毛玉さん今日もふわふわと (あぱ)
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そこにあるのは毛玉のみ
ふわふわサバイバル


主人公うるさいかもしれないです


あ〜ふわふわするんじゃ〜

 

ここは夢の中ですか?やたらと視界がふわふわとしているのですよ〜

 

 

 

うん、現実逃避やめ

 

テンパるの開始

 

 

 

 

 

ふぁっ!?なんでなんで私浮いてんの!?あれ、これ手足の感覚無くねと思ったらふわふわ浮いてるんですけど!?ドユコトどゆこと!?あ、風に揺らされて視界がぐるっと一回転うっぷ………なんなの!?私人間だった気がするんだけど!?あれ!?記憶無くね!?なんなの!?記憶喪失!?もしかして死んじゃった!?死んで魂だけになっちゃった!?私今どんな見た目してる!?もしかして頭だけ!?頭だけ浮いちゃってる!?もしかして転生的なあれ!?私今生首かなんかなんですか!?頭だけ宙にあって浮かんでる生き物なんですか!?なんなんですかそれは新手の転生ですか!?転生したら生首だった件とかシャレになんないっすよ!?転生するならもうちょっとマシな始まり方ってもんがあるんじゃないですかねぇ!?

 

はぁ、はぁ、ふー・・・

 

よし、落ちつかないけど落ち着け私。

じょーきょーかくにん………

 

うむ、気がついたら森の中にいた。

そしてさらに自分がふわふわ浮いていることに気がついた。

そしてそのあと手足の感覚がないことに気がつき、風で揺らされたのか、視界がぐるっと一回転したところで、頭だけしかないような状態なのが分かった。。

 

おーうケイオスケイオス

とりあえず記憶がないです。私だーれ、ここどーこ。

 

 

 

ちょっと考えてみた。

どこかで死んじゃって、魂だけの状態なのかと思ったのだけれど、風も感じれるし、何より木にぶつかった。

魂なら木にぶつかんないよね?魂なんて存在信じてないけどさ。今の状況のが方が信じられないわけだけど。

 

・・・・・・

 

うむ、声が出ない。

ついでに表情筋がないっぽい。

声が出ないのは口がないから?そもそも、顔という物の認識ができない。

目はあるっぽいんだけど、瞬きすらしない。

目はある耳はある、口はない。鼻は…呼吸してないねぇ…

 

あっれれぇ?これもしかしなくても、人の形してないよねぇ…

あとは触覚……よくわかんないけどなんかこう、細い毛?みたいなもんが生えてる感覚はある。

うん、人間じゃない。

 

人間じゃないことが発覚したところで、動けるか試してみよう。

なんでこんな状態になったかなんてね、10秒考えたらやめたよね。

さっきからふわふわと浮かんでいて……木にぶつかるとそのまま跳ね返ってその方向へずっと進んでいく。

 

なんだろう……物理のシミュレーションゲームで摩擦をゼロにしたみたいな感じがするね。と言うか無重力。

 

さて、動くと言ってもどう動くかね。

手と足はないから論外。

なんか口で息を拭いてその勢いで動くことを考えたけど、うん無理だ。

口ないもん馬鹿だもん。

となると……なんやかんやで残された道は一つ。

 

念じるッ!!

 

動け動け動け動け動け動け動け動け動かなーいはいやめー。

 

え?もうちょっと粘れって?精神安定剤くれたら頑張るわ。

このまま動けないとどうなる?

 

おそらく私は今宙に浮かぶ謎の毛むくじゃらの物体。

言っちゃえばUMA、捕獲されてバッドエンドを迎えてもおかしくない。

 

もしくは何処かで軌道が逸れて遥か上空へと飛んでいき、宇宙空間で鉱物と生物の中間の生命体となり永遠に宇宙を彷徨ったり………

 

致命的じゃん。

 

と言っても念じるしかないんだなこれが………念じるとゆーか、祈るとゆーか………

 

 

 

 

ふわふわ日記、二日目

謎の物体になってから夜を超え二日目。

不思議と眠くならないこの体。

眠くならないのはいいんだけど、ただひたすらにやることがない。

ずっとふわふわ動いて移動しているから、周りの景色が変わらないと言うことはないんだけども………いつ方向が変わって天に昇っちゃうかを考えていると怖くて怖くて仕方がない。

 

まぁ丸一日ふわふわし続けてわかったこともある。

この場所の近くには、恐らく都市とか街とか、そう言ったものは無い。

なんてったって夜空が綺麗なんですもの。

近くにあるとしても、田舎の農村とかその辺だろう。

 

あと水面に移った自分の姿を見た。

うん、毛玉だったね、もろ毛玉。

あと顔が(°Д°)こんな感じだった。

口あるじゃんと思ったよね?残念喋れませーーん。…なんでだろーね。

あとあれからも割と念じてる、念じまくってるけどウゴケナイ。

 

そうして私は思考放棄をして二日目を終えた。

 

 

 

 

ふわふわ日記三日目

今日も一日ふわふわ

今日は初めて動物に会いました。狼でございます。

野生の狼とか珍しいなあとか思ってたら飛びかかられてびっくりしました。

飛びかかってきたら突然風が吹いて奇跡的な回避、勢いよく岩にぶつかって気絶した狼くんを見て可哀想だなと思いました。

 

終わり

 

 

 

 

ふわふわ日記四日目

今日も今日とてふわふわ

いつになったら動けるようになるんだろうふわふわ

なんかもう思考がふわふわ

ふわがふわしてふわふわってふわふわる

フ○ちゃんがふわふわしてふわふわと去っていく

ふわり

 

 

 

 

ふわふわ日記七日目

ふわふわがっふわってふわふわふわふわそのうちわふわふわふわふわふわふ

 

「ん?なんだこれ」

 

ふわふわがふわしてふわふわと思考がふわふわ

 

「んー?見て大ちゃん、毛の塊がふわふわして飛んできたよ」

 

ふわふわと急にふわりして

 

「うわっ、なにそれ………毛玉?なんか汚れてるし」

「よくわかんないけどとりあえず凍らしておいとこっかなー」

 

そもそもふわふわってなんだろう誰がそんな言葉作ったんだろうふわふわってなんだよなにを見てふわふわと思ったんだろ日本語って難しいふわ

 

「やめといたほうがいいよ、得体の知れない物体は」

「むぅ………あれ、よく見たらこれ顔ついてない?」

「あ、本当だ」

「やい!反応しろこの薄汚い毛玉!おらおらおらおら!」

 

ふわふわふわふ…………

ちょ、誰だよさっきからうるさい奴は!?人がふわふわしてる時は邪魔してはいけませんって親に習いませんでしたかァ!?え、なに!?そもそも人はふわふわしないしお前は人じゃないって!?そーですね!!つかさっきからツンツンツンツンツンツンツンツン鬱陶しいわ!!離せコンニャローがっ!!

 

「うおっ動いた」

「動くの!?ただの毛の塊じゃないんだね」

 

えっ動いたの!?私ってば動いちゃったの!?つか誰よこいつら!

 

「やーい毛玉ーお前の名前はなーんだ」

 

おぉん!?まずは己から名乗れや!!

よし、落ち着いてじょーきょーかくにん。

周りには女の子が二人。

一人が青い髪にリボンをつけてドレスを着ている。

もう一人が緑の髪でこれまたドレスを着ていると………最近の子供はどーゆー教育されてんのかね。

金髪とかならまだしも、青とか緑とか、んな派手な色にしたらイジメの格好のマトじゃないですかー。

 

「おいおーい、喋らないと氷漬けにしちゃうぞー」

「もしかしたら喋れないんじゃない?」

「口あるのに?」

 

やだこの子、本気で自分が氷を操れるとか思っちゃってるのかしら。

マァ可哀想!!早く現実を知ればいいのに!!

ってあれ?よく見たらこの子たちの背中になんかある気が………

青い髪の子は結晶のようなものがついてて、緑の髪の子は虫の羽?みたいなのがついてる………気がするぜっ!!

多分気のせいだなうん。

とりあえず動けるようになったらしいので逃げる。

 

「あ、逃げた」

「逃げたら本当に氷漬けにするぞー」

 

うひっ羽みたいなの使って飛んで追いかけてきとる!!なに怖い怖い何者!?妖精なの!?ふぇありー!?フェアリーとかその類ですか!?つかもろフェアリーだよね!!

ぐはっ掴まれた。

 

「よしっ捕まえた。もう逃げられないぞー」

「やめてあげなよチルノちゃん、可哀想だよ。離してあげて?」

「えー………大ちゃんがそう言うなら」

 

ありがとう大ちゃんっ!!こっち見んなチルノ!!

 

 

 

 

てなことがあった後、他の背中に羽を生やした女の子たちが集まってきて、私のことを放って置いて追いかけっこをし始めた。

なんだこの幼女パラダイスはァ………そーいや私毛玉なわけだけど、性別あるの?毛の塊に?

そのまま、他の女の子達と遊んでったチルノって子と大ちゃんと呼ばれてた子。

私の予想が正しければあの女の子達、というより幼女達は妖精………大丈夫?ここ私の知ってる世界じゃない系?異世界転生しちゃった?

 

まぁ考えるのはやめておいて、とりあえずあの妖精達を観察しておこう。

さっきの二人を含め、六人くらいの妖精がいるが、やっぱり目立っているのがあの二人だ。

 

チルノ、全体的に青い子。

あたいさいきょーを連呼している、多分あほの子。

でも実際氷をどこからともなく出して他の妖精に投げつけたりしている。何を言ってるかわからねぇと思うが、私も何が起こってるのかわからねぇ。

妖精がどの程度の力を持っているのかは知らないけど、多分その中でも強いほうなんじゃないかな?多分。

 

大ちゃん、全体的に緑の子。

会話の中で一度だけ名前を聞いたが、フルネームは大妖精らしい。

あれ?大妖精?あの可愛らしい優しい子が?

私の知ってる大妖精って、うっふーんとかあっはーんとか言いまくって勇者くんを誘惑してくるサキュバス的なアレなんだけども………

 

妖精の中でも一番違う雰囲気を出してきて、なんというか、とても大人な感じがする。

私を救ってくれた優しい子、好き。

 

 

しっかしこの世界どうなってんだろ。フツーの人間はいないのかね?今のところ狼とか妖精とか毛玉にしか会ってないよ。

妖精なんてもんがわんさかいる時点で多分人外魔境だな。

まぁ自分の意思で動けるようになったのは良かった。

一週間風に流され続けてそろそろ精神崩壊しかけてたところだったから、そういう意味ではあの二人に会えてよかったかも知れない。

 

「何考えてるの?」

 

ん?あ、大ちゃんが気づいたら隣にいた。顔近いよ顔の造形綺麗だね。

 

「あれ、毛玉ちゃん霊力あったんだね、気づかなかった」

 

毛玉ちゃん………?いやそこはいい。

れいりょくってなんだ?ファンタジー?やっぱり異世界転生しちゃってた?

あぁもう、口がないのが厄介すぎるぅ………

 

「何か色々と考え事してるの?」

 

あれ?なんでわかるんだ?

 

「私霊力に敏感だから、感情とか、その人の心境とか、ちょっとだけわかるんだ」

 

はえー、それは凄いねぇ。会話ができないのは残念だけど、感情わかるってだけでも嬉しいものがある。

 

「よく考え事するんだね?私たち妖精はそんなに物事考えたりしないのに」

 

いや、多分私口ないからその分心の中でうるさくしてるだけだと思うな。

あと君は絶対色々考えてるでしょ、口に出さないけど心の中ですんごい思考してる系だと思うんだけど。

 

「何考えてるかは分からないけど………チルノちゃんのことは嫌いにならないであげてね」

 

いやまぁ………嫌いではないですけれども。いきなり凍らそうとしてきたところが怖いと言いますか。

 

「怖い………まぁそうかもね。私も最初彼女を見た時怖かったよ。ちょっと他の子達より強いから、すぐ調子乗ったりするけど……いい子だから」

 

ふむ………大ちゃんがそう言うのならまぁ………

 

「おーい大ちゃーん!こっちきて遊ぼうよー!」

「ごめん今行くー!じゃあね毛玉ちゃん」

 

あーいっちゃったー。

いい子だったな、大ちゃん。

 

さて、動けるようになったのはいいけど、今度はどこへ行こうかな。

行く当てもないわけですが…………

 

 

 

 

日が暮れて世界が橙色に染まる時間。

妖精達は、また明日、と約束を交わし合い帰っていった。

 

「で、なんでこいつは付いてきてるの?」

 

現在チルノと大ちゃんをストーキングしています。

 

ちゃんと理由はある、私はある仮説を立てた。

それは、二人から何かしらの力をもらったのではないかと。

二人に会った時私は自分で動けるようになった、これと言った兆しもなくだ。

 

そして私に霊力があるのに気づかなかった大ちゃん。

多分それは、私はもともと霊力も何も持たない状態で、二人に会った時に、二人から発せられた霊力を吸収し、自分のものにしたから、だと思う。100%仮説だけど。

 

その霊力を使って、私は空中を動けるようになった、だからその後に大ちゃんは私に霊力があるのに気づいたと。

そう考えるのがしっくりくる、いやまぁ仮説だけども。

霊力ってのが具体的に何かってのも知らないし。

 

というわけで、もうちょっと良いことないかなーと思って二人についてきているのである。

決して寂しいからとか、そんな理由ではない。

 

「いっしょに来たいんじゃないかな?」

「本当にー?」

 

本当本当。

 

「じゃあ決定!お前は今からあたいの子分だ!」

「チルノちゃんいきなりそれはどうかと……え?いいの?いいらしいよチルノちゃん」

「そいつの考えなんてあたいには関係ない!あたいが子分と決めたらそいつは子分だ!」

 

うん、生意気。

まぁいっしょに居れるならそれでいいかな。アホだから子分にしたのもそのうち忘れてるでしょ、うんうん。

あと下手に動き回るのもそれはそれで怖い。

文字通り手も足も出ない毛玉、襲われたらその時点でバッドエンド。

東も西もわからないこの状況で、力を貸してくれそうな人物と離れるのは良くないと判断した所存でございます。

決して寂しかったとかそーゆーのじゃない。

 



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毛玉とふらわぁますたぁ

 

 

あー………

こ・こ・は・ど・こ

 

おっす私毛玉。

妖精二人の子分になって5日たったそんな日、強風にさらわれどこか遠くへと流されました。

いやぁ、動けると言っても馬力は全然ないらしいね、ちょっとした風でもすぐ変な方向に飛んでいくから危ないとは思ってたんだけどなぁ、見事にどこか遠くへ流されちゃったよHAHAHA。

 

霊力を使い、上空へと浮かび上がって周囲を見渡す。

この霊力と呼ばれているもの、すんごい便利。どれくらい便利かというと昭和の人にスマホを与えたぐらい便利。

自分の中の霊力というものを認識できるようになったのはつい先日。

 

霊力はどんなものかと思い、感じようとすると、自分の中にあるモヤッとしたものに気がついた。

そしてそれを感じた瞬間、チルノや大ちゃん他の妖精達の霊力も感じ取ることができるようになっていた。

 

いやぁ、チルノちゃんぱないね、霊力私の何倍もあるんだもん。

私の霊力が少ないだけかも知れないけれども。

私の霊力もごく僅かだけど増えている………気がする。

1日で1.00だったのが1.01くらいには増えてる気がする。

まぁ勘違いかも知れないわけで、深く考えるのはやめよう、それより今はこの状況をどうするかだな。

 

周囲の状況は、よくわからん緑の棒が立ちまくってる。

風で飛ばされたのは夜で、ここへ行き着いたのも夜だ。

大ちゃん達が寝ている間にちょっと音がして、外に出るともうどうしようもなくなった。

次からは気をつけます。

 

少し高度を上げ、緑の棒の正体を探る。

 

な・ん・だ・こ・こ

ひまわりがやたらと一面に咲いていらっしゃる。

確かひまわりって咲く季節夏だったよね?となると今の季節は夏になるけど………夏ならセミとかがミンミンなくよね?毛玉になってから聞いたことないんだけど………

もう少し高度を上げて遠くの方まで見れるようにする。

 

おっほう

 

さすがに地平線までひまわりでびっしりってことはないけど、それでも随分広いなぁ。

ところで私、ひまわりってじっと見てると怖くなるんだけど、こんなにいっぱいあると一周回ってどうでも良くなるね。

あと虫も無理、何が無理かって存在が。

 

しばらくひまわりの茎の中を、出来るだけ傷つけないように、あてもなく進んでいく。

すると、ひまわりの生えていない、ちょっとした道のようなものがあった。

茎の中は日陰だったけど、今は真昼間、太陽がめっちゃ照らしてくる。

この場所は特別日差しが強いのかな?

霊力とかいう謎物質の存在があると知った以上、もう何がなんだかわかんなくなってくる。

私の存在が現時点で一番謎だけどね。

 

しっかし、考えれば考えるほど変な場所だ。

いったい誰がこんなにひまわりを植えたのか、ひまわり愛好家?そりが合わなそうだぜ。

あと、所々に何かが浮かんでいるのも気になる。

なんだろこれ、球が光ってる。

私の霊力と似たようなものを感じるけど、霊力ではないことは確信できる。

大ちゃんやチルノ、他の妖精たちの霊力も見てきたけれど、そう言ったものとは本質的に違う………気がするっ!

確信は持てない、けども多分合ってる。

 

 

その道を進んでいくと、ちょっとした家があった。

割と綺麗な家、誰かいるのだろう。

よくこんなひまわりだらけのところで暮らせるね?私ならSAN値下がって発狂し始めてるねうん。

赤い屋根、白い壁………そこそこ派手な色してないかな?このひまわりだらけの場所にしては目立つ配色してるよね。

 

遠くの方から中の様子を見てみる。

 

……留守っぽい?

 

もうちょっと様子見ておこうかな。

誰かいて、そして私に危害を加えてくる場合、貧弱もやっとボールな私は終わる。

そもそも妖精とか、私みたいな人外がいるんだ。

こんな変な場所に住んでるとしたら、普通の人じゃ無い可能性が高い。

 

考えてたら怖くなってきた、早くここから離れよう、幸いにも私は体力とかは関係なく動ける、いつかはあの二人のいたところに戻れ………

 

「あら、こんなところに毛玉?」

 

・・・・・・・

 

ふぁ!?

ゆっくりと、後ろへと振り返る。

 

………目の前に顔があった。

 

ふぎゃっ

 

「汚いわね………」

 

ちょ、汚いって………お前初対面の人に何言うとんねん!!いや人じゃ無いけども!!毛の塊だからそりゃ汚れてるだろうけども!

つーか掴むんじゃ無いよ!!少しは躊躇しろよ!未確認浮遊物体だぞ!?普通は掴まんし躊躇するわ!!HANASE!私はまだ死にたく無いっ!!

 

「暴れない暴れない」

 

暴れるわ!じゃなきゃ離せい!

 

「それ以上暴れると燃やす」

 

あ、サーセン。

 

 

 

 

私を捕まえたのは綺麗な緑色の髪をした女性、服が家とおんなじ配色してた。

まず家の中に私を持ち込むなりすぐさま水で洗ってきよった。

匂いを嗅がれてまず真っ先に「臭っ」と言われたのはなかなか心にきたね。

いや、臭いんだろうけども。

あと水で洗われると身動きが完全に取れなくなった、やっぱり水って重いわ。

よく今まで降らないでくれたよ、雨。

とりあえず洗われた後は、手から謎の熱風を出して乾かしてくれた。

うん、頭がどうにかなるね。

なんか道具使うんならわかるけれども、なんで手から熱風出るの?

そんなことをしてもらったあと、なぜか私に鏡を見せてきた。

薄汚えもやっとボールがふわふわしたもやっとボールになってた、笑った。

 

で、結局何がしたいんだこの人。

時々鏡の前にたって変な表情してるし。

私を綺麗にしたあとは放置してくるんだけど、放置して自分は何か飲みながらひまわり眺め続けてるんだけど。

花以外に友達いないのかな?ぼっちなのかな?一人で寂しかったのかな?

まぁ言葉も通じないから煽っても意味ないわけで。

 

家の中にはたくさん花が飾ってあり、茶葉が瓶に入れられている。

さっきも紅茶を飲んでいたし、余程花と紅茶が好きらしい。

やっぱ一人で寂しいんじゃ無いの?

こんなひまわりばっかりあって……変なところとは言わないけど、近寄り難いとは思うんだよね。

そんなところに住んでるんだったら、自分から一人でいるのかな。

ひまわり見ながらめちゃくちゃ微笑んでるし、生きてて楽しそーですね。

 

 

 

 

しっかし気になるのは………

あの人から出る圧倒的強者の風格。

強そうとしか言えない。

語彙力が崩壊するくらい強そう。

ここについてから三日経ってもずっとここにいる理由はそれである。

もしあの人が私のことを既にペットだと思っていたら?

私が勝手に逃げ出したと思われたら?

それはもう、一瞬にしてふわふわもやっとボールはただの灰になるでしょうね。

相手にその気がなければいいんだけどさ……

 

というわけで、三日目、たまに家から出たりしてるけど、遠くへは行っていない。

そもそも、あの人に私を襲う意志がないのであれば、それはそれでOKなのである。

まぁ居心地は悪いんだけどね、ひまわりばっかりだし。

 

多分この人、ここ以外にも家があるんだよね。

家は見た感じは綺麗だけど、家具の隙間とかをみると割と埃が溜まってたりする。

他の道具とかも、そこまで使われた形跡はない。

まぁひまわりばかりのところにずっと住んでるってわけでも無いんだろうなぁ。

 

あの人、ただの人間じゃ無いだろうし。

 

溢れ出る強者の風格、一日目は気づかなかったけど二日目に気づいた。

ひまわりの生えているところにあった謎の球体。

あれは多分この人が作り出したものだ。

あの球一つで、私の持ってる霊力の何倍もの力を持ってる。

そしてそれを、割と簡単にあの人はぽんぽんつくってる。

私の霊力が少ないだけと言われればそうなんだけど、あの人の力は底が見えない。

果てしない力を持ってる、私如きが推し量ることなど到底不可能なくらいの。

 

そんなわけで

あんな化け物の近くにずっといるなんて気が気じゃないから、さっさとここから離れたいってわけです。

そして離れるのは明日。

この人は夜になると決まって何処かへ行く。

寝ずに何処かへと、私のことなんて気にしないで。

その時になら別に抜け出しても問題ないだろうというわけだ。

 

だがしかし、ひとつだけ、この家でやりたいことがある。

私は、なんのおかげかわからないが、謎の能力を得た。

それは、私が触れて霊力を流し込んだものは、私と同じように宙に浮くというものだ。

 

きっかけは、特に特別なことではない。

暇だから霊力弄ってたらあの人の脱いだ靴に当たり、靴が宙に浮き始めたのだ。

 

そう、これをうまく使えば、今までできなかった、物を動かす、という動作ができるようになるのだ!やったねた………

 

手も足も出ないけど、霊力は出ましたとさ。

 

そしてそれを使ってやりたいこととは、あの人が毎朝、外から帰ってきては書いているあの本。

表紙には何も書かれていなかったけど、とりあえず読みたくなった。

日記とか、自作の詩とか、そんなの書いてあるかもしれない。

いや、本当はそんなことしたくないよ?プライバシーの侵害だもんね。

でもさ、ずーっとあの人のことをあの人って呼ぶのもあれじゃん。

せめて名前ぐらいは知っておきたいなぁと思った、それだけです。

 

他意はないっ!!

 

 

 

 

というわけであの人が出かけたあとの夜。

私は少しの音も立てずに机の上に置かれた本に近づく。

皮の表紙の、ちょっとした手帳くらいの本。

 

表紙に触れて浮かし、横からぶつかってめくる。

そこには

 

日記

 

とだけ書かれていて、その下に

 

風見幽香

 

と書かれていた。

かざみゆうか、かな?

さらに次へと、ページをめくる。

 

 

何気ないことしか書かれていないな………

新しい花を植えたとか、植え替えたとか。

向日葵を荒らす野蛮な輩が現れたから消炭にしたとか………私は何も見ていない。

 

しばらくめくっていくと、この風見幽香という女性がわかってきた。

基本的に花のことばっかり書いていて、端の方に必ず一つは、花の絵が書いてある。

絵、上手

そして、私は怖いイメージを今まで持っていたけど、ちょっとだけそれはなくなった。

なぜかと言うと、日記の中の彼女が、私のイメージと違っていたからだ。

 

例えばこの日。

 

今日は太陽の畑の近くに妖精を見つけた。

ここに誰かが訪れることは珍しいから、花冠を作ってあげて持っていってあげた。

だけど、その妖精は私をみると血相を変えて叫びながら逃げていった。

私ってそんなに怖いの?

少し茫然としたあと、笑顔の練習をしてみた、だけどあんまり上手く笑えない。

私から怖いという印象を払拭するために、日々練習していくことに決めた。

がんばろう。

 

 

といった感じだ。

 

何だろう、彼女には似合わないけど、ちょっとかわいい。

そっかぁ、鏡の前で謎の顔をしてたのは、あれは笑顔の練習だったのね。

とても笑顔とは呼べない代物だったんだけどさ………見るだけで全身の毛が逆立ちそうになったよね。

 

この後一週間ほどこの妖精のことを引きずってた。

私に一度、燃やすと言っていたことが気になるけど、彼女の本質的には寂しがりなんだろうな。

多分花を傷つけられるとブチ切れるだけで、本当は優しいひとなんだろう。

なんか私がこの家に来た時も、日記の中ではなんか楽しそうだった。

 

うーむ………なんか勝手にいなくなったら落ち込んだりしないかな?

流石にずっとこんな場所にいる気は起きないし、やっぱりバレないうちに帰ろうかな。

いや、右も左も分からない状態でどうやって帰るんだって話なんだけども。

 

 

 

 

結局意思が固まらないまま、翌日の幽香さんがいない時間帯になった。

 

なんだかんだで私は、思い切って行動しないとだらだらとその状態を続けてしまうやつだ。

後先考えずに行動するのは良くないけど、後先考えすぎて行動できないのも御免だ。

もしかしたら、大ちゃんやチルノが私のことを心配しているかもしれない。

つかして欲しい!

そう考え、なぜか開いている窓の方へと進んでいく。

 

というわけでさっそく家を出た。

開いた窓から出ると、一面に咲くひまわり。

ここへ辿り着いた道を辿り、幽香さんの家を後にする。

 

来た時と違いがわからないひまわり達。

たとえ少し伸びていたとしても、それは私にはわからない、彼女になら、分かるのだろう。

なんてったって毎日花しか見てないからね。

ひまわりより上に浮いて進めば早いけど、なんとなく、この道を通っていく。

 

 

終わりが見えた。

道が途絶えている。

ここがこのひまわり畑の出口、ここを出れば危険いっぱいの自然へと私は戻ることになる。

 

 

ふと、後ろを振り返ると彼女が立っていた。

 

月光を背後に、片手に花冠をぶら下げて。

ゆっくりと、動かない私に近づいてきて、白い花で作られたその花冠を私へと被せる。

 

そして私をみると、満足したように微笑んだ。

背を向けてひまわりの道へと戻っていく彼女。

 

 

あの顔を浮かべながら、私は太陽の畑を後にした。



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毛玉は地に墜ちる

 

 

 

この、物を浮かすだけの能力。

おそらく私の毛玉として浮いている状態を付与するような物だと思うんだけど………

 

たのちぃ

 

どれだけ重そうなものでも、霊力を流しさえすれば関係なしに浮かすことができる。

たとえばこの大岩。

目測で直径一メートル以上はあるんだけど、私が少し触れて霊力を流し、ちょっとぶつかるだけでふわーっとその方向へと進み続ける。

大岩に流し込まれた霊力が消費されて、重ければ重いほど消費量は多くなるんだけど、そこそこ燃費良い。

こんな大岩はともかく、石ころぐらいなら、私の霊力の半分くらいを流し込んだら半日ぐらいは浮き続けているだろう。

実際はもっと浮いてるかもしれないけどね。

それに、私がやめようと思うと、即座に浮いている状態が解除されて落下する。

その時に流し込んでた霊力は私の元へは戻らないけど、なかなか楽しい能力だ。

 

まぁやっぱりというか、乱用はできない。

今の私は、霊力を使って低いところを色々ぶつかりながら進んでいる。

遊びすぎて霊力を切らしてそのまままた風に流されるなんて洒落にならない。

雨も怖いから晴れた日にしか移動していない、すこしでも雨が降りそうな予感がしたら全力で雨を凌げそうな場所を探す。

 

え?そんなことより今どこへ向かって進んでいるのか、だって?勘に決まってるだろいい加減にしろ。

あの二人のいる場所がわかれば苦労なんてものはこの世に存在していません!

 

一応、方法は考えてみたんだよ?

私の霊力はあの二人からもらったものなら、なんらかの方法であの二人を探知することはできないかな?と色々模索した結果。

なんの成果も!!得られませんでした!!私が無能なばかりにィ!ただいたずらに時間を浪費し!彼女達の居場所を!特定することは、できませんでしたァ!!

考えるだけ無駄だって学んだよね、うん。

 

風に流される前、近くには大きな湖があったのは覚えている。

その湖を見つけることさえできれば、その湖の周りをぐるぐる回っていればあの場所に着くと思うんだけどなぁ………

 

できることなら高いところまで行って遠くまで見渡したいけど、木より高く浮くと、風が強いし、鳥が飛んでて身の危険を感じるしで全く安全じゃない。

はいそこ!今私のことチキンとかびびりとかって思ったでしょ!違うし!慎重なだけだし!決してビビリとかではないしっ!!

 

おそらくここは、私が毛玉になる前に生きてた場所とは違うところだ。

ダッテェワタシィ、レーリョクトカフェアリートカシラナーイカラァ。

つまり私のこの周辺の土地に関する知識も皆無!

実は私結構な方向音痴なんだけどね。

 

そんなわけで、私はずーっと、低いところを浮きながら、あてもなく進んでいくのだった。

 

 

 

 

後ろから物音………

やだよぉ振り返りたくないよぉこのまま全力疾走して逃げたいよぉ………

 

・・・・・チラッ

 

oh………こいつぁ随分と立派なワンコロでねぇですかい。

私の何倍もあるじゃあねぇか………私が小さいだけか?

明らかに敵意丸出し唸りまくり、よだれ垂らして食べる気満々。

正気か!?そのよだれをしまえ!こんなヘアーボール食ったっていいことひっとつも無いぞ!?え!?本気!?マジの目かそれは!?

 

・・・・・

 

睨み合い、私に目力なんてものは存在しないが睨み合い。

毛玉とでっかいワンコロが睨み合ってる絵面なんてそうそう見られるもんじゃないだろうな〜

私なら即ネットに上げてるな〜

 

沈黙を破るように、霊力を集中して放射し、ワンコロから距離を取る。

野生の生き物ってのは、自分から逃げる奴を積極的に追いかけるものだと、どこかで聞いた。

それは、相手が逃げるということは、その相手は自分より弱いということだからだと。

じゃあ襲っても大丈夫じゃん?的な感じで。

 

予想通り私を追いかけてきたワンコロ。

宙に浮かんでいる私に対して地を蹴って飛びかかってくる。

霊力を集めて一点集中、上に撃って体を急降下させ、ワンコロの真下へと潜り込む。

ぶつかる前にもう一度、今度は下に撃って自分の体を打ち上げる。

私の真上はワンコロの腹、そこへぶつかっていく。

だけど、重さが全くない私がちょっとぶつかった程度ではハリセンで撫でられた程度。

だからぶつかる時に、霊力を思いっきり流す。

ふわりと浮き始めたワンコロ。

いくらもがいても、上空へと向かうその勢いを止めることはできない。

 

高すぎて怖くなってきたのか、体を縮め動かなくなっていた。

 

流し込まれた私の霊力はもうすぐ尽きて、地面へと落下し死ぬだろう。

 

……………ダメだよねこれ

 

落下し始めたワンコロ、ぐるぐると空中で回りながら地面へと落ちていく。

頭から地面に衝突しようとした瞬間、私は横からワンコロにぶつかった。

慣性が変更されて、横向きにふわりと浮き始めるワンコロ。

浮遊状態を解除、地面へと落下する。

背中から落下し地面に叩きつけられる。

私が聞いても情けない声をだしながら、即座に去っていった。

 

殺生ヨクナイ

いやさ?よくよく考えてみたんだよ。

あのまま落ちたらさ、私の目の前であのワンコロミンチだったじゃん?

私、グロ画像とか見ると二日は忘れられないからさ、そんなものを見るわけにはいかないんだよ。

それに、私を襲ってきたとは言え、それは私がいかにも怪しい見た目してたからだろうし。

あのまま死んでたら、私が殺したってことになるし、私十年は引きずるからね。

それに特に恨みないし。

つか犬は好きだし。

いや猫も好きだけれども。

 

まあいいや、とりあえず先へ進もう。

先はまだまだ長い………知らんけど。

 

 

 

 

お…………

なんだこの山…………よく見えないけど…上の方に家がある?

でも……この山普通じゃないよね?

だって……羽生えた人型の何かが飛び去っていくの見えたよ?

怖くない?UMAしかいないのかこの世界は。

いや、幽香さんが一番会った中で一般人ぽかったけど。

でもあの人霊力とかその類のやついっぱいあるし、多分人じゃないんだろうなぁ………

 

とりあえず入るのはやめておくか。

こんな山、湖の近くにあったっけなぁ……?

 

 

ぬぅ………やっぱり人影が見えるなぁ………

直視するのは怖いし、ささっと抜けてしまおう。

人影の見えない場所を探し、ずっと山の中へ進んでいく。

 

・・・・・・・・・・・?

 

あれ………なんかおかしくね?

なんで私山の中に進んでんの?ついさっき入るのはやめておくかって言ったばかりだよね?あれ?あれあれあれあれ?

あっれれぇ?おっかしいぞぉ?

とうとう私もボケてしまったか………まだ一歳未満なのに。

つか戻りたくても戻れない。

 

そんな私の意思とは関係なしに、ぐいぐいと進んでいくマイボディ。

途中誰かに見つかって、

 

「………ん?おいそこのもじゃもじゃ!止まれ!」

 

とか叫ばれたけど無理です。

私は止まらねぇからよ………

というより止めてくださいお願いします。

どんどん加速していく私。

霊力とか使ってないし、風とか吹いてる訳でもないのになぁ………

 

「止まれと言ってるだろうが!!」

 

だが断る!!

逃げるように私は加速し続け、底の見えない穴へと落ちていった。

えぇ………

 

 

 

 

ありのまま、今起こったことを話すぜ………山から離れようとしたと思ったらいつのまにか山の奥深くに入り込んで穴にインしていた、

超スピードだとかテレポートとかそんなもんじゃ断じてねぇ、もっと恐ろしいものの片鱗を味わったぜ………

 

 

私を抱えているこのお嬢さんはだれ?暗くてよく見えないけど、とりあえずこの子も人外だな?

だってこのとてつもない深さの縦穴を、手から謎の光源をだしながらゆっくりと降りていってるもの。

まともな人間はいないのかこの世界!私?私は毛玉ですよそーですよ!!

もうやだ疲れた、考えるだけ無駄だわ。

 

 

そうこうしているうちに穴の一番下へと着いた。

ゆっくりと言っても、自由落下とかに比べたらの話で実際はそこそこの速さで落ちていたけど、それでも体感10分以上はかかってた。

どんだけ深いんだよ。

 

私を抱えた少女は、そのまま空を飛びながら地下空間の天井あたりで飛び続けている。

気づかれないようにゆっくりと下を見下ろす。

体の至る所に変なものが生えてる人とか、そもそも人の形してないやつとか………

ここが噂の魔界村ですか!?ついに魔界まで来ちゃった!?レッド○リーマーに襲われるの!?

あ、ダメだわ私死ぬわ。

ただでさえ耐久力スペランカーの私が魔界村に行ったら鎧取れるどころか内臓ぶちまけてR18指定なるわ。

え?私に内臓あるのかって?

 

し・ら・ね

 

見下ろす限り、額に角がついたやつとか額に角が生えてるやつとか、額に角がくっついてるやつが多い。

 

鬼ぃ………鬼ばっかぁ…

魔界村は鬼の住処だったんか………

 

ずっと抱えられながら浮いていくと、大きな建物があった。

ここは地下の空洞みたいな感じだが、その岩壁にめり込むような形で作られている。

どうやら私はここへ連行されるらしい、さようならみんな、私死ぬから。

抵抗?貧弱もやしボールにそんなのできると思ってんの?拳ねぇぞ?一歳未満だぞ?

下の方に大きな扉があるのが見える。

そこへいくのかと思ったら、窓からダイレクトタックルぶちかまして中に侵入しよった。

なんなのこの子、常識知らないの?扉あるじゃん、そこから入れよ。

飛行するのをやめて床に落ちて転がり、そのまま走って建物の奥へと進んでいく。

めっちゃアクロバットやん……

 

「お姉ちゃああああん!!」

「はいはいどうしたの………」

「見てみてぇ!」

「分かったからその変な動きをやめなさい」

 

めっちゃサイドステップしとる。

そして私の視界もぐわんぐわんと、私じゃなかったら吐いてるね。

 

「見て見てこの毛玉!花冠ついてるよ!」

「うわ、何それ汚い………早く元あった場所に戻してきなさい!!」

「えぇやだよ飼っていいでしょ!?」

「駄目よ」

「なんで!?」

「汚いから」

 

汚いばっか言うなよ………

 

「ねぇほら可愛いでしょ!?」

「ちょ、近づけないで汚い!触らないほうがいいわよ!」

「そんなこと言ってあげないであげてよ!可哀想でしょ!」

「そうやって鷲掴みにしてるほうが可哀想よ!」

 

そうだよ!抜けるわ!ハゲるわ!毛玉から毛を奪ったらなんになるんだよ!

 

「名前はもう考えてるんだ!」

「いや、早く離してあげ——」

「もじゃ十二号!」

 

悲報、私氏もじゃ十二号に命名。

 

「もじゃ系列はやめなさい早死にするわよ……つか離してあげなさい」

 

もじゃ系列何があった。

もじゃ死んだんか?尊いもじゃが今までに11体失われたんか?

 

「考えておくから、とりあえず手を洗ってきなさい」

「はーい」

 

おうふ、離す時も荒々しいな!!

 

「ごめんなさい、先程は失礼なことを言ってしまって」

 

んあ?まぁ汚いのは事実だし、それが普通の反応だよね。

気にしてないよ?うん、気にしてない………

 

「……本当にごめんなさい。私も最初は本当に猫が吐くあれに見えたので。あとで洗って差し上げます」

 

あ、ありがた…………い………

 

・・・

 

「………?どうしました?」

 

いや、どうしましたっていうか………どーゆーことなの?え?

 

「え?」

 

いや、あの………なんで考えてることわかるのかなーっというか………

 

「………あ」

 

はい

 

「すみません、基本知り合い以外と顔を合わせることがないのでつい………自己紹介をさせていただきます。私は古明地さとり、この地霊殿の主です」

 

これは丁寧にどうも……ただの毛玉です。

 

「私がさっきから貴方の考えていることが分かるのは、このサードアイによるものです」

 

サードアイ、第三の目。

その体から伸びている管に付いているその目玉がサードアイね。

あの女の子は?

 

「彼女は私の妹のこいし、よく地上をふらついては変なものを拾ってくる癖があって……本当にすみません」

 

いやいや、まぁ別に………私も半分迷子だったし、ようなものだったし………それはそうと、ここは一体?

 

「ここは………貴方のいたところより遥か下にある空間、地底と私たちは呼んでいます。たまに旧地獄と呼ぶ人もいますが」

 

旧地獄………そう呼ばれるからには、やっぱりもともとここは地獄だったの?いや、そもそも地獄あるの?

 

「ありますよ、訳あって今は地獄としての役割を果たしていませんが。それはそうと、何かお詫びをさせてください」

 

いや、体洗ってもらえるだけでも十分ありがたいんだけど……それじゃあ一つ。

 

「………右も左も分からない状態だから、いろいろ教えて欲しいと……いいでしょう、貴方には悪いことをしましたし」

 

心の中で呟くより先に思考を読むとは………さすが第三の目。

じゃあ早速いろいろ教えて———

 

「先洗わせてください。失礼だとは分かっていますが、その………匂いが」

 

あ、ごめん。

優しく洗ってください。



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身の危険を感じたので帰ります by毛玉

 

 

地底へ来て二日目。

現在地霊殿内の書庫にて色々と情報収集中、おっきい書庫だ、図書館ぐらいありそう。

霊力を流してページを浮かしてめくるやり方で本を読んでいる。

 

とりあえず分かったこと。

この土地は今幻想郷と呼ばれているらしい。

どんな土地名だよって思ったけど、よく考えたら妖怪やら妖精やらいるんだからそりゃ幻想だわ、ということに行き着いた。

妖怪とは、さとりやこいし、幽香さんがそれに入るらしい。

あと、地底にいた大量の鬼も妖怪に入るらしい。

妖怪というからには、河童とか猫又とかもいるのだろうか。

 

「いますよ」

 

おうびっくりした!

 

「すみません癖です」

 

自覚してんなら直そうぜ?

 

「直したくても簡単には直せないもの、それが癖ってやつです」

 

ふーん………そーゆーものかね。

 

「私はさっそくあなたの癖を見つけましたよ?」

 

え?なに。

 

「びっくりすると全身の毛が一瞬逆立ちます」

 

………それ癖なの?自分でやろうとしてやってる訳じゃないんだけどな。

つかそれ別に直さなくていいし。

 

「それはそうと、今日は話したいことがあってきました」

 

なんすか。

 

「あなた………相当に特殊な生まれ方をしてきましたね?」

 

私の存在自体が特殊だと思うんですが。

 

「いえ、毛玉自体は割と探せば見つかります。まぁ地底にはいませんけどね、それでこいしも珍しがって拾ってきたのでしょうが。重要なのはそこではありません、あなたのその中身です。あ、中身といってもその体を切ったときの中身ではありませんよ、魂とかそういう奴です。魂なんてあるの?ですか。えぇ、割と普通にありますよ。先程毛玉は割と普通にいると言いましたが、あなたのように思考をしている毛玉は私は見たことがありません。おそらくあなたは転生か何かして、その体に入ったのでしょう。所謂憑依ってやつです。転生自体は普通に行われていますが、あなたのように魂が記憶を持って、それが毛玉に入るなんて事案は聞いたことがありません。毛玉とは本来、霊力を持って生まれる、というより存在自体が霊力の塊と言ったほうが正しいでしょうか。しかしながらあなたは霊力を全く待たずに生まれてきた。これは長年生きてきた私にとっても明らかに異質だということが感じ取れます。勝手ながらあなたの記憶などをいろいろ探らせてもらいましたが、どうやら私たちの存在がない世界から転生しているようですし、もうあなたに関してはほぼ全てが謎なんですよ」

 

……………………ふーん?

で、つまりどういうことだってばよ。

 

「あなたはとても不思議な存在です、あなたのような存在は、今までに私は見たことがありません」

 

最初にそれ言おうよ、長すぎるよ、てかよく噛まないね?割と早口だったし。

 

「すみません、これでも私、知らないものに関しては割と興味をそそられる系のあれなので」

 

はいそうですか。

ってか私、やっぱり転生してました?

 

「はい。ちゃんと聞こえてるじゃないですか。え?一部分だけですって?それは失礼」

 

ぱっぱと会話進めますねぇ、まぁ早いからいいけどさ。

 

「貴方みたいな人はそういませんよ、大概の人は気味悪がって私たちから離れて行きますから。そのおかげで結局はここへ………いえ、なんでもありません。話を戻しますが、あなたの記憶をのぞいた時、全く知らない世界が見えました。色々あなたにお聞きしたいこともあるのですが、何より驚いたのは妖怪や精霊の類がまったくもって居なかったことです。いや、いなかったというより存在していないといったところでしょうか」

 

つまり?

 

「あなたは私たちとは違う時代や世界から来た可能性が高いです」

 

ほほう………つまりマジもんの異世界転生だと。

つか今っていつなの?漢字あるし文字も読めるから日本だとは思うけど。

 

「時代は知りませんが………あ、そうだ。最近応仁のなんとかがが起きたとかなんとか」

 

応仁………?

応仁の乱ってこと?てことはあれ………戦国時代のアレで………えっと……500年くらい前?

元号が変わってるとかそういう次元じゃなかったぜ。

戦国時代ってあれよね?令和平成昭和大正明治江戸安土桃山戦国だよね?

めちゃくちゃ前やん。

 

「なるほど、そういう感じなのですか」

 

あ、やべ。

まぁ元号知ったところでなんだって話にもなるし、記憶も読めるんだったら隠したりしても無駄だろうな。

 

さとりのサードアイをじっと見つめる。

うん、見つめ返された。

 

「こいしのことですか………」

 

こいしのサードアイ、閉じてたからね。

 

「あれは………心を読むのをやめたのですよ。まぁ色々あったんです、昔。あなたには関係ない話ですけども」

 

じゃあ聞くのやめておきます。

 

「そうしてください、私もあまり……考えたくないので。………あなたみたいな人に、もっと早く会えていれば良かったんですけどね」

 

話は変わるけど、もじゃ系列なにがあったの?

 

「あぁ、こいしが拾ってきたもじゃもじゃした生き物ですね。毛が異様に伸びた兎とか、毛が異様に伸びた猫とか犬とか、過去に11匹いたんですが、全員死んじゃいました」

 

………死因は?

 

「こいしが力強く抱きしめすぎてです。自分の部屋に持ち込んで抱きしめながら寝てたようなんですけど、朝になったら私に、もじゃが冷たくなってる、と言われましたよ」

 

え、こわ。

抱きしめて殺すとか、こわ。

あれ?これ他人事じゃない?次のターゲット私?私次の被害者?

つか早死にっていうか普通に殺害されてるじゃん!

 

「大丈夫です安心してください、私がそうならないよう努力しますので」

 

尊きもじゃ11匹の前例があるんですが、それはそれはどうするつもりなので?

 

「…善処します」

 

おう頼りないお言葉ありがとうございます!

 

「お帰りになるのであれば言ってください、地底の出口くらいまでは道案内できますので」

 

そう言って書庫から出て行ったさとり。

地底から出るのは………まだいいかなぁ?

まだ色々と調べたいことがあるし。

せめて地上の地理ぐらいは知っておきたい。

 

地底、旧地獄とも言われる。

もともと地獄の一部だったらしいけど、なんらかの理由でここに移設されたらしい。

その時に、もともと地獄にいた怨霊とかに有効な覚り妖怪、といってもさとりとこいしだけのようだけど。

それと鬼とかも一緒に地底に来たらしい。

地底は上にある妖怪の山と呼ばれる山の地下深くにあって、その妖怪の山には現在河童や天狗が住んでいるらしい。

もともと鬼はその山を治めていたらしいんだけど、なぜか今は地底にいる。

 

地底は旧地獄と呼ばれるだけあって、灼熱地獄なるものがあり、なんかこう……管理しているらしい。

専門的な単語書いてあってちょっとよくわからん。

 

あと、妖怪及び妖精などの人外は基本的に歳を取らないらしい。

私は精霊の部類に入るらしい、妖精もそうらしい。

毛玉が精霊とか、この世界どうなってるのやら。

 

そもそも幻想郷なんて場所聞いたことないんだけど………戦国時代にはあったのかな?

いやでもこんな摩訶不思議な生き物がいるんだったら多少は絶対現代に伝わってるはず…

これはあれだな?考えるだけ無駄ってやつだな?私の本能がそう告げている。

 

あと気になるのはこの、八雲紫って人だ。

妖怪の賢者って呼ばれていて、なんでもすごい人らしい。

え?なにがすごいのかって?書いてないから知らん。

とりあえず、会ったらやばい系の人は極力会わないようにしないと、私の命が危ない。

まぁこの人は神出鬼没らしいから、そうそう会うことはないだろう。

 

……あれ?今フラグ立った?

 

まぁ調べ物もこれくらいにしておこう。頭の中整理整理っと。

 

部屋を出るためにドアの前に立った、いや立ってはいないけど。

 

………ん?

あれ?私、ここ閉めてないよね?

なんで閉まってんの?

え?

私、自力でドア開けられないんだけど、ドアノブ掴めないんだけど。

え?

あれ、これ………閉じ込められた?

 

 

出してェェェェェ!!誰かここから出してェェ!!おのれさとりィィ!ドアを閉じるとは酷いやつ!

 

うむ、全力でドアに突進したがどうしようも無い。

よし、本の続き読むか。

………また掴まれたよ………

 

「もじゃ十二号こんなところにいたの?さぁ、今日は私と一緒に寝よう?」

 

死刑宣告ありがとうございますっ!!

お母さん産んでくれてありがとう!あなたの毛玉は死にます!!さようならっ!!

 

ちょ、落ち着け、私にお母さんはいない。

え?お母さんいない?あれ、なんか目から毛屑が………

つか死にたくねェェェ!!

 

「暴れない暴れない、大丈夫、もじゃ十二号は誰かに襲われないように、ちゃんと抱き締めて寝るから」

 

それあかんやつ!それ一番したらあかんやつやて!つか襲ってんの君!!

うおあああああ!!

あ、なんか漏れた気がする。いや漏れてないけど漏らした気がする。

 

「すみません毛玉さん扉閉めたま………ま」

 

さ、さとりん…………

 

「こいし、離しなさい」

「なんで?お姉ちゃんも一緒に寝たいの?」

「寝たいけど、毛玉さんはダメよ」

「え?なんで?」

 

え?なんで?なんで私だけハブるの?

 

「毛玉の耐久性はあなたの思っている三倍脆いわ。小石をぶつけるだけで弾け飛ぶわよ」

 

えぇ…………

 

「そっかぁ………ごめんねもじゃ十二号、一緒に寝られなくて」

「もじゃ十二号は私が安全なところに避難させておくから、あなたは先に寝ておきなさい」

「はぁい」

 

た、助かった………

何故だろう、もじゃ十二号と呼ばれるとすごい身の危険を感じるぞ。

 

「扉閉めたことに気づかなくて……急いで戻ったら危ないところでしたね。本当にすみません」

 

いや、別にいいんだよ、うん………てかさとり、めっちゃくちゃすみませんって言うよね?癖?

 

「あぁ、多分癖です。それとできるだけ早く、地底から出ることをお勧めします。私までヒヤヒヤしてくるので………」

 

あ、はい………そうします………

 

「後、耐久性三倍脆いの発言は盛りました」

 

だよね!流石にそんなに脆いわけないよね!

 

「正確には、普通の人間が本気で殴ったら弾け飛ぶです」

 

いや、それはそれで………

つか本当に私脆いな?下手したら、自分で加速して何かにぶつかって飛び散るって事態になりかねないぞ………

もはや毛玉というよりただの埃カス。

 

 

 

 

「この縦穴を上に登っていけば地上に行き着きます。天狗に見つかると厄介なのでできるだけ早く移動してください。近くに道があるので、そこを通っていけば川があります。その川に沿って山を降りていけば、あなたが探している場所にたどり着けると思います」

 

いやほんと………何から何までありがとうございます。

 

「あとこれ」

 

あ、花冠、そういえば忘れてた。

つけてても違和感なくて、妙にフィットするからつけてるのも忘れるし、つけてなくても忘れる。

 

「これ、あの太陽の畑にいる人からもらったのでしょう?大丈夫だとは思いますけど、あんまりいい噂は聞かないので気をつけたほうがいいと思います」

 

そっかぁ、やっぱりそんな感じなのかぁ。

まぁしょうがないね、あの人オーラだけならここにいる怖そうな鬼の数倍はあるからね。

余裕でラスボスできるからねあの人。

よくそんな人に会って生きてたものだよ。

 

「あと一つ、できるだけ早く、落ち着いた場所に辿り着いた方がいいと思います。中途半端な場所だと大変なことになりかねないので」

 

ん?なんの話?

 

「それは………まぁ知らない方が楽しいこともありますから」

 

まぁそれはそうかもしれないけど。

危険なことだったらいくらでも教えてもらいたい。

 

「じゃあ危険なことを教えましょうか?」

 

え?

 

「今すぐ行かないとこいしに潰されますよ」

 

あばよぉさとりぃぃん!!

 

「さとりん………まぁ別にいいですけど」

 

ならよかったああああ!!

 

霊力を全力で放射しながら、全く明かりのない縦穴を上がっていった。

途中なんか居た気がするけど怖かったので速攻で登った。

 

もうやだこの世界

 

 

 

 

「………ねぇ大ちゃん」

「ん?どうしたの?」

「あたいなんか、忘れてる気がするんだ」

「奇遇だね私も。でも忘れるってことは大事なことじゃないんじゃない?」

「いやでも、忘れてる気がするってことは、思いだすべき何かがあるってことじゃないの?じゃなかったらそんなことも思わないと思うんだよ」

「おぉ………チルノちゃんらしからぬ鋭い考え。確かにそうだね……でも思い出せないものはしょうがなくない?」

「そうだよね!」

「うん。……あれ?チルノちゃん頭になんかついてるよ?」

「え?なにとって!」

「ほい。………あれ、この毛むくじゃらどこかで見たような…………」

 

気づくのに1時間ぐらいかかったかな………なんかもう疲れたよ

 

「………忘れてた」

「………なにこれ汚いなぁ……凍らすか」

「思い出してチルノちゃん。チルノちゃんの子分だよ?」

「え?あたいにそんなの居ないけど」

「えぇ………」

 

えぇ………私、影薄いのか?

あぁ、もう、なんか、疲れたよパトラックス………

 

すやぁ………



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念願だった………はずだけども

………は!

 

すやぁと言ったらマジで寝てしまった。

毛玉になってからの初めての睡眠、かもしれない。

というか寝てたのか?ぼうっとしてただけじゃね?寝るということが脳味噌を休憩させることを言うのであれば、間違いなく私は寝ていない。

だって脳味噌ないもん!!多分!

 

周りはちょっとした洞穴みたいな感じだ。

きっと大ちゃんが私をここに押し込んでくれていたんだろう。

 

さて、ずっと横になってるわけにも行かないので立ち上が………

 

立ち上がるってなんだろう………足無いのに。

いや、でも待てよ、私は今上を向いているし、感覚的には大の字で寝ていた。

つまり手足の感覚がある。

あれ………手足?私無いよ?手?足?動体?無いよ?だって私毛玉じゃん。

急に鼻で呼吸をする感覚を自覚する。

鼻?無いよね?

あっれれぇ?おっかしいぞぉ?

すごいデジャブを感じる………

 

これって………あれ………そーゆーこと………だよね?

んー………

 

 

私の毛玉ボディが消え去ってノーマルボディになってやがる………

ふとさとりんの言葉が脳裏を過ぎる。

なんか意味深なこと言ってたよなぁ………つまりこういうことなのかなぁ………

 

よし、このまま驚いているだけじゃあ何にも始まらない。

とりあえず体の確認をしなければ。

もしかしたら毛玉に手と足が生えて鼻がついただけかもしれない。

鼻がなかったら完全にス○モ。

いや、そんなことはあってはならないけれども!!

 

勇気を出して私の体を見る。

 

うん、全裸

 

悲報、私氏、手足が生えたら全裸だった。

そりゃそうだよね!人になったら服もセットでしたなんて、そんな都合いいことないもんね!!

急いで私の下に敷かれていた葉っぱを手に取ってあそこに当てる。

非常にまずい、ヒジョーにまずい、ヒジョーニマズイッチ。

まずい状況すぎてわけのわからない言葉を発してしまうゾイ。

おうふ落ち着け落ち着け、このままだとアキラ1○○%的なあれになりかねない。

ネタならともかく普通だったら公然猥褻でお縄になりかねない。

てかあれ、私って多分心の中は女性なんだけど体の方は?下半身しか隠してないけど。

 

………チラッ

 

即葉っぱ被したよね、ありのままの私隠したよね。

さーてどうするどうする。

この葉っぱで服作る?いや無理無理。

誰かに助けを呼ぶ?いや、でもこの状態だと気づいてくれる人がさとりんぐらいしか居なさそうだし………

でもこの状態はまずいよねぇ………

声出る?

 

「あー」

 

シャァベッタァァァァァァァ!!

 

まさか自分にこれを言う日が来るとは………

つかボイスが聴き慣れません!若干ロリボイスな気がします!!私の体型ロリなんですか!?

とと、とりあえず立ち上が——

 

「なんか騒がしいな………誰かいるのかな?」

 

あ………ずいぶんと聴き覚えのある声……

 

どうしようもねぇわぁ〜もう諦めたわ〜

よりによって大ちゃんに見つかったわ〜これはもう裸族認定確定になりましたわ〜

 

まて、まだあきらめるのは早い。

いや、手遅れなんだけども!あきらめるのは違うだろォ!?

そうだ!今すぐいつもの毛玉ボディになれば!そうすればこの状況を回避できるッ!!

うおおおおおおお!!戻ってこい私の毛玉ボディィィィィ!!

 

「………あ、失礼しましたー」

 

………帰っていった。

 

酷いよね、こんなのって。

私、悪くないよね、何一つ、悪くないよね。

せめてさ?何か予兆ぐらいあってもよかったじゃん。

毛玉ってさ?妖精と同じ精霊なんでしょ?じゃあさ?服くらいあってもいいよね?タチの悪いドッキリ番組でもさ?もーちょっと配慮あるよ。

せめてさ、下着ぐらいくださいよ。

全裸は無いですって、さすがに酷いですって。

まあ要するに

 

「服くれ………」

 

いやさ、うん。

世界って、残酷だね。

そりゃあね、毛玉に人権なんてないですよ、今の私が毛玉かは知らんけども。

そもそもなんで私こうなった?人ではない、うん、ただの人ではない。

となると妖怪にでもなったか?動物がなんらかの理由で妖怪になるケースもあるらしい。

いやでも、こいしやさとりん、幽香さんから感じられたようなものは私からは感じられない。

となると妖精コース?妖精のような何かになった?ありえる。

そもそも妖精と毛玉が同じ精霊なら、毛玉が妖精のような体を得てもいいはず……いや待て、そもそも精霊ってなんだろう?いやそれを言い出すともはや毛玉って何?毛の玉?誰が得するの?それ。

 

よし、ちょっと落ち込むついでに悟り開いてくっか。

 

と思って目を閉じて寝そべろうとした瞬間、顔面に何かが叩きつけられた。

 

「それ、着てください」

 

あ、スミマセンありがとうございます………

 

 

 

 

「えーっと………それで、あなたは毛玉さん………てことでいいんですかね?」

「ハイ」

「そ、そうでしたか………」

 

気まずい死にたい帰りたい、土に。

なんかすごい気を使われてるやん、敬語やん、初対面の相手扱いやん、確かに実質初対面だけども。

あー還たい。

 

「………」

「………」

 

………気まずい。

どうしてくれようかこの空気。

 

とりあえず服はもらった。

といっても、すこし小さいけどね。

包まっているだけなんだけど、周りから見たらまぁ全裸には見えないだろうからこのままでもいいや。

 

また、誰かが来たようだ。

 

 

「おうい大ちゃーん、よくわからない毛玉なんか放っておいて遊び………誰だお前!?」

 

毛玉です。

 

あなたの子分の毛玉です、まぁね、初見じゃこんなのわからんわ、うん。

 

「チルノちゃん、この人はあの毛玉さんだよ」

「え………はぁ?おいおい大ちゃん、いくらあたいの物覚えが悪いからって流石にそんな嘘には引っかからないよ?そもそもなんだよそのふざけた頭は!!」

 

ふざけた………頭?

いやぁ………まぁ、予想はつくけどさぁ?

 

「ちょっと川に行ってくるわ………」

「あ、はいお気をつけて。チルノちゃんには私から説明しておきますので」

 

ぐっ………敬語………

 

「おい待てよ!お前大ちゃんと何してたんだ!なんか悪いことしてないだろうな!!」

「してないしてないから、とりあえず私の話を聞いて?」

 

わぁー久しぶりのあんよだー感激だなー。

 

 

 

 

意外と歩けた、喋り方忘れてなかった。

前にもし体ができた時のこと考えてたんだけど、動かし方わかんなくなって最悪詰むんじゃないかと思ったんだけど、全然大丈夫だったね!

世界って優しいね!服関係以外は!

とはいえ素足で土の上を歩くのはなかなかきつい、この感覚も久しぶりだけど、不快なものは不快だ。

足の裏すんごい汚れる。

 

それにしても、なーんで私は記憶失ってるんだ?時代やくだらないことは覚えてるくせに、自分のことになるとなーんにも思い出せない。

急に体ができたのも謎だし………あ、よく考えたらもうこの世の全てが謎だわ、考えるだけ無駄だわ。

という思考放棄をこの状態になってから一体何回してきたのだろうか。

 

歩くにつれ川の音が流れてくる。

やはり、普段の毛玉状態の方が早く移動できるかな。

まず足を突っ込んで汚い足を洗い流す。

ちょっとした小さい川だけど、その綺麗な水面は私の顔を映し出す。

そっと覗き込んでみる。

 

……………

 

しってた

 

でも一応

、し

なんじゃこの白いもじゃもじゃは!?これじゃあまるであれじゃあないか!某糖尿病銀髪侍と緑のもじゃもじゃヒロオタを足して2で割った感じになってるじゃあないか!!もうちょっとマシな髪型は無かったんか!?クセありすぎだろ!?

 

ふぅ………

 

やーっぱり頭は毛玉そのものだったよ。

あれだね、毛玉の擬人化イラスト描いてもらったら五人中四人くらいはこんな髪の毛にしてるだろうね、だって毛玉だもの。

 

頭をぶんぶん振ると髪の毛がふぁっさぁってなってる感じがする。

試しに触ってみる。

 

………あれだよね、私今までふわふわって、浮いている感じで使ってきたけど、私の髪の毛あれだわ、ふわふわしてる。

すごく………ふわふわしてます。

 

そのあとも頑張って目を凝らして水面を見たけど、わかったのは髪の毛は白いもじゃもじゃ。

瞳の色は多分黒。

顔の形?水面じゃ見えないんだよ察しろや。

あれ?幽香さんとこ鏡あったよね?割と大きな。

つかあの人の暮らしっぷり割と現代に近かったんだけど………ここ本当に戦国時代?てかあの方何者?

いや、今更か。

てか私が何者だったわ。

 

この体の力………というか筋力。

ためしに近くにあった小さい木の枝を手に取ってへし折ってみよう。

うん、折れるわ。

じゃあこの人の頭くらいありそうな石………

あ、無理だわ、やっぱり貧弱もやっとヘアーボールだったわ、もはや貧弱もやしボール、もやし玉に改名した方がいいレベルで貧弱だったわ。

そんな岩でも、私がちょっと霊力を流せば簡単に浮くんだけどね。

うむ、手がある分浮かせたものを動かすのは楽なものだ。

 

あ、そうだ。

この状態でも私は宙に浮けるのかな?もし浮けなければ私の個性が一つ減って、ただの髪の毛が変な変態へと成り下がってしまう。

 

早速試そうとしたけど………そもそもどうやって私って浮いてたんだ?

霊力を持つ前から宙には浮いてたし………こんな時こそあれか、念じるのか、念じれば解決するのか。

うおおおお!!浮け浮け浮け浮け浮け浮け浮け浮け浮け浮け浮け浮け浮きましたー。

やったぜ。

念じたらどうにかなるもんだね。

なんとなく久しぶりな感覚だけど、足と腕がぶらんぶらんとしていることに関しては新鮮に感じる。

宇宙行ったらこんな感じなのかな?

今度は落ちろと念じてみる。

 

おっと……… 

落ちようと念じてからは早かった。

もう一度宙に浮こうと念じてみる、するとこんどはすんなりと宙に浮いた。

 

ふむ、なんとなくわかった。

一応、この人の形をしている状態であれば重みはある。

風で流されたりはしないし、貧弱ではあるけど筋力もあるらしい。

とりあえずもうこれで風に流されることはなくなったぜ!!

浮くことに関しても、2回目以降は割とスムーズに切り替えることができるようになった。

感覚的には………そうだなぁ

ゴムの風船を膨らますのは2回目から楽になる的な?辛いのは最初だけ?みたいな?

ちょーっと何言ってるかわかんないですなぁ。

まぁほんと、この辺のとこは感覚的なアレなので説明するのなんて無理無理。

 

浮遊状態での移動方法は毛玉の時とそんなに変わらない。

人の形をしていて重みがあると言っても浮遊状態であれば関係ないようだ。

ただあんまり急に体を動かすと、手足とかの関係で関節が痛くなったり、そもそもスピードが出なかったりする。

というか今更なんだけど、なんで落ちずにずっと宙に浮いていられるのだろうか。

チルノの頭にくっついてた感じ、毛玉の状態………というより浮いている状態では重みは発生しないらしい。

本人が全く気づかなかったのが根拠だ。

え?単にバカだったから?

………そんなことはないと信じている。

 

まだ眠気の残っている顔を、川の水で洗い流す。

 

にしてもなんで急に眠たくなったんだろ。

この体になるためにエネルギーが必要で、それを蓄えるために寝始めたとか?

いや、でも実際私は今も眠気というものを感じている。

目覚めた時からずっとだ。

考えられるのは………毛玉から人に近づいた?

胸に手を当てる。

あれ?心臓って右側だっけ?左側だっけ?

めんどくさいから両手つけてしまえ!!

 

………

 

あ〜鼓動の感覚〜

 

脇で手を挟んだり、口の中に指を突っ込んでみる。

どれも久しぶりの感覚だ。

いや、普段からこんなことしてるわけじゃないけども。

そもそも前世の記憶なかったから言い訳のしようがなかったわ。

それはともかく、脇に手を突っ込めばあったかく、口の中はちゃんと唾液で濡れていた。

 

うむ、間違いない。

今の私は、ちゃんと臓物がある。

多分心臓から胃、腸、その他もろもろちゃんとある。

頭から足の先まで血管が伸びている、爪も生えている。

今の私は、ちゃんと人だ。

もしかしたら人じゃないかもしれないけど、人間に近い何かだってことはわかる。

であれば、突然眠気が発生するのもまぁわかる。

だって普通の人なら睡眠が必要だもの。

ずっと毛玉で寝る必要なしに過ごしてきたのに、急に眠らないといけないようになりましたって、これもなかなか………まぁ体を得たのは嬉しいことだけども。

 

 

へぁっ!!

気づいてしまった…

ワタシ、カラダ、オンナ。

 

ちらっ

 

うん、うん………

ステータスステータス。

 

そもそも毛玉って性別ないよね!?そりゃあさ!一人称私だよ!!でもさ!そこは中性とかじゃあないの!?毛玉に性別なんてないでしょ!?あったとしてどこで見分けるの!?毛質!?毛質とか!?毛質で見分けられたりするんですか!?別にいいけどね!!

正直小さい方が好き。

なんの話かは言っていない。

 

とりあえず一旦戻るか………

多分大ちゃんはあれだろうな……初対面の相手にはちゃんと敬語使える人なんだろうなぁ……

感覚的にはあれでしょ?いなくなったペットが人間になって帰ってきた的な。

 

「はぁ………気まずい…」

 



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そして毛玉は名を得る

どうも、書いてた文が消えてヤケクソになった、ア○ホテルです。
今更ですが、誤字などがあればご指摘ください。


「あ、毛玉さん」

「おん?なんだお前、やっぱり見れば見るほど怪しいやつだな………」

「凍らさないでね?頼むから凍らさないでね?私まだ死にたくないから。貴方が最強でとても恐ろしい存在ってことは重々承知してるから」

「え?ふ、ふふん!あたいの強さにひれ伏して命ごいか!いいだろう今だけは見逃してやる!」

「チルノちゃんの扱い方をわかっている………やっぱり毛玉さんだ」

 

上機嫌なチルノを見てぼそっと呟いた大ちゃん。

やっぱり本人認定されていなかったか。

まぁ感覚的にはあれだもんね、消えたペットが人の姿になって帰って来た的なアレだからね。

ちょっと自分でも何言ってるかわからないですなぁ………

 

「あの、さっきはすみません。様子を見に行ったら全裸の女性がいたので………」

「あぁ、うん、まぁ誰だってそうなるよ。全然気にしなくていいよ」

「なにぃ?お前ぇ、裸を大ちゃんに見せつけて何がしたかったんだ!」

 

ちょ、言い方………私は露出狂じゃあない!というかすっぱだかだったことはもういいじゃないか!そっとしておいてあげなよ!可哀想でしょうが!私のことだけど!

 

「毛玉さん、すこし質問していいですか?」

「ん?全然いいよ。何?」

「毛玉さんはいつ妖力を得たんですか?しかもそれ、私の勘違いじゃなかったら……」

 

はい?

 

途端に自覚した。

私の中にある妖力と呼ばれるものを。

自分では気づかなかったけど、幽香さんやさとりん、こいしと同じ様な力を自分から感じる。

心当たりはある。

 

「多分………ここから飛ばされた後、ある人に出会ってさ。その人の近くにいたから、多分吸収的なことしてたんじゃない?」

「そんなことって………それにある人って………もしかしてそれ、緑色の髪で、向日葵がたくさん咲いているところに住んでいる人ですか?」

「そうだけど、知ってんの?」

「知ってるも何も、あの人はこの幻想郷で指折りの恐ろしくて強い人ですよ!?よく生きてましたね………」

 

あー………うん………

そんな噂広まっててもおかしくないよねぇ……あの人のオーラやばかったし……

強いってのは別に驚かないけど。

多分あの人に関するいろいろな噂聞いてから会ってたら多分私気絶してるわ。

無知は罪だけど、それで助かることもある。

 

「うん…まぁ、優しい人だったよ?」

「あんなお花化け物よりあたいの方が強いぞ!」

 

お花化け物……本人が聞いたら落ち込みそうだ。

私も日記読んだだけだから全てを知ってるってわけじゃあないけど。

あれ?日記読んだことバレたら、私捻り潰される?いやいや、きっと笑って許してくれるよね………

 

「じゃあ今から喧嘩売ってくれば?」

「え?いや、そそそそれは………えっと…生意気だぞ!子分のくせに!」

 

めっちゃ怯えてるし………てか子分てこと思い出したんだ、できることなら永遠に忘れていただきたかった。

イライラするだけだし。

まぁチルノに喧嘩売っても返り討ちにされそうだから我慢しておくけど。

 

「毛玉さんの妖力………あの人と全く同じ………それなのに体は霊力で作られていて………」

「やっぱり変?」

「正直に言えば、変ってどころじゃないです。最初は妖力を手に入れたからその姿になったのかと思ったのに、体自体は霊力から作られていて………」

 

どうやら私は、宙どころか世界からも浮いているようだ。

 

ってか、見ただけでそんなにわかる大ちゃんって凄くない?チルノの知能とは天と地ほどの差がありそうだ。

あと、多分私の霊力もすこしばかり変わっている……気がする。

確信は無い!ある訳ない!

最初は多分、チルノの霊力を吸収したんだ。

あの場にいた妖精の中で、一番チルノの霊力が強かった。

チルノから漏れ出た霊力を吸収して、私は体を動かせるようになった。

そしてその霊力は、チルノのものとはすこしだけ違うものになっている。

何が違うかって説明できるわけじゃないけど………比べれば違うってことくらいはわかる。

 

「ところでお前!名前はなんだ!」

「………吾輩は毛玉である。名前なんぞない」

「え?そうなの?」

「あぁ、そうか。今まで毛玉だったんだから、名前もつけてくれる相手いなかったでしょうね」

 

うん………いるにはいたよ?

もじゃ12号って名付けられたなぁ………いい思い出だよ、はは。

 

「じゃ、あたいがつけてやる!」

「えぇ、いいよ別に。今まで通り毛玉で」

「よくはないです。今毛玉さんは明らかに毛玉とは大きくかけ離れた存在。呼び方を同じにしたらいろいろと混ざって困惑しますよ」

 

うーん、そーゆーものなのか?

別に私、名前とかいらないんだけど。

 

「よし決めた!お前の名前はもじゃ鞠だ!」

「もじゃっ………ぐはっ」

「………あの、大丈夫ですか」

 

ダイジョウブジャナイデス………

もじゃはやめてくれ………もじゃだけは勘弁してくれ………鞠もなんか……やめてください。

 

「チルノちゃん、もうちょっといいの考えよう?」

「えー、じゃあまりも」

「まりも………?だぁれが年食って白髪になったス○モじゃボケエエエエエエ!!ブチ飛ばしたろかオルァン!!」

「ちょっと、落ち着いてください!どうしたんですか!」

 

まりもは無いわーまりもだけは無いわー。

この!?私が!?まりも!?ないわー!!私は毛の塊であって藻の塊じゃない!

 

「じゃあ私が考えます!それでいいですか!?」

「あ、それならいいよ」

「なんだと!?生意気だぞ!それにあたいより背が高いなんて!ずるいぞ!」

 

いや、大して変わんないと思うけど?背丈。

名前………名前かぁ。

自分で自分の名前を考えるってのは………まぁできないなぁ。

ゲームのマイユニットとかだったら割と自由につけられるけど………私は基本デフォルトネーム使ってたからなぁ。

こんなくだらないことは覚えてるのに……はぁ

 

「じゃあこれは………白珠毛糸……とか」

 

しらたまけいと………?

うん。

これ以上ないほど私の特徴を押さえて来たね。

確かに私は白い球さ。

自分で自分を髪の毛の塊みたいな扱いして来たけど、実際は犬とかその辺のふわふわとした体毛みたいな感じだ。

でも遠くから見たら、毛糸の塊に見えるかもしれない。

 

「私は別に全然それで………というかむしろそれがいいや」

「むぅ………やっぱりあたいの考えたやつの方が………でも大ちゃんが決めたんならそれでいいや」

「良かった………誰かに名前をつけるなんて初めてで………」

 

白珠毛糸かぁ………さとりんやこいし、あ、幽香さんもか。

みんな苗字あったよねぇ………なんとなく不思議だなぁ。

私の場合、白珠が苗字か。

 

「じゃあ改めて………毛糸さん、これからよろしくお願いします」

「あ、え?あ、よろしくお願いします」

 

なんの挨拶?

 

「とりあえずあれだ。元の体に戻る方法ってある?」

「元の体………あの毛玉の状態ですか。すみません私は知らなくて……」

「そっかぁ………じゃあ手探りで探していくしかな——」

「あたい知ってるぞ」

「え?」

「え?」

「え?ってなんだよ。すごく失礼」

 

いや、意外すぎて………

 

「ごめん…でチルノちゃん、その方法って?」

「簡単な話だよ、何回も何回も想像するんだってさ」

「それ、誰から聞いたの?」

「この前なんかいきなり襲って来た奴がいたから頭以外凍らしたらなんか仲良くなって、その時に聞いた」

 

意外と器用なんだね………

あと方法が私の念じまくるそれと対して変わんないんだけど。

原点にして頂点だった。

じゃあとりあえず練習だけしておきますか。

 

「てわけで毛糸!あたいと勝負しろ!」

「はぁ?なんで?嫌だけど」

「なんでだ!?」

「死にたくないから」

「ふん、ざこが」

 

はいはい雑魚ですよー。

うん?チルノちゃん?その手に持った氷の塊はなんだい?

 

「ちょ、落ち着け早まるな!!」

「そい!」

「やめ——ぐふっ」

 

額に鈍い痛みが生じ、そのまま後ろに倒れた。

その時に後頭部も痛めた。

 

「何やってるのチルノちゃん!?大丈夫ですか毛糸さん!」

「う………ここはどこ私は誰」

「そんな………記憶が……」

「もう一回投げればきっと戻るぞ」

「あー戻った!戻ったから待って!その凶器を投げないで——ぶへぁ!」

「あ、手が滑った」

 

うんそうだねー氷の塊だから手も滑るよねー。

ってか痛い、頭ぐわんぐわんする。

何か仕返しを………

もし私の霊力がチルノに近いものなのなら、それを使ってチルノのように氷を生成することが可能なのではないか?

思いつきだけどやってみる。

霊力を掌へと集め、氷になるようイメージする。

気づくとひんやりと冷たい氷の玉が手に握られていた。

 

「仕返しだオラァ!」

「な——いて!何するんだこのまりもやろう!」

「あ?………んだと誰がス○モだコルァ!!」

「ちょ、落ち着いて二人とも!」

「あたいの技真似するなよ!」

「うっせえバーカ!!」

「誰がばかだこるぁ!!」

「お?やんのかオルァン!?」

「やってやるぞ!!」

「あ、駄目だ収集つかない」

 

顔を近づけ睨み合いを始める、ってかメンチ切ってる。

 

「くらえ!目つぶし!」

「ちょ急に——いった!」

 

目があ!目がアアアアアッ!!

 

「くそったれ!鼻フックデストロイ!!」

「んがああああ!!はなが!はながああああ!いだだだだだだ!」

 

チルノの鼻の穴に私の二本の指が突き刺さり体を宙にへと浮かせる。

霊力は使っていないからチルノの重みの分が鼻へのダメージとなる。

だけど指が痛いぃ!反動ダメージが私の指にぃ!

そして腕をつねられて鼻フックを解除されてしまう。

 

「いだだ………今回は引き分けにしておいてやるぞ………」

「目がぁ………目がぁ………」

 

 

 

 

「大ちゃん、こいつずっと目が目が言ってるぞ。頭おかしいのかな」

「チルノちゃんのせいでしょ」

 

バ○ス(物理)を喰らって大体1分後、ようやく目を開けられるようになった。

 

「視界が霞んでおる………」

「なんでまりもって呼ばれたくらいで怒ってるんだよばかか」

 

イラッ………

なんでだろうね、自分でもわかんないや。

 

「まりもに親でもやられたのか?」

「そうだね、バカに私の目はやられた」

「そのばかって誰?」

 

お・ま・え

まぁ口には出さないけどねー。

 

「というかお前、力は使わないのか?」

「力?なんのこと」

「さっき大ちゃんが話してた……よ…よ……」

「妖力?」

「そう、それだ。使わないのか?さすがに力を使わないやつにあたいは本気出さないぞ」

 

あら優しい。

でも使わないのではなく、使い方が分からないのである。

さっきあるのに気づいたばっかりだからさ。

それに、もしこの妖力が本当に幽香さんのものだとしたら?

下手にぶっぱなしたら大変なことになるかもしれない。

何がかって、私の体が。

妖力を放出した反動で私の体が爆発しそうで怖い。

だって幽香さんだから。

そもそも使い方わかんないし、霊力はなぜかいけたけど。

なんだろうね、馴染むっていうのかな?

さっき考えた通り、チルノから貰ったら霊力が私の中に入って変質したのなら、それが私特有の霊力になっている。

と、思う。

所詮は書庫で読んだにわか知識よ。

 

「それはそうと、毛玉さ………毛糸さんはこれからどうするんですか?」

「え?」

「どこに行くつもりなんですか?」

 

………てっきり養ってくれるもんだと。

そんな甘い話無いよね………永遠に誰かにパラサイトして生きていきたい。

 

「………行くところないんだったらここにいたらどうです」

「ぜひ!」

「ここにいるって、どこにいるんだよ」

「そうだね………じゃあ基本私とチルノちゃんと一緒にいるってのは?」

「いいの?」

「私は構いませんよ」

「あたいも全然いいぞ」

 

いつでもやり返せるし

という呟きがチルノから聞こえたのはきっと気のせい。

 

しかしそう言ってくれるのはすごくありがたい。

野垂れ死ぬのだけはごめんです。

やっぱりさ、体を手に入れてからが私の人生のスタートなんだよ。

私は今のところ超絶な幸運で襲われたことは一回しかないけど、この先どんな危険があるかわからない。

じゃあ誰か自分に被害を及ぼさない人と一緒にいるのが一番安全だと思うんだ。

チルノはともかく。

 

「じゃあ案内するのでついて来てください」

 

この世界で住む場所を得て、そして美少女二人に囲まれるとは………

やったぜ。

さてさて、この先どうしますかなぁ。

 

 

 

 

「ここです」

 

連れてこられたのは………木に囲まれた何にもない場所。

 

「………」

「お?なんか言いたいなら好きに言っていいんだぞ?」

「いえ、結構です」

 

素敵なツリーハウスでもあるのかと思ったあたいがバカだったよ。

本当に何にもないやー。

 

「えっと、妖精って基本的には寝ないんですよ。本当に何もやることのなくなった時の最終手段って感じでですね。だから寝床も、草だけ敷いて………という」

 

この時、私は決意した。

マイホーム作ろう、と。

あったかーいわーがやーがまっているー

せきすーーーーー○はうすーー



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試しにイ○撃ってみたら暴走してイ○ナズンになっちゃった的なアレ

新しいオリキャラがちょろっと出ます。


毛玉流、これが夢のまいほぉむ。

 

って、しようと思ったんだけどさ?

私に建築力なんてある訳なかったよね。

そもそも木を倒すことから苦労だし、運ぶのは楽だけどさ。

加工の仕方わかんないし。

現代人ってダメだね、便利すぎるものに慣れすぎてサバイバルできないね。

多分この時代から家を作る大工みたいな人はいただろうけど、そう言う人が都合よくいるわけでもないし。

一応、妖怪の山に住んでる河童はものづくりが得意とは本に記述されていたけど、妖怪の山は警備が厳重とも聞いている。

 

妖怪の山には天狗や河童、その他もろもろが住んでいるらしい。

あ、妖怪の山っていうけど、それは幻想郷内での呼び方なのかな?日本全国に妖怪がいるのなら妖怪が住んでる山なんてきっとたくさんあるだろうし。

河童は河童しかいないけど、あ、山童っていう似たようなのもいるらしい。天狗になるといろいろな種類がいるようだ。

私は鼻が長い天狗しか知らんけど。

えっと………鴉、白狼、山伏、鼻高………だっけ?あ、さとりも昔は山に住んでたらしい。

それと、なんでもあの山にはなんでもとってもお偉い天魔様というお方がいるようで、あの山を取り仕切っているって話。

山に侵入した輩は白狼天狗さんが即刻排除しに来るらしい。

おぉ、こわいこわい。

てわけで、山へ侵入することは出来ないってわけさ。

だって、死にたくないから。

 

 

悩みがある。

家がないのもそうだけど、もっと重大な悩みが。

 

何にも食べてねぇ。

 

そう、今まで毛玉だった分何かを食すのは完全に諦めていた。

だけど人の体を得た今となっては話は別、お腹減ったなんか食わせんしゃい。

妖精はなに食ってるのかなって観察してたら、なにも食べてなかった。

なにも食べなくてよくて寝なくていいとか、完全に人じゃないね。

まぁ精霊が食事を必要としないってのも分からなくはない。

私が必要な理由はわからんけどな!

やはりチルノたちとは体の作りが根本的に違うのだろう、眠いしお腹減ったあと髪の毛鬱陶しい。

微妙に長いせいで目にめっちゃ刺さってくる。

 

やはり文明の力は偉大であった。

この環境だと道具でもないと本当になにもできない。

だがしかし、今の私は知識なし力なし存在価値なし、あるのは体と髪の毛だけという悲しい生き物なのだ。

霊力や妖力を使えないとただの貧弱な毛むくじゃらなのは、人の姿になっても同じようだ。

幸いにも、前世ほどお腹がすいて何もできないってわけじゃないから活動はできる。

妖精も飛んでる間は少しづつ霊力を使ってるみたいだし、私も使い方を覚えないと………

 

 

 

 

てわけで、湖から少しだけ離れたところにやってきた、特に何もないここなら、なにか起きても大丈夫だろう。

 

まずは毛玉の姿へと戻ること………

この世界において大事なものは、具体的なイメージだと思う。

霊力や妖力なんてものは現代に存在していない、だけど今この瞬間は存在している。

霊力や妖力、もっと言えば魔力、神通力………それだけじゃない、河童や天狗、妖精なんてものまでいる。

現代では非科学的で、非常識と思われているものが、ここでは至って普通で、当然のものとして扱われている。

要は精神的な話だ、たとえ一般的に存在しないと思われていても、個人があると信じるならそれはきっとあるのだろう。

あると思ったらある、できると思ったらできる。

霊力をなんとなく使おうと思っただけで、簡単に使えたのがいい証拠だ。

要するに、念じたらいいって話だね。

まぁそれでも一応考えはしてみる。

 

私の体は霊力で構成されていると大ちゃんは言った。

ならその霊力をうまく操作できたなら、体を自由に操ることもできるはずだ。

まぁここまでは推測オブ推測なのでやってみないとわからない。

 

チルノに氷塊をぶつけたときのように体の中を巡る霊力を感じとる。

その霊力を体の中で動かして胸の中へと集め、自分の体、毛玉の状態を想像する。

ひたすら体の中にある霊力を感じて、毛玉の状態想像する。

具体的なイメージ………白くて薄汚い毛の塊……川面に移った自分の体………

 

気づくと、えらく視点が下がっていた。

手足の感覚がなくなり、宙に浮かんでいる。

多分成功だ、自分の状態を確認する術がないからなんとも言えないけど。

すこしだけ、自分の中の霊力が増えていた。

体を作ってた分の霊力が回収されたのかな?

こんどはあっちの体だ。

また、あの体を具体的に想像する。

髪の毛が白くてもじゃもじゃで、背は高くなくて黒目で………結構あやふやになってしまうけど、多分こんな感じだったはずだ。

毛玉になって増えた分の霊力を意識して、他の霊力と切り離す。

すると切り離した分の霊力が消えて、地に足がついた気がした。

これまた成功。

 

案外やろうと思えばできるものだ。

まぁ結構意識しないとできないけど。

とりあえずはこの状態でしばらく過ごそうかな、手足がないのは厄介だし。

 

次は妖力。

とりあえず拳に溜めてみようか。

霊力と同じ要領で手のひらへと集める。

こんどは氷塊ではなく、黄色の謎の光が出た。

 

「………なにこれ」

 

思わず口に出てしまう。

そういや妖精たちもこんな感じのポンポン出してたような………

ちょっと真似しようかな。

近くにあった木に投げる、

割と本気で投げたのに、めちゃくちゃひょろひょろと飛んでいく。

どんだけ筋力ないんだよ引くわ。

もうすぐで木に当たるね、ぶつかって弾けて消えそう。

 

 

 

 

 

 

 

 

——うん?

あれ、ぼーっとしてたかな?記憶ねぇや。

うーん?

 

「………なにこれ」

 

なんか木、吹っ飛んでんだけど………

いやー、幽香さん怖いわーただひたすらに怖いわー。

ぶつけた木だけでなくその周辺の木々も、倒れていたり穴が開いてたり………

私も吹っ飛ばされたのか、その木々から離れたところで寝ていた。

最近寝起きでこういうのばっかだな。

とりあえず妖力は封印安定だね、うん。

こんなの使ってたら私の体持たないや。

その場から逃げるように踵を返し帰ろうとした………のだけど。

なんか視界が真っ赤に………

 

「血ィ………」

 

目に血が入ったかぁ………頭に吹っ飛んだ木片でもヒットしたかなぁ?もしかして気を失ったのもそのせいかも………

えっと、私は毛玉、白珠毛糸、0歳、女性、多分。

うん、自分のことはバッチリ覚えてた。

目に血の入った右目だけ閉じてどうするか考える。

やっぱりこのままはまずいよねぇ………よく貧弱な私が生きてたとも思う。

頭を色々触ってみるけど、額から血が出てたみたいなんだけど傷の跡がない。

頭もクラクラとかしないし、案外血にも動じないもんだ。

傷が塞がってるのは………寝てる間にでも治ったんでしょ、この世界ならありえるありえる。

とりあえず湖で顔洗うか………このままじゃ帰れないし。

これ、腕に妖力を込めて殴りつけたりしたら腕吹っ飛んでたんじゃないかな?こわいこわい。

そんなことより顔洗わないと。

 

 

 

 

 

 

「………おいおい、ありゃ相当やばいんじゃあないか?あの爆発………ただの妖怪かと思ってたが、そう楽観的には見てられねえな………上に報告すんのが面倒だ………」

 

はぁ、と、重い溜息をついてその白狼天狗はその場を後にした。

湖へと向かっていくそれを、とても面倒くさそうな目で見ながら。

 

 

 

 

 

 

あーよかったよかった。

もしかして髪の毛に水がついたら毛玉状態の時のように身動きできなくなるかもと思ったけど、別に大丈夫だった。

やっぱりさ、心配しすぎは良くないよね。

慎重なのは別にいいと思うけど、それで何かをするたびにヒイヒイ言ってたらキリがない。

大胆かつ慎重に、これからは過ごしていこう。

慎重をやめて大胆だけするとさっきみたいなことになるからね。

 

「おいっす大ちゃん。バ………チルノは?」

「あ、おかえりなさい。チルノちゃんならさっき湖から帰ってきましたけど」

 

ギクッ………

心の中でギクッて言っちゃったよ。でも私さっきまで湖にいたし…

もしかしたら見てた?いやでも、もし見てたとしたら私が倒れてるところ流石に放置しないでしょ?木の爆発の跡だけだったら別に見られてもいいんだけどさ。

突然後ろから肩を掴まれる。

 

「おまえ………なんで生きてるんだよ」

「ギクッ、な、なんの話?」

「とぼけたってむだだぞ、あたいは確かに見た」

「見間違いとかじゃない?」

「あたいの目はうそつかない」

 

うん、見てたかぁ、見てた上で放置したかぁ。

ひどくない?見てたんなら起こそうぜ?

 

「血だらけで倒れてたから死んだと思って帰ってきたら、平気な顔でいるし………」

「ほら、勘違いってやつじゃ?」

「すごい血の匂いするぞ、あたいの鼻はうそつかない」

 

わぁ自信満々、ですっごいジト目で見られてる。

また後ろから肩を掴まれた。

 

「血だらけって…なんですか」

「こっちは目が死んでらぁ」

 

よしこうなったら私も対抗して煮込まれた魚の目で………ちょっと、肩重いですやめてください!二人して肩掴む手に力入れないでよ!

ちょ、いだだだだだだだ!うで取れる方取れる!外れる!沈む!

 

 

 

 

「はぁ………ちょっと気になったから妖力を使ってみたって………」

「あたいはなんであのけがから平気な顔で帰ってきてるのか気になるぞ。息してなかったのに」

「息してない?さすがに嘘でしょ。私今ここですっごいピンピンしてるじゃん」

「あたいの感覚はうそつかない」

 

なにそれ気に入ったの?

 

「血だらけって、具体的にどんな感じだったの?チルノちゃん」

「えっと………まず頭から血が出てるでしょ?そんで口から血が出てて………まぁ血だらけ」

 

服汚れてなかったと思ったら絶妙に頭部だけ痛めたのね。

 

「とりあえず、こんなことはもうしないでくださいよ」

「あ、はい、スミマセン」

 

また死んだ目で見られた。

よくそんな目できるね?逆にどうやってやるのか教えてもらいたいくらいなんだけど。

 

「でさ、反省したから、そろそろこれ外してくれない?」

「無理です」

「そんなぁ」

 

現在二人に簀巻きにされて逆さに吊られてる。まぁ私が悪いんだけどさ。

 

「あたまに血が上って脳味噌爆発しそうー助けてー」

「なに言ってるんだよ、その状態だとあたまに血が落ちていってるんだろ」

 

・・・

 

確かに

 

まぁ毛玉状態なったら抜けれると思うんだけどさ、私が悪いし別に辛くないからいいや。

危ないことはしない、これ大事。

私は体が貧弱もやしそのものなのでな、危険なことすると死んでしまうんだよ。

なんでけだますぐ死んでしまうん。

答えは毛玉がもはやヒエラルキーから外れた論外の存在だから。

 

「そういえばあの時だれかに見られてたような………」

「気のせいじゃね」

「そっか!気のせいか!」

「それでいいのかバカ妖精」

 

おうふっ!回し蹴りが腹にぃ!

 

「誰がバカだこのま——」

「だぁれがス○モだコルァ!」

「ちょっといい加減にしてください!!」

「あ、サーセン」

 

誰かに見られてたかぁ、私も誰かに見られてた気がするよ奇遇だねぇチルノ。

まぁ気のせいだよね!あっはっはっは。

 

ふぅ………まさか妖怪の山の天狗とかじゃないよねぇ?私一応あの山侵入してたことあるし、地上とはできるだけ関係をもたないようにしてる地底にも行ったし………まぁ毛玉状態の時の話だから大丈夫かなぁ?

てかもう既に危ないこと山のようにしてたわ。妖怪の山だけに……………さむっ、ちょっとチルノ冷気撒き散らすのやめてくれないかなあ?え?してない?じゃあなんでこんなに寒いんだよ。

 

「何言ってるんだばかじゃないの?」

「おんブーメラン脳天に突き刺してやろうか」

「ぶーめ………ちょっと訳わからない言葉ばっか使うなよ。大ちゃんも知らないんだぞ。す○もとか、ぶーめ…とか」

「あぁ、うん………しょうがないよ、生きてた時代違うんだしさ」

「ん?何か言った?」

「なんも言ってないよ気のせいじゃない?」

「あ、そっか!おーい大ちゃんかえる凍らしにいこうよー」

「もう日が暮れるよ、今日はもうやめよう?」

「ちぇっ」

 

あ、私このまま放置ですかそうですか。

 

 

 

 

「なるほど………そんな存在が湖の近くに」

「あぁ、俺の勘違いじゃなかったらあれは地底に侵入した例の毛玉と同じやつだ」

「それ、上には報告したんですか?」

「いいやまだだ」

「先にそっちに報告してくださいよ」

「いやだって………大天狗怖いし」

「まぁわかりますけど」

 

妖力を使って大きな爆発を起こす人の形をした毛玉………見張っておいた方がいいでしょうね。

 

「あんの白毬藻野郎、あいつのせいでこちとら旧地獄へ侵入させた責任取らされて減給くらってんだぞ」

「怪我しないようにだけ気をつけてくださいよ、あなたがいなくなると私達の仕事回らなくなるんで」

「人手不足って残酷だなぁ、そっちも気をつけろよ、椛」

「自分の心配してください、柊木さん」

 

また一つ、深い溜息をを吐きながら部屋を出て行った柊木さん。

私もその毛玉、見張っておきましょうかね。

 



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生きていることを実感する毛玉

 

ふぅ………

 

あれ?やっぱり私影薄い?

起きてもずっと簀巻きなんだけど、忘れられた?忘れられちゃった系?

うむ、じゃあもう抜け出してもいいよね。

毛玉の状態をイメージして………よし抜けた。

ちょっと時間はかかるけど問題なくできるか。

今日はあんまり風吹いてないみたいだし、しばらくこの状態でいるかな。

 

お二人さんはまた湖のほうに行ったっぽいし………放置か………よし、腹減った。

毛玉状態で腹も何もないけどお腹が空いた。

多分人の状態になったらお腹すごい鳴ると思う。

しかし妖精は気が向いたときにしか物を食べないし………私の食べるものなんてあるのか?

いや、ないと断定したほうがいいか。

この時代だと野生の植物なんて食べれるかわからないし、食べる気もないし。

狩りでもするかな。

今の私は襲われる側ではなく襲う側、逃走者ではなくハンター。

一狩りいこうぜ?

 

 

 

 

ところで、毛玉から人になっても服はそのままらしい。

変わるたびに裸族になるとかだったら私もう毛玉になってやんない絶対。

それはさておき、どうやって獣をおびき寄せようか。

罠は作れる技能もないし、そもそも道具がないし………

じゃあ何かを餌にするしかない訳だ。

ならば答えは簡単それは………

 

私自身が、餌となることだ!!

 

毛玉状態の私が獣に襲われやすいのはもう分かっている、現に2回襲われてるからね。

木に囲まれた場所で、ひたすら佇む、

心を無にして、世界と一つに………じゃなくて。

これ、獣さん襲ってくるまで暇すぎるわ。

ちょっと霊力垂れ流してみたり………

 

なんか後ろの方で音が聞こえたんだけど。

来るの早くない?襲ってくるまで暇とは言ったけど早く来いとは言ってない。

猪辺りだったらうれしいな………

 

背後から何かが突進してくるのを感じる。

できるだけ引き付けて一気に上空へと上がり、人の形になって足元の獣を踏んづけた。

すかさず首を手で掴んで頭を押さえる。

うん、猪だった。

やったぜ、捕獲完了!

さて、捕まえたのいいけどこっからどうしよう。

………いや、本当にどうしよう!

道具とかないから解体もできないし、縄とかもないから生捕もできないし。

そもそも、ちょっとしたホラゲーでも夜寝れなくなる私が解体作業なんてできるのか?

否、できるはずがありませんっ!!

お行きなさい、猪くんよ、せいぜい長生きするんじゃぞ。

 

さぁて、振り出しに戻ったなぁ。

お腹鳴るし………なんか食べたいなぁ。

 

 

 

 

「えっと、確かこの道で………ん?」

 

湖から少し離れたところにある道、そこで一人の大きな荷を背負った青年が歩みを進めていた。

何かの気配を感じ取ったのか、腰にある短剣に手を掛ける。

あたりを少し見渡したあと、気のせいかと短剣から手を離そうとしたとき。

 

「へいあんちゃん、なんか食いもんもってなぁい?腹減って死にそうなの」

「っ!?」

 

突然背後から女性の声がした。

振り向くと、えらく派手な頭をした質素な装いの背の低い女の子のようなものがそこに立っていた。

見た目は少女であっても、その気配、感じ取れる力は妖怪そのものだった。

反射的に、その青年は手に持っていた短剣をその少女に投げた。

 

「ふぇ?あっ——ぶな!ちょ、話聞こうよあんちゃん、私お腹空いてるだ——あぶな!?」

 

間髪入れずにもう一本の短剣で斬りかかるが、ギリギリで回避される。

 

「おいあんちゃん、人の話聞かんかい!」

「来るな!化け物め!」

「化け………」

 

突然突っ込んできた少女。

攻撃をくらうと思って身を固めると、手から短剣を奪い取られた。

 

「刃物を人に向けてはいけませんって習いませんでしたか!?」

「あ…あ………」

 

短剣を失い、明らかに怯えてしまった青年、しかし少女は近づいてくる。

 

「ったくもう、こっちは食べ物あったら分けてくださいって言おうとしてるだけって………泡吹いて気絶してる………あ、いっけね、妖力漏れてたや」

 

そういうと少女の気配が全く違うものになった。

 

「うん………とりあえず荷物だけ漁らせてもらおうかなぁ」

 

 

 

 

あ、干し肉ゲットー。

二つだけもらっておくとしよう、この人がのたれ死んだらダメだし。

他にめぼしいものは………ないな。

それにしても、なんでこんな人気のない道通ってたんだ?この人、獣とかに襲われるだろうに。

まぁ襲ってんの私だけどなー。

短剣も一本もらっておくとしよう、二本あるんだし一本くらいいいよね?

 

「それじゃ早速………いただきます」

 

そのなんの肉かもわからない干し肉を口の中へと突っ込み噛み切る。

うぇ………美味しくない………いや、あたりまえなんだけどさ?

こんな時代なんだから、普通の人なんて食べれればそれでいいって感じだろうし。

そもそも干し肉は保存食で、美味しさを求める方が間違っているんだ。

でもこれで味覚もちゃんと機能してることがわかった

もしかしてこの体、毛玉からなってるからどっかおかしいところあったりしないかなぁ?と思ってたけど、そんなことなくてよかったよかった。

強いて言えば貧弱だけど。

そう言えば私この人に下手したらやられてるんだよね………生きてるって素晴らしいや。

で、この人どうしようか。

結局この人は何しにきたんだろう。

思えばこの世界で初めて見る普通の人間なんだけど………

この道の先に、何かあるのかな?

ちょっと気になるなぁ。

 

 

 

 

「………ん……ん?あれ、なんで俺こんなところで寝て…あ!」

 

何かを思い出したかのようにあたりを見渡し始めるその青年、挙動不審かな?

まぁ多分私のこと探してるんだけど、私は今君の真上だよ。

 

「あれ、おかしいな………あ、もうすぐで日が暮れる、急がないと」

 

そう言って駆け足で道に沿って走っていくその青年。

やっぱりこの先に何かしらあると思っていいかな………大丈夫、道に沿えば湖へは辿り着ける。

そう思って上空からその青年を見下ろして後をついて行く。

 

 

ありゃ………人里ってあれのことかな?

あのあんちゃんあそこへ入って行ったけど、他にも人いるのかな?

まぁ私みたいなのとか、妖精、妖怪とかは人間からしたら危険なやつ扱いだし、近寄らないほうがいいんだろうけど………

毛玉とはいえ、私は心は一般ピーポー、普通の人間がいるなら敵対とかはしたくないもんだ。

えっと………なんだっけ、あれ。

すぐに呼びましょおんみょーじ?

あ、そうだ陰陽師だ陰陽師、妖狩りさんだ。

実際にいるらしいね、陰陽師、怖いね。

 

現代にそういった、非科学的な存在はいない訳だけど、この時代にある。

単に似ているようで違う世界って可能性もあるけど、もしここが私のいた現代の過去だとすると現代では妖怪や妖精やらがいなくなったことになる。

そういう存在がいなければ陰陽師も必要ないだろうし、一般的には妖怪なんて二次元でしか存在しないからなぁ。

となると、私たち非科学的存在はそのうち存在が抹消され………こわっ。

まぁ言うて現代まであと数百年はあるし、気長に行こうか。

あれ、毛玉って寿命どれくらいなの………?

妖怪はすごく長命、妖精はほぼ不死の存在、じゃあ毛玉は?いや、毛玉かどうかもはや怪しい存在になった私の寿命は?

これは大変なことだぞ………現代を迎えるまでに寿命で死ぬ可能性が………

やだ怖い。

いやでも、妖怪は長寿なんだから、私も長寿と考えて………

あれ?さとりんって何歳だ?もしかしてさとりん、ロリバ——。

そもそも、私は耐久力が豆腐に毛が生えた程度なんだよ、寿命の前に死ぬ可能性大だよ。

そんな耐久力で陰陽師なんぞに遭遇したら人生終了のお知らせが来ちゃうね、帰ろう。

 

 

 

 

あー………そうだよ今夜じゃん。

夜といえばあれよ?やれ魔物がでるやら、ゾンビが動き始めるやら………とりあえず夜に生きるものが活発になるんだよ。

夜になったら出歩かないって、ファンタジーの基本中の基本じゃないかーやっちゃったなー。

後ろに二匹、前に一匹、上に二羽………まっず。

狼さんと、なんかの野鳥さん。

しかもただの野生動物じゃない、妖力を持っている、これが噂の妖怪ってやつか。

あれ、妖怪ってだけならとびきりやばいのに会ってるよね?

じゃあ別にまずくないや、もっとやべー奴に会ってたわ、もう何も怖くない………!

 

「ぐるあぁ!!」

「前言撤回!怖いですっ!」

 

いや、正確には口に出してないから撤回する必要もないのか?

とりあえずフラグ立てちゃったけど、○ミりたくはないので全力で逃走するとしよう。

ジョー○ター家に伝わる伝統的な戦いのうんたら、使わせてもらうぜ!

逃げるんだよォ!スモー○ー!!

体を宙に浮かせ、霊力を後ろへ放出しながら妖怪からの包囲網を突き抜ける。

正面にいた狼は驚いたのか、横に飛び退いて私の突進を回避する。

即座に地に足をつけて走り出す、ただひた走る。

後ろの狼とは距離が空いたけど、上の鳥にずっとストーキングされている。

どうにかしようかと少し立ち止まり、体を浮かせて飛び上がろうとする。

その瞬間横から狼が飛び込んできて、私の右腕にその牙を食い込ませた。

鋭い痛みが脳へと伝わる。

右腕を振り払おうとするけど、痛みでうまく動かせない。

左手で狼の下顎を掴み、霊力を使って顎を凍らせ、さらに腹を蹴って狼を引き剥がす。

無理に牙が腕から外れて傷が広がる。

右腕を抑えようとするけど、嫌な予感がしてすぐにその場をしゃがんだ。

頭上を狼が一匹飛びかかってきた。

後ろ足をつかんで霊力を流しこみ、適当にぶん投げる。

そしたら次は首に鋭い痛みがやってきた、あぁもうキリがない。

完全に牙が食い込み、生温かい何かが出ていく感覚がやってくる。

顎を凍らせた狼が足にも噛み付いてきた。

どうすればいいか、とっさに考える。

完全に身動きが取れない、でも動かなくたってできることはある。

足に噛み付いている奴に、足から霊力を流し込んで、首のやつには右手と左手の両手で霊力を流し込む。

私も浮いて、噛み付いているやつと一緒に宙に浮く。

宙に浮いても絶対に噛みつくことはやめない、さらに血が出てきて、体の中がえぐれるような痛みがやってくる。

歯を食いしばるけど、すごく痛い、泣きそうだ、泣き叫びそう、つか泣きたい。

飛んでた二羽の鳥もやってくる。

お前らがいなかったら上から逃げれたんだよ畜生め。

同時にやってきたそいつらの嘴を掴み、まず凍らしてから浮かしてやった。

絶対に手は離さない、凍らすのもやめない。

羽まで凍ったのを確認したら、私以外の全員の浮遊状態を解除する。

そのまま真っ逆さまに落ちていく鳥と顎を凍らされた狼、もう一匹の狼だけは、まだ首に噛み付いている。

じゃあ一緒に落ちようじゃないか。

私の浮遊状態も解除する。

狼をちゃんと下敷きにして、地へと落ちた。

すぐにもう一度飛び上がる。

体の中で散らばっていた妖力を手に集める。

月に負けんばかりに光る黄色い玉。

全力で飛び上がりながら、その黄色い玉を真下へ向かって投げた。

今度は、ちゃんとした速度で飛んで行った。

地面が眩い光に包まれて、それを直視してしまった。

 

 

目が見えるようになり、やっと地面へと着いた。

 

そして一言

 

「いったあああああああああああああ!!こんの獣畜生どもがぁ!死ぬかと思ったぞチクショウ!」

 

その爆心地の中心、妙に焼け焦げた臭いがするその場所で、そう叫んだ。

後になって、これを聞いて他の妖怪や獣に見つかったらまずいと気がついた。

やっぱり、殺生は良くないとか言ってる場合じゃなかったんだよね。

死ぬか生きるか、それこそが世界の真理なのだよ、わたしゃサバイバー失格だな。

 

早くこの場所を離れようと、毛玉の状態になって宙を浮き始めた。

人の状態じゃ血は出る、毛玉だったら失血はしない。

すごく眠いけど、眠るわけにはいかない。

寝たら死ぬ気がする、寝るなー、寝たら死ぬぞー、永眠したいのかー。

そう言い聞かせながら、湖の方へと進んでいく。

死ななかっただけまし、生きてりゃ安い。

そうは言ってられない状況。

だってさ、首と脚と腕に穴が空いてるんだよ?血が出てるんだよ?逆によくついさっきまで、いや、今も生きてるな?

どうやら、生命力だけならそこそこあるらしい、ゴキじゃねえぞ、ブリじゃねえぞ。

つまらないこと考えてんなぁ、こんな様なのにさぁ。

 

 

 

 

毛玉の状態でいても、人の体の傷は治らない。

湖の近くで寝転がりながら、天仰いでいる今、私は死にかけです。

どうせ治らないのなら、あの時の額の塞がったであろう傷、あれの再生力にかけて寝るしかないでしょ。

はい、ウソつきました、考えるの面倒くさくなっただけです。

いやでも、死にかけでみるこんなの絶景の夜空も悪く無いもんだよ?現代じゃ、よほどの田舎に行かないとこんな夜空は見れないからね。

 

「………良い、夜空だなぁ」

 

これが遺言にならないことを祈りながら、私は意識を落とした。



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毛玉の災難な日々

「大ちゃんみてみてこれ」

「なに?」

「じゃーん、死体」

「えぇ………埋めてあげなよ」

「みょうに頭が毛むくじゃらだったから」

「あっ」

 

目の前の妙に頭が毛むくじゃらな死体、それを見た大妖精、死体を蹴っ飛ばす。

 

「——いって!?誰だ気持ちよく寝てるやつを蹴る奴は!?」

「あ、生きてたのか」

「なんであなたはいっつも死にかけてるんですか」

「うんごめんね!でも蹴るのはないでしょ!?怪我人だよ!?重傷者蹴るなよ!ってか本当に死んでたとしても蹴るなよ!オーバーキルだわ!酷いよ!死体蹴り!」

「怪我、ないですけど?」

「………はっ」

 

塞がってた。

 

「というか血生臭いんですよ」

「しょうがないね、ちょっとワンちゃんと鳥公ファイヤーしてきたからね。あと血流したし」

 

じゃあ湖に浸かってこようかな。

まぁ無事でよかった。

いや、無事ではなかったな、死にかけてたわ。

 

一瞬、口の中で鉄の味がした。

血が口から出てきそうになった。

傷は塞がったけど体の中はズタボロとかそういう系?ともかく体洗わなきゃ………

 

 

 

 

服を脱ぎ、全裸で湖の中に頭だけ出しながら考える。

結局傷は塞がった、死んだかと思ってたけど。

というか、あの状態から死なないのおかしいよね?流石人外。

傷が塞がったのって、なんでだろう?

霊力消費したとか?

いや、妖力かもしれない。

でも使った量とか調べようにも、寝る前の詳しい妖力量とか覚えてない。

試しにやってみる?

 

湖に浮かんでる小枝。

なんかすごい尖ってるんだけど、殺意高くない?

その尖ってる部分を、左手の中指に刺してみる。

ちょっとした痛みの後血が滲み出てきた。

放っておいても塞がるだろうけど、霊力を指に集めてみる。

………あ、塞がった。

じゃあ霊力を消費して傷が治ってたってことか。

妖力は………怖いからまた今度。

まぁ私のちっぽけな霊力量で本当にあの大怪我塞げたのかは疑わしいけど。

もう血落ちたかな?

 

「いてっ………」

 

傷かと思ったらサカナァ………魚が私の足にしゃぶりついてきよった。

ええ度胸やないかいわれぇ………

足から霊力を放ち魚の口の中で大きな氷塊を作る。

口の中で氷塊をつまらせた魚が足から離れたので、水の中に潜って口を両手で掴んで地面の上に放り投げる。

 

「獲ったどー」

 

言ってみたかった。

てか、最初から素潜りすればよかったんじゃ……私って本当バカ。

いやでも、こう、魚を突くやつ。

なんだっけ、もり?銛だっけ?あーゆーのないからできないってことだったから………でも今手掴みで出来てるよね?

後悔先に立たず、今生きてるんだからそれで良いジャマイカ。

とりあえず焼いてやるからなこの魚クンがよぉ、美味しくいただいてやるわ。

 

 

 

 

えっと………火……火、どうしよう………

流石に刺身はなんかいやだから、焼いて食べてやろうかと思ったんだけど………

どうやって火を起こすんだ……

手ごろな木の枝を棒の形にして、木材の上で回し続ける。

飽きた疲れた寝たい。

誰か私にチャッ○マンをくれ、火をくれ、文明をくれ。

寝そべってこのもやはビチビチ跳ねなくなった魚をどうするか考える。

 

「なにしてるんだ?」

「ん?チルノかぁ。この魚を焼く方法を考えてる」

「凍らしていい?」

「ダメ」

「ちぇ」

 

見たもの全てを凍らそうとするのやめようよ。

目と目があったら凍らしてきそう、新手のポケ○ントレーナーかな?

 

「そんな魚食べなきゃいけないなんて、かわいそうなやつだな」

「頭が可哀想な奴に言われたくない。ってか食べたことあるの?」

「髪の毛がかわいそうなやつに言われたくないぞ。友達がそれを食べて吐いてた」

「凍らして良いよ」

「やった!」

 

吐くって………吐くってどんだけやねん、相当やぞ。

私が食べたらどうなるか………血反吐かなー。

意気揚々と死んだ魚を手から出る冷気で凍らすチルノ。

そういやポケモ○を氷漬けにしてコレクションするサイコパスおばさんがいたような………

 

「チルノ、クラゲからは逃げるんだぞ」

「お?どうしたんだ急に、頭打ったのか?」

「年中頭打ってる奴に言われたくない………聞いてねえや」

 

おいなに凍った魚でカーリングしてんだよ楽しそうだな、私にもやらせなさい。

 

「チルノ、そういえば聞きたいことあったんだけどさ」

「お?なんだ?」

「あの金髪美少女、誰」

 

さっきから木の影でめっちゃこっちを見てる、赤い髪飾りをつけた赤い目の金髪美少女。

よだれ垂れてますよー。

 

「あれはルーミアだぞ、妖怪」

「はぁ、妖怪さんですか」

「よんだー?」

 

超速でこっちきよった。

な、なんて早い動き、私じゃなきゃ見逃しちゃうね。

というか、これまたバカそうな………

 

「お姉さん食べていい?」

「お姉さん毛玉だから、食べると喉つまらせて死んじゃうよ」

「そーなのかー」

「なにそのポーズ、流行らないよ?」

「流行れー」

 

目と目があったら捕食ですか、新手のハンターかな?ナルガクル○狩ってそう。

 

「ところでその魚、食べていいのかー?」

「いいけどお腹壊しても知らないよ?」

「いただきますなのだー」

「聞いてねー」

「ごちそうさまなのだー」

 

なん…………………だと…………!!

