと。そうしたらビックリするほど上手く行ったんですよ」

「成程」

「結局尊敬できる人には、敬意を示して接すればいいのです。そしてどんな人でも、ちゃんとその人を見てれば尊敬できる部分は幾らでも見つかるんです。はい。これが僕が貴方に敬語を使う理由です」

 

 敬意を払われて気を悪くする人間はいない。少なくとも今までの人生で見たことはない。

 だから僕は誰にでも敬語を使う事を心がけています。

 払えるだけの敬意を払う。そして敬意と言うのはどれだけ払っても無くなることはない。素晴らしき無限の財産。無限にあるものはいつでもどこでも払い続けなければならない。

 

「まあ、でも僕がキャプテンをやれるのはよくてシニアリーグまででしょうね。高校野球のように、円滑な人間関係だけじゃなくて、毅然とした態度まで求められるキャプテンシーに関して僕は皆無でしょうし。だから、僕がどこかの隊に入る事になっても、隊長だけはやらないでしょうね。無理です」

「押しに弱そうですもんね、勝山先輩」

「はい。実に弱い」

「では押しに弱い勝山先輩」

「はい」

「柿崎先輩は押しに強い人に思いますか」

「一度しか会話したことがないので、その時の印象でしかないのですが」

「はい」

「弱いでしょうね。特に女性からの押しは弱い」

「それを聞いて安心しました」

 安心したみたいですよ、柿崎さん。

 よかったですね。

 これから貴方に猛烈な押しが始まります。

 

 そんなこんなで。

 照屋文香という女性と僕は不思議な友人関係を築いていたのでした。

 片やバイタリティ溢れるお嬢様。

 片やうだつの上がらない男。

 本当に不思議な事です。

 

 

「柿崎さんは」

「ん?」

「何か、こう、凄く充実している感じがありますよ」

 

 防衛任務が終わり、柿崎隊の隊室に戻ると同時。

 僕は柿崎先輩に、そう言いました。

 

「そうか?」

「はい。凄くスポーティーなイメージがありますね、柿崎先輩。熊谷さんとこの前バスケやっていたみたいじゃないですか」

 

 ピクリ、と。

 ほんの。

 ほんの少し、照屋さんの表情が変化している感じが。

 

 お。

 おお。

 

 ほほう。ほほお。

 

 もう少しだけ、探りを入れてみましょうか。

 

「熊谷さんとは、よく一緒に遊ぶのですか?」

「ああ。俺はスポーツは好きだからな。そういう意味じゃ、アイツとは趣味が合う」

 

 趣味が合う。

 成程。

 なーるほど。

 

「──そういえば照屋さんも、身体を動かすことは好きだと以前仰ってましたね?」

 

 さあ。

 照屋文香さん。

 私は私が出来る限りのパスを出しました。

 流すか受けるか──どちらだ!? 

 

「はい。トリオン体での訓練もいいですけど、やっぱり生身の身体で思い切り身体を動かすのもとっても気持ちいいですから」

 

 照屋さんが。

 チラリ、流し目で僕を見る。

 心得ました。

 

「おお、照屋さんもスポーツをされているのですね」

「はい」

「柿崎さんは隊で遊びに誘ったりはしないのですか?」

 

 いや、と柿崎は一つ断りを入れて。

 

「いやー。文香も虎太郎も、結構年が離れているからな.....。空いている時間は、同年代の友達と遊びたいだろうし」

 

 そう。

 ここです。

 柿崎さんは隊員を大事にしていますが、同時に多少なりとも遠慮がそこに存在しているのです。

 その本心を、この会話の中で提示させました。

 さあ。

 

「──いえ、そんなことはないですよ。時には、隊で遊びに行きたいです」

「俺もですよ、柿崎さん」

 照屋さんの発言。

 そして、それに続く巴虎太郎の声。

 

 流石です、照屋さん。

 投げ込まれた好機は見逃さない。素晴らしき人です。

 僕は照屋さんに、心の中からのエールを送ったのでした。

 是非とも色々と頑張って頂きたい。

 

 

「あ」

 防衛任務を終えると、僕は個人戦ブースにやってきました。

 他の攻撃手に漏れず、僕もまた個人戦は好物です。太刀川さんや米屋君のように他の全てをなげうつほどに入れ込んではいないというだけで。

 だから、本部にやってくると基本的にはここに常駐し、時間があれば積極的に個人戦の申し込みを行いますし、相手がいなければ近くのラウンジで課題をこなしつつ声をかけられるを待ちます。空き時間を課題に回せる容量があるかどうかで、ボーダー隊員の成績が決まると個人的には思っています。

 

「お久しぶりです、影浦先輩」

「......勝山か」

 

 そこには。

 もさもさとした髪と、獣のように鋭い目つきが特徴的な影浦先輩がおりました。

 僕を見かけると、ニカリと笑みを浮かべてこちらに寄ってきます。

 

「個人戦ですか?」

「誰かおもしれ―奴がいねぇか見に来ただけだ」

「おお。見つかりましたか?」

「あれを見てみろ」

 影浦先輩が指差す方向を見る。

 そこには、

「おお。──速い」

 そこには、一人の少女と、一人の少年が戦っていました。

 二人とも非常に小柄でありながら、その速さたるや。周囲の障害物すら自らの武器とし立体軌道をもってお互いに肉薄せんと競り合いを続けている。

 少女の方は弧月。少年の方はスコーピオンを使用しているようです。

「二人とも最近B級に上がってきたやつみたいでな。──中々動きがいい」

「あの動きが出来るのなんて、ボーダー全体を見渡してもほんの一握りでしょう。──今年の新人、本当に凄まじいですね。ここ最近B級に上がった方々全員、A級でも遜色ない」

「そりゃあ言い過ぎだろう」

「木虎さん。村上先輩。そしてあの二人──最近昇格した方と言えば、緑川君、黒江さん辺りでしょうか」

「さあな」

「して、ここでこうやって見ているという事は。あの二人の個人戦が終わり次第、申し込むつもりですか」

「おう」

「解りました。──影浦先輩。あんまり威圧しないようにお願いしますね」

「ああん?」

「ほらほら。そういう顔つきですよ。影浦先輩優しいんですから、もっとにっこり笑いましょうにっこり。ほら、にこ~って」

「.....チッ」

「はい、舌打ち頂きました。無理そうですね。では代わりに僕が交渉してきますので、背後で睨みをきかせておいてください」

 

 程無くして。

 少年と少女はブースを出てきました。

 影浦先輩を背後に、僕はゆっくりと近づきます。

 

「こんにちは」

「こんにちは!」

 近付き、挨拶をすると。

 少年の方が挨拶を返しました。

 はきはきとした、とてもよく通る声です。

 

「先程の試合凄かったですね。僕の名前は勝山市と申します。そして後ろで腕を組んでいるのが、影浦先輩です」

「影浦先輩って。あの......」

 少年は、少しだけ後ずさる。

 ああ。

 あの事件の噂を聞いているようですね。

 

「影浦隊隊長の、影浦先輩です」

「......何の用ですか?」

 少し警戒するように、少女が呟く。

 仕方がないとはいえ。

 少しだけ、悲しい。

 

 影浦先輩には。

 幾つか流れているうわさがあります。

 感情の振れ幅が大きく、不機嫌になるとC級にトリガーで攻撃する人間だ、だとか。

 ブチキレて上層部の人間に暴力を振るった、だとか。

 そういう類の噂。

 

 影浦先輩は。

 副作用と呼ばれる──トリオンを多く保有する人間に現れる、特殊な感覚を持っています。

 感情受信体質。

 影浦先輩は、そう呼ばれる体質を保有しています。

 自分に向けられた感情。

 それを探知する。

 穏やかな感情なら、緩やかに。

 憎悪や敵意といった激しい感情なら、鋭く。

 そういう風に。

 人の感情を、探知する。

 

 そこから、影浦先輩は様々な問題を起こしてきました。

 悪意には悪意で返す事で。

 その積み重ねの中で、暴力沙汰を起こし、そして隊務規定違反を繰り返してきた。

 それによって、更にうわさが広まり、そしてそれがまた影浦先輩への敵意を増幅させる。負のスパイラルです。

 

 僕は知っています。

 この人は悪意には悪意で返すけれども。

 善意に悪意を返す人では、決してないという事を。

 

 だからこそ。

 噂だけでこの人を判断してほしくはないのです。

 

 だから。

 ここでしっかりと伝えよう。

 

「影浦先輩が、君たち二人と個人戦をしたいみたいなんです。──純粋に、さっきの戦いで二人が凄かったから」

 

 訝し気な視線を向け続ける少女。

 その前に、──少年が立っていました。

 

「いいよ。受けて立つ」

 と。

 そう少年は告げました。

 

「じゃあ──俺と戦って」

 少年は影浦にそう言うと、にやりと笑う。

 

「ああん? 俺は二人同時で戦うつもりだったんだぜ。それ位してやらねぇと、ハンデにもなりやしねぇ」

「俺はそれでも一対一で戦いたい。──たとえボロ負けになっても」

「ケッ。──後悔すんじゃねぇぞ」

 台詞に反して、笑みを浮かべる影浦先輩。

 どうやら──少年から自分に発せられる感情がよっぽど気に入ったのでしょうか。

 

「おい、勝山。お前暇だろう」

「審判ですか?」

「要らねぇよそんなもん。──お前はそっちのチビの相手をしてろ」

 

 ありゃ。

 ありゃりゃあ。。

 いやいや影浦先輩。その言葉のチョイスだと、「余り者同士戦ってろ」と言ってるように聞こえますよ。そんな意図微塵もないんでしょうけど。そう聞こえちゃうんです。

 

「.....」

 あ。

 あーあ。

 やはり先程の影浦先輩の発言に若干イラつきがあるのでしょうか。

 こちらを睨むように、見つめてきます。

 

「あの。嫌でしたら無論大丈夫です。ほ、ほら。一緒に個人戦の観戦でもしましょう。はい」

 この雰囲気の中戦いたくないです。

 それが僕の心からの本音でした。誰か助けてヘルプミー。

 

「──いえ」

 少女は、言う。

「やります」

 

 少女は。

 かなりの意地があるのでしょう。

 

「解りました。──あ、名前聞いてもいいですか?」

「黒江。黒江双葉です」

「では黒江さん。隣のブースまで移動しましょうか」

 

 はい。

 最悪の空気の中で。

 僕と少女──黒江双葉さんと戦う事になりました。

 最近こういう事が多くなっている気がします。以前の太刀川さん然り、今回然り。

 

 まあでも仕方あるまい。

 僕は僕が出来る全力をぶつけるほかありません。頑張ります。



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MY TOWN

 個人戦ブースに入る。

 相手は、小柄かつ機動力に富んだ攻撃手。

 

 この手の相手の場合。

 待っていても相手から近づいてくれる分準備はしやすいのですが。

 その分、機動力で詰めてくるので間合いの管理が非常に面倒です。

 

「一応。もう一度自己紹介させて頂きます。僕の名前は勝山市です。よろしくお願いします」

「.....黒江双葉です」

 黒江さんは実にこちらを訝しげに見ております。

 この年代の女子に嫌われるというのは、僕にとってあまりにもショックなのです。何とか機嫌を直してもらいたい。

 まあ、その分のカバーは後から考えましょう。

 

 鞘を左手に。

 柄を逆手で右手に。

 体軸は斜めに。

 弧月を前に押し出す。

 

「....」

「これが僕の構えです。侮っている訳ではありません」

 

 ふざけて変な構えを取っているとでも思われたのでしょうか。更に眉を顰める黒江さんに、一応そう声をかけます。

 とほほ。ええ。そうでしょうとも。おふざけと思われても致し方ありませんよね。ええ。頓珍漢な構えだって自覚してますよ。ええ! 

 

 そして。

 個人戦が開始される。

 

 

 黒江さんが動き出す。

 右斜め側に飛び跳ねるようにこちらに近付き、弧月を振るう。

 動きは鋭い。

 振るわれる弧月も、しっかり急所を捉えている。

 

 とはいえ。

 タネが明かされていない一本目。ここでは負けられない。

 逆手に抜刀し、それを受ける。

 

 踏み込み、振りかぶり、振るわれたその一太刀。

 弧月同士がぶつかり合うその瞬間。勢いがいい分だけ、黒江さん側に返る反動も大きい。

 その勢いを逆利用し、グッと手首に力を籠め、一気に黒江さんとの距離を詰める。

 

「幻踊弧月」

 

 こちらの腕が伸ばされ。

 あちらの腕が守りに入り、曲がる。

 その瞬間。

 体軸をずらし、相手の太刀筋からその身をずらし。

 幻踊で刀身を変形させ、鍔競り状態からすり抜け、首を斬り飛ばす。

 

 一本目は、それで終了した。

 

 

 二本目は。

 一瞬でケリが付いた。

 構えからの抜刀を行使するその直前。

 黒江さんが目にも止まらぬ急接近を行使し、こちらの首を刎ね飛ばしたからだ。

 間合いが急激に詰められ、何も対応できずに。

 

「──韋駄天かな?」

 見たことはないが、聞いた事はある。

 韋駄天。

 使用者を急加速するトリガーが開発されたと。

 

「急加速ですか.....。扱いも難しいでしょうに、よく使います。まあでも、手の内を知ればやりようはあります」

 

 

 三本目。

 剣戟が、一つ響いた。

 

 急加速により詰められた間合い。

 そこから。

 ステップを一つ横方向に行使。

 太刀筋から逃れる動き。

 それを追う、少女の横薙ぎの太刀筋。

 その筋の中に抜刀した弧月を置く。

 急加速からの横薙ぎの抜刀は、それほど力が入っていない。

 ステップを踏んでいようとも、体勢を崩すほどの力は籠めれない。

 

 地に足がついたとき。

 相対距離は、一メートル弱。

 抜いた刀身は、背中側に回す。

 

 互いが踏み込めば刃が届く距離だ。

 相手が踏み込むと同時。

 踏み込んで。

 

 その太刀筋の間に、シールドを挟む。

 シールドを割るのに少し太刀筋が鈍ると同時。

 重心を下げ、下段から跳ね上げる軌道から──旋空。

 

 両足を叩き斬り。即座に間合いを詰め。

 首元に弧月を突き立てる。

 

 

 四本目。

 今度は急加速のタイミングを掴めた。

 その軌道上に踏み込み、抜刀で仕留める。

 

 

 五本目。

 この辺りで。

 黒江も冷静になってきた。

 

 同じ弧月使いの人間だが。

 この男──勝山市という人間が持つ、はっきりとした強み。

 

 その全ての強みが。

 初撃に込められている。

 

 逆手に持った弧月を押し出し、手首と体幹の返しだけで斬撃を構成する。

 肘と手首を利用し、距離を稼いで行使される斬撃よりも、明らかに斬撃の出が早い。

 こちらの斬撃を誘い、その軌道上にシールドを置き太刀筋を鈍らせた瞬間──カウンターとして初撃を叩き込む、という方法と。

 こちらの斬撃に当て、鍔競り状態にして幻踊ですり抜け叩き込むという方法。

 

 この二択がある。

 斬撃の間合いに足を踏み入れれば、こちらの斬撃よりもはるかに速い斬撃が叩き込まれる。

 

 だが。

 

「──くっ」

 

 その斬撃の外側から対応しようとすれば。

 旋空が飛んでくる。

 

 ならばと旋空で対応しようとするも。勝山の太刀筋の中に入り込みたくない心理が踏み込みを鈍らせ、その分旋空の距離が稼がれて不利となる。踏み込めば、相手も踏み込んできてあの斬撃の範囲まで足を踏み入られる。

 

 あの初撃を完璧に避けきることが出来れば。

 あの逆手持ちでは、連撃での斬り合いには不向きだ。初撃さえ防げれば、畳みかけることが出来る。

 だが。

 それが出来ない。

 発生が早く、タイミングが読めない太刀筋。

 機動力はこちらの方が上なのに。

 あの斬撃だけ。あれだけが、自身よりも遥かに上回るスピードを保持している。

 ただでさえ速いのに、その上で幻踊を使ったすり抜けすら存在する為、防御すら難しい。

 

 踏み込む。

 斬撃を行使する。

 下段からの初撃で刀身を跳ね返され、返す刃でトリオン供給体を貫かれる。

 

 恐らく、初撃のバリエーションに関して彼はまだまだストックがあるのだろう。

 直接叩き込むものから、こちらの斬撃を抑え込んだ上での斬撃もある。

 対応が追い付かない。

 

 

 六本目。

 黒江は旋空で応対する。

 しかしその太刀筋から逃れる動きで黒江に肉薄し抜刀を叩き込む。

 

 七本目。

 旋空を匂わせての、韋駄天。

 しかし直前に読まれ、斬撃は防がれる。そのまま幻踊でのすり抜けからの斬撃により仕留められる。

 

 八本目

 旋空を放ち、斜めからの立体軌道で近づき、空中からの韋駄天の使用を行う。

 前進され、斬撃を避けられると同時に背後から弧月を突き立てられる。

 

 九本目──

 

 

 

 

 

 十本が終わる頃には、韋駄天を利用して取った一本以外全て敗北という結果に終わった。

 

 

「──ケッ。一本取られてんじゃねぇか」

「そういう影浦先輩こそ」

「しゃーねぇ。予想以上の動きをしていたんだからよ」

「僕もそうですから」

 

 影浦先輩と、少年──緑川君との個人戦は。

 同じく、九対一という結果に終わっていました。

 影浦先輩から新人で一本取るとは。素晴らしい成果です。

 

「あー! 悔しい~! ボロ負けじゃん!」

「はん。こっちこそ同じ気分だぜクソ。十本余裕で取るつもりだったってのに」

「勝ち逃げしないでよ、影浦先輩!」

「はん。誰がするかバーカ。もうちっと腕を磨いて出直してくるんだな」

 

 黒江さんは。

 苦々しくこちらを見ていました。

 

「今日はお付き合いいただきありがとうございました」

「......こちら、こそ」

 悔しさを滲ませながらも。

 それでも彼女もまた一礼する。

 それ以上に言葉を紡ぐことはせず。

 彼女はすぐにブースから出ていきました。

 

「.....」

「嫌われたな」

「嫌われたね」

「嫌われましたね.....」

 

 僕は。

 自分の対人関係の欲求を自覚しています。

 後輩には。

 慕われていたい。

 慕われていたいのです。

 

「....」

 ふふふ。

 死にたい。

 

「──でも」

 緑川君は。

 僕と影浦先輩を交互に見ながら。

「俺は戦えてよかったとは思っているよ」

 笑って、言葉を続ける。

「影浦先輩、強かったもん」

 そして。

 ビシ、と影浦先輩を指差して。

「待ってろよ、カゲ先輩! また腕を磨いて出直してくるから! ──あ、そこのナントカ先輩も、今度手合わせしてねー! それじゃあねー!」

 疾風の如く、少年は去っていきました。

「リベンジ宣言されましたね、影浦先輩」

「ケッ。──やれるもんならやってみやがれ」

 そう嘯き、地面を蹴り上げる仕草を見せながらも。

 影浦先輩は、笑っていました。

 この表情を見ただけでも──個人戦、やってよかったかなと思うのでした。

 

 

 三門市には多くのリハビリ施設が存在します。

 理由はとにかく簡単で、三年前の大侵攻があったからです。

 

 倒壊する家屋に足をやられた人々も多く、中には脊椎にダメージが入っていて起き上がる事すら困難な程の後遺症を負った方もいます。

 

 僕は今、ボーダーと提携する医療機関にデータを出している関係上、その機関系列のリハビリ施設を割安で使うことが出来ます。

 正直。

 ボーダーという組織にいる時よりも。

 ここにいる時の方が、あの時の大侵攻があったというリアルが、如実に感じられます。

 

 そして僕は。

 週に二度ほど、ここに来ることがあります。

「ぐ......」

 ここには。

 非日常を味わい尽くした人々が。辛酸を舐めつくした人々が。

 そして。

 ──家族を失った人々が、多くいます。

 

 息が切れる。

 さあ、動かせ。

 自分の足を。

 骨が変形して、関節が動かしにくくなると。

 その周辺にある筋肉もまた機能しなくなる。

 なので、こうして適度に動かしつつ、筋肉を動かさないといけない。

 負荷をかけつつ。

 歩く。

 

 この街に来て。

 思った事は幾らでもあるけれど。

 一番は──自分に降りかかった悲劇なんて、何処までもちっぽけなものだったと思い知った事でした。

 

 ここにあるリアルは。

 何処かにある悪意が振りまいた悲劇の集合体です。

 

 市内に多くあるリハビリ施設も。

 再開発と復興の為に今も進められている再開発の現場も。

 バリアフリーに作られた公共施設も。

 そして警戒区域周辺にある物々しい立ち入り禁止のマークも。

 その中央に鎮座するボーダー本部も。

 

 全てが全て。

 悲劇によって出来上がったもので。

 

 悲劇で醸成された傷は。

 割り切る事さえ出来れば、時間の経過でどうにでもなるものです。

 家族の喪失も。夢や将来が潰えてしまう事も。

 僕は自分の夢が潰えた時。

 とても苦しかったけれども。

 それでも、この悲劇は誰のせいでもなくて、誰のせいにも出来ないのだから受け入れてもう一度別の希望を見つけ出すしかないという割り切りを心の中で行って、そして整理できた。

 そして時間がたった今。新しい希望を見つけることが出来て、それに向かうことが出来ている。

 でも。

 この街の人々は。

 自分に降りかかった悲劇を引き起こした誰かがまだ何処かに存在しているという現実が目の前に在って。

 そしてその原因が未だ散発的にこの街に現れていて。

 

 時間の経過による悲劇の記憶の忘却が許されず。

 割り切りを行う切っ掛けも作れず。

 苦しみながら、それでも足掻きながら生きている。

 

「.....」

 

 この悲劇の外側である自分がここにいる理由。

 その一つは。

 この街にいる人々の事を知って。

 そして──ここにいる人々が、いつか。

 

 またこの場所から歩き出せるような希望を提示できれば、と。

 そう心から願っている。

 

 だから。

 まずは──自分が、決して諦めない姿勢を貫徹しなければならない。

 難病が何だ。

 大したことなんて何もない

 僕の夢を打ち壊した、こいつを。

 あらゆるものを利用し尽くして、駆逐する。

 

 

 現在僕は三門市立第一高等学校に通っています。

 ボーダーが提携を行っている高校の一つで、その為ボーダー隊員が多く在籍しております。

 他にも提携している学校があるようで、そちらは進学校との事です。

 僕は別段頭が良くも悪くもなかったので、こちらに通う事となりました。

 この学校はボーダーの隊員に対して非常に多くの便宜を図ってもらっている学校であり。

 防衛任務や訓練の為に出席が出来なくとも卒業は出来ます。

 

 さて。

 一年B組の東側中段辺りの席に座る僕の両端を埋める人物をご紹介しましょう。

 

 左手側。

 米屋陽介君。

 右手側。

 仁礼光さん。

 

「よっす。勝山。課題やってきたか~?」

「おぉ、勝山! 課題やってきたか」

 

「.....」

 僕は無言のままショルダーバックから課題を取り出すと、そそくさと前列の提出箱に忍ばせました。

 彼等は至極当然とばかりにそれを提出箱から引っぺがすと、僕の机を占領し、二人してせっせと内容を写し始めたのでした。

 

 疑問があります。

 課題をやっていないまでは、まあ。

 それを写すまでも、まあ。

 ただ解らないのが──何故わざわざ僕を待ち構え、僕の内容を写すのでしょうか。

 理解が出来ないのです。

 一言で言えば──他の人のを写してください。

 

「あの」

「何だよ勝山。今お前の課題を写すのに忙しいんだ。ヒカリ姉さんに何か頼りたかったら、後で言ってくれ」

 仁礼さんは勝気そうな表情を更に思い切り歪め、僕を睨みながらそう言います。

 えっと。

 何故僕が睨まれているのでしょうか。

「そうだぜ。空気読んでくれよ。後でいいだろ、後で」

「もう何度も言っていると思うのですけど。他の方に頼んでください」

「チッチ。解っていないな~勝山は」

 ニッと。

 猫のような笑みを浮かべ、仁礼さんが呟きます。

 

「俺達はなんだ、勝山」

「ボーダー隊員ですね」

「そうだ。普通さ。同じ内容の課題を提出したら、”写しただろ! ”って言われるじゃん。特に優等生のノートなんか取っちまったらさ」

「でしょうね」

「でもよ。──俺達はボーダー隊員。ここにいる三人が同じ内容の課題を提出したらよ。”時間がない中、三人で協力して課題を取り組んだんだな”って思われるじゃん」

「間違いなくそうは思われないので安心して別の方のを写してください」

「そう言い訳したら、この前通ったぜ?」

「もう手遅れだと思われているんじゃ.....」

 

 嘆息を一つ。

 米屋陽介君。

 仁礼光さん。

 

 この方たちは。何というか。

 うん、こう。はい。

 学生の本分を鑑みれば、実に実に実に残念な方なのでした。

 



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ちょっとだけバカ

二宮のキャラが少しだけ崩れてるかもしれません。
いや、少しやろか.....?

すみません......


 米屋君と仁礼さんは僕の課題を写し終えると意気揚々と僕の課題分も含め提出箱に収め、意気揚々と戻ってきました。

 

「助かったぜ、勝山」

「いつもありがとうな、勝山」

「僕は助ける意思を一切示していないのですけど....」

 というか。

 この行為は彼等を地獄に蹴り落としているんじゃないかとさえ思えるのです。結局テストで結果を出さなければ教師にもボーダーにも睨まれるのは彼らなのに。その場しのぎの手助けをしてどうなるというのでしょうか。

 

「まーまー。今度ウチに呼んでやるからさー」

「呼んでどうするんですか.....」

「うーん。.....ゾエのお腹に横たわる権利をやろう」

「要らないです」

 

 いいですか仁礼さん。

 先輩のお腹は貴女の私有物ではありません。

 

「何だよー。毎回このヒカリさまのコタツに入れてやってるじゃんかー。まだ不服かー」

「トリオン体だと別に寒くないですし.....」

「生身で来い! それかウチで換装しろ!」

「嫌です....」

 

 コタツの暖かさは当然十分に理解はしているのですが。

 それを味わうためだけにわざわざ片足がまともに動かせない身体に換装するつもりはないです。

 

「お前、影浦隊の隊室に入り浸ってんのな」

「そうだ。こいつはある意味で選ばれた民だ」

「民ですか....」

「まあ、実際そうじゃねーの。影浦先輩に気に入られるって時点で、結構難易度たけーし。その上で仁礼の機嫌もとっとかないといけねーし。難易度は高いだろ」

「ふふ。カゲ曰く、こいつから刺さる感情は.....」

「感情は?」

「......じいちゃんが孫を見る時の感情とおんなじだってさ。ぶはっ」

「ぶはっ」

 

 二人して僕を指差し笑います。

 酷い。

 

「ジジイ」

「そっか。お前ジジイだったんだな」

「何故に....」

 

 同級生にジジイ認定を受ける。

 何故でしょう。釈然としません。

 

「お前は本当に高校生なのか」

「もう何もかも枯れ果ててるって感じだな」

「何故そこまで言われなければならないのでしょうか.....」

 枯れないですよ。

 本当に。

 うん......。

 多分......。

 

「とはいえ、ボーダーは基本的にこう、思考が大人な方が多い気がします」

 これは心から思った事です。

 ボーダーにいる方々は、本当に思考が大人な方が多い。

 大人、というより──合理的な方が多いような気がします。

 野球クラブに在籍していた時は、良くも悪くも皆子供でした。だからこそのエネルギーがそこにあった気がしますけれども。

 ボーダーという組織に充満するエネルギーは、それとはまた少し違います。

 情熱もある。きっと皆上昇志向もある。

 ただそれと向き合う姿勢が、何処か大人なのです。

 まあつまり。

 高校生らしくないのは皆様も大概という事です。

 

「まあ、そりゃそうだろ。基本的にある程度自分に出来る事の上限が突きつけられている中での勝負だからな」

 出来る事の上限。

 それは、トリオン。

 基本的にトリガーは、個々の人間に内蔵された「トリオン」というエネルギーを原料として駆動しております。

 そのエネルギー量は個々人によって異なっており、その点で──トリオンの量が少なければその分、やれることが制限されていきます。

 

 米屋君は、トリオンの量が正隊員の中でもかなり低い方でした。

 その中で──工夫に工夫を凝らし、A級まで上がっていきました。

 その方が言うそのセリフは、さらりとした口調ながら、かなりの真実味が込められているように感じます。

 

「俺はトリオンが少なかったが、身体を動かす才能に長けてた。だから今のスタイルになったわけだし。ここで自分が出来る事と出来ない事を客観視できるかどうかで、まずBに上がれるかが決まるだろうしな」

 

 自分が出来る事の上限を知る。

 その上で最大値を求めていく。

 基本的にスペックが一定のトリオン体という肉体を以て戦うボーダー隊員は、まず自分の適性を知る事からがスタート。

 継続的な努力、努力を支える根性。これらで肉体のスペックを上げられる現実のスポーツとは、その部分で隔絶的な違いがあるのでしょう。

 積み重ねることが重視されるスポーツと。

 無駄を削る事が求められるボーダー隊員。

 ここに、大きな違いがある。

 

「んなことねーよ。ウチのカゲ見てみろ。あいつなんかガキのまんまだ」

「ゾエさんも絵馬君も、凄く落ち着いているじゃないですか」

「ユズルはなぁ。アイツ落ち着いてるように見えて単にひねてるだけだからな。年相応だぜ全く」

 

 仁礼さんはどうも、他者との関係の中に自分を姉という立ち位置に置く傾向があるようです。

 その上で本人がどうしようもないほどの善人なので、何とも微笑ましい姿になっている訳ですが。

 

「お前も、何か困ったことがあればお姉さんにばしばし言え」

「宿題写されて困ってます」

「何も困っていないじゃないか。もっと別な奴だ」

 

 理不尽です。

 

 

 朝が過ぎ、昼となり。

 僕は松葉杖をつきながら購買で菓子パンを幾らか買い込むと、その足で体育館に向かいます。

 

「お、来たね」

 

 そこには。

 

「お待たせしました。熊谷さん」

 

 隣のクラスに在籍し、またボーダー仲間である熊谷友子さんがいました。

 その手には、竹刀が二つ。

 片方を投げ渡され、それをキャッチ。

 竹刀のささくれをチェックし、互いに視線を合わせます。

 熊谷さんは実に気風のよさそうな笑みをその顔に浮かべ、

 

「やろうか」

 

 と言いました。

 余計な言葉は一切なし。

 実に、姉御肌といった言葉が似あう御仁です。

 

「はい」

 

 お互い竹刀を握る。

 そして、剣先を合わせ──鍔競りの状態となる。

 

「.....」

「.....」

 

 ──僕と熊谷さんは、同じく弧月をメインに運用する攻撃手です。

 この共通項はそこまで珍しいものではないのですが、もう一つだけ共通項があったのです。

 それは。

 捌き、返しの技術を多用する攻撃手である、という部分です。

 

 どちらかと言えば僕も熊谷さんも旋空を多用し中距離で戦うタイプではなく、しっかり刃先までの距離感で戦うタイプの攻撃手です。

 その分、至近距離からの打ち合いの中。相手の攻撃をいなし、返し、こちらの攻撃を通すための隙を作り出す作業が必須となります。

 

 僕と熊谷さんはその部分において大きな共通点を持ち、ボーダー本部の訓練室でも、またこうして学校内でも時間があればその練習を行っています。

 

 僕は左足が病気で動かせませんので、こうして体育館で練習を行う場合は鍔競りの状態から始まります。

 

 相手の力が向かう先。

 相手が得物の力を籠める瞬間。

 そういう瞬間を、見極める。

 

「ぐ.....!」

 

 僕が少し剣先を引くと、それに応じて熊谷さんが押し込んでくる。

 それを動かない左足を基軸にくるりと体幹を回し、押し込む熊谷さんの身体を流す。

 

 片手で肩を抑え、竹刀を腹に添える。

 

「──やってくれたね」

「いえいえ」

 

 トリオン体は、その身体自身のスペックに違いは出ない。

 だからこそ個人個人の技術の積み重ねが非常に重要となる。

 

 これも、その一環だ。

 

「──あ、そう言えばこの前那須さんと会いましたよ。桃缶喜んでましたよ」

 練習を続けながら、話しかけます。

「そりゃそうよ。玲の大好物だし」

「桃ではなくて缶、というのが何かいいですね」

「ああ見えて結構子供っぽいのよ。玲」

「あら、そうなんですね。──それ」

「あ、──話題で油断させたわね。中々姑息な手段を取るじゃない」

「そんな器用じゃないです。偶然です偶然」

「そう言えば、勝山君」

「はい」

「二宮さんとこの前焼肉行ったらしいじゃない」

「ええと.....はい」

「えっと。何で?」

「何でと言えば......うーん。色々とあったのです」

 

 本当に。

 色々あったのです。

 

「何よ。色々って」

「そうですね。一言で言うなら」

 

 どう言い表しましょうか。

 本当に。

 僕はあの時。

 二宮さんという人と共に、何かを乗り越えた瞬間があったのです。

 

「一緒に──地獄を乗り越えたんです」

 

 そう。

 あの時。

 僕と二宮さんは、地獄を乗り越えていた──。

 

 

 

 /////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////

 

 

 

 僕はとても幸運な人間だったと、その時思ったものでした。

 

 八割の幸運。

 僕はそれを六回連続で引いてきた。

 

 八割を六回掛けてみよう。

 八割を六回連続で引き当てる可能性は、三割にも満たない低確率。

 

 そして僕は。

 二割の悪夢を味わわされることとなります。

 

 

 加古望さんは何というか。

 猫のような人です。

 猫は猫でも、好奇心に殺されない非常に聡明な猫ですが。

 

 僕は幾度か加古さんが作る絶品炒飯のご馳走を受けていました。

 あの方が作る炒飯は、スタンダードから外れつつ、非常に美味なものでした。独自のスパイスや、材料を入れつつしっかりと整った味の炒飯をお出しできるその手腕に尊敬の念を抱いていました。

 ある時です。

 ボーダー本部の休憩室で加古さんとばったりあった僕は、食事にお呼ばれしました。

 丁度食事時だったこともあり、一緒に付いていきました。

 

 そこで。

 

「......」

 同室の方が一人。

 

 二宮匡貴隊長、その人でした。

 

 二宮さんは、ボーダー内で恐らくトップのトリオン量を持つ射手です。

 その圧倒的な制圧能力を、隊全体で前面に押し出す戦術を以て、A級上位に君臨する文字通りの「射手の王」。

 直接お会いしたことはなかったのですが、非常に癖がある性格との事でして。この場でお会いした時にはかなり緊張した覚えがあります。

 

 換装体の隊服をスーツに設定している一風変わったセンスの持ち主の方でもあり、今こうして私服の姿で見かけるというのも中々に珍しい光景でした。

 

 さて。

 二宮さんと加古さん。

 どういった関係の方なのでしょうか。

 

「待たせたわね二宮君」

「.....」

 

 二宮さんは。

 ランク戦の中でも見たことのないような、表情をしていました。

 目尻が寄り、口元が微妙に震えていました。

 

 何でしょうか。

 まさかとは思いますが、加古隊長に虐待でもされているのでしょうか。

 

「.....お前は、誰だ」

 二宮さんは僕にそう尋ねます。

「えっと。B級隊員の勝山市と申します」

「何故ここに来た」

「いえ。いつもお世話になっている先輩が、新作の炒飯を振舞うからと.....」

 その時に二宮さんが僕に向けた表情が忘れられない。

 

 この愚か者が

 

 そう表情筋が文字となって僕の脳内に叩き込まれるような、そんな凄まじい顔つきでした。

 

 何故でしょうか。

 僕は何か、不味い事をしてしまったのでしょうか。

 

「加古」

「なあに、二宮君」

「せめて。せめて日を改めろ。今日は、隊で焼肉に行く日なんだ。ここで倒れる訳にはいかない」

 倒れる。

 ──倒れる!? 

 

 何を。何を言っているのでしょうか二宮さんは。

 まるでこれから毒物の人体実験でも行われるような、そんな地獄のような言葉を。

 

「だって二宮君。私が炒飯を作ろうとしてもすぐに逃げちゃうもの」

「当たり前だ。お前のおかげで何人の屍が積み上がったと思っている」

「失礼ねぇ。時々失敗しちゃうだけじゃない」

「失敗? 失敗と言うのは成功への道筋が立てられている人間だけが吐ける言葉だ。貴様はただ、何も思考せず思うがままに振舞っているだけだ」

「いいえ。私なりに成功の道筋は立てているわよ二宮君。だからこそ、成功もある。失敗もある」

「.....ふざけるな」

「大真面目よ。──まあ、今回は私と貴方のサシの勝負で、勝った方が何でも言う事を聞く賭けだったのだから。文句を言う権利もないわね」

「.....」

 

 えっと。

 どういうことなのでしょう。

 

「ごめんなさいね、勝山君」

 うふふ、と加古さんが笑います。

「ちょっと、二宮君がおかしなことを言っているけど」

 そして

「ちゃあんと、おいしいものを作るから──」

 と。

 言いました。

 

 

 そこには。

 炒飯の材料が揃っていました。

 甜麺醤、醤油、にんにく、塩コショウといった調味料に。

 卵や、米、そして刻みネギに玉ねぎ、ベーコン。

 ここまでの材料はまさしく炒飯の王道、といった風情がありました。

 

 しかし。

 何故ここに。

 

 ──生うにと、ヨーグルトと、カラメルがあるのでしょうか。

 

 ぶわりと。

 汗が流れ出る。

 

 それはかつて自分の顔面に剛速球を投げかけられたかのような、背筋のアラートが鳴り響く瞬間のような。

 これは。

 これはいけません。

 この好奇心は殺す。

 ああ、そうか。

 殺されるのは加古さんではない。

 僕と二宮さんだ。

 

 中華鍋が振られる。

 刻まれたにんにくに油が通され、焦げ茶色に染まると同時に醤油が投入される。じゅわじゅわと泡立ってきたら、そこに米を投入する。

 醤油色に染まる米の上に溶き卵をサッと浴びせ、サッサッ、と鍋を振るって行きます。

 その後に投入される甜麺醤にベーコン、刻みネギ。

 

 美味しそうです。

「これで、完成......!」

「いえ。違うわ」

 

 そして。

 その上に、別鍋で焦がされたカラメルが投入される。

 

 焦がしにんにく醤油と、カラメルのにおいが混じり、一気ににんにく独自の匂いに甘みが混ざるという嗅覚の緊急事態が発生します。

 その上に混ぜられるヨーグルト。

 匂いがマイルドになると同時、白色が囂々とした火の中で禍々しい焦げ茶色に混ざるそれは、何と形容すればいいのか。

 

 そして。

 投入される──生うに。

 

「.....」

「.....」

 僕も。

 二宮さんも。

 絶句。

 絶句でした。

 

 何も言葉が出ない。

 言葉にせずとも。

 その時の僕と二宮さんの心は確かに、無意識の階層の上で繋がっていました。

 

 震える手で、僕は

 それを口にしました。

 

 その時の僕は。

 頭を叩き伏す、硬球の衝撃がフラッシュバックしました──。

 

 ああ。

 ああああああああ。

 

 衝撃。

 混濁。

 回転する視界。

 混ざり合う聴覚。

 消える嗅覚。

 それらから形成される意識の、混沌。

 

 捻転する体内が紡ぐ、灼熱の体内。

 

 そう。

 僕等は。

 その時、確かに──地獄とこの世の狭間を、泳いでいました。

 

 

 同じく。

 二宮さんもまた。

 深海から引き揚げられた魚のような表情をしていました。

 動悸が止まらないのか。

 胃と胸の間辺りを、何度もたたき咳き込む様子が見られました。

 

 

「──に、にの、にのみ....や、さん」

「......」

 

 ──今日は、隊の皆と焼肉をする。

 

 きっと。

 きっと二宮さんは。

 楽しみにしていたに違いない。

 普段苦楽を共にしている隊の皆と、わいわいと鉄輪を囲んで。

 焼肉を振舞って。

 

 それを。

 この地獄の記憶を抱えたまま。

 行かせてもいいのだろうか? 

 

 僕は。

 そんな事を思ってしまった。

 思って、しまったんです。

 

「......」

「あら。ちょっと上層部からの呼び出しがかかっているわね。十分くらい、失礼するわね」

 

 そう言って加古さんが部屋を出て行った瞬間。

 僕は即座に、冷蔵庫まで走りました。

 

「ケチャップ.....! ウスターソース......! それに、カレー粉......!」

「何をするつもりだ........!」

「今がチャンスです。チャンスなんです、二宮さん.....!」

 

 僕は。

 先程使用していたフライパンに火を入れ、その三種をぶちまけ、混ぜ合わせ、強火で火を通します。

 

「この三つで.....この味を、上書きするんです!」

 

 混ぜ合わせたそのソースを、二人分の皿の上にかけ、そして混ぜ合わせます。

 

 そして。

 

「う......うおおおおおおおおおおおおおおおおおああああああああああああああああがあああああああああああああああああああああああ!!」

 

 僕は。

 それを掻き込みました。

 

 致命的な味の奔流を、何とかケチャップとウスターとカレーの味で押しとどめる。

 濁流を胃の中に流し込み、僕は自分の皿を空にしました。

 

「......」

 呆気にとられたように、二宮さんが僕を見ていた。

 

 そして。

 僕は二宮さんの皿を取り上げ、空になった皿を代わりに置く。

「何のつもりだ!」

「行ってください、二宮さん。──二宮さんは、一足早くこれを完食して、この部屋を出て行った! そう僕が加古さんに、伝えます!!」

「ふざけるな! 俺とて、後輩一人に地獄を押し付ける気など毛頭ない!」

「けど!!」

 僕は。

 叫ぶ。

「──今日の夕飯は、隊の皆と焼肉に行くんでしょう!?」

「........!」

「こんな地獄を味わって、無理やりに向かうような所じゃない.......! 隊長の顔がそんなだったら、隊の皆も素直に焼肉を楽しめないじゃないですか......!」

 

 そうだ。

 ダメだ。

 せっかく、隊の皆で親睦を深めるチャンスを。

 こんな。

 こんな所で──!! 