食べるのが早すぎる………その魚凍ってるんだよ?なんて奴だ。

 

「ルーミアはたしか人間早食い大会でぶっちぎりの一位だったぞ。さすがのあたいもあれは引いた」

「うげ……なにその大会、よく直視できたね」

「見てない、感じた」

 

目が悟り開いてる………チルノが扉開いちゃってるよ。

 

「じゃさらばー」

 

帰るのも早いなー。

突然ルーミアの周りが暗くなっていく。

少し経つとルーミアの周りが円形状に暗闇に包まれた。

な、に、そ、れ。

 

「あんな感じにになったルーミアは食べ物を探してるんだぞ」

「へー、あの状態どっかで見たような………」

 

あ、クリー○だ、ヴァニ○・アイスのあれだ。

新手のス○ンド使いだなてめー、てめーアヴ○ゥルをガオンする気だろ、○ギー蹴り殺す気かてめー。

 

「食べ物って、人間?」

「うん」

「oh………」

 

ま、まぁわかってたけど、日常的に人が喰われてるってなると………なかなかくるものがある。

あと一個だけ干し肉あるし、しゃぶっとこう。

 

「あ、そうだこれ忘れてた、はい。」

「ん?あ、花冠か」

 

そういや忘れてたなぁ。

これ、大きさ的にもう頭つけれないんだよ、腕に巻くにも大きすぎるし。

 

「チルノいらない?」

「いらない、お花化け物に目をつけられたくない」

「だよねぇ」

 

チルノの頭ならフィットするかと思ったんだけど………どっちにしろ小さいか。

なんで枯れないのかなって思ったら、妖力が染み付いてらっしゃるし………多分幽香さん妖力これに流し込みまくったよね?

………二つに変えるか。

茎と茎が巻かれているところを二箇所解いて、それぞれで繋ぎ直す。

手首に巻くといい感じにハマった。

このままでいいや、もう適当で。

 

「じゃああたいはもういくぞ」

「なぁチルノ」

「なに?」

「妖精って死ぬの?」

「死んでも生き返る」

「へー」

 

へ?あ、へ?

生き返るんか………妖精生き返るんか………じゃあもし私死んでも生き返る可能性が………それを試す気にはならないけどさ!

 

 

 

そろそろ暗くなってきたなー。

あのあと、湖と睨めっこして魚を見つけたら飛び込んで殺意満点の枝で刺して捕まえてたんだけど、あのゲテモノ魚しか手に入らなかった。

え?その魚どうしたのかって?

ポイ捨てしてきた。

まぁ今日はとりあえず寝るとしよう。

寝る場所もい外でグースカ寝てルーミア間に襲われるかもわかんないけど、寝る場所がないからしょうがない。

あ、ゲテモノ魚は一尾だけ取っといた。

大ちゃんなら美味しい調理方法知ってるかもしれない。

 

 

湖から離れて森の中へ入った。

今までに感じたことのない、誰かに見られているような感覚。

冷や汗………足をすこしづつ早めていく。

今すぐ駆け出してこの場を抜け出したいけど、そんなことをしたら急に襲われるかもしれない。

 

連日命の取り合いするとか、本当に勘弁して…

 

「——ッ!?」

 

とっさに体を浮かして霊力を放出しその場を離れる。

持ってた魚が抉れた。

尻尾を持ってたから頭の方を持ってかれた。

いや、魚はどうでもいい、どっからきた。

背筋が凍る。

その場を離れると、近くにあった木が突然倒れてきた。

腐食してたって感じでもない、攻撃によって倒された。

見えないどこだどこだ。

木に囲まれてると確認しようにもできない。

飛び上がって木の上に浮かぶ。

すると私を襲ってきた奴も一緒に浮かんできた。

いつの間にか日も落ちて、月明かりが木々を照らしている。

そんな中、明らかにそこだけ真っ暗な空間があった。

暗黒空間かな?というか暗黒空間だよね。

というか、闇だ。

昼間見たルーミア?いやでも、雰囲気が違う。

殺意剥き出しだし………でもあの形は昼間と同じなんだけど、どうなってんだ。

黒い球体がこっちに突進してくる。

月からの光のおかげでなんとか見れる。

霊力を放出して回避し続ける。

当たったら終わる、そんな緊張感がやってくる。

なんども避け続けていると、急に黒い球体が下の森の中へ消えた、その隙にその場を離れる。

さっさと逃げなければ、クリー○とやりあうとか絶対にお断りだ。

 

「逃さないよ」

 

聞いたことのある声

その直後、背中に焼かれたような痛みが襲った。

痛い、痛すぎて声も出ない。

とっさに振り向いてその顔を確認する。

 

「やっぱり、お前かいっ」

 

金色の髪に、赤い目。

だけど、昼間見たあの幼い顔とはかけ離れた顔。

笑みを浮かべながら、冷たい目で私を見ていた。

体を捻って足のつま先から霊力を放出、かかとでその顔を捉える。

柔らかい感触、そのままかかとが回って一回転した。

相手の確認をするより背中の痛みをどうするかを考える。

どんな攻撃を喰らった?傷の程度は?

ガオンされなかっただけましか。

霊力を背中に集中させる。

といっても傷の程度が分からなくて、どういう風に集中させたらいいか全く分からない。

 

「いたた………やるねぇ」

「見逃せ」

「断る」

「それを断る」

「無理だね」

 

周囲の闇を払ったルーミアが顔を出す。

背中の痛みが少しだけ引いた気がする。

 

「あたしは一度狙った獲物は逃さないって決めてるんだよ」

「獲物じゃねえよ毛玉だよ」

「獲物だろ?」

 

昼間会ったのになんでそんなに私のこと襲ってくるんだよ、ひどくない?

 

「さっき会ったの、覚えてない?」

「ん?知らないねぇ」

「というかルーミアだよね?」

「そうだよ」

 

多重人格者かおめーよー………そーゆーのもういいからあり溢れてるから、そーゆーキャラ付けもういいからぁ。

 

「あ、もしかして昼間会ったのか?」

「そうそう、思い出した?」

「いや、記憶にない」

「な、ん、で、や」

「こいつのせいだよ」

 

そういうと、頭につけたリボンを指差して話し始めた。

 

「こいつは昔派手にやった時につけられたもんで、一種のお札みたいなもんだな。ずっと封印されてて、お前が見たときみたいな感じになってたんだけどな。最近効果が弱まってきたみたいでなぁ、時々、夜の間だけこうやって本当の私が出てくるんだよ」

「話長い、わかりやすく言え」

「お前馬鹿だろ」

 

あら分かりやすい。

背中の痛みで頭が働かないんだよ察しやがれこんのパツキンがぁ。

 

「おっと、今から食う相手に長話しすぎたな。じゃ、足掻くだけ足掻いてくれよ」

「生命力ゴキブリなめんなよ、生きて生きて、家具の隙間に逃げ込んでやるわ」

「いいねぇ、やってみなよ」

 

闇に包まれてなければ姿が見える。

逃げるのは多分無理、追いつかれて追撃くらって死ねる。

じゃあ交戦するしかないわけだ。

食らえ!イメトレの成果!

うおおおおお!!

霊力を固めて氷塊にして宙に浮かばせる。

 

「エターナル○リザード!」

「いや、当たらんわ」

 

スルッと避けられた。

なんでやそこは当たれや!キーパー技だせよ!ゴールネットに入っちゃうでしょーが!

体を浮かして突っ込む。

右手を振りかぶって迎え打とうとするルーミア。

恐ろしく鋭いその爪が私の首を突き刺そうとした瞬間。

毛玉状態になって避けた。

もう一度人の形になり、ルーミアの頭を両手で掴む。

霊力を流し、浮かしながらそのまま前へと投げて地面へと叩きつけた。

反撃される前に両手を踏みつけて凍らし、忍ばせておいた短剣を首に突きつける。

 

「どうした、やらないのか?」

「刺しても死なないよね?」

「死なない」

「じゃあ私今から帰るから、襲わないでくれない?」

「え?」

 

お、どうしたそんな変な顔して、口閉じなよ。

よほど予想外の言葉だったのか、十秒くらいそのままの状態で固まってた。

 

「お前………変な奴だな」

「知ってるわ」

「あはは!いいよ行けよ。お前は今すぐ食うよりとっておいた方が美味しくなりそうだ。私が油断したのを見逃してくれるってんだからな」

「いや食うなよ」

 

あー背中痛い。

 

「じゃ、そゆことで、もう襲ってくんなよ」

「今は襲わんよ、今はね」

 

一生襲ってくんなって言ってんの、わかんない?

霊力を背中に集中する。

早く治ってくんないかな………

 

「あとお前、若いだろ」

「え?あ、まぁ、そうなのかな?」

「そんな力じゃなくて、妖力使ってみな」

「そんな力?妖力?」

「いいから」

 

じゃあ………

体の中で散らばっている妖力を背中へと集中する。

すると一瞬で痛みが引いた。

 

「え?どういうこと?」

「はは、思った通りだ」

「思った通りってなに!ちょ!教えて!」

「じゃあな毛玉さんよ!」

 

あ、もう氷砕いて行きよった………

 

さっきのはあっちが完全に舐めてたから勝てたようなものだし………

妖力についてもまだまだ知らないことだらけだ。

 

流石に明日は襲われないよね?

つか早く帰ろう、また大ちゃんに蹴られる。



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何かに巻き込まれそうな毛玉

活動報告書いてます。
気が向いたら見てあげてください。


服がボロボロだぁ。

針も糸もないんだ、縫えるわけがなかろう。

糸はないけど毛はあるよ、縫えないけど。

穴が開いたり、破けたり………大ちゃんやチルノって妙に洋服っぽいの着てるけど、あれってどうやって手に入れてるんだ?

聞いたらこの世に存在した時からあの服なんだってさ、解せぬ。

なぜ、私だけ全裸だったんだ、なぜ私だけツルピカザルだったんだ。

あ、毛玉だからか、そっかぁ。

自己完結した。

 

謎のスタン○使いルーミアに襲われてから三日ぐらい経った。

久々に平和な日常やでぇ。

 

さて、妖力についてだ。

この妖力、私の身の丈に合っていない。

体が傷ついたとき、霊力や妖力を消費して傷を癒すことができる。

これは、再生能力を高めるという意味だ。

私の場合は、体に穴が開いたら霊力が再生能力を高めて傷がだんだんと塞がってくる。

人間の自然治癒と比べたら、まあ結構回復力は高く、ちょっとした傷なら一分くらいで完全に治癒する。

しかしこの前は妖力を使うと大怪我でも構わずすぐに治った。

あのあと触って確かめたりしてみたけど、傷を負う前と何にも変わらなかった。

 

私の考えとしては、幽香さんの妖力は凄すぎて傷を治そうとしたら一瞬で治るってことだ。

だけど、私の体は霊力で構成されていると大ちゃんは言っていた。

気がする。

だったらなぜ、妖力で傷が塞がるんだろうか。

体と合わない力で傷は塞がるのか?

しばらく試していくうちに、答えがわかった。

 

私の妖力は霊力に変換できる、それも無意識に。

そして変換効率がヤバイ。

ちょっとの妖力で私の今持ってる霊力の倍以上増える。

しゅごい、しゅごい幽香さんしゅごい。

幽香さん怖い。

そしてこの変換によって大量に生成された霊力は再生じゃなくて体の再生成に使われている。

つまりもう一度体を作ってるってことだ。

そりゃあ治るの早くなるよね。

私の体は貧弱だから、きっと体を構築してる霊力も少なくて余計早いんだろう。

 

あと、霊力と妖力の量も、以前に比べてそこそこ増えた。

なぜだかわからないけど、増える分には別にいいや。

 

 

しっかし………誰かに見られてる気がしてならないんだよねぇ。

 

辺りを探っても誰かいた形跡とかは全く見つからないのに、誰かに見られているという違和感だけが常にある。

杞憂にしては、頻繁に襲うこの感覚。

やれ闇を操る妖怪や、人の心を読む妖怪や、よくわからないお花化け物がいる世界だ、何があってもおかしくない。

 

見られている感覚のする方向、妖怪の山の方を向く、なんかしてやろうか。

 

親指を伸ばして、首を掻き切る動作をしてやった。

どうせ誰も見てないしへーきへーき。

誰か見てたら?知らんな。

 

とにかく服どうにかしよーっと。

 

 

 

 

 

「………これは……」

 

あの毛玉、どうにかしてるんじゃ?

人の形をした毛玉ってとこには驚かないけど、これだけ離れていても微かに感じることができる妖力とあの再生力。

そして、この眼で見ているのを察知してあの表情………

あの動作は間違いない、これ以上私を見るならお前を殺すという意味だ。

いくら距離が離れているとはいえ、この距離から見られているのを察知したんだ、早くこの場を離れないと。

 

「柊木さん山に戻り………何やってるんですか」

「あ?昼寝」

「働けよ」

「ぐはっ、腹を思いっきり蹴るなよ!お前それでも女か!」

「女に蹴られただけで喚かないでくださいそれでも男ですか」

「いや、蹴りは男女問わず痛いからね!」

「………」

 

昼寝して天を仰いでいた同僚を蹴り飛ばしてやったら文句を垂れてきたので、思いっきり敵意を込めて睨み付ける。

 

「帰ろうか、うん」

「働かないならかえってください、土に」

「死ねと?」

「はい」

「お前最近ひどくない?」

 

最近ずっと寝る暇もなく働いて忙しいくて疲れてるのは分かるけど昼寝は違うでしょう。

職務怠慢するのが悪いんですよ。

 

「で、どうだった、あの毛玉」

「あれ本当に毛玉なんですか、その辺の野良妖怪よりやばいですよ」

「そうか、じゃあとりあえず上に報告な」

「柊木さんやってくださいよ」

「はぁ?人に押し付けるなよ」

「働いてないくせによく言いますねぇ」

「くっ………その目を止めろその目を!その死にかけの子犬を見るような目は止めろ!」

「子犬の糞を見る目ですけど?」

「………お前糞をいちいちそんな睨みつけてんのか」

 

腹が立ったから足を思いっきり踏んでやったら悶絶していた。

こんなくだらない事してる場合じゃないんですよ、早くあれの対策練らないと………

試しにあの毛玉をもう一度見てみるとこけて鼻から血を出していた。

 

「変な奴………」

 

 

 

 

今は白狼天狗専用の寮の中にいる。

大天狗に報告を終え、一日の業務を終えて自分の部屋へ戻ろうとしたはずなんだが………

 

「こんにちは柊木さん!椛はどこでしょうか!あ、髪切りました!?」

「切ってないですうるさいです黙ってください。なんの用ですか射命丸さん」

 

自分の部屋の扉の前で足止めを喰らった。

目の前で顔を近づけて大声で話す射命丸文。

なんかお偉いさんとこの生まれとか聞いたから、言葉遣いだけは気を付けている。

一応俺たち白狼天狗の下っ端と比べたら位は高いんだが、なぜか気軽に話してくる。

こっちはちょっとでも言葉遣い間違えると減給が待っているからあまり話しかけて欲しくない。

彼女が俺たち下っ端に敬語を使うのは何故か知らない。

 

「いやぁ、湖の近くに変な毛玉が出たって話でしょう?なんでも人の形をしているとか。もうそれ毛玉なのか怪しいと思うんですけどぜひ色々知りたいんですよ。確か今日椛と柊木さんってあの毛玉の見張りの任務でしたよね?ですから色々お聞きしたいなぁ、と」

「はぁ………やっぱりそういう事ですか。椛は任務終えたあと別れたので知りません」

「あやや、それは残念、ではまたきますので」

 

もう来ないでくれ。

というか、男と女の寮は別なはずなんだが?椛探しに来たのになぜ男の寮へ?

鴉天狗特有の速さで飛んでさっていく射命丸。

風で備蓄品が吹っ飛んだ、直せよ。

 

「………行ったぞ」

「すみません匿ってもらって」

「いいから早く帰ってくんない?俺も寝たいの寝させろよ」

 

後ろの扉へ声をかけると、扉の隙間から頭が出てきた。

扉から頭だけ覗かせている椛。

射命丸がやってくると察したのか、なぜか俺の部屋に逃げ込んだ。

 

「早く帰れよ、変な噂立てられたら敵わん」

「私だってこんな臭い部屋入りたくないですよ、顔見知りで一番近かったのがここってだけです」

「え?臭かった?どのへんが?どのへんが臭かった?」

「あの辺です」

「あの辺ってどこ」

「やっぱその辺でした」

「いやどこだよ」

「じゃあ全部」

「じゃあってなんだよ」

 

臭いって傷つくんだけど。

 

「やっぱりここに居ましたか椛」

「「!?」」

 

背後から急に射命丸の声がしてびっくりした。

帰ったんじゃなかったのかよ。

 

「おじゃましまーす」

「あ、ちょ、勝手に入らないでください!」

 

当たり前のように人の部屋に侵入する射命丸、帰れよ頼むから帰れよ。

 

「な、何故ここが」

「ふっふっふ、甘いですよ椛。貴女が隠れそうなとこなんてこの私にはお見通しですよ」

「やめてください気持ち悪い」

「それは酷くないですか?長い付き合いじゃないですか、ちょっと話を聞くくらいいいでしょう?」

「そんなに気になるなら自分で見てくればいいのでは?」

「いやぁそうしようと思ったんですけどね?見に行こうと思ったその日に限って普段の二倍の仕事が上から投げられるんですよ。酷くないですか?」

 

いや、自分の素行のせいだと思う、完全に対策とられてるな。

そうやって勝手に行動して問題起こすからそうなるのでは?

 

「しょうがないですね………喋らないと帰らないですよね?」

「当然でしょう!今この瞬間も仕事抜け出して来てるんですから」

「いや、それはともかく俺の部屋でそのやりとりすんのやめてくれませんか?できれば他の場所で………」

「「断ります」」

「なんでそこだけ息合うんだよ」

 

 

 

 

「なるほど………宵闇の妖怪をも退ける力を持っている毛玉ですか………異常ですね。毛玉自体は少し探せば見つかる程度にはいますけど、そこまでの力を持つというのは聞いたことがないですね」

「しかもあの毛玉、私が見ているのに気づいてこれ以上見るなら殺す、とやってきました」

「おぉ、怖い怖い。では大天狗殿はどういう考えなのですか?」

「放置の方針らしいですよ、上の考えることはよくわかりません。あれは放って置いたら化け物になりますよ」

 

二人ですごい話に熱中していらっしゃる。

確かに、地底に侵入したやつを野放しにしておくというのは悪手にしか思えない。

あれのおかげで生活が苦しくなった。

 

「じゃあ椛、今度空いている日に行きましょうよ」

「行く?………まさかとは思いますけど」

「そうですねその毛玉のところですね」

「駄目ですよ!もしこっそり行くにしてももし上に気付かれたら文さんも私たちもどうなるかわからないんですよ!?」

「私たち?もしかして俺入ってる?嘘だろ?言い直せよほら、早く」

 

無視してきやがる………

確かに俺と椛はあの毛玉の監視任務の時であれば接触することも可能だが、射命丸が行くってことになると発覚すればただじゃ済まないだろう。

まず絶対上から許可下りない。

組織に関しての決め事は大天狗や天魔が決めるのだ、下っ端が勝手にいろいろ行動して言い訳がない。

 

「せめて許可取りましょうよ射命丸さん」

 

と、声をかけたら

 

「そんなの取れるわけないじゃないですかー。大丈夫です!私逃げ足だけは自信あるので」

 

と、無責任な言葉が返ってきた。

 

「俺達は大丈夫じゃないですよね?それ俺たちだけお叱りもらうやつですよね?」

「はぁ、しょうがないですねぇ。じゃあ私の独断行動ってことでいいですよ」

 

おい何がしょうがないだよ、当然だろ。

それに結局それ、俺たちが責任取らないといけなくなるだろ。

 

「報告しなきゃいいんですよ、知られなきゃ違反じゃないんですよ」

「私たちじゃなかったら粛清対象ですよ、その発言。やるのは勝手ですけど、どうせ私たちの任務の時にやるんでしょう?」

「もちろんですとも、その方がいろいろ都合いいですしねぇ」

「はぁ………じゃあいいですよ、付き合ってあげます」

「わーい椛優しいー!」

 

なんやかんやでこの人には甘いんだよなぁ。

椛に近づいていく射命丸。

 

「近づかないでください上に報告しますよ」

 

あ、蹴られた。

さて………近頃この山も不穏な雰囲気だし、厄介なことにならなきゃいいんだがなぁ。

 

 

 

 

「ばー」

「ピュァァァァァァ!?」

 

し、心臓破裂するかと思ったぁ!

真夜中の道で脅かしてくんなよ!寝れなくなるでしょうが!

 

「って、ルーミアか………今日はあれじゃないんだね。よかった………」

「こんな夜中に何してるのー?」

「え、あ、うん。この魚どうしようかなって」

 

例の魚、いっぱい獲れた。

あの湖、この魚しかいないの?こんなんサバイバル無理やて、生きてかれへんて。

 

あのルーミアとの戦いの後も、ちょくちょくルーミアとは顔を合わせたけど、あのやばいほうの彼女とは会っていない。

本人はあの夜のことは覚えていないようで、バカオーラを醸し出している。

 

「いる?」

「いらない、まずいから」

「あ、やっぱり不味かったのね」

 

こう見るとあの夜のルーミアと同じ人とは思えないなぁ。

まず髪の長さ違うでしょ?それに背丈も違うし………目つきも違う、あっちはすごい鋭かった。

 

「なぁルーミア、聞きたいことがあるんだけど、いいかな?」

「別に構わないぞー」

「どうも。人って美味しいの?」

「変なこと聞くのだー」

 

まぁ、確かに妖怪からしたら変なことだろう。

妖怪に限らず、人を食う者はそれを当然のこととしか考えていない。

美味しいか美味しくないかはともかく、生きるために必要だから食べるということもあるだろう。

そこには人が家畜を育てて加工し、食すのとなんら変わらないものがある。

ただ、本人達はどう思っているのか聞きたい。

どう思って人を食べているのか。

 

「美味しいのと美味しくないやつもいるのだー。見た目がまんまるとしてる方が美味しいのだー」

「ふーん、じゃあなんで人を食べるの?」

「何で?そんなこと考えたことないのだー、普通に生きるためじゃないのかー?」

 

やっぱりなぁ。

突き詰めれば食べるという行為は全て生きるためにたどり着くだろう。

誰だってそうだ、生き物は何かを食べないと死んでしまう。

人と妖怪は違う。

種族が違うのなら、それはもう捕食対象なのだろう、生きるためには仕方のないことだ。

 

「人食べなくても生きられないの?」

「無理なのだー」

「なんで」

「なんでって言われても………そうしなければいけない気がするのだー」

 

人を食べなければ生きられない。

妖怪の中でも人を食べる奴と食べない奴がいるけど、ルーミアは食べる奴。

現代ではゆるキャラ的な感じになってるけど、この時代では妖怪は人からの恐怖の対象。

そこに何か、私如きには理解し得ない何かがあるのは間違いない。

妖怪は人に恐れられるもの。

人を食うという行為も、人に恐れられるための手段なのだろうか。

あぁもう、さとりん辺りに聞いておけばよかったなぁ。

 

まぁ結局何が言いたいのかというと。

 

毛玉の存在意義ってなんだろ

 

考えても考えてもわからん。

妖怪や妖精は、現代でも広く知られているし、昔は実際に信じられていた。

でも毛玉が生命体だなんて初耳だ。

毛玉なんてあれでしょ?猫がオエする奴でしょ?それがなんで生命体になってるんだよ。

しかもこの幻想郷では別に珍しくもないみたいだし………もうこれわかんねえな。

そういや私なんの毛なんだろう。

やっぱり猫?猫なの?

いいやもう、どうせ考えてもわかんないし。

 

「ちょっとルーミア、ベジタリアンになってみない?」

「べじた………なんなのだそれはー」

「肉以外のものしか食べない人」

「そんなことしたら死んじゃうのだー」

 

人は死なないのに。

人が人喰い妖怪に食べられるのは自然の摂理。

それを阻止しようとするのは生態系の破壊に繋がる………のかもしれない。

 

 



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何かに巻き込まれるのは決定事項と化したのであった。



「………それで、山の天狗さんが何の用ですか?私たちは何かした覚えがないんですけど」

「いえいえ、何もあなた達に用があるってわけじゃないんですよ。ちょっと探している人がいまして、すこしお伺いしたいなぁ、と」

 

胡散臭い笑みを浮かべながら質問をしてくる妖怪の山の鴉天狗。

後ろには二人の白狼天狗がいる。

 

「探している人って、どんな人ですか?」

「そうですねぇ。こう、髪の毛が白くてすごくもじゃもじゃで、割と小柄な人って聞いてるんですけど。合ってます?」

「合ってます」

 

後ろの白狼天狗の女の人が相槌を打つ。

髪の毛が白くてもじゃもじゃ………完全に毛糸さんだよね。

この場にチルノちゃんがいなくてよかった、多分この人たちに突っかかっていたから。

 

「その人に何の用なんです?」

「いえ、別に何かしようという気ではないですよ。ただちょっとお話をね………」

「………知りません」

「あやや。そうですか。残念です」

 

とりあえず知らないふりをしておこう。

妖怪の山の天狗が山の外まで出てくるってことは、何か絶対に面倒くさいことのはずだから。

毛糸さんがいったい何をしたのか知らないけど………

 

「ご協力感謝します。では失礼」

「あ、はい、さようなら」

 

意外とあっさり帰っていったな………また来るのかな?あとで毛糸さんにこのことを伝えておこう。

天狗の人たちはお互いに何かを喋りながらどこかへと言ってしまった。

 

 

「よかったんですか?あの子いつもあの毛玉と一緒にいる子ですよ」

「いいんですよ、別に妖精に用はありませんし、無理に情報聞こうとしたところでって話です」

「どうせ椛の千里眼で探すから関係ないとか考えてるんだろうなぁ」

「お、よくわかりましたね柊木さん!ご名答です」

「え、嫌なんですけど。あの毛玉見たら殺害予告してくるから怖いんですよ」

「まぁまぁそう言わずに、ちょっと見るくらいなら気づかれませんよ。さぁ早く!」

「はぁ、しょうがないですね………」

 

一度目を閉じたあと、瞑想のようなものをしてもう一度目を開けた椛。

その視線の方向は目の前の木に向けられていたが、そんな近くを見てはいなかった。

 

「………………見つけました。ここから近いとこにある洞窟の中にいます」

「おぉ、さすが椛、見つけるのが早い。では早速向かいましょう」

「貴女は行動が早すぎます、もう少し考えて………ってもう行ってるし」

 

はぁ、と同時にため息をつく白狼天狗の二人。

走りながら、早々に飛んで行った文のあとを追っていく。

 

「なんであんなめちゃくちゃぶりで俺たちより偉いんだろうなぁあの人」

「知らないんですか柊木さん、あの人、仕事できて戦いに関してもその辺の白狼天狗はで手も足も出ないくらいつよいんですよ」

「え?そうなの?」

「それに加えて美人ですし、性格以外は最高の女性って噂されてます」

「ま、まぁ確かに美人だけども………」

 

そんな話をしながら文の後を追っていった。

 

 

 

 

「あ、いた!ちょっと文さんどんどん先に進まないでくださいよ」

「しっ、椛静かにしてください。今大事なところなんです」

 

洞窟の外から静かに中を覗き込む文、それに続いて椛と柊木も中を覗き込む。

 

「………なにやってるんだ、あれ」

 

洞窟の中では、毛糸が謎の動きをしていた。

 

「いっちにぃさんしっ、ごぉろっくしっちはちっ」

「………なんでしょうね」

「さぁ?わかりません。毛玉という種の独特の動きかもしれませんねぇ」

 

毛糸はただラジオ体操の動きをしているだけなのだが、無駄になまりのある掛け声と下手な体操が合わさって文達には謎の踊りか何かに見えていた。

 

「………よし、ラジオ体操終わり。今日も今日とてあのゲテモノ魚獲りにいきますか」

「あ、出てきますよ、隠れないと」

 

急いで近くにある茂みの中へ隠れる三人。

割と音を立てたが、毛糸がそれに気づくことはなかった。

 

「文さんいいんですか?話聞くんじゃなかったんじゃあ」

「いきなり押しかけたら向こうも警戒してまともに話すこともできなくなるかもしれないでしょう?それにいきなり接触するのも危険です。何事も下調べが重要なのですよ」

「へぇ、何も考えてないようで実はそこそこ考えてたんだなぁ」

「失礼ですね、私だって考え事ぐらいありますよ」

「例えば?」

「今日の晩ご飯!………すみませんそんな目で見ないでください傷つきます」

 

顔を伏せる文を冷ややかな目で文を見つめる椛を呆れた目で見つめる柊木。

逃げるように毛糸を追いかける文に2人はついて行った。

 

 

 

 

んー…………誰かが見ている、そんな気がしてならないのですよ。

というかもう、明らかに見ている、ついてきている、違和感が確信になってる。

最近はあの洞窟の中で過ごしているんだけど、入口の茂みでなんかガサガサしてたし。

いや、怖かったから放って置いたけどさ。

 

一人ではない、複数人私をつけている。

こっちから話しかける?いや、放って置いたら帰ってくれるかもしれない。

………もしかしたら、あの首を掻き切る動作で反応して近くまで来たの?やっべ、私死ぬじゃん。

もしあの感覚が本物で、あの動作が見られたのなら、私をつけているのは多分妖怪の山の天狗。

確かにさ?私は勝手に山に入って地底に侵入したさ。

でも不可抗力じゃん、わざとじゃないんだよ。

どちらにせよ、接触は避けられないかぁ………

 

「………隠れてないで出てきなよ」

 

後ろに気配のする方へ話しかける。

 

・・・

 

あれぇ?返事が返ってこない。

もしかして誰もいなかった?ただの気のせい?やばいやばい恥ずかしい、自信満々に出てこいとか言って誰もいなかったとか悲しすぎるでしょ、勘弁してください。お願いィ!誰か返事してェ!私を一人にしないでェ!!

 

「気付かれるとは………聞いた通り、なかなかの手練れのようですね」

「そりゃ気付かれますよ、そんなかっこつけないでください、翼がいろんなところに擦れて音立ってるんですよ。まずその翼折り畳んでから言ってください」

「ちょ、椛、今大事なところなんで水差さないでください。第一印象が大事なんです、天狗が舐められたらおしまいですよ」

「いや、多分もう手遅れだな」

 

………なんか騒がしいなぁ。

あーあー、私無視して言い合い始めちゃったよ、やっぱり私恥ずかしいじゃん。

 

「だいたい貴方はいつもですね——」

「そっちこそいつも人を振り回して——」

「あのぅ、すみません、そろそろ………」

「「部外者は黙っててください!」」

「なんでそこだけ息合うんすか、実は仲良いだろあんたら」

 

部外者て………そっちから話しかけてきたくせに、それはないでしょーが。

横の男の人は………

 

「立ったまま寝ている………だと」

 

なぜこの状況で寝ることができるんだ、そもそもなぜ寝るという行為にいたるんだ。

 

「こいつらこうなったらもうどうしようもないから、もう誰にも止めらんないから。諦めて寝ようぜ」

「お、おう………それでいいのかあんたは」

「考えるのやめたわ」

 

………なんか気が合いそうだな。

 

「名前は?」

「あ?柊木でいい、そっちは?」

「毛糸でいいよ」

「そうか」

 

………

やばい、やることがない。

前の二人が何かしてくれるまでなにもできない。

というか、言い合いの内容が相手の悪い点ばっか言い合ってるだけなんだけど。

そんなことのために私は今ここで待たされてるの?なんなん。

 

「………ところで柊木さん、どっかで会ったことある?」

「いや、会ったことはないはずだが」

 

そうか………声聞いたことある気がするんだけどなぁ、気のせいか………

 

「お前、地底に行っただろ」

「え?あ、うん」

「あの時お前を呼び止めたのが俺だ」

「………あ……ごめんわざとじゃなかったの!半分くらい拉致だったから!というか100%拉致だったから!」

「いいよ別に、給料減っただけだしな」

「………さーせん」

 

大丈夫じゃないね、目が遥か遠くを見据えてるね、ごめんね。

文句を言うならこいしに言ってね、

 

「………」

「………」

 

 

 

 

「おほん、失礼いたしました」

「本当ですよ、なんで毎回毎回こうなるんですか、学習能力無いんですか?」

「ちょっと椛、仕切り直そうとしてるんですから突っかかってこないでください。あと口悪いです、流石の私でも泣きますよ」

「いいですよ?帰ったらみんなに言いふらしますけど」

「あーもーキリがない!いい加減にしてくんない!?さっさと話ししてよ!こちとらさっきからずっと待ってんだよ!」

 

大声出したらなんか驚いてらした。

なんだろ、緊張感ってのがないんじゃないかな?もっとしっかりやりなさいよ、そんなんだったら舐められるよ?チルノに。

 

「すみません、じゃあ本題に入りま………」

「どうしたの?」

「いえその………私たちなにしにここにきたんでしたっけ」

「それ忘れたら駄目だろ、この毛玉について知りたいってあんたが言ってきたから俺たちが付き合ってやってんだよ馬鹿か」

「あ、あー!そうでしたね!すっかり忘れてました。あと柊木さん、敬語はどうしたんです?」

「あんたみたいな人に敬語使うのも面倒くさくなった」

「なんでこう、白狼天狗って口が悪いんですかね?まぁその方がこちらもやりやすいですけど」

 

なんだこいつら、いつまで経っても話が進まない、本当になにしにきたんだよ、帰っていい?

 

「申し遅れました!私、清く正しい射命丸と申します!以後お見知り置きを!」

「白狼天狗の犬走椛です、あまり下手な動きをしないでください、斬りますよ」

 

おうふ、しっかり警戒されていたでござる。

いや、警戒してさっきのあの言い合いしてたの?なんかスゴいね。

 

「ほら、柊木さん、貴方も自己紹介してくださいよ!」

「もうしたんだけど」

 

また呆れたような表情を浮かべる柊木さん。

間違いない、この人は苦労人タイプだ。

 

「じゃあ私も、白珠毛糸です、私に何か用で?」

「そうですそうです!毛玉でありながら野良妖怪以上の力を有している毛糸さんに是非お話をお伺いしたいなと!聞けばあの危険妖怪ルーミアさんをも退けたらしいじゃないですか!」

「いや、あの、そう一気に喋られたらなにから答えたらいいのか………あと、どこでそれを?」

「この二人が貴方を監視していたんですよ」

 

白狼天狗の二人かぁ。

見た目からして、さっきから文って呼ばれてるのが鴉天狗なのかな?

 

「じゃあ早速質問させていただきますね。普段はどんなことをなさってるんですか?」

「どんなことって言われても、まぁ普通にこの湖の近くで暮らしてるだけなんだけど」

「へぇ、では妖精たちとはどう言う関係で?かなり親しくしているようですが」

 

畳みかけてくるなぁ………私こーゆーガツガツくるタイプの人苦手なんだよなぁ、いろいろ知ってそうだし………あの椛って人は敵意むき出しだし、できれば穏便に済ませたいところ。

 

「まぁ近くに住んでるって感じかなぁ、時々遊んだりしてるけど、別に何か貴方が気になるようなことはないと思うんだよ」

「いえいえ、毛玉が人の形をしていて、それで強い力を持つなんて私も初耳ですので、どれも興味深いですよ」

 

笑みを崩さずに質問攻めをしてくる文。

こいつはあれだな、油断できないタイプの人だ、腹の中に獣を飼ってるとかそう言う人。

多分私に興味があるってのも本当だろうけど、一番は自分たちにとって私が害とならないか、その一点が気になるのだろう。

こっちだって向こうが何かしてこない限りは私だって何かしようって気にはならない、むしろ天狗なんて奴らとは出来るだけ関わりを持ちたくない。

 

「あとこれは別に咎めるわけじゃないんですけど、地底に侵入したのはどう言った理由でしょうか?地上と地底は不可侵条約を結んでいるので、故意に侵入したのであれば………」

 

ほら、本音が漏れた。

やっぱり私という存在より、私の腹の中を探ろうって気だ。

 

「あれは事故だよ、地底の人に拉致されたの。別に何か企んでとかじゃないから心配しなくてもいいよ」

「そうでしたか、それは災難でしたね。では最後の質問をさせていただきます」

 

雰囲気が変わった。

本人が一番聞きたいことを聞かれる。

私がそっちの意図に気付いたがバレたか。

 

「貴方が椛にしたという、首を掻き切る動作、あれはどういう意図があってなのでしょうか」

 

あちゃー、やっぱりそっちかぁ。

いや、これを好機と捉えよ、こっちだって面倒ごとはごめんなんだ。

 

「別にどうってことはないさ、ただ、私を変なことに巻き込むのは勘弁してってだけ。別に私は何かしようって気はないよ。ただし………」

 

霊力ではなく、妖力を前面に出す、相手を威圧するように。

自分の周りの空気が変わっていくのを感じる。

 

「そっちから仕掛けてくるってんなら、こっちも黙ってることはないけどね」

 

白狼天狗の二人が剣を握り構えをとる。

鴉天狗は私の目の前で様子を変えずに立っている。

さぁ、どうなる。

 

「剣を下ろしてください二人とも。この人は大丈夫ですよ」

「しかし………」

「大丈夫ですから。さて、毛糸さん。面倒ごとは避けて通りたい、それはこちらも同じです。そう威圧しなくたっていいですよ」

「………そうか。用が済んだなら帰ってくんないかな?」

「そうですね、此方もやりたいことはできましたし、これで帰らしていただきましょうか。では、またお伺いさせていただきますね」

 

背を向けて山へと飛び去っていく三人。

案外あっさり帰っていったなぁ………あれ?また来るって言った?

 

………

 

「いや、もう来るなよ………」

 

 

 

 

「よかったのか?放っておいて」

「いいんですよ、あちらも私たちが何かしない限りは手出ししてこないでしょう、それに」

 

後ろを向いてあの毛玉を見る射命丸。

 

「あれは上手く使えば、私たちにとって心強い存在となるでしょう」

「………やっぱりあんた、普段の間抜けっぷりは演技だろ」

 

また呆れた顔をとため息をしながら、山へと帰っていった。



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二つ返事でいいよと言うのは考えなし

「また来ちゃいましたーあははは」

「お引き取りください」

「そんなこと言わずに、ちょっとくらいお話しさせてくださいよー」

「お引き取りください」

「この前の話なんですけどね?ちょっと訂正したい部分があって」

「お、ひ、き、と、り、く、だ、さ、い」

「やっぱりあの部分なんですけどね?あそこはやっぱり東の方で」

「帰れや!あんたはタチの悪い宗教勧誘かなんかか!?勝手に話進めて行きよって!うちは無宗教じゃ!それともあれか!?N○Kかおめえはよぉ!うちにテレビはねぇぞコルァ!」

「ちょっと待ってください落ち着きましょう。別に宗教勧誘しに来たわけじゃないですしそのえぬえいちなんたらではありません、あ、ちょっと、石投げないでください、ちょ」

「かっえっれ!かっえっれ!」

「毛糸さんー、おちつきましょー、石投げないでくださいー」

「ひこうタイプにいわタイプは効果抜群なんだよ!知らんのかこのドンカ○ス!」

「なんの話ですか……」

 

よし参り始めてるな、これを後3日くらい続けたらもうこなくなるだろ。

 

また来ると言ってからすぐ、その日の夜に一回来よった。

内容は確か………忘れちゃった。

その日は確かもう寝るんでと言って帰ってもらった。

最近は朝は洞窟昼から夜まで湖にいるって感じで過ごしているんだけど、朝昼晩と、一日3回押しかけてくる。

1日3回凸られ、それを数日………もういい加減にしてくださいと言ったけれど、なんの意味もなく。

 

「あのねぇ文さん?何度も何度も言ってるけど、厄介ごとに巻き込まないでって、朝も言ったでしょーが。山の連中とは敵対も協力もしないから!おけ!?」

「まぁまぁ、そう言わずに、はい、差し入れのきゅうり」

「あ、どうも………じゃ、ねーよ!なんできゅうりぃ!?何ゆえキューカンバー!?きゅうりごときで私を落とせると思ったら大間違いだバーロー!」

「いて!もうー、きゅうりを人に投げつけるなってお母さんに習いませんでしたか?駄目ですよ食べ物を粗末にしちゃ」

「きゅうりで人を釣ろうとしたやつにそんなん言われたくないし!てか帰れよ!」

 

確かにきゅうりはカロリー低いよ?ヘルシーだよ?でもさ!毎日飢えてる人に差し出すのがきゅうりってどうなのさ。

 

「もう、そんなに帰れ帰れ言わないでくださいよ。こっちだって何の報酬もなしに協力してくださいって言ってるわけじゃないのに」

「そもそも協力するって何に?何に私を巻き込むつもりなんだよあんたは」

「え………一昨日話しましたよね?」

「話し長くて半分聞いてなかった」

「そんなぁ、酷いですよ。人が頑張って説明してるのを貴方は半分しか聞いてなかったって言うんですか?」

 

だって凄い早口だったんだもん、半分聞き取ったことを褒めてもらいたいくらいだわ。

 

「じゃあ今からもう一度説明しますよ?いいですか?ちゃんと聞いててくださいよ」

「いやいいから帰ってくれないかなぁ」

「それは無理な相談です、私もこれに給料かけてるんですよ」

「お前ら天狗は給料のことしか考えとらんのか」

「我々は今重大な問題を抱えています。それは我々の住む山が他の妖怪たちによって襲撃されそうという——」

「ちょいちょい、なに勝手に話進めとんねん」

「我々の山には昔、鬼が住んでいたことは毛糸さんもご存知かもしれません。地底で見たでしょう、角の生えた妖怪たちを。私たちは昔、彼ら鬼と天狗、その他の種族で山を支配していたのです。ですが地底で見たとおり、いくつかの種族は地底へ降りてしまったのです。私たちの山は鬼の圧倒的な力によって支配されていたので、彼らがいなくなると暴動が起きました。その暴動自体はなんとか終息したんですけど、周囲の他の天狗の集落に目をつけられまして。うちの山は本当に鬼の力に頼って、他の山に威張り散らしていたんで、鬼がいなくなったらそりゃあ狙われるわけですよ。今までなんとか凌いできたんですけど、そろそろ本当に潰されそうなんですよ。もちろん私たちの集落も簡単に落とされるほど弱くないんですが、周囲の山が全部結託して潰しに来られると本当にやばいんですね。戦力が足りないんです。地底にいる鬼に頼んでもきっと断られる、というかもうすでに断られたあとなんで、急いで戦力になり得る人たちを集めたいんですね。そこで近くの湖に突然現れた貴方という存在、もし私たちの力になってくれるのであればとても心強いというわけなのですよ。わかりましたか?」

「………」

 

いや、長い………長すぎるよそれは………

 

「ちょっと、聞いてました?」

「うん、まぁ、聞いてたよ?聞いてたけどさ、それ私関係ないじゃない。それであの山の天狗が全員死んだとしても、私はどうだっていいの。戦いから離れてたら私にはなんの影響もないし、別に移り住んだっていいんだよ。私は天狗同士の潰し合いになんて興味ない。だいたいそーゆーのは山に住んでるやつだけでやれば良いだろうに」

「そうですよねぇ、貴方が言うことも最もです。我らも急に出てきたよくわからなくて気持ち悪い毛玉に頼みたくはないんですよねぇ」

「おいてめぇもういっぺん言ってみろや羽もぎ取ったろか」

「おっと失礼、口が滑りました」

「おめぇなぁ………そんなに力を貸して欲しいなら、こんな毛玉じゃなくてもっと強い人に頼んだらいいんじゃないの?」

「いやぁ、そう簡単に見つかれば良いんですけどねぇ」

「あれは?あの、太陽の畑だっけ?あそこに住んでる人」

「………それはですね、自殺行為ってやつですよ毛糸さん。私だって考えなかったわけじゃないんですよ、でもあの方は論外です」

「なんでよ幽香さん強いでしょ?」

 

急に死んだ目をした文。

これあれだね、察した。

 

「この前、あそこを荒らした一人の妖怪が居たんですよ。あそこに住んでる風見幽香さんに喧嘩売りに行ったみたいですね。まぁそしたらあの方、すっごい形相でその妖怪に近づいてきましてね。太陽の畑の外まで蹴り飛ばしたんですよ。まぁ根性無しだったその妖怪は命乞いしたんですが、あの方、一瞬でその妖怪、消し炭にしたんですよ。見てた私は眩しかったんで何があったかはわかりませんでしたけど、目があっちゃったんでね。怖くてすぐに帰りましたよ。いやぁ怖かったですねぇあれ」

「そっか、生きててよかったね、うん」

「というわけですよ。それにあの方に頼んでも承諾してくれる気がしませんしね。つまり、一人でも戦力をかき集めたいからその辺の妖怪たちに協力を要請してるわけなんですよ」

 

事情は分かったけど………やっぱりそんなのやる気が起きない。

逆になぜ協力してもらえると思ったんだろうか。

 

「毛糸さんくらいですよ?こんなに拒否されてるの。他の妖怪ならちょっと食べるものをあげるって言っただけで簡単に乗ってくれるのに」

「結局物で釣ってるじゃないの」

「ねぇねぇどうしても無理ですかー?頼みますよー、生きるか死ぬかとかそういう感じのあれなんですよぉ」

「無理」

「はぁ………じゃあしょうがないですね、最終手段です」

「え?なに最終手段?こわいよ痛いのやめてね」

「そんな手荒な真似しませんよ。ちょっと山までついてきてもらいましょうか」

 

えぇ………

 

 

 

 

口に三本きゅうりを突っ込まれて、なにがなんだかわからない間に山の中へ連れてこられた。

 

「もがもが、もがもがもが?」

「口にきゅうり入れたまま喋らないでください、汚いですよ」

「あぁ!?」

 

人の口にきゅうり突っ込んだ奴が何言ってんの。

一気に入れるから噛み切れないんだよバカ。

 

「まぁいいよ………で?ここはどこよ」

「妖怪の山の中にある、河童の集落です」

「河童?」

 

河童といえばあれだよね、頭に皿を乗っけた顔色悪くてくちばしついてて川の中にいて人のあれのそこにある尻子玉というなぞの物体を抜き取ってくるやべーやつだよね。

 

「いや、なんで河童のいるところなんかに連れてきたし、私死にたくないから、抜かれたくないから。あ、もしかしてきゅうりって河童繋がり?」

「ご名答、この河童の集落ではきゅうりを全力栽培してます」

 

全力栽培て………きゅうり依存症かな?

 

「で、その河童さんとやらはどこよ」

「なに言ってるんですか、目の前にいっぱいいるでしょう」

 

え?目の前にいるのなんて帽子被った女の子たちだけ………

まさか………

 

「うっそだろぉ、これただの幼女の集団じゃないか、何でもかんでも女の子にすればいいって訳じゃないんだよ。これが河童とか冗談キツいんだけど」

「残念ながら正真正銘、私たちは河童だよ」

「うわっしょい!?ナニヤツ!?」

「あ、にとりさん、お久しぶりです」

「おー文か、久しぶりー」

「え!?なに!?お値段以上の方!?」

「値段をつけるなら思いっきり高値にして売りつけてやるよ、お値段相当かな、うちは」

「毛糸さん紹介しますね、この人は河城にとりさん、河童です」

「ちーっす」

「お、おう。なんか軽いな」

 

帽子被った青い髪のツインテールの少女が、きゅうりを咥えてサムズアップしてきた。

 

「こんな女の子が河童ぁ?冗談キツいぜあややん」

「あややん?いや、まぁいいです」

「私が知ってんのはもっと化け物みたいな奴なんだけど」

「失礼だね、私たちは正真正銘河童だよ。この人が前言ってた毛玉かい?」

「はい、白珠毛糸さんです」

「へぇ、毛玉ねぇ」

 

きゅうりを食べきったにとりがなんか申し訳なさそうな顔で見てくる。

 

「そんな顔してどうしたのよ」

「いやぁ、昔毛玉を気持ち悪い!って叫びながらこう、やっちゃったことがあってさぁ、なんか申し訳ないなぁって」

 

尊きもじゃの犠牲が発覚いたしました、毛玉殺害罪で逮捕致す。

 

「別にいいよ、気にしないし。それで文、私をここに連れてきた目的は?」

「あ、呼び方戻った。はいそうですね、毛糸さんならこの河童たちの作るよくわから………珍しい物を気に入ってくださるかと」

「おい今よくわからない物って言おうとしただろ、失礼だなぁ、私たちが作ってるのはとても素晴らしい論理に基づいたものだぞ」

「やれやれ、それも自分で見たら素晴らしいかもしれませんが、貴方たち河童以外から見れば変な論理なんですよ」

「言ってろ言ってろ、私たちの研究は上でふんぞり返ってる天狗どもにはわからんさ」

「他者との関わりも無視する協調性のない種族のことなんてわかりませんよ」

「なんだとこの鴉がぁ、やってやろうかこんにゃろう」

 

おう………なんかギスギスしてらっしゃる。

なんでみんな人を無視して言い争い始めちゃうのかなぁ?

もっと平和にいこうよ、平和に。

 

「だいたいこんな白くなったまりもに私達の研究がわかるわけないだろ!」

「誰が歳食って白くなったス○モじゃコルァァァ!!」

 

 

 

 

「はぁ………もう帰っていいかな?」

「ま、まぁそう言わずに、ひとまず見ていってくださいよ」

「ちょっと休憩しようか、疲れたよ」

 

三人揃って叫び散らしたあと、なんやかんやあってなんとか和解した。

私も火に油を注いだ気がするけど気のせい気のせい。

 

「はぁ………で、にとりたちはなにを作ってるの?」

 

待ってました!って感じのわかりやすい表情を浮かべるにとり、なんか可愛いな。

 

「よくぞ聞いてくれた!じゃあこっちへついて来てくれたまえ!案内しよう!」

「ちょ、ちょっと待ってください、もうちょっと休ませて………」

「しばらくここで休んでたら?先行っとくからさ」

「早く早く!」

「そう急かしなさんなって、今行くから。はぁ………元気だなぁ」

 

疲れ切った感じの文を置いて、にとりの後について行った。

 

「………よし、先に帰っときましょ」

 

 

「さぁここが、私達の研究の成果が詰まった神聖なる聖地だ!」

「おー、ただの小屋だねぇ、いい造形してるじゃないの」

「いや、建物じゃなくて中を見て欲しいんだけど」

 

うっさいなわかっとるわい、こちとら豆腐ハウスもろくに作れないんじゃ、少しくらい見させなさいよ。

入り口を入ったその先には、どこか見覚えのあるものがたくさんあった。

 

「どうだい!?これが私達が永い間作り上げてきた研究の成果だ!心が躍り血が沸き立つだろう!じっくり見てくれたまえ!」

「………ふーん」

 

研究の成果、ねぇ。

なんだろうこの、なんとも言えない感じは。

 

「えっと、この刃物が引っ付いてるやつはなに?」

「それはだね、この棒をこう回すと、そこの刃が回転してそこの台に乗っているものが三等分に切り刻まれるのだ!」

「なにするのそんな危なっかしいの」

「そうだな、例えば獣などを加工する際に、速度をつければ骨まで丸ごと一気に切れる!ほら!便利だろ!」

「ほーん………」

 

いや、それただの精肉機じゃないの?

いやでも、現代のあれこれに見慣れてるから反応が薄いのであって、実際はこれ………

 

「このレバーを回すだけで刃と下の台が勝手に回転するようになってるのか、下の台はベルトコンベアみたいだな。お?なんか印がある。そっかこれ、どこにおけば勝手に流れて刃で切られるのがわかるようになってるのか。その辺の微調整もしてあるのね。そしてそれをレバー一本でやってるのか。中には歯車とかもいっぱい詰まってるのかな?技術の使う方向性があれな気がするけど、これはなかなか、いや、私なんかとは比べ物にならないほどの技術力………恐るべし、河童」

「………えっと、つまりそれは、どう受け取れば」

「凄いよ、河童。こんな物を作るなんて」

「おぉ………おー!!そうか!わかってくれるか!いやぁ、今まで他人にこういうの見せることは無かったが、理解してもらえるってのは嬉しい物だなぁ!私はちょっと涙が出てきたよ」

 

それは大袈裟じゃ無い?

まぁでも、確かにこれはすごいなぁ。

あれ?なんか頭が痛くなってきた………しまった、脳のスペック低いのになんか頭良さそうな感じ出そうとしたから許容限界を超えそうになったか。

 

「まだまだ見せるものはある!まだまだ見て行ってくれ!まだまだ日は落ちない!さぁ!共に行こうではないか!我が盟友よ!」

「あんまり一人で突っ走んないでよぉ」

 

この後めちゃくちゃ見学した。



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引きこもりと毛玉

「………あのドンカ○ス先に帰りやがったな………」

「いやぁこんなところに私たちの研究の素晴らしさをわかってくれる人がいるとは、君こそ私達の真の盟友だよ!」

「あーどーしよー、帰り道わかんないしってかもう暗いし………帰れないことないだろうけど、またルーミアみたいな化け物に襲われたら敵わないし………」

「………」

「あーどーしよっかなー」

「寝床くらいは用意できるよ盟友!」

「ありがとにとりん愛してる!!」

「愛し………そ、そんな急に………」

「あ、ごめん口が滑ったわ、今のは気にしないでね」

 

この毛玉たる私が百合展開に行くわけなかろう、毛玉と河童の百合なんて一体誰に需要があるのだというのだ。

 

「さぁ行くのだにとりん、我が寝床へ!」

「にとりん………?まぁいっか!さぁ行こうぞ盟友!我らは止まることを知らない!明日へと走り続けるのだ!」

 

いやぁ、河童の発明とやらを見てたら日が暮れちゃってたねあはは。

でもまぁ、技術面に関してはこの時代にしては高いのは確実だろう。

半分以上がきゅうり関連の機械だったけど………

電気とかは無いのかなぁ?発電機とか作ったらすごい発展しそうだけどな、ここ。

 

「あ、そうだ。腹減ってない?きゅうりあるけど」

「あ、けっこーです。別に食べなくても平気なんで」

「そっか。いやね?やっぱり河童ときゅうりは切っても切れない関係なわけだから、全力を注いで生産しまくったのはいいんだけど、在庫があまりすぎててさ。まぁおかげできゅうりには困らないからいいんだけどさ」

 

本当に河童ってきゅうりが好きなんだなぁ。

こんな幼女たちが尻子玉を抜き取るとか、それはそれでホラーである。

 

「さぁ着いたよ!ここが河童たちの居住区だよ!」

「あら、意外と近い。そしてこの建物の形、もしかしてきゅうりを模してる?」

「よくわかったね!さすがは盟友、その洞察力は素晴らしいよ」

「なんかすごいベタ褒めされてんなぁ」

 

建物の形を簡単に言い表すと、豆腐の上にきゅうりが乗ってる感じだ。

何これ面白い、すごくユニークだね。

 

「一番端っこの赤い扉の部屋が空いてるから、そこに泊まるといいよ、私はまだやることがあるからここでお別れだね」

「いろいろとありがとうね。また明日会おう」

「くぅー!もっと盟友と科学について話し合いたい!なのに時間が邪魔をする!時よ止まってくれえ!!」

「あははは………随分元気のいいことで、じゃあねにとり」

「また明日迎えに来るよ!」

 

爽やかな笑みを浮かべて、工房のあるであろう場所へ飛んでいった。

うん、よくよく考えたらこの世界平然と人が空を飛びすぎだよね、こわ。

鴉天狗が飛ぶのは分かる、翼あるから。

でも白狼天狗はわからない、てかそもそも白狼天狗って何、なんなんすかあれ。

しまいには河童まで飛ぶんでしょ?みんな空を自由に飛びすぎ、タケコ○ターいらずだねぇ。

よく考えたら、まだ毛玉になって多分半年も経ってないのに、私の人生既に濃すぎじゃない?

まぁ色々あったなぁ………もう疲れちったよ。

さぁて、寝ましょうか。

 

部屋の中はいたって普通、ではない。

布団しかねぇよどうなってんだよ、寝させる気しかねぇなぁおい。

仕方がないなぁ、寝るかこのやろう。

今日は頭使いすぎてもうめっちゃ痛い、ぐっすり寝るとしよう。

スヤァ………

 

 

 

 

耳の奥にカリカリと、何かを引っ掻く音が響いてくる。

とても耳障りで寝れやしない。

耳の穴に小指を突っ込む。

 

「………寝れない………」

 

隣の部屋?確かに壁薄そうだからなぁ、音は漏れやすいだろうけど………どんだけカリカリしてんのよ、うるさいなぁもう。

何かに嫌なことでもあったのかな?確かに私もイラついたら地面とかぶん殴るけど………

もう眠いんだよ、寝さしてくれよ。

今何時だろう、寝る前は微かに聞こえていた何かの作業音も、今ではすっかり聞こえなくなっている。

人ではない、妖怪などの生物の範疇ではない存在は、ある程度なら飲まず食わず、寝ずに活動ができる。

だとしても、私は寝たい、全力で寝たい、寝さしてください。

まぁそのうち収まるだろう、隣の人もこんな布団しかない部屋に入ったからには寝る以外やることがないはずだ、いつまでもカリカリしてることないだろう。

 

「………」

 

………カリカリカリカリ

 

「………」

 

カリカリカリカリ

 

「………」

 

カリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリ

 

イラァ………

ドンっという低い音が部屋に響く。

足で壁を蹴ってしまったらしい、無意識って怖いわぁ。

 

………音収まったなぁ。

 

びっくりしたかな?まぁこっちも迷惑してたわけだし、やめてくれるならそれで構わない。

音が漏れてることに気づいたかな?

じゃあもう寝るとするか。

 

 

………カリカリカリカリ

 

 

………嘘やん。

まだやるかぁ、いい度胸だなぁおい、人の睡眠と食事だけは邪魔してはいけませんて習わなかったんかこんにゃろう。

今からカチコミに行って………

やめておこう、もしかしたら隣の人の寝相が悪いのかもしれない。

文句を言いに行って起こして変な騒ぎ起こして他の河童たちに潰される………それはマズイ。

 

多少うるさくても我慢しよう、気にしないようにすれば寝るのに支障はないはずだ。

 

 

 

 

 

 

「うおぉぉぉぉ………」

 

あーもう朝だよぉ、寝れなかったよぉ、あの音が気になりだすともう寝れなくなったよ。

寝るのってこんなに難しかったっけ、こんな難しかったこと今までしてたんだっけ。

確かに時計の針の動く音が時々気になることはあったけど、ここまで寝れないことはなかったよ。

なんど壁に蹴りを入れそうになったことか。

ほんともう無理、眠い。

本来なら寝なくたって二日くらいなら活動できる、だけど昨日頭を使いすぎたせいで頭が痛い、マシにはなったけどまだ痛い。

 

「おーい毛糸ー、起きてるかい?」

「んあぁ、起きてる、入ってきていいよ」

「失礼しま………どうしたんだい、そんなこの世の全てに絶望して全てを焼き尽くさんばかりの顔は」

「何その例え、逆にどんな顔してるか気になるわ。寝れなかったんだよ、隣の部屋が夜中までカリカリカリカリうるさくて」

「え?それは………ちょっと待ってて、すぐ戻る」

 

そう言って部屋を飛び出していったにとり、何しにいったんだろ。

あ、帰ってきた。

 

「いやぁごめんね、隣の部屋、るりの部屋だったよ」

「るりぃ?隣のカリカリ煩かった奴?」

「あぁ、紫寺間るり、重度の引きこもりなんだ」

 

しじまぁ?

部屋を出て隣の部屋の扉を見てみると、なるほど、確かにこれは紫寺間って文字が彫ってある。

そして絵筆で書いたような文字で、開けるな、とも書いてある。

 

「河童って全体的に協調性の無い奴が多いんだけどさ」

「それ、自分で無いって言うの?」

「自覚してない奴が一番迷惑なんだよ、河童は自覚してるだけいいと思うんだけど」

「まぁ確かに」

「で、こいつは河童の中でも屈指の問題児、その証拠にこの建物、夜中に鳴る謎の音がうるさすぎてもはやあいつ以外の奴はもうこの建物に住んで無いよ」

「はぁ、そうだったの。………オラァ!」

「ちょ、何してんの!?」

 

扉を思いっきり蹴る。

脚力はないので扉は開かないけど、音は十分響く。

 

「社会人間関係その他もろもろォ!全てを舐め腐ってる引きこもりに現実を教えてやんだよ。オラァひきこもりるりぃ!出て来いやぁ!てめぇのねじ曲がった毛根から全て矯正してやんよォ!」

「ちょ、落ち着いて!あまりやるとあれが——」

「オンドゥル ‼︎ぐふぁ………」

「毛糸おおお!!」

 

腹にぃ………腹に何かがぁ………

 

「しっかり!気を確かにするんだ!は、腹に矢が刺さって………」

「ひいいいい!!放っておいてください放っておいてください!あたしは静かにこれからの余生を過ごすんですぅぅぅ!」

「ちょ、るりぃ!おまっこれ、毛糸死んじゃうぞ!」

「え?………は、はははは腹に矢がぁ、もしかしてあたしが侵入者抹殺用に仕込んでおいた弓が………知らない知らない知らないい!あたしは知らない何も見ていない関係ない!」

「侵入者抹殺用ってなんだよ!SEC○Mでもそこまでしないわ!」

「ぎゃあああああ生きてるぅぅぅぅ!?」

「大丈夫!?喋らないほうが………」

「まったく………私じゃなかったら死んでるよまったく」

「ななななななんで生きてるんですか!?まま、まさか不死身!?」

「ん、抜けないなこれ。ちょっとにとりんこれ抜いて」

「い、いいの?逆に血が出るんじゃ………」

「いいからいいから、早く抜いて」

「本当にいいんだね?いくよ?せーのっ」

「——!いっっったあああああああああ!!荒いわぁ!」

「ひいいいいい!成仏!成仏してくださいぃ!」

 

腹に刺さった矢が乱暴に抜かれる。

言葉で言い表すことのできない痛みの中、妖力を腹の痛みのするところへ押し込み傷を塞ぐ。

すぐに痛みが引いて、血が流れるのが止まった。

 

「ふぅ………あー死ぬかと思った」

「逆になんで死んでないんですか!妖怪でもそんなすぐに傷治りませんよ!?」

「うっせえだあってろ!元はと言えばお前が悪いんでしょうが!」

 

目の前で喚き散らしてる、変な帽子をかぶった河童。

こいつが紫寺間るり、紫色の髪をした河童。

なんで紫?おばちゃんかよ。

 

「とりあえず、ゆっくり落ち着いてお話し、しようか」

「嫌あああああああ!!こ、殺されるぅぅ!助けてにとりさぁん!」

「なんで傷があんな速度で?力の強い妖怪でもあの傷では死なずとも完治するにはそれなりの時間を要するはず、それをなぜ毛玉であるはずの毛糸が妖怪をも超える速度の再生を………」

「人の話聞いてくださいぃ!!」

「まずはテメェだろうがぁ!説教で半殺しにしてやらぁ!」

「ひぃぃぃぃ!!誰か助けてええええええええ!!」

 

 

 

 

「ぐすん、もう反省してます、許してください」

「自分の口でぐすんって言うなよなんか腹立つ」

 

にとりは何か作業があるらしく帰った。

よって今はこのるりとかいう引きこもりの部屋で二人っきり。

とりあえず現代でお母さんが引きこもりの子供を説得するときの感じで小一時間説教してやった。

 

「で、なんで引きこもりなんかしてるのさ」

「そ、それを聞いちゃいます?いきなりそんなところに踏み込んできちゃいます?」

「お前のせいでみんないろいろ迷惑してんの。いいから話しやがれ」

「わ、わかりましたよぅ」

 

まぁ人のデリケートなとこに踏み込んでるのはわかる、だがそれでも構わず突っ込むのがこの私だぁ!

 

「あたし、昔っから人見知りだったんです」

 

渋々、と言った感じで話し始めるるり。

 

「最初は頑張って私も他のみんなと一緒に頑張ってたんです。でも段々と、みんなの視線が怖くなってきて………」

「視線?」

「はい、なんて言うんですかね、これ。たまに失敗とかしちゃうと、もうこいつは駄目なんじゃないか、もう何もしない方がいいんじゃないか、邪魔だからいなくなれって、そんな目を向けられている気がするんです」

「気がするだけじゃないの」

「あたしだってただの被害妄想ってことは自覚してますよ。でもやっぱり、そう言うこと考え始めるともう何もできなくなって、それでまた失敗して………悪循環って奴ですよ」

 

まあ周りの視線が気になるってのはわかる。

近くの誰かが笑った時も、自分に何かおかしいところがあるんじゃないか、馬鹿にされているんじゃないか。

自分は全く関係ないってわかってても、どうしてもそう考えてしまう。

 

「それでまぁ、疲れちゃったんですよね。そういう考えに引っ張られてどんどんどんどん、沼に引き摺り込まれていくような………自分が全部沈んでしまう前に、先に引きこもって他者との関わりを断ち切る。そうやって凌いできたんですよ」

「それでいいの?そのまま引きこもりってたらもっと他の人から白い目で見られるよ」

「あたしも最初はそう思ってたんですけどね、これが案外、引き篭もるのがあたしにぴったりだったんですよ」

「まぁわかる、私家ないけどさ。長いことやってたらさすがに疲れると思うけど、あの外界から遮断された感じはたまらない」

「あ、わかります?いいですよねぇあれ、自分の部屋だけで一日の全てが完結するあのなんとも言えない快感、自分の城を手に入れた感覚ですよ。流石にお腹すくので何か食べにいったりしますけど」

「まぁ部屋に侵入者抹殺用の弓があるのはおかしいと思うけど。それとこれは別、ちゃんと部屋から出て働け」

「嫌です」

「じゃあせめて夜中にカリカリ鳴らすのやめろ。あれのせいで私寝れなかったんだけど」

「それは善処します」

 

それ絶対やらんやつや。

 

「いやぁでも、こんなところに引きこもりの同士がいたとは、今日はいい日だなぁ」

「私は別に引きこもってないけど」

「じゃあ家作りますよ!あたし一応河童ですし!」

「え?いいけどソーラー発電と台所と畳の部屋と寝室と浴室つけてよ?」

「それは要求高くないですか?」



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毛玉、家を建てる

「よぉ迎えに来たぞ」

「どのツラ下げてきやがったァ!丸焼きにしたろか己ェ!」

「落ち着け、俺はただあの迷惑な鴉の尻拭いをしにきただけだ。お前を放って帰ってきたって言ったから代わりに俺が来てやったんだよ」

「余計なお世話じゃいこのワン公がァ!」

「おっそうかじゃあ帰るなー」

「待って待ってちょっと待って一旦落ち着こうね柊木さん」

「はぁ………とりあえず返答だけ聞いとく。あの件、受け入れるのか?」

 

あの件………ってなんだっけ。

あ、あれか、山に協力するとかしないとか………そのことなら寝れていないあの時間に考えていた。

 

「状況次第ね、前向きには検討しとくけどあんまりにもこの山の状況が悪かったらその場で協力すんのは無し。今はまだ様子見ってとこ」

「協力するんだなわかった」

「待って本当に聞いてる?ちゃんと今言ったこと上に伝えといてよね」

「わかってるわかってる、腹立つよなーあれ」

「おいなんの話ししてんだいい加減にしろよこのケモ耳が、腹に拳ねじ込んでやろうか」

「やれるもんならやってみろよ」

 

ほう………?貴様、本当に良いんだな、怪我しても知らんぞ。

正拳突きィィ!

腰を落とした構えから放たれる渾身の一撃ィ!

 

「オラァ!………硬っ!?何お前腹硬すぎんだろこわ!ちょ、これ手の骨砕けてない!?めっちゃくちゃ痛いんだけど!?硬化でもした!?物質系能力者かテメェ!」

「知らねぇよ、俺を殴ろうとしたお前が悪い」

「絶対物質系能力者だわお前!硬化できるんだろ!」

「そうだよできるんだよ、もう良いだろその話」

 

良いわけあるか、この世界は異能力系バトル漫画の世界じゃないんだよ、妖精とかがいるよくあるファンタジーな世界なんだよ。

こちとら既に知り合いに冷気操る妖精がいるんだよ、このままいったら絶対に風を操るとか水を操るとかその辺の奴らでてくるよ。

 

「で?その後ろで震えてるのは誰だよ」

 

柊木さんが、私の背後を指差す。

 

「あぁ、隣の部屋の紫寺間るり、引きこもりのシャイガールだから無理やり外に引っ張ってきた」

「へぇ………」

「ひっ」

 

ひっ?柊木さんが目を合わせた瞬間にひっ?初対面の相手と目があっただけでひっ?どれだけ人見知りなんだよ。

 

「な、なんなんですかその目はぁ!なんでそんなっ、社会の屑を見るような目で見てくるんですかぁ!」

「え、何普通に目が合っただけなんだが、なんでこんなに怯えられなきゃいけないんだよ」

「あー、柊木さん目つき悪いからなぁ、私はもうこういう目の人って思ってるけど、初めて会ったら怖いよねぇ」

「それよく言われるんだが何でだ?俺はいたって普通のつもりなんだが」

「知らんよ、あんたの目つきが悪い、それ以上でもそれ以下でもなく、それ以外の何でもない」

「ただ眠いだけなんだけど………」

「ひぃっ!またこっち見た!助けてください毛糸さぁん」

「知らんがな、さっさとその人見知り直してくれない?」

「何でそんなこと言うんですかぁ!はっ!騒いだせいで周りから視線が………もういやだぁ帰りたいぃぃぃ!」

「誰もお前のこと見てないよ、アウトオブ眼中だよ、誰も興味なんか無いよ」

 

そーゆーの、被害妄想っていうより自意識過剰というのではないか。

あと眠いから目つき悪くなるんだったら寝ればいいと思うんだけど。

そう伝えたら、無職にはわからないよな、と白い目で言われた。

無職じゃない、そもそも職がないんだ、そんなこと言ったってしょうがないしゃないか。

まぁもしかしたら前世はニートだったかもしれないけど。

そもそもニートってのは働いていない奴のことを指すのであって、今の私は一歳未満、現代だったらそもそも働けない。

つまり私はニートではない、というか実質赤ちゃんだ。

うん、これで全てが解決したね、そもそも私は人じゃないとか気にしない気にしない。

 

「で、帰るのか?道わからんだろうから送ってやるよ」

「あ、どうも。でも荷物があるんだよ」

「じゃあ一緒に持っていけばいいだろ、さっさと持ってこい」

「じゃあはい、荷物」

「………」

「………いや、これ荷物じゃなくてさっきの河童………」

「いやだって、なんかついてくるって言うからさ」

「は?なんで」

「ほら、聞かれてるぞ、答えろよ」

 

るりにそう急かすとゆっくり口開いた。

 

「………この人、家、無い、だから、作りに、行く」

「はい、そーゆーこと、わかった柊木さん?」

「いや、わかったっていうか………もう知らんがな。勝手にしろよ、河童のすることにどうこう言うつもりないし」

「うぇーい話の分かる犬だ」

「狼だ、白狼だ。いいかよく聞け、俺の前ではまだいいが椛の前で犬呼ばわりするなよ、四肢もぎ取られて失血で死を待つだけになるからな」

「うわ、なにそれバイオレンス。こわっ」

「怒ると怖いんだよあいつ、そういや同僚が一人あいつの逆鱗に触れた時行方不明になったんだよな、そんで二日後に帰ってきたと思ったらごめんなさいしか言わなくなってたんだよ」

 

それもう廃人決めてますやん、やばっ。わぁ、ケモ耳だぁとか思ってたらそんなバイオレンスな人だったとは………人は見た目によらないねぇ全く。

 

「じゃあ行くならさっさと行くぞ、資材とか持ってかなくて大丈夫なのか?」

「現地調達、する」

「お、おう、そうか………完全に怯えられてるんだが、そんなに俺の目つき悪いか?流石にちょっと傷つくな」

「ほら、さっさといくぞ、私迷子になっても責任とれんのか」

「自分勝手すぎるだろ、そうなったら放って帰るわ」

「見殺しとは外道め」

「言ってろ」

 

そう言い合いながら、るりの首根っこを掴んで帰っていった。

 

 

 

 

「………で、なんですかこの死体」

「死体じゃないよ大ちゃん、河童」

「死体なら凍らしていい?」

「死体じゃないからだめ」

「………ぐふっ、外界の空気………あたしには重すぎ………骨は拾ってください………」

「ほら生きてるじゃん」

「今死にましたけど」

 

大自然の空気を吸って死ぬとは、なんと軟弱なやつよ。

換気の悪い部屋の中に閉じこもってた方が死ぬと思うんだけど、どうなってるんだろうその肺は。

 

「毛糸さぁん、なんですかこの生えた幼女たちは」

「妖精だけど、知らんのか」

「ふふん、このあたいを知らないとはばかなやつだな!」

「しかも片方は頭が随分平和なようですし………」

「頭が平和?どう言う意味?」

「知らなくていいんじゃないかな」

 

無知って残酷だよね。

 

「それでどうするんだ、家作るんじゃなかったのか」

「あ、柊木さんは帰っていいよ、特に用ないし」

「いや、お前はともかくその河童はどうするんだ、そいつも一人じゃ帰れないだろ」

「じゃあそのうちもう一回きてよ、そんときに持ち帰ってもらう」

「やっぱ自分勝手だなぁお前」

「そっちの都合で変な争いに巻き込まれるのほぼ確定になったんだからこのくらい許されるっしょ」

「はぁ………じゃあ俺一旦帰るわ、一応仕事あるし」

 

おうおう社畜なこって。

またため息をついて、山へと帰っていった。

ため息つき過ぎじゃない?一日に20回くらいため息してそう。

 

「急に帰ってきたと思ったら家を作るって………なんかもうめちゃくちゃですね」

「自覚はある、けど私には家が必要なのだよ」

「そ、それで、どこに作るんですか?この辺りは見通しが良くて落ち着かないんですけど………:」

「あ、そう?じゃああっちの洞窟近くに作ろうよ」

「え、洞窟?………暗いのやだなぁ、でもこんなに見通しのいい場所に比べたら幾分か………」

「じゃあこっちついてきて」

 

 

 

 

「あー、いいですよぉ、この洞窟いいですよぉ。洞窟の入り口にちょうど光が入り込んでくるおかげで適度な明るさが保たれて、それでいて閉鎖的なこの空間。風が入り込んでくるのも相まって、引きこもりをしながら自然に包まれてるって感じがしますぅ」

「気に入ったならよかった、それでどこにつくる?」

「そうですねぇ………すぅ」

「………おいおいおい寝るなよ」

 

どんだけ居心地いいんだよ、さっきまでヒイヒイ言ってた奴が洞窟入った瞬間これだよ、切り替え早いなおい。

 

「安住の地を見つけたって感じですね」

「先に私の安住の地作ってくれない?」

「ちょっと待ってください、今考えてるんですよ」

「あ、そう」

「………」

「………」

「………すぅ」

「寝てるやんけ!」

「もううるさいですね………洞窟に蓋をするように家を作りましょう、これならもし敵が攻めてきて家が壊されても、洞窟の中に引きこもって飛び道具投げとけば獣くらいなら簡単に倒せます」

「お、おう………絶対引きこもるのが前提なのな、それ」

「当たり前じゃないですか、引きこもりと言ったらあたしの構成物質の八割をしめてますよ、あたしから引きこもりを抜いたらもうそこに残ってるのはただの河童の亡骸です」

 

こいつ、引きこもることを中心に置いて生活してやがる。

引きこもりだってな、引きこもりたくて引きこもってるわけじゃないんだよ、外に出てもうまくいかないから引きこもってるんだよ。

 

「嵐がきてもこれなら洞窟で隠れられます。もうここなんて洞窟というかほぼ洞穴ですし、もうなんならこの洞穴に扉つけて家ってしてもいいんじゃないですか」

「引きこもること中心にしないでくれない?もうそれは家じゃないし」

「引きこもりに家設計させるのが悪いんですよ」

「お前ちょっと調子乗ってんな、いったん引き摺り出して改めさせてやる」

「ひぃぃぃ!虐めないでくださいぃ!」

「もう………なんなのこいつ」

 

 

洞窟の中で司令官気取りしてるるりにまずやれと言われたのが木材集め。

モノによって違うが、サバイバルゲームは基本最序盤に木こりをする。

某有名サンドボックスゲームなんかは、素手で木を殴り倒している。

普通素手で木を切るなんて頭がおかしい、そんなことをゲームに言っても仕方がないのはわかっている。

まぁなにが言いたいのかと言うと、斧をください。

だってだって、私貧弱毛玉だもん、道具も持たずに木材をとれるわけないじゃない。

 

困ったときはオカルトなモノに頼ろう。

妖力をほんの少しだけ腕に込める。

妖力のエネルギーの塊ではなく、妖力自体を腕に込めた。

普通に木を殴れば、私の拳が悲鳴を上げて終わりだ。

かといって気円○みたいなものが出せるわけでもない。

なら、妖力を直接ぶつけるんじゃなく、腕越しにぶつけてみる。

この妖力は幽香さん由来、私の身に余るものだ。

下手に使えば妖力が暴発して私まで巻き添えを喰らうことになる。

なら、腕の中の妖力が暴発しないようにしながら木を殴れば、木を折ることが可能と考えた。

 

まぁここまでながったらしいこと考えておいてあれだけど、物は試しだ、考えるな感じろ、当たって砕けろ。

 

「せいっ!」

 

木の前に立ち、妖力を込めた腕をその幹へと真っ直ぐ突き出した。

突き出された拳はなかなかの勢いで飛んでいき、その幹を貫いた。

そう、貫いたのだった。

 

「ちょっとこれは予想外かなぁ………」

 

まさか木の幹に腕が刺さるとは………つくづく道具って大事だなと思いました。

まぁそりゃそうだ、決して小さくはないこの木、まっすぐ正面から力を入れればそこだけ貫通して穴が開くだけだろう。

刺さった腕を全力で引き抜く。

ならばこんどは横向きに力を加えよう、貫くことはできたんだからやり方としてはあってるはずだ。

もう一度腕に妖力を込めて、こんどは裏拳をするような感じで木の幹に拳をねじ込んだ。

 

バキッ、という音が辺りに響き、殴った部分が吹っ飛んでいた。

支えを失った木が横向きに倒れ、土埃が舞う。

成功した………よかったぁ。

これならあれだ、もしなにかと戦うことになっても、妖力をぶつけて自分も自爆しそうにならなくて済むかもしれない。

まぁこれ殴ってるだけなんだけどさ。

 

あとはこれ、枝でももぎ取っておけばいいかな。

腕に妖力を込めて枝の付け根に手刀を打ち込む。

バキッという音がして簡単に枝が取れた。

いやぁなんだか楽しくなってきたねぇ、こういう単調作業なかなか好きよ。

 

しかしあの河童も変な奴だ。

普通ほぼ初対面のやつに家を作るなんて言えますか?普通は言わないよね、だって初対面だし、家を作るなんて面倒くさいことするわけないもの。

実はあいつ、コミュ力めちゃくちゃ高いんじゃないかな。

そんな初対面の相手に家を作るなんて私には到底真似できそうにない。

いやそもそも私は家を作れないのだけど。

大丈夫かな、変なセンス発揮されてきゅうりが二本刺さった豆腐みたいな感じにならないかな。

 

ボロボロになったその丸太とは到底呼べそうにないその物体を見て、なんだか凄い不安になってきた。

そうだなぁ、もう少しとってこようか、運ぶのは楽だしね。

 

いやぁ、森林破壊は楽しいZOY。



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一休みする毛玉

「はぁー、もう疲れたよ」

「まだ資材集め終わったくらいですよ、呑気なこと言ってないでさっさと働いてください」

「ニートに言われたくない」

「もうまたそれですかぁ、にーととか、どんか○すとか、訳の分からない単語ばっかり使わないでください」

 

くっ………この時代だと現代のカタカナの単語が基本全部通じなくて辛い………多分私だけボケても浮いてる感じがする。

資材を集め終わったって言ったって、三日全力でやってこれだよ?

今から丸太を加工して木材にして、そっから組み立てるんでしょ?もういいよ疲れたよ、いやよくはないけど、家欲しいけど、一旦休憩しようよ。

 

「洞窟の中で一人きゅうり咥えて寝てるだけのくせによぉ」

「河童がきゅうり咥えてなにが悪いんですか、河童からきゅうり取り上げたら発狂して自殺しますよ?」

「お前から引きこもる部屋を奪ったら?」

「穴掘ってそこに引きこもります」

「そのまま埋めて埋葬してやりたい」

 

きゅうりは柊木さんが渡しに来た。

なんかきゅうりだけ運びに来るあの人を見て、凄いパシリだなって思った。

焼きそばパン買ってこいって言ったら本当に買ってきそう。

 

「ほら、そこにのこぎりがあるじゃないですか、それで早く加工作業に移ってください」

 

るりが指差した先を見ると、のこぎりや斧、槌などいろいろ置いてあった。

 

「これ、いつのまに?どうしたの、作った?」

「まさか、あの目つきの悪い人に持ってきてって言ったら持ってきましたよ。………どうしたんですか膝ついて」

「いつか何かお返しするからね柊木さん………」

「まぁそれにしても、こんなに妖怪の出てきそうな場所でよく今まで生きてましたね。大した建築物もないから妖怪も興味示さなかったのかなぁ」

「お前はそれでいいのか、そんな洞窟に引きこもって、妖怪に襲われるかもしれないんだよ」

「いいんですよ別に、あの部屋にいたら絶対誰かが部屋に入ろうとしてくるんですよね。それに比べたら今の方が全然いいですよ」

 

人がいるより洞窟の中できゅうり食ってるほうがいいってか。

そういえば私にはあまり人見知り発動しないよね。

 

「私は話してて平気なの?」

「え?あぁ、そうですね………なんというか、こう。凄そうな感じがしないんですよね、毛糸さんって。毛玉だからかなぁ、そもそも人として見てないというか」

「………つまりそれは私を舐めてると捉えていいの?」

「ほら、そうやって脅してる雰囲気出してても、全然怖くないんですもん、なんなんですかね、これ。多分あれですよ、毛糸さんって知り合い全員に舐められてますよ」

「………」

 

私、そんな感じだったんだ………

 

「あ、毛玉になった。急にどうしたんですか?」

 

………

 

「あれ、もしかして傷ついちゃったりしましたか?」

 

………

 

「ごめんなさいそんなつもりはなかったんですけど、本当のことだから。あ、ちょっとどこ行くんですか!」

 

もうやだおうち帰るぅ!

あ、家まだ作り始めてすらいないんだった。

くっ………とりあえずここから離れよう。

べ、別に傷ついたとかそんなんじゃねえし!ちょっと気分転換しに行くだけだし!

 

 

 

 

「あれ、どうしたんですかけだ………毛糸さん、落ち込んでるみたいですけど、何かあったんですか」

「いや、うん。ちょっと休憩」

 

湖まできたらいつもの二人がいた。

相変わらず私の数倍頭良さそうな大ちゃんと、私の数倍頭悪そうなチルノが他の妖精たちと遊んでいた。

大ちゃんだけ木陰にいたので、その隣に座る。

 

「ほら、もっとあたいの近くに寄るんだ!暑くて死ぬぞ!」

「氷足りないよチルノー、もっと出してよー」

「ぐぬぬ………あたいもこれ以上はちょっと………」

 

チルノの周りに大量の氷塊があって、それに妖精たちがひっついている。

なんだあれ。

 

「なにしてんの、あれ」

「今はもう真夏ですからね、妖精は基本夏でも元気なので遊びまくって、それで暑さにやられてチルノちゃんの出した氷にひっつく。毎年の恒例みたいな感じになってます」

「へぇ」

 

そっか、もう夏か。

現代は地球温暖化が進んで気温も半端ないことになってるけど、この時代ならまだまだそんなことないだろう。

あの暑さは熱中症で死ぬ人がたくさんでるからなぁ。

なんか知らないけど学校で冷房効きすぎて腹壊した記憶もある。

あ、旅行先でも腹冷やして腹壊してたな。

なんかこう、一つはただの出来事は覚えてるけど、前世の私自身のことになるとなかなか思い出せない。

ただ、そんなことがあったという記憶だけが残っている。

まぁ別に、今更知ったところでどうなんだってことにもなるけど。

 

「大ちゃんは暑くないの?」

「私はあんまりはしゃいだりしないので、それに………」

 

大ちゃんが懐から氷を取り出した。

 

「もう既にもらってるんで」

「もう水浴びしたらいいんじゃないの」

「体がずぶ濡れになるし羽も濡れて重くなるから、そういうのはあんまりしないですかね」

「まぁ私も髪重くなるからしたくはないかな」

 

今は夏だと言われると、急にセミの鳴き声が耳の中に入ってきた。

ぶっちゃけセミの鳴き声より妖精どもの叫び声の方がうるさい。

 

「そういえばさ、前チルノに聞いた時妖精は生き返るって聞いたんだけど、あれって本当なの?」

「そんなこと聞いてたんですか、まぁ、生き返るのは生き返りますね」

「はえー」

 

やっぱり生き返るのか。

そもそも妖精が死ぬってどういうことなんだろうか、生き返るということは死なないわけではないのだろう。

死ぬけど生き返る、生き返るかぁ………

 

「死ぬのってどういう感じなの」

「私たち妖精は、死ぬと一回休みという状態になります。生き返るけど、死んだときの記憶はないんです、妖精って割とすぐ死ぬんですよ」

「え?そーなの?」

「はい、毛糸さんが山に行ってた間にも、チルノちゃん湖のでかい魚に食べられて死んでます」

「はぁ!?」

 

死んだ!?チルノがぁ!?

いやいやまてまて、生き返ってるんだよ、落ち着け。

 

「本人は覚えてませんけどね、だからあーやって学習せずに湖に近寄ってるんですよ」

「はぁ」

「だからですかね、妖精って基本怖れ知らずというか、馬鹿というか………とにかく、死んでいいことなんてないんですよね。私は怖いので危ないことはしませんけど、チルノちゃんたちは言っても聞かないのでもう放っておいてます」

「ふぅん………死んだときのことは覚えてないってことは、一回休みになってても本人は気付いてないってことか」

「はい、そうなりますね」

 

ふぅむ………この辺は妖精の存在に関しての話とか、その辺になってきそうだ。

 

「あ、毛糸!いるんなら言えよ!あたいこのままじゃ疲れて死んでじゃうぞ!手伝ってよ!」

「フッ、しょうがねぇなぁ?そこまで言うなら手伝ってやろうじゃないの」

「なんかえらそうだからやっぱいいや」

「あ、ごめん手伝わせていただきます」

 

チルノたちのもとに行き、手に手頃なサイズの氷を出して妖精たちに手渡す。

 

「きさまもチルノと同じことできるんだねー」

「きさ………貴様って………」

「もっと出してよー、暑くて溶けそうなんだよ、あたいが溶けてもいいのか!?」

「お前はもともと脳味噌溶けてるでしょーが」

「溶けるのは氷だけだぞなに言ってるんだ!」

 

えっ………なんかめちゃくちゃドヤ顔で言ってきとる………金属類は普通に液体になるのに………なんなら空気中の窒素やらも液体と固体になれるのに………その他もろもろもいろんな物質が状態変化するのに………

可哀想な子………

 

「おい、なんだその目は、やめろよその、かわいそうなやつを見るような目は」

「おっわかってんじゃん」

「なにが!?」

 

しっかしこんなに氷に囲まれてるとなぁ、アイスクリームとかその辺食べたくなるよねぇ。

 

「いや、どっちかっていうとかき氷………」

「かき氷?氷かいてどうするんだよ、爪が痛くなるだけじゃないのか」

「はー、これだから馬鹿は………かき氷ってのはな、細かく砕いた氷に甘い液体をかけて食べるものなの」

「ふーん………それもうその甘いやつだけ食ってたらよくない?」

「一緒に食べるから美味しいんでしょうが、そのまま飲んだら甘すぎて吐くね」

 

カル○スの原液だってみんな水で薄めて飲むはずだ、誰だってそうする私もそうする。

 

 

「じゃあその甘いやつ持ってきてよ」

「あったらな、あったらいくらでも持ってきてやるわ。お前は大人しく氷でもしゃぶってな」

 

う、寒っ。

ちょっと出しすぎたかな、あたり一面氷だらけになった。

 

「もうあたいも氷ばっかり出すの飽きたぞ、でもやめると溶けるしなぁ」

「じゃあ溶けてろよ、どうせ生き返るんだろうし。だったら湖でも凍らしたらいいんじゃない?スケートリンクみたいな感じで」

 

………おい、なんだその、なに言ってるんだこいつ、って顔、やめろよ殴るぞい。

 

「天才か………」

「おっ馬鹿には思いつかなかったか、じゃあ私ちょっと休むんで」

「お前らあ!最強のあたいがいまから湖を凍らす!よく見ておけよ!」

 

おっすごいリーダー気取りしてる。

いや実際、チルノは妖精の中でもリーダー的存在なのか、みんなチルノを慕ってる感じするもんね。

 

「あたいならできるあたいならできるやればできる」

 

なんか呪文みたいなの唱え始めたよ、どれだけ自己暗示すれば気が済むんだろうね。

 

「うおおおおお!いけえええ!凍れええ!!」

 

水面に手をつけたチルノから霊力が放出され、見る見るうちに湖の水面に氷が張っていく。

1分程度で湖の見える範囲は全部氷が張ってしまった。

 

「やりとげた………よし、お前らいけぇ!」

「わーい!氷がいっぱいだあ!」

 

はしゃぎ始めた妖精たち、ほぼ全員が湖へと向かっていく。

だけどなぁ、もしかしたらだけど、それ………

 

「はうあ!?ぼごごごごご………」

「みんなあああ!!」

 

あらら、やっぱり溺れちゃったよ。

そりゃね、水面がちょっと凍ったくらいじゃ簡単に氷が割れて水に沈むだろうよ。

第一の犠牲者が現れた後、第二、第三とどんどん増えていき、最終的にチルノ以外の妖精が水に沈んだ。

 

「ぼごごごごごご………」

「そ、そんな………早く助けないと!」

「いや、もうどう収集つけるんだこれ………」

 

チルノが必死に水面から妖精たちを引き上げる。

あー、確かにこれすぐに死んでいくなぁ。

悲しいなぁ、儚いなぁ。

いやいや、手伝わないといけないや。

 

 

 

 

うわ、なんかすごい溺れてる………なんかよくわからないもじゃもじゃも現れたし、妖精たちが溺れるし………最近どうなってるんだろう。

怖い、私怖いよ………

 

 

湖の底でそう怯えるわかさぎ姫なのであった。

 

 

 

 

 

「えー、死者3名、重傷者8名、軽傷者2名、意識不明3名、おっこれは大事件だ」

 

いったい誰がこんな悲劇を起こしたんだ、絶対許さねえ。

死者の数は最初にいた人数から今いる人数を引いてだした。

姿は見えないけど、まだ湖の底で沈んでるか、光の粒子となって消えたとかそんなんだろう。

てか本当に生き返るのかこれ、本当に大丈夫なの?重傷のやつとかほっといたら確実にお陀仏するよねこれ。

あー変なこと言わなかったらよかったなー。

 

「どうかしたんですか?」

「どうもこうも、妖精いっぱい死んじゃったよ」

「あー、気にしなくていいですよ、どうせ二日三日で生き返りますし」

「めっちゃドライやん………もしかしてサイコパス?」

「死んだって生き返るから、たとえ私が死んだってチルノちゃんは一日で忘れますよ、そこまで深く考える必要がないんです」

 

そうやってすぐ死ぬとか、どうせ死んだってとか………あんまりそういうことばっかり言うの好きじゃないなぁ。

まぁ本人たちの感覚からしたらそんなものってことなんだろうけど………

 

「そっか、でも私は、チルノや大ちゃんが死んだら悲しむよ。生き返るとしても、私の中では一度死んだってことになるからね:」

「そうですか………大丈夫ですよ、チルノちゃんも私も、そんなに簡単には死にません」

 

おっそれ死亡フラグってやつだぜ?

死ぬ………死ぬかぁ。

私だって、この時代に来てから何回か死にかけてるけど………

死んだらあの世に行くのだろう、そこで閻魔様とかに裁かれて………確か十王とかいたっけ?

前世だったらそんなのいないと思ってたから、死んだら脳が思考停止して、なにも感じないというすらなくなり虚無ですらなくなるとか思ってたから、死ぬことってめちゃくちゃ怖かったけど………

いやよく考えたら私転生してるんだから一回死んでるんじゃない?

 

うん、深く考えるのやめた。

余計なこと考えずに生きていこう。

………もしかして、閻魔様も女性だったりするのか………?

いやいや、普通はおっさんだからね、さすがにそんなことはあるはずがないよね。

いやでも………今のところ私の知り合いって柊木さん以外全員女性なんだよね………なんだこの圧倒的は女性率は。

 

「あたいが弱いせいでみんなが………うおおおおん!」

「あれ、大丈夫なの?」

「夜になる頃には元気になってますよ」

 

おっ馬鹿だ、完全に馬鹿だ。



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前夜

「おー、ついに完成しましたね。よくできたんじゃないですか?」

「よくできた………?いや、これ、豆腐………」

「いいですか?この世にある家なんて、ほぼほぼ豆腐がちょっと出っぱってたり上になんか乗ってたりするんです、豆腐こそ原点なんです」

「そーなのかー………いや、でもこれ紛れもなく豆腐だよね、出っぱってもないし何か乗っかってるわけでもないし、純粋なる豆腐だよね」

「いいじゃないですか、豆腐、私は好きですよ」

「違う、そうじゃない」

 

だってこれ………豆腐じゃん。

いやこれ………100%豆腐じゃん、私は揚げ豆腐が好きです。

 

「なんなんですか不満そうですね………じゃあ煙突つけたらどうです?何気につけ忘れてますし」

「あ、ほんとだ、忘れてる。いやでもそれ、結局豆腐にきゅうりが刺さっただけじゃない?」

「もーうるさいですねぇ、内装は良いじゃないですか」

 

内装は、ないそうですけど。

うんまぁ、台所とか洗面所とか、将来的につけようとか思ってスペース開けてるから内装はないんだけどね。

 

「はぁー、ここまで何日くらいでした?結構ずっとやってましたよね」

「あぁ、多分二、三週間くらい?まぁこの豆腐なんだからそんなものだと思ってたけどね」

「じゃああたしももう帰るってことですね………ひぃ、またあたしを誰かに踏みつけられて無惨なことになった虫みたいに見てくるんだぁ」

「逆にそれどんな目だよ」

「よぉ、終わったんだな」

「ぴぎゃ」

 

背後から突然声がした。

振り向くと柊木さんがいて、これまた悪い目つきで豆腐ハウスを見つめていた。

気配消すのうまいっすねぇ、さすがは妖怪の山の警護を担っている白狼天狗、することがアサシン。

 

「そろそろ終わると思ったから、そこの河童持ち帰りに来た」

「柊木さん、女の子を持ち帰るとか意外にプレイボーイねぇ」

「なんの話だよ」

 

確かに柊木さん、目つきどうにかしたらモテる、気がする、だけだよ。

 

「るり、迎えが来たぞ、よかったな」

「………」

「おーい、聞いてますかぁ、大丈夫で——な!?」

「おい、どうかしたのか、大丈夫か」

「気絶している………立ったまま………」

「なんで!?」

「まぁちょうどいいや、この生きるしかばねもって帰りなよ、その方が楽でしょ、ひいひい言わなくてすむじゃない」

 

気絶してるやつの肩を持って霊力を流し込み浮かせる。

人一人分だったらこのくらいでも足りるだろう。

 

「ほら、行きなよ」

「お、おう………あれ、軽いな」

 

何回か持ち直して浮いていることに気付いたらしいけど、深く考えるのをやめて帰っていった。

今回はため息しなかったなぁ。

もしかしてあれ、後ろから突然声がしたから気絶したの?弱すぎ。

 

 

 

 

「ここがあたいの城か!」

「ちげーよ、私の城だよ」

「そーなのかー」

「城とは到底呼べない気がしますけど………まぁ立派なんじゃないですか?」

「あぁ、大ちゃんの心遣いが辛い」

 

せっかく家できたので、大ちゃんを呼んだらチルノとルーミアがくっついてきた、なんでやルーミア関係ないやろ。

 

「人肉があると聞いて来たのだー」

「無いわ、そんな恐ろしいもんないわ」

「あたいはあたいの城ができたって聞いたから」

「お前の城じゃない、私の城、でもないな、これは私の豆腐だ!」

「とうふ?なんなのだそれー美味しいのかー?」

「おう美味しいよ!私は揚げ豆腐が好き!」

「あげ……よくわからん!だけどここはあたいの城だ!」

「城ないよチルノちゃん、ただの一軒家だよ」

 

騒がしい………他の妖精たちまで一緒に連れてこなくてよかった。

この家、そこまで狭くはない。

だが、簡単に釘を打っただけの木製なので、そこまで強度がないのだ。

多分貧弱な私でも頑張ったら床くらいは穴を開けれる。

 

「お、ここはなんだ!?」

「囲炉裏」

「ここはっ!?」

「寝室」

「むこうは!?」

「ちっさい倉庫」

「あそこは!?」

「屋根裏」

「屋上じゃないのか!」

「だってまだ屋根ないもん」

「じゃこっちはぁ!?」

「肉とか乾燥させるとこ」

「肉?肉どこにあるのだー?」

「反応してくんなこの人喰い妖怪め!ってかお前らはしゃぎすぎ!こんな何もない家のどこにそんなはしゃぐ要素があるっていうんだ!」

「まともな家ってこの辺の近くだとほとんどないんです。人里は私たちみたいなのは入れませんから興奮してるんでしょう」

 

冷静に分析しないでくれない?

というか、このガキども落ち着かせてくれないかなぁ。

 

「おいひふはいほはー」

「あ、ちょテメェルーミア!なに机齧ってんだやめろ!」

「あー………」

「うーわ歯形ついてる、どんだけ顎頑丈なんだよ」

「おっこっちはなんだ!」

「あ、そっち洞窟!ってかウロチョロすんなよ!あ。おいルーミア机齧るなっていってるでしょーが!そんなもの食べちゃいけません!」

「あー………」

 

もうやだこいつら………

微かに声が聞こえて振り向くと、こちらに背を向けている大ちゃんの肩が震えている、どうした?

 

「どうしたの大ちゃん、何かあった?」

「いや、あの………ふふっ、なんだか毛糸さん、親って感じしますよね」

「親?」

 

・・・

はあ?

………はぁ?はぁ!?はあああああ!?

 

「ないないないないないない、ワタシロリコンジャナーイ、しかも、あんなバカと!?恐ろしい人喰い妖怪の!?親ぁ!?ないないない絶対ない断じて認めない」

「すみません例えです落ち着いてください」

「そうだぞ、一回頭冷やすんだぞ」

「冷やすのだー」

「お前らに言われたくないんだよ!この脳味噌トロトロコンビが!」

「脳みそとろとろ………美味しくなさそうなのだー」

「何でもかんでも食べる話に結びつけないでくれないかなぁ!」

「目玉はおやつなのだー」

 

おやつぅ!?おやつって目玉ぉ!?怖いわ!なんで目玉がおやつなんだよ!スナック感覚ですか!スナック感覚でサクサクいっちゃってんのか!美味しいのかそれぇ!いや、美味しいから食べてるんだろうけど!!え?なに?………おまっマジかよ!それ食べちゃったの!?大丈夫なのそれ!ってかキモいわ!え?不味かった?でしょーね!そんなもの食べて美味しいわけがないもんね!ちょ、変な想像が………いやああああああ!誰か私の脳味噌溶かしてえええ!!

 

 

「はぁ、はぁ、ふぅ………ってかいつになったら帰るんだよ」

「何言ってるんだここはあたいの城だぞ」

「人肉ー」

「振り出しに戻ってるよ二人とも、迷惑だしもう帰ろう?」

 

チルノは渋々、ルーミアは残念そうにしながら、扉を開けて出て行った。

 

「では、お邪魔しました」

「うん、またね」

 

ちゃんと挨拶ができるの偉いなー。

あの二人をまとめるなんて流石大ちゃん、頭の作りが違う。

 

「………急に静かになったな」

 

何か食べるものがあったらあの二人ももうちょっと落ち着いてくれたのだろうか、茶もないからね、毛玉しかないからねこの家。

河童のところへ行けばなにかしらあったのだろうか、私だって美味しいものでお腹満たしたいもん。

 

とりあえずあれだなぁ、屋根つけないとなぁ。

なんで屋根ないかって、洞窟と引っ付けたせいでいろいろ面倒くさいからなんだよね。

何が面倒くさいかって、ほらあれ………あぁもう考えるのもめんどくさいよ。

それからもう一回山に行って、河童のとこ行くでしょ?

そして火打ち石とか調理道具とか………あ、そうだ塩とかあるかな。

味気ないのはもういい加減飽きたんだよ。

それからあれだ糸とか針とかその辺のちっさい細々としたものももらっておかないとなぁ。

 

あーあ、やること多すぎてもう………

ねみぃ………………

 

 

 

 

んぁ?寝てたか、外はもう暗いからそこそこな時間寝てたらしい。

いやぁもう面倒臭すぎてふて寝しちゃったね、何が面倒なんだっけ、あぁもう考えるのも面倒くさい。

 

「———」

「———!」

「———………」

 

なんかうっせぇ。

頭痛い………家の前?またチルノとルーミア?勘弁してくれ。

わたしゃ疲れたんだってばよ、騒がないでくれ………

 

「———でしょう!?」

「落ち着いてください斬りますよ」

「お前が一番落ち着けよ」

 

なんか………どっかで聞いたような声が………おいおいおい、そりゃあないよな、流石にそれはないよな。

クラクラする頭を抱えて、扉をゆっくり開く。

 

「ひゃっほーう!」

「駄目ですねこれは完全に酒に飲まれてますね、せめて私の手で」

「早まるなっていってんだろ、飲まれてるのお前な」

「人んちでなにしとるんじゃおどれらはぁ!?なにパーリナイしてんだよ!ってかなにしにきたんだよこの馬鹿天狗ども!」

 

あれ?ここ私の家だよね、なんで天狗どもがいるの?なんで天狗どもが人の家の前で酒飲んでパーティーしてるの?えっえっえ、なんで?

 

「いやぁさっき呼んだんですよぉ?でもぉ返事がなくってぇ、先に私たちで始めちゃおうかなぁとぉ」

「なにその喋り方やめてくんない、腹立ってくる。つかなに、なんの話だよ、誰の許可とって人の家の前ではしゃいでんだよ」

「そぉ怒らないでくださいよぉ、ほらぁあなたも一杯」

「いるかボケェ!この酔っ払いカラスが!酒臭いわ!」

「毛糸さん、そりゃないですよ、乙女に向かって酒臭いはないですよぉ」

 

自分で自分を乙女言う奴は真の乙女ではない、ただのぶりっ子だ。

そしてなに酒瓶ラッパ飲みしてるのかなぁ、そこのケモ耳娘はぁ。

 

「言ったでしょう文さん、迷惑だって、ひっく、それに私も酒はそんなに好きじゃなひっく」

「飲んでたよね、今ラッパ飲みしてたよね、そして今凄い酔ってるね」

「すみません、お詫びとしてこの足臭同僚ひっく、腹切りますんで」

「おい、なんで俺が腹切らなきゃいけないんだよ、後足臭くねぇし」

「貴方は切りませんよ私が貴方の腹を切るんです」

「お前一回顔洗ってこい………」

 

せめて自分が代償支払えや、人の腹使って詫びるなや。

つーかなにこのカオスゥ、どーしてこーなった。

 

「いやぁそこの柊木?って人が伝え忘れてたみたいでさ、もともと山で小規模に飲む予定だったんだけど急遽こっちに変更したってわけ」

「にとりん………止めろや!」

「いや、私もさっき知った、誘われたから来ただけだよ」

 

あ、柊木さんが白刃取りしてる、すごーい。

じゃなーい、止めないと、ふて寝して夜に起きたらこれって、とんだカオスだなぁおい!あれ、椛もしかして吐く?吐くぅ!?ちょっとまってうちの家の壁には——

 

「いやああああああああああああ!!」

「あー綺麗にかかっちゃったね、いつもより飲みすぎちゃったねー水飲む?」

「あぁ、すみませんどうも………」

「おまっ、どうしてくれんねんこれ!おまっ、これっ、壁が、壁がぁ!つかくっっさ!」

 

うわぁ最悪だぁ、新築にもう傷がぁ…豆腐にゲロがぁ………

 

「まぁまぁ、嫌なことは忘れていっぱい飲みましょうよ毛糸さぁん」

「ちょ、酒瓶持ってこっちくんな!ちょま———」

 

 

 

 

・・・あれ?

今、意識が飛んで………

 

「いやぁ私も驚いたね、毛糸は酒無理なんだねぇ」

「へ?あれ、私なにしてたんだっけ」

「文がね、君のね、口にね、酒瓶をね、突っ込んだらね、気絶した」

「なんかその言い方腹立つな」

 

そっか、私酒飲まされて気絶………いやいや、気絶はおかしいでしょ、子供でも間違えて一口飲んじゃったりするけど大抵は無事だよ?なんで私気絶して………

 

「くさっ!何この匂い」

「なにって、そりゃあ、ね」

 

あ、はい。

どうやら寝室のところで寝かせてくれてたらしい、流石にとりんやさしい。

 

「みんなは?」

「外で飲むの飽きて中で飲んでた、その後また外行った」

「へぇー、ふーん、ほーん、ちょっとふて寝するわ」

「まぁ待ちなよ、今頃あの二人も外であれしてるからさ」

「外ねぇ………外ならまぁ………ってかあれは飲みすぎでしょ」

「文はねぇ、なかなか休みが取れないらしくって、今回急に休みになったからみんなで飲もうってなったらしいよ」

 

じゃあ自分たちでやればいいじゃん、私巻き込むなよ。

 

「椛はねぇ、一回飲むと止まらない系だね、極限までいって刃傷沙汰を柊木さんが止めてるらしいよ」

「柊木さんはあんまり酔ってなかったみたいだけど」

「めっちゃくちゃお酒強いらしい、私はあんまり飲まない」

 

はぁー、もう憂鬱だわー。

これあれでしょ?朝になったら周りに嘔吐物いっぱいあるパターンでしょ?で、それを片付けるのは?わ、た、し。

 

「どーしてこーなったんだよ」

「なんか文が大事な話があるからついでに飲むって言ってたような………」

 

大事な話?

それってもしかして、ほかの天狗たちがどうとか言うあれ?

 

「ちょっと私行ってくるわ」

「あ、私もついていくよ、どうせ河童たちも無関係じゃいられないだろうしね」

 

うん、そうだね、るりとか泣き叫びそうだね。

寝室から外へ出る扉へ真っ直ぐすすんで外に出る。

そこにはちゃんと桶をもってアレをする二人と背中をさする柊木さんの姿があった。

 

「文、何か大事な話、あるんでしょ?」

「うっぷ………えぇ、まぁ。そんな話もあったような気がしますね」

 

おい………腹蹴るぞ。

 

「冗談ですって、そんな目で見ないでください」

 

桶から手を離し顔を上げこちらに目を向ける文、その顔は真剣そのものだった。

 

「状況が変わったんですよ、いろいろとね」

「変わったって、つまりどういうことよ」

「そうですねぇ例えば………私のお腹とか………う、お—————」

 

桶の中の量が、また増えた。



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開戦

「ははっ………死ぬかと思いましたよ………」

「死んでも骨は拾ってあげませんよ」

「酷くないですか?あとあなたは回復するの早いですね」

「文さんとは体の作りが違うんですよ」

 

いや、椛あなた、すごい足元ふらついてるけど、まだ具合悪いでしょ。

 

「で、説明してくれる?」

「あ、はいはい、そうでしたそうでした」

 

だから、忘れんなよ。

何のために我が家の周りを汚してくれたんだよ。

 

「状況が変わったって?」

「えっと………なんでしたっけ。あ、そうだ!うちの山の偵察に来てた敵の白狼天狗を捕縛したんですよ。そしたらですね、お前らはもう終わりだとか言い出したんですよね」

 

それだけでわざわざ状況が変わったとは言い出さないだろうに。

まだ他に何かあるのだろう。

 

「それでですね、いろいろ尋問してみたら、向こうが攻めてくる日程がわかったんですよ」

「それが思ってたより早かったから、状況が変わったと」

「えぇ、お陰様で天狗の里の方はとてもつもなく混乱に陥ってますよ、天魔様と大天狗どものおかげでなんとか統率はとってますけどね」

 

思ってたより早かったって、どれくらいのを想定してたんだろうか。

というか、それなら自分ら人の家きて飲み始めるって呑気すぎるよね?

 

「で、それいつだって言ってたのよ」

「明日です」

「………は?」

「明日です、今が最後の夜ですね、決戦前夜って奴です」

「………はぁ?」

「大丈夫ですか?」

「はぁ」

 

はぁ!?

明日っておまっ、明日って!どんだけ呑気やねん!ちょっとまってや心の準備がまだ出来とらんのやけど!

ちょっとまって!?これ寝る暇ないよね!?時計あったらもう0時過ぎてると思うんだけど!これもう実質今日じゃない!

 

「いやでも、こっち側を錯乱するために嘘の情報をとか………」

「椛が確かめるために哨戒した時に、確かに敵は近くにいて、もう攻め込む準備をしてたらしいです」

「はぁ………じゃあなんでおたくらこんなところで飲んでんの」

「やけくそです」

 

めっちゃ堂々と言うやんけ………

 

「そういうわけで、そのことを柊木さんに言おうとしたんですけどもう帰ってきた後で、それからは私たちもやることいろいろあったので言うのが遅れたってわけです」

「それでやけくそになるぅ?ってか飲むなよ」

「ふっ、部下からの視線、同僚のとの競い合い、上司からの圧力、こんなに人生疲れる要素あるんですから、ちょっとくらい飲んだって問題ないでしょ」

「あるよ?もれなく天罰がくだるよ?」

 

はぁ………ったく。

ふて寝したから?ふて寝したからこんなことになってんの?天罰くだってんの私?

 

「ま、我々もなんの備えもしてないわけじゃないんですけどね。この日のために私たちは名の知れた妖怪から有象無象まで頭を下げに行ったんだから。天狗としての矜恃もあったもんじゃないですね!はっはっは!」

「文さん、本番は明日なんですから、帰って一度休んだほうが——うっ、また吐きそうに………」

「お前が一番休まなきゃ駄目だろうが。俺はこんな酒で死にそうになってる奴らを運ぶためにここにきたんじゃないんだよ」

「苦労人だなぁ柊木さんは」

 

次第に文も顔が真っ青になっていき、椛といっしょに死にかけになったので、霊力を使って浮かせて柊木さんにテイクアウトしてもらった。

 

「あ、そーだ。にとりんはどうすんの?」

「河童は臆病だからなぁ、多分情報伝達されるのは一部の河童だけだと思うよ。相手の狙いはうちの技術力でもあるだろうからね。多分毛糸も河童の集落まで来て防衛に加わることになるんじゃないかな。武器製造とかも全部河童が受け合ってるし」

「にとりんはしっかりしてるねぇ」

「お酒飲んでないだけだよ、普段ならあの二人ももっと有能なんだけどね。じゃあ明日、日が昇る頃に私のところまで来ておいてよ。近くの天狗にはちゃんと伝えておくからさ」

「あぁ、うん、わかった」

「お互い頑張ろう、盟友」

 

そう言ってにとりんも帰っていった。

 

 

こう言う戦争っぽいの、私いけるのかな………今まで何度か戦いというものはしたけれど、全部私死にかけてるし………

生き残ることを最優先にしたほうがいいかな。

 

なんで私はこの戦いに参戦する前提で話してるんだろうなぁ。

本当はそんな義務はない、私は争いなんてのはごめんだし、まだまだ人生を謳歌したい。

それなのになぜ、自ら争いに身を投じませようとしているのか。

わからない………だけど、このまま逃げるという選択肢が私の中にないのも事実、なら戦って生き残るしかないだろう。

 

なにかそれっぽい理由でも作っておこうか。

 

親しい人を、無くしたくないから。

 

私如きがそんな大層な理由作っていいのだろうか。

私にそんな、何かを守れるほど力があるとは思ってはいない。

私に守って欲しいも思っている人もいないだろう。

だったらこれは、私の胸の中にだけしまっておく。

 

それに、期待されているんだ、答えてあげなければいけないだろう。

死んだらそこまで。

明日は明日の風が吹くんだ、深く気にしたってしょうがない。

生きて帰る、なにも失わずに。

 

なんかすごい死亡フラグだってる気がするけど気のせいだよね。

気のせいだよね!?

あとめっちゃ臭いなぁ!我ながら恥ずか死ぬ!

 

 

 

 

「あわわわわわわ、せ、戦争?今日?今から?ふぇ?」

「うん、そーだね」

「ふぇ、ふぇ………ふぇぇぇぇぇぇぇ!?」

「なんでこいつに教えたのにとりん」

「いや、どうせならここでお荷物を処分しようかなと」

 

あ、にとりんお前、このニートをこの戦いに乗じて抹殺しようと企んでるな?いいぞもっとやれ。

 

「無理です無理ですぅ!そんな、こここんな近くでたた、戦いなんて起きたらあたし、し、ししし、し死んでしまいますよおお!!」

「大丈夫だ、すでにお前は社会的に死んでいる、安心して逝け!」

「逝けるわけないでしょお!?あたしはまだまだやるべきことが——」

「じゃあ頑張って生き延びてね」

「そんなあああ!!」

 

力無きものは死ぬだけよ。

まぁここに攻め込まれる時点でもう終わってるような気もするけどね。

 

「にとりん、あとどれくらいで攻めてきそうなの?」

「北の方から大軍が押し寄せてきてるらしいよ。天狗の里より先にここが戦場になるだろうね」

「でもまぁ、こっちが有利は有利だよね」

「立地はね。戦力差は覆しがたいな」

「ま、なるようになるんじゃないの?最悪、河童は降伏したら生かしてもらえるんじゃないの」

 

相手が河童の技術を目的に攻め込んでくるならあっちだって河童を殺したくはないだろう、じゃあさっさとあっち側に寝返るのも手だ。

 

「そうはいかないんだよねぇ、今河童はこの山で天狗と対等な関係を結べている。降伏なんてしたら奴隷みたいな扱いになるのは目に見えてるからね」

「ど、どどど奴隷!?やだ!そんな引き込もれないような人生は!絶対に勝ってやる!意地でも勝ってやるうううう!!」

「なんか火がついた。いいぞその調子だ、そのまま命燃やしていけ、爆弾持って自爆特攻しろ、君はボマーだ」

「それ結局死ぬじゃないですかあああ!!」

 

いちいち騒がしい奴だなぁ。

騒ぎたいとはこっちだってのに………ってか眠いわぁ、緊張感のかけらもないからすごく眠いわぁ。

 

「あ、そうだ毛糸、部屋に置いてあったものは取っておいてくれた?」

「あぁ、うん、一応、全部じゃないけどさ」

 

私の部屋、つまりるりの隣のあの部屋、あそこににとりんが武器とかいろいろ用意してくれていた。

まぁ武器とは言っても短剣やら長剣やら細剣やら刀やら弓やら槍やら短槍やら投げ槍やら斧やら………武器オタかって思った。

あ、そうだ、ハルバードもあったわ、あと籠手も。

 

「短剣だけもらっておいた」

「なんでさ、あんなに用意してやったのに」

「バリエーション豊富過ぎない?重いわ、完全に枷になるわ」

「もっと小さくて殺傷力高いのもあったんだけどね、量産ができてないからさぁ。銃って知ってるかい?」

「あ、あるんだ、銃」

 

てっきりないもんだと………

どっちにしたって私使えないよね、だって私筋力ないもん。

例え両手でしっかり構えて撃っても多分腕が動かなくなる。

まぁやっぱり使い回しのいい武器しか使えなくなるんだよね。

 

「狙撃銃ってのもあるんだけど、それだけはいくつか作れたんだけど、いかんせん狙いがつかなくてね、目がいいやつしか使えないんだよ。あ、るりは使うけどね」

「え、使うの、狙撃銃」

「目だけはいいんだよ、目だけは」

 

そんなに目いいのか………

現代にも戦争はある。

歩兵は銃を乱射し、その弾丸がたまたま敵に当たって相手を殺す。

しかし狙撃は違う、引き金を引けば確実に敵が死ぬ。

これほど死がはっきりと分かるのは狙撃手くらいだ。

ってなんかの作品で聞いた気がする。

 

「できんの?こいつに」

「やらなきゃ死ぬだけだ!最終手段で投石機でお祈りする!」

「やっぱりやけくそじゃあないか」

 

やれやれ………大丈夫かな、私、死なないかな。

いや、死ぬ前に撤退しますけども………

 

「あ、そうだ、これも渡しておくよ」

「はれ?なに、妖怪メ○ルでもくれんの?」

 

にとりんから手渡されたのはやけに大きくて太いバレルがついている銃っぽいなにか。

なんだこれ、結構重いなぁ………

 

「これ、実弾は?入ってないけど」

「妖力を込めるんだよ」

「ほぇー、使い方わからないんだけど」

「妖力を持ち手から流し込むだけだよ。妖力を発射する分、弾を待つ必要がなくなるから軽くなる。妖力が通りやすくて丈夫な素材を特殊な配線でめぐらしているから、妖力を込めるだけで弾の装填と発射までできる優れものだよ。これなら妖力の扱いに慣れていない毛糸でも使えるでしょ?」

「なんで私が妖力あまり使えないって?」

「見てたらなんとなく分かるよ」

 

見てたら分かるんや………すごいな。

確かにこれなら込める妖力の量にだけ気をつければ私にでも扱えそうだ、いいものもらったね。

やっぱ河童すごいわ、うん。

 

「霊力込めても大丈夫?」

「え?さぁ、試してないからわからないけど」

 

そうかぁ。

妖力は傷の回復の為に出来るだけ温存しておきたいんだけどなぁ………まぁ、私の妖力量自体も、何故かそこそこ増えている。

むしろ最初に持っていた量が少なすぎたまである。

余裕のあるうちは、フレンドリーファイアしないように気を付けながら使っておこう。

まぁ幽香さんパワーハンパないからね、試し撃ちも怖くてできないけどね。

 

「きゅうりいる?」

「いらな…やっぱりもらっておく」

「お、きゅうりの魅力に気が付いたかい?」

「お腹空いたから」

 

無駄にめちゃくちゃ薄く輪切りにされたきゅうりを、手掴みで一気に口の中に放り込む。

 

「みずみずしい………なに、私の顔に何かついてる?」

「いや?………やっぱり最前線で戦うのかい?無理はしなくてもいいんじゃない?」

「後ろにいたってどうせびびって何もしないだろうからね。私みたいな臆病な奴は無理やりにでも前に行かせないと何もしなくなるから」

「そうか、そうか………」

 

………なにか言いたげだなぁ?

やたらと私に武装させようとするし………

 

「なにか言いたいことあるの?」

「いやぁ………死んで欲しくないなぁって」

 

なに恥ずかしそうにいってんだよ。

 

「だってさ、せっかく盟友と呼べる人物に出会ったと思ったら、いきなり戦いに行くって………そんなことってある?」

「さぁ?私まだまだ妖としても浅いし、自分の存在だってあやふやなんだよ。この世界はそういうものだって割り切ってるけどねぇ。首突っ込んじゃったし」

「まるで前世の記憶があるみたいに言うね。でもなぁ、天狗はわからないけど河童はさ、争いとかそういうのは無関係だったからさ。戦いが始まっても、普段通りの生活を送る奴も多いと思う」

「にとりんだって死ぬかもしれないじゃん」

「私は後ろで後方支援してるからね。というか、河童はほぼ全員後方支援だから」

 

いいなぁ!後方支援いいなぁ!私もそっちがいいなぁ!

私だって死にたくないもん!ルーミアとかあの辺の化け物が敵にいたらどうするんだよ!ってか人生経験少な過ぎてよくわかんないんだけどっ!ルーミアクラスの化け物とかうじゃうじゃいるかもしれないし、もしかしたら敵に幽香さんクラスのラスボスがあるかもしれないじゃん!どうしろと!?この貧弱もやしボールにどうしろっていうんだよ!

 

「はぁ………やだなぁ、憂鬱だなぁ」

「さ!しんみりするのは終わりだ!生き残る為になんでもするぞ私は!というわけで行ってこい盟友!」

「逝ってきます」

 

やってきた伝達役の鴉天狗が、もうすぐ開戦だと伝えてきた。

そういえば、相手妖怪だからちょっとやそっとじゃ死なないよね?腕吹っ飛んだくらいじゃ死なないよね?

いやでも、そんな甘っちょろいこと考えてるの私くらいかぁ。

うーん………憂鬱だなぁ。

ま、行くしかないんだよなぁ。

 

 

 

 

 

戦場にいるすべての兵は困惑していた。

 

空から降り注ぐ、氷の槍に。

 

突如現れたそれは、戦場を貫いた。



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上を取った方が有利になる、戦いの基本

妖力を霊力に変換し氷の塊をつくり、細長い棒をイメージしてその氷を大きくしていく。

できたのは私の3倍くらいはありそうな氷の柱。

妖怪の山の上空からその氷の柱を敵のいる方に落とす。

空高くから落とされたその氷の柱は、地面へと突き刺さると同時に砕け、その周囲の敵を破片が襲っていた。

我ながらよくこんなものを思いついたものだ、やっぱり勝つつもりで行くんなら安全なところからどんどん攻撃するに決まってるよねー。

私に気づいたのか、地上の方からいろんな色で光る謎の光弾が私を襲ってきた。

まぁ妖力でできてそうだから妖力弾とでも呼んでおこうか。

地上から放っているだろうから私には到底当たらない。

一応毛玉の状態になっておいて当たり判定を小さくしておこう、それと少しずつ距離を離す。

 

地上の方から飛んでくる人影が見える。

妖力弾を撃ってきてるけど、私のバックには太陽が待ち構えている。

眩しいのだろう、全く当たる気配がしない。

あと私いま氷作るのやめて毛玉なんだけど、よく見えるね?

人の姿に戻り、まだ落ちずに私の近くに浮いていた氷の柱を掴む。

私の下に向かってきている人影に向かって、氷の柱をもってくるくる回転しながら近寄らせないようにする。

浮かしているため重さが全くないとは言えど、空気抵抗はある。

霊力の衝撃波をだして加速しているけど、空気が当たって腕にそこそこの重みがやってくる。

でも回る分にはまだいける。

毛玉で長い間空中浮遊生活を過ごしていたおかげで、私の三半規管はちょっとやそっとじゃ悲鳴をあげることはない。

ローリング氷柱アタックをしながら敵の方へ向かっていき思いっきりぶつける。

鈍い音を立てて氷の柱に接触した敵は、ぐえっ、とか、あぐぁ、とか、色々な声を出していろんな方向打たれ空の彼方へと消えていった。

ホームラーン。

 

でもまだまだくるなこれ、いや見えないけど、くるくる回りすぎてて見えないけど妖力弾の数がバカみたいに増えてきている。

お前らぁ!グミ撃ちは負けフラグなんだぞ!やめろよそーゆーの!死にたいのか!

 

腕に謎の衝撃がくる。

どうやら敵に接触した時、とうとう氷の柱の耐久に限界がきてて砕け散ってしまったようだ。

あと私が早く回りすぎたのもあると思う、ってか指痺れた、頑張って氷の塊に指めり込ませて何とか振り回してたから凄い指が痺れてる。

そして減速した私の持っている氷の柱を敵の誰かが受け止めた。

まぁ軽いからね、誰でも簡単に持てるよね。

敵の顔を見るとなんかドヤ顔してた、ドヤってた。

 

「欲しいならやるよ」

 

この氷の柱は私の作った氷の柱で、氷ではあるがもとは霊力だ。

氷の柱の中を私の霊力を通して敵の掴んでいる手を凍らして手を離せないようにし、敵の体自体を浮かす。

そのまま振り回して地上の方に向けて氷の柱の浮遊状態を解除、そのまま敵と一緒に落ちていった。

ふぅ、疲れた。

じゃないじゃない!めっちゃこっち敵きてるし!

毛玉状態になり衝撃波を自分の上に発射して地面へ急降下していく。

私貧弱だから、ちょっと突かれたら死んじゃうから。

そのまま敵との距離を離し続け、河童の集落の方へ向かって落ちていった。

 

 

 

 

「うわぁ………なんですかあの氷の塊、大き過ぎませんかね」

「これは暑い真夏の戦場が涼しくなるなぁ、俺汗かくの嫌だから嬉しいぜ」

「何呑気なこと言ってるんですか、もう毛糸さん撤退したみたいですし行きますよ。あの氷のおかげで敵は随分混乱してますが、こっちも半分くらい同じような感じなってます」

 

でもまぁ、本格的に本陣がぶつかる前でよかった。

もし激戦区にあんなもの落としたら敵味方関係なく被害を被ってしまう。

その辺のことは彼女もしっかり考えていたのだろう。

周囲の天狗たちもどんどん敵の方向へと向かって移動している、私たちも移動しないと………

あの氷柱の被害を避けるために敵から離れていたから、早く向かわないと戦線を押し上げられてしまう。

こちらは山の中まで攻め込まれたら終わりのようなもの、戦線をできるだけ上げられないように敵の戦力を削ぎ落として追い詰めていくしか手がない。

 

「まぁ、あの氷のおかげでちょっとは勝てる希望がもてたかね」

「上は鴉天狗に任せて、私たち白狼天狗は下から攻めていきましょう、敵が混乱している今が好機です」

「いちいち説明しなくてもわかってるって………」

 

えっ。

 

「なんでそんなに驚いてんの?そんなに俺馬鹿に見えてるのか!?」

「はい」

「はい、じゃねぇよ!戦況把握くらいできるわ!」

「でもさっき、これで涼しくなるなぁ、とか言ってたじゃないですか」「緊張ほぐそうとしたんだよ!なんなんだお前はさぁ!二日酔いでくたばってろ!」

「そっちこそ、自分の足の匂い嗅いでくたばっててください」

「俺の足は臭くねぇ!………多分!」

 

 

 

 

「いやぁ、始まったね。でも激しくなるのはまだまだこれからだ」

「すみませんにとりさん、もうすでに激しさ絶頂まで行ってるんですけど、氷の柱が戦場に突き刺さってるんですけど………」

「え、あれるりにも見えてたの?なんだ幻覚じゃなかったのかぁ」

「現実逃避しないでくださいいい!あれどっちなんですかぁ!?」

「どっちって、なんのどっちだよ」

「敵か味方ですよおお!もしあれ敵の攻撃だったら、こんなちっぽけな山串刺しにされて終わりですよぉ!」

「まぁもし敵の攻撃だとしても、天狗たちがなんとかしてくれるでしょ」

「楽観的!」

 

はは、戦いなんてね、一生懸命考えるのは参謀のやることで、戦う兵は上からの指示に従って機械のように動いてればいいのさ。

この戦いに参加するのは、冷静な判断ができそうな河童だけを集めてきた。

といっても、そんなやつは臆病な河童の中でも珍しいやつなので、頑張って探しても河童全員の一割ほどしかいなかった。

河童が敵と正面からやりあったら負けるのは確定しているから、やることはまず第一に負傷兵の治療だ。

この戦いは戦力差が激し過ぎて、こっちの戦力が少しでも減るだけで一気に山を落とされかねない。

むこうの戦力は、それこそ山のようにあるだろうから、数百人倒した程度じゃ勝ちはまだまだ見えてこない。

一人でも多く、少しでも長く戦ってもらわないと。

文が集めた妖怪たちってのも、どれだけ役に立ってくれるかどうか………まぁ考えてもしょうがないか。

てか、考えるのは参謀の仕事だ、私のやることじゃない。

 

「はー、もうやだ引きこもりたい………にとりさん頭になんかついてますよ?」

「ほえ?」

 

頭に何か………

両手で頭の周りを探っていると、右側頭部のところになぞのもじゃもじゃした物体がついていた。

掴んで頭から引き剥がすと毛玉だった。

 

「………もしかして毛糸?」

 

毛玉にそう問うと、私の手から離れて瞬く間に人の体になった。

 

「いぐざくとりー、よく分かったねにとりぃん」

「にとりぃん?まぁいいや。そりゃあこの状況で現れる毛玉は君くらいしかいないさ」

「生きてたんですか毛糸さん、あたしはてっきりもう藻屑になったかと」

「おい私は毛玉だぞ、なるなら毛屑だろうがい」

「どうでもいいですよぉ………」

 

にとりんの次はにとりぃんか………にとりんはまぁわかるさ、語感がいいし。

でもりぃんはわからないよ、なんでりぃんなんだよ、りぃんにする必要あるの?いや、そんなことは今はどうでもいいか。

 

「あの大量の氷、出したの誰か知ってる?」

「ん?私ですけど?」

「へ?」

「へ?もしかして私、またなんかやっちゃいました?」

「なんか腹立つ、一回殴らせろこの毛屑が」

「ちょ、待てよ!早まるな!今ならまだ間に合う!話し合いをおうふ!………一回言ってみたかったんです、うざいってことはわかってるけど異世界チート主人公になってみたかったんです」

 

くだらない妄言吐き散らすより先にあの氷のこと説明してくれないかなぁ?あれが何回もできるなら戦況が大きく変わることになる。

 

「なんだよその目はぁ、わかりましたよ、説明しますよ。確かにあの氷は私が作ったものです、他に質問は?」

「あれ、あとどのくらいだせる?」

「えっとね………全部絞り出してあと3セットってところかな、でも妖力とかは温存しておきたいし、あんまりもう出したくないかなぁ」

「そうか………だったら——」

「毛糸さんって、ものを浮かせられるんですよね?」

「え?まぁ」

 

るりが自分から進んで話しかけた………だと。

 

「だったら、武器倉庫にある武器全部浮かしておとしたらどうです?氷の柱よりも数は多いですし、それなら敵もたくさん数を減らせると思うんですけど」

 

なるほど、それができれば随分楽になるだろう。

でもそれは………

 

「それまず味方を敵から引き剥がさないと、巻きぞえ食うじゃない、あと狙いをつけにくい」

「確かにそうですけど、敵の本陣に向けてやれば、敵も固まってますし大打撃を与えられるんじゃあ………」

「むぅ………じゃあ代替案として、アレ貸してよ」

 

あれ?

 

 

 

 

敵の位置を即座に把握し、待ち伏せしているところに真っ直ぐに剣を持って突っ込む。

柔らかい何かに刃が食い込む感覚。

背後から飛びかかってきた敵に刃を引き抜くと同時に回し蹴りで牽制、腕で防御したところを胴を斜めに切り裂く。

 

「やっばり!敵は雑兵ばかりのようですね!気配も殺気も隠すことを知らない甘ちゃんどものようです!」

「お前と一緒にすんな。お前は音もなく忍び寄って絞め落としてくるからな、世の中お前みたいなやつばかりだったら暗殺流行しまくってるぞ」

「べらべらと喋る余裕があるなんて、随分余裕そうですね!ちゃんと敵倒してますか!?足臭いくせに!」

「最後のいらねぇだろ!」

 

木々に囲まれた中で戦闘をするのは死角が多く、待ち伏せが基本的に有利、だからまずは敵の位置を把握することを念頭に置かなければいけない。

私たち白狼天狗は五感が優れている。

敵の呼吸、服の擦れる音、気配、殺気、様々なものを感じ取って敵のおよその位置を把握する。

前方から二人が切りかかってくる。

二人同時に腕を振り上げ剣を私に叩き込もうとしてくる。

こんなもの、懐に潜り込んで一気に——

 

「うっ、二日酔い……」

 

その場に伏せて口を押さえる、

まずい、戻しそう、あと斬られる。

顔を上げると、もうすぐそこまで刃が迫ってきていた。

その手に持った剣。、迷いなくそのまま振り下ろした二人。

しかしその剣の刀身は折れていた。

 

「ほら昨日言っただろ!そんなに飲んだら二日酔いでまともに戦えなくなるぞって!」

 

柊木さんが、その硬化させた腕で二つの刀身をへし折っていた。

そのままもう片方の腕で剣を振って敵の二人の腹に深い切り傷を刻んだ。

そのまま私の目の前まで近寄ってくる、

 

「二日酔い野郎の命助けるために俺はここにいるんじゃ——」

 

柊木さんの方に向けて剣を突き出していた。

 

「………」

「その二日酔いで死にそうになってる奴のおかげで命払いましたよ、よかったですね」

「お前なぁ………」

 

柊木さんのほうに向けて突き出した剣は、背後の額に突き刺さっていた。

 

「普通に気配消してくる敵、いるじゃないか………」

「こいつ、うちの山のとこじゃない白狼天狗ですね、空に鴉天狗もいたので敵の白狼天狗がいるのなんらおかしくないですけど」

「良い鍛え方してんなぁ、お前がいなかったら俺完全に死んでた」

「なんですか急に、いつになく素直ですね、そんなことしても足の臭さは改善しませんよ」

「お前もう良い加減にしろよ、そろそろ俺も怒るからな」

「お?やってやりましょうか?」

「やってやろうじゃねえか!」

 

柊木さんに本気で斬りかかろうとすると、突然立っているところが影になった。

お互いに動きが止まる。

日の光を遮っているその状態を探ろうとして、上を見ると、私の数倍はありそうな巨大な氷塊が宙を浮いていた。

 

 

 

 

投石機用の巨大な岩を凍らし、その周りを氷で何回も何回も包む。

私の多分10倍あたりの高さになった頃に浮かして、投石機乗せてもらい私と一緒にここまで飛んできた。

重さが無くなるなるからちゃんと投石機で飛んでくれるか心配だったけど、ちゃんとここまで来れてよかった。

 

「いやぁ、無茶なことしますねぇ」

「ま、鴉天狗がいなかったら私は飛んできた敵にすぐにやられてただろうからね、ありがとう文」

「いえいえ、この戦いに勝てるのならできることはなんでもしますよっと。後ろの人、もうちょっと加速しましょうか」

 

文が氷の玉を後ろで頑張って押している鴉天狗に命令する。

そのまま敵の本陣までもうすこしになると、一気に氷の玉を上昇させる。

どんどん氷の玉は空高くのぼっていき、人の形がめちゃくちゃ小さく見える高さで止まった。

わぁ、鴉天狗飛ぶのはやーい。

 

「おー、たかいたかーい、私高所恐怖症かもしれない」

「さて、このくらいの高さだったらいいでしょう、では、落としてもらえますか?」

「あいよっ」

 

体を氷の玉から離し、浮遊状態を解除した。

下に向かって落ちていく巨大な氷の玉は、どんどん速度を上げていき、敵の本陣のどまんなかに落下、とてつもなく大きな地響きを鳴らした。

 

「畳みかけましょう」

 

そういう文の横顔は、どことなく楽しそうだった。



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名前はうまくバランス取らないと大変なことになる

ルビを振ることを覚えた人間


「ははっ、自由落下コワーイ、私落チテルゥ、スゴク落チテルゥ」

「毛玉なのに落ちるの怖いんですか?ってか飛べますよね」

「何言ってるんだ馬鹿野郎!私はなぁ!バンジーとかあーゆーの!やるのは良いけどやったらやったで途中で気絶するタイプだからね!ジェットコースターとか絶叫マシン系イキって乗って!絶叫して二度と乗らねぇってなるタイプだからね!多分」

「多分って、不確定なんかい。そろそろ地面着きますよ」

「イヤアアアアア!」

 

まぁ冗談はさておき。

落とした氷の玉は真っ二つに割れながらも地面にめり込んでいた。

流石の重量である。

あと何人か潰されたねこれ、南無三。

そう、あの氷の玉のしたには無残に潰された敵の死体が………

シィィィィ○ァァァァ!!

タバコ逆さだぜぇ………

 

地面に落ちる前に体を浮かし、少しずつ小さな衝撃波を下に向けて撃って減速、ある程度の高さで宙に滞空する。

肩からぶら下げたこの妖力銃、名前は今適当につけた。

霊力と同じ感じで流し込むとやばいくらい流れ込んでしまうので、慎重に少しずつ妖力を持ち手から流し込む。

妖力銃の筒の中に小さな妖力弾が作られたのを感じ、妖力の操作をやめた。

妖力弾を押し出すために溜まっていた妖力が一気に噴出、妖力弾をすごい速度で真下の方向に撃ち出した。

 

イ○ラッ!!

ようりょくが ぼうそうした!!

 

実際は暴走してないけど。

妖力弾がすごい威力なら、押し出す妖力もすごい威力なわけで、体を浮かしていた私は結構後ろに吹っ飛ばされた。

同時に敵の密集している地面へ着弾した妖力弾が爆発、黒煙を上げて爆心地にいた敵たちを吹っ飛ばした。

私の飛ばされたとこまで爆発の余波が飛んできて、さらに遠くへ飛ばされそうになった。

やっぱ幽香さんパナイわぁ、名前だけランクアップしてイ○ラにしたけどやっぱりイ○ナズンくらいの威力は出てますわぁ。

これイ○ナズン撃ったらイ○グランデを余裕で越した威力になりそうだよね、私怖いわ。

本当はイ○系だけじゃなくてメ○系も使いたいけど、妖力で火って出せるのかわかんないからできないや。

ヒャ○系ならできるんだけどなぁ。

そろそろドラ○エの話しは終わりにして、文たち巻き込まれてないよね?一応爆発範囲にはいなかったはずなんだけど。

と思ったらちゃーんとみんな避難してました、空高くへ。

なんか文がすごい速度と形相で近づいてきた、なんすか、その手をどうするつもりですか。

 

「やるならやるって事前に言ってくださいよ!」

「へぶし!」

 

ビンタを食らった………

 

「なんで私敵からより味方からの方が攻撃受けてる回数多いの?」

「あなたの妖力に気づくのあと少し遅れていたら私爆散してたんですが!何考えてるんですか!」

「明日の朝ご飯!」

「私の朝ご飯が今永久に無くなりかけました!」

 

ぶはっ!お前!女の顔をグーでなぐるなんて!

私をぶったな!大ちゃんにもぶたれたことないのに!

 

「そう言ってもわざとじゃ——ないッ!」

 

異様な寒気がし、身をひねると顔を細長い何かが掠めていった。

下を見下ろし、こちらに狙いをつけている射手を見つけ、さっき放たれたのは矢だと確認。

近づいてなんとかしよう、そう思った時には既にそいつはのされていた。

 

「不意打ちなんて卑怯ですね………」

 

文さん、仕事早いっすね。

いやまじで、目で追えないくらいの超スピードだったんですけど、瞬間移動でもしました?ヤードラッ○星で瞬間移動習得してきました?

 

「飛び道具なんて捨ててかかって来なさい!」

 

そう叫んだ文は、目にも留まらぬ早技で周囲の敵全てに後ろから首トンで意識を刈り取っていった。

首トンできるんだ、すごいなぁ、私もできるようになりたい。

まぁ文がしてるの、どっちかっていうと首ドンッ!!だけどね。

いや、ほんと………射命丸さんどうなってんの?あなたそんな早かったの?音速くらい行ってない?

前方から私に向かって斬りかかってくる白狼天狗を発見、着てる服が椛や柊木さんと違うので殴ってよし。

右足と右腕に妖力を込めて姿勢を低くし、土を蹴って敵の懐に接近、強化された右腕で思いっきり顎にアッパーを決めた。

 

「いったぁ………」

 

やばい、めっちゃ拳痛い。

本気でやりすぎた、敵さんも体1メートルくらい浮いてたし、もうちょっと手加減すればよかった。

散り散りになっていく敵の間から、一人の人影が目に入った。

 

「我が逸楽、見つけたり」

 

戦場に飛び交う怒号や悲鳴の中で、図太い声のその言葉だけが、やけにはっきり聞こえた。

耳に豪風のような音が入ってくる、そのあと耳を大きな爆発のような音が襲い、思わず耳に手を当ててしまった。

 

「大丈夫ですか?」

「文?今のは………ふぁい?」

 

左で腕を掴んでいる文の視線の方向を見ると、私のすぐ右の地面が深くえぐれていた。

 

「あの正面にいる男、わかりますか」

「——え、あ、あぁ、あのゴツいおっさん」

「あれは隣の隣のその隣の山を根城にしている天狗、うちで言うなら天魔級の化け物。名を——」

鬼葬(きそう)

 

うわっなんだあいつ会話に入り込んできてまで自己紹介したよ、なんなの自己主張激しすぎじゃない。

あとなんだよ鬼葬って、ネーミングセンスどーなってんすか。

 

「鬼のように闘い敵を葬ることから付けられたその名は伊達じゃないですね………」

「えっ、そんな安直な由来だったの!?恥ずかしくないのおっさん!いい歳こいてそんな名前堂々と誇らしげに語ってんの!?ないわーそれはないわー、まじ引くわー」

 

私の名前も安直だとは言ってはいけない。

言ってはいけない!

 

「ちょっと!煽らないでくださいよ!」

「ほう?我のこの名を侮辱するか」

「侮辱じゃないっす、名前変えて来たほうがいいっすよ、そんなんじゃ恐れられるより舐められる方が多いと思うんすけど」

 

あ、血管浮き出てる。

 

「そうカリカリしなさんなって、カルシウム取った方がいいんじゃない?」

 

わざと煽る、煽りに煽る。

煽りはするが足はすごい逃げ腰だ。

こいつからはやばい匂いがするぜぇ………

どのくらいやばいかって言うと、あの夜のルーミアくらいやばい気がするんだぜぇ………

 

「口よりも闘った方が早かろう、行くぞ女」

「女じゃねえ!毛玉だ!」

「えっ、女性じゃなかったんですか!?」

「知らん!」

 

毛玉に性別ってあんの!?

おっさんは、近くにある私の出した氷の残った半分を軽々と手に取った。

もう半分はいつ使ったんだ?あ、さっきか、ありがとう文、君がいなかったら私は今頃ガメオベラしていたことだろう。

 

「来ますよ」

「危なくなったら救助頼みまーす」

「なに惨めなこと堂々と言ってるんですか!」

 

体を浮かし、おっさんが氷塊を振りかぶりこちらに投げてくる直前に霊力を全力で放出し、投げられて来た氷塊を避ける。

全身の毛が逆立つような感覚とともに轟音が響く。

おっさんはすぐに近くにあった武器………棍棒?棍棒を手に持って構えた。

 

「力より速さの方が重要なんですよっ!」

 

文が超速で接近しておっさんの顔面にビュウッという風を切る音を出しながら蹴りを入れた。

スパーンと気持ちの良い音があたりに響いたけど………

 

「いくら早かろうと攻撃が通らなければ意味を為さないな」

「——!」

「むぎゅ」

 

おわっ!なになに!?顔に何かが飛び込んできた!

そのまま後ろに倒れ込んでしまった、すぐに体を起こし飛び込んできたものの正体を探る。

文だった。

 

「いたた………近づきましたか、全速力で避けたつもりだったのに、攻撃の余波だけで吹っ飛んでしまいました」

「文のあの速度反応できるのか?」

 

鬼のような闘いっぷりからその名で呼ばれるようになったんだっけ?じゃあモノホンの鬼はどれだけ頭狂ってる強さなんですか!もう嫌になっちゃうね!世界って理不尽!

両手を胸の前で合わせ妖力を収束し、妖力弾を作る。

さっき撃った奴よりも多く妖力を使っている。

 

「文、私が合図したらあいつの近くまで私を移動させて」

「なにを………いえ、わかりました」

 

手の中の妖力がどんどん増幅していく。

大きくなりすぎないように、増えていく妖力を収束させてちいさな光の玉を作り出した。

 

「いけ!」

 

何も考えずにただただ手を前へと突き出す。

視界が一気に変わり、おっさんの背後に回り込む。

 

「む?」

 

む?って、む?ってなんだよ。

気づいたようだけどもう遅い、光の玉は私の手から離れてこちらに振り返ったおっさんの目と鼻の先まで迫っていた。

また視界が変わり、周りには味方の鴉天狗が何人かいた。

 

白い光がどこからともなく放たれ、そのすぐ後に爆発の余波が私たちを吹き飛ばした。

ぐるぐると視界が回る中、なんとか体制を立て直す。

空を見ると小さな点がたくさん吹っ飛んでいる。

あれ、人か。

 

「なんて爆発起こしてるんですかっ!」

「知らん!私だってこんなにやったの初めてだよ!」

 

体の中の妖力がごっそり持ってかれたのを感じる。

あと半分もないくらいか………

気づけばもう日が暮れかけている、時間の感覚が麻痺してたみたいだ。

しだいに土埃が晴れあたりの様子が見えるようになってくる。

 

「やりましたか………?」

「ちょ、それフラ——」

 

 

 

 

残ったのは二本の腕。

血を散らしながら地面へと落下し、地面を血が染めていく。

 

「なかなか良い攻撃であった。我もかなりのダメージを負った」

 

身体中から血を流しながらも、二本の足で立っている鬼葬。

いなくなった毛糸さん、地面に落ちている腕。

それが意味しているのは………、

 

「貴様ぁ………!」

「くるか、雑魚どもよ。ならば、この我を殺してみせろ」

 

 

 

 

・・・

寝てたらしい。

頭が痛む、だけどなにがあったかを思い起こさなければいけない。

たしか………吹っ飛ばされたんだ、倒せなかったから。

視界は真っ暗………目はどうなってる?

腕は………多分吹っ飛んだな、感覚がない。

足はあると思うけど動かない。

なんとか腕に妖力を纏わせて完全に直撃はしなかったから、なんとか生きているみたいだ。

私にしてはよくやったと思う。

 

「毛糸………」

 

その声はにとりぃん?

 

「毛糸さん………」

 

るりもいるのか。

 

「早く埋めてやろう」

「はい………」

 

は?

ちょ、なんか体持ち上げてるよね?え、ちょっと待って!ちょ!

なんか担がれてる!あ、今落としたな!?これもしかして穴!?穴ですか!?墓穴!?埋めるの!?私を!?

 

「絶対勝つからな………」

「あなたの死は無駄にはしません………」

 

生きてるよね!?私生きてるよねぇ!?

ちょ、なんか喋らないと、って声が出せないい!喉が潰れてる!?

妖力!妖力を喉に!

あ!今土かけただろ!やめ、やめろおおお!

 

「いぎでるうう!」

「「!?」」

 

はぁ、はぁ………

あれ、返答がないな。

 

「うわあああああああ喋ったああああああ!!」

「ひいいいい!成仏!成仏してくださいいい!!」

「生きてるって言ってんだろぉ!?」

 

 

 

 

「まったく、生きてるか死んでるか、ちゃんと確認してから埋めろよな!生き埋めにされるところだったわ」

「ひぃ、腕が生えてきてるぅ、おかしい、おかしいよぉ」

「いやだって………今目が見えないからわからないだろうけど、今すごいことになってるよ?誰が見たって死んでると思うよ。

「脈取った!?」

「………取ってない」

 

やっぱり!ま、許すけどね!

生きててよかった、ってか妖力残っててよかった。

まずは腕から再生していく、取れてるからね、ないからね、腕。

肩から肉が蠢く音がして、ものすごく不快だ。

ついでにいうとどんどん感覚が戻ってくる感じも不快、マジキモい。

腕に妖力を集中させるのと同時に、ズタズタになってるであろう足、それと体の中の方まで妖力を流しておく。

頭がどうにかなってるのか、痛みとか今は全く感じていないから再生自体は楽だ。

脊椎折れてたら治るのかな?これ、治るよね、きっと。

 

体の中身の方までめちゃくちゃになってて再生に時間はかかった、多分十分くらいかかった、でも治ったからよし。

目が完全に再生し終え、ゆっくり瞼をあげる。

昼間だったらうわっまぶし、ってなってたけど、今はすっかり夜らしい、満月と星々がが空高くで輝いていた。

 

「どのくらい寝てた?」

「そこまで時間は経ってません、まだ戦いは続いてます」

「そっか」

 

にとりぃんの視線が痛い。

めっちゃ突き刺してくる、串刺しにしてくる。

 

「本当、ひやっとしたよ、本当に死んだかと………それで?どうせまた行くんだろ?」

「わかってんじゃん」

 

あのおっさんの頭をハゲにするまで私は諦めないぞ。

 

「じゃあ行ってこいよ、やるだけやって、死ねばいい」

「冷たくない?」

「死ぬときは妖怪だって死ぬんだよ」

 

ま、そーだよねぇ。

妖力も、寝てる間に少し回復した、霊力はまだある。

 

「じゃ、行ってくる」

 

あのおっさん、絶対許さないからな。

 

「え?ちょっと、なんであたしの首根っこ掴んでるんですかぁ!」

「働け」

「殉職はいやあああ!!」

 

あ、やべ、あのおっさんどこにいるかわからねーや。

 

 

 

 

天狗の里の門の前、そこに私は立っている。

私の視線の先に、あいつがいる。

 

「やはり生きておったか、傷も全て治っておるとは驚いた」

「おっさんは結構ズタボロだなぁ?」

 

相手の体も傷だらけだ、私のあの爆発で負った傷もあるのだろう、血が体の至る所から滲み出ている。

だけど、その歩みは一切揺らぐことなく、真っ直ぐに私へと向かってくる。

 

「名を聞こう」

「………白珠毛糸」

「そうか………我に劣るが、良い名前ではないか」

 

あぁ?

妖力を足に込めて姿勢を低くする。

いつでも突っ込めるように。

 

「ほざけぇ!私の名前はなぁ!お前の3.14倍よく考えられてるわ!」

 

円、周、率!



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上には上がいるんだって知る毛玉

戦闘書くの疲れたぽよぉ………


突っ込もうと思ったけどやめました、だっておっさんがその辺に生えてる木をもぎ取って振り回してくるんだもん。

怖いやん、そんなん無理やん。

だけど、木を振り回してくる分にはまだ何とかなる。

あのおっさんの拳、あれはやばい、まじやばい、一発食らったら私は即終了、実質オワタ式である。

だけど、拳じゃないなら、木なのであれば防ぐことは可能だ。

例えるならそう、バッティングセンターで投げられてく球がスポンジでできているのと同じようなものだ。

いや、これは逆?ま、いっか。

腕に妖力を込め、前から向かってくる木の幹に腕をぶつけへし折る。

すぐさまこちらへ向かってくる拳を、体を浮かせて霊力を放出し回避、そのまま体を回転させ足に妖力を込めておっさんの後頭部へ蹴りを入れる。

ゴン、と鈍い音がした。

 

「甘い」

 

鈍い音がしたのは私の足、足首を掴まれて脛に拳をねじ込まれていた。

足が変形している、そのまま振り回されて投げ飛ばされた。

体に投げられた勢いの負荷がかかる。

体を浮かして霊力を横向きに放出、地面へと着地した。

妖力込めててよかった、再生に時間はかからない。

これがまるまる部位欠損だったら時間かかるけど。

直ぐに立ち上がれるようになり、足に軽く妖力を込める。

 

「ほう、凄まじいな、その再生力は。今の蹴りも、その身体の力では到底出せない威力が出ていた。だが、高いのは妖力の質だけよ」

「おっさんはなんつー化け物なんだよ。勝てそうにないや」

「そうだろうな、我の負けはつまり死、我は今生きている、今まで負けたことがない。貴様ごときが我に勝てるはずがない」

 

何その理論、ちょっと何言ってるかわかんない。

でも勝てないというのは本当、正面からやってまともにやり合えば一撃で粉砕されて終わる。

でも、変な風にやっても簡単に反応されて返り討ちだ。

だけど何もしないわけにもいかないよねぇ。

 

足に込めた妖力を全て霊力に変換し、地面の表面を凍らす、そこから巨大な氷壁をつくる。

目の前のおっさんが隠れて見えなくなるくらいの氷壁を、右手に作った弱い妖力弾で吹き飛ばす。

ばらばらに割れた氷のかけらがおっさんへと迫っていく。

 

「小癪な………ふん!」

 

おっさんが腕を一振りしただけで飛んでいった氷のかけらは全て弾かれてしまった。

だけどその隙におっさんに急接近、下半身に向かって足を振り上げる。

それも簡単に後ろに下がられて避けられてしまった、だが、おっさんは急に動かなくなった。

 

「貴様………今金的を………」

「急に何言い始めてんの!?被害妄想やめて!」

 

まったく………おっさんのくせに、なんてことを………

手を挙げて、天狗の里の門の方へ合図する。

何をしているのかわからない様子のおっさん、その身体に急に矢が迫ってきた。

 

「援護射撃か………飛び道具如きで我を傷つけることはできん」

 

これもまた片腕だけで吹き飛ばしてしまった。

しかしその腕を、黒い弾が貫き、血を辺りに散らした。

 

「なに………?」

「やっぱり、流石のおっさんでも鉛玉は簡単には防げないみたいだね」

「なんだと?」

 

私の目線の先には、銃口をまっすぐおっさんに向けるるりがいた。

もう一度引き金を引き銃声を鳴らす、今度はおっさんのほおを掠めていった。

 

「やればできるじゃんるりぃ」

「こっち見て喋らないでくださいぃ!あたしが狙われたらどうするんですかあああ!!」

 

狙われるとしたらお前の声がでかいせいだな、うん。

 

「ぴぎゅあああおあおあおおお!!」

 

という奇声を発しながら、目にも止まらぬ早技で弾を込めて引き金を引き、発砲を続けるるり。

その様は完全にトチ狂った危ない人だけど、その射撃は確実におっさんを追い詰めていた。

とりがぁはっぴぃ。

銃を触るのが初心者とは思えないほど狙いが正確だ、急所を執拗に狙いに行っている、やだ怖いあの子。

あと連射速度が狙撃銃のそれじゃない、どれだけ装填速度が早ければそうなるんですか。

 

「舐めるなぁ!」

 

おっさんがその辺の岩を掴んでるりの方へぶん投げた、なぜそんな都合のいい場所にあるんだよ岩。

まっすぐるりへと飛んでいく岩、私じゃ間に合わない、と思ったら岩が無くなっていた。

 

「やれやれ、生きてるって聞いて飛んできたらまーた生き急いでるんですか、呆れますよ」

「文………」

 

文が岩を防いでくれたらしい、絶対私より君の方が強いよね、早いもん、クロッ○アップしてるもん。

 

「また会いましたね鬼葬」

「退いたと思えば、また我と闘いに来たか、貴様の攻撃では我には傷一つつけることはできぬ」

「分かってますよ、私は援護に回るとします」

 

そんなぁ、絶対前線で戦うのに向いてるでしょ文は、クロッ○アップは無敵なんだよ、最強なんだよ。

カ○トはカッコいいんだよ!

足に大量の妖力を込め、るりと文に気を取られているおっさんに超速度で接近、何も考えずに足を振るう。

ゴンっという音と共になにかを蹴った感覚、おっさんは大きく後ろにのけぞっていた。

足痛い。

 

「よかろう、貴様らの全身全霊をかけて我を殺しに来い、我もそれに答えよう」

「物騒な考え方しかできないのかおっさん、そういうの止めようよ、平和が一番だよ?」

「そのような甘い考え方は、いつか貴様自身を滅ぼす」

 

知らんがな。

確かに大半の人間、というか生き物の奥底に闘争心が眠っているのは事実だ、だけどそれと命の取り合いをひっつけるのは違うでしょ。

まぁ、要するに死にたくないってことだけどさ。

 

「雑魚とのお遊びに付き合うのもまた闘いよ………」

「人と喋るときは何を言ってるか明確にしてしゃべりなさい、良い年したおっさんがそんなんじゃ若者に笑われるぜ」

 

全身に、今残ってる妖力のほとんどを循環させる。

これなら、もし一発食らったとしてもなんとか耐えられる、はず。

 

近くにあった木を二本もぎ取り、おっさんの方へぶん投げる。

そのまま木と一緒に接近、木を両手で弾いたおっさんの腹に拳を入れる。

本来なら腹にめり込んでダメージを与えられるはずだけど、おっさんの腹が固すぎておっさんを押し出しただけになった。

だけど攻撃の手を緩める理由はない、身体を浮かして回転、そのまま回し蹴りをねじ込む。

またすごい衝撃とともにおっさんの体が吹っ飛ぶ。

文の方を一目見ると察してくれたのか、私を抱えておっさんの頭上へ起動させてくれた。

足を振り上げて体を浮かし、落下速度を上げるように霊力を放出する。

おっさんには防ぐ暇も与えず、その脳天へかかとを落とした。

相手の体を伝って衝撃が地面を震えさせる。

数秒の沈黙の後、おっさんがうつ伏せに倒れた。

 

「みっしょんこんぷりぃと………」

 

怖いなぁ………死んでないよね?気絶してるだけだよね?

はぁ〜………あー疲れた!帰って寝たい、てか帰る。

私おうちかえりゅ!

 

「本当にやったんですか、これ。本当に?起きてきません?」

「わからん、怖いから私離れる」

 

おっさんに背を向けた瞬間、凄まじい轟音が鳴り響いた。

その衝撃に押され、私の体は吹っ飛び天狗の里の壁へと激突した。

私が吹っ飛んだだけじゃない、その周囲の木々まで殆どのものが吹き飛んだ。

背中に強い衝撃が走る。

衝撃がおさまったあと、揺らぐ視界の中おっさんが歩みを進めてくるのが見える。

 

「やはりこんなものか、だがなかなか楽しめたぞ、雑魚どもよ」

 

足が動かない、腕も動かない。

そして喋れない、喋る気もない。

 

「これで終わりだ」

 

だって………

おっさんの振り上げた腕が、肘から先が無くなっていた。

 

「よぉ、あんたが鬼葬って奴かい、もう死にかけに見えるが強いって話だ、楽しませてくれよ?」

「貴様………宵闇の………」

「おぉ、知ってるのか、嬉しいねぇ」

 

戦闘狂は戦闘狂を呼ぶのか………赤い瞳に狂気のようなものを感じ、その殺意を向けられてない私ですら、殺されると感じてしまった。

 

「貴様と闘える日を待ち望んでいたぞ………行くぞ」

 

私の事なぞ眼中にないようで、背中にいたルーミアに向き直る。

足を踏み出し残っている拳をルーミアへと向けて放つ。

対する彼女は、避けずにそのまま顔に拳をくらった。

また吹っ飛ばされそうになる衝撃のなか、ルーミアは平然とした顔でおっさんのことを睨む。

 

「なんだ、これっぽっちか。期待して損した」

「なんだと………?ならばこれなら——」

「あーもういいよ、お疲れさん」

 

ルーミアがそう言い放ったとき、おっさんの頭は無かった。

いや、喰われていた。

 

「硬いなぁこれ」

「うわぁ………」

「ん?なんだよお前、お前も死にかけかい、どうした、狩りにでも失敗したか?」

「あぁ、うん、もうどうでもいいやぁ」

 

敵にチーターが現れたと思ったら知り合いにもっとやばいチーターがいたわ、なんなのこの世界もう嫌だ。

突然、痛みが全身に走る。

今更痛みを思い出したのか、気を保っていられそうちない。

 

「もう一回言っておくが、お前を食べるのはこのあたしだ、覚えておけ。あと名前聞いてたか?」

「………」

「ありゃ、寝てる。なんだよつまらないな。あと残ってる雑魚どもは喰っていいんだよな?ひ、ひ………」

「柊木だ、覚えなくてもいい。あと敵味方間違えないでくれよ、あと食い散らかさないでくれ」

「心配するな、あたしは食べ物は全部丸ごと頂くんだよ」

「そこのおっさんは食い散らかしてるが?」

「そいつは硬いから別」

「なんだそりゃ………はぁ………」

 

 

 

 

「なにしてんの」

「料理」

 

聞いてくれ、起きたら目の前でルーミアが焚き火で料理してたでござる、わけわかんないでござる。

 

「ほら、食べろよ」

「は?」

 

なんか焼けた肉を目の前に突き出される。

ちょっとなにやってるかわかんない。

 

「もしかして人肉じゃ………」

「馬鹿か獣肉だ馬鹿」

「二回言ったよ」

「ほら、口開けろ」

 

威圧が凄いので仕方がなく口を開けたら思いっきり突っ込まれた。

うん、うん………

程よい熱さにいい焼け具合………塩もふりかけられてる。

 

「美味しいっす」

「おうそうか、ちゃんと食えよ、喰わなきゃ体治らないぞ」

 

あら心配してくれてたの。

 

「食うとこ減るからな」

「あ、やっぱりそっちだよね知ってた」

 

腕はかろうじて動くけど足は動かない、神経のほうがやられたのか。

あとなんか色々足りない気がする。

なにが足りないって、耳とか指とか………あれ、これ左足が膝から先無いじゃん。

 

「無いところはあれだ、ここに担いで来るときに千切れた」

「人の体は大切に扱ってください。そして食べたでしょ」

「おう、そこそこだったぞ」

 

私の足をルーミアが食べてる様子………

想像してみたけど何にも感じない、特になにも思わなかった。

 

それにしても助かった、ルーミアが今日このルーミアじゃなかったら確実に私はお亡くなりになっていた。

天狗たちが戦いに勝てていたかはしらないけど。

まぁ私将来的に喰われるらしいけどねー。

そういえばどのくらい寝ていたのだろうか、体感ではそこそこ長く寝ていた気がする。

 

「ねぇ、私一体どのくらい寝て………」

「あー?」

「なぜこのタイミングでそうなるんだい」

 

ルーミアがパツキン人喰い系美女からパツキン人喰い系少女に戻ってしまった………戻った?戻ったであってるのか?これ。

もういいや知らね。

 

「私はなぜこんなところにいるのだー?」

「知らんがな」

「おぉ毛糸、血を流してるな食べていい?」

「ダメですっ!」

 

まったく、こうなったら可愛らしい少女なのに………言動以外は。

あれがどうしたらこんな少女に………妖怪だからか。

あーもー知らね、考えても意味ないよね。

この世界では常識に囚われては行けないのだよ。

それはそうと、ここはどこだろうか。

知ってそうなルーミアがこうなったからなぁ、どうしようか。

まぁまず体を動ける状態にまで戻さないと。

 

「この肉食べていい?」

「いいよ」

 

うわ、3秒で平らげたよこの子供、怖いわー最近の子怖いわー。

とにかく、体の再生に集中しておくか。

目を瞑って体の霊力と妖力を操作し始めた。

 

 

 

 

む、何かの気配。

背後から何かが近づいてくる。

 

「なんでこんなところにいんの?お前」

「知るかいな」

 

柊木さんだった。

いつもなら気配消して近づいてくるのに………疲労かな?

柊木さんも柊木さんで結構ズタボロだけど、まぁ元気そうで何よりだった。

 

「あの後どうなったの?」

「あ?あぁ、まぁそうだな、結果的にいえば勝ったよ。まぁだいたいその妖怪のおかげだが」

 

あぁ、勝ったのね、そりゃあよかった。

 

「で、なんでお前は頭かじられてんの」

「はい?」

「いや、頭」

 

頭かじられてるって………あ。

 

「おいルーミア、なに人の頭にかじりついてるんだよ」

「ひまだったから」

 

それはないだろ、暇だったら人の頭を食べようとするのはないだろ。

傷の再生に集中してて気づかなかった私も私なんだけどさ。

もう日が登っている、そろそろ行動しないとなぁ。

 

「ちょっと待ってて、後ちょっとで動けるようになる気がする」

「それはいいが………頭から血が流れてるぞ」

 

どんだけ強く噛んでたんやルーミアお前ぇ………



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戦いは起こすのは簡単だけど大変なのは後片付け

頭にルーミアをつけて、柊木さんについていく。

ルーミアはアクセサリー、もうそう思うしかない。

何回も引き剥がしてもかぶりついてきたからねしょうがないね。

一人で帰ればいいのにさぁ………

 

柊木さんに連れられ、やってきたのは天狗たちが本拠地としている天狗の里。

門の近くにある寮みたいなところが柊木さんたち白狼天狗が住んでいる場所らしい、すぐに出撃ができるように里の入り口の近くにあるんだとか。

辺りの様子を見てみると、負傷者の手当てに大忙しのようだ、夜も明けたというのに皆さん働き者ですなぁ。

柊木さんは寮の近くの詰所で武装していたものを下ろして、今から文たちのところへ向かうらしい。

 

「勝ったは勝ったし、こっちの被害も案外小さかったんだが、戦場になってた場所がな………」

「戦場になってた場所が?」

「あぁ、氷塊とかが未だに溶けずに残ってるし、食い散らかされたような敵の死体も数え切れないくらい転がってる」

「あー………」

 

大体私とルーミアのせいだね分かる。

そんな感じじゃ戦場の後片付けも難しくなってるんだろうなぁ。

今は負傷者の手当てで手が回らないだろうし、実際ここにくるまでの道でも死体がいくつか転がっていた。

ルーミアを抑えるのにめちゃくちゃ力使った、屍肉を貪ろうとしないでほしい、切実に願う。

 

「そういえばルーミアはなんであそこに来たのか知ってる?」

「あぁ、俺が連れてきた」

 

え、そうなの。

なるほど、私は柊木さんに命を救われたようなものなのか………

 

「一度戦線から退いて、周囲の警戒に出てる時に脅されて、強いやつどこにいるか知ってるか?って聞かれてな。答えなきゃ喰うぞ、とも言われたな、逆らったら殺される気がしたから素直に教えた」

 

そっかぁ………

それ下手したらルーミア敵に回ってた可能性があるわけでしょ?やば、そうなってたら完全に詰んでたね。

そして柊木さんも命の危険を………

強者イコール美味しいって思考どうなってんだろうね、ほんと。

まぁ助かったからいいんだけどさぁ。

 

「本当に………化け物がいると思ったらそのさらに上の化け物がいるもんだな」

「本当にそうだよねぇ、妖怪の賢者って呼ばれてる八雲紫って人はもっとやばいのかな?」

「いや、どうだろうな、あの人は」

「え?なに知ってんの?」

「あー、まぁ、見たことがある程度だな、一度だけ」

 

妖怪の賢者八雲紫。

神出鬼没とか胡散臭いとか、めちゃくちゃに書物に書かれてた記憶がある。

 

「なんというか、こう………底無し沼を見ている感じ?なにを考えてるかわからないやつって大天狗達もよく言ってるな。賢者って呼ばれるくらいだから、まぁ俺たちとは格が違うのは確かだろうな」

 

うーむ、是非会うことなく一生を終えたいものですなぁ。

しばらくはのんびりスローライフを過ごしたい、過ごしたい!

 

「お、着いたな。中に椛達がいるからとりあえず色々聞いてもらう」

「それだけ?じゃあ私興味ないんで帰りま………ダメですよねはい、わかったからそんな睨まないでくれない?」

「眠いだけだ」

「嘘だ、今これでもかっていうほど目つき鋭かったもん」

 

 

柊木さんに睨まれながら、すこし大きめの建物に入る。

中に入ってすこし進み、扉に入ると文、椛、にとりん、るりがいた。

 

「あー、みんな揃ってんのね」

 

えっ、なに怖い、どうしたの椛その目つきは、さっきの柊木さんに負けず劣らずの鋭い眼光………

急に頭に剣突きつけられた。

 

「貴様、なにをしている………」

「んあー?」

「なにをしていると聞いてる!」

「あむっ」

「!?」

 

ルーミアが突きつけられた剣を噛んだ。

椛がすごい驚いている、目を見開きすぎて飛び出てくるんじゃないかというほどに。

金属が割れる音がして、ルーミアが剣を割ったのがわかった。

 

「なん………だと………流石は宵闇の妖怪、何という強靭な顎………」

「え………毛糸さんその頭にひっついてるの、あのルーミアさんなんですか?ルーミアさんというか、ルーミアちゃんなんですけど」

「あ、宵闇って単語聞いてるりが気絶した」

 

みんな私のことより頭のルーミアに興味津々のようだ、そうだよね、私も気になってたもん、いつまで頭に噛みついてるのか。

 

「普段はこんな感じらしいよ、というかみんな知らなかったんだね」

「私は以前見かけたことがありましたが………そんな少女ではなかったですよ」

「あーそれね、運が悪かっただけだね、普段はこれらしいから」

「気をつけてください文さん、この無垢な見た目の少女に化けて私たちを食おうって気なのかもしれませんよ」

「おうとりあえず落ち着けよみんな、今この状態のルーミアはあれだ、干し肉食わせておけばなんとかなる」

 

そう言ったらにとりんがどこからともなく干し肉を取り出してルーミアの口に華麗に突っ込んだ。

どこからだしたの、四次元ポケットでもあるのかい?

 

「肉ぅ………」

 

満足げに肉を2秒で平らげたルーミア、寝た。

私も寝たいなぁ。

 

「えっと………気を取り直して。毛糸さん、ご愁傷様でした」

「え?お疲れ様でしたじゃないの?それは予想外だった。まぁ確かに色々大変だったけれども」

「毛糸さん、それにルーミアさんの協力のおかげで、私達の組織は大した損害もなく、無事に勝利を収めることができました」

 

お、おう………なんか変な感じだな。

 

「あの後、ルーミアがやってきた後どうなったの?」

「その宵闇の妖怪が鬼葬を食ったあと、敵の兵の三割程度はその妖怪に喰われました。もともと大将格だった鬼葬が死んだこともあり、そこからは形勢逆転、一気に敵を押し込みなんとか敵に降伏させることができました」

 

椛が説明してくれた。

だいたいルーミアが無双してだいたいルーミアが喰い漁ったのはわかった、まぁ勝ててよかったよ、本当に。

顔見知りも全員無事みたいだし。

泡吹いて倒れてるるりは………平常運転だな、いつも通り。

 

「ま、相手のお偉いさんの処遇はこっちのお偉いさんが決めるので、私たちが気にすることではありませんけど」

「それと、毛糸さん傷が治るのが随分早いようですね」

「え?まぁ、そうだね」

 

突然椛がそんなことを聞いてきた。

今更なんなのだろうか、確かに私は他の妖怪に比べて傷が治るの早いけど。

 

「じゃあすこしお願いがあるんですけど」

「なに」

「試し斬りの相手に」

「無理断る断固拒否」

「そう言わずに、腕取れても再生するんですから」

「私の精神はすり減っていくよ?なんなの君、バーサーカーか何かですか?そんなことに生きている人を使うな」

「生きてるやつ切らないと切った実感湧かないんですよ」

 

うわ、怖いわこの子、ケモ耳生やしてなにとんでもないこと言ってんの、生きてる奴を切らないと切った実感が湧かない?試し斬りにそんなの求めないでくれ。

 

「いい案だと思ったんですけど」

「それはお前、流石に無いだろ」

「そうだ柊木さんもっと言ったれ」

「せめて取れた手足で試し斬りをしろ」

「あんたまで何言ってんの?」

 

だめだこいつら………はやく、なんとかしないと。

なんで私の身の回りには感覚狂ってる化け物しかいないの?

あ、よく考えたら全員妖怪っていう化け物だったわ、あはは。

はぁ………

 

「あ、そうだにとりん、河童のとこは大丈夫だった?」

「あー、そうだね、うん。大丈夫といえば大丈夫だし、大丈夫じゃ無いといえば大丈夫じゃ無い」

「どっちなんだよ」

「あれ、あったじゃん、河童の英知が詰まってるあそこ」

 

ん?

あぁ、あのでかい小屋か。

にとりんがすごい熱入っていろいろ解説してくれた覚えがある。

 

「全壊した」

「なんで!?」

「中に置いてた爆薬がねぇ、こう、戦いの中でどかーんと」

「なんで!?なんで爆薬なんか入れてんのバカなの!?」

「しょうがないじゃないか、置くとこなかったんだから。結果的に敵も吹っ飛んだし」

「その調子だと周りの建物も吹っ飛んだな?」

「あはは」

 

にとりん、目が笑ってないよ。

なんですぐ爆発してしまうん?なんで爆薬置いてしまうん?

 

「じゃあ私、帰っていいかな?」

「あ、大丈夫です。またお伺いしますねー」

「は?」

「勝利の美酒を………」

「酒は持ってくんな!」

「なんだ、つまらないですね。じゃあいいですいきません」

 

酒飲みたいだけだろぉ!?

私帰るの!おうちかえりゅ!

扉を勢いよく閉めて部屋から出て行った。

あ、帰り道わかんない、どうしよう。

ま、いっか!

 

 

「いやはや、死にかけたというのに元気いっぱいですね、私も毛糸さんくらいはやく傷治ってくれたらいいんですけど」

「文さんあばら折れてますもんね」

「案外折れても大丈夫ですね、痛いけど」

「本来戦うことが専門じゃないはずの鴉天狗が俺たち白狼天狗より強くて怪我をしている、なんでだ?」

「そんなこと言い始めたら毛糸はどうするんだよ、毛玉がどうやったらあんなことになるのか、私は知りたいよ」

「みんな元気ですね………さて、私たちも後片付けしますか」

「死体の処理………憂鬱だなぁ」

「肉ぅ」

「あ、そういえば」

 

 

 

 

苦節多分2時間。

なんとか家に辿り着いた。

そして気づいた。

ルーミアおいてきちゃったよぉ………ま、いいか。

いや、よくはないな。

まぁ空が曇ってて雨が降ってきそうだったからね。

雨に濡れたらあれだからね、私の天パ降りちゃうから、チャームポイントなくなっちゃうから。

 

さて、なんやかんやであんまり寝てないし、疲れてるし、死にそうだし、死にかけたし、妖力と霊力すごい枯渇してるし、毛玉だし、雨降し、眠いし、寝ますか。

 

と、思って家の中でお布団に包まり、起きたのが今。

そしてこの状況を私は理解できない。

世界が逆さまだった。

あっれれぇ?前にもこんなことあったようなぁ………

 

「どこ行ってたんですか」

 

と、随分聴き慣れた声で尋ねられた。

 

「いや、ちょっと………山登りに」

「山登りに行ったら服がほぼ全部真っ赤に染まるんですか?」

「いや、あの、その………なんというか、こう………そう、あれだよ!正体不明の金髪人喰い妖怪が山で暴れててさ、私も襲われかけたんだけどなんとか生き延びて帰ってきたんだよ」

「嘘ですね」

「何を根拠に!」

「顔」

 

あ、そっかぁ、顔に出ちゃってたかー、ならしょうがないねー。

はぁ………

 

「二回死にかけて一回勝手に埋葬されかけました」

「まったく………せめてなんか言ってから行ってくださいよ、私もチルノちゃんも心配したんですよ?」

「すみませんでした。反省してます、ですのでこの縄解いてください」

「そこでしばらく頭冷やしててください」

「そんなぁ」

 

やれやれだぜ。

そういえば急に明日が開戦と言われてパニックになってて、伝え忘れてたなぁ。

思えばあの夜から二日経ってるのか、意外と早かったなー。

 

「あ、そういえば大ちゃんは大丈夫だった?へんな天狗とかに襲われてない?」

「はい、まぁ、変な天狗なら見ましたけど、チルノちゃんが………」

「チルノが?そういえばあいつは?まさか………」

「天狗を氷漬けにしちゃって………」

 

そっちかぁ………

てっきりチルノに何かあったのかと………いや、何かはあったな、天狗の方に。

敵の天狗だよね?

 

「急いで溶かして氷からだしたらもう息してなくて………」

 

コールドスリープできなかったかぁ、永遠の眠りに入っちゃったかぁ、可哀想な天狗さん。

 

「何を思ったのかチルノちゃん、また凍らして湖に沈めたんですよね」

「何してんの、バカなのか」

「一瞬湖の底から悲鳴のようなものが聞こえた気がしたんですけど、多分気のせいです」

 

気のせいなのか?それは気のせいなのか?

もしかしたら湖の奥底に住んでる妖怪とかが驚いたのかもしれないじゃないか。

ま、いいか。

いや、よくはないか。

 

「まぁ無事でなによりだよ」

「やっぱり………私たちが危険な目に遭わないように山に行っていたんですね?昨日大きな爆発の音が聞こえて、そこから心配になって………」

「んー………そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない」

「どっちなんですか」

 

呆れた目で私を見てくる大ちゃん。

そんな目で見ないでおくれよ、傷つくよ、泣いちゃうよ。

 

「私が今までやってきたことは誰かのためじゃなくて、自己満足。私がそれがいいなと思ったから、そうしたまで。誰かを守りたいとか、そんな大層な志、私には持てそうにないよ」

「でも、私たちのこと心配してくれたじゃないですか。家の中にいた時だって、死んだように眠っていたし」

 

そんなに寝てた?

あー、もう日も傾いてるし、確かによく寝た気がする、

 

「とにかく、もう危険なことはしないでくださいね?私たちは死んでも生き返りますし、心配をかけさせないでください」

「はいはい、わかりましたよー」

 

また呆れた目で見てくる大ちゃん。

死んでも生き返るってなー………

死ぬとかどうとか、あんまり軽々しく言わないで欲しいな。

まぁ私だって何回も死にかけてけど。

 

さて、もう一眠り行きますか。

 



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毛玉と人魚、出会う

「とまとまとぅまーと」

「けちゃぷっぷー」

「何してるんですか、二人とも」

「とまとまとぅまーと」

「けちゃぷっぷー」

「あの」

「とまとまとぅまーと」

「けちゃぷっぷー」

「………」

「とまとまとぅ——あふん!何すんの大ちゃん!」

「いや、洗脳されてたみたいなんで」

 

なんでやケチャップ悪ないやろ!

おむらいす食べたい。

 

「チルノちゃんも、何その歌」

「毛糸が教えてくれたんだぞ」

「リコピンとれよー」

「りこぴん?なんだそれ!」

「摂取すると血糖値が下がり、記憶力の低下が遅くなるうんたら」

「せっしゅ?けっとーち?なんだそれ」

「要するにさいきょーになる」

「なん………だと………どこにあるの!?」

「ふっ、知らね」

「えっ」

 

トマト食べたい、とうもろこし食べたい、牛乳飲みたい、お茶飲みたい、ハンバーグ食べたい、唐揚げ食べたい。

パンケーキ食べたくはない。

 

「あー、その辺にトマト生えてないかなぁ、日本には無いよなぁ」

「とまととまとって、急にどうしたんですか」

「いやね、最近赤い液体ばっかり見てたから、ケチャップを………いや、あれはトマトジュースか」

 

トマトジュースは普通に料理に使ってもいけるんだぞ、あんまり私は好きじゃ無いけどな。

 

「すぐに手に入りそうな野菜なんて、きゅうりくらいかぁ」

「きゅうり?なんだそれ、それも食べたらさいきょーになれるのか?」

「知らね」

「えっ」

 

でもなんやかんやで最近平和だなー、迷惑天狗どもも最近めっきり来なくなったし。

でもそれはそれでやることないんだよなー。

あ、ルーミアはなんかひょっこり帰ってきてた。

あーあ、暇だなー。

家庭菜園でもする?植物の種とか知り合いで持ってそうな人は………

河童は少し持ってるかもしれない、あとは………

あー、幽香さん………確かにあの人なら種とか山のように持ってるイメージが………

なぜだろう、幽香さんがペットのハムスターにひまわりの種をあげている様子が頭に………いやいや、この時代にハムスターなんて飼ってる人いないか。

ハムスターさ、割とすぐ死んじゃうんだよね、悲しくなる。

まぁ愛犬とかが死んじゃったときの喪失感の方がすごいと思うけどね。

結構みんなが犬とか猫とかを飼うのを迷うのは、手間とかお金の問題もあるんだろうけどやっぱり死んじゃったときの想像しちゃうからだよね、私は飼ったことないけど。

 

「大ちゃん、なんか育てるのに手頃な植物とかない?」

「なんですか急に、植物ですか。えっと………」

 

そう言って辺りを見渡す大ちゃん。

まぁ身の回りが大自然だからね、探せばいくらでもあるよね。

花とか草とか………花といえば、手に白い花冠巻いてたのを思い出した。

そういえば腕ぶっ飛んだ時になくしたんだよねぇ、うーん………殺される?私、幽香さんに殺される?

考えたってしょうがないか。

白い花かぁ、花とかあんまり詳しくないんだよなぁ。

えーと、桜とかも白いやつあるよね。

サボテンの花も白かったような………

白くなくていいから、もっと身近なもの………つくしとかたんぽぽとか………うん?たんぽぽ?

なんか妙にたんぽぽが引っかかるな………

たんぽぽって、綿毛が飛ぶあれでしょ?んー?

綿毛?綿毛………

毛玉………oh

 

「毛玉はたんぽぽだった………?」

「何言ってるんですか?あとすみません、植物といっても、育てやすいものと言われるとちょっと………」

「大妖精なのに?」

「大妖精は関係ないです」

 

緑のくせして、なんでそんなに目に優しい色で固めてる

のかしら。

というか、この時代の人は私含めて髪色が派手だ。

鴉天狗とか、白狼天狗とかは黒と白でわかりやすいけど、妖精や河童になってくるとマジで十人十色状態になる。

さすがに普通の人はそうじゃないよねぇ?

一般人まで頭がカラフルだとヤバくない?何がヤバいのかってこう、校則で毛染め禁止ってしてても周りがそんなのばっかりだから毛染めしてもバレないじゃん。

そしてみんな髪を痛めてボサボサになるんだ。

 

「なあ毛糸、他にもなんか教えてくれよ」

「ん?じゃあ、たーのしーい、なかまーが、死んじゃった、えーしー」

「何があったんですか?仲間に一体何があったんですか?」

「謎のロボットに変身させられて爆発四散させられた」

「ろぼっと?しさん?難しいぞ」

「お前はさいきょうの文字だけ書けるようになればそれでいいんじゃないかな」

「じゃあよみ書き教えてよ」

「教えても忘れるじゃん、馬鹿だし」

「ばかっていったほうがばかなんだぞ?知らないの?ばか」

「馬鹿の一つ覚え」

 

やれやれ、これだからバカの相手は疲れるぜ。

 

「してチルノよ」

「なんだ」

「この湖の底に見えるあの大きい影はなんだ」

「知らない」

 

そっか、そりゃ知らないよね、馬鹿だし。

さて、あれはなんなのだろうか、この湖のヌシとか?ぽくない?なんかそれっぽくない?

 

「なんかあの影、だんだん大きくなってません?」

「いやこれ、大きくなってるというよりこっちに近づいてきてるんじゃないかな」

「お、やる気か、相手してやるぞ」

「いよっ、頼りにしてるぞ空前絶後の地上最強の天下無敵の超絶怒涛最強の妖精、唯一神チルノ、湖の底に潜む化け物を退治してくれー」

「ふっふっふ、弱い子分のためにひと服履いてやるぞ」

「もう履いてるだろ」

 

人肌脱ぐんじゃないのか………

あーあ、その気になっちゃって氷作り出しちゃったよ、おいおいあいつ死んだな。

 

「バカはチョロくて助かるぜ」

「何言ってるんですか!危ないですよ!」

「でーじょーぶでーじょーぶ、野生の生き物なんて人を恐れてそうそう襲ってないよ、こっちが慌てて大きな音を出して刺激する方がいけな——」

 

水面からなにか巨大なものが飛び出してきたのがわかった。

なんでや、なんで出てきてしまうんや。

私すごいなんか偉そうに喋ってたじゃん、恥ずかしいじゃないか。

 

「逃げるよチルノちゃん!」

「まって!なんか人が喰われた!」

「この前落とした天狗じゃないのか!?」

「なんか助けてって聞こえた気がしたぞ!」

 

えっ、なに怖っ、生きてたってこと?その天狗生きてたってこと?やだ怖い、あたい怖いわ。

 

「助けないと!」

「どっちみちもう助からないよ!早く逃げないと、ってこっち見てる!?」

「本格的にやばいねー、魚みたいな形だけど普通に地上に上がってきそうだね、捕食対象としてロックオンされたね、逃げないと喰われるね」「なんか呑気ですね!」

「呑気じゃないよすごい焦ってるよ、焦ってるけどチルノが突っ込んでいってるの見てあいつ死んだなって思ってるだけ」

「チルノちゃああああん!」

「うおおおおおおお!!」

 

叫んで走り出したチルノ、放出した霊力を凝縮して無数の氷の粒にし、巨大な魚の方へと飛ばした。

あれいーなー、私も真似しようかなー。

氷の粒を飛ばしたはいいが、巨大な魚が水中にまた潜ってしまい氷の粒は空の彼方へと飛んでいった。

 

「当たらないぞっ!」

「今のうちに逃げよう!」

「いやだ!あたいがさいきょーであることを証明するために!あたいはこのしれんを乗り変えなきゃいけない!」

 

それは結構だけど、あの大きさだと中途半端な攻撃しても多分大したダメージは与えられないと思うな。

やるんならド派手にやらないと、うん。

 

「チルノー、やるなら巨大な氷の針とかを飛ばした方がいいぞー」

「おう!わかったぞ!大きい針だな!」

 

本当にわかってる?

チルノは両手を合わして氷を生成、その氷を高速で回転させながら徐々に大きく、尖らしていき、巨大な魚を貫くには充分な大きさになった。

 

「つぎ上がってきた時があいつの最後だぞ!」

「もうだめだこりゃ、完全に聞く気ないよ………」

「よくわからんけどいけるんじゃない?」

 

もうさ、メガロドンみたいなやつ出てきたら思考停止するしかないよね、考えるだけ無駄だよね。

どーせあれでしょ、幻想郷には神話の生物とかいっぱいいるんでしょ?なんなら神様もいるんでしょ?あー、みんな化け物で怖いわー。

チルノがひたすらに湖の水面を氷の針を持って眺めている。

小さな影の点が現れ、急速にそれが大きくなり、水面から巨大な魚が飛び出してきた。

その着地点は明らかに私たちを潰せる場所だ。

 

「うおおおお!いっけえええ!」

 

私たちの真上に達した巨大な魚、その落下してきて開く大きな口と中にチルノが回転する氷の針を飛ばした。

それがどうなったかを確認する前に、私は体を浮かし、大ちゃんとチルノに触れて巨大な魚の着地点から急いで移動した。

巨大な魚が地面に着地した衝撃を受け、三人まとめて吹っ飛ばされてしまった。

十数秒後、立ち上がりあたり見回すと、巨大な魚が土の上でバッタバッタ跳ねてた。

こう見たらただの魚が跳ねてるだけなんだけどなぁ、コイキ○グのはねるなんだけどなぁ。

サイズがサイズだからね、人を殺せるはねるだから、ダイ○ックスしちゃってるから。

 

「やったぞおお!あたいがさいきょー!」

「おっそうだな」

 

なんかめっちゃ勝ち誇ってる。

で、あれどうするんだよ、めちゃくちゃ跳ねてるよ、地響き起きてるよ。

よくよく考えたらあんなでかいのがいる湖ってやばくね?いや、もともと大きい湖だなとは思ってたけど。

 

「多分チルノの氷が刺さって痛くて暴れてるんだろうね」

「あれ、どうするんですか」

「死ぬのを待つ」

「えー………」

「そんなこと言ったって、しょうがないじゃないか。あんな巨体をどうしろと?まさか湖にリリースするわけでもないし」

「でも………」

 

あ、そういえば誰かが喰われたんだっけ、腹を裂いたらでてくるかな?

でも魚の解体作業とかやりたくないなー。

 

「とどめを刺せばいい話だぞ」

「そうはいってもねぇ、こんだけでかいと殺すっていう感覚がなぁ」

「放っておいて死なせるのも結局同じでしょ」

 

まぁ、それもそうか。

 

 

 

 

結局とどめを刺せずに死ぬまで放置した。

巨大な魚が暴れた跡は、土が全部ひっくり返り草地がなくなっていた。

 

「さて、腹の中にいるやつはもう死んでるだろうしこいつ丸ごと湖に沈めるか」

「いやきっと生きてるぞ」

「なぜそう思う?」

「なんとなく」

 

だめだこいつ、ただのバカだ。

まぁ、そんなにいうなら腹裂きますかね………

とは言ったものの、どうするんだ?これ。

 

「チルノ、そいつの腹のあたり凍らして」

「ん?なんでだ」

「いいからいいから」

 

何をさせられているのか理解できないようで、言われるがままに腹を凍らしていくチルノ。

まぁ何がしたいのかっていうと、凍らして割りやすくした肉を砕いて入れるようにしようというわけだ。

こんなにでかいと腹の中で何か化け物を飼っててもおかしくない気がするけどなぁ。

腹のあたりが凍ったのを確認すると、チルノを離れさせて、腕に妖力を込めてパンチした。

するといとも簡単に腹の部分は砕け、中が見えるようになった。

 

「うおっ生臭っ!いつものゲテモノ魚の数倍くさいぞこれ!」

「臭くて死にそう」

「怖いんでさっさと終わらせてきてくれません?」

 

めっちゃ距離取ってるよ大ちゃん、気持ちはわかるぜ。

 

 

詳しい説明は省くけど、とりあえずやばかった。

何がやばかったって、匂いとぶよぶよとしている周りの肉と体液と飛んでもなくでかい臓物と生臭さと腐乱臭、というか死臭がする。

やばかった。

すぐに毛玉の状態になって嗅覚とかその他もろもろを遮断したけど、たぶんこれ匂い染み付いてるなー、泣きたい。

チルノは早々にギブアップして外で伸びてる。

 

それっぽいやつが割とすぐに見つかってよかったよ、まったく………

そいつをなんとか腹の中から救出して、外へと引き摺り出してきた。

 

「………それで、これが食べられたっていう人?チルノちゃん」

「間違い無いぞ、こんな感じのやつだった」

「これさ………人魚?」

「はい、多分」

 

女の子だ………女の子の下半身が魚だ………どいうことだ………耳がなんかこう、すごい魚人っぽくて、下半身が魚っぽいこと以外は、完全に女の子だ………妖怪だろうけど、なんだこいつ………

 

「全然目を覚ましませんね………」

「毛糸の匂いで起きないかな?」

「起きたらいいけど、それはそれで傷つくねぇ………どうやって匂いとろうか」

「ん………うん?」

 

あ、目覚めた。

そんなに臭い?寝てるやつが起きるほど臭い?

言っておくけど私の匂いじゃ無いからねっ!魚の体内の匂いだからねっ!臭いの当たり前だからねっ!

 

「くさっ………」

「おうふ………」

「生きてたみたいで良かったです」

「さすがは妖怪だなぁ、生命力高い」

 

人魚の女の子が目を覚まし、目をパチパチとさせる。

するとまず最初に、こう一言。

 

「なにこの毬藻みたいな髪の毛してるやつ………」

「あぁん!?テンメッこのやろう!魚の叩きにしてやろうか!」

「ちょ、落ち着いてください!目を覚ましたばかりなんですから」

「確か私は食べられて………あっ………」

「おいなんか気絶したぞ、大丈夫か」

「大丈夫じゃないねぇ!私が今からそいつを切り刻んで刺身にするからねぇ!」

「だから落ち着いてください!いい加減にしないと怒りますよ!」

「さーせん………」

 

大方、食べられた時のこと思い出して気絶したんだろう、また起きるの待つか………

 

「とりあえず穴掘って、そこに水を貯めて入れておいてあげましょうか」

「そだねー」

 



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毛玉は体を綺麗に洗いたい

自分でも何書いてるかわからなくなった。


適当に穴を掘ってそこに水を溜めて、人魚を水に浸からせた。

 

「どうも、ありがとうございます。貴方達がいなかったらきっと私は今頃………くさっ」

「礼はいいですよ、無事で良かったです」

「感謝しろよな!あたいのおかげで助かったんだぞ!くさっ」

「人魚………人魚かぁ、くさっ」

「確かに今の私は臭いけど、人魚は臭くないから」

「うん、知ってる」

 

にしてもなぁ、人魚かぁ。

人魚ねぇ………

 

「どうしたんですか毛糸さん、なんか難しい顔して」

「ばかみたいな顔だな」

「うっせぇバカ、いやさ、人魚って食べたら不老長寿になるって聞いたことあるんだけど、本当なのかなーって」

「ぎくっ」

 

ぎくっ?ぎくってなにさ、口で言うのか?それ。

 

「やっぱり貴方達もそう言う奴ね!全力で抵抗してやるわ!」

「いやまて落ち着いて、私たち妖精と毛玉だぞ、なんで人魚なんて食わなきゃいかんのだよ」

「そうです落ち着いてください」

「人間が人魚乱獲するから、人魚はほぼ絶滅しかかってるのよ!」

「へー、そーなんだー」

 

いやー、いるもんだね、人魚。

本当に不老長寿になるのかはさておき、人魚って人間に狩られるのか、妖怪なのに。

 

「人間だけじゃない、妖怪だって昔は私たちを捕まえて食ってたのよ!酷いわ!私たちがなにをしたっていうのよ!」

「いや知らんがな、とりあえず落ち着きなよ、誰も食べないから」

 

ふぅむ、こう改めて見ると、人魚まで少女なのか………確かに人魚と言ったら大体が女性として作品とかに出てくるが、男の人魚だっているでしょーに。

あれか、男はみんな死んだんか、最後の一尾なんか。

 

「でも知りませんでした、あの湖に人魚がいたなんて」

「そりゃ私はずっと湖の底に隠れてるからね、襲われないように」

「人魚って食べたらさいきょーになれるのか?」

「はいはいバカは話に入ってこないでねー」

「あんだとこのやろー!?」

 

というかよく見たらこの人魚服着てるな、貝殻とかじゃないんだね、不思議だなぁ。

 

「少し前まではすごく平和だったんだけど、妖精が大量に沈んだり妖怪が沈んだりして、妖力とかが湖の中の妖怪に吸収されちゃって………」

「なるほど、それでこのデカ臭魚か、いったいだれのせいなんだろー」

「湖の中の生き物もみんな食べられて、私まで食べられそうに………はぁ、なんでこんなことに」

 

ほんと、一体誰のせいなんだろうか、見つけたらミンチにしてやるわ。

 

「私は大妖精、こっちはチルノちゃんと毛糸さん」

「よろしく!子分にしてやるぞ!」

「私はわかさぎ姫、助けてくれてありがとう」

「自分で自分を姫………?」

「細かいことは気にしないで、いろいろあるの、人魚にも」

「あっはい」

 

自分で自分を姫と呼ぶことに、いったいどんなことがあるっていうんだ………気になって夜は熟睡できそーだ。

 

「はぁー、助けてくれたのが貴方たちでよかった、人間や他の妖怪だったらどうなってたか」

「人魚ってそんなに数少ないの?」

「もうこの湖には私は一人しかいないわよ」

「絶滅危惧種かぁ」

「ぜつめつきがしゅ?なんだそれ」

「絶滅飢餓種?なにそれ私が聞きたい。絶滅危惧種ね、何というんだろう、種族が絶滅の危機に瀕してるってこと」

「へー」

 

こいつ、バカだな。

今に始まったことでもないか。

 

「こんな湖に一人って、寂しくないの?」

「一応、友達いるからね、足生えてるけど」

 

そーゆー区別の仕方するのか、人魚ってよくわかんないなぁ。

私の存在の方がよくわかんなかったわ。

 

「ところで、毛糸だったっけ?毬藻じゃないの?」

「あぁん!?………いや、うん、毛玉です………阿寒湖の特別天然記念物じゃないです………そもそも白いし………」

「そうなんだ、毛玉って初めて聞いたなぁ。そっか、最近湖に入ってくるもじゃもじゃがいると思ったら貴方だったの」

「最近湖の中から誰か見てると思ったらお前だったのか」

 

嘘をついた、なにも気づきませんでした。

殺し合いならすでに私は死んでいる………殺し合いじゃないけどな。

 

「じゃあ私、そろそろ失礼して湖の中へ帰らせてもらうわ」

「うん、そっか、またね」

「また会おう、あたいの子分よ」

「チルノちゃんその口調何?さようなら」

「また会うその日まで!」

「あ、ちょっと待ってチルノちゃん!」

 

おう二人とも先に行ってしまったよ。

あと私が変な口調を時々してしまうせいでチルノが真似してしまった、反省はしない後悔はしている。

 

「じゃあ私も後追うわ、じゃあね」

「あっ………」

「ん?どした?」

「い、いや、なんでもない………」

「ん?まぁいいや」

 

そう言って背を向けてわかさぎ姫と別れた。

別れた………いんだけど………

なんか、凄い見てくる、ビー玉みたいな目で私のことを見てくる………

 

「なに?」

「い、いや、その………」

「え?なに?なんなのさ」

「そのぉ………」

 

なんだこいつ、もじもじしやがって、なんか腹立ってくるな………なんか言いたいことがあるなら言いなさいよ、毬藻みたいな頭って素直に言いなさいよ、刺身にしてやるからな。

 

「………」

「………」

 

………もしかして。

 

「もしかして、自分一人で陸を移動できないとか?」

「………はい」

 

 

「よっこらせ」

「面目ない………私空も飛べないから、基本湖から出ないし………」

「おう不便だね………重いな」

「重いって失礼ね!」

 

そこは女の子からみたいな反応をするんだね。

持ち上げると実際重いんだからしょうがないじゃん、魚みたいな下半身してるからその分体積大きいんだよ、察しろ。

人魚だからどうやって運べばいいかわからないから、お姫様抱っこみたいになってるし。

いや待てよ?浮かせばよくね?こんなことに気づかないなんて、私はなんでバカなんだ、チルノ以下かもしれない………いや、それはないな断じてない。

手からわかさぎ姫に霊力を流し込み浮遊させる。

 

「えっえっなに!?なになんなの怖い!浮いてる!?私浮いてる!?」

「あーうんそだね、浮いてるねー」

 

この世界みんな飛ぶからなぁ、なんか反応がちょっと新鮮。

ん?これ………

 

「私は物を浮かせられるんだけどさ、ちょっと浮かしていろいろ飛び回ってみる?」

「え?いや、でも………怖いし………」

「高いのが?」

「鳥が」

「食べられないと思うよ?一応半分人に見えるし」

「足に食いついてきたらどうするのよ」

「飛ぶの?飛ばないの?」

「………飛んでみたい」

「よろしい、ならば空の彼方へレッツゴー」

「え、もう行くの!?ちょっと待って心の準備——きゃああ!浮いてる!浮いてるぅ!」

 

うん、うるさい。

わかさぎ姫を浮かして上の方向にゆっくりと飛ばす。

本人は手と下半身をバタバタさせているけど、そんなの関係なしに体が上昇していく。

 

「ちょ、止まらない!止まらない!もっと低くして!」

「お客様ー、高いところがご希望じゃなかったんですかー?」

「湖の周りを回るだけでいいから!」

「はいはい」

 

木の高さより低いところまで下ろし、軌道を整えて横方向に動くようにする。

このまま浮遊状態解除したらどうなるんだろう………いやしないけど。

 

「ふ、ふう………びっくりしたぁ」

「その状態から自分で動けない?」

「え?」

「いやさ、私が引き摺り回すのもあれだし」

「あ、うん。でもどうやるのか………」

「祈ればいいんじゃないかな」

「適当!」

 

そうは言いつつも目を閉じて多分念じ始めたわかさぎ姫。

するとすぐにわかさぎ姫の体が横に逸れた。

さすがは妖怪、私よりも早く浮いてる状態で動けるようになるとは。

 

「できた………私飛べないのに、なんで」

「浮いてるからじゃない?」

「そ、そうなのかな?」

「好きなとこ行っていいよ」

「あ、もう大丈夫です」

「え?そうなの、なんで?」

「いや、人間や妖怪に見つかって狙われたら困るし、気持ちはありがたいんだけど」

「ふぅん、だいたい分かった。じゃあ湖のところで下ろすよ」

「ありがとう」

「いや待って、自分で動けるなら自分で動いて」

「え、あ、うん」

 

そう言ったらふわふわと宙を浮きながら湖の上まで飛んで行った。

彼女の動きが止まったところで浮遊状態を解除、湖の中へと沈んだ。

 

「こんどこそまたね、また食べられないように気をつけてねー」

「うん、ありがとう。飛ぶって感覚が分かった気がするわ」

「どうだった?」

「………吐きそうになった」

「うん………」

 

そうだね、三半規管やられるよね。

ついさっきまででかい魚の腹の中にいたんだから、そういうことも考えたらさらに吐きそうになる。

まぁ私は乗り物酔いとかすることは多分ないと思うけど。

 

「さようなら」

「バイバイ」

 

そう告げてわかさぎ姫は湖の底へと潜っていった。

さて、私もやりたいことができた、まずは………

 

 

 

 

「なにしてるんだ?」

「水あぼごごごご」

「え?なに?」

「だから、水浴ぼごごこご」

「………?」

 

やれやれ、私としたことが、家にお風呂をつけ忘れるとは。

火は起こせるけど、どうやっても温かいお湯に浸かる方法が思いつかなかったから、しかたなく湖の中で水浴びをしている。

なんかもう私、湖の近くしかうろついてないな。

 

「もしかして水あび?なんで水あびなんかしてんの」

「いやだって私臭いし」

「あー?確かにそうだった」

 

こんど河童のところに行くことがあったらドラム缶もらおう、あるか知らんけど。

 

「あの魚どうするんだ?」

「あー?あれかぁ、うーん………ルーミアに処理してもらう?」

「さすがにあんなに臭いの食べたくないと思うぞ」

「だよねぇ」

 

腐乱臭も刺激臭がすごいもん、例えるなら世界一臭い缶詰を汚い便所に突っ込んでカビ生えるまで放置した匂いがするもん。

要するにめっちゃ臭い。

 

「まぁ獣とかが食べにくるんじゃない?そしてそのまま腹を壊して悶絶すると」

「そーなのかー」

「ルーミアの真似はやめろ」

「なんで?」

「なんか命の危険を感じそうになる」

「よくわからない」

「でしょーね」

 

うーむ………そろそろ匂いとれたかなぁ?

一回水の中もぐるか………目をつまり頭を水の中に沈め、すこし髪の毛を揉んだあと水面に上がった。

 

「ぬれてももじゃもじゃなのか………」

「なんでだろうね、自分でも不思議だわ、もはや天然パーマの域を越してると思う」

 

本当は全裸で湖の水なんか入りたくないんだけどね、せめてもっと綺麗な水がいいんだけどなぁ。

 

「なぁ毛糸、お前ってさ」

「ん?」

「人間みたいだよな」

「………というと?」

「家作ったり、自分とは違う妖怪と友達になったり………すごく人間っぽい」

 

まぁ前世人間ですから。

今世毛玉だけど、中身はちゃんとした人間だからね。

 

「チルノは?人間っぽい、って思うってことは昔人間と友達にでもなったの?」

「うん………まぁ、死んじゃったけど」

「そっか」

 

今の私って、本当に毛玉なんだろうか。

精霊というには、自分がチルノや大ちゃんと同じような存在とは思えないし、妖力を持っている。

妖怪というには、幽香さんや山の連中みたいな感じはしないし、霊力を持っている。

毛玉は毛玉なんだろうけど、自分の存在がいくら考えてもわからない。

私は自分を名乗るときなんと言えばいいんだ?いや、毛玉って言えばいいか。

ぬぅ、でもなぁ、私本当に毛玉なのか?

もしかしたらいろいろと存在が変わって、毛玉のようで全く違う別の生命体になってたり………

もしそうだとしてももともと毛玉なんだから気にすることないかぁ。

 

「人間、ねぇ」

 

思えば私は、この世界で人間というものにほとんど遭遇していない。

人間と人外が生きてた時代なんて私は知らないし、きっとこの時代の人達も、私たちとは随分違った思考をするんじゃないか。

それこそ、私を見た瞬間逃げるかもしれないし、もしくは殺しに来るかもしれない。

なんせ人の集落の周りに行くと、恐らく人間に殺されたであろう妖怪の亡骸が転がっているからだ。

せめて話し合いが通じればいいんだけど………

人里かぁ。

多分私が中に入るのは無理だよねぇ。

話によれば人里の中には陰陽師や武士とかいう、妖怪を倒すのが仕事の人がわんさかいるらしいし。

妖怪だって人間を襲っているのだろう、恨まれるのは当然だ。

妖怪は基本家族や組織、友人以外で他人との関係を持つことはない。

人間は人間と様々な関係を持つ、だから誰かが死んだらたくさんの人が悲しむ。

妖怪はそもそも妖怪同士で殺し合いとかするからなぁ、妖怪と言っても種族がたくさんあるし、同族が死んだくらいじゃ人間に復讐しようだなんて思わないだろう。

その辺が違うから、妖怪と人間は相容れない、か。

この世界の人間を私はあんまり知らない。

知っておいた方がいいはずだ、私のためにも。

それに、遅かれ早かれ私も人間と会うはずだ。

 

人里とは言わず、誰でもいい、この世界の人間と話をしたい。



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毛玉は面倒ごとから逃れられない

「すみませーん、毛糸さーん、いるんでしょー!………私に居留守は通じませんよ、あなたの一日の過ごし方は大方把握しています。この時間ならまだ家の中で寝転がってますよね。いるのは分かってるんですから、出てきてくださーい!………はぁ、仕方がない」

 

………お?

帰って行ったか。

また急に訪ねてきたけど、どーせろくでもない話を持ち込まれるんだから、無視するに限るよね。

そもそも、私はあの戦争にちょっと参加しただけで山の組織に入ったつもりはまったくない。

故に山の連中とは無関係である。

というか私の生活把握してるの怖くない?なんなの?ストーカーなの?明日は早めに湖に行っておこう………

ん?なんか嫌な予感が………

 

「お邪魔しまーす」

「ほわっつ!?」

 

親方!空から鴉天狗がぁ!

なんでやここ室内やで!?

 

「扉開けてくれないんで上から来ました」

「あー屋根に穴空いたよどうしてくれんねん!慰謝料払えやおんどりゃあ!」

「知りませんよ、何の話ですか」

 

こ、こいつ………絶対お前だろ。

強引に入ってくるにしてもせめて扉からこいよ、扉を突き破ってこいよ、なんで上からくんだよ。

 

「そんなことより伝えておきたいことがあるんですよ」

「そんなことってお前!雨漏りするじゃん!いやもう漏れるとかそんな次元を超えて直接ダイレクトアタックしてくるよ!私の髪の毛に降り注いでくるよ」

「ここ最近、妖怪の動きが活発になっているのは知っていますか?」

 

あ、無視なのねそーなのね、私の髪の毛が濡れてもいいと、ほーん。

そういうことならこっちだって出るとこ出るからな、法廷で会おう。

 

「そりゃまたなんで」

「早い話、以前の戦いのせいです」

「あー」

 

もうあれも数ヶ月前の話だもんねぇ、いやはや、時間の流れは早いものだなぁ。

もうあの何度も死にかけた戦いからそんなに経つのかぁ………

とりあえず文を床に座らせて話を続ける。

 

「妖怪の動きが活発って言っても、私はそんなに遭遇してないけど」

「妖怪っていうのは野良妖怪、まぁつまり馬鹿で阿呆な妖怪です」

「ひどいねぇ………バカでアホな妖精なら知ってるけど」

「あの戦争に感化され、周囲の野良妖怪たちが動きが活発になりました。妖怪同士の大きな抗争とかは今のところ起きていないのですが、報告によればどうも人里にちょっかいを出しているようで………」

 

人里にちょっかい?私や妖精程度ならともかく、ルーミアやあのおっさんみたいな化け物がちょっかいだしたらそれはちょっかいではすまなそうなんですが。

 

「まぁ、人里にちょっかいというか、人間にちょっかいというか………時間に関係なく、人里の外で出歩く人間を襲おうとしているらしいんですよ」

「はぁ、妖怪って基本夜にしか人間を襲わないって聞いたけど」

「間違ってはいません、夜の方が多く襲われています」

「つまり昼間もそこそこ襲われてると………」

 

でもそれがどうしたというのだろうか。

人間が襲われているのなら私たちには関係ないし、人里を守ってる人とかがその妖怪たちを退治するんじゃないだろうか。

 

「で、それがどうしたの?」

「えぇ、まぁ、人間が襲われてるだけなら良いんですけどねぇ………人里の守護者がとうとう妖怪に本気を出してきたというか、滅しにきたというか………」

「守護者?なにそれ」

「妖怪を狩りすぎて、逆に妖怪に恐れられるようになった人間です」

 

うーん、なにそれ、普通逆だよね?

それもう人間やめてない?石○面装着してない?

 

「漆黒の長髪と真っ黒な刀を持つ女性で、その眼を見たものは蛇に睨まれた蛙のように動けなくなる。って椛が言ってました」

「椛ってさぁ、前から思ってたけど千里眼でも持ってんの?」

「そうですよ、よくわかりましたね」

「ほわぁい………まぁいいや、要するにその人がやばいってことね」

「多分毛糸さんの想像の何倍もやばいです」

「というと?」

「刀を一振りすると地面がぱっくり裂けたらしいです」

「ふーん」

「あやや、反応薄いですね。普通もっと驚きません?」

「そうはいってもねぇ、ルーミアならそのくらい余裕でできそうなんだよねぇ」

「それは、まぁ、はい、そうですね………」

 

まぁ私が遭遇したらまず間違いなく大変なことになるだろうなぁ。

まぁもし遭遇することがあったら全身全霊で逃走するけど。

 

「でもさぁ、私は人間を襲うつもりとかないし関係なくない?」

「それがですねぇ、普通なら人里の近くによって来た妖怪だけを殺しているはずが、最近は人里から離れたところにまでやって来て妖怪を撲滅してるんですよ」

「えー………なんで」

「さっきも言ったように戦争により野良妖怪たちの動きが活発になってるからだと思われます。まぁ今では、妖怪に襲われた人間の数より多くの妖怪が死んじゃってますけどね」

 

そうか………この地に住んでいるやつは妖精や文たち山の連中だけじゃない、人里に住む人間やその他にも色々な奴がいる。

それが急に大きな戦争なんて起これば人間も妖怪も多少なりとも影響を受けるだろう。

 

「というわけで、毛糸さんも注意してくださいね、って言いに来ただけです」

「山の方は大丈夫なの?」

「そうですね………人間に何かしたりということはうちの山は基本的にしていないので、人間たちが山に攻め込んでくるみたいなことはないと思いますけど………なにせ上がですね………」

「上?大天狗とか天魔とか?」

「はい、ときどきこう、人間の女の幼子をですね、つれかえってくるんですよ」

 

お巡りさんあいつらです。

え?マジ?幼女を?拉致?誘拐?マジ?………え?

天狗はロリコンだったんか………

 

「実際にやってるのは下っ端天狗ですけどね、命令してるのが上の方たちなんですよ」

「なんでそんなことするんや」

「知りませんよ、幼子になんか興味ありませんし、偉い方の考えることはよくわかりません」

 

一体幼女になにをしているというんだ………

しかもなぜ女の子に限定されている、男子はいらんのか。

いや、ショタコンはそれでダメだけども。

 

「つまりそーゆーことです」

「どーゆーことだってばよ」

「では、お気を付けてー」

「あぁ、うん」

 

………あ。

あいつ屋根ぶち抜いたままじゃん。

そもそもなんで屋根なんだよ、せめて扉を突き破ってこいよ、なんでそうなるんだよ。

いや、まず押しかけてくるなし、もし本当に私がいなかったらどうするつもりだったんだよ、つか屋根直せよ。

帰るときもおんなじところから帰るしさぁ。

あーあ、こりゃ直すのに時間かかりそうだ。

木材調達するとこからやらなきゃいけないじゃん、あーめんど、あーめんど!

 

 

 

 

屋根の上に乗り、穴の空いた部分を手元にある木材で埋め、周りに釘を打ち固定した。

何故かめちゃくちゃ綺麗に穴が空いてたおかげで直すのが随分楽だった。

なに?そういう気遣いなの?そこだけ配慮あるの?じゃあもっとマシな入り方しよう?

 

「おーい毛糸ー」

「ん?」

 

遠くの方でチルノが私を呼ぶ声が聞こえた。

なんだろう、妖精が件の妖怪狩りにでも襲われたのかな?流石にそんなわけないか。

そう思い屋根の上から声のする方を見てみると………

 

「見て、毛糸だ」

「ぅうん………」

 

毛玉を抱えてた。

毛玉を、抱えていました。

自分以外を見るのは初めてだなぁ。

 

 

「よっと。それ、どこで拾ってきたの」

「その辺で」

「その辺てどの辺よ」

「その辺はその辺だぞ」

「あーうん、もういいよ、うん、もういい………」

 

うーん、自分の種族だけど。こうやって改めて見ると本当に謎の生命体だな、毛玉って。

毛の塊。でもそれは押し込んで小さくなるわけでもなく、毛を引っ張っても抜けるわけでもない。

中に何か硬いものがあって、それから毛が大量に生えてるのかもしれないが、その正体は永遠の謎。

 

「毛糸、ちょっと毛玉になってみてよ」

「えー?まぁいいけど、はい」

「おー、まるで栗二つだ」

 

瓜二つじゃね?いやでもチルノだから、そんな言葉を知っているだけでも凄いことなのでは?凄いぞチルノ、覚え間違えてるけど。

毛玉の状態だと喋ることができないので、人の姿に戻る。

もうこっちの姿で過ごしてる時間の方が遥かに長いな、人間という生き物の形がいかに便利かをときどき思い知るよ。

 

「そんな強く毛を引っ張らないの、毛玉はストレス溜まると凄いんだぞ」

「すごい?どうすごいの?」

「毛が黒曜石のように硬く鋭くなり、触れるもの全てを串刺しにする最強の拒絶毛玉になる」

「よくわからん」

「私もわからない」

 

チルノに思いっきり掴まれてる毛玉が可哀想にみえたので、手を無理やり解いて宙に明かしてあげる。

うーん、このなんとも言えない顔文字フェイス、嫌いじゃないぜ。

 

「あ、なにするんだよ、あたいの新しい子分が」

「串刺しにされたいのか?黒曜石と針にぶっ刺されたいのか?」

「それはいやだけど手放すのもいやだ」

「あきらめ………ん?」

 

この毛玉、なんかおかしいような………

 

「どうしたんだ?」

「いや、ちょっと………」

 

見た目に不思議なところがあるわけじゃないんだよなぁ………

霊力?霊力か?この毛玉からは微弱ながら霊力を感じる。

私って最初の頃は霊力持ってなくて、多分チルノの霊力を吸収したんだよね。

でもこの毛玉はチルノや大ちゃん、ましてや妖精たちのそれとは本質的に違うような………

もしかして、毛玉ってもともと霊力を持ってたのか?多分そうだよね、地霊殿で読んだ時にも精霊の一種とは書いてあったけど、霊力を持たないとは書いていなかった。

普通この世界の生き物は何かしらの力、人間や妖精であれば霊力、妖怪であれば妖力を持っている。

毛玉だけそれを持っていないというのも考えづらいものだ、そもそも私はかなり異質な存在だし。

私が自我を持つ、もしくは転生という形で毛玉として生まれてしまったから、私本来の霊力は無くなってしまったのか?

それにこの毛玉、風に逆らって動いている。

私なら何もせずにいたら風に流される。

つまりこの毛玉は自分の意思で動いていることになる。

普通の毛玉に自我はないとはいうが、植物が葉を生やし根を伸ばすように、毛玉も動いているのだろう。

私は最初、霊力も持たずに動くこともままならなかった。

いったい私って………

 

「どうしたんだ?急にだまり込んで………」

「………え?いや、なんでもない。気にしないでいいよ」

 

考えてみれば不思議なものだ、毛玉に転生したというだけで霊力や妖力を吸収して自分で生成できるようになったり、人の形なったり………もしかしたら私は毛玉でもなんでもない、全く別の生き物なのかもしれない………

 

「………あたいにはよくわからないけど、なにか困ってることがあるならあたいや大ちゃんに言えよ?」

「え?」

「当たり前だろ、お前はあたいの子分なんだから」

「………うん、そうだね、気が向いたらそうさせてもらうよ」

 

優しいなぁ………完全に子分になってることにはちょっと腹が立つけど。

そういえば、大ちゃんは私が急に霊力を持っていたことに驚いていたような………だから私は毛玉は基本霊力を持たないものと思っていたんだけど。

 

「なぁチルノ」

「ん?なんだ」

「後で大ちゃん呼んできてくれる?」

「いいよ」

「ありがとう」

 

単純に毛玉を見る機会が少なかったから、毛玉の持っている霊力の量が少なかったからってのも大いにある。

それでも私の知らないことを大ちゃんなら知っていると思う。

持つものは頭のいい知り合いだなぁって。

 

「その毛玉、あたいもらっていい?」

「だめ、私が預かる」

「え?そんなことしたら刺されるぞ?」

「私も毛玉だから刺されない」

「なにそれ………その毛玉、なんか面白いところでも見つけたのか?」

「面白いかは知らないけど、私にとっては興味深いよ」

「ふーん………あ、あたいもう行かないと、じゃあな」

「おう、バイバイ」

 

そういってつまらなそうな去っていったチルノ、そして残された私と毛玉。

あ、ちょ、勝手に変なところ行かないでくれ、ねぇ、ちょっと待って!

ふぅ、捕まえた、まったく、すぐ風に流されるんだからもう。

私が私について知るために、この毛玉は私の手元に置いておく。

え?毛玉の気持ち?そんなもん知らんわ。

私という存在は明らかに異質、この世界から浮いている。

この毛玉について調べれば、私という存在が一体なんなのか、知ることができるかもしれない。

 

 

というわけで、簡単な鳥籠っぽいの作ってそこに毛玉をぶち込んでおいた。

これで、私について何か知ることがあればいいんだけどなぁ。

何故かあの顔文字フェイスが悲しい顔をしていた気がするのはきっと気のせいだ。



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毛玉は戦いを避けたい

「よし、じゃあ今日からお前の名前はホワイトス○モな。え?いや?いやなの?いやって顔なのそれは。じゃあもじゃ13号で。え?これもいやなの?じゃあもういいよお前はただの毛玉でいいよ」

 

籠の中に入れられた毛玉を覗き込みながら独り言を呟きまくる。

なんで私は毛玉と対話をしようとしているのだろうか、めちゃくちゃ一方的だし。

あれから数日、こいつを観察して過ごしていた。

わかったのは、この籠の中に入れられると浮いているだけで全く動かなくなるということ。

やっぱり喋らないこと。

私が寝て起きたら人の姿になってたりしないこと。

大ちゃんに見せてみたけど何かを考えている様子はないって言ってた。

すんごいどうでもいいし、まぁわかりきっていたことしかなかった。

やっぱりみてるだけじゃ毛玉のことなんてわかりゃしないよねぇ。

自分の種族のことだけど、私だけなんか変な感じだし、他のやつは何も考えてないし、そもそもみんな揃って謎の生物だし。

さとりんなら何かわかることがあるのかもしれないけど………私にはさっぱりだ、もういい加減こいつをずっと見てるのも飽きたし離してやろうかなぁ。

 

ここ最近で起きたことなんて、チルノがあたいの城とか言ってこの家に入り込んできてこの毛玉を氷漬けにしようとしたことくらいだよ。

あ、そういえばルーミア………なんかもう分かりにくいなぁ。

自分で言っててどっちがどっちなんだか………よし、もうルーミアとルーミアさんでいこう、さんをつける方針で行こう。

とにかく、ルーミアさんも最近は会っていない。

いや会いたいわけでもないのだけど。

とにかく今のところは平和で退屈な、暇を持て余す生活をしているってことだなぁ。

一日でやることが大ちゃんやチルノたち妖精に絡みに行くことか湖のゲテモノ魚を釣るか、寝てるか毛玉を眺めるかくらいしかやることがない。

オンライン環境の無いニートってこんな感じなんだなぁ、現代文明が恋しいよ全く。

 

 

そういえば、文が言ってたあの件はどうなっているのだろうか。

妖怪狩りっていうけど、妖精や私みたいな毛玉も滅す対象に入っているのだろうか。

妖精は………まぁ言ってしまえば殺しても死なないようなものだけど、私の場合それがどうなるかはまだわからない。

毛玉が復活するとしても、いまの私がそうなる保証なんてどこにも無いのだから。

 

「はぁ………なんか嫌になるな………」

 

いくら考えてもそれが必ず役に立つというわけでは無い。

死んだらそこまで、生きていれば明日がある。

そうはいっても、少し休んだだけで次の問題が私を襲ってくる。

命の危険を感じない日はない。

あぁ、なんとこの世の生きづらいことか。

浮世はクソゲーだよ、全く。

 

なんか思考がネガティブになってる………ポジティブシンキングしようそうしよう。

 

 

 

 

「よーしチルノー、お前ならできる絶対できるなんでそこで諦めるんだよもっと熱くなれよー。はい」

「エターナル○リザード!」

「よーしもうそれはいいや、次はスノーエ○ジェルいこうか」

「エターナル○リザードとかすのーえ○んじぇるとかもうわけわかんないぞ」

「あんごら、弱音吐いてる暇はお前にはないんだよ、あとアイスグラ○ドとかいろいろあるんだよ、吹雪○郎以外の技も叩き込むぞおら」

「もうわけわかんないし疲れたからもういいぞ」

 

んだよしょーもーねーなー。

せっかくできるんだからやれよ。

私は本当はファイヤート○ネードしたいけど炎出せないから無理なんだよ、あと氷を蹴るたび足が痛い。

さすが超次元サッカー、人外にやらせてもこれか。

 

「毛糸が玉になるならやってやるよ」

「おいどーゆー意味だよ。毛玉を蹴ろうとしてるのか?そんなことしたらどうなるかわかってんのか?死ぬよ?毛玉さん死んじゃうよ?」

 

おーい毛玉ー、サッカーしようぜー、お前ボールな、的な事案が起こるぞ。

そしてそのサッカーは超次元サッカーでした、死ぬなこりゃ。

 

「じゃあエターナルフォースブリザードは?」

「ふぉーすがついただけだろそれ」

 

フォースがあるとないじゃ全然違うんだよ、そもそも氷と名前以外共通点ないから。

マジモンの一撃必殺だからね、撃てるとは言っていない。

 

「そういえばさー」

「なんだよ」

「最近あたい達以外の妖精が少なくなってる気がするんだ」

「へー」

「一回休みになったらすぐ生き返るわけじゃないけど、そんなに頻繁に死ぬわけじゃないし、なんかおかしいなぁって」

「へぇー」

 

つまりあれか。

噂のあの人が大量に妖精もぶっ殺してると。

もしくは妖怪が大量に妖精をぶっ殺してると。

わーやばいなー、私も襲われるなー。

 

「なぁチルノ」

「なに」

「もし人間が妖精達を殺しまくってたらさ、妖精はどうする?」

「なんでそんなことあたいに聞くんだ?大ちゃんに聞けばいいじゃん」

 

大ちゃんとお前じゃ知能レベルが段違いなんだよ。

他の妖精達と似た思考してる奴に聞くのが1番いいじゃないか。

 

「もしそうだったら………あたいだったら他の妖精と一緒に人間にやり返しにいくかなー」

「やっぱり?」

「にげる妖精もいるだろうけど、やられてばっかりじゃむかつくじゃん、全力でやり返すね」

 

うーむ………そうだよなぁ。

妖精は一回休みになるとその時の記憶を少し無くすから、よほどのことがなかったらそんなことは起きないと思う。

けど妖怪だったら話は別だよね。

絶対きっちりやりかえしにくるよね、でも結局それは妖怪が悪いわけで………

 

 

 

 

「やめ、やめてくれ!」

「はは、断る」

 

森の中で、頭から血を流して倒れている人間の男が、長く舌を垂らした妖怪に襲われていた。

舌から涎を垂らしながら男へと近づく妖怪、男は後ろへ後ずさる。

 

「ひ、ひぃ!」

「いいねぇ、いい顔できるじゃねえか。てめぇら人間如きが調子に乗りやがって、てめぇらはそうやってびくびく怯えて俺たちに喰われてんのがお似合いだぜ」

 

妖怪は男の足を舌で絡めとって逃げられないようにし、その口を男の顔の前へ近づける。

 

「さ、大人しく俺に喰われてもらおうか」

「あ、あぁ………」

 

恐怖によりもはや言葉も出なくなった男。

その様子を見た妖怪は満足げな表情を浮かべて大口を開けた。

男の頭を噛み切ろうとしたその瞬間、遠くから聞こえる物音に気がついた。

 

「………なんだ?」

 

その物音がだんだん近づいてくるのを感じとり、男の足から舌を離し周囲を警戒する妖怪。

うねうねと動く舌に鋭い痛みが走る。

 

「うお!」

 

驚き飛び退いた妖怪の顔面に蹴りが入り、妖怪の体が大きく吹っ飛ぶ。

着地し舌を見ると氷の針が刺さっていた。

 

「ってて………誰だ、てめぇ」

 

妖怪は、男を庇うようにして立つその白いもじゃもじゃに問うた。

 

「通りすがりの毛玉だ」

 

 

 

 

「なぜ人間を庇う」

「お前に話すことはない、なんだよその舌は、ベロ○ンガかお前は」

「んだよ俺の舌を馬鹿にすんじゃねえよこのもじゃ女が」

 

なんだこいつ、めっちゃ気持ち悪いぞ。

なんなんだよその舌は、なんなのその長さ、その舌で一体なにをするつまりだったんだこのやろう。

あと体黒いし、なんで腰に布巻いてるだけなんだよ、そこだけは隠すのか、そこ以外は見えてもいいのか。

あと臭いんだよ、テメェの体臭だけで生き物殺せるわ、柊木さんの足くらい臭いわ。

さらにその舌を纏ってる涎も臭い、というかもう涎が臭すぎて嗅覚壊れそう。

 

「もう一度聞く、なぜその人間を庇う」

 

しつけーなこいつ。

じゃあ質問を質問で返してやろう。

 

「逆に聞くけどなんで人間を襲うんだ」

「あぁ?んなの当たり前だろ、妖怪が人間を襲うのに理由なんていらねぇだろ。ま、強いて言うならあの化け物に襲われた腹いせだな」

「化け物?」

「お前知らねぇのか?あの妖怪狩りを。これはあいつにつけられた傷だ」

 

そういうとベロ○ンガもどきは背中の傷を私に見せてきた。

右肩から腰にかけて一直線に刻まれたその傷は、塞がってはいたが跡が目立っていた。

 

「で、なぜ人間を庇う」

「はぁ………じゃあ言ってやるよ」

 

大きく息を吸い込み声を出す準備をする。

目の前のこの舌野郎に教えてやるために。

 

「お前らがそうやって人間を襲うからその妖怪狩りに仕返しされんだろうがああああ!!自分らなにしたか分かっとんのかああ!?そうやって人間を殺すことによってその妖怪狩りを怒らせてェ!それで妖怪どもが逆ギレしてェ!行き着く先は人間と妖怪の戦争だぞ!?もううんざりなんだよそういうの!お前らいい加減にしろよマジで!そんなに人を襲いたいのか!?自分らが仕返しで死ぬのに!?ましてやお前は一回痛い目にあってるのにそれでもなお人間を襲おうとしてる!ってか襲ってた!結局はそれで自分の身を滅ぼすんだろ!?馬鹿馬鹿しいわ!その行為のおかげで妖精が人間に殺されたりとくに関係ないやつが死んだらするんだよ!お前らが勝手にくたばるのは結構だがそれに関係のない他者を巻き込むんじゃねえ!そして戦争を起こす引き金にもするんじゃねえ!このクソ舌野郎がああああ!!はぁ、はぁ、わかったか、この、野郎」

 

あー疲れた!久しぶりに叫んだよこんちくしょう。

これで少しは状況が分かっただろう?