 

「......お前、名前を何という?」

「勝山.....市です!」

「勝山.....。貸しが一つ出来た。必ず、返す」

 

 そう言うと。

 二宮さんはその場を立ち去っていきました。

 

 そうだ。

 これでいい。

 これで.....いいんだ。

 

 さあ。

 もう一皿。

 地獄のようなこれを。

 

 

 僕は。

 皿を手に。

 

「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」

 絶叫を上げながら。

 叫び出す胃の中からの悲鳴を無視しながら。

 僕は。

 僕は。

 

 

 僕、は。

 

 

 

 気付いたら。

 記憶はなくなっていました。

 

 

 

 

 /////////////////////////////////////////////////////////////

 

 

「と、いう事がありました」

 そう告げると。

 熊谷さんは呆けた顔をしながら.......一瞬、力がふっと抜ける瞬間がありました。

 

「はい」

 その隙を逃さず、胸元に剣先を押し付け、返し、体勢を崩させます。

 

「あのさ、勝山君」

「何でしょう」

「君って......すんごく賢そうに見えて、実の所底抜けの馬鹿だよね」

 

 はい。

 自覚していますとも。

 



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The Choice Is Yours

今回のお話で出てきるキャラの一人が、原作のワールドトリガーの前に読み切りで掲載された「実力派エリート迅」のキャラクターが出演しております。この読みきりはBBFに掲載されていますが、もし見たことがなければオリキャラが一人増えたという認識で特に問題ないです。


出した私がバカでした。ごめんなさい。叩かないで。死んじゃう。うわあああああん!
忍田さんから、橘高さんに変更しました。許して.....。


 ボーダーという組織は、基本的に隊ごとの運用を前提として体制を敷いています。

 防衛任務も基本的には隊ごとにシフトを組みますし、隊の中に入っておけばランク戦で集団戦の経験を積むことが出来ます。

 給金もA級以外は基本的に出来高制であるという事もありますし、部隊に入る事のメリットは計り知れません。

 

 さて。

 僕はどうすればいいのでしょうか。

 

 B級に上がってから。

 僕は何というか──対攻撃手かつ1対1の状況下という極めて限定的な状況下において力を発揮できる酷く歪な駒でした。

 

 なので、個人ランク戦の中での勝率は悪くはなく、どうにかこうにかポイントを積み重ねることが出来ているのですが。

 恐らく、射手や銃手に囲まれた場合であったり、狙撃手の援護を受けた上で攻撃手と向かい合う場合など。

 連携を行いながら戦ってくる相手に対して非常に弱い。

 

 僕は間合いを詰めながら相手を追い詰めていくタイプの攻撃手なので狙撃地点に釣り出される事が多いでしょう。射手・銃手の弾幕が張られている中で距離を詰められるだけの図抜けた機動力があるわけでもありません。

 集団戦、という観点から見れば──僕はとことん、欠点が多い駒なのです。

 

 そこを自覚しているが故に。

 部隊に所属する事に躊躇いがあるのです。

 部隊は基本的に戦闘員数人+オペレーター一人の体制で作られています。

 一番多い構成は戦闘員3人とオペレーターの構成。

 基本的に上限は4人です。

 それ以上の数となると、まず間違いなくオペレーターの支援が間に合いません。4人でも、オペレーターの並列処理能力が図抜けて高くなければミスが目立ってきます。

 

 つまるところ。

 部隊の一員になるという事は、その貴重な枠を一つ埋める事と同義なのです。

 明らかな戦術的欠陥を抱え、更にそこに対して自覚もしているというのに、部隊の貴重な枠を割くというのは、幾分不誠実な気がしているのです。

 

「うーん。考えすぎだと思うけどねー」

 

 と。

 眼前の女性が軽い感じで言います。

 

「A級の人たちだって、初めから全てが出来てたわけじゃないし。経験を経てすっごく強くなった人たちも、やっぱり出来ない事もあるし。そこまで重く考える必要はないと思うけどねー」

 

 そう語るのは、就寝時以外の如何なる状況下であろうとも眼鏡は外さないと思われる女性──宇佐美栞さん。

 おおらかかつマイペースな様相に反し、A級3位部隊、風間隊のオペレーターとして辣腕を振るう、非常に優秀な方でもあります。

 だというのに。こうして時折風間隊の隊室に訪れるたびに色々と親切にしてくれる優しい方でもあります。

 この人の善意に絆された部分もあったのでしょうか。時々伊達眼鏡をつけるようになりました。この方は全人類メガネ化計画なる野望を抱いているようでして、その一環としてファッションとしてのメガネも多いに推奨しているというのです。メガネを付けてきた時に泣きながら喜ばれたことは今でも忘れられません。

 

「はい。僕もそうは思っているんですけど.....。ただ、上に行っている人たちはチームの中で互いに最善の行動が何か、って部分をちゃんと理解して動いていると思うんです」

「だねぇ。そこがここの人たちの凄い所だから」

 全員が全員。

 その場において何をすれば、一番部隊の利益になるのか。敵の被害となりえるのか。

 その部分の──いわゆる戦術レベルの高さが、図抜けている。

 

 敵の行動から盤面の構図を読み取ったり、その中で自分がどういう立ち位置にいるのかを知ったり。

 それすらも、今の自分はあまり理解できていない。

 

 自分という駒が、相手にとってどれほどの脅威になるのか。どう活かすのか。

 その部分すら酷く曖昧で、部隊戦以前の問題のように感じるのです。

 

「成程ね~。うーん、とっても真面目さんだなぁ勝山君は」

 うーん、と宇佐美さんは首を傾げ、顎に手を置き暫し考えると。

 そうだ、とポンと手を合わせます。

 

「ふっふっふ~。お姉さん、妙案を思いついたぞ~」

「お、妙案ですか。それは嬉しい。是非とも聞かせて頂いてもいいですか?」

「よしよし。──それじゃあ、ちょっとだけお姉さんについてきなさい」

 

 

 その後。

 連れて来られた場所は、本部オペレーター室。

 

 ここは基地の全体的な情報処理を行う場所であり、部隊に所属していない新人オペレーターが基礎的技能を学ぶ場でもあります。

 

「こんにちわ~橘高さん」

「あら宇佐美さん。お久しぶり」

 連れて来られた先には。

 シュ、とした美人の女性がいました。

 豊かな髪を後ろで部分的にまとめ上げた髪型が特徴的な、非常にしっかりした印象の女性です。

 

「はじめまして。橘高です。本部付きでオペレーターをやっているわ」

「勝山市です。B級でフリーの隊員をやっています」

「それで、宇佐美さん。何か用があるって事でしたけど....」

「あ、そうなんですよ~。今みかみか何処にいますか~?」

「あ、三上さんは.....」

 

 橘高さんが指差すその先。

 機材から離れた外周通路に、小柄な女性がいました。

 その女性は携帯を手にして、誰かと会話をしているようでした。

 

「うん。うん。解った。今日はもう材料があるから、買い物はしなくていいのね。はぁい。じゃあ仕事が終わったらまっすぐ帰るから。うん。それじゃあ」

 

 少し楽し気に、そんな会話をして。

 彼女はちょっとだけ名残惜しそうに、通話終了のボタンを押します。

 

「すみません橘高さん。ちょっと電話が入ってしまって」

「ああ、うん。いいのよ三上さん。──それよりも、ほら」

「あ。──宇佐美ちゃん、お久しぶりです」

「久しぶり~、みかみか~。会いたかったよぉ~」

 宇佐美さんは三上さん、と呼ばれるその女性を見るや否や、何の躊躇いもなく抱き着きました。

 その唐突な行動に一瞬気圧されながらも、──仕方がない人だなぁ、とちょっとだけ笑って、抱き着かれたままにさせていました。小柄な三上さんですと、丁度宇佐美先輩の胸元に来るくらいで抱き着かれていることになり、少し息苦しそうでした。それでも笑みは崩しません。何という母性でしょう。

 

「おっとそうだった。──今回ちょっとみかみかにお願いしたいことがあって、お話に来たんだ」

「はい。何でしょうか?」

「うん。ちょっとだけでいいから──この勝山君に協力してくれないかな」

 

 そう宇佐美さんが僕に視線を向けると、三上さんがこちらに向き合います。

 

「はじまして。三上歌歩といいます。──あ、確か同期の」

「あ」

 そう言えば。

 入隊時に、顔を合わせたことがあるような気がします。

 

「お互い、顔は知っていましたね。では、改めて。勝山市と申します。B級のフリー隊員をしています」

「そっかぁ。二人は同期かぁ。ふっふっふ」

 

 互いに自己紹介をする中。

 ちょいちょい、と宇佐美さんが時計を指差します。

 

「いい時間だし。今日はお姉さんが二人にご飯を奢るから。ちょっと食堂まで移動しようか」

 

 

 という訳で。

 僕と、宇佐美さんと、三上さん。

 三人で、食堂に集まりました。

 

「それでだね。今回なんだけど」

「はい」

「勝山君と、みかみか。二人で隊を組んでみないかね、という提案なのです」

 

 え、と。

 僕も、三上さんも、同時に呟きました。

 その困惑の声にふっふーと笑いかけながら。宇佐美さんは僕と三上さんを交互に指差します。

 

「勝山君は。他の隊の負担になりたくはない。でも集団戦の経験が欲しい」

 そして、

「みかみかは、今後の事も考え、ランク戦でのオペレーター経験を積みたい」

 と。

 そう言い終わって。

 

「1シーズン限定で、二人がチームを組めばいいんじゃないか、という──栞お姉さんからの提案なのです」

 

 と。

 そんな事を、言いました。

 

「えっと....」

 まだ状況が追いついていないのか。

 僕も三上さんも、少し頭を捻っていました。

 

「勝山君は後々他の隊に入る事は考えているけど、今集団戦に慣れていない状況下では迷惑になると考えて、控えているんだよね」

「えっと、はい」

「そしてみかみか。──ふっふーん。実の所君はねぇ、君が思っている以上に優秀なんですよ」

「えっと.....そうなんですか」

「そうなのです。現時点でもどのA級オペレーターにも見劣りしない位に優秀なの! しかも可愛くて頼りがいがあってしかも可愛い! あーもー、本当に目に入れても痛くない!」

 貴女は三上さんの親か何かですか。

「で、これからバシバシ勧誘を受けると思うけど──流石に初めから三人四人集まった状態でオペレーターやるのは不安だと思うの」

「あ、はい....」

「ここで利害の一致が図れました」

 

 つまり。

 集団での立ち回りを経験したい僕と。

 そしてこれから部隊のオペレーターとして働くことになるであろう三上さん。

 

 1シーズン限定で部隊を組ませることで、どちらの要望も応えさせよう──という、宇佐美先輩からの提案なのでした。

 

 成程。

 最初に聞いたときはあまりにも寝耳に水でしたが──こう聞けば、悪くはないどころか、とんでもなくありがたい提案です。

 

 集団戦環境の中、僕が一人投入されて。その中で自分が生き残り、そして点を取るために立ち回る。

 これを1シーズン10試合繰り返す。

 とても得難い経験になるでしょう。

 

 それも──宇佐美さん公認で優秀だとお墨付きが入った三上さんのオペレート付きともあれば。これほど恵まれた環境はないでしょう。

 

「どうかね、勝山君や」

「いえ。こう説明を受けたら僕にとっては非常に魅力的なのですが....」

 

 とはいえ。

 三上さんにとっては、あまり旨味がない提案にも思えます。

 

 僕一人がランク戦に乗り込んで、上位まで行けるかと言えば間違いなくノーでしょう。

 そんな状況の隊に、宇佐美さんが認める程に優秀な三上さんがわざわざ時間をかける価値があるとは、とても思えません。

 

「──もし勝山君がいいのなら。私、やりたいです」

 

 が。

 三上さんは、予想外にも──首肯したのでした。

 

「えっと....いいのですか?」

「一人に集中してオペレート出来るので、その分難易度は低いでしょうし....それに、二人でやる分、相手部隊の戦術を叩き込みながらやらないと勝てないでしょうし。戦術を勉強する機会としては、凄くいいと思ったんです」

 

 そう。

 三上さんは実にはきはきとした口調でそう言いました。

 

「1シーズン限定ですし。その意味でも互いに修行の一環として、いい意味で結果に拘らずに出来ると思うので。そういう意味でも、貴重な経験だと思います」

 

 三上さんはそう言うと。

 僕を見ました。

 

「あの....いいでしょうか、勝山君」

「はい。三上さんがよければ」

 

「決まりだね。──とはいえ、何かしら目的がないと張りがないだろうから。提案者の私から、目標設定!」

 宇佐美さんはそう言うと。

 ピースサインをしながら、こういいました。

 

「このチームで、最終的に中位まで残る事。これを目標に、頑張っていこう。おー!」

 

 という訳で。

 僕と三上さんで1シーズン限定で部隊を組むこととなりました。

 

「で。隊長はどっちがやる?」

「三上さんで」

「勝山君で」

 

 そして。

 互いにどちらが隊長をするのか、という事で一時間ばかり議論が交わされ──結局僕が隊長をする事となりました。

 

「この条件で飲んでくれる隊員がいるなら、積極的に入れていくのもアリかもね。1シーズン限定で、それでも隊でやってみたい、っていう人がいれば」

「そうですね。──でもいるかなぁ、そんな人」

「まあまあ。取り敢えず、次のランク戦は二週間後からだから。二人とも頑張っていこう」

 

 それから。

 1シーズン限定の部隊──勝山隊が、しれっとランク戦に参加する事となりました。

 

 少しだけ。

 ほんの少しだけ。

 わくわくしている自分がいました。

 

 



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恩学

勝山市

トリオン:8

 
攻撃:11

 
防御・援護:6

 
機動:7

 
技術:10

 
射程:2

 
指揮:2

 
特殊戦術:2

total 48


 という訳で。

 僕と三上さんはその日のうちに申請届を出し、認可され、部隊として発足する事となりました。

 

「そういう訳で。──よろしくお願いします。勝山君」

「はい。こちらこそ」

 

 今の所一人部隊というのは漆間隊以外に存在しない。しかも、あまり潰しの効かない攻撃手一人という編成。見つかった瞬間に叩きのめされて終わってしまう。

「基本的には、浮いた駒があればそれを積極的に取りに行く──って方針になると思う」

「ですね」

 単騎で部隊ごと殲滅させられるような駒は、太刀川さんや二宮さんのようなインチキじみた強さが無ければまずもって不可能でしょう。

「勝山君のトリガー構成、見せてもらっていい?」

「はい」

 

 僕は

 メイン:弧月 幻踊 旋空 シールド

 サブ:散弾銃(アステロイド) 空 バッグワーム シールド  

 

 という構成です。

 弧月セットをメインに入れ、サブには散弾銃を入れる。

 近距離での破壊力にひたすらに特化した構成となっています。

「散弾銃使っているんだ」

「はい」

 

 基本的に散弾銃は、二人を同時に相手するような場合に、片方を足止めする目的などの為にセットしています。

 一応、集団戦を想定してこんなものを入れているのです。

 

「うーん。──今回部隊がたった一人だから、撃墜するのに時間がかかってたらすぐに囲まれそうだもんね。瞬間的な破壊力を求めて散弾銃は割とありかも」

「今回、序盤で位置が判明したら、それこそ一巻の終わりですからね」

「うん。だから基本的に勝山君は身を潜めて、位置が判明した狙撃手や単独行動している人をまず索敵する必要がある。その上で、他の部隊の位置関係もしっかり探りながら」

「前途多難ですね」

「うん。──でも、だからこそ楽しそう」

 

 三上さんはそう言って笑う。

 この人の笑顔は、何というか。

 人を包むような、自然な優しさがある。

 それが何だか、とても新鮮だった。

 

 

「隊用のお部屋が明日には用意されているみたいだから、何か持ち込みたいものがあれば持ってきてね」

「了解です。それじゃあ、今日の所はこれで上がりという事で」

「うん。──どこかで、新しい隊結成記念に一緒にお店にでも行こうか?」

「えっと、いいんですか?」

「ん?」

「いえ。先程のお電話を失礼ながら聞いてしまいまして......。家族の関係で、あんまり時間が取れないのかと」

 そう僕が言うと、ああ、と一つ笑って。

「私だって、一週間休みなく働いている訳じゃないよ。お母さんに頼める日は、素直に頼るから。だから大丈夫」

「.....解りました。それじゃあ、お店の予約は僕の方でしておきますので。空いている日をお伝えいただければ」

「うん。わかった。──それじゃあね、勝山君。あ、そうだ。勝山君。スマホ」

「あ、そうですね」

 連絡先の交換すらまだしていませんでしたね。

 三上さんは機嫌よさげに、番号とチャットIDを送信します。

 

「なんだか、凄く機嫌がよさげですね」

「うん。──1シーズン限定でも、初めて自分が部隊の一員になれた日だから」

「.....」

 何というか。

 予想外にチームを組めた事を喜ばれていて。ちょっとだけむず痒い。

「だから、よろしくね。勝山君──私も、精一杯サポートするから」

 

 多分。

 この人は心の底から人との係わりを喜べる人なんだろうな、と。

 湛えられた笑顔を見て、そんな風に思えました。

 

 僕は。

 本当に素敵な人と部隊を組めました。

 その事に一つ感謝をするとともに──1シーズンとはいえ、出来る限り上へ行ける事を目指し、頑張ろうと。

 それだけを思いました。

 

 

 さて。

 人間見栄を張るもので。

 見栄の上に重ねた虚飾の度量を以て安請け合いを無意識の中行使する事があります。

 

 今僕も。

 そんな愚かしい行動を取ってしまった事を認識しました。

 

 ──日程を送ります。よろしくお願いします。

 可愛らしい絵文字と共に送られた日程を片手に、さあお店を予約せんとスマホを片手に持つと同時。

 固まりました。

 そもそも──僕はこちらに引っ越してきてからというもの、外食をロクにしたことがないのです。

 

 大体は寮の食事で事足りますし、お休みの日も基本的に自炊をしている僕は、あまりにも、あまりにも三門市のお店について無知でした。

 ボーダーの仕事もしながら弟妹のお世話もしているという三上さんの多忙極まる生活の中で、ほんの一時の休息日。それをこんな男との食事に費やすというのです。その諸々の準備を僕が負うのは自然の論理です。が。残念。僕は何処までも無知でした。

 

 さて。

 どうしたものか。

 

 打ち上げや歓迎会を行うとき、どんなお店を使いますか? 

 そう尋ねると。

 二宮さんはいつもと変わらない表情のまま、迷いなく言い切りました。

 

 焼肉、と。

 何という単純明快な一言でしょう。

 

 お店も紹介して頂きました。

 非常に美味しそうです。

 

 ですが残念。

 単純に高い。

 

 寮で悠々自適に過ごしている僕の貯蓄は月々溜まっていく一方であるので、特段問題ないのですが。

 三上さんの性格上絶対に割り勘をするでしょうから、その負担分を考えると焼肉はちょっと高校生二人には重すぎる選択でした。

 

 そこで、救いの手が。

「──ん? 店探しだァ?」

 

 その時。

 影浦先輩にその事を話すと、髪をガシガシ掻きながら言いました。

「ああ、そっか。お前部隊作ったんだっけ?」

「はい。1シーズン限定ですけど」

「ケッ。二人でやれるほど甘くはねぇぞ」

「まあ、その辺りも含めて工夫しながらやっていこうかと」

 そうですよねぇ。

 オペレーター一人、攻撃手一人。

 こんな構成で上に行けるなんて思っちゃいない。

 それでも付き合ってくれるという三上さんは、本当に何というか。感謝しかないです。

 

「ほれ」

 ポケットからぐしゃぐしゃになったチラシを取り出すと、僕に見せました。

 

「──お好み焼き屋ですか」

 おお。

 これならば、予算もそれなりで十分に楽しめることが出来そうです。

 

「ここ、俺んち」

「え?」

「ま、候補の一つとして考えときな」

 そう言えば。

 影浦先輩、実家がお店をやっているというお話を聞いた事があります。

 そうなんだ。

 お好み焼き屋さんだったのですね。

 

 僕は一つお礼を言うと、三上さんに電話をかけお好み焼きでいいかを確認します。

 了承の一言を頂き、僕は影浦先輩に席の予約をするのでした。

 

 

「自分で予約をして、アレなんですけど」

「うん?」

「お好み焼きで良かったですか?」

「うん。お堅い店よりも、こういうお店の方が私は好きだよ」

 じゅうじゅうと、豚バラが乗ったキャベツ玉が焼かれ、裏返される。

 ソースが塗りたくられ、鰹節が躍る。

 見るだけでも、食欲が湧きたつ色をしていた。

「私ね。とんこつらーめんが好きなんだ」

「とんこつらーめん....」

 何と。とても意外な好物です。

「うん。──私はそういう人間だから。これからもお店で変に気を遣わなくていいからね。あ、もう焼けたね」

「切り分けますね」

 コテを真ん中から斬り込み、そのまま半分に切り分け、それを更に三等分。

 豚バラを細かく切り進め、どうにか均等に切り分ける。

 

「ありがとう。それじゃあ、いただきます」

「いただきます」

 

 あの。

 影浦先輩。

 何故こちらを見ているのでしょうか......。

 

 僕自身どういう感情を浮かべているかは判然としませんが、一応影浦先輩に視線をやる。

 僕からどのような感情を受け取ったのでしょうか。にやにやと笑みながらキッチンの奥でこちらを見ています。

 

「──おいしい」

「本当。おいしいです」

 よし。

 今僕の中で「この店を褒めたくて褒めたくて仕方がない」感情が渦巻いているのを自覚します。

 このタイミングで僕は影浦先輩にもう一度視線をやります。

 すると、非常にむずがゆそうなそぶりを見せ、そのまま厨房の奥に引っ込んでいきました。

 

 影浦先輩。

 彼の人は非常にツンデレなのです。

 

「お店の予約してくれてありがとうね」

「いえいえ。三上さんはお忙しい方でしょうし。この程度やっておかなければならないですよ」

 注文物があらかた揃い、その後。

 つつがなく会話が拡げられていきます。

 お互いの家族の事からまず始まり、ボーダーに入隊したきっかけ。身の上話。

 三上さんはとても聞き上手な方で、相槌の打ち方も話題を拾ったり転換の仕方も実に鮮やかで、会話が途切れることなくずっと話続けていました。

 

「難病、なんだね」

「はい。まあ難病と言っても、単純に今の所治療法が確立されていないからその指定を受けているだけです。命に別状はないですよ」

「野球を止めたのって」

「はい。この病気が一番の原因ですね」

 

 この部分は。

 隠さずにお伝えした方がいいと、僕は思いました。

 下手に隠していると、後々その事が判明した時に非常に重く捉えられる可能性があるからです。

 このお話は僕にとって所詮は過去のものですから。

 あまり、重々しく解釈してほしくないのです。

 

「でも。今はまた別の目標が出来ましたし。そのことについては今は気にしていないですね」

「目標って?」

「ここで働くことで、この病気を治す方法を見つけ出す事。そして、──この街の復興を、見届ける事ですね」

「復興.....。復興、なんだ」

「はい」

 復興、という言葉が少し解釈に悩むのでしょうか。

 彼女は少し悩むそぶりを見せました。

「復興って。何を以てすれば復興なのかな、って。考えたんです」

「うん」

「三年前の侵攻で、この街は色んなものを喪っていて。じゃあそれは取り戻せるものか、と言うと.....絶対に取り戻せないものもあって」

 喪った人々。

 何をどうしようとも、あの侵攻で喪われた命は取り戻せない。

「あの侵攻が完全に過去に出来て、全ての恐怖から解放されて。──この街にいる人たちが、前を向いて歩いていけるようになれて、そこで復興と言えると思うんです」

 

 これが自然災害ならば。

 理不尽を押し付けられた人々も。時間の経過とともにそれを忘れられる。

 でも。

 三門市の人々は未だ──災害の中にある。

 続いている。

 あの日の侵攻が、今もまだ。

 

 あるはずの日常。

 無かったはずの非日常が。

 連続してぐるぐると、この街には渦巻いている。

 だから。

 それを、止めたい。

 そして──あるべき日常に戻して、戻った中でもう一度歩き出す人々の姿を。

 見てみたいと。

 そう、思った。

 

「それを僕は見届けたいんです」

 

 そう言い切ると。

 三上さんは──少しだけ閉口して、押し黙りました。

 

 まさか。

 あまりにもあまりな理想論に、少しだけ引いてしまったのでしょうか。

 いや。理解できます。こんなロマンチシズムに塗れた語りに、会話の中に多少は含むべきリアリズムは一切ないという事に。

 思わず語ったその内容を振り返る。

 うわぁ。

 痛い痛い痛い。

 でも仕方がない。これこそが僕の中の偽りのない気持ちですので。こんなロマンチストな一面も含めて受け入れてもらうしかない。

 

 .....などと。

 思っていたのは、杞憂だったようです。

 

「凄い」

 そう。

 はっきりと呟いてくれたものですから。

「え?」

「多分──ボーダーの中でそのお話を聞いて、応援しない人はきっといないよ」

 

 三上さんは。

 僕の目を真っすぐ見て。

 

「ちょっとね。不思議だったんだ」

「何がでしょうか?」

「何で影浦先輩と仲がいいんだろう、って」

 

 現在厨房の奥で何やら御母堂と話し込んでいる影浦先輩をちらり見て、三上さんは言う。

 

「でも話を聞いていて納得しちゃった。──ねぇ、勝山君」

「はい」

「──私。本気で頑張るから」

「.....」

「今は私と勝山君の二人だけだけど。ちょっとずつでも人を集めて。──出来るだけ、上に行ってみよう。この1シーズンでどこまで行けるか」

「.....はい」

「うん」

 

 そうして。

 鉄板の上のお好み焼きを全て平らげると、二人で割り勘を行う。

 最初は、形だけでも(どうせ断られるのを解っていながらも)全部僕が出すことを提案しようと思いましたが。

 

 何というか。

 今は、そうするべきじゃないと思いました。

 僕も三上さんも。

 この場において、同士だ。

 同士ならば、分け合うものだと。

 そんな風に感じて──ごく自然と、割り勘を選んだ。

 

 その後。

 影浦先輩にお金を突き返され、ぶっきらぼうに奢りだと告げられました。

 それはないよとお金を置いていこうとしましたが、その前に襟首を掴まれて店の前に放り出されました。

 

「ぷっ」

「あははは」

 

 何というか。

 とても愉快な気分でした。

 僕は何だか、底抜けにいい人たちに囲まれている。

 それを自覚して。

 

「じゃあ。勝山君」

「はい」

「ランク戦が始まるまでに、もうちょっと私達も頑張ろう」

「頑張る.....?」

「うん。──せめてあと一人、この条件で入隊してくれる人、探そう」

 

 そう言って、三上さんは屈託なく笑いました。

 

 うん。

 そうだ。

 

 一つでも上に行きたいならば。

 1シーズン一緒にやってくれる人を探そう。

 これもまた──これから幾らでも必要になる努力の一つだろうから

 




本作のテーマは
「ワートリで青春もの」です。

私なりに頑張ります。


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All My Homies

今回短いです。すみません。


 俺は。

 怠けない兎だ。

 

 才能があって。

 努力をすることも厭わず。

 走れば走るほど、先に行ける人間だ。

 

 そう思い続けていた。

 

 努力をして飛び越えられないハードルをこの人生の中で知る事もなく。

 自身の才能を使って。

 されど驕る事もなく。

 才能という武器に努力という硬い鎧をまとい、歩き続けてきた。

 

 自分が歩き続けてきた道の中。

 この二つさえあれば、どうにでもなった局面ばかりであった。

 

 

 

 が。

 今、ここにある現状は。

 

 何だろう? 

 

 今。

 俺は眼前にいる同い年の女の子にコテンパンにされている。

 

 B級に上がりたての、女の子に。

 

 目の前からすっと消えるままに、側面から弾丸が突き刺さる。

 振るう刀身も届かない。

 何をしても攻撃が通らない。

 勝てない。

 負けるしかない。

 

 十本連続で負け続け。

 思い知った。

 携える才能と、積み上げてきた努力。

 そんなものが通用する世界はここで終わりだ、と。

 まだまだ。

 まだ積み上げなければ届かない。

 そして。

 どれだけ必死に積み上げても、お前以上のスピードで積み上げていく者がいるのだと。

 それが今眼前に広がっている世界で。

 それはつまり──現実と呼ばれる代物で。

 

 

「......」

 個人戦ブースから出て。

 樫尾由多嘉は、ブース内の椅子に座り込んでいた。

 

 積み上げて。

 どうにかなるものなのだろうか。

 

 解らない。

 こんな事は、はじめての事だから。

 

 樫尾由多嘉。

 現在──人生はじめての挫折の真っ最中。

 

 

「人集め、進捗はどうかな?」

「ダメですね」

「そっかぁ」

「そうです」

 

 うん。

 どうにもならない。

 

 そもそも条件として「一年で解散」という文言が入っている時点で。

 折角入隊しても1シーズン終わればまたチーム探しをしなければならないとなると、中々首を縦には振りづらいだろう。

 

 そもそもが。僕と三上さんがランク戦で経験を積むことが第一の目的だったわけですし。

 となると、狙いは当然僕等と利害の一致が図れる人員という事になります。

 

 チームに無所属で。

 その上であくまで「ランク戦の経験」を求めている人材。

 

 後者の条件が中々に厳しい。

 基本的に皆々が所属できるチームを求めるのは、その分様々な特典が存在するからだ。

 ランク戦に参加できる。隊として防衛任務のシフトが組める。

 こういった諸々の特典を、たかだか1シーズンで手放すのは普通ならばデメリットしかないでしょう。

 

 そんなデメリットまみれの条件で入隊してくれる人間が、ピンポイントで見つかるわけもなく。

 

「まあ、焦らずに行こうよ」

「ですね」

 最悪。

 一人でランク戦をするのもそれはそれで面白そうですし。

 

 現在。

 僕と三上さんは本部から与えられた隊室にいます。

 お互い特段持ち込むものもなく(そもそも1シーズンで解散する予定の隊ですし)、簡素なソファとデスクセットだけが備えられている実に地味な装いの室内でした。

 

「それじゃあ、勧誘もかねて、個人ブースに行ってきますね」

「うん。気を付けてね」

 

 さて。

 個人戦ブースに来たはいいのですが。

 

 周囲を見渡せど、やはりどこかの部隊に入っている方々ばかりです。

 取り敢えず、人の出入りを見る為にも。

 僕はブース近くのソファに座る。

 

 そこに。

 

「.....」

 

 隣に。

 何やら今にも死にそうな顔つきの隊員がいました。

 その顔つきの死の気配たるや。青みがかった顔色。吊り上がった目つきに噛み締める下唇。いつこれからボーダー本部から飛び降りを敢行してもおかしくはない、何とも切羽詰まった顔つきをしていました。

 恐らくは中学生でしょうか。

 大人びた顔つきをしていますが、その分余計に顔つきに刻まれているあどけなさが目立っています。

「あの、大丈夫ですか? 何処か具合が悪いのですか?」

「いえ.....大丈夫です。お気遣いなく」

「頭を抱えながら言っても説得力がありませんよ。何か悩みがあるなら聞きますから。ここで話しにくいなら、落ち着ける場所を用意しますから。──ここでこんな風にしていたら、皆に心配されますよ」

 その隊員は結局意地を張る気力すらも失ったのか。

 そのまま食堂まで連れて行く事になりました。

 

「まずは自己紹介からしましょうか。僕は勝山市と申します。B級隊員です」

 二人分のコーヒーをテーブルに置く。

 まずは少し人心地つきましょう。

「.....樫尾由多嘉です」

「樫尾君ですね。──それでどうしたのですか?」

 

 それから。

 彼はぽつりぽつりと。

 話してくれました。

 

「そっか。木虎さんか...」

「はい」

 木虎藍。

 粒ぞろいと言われる今年の新人の中でも、ぶっちぎりのセンスを持つ女性だ。

 彼女に、一本も取れずに負けてしまったという。

 

「木虎さんは天才だから.....っていうのは慰めにはならないですか?」

「それは、解っているんです」

 

 うん。

 僕も解っている。

 

「でも.....何というか、どうしようもない差がそこでついてしまった気がしたんです」

「どうしようもない..... 」

「はい。──俺が努力しても。多分、木虎は同じだけ努力をすると、思うんです。そして──同じだけの努力で、多分俺の何倍も彼女は強くなっていくんだろう、って」

 

 自分が持っている才覚。

 そして積み重ねてきた努力。

 それら二つとも──上には上がいると知ってしまって。

 

 ああ。そうか。

 樫尾君は──はじめての挫折を味わってしまったのか。

 

「樫尾君」

「はい」

「はっきり言っておくと。ボーダーは君が敗れた木虎さんよりも、更に強い人が多くいる」

「.....」

「僕も。何度挑戦しても勝てない人たちがいる。どれだけ努力しても勝てない人たちが」

「.....はい」

「この先。その差を埋められるかどうか──それは保証できない」

「.....」

 

 どうしようもなく。

 この組織に集まり、B級に上がり、そして上で戦い続けている人たちは。

 常に自分を磨き続けている。

 最善を行い続けている。

 こちらがたとえどれだけ最善を積み重ねても──それはもう、ボーダーにとっては前提条件の一つでしかない。

 

「挫折をして。それを乗り越えるためには。──覚悟する以外の方法は、無いと僕は思っています」

「覚悟....」

「はい。──努力をしても、望む結果が出ない現実と向き合う覚悟です」

「....」

「努力が自分を救ってくれる訳ではなく。それが、この先の結果を保証してくれるものでもなく。──それでも、ずっとその結果を求め続けられる覚悟を、持てるかどうかです」

 

 挫折は。

 保証の喪失だ。

 

 自分が積み重ねてきたもの。

 そしてこれから積み上げていくもの。

 これらの合算物が──望むものに届かないかもしれない、という恐怖と向き合い、打ち克つ。

 その覚悟。

 それを持たなければ、挫折は乗り越えられない。

 

「──樫尾君。どうですか?」

「......俺は」

 樫尾君は。

 絞り出すような声を、喉奥から。

 

「──やっぱり。勝ちたい。木虎に、勝ちたいです」

「.....そうですか」

「木虎は.....次期のランク戦から、B級嵐山隊に入ります。多分、彼女が入れば──次期が終われば、嵐山隊はA級だと思います。それだけ──木虎が入った嵐山隊は、強い」

「そう、ですか」

「──リベンジできるのは、今しかないんです」

 

 樫尾君はそう言うと。

 グッと拳を握り締めていた。

 

「──よし」

 決めた。

「ねえ、樫尾君。──とても面白い話があります。ちょっと来てくれますか?」

 

 僕は出来る限りの笑顔を作り、そして──樫尾君を隊室に連れて行きました。

 

 

 結論から言えば。

 樫尾君は即、入隊を決めてくれました。

 

「よろしくお願いします」

「はい。こちらこそよろしくお願いします」

 

 彼は、嵐山隊in木虎へのリベンジを目標に到達する為に、この隊を利用すると。

 そうはっきり目的を告げ。この隊に入る事となりました。

 

「これで二人隊ですね」

「ええ。──とはいえ、流石に二人だと上位にはまだきついですね」

「うん」

 

 勝山隊(仮)の隊部屋の中。

 

 新規入隊者の樫尾君と共に、今後についての話し合いが執り行われる事となりました。

 

「勝山先輩は攻撃手のマスターランク。そして僕は.....まだポイントが追いついていないですけど、弧月とハウンドを使っての万能手を目指しています」

「ふんふむ」

「だから──あと一人。理想を言えば、狙撃手が欲しいです」

 

 そう樫尾君が言うと、三上さんが頷く。

 

「うん。樫尾君が凄く動ける駒だから。狙撃手がいれば、自由度がグッと上がると思う」

「狙撃手.....狙撃手ですか」

 誰かいたかな、と。

 そう思いつつ。

 

「あ」

 

 ここで。

 ひらめきを感じ取りました。

 いました。

 暇をしている狙撃手の方が。

 それも──飛びっきりの一流の中の一流の方が。

 

 

「──それで、話というのはなんだ、勝山」

「ちょっとお願いしたいことがありまして....」

 

 勝山隊(仮)の室内

 眼前には。

 

 つい先月、第二期の自らの部隊を解散し、フリーとなったばかりの方がいました。

 三上さんも。

 樫尾君も。

 目を大きく見開き、その方を見ていました。

 

 東春秋さん。

 

 ボーダーが誇る怪物狙撃手が、にこやかに僕の目を見ていました──。




仲間集め編。
監督探し編に続く。


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Walk This Way

 東春秋さん。

 この方がボーダーに残した功績を上げれば本当にキリがないのですが。

 

 何よりも──今ボーダーに存在する兵科である「狙撃手」のポジション。その理論を作り上げ、自ら実践し、そして組織に取り入れた。

 文字通り、比喩ではない「はじまりの狙撃手」

 

 そんな方です。

 いざ実戦の舞台に立てば八面六臂の鬼神と化します。

 

 ボーダーでもトップクラスの狙撃技術に加え、卓越した戦略眼に裏打ちされた隠蔽術が生み出す脅威の生存能力。

 生き残る事。

 相手が嫌がる事を徹底する事。

 

 この二つの能力が抜きんでたこの方は、数多くこなしてきたランク戦の中倒されたことは数えるほどしかありません。

 

「成程な」

 東さんは三上さんが持ってきたお茶を静かに啜りながら、一つ頷いた。

 

「面白い試みだ。1シーズン限定でチームを組み、ランク戦を行うのか」

「はい」

 僕は東さんにこれまでの経緯を説明しました。

 1シーズンに限定した即席のチームを作る事で、各々の目的に合わせた課題を解決する。

 僕は集団戦の経験を積む事。

 三上さんはランク戦のオペレート経験を積む事。

 そして、樫尾君は嵐山隊に入隊した木虎にリベンジを果たす事。

 

 それぞれ違った目的を持つ者同士が、利害関係の一致によりチームを組む。

 

「それで。どうして俺を引き込もうと?」

「むしろフリーなら引き込まない理由がないです」

 東さんを要らない、と言えるチームはないでしょう。間違いなく。

 この人がいるだけで、チーム力が何段階も上のレベルになる。

 

「──最初にはっきり言っておくが。基本、俺がランク戦に参加するのは人材育成のためだ」

「はい」

 理解しています。

 東さんが最初に隊長を務めた部隊はA級1位まで上り詰め、そのまま解散しました。

 その後──隊員の二宮さん、加古さん、三輪君は現在それぞれで部隊を組み、隊長となっています。

 この変遷を見るだけでも。東さんという人間は、一つの隊に縛り付けられる人間ではない事が如実に理解できます。

 あくまで東さんは隊を組み、組んだ隊員の育成の為にいる。

 

「だから。俺に戦術面や戦略面の貢献に期待するならそれは無理だ。俺は献策しない。この部隊に入るとしても、狙撃手の駒の範疇内でしか動かない。戦略はお前らで考えてもらう」

「はい」

 それは最初から想定していた事だ。

 東さん程の人間が、たかだかランク戦一つで指揮を執るわけがない。ランク戦の大いなる目的の一つは、隊員一人一人に戦術の重要性を叩き込む事です。この人の指揮の下で動くことに何の意味があるというのか。

 その事をちゃんと自覚しているのでしょう。

 

「むしろ。こちらがどう戦術を捉え、思考すればいいのか。その辺りの方針みたいなものを教えてもらえれば、と」

「.....ふむん」

 東さんは、ジッとこちらを見つめる。

 

「では。そうだな。俺がこの隊にいるべきだと。そう言える理由があれば教えてほしい」

 さて。

 ここからが交渉のスタートです。

 まあ、交渉と言えるほどのものではないかもしれないですけど。

 大丈夫大丈夫。

 僕は元々野球をやっていたのだから。野球を信じるんです。

 

「東さん程の人でしたら。東さん自身のメリットとかデメリットとか。そういう観点で部隊に入る入らないを決めている訳ではないと思います」

「.....」

「東さんが入り、その部隊が成長する事でボーダー全体にとってどれほどの価値を創出させられるか。その部分に重きを置いていると、僕は想定しています」

 続けてくれ、と東さんはいいます。

 頷く。

「第一次、第二次とも。東さんが率いた方々は今やボーダーにとってなくてはならない人材になっています。──そういう意味での価値を僕等が作れるか、と言えば。正直微妙でしょう」

「そう謙遜するな」

「いえいえ。──その上で僕等が東さんに提示できるメリットは。まず第一に僕等の部隊が1シーズン限定、という事です」

「どういうメリットだ?」

「単純に、東さんの拘束期間が非常に短いです。他のどの部隊に入るよりも、間違いなく短期間で東さんは自由になれます」

「成程な」

「先月第二期の部隊を解散して、それから二週間フリーだったことを考えると。東さんもまだご自身がどう動くのかまだ未定だったと思われます」

「そうだな」

「東さん自身がどう動くのか。もしくはボーダー上層部の方々がどう東さんを運用するのか。それを決める期間として、1シーズンというのはかなりいいのではないかと」

 この部隊は、どういう結果になろうとも1シーズンで解散する。

 それが決まっているからこそ、東さんも割り切って動くことが出来る。

 こちらに所属しながら、解散した後にどう動くのか。それを考える期間を得られる。

 完全フリーな状態でいるよりも、こちらの方が幾分有意義だろう。

 

「成程な」

「そして。──これも1シーズンだからこそのメリットですが。長期的視野に基づく育成を全部無視して、短期での育成を主眼とした育成に集中できます」

「ふむん」

「着実に時間を重ねてすべてのパラメーターを上げるというより、僕ら三人に足りない所を重点的に埋めていく。要は──短期間での育成、というサンプルを、僕等が僕等自身を差し出すことで提供できます」

 

 ある程度の目標を以て長い時間をかけて育成をする事と。

 定められた期間で最大効率を求め育成をする事。

 

 今まで東さんは前者を中心に取り組んでこられたと思われます。

 僕等は、後者の育成が出来る環境を東さんに提供する。

 

「僕等は東さんの加入によって実力が少しでも上がってくれるなら本当にありがたいですし。東さんも僕等を自由に使ってもらって構いません。ここで利害の一致を見ました」

 

 僕等は、東さんに時間とサンプルを。

 東さんは僕等に育成と力添えを。

 

 それぞれ与えられるものがある。

 ──例え、東さんと言えど。交渉する時は対等の目線を維持しなければいけない。

 それが。

 僕にとっての、東さんへの誠実さでした。

 

「.....俺が言える事ではないかもしれないが、普通に”入ってくださいお願いします”でも話は聞いていたぞ」

「多分それだと入ってくれないかと思いまして」

「まあな...」

 

 東さんは笑いながら、頷く。

「俺は別段──人を選んで育成している訳ではないぞ」

「そうなんですか?」

「ああ。──まあでも、やっぱり。望む結果を手に入れるために、必死に考えて行動する奴は嫌いじゃない」

 

 そう東さんが笑うと。

 言った。

 

「いいだろう」

 と。

 

「俺もお前の所に世話になる。──よろしくな」

 

 こうして。

 東さんという、飛びっきりのジョーカーが入隊する事となりました。

 

 

 という訳で。

 当然。

 年の功とか実績の功とか人徳の功とか。

 その諸々を合算して──当然、東さんが隊長をするべきであろうと、隊の名称を変えんと即座に本部事務室に向かおうとしたのですが。

 

「ん? 勝山隊でいいだろう」

 と。

 何と──東さん自身がそんな事を言うものだから。

 

「いやいやいやいや」

 あり得ません。

 絶対にありえません。

 東さんを差し置いて隊長に慣れる人間なんて間違いなくボーダー全体を見渡してもいないでしょう。

 ましてや僕の如き若輩者が。

 あり得ません。

 と──あの手この手で口八丁を駆使し主張を続けていたのですが。

「1シーズンで隊を作って、それぞれの利害を解消するアイデアはお前らから生まれたんだ。なら、お前らの中の誰かが隊長になるべきだろう」

「.....皆さんは、それでいいのでしょうか?」

 三上さんも樫尾君も異議なし、と声をそろえて言うものだから。

 逃げ場が無くなってしまいました。

 

 という訳で。

 勝山隊(仮)は、勝山隊として正式に決まりました。

 ええ......。

 

「取り敢えずは──この三人でやっていくという事で、よろしくお願いします」

「はい。よろしくお願いします勝山隊長」

「よろしくな隊長」

「よろしくね、隊長」

 

 ......うわぁ。うわぁ。

 東さんに隊長と言われるのは、何というか、凄まじい罪悪感がある。

 

 

「それでは。一応俺から方針を伝える」

 東さんはそう言うと。

 以下の事を伝えました。

 

 ・作戦会議時。東さんは問題提起はするが献策はしない。戦略・戦術共に他のメンバーで決める。

 ・短期間での実力の向上を目指すに辺り必要であるので、他部隊との合同試合を積極的に行う。

 ・ランク戦時においても、基本的に東さんは隊の指示を仰いだうえで動く。

 

「二つ目の方針だがな。これはこの隊を結成したコンセプトがそもそも集団戦への慣れを作るためのものだったから、ランク戦だけでそれをしてしまうのも勿体ないと考えて、こうさせてもらった。合同訓練のメンツは、適時俺が声をかけて人を揃えよう」

 なんと。

 本当に願ったりかなったりです。

 ランク戦以外でも、集団戦の機会を与えてくれるのだと。

 

「取り敢えず。──そうだな。勝山。樫尾。お前らの動きを知りたい。訓練室で、手合わせをしてもらっても構わないか?」

 了解です、と僕と樫尾君は言い。

 訓練室に入ります。

 

「──よろしくお願いします、勝山先輩」

「こちらこそ」

 

 そうして。

 一先ず二十本勝負を執り行う事になりました。

 

 

 結果は

 17-3でした。

「.....完敗です」

 そう言うと、樫尾君は項垂れました。

 .....まあ、これも経験の内という事でしょう。

 

「成程な。──勝山は、十分にエースを張れる能力がある」

「ありがとうございます」

 なんと嬉しい言葉でしょう。

 

「とはいえ。かなりはっきりとした欠点もある。そこを隊全体でカバーしながらの戦いになるかな」

「欠点?」

 樫尾君がその言葉を反芻すると、東さんは一つ頷きます。

 

「奇襲をかける場合には非常に強い。そしてタイマンでも非常に強い。だが射程持ちの隊員と連携を組んで襲い掛かられると途端に弱くなる」

「ですね」

 それは僕も自覚している弱点でした。

 

 僕は基本的に、そこまで多角的に動く攻撃手ではない。

 弧月使い同士の戦いでは積極的に鍔競りを狙いますし、基本は初撃を当てるために間合いを詰めながら戦うスタイルです。

 これはつまり、戦闘の中で脚を止めてしまう瞬間が多く、その分射程持ちにとって格好の餌食になる瞬間が多いという事でもあります。

 

 影浦先輩のように射撃を一早く察知できる能力もないですし、そこが非常に弱みになっています。要は、攻撃手同士でやりあっている時に射撃系の隊員に囲まれたら割と簡単に死んじゃいます。

 

「基本的に、勝山が暴れられる環境をいかに整えられるかが肝だな。タイマンなら、B級で渡り合える人間は余程でないといない」

 

 よし、と東さんは言って。

 

「早速明日からちょくちょく合同試合を組んでいくかな。A級もB級も混合で。要は経験だ」

 と。

 そう続けました。

 

 明日から。

 集団での戦いが出来る。

 

 よし、と一つ気合を入れました。

 こうなったからには、頑張らねばなるまい。

 

 

「お疲れ様」

 東さんの加入手続きを終え。

 樫尾君と東さんが一足先に帰った部屋の中。

 僕と三上さんだけが残されていました。

 夕暮れの朱色が、窓から差し込んでいて。

 デスクに座る三上さんと、僕が互いに部屋を片付けながらいました。

 

 そんな中。

 ポツリ、呟かれる。

 

「勝山君って。割と積極的なんだね」

 そう三上さんは言いました。

 

「そうですか?」

「うん。──多分私達、ランク戦で悪者にされると思うよ」

「東さん入れたからですか?」

「うん」

「まあでも、ルール違反ではないので」

「そうだね。違反じゃないね」

「普通の事だと思うんですけどね。野球部だって、全国大会常連だった子が帰宅部にいたら全力で勧誘するし全力で説得するでしょう?」

「そんな感覚なんだ」

「そんな感覚ですね」

 

 何だか。

 いいなぁ、この空気。

 他愛無い会話が繰り広げられる、この空間と空気。

 すごく、懐かしい。

 

「──勝山君」

「はい?」

「ありがとう」

 三上さんはそう呟くと。

 変わらぬ笑みを湛えていました。

 

「ランク戦、凄く楽しみになった」

「.....それはよかったです」

 

 礼を言いたいのは、こちらの方だ。

 あれもこれも。

 三上さんが最初に頷いてくれなければ、実現しなかった事です。

 チームの結成も。樫尾君と東さんの加入も。

 色んな事が動いて。もしくは自分で動かして。

 

 でも、その全ての源流は。

 三上さんが、やってみたいと言ってくれたからなのです。

 

「また、歓迎会やらないとね」

「東さんが行きつけのお店を予約してくれていると言っていましたね」

「あ、それは楽しみかも。──焼肉?」

「お。よく解りましたね」

「だって。以前連れて行ってもらったって子がいたから」

 

 後片付けなんて終わった隊室の中。

 お互い、無意識のうちに会話を続けていた。

 

「あ...」

 窓を見ると。

 朱色が褪せていく。

 

「──帰ろうか」

「はい」

 

 玄関口まで送り、見届け。

 

 宵に変わる空の月をふと見て、少しだけ風が吹きました。

 とても、涼やかだった。



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WHO ARE U ?

ちなみにサブタイは考えるのを放棄し適当に好きな楽曲の名称をつけてます。
特に意味はない。



「例えばですけど」

 休日のとある日。

 訓練室の中。

 僕と樫尾君が鍔競りで向かい合っていた。

 

「この硬直状態に陥った時に考える事は押し込む事じゃなくて、ここからどう相手の姿勢を崩すかです」

「...はい」

「相手も自分も両足がしっかり開かれて安定している状態です。そしてお互い斬りかかっている訳ですから、前に体重がかかっている。なので一番やりやすい崩しとしては、相手を前側に倒れ込ませる事です」

 

 少し力を加える。

 そうすると樫尾君はそれに押し負けんと、更なる力を加える。

 

「あ」

 更に力を籠めようと前に体重が向かった瞬間。右足を後ろに引く。

 そうするだけで、たたらを踏んで樫尾君の体勢が崩れる。

 

「と、いうように」

 

 崩し。

 返し。

 

 本当に奥深い技術です。

 

 刀剣での差し合いの中。

 相対する相手が力を加える方向を読み解く。

 

 左に込めるならば、こちらも左に。

 右に込めるならば、こちらも右に。

 

 相手が引くならば押し込み。

 相手が押すならば引く。

 

 後の先。

 

 相手が取るであろう行動を「先」に想定し。

 実際に行われる行動を「後」で対処する。

 

 鍔競りの場合。

 相手が加えた力の方向に、自分の力をちょっとプラスしただけで崩れるし、刀剣を動かせば返しすらできる。

 

「僕の他には、熊谷さん辺りが弧月を合わせての崩しを多用してきますね。最近めきめき攻撃手ランクに殴り込んでいる村上先輩なんかは、レイガストでの防護で崩しを入れてきます。タイマンで崩しが入ると軽くても手足は飛びますね。返しが入ると間違いなく首が飛ぶ」

「.....成程」

「向き不向きがありますので、無理に覚えようとする必要はないですけど。ただ積極的に使ってくる相手がいる事は覚えておいてください」

「了解です。──では」

「はい。実戦形式で戦いましょうか」

 

 ランダムに五十メートルほど離れた地点まで転送してもらい、実戦に入る。

 こちらとしても、まだまだ負けるわけにはいきません。

 頑張りましょう。

 

 

 ひたひた。

 ひたひた。

 

 勝山市の足運びは、異様だ。

 彼は鞘を前に掲げ刀身を隠し。

 こちらに不定の歩みで近づいてくる。

 

 ひたひた。

 ひたひた。

 

 一歩一歩が、それぞれ歩幅が違う。

 すり足に近いじりじりとした間合いの詰め方。

 恐らくは、足運びで位置関係を把握されない為だろう。意図は理解できるが、それでも何とも言えない恐ろしさがその姿にはある。

 

 ここで間合いを空けようとすれば。散弾銃の乱射が行使され、シールドで防御態勢に入った瞬間一気に踏み込まれ旋空で仕留められる。

 そのパターンで、何度か樫尾は仕留められている。

 だからこそ。

 この状態になり、なおかつ周囲に味方がいなければ──相手をせざるを得ない。

 

「ハウンド」

 まずは。

 勝山の足を止める。

 ハウンドを周囲に形成し、それを勝山の左右に散らす。

 

 勝山はシールドで一部のハウンドだけを防ぐと、防いだトリオン弾の軌道に自分を押し込むように、それを避ける。

 複数展開したハウンド。

 その一部を消し、消した軌道に身を割り込ませることで最小限の動きで回避動作を行う。

 樫尾は。

 その動きを見越し、ハウンドの誘導半径内に踏み込みを行う。

 ハウンドの軌道の中に足先を動かしたという事は、これは樫尾に動かされたものだ。

 彼の意図する間合いではないだろう。

 ここで、攻めなければならない。

 

「──ぐっ!」

 その動きも見越していたのだろう。

 抜刀と共に樫尾の足元に旋空を浴びせる。

 

 それをバックステップで避けると同時。

 勝山が一気に間合いを詰める。

 詰めながら、勝山は第二の斬撃の体勢に入っている。

 

 まずい、と考え弧月を構えなおし勝山の剣戟を受け止めようとするが。

 勝山の刀身は、彼の身体に隠されている。

 斬撃の軌道が。タイミングが。

 解らない。

 

 だからどうしても斬撃よりも前に弧月を前に出してしまう。

 その瞬間に。

 斬撃が行使される。

 

 弧月の軌道にかからない斬道の一撃が樫尾の上半身を斬り裂いていた。

 

 

「解ってはいた事ですが、ハウンドは非常に便利ですね」

 勝山はそう呟き、うんうんと頷く。

 

「ハウンドで左右の退路を塞いだうえで、誘導半径内で斬りかかる。銃手や射手相手ならば、確実に仕留められる連携技になれそうですね」

「そ、そうですか」

「例えば樫尾君がハウンドを放ったうえで、僕が散弾銃を撃つという連携であってもかなり厄介になるでしょう。それにハウンドでシールドの拡張性を分散させておけば、東さんにスナイプしてもらって仕留める事も出来る」

 

 僕等のチームは

 攻撃手、万能手よりの攻撃手、狙撃手という編成です。

 中距離が少し足りない。

 そこを埋め合わせる要素を幾つか考えた時。

 三上さんから提案がありました。

 

 ──敵の中距離戦力を潰せる戦術を幾つか用意しておこう、と。

 

 その中の一つとして。

 僕と樫尾君の連携で銃手・射手を狩る事を提案された。

 

 要は。

 中距離を中距離で叩く方向ではなく。

 中距離で戦ってくる相手に、近距離での戦いを強制する連携だ。

 

 その中で。

 樫尾君のハウンドを利用し相手の足を止め、その内に僕が相手との距離を詰める連携を取り敢えず用意しようと。

 

 そういう訳で。

 今樫尾君と僕は互いに訓練を行っていました。

 

「逆でも全然構わないんですよね。僕が散弾銃で攻撃手の足を止めて、樫尾君のハウンドで仕留めるってやり方も出来る。狙撃手の援護が敵にある状態だと、攻撃手相手でも出来れば近づきたくない時もありますから」

「はい。──もっと、ハウンドの練度を上げます」

「うん。お願いするね」

「はい!」

 

 樫尾君は非常に明瞭な声で、そう返事を返します。

 

 樫尾君は、非常に真面目です。

 勤勉であり、常に思考を働かせながら動いているのがとてもよく解ります。

 

 先程までも、ずっとB級ランク戦の過去の記録を漁りながら戦術を学びつつ、そのたびに東さんに何事かを聞きに行っている様子が伺えます。

 連携の訓練一つとってみても、彼は嫌な顔一つもせずに付き合ってくれます。

 偶然とはいえ、本当にいい隊員を得られたと思ったものでした。

 

「──さて」

 一通り訓練メニューを終えて。

 さてどうしたものでしょうか。

 

「お疲れ様です」

「お疲れ様です、三上さん。訓練室の調整、ありがとうございました」

「これが私の仕事だから。──うーん、お腹が減ったなぁ」

 三上さんがそう言うと同時、時計を見る。

 おお。もう中々いい時間ですね。

 

「一緒に食堂に行きましょうか。樫尾君はどうしますか?」

「はい、お供します」

 

 という訳で。

 食堂に行く事になりました。

 

「勝山君はお弁当?」

「はい」

「小さい....」

「小食なんです....」

 

 そう。

 僕は小食なのです。

 

 野球をやっていた時。

 小食ではどうしてもやっていけなくて無理矢理に飯を掻き込んでいた時期もありますが、もうその必要もなくなり体重もどんどん落ちていっています。食事に苦痛が伴っていたため、無理に食べることもなくなり更に体重が減っていっている。成長期の男としては割と致命的な状況ですが。まあいいでしょう。

 

「樫尾君は食堂で何か頼みますか?」

「はい」

「奢りますよ」

「いえ、流石にそれは。親から昼食代もいただいていますし、お気になさらないで下さい」

「.....二人とも、話し方が固いね」

 

 三上さんが、僕と樫尾君の会話を聞きながら、そんな事を言いました。

 

「僕はまあ、アレですね。色々と必要に応じてこうなった感じですけど」

「俺は、家の方針ですね。年上の方であれば、両親相手でも敬語を使っていましたので....」

 なんと。

 両親相手でも敬語とは。これまた珍しい。

 

「樫尾君は──お、サラダバーですか。いいですね」

「はい。俺、ポテトサラダが好きなんです。特に、ボーダーの食堂のものが本当に美味しくて」

「ポテトサラダ.....いいですね。僕も、ジャガイモが余った時によく作っていました」

「自炊していらっしゃるんですか?」

「はい。実はやっているんです」

 

 僕の両親は共働きでした。

 両親ともに、子供のころからの夢を叶えた人で。

 父は編集者。そして母はイラストレーター。

 二人とも多忙な日々を送っておりまして、自然と僕は身の回りのことを自分でやるようになりました。

 自炊も、その時から始めていました。

 病気になってやらなくていい、とも言われていましたが。ここまで来たら完全に意地でした。病気を原因にやらなくなるのはとても癪だったので、今も続けています。。

 

「この前。太刀川隊のお部屋にお邪魔していたのですが」

「うん」

「太刀川隊長が七輪でお餅を焼きながら”俺も自炊している”と仰られていたのですね」

「.....」

 僕は弁当を開きます。

 ブリの照り焼きと千切りのキャベツと卵焼きとちびた握り飯。卵焼き以外全て余りものでした。

 キャベツを口にします。いい感じにしなびています。

 

「自炊と定義していいのでしょうか?」

「まあ、ダメでしょうね....」

 樫尾君はそう言います。

 はい。

 僕もそう思います。

「太刀川さんこの前国近先輩に首絞められていたんですよ」

「何故ですか.....」

「ゲーム機の調子が悪かったから、分解して清掃をしたらしいんですね。そうしたらホコリと一緒に大量のきな粉がでてきたらしくて」

「.....」

「.....うん。それは怒るだろうね、国近先輩」

 

 ボーダー一のゲーマーこと、国近先輩。

 まさかまさか隊長の愚行のおかげで自身の生命線が破壊されようとしていたのです。

 

「よう」

 

 ん? 

 声が聞こえました。

 とても、聞きなじみのある声です。

 

「あ、太刀川さん」

「おう。久々だな勝山」

 

 そこには顎髭をたたえ、ロングコートを着込んでいる方が一人。

 向かいの座席に座り、海苔に巻いた餅をのびのびと食べておりました。

 鉄輪を携えて。

 

「....」

「....」

 三上さんと樫尾君は閉口しています。

 まあ、気持ちは解ります.....。

 

「首を絞められて少しは懲りましたか」

「ん? 何言ってんだ。アイツが首絞めんのなんていつもの事だ。ゲームで負けが込むといつもそうしているぜ」

「では、何故食堂に」

「この前レポートの為にタコ部屋に押し込められた時にさ」

「はい」

「腹が減ったから餅焼いてたの」

「はぁ」

「でさぁ。炭火の勢いがあんまりにもよすぎて。もくもくと煙が立っちまってて。でも脱走防止用に鍵もかけられてるしで」

「あ....」

「いやー。その時トリオン体に換装してなきゃ、俺何か死んでたっぽいんだよね。ほら、あれだ。イッサンコタンギ中毒だっけ?」

「一酸化炭素中毒ですね....」

「おお、それだそれだ。それから忍田さん大激怒しちゃって」

「しちゃって?」

「部屋で餅焼くの禁止になっちまった」

 当たり前です。

 

 

「それで」

「はい」

「レポートはどうにかなったんですか?」

「馬鹿を言え。ならなきゃ押し込められた意味がねェじゃねぇか」

「それは.....よかった.....」

 本当に。

 よかった。

 この人の為でもありますけど──何より風間さんや忍田本部長の為にも、心からよかったと思える。

 大変だなぁ。

 こんな人がナンバーワンなせいで。

 

「よし」

「何がよしなんですか....」

「レポートの呪縛はあと二週間ばかり消え去った」

「準備しましょうよ」

「という訳で」

「はい」

「──鍋するぞ」

 

 ん? 

 んん? 

 

「すみません太刀川さん」

「なんだ?」

「意味が解りません」

「解らねぇか」

「解らないです」

「お前は隊を組んだらしいじゃないか」

「ええ、まあ、はい」

「俺とお前の仲じゃないか」

「はい、そうですね。本当に良くして頂いています」

「しかも──お前の隊に東さんもいる」

「そうですね、はい」

「だから、鍋だ」

 

 ん? 

 んん? 

 何故でしょう。僕の理解力が及ばない。

 

「お前の所の寮の部屋を使ってだな。お前らの隊結成を祝って今夜鍋をする。酒の準備は俺等がする。メンバーも俺等が集めよう。必要ならば金も出そう。コンロも鍋も用意しよう。──で、お前は食材を用意しろ」

「ええ....」

「この前お前鍋作ってくれたじゃん。確か、三輪隊がA級上がったお祝いに。あれ美味かったからさー。いいじゃないか。東さんもいるし」

「東さんにはもう許可を.....?」

「おう」

「.....」

 

 ピピピ。

 東さんに確認。

 あら、本当に。

 本当に許可を出しちゃったんですね東さん。

 

「じゃ、頼んだ。メンバーは後からメールするから、よろしく」

 そう言うと。

 太刀川さんは颯爽とその場を去っていきました。

 

「.....」

「.....」

「.....」

 

 黙りこくる。

 

「あの.....お前ら、って事は。俺達も強制参加ですか?」

「用事があるなら本当に帰って大丈夫ですよ.....」

「いえ、特段の用事とかはないのですけど.....」

「私も、用事とかは特にないけど.....」

 

 言いたい事は解ります。

 はい。

 余りにも唐突すぎて──ちょっと頭が回らないのでした。

 

 という訳で。

 今夜──唐突に鍋パーティーが始まる流れとなりました。

 

 何じゃあそりゃあ、と。

 心の中で叫びました。



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乾杯

 どうも東さんから聞いたお話を統括すると以下のような事態であったと言います。

 

 太刀川さんは地獄の日々を送っていました。

 溜め込んでいるレポート課題五つのうち三つが必須科目のものであることが判明し、風間さんも忍田さんも大激怒。しかも一つは二日後にまで提出をしなければならないものだったと。

 それで問答無用で二日間タコ部屋に押さえつけたわけなのですが、風間さんの防衛任務と忍田さんの会議が重なり両者とも太刀川さんから目を離さずをえなかった空白の時間が生まれてしまった。

 その隙に太刀川さんはこっそり持ち込んでいた鉄輪で餅を焼いていたそうなのですが、炭火の付きが悪くコピー用紙を一部千切り燃やし火種にした所あまりにも勢いがよくなりすぎてモクモクモク。無意識のうちに練炭自殺をやらかそうとしていたのだそうです。その時トリオン体に換装していたからよかったものの。下手をすればボーダー№1隊員が一酸化炭素中毒で死んでいたという事実に忍田さんの背筋に凄まじい悪寒が走ってしまったのだと。

 

 そんな彼はレポートにプラスして反省文まで提出を求められ二徹でどうにかこうにか全てを終わらせました。

 そして全てのレポートを書き上げた太刀川さんは思うがままに個人戦を行っておりました。

 

 そんな時です。

 太刀川さんは何と加古さんに「レポートを終わらせた記念」という理由付けにより食事会を開こうかと提案されたのだそうです。

 こういった場面での太刀川さんの頭の回転の凄まじさというのは見事なもので、単純な拒否では断れないだろうと判断をした彼は架空の予定を作り出すことによりその場を切り抜ける事を考えました。

 

 それが、この鍋パーティーだったという事です。

 

 まさかまさかの加古さんからの逃げ口上に使用されたことも驚きですが、ここに至る経緯まで含めると太刀川さんという一個体の人間としての根本部分がどうにも疑わしくなるのですが。その辺りも含めて東さんが認識したうえで許諾を与えているという事は、きっと太刀川さんにものっぴきならない理由があったのでしょう。そう信じます。はい。

 

 そして。

 メンバーを見ます。

 太刀川さん、風間さん、二宮さん。そして隊の皆

 

 A級上位部隊の隊長が集まるという。

 何かの嫌がらせでしょうか? 

 

 そして僕の隊の結成を祝う会であるのに、食材の準備をさせるのは何故なのでしょうか。

 

 と。

 不条理な気分を少しばかり味わいながら、まあでもああ先輩に言われたら逆らえる根性はありません。残念ですが、僕は体育会系の理屈に染まっていて、かつ意志が弱いのです......。

 

「では二人とも。これから用事はありませんか?」

「すみません、俺は一度家に戻ってもいいですか?」

「はい。大丈夫ですよ樫尾君。後でスマホに寮の場所を伝えておきますから」

「私は今家に連絡したよ。今日はお父さんがいるから大丈夫だって」

「了解です。それじゃあ」

 鍵を取り出し、三上さんに渡します。

 

「え?」

「先に待っていて下さい。食材の買い出しに行ってきますので」

 

 近場のスーパーまで徒歩で二十分。

 僕の歩行スピードを考えると、三上さんを付き合わせるのは少々申し訳がない。

 

「部屋は、奇跡的に昨日ちゃんと片付けていたので。そんなに見苦しくはないと思います」

「.....」

「すみません。俺急いで家まで帰ります」

「はい。お待ちしています。──では、三上さん。先に向かってもらっても....」

「ううん」

 僕の言葉を遮り。

「私も行く」

 と。

 普段の三上さんには珍しい、断固とした口調で、そう言いました。

 

「行こう? 場所を教えて」

 そして。

 僕に先導するように彼女は歩いていく。

 

「....」

 どうやら。

 買い物に僕一人で行こうとすることが、不服であったらしい。

 僕の左足の状態を知っているからでしょうか。

 だとしたら気を遣わせて少々申し訳ないな、と思いました。

 

 

 それから。

 僕達は三門市の西側にあるスーパーまで向かう事となりました。

 松葉杖をついて歩く僕を気遣ってか、三上さんは車道側にポジションを取り、歩調を合わせていました。

 特に何も意識してはおらず、至極当然に行っているのでしょう。

 一緒に隊を結成してから理解しました。

 この人は、本当に気遣いの人だ。

 無意識のうちに他者を慮り、気遣い、そしてそれを本当にさりげなく行える人なのだと。

 

 宇佐美先輩が大好きなのも頷ける。というより、この人を嫌える人はよっぽど偏狭な視野の中で生きている人でしかありえない。特に同性の人に好かれる人だろうな、と思えた。

 

 スーパーにつくと一足先に買い物かごを手に取り、

「どんな鍋にする?」

 と聞いてきました。

 

「シンプルに醤油鍋にしようと思います。嫌いな人あんまりいないでしょうし。お酒とみりんと醤油は家にもありますし」

「お肉はどうする?」

「鳥にします。今日は鳥のミンチが安いみたいですので」

 手早くキャベツとしらたき、舞茸と白ネギと大根を手に取り、三上さんが持つ籠に入れます。

「白菜じゃなくて、キャベツなんだ」

「普段はボリューム的に白菜ですけど。今回はお客さん用ですので。甘みが強い野菜の方がいいかな、と」

「使い分けているんだ」

「鍋って、基本連日使いませんか? せっかく出汁取ったのに一回で終わるの勿体なくて。そうなるとキャベツはすぐにひたひたになってしまうので」

「何だか凄く所帯じみてるなぁ。一人暮らしでしょ?」

「根っからの貧乏性なんです....」

 元々。

 両親から食費を渡されて、金額内で材料を買ってきていた事があって。

 僕はその時とにかく少しでも身体を大きくしたくて、安い材料を見つけ出して少しでも多く量を確保しようと頑張っていた時期があります。

 その名残でしょう。

 

「でも解るなぁ。私も、一番上だから」

「兄妹がいらっしゃるんですね」

「うん。四人」

「それは大変でしょう....」

 そうか。

 だからこの人は、頻繁にご家族と電話をしているのか。

 

「大変だけど、やっぱり可愛いから」

 そう彼女は言うと、僕を先にスーパーの外に向かわせ、ささっと買い物袋に材料を入れて外に出てきました。

 

「それじゃあ、行こうか」

「あの....」

 流石に。

 ここからの道まで三上さんに荷物を持たせるのは忍びない。

 7人分の材料です。

 せめて二つある袋のうち一つくらいは持たせてほしい。片腕は空いているのですから。

「大丈夫。私、結構体力はあるから」

「いえ。そういう事ではなく....」

「松葉杖ついている人に持たせるわけにはいきません」

 それに、と三上さんは言って

 

「私も、隊の一人だから」

 ふふ、と笑う。

「勝山君が──その病気を治したい、って思っているなら。私もちゃんとその手伝いをしたいし、助けになってあげたい」

「.....助けになりっぱなしで、すみません」

「ううん。──私も助けられてる。だから、こうしているの」

 ひらひら、と。

 買い物袋をちょっとだけ掲げて。

 少しはにかむ。

 

 多分。

 この人にとっては、だから、じゃないのだと思う。

 何も関係のない他人にも、きっと優しくしているのだろう。

 そう。ちょっと気恥ずかし気にはにかむ姿を見て──そう思ったのでした。

 

 

 それからというもの。

「まあそこまで急ぐ必要もありませんし。ゆっくりやりましょうか。樫尾君から連絡はありましたか?」

「うん。お家の用事が終わったから、すぐにこっちに来るって」

「了解です。──あ、すみません。鰹節とってもらっていいですか?」

「はい。どうぞ」

 

 三上さんはすぐにこちらのキッチンの配置を確認すると、手早く調理の手伝いを始めました。

 僕が調理をしている間、三上さんが洗い物や片づけを行う。

 調理と言っても簡単なものですが。

 昆布を水に戻し、弱火でだしを取った後に沸騰させ鰹節を入れる。そのまま煮立つまで待ち、だし汁に醤油みりんお酒を投入し、これまた煮詰める。

 

「──お、いい感じですね。すみません三上さん」

 僕は味見用の小皿にスープを写し、味見を一つ。

 割と整っているように思いますが、どうせなら三上さんにも味見してもらおう。

「どうしたの?」

「ちょっと味見してもらってもいいですか」

 僕はもう一つ味見用の小皿を取り出そうとして、

「了解──うん。これでいいと思う」

 三上さんは特に躊躇う事もなく、鍋の横に置かれた、先程僕が味見に使った小皿を手に取ってスープを移し、飲んでいました。

「どうしたの?」

「いえ」

 特に気にしていない辺りが。

 この人の凄さだと、本気で思います.....。

 

 

「──という訳で」

「──勝山、隊結成おめでとう」

 太刀川さんと風間さんが、向かいからそう声を上げていた。

 

 準備を終えて十分後くらいに樫尾君が来て、それから三十分ほどして他の方がでっかいテーブルとドリンクとお酒とコンロを持ち運び、来るやいなや手早くセッティングしました。

 

「ありがとう! 俺の為に鍋の用意してくれてありがとう!」

「.....すまん。この馬鹿のせいで。本当にすまん....」

 珍しく。

 風間さんが神妙な表情を浮かべつつ、頭を下げていた。

 あと太刀川さん。やっぱり僕たちの為というのは詭弁だったんですね。

 

「まあまあ、太刀川はああいっているがな。皆お前が隊を結成したから祝おう、という話は出ていたんだぞ」

 おお。

 そうなのですね、東さん。

「本当は店でも取ろうか、って話だったんだがな。まあ、その辺りはちょっと太刀川を同情してやってくれ。加古にやられかけたんだ」

「8割の可能性にかけるつもりはなかったのですか.....」

「加古の買い物袋からな......プリンと、イカと、はちみつが見えていたと....」

 あ。

 ああ.....。

「そういう事だ。──お前の善意のおかげで俺の命は救われた訳だ。ありがとな」

「本当ですよ。僕はいいですけど、太刀川さんはもうちょっと周囲の善意に感謝するべきです」

「全くだ。そろそろいい加減にしろ太刀川。今度は生身の肉体のまま練炭部屋に叩き込んでやろうか」

「わっはっは。──ところで鍋はまだか。腹が減った」

「話を聞けこの馬鹿が」

 

 太刀川さんと風間さんが、何だか漫才のようなやり取りをしている中。

「勝山。鍋の材料はいくらかかった? 領収書はとっているか?」

「はい。二宮さんの分のジンジャーエールも買ってきました。お酒と割るかなと思って無糖のも」

「ああ。感謝する。──後であの馬鹿に全額支払わせるから、その領収書をこちらに寄こしてくれ」

 二宮さんは二宮さんで。二宮さんらしく振る舞う。

 

「.....何というか」

「あの方が、個人総合ナンバーワンの....」

「ああ。アイツがだ」

「....」

 樫尾君は。

 絶句していました。

 

 .....それはそうでしょう。ショックでしょう。

 でも残念、あんな人なのです。

 あんな人が、ボーダーの全隊員のトップです。

 現実を受け入れる勇気を持ちましょう、樫尾君。

 

「どうだ。三上。お前ははじめての奴ばかりだろう」

「いえ。大丈夫ですよ。皆さん優しい方ばかりで」

 東さんは、この前まで本部勤務ではじめての人ばかりであろう三上さんを気遣って声をかけています。

 

 さて。

「そろそろ鍋も煮えて来たので、はじめましょうか」

 僕はコンロの上で煮立つ鍋を開ける。

 それと同時に。

「それじゃあ──乾杯って事で」

 

 そして。

 鍋パーティーが始まりました。

 

 

 時間は少し前後する。

「.....よう迅」

「あ、こんちゃす諏訪さん」

 

 迅悠一と諏訪洸太郎は本部でばったり会い、そして挨拶を交わした。

 

「タバコ休憩ですか?」

「おう」

 諏訪は胸ポケットから煙草を取り出し、火をつけようとする。

 

「諏訪さん」

「あん?」

「一応言っておきますね。──ここで吸わない方がいいですよ」

 迅はそう言った。

 諏訪は、怪訝そうに顔を顰める。

 

「なんだなんだ。俺が肺やられてくたばる未来でも見えたのか?」

「悪い未来ではありますね」

「けっ。そんな事で止めるかっつーの」

 ジポ、と火をつける。

 ああ、と迅は思う。

 

 迅は。

 副作用を持っている。

 多量のトリオンを持つ人間のみが発現する、特殊な能力。

 迅のそれは──未来視であった。

 

「じゃあ、諏訪さん。俺はここで」

「おーう。暗躍頑張ってなー」

 

 その後。

 諏訪は思い知る事になる。

 

「──あら、諏訪さん」

 この休憩所に訪れる。

 一人の女性。

 そして。

 

「加古に......堤?」

 細い目を、更に苦し気に細める。

 堤大地の姿。

 

「こんにちわ。ところで──」

 笑う。

 笑う。

 

 加古が、笑う。

 

「本当は太刀川君に振舞う予定だったけど、予定があったらしくて。──これから堤君と一緒に炒飯を食べるのだけど、ご一緒にどうぞ」

 

 諏訪。

 地獄への道への、ご招待。

 

 震える口元。

 そして煙草。

 

 全て理解した。

 ここで行使される悪夢。

 先程耳にした悪い未来というのは──

 

「迅.....あの野郎ォォォォォォ!」

 

 未来を知る男。

 そして──悪夢を引き込んだギャンブラー。

 

 あまりにも酷な、悲劇であった。




好きなアーティストがどんどん薬で捕まっていく。
へっへっへ。


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俺はやる

 鍋を囲み。

 時間が過ぎゆく。

 酔った風間さんが太刀川さんを殴り倒し、二宮さんが粛々とビールとジンジャーエールを割って飲み(シャンディガフというカクテルらしいです)、東さんはそれらを笑って眺めていました。

「おおう、お前の名前は、あー.....」

「か、樫尾です」

「樫井?」

「樫尾です....」

「OK、樫尾。どうだー。勝山は~」

 さて。

 殴り倒した風間さんの方がアルコールでノックダウンすると同時起き上がった太刀川さんは絡める相手を探して樫尾君の隣に座っています。

「ど、どうとは?」

「いや。ちゃんとやってんのかな~って」

「は、はい! とてもよくしてもらっています!」

「お~。だってさぁ、勝山ァ。よかったなぁ~」

「何がいいんですか.....」

「お前がちゃんとしてるって事はだな」

「はい」

「お前と個人戦をやり続けてきた俺もちゃんとしているって事になるからだよ」

「ひどい論理の飛躍ですね.....」

 貴方がちゃんとしているならどれだけ忍田さんの胃が休まる事か。

 いい加減自覚してください。

 

「東さんが隊長をやらないとは。はじめての事ではありませんか?」

「ああ。俺はあくまで駒の一つだ。まあ、望まれれば指導はするがな。──はは、二宮は本当にジンジャーエールが好きだなぁ」

「ええ。ビールと合わせるのが意外と美味いんですよ」

「今飲んでるの、ビール入ってないぞ」

「.....」

 

「三上って言ったっけ? やるじゃないか」

「えっと.....何がでしょうか?」

「風間さんに酌し続けてぶっ潰したじゃないか。諏訪に続く快挙だ」

「えぇ。私、そういうつもりじゃなかったですよ....」

「ん? そうなのか。いや、風間さんも女の子から酌してもらった酒を無下にする訳にも行けないからな。ぐぃぐぃ飲んでぶっ倒れちまった。それを狙ったのかと」

「悪意に満ちた推測は辞めてあげて下さい太刀川さん.....それにしても凄かったですね」

「ああ。まさかぶっ潰れる寸前の人に”寝るなァ! ”って叫ばれて殴られるとは思わなかった」

 酔った風間さんの、とろみついた目元が──太刀川さんの顔面を捉えた瞬間、元の鋭い目つきに戻り、寝るなと叫んで一撃頬に叩き付け、そのままダウンしたのです。

「いい薬になったでしょう、太刀川さん」

 風間さん程の人でも心底疲れたのでしょう。だからこんな目に遭うんです。

「そうだな。──今度はちゃんと三日前にはレポートにとりかかるようにしよう」

「何日前でもいいからちゃんと終わらせてください」

 こんな人を大学に送り込んだボーダー側にも問題があるとは思いますが。

 まあ、もう仕方がないのでしょう。

 こういう人です。

 

「そろそろ締めの時間だろ」

「締めの用意はあるか、勝山」

「はい。ちゃんぽん麺とお米の両方を用意していますけど.....」

 

 僕がそう言いながら鍋を見ていると。

 どうにも不思議な光景が。

 

「ん?」

 太刀川さんが既に焼きお餅を入れている所でした。

「ひぃー、ふぅー、みぃー」

 醤油ベースの出汁の鍋にはさぞかし合う事でしょう。

 太刀川さんは誰の許しを得る事もなく餅を入れ、そして入れた後に数えます。

「人数分に一個足りねぇな」

 と。

 あまりにも不誠実なその返しを聞いて。

「.....」

「.....」

 

 いつの間にか起きていた風間さんと二宮さんが。

 太刀川さんを見つめていました。

 

「当然だな」

「ええ、当然ですね」

 

「それじゃあ頂きます──あれ」

 

 太刀川さんが鍋に箸をかけようとした瞬間。

 いつの間にか目を覚ましていた風間さんと二宮さんが見事な連携プレーを見せました。

 風間さんが手刀で太刀川さんの手を払い、その間に二宮さんが各取り皿に餅を入れていく。

 当然。太刀川さんの取り皿以外に。

 

 悲しそうな目でこちらを見る太刀川さんの瞳は。

 格子の奥に囚われた罪人のようでした。

 特段、同情もしませんでした。

 

 

「──今日はすまなかったな。勝山」

「いえ」

 残った様は。

 死骸の山でした。

 生き残ったのは東さんと僕と三上さんだけ。

 樫尾君は太刀川さんに肩を掴まれながらぶっ倒れていました。何があったのかは知りません。

 

「今度、焼肉に連れて行ってやるから」

「ありがとうございます」

「まあ、アレだ」

 東さんはぼりぼりと頭を掻き、言う。

 

「一応。これが太刀川なりの祝い方なんだ」

「そうみたいですね」

 あの人にとって。後輩の下宿地に等々に上がり込み鍋をすることが祝う範疇にあるらしい。不思議な人です。

 

「太刀川も風間も、お前を可愛がっていたもんなぁ。個人戦もかなりやってもらっていたみたいじゃないか」

「ですね。本当にその点では感謝しているんです。本当に.....」

 まだB級に上がりたてのペーペーだった頃から。

 太刀川さんと風間さんには本当にお世話になった。

 個人戦に付き合ってもらっていただけですけれども。それでも本当に様々な気付きを与えてくれた。感謝してもしきれません。

 

「それじゃあ、俺は外でタクシー呼んでくるから」

「あ、僕がやりますよ」

「いいのいいの。こういうには俺が慣れているから」

 

 そう言って東さんが出て行くと。

 僕と三上さんだけが残されていました。

 

「.....」

「.....」

 

 少し目が合って。

 何だか、互いに笑ってしまった。

 

「片付けよっか」

「はい」

 倒れ伏す他の人たちを横目に、空き缶の中身をシンクに流し、もうすっからかんになった鍋を洗い、片づけを行う。

 何だかんだで。

 とてもいい日でした。

 

 

「次のランク戦の相手が決まりました」

 本部から転送されてきた相手を見ます。

 

「えーと.....茶野隊と間宮隊との三つ巴戦ですね」

「茶野隊.....ですか」

 聞いた事のない名前であった。

「はい。今年から結成されたチームです。僕等と同じですね」

「成程」

「銃手二人のチームという事です。両者とも拳銃型のトリガーを使うとの事ですので、詰めたうえで攻撃手の距離感で仕留めたいですね」

「ええ。そして間宮隊は──」

「こちらは射手三人の部隊ですね。全員がハウンドを使用しての連携技があるとの事なので、合流前に仕留めるのが吉ですね」

 

 さて。

 初のランク戦が決まったところで。

 

「樫尾君」

「はい」

「役割分担を致しましょう」

「え?」

「ブリーフィング前の戦略・戦術の決定は全員の合議で決めますが──いざ現場に入った際の指揮は、樫尾君に一任します」

 

 これは。

 事前に決めていた事だ。

 指揮官は二人も要らない。

 僕か樫尾君か。

 どちらがいいのか。

 そう考えた時──東さんからアドバイスを頂いた上で、決断した。

 

「このチームで、一番点を取りに行かなければならないのは僕になるでしょう」

「は、はい」

「だから。役割分担。僕は基本的に点取りに従事しますので、指揮は任せます」

 点取り屋と指揮官は分けなければ、余程能力がなければ役割過多になってしまう。

 だからこそ、樫尾君に任せる。

 

「僕も献策はします。あんまり期待は出来ないですけどね。でも──最終的な決断は、樫尾君に任せます」

 

 東さんは、今回は駒の一つだ。

 決断は僕か樫尾君がするしかない。

 ならば。

 僕は樫尾君に任せたい。

 

「頼みます」

 樫尾君は。

 一つ目を瞑り。

 

 息を吸い。

 吐いて。

 

「やります」

「任せます」

 

 という訳で。

 樫尾君が指揮を行う事となりました。

 よしよし。

 段々と部隊の形が整ってきました。

 

 

「後はどうしましょうか?」

 ブリーフィングを終え、ある程度の方針を決めた後。

「勝山、樫尾」

 東さんに呼ばれます。

 

「はい。どうしましたか?」

「前々から予定していた訓練を行おうと思う。ちょっとついてきてくれ」

 

 東さんに言われるまま。

 僕と樫尾君はブースまでついていきます。

 

 そこには──。

 

「あ、──三輪君に奈良坂君ではないですか」

「よ」

「.....久しぶりだな、勝山」

 そこには。

 同級生の三輪君と、奈良坂君がいました。

 以前A級部隊に昇格した、三輪隊の二人。

 

 

「今回、この二人が訓練相手だ」

 東さんは、そう言うと。

 訓練内容を伝える。

 

 今回は。

 三輪君、奈良坂君の二人と、僕と樫尾君の二人で対戦する事が訓練内容。

 

 僕と樫尾君が、三輪君の前に立ち、奈良坂君がランダムな位置に転送されてからがスタート。

 

 三輪君は奈良坂君の狙撃の援護を受けた上で僕等二人を相手取り。

 僕等二人は奈良坂君の狙撃地点が解らない状態で三輪君を二人がかりで追い詰める。

 

 成程、と思いました。

 三輪君は僕等二人を相手に狙撃手との連携で戦おうとする。

 だからこちらがやらなければならない事は。

 奈良坂君の位置を理解し、未然に狙撃を防げるようにすること。

 

 そして狙撃に対してすぐさまにカバーを張る事。

 

 狙撃手№2の奈良坂君と、マスタークラスの万能手の三輪君。

 ただの訓練にしてはあまりにも豪華すぎる二人に、東さんの人脈効果に驚かされるばかりです。

 

「二人とも、付き合ってくれてありがとうございます」

「.....東さんの頼みだからな。それに、こちらとしても面白い訓練だ。断る理由がそこまでない」

 

 三輪君はぶっきらぼうにそう言うと、一足早くブースに入っていきます。

 本当に優しい人です。

 

 だからこそ、優しさには応えたい。

「行きましょう」

「はい!」

 僕と樫尾君も、同時にブースに入っていきました。

 

 

 一本目。

 僕達は狭い路地の中にいました。

 周囲を見渡すと細々とした家屋と、それを囲む壁があり、幾つもの道が複合しているような路地の中。

 その中で、二十メートル程距離を取り、三輪君がいます。

 

「それじゃあ、はじめ」

 東さんの合図とともに、

 

 三輪君が動き出します。

 拳銃を取り出し、こちらに向ける。

 

 その瞬間、僕と樫尾君は壁を乗り越え、路地の更に裏手に向かう。

 三輪秀次君。

 彼は非常に独特の戦い方をする万能手だ。

 

 彼は、「鉛弾」と呼ばれるオプショントリガーを積極的に利用する。

 この鉛弾に、トリオン体への破壊力はありません、

 ただ。

 重石を付けます。

 弾丸が当たった部分に、黒い重石が。

 この重石が非常に厄介で、着くとその部分が非常に重くなります。腕にでも当たれば武器を振るスピードも格段に落ちますし、足にあたれば身のこなしに一気に制限がかかります。

 そして、この弾丸はシールドで防げません。

 これが最も厄介な部分で、防御機能をシールドに依存しているボーダー隊員は、シールドが効かなくなると途端に防御下手になります。

 対策としては。

 別の物理的防壁を作る事。

 まあつまりは、──射線上に障害物を置くという、至極当たり前の行為。

 

 樫尾君は、壁向こうに行くと同時に三輪君にハウンドを仕掛ける。

 

 追尾する弾丸が全方位から三輪君に襲い掛かる中。

 その全てを、細かく分割したシールドを同時複数展開する事でノータイムでハウンドを打ち消します。

 こうなれば、ハウンドで足を止める事は叶わない。

 三輪君は凄まじい身のこなしで樫尾君が乗り越えた壁を蹴り破り、追いつく。

 

「ぐぅ──!」

 三輪君はそのまま樫尾君に肉薄し、弧月にて斬り裂く。

 

 残るは、僕一人。

 三輪君が樫尾君を狩ったその背後から旋空を浴びせにかかる。

 

 が。

 背後の家屋が、バキバキと破壊される音が聞こえた。

 

 これは。

「アイビス──!」

 旋空を放とうと足を止めたその地点から、僕は飛び去る。

 アイビス。

 三種存在する狙撃銃の中で、トリオン量によって「威力」が大きく変わるタイプの銃だ。

 それが放たれた。

 家屋によって塞がれた射線を無理矢理にこじ開け、それが僕に向かい来る。

 三輪君は、その狙撃に呼応するように弾丸を撃ち放つ。

 鉛弾だ。

 シールドによる防御が不可能と知ると、僕はシールドを解除し散弾銃を手に取る。

 

 二発三輪君に浴びせ、捨てる。

 散弾銃を防ぐべく足を止めた三輪君に、斬りかかる。

 

 三輪君は斬撃の範囲の外に避けつつ、シールドを解除し弧月をセットしなおす。

 斬撃を行使。

 三輪君はそれを受け太刀する。

 受け太刀の際にふわりと浮いた刀身。それを見逃さずに弧月を押し込む。一発で崩しが入る。

 押し込まれた三輪君はそのままバックステップ。

 距離を稼ぎつつも、そのまま体制を大きく崩す。

 追撃の旋空を踏み込みと同時に放とうとした瞬間。

 

「あ」

 

 僕の視界に──先程アイビスで破砕された家屋と、そこから開かれた空間に目が行き。

 そして。

 奈良坂君の弾丸に頭部を消し飛ばされました。

 

 

「──というように」

 東さんが敗北し、戻ってきた僕等二人に、言う。

 

「三輪は強いが、二人が協力して勝てない敵ではない。というか、勝山との近距離戦ならば高確率で倒せる。──要は」

 東さんは少し微笑み。

 

「奈良坂の援護に関して、何かしら攻略の糸口を見つける事。これが、この訓練の意図だ」

 と。

 そう言ったのでした。

 

 ──成程。

 三輪君と奈良坂君。

 僕にとって天敵のような組み合わせ。

 足を止められる万能手と、天才狙撃手。

 僕が戦う上ではっきりとした弱点である、狙撃手の存在を置いたうえでの、攻撃手との差し合い。

 その訓練なのだ。

 

「──了解です」

 ならば。

 乗り越えて見せる。

 

 




活動報告にワートリ原作の二次創作の書き方と、キャラの解釈に関して書いたものがありますので。よかったらどうぞ見て下さい。


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1Shot,1Kill

 三輪秀次君は。

 あまりにも。

 あまりにも、三門市の悲劇の象徴だった。

 

 理不尽に家族を殺された人。

 未だ憎悪から逃れらずにいる人。忘られぬ過去を持つ復讐人。

 

 彼は。

 近界民による侵攻によって、お姉さんを亡くしている。

 

 この方も。

 過去があって、その過去を忘れる事を許されなくなった、そんな人です。

 

 そんな彼は隣のクラスに在籍していて。

 それでもよそ者の僕に親切にしてくれる。

 とても優しい方です。

 優しいが故に発生した憎悪。

 それを抱えてしまっている。

 

 僕は所詮他人です。

 彼のパーソナルな部分に踏み込む資格なんてありません。

 でも。

 それでも想像してしまうんです。

 

 この方は──ボーダーがその役割を終えてしまったら、どうなってしまうんだろう、と。

 

 

 二本目。

 先程の勝負で理解した事ですが。

 三輪君と樫尾君を鉢合わせてしまうと、もうその時点で勝負がついてしまうという事です。

 

 三輪君は樫尾君と非常に相性がいい。

 近接での身のこなしが凄まじく、また射撃も出来る三輪君は樫尾君の良さを全て叩き潰せる要素を持っている。

 だから。

 僕がやるべきことは──まずは、樫尾君と鉢合わせる前に、三輪君の足を止める事。

 

 僕は三輪君と対峙した瞬間、狭い路地の間を駆けながら散弾銃を放つ。

 こうして三輪君の足を止めている間に、樫尾君を障害物の背後に逃がします。

 僕は逃げてはいけない。

 三輪君の足を止めなければいけない。

 

 鉛弾が襲い掛かる。

 食らえば様々な制限を食らってしまうが、それでもデメリットは幾らでもある。

 その中でも最も重要なのは。

 弾速がどうしても遅くなる、という事でしょう。

 

 とはいえ。

 三輪君は流石だ。

 

 細かく分割したシールドを僕と三輪君の間に敷き詰め、そこを透過する鉛弾で攻勢を仕掛けていく。

 

 僕は一撃を入れたいけれども。

 斬道に幾つものシールドが撒かれている。

 こうやられると、幻踊によるシールドの透過斬撃が非常にやりにくい。

 とはいえ。

 鉛弾拳銃とシールドの組み合わせですと、こちらもシールドを張る意味が薄いので散弾銃を積極的に利用しつつ、旋空を放つタイミングを見計らいます。

 

 とはいえ。

 これから、奈良坂君がどう動くか。

 周囲は変わらず家屋で射線が切れている。

 アイビスで障害物ごと圧し潰して援護をするか。

 それとも、三輪君が狙撃地点まで僕を引っ張り出すか。

 

 奈良坂君は当たらない弾丸を非常に活かすタイプの狙撃手です。

 単純な狙撃能力という点でも極めて厄介なのですが、彼は当たらずとも有効な狙撃も迷わず行使できる、いわば援護上手の狙撃手。

 

 だからこそ。

 ここで様々な選択肢が生まれてくる。

 アイビスで足を止めさせて三輪君が襲い掛かる連携をしてくるだろうか? 