 

「………あ?終わった?全く聞いてなかったが終わったんならよかったな」

「は?」

「さ、どいてくれよそこ。俺も別に人間以外のやつを殺したいわけじゃあない、死にたくなかったら大人しくその人間こっちによこせ」

「は?」

 

後ろに振り返りなんかもう唖然としてる男性の顔を覗き込む。

 

「あんなこと言うんだけど、ねぇ、酷くない?私精一杯説明したよ?殺しあわなくても解決するように全力で説明したよ?このまま同じことを繰り返したらどうなるかも説明したよ?なのになんであいつあんなこというのかなぁ。人の気持ちも知らないでよくあんなこと言えるよねぇ」

「おい、なにしてんだ」

「うっせぇなこのクソ舌ペロ野郎が!その舌の根ひきちぎんぞコラァ!わかったら大人しく帰れやこのクソが!」

「いやわからねぇし。まぁてめぇがそういうつもりなら仕方がないな」

 

そう言った舌野郎は風を切る音を出しながらこちらに舌を伸ばしてきた。

すぐに男性を抱えて横へと飛び退く、避けた舌はその先にあった木へと突き刺さり貫通した。

 

「おま、なんだそれ!舌じゃないでしょそれ!ただの凶器でしょ!」

「この舌で人間の中身を喰うのがいいんだろうが」

「きも」

 

男性にほんの少しだけ霊力を込め浮かし、後ろへ突き飛ばす。

 

「相手になってやるよこの舌化け物」

「お前じゃ相手にならねぇよもじゃもじゃ」

「もじゃもじゃうっさいんだよ!」

 

舌化け物に向かって、生成した氷の針を数本飛ばす。

だけどその長い舌によってはたき落とされてしまう。

舌を動かすのは大きい分反動があるらしい、その隙に舌化け物に接近して手に妖力を込めて顔面目掛けて思いっきり殴る。

直前で腕で防御されたが、その衝撃で舌化け物の体が大きく吹っ飛んだ。

しかし吹っ飛ばされながらもその舌を伸ばして私の足に絡みつき、私の体を振り回して近くの木へと叩きつけられた。

なんだこいつ、まじでキモいぞ、足が汚くなったじゃないか、もう生理的に無理。

もうさっきので喋り疲れた、さっさと終わらそう。

妖力弾をいくつも生成、妖怪の方へ飛ばす。

これも弾こうとした妖怪の舌が爆発で吹っ飛び、他の妖力弾も誘爆して大きな音と共に眩い光が放たれた。

 

その爆発の後には黒こげになった舌化け物がいた。

いや、もう舌吹っ飛んでるし舌野郎だな。

一応あの爆発を受けても原型は留めてられるんだな。

生きてるか?これ。

 

 

そのあと、焦げ臭いその場所から離れて男性を回収しに行った。

なんか気絶していらしたので、そのまま運んで人里まで繋がる道を進み、人里が遠くの方で見えたところで男性を下ろした。

この人が人里へ向かってた人かは知らないけど、もうすぐ明るくなってくるし多分無事に着くだろう。

なんかすんごい疲れたけど、とりあえず、確実にあのままじゃ死ぬ人を助けれたのでよしとしよう。

 

 

 

 

「それで、変な奴が俺を助けたんだよ」

「変なやつってどんな奴だい」

「妖怪かなんだかわかんねぇけど、白いもじゃもじゃのやつだったよ」

「そりゃあ妖怪だろ」

「そうかなぁ、俺が喰われそうになってたところを助けてくれたしなぁ、妖怪がそんなことするかね」

「ま、少なくとも人間じゃねえだろうな」

「だよなぁ」

 

白いもじゃもじゃの妖怪か、そんな奴は聞いたことがない。

それも人を助けたって話だ、間違いなくその辺の野良妖怪とは何か違うな。

その白いもじゃもじゃは、一体なにを思ってあの男を助けたのか。

絶対何かあるはずだ、良からぬことを考えてるのだろう。

妖怪は全員、私がぶった斬ってやる。



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毛玉と妖怪狩りともう二人

「ねぇねぇ柊木さん」

「なんだよ、仕事忙しいんだよ喋りかけてこないでくれ」

「酷いですね………昔は敬語使ってくれてたのに」

「いつの話してるんだよ」

「一年以内ですが?割と最近ですよ?それまではずっと敬語でしたよ?」

「記憶にないな」

「記憶力大丈夫ですか?」

 

山の周辺の哨戒に出ていたところを絡まれた。

今すぐ帰っていただきたい、ってかあんたも仕事しろよ。

 

「相変わらず目が死んでますね………それより話を聞いてくださいよ」

「断る、仕事の邪魔をしないでくれ」

「仕事って言いますけど適当にほっつき歩いて空を眺めるだけでしょう?」

「それで飯食ってるんだから文句は言わせない」

 

もし山への侵入者がいて交戦することになったら命の危険を伴うことになるんだ、平常時くらい楽させてくれ。

 

「じゃあ仕方がないですね………この手段だけは使いたくなかったんですが………」

「………?」

「柊木さん、貴方より私の方が組織においての地位は高いですよね?」

「まぁそうだな」

「つまり上司ですよね?」

「………そうだな」

「命令です」

「職権乱用しやがって畜生が」

 

これだから組織って奴は………俺なんか悪いことしたか?みんな俺の足臭いって言ってくるけど全然匂わないし。

もしかして俺、弄られてるのか?

 

「じゃあ話すこと話して帰ってくれよ………」

「まぁそんなに大した話でもないんですがね、最近噂になってるでしょう?妖怪狩りの女」

「………その話か」

 

もう噂とかそういうんじゃないところまで来ている。

新人で馬鹿で若かったとはいえ、既に白狼天狗数人が首だけになって帰ってきていた。

誰がやったのか、目星はついていたが確証も無かったし、先に逃げていた奴から喧嘩をふっかけたのは天狗の方だった聞いて、何も行動を起こさないでいる。

 

「その妖怪狩りっての、そんなに強いのかね」

「まぁやられてるのは大体雑魚の野良妖怪達ですから、ある程度の実力があれば同じようなことはできると思いますけど………最近、少し名の知れた妖怪達が一気にやられましてね」

「だからといって、山が全力で警戒態勢になるほどでもないんじゃないか?たかが人間一人に」

「そうやって高を括る人から死ぬんですよね」

 

怖いこと言うなよお前………

まぁ俺なんかが本当に遭遇したら首が一瞬で飛ぶのは確実だろうがな。

 

「で、それが?」

「なんか、毛糸さんが妖怪に襲われてる人間を助けて回ってるんですよね、それも発狂しながら」

「なんで発狂?いやいい、なんでそんなことを」

「発狂しながら喋ってる内容聞いてるかぎりでは、このまま妖怪と人間の小競り合いが続いて最終的に人間と妖怪の大きな戦争になり、それに巻き込まれるのを回避したいようですよ」

 

なんでそんな自殺行為してるんだあいつ………

 

「まぁ状況がこのまま悪化していけばそうなるのは確かでしょうけど、だからといってそんなことしてたら他の妖怪からも目をつけられて敵を増やすだけでしょうねー」

「その妖怪狩り、どの程度の強さなんだ?」

「そうですね………これは上の人たちもも言ってたことですけど、多分その人は、あのルーミアさんと同等の化け物………そう思いますね」

 

あいつ死んだなぁ………

 

 

 

 

「お前か、近頃妖怪を襲って人間を助けている奴ってのは」

「んだごら文句あんのかこら」

 

人間を襲っていた妖怪を蹴り倒し、人間が持っていた剣を妖怪に刺し木に縫い付けた。

刺したところから血が少し滲んでいて、それを見るとすこし気分が悪くなる。

人間じゃないとはいえ生きている奴を刺してるんだ、今更ではあるが少しばかり気分が悪くなる。

 

「そりゃあ文句しかないがな。まずお前は妖怪なのか?そんな感じはしないよな」

「知らんわ、私が知りたいくらいだわ」

「なんで人間を助ける」

「さっき大声で言ったでしょうが、やっぱり聞いてなかったなお前」

「声でかいんだよ」

 

腹に剣刺さってるのによく喋るなこいつ………

近くで死んだように転がってる人間を見る。

死んではないと思うけど出血がひどい、このまま放って置いたら死ぬのは間違い無いだろう、早く人里へ送ってやらないと。

 

「私は今からあの人間を人里に送っていく、トドメは刺さないけど後ろから襲ってきたりするなよ」

 

私としても妖怪を殺すのは本望では無い、できれば話し合いでお互い平和に解決したいんだ。

話してたら人間を助けるのが間に合いそうに無いから攻撃するのであって、それ以降の攻撃はしたくない。

 

「わかってるよ、強い奴には逆らわない、お前の言う通りしばらくは人間を襲うのをやめておくよ」

「そうして」

 

こうやって相手がちゃんとわかってくれるのは初めてだな………

近くに血だらけになっている人間の近くに寄り、手を伸ばす。

 

「——え?」

 

手にナイフのようなものが刺さっていた。

どこからやられた、全く認識できなかった、早く何か行動をしないと。

 

「全く、お前ら妖怪は殺しても殺しても、虫みたいに湧いてきやがる。いい加減滅んでくれないか」

 

右の耳にその女性のような声が入ってくる。

その瞬間理解した。

右の方に木に縫い付けられた妖怪がいて、その先に女性がいた。

人間のことは考えずに、妖怪の腹の方に手を伸ばし、剣を体から引き抜いて妖怪を蹴り飛ばす。

驚いた顔をしていた妖怪、私の蹴った足が無くなっている。

 

「へぇ、そうくるか」

「ちょ——」

 

後ろから声がして即座に自分の首の後ろに引き抜いた剣を置き、首へと向けられた斬撃を受け止める。

 

「なんなんだ急に——ぐえっ!」

 

そのまま衝撃で体が吹っ飛び、蹴り飛ばした妖怪の体に衝突した。

首を触ると切り傷が刻まれており、受け止めきれなかったのがわかる。

 

「いたた………へぇ、その髪、その刀、最近俺たちの間でちょっとした話題になってる妖怪狩りさんじゃないか」

「へぇ、そりゃどうも」

 

さっきの攻撃、後ろから喋らなかったら確実に首が飛んでいた。

そのことがわかると急に冷や汗をかいて止まらなくなった。

足が膝から先がない、血が滴り落ちる。

首の傷はもう塞いだけど………

女性が左手に持ってるものは何かと気になり、目を凝らしてみると、いつぞやの舌野郎だった。

それが生首とわかりぞっとしたが、まぁなんか舌野郎だったらいいや。

 

「そいつも私たちの間では話題になってるよ、妖怪を襲い人間を助ける白いもじゃもじゃ」

「え?そんな感じで噂にされてんの?いや私のことが人間の間で話題になってるのはなんとなく知ってたけど白いもじゃもじゃ呼ばわりされてんの?マジで?」

「事実だろ」

 

はいその通りでございます。

目の前の女性が件の妖怪狩りということがわかり、緊張が高まる。

 

「どんなやつかと期待してたんだが、死にかけの人間を食おうとしたただの妖怪だったな」

「いや妖怪かは知らんが、誤解だよ。早く治療しないと出血多量で死んでしまうよ」

「じゃあなんでさっきその妖怪を助けた」

 

そう聞かれて何も言えなくなる。

あの状況で狙われるのなら身動きが取れなくなってるこの妖怪の人、あのままでは確実に体が真っ二つになっていただろう。

この人は話せばわかるいい人だ、多少殴って刺したけど本人気にしてないみたいだし。

そんな人が死んだら気分が悪い。

 

「無駄だもじゃもじゃ」

「あんたにもじゃもじゃ言われたくないんだけど」

「こいつには何を話したって聞かない、完全にもう俺たちを殺すと決めた目をしてる、生き残るにはやるしかないんだよ」

「………はぁ、結局こうなるのか」

 

片足で起き上がり、近くに木に持たれながら立ち上がる。

足に妖力を込めて再生を始める、片足じゃ流石にきついけど………

 

「その足治るまで俺が時間稼いでやる、動けるようになったらすぐに加勢しにこい」

「………ごめん、頼む」

 

体にある妖力をできるだけたくさん足へと突っ込む。

霊力を空中で氷にし、針にして妖怪狩りへと飛ばす。

その後に続くように走っていく妖怪、氷の針は刀で一振りされて吹き飛んだが、妖怪がその隙に蹴りをねじ込む。

だがその足が刀に貫かれ、胴体を殴られて吹っ飛んだ。足はまだ治癒しきっていないが、行くしかない。

体を浮かして霊力を放出し妖怪狩りに接近する。

片手に持った剣を相手に突き刺そうとするが、身を捻られ避けられる。

そんなことはわかりきっていた、体を霊力を放出して無理やり方向転換し回転してその胴体に剣を振った。

金属と金属がぶつかる音がする。

どうやら短剣を片手で持って塞がれたらしい、結構な威力があったはずなんだけどなぁ。

胴体を刀で刺され動けなくなり、短剣が喉元へと伸びてくる。

すぐに毛玉の状態になり回避、すぐに人の形に戻り距離を取る。

 

「あっぶな………化け物かよ」

「こんなものか、やれやれ、やっぱりその辺の妖怪と大して変わらないな」

 

この人、あの時のおっさんと同等、いやそれ以上の強さかも知れない。

相手の顔にはまだ余裕がある、本気を出されていなくてこれなんだ、まだ一撃も与えられていない。

 

「すこし本気出してやるか」

「おいおい、冗談じゃな——」

 

消えた。

その場を飛び退き背後に向かって剣を振った。

黒い刀と剣がぶつかった、あのままじゃ確実に斬られていた。

 

「へぇ、見えてたのか?」

「んなわけないでしょーが、山勘に決まってるだろ」

「面白い!」

「面白くない!」

 

繰り出される無数の斬撃、ひたすら距離を取り、剣で防ぐが捌き切れない。

体の至る所が斬られ、血が流れる。

この黒い刀が、なぜ黒いのかがわかった。

単純に見にくい。

今は夜、それも森の中だ、光を吸収する黒の斬撃が見えない。

かろうじて見える相手の手元だけを見て勘で捌いている。

このままじゃジリ貧だ。

 

「俺を忘れてんじゃ、ねぇ!」

「忘れてないよ」

 

さっきの妖怪の胴体をいとも容易く切った。

そしてすぐさま首を狙いその刀は振るわれた。

だけど動きが止まった。

 

「かかったな」

 

妖怪が首への攻撃を受け止めていた。

首の横で手を伸ばしその手に刃が食い込みながらも受け止めていた。

私が治った両足で地を蹴り拳に妖力を込めその身体へと叩き込む。

防御するために短剣で塞ごうとしていたが、それをも砕き胸へ拳をめり込ませ、木をへしおりながら吹っ飛んでいった。

 

「あーくっそいって。頼むから今のでくたばってくれ」

「いや殴った感じ多分まだ………」

土埃の中から一人の人影が見える。

その姿からはダメージを与えられた気がしない。

 

「ははっ、いいじゃないか。どうやら思ってたよりも骨のある奴ららしい。だが、もう終わりだ」

 

その黒い刀が霊力を纏い淡く光り出す。

 

「まずいな、今のうちに逃げるぞ」

 

そう言われて距離を取ろうとしたが、足がもつれて膝をついてしまう。

頭までクラクラしてきた、いよいよ私死ぬのか?

足の大事なところが切れたのか動かない、頭が痛いのは多分出血のしすぎ。

 

「おい、大丈夫か」

「気にしないでいい」

 

時間もない、早く体を再生しないと。

構えたその黒い刀から放たれる淡い光が一層強まり、横に振られた刀から斬撃が飛んでくる。

 

毛玉の状態になるかして避けないと………

 

いや、この位置はダメだ。

 

思ったよりも早いその斬撃は、木を切り裂きながらこっちに迫ってくる。

それをありったけの妖力を腕にこめて受け止める、持ってる剣じゃ簡単に斬られてしまうだろう。

斬撃が手のひらに食い込んでくる、どういうわけか痛みは感じないがやばい状況なのはわかった、妖力がめりめり減っていく。

私がかき消せる攻撃じゃない。

腕を傾けて斬撃の下から上へと押し出すように力を入れて、頭を下げて攻撃を上へと受け流した。

変わりに指は全部なくなって手の大きさが半分くらいになったけど。

妖怪狩りが驚いたような顔をしている、それは真正面から避けずに受け止めたことなのか、受け流されたことなのかはわからない。

 

「危ないなぁもう!よく見なさいよ!このままじゃあの怪我してる人に当たっちゃうところだったじゃないか!」

「なんだお前………気持ち悪いな」

「はぁ!?」

「まぁいい、今回だけは見逃してやる、そいつこっちに寄越せ」

 

そう言って後ろで倒れている人間を指さした。

 

「勝手に持っていけよ、もとから人里に送ろうとしてたんだ」

「そうかい」

 

私の横を通り過ぎて人間を担ぎ、そのまま歩いて帰っていった。

妖怪狩りが去ったあと、まるで死体のように転がってる妖怪を見つけた。

 

「足取れた………」

「あんた馬鹿なのか?」

「否定はしない」

 

はぁ………またルーミアさんの時と同じ、見逃しかぁ。

地面に寝そべり、残った妖力を身体中に循環させて体を再生する。

 

「あーなんか俺もう駄目かもしれない」

「諦めんなよ」

 

弱音を吐く妖怪を担いで、私も家へ帰った。

こんな感じで死なれたらやっぱり気分悪いよ。



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毛玉は身の上話に付き合う

あの時の妖怪は、家へと連れ帰ったんだけど次の日起きたらいなくなっていた。

もう会うことはない、なんとなくそんな感じがした。

こんな世界だ、きっとその辺でのたれ死んでるかもしれないなぁ。

遺体見つけたら埋めてやろう。

昨日はやばかった、もう何がやばいかってもう、やばかった。

語彙力が崩壊するくらいにはやばかった。

あの妖怪の人がいなかったらたぶん私は今頃死んでいたんじゃないだろうか。

今思い出してもぞっとする。

もうね、怖いよねうん。

怖いよね。

 

朝起きると溜めてある水で顔を洗い、溜めてある食料から何か適当なものを選んで、毛玉を眺めながら朝食にする。

この時大体が干し肉である。

この環境だと自生してるものもどれが食べられるのか全くわからないし、そもそもそんな知識もないので植物系は無しである。

妖精が稀に変なキノコ拾ってきて食べて死んでるのをみてるので本当に怖い、命の危険がそこら中に転がっている。

干し肉の貯蓄を見ると、そろそろ補充しておかないと絶食DAYが始まりそうである。

まぁ二日三日くらいなら食べなくても大丈夫だと思うんだけどね。

狩りをしに行くのは湖の近く、というか私は基本家から湖にしかいない、それ以外の場所に行くのが怖い。

そうですよ私はビビリなんですよ。

時々ルーミアが家に侵入してきて干し肉喰らいつくしていくからそういう日は完全に絶食DAYである。

河童のところからくすねてきた………ボウガン?クロスボウ?なんかよくわからないやつと短剣を持って湖の方へと向かっていった。

 

 

 

 

森の中、木の上から下を見下ろし、手頃な獲物がやってくるのを待つ。

鳥が近くを飛んできたらボウガンっぽいのを放ち、当たらなかったら全速力で追いかけて仕留める。

 

そのままひたすら待っていると、猪がやってきた。

多分この辺で最も手に入りやすい肉だ。

一度突進をモロに喰らって骨がいろいろ折れたことは懐かしい思い出だ、とても痛かったよ。

 

猪が立ち止まるまでひたすら息を潜めて待ち、脳天に向けて矢を放つ。

急所に刺さり動かなくなった猪のそばに行く。

ある程度狩った後は、食べる部位だけ捌いて残ったところは全部河童のところへまとめて押し付ける。

迷惑じゃないらしいからべつにいいよね?

 

猪を浮かして持って帰ろうと辺りを見回したとき。

 

「あ」

「ん?」

 

目と目が合った。

昨日の妖怪ではなく、人間の方と。

 

「あー、お前昨夜の」

「うわぁ………」

 

世界のなんと狭いことだろう。

2日連続で自分を殺そうとしてきたやつと会いますか?普通。

エンカウント率どうなってんすか、おかしいっしょ。

 

「お、お前なんか怖かねぇ!かかってこいやおんどぅらぁ!」

「めっちゃ足震えてるけど」

「え?あ、ほんとだ。い、いやこれ武者震いだから!ぜぜぜんぜん怖くねぇし!おら上等だこらかかってこいやぁ!」

「いや今は別に」

「この猪あげるから見逃してくださいこんちくしょう!」

「おい言ってること真逆になってんぞ」

「何が欲しいんだ!金か!?なに私の首!?そんなの欲しいの!?」

「そんなこと言ってないんだが、ってか落ち着けよ」

「落ち着いてるわ!これ以上ないほどに落ち着いてるわ!そうかあれだな!?他の妖怪の首持ってくればいいんだな!よし今からとって——」

「いいから落ち着け」

「アアアアア!!目潰しィ!なんで目潰しオアア!」

「落ち着け」

「ぐどぅふ!」

 

 

なんで蹴ったぁ………あばら数本逝ったぞこのやろう………

 

「頭冷えたかおい」

「頭どころか全身が冷え固まりそうな勢いだった、死にそうな勢いだった………ってか何しにきたんだよ!」

「散歩」

「………」

 

散歩て………散歩てなんやねん自分、あなたの散歩は他人を目潰ししてあばらを折ることなんですか?それは散歩とは言いません通り魔と言います。

 

「わかってんだろ?私に敵意がないことくらい」

「え?あ、うん、もも、もちろんわかってたよ」

「………」

 

なんだよその目、別の生き物を見るような目で見るなよ。

 

「お前が助けた人間、なんとか無事だった」

「ソーデスカ、ソレハヨカッタデス」

 

ったく、そんなことどうでもいいし。

もし死んだとしても私はできることはやったつもりだから悔いることもないだろう。

 

「なぁ、お前にもう一度聞いておきたいことがある」

「………なんだよ」

「なんで人間を助ける、まさかその頭で実は人間だから助けたとかはねぇだろ?」

「なんでや頭関係ないやろ、私は毛玉だよ」

 

おいなんだその顔は、どんだけ衝撃受けてるんだ。

毛玉が喋ったらあかんのか?

 

「存在的には妖精とかに近いらしい」

「妖精?でもお前妖力持ってるじゃねぇか。霊力もあるが」

「毛玉にも色々あるんですぅ」

 

なんで妖力も持ってるのかって、私が聞きたいわ。

なんで私だけがこんなに世界から浮いてるんでしょうね全く。

 

「そうか、まぁお前がよくわからん変なやつってことは分かったが」

「おい誰が散り際のたんぽぽだこら」

「誰もそんなこと言ってねぇよ。あとお前が何かはいらん、何故人間助けるのかを答えろ」

 

そんなこと言ったってなぁ………私がやりたいと思ったからやっただけだし、それに関して聞かれてもどう答えようか。

 

「人間だからだよ、中身が」

「中身?」

「そ、前世ってあるでしょ?それが人間だった」

「そんなことあるのか?」

「実際あるんだからしょうがない。つまりそういうことだよ、自分の種族でもあった奴を殺す気にはならないし、そもそも殺す理由もないからね。それが目の前で殺されかけてたから助けてた。それだけのことだよ」

「だが私はお前のことを殺そうとしたぞ?」

 

なんだこの人めっちゃ質問してくるやん。

 

「そりゃあ私も命取られそうになったらやり返すけど、あんたは武器を下ろしてくれた。だったら私が戦う理由なんてないよ」

「………」

 

今度は黙ったよ、なんだこの人、変人か?

というかいい加減怖いんで帰っていいっすか?

 

「私がなんで妖怪狩りなんかやってるか、わかるか?」

 

え?すみませんどうでもいいです帰っていいっすか?

ダメですよねぇ………

 

「妖怪が憎いからじゃないの?」

「実のところ、別に妖怪に恨みはない」

 

じゃあ殺すなや。

 

「私が戦ってたのはそれでしか自分の価値を見出せなかったからだ」

「自分の価値?」

「昔っから私は馬鹿でな。学問もできず、女のように立ち振る舞うこともできず、力が強いだけが取り柄だった」

 

自分語り始めちゃったよ………帰っていいっすか?

 

「そうしていくうちになんかこう、全てがつまらなくなってな。周りから何も期待されず、親からは縁を切られ、何もすることがなかった。そんな時に、妖怪に襲われてる人がいたのを見つけたんだ。その辺に転がってたもので殴りつけてたら、気づいたら死んでいた。そしたら人里の奴ら、掌を返すように私を祭り上げた。その時理解したんだよ、私ができるのは何かの命を奪うことだけだって」

 

………あ、終わった?じゃあ帰るね。

ダメだよねはいはいわかってますよ………なんで自分の命狙ってきたやつの身の上話聞いてんだか。

 

「それからだ、こんなこと始めたのは。あいつらの掌返しくらったときは本当に唖然としたよ。人間価値がなければ死んでもいいんだって」

 

そんなこと思ってるのは一部の人だけだと思うけど………そんなことはこの人もわかってるだろう。

 

「お前らが羨ましいよ」

「え?」

「何にも縛られず、自由に生きていけるお前ら妖が。人間はそうはいかない、組織の中じゃないと生きていけない、弱い生き物だ。私だってこんなことをしてるのは組織の中にいるためだ」

 

人間は個として生きるには弱すぎる、か。

大きな組織の中で生きるのは楽だし、周りに同調するだけで生きていくことができる。

その分組織から外れると人間一人では厳しいことが多い。

それは前世でも変わっていない、むしろ妖怪から狙われる分こっちの方が厳しいんじゃないだろうか。

 

「私からしたら、そんな組織の中で自分の居場所を持てるあんたが羨ましいけどね。私はこんなもじゃもじゃに生まれてしまった以上そういったものの中に入ることは多分無理だ」

「確かにもとが人間ならそう思うだろうな、私がおかしいだけだよ、私だけが」

「全く以てそのとう——がっは!みぞおち、みぞおちィィ………なんでこんなことするんだ!」

「腹が立ったから」

 

理不尽!

 

「はぁ………妖怪でも組織というしがらみに囚われてる奴はいるよ。本人たちは気にしちゃいないけどさ」

 

引き篭りとか足臭とかバーサーカーとか………

 

「私は今までどっちも見てきたから思うけどさ、妖怪も人間も、その本質は変わらないんじゃないかな。バカな人間もいればバカな妖怪もいるし、気のいい人間がいたら妖怪もいる。違うのは考え方とか持ってる力とか、そんなもんだと思うよ」

 

まぁ殴らなきゃわからないバカが多いし、殴ってもわからないどうしようも無いカスも多いけどな。

 

「そんなこと私だってわかってるよ。そういうやつは何人も見ていたが、私は構わず斬ってきた」

「じゃあ私はなんで」

「人間を襲わなかったからだよ。私が斬るのは人間を襲ってる奴だけだ、それをするのが私の価値だからな」

 

自分の価値かぁ。

それを見出せてるだけでもあんたは随分幸せだと思うがね。

 

「………なんでそんな話をこんな白いもじゃもじゃにするんだよ」

「そうだなぁ、なんでだろうな」

 

チッ、こいつもバカな人間だったか。

 

「お前が唯一まともに会話した奴だからかな。里のやつはみんな私を恐れて目も合わせない。妖怪は妖怪で私をみるなり攻撃してくるか逃げるかの二つだしな」

「そらそうだろうね。怖いもん、こうやって会話してる間もいつ首とりにくるかわからないもん」

「人間を襲ったら首取るわ」

「襲いません神に誓います」

 

正当防衛は許されるよね?

向こうが襲ってきたらやりかえすからね、許せ。

 

「………本当に、変なやつだな、お前」

「そりゃあ髪が白くてもじゃもじゃで毛玉で前世が人間で霊力と妖力両方を使う奴だからね、変なのは承知だよ」

「そうだ、お前に聞きたいことがある」

「ん?なに」

 

馴れ馴れしいなこの人………断ったら斬られそうだから聞くしか無いか。

 

「最近人里で噂になってることがある」

「どうせあれでしょ?質屋の親父が浮気してるとか」

「なんで知ってるんだお前」

「oh………」

 

適当にホラ吹いたら当たってたでござる………なにやっとんねん質屋の親父ぃ………こりゃあ近いうちに修羅場を迎えるな。

 

「まぁそれは関係ない。最近になって大妖怪が姿を現したとかいう噂が立ってるんだよ」

「大妖怪?なにそれこわっ、どんなやつ」

「血のように赤い目、金色の髪に赤い装飾、黒い服に狂気的な笑み。満月の日に現れる妖怪らしく、とんでもない強さだって話だ」

「ふーん、そんなやつが………」

 

ん?

あれ、なんか聞いたことあるような………

赤い目、金髪、赤いリボン、とんでもない強さ………

脳内に、そーなのかー、とアホみたいなポーズをする少女と、それが背の伸びた姿が思い浮かぶ。

・・・

ルーミアやんけ。

いやまてよ?ルーミアさんとこの人がやりあったらどうなる?

天変地異が起こって天災となり、周囲は荒れ果てて血の海ができるかもしれない………

唐突に理解した。

この二人を合わせてはいけないと。

 

「………知らないなぁ」

「そうか、人外のお前なら知ってるかもしれないと思ってたんだが、当てが外れたな」

 

外れてよかったぁ。

いやもうほんと、あんな化け物とこの化け物が戦ったら世界壊れちゃうよ、遭遇してなくてよかったぁ。

 

ん?なんか後ろに気配が………

 

「そーなのか——ぷぎゃ」

「チェストオオ!」

「あ?なんか今いたような………」

「気のせい気のせい!いたとしてもあれだから、ロリしかいないから!」

「そうか?」

「そうそう!………ふぅ」

 

あっっっっっぶねぇぇぇ!!

終わるところだった、毛玉オワタになるところだった。

即座に蹴り飛ばしたしてぶっ飛ばしたからいいものを、あと少し遅かったら世界オワタになるところだった!

まぁ今は日中だからルーミアが死ぬだけで済むと思うけど。

それはそれで私は嫌だなうん。

 

「見かけたら教えてくれよ、そいつ妖怪も人間も見境なしに食ってるらしいからな」

「でしょうね………そういやあんた名前は?」

「名前?」

 

なにか考えるそぶりをしている。

もしかして今名前考えてるとか?

 

「………りんだ、りんでいい」

「絶対今考えたでしょ」

「名前なんて最後に呼ばれたのはいつか忘れたからな、自分の名前ももう忘れてるよ」

「なんじゃそりゃ………私の名前は白珠毛糸」

「そうか、いい名前だな」

「そりゃどうも」

 

そう言ってりんさんは帰っていった。

私の狩った猪を担ぎながら。

すんごい当然のように取っていったなあんた。



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質問を質問で返してはいけない

「ねぇ椛聞いてください」

「遺言ですか?」

「なんでそうなるかなぁ、件の妖怪狩りの話ですよ」

「それが遺言でいいんですね?」

 

あ、駄目だ、もう遺言にしか聞こえなくなっている。

なんで私最近こういう扱いばっかりなんでしょうか………えぇ素行のせいですよ、分かっていますとも。

 

「毛糸さんがその妖怪狩りと接触したんですがね」

「死んだんですか」

「そのすぐに死に直結させる思考やめません?まぁ私も生きてるはずないと思ってたんですけど、生きてたんですよね」

「返り討ちにでもしたんですか?」

「いや、どっちも生きてます。驚くことに和解したって言ってました、毛糸さん本人が」

「幽霊じゃないんですか?」

「実体ありましたよ」

 

幽霊って、結局それ死んじゃってますよね?生きてましたよ?五体満足で生きてましたよ?

 

「気になるんだったら今毛糸さんのこと見たらどうです?」

「あれすると目が乾くんですよね」

「え?そうだったんですか?長年貴女と一緒にいますけど今初めて聞きました」

「単純に瞬きするのを忘れるからなんですけどね」

「………それでですね、本人に聞いたら和解したって言ってたんですよ」

「へー、それで?」

「えっと…それでですね、夜に襲われる人間の数が減って、死んでいる妖怪の数も減ったようなんです。何か関係あるのかなぁと」

「すみません私興味ないんで帰ってもらっていいですか」

「………会ってみません?」

「………」

「無視はしないでくださいよ………」

 

 

 

 

「で、何しに来たん」

「やけ飲みです」

「帰れや」

「おつまみとかないんですか」

「帰れって」

「毛糸さんも飲みます?」

「………帰れよ」

「もう明日は仕事休みます」

「か、え、れ、や」

 

何しにきたんだこいつ………ラッパ飲みしてるし。

二日酔いで動かなくなっても知らないよマジで。

 

「嫌なことでもあったんじゃないですか?」

「いや、だとしても私関係な………大ちゃん?何しれっと入ってきてんの?」

「あたいもいるぞ」

「………」

 

なんなんお前ら………

 

「まぁまぁ、そんな日もありますって、今日は飲みましょうよ」

「お前が言うな——くっさ!酒くっさ!ちょ、こっち寄ってくんなし!オエッ」

「酒っておいしいのか?」

「私たちは飲めない飲み物だよチルノちゃん」

 

お前ら、時代が時代なら不法侵入で訴えてるからな………あと私は酒飲めないんで酒瓶こっちに近づけてくるのやめてくんない?殴るよ?マジで。

 

「毛玉のくせに一丁前に家なんか建てちゃって」

「あぁん?自分らは食い物あるからいいじゃん」

「お金貯めたら一軒家買えるんですよ天狗って」

「じゃあ仕事頑張りなさいよ」

「やってるんですけどねぇ、なかなか買えないんですよこれが。なんでかなぁ、やっぱり仕事抜け出してるからかなぁ」

「おい」

 

本当に何しにきたの?嫌がらせ?嫌がらせなら柊木さんにやってきてどうぞ。

 

「聞いてくださいよぉ〜」

「知らん、帰れ、帰れ帰れ」

「最近みんなの私の扱いがひどいんですよぉ、上司には挨拶しても無視されるし、部下からは目があったら舌打ちされるんですよ。椛ですら私を無視するようになっちゃって。私何か悪いことしましたか?生まれてこの方善行しか積んでないと思うんですけど」

「どの口が………屋根壊されて嘔吐物ばら撒かれて不法侵入されてるんですけど私は」

「いったい誰がそんなことを」

「お、ま、え、だ、よ」

 

あ、ちょチルノ!その毛玉に触るのはやめなさいって前も言ったでしょうが!だから凍らしたらダメだって!大ちゃんも止めて、ってなに微笑ましい表情浮かべてるんですか!?目の前で尊きもじゃの命の火が消えようとしてるんだよ!?

 

「それでまぁ、真面目な話をさせていただきますとね?」

「え?なに、真面目な話って。おいチルノ離れなさい」

 

文が椅子に座り直して手を組む。

その座り方は………司令座り?

 

「………どうやったら働かずに暮らせるんでしょうね。いたっ!氷投げつけないでくださいよ!」

「そういうことばっか言ってるから無視されるんだろ!?」

「毛糸さんは無視しないじゃないですか」

「屋根に穴開けて嘔吐物撒き散らして不法侵入したやつを無視しろと?訴えるよ?」

「その節はどうも」

「どうもじゃないんだよ!帰れよ!頼むから!」

「なにを言ってるんだここはあたいの城だぞ?」

「毛糸さんの家でなくチルノちゃんの城なら天狗の私がいても問題ありませんねー」

「刻むぞ貴様ら………」

 

よしわかった、肉を捌くためのナイフ持ってきて貴様らを捌いてやる。

 

「それで?例のあれ、えっと………そうだりん、りんって人とは今のところどうなんです?」

「………はぁ、本音はそれか」

「さっきのも本音ですよ?」

「だとしたらニートの素質あるよ」

「言っておきますけど、これも立派な仕事なんですよ?山の周囲の情勢を調査した上に報告するという」

「あなたのその仕事というのは人の家で酒を飲むことなんですか?違うよね?」

「経費で落ちます」

「おかしいだろ天狗社会………」

「で、これが手土産です」

「え?あ、どうも………酒?」

 

手渡されたのは紙に包まれた酒瓶のようなもの………酒飲めないんすけど?

 

「貴重なものですよそれ」

「なんかいい銘柄なの?」

「それは昔山にいた鬼が好んで飲んでいた酒です。鬼がいなくなった今となってはもう飲まれることも作られることも無くなった貴重なものです。お納めください」

「お、おう………つまり在庫処分?」

「その通り」

 

その通り、じゃないんですが?

 

「ちなみに、鬼ってどれくらい酒飲むの?」

「そうですねぇ、昔の話だからあまり覚えていませんが、確か樽一つは丸々飲んでた気がします」

 

そんな奴が飲むような酒?

絶対度数高いよね?急性アルコール中毒で死んでしまいますよ私。

 

「まぁそんなことはどうでもいいんですよ」

「どうでもいいの?私の家に飲んだら死ぬ劇薬が置いてあるようなもんなんだけど、どうでもいいの?」

「いいんです、それよりそのりん、って人ですよ」

 

やっぱりそれが聞きたいんじゃないか………

 

「どう話をつけたんです?」

「話ってなによ」

「狩られている妖怪の数が減っていることですよ。激減とまではいきませんが、山が把握できる程には減っています。あなたがその人と接触してからなんですよ、これ」

「私特になにもしてないけど?」

「あの後もなんどか接触してるみたいですし、なにしてるんです?」

 

何かと探りを入れてくるな………まぁ考えは大体読めるけど。

 

「私が人間たちと繋がってないか、とか疑ってたり?」

「いえいえそんな、滅相もない。ただ気になっただけですよ、それだけです」

「本当かなぁ?まぁいいや、ただよく会うだけだよ、その度に軽く話をしてるだけ」

「話ってどんな」

「そんなことまで聞く?んー………この前は人を襲ってない妖怪は殺さないように死ぬ気で説得したね」

「あー………それですね多分」

 

納得がいったような顔をしてまた酒を飲んだ文。

飲み過ぎじゃない?何回も言うけど知らないからね?動けなくなっても知らないからね?

 

「じゃありんさん、何もしてない関係ない妖怪も殺っちゃってたってことか………酷いなぁ」

「本当ですよ、状況変化が目まぐるしくて上だけじゃなく下まで全部がごちゃごちゃとしてきて………あと少しでなんとか落ち着きそうです。思えば最近みんなが冷たかったのはそれで疲れてたからなんでしょうねぇ」

 

いや、多分それは関係ないと思う。

単純に普段の行いが悪いせいだと思う、それに気づかないのがダメだね。

 

「それで、そのりんさんのお人柄をお聞きしたいんですけど」

「そんなことまで聞いて、本当にどうするんだよ………まぁ相手が妖怪じゃなかったら会話はできるんじゃない?」

「なんですかそれ、じゃあ私たち絶対会話できないじゃないですかぁ」

「その酒癖直したら喋れるんじゃね」

「適当なこと言わんでくださいよ」

 

じゃあ人の家で酒臭い息を吐き散らさないでくれと。

その息じゃ会話もままならないぜ。

 

「チルノちゃん駄目だよ飲んだら」

「なんで?あの人すごい飲んでるよ?」

「それはあの人がやけになってるからだよ」

「正解なんですけど、そう言われるとなんだか傷つきますね………」

「傷つくんだったら飲むのやめたら?」

「これがやめられないんですねぇ、毛糸さんも一度飲んでみたらどうです?」

「だから私は飲めないっ何回言ったらわかるんだよ」

「飲まず嫌いは駄目ですよー?」

「いや飲んだことあるから、事故で」

 

あの時は気絶したなぁ、うん。

そこまで度数が高くない酒なんだったら、そんなもので気を失う私は本格的にお酒なんて飲まないと思う。

そりゃあ毛玉が酒なんて飲めるわけないよね、当たり前だ。

そういえば妖精って飲めるのかな?大体幼女だけど、大ちゃんあたりならもしかしたらいけるかもしれない。

だってなんか大ちゃんだけ格が違うから。

とりあえず私は酒は飲まない。

 

「じゃあ用も済んだだろうしそろそろ帰ってもら………寝ている、だと」

「すみませんチルノちゃんがお酒飲んで気絶しちゃったんですけど」

「バカなのか?いやバカだったな。困ったな………しょうがないし、チルノは布団で寝かすかぁ。大ちゃんもいっしょにどう?」

「ありがとうございます、心配なのでそうします。それで、その人はどうするんですか?」

「んー?まぁ、大ちゃんが気にすることじゃないよ。チルノ運んでおいて」

 

布団、一つしかないけどな。

まぁ私はいいや、大ちゃんはチルノと一緒の布団でも寝れるだろう。

妖精って寝るよね?大丈夫だよね?

そして文は………

この世界美形多すぎて少し感覚狂ってきたんだけど、こう見たら美人がでろでろになって寝てるんだよね、他人の家で。

なかなか危ないと思うんですよ。

そしてそんな美人が嘔吐して屋根に穴を開けるんだよなぁ。

今更ながら、この世界やっぱり狂ってやがるぜ。

 

 

 

 

「引き取りに来た」

「毎度毎度、ご苦労な事っすねぇ。大丈夫?職場に不満ない?こんなパシリみたいなことされて辛くない?」

「辛い、面倒くさい、寝たい、働きたくない、寝たい、腹が立つ、寝たい、悔しい、寝たい、それだけだ」

「こいつぁ重症だなぁ」

 

翌朝、結局柊木さんが迎えに来た。

私思うの、この人ストレスめっちゃ溜まってるんじゃないかって。

 

「こいつを迎えに行くのも上司に命令されてるんだよ。断ったら減給」

 

あらなんてブラックな職場なんでしょう。

後ろで頭抱えてうずくまってる文を引き渡し、持っていってもらう。

 

「なんか……肉みたいな匂いと酒の匂いがするんだが」

「さすが白狼天狗、関係あるのかはわかんないけど鼻がいいね。勝手に人の家に来て酒飲んで寝やがったから肉を干してる部屋に突っ込んでやった」

「よくやった」

「いやいや」

「酷いですねぇ………」

 

何度も言うけど日頃の行いだからね。

嫌なら改善してどうぞ。

 

「そういえばお前、よく生きてたな」

「なにが?」

「妖怪狩り、和解したって聞いたんだが」

「んー?まぁ人を襲わない妖怪は殺さないように言っただけだよ。素直に聞き入れてくれて本当によかった」

「すごいなお前」

 

どうした急に、褒めても抜け毛しか出ないぞ。

なに言ってるんだ私は。

 

「普通の妖怪なら人間と会話しようなんて気にはならないからな」

「まぁ私毛玉ですし」

「だとしてもだ、どちらにせよお前は人間じゃない。そんなお前が人外に敵意を剥き出す相手と話をしたんだ。お前は………」

「まぁ柊木さんにもその辺のことは今度教えてあげるよ。私はただの毛玉、白珠毛糸。それだけだよ」

「………あぁ、そうだな」

 

私の前世が人間だと言うことは、あまり言いふらすつもりはない。

言ったところでなにか意味があるわけでもない。

私は毛玉だ、それだけ。

例え世界から浮いていたとしても、これは変わらない。

 

「柊木さん、帰る時はあんまり揺らさないでくださいね」

「吐いたらその時点で地面に放り投げるからな?」

「吐いたら柊木さんのせいです」

「は?ふざけるなよお前」

「いいから早く帰ってくださいよ………」

「はぁ………もうやだ仕事辞めたい」

 

同情するよ………まぁそんなもんだよね、仕事なんて。

文を浮かして持っていってもらう。

酒に酔った女をお持ち帰りする男の構図ができてる………どうでもいいか。

あ、吐いた。

浮かすのは不味かったかなぁ?

 

 

そんな二人の姿が、山の中に消えるまでずっと見つめていた。

 

「はぁ………やれやれ、来客が絶えないなぁ」

「迷惑だったかい?少し寄っただけなんだが、なんなら帰るぞ」

「いやいいよ、そんなこと言って本当は帰る気ないんでしょ?りんさん」

「よくわかってるじゃないか」

 

はぁ………なんだか忙しいなぁ。



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今ならム○カ大佐の気持ちがわかる気がする毛玉

「ん?お前酒なんて飲むのか?」

「いや、それさっきの人が置いてったやつね。というか、あともう少し来るの早かったら軽く修羅場になってたね」

「その辺はちゃんとわかってるよ、あいつらが去った後に来ただろ?」

「じゃあつまり結構な時間あそこで待ってたってことか………なんか意外だよ、そーゆー配慮するの」

「まぁ、知り合いの交友関係なんかどうでもいいからな」

 

知り合いねぇ。

私は自分のこといろいろ話したけど、りんさん素性を全然明かしてくれないじゃないか。

そっちが一方的に私のこと知ってるだけだけどねぇ。

 

「奥にいる二人はお前の家族か何かか?」

「家族ではない………というかよく気づいたね。やっばり気配とかでわかるの?」

「まぁな」

 

この人本当にやばいと思う。

時々思う、こういう異世界転生みたいなのって大体転生したらチート能力得るじゃない。

私も毛玉にしてはまぁおかしい存在だと思うけど、なんで周りの人たちの方がチートしてるんだろうね。

幽香さんだったり、いつかのおっさんだったり、ルーミアさんだったり、りんさんだったり。

私なんて宙に浮くことしか出来ないんだよ、大体みんな空飛べるのに。

浮く必要なんてどこにあるんだろう。

 

「はぁ………で、今日は何の用?私眠いんだよ」

「まぁいいたいことはそんなにないんだが。人里に行ってみないか?」

「は?」

 

なにを言ってるんだこの人は………そうか、バカなのか、やっぱりこの人もバカなのか。

バカならしょうがないね、うん。

ん?

 

「——いったぁ!だからなんで目潰しぃ!?」

「なんか腹が立ったから」

 

は!りんさん心読めるんですか?すごいね、さとりんみたいだ。

まぁ冗談はさておき………どういう魂胆だ?

 

「えっと………私は人間じゃないでしょ?」

「そうだな」

「私がそんなところ行ったら絶対攻撃されるでしょ?」

「そうだな」

「………なんで急にそんなことを?」

「そうだな」

「おいぃ………そうだなばっか言ってんじゃないよ」

「そうだな」

 

………ばなな。

んー………なに考えてるのか全くわからない、こういう時には心を読めたら便利だなと思う。

 

「単なる気まぐれだよ、気まぐれ」

「あんたは気まぐれで人に行ったら確実に死ぬ場所に行けというの?」

「そうだが」

 

なんなんだこいつぅ………本当になに考えてるんだ?私を殺すなら今この場で首を刎ね飛ばせばいいだけだし………考えが読めない、ってかなんなんだこの人は。

文が置いてった酒を当然のように持ち帰ろうとしてるし、まぁ誰も飲む人いないからいいんだけどさ。

 

「話がはっきりしないなぁ、要するにどういうことなんだよ」

「お前元は人間なんだろ?じゃあ一度人里を見ておいた方がいいんじゃないかと思ってな」

「あ、そゆこと。別にそれは構わないけどそんなことできないでしょ?」

 

なんで人里ができたのか。

それは簡単な話、妖怪たちから自分たちの身を守り、死なないためにそういう組織ができた。

そんな場所に人ならざるものが入り込もうものなら、人間が全力でそいつを排除しようとするだろう、なにもおかしくない、当然のことだ。

それをこの人は何食わぬ顔でそこに行ってみないかと………やっぱりこの人バカなんじゃないか、いやバカだ。

 

「おっと目潰しはさせな——んがぁ!は、鼻フックだと………ていたいいたい鼻、鼻取れるからやめて」

「やっぱりお前なんか腹立つわ」

「エスパーかな?というか人の鼻に指突っ込んだまま会話するつもり?」

「私は別に一向に構わないが」

「すみません離してください鼻取れます」

 

いったぁ………すぐ乱暴するんだから全く、自分がどれだけ化け物なのか少しは自覚していただきたい。

あなたがちょーっと力を出して私を目潰しするだけで血涙不可避になるからね。

 

「で、本気で言ってんの?」

「そうだが、何か問題でも?」

「問題って………別にあんたを疑うわけじゃないけど、流石にそりゃあ無茶がすぎるってものでしょーよ。どれだけ人里が人外を嫌っているかは私でもわかってるよ?」

「安心しろ、もうすでに人外が一人住み着いてる」

「は?」

 

この人今なんていったん?

………

 

「いやいやいやいやいやいやいやいや、いやぁいやいや、何言ってんの?いるわけないじゃん、仮にいたとしたら大問題でしょ?」

「いるんだよ、女の半妖」

「半妖?」

 

半妖ってなんだ………半分妖怪?どういうこと?半分妖怪で半分人間なの?仮にそうだとしてどうしてそんなやつが?

 

「迫害とかされないの?半分妖怪だとして、そんなのが人里で認められるわけ?」

 

相手が何者であろうと余所者に厳しいのが人間だ。

突然素性の知らないやつが田舎に引っ越してきたらそいつは大体ハブられる、偏見もかなり混ざってるがそういう印象なのは間違い無い。

それも人類の敵である妖怪が混じったやつなら、夜に寝首をかかれてもおかしくない。

 

「されてるし、認められてないよ」

「じゃあなんでそいつは………」

「半分人間だからだよ」

「え?」

「例え半分だけ妖怪だろうが、もう半分は人間なんだ。どっちの血が濃いかによるかもしれんが、そいつは人間に近いんだろうよ。半分人間なら人間の味方してもおかしくないだろ?」

「それは、そうかもしれないけど………」

 

その人の生まれた経緯とかにもよるんだろうけど………まぁ普通じゃない人生を送ってるのは確かだろうな。

自分とは違う存在の集団の中に入ろうとしてるんだ、そうとう苦労してるんだろうなぁ。

本意はわからないけど。

 

「そいつにお前を会わせたくてな」

「合わせるって、りんさんはその人と面識あんの?」

「いや、顔を見たことがある程度だ」

 

こわいよ、コミュ力ありすぎて私こわいよ。

顔を見たことがあるだけで知り合いを合わせようなんていう思考になるあたりがやばいっすわー。

 

「あいつもお前と同じ、周囲とは少し違った存在だ。私としても人を襲う気がなくて妖怪か怪しいやつを狩る気にはならない」

「私蹴られて骨が折れたんですけど」

「どうせすぐ治るだろ?」

「痛いもんは痛いんだよ、あんたいっつも気軽に人の骨折ってんの」

「妖怪の首なら折るが」

「………」

 

あんた首を折らなくてもやれるでしょーに。

もし私が人間を襲ってたらまず間違いなく処されてたね、襲わなくて良かったー。

見た目はもじゃもじゃ中身は人間。

 

「別に会うのはいいんだけどさぁ、会うって言ってもどこでさ。私湖の周りしか行ったことないから会うならそこなんだけど」

「いや、人里の中に入るが」

「あーやっぱりそだよねー」

 

そういうと思ってましたよええ。

昼間は人が多いから入ったら簡単に見つかるだろうし、夜は夜で見張りの人とかりんさんみたいな強い人がいるかもしれないし。

どーするつもりなんだろうこの人は。

バカなのかな?

 

「おっとそうはいかな——ぐふぉ」

 

目潰しと鼻フックを阻止するために手を顔に当てたらグーが飛んできた、グーで殴られた痛いです。

 

「お前が妖力を隠せたらその点は問題ない」

「はい?」

「お前の妖力、相当強いだろ?」

「え?まぁ」

 

幽香さんのだからなぁ………幽香さんの妖力が強いのであって私が強いわけではない。

大体私の霊力と妖力はもともと他人のもので………いやそれはいいか。

 

「お前の妖力は量はともかく質はそれこそ大妖怪のそれだ。そんなものを垂れ流してたら人里の外からすでにやり合うことになるだろうな」

「一応妖力引っ込めれるけど………こんなんでバレないの?」

「まぁまず間違いなく勘づかれるだろうな」

「ダメじゃん」

「それでこれだ」

 

と言って懐からなんか紙切れみたいなものを取り出したりんさん。

なんすか、それ。

 

「これは陰陽師とかが使う、まぁお札だな。わかるか?」

「わからなくはないけど………それをどうすんの?」

「こうする」

「え?」

 

ペタッとはっつけられた。

顔面に。

 

「え?なに?え?なにしてくれてんの?」

 

………外れない。

顔面にピタッと引っ付いたまま外れない。

 

「………え?外れないんだけど?え?なにこれどういうこと?えっえ、なにこのお札、怖いんだけど」

「それは妖力を封じる札だ」

「………ふぁ?ふぁ!?なにつけてんのあんた!え、ちょ、外れない、んごおおおあデコ痛い。外れないんですがこれ」

「妖力に反応して一度引っ付くと外れなくなる、私がやると」

「あ、外れた。人間には取れるのか?どういう仕組み?」

「知らん」

「だよねー知ってた」

 

不思議なものがあるもんだなー、やっぱりこの世界おかしいね。

私という存在そのものが不思議でおかしかったですはい。

 

「本来妖怪は妖力に主軸を置いてるから、妖力を封じられたら身動き取れないはずなんだが、お前の本質はその霊力だろ?だから動ける。貼ってる間は自分では外せないし妖力も使えんが、あとはその頭どうにかしたらいけんだろ」

「なんか適当に聞こえる………というか結局最後は頭なんだねぇ」

 

髪を下ろして黒くしたら完全に私の特徴がなくなってしまう。

ただの一般人である。

いや、人じゃなかったわ。

 

「まぁ頭なんてなんか適当に被ってたらなんとかなるだろ」

「でも普通の人間より私は霊力多いよ?妖力は気付かれないとして、霊力は気付かれるんじゃ?」

「人間にもいろいろいるんだよ、私みたいなやつとかな。それに霊力が多いくらいでいちいち反応してちゃあ手が回らんだろうよ」

「そーゆーもんなのね………そういえばりんさんは人里の守護とかはしないのね」

「外に行って首を刎ね飛ばす方が好みだ」

「お、おう………」

 

やっぱ怖いわこの人。

 

「それと、前々から気になってたんが」

「なんすか」

「お前、風見幽香となにか関係あるのか?」

 

おーう………有名人っすね、幽香さん。

 

「んー………まぁ気付いてるとは思うけど、私の妖力は幽香さんものなんだよね」

「やっぱりかぁ、なんか感じたことあると思ったんだよ」

「会ったことあんの?」

「昔にな。一回喧嘩売ってあと少しで死ぬところだった」

「なんでそんなことしたんだよ………ってかなんで生きてんの」

「あの時は首の骨折れた気がするなぁ」

「ほんとになんで生きてんの?」

 

なんてことしてるんだ………ってか幽香さんがその気になるって、なにしたんだ?あの人そんなに喧嘩っ早い人でもないと思うんだけどなぁ。

話したことないけど。

もしかして植物を踏み潰したりしたの?やばいわ、やばいわこの人、あの人相手になんでそんなことするのかってのもあるけど、生きてるのがやばいわ。

 

 

「で、なんでその妖力持ってんだ?」

「なんでって、ただ単にまだ人の形に慣れてない毛玉の時に、幽香さんの周りうろついてたらいつの間にか持ってたというか………」

「なんでそれで妖力手に入れるんだ………?まぁいい、多分お前が今みたいになったのは多分そのせいだ」

「え?」

「手に入れた妖力がなんやかんやでお前を人の形にしたってことだ」

「なんやかんやって………まぁいいや、それより随分詳しいんだね?妖怪とかのこと」

「殺す相手について学ぶのは当然だろ」

「ア、ハイ、ソッスネ」

 

いつか人間と人外が仲良くなれる日が来るといいなぁと、切実に思いました。

 

「話は戻すけど、その人ってどんな人なの?」

「あー、確か種族ははくたくとかなんとかって聞いた気がするな」

「はくたく?」

 

はくたく?

はくたくってなに?

待って、何かを思い出しそう。

はくたく………はくたく………は

 

「神獣じゃね!?待って待って!なんでそんなど偉い方が人里にいんの!?あとなんで半妖!?白澤って半分人間になれんの!?そんなことありえんの!?ふぁ!?ふぁああ!?」

「落ちつけ」

 

また目潰しぃぃぃぃ!!

なんでそんなに目潰しばっかりするんだよ。

 

「いやでも白澤って言ったらあれだよりんさん、聖獣とか神獣とか呼ばれてるやつだよ?」

 

そもそも絵によってはクリーチャーと化すあれが人里にいるの?

あ、でもどうせまた美人にでもなってるか。

いや待てよ?男だった場合はファッションセンス皆無で女遊びが好きな変人になるわけだから、女になったら逆に男遊びが好きな変人になる可能性が………

 

「その人変人じゃない?」

「喋ったことないから知らん。というか立場が立場だし変なことできないだろ」

「確かに」

 

それでも神獣ということは変わらないわけで………というか半分人間なの?半分神獣なの?そんなのありえるの?というか白澤は妖怪なの?神獣なのに?

でも広い目で見たら神獣も妖怪なのか………

うーん、この世界ややこしい。

というか、どうやったらそんな半妖なんて生まれるの?

人間と白澤がやっちゃったの?やってできた子がそんな感じで生まれてきたの?

そもそも人間と白澤がやっちゃうってどういう——

 

「あ、すまん力入れすぎた」

 

眼球貫通した。



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見てはいけないものをことごとく見る、そんな日

やってきました人里。

から500メートルくらい離れてる場所。

ここでりんさん待ち合わせって言ったのになぁ………なにかして待ってるか。

 

 

「ジャンケンポン、あいこでしょ、あいこでしょ、あいこでしょ、あいこでしょ、あいこで………」

虚しい、めっちゃ虚しい、虚無値高い

にしても来ないなぁー、待ち合わせ時間間違えた?

まだ結構明るいし、早く来すぎたのでは?

うーむ………暇だし回っとくか。

 

 

 

 

「何してんのお前」

「人間ベイブ○ードしたらめっちゃ酔った………というか何してたのりんさん」

「首とってた」

 

その謎の言葉が気になり顔を上げると生首が2つほど並べられていた。

何してんすかこの人は………びっくりして吐きそうに、うっ。

 

「危ない危ない、吐くところだったぜ………」

「まだ時間あるなと思って、近くにいた妖怪やってきた」

「やってきたって、人間襲ってないやつやってない?」

「大丈夫だ、全員私を見るなり攻撃してきたからな」

 

そりゃあんたみたいな化け物が突然現れたら誰だって警戒しますよ、だって怖いもん。

白昼堂々刀持ち歩いて殺気ビンビン放ってる人が突然現れたら逃げるか戦うか命乞いするかくらいしかなくなるじゃん。

私なら命乞いする。

 

「時間調整してたんだよ、今くらいの時間が人が多くて紛れやすいんだ。ほらいくぞ」

「いやまって、そんな人に会う覚悟がまだ………」

「刺すぞ」

「イキマス」

 

刺すぞって、刺すぞって………指で?

その指で私の眼球を?もう目玉を再生するのは嫌だ。

そもそも視覚がなくなるだけで結構不安になるのに………目って繊細なんだからね、この前のなんか完全に直るのに丸一日かかったんだからな。

すごいチルノにいたずらされたんだからなこのやろう。

一日で治るのがおかしい気もするけど。

そもそも普通は治らないよねぇ。

なんて便利な体なんだろうか、

 

「おら」

「んがっ。いきなり貼ってくるなよ………」

「お前いちいち拒否してくるだろ、面倒くさい」

 

なんでや拒否権ください。

 

「はぁ………嫌だなぁ」

「何が嫌なのか知らんが、なんやかんやでついてきてるあたりお前も興味あるんだろ」

「まぁね」

 

何が嫌かってあんたに物理的なパワハラうけることが嫌なんだよ。

まぁ私自身、りんさんの話にのったのは、私もその半妖の人に会ってみたいと思ったのもそうだし、人間が妖怪たちをどういうふうに思っているかが気になるからだ。

私個人としては、ぜひ人間と共存して生きていきたいのだけどなぁ。

もし可能になるとして、一体何十年後になることだろうか。

 

「ん?まって顔面にこれつけられたら怪しまれるじゃん」

「………あ」

「あ、じゃないよ早く貼り替えてよ」

「………別にそのままでも良くね」

「いいわけないでしょーが!!」

 

いてっ!乱暴に剥がすな!

 

「ぐふぉ………なぜ腹に直接………」

「服の下ならわからないだろ」

「わだじの体はボドボドだぁ!」

「おっそーか」

「………」

 

 

 

 

「ねぇ怖いんだけど、みんな私のこと見てない?気づかれてるよねこれ、早く逃げないとやばいよねこれ」

「大丈夫だ、誰もお前のことになんか興味ない」

 

ちょっと心に刺さりそうなその言葉やめてくれない?

あ、今目があった、もうダメだおしまいだぁ。

 

「ん?なにあのいかにもって感じの服着てる人」

「陰陽師だよ、見たことなかったのか?」

 

何故だか今まで会ったことがありませんでした。

うーん、陰陽師だぁ。

着てる服から持ってるものまで全部陰陽師だぁ。

 

「普段は人里中じゃなく外や入り口にいるはずなんだが、多分あれは買い出しとかに来てるな」

 

よーするにパシリじゃね?

確かに持ってる霊力の量もりんさんより全然少ないみたいだし、お金持ってるし、パシリだな。

柊さんと似た何かを感じる。

 

「あ、目があった。りんさんは普段人里の中じゃ霊力も一応抑えてるんだね」

「まぁな、別に垂れ流していいことないし」

 

妖力や霊力などは、意識していないときはその気配のようなものが周囲に漏れる。

わかりやすく言ったら妖気とかに近いんじゃないだろうか、オーラみたいなものだ。

別に妖気出したからといって妖力が減るわけじゃない、ただこれを放出していると割と周囲の人に見つかる。

妖力はお札で強制的に抑え込んでるけど、霊力は構わず出るから霊力は霊力で抑えなきゃいけない。

 

「これ貼ってるとさ、吐き気がするんだよね、腹に貼ってるせい?」

「知らね」

「だよねー」

 

 

歩き続けていると、だんだん人のいないところにやってきた。

ここまで来てわかったけど、やっぱり時代相応の暮らしをみんなしているようだ。

服装も貧相なものだし、髪色も黒だしやっぱりおかしいのは妖怪妖精連中だけだったよ。

まぁりんさんも結構美人なんだけどさぁ………私の知り合い美人しかいねぇなぁこれ。

あ、柊木さんいたわ。

 

「着いたぞ、ここだ。多分」

「最後の要る?ちょ、押すなよ」

 

確認しろってか?自信ないから確認してこいってか?

心の用意が………はい行けばいいんですねわかりました。

背中すごい押してくるからしょうがない、入り口を開き中の様子を覗き込む。

 

「失礼しま——」

 

秒で出た。

 

「あー違ったかー」

「マジかよ………こんな昼間から………昼間からそんなことを………」

「おい、一体何を見た」

「へっへっへっへ………」

「壊れた?」

「はっはっはっはぁ………よし、気を取り直して、次はどこのに行けばいいんだよ、あと場所覚えてから呼んでよ」

「あ、あぁ、すまない」

 

なんでそんな申し訳なさそうに謝ってるの?ちょっと何やってるかわからないです。

さぁ次の家へ、当たるまでやってやるよ!

 

「あー、そこだった気が………」

「はいはい、見ればいいんでしょ見れば。お邪魔しま——した」

「早いな」

「いやぁ………」

 

あれは………うん………

 

「その白澤の人はさぁ………見た目若いよね?」

「あぁ、そうだが」

「中におばちゃんがいた」

「あぁ、そうか」

 

おばちゃんがいた、うん、おばちゃんがいた。

中にはおばちゃんがいただけ、私はそれ以外何も知らない。

 

「なんか………すまん」

「いいよ………もう」

「………」

「………」

 

 

 

 

「ここが………今度は大丈夫だよね?もう日が暮れようとしてるよ?ねぇ大丈夫だよね」

「あぁうん、大丈夫大丈夫。間違いない、思い出したから」

「本当かなぁ?」

「私を信じろ」

「無理だよ、前科ありすぎるもん」

 

一体何度私が記憶を消したと思っているんだ。

一体何度私が、見ては行けないものを見てしまった………てなったと思っているんだ。

というか、みんな家の中で変なことしすぎでしょ、そりゃあほぼ不法侵入みたいなことやってる私が悪いのかもしれないよ?でもそんなことばっかしてて災害とか来たらどうするの、すぐに逃げれるの?無理でしょ?

 

「まぁ………この家だけ周りになんもないとこにあるし、もはや人里の外って感じすらするし、それっぽいけどさ」

「だろ?」

「じゃあなんでこんなわかりやすいところ忘れちゃうのさ」

「あんまり細かいこと言ってると刺すぞ」

「アッハイ」

 

私とあなたではナ○パとカカ○ットくらい戦闘力に差があるんです、あんまりそうやって脅さんでください。

目の前の家は割とこじんまりとした小さな家。

それでも一人で住む分には十分な大きさだろう。

というか、人里ってかなりでかいね。

村が少し集まった程度かと思ってたよ。

現代の東京相当の繁栄具合なのかもなぁ。

 

「これ中に人いるよね?」

「あぁ、気配はするな」

「妖怪?」

「そうだな、人間の中に妖怪が少し混ざった感じだ」

「わかるんならなんでさっきまで気配で探さなかったの?」

「刺す」

「待って」

 

なんなんだこの人は………とりあえず会ってみるか。

えっと………とりあえず話しかけるか。

 

「すみません!誰かいらっしゃいますか?」

 

………あれ?居留守?

 

「あぁ、今行く、待っていてくれ」

「お、いたな」

「いたね」

 

あっ、やばい、急に心臓鳴り始めた。

そうだよ今から会う人は神獣やら聖獣やらと人間のハーフじゃん、設定めっちゃ盛ってる人じゃん。

あっ、やべ、死ぬわ、なんか死ぬわ私。

あわただしい足音がだんだんとこちらは近づいてくる。

 

そして、扉が開かれて放たれた言葉が。

 

「うわ、なんだこの毬藻頭」

 

………

んだとこのっ、だれが漂白剤でなんやかんやされたス○モじゃこのっ………

よし、落ち着けぇ、落ち着け私ぃ………

 

「ふぅ………深呼吸、深呼吸だ私」

「………ま、こいつは置いといて。あんたが半妖だな?」

「あぁ、そうだが。貴方は人間のようだが、そこの白いまり——」

「毛玉ですッ!!」

「あ、あぁ、そうか………で、なんの用だ?そもそもここの周りには陰陽師やほかの妖怪狩りもいたはずだが、どうしてここにいる。それに貴方は妖怪狩りじゃないのか」

「ありゃ、私はそんなに有名になってたのか」

「人外界隈ではわりと有名っすよ」

 

気持ちを落ち着かせ、目の前の女性の姿を見る。

白っぽい髪に洋服のようなもの………

あんたもその口か………

まぁそれはともかく、これまた結構な美人なことで。

 

「あ、ここに来た理由だったな。このもじゃもじゃ、前世人間だったらしい」

「は?」

 

おう、すっげぇ何言ってんだこいつって顔で見られてるぜ。

やめて、そんな目で見ないで、泣いちゃう。

 

「それであんたは人間と友好関係築きたいって思ってるだろ?それはこいつも同じみたいなんだよ」

「なぜ貴方は私のことをそれほど知っている?」

「色んな話が入ってくるんだよ、なんならあんたを退治してくれって依頼も何度か来てる」

「そうか………やっぱりそうか………」

 

すごく残念そうな顔をしてる。

そりゃそうか、自分は努力してるのにそれがまったく相手に通じてないんだもんなぁ。

 

「まぁ今日の私はあんたをやりに来たんじゃない。単にこいつを合わせたかっただけだ」

「あ、どうも」

「どうも、まぁせっかくの来客だ、中で話をしよう」

「あ、はい、では失礼して………」

 

なんか知らないうちにお邪魔する感じになっちゃってるぅ!なにこれ、どゆことこれ、おのれりんさん、勝手にぱっぱと物事進めよって!

 

「私は外で待ってる」

 

は?

いや来てよ!寂しいんすけど!

とは流石に言えないので黙って半妖の人についていく、すると居間のような場所へ案内された。

座るように促されたので正座する。

なぜ正座かって?謎の使命感かな。

うん、自分でもなに言ってるかわからない。

 

「え、えーと………お名前をお聞きしてもよろしいですか?」

「上白沢慧音だ。………そんなに畏まらなくてもいいんだぞ?」

「いやあの、気にしなくていいんで」

「いやでも」

「本当に!いいんで!」

「あ、あぁ、わかったよ」

「あの、私は白珠毛糸です」

 

よし、自己紹介終えた!

帰る!

 

『刺す』

 

「へ!?」

「どうした?」

「い、いやあの、なんでもないです」

「そうか、ならいいんだが」

 

まさかとうとう幻聴が聞こえ始めるとは………とうとう私も頭がおかしくなってしまったらしい。

いや、もともとおかしな頭してたわ。

 

「で、さっきの話だが………前世が人間というのは本当か?」

「えぇ、まぁ」

 

時代は違うんだけどね。

 

「人間を襲おうとは?」

「思いませんよ、そもそも私毛玉だし、襲う理由がありません」

「そうか、そうか」

 

なにか考え込んでしまった。

んー………気まずいな。

 

「あの、半分人間で半分白澤ってのは?」

 

あと上白沢って白澤をもじっただけだよね。

 

「あぁ、間違いない。といっても、私はそういう生まれ方をしたんじゃなく、もともと人間だったんだ」

 

なるほど………つまり人間と白澤がやったわけじゃないんだね。

でも一体どうやったらそんなことになるんだろ。

まぁこの辺は流石に聞けないからなぁ。

 

「次は私が聞いていいか?」

「どうぞ」

「人里で噂になっていた、人間を助ける白いもじゃもじゃとは貴方のことか?」

「えー、はい、多分そっすね」

 

なんで白いもじゃもじゃなんだろう………私が白いもじゃもじゃだからか。

 

「では………あなたは人間と妖怪、どちら側だ」

「どちら側?」

 

全然そんな気しないけど私精霊なんすけと。

どちら側、かぁ。

 

「どっちでもないんじゃないですかね。少なくともどちらか一方だけに肩入れするような真似は今まではしてないから。私を襲ってくるなら、人間だろうと妖怪だろうと関係なくやるって気持ちではあります」

「そうか………私はもともと人間だった、だから死ぬまで人間の味方でいるつもりだ。だが、やっぱり私のような異物は認められないらしい」

 

そりゃそうだよなぁ。

存在が周りと違いすぎる、受け入れられない。

自分から何か行動を起こさないと、ねぇ。

 

「私もできることなら人間とは仲良くしたいと思っています。だけどまぁ、私の噂も人里ではそこまでいい印象は与えられてないみたいだし、難しいんでしょうね」

「そうだな、貴方の噂も、実は助けてると見せかけて生気を吸ってるとか、他にも色々余計なものがついていたよ」

「吸ってないし………」

 

まぁ大体予想はついてたけど………りんさんが私をそのもじゃもじゃとわかった上で襲いかかってきたのは、そういう依頼でも来てたんだろうな。

 

「やっぱり、人間とそれ以外が共存していくには、この世の何かを変えないと無理なんでしょうね」

「だな。少なくとも今の私たちにはそれは無理だろう、なにをやるべきかがわからないうちはな」

 

うーん。

生きるのって難しいね!



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誰かに見られている気がする、そんな日々

「まぁ、そんな私にも友人はいるんだ」

「へぇ、人間ですか?」

「当然人間だよ。いや待て、人間は人間だけどどういえばいいか………」

「自分も知り合いに妖怪なんかより数倍強い奴がいますよ」

「あの人か?」

「その人です」

 

お互い苦労してますなぁ。

 

「ありがとう」

「え?いやあの、え?急にどうしたんです?」

「貴方が人間たちを妖怪から助けてくれたのだろう?だがきっと礼を言われたことはないはずだ。だから私が、今まで助けられた人間に代わって礼を」

「やめてください、慧音さんから言われても………そもそも何かの見返りを期待してやってたわけでもないですし」

「それでも何度か命の危険があったはずだ」

「………まぁ」

 

だいったいりんさんのせいだけどな!

ほとんどの奴は一発殴ったら手を引いてくれたし………

 

「話は変わるが、なにか目標って持ってるか?」

「突然っすね………どういう意味です?」

「その永い寿命の中で自分が立てた目標だ。貴方も私も、突然永遠に近い命を手に入れた。なにかの目印を立てておかないと、道を踏み外してしまうかもしれないだろ?」

「はぁ、そういうものですかね」

 

言っていることは、まぁわかる。

私も妖精や妖怪と同じような存在と考えたなら、寿命なんてあってないようなものなのだろう。

確かに最近の私は特にやることもなく、時間を浪費し続けてたよなぁ。

道を踏み外すって言われても、あんまりそういうイメージは湧かないんだよなぁ。

目標、ねぇ。

 

「目標………成し遂げたいこと、か………やっぱり、人間たちと共存したいですよね。こんな体になってからまだ日も浅いし、中身はまだ人間の時のままのような感じがします。やっぱり人と話したいですよ、平和にね」

「………そうか。くるといいな、そんな日が。私もそれを目指しているが、まだまだ先は長そうだ」

「やっぱそうですよねぇ………慧音さんの目標は?」

「まぁ大方同じだ。ただやってみたいことがある」

「やってみたいこと?」

「あぁ。人間の子供たちにいろんなことを教えてやりたいと思ってな」

 

えーと、つまり教育関連?

時代が時代だから、やるなら寺子屋とかになるのかな。

なるほど、お似合いなんじゃなかろうか。

あとモノを教えるの上手そう、そーゆー神獣だし。

 

「まぁそれをするにも、まずは人間との関係を良くしないといけないですもんね」

「そうだな、まずはそれが一番の問題だ」

「慧音さんは普段なにしてるんです?」

「日々、出来るだけ人間との関係を良くしようと努力している。家の前で待っている彼女も私のことは容認してくれてるのだろう?」

「えぇ、まぁ」

 

そういえばりんさんって、だいぶ丸くなったよね。

最初はいきなり殺そうとしてきたのに………今では妖怪を見てもすぐには殺さないようにしてるっていうからなぁ。

 

「私がここに家を建てたのもここ最近の話だ、人間は寿命で死に、世代は変わる。そうしていつか、私達みたいな異物を認めてくれる日が来る、そう思ってるよ」

「だといいですね」

 

世代が変わる、かぁ。

いったいどれくらいの年月がかかるのやら。

 

「慧音さんは、妖怪の知り合いとかいないんですか?」

「いないことはないが………まぁそんなに深い関係を持ってるわけでもないな。そういう貴方は?」

「私?んー………妖精とか妖怪とか、妖怪の山のところにも何人か」

「そうか、私とは大違いだな。恵まれている」

「そんな………慧音さんも一人いるんでしょ?」

「まぁな。それはともかく、心を許せる相手は大切にしておけよ」

 

んー………慧音さんに言われると説得力がなんか半端ない。

心を許せる相手かぁ………私って相当変なやつのはずなのに、みんな変わらず接してくれてるし………こんど山に顔でも出そうかなぁ。

 

「さ、もうすぐ日が暮れる。陰陽師や妖怪狩りが動き始める時間だ、そろそろ帰ったほうがいいんじゃないか」

「あー、たしかに。じゃあもう帰るかぁ」

「あぁ、私もいい話ができたと思っているよ、よかったらまた訪ねてきてくれ」

「こちらこそ、私と同じことを思っている人がいるってわかっただけでよかったです」

 

立ち上がり、お辞儀をして入り口へ戻る。

できればここまで来るより、慧音さんに湖の方まで来てもらったほうが楽なんだけどなぁ。

まぁ場所は大体分かった、次こようと思ったらりんさんに案内してもらわなくていけるだろう。

扉を開け外に出ると、刀を抱えて壁にもたれかかって寝ているりんさんがいた。

どうせなら、日頃の恨みを今ここで………

 

「あべし!な、なんで急に腹パンを………」

「寝ている私に近寄ったお前が悪い」

「それの何が悪いんだよ!」

「寝首をかかれないように寝ている間も神経研ぎ澄ましてるんだよ。今回は眠りが浅くてよかったな、これが真夜中なら首を刎ねてるぞ」

「こっわ」

 

本当に、化け物とかそういう領域超えてるんじゃないかなこの人は。

腹パンも手加減してくれてるし………眠ってる間に誰かがやってきたら首をはねとばすって………

 

「で、話終わったのか」

「あぁ、うん」

「じゃあほい」

「いて」

 

腹に貼ってあるお札をベリっと剥がされる。

なんでそんなに簡単に剥がせるの、本当にどういう仕組みなってんだよそのお札。

 

「どうだった?」

「どうだった、って言われても………」

「なぁに、私が言っても警戒されてまともに話できないだろうからな、お前にやらせただけだよ」

「………あー、そゆこと。全部慧音さんの腹の内を探るためだったってわけか」

「今更気づいたのか。なんども退治の依頼が来ててな、本当にやるべきかどうか考えてたんだよ。いろいろ事情があるとは聞いてたしな」

 

ちゃんとその辺考えてたんだ。

まぁ私が話に乗ったからだろうし、損したわけでもないから別にいいけど。

 

「さぁ、帰れるだろ、さっさと立ち去れ」

「えぇ、すごい冷たくない?」

「馬鹿言えお前、妖力抑えてないんだから長居するとまずいんだよ」

「あぁそうっすね」

「私も妖怪とつるんでるって噂立ったらいろいろと困るんだよ。わかったらさっさと帰れ」

 

もうちょっと言い方優しくしてくれてもいいんじゃないかな………

りんさんがせっせと行ってしまったので、もう橙色になった空を見て湖の方へと歩を進める。

 

慧音さんは半妖だったから人間に友好的なんだろうけど、ほかに純粋な妖怪で人間と仲良くしたいとか思ってる人いないかなぁ。

いないよねぇ。

妖怪にとって人間なんて襲う対象でしかないんだから。

じゃあ逆に、妖怪に友好的な人間は?

いたとしても、私がそんな人を見つける術はないかぁ。

りんさんは、話はできるけど友好的ではないよね。

めっちゃ目潰ししてくるし。

 

 

 

「はぁ………あーあ、なんか凄い周囲に気配を感じるなぁ………」

 

移動するのが遅かったか………あー、やっべ、どーしよ。

 

「あの、すみません、自分いまから帰るとこなんで、見逃してもらっていいですか」

「ならば我々に大人しく退治されるがいい、妖よ」

 

なにその喋り方、カッコつけてんじゃねえぞ。

我々とか言ったらカッコいいとか思ってんだろ!

 

「あの、ほんとすみません。ここはお互いなにも見なかったってことで………あっはいダメですよね………」

「わかっているのなら早くこい」

 

なんか妖怪倒しますって感じの服装の人が言う。

こいってなに?喧嘩上等ってこと?ヤンキーだなぁ。

まぁそれだけ人間は妖怪を憎んでるってことなんだろうなぁ。

はぁ………まぁりんさんが近くにいなくてよかった。

 

「いいんだなお前ら!本気出すぞ!後悔するなよ!」

「なんなんだ貴様は………こないのならこちらが行くぞ!」

「あ、ちょっとすみませんごめんなさい!こないで!」

 

うわ本当にきやがったこいつら!

えっと、どうするどうする、どうやったら逃げられる?

 

「って危なっ!」

 

なんなんだこいつら!エネルギー弾出してきたぞ!

りんさん含めてお前ら人間じゃねぇ!

妖力を周囲にばら撒き全て霊力へと変換する。

周りが膨大な量の霊力の中に飲み込まれた。

そしてそれらの全てを使って氷を生成する。

突如現れた大量の氷に驚いている間に宙に浮いて妖力の衝撃波で空高くへと逃げた。

なんか暴言吐かれたけど、真正面から交戦することにならなくてよかった。

 

 

飛んで逃げてる最中に何か弾を飛ばしてきたけど、なんとか湖のところまで逃げることができた。

流石にここまでは追ってこないよね?

あー疲れた怖かった帰る寝るー。

 

ん?

 

「あれ………今なんか………気のせいか。帰って寝よ」

 

 

 

 

「ふふ………えぇ、貴女はそれでいいのよ」

「紫様、また覗きですか」

「あら藍、これも幻想郷の管理者としての務めよ?」

「止める気はありませんけどほどほどにしてくださいね。後で大変なことになっても知りませんよ」

「それは私の式として無責任じゃない?」

「そんなことにならないよう節度を持って欲しいと言っているんです」

「言うじゃない。新しく使えそうな駒が見つかったのよ、ちゃんと使えるかどうか、見極めないといけないわ」

「ほぼ自分の趣味のくせに………」

 

 

 

 

なんかこの数日、誰か見られてるような気が………なんだこれ。

頭がおかしくなったのか?いや、頭というか髪はもともとおかしいけど。

うーん………もやもやするなぁ。

 

「………なにしてんの?」

「なにって………自分でもよくわからない」

「ばかだなおまえ」

「バカはお前だろ」

「は?」

「は?」

「ちょっと二人とも!いつまでそのやりとり繰り返すつもりなの、もう今日で四回目だよ?」

「だってこのもじゃもじゃが」

「うっせぇバーカ」

「あ、またばかって言った!」

 

じゃあなに、アホって言えばいいの?もしくはうつけ?

 

「それはそうと、本当になんなんですかそれ」

「んー、墓石?」

「墓石?誰のですか?」

「その辺で死んでた妖怪」

 

りんさんさ、首とるだけとって後はそのまま放置なんだよ。

ちゃんと首がある死体もあるけど、あれは他の人間がやったか、妖怪同士でやったかのどっちかだろうし。

人間を襲う彼らが悪いとはいえ、そのまま地面に放っておくのも忍びない。

臭いし。

夜の森を歩いてて、首がない死体とか、もう腐敗してるやつとか、白骨化してるやつとか、バラバラになってるやつとか、突然視界に入ってきて本当に怖い。

みんな、後片付けはちゃんとしようよ。

というわけで、私自らその死体たちを運んで埋葬してあげてるわけです。

死体を見て半分吐きそうになってる中頑張って埋めてるわけです。

まぁその辺に死体が転がってるのが気持ち悪いというより、死んでも道端に放って置かれる、っていうのがなんか凄く残念に思えるから。

私だってそんなのは嫌だし。

誰だって死ぬのは嫌だろうし、死んでも道端で体は風化するのを待つだけってのは悲しい。

 

「石なんてその辺にあったもの拾っただけだけどさ。名前くらい彫ってあげたかったよね」

「毛糸さんは、人間でも妖怪でも、同じように接するんですね」

「ん?まぁ、人の形してたらね」

 

道端に人の形したものが転がってると、この世界の食物連鎖の頂点に人間はいない、そんな気がする。

 

「たまにくるあの人間の女性にもみんなと同じように会話してますし。普通ならもっと警戒しますよ?」

「うるさいね………そんなの、私がこの世界から浮いてるってだけだよ」

「世界?」

 

私という存在は、この世界において極めて異常。

慧音さんよりおかしい存在だと自覚している。

そんな私が、今ここにいるのは今まで会ってきた全ての人のおかげだ。

 

「大ちゃんってさぁ、人間好き?」

「え?急になにを………まぁ、嫌いじゃないですけど」

「妖精を殺そうとする人間もいるよ?」

「それは………まぁ、仕方のないことだと思っています、妖怪と人間が敵対している限り。人間からしたら妖精は妖怪と同じようなものでしょうから」

「そっか。チルノは?」

「え?なんの話?聞いてなかった」

「………」

「………」

 

やれやれ………ん?

 

「あれ………」

「どうしたんです?」

「いや、なんでもない」

「お、とうとう頭がおかしくなったか」

「確かに頭はおかしいけども」

 

むぅ………たまに感じるこの違和感、なんなんだこれ。

いくら休んでも変わらないし、疲れてるってわけでもなさそうだ。

誰かに見られてるような………でも誰がどこで見てるかわからないんだよなぁ。

まさか椛?お得意の千里眼で私のこと観察してるんですか。

でも割と頻繁に違和感を感じるんだよね。

椛だったらこんなに私のこと見るかな?それに今まで見られてこんなに何かわけのわからないものを見たことはなかった。

もっと強大な力を持ってる、そんな人が私を見てるのかもしれない。

なにを考えてるのかわからないけど、向こうがなにもしてこないのなら別にいい。

後数年はのんびり暮らしたいです、はい。



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毛玉は周囲へ絡みつく
ちょうどいい時に現れる毛玉


「おーいるりー、いるー?」

 

返事がない、しかばねになっているようだ。

あっれぇおっかしいなぁ。

確かこの部屋………あ、ここ私の前の部屋だわ、るりの部屋となりだったわ、いっけね。

 

「るりー、生きてるなら返事をしろー」

 

返事がない、しかばねになっているようだ。

なんでだよ。

なに?引きこもり卒業したの?とうとう就職したの?ハローワーク行っちゃったの?社畜街道歩み始めちゃったの?

 

「るりならそこにはいないよ」

「あ、にとりん、久しぶり」

「久しぶり盟友!元気だったかい?」

「元気元気ー、何回か死にかけて殺されかけたけどすこぶる元気ー」

「お、おう、それは良かったね?」

「そっちこそ、なんなのその爆撃に巻き込まれたようなナリは」

「あ?これかい?ちょっと向こうのほうで爆発事故があってね。いやぁ、久しぶりに命の危険を感じたよ。はっはっは」

「笑ってなくね」

 

爆発に巻き込まれてもピンピンしてるあたりさすが妖怪といったところだろうか。

そしてその服の耐久性にも興味がある、爆発巻き込まれたんだよね?なんで汚れるだけで済んでるの?かっぱの技術すご。

 

「で、るりがいないってどういうこと?もしかして死んだ?」

「死んでないし生きてるし。まぁいろいろあったんだよね」

「いやなにがあったし。とりあえず今なにしてるのアイツは」

「地下労働してる」

「は?」

「山の地下で鉱石採取したり地下空間広げたりしてる」

「えぇ………」

 

どーしてそーなった………というかマジで社畜街道まっしぐらじゃん、怖い、妖怪の山怖い。

 

「何故そんなことに」

「私がやった」

「えぇ………」

 

お前がやったんかい………なんでそんなことを。

 

「毛糸なら知ってると思うけど、電力ってやつのちゃんとした使い道ができたからね、発電してその電力を消費するところとか、それによる装置の自動化とか工業の発展とかその他もろもろとか。とにかくやることがいっぱいでさ」

「つまり簡単に言うと?」

「人手不足」

「そっか。まぁ働けるのはいいことだよ。私は永遠無職だけどな!」

 

いやー、地下労働かぁ。

というより地下空間なんて作ってるのね、今なに時代だっけ?かっぱ怖いわー。

 

「無事に就職できたようで、よかったよかった」

「よくないですよおおおおお!!」

「あ、なんかでた」

「なんかってなんですかなんかって!」

「元気そうでなにより」

「元気じゃないですぅ!死にかけてますぅ!周りの視線があたしに突き刺さって体の至るところから血が吹き出てますぅ!」

「元気じゃん」

 

すごく、こう、悲惨な表情を浮かべて涙目になりながら叫ぶるりが目の前に現れた。

気配消すの上手だね、アサシンの素質あるよ、ダー○神殿行ってきなさい、そしてスキル全部奪われろ。

 

「よかったじゃん、これでもう遊び人名乗らなくてよくなるね」

「あたしもともと無職じゃありません!部屋の中で布織ってます!」

「へ、初耳。にとりん知ってた?」

「いやぁ、知ってたけどそれもう手作業でやる必要ないからさー。それにやってたって三日だけじゃん、研修じゃないんだぞ」

「どっちにしろもう地下はいやですぅ!時々変な煙が発生するんですよ!?あの日のあれなんてあの人があーなってあああああ」

「落ち着け」

 

いやぁ、懐かしいっちゃ懐かしいこのテンション。

そしてうるさいのも変わらないようで。

 

「そういえば聞いたよ?毛糸、なんかよくわからないへんな化け物と遭遇したんだよね?」

「なんかよくわからないへんな化け物?あーりんさんのことか、確かにあれはなんかよくわからないへんな化け物だね。まーとくにこれといって大したことはなかったよ」

「そうなのかい?それならいいんだけど」

「なんかよくわからないへんな化け物ってなんですか」

「なんかよくわからないへんな化け物」

「えー………」

 

あの人のどこがなんかよくわからん以下略なのかって、それはもう以下略だよね。以下略!

 

「それで、急にこんなとこ訪れてどうしたんだい?」

「あーそうそう、久しぶりにみんなに会いにきたのもそうなんだけどさ」

「寂しがりなんですか?案外そんな一面あるんですねぇー」

「うっせぇ黙ってろこの社会のゴミクズ」

「ごみくずっ!?」

「いろいろと作ってほしいものあってさー、頼める?」

「あぁもちろん!河童の技術の範囲内でできることならなんでも頼みなよ。なんてったって盟友だからね!」

 

前から思ってたけど盟友ってなんなんだ、会って一日で盟友認定されたのもなかなかに謎である。

 

「あ、これさらに品種改良を重ねたきゅうりなんだけど、食べる?」

「いやいらんし突然だな?そしてなんだその色は、黄色ってなんだ黄色って、怖いんだけど、漬物とかじゃないのそれ」

「視覚的にも新鮮な味がおえっ」

「それ食えないやつだよね、視覚的にもじゃなくて視覚的限定だよね?目で味わうやつだよね?そうだと言ってくれ」

「これがある一定層に人気があるんだよ、こんな気持ち悪い色してるのにねー、河童にもいろいろな奴がいるって再認識させられたよ」

「多分それ調合に使えますよ………劇薬の」

 

劇薬て………きゅうりが素材の劇薬とかなんか嫌なんですけど。

いやもはやそれはきゅうりなのか?河童としてそれがきゅうりでいいのか?認めるのか?

 

「そんなの食べるくらいなら漬物食べてるわ………漬物苦手だけど」

「そんなこと言ったらきゅうりの神様の天罰くだるよ」

「そんな神様いないし、もし天罰くだるんだったらきゅうりをそんな色にして食べ物じゃなくしたお前らが天罰くだるべき」

「人には人の好みってものがあるんだよ、その好みに合わせて品種改良することの何が悪いんだよ」

「いや悪くないけどそのきゅうりは悪い、もう見てるだけでまずい、存在自体がまずい」

「毛糸さん、きゅうりが泣いてますよ」

「泣かんわ」

 

八百万の神の中にきゅうりの神様っているの?いや、八百万の神っていろんなものに神様が宿ってるとかいう意味だからもしかしたらいるのかもしれないけど。

私べつにきゅうりは嫌いじゃないんだけどなぁ、知り合いがきゅうり教だからなんかいやだ。

というより最近きゅうり食べたっけ?そもそも毛玉になってからまともな食事したっけ?

河童もきゅうりしか食べないってことないよね、魚とかも食べるんだよね。

 

「とりあえず、その作って欲しいものとやらを聞こうじゃないか。向こうの建物の方でどうだい?」

「あたしも休憩ついでにいいですか………ちゃんと目標は達成してきたんでいいですよね?というか駄目って言われても休みます」

「るりは働け」

「なんでですか!?」

「いや、本来まだ休憩時間じゃないから」

 

おう、黒いなぁ。

 

 

 

 

柊木さんから渡された資料を手に取り、一通り目を通した。

一番上に書かれている文字を再び目にし、これから起こるであろう面倒ごとを考えて頭を抱えたくなった。

 

「地底への侵入者、ですか」

「あぁ、少女の姿をしたやつだって話だったが、どうもおかしいんだよこれが」

「おかしいとは?」

「この報告書によると、この日の朝に地底へ通じる穴から少女が現れたと書いてあって、そのまま姿が消えたらしい。そして次に確認されたのがこの二日後、また地底から現れた」

「ちょっと待ってくださいおかしくないですかそれ。ちゃんと穴の見張りはやっていたんですよね?」

「あぁ、三人交代でな。なのに何故か地底から出てくるところしか確認されていない。これだけじゃない、地底へ戻るのを二回連続で見たってのもある」

「同じような服装の人が出入りしてたってことは………まぁないですよね」

 

なんなんですかこれ………見張りの天狗が仕事してないってわけでもないでしょうし。

それになんのために地底と地上を行き来しているのか。

地底の人物なのか地上の人物なのか。

 

「こちらとしても調べたいところなんだがな、なんせ色々あるからなぁ。地底へ直接天狗を送り込むこともできんし。まぁできたとしてもやるやついないだろうけどな」

「まぁ鬼がいますからね………」

「あ、やべ、あの日の出来事が思い出されぐはっ」

「思い出して苦しまないでくださぐはっ」

 

天狗で鬼が苦手じゃないのなんて、鬼が地底に行ってから生まれたやつしかいないんじゃないですかね………からみ酒はもう勘弁してほしい。

 

「だから調査できなくてな。肝心のその少女を捕まえられれば話は早いんだが、まぁこれが捕まらない捕まらない」

「そんなに速いんですか?」

「部下に聞いた話だと、急に存在を認識できなくなるとか、わけわからんことほざいてたな。とりあえず引っ叩いてやったわ」

「酷くないです?」

「それはともかく………なんかちょうどいいやついない?」

「いないですよそんなの………」

 

でもこれは山としても看過できないことですし、何か手を打たないと………

でも不可侵条約とかもあるし、誰かいないかな………

 

「おいっすー久しぶりー元気ー?」

「………いた」

「ん?え?なになんすか、なんすかその目は。え?いやっすよ自分、なんかもう変なことに巻き込まれるのいやっすよ?」

 

 

 

 

作って欲しいものをにとりに伝えて二人とさよならして、偶然会った椛に二人の場所を訊いて、顔出したら変なことに巻き込まれそうになってるでござる、解せぬ。

 

「だからさぁ、いい加減よその変なもじゃもじゃにそーゆーことやらせるのやめない?」

「都合の良い時だけ変なもじゃもじゃにならないでください。お願いしますよー、もちろんお礼はしますし、毛糸さんなら絶対できますって」

「本音は?」

「お前もう前科あるから別に良いだろってこと」

「いやよくねぇし」

「大丈夫だ、既にお前は勝手に妖怪の山に侵入して地底へ行き、そのままひょっこり帰ってきている。あとはもう墜ちるだけだ」

「堕ちないし、浮くし。えぇ、いや、うん………うーん」

 

地底………地底かぁ。

いや、まぁ、それは置いておいて。

その謎の少女………こいしじゃね?いやこいしだな、うん。

自信ないから言わんけど。

 

「まー、一応話だけなら」

「引き受けてくれるんですね!ありがとうございます!」

「おい待てやおい」

「以前起きた毛糸さんにも参加していただいた戦争、そして件の妖怪狩り、そして今回の少女。このへんの処理は全て山の管轄で行わないといけません。そして戦争で一応天狗の数も減ってしまい、下手に重労働すると反乱が起きてしまうので、そのしわ寄せとかは全部上層部にいくんですよ。そしてとうとう我慢の限界だったようで、部下にあたるのが増えてきたんですね。わたしの知ってる人は両足が吹っ飛びました。その辺どうにかしたいんでさっさと今回の問題も片付けてしまいたいんですね」

「………あ、終わった?じゃあつまりあれだな、そのうち自分たちも上司にやつあたりされそうだか早く片付けたいってことだな。だいたいわかった」

 

うん、やっぱそっちがめんどくさいだけじゃない。

納得いかないわー、凄い不服だわー。

まぁ頭を悩ませるのはわかるけど。

地底と地上ってすごい微妙な関係らしいし、下手に行動すれば取り返しのつかないことになるから慎重にならざるを得ないんだろう。

まぁそれを私がやる意味だけど………

ちょっとさとりんに会ってみたいって思うんだよなぁ。

 

「………わかった、その少女ってやつを調べてきてくるよ」

「ありがとうございます!いやー無理言ってみるもんですねぇ」

「あーそうだな、上手いことめんどくさいこと押し付けれたよな」

「しーっ、柊木さんそれ言っちゃ駄目ですよ!」

「いや隠さなくても知ってるし」

「あ、そーですか」

 

逆になぜバレないと思ったのだ。

それにしても地底、地底かぁ。

何があったかもう忘れたなぁ、薄暗いところってのは覚えてるんだけど。

まぁさとりんにも改めて礼を言っておきたいし、この機会逃したらいつ会えるかわかんないからなぁ。

 

「それにしてもお前………髪伸びたか?」

「え?いや伸びてないと思うけど」

「確かに、ほんのちょっぴり伸びてる気はしますね」

「マジで?あれ、てっきり私髪の毛は伸びないもんだと。なにせこんなもじゃもじゃな訳だし、今まで伸びたって感じることなかったし」

「不思議ですね、毛玉って髪伸びるんですね」

 

私はともかく、毛玉の毛って髪の毛なのか体毛なのか。

………あんまり伸びないんだったら体毛?だとしたら私の髪の毛と思ってたものも実は体毛だったってことに………

ま、まぁいいや、とりあえず地底は行く準備でもするとしよう。

 

 

 

 

毛糸さんが部屋を出たあと、柊木さんといっしょに散らかった紙を片付ける。

 

「………なんか上手く行きましたね」

「本人もなんかやりたがってたみたいだったし、好都合だったな」



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毛玉は再度地に墜ちる

湖に一旦帰り、大ちゃんに地底へ行くことを伝えて承諾をもらい、その翌日に再び山へ来て柊木さんに地底へ通じる縦穴へ案内してもらった。

 

「ここだ」

「あ、どーも」

 

縦穴を覗き込む。

うむ、深い。

あの頃は抱えられてて周り見れなかったけど、今こうやってみると底がわからないくらい暗くて深いな。

 

「そういえば柊木さんが初めて私を見たのってここだったっけ」

「あぁ、そうだな。なんか変な玉が入って行こうとしてるのをみて追いかけたんだがもう落ちていってな、入らないとこまで行っていってしまった」

「そっかぁ、なんかごめんね?不可抗力だったの、いろいろあってさ」

「いいんだもう、過去の話だからな。あのあと部下からなんか馬鹿にされて上司に踏まれて減給になってやってはいけないことやろうとしたが、いいんだ。過去の話だからな」

「………ごめんね」

 

私悪くないんや、悪いのはこいしなんや。

 

「そんなことよりほら、早くいけよ。一応これいろいろ触れちゃ駄目なとこに触れてるからな。ややこしいことはこっちで揉み消しておくが危なくなったらすぐ帰って来いよ」

「お、おう。なんかいろいろとやらせてごめんね?」

「こっちもお前をまた山のことに巻き込んでるからな。まぁ今回の件に関しては、お前も何か知っていそうだったから軟禁して尋問することも考えたが」

「えっ」

「こうした方がいろいろと都合がいいからな」

 

やさしい世界でよかった………本当にやさしいのかこの世界、何回も死にかけてるけどやさしいのかこの世界。

 

「あとこれ、地霊殿の中の人に渡してきてくれ」

「ん?なにこれ封書?」

「上層部に承諾もらったあとついでに渡してくるように言われた。てわけで別に破いて燃やしてもらってもかまわんぞ」

「いや別にそんなことしませんけど。渡せばいいのね、了解」

 

さて、ぶっちゃけ行くのも怖いんだけど、行きたい気持ちのほうが勝っているからささっと行って帰ってこよう。

一応地上と地底を行き来している謎の少女の調査が目的だから、それを忘れないようにっと。

さて、それじゃあそろそろいってくるとしよう。

 

 

柊木さんに別れを告げてさっそく穴の中に飛び込む。

自由落下してもいいんだけど、どれくらいの深さか分からないから体を浮かして地面に激突しないくらいの速さで降りていく。

地霊殿の具体的な場所を教えてもらおうと思ったけど、地底の地形までは詳しく把握してる人はいないみたいだった。

でもまぁ、そんなに目立たない建物ではないだろうし、だれかに聞けば簡単にわかるはず。

そういえば地底って、もともとは地獄の一部で旧地獄とも呼ばれるようになったんだっけ。

地獄ねぇ。

前世じゃそんなものロクに信じてなかった、もちろんなにか非行に走っていたわけじゃないけど。

死んでもその先があるっていうのはいいことだ、脳が全く働かなくなってもそこで終わりじゃなく、輪廻転生をする。

まぁ私はそこから若干外れた存在な気がしないこともないけど、その辺はなんとか多めに見てくれないかなぁ。

まぁ死ぬ気はないんだけど。

 

一度上から見下ろしただけだけど、地獄とかそんな感じはあんまりしなくて、一つの地下都市って感じの印象を受けた。

たしか日の光も届かなかったはずなのにそこそこ明るかった。

この縦穴は暗いけど。

手から霊力弾を出して周りを少しだけ明るくする。

流石に手ぶらでくる勇気はないので使えそうなものを持ってきた。

短剣とかハンカチ代わりの布切れとか布切れとか布切れとか。

持ってくもの思いつかなかったから布切れしかねぇわ、あほくさ。

 

そういえば一人で行くのはそれなりに怖いからついてきてくれないかってみんなに聞いたら、即答で断られた。

みんな忙しいんやなって。

 

「へいへい、そこのもじゃもじゃ君何の用ー?」

「ハワインドゥル!?」

「はわいんどぅる!?どんな驚き方!?」

 

ふぁーびっくりした。

背後から突然女性の声がして、ふりむくと女性の顔があった。

逆さまの。

 

「ンドゥルアイ!?」

「大丈夫?さっきから変な声しか出してないよ?驚かしてる私も悪いんだけどさー」

「お、驚かすなよ、なんで逆さま?何故逆さま?」

「そういう種族柄なんで」

「あー、そう」

 

逆さまから私と同じ向きになる女性。

よく見ると手から糸のようなものが出ていて、それで逆さまになっていたんだと分かった。

………スパイ○ーマン。

いやでも女性か。

 

「迷い込んだんなら帰ったほうがいいよー?この先進んでも、地上から追い出されたならず者しかいないからね」

「いや、別に迷い込んだわけではないんで。ちょっとした用があって、地霊殿ってとこ目指してるんですけど」

「地霊殿?なんだってそんなとこに?まぁいいや、下に着いたら道なりに進んでいけばそのうち着くよ。あんまりお勧めしないけど」

「ん?まぁいいや、ありがとう。ついでに教えて欲しいんだけど、最近ここを行き来してる少女知らない?」

「んー?少女?あーこいしのこと?」

「やっぱりそうなんかい。ありがとう、じゃ、まだ用事あるから」

「じゃあねー。………なんか変な奴」

 

おい、聞こえてんぞ。

変な奴て………変な奴ってなんじゃ。

ハワインドゥル。

 

 

 

 

着いたね、一番下。

なんか広がってるね、地下世界。

これがアンダーワールドってやつだなぁ?

薄暗い印象だけど、意外と遠くが見渡せる程度には明るい。

さっきの人に言われた通り道なりに進んでいくと開場所についた。

思ったより広いなぁ、まぁこの道を進んでいけばつくらしいし、とりあえず歩いて行けば………ん?橋だ。

広いとはいえ感覚的には屋内だから、橋があるとこう、違和感がすごいな。

ん、誰かいる。

 

「どちら様?ここを訪れるなんて余程の世間知らずの馬鹿なのかしら」

「目があって一言目で馬鹿呼ばわりされるとは思わなかった」

「そんな派手な頭してたら人に顔を覚えられるのも簡単そうね、妬ましい」

「ね、妬ましい?え、なに、この頭がいいと思ってくれてんの?え、なんか複雑なんだけど。そっちこそ髪の毛ストレートでいいじゃん、そっちの方が妬ましいわ」

「誰がそのもじゃもじゃを妬ましいと言ったかしら?私はただ人に顔を覚えてもらいやすそうと思っただけよ」

「そりゃこんな頭だから確かに人間違いとかはないけどさぁ」

 

パツキンばっかりのこの世界もなかなかだと私は思います!

第一人を髪の毛で判断するのは間違ってると思いますっ!あれ!?私人のこと言えなくね!?私が一番人を髪の毛で判断してるじゃんっ!

 

「えっと、その橋通っていい?頼まれてることがあるんだけど」

「他人に頼み事をされるほど信頼されてるのね妬ましい」

「あの、通っていいっすか」

「そしてそうやって利用されてることにも気づかないその平和な頭も妬ましいわ」

「おい遊んでんだろあんた、私のこと煽って楽しんでんだろ」

「今更気づいたのかしら?その平和で派手な頭が」

「もういいから!」

「あら残念」

 

残念ってなに、残念ってなに!

そんなに人のこと煽って楽しいですか!?私は楽しくないですよ!!

もうやだ地底怖い、まだろくに入ってないのにスパイダーと煽り厨いるんだもん、地底怖い。

 

「で、地上のもじゃもじゃさんがこんな薄暗い場所へ何の用かしら。特に用もないならさっさもその派手な髪の毛巻いて逃げ帰ることを推奨するわ」

「さっきから私の頭のことばっかりじゃん、珍しい?そんなに珍しいこの頭。しょうがないじゃん種族柄なんだから」

「そんな寝癖を極めたような髪で堂々と外へ出られるその頭が」

「ええかげんにせい。ようするに私がバカって言いたいんだろそうなんだろ」

「さて、そろそろ飽きたし用件を聞きましょうか」

 

飽きたって、やっぱり遊んでたんじゃないか。

あと気まぐれすぎない?そんなに煽りたい、私のことをそんなに煽りたいですか、そーですか。

 

「地霊殿の人に渡したいものがあるからそこ通っていいですかって、さっきから言ってるんだけど」

「そこの穴から来たってことは妖怪の山連中からかしら。まぁそういうことなら通っても構わないわよ、さっきは悪かったわね」

 

絶対思ってないわ、一ミリたりとも悪いと思ってないわこの人、わかるもん、目を見たらわかるもん。

緑色のカラコンなんかしよってからに。

 

「地霊殿へはこの道をずっと進んでいけば着くわ。まぁ別に難しい場所に建ってるわけでもないから、この地底をぐるぐる回ってるだけでも着くでしょうけど」

「誰の頭がくるくるローリングもじゃ毛玉じゃ」

「誰もそこまで言ってないわよ」

 

会話をやめて橋へともたれかかって目を閉じたその人をここぞとばかりに睨め付け、その道をずっと進んで行った。

 

 

 

 

ぶっちゃけ宙に浮けばいいと思った。

でも上は上でなんか目立ちそうだし、空飛んで打ち落とされたりしても敵わないし、歩いているほうがしっくりくるので歩いている。

やっぱり人は地に足つけて生活しなきゃダメだよ、ずっと宙に空いてたら筋力低下するよ。

筋力もへったくれもない体だけどな。

しっかしまぁずいぶんと活気のある街だ。

活気のあるというか、血気盛んというか、視界に絶対殴り合いが入ってくるというか、なんというか、蛮族。

あと酒臭がすごい、嘔吐物もすごい、もらいゲロしそうなレベルですごいって言葉を通り越して一周回ってすごい。

確かに鬼は酒と喧嘩が好きって聞いたことがあるけど、吐くのも好きってのは聞いたことないです。

今妖怪の山は鬼が留守にしてるから天狗がでかい顔できるって文が言ってたけど、まぁ確かにこんな蛮族たちが上司だったらそりゃあでかい顔するよね。

まぁそれにしても天狗や河童たちは怯え過ぎなんじゃないかと。

まぁ確かにこの光景を見て常人なら恐怖を覚えること間違いなしだけど、やっぱり同じ人の形をしてるもの同士なんだから多少なりとも話せばわかるはず。

いやまてよ、あのなんだっけ、名前忘れた。

き、き………おっさんが鬼みたいなやつって恐れられてたんだから、鬼が全員あんな感じだったら怖がるのも当然なのかな?

 

毛糸はこのあと、鬼という種族の恐ろしさを存分に味わうこととなったのであった。

 

的な展開にならないことを心の底を突き破ったさらにその深くから願ってます。

 

 

 

 

なんとか暴力、酒、嘔吐物の三要素を切り抜けて建物の少なくなってきた道はやってきた。

多分ここをまっすぐ進んだら地霊殿に着くはず、着くよね?道間違えてないよね?私もうここ通りたくないよ?

思えばさとりんはちょうどいい感じにこの道を避けて行ってくれてたんだなぁ。

 

 

と、思ってたのが10分前の出来事です。

 

「姐さんつれてきやした!」

「おうご苦労」

 

姐さんってなんだよ姐さんって………姐さんじゃん。

額に赤い一本角、なんか強そうな風格、周りの取り巻きの下っ端感。

間違いない、姐さんや。

 

 

地霊殿へ向かおうとしたら鬼の兄ちゃんに声かけられて職務質問みたいなのされてお前怪しい認定されて連れてこられました。

解せぬぅ………解せぬぞぉ………私の一体どこが怪しいというんだ。

挙動不審で変な頭してて、急に話しかけられて地上から来たって言っただけじゃないか………いったい私のどこが怪しいっていうんだ。

いったい!どこが!

ってふざけてる場合じゃないんだったよははっ。

 

「あの、すみません私なんかしましたか?」

「いーや特に?」

「じゃあなんで囲まれてるんですか」

「私の気まぐれ………かな」

「なんすかそれ」

「いやー、変な妖力だしてる強そうだけど弱そうなもじゃもじゃがいるって聞いたからさ、気になったから連れてきてもらった」

 

私って………どこにいっても誰に見られてもまずもじゃもじゃなんだね、間違ってないんだけどさ。

赤く大きい盃にひたすら酒を入れて飲み続ける目の前の女性。

最初見たときからすごい気になってたんだ。

なんなんだその体操服は………すごい気になるぞ。

 

「それで?山の連中に頼まれて来たそうじゃないか、あいつら元気にしてたか?」

「いやー、うん、元気だようん。すこぶる元気」

 

多分あんたらがいないから。

 

「そうか、そうか。いやー山の連中にも暫く会ってないからなぁ、また遊びに行きたいんだが、なかなか機会がなくてね」

「今ちょっと忙しいみたいだから、今はまだやめたほうがいいと思いますよはい。最近ちょっといろいろあってまだ落ち着くまで時間かかりそうだから」

「そっか、残念だなぁ、たまには他のやつとも飲んでみたいと思ってたんだが」

 

うむ、この人が地上に来るのは防いだぞ感謝しろ天狗諸君。

 

「おっと忘れてたな、私は星熊勇儀」

「白珠毛糸です」

「よし!表でろ」

「は?」



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毛玉はなにかと無警戒

「いや表でろってなんすか!?」

「ん?そのままの意味だが」

「いや出ませんよ!?」

「じゃあ今ここでやるか?私は構わんが」

「やるってなにを!?」

「喧嘩」

「なんで!?」

「え?やらないのか?」

「やりませんけど!?」

 

急に喧嘩しようって言われて、はいやります、って言う人はいないよ!いたら戦闘民族だわカカ○ット!