 それとも三輪君が路地から僕を追い立て狙撃地点に追い込むだろうか。

 それとも三輪君がこちらの足を止めさせているうちに、もっと寄ってきているのだろうか。

 

 選択肢が多い分、その対処の為に動きが慎重にならざるを得ない。

 見えぬ狙撃手の存在が、こちらの行動を大きく阻害していく。

 

 ですが。

 こちらも一人ではない。

 

 壁奥に逃げた樫尾君がハウンドを放つ。

 

 対三輪君を想定した時。

 壁際から放てるハウンドは最適解に近い気がします。

 

 樫尾君のハウンドにシールドを割かせ。

 僕が散弾銃を放つ。

 この連携により、三輪君のシールド負荷を上昇させる。

 

 ハウンドによる全方位攻撃。そして正面から来る散弾銃の面攻撃。

 防ぎきれず、三輪君の身体が削れて行く。

 

 ここで。

 奈良坂君の援護が入る。

 南西地点。アイビスを使用しての、家屋を突き抜けさせての援護。

 

 それを避けんとその場から離れた瞬間。

 三輪君は即座に樫尾君がいる壁側に弾丸を撃ち込みます。

 弾丸をアステロイドから、バイパーに変えて。

 バイパーとは、威力を代償に弾丸の軌道を幾つも変化させる事の出来る弾丸です。

 樫尾君は壁を乗り越え降り注ぐ黒い弾丸を避け切れず、全身に重石が張り付き──張り付いていた壁ごと三輪君に斬り裂かれ、緊急脱出を受けます。

 

 その最中。

 僕は散弾銃を撃つ。

 正面に向け、三輪君がシールドを展開したその瞬間──銃口を下に向けて。

 

 放つ散弾の一部が、三輪君の足を削ります。

 よしよし。

 これで三輪君の機動力をある程度削ることが出来ました。

 

 悔し気に睨みつける三輪君を尻目にその場から離れ──奈良坂君が狙撃した方向へと向かう。

 

 対策はシンプル。

 奈良坂君に、「当たらない援護」を引き出す事。

 僕が三輪君の足を止め、樫尾君を隠し。

 その状況から三輪君を脱出させるために、狙撃をさせる。

 

 この状況が設定できたならば。

 

 僕は安心して奈良坂君の追撃へ向かうことが出来る。

 

「──とはいえ」

 現在オペレーターの支援が存在しない。

 なので、弾道解析からの逃走ルートの割り出しなどのサポートが受けられない状態である。

 

 一級の狙撃手は狙撃の腕もそうだが、自らを隠蔽する技術もまた凄まじい。

 自らを隠す術を、全て心得ている。

 

 とはいえ。

 ここまでの短時間ならば、そうそう遠くに逃げる事は出来ないはずです。

 逃走ルートを想定し、索敵を行う。

 

「──見つけました」

 存外に早く見つかりました。

 奈良坂君は狙撃地点から幾らかの建造物を経由し、北東へ逃げていっています。

 すぐさま追撃をかけようかと思いましたが──。

 

「.....」

 僕の視線の先には。

 追ってくる三輪君を捉えました。

 

 思いました。

 奈良坂君がここまで移動している意図を。

 仮に僕がこの状況で時間を稼ごうと思ったならば、付近の建造物に隠れてやり過ごすように思う。

 

 アレは。

 釣りではないかと、反射的に思いました。

 ここで奈良坂君を仕留めにかかると同時。

 三輪君が急襲をしてくるのではないかと。

 

「.....」

 僕もまた。

 バッグワームを着込みました。

 

 奈良坂君の位置も三輪君の位置も把握している今。

 焦る必要はない。

 

 合流するのならば、それでも結構。

 二人が同時にいたとしても、奇襲さえ出来れば片方は仕留められる。その自信はある。

 

 僕はバッグワームで身を隠し、三輪君が追う地点から迂回しながら両者の行方を追います。

 

 ここで三輪君もバッグワームを着込みました。

 

 三人とも、レーダー上で消える。

 

 この行動をしたという事は。

 三輪君は、自分を餌として釣り出して奈良坂君の狙撃で僕を仕留める、という形を取るつもりはないのでしょう。

 

 ──さて。ここからが連携を崩す、という部分での本懐でしょう。

 

 相手にとって。

 今の僕を仕留めるのに最適な行動はどれでしょう。

 

 奈良坂君のいる位置は把握している。

 三輪君の足は削れていて、機動力が落ちている。

 よって。

 三輪君は逃げようと思えばいつでも逃げられる駒であり。

 奈良坂君は僕がいつでも仕留められる駒だ。

 

 さあ。

 行動を考えよう。

 

 相手側の勝ち筋は。

 僕が奈良坂君を仕留めに行ったところに三輪君が急襲する形か。

 奈良坂君の援護を受けた上で三輪君が僕と戦う形にするか。

 そのどちらかだ。

 

 ならば。

 僕が今やる事は、奈良坂君の視界から逃れつつ。

 三輪君を誘い出す事。

 

 その為の手段としては。

 

「......」

 

 バッグワームを解き、奈良坂君に自らの位置を晒して。

 その上で僕は奈良坂君を視界に収める。

 

 この立ち位置を維持しながら、

 三輪君がこちらにやってくるのを待つ。

 

 その狙いは奈良坂君も理解しているのでしょうか。

 こちらの動きを阻害する為か、ライトニングに切り替えこちらに撃ってきます。

 ライトニングは、トリオン量に比例して弾速が早くなる狙撃銃です。

 足止めに一番いい狙撃銃でしょう。

 

 さあて。

 この状況。

 

 三輪君としては。このタイミングで来るのが一番いいのではないでしょうか。

 

 奈良坂君に足止めされていますし。

 急襲を予測していたとしても、それでもタイミングを見計らえば仕留められるのではないでしょうか。

 

 やりますか? 

 おお、やはりやりますか。

 

 ここで僕を足止めできれば、奈良坂君に仕留めてもらう事が出来ますものね。

 でも。

 そうはさせない。

 

「──ぐぉ!」

 僕は体軸を少しだけ傾け、奈良坂君を視界に収めながらも──三輪君に散弾銃を浴びせます。

 三輪君はバッグワームを解除すると同時、弧月で斬りかかりにきましたが、散弾銃に思わず足を止める。

 

 ここで奈良坂君に向かう。

 放たれたライトニングを避けつつ、奈良坂君に肉薄し散弾銃を浴びせる。

 奈良坂君が、緊急脱出する。

 

「......」

 僕は散弾銃を捨て、弧月とシールドを装着する。

 

 肉薄する。

 三輪君は鉛弾を僕に浴びせながら、弧月で斬りかかる隙を探している。

 

 黒い弾丸。

 遅い。

 遅いが、触れてはいけない。

 しかも体勢を崩した状態で避けてもならない。相手の弧月がその瞬間に襲い掛かる。

 

 重石つきの弾丸。それによって制限される行動。弧月で仕留めるタイミングを見計らう相手。

 とはいえ。

 やる事はそこまで変わらない。

 

 弾雨の中。

 体をねじ込める場所を探す。

 左腕は別に鉛弾に当たってもいい。

 あの弾丸に動かされた歩幅だと三輪君に対応される。

 ならば。

 あえて。あえてだ。

 鉛弾に当たる。

 当たる間合いから、歩を詰める。

 

 そこから体をねじ込んでいこう。

 左腕に被弾。脇腹と背中両方に被弾。

 構わない。

 踏み込みの足と右腕さえ生きていれば。

 全身でそれらを庇いつつ、柄に手をかける。

 

 今回は逆手ではなく、正常の居合の要領で斬りかかろう。出来るだけ斬撃の距離を稼いでおきたい。

 

 踏み込む。

 体が重い。

 大丈夫。

 重い分、体軸への踏ん張りがきく。

 軽い右腕を振るって。

 重い体を支柱にして。

 

 振ろう。

 

 さあ。

 届いた。

 

 

「──よくやった。二本目でちゃんと対処できたのは順調だ」

 ブースから戻ると。

 そう東さんは言ってくれました。

 

「今回の訓練で教えたかったことは、狙撃手の存在がどれだけこちら側の行動を阻害するのか、という部分だ」

「......成程」

「今回、敢えて狙撃が通りにくい路地をスタート地点として設定したのは、狙撃が一見通りにくい場所であっても十分に狙撃手が脅威となる事を伝えたかったんだ」

 一見、狙撃が通りにくい場所であっても。

 アイビスを使った壁越しの援護もできる。

 そしてその脅威を利用して路地に閉じ込めておく事も出来る。

「それはお前らにとっても同じことだ。俺という狙撃手の駒は案外便利だ。活用の仕方次第では、盤面を常にコントロールする事も出来る」

 東さんはそこまで言うと、

「それじゃあ今日の訓練はこれで上がりだ。──三輪、奈良坂。付き合ってくれてありがとう」

「いえ。東さんの頼みですから」

「また何か奢るよ」

「ありがとうございます」

 三輪君は。

 一期の東隊の隊員です。

 東さんが積み上げてきた実績と人脈。その凄まじさと言うのが、如実に理解できました。

 

「こちらからも、ありがとうございます三輪君」

「.......あの馬鹿が世話になっているからな。時々はこうして返させてくれ」

「三輪君に返済の義務はありませんよ」

「返済の意思すら持っていないあいつの尻拭いだ......」

 

 前髪で隠れた眉間には多分思い切り皺が寄っているのでしょう。多分ボーダーでも屈指の苦労人だと思われます、三輪君。

 

「まあ、なんだ」

「はい」

「東さんは本当に色々な事を教えてくれる人だ。無駄にするなよ」

「はい。──頑張ります」

 

 はい。

 無駄にはしません。

 その為に、東さんを引き入れたのですから。

 

 

 訓練を終え、特にやる事もなく。

 僕はブースに備えられた椅子に座ってまったりとしていました。

 

「......」

「あ、こんにちわ香取さん」

 その脇を同期の香取さんが通り過ぎたので、声をかけます。

 無視されました。

 

「......」

 僕の対人欲求は。

 年下に好かれたいのです。

 

 香取葉子さん。

 僕の同期で、今は中学三年生の女性の方です。

 非常に毀誉褒貶が激しい方ではありますが、僕としては非常に感謝している方です。

 C級時代。僕は彼女にコテンパンにされてから、訓練の仕方が大きく変わりました。

 彼女はとにかくすさまじい器用さを持っている方で。スコーピオンのマスターランクに昇りつめた後、すぐさま銃手に転向し結果を残し、そして遂には万能手に転向。自分の部隊を率いて、更に常にB級の上位に食い込みながらこれだけ個人でも努力を積み重ねているのです。本当に心から尊敬しています。

 一度手合わせを願いたいのですが、何度かお願いをしても相手にされず、最終的には存在そのものを無視されるようになりました。さあて。僕は何処で地雷を踏んでしまったのでしょうか。

 

 根本的に僕は年下の女性との付き合い方に非常に難があるのではないのでしょうか。僕は訝しんだ。

 

「──どうしようもないなぁ」

 まあ仕方がない。

 こうなってしまうならば──自分もまた、自分の隊で彼女とぶつかるしかない。

 

 そういう意味でも──これから始まるランク戦が、非常に楽しみであった。

 




先輩にワートリ好きな人がいました。
話をしてみると、好きなカップリングは影浦×ゾエとの事でした。
先輩は男でした。
報告は以上です。


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START IT AGAIN

 ──さあて。

 

「準備はいいな」

「はい」

 

 作戦も決めた。指揮系統も決めた。特段の不安要素もなし。

 気持ちよく、執り行おう。

 

「ランク戦ラウンド1スタートまで、残り十秒──」

 

 アナウンスが聞こえるごとに。

 緊張とわくわくが体中を駆け巡る感覚が走っていきます。

 

 では。

 しっかりとやっていきましょう。

 

 

「──皆様こんにちわ! ランク戦ラウンド1、昼の部。実況はこの私、海老名隊オペレーター武富が務めます! そして解説には──」

「太刀川だ」

「当真だぜ」

「A級1位、2位両隊のエースに来ていただきました!」

 実況席に座る武富は少々興奮気味に言葉を捲し立てていく。

 何を隠そう。

 この女こそ──

「今期のランク戦より、こちら実況・解説席が増設されました! 皆様、戦術理解の一つの参考として、お聞きいただければ幸いに存じます!」

 この実況・解説ブースを作り上げさせた張本人だから。

 内心。

 武富は泣いていた。

 感動の涙が滂沱の如く溢れ出て、心の中に広大な海とまっさらな青空が地平線の彼方にまで広がっていた。

 

 悲願が達成されたその瞬間。

 彼女の中には確かな達成感と開かれた未来に心の中で絶叫を放っていた。

 

「太刀川さん。こんな所に座ってて大丈夫なんすか。レポートはどうしたんです?」

「はっはっは。心配するなら自分のテストの心配でもしておけばどうだ?」

「はん。知らねぇなそんなもん」

「ほほう。やるじゃないか」

 

「──さて! 今期ランク戦ですが、二隊、新たなチームが増加されました! 今回は、この二隊がぶつかり合う事になります!」

 

 新たに増設された隊。

 茶野隊、及び勝山隊。

 

 この二隊。

 

「昼の部の試合では、茶野隊・間宮隊・勝山隊の三つ巴戦ですが、注目ポイントは何処でしょうか」

「まあ、勝山隊だなぁ」

「だな」

 

 太刀川も当真も、二人してうんうんと頷く。

 

「東さん引っ張ってきてんじゃん。アイツマジで何やってんの?」

「いやー。マジでびっくらこいた」

 

 そう。

 現在勝山隊には──ボーダーに在籍するその全員に知れ渡っているであろう大物の名前がある。

 

 東春秋。

 この名前は、こういう存在を表している。

 

 ・現在存在している狙撃手というポジションの生みの親であり、

 ・戦術・戦略のエキスパートであり、

 ・熟練の腕を持つ狙撃手であり、

 ・人材育成として自ら隊を率い、一期生の全員をA級隊隊長に育て上げた。

 

 という。

 ボーダーでも屈指の功労者かつ、将来の本部長候補の一角であろう人物。

 

 それが。

 今回新たに設立された隊の一員としてそこにいるものだから。驚くのも無理からぬ話だろう。

 

「──今回の勝山隊は元々集団戦の経験を積みたい勝山隊長が本部勤務をしていた三上オペレーターに声をかけ設立された部隊との事で。今期どんな結果になろうとも、このシーズンで解散をするとの事です」

「へぇ。そりゃあ何とも変わったコンセプトの部隊だな」

「その条件だからこそ、って部分もあったのかもな。東さんがそこに入ってんの」

「勝山隊は、勝山隊長が攻撃手。樫尾隊員も攻撃手で、東隊員が狙撃手。攻撃手二人と狙撃手一名という構成になっています。太刀川さんは、よく勝山隊長と個人戦をしているとか」

「ああ」

「どのような攻撃手なのでしょうか」

「数少ない幻踊の使い手だな。多分旋空よりもこっちをオプションに使う事が多い」

「幻踊ですか! A級では、三輪隊攻撃手、米屋隊員などがよく使っていますが、弧月の使い手でも中々使われる事が少ないトリガーの一つです」

「まあ、どういう風に使ってくるのかは試合見りゃ解るからな」

「そして、新人の樫尾隊員。未だデータがない隊員ですが、この試合でどのような動きをするのかが楽しみです」

「そっちも。純粋な弧月使いか、それとも別の射撃トリガーも入っているのか。それで戦い方も随分と変わって来るしな」

 

 して。

 各々の隊の所感を告げると、選択されたマップの解説が入る。

 

「今回選ばれたマップは、市街地Bですね。選択チームは茶野隊ですが、この意図をどう見ますが?」

 市街地Bは、高層建築物が多い、建造物の高低差が非常に激しいマップだ。

「狙撃手対策だろうな。この中で一番の脅威は東さんと捉えて、射線を切りつめる方向で戦略を取ったって感じじゃねーの」

「正直、銃手二人だと狙撃手に補足されたらマジで何も出来ないからなー。射線も切れるし出会い頭にズドンも出来る市街地Bはアリっちゃアリだな」

 

「成程。このマップ選択で茶野隊がどのような動きをしてくるか。注目して試合を見ていきましょう──」

 

 

 各隊が転送されると同時。

 眼前に現れた光景は、暗闇だった。

 

「ふむん.....」

 

 マップ選択及び環境条件は、マッチングするチームの中で最も下位の部隊に委ねられる。

 今回、勝山隊と茶野隊は共に新規チームであり、扱いとしては最下位であるが、二人部隊の茶野隊が優先されマップ選択権と環境設定権が与えられた。

 今回のマップ条件は、夜。

 非常に解りやすい。

 東対策だ。

 射線が切りやすい市街地Bで、かつ夜。

 遠距離での狙撃は東ほどの腕をもってしても中々に厳しいだろう。

 

 勝山はマップ中央付近、樫尾はやや東よりに転送される。

 そして、東は思い切り西に寄っている。

 

「──成程。敵は東さんを封じてきましたね」

 樫尾はそう呟く。

「──隊長。茶野隊の二人と、間宮隊の鯉沼君がそれぞれ付近にいる。囲まれているから気を付けてね」

「了解です三上さん。──樫尾君、どうしますか? 合流を優先しますか?」

 

 そう。

 今この部隊の指揮権は──樫尾にある。

 

「いえ。──ここは点が欲しいので、各個撃破を目指しましょう」

 三上から共有されたそれぞれの位置情報を見る。

 勝山から見て西側に茶野隊。

 西側に、鯉沼。

 

 すぐさま、樫尾は判断を下す。

 

「隊長は茶野隊の対処をお願いします。僕は鯉沼先輩を追います」

「追うのですね」

「はい。──間宮隊は必ず合流を目指すはずです。なので鯉沼先輩を泳がせて、他二人の位置の把握をして、まとめて倒します」

 

 成程、と勝山は呟いた。

 かなり強気な作戦だ。

 敵は合流させたうえで倒す。各個撃破している間に敵が散って点を取り漏らすのが嫌だから。

 合流してもなお、叩き潰せる自信がなければ、出来ない作戦だ。

 

「了解です。──ではこちらは、茶野隊を仕留めにかかります」

「はい。そして東さんはこのまま鯉沼先輩が向かっているルートに沿って、狙撃ポイントに向かってください」

「ああ。了解」

 

 勝山、樫尾、東はそれぞれ分散して動き出す。

 合流へ向かう両隊を、それぞれ仕留めるために。

 

 

「──藤沢! そっちに勝山先輩が向かっている!」

「解っている、隊長! すぐに合流だ!」

 

 茶野隊の両者は、急ぎ合流を目指す。

 近い位置での転送がされたのまでは良かったが、

 互いの中継地点にあたる場所に、勝山市がいた。

 

 部隊を組んだことがない関係上、戦闘記録は見れなかったが。

 マスターランクの攻撃手だ。

 ポイントを奪い奪われ、その階級が決められる個人ランク。

 その中で8000以上のポイントを持つマスターランクまで至っているのは本当に一握り。

 この盤上で、勝山を単独で仕留められる駒は間違いなくいない。

 だからこそ──合流した上でかからなければ、やられる。

 

「あれ」

 そうして、合流を急ぐ中。

 突如として勝山の反応がロストする。

 

「勝山先輩、バッグワーム付けた.....」

 

 バッグワームとは、トリオン反応を排除するための外套のようなオプショントリガーだ。

 幾ばくかのトリオン消費と、片側のトリガーセットが使用できない事を代償に、自らの姿をレーダーから排除するトリガー。

 勝山は、それをこのタイミングで使った。

 彼は恐らく、敢えてつけていなかったのだろう。

 彼はこの盤上で最も手ごわい駒だ。

 それ故に、ポイントを稼ぐために敵を引き付けようとしている──と。そう判断していたが。

 

「.....奇襲の可能性があるから、周囲に目を配りつつ合流しよう」

「ああ」

 

 何にせよ。

 合流しない事には始まらない。

 

 茶野隊は、入り組んだ路地の中に一つ存在する広場を合流場所とした。

 ここは周囲の建物で射線が切れる上に、開けた地形の場所だ。狙撃の心配もなく、銃手にとって都合がいい地形であった。

 

「──合流出来たな」

 二人は。

 特段の問題もなく、合流できた。

 

「──間宮隊は、丁度反対側だ」

「くそ。早くいかなくちゃ」

 

 合流に急ぐ間。

 間宮隊は丁度反対方向に向かっていた。恐らく彼等の合流地点だろう。

 間宮隊は全員が射手という珍しい構成の部隊であり、合流した後の中距離の制圧力に富んだ部隊だ。

 それ故に、合流する前に仕留めたかったのだが。

 勝山の存在でそれが思い切り阻害された形だ。

 

 二人はオペレーターに狙撃の射線が切れていないルートの作成を求め、そのルートに沿って路地を進んでいった。

 

 その時だった。

 

 ──ガラガラ、という音がした。

 

「──あ」

 

 広場から狭い路地に入り込んだ瞬間。

 

 建造物の壁を斬り裂き、

 

 バッグワームを着込んだ勝山が現れた。

 比較的小柄な体躯の男が、逆手に弧月の柄を握っていた。

 

 気付くと。

 藤沢の首が飛んでいた。

 

 横っ面からの、抜刀による斬撃の行使によって。

 

「.......」

「くぅ.......!」

 

 すぐさま茶野はバッグステップで距離を取り、二丁拳銃を構える。

 が。

 ステップを踏んでいる間には勝山はバッグワームを解き、その手に散弾銃を握っていた。

 して。

 着地し拳銃を構えるその瞬間には──三連発の散弾が茶野の全身を貫いていた。

 

 

「ここで茶野隊、合流するも勝山隊長の奇襲により全滅! 勝山隊に二点が入ります!」

 画面に表示される点取り表に、二点が追加される。

 

「この奇襲は、どのようにしてされたのでしょうか?」

 そう武富が尋ねると。

「まあ、どのルートで行くかがバレてたんだろうなぁ」

 と。

 当真が呟いた。

 

「あの広場を合流場所にするところまでは良かったが、結局あの広場でしか銃手にとって有利な場所はない。で、周囲は入り組んだ地形。茶野隊には狙撃手がいない。だから東さんからの射線を切りつつその狭くて入り組んだ地形を歩いていかなければならない。この条件全部合致してるのがあのルートしかなかった。待ち伏せも簡単だっただろうな」

「成程! では藤沢隊員を追いながらも、途中でバッグワームで身を隠したのも、待ち伏せをするためだったのですね!」

「この路地に逃げ込んだ時点で、動きを読んでいたな。綺麗に決まりやがった」

 

「さて! これで茶野隊は全滅し、残る所は間宮隊と勝山隊ということになります! マップ中央での戦いを制し、樫尾隊員と東隊員が向かうは──」

 

 マップ、西側。

 間宮隊の合流地点に、カメラが移り変わる。

 

 

「──今、中央地点で茶野隊が全滅したらしい」

「マジか。やったのは、勝山か....」

「マスターランクの攻撃手ってのは伊達じゃなかったんだな。まともに出会ったらまずいな」

 

 間宮隊の三人は。

 合流地点で、待ち構える。

 

 射線が通っておらず。

 周囲には背の低い障害物が山積している区画。

 彼等のメイントリガーであるハウンド──対象を追跡する射手トリガーにとって、非常に有利な場所だ。

 

「──夜の環境下で、ここに弾丸を撃つ事は東さんにも不可能だろう。ここで俺達は待ち構える」

 

 全員、バッグワームを外し。

 ハウンドを装備する。

 

 彼等の連携は至極単純。

 三人共にハウンドを使用する事により、単騎を中距離の圧力で圧し潰す戦略だ。

 

 例え、誰であろうとも──見つけ次第、叩き潰す。

 

「──お」

 レーダーに反応が走る。

「建物の中に潜んでいるのか」

 

 五十メートル東にある家屋の中。

 レーダーの反応が走っている。

 

 その時。

 レーダーにあった方向から、ハウンドが降ってきた。

 

「──気を付けろ、樫尾がハウンドを持っている!」

 

 三人は即座に連携し降りかかるハウンドをシールドで防ぐと、レーダーの反応に向け──全員でハウンドを放つ。

 

 放ったハウンドの雨あられにより家屋は押し潰れ、中に押しやっていく。

 そして──レーダーの反応が消える。

 

 やったか、と思ったものの。

 点数の報告が入らない。

 

 そう思った次の瞬間。

 

「──うお!」

 集まる三人の中。

 樫尾が斬り込んできた。

 

 ──何故樫尾がここにいる! 

 

 五十メートル離れた家屋。レーダーの反応。距離的にも、そして状況的にも──ここに無傷の樫尾がいるのはあり得ないはずで。

 

 混乱の最中。

 鯉沼のトリオン供給体が弧月により斬り裂かれる。

 

 鯉沼が緊急脱出する中──残る二人は、樫尾に標準を向けながらハウンドを放つ準備を行う。

 

 瞬間。

 彼方から──射線を防ぐ建物ごと貫く砲撃が訪れる。

 

「アイビス.....!」

 到来した弾丸を何とか避けるものの。

 その避ける行為が更なる隙を生み──樫尾のハウンドが泰隊員に貫く。

 

 残るは。

 間宮と、樫尾。

 

 ハウンドが放たれる。

 

 ──こんなもの。

 

 あの時、

 訓練の時に対峙した三輪の弾丸に比べればなんてことはない。

 これはシールドも透過しないし、凄まじい身のこなしで視線の外に常に動く様子もない。

 

 簡単だ。

 防げるだけの弾丸をシールドで防いで、防いだところに身をやって避ける。

 そのまま──間宮を、斬り裂く。

 

 

「試合終了──! 勝山隊により、両隊全滅!」

 そうして。

 勝山隊は更に三ポイントを追加し、五ポイント。

 そして──最終的に他の隊が全滅する中唯一盤上で生き残った事により、生存点も二点追加され、7ポイントを稼いだ。

 

「終わってみれば、勝山隊の圧勝でした! それでは、二人とも総評をよろしくお願いします!」

「うーん。総評言ってもなぁ.....今回に関しては、ちと部隊としての完成度が違いすぎた、って印象しかない」

「ですねぇ。──まあ敢えて言うなら、樫尾かな。ちょい予想外だった」

「予想外、とは」

 当真の言葉を、武富は反芻する。

 

「単純に、ハウンドも使える万能手タイプだったこと。そんでもって最後の動きは中々に頭使ったなぁと。──最後、間宮隊が家屋ぶっ放す前、アイツが仕込んでいただろ」

「ああ──ダミービーコンだな」

 

 ダミービーコン。

 このトリガーは、偽のトリオン反応を作り出すオプショントリガーだ。

 球体状の宙を浮くフォルムをしており、これをセットした地点には偽のトリオン反応がレーダー上に浮かび上がる。

 

「今回、樫尾は東さんと一度合流して、ビーコンを一個拝借してあの中に仕込む。で、起動させたところで本人はちょい離れた所でハウンドを撃つ。そうすると間宮隊はそのビーコンの反応を樫尾だと判断して撃つ。その隙に近寄って、後は流れで全滅させたって事だな」

「動きも行動も中々よかった。中々将来有望じゃないの」

「成程。──では、茶野隊を全滅させた勝山隊長はどうでしょう?」

「マスターランクだろう。あれくらいやってもらわなきゃ困る。これでも大分面倒は見てやったんだ」

 わはは、と笑いながら太刀川はそんな事を呟いていた。

 

「な、成程。太刀川隊長、当真さん、解説ありがとうございました! ──それでは、次回のランク戦の予告に移ります──」

 

 

 僕等は隊室に戻ると。

 四人で、ハイタッチを行いました。

 

「いい初陣でしたね」

「はい!」

「では、振り返りを行いましょうか」

 

 試合が終われど。

 そこで終わりではない。

 全員が部屋の中央のテーブルに座り、──東さんを見ます。

 

「──まずはおめでとう。この結果は上々だったな」

 そう東さんは笑顔で言うと、それぞれの試合の流れと、ポイントを淡々と話していきます。

 その中で、樫尾君に質問が飛びます。

 

「樫尾。いつもとは違って、今回弧月側のトリガーセットにバッグワームを入れていたな」

「はい」

「どうしてだ?」

 樫尾君のトリガーセットは。

 メインに弧月セットを入れ、サブにハウンドやグラスホッパーを入れています。そして、バッグワームはサブ側にあります。

 ですが。

 今回の樫尾君は──バッグワームをメイン側に入れていました。

 

 つまり、バッグワームの使用中に弧月が使えない代わりに、ハウンドが使える状態であったという事です。

 その結果として。

 最後の場面。ダミービーコンを設置した上で、自分はバッグワームで身を隠しハウンドを放つという一連の行動が出来たわけですが。

 それを、最初から想定していたのでしょうか? 僕も気にかかります。

 

 樫尾君はその質問に、明瞭に答えます。

 

「はい。──今回、相手に攻撃手がいないので、バッグワームの起動中ならば弧月よりもハウンドの方が応戦に便利だと判断しました」

「成程.....。ある程度、間宮隊の特性も踏まえて、という事だな」

「はい」

 

 東さんはその答えに。

 満足げに笑いました。

 

「よし、いいぞ、樫尾。──いいか、皆。これを繰り返していこう」

 と。

 東さんはいいました。

 

「自ら考えて行動する事が、ボーダーの基本方針だ。相手を知り、分析し、それに合わせて自らの戦術を変える。この繰り返しの中で、集団戦のやり方が次第にわかってくると思う。だからこそ、相手の戦術を分析し、そのレベルを見極めていくことが重要なんだ」

 

 自ら考え、行動する。

 ──そうか。そうなんだ。

 

 変わらないんだ。

 集団だろうと、個人だろうと。

 何かを上達するための、基本的な行動は。

 

「──では、次のランク戦に向けて、また訓練と研究を頑張ろう。今日はお疲れさま」

 

 樫尾君を見ます。

 確かな手ごたえを得たのでしょう。

 ジッと。

 自分の握り拳を、見ていました。




樫尾君の下の名前まで覚えていた人誰かいるでしょうか。

私は今も時々忘れます。


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心にゆとりとさわやかマナー

 へぇ、と僕は声を上げました。

「こんな感じになっているんですね」

 

 ランク戦ラウンド1が終了した後なのですが。

 今回僕たちの試合の実況を担当してくれた武富さんが声をかけてくれて、音声データを一緒に確認しました。

 今期から採用された実況・解説ブース。武富さんが粘り強く上層部と交渉していった結果採用されたこのシステムですが、これらの音声データはボーダー側では管理をしないとの事です。

 なので。

 その創設者である武富さんが個人的に録音をし、個人的に所有する方針であるとの事です。

 

 ......盗聴にならないのか大変心配になりますが、黙認します。

 

 さて。

 とはいえこのデータは非常に為になります。

 今回の試合運びについて詳細な解説と実況がついているこの試合。振り返りを行うにあたって非常に便利です。

 

「勝山先輩!」

「はい」

「これから先輩には、出来るだけ優先してこの音声データをお渡しいたします!」

「おお!」

「その代わり!」

「なんでしょうか」

「──本当に本当に本当にお願いします。東さんを解説にお呼びして頂いていいですか本当にお願いしますよろしくお願いします」

 

 こんな場でも。

 東さんの求心力のお世話になるのでした。

 

 

 その後。

 いいぞ、と東さんからの許諾を受けました。

 

「それで他の試合の音声データも貰えるんだろう。いい事じゃないか」

「はい。でも東さんに迷惑が掛からないかと.....」

「俺も勝山隊の一員だ。このチームの利になる事なら、喜んで行おう。──まあでも、そうだな」

 東さんは何か思いついたかのように、少しだけ顎先に手を置きます。

 そして。

「俺の解説の時には、お前か樫尾のどちらかを隣に座らせようかな」

 

 と。

 そんな事を仰ったのでした。

「僕か樫尾君が......?」

「ああ。お前らにとっても、いい勉強になるだろう。他の試合を見て瞬時に状況を把握するのも戦術理解には役立つだろう」

 

 という訳で。

 次に東さんが解説に座る際、僕がまずもって座る事となりました。

 

 

 バシィィィィィィィ!!! 

 

 隊室から出て、食事でもしようかと思い立ち食堂に向かい歩いていると。

 実に見事な破裂音が聞こえてきました。

 

「──いいパンチだ」

 そう言いながら倒れ伏す誰かがいます。

 その方は額に薄めの色をしたサングラスをかけた方でした。

 その隣には──握り拳を掲げる一人の女性。

 

「──迅さん」

 僕と、その方──熊谷さんとの声が重なります。

 

 迅悠一さん。

 この方はB級でも、A級でもなく──S級隊員という特別な立場にいらっしゃる方です。

 S級とは。

 一言で言えばボーダー規定のものではない、特別なトリガーである──黒トリガーを使用する人たちに与えられる階級です。

 まさにエリート中のエリート。

 そんな方が。

 何故か熊谷さんに殴られ、そこに倒れ伏しているのです。

 

「えっと」

 熊谷さんは当然のことながらのべつまくなし暴力をふるう女性ではございません。

 余程の事情が──殴らなければならない早急の理由が生じたために、行使したくもない暴力を行使する羽目になったのだと。そう僕は解釈しました。

 

「何かあったのでしょうか?」

 僕はそう尋ねると。

 熊谷さんは自分の手をお尻に当て、そして倒れ伏す迅さんを再度見ました。

 

 成程。

 理解できました。

 

「迅さん」

「何かな.....勝山」

「ご趣味がいい事で」

「......皮肉はやめて....」

 

 そうでしたそうでした。

 あまりにも常識の埒外すぎて当初信じておりませんでしたが、この方はエリートらしからぬ趣味を持っていたのでした。

 女性のお尻を触るという。

 倫理的にも法律的にも当然の如くアウトな行為を至極当然に行っている方なのでした。

 

「ふむん」

 僕は、少しばかり考えました。

 

「熊谷さん的には、殴っておけば取り敢えずこの場は収まるということですね」

「まあ、うん。──次やったら、今度こそ訴えてやるけど」

 

 一応聞いておきました。

 

「多分──トリオン体って痛覚がないので、報復の意味合いは薄いと思うんですよね」

「えっと、勝山?」

「あ、いえ。殴るのならばトリオン体を解除した上で行うのが妥当じゃないかな、って」

「怖い事を言わないで....」

 とはいえ。

 生身の人間に大してトリオン体で暴力行為に及ぶなど当然のことながら規律違反ものです。

 

 野球部にいた時。

 問題を起こし、迷惑をかけた生徒に対して何らかの罰が下されるのが定例でした。

 その感覚をボーダーに持ち込むのは当然あってはならないことですけど。

 少々迅さんにはお灸を据えてもいいのではと、思ったのでした。

 

「あの。迅さん。二日前に沢村さんにも同じ不貞を働いたとお聞きしたのですが」

「ふ。健康的なお尻には、俺も目がないのさ」

「どうでしょう。熊谷さん」

「......」

 侮蔑の目を迅さんに向けています。

 

「決めた」

 熊谷さんは一つ、うんと呟く。

「何をですか?」

「迅さんにお灸を据える」

 

 

 その結果。

「なあ、勝山」

「はい」

「お前は優しいなぁ。こんなのでも一緒に飯を食ってくれるなんて」

「いえいえ。僕が笑われている訳ではありませんので」

 食堂内。

 僕はずるずるとうどんを啜っていました。

 おいしい。

 

 周りからひそひそと声が上がっています。

 こういうひそやかな声が嫌いな影浦先輩も、こればかりは笑みを浮かべてくれることでしょう。

 

 迅さんの背中には現在張り紙が張ってあります。

 

 ただ一言。

 そこには「痴漢者!!!!!!」と書かれてありました。

 

「熊谷さんもちゃんと小南先輩を通して林道支部長に伺いを立てた上でこの報復を行ったのですから。義理堅い人です」

「......わざわざ支部に連絡を入れなくてもやっていたよ」

「この未来は読み逃がしてましたか?」

「思い切り読み逃がしていたな.....」

 

 まあでも。

 随分とマイルドな報復ではないでしょうか。

 

「報復できるときには、させた方がいいんです。取り返しがつかなくなる前に」

「こわっ!」

「特に女性に関してはそうですね。──という訳で、我慢して笑われましょう」

 

 一味をかけ、うどんをすする。

 うどんとラーメンのどちらが好きかと問われれば迷いなくラーメンを選びますが。悲しいかな。ラーメンは健康にあまりよろしくない。

 なのでこうして、普段はうどんを頼める我慢強さを持つ事こそ、人生を最良の道へと導くのだと思っています。

 

 その様を。

 迅さんはニコニコと笑みながら見ていました。

 

「どうしたのですか?」

「うんにゃ。C級の時に初めて会った時、覚えてる?」

「ええ。覚えていますよ。僕が散々迷走していた時期でしたね」

「──あの時よりも、いい未来が見えているよ。勝山」

 

 へぇ、と僕は呟きます。

 

「どんな未来ですか?」

「今のお前には言わない方がいいかもなぁ。まあでも漠然と、この先いい事があると思いながらやっていけば間違いはないと思う」

「へぇ。それは、楽しみです」

「まあ。東さん引き入れる未来は流石の俺でも見えなかったな」

「あら。そうですか」

「仮にだけど──お前、俺がS級止めたタイミングだったら、声かけていたりした?」

「迅さんが僕等の隊に入る事のメリットを見つけられれば、交渉はしていたと思います」

 東さんにはその立場を鑑みて入隊するメリットがありました。だからこそ入ってもらった訳で。

 

「隊、作ってよかったと思う?」

「はい」

「なら、よかった」

 

 何というか。

 僕は根本の部分にチームで動くことが好きな人間なのかもしれないです。

 野球をやっていたからでしょうか。戦う場所に、他の人がいてもらいたいのです。

 

「──ところで」

「はい?」

「この張り紙、支部でも張っていなきゃダメ?」

「迅さんの良心にお任せいたします」

 

 

「こんにちわ」

 うどんを啜っていると。

 隣に──知ってはいるけれども、話したことはない人が隣に座ってきました。

 

 オールバックに引き締まった顔立ちをしている方が。

 

「生駒さん──ですか?」

「そういう君は──かつやん」

「か、かつやん」

 僕の名前の最後尾はいつの間にま、から、ん、になったのでしょうか。

 

「名前まちがっとった? 王子に君の名前聞いたら、あの子はかつやんだよ、って教えてもらったんやけど.....」

「勝山です.....」

「勝山......ええな。かつ丼が山盛りで出てきそうな名前や」

 出てきません。

 

「あの斬撃メチャカッコよかったやん。ほら、逆手でびゃ、って抜刀する奴」

「ありがとうございます」

「こう、上にはねたり、下に下ろしたり......ラーメンの湯切りみたいやった!」

 カッコよさが一切伝わらない例えをありがとうございます.....。

 

「で、迅」

「ん?」

「何やその背中の痴漢者の文字は」

「俺が背負った罪業だよ」

「......ま、まさか! お前さん痴漢冤罪で裁判でもかけられとんのか!!」

 冤罪じゃないんです。

 

「な.....なんやて迅! お前、くま......むぐぅ、むごぉ....!」

「すみません。名前を大声で出さないで下さい」

 熊谷さんの名前を出そうとしていたこの人を、即座に僕は口を封じます。

「ふぅ....。なあ、迅...」

「何だ...」

「お前はけしからん」

「そうだね....」

「これは早急に──同年代の人間に相談をせねばならないと思う」

「え?」

「俺は解っとる。お前がただ自分の欲望のままにそんなことしてるんちゃうって。尻を触らなければ、好転できない未来があったんやろ?」

「いや、ちが....」

「俺達は、お前を見捨てたりせーへん。きっとや。嵐山もザキも弓場ちゃんも。きっと見捨てたりせーへん」

「待って。超待って」

「どんなときも。──俺達は俺達らしく、や。ちゃんと相談するんやで」

「.....」

 迅さんの顔は。

 面白いくらいに引き攣っていました。

 特に、弓場さんの名前が出た瞬間に。

 

「ところで、生駒。お前今日の夕飯」

「ああ。カツカレーや」

「カツカレー」

「そう。カツカレー。カツにカレーや。美味くない訳がないやろ。──という訳で、食ってみるわ」

「ナスカレーはどうした」

「そこにかつやんがおるやん」

「はい。いますけど....」

 もうかつやんは固定なのですね。

「だからカツや」

「さいですか」

 うん。解りません。

 

 僕の脳裏に。

 確かに生駒達人という人物の名前が刻まれました。

 

 個性的な面々が揃うボーダーの中でも──恐らく二宮さんに並ぶ天然型の変人であると。そうこのやりとりだけで理解できました。

 

 

「ところで。かつやん」

「はい。どうしましたか、生駒さん」

 生駒さんは無表情のままうまい、うまい、とひとしきり感嘆の声を挙げながらカツカレーを食べ終えると、僕にこう提案をしました。

「ちょ──っとだけ。手合わせ願ってもいい?」

「えっと...」

 今日の予定は、この後は特段ありません。

「はい。大丈夫ですよ」

「了解や。そいじゃあ、個人ブース行こか」

 なんとなんと。

 生駒さん直々に僕の手合わせをしてくれるというではありませんか。

 

 生駒達人さん。

 この人は──現在、ボーダーの全攻撃手の中で上から六番目にポイントを稼いでいる方です。

 

 これは受けざるを得ません。

 

「是非ともよろしくお願いします」

 という訳で。

 ブースに向かう事となりました。

 

「.....これは面白そうだ」

 そう痴漢者の張り紙をひらひら背中で揺らしながら、迅さんもそう呟きついてきていました。

 

 

「今回やけど。出来れば色んな方式で手合わせをしてみたいんや」

「色んな方式.....ですか」

「せや。最初の形式は、弧月一本のみでの戦い。距離は五メートル位でええかな」

「ふんふむ」

 おお。

 本当に色々なルールで戦うようです。

「次にオールトリガーを使っての戦い。これはお互いの距離が五十メートル離そうか。次に──」

「次に?」

「ランダムでお互いが転送されてからのスタート。ここで実戦に近い形でやるんや。──どうや?」

「やります」

 わざわざこういう形式で個人戦をするという事は、何かしら意図があるのでしょう。

 僕は迷わずそう答えました。

 

「今回。──純粋にかつやんの抜刀に興味があるのと、そんでもって幻踊の使い方に興味があるのと、またそんでもって全体的な戦い方に興味があるんや」

「ははあ」

「全部味わうために、こういう方式にさせてもらった」

「了解です」

 

 成程。

 純粋な剣の腕を確かめるための一つ目の勝負。

 お互いが決まった距離感からの果し合いをするための二つ目の勝負。

 そして、互いがアトランダムな状態から戦いに入る三つ目の勝負。

 

 異なるシチュエーション内で、それぞれどういう戦い方をするのか。

 その辺りを、生駒さんは見極めようとしているのでしょう。

 

「では──改めて。僕は勝山市です。よろしくお願いします」

「生駒達人や。──好きなものはナスカレーや。よろしく!!」

 

 こうして。

 僕と生駒さんとの個人戦が始まりました。

 



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キューバ・リブレ

 生駒さんの斬撃は。

 恐らくは元々剣術の覚えがあった人の太刀筋をしていました。

 

 踏み込みや所作。

 その部分が、今まで戦った攻撃手の中で誰にも重ならない滑らかさがあります。

 

 受けからの崩し。

 崩しからの返し。

 その部分への対処が、非常に上手い。

 

 ですが。

 

「ぐぇ」

 

 踏み込む足を上から踏みつけ、当身を一つ。

 崩れた体勢の上から弧月を突き刺し一本目を取る。

 

 剣術の覚えがあるからこその読みやすさはある気がします。

 踏み込みの流れや斬撃までの一連の動作が滑らかな分。

 その滑らかさは、生駒さんの中に整った型が存在するからこそ存在する強みで。

 剣戟の中で型を読み取る事で先を取れる。

 

 二本目。

 抜刀同士の交錯となり、僕が負けます。

 凄まじい速さの居合でした。割と居合のスピードに関しては自信を持っていましたが、抜刀を行使してから斬り抜くまでの速さが段違いです。目で捉えられるスピードではなかった。

 

 三本目。

 居合の速さを計算に入れた上で、対峙します。

 あの居合は確かにとんでもないスピードですが、放つには一瞬のタメが必要なようです。

 そのタメを作らないように間合いを詰めていきます。

 いざ斬り結んだ瞬間。

 やはり押し込みが強い。体勢が非常に安定している。

 引き、押し込ませ、その際に突っ張った膝を蹴り上げて無理矢理に体勢を崩させます。

 ぐらり、と生駒さんが少々よろめいた瞬間弧月を跳ね上げ弾いたのち、下方への斬撃へと繋ぐ。

 これで二本目を取ることが出来ました。

 

 どうにかこうにか。崩しを入れるところまでは持っていけている。

 ここからの連携が重要になります。

 

 

「──負けた。許せへん、隠岐....」

「ええ....」

 弧月のみでの十本勝負は、七本を取り、僕が勝利しました。

 何故か自らの部隊の隊員である隠岐君に恨み言を吐いていました。

 

「これだと。本当に隠岐がイケメンなだけの部隊になってまうやん。ウチ」

「そんな訳ないじゃないですか。生駒さんもカッコいいですよ」

「何? 俺カッコいいんか? 何やかつやんお世辞なんかいいよって。危ないわー。君が女の子やったら一発で惚れちゃう所やったで」

 ちょろいにも程があります。

 

 

 

 

 一回目の方式での試合が終わり、二回目の方式での試合に移ります。

 オールトリガー使用での、互いの相対範囲が五十メートル離したうえでの試合。

 

 一本目は実にあっけなく終わる。

「──え?」

 

 凄まじいスピードで迫りくる、あり得ないほどの射程を持った旋空が。

 距離を詰めんと走る僕の首元に叩き付けられました。

 

 

 敗北し、緊急脱出した先。

 僕は何が起こったのか──何一つ理解できませんでした。

 

 二本目、三本目と来て。

 この技の秘密が理解できました。

 

 旋空は、その発動時間に反比例してその距離が延びる特性があります。

 恐らく、旋空として出力されるトリオンが一定なのでしょう。なので長時間発動するとその分旋空は短くなり、短時間での発動ですと長くなるのではないのかと推測をしています。詳しい事は解りませんが。

 そしてこの旋空。

 先程の生駒さんの抜刀と共に発動しているのでしょう。

 あの抜刀の速さに合わせて、恐ろしく短縮した起動時間内で旋空を放つ。

 そうすると、──通常の旋空を遥かに超えた効果範囲を有する斬撃となっているのでしょう。

 

 これは。

 厳しい。

 凄まじく厳しい。

 

 この圧倒的な射程の前では僕の旋空はおろか散弾銃の効果範囲にすら踏み込むことが厳しい。

 

 という訳で。

 この十本勝負では二本しか取れず、圧倒的敗北を味わわされることとなりました。

 

 

 

「──ふ。これが俺の旋空や」

「お見それ致しました」

「弓場ちゃんからランク戦でも個人戦でもいじめられ続けたこの屈辱が......俺を強くしたんや.....! 見たか、隠岐! これで俺はモテる!」

 はい。

 後はもう少しその言動をどうにかすれば絶対にモテるであろうと確信を覚えます。

 

 

「そんでもって。これからは通常の条件で戦う訳やけど。これをしたのにはな、訳があるんや」

「どういった理由でしょうか」

「お互いに....お互いに、ちょーっと。技を教えあおうや、って提案なんや」

 

 ほう。

 技を教えあう。

 

「かつやんは斬り合いの中での崩し方がウマい。もうカツカレーかって位ウマい」

「ありがとうございます」

 何故その例えが出て来たのか不明ですが、一先ず礼を言います。

 

「そんで俺は長い射程の旋空を使えるんや。便利やで」

「凄まじい技でした」

「という訳で。──互いに、これを教えあうんや」

 

 成程、と頷きました。

 僕の弱点の一つが、中距離での戦いです。

 これに関しては割り切ってサポートしてもらおうと考えていましたが──旋空である程度それをカバーできるならば、非常に喜ばしい事です。

 

 そして生駒さん自身も僕の技術を取り入れようとしている。

 利害の一致がしっかりとその間にあります。

 

「是非とも、よろしくお願いします」

 

 という訳で。

 これから互いの技術の伝達が始まりました。

 

 

「迅」

「あら。風間さん。どうかしましたか?」

 個人ブース内を観戦していた迅悠一に、風間が声をかける。

 

「......なぜお前は寝転がっている」

「人間、誰しも倒れていたい時ってあるんです」

「行儀が悪いから座って観戦しろ」

 迅悠一は。

 現在寝転がりながら、首だけを限界まで捩じった上で観戦をしていた。

 

「背中の傷は戦士の恥ってね」

「恥がその背中にあるわけだな」

「.....」

「.....」

「あいてっ」

 

 風間は無言のまま。

 寝転がる迅の背中を蹴り転がす。

 

 そこには。

「痴漢者!!!!!!」と書かれた張り紙がある。

 

「......」

「......」

 

 さしもの迅も。

 風間から浴びせられる侮蔑の表情には、多少堪えた。

 

「まあまあ風間さん。見てよ」

「生駒に、勝山か」

「お互いに技術を教えあっているみたいだよ」

「いいことじゃないか」

 

 生駒も、勝山も。

 積み上げた技術による上澄みで戦い続けている人間だ。

 互いに学べるものがあるのならば交換し合う。これもまた個人ランク戦の意義であろう。

 

「ぼやぼやしていたら追い抜かれてしまうかもしれないっすよ、風間さん」

「ふん」

 出来るものならばやってみろ。

 そう言いたげな、風間の返答であった。

 

「──迅」

「えっと.....スマホを向けてどうしたんですか。風間さん」

「ん? 写真でも撮ってやろうかと。お前の背中」

「勘弁してください.....」

 

 

「──そうですそうです。相手が剣を振り上げた時にこうやって刀身を置いていれば。それだけで八割位の技が封じれるんですよね」

「八割......八割!」

「どうしたんですか生駒さん」

「蕎麦やん!」

「十割蕎麦も九割蕎麦もありますよ.....」

「なに!」

 

 

「こう.....こうやな。こういう体勢を作ってやな」

「はい」

「後はびゅーん、って。びゅーんって。剣を振るんや」

「びゅ、びゅーんですか....」

「せや、びゅーんや! びゃっと体勢を作って、ぬるっと剣を後ろにやって、後はびゅーんや!」

「や、やってみます。──どうでしょうか?」

「いい感じや。でも、やっぱりいつもの抜刀の仕方がちょい残っとるな。普段のかつやんの斬り方って、シャって感じやけど。違うねん。びゅーんや、びゅーん!」

「わ、解りました! ──やってみます!」

「びゅーん!」

「びゅ、びゅーん!」

 

 

「──という訳でや」

「はい」

 

 こうして。

 僕は──普段使っている旋空とは別に、射程を伸ばした旋空を覚えました。

 とはいえ生駒さんのそれとは雲泥の差。

 生駒さんがおよそ四十メートルほどの射程の旋空を放てるのに対し、僕は精々三十メートルに到達するかどうか、という位。それも生駒さんよりも大きなタメを作った上で、である。

 

 とはいえ。

 このカードが出来た事は、大きな進歩です。

 

 生駒さんも返しまでは出来なくとも、崩しの基本動作は迷いなく出来るようなりました。本当に、凄まじいセンスです。

 

「最後の十本勝負をやろうや」

「はい」

「ええな。こう、集大成って感じで。──最後、勝ち越した方が仰げば尊し歌おうや」

「嫌です」

 何で卒業式みたいな空気を出そうとしているんですか。

 

 

 ブースから。

 アトランダムに転送され──勝負が始まります。

 

 相対距離はおよそ三十メートル。

 住宅街の家屋に挟まれ、異なる街路に転送されます。

 

 僕は即座に家屋に入り。

 そして生駒さんは旋空を放ちます。

 

 家屋が荒々しく破壊される斬撃を腰を落とし避けると同時。

 僕もまた──生駒さん直伝の旋空を放ちます。

 読んでいたのでしょう。当然の如くそれを避けつつ、生駒さんもまた崩壊する家屋の中に入り込んでいきます。

 

 塀も壁も斬り裂き乗り込んでくる生駒さんは、今度は通常の旋空を放ってきます。

 横へのステップでそれを避けると同時、散弾銃を撃ち放ちます。

 もう崩壊寸前とはいえ、それでも家屋の中。周囲を壁に囲まれており、障害物も多い。避ける場所も少ないでしょう。

 生駒さんはシールドを展開しそれを避けますが。連射する中で微妙に方向を変えつつ、着実にシールドで防ぎきれない手足を削りにかかります。

 

 斬り込む。

 刀身を側面に当て、払う。

 が。

 その払いを、瞬時に生駒さんは身を引いて、流す。

 

「──おお!」

 流され、僕の身体は崩されそうになりますが、何とか踏ん張ります。

 もう先程教えた技術を実践にまで移しています。何というセンスでしょうか。

「かつやん師匠! ──俺はアンタを、超えるんや──!」

「いいえ、生駒師匠! ──超えるのは僕です──!」

「ぐぇぇ!」

 散弾銃を生駒さんに向けて放り投げると同時、鼻っ柱の上にぶち当たります。

 痛くもないだろうにそんな風に大袈裟な叫び声をあげながら、

 

「キエエエエエ!」

 と。

 突如として猿叫を挙げながら散弾銃ごと兜斬りを敢行します。

 これらの行動全てを真顔で行っているという事実に、最早恐怖すら覚える。

 

 縦に振られる剣戟を刀身を当て防ぐと同時、更に一歩踏み込み肩からの当身を行う。

 

 先程の手合わせでも見せた手札です。生駒さんは即座に両足を開き当身に踏ん張りをきかせます。

 

 ここで生駒さんは、後ろへの衝撃から踏ん張るための体勢となりました。

 後ろに流れる力に対抗する為に、足が開いてしまっている。

 そして僕は生駒さんに密着している状態。

 

「──幻踊弧月」

 

 鍔競りからの、幻踊。

 ここで刀身を変化させ、生駒さんの喉元に弧月を突き刺す。

 

 その時。

 生駒さんの視線は。

 真っすぐでした。

 何を見ているのだろうか? 