 

「お前くらいの妖力があるなら今まで相当な数戦って来たと思うんだが、やらないのか?」

「やりません、あとこの妖力はいろいろと複雑なんで」

「そうか………じゃあこうしよう」

 

嫌です。

どうせめんどくさいことになるやつじゃんあーやだやだ。

 

「お前はあの道の先の地霊殿へ行きたい。私はお前とやりあいたい」

 

あの、地霊殿行かなくてもいいんでやりあうのやめません?

そういうわけにもいかないかぁ。

 

「で、この辺り一帯を仕切ってるのは私だ、だからこうしよう。私とやりあってくれたら地霊殿へ行っていいぞ」

「はぁ………なんでそんなに私とやりたいの?この周りのガタイのいいお兄さんのほうが絶対やりごたえあるよ?」

「ばっかお前、そんな強い妖力持っておいてよく言うな」

「いやだからこれにはいろいろと………あーはいはいわかりました、わかりましたよ。やればいいんでしょやれば」

 

提示された条件を聞く限り、勝ち負け関係なしに、一度戦えば先へ行かしてくれるようだ。

じゃあ適当に全力出した風にして、負けて行かしてもらおう。

 

「よし、じゃあ表でろ」

「その言い方やめてくんない?」

 

いやあの、ほんとお金とか持ってないんで、勘弁してください。

 

 

 

 

「よし、じゃあ私はこの盃持つから入ってるの零したら………いや、お前相手なら手に余りそうだ。私は片手でこの盃をもつから、私に一発入れたらお前の勝ちだ」

「は、はぁ。よくわからないけど、手加減してくれるならそのほうがありがたいな」

 

なんか見物客?みたいなのもいっぱい増えて来た。

見せもんちゃうぞ!散れ!

そして勇儀さん、それは手加減というよりナメプでは?なになんなの?強者の余裕なの?絶対的な自信なの?

まぁそのほうが都合がいいんだけどさ。

私、この戦いが終わったら結婚はしないけどさとりんに会いに行くんだ。

 

「じゃあ始めるか」

「合図は?」

「んー、それじゃあれだ、この石を投げて地面についた瞬間でどうだ?」

「いいよそれで」

「決まりだな、ほい」

 

勇儀さんが石を宙に放り投げる。

どんどん上へと石は昇っていき減速、そして落下を始めた。

そして地面へ石がついた。

 

「——ありゃ、早すぎたか」

 

 

・・・あ。

気絶してた?もしかして気絶してた?

んー。

両腕ないし気絶してたねこりゃ。

どのくらい寝てた?

周りの土埃がまだ消えてないからそこまで長い時間寝てたわけじゃなさそうだ。

じゃあ自分、テンパっていいっすか。

 

「あっぶな………」

 

ある程度予想はしてたけど、その予想をまるごと踏み潰していく威力だった。

石を見ないで勇儀さんのことだけ見ててよかった、あの僅かな動作をみて即座に防御の姿勢をとらなかったら多分体がバラバラになってた。

こりゃあれだ、地上で戦ったおっさんとは比べものにならねぇや。

 

「あーごめんごめん、ちょっと急ぎ過ぎた。ってあれ?もう再生してるのか」

 

うーん投了したい。

 

「ほら、立てるか?」

「立てません、足もズタズタなんで」

「そうか、じゃあ治るまで待つわ」

 

投了、させてくれそうに無いなぁ。

肌で感じる、この人は、自分が満足するまで絶対やめない人だ。

あれ?詰んだ?

まぁ待て落ち着け私、私には幽香さんの妖力という最大の武器がある。

幽香さんはきっと鬼にも匹敵するほどの力を持ってるはず、ならばそれを持ってる私にも多少なりとも抵抗はできるはず。

 

「よっこらせ」

「よし、じゃあ続きを——」

「仕返しじゃオラァ!!」

 

不意打ち気味に勇儀さんの顔面に向けて妖力を込めたパンチを放つ。

当たっててください当たっててください当たっててください当たっててください。

 

「ははっ、いい攻撃だ」

「デスヨネー」

 

空いている方の手、右手で受け止められた。

すぐに距離を取る。

手応えはあった、少なくとも受け止めた腕がびくともしないなんてことにはなっていない。

なんとか隙をつければ一発くらい当てれるはず。

あとは勇儀さんの反応速度とかの問題でもある気がするけど。

距離をとり氷の粒を勇儀さんに向けて発射するが、腕を一振りされただけで吹っ飛ばされる。

その余波が私のところにまで飛んでくるくらいには。

今度は大きめの妖力弾を生成、投げつける。

当たれば大きな爆発が起こる、爆発したらその隙をつき、避けられたらそのまま畳み掛ける。

 

「よっと」

 

ん?え?私の妖力弾どこいったの?

頭上で爆発音がする。

上を見ればこの大きな空洞の天井で私の妖力弾が爆発していた。

………要するにあれか、爆発する前にすごい早さで吹っ飛ばして爆発にかすりすらしなかったってことか。

 

「分かってはいたけどバケモンだなぁ」

「そっちの番は終わったかい?じゃあ今度は私から」

「ずっと私のターン!」

 

妖力弾と氷の粒をひたすら勇儀さんに放ちながら牽制、上から崩れ落ちて来た巨岩を待ち構える。

 

「ふんっごおおお!!」

「おお、力持ちだねぇ」

 

力持ちではなく浮かしているだけです。

そのまま勇儀さんに投げつける。

あ、普通にパンチされて砕かれた。

 

一気に加速し、足に妖力をこめて高速で回転して蹴ろうとする。

グルグルと回る視界が一瞬で止まった。

 

「やっぱいい威力してるなぁ」

「片手で受け止められてるのにそんなこと言われましても」

 

そのまま思いっきり投げ飛ばされる。

霊力を放出して地面へ体を擦り付け減速させてなんとか持ち直す。

勇儀さんの方を見ようと思ったが、既に目と鼻の先、両腕に妖力を込め、体を浮かして攻撃を受ける。

頭に強い衝撃がきて思考が止まる。

気づけば壁に体が打ち付けられていた。

 

「よっと、おーい大丈夫かー」

 

なんかよくわからんけど喋れません。

妖力弾を大量に生成、闇雲にあたりに打ちまくる。

 

「おっ、まだまだ元気そうで何よりだよ」

 

私が当たったら普通に肉が弾け飛ぶレベルの威力の玉を危なげなく弾いてるのに違和感しか感じない。

なんかもう普通に攻撃しても全部塞がれる気しかしないや………

体の再生を終え、残っている妖力のほとんどを右腕に回す。

 

「へぇ、その一撃で終わりにしようって魂胆かい。名残惜しいがその勝負、受けて立つ」

 

そう、この一撃が当たれば終わりだし当たらなければそこで妖力がなくなって終わりだ。

走って近寄り、妖力が漏れ出すほど込められた腕を振るう。

 

腕が吹き飛んだ。

 

 

 

 

 

腕を吹き飛ばした。

その最後の一撃を私は打ち消したはずだった。

だが何故だ、何故こうも手応えがない。

 

「本命は、こっち!」

 

あぁ、なるほど。

私の腕とぶつかる寸前で妖力を自分の体に戻したってわけか、最初から私と正面からやり合う気はなかったと。

まだくっついている左腕がこっちに伸びてくる。

対して私はもう腕を振り切っている、防御はできないだろう。

まさか負けるとは思っていなかったが、満足だ、気に入ったよ。

 

潔く負けを認め、目を瞑る。

 

「………って気絶してんのかい!」

 

 

 

 

気絶してた。

というよりあれだ、疲れとか再生のしすぎとか妖力の急激な減少とか自分の存在とかそもそも妖力ってなんだっけとかこれからこの世はどうなっていくのだろうとか私が生きていた時代になったらどうなるのだろうとか、いろいろなことがあって気絶したな。

あれ、半分以上関係ないじゃん。

 

「あ、起きた?」

「起きた。それで、あのあとは?」

「とりあえずここまで運んできて、そのまま続きで他の奴らとやりあって、それがひと段落してここに戻って来て、少し経ったらお前が起きた」

「あ、運んでくれたんですか、そりゃどうも」

「いいんだよ。多少強引に戦いに持ち込んだのは私だしな。戦い慣れもしていなさそうだったし、悪かったな」

「いや、勝手に地底に入り込んだの私だし、そんなに気にしなくても」

「そうか、ならいいんだが。その腕戻らないな」

 

あ、ほんとだ。

腕吹っ飛んだまま寝てたから再生していない。

止血はしてくれてるみたいだ、ありがたや。

妖力切れしてたから治らなかったのもあるだろうけど。

寝てる間に戻った妖力で腕を再生する。

 

「それにしてもその体、変な感じだな」

「変な感じって?」

「お前のその妖力、その身体に合ってない。普通そんなに強い妖力を持っていたら肉体の方もそれなりに強くなるはずだが」

「あー、まぁ、その辺はいろいろあるんですよ」

 

私の妖力や霊力のことは人に話すようなことでもないだろう、私自身自分のことがあまりわかっていないし。

 

「そういえば、一つ聞きたいことが」

「なんだ?」

「勇儀さんって、あの鬼の四天王の勇儀さん?」

「お?知ってるのか」

 

あーやっぱり。

なんか聞いたことのある名前だと思ってたんだ。

確か地霊殿のとこにそんな感じの名前が載ってたはず。

というか文たち、絶対知ってたよね、なんで教えてくれなかったの、こんなヤバい人がいるなら教えておいてよ。

そりゃそんな二つなみたいなのある人とおっさん比べちゃダメだよ、次元が違うもん、地球人とサイ○人くらいちがうもん。

 

「お、もう腕治ったのか、早いな」

「まぁそこくらいしか他の人より優れてるとこがないんで」

「そう自分を卑下しなくてもいいだろう、実際お前は戦ってる最中にあんなことを思いつくような奴だ。地上でやってく分には困らないだろ」

 

上は上で化け物が………まぁいいや。

 

「じゃあそろそろ私はこれで。地霊殿向かっていいんだよね?」

「あぁ、さっき連絡入れといたから向こうについたらそのまま中に入れると思うぞ」

「あー、いろいろと迷惑を………」

「だからいいんだって、もじゃもじゃが来たら中に通すように言いにいかせただけだからさ」

 

いやいい加減もじゃもじゃはやめろよ。

まぁ確かにすごい伝わりやすいだろうけど、それに白いを付け足して白いもじゃもじゃにしたら絶対わかりやすいだろうけど。

私はこの先も永遠にもじゃもじゃなのか?

 

「じゃあお世話になりましたー」

「おう、また会おうな」

 

いえ、できることなら一生会いたくありませぬ。

 

 

 

 

旧地獄、地獄というだけあってか、時々変なよくわからない禍々しい何かを見つける。

もしかして怨霊?怨霊とか?いやだなー。

いや、怖いとかではないんだけど、気味が悪い。

半透明の闇落ちした毛玉だと思えばいいか。

いやそれはそれで………

 

あまり人が通る様子もない街だけど、地底の要所につながっているだけあってかなり丁寧に道が舗装されている。

正直に言うと、やばい。

起きてすぐに再生したのは間違いだったか、妖力が足りない。

ついでに霊力もなんか少なくなっている、なんでや。

あ、わかった、あの巨岩浮かしたからだ。

もともとどっちもそんなに多くは持っていなかったから、あれだけ一気に再生したり弾を放ったりしたら減るのも当たり前だなぁ。

それとは別に疲労感が凄いので体を浮かして浮遊しながら向かっている。

 

思ってたより直ぐに地霊殿っぽいとこについた。

めっちゃあやふやな記憶だけど、来たことはあるから多分ここ、というかここじゃなかったらどこなんだ。

 

「お、あんたかな?」

「んえ?あ、こんちわ」

「どーも、あんたが白珠毛糸かい?」

「あ、はいそーですけど………」

 

んー?この人どっかで見たことある。

あ、そうだ。確か時々さとりと会話してた猫耳の人。

確かお燐って呼ばれてたよーな。

 

「まずは自己紹介、火焔猫燐。長いからお燐って呼んでね。さとり様に頼まれたからさとり様のとこまで案内するよ、よろしく」

「よろしく」

 

お燐と少し挨拶をして地霊殿の中へと案内してもらう。

その猫耳は椛とかのと同じようなものなのかな、よく見たら尻尾もあるし。

 

「しっかしまぁ、よくここまで生きてたどり着いたね。途中怨霊とかいっぱいいたんじゃない?」

「あ、やっぱりあれ怨霊だったんだ」

「知らなかったんだ。あれ妖怪が取り憑かれると死んじゃうから気をつけたほうがいいよ」

 

oh………私毛玉だからセーフだね!

 

「そんであの勇儀さんとやりあってその日のうちにここまで来たと。もしかして命知らず?」

「いやそんなことは………あるかなぁ」

 

まー何も考えずに地底に行ったりしてるから、命知らずと言われても仕方がないかなぁ。

妖怪が怨霊に取り憑かれたら死ぬってのも知らなかったし。

 

「おっと着いたな、じゃあ私はこれで。また機会があれば」

「あ、じゃあ。ここまでありがとう」

 

お燐と別れて少し経ったあと、目の前の年季の入った扉を開いた。



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毛玉と覚りの姉妹

「やっぱりあなたでしたか」

「えーと」

「大丈夫ですよ、ちゃんとわかってます。あの時の毛玉ですね」

「あ、はいそうです」

 

やっぱりさとりんならわかってくれた。

心を読む力がどんなものなのかは知らないけど、姿形は変わっていてもちゃんと同じ人ってわかるらしい。

 

「まぁこうして直接会ってみないとわかりませんけどね。あ、でも今回は大体予想できてましたよ」

「何故?」

「名前、あれ完全に毛玉じゃないですか」

「わかりやすくていいじゃない」

「私が名付けをすると、何故かみんなあだ名のようなもの考えてくるんですよね。何が気に入らないんでしょう。それはともかく、お久しぶりです」

「久しぶり」

 

うん、なんかこう、改めて声を出して会話するとなんか気恥ずかしいな。

 

「割とそういう人いますよね。まぁ私と話すなら心の声が丸聞こえになるので恥ずかしいとかそういうのでもなくなりますけど」

「まぁ普通の人なら心読まれたらびっくりするけどなぁ」

「そういう点ではあなたは最初にあった時の反応は動物とかのそれでしたよ」

「毛玉ってそもそも生き物なのか?まぁとりあえずはい」

「どうも」

 

さとりんに封書を渡す。

ちょっと汚れていたけど気にしない気にしない。

 

「まぁこれは後で読むとしましょう、先にやることを片付けておかないと。毛糸さんはどうします?もう地上へ帰るのですか?」

「いや、もう少し地底にいようかなって。前はなんか追われるように帰っちゃったし。もちろん地上と地底がややこしい感じになってるのは知ってるけど」

「いいんじゃないですかね、そんなのあんまり気にしないで。現に身内にも当然のように行き来してるのがいますし」

「あ、そのことなんだけどさ」

「なんでしょう。………あー、なるほど。こいしのせいで山の方々に迷惑がかかっているんですね、こちらとしてもできるだけやめさせたいのですが、言うことを聞かないので」

「ダメならダメで、気にしないように山に言っとくだけだから」

 

こいしよ、さとりん困らせたらダメだぞい。

 

「そういえば長いこと気になってたんだけどさ」

「仕事の方は構いません、続けてください」

「え?あ、はい。前にここ来て帰ろうとしたときに、さとりん意味ありげなこと言ってたじゃん。あの後私こんな人の形になったんだけど、こうなるのわかってたの?」

 

そう、たまーに思い出しては気になってた。

 

「まぁ、わかってたといえばわかってましたね。毛糸さんの中にある妖力や霊力が影響してその存在自体が変異しようとしているのがわかっていましたから。こんな地底の薄暗いところで人になられても困るだけでしょうから、早く帰ることをお勧めしたまでです。普通の獣の妖怪とかだったらそこまでわからなかったのですが、毛玉だからですかね、割とわかりやすかったですよ。帰ったら帰ったで全裸で大分困ったと。でもそういう系の妖って人の形になると一気に妖力の量が増えるんです。それのせいで妖怪の山から出られなくなることも考えたので」

「んー、私が口挟む隙がねぇや」

「別に構わないって思ってるのでしょう?」

「まーね」

 

構わない、構わないけど私の頭がついていかないぜ、そんなに処理能力高くないから。

それにしても、私自身の存在が変異かぁ。

普通毛玉は霊力を持ってるけど、私は最初持っていなかった。

そこにチルノの霊力と幽香さんの妖力が………ってそもそもなんで他人のそういう力が私の中に入り込んでくるんだろ。

 

「私は少し心が読めて、そういうことに詳しいだけですのでそういうのはわかりませんね。まぁ探せばいると思いますよ、わかる人」

「探して会って、すぐに襲われたりしたら怖いじゃん」

「いやそんなことには………あぁ、もう既に何回も死にかけてるんですね。ついさっきも勇儀さんとやっちゃったみたいですし。傷の治りが早いみたいでよかったですね」

 

はい、本当に。

この傷の治りがめっちゃ早いのがなかったら、多分とっくの大昔に死んでると思う。

 

「そういえば。少し聞いて行きません?あなたが地底を去った後の一悶着」

「え?何それ怖い。まぁ聞くけど」

「わかりました。あの後こいしが少し暴れたんですよ、暴れたって言ってもちょっと家具が壊れただけですけど。もじゃ十二号はどこ!?私のもじゃ十二号は!?って。仕方がなく私は星になったのよ、って説明しました」

 

ふーん?ん?んー?星て。

 

「そしたらこいしが、動物の白い抜け毛を集め出してですね。固めてもじゃ十二号って呼び出したんですよ。ちなみにそれがあれです」

 

あれって………うわっ!なんだあれきったね!あれこそまさに毛玉じゃん!猫が吐く奴の。

 

「そしたらなんか楽しくなり出したみたいで、それを何十個も作り始めたんですよ」

「何十個も?あれを?」

「流石にほぼすべて燃やしましたけどね。あの残った一個は、こいしが燃やさないでって泣きついてきたので仕方がなく保存しているものです」

「………大変だねぇ」

「そちらのこの短期間で何回も死にかけた人生よりかは全然ですよ」

 

死にかけるって言ってもなぁ。

なんかこう………なんだこの感じ。

死ぬとかそういうのってあんまり想像つかないんだよ。

あ、死んだわ、とは思ってもなんやかんや生きてるし、生と死の境を彷徨うってのもないしなぁ。

 

「………一つ忠告です。あなたはここまでなんとか死なずにこれて、傷も治る。それ故に、あなたは何度命の危険に晒されても何も感じなくなっている、非常に危険な状態です。このままではあなた、何でもないところでひょっこり死にますよ」

「んー………その時はその時…って、その考えがダメなんだよね。確かにそうかもなぁ」

 

腕や足が取れてもすぐに再生する。

自分より強い相手に襲われても今まで何とか生きてきている。

つまりもっと慎重に行動しろと、そういうことか。

 

「まぁあなたには言っても無駄なんですけどね。私にはわかります」

「………いや、酷くない?」

 

 

 

 

「あなたが縦穴で見たのは黒谷ヤマメ、土蜘蛛です」

「蜘蛛?蜘蛛苦手なんだよなぁ、というより虫全般が。それに土蜘蛛………土蜘蛛まで女になるのかこの世界は」

「そして橋にいたのが水橋パルスィ。嫉妬心を操ります」

「え?操るの嫉妬心なの?私めっちゃ煽られたんだけど」

「あー、それ彼女の癖です。とりあえず煽ってその人を見極めるっていう」

「なにそれめっちゃ迷惑」

「でも本当はいい人なんです、嫌わないであげてください」

 

いや流石に一回会っただけの人を嫌うとかそういうのは………でもめっちゃ煽られたけどね。

 

「そしてあなたをずたずたにしたのが星熊勇儀、もともと妖怪の山を支配していた鬼の中の鬼、鬼の四天王と呼ばれるほどの強者です。ほんと、よく生きてましたね?多分相当手加減されてたとは思いますが」

「あれで手加減かぁ、底が見えないや。まぁいい人だったけど」

「そしてあなたを案内したのがお燐。火車猫です」

「火車猫?なんか聞いたことあるような………」

「平たく言って死体攫いです。………意外と驚かないんですね。もう慣れてるんでしょうか」

 

いや、もう慣れてるというか、知り合いに殺した相手の首をとるやつがいるからね、それくらいならいっそさらわれたほうがいいんじゃないかなって。

 

「ちなみに薪と同等の扱いを受けます」

「燃やされるんかい、火葬じゃん」

「そういえばこの旧地獄の地形とかについて話していませんでしたね。あんまり詳しくいうのも時間がかかるので簡単に言いますが、地霊殿の中を経由していくと、灼熱地獄という場所に着きます。教えといてなんですが絶対に行かないでください」

「焦げる?」

「蒸発します。ある程度設備の揃っている場所なら、妖力とか全力で駆使すれば耐えれないことはないですが、それ以外の場所は本当に危険です。行かないでくださいよ」

 

いやいかんよ、そんな地獄。

地獄で受ける刑って、受ける人はもうすでに死んでいるから耐えられるのであって、生者が受けたら即死者に早変わりだよ。

 

「そういうわけで、とにかく危険なんです。管理も専門の妖怪じゃないとできないので、一般の立ち入りは禁止しているんです。まぁ皆さんそのことよーくわかってるので、近寄ろうとする人なんていませんけどね」

「そういえばさ、ここはもともと地獄にあったっていうけど、どうやってあの世のものをこっちに丸ごと持ってきたの?」

「そういうことができるすごい人がいるんですよね」

 

世界って広いなぁ!あの世の地形をごっそり持ってこれる人がいるんでしょ?一体何者なんだ。

というより、一体どうやったらそんなことができるほどの力が手に入るんだ。

 

「多くの場合は、そういう種族だから、という言葉ですべて片付けられてしまいます。事実私が心を読めるのもそういう種族だからですし」

「私の頭がもじゃもじゃなのは?」

「そういう種族だからです」

「解せぬ」

「あなたが解せようが解せなかろうが、それが世界の真理です」

「そんな真理なんかやだ」

 

部屋の内装を確認する。

最初に来た時も思ったけど、ちょっと洋式っぽい?

時代に合わないなとは思うけど、地底はそういうものなのだろうか。

そういうものだな、妖精だってバリバリ洋服だし、この屋敷の中の人も大体洋服だし。

勇儀さんの体操服もどきはマジでわからんが。

 

「そういえば今こいしはどこに?」

「わかりません」

「それでも姉か」

「生き物の認識から外れる妹を仕事に追われる中どうやって位置を把握しろと」

「ごめんなさい」

「わかればいいんです」

 

私働いてないからね、毛玉だしね、働いたら負けだよね。

ニートじゃないし、毛玉だからニートじゃないし。

 

「前々から思ってたけど、こいしって一体?姿が見えたり消えたりするって聞いたけど。それに認識から外れるって」

「そうですね………まぁ話してもいいでしょう。こいしは、簡単に言うと無意識です」

「………なるほど?」

「わかってないのになるほどとか、私の前では意味がないことわかってやってますよね?まぁいいです。詳しく説明しましょう」

 

そういうとさとりんは立ち上がり、その第三の目をこちらに向けてきた。

 

「このサードアイは私たち覚り妖怪にとって、存在そのものと言っていいほどのものなんです。鬼の角などのその種族を象徴するものと同じようなものですが、私達覚り妖怪はそれに加え、その精神を司っています。鬼の角などとはまた違った意味での身体の一部、いえ、むしろこの瞳こそが覚り妖怪といっても過言ではないほどです。実質的に、この瞳は脳の一部となっていて、もしこれがなくなるようなことがあればそれは死と同義です。そして、それが閉じればどうなるか、その結果があれです。もともと私たちは様々な場所から迫害され続けてここへたどり着きました。その過程で、こいしは他人の心を読むことに疲れ、サードアイを閉じてしまった。さっきも言った通り、サードアイは私たちにとってとても重要です。それが閉じられたことにより、こいしは思考する力を大幅に失ってしまった。私のサードアイは詳しくいえば相手の思考を読み取る力です。何も考えていない、つまり無意識な状態の思考を読み取ることはできません。そしてその無意識の状態と、閉ざされたサードアイの力の残滓によって、他者の認識にも介入できるようになったということです」

 

………あ。

寝てねーし!

 

「半分くらいは聞いてくれてますよね?別に必ずしも知っておかなければならないわけでもないですし、構いません。あと、さっき言ったことはだいたい私の決めつけです」

「決めつけでもそこまで考えれたら大体あってそうだけどねー」

「難しいんですよ、本当に。妖怪って精神にかなり比重をおいてますから、心が不安定になるだけで力が減る人も居ます」

 

心が不安定………るりぃ………

 

「あ、その人私知ってますよ」

「ほえ?マジすか」

「えぇ、このサードアイをみて1秒で気絶してた人です」

「るりぃ………こいしのそれって、どうにかならないの?」

「あの子のサードアイだから、他者がどうこうできるものじゃないですし、今のあの子の状況も、こいし自身が望んでやったことなんです。私は、人の心を読む力を持ち、それが理由で迫害されるあの子の辛さを誰よりも理解できる。だから、もし治すことができても、あの子がそれを望んでいないのなら………」

 

ぬぅ………心を読む力かぁ。

私にはそれを想像でしか考えることができない。

でも、自分の力が原因で迫害され、妹が心を閉ざしても、さとりんは今こうやってそこにいる。

強いなぁ。

 

「姉ですからね」

「さすが。………寂しくない?」

「別に妹が死んでいるわけではないですからね。ちゃんと会話もできるし、姉妹らしいやりとりもできる。ただまぁ、話をしている相手が、本当のあの子じゃないって思うと、時々は、そう思ってしまいます。でも——」

 

 

 

 

「ただいまお姉ちゃん!」

「お帰りなさい、こいし」

 

家族がいる、私はそれだけで充分だ。



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地霊殿の中の毛玉

「お姉ちゃんそこのもじゃもじゃの人だれ?」

「地上から来た白珠毛糸さんよ」

「そうなんだ、私こいし、よろしくね毛糸さん」

「よろしく」

 

毛糸さんって呼ばれとる………もう私はもじゃ十二号じゃねぇ!白珠毛糸だ!本当に心読まれてないよね?読まれてたらあの時の毛玉ってバレるじゃん。

なんかこいしがこっちに近づいてくる。

 

「すごい頭だね、まりもみたい」

「おぉん!?てめこのっ」

 

ふぅぅ、落ち着け、落ち着けわたしぃ。

無闇に切れるのは良くないぞーっ。

 

「毬藻とは呼ばないでね、うん」

「えー?毛糸って、普通の毛糸と呼び間違えられない?まりものほうがよくない?」

 

いや毬藻も似たようなもんだろ。

というか頑なに毬藻なんだね、許さん。

 

「じゃあ好きに呼んでいいからさ、毬藻はやめよーや」

「えー?わかった、じゃあ白いまりもっぽいから、しろまりさん」

「しろまりッ」

 

しろまり………しろまりて………確かに毬藻じゃないけどさ………白い鞠とも取れるけどさ………それはねーだろぉ………

 

「よろしくね、しろまりさん」

「こいし、名前で呼びなさい」

「いやいーよ、うん。しろまり………うん、まぁ、うん。うん………いいよ」

「やった!」

「毛糸さん………気を使わなくてもいいんですよ?」

 

白い毬藻じゃないから、私は白い鞠だから。

色設定ミスったス○モじゃないから。

 

「………なんなんですかその拘り」

「人には譲れないものというものがあるのだよ、私の場合それ」

「くだらないですね」

 

くだらない言うなし。

私にとってはとても重要なことなんだよ。

 

「あ、そーだみてお姉ちゃん、また一匹拾ったんだ」

「また変なやつ持って帰ってきてないわよね?」

「でもちょっと気になる」

 

よく見るとこいしは何かの籠のようなものに布をかぶせていた。

こいしがその布を外すと、それは鳥籠のようなものだとわかり、その中には………

 

「じゃーん、見てみて、もじゃ十二号にそっくりじゃない?」

「あぁ、うん、そうね」

 

それもじゃ十二号のペットおおお!!

今度は私の家に置かれてた毛玉が拉致られてるよおお!!やめろ、そんな目で見るな!というかこいしに家に侵入されてるじゃん!

 

「名前もう決めたんだ!もじゃ二十三号!」

「23号!?」

 

もじゃまだ続いてたんかい!そして増えてんな!?私で12号だったのか今度は23号か!やったんか?今までのもじゃ全員抱き潰したんか!?

 

「安心してください、五匹くらい生きてます」

「思ったより生きてたっ、いやでも結局いっぱい死んでるし」

 

で、なにお前は?いいんか?もじゃ23号でいいんか?抱き潰されるぞ?その顔は別にいいってことか?

 

「余計かもしれませんが一応、毛玉というのは本来ほとんど自分の意思を持たないものなので、考えるだけ無駄ですね」

「おっ?私が変ってことか?そういうことか?」

「しろまりさんやっぱり毛玉なの?」

「毛玉ですけど?なにか?」

 

私は毛玉だ、しかしもじゃ12号ではない。

私は白珠毛糸だけど、もじゃ12号ではない。

私はしろまりさんだけど、もじゃ12号ではない。

そこ一番重要。

 

「じゃあさじゃあさ、この毛玉みたいになれるの?」

「なれるけど」

「見せて!」

「何故」

 

毛玉なんてあなたが今持ってるでしょうが。

毛玉なんてあれじゃない、私の首とったらそれもう毛玉だよ。

………くっ、やめろ!そのビー玉みたいな目と見せかけて実は全てを飲み込むくらいの闇に包まれた目で私を見るのをやめろ!

 

「じゃあ一回だけね」

 

こいしからすこし距離をとり、毛玉になる。

これすると喋れない手足がない毛しかないになるから、暇な時しかしないんだよ。

 

「わぁ、すごいねしろまりさん」

「こいし、それしろまりさんじゃない、あなたが持ち帰ってきた毛玉よ」

「あ、ほんとだ」

 

………ボケてるのか?

これが俗にいうアホの子ってやつか………嫌いじゃないわ。

 

「ま、それはさておき。こいし、大切な話があるんだ」

「ん?なに、しろまりさん」

「それは頑なに貫くんだなぁ。こいしってよく地上と地底を出入りしてるでしょ?それすると、山のわんことからすとかがびっくりするから、控えめにしてくれないかな?」

「んー、わかった!」

 

お、わかった、絶対に分かってないやつですなこれは。

まぁさとりんも言うだけ無駄って感じだったしぃ。

 

「じゃあ私この子部屋に置いてくるから、またねしろまりさん」

 

あ、行ってしまった。

達者でなぁ、もじゃ23号、君の犠牲は忘れない。

 

「多分あの籠の中から出さないので大丈夫だと思いますけど」

「結局外の世界を見ることなく永遠にあの狭い籠の中で漂い続けることになるんだな」

「最初に入れたのあなたでしょう?」

「ちょっと地霊殿見学させてもらいまーす」

「逃げるんですねー」

 

ちげーし、見学したいだけだし。

わー、改めて見ると立派な建物だなー。

 

 

 

 

建物中の中を探索していくと、前に私がさとりんに閉じ込められてこいしに一緒に就寝させられそうになった部屋があった。

いやー、懐かしいなぁ。

今ではこんなに立派、というより手足が生えちゃって。

 

「あれ?さとり様との話はもう終わったのかい?」

「ん?あ、えーとお燐だったっけ。火焔………」

「火焔猫燐、別にこっちは覚えなくたって構わないよ」

 

火焔猫燐か………知り合いにりんって名乗ってる人いるなぁ、あっちは多分実名じゃないけど。

 

「その名前って、さとりんが?」

「そうだけど、え?さとりん?え、ちょっと待ってさとりん?さとりんってさとり様のこと?さっき初めて会ったんだよね?」

「あー、いや、実はすこし前にもう会ったことがあるというか」

「ふーん?まぁあまりそこには触れないようにしておくよ」

 

あらお燐ちゃん空気の読める子。

それにさとりんはよくもまぁ、火焔猫燐なんていう名前を思いつくなぁ。

 

「にしてもすごい頭だね、もしかして種族は毛玉だったり?」

「おぉ?よくわかるね」

「そっかぁ、毛玉、毛玉かぁ」

 

んー?なんかお燐がすごい目を閉じて考え事をしている。

バレた?もじゃ12号ってことバレた。

 

「どしたの」

「いやー、あたいって猫じゃん」

「それが………あ、あー、そういうことね」

 

種族としての毛玉と猫が出す方の毛玉か。

こんな明らかに人の形してるのが毛玉を吐くなんて考えたくないけどな。

いや吐くなら猫の姿になるのか?火車猫っていうくらいだしきっと猫の姿になれるんだろう。

実際の火車猫の姿って知らないけど。

 

「まぁ安心してよ、あたいは出したりしないからさ」

「いや別に出そうが出さながろうがどっちでもいいんだけどさ。そういえばお燐はさとりんとどういう関係なの?」

「ん?飼い猫と飼い主かなぁ」

 

んー………さとりんはそういうのが好きなのかぁ。

要するにお燐はさとりんのペットと………お燐の方が体でかいのに。

 

「あたいってもともと普通の猫だったんだ。その時にあの人と出会ってね、いろいろとお世話になったんだよ」

「へぇ、それってまだ地上にいた頃の話?」

「そうだね。地上にいた頃って言っても、あたいたちがここにやってきたのもそこまで昔ってわけじゃないからね。大体二十年くらい前じゃないかな」

 

二十年前ってだいぶ昔だと思うんですが。

20年って言ったらあれだよ、小学生がもうバリバリの社会人になってるじゃん、昔人気だったアイドルがおじさんおばさんになってるじゃん。

やっぱり妖怪は人間とは寿命が違うんだろうなぁ。

私も多分長寿なんだろうけど、まだまだ心が一般人だから、多分慣れるのはかなり時間かかるんだろうな。

いやでも、もう変な種族とか出てきても驚かないし、だいぶ慣れてきたんじゃないだろうか。

 

「それより、あんたあの勇儀さんとやりあって五体満足だったんだって?すごいね、そんなに強いやつだとは思わなかった」

「いや実際には体結構吹き飛んでたけど。それに一番の決め所で気絶するし」

「ふーん?まぁすごいってことには変わりないさ。ところでここで何してたんだい?」

「ちょっとさとりんから逃げ………じゃなかった、この地霊殿の中をちょっと見学させてもらおうかと思ってさ」

 

建物自体は妖怪の山で見たことあったけど、ここまで大きな建造物はこの世界に来て初めてだ。

むしろ前世でもこんなに大きな建物はあまり見なかった。国会議事堂くらいありそう。

 

「そういうことなら案内するよ」

「え?いいの?」

「いいよいいよ、それに勝手に迷子になられてさとり様に怒られるのも御免だしね」

 

おう。

おう………?お、おう。

まぁ流石に迷子にはならないと思うんだけど………あ、自信なくなってきた、迷子なる気がする。

 

「じゃあまずはあそこにいこうか、ついてきて」

 

 

 

 

つれてこられたのはすごい大きな空間。

そして入って一言。

 

「臭、獣臭!」

「ここはさとり様が飼ってる動物たちが集まっている場所だよ。犬や猫、猿とか、空間ごとに分けられてて、別の場所には牛とか狼とか、魚とかを飼育してるとこもあるよ」

「ほえー………動物園………全部さとりんの趣味?」

「まぁそうだね。趣味というか、あの人はあんまり他人と関わるのが好きじゃないから」

 

そうかぁ。

動物って、カエルとか蛇とかバッタとかムカデとかミミズとかカニとかも飼ってる訳ですか?

私哺乳類以外は得意じゃないんだ。

 

「これだけの量、誰が面倒見てるの?」

「ほら、あそこに餌あげてる人がいるでしょ」

 

お燐が指をさした方を見てみると、たしかに餌をやっている人がいた。

なんか牛みたいなツノ生えてるけど。

 

「もしかしてあれも………」

「ここで飼われてた動物だよ。どうやら妖力とかの影響を受けて、稀に妖怪になる奴がいるみたいだね。基本飼育というか、この地霊殿はあいつらみたいな妖怪で回ってるんだ」

 

じゃあこの建物にいる人全員さとりんのペットじゃん。

軍隊できそう。

 

「さとり様は時々ここに来て動物たちとなんかしてるよ」

「なんかとは」

「だって見つめ合ってさとり様が独り言呟いてるだけだし。こいしはなんか毛がいっぱい生えてる奴持っていっちゃうけど」

「こいしのことは呼び捨てなんだね」

「だって本人がそうしろって言ったから」

 

そういえば私は………

毛糸、毛糸さん、もじゃ12号、しろまりさん、毬藻。

なんでこんなにあだ名みたいなの多いんだよ。

 

 

 

 

「ここが食堂だね。まぁあたいは適当に食べ物とっていろんな場所で適当に食べてるけど」

「ふーん。ご立派すねぇ。ん?あ、こいしじゃねあれ」

「あ、ほんとだ」

 

だだっ広い部屋のど真ん中の机にこいしが座ってた。

うぇーいぼっちぼっち。

まぁ私だっていつも一人で飯食ってるわけですけれども。

 

「あ、お燐!それとしろまりさんも、どうしてここに?」

「え?なに?しろまりさん?誰のこと?」

「私のこと」

「………えぇ。いやいや、それはとりあえず置いといて、帰ってきたなら言ってよ」

「だっていちいち探すの面倒くさいんだもん。それよりなんでしろまりさんとお燐が一緒にいるの?」

「案内してもらってる」

 

ところでなに食べてんの。

机の上の皿を覗き見る。

んー………ステーキじゃねえか。

ステーキじゃねえか!!

 

「え、これ、牛肉だよね?いいの?さっきの人牛だったよね?え?いいの?え?」

「あぁ、別に本人は食べないからね。もともと同じ種族のやつが食べられてるのを気にしてる奴もいないし」

「え、あ、いいのか」

 

おう、そういうものなのか。

でも文は椛に目の前で焼き鳥食われて嫌な顔してたような気が………よくよく考えたら椛酷いなおい。

地底と地上では妖怪の考え方も違うんだろうなぁ。

 

「そうだ、案内してるってことはお空にはもう会ったの?」

「お空はまだだね」

「お空って?」

「霊烏路空、私達はお空って呼んでるよ」

 

れ、れいうじうつほぉ?

うつほがお空の空になるの?え?

………

日本語って難しいね!!

 

「お空はこの地霊殿の下にある灼熱地獄で仕事してるんだ。灼熱地獄はそりゃもう熱くてね、まともに耐えられるのは地獄鴉であるお空くらいなんだ」

「そんなに熱いんだ」

 

地獄にあったっていうくらいだから、何千度とかあっても不思議じゃないように思える。

というか、灼熱地獄ってそもそもなんなんだろう。

というか、そんなもんの上に建ってるこの地霊殿って一体?

というか、ここにもいるのか、鴉。

 

「多分もう直ぐお空も休憩に入るから今からいこうかな」

「しろまりさん、お燐とお空はすごく仲がいいんだよ」

「そーなのかー」

 

お燐とお空って、そんなに前に、お、をつけたがるのか。

確かに呼びやすいけれども。

燐だったら私の中でりんさんと混ざるかもしれないし、空ってなんかこう、お空の方がいいよね。

 

その後食堂を出て多分お空のいる方へと向かっていった。

何故かこいしもついてきてた。



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既に完成されているグループに入るのは気が引ける毛玉

「でねー、もじゃ三号はいなくなっちゃってたんだ」

「悲しい事件だったねー」

「本当だよ、一体誰のせいなんだろう」

「それも全てイヌーイ・タクーミってやつの仕業なんだ」

「なんだって?それは本当なの?というか誰?」

「なんか死んでた人」

「いや故人なのかい。というかそれ、どう考えてもこいしじゃ………」

「許さない、いぬーい、たくーみ」

 

そんな感じのくっだらない会話をしながら、多分そのお空とやらがいる場所へと向かっていく。

ここまで歩いてやっと気づいたが、わりと放し飼いだ。

探せば二匹以上は動物が見つかる。

大体は犬とか猫だが、時々豚とか羊とかがいる。

 

ヤバイ、アニマルいっぱいでなんかヤバイ。

何がヤバイかって、そんなに獣臭くない。

あの空間がいろいろ多すぎただけかもしれないけど、それでもこんなに大量に動物がいるのにそこまで臭くないってことはちゃんと清潔に保たれているってことだ。

私なんてあのころは数日で泥のような匂いになったというのに。

そういった動物の管理とかも全部お燐みたいなやつがやってるんだろうか。

灼熱地獄の管理してるお空って人もさとりんのペットなんでしょ?さとりんやべー。

 

「ん?えー」

「どうしたんだい?」

「なにこの禍々しい………魔神とか封印されてそうな扉」

 

ふと横を見ると、それなりの長さの廊下の先に、鋼鉄で作られた、周りに怪しげなろうそく、骸骨が付いていて、よくわからん魔法陣的なのが描かれている扉を見つけた。

あ、や、し、す、ぎ、る、わ。

 

「あー、知らない方がいいよ」

「うん、知らない方がいい」

「二人してそんなに言う?一体なんだって言うんだあの扉は………ん?」

 

なんか………服?がかかってる。

………ん?

なん………だと…………!

 

「こ、これは………文字T、だと。なんでこんな時代にこんな時代を先取りしすぎて一周回ってダサいって言う扱いを受けている文字Tが!それに書いてある字がWelcome Hellだ。toが抜けている、というよりアルファベットだと?」

 

………………

ばなな。

ウェルカムヘルってなんだ、地獄ようこそってなんだ。

アルファベットだし英語圏の方?いやそれだったら普通toが抜けるはずがない、中学生でも間違えない。

となると英語圏じゃない………いやいや、もうそんなことどうでもいいんだ、なんでこんな地底に文字Tがあるんだ。

いいセンスしてるね!

 

「もしかして、さとりんの趣味だったり?」

「違う違う、それはね、もうめちゃくちゃに偉い人というか、お方というか、もうこの世界を超越してる存在の物だよ」

「どんだけぇ」

 

こっわ、そんな人が文字T着てんの?

………いや、そう言われると怖くない気が………いやでも世界超越とか言われたらねぇ。

とりあえずここから早く立ち去ろうそうしよう。

文字Tが気になってしょうがないけど。

文字Tかぁ………ちょっと欲しいぞ。

 

 

 

「お、いたいた。おーいお空ー」

「ん?あ、お燐、それにこいし様も」

「あ、そっちはこいし様なんだ」

「久しぶりお空ー」

 

休憩所のような場所に入ると、椅子に座った長い黒髪の女性が座っていた。

背中には文よりも大きいそうな鴉の翼があり、洋服を着ている。

その髪………そんなに長いといろいろ大変じゃない?私が会ってきた中でトップレベルに長いよ、腰ぐらいまであるじゃん。

なっが。

 

「ん?そっちのもじゃもじゃしたのは?」

「お姉ちゃんの知り合いのしろまりさんだよ」

「さとり様と知り合い?んー、悪い人じゃなさそう。よろしく、しろまり」

「いやもうしろまりで固定すんの?そういう感じなの?」

 

ノってやろうじゃねえかこんちくしょうが!

私はしろまりさんです、はい!

 

「すごい髪の毛だね、すごくもじゃもじゃしてる」

「そっちこそすごい髪の毛だね、すんごい長いね」

 

地上だろうと地底だろうと、みんな私を見たらまずは髪の毛の話になるんだ、そんなに珍しいかこの髪。

私、かっぱの技術革命起きたらストパーにするんだ。

私のアイデンティティ無くなるけど。

 

「二人から聞いてるかもしれないけど一応言っておくね、私は霊烏路空、お空って呼んでね。私はこの建物の下にある灼熱地獄の管理をしてるよ」

「管理って具体的になにをしてるので?」

「具体的に?うーん………お燐任せた」

「任された。灼熱地獄はその役目を終えてからだいぶ温度が下がったんだ、お空は主にその灼熱地獄の温度管理をしてるよ。温度を上げたり下げたり、上がる時は私の持って帰ってきた死体を投げ込んでる。ちなみに灼熱地獄っていっぱい言ってるけど正確には灼熱地獄跡だよ」

 

死体を燃料にするのか………成仏してくだせぇ、南無南無。

ていうか、温度管理をする必要ってあるの?別に放置で良くない?まーよくないから管理してるんだろうけれども。

別に私関係ないからいいか。

 

「元々は今よりもっと温度が高かったんだ、地獄に落ちてくる亡者たちがって、流石にもういいよね?」

「あ、はい、結構です」

「よかった、このままだと主に灼熱地獄がどういう罪を犯した者が落ちるとこなのかとか、その燃えてる仕組みとか、もういろいろ遡って教えることになるとこだったよ」

「物知りっすね」

 

やっぱり長いこと生きてると知識も自然と増えていくのだろうか。

 

「じゃあ三人はもう戻る?私は今から最終点検に入るから、少し時間がかかるけど」

「ならそうさせてもらおうかな」

 

お燐がそう言ったので、私は一足先に部屋の外に出ておく。

なんかこう、ホームステイに来たような感覚で、すごくここに居辛い。

ホームステイなんか行ったことないと思うけどね、多分。

 

外に出るとなにやら騒がしかった、どうやらその音は左の方から聞こえるらしい。

 

「なんの騒ぎ………馬ァ!?ヘグァア」

 

めっちゃロングでパーマの暴走馬に轢かれた。

出落ちやんけ………

 

 

 

 

「こいし、貴方が動物を持って帰ってきて世話をしないのは勝手よ、でもそうなった場合、誰が代わりに世話をすると思う?」

「………」

 

万○だ。

 

「貴方以外のみんなよ」

 

違うのか。

見事なまでの構文だったけど、あと規模大きい。

 

「ここで働いている人中にはあなたの境遇を知っている人も少なくないし、私の妹だということもあってあなたに強く言う人はいないわ。でもそれが、みんながそれを認めていると言うことにはならないの。あなたはちゃんと責任を取れるの?」

「もじゃ十八号は悪くない!」

「あいつはもじゃ十八号だったのか」

 

もじゃ十八号は生きてたんだな、めっちゃロングでパーマの馬。

あれ妖怪とかの類じゃないの?よく見つけてきたなぁ、無駄に白馬だし、個性強すぎ。

 

「そうね、もじゃ十八号は悪くないわ。ちょっと怒らせて暴走、そのまましろまりさんを轢いてそこには血飛沫が飛び立っていたとしても、もじゃ十八号は悪くないわ」

「え、血飛沫飛んでたの?マジで?こっわ」

 

いやこっわって自分のことじゃねーか、あとさとりんもしろまりさん呼びなの?なんなの?私は白珠毛糸です。

 

「今回の件、被害はしろまりさんだけで済んでいる。でもあのもじゃ十八号をここに持ってきたのはあなたよ、こいし。持ってくるだけ持ってきて、そのあとは放置なんて身勝手だと思わないかしら」

「うぅ………ごめんねしろまりさん」

「謝るなら今までもじゃと名付けてきた動物たちにどぞ」

 

あ、それならわたし謝られなきゃいかんやんけ。

我が名は、毛糸、もじゃ十二号、しろまりに分かれ、混沌を極めていた。

コノーママー。

 

「まぁ、幸いにも怪我した人は出なかったし、今回はいいわ。今回の件で反省したなら、ちゃんと自分で飼育できるやつを持って帰ってきなさい」

 

悲報、我、怪我人にカウントされず。

治るからか?30秒で完治したからノーカンなの?ひでぇや。

 

「それそうとしろまりさん、あ、間違えた。毛糸さん」

「間違えるなよ、わざとじゃない?」

「わざとじゃないです。いつ帰るんですか?べつにここに留まってくださっても構わないんですけど」

「あー………そうだなー」

 

別に地底にいても何かすることがあるわけでもないし………いや、それは地上でも同じか。

でもここって昼とか夜とかわかんないから、気づいたら数年経ってたっていうのも、ないとは思うけどあったらやだし。

あぁ、そうだ、私一応はいっちゃダメなとこに入ってたんだった。

 

「では、もう帰る支度を始めると」

「そだね、すんごい短い間だったけど世話になった、ありがとう」

「いえ、こちらこそ。封書も届けていただきましたし、いろいろ大変な目に遭わせてしまいましたし、申し訳ありません」

「いやいいって。あ、そうだ、あの封書ってなにが書いてあったの?中身知らないまま持ってきたからさ」

「あぁ、あれですか。………知りたいですか?」

 

急に真剣な表情になるさとりん。

気になるー。

 

「では言いましょう、恋文です」

「………こ、こいぶみぃ?」

「はい差出人は天魔」

「テンマァ!?」

「落ち着いてくださいそーいうんじゃないです。向こうが一方的に送ってきてるだけです、迷惑なんですけどね、ほんと。私が妖怪の山にいた頃もちょくちょく変なことに誘ってきて………時々縦穴に放り込んできますし、天魔って書いてある以上目を通すしかないんですよ。全て無視すればできればいいんですけど、時々重要なことも書いてくるから本当にもう………」

 

天魔………私の中でのイメージがなんか崩れ去ったぞ。

そんな奴がトップでいいのか妖怪の山ぁ。

 

「まぁ、そういう、くだらない話です」

「お、おつかれさん………」

「天魔さんもいい人なんですよ、私たち覚り妖怪にも良くしてくれましたし。ただあの女遊び癖が………」

 

けしからん奴だな、一回殴ってやろうか。

 

「やめたほうがいいですよ、妖怪の山を纏め上げることができる程度には強いので」

「あ、はい」

 

権力の濫用だ!ふざけんな!

 

「権力は使ってなんぼとも思いますけど、使わなきゃ損じゃないですか。使えるものは使わないと」

「はい、そーですね」

「ここでなんでもない会話をするより帰る支度をしてきたらどうですか?」

 

と言われても、特に何かを持ってきたわけでもないし、帰ろうと思えば帰れるし。

 

「それじゃあ帰ったらどうです?」

「いや冷たいし、寂しいし。あ、そうだ、返事の手紙とか書かなくていいの?」

「あー………そうですね、やっぱ書いといたほうがいいですよねぇ………わかりました、少し待っててください」

「あいよー」

 

よし、少しいろいろ回ってこよう。

と、思ったら扉の前にこいしとお燐とお空がいたでござる、急にどうしたんだ。

 

「しろまりさん帰るの?」

「帰るよ?怪我したから帰るよ?当然でしょ?」

「じゃあさじゃあさ、そこにお燐と二人で並んでよ」

「え?なんで?」

「いいからいいから」

 

お燐も困惑した様子で私の横に来た。

 

「はい、毛玉と猫になって!」

「え?いやそれは」

「早く早く」

 

言われるがままに毛玉になる、お燐は黒猫になった。

いやーこれってさー。

 

「見てみてお姉ちゃんお空!お燐が吐いた毛玉が浮いて——むぎゅ」

「やーっぱりそれだったかー、失礼だと思わないのかなー?」

「確かにあたいも一回考えたけどさ、実際にやらされるとは………」

「全くですね、お空あなたもそう思うで………」

「ぷっ………」

 

………えっ。

面白かったの?受けたの?マジで?どの辺に笑う要素があったよ?十人中十人がしらけてるよ?しらけて帰っちゃうよ?

 

「あー私満足、それじゃあねしろまりさん」

「さよならしろまぷっ………」

「しろまぷって………お燐もまたね」

「次会うのはいつかな?まぁいつでも来てくれて構わないよ」

「毛糸さん少し………」

 

さとりんが手招きしてくる、なんじゃらほい。

他の三人に聞こえない声でこう書かれた。

 

「………あなたは、自分の存在を理解していますか」

「………それは、どういう」

「わかっていないのですね、私からは以上です」

「え、あ、ちょ」

「これ、返事の手紙です、天狗にでも渡しといてください」

「あ、はい」

 

 

 

 

結局釈然としないまま地霊殿を出てしまった

毎回意味深な言葉ばっかり言ってきてもう朝と昼と夜しか寝れねぇぜ!

私という存在か………はっきり言って全くわからない。

私ってそもそもなんなんだいてっ。

 

「あっ、あなたは………」

「あら、もじゃもじゃ」

「白珠毛糸です、確か………パ、パルスィ?」

「そうよ、きっとさとりから聞いたのね」

 

考え事をしてたらパルスィさんにぶつかってしまった。

大丈夫?怒ってない?

 

「生きてたのね」

「まぁなんとか」

「それはよかったわ、下手に死なれて上と下でなにか問題が起こってもめんどくさいだけだからね」

「そりゃそうだ。………」

「なによ」

「いやー、煽ってこないのかなーって」

 

ここに来た時はめっちゃ煽られたのに、今回は全然やってこない。

 

「あぁ、飽きたからね、それに貴方は私の嫌いな種類の生き物じゃないし」

「嫌いな種類の生き物とは」

「いいから早く通りなさい、帰るんでしょう?」

 

早く行くよう急かされた、やっぱり余所者ははよ出てけってことなのだろうか。

 

「その簡単に人に覚えてもらえる髪が——」

「うっせぇバアアアアアアカ!!」



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毛玉はやっぱり絡まれる

「夜かなー?夜だったわ」

 

あそこにいると時間感覚が狂う、地底で生活するんなら別にいいだろうけど、ちょっと寄ってみるとかだったら気づいたら日付変わってましたとか普通にありそう。

とりあえず天狗の人探して、返事の手紙送らないと。

んー、天狗殿天狗殿ー………夜の間はみんな山の周りとかを哨戒に行ってるからいないのかな?地底への入り口だから探せば一人くらいいると思うんだけどなー。

探してみて、どうしても見つけられなかったらかっぱのとこにでも行こう、別にかっぱに渡してもいいでしょ、きっと天狗に渡してくれる。

 

夜はねー、ときどーき空に怪鳥飛んでるから飛びたくないんだよなー、でも下は下で妖怪いるし。

結局夜は行動すんなってことなんだよね。

ちょっやそっとじゃ死なない自信はあるけど、また化け物格とかの人が出てきて、私を本気で殺しに来たらもう無理だね。

 

………よくよく考えたら、こいしはどうやってあの馬地底に持って降りたんだ?担いだの?もしかして担いだの?さすが妖怪やることが人間とはちげーや。

お、あの辺りかな?火がついていて周りが明るくなっている。

近づいてみると小屋があった、小屋以外の何物でもない、小屋である。

人の気配はしないけどとりあえず中に入るか。

 

「失礼しまーす」

 

はいここどこですかぁぁぁぁ!?

 

 

なんでや!小屋に入ろうと来たらなんで急に異空間入んねん!なんでアナザーディメンションへの入り口が小屋の扉やねん!なんなんこの世界!常識も概念もへったくれもねぇな畜生!

周りを見渡すといっぱい眼球あった、コワイ、コワイヨアノメ、ヨウトンジョウノブタヲミルメデワタシノコトミテクルヨ。

ぐえぇ、SAN値削れるよぉ。

とりあえずなんだこれ?現実じゃないよね?精神世界?入っちゃった?私の精神って病んでんだな。

とりあえずさっさと帰んなきゃ。

後ろを向くと私が入ってきたと思われる扉があった、これで帰れるぜひゃっふぅ!!と、思ったら、バッテリー切れのどこ○もドア見たい感じでどこにも通じていなかった。

え?もしかして私、帰れない?

あ、詰んだわ、さよなら私の人生、さよならお母さん、産んでくれてありがとう、あ、お母さんいなかったわ。

 

「はぁ………どーしよ」

「ごめんなさいね、無理やり連れてきてしまって」

「ファ!?フゥエアイァアァアァアァアイルブ!?」

「いやどんな驚き方よ」

 

そ、そそそらおめっ、こんな精神ゴリゴリ削ってくるような空間で突然背後から話しかけてきたらビビるに決まってんだろぁ!?全身の毛、主に頭部が逆立ったわ!

 

「えーと、落ち着いた?」

「おぢづいだ」

「本当に大丈夫?ま、まぁいいわ。気を取り直して………」

 

振り返った先にいたのは金髪の髪の長いすんごい美人。

このよくわからん空間にいたよくわからん人は、私を観察するような眼で見てくる。

 

「私は八雲紫、名前くらいは聞いたことあるんじゃないかしら」

「えーと、八雲八雲………あー」

 

八雲紫ぃ………何故こんな人とぉ………死にそう。

 

「…えーと、本当に大丈夫?顔真っ青よ?」

「いやあの、ホントもう無理、ヤバイ」

「え、まさか吐く?ここで?」

「うっ、おろ——」

 

 

「吐いたらすっきりしやした」

「そ、そうならよかったわ」

 

口から出した瞬間に口元に空間の裂け目的な何かが出来て嘔吐物がそこに入っていった、よくわかんねーけどこの人すげー。

 

「えっと………八雲様?さっきはとんだ無礼を」

「様はやめてもらえるかしら」

「なんで?妖怪の賢者と呼ばれるくらい凄い方なら様をつけないと………じゃあ八雲さん?」

 

なぜ様がいけないんだ、ええやん様、偉そうやん。

 

「とりあえず、私は白珠毛糸です」

「毛糸ね、よろしく」

「えと、ハイ、ヨロシクオネガイシマス」

 

なんだろう凄いフレンドリーな感じするのに放ってるオーラやばい、これは幽香さんと同等、もしかしたらそれ以上かもしれない。

 

「まぁこんな空間にいても落ち着かないでしょう?座って話をしましょう」

「座るってどこにわ〜お………」

 

既に座っていただと。

それだけじゃない、周囲が一瞬であの奇妙な空間から日本家屋てきな場所に変わっている。

どうなってんだ、空間を自在に操れるのか?しゅごい。

 

「今回貴方と会った理由は、一度話をしてみたいと思ったからよ」

「話、ですか。私なんかと」

「貴方だからこそ、よ」

「はぁ」

 

私だからこそ、かぁ。

地底に行ったことかなああああ!?謝るから見逃してくれないかなああああ!!

 

「別に貴方が地底に行ったことには何も思っていないから、安心して」

「あ、はい」

「前々から貴方にはとても興味を持っていたのよ」

「私に?」

「えぇ、なんの力も持たない毛玉という種族でありながらも、種族を大きく変えた力を持っている。それも、その力は他人由来、貴方自身も不思議に思うのでしょう?」

 

………

一体、この人は………

 

「どこまで知っているんだって顔してるわね。そうねぇ、貴方が今よりもっと先の未来から転生してきた、ということは知っているわよ」

 

ま、じ、でぇ?

ま、じ、かぁ。

 

「誰から聞いたんですか」

「誰からも。私はただ貴方が話しているのを聞いただけよ」

 

ふーむ、つまりなんらかの方法で盗み聞きしてたと。

なんて事しやがるんだこの美人、やばいやつやん、いや、やばいってことは前々から聞いてたけれども。

 

「えーと……八雲さん、あなたみたいなとんでもないお方がどうしてこんな毛屑のカスのゴミクズの価値ゼロのもじゃもじゃなんかに?」

「凄い卑屈ね、あと紫でいいわ」

 

とりあえず、問答無用でお前を消すゥ!!ってされてないから多分殺されたりはしないはず……されないよね?

 

「そうねぇ………まずは私の夢、理想から言いましょうか。私が妖怪の賢者としてこの幻想郷を管理しているのは、来るべき時に備えるためよ」

「来るべき時?」

「そうよ。貴方が元いた時代、そこには私たち妖怪は存在しておらず、伝承や伝説として語り継がれている。違うかしら?」

「えぇまぁ、大方」

 

なんか仲良くなったらメダル落としたり、目玉が親父だったりするけどね、あとそんなこと言ったことあったっけ。

 

「それを貴方はこの時代と比べて、別の世界だと思っている。でもそれは違うわ」

「えーと、どういう意味で?」

「貴方が元いた世界と、この世界は同一のものということよ」

「でもそれなら、こんなに妖怪がいるのがなんでこの先の時代で存在がなかったかのように………」

「貴方にはまず妖怪の本質を理解して貰わないとね」

 

今の話が本当なら、今の時代にこのわんさかいる妖怪や妖精が、未来で完全に消失してしまっているということになる。

どうしてそんなことになる?人間が妖怪を滅ぼしたのか?いやでもそれじゃ、存在が無かったことになっているのには説明がつかない。

…私のこのちっぽけな脳みそじゃ考えるだけ無駄か。

 

「妖怪とは、人間の恐怖から生まれたもの。感情という概念から生まれた妖怪は、精神に大きく比重を置いている。そして妖怪は人間から恐れられることで力を増す、他にも色々あるけど、これが一番強くなろうと思えば早いわね。つまり人間が妖怪を恐れなくなると、どうなるか分かるかしら?」

「……妖怪が消滅する、か」

「その通りよ、恐らく貴方の時代で妖怪が居なくなったのは、人間が妖怪を恐れなくなったから」

 

妖怪は恐怖から生まれたもの、ねぇ。

確かに幽香さんとかルーミアさんとかめっちゃくちゃ怖いもんね、ラスボスの風格出てるもんね、そら強いわ。

確かに私が元いた時代では、妖怪を恐れているものなんていない、だって存在を知らないから。

じゃあ人間が妖怪を恐れなくなった理由は………

 

「………技術力の発展?」

「恐らくね。河童を見れば分かりやすいんじゃないかしら。彼等はとんでもない早さでその技術力を上げている。人間が遅れをとっているのは、霊術などがあるからというのもあるだろうし、妖怪に襲われているというのもあるでしょうね」

「それでも、人間は少しずつ技術を発展させている」

「そうね」

 

河童はこのまま行くと、私のいた時代くらいになったらガン○ムくらい建造してそうだけど。

人間が銃などを発明し、妖怪と人間の力関係が逆転すれば妖怪は一気に消滅に追い込まれる。

もし私のいた時代と同じ世界なら、あの時代の歴史の教科者通りにことが進んでいくはずだ、鉄砲なんて言ったら、火縄銃だったらもう既に作られてるんじゃなかろうか。

 

「私が何をしたいのかというと、そんな貴方のいた時代のようにしたくない、阻止したいのよ」

「ってことはつまり、人間が科学を発展させる前に潰すってこと?」

「それも有効な手段かもしれないわね。でも人間はこの国に限らず他のいろんな土地にいるわ、逆にそのことで人間を刺激し、逆に消滅を早めてしまうかもしれない」

 

それならいいんだ、今は毛玉とはいえ人間が嫌いってわけじゃない、人間を滅亡させたら今度は妖怪が滅亡するだろうし。

 

「じゃあ、何をするつもりなんですか、紫さん」

 

そう聞くと、紫さんは僅かに口角を上げた。

 

「人間が妖怪を信じなくなる、それを逆転させるのよ」

「逆転?えーと………えー?」

「詳しく説明してもしょうがないから省くけど、この土地一体を全て結界で覆うわ」

 

んなアホな、それに結界で覆ったところでいったいどうするんだ。

 

「結界の効果は、その結界の外の非常識を中の常識とする、ってとこかしら」

 

バリバリ概念系キタコレ、ちょーっと何言ってるかわからないですねぇ、ここではリ○トの言葉で話せ。

 

「人間が妖怪を認知しなくなるその前にこの結界を張り、この土地を外界から遮断して妖怪の消滅を逃れさせる。これ以外に方法はないと私は思っているわ」

「んなめちゃくちゃな………でもできるから言ってるんですよね」

「その通りよ、まぁ成功するかしないかは一か八かってところかしら」

 

確かにそれなら、未来で妖怪の存在がなくなったままで、変に歴史改変みたいなのが起こる心配もないだろう、過去改変とかできるのかしらんけど。

そもそも私の記憶が全て私の妄想説も捨てきれないし、そんなことはないと信じたいけど。

 

「まぁこの話はこのくらいにしておきましょう。要するに私は、貴方に協力してほしいのよ」

「協力って………私なんて特に何かできるわけでもないと思いますけど」

「貴方はまだ今まで通り生活してもらって構わないわ。私と貴方、妖怪と人間が共存できるようになってほしいという想いは同じでしょう」

 

そんなこと一言も言ってないと思うけどなぁ。

まぁその通りなんだけど、まだってのが気になるなぁ。

あとどんだけ知ってるんだこの人、私の頭の中でも覗いてんの?

 

「ただ、私は同じ志を持つ仲間を増やしたい、それだけよ」

 

………嘘だ。

使える手駒を増やしておきたいっていう魂胆が丸見えだ、私なんていなくたって、目的を達成するならこの人一人でも十分なはず。

嘘だとはわかるんだけどなぁ、真意がまるでわからない、まるで底無し沼だ、考えれば考えるだけ沼にはまっていく。

私ごときが推し量れる人物じゃないってことは確かかな。

 

「それに、気に入ってくれたでしょう?この幻想郷を」

「うん、まぁいいところだとは思いますよ、何度も死にかけてることを除けば」

「貴方は相当運が強いみたいだから、そうそう死なないと思うわ」

「確かに、私は相当運がいいです、貴方みたいな凄いお方とこうやってお話できてるんですから」

「別に心にないことは言わなくたって構わないのよ」

 

ばれてたか。

本当に、どこまでわかってんだこの人。

 

「別に貴方に何かをしろと要求するわけじゃないわ、貴方は今まで通りの生活をしてくれたらいい。その日が来たら、私に協力して頂戴」

「えー、まぁ、はい、わかりました」

 

逆に考えたら、私がとんでもない危機に陥ったらこの人が助けてくれるかもしれないってことだ。

いやほんと、願望1000%なんだけど、そう願いたい。

断って、じゃあ貴方には消えてもらうわ、的なことなってもやだし。

 

「そう、感謝するわ。貴方は人間としても、人外としてもその思考を巡らせることができる、そこに私は惹かれてるのよ」

「それができないって、単純な相手の気持ち考えない自分勝手な奴って事じゃないですか」

「そういうのが妖怪には多いの、知ってるでしょう?」

 

うん、知ってる。

 

「じゃあ長くなってしまったし、そろそろお別れにしましょうか。最後に一ついいかしら?」

「え……いいですけど」

「なら言わしてもらうわね。貴方、自分の存在について相当悩んでるみたいね」

 

いやだからほんと、どこまで………

 

「今から言うことをしっかり覚えておくといいわ」

「………」

 

「毛玉としての貴方と、人間としての貴方、それは同じとも言えるし、別々とも言える。ただそれはどちらも貴方の中にあるわ」

「…えーと、どういう意—」

「それじゃあまた会いましょう」

「ですよねっ!」

 

 

 

 

「あだっ!ってぇ、ケツ割れたぞー……というか余計モヤモヤするようになっちゃったじゃん!もー、寝れっかな」

 

突然穴のようなものに吸い込まれて、自宅の前に落とされた。

パル○アかな?空間を司ってるのかな?

あと手紙天狗に渡し損ねてるし………

 

毛玉の私と、人間の私か……もし別々だとしたら、私は毛玉としての私となるのだろうか。

でもそれなら人間の私って一体……同じとも違うとも言ってたし、もうわっかんないねこれ。

まぁ、言われた通り、この言葉は忘れずに覚えておくけど。

 

「………もう夜明けかぁ」



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いつも通りのようで全然そうじゃなかった日々

あー、何回めの夏だっけこれ。

暑いよー、うちわで仰ぐの面倒くさいよー。

 

「ちょっと、こっちにもやってよ」

「なんで私が他人のためにうちわ振らなきゃいかないんだこのバカ氷精」

「ひょうせいだから暑いの苦手なの、溶けるから、こっちにもやってよー」

「ったくしょうがないなぁ」

 

なんか今年だけめっちゃ暑いなぁ。

夏は嫌いです。

セミは煩いし、蚊はいるし、虫が湧いて出てくるし、暑いし、梅雨時は湿気高くなるし。

にとりんよ、エアコンを発明するのはいつだい。

 

「いやでも本当に、今年の暑さは凄いですね。何人か妖精たちも暑さにやられて一回休みになってますし」

「バカは風邪ひかないけど暑さで死ぬんだな」

「ばかは風邪引かないならばか最強じゃん、すげーなばか」

「はー、これだからバカは」

「二人ともそのやり取りあと何年するつもり?もう聞いてて飽きてくるんだけど」

 

週四でやってるね、もうお互い慣れてきてよっぽどのことじゃないと言い合いにまで発展しなくなってきた。

慣れってやつだね、私は未だに毬藻って言われたらブチギレるけどな!心の中の私が叫ぶんだ、私はス○モなんかじゃないって。

 

「その髪暑そうだな、切ってやろうか、ずたずたに」

「やれるものならやってみるがいい、私の髪の毛は切られても10秒で元に戻るぞ」

 

何故か私の髪の毛は切ってもまたすぐ元の長さになる。

元の長さと言っても、切った時より短くなってる時はある。

私の髪の毛ってめちゃくちゃスローで伸びてるらしいから、多分切られると初期値に戻るんだろうね。

どうでもいいわ。

 

「ぬわあぁん暑いよー、なんか急に二人が避暑地としてこの家と奥の穴使い始めるから人口密度上がって暑いよー。氷もすごいペースで溶けていって霊力が微妙になくなっていくよー、もーやだー」

「多分もう少しで涼しくなっていくはずです、もう少しの辛抱です毛糸さん」

 

チルノは氷、つまり冬の妖精だから夏が苦手なのはわかる。

でも大ちゃんは緑っぽいから夏の妖精な気がするんだけどなぁ、まぁ今の状況を見るに違うってことなんだろうけど。

 

「というか、もうほんとむり、しぬ」

「おいチルノォ!死ぬなァ!チルノォ!」

「大声出したら毛糸さんも死にますよ」

 

無言でチルノの頭に氷をぶっかける。

もうこの家を氷で覆い尽くしてやろうか、豆腐を氷でコーティングしてやろうかこのやろう。

 

「こんな狭い家いてもしょうがないね、湖いこうよ二人とも」

「いいですけど、チルノちゃんおぶってくれませんか?」

「こいつぅ………」

 

 

 

 

湖、数年前までは普通の湖だった。

それが突如、今年になってからずーっと霧に覆われている。

ほんっとうに、マジで酷い時は数メートル離れた相手も見えなくなるくらい霧が濃くなって、誰なんだあんた一体状態になる。

そんなことは滅多にないけど。

 

「やっぱこっちのほうがまだ涼しいね、多分」

「それはそうですけど、毛糸さん頭大丈夫ですか?」

「大丈夫ですけど、至って正常ですけど」

「あ、いや、そうじゃなくて、髪の毛濡れるんじゃないかって」

「んあー?あー、洗うからいいや」

 

霧がずっと出てる原因は完全に不明だけど、あれだろ、その時不思議なことが起こったんだろ、もうそういうことでいいじゃん。

今は霧がそこまで濃くないけど、室内にいるよりは断然涼しい。

 

「んあー、こっちの方が涼しいなりー」

「あたい復活!ぐへっ」

「復活して1秒ももってないよ、生きかえれー、ザオ○ルー」

 

あえてザオ○クではなくザオ○ルである、特に理由はない。

真面目に熱中症かなんかじゃないのだろうか、チルノ。

 

「本当に、今年の夏は暑いわね」

「うわっ、なんか出た」

「なんかってなによなんかって」

「えーと………し、しらさぎ姫?」

「わかさぎ姫よ!惜しいけど間違えないで!」

「あ、あー、ワラ詐欺姫ね」

「わざとでしょ!」

 

そうですけど。

 

「どうしたんですかわかさぎ姫さん」

「そうだそうだ、いっつも湖の中で引きこもってるくせに何故急に上がってきたんだ」

「人魚って言ってもね、空気も吸わなきゃ生きていけないのよ」

「うぇ?マジ?」

 

人魚は両生類だったのか………いや絶対違うな。

じゃあ哺乳類なの?えーー?

そもそも妖怪は妖怪だな、うん。

あと湖は底が全く見えないくらいには深い。

 

「この夏は急に暑くなって、湖の中の他の奴らもなんかいろいろ影響あって、襲われそうになったから上に逃げてきた」

「いつも食べられそうになってますね」

「本当だよ、なんでそんなにみんな食べたがるのかしら」

 

確かに美味しそうだもんね、わかさぎ姫。

動物的目線から見て、栄養豊富そうだもん。

 

「う、急に寒気が、こんなに暑いっていうのに」

「誰かが食べようと思ってるんじゃない?」

「あり得なくはないわね……というかなにその目、怪しいんだけど、何その目、ちょ、こっち見ないで、獲物を見る目なんだけど」

 

ち、バレたか、察知能力だけは高いな。

いやー冗談なんだけどね冗談、ほんとだよ?毛玉嘘つかない。

 

「最近いろいろおかしいんだよねー、急に霧は出るわ、今年の夏はめっちゃ暑いわ、机の足に小指ぶつけるわ、こけて頭に石がクリーンヒットするわ、もうおかしいよね」

「いや後半関係ないですよね」

「それはそうとさー、ここに名前ってあったっけ」

「名前ー?」

 

そう言われてみれば確かに、この湖のことを湖としか呼んだことがなかったな。

まー多分幻想郷に湖ってここしかないんだろうけど。

 

「私はこの湖から外なんて出たことないからわからないけど、確かに名前って無かったわね」

「私もずっとこの湖の周りにいますけど、名前とかはついてなかったと思います」

 

名無しの湖ねぇ、別に名前なくてもいいとは思うんだけど。

名前つけるなら幻想湖?ないっすね、名前安直すぎる。

 

「じゃあもう霧の湖でいいんじゃねーの」

「チルノお前………私の三倍センスあるな」

 

どんぐりの背比べ感は否めない、でも個性的ではあると思う。

年中霧が出てる湖なんて日本全国探してもここくらいじゃないのかな?私が知らないだけなのかも知れないけど。

 

「じゃあそれでいいんじゃない?今日からここは霧の湖ってことで。深く考えても無駄だよ無駄」

「なら私、みんなにここの名前が決まったこと教えてきますね。どれくらい覚えてくれるかわかりませんけど」

「あたいも行く!あたいが名前決めたって自慢する!」

 

そんなんでマウント取るつもりなのかお前………もっと他のことで自慢しなさいよ。

あ、行っちゃった。

うむ、暇なり。

山の連中は………遠いし面倒くさいし今度でいいや。

 

「私はここから動けないからなぁ」

「じゃあちょっと遊ぼうよ」

「いいけどなにで?」

「じゃあまずルールを………規則説明するよ」

 

 

 

 

「じゃんけんぽん、あっちむいてほい」

「アアア!!また負けた!こういうのって普通慣れてる方が強いんもんでしょ!?おかしいでしょっ!」

「なんかこう………凄く読みやすい」

「なんで!?」

 

解せぬ、あっち向いてホイの部分で5回連続当てられるのは解せぬ。

さてはわかさぎ姫お前、超能力を………

 

「もう一回!」

「わかったわよ」

「ジャンケンポン!」

「あっち向いてほい」

「クッソがあああああああ!!」

「いや悔しがりすぎでしょ」

「もういいです!わかさぎ姫とは一緒に遊んであげません!」

「なんでそうなる」

「私が勝てないから」

「自分勝手か」

 

自分が勝てるゲームだけをする、これ常識じゃろ。

 

「じゃあこれで最後!」

「はいはい、じゃんけんぽん」

「しゃあ勝ったァ!あっち向いてホ——」

「そーなのかー」

「ぇ………」

 

私の右手が………食われている、だと。

後ろ向いたらルーミアがいた。

 

「ちょ、何食べてんの!?離しなさいこのっ、あ」

「あ」

「あああいってえぇええぇえ!!私の右手がああ!!」

「まずっ」

「てめぇ!人の手食っといて不味いとはなんだ!お世辞でも美味いって言っとけや!!」

「まずい」

「ぶっ潰したろかワレェ!!」

「ちょ、落ち着いて!」

「落ち着いた」

「うわこわ」

 

感情の起伏が激しいのかもしれない。

よくよく考えたら右手くらい食べられてもすぐまた生えてくるからね、別にいいよね。

なんなら腕がどっちも吹き飛んでることあるし。

 

「………よし、治ってき」

「あむ」

「いい加減にしろォ!」

「あむあむ」

「いて!お前あむあむ言ってるけど思いっきり歯が食い込んでるんですけどっ!やめなさいこの、離れなさいっ!」

 

また手持ってかれたし………治るからって食べていいわけじゃないんだぞ!あと不味いなら食うな!

どうせなら左腕持っていけばいいのに、その時は思いっきり泣いてやるけど。

 

「あっち向いてホイ」

「え、ちょ」

「うぇーい私の勝ちィ!」

「不意打ちじゃないの!」

「勝てばよかろうなのだァァ!!」

 

過程や方法などどうでもいいんだよ!!

は!大ちゃんとチルノの気配。

 

「おーい、自慢してきたぞー」

「本当に自慢したんかい」

「まぁここ名前覚えててくれそうなのは三人くらいでしたけどね」

「逆にその覚えられる三人って一体なんなんだ、気になる」

 

並の妖精以上の知能は少なくとも持ち合わせていることになる。

一体何者なんだ。

妖精か。

妖精を馬鹿にしているのは私か。

 

「って、え、今気づいたけどその手どうしたんですか」

「食われた、こいつに」

「まずかったのだー」

「だから不味かったはやめろって、地味に傷つくでしょーが。せめてなんとも言えない味だったって言いなさいよ」

「なんの価値もない味だったー」

「ひど」

「いや問題はそこじゃないと思うんですけど」

 

というか、ルーミアさんの方には私旨そうって言われた気がするんだけど?やっぱ不味かったの?

不味いなら食べないでね!

んえ?チルノなんで震えてんの?

 

「おいバカ大丈夫?」

「チルノちゃん大丈夫?」

「こ……」

「こ?」

「ここであったが二年目!決着をつけてやる!」

「そーなのぶへっ」

「ルーミアー!」

 

先生!チルノさんがルーミアさんを殴りました!

グーで!

 

「おいどーしたバカやめろ!」

「こいつはあたいを怒らせた!なんか急に背が伸びてて生意気だから攻撃したらぺしってやられた!」

「お前ルーミアさんにケンカ売ったの!?本当にバカだな!あとなにそのピンポイントな記憶力!」

「え、なに、どういう状況、飲み込めないんだけど」

「チルノちゃんがルーミアに何か怒ってるとしか!」

「ふんぬ!」

 

チルノが一方的にルーミアを殴っている、ルーミアは、そーなのぶへ、と、そーなぶは、しか言わない。

 

「やめろ!そんなに刺激したらまだ昼間なのにえーと、その、夜の間だけ目覚める第二の人格的なのが目覚めちゃうかもしれないでしょーが!」

「そーなのぶへ」

「おりゃりゃりゃりゃ!」

「そーなのぶは」

「おいバカ、いい加減にゴフ」

「毛糸さーん!」

 

チルノに普通に殴られた。

 

「ここはどこ、私は誰」

「そんな………記憶が………」

「ってそんなことやってる場合じゃない!おいチルノ!いい加減にぃ………」

「毛玉…じゃなかった、毛糸さん?毛糸さーん!」

「気絶したね」

 

………っは!一瞬気絶してた!

チルノを止めないと……ん?

 

「親方正面から女の子がグハッ」

「へぐぁ」

「チルノちゃーん!」

 

急にチルノがふっとばされた。

何があったチルノ、って気絶してるし。

 

「一体何が……あ、あれは」

「んあ?あれってな……あ、アレは」

「あれってなによ、気にな…ちょっとよくわからない」

 

あ、あの見ただけで人を殺せそうな目つき、雑魚が近寄ることすら許されない風格。

 

「餓鬼が………舐めてると砕くぞ」

「な、なぜこんな昼間に…」

 

封印が完全に無くなったのか?いやでもまってよく見たら………

 

「ち、小さい」

 

本来のルーミアさんならもっと背が高いはずだ、それがちびっこサイズになっている。

中途半端に封印が解けたのか?

 

「お前ら、あんまり舐めてると食うなのかー」

「うぇ?」

 

え、いや、なんて?

 

「次舐めたことしたら次は本当になのかー」

「う、うえぇ?」

 

なんか最後の方凄く緩いんですけど。

え、いやあの、え?どうなってんの?

 

「ぶっこなのかー」

「あ、あの、大丈夫ですか?」

「そうなのかー」

「あ、完全に戻った」

 

な、なんだったんだ今のは………気のせいか、うんそうだ、気のせいだ。

私はなにも知らないしなにも見てないし知らないし無関係だし知らないし知らないし。

 

「おどろかせやがってこの——」

「そーなのかー」

「ぐは」

「チルノちゃーん!」

 

あ、やっぱ戻ってないわ。

 

「急に襲ってくるなんてなんなのだー?殺すのだー」

「い、いや戻って?ん、んー?ど、どどっちなんだこれ」

「チルノちゃんしっかり!」

「う、あたいはいったい、ここはどこなんだ」

 

せんせーチルノさんの冒険の書が消えましたー。



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毛玉と幽香

「あれかー?嫌だなー、嫌だなー、嫌だな……嫌です」

 

風に流されて辿り着いたから、場所なんてほぼほぼ覚えていなかった。

だからりんさんに聞いて、足を生まれたての子鹿の如くガクガクさせながら、いや浮いてるからガクガクはしないけど、なんとかここまで辿り着いてきた。

いやー、優しいの知ってるよ?知ってるけどさ、オーラってものがあるじゃん、強者の風格っていうの?

あのりんさんが死にかけたって言うくらいの強さだよ?怖くない?怖いよね。

でもそうやって自分で勝手にビクビクするのもいやだから、いい加減にケジメをつけようとここへ来た。

決意を抱くって大事だよね、うん。

 

太陽の畑

季節問わず一年中ひまわりが咲き、全てのひまわりが太陽の方を向いていてその景色はすごく壮観だ。

でもやっぱりひまわりは苦手だ、真ん中の部分が無理、なんか凄い密集してて無理、無理です。

もしかしたら私は集合体恐怖症なのかもしれない、私は毛が集合してできてる存在だけどね、多分。

 

頭、そして手首を順番にさする。

無くしちゃったなぁ、花、怒ってないかなぁ、そもそも私って気づくかなぁ。

もちろん攻撃されそうになったら全力で逃げるつもりだけど、大丈夫かなぁ、大丈夫だよね、根拠はなんもないけど。

 

太陽の畑の周りをぐるっと回り、入り口らしきところを見つけたところで足を止める。

来る時にりんさんに止められたんだよなぁ、目潰しまでされて。

ビクビクしてる私が言うのもなんだけど、みんな幽香さんのこと怖がりすぎなんじゃないだろうか。

そりゃここを荒らしたやつには容赦ないかもしれないけどさ、それだけで人を判断しちゃダメですわ。

髪だけで人を判断してはいけない。

 

意を決して、太陽の畑の中心へとつづいている道を進み、その先にある家に向かって歩み出した。

周りのひまわりが太陽の方を向いているはずなのに私のことを見ている気がする、落ち着かない、怖い、帰りたい。

でも行くしかないんだよなぁ………はぁ。

 

 

 

 

ダメだ、ここに来てコミュ障が発動してしまった、

ノックすらできない、いやそもそもこの時代にノックっていう概念あるの?でもこの家は洋式っぽいからノックが通じるんじゃ……いやそもそもここは日本だぞ?ノックってどこで生まれた文化なんだ?ノックしたとして曲者と思われて即爆殺されたらどうするの、どうするというより死んでるじゃん。え、なに、さりげなくここにいるアピールできないかな、ずっとここにいても気配感じ取られてたら絶対怪しまれるしそもそも手遅れかもしれな………

考えるのやーめた。

頭の中を真っ白にしてノックをする。

 

だけど何秒待っても来ることはなかった。

もう一回……いややめとこ。

留守なのかなぁ?それとも寝てるのか。

いや寝てはないな、真昼間だし、寝てるかもしれないけど。

 

家の周りをぐるっと回ってみたけど、中に人がいる様子はない。

うっわ、せっかく死ぬ気で来たのに留守ですか、最悪。

場所覚えたし出直そ、三年後くらいにまたこよ。

後ろを向いて家を引き返した。

 

「あだ、すみません………ぇ」

 

誰かにぶつかった………だと?

えっと……あ、冷や汗やばい、やばいやばい。

すぐに謝ったけど顔が上がらない、というか上げたくない。

このまま粒子レベルに分解されて消えたい、もしくは溶けてなくなりたい。

 

「こんなところに人が来るなんて、珍しいわね」

 

あっへぇん。

お、おおあおいああ。

うぇ………幽香さんだ。

 

「ど、どどうも」

「何の用かしら、ここに来ると危ないって誰かに聞かなかったのかしら」

「いやあの、えと、まぁ、えと、こう………」

 

な、なななんて言ったらいいんだっけ。

えーあーえーっと、んーー?いやえーと……

 

「………」

「……何か話したいことがあるなら中で話しましょう」

「は、はぃ」

 

 

 

 

う、後ろから気配ゼロで超至近距離に来るなんて、普通声かけない?声かけるでしょ?かけないのが常識なの?

とりあえずめっちゃ背筋が伸びてるのは感じてる。

お茶を入れてくれたので落ち着くためにも飲ませていただいた。

で、顔を見てまたなんも言えなくなって。

そしてもう一杯入れてくれて、そして顔を見て。

今三杯目。

あっれぇ、紫さんのときでもこんなに緊張してなかったぞぉ?なんでや、二人とも放ってるオーラは同じくらいなのに。

 

「……すごい頭ね」

「えあ、はい、よく言われます」

 

会う人の8割に言われます。

なんか気分が一気に落ち着いた、ありがとう私の髪の毛。

 

「えっと………実は私、数年前に幽香さんにお世話になってまして………」

「………」

 

あ、やばい、眼光で死ぬ。

なにその目、え、怖いんだけど、え?私死ぬの?死んじゃうの?さようなら現世よろしく冥界しちゃうの?

というか柊木さんの65倍くらい眼光やばいんだけど。

 

「覚えて、ませんか?毛玉なんですけど………」

「………」

 

あ、目を瞑った。

………

いや止まったんですけど、今思い出してるのかな?何か言ってよちょっと、あの、おーい。

あ、空気が重すぎて圧死しそう。

 

「いらっしゃい」

「………うぇ?」

 

………ほわっと。

うぇあえ?いらっしゃいってなんぞ。

 

「覚えているわよ、あの時の毛玉でしょ。まぁ立派になったわね」

「えー、あ、おかげさまで」

「毛玉ってそんな頭になるのね」

 

やっぱり髪かい。

 

「それに、私とよく似た妖力を持っているようだし」

「あの、それに関しては」

「大体予想がつくからいいわよ、こっちもそんなに緊張されたら申し訳ないわ」

 

ごめんなさい、でも緊張はしょうがない。

理由はわからないけど、この人からもらった妖力のおかげで私は今まで生きてこれた、妖力がなかったらまず間違いなくとっくの昔に死んでいる。

本人がどう思ってるかは知らないけど私は五百回くらい感謝の気持ちを述べたい。

え?チルノ?あれは………本人忘れてるっしょ。

 

「気付いてる?」

「はい?何をですか」

「貴方、それなりに噂になってるのよ」

「えー?」

「多分大袈裟にされてるでしょうけど、妖精を従え山とも繋がりを持つ、とか言われてたわ」

 

山と繋がり?えーと………五人しか知り合いいないっす。

妖精なんか従えてないし、寧ろ従ってる時もあるし。

まぁ幽香さんも話だけ聞いてたらとんでもない悪人サディスト扱いされてるから噂なんてそんなものだと思う。

 

「流石にそこまでは……山に知り合いはいますけど」

「そう、その人達とは親しい仲なのかしら」

「親しい………親しいと言えば、まぁ」

 

突然押しかけてきて酒飲んで嘔吐してくるくらいには。

 

「いいことね」

「はぁ…それはどうも」

「友人はいるに越したことはないわ、大切にしなさい」

「え、あ、はい」

 

一体何を教えられてるんだ私は………

幽香さんがすごく寂しそうな顔をしている。

 

「私にはそういう友人っていうのがいないからね」

「……それは」

「えぇ、私が恐れられているからよ」

 

………そのオーラのせいでもあると思います。

 

「最も、妖怪ならば恐れられて当然、恐れられているから妖怪は存在することができる。それが力のある者なら尚更」

「でも私は、恐れられたいとは思わないです」

「そういう考えを持つ者もいるでしょうね。一口に妖怪と言っても、それは人間より遥かに多様なのだから」

 

そもそも私は未だに自分が何者かわかっていない。

きっと私という存在が不安定なんだ、妖力と霊力を持っているのが関係あるのかは知らないが。

自分が一体何者か分かるまではとりあえず、私の好きなようにするつもりではあるけど。

 

「貴方くらいよ、私みたいなのに近づいてくるのはね」

「それはまぁ、私だって怖いですけど」

「恐れを知らない生き物は生きる価値が無いのと同等よ。恐れているから生きることができる」

「………私の場合、怖いのは怖いけど幽香さんがどういう人かちょっとだけ分かるので」

「そう……貴方から見て私は何に見えるの?」

 

うぇ………んー、なんて答えよう。

 

「確かに気配とかは怖いし、凄く強くて何も知らなかったら怖がると思います。けどやっぱり優しいんですよ、私が知ってる幽香さんは。本当は一人が好きじゃなくて、ただ花が好きなだけ、そういう人だと思ってます」

 

幽香さんだってただの人だ。

妖怪や人間に、大した違いはないと私は思う。

どっちも感情を持っていて、どっちも生きていて、いつかは死ぬ。

違うのは寿命とか、力とか、種族的なものだけだ。

 

「私なんかが知ったように言ってしまってすいません」

「謝らなくていいのよ。そうね、私はそういう妖怪なのね」

「私は嫌いじゃないですよ、幽香さんのこと。じゃなきゃわざわざ会いに来ませんもん」

「ありがとう」

「寧ろお礼を言いたいのはこっちの方っていうか………」

 

幽香さんは普通の人だ。

寧ろ私より遥かに普通だ、異常な奴扱いされるなら本当は私がされるべきだと思う。

 

「あ、そういえば。あの時にもらった花冠、色々あって無くしちゃいました」

「あぁ、いいのよ別に気にしなくて。その様子だと大事にしてくれたんでしょう?それだけで嬉しかったと思うわ」

「嬉しい、花がですか」

「えぇ」

 

花が嬉しいとか思うのだろうか。

いや、幽香さんが言うならきっと感情とかあるんだろうけども。

私みたいな奴が見ても、植物は植物としか見えないなぁ。

 

「花、やっぱり好きですか」

「当然ね。孤独を紛らわせてくれるし、純粋で、汚れのない、色で表すなら白のような存在よ」

 

白………私は白色だけど色で表したらきったない色してるんだろうな。

花は色とりどりだけど、幽香さんから見たらそれは真っ白な存在だと……よくわからん。

 

「まぁ、私で良ければ友人?になりますよ」

「今まで生きてきてそう言われたのは初めてね」

 

めっちゃ寂しいじゃん………今までそうだったからこんな花に囲まれた生活を何年?何十年?わからないけど長い間続けているんだろう。

 

「名前いいましたっけ、白珠毛糸です」

「知ってるでしょうけど風見幽香よ。その名前は自分で考えたのかしら?」

「いや、付けてもらいました」

「そう」

 

思えば私って凄く友人に恵まれてるんだなぁ。

友人だけじゃ無い、それ以外も含めて、私は恵まれている。

 

「会いにきてくれてありがとう」

「こちらこそ、私なんかと話してくれてありがとうございます」

「よかったらまた遊びに来て。出せるものなんてないけど、また話をしたいわ」

「はい、わかりました。それじゃあ」

 

 

結局少しの時間話しただけだったけど、幽香さんの家を出て私は太陽の畑を後にした。

ずっと違和感があったんだけど、あの家って幽香さん以外に誰かいたのかな。

外はまだ全然明るいけど、さっさと帰ることにした。

 

 

 

 

「………隠れてないで出てきたらどう?」

「あら、見つかってたのね」

「胡散臭い気配で丸わかりよ」

「彼女には優しいのに私には酷いのね」

「何を今更」

 

彼女が去ったあと、天井に現れた不気味裂け目から八雲紫が薄ら笑いを浮かべながら体を半分現す。

 

「来るのは構わないけど歓迎はしないわよ」

「少し話をしようと思っただけじゃない」

「………彼女に何をしようとしているの」

「あら、まるで自分の所有物に手を出すなって顔ね」

 

この女はいつも腹の立つ言葉ばかり……

 

「凄い形相ね、私、嘘は言ってないと思うのだけれど」

「どうでもいいわ、煽りに来たのなら帰ってくれるかしら」

「安心して、別に彼女の意思を無視してやるって訳じゃないわ。ちゃんと本人の承諾を得てから協力してもらうわよ」

 

信用ならない。

いつだって自分の望んだ通りの結末にする、その為なら本人の意思なんて関係なく行動を起こすはずだ、この女は。

 

「何よその目、信用ないわね」

「信用が欲しいなら素行を改めたら?」

「いらないし、別に私素行悪くないでしょう?」

 

全く、どの口が………

 

「答えなさい、次は何をしようとしているか、あの子に何をする気なのか」

「そうねぇ、別に今すぐってわけじゃないわ。私の望む理想郷、それが完成する時に、彼女に手伝ってもらいたいことがあるってだけよ。というか、まだ二回しか会ってないのに随分彼女のことを気にかけるじゃない」

「………」

「今回貴方に会いに来たのは、彼女の力についてよ」

 

あの子の力?

 

「貴方が一体なぜそんなことを知っているのかしら」

「今はそれはどうでも良いでしょう。いきなりだけど言わしてもらうわね。彼女、白珠毛糸の能力は………」

 

 

 

 

「………いいでしょう、本人がそれを良しとするなら」

「貴方の同意を得られて良かったわ、実行直前に貴方に敵対されたら堪ったものじゃないから」

 

きっとあの子はそれをやると言うのだろう。

 

 

それが彼女が選ぶ選択ならば。



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山の面倒なこと

「うぇーい柊木さんおつかれさーん」

「うわ!?なんだお前急に!」

「なにって、見かけたから絡みにきたんですけど」

「勤務中だ帰れ!」

「せっかく遊びに来たんだから茶くらい出せよ足臭ー」

「臭くねぇし、出そうにもなんも持ってねえわ!それに持っててもお前には出さん!」

 

うわ酷い、それが女性への態度ですか。

え?お前毛玉だろって?そーですね。

 

「勤務中ってなに、哨戒?」

「あぁそうだよ!人間の動きも探るついでにな!わかったら帰れ!」

「何連勤?」

「あ?」

「何日連続働いてんの」

「………二十超えてから数えるのやめた」

「社畜乙」

 

休みっていう概念があるだけ妖怪の山は時代を一歩先取りしているのかもしれないけど。

いやーしっかしよく働くなぁ柊木さん。

 

「そんなに金欲しいの?」

「金は無くても山では生きていける、支給品とかいろいろあるからな。だがその支給品を得るには働かなきゃいけないんだよ」

「自炊したら?」

「しない、天狗ってのはそういうもんなんだよ」

「へー」

 

確か、天狗の種族ごとに仕事って割り振られてるって聞いたことある。

じゃあ椛とか柊木さんとか見てる限り白狼天狗ってのは哨戒とか警備とか、そういうのが仕事なんだろうか。

見た感じ大体の白狼天狗がパシリなんだよね、時代が時代なら焼きそばパン買って来いって言われてそう。

 

「柊木さんって、柊木だけなの?」

「は?何言ってんだお前」

「んだとこら。名前たったそれだけなのかって聞いてんの」

「あぁそうだよ」

 

え、そーなの?

てっきり言うの面倒くさいかこの時代でも言うのが恥ずかしいくらいの名前なのかと思ってたんだけど。

というか柊って上の名前なのか下の名前なのかもわからずに結構迷ってたのに。

 

「なんで柊木だけ?椛は確かあれ………網走?」

「犬走な。別に大した理由ないしいいだろ。気づいた時には血の繋がったやつはいなくて、柊木って言葉だけが頭にあった。名前もわからなかったから柊って名乗ってるだけだ」

「………いや大した理由だと思うんですけど、なに記憶喪失かなにか?結構重大だと思うんですけど」

「知らね」

「そか」

 

この人なんか凄い適当なんだよなぁ………目つき悪いし。

 

「……あ、もしかして。柊木さんが何日も働いてるのって単にやることないだけじゃないの」

「………知らん」

「おい」

「知らん」

「知らんだけで乗り切ろうとするな」

「つか帰れよ」

「私もやることないんだよ」

「じゃあ人の仕事の邪魔すんのか」

「目が死んでる人を見つけたから確かめにきただけだし」

「とりあえず帰れよ」

「断る」

 

 

 

 

「くっ………こんな目が死んでるやつにまであっち向いてホイで負けるとは………無念」

「お前弱いな」

「勤務中にそんなに遊んで良いんですか!?」

「誘ってきたのお前だろ、で、無様に負けてると」

「お、殴り合いする?ファイナルバトルいっとく?」

「勘弁してくれ」

 

多分私の拳が砕けて終わりだと思うんだよね。

 

「ねー柊木さん」

「んだよ」

「私って小さくない?」

「……背が?」

「そうですよ?」

「おうまぁ、低いっちゃ低いな」

「やっぱり?」

 

大体の知り合いに私は背丈で負けている。

勝ってるのはそれこそ妖精連中くらいで、普通の妖怪よりは大体低い。

別に私戦うの好きってわけじゃないけど、体格差ってのは重要だと思うわけですよ。

それこそ昔戦ったき……き………おっさんなんてめっちゃくちゃガタイ良かったし、地底で見た鬼も男性も女性もみんな体格良かった。

 

「私の背って妖精以上妖怪未満なんだよね。低いなぁって、思います」

「人間の子供の大きさとほぼ変わらん妖精より高いだけ良いんじゃねえの」

「そりゃそうだけどさぁ、話す時結構見上げる形で会話することになるんだよね」

「それがどうしたんだよ」

「首痛い」

「へー」

 

へーってなに、首痛いんだぞ、首の痛み知らんのか。

 

「俺は日々の上司からの圧力と部下からの目線で頭痛いし朝から体が石みたいに重いし時々目眩するけどな」

「もう仕事やめちまえ」

 

 

 

 

「あー飽きたわー」

「いやいつまでいるつもりだお前」

「飽きるまで」

「さっき飽きたって言ったろ」

「そのような事実はありません」

「は?」

「睨むなよ怖い、友達減るよ」

「お前みたいな迷惑な奴なら減っても良いと思ってる」

 

ひど。

長々と話してたらもう日も暮れる。

いや話すというかちょっかいかけてだけなんだけど。

 

「そろそろ帰るの?」

「明日の朝まで帰らずにずっとここにいるが」

「oh………妖怪の山は働き手不足かなんかなの?まぁいいや。私やることなくて暇すぎるから妖怪の山に遊びに行くけど」

「河童のとこか?」

「イェア」

「いぇあ?………まぁいい、天狗の方には来るなよ、最近なんか色々と起きてるからな」

「色々ってなに」

「肩がぶつかるだけで殴り合いが起きるくらい全員機嫌悪い」

「治安わるっ」

 

みんなピリピリしすぎでしょ、なんでそんなに怒ってんの。

勤務時間長いからか。

 

 

 

 

「にとりさん見てください出来ました!」

「おぉ!ついに出来たか!」

「はい!毛糸さんに依頼された、もじてぃーってやつが!」

「おー、着心地も良さそうだ。もじてぃーの意味は分からないが私服にしたいくらいだよ。やればできるじゃないかるり!」

「当然です!……………下手に仕事したら地下労働に戻すっていったのにとりさんじゃないですか」

「ん?なんかいったかい?」

「いいいえなにも!」

 

 

なにやってんのあいつら。

 

「なんですかあの服」

「文字T、まぁ着やすさ抜群のダサい服かなうん。あと私の首の傷に関しては無視なのねそーなのね」

「こんなご時世に余所者が山に入ってくるのが悪いんですよ、そりゃ警戒もしますし首も斬りますよ」

「首は斬るなよ、どこの妖怪狩りさんですか」

「時に妖怪、時に人間、時に足臭、時に毛玉も斬ります」

「すみません結構ピンポイントなの入ってるんですけど」

 

こりゃ確かに治安悪いわ。

だって山に道を歩いてる頭もじゃもじゃか奴がいたとして斬るか?斬らないでしょ?職質しようよ。

無職です。

 

「というかなんで椛までついてきてんの?」

「いや私がいないと貴方その辺の巡回してる天狗に捕まりますよ?」

「前に私きた時そんなことなかったと思うんだけど」

「いろいろあるんですよ」

「へー」

 

今度は巻き込まないでよ………巻き込むんじゃねえぞ………マジで!!フリじゃないからな!

 

「あ、毛糸さん」

「おぉ、盟友、いいところに。ついに完成したんだ!もじてぃーが!」

「どんだけ文字Tのこと凄いもの扱いしてんの?それ普通着てたら凄い笑われるから、寧ろ笑いすらなくなってしらけてくる代物だから」

「な、そんなこと言う奴にこれは渡さんぞ!」

「いや頼んだの私!訴えようか?」

 

あ、どこに訴えたらいいんだろ。

にとりの手から文字Tを奪う。

 

「うわすご、これ素材なに?私の知ってるやつと全然変わんないや。………字が違うこと以外は、ってかこれ何書いてんの」

「それはですね、毛糸さんに頼まれた字は難しすぎてめんど力量不足だったので他の字で妥協しました。ちなみに胡瓜って書いてます」

「やっぱりきゅうりかい!胡瓜推しすぎ。しかもなんか無駄に字がカッコいいし」

「いらないならもらうよ?」

「あげません着ます」

「ちっ。ねぇるりもう一着作ってよ」

「めんどく…疲れたのでしばらく無理です」

「地下」

「やります」

 

おっ………見てはいけないモノを見た気がする。

とりあえずこの文字Tは家に持って帰るとして………

 

「きゅうりの種ってある?」

「え、どうしたんですか急に。きゅうりの種が好きなんですか?」

「家で育てる」

「あ、そうなんですか。じゃあはい」

「あ、どうも………いーや、え?今どこから出したの?袖から出てきたよ?うぇ?常時持ち歩いてんの?」

「河童はみんな持ってますよ」

「こわ、河童こわ」

 

やっぱり肌色悪くてくちばしがあって頭に皿があって甲羅を背負ってて尻子玉とかいう取られたら死ぬ奴をもぎ取ってるやつは違うわ、見た目こんなんでも全然違うわ。

 

「あ、そうだ見てよ。以前のあの銃なんだけど小型化できないかなって思ってなんとかやってたら片手サイズにまで収まったよ。ほら」

「んー?もろ拳銃じゃん」

「装填弾数は一発」

「おー?あー、まぁ、頑張ったね」

「こうやって眉間に押しつけて働けっていうだけで大体のやつは働くから楽でいいよ?」

 

るりが明らかに震えてるんですがあの。

そのうちロシアンルーレットしてそう。

まぁ働かない奴が悪いからね、しょーがないね。

と、無職の毛玉が申しても別に良いはず。

 

「こういう武器とかに力入れるのも本当は不本意なんだけどね、危険だし。やっぱり争い事とかに巻き込まれたら私たち河童は大体のやつが非力だからね。自衛手段くらいは待っておかないとね」

「半分嘘だろ、そーゆーの作るのに絶対楽しくなってきてるだろ」

「ははは」

「ちょあ、なななんで私に銃口向けるんですかあ!?助けて毛糸さん!」

「………」

「無視しないでえええ!!」

 

私、毛糸じゃない。

私、しろまり。

おけ?

 

「あ、そうだ。柊木さん見かけました?」

「ん?柊木さんなら山の外れで哨戒に行ってたよ」

「ありがとうございます。ちょっとあの人に用があるんで、失礼しますね。あ、帰りはなんか適当に帰っといてください」

「あ、おー……速いな」

 

椛が凄い速さでどこかへ行ってしまった。

適当に帰れって、不審者扱いされて連行される未来が見えるんですけど。

 

「ちょ、ちょっとにとりさん?いつまでこれやるつもりですか?そ、そろそろ気絶しそうなんですけどど」

 

まだやってたんかい。

 

「ばん」

「ぴぎゃ」

「えぇ………撃ってないのに死んだ?」

「玉入ってないのにね、臆病だなぁ」

「にとり、ちょっと君がそれを持つのは危険じゃないのだろうか。被害者が増える」

「え、嫌だけど」

「よこしなさい」

「嫌だ」

「よこせ」

「嫌ってあちょっと!」

 

はい没収!

くだらない寸劇しやがって、るりが死んじゃったじゃないか。

 

「おいるり起きろー、るりー。……ん?」

「どんだけ驚いたんだか。普通あのくらいで気絶する?」

「ちょ、ちょいにとり。これまずくね?」

「ん?どうしたの?」

「し、心臓動いてない」

「………は?」

 

 

 

 

「………………っは!」

「あ、蘇った」

「ザオ○ル唱え続けた甲斐があった、よかったー」

「側から見たら完全に奇行だったけどね」

「毛糸さんが川の向こうに見えた……」

「いや私死んでない」

 

完全に気絶した勢いで死にかけてたんだけど、焦ったー。

どのくらい焦ったかっていうと私が気絶しそうなくらい焦った。

 

「あれ?ここ私の部屋?」

「そうですよ?」

「………ああああ!」

 

え、なにどしたの発作?後遺症?

 

「なに人の部屋に勝手に入ってきてるんですかあああ!!出て行って!早く出て行ってええ!」

「うっせぇ大声出すんじゃないよこの引きこもり!勝手に気絶して死にかけてたのはどこの誰だコラ!」

「いいから出て行ってください!」

 

ぐいぐい私とにとりは部屋の外まで押し出され、扉を閉められた。

「こらー、出てきなさーい。田舎のおっかさんが泣いてっぞー」

「おっかさんいません!」

「じゃあハローワークいくぞー」

「なんかよくわかんないけど嫌です!」

「働けやコラア!」

「扉を蹴られたら出ようにも出れません!あと働いてます!寧ろ働いてないのは毛糸さんでしょ!?」

「毛玉に働く権利なんてあるわけないだろいい加減にしなさい!」

「そっちこそいい加減に扉蹴るのやめてください!」

 

 

「いやーごめんごめん、まさかあんなので気絶しちゃうとは思わなかったからさ」

「あんなのって、あんなのってなんですか!弾入ってたら死んでたんですけど!私が何かしましたかああ!?」

「うん、なにもしてないね」

「強いていうなら存在が罪」

「んな理不尽な!」

 

理不尽なものなんだよ世界ってのはさ。

 

「あ、そうだ。さっき部屋の中に何かの絵みたいなのあったけどあれって描いたのる」

「あああああああああああ!!あっ」

「あーあ、にとりんが変なこと言うから死んじゃった」

「え、私悪いの?私が悪いの?どこが?」

「強いて言うなら存在が悪い」

「またそれか」

 

 

今度は気絶しただけで生きてるみたいだったからそのまま部屋の中に放り投げて、私は隣の部屋で寝て、それから帰った。

絵を描いてたことがバレるだけで気絶するって、どんな絵を描いてたの?逆に気になる。

 

私は、妖怪の山が今後何かめんどくさそうなことが起きそうなので、しばらく近寄らないようにしようと思いました、まる

 

 

 

 

「はぁー………なーんでそれ俺に言っちゃうかなー。また面倒くさいやつだろそれ、知らない方が幸せだったやつだろこれ」

「妖怪の山の天狗である限り、変わらない遅かれ早かれ同じことです。それだったら早く言っておいたほうが柊木さんにとっても有利になると思ったんですけど?」

「あー、つまりあれか?俺があそこで生活してる限り絶対に避けられないと」

「そういうことですね」

「はあああぁー……」

 

もうやだ仕事辞めたい。



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引きこもり河童の日常

あたしって、なんなのだろう。

何のためにここに存在して、大したこともせず過ごしているのだろう。

生き物は皆、何かを成し遂げるために生きている。

虫や動物、植物はその種を繁栄させるため。

ならあたしは、何のために………何かをしたいっていう欲がない。

なにもしたくない、なにも考えずにただただ時間を浪費していたい。

だけど、そんな自分じゃ駄目だということも思っている。

 

なら、あたしは何がしたいのか、何を成し遂げたいのか。

 

その理由が見つからないから、今日もつまらない一日を過ごす。

このままだと駄目だという思いを無視して。

 

 

 

 

「………いい引きこもり日和だなぁ」

 

季節もよく、外にいても不快感のない気温、そんな日こそ部屋の中に引きこもるのが良い。

昔のこんな日に、誰かにこのことを言ったら変な目で見られた。

あのころは馬鹿だったなと、自分でも思い出すたびに思う。

まだ見知らぬ他人との関係を築きたいとか、思ってて………

 

「あー!ぁー……」

 

床に頭を打ちつけてあの頃の自分を嘆く。

本当に馬鹿、阿保、価値なしの屑。

あーあ………

もうやだ自分に嫌気がさす、寝たい、そのまま溶けたい。

そんなことを毎朝考えながらも、外に出るのは…

 

「るりー、起床時間だ起きて働けー」

 

声をかけてくれる人がいるから………

 

「今行きますぅ……」

 

 

 

 

「いやー、やっぱりよく考えてみても変わったよねるりって」

「そうですか?」

 

私なんて今も昔も人見知りの引きこもりだと思うけど………

 

「だって最初の頃なんて、私が声かけるだけで奇声をあげて泡吹いてたじゃん」

「えー……そんなことありましたっけ」

「気絶してたから覚えてないんだろうさ。それにしても酷かったよあの頃は」

「うっ」

「日の光浴びただけで体が焼けるー、とか言って気絶してたし」

「うっ」

「誰かと目が合うだけで、そんな目であたしを見ないでーとか」

「うぅ…もういいじゃないですか!今は良くなったんだから!」

「いーやどっこいどっこいだね」

 

そんなはずは………確かにちょっとしたことに叫んだらするけど、昔よりは良くなってる筈……

 

「……そういえば、ずっと聞きそびれてたんですけどいいです?」

「なーに急に」

「にとりさんは、なんであたしなんかに構ってくれるんですか?」

「今更だなぁ」

 

あたしみたいなやつ、放っておいてくれてもよかったはずなんだ。

事実、あたしに初めて静かに声をかけてくれたのはにとりさんが初めてだった、そこからあたしはいろいろと変わっていった。

にとりさんには感謝している、ただ、なぜそんなにあたしのことを気にかけてくれるのか疑問に思った。

 

「そうだなぁ………はっきり言って、許せなかったんだよ」

「え、許されてなかったんですかあたし」

「当たり前だろう?河童ってのは、一度夢中になったら気が済むまでそのことに没頭するやつだと私は思ってるんだ。私の知ってる奴はみんなそう。だけどるりは違う、そもそも夢中になることを探そうとすらしないし、偶然見つけても自分の中でしまっているだけ。そんな河童らしくないやつを、その時の私は許せなかったんだ」

「なんかごめんなさい」

「本当だよ、あの時何回毒殺しようと思ったことが」

 

・・・え?

 

「……いや冗談だって」

「本気でしたよね?いま凄く遠くの方を見つめてましたよね!?」

「はっはっは」

「なんですかその笑い!ここわいんですけど!」

「そんなことよりほら、早くあのもじてぃーってやつもう一個作ってくれよ」

「そんなことってなんですか!」

「地下」

「作りますっ!!」

 

やだ………閉ざされた空間なのにどこにでも人がいるあの空間は嫌だ…絶対にもう行きたくない………

 

「うぅ………そういえば、別に文字なくてよくないですか?」

「何言ってるんだ、文字がなかったらもじてぃーじゃないってあいつも言ってたじゃないか」

「言ってましたかそんなこと?」

「大体!文字がなかったらなんて呼べばいいんだ!」

「それは………てぃー?」

「てぃーってなんだよ!」

「ちょ落ち着いてください!どうでもいいじゃないですかそんなこと!」

「地下送りにするぞ!」

「理不尽!!」

 

 

 

 

「はぁ、はぁ、ふぅ、はー………」

「え………どうしたんですか。死にかけてますけど」

「えあぁ、そ、その声は……あ、あばし———」

「犬走、あと椛でいいです」

「も、椛さん、どうしてこ、こんなところに」

「いやこっちが聞きたいんですけど。何があったんですか」

「えっと……毎日の作業による負担が一気に出ちゃったのかな………普段はこんなことないんですけど……」

「そう見たいですね、叫ぶ元気もない、と」

 

あたし、そんなに毎日叫んでる?確かにさっきは驚いたものの、しんどくて声が出なかったけど……

 

「というか、どうしてこんなところに?天狗の寮の近くなんですけど」

「はぁ……多分、疲れて、それでも頑張って作業場から帰ろうとして………転げ回って今に至ると……」

「あー、じゃあ私さっさと帰った方がいいですかね。あんまり喋ってると負担になるんじゃないですか」

「そ、それは……まぁ、そうなんですけど」

「じゃあそれでは」

 

あっ………行っちゃった………

本当にこのまま転がって帰ろうかな………いやでも流石に無理があるよね……どうしよ……

あれ、誰かあたしのこと見てる?

椛さん……何故見てるんです。

 

「送っていきますね」

「……ありがとうございます…」

 

 

 

 

「ありがとうございますぅ……もう帰れるくらいには回復したので、ここで」

「そうですか、よいしょ」

 

あ、やっぱり体重い。

 

「なんか……凄いですね、そんなになるのに頑張って毎日……」

「はぁ……こんなのになる自分が情けないとは思ってるんですけど………やっぱり毎日人のいるところにいるといろいろ……ずっと我慢してたからこんなのになっちゃうんですかね…申し訳ないです」

「まぁ、あそこで死体になって発見されても困るんで」

 

いや流石に死んでるとは………野良妖怪に襲われたらあり得るけど。

あ、考えたら足が震えて……い、いや、これ以上迷惑をかけるわけには………

 

「椛さんも何かあったんですか?」

「え?なんのことです?」

「その、疲れた顔してたから……違いましたかね」

「……そんな性格なのに、人の顔みてそういうことはわかるんですね」

 

顔なんてそんなにみていない。

声の感じとか、気配とか、動き方でそうかなって思っただけなんだけど。

人の顔なんてそんなに見れるわけがないし………今もずっと足元見てるし。

 

「まぁ、河童には関係ない、というか関わって欲しくないことなんですけど……そうですね。面倒事に巻き込まれないように気をつけてとしか……」

「えっと、どういうことです?」

「知ったら気絶しそうなんで言いません」

「え?……ちょ、ちょっと!一体なんなんですか!?こ、怖いんですけどお!?あ!行かないでくださいよおおおおお!!」

「叫ぶ元気あるなら大丈夫そうですね、じゃあ」

 

あ、あぁ。

今夜は寝れそうにない、なぁ………

 

 

 

 

と思ってたらめちゃくちゃぐっすり眠れた。

昼過ぎになるまでぐっすり眠れた、昨日そんなに疲れてたのかあたし………帰ってきたらにとりさんに死人の顔してるって言われたし、その顔を沢山の人に見られたし、溶けてなくなりたい………あっ死にそう。

 

「おーいるりー、聞こえてるかー、生きる屍になったのかー、埋めるぞー」

「………あ、にとりさん。どうも」

「どうもじゃなくてさー、変だよ?驚かしても叫ばないし、呼び掛けても反応しないし……よく考えたらいつもが変だったねごめん、全然普通だった」

「えー………凄い失礼なんですけど……すみません、なんか疲れてるみたいで……」

「疲れてるのはいつものこと………んー、まぁいいや、今日休んでていいよ」

「………え?今なんて」

 

おかしいな、耳までおかしくなったのかな。

少しでも働かないって言ったら地下労働という言葉をチラつかせて無理やり言うことを聞かせるにとりさんが、休んでていいって……

 

「や、ややややすすんでて、ていいっていいったんでぃすか」

「そうだけど、大丈夫?」

「あ、ああ、あああまずい!まずいですよおおおお!!にと、にとりさんがおかしくあああ!!」

「え、え………私は当たって普通だけど?」

「あば、あばばばばばばぼぼぼぼびべ」

「あぁ、うん………じゃあ休んでなよ、うん」

「滅ぶんだ………この世の全てが滅んで消え去るんだ………ぴぎゃ」

 

 

 

 

「っは!!………あ、あれ。確かにとりさんが……」

 

……まさか、気絶してた?

な、なんで、どうして……まぁいいや。

なんか今日は休みもらったような気がするし、ゆっくりしよー……

 

 

時々休憩しながら、にとりさんに頼まれてる例のあれを作る。

河童としての仕事じゃなくて、にとりさんからの個人的な頼みだからこれを仕事にするのは許されない、だから今日でできるだけ進めておきたい。

もちろん文字は無しで………あれのどこがいいんだろうか。

毛糸さんが何考えてるのか全くわからない、胡瓜ってやったあたしもあたしだけど。

 

毛糸さん………あたしが初めてまともに話すことができた相手。

なんで話すことができたのかは自分でもわからない。

頭がもじゃもじゃしてるからかもしれないし、あたしみたいに周囲からずれているからかもしれない。

少し怖いと思う時はあるけど、近くにいたくないとは思わない。

できればもっと会いたいけど、それはきっとあたしだけが思っている。

あの人はあたしみたいに話せる相手が少ししかいないわけじゃないし、自分の居場所を自分で作っている。

あたしは会いたいけど、向こうはそこまでじゃないだろうからなぁ……唯一あたしの考えを肯定してくれた人だけど、別に毛糸さんが引きこもりってわけじゃないから。

でもあたしが今こうやって外に出れてるのは毛糸さんのおかげだと思う。あの人が無理やり扉を開けてくれたから………

 

「ぅうん、頭痛い……」

 

何も考えずに、あたま空っぽにしよう。

せっかく休みなんだ、やることだけやってあとは自由に過ごそう。

 

「そういえば……椛さんが言ってたあれって結局どういうことだったんだろう」

 

思い出してよかった、あれってきっと、数年前のあの戦争みたいなやつが起きるってことなのかな。

………だとしたらまずいよね……でもそうだとして、なんであたしなんかに……他の河童には知らされてない?だとしたら知らせた方が……いやいや、そんな危険そうなことがあるのなら普通みんなに晒されてるよね。

あたしが引きこもってて知らないだけだ、うん。

けどもし本当にそれに巻き込まれたらあたしはどうすれば………

駄目だ駄目だ、あたま空っぽにしようって思ったばかりなのに。

久しぶりにこういう日があると調子が狂うなぁ………

 

天狗の人って怖いし、河童なんて弱い妖怪だし……でもきっと、椛さんがああいう風に言ったのは、きっと臆病な河童を怖がらせないためとか、そういう理由だ。

きっと私が何もしなくても解決する、引きこもりの人見知りにできることなんて、そう多くないのだから。

でも、もしあたしの失いたくないものが失われたら……辛い、考えただけでも辛すぎる。

あたしは、一人が好きだけど一人じゃ生きられない。

 

引きこもりたいって言ってるくせに、他者との関わりを求めているあたしは一体……何がしたいんだろう。

 

前の戦争の時から最近まで、平和じゃなくなってきてるからなぁ、平和じゃないの嫌だなぁ。

なんでみんなそんなに争いたいのだろう、なんでそこまで傷つきたいのだろう、あたしにはわからない。

わからないけど、きっといつか、そういうことをやらなきゃいけない時が来るのは、わかってる。

わかってるけど……

 

「嫌だなー………」

 

 

 

 

「来ましたか椛、柊木さんと私でだいぶ先に話進めておきましたよ」

「それはいいんですけど……今日は特に警戒しなければいけないのに、柊木さんなんで先に上がってるんですか」

「眠かったから」

「ちっ………」

「すみませんでした」

「まぁまぁ。それで、どうでした?」

「多分明日ですね、夜が明ける頃に始まるんじゃないですか」

「早いな、じゃあ俺寝るわ」

「まぁ待ってください、椛、誰にも言ってませんよね?」

「もちろ………」

 

言ってしまった………

 

「………誰に言ったんです?」

「河童に一人……あの引きこもりの」

「あー、まー、いいんじゃねえの。多分言いふらしたりとかしないだろうし、向こう側でもないだろ」

「………やっぱり、今からでも言えないんですか?」

「無理です。何せ上に報告するにも確かな証拠がないですし、上にも敵がいるのはわかってますから」

「そんなことはわかってますけど……」

「不確定情報じゃ先に行動できないってことだ」

 

裏切り者、か…

 

 

 

 

 

なにが……いったい…

どうして、こんなことに……



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引きこもり河童の災難な一日

「ため込む程度の能力」


今日はにとりさんが起こしに来なかった。

別にそういう日は大して珍しくない、にとりさんが忙しい日は大体そうだ。

でも今日は外の様子が違った。

いつもなら外は河童の喧騒に溢れている、今日も騒がしいと言えば騒がしかったけど、いつもと違う感じがした。

なにかこう、凄く怯えているような、恐怖の気配。

今までなら外のことを気にしなかったのに、自分は変わったなあなんて思っていたけど、だんだんその恐怖の気配が大きくなり始め、外で何か大変なことが起ころうとしているのがわかった。

あたしがわざわざ外に出なくても、誰かが解決してくれるだろう。

そうは思いつつも、何故か部屋の中にいる方が怖くなってきた。

何故怖くなったのかわからなかったけど、あたしはその時自分で部屋を出た。

 

 

部屋を出ると、ここの周りは大した変化はなかった。

ただ一つ、河童が全くいないことを除いて。

 

「……お、置いてかれた……?」

 

周りに人の気配が全くない。

大した変化はないと言ったけど、少し道が荒れていたり、建物の壁に傷が入っていたりしている。

 

寒気がする

 

「ふぎゃ」

 

後ろから飛んできた何かにぶつかり、顔面から地面に当たりそのまま転がってしまった。

 

「な、に、今の」

 

不意を突かれたのと頭をぶつけたのがあって酷く目眩がする。

 

「まだいたのか、河童」

「……だ、誰ですか」

「見て分からないか?白狼天狗だよ」

「白狼天狗………じゃ、じゃあ、ここで一体何があったのか知って…」

「……お前阿呆だな」

「な、なにを」

「ここを襲ったのは俺たちだ」

 

………っは

 

「すすみません、も、もう一回言ってもらえますか」

「はぁ………お前ら河童を襲撃したのは俺たちだ」

二回聞いたけどやっぱり意味がわからない。

 

「なんでそんなことを……河童は今まで、安全な暮らしと環境を条件に山の傘下に……」

「河童だけおかしいだろ、そんなこと」

「そ、それが理由で?」

「いーや?特に河童に恨みはない、ただまあ必要だったってだけだ」

「そんな理不尽な…」

「理不尽で結構、河童の事情なんて知らんわ。ほら行けよ、他のやつは向こうのほうに行ったぞ」

 

逃げろということだろうか。

………逃げよう、このままだとどっちにしろすぐに死にそうだ。

 

背中を向け、他の河童がいると言う方へ向かう。

 

 

でも、そう言うわけにはいかない………

 

懐から銃を取り出して素早く後ろの天狗を撃ち抜く。

あたしには衝撃が強く、少し体が後ろへ飛んでしまったけど、弾丸は勢いよく天狗の首を掠めていった。

 

「はぁ…はぁ……し、死んでないよね」

 

不意に首を弾丸が掠めていけば、首の肉も多少は抉れるし、衝撃とかで気を失うはずだ。

倒れている天狗がまだ生きてることを確認したら次の弾を装填して、また他の河童がいるって言う方向に走り出した。

なにが起こったのかはわからないけど、とんでもなく悪いことが起こってるのはわかった。

 

 

 

 

 

なにが……いったい…

どうして、こんなことに……

 

「るり!無事だったのか」

「………ぁ…にとりさん。……何があったんですか」

「私にもわからない。ただ聞いた話によれば、鴉天狗や白狼天狗たちが突然河童の集落を破壊し始めたって……るりはどこにいたんだ?探してもいなかったから心配したんだよ」

「すみません、まぁ大丈夫でした。死んだ人はいないんですか」

「わからない、何にせよみんな混乱してる、こんな状況じゃいる奴といない奴なんて全くわからないよ」

 

他の河童は怪我をしていたり、混乱していたり……よほど天狗に攻撃されたのが衝撃だったのかな。

 

「るりは大丈夫なのかい?」

「なにがです?」

「いや、こういう時真っ先に叫び散らしそうなのはるりだからさ」

「あぁ、まぁ。あたしは大丈夫ですよ。そんなことより、何があったのかわかりますか?ここに来る道で何回か天狗に襲われたんですけど」

「やっぱりなんかあったじゃないか。………その様子だと鉛玉をぶち込んでやったみたいだね」

 

全員急所は外した、みんな不意からの一撃だったから気絶してるだろう。基本頭に撃たなきゃ即死はしないだろうし。

 

「そんなことはいいんです、何があったかわかりますか?」

「そ、そうか。まぁ私なりにいろいろ考えたけど、多分天狗たちの謀反じゃないかな」

「謀反………天魔に何か不満が……」

「多分、最近出てきたあの八雲紫って人が気に入らないんじゃないかな」

「じゃあこんなことにする必要は?」

「ん……あの賢者に下るのが気に入らないんじゃないか。天狗の矜持がーって。気持ちはわかるけど無謀だよね、こんなことして。ああいう奴らは私たちとは違う次元にいるんだから」

 

もし本当にそういうことなら、全く持って馬鹿らしい。

関係のないやつを巻き込むな、自分たちだけでやってろ。

そんなつまらないことで………私の平穏な日々は壊されたの?

 

「ちょっと、どこへ行くんだ」

「にとりさん、武器庫ってどこですか」

「武器庫…ってお前、冗談だろ?」

「冗談だったらいいんですけどね、もう止まりそうにないです」

「どうしたんだよ、一体」

「怒ってるんですよ、あたし」

 

自分勝手な理由で弱者を傷つける奴らに。

下の奴らの面倒も見れないで偉そうにしてる奴らに。

何より、そんなことが起こってたっていうのに呑気に引きこもってた自分に。

 

「もうあたし、自分以外の奴のことなんてどうでもいいとは思えないんです」

「るり……」

「たとえ見知らぬ他人でも、それはあたしの一日を作る一人だって知ってるから、こんなあたしでも気にかけてくれる人がいるから。居場所があるんです、あたしには。それを守ろうとするのは当然ですよね」

「………あー、別に止めはしないけどさ。まぁ、そういうことか、大体分かったよ。私にお前を止める権利は無いからな。向こうのほうに、私が作って置いてる奴が保管してある、。行ってこいよ」

「…ありがとう、ございます」

 

 

 

 

自分でも、あんなことを思ってるとは思わなかった。

何故ってにとりさんに聞かれて、自然と言葉が口から出ていた。

あれがあたしの本心だったのだろうか、あれがあたしのやりたいことだったのだろうか。

何にせよ、ここに立ったからには自分の満足いくまでやるつもりだ。

 

何処かへ向かっている天狗の一行に向かって、榴弾砲を向けて発射する。

弾に気づいた何人かは回避行動をとったけど、何人かは巻き込まれた。

こちらに気づいた様子の天狗にさらに弾を発射する。

火薬の爆発と同時に飛び散る破片が身体に刺さり、爆発に巻き込まれた天狗は動かなくなる、そしてそこにまた爆発がやってくる。

こちらへ飛んでくる天狗には、親指くらいの大きさの弾を狙撃銃で撃ち飛べなくする。

撃ってる方にも衝撃はすごいけど、弾丸が大きい分殺傷能力が高い。

 

「貴様ああ!!」

 

何かを天狗たちが叫んでいる気がするけど、聞く余裕はない。

ただひたすらに弾をこめて撃ち続ける。

 

予めここを通るということは予測していて、そこより上を取るようにあたしは位置している。

空を飛んで無理やりこっちにこようとすれば、こっちから放たれる大量の矢に刺さる。

下から走ってこようとすれば、飛んでくる弾ら避けれても地面に埋め込められた地雷に爆破される。

 

下準備と位置取りだけは有利だ、逆にそれ以外は何も勝ってない。

数も、個人の力も、種族としての力も。

だから、最初から私一人で全滅できるなんて思っていない。

私がここで死ぬまで抵抗したところで、少しの時間稼ぎにしかならないだろう。

 

あたし達河童は虐げられるだけ虐げられて、あいつらは革命家気取りでこのまま攻撃を続けるのだろう。

それが気に食わない。

要するに、完全にあたしたち河童は天狗より下の存在だと思われているっていうことだ。

もちろん河童の方が優秀と言い張るつもりもないけど、奴らには大した力もない臆病な奴らと認識されている。

自分たちで独立して生活している河童を、奴らは自分たちの成し遂げようとしていることを有利に進めるための駒だとしか思っていない。

 

いくつもの攻撃を避けて、あたしに真っ直ぐに突っ込んでくる敵が現れた。

近づけばもう終わりと思っているのか、馬鹿みたいに真っ直ぐ突っ込んでいる。

背中に背負っていた散弾銃を向けて放つ。

耳を塞ぎたくなる大きな音と、体が飛ばされるような衝撃波と共に弾丸が放たれ、近づいてきた天狗の体にめり込んでいく。

一度来られると、それが一瞬でも弾丸の密度は下がる。

すぐに攻撃に戻ろうとするけど、すでに何人もあたしの首を狙いに飛んできている。

全部あたし一人でやってた攻撃だ、あたしがやらなかったら一気に攻撃の手は止まる。

一回分の球しか装填できない散弾銃は、弾を再装填している時間がないから使い捨てになる。

そのことがわかってたから何丁もってきているんだ。

近づいてくる天狗に、ただひたすらに弾を撃ち続ける。

衝撃で体が後ろに仰反りながら、新しいのに持ち替えて撃ち続ける。

どんどん身体に衝撃が蓄積されていく、負荷がどんどん溜まっていく。

でも止まらない、止まれない。

山の土がどんどん血を吸っていく、どんどん肉片が飛び立っていく。

 

「き、っつい」

 

何発撃った?何人落とした?残ってる奴は?

近場にあった散弾銃がもうなくなった、もう取りに行く暇もないし、負荷がたまりすぎている。

溜めきれなくなった衝撃を、手のひらから一気に前方の天狗たちに放出する。

一発の威力が高い散弾銃を撃つ時の、何回分もの衝撃が至近距離で放たれて、遠くの天狗も含め吹っ飛んでいった。

 

さっきのをやったっきり、もう頭が働かない、体が動かない。

天狗は全然減ってない、むしろ増えてるようにまで見えてくる。

 

「それで終わりか」

「はぁ………はぁ………」

 

背中に翼の生えた天狗がやってきて、何かを言いにきた。

 

「河童の分際でよくここまでやったものだ。だがここまでだな」

「はぁ……はぁ……ふぅ」

「やれ」

 

天狗が近くにいる人達に手を振り下ろして命令を下す。

でも、何秒経ってもあたしには何も起こらなかった。

 

「どうした、やれと言っている…な」

「すみませーん、嫌でーす」

「誰だ貴様……こいつをやれ!」

「すみませーん、もう全員やっちゃいましたー」

「な——」

 

翼の生えた天狗が殴られて、坂を転がり落ちていった。

天狗を殴った人をよく見ると、凄く見覚えがあった。

 

「大した怪我がなさそうで良かったよ」

「はぁ……にとり、さ…ぐへ」

「あ、気絶した。……まぁいいか。おーい、残ってる奴ちゃんと縛っとけよー」

 

 

 

 

「……ん、んー?」

「おぉ起きたか」

「………夢?」

「夢じゃないな、うん。丸一日寝てたみたいだぞ」

「……あ、目つき悪い人」

「酷いな」

 

この人さっきなんて言ってたっけ………あ。

 

「なに人の部屋に勝手に入ってるんですかあああああ!!」

「ちょ——ぐはっ!!」

 

は、しまった、思わず殴り飛ばしちゃった。

 

「だ、だだだいじょ、ぶです、か」

「泥みたいに寝てた直後にこれか、元気そうで何よりだ」

「……は、鼻血」

「あ、ほんとだ。それよりここお前の部屋じゃねえから」

「えっ」

「残念だったな、ここは部屋じゃなくて思いっきり屋外だ」

 

そういえば、異様に風通りがいいなと思ったら、頭上に輝く星空が。

 

「なにがあったか知らんだろうから教えてやぐばぁ」

「起きたかるり!よかったー!」

「あ、にとりさん」

「なんか骨折れた気がするんだが、今突き飛ばされて完全に骨がいった気がしたんだが」

「大した怪我もないのに丸一日寝込むなんて、なんて貧弱なんだお前は!」

「え、えーと?んー?」

 

つまり………どういう意味なんだろう。

 

「……あ、そうだ。なんであの時にとりさんが?」

「ふぅ。なんでってお前、さすがの私でもお前一人では行かせないに決まってるだろ?他の河童を説得して、お前が戦ってた奴らを後ろからこう、ちょんちょんしたんだよ。都合よく文たちが来たから簡単に行けたしね」

「じゃあ、みんな無事なんですか?」

「あぁ、みんな修復作業してるよ」

「そうですか………」

 

よかった……死にに行った甲斐があったってものだ………

 

「つまり、あたしが最後にやられそうになった人が…」

「最後の一人だったってわけだな。なんとかなってよかったよ」

「ここで引きこもりの君に残念なお知らせだ」

「な、なんですか急に。残念なお知らせ?」

「後ろを見たまえ」

「後ろ?」

 

目つきの悪い人に言われた通り後ろを見ると、建物の崩れた跡があった。

 

「これは……?」

「お前の家の跡」

 

………

 

「ぴぎゃああああああああああああ!!」

 

 

 

 

やれやれ、なんか知らないうちに敵勢力が半分近くまで減ってるわ、河童が果敢に立ち向かってるわ、地形は荒れに荒れてるわ………こうなるとは思わなかったなぁ。

 

「次は俺たちの番かね……?」



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戦闘狂の近くにいると戦いに巻き込まれる

ドンドンと、扉を叩く音がする。

うるさいな………そんなに叩いたら扉が壊れちゃうでしょうが……ってか眠い、眠すぎてもう………ねむ。

 

「おら、客人だぞおら、あーけーろーよー」

 

なんだよ……りんさん?あ、眠い。

眠いしいいや、ほっとけ。流石に寝てる奴の家に強引に入っては来ないだろ……ねむぅ…てか今何時。

 

「そっちがその気ならいいだろう………おらあさっさと出ろや糞毬藻おおお!!」

「ちょ、あおああああ!?扉が!私の家の扉がっ!あと毬藻じゃない!」

「どうでもいいわ糞毛玉」

「今の私はただの毛玉を既に超えた!今の私は!ケサランパサランだっ!!」

「よし起きたな、外でろ」

「………」

 

 

「あのさりんさん。髪の毛掴んで引っ張るのはよしなさいよケサランパサランにそんなことしていいと思ってるの?幸運が訪れなくなるよ?いいの?超絶不幸体質になるよ?」

「ただの毛の集合体が調子に乗るな。あと寝すぎだ」

「りんさんが寝なさすぎなんだよ」

「妖怪が人間より長く寝るのかお前。私は昨日から寝てないけどな」

「人間やめてるじゃん、あと私は妖怪じゃない、多分。ってかそれより何の用ー?私今日は一日中寝るって決めてたんだけど」

「嘘つけ」

「なぜバレた」

 

自宅から浮いた状態で髪の毛を引っ張られてすいーっとどこかへ拉致られていく。

抵抗、というか毛玉になれば私の毛根は助かるだろうけど逆に酷いことされそうなのでこのままにしておこう。

というか家の扉直したい。

なんやかんや良く壊されるから予備の扉ががあるんですよこれが、それをつけるだけで修復できる。

 

「なんでみんな私のおうち壊すん?」

「壊し甲斐があるから……かな」

「?え、え?」

「少し用がある、付き合え」

「えっ………」

「おい、変なこと考えてるだろ刺すぞ」

「すみませんでした」

 

日本語って難しいねー。

 

そうこうしてるうちに既に湖、じゃなくて霧の湖までやってきた。

遠くの方に大ちゃんとチルノ、その他モブ妖精がいるのがわかる。

 

「ん?あれは……毛糸さん?なにやってるんだろう…」

「あ、お前は!」

「あぁん?」

「………大ちゃん帰ろうよ」

 

す、すげえ、あのチルノをにらみつけて退散させるとは、さすがりんさん、火の鳥並みの眼光。

あと何気に大ちゃんに白い目で見られた、責任とってね。

 

「最近よく妖精に絡まれるんだが。私のことが怖くないのかね」

「まぁ妖精と妖怪は違う生き物だし、私みたいにりんさんを見る目が違うんだろうさ。先に言っとくけど私は妖怪じゃない」

「妖力あるくせにか?」

「これにはね、私にもわからないこう、すごく不思議なことが関わってるんだよ、うん」

「不思議なのはお前の頭だろ」

「ほらそうやってすぐ人の頭に口出すー。りんさんだって人間要素見た目だけでしょうが。蹴るだけで木をへし折る人間なんて私知りません」

「私は人間だ、誰がなんと言おうとな」

 

人間ねぇ…

そっか………私は人間じゃないよね、誰がなんと言おうと。

人間と人間じゃない奴が絡んでるなんて、普通ならあり得ないんだろうなぁ。

最も、私もりんさんも、人間から浮いて、妖から浮いてる同士だからこうやって絡んでるのかもしれないけど。

 

「別に人間は妖怪と仲良くしちゃいけんなんていう決まりは無いと思うけどなー、まぁお互いが憎み合ってる時点でそもそも仲良くならんのだろうけど」

「私とお前が仲がいいのかは知らないが、まぁそうだろうな。そもそも寿命が違う、生き方も違う。考えるだけ無駄だな」

「いつかそんな時代が来たらいいのにねー」

「少なくとも私が生きてる間は確実に無理だな」

 

悲しいけど、事実なんだろうなー。

もう人間とか妖怪とか、そういう概念すら馬鹿らしく思えてくる。

一度毛玉になって拘束を解き、自分で浮いて歩く。

 

「で、どこ行くん?流石に行先くらい言ってよ」

「最近派手にやってる奴がいてな、何回も逃げられてるんだよ、お前暇だろ?手伝え」

「私武闘派じゃないのにー。暇は事実だけど………話は通じそうにないの?殺すのはちょっとアレなんだけど」

「無理だな、そもそも人喰い妖怪だ、どうしようもない。知性もないようだしな」

 

そういえば、山の天狗とかは人喰いじゃないのか………いやでも、なんかで、天狗は子供をさらってくるとか聞いたような……うーん?

 

「まぁいいけど……りんさんが何回も逃げられるって珍しいね」

「ま、お前にはわからんだろうが私も歳とってきてるからな」

「何歳?」

「知ってどうすんだ」

「別に」

 

体が追いつかなくなってきたとかなら、こういうことするのも程々にしておいた方がいいと思うんだけどな。

まぁそういう風なこと既に何回か言ってるけど、全部無視されてるから言っても無駄なんだろう、本人がやりたいって言ってること止めるのも無理だし。

 

「そっちはどうなんだ、あの後も何度かあそこの化け物に会いに行ってるんだろう?」

「化け物いうのやめたげて、というかなぜ知っている」

「見てるから」

「どこでぇ?」

 

あの後も、幽香さんには何ヶ月に一回くらいは会いに行ってる気がする。

私の一年の感覚が既に狂ってるので合ってるかはわからないけど。

 

「まぁ、ちょっと話するだけだよ?種とか少しもらって育てるけど」

「それだけじゃないだろ、見てたらわかるぞ」

「だからいつどこで見てるのさ。まぁ妖力の使い方とか、教えてもらうこともないこともないけど」

 

幽香さんの妖力は、私みたいな毛屑が持つには大きすぎる、だからといって手放すこともできないし、私に必要な力なのも事実だ。

だからせめて、ちゃんとした使い方を知っておきたい。

私なんてまだ生まれて数年、人間の子供より若い、前世の記憶もろくにないし知らないこともまだまだ多い。

そういうことを知っておくのも兼ねて、幽香さんに会いに行ってる。

 

「今度りんさんも行ってみる?いい人だよ」

「私に死ねってか、いいぞ受けて立とうじゃないか」

「なんでそうなるん?まぁいいや、どうせ来ないし」

 

というより、慣れたっちゃ慣れたけど、ルーミアさんも紫さんも幽香さんも地底であった鬼の人もりんさんも、オーラがやばいんだよ?

私いっつも気配がやばいとかオーラがやばいとかばっかり言ってるけど、こればっかりは事実だし怖いからしょうがない。

私も幽香さんと同じ妖力を持ってるから、それっぽいのなら出せるのかもしれないけど。

 

「りんさんて空飛べないの?いっつも地に足つけてるけど」

「飛べるには飛べるが……あれだ、見つかるだろ。先にこっちが見つけた方が楽だし早く終わるしな」

「まぁ確かに」

 

ふと気になってりんさんの歩き方をみてみると、あったばかりの頃と比べて威勢がないというか、落ち着いているような気がする。

まぁ妖精を見かけるたびに斬りにいってたころに比べたら遥かに落ち着いてるけど。

私が命をかけて話し合いしたおかげだな、うん。

 

「あとその服なんだよ」

「はい?」

「文字書いてんだろ、なんだよ」

「なにって、文字Tですよ?」

「は?」

「ん?」

「あぁ……そういう…」

「なんか変なこと考えてない?違うからね?いや、あってるのかもしれないけど」

 

変な服着てるのは事実だけど、自覚してるだけ私はマシな方だと思うよ?世の中には威風堂々とか書いておいてそれをカッコいいって思ってる残念な人がいるんだから。

 

「前から思ってたけどさ、その刀好きだよね。あった時からずっと使ってるし。気に入ってるの?つか壊れたりしないの」

「特別頑丈でいい素材使ってるからな、あと壊さないように使ってるんだよ。黒いのはあれだ、黒いというより月明かりに照らされないってとこだな。夜は見えづらいだろ」

「うん、見えづらいおかげで危うく私の膝から下が全部さよならしそうになったけどね」

「いいだろ、どうせ生えるんだから」

「よくないし、あれ私いっつも我慢してるけどめっちゃ気持ち悪いからね?こう、傷のところがぐぢゅぐちゅってなるからね」

 

まぁそのおかげでなんとか今も五体満足なんですけどね。

確か普通の妖怪なら、取れた手足とかもなにかしらでくっつけて結構な間放っておいたらくっつくんじゃなかった?

完全に欠損したら種族によって生えてくる生えてこないが変わるとかなんとか。

まぁ私には関係ない話だけど。

 

「一つ試したいんだが、身体を横に半分に切られたら治るのか?先に死ぬのか?」

「えー?さすがに先に死ぬんじゃない?」

「案外生きてると思うけどな、試そう」

「絶対断る。っておい近づいてくるな!それ以上近づいてきたら帰るよ私!」

「ちっ」

 

こわ、怖いんですけど、マジの舌打ちだったんですけど。

というかそんなに私に一緒に来て欲しいの?そういうこと?つまり……

 

「謝ります、すみませんでした、だから指をこっちに向けないでください」

「ってことはやっぱり変なこと考えてたな、腹立つから蹴るわ」

「ちょっ、いって!もう!そういう暴力的な思考よくないと思うな私っ!」

「お前が変なこと考えるから悪いんだろ」

 

だからなんで思考読んでくるんですか……

 

 

 

 

「そっち行った!」

 

もはや言葉にならないくらいめちゃくちゃな見た目をした怪物を見つけて交戦、動きが速くてなかなか仕留められない、さすがりんさんから何回も逃げてるだけあるな。

 

 

「おら死ねえ!」

 

りんさんの刀が怪物の胴体を真っ二つにする。

 

「こんなキモい見た目してるなんて聞いてなかったよ!?」

「言ってないからな!」

 

怪物の体が真っ二つになり死んだと思ったけど、下半身はそのままで、上半身が瞬く間に全身元どおりになった。

 

「お前と同じ感じか。やっぱり斬っても生きてるだろ」

「こんな奴と一緒にしないでくれる!?」

 

なるほど、傷を負っても回復するんじゃあ仕留め切れないってわけか。

これが私とやりあってきた人目線かな?こりゃ鬱陶しいわ。

逃げられないということを理解したのか、まっすぐこっちに向かってくる怪物。

霊力で冷気を操って氷を生成し、地面から尖った氷を怪物の体に刺す。

だけどその体はさっきよりも硬くなっていて、氷をそのまま砕いていった。

 

「うそん!硬くなるとか聞いてないし!」

「そいつ喋らんからな」

 

妖力を使って障壁を張り、突進を受け止める。

なかなかの衝撃が腕にくる、障壁はヒビ一つ入ってないけど私の体ごと後ろへと下がる。

私が受け止めてる間にりんさんが怪物の頭に刀を刺した。

 

「やったか」

「いやだからそれやってないやつ!」

 

お約束のように、刀が頭を貫通しているのに暴れまわる怪物、どうなってんのそれ、さすがに私でも死ぬよ。

そしてあの硬い体をスパスパ斬ってたりんさんもまぁ、技術が高いんでしょうねえ。

私なんてこうやって妖力込めて弾飛ばすか殴るか氷出すかくらいしかできないのにさ。

 

「おい!お前もっと派手なことしろよ!」

「無理いうなよ!あんたと違ってこっちはちゃんと死に対して恐怖あるの!今も足がガックガクして震えてんの!」

「いいからなんかしろ!いつまで経っても終わらん!」

 

そんなこと言ったってしょうがないじゃないか……

口からなんか変な液体を飛ばしてくる怪物、まるでとんでもない強さの酸みたいな感じのやつ飛ばしてきよる、真面目にクリーチャーじゃんもうやだ帰りたい。

 

「りんさん今の当たんないようにね!多分普通に腕とか取れるから!」

 

そう伝えている間に狙いを定めてきた怪物が液体を飛ばしてきた。

咄嗟に足から氷を生やして物理的に壁を作る、まだ妖力でバリアを張るのは咄嗟にはできない。

防いだと思ったけどあまりにも強力すぎて、氷の壁を普通に貫通してきた。

ギリギリ当たらなかったけどめっちゃ危なかった。

 

「どんな口してるんだよ……あ、服についた」

「人に忠告してる暇があるんなら自分のことに気を遣ってろ!」

「そういうあんたはこっち見ながら腕蹴り飛ばしてずいぶん余裕そうですね畜生!服に穴空いたじゃん!ぜってぇ許さねえ!」

 

両手を向けて妖力を集中、妖力弾をひたすらに撃ち続ける。

さすがの威力で、怪物の体をどんどん肉片にして弾き飛ばしている、それでも再生力の方が勝ってるけど。

 

「おい!私の刀壊れんだろうが!まだ刺さってんだろ!」

「じゃあさっさと抜けよ!このままあいつの妖力消費させて再生できないようにしてやるから!」

 

一番的の大きい胴体を打ち続けて妖力を消費させる。

私が体を高速で直すのに妖力を使うんだから、あの怪物にとっても一緒だろう。

現に最初は私の弾を無視してそのまま突っ込んでこようとしてたけど、今は嫌がっているように見える。

まあ限界のない再生なんてやばいだけだからね、ルーミアさんか幽香さん連れてこよう。

 

「とか考えてるうちに私の妖力も減ってるんだけどね!今のうちに!」

 

私がそういうと、一気に怪物に駆け寄り、私が放ってる弾を全てかわして刀を怪物の頭から抜いたりんさん。

あれよけるの?すごっ、こわ。

 

「終わりだ化け物が」

 

私は妖力弾の放出を止め、りんさんが霊力を込めた一撃をその頭に放ち首を飛ばす、そしてその頭を瞬く間に細切れにした。

 

「いやそうなるとは思ってなかった……」

「妖力が少なくなって再生力が落ちてる間にばらしとかないと、こういう奴は人間一人食うだけで元気になりやがるからな」

「まぁそれはともかく、お疲れりんさん、いぇーい」

「………」

「い、いぇー……どしたのさ」

 

返り血のついたまま、ただ自分の手を見つめるりんさん、いつもならさっさと帰るぞって言ってるとこなんだけど。

 

「なんでもない、先帰っとけ」

「えー……まぁここ臭いしわかったよ、じゃあね」

 

怪物の死体を見つめて立ち尽くすりんさんを見ながら家へと帰った。

 

 

 

 

やっとどっかいったか………

 

「ふぅ…」

 

軽くため息を吐いて腰を下ろす。

今回だけでだいぶ疲労が溜まっている、それに腕も落ちてきた。

 

今はもう治ったが、腕が震えるようになった。

 

 

 

こりゃ持ってあと数年ってとこかね………



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死に場所を探す剣士と先を見る闇

あぁ、心地いい。

忌々しい封印から解放された気分は最高だ。

今まで自分硬く縛り付けていた鎖が一気に引き千切れたような感覚、そして同時に、封印されていた間の記憶も流れ込んでくる。

 

「さて、一体この場所はどうなることやら……ま、あたしには拝めそうにないがね…」

 

自嘲気味の笑みを浮かべながら、その宵闇の妖怪の姿は闇へと溶けていった。

 

 

 

 

「むぅ………なんか喋りなよ」

「………」

「………はぁ…おーい、聞こえてますかー、耳大丈夫ですかー?急に人の家に押しかけて、ただ座ってじーっとしてるの、なんとかしてくれませんかー?おーい、りんさんのあほー」

「………」

 

 

返事がない、生きるしかばねのようだ。

 

「やれやれ………どーしちゃったのかね」

「私にだって偶にはなにもしたくない時もある」

 

うわ喋った。

 

「いやそれはいいけどさ、自分の家でやれば?」

「………」

 

もーやだこの空気!私なんでこんな目にあってるの!?ここ数年とくになーんにもせず穏やかに過ごしてきたから?天罰なの?重い空気が苦手な私への天罰なの?

天よ滅べ。

 

「……て、何人の顔見てるんすか」

「………」

「………」

 

ずっと見つめられてるんだけど、瞬きもせずに見つめられてるんだけど。

見ないでよ怖いなー………そうは思ったけど、いつものような威圧感というか、そういうのは感じない。

 

「よく見ると……少し痩せた?」

「…結構前からだ」

「大丈夫?」

「………」

 

自分、寝ていいっすか。

 

「やれやれ、変わんないなお前は」

「まぁそうだろうけど。本当に今日どうしたの、元気ないの?」

「いや、大丈夫だ、邪魔したな」

 

嫌な予感がする。

いや、予感というよりそれはもう確信に近かった。

立ち上がって出ていこうとするりんさんの肩を掴んで引き留める。

 

「待てよ、どこにいくつもり」

「……帰るだけだが」

「嘘つかないでよ、りんさんまさか……」

「やれやれ、最後に顔見にきただけなんだがな」

「どういう意味だよ、ちゃんと説明——」

 

その時一瞬だけ、りんさんの手刀が見えた。

 

「じゃあな」

 

 

 

 

感じたんだ、あの化け物の気配を。

私がずっと追ってきた相手、痕跡しか見つけられなかった妖怪。

それがやっと見つけられそうだった。

その時決意した、だから止まらない。

私を唯一止めてくるやつも、もう追ってこなくした。

 

「人を襲う妖怪は全員ぶっ殺す」

「威勢のいい人間だ、気に入った、食ってやるよ」

 

今日ここで、私は終わる。

 

 

 

 

月の光も届かない深森の中、1人の人間と1人の妖怪が戦いを始めた。

 

「もう生きることに執着はないって感じの戦い方じゃあないか!そんなに死にたいか人間!」

「ああ!もうこのまま生き続けても先が長くないんでね!」

「そうかい、じゃあ私がお前を終わらしてやるよ」

 

人間の刀が妖怪の首を捉え続ける。

体に残っている霊力を大量に消費して身体能力を底上げし、ひたすら距離を取り続ける。

一方で妖怪は刀を避け続け反撃をしない。

 

「どうした!何故反撃しない!」

「気分だ」

 

そういうと妖怪は斬撃をかわし爪を尖らせ剣士の首を狙う。

体を捻り避けた人間の体に蹴りを入れて吹き飛ばす、そのまま追い討ちをかけようとするが、自分の喉元に刀が迫っているのを感じて踏みとどまった。

一瞬で受け身をとった人間は反撃で刀を振るう。

しかし力がこもっておらず、少し妖怪の腕に切り傷を入れただけに終わった。

 

「どうした、その程度で私を殺すとか言ってやがんのか、笑わせんな」

「舐めるな、こちとら文字通り死ぬ気で来てんだ、こんな程度で終わりと思ってんじゃねえよ」

「ならせいぜい楽しませてくれよ、人間」

「死ぬまで付き合ってもらうぞ、妖怪」

 

 

 

自分でも嫌な別れ方をしたなとは思う、だがあぁでもしないと吹っ切れなかった。

私の望みを、願いを全て話せば、あいつは何も言わずに私が死にに行くのを許してくれただろうか。

いや、間違いなく許さない、一緒にこの化け物を倒そうとするだろう。

巻き込まない。

戦うことでしか自分の価値を示せない人間の身勝手に、人間じゃないあいつを巻き込まない。

目の前の化け物が生きてる限り、人間は襲われ続ける。

だがあいつはどうだろうか、少なくとも人間よりは襲われないだろう。

あいつは私とは違う、戦わずとも周りのやつはあいつを認める。

だから、あいつには関係ない、必要ない。

そもそもほんの数年前までは私に失うものなんてなかった、いつ死んでもいいと思ってた。

他人のことをここまで考えたのなんて、私の人生でこの一回だけだろう。

もう引き返さない、覚悟は決めた。

だが一つだけ、聞いておきたいことがあった。

 

 

なぁ、私はちゃんと、お前の友達だったか?毛糸。

 

 

「死にに来た奴の目じゃないな」

「黙ってろ、こちとらほっといても何年かしたらくたばってんだ、最後くらい派手にやりたいだろうが」

「派手なのはあたしも好きだ、お前の最後を派手な血で飾ってやろうじゃないか」

 

確かな殺意をお互いに向ける。

 

「あぁ、悲しいよ、お前のようなやつとやりあえるのがこれで最後だなんてな」

「お前が悲しかろうがどうだろうが知らん、私は私がやりたいことをするだけだ」

「それは本当にお前がやりたいことか?」

「…なに?」

 

不意をつかれた質問に、人間は戸惑いの表情を見せる。

 

「本当に全てを覚悟した奴の目をあたしは知っている、迷いのない目。だがお前は違う、何かを迷っている。いや、何かを期待しているって言ったほうが合ってるか?」

「何が言いたい」

「あたしはお前よりも遥かに長く生きている、その過程で様々な人妖に会ってきた、そいつらの目を、私は忘れたことはない。だから分かる、お前は忘れ物をしてる」

「………」

 

言っている意味がよくわからなかった。

だがそれが、自分の中にあるもやもやとした感情を指しているのはわかった。

 

「結局お前は全てを失う覚悟ができる人間じゃない」

「黙れ」

「おっと悪い悪い、今更何を言ったってお前と私がやり合うことに変わりはないんだからな、無駄話をした」

 

気に入らない。

そのいかにも全てを見通しているという目が気に入らない。

湧き上がる感情のままに人間は斬りかかった。

 

 

 

 

生まれた時から私は、周囲の人間に恐れられていた。

同じ人間だというのに、私に向けられる恐れは妖怪に対するそれと同じだった。

寂しい、というのがその時の感情だった。

普通の人間を遥かに超える力を持って生まれた私を、非力な人間たちは恐れていた、何も知らない子供の私を。

その時の私は、必死に他者に認められようとした、いろいろなことをした、そして一つの結論に辿り着いた。

 

私は、戦わなければ価値がない。

 

誰にも求められていなくても、私が望まなくても、私が私の価値というものを自覚するためにはそれしかなかった。

戦えば周りは私を褒めた、殺せば周りは私を称賛した。

くだらないと思った、単純な思考の人間が。

くだらないと思った、そんな人間に認められたいと思っている私が。

 

気がつけば私は戦うことしかできなくなった、命を奪うことしかできなくなった。

周囲の人間に言われるがままに殺し、傷ついてきた、そうしているうちに私は、本心から妖怪を憎んでいると自分で錯覚していた。

実際は妖怪なんてどうでも良かった、ただ自分の価値を示すための道具のように思っていた。

今になって思う、自らの寿命を削ってまで戦ってきたことに、意味はあったのかと。

だが私は既にそれでしか生きられなくなっていた。

このまま戦い続けて、そのうち死ぬんだろうと思った、どこかで私自身、そう願っていた。

 

だがある日、あいつに出会った。

私を殺そうとしなかったあいつに、人間を守ったあいつに。

あいつに会うたびに考えが変わっていった。

あいつを知るたびに、世界の見方が変わった。

別に価値なんてなくてもいい、私がやりたいことをやればいいと思い始めた。

でもやっぱり今更変われなかった、変わらなかった。

変わるには遅すぎた。

 

もっと早く会っていたかった。

あと数年早ければ私は、もっと違う結末を迎えていたかもしれなかったっていうのに。

 

 

 

 

「何考え事してんだ人間!」

 

どうやら動きが止まっていたらしい、背後から妖怪が仕掛けてくる。

刀に霊力を込めて振り向いて刀を振り、斬撃を飛ばす。

だが妖怪は腕を振ってそれをかき消し、妖力の込もった拳をこちらへ伸ばしてくる。

伸びて来た拳を避け近づき、顎に拳を入れ、続けてその首に刀を突き刺す。

 

「なっ…」

 

私の腹に爪が突き刺さっていた、あの体勢から私の腹に攻撃を入れて来たということだ。

すぐに爪を引き抜き距離を取ろうとするが、それと同時に距離を詰められる。

 

「そんなもんじゃあたしは殺せないぞ人間!もっとお前の命懸けを見せてみろ!」

「うるせぇ!」

 

覚悟をして来た割には、考えることが多い。

覚悟を決めたと自分では思っていたが、どうやらそうじゃなかったらしい、色々と心残りがあるようだ。

情けないな。

 

「今更引き返せないってのは分かってるのに、どうにも考えてしまう。私がこんなのになったのも、あいつのせいか」

「何喋ってるこの——」

 

棒立ちしていた私に向かってくる妖怪の腹に刀を振るう。

私の出せる最速で斬る。

斬った箇所から血が流れ出る、そのまま向かってくる妖怪に向かって斬撃を飛ばし、私自身が突っ込みその体へ刀を突き刺す。

 

「やればできるじゃないか」

「人間舐めんな」

 

そのまま突っ込み、奥の木に突き刺す。

首に向かってくる手を払い、刀を抜いて距離を取る。

 

「どこ行くんだよ」

 

抜けなかった。

自分に刺さった刀をそのまま掴んだ妖怪、その手を首へ伸ばしてくる。

咄嗟に身体を捻るが肩へ爪が突き刺さる。

 

「がっ……てめぇ」

 

理不尽なほどの強さ、だんだん苛立ちが募ってくる。

全身に霊力を込めて爪を引き抜きその顔に拳をねじ込んで吹っ飛ばす。

そのまま刀を引き抜いて妖怪の方へと突き刺し、そのまま振り回して岩へと叩きつけた。

肩に力を込めたせいで傷口が痛む。

だがそれは向こうも同じようなもの、それなのに何事もないように動くあいつはやはり化け物。

まぁ、人間目線で言えば私も十分化け物なんだろうが。

 

「さぁ、その状態からじゃ動けても大したことはできないだろう」

「さっきも言ったろ、人間舐めんな」

「ならそういうだけの足掻きを精々見せてくれよ?」

 

既にここまでで私は霊力を大量に消費している。

それ以前にもう寿命が近づいていた、体力はほとんど残っていない。

体が動かない、気力もない。

どうやら私は、とうとう死ぬことができるらしい。

妖怪がこちらへと近づいてきて私の体を貫こうとする。

 

終わりか………

 

途端に頭の中に記憶が流れ込んでくる。

小さかった頃の記憶、妖怪狩りを始めた頃の記憶。

そして、あいつに会ってからの記憶。

あぁ……寂しいな。

 

 

 

 

「なっ………お前、なんで」

「ふざけんなよこの野郎……何勝手に私を置いて死にに行ってんだ、りんさん!」

「おいおい……何邪魔してくれてんだ、お前」

 

りんさんを庇って、体をルーミアの腕が貫通している。

毛玉になって腕を抜き、もう一度人の体になってルーミアの腹に妖力弾を放出して炸裂、吹き飛ばす。

体に穴が空いて、思わず地面に倒れてしまう。

 

「お前……なんでここが」

「真夜中にドンパチやかましくしてる奴らなんて、あんたらくらいしかいないでしょうが……」

 

 

呑気にも私は夢を見てた。

いつもとは違う表情をしたりんさんが、私に背を向けてどこか遠くへと行ってしまう夢。

追って引き留めようとしても、その体は私の手をすり抜けてしまう。

嫌だった、勝手に行かないで欲しかった。

りんさんの名前を呼びながら、私は目覚めた。

 

 

腹が立つし、情けないし、不甲斐ない。

私に黙って勝手に行ってしまったりんさんが。

りんさんの思いも分からずに、一人で行かせてしまった私が。

悲しいし、寂しいし、辛い。

 

「………わかった、わかったから、そんな顔をするな」

「……もう1人では勝手に行かせない、置いていかせない。死ぬまで付き合ってやる。私たち、友達でしょ?」

「……あぁ、そうだな」

 

全力で傷を塞ぎ、立ち上がる。

視線の先には狂気的な笑みを浮かべたルーミア。

 

「邪魔をするなよ、毛糸。そいつは私が殺すんだ」

「ルーミア、いつか言ったよね私を喰うって」

「……ははっ。あー、やっぱりお前は面白いな」

 

心底愉快そうに笑うルーミア。

 

「ここからは、私が相手だ」



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終わった二人と残った毛玉

必死に攻撃を避け続ける。

デカい口叩いたけど私にはルーミアを倒す度胸もないし実力もない。

ひたすら、急所に当たるのだけを避けて反撃のチャンスを伺う。

 

「本気出せよ毛糸!お前はそんなもんじゃないだろ!」

「るっせ!」

 

全身に妖力を込めてルーミアの拳を受け止め反撃に一撃入れる。

当たるには当たったけどそのまま反撃を顔に食らって体が宙に浮く。妖力を放出して吹っ飛ぶ方向を変えてルーミアに接近、体を回転させて思いっきり蹴りを入れて妖力弾と氷を放ち続ける。

だけど当たってない、一瞬で私の真横に回り込んで胸を貫こうとする。

毛玉になって回避して、すぐに戻って至近距離で妖力弾を浴びせる。

妖力弾を無視してルーミアは攻撃してくるけど、妖力の障壁で受け止めてそのまま一旦距離を取る。

 

「あぁ、やっぱりあたしの見込み通りだ。随分成長してるじゃないか」

「あんたは私のなんなんだよ、何目線の感想なんだよそれは」

 

ルーミアの体が闇に包まれた。

昼間の方のルーミアが時々やるやつだ、だけど規模が違う。

あれはせいぜい自分の体を覆う程度だったけど、今のルーミアは私たちの周辺を全て闇で覆った。

完全に真っ暗で何も見えない、月明かりも頼りにできない。

どうにかしないと——

 

「遅い」

 

体が全部宙に浮いた、そして急に思考が加速し今の私の状況を理解させようとしてくる。

急に浮いたけど吹っ飛ばされた感覚はしない、つまり足を全部やられた、そして腕も多分全部吹っ飛んだ。

つまり今の私は手足が全くない状態で、胴体と頭だけが浮いている状態。

背後から寒気が迫ってくる、一回反応が遅れただけでこれだ。

 

「……は?」

「間抜けな声出してんじゃないよ」

 

腕で背後からの攻撃を受け止め、そのまま腕を掴んで背負い投げ、地面へ叩きつける。

同時に妖力を腕から溢れるくらいに込めてルーミアを殴った、だけど一瞬で反撃をもらった。

周囲の闇が消えていき、ルーミアの姿が見えるようになった。

 

「おかしいよなぁ、確かにお前の手足もぎ取ったはずなんだがな」

「へー、気のせいじゃない?」

「なるほど…過剰に妖力を消費することで一瞬で傷を治したか」

「へー、そーなんだー」

 

当たりだ。

さっきのあの瞬間、体にある全ての妖力を手足に回して再生した。

普通に再生するより数倍多く妖力を消費したけど、あのままじゃやられていた。

ただまぁ、妖力はまだまだある。

ここ数年、ずーっとのんびりしてきた、たまに戦ったりはしたけど、それこそ死闘というのは一度もしていない。

だからその間にも妖力は常に私の中に溜まり続けていた。

何もしていなくても勝手に最大量は増えていった、その妖力をここで全部使い切る。

そうじゃないと勝てない。

 

「私だってそれなり強くなってきたんだ、数年前といっしょにするな」

「してないさ、妖力の使い方もろくにわかってなかった奴がよくここまで成り上がってきたもんだ」

 

そうかもしれない。

でも、ここまで生きてこれた理由は、ルーミアがいたからだ。

ルーミアがいたから私はここにいる、私の恩人の中にはルーミア、あんたも入っている。

だから、できればずっとこのまま過ごしていたかった、こんな戦いなんてしないまま、ずっと。

でもそれは叶わなかった、ルーミアは人を殺す妖怪で、それを私が止めることはできない。

出来るのはこうやって戦って、どっちが先に死ぬかを決めることだけだ。

わかってるけど、嫌になる。

ルーミアが私が動かないのに痺れを切らしたのか、自分から私へと突っ込んでくる。

 

難しいことは、悲しいことは、考えるのをやめた。

今を生きることだけを考える、りんさんを生かすことだけを考える。

 

霊力を使って氷壁を作り、それをたやすく砕いてきた私に攻撃したところに妖力を収縮させてレーザーを放つ。

 

勢いよく吹っ飛んでいくルーミアに止めどなく妖力弾を放ち続ける。

私がそんなことを続けていると、向こうも大量に妖力弾を撒いてきた。

そしてそれは私の妖力弾を擦り抜けて直接こっちに飛んできた。

 

「おかしいよそれっ!」

 

やっぱり技術が違う。

私の妖力弾を全部擦り抜けてくる時点でおかしいし、弾道を曲げてきている、どうやったらできんのそれ。

 

前方に障壁を張り妖力弾を防ぐ。

最後の一発を防いだ時に障壁が割れて、衝撃が伝わって体が後ろにのけぞった。

そして急に視界が回転し、地面へと顔を擦り付ける。

 

「はやっ」

 

思わず口からその言葉が出たときには既に私の後ろにまたルーミアが回り込んでいた。

頭を狙ってくる攻撃を毛玉になってかわし、妖力を腕に収縮させて思いっきり放った。

爆発音が周囲に響き渡り、私の視界が真っ白になった。

数秒経ち目を開けると右腕が吹き飛んでいた、奥の方には倒れているルーミア。

過剰に妖力を詰め込んで、私の腕が衝撃に耐えきれずに爆ぜてしまった。

 

「りんさんは……どこに」

 

急に霊力と妖力を一気に消費したせいで目眩がする。

あたりを見渡してやっとりんさんの姿を見つけると、そっちの方へ歩いて行く。

 

「———!」

 

なにか……言って…

その時、体が勝手に動いて右に傾いた。

脇腹を腕が通り過ぎて行く。

 

「まだ終わりじゃないぞ」

「まじで…」

 

さっきのを食らってもまだ元気そうに動いているルーミア。

頭が働かない、体が動かない。

ルーミアの攻撃が直撃しそうになって、私は目を閉じた。

でも、攻撃が当たるより先に私の体が地面へ倒れた。

 

「ぼーっとしてんじゃねえぞ、毛糸」

「りん、さん」

「まだ動けるか……人間!」

 

途端に頭が冴えて行く。

そして冷や汗が大量に出る、さっきまでは完全に思考がやられていた、りんさんが防いでくれなかったら完全に死んでた。

りんさんがルーミアの腕を跳ね除け刀で斬りつけようとするが、ルーミアはそれを簡単に防ぐ。

その間に私は体を浮かして霊力を放出してルーミアへ突っ込み蹴りを入れて吹っ飛ばす。

 

「もう私もお前も持たない、死ぬ気で決めないと先に死ぬぞ」

「りんさん……あんたは無茶しちゃ」

「私が無茶しなきゃお前が先に死ぬだろうが!」

「ご、ごめん」

「これでさっきの分はおあいこだ。まぁそんなもの気にする前に死ぬと思うが…」

「とりあえず、ルーミアをなんとかしないと…」

「お前がやってた間に少しは回復した、お前も休むか?」

「まさか……いくよりんさん」

 

二人揃ってルーミアへ距離を詰める。

ルーミアは何故かこれ以上ないほど嬉しそうな表情をしている。

何故そんな顔をするのかわからないけど、私達が殺し合ってるているのは変わらない。

無駄な思考はやめて目の前のことに集中しないと。

再生させた両腕で氷を放つ、妖力は回復のためにも取っておきたい。

けど氷なんかでは意味がなかったらしく、ルーミアが腕を一振りさせただけで氷を全て吹き飛ばした。

そのわずかな隙に距離を詰めて攻撃するりんさん、だけどその攻撃は全く当たらない。

やっぱり、回復したとか言ってたけど、ルーミアと戦うくらいまでには全然なってない。

 

「終わりにしてやるよ」

 

ルーミアが刀を受け止めてりんさんの息の根を止めようとする。

まずい。

全速力でルーミアとりんさんの間に割って入り、私が代わりに受け止めようとする。

私ならよほどのことがない限り死なない。

そう思っていたけど、ルーミアには見透かされていたらしい。

私の心臓目掛けてその手を伸ばしてきた。

完全に避けれない、でも攻撃されてからでも反撃すれば……

 

「なっ…」

 

りんさんが私の体を押して、その体でルーミアの攻撃をくらった。

一瞬、頭が真っ白になったけど、私の方へ投げられた真っ黒な刀を見て正気に戻る。

 

霊力を放出し体の向きを変え、刀を手に持った。

そしていつもりんさんがやっているように、私のありったけの霊力と妖力を込める。

真っ黒な刀身を白い妖力と霊力が包み込み、何も考えずに振ったそれはルーミアの体を斬った。

 

 

 

 

 

 

「なんで………今の防がなかったんだよ」

 

その場に倒れ込んだルーミアを見下ろして聞く。

せめて腕で防御しようとするとか、そういうことはできたはずだ。

それなのに今、ルーミアは何もせずに、ただ私の一撃を受けた。

 

「最初からそのつもりだったからだよ」

「え?」

 

ルーミアが自嘲気味の笑みを浮かべて私を真っ直ぐ見据えてくる。

 

「お前みたいなやつは良い、世がどんな風に変わっても適応できる、頭が柔らかいからな」

「どういう意味だよ」

「封印が解けたとき、昼間の記憶も全部頭の中に入ってきた。そして理解したんだよ、私はこの先の時代に相応しく無い」

 

その言葉の意味を考えているうちにルーミアが話を続けていく。

 

「あたしが封印されたのは、まぁ数えちゃいないが相当昔だ。その頃は今とは全く妖怪ってやつが違かった。みんな相手を殺し、自分が生き残ることしか考えていない、あたしみたいな奴らがわんさかいた。そんな時に私は封印された、昼間のあの姿になった」

 

傷口から血が出て行くのにも構わず、ただ一方的に喋り続ける。

 

「そして時代は変わっていった。妖怪は妖怪たちで己の集落を作り、随分人間らしい生き方をするようになった。なんなら、妖怪狩りと人外が仲良くやってるときた。そしてあたしは思ったんだよ、この先の時代、人間と妖怪が殺し合わなくなる時代が来るってな。つまりだ、人間を殺すことしか考えちゃいないような奴は時代の流れに押しつぶされる。生憎、あたしって奴は殺して喰う、それしかできない、だからそんなやつは」

「この世界に相応しくないって……そう言いたいのか」

「あぁ、そうだ」

 

なんだよそれ………二人とも最初っから死ぬ気だったってことか?

 

「お前たちが殺したのはあくまでこの私だ、あっちのあたしじゃない。この封印は完全に解けたわけじゃない、単に私の力がこれを上回っただけだ。死にかけて力が衰えれば勝手にまた私を封印する」

「それで…この先ずっとあのままでいるって言うのか」

「かもしれないな」

 

なんで……なんでだよ。

やらせない気持ちが沢山心から湧き出て来る、どうしようもない、何かしたいけどもう手遅れ。

本人が望んでいたことなら私は止めない、けれど虚しい。

 

「さ、言いたいことは大方言ったしお別れだ」

 

そう言ったルーミアの姿が段々半透明になっていく。

 

「また、生きてたらまた会おう、毛糸」

「………そう、だね」

 

悲しい表情をして、ルーミアの姿は消えた。

残ったのは小さい少女の体のみ。

寝息を静かに立てながら寝ている。

 

「……そいつが、そんなこと考えてたなんてな」

「……りんさん」

 

私とルーミアのやり取りをずっと黙って聞いてきたりんさんが口を開いた。

 

「悪いが、私もお前とお別れしなきゃいけない」

「………うん」

「……おい、そんな顔するなって言っただろ」

「無理」

 

顔が歪む。

止めたいけど、止まらない、勝手に体が動く。

 

「私は………まぁ、満足だったよ、この人生」

「………」

「そいつの言ったように、私は殺すことしか出来なかった。だが、そんな私を変えたのはお前だ。お前に会ってから、私っていう存在が変わったように感じる」

「柄にもないことばっか言うなよ……」

「死際なんだ、言いたいこと全部言わないと気が済まないだろ」

 

りんさんも……そんな表情をするのか。

 

「私が今まで生きてきて、まぁ短かったけど、お前に会ってからの人生が私にとって一番濃かった。悪かったな、勝手に行って」

「謝るなよ…」

「嬉しいよ、最期に看取ってもらえるのがお前で」

「………」

 

あぁ、そうだ。

この人は最初から、私に会う前からずっと死に場所を探していたんだ。

友達面してたけど、私はりんさんのこと全然理解してなかった。

 

「……お前が気負う必要はないさ。どっちにしろ遅かれ早かれこうなってたさ」

「……じゃあ、わざわざ戦わなくても、何もしないでゆっくり生きててくれたらよかったのに」

「言ったろ、私は戦うことでしか自分の価値を示せない。ただ生きてたってなんの価値もないんだよ」

「誰にとっての価値だよそれは、私はそんなの求めてない」

「私にとっての価値さ。後悔はしてない」

 

結局私はこの人に、戦うこと以外の価値を見い出せてあげられなかったってことだ、友達とか思ってた自分を殴ってやりたい。

りんさんが仰向けに寝そべり夜空を眺める、

 

「どうやら、お喋りできるのもここまで、みたいだ」

「りんさん…」

「私にとっての大事なものは、お前だけ、だからさ。失いたくなかったんだよ、お前を」

 

そんなことは知らない、私はあなたを失いたくなかったんだよ。

 

「だから、そんな顔をするなって。いいんだよ……これで」

「よくないよ…」

「私は向こうで待ってる…お前が来るのをな。せいぜい長生きしろよ、毛糸」

 

 

幾分もの時間が経ち、私はようやく口を開いた。

 

「…………うん。また、会おう、りんさん」

 

それでも、もう、返事が返って来ることはなかった。



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毛玉は何かに支えられて浮いている

「なにか喋ったらどうです、そこで寝てないで」

「………」

 

察してよ、落ち込んでんの。

 

「いや、そう言われても」

「………」

「まぁ考えてることはわかりますけど…」

 

じゃあいいじゃん。

 

「聞くには聞きますけど、まずは自分の口で喋ってください」

「……ぇ」

「まずは自分の口で吐き出してみることです、私が代弁して話を聞いてもなにも変わりません。黙ってるのと口から吐き出すのでは随分違いますよ」

 

えー………はぁ………

 

「…辛いことがあったけど喋る元気もないので心を読んでください」

「そうきましたか……まぁいいでしょう」

 

やったー。

 

「あなたは目の前で二人の友人を無くして、それをまだ引きずってるということですね」

 

…まぁ一人は姿変わって生きてるけどね。

 

「心中お察しします」

「………」

 

え、それだけ?

もっとこう…なんか言ってくれないの?

 

「人の心の中に入るのは趣味じゃないので」

「………」

「励ましの言葉とか求められましても……とりあえず、はやく立ち直ってください。妖怪とは精神に比重を置いている存在、貴方といえど例外ではないはず。その状態が長く続くとどんどん弱っていきますよ」

 

わかってるよ………わかってるけどさぁ。

なんかこう……さ、こう………ね。

気力というか、活力とか湧かなくてさ、ただただ後悔ばっかりでさ。

 

「過ぎたことはしょうがないと割り切ってください」

「割り切れたらこんなとこまで来てないよ………」

「はぁ……結構面倒くさいんですね、貴方」

 

そうだよ構って欲しいんだよ。

誰かに相談する勇気もなくて、どうすればいいか考えた結果、さとりんに心を読んでもらうという結論に至った。

 

「弱気ですね、あなたの友人なら誰でも話を聞いてくれるでしょうに。……まあ、そんな顔してたら誰でも心配で話しかけてくれるでしょうけど」

「話すにも話せないよ………」

 

ただまぁ、心配かけてるのは間違い無いし、チルノは知らないけど大ちゃんはきっとある程度察してくれているだろう。

 

「……こんな姿、あんまり見せたく無いしさ」

「……なら、その刀を捨てましょう」

「へ?」

 

えー……これりんさんの形見なのに……

 

「形見っていうのは貴方の場合辛いことを思い出させるものでしかありません。さっきからその刀を見るたびに落ち込んでますし、目の届かない場所に置いたらどうですか」

「………いや、まぁ、一理ある」

「まぁそんなことする気ないのはわかってますけど」

 

満足するまで私はこれを肌身離さず持ってやる、いつかりんさんにあったときに、汚えんだよ毛屑がって言われかねないけど。

 

「地底って、あの世に繋がってんの?」

「だとしたらどうします?」

「いや、どうにも」

「そうですか」

 

私がやってることは、あの二人の選択を否定するのと同じことだ。

あの二人が自ら終わることを求めていたのに、私はそれを認められなかった、許せなかった。

そんな私をまた、私は許せない。

 

「やるせないよ………」

「無理しなくてもいいです、時間が経てば、慣れますよ」

「自分でもそう思うよ、そうであればいいなと」

「まぁ、辛いのはわかりますよ、私も似たような経験ありますし」

「……どんな?」

「話すほどのことでもありません」

 

うむ………

まぁ私はわざわざさとりんに話を聞いて、って会いにきてるからなぁ、迷惑かなぁ?

 

「迷惑じゃない、といえば嘘になりますけど」

「帰りまーす」

「まぁ、話聞くくらいならいつでも聞きますよ」

「さとりん………」

「貴方の友人は、彼女達以外にもいるんですよ?」

 

あー………心にしみるぅ………元気100倍だわ。

まぁ0のものを100倍しても0なんだけどね。

 

「どうしますか?ここにいてしばらく休むのも構いませんし、地上に出て現実と向き合うのもいいと思いますよ」

「そだね……その言い方だと、ここにいると現実逃避してるみたいになってなーい?」

「だってそうじゃないですか」

「………じゃあね」

「はい、さようなら」

 

 

さとりんの部屋を出てそのまま出口へと歩いていく。

一歩進むたびに嫌な気分になるけどまぁ、我慢しよう。

 

「しーろまーりさん」

「うわっしょい!?な、なんだこいしか、びっくりさせるなよ死ぬかと思ったよ」

「貧弱だね」

「そうですよ」

 

背後から突然こいしに話しかけられる。

 

「ねぇねぇ、お姉ちゃんとの話し聞いてたけどさ、死んじゃったのってあの黒い髪の刀持ってたお姉さん?」

「んまぁそうだけど………ん?」

「やっぱりそうなんだ……残念だね」

 

あれ、まって。

なんでこいしがりんさんのこと知ってんの?なんで?え?怖いんですけど、え?えっえ?えー?

 

「なな、なんでこいしがあの人のこと知ってんの?」

「え?だってよくしろまりさんの家に来るじゃない」

 

ぇあ、え?

 

「私の家、知ってんの?」

「うん、よく遊びにいくよ?」

 

は、はー、そ、そそゆことねぇ。

確かこいしは他人から認識されなくなるんだっけ、そういう感じだっけ。

それで私とりんさんが会ってるところを見てたと………よく気づかれないね?りんさんに。

 

「とりあえず私が言えることは一つだけ」

「ふぇ?」

「しろまりさんに、そんな顔は似合わないよ」

 

そう言ってこいしは去っていってしまった。

………そんなに私って、しけた顔してる?

 

 

 

 

「ふむふむ、なるほどなるほど。つまりあれですね、毛糸さんは何かがあって落ち込んでるんですね、そして何日も家で引きこもってると」

「そうなんです。あの人のことだから何日か放って置いたら寂しくなって出てくるかと思ってたんですけど……」

「全然出てこないんだぞ、きっと死んでるんだな」

「いや流石にそれはないでしょうけど……なんでそんなに落ち込んでるのかわかりますか?」

「多分、あれだと思うんですけど………」

 

大妖精が示した先は、湖のすぐそばに作られた墓のようなものだった。

 

「あれは………もしかして妖怪狩りさんのですかね」

「なにがあったのか詳しくは知らないんですけど、ここ数日一回も姿を見せていなくて……流石に心配に」

 

まぁ、彼女がそこまで落ち込むと言うことは、ろくなお別れの仕方はしていないと言うことだろう。

地底の穴からふわふわ浮く謎の物体が目撃されて、一応何をしてきたのかを聞きにきただけだったけど………

 

「よし、私に任せてください。あの方を引き摺り出してやりますよ」

 

まず扉を開けようとしてみる。

だけど何かで押さえつけられているのか、引いても押しても動かない。

隙間から覗いてみると、中は見えなかったが冷気が漏れ出ているのはわかった、恐らく氷漬けにして完全に塞いでいるのだろう。

 

「となればいつものように上から…」

 

屋根をぶち抜いて無理やりお邪魔しますをしようと思ったけど、よくよくみると屋根の一部分だけ鉄板のようなもので補強されている。

思い出してみると、私がいつも突っ込んでいる場所だった。

 

「ふむ……かなり対策をしてきていますね、この調子だと壁を壊して無理やり入っても中になんらかの罠がありそう…」

 

よし、作戦変更、二人の妖精の元にもどる。

 

「入れそうではありますが、無理やり入ってもこちらが危険に晒される羽目になりそうです」

「どれだけ落ち込んでるんだ、あのまりも」

「あ、それはどうだったんですか?」

「それって…あぁ。試しに毬藻ーって、チルノちゃんに叫んでもらったんですけど反応なくて」

「なんですって……あの毬藻と聞いただけで理不尽に怒ると有名な毛糸さんがその言葉を無視するなんて……相当塞ぎこんでますね」

 

これは由々しき事態…いざと言う時に毛糸さんを頼れない。

 

「よし、なんらかの策を講じてくるので一旦山へ戻ります」

「別に放っておいてもいいと思うけどなー」

「でもやっぱり心配だよ」

 

いろいろな方法を考えながら、疲れない程度の速度で山へと帰っていった。

 

 

 

 

「えっと……なんですか、これ」

「名付けるならば『あれ、焼き魚の良い匂いがするぞ?』作戦です」

「…ばかなのか?」

「河童から借りてきた、七輪でしたっけ?それとそこの湖で一番美味しそうな魚を持ってきました。ちなみに魚はわかさぎ姫さんの提供です」

 

さっそく火をつけて魚を乗せて、扇子で仰ぎ始める。

 

「ほらー、毛糸さーん。大好きな焼き魚ですよー、良い匂いがしますよー」

 

しばらく待ってみるけど、反応はなかった。

壁に所々穴が開いているので、そこから匂いは入っていくはずなのに…

 

「何故……これほどまでに美味しそうな匂いがしていると言うのに…私の全身全霊をかけて火加減を調節して美味しくなるように焼き上げているのに何故……」

「ばかだ」

「えっと、文さん、さすがにそれは無理が…」

「いや、諦めないことが大事なんですよ。外に出ていないと言うことは食料をもまともに無いはず。何度か家にお邪魔してますけど、不味そうな干し肉くらいしかありませんでした。いつか、いつか出てくるはず…」

「あむ」

 

根気よく焼き魚の匂いを家に送り続け…って、あむ?

 

「あ!ちょっとルーミアさん!これ食べちゃダメなやつです!」

「うま」

「いやうま、じゃなくて」

「しょうがない、ルーミアだもの、ね大ちゃん」

「まぁそうだね…」

「ね大ちゃん、ルーミアさんをちょっと抑えててくれませんか?」

「ね大ちゃんってなんですか」

 

新しい魚を乗せて準備をしていると、誰かの視線を感じた。

家の方をよくみてみると、壁の隙間から毛糸さんと思われる人がこちらを覗いていた。

 

「見てください二人とも!毛糸さんが興味を示しましたよ!やはりこの「『あれ、焼き魚の良い匂いがするぞ?』作戦は成功です!」

「いや絶対違うと思うんですけど」

「どっちかっていうとルーミアを気にしてるんじゃないかな?」

「何故そう思うんですチルノちゃん」

「なんとなく」

 

ふむ……正直悔しいですが、毛糸さんはルーミアさんを気にしているという方が合ってるでしょうね。

となれば…

 

「ルーミアさん、あの家の前に立って毛糸さんの名前呼んでくれません?」

「なんでー?」

「やってくれたら魚あげます」

「やる」

 

よし成功、ルーミアさんはふわふわと飛びながら扉の前に立った。

 

「けーてー」

「なんか違う」

「けーとー」

「こう、もうちょっと」

「けいとー」

 

何回も微妙に間違えたあと、最後の呼びかけで毛糸さんが扉を開けて出てきた。

 

「毛糸さんこーんにーちはー、美味しい焼き魚がありますよー、みんなで食べましょー」

「たべるー」

 

そう言ったのはルーミアさん。

毛糸さんは扉の前で突っ立ったままだ。

 

「毛糸さーん?どーしたんですかー、なくなっちゃいますよー」

「よこせー」

「………ぃ」

 

毛糸さんが何かを呟いたが、声が小さくて聞き取れなかった。

 

「すいませーん、もう一回お願いできますかー」

「やかましいんじゃボケがあああ!!」

 

怒られた。

 

「もうちょっと頑張って呼びかけてくれたら出るよ!?流石の私も出るよ!?確かにお腹空いてたもん!でもさ!お前ら途中で焼き魚焼き始めるじゃん!出るに出れないでしょーが!あのタイミングで出ていったら完全に焼き魚に釣られたみたいになるでしょうが!ふざけるのも大概にせえよほんまぁ!そりゃ引きこもってる私だって心配かけてたよ!?でも焼き魚ってなんだよ!『あれ、焼き魚良い匂いがするぞ?』作戦ってなんだよ!提供わかさぎ姫ってなんだよ!舐めてるじゃん!完全に舐めきってるじゃん!そんなんで、わーい焼き魚おいしそー、って出ていけるわけないでしょうが!こちとら落ち込んでんですよ!?それなのにまぁお前らは人を煽るわ煽るわ!私を気遣ってくれてんのは分かるけど焼き魚はないでしょうがあああああ!!」

「………」

「ぜぇ…ぜぇ…」

「あ、終わりました?」

「………ぅん」

「じゃあこっちにきてみんなで焼き魚食べましょー」

 

 

 

 

「塩ないの?」

「醤油なら」

「何故醤油あって塩ないの」

「好みですかね」

「取ってきてよ」

「取りに帰ったら働かされるので嫌です」

「サボってんのかい」

 

んぅ……焼き魚旨し。

 

「焼き加減じゃちょうどいいっすね」

「どうもー」

 

焦げたやつを食べて舌を火傷したチルノと、それを見て慌てる大ちゃん。

 

「どーです?」

「…どーってなに」

「数日引きこもって、気持ちに踏ん切りはつきましたか?」

「………んー…まー…自分では、つけたつもりだけどね」

「ならよかったです」

 

まぁ踏ん切り自体は少し前にできてたけど。

こう、構ってオーラを出してたから、家から出ずにこう、構って欲しかったからなぁ。

 

「どうせこの先も何も考えずに友達増やそうとか思ってるんでしょ?」

「え、何バカにしてんのそれは」

「そうじゃなくてですね、人間に限らず妖怪でも、全ての種族は終わりというものがいつか来ます。貴方の知り合いがそうなる覚悟は出来ているんですか?」

 

まぁ………なんとも言えないなぁ。

 

「私みたいなやつが考えたってどうせ無駄だよ、やりたいことやって、満足するか後悔するか。それはその時になってみないとわからないや」

「そうですか、ならいつか、何かあって引きこもった時には家の前でまた魚焼いてあげますよ」

「……そだね」



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ハイテンションを極めすぎて不審者

「夜は焼肉っしょおおおおおおおお!!フォオオオオオオオオ」

「大ちゃーん、毛糸がおかしくなっちゃったー」

「ご愁傷様です」

「焼肉なのかー」

「焼肉パーリナイッフォオオオオオオオオ」

「ぱりないなのかー」

 

ハイテンションじゃねえとやってらんねえぜこんな世界!その辺の食えそうな肉、じゃなくて獣を根こそぎ狩ってやったぜ!

あのドンカ○スが置いてった七輪でチマチマ焼いていくぜ!

後ろで首を繋いだまだ生きてる鳥がギャーギャー鳴いてくる。

 

「んだよ……この世界は弱肉強食なんだよ、大人しく強者に喰われろこのタンパク質野郎が」

「たんぱくなのかー」

「んなこたあどーでもいいぜ!どんどん焼いていくぜ!焼肉だぜ!」

「大ちゃーん、毛糸がすくいようがないよー」

「ご愁傷様です」

「ごしゅーしょーなのかー」

 

私の頭ご愁傷様です!色んな意味で!

 

「あー焼肉うまうま」

「人間の肉ー」

「ないわそんなもん」

「ないのかー」

 

 

 

 

「いやどうするんですあれ」

「救いようが無いな、前々から頭おかしいと思ってたが堕ちるとこまで墜ちたか。色んな意味で」

「でも焼く手際はめっちゃ上手ですよあれ」

「鳥焼かれてるけどいいのかあんたは」

「鴉も鳥食べますし」

「あぁ、そう」

 

二人の白狼天狗と一人の鴉天狗が、家の屋根から気の狂った毛玉を見下ろしている。

 

「最近休暇なかったんで毛糸さん励ましに行くのを口実に飲みに行こうと思ったらなんか宴始まってるとは」

「飲むだけ飲みに行きましょうよ、今なら壁に吐いてもきっと怒られませんて」

「椛、お前は吐く前提で飲みに行こうとするな」

「飲めるときに飲まないと損です」

「椛の言う通りです、せっかくの休みなんですから同族のいないところで飲もうってみんなで決めたじゃ無いですか」

「俺は首掴まれて連れてこられただけだし、明らかに同族より嫌な奴があそこで肉焼いて発狂してるんだが」

「あ、ほら河童の二人ももう行って皿とってますよ」

「何やってんのあいつら……河童ってきゅうり以外も食べるのか」

「いやきゅうり焼いてますね」

「きゅうりを………焼く?意味がわから——ぐはっ」

 

困惑していた柊木の頭に氷塊がクリティカルヒットした。

 

「オラァテメェらぁ!何こそこそ見てんだコラァ!焼肉その口にぶち込んでやろうかワッショオイ!」

「て訳で行きますか」

「そうですね、足臭は放っておきましょう」

 

 

 

 

「ひぃ!?目つき悪い人が屋根から落ちてきた!?あ、ああたまからちがっ、血がっ!」

「焼くか」

「焼くの!?」

「食うか」

「食うの!?」

「焼肉ってのは常にバイオレンスなことをしてるんだよ、生き物であった奴を肉塊へと変貌させ、その果てに地獄の業火で焼き、そして己が牙で噛み砕いて胃液という全てを溶かす液体で溶かしてんだよ」

「ちょっと気分悪くなったので帰ります……」

 

なんでや当然のことを言っただけだろ。

 

「というか盟友大丈夫かい?」

「大丈夫ってなに、頭が?」

「頭が」

「頭は常に爆発してますが?」

「いやそうじゃなくて、精神的に」

「るっせえ!叫ばないとやってらんねえんだよ!あーつら!もう悲しみが一周回って焼肉をしたいという欲望に変わったね!」

「なぁ本当に何があったんだい?話してみなよ」

「明日っていい天気ですね」

「は?………誤魔化し下手か!」

「るせえ肉食ってろ!」

「むがっ」

 

なんか色々勝手にやってきて飲み散らかしてるんですけど。

おいそこのワンコロ!うちの壁に吐くんじゃねえ滅ぼすぞ!あ、地面にやった。

 

「肉ううううう!」

「にとりさんあれもう駄目です、本格的に壊れてます」

「何かあったんだろうけどなぁ………本人があーじゃどうしようもないな」

「私は至って正常ですが!?」

「どの口が言ってるんだよ」

「むが、むがむごがが」

「頬張ったまま喋るな」

 

あー自作の焼肉のタレ美味しいなー、これ作るために何回か腹下したけど。

 

「にくー」

「だからルーミア、人肉はないって……私の腕があああ」

「あむあむ」

「食べるならこっちの体に悪くない方食べとけよ!あと私は人じゃないからそれは人肉じゃない」

「おえー」

 

あ、吐いた。

 

「毛糸さーん、こっちに肉くださーい」

「自分で焼けや!ソイヤ!」

「あ、くれるんですね」

 

カラスって肉食べんの?と思ったけど結構食べてたねそういえば。

 

「おらあ!もう肉あんまりねえぞ!」

「あんなに狂ってんのに肉だけは美味いんだな、わけわからん」

「肉を焼く人が頭おかしかろうが毛玉だろうが、焼かれた肉には関係のないことですし。足臭いんでこっち来ないでください」

「お前それいつまで言ってんの」

「足が臭く無くなるまで」

「いや臭くねえし」

「私が嘘ついてるって言うんですか?その首と足首ぶった斬りますよ」

「いやだから怖いなお前………酔ってる?」

「酔ってる訳ひっく」

「あーそーですかそーですか」

 

あ、肉無くなった。

 

「焼肉ぱーてぃ終わり!お開き!解散!」

「えー、まだ私たち来てちょっとしかたってないんですけどー」

「おめーらが来たから肉がすぐ無くなったんでしょうが!来るなら来るって事前に言いなさいよ!」

「いやー、驚かそうと思ったんですけどねー、あははは」

 

驚いたわ、そして迷惑。

まぁ帰れとは言わないけど。

そのままの勢いで七輪を蹴り飛ばして、なんか燃えるかもしれないって気づいたから氷漬けもしてその場に寝転がる。

 

「あー、胃もたれするわー」

「大丈夫ですか?」

「大ちゃん……大丈夫とも言えるし、そうでないとも言える」

「……?」

 

大ちゃんが固まってしまった。

 

「無理に明るくしなくてもいいんですよ」

 

明るくなりすぎって思われてそう。

でも今日は叫びたい気分だったんだよ、パーリィしたい気分だったんだよ、もう疲れたけど、

 

「自分の気持ちを抑えこんじゃ駄目ですよ」

あ、これ完全にヒャッハーしすぎて逆に心配されちゃってる奴だ。

 

「みんな優しくて私泣きそう」

「そんなこと言って、泣いたこともないじゃないですか」

 

ん?そーだっけ。

 

「自分の気持ちって言われてもねぇ……なんかあれだけど、私の気持ちは私にしかわからないからさ。気にしなくていいよ、私のことは。勝手に落ち込んで、勝手に立ち直ってるよ」

「そうですか……何かあったら言ってください。友達ですから」

 

そう言ってチルノの方へ行ってしまった大ちゃん。

なんかチルノに睨まれた、やめて、そんな目で見ないでー。

 

 

「……はぁ。何かあったら言ってくださいって………友達だから巻き込めないんじゃん」

「なるほどねえ」

「今度は誰………あ、こんばんは」

「はいこんばんは、少し移動しましょうか」

 

声が聞こえた方向を見ると、なんで言えばいいんだろう、空間の裂け目的な何かがあった。

そして私のいる場所が森の中へ変わり、目の前に久しぶりに見た人がいます、と。

 

「え、えええーっとと。紫さん?」

「久しぶりね。元気にしてたかしら」

 

なんで急に………

 

「貴方の気持ち、よーく分かったわ」

「え?はい?」

「辛いでしょう?突然の別れって」

「すみません、何考えてるのかはわかりませんがもうその話はやめてくれませんか」

「あら、嫌だったかしら」

「いやも何も、私の中ではもう終わったことなんで」

「あらそう」

 

つまらなさそうな表情を浮かべる紫さん。

なんで急に私に会いに来たのかわからないけど、もうあのことに触れられるのは勘弁願いたい。

 

「なんで急に会いに来たのかって思ってるでしょう」

「…まぁ」

「そんなに大したことじゃないわ、ただ一つ、聞いておきたいだけよ」

「……なんですか」

「今回の事で分かったでしょう。人間と関わるというのがどういうことか」

 

……これはあれか、あの夜の出来事は全部見られてたってことか。

 

「何が言いたいんです」

「これからどういう風にしていくのか、気になってね。貴方が人間と非常に友好的なのは分かっているわ。でも人間と関わるのがつまりどういうことか、貴方は理解したはずよ」

 

人間、妖怪、その差。

 

「人間は脆く儚いわ、私も幾度となく人間と別れてきた。貴方は知ってしまった、その辛さを」

「………」

「これからこの先、貴方はどう人間と接していくのかしら」

「………」

「まぁ答えは聞かないでおくわ。どうするか、しっかり考えておいてね」

 

一方的に喋られて勝手に帰られた。

気づけば元いた場所に戻っていた、神出鬼没すぎい。

 

「そんなもの、考えるだけ無駄じゃん」

 

私は自分がどうしたいかなんてわからないし、別にどうでもいい。

この世界はきっと、私なんかがいなくても何も変わらずに回ってるんだ、私がいたって何かが変わることなんてないんだ。

 

「私のことなんてどうでもいいし、気にする必要はない」

 

私が好きなのは自分じゃない、この世界だ。

この世界が変わらずに回るのなら、私はどうなってもいい。

 

「あー……頭痛くなってきた」

 

ダメだ、こんな大して大きくもない頭で難しいこと考えたら頭痛で死ぬね。

 

「おーい、私の家の周りで刃傷沙汰起こすのやめてねー」

「いや止めてくれええ!!」

「足臭、斬る」

 

酔うと辻斬りみたいになるとか、笑い事じゃなくて逆に笑えるね。

 

「俺の足は臭くねえ!」

「臭いから斬る」

「臭いですよ、臭い臭い」

「るりきゅうり食べるー?」

「あ、もらいます」

「大ちゃん、あたいお腹いっぱいで死ぬ…」

「だから食べ過ぎないようにって言ったのに…」

「誰か止めてくれよおおお!!」

「うるさ」

 

あー、今夜は月が綺麗だなー、うんうん。

なんかこう、綺麗だねうん。

うん?

 

「あー」

 

ルーミアが、私が作ったりんさんの墓石の前で佇んでいる。

私がルーミアに質問した限りでは、なんにも覚えてなさそうだったけど……何か感じることでもあるのかな。

それとも不自然にある石が気になってるだけか。

 

「ルーミアくーん、そんなところで何してるんだい」

「あー?よくわからない」

「えぇ………」

 

あっちの方のルーミアさんは完全に消滅したのかな………

私は別にどっちでもいいんだけど、胸にあるモヤモヤしたものがなかなかとれない。

まぁそれはルーミアも同じかなぁ。

 

「いってえええ!!背中、背中が切れたああ!?」

「あ、すみません手が滑りましたそのまま楽にしてあげますね」

「楽に死なせる気ないだろ!四肢を一つずつ落としていくとかそういうこと考えてるだろお前!」

「足臭は黙って死んでください」

「まぁまぁ、椛落ち着いて」

 

あ、文に言われたら止まるんだね。

 

「肴は手羽先かな」

「あやや!?」

 

バーサーカーは止まらなかったわ。

 

「ちょ、こっちに来ないで……って、あれ?」

「ぐぅ………」

「完全に潰れたな、なんでいつもこうなるかなぁ………」

「まぁ今日は吐いてないだけマシだよ、あーよかった、今日は私の家は無傷だー」

「あ、すまん、壁に当たって削れた」

「oh……」

 

 

 

 

「それでさ、ここの配線に迷ってるんだけど、なにか良い案ないかな」

「別にこれ、ここ通さなくてもよくない?直接こっちからじゃダメなの?」

「あ、確かにそうすればよかったですね」

「流石だなぁ……ってかなんで私達より電気とかに詳しいんだよ」

「なんでって言われましても……」

 

どうやらにとり達河童は現在、いつでも冷たいきゅうりを食べるための装置を作っているらしい。

完全に冷蔵庫ですねわかります。

 

「さっきはあんなに煩かったのに、今じゃすっかり戻ったね」

「まぁあれで溜まってたもの全部吐き出せたかなぁ………まぁ叫びすぎたせいで獣が襲ってきたんだけどね」

「聞きましたよ毛糸さん、とうとうこれで引きこもり仲間ですね」

「勝手に仲間にするな」

 

というかるり、お前も最近大して引きこもってないんじゃ………会ったばかりのころなんて外出た瞬間に過呼吸になってたのに。

 

「そうそう、この前るりが凄かったんだよ」

「え、なに」

「山で小さな反乱が起きたんだけどさ、るりがなんか一人で五十人くらいやっちゃってたんだよ」

「え、すご」

「変わりにあたしの部屋は無くなりましたけどね……ははっ」

 

顔が笑ってない笑ってない。

 

「その後さ、河童みんなでるりを胴上げしたらすぐに泡吹いて気絶したんだよ」

「しょうがないじゃないですか。部屋が無くなった衝撃で既に気絶寸前だったのに、それでそんなことされたら誰だって泡吹きますよ」

「いや絶対に吹かんわ」

「そうだね、それにもし吹いたとしても白目向いて絶叫しながらとんでもない顔で周囲を引かせるようなことはしないね」

「そんな顔してたんですかあたし!?」

 

してそう。

引きこもりはマシになっても、本質は変わらないんだなぁ。

 

「椛本格的にやばいので帰ります、今日はお邪魔しましたー」

「ほら、ちゃんと立って歩け、息くさっ」

「もう、二度と飲まない………」

「じゃあたしたちも帰りましょう」

「そうだね」

「毛糸さん、新しいあたしの部屋に引きこもりたかったらいつでも歓迎しますよ」

「え、あ、うん。うん?」

 

完全に引きこもり仲間認定されて、山の奴らは帰っていった。

ルーミアも気づいたらどっか行ってた。

 

さーて、今夜はよく眠れそうかなー?



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毛玉は放浪するもの

「やい!現れたわね毛玉」

「私たち三人がお前!」

「成敗する!」

「………誰?」

 

聞いてアロエリ○ナ、ちょっと言いにくいんだけどー。

聞いてアロエリー○、三色の妖精がつるんできたんだけどー。

「……ごめん誰」

「な……わざわざ森からやってきたっていうのに、私たちのことを知らないって!?」

「チルノの馬鹿が言うからどんな奴かと思ったけど、私たちのことも知らないなんて…」

「大したことなさそうね、頭以外は。私たちのことも知らないなんて」

「うるさいね君たち」

「私がサニーミルク」

「私がルナチャイルド」

「私がスターサファイア」

「どちら様でしょうか」

 

仲良く名乗られたけど全く記憶にございません、本当に誰ですか。

なんか赤っぽいのと白っぽいのと青っぽいの………あ、まってなんか思い出しそう。

オランダ……いやロシアかな。

 

「いや違う違う、えーっと………あ、あれか、チルノとたまーに遊んでる奴か」

「記憶力はチルノ以下なのかしら」

「きっとチルノよりも馬鹿なのね」

「すごいのは頭だけのようね」

「はいお前らセリフ多くて長いんだよだまらっしゃい」

 

参ったな………毎回一気に三人分のセリフが飛んでくるのか。

誰に反応したら良いのかわからんし、そもそも聞き取れるかどうかも怪しい、というかうるさい。

やだ、変なのに絡まれた。

 

「えーと、さにーみるく?何の用ですか」

「貴方が毛玉のくせに調子乗ってるっていうから、私たち妖精の上下関係を教えてあげにきたのよ」

 

………あ、よかった、指名したらその子だけ喋ってくれるわ。

サニーミルク、ルナチャイルド、スターサファイア………うん覚えた、多分。

で、さっきなんて言われたんだっけ。

えーと、私が毬藻でゴミでカスの癖して、調子にのってるから最強の自分たちがしばきにきたぞ、かな?

ふーん?爆発したいのかなー?いいよ、跡形も残らず三人一緒に消してあげるよ。

まぁ冗談はさておき、よく私が毛玉ってわかるね?毛玉要素ほとんどないのに、宙に浮いてるのと髪以外の毛玉要素ないのに。

というか、チルノはなんて面倒くさいことしてくれたんだ………

 

「でさー、なんで私上に座られてんの?」

「上下関係を教えてあげるって言ったじゃない」

 

あ、そうくる?物理的な上下関係でくる?いいの?私このまま空高くまで浮くよ?天空のお城の高さくらいまで昇っていくよ?

人が考え事してる間に下敷きにするなんて、流石いたずらが好きな妖精、やることが違うね。

あーめんどくさいよー、こんな、こんなよくわからん三色に絡まれるとかめんどくさいよー。

誰か助けてー。

 

「やいお前ら、それはあたいのいすだぞ」

「うん、突っ込みたいけど我慢するわ」

 

突然現れたチルノ、私と上に乗ってる三人を見下ろして、堂々と私を椅子宣言してきた。

 

「早い者勝ちよ」

「早い勝ちもなんもないわ、人の上に乗るなよ」

「それはあたいのいすだ」

「椅子じゃねーし、なんとかしてくれよチルノー」

「無駄よ、私たちは」

「ここを絶対に」

「のかない」

 

なんだこのガキども………めんどくさいよー、あーもう、めんどくさいよー。

もうめんどくさすぎて……あーめんどくさ。

寝よ。

 

「なら氷をおみまいしてやる!」

「ちょ、下に人がいるのよ!?」

「ふん!」

「あぶな!」

「ぐほああああああ………ガハッ」

「あ、ごめん」

 

せ、背中に……背中に突然でかい氷がぁ。

あ、ヤバい、骨ヤバい、背骨ヤバい、体動かん。

 

「ぐはぁ……何してんの君たち、ねぇ」

「あやまったじゃん」

「謝って済むならサツはいらねえんだよ……この時代にサツはいねえけどなぁ………」

 

もう……こんな変なことで妖力消費したくないんだけど……

 

「えっと……そこの君、白いの」

「え、私?」

「そうだよ君だよ。えーっと、るな……ルナ…ルナチャイルド」

 

体を浮かして立ち上がると、なんか落ち着いた雰囲気のルナ……あーもう知らん、白いのを呼ぶ。

困惑した様子の白いの、こちらへ来るように言うと、恐る恐るやってくる。

 

「あのね、世の中にはやっていいことと駄目なことがあるの、わかりますか?人を下にして上に乗るって、乗られてるひと凄い不愉快でしょ?ね?そーゆーことしちゃダメだよ?」

「なんで私だけ…」

「だってあの二人に言っても聞きそうにないから」

「ちょっと!私たちのこと馬鹿にしたわね!」

「馬鹿みたいな頭のくせに」

 

私がバカじゃないと言うつもりはないけど、少なくとも妖精で頭が悪くないの少ないでしょ。

大体チルノとかそーゆー感じのだからね、大ちゃんみたいなのとかそうそういないけどね。

 

「いーぞー、もっと言ってやれー」

「チィルノくーん、君もさー、そうやって考えなしに氷飛ばすのやめなさいよー」

「なんだよ、あやまったからいいじゃん」

「それさっき聞いた。あのさぁ、私は別に謝罪を求めてるんじゃないんだよ、どうせあれでしょ?明日になったらまた同じようなことするんでしょ?学習能力ないから」

 

あーもう疲れたよパトラッ○ュ、この妖精たちの頭にかぶりついてよパトラッ○ュ。

ん?なんか嫌な気配が……

 

「いてっ。なんだよマジでさー…」

 

突然頭に小石が落ちてきた、痛い。

 

「いてっ、いてっ。もうなんだよ!」

 

何個も何個も落ちてくる。

上を向いても何もない、ただ顔面に小石が当たるだけ。

見えない小石が、落ちてくるときだけ見えるような感じだ、とりあえず腕で防いでおく。

 

「………?」

 

目の前の怪奇現象に頭がフリーズする。

あっれれえ?なにこれえ、おかしくなーい?

とりあえず屋内に避難しよう、家の中に入って扉を閉める。

 

「ぬぅ………えーと……んー?」

 

これはあれか、透明人間ってやつか。

毛玉が擬人化する世界だしね、いてもおかしくないよね。

そういやさっき、あのサニーうんたらってのだけいなかったなぁ……

アホみたいに酒飲んで具合悪くなる白狼天狗が千里眼持ってるくらいだからね、妖精が姿隠す能力持っててもおかしくないよね

なんにせよ、このまま閉じこもってるわけにもいかない、小石ごときを警戒して引きこもりとかいやだよ私。

てわけで意を決して外へ出る!

 

「おらかかってこいよ!………なんで誰もいないん?」

 

ぼっちなん?ぼっちなの私。

小石が痛くて家に入っただけなのになんで放置されるん?

……もういいやふて寝しよ。

家の中に帰る。

 

「あー、もう散々だうぇー?」

 

家の中がなんかめっちゃ荒らされとるんですけど!?なにこれ酷くない!?空き巣!?

いやまて、落ち着け、これはきっとさっきの妖精たちがやったことなんだ。

きっとあのサニーうんたらは自分以外の姿も消すことができるんだ、そうに違いない。

でも、私が外に出た一瞬でここまで荒らせるか?

となると外に出る前から荒らされてた、でも家の中に入った時は荒らされてなかった。

そもそも、こんなに荒らされたら大きな音くらいは出るはずだ。

そうなると………音を消すやつがいるのか?三人組ならそんな感じの能力のやつがいてもおかしくないだろうし……あーあ、家がなかったら全方位に氷放つのになー。

 

「音はしなくて姿は見えない……おっほ、めんどくさすぎ」

 

先生ギブ!自分無理っす!

音も鳴らないのならどこかで暴れられてもわかんないな………

うーん、どうしたらいいんだよこれ、うーん………頭痛くなってきたんですけど。

あれ、詰んでない?私詰んでない?だってどうしようもないじゃんこの状況、姿見えなくて音もしないって。

気配を感じ取ろうとしても、音も姿も見えないんじゃ私にはそんなもの感じ取れないし………オワタ。

だーけーどーなー……あの妖精たちにいいようにやられるのもなぁ……てかチルノどこいったんだろう。

帰ったか、帰ったことにしておこう。

 

 

「うーむ………あ」

 

良いかはわかんないけど策は思いついた。

冷気を手から出して、小さな氷の粒を作り出して宙に浮かせる。

いっぱい浮かせる、とにかく浮かせる。

姿を消せるとしても、さすがにこの家中に浮く全て氷の粒までは消せないだろう。

浮かせるために霊力をほんの少しだけ入れているから、そんなすぐに溶ける心配もない。

動けば氷の粒が動き、あいつらのいる場所だけ氷の粒がなくなるはずだ。

うむ、我ながらなんて安直な策、まぁ私みたいなちっさな脳みそじゃこれが限界なんでね。

氷の粒をばら撒き仲間は家中を回っていく。

もう既に出て行ってたとしても、被害状況を把握したいし、外から覗かれてで圧力はかけられるからね。

 

もう家の仲が氷の粒で満たされそうなくらいになったから、ばら撒くのはやめたけど、一向にあの三色の姿が見えないなり。いや、姿は見えないだろうけど。

おっかしーなぁ……私ちっとも物音も出してないはずだから、そのうち遭遇してもいいはずなのに……やっぱりもう外にいるのかなぁ?

でもなぁ……被害がどんどん大きくなって行ってんだよね…全ての部屋が荒らされたといっても過言じゃない、というか全部やられた。

貴方達を器物損壊罪で訴えます、理由はもちろんお分かりですね。貴方達が無駄にすごいステルスで私の家を荒らしまくったからです。

法廷で会おう。

 

 

うーむ………家を外から見てみたけど……

 

「えーらいこっちゃ」

 

外から見たらまだマシだけどなぁ……中がなぁ……

いったい私が何をしたっていうんだ、存在が罪なんですか、誕生罪ですか、生まれてきたことが罪なんですか。

あーあ…萎えすぎて苗になりそう。

 

うしっ、吹っ切れた。

大事なものは引っ張り出してきたし、どうせ修復作業とかマジ面倒くさいしぃ………爆破するか。

 

手に妖力を集めて圧縮して妖力弾作り、マイホームに向かって勢いよく投げた。

 

「イオ○ズンッ!!」

 

 

 

 

「いたたっ………急になんなのよ。ほら、ルナ、スター起きて」

「う、うーん……いったい何が」

「おぉはよおごおざいまあああす」

 

妖力を垂れ流して圧力をかけて、精一杯の怖そうな顔をして睨みつける。

ビビったのか、急に三人の姿が消えて何処かへ行ってしまった。

これで悪は去ったっと………

 

「うーん、芸術は爆発と言いますけれど……単に悲惨なことになっただけだね」

 

ま、スッキリはしたんですけど。

とりあえず私のできる精一杯で脅かしたから、しばらく私に近寄ってくることはないだろう。

ないよね?さすがにバカじゃないもんね。

記憶に残っている私の家と、変わり果ててしまった私の家の跡地を思い浮かべる。

 

「………」

 

ま、まぁね、もともと使いづらかったからね、いつかリフォームしなきゃなって思ってたし。

後悔はしてないし、ちょっとやりすぎたかなーなんて思ってないし。

むしろね、爆発さしてちょうどよかったよね、いいきっかけになったよね。

決して、決して一時のテンションに身を任せたわけじゃないよ、めんどくさくなって思考放棄したわけじゃないよ。

 

「そろそろ変わり時って奴なのかなぁ………」

 

まぁ変わり時って言っても、なにか変わらないといけないことがあるってわけじゃないんだけどさ。

なんかこう、ね。

私はあまりにもこの幻想郷のこと知らないし。

行ったことあるのなんてあれですよ、湖と山と地底と人里くらいですよ。

これだけ聞いたらなかなかいろんなとこ行ってる気がするけど、竹林とか森とかもあるみたいだしさ。

放浪の旅的な……自分探しみたいな……

なんで言えばいいんだろうね?一回仕切り直したいっていうかなぁ。

どうしても、ここにずっといると、縛りつけられてる気がする。

ここの場所に愛着湧きすぎたっていうのかな、出会いも別れも経験したし、ここが私の帰る場所ってなってる。

帰る場所があるのはいいことだし、友達って言える人もできてる。

ただ、このままじゃいけないんだ、いつまでも死んだ人を気にしているようじゃ。

 

「はぁ…」

 

変わる気はないけど変わりたい、変わりたくないけど、変わらないといけないと分かっている。

なんなんだろうなぁ………辛いのかなぁ私。

こんな顔してちゃどーせ心配かけるだけだろうし…別の場所で新たな出会いとか求めちゃったり……しよーかな。

 

よし決めた、どっかいこ。

 

そう言えばこの洞穴って、確か私が初めて裸族になったところじゃん。

いいねいいね、なんか再スタートって気がするね。

さーて、そうと決めたらチルノや大ちゃんに何かしら言っておかないとなー、何言おうかなー。

 

むぅ………雨が降ってるせいで外に出られないし、良い言葉思いつかないし……ふて寝しよ。

 

横になって、あの人の形見の鞘に収まっている刀を見つめる。

 

なんだかんだ言って、やっぱり私はあんたに後ろ髪引かれてたんだねえ、りんさん。

いつかあの人の声や顔も忘れる時が来るのだろう。

そういうものだし、悲しいけど諦めはつく。

 

これも置いていこう、てか誰かに預けておこう。

どうせ忘れてしまうなら、さっさと忘れてしまった方が楽だ。

 

 

ま、絶対に忘れてやんないけどね。



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急にエンカウント

さーてっとー。

荷物は必要最低限、それと河童の便利そうな奴で、服装は至って普通、さすがに見知らぬ土地に行くのに文字T着る勇気はない。

会話が可能で友好的な妖怪か人間に会えたら良いなあと思いつつ、毛玉状態で移動を続ける。

さすがに風に身を任せて脱力モードする勇気はない、だって幻想郷の外に出ちゃう可能性あるし。

さすがにまだそんなとこまで行こうとは思わない。

ひとまずは慧音さんのところ行きたいなー、幻想郷って人里が大体中心らしいし、そこからなら基本何処へでも行きやすいだろう。

 

 

と、思ってたのが数分前でー。

 

いきなりさ、嵐くるとかさ、おっかしいよねえ!

決意したのに足止め食らうのが一番カッコ悪いし腹立つんだよこんちくしょー。

岩場の雨風から逃れられそうな場所を捜して、毛玉状態でめっちゃちっちゃくなってなんとか濡れずに済んでいる。

雨が流れてきそうなところは氷で塞いだ、なんか溶けた水がかかりそうな気がするけどまあ多分大丈夫、根拠はない。

めっちゃ狭くて動けないけど、まあ大丈夫だろう。

 

雨が降ると湿度高くなって、なんか毛玉の状態だと浮くのにほんの少しだけ霊力を消費するようになるんだよね。

移動自体にそこまで影響はないけど、私自身雨が嫌いだし、降った後のジメジメとした雰囲気もあまり好きじゃない。

どうせ雨降ってたら移動できないし、風も吹いてるからな……雨が止むまで移動はできなさそうだ。

 

りんさんの刀は結局柊木さんに預けてきた、理由はなんか知り合いの中で1番まともに扱ってくれそうだったから。

文は根本的になんか信用できないし、椛はなんか酔った勢いでへし折られそうだし。

地底のさとりんに預けに行くのも、わざわざそんなことでなぁ…って感じだし、消去法だよ消去法。

柊木さんもなんか快く請け負ってくれたし、大切に保管しといてねって念を押しまくった。

 

こんなこと考えてる時点で未練たらたらなんだよなぁ……未練をすっぱり断ち切れる人はすごいようん。

 

 

 

 

ふー………あー暇だったあ!雨止むまで本当にやることがなくって、ただただ暇だった。

今度からはすぐに雨宿りができそうな場所を探そう、あんな狭いところだと数時間もいたら頭がおかしくなる。

上を見て歩こうね、雲行きが怪しかったら雨宿りできそうなところを探そうね。

 

「………ふん!」

 

ぐはぅ……

唐突に自分の腹をぶん殴った、いたい、めちゃいたーい。

なんで急に殴ったかって……なんとなく後悔しかけたから。

悪い癖だよ、自分では決心したつもりでも実際全然そんなことない。

そんな気持ちを抑えて、やろうと思ったことをやらなきゃいかないわけだけど。

 

いやー、一人は寂しいなぁ…孤独だなぁ………

 

 

 

 

 

寂しかったので、急ぎました。

 

もう慧音さんの家の前だよ、やればできるな私、やれば出来る子だな私。

いざ家の前に立つとなんか緊張してくるなぁ……幽香さんほど頻繁に会わないし、急に押し掛けられたら向こうも迷惑だろうし……まあずっと家の前で待機してるわけにもいかないな。

 

 

「すみませーん!毛糸でーす!」

 

ノックをして、中から返事が返ってくるのを待つ。

 

 

三分後………

 

まさかの留守!?

留守かぁ………そっかぁ………そりゃそうだよね、急に会いに行った時にいるなんてのも都合よすぎだもんね……

 

「はぁ……どうしようこれ」

 

流石に帰るっていう選択肢は存在しないし……かといってここで帰ってくるのずっと待ってるわけにもいかないし……

勝手に中にお邪魔する?

あ、論外だった、知り合いには日常的に侵入してくるやついるけどあれ非常識だった…

 

とりあえず今日は一旦ここから離れて夜を越せそうな場所を探して寝泊りして、明日来ようか。

 

「なんかついてないなぁ……んぁ?」

 

 

目があった、女の人と。

白く長い髪で、普通の人間とは違う気配。

見ただけでわかる、人間じゃない。

そして目があっただけでわかる。

すごく…….不審者を見る目で見られてる。

 

「………」

「………」

 

凄い目で私のこと凝視してくるんだけど、何この人。

いや、向こうのほうが何このもじゃもじゃなんだろうけど、実際私は不審者なんだけれども。

構図は蛇に睨まれたカエルのそれだ、一歩も動けない。

別に威圧されてるわけでもなく、恐怖を感じているわけでもないんだけど、こう、目があった瞬間から動けない、気まずくて。

瞬きすらできない、てことで目が痛い、大丈夫?瞬きは許される?やるよ?いいの?

あ、許された。

こっちが目を逸らしても構わず見つめてくる、なんなのこの人マージで。

いやだから、私がなんなのこのもじゃもじゃなんだけど………

 

 

二分後

 

「…….…」

「………」

 

 

五分後

 

「………」

「………」

 

いや……流石に長くない?よくそんなに私のこと見つめ続けられるね?私なら無理だよ、実際もう下向いたり上向いたりしてるもん。

なに?何を求められてるの?私は何をすればいいの?何をすればこの空間から抜け出せるの?

誰だよまずは慧音さんのところ行こうって言ったやつ!

見つけたらただじゃおかねえぞ!

 

まあ落ち着こうそーしよう。

多分この人は、私がここにいた数分の間に私を見つけて凝視してきたってことは、多分ここにもともと用があったとかそういう感じだろう。

ってことは多分慧音さんの知り合いで、私のことは知らなかったから急にもじゃもじゃが慧音さんの家の前で現れて驚いているのだろう。

あってる…かなあ?

 

「あの…」

 

意を決して話しかけてみる。

大丈夫、多分慧音さんの友人とかだったら話は通じるまともな人だろう、多分、きっと。

 

「えっと……すみません帰りますね」

 

話しかけても顔色一つ変わらないじゃん、なんなのこの人。

実はこの人はただの人形で、私は生きてもない人形にびくびく怯えてた、とか…。

あーーー、帰ろ。

 

「待てよ」

「あ、はい、なんでしょう」

 

し、喋った……

落ち着いた口調だ、話はできそう。

 

「名前は?」

「え?あ…えっと…白珠毛糸です」

「やっぱりか」

 

やっぱり?

あー、慧音さんに私の名前だけ教えてもらってたとか?

 

「慧音になにか用か?」

「え?あ、いや、大したことじゃないんで」

「そう言うなよ、さっきは悪かったな」

 

んー、思ってたより遥かに友好的?

なんというか、こう、強者特有の隙のない感じはあるけど、こっちが怯えるほどのプレッシャーは感じない。

 

「えっと……少し話したいことがあったと言いますか、相談したいことと言いますか」

「そうか。まあ大体分かった、生憎だが慧音は今は他の場所にいる、案内してやるからついてこい」

「え?あ、ありがとうございます」

「その話し方やめてくれないか?」

 

いや、そうは言われてもなあ…

 

「んー…まあ分かったよ、えっと…」

「藤原妹紅だ、まあ私のことは移動しながら話すよ。早く行こう」

 

なんか凄く友好的で逆に疑ってしまいそうになるけど、多分悪い人じゃないだろうからありがたく案内を受ける。

 

 

 

 

「流石に驚いたよ、友人の家の前に変な頭のやつがいたから」

「よく言われる」

「それに服が汚れてるしな」

「んあ?あー、色々あったんだよ、うん」

 

藤原妹紅、とりあえず妹紅さんと呼ぼう。

藤原ってことは、藤原氏となんか繋がりあるのかな?いやでも普通の人間じゃないだろうし。

妖怪…って感じもしないんだよなあ。

まあ歴史に詳しくない私が考えてもしょうがないんだろうけどさ。

 

「慧音さんとはどういう関係?」

「こっちが聞きたいくらいなんだけどな。まあただの友人だよ」

「へぇ……私はまあ、知り合い」

「そうか」

 

聞いてる限りではかなり慧音さんと親しそうだ。

友人と言っていたから、まあそういう付き合いなんだろう、少なくとも私と慧音さんはそういう関係じゃないけど。

 

「で、慧音から聞いたが本当に毛玉なのか?」

「まあ、一応」

「本当に?」

「ほんと」

 

すごい疑ってきたので、一度毛玉状態になって証拠として見せる。

 

「あ、本当に毛玉だ」

「まあこの姿だと頭がもじゃもじゃなだけだし…」

「悪かったな疑って。私の知ってる毛玉って浮いて、風に流されてはちょっとしたことで消滅してる奴だったからさ。そういう毛玉もいるんだな」

「まあ多分私が相当異質なだけだと」

 

私は私で結構妹紅さんのことを観察してるつもりだろうけど、向こうは質問してる以上に私のことを観察してそうだ。

多分、慧音さんが事前に私のことを話してくれてなかったら攻撃されてたんじゃないかなあ、って。

まあ絶対白いもじゃもじゃって言われてるだろうな!