 

 緊急脱出した後。僕は生駒さんが向けた視線の先を見ます。

 

 何もありませんでした。

 一体。

 あの人は何を見ていたのでしょうか.......。

 

 

 二本目。

 

「一つ、二つ、そして──三つ!」

「何ですかその無茶な連撃は......ぐぁ!」

 

 旋空と散弾銃が交差した後、銃弾を全身浴びた上での捨て身の生駒旋空。この一撃に僕の上半身は分断され、緊急脱出しました。

 

 

 三本目

 

「マグロのカツもウマい。タコのフライもウマい。エビの天ぷらもフライもウマい。揚げて不味いものなんて、あるんやろうか....」

「ならば。加古さんの外れ炒飯を一度揚げてみれば如何でしょうか?」

「そうか.....いくらカスタード。チョコミント。あれらを揚げた後に、ウマいかどうかやな。これは永遠の命題や。何で永遠か解るか、かつやん」

「さあ?」

「誰もそんな事せーへんからや」

 

 鍔競りの中で繰り広げられた会話です。

 最後に返しを入れた僕が取りました。

 

 

 四本目

 

「あ」

「あ」

 

 生駒さんが回避と同時に着地した地面。

 散弾銃の発砲で生まれた窪みに丁度足がずぼり、と嵌り。

 

「....」

「....」

 

 お互い。

 黙りました。

 

「──かつやん」

「はい。どうしました生駒さん」

「明日のご飯はサザエのつぼ焼きにしようと思う。三門市でいい店知らへん?」

「知りません」

 

 生駒さんの首を飛ばしました。

 

 

 

 最終的な戦績は。

 六対四で、かろうじて僕が上回りました。

 

 完全な運によって勝ちを拾った一戦もあった。本当に五分五分の戦いでした。

 

「──かつやん」

「はい」

「今日は楽しかったわ」

「はい。僕もです」

 何でしょう。

 戦い終わった達成感と共に流れる、この愉快な気分は。

 

「今度お礼に、隠岐を紹介するわ」

「隠岐さんを? ありがたいですけど、何故でしょうか」

「ウチの部隊が君に差し出せるものなんて.......隠岐のイケメンな顔面かマリオちゃんのかわいいかわいい姿以外ないんや.....」

 そんな事ないと思います。

 

 

 そういう訳で。

 生駒さんとのランク戦及び訓練を終えました。

 何というか。

 妙に気が合ってしまいました。

 あの人が愉快な事は万人が見て万人が頷く印象でしょうけど、どうやら生駒さんから見た僕も随分と愉快な人間だったらしく。かつやん、かつやん、とこう.....年上の人にこのような言い方は憚られますが、一言で言えば「懐かれ」ました。何を気に入ったのやら。

 お互い別れ際に連絡先を教えて、互いに互いの隊室に遊びに来ることを約束して、その場を後にしました。

 

「あ、風間さん」

「勝山か」

 

 ブースを出るとそこには風間さんがいて。

 僕に清涼飲料水をそっと手渡してくれました。

 

「中々面白かったな。今度、俺とも個人戦をしよう」

「え、いいんですか? とてもありがたいです」

「今はあまり任務も入っていないからな」

「ところで──」

 少し気になったので、尋ねます。

 

「迅さんは」

「ああ、あいつか」

 くぃ、と。

 風間さんは本部上層を繋ぐエレベーターがある方向を指差しました。

 

「忍田本部長に連れていかれたぞ」

「.....」

「.....」

 

 さいですか、と。

 ただ僕はそう呟きました。




オリ主も大概天然入ってます。


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クラウチングロケット

最新話を消し、再投稿いたします。
理由としては、時系列のミスが発覚したからでございます。

村上と荒船の一連のイベントがほぼ原作開始時の年の5~6月でしたので。今回のお話の時系列から鑑みるとまだまだ先の事でした。
阿呆な作者ですみません。
反省も後悔もしております。
PCの前で五体投地しながらこの文章を打っているので許してくだせぇ。


 ランク戦を終え、次の日。

 勝山隊は、中位に上がっていました。

 

「ひとまず安心ですね」

「はい」

 

 現在、嵐山隊は上位に君臨している。

 樫尾君の目標──木虎さんへのリベンジを果たすためへの第一歩はきっちり踏み出せたように思えます。

 

「という訳で、次の対戦相手が決まりました」

 

 本部からランク戦の予定が送られてきます。

 そこには。

 

「荒船隊と、那須隊ですね」

 

 那須隊と、荒船隊。

 両隊とも明確なエースがおり、確立された戦術の幹がある部隊です。

 先日の試合のように、全てが噛み合って上手く行く──という事は、ないでしょう。

 

「特に、那須隊長が要注意ですね。僕にとっては、最悪に近い相性の人です」

 那須玲さんは。

 射手のマスターランクの方です。

 

 彼女の厄介な所は、何といっても射手でありつつ、機動力も同時に持ち合わせている事です。

 

 容易に追いつけない立体軌道で障害物を盾にし、自在に軌道を変えられるバイパー弾をぶつけてくる。

 そもそも機動力で負けているうえに、こちらの攻撃は届かない。

 剣技での立ち技が中心になる僕とは、非常に相性が悪い。

 

「隊長は、よく熊谷先輩と訓練をしていますよね」

「ええ、そうですね」

「あ、そうなの?」

 少しばかり驚いたように、三上さんが声を上げます。

 はい。そうなんです。

「そうなんです。──熊谷さんも非常に崩し・返しが上手い攻撃手でして。よく訓練に付き合ってもらっています」

「成程.....ならば、隊長とかなり重なる部分があるのですね」

「もし相手にするなら、普段行っている崩しの訓練が役立つと思いますので。後でまた訓練しましょうか」

「よろしくお願いします」

「──那須隊は本当にいい人ばかりですので、ちょっと躊躇いもありますけど。そこは飲み込んで頑張らないといけないですね」

「.....那須さんとも、顔見知り?」

 笑みを浮かべながらも、ちょっと軽いからかいも含んだ感じで、三上さんは問いかけます。

「えっと。はい。あの人も技術室にご自身のデータを提出しに行きますので。そこで時々」

「へぇ...」

 うんうんと頷き、三上さんがそれだけを言葉に残しました。

 あの。

 えーと。

 この問答は、一体何だったのでしょうか......。

 まさかですが。

 僕が那須隊に何かしら問題行為を働いていないかを探っているのでしょうか。

 大丈夫です。

 あの高嶺の花の方々と自分とでは比肩できるなどと夢にも思っていませんので。ええ。当然ですとも。

 

 

 

「──荒船隊に関しては、狙撃手二人が厄介ですね」

「二人ですからね。狙撃手同士でのカバーリングが効くので、例え東さんでも落とされるリスクがある」

 荒船隊は。

 攻撃手一人、狙撃手二人という編成の部隊です。

 

 攻撃手の荒船さんはマスターランク間近の攻撃手で、狙撃手の穂刈君、半崎君は既にマスターランク。

 射手・銃手がいない部隊ゆえ、中距離からの制圧力に関して弱点を抱えていますが、同時に遠距離からの援護能力に大きな強みを持つ部隊です。

 狙撃手が二人いますので、狙撃で仕留めた後に居所が割れた後に、追っ手を更に狙撃で仕留める、と言った連携も可能です。それ故に、二人共に位置を把握しておかなければおちおち追っ手も出せない。

 

「狙撃手二人の部隊と、中距離での射撃戦に秀でた部隊。──この噛み合わせで一番得をしそうなのは、那須隊に見えますね」

「うん。私もそう思う。──今回、那須隊にマップ選択権があるから。多分、狙撃手に不利なマップをぶつけてくると思う」

 

 僕等は。

 攻撃手二人と狙撃手一人の編成。

 樫尾君がハウンドを持っていますが、基本は近接で攻めていく形となるでしょう。

 

 

 

「では。樫尾。序盤の戦術方針を頼む」

 僕等の会話にジッと耳を傾けていた東さんがそう言うと。

 樫尾君が、ゆっくりと話しだします。

 

「今回、マップ選択権が那須隊にあります。その中で最も選ばれる可能性があるのは──」

 

 ここだ、と。

 樫尾は言う。

 

「──工業地帯ですか」

 

 ふむん、と皆して呟く。

 

「──那須隊は中距離での制圧力に秀でています。射撃戦に有利な開けたマップが多い場所と、狙撃手を封じれる場所と考えたら、ここかな、と」

「成程」

 

 工業地帯は。

 特徴として非常にマップが狭く、その上建物の高低差が激しく狙撃地点が少ない事。

 そして

 開けた空間が多く、射撃戦で有利なる空間が非常に多い事。

 

 この二つが特徴としてある。

 

 この特徴が──那須隊の持つ中距離制圧力と狙撃手が不利となるマップの構築に非常に役立っている。

 開けたマップは射撃戦で大きな効果を有しますし、更に狭いマップだと狙撃手が見つかりやすく、また追われやすい。

 

 確かに。那須隊の有利を取るにはうってつけのマップと言えるだろう。

 

「今回、那須隊は東さんと荒船さんを非常に警戒してマップの選択を行ってくると思います。前回のように夜マップを選ばれることも視野に入れて動くべきだと想定して。作戦を伝えます」

 そう樫尾君は言って。

 僕等は、作戦をジッと聞いていました。

 

 

「......次の相手は、勝山隊かー」

 

 はぁー、と熊谷は溜息を吐いた。

「勝山君と当たるんだね。少し楽しみ──なんて余裕はないわね」

 と。

 那須が熊谷の声に返す。

「勝山君、この前生駒先輩にも勝ち越していたし。──何より厄介なのが、私の手がことごとく通用しない事なんだよね」

 

 熊谷は弧月での崩し・返しに定評のある攻撃手だ。

 そして、勝山も全く同じ技術を駆使して戦うタイプであり、それ故に共に稽古をしている。

 故に。

 同じ技術を使い、それでいてなお相手に上回られている状為。熊谷にとっては勝山は非常に相性の悪い相手だ。

 

「でも、玲と勝山君を鉢合わせればまだ勝ち目がある。私と玲の二人がかりで戦えるなら、多分確実に勝てると思う」

「......それは多分、あっちも解っている。東さんを使って、どうにか分断を図るでしょうね」

 

 そして。

 勝山だけでも厄介だというのに、あちらには最高クラスの狙撃手までいる。

 

「もう一人の隊員の樫尾君は.....まだ少し動きが固く感じる。でも、東さんがいる部隊なだけあって立ち回りの間違いはほとんどないわ」

「.....あ、東さん.....」

 

 その時。

 日浦は口を半開きにしたまま、ひぇーと唸った。

 

「何で東さんがいるんですかぁ.....」

 日浦がそう言うと

「泣き言言わないの」

 と。

 デバイスの先に繋がった、オペレーターの志岐の声が響く。

 

 東春秋の恐ろしさを如実に感じているのは、間違いなく狙撃手だ。

 何せ。現在狙撃手訓練における教導役を担っている人間がランク戦で相まみえるのだ。

 彼の指導の素晴らしさを知ると共に、裏返しての全てを見抜かれている恐ろしさも感じているもので。

 

「東さんも、ランク戦に参加している間は駒の一つでしょ。そりゃあ、指揮まで取られたら勝ち目なんて無くなっちゃうけど」

「ううー。そうですけどー」

「......今回、狙撃手が茜ちゃんも含めて四人。勝山隊には東さん。荒船隊にはマスターランクの狙撃手が二人。どうしても、狙撃能力で不利になるわ」

 

 今回。

 マップ選択権は那須隊にある。

 この有利を、出来る限り活かしたうえで戦わなければならない。

 

「狙撃を弱体化させる目的なら、環境を夜にすれば抑えられる。マップそのものは出来るだけ射撃戦が展開できる方がいい」

「だとしたら.....工業地帯?」

「うん。そこが第一候補ね。ただ、マップが狭くて合流がしやすい、というマップの性質を考えると。荒船隊はともかく、勝山隊が厄介な気がするの」

 

 勝山への勝ち筋を想定した時。

 まずもって──勝山が孤立した状況であることが条件となる。

 中距離での援護能力とグラスホッパーでの機動力を持つ樫尾や、遠距離からの東の援護が望める状態で勝山と当たりたくない。

 

 だからこそ。

 即座に仲間と合流できる環境は、かえって勝山隊の有利を働かせる可能性が高い。

 

「──色々と考えて行かなきゃいけないわね。まだ時間はあるから、結論を出す前に勝山隊の研究を少しでも進めておきましょう」

 

 

「──隊長」

「何だ」

「ソロでぶち当たって勝山君落とせますか?」

「無理だ」

「ダル......」

 

「そう言うお前もどうなんだ、半崎」

「何がですか?」

「カウンタースナイプ入れられるか、東さんに?」

「無茶言わんでくださいよ。ダル.....」

 

 荒船隊隊室。

 そこでは三人共に頭を抱えていた。

 

 何せ。

 今回相手をするのは──東なのだ。

 

 荒船隊部隊員の三人のうち二人は狙撃手だ。

 この編成が強みであり、また弱みでもある。

 

 そして。

 勝山隊の東という駒は、この強みを全て叩き潰せるだけの力を持っている。

 

「期待するしかないだろうな。那須隊のマップ選択に」

「ただ、那須隊が東さん対策するって事は、こっちも結局死ぬほど不利になる事と同じだからなぁ.....」

「どちらに転んでもウチが貧乏くじ引くって事すか。ダルゥ......」

「まあ、腐っても仕方がない。取り敢えず、まだあんまりデータのない勝山と樫尾のデータを見て、出来る対策をやっていくしかないわな」

 

 はぁ、と荒船は一つ溜息をつく。

 溜息もつきたくなる。

 東春秋とはそう言う存在だ。

 

 

「──うーむ」

 

 恐らく。

 相手は僕を孤立させてくるかと思われます。

 

 一対一の戦いに強い駒に対して、わざわざ集団戦の中で一人で来る事はないだろう。

 ならば。

 僕がやるべきことは、即座に樫尾君と合流する事でしょう。

 彼と合流をすれば、ある程度僕の弱みを消すことが出来る。

 

「ふむん....」

 そうであるならば。

 工業地帯は非常に都合のいいマップとなります。

 なにせ、マップが狭く合流がしにくいのですから。

 

「樫尾君」

「はい」

「先程の作戦会議。作戦自体は賛同しますが、マップの絞り込みに関して再検討をしましょう」

「マップ.....工業地帯以外のマップですか」

「はい」

 自身の推論を、樫尾君に伝えます。

 彼は一つ頷きました。

 

「了解です。その観点からも少しマップを検討し直します」

 

 樫尾君は本当によくできた人です。

 作戦に関して、非常に柔軟に意見を取り入れてくれる。

 ......木虎さんに負けて。良くも悪くも謙虚になったのでしょう。

 その謙虚さが、少し自己評価を低くしているようにも感じますけれども。こうして広く意見を傾けるという方向にも成長を遂げたのだと、思っています。

 

「すみません、三上さん」

「どうしたの?」

「那須さんのバイパーの解析を手伝って頂いてよろしいですか?」

「うん。大丈夫だよ」

 

 前期のランク戦の那須隊の記録を一から十まで見る。

 

「バイパーの軌道。この一戦だけでもあり得ない数のパターンがありますね」

「那須さんは出水君と同じでリアルタイムでバイパーを引ける人みたいだね」

 

 バイパーとは。

 射手トリガーの一つです。

 これは一言で言えば自由に曲げる事の出来るトリガーです。

 

 基本的には、どのような軌道で曲げるのかを予め何パターンか設定し、使い分けていくわけですが。

 

 那須さんは。

 その場その場で設定を変えながら、弾丸を放っているのです。

 これは本当に恐ろしい事で、那須さんは射程範囲内であればどのような場所、状況下におかれても弾丸を放つことが可能となります。

 その上で、機動力がある。

 ぴょんぴょん飛び跳ねて自らは障害物の陰に隠れて射線を切り、一方的に弾丸を囲んで仕留めるという芸当すら可能なのです。

 

 同等の機動力がないと常に障害物で射線を切られる。

 同等の射程がないとまた同じ。

 僕には両方ありません。

 

「リアルタイムで引いているといっても幾つかのパターンは見いだせるのかと思ったんですけどね」

 

 ない。

 残念ながら。

 

「一対一は厳禁ですね、那須さんには。相敵すれば──」

「すれば?」

「逃げます」

「それがいいよ」

 

 当然。

 相性の悪い相手とわざわざ部隊戦で一騎打ちするわけにはいかない。

 

「むしろ。那須さんがこの場で僕を単騎で倒せる駒ですので。僕がいれば食いついてくると思われます。なので囮として使うのもまあOKでしょう」

「だね。狙撃手が不利なマップだったら、敵の日浦さんもそう易々と動けないだろうし」

「後は荒船隊ですね.....陣形からある程度の狙撃地点を把握できれば....」

 

 さて。

 色々と考えて行きましょう。

 

 



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雪ノ革命

「ランク戦第2ラウンド昼の部。実況はこのあたし──」

 実況席に座るこの女は。

 実に、実に、迫力があった。

 

「弓場隊オペレーター、藤丸ののだ」

 女傑。

 女傑がそこにいた。

 

 はだけたシャツから垣間見える胸部も。

 その物々しい口調も。

 溢れ出す刺すような雰囲気も。

 

 全てが全て、その女を周囲に主張していた。

 

「こんにちは。本日解説を務めさせて頂きます。B級嵐山隊、嵐山准です。精一杯解りやすく解説しますので、よろしくお願いします」

「どーもどーもこんにちは! A級草壁隊の里見です! よろしくお願いします!」

 

 解説席には、端正な顔立ちの男と、シュッとした目鼻立ちが特徴の男の二人がいた。

 共に、とても気持ちのいい笑顔をしていた。

 嵐山准。

 里見一馬。

 この二人が、座っていた。

 

「それじゃあ──ランク戦実況・解説はこの三人で行う! 気合入れるぞお前ら!」

「了解!」

「はーい、了解でーす!」

 

 藤丸が檄を飛ばすと。

 嵐山と里見は素直にそれを返す。

 ちゃんとコミュニケーションは成り立っているのに、微妙にノリだけがすれ違っている。そんな風景だった。

 

「今回は、那須隊・荒船隊・勝山隊の三つ巴戦。那須隊にマップ選択権があり、選ばれたのは──市街地Aだ」

 そう藤丸が述べると、マップが映し出される。

 市街地A。

 イメージとしては住宅地が近く、背の低い建築物が並ぶ中でところどころマンションなどの背の高い場所や開けた空間がある。特徴がそれほどないマップだ。

 

「意外といえば意外でしたね」

「うん。がっちり狙撃手が不利になるマップにしてくるかなー、って思ってたのにね」

 今回。

 勝山隊には隠蔽・狙撃技術共にトップクラスの狙撃手である東春秋がおり。

 そして荒船隊にはマスタークラスの狙撃手二人を揃えている。

 那須隊にも日浦という狙撃手がいるが、この二隊に比べると狙撃に関してどうしても一歩劣る。

 

「市街地Aは基本的に建物の背が低く、狙撃地点が限られてきます。極端に、という訳ではありませんが。狙撃手に不利な条件がぱらぱらとある印象です」

「ただ那須隊にとっては有利な点がいっぱいあるマップでもあると思う。那須さんの特性を鑑みた時に、背の低い建物がいっぱい集まっている所、っていうのは那須さんの戦い方にはぴったりだ」

 うんうん、と頷きながら里見が解説する。

 

「那須さんの特徴は大別すると二つ。①動きがめっちゃ速い事。②弾を自由に動かせる事。この二つ」

「だね。俺達も那須さんのバイパーには本当に苦しめられた」

「特に、銃手の視点から見ると本当に厄介な事この上ないんだ那須さんは。射線の外に逃げられるし。その上で射線の外からばんばん弾を撃たれるし。同じだけの機動力を持っていないと、それだけで倒されちゃう」

「確かに。その観点を鑑みれば、背の低い建物から撃ってくる狙撃手は即座に那須さんが対応できる。地上にいる攻撃手に対しては上を取りながら一方的に攻撃できる。──那須さんに有利を取らせる観点から鑑みると非常に理にかなっているとも言えます」

「逆に言うと、荒船隊はかなり辛い戦いになりそうだね。狙撃手が機能しにくいうえに、那須さんがいるから。今回は攻撃手の荒船さんがどれだけ点を稼げるかにかかっているかな」

 荒船隊は、狙撃手二人に攻撃手一人の編成。

 攻撃手を援護する役割も、彼方にいる狙撃手しかいない。

 故に。

 狙撃手が動きにくければ、一気に不利になる弱点を抱えている。

 

「このマップにどう対処するのか、って部分でも。勝山君に注目したいですね」

「おお。この前茶野隊を散弾銃で粉々にしていた奴か」

「あの試合凄かったね! 散弾銃だよ散弾銃! 使い手が中々いないから記録見て、おーってなっちゃったよ!」

「多分、那須さんは勝山君のスタイルを鑑みたら相当な鬼門になると思うんですよね。弧月と散弾銃のスタイルは、近接戦では無類の強さがありますけど。那須さんのように動きながら撃ってくるタイプには、対処法が中々見えない」

「対策もしてくるだろうしね」

「──さあて。そろそろ試合が始まるぞ。転送まであと十秒だ」

 

 

「市街地A、ですか」

 意外と言えば意外。

 されど納得は出来るマップ選択だ。

 

「──勝山先輩を孤立させる為でしょうね」

「よかったです。──これで、考えた作戦が無駄にならずに済む」

 

 さて、と呟く。

 

「作戦の方針に変更なしでいいか?」

 東さんの質問に、僕等は二人して頷きました。

 

「了解だ。──それじゃあ、手はず通り」

「はい」

 

 二戦目。

 相手は強力なエース擁する部隊と、狙撃手主体の部隊。

 上手い事いなしつつ──勝ちを取りに行きましょう。

 

 

 ──各部隊が転送される。

 

 その眼前では。

 

「──成程」

 轟々と横殴りの風が響き。

 降り注ぐ雪が身体を吹き抜ける。

 

「設定を、吹雪にしましたか」

 

 那須隊の意図は。

 これで理解できた。

 

 ──これで、高所からの狙撃も非常に難しくなった。

 

 市街地Aは。

 高所が取れる建造物が少ない。

 逆に言えば、その数少ない高所のマップを取ることが出来れば非常に有利になるのだが。

 

 吹雪により、狙撃の距離が大きく削がれる事となる。何せ、吹き付ける雪のせいで視界が恐ろしく悪い。

 その上で降雪により、移動能力が大きく削がれる。合流も非常にしにくい。

 

「──徹底していますね」

 

 狙撃能力への大きな下方処置。

 そして機動力の低下。

 

 ──勝山を完全に孤立させるつもりだ。

 

「.....」

「隊長.....!」

 

 そして。

 運もまた──那須隊を味方していた。

 

「大きく離されてますね....」

 

 勝山と、樫尾。

 転送位置はほぼほぼ東西を挟み、真逆の位置であった。

 東の位置は樫尾寄りの南方区域で、勝山から微妙に遠い。

 

「樫尾君。こうなっては仕方がありません。次善策で行きましょう。僕の役割を、樫尾君にお渡しします」

「隊長はどうしますか?」

「開幕バッグワームをしていて良かったです。暫く雲隠れをしつつ──那須さんの位置を確認します。その後は──」

 勝山は、一つ白い息を吐く。

「出来るだけ点を取ります。僕はもう生きていないものとお考え下さい」

 何とも寂し気なセリフを吐きながらも。

 勝山は実ににこやかだった。

 

「それに──この条件は、むしろ東さんだからこそ活きるとも言えます。では樫尾君。頼みました」

「──はい!」

 

 さて。

 ここでの役割は実に単純だ。

 隠れて、隠れきれなくなったら。

 点を取って死のう。

 

「まあ、こういうのが解りやすくていいですね。──死ぬまでどれだけ点を取れるかデスマッチです」

 

 ふふ、と笑み。

 勝山は走り出した。

 

 

 こんにちは。

 荒船隊狙撃手半崎です。

 まず一言。

 嫌がらせでしょうか? 

 

 雪で中々思うように移動できなくてダルいです。

 その上視界が悪すぎて索敵すらまともにできません。

 この状態に陥ったら高所のマンションを取ったとしても、下の様子なんて解るはずもありません。

 でも背の低い建物の陰に隠れても近いうち那須さんにやられると思います。

 完全に狙撃手を殺しに来ています。

 まあ多少条件が悪くとも索敵さえ出来れば当てる自信はありますが。

 はい。

 無理ですね。

 

 この場合の索敵というのは、即興での攻撃手段を持つ攻撃手や銃手、射手が足を動かし行うものです。

 狙撃手がやったらどうなるのか? 

 近付かれた段階で死にます。寄られちゃ終いです狙撃手は。

 

「あ」

 ふらり、と。

 白い影が見えました。

 

 白い吹雪に紛れて、ぼやけたトリオンの光が見えます。

 

「ダルっ」

 

 即座に。

 逃げ出す。

 シールド全開! 

 逃げろ逃げろ! 

 

 雪で揺らめく景色の中。

 悠々とその女性は──半崎を捉えていた。

 

 

「──これは、中々ハードな設定ですね」

 そう。

 嵐山は呟いた。

 

「吹雪、か。──うーん、これは本当に戦いにくいだろうなぁ。視界が悪くて足も満足に動かせない。外にいればばったり敵と鉢合わせちゃう可能性があるわけで」

「この場合、攻撃手なんかはある程度敵の位置が判明するまで建物に引っ込んで隠れるのも選択肢の一つとなりますね。射程持ちに発見された時に対応策が見つからない」

「うん。そう。──攻撃手は隠れるでしょ。攻撃手がいなくなったら、残る駒は──」

 

 勝山隊は、攻撃手二人と狙撃手一人の構成。

 荒船隊は、攻撃手一人と狙撃手二人の構成。

 

「──成程なぁ。狙撃手しかいなくなるわけだ」

「そう! あとは那須さんが住宅の天井を走り回るだけで、狙撃手は居場所がなくなってくるんだ」

 

 高所を取れば、高さの距離の分、狙撃がしにくくなる。

 ならば背の低い建物の上を取っても、機動力で攻め立てる那須が襲い掛かってくる。

 この状況下。

 高所から那須を止める狙撃手もいない。彼女に追い縋れる攻撃手もいない。

 

「本当に思い切った作戦ですね。──那須隊としても、日浦さんという駒が大きく弱体化される作戦でもあるのに」

「ただ。この組み合わせの中の那須さんは確かに、とっても強い」

 

 狙撃の心配もなく。

 攻撃手の追っ手の心配もなく。

 

 只今、那須玲は──狙撃手にとっての、白い悪魔と化していた。

 

 

「──半崎。西南部の地点で交戦を確認。那須だ」

「了解です。──東さん」

 東の報告を受け。

 樫尾が東に尋ねる。

「どうした?」

「この環境下で、狙撃の精度はどれだけ落ちますか」

「移動標的に当てるのは厳しい。足さえ止めてもらえれば、当てる事は出来る」

「──解りました」

 

 とはいえ。

 有利不利の相対性で言えば、勝山隊はそこまで悪くはない。

 

 ここまで狙撃手に制限がかけられる中であるならば。

 必然的に──その制限の中で最も大きな効用を得られる狙撃手が、相対的に最も価値のある人員という事になる。

 

 東春秋は。

 この条件下でも十分に機能できる駒だ。

 

「──東さんは、援護目的の弾は終盤まで撃たなくて大丈夫です」

「いいのか。那須が全域を走り回っているが」

「はい。──この環境下なら、最悪でも東さんは生き残れます」

 

 ここまで極端に視界も足も悪くなるマップ設定ならば。

 隠形の達人である東は、派手に動かさなければ最後まで生き残れる。

 

「今回は。俺も隊長も落ちる前提で動きます。最後に東さんが残って生存点の確保を防ぎつつ、総得点で勝ちを狙います」

「成程な。ならばタイムアップ狙いも十分にあり得る訳だ」

「はい。──その為にも、那須さんは一刻も早く落ちてもらわなければいけない」

 

 今の状況において。

 那須は凄まじい強敵だ。

 

 放置しておけば、どんどんと点を取られていく。

 

「──俺が、何とか那須さんの足を止めます。その時が来れば、お願いします」

 

 樫尾はそう言うと。

 那須がいる方向を思い切り睨んだ。

 

 荒船隊狙撃手、半崎が緊急脱出していた。

 

 

「──取り敢えず、那須さんとの距離は開けているみたいですね」

 

 勝山は、一つ安堵の溜息をついた。

 一先ず──那須との交戦は暫くなさそうだ。

 

「とはいえ、あんまりぼやっとしてられないですね」

 距離が開いているとはいえ。

 位置が判明すれば、すぐにでも彼女は飛んでくるだろう。

 樫尾君と東さんとの連携で仕留められなかったら、もう打つ手がない。

 それまでに、一ポイントでも多く取っていかなければならない。

 

「では。那須さんの居所も掴めましたし──敵を探しに向かいましょうか」

 

 この状況。

 おちおち隠れている訳にもいかない。

 探し出して、落として、ポイントを稼いでいかなければジリ貧になる。制限がかけられているからこそ、ここは大胆にいかなければならない。

 

「──ここら辺で」

 住宅街の交差点。

 敢えて、踏み入る。

 

「──やっぱり」

 

 勝山は。

 自身の左手側から襲い来る弾丸を、弧月を解除しシールドで防ぐ。

 

「ここに来れば狙撃が来ると思っていました。さて──」

 

 バッグワームを解除し。

 三上から送られる弾道解析図を見ながら、駆け出す。

 

「ポイントを頂きに行きましょう」

 

 

「──すまない、荒船」

「いや、いい。俺が足止めするから、後は援護を頼む」

 

 荒船隊穂刈の狙撃は、完全に読まれていた。

 シールドで弾かれ、その方向へ勝山が動き出している。

 この吹雪の中でも、しっかりと相手の狙撃技術を鑑みて──撃ってくるタイミングを計っていたのだろう。

 

 荒船の眼前に。

 鞘を手に持ち、駆けてくる淡い影がある。

 それは雪の中揺らめいていて。

 

 辻斬りめいた恐怖感が、走る。

 

「──来いよ後輩。ぶった切ってやるからよ」

 

 荒船もまた弧月を抜き。

 その影と対峙する。

 

 揺らめくそれが、構えを取る。

 鞘を前に突き出し。

 柄を逆手に取るその構え。

 

 それは──かつて見た、古い映画の剣豪に、構えがそっくりであった。

 

「──記録で見たが、やっぱりそそられる構えじゃねぇか」

 

 荒船の心の中にあるロマンに。

 一つ火を灯した。

 

 雪の中。

 居合の使い手と対峙する。

 

 何だか。

 古めかしい映画の中のようだ。

 

「いくぞ」

 両者ともに。

 踏み出した。



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はいしんだ

 さて。

 ここで考えなければいけないのは。

 

 荒船さんだけでなく。

 この悪天候の中から狙撃を行使してくるであろう穂刈君に意識を割かなければいけない。

 

 ──この構図は、以前の訓練で体感しました。

 

 三輪君と、奈良坂君との連携訓練の中で。

 あの時は樫尾君がいましたが、今回はいない。

 とはいえ穂刈君の位置は補足できている。荒船君は三輪君のように銃手トリガーを持っていない。

 まだやりようはある。

 

「勝山君。どうする? これから狙撃手を狩りに行くのか。それとも射線が切れている場所まで移動して荒船先輩を迎え撃つか」

「──荒船先輩を迎え撃ちましょう。狙撃手を探しに行くのは今はリスクが高い」

 

 高所に上がれば、大暴れしている那須さんがいます。それに未だ姿を現していない日浦さんもいます。

 現在の吹雪という環境は狙撃手の狙撃能力に大きく下方修正をかけるが、隠形能力には大きく上方修正をかける。

 ならば、射線から逃れる形で対策をかけた方が、リスクは少ない。

 

「出来るだけ、横幅が大きな建物の中が望ましいですね」

「ここから六十メートル南西に向かったところに廃校があるね」

「了解です。そこまで移動しますか。──まあ、出来れば、ですけど」

 

 瞬間、第二の狙撃が放たれる。

 弾道は多少ズレてはいますが、方向的には同じ。読んでいたので、最小限の動きでそれを避ける。

 その動きに合わせて、荒船君が斬りかかってくる。

 

「──おぉ!」

 斬りかかる弧月の側面を抜刀で払い、横薙ぎの一撃。

 荒船さんの肩口の辺りからぶしゅ、とトリオンが漏れる。

 

 その斬撃に合わせ、身を屈め足元への斬撃を一つ。

 荒船さんがバックステップでそれを避けると同時。

 僕は左手に散弾銃を生成しながら、同じようにバックステップ。

 

「こいつ......!」

 

 散弾を荒船さんに放ち、シールドで防がせ、足を止めさせる。

 

 よしよし。

 距離も開き。

 そして足も止めさせた。

 

「それでは移動をしましょうか」

 

 三上さんが指し示す最短ルートを辿り、移動を開始する。

 近場の住宅の壁を散弾で撃ち砕き、斬り裂き、蹴破り、進んでいく。

 狙撃を警戒しながら動くとなると、この方法が一番です。そう東さんから学びました。

 

 が。

 

「──隊長! 左手側から反応が!」

 

 石垣のある立派な邸宅に侵入した、その時でした。

 三上さんからの警告に左手側に弧月を構えると──。

 

 旋空が、襲い掛かる。

 

「熊谷さん......!」

「反応がいいじゃない.....!」

 

 身を屈めそれを避けると同時。

 僕は左手の散弾銃を足元から撃ち放つ。

 

「く......!」

 足元を散弾で動かし。

 その身体に旋空を叩き込もうと振りかぶった瞬間──。

 

 脳内にアラートが響き渡り、すんでの所で止める。

 

 先程僕が通って来た道から、ふと雪に紛れた人影が見えたから。

 

「──さっきはよくもやってくれたな」

「荒船さん.....!」

 

 更に、僕に旋空を叩き込む。

 荒船さんの姿が見えた。

 

 回避動作に入るものの、回避しきれず。

 脇腹が斬り裂かれる。

 

 その中でも。

 何とか身体を回旋しながら散弾銃を放つ。

 

「お....っと!」

 荒船さんはもう流石に読んでいたのか。シールドを展開しつつそれを避ける。

 

 ──周囲を見る。

 僕と荒船さんと熊谷さん。

 

 この三人が──雪が降りしきる広い庭園の中に佇んでいました。

 

 

 勝山隊の最初の方針は。

 真っ先に勝山を狙うであろう那須を、勝山で釣り出して仕留めるという方針であった。

 勝山で釣り出し東で仕留めるか。

 東で出来ないのならば、樫尾との合流地点まで炙り出した上で連携して仕留める。

 

 ここまでが作戦であった。

 

 だが、那須と勝山の転送位置が真逆で、かつ勝山の転送運が非常に悪かった。

 この場合は、勝山の役割を樫尾に担わせると当初から決めていた。

 

 だが。

 出来るのか。

 

 ──マスターランクの射手相手に、それが。

 

 いや。

 ......やるしか、ないのだ。

 

 日浦の狙撃を警戒しつつも。

 東の狙撃ポイントに、那須を炙り出す。

 

 よし、と一言呟き。

 樫尾はバッグワームを解いた。

 

 それに反応してか。

 弾丸が走ってくる。

 

「ぐ.....!」

 視界が悪い。

 その中を、見た事のないほどに多様な弾丸の雨が降り注ぐ。

 

 大丈夫だ。

 この距離感ならば、あちらも正確にこちらの位置を把握はしていないだろう。

 降り注ぐ弾雨も、その全てが全て樫尾に向かっている訳ではない。

 リアルタイムに弾道が引けたとしても、弾道を引く先がしっかりと見えている訳ではない。

 

 それはこちらも同じだが。

 

「──ハウンド!」

 

 ハウンドを放ちつつ。

 シールドを張りつつ。

 逃げる。

 逃げる。

 

 そうして。

 東さんの狙撃ポイントまで、追い込む。

 

 だが。

 

「──そうは、甘くないか」

 

 今度は逃走先の方向から弾を曲げてやってくる。

 防ぐ。

 防いだら。

 次は頭上から。

 

「──くそぉ..」

 

 逃げる事すら満足に出来ない。

 

「──樫尾君! 大丈夫!?」

 窮状に。

 三上の声が響く。

「はい....! ですが、このままだとまずいですね...」

「──樫尾君! 左手側の建物に逃げて!」

「え──」

 

 またもや。

 同じように曲がる弾丸が襲い掛かってくる。

 

 が。

 

「──合成弾が来ている!」

 

 三上の声に顔色を変え。

 樫尾は即座に指示通りに建物に入る。

 

 弾丸は。

 建物に入った瞬間に──爆発四散する。

 

 合成弾。

 

 現A級1位部隊である太刀川隊射手、出水公平が生み出した技術の名である。

 これは。

 射手トリガーによって生成されたトリオン同士を混ぜ合わせ、その性質を重ね合わせて放つ高等技術である。

 

 今回那須が使用したのは。

 バイパーとメテオラを重ね合わせた──トマホークである。

 

 バイパーは曲げることが出来る弾。

 メテオラは爆発する弾。

 これを二つ組み合わせることで──「自在に曲げられる爆発する弾」を生み出した。

 

 建造物という盾を身に纏い、何とか致命傷は防げた樫尾であったが。

 一部中に侵入した弾丸は防げず左足を損傷する。

 

「──すぐに、この場を離れねば.....!」

 三上の指示がなければ死んでいただろう。

 無駄にしてはならぬと、即座にその場を離れようとして。

 

 樫尾の頭部が、貫かれた。

 

「え」

 

 トマホークによって吹き飛ばされた家屋。

 そこで。

 射線が、出来上がっていたのだ。

 

 ライトニングを構える日浦茜の狙撃によって──樫尾は緊急脱出した。

 

 

 その報は。

 勝山にも伝わる。

 

「──那須さんが生きているんですね」

 樫尾が死に。

 那須が生き残った。

 

 という事は。

 勝山の余命もそう多くは残されていないという事だ。

 

 だが。

 

 熊谷が左から斬りかかると同時。

 荒船が背後を取り旋空を放っていく。

 

 

 ──この三つ巴。

 歪な利害関係の構築により。

 熊谷と荒船との間で一時的な共闘関係が出来ていた。

 

 勝山を狙っていた。

 

「──これは、中々」

 

 熊谷の斬撃を払い、蹴りを入れ。

 荒船の旋空を避けながら腕を背後に回し散弾銃を放つ。

 

 この場におけるパワーバランスと状況を鑑みて。

 勝山に狙いが定められている。

 

 敵同士の連携。

 こういう場合は、往々にしてあるのだ。

 呉越同舟。

 そういうものも。

 

「──は」

 那須が来るまでに。

 この二人を片付けなければいけない。

 だが。

 二人は当然のように連携して仕留めにかかってくる。

 

 何というピンチだろう。

 

「はっ」

 勝山の表情に。

 笑みが零れる。

 

 ──いいですね。

 笑む。

 

 ──追い込まれている。追い込まれている。いいじゃないですか。

 

 一つ行動を誤れば即座に死亡する状況下。

 勝山の心中は──非常に高まっていた。

 

 楽しい。

 こういう場面では。

 リスク承知での捨て身の戦いすらも、選択肢の一つになる。

 死ぬ算段の方が高いのだ。

 

 さあ。

 頭を働かせよう。

 

 この場合。

 まずは一殺だ。

 

 狙うは。

 

「──」

 

 ──弱い方だ。

 

 左手に散弾銃。

 右手に弧月。

 逆手に握るいつものスタイルを捨て。

 通常の握りに戻す。

 