 

妹紅さんの気配というか、近くにいて感じるのは、かなり妖怪に近い存在なんじゃないかなと。

その妖怪っぽさの中に人間のような感じも混じって、さらにそこに何か別の要素があるような………

よぐわがんね。

 

「一つ疑問なのがさ、どうやったら毛玉がそんな力を手に入れることができるのかなって」

「………えっと、これ?」

 

急に話しかけられて理解が遅れたけど、多分私の中にある妖力の事を言われているのだろう。そう思い体から妖力を少しだけ放出する。

 

「それ。普通の妖怪が持っていい力じゃない。人のような体を持っていなかった奴が、そういう風な身体を持つこと自体は珍しくないが、明らかにおかしい。身体に釣り合ってない力だ」

「これもまあ、色々とありまして……まあ、私の力ではないよ。他の人から取ったというか、なんというか……」

 

そもそも私由来の力なんてほぼ、というか全くない。

私が何かをできるようになったのは、チルノの霊力を吸収してから。それ以前は本当に何もできなかった。

というか、隠してたつもりだったんだけどよく分かったなぁ……やっぱり強い人なんだろうか。

 

「まあいい、悪いやつじゃなさそうだしな」

「一目見ただけでそれ?ありがたいけど」

「一目っていうか、ずっと見てたけどな」

「まあ、うん。そっすね」

 

 

 

 

 

「なあ」

「なんでしょうか」

「お前の種族って、寿命ってどのくらいなんだ?」

「はい?あ、えっと……自分でもよくわからないけど、まあ歳はとらないんじゃないかな」

「そうか」

 

なんで急にそんなこと………不老不死なんて、この世界じゃ大して珍しいものでもないだろう。

妖怪やその類の存在であればほぼ不老不死みたいなもんだろうし、なんで私のことなんか………

 

「そういうそっちは?人間ではないみたいだけど」

「あー、そうだな……また後でいいかな、もうすぐ着く」

「あ、やっと?」

 

結構長かった。

いや、長いっていうか、妹紅さんがめっちゃ駆け足になったり飛び上がったりするから、時間で言ったらそんなにだと思うけど。

それでここは………竹林?

竹林の中へと続く道にちょっとした家がある。

 

「あれ、私の家な」

「え、あ、ふーん?」

 

………今は無き私の家と見比べてしまう。

すげえ!私の家より小さいのに私の家よりずっと家してる!

 

「中に慧音さんが?」

「あぁ、ちょうど私の家に来てたんだよ」

「へぇ……じゃなんで妹紅さんは慧音さんの家に?」

「やり忘れた用事があったらしくてな、せっかく来てくれたから、代わりに私が行ってたんだよ、大した用事じゃなかったからな。……まあお前と遭遇したおかげで結構時間かかったが」

「……すみませんでした」

「あーいや、気にしないでくれ」

 

自分の身なりをすこし整える。

もうすでに服とか色々汚れちゃってるんだけど、人と会う時ってこういうの気になるじゃん、いろいろと手遅れだけど。

 

妹紅さんが扉を開けて中へと入ったので、私もそれに続く。

中には慧音さんが静かに座って待っていた。

 

「遅かったじゃないか、何かあった……って、毛糸じゃないか」

「あ、どうも。久しぶりです」

「やっぱり知り合いだったか」

 

慧音さんと目があった。

すぐに目線を逸らしたけど挨拶はした、うん。

 

「元気なようでなによりだ、それと妹紅、大丈夫だったか?」

「あぁ、別に火は消し忘れてなかったよ、ちゃんと消えてた」

「そうか、よかった。悪いな、行かせてしまって」

 

ほーん……慧音さんは心配性なのかな?

ま、私にはもう失う物、というより失う家なんてないんだけどね!ははっ!

 

「で、毛糸は何故ここに?」

「慧音の家の前でこんな身なりで突っ立ってたからさ、話聞いたら慧音に用事があるって言うから連れてきた」

「あっやっぱり汚いですよねぇ………ちょっと外行って汚れ落としきます、別に急ぎの用事でもないので」

「わかった、待っておく」

 

 

っていうのはまあ、口実なんだけど……

外に出て服を叩いて汚れを落とす。

 

「………なんだろこの感じ」

 

周囲の竹林になにか変なものを感じる。

それが何かって言われてもまあ、答えられないんだけど………

まるで何かを隠してるような、行手を阻むような……なんか不穏な感じがする。

まあ私が竹林を見慣れてないだけなのかも知れないし、もともと竹林ってそんな感じなのかも。

というかこの世界で初めて竹をみたような………

 

私は!キノコ派だ!

………

 

さーてと、服の汚れ落ちたかなあ?



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毛玉はにょろにょろしたものが苦手らしい

「なるほど……それで私に…」

「そんなに大したことじゃないんですけど……まあ」

 

とりあえず話をして、いろいろ伝えてみた。

自分の今まで生きてきて起きた、いろいろなこと、そう遠くないけど、どこか知らない場所へ行ってみたいということ。

後それと、聞かれたからりんさんのことも。

 

「そんなに長いこと生きていないだろうに、もうそんなに濃い人生送ってるのか。それで旅みたいなことするって、凄いな」

「濃い…?」

 

濃い人生………

濃いも何も、この世界の普通の人生がわからないからなあ………そもそも私は人じゃないというのは置いておいて。

まあ確かに、前世での普通の感覚で言ったらまあ、比べ物にならないくらい濃いだろうけど。

 

「しかしどこかと言われてもな………妖怪という存在がいる以上、どこへ行っても危険は付き纏うからな…」

「別に、ただ適当な場所を言ってくれたらいいんです。私この幻想郷って未だにどんなところか理解できてないから」

 

妖怪の山も、いまだに道に迷いかけることあるからね、全然土地勘がない。

なんなら、ちょっと木が生えてるとこいくだけで迷うことも……あれ、私って方向音痴?

 

「幻想郷はどこも過酷だからなあ、他の土地に比べたら良いところなのは間違いないけど、なにせ安全って言い切れる場所が人里くらいしかない。もちろん、そんなところに私たちみたいなやつは普通に入ることはできない。妖怪の山だと天狗たちがいて組織を作ってるし、迷いの竹林はその名の通り、正しい道を知らなきゃ絶対に迷う。魔法の森なんかは瘴気なんてのがあるからな。確実に安全って言い切れる場所はないな」

 

まあ、知ってた。

そもそもの話、たぶん湖の辺りがそれなりに安全な方だと思う。

幻想郷って言っても、バカ広いってほどじゃないだろうから行ける場所も限られてくる。

 

「妹紅さんは昔はどの辺に?」

「あー、そうだな……放浪してるうちにここへ来て………居心地がいいからここに止まってるって感じだな」

 

今、言葉を選んだ。

居心地がいいと思ってるのはそうだろうけど、まあそれだけじゃないのだろう。

なにか、人には言いたくない別の理由…まあ知り合ったばかりの私に話したくないことなんてたくさんあるだろう。

変なこと考えるのはよそう。

 

「この迷いの竹林って、なんで迷いの竹林って言うんですか?」

「単に一度入ったら本当に出られなくなるからかな。私も一度入ったが、妹紅がいなかったら出るのにどのくらいかかっていたことか」

 

どんだけ迷うねん、どんな構造してんだろこの竹林、それはそれで気になる。

 

「というか、妹紅さんは竹林の中は普通に行けるんだ」

「まあな、中は入って食料とか調達することも多いしな」

 

何度も出入りしてたら道がわかるようになるのだろうか。

そもそもこの竹林のなかって何か建物とかないのかな?そんな迷うような場所に建物作るって相当な物好きな気がするけど。

 

「この竹林のなかって建物あるんですか?そんなところに人も妖怪もいる気がしないんですけど」

「なくはないな」

 

え、あるんだ。

 

「ただまあ、あまり知らない方がいい相手だ」

「慧音さんはその人たちのこと知ってるんですか?」

「いや、私というよりは妹紅が………」

「そうだな」

 

妹紅さんの気配が変わった。

うん、やっぱりなんか抱えてるなこの人。

もちろんそれに関わる気なんて少しもないけど、なにがあったのか気になるのはしょうがないと思う。

 

「あーすまない、ちょっと用事思い出したから行ってくる」

「…そうか」

 

妹紅さんは逃げるようにして去っていった。

こんな時さとりんならなに考えてるかわかるから、私みたいなモヤモヤ抱えなくていいんだろうなぁ………

 

「妹紅はな、不死身なんだ」

「不死身?それだったらただ単に寿命が無いのと一緒じゃ……」

「いや違う、死なないんだよ、本当に」

「………?」

 

慧音さんの言ってる意味がわからず首を傾げてしまう。

不死身って………

 

「不老不死と何か違いが?」

「…これは私の勝手な解釈だが、私は不老不死とはただ単に寿命がないのだと思っている。年老いて死ぬことはないが、外傷によって致命傷を負えば死ぬことはあると思っている」

「…その言い方だと妹紅さんの不死身って」

「あぁ、死なないんだよ、なにをしても。本人曰く、例え体を引き裂かれようが燃やされて灰にされようが、絶対に再生して死なないらしい」

 

どういう種族なんだ一体。

絶対に死なないって、本当に?死んだことないだけじゃ?

でも灰にされても元に戻って死なないって言うってことは、つまりそれに近いようなことになったってことだよね。

それで………

 

「ってか、そんな話私にして良かったんです?」

「構わないさ、私が勝手に言ったことだから、聞かなかったことにしてくれても良い。妹紅はまあ、多分良い顔はしないだろうが」

 

そりゃまあそうだろう、自分の触れられたくないことを勝手に言われたら悪い気分にもなる、私だって嫌だ。

 

「そういえば慧音さん、人里とはどうなんです?なにか進展とかは」

「残念だが、なにも変わってない。いや、少しは変わったかな、一部の人にだけだが受け入れられたような気がするよ。まあ私の単なる思い込みかもしれないが」

「まあ、そりゃそんなに早く変わらないですよね」

 

人間って私たちみたいなやつのことどう思ってるんだろうなあ。

いや、私はそんなに人間と会わないから存在すら知られてるか怪しいけど、慧音さんのことはどう思っているのだろう。

人間卒業してそれなりに経つから、もう人間の気持ちとかわかんない。

それ以前に、時代も違うんだから、私が生きてた頃の思想なんて……そもそも私前世の記憶ないし、自分のこともよくわからんし。

 

慧音さんと妹紅さんはどうやって知り合ったのだろう。

興味あるっちゃあるけど、そんなこと聞くのもなあ、妹紅さんの知らないところでもう既に重大なこと知っちゃってるし。

 

 

 

何も話すことがなくなって、めっちゃ静かになって私が耐えきれなくなったから外に出てきた。

なんだろう、湖の方とは空気が違うなあ。

湖の方はなんでかわからないけど妖精が多いし、妖怪の山には妖怪が多かったけど、この竹林はなんかこう、すごくモヤモヤっとする。

漂ってるものが違うのかな、妖精がたくさんあると霊力の気配がするし、妖怪がたくさんいると妖力の気配が濃くなる。

そういえば魔力とかもあるのだろうか、魔法の森っていうくらいなんだから。

魔法使いとかいるのかな?この時代の魔法がどんな感じのものを指すのかわからないけど。

魔法の森に行ったら魔力吸収して魔法使えるようになるとか……ないかなあ?ないよねぇ……

あと妖怪の山が遠い、凄い遠い。

 

竹林……竹…竹ねえ。

竹って何に使うっけ、籠とかには使えるだろうけど、河童からそういう類のものはすでにもらってるしなあ……

 

竹といえばあれだ、えーっと………たけ、竹取物語だろう。

えーあれだ、おじいさんとおばあさんが……あれ?おばあさん出てきたっけ?

えあー、なんか光る竹を切ったら中にちっちゃい女の子がいましたーって話だ。

それでなんやかんやあって、輝夜姫って呼ばれたその女の子は月へ帰りましたよーって話だ。

この物語うろ覚えになるって、大丈夫か私の記憶力。

 

 

まあこんな世界だから、輝夜姫が実在してるとしても、多分月にいるんだろう。

となると、月に生物が存在しているってわけで………考えても無駄だね、うん。

 

 

あー暇だなあ、暇だなあ………暇だぁ……

どのくらい暇かっていうとリリース初期からやりこんでるスマホゲーのやり込みすぎてアップデートを待つことしかできなくなっている状態になってる人くらい暇だあ。

なんかこう、起こらないかなあ…この竹林爆発したりしないかなあ‥燃えたりしないかなあ?もーえーろーよー。

 

「あー暇だー」

「あのー」

「暇だなあ…空から女の子でも降ってこないかなあ」

「あのー、聞こえてる?」

「もしくは急にキュ○べぇ現れて契約してよとか言ってきたり」

「あれ、聞こえてないのかな?」

「いや、それはそれでいやだな、うん。死ぬしかないじゃない」

「あの!聞こえてる!?」

「あーあ、なんでも良いからなんか起こってくれないかなあ。そらから隕石落ちてきて新種のポ○モン現れたりしないかなぁ」

「ふぅ………」

「あーーー…」

「あのおおおおお!!」

「うるせええええええええええええっ!!」

「えぇ…」

 

 

 

 

「急に耳元で叫ばれたらビックリするでしょうが!」

「え……えぇ?納得できない」

「ほら、謝りなさいよ。耳元で叫んですみませんでしたって謝りなさいよ」

「えー………す、すみませんでした?」

 

なんで疑問形なんですかね?あとこいつめんどくさそうだからとりあえず謝っとけって思ってただろ、わかるぞ。

だって自覚してるから。

 

「で、おたく誰」

「えっと…妹紅さん知らないかな?あの人に用があって」

「いや誰だよって。身元を明かしなさいよ」

「あ、えっと。ミスティア・ローレライ。夜雀の妖怪だよ」

 

目の前の背中に翼を生やした妖怪は、ミス、ミスチ、ミスジ……

 

「ごめん名前もう一回言って」

「えー…ミスティア・ローレライ」

 

ミスティア・ローレライっていうらしい。

 

「でミスティア?妹紅さんに何の用?まあ今いないんだけどさ」

「そうなんだ。ちょっと竹が足りなくなったから切るのを手伝ってもらおうかと思ったんだけど…」

「何に使うん?」

 

あ、なんかミスティアの目が変わった。

なんかあれだ、自分の得意な分野の話になった瞬間の目をしてる。

よくぞ聞いてくれた!とか言いそう。

 

「よくぞ聞いてくれました!」

「ほら言った」

「え?何が?」

「いいよ続けなよ」

「えっと…こほん。私はね、屋台をするのが夢なんだ」

「屋台?」

 

屋台って何?祭りとかでするやつ?それとも移動式屋台のこと?移動式かな、移動式っぽいよね。

 

「私って、見ての通り鳥の妖怪でしょ?」

「うん」

「だからさ、この世界から焼き鳥を撲滅したいの」

「うん…?」

「でね、屋台をしてみんなに八目鰻を食べさせて、焼き鳥をやめさせたいの」

「うーん?」

 

………つまりどういうことだってばよ。

あ、わかった。

鶏肉より八目鰻の方が美味しいからみんな八目鰻を食べようねってことだろそうなんだろ。

やつめうなぎってなに?

 

「先に断っておく」

「え」

「私はうなぎが苦手だ!」

「え…?」

 

そして私は焼き鳥が好きだッ!!

とは言わないでおくっ!

流石にね、そんなこと言わないよね、文の前なら言うけど、カラスおいぴいって。

 

「そ、そんな…一回食べてみてよ!絶対好きになるから!」

「うん、無理。うなぎはなんかこう、無理なんだよ私」

 

私はにょろにょろしたものが苦手なんだ。

会ったら逃げ出すほど無理ってわけじゃないけど、蛇とかうなぎとか無理でござる。

忘れもしないあの日を、真っ二つに切断されたミミズを直視したあの日を。

あ、今全身の毛逆立った、寒気した。

 

「や、焼き鳥は食べないよね…?」

「………」

「ね、ねえ!何か言ってよ!目を合わせてよ!」

 

やれやれだぜ。

 

「竹を切るの?私でよかったら手伝うけど」

「え……できるの?」

「失礼な、竹を切るくらい素手でもできるわ、どっちかって言うと折るだけ……ダメでした」

「早くない?できる言ったんだからもうちょっと頑張りなよ」

「ダメです、これ私の骨より硬いって」

 

というか、これを妹紅さんは素手でやるの?マジ?なんか道具とか使わないの?そりゃ、妖力とか使えば私でもできると思うけどさ。

 

「ここの竹林、時々獰猛な妖怪が出てきたり罠があったりして危ないから、いつも妹紅さんに頼んでるんだ」

「罠?てことは絶対中に誰かいるな…」

 

果たしてその罠が、獣を捕獲するためのものか、人間や妖怪をあーしたりこーしたりするためのものか。

怖いなぁ……妙に人の手が入ってる自然って怖いなぁ。

 

「あー……何か他に困ってることある?できることあるなら手伝うけど」

「そんな、今日会ったばかりの人に付き合わせられないよ」

「え?不審な白いもじゃもじゃとは関わりたくないって?」

「言ってないけど?」

「誰がス○モだこるあ!」

「言ってない!」

 

最近私のことをまりもって呼ぶ人もすっかりいなくなっちゃって。

そもそもこんな時代にどれだけまりもが認知されてるのかわからないし、なんでチルノはまりもを知ってたんだろうね。

 

「妖怪の山の河童に知り合いがいるからさ、何か作って欲しいも」

「河童!?本当!?」

「おっは食い気味」

「え、えっと、じゃあ色々お願いできる?ずっと妖怪の山に行きたかったんだけど、行こうとした時に争いか何かが起こってて、それでずっといけなくて……」

「覚えられる範囲でなら。まあ次行くかわからないんだけどさ」

「ありがとう!まずは………」

 

 

 

 

「よろしくねー!」

「あいよー」

 

言うだけ言って帰ってったよあいつ。

 

 

「ん?あれミスティア来てたのか?」

「あ妹紅さん。ミスティアは竹を………あ」

 

あいつ……竹のことを完全に忘れてやがる。

鳥頭かな?



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毛玉は締まりが悪い

お久しぶりです。前回何してたか忘れた方は前話を10秒くらいで流し読みしてください。


「あー、私の代わりにミスティアに付き合ってくれてたのか、悪いな」

「いや別にいいんですけど……ねぇ妹紅さん」

 

古屋の中には入らずに外で話をする。

この際だから聞いておきたい、ずっとモヤモヤしてるのは無理。

 

「この竹林の中に、何がいるの?」

「なんでそんなこと聞くんだよ。そりゃ人の一人や二人いるんじゃないか?広いし」

「でも迷いの竹林って呼ばれるような場所にただの人間いないよね?いるなら妖怪とかその類でしょ」

 

一瞬だけ妹紅さんに睨みつけられたような気がしたけど、直ぐに視線を竹林の方へ向けられる。

 

「慧音に何か言われたか?」

「まあそうだけど。言いたくないなら言わなくてもいいけど……」

「………」

 

誰しも、聞かれたくないことの一つや二つくらいあるだろう、私は今それを無理矢理聞こうとしている。

人にやられて嫌なことはしてはいけないっていうけど、まあ私めっちゃやってるよねうん。

 

「いいよ、話すよ」

「あ、いいんだ」

「どうせお前が知ったところで……な」

 

うーん、そう言われると気になっちゃうなー。

 

「慧音にもいつか話しておきたいと思ってたんだ。どうせそのうち聞かれるだろうしな。お前には練習相手になってもらうよ、その代わり慧音には言うなよ?」

「あ、はい。言わないっす、絶対」

 

私がそう言うと、妹紅さんはその場に座り込んで下を向きながら話し始めた。

 

「私が不死身だってことはもう聞いてるか?」

「うん、まあ軽く」

「どうせなんで不死身なのか、どう言う種族なのかとかが気になってるんだろ、分かるぞ」

「何故分かる……?」

「顔」

 

顔かー、顔ならしょうがないなー。

 

「私はもともとただの人間の子供だった。まあ貴族の生まれだったけど」

「あー……藤原ってのはやっぱり…」

「ん?なんか言ったか?」

「いや別に?」

 

あ、凄い私のことを訝しげに見てる、凄い怪しんでる。

 

「えーと、続きをどうぞ」

 

目を逸らしながら話の続きを促す、そんなに凝視するなよ……初めて遭遇した時も凝視してきたなこの人。

 

「あー、それでな。私の父親がある姫様に一目惚れしたわけだ」

「一目惚れ……あれ奥さんは?」

「呆れてたよ」

 

絶対常習犯だっただろその人、すげえ度胸だなおい。それとも昔じゃそう言うの普通だったのかな……?割とあり得る。

 

「で、その姫様は色んな貴族の男から求婚されるがのらりくらりとかわし続ける、そんな奴に私の父親も躍起になる。それでまあ、色んなことやらかし続けて段々娘の私のことも気にかけないようになってな。ひどい時は八つ当たりみたいなのされたな」

 

最低だな!とはいえ現代でも虐待って無くならなかったし、まあ昔から人間って生き物はそう言うやつなんだろう。親を選べないからな、子供は。

 

「そして私は、父親がおかしくなったのはあの姫様のせいだと思ってそいつを恨み始める。とはいえただの小娘ができることなんてなかったんだけどな」

 

自嘲気味な笑みを浮かべる妹紅さん、昔の自分を顧みて何か呆れているような感じだ。

 

「ある時姫様が奇妙なこと言い始めてな、月に帰らなきゃいけないとか抜かし始めたんだ。まあどうやら本当だったらしいが」

 

………月ぃ?

あー、そう言うことね、大体分かったわ。

 

「で、わたしの父含めその姫様に惚れてた貴族とかは全員姫様を守ろうとした。でもまあ、あれは凄かったよ」

「あれ?」

「あぁ、なんてったって私のいた町が一夜にして更地になったんだからな」

「えー……」

 

なんだろう、更地ってなんだろう。そのままの意味?

 

「その姫様を連れ戻しにきた連中がなんかしたんだろうな。あの光景は今でも覚えてるよ」

「なんでそんなことに…」

「さぁ?でもその時の私にも理解できることはあった、その姫様は、私の父親や他の貴族を、自分が逃げるための犠牲にしたんだってな」

「ちょ、ちょっとストップ」

 

逃げた?月の人から?まあこの際輝夜姫が実在してたってことは置いておいて、逃げた?

つまり輝夜姫は月は帰っていないってことだ。

おかしいな…私の記憶じゃ、竹取物語は輝夜姫は普通に月へ帰って、特に血が流れたとかじゃなかったはずなんだけど……私の記憶間違ってた?

正史はそっちなの?輝夜姫は逃げて、貴族たちはみんな死んで、町も更地になったと?そっちなの?諸説ありなの?

 

「んぐぅ……何が何だか…」

「続けていいか?」

「あ、はい」

「と言ってもまあ、ここから先は別に話すこともないんだが。なんやかんやで奇跡的に生きてた私は、なんやかんやで姫様が残してた不死身になる薬を飲んで、なんやかんやでこの土地に辿り着き、なんやかんやでこの竹林の先にいる姫様をずっと気にかけてるってわけだ」

「は、はあ、なるほど?」

 

一気に話があやふやになったな……なんやかんや多くない?

てか本当にこの竹林に輝夜姫いるのかい、びっくりだわ。あ、やっぱり別にそんなに驚いてなかったわ、なんとなく察してたわ。

 

「まだその姫様のことは…?」

「恨んでるよ、時々殺し合いをするほどさ」

 

こ、ころしあい………?殺し合いって時々するものだっけ?

……まさか輝夜姫も不死身?そもそも竹の中に入ってて一瞬で成長したって話があるからね、あと月の人らしい。まあ普通の人間どころか妖怪でもないだろう。

 

「は、はあ………あーつまり、この竹林の奥には輝夜姫がいると」

「………なんで名前知ってるんだ」

「あっやべ」

 

口が滑ったぜ……

 

「えっとー、その輝夜姫?の童話みたいな?」

「………」

「いやー、あのー……」

「……まあ、聞かないでおくが」

 

はい優しい。

 

「この竹林は実質、あいつの隠れ家として存在してるようなもんだ。変な術とか使ってさらに迷いやすくしてるみたいだしな」

 

いやあの、それを普通に突破して殺し合いする妹紅さんはいったいなんなんですかね?

 

「でもなんでわざわざそんな所に?」

「月の奴らから逃げてるらしいぞ、なんでも月でなんかやらかして地球に追放されて、それで戻るのも嫌になったから従者つれて逃げたらしい」

 

あー、さっき逃げるうんたらって言ってたなあ……というか、私の知ってる童話って一体なんなんだ。

 

「さ、私からはもう特に話すことないぞ。つまらない話で悪かったな」

「何をどうしたら今のがつまらない話に…?まあ大変でしたねー……一つ聞きたいんだけど」

「なんだ?」

「その…不死身になって後悔とかは……?」

 

なんでそんなことを聞く?って言ってるような目で見られる。いや、私が勝手にそう思ってるだけかもしれないけどさ。

 

「後悔ねえ…」

 

不死身ってことは、絶対に死ねないってこと。ただ老いて死ぬことがない不老不死とは違う。まあ妖怪にも寿命はあるらしいけど、妖怪って人間からの恐怖とかいろいろ関係するからよくわからん。

 

「まだ後悔を感じるのは早いって、勝手に自分で思ってるよ。まだ自分で納得できてないんだ。あいつのこと、許せないしな。少なくともこの気持ちがどうにかなるまでは、後悔なんて無駄だろうさ」

 

この人にとって友人って言えるのは慧音さんだけなんだろう。昔の出来事に縛られたまま、今日までずっと引きずってる。

私も同じようなものか。

あの日、あの人を失ってから、心に空いた穴を埋める方法を見つけられずに、そんな自分が嫌になってこんなところまで来ている。

あの時ああしていれば、こうしていれば。考えるほどそんなことが浮かんでくる。そんな後悔を吐き出し切れずにずっと自分の中で抱えている。

妹紅さんもそうなんだろう、自分のした選択で後悔するのが怖いから、誰かを恨むことによってその気持ちから逃げている。

 

もちろん、私とこの人じゃ悲しみの気持ちとかの規模が違いすぎるだろう。でも気持ちに折り合いがつけられていないって点では同じなのかも知れない。

 

「どうした、急に黙り込んで」

「あ、いやなんでもない」

「そうか。……さ、中で慧音をずっと待たせてるのもなんだし、中に入ろうか」

 

 

 

 

慧音さん、普通に妹紅さんの家に泊まったな……私も泊まったけど。

もうすぐ日も暮れるから、せっかくだし泊まって行けよ、と妹紅さんに言われ、まあ夜は危ないからと自分で納得し、家のなかで宙に浮いたまま寝た。

寝る場所を選ばないのは特技と言えるかな?いや宙に浮いてるだけなんだけどさ。

ちなみに二人からすごい変な目で見られた、本当にそのまま寝るの?マジで?って顔だった。

だって三人もいたら場所が結構狭くなるんだもんここ……

 

「それじゃ一旦お別れだな、また来るよ妹紅。毛糸も、またいつでも訪ねてきてくれ」

「おう、またな」

「慧音さんさよならー」

 

夜が明けてから、慧音さんは家へ帰った。

 

「お前は帰らないのか?」

「あー、えーと、まあ」

「あそうか、幻想郷のいろんなところ回ってるのか」

 

フッ…忘れてたわ。

というか、帰る家がないのよね……家がなくなった。まあ家があっても帰ってないとは思うけど。

 

「いろんなところって言っても、まだ湖と妖怪の山くらいしか……あ、地底もか」

「地底行ったことあるのか?」

 

あ、いらんこと言った。

 

「ま、まあ。事故というかなんというか」

 

あれは事故だよ事故。え?二回目はほぼ自分の意思だっただろって?さあてなんのことやら。

 

「お前、まだ若いだろうに、なんか凄いな」

「はは…」

 

よくよく考えたら太陽の畑も行ってたわ。あ、人里にも入ったことあるな……あれ?わたし結構いろんな場所行ってね……?

 

「次どこ行こ……」

「そうだな…幻想郷自体そこまで広いわけじゃあない。まあ行くとしたら魔法の森だけど……」

「魔法の森ってどんなところ?」

「なんかこう、気持ち悪い茸が気持ち悪い粉を撒き散らしてる場所」

 

うん、妹紅さんはその森が嫌いなんだね、よくわかった。

 

「その粉のせいで人間は近づくことすらできないらしい。妖怪とかならいけるみたいだが、あまり居心地は良いとは言えないな…」

「つまり吸わなきゃいいと……?」

 

要するに息しなきゃいいんでしょ。

妖力とか霊力とかいう、明らかに非科学的なものが存在しているここにおいても、酸素っていうものは存在している。たとえ妖怪だろうが、呼吸をさせないようにして窒息させれば殺すことができる。つまり呼吸は妖怪にとっても絶対に必要なことってわけだ、多分。

その点は今の私も変わらない、だけども息をせずとも生きることはできる。

そう、毛玉状態ならね。

あの状態、口はもう完全にお飾りで存在価値がゼロに等しい。喋れないし、動かないし、息もできないし。

つまり呼吸器官が毛玉にはないってと。あってもせいぜい皮膚呼吸、いや毛呼吸だな、うん。

てことは、そのきのこがだす胞子かな?毛玉状態ならそれを無視して、吸わずに魔法の森に近づくことが可能ってわけだ。

毛玉最強!毛玉こそが完璧な存在!毛玉は生物の頂点!これが真理!

 

「いや、本当に行くつもりか?」

「そーですけど?」

「あ、そう……まあ好きにしたらいいと思うが…」

 

そもそも!魔法の森だよ?魔法だよ?みんな大好き魔法だよ?

妖術とか呪術とか、そんな胡散臭いものじゃない、魔法だよ?

属性を司りカタカナで呪文が表記されることが多く、長ったらしい厨二病拗らせまくった詠唱がついてくる魔法だよ?興味あるに決まってるでしょーが!

てか、気分悪くなる胞子を撒き散らすきのこのどの辺が魔法なの?そもそもこの世界における魔法って私の知ってる魔法と絶対違うよね?日本だもんね、ここ。

きのこを魔法って言い張るのはなんで?なにをどう見たら魔法って思うの?

まあ答えの出ない質問を心の中でしてたってしょうがないわけでね。

 

「あ、それで慧音さんには話したの?あれ」

「あー、いやまだだ。………そんな目で見るなよ、同じような長話を何回もするのめんどくさいんだぞ。まあ次会った時には話すつもりだよ」

 

まあ他人のことにあんまり口出すのも良くないのはわかってるけど。

 

「それじゃ、私もそろそろ行くよ」

「そうか。また生きて会えたらいいな。最も、お前みたいな奴が死ぬことなんてそうそうないと思うけどな」

「いや結構死にかけた経験あるんだけど。あとそういう言い方しないで、怖いから、本当に死んだらどうすんの」

 

……なんでそんな可哀想な奴を見る目で見られなきゃいけない?

 

「とにかくさようなら!」

「あ、あぁ。じゃあなー」

 

そうして私は妹紅さんの元を去り、魔法の森へと向かった。

 

「あ、魔法の森は反対方向なー」

「はいUターンしまーす」

 

そういや方向聞いてなかったわ。

今度こそ、私は魔法の森へ向かって進みだした。

 

進みだし……進み……あれ。

なんか……足りない……あっ。

 

「忘れ物したあ!」

「………」



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白狼天狗(男)の受難 前

働いて寝て、働いて寝て、働いて寝て、働いて寝て………

 

「いい加減にしろよ!いい加減に!」

「どうした柊木、急に叫んで……」

「叫びたくなる気持ちもわかるだろお前なら。俺ら白狼天狗の暮らしを見てみろよ。毎日とくに何も起こらない山の中をずーっと見廻ってるだけだぞお前。叫ぶに決まってんだろ!」

「まあまあ、酒でも飲めよ」

「ったく………なんでこんなに進展のないことさせられてるんだ俺は」

 

目の前の友人、楠に勧められるままに酒を飲む。

 

「でも平和なことに越したことはないだろう?」

「そりゃ少し前のあの時期に比べたらいいと思うさ。だがそれなら多少業務内容変えろよ、いつまで同じ場所に通い続けてたらいいんだ俺は」

「全く、お前は愚痴ばっかで……何がそんなに嫌なんだよ。ただ退屈なだけだろ?」

 

退屈なだけ……本当に退屈なだけならこんなに愚痴ばっか言ってない。

 

「厄介なのが定期的に俺のところに通ってくるのがよ…」

「あー、そういうことか」

 

同族の椛は俺と目が合う度になにかと突っかかってくるし、鴉天狗の文は仕事中にやってきてどーでもいいこと話すし…

 

「俺は羨ましいけどなあ、美人に囲まれて」

「楠お前……何も知らないっていいよな」

 

退屈って言うより、あいつらに絡まれるのが本当に……なんでそんなに俺のところに来るんだよ。

椛は何故か俺に突っかかってくる……というか、足臭い足臭いうるさいんだよあいつ。本当になんなんだよ。臭くねえよ。

文は椛と仲が良いってだけで、俺との接点なんてほとんどないはずなんだが……

 

「文句ばっか言ってないで、何か自分で変えてみたらどうだ」

「周りを見ろ周りを、ここにいる奴の半分は愚痴を垂れ続けてるだけだぞ。俺はおかしくない、むしろお前がおかしい」

「なんでそうなる」

 

河童はいいよなあ、自分の好きなことだけやってられるんだから。

 

「俺のできることなんてせいぜい見廻りを死ぬまで続けることだよ…」

「……なあ柊木、これはお前さえ良ければなんだが……」

「なんだよ」

 

急に表情が変わった楠、こっちが目を逸らしたくなるようなまっすぐな目で俺を見てくる。

 

「あのな」

 

 

 

 

 

「はぁ………最悪だ」

「何が最悪なんですか柊木さん、私でよければ相談相手になりますよ。もちろん話したくないなら話さなくても」

「聞く気満々だろお前、絶対言わねえからな。てかいつからそこにいた」

「今来たところですが?」

 

鴉天狗である文速さだけは天狗の中でもかなり上位に入るだろう。その速さを仕事を抜け出すのに使っているのがなんとも……

 

「いやですね、柊木さんがいつにも増して死んだ魚の目をしていたので気になってつい声をかけたんですよ」

「別に放っておいて…おい誰が死んだ魚の目だって?」

「あ、すみません、魚というにはあまりに目つきが悪かったですね。死んだ不良妖怪の目です。あ、やっぱり魚かな?」

「何しに来たんだよ」

「いやですね、柊木さんがいつにも増し」

「初めに戻ってる……」

 

文も毎日来るわけじゃない、大体二日に一回とかその程度だ。

それでも毎日仕事を抜け出してわざわざ……そもそもなんの仕事してるんだこいつは。

 

「山の情報収集ですが?」

 

聞いたらあっさりそう返された。

 

「いやもう大変なんですよー?せっかく面白そうな話を見つけても、上司に話したら裏は取れてるのか、とか確証はあるのか、とか」

「そりゃ不確定なものを信じるわけにはいかないだろ。間違ってたら取り返しののつかないことになるかもしれない」

「別にいいじゃないですかそんなのなくても、面倒くさい。ちょっとした間違いも全く認められないなんて間違ってますよ。世の中、ちょっと大袈裟なくらいが賑やかで楽しいものですよ。そうは思いませんか柊木さん」

「………………あ?すまん、聞いてなかった」

「そんな………まあいいです。私ばっかり話すのも不公平だと思うので柊木さんの仕事のことも話してくださいよ」

「突然うるさい鴉がやってきてとても迷惑」

「それは大変ですねー」

「こいつ…」

 

それにしても情報収集…俺のところに来たところで大して情報なんて手に入らないだろうに。

 

「あ、柊木さん今、自分のところに来たって意味ないのに……とか思ってましたよね?ね?」

「何故わかる」

「勘です」

 

ただの勘でそんなに言い切れるのか…

 

「しかしながら私は勘がいいので、無意味ではないことも知っていますよ。柊木さんなら私が情報を集めている理由、分かるでしょう?」

「………妖怪の山の反乱を起こそうとする者を即座に見つけ、排除するため」

「その通り」

 

今妖怪の山が静かなのは、勢力が分かれているからだ。少し前なら妖怪の山でも多少の抗争は起こっていたが、最近だとそういったこともほとんど見なくなっている。

妖怪の山側と、反乱側。声を大にして言うやつはいないが、反乱を企てているやつはかなりいる。

今山が平和なのは大きな争いの前触れ……緊張状態にあるから、ちょっとした争いも起こらない。

 

「そして柊木さん。あなたの友人の…楠でしたか。彼も反乱を企てている者の一人です」

「……知ってるよ」

「でしょうね」

 

つい先日のことだ。

急に、この山に革命をもたらさないか、とか言いだした時は流石に何かの冗談かと思った。

けどまあ、そんな嘘をつくやつじゃないってこともわかっている。

 

「誘われたよ。お前もこっち側に来ないかって」

「いいじゃないですか。友人と一緒に新しい風、吹かしてやったらどうですか?」

「あぁ……そうだな」

 

別にこの山に大した思い入れがあるわけじゃない。もちろん組織の腐った部分も知っているし、そこに関してはさっさと変わってしまえばいいと思っている。

 

「だけどなぁ……前から決めてたんだよ。そっち側には行かないって…」

「でもまさか友人がそっち側と思っていなくて迷っている、ってところですか」

「…そんなところだな」

 

俺のどこを見たらそこまで察せるのか…

 

「別に私は無理にこっちにつけとは言いませんよ。好きな方を選べばいいんじゃないですか?一応それなりの付き合いなので、刑を軽くするくらいならしてあげられますよ」

 

いやーははっ、めんどくさいな人生って。

面倒事が絶えない絶えない、なんでこんなにも難儀なのか。

どうしろって言うんだよ……

 

 

 

 

「おい、聞いてるか柊木。おい」

「聞いてるって……」

 

夜になり、ひとまず俺の仕事は終わった。どうせ明日も朝早くから行かされるんだけどな。

寮への帰り道、いつものように楠と出会い一緒に寮まで歩く。

 

「お前もなんでそんなに俺に絡んでくるんだよ」

「なんでって、今更何を聞くんだよ」

 

昔、何も知らなかった俺に真っ先に絡んできたのが楠だった。今じゃ少し鬱陶しいが、こいつがいたから今の俺がある。

感謝はしているが…

 

「なんであの時俺の面倒見てくれたんだ?」

「あの時……あー、お前が記憶なくしたばっかりの時か」

「それはそうだけどさぁ…」

 

聞いた話だと、昔の俺は強く頭を打って記憶をなくしたらしい。

記憶を無くす前の俺が何をしてたかに関しては全く興味はない。それに相当影の薄い奴だったんだろう、俺のことを知ってる奴もほとんどいなかったらしい。

 

「言ってしまえば上からの命令だけど……そりゃあお前、目の前に虚な目をした奴がいたら放っておけないだろう?」

「そんなことだろうと思ったよ………お前らしいな」

「あーあ、昔のお前はもっと素直で可愛げがあったのになあ」

「黙っとけよ殴るぞ」

「ほらそう言うところ」

「はぁ…」

 

俺って今までに何回ため息ついてるんだろうな。

 

「なあ楠」

「………なんだ?」

「あれなんだが…」

 

いきなり話を切り出すと楠が真剣な表情になる。今までは機会もなくてこうすることもできなくなったが、これからはどうなるかわからない。さっさとはっきりさせておきたい。

 

 

「俺って足臭いか?」

 

 

 

 

「何故だ!何故何も言わないんだ!」

「それはですね、言うまでもないからですよ」

「うわ急に来たよ……」

「うわとはなんですか、うわとは」

「そうやってすぐ首に刃を向けてくるところだよ!」

 

何故か気まずそうな顔をした楠と別れてすぐに椛がやってくる。いや、別れてというより逃げられたって感じだな。

 

「大体、そんな意味のない質問をしてなんになるんです」

「おい聞いてたのか、というか後をつけてたのか。あと意味なくはないだろ」

「己の足の臭さに気づけるいい機会だと思って邪魔しないであげました」

 

そこは邪魔して欲しかった……というか臭いとは認めてねえからな!そもそも俺は誰にも足の匂いを嗅がせたことはない!なのに何故俺の足は臭いってことになってるんだ!

 

「とりあえず危ないから降ろせよ」

「やれやれ、しょうがない」

「なにが?」

 

なんでこいつはいつも行動が危ないんだ……特に俺に対してはいろいろと酷い。いやこいつが原因で怪我をしたこととかはそこまでは無いんだが、何せ怖いんだよ…突然首に刃を向けててきたら誰だって怖いよなあ!?

いや待て、確かこの前怖いからやめろって言ったら、怖いとか思う前に刃を跳ね除けて反撃するべきですよ?とか帰ってきたんだった。

 

「すぐに反応して反撃しないなんて、まだまだですね」

「お前は俺のなんなんだよ」

「同僚ですが?」

「お前は同僚に武器を向けるのか?」

「同僚には向けませんよ。柊木さんには向けます」

 

何言ってるのか全くわからねえ………理不尽なことを言われているってこと以外全くわからねえ………

 

「それで、結局どっち側につくんです?」

「……聞くかあそれ……」

「そりゃあ聞きますよ、もし私たちと敵対するって言うのであれば今すぐにその首を叩き斬らないといけないですから」

 

まあこいつは確実に妖怪の山側なんだろうな…文とこいつは仲良いし。

さてなんと答えるか…

 

「でもどうせ答えないでしょう?」

「ん…」

「まあいいです。それじゃ私はまだ用事があるので。………あぁ、あとそれと。これだけは言っておきますね」

「あ?」

「私たちは柊木さんのこと、信用してますよ。それじゃ」

「あ、おい」

 

信用ねえ…よくもまあ簡単にそんなことが言える。

俺みたいなやつに…

 

 

 

 

わかってるんだよ、自分がどうしたいかなんて。

わかってるのに選べない。選んだときに俺がそいつらに向けられる目を想像すると、どっちを選ぶのが自分にとって最善なのかがわからなくなる。

顔見知りと敵になるのは嫌だ、本当のことを言うならどっちにもつきたくないし関わりたくない。でもそうはいかないのは理解している。

この山にいる限り、そういったしがらみから抜け出せないのは知っている。

全部投げ捨ててこの山から出ていきたい。けど俺にはそんな度胸も力もない。もし俺にそんなものがあるのならとっくの昔に出て行っている。

逃げたい、逃げられない。

避けたい、避けられない。

もう嫌だ、考えたくない。

 

 

ふと、俺があいつから預かった刀が目に入った。

刀身は見たことはないが、かなり使い古されていてただの刀じゃないことはわかる。あいつ自身のものじゃないだろうが、随分大事に抱えていた。どんなものかは聞かなかったが、きっと誰かの形見のようなものなのだろう。

なんでそんなものを俺に預けたのか………

 

『突然ごめん柊木さん、なにも聞かずにこれを預かってて欲しいんだけど』

『はあ?……なんで俺なんだよ、もっと他にいるだろ』

 

何故か急にあの時のやりとりが思い起こされる。

 

『私にとって大事なものなんだけど、色々あって私が持っていられなくなって…』

『だったら尚更俺なんかじゃなくて他のやつに…』

 

なんで俺なのか、理解できなかった。あいつは俺とは違って自由だ。俺以外の相手なんていくらでもいるだろう。何故、よりにもよって俺なのか。

 

『いや、だって柊木さんが一番信用できるから』

 

あいつの中で俺がどういう扱いだったのかはわからないが、俺は信用されていた。信頼されていた。

数ある選択肢の中で俺を選んでくれた。

別にそこに運命とかそんなものを感じるわけじゃないが、少なくともあいつにとっては俺は、価値のある奴だったってことだ。

 

なんだか晴れやかな気持ちになった。

 

今までの俺は別にいてもいなくてもいい存在だと思っていた。この世界や、そこに生きる全てのものから絶対に必要な存在ではないと思っていた。

記憶のなかったただの空っぽなんて存在していなくても問題はないと。

 

でもそれは違った。

少なくとも俺は誰かに必要とされている。生きている価値がある。信用されている。

それだけでもう、空っぽな俺の生きる理由は十分なんだ。

 

決意はできた。

後はもう、俺のやりたいことをやればいい。

 



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白狼天狗(男)の受難 後

「あ、本当に来た。椛の言った通りでしたね」

「当たり前でしょう。柊木さんのような足の臭い小心者に山を裏切るようなことはできないって」

「俺の足は臭くない」

 

事前に椛に伝えられていた場所に来ると、予想していた二人が待ち構えていた。いや、本当はもっと人数がいると思ってたが。

 

「小心者なのは否定しないんですね……まあいいです。さっそく話を始めましょう。椛、向こうの様子は?」

「変わりなし、今のところは柊木さんが言ってた通りになってます」

「良かった。じゃあこの後の予定も変えずに済みそうですね」

 

楠からは作戦の開始する刻とその内容を伝えられている。まあその全てをこいつらに横流ししてるわけだが。

 

「大丈夫ですか柊木さん。こう、目が虚ですよ」

「いつもだろ」

「確かに。ごめんなさい間者のようなことさせてしまって。本当は——」

「いやいいって、あいつが俺に勝手に話してきただけだ。上が放った本当の間者の方はどうなってる?」

「帰ってきてないです。大方、捕らえられたか始末されたかでしょう。まあこちら側も向こうの放った奴らは全員縛ってるので、同じようなものでしょう」

 

一体いつになったら平和になるんだこの山は。

……いや、平和になったらなったで暇だの何だの愚痴をこぼすんだろうが俺は。

……この戦いが終わった後に、愚痴を聞いてくれるやつがいるのかね…

 

「…いって!急に何だよ!」

「棒で腹を突いただけでしょうが。その陰気な顔鬱陶しいのでやめてください気分が悪くなる。何を考えているのかは想像に難くないですが、こっちにつくって決めたのなら気を引き締めてください」

「……あぁ、そうだな。悪かった」

「お、珍しく椛が柊木さんにまともなことを言った」

「私はいつもまともなことしか言ってませんが?」

 

やれやれ、こっちはこんなに憂鬱だって言うのにこいつらは随分と元気なようで。その元気を分けて欲しい。

 

「……動き出しました」

 

椛が壁の向こうを見ながら呟いた、どうやら敵が動き出したらしい。

 

「時間通りですね……では私はさっさと本隊に伝達してきます。まあ私がわざわざ伝えなくても把握してるでしょうが」

 

そう言って文は姿を消した。

あの速さならここから本隊のいる場所まではすぐに着くだろう、そもそも鴉天狗ってのは大体飛ぶのが早い。

 

「じゃあ私たちも行きますよ、その臭い足頑張って動かしてください」

「言われなくとも腹はもう括ってるさ」

「誰もそんな心配してませんが、これだから足臭は」

「何も言わないからな」

 

駆け出した椛に追従する。

 

「はぁ…」

 

あー行きたくねー、戦いたくねー、知ってるやつと特にあいつと顔合わせたくねー…まあどうせ会うことになるだろうが。

 

「なあ椛」

「……なんですか、喋ってる余裕あるならもっと速く足を動かしてください」

「お前は誰のためにわざわざこんなことしてるんだ」

 

俺以外の奴が考えていること。

こいつは今回こそ山についているが、別に上への忠誠心とかそんなものはなかったはずだ。まあそんなものある奴見たことないが。

なら、今何のためにこいつは戦いに行こうとしているのか。

 

「くだらない質問ですね。そりゃ別に現状に特に不満がないからですよ」

「不満?」

「毎日同じことをしていつまでも平和な日常を過ごす。私の憧れですね。まあ生まれてからずっと憧れてますが未だに実現せず」

「…意外だな。てっきり俺はお前のとこを血を求めて戦う戦闘狂みたいなやつかと」

 

過去のことを振り返る。

こいつは俺なんかより強い、というかまともにやり合って勝てる気がしない。まあ鍛錬とかしてる奴としてない奴の差だろうが。

結構血の気の多い発言だってするからそう言うやつかと思ってた。

 

「他の妖怪から仕掛けられずともこんな下らない内輪揉めが起きるんです、いつ死ぬかわからない。死なないように努力するのはおかしいことですか?」

「お前そんなこと考えてたのか…………本当に?」

「喉掻っ捌きますよ」

 

走りながら器用に俺の首に刃を突き立てるんじゃない。

 

「もうすぐ本隊と合流します。まもなく交戦を始めるでしょう、死にたくなければ後ろで補助でもしておいてください」

「できればそうしてるけどな。白狼天狗がそんな簡単な仕事やらしてもらえるわけないからなぁ」

 

現状に不満……か。

あいつも何かしら気に入らないことがあったのだろう、そうでなければこんなことに加担しない。

あいつの目から見て、俺はさぞ現状に不満があるように見えたことだろう。確かに不満はあるが、それを理由にわざわざ争いを起こすかって言われたらそうじゃない。

まあ、どっち側にいても戦うことは変わらないんだけどな。

 

 

 

 

本隊に合流したが、なんとも言えない緊張感に包まれていた。まあこの状況で普段と変わらない気持ちで入れるやつなんていないと思うが。

裏切った奴らが自分の知り合いのやつだっているだろう、俺だって気落ちしている。

 

あたりを見回すと河童もいた。

あの長い筒……確か狙撃銃とか言ったか。遠くから敵に鉛の球をぶち込むのに特化している銃らしい。

河童を見ていると、見覚えのある顔がいた。

以前起こった小規模な反乱をほぼ一人で食い止めたやつ……確か紫寺間るりとか言ったか。

 

「ににっにととりさんか帰っていいっですか」

「落ち着け、尋常なくらい震えてる」

「ふふふるえるに決まっててててててててて」

「頑張れ、この戦いで生き残ったら一ヶ月間ずっと引きこもってていいから」

「死ぬ気で生き残ります。引きこもれない世を変えます」

 

死ぬ気で生き残るってなんだ…?

 

 

 

 

上からの合図で戦いは始まった。

山を登ってくる敵と、山を降っていくこちら。

勢いだけで言えばこっちの方があって有利だが…….

 

「ぐうっ」

 

隣にいたやつが血を吹き出して倒れる。

鴉天狗が飛んできて、倒れたやつを前線から引き剥がしている。

 

相手が銃やらなんやらを持ってきてるのは大体予想していた。河童が裏切ったのかは知らないが、武器が流出しているのはまあ当然だろう。

河童の技術が天狗に渡ることはほぼない。特に武器とかに関しては。

あれらは河童の集団中だけのもので、天狗で銃を扱える奴はほぼいない。まあ相手も入念に準備を進めてきたってことだろう。

 

鴉天狗の中でも一際早いやつが射手を仕留めていくが、逆に返り討ちにあってる奴もいる。

 

「柊木さん右に逸れたほうがいいですよ」

「は?——ふぉあっ!?」

 

危ない、顔のすぐ横を弾丸が掠めていった。

 

「そんなに無理して前に進んだら危険です、止まってください」

「悪い、待ち合わせしてるんだ。後ろは頼んだ」

「はい?ちょっと、柊木さん!」

 

後ろで叫ぶ椛を置いてさらに前に突き進む。

 

「あーもう邪魔!」

 

後ろで椛が敵を蹂躙している音がする。やっぱりあいつおかしいって。

 

進む先にいる邪魔な奴だけを切り捨て、他を無視し山を降っていった。

 

 

 

 

 

 

着いた、そしてやっぱりいた。

俺があっち側に加担するときは、あいつがそこで待ってると言ってた場所。

他の奴は全員戦いに出ていると言うのに、そいつだけはそこで、俺のことを待っていた。

 

「なあ柊木、なんでこっちに来なかった」

「あ?」

「お前だって今のこの山が大好きってわけじゃないだろう、むしろ嫌いなはずだ。なら何故変革を拒む。何故自ら変えようとしないんだ」

「逆に聞く、お前はこの山のどこが気に入らない」

「この山の妖怪としての誇りを失っているからだ」

「誇り?」

 

楠は、普段俺に話しかけてくるような真っ直ぐな目で俺のことを見てくる。

 

「お前も知ってるだろう。この山の長である天魔が妖怪の賢者に屈服したことを。情けないと思わないか?遥か昔からあるこの妖怪の山がたかが一人の妖怪に負けたんだぞ?」

「だからなんだって言うんだ。俺たち下っ端には関係ないことだろう。そんなことでお前たちはこんなことを起こしたっていうのか」

「あぁそうだ。せっかく鬼の支配から逃れられたというのに、今度は妖怪の賢者に支配されるんだ。到底許せない」

「………」

「俺たちは妖怪としての矜持を取り戻さなければならない。そのために俺たちは、腑抜けた上の奴らに代わってこの妖怪の山を——」

「くだらね…」

 

耐えきれずに吐いてしまった言葉に楠の動きが止まった。

俺には鬼がいたころの記憶はない。

 

「矜持とか……別にそんなのもの無くたって生きていけるだろう。自分より強いものに従って何が悪い。少なくとも、俺たち天狗はそうやって生きてきたんだろう?今更何を言い出す。鬼がいた時は萎縮して引っ込んでたくせに、一回自由になったらそれか。相手が鬼じゃなかったらそれか?くだらねーよ」

 

確かに天狗には傲慢な奴も多いが、少なくともこいつはそうじゃない。

矜持なんていう、俺にとってくだらない物を、こいつが大事にしていたってことを俺は今初めて知った…

 

「……お前はそうは思わないのか」

 

相変わらず真っ直ぐ、しかし低い声で聞く柊木。

 

「わかるだろ、お前なら。俺には天狗の誇りとかそんなものは全くない。そんなくだらない物を持ってる余裕があるのが羨ましいなあ」

「……ははっ、そうだよな、お前はそういう奴だよなあ…」

 

呆れと諦めが混じったような声で話す楠。

 

「ようやく分かった、俺とお前は分かり合えない。俺は誇りを取り戻すって言ってんのにお前は必要ないって言ってるんだ、これは何を言ってもこっち側には引き込めそうにないなあ」

「最初から分かってたろ?」

「まあな…ま、俺もお前のそういうところが好きで仲良くしてたんだが」

「そんな奴に情報渡すなんて、馬鹿なことしたもんだな」

「お前を信頼してたからやったんだが……ま、俺の考えが甘かったよ」

 

お互いに剣を引き抜く。

 

「最後に一つだけ聞かせてくれ」

「あ?」

 

楠が俺に質問してくる。

 

「俺っていう友人は、お前がこっち側に来るきっかけにはなり得ない存在だったのか?俺じゃ駄目だったのか?」

「そうだ」

「あー、はははっ。残念だよ」

 

心底残念そうに笑う楠を、俺は冷たい目で見つめる。

何も言わずに俺たちは斬り合いを始めた。

 

 

 

 

「思い返したらお前とこうやってやり合うのは初めてだなあ柊木!」

「お前が誘ってきたのを俺が片っ端から突っぱねてたからな」

「そういえばそうだ!」

 

声でかい、随分と元気そうだ。

こいつとこんな風に戦うことになるって知ってたら、そういう誘いにもちょっとくらいは乗ってたかもしれないな。

接近を許し繰り出された斬り上げを、無理に体を捻って回避する。そこに俺の胸を狙った突きが来るが、腕を硬くして弾き、剣を振るって後ろに退かせる。

 

「ったく…まともにやり合ってたら俺勝てねえじゃねえか」

「日頃からちゃんと訓練してたらこうはならなかったのにな!」

「それはそうだけどよ!」

 

またもや接近を許し、連撃を受け流し続けることに精一杯でなかなかこっちが攻めに転じられない。

そりゃあそうだ、あっちはこの戦いに向けて日頃から訓練してるんだから。対して俺はどうだ、毎日暇だ暇だと愚痴を吐いてただけだ。

何を俺は今になって後悔してるんだか。

 

「ぐっ…」

「これは友人としての助言だが、お前は戦いに向いてない。今剣を下ろせばこれ以上攻撃はしない。元からお前を殺す気はないしな」

「随分と優しいじゃねえか、そんな甘いこと言ってて山を変えることなんてできると思ってんのか」

「甘いのはお前だよ、さっきから何だその攻撃は。本当に戦う気あるのか?顔見知りとも戦えないような奴は戦うのをやめろ」

 

何だこいつうるせえ!すげえ鬱陶しい!腹立つ!

 

「お前が俺を語ってんじゃねえよ!」

「それは悪かったなあ!」

 

剣を弾かれ胸を斬られる。なんとか硬質化して防ぐが体を削られて、硬質化を解いた途端に血が滲み出てきた。

 

「いって…この野郎……」

「そう睨むな。ただでさえ目つき悪いのに」

「はぁ…」

 

さて、どうしたものかね……

 

「さあどうする?このままやっても俺が勝つ。俺もお前とは戦いたくないんだ。もうこんなことやめないか?」

「お前がこっちきて裏切りの罪償うなら考えてやるよ」

「ま、そうだよなあ……」

 

楠の動きが加速した。

 

 

 

 

「がふっ…」

 

とうとう疲労が溜まり膝をつく。

口から血が出てきた。

体の至る所を斬りつけられている。放っておいても死にはしないが、もうまともに戦えはしないだろう。

 

「あーいてて……まあ俺もお前に完勝できるとは思ってなかったけどな」

 

そう言う割には随分と元気そうじゃねえか。

 

「さてお前ももう動けないだろ。これで決着がついたな。いやー、本当はお前と一対一でやり合って勝てるかちょっと心配だったんだが。ほっとしたよ。さて、向こうの奴らはどうなってるかなあ」

「ふぅ………お前馬鹿だな」

 

この状況から突然罵られ、こっちを向く楠。

 

「あのなぁ……いつ俺が一対一で戦うって言ったよ」

 

どん、という何かが破裂したような音がした。

楠の肩から血が噴き出す。

 

「柊木お前っ——」

 

驚きと嫌悪の混ざった顔で俺の名前を呼ぶ楠、そんなあいつの腹から剣が突き出してきた。

 

「わざわざ手を煩わさないでください」

「あー悪い、俺弱いから」

 

倒れた楠を無視して剣を引き抜きこちらへ寄ってくる椛。そしてその拳が振り上げられた。

 

「いって!!」

「一人で勝手に突っ込んで血だらけになるとか本格的に阿保です」

「あーすまん、本当に悪かった、だからもう叩かないで」

「お前、最初からこうやって…」

 

腹を剣が貫いたって言うのに割と元気そうに喋る楠。

 

「いや?特に何も考えてなかったが。こいつは勝手に来ただけだ」

 

遠くの方を見つめると、紫の髪の長い筒を持った女がいる。めっちゃ震えてるなあ。

確かあいつ、さっきもいた河童の……まあいいか。

 

とりあえず立ち上がり、楠の元へ寄る。

楠も体を起こすが、まあなんとも痛々しい姿だ。どうせこいつなら放っておいても死なんだろ。

楠の首に剣を突き立てる。

 

「ま、待てよ。お前と俺は友人だろ?俺もお前の命を取るつもりはなかったんだ。待ってくれよ」

「……はあぁ……」

 

手の力を抜き、剣を地面に落とした。

 

「柊木さん何やって——」

 

近づこうとする椛を手で静止する。

ゆっくりと楠に歩み寄り、腰を落として肩に手を置いて話しかける。

 

「確かに俺とお前は友人だな」

「あ、あぁ」

「友人だったら殺すわけにはいかないなあ?」

「そ、そうだよな」

 

不安そうな表情で俺をみる楠。

 

「じゃあ…」

「ちょ……」

 

拳を硬くし、ありったけの妖力を込めて顔を思いっきりぶん殴ってやった。

顔面から血を吐き出しながら体が吹っ飛んで落下し、地面を転がって木に衝突した。

 

「これで絶交だ」

 

流石にもう、あいつが動き出す気配はなかった。

 

 

 

 

 

「うわ痛そう…」

「っふぅぅぅぅ。……よし、すっきりした。椛、本隊の方はどうなってる」

「え、このまま進めるんですか…?えーと………」

 

困惑しながら遠くの方を見つめる椛。俺も今気分が何かこう、変な感じだ。

突然椛顰めっ面を浮かべる。

 

 

「えー…」

「なんだどうした」

「天魔様出てきてるんですけど……」

「なんで?」

 

 

 

 

 

 

 

その後、自ら前線へと赴いてきた天魔によって戦いは即座に終了、妖怪の山側の快勝となった。

天魔はその後大天狗によりいろいろ問い詰められたらしいが、「暇だったから。文句言ってると吹っ飛ばす」と大天狗達に言い放ったことは下っ端の間でも話題になっている。

流石は現妖怪の山の長、やることが違う。

結局あの人一人で戦局が一変したんだ、もうあの人だけでいいんじゃないかな。

そう考えたら反逆を起こした奴らは勝ち目がなかったわけで、まあなんとも哀れな奴らだ。

 

ちなみに俺は重傷判定されて五日前から自分の部屋で休養を取らされている。

そう、五日前から。

 

「おかしい……絶対おかしい……」

 

既に傷は完治している。元からそこまで大きな怪我はしていない。本来ならばさっさと働かされて山の修繕作業やらなんやらをしているはずだ。なのに何故俺は自室に引きこもっている。

 

「………」

 

嫌な予感がする……

そう思った瞬間、俺の部屋の扉が勢いよく開かれた。

 

「こんばんは柊木さああん!椛と一緒にお見舞いにきましたよおお!」

「おいここ女は立ち入り禁止だぞ!」

「そうですよ文さん、ここにいたら足の臭いが移ります」

「臭くないわ!鼻つまむのやめろ!この前河童に無理言って消臭剤作ってもらったんだぞ!臭いわけねえだろ!」

「ふむ……確かにきゅうり臭いですね」

 

だよな!ずっと思ってた!きゅうりみたいな匂いするって!

 

「とは言ってもですね柊木さん、今は柊木さん以外ここに男はいませんよ?」

「それはそうだろうが………あー察した。俺に五日間も休養取らせたのお前らだな」

「いやー、なんのことだかさっぱりですね〜、ねっ椛」

「まあ辛気臭い顔で仕事されるのが腹立つので心の整理のための時間をあげたまでです。感謝してください」

「あれ〜?椛なんで言っちゃってるの〜?」

 

こいつら…人の部屋の入り口でやかましい…

 

「で、何の用だよ。もう休みは終わりだから働けってか?」

「そんなまさか。まああれですよ、祝勝会というか、なんというか。そんな感じの宴会です。毛糸さん風に言うならぱーりないってやつですね」

「あぁ、あの意味のわからない言葉……」

「とりあえず、勝利を祝ってるので柊木さんを呼びにきたってことです」

 

はぁ、要するに後始末が終わったってことか。

まあもとよりそこまで山は荒らされていなかったようだし、裏切り者の粛清とかが粗方片付いたってことなんだろう。

 

楠が首を斬られたってのは三日前に聞いた。

別に俺があの場で斬らなかったってだけで、そうなることは分かりきっていたし、驚きはない。

ただまあ、愚痴を吐く相手がいなくなるのが心残りだな。

 

「はいはい、とりあえず行きますよ」

 

そのあと、せめて着替えさせろと言ったのに高速で引き摺られて連れて行かれた。一回とんでもない不幸に見舞われればいいと思う。

 

 

 

 

 

「にとりさあん…なんであたしまで来なきゃいけなかったんです…?」

「なに、嫌だった?」

「嫌に決まってるでしょおお、あたしは部屋の中で一人でぱーりぃしたかったんですう」

「口調うつってるうつってる」

「知らないんですか、ぱーりぃって祭りって意味なんですよ。毛糸さん言ってました」

「いや知らんわ」

 

隣が随分とやかましい……

そう思っていると反対側に文がやってくる。

 

「隣いいですか?」

「帰れ」

「酷くないです?」

「一回翼がもげればいいと思う」

「酷いですね」

 

お前の方が酷いと思う。

 

「随分辛気臭い顔で呑んでるじゃないですか。もしかしてご友人のこと引きずってます?」

「帰れよ」

「この流れでまだ言いますか?ちょっとくらい話に付き合ってくださいよ」

「帰れよ」

「帰りません」

 

だろうなぁ…

 

「とりあえず反逆起こした中枢人物はふん縛ったそうなので、これで暫く山には平和が訪れそうです」

「あぁそう」

「でも平和な世の中だと何かとつまらないじゃないですか?」

「あぁそう」

「そこでですね、ちょっと幻想郷のことを色々調べて、面白おかしく書いて世に広めようと思うんですよ」

「あぁそう」

「まず最初に足の臭い白狼天狗について書いて良いですか?」

「羽もぐぞ」

「だれも貴方のこととは言ってないですがねえ?」

「帰れよ」

 

俺の足は臭くない…臭くないっ。

 

「これでも柊木さんのこと心配してるんですよ?」

「俺とお前、そんなに仲良くない」

「椛の友達は私の友達です」

「何その理論。あと椛とも別に仲良くない」

「じゃあ椛の同僚は私の同僚です」

「あぁそう」

 

あー…なんかもう疲れた。帰りたい。

周りを見てみるとまあ…賑やかだ。あそこにいる奴なんて半裸で踊り狂ってる、ちょっと一回怒られればいいと思う。

 

 

 

 

 

「全くよお……」

「あ、どうしました?」

「どうもこうも、なんで馬鹿な友人を持ったんだ俺は。てかなんであいつあんなに馬鹿だったんだ。天魔一人で壊滅させられるような規模の集団で本当に勝ち目あると思ってたのか。あー思ってたんだろうなあ馬鹿だから。あー馬鹿らしい」

「あ、酒回ってますね。ずっと黙々と呑んでたから」

「俺も馬鹿だよ。薄々気づいてたはずだろあいつのことにはさあ、それを何で見て見ぬ振りしてだらだらと友人続けてたんだよ馬鹿。さっさと縁切ってたらこんなめんどくさいことならなかったのによお」

 

ずっと黙って酒を呑んでいた柊木さんが突然饒舌になる。

思い起こしてみれば相当な量呑んでたから、やっと酔ってきたって感じだろうか。まあ椛なら同じ量呑もうものなら吐き散らしてるだろうけど。

 

「つか上も上だよなあ?」

「あ、はい、そうですね」

「そもそも反乱分子なんて事が起こる前に全部片付けておけよ。とあうかそんなもの生み出すな、ちゃんと統治しろ。大体行動が遅いんだよ。明確な証拠がないから動けないって……天魔が一人でめちゃくちゃにしてるんだらそんなもの必要ないだろ。さっさと動けさっさと無能が」

「わかりますよーその気持ち。私も常々思ってました」

「で俺は他人に迷惑かけるし……俺生きてる意味あんの?無いだろ」

「柊木さんがいなくなったら誰が毛糸さんから預かったもの返すんです?」

「あいつもあいつだよ、何故俺に預けた。そこが理解できない。信用とかもう知らんわ、迷惑かけるな毬藻が。そもそもな——」

 

めちゃくちゃ文句言ってる…

 

 

 

 

 

「あ、俺愚痴垂れてる」

「………あれ?今笑いました?」

「笑ってない」

「いやいや笑いましたよね?珍しい、いつも顰めっ面してるのに。もう一回さっきの顔してくださいよ」

「断る」

「してください、書き留めて椛に見せるので」

「絶対しない」

 

愚痴垂れる相手、いたな。



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毛玉と人形使い

魔法の森と思われる場所に足を踏み入れて、多分5分。

早々に目眩がしてきた。

 

おかしい…毛玉状態である私が目眩だと…

段々平衡感覚がおかしくなってくる。頭も痛くなってきた。

おかしい…毛玉状態である私が頭痛だと…

あ、やばい、これ本格的にマズイ、視界がぐるぐるしてきた。それに加えてもやもやーっとしたものがどんどん視界の中に…………

 

 

………視界に毛玉が一匹現れたんですけど。

 

毛玉がふわふわと私の視界の中で宙を舞う。あっちへ行ったりこっちへ行ったり、まるで意思を持っているかのように。

まるで私に存在感を示しているような。

 

その様子をただ見つめていると、突然毛玉の動きが止まり、その顔がこちらに向いた。

その瞬間、毛玉の姿が変わった。私そっくりに。

 

………ふぉ?

 

私そっくりなそいつは、無表情で私のことをただ見つめている。

私が何が起こっているのか理解できていない間に、私そっくりなやつは森の奥へと進んで姿を消してしまった。

なんか追いかけないとマズイ気がする。

 

そう思って毛玉状態を解除した瞬間に、しまった、と思った。

 

 

 

 

 

 

「………ふぉ?」

 

私は一体いつ寝たんだろう、こんなふかふかのベッドの上で。

ん?ふかふかのベッド?なんでふかふかのベッド?

というかここはどこ?マイハウスじゃないよ?マイハウスはぶっ壊れたよ?

思い出せ…思い出せ……何があったのかを………

 

ハッ、そうだ幻覚だ。私は幻を見ていたんだ。それで何をとち狂ったのか身体を出して、鼻で呼吸し、胞子を吸って…

 

あーバカ、このクソ毛屑が、クソまりもめ。アホだなお前。

はああぁぁ、まさか呼吸していなくても影響があるとは。恐るべし魔法の森。

 

 

「あら、お目覚めかしら」

「ほえ?」

 

声のした方向を見ると、可愛らしい人形が目の前にあった。

 

「ひょ?」

「あなた、森の中で倒れていたのよ。何があったのか思い出せる?」

「キエェエッ!!シャベッタァ!ニンギョウシャベッタァ!?ナンデッニンギョウシャベッタァ!?」

「いや私こっち」

 

人形のさらに奥を見ると、金髪の女の人がいた。

すごい指をクネクネさせている、なにしてんのあれ。

 

「あ、あぁどうも」

「はいどうも。ではなくて」

「あ、助けていただきありがとうございます」

「どういたしまして。ではなくて」

 

じゃあなんだって言うんだ。

ハッ、まさか助けた代わりに働けって言われるのか!?嫌だ!私は死ぬまでニートでいるんだ!

 

「あなた、この森に入ってきたわよね」

「はい」

「なんで?」

「なんで…と言われても……」

 

暇だったから……と言うしか無いなあ。

 

「…まあいいわ。聞かないでおく。この森の瘴気が良くないものと知っていても尚、ここを訪れる理由があったのね」

「うぇ?あぁ、うん…」

 

そんな切羽詰まってそうな理由ないです。

 

「あなた、名前は?」

「白珠毛糸です」

「私はアリス。先に言っておくけど魔法使いよ」

 

アリスっ、ここはどこの国ですかっ、日本じゃ無いんですかっ。

ん?魔法使い?

 

「あ、はあ〜、魔法使い」

「…意外ね、もっと驚くと思っていたのだけれど」

「そりゃあこの森に魔法の森って名前だし、魔法使いの一人や二人いて当然でしょ」

「私は魔法使いになって日が浅いけどね」

 

なるほど、魔法使いになると指先をクネクネするようになるのね。

この部屋中を人形が飛び回っている、まさかその指先のクネクネで操ってるの?どうやってるのそれ。

 

「あなたは?」

「はい?」

「種族よ、種族。人間ならまず森に入ることもままならない。妖怪なのは確かなのだろうけど」

「あ、自分毛玉です」

「………毛玉ぁ?」

 

突然だけどアリスさんの目つきが変わる。

こう、めっちゃ舐め回すように私のことを見てくる。指をクネクネさせながら。

 

「あ、あの?」

「なるほど、毛玉が妖怪になるような場合もあるのね。聞いたことはないから恐らく相当稀なことだろうけれど。通りでいくら観察しても種族がわからないわけだわ。それにしても持っている力が特殊ね、霊力と妖力が同じ肉体に同時に存在している?そんなことは…」

「あのー、アリスさん?」

「………あ、ごめんなさい、つい」

 

まあ私はそりゃ相当レアな奴だろうし……ハッ。

まさか助けた代わりにその身体を解剖させろとか言われる……?

 

「改めて。私はアリス・マーガトロイド、まあアリスって呼んでくれればいいわ。この魔法の森で魔法の研究をしているの」

「あー、白珠毛糸です。まあただの毛玉です」

「どう考えてもただの毛玉じゃ無いわよね?」

「毛玉です」

「いやいや……」

「毛玉です」

「あそう…」

 

そういうとアリスさんは何か考えこんでしまった。

下を向いてなんか呪文みたいなものをぶつぶつ喋っている。

わあ、変人だあ。

 

「よし、決めたわ」

「はい?」

「あなた行く当てないのよね?」

「え?あ、あぁ、まあそう…かな?」

「なら少しの間でいいから、ここで生活してくれないかしら」

「何言ってんだあんた」

 

…………え?いや本当に何言ってんだこの人。

こんな?正体不明の毛玉と?同居したい?こんなUMAと?さっき知り合ったばっかりの?少ししか喋っていない私たん

あっ、この人頭イってるわ、ヤバいわ。

 

「私、あなたに興味が湧いたの」

「そんな興味捨ててもらって結構です」

「じゃあ聞くけど、あなた自身、自分が一体何者なのか理解できていないのではないのかしら」

「ぬ………」

 

確かに、私は自分がどういった存在なのかわからないし、知りたいとも思っているけど……それとこれとは…

 

「あなたがここにいる間、私があなたのことを調べる。そしてわかったことがあれば、あなたに教える。駄目かしら」

「いや、うーん……駄目というか………ちょっと待って」

 

自分のことが分かるなら願ったり叶ったりだけど、何せ見知らぬ人と一緒に住むというのが……抵抗があるなあ。

でもこの人の目は本気そのものなんだよなあ……私のどこにそんな興味をそそられるのかわからないけど………

まあ、これも暇つぶしというか、経験……と考えるなら……

 

「そう……だなあ。それなら別に良いよ」

「本当に?嘘じゃない?」

「何故嘘をつかないといけない」

「よし………じゃ、短い付き合いかもしれないけどよろしくね、毛糸」

「あー、よろしく、アリスさん」

 

なんでこんな急展開になってんだろ………

 

 

 

 

「ふーん………つまりその身体の中にある霊力と妖力は、もともとあなたは持っていなかった、ということね」

「はい……そうっす………」

 

いきなり私のことについてめっちゃ質問された。

なんか体調悪いから遠慮してほしい………

 

「………大丈夫?」

「大丈夫じゃない……無理」

「まあ、長い時間森の中でくたばってたものね。この短時間で回復したのは流石というべきか……あなたが倒れてたあたりは幻覚作用のあるきのこが沢山生えていたし」

「幻覚………あぁ、あれか」

 

幻覚……というか目眩吐き気頭痛が激しかったんだけど。

もう二度とあんな思いしたくないね。

 

「どんなものを見たのか思い出せる?」

「はあ、幻覚………なんかもう一人の自分が現れたなぁ」

「自分が?」

「私そっくりな奴が突然現れて、どっか行って………そこで気を失ったっけ」

「………」

 

またアリスさんが考え込んでしまった。

何を考えているのか気になるけど、それよりもっと気になることがある。

 

「あの、部屋中で動き回っている人形は?」

「あぁ、私は人形使いだから」

「人形使い…魔法使いでなく?」

「魔法使いであり人形使いよ」

 

副職じゃないか!

そんなことが許させると思ってるのか!勇者とゴッドハンドを兼任できるわけないだろ!ダ○マ神官が許しても私は許さない!

 

「てか、アリスさんの種族って何?」

「魔法使いだけど」

「ふぉ?種族が魔法使い……?」

「そうだけど」

 

あれおっかしいなあ……魔法使いはそういう職業では…?

人間でも妖怪でもなく魔法使い?種族が魔法使い?

魔法使いってなんだっけえ?

 

「………知らないようだから、教えてあげるわね」

「…よろしくお願いします」

 

 

 

 

 

「はあ………つまり人間をやめて魔法使いになれる術があって、それをすると人間でも妖怪でもない魔法使いってのになると………すみませんつまりどゆこと」

「霊力でも妖力でもなく、魔力を持つものが魔法使いということ」

「は、はあ…」

 

釈然としないなぁ…………ま、まあ、この世界の魔法使いってのはそういうものなんだろうな。

 

「それじゃあ、人形使いってのは…?」

「私にはある夢があって、そのために人形を操る魔法を日常的に使っているのよ。私も最近魔法使いになったばかりだし、ちゃんと練習していかないとね」

「最近ってどのくらい?」

「大体五十年くらいじゃないかしら」

 

五十年って最近なんだ!っへえええ!そーなんだー!

 

「私まだ十年くらいしか生きてない…」

「まあ五十年なんてあっという間よ」

 

それが魔法使いの基準かぁ……魔法使いパネェ。

 

「あ、私でも魔法って使える?」

「え、使いたいの?」

「え、使いたいですけど」

「なんで?」

「え?なんでって………」

 

そりゃあ、カッコいいのに憧れるからに決まってるじゃないの。

 

「それだけ強力な妖力を持っているのに、これ以上何を求めるの…」

「いや、まあ………とりあえず、使えるの?」

「魔力があれば、ちゃんと学べば使えるわ」

「魔力ないんですけど………アリスさんは最初から魔力持ってたの?」

「私の場合は………」

 

また考え込んだよこの人。

 

「そうね……まず魔力というのは、大体は生まれつき持っていることは無いわ。魔力を持っている人、つまり魔法使いの子どもは持っていることがあるけど。魔力を得るためには正しい手順を踏んで術を成功させる必要があるの」

「アリスさんはそれしたのか」

「えぇ。細かいことは省くけど。魔力、妖力、霊力。私たちの周りで最も身近な力の三つよ。まあ魔力は幻想郷だと見れるのはこの魔法の森くらいだろうけど」

 

魔力はアリスさんみたいな魔法使い。妖力は山や地底にいた妖怪。霊力は妖精や人間が持っている。

 

「基本的に、一つの生き物がその身体に宿していられるのはこの内の一つだけよ。もちろん、例外もいるけどね」

「へぇ……でも私二つあるけど」

「そう、そこが貴方の不思議な部分」

 

なんか指を刺されて宣言された。

 

「何故、一つだけしかその身体に力を宿すことができないのか。その理由はその生き物の魂と、その力が深く結びついているから。一つの魂に複数の力が同居している例外もいるし、なんならその逆もありえる。ただまあ、普通、そんなことをすれば魂が壊れるわね」

「ヒェッ…………でも、さっき言ってた感じでは、魔力は一つの魂に入るってことに…」

「私の場合、もともと持っていた力を魔力に上書きしたからね。元々魔力の持っていなかった魔法使いはこうやって魔力を得ているわ」

 

はえぇ………自分の妖力とか霊力とかを変異させて、別のものにできるってことか……

じゃあもし私が魔力を手に入れようとした場合、霊力と妖力のどちらかを手放さなきゃいけないわけかあ………

どちらか選べって言われたら霊力を捨てるけど…霊力は私の体を構成しているし、勝手に変えたら大変なことになりそう………普通の毛玉が持っているのも霊力だし。

そもそもチルノと幽香さんから取ったようなものだからなあ……そう簡単に手放す気にはならない。

 

「じゃあ私は魔法使えないなあ…」

「いや別に使えることには使えるけど」

「えっ」

 

使えんのかい!

 

「霊力魔力妖力、宿っている存在こそ違えど、本質的にはどれも似たようなものよ。例えばそうね……」

 

曰く

霊力は自然の力を宿していたり、退魔の術の元になったりする、生命力そのものみたいなもの。

 

魔力は、色んなものに変化することができて、炎や水を出したり、人形を操ったり……なんというかこう、すごく魔法っぽいことができる。

 

妖力は他の二つに比べて力そのものが強くなる傾向があるけど、その代わり霊力や魔力のように変化することが難しい、とのこと。

 

正直複雑すぎて、アリスさんに説明聞いてもよくわからなかったけど…

まあ大体こんなもんっしょ!

 

「あら、もう暗くなってきたわね」

「あーもうそんな時間。まあ気絶してたしそんなもんかな」

「当然、泊まるわよね?」

「え?あ、うん。泊めてくれるならありがたく」

 

まあ現状、この家の外から出るの怖いし………なんかこの家の中は大丈夫だけど、扉を開けたら急にまた幻覚が見えるとか……

 

「じゃあ色々準備しましょうか。貴方の部屋の片付け、手伝ってくれるわよね?」

「そりゃもちろん」

 

つか私の部屋あるんだ………私の部屋あるんだ!

私の家はもう完全に豆腐で、もはや家ですら無かったけど、他人の、こういう普通の家って感じのする建物で寝泊まりするのはこう………

 

結構、楽しみです。

 

 

 

 

 

「………寝たわね」

 

突然森に現れた、自称毛玉の彼女。

持っている霊力はそこまででも、妖力は大妖怪とか、そんな感じの強さを有しているように思えた。

最初はかなり警戒していたけど、まあこの森の瘴気で倒れるくらいだしそこまでとんでもない奴ではないだろうと判断して、なんとなく助けてあげた。

 

正直、彼女の身体はどうなっているのか、全く見当がつかないけど、ただ一つ気になることがある。

 

彼女の見た幻覚、もう一人の自分。

幻覚作用にもたらすきのこにも色々あれど、彼女が倒れていた辺りに生えていたのは、その者の深層意識を映し出すもの。

その多くは、自分の求めているのもの、願望、復讐や殺意と言った強い感情とかの、その者の心の多くを占めている。

そんな中から彼女の目に映ったのは、もう一人の自分………

 

まあ実際は全くわからないのだけれど。

考察ができないわけではない、でもそれは、それが正解とはあまり思えないような答えで……

深層意識が最も前面に出てくるのは夢の中、寝ている最中。

寝ている彼女が何か鍵になるようなことを寝言で言わないかなと、淡い希望を持っていたけれど。

 

「うぅ……キノコ殿下ぁ……お待ちください、今の兵力ではタケノコ皇女には敵いませぬぅ…」

 

無駄だったようね………

っていやいや。

 

「どんな夢見てるのよ…」

「殿下の気持ちもわかりますがぁ………今の貴方は復讐にぃ囚われて……王国の民たちが殿下を待って……帝国と戦うにはまだ早すぎますぅ……お待ちください殿下ぁぁ………」

「これって起こした方がいいの?なんかとんでもないことになってない?」

「…………」

「え、終わったの?そこで終わったの?」

 

…………えぇ?



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毛玉の奇妙な1日

外はまだ少し暗い、どうやら早めに起きてしまったらしい。

こう、普通のベッドで寝るのが初めて………ではないか。とりあえず、毛玉になってからって考えたら久々で、あんまり深く寝れなかったらしい。

それに加えて変な夢まで見た。

 

こう、復讐に囚われたキノコが様々な友人や尊敬する人物に支えられて、過去を乗り越えて大陸を統一する王道な………

 

何言ってんだ私、何考えてんだ私、どんな夢見てんだ就寝中の私ィ!大丈夫?頭にキノコ生えてない?パラサイトされてない?パ○セクトみたいにならない?

 

寝れなかったとは言っても、昨日の寝る前の時点ではまだ若干キノコの影響か気分が悪かったけど……まあ、今はいつも通りって感じだ。

改めて部屋を見渡してみる。

昨日少し掃除したけど、少し埃っぽい。

片付けを手伝ってとアリスさんに言われたものの、結局あの人が人形を操って邪魔な物を部屋の外に放り出したり、ゴミを片付けてくれたりと………ま、私必要なかったね。

 

……昨日何も食べずに寝てしまったせいで腹が減っている、喉も渇いている。

そもそもこんな森の中に食べれるものがあるのか少し疑問ではあるんだけども……というか、この家から出る勇気がないなあ。

早く体を起こして活動を始めるかぁ………

 

にしてもなんでベッドがあるんだろうなあ。明らかに時代にあってないし………幽香さんも似たようなものだったし、幻想郷ではこういうもんなんだろう。

 

 

 

 

 

「あら、起きたの。おはよう」

「アリスさんおはようございます。起きてたんだ」

「まあそうね。私もなんか気分が落ち着かなくて」

 

でしょうね、こんな怪しいもじゃもじゃを家に泊めてるんだからね!アリスさんも正気の沙汰じゃないよね。

 

「紅茶、淹れるわね」

「あ、はい。…え?紅茶?」

「知らないの?」

「いや、知ってるけど………」

 

朝から紅茶って、優雅すぎない……?

あと時代的にもおかしくないかな……いや、紅茶の歴史なんてそんなもん全く知らんけど。

まあアリスさんは時代を先取りしているってことで………あ、待てよ?大分前の話だけど、幽香さんも紅茶飲んでたような………

そもそもこの幻想郷って土地でそんな疑問抱いても無駄だよね、無駄無駄。

 

 

 

「あ、美味しい」

「そう、よかったわ」

 

私は紅茶ってあんまり好きじゃなかったと思うんだけど、アリスさんが淹れてくれたのは引くほど飲みやすい。なんなのこれ。

アリスさん淹れるのめっちゃ上手……

 

あとね、視界が物凄い素敵。美しい。

アリスさんの飲み方が綺麗すぎる、絵になりすぎてる。

こう見たらアリスさんめっちゃ美人だし、それに加えて朝からの紅茶でしょ?そして紅茶がめっちゃ美味い。

さらになんだこの茶器!めっちゃオシャレ!

なんだこの………何この貴族空間!

 

アリスさんって、名前とか暮らしとかから考えて西欧出身だったらするのかな……聞く勇気はないけど。

 

「………さて。まずしなければならないことがあるわね」

「な、なんでしょうそれは」

「この森での生き方をあなたに教える」

 

い、生き方………ですと。

 

「あなた、確か昨日生まれて十年程と言っていたわね」

「あー、言った」

「じゃあ妖力や霊力の使い方は?」

「使い方……使い方かぁ………ぶっちゃけ多分下手です」

「でしょうね」

 

はい傷ついたよー、私の心を抉ったよー。

でしょうね、って………そうだけれども。

 

「まず第一に。あなた程の妖力があればこの森では問題なく動くことができるわ」

「……そうなの?確かにアリスさんは結構へっちゃららしいけど」

「私の場合慣れね」

 

慣れでいけるんだ…

 

「まず、その意図的に妖力を引っ込めるのをやめなさい」

「え?あ、あぁ。こうかな」

「そう。それでいいわ」

 

妖力を引っ込める。まあつまり妖力が漏れ出るのを出来るだけ抑えるってこと。

正直なんか垂れ流してるのあんまり好きじゃないし、幽香さんの妖力強すぎて変な妖怪に絡まれるのも嫌だから普段からあんまり出さないようにしてるんだけど………それがダメだったか。

 

「そうしていれば、まあ余程なことがない限りは森のきのこの影響を受けない」

「え、なんで」

「確かにこの森のきのこは、様々な症状を引き起こす瘴気や胞子を撒き散らしているわ。でもそれは、きのこから出る魔力によって出来ている。胞子に魔法が掛かっていると言ってもいいかもしれないわね」

「………それで?」

「妖力を出していれば、きのこの魔力を勝手に跳ね返すから影響を受けないってことよ」

 

はーん。そういうことだったのかー…

でもアリスさんは慣れなんだよね……要するに耐性がついてるってことなんだろうけど。

 

「言っておくけど、こんな適当な方法でいけるのは、あなたが長生きした妖怪みたいな強い妖力を持っているからよ。並大抵の妖怪では精々症状を緩和する程度だから」

「そりゃあ幽香さんのだからなあ……あっやべ」

「………」

 

紅茶を片手に持って私のことを見つめた状態でアリスさんが止まってしまった。

口を滑らしたなぁ……幽香さん、なんか有名だからなあ………

 

「……そう、あの風見幽香の………」

 

バレちった。

いや、別に隠すつもりはなかったけどね。

 

「少し彼女のものとは違っているように思えるけど………あなたの中に存在しているうちに性質が変わったのかな」

「多分そう…かな」

 

以前幽香さんに改めて会ったときとも、私の妖力と幽香さんの妖力はとても似ていたが、わずかに違うようにも感じた。

というか、アリスさんは幽香さんとも知り合いなのか?一方的に知っているだけって場合あるけど。

 

「そう考えると本当に恐ろしいわね、あなた……」

「そんなに?」

「風見幽香と言えば、全力を出せば山の一角を吹き飛ばすことも容易いと言われているのよ……」

「そんなに!?」

 

あれ……私がどれだけ頑張ってもそこまでの威力出せる自信ないけど。

 

「私には無理…」

「妖力の扱い方の違いかしら。同じ力でも、力を持つ側の扱い方、力量によって出来ることなんて簡単に変わるから」

「つまり若造の私には無理と……」

「ちゃんと扱い方を覚えれば大丈夫よ。魔法だってまず魔力の使い方をマスターするところから始まるもの」

「そうかねぇ………ん?」

 

あれ、今アリスさん………

 

「マスターする……って言った?」

「…?言ったけど」

 

絶対この人日本の人じゃないよねえ!?マスターって日本語ないもんねえ!?

 

「いやあの、じゃあ……マジック、って意味わかる?」

「こっちの言葉でなら大体魔法……あぁ、なるほど」

「さ、流石にびっくりした……英語を………」

 

正直マスターする、なんて使い方は昔の人はしてなかったと思うけど。でもマスターってのは確実に横文字だ。

使い方に関してはまあ、あれだ。

幻想郷でそんなこと気にしてたら頭がおかしくなるってことだな!

 

「私もあまり他人と会話する機会はなかったけど……そう、あなたはこの言葉の意味が……」

「わかる…わかるよ……別に英語は得意じゃないけど……」

「そ、そこまで動揺すること?」

 

動揺するよ!だって…だって今まで誰にも通じなかったんだよ!?一人でずーっと寂しく現代語喋ってたんだよ!?周りからおかしな言葉を扱うやつって思われてたよ!?

それを今この魔法の森の中で、理解してくれる人が現れて……

 

泣きそう。

 

「あいむべりーはっぴぃー……」

「そ、そう。それは良かったわね……」

「泣くわ」

「えぇ………」

 

 

 

 

 

「えっと……」

「ごめん、急に変な発作起こしてごめん」

「いやいいのよ、気持ちはわかるから…」

 

その顔は分かってないって感じの顔だぜ。

 

「でも逆に気になるわね。あなたの言葉通りならまだその体を得て十年程度。たったそれだけの期間にこの言語を知ることがあったの?」

「いやあの、私が変な生まれ方しただけなんで気にせんでくだせえ」

「そう…そういうなら聞かないでおくわ」

 

そうか……私の頭の年齢は前世プラス十年ってとこなのか。

 

「アリスさんアリスさん」

「何?」

「その人形ってどういう仕組みで動いてんの?」

「あぁ、まず人形を作って…魔力の糸を繋いで自分の思考と繋げて……説明が複雑になるわね、これ」

「そうすか……まあ要するに魔法でなんやかんやしてるんだ」

「まあそうね」

 

魔法すごー、魔法すご。

人形師とかなんかカッコいいよね……人形と糸使えるんだもんね、カッコいいなアリスさん。

 

「………よし。じゃあ今日の活動を始めましょうか」

「活動……つっても私やることない…」

「そうね…別に私も人形使っていろいろしてるから、手伝ってもらうこともあまり………とりあえず散策にでも出てみたら?とりあえずこの森に慣れるのが先でしょう」

「散策かぁ……そうしようかな」

「決まりね。じゃあ私は魔法の研究進めておくから、暗くなる前には帰ってくるのよ」

「あっはい」

 

暗くなる前には帰ってくる……

あれこの人親かな!?

 

 

 

 

 

「………特に異常なし!」

 

早速アリスさんの家を出て散策を始めたけど、特に気分が悪くなったり幻覚が見えるとかの症状はない。

妖力出してるだけでいいとか楽勝だなぁ……幽香さん様々だ。

 

こうやって落ち着いて森を見渡してみると、すっげえ毒々しいキノコから神秘的なキノコまでいろいろある。

てかキノコしかなくね…?もはやこれは魔法の森ではなくキノコの森ではないのだろうか。

 

まあキノコが生えてるのもあって、めっちゃ湿度高い。流石に霧の湖にいるときよりはマシだけど、ここは暗いしジメジメしてて居心地悪すぎる。

特に毛玉にはね。

 

「あ、動物発見」

 

わーかわいいリスだー。

なんで結構過酷なこの環境にリスがいるんだ…?あれか、この森で生まれたなら耐性持ってて当然ってことか。

 

わーあっちには毒々しい色した猪がいるー。

……猪かぁ…

私結構猪との遭遇率高いんだよね………前いた場所で猪見かけたら嬉々として狩って捌いてたけど、流石にこんな森にいる猪はちょっと………

 

「で案の定突進してくるし」

 

とりあえずいつもみたいに1メートルくらいの高さまで浮かんで安全を………なんだと!?

 

「ぐっふぉお……まさか跳躍してくるとは……こいつ…できる」

 

これが魔法の森の生態系か……猪がぴょーん、と華麗にジャンプして私の腹にクリティカルヒットした。

 

「やるじゃねえか……いいだろう、この私がお前の相手をしてやろうじゃねえか…そしてお前をアリスさんに献上してやる」

「ぶふぉお!」

「うわ完全に豚の鳴き声だ。いっつもすぐに殺ってたから鳴き声ってあんまり聞かなかったなあそういや………よし、行くぞ魔法の森の猪!」

「ぶふぉおおおお!」

 

 

 

 

 

まだ全然暗くなっていないが、とりあえずアリスさんの家に帰ってきた。扉を開けると、またアリスさんが椅子に座って紅茶を飲んでいた。

相変わらず美しい………

アリスさんがこちらに気づく。

 

「あら、早かったのね………って、どうしたのそれ!?」

「友情を育んだ」

「ぶふぉお」

「はあ?」

 

いやー、ちょっと戯れてたらなんか可愛くなってきて、殺しちゃうのもなんかもったいないなあ、と。

持って帰ってきちゃったぜ!

 

「ごめん、全然理解できないんだけど」

「アリスさん……そうか、アリスさんはあんまり人と話すこともなかったから、友情やそういったものを感じたことがないのか」

「ぶふぉぶふぉ」

「え、なに。相槌打ってるのその猪?あとなんか腹立つわね」

 

こいつ意外と頭良いんだよなあ、私と一緒に来るか?という問いに対しての答えが、ぶふぉっ。である。

 

「……で、それどうするの?」

「………考えてなかった!」

「言っておくけど飼えないからね」

「ぶふぉ!?」

「どうして!このつぶらな瞳がみえないんですか!?」

「ぶ、ぶふぉおぉ……」

「いや知らないわよ………って本当につぶらな瞳ね!?」

 

やばい、この猪やっぱりやばい。なんか………愛くるしいなこいつ。

 

「非常食としてもダメっすか!?」

「それ食べれないわよ」

「ファ!?……そうなの?」

「ぶふぉ」

 

食べれない、という返事が返ってきた。気がする。

 

「そんな………」

「……ま、まあそんなに懐いてるならわざわざここで飼わなくてもあなたに会いに来るんじゃない?」

「……来てくれんの?」

「ぶふぉっ」

 

しょうがねえなあ、という返事が返ってきた。気がする。

 

「ぶふぉぶふぉ」

 

どうやらもう帰ってしまうらしい。

 

「元気でな……また遊ぼうな…」

「ぶふぉぶふぉお」

「この生意気な奴め」

「なんで会話が成り立ってるの………」

 

ぶっふぉ、と一言だけ告げた猪は森の中へと消えていってしまった。

 

「………あなた変わってるって言われない?」

「めっちゃ言われる」

「あぁ…やっぱり」

 

やっぱりってなんだよ。




なんか謎にキャラ付けされた猪くん……


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毛玉の優雅な朝とその日常

アリスさんと一緒に過ごすようになって、まあそれなりに月日が経った、と思う。

朝起きるとまず、必ずリビングに行ってアリスさんが淹れてくれた紅茶を飲む。良い香りの紅茶と、すごく優雅にそれを飲むアリスさん。

 

それに対して、雑に紅茶を飲んでアリスさんを眺めるだけの私。ぶっちゃけ紅茶は香りがいいなあ、程度にしか思わないけど。そりゃもちろん美味しいですよ?

 

しかしながら、アリスさんが視界にいるだけで、私の朝は

 

P E R F E C T・T E A・T I M E

 

となるのだ。

素晴らしい………

 

「……最近朝起きたらいつも薄笑いしてるけど、どうしたの?」

「いえ、優雅な朝を過ごせて幸せだなあ、と心の底から感じているだけでございます」

「口調どうしたの」

 

そりゃあ毎日こんな朝を過ごしてたら口調だって変わるやい。

 

「今更の質問だけど、この茶葉どこで?」

「あぁ、風見幽香に貰ってるのよ」

「ブッフ………」

 

まさか幽香さん経路で来てたとは………そうだよね、幽香さんだもんね、ひまわりに囲まれて生活してる幽香さんだもんね。茶葉を作るくらい雑作もないもんね。

 

「いつ知り合ったの?」

「さあ?覚えてないわね。少なくとも二十年以上は前だったと思うけど」

「私より付き合いなげーや………よくそんなこと頼めたね?幽香さん何も知らないとすっごい怖いのに……」

「私も最初は気が気じゃなかったけど…まあ、紅茶は朝には欠かせないしね」

 

その考えが、今となっては分からなくもないんだなあ……いや、私の場合アリスさんを眺めながら紅茶を飲むことに喜びを感じているのであって、紅茶がめっちゃ好きというわけではない。

 

「そうね…そろそろ茶葉も切らしそうだし、また貰いにいかないとね。………今でも会うの少し怖いんだけどなあ」

「やっぱり幽香さんが作った茶葉ってそんなに良いの?」

「良いとかそういうレベルじゃないわ、あれは。プロフェッショナルすら既に超えているわね。総ての植物をどう育てたらいいのか理解してるわよ彼女は。少なくとも、私は彼女ほど上手く茶葉を作る人を知らないわ」

「はえぇ………」

 

ベタ褒めだ。

でも話聞いてる限りだと、そこまで仲が良いわけではないらしい。本当に、茶葉をあげて、貰う、それだけの関係だ。

でも幽香さんならそれだけで喜びそう。寂しがり屋だし。

 

「茶葉、近いうちに私が貰ってこようか?幽香さんとも面識あるし」

「ありがとう。でも別に急がなくてもいいわよ、まだあと一週間分はストックがあるから」

 

幽香さんにも時々顔を出しておかないとなあ。りんさんが死んでからは会いに行ってないし。

そういや紫さんにも長い間会って無いなぁ………いや、会いたく無いよ!?絶対会いたく無いよ!?あんなのと関わり持ちたく無い!

………湖にはいつ行こうか。

 

「それはそうと、今日は茶葉変えた?」

「あ、分かる?今回のは甘みが抑えめだけど、その代わりに香りがすごく良いのよ」

「私これ好きっす」

「気に入ってもらえてよかったわ」

 

……うむ、今日も素晴らしい気分で過ごせそうだ。

 

 

 

 

 

 

「気分最悪滅べ雨雲」

「そこまで言う必要ないんじゃ無いかしら……」

「何言ってんだアリスさん!ただでさえ暗くてジメジメしてるこの森がさらにジメジメするんですよ!?」

「昨日の朝にちょっと降ってただけじゃ無い」

「毛玉は湿気に弱いんだよ」

 

はい、P E R F E C T・T E A・T I M E終わったら気分がめっちゃ落ち込みました。どのくらい落ち込んだかって言うと妖怪の山のてっぺんから地底にまで真っ逆さまに落ちたくらいです。

 

ジメジメしてる森がイヤで中に戻ろうとした時、こちらへ向かってくる足音が聞こえた。

わあ、猪くんだあ、すっげえ泥んこぉ。

 

「ぶふぉお」

「ちょ、こっちくるな、泥臭いぞお前」

「ぶふぉ……」

「洗ってやれば良いじゃないの」

「イヤだね」

「ぶ、ぶふぉ」

 

この猪随分と元気だなあ………身体中泥まみれじゃん、絶対泥浴びて来ただろ。実に猪らしい…

 

「名前とかつけないの?」

「名前?いや、どうせいつか死ぬし、つけても悲しいだけだし」

「いやこの子妖怪だからかなり長い間生きれると思うけど」

「……え?」

 

妖怪だったのこいつ!?通りで変な配色してると思ったわ!

 

「気づかんかった……」

「いや、あなたね。こんなに知性があるのに妖怪じゃ無いわけないでしょう?まあこれは妖獣って感じだけど」

「ぶふぉぶふぉ」

「ほら、この子もこう言ってるわよ」

「ごめんなんて言ったのか全然わかんない」

 

アリスさん、私よりこの猪と仲良くない?でもそうか、だからアリスさんはこいつは食べられないって言ってたのか。

魔法の森の生物は森の魔力を大量に含んでいるせいで食用には向かないって。

 

「それにしても、名前かあ……うーむ名前……猪八戒…いや意味わからんな。…………………無理です思いつかないです」

 

猪1号くらいしか思い浮かばんかった……

 

「色は紫っぽいけどねえ」

「それじゃもう猪八戒でいいな」

「何がそれじゃなのか全く理解できないんだけど」

「よしイノガワ水浴びしてこい」

「ぶふぉ」

「え?なにイノガワになったの?猪八戒じゃないの?」

「別にどうでもいいかなって」

 

名前なんてね、適当でいいんだ適当で。

私の名前だって大ちゃんがノリでつけたようなもんでしょ。案外ずっと同じ呼び方してたら定着してくるもんだよ。多分。

 

「じゃあそろそろ始めようか、アリスさん」

「え、えぇ。そうね」

 

 

 

 

 

 

 

 

これはすっごい今更なのだが、幽香さんは花を操ることができるらしい。今更なんだけど、凄い今更だけど。

ただまあ、本当に花を操ることができるだけなのかは気になるところだけど、幽香さんと同じような力を持っているのなら私も花を操ることができるはずだ。

というわけで、妖力の扱いの練習がてら花を操ってみようということに。まあ妖力の使い方の練習だけなら幽香さんと会ったときにやることもあるけど。

 

「ぬぅ…………無理っす」

「気持ちが足りないのよ気持ちが」

 

そんな適当に言われても………

私はひたすらに花を頑張って成長させようとしてるけど、アリスさんは人形の扱いの練習をしている。既にもうマスターしてると思うんだけど、本人曰くまだまだらしい。

取り敢えず同時に10体操ることが目標らしい。何言ってんだこいつとは思ったけど、まあそれが魔法なんだろう。

 

「どうしても駄目なら花に土下座でもして頼み込みなさい」

「土下座っ!?え、えーと、お願いします育ってください」

「気持ちが足りない!」

「すみませんお花さん!もしよろしければこの私みたいな毛屑の為に少しばかり成長していただければ大変嬉しいの極みでございまするのでお願いします育ってくださいなんでもするのでええええ!!」

 

……………ハッ、ちょっとだけ伸びた!

 

「成功ね」

「いやこれ妖力の扱いの練習になってないよね!?ちょっと妖力込めて頼み込んだだけだよね!?」

「それが3秒で出来るようになるまで練習ね」

「そんなバナナっ」

 

第一、花を操れるようになったところでなんの意味が……戦いに使えるわけでもないし。

というか、幽香さんはただ花を操れるだけなのに山の一角を吹き飛ばせるとか言われてんのか、ちょっと理解できないね。

じゃあ幽香さんはそもそもの身体能力が高いとかそういう話になるのか。まあ私なんて妖力を体に込めなきゃ猪の突進にぶつかるだけで骨折れまくるし、私の身体能力が低いのもあるんだろうけど。

 

妖力弾を一つだけ作って宙に浮かばせてみる。

懐かしいなあ、昔はこれの威力が思ったより高くて死にかけたっけ。思えば今みたいに妖力や霊力の扱い方を練習してたのも随分久しぶりなわけか。

思えば私って、今まで氷や妖力弾を飛ばす、物を浮かして高いところから落とす、妖力任せに殴る蹴る、しかしてこなかったわけだ。そりゃあ力の扱いが下手にもなるわなあ。

もっと扱いが上手くなれば戦いも強くなれるか………いや待てよ!なんで戦いが起こる前提なんだよ!もう嫌だからね!当分は戦いたくないからね!平和な日常送るからね!

 

「ねえ、それしまってくれない?」

「へ?」

「危ない、怖い、危険」

「アッハイ」

 

そう言われて妖力弾を消した。

まあ下手したら大怪我するしね、私は再生力だけはたかいからどうとでもなるけど、幽香さんが出してるのと同じものを出されてるって考えたら恐怖だな。

 

「でもやっぱり戦闘に使うならこっちの氷か……」

「そういえばあなた氷も出せたわね」

「いやもうただの氷だから、普通に溶けて水になるし」

 

チルノが氷の塊を使って飛ばすくらいしかしてなかったから、私もそれ以外のこと考えたことなかった。

こう、せっかく氷なんだからカッコいいオブジェクト見たいな……形を凝ってみたりして………

 

 

 

「できた」

「………何それ」

「何って、氷の椅子ですが?」

「座り心地悪そうね。滑るし濡れるし冷たいし、実用性皆無ね。そもそもあなた宙に浮けるでしょう」

「ド正論」

 

日が暮れるまで外で奮闘してた結果がこれだったよ。

椅子が作れればいつでもどこでもくつろげるなあとか考えてたけど、まあ馬鹿だったね。ハハッ。

 

「でも成果はあったし」

「どんな?」

「私の作った氷に妖力を込めるとカッチカチになる」

「へえー」

 

へえー、って………これは重要な発見なんですよ!?

 

「まず適当な氷の棒を作ります」

「うん」

「腕と氷に妖力を込めます」

「うん」

「思いっきり振ります」

 

そばにあった木に向かって氷の棒を振るうと、簡単に木が折れた。バキィッ、って感じの音がした。

 

「折れます」

「へえ」

「リアクション薄くないっすか」

「どのくらい硬いのかわからないし………どちらかと言うと腕力じゃないの?」

「確かに」

 

実際どのくらい硬いのだろうか。木をへし折って傷ひとつつかないくらいには硬いけど。

………それって結構硬いのでは?

 

「まあ今までは脆い氷しか使えなかったから、そう考えたら進歩だと思う。思いたいです」

「……そうね。まあ氷なんだから、並の生き物なら変なことしなくても思いっきり氷でぶん殴ったら全然いけると思うけど」

 

そう、そうなんだよ。

そもそも私は防御する時とか、攻撃する時は体に妖力を込めている。だってそもそもの身体能力が低いから。素の筋力だけで言ったらチルノともあんまり変わらないかもしれない。

 

「妖怪って筋トレしたら筋肉つくの?」

「………さあ」

 

まあ、毛玉なんて精霊、つまり妖精と似たような存在なんだから同じくらいの力でもおかしくないと思うけど。

 

 

そんなことを考えていると、何やら後ろの方から駆け寄ってくる足音が聞こえてきた。それを聞いた私は横へと飛び退く。

 

「ぶっふぉ!」

「甘い!グハッ」

「当たってるじゃないの」

「ぶっふぉっふぉ」

「てめぇ……今笑いやがったな……」

 

何なんだこいつ……私が横にとんでもすぐに反応して当ててくるんだけど。妖怪は妖怪でも人の姿を持たない獣、ちょっと知能が高すぎるんじゃないだろうか。

まあ私の骨が折れてないからだいぶ手加減してくれてるんだろうけど。妖怪の猪が本気で私に突進してきたら骨が軽く5本は粉々になるからなあ。

 

「にしても凄い懐きようね……私こんなの見たことないんだけど」

「私だってないわ。なんで妖怪猪に懐かれないといかないんだよ……なあイノージェン、私のどこがそんなにいいんだよ」

「え?イノージェン?イノガワじゃないの?」

「ぶふぉぶふぉ、ぶふぉっふぉ」

 

うん、何言ってるか全くわからん。

こう、動物の気持ちがわかる人とか居ないかな……まあ、何言ってるか分かったところで、私のこと凄い舐め腐ってそうだけど。

さとりん辺りに見せれば通訳してくれるだろうか。

 

「もしかしたら、貴方には妖怪を惹きつける何かが……」

「そう言うの期待しても、そんな何かが……みたいなものないんで、期待するだけ無駄っすよ。この猪がおかしいだけ」

「ぶふぉ!」

「ぐふっ……いいタックルだ…」

 

そういえば昔は、猪を解体することなんてグロくてできないよお。とか言ってたなあ……人間、生きてたら変わるんだなって。

なんならもう狩りとか普通にやっちゃってるしなあ。

あ、私人間じゃなかった。

 

「やっぱり10年って長いよ」

「言ってる間にその感覚も変わってくるわよ」

「そんなにぴょんぴょん時間飛んでたらたまらないし……お前もそう思うだろイノーザス」

「イノージェンじゃないの?あとその猪多分あなたより年上よ」

「え?」

「ぶふぉ」

 

マジか………

私こんなふざけた猪に生きてる年数で負けてるのか………いや待てよ、なんならほぼ全ての知り合いに年齢で負けてるだろ私。今更なにをって感じだな。

 

「さあ、暗くなってきたしもう戻るわよ」

「そう言うことだ、じゃあなイノジオ。また明日」

「ぶふぉっぶふぉ」

「………結局名前どうするのよ」

「イノ」

「………んー?」

 



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毛玉とフラワーマスターのティータイム

「っとと…あーぶないあぶない。花踏みそうだった」

 

まあ故意じゃなけりゃ笑って許してくれると思うけど………どっちかって言うとあの人はわざと花を踏んで楽しんでる奴を殺しにいくからなあ………それだけ幽香さんにとって花ってのは大事なんだってことだろう。

 

「うむ。ここは今日も辺り一面にひまわりが咲いておる!………季節関係無しに咲かせるのは幽香さん的にはオーケーなのかねぇ」

 

幽香さんとてサイコパスじゃない。花を摘んで遊んだり、そういう奴は別に気にしない。ダメなのはまあ………わざと花を踏み潰して幽香さんを煽るやつかな。

実際そんな奴を私は一回見たことあるし。

哀れな奴だったよ、四肢をもがれ臓物を体外に撒き散らして最後は極太レーザーで消し炭にされた。

 

ふむ……ここに初めてきた時にも不思議に思ったけど、この花畑の至る所にある宙に浮かんでいる光の球。これあれだね、幽香さんの妖力だね。これ使って花を年中咲かしてるのかな。

よくよく考えて、大妖怪の妖力がその辺に浮きまくってるって怖くね。

でもその辺に普通に妖精が普通に飛んでたらするんだよね…不思議だ。命知らずな奴が多い。あ、でも妖精は死んでも復活するんだったか。

なんでも妖精は自然のうんたらかんたら………じゃあ毛玉ってなんだよ。

というか私は精霊なの?妖怪なの?なんなの?いやまあ、たぶん妖怪だろうけどさ!周りからも完全に妖怪扱いされてるしさ!

紫さんなら私のことなんか知ってそうだけど……ぶっちゃけ一回会ったことがある程度じゃ聞く気にならない。

 

そうこうしてるうちに幽香さんの家が近づいてきた。

 

 

 

 

「いらっしゃい。少しひさしぶりかしら」

「そうですね、まあちょっと色々あって……」

 

実際、前に会ったのはりんさんが死ぬ前の時だ。あのあとしばらく落ち込んでたし、なかなか会う気も起きなかった。

 

「今日は何しに?」

「茶葉貰いに」

「茶葉?」

「アリスさんって知ってます?」

「あぁ、あの子。そう、なるほど」

 

名前を言っただけで全てを理解したようで……

 

「貴方も飲んでるの?」

「えぇまあ」

「じゃあ多めに渡しておくわね。あとせっかくだから飲んでいきなさい」

「じゃあお言葉に甘えて」

 

幽香さんがお茶を入れに奥へと引っ込んだ。

飲んだことはあるんだよ、幽香さんのお茶。でも前に飲んだ時は、なんかこう、今ほど……特に何も思わなかった。

だが今の私は違う!今の私はアリスさんとの完璧なるティータイムを毎朝過ごしている!今の私なら幽香さんの入れた真の紅茶の味が……!

 

 

 

 

 

「クッソうまい」

「気に入ってくれたようで何よりだわ」

「クッソうまい」

「…良かったわね」

「クッソうまい」

「……大丈夫?」

 

ハッ、今脳みそがおかしくなっていた。ような気がしたけど割と平常運転だった。

 

「いやでも、なんで淹れ方一つでこうも味が……」

「そういうものよ」

「そういうものっすか」

 

あれね、アリスさんも相当だけど幽香さんもやばいね。うん、やばい。

そして紅茶を飲む幽香さんというこの光景もね、やばい。

なんでみんなこんな優雅な振る舞いができるの?私の知り合いにそんな奴………ちょっと考えたけどやっぱりいないって。なに?紅茶飲んだら自然と優雅な振る舞いができるようにでもなるの?いや、私は絶対無理だからそうじゃ無いな。

 

でも今この瞬間はG R E A T・T E A・T I M E、なぜなら幽香さんという存在の圧が強いから。

私が緊張してたならそれはP E R F E C T・T E A・T I M Eとなりえない。

 

………私の頭大丈夫か?パーフェクトとかグレートとかうるさいな私。

 

「ねえ、今更なんだけど一ついいかしら?」

「いいですよ?」

「貴方にとって私ってどう言う存在なの?」

「…………」

 

…………んー…………………んー?んー…………

んんんんん。んんんんんんんんんんんんん!!