 回れ右の要領で足先だけ荒船に向け。

 散弾銃を撃つ。

 

 シールドを張り荒船が足を止める瞬間。

 熊谷へと向かう。

 

「......!」

 熊谷の表情に、

 ほんの少しだけ、怖気のようなものが見えた。

 

 斬りかかる。

 熊谷はそれを受け太刀する。

 ここで鍔競りしている余裕は今はない。

 散弾銃で足を止めている一瞬の攻防で、少しでもダメージを与えなければならないのだ。

 

 上空からの斬りかかり攻撃。

 受け太刀。

 立ち技にはいかず、そこから身を屈め──足払い。

 

 熊谷の頭の中にはこの場合崩しを仕掛けるイメージが大きいのだろう。

 だからこそ引っかかる。

 足払いにかかった熊谷は、踏ん張りを利かすもののそれでも体勢を崩しかける。

 足払いから身を起こす中で、突きあげるように肩から当身を食らわし、熊谷に尻もちをつかせる。

 

 ここでは。

 とどめはさせない。

 

 体勢を崩させた状態から、バックステップでその場を離れる。

 

 ステップをしながら。

 旋空を放とうとしている荒船に、先んじて旋空で牽制を入れ。

 

 熊谷には斬撃の代わりに散弾銃を浴びせる。

「あ.....!」

 斬撃が来る事を前提に、狭いシールドを展開していた熊谷は、弾丸の幾つかが身体に命中する。

 

 荒船には牽制。

 そして熊谷には攻撃。

 この流れを徹底していく。

 

 こうすれば。

 

 荒船側は──自分は狙われていないという先入観から、防御寄りの立ち回りになり。

 熊谷側には、この連携が続いているうちに勝山を倒さなければならないという焦りが引き出されていく。

 

 敵同士が連携していく中。

 定石は弱い方から狩る事だ。

 なぜなら、弱い方が焦りやすいから。

 

 旋空の設定を変える。

 

 起動時間を長くし、射程を落とし──その分斬撃の距離を稼ぐ。

 

 ぐるり、と身体を回旋させながら広範囲の旋空を振り回す。

 両者ともがその範囲から逃れる動きをする瞬間。

 回旋の勢いを足先に伝え、熊谷の方向へ勝山は飛び込みながら──散弾銃を浴びせる。

 バン、バン。

 響く散弾銃の銃声と共に、着実に熊谷の身体は削れて行く。

 

 シールドで散弾銃を防ぎながらの、熊谷の斬撃。

 それを受ける──動きから、旋空から幻踊へとセットしなおした弧月で、斬撃をすり抜け斬撃を浴びせる。

 

 熊谷さんの左足がそれで斬り飛ばされる。

 

 そうして荒船の動きを同時に見る。

 

 勝山と熊谷──両方を斬り裂かんとする軌道の旋空を放っていた。

 

 勝山も熊谷も、双方とも斬道から身を逸らし避けるが──。

「.....あっ」

 その時。

 勝山の左手が斬り落とされ──散弾銃が地面に落ちる。

 

 ──まだ使わなければいけないんですよね、散弾銃。

 

 そして。

 

 左手ごと落ちる散弾銃を蹴り上げる。

 そして。

 

 散弾銃のバレルを、噛む。

 

「──おいおい」

 荒船が信じられない、とでも言いたげな表情を浮かべた。

 

 2対1の状況下の中で巡る攻防の中。

 勝山は弧月を右手に握りながら──散弾銃を口の含み、咥えていた。

 その様は、まさしく鬼気迫るものがあった。

 

 恐らく。

 あと一回の攻防で──

 

「....」

 全身くまなく散弾銃の弾丸を受け、左足も損傷した熊谷が、落ちる。

 

 そうなれば──勝山を落とせるかどうかが、非常に怪しくなる。

 

 これが──両者ともに完全な味方であれば、勝山は落ちていたであろう。

 

 だが。

 荒船も熊谷も、所詮は敵同士だ。

 敵同士の連携は利害関係で結ばれている。

 ならば──どちらかの利を極端に大きくすれば、連携なんて即座に崩れる。

 

 勝山は。

 荒船には牽制だけを行い、

 熊谷にのみ攻撃を集中させるという駆け引きを続けることで。

 荒船を近づけさせず、遠方からの旋空を放たせる役割に固定化し。

 そして熊谷に着実にダメージを与える事に成功させた。

 

 ここまでは狙い通り。

 

 そして。

 この役割は──今もまだ固定化されている。

 

 焦っている熊谷が早めに動き出す。

 その動きを見て、荒船が旋空の準備をする。

 

 勝山は斬りかかる熊谷に斬撃をする──と見せかけ。

 地面に弧月を突き刺し、咥えた散弾銃を右手でキャッチし──身を屈め、下側から散弾を放つ。

 

「──くっそぉ.....!」

 

 予想外の一撃に。

 熊谷は緊急脱出する。

 

 身を屈める動きは、同時に荒船の旋空への回避動作であった。

 

「......」

「......」

 

 勝山は散弾銃を投げ捨て。

 弧月を再度手に取る。

 

 2対1の連携の果てに。

 勝山は十分に傷ついていた。

 型と脇腹を斬り裂かれ、左手も斬り落とされている。

 

 勝山は左肩を前に出し。

 右肩に弧月を担いだ。

 

「...」

「...」

 

 勝負は、一瞬。

 さあ。

 ──荒船は何を選択するだろうか。

 間合い外からの旋空だろうか。

 それとも、斬りかかるだろうか。

 

 どちらでもいい。

 

 荒船は。

 旋空を選んだ。

 

 縦からの、旋空による斬り込み。

 

 これを身体を翻しながら。

 担いだ弧月を回旋に合わせ、斬撃に転化する。

 

 ざっくりと、勝山は旋空で袈裟を斬り裂かれながらも──何とか急所であるトリオン供給体を守り。

 

 踏み込んだ一撃が、荒船の首元を刈り取った。

 

 

 荒船もまた、緊急脱出する。

 

 

「.....」

 

 那須が、もう近くまで近づいてきている。

 

「──すみません、東さん。後は頼みました」

 

 勝山はそう言うと。

 即座にその場を離れ──敢えて狙撃手の射線に入り込みながら、那須から逃亡する。

 

 これもまた、敵同士の利害関係の一致による連携だ。

 那須隊に点をやりたくない勝山。

 無得点のまま終わりたくない荒船隊。

 ──荒船隊狙撃手、穂刈からの一撃により、勝山は緊急脱出した。

 

 

「──ごめん。勝山君は穂刈君に仕留められた。あと残っているのは」

 

 那須がそう通信を入れる。

 その瞬間であった。

 

 ──日浦、緊急脱出。

 

「茜ちゃん!?」

 

 那須が勝山を追い、反対方向へ向かっている最中。

 樫尾を仕留め、潜んでいた日浦茜は。

 

 那須が丁度反対側に向かったタイミングで仕留められた。

 

「.....やられたわ」

 

 勝山隊に1ポイント入る。

 やったのは東だ。

 

 この環境下では狙撃手では太刀打ちできない那須が勝山を狩りに行くタイミング。

 そのタイミングを見計らい──日浦を仕留めた。

 

 ここまで距離が空けば。

 後は隠形に徹するであろう東を仕留める事は出来ないであろう。

 

 となると、残る駒は──荒船隊の穂刈しかいない。

 

「....」

 

 勝山を仕留めた穂刈を見つけ、那須は仕留める。

 

 

 これで。

 

 勝山隊は三ポイント

 那須隊は三ポイント

 荒船隊は一ポイント

 

 共に得点数は一位のまま──那須と東だけが残された。

 

「....」

「....」

 

 そうして。

 タイムアップが宣告された。



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What Do You Want?

「──タイムアップで終了。これで勝山隊、那須隊がそれぞれ3ポイントを取って同率で1位だな」

 試合は。

 那須と東がそれぞれマップに残された状態で終える事となった。

 

「──じゃ、総評を頼むぞ二人とも」

「じゃあ俺から話そうかな。やっぱり、那須さんは強いな、って感想がまず最初に来るなぁ」

 藤丸に話を振られ。

 まずは里見が、そう切り出した。

 

「那須さんの厄介な所って、機動力があるって特性と弾を自在に曲げられる特性がしっかり噛み合っている所なんだよね。これはボーダー全体を見回してもこの二つの特性の両方を持っている人は那須さんだけなんだ」

「そもそも、弾をその場でリアルタイムで曲げられる人が、那須隊長と出水隊員しかいませんからね」

「だから、基本的に那須さんを倒すには連携して倒すしかないんだけど。狙撃手の連携が吹雪の環境設定で出来なくなった。ここで那須さんを倒す手が一気に無くなっちゃった感じだね」

 

 今回。

 特に荒船隊に関しては、狙撃手が二人もいる関係上、攻撃手が追い込みをかけ、狙撃で仕留めるという形の戦略を取る事が多いのだが。

 吹雪の設定と那須の存在でその連携が封殺された形だ。

 

「荒船隊は、本当に組み合わせも環境も全て不利に働いていましたね。今回ばかりは仕方ないように思います」

「だね。作戦としては那須隊はしっかり嵌まっていた。だからこそ、ここで同率の一位に持っていけた勝山隊もまた凄いな~って思うんだよね」

「今回。勝山隊は本当に力推しで三点をもぎ取ったという感じですね」

「勝山君で2点。東さんで1点。今回の吹雪の環境の特性を即座に対応して東さんを終盤まで動かさずにいたのは英断だったと思う」

 今回の勝山隊の動きは。

 勝山の転送位置が東・樫尾と大きくずれ込んでいた上に、那須から非常に遠かった。

 それ故に勝山は那須が到着するまで暴れまわり点を取る方針に切り替え、2点をもぎ取り。

 樫尾が動くことで那須を狩ろうとしたのだろうが、それは失敗。代わりに終盤で日浦を仕留め東が1ポイントを稼いだ。

 

「勝山君に関しては、散弾銃をこう使うか~って感じだね。あの分だと、万能手になるのも近いかもしれないね」

「今回、勝山隊長は2対1の局面において散弾銃を非常に多用していました。銃手の観点から見て、里見君はどの辺りに散弾銃の妙があったと考えましたか?」

「勝山君は荒船先輩、熊谷さんの二名を相手取る中で。基本的に荒船さんを牽制して足を止めさせている間に、熊谷さんにダメージを与えるという方法をとっていたと思います」

「だな。熊谷と勝山がぶつかり合っている所に、荒船がちょい離れた所で旋空を差し込んでいったってのが、あの局面でよく見る場面だったな」

「勝山君は旋空と散弾銃の二つが中距離での選択肢があった。これを本当に上手に使い分けしながら、あの局面を切り抜けていたな~って思うんですよね」

 幾つか攻撃の中でパターンがあった、と。

 里見は解説する。

 

「荒船さんに散弾を撃つ。そこから熊谷さんに攻撃を仕掛ける。これがパターン①。そして二人同時に旋空で足を動かして、熊谷さんに向けて散弾銃を撃ちながら突っ込んでいく。これがパターン②。荒船さんと熊谷さんの距離が十分に離れている時はパターン①を使って、距離が縮まっている時はパターン②を使う。大まかに解説するとこういう使い分けを勝山君はしていたんだ」

 

 散弾銃で荒船の足を止め、その隙に熊谷に斬りかかる。

 

 両者が近づけば、旋空で分断した上でそこから熊谷へ散弾銃を撃ちながら近づく。

 

 この二択。

 

「勝山君の動きは凄く解りやすくて。とにかく2対1の局面になってしまったのなら取り敢えず一人落とそう、という考え。だから二人が同じ距離感で連携を取ってこられたら反撃が中々出来ないから、一人は安全圏で旋空を撃たせる役割に固定化させて、一人に集中して攻撃していたんだと思う。それで攻撃目標が熊谷さんに固定化されちゃった」

「何で荒船じゃなく、熊谷だったんだ?」

「荒船さんはこの場面で無理して斬りかからないだろうって判断したんだと思う。隊で唯一の攻撃手で、落ちちゃったらもう狙撃手一人しか残されない状況だったから」

「その上で、熊谷さんは思い切り気候条件で有利を取っている那須さんが近づいてきていましたし。生かしておいたら後々面倒、とも思っていたんでしょうね」

「散弾銃の強みであり弱みは、拡散性なんです。拡散するから正確に構えなくても当たりやすいけど、その分シールドの貫通はしにくい。ここで勝山君は弧月での斬りかかりで二択を取る事で上手く散弾銃の強みを活かしていたんです」

 

 散弾銃は。

 何発かの弾を一斉に拡散して撃つ銃手トリガーだ。

 

 それ故に、当たりやすい。点ではなく面で攻撃するから。

 それ故に、弾かれやすい。点ではなく面で攻撃するから。

 

 この性質を利用し。

 弧月での攻撃でシールドの設定を狭めさせ。

 その後の散弾銃での広範囲面攻撃の当たり幅を大きくしていた。

 

「特に。弧月はシールドでは防げない攻撃力があるので。散弾銃との二択で使い分ける方法はかなり有効だと思いますね」

「今回はそれがきっちり嵌まったなぁ、と。でも本当に面白い散弾銃の使い方だな、って思いました。──とはいえ、長物二つ使って戦っている訳なので、機動力は凄く落ちますし、シールド使えない分防御もしにくい。諸刃の剣ですね」

「とはいえ、結果的にここで2点を取った事で、同率1位まで押し上げる事が出来た訳ですね。そういう意味では、樫尾君の粘りは全く無駄ではなかった」

「うん。樫尾君が頑張った分だけ、那須さんが勝山君の所に到着するのが遅くなった。それで勝山君が穂刈君に敢えて落とされる時間稼ぎも出来た訳で。凄くいい粘りだった」

 

 樫尾は。

 那須の撃墜を狙い追い込みをかけたが、逆に追い込まれ日浦に仕留められた。

 とはいえあの攻防で那須に対する時間稼ぎができ、そして日浦の居所を炙り出し東が仕留めることが出来た。

 奮闘は、無駄ではなかった。

 

「そして最後の隠れあい。こういう局面になった時、東さんは本当に強い」

「多分、環境設定した那須隊もこの場面を想定はしていたと思いますね。最終局面で東さんが残っていれば、生存点は稼げないと」

 

 東は。

 隠形の達人だ。

 恐らくは単独で探し出すことが不可能であり、他部隊と連携を取った人海戦術でも使用しなければ

 それ故に吹雪の環境下で探し出すのはほぼ不可能と化す。

 

「勝山隊は東さんとエースの勝山隊長がいるので、安定して点数を出せる部隊だとは思います。ただ、東さんが中々見つけられない関係上、特に得点源の勝山隊長は非常に狙われる機会が多くなると思います」

「あのスタイル。銃手や狙撃手相手と連携を取られると中々相性が悪いと思うから。樫尾君と連携をした時にどれだけやれるか、っていう部分が凄く重要になってくると思いますね」

 

 今回で。

 勝山はかなり自身の戦い方を晒した。

 

 その分だけ──次回より、かなりの対策を打たれるであろう。

 

「まあランク戦の先は長ぇだろうしな。勝山隊も新興部隊だ。これから対策も打たれていく中でどう動いていくか。──今後もその辺りを注視しながら見ていこうじゃねぇか」

 

 

「──丸裸にされた気分ですね」

 

 僕は溜息をつきながら、下を向いた。

 

「まさか駆け引きの部分まで綿密に解説されるとは思わなかったです.....」

 うーむ、と唸る。

 今回は2対1の局面で余裕がなかったとはいえ。

 少しばかり手札を晒しすぎた感じがあります。

 

「まあこれもまた勉強だ。対策を打たれたら、対策の対策だ。その為の準備も用意してある」

「おお。ありがとうございます東さん」

 

「さて。振り返りを行おうか。──まずは、そうだな。勝山から」

「そうですね。......今回は悪運に助けられた部分が多かったように思いますね」

「ほう。悪運」

「はい。転送位置が悪く合流が絶望的になったのは運が悪かったですが。那須さんの転送位置が逆で相手にしなくて済んだのは、運が悪い中での救いがありました」

「成程」

「ただ。その分の負債が樫尾君に向かったような形だったので。結局隊全体で見ればあんまり.....とも思いました」

 今回。

 本来僕が負うべきであった囮の役目を樫尾に任せる事となり、これで序盤の計画が大きく狂ってしまいました。

 結局は、那須さんを倒しきれず、東さんの生存能力頼みで終盤を投げ出してしまった事には、大きな後悔が残ってしまった部分です。

「解った。──では、樫尾はどうだ」

「今回......解説の二人にはフォローされましたけど。あそこは、那須さんを仕留めなければいけなかった、と。個人的には思います」

 

 那須さんを引き付けることで、時間稼ぎが出来た。

 

 それはただの結果論だ、と。

 樫尾君は言います。

 

 それを狙って行ったのならば、褒められてもいい。

 だが。

 あの場面──東さんの狙撃地点まで那須さんを追い込むつもりで仕掛けに行ったのであり、それで返り討ちにあっただけの結果だ、と。

 そう樫尾君は言いました。

 

「──那須さんの実力を、解っていたつもりでした。でも、所詮はつもり、でしかなかったのだと、気付かされました.....」

 

 そう樫尾君が言い終えると。

 東さんは頷きました。

 

「三上。オペレートしていて、どう思った?」

「私は....」

 三上さんは少しだけ口ごもり、

 そして言いました。

 

「隊長が最後に穂刈君に敢えて倒されに行った部分......。あの時、ちゃんと私が主張していればよかったな、って。思いました.....」

「何を?」

「穂刈君を最後まで追いませんか、って」

 

 あ、と。

 僕は呟いていました。

 

「あの局面。私はある程度穂刈君の位置を把握していました。確かに、那須さんが迫っている中、凄くギリギリだったとは思うんですけど。──もし出来たら、四得点取れたんじゃないかな、って」

 

 そうか。

 あの局面。

 僕は即座に自殺に行くのではなく──まずは三上さんの意見を聞くべきだった、と。

 

 東はうんうん、と頷き。

 

「今回皆が学ぶべきは──相手と、自分の戦術レベルの差を鑑みなければならない、という事だろうな」

「戦術レベル.....」

「ああ。相手が持つ戦術を正確に予測し、最も妥当な行動を取る事。単純なようだが、これが難しい。相手の事も自分の事も、過大評価も過小評価もしてはならないんだ」

「東さんの目から見て──僕は穂刈君を狩りに行く事は可能だと、思いましたか?」

「出来たと思う」

 

 その一言が、非常に痛い。

 僕は──少々諦めがよすぎたのですね。

 

「三上の解析能力は。俺がここまで見てきた限り、ボーダー全体から見ても非常に高いレベルにある。彼女の力を十分に使えば、那須に狩られる前に穂刈を撃つ事は出来たと、俺は思う。そして樫尾は──」

「......はい」

「やはり、もう少し慎重に動くべきだった。お前はこの隊の指揮官だからな」

 

 樫尾君もまた。

 顔を歪めている。

 

「──まあ、だがな。俺は同時に確信もした」

 

 東さんは。

 一通り振り返りを終えると、言った。

 

「ここにいる四人で──上位を狙える。それだけの人材が集まっている」

 

 だから。

 

「一つ一つ、課題をクリアしていこう。そうすれば──この隊が解散している頃には、一段と皆成長しているはずだ」

 

 そう言って。

 笑った。

 

 

 何というか。

 東さんは流石だなぁ、と。

 

 あの最後の一言で。

 自罰的だった樫尾君の表情も幾らか柔らかくなりましたし。

 隊としてのモチベーションも非常に高まったようにも思えます。

 

 東さんは。

 ビックリするほどに穏やかな方です。

 厳しく統制をかけることもしません。

 ただ、あの柔らかな声で僕等にヒントを与えるだけ。

 

 それだけです。

 それだけで──皆がどの方向へ向けばいいのかが、少し考えれば、解る。

 この。

 少し考えれば、という部分が重要なのだと思います。

 考える中で正解への道筋を示すのではなく。

 枝葉を見せた上で、正答を選び取らせる。

 この思考の連続で、僕等はモノを考える事を覚えていく。

 僕等の思考を十全に読み取った上で、必要な言葉だけをかけているのでしょう。だから、厳しい物言いなんてあの人には必要ないのだ。

 

 野球部でキャプテンをしていて、幾人かの監督を見てきましたが。

 あれだけ思慮深い人は見た事がありません。

 そして。

 あれでまだ二十代中盤というのも、何かがおかしいと思うばかり。

 

「三上さん」

「うん?」

「すみません」

「ううん。いいの」

 

 三上さんは。

 この前の鍋パーティーから、週に一度。僕の分まで買い物をして寮の部屋まで持ってきて頂いています。

 

 これは強制的に決まった事でした。

 その足で警戒区域を超えて市内の買い物をする負担を考えれば。素直に頼れ、と。そう言われました。

 三上さんはどうせ買い物はするのだから、ついでだと仰っていただいておりますが。

 それはそれとして本当に申し訳がない。

 

 という訳で。

 

 せめてものお返しに、と。

 学校に勉強に家族の世話に、と忙しない日々を送っている三上さんに。

 こちらも幾らかの総菜を作って三上さんに差し上げる事にしました。

 

 なので週に一度、部屋で二人してお茶をする時間が生まれる事になりました。

 

「──同じだよ、隊長」

「ん?」

「樫尾君も隊長も。──理解すればするだけ、ちゃんと互いに頼れるようになると思うから」

 

 茶を啜りながら。

 三上さんはにこやかだった。

 

「今度は。ランク戦の場面でも、頼ってね」

「はい。肝に銘じておきます」

 

 そうです。

 まだまだランク戦は始まったばかり。

 

 ここからです。

 また明日──今日よりも1パーセントでも成長すれば。

 

 それはちゃんと積み重なっていくのだと。

 だから。

 一つずつ学んでいけばいい。

 そう──思いました。

 



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覚悟決めたら

「.....」

 本日。

 樫尾は勝山との連携の訓練を行い、東からの戦術指導を受け、その後に個人戦ブースに入っていった。

 その相手は。

 

「──いい動きだ」

 麗らかな笑みと共に。

 樫尾を両断していた。

 

 ──王子一彰。

 B級弓場隊所属の攻撃手。

 

 彼は。

 狭い路地の中──樫尾の放ったハウンドを掻い潜りながら肉薄し、樫尾を斬り裂いていた。

 弧月での旋空で樫尾の足を動かし、もう片手に握ったスコーピオンで仕留める。

 

 戦っていて、理解する。

 この人は読んでいる。

 樫尾の一つ一つの動きからその狙いを看破し、その上で駆け引きを行っている。

 

 十本勝負の中。狙いに乗っかるふりをして裏をかかれて負ける事が非常に多く、立ち回りの時点で大きく敗北していた。

 

「お疲れ様。──中々の強さだね」

 そう言う王子は、十本勝負の中8本を樫尾から奪い、勝利していた。

 王子は。

 少なくともこの戦いの中での印象ではあるが。木虎や勝山といった、特定の戦闘技術が突出している訳ではないように思う。

 しかし強い。

 立ち回りの時点でこちらの有利を取ったうえで、詰め将棋のようにこちらの戦闘手段を着実に奪っていく。こちらの思考と行動を読んだ上で、最善を選んでいく強さがそこにあった。

 

「....あの」

「うん?」

 

 負けたうえで、その上で食い下がる。

 何とも格好のつかない、情けない姿だ。

 甘えるなと斬り捨てられてしまえば何も言い返せない。

 こちらから与えるものがないのに、それでもこちらの成長に繋がる何かを求める行為なのだから。

 

 ──でも。

 ──ぐしゃぐしゃに壊されたプライドなんて、もう投げ捨てた。

 

「....お願いします。どうして僕は負けたのか、教えてください....」

 そう。

 樫尾は腰を曲げ、王子に懇願した。

 

 ──勝山隊長。東さん。そして三上先輩。

 ──この人たちがいて上位まで行けない訳がない。

 

 あの試合。

 囮としての役割だけでも果たせていたならば。

 東の狙撃地点まで那須をおびき寄せることができたのならば。

 それだけで一気にポイントを取れた可能性があった。

 

 仮にあの役割を勝山が行っていれば、きっと達成できただろう。

 ──今この部隊で何も出来ていないのは自分だ。

 ──そんな自分がいま持てるプライドなど、枷にしかならない。

 

「.....ふむ」

 王子一彰はその樫尾の姿を見て。表情を変えた。

 

「どうして君が負けたのか──という問いは、自分で解決しなきゃいけないものだよ。何せ僕にはそこまで君のことを理解していないからね」

「......はい」

「でも。どうして僕が君に勝てたのか、という問いには答えることができる」

 

 王子はそう言うと。

 樫尾に十本勝負の内容を詳細に語らせた。

 どういう思考で王子と向き合い。どういう戦術をもって立ち向かったのか。

 

 語らせたうえで、王子は話す。

 

「話を聞いている感じだと。基本的に君は僕を”攻撃手トリガーと射手トリガーを同時に装着している相手”として見ていて、それを基に戦術を組み立てていた印象があるね」

「.....はい」

「そして、それは僕も戦闘の中で思っていたことなんだよね。ちゃんと、万能手相手の戦術が確立させているな、って」

「....」

 

 対万能手相手の戦術を持ち込み、王子と相対していた。

 それは、確かな事実だ。

 

「でもね。万能手と一言でいっても色々なタイプがある。機動力を生かして多角的に射撃と近接で戦うタイプもいれば、じっくりと射撃で牽制しつつ有利な形で斬りかかれるタイミングを狙うタイプもいれば、完全に相手の得意な距離感に応じて使い分けるタイプもいる。色々なタイプがいる中で、そのタイプの中でも一人一人持っている武器が違う。身体能力が高めの隊員もいるし、カメレオンを使った隠蔽術を持っている人もいる。──結局のところ、その時々に応じて別な戦術を瞬時に切り替える柔軟性が求められるんだよ」

「....」

「僕は勝山隊の戦いは記録でチェックしていた。その中で分析した君の戦い方を頭に入れた上で戦ったんだ。ハウンドで相手を有利なポイントに追い込んで、近接で仕留めにかかるタイプだ、って。でも三本目辺りかな。僕が一本取られた試合で、予想以上にグラスホッパーの使い方が上手いな、って感じたから。あんまり開けた場所で戦うのはいけないと考えて、路地での戦いに誘導する戦術に切り替えた。だから対応できた。──これが僕が君に勝てた理由かな」

 事前に仕入れた情報。

 そして変化する状況。

 状況の変化に合わせて──如何に戦術を切り替えるか。

 切り替えを、素早く、正確に行う。

 それが出来ていたのが王子で。

 出来なかったのが、自分。

 

 そういう格差が両者の間にあった。

 

「仮にだけど。この前のランク戦なら......僕に指揮権があるなら、かつやんと東さんを合流させただろうね」

「.....!」

「あの吹雪という特性は、当然仕掛けた那須隊に軍配がある気候状況だったけど。同時に東さんの能力を存分に活かせる場面でもあった。あの人の隠形能力だったら、どれだけ動かしても決して居場所は割れない。そういう特性を持った駒だ」

 

 王子は。

 まだまだ勝山隊は東春秋という駒を過小評価しており、

 敵の戦力を過大評価している、と指摘した。

 

「那須隊はあの環境下であっても、かつやんと東さんが組めば勝てない相手ではなかった。そしてかつやんの初期位置も、離れてはいたけど合流が絶望的なほどの距離ではなかったはず。かつやんが隠れながら移動すれば十分に東さんとの合流は可能だった。──それでも、勝山隊はあの場面。最大戦力である勝山を2ポイントの為に犠牲にし、そして最後に隠れ合いの状況にして生存点も稼げなかった。正直、勿体ない気もするんだ」

 

 ──戦術レベルの把握。

 以前もそうだ。

 相手のことも、自分のことも、過小評価も過大評価もしない。

 

 自分は。

 自身の事すらも、──過小評価していたのか。

 

「見る限り、かつやんは冷静に見えてとんでもない武闘派だね。多分生存点で2点稼ぐ、という思考よりも、敵を狩り出して2点稼ぐ方に舵を切るタイプで、その上そっちの思考だととんでもなく頭が回る。それはとてもいい面ではあるんだけど、同時に手綱を握ってやらないと生存率がとっても低い攻撃手になると思う」

「.....そう、ですね」

 

 記録を見直したときに、印象に残ったのが──隊長である勝山の戦い方だ。

 2対1の状況下において──あの場から逃れよう、という意識は一切感じられなかった。むしろ、あの状況からどうやって──二人を斬り伏せようかを必死に思考していたように感じた。

 あの時。

 勝山は笑っていた。

 それが──すべての答えだと思う。

 

「王子先輩......懇切丁寧に、ありがとうございました」

「いや、いいんだよ。──君たちが上に来るのを、楽しみにしているよ」

 

 そう言って。

 王子は立ち去って行った。

 

「.....」

 

 ──柔軟性。

 ──戦術レベルの把握。

 

 自分が持っていると思うばかりで、持っていないものばかりが浮かんでいく。

 樫尾はグッと、拳を握りしめていた。

 

 

「次の対戦相手が決まった」

 柿崎隊作戦室の中。

 隊長である柿崎国治は──対戦相手の名前を告げる。

 

「諏訪隊と、勝山隊だ」

 

「勝山隊....」

 その名を。

 照屋文香は何故か反芻していた。

 

「ああ。──勝山も、ついに自分の隊を持ったんだなぁ」

「1シーズン限定みたいですけどね」

「勿体ないよなぁ。東さんも樫尾も、いい隊員なのに....」

 

 本当に。

 勿体ない、と照屋は思う。

 

 東というトップの狙撃手がいて、そして伸びしろが十分な樫尾。

 あれだけのメンバーが一年きりで解散するとは、本当に勿体ない。

 

「勝山に関しては何度か合同任務をしているから解るが.....絶対に1対1で相手にしちゃいけない」

「.....ですね」

「という事は、いつものように基本は合流を最優先する」

 

 隊長である柿崎を見ながら。

 照屋は思う。

 

 ──今。自分は同期で入った勝山と比べてどうだろうか。

 当初は、新人王候補だのなんだの騒がれて。

 その時に比較台に上げられた奈良坂は三輪隊で頭角を現している。

 そして──自分よりも長くC級時代を過ごした勝山は、今やマスターランクの攻撃手。

 

 今自分は。

 あの時よりどれだけ伸びたのだろうか。

 

 間違いなく言えるのは。

 ──その成長は、勝山のそれとは比較にならないという事。

 

「.....」

 

 自分は。

()()()()()()()──口だけの人間になりたくない。

 

 なぜ自分はここにいるのか。

 その理由は、自分の視線の先で虎太郎とじゃれあっている純朴そうな青年にある。

 

 いつか勝山に言われたことがある。

 支える、という言葉は他者主体の言葉で。

 甲斐、という言葉は自己主体の言葉なのだと。

 

 支えてあげたい真心と。

 その行為に充足を得たい自己満足の心と。

 それが、今──照屋文香の中に同居している。

 

 だからこそ、思う。

 今の自分は。

 今の立ち位置に──何となしに満足しているのではないのか。

 甲斐を、感じているのではないか。

 あの人の役に立っている自分に。

 

 ──あの人がどれだけこの隊を大切にしているのか。それは本当に理解している。

 大切にしているから。

 責任を感じていることも。

 隊員たちを駒として扱う非情さを持てない事も。

 その感情が嬉しくて。

 ──いつしか、それだけで満足している自分がいるのではないか。

 

 今ここで。

 漫然といることが正解なのだろうか。

 

 B級中位の間を上がったり下がったり。

 調子が悪くなると下位に下がることもある。

 残念ながら──そこから大きな浮上も沈下もなく、漂っている現実がある。

 

「....」

 

 勝山は。

 当初から頭角を現し、結果を残した照屋を眩しいと言っていた。

 

 でも。

 思うのだ。

 自分がいま欲している力は。

 最初から持ち合わせているものじゃなくて。

 

 ──変わっていける力。

 ──変えていける覚悟。

 

 そういうものじゃないかって。

 

 あの時。

 ボーダー隊員としての異様なまでな覚悟を示した嵐山ではなく。

 純朴な感情のまま、頑張りたいと答えた柿崎に意識が持っていかれた訳は。

 

 支え甲斐がありそうだったからだ。

 あのありのままの姿が目に焼き付いていたからだ。

 そこに易々と言語化できる理由はない。

 支えたい。

 支える人間は自分でありたい。

 他者主体の感情にエゴが乗っかったそれが、心の内側からこんこんと流れだしたからだ。

 

 支えるとは? 

 何だろう? 

 

 その答えは簡単には見つからない。

 でも今のままでいることではないと、何となしに理解している。

 

 そんな自分にとって。

 勝山は──強固な自己を持ちながらも、それでも変化することを恐れない人間であった。

 

 一度たりとも。

 彼はメインの弧月を手放そうと考えたことは無かった。

 確かな戦闘センスを持ちながらも、C級の環境とは適合しない戦い方をしていた勝山。

 それでも彼は。

 その戦い方の根幹を一切変えることは無く、されど経験の積み重ねと工夫を凝らし続けた結果として──今の姿がある。

 

 普段の温厚極まりない態度で見え辛いが、勝山は自分のスタイルに関しては恐ろしく頑固だ。彼は自己のスタイルを適応化する事に躊躇いはないが、同時に自分のスタイルを決して捨てることはしなかった。

 だからこその、彼の戦い方がそこにあり。

 強さがあるのだと思う。

 

 ......今求められる強さは。

 自分の心を変えることなく。

 それでも──何かを変える為の強さだ。

 

「──ランク戦で同期と当たるのって、何か緊張もするけど。楽しみでもあるよな。なぁ、文香?」

 

 柿崎から言葉をかけられる。

 そうだ。

 次のランク戦で──否応にも、勝山とぶつかるのだ。

 

「そうですね」

 

 緊張。

 楽しみ。

 どっちだろう。

 確かにどっちもあるかもしれない。

 

 今の自分を勝山はどう判断するのだろう。

 今の自分は勝山をどう判断するのだろう。

 

 緊張もわくわくも、同居している。

 

「──願わくば。勝山君と当たれればいいなと、思います」

 

 照屋文香は。

 ──無性に戦いたくて仕方がなくなっていた。

 

 何かが得られる。

 そんな予感が、確かにしているから。

 

 

「では、よろしくお願いします」

「あいよー。──それじゃあ、前置きなしでさっさとやろうか」

「よろしく」

 

 僕の眼前には。

 二人の人がいました。

 

 犬飼澄晴先輩と辻新之助君。

 共に、A級二宮隊において名サポーターとして名を馳せる二人です。

 

「──勝山君と、俺と辻ちゃんの1対2。結構厳しいものがあるんじゃないの?」

「かなり厳しいですね。──ですが厳しいのが訓練だとも思いますので」

 

 まだまだ。

 まだまだある。

 自覚している欠点も。いまだ認識できていない気づきも。

 

 次の相手は、柿崎隊。

 万能手二人を揃えた、安定感のある部隊です。

 合流してからの連携が肝となる部隊であり、対策を打たなければならない相手でしょう。

 

 ──この前の試合で解った。

 ──僕は負けたくない。

 

 自分の失策を理解して、日が経って。

 ようやく認識できた。

 負けたくない。

 

 だから。

 打てる手は打つ。

 

「それでは、よろしくお願いします」

 勝山は訓練ブースの中。

 犬飼と辻を前に──刀を構えた。



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助演男優賞

散弾銃を辻に向け。

 その足を止めさせる。

 

 その隙に斬りかかろうとする犬飼は。

 既に勝山の攻撃範囲から逃れ、ばんばんと銃声を鳴らしている。

 

 ──犬飼先輩との戦いは、楽しくはないですが本当に為になります。

 

 足を止めれば突撃銃で手足を削りに来る。

 近づこうとすればハウンドで足を止め辻に斬りに行かせる。

 辻と斬り合っていれば、頭→腕→足というように、シールドでカバーが利かない範囲に狙いをつけて着実に削りに来る。

 

 戦えば戦うほど。

 勝山が持つ弱点が浮き出てくる。

 

「──勝山君はさ」

 

 辻を旋空で仕留め、その瞬間に犬飼が銃弾を走らせる。

 何とか反応しシールドを発生させると同時。

 シールドの発生地の前から弾が曲がり、足元が貫かれていく。

 

 ......本当に。こちらの思考を的確に読んでくる。

 

「強みをより活かすって意味では──足を止めずに戦える手段を持った方がいいと思うんだよね」

 

 タタタタタ、という小気味よい音を刻みながら、犬飼先輩はこちらの脚を削っていく。

 ......うーん、厄介。

 

「立ち合いでの強さって対攻撃手のタイマンでは本当に強いけど、結局連携組まれると足を止めることになるからね。ほら、こんな風に」

 

 タタタタタ。

 辻君が前に出て、僕を止め、犬飼先輩に撃たれる。

 この連撃だけで勝山は完全に封殺されていた。

 

「散弾銃も、2対1になったときに片方を足止めするには有効だけど。結局足を止めさせたところで倒すのに手間取っていたら意味はないからね」

「勝山君、新しいトリガーを追加するつもりはない?」

 

「そうですね.....」

 

 この訓練でも、やっぱり理解できる。

 自分は、まだまだ弱い。

 

「少し.....考えていたことがあります」

 

 サブトリガーに空いた、もう一枠。

 ここに入れるべきトリガーは何なのか。

 

 変えていかなければ。

 そうでなければ──この部隊を組んだ意味がない。

 

 色々と。

 試していきましょう。

 

 

「──あ」

 二宮隊での訓練を終えて、作戦室に帰るついでに個人ランク戦ブースを覗いてみますと。

 見知った顔が。

 

「こんにちわ、照屋さん」

「勝山先輩。お久しぶりです。──合同任務以来ですね」

 

 同期入隊の照屋文香さんがいました。

 

「今日は個人戦に?」

「はい。──ちょっと稽古をつけてもらってました」

「稽古.....ですか」

「ふふ。──次の試合、楽しみにしていてください」

 

 笑いながら、そう照屋さんは言いました。

 成程。

 何かしらの隠し弾を用意しているらしい。

 非常に楽しみです。

 

「──先輩も、もう隊長なんですね」

「そうですねぇ」

「どうですか。新しく隊長となった気分は」

 

 気分。

 気分、ですか。

 

「──何というか。まだ地に足がついていない感じですね。僕の場合」

「まだ、あまり実感がない感じですか」

 ですね、と呟く。

 実感がない。

 東さんは当然として、樫尾君もとてもしっかりした人です。

 

「とはいえ。──まあこのままではいけませんけど。でも、隊長って肩書をあんまり重く捉える必要もないと思います」

「.....そう、ですか」

「隊は隊です。──僕は隊長ですけど。東さんよりも、樫尾君よりも、自分が上だなんて一度だって思ったことは無いです。むしろ色々気をまわして戴いているのは東さんの方なので」

「....」

「僕は──単に現場で最終決定をするだけの人間です。樫尾君とも平等な立場で作戦を話し合いますし、訓練もします。多分東さんがいなかったとしても、この形は変わらなかったと思います」

 

 照屋さんは。

 じっくりと、考え込み始めました。

 

「......平等。平等、か」

 

 ふむん、と。

 その言葉を反芻していました。

 

「成程。──先輩」

「はい」

「ありがとうございます。──色々と、私がやるべき事が見えてきた気がしました」

「それは....よかったです」

 

 あとですね、と。

 照屋は言った。

 

「以前。──勝山先輩は恋情と親愛は違うものであると仰っていたと思います」

「はい。言っていましたね」

「そうだな、と。私も思います」

「おお。意見の合致ですね」

「──そして。違うものだからこそ、同居できるものだとも思います」

 同居。

 ──ううん? 

 いえ。

 言葉の意味は解るのです。

 ただ──それを照屋さん自身が言っているという事実の方に。少しばかり混乱が走る。

 

「はっきりと自覚しました。──私は私の手で、柿崎隊長を支えてあげたいんです。他の誰でもなく、私自身が」

 

 それが。

 照屋文香の本心。

 

「結局のところ──恋しているから、エゴがあるんです。それだけの話でした」

 あっけらかんと。

 照屋さんは──柿崎隊長への恋情を口にしました。

 この辺りの、自覚してからの割り切りの速さも流石というか。凄まじいものがあるなぁ、なんて思ったりもして。

「そ、そうですか...」

「しかし、──うーん、大変ですね。隊長は三つ年上です」

「そうですね」

「人並み以上の常識だったり、倫理観を持っていますと......これだけの年の差があると躊躇せざるを得ない部分もあると思います」

「でしょうね....」

 現在柿崎隊長は18歳で、照屋さんが15歳。

 高校三年生と中学三年生。

 来年になれば大学生と高校生です。

 

 ......本当に、三つという年の差は絶妙な所です。

 

 ギリギリ、身分が異なる。中学生と高校生。高校生と大学生。

 多分、柿崎隊長は照屋さんを意識していないでしょう。意識していたとしても、それを無意識の次元に叩き落していると思われます。そういう人です。

 

「──まあでも。自覚しただけ前進ですから」

「前向きですね」

「戦いは、勝つつもりでいかないと意味がないですからね。──私は勝ちます。柿崎隊長にも。そして先輩にも」

 

 そう言って。

 

「──目的があるって、幸せなことですね」

「はい。僕もそう思います」

「なので──お互い、目指すところまで頑張っていきましょう」

 

 照屋さんはにこやかな笑みを浮かべそう言うと、こちらに一礼してブースを後にしました。

 

 

「さて」

 

 どうしたものでしょうか。

 個人戦ブースに寄って、何もしないというのも勿体ないですし。

 

 周囲を見渡しキョロキョロと見回します。

 ふむん。

 知り合いは誰もいませんでした......。

 

 仕方がないので作戦室に戻って鍛錬でもしようかと背を向けると、

 

「──勝山先輩」

 

 声が聞こえてきました。

 少しだけ鋭い、突っつくような声です。

 

「あ。こんにちわ木虎さん。......ん? はじめまして、でしたっけ?」

「会うのは二度目ですからこんにちわでいいですよ」

「あ、そうでしたか。それは失礼いたしました」

「隊結成、おめでとうございます」

「ありがとうございます。──ああ。その分でも、僕は木虎さんに感謝しなければいけませんね」

「....? 私に感謝ですか。何故?」

「──貴方にリベンジしたい一心で、樫尾君が隊に入ってくれたからですね」

 

 そう言うと。

 木虎はふぅん、と一つ呟いた。

 

「──木虎さんは。どうですか。貴方にボコボコにされた日から、樫尾君の動きはよくなっていると思いますか?」

「まだまだです」

「まだまだ、という事は。前進はしているという事ですね。それはよかった」

「.....意識が変わった、という点では認めます。でも、空回りしている感じも受けます」

「空回り、ですか」

「──東さんと、そして先輩。ここのラインにどうにかついてこようとして、実力以上の立ち回りをしようとしている」

 

 そうなのでしょうか。

 

「この前の那須先輩相手の攻防でもそうです。──あの場面、東さんの狙撃地点までの誘導をするつもりで立ち回っていたんでしょうけど。地形条件ですら不利を取らされている射手相手に、”誘導”なんて事が出来るわけがない。動くなら樫尾君ではなく、東さんが動くべきだった」

「....あの試合。僕としても大きく反省していますね」

 あの試合。

 東さんを有効活用できなかった。

 そこに関しては、大いに反省しているところです。

 

「──短期間で実力が飛躍的に上がることは無い。向上心は認めますが、現実を見ない努力はただの自己満足です」

 

 木虎さんのいう事は。

 至極もっともだ。

 ただ、一つだけ言いたい。

 

「多分。樫尾君は現実を見ていると思いますよ」

「....そうですか?」

「今の実力のままだと、目的が達成できない。だから必死になって──貴方にリベンジをできるだけの動きを身に付けようとしているんだと思います」

 

 彼にとっての現実とは。

 今シーズン中でなければ──木虎にリベンジできる機会は訪れないという切迫したものだ。

 

 その切迫した現実に──彼は眼をそらしていない。

 その現実があるから、彼は必死なのだ。

 

 現実逃避としての空回りではなく。

 現実を直視しているが故の空回り。

 そこは大きく違う。

 

「──木虎さんも。よろしければ樫尾君を見守ってあげてください。きっと、このランク戦が終わるころには見違えるほど強くなっていると思いますから」

「.....ランク戦で相手をする可能性がある以上、当然チェックはします。それでは、失礼します」

 

 そう言って。

 木虎さんは去っていった。

 

 .....新人ですよね、木虎さん? 

 

 あまりにもしっかりとした返答と堂々とした立ち振る舞いに、身震いしてしまう。

 

 僕は先程話した照屋さんの事も同時に思い出して、

 

「強いですね、ここの女性の方たちは.....」

 

 本当に。

 芯がしっかりしすぎるほどにしっかりしている方たちばかりです。

 

 ──あんな人に追いつかなければいけないのです。焦るのも仕方がない。

 

 次のランク戦。

 何とか上位に滑り込めるだけの結果を残したいところです。

 

 そうすれば──嵐山隊との対戦という樫尾君の悲願が達成できる。

 

「こちらも──やることをやらなければいけないですね」

 

 

「.....成程」

 

 柿崎は。

 ううむ、と一つ頭をひねった。

 

 それは、隊員である照屋文香の提案内容である。

 

「陣形の追加、か」

 

 そう柿崎が呟くと。

 照屋は頷いた。

 

「はい。──今までは隊長と私がセットでそれぞれ役割を切り替えながら陣形を組んでいたと思います。基本は合流して、有利な地形で”迎え撃つ”形です」

「.....だな」

「これと追加して──私は、浮いた駒を取り囲んで確実に点を取るための陣形を提案したいんです」

 

 照屋は。

 新たな陣形について柿崎に説明をした。

 

「私たち二人は中距離も近距離もいける駒で、そして巴君という機動力が豊富な隊員もいます。──相手を散らして”浮かせる”事も浮いた相手を狩り出すことも十分可能だと思います」

 

 だから、と。

 照屋は提案する。

 

「こちらから──攻めていく陣形を提案したいのです」

 

 .....柿崎国治は。

 当然であるが──隊員の意見をただ無下に却下するような人間ではない。

 

 むしろ。

 今の──不甲斐ない状態に行動を開始したのか、と。変わらない立ち位置に甘んじている隊を憂いた故にそうさせてしまったのか、と。

 申し訳なさが先に立つ人間だ。

 

「──俺も。照屋さんから説明をしてもらって.....やりたい、って。そう思います」

 

 巴虎太郎もまた。

 新たな陣形を持つ事に賛成の意を述べる。

 

 

 ──解っている。

 得点こそが肝であるランク戦という環境の中で防御中心の陣形に拘る事そのものが、最初から選択のミスであると。

 

 実際の防衛戦であるならばともかく。ランク戦は点の取り合いだ。

 点を取ることを抑制する陣形に拘る事に──どれだけの意味があるのか、と。

 

「──文香、虎太郎、すまん」

「何故謝るんですか?」

「いや。俺が不甲斐ないばかりに....」

 そう柿崎が言うと。

 

 照屋は、微笑む。

 

「いいえ、隊長。──私はただ、提案しただけです。そこに隊長を非難する意図はありません」

「.....文香?」

「私たちは──対等なんです。意見を言うのも、戦術の話し合いをするのも、当然のことです。むしろ──今まで私はその事を怠けていた、というのが正しい」

「いや」

「だから。──これからは。出来ると思ったことも。やりたいと思ったことも。どんどん言っていくつもりです。この隊が、もっと、もっと、強くなって、上に行くために」

「.....俺も、ずっと柿崎隊長に任せっきりで。自分で考えることをしていなかったな、って。そう思ったから...」

 

「文香....虎太郎....」

 

「──私たちにできない事はありません、隊長。私たちを、信じてください」

 

 ニコリと微笑み。

 照屋文香はこちらを見やる。

 

 ──その目は変わらない。

 変わらない強さを持ったままだ。

 

 それでも。

 その強さの中に──確かな覚悟を、感じた。

 決して揺るがない強さを。

 かつての照屋から、柿崎は感じていた。

 断固とした意思を。

 支え甲斐がありそうだ、と眼前で言い放った時も。変わらない強さを持っていたと思うのだ。

 

 だが。

 今はそれと別個の強さもまた持っているように思う。

 

 変えていくこと。

 変わっていくこと。

 変化を恐れない心。

 ──そういう確かな

 

「──文香。お前、少し変わったな」

「はい。──変わりたい、って。本気で思うようになりましたから」

 

 変わりたい。

 ──その思いは。

 柿崎もまた、持っていたものだった。

 

「.....解った」

 

 柿崎は、一つ頷いた。

 変わりたい、と訴える隊員の思いを。

 拒否できるわけがなかった。

 

「──次のランク戦まで。死ぬ気で連携の訓練をするぞ。絶対に、勝つ!」

 

 はい! 

 威勢のいい返事が聞こえると同時。

 柿崎隊は──訓練室に向かって行った。

 

「....」

 

 その様子を見守っていた、柿崎隊オペレーターの宇井真登華は。

 

「.....うん」

 

 と。

 一つ呟き、嬉しそうに訓練室の設定を始めた。

 

 



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韻波句徒

「──今回のマップ選択権は、柿崎隊にあるんですよね」

 

 作戦室内。

 次回ランク戦の作戦会議が始まっていました。

 

「と、なると。工業地帯がほぼ選ばれることとなりますね」

 

 次回ランク戦は諏訪隊と柿崎隊との三つ巴戦です。

 諏訪隊は、隊長である諏訪さんと堤さんが散弾銃の使い手であり、攻撃手の笹森君と組んでの超火力の接近戦が持ち味の部隊です。

 対して柿崎隊は。三人いる部隊員のうち二人が万能手であり、合流してからの安定した陣形が強みの部隊。

 柿崎隊は──マップ選択権がある場合は、ほぼ工業地帯を選んでいます。

 

「今回のランク戦で唯一の狙撃手である東さんをどう動かすかが鍵になりそうですね...」

 

 こちらは。

 他の二部隊が持っていない、東さんという狙撃手のカードを持っている。

 当然、狙撃に関して何かしらの妨害をしてくるでしょうが──活かさない手はない。

 

「.....工業地帯だと、射線が通る場所が少ない。そして両部隊とも合流をしてからの制圧力に富んだ部隊。狙撃手が運用できる範囲は少ない。どう運用する?」

 

 東さんの問いかけに。

 樫尾君がすぐさまに答えます。

 

「工業地帯はマップが狭く、それ故に各隊がそれぞれ合流しやすい特色があります。──なので、東さんを適時移動させつつ、迎え撃とうと考えています」

 

 樫尾君が言うには。

 

 工業地帯は射線の通り道が少ないという特色と同時に、マップが狭いという特色がある工業地帯では、各隊がそれぞれ合流した形で相敵する可能性が高い。

 その特性を利用すれば──東さんをある程度安全に移動させることが可能だと言います。

 

「なので。東さんをそれぞれの部隊の動きに合わせて積極的に動かしていきます。居場所が暴かれることがあっても、東さんを狩り出すために敵が分散してくれれば──それはそれで好機になる」

 

 敵が合流した際に東さんを狩り出す際。

 必然的に隊から一人を送り出す形になります。

 そうなると、分散し、浮いた駒を狩り出すことも可能であり。

 マップ帯が狭い工業地帯ならば東を狙う敵を追い、釣りだして仕留めることも可能になるだろう、と。

 

 それはまた相手も考える事であり、隊から一人追っ手を出すリスクを簡単に負うとも考えられない。

 東を動かすことで──それを敵が追うにも、追わないにしろ、こちらに利益がある作戦という事になる。

 

「成程。俺を動かすことで敵に分散か放置かの二択を迫る訳か」

「それと、移動するごとにダミービーコンを設置していくことで──こちらの位置を誤認させる事も作戦に含めようと考えています。よろしくお願いします」

「了解した」

 

 前回の作戦で。

 東を過小評価していた、と樫尾は自覚していた。

 東は優秀な狙撃技術を持つと同時に、一級品の隠蔽・逃走技術を持っている。

 動かさなければ、勿体ない。

 

「なので。隊長と俺も最初は合流を目指します。合流地点から逆算して東さんの狙撃位置を決定して──合流した敵部隊に仕掛けていこうかと」

「承知しました。──では、樫尾君。各隊の襲撃の仕方はどのようにしましょうか。柿崎隊は中距離での制圧力に富んでいて、諏訪隊は近接での破壊力があります。合流されてしまえば、僕と樫尾君の二人では決め手に欠けます」

「対諏訪隊には俺が中距離からのハウンドを浴びせて、フルアタックを封じた後に隊長に奇襲をかけてもらう形で。柿崎隊に関しては、待ち構える形での対処が想定されるので。こちらも東さんの射線が通る箇所で、ちょくちょく攻撃を仕掛けながら待ち構えましょう」

「了解です」

 

 ──いいですね。

 作戦の方向性が非常に明確だ。

 合流し、かつ東さんを動かして相手の動きを見ながら動きを決定する。

 

「....よし。これで作戦のおおまかな流れが決まったな。ならば、残った日数。しっかりとお前たち二人の連携の練度を上げておくように」

「はい!」

 

 前回のラウンドでは3ポイント。

 中位の初陣と考えれば上々の出来と言えますが──可能ならば、次のランク戦で上位入りを果たしたい。

 

 

「相手は──勝山隊と柿崎隊だが」

 

 諏訪は。

 対戦相手が通告された瞬間──キレた。

 

「ざっけんな! 何で東さんいるんだよ!」

「何処も同じ事言っているでしょうねー」

 

 ふざけんじゃねぇぞあの野郎──と。実にやかましくうそぶく。

 

「まあ、どうせ今回も工業地帯だろ。だったら射線避けながら取り囲んでぶっぱしてぶっ殺す。東さん? 無視だ、無視」

「わー。この隊長さん、散弾銃使っているんだー。諏訪さんつつみんとおそろいだー」

「あー、クソ! 俺たちのお家芸すらパクりやがって!」

「パクっては無いでしょうよ....」

 

 叫ぶ諏訪に、オペレーターの小佐野と銃手の堤が共に諫める。

 

「とはいえ.....近接での破壊力がとんでもねぇなコイツ」

 

 諏訪は──前回の荒船・熊谷との三つ巴戦の記録を見ながら、一つ溜息を吐く。

 

「なんかすんごく嬉しそうに里見先輩が解説していましたね。足を止めてからの斬撃、斬撃を匂わせての射撃の両方があるって」

「──コイツとはタイマンで仕掛けちゃいけねぇな。ただ中距離での火力だったら絶対に負けやしねぇ」

 

 合流し、ぶっぱして、叩き潰す。

 いつもの通りのやり方だ。

 

 

 そして。

 ──時が、その時が来た。

 

「ランク戦、ラウンド3。実況は──アタシだ!」

 

 ば、っと手を拡げ。待ちに待っていただろうこの野郎と言わんばかりに拡げた手をガッツポーズの形に持っていき。

 

「仁礼光だ!」

 

 ──B級、影浦隊所属のオペレーター、仁礼光が、サイドに纏めた髪をぶんぶん振り回しながら、うおおおおおおおおおと何事かをマイクの前で叫んでいた。

 

「うるせぇ」

「うるさいよ」

 

 そして。

 その喧しさに解説席の二人が文句を一つずつ。

 

「なんだよー、ノリが悪いな。というか弓場先輩はともかく、お前はちゃんと乗って来いよユズル!」

「やだよ」

 

 解説席には。

 弓場隊隊長の弓場琢磨と、仁礼と同じく影浦隊所属の絵馬ユズルがそこにいた。

 

 インテリヤクザが如き迫力を前面に出したリーゼント系男子、弓場琢磨と。

 やる気の欠片もその雰囲気や所作から感じられないダウナー系男子、絵馬ユズルがそこにいた。

 

「いやー! 本当はこの実況解説、嵐山隊が行うって話だったけどさー。何か知らないけど根付さんに呼び出されて無理だって事になったから、仕方なくアタシが変わってあげたわけだよ! あっはっは」

 仁礼光。

 この女の対人欲求というのは実に解りやすく、他者に自分を頼ってほしくてたまらないのだ。

 結果。

 実況に名乗り出、そして同じ隊の弟分である狙撃手の絵馬ユズルを引っ張り出した。

 ちなみに、弓場は同年代の嵐山の依頼を受けてここに来ているのだという。

 

「勘弁してよ。何で僕までやらなきゃいけないんだ.....」

「そりゃあ、アタシがやることになったんだから。手を貸すのが当たり前だろーこの野郎ー」

「引っ付かないでよ鬱陶しい」

「.....何でもいいけどよ。さっさと隊の解説とマップの説明をしろ仁礼ェ」

「おっと、そうだった!」

 

 そう言うと。

 

「諏訪隊は散弾銃ぶっぱなす気持ちよさそうな部隊だな。柿崎隊は──巴が可愛げがあって柿崎さんは弓場さんと同年代だ。勝山隊? え、あいついつの間に自分の隊なんか持ってんだ──うひゃあ! 東さんいるじゃん! 東さん差し置いて隊長やるとかアイツ馬鹿なのか! 馬鹿だろ! 馬鹿に決まっている!」

 

 等と。

 やかましく説明した。

 

「仕事引き受けるなら事前情報くらい仕入れとけ!」

「知らないものは知らないんだからしょうがねーじゃん!」

「.....」

 

 はぁ、と。言い争いする弓場と仁礼を見ながら、ユズルは一つ溜息をついた。

 

 ちなみに言うと──勝山は自分の隊を作ったことは学校で仁礼には説明していた。忘れていただけである。

 

「マップは──市街地Bか」

 

 その発表があった瞬間。

 ほぉ、と弓場が呟いた。

 

「へぇ。初めてかもしれねぇな。──柿崎隊にマップ選択権があって、工業地帯以外のマップを選ぶってのは」

 

 弓場は。

 一つ笑みを浮かべて、そう呟いた。

 

「市街地Bかぁ。──実際どうなんだろうなこの選択。多分柿崎隊は狙撃が嫌だから今まで工業地帯にしていたんだろーし。市街地Bも建物の高低差激しくて射線制限されるし、あんまり変わんねーじゃねーの」

「いや。.....単純に、マップの広さが異なる」

 弓場は。

 仁礼の言葉に反応し、言葉を繋げる。

 

「柿崎隊は、言ってしまえば合流してからがスタート、っていう解りやすい戦術が根底にある部隊だ。だからマップが狭ければ狭いほどいい。──今回、マップ全体が”広め”な場所を選んだ。部隊戦術の根底から、あいつ等は変えてきている」

「それと.....工業地帯と市街地Bでは狙撃のやりにくさが微妙に違う」

 

 ユズルは。

 ダウナーな声の調子は変えず、滔々と説明をする。

 

「工業地帯は、射線が切れているし、狙撃をしようにも相手が固まっている事が多い。だから、下手に撃ったらマップも狭いから狩りに行かれやすい。そういう狙撃のしにくさ。市街地Bは、マップが広い分それぞれの部隊が合流する前に狙撃する事も出来るけど、その分相手部隊の通り道とかを計算に入れて狙撃地点に行かなきゃいかないから、”読み”の難しさがある」

 

 工業地帯はマップが狭い分敵の索敵もしやすく、狙撃を行使することそのものはそこまで難しくない。ただ、一発撃った後のリカバリーが難しい。

 市街地Bはマップが広く、建物も多い。その分、索敵や狙撃地点の決定に関しての難しさがある。

 

「....特に東さんが相手なら。索敵とか読みに関してあの人以上は絶対にいない。東さんの対策だけを考えるなら、工業地帯の方がよかったはずだ」

「はー。成程なぁ。偉いぞユズル。ちゃんと解説していて」

「だからちゃんと実況してよ」

「しているわ!」

 

 ぎゃいぎゃいと騒いでいるうちに。

 

「ったく。もう転送が開始されるぞ。──まあ、柿崎隊の意図は見てりゃすぐに解ってくるだろ。しっかり、見ていこうじゃねぇか」

 

 

「──市街地Bですか」

「やられた.....! まさかここでマップを変更してくるとは!」

 

 樫尾君が、いつになく狼狽しています。

 まあ、それもそうでしょう。

 過去のランク戦の記録上──柿崎隊がマップの変更を仕掛けてきた事は一度たりともなかったはずです。

 

「まあ、こういう想定外の事態にも対応するのもランク戦の意義だ。──どうする、樫尾。作戦はそのままで行くか?」

「....」

 

 しばし、樫尾は考え込み、

 

「相手部隊に合わせて、東さんを動かす方針は変えません。──ただ。敵部隊が合流することを前提に作戦を立てていたので、その分は修正をかけます」

「どのようにですか?」

「隊長には、浮いた駒を積極的に狩ってもらいます。──合流が肝になる部分は変わらないので、合流前に潰せる駒は潰していきましょう」

「了解です」

 

 しかし。

 気にかかるのは──ここで、今までの基本戦術を変えてきた柿崎隊です。

 特に何も狙いなくこのような動きをするとは考えられませんので──今まで見てきた柿崎隊の動きそのものも、変わってきているのでしょう。

 

 ──絶対に負けませんから。

 

 照屋の言葉が、蘇る。

 あの言葉は、生半可な挑発ではなかった。

 本気の宣言だったのだ。

 

 ──何をしてくるのでしょうか。

 

 本当に。

 楽しみだ。

 

 

「──各部隊、転送開始だ!」

 

 仁礼の宣言と共に。

 勝山隊、諏訪隊、柿崎隊がそれぞれ転送される。

 

「転送は──やや諏訪隊が有利かね。笹森と諏訪サンが近い」

 

 マップ東側に、勝山、巴

 北側に東と柿崎

 西側に堤と照屋

 南側に諏訪、笹森、樫尾

 

「割と綺麗にばらけたな」

「笹森と諏訪さんは合流に向かっているな。堤さんが微妙に距離が遠いが....お」

 

 その時。

 動き出した照屋が──堤を視認した。

 そして

「.....おぉ! 照屋が堤さんを視認した瞬間──突っ込んでいった!」

 視認した瞬間に──照屋はすぐさまに堤に向かって行った。

 

「.....成程」

 

 弓場が。

 ニ、と笑みを浮かべる。

 

「──見せてみろ」

 マイクに乗らない程の小声で、弓場は呟いた。

 特訓の成果を、と。

 

 

 銃声が響き。

 頭上に弾丸が降り落ちていく。

 

「──諏訪さん! こちら襲撃を受けました! 相手は照屋さんです!」

「おう! 了解! ──こっちで迎えに行くからとにかく粘れ!」

「了解──!」

 

 マップ西側のビルに囲まれた路地の上に転送された堤は。

 その付近のビルの屋上に転送された照屋に視認され、襲撃を受けた。

 

 ──市街地Bにした時点で何となく感づいていたけど.....合流前でも積極的に戦いに来る方針なんだね。

 

 合流してから迎撃をする。

 その戦術を崩さなかった柿崎隊が──ここにきて戦術を変えてきた。

 

 ──とはいえ。単独でそうそう簡単に狩られるつもりもない。

 

 そもそも。

 柿崎隊のその戦術は、合理性が大いにあるからこその戦術である。

 個で突出して相手を狩りに行ける駒に不足しているからこそ、合流してからの制圧力でもって戦う方針を続けてきたのだ。

 

 実際──近中を自在に切り替えられる柿崎・照屋と、機動力に富んだ巴の連携は本当に崩しにくく、合流されると厄介であることは間違いない。

 それを捨て、単独でこちらを狩りに来ている。

 そうはさせない。

 

 ハウンドの弾丸を避けて、堤は近場のビルディング内に入る。

 建築物に入り、接近戦が出来れば。散弾銃での面制圧力に富む堤の方が照屋よりも有利であろう。

 

 それが解っているのか。

 ビルディングの窓枠からその身を覗かせた照屋はハウンド弾を外側から撃ち放っていく。

 

 堤はそれを受けて。

 より建物のより深い位置まで移動する。

 窓枠から離れ、多くのデスクとオフィス用の椅子が重ねられている部屋の中に。

 

 窓枠近くの開けた空間から、奥の小部屋へと移った堤を視認し──照屋もまた建物に入り、堤がいる部屋の中に入っていく。

 多くのデスクが積まれた部屋の奥に陣取った堤と。

 部屋の入口に入ってきた照屋が──対峙する。

 

 狭い空間であるならば。

 当然──散弾銃が有利になる。

 

 堤はいくつか射撃を行使し、照屋に向けて迎撃を行う。

 バンバンと撃ち放たれていく散弾銃の面攻撃に。

 照屋は焦ることなくシールドを拡げそれを防ぎながら、デスクごと旋空をもって堤に斬りかかる。

 

 縦の斬道で放たれたそれを、堤は横に足を動かし、回避。

 回避しながら、更に散弾を放つ。

 その散弾を、今度は身を伏せて──照屋は避ける。

 

 斬り裂かれたデスクの間を身をかがめたまま移動し──堤との距離を少しだけ詰める。

 

 ──多分、旋空が来る。

 

 堤はそう判断していた。

 

 照屋の選択肢は突撃銃か旋空かの二択。

 突撃銃は構えるまでに時間がかかるし、そもそも先程生成すらしていない。ならば旋空であろう。

 

 ならば。

 弧月を振りかぶった瞬間に、散弾を放つ。

 

 既に銃口を向け、引金に指をかけている自分の方が、旋空が放たれるよりも早いはず。

 

 ──照屋が、屈めた姿勢から起き上がると同時。弧月を振り上げた。

 その瞬間に、堤は銃口を定め、指をかける。

 

 

 その時だ。

 

 バン、という音が二回ほど鳴り響いた。

 

「え」

 

 照屋は。

 右手で弧月を振りかぶりながら──もう片手に、別の得物を握っていた。

 

 リボルバー型の、拳銃だ。

 

 その弾丸は目にもとまらぬスピードをもって堤の腹部と供給器官を貫き──堤の体を崩した。

 

 堤の緊急脱出を見守り。

 一つ、照屋は頷いた。

 

「──まずは、一人」

 

 表情も変えず。

 照屋はすぐさまにその場に背を向け──走り出した。




照屋文香
メイン:弧月 旋空 シールド
サブ:突撃銃(アステロイド) 突撃銃(ハウンド) シールド バッグワーム



メイン:突撃銃(ハウンド) 弧月 旋空 シールド
サブ:突撃銃(アステロイド) 拳銃(アステロイド) バッグワーム シールド 


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超越

「──おいおいマジかよ! 弓場先輩のあのカッケェ拳銃使ってるじゃん!」

 実況席では──実況がやけに盛り上がっていた。

 照屋が拳銃をもって堤を下した場面である。

「....やるじゃねぇか」

 ぼそり、と。

 弓場は呟く。

「──まさか。弓場先輩、照屋ちゃんに撃ち方教えたりとか....?」

「さてなぁ...」

 実のところ。

 弓場は──柿崎を経由して、照屋の稽古をつけていた。

 点を取る技術が欲しい、という照屋が目を付けたのは──弓場の拳銃弾であった。

 旋空よりも距離が保てて。

 射撃速度を速めれば射手よりも素早い攻撃が出来る。

 その上で弾速も威力もある──弓場の拳銃を。

 照屋は──非常に呑み込みが早く、訓練して一ヶ月ばかりで、実践投入が出来るほどの腕前となっていた。

 その辺りのセンスも、照屋はやはりモノが違う。

 

 ──さあ。どれだけやれるか見せてみろ。

 

 

「──成程」

 

 堤が緊急脱出する様を見つめながら、勝山は頷く。

 柿崎隊が1点を追加したとのアナウンスを聞き、──中々に想定が裏切られていた。

 

「──柿崎隊は本格的に作戦を変えてきたみたいですね」

 

 ここにおいて重要なのは、柿崎隊の誰かが”単独で”堤を仕留めたという事実である。

 これまでの合流最優先の策を通してきた柿崎隊の初動として、まずありえない挙動をしている。

 

「──隊長」

「はい。どうしましたか、樫尾君」

「少し作戦を変更します。──今柿崎隊の誰かの位置が割れたので、諏訪隊がそちらに向かってくると思われます」

「はい。──そして、今堤さんがやられた先に柿崎隊もいるのでしょうね」

「今、諏訪さんと笹森先輩が堤さんがやられた地点に向けて移動しているのが見えます」

 レーダーの反応を見てみると。

 開始直後に堤が仕留められた西側の地点に集まってきている。

「西側に移動している駒を、連携して狩りましょう。位置関係上、俺と隊長で挟撃できます」

「いいですね。そうしましょう」

 現在樫尾は、西側へ向かった諏訪と笹森を背後から見送る形になっている。

 数の不利故に手を出すことはしなかったが──西側に向かう諏訪と笹森の進路を勝山が割り込み、背後を取っている樫尾と挟撃を行う。

 

「──隊長は、堤さんを誰が仕留めたと思いますか?」

「勘ですけどね。──多分照屋さんだと思います」

 多分、と言いながら。

 勝山は心中ではもう完全に確信していた。

 やったのは──確実に照屋であろう、と。

 

「こちら東。現在西側の狙撃地点へ向け移動中」

「了解です。──三上先輩。射線の割り出しをお願いします。東さんと連携します」

「了解」

 

 さあて。

 随分と展開が速い。

 ──いや。展開を、照屋が早めた、と言ってもいい。

 

 勝山もまた──西に向けて走り出していた。

 

 

「──文香、よくやった! 今からこちらも合流地点に向かう!」

「はい!」

 合流前の単独の奇襲。

 それも、近接破壊力に定評のある諏訪隊の堤が相手。

 それをほぼノーダメージで仕留めたという事実は大きい。

 

「──東側の、巴に近い所にいるのは勝山か」

「はい。勝山隊長は、諏訪隊の進路に向かって西へ向かっています」

「.....どうだろうな」

 

 このどうだろうな、というのは。

 勝山が向かっている先に樫尾か、もしくは東がいるかどうかである。

 

 勝山ならば──単独で二人に勝負を仕掛けることも十分に想定できる。

 

「隊長。私は一度バッグワームで姿をくらまします。ここは私と隊長は見に徹しましょう」

「.....だな」

「まずは──不明な樫尾君と東さんの位置を割り出したい。その為に、諏訪隊と勝山隊がぶつかりそうなら止めない方がいい」

「了解。真登華、逃走ルートの割り出しを頼む。──それと虎太郎」

「はい!」

「お前は勝山の後ろについて、諏訪隊と勝山隊との戦いで浮いた駒があれば狩り出せるように準備しておいてくれ」

「了解です!」

 

 浮いた駒は潰しにかかる。

 そして──陣形が組まれているならば浮かせる。

 

 それが、今回の柿崎隊のテーマであった。

 

 

 安定という言葉には様々な立ち位置がある。

 上で安定しているか下で安定しているか。

 

 残念ながら──柿崎隊という部隊の「安定」という言葉の立ち位置は下の部類に入る。

 

 安定した部隊戦術。

 安定した連携。

 

 近距離と中距離を状況に応じながら分け、如何なる状況にも対応できる陣形を持つ。

 

 これは。

 隊を預かる柿崎の責任感が生み出した戦略であろう。

 

 誰か一人を突出させ死なせてはならない。

 隊員にリスクを負わせてはならない。

 

 そういう意識が。

 安定した陣形により、互いが互いをカバーできる戦略の構築に繋がった。

 

 ──だが、その結果はどうだろう。

 

 柿崎が預かった隊員は。

 現A級の奈良坂と新人王争いを繰り広げた才媛・照屋文香と。

 最少年で正隊員に上がった天才・巴虎太郎。

 

 この二人が隊を組んで、今いる位置は。

 果たして──正しい位置にいれるのだろうか。

 彼等と共に組んだ隊が。

 この程度の結果に甘んじてもいいものなのだろうか。

 

 責任感から生み出された戦略が、現在はそれに伴う結果に対する責任感を刺激していく。

 

 隊を預かる長として、彼等にリスクを負わせてはならない。

 隊を預かる長として、彼等を相応しい場所にまで引き上げねばならない。

 

 二つの責任がそこにあって。

 前者を選び続けてきた。

 そして──作り出された結果に対し、柿崎もまた苦しんでいた。

 

 だからこそ。

 この状況を打破せんと動いた照屋の提案を拒否することなど出来なかった。

 

 ──あいつ等は。

 

 柿崎は思う。

 きっと自分は追い抜かれていく人間だ。

 才能あふれる人間が次々と入ってきている。

 その中で自分もその速度で上回れるなどと思いあがっていない。

 

 それでも。

 それでも──自分が率いている部隊の価値は、一芥たりとも損なわれることは無い。

 

 ──こんな所に、いるべき人間ではない。

 

 信じたい。

 ここまでが助走であったと。

 積み重ねたものは決して無駄ではなかったと。

 ただ無為に安定を選んできたのではないと。

 

 その証明は。

 これから、行うのだ──。

 

 

「──諏訪さん! 勝山先輩がこっちに向かってきています!」

「おう! ──小佐野! この辺りで東さんが潜んでそうなのはどこだ!」

「東南に大体80メートル位離れたビルと、そこから逆側に二百メートル先のマンションが怪しい。射角と射線送っとく」

「了解だぜ。──相手になってやらぁ!」

 

 一方諏訪隊は。

 照屋が単独で堤を仕留めたとの報を聞き、ならばとこちらは連携して現在浮いている照屋を狩らんと動き出していた。

 諏訪と笹森は、住宅街の一角に入り込むと、周囲を警戒する。

 距離が五十メートルほど近づいたところで、勝山の反応がロストする。

 バッグワームを着込み、奇襲体勢に入ったのだろう。

 

 諏訪と笹森、そして小佐野が周囲の警戒をする中──

 

「──後方六十メートル先! ハウンドが来てるよ!」

 

 小佐野が叫ぶと同時。

 空から細かく刻まれたハウンドが、諏訪と笹森に降り注ぐ。

 

「チィ! 背後を樫尾に取られていたか!」

 

「──気を付けて! 挟まれている!」

 

 樫尾がハウンドで足を止めたその瞬間。

 勝山が弧月を構え、バッグワームを解き側面から襲い来る。

 

 諏訪に斬りかかる勝山を、笹森が止める。

 

「諏訪さん!」

「──よくやった笹森! このまま後ろに避けろ!」

 

 瞬間、バッグステップで笹森が背後に逃れ、開いた空間に諏訪が散弾銃を放つ。

 バッグステップの時点でその動きは読んでいたのであろうか。

 勝山は散弾をシールドで防ぐ。

 防ぎながら、更に笹森を追撃する。

 

 バッグステップから体勢を整えた笹森が、腰を落として下段からの斬り上げを行使。

 

「く....!」

 意表を突いたつもりではあったが、挙動の時点で読まれていたらしい。

 勝山は弧月を斬道上に置き、斬撃を押しとどめる。

 

 そして──。

 勝山はその後軽く鍔競りから崩しを入れ、当身からの前蹴りで笹森を更に奥に吹き飛ばす。

 体勢を崩し、しゃがみ込む──その瞬間。

 

「あ....!」

 

 彼方から飛来した弾丸が、笹森のトリオン体を貫く。

 

 .....東さん! 

 

 バッグステップからの追撃と吹っ飛ばしにより東の射線上に笹森を置き、笹森を仕留めた──。

 

 

 

 

 その光景を見届け。

 樫尾は次なるハウンドを諏訪に叩き込まんとキューブを作成すると──。

 

「──しゃ!」

「な....!」

 

 キューブを作成し、射出せんと意識した瞬間に──弧月を構えた巴虎太郎が斬りかかってきた。

 

 ──そうか。今の俺もまた、浮いた駒だ.....! 

 

 東の位置も笹森の撃破で割れ、勝山は諏訪と対面している。

 今ここにおいて、樫尾は誰の援護も受けられない状態だ。

 

 何とか背後に逃れ致命傷は避けるが──胸元から肩にかけて、かなり深い斬撃を食らう、

 

 樫尾が用意したハウンドキューブの対象を巴に切り替え、シールドを展開すると。

 巴はそのシールドをすり抜ける軌道の拳銃でのハウンド弾を樫尾に叩き込む。

 

 腹部に穴が開く。

 射出されたキューブを弧月と切り替えたシールドで防ぎ、巴は更に弾丸を撃ち込んでいく。

 

 ──まずい。

 巴の側面からくるハウンド。

 これをシールドで防げば──正面からの弧月での斬り込みがやってくる。

 

 防げない。

 ──ならば。

 

 樫尾はシールドを諦め、弧月を生成する。

 放たれるハウンド弾で左腕と腹部を大きく削られながらも──巴と斬り結ぶ。

 

 刀と刀がぶつかり合う。

 ──握り手は、共に片手。

 この場合。

 確か──握り手と逆側に力を籠めれば、相手もそれに反応してくれるって

 

 グッと樫尾は左側に力を籠める。

 さすれば、巴もまた同じように力を籠める。

 

 ここだ、と思った。

 籠めた力を解き、相手の体勢に崩しをかけ──こちらは側面に回り込む。

 

 踏み込み。

 振る。

 

 巴は体勢を崩しながらも、その勢いを利用し体を半回転させ脱出を図る。

 その際に、巴の肩口から袈裟にかけて、左腕ごと叩き斬る。

 

「.....くっそぉ」

 

 樫尾は。

 その一撃を与えたその瞬間より──体に限界が来る。

 

 トリオン大量流出により──樫尾は緊急脱出した。

 

 

 樫尾が緊急脱出する中。

 勝山と諏訪が残された地点においても、変化が訪れていた。

 

 笹森を仕留め、勝山が諏訪へと目標を変えた──その瞬間であった。

 照屋と柿崎が突撃銃を構え、現れる。

 過去の陣形よりも、いくらか互いの距離感が広い陣形であった。

 

「──文香!」

「──はい!」

 照屋が勝山を。

 柿崎を諏訪を。

 それぞれ、突撃銃にて掃射を行う。

 

「──ここでですか!」

 

 勝山は掃射される弾幕をシールドを張り防ぎつつ、住宅の塀を超え迂回しつつ照屋を仕留めんと動く。

 

「──させるか!」

 

 その瞬間。

 照屋は柿崎側に移動しつつ諏訪への掃射に切り替え、柿崎が勝山に体を向け掃射を行う。

 

 ──成程。これで互いの距離を庇い合っているのか。

 

 照屋か柿崎のどちらか片方に迂回すれば、

 迂回された側が逆方向に逃げながら互いの掃射対象を切り替える。

 そうすると迂回して詰めた距離がまた開かれ、相手の有利な射程が維持される。

 

「──東さん」

「一時撤退だな。了解。援護は任せろ」

 

 ここはダメだ。奇襲を受けた状況下からひっくり返せる陣形ではない。

 仕掛けられた状態でどうにかなるものでもないし、どうにかしようとするべきでもない。

 

「ああ、チックショー!」

 

 シールドで防ぎながら、しぶとく散弾銃で迎撃を行っていた諏訪に向け。

 照屋は突撃銃を放り捨て、拳銃片手に諏訪に肉薄する。

 

「──もうタネは割れてんだよ!」

 

 堤からその拳銃については報告が上がっていた。

 射程を削って威力と弾速を高めた、弓場が愛用する拳銃。

 

 別になんて事はない。

 射程が削られているというならこちらが下がりながら、その射程範囲に入らなければいいだけだ。

 

 照屋が肉薄し。

 合わせて諏訪が引きながら散弾銃を撃ち放つ。

 

 しかし。

 諏訪が引く動きをした瞬間──照屋もまた引く。

 

「あ?」

 

 そして。

 お互いが引いた瞬間に──諏訪の散弾銃が届かず、照屋・柿崎の突撃銃の射程が届く距離間に、ピタリ収まる。

 勝山が逃げに転じ、柿崎の手が空いた──その丁度のタイミングであった。

 

「あ──」

 ブラフだ。

 

 それに気付き、畜生、と言った瞬間。

 照屋のハウンドと柿崎のアステロイドが叩き込まれ──諏訪は緊急脱出する。

 こうして。

 諏訪隊は全滅し──柿崎隊と勝山隊だけが残された。

 

「──急ぐぞ文香。勝山の狙いは虎太郎だ」

「了解です。──散開して挟み込みますか?」

「散開したら、それこそ東さんと連携してこっち側を勝山が狩りに来るかもしれない。──”今は”組んで動くぞ」

「了解です」

 

 お互いに目を合わせ、頷き合うと──両者は走り出した。

 

 

「諏訪隊がここで全滅──!」

 

 騒がしい声が実況席から響き渡った。

 まるで野次馬のような声であるが──残念。これは、実況用のマイクを通し爆音となって周囲に轟いていた。

 

「ここまで、柿崎隊が3ポイント。そして勝山隊が1ポイント。──ここから逆転するには、東サンと勝山二人が柿崎隊を全滅させなければいけねぇって事になるわけだ」

「.....まあ、ここでしっかり負傷していて浮いている巴君を狩ればいいわけだから。そこまで絶望的な状況ではないと思うね」

「だな。──とはいえ、柿崎の野郎。ここにきて、中々に作戦の変更がハマっているじゃねぇか」

 

 弓場はここまでの柿崎隊の動きを、そう称賛する。

 

「作戦の変更点....て言うと、アレか? 照屋ちゃんの武装の変更」

「それに合わせて──浮いた駒をしっかりぶっ叩く戦術と陣形の構築だな。大きな変化としては」

 

 初動で、浮いた駒があれば単独でも狩りに行く照屋の挙動。

 そして諏訪・勝山への中距離での制圧力を活かした陣形攻撃。

 

 この二つを弓場は挙げた。

 

「特に──互いの位置をあらかじめ広く取っておいて、迂回してきた相手へのカバーをしながら勝山に対する陣形は、個人的には好みだった」

「好み、ってどの辺り?」

「単純に──あれは絶対に諏訪サンをぶっ潰す意思が感じられる陣形だったからだ」

 

 勝山を互いがカバーしあいながら中距離で牽制をかけ追い払い。

 追い払ったタイミングで諏訪を連携で叩きのめした。

 

「照屋が拳銃っていう決定力を持ったが故に、陣形が防護のためではなくて点を取るための形も持てるようになったって事だ」

 

 中距離での弾幕で敵を孤立させ。

 照屋がそれを狩りに行く。

 そう言う形も、持てるようになった。

 

「──柿崎には、元嵐山隊の血が流れている。点を取る為の駒と意識さえ持てるようになれば、これ位はできる」

 

 そう。

 現在──新人の木虎を擁し、圧倒的な実力を以て上位へ殴り込みをかけている嵐山隊。

 柿崎は、元隊員であった。

 

「──マスターランクの攻撃手と、東さん。この二人相手にどう向かって行くか。しっかり見ていこうじゃねぇか」

 



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あの頃じゃねぇ

 ボーダーに入隊した後の数か月。

 どうにもならない日々が続いていた。

 

 ああ。

 ここは──全ての常識が通用しない所なんだ、と。

 そう思い知らされた。

 

 与えられる身体能力は一定。

 差をつけるのならば──この体を活かすための才覚と、純粋な技術のみ。

 

 勝山は。

 入隊直後の個人戦で年下の女性C級隊員にボコボコにされていた。

 照屋文香と、香取葉子だ。

 彼女たちの動きには、確かな才覚があった。

 年下の女性にフルセットで叩きのめされる経験というのは、これまでの人生で中々なかった経験であった。

 ああ。

 これが──ボーダーという組織なのだな、と勝山は思った。

 年下だろうが年上だろうが関係ない世界。

 なぜなら与えられているものは平等だから。

 平等故に、──戦いに出せるものだけが、秤となる。

 

 障害物を蹴り上げ立体的な動きをするその動きも。

 その動きの中でしっかりと照準を合わせる技術も。

 

 自分には持ち合わせていないものであった。

 

 与えられたスペックを活かすための発想力であったり、その動きに自らに合わせるセンスであったり。

 そういうものは自分に持ち合わせてはいない。

 

 ──でも。

 ──理解している。

 

 無い物ねだりしてどうにかしようとすることがそもそもおこがましい。

 

 あるものを使うのだ。

 彼等の動きを追いかけて、それに倣う。

 出来ない。

 それをやってどうする。

 誰かの動きを羨んだところで──誰か以上にその動きが出来るようになるというのか。

 

 違う。

 それは違う。

 持っていないものを中心に考えるな。

 今自分にできることを、他者が持ち得ていない自分の強みを探し、磨かなければならない。

 

 ──時間がかかってもいい。

 ──自分の強みを探せ。そして、その強みを磨け。その先にしか道はない。

 

 そして。

 超えたい。

 

 何を以て超えたといえるのか──はっきりとした答えは、そこにはないけれど。

 それでも、超えたい。

 

 自分の全霊を以て。

 自分が磨いてきた技術と。そんな自分に集まってきてくれた隊員と。

 

 彼女が信じた隊長と。それを支え続けたいと願う彼女の想いごと。

 

 その全てを、ぶつけ合って。

 どちらがこの場で生き残れるか。

 試してみたいじゃないか。

 

 ──そうだ。こうして今まで生きてきた。

 積み上げたものをぶつけて叩きつける。

 そうして自分が壊れるか相手が壊れるか──その結末を見んと。

 ならばこそ。

 超えて見せよう。

 

 鼻を伸ばしたことは無い。伸び始める前に散々に叩き壊されてきた。

 敗北の味だって幾らだって味わってきた。ボーダーに入る前も。入った後も。

 

 でも。

 辛酸を舐め尽くした後の、美酒の味だって知っている。

 味わうのは自分であると、そう信じられるだけのものを。ここに──。

 

 

 柿崎隊との交戦地区から東に百メートルほど走った先に。

 巴虎太郎がいた。

 

 ──左腕を斬ってくれていましたか。

 

 よし、と心中呟く。

 ならば相手がとるべき手段としては、武器とシールドの組み合わせでしょう。巴は隻腕でも扱える射手トリガーを持っていない。

 

 幻踊をセット。

 ついでに散弾銃もセット。

 

 散弾銃を向けると同時。

 巴もまた拳銃を向ける。

 

 正面から来る弾丸と、側面から来る弾丸。

 

 斜め前に体を押しやり、弾丸の軌道から身をそらし──向けた散弾銃を撃ち放つ。

 

 銃口が身体に押し付けられる程の至近距離で放たれたそれは、張ったシールドすらも粉々に砕きながら巴の体を貫く。

 散弾銃の反発を用いて後ろに下がりながら──勝山は横薙ぎの斬撃を首元に走らせる。

 

「.....く!」

「おぉ...」

 

 仕留めた、と思った。

 しかし──首の代わりに頭頂部の毛髪が僅かばかり散るだけ。

 

 ──何という反応。

 

 巴は屈めた身体を両足で右手側に跳ね上げる。横側に身体を倒しながら、拳銃を変わらず勝山に向ける。

 

 斬撃と入れ替わるように散弾銃を巴に向けたのは、巴が引金に指をかけた時。

 一寸、遅れる。

 

 勝山の右足がハウンドで削られると同時。

 巴虎太郎の身体も──また散弾に全身を貫かれる。

 

「....あちゃあ」

 

 勝山は一つ顔をしかめる。

 

「──東さん。巴君は仕留めました。ただ、足が削られましたね。合流ポイントに行くまでに、確実に残り二人に追いつかれます」

「了解だ。──俺が援護するから、これから指定した場所に向かえ」

「....了解です。三上さん、誘導お願いします」

 

 足が削られた以上。

 追ってくる柿崎と照屋を振り払う事は出来ない。

 ならば──東自身を動かして振り払っていくしかない。

 削られ、満足に動かない足を引き摺るように。勝山はその場を後にした。

 

 

 東に指定された場所は、狭い路地が連続する裏通りであった。

 周囲の建築物の大きさはまちまちで、錆びた飲食店の看板が立てかけられた飲み屋通りのような場所であった。

 ここでは東の射線が通る場所が少ない代わりに、開けた場所が少なく柿崎・照屋が得意とする連携での中距離での弾幕制圧が行いにくい。それと、路地のあちらこちらに狙撃が通るポイントがある。

 勝山は散弾と斬撃が活きる狭い路地が連続する場所を選択し、東の援護を受けながら柿崎・照屋を誘い込む。

 

 ──ここで、迎え撃つ。

 

 思えば。

 C級時代に照屋に敗北をしてから──未だ彼女とは戦えていない気がする。

 

 そう言えば、香取ともだ。

 

 一つ、微笑む。

 奇しくも──ランク戦は、自分にとってもリベンジの場所であった。

 

「──こんにちは、先輩」

 

 そして。

 正面には──照屋が現れる。

 

「こんにちは。柿崎先輩はどうしました?」

「ご心配なく。──いずれ解ると思いますので」

「了承しました。──それでは仕合いましょう」

 

 全身が沸き立つ。

 眼前の照屋文香は。

 あの時のままではない。

 自分を叩きのめしたあの時よりも。更に強くなって、ここにいる。

 

 勝山が弧月を構えると。

 照屋は拳銃を構えた。

 

 ──左手側の建造物から柿崎の突撃銃が勝山に襲い掛かると同時、互いが動き出した。

 

 

 柿崎の弾幕が建物から放たれた瞬間、勝山は即座にその場から離れる。

 

 これも想定していた事態だ。

 柿崎・照屋の二人が連携をするには、周囲に散る建物の中からどちらかが援護する形になるであろう、と。

 

 だから、別の路地に行く。

 それだけで柿崎は、別の建物に移動するしかない。

 移動は、建物を降りて、別の建物へ行くほかない。

 屋上から向かおうものならば──東の狙撃が通ってしまう。

 

 柿崎が別の建物に向かう間。

 この空白の時間だけが──勝山が照屋に全力で照準を向けられる時間だ。

 

 拳銃が放たれる。

 心なしか重い弾音に感じる。

 実際に、その威力も速度も、とにかく重く、速い。

 

 バン、バン、と放たれる弾丸の一つに、シールドを張る。

 やはり。片面のシールドは砕かれる。

 

 ──厄介ですね。

 

 旋空をセットし、放つ。

 その斬撃範囲から逃れ、弾丸を繰り出す。

 

 そうだ。

 弓場拓磨が操るあの拳銃が、あまたの攻撃手を屠ってきたのは──高威力でありながら、旋空の射程範囲よりも僅かながら上の射程を保てるという特質があるからだ。

 

 旋空をするために踏み込み、放ったところで。

 その射程外に逃げられ、一方的に撃ち放たれる。

 

 銃弾を掻い潜り、間合いを詰めるか? 

 無理だ。

 足が削れている。

 

 ならば。

 ここは弧月による攻撃は諦める。

 

 散弾銃を生成。そして弧月をシールドに切り替える。

 シールドを幾らかに分散して敷きながら、前に向かいつつ散弾銃を撃つ。

 

 そうなると照屋は。

 拳銃と同時に弧月を取り出し、旋空を放つ。

 

 シールドを破砕する必殺の一撃が勝山の目前に迫り、前進する足を止められる。戒めの如き一撃。

 

 照屋の攻撃には、勝山が持っている攻撃に対する解答がすべて存在している。

 こちらの旋空には拳銃。

 シールドを張って無理に前進すれば旋空。

 それを嫌って後退を選べば、突撃銃がやってくるのだろう。

 

 いや。

 ここまで見事な対策を立てられるとは。

 

 照屋は、途中で膝を曲げ、シールドを張りつつ低い姿勢でこちらに銃弾を放つ。

 その背後には──柿崎の姿。

 

 柿崎のアステロイドの放射と照屋の拳銃弾が勝山の前に踊りだす。

 

 ──そうか。前に出ていても、拳銃で撃てる距離感ならば柿崎さんの援護も受けられるのか。

 

 狭い路地であっても。

 姿勢を下げて、ある程度勝山との距離もあれば──前と後ろの陣形での連携が可能となる。

 

 ──いや。これはまずい。ここでの勝ち筋は見えない。

 足さえ削れていなければ、それでも前に出ることは出来たかもしれない。

 だが。今は無理だ。

 機動力が死んでいる今──巧妙に作られた照屋の手札と柿崎との連携を超えられるわけがない。

 

 ならば。

 こうしよう。

 

 勝山は──自らの真横にある建造物を旋空にて叩き斬る。

 ガガ、という音と共に。シャッターと建物の正面部分が叩き斬られ、蹴りと共に勝山は建物の中に入る。

 

 さあ。

 ここからはスピード勝負だ。

 

「──東さん。頼みます」

 

 旋空で建物を斬る事が、合図。

 

「──文香、前に出ろ!」

 

 柿崎がそう照屋にそう指示を飛ばすと同時。

 ──照屋と柿崎が固まっている個所に、アイビスが叩き込まれる。

 

 建造物の薄い壁面を破砕しながら。

 所謂、壁越しでの狙撃であるのだが──東と言えど、即興で決められた狙撃地点でそれを当てるだけの技術はない。

 

 しかし。

 タイミングに関しては、まさしく完璧であった。

 柿崎が下がり、照屋が一歩前に出る。

 その瞬間に勝山は建物から建物への移動を完了し、一瞬分断された柿崎の側面位置の建物まで移動していた。

 

 壁ごとの旋空で柿崎を狙う。

 右手を斬られながらも、その奇襲に柿崎は対応するが──。

 勝山の左腕には、散弾銃もまた存在している。

 

「しまった.....!」

 

 横殴りの散弾の雨を叩き込まれ。

 柿崎は──緊急脱出。

 よし、と心の中で一つ声を上げる。

 これで──2対1だ。

 勝山は散弾銃を放り捨て──照屋と向き合う。

 

 

「さあ。照屋さん。──貴方には時間がありません」

 

 勝山は。

 告げる。

 

「このまま東さんが狙撃地点からこちらに移動してきます。僕はこのまま時間稼ぎを行って、東さんの到着を待ちます。──それまでが僕を倒す為のタイムリミットです」

「いいですね。心理戦ですか。──とはいえ、その策はそれらしいですね」

「でしょう。──こうやって会話をしている事すらも時間稼ぎかもしれません」

 

 こう言っているのだ。

 だからこそ。──さっさと、かかってこい、と。

 東が到着するまでさほどの時間はない。

 今照屋がとるべき行動は。

 東が到着するまでの間に勝山を仕留め、東との一騎打ちに持ち込むこと。

 

「──乗りました」

 

 照屋は。

 ふぅ、と一つ息を吐き。

 

 拳銃を構えた。

 

 銃声が響く。

 その音と共に勝山は左足を踏み込み膝と腰を曲げ──照屋に斬り上げを行使。

 

 弾丸を避けながら行使されたそれを、照屋は弧月にて受ける。

 鍔競り。

 この状態に持ち込まれて、どうにか出来るだけの技量を照屋は持っていない。

 

 なので、すぐさま剣先をのけて後ろに下がる。

 下がりながら、片手に握る拳銃弾を幾らか撃つ。

 弾丸は──勝山の更なる踏み込みと共に回旋する体軸の背後に向かう。外れた。

 

 初撃の斬り上げ。

 そこから体軸を転化しての袈裟斬り。

 

 襲い来る二撃目を、照屋は右足に力を籠め、ぐるりと側面へステップする動きで避ける。

 

 下から上。

 上から下。

 こう刀が動いている様を見せられれば。

 

 自然と刀に視線が向かう。次なる斬撃を予感して、その対処をせんと。

 

 だからこそ。

 袈裟へ走らせた斬撃で、下がった肩。

 そこから当身を食らわせば──面白いように決まる。

 

 照屋の胸元に、肩からぶち当たる。

 衝撃に身を崩す中──ぶつけられた肩から延びる、腕先から──何かが生えるのを、照屋文香は見逃さなかった。

 

「く....!」

 

 それは。

 スコーピオンであった。

 

 身体のどの部位からも刃を発生できる性質を持つその刃が──体当たりする勝山の右腕から照屋へと延びていく。

 

「──くぅ」

 

 無理矢理に体勢を変えて。

 照屋はその刃から逃れる。

 

 当身から崩れた体勢から無理矢理に捩じった足先から左に身体を倒し。

 何とか心臓部分から僅かに横の部分へのダメージで済ませる。

 

 しかし。

 

 そこから勝山は左に倒れる照屋に対し、ぐるりと回転しての足払いを行使。

 足払いする右足の踵には、当然のごとくスコーピオンの刃が形成されている。

 

 照屋の左足が、回転する足に巻き込まれ──斬り飛ばされる。

 

「──ここまで、ですね。先輩.......」

 

 体勢を崩され、足さえも斬り飛ばされた照屋文香が最後に見えた光景は──。

 

 視界を埋める、勝山の刃先であった。

 

 頭上から振り下ろされた勝山の斬撃。

 それが──照屋の喉元に叩き込まれる。

 

 片膝をつき、逆手にて喉元への斬撃を行使。

 照屋はまるで──磔のように喉に刀が突きさされていた。

 

「私の......負けです....。ああ、本当に──」

 

 強くなったんですね、という言葉と共に。

 彼女のトリオン体は崩れ落ち、緊急脱出。

 

「ランク戦中位、第3ラウンドの勝者は──!」

 

 そして。

 アナウンスが響く。

 

「6-3-0で、勝山隊の勝利!」

 

 そのアナウンスが聞こえた瞬間。

 勝山は一つ息を吐いた。

 

 .....照屋文香。そして彼女を擁する、柿崎隊。

 まさしく、強敵だった。

 



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It's A New Day

文字数少なくてすみません....


「試合終了──―!! くぅ──―! 熱い試合だった!」

 

 喧しい実況の声と共に、ランク戦の終了が告げられる。

 

「いや、マジで最後の勝山と照屋ちゃんの試合熱かった! あー、楽しかった!」

「....いいから実況の仕事しなよ」

「まあ、熱い試合だったのは否定しない」

 

 ぎゃいぎゃいと騒ぎ立てる仁礼の声はそのままに。

 解説の二人はそれぞれ解説を始める。

 

「今回のポイントは──結局2位に終わっちまったが、やっぱり柿崎隊の大変化だろうな。ここが一番個人的にはよかった」

「照屋さん?」

「照屋が変化の中心だったのは間違いねぇだろうな。──しかし、そもそもの方針の変化が一番大きいだろうな」

 

 その方針というのが。

 浮いた駒は積極的に仕留めに行く事。

 合流した後の陣形の中に、駒を浮かせる事も加えた事。

 

「今回。照屋が突撃銃、拳銃、弧月を切り替えながら戦う術を得た。攻撃手相手の時は拳銃で距離を取って戦い、距離が詰められれば弧月、そして離れれば突撃銃。この切り替えにかかる判断がうまい。上手いからこそ、陣形をスムーズに回せる」

 

 柿崎とのコンビネーションの中で。

 照屋が前に出る、後ろに出るの判断を下していた。

 

 照屋の手札に拳銃が一つ追加されただけで。

 それだけで──柿崎隊の戦術は大きく拡充された。

 

「勝山も、東さんの援護抜きであの陣形を崩せなかった訳だからな。相当強力だったのは間違いねぇ」

「なるほどなるほど.....おい、ユズル。お前も何か言え」

「えー。.....今回諏訪隊は何というか、運がなかったね」

「だな!」

 

 ユズルの言葉に、何故か仁礼が同意する。

 恐らく諏訪はかなり頭にきている事だろう。

 

「柿崎隊が戦術変更したのが今回が最初なんでしょ? だから序盤で堤さんが仕留められて。その後勝山隊と柿崎隊に挟まれる形で倒された。何というか、本当にどうにもならない感じだったと思う」

「まあ諏訪隊は時々こういう試合がある。前衛での破壊力がとんでもねぇ部隊だからこそ、取れないときはてんで取れない。──しかし、柿崎隊の成長著しいからこそ、今回それ全部斬ってる勝山も紛う事なきエースだと思える」

 

 勝山は。

 巴、柿崎、照屋の三人を全員仕留めている。

 無論その中でも、巴は樫尾に削られていたし、柿崎は東のアシスト込みだ。ただ、そういう好機を逃さずしっかり点を繋げられる能力もまた──エースとしての素質なのだろう。

 

「樫尾は、ちと脇が甘かったな。巴が目ざとく東サンと勝山の援護を受けられず孤立している樫尾を目にかけて点を取りに行った分。東さんの位置が割れた瞬間に、急襲は想定してなきゃいけなかった。ま、でも動きそのものはかなり鋭かったし、今後に期待だな」

 弓場がそう言い終え、ユズルに何かを喋らせようとした瞬間。

 仁礼光、叫ぶ

 

「──お! お! すまん二人とも! もう時間すぎちまってる!」

「あ? ──なんだなんだ終わりかよ。だったらもう少し早くいってくれ。俺ばっか喋ってたじゃねーか」

「いや。凄く助かりました」

「.....お前なぁ」

 

 大急ぎで実況席から飛び出していく仁礼を背後で見ながら、弓場は一つ溜息を吐いた。

 

 

「....」

「文香...」

 

 勝負がつき。

 総評を聞き。

 照屋文香は、ジッとその話を聞き続けていた。

 

 おおむね、自分の動きに関しては好評であったと思う。

 

 それだけに。

 それだけに──勝山をそれでも超えられなかった事実に、やはり歯噛みしてしまう。

 

 悔しい。

 心底から、悔しい。

 

 何故かと言えば。

 この戦いには確かな責任があったからだ。

 

 自分のエゴを通し、自分を変化させ、そして隊長に懇願し何もかもを変えて挑んだ試合。

 

 最善を尽くし、力を込めて、戦った結果。

 

 負けたのだ。

 そして。

 その責任は──変わる事を望んだその身に降りかかってくる。

 

 だから悔しい。

 本当に、悔しい。

 

「....ごめんなさい、隊長」

「謝るな...」

「隊長は──ずっと負けるたびに、こういう思いをしていたんですよね。私の分まで」

「...」

 

 変わる事を要請する事には、責任が生まれるのだ。

 変わりたい、という願いも。

 そこから派生する変わってほしいという祈りも。

 

 全て全て。巡り巡ってこちらに帰ってくる。

 責任、という感覚として。

 

「その事に、ごめんなさいと言いたいんです」

 

 この責任を全て隊長に負わせていた。

 

 ──何よりもその事実が恥ずかしく、悔しかったのだ。

 

「それは違うぞ、文香」

 そして。

 柿崎は言う。

 

「俺は──今まで責任から逃げていた」

 

 言う

 

「お前が入った時も。虎太郎が入った時も。真登華が入った時も。──本当に嬉しかった。嬉しかった半面、お前らみたいな優秀な奴が俺の下にいてもいいのか、と悩んでいた」

 

 ──言う。

 

「だから──いつも合流を優先させて。考えるべき他の可能性を放棄して。責任なんて、何も果たしてなんていなかったんだ。俺は....」

 

 違う、と言いたい。

 違う。

 そうじゃない。

 そうじゃないんだ。

 

 隊長の責任の取り方が、ああだったんだ。

 その重圧が、ああさせたんだ。

 

 責任を取っていないから、ではない。

 自分たちの分の責任まで背負おうとするその姿勢から、ああなったんだ。

 

 だから──。

 

「.....ここからが、俺達のスタートだ。皆で、悔しがれる隊になったんだ」

 

 柿崎は。

 そう言った。

 

「頼りにさせてもらうな。──文香、虎太郎」

「あ....」

 

 ──頼りにさせてもらう。

 

 もう。

 その言葉だけで。

 

 ──この悔しさの甲斐があったと。そう照屋文香は思った。

 

 そうだ。

 支え甲斐だ。

 甲斐が欲しかったんだ。自分は。

 

 それがいま見つかったような気がして。

 

 嬉しくて、嬉しくて、堪らなかった。

 

 

 大勝に終わり、そして振り返りの時間を終え。

 樫尾はボーダー本部の廊下を歩いていた。

 

 

 何だ。

 何だあのザマは。

 

 今回──自分は何をしていた。

 

 ハウンドを降らせて。

 敵に急襲され。

 死んだ。

 

 

 ──今回。

 1ポイント目は勝山が笹森を蹴り出しての東の狙撃。

 2ポイント目は、自分が仕留められなかった巴を勝山が処理した。要は、自分の尻ぬぐいだ。

 3,4ポイント目は、東のサポートによって仕留めた。

 

 

 全部。

 勝山と東が関わっている。

 

 俺は。

 俺はどれだけ──あの部隊に寄与できたのだ。

 

 

 このままいけば、上位に行けるのだと思う。

 何せ。

 マスタークラスの弧月使いに、東春秋がいるから。

 

 もしかしら、嵐山隊に勝つことが出来るかもしれない。

 

 あの二人がいるから。

 

「──違う」

 

 それは。

 それは違う。

 

 許されない。絶対に。

 

「.....」

 

 休憩室内で缶コーヒーを飲みながら。

 樫尾はただただ──本日の自分のあり様に、頭を悩ませていた。

 

 

 その時だった。

 

「....」

 

 コーヒーを飲み終わり。

 ゴミ箱にそれを捨てていると。

 

 そこに──木虎藍の姿があった。

 

「あ...」

「....」

 

 木虎は何も言わず、同じように缶コーヒーを購入し、席に座る。

 

 休憩室に二人。

 何も言うことなく、無言のまま時間が過ぎていく。

 

「....樫尾君」

「....はい」

 

 沈黙を続けていると。

 意外にも、会話の端緒は木虎からであった。

 

「勝山隊長から聞いたわ。──嵐山隊にリベンジしたいって?」

「....ああ」

「なら一言いわせてもらうわ。──今の貴方じゃ無理よ」

 

 現実が槌となり脳を直接叩くような。

 そんな感覚が走って。

 視界がくらくらしてきた。

 

 槌は木虎であり、振り下ろされる手が彼女の言葉。

 リベンジしたいと心燃やす相手から告げられる、残酷な言葉。

 

「勝山隊長は──貴方は現実を見ている、と評価してました」

「え」

「どうやら──勝山隊長は実力はともかく、人を見る目は無かったんですね」

 

 それじゃあ、と言い捨て。

 木虎は部屋から去っていく。

 

「....あ」

 

 視界が滲む。

 

 何が。

 何が.....リベンジだ。

 

 今のままで。何も変わらぬままで。

 あの二人におんぶにだっこ以外の方法で.....打倒できる絵図を用意できているのか? 

 

 現実に、地に足をつけて。

 

「....」

 

 考えて。

 考えて。

 

 浮かばなかった。

 

 それが答えだった。

 

 

「──ちょっと樫尾君が心配ですね」

「うん...」

 

 さて。

 ランク戦の第三ラウンドを終えて。

 結果として──僕等は上位進出を決めました。わーい。ぱちぱち~

 

 しかし心配事は幾らかあります。

 

 中位に上がってからの二戦。

 

 樫尾君は二戦連続で序盤で落とされてしまい、その事にひどく自分を責めているように思います。

 

 僕は食堂の中。

 三上さんとその事について相談をしていました。

 

「幸い。次のランク戦まで一週間の空きがあります。何処かで樫尾君と話をする機会を設けたいんです。──申し訳ありません。その際には同席してもらってもいいでしょうか」

「うん。大丈夫」

「ありがとうございます」

 

 こういう時。

 女性がいてくれるのは本当にありがたい。

 

 隊を組むのです。

 その中で、隊員が成果を出せずに思い悩むのも、ごくごく自然です。

 

 だからこそ──向き合ってあげたいと、そう思う。

 

「....なんだか、隊長って感じがするね。そういう話を聞くと」

「隊長らしくしなければいけませんからね。──東さんが隊長をしないばかりに」

 

 東さんを差し置き隊長を務めるという責任は、本当に重い。何でこうなっているのだろう本当に.....。

 

「....それに。人の感情というのは何かを変える為の燃料になります。今悩んでいる樫尾君も。そのベクトルさえしっかり向けることが出来たらきっともっと変わるきっかけになってくれると思うんです」

「うん。私もそう思うな」

「特に──今回の柿崎隊を見て思ったことです。照屋さんとお話をしたのですけど。あの人はとても変わりたがっていて。その思いが、あの試合に現れていたような気がして....」

 

 正直。

 勝山はあの試合。心の底から柿崎隊と、照屋文香という女性の凄さに打ちのめされそうになっていた。

 

 全てが変わる、というのは。ああいう事なのだと心から思った。

 

「....あの」

「はい?」

「照屋さんって.....その、柿崎隊長の事が、好きなのかな?」

「それは....すみません。本人から聞いていただけると助かります」

「....」

 

 ああ。

 この返答だと、何だか肯定っぽい受け答えになっている気がします。

 でも「知らない」だと嘘になりますし、そして「そんなことはない」でも嘘になる。

 この返答を行うしかないのです。許してください、三上さん。

 

「....そっか」

 

 三上さんは。

 僕のその返答を聞くと。

 ほわり、と一つ笑みをこぼしていた──。

 

 



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悪果とて

しれっと瑠花ちゃん修正して消しました。
すみません.....。

取り敢えず連載は再開します。


 勝山隊は、第3ラウンドの勝利を受け上位進出を果たす。

 そして。

 

 第4ラウンドの組み合わせが発表される。

 第四ラウンド、夜の部。

 ──勝山隊・弓場隊・嵐山隊・香取隊の四つ巴戦。

 

 部隊全員が中距離攻撃手段を持ち、抜群の破壊力を持つ弓場隊。

 エースである木虎を迎え、現在1位まで順位を伸ばしている嵐山隊。

 隊長兼エースである香取葉子の爆発力が売りの香取隊。

 この三部隊。

 

「.....初の上位戦でかなりきつい組み合わせになりましたね」

「特に、嵐山隊と弓場隊が相性的に正面からはぶつかりたくない感じだね。中距離での戦術が確立されてる」

「嵐山さん、時枝君、神田さん、香取さん。四人万能手がいるとなると、撃ち合いだと間違いなく勝てませんね。射撃戦を避けて、各個撃破できる状況を作る必要がありますね」

「....」

 

 嵐山隊──。

 この部隊名を目にして、表情を強張らせるは、樫尾であった。

 

「嵐山隊....」

 

 樫尾由多嘉にとって、嵐山隊との戦いは望むべくものであったはずだ。

 そのはずであった。

 

 しかし──その表情は、リベンジへの好機を喜ぶものではなく。

 反転した感情を湛えた表情であった。

 

「.....樫尾君?」

「は、はい!」

 

 三上が声をかけると、樫尾は慌てたように返事をした。

 

「す、すみません」

「いえいえ。対戦カードを伝えただけですから、謝る必要はないです。──やはり、木虎さんが気にかかりますか」

「は....はい」

 

 木虎の一言を告げた瞬間──樫尾は更に表情が硬く、重くなった。

 やはりか、と勝山は思う。

 どうやら──二戦連続で序盤で落とされたことが、かなり尾を引いているようだ。

 

「樫尾。何か気にかかる事でもあるのか?」

 

 その時。

 作戦室でコーヒーを啜っていた東春秋が、そう声をかけた。

 

「い、いえ...」

 

 樫尾は一旦、誤魔化そうとした。

 が。

 

 ──現在の自分の態度。発言。そして、周囲から向けられる視線。共々全てを換算して。

 誤魔化しは効かないと判断した。

 

「実は...」

 

 

 やはりというか。

 樫尾君は──ここ二試合での自分の動きに関して、非常に悩んでいるようでした。

 

「.....ふむん」

 

 東さんは樫尾君の言葉に一つ頷くと、僕に目線を送ります。

 ここから先の言葉に関しては、隊長としての責務であるという事でしょうか。

 

「.....樫尾君」

「はい」

「整理しましょう。──樫尾君は、今までの自分の結果に対して落ち込んでいるのですか?」

「....いえ。そうじゃないんです」

「──結果を見て、この先の目標を遂げられるのか。単純にそこに不安を持っているんですよね」

「....」

 樫尾君は一つ頷く。

 

「木虎から言われました──おれは現実が見えていない....と」

 

 ──成程。木虎さんか。

 以前会った時に樫尾君について僕が現実を見ていると評価した事に対して、恐らく彼女の視点からだと全くそう見えないのでしょう。

 .....木虎さんは、厳しい。

 厳しいが、その厳しさというのは人を傷つける為だけに行使されるものではない。

 その言葉が、今の樫尾君に必要だから。そう確信したから、言ったのだと思う。

 

「僕は──樫尾君は現実が見えていると、そう思っています」

「....」

「樫尾君は──木虎さんに対してどういう結果を残せば、木虎さんを倒せたと言えますか?」

「え...」

「樫尾君は何の為にこの部隊に入ったのですか?」

「.....ランク戦で、木虎を倒す為です」

「ですよね。──樫尾君は、自分で木虎さんを倒すためにここに入ったのですか?」

「....」

「そうではないですよね? それならば、個人戦で木虎さんを打倒できる方法を模索すればいいだけです。そうではなく──部隊の中で彼女を倒す事を選択したから。樫尾君はここにいるんですよね」

 

 樫尾君は──部隊の中で飛躍していく木虎さんを倒す事に拘った。

 それは。

 自らもまた──部隊に所属する中で、追い縋れる材料を手に入れる為に。

 

「今、嵐山隊は1位です。木虎さんの加入によって得点力も、基盤となる連携も、全てが何段階も昨年よりも上がっています。A級でも遜色のない部隊でしょう」

 

 エースの役割を木虎さんが果たしたことにより。

 エースと指揮官の両の役割を負っていた嵐山さんの負担が減った。

 その結果──もとより指揮官として優秀であった嵐山さんが、その適性を遺憾なく発揮し、部隊としての完成を迎えた。

 

「──樫尾君。君は君の力のみで木虎さんを倒す事が、君の目的ではないはずです。君にとって木虎さんを倒すという定義は何処にあるのですか?」

「....俺、は」

 樫尾君は。

 喉奥を絞る。

 吐き出しにくい淀みを、腹から吐き出すように。ばらついた言葉を、なんとか言葉にするように。

 

「──ただ。木虎に、認められたかったんだと思います....」

 

 樫尾君は、そう呟いた。

 

「理解しているんです。俺よりもずっと優秀な人は、ボーダーでごまんといるって。それでも.....頭で理解できていたことを、現実として突きつけたのは──木虎なんです」

 

 だから、と続けて

 

「俺は.....部隊の中で更に強くなっていく木虎に置いていかれたくないんです。部隊にも所属しないでいたら、もう木虎の眼中にも入らなくなってしまう。それが、嫌だったんです」

 

 樫尾君に現実の大きさをぶつけ、一度その心を折ったのが木虎さんなら。

 その現実を前についた膝を伸ばして、立ち上がった事もまた──木虎さんの前で証明したい。

 樫尾君を突き動かしているのは、その意思だった。

 

「いいですか樫尾君。僕等は部隊の仲間です」

「.....はい」

「ですが。大前提として──僕等は利害関係で結ばれたチームです」

「あ...」

 

 そう。

 僕たちは、そもそもA級を目指している部隊ではない。

 それぞれがそれぞれの思惑と目的をもって結成された部隊です。

 

「君が木虎さんに対しての目的を果たすために僕等を利用することに、何の羞恥を感じる必要はないんです。現在この部隊の指揮者は君ですから。──僕等を上手に利用して、木虎さんを倒してください」

 

 そうだ。

 利用すればいい。ふんだんに。

 木虎さんに認められたいのならば。何もエースである木虎さんと同じ立場で認められる必要はない。

 

「それじゃあ。ひとまず各部隊の対策を考えて行きましょう。まずはそこからです」

 

 

「まずは弓場隊から。──弓場隊長、王子先輩、蔵内先輩、そして神田先輩の四人部隊ですね。狙撃手はいないですが、その分全員が中距離での戦闘手段がある。全員合流してのヨーイドンの撃ち合いだと間違いなくB級最強の部隊でしょうね」

「.....この部隊は、全員の機動力が高くて足並みがそろっているのも特徴だね。全員が走れて、個々の判断力がとても高い」

「そうなんですよね。──実際に指揮を執っている神田先輩は勿論ですけど。王子先輩と蔵内先輩の場面場面での判断力が本当に高い。エースの弓場先輩が、タイマンで戦う事が多い分。他の隊員は戦況の動きを常に読みながら戦わなければいけないのに.....今までミスというミスが何も見られない」

「....」

 

 弓場隊──。

 樫尾の脳裏には、以前弓場隊の隊員である王子と個人戦をした際の記憶が思い浮かぶ。

 

 まだ新規部隊の一つでしかない勝山隊の、その中でも木っ端隊員でしかない自分を既にチェックをし、対策が出来ていた。

 そして実戦の中でこちらの特徴まで分析をして、対応までしてきた。

 あの男が所属している部隊なのだ。──手強いに決まっている。

 

「弓場隊の強みに関していえば、中距離での制圧力と個々の隊員の判断力の高さ。そしてエース弓場の破壊力。どれも非常に高レベルだ。なら、こちらが勝っているところはどこだ?」

 東がそう尋ねると、

 

「──狙撃手の存在です。弓場隊は狙撃手がいない分、戦いに大きな制限がかけられることになります」

「だな。まず一つ言えることがあちらになくてこちらにある有利な点は狙撃手だ。それは香取隊にも言える事だな」

「弓場隊の隊員は個々の判断力が高いからこそ、狙撃手の射線にはそうそう入ってこれない。だからこそ、必然的に移動ルートも限られてきますし──狭い路地での戦いが多くなる」

 一つ東が頷いた。

 

「そう。射線が切れる場所での戦いが多くなるだろう。その分、勝山の散弾銃がより活きる場所にもなるだろう。──しかし、弓場はどうする?」

「問題はそこですね....」

 

 弓場拓磨。

 彼は弓場隊の隊長であり、そしてエースだ。

 その戦い方は──

 

「前回のラウンドで戦った照屋さんが、新たに装備していた拳銃トリガー。──アレが二丁分。更に早撃ちで叩き込んでくる。僕だけじゃなく、攻撃手にとっての天敵の一人でしょうね」

 

 威力十分な銃弾を、早撃ちで叩き込む。

 それだけ。

 しかしこのシンプル故に対策が難しい戦法は──特に弧月を用いて戦う攻撃手にとっては鬼門となる。

 

「肉薄すれば早撃ちの猛攻で仕留められる。中距離から旋空で対応しようとすると、その範囲外から射撃を放つ。並みの攻撃手では対抗策が見つからない」

 

 弓場の拳銃の有効射程は22メートル。

 これは──通常の旋空の射程20メートルよりも、僅かだけ長い。

 

 この僅かな差異の間合いを維持しつつ射撃を叩き込む──という方法で以て、一方的に攻撃手を屠ってきた。

 

「次のランク戦の中で──間違いなく僕にとって鬼門となるのは、弓場さんでしょうね」

 

 勝山は立ち技と散弾銃を用いた駆け引きで戦うタイプの攻撃手だ。いわば、攻撃手同士での差し合いの中で力を発揮できる人間で、──シンプルな瞬間火力とスピードを叩き込んでくる相手に対する対抗策が少ない。

 

「勝山は弓場への対策は考えているか?」

「はい」

 

 東からの問いに、勝山は一つ頷く。

 以前までなら、相対して勝てるイメージが出来ない相手であったが──今ならば、まだ勝ち筋が見えている。

 

「そうか。──となれば、問題となるのは嵐山隊だな」

「ですね」

 

 嵐山隊。

 隊長の嵐山。万能手の時枝。銃手の木虎に狙撃手の佐鳥。

 この部隊は──

 

「まず──弱点が一切ない。本当に存在しない。嵐山隊長の指揮が完璧。万能手二人が組み込まれているから戦う距離が完全に選べる。そして何より──」

「木虎ちゃんが加入した事によって、部隊が運用できる戦術が冗談抜きで倍以上になったよね。今までのランク戦全部見直してみても──本当に突出している」

 

 何よりも。行使できる戦術の引き出しの多さが尋常ではない。

 

 万能手が二枚いて、点を取れる銃手が一つ。そして狙撃手。

 構成としては、狙撃手を除けば柿崎隊と似たり寄ったり。

 

 しかし。以前までの柿崎隊が「合流してからの陣形」が多様で、そこから作戦行動が開始されるのに対し

 嵐山隊は──恐らく、ランク戦が開始されたその瞬間から既に、部隊における作戦行動が始まっている。

 

 嵐山の指揮の凄まじさもそうであるが──部隊全員が距離関係からどう動けばいいのか、しっかり共有しているのだろう。

 

 前回ランク戦。

 嵐山隊は、影浦隊と生駒隊との三つ巴戦であった。

 

 この試合。

 嵐山隊は、影浦と生駒というトップランカーが名を連ねる部隊との戦いであったが。

 

 木虎が作成したスパイダー陣へと追い込み逃げ場を無くさせ、嵐山・時枝の連携によって影浦を仕留め。

 水上と連携を取り点を取りに来た生駒に対しては、木虎の急襲と佐鳥の狙撃により二人を分断させた上で、水上を撃破。その後嵐山が合流したうえで生駒を射撃で削り仕留めた。

 

 ──エースの木虎は、優秀ではあるものの単騎での破壊力はトップランカーに比べれば劣る。しかし、連携の中で最善を選び戦える能力が極めて高い。

 

 突出した点取り能力がある駒が無くとも。

 卓越した指揮能力と、豊富な戦術によって常に最善の立ち回りをして相手を打倒する。

 

 だからこそ、弱点がない。

 基軸となる駒がない。どの駒も基軸成りえるし、どの駒とも連携が取れる。だから一つ駒を奪ったところで戦術が瓦解することがない。

 

「....」

 

 ここで。

 勝山隊の勝ち筋はあるだろうか? 

 

 嵐山隊には、勝山程単騎で点取りが出来る駒はない。東のような化物じみた技量の狙撃手──あ、いたわ。二つ狙撃銃使って別々の標的仕留められる変態技術持っている奴が。とはいえ、純粋な技量や隠蔽能力で勝ることは無い。

 

 本当に、突出した──というより、尖った駒が無い(佐鳥は除く)

 尖っていないからこそ、どの駒もどの役割をこなすことが出来る。

 だからこそ強い。

 

「──弱みがないという強みを相手が押し付けてくるなら。こちらもまた、新しい強みを作り出して対抗するしかない。その為には、樫尾君と僕との連携で何かしら他の部隊にないものを作り出す必要がありそうですね」

 

 

 作戦会議の中で、弓場隊・香取隊への方針はひとまず決まったが──。

 嵐山隊だけは、議論はかなり行ったものの、対策が定まらない。

 

「──どうしたものですかね」

 

 これから訓練で樫尾君との連携の練度を上げる事そのものも重要であるが。

 その連携一つとっても何かしらの目的意識を作らない限りは、訓練のしようもない。

 

「....」

 

 よし、と一つ頷く。

 一人で息詰まっていても仕方がない。

 一人でいて考えが纏まらないのなら、他の人の協力をお願いするほかない。

 

 携帯電話を取り出して──同級生に電話をかける。

 

「はい。──すみません。ちょっと軽く相談してもいいですか。はい、ご飯でも奢りますので。え? .....いいんですか? それは本当にありがたいんですけど...」

 

 通話先には出水君の声。

 嵐山隊の対策について聞きたいというと、射手の自分よりも適任がいると答えを返してきました。

 

「了解です。本当にありがとうございます。──では。里見君と烏丸君によろしく伝えておいてください」

 

 という訳で。

 A級1位部隊の万能手と、A級4位部隊の銃手──烏丸京介君と里見一馬君が相談に乗ってくれることになりました。

 

 ご....豪勢だ! 

 

 



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CALM DOWN

「──次の試合は勝山隊、弓場隊、香取隊だ。今期の組み合わせでは勝山隊がはじめて戦う事になると思う」

 

 嵐山隊作戦室。

 そこでも──組み合わせが発表されたその日に、作戦会議が行われていた。

 

「隊長の勝山君はマスターランクの攻撃手で、散弾銃も使う。多分そろそろ万能手になると思う。──勝山君は弧月と散弾銃のコンビネーションがとても厄介な攻撃手だ。単独で立ち向かえる戦力はこちらにない。連携を組むか、他の隊との交戦時を狙って撃破を狙う。この方針は弓場や香取さんも同じ」

 

 嵐山は、流れるように説明をしていく。

 組み合わせが決まったばかりだというのに──既に彼の中ではあらかたの動きが見えているのだろう。

 

「勝山君は基本的に弧月による立ち技と散弾銃による面攻撃を切り替えながら戦うスタイルを取っている。強力だが、彼のスタイル的に空中戦や射撃戦ではこちらが有利に取れる。ただ複数人で囲むというよりかは、建物や地形で高低差をつけて多角的に戦った方がいい。理想を言えば、狭い路地の中に追い込んで上から飽和射撃で仕留めるのが望ましい」

 

「今回、マップの選択権は香取隊にありますよね。恐らく狙撃手がいない弱点をカバーできる場所を選ぶだろうから、....工業地帯か。もしくは市街地Bか」

「どちらの可能性もありえるけど、俺達にとって一番不利になるのは市街地Bの方だろうな。工業地帯は狭い分、合流がしやすい。射撃戦が起きやすいから、ウチや弓場隊がその分で有利になるし、合流してからの総戦力も4人部隊のウチや弓場隊が完全に有利だ。だとしたら、広くて合流がしにくい市街地Bを前提に作戦を組み立てた方がいいと思う」

 

「勝山隊長も囲まれたら不利、というのは解っているでしょうから。恐らく初動としては東さんの援護が受けられる場所へ移動するか、樫尾君との合流を目指すでしょうね」

「だね。ともすれば、対東さん、という事を考えれば市街地Bが選ばれた場合はこちらが有利になる。射線の切れ目が多いマップ構成だから、東さんの援護が受けづらい。──その分賢には負担がかかるけど、よろしく頼む」

 嵐山はそう言うと、己が隊の一員である佐鳥に向け一つ肩を叩く。

 佐鳥は投げかけられた言葉に腕を捲る動作。

「りょーうかい! このツインスナイプできっちり勝山隊を撃ち抜いてやりますよ!」

「ああ。頼んだぞ。──そして木虎」

「....はい」

「今回のランク戦。他部隊のエースである勝山君、弓場、香取さん──彼等が単騎で浮いている場合、攻撃の起点を任せることになると思う。序盤は生存することを優先して動いてほしい。俺か充か、どちらかと合流してからがスタートだ。頼んだぞ」

「了解です」

 

「さて。後は香取隊だね。こっちは──」

 

 

「次の組み合わせが決まった。──勝山隊、嵐山隊、香取隊だ。中々厳ちい戦いになるな」

 

 弓場隊作戦室。

 こちらもまた、作戦会議中。

 隊長の弓場が組み合わせを発表すると──真っ先に声を上げたのは、万能手の神田忠臣であった。

 

「この組み合わせ、欲張ったチームほど死にそうだね。乱戦で点とれる駒が勢揃いって感じ」

 そう神田が呟くと。

「欲張ったチームから死ぬってどういう事だよ?」

 オペレーターの、藤丸ののがそう聞き返す。

 

「勝山隊は東さん。嵐山隊は木虎。そんで香取隊の香取。ごちゃった所で的確に攻撃できる駒が全部の隊に揃っているんですよね。三つ巴の戦いとかで勇み足した方から撃たれるか斬られるか。乱戦だとあんまり欲張らず距離取った方がいいと思ったわけッス」

「とはいえカンダタ。この組み合わせだと乱戦は避けられそうになくない? 浮いた駒を見ると条件反射的に突っ込むカトリーヌがいるわけだしね。恐らくマップは市街地AかB辺りの、広めのを選ぶだろうし」

 神田の言葉に、王子一彰がそう返す。

 カンダタ。カトリーヌ。素っ頓狂にも程があるネーミングをぶちまけられながらも、皆もう慣れているのだろう。突っ込む事すらしない。当人は端正な顔の上に涼やかな表情を浮かべ、自然さを醸し出している。

 

「相手のエースがことごとく機動力が高いタイプだからな.....。転送場所にもよるが、乱戦そのものは避けられないというのは一理ある」

 射手の蔵内和紀は王子の声に頷きながら、そう声を上げる。

 

「そうなんだよなぁ。乱戦自体は防ぎようがない。だから立ち回りに結構気を遣わなくちゃいけない。──取り敢えず、乱戦になったらその中で一番強い駒に攻撃を仕掛けて、全員の矛先を向けるような動きができれば理想的かな。まあその前に、こっちが中距離で相手を動かして隊長の前に釣りだすいつもの戦法が出来るのが一番いいけど」

 

「.....そううまくいかねぇだろうな。連携戦術が極まってる嵐山隊と、東さんがいる勝山隊。誘導の意図が見抜かれて先回りされる可能性もある。そうなると狙撃手がいねぇこっちは背中からズドン、だ」

「序盤の内におおまかでもいいから狙撃手の居所を掴んでおきたいところだけど──東さん相手にそうも言ってられないか」

「基本的に東さんはかつやんの援護をする形で待機しているだろうから、初動であんまり勝山隊に手を出すのはやめた方がいいかもね。香取隊は割と誘導しやすい部隊だから、そこから他の隊を釣りだせれば──」

 

 弓場隊は、その全員が遠慮なしに話し合いを行い、作戦が煮詰まっていく。

 全員が全員判断力が高い隊員が故に、誰かが主導となって、という形にはならない。

 大方の作戦が決まるまで──弓場隊の作戦室は常に声が聞こえ続いていた。

 

 

「──葉子! お前解ってるのか! 次の試合取れねぇと、最悪中位落ちだぞ! 前回も2点しか取れてねぇんだ!」

「.....」

 

 一方その頃。

 香取隊作戦室。

 何やら、こう、どんよりとした空気が流れていました。

 

「せっかく俺達がマップの選択権もあるってのに! ログもロクに見ないで....!」

「ま、まあまあろっくん...」

 

 眼鏡の少年、若村麓郎は──眼前でいかにも人を駄目にしそうなソファの上に座ってスマホをいじいじしている少女に対し、口調を荒げる。

 されど。

 意にも介さない。

 

 変わらずスマホを弄っているだけである。

 

「ログ見てどうすんのよ。それで嵐山さんや東さんの作戦を読むことが出来るワケ? アンタが?」

「.....何もしないよりもマシだろ....!」

「チェックした事が役に立ったことあるの? 前回も序盤で落とされたくせに」

「この....!」

 

「──言い争いはやめて」

 

 険悪な空気に火種もつき。ヒートアップ寸前の作戦室のなか。

 ピシャリ冷や水を浴びせるかの如き一言が入る。

 

 オペレーターの染井華の声。

 

「....」

 

 その声は、熱が入り込んできた互いの頭を冷やす力は持っていたが。

 沈殿した重苦しい空気を、更に冷やし凍り付かせる結果ともなった。

 

「.....はいはい。アタシがここにいちゃムカつくってなら出ていってやるわよ。飲み物買ってくる」

 

 ソファから立ち上がり、香取は作戦室から出ていく。

 沈黙だけが、ただそこに静寂を形作っていた。

 

 

「はじめましてー! 君が勝山君だよね! わー、前の試合見てたよ! 凄かったねー!」

「ありがとうございます、里見君」

 

「はじめまして勝山先輩。烏丸です」

「はい。よろしくお願いします。烏丸君」

 

 そうして。

 勝山隊作戦室内に、二人のA級隊員が同席しておりました。

 

 里見一馬君と烏丸京介君。

 

 二人とも、僕よりも早い段階で頭角を現しいち早くA級隊員になった人物であり。正直な所恐縮してしまいます。エリート中のエリート中のエリートです。ヤバいですね。そして烏丸君。本当にイケメンですね。あまりにも顔立ちが整いすぎててこうして間近で見ると本当にびっくりしてしまいます。イケメンは男女問わず対面すると緊張してしまうものなのだ。

 

「お二人ともありがとうございます。一方的な相談に乗ってもらう形になってしまいまして」

「いえいえ。いつもウチの隊長が迷惑をかけているので。これ位は」

「こっちは一度話してみたいと思っていたからオールオッケーだよ。貴重な散弾銃使いの人だし!」

 

 なんといい人でしょう。

 特に烏丸君は.....まああの隊長だから仕方がありませんが。あの人と親しくなる事イコールあの人がのべつまくなし振りまいている面倒ごとの露払いに大なり小なり関わらないといけないという意味でもあります。そしてその関係性が部下であるということなら、その関わり合いは間違いなく”大”になるでしょう。お疲れ様です.....。

 

 現在、作戦室はもぬけの殻です。

 樫尾君は個人ランク戦に向かい、東さんは狙撃訓練の教導。そして三上さんは家の用事で早めの帰宅。

 

 という訳で。

 現在僕とこの二人が向かい合っている状態になっております。

 

 

「お聞きしたいのは嵐山隊の事ですね。仮にお二方があの部隊と戦うとなったら、何を意識して戦うのか。その部分を聞きたいな、と」

「嵐山隊かぁ! あの部隊は本当に強いね。多分A級に行っても十分に戦うことが出来る部隊だと思う」

「ですね。現状でもA級で上位が狙える部隊だと思います」

 

 やはり、A級隊員からしても嵐山隊の評価は高いのですね。

 

「何が強いかと言うと。相手によって完全に距離が選べる上に、戦術の柔軟性が高い事につきますね。嵐山隊長の現場の把握力と判断力が高いのもその強みに拍車をかけている」

「そうそう! 例えば、嵐山さんと時枝君が突撃銃で相手を追い込んで、佐鳥君の狙撃が通る場所まで誘導したりとか。逆にハウンドで足を鈍らせて佐鳥君を移動させたりとか。ここに木虎さんっていう機動力が高いエースまで入ったんだから。強くない訳がない」

 

「現在の嵐山隊は合流してからが強い、というよりも。合流するまでの動きが上手いという印象がありますね。──B級上位のどの隊も、合流したら強いというのは変わりないんですよ。ただ嵐山隊の真価は、合流した後ではなく合流するまでにあると思うんです」

「合流した後ではなく、合流するまで....」

「あ。解るなぁ~烏丸君の言っている事。──嵐山隊は、転送されて、ばらけた部隊が合流するまでの動きも多彩なんだ。仮にだけど、勝山君が部隊を合流したいと思っていて。味方の所まで走っているとして──途中で敵の姿を見かけたら、どうする?」

「.....迂回して合流を目指すでしょうね」

「だよね。それが普通だよね。──ただ、今の嵐山隊は。ここで交戦を行いつつ合流路を辿って、敵の背後を突くという陣形も使える」

 

 ああ、と僕は頷いた。

 ログを辿った際に幾度となくあった光景です。

 嵐山さん。もしくは時枝君が敵と交戦を行い、敵を引き付けながら合流路を辿り──その背後から木虎さんや佐鳥君をぶつける.

 単独で浮いている駒を集団で囲いたい相手の心理を利用して、敵を引き付け。追い込んでいると思っている敵の背後から──更に味方の駒をぶつける。

 

「強い部隊は、合流が出来ていない状態からでも各々の隊員が一つの共通の戦術をもって動いていく。まあ影浦隊みたいに各隊員が好きに動いた結果強さが出る場合もありますけど。嵐山隊は──この戦術の引き出しが部隊全体としてとても多いですし、更に嵐山さんが正しい引き出しを開ける能力に長けている。そういう強さがある部隊だと、俺は思っています」

「ふむふむ...」

 

 何と言うか。

 本当に──嵐山隊は全ての動きに対して、即興の型が作れる部隊なのでしょう。

 

 A級B級問わず、部隊にはそれぞれ固有の戦術がある。

 

 一回戦で当たった間宮隊は、部隊全員が射手であるという特性を生かした型が。

 例えば諏訪隊であれば、散弾銃を持った前衛二人による破壊力満点の連携という型が。

 

 しかし嵐山隊は──この戦術の型の引き出しが多い。相手によって戦術を変えられるだけの幅の広さがあり、嵐山さんという巨大な頭がそれをしっかりと統制している。

 

「それで。──ここからは対策の話になるんですけど。嵐山隊に対しては、攻撃を仕掛ける際に外側の意識を持った方がいいでしょうね。基本的に攻撃を仕掛けた瞬間から、何らかの戦術的行動が始まると考えた方がいいです」

「そうそう。浮いている駒があるから攻撃を仕掛けた瞬間に、逆に攻撃を仕掛けた側が囲まれる状況が一番ありえるから。攻撃したとしても深入りしない事。もしくは退路を確保するための味方を用意しておくこと。──相手の戦術に対応できるように準備をしなければいけない部隊、って事になるだろうね」

 

「成程...」

「君の部隊だったら、やっぱり頼りになるのは東さんだろうね! あの人の射線内で戦うだけでも、嵐山隊の対策になるだろうから」

「やはり....そうなりますよね」

 

 次の試合。

 間違いなく嵐山隊は、これまで戦った部隊の中で最強だ。

 勝ちを拾う為には──東さんを十全に使い切る立ち回りをしなければならないのでしょう。

 

「......ううむ」

 

 難しい。

 とはいえ。これからやるべき事の方向性は見えてきました。

 

 

「ありがとうございますお二人とも」

「いやいや! お話しててとっても楽しかったから全然大丈夫だよ。またお話しよう」

「何度も言いますけど、いつもウチの隊長が世話になっているので。気にしないでください」

「いや、本当にありがとうございます。これは心ばかりの品ですが...」

 僕は以前購入していたどら焼きのパックを、お二人に渡します。秘技、袖の下送り。

「あ。いいとこのどら焼きだ。わー。これは駿が喜びそうだな~。ありがとう!」

「こっちも国近先輩が喜びそうですね。ありがとうございます」

「いえいえ。こんなもの安いものですよ。それでは~」

 

 二人を見送って、──そのまま一旦作戦室を出て、ドリンクを買いに行きます。

 

 そして

 

 

「.....」

 

 何故かこちらを睨みつけている香取さんがそちらにいました。

 

「.....勝山先輩」

「はい」

 

 訝しげな眼でこちらを見る。

 ええっと。僕は何かやらかしてしまったのでしょうか.....?

 

「.....さっき作戦室から出てったのって、烏丸君」

「えっと.....はい」

 

 そう僕が答えると。

 

「......」

 

 無言のまま睨みつけ、そのままドリンク片手に立ち去っていきました。

 

「.....」

 

 女性というものは怖いものですね。はい。



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