 

「んー………どういう………どういう……」

「そこまで悩ませる気はなかったのだけれど……」

「いやえっと、自分で言うのもなんだけど、私たちの関係って大分複雑じゃないですか」

「まあ、そうね」

 

本来なら私と幽香さんが会うことなんてほぼほぼなかったはずだ。なんか変な風に攫われなかったら、私はこんなところに来ていない。さらに言うと、そこで何故か妖力を手にしていなかったら私はここを何度も訪れていない。

ってか幽香さんの妖力なかったら生きてる自信ない。

同じ力を持っているとはいえ。親子とか兄弟とかの血縁じゃない。

 

「………友達?」

「はい、私のことを友達って言ったのは貴方が初めてよ」

「ふぉ?」

「他の私の知っている人からすれば、私はただの知り合いだから」

「いや、まあ、ええと、うーん、うん」

 

この人花が友達みたいなところあるし………いやでも寂しがりなのは知ってるし………んー。

 

「こう、私が仲良くなりたいと思っても絶対相手が距離を取ってくるのよ。まあ、しょうがないことだとは思っているのだけれど」

「はぁ……まあなんせ幽香さん、色々と噂が………」

 

風見幽香は強い奴との戦いを好む、とか。太陽の畑に近づいた奴を容赦なく殺す、とか。

まあめっちゃ恐れられてるな。

 

「噂……色々あるわよね、私の噂。強い人と戦うことは嫌いじゃないんだけど」

「えっ」

 

幽香さんも戦闘狂だったのか…………

 

「あくまで体を動かすのに丁度いいってだけよ。自分で言うのもなんだけど、私くらいの強さになると同等に戦える相手が限られてくるから」

 

強者としての自覚をしっかりとお持ちのようで!

いやでもまあ………運動する相手が強い人って限られたらそうなのかも。

ま、幽香さんにとっては自分に危険が及ぶ戦いも運動の一環に過ぎないってことね。理解理解。

…ごめんやっぱり理解できない。

 

「まあ納得はしましたけど………でも花を傷つけた末路とかの噂とかはめっちゃ有名ですよね」

「まあ嘘じゃないからね。あれは悪意のある奴が悪いのよ」

 

そういって容赦なく消し炭にするあたりその辺の妖怪とは格が違えや。

 

 

 

「幽香さん、幽香さん」

「何?」

「私今妖力の扱い方の練習をしてるんですよ」

「うん」

「幽香さんって花を操れるじゃないですか」

「そうね」

「何かコツってあります?」

「無いわ」

「おーっと予想外の答え」

 

コツ無いんかい!

 

「気づいたらできるようになってたし」

ナチュラルボーンフラワーマスターだったんか!

 

「強いて言うなら花の気持ちを理解することかしら」

ごめんそれできない!

 

「それと花に自分の真摯な気持ちを伝えることも大事だと思うわ」

結局気持ちかい!

 

「まあ教えられることは特に無いわね」

はいそうですかどうもありがとうございました!

 

「まあ貴方は毛玉だから、できないのも当然だと思うわ」

「幽香さんって結局どういう種族?」

「さあ?」

「oh……」

 

もう適当に花の妖怪でいいよね、うんそうしよう。

……なんでただの花の妖怪がこんなに強いんだろうな。

 

「妖力の使い方なんて学んでどうするのよ」

「ここまで色々あったんですよ。変な化物妖怪どもと戦ったりで何度命の危険を感じたことか」

「本当に?」

「……へ?」

「本当に感じたことあるの?」

「はぁ?」

 

そりゃもちろん、思いっきり吹っ飛ばされて長い間気絶したり妖力すっからかんになるまで戦ったり……一歩間違えてたら死んでたかもしれないことなんてたくさんあった。

 

「命の危険を感じたって言うなら、もっと行動が慎重になるのよ」

「慎重?」

「自分では気づいていないだろうけど。貴方、どこかで自分は死なないって慢心してるわ」

 

むぅ…なんで戦ってるとこ見たことない幽香さんにそんなこと言われるんだよ。

 

「そんなつもりは…」

「どうせ自分は身体の一部が吹っ飛んでもすぐに再生できるから、とか考えてるからよ。身体を一瞬で消し炭にされるような攻撃をされたらどうするつもりなの?」

「それは…」

 

そんな攻撃滅多に……いやできそうな人が目の前にいるな。

 

「まず敵がどんなことをしてくるのか、考えるってことを貴方はしていない。まず自分の体で受けてどんなものか見極めようとしている。違うかしら」

「おっしゃる通りで」

「それじゃ駄目なのよ。一番いいのは無傷で勝つこと。相手が再生を妨害してくるような術を持っていればどうする?確かに貴方のその再生力は戦いにおいては初見殺しのようなものだけれど、知っている相手なら対策は必ずしてくる」

「おっしゃる通りでぇ…」

 

もちろん私もそんなことは考えたことある。

一つのことに執着するようなやり方はダメだ、いろんなことを想定するべき。ただ残念なことに、私にはそんな想像力がない。未だに妖力とか霊力とかもよくわからん。

 

「別に嫌がらせで言ってるんじゃないわ。貴方を心配して言ってるの」

「心配しなくてもそんな簡単に私は…」

「いや死ぬわ、今のままだとなんでもないところで死ぬわよ」

 

あー、さとりんにも似たようなこと言われたわ。

そんなに私………そんなにぃ?

 

「まあ心には留めておくけど…」

「それ絶対忘れる奴よね」

「そそ、そんなことないっすよ」

「はぁ……」

 

ため息つかれてお茶飲まれた………

そんな急に変われと言われても変われるはずがない。まだ私は生きてきた年数が浅いし、この世界のこともあまり知らないし………

できることなら平和な生活送りたいの、私だって。でもなんでこう、変なことにばっか巻き込まれるかなあ。

 

 

「今日最初に会った時から思っていたのだけれど」

「はい?なんですか」

「なんか………前会った時と変わったわね」

「……んー?そんなことないと思いますけど」

 

確かにりんさん死んで心情的には色々あったけど………変わったのなんてそのくらいだしな。

 

「なんで言えばいいのかしら……こう、なんていうか……」

「そんなに表現できない変化?」

「何か変わったのよ」

「何かって………」

「無意識のうちに何かが変わってるんだと思うけど………何が変わったのかしら」

 

そんなあやふやな変化は変化に入らないと思います!

 

「……まあ不確定なことは言わないほうが良いわね」

「何それ気になるなあ……」

 

どうせ教えてくれないし、私が考えても分かんないし………

 

私自身気になることがないわけじゃ無い。

あの日魔法の森で見た幻覚、もう一人の自分。それが何か私に関係あるのか……とか。

まあたかが幻覚だしね、気にするだけ無駄か。

 

「そうだ、ちょっと待っててくれるかしら」

「はい待ちますけど」

 

 

 

数分後、席を立った幽香さんが戻ってきた。

 

「これあげるわ、肌身離さず身につけておきなさい」

「強制?」

「当たり前じゃ無い」

「うっす」

 

強引に渡されたのは白い花、

………白い花?なんで白い花?つかなんで花?つかこの花……

 

「何この花……」

「心配だからその花持っておきなさい。そのうち役に立つ日が来るわ」

「えぇ……こんな、えぇ……」

 

こんなもの貰っても……なんか困ります!

こんな……こんな幽香さんの妖力バカみたいに詰まってる花もらっても困る!

 

「返して良いです?」

「私が必死にそれに力を込めたのに受け取らないっていうの?」

「謹んで頂戴させていただきまする」

 

圧が……圧がすげえ……

けど…まあ、私を心配してくれてるってことなんだろう。こんな花持ってどないすんねん、とは思うが。

いやほんと、何この花。実質爆弾なんだけど?

でも手に取ってよーく確かめないとわからないくらいには妖力が隠されてる。

いや、この量の妖力をここまで隠すことができるとか、なんなんだこの人。化け物か?化け物だったわ。

 

「ねえ、貴方は自分が何者か考えたことはある?」

「今日そんな感じの話多く無いですか?そりゃあ考えたことはあるけど、分かんないですよ。毛玉がこんなのになるなんて」

「でしょうねぇ…」

 

そうですが?

私だって幾度となく自分の存在について色々と考えたことあるけど、いつも結論は『分からん知らん考えるのやーめた』だからね。

 

私についての謎なんて挙げたらキリがない。私は謎の塊のような存在だ。

そもそも生まれた時代違うし、多分転生してるし、なんか妖力と霊力持ってるし、体もあるし、なんか毛玉だし、頭もじゃもじゃだし、よく何かの角に足の小指ぶつけるし、なんか変な妖怪によく目をつけられるし、変な猪に懐かれるし…………

考えれば考えるほど私って奴がよく分からなくなる。

 

「でもなんだって急にそんなことを?」

「特にこれといった理由はないんだけど………例えば、八雲紫や私みたいな存在は同種がいないのよ」

「そりゃそうでしょうよ……あんたらみたいなのがいっぱいいたらこの世界終わってますって」

「だから貴方もそうなんじゃないかと思って」

「私も?」

 

いやいや、私は毛玉ってはっきりわかってるんだけど。

 

「種族が変わるってことも絶対ないわけじゃないわ。もちろん稀なんだけど、そもそも貴方っていう存在が稀でしょう?」

「ソッスネ」

「ただの毛玉に他者の霊力や妖力が入り込んでしまった結果、毛玉ではない別の存在になってしまったと、私は考えるわ」

 

んー……それっぽい、か?

確かに私はただ元は毛玉で、毛玉の姿になれるってだけで、もしかしたら全然毛玉じゃないのかもしれない。

そもそも毛玉は明確な意思を持っていないらしい。魂みたいな、そういう奴はあるけど思考したりはしない。

だが私は気づいた時には既にテンパってたし、普通の毛玉なら持っているはずの霊力すら最初はなかった。

まあ、最初っから毛玉と同じ点なんて見た目くらいだったってことか。今もほぼ人間体で生活してるから毛玉要素かけらもないし。

 

「もちろんこれはただの仮説に過ぎないけれど」

「そんな感じはしますけどねぇ………」

 

私っていう存在………

あり?そういやアリスさん私のことを調べてくれるうんたらかんたら言ってなかったっけ?

 

……ま、いいか。

 



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毛玉の魔法の森の日常

「ねえちょっとこれ飲んでみてくれない?」

「なんすか急に」

 

外でイノシシと体動かしてたら突然アリスさんに変な液体を渡された。

 

「ねえこれ絶対変な奴だよね」

「そんなことないから」

「嫌だってなんか赤いよ?血みたいな色してるよ?」

「そんなことないから」

「ちゃんと私の目を見ていってくれない?」

「そんなこと……ないから」

「あるよね?そんなことあるよね?」

「良いから早く飲みなさいよ」

「……死なない?」

「死なない死なない」

 

コップに入れられたその赤い液体を意を決して飲み込む。フラスコじゃないんだなあ、とくだらないこと考えながら。

そして味は………少し苦かった。

 

「………あれ、なんともない?」

「よし、成功ね」

「結局何飲ませたん?」

「着色料」

「ん!?」

 

はい、と手鏡を向けられ、そこに映っていたのは………

髪の毛の赤くなった私の姿だった。

 

「ぎえぇああああ!!」

「うるさっ」

「私のっ、私のアイデンティティががががご」

「予想通り変色したわね」

「どんな予想通りいいいい!?」

「落ち着きなさい、1時間くらいで治るわよ」

「1時間も!?1分じゃなくて!?私の個性は!?」

「そのもじゃ頭があるじゃない」

「髪の色の方が重要なんですううう!!」

 

 

 

 

なんて酷いことを………

しかも毛玉状態の毛までちゃんと真っ赤になってたし……

これで緑になってたら森を燃やしてたかもしれない。私の髪が緑になったらス○モってそれ一番言われてるから、私に。

アリスさんの予想は外れて、実際は20分程度で治ったし。 

 

「あ、もしかして私の再生力が薬の成分を分解したのか?」

「普通に私が配分間違えただけね」

「そっすか」

 

いやでも、口から薬飲んですぐに髪の色が変わるってどういう仕組みなの?どういう成分だったらそうなるの?魔法か何か?あ、ここ魔法の森だったわ。

 

「でもあなたがそんなに髪の色に拘るなんて思わなかったわ」

「いや拘るっていうか、単純にめっちゃ驚いただけですけれども……というか、なんで急に髪のことなんか」

「あなたの髪って切ってもすぐ元の長さに戻るんだったわよね?」

「うん」

「色変えたらどうなるのかなって」

「それだけ?」

「それだけ」

 

前もって説明してくれたらあんなに驚くことなかったのにさぁ……

 

「で、何かわかった?」

「何も」

「怒って良い?」

「だめ」

「はあ……」

 

全く………というか、何故急に薬品に手を出し始めたんだろ。今までは人形のうんたらかんたらばっかりやってたのになあ。

 

「はい次これ飲んで」

「また?次は何…」

「爪がめっちゃ伸びる薬」

「なんでぇ……まあ飲むけど」

 

また奇妙な色をした液体を飲み干す。

 

「………爪、伸びないんだけど」

「まあ爪が伸びるっていうのは嘘で、腹痛をおこす薬なんだけどね」

「は?」

 

 

 

 

 

 

「地獄を見たぜ……」

「驚いたわね……ちょっと腹痛がする程度のはずなのに気絶するほどの苦しみを感じるとは…」

「とうとう殺されるのかと思ったんだけど!?」

「解毒剤渡したじゃない」

「腹痛いのに飲めるか!」

 

うぅ気分悪りぃ………なんか私のこと実験台にしてない?いいのそんなことして。訴訟起こすよ?法廷で会うよ?

 

「多分あなた酒飲めないわよね」

「んあ?あー、まあそうっすね」

「じゃああれね。なるほど」

「勝手に納得しないで。私にも教えろよ体張ったんだから」

「あなた、毒とかの耐性が低いわ」

「ほーん……?」

 

確かに酒は飲めないけど……そうか、アルコールへの耐性が無いのか、そうかそうか。

だから腹が痛くなる薬もアリスさんが想定してたよりずっと効果があったと………考えたら腹立ってきた。

 

「ねえ流石に怒っていい?」

「ごめんなさい」

「謝られたら怒れないんだが!?」

「再生力が高いなら薬物への耐性はどうなのかと思って……まあこれであなたも自分のことを知れたからいいじゃ無い」

 

あのさぁ………

 

「じゃあ怒らないから嫌がらせさせて」

「………例えばどんな?」

「朝起きたら部屋に血だらけの私の腕が10本くらい吊り下がってる」

「もうしないって約束するからやめてね?」

「冗談冗談」

「ねえ私の目を見ていってくれる?」

「今日いい天気だねー」

「曇りだけど」

 

まあ実際そんなことしない、だってそんなに腕もぐの嫌だし。

まだ不快感の残る腹を抱えてながら部屋に戻ろうとすると、一体の人形に目が止まった。

 

「あれ……ねえアリスさん。これ私?」

「えぇ、そうね。勝手に作らせてもらったわ」

「それは別に全然良いけど。わーお、すっげえ髪の質感。本当にもじゃもじゃしてるよすごいね」

「まああなたの髪で作ったからね。……冗談よ。冗談だからその氷をしまって」

「嘘かホントかわからない発言するのやめて」

 

でも、はえぇ………

自分の体がデフォルメされて人形にされてるって変な気分だな。

でもアリスさんの人形って意外と細かいんだよね。同じ姿に見える人形でもよく見たら違うところがいっぱいあったり。

 

「あぁそうだアリスさん。糸どうなった?」

「糸…あぁあれね。ちゃんと見つけておいたわよ。経年劣化で使えるようにするにはちょっと時間かかるけど」

「そっか」

 

アリスさんは人形を操る時、魔力で作った糸を人形に通して操っているらしい。で、その魔力の糸が作れるようになるまで練習に使う糸があって、私はそれを借りようとしている。

 

「じゃあ私部屋に戻って寝るから。あぁ腹痛い」

「解毒剤飲めば良いのに」

「変なもの入ってそうだから飲まん!」

「流石に入ってないわよ…」

 

嘘言って腹が痛くなる薬飲ませた奴が言っても信用ねえからあ!

 

「あっそうだ。一つ聞くけど」

「んあ?なんです急に」

「あなた時々夜中に外に出て行ってるわよね」

「あ、バレてた?」

「そりゃああれだけ派手に転んだ音がしたら気付くわよ……で、何しに行ってるの?」

「あー………んー………」

「…まあ別に言いたくないなら言わなくて良いけど」

「そうしてくれるとありがたいです」

 

話しにくいというか……まあ今更なんだけど。

 

 

 

 

 

 

時々私は湖に行っている。チルノや大ちゃんと会わないような時間に。

何をしに行ってるかって、そりゃあ…墓参り?心配だからたまに湖に行って、私が建てたりんさんのお墓の様子を見に行っている。

 

チルノや他の妖精たちに荒らされてたらたまったもんじゃないし………それにあの墓の手入れを誰かにお願いするのは流石に気が引けたし……

 

我ながら、いつまでりんさんのこと引きずってるんだろうなあ。

チルノや大ちゃんと会いたくない理由はまあ、ブレそうだから?

結局はあそこは私にとって居心地が良いんだ。下手に顔を合わせて帰りたくなるのが嫌なので会わないようにしている。

 

寂しいといえば寂しいけど……まあ今生の別れじゃないし、私が会いたくなったら会いに行けば良いだけの話だ。

 

「どうしたの、しけた顔して」

「うおっアリスさん。何覗いてんの」

「いや、んーんーんーんーうるさかったから」

「え?私んーんー言ってた?」

「うん」

「んー……」

 

前世の私は一体どんな暮らしをしていたのだろうか。

親しい人との別れは経験したことがあったのか?自分の今のこの言葉にできない気持ちを感じたことはあったのか?

そもそもなんで前世の記憶がないんだろう。いや前世の記憶なんてないのが当たり前なんだろうが。転生の弊害…って言っても、自分のこと以外は割と記憶してるのに。

 

「何か悩みがあるなら相談に乗るわよ?」

「え?」

「ほら、私とあなたって、まあそれなりの時間一緒に過ごしてるじゃない。一緒に時間を過ごす仲間として、相談に乗るのは当然でしょう?」

「アリスさん……結構です」

「あっそ」

 

気持ちはありがたいけど、まあそんなに自分の事情を他の人に喋りたくはないかな。まあ前世の記憶があるってこと何人かに言っちゃってるけど。

 

「とりあえず言っておくけど、明日は朝から森の奥の方に行くわよ」

「そっすか。行ってらっしゃーい」

「いやあなたも行くのよ?」

「何故」

「必要なものがあるのよ。糸の手入れするの私なんだからそれくらい手伝って」

「うぃーす」

 

 

 

 

 

 

「うわくっせ!クソの臭いするんだけど!?」

「そういうきのこよ」

「どういうキノコ!?」

 

なんでキノコがこんな……でも虫とかが敵から身を守るために異臭を放つってのはよく聞く話だし…いやでもなんでキノコが?

 

「アリスさんが探してるものってこんなところにあんの?」

「違うけど」

「はあ?じゃあなんでこんなところ通ってんのさ」

「知らないわよ」

「はあー?何言って……まさか……アリスさんま」

「迷ってないわよ」

 

いやー、私が言い切る前に言ったってことは、自分も薄々迷ったと思っている証拠で…

 

「この森に何年住んでると思ってるのよ。私がそんな易々と迷うわけ」

「じゃあそのいろんなところに伸びてる魔力の糸は何」

「………」

「現在地特定しようとしてるよね?迷子になったから必死に今いる場所がどこかを特定しようとしてるよね」

「違うわよ」

「じゃあ何してんのさ」

「素人にはわからないことよ」

 

はあ……じゃあアリスさんが動くまで暇だし休憩しとくかぁ。

 

にしても魔法の森……やはりとんでもない魔境である。

何がやばいかってキノコがやばい。効果が色々ありすぎてる。アリスさんが私に飲ませた薬も大体キノコで作ったってんだから恐ろしや。

あと年中じめじめして暗く、虫が結構湧いている。

私虫苦手なんだよね……何をどうしても苦手なんだよね虫……何が無理かって、もう全てが無理なんだよね虫……

 

「アリスさんって虫大丈夫なん?」

「別に好きでも嫌いでもないけど」

「そっかあ……」

 

虫以外の生き物は基本いけるんだよ。虫がダメなんだよ虫が……でもこの森で生活するからには虫からは離れられないし……うーむ。

 

「殺虫剤早く作られねえかなあ…」

「あ、いけた」

「何が?」

「目的地の場所わかったからさっさと移動するわよ」

「やっぱり迷子なんじゃん」

「きのこの生え方が変わって感覚が狂っただけよ」

 

いやそれ迷子なんじゃ……?

 

 

 

 

 

「いや嘘だよね」

「嘘じゃないけど」

「いやいや…あ、これ夢か」

「残念現実よ」

「ならば幻覚……またキノコのせいで」

「この辺に幻覚作用のあるきのこは生えてないわね」

「じゃああの生き物はなんだよ!」

「きのこね」

「手足が生えて顔があるキノコってなんだよマタ○ゴか!」

 

アリスさんと茂みに隠れてひっそりと会話しているが……

なにあの……なにあれぇ……キノコに手と足が生えて顔がついてて……すげえ周りをキョロキョロしてるんだけど……

 

「あれキノコ?妖怪?どっち?」

「半茸」

「半妖みたいに言うなや。てかあれが本当に欲しかったやつ?」

「えぇ。見た目はああだけど魔法で使うのに便利なのよ。ちなみに外敵を見るとめっちゃうるさく叫び散らすわ」

「もはやどっかで見たマンドラゴラ。………で、どうすんの」

「あのきのこはちょっと不思議でね。こちらが気づかれずに不意の一撃でやらないと倒しても自然消滅してしまうの」

 

いやあ気づかれずにって言ってもどうすんだよ。

あ、わかった。

 

「私がここから爆破すればいいのね」

「まず妖力で気づかれるし、どちらにしろ木っ端微塵になるでしょうそれは……私一人でやってる時は入念に罠を仕掛けて一撃で屠るんだけど、今回はあなたがいるからね」

「やはり爆発で…」

「氷をあのキノコに突き刺して」

「……爆破」

「氷」

「うぃっす」

 

手に太めの氷の棘を作り出す。

あのキノコの硬さは知らないが、妖力を少し込めたら貫くことはできるだろう。

 

「アリスさん一つ問題が」

「何」

「多分当たらない」

「意地でも当てて」

「そう言われましても」

「あのキノコ希少種なのよ」

「そう言われましても………まあやるけどさあ」

 

私はノーコンなんだ!そんな高度な技術求められても無理です!

考えろ……考え………

 

「よし乱射するか」

「ちょっと待——」

「くらえっ」

 

さっきのトゲを十数本作り、背中を見せた動くキノコへと発射した。

私の可能な最高速度で打ち出した氷のトゲはキノコの周りを掠め、そのうちの一本がキノコの身体に穴を開けた。

 

「complete」

「危ないわね……外した氷の棘が木をへし折ってるんだけど…」

「てかキノコってどの部分使うの」

「基本は上の傘の部分…うわすごい穴……」

「思ってたよりあのキノコずっしりしてて柔らかかった。てか体液も出てないし本当にキノコだったのか……」

 

私が浮かせたキノコをアリスさんが人形で運ぶ。

 

「にしても魔法の森……本当に魔境。とうとう変なキノコまで現れたし……」

「早く慣れることね。他にもこの森にしかいないやつ沢山いるわよ」

「うげぇ……そう考えたらあのイノシシって癒しの方だったんだなって」

 

あいつなんだかんだ言ってちょっと可愛いんだよなあ……突進もじゃれあいの一つと考えたら……いやでもあの突進で骨が体から飛び出たことあるしやっぱ可愛くないや。危険危険。

 

「ところでそのキノコ何に使うの」

「髪の毛が禿げる魔法に。………嘘嘘冗談だからきのこに氷刺さないで」

「さーんにーいいーち」

「やめ、やめて!」



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自分を一般毛玉だと信じてやまない毛玉

「はあ、はあ、はあ、ひいいいい!」

 

まずいってやばいって死んだって!

背後に氷の壁を作り出して投げられるお札を防ぐ。

 

絡まれちゃった、陰陽師。

 

 

 

 

 

ことは数分前に遡る。

不用意に人里に近づいた、陰陽師来た。以上!

 

 

 

 

「あー私のバカ私のバカ私のフゥッ!?」

「待て妖怪め!」

「待てと言われてはい待ちますって奴がどこにいるんだっての!」

 

大人しくアリスさんの家に引きこもってりゃよかったんだ!冬だし!寒いし!私の馬鹿め!

陰陽師の霊力を用いた攻撃は、妖力のような破壊力こそないが、妖怪への強い特攻がある。一回りんさんに対妖怪用のお札をペタッとされたことあるけど、その瞬間肉がどろどろに溶けてた。ついでに再生力も低下した。お札すげえ!

今は昼間だから森の中に身を隠しても簡単に見つかりそうだし……どーしよ!

 

「追ってくんなストーカーどもが」

 

霊力弾を作って適当にばら撒いて足止めを…

 

「緩いわ!」

 

簡単にかき消されましたとさ!

流石に霊力弾は手加減しすぎたか…でも下手にやって死なれるのも嫌だし。

ってかなんで私は勝つ前提で話してるんだよ!普通にあのお札に当たったら死にそうなんだって!

 

「ちょ、ちょーっと待て!人間を襲おうって気は全くないんだって!」

「ならば何故人里に近づいた」

「えーと…魔がさして」

 

うわ無言でお札投げてきた!

再び逃げて距離を取る。追ってくる陰陽師は3人、3人かぁ。お前らこんなか弱そうなもじゃもじゃによってたかって恥ずかしくないんか!おおん!?

 

さて、一番確実なのはこのままひたすら逃げること。

別に暗くなるまで逃げ続けてもいいんだけど、多分私の体力よりも気力がもたない。それに目的地もなく逃げ続けるのも行けないだろう。

 

霧の湖は……チルノや大ちゃんに会いたくないし下手したら妖精たちがやられかねないので却下。

妖怪の山は……なんとかしてくれそうだけど怒られそうなので却下。

魔法の森は……アリスさんにブチギレられそうなので却下。

迷いの竹林は……妹紅さんに殺されそうなので却下。

地底は……迷惑かけたくないので却下。

あれ詰んだ?

 

「おらかかってこいや変な服装の野郎ども!」

「本性を表したな妖怪め!」

 

3人揃って札を投げてくる。

もう手加減とか考えてる余裕ない。こっちも全力で行かないと。

お札を全てかき消せるほどの妖力を手にこめて奴らに………

 

 

「………あれ?」

 

 

どこここ。

 

 

 

 

 

 

周囲を見渡してみるが、人の気配のない家屋があるだけ。しかも山奥っぽい。

一応あの陰陽師達の精神攻撃的な何かとも疑ってみるが……どうにもそんな気配はない。本当に転移したような感じがする。

 

ここがどこかわからない以上下手に動くこともできないし……というかそもそもなんでこんな場所に居るのか…

 

「………ん?」

 

今何か物音が……誰かいるのかな?

 

「もしもーし、誰かいませんかー………」

 

誰かがいる感じはするんだけど………

いや、この感じは誰かがいると言うより獣のような……

キョロキョロしているとその気配の正体を見つけな。

 

「なんだ、猫か」

「ようこそマヨヒガへ」

「ふおおおお!?」

 

猫を見て安心していたところ、背後から話しかけられてびっくりする。なんでみんなすぐ人の背後をとるかな…びっくりするでしょーが!

 

「だ、誰だお前!」

「私は八雲藍、紫様の式だ」

 

しれっと背後に立ってしれっと自己紹介したよこいつ!しかもこいつ………めっちゃやべえ。

その辺の妖怪とは比べ物にならないくらいの圧力を感じる。正直言って圧力だけなら幽香さんに匹敵するかもしれない。

こ、こえぇ……

 

「え、えーと、紫さんの式、ですか。じゃあ私に何の用で…?」

「紫様はこのマヨヒガにある屋敷の中でとうみ……休息をとっていらっしゃる。そして紫様がお前を連れてくるように言いなされたので、私がお前を案内する、ということだ」

 

うん、今冬眠って言ったよね。え、なにあの人冬眠するの?マジで?

あとこの藍?って人私のこと時々睨んでくるんだけど……え、何なんか嫌われるようなことした?初対面なんだけどもう嫌われた?もしかして存在が嫌いなの?生きてることが罪なの?

謝るからその圧力かけてくるのやめて……

 

「着いてこい」

「はい」

 

 

 

マヨヒガ……マヨヒガ………どこかで聞いたような……なんかで読んだったか。

あ、思い出した。確かこう、迷った人が迷い込む家的な……でも周りに家いっぱいあるし。いや廃屋なんだけども。

そしてこの藍って人。すげえ九尾だ!初めて見た!逃げていいかな!?

あれ、九尾って確か相当やばかったよね?それをなんか使い魔的にしてる紫さんってやばくね?やばいよね?やばいわ。

そりゃあ凄い圧力なわけだよ………なんか知らないが若干の敵意すら感じる。どのくらい強いのかはわからないけど、敵意がある分紫さんや幽香さんよりもプレッシャーがやばい。

 

「ここだ」

「はい」

「入れ」

「はい…」

 

また睨まれた……怖えよ……

案内されたのは、他のボロボロの廃屋とは違ったちゃんと手入れの行き届いていそうな立派な屋敷。

扉を開けると凄い綺麗にされている廊下が続いていた。

 

「おおじゃましますす…」

「いらっしゃーい」

「ひいっ!?」

 

なんかナチュラルに返答が来たんだけど!?しかもこの声紫さんだよね!?え、こわ!何今から私処されるの!?

 

「早くこっちへ来なさないな」

「は、はいすぐ行きます!」

 

と、とりあえず靴脱げばいいかな……背中に突き刺さる藍さんの視線が辛い…!なんも喋らないし、めっちゃ険しい顔してるし…

 

「こっちこっちー」

「えっとどこ……あ、ここかな」

「いらっしゃい、毛糸」

「あ、紫さっ紫さん!?」

 

ふ、布団にインしている!すげえ妖気を垂れ流しながら気だるそうに横たわっている!

 

「連れてきてくれてありがとう藍、寝てるとスキマが安定しなくて」

「いえこの程度」

「………」

 

とんでもねえ力を持っている奴二人に挟まれている私、絶句。

布団でだらけているのとそれと普通に会話しているとんでもない妖怪二人に挟まれている私、絶句。

もはや言葉も出ない。

 

「お、おあおあっ」

「紫様……本当にこの者なのですか?」

「そうよ。まあ確かに見た目じゃ完全に萎縮してる可哀想なもじゃもじゃだけど、中身は割とちゃんとしてるわ」

「おっ……おっあおっおっっあ」

「ちゃんとしてるのよ、本当なのよ。だからそんな疑いの目で見ないであげて」

「しかし……」

 

藍さんからの視線が痛い……目からビームでも出てんの?実際出せそう。

ってか圧力に潰されてたらダメだ、聞くこと聞かないと。

 

「あの、本日はどういう用件で……」

「あー、えっとね。なんだっけ…」

「………」

「………はぁ…」

 

あ、やばい。背後からくる藍さんのため息で死にそう。

 

「あぁそうそう。その藍に会わせたかったってのと、一度落ち着いて貴方と話がしたくってね」

「は、はあ……それで……というか、さっきは危ないところを助けていただきありがとうございます」

「いいのよ。というか寧ろあのままだと危ないのは人間の方だったし」

 

否定できん!あの人間に向かって思いっきりイオ○ズンしようとしてたからね!

 

「紫様失礼ながら一つ」

「なーにー?」

「………その前に、とりあえず布団から出てはいかがでしょう」

「えー……」

 

私は一体何を見せられているんだ……ッ!

 

「はいはい出るわよ出ればいいんでしょ」

「………」

 

怖いっ、藍さんの出す気配が怖い。呆れが凄い……

 

「よいしょっと」

 

別に寝巻きで寝てるわけじゃないんだ……凄え服で寝てた……

 

「それで何か言いたいことあるの?藍」

「ふぅ……本当にこの者が話に聞いていた白珠毛糸なのですか?これはあまりにも………」

「あまりにも?」

「貧弱です」

「ぅん……」

 

出会って30分も経たずに罵倒された……

 

「私が想像して居たものとは程遠いのですが」

 

一体どんなものを想像してたんだ。

 

「私が想像していたのは、少なくとも私ごときを見て怯えるようなひ弱な存在ではありません」

 

初対面から敵意剥き出しで見られたらびくびく怯えるに決まってんでしょ?あと私ごときって何?私が今まで出会ってきた妖怪のトップ5くらいに入りそうなのに私ごときって何?

 

「それに、この者が鬼の四天王の星熊勇儀と対等に渡り合ったなどと……到底信じることはできません」

 

うん対等に渡り合ってないからね。確か私、ここぞってところで妖力枯らして気絶したからね。

 

「そもそも勝手に地底に出入りしているのが気に食わない」

「うぐっ……」

「でもあれは地底の妖怪たちも認可しているわよ?」

「であってもです」

 

地底に行ってるのは本当……私が悪いしなあ。

 

「そんなにこの子のこと嫌い?」

「はっきり言って、嫌いです」

「大して会話もしていないのに嫌われた……」

 

辛いです……

 

「そんなに言うなら一回戦ってみる?」

「!?」

「この者とですか?」

「それ以外に何があるのよ」

 

何を言っているんだこの人は!?私が!?この人と!?戦う!?はぁ!?発想の飛躍がちょっとおかしいなあ!

 

「ちょ、ちょっと待って紫さん」

「紫様と呼べ」

「はいはい一回落ち着いて藍」

「無理ですって!死にますって!この人と戦いなんてしたら間違いなく殺されますって!私はただの毛玉ですよ!?」

「大丈夫よ、貴方は強い。それなりには。きっと藍とも互角の勝負になる…と思うわ。貴方のその再生力と妖力なら善戦できる…はずよ」

 

全然安心できねえ!きっと、とか、はず、とか言うなよ!

そもそも藍さんだってきっと嫌に決まって………

 

「………」

 

わ、笑っている……ニヤついてる…怯える私を見て笑ったぞこの狐女!すっげえ見下された気分!

てか、え?もしかしてやる気なの?マジで?

 

「異存ありません」

「私は異存あるんだけど!」

「そうは言ってもねえ、貴方も藍に睨まれ続けるのは嫌でしょう?」

嫌だけども、それだけのために命を張れとおっしゃいますか!

 

「安心しなさい、きっと、藍さんも命までは取らないわ。そうよね?」

「善処します」

 

取られるやつだこれ……命持ってかれる奴だこれ……

 

「どうしてもやる気にならないって言うなら……そうね」

「えっなになに殺される!?」

「藍、今から言う言葉をそのままこの子に言って」

「は、はぁ」

 

紫さんが藍さんの耳元で何かを囁いている。

なんか嫌な予感が……

 

 

「では………この○○○○○○○○が」

「………!?」

「貴様のような○○○には○○○で○○○○○○だ」

「!?」

「だからお前は○○○○○○○なんだ」

「………」

「○○○○○○○○○○○」

 

………

 

「ぐはぁっ…………半分くらい言いがかりだけど半分くらい本当のことだった………」

「あら逆効果」

「ここで言い返さないあたり駄目ですねこいつは」

 

なんて……なんて酷いことを…今まで生きてきて一番酷いこと言われたわ!!

 

「ったくもう…やりゃあいいんですよね!?」

「あ、やる気になったみたいね。作戦成功」

 

あなたの作戦は私のこの毛玉程度の硬さしかないメンタルに爆弾ぶつけることだったの?

 

「じゃあ場所は用意してあげるから、一旦外に出ましょうか」

 

数分前まで布団の中でだるそうにしてたのに急に元気になり始めたな……というか冬眠ってなんだよ。

 

 

 

 

 

「準備出来ました」

「こっちも……でき……でき……まし……た」

「すでに戦う前から瀕死ね」

 

既にあの凍てつく視線で私の体力はゼロだ!お前ただの毛玉にそんな視線ぶつけんのか!

 

「それじゃあ始めるわよー」

 

どうでもいいけど、意外と紫さんって人間らしさあったんだな……

 

「……始め」

「うおっ」

 

結構距離は離れて居たはずなのに一瞬で私の目の前まで寄ってきた。斜め後ろに飛び退き飛んできた拳を回避する。

 

「……流石に今のは避けるか」

「ガチだ…ガチでタマ取りに来てるよ…」

 

とりあえず一旦距離を取りながら妖力弾をばら撒く。こうしておけばこっちへの進路を制限できるし、突っ切ってきても少しくらいはダメージと時間稼ぎは……

 

「全部消されたし……」

「妖力だけは一級品だが、扱いがなっていないな」

「それ本当に自分でもよくおもおっ!」

 

人が喋ってたのに容赦なく蹴りをしてきた。なんとかギリギリ躱したけど、なんか風まで飛んできた。

後ろに引いた途端レーザーの追撃、体を浮かして横に衝撃波を出して回避する。

 

「避けてばかりだな」

「う、うっせえ。受け止められるもんでもないんだから」

 

今度は向こうが妖力弾を飛ばしてきた、しかも私を追尾してくるやつを。

追尾弾ってなにどう言う原理…目の前に氷の壁をつくって防御、爆弾みたいな音がしたけど私の氷壁は無傷だ。硬いなおい。

氷の壁と爆発で向こうを見失ってしまった、早く相手を見つけなければならないと言うのに、周囲を見てもいない。

 

途端に寒気がする。嫌な予感がした私はその場を飛びのいた。

 

「ひえっ」

 

真上から変なのが突っ込んできた……煙の中にいたのは藍さんその人。

着地と共に大きな衝撃波が来て私の体勢が崩れる。その隙を見逃してはくれず、藍さんの頭の上から何か黒くて硬いものが振り下ろされる。

咄嗟に全身に妖力を回し、屈んで両手をクロスさせて防御した。

 

「おっも…そして金棒」

 

なんで金棒?まあそんなことは今どうでもいいか。

最初の一撃だけだ、この一撃だけしかしてこない。金棒を振り回すようなこともしない。

ただひたすらに、受け止めた私の体を押し潰そうとしてくる。

 

「ぐっ……」

 

なんとか体をずらして金棒から逃れようとするが、いかんせん重すぎる。下手に体を動かしたらそのまま潰れてしまいそうだ。

 

唐突に体が軽くなる。というか吹っ飛んだ。金棒を受け止めている私の横っ腹に弾をぶち込まれたらしい。妖力を全身に回していたというのに、腕は形が変わり腹の肉は抉れている。

 

「弱いな。それで紫様と友人などと、笑わせるな」

「はぁ…あーそういうことね完全に理解した」

 

藍さん、友達って思ってんのあなただけですよ。

要するにあれだな?私みてえなくそ雑魚毛玉が紫さんとつるんでるのが許せねえんだな?正直会った回数なんて全然ないからもしかしたら違うのかもしれないけど。

ともかくだ。もちろん私だってこのまま負けるのは嫌だし、せめて一矢くらいは報いたい。

腕と腹の傷を再生して立ち上がる。

 

「こっからは私も本気でいくんで」

「殺す気でこい」

 

まともな人間がそんな気持ちに簡単になれるわけないだろーが。

あ、人間じゃなかった。ただの毛玉だったわ、私。



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毛玉は頭が悪い

藍さんと私の何が違うか。

まあ色々違うんだけど、とりあえず一つわかること。

妖力弾の出し方が違う。

私はいつも氷出す時も妖力弾出す時も手から出してるんだけど、藍さんはノーモーションで大量に出してくる。さながら弾幕ってところだ。

こっちに飛んでくる無数の妖力弾を氷壁で防いで、こっちも妖力弾を一個投げて爆発させる。

 

すぐにその場を飛び退いて、氷壁を蹴ってぶち割ってきた藍さんの攻撃を回避。体を浮かして衝撃波を出し、回転しながら藍さんに蹴りをお見舞いした。

 

戦闘センスのない私でも妖力だけは立派だ。手足に込めればかなりの威力になる。

でも本当に、立派なのは妖力だけで、そもそもの身体能力が低い。妖力である程度上げられるとはいえ、元から高い方が絶対いいに決まってる。

 

かなりの速さで蹴ったと思うけど腕で防がれた。まあのけぞったみたいだし、反撃もらわなかっただけでもよしとしよう。

 

そもそも私が妖力の使い方が下手だったのは理由がある。

もちろん下手なのは下手なんだけど、要は殴った方が早いからである。そもそも前世じゃ妖力霊力なんてものなかった。あるのが当然のこの世界で生きてきた奴らに比べて下手なのはしょうがないだろう。

その点、格闘だったら難しいこと考えなくて楽だよねって。

 

要するに面倒くさかっただけなんだけど。

 

 

藍さんが妖力弾を乱れ打ちしてきた。

速度も威力も高い。まともに当たれば身体が吹っ飛ぶだろう。氷壁を作る時間もないので頑張って身をかわし続ける。

乱射が終わりかけのあたりで右腕に一発食らってしまった。当然体勢が崩れるけど、一旦毛玉になって無理やり体勢を整える。案の定私のいたところを光線が通っていた。当たったら穴あきそう。

うん!容赦ないね!

 

「ふぅぅぅ………」

 

一番初めに山でどんぱちした頃は、ちょっと本気で妖力弾を連射しただけで妖力がすっからかんになった。でも少なくとも、今の私ならもっと多くの妖力を使うことができるはず。

本当に少しずつとはいえ、増えているんだから。

 

体から妖力を放出し、その妖力を感じ取る。体の外に出た妖力を、自分の意のままに支えるように。

 

感覚を掴んだら後は簡単、その妖力で弾を作ってぶっ放すだけだ。

私の周りで作られた妖力弾は藍さんに向かって一直線に飛んでいく。

避けようと思えば避けられるはずなのに、藍さんは全く避ける様子がない。妖力の障壁で私の妖力弾を受け止めようとしているらしい。

でもそれは……ちょっと舐めすぎだ。

ちょっと藍さんと戦った今ならわかる。絶対幽香さんの方が強い、

その障壁は数秒で割れ、藍さんは空を飛んで私の弾を回避した。

まあ倒せるとは思って居なかったし、ダメージも入ったら嬉しいなー程度でやってたから。

 

でも時間稼ぎにはなったか。

 

私の手に握られているのは氷の剣。なんの変哲もないただの氷の剣。

妖力弾を連射している間、手元で必死にこれを作ってた。アリスさんのとこでも頑張って練習してた奴だ。このため時間稼ぎに結構妖力消費したから、少しくらいは役に立って欲しい。

 

本当はこんな普通の剣作る気じゃなかったんだけど……まだあれは練習段階だし、そもそも必要なもの持ってないし。

 

「そんな棒切れでどうするつもりだ」

「私の妖力詰めまくってるこれを棒切れ呼ばわり……」

 

一応軽く腕に妖力込めて振ったら岩が砕けるほどの威力は出るんだけどなあ!?

 

「かかってこい。この○○○○が」

「んなっ………普通にひどい」

 

ただ残念なことに、私は今まで格闘だけで生きてきた。剣とか槍とか斧とか、その類で戦ったことはほぼない。

妖力の使い方と同じ話だ。殴った方が早かった。

でもそれは筋力おかしい鬼とか他の化け物妖怪の話で、私は素の身体能力は低い。低すぎるくらいだ。

だから武器を持つ。

この手に馴染む氷で。

 

剣に妖力を纏わせて一振り、斬撃が藍さんの方へ飛んでいく。

藍さんは障壁をぶつけて対抗、負けたのは私の斬撃の方だ。でもそれと同時に氷と妖力弾を飛ばしていたので障壁はそのまま砕け散る。

そこはすかさず近寄って剣を横に振った。後ろを下がった藍さんだが、一緒に飛んだ斬撃を避けきれずに当たった。

………いや服にちょっと切れ込みがついた程度なんだけど。

 

服に切れ込みが入ったのを見て、なんか理解できないって顔をしている藍さん。

 

「………太刀筋が素人すぎる」

「素人ですが?」

「………」

「………」

 

謎の沈黙。

だってしょうがねえじゃんずっと素手で生き抜いてきたんだから!素手舐めんな!皆も素手になろうぜ!私は氷の剣使うけどな!

 

唐突に藍さんが飛び回り、藍さんの周囲から妖力弾が放射状に放たれる。時々わたしを追尾する奴も混ぜ込んで。

………急になにぃ?

落ち着いて妖力で障壁を作り、さらに氷の壁を周囲に張った。

あれだけ放射状に放っている弾幕も、私を低速で追尾する弾も、この壁を貫通することはできない。

 

「何がしたぐっふぉ」

 

全部貫通してきた。レーザーが氷壁も障壁も全部貫通して私の腹をぶち抜いてきた。

別に全然死に至る怪我じゃないけど、その隙を当然藍さんは見逃さない。頭を掴まれたような感覚を感じたと思ったら、身体が宙に浮いて身体を地面に思いっきりぶつけられた。

 

頭をぶつけたことで一瞬だけ頭が真っ白になったが、身体が勝手に毛玉になって抜け出し、近距離で妖力弾を乱射して無理矢理距離をとった。

 

「……頭から血出てるし」

 

多分これ私の頭一部分だけ赤くなってるよね。何故かアリスさんに頭を染色された時のことを思い出したわ。

 

腹の数を塞いで藍さんを睨みつける。

 

「どうした。髪を汚されるのは嫌だったか」

 

別に髪を汚されたのにキレたからにらめつけてるんじゃない。

ちょっとくらい私の眼光にびびってくれないかなあって思っただけだ。

………駄目だ、頭打ったせいでちょっと思考回路がオワってしまっている。

気を取り直して………

 

「だるくなってきた………」

 

いやもう本当になんなの……これ大分手加減されてる気すらするのに、まともな攻撃入れられてないし……

棒立ちの隙だらけな私に藍さんが近寄ってくるが、とりあえず力任せに剣を振って退ける。

てかなんで私こんなに嫌われてるんだろ……自分で言うのもなんだけど、私を嫌ってる人ってあんまりいないと思うよ?私のことが好きじゃない奴はいても、ここまで憎悪を向けられた覚えない。

 

あ、でもなんか藍さんから敵意剥き出しの視線が感じられなくなってる気がする。じゃあなんで攻撃してくるのかって話だけど。

なんなの?言葉喋らないの?必要なのは肉体言語ただ一つなの?ヒエッ戦闘狂だあ!

 

ダメだ、なんかやる気なくなってる。

 

「やらなきゃ死ぬぞ私、やらなきゃ死ぬぞ私。ふぅ……」

「思っていたよりはちゃんとしていたようだ」

「じゃあ戦うのやめようか!閉廷!おわり!解散!」

「こちらも、少し本気を出さしてもらおう」

「いや出さんでいいから……わおすっげぇファイアー」

 

立ち止まった藍さんの背後に燃え盛る火炎ができた。

あれか、巷で噂の妖術ってやつか。私も炎出せるようになりたい!

 

「今からこの炎でお前を焼く」

 

今から私焼かれちゃうみたいです。

狐に火……わかりやすく狐火?いや空気の揺れ方が半端じゃないんだけど……結構距離空いてるはずなのに、その熱さがひしひしと感じられる。

試しに軽く妖力の入っていない氷を牽制として打ち込んでみたけど……

 

「溶ける、かぁ」

 

しかも一瞬で。こりゃ蒸発してるな。水になった途端に蒸発されている。うん!すっげえ熱そう!

私の妖力を流し込めるだけ流し込んだ氷でもそう長くは持たなそう……5秒くらいで溶けそう。

 

「行くぞ」

「こないで……」

 

行くぞ、の行、の部分で既に飛んできたその炎は私の左腕を焼いた。

急いで腕を引き抜いたけど、服は焦げ落ちて腕は真っ黒に炭化していた。

使い物にならなくなった腕を引きちぎって新たな腕を生やす。もちろんその間に炎が飛んでくるから、氷壁で少しでも時間を稼いで逃げ回りながら。

こう……圧倒的火力って感じがする。妖力の力だけでいえば負けていないと思うけど……うん!使い方の問題だね!

焦るな焦るな。私は妖怪の中ではまだまだ若造、これから強くなればええんや。

まあ今から既に焼かれそうなんだけど。

 

再生した腕を見て改めて思う。

この体は激しい痛みは感じないように出来ている。もちろんそっちの方が良いんだけど、やっぱり私はもう完璧に人外なんだなあって。心は人間なのにね。

 

「逃げるだけか」

「逃げなきゃ焼かれる」

 

でも…そうだなあ。

私のことで唯一誇れる点は、再生能力が異常に高い点くらいだろう。それ以外ないんじゃない?

頑張って探せばもう少し挙がるかもしれないけどさ。

とにかく、それしかないなら、それを最大限に活かすまで。

 

全身に妖力を過剰に回す。身体能力にはほどほどに。体の保護と、即座に再生するために。

そして難しいことは考えず、藍さんの方へと走り出した。

 

「なんだ、丸焼きにされたいか」

 

飛んできた炎を避けるのに精一杯でとても返答できない。いや会話しなくても良いんだけど。

ま、今からするのは脳死の特攻、ゴリ押しである。

いつのまにか半分くらい溶けてた氷の剣をもう一回作り直し、妖力をありったけ込める。

 

藍さんが腕を一振りすると、炎が藍さんを囲むように出てきた。

 

「そのまま突っ切ってくると思ったが、違うのか」

「そりゃ焼け焦げますし。突っ込むわけない」

 

言い終わる前に妖力を込めまくった氷をいくつも打ち出す。

炎の壁の向こうで弾かれる音、そこに向かって手に持っている剣を力一杯投げた。

 

「氷を飛ばすだけではなにも——」

 

さっき突っ込むわけないと言ったな。

 

あれは嘘だ。

 

焼けないように目を閉じて無理やり炎の壁を突破、焼け爛れる体を再生させながら藍さんが受け止めた剣を握ってそのまま全妖力を流し込み全力で斬る。

驚いたような表情をしたのも束の間、視界が真っ赤になってなにも見えなくなった。

だけど体の動きは止めない。腕で剣を受け止められているなら、その腕を叩き斬るまで。

 

「とまらな…おおおおおおおおっ!」

 

叫ぶ藍さん、私だって叫びたいが、何分焼かれているため息すらできない。

焼かれ、再生して、焦げて、再生し……それを繰り返しながらも、剣に力を入れ続ける。

 

焼かれて体の感覚が無くなっている中、不思議と腕に剣が食い込んでいるという感覚だけは伝わってくる。

妖力がなくなるまで私は止まらない。無くなっても、気を失うまでは止まらない。

 

気の遠くなるような、数十分にも及ぶような数秒が経ったあと、腕が軽くなった。

 

そして体が軽くなった。

 

 

 

 

 

 

「………」

 

私、息してる?

 

「生きてるううゲッホゲッホ」

「おはよう」

「あぁおはよおおおおお!?」

 

普通に返事しかけたけど隣で寝てるの紫さんやん……なに普通に寝てるの……

横にやべー存在がいる中で寝てられないので起き……起き……

 

「動けない……」

「そりゃあ四肢ないからね」

「多分裸……」

「そりゃあ服全部焼けたからね」

「しんどい……」

「そりゃあ妖力使い切ったからね」

「隣で紫さんが喋りかけてくる……」

「嫌だったかしら?」

「そういうわけでは……」

 

単純に自分の置かれているこの状況に困惑しているだけで……

えーっと?手足ない服ない妖力ない気力ないっと。

妖力は……本当だ、全然ないや。足一本くらいなら生やせるかな……霊力は残ってるから、とりあえずこれも足に……

 

「全裸かぁ……」

「服なら藍が適当なもの探してるわよ」

「あぁ、それはどうも。………いや同じ大きさのあるんですか?言うのもなんですけど、二人とも凄い……体が大きいじゃないですか」

「この屋敷に貴方と同じくらいの大きさの子がいるのよ。いや、貴方より少し小さいかしらね。まあその子の服取りに行ってるんじゃない?」

 

そんなのいたのか……大丈夫?私と藍さんの戦いの余波で周りと建物吹っ飛んだりしてない?

 

「あの後……私が気を失った時どうなってたんですか?」

「貴方が藍の腕を切り落としたあと、藍が貴方を思いっきり蹴飛ばして試合終了ね」

「はぁ……腕…腕飛ばしたの謝らなきゃなあ」

「気にすることはない」

 

うわ、きたよ………

 

「君は気づいていないだろうが、既に一日経っている。綺麗に腕を切断してくれたおかげで、くっつけるのにはそう時間は掛からなかったさ」

 

藍さん……腕くっつくんだ……

 

「とりあえず着替えを持ってきた。どんなものがいいのか分からなかったので二つ持ってきたが……」

「2つ?」

「そうだな…見せた方が早いか」

 

蘭さんが見せてくれたのは二つの服。

一つは普通の、時代相応で地味な着物。

もう一つは、明るくて小さな可愛い子が着てそうな可愛らしい洋服。

 

ぅん………

 

「そっちの地味な方で……」

 

私の服装って地味な方だったんだなって改めて……文字T?あぁ、燃えたよ。



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死んでからその人について新しく知るって本当にあった毛玉

「まず謝らせてくれ。すまなかった」

「………?」

 

なんだ、幻聴か?

今なんて言ったんだ……えーと、住まい無かった?

家ないのかな?あ、でも過去形ってことは今はあるのか。そうかそうか。

 

いやいやいやいや。

 

「こ、こちらこそ腕を…」

「いやそれはいいと言っただろう。それに、寧ろ謝るのはこちらだ。君は四肢が無くなっているんだから」

 

まあ簡単に生えるんだけど………とりあえず右足は生えた。左足は現在再生中。

せめて腕が使えないと服は着れないので、まだ全裸だ。いやー、こうも長い時間全裸でいると、初めてこの体を手に入れた時のことを思い出すなあ。いやー懐かしい懐かしい。もう自分の年齢とかよくわからんが。

 

「私は昨日までずっと、君のことを弱く、小さな存在だと思っていた」

 

私はさっきまでずっとあなたのことを私を敵意剥き出しで睨みつける戦闘狂だと思ってた。

 

「だが戦ってみて分かった。君は弱くないし、その心は強い。私は、君が紫様の友人に相応しくないものだと勘違いしていた」

 

うん、紫さんと友達になった覚えはちっともないんだが?さては藍さんあんたちょっとズレてるな?

まあここまで言われて悪い気はしないけど……心は強いってなに?あ、思考停止して脳筋するその度胸は認めてやるって意味か。

 

「もし良ければ、私とも友人になってくれないか?」

「は、はあ?」

 

今なんて?

 

「何せ、身の回りの実力者が自分より強いか弱いかのどちらかしかいなかったんだ。同じくらいの強さの者に、私は初めて会ったんだ。お詫びもしたいしな」

「は、はあ……ま、まあ別に…」

「良いって。よかったわね藍」

「紫様はその状態のまま喋るのやめてください」

「しょうがないじゃない。眠いんだもの」

 

そういう割には寝てない……

あと私絶対藍さんより弱い……私は瀕死で藍さんは腕一本取れただけだし。

急に物腰柔らかくなって怖い、すごく怖い。急に友達になろうとかいうあたり私と正反対で怖い。具体的にいうと私が陰で藍さんが陽で怖い。

 

………帰りたい。

 

 

 

 

 

 

 

「あー意外とサイズぴったりぃ……」

 

藍さんはなんだっけ。ちぇんだっけ?橙とかいう人の面倒見るとか言ってどっか行った。

それから結構経って、手足がやっと生えてきたので服を着た。

 

「あぁそうそう、落ち着いて話したいとか言っておいてしてないわね」

「………」

「なんであからさまに嫌そうな顔するのよ」

「もう帰れるかと……」

「ここどこか分からないでしょう?」

 

くっ、はめられた。

確かにここどこかわからんけども!私をぼこしてきた狐女とその主人と会話はしたくねえ!怖いもん!

 

「……えーと、話って、なにを」

「ちょっとした世間話よ」

「はぁ…」

 

世間話をするのに貴方は布団に入ったままなんですね?とは言えんかった。だがしかし、少しだけ藍さんの気持ちがわかった気がする。

 

「博麗って、聞いたことあるかしら」

「博麗……?」

 

博麗……ある……聞いたことはあるけどなんだっけ……

 

「じゃあ博麗神社は?」

「神社?………あ、あれですか。あのめっちゃ高いとこにあるやつ」

「……まあそうね、高いと言えば高いわね」

 

昔地霊殿で読んだ書物にそんな感じの名前が載ってたような……よく覚えてたな私。

 

「それじゃあ博麗の巫女は?」

「巫女?……そりゃ神社なんだから巫女さんくらいいると思うんですけど」

「博麗の巫女ってね、妖怪退治を生業にしてるのよ」

 

え?なに、この世界の巫女って武闘派なの?

 

「妖怪退治においてその右に出る者はいない、とさえ言われるほどの実力を持っている」

「それはまあ凄いですけど……」

 

会ったことも聞いたこともないなぁ……私は妖怪退治するやべー奴ってのは基本りんさん、ってイメージだったし。

聞く噂もりんさんばっかりだったなあ。まあほぼ首狩り族みたいなもんだったからなあの人。下手な妖怪より妖怪してた気がする。

 

「その博麗の巫女がね、数年前に新しく代替わりしたんだけど、その前の代っていなかったのよ」

「いなかった?博麗の巫女が?」

「えぇ。いつも代替わりの時期になると、博麗の巫女の素質を持った人間の子供を拉致して修行をつけさせるんだけど」

 

うん、とりあえず色々言わせてもらおう。もちろん心の中で。

 

いやいやあんた妖怪だよね?なんでそんなにその博麗の巫女に詳しいの?なんであんたが代替わりさせてんの?なんであんたが新しい巫女作ってんの?今拉致って言ったよね?拉致ったの?え?

 

「見つからなかったと」

「そうねぇ……見つからなかったというか、遅れたというか」

「……まあ詳しいことは聞きませんけど。そっか、私が博麗の巫女に会わなかったのって、ちょうどその時にいなかったってことなのか」

「そうなるわね」

 

ラッキー!もしそんな人類の頂点に立ってそうな奴と戦って生きてる気がしないからね!いやーいなくてよかった!

 

「本来なら博麗の巫女は妖怪への抑止力となるから、いなかったら軽く妖怪と人間、または妖怪同士の激しい争いとか起こってもおかしくなかったんだけど……」

「……なんで私見るんです」

「貴方が山の戦い鎮めたようなものだしねぇ」

「私が?」

 

そんなことした覚えが………ん?まてよ、なんか思い出しそう。

あー、あ、あっあっあ!

 

「あーはいはいあれかぁ!いやでも結局あれ最後持っていったのルーミアさんだったしなぁ……」

「そのルーミアを退治するのも本当なら博麗の巫女の仕事なんだけど」

 

私とりんさんがなんか好き勝手やったなあ!だっていないんだからいいじゃん!

 

「その点貴方には感謝してるわよ?勿論貴方は意図せずにでしょうけど、その行動は博麗の巫女の穴埋めをしてくれたようなものだから」

 

それ、どちらかというと私じゃなくてりんさんなんじゃ……

 

「あの人間も、貴方と一緒に色々やってくれたわね」

「……知ってたんですか」

「勿論よ。あれほどの力を持った存在、この私が見逃すわけないじゃない」

 

布団に入った状態でキメ顔で言われた。

うん、布団から出てください。

 

でもまあ、確かにあの人もあの力の代償に寿命縮めてるみたいな感じだったなあ。

 

「そうそう、その彼女なんだけどね」

「はい」

「私が拉致出来なかった子なのよね」

「ひょ?」

「だから、彼女は博麗の巫女の素質を持ってたってわけ」

「………ひょ?」

「少し待ちましょうか」

 

・・・・・・ひょ?

あ、あー、なるほど……そうだったのか……確かにそう考えれば色々と……

 

「博麗の素質って、まあ言ってしまえば人間の身には過ぎた力なのよ。使わなければどうと言うことはないんだけどね。博麗の巫女になるために修行をしたら、代償云々も無くなるんだけど」

 

りんさんはなんかよくわからんがめっちゃ強かったし。

 

「どうしてその時りんさんを拉致出来なかったんですか」

「まあ単純に私が忙しかったってのと……そうね、忙しかったわね。もちろん他に様々な要因が重なった結果ではあったけれど。主に彼女を取り巻く環境がね」

 

確か迫害されてたんだっけか。

まあ博麗の巫女がいないってことは、それは要するに人間の守護者がいないってことだろうし、人間がギスギスするのも仕方ないといえば仕方なかったんだろうな。

 

「一回無理やり拉致したのよ?ただなんか全力で拒否されてね……既に妖怪への憎悪が芽生えていたから。私っていう存在が気に入らなかったんでしょうね。逃げられたわ」

 

あの人は……意外と周りに流されやすいタイプだったのかもなあ。

私と会うまでは人里の人間の憎悪を、そのまま自分のものと勘違いしていたような気もする。

 

「その素質だけなら歴代最強の巫女とかになれたかもしれないのだけれど。まあ発見するのが遅かったのがいけなかったんでしょうね……強制することはできないから仕方なく新しい素質を持った人間の子供が現れるまで待つことにしたのよ」

 

話はそれで終わりのようだった。

………いや思考が追いつきません!世間話とか言っておいてとんでもないことカミングアウトされた気がするんだけど!?いやされたな!気がするんじゃなくて、とんでもないことカミングアウトされたんだわ!

世間話ってなんだっけ……

 

でも‥なるほど納得はいったなぁ。

その博麗の力ってのを無理やり引き出したからりんさんはあんなのになったんだろう。ついでに周りの人間にも迫害されて……

 

まあこのことを考えるのはもうよそう。もう何年も前の話だ。

あれ?何十年だっけ?私今何年生きてるっけ?私自身老いないし、幻想郷自体も外との交流があまりないせいで今が何年なのか分からない。はーん………時間感覚がとうとうおかしくなってきたなあ。

 

「紫さん、一ついいですか」

「いいわよ」

「私ってどういう種族なんですか」

「毛玉でしょ?」

「いやそうですけどね?」

 

今更自分言うのもなんだけど、私絶対もう毛玉じゃない。

今までいろんな毛玉見てきたけど、私みたいに髪の毛もじゃもじゃの体持ってるやついねえもん!

 

「ほら、私って明らかに普通の毛玉じゃないじゃないですか。だったらもう毛玉とは別の何かなんじゃないかなって」

「そうねぇ………」

 

布団を被り直して目を閉じて考え事を始めた紫さん。ねえそれ寝てないよね、考えてるんだよね。

 

「貴方って正直もう妖怪だから」

「あ、やっぱり?」

「毛玉って精霊で、妖精とよく似た存在なのに、貴方は妖力を持っているから……明確な違いを言えば、普通の毛玉は精霊で、貴方は妖怪だってことかしら」

 

…つまり私は妖怪毛玉と?

 

「まあ毛玉じゃないとは言えど、毛玉によく似た存在だと思うわよ」

 

…つまり私は毛玉のそっくりさんと?

 

「結局私はなんで妖力と霊力を……」

「その答えはもう薄々勘づいてるじゃないの?」

「え?」

 

んー?

特に…ないです。

いや無くはないですけどね?

 

「もしそれが本当だったら私は……」

「まあそれは今考えてもどうにかなる話じゃないわ。妖怪の寿命は長いんだし、ゆっくり時間をかけて解決すればいいのよ」

「…そうですね」

 

それが本当だとして、今の私にできることはないからなあ。

あと紫さんはなんでか知ってるんですね!?どうせ聞いても教えてくれないだろうから聞かないけど!

 

 

 

「私は私……でしたっけ」

「んー?」

「以前私に言ったことです」

「そんなこと言ったかしら」

 

覚えてないかあ。

確か前に、人間としての私と毛玉しての私どっちもうんたらかんたら……うん私も覚えてなかったぜ!

なんかすっげえ意味深なこと言われたような覚えが……まあ向こうが覚えてないしまあいいか。

 

「ってか、私そろそろ帰らないと……」

「そうね……あの魔法使いも心配しているようだし」

 

プライベートもクソもねえな!一体いつどこで人の私生活覗いてるんだこの人は……

わざわざアリスさんに連絡入れてくれるほど今の紫さんはやる気なさそう、つまり私は数日間行方不明のような状態。

うん、早く帰らんといかんやんけ。世間話してる時間ないやんけ。

 

「ちょっと待って、これだけ渡しておくわ」

「はい?」

 

なんか空間の隙間に手を突っ込んでゴソゴソしてる紫さん。ねえそれほんとなんなの?空間系の能力者なの?妖怪って空間系の魔法使えるの?もうよくわかんないよ私。

 

「はいこれ」

「これは……?」

 

なんか植物の種みたいなの渡された。

なんすかこれ。呪われてそう。植えたら食人植物生えてきそう。

 

「なんだっけ。異国で適当に盗んできた野菜の種だったような……よく分からないけどあげるわ」

「へぇ……」

 

それってつまりトマトとかトマトとかトマトとかトマトですか?それともトマトなんですか?

トマトの種どんなんか知らんけど。

 

「貴方の記憶の中に私の見たことない食べ物とかたくさんあったから、この中に入ってるかもしれないわね」

「本当にトマトだったらすっげぇ嬉しい……けど記憶見られてるのに衝撃。いつどうやって見てるんですか」

「貴方が寝てる間にこう………ね」

 

本当にプライベートもクソもねえや。

 

「あ、でも最近は見てないわよ」

「もう興味無くなったからでしょ」

「よくわかったわね」

 

腹立つ……種くれて感謝してるけど勝手に記憶覗かれて腹立つ……結局なんなんだこの人。

なんの妖怪かも分からないし、能力がどんなのなのかも知らないし、よくよく考えてなんの種かよくわからんし、何考えてるかよくわからんし、なんか冬眠するし、なんか強いし、なんか強い式神いるし、なんか妖怪の賢者とか言われてるし。

まるで謎が美人の皮と服着て歩いてるような人だ。

 

「あ、そろそろ帰る?どこに出るか眠いから正確な位置は決められないけど、森の周辺くらいまでは絞り込めるわよ」

「そうですね……あ、でも」

「いいわよ藍には何も言わなくて。貴方も自分を丸焼きにした相手とは話しづらいでしょう?」

 

ならば何故止めてくれなかった。

でもそろそろ帰らないと……アリスさんにぶん殴られそう。いや、ぶん殴られるですんだらいい方だな。最悪私自身が人形に……そんな恐ろしいことする人じゃないか。

 

「それじゃあさようなら。また会いましょう」

「あ、はい。また」

 

出来ることならもう二度と会いたくないです。

 

 

 

 

 

一瞬の浮遊感と共に周囲の景色が一変した。とりあえず森じゃないことはわかるけど……

 

「な……」

「な?」

 

なんか声が聞こえたのでその方向に振り向く。

 

「お前はこの前の…」

「あらやだ、また会っちゃった」

 

振り向けばそこにはいつかの陰陽師。

 

よし、あのクソアマいつかぶん殴ってやる。



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幻想へと進む毛玉
毛玉、帰るってよ


「え?」

「いや、え?じゃなくて」

「今なんと言いました……?」

「しばらく家を留守にするって……」

「……………家出?」

「なんでそうなる」

 

突然のアリスさんの発言に困惑してしまう。え?家出じゃないの?家出じゃなかったらなんなの?出家?

 

「これから慧音に話があるのよ」

「慧音さんに?何の」

「色々よ色々」

「そんな言い方で納得できると思ってんの?」

「何であなたに納得してもらわないといけないの?」

「アリスさんがいなかったら私はどうやってこの森で生きていけばいいんだ!」

「知らないわよ」

 

そんな無慈悲な。

 

「とにかく、私はしばらく帰ってこないから」

「しばらくってどのくらいよ」

「短く見積もってひと月くらい?」

「そんな時間何するんだよ…」

「だから色々よ、色々」

 

はぁ……これからどうすればいいんだ。

私がこの森で生きてこれたのは毎朝の紅茶のおかげだというのに……紫から渡された種も半分以上食虫植物だったのに……トマトみたいなのあったけどさ……

 

「留守にしてる間、この家は好きにしてくれていいけど……」

「いいけど?」

「これは提案なんだけどね?」

 

アリスさんがすごい言っていいか迷ってる顔してる。

 

「一旦帰ってみたらどう?」

「…………帰るぅ?」

 

 

 

 

 

 

というやりとりがあり、私は今霧の湖へ向かっている。

アリスさんには何年も前に湖の方から来たとしか言ってないのに、よく覚えてるもんだ。

別に持っていくものも無かったし、手ぶらで出かけている。

1時間くらい迷ったけど、確かにあの森にいてもジメジメしてるし変な猪とキノコがいるだけなので結局帰ると決断した。

 

帰る……帰る家無いけど。

まずはどこ行くかな……今は霧の湖にとりあえず向かってるけど、ぶっちゃけ湖は墓参りで結構通ってるから……妖怪の山か地底…まあ妖怪の山か。

 

 

 

 

 

 

ということを考えて妖怪の山に向かった私。

 

今現在

 

「何だ貴様は」

 

私は

 

「怪しいな」

 

目の前の白狼天狗達に

 

「連行しろ」

 

捕まりました。

 

 

 

 

 

ちゃんと鉄格子のある部屋にぶち込まれた私。手枷と足枷付きで。

いやー、そりゃそうだよなあ。何年経ったかは数えてないけど、数十年来なかったらそりゃ顔忘られるよね……なんなら新人とかもくるだろうし。

私のことを知らない奴が出てくるのもしょーがないね、うん。

一応昔にこの山のために戦ったんだけどなー!もうこの山爆撃しよっかなー!!

 

 

 

 

これからどうしようか、手枷を腕力に物を言わせて破壊しようかとか色々考えていると、足音が聞こえてきた。

その足音はだんだんと近づいてきて、その主は私の部屋の前に座った。

 

「よーう、久しぶりだな」

「ハッ、おまえは……誰っすか」

「いや、俺だよ俺」

「あ?オレオレ詐欺か。ワシに血縁者はおらんぞ」

「柊木だって!」

「柊木……?あ、もしかして私が金貸した…」

「借りてねえよ」

「あ、じゃあ私が金を借りた…」

「貸してねえよ。じゃあってなんだ、じゃあって」

「あ、思い出した思い出した。足臭の」

「よし帰るわ」

「待って待ってちょっと待ってごめんって」

「わざとだろお前」

 

バレたか。

 

「変な白い毬藻頭捕まえたって聞いて来てみれば、まあ案の定」

「お?誰がス○モだ尻尾ちぎるぞ」

「元気そうで何よりだ」

 

そう言って柊木さんは私を部屋から出した。手枷と足枷は毛玉になって抜けた。

 

「そっちこそ。死んだ目に磨きがかかったね」

「それはお前もだろ」

「アッハッハッハ」

「あっはっはっは」

「何やってるんですかあんたら、気持ち悪……」

 

柊木さんと睨みつけ合いながら脚を踏みつけあってると、今度は椛が来た。

 

「ねえ、会って第一声が気持ち悪って酷くね」

「安心しろ。こいつこれでも大分丸くなった方だから」

「ぶん殴りますよ」

 

あ、本当だ。私の知ってる椛はぶん殴るんじゃなくて刃物を突きつけて斬りますよって言うし。

 

「お久しぶりです、毛糸さん」

「久しぶりー。ってか二人とも変わらんね。文は?」

「………」

「………」

「…え?」

 

私が尋ねた途端に、二人とも下を向いて黙りこくってしまった。

 

「お、おい、まさか……嘘だろ」

「文さんは……昨日酒を飲みすぎて……」

「酔った勢いで焚き火に直行、丸焼きになって…」

「死んだ…のか……………よしっ」

「いやいやいやいやいやいや!何言ってるんですかあなた達!昨日は酒飲んでませんし焼き鳥にもなってませんよ!あと毛糸さんよし、ってなんですか!よし、って!」

「ペッ」

「けっ」

「ちっ」

 

どこに隠れてたのやら、文が高速で飛んできてツッコミを入れる。

 

「文も久しぶりー」

「ねえ、よし、ってなんですか。よし、ってなんですか。そんなに私のこと嫌いですか。そんなに私に焼き鳥になって欲しいんですか」

「あ、私タレがいいな」

「私は塩で」

「俺も塩」

「何なんですかあんたら、そろそろ泣きますよ」

「だって一人だけ髪の毛黒いから……」

「え、そんな理由だったんですか?白くないだけでこんなに虐められるんですか?」

 

よく考えてみよう、今の私の髪の毛が黒い知り合いなんて文くらいだ。

いや、割とマジで。

 

「まあそれは置いといてだ。今までどこに行ってたんだ」

「割と近所」

「とりあえず場所を変えましょうか。せっかくの再会ですし、ちょっとはしゃぎましょうよ」

「はしゃぎたいだけでしょ文さん」

 

 

 

 

 

 

「なんでものの数分であいつらこんなに酔うの」

「……知らん」

 

私が柊木さんと会った頃には既に日が落ちかけていたので、なんだろう、宴会場?みたいなところに連れてかれた。

そしたら文と椛が呑みまくって早々に酔って………まあ、ここにいる他の天狗も似たようなことになってるけどさ。

 

「それにしても、結構賑やかになったねここ」

「そうか?」

「今日は別に何か祝ってるわけでもないんでしょ?それなのに他の天狗達もなんか酒臭いし……というかこの場所が酒臭いし」

「そうかもな。まあ争い事とか無くなって落ち着いて、ってことはあるかもな。実際椛も丸くなったし」

 

柊木さんがそう言った瞬間に、柊木さんの持っていた盃に短剣が突き刺さった。

 

「ねえ、あんだけ泥酔してるのに的確に短剣投げてくるのやっぱおかしくね。やっぱり椛おかしくね」

「蹴られることは減ったぞ」

「なんで何事もなかったかのように机拭いてんのあんたは」

「慣れた」

「慣れるのか……」

 

柊木さん、遠くに行っちまったなぁ……とか思いつつ水を飲む。

結局、酒が飲めない理由は分かったけど飲めるようにはならなかった。

いや、いつかは飲めるようになるのかもしれない。ただ単に、私が飲みたいと思わないだけだ。だって酔ったらあの二人みたいになるんだから。

 

「で、あれはどうするんだ」

「あれ?」

「俺がお前から預かってる刀」

「………あ、あれねーはいはい。どうしようかな…」

「俺はさっさと返したいんだが」

「なんで?」

 

たしかに人から物預かるってのは中々に気を使うけど……なんかこう、預かるのが面倒くさいって顔じゃないなこれ。

 

「あの刀……時々夜中にかたかた動くんだよ」

「え、なにそれこわ」

「聞かなかったけどあれなんだ?妖刀か?呪われてんのか?」

「そんなはずはないけど……えーやだ私も返してほしくない」

「じゃあ処分しとくな」

「はい返してもらいまーす」

 

りんさんの刀……実はあれ妖刀だったの?そんな感じはしなかったけどな……カタカタ動くってのも柊木さんの勘違いかもしれないし。

まあ気持ち的にはもう持っててもなんの問題もないし、ずっと預けてるのも悪いから引き取ろう。

 

「河童の方には顔出したのか?」

「いやまだ。明日にでも行こうかと」

「そうか」

 

 

 

 

時間が経つにつれどんどん酔っ払いが増えていく……

椛と文が酒瓶持ってふらっふらしてる……うわこっちに飛んできた!あっぶな……これだから酔っ払いは。

 

「そういや柊木さんも結構呑んでるけど酔わないね。そういや相当強いんだっけ?」

「あ?あぁ、まあな。正直酒の旨さがわからんが。強い酒とか弱い酒とかもわからないし」

「えぇ…じゃあなんで呑んでんの」

「みんな呑んでるから」

「雰囲気で呑んでたのかー」

 

もしかしてあれか?私はアルコールとか毒物とかの耐性全然ないけど、柊木さんは逆にめちゃくちゃあるのか?それとも単に酒に強いんだけ?

 

「というか、もうあいつら呑みたかっただけだろ。呑み始めて私一回も話しかけられてないもの。肩組んで呑みまくってるだけだものあいつら」

「今更気づいたのか」

「いやさっきからずっと思ってた」

 

 

 

「なあ」

「なんすか」

「一つ質問させてくれ」

「いいけど」

「怒るなよ?」

「はい?」

 

人を怒らせるような質問ってなんだよ。

 

「お前って……女だよな?」

「知らね」

「は?」

 

だって知らねーもん。

それっぽいものが付いてるってだけで、私は男か女か実際のところわからんし。いや男ではないな。多分女、多分である。

 

「なんでそんな質問すんの?というか、結構付き合い長いよね?なんで今更」

「それもそうなんだが……俺、あいつらの考えてること全く分からないんだよ」

「あいつら……あぁ、あの二人」

 

私も柊木さんの視線は、離れたところで酒瓶を振り回している文と椛の方へ向いた。

 

「考えてることわからないって、つまりどういうことよ」

「まずなんでとりあえず足臭いって言ってくるのかわからん」

「……それはね、柊木さんの足が臭いからだよ」

「俺お前らに足の臭い嗅がせたことないんだが?」

「それがこの世の理なんだよ」

「ふざけんな」

 

……まあ、本当に柊木さんの足が臭いかは私知らないけど。

だって嗅いだことあったらそれはそれでキモいもの。

 

「まあその他に、やたらと俺につるんできたりな」

「なんで自分なんかにつるんでくるのか分からないと」

「あぁ」

 

………こいつ、さては……

 

「柊木さん、友達いないっしょ」

「……それがどうした」

「別に向こうはそんなにつるんでるつもりないと思うよ?」

「は?じゃあなんで会うたびにほぼ毎回足臭いって言われてんの?」

 

ほぼ毎回言われてんの?

 

「挨拶代わりでしょ。柊木さんがまともに会話する相手あの二人くらいしかいないから、あの二人のやりとりしか記憶にないんでしょ。それに、あんたみたいな暇そうで死んだ目してる奴見たらちょっかいかけるよ。誰だってそうする私もそうする」

「……つまり俺はとりあえず見かけたら煽ってもいい存在としてみられてるってことだな」

「今更気づいたのか」

 

柊木さんはこう、見かけたらとりあえず煽りたくなるんだよ。煽られの天才なのかも知れない。

 

「で、なんで今更性別のこと聞いてきたの」

「お前が女らしくないから」

「……それ私以外のやつに」

「言わねえよ」

 

私には言っていいと思ってるわけだ、ふーーん。

 

「まあ否定はしないけど。どの辺が女らしくない?」

「言動、髪、服装。体は子供って感じだが」

「それほとんど私女らしくないじゃん」

「喋り方はかろうじて女だと思うぞ」

「なぜ男のあんたにそれを語られねばならんのだ」

 

私にだって、女性らしいところの一つや二つ……んー……

 

「ねえ柊木さん。女の人の笑い方ってさ」

「おう」

「あははとか、うふふとかだよね」

「まあ色々あるだろうが、そうだな」

「でもあはは、とうふふって、私っぽくないよね」

「そうだな」

「どっちかっていうと、ゲハハハ!とか、ヴェーハハハ!とかだよね」

「そうだな」

 

結論、私は女のフリした毛玉である。

 

「お前さ、服装がどっちかっていうと男なんだよ」

「そうかー?そんな風に思ったことないけど」

「お前、あいつらみたいな服来たことあるか?」

 

あいつら、文と椛……スカートかぁ……

 

「ないね」

「だろ」

 

基本私はずっとズボン履いてるし。

んあ?ちょっと待って、私の知り合いほとんどスカートじゃね?えーとえーと、待って待って………

嘘やんりんさんもスカート履いてたし!いやあれはスカートというか袴見たいなやつだったけれど……待って待ってちょっと待って………あ!妹紅さんはなんか変なの履いてた!スカートじゃなかった!

 

「別に服装とかどうでも良くね」

「同じく。でも女ってどんな服着るか考えるらしいぞ」

「そりゃ多少は考えるでしょうよ。あ、私ろくに考えたことなかったわ」

 

ダメだ、この話を続けていると私の経歴に、女性[自称(笑)]とついてしまう……男ではないんだ、私は男ではないんだ……女という確証がないだけで。

 

「諦めろ、お前の思考は男寄りだ」

「くっ……こんな足臭と同じとは…」

「足臭くねえよ」

 

 

 

 

 

その後、適当に柊木さんと話ししてたら文と椛が寝てしまい、それを他の天狗が回収して行ったので私達も移動した。

 

「うわ狭……こんなちっさい部屋で生活してんの?」

「部屋なんて寝れたらそれでいいだろ」

「一理ある」

「つか俺の部屋はどうでもいい、さっさとそれ持っていってくれ」

 

りんさんの刀は部屋の隅に立てかけられていた。

……まあ確かにあの人の刀だからカタカタ動いても不思議じゃないんだけど……というか、刀身が真っ黒って時点で気味が悪いな。

 

「はい、確かに返してもらいましたよっと。……あれ、もしかして手入れしてくれてた?綺麗なんだけど」

「………手入れしたら夜中にカタカタなるの収まってくれるかと」

「あれあれー?もしかして柊木さんこれ怖いのー?へぇ〜」

「お前なぁ……いつ勝手に刀が抜けて自分が斬られるか分からない生活を送る奴の気持ち考えたことあるか?」

「……サーセン」

 

でも本当、預けたときのままだ。

正直、いま考えてりんさんの刀を勝手に形見にして、挙げ句の果てに関係ない人に預けたのは身勝手だったと反省している。ちゃんと手入れしてくれていたことに感謝だ。

 

「で、俺はもう寝るけどお前はどうするんだ。泊まるとこあるのか」

「………」

「いっておくがここはそもそも女は立ち入り禁止だからな」

「私は女っぽくないんだろ!?」

「男ではないだろ」

「まあ冗談はさておき、私の場合床下に毛玉になって入っときゃ場所は確保できるからね、心配しなくていいよ」

「………」

 

お、なんか言いたそうな顔してるやんけ。言うてみいや、おん?

 

私みたいな明らかに山の部外者がうろちょろしてても怪しまれるだけだろうし、適当にどっか人のいないところでじっとしておいて朝になるのを待とうかな。

朝になったら、にとりんとるりに会いに行こう。

 

……ちゃんと覚えられてるかなぁ。



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毛玉は目を潰される運命にある

「うわぁ……」

 

何あれ……きゅうりの銅像あるんだけど………しかもめっちゃ精巧に作られてるんだけど……技術の無駄遣いってあーゆーのを言うんだろうね。

 

「はっ、そのもじゃ頭は!」

「ハッ、その声は!」

「盟友じゃないか!」

「ニトリーノ3世じゃないか!」

「違う」

「あっはい」

 

河童の集落に着いて早々ににとりんを発見……って、何この匂い!

 

「ねえきゅうりの匂いするんだけど!?」

「よくわかったね!これは新商品のきゅうり香水!つけると半日はきゅうりの匂いが付いて離れないよ!」

「要らねえ!そしてこっちにかけてこようとするな!会って早々にきゅうりの匂いつけてくんな!」

「よいではないか!」

「よくないわ!」

 

うわっ当たっちった!うわぁ………きゅうりの匂いするぅ……

 

「まあこの場所自体きゅうり臭いから今更か…」

「いやあ、こんなに素晴らしい発明なのに何故か河童の間でしか流行らないんだよねぇ。不思議だなぁ」

「何も言わんぞ私は」

 

久しぶりとか言う間もなくきゅうりの匂いつけられたよ……なんなのこいつ……いや昔からこうだったっけ…?

 

「で、あのきゅうりの銅像何?」

「さぁ?気付いたら建ってたよ」

 

銅像建ててどうすんの?崇めんの?偶像崇拝なの?きゅうりをとうとう神格化したの?

 

「ここはしばらく見ない間に随分変わったなぁ……」

 

全体的に建物がデカくなってる。そして工場みたいなのがやたらと多くなっている。もはや河童の集落というより工業地帯だ。

 

「電灯あるし……うわぁ噴水だ…しかも中心にきゅうり置かれてるよ…どこ見てもきゅうりあるよぉ……」

「なんだきゅうりは嫌いかい?あんなにきゅうりって書かれた服着てたのに」

「あれ燃えたわ」

「燃やしたの?」

「いや、私ごと丸焼きにされた」

「だが安心したまえ!在庫は十分あるぞ!」

「なんで在庫あるの?」

 

うわよく見たらきゅうりの文字T…というか、もはやきゅうりが描かれてるシャツ着てる河童いるよ!

 

「最近では品種改良が進んでね。三日に一回収穫できるようになってきたんだ」

「お前達は一体どこへ向かおうとしているんだ……」

 

三日に一回ってなに?化け物すぎるだろ!普通の土地なら栄養分吸われまくって作物育たないようになるんじゃ……あ、ここ妖怪の山だったわ。全く普通の土地じゃなかったわ。

 

「真面目な話すると、山での争いがめっきり無くなって、兵器の研究や生産が止まっててね。その分みんな好きなことし始めたんだよ」

「その結果が銅像?」

「そういうこと」

 

もしかしたら河童は如何なる種族よりもヤベーのかもしれない………

 

「でもまあ、兵器開発されまくって多種族に戦争仕掛けるよりは全然いいか……」

「自分で言うのもなんだけど、基本河童は臆病だからね。そういうことは好まないのさ」

「それはまあ、見てれば分かるけど………」

 

特にるりとか……

 

「そうだ、るりは?死んだ?」

「うん、死んだよ」

「そっか、よかったよかった」

「全くだね」

 

ふぅ………いや、なんでやねん。

 

「で、どこいんの?」

「いつもの所だけど……まあ毛糸がいない間に色々構造変わってるし、案内するよ」

「よろしくー」

 

まあ、天狗の居たところより変化が激しくて、見た目だけなら完全に別の集落だし、案内なかったら迷う自信ある。

まあぶっちゃけここの構造とか覚えてないけど。

 

「昨日文達に会ってきたんだけどさ、この山なんかあったの?」

「うん、まあね。ちょっと過激な思想してる奴らを処刑しただけだよ」

「だけとは……まあ、それからは平和ってことね」

「そ。調子乗って変な銅像作るくらいにはね」

 

自覚あったんだ……

 

「そっちこそ、ずっとどこに行ってたんだい?あまりに連絡無さすぎてもう死んだかと思ってたよ。どこで何してたんだい?」

「まあ、ちょっといろいろ……そんなに面白い話ないよ?」

「さっき丸焼きにされたって言ってなかったっけ?」

「言ったね。いやー、あの時はキツかったなあ。あれ以降しばらくの間炎を見るのが怖くってね……」

「何があったか知らないけど、大変だったんだね……あ、着いたよ」

 

にとりんが指差した方向を見ると、そこには私が最後にここに来た頃と変わらない、きゅうりが乗った豆腐型の建築物が建っていた。

 

「あの頃は面白い形だなあくらいにしか思わなかったけど……今見るとなかなかに気が狂ってんなあ」

「ここも建て替えたかったんだけどね?なんせるりが引きこもれる部屋が無くなるのが嫌って喚いて……」

「いいそうだなぁ」

 

確か私の寝泊まりしてた部屋は1番端で……あ、まだ空いてるんだ。

で、その隣がるりの部屋………

 

「中にいるの?」

「いなかったら連れてこないでしょ」

「確かに」

 

扉の前に立ってとりあえずノック……うん、返事がない。

 

「おーいるりー。毛糸だぞー」

「毛糸さんだぞー、私が来たぞー」

「……おかしいな、中にはいるはずなんだけど……返事がないのはあんまりないんだけどな」

「よしこじ開けるね」

「あ、ちょっと!」

 

足に妖力込めて扉を蹴った。

扉がバキッと音を立てて飛ぶのと同時に私は身を捻って、飛んできた矢を避けた。

 

「フッ、同じ轍を踏む私じゃないグハァッ!銃弾だと……」

「あーだから言ったのに。危ないよって」

 

いや、言われてないです。

あーまた服に穴あいちゃったよー。

 

「おいるりー、防衛機構は不慮の事故を招くから外しておけって前も言っただろう?」

「扉を蹴破ってくる方が悪いでしょお!?あたし悪くないです!」

「まったく……私じゃなかったら死んでるぞ」

「なななな、なんで平気そうな顔してるんですか!もしかして再生能力保持者!?」

「うん、正解」

 

というか、似たようなやりとりを昔もしたような気がするんだけど……

 

「久しぶりに会った人に鉛玉ぶち込むなんて……なんて非常識なんだ」

「扉を蹴破ってくる方が非常識だと思います!」

「いや、どっちも非常識だろ……毛糸、大丈夫かい?」

「まあ私には矢とかの刺さるタイプの方が効くからな。銃弾如き再生に1秒もかからん。バリスタつけて出直してこい」

「言ってることおかしいぞ盟友」

「炸裂弾の方がよかったかなぁ……」

「死人出るぞるり」

 

炸裂弾かー、死にはしないけど、ここで放ったら部屋も大変なことになるんじゃないかな。

 

「とりあえず久しぶり、るり」

「………誰ですか?」

「いや、毛糸だけど」

「え、死んでなかったんですか!?」

「え、死んでることになってたの!?」

「成仏!成仏してくださいいいいいいい!!」

「いや死んでないって……いてっ、物投げてくんな祟るぞ!」

「ひいいいぃぃっ!」

 

あいも変わらず元気なことで……

 

「助けてくださいにとりさぁん!」

「いや、もう知らん」

「そんなぁ!」

「とうとうツッコミ放棄したか」

 

とりあえずるりを部屋の外に引き摺り出して会話を可能にしたい……いや、どう考えても部屋から出したらもっとパニックになるな。

もっといい方法を……

 

「とりあえず落ち着くまで殴るね」

「あ、あばばばばばば……ぴっ…」

 

あ、気絶した。やっぱり脅すのが1番早いね!

 

 

 

 

 

 

「えー、いいなぁ。暗い森の中にずっと引きこもってたなんて」

「引きこもってはない」

「で、なんで急に戻ってきたんだい?」

「同居人がしばらく出かけるっていうから、特にやることもないし一旦帰ろうかなと」

「湖の方には?もう言ったんですか?にとりさんから逃れようと毛糸さんの家に行ったら、跡形も無くなってて散々な目に遭ったんですけど…」

「いやそれは知らんわ、どう考えても私関係ないだろ。湖にはまた明日行こうかと思ってる。そうそう、ちょっと色々道具貸してくれない?最低限寝泊まりできる場所は作っておきたいし」

「あぁ、それなら後で箱に入れて持ってくるよ」

 

うーむ……寝泊まりできる場所とは言ってるものの、ちゃんとした家を作りたいと思っている私がいるのも事実。だがしかし、どうせ作ったところでまた一ヶ月後には森に帰るから………まあ明日考えよ…

 

「それにしても、妖怪って本当に見た目変わらんのな……具体的に何年会わなかったかは知らないけど、みんな何一つ変わらんもの」

「あ、あたし髪の毛伸びましたよ」

「うん、それは伸びるだろ。あと知らん」

「まあ妖怪だからね、寿命が長いし変化も少ないさ。そういう毛糸も全然変わってないよ?」

「今変わってないだけで、数年前とかとんでもないことになってたんだよなぁ……」

 

あー、思い出しただけで頭を床にぶつけたくなる………アリスさんによって髪の毛の色変えられたり、ストレートにされたり、地面に着くまで長くされたり、さらに天然パーマを強烈にされたり………なんなの?私の髪の毛への執着なんなの?

 

「一体どうなってたのか気になるけど……まあ、聞かないでおくよ」

「どうせあれでしょう?髪の毛全部抜けたとか」

「よしるり表出ろ、その紫毛全部むしり取ってやる」

「ひっ……って、どうせそんなこと言ってやらないんでしょう?あたし知ってますからね。いつも同じようなこと言って……あ、待って髪の毛掴まないで!いたいいたいですってえええええ!」

「よく喚く河童だぜ……」

 

にとりんに宥められ、仕方なく髪の毛から手を離してやった。

 

「うぅ……なんか昔より暴力的になってる気がしますぅ…」

「大丈夫だるり、盟友は昔からこうだ」

 

あれだね、幽香さんに慧音さんに妹紅さんにアリスさんに紫さんに藍さん、あんまり馬鹿やれる相手じゃない人ばっかと合ってたから、その反動がきてるかもしれない。

 

「あぁー、なんかあれだ、実家に帰ってきた感じあるわー」

「ここあたしの部屋なんですけど。勝手に実家にしないでください」

「よいではないかよいではないか……」

「よくないですけど!?」

「まあまあるり、この新作のきゅうり粉末でも吸って落ち着けよ」

「ちょっと待てや、きゅうり粉末ってなんやねん」

「読んで字の如くだけど」

「ありがとうございますにとりさん、すぅ…はぁー……」

 

いや………完全に薬キメてんじゃん!かくせーざいだよ!こかいんだよ!まりふぁなだよ!薬物詳しくねえけど!

流石にきゅうり吸って落ち着くのは引くわー……

 

「あー落ち着いた」

「河童こえー……河童ときゅうりの関係性こえー……」

「河童ときゅうりは切っても切れない、というか切ったら死ぬ関係だからね」

「依存しまくりじゃん……いや、今更だけども」

 

きゅうりきゅうりって……そもそもきゅうりってなんだっけ……

 

「安心しろ盟友、ちゃんときゅうり以外の研究も河童は行っているぞ」

「きゅうりとその他の比率どのくらい」

「半分半分だな!」

「半分きゅうりなんかい!意味わかんね!」

 

全国のきゅうり愛好家の皆さん、ごめんない。私、きゅうりってマヨネーズつけて食べるやつ以外を美味しいって思ったことないの。

 

「はぁ……で、きゅうり以外ってどんなの?」

「ふっ、よくぞ聞いてくれましたね……」

「なんでにとりんじゃなくてお前が反応するんだおい」

 

部屋の机にあった………なにその、なにそのキメラみたいな人形。

河童と鴉天狗と白狼天狗とその他の天狗が混じってるぞおい。

 

「これは一見すると至って普通の人形ですが、後頭部を押すと……」

 

キメラ人形の後頭部がるりによって押された瞬間、口が開いて中から銃口が飛び出してきた。

 

「このように銃口が現れます!ちなみにさっき毛糸さんを撃ったのもこの子です!」

「ねえにとりぃん、兵器開発しないんじゃなかったっけえ?」

「個人でやる分には勝手だしー」

「さ、毛糸さん感想をどうぞ!」

「あ?感想?」

 

……………うむ。

 

「私の知り合いがどれだけ人形作るの上手いかよくわかった」

「えー、そこー?」

「そりゃあお前さ、人形の方から銃口出ただけで、どういう反応したら正解になるんだよ」

「ちゃんと格納できるのに……」

「どーでもいいー」

「ついでに腕から刃物も出てくるんですよ?」

「お前は人形使った暗殺でもするつもりか?」

 

さっきはああ言ったけど、アリスさんと比べてるりの人形の出来が劣っているわけではない。ただ単に、センスの問題である。

そういうキメラがお好みで?

人形を作る腕ならアリスさんに匹敵するかもしれないのに……ま、あの人は人形操る方が本命だけど。

 

「ふっふっふっ」

「どうしたお値段相当」

「どうせならお値段以下でぼったくってやるさ」

「最低じゃねーか」

「私が密かに開発していたこれを見ろ!」

「………ただの拳銃なんだけど」

「ただの拳銃と侮ることなかれ、これの真の機能を見たらきっと驚きで悶絶することだろう……」

 

な、なんだ、この圧倒的な自信は……それほどの驚きがその拳銃に隠されているというのか………というか、私の方に銃口向けるのやめて、怖いから。

 

「刮目せよ!」

 

にとりんが引き金を引くと、そこから出たのは銃弾ではなく

 

 

 

黒い液体だった。

 

「なんと!醤油が出る!」

「ぐわああああ目があああああああ!!」



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変わってるのか変わってないのかわからない毛玉

「……改めて見ると……やっぱり霧薄くなってる?」

 

霧の湖にやってきた私。とりあえず墓が無事だということを確認したので、辺りの散策に出ている。

何度か来ていたけど、改めてちゃんと見てみると、妖精を以前より多く見かけるようになった気もするし、霧は少し薄くなっている。

もしや私がいなかったことが関係していたり……?まあそんなわけないか。

 

大ちゃんやチルノとは本当にしばらく会ってないな、遠目で見てたことはあるけど。

大ちゃんは顔を合わせても変な反応されないと思うけど……問題はチルノだ。

久しぶり、って言って「お前誰だ」とか帰ってきたらちょっと私の鋼のハートが砕かれかねない。忘れられてたとかちょっと泣く。ついでに言うと大ちゃんに忘れられてたらちょっと失踪してくる。

 

探してはいるけど、あの二人、なかなか見つからないんだよなぁ。他の妖精なら見つかるんだけど。

単に運が悪いのか、あの二人の住んでるところがもう変わってしまっているのか……考えてもわからんけど。

 

 

 

とりあえず、以前家があった洞穴に来てみた。

うん、まぁ……私の家があった痕跡は一つもなかったね。

そういえば、私の家が壊れた原因はなんだっけ……?

あー、なんか三人のバカ妖精だったような……まっ、壊したの私だけどね!原因はあいつらである。

 

「とりあえずここに小屋でも建てるか」

 

以前と同じ場所にすることに決めた私は、浮かして持ち運んでた荷物を下ろして、その中から一つの道具を取った。

 

「じゃーん、チェーンソー」

 

誰に紹介してるんだ私は。

私が今握っている機械は電動ノコギリ。あれ、電動ノコギリとチェーンソーって何が違うんだっけ?

………よし、よくわからんがにとりんから電動ノコギリって言われたし電動ノコギリってことにしておこう。

 

「じゃーん、電動ノコギリー」

 

だから誰に紹介してるんだ私は。

そしてなんかしばらく会わないうちに電動ノコギリ作ってる河童凄え!あいつらの技術力ちょっと頭おかしいんだけど。

しかも現代にあるようなちゃんとしたものだし……まあ、他の機械ほとんどネタ全振りみたいな奴だったけど。技術力の無駄遣い。

 

とりあえず電源オンにしてその辺の手頃な木を伐採する。

気分はどこぞの語尾がゾイの大王である。

 

 

 

あー、なんか家建てるのも久々だわー。今思えば家に妖力弾投げたあの頃は病んでたなー。今から建てるの小屋だけど。

 

ある程度木を伐採したら、いろいろこう、切ってですね……取り敢えず板にしてですね……

土台作って、梁とか用意して、板を敷いたり積んだりして、釘を打ち込んだ、空気の通り道も作って、屋根を作ったら……

 

「……違う、なんか足りねえんだ……何が足りないんだ……」

 

床も壁も小窓も屋根もあるというのに……なんだこの空虚感は……まるでグループのリーダーだけがいないような、この感覚は……これじゃ小屋なんて言えな………ハッ!扉か!

急いで適当な板を合わせて、持ってきたのに存在を忘れてた金具を付けて、できた扉を入り口に取り付けた。

改めて離れて見てみる。

 

「家だわ……これもう小屋でもなんでもないわ、家だわ。だって扉があるもん」

 

床と壁と屋根と扉があったら、それはもう小屋じゃねえ家だ。ついでに私のこれには小窓もある。

やべぇ…私才能あるかもしれん……6級建築士くらいなれるかも知れん……あるのか知らんけど……

 

「うん!ぶっちゃけ雨風凌げたらそれでいいしね!さ、散策さんさ…」

 

変なテンションのまま散策に行こうとして後ろを向いたら…

 

「oh……だ、大ちゃん……」

「………」

 

うわぁ……うわぁって感じの顔してるよ……そんな目でこっち見るなよ………

 

「………」

「………」

 

うん!この気まずさ懐かしいね!おうちかえりゅ!あ!おうちすぐ後ろだった!

 

「………あの、何から話せばいいか……」

「あー………」

 

ダメだ、変な再会のしかたしたせいでお互いに話を切り出せない。

なにか……何かきっかけを………

 

「おーい大ちゃーん、こんなとこに来て一体どうした…ん?あ、毛糸だ」

 

チルノォォォォ!!よかった、これで何とか話を……

 

「やーい、くそまりもー」

 

………は?

 

「んだてめえかき氷にされてえのか?」

「あ、はんのうした!ってことは自分がくそまりもってじかくしてるんだな!」

「あ゛あ゛ん゛!?上等だコラ!ここで会ったがウン年目!その羽もぎ取ってやらぁ!」

「やってみろよばーか!」

「やってやんよコルァ!」

「いや、あのちょっと………あー行っちゃったー……」

 

 

 

 

 

「チッ、あのやろうどこに………」

 

……アッ!やべえ、すっかり忘れてたけど私アイツと久しぶりに会ったんだった!なんで流れるようにキレてたんだ私は………勢いって恐ろしい。

……アッ!やべえ、すっかり大ちゃんのこと忘れてたぜ!戻ろ。

 

「あ、いたのね大ちゃん」

「いやもうほんと……変わらないですね」

「妖精の方が私は変わらないと思うんだけど………久しぶり」

 

チルノはどっかいったしもういいや。

 

「はい、久しぶりです。あ、先に言っておきますけど、チルノちゃんに久しぶりって言っても無駄ですよ」

「うん、何となくわかるわ」

 

そもそも、妖精は自然の精霊、いつから存在してたのかわからないけど、私と会わなかった期間なんてチルノからしたら大して気にしていないだろう。バカだし。

妖怪には老いて死ぬ妖怪もいる。だけど妖精に関しては老いないし死なない。

時間の感覚が人間や妖怪とはかけ離れているのだろう。

 

「時々湖のお墓に来てましたよね?」

「あ、バレてた?」

「ずっと綺麗でしたし」

 

だって放置したら祟られそうなんだもん。

正直、私が腰に刺してるりんさんの刀もいつ勝手に抜けるかわからなくてビクビクしてるんだけど。夜になったらカタカタ言ってるし。

墓に刀持ってったらりんさん蘇りそうな勢い。

 

「少し安心しました」

「なんで?」

「次会った時、人が変わったようになってたらどうしようかと……」

「ひでぶ」

「やーいくそざこまりもー!」

「貴様、後ろからとは卑怯な……」

 

まあチルノのことは置いといて、人が変わったようにかー……

人が変わるって、どうなったら変わるって言うんだろ。闇落ち?暗黒面に堕ちたら変わるってなる?

 

「まあさ、自分で言うのもなんだけど、私バカだから。思い詰めてるように見えても実際はくだらないこと考えてるだけだから」

「あ、それは知ってます」

「ぅん……」

「おい!むしするな!」

「はいはい、後で相手してやるから」

「子分のくせになまいきだぞ」

 

お前それよく覚えてるな?どのくらい前か覚えてないくらいには前の話なんだけど、実は記憶力めっちゃいいのか?

 

「せっかく会ったんですけど、特に話題とかないんですよね……すごく平和でした」

「平和だと話すことに悩むってのもなかなか……」

「あたい面白い話知ってるぞ!」

 

チルノが挙手して主張する。こいつの面白い話……やべぇ、しょうもないこと言い出す気しかしない。

 

「おん、言うだけ言うてみいや」

「この前湖に行ったらさ」

「うん」

「めちゃくちゃ大きいかえるがいた!」

「あっそ」

 

やべぇ……しょうもない……カエルて……

 

「あそこの岩くらいの大きさだったぞ」

「へー………いや、デカイな!?」

 

私の身長より高いぞあの岩……それ、もう妖怪なのでは……?自然界でそんな大きさのカエル存在したらヤバいんだけど……あ、ここ幻想郷だったわ。じゃああり得るな。

 

「というわけで、今からあたいはそいつを凍らしてこようと思う!」

「うんちょっと待とうか。どういうわけでそうなるのかな?話が飛躍しすぎだよ?面白い話からなんで大蛙を狩猟する話になってるのかな?」

「待ってろよかえるー!」

「お前が待てえ!」

「……また行っちゃった」

 

 

 

 

 

アイツ飛ぶの早くなってない…?

 

「着いたぞ!」

「あぁ、うん。帰ろっか」

「何言ってるんだ、ばかなのか」

「私はお前を心配して……」

 

その瞬間、ドスンと、何か重いものが足踏みをする音がした。

 

「なあチルノ……」

「なんだ」

「聞いてた話と違うんだけど……」

「なにが」

「想像の2倍デカイんだけど…」

 

現れたのは…そう、私が作ったあの完璧な家くらいの大きさのカエル。ついでに妖力も感じられる……はい妖怪ですありがとうございます。

 

「よし帰るぞチルノ」

「いやだ!帰らない!」

「お前あれだろ、前あれに負けたんだろ。やばいって、一回休みになるって」

「あたいがさいきょーになるために、あいつは絶対に倒さなきゃいけないんだ!」

 

こ、これは……チルノから並々ならぬ覚悟を感じる……

私がここを離れていた数十年の間に、チルノは成長を遂げたというのか……

今チルノは目の前の壁を乗り越えようとしている。ならば私は、それを見守ってやるべきなのではないだろうか

 

「……よし、わかった。じゃあ行ってこい!」

「うおおおおいくぞおおおお!」

 

勢いよく駆け出したチルノ、氷の槍を生成して射出、まず先手を取ってカエルに攻撃した。

結果……

 

「ぎゃっ」

 

カエルのぼやぼやとした腹に跳ね返され、そのまま流れるように舌に巻かれて捕食された。

うん……まあ……概ね予測通り。

 

「じゃないって!早く助けないとほんとに一回休みに……ん?」

 

おや?カエルの様子が……?

 

「ゲッ………ゲコッ……」

 

すっごい苦しんでるな………

カエルの体の動きが鈍くなっている。歩くのも苦しそうにしていると、とうとう躓いて倒れてしまった。

まさかこれは……

 

「ふっ……なしとげたぜ」

 

口の中から勝ち誇った表情をしたチルノが出てきた。

なるほど、体内から凍らせたのか……まあ、自分の体の中が凍ったら余程の化け物じゃない限り死ぬしね。

 

「どうだ見たかあたいの力!」

「うん、まあ、見てたけど……」

 

初っ端の攻撃を跳ね返されて、そのまま捕食され、なんとか体内を凍らせて倒したものの、本人はぬるぬるになっている。

正直言ってダサい、すごくダサい。

でもそのままそれを言うことはできない。

だって…

 

「ふん!」

 

めっちゃやり遂げた考えて出してるんだもの、めっちゃ嬉しそうなんだもの、めっちゃ褒めて欲しそうな顔でこっちを見てくるんだもの。

流石の私も、こんな顔をしている子ども相手に「ダサい」とは言えない。いや、生きてる年数だけみたら私の方がよっぽど子どもなんだろうけど。

とりあえず何か言わなければ……

 

「スゴク………カッコヨカッタデス」

「そうだろう!やっぱりあたいはさいきょーだってことだ」

 

何この……何この気持ち……

 

「よし、こいつを凍らせてみんなにみせよーっと」

「あぁ、うん………先に体洗った方がいいんじゃないかな……」

「やっと追いつい…うわチルノちゃんどうしたのそれ!?」

「めいよのふしょうってやつだぜ……」

「それはどうかな……」

 

こんなバカにやられてさぞ無念だろうなこのカエル。

というか、当然のようにカエルを氷漬けにするのね、見慣れてるけど酷いね。

 

「でも妖精にしては本当に強いんだよなぁ………流石、日頃から自分のことを最強最強と言ってるだけあるな」

 

それにしても、妖精は時間の感覚が違う、か。

私はかなり久しぶりって感じなんだけど、向こうは全然そんなことないって、結構寂しいんだけど。

まあ、数十年会ってなかったのにかなり久しぶりで済んだるあたり、私の時間感覚もかなり狂ってきてるんだろう。

 

「チルノちゃんとりあえず体洗った方がいいよ、すごく臭い」

「さいきょーは匂いなんて気にしない」

「いいから早く洗ってきて」

「ちぇっ」

 

うわぁ何にも変わんねー。

数十年経ってもチルノと大妖精の関係がこのまま変わってないってことは、もっと大昔からこんな調子だったのか?

 

「それはそうと毛糸!あたいと勝負しろ」

「ねえ急になんなの?叩くよ?」

「勝負しろ!」

「叩くよ?」

 

近寄ってきたチルノの頭を軽く叩く。

フッ、流石の私も、格下の妖精相手に本気で叩くほど落ちぶれては

「ぐはぅ……ボディーブローが来た……」

 

こいつ、その小さな体にどれだけの力を……あ!私の体が貧弱なだけだった!

 

「あたいがさいきょーになるために、お前は絶対に倒さなきゃいけないんだ!」

「ごめんほぼ同じ文をさっき聞いたんだけど。とにかく、やらないからね。もう激しいことはうんざりなんだよ」

「けっ、つまんねーの」

 

こいつなぁ………

大ちゃんを見ろよ!もはや呆れを通り越して微笑んで私達のことを達観してるぞ!

もうね、戦うってなんかやだよね。私戦闘狂じゃないし。スポーツとかならともかく、傷付け合いを軽い気持ちでしようとする奴は頭おかしいよね。傷付け合いって人外だとスポーツ感覚で行われてるの?

 

「このざこまりも」

「はいはい雑魚ス○モですよ……」

 

今さらその程度の煽りでキレる私ではない……おい大ちゃん、その目はなんだ。その生暖かい目はなんだ。

 

「成長……しましたね」

 

すっげぇムカついた。



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毛玉は寒すぎるのが苦手

「ねえ大ちゃん」

「なんですか」

「寒くない?」

「寒いですね」

「だよね」

「はい」

 

あれおかしいな……まだ秋くらいのはずなんだけど……季節感覚も狂ったかな……真冬並みの寒さと雪が積もって……凍え死にそう。

今の私の出来る限りの厚着をしているが、うん、寒い。

 

「こんなに寒いのにチルノは元気じゃのお」

「氷の妖精ですから。忘れました?」

「覚えてるけどさ……」

 

氷の妖精だから、寒いのは好きだし、むしろ寒い方が強くなるでしょ?私の場合、氷は作れるし、冬は好きだけど、寒すぎるのはいやだし。

今の時期に雪降るのおかしいよね……いつもあと一ヶ月くらいは後だったはずなんだけど。

 

「でさ」

「はい」

「チルノの横にいるあの背の高い人いるじゃん」

「はい」

「誰?」

「レティさんですよ」

「レティさん?」

「よく知りませんが、冬にしか現れない妖怪だそうです」

 

通りで、あの二人の周辺が凍てつく様に寒いわけだ……あの近くにいたら冗談抜きで凍死するかもしれない。

というか、冬の間しかいないって、冬以外はどこにいるんだろ。寝てんのかな?もしそうなら紫さんとは真逆だ。

 

「冬になるとよく見かけますよ」

「私は見たことないんだけど……まあずっとあの森に居たしなぁ」

「私の周りに三人も寒い人が……」

「ねえ、その三人の中に私入ってる?私寒くないからね、冬は好きだけど、寒いのもほどほどがいいからね」

 

にしてもチルノ、凄い楽しそうだなぁ……

あの二人の周辺、雪と氷で荒れてるんだけど。近寄ろうにも近寄れないんだけど。

 

なんて考えたら、また一段と寒くなってきた。

 

「さむっ……絶対あの二人が冷気撒き散らしてるせいだよね……んあ?大ちゃん?なんでそんなに私から距離取ってんの?」

「近寄らないでください、死にますよ」

「死なないで?というか、私は寒くないからね?いや、私は寒いんだけど………私の近くにいても別に寒くないからね?」

 

あーあ、あの二人のせいで大ちゃんに寒い奴認定されたよ……私の霊力も元々はチルノの物だけど、別に私氷精みたいな特性ないし。

ちょっと冷気撒き散らすのやめてもらうように言うかな……いやでもなあ、寒いしなあ、あのレティさんとか言う人めっちゃ妖気凄いしなぁ。

チルノも寒いと強くなるけど、あの人もそんな感じなのだろうか。

 

普通に近づこうとしても寒さと吹雪でなかなか近づけないので、妖力を体に纏わせてゴリ押しする。

あと妖力で障壁も作って……何で私寒さ如きにこんなに妖力使ってんだろ。

 

とにかく、近づくことはできそうなので近づいてみる。

 

 

 

「凄いぞレティ!」

「うふふ、もっと褒めていいのよ」

「あのー、凄く楽しそうにしてるとこ悪いんですが」

「あ、毛糸」

「あら、誰かしら」

「お宅らの撒き散らしてる冷気が寒すぎて凄い迷惑なので、少し控えろください」

「えい」

「えい?」

 

えいって何……あ、ああ足が……足が凍ってる……!?

 

「ちょ、何してんですか!?」

「ちょっと腹が立ったから」

「いやおかしいって!あんた頭おかしいんじゃな……あーやめて!どんどん凍らさないで!死ぬ!死ぬって!おいチルノお前もなんとか」

「いいぞもっとやれー!」

「貴様ァ!」

 

秘技!毛玉化離脱!いっつも使ってるけど!

とりあえず距離を取らないとどんどん凍る!

 

「あら、毛玉だったの」

「なにするんだよいきなり……死ぬかと思ったぞ!みろよこの私の足、寒すぎてめちゃくちゃブルブル震えてるじゃん!もう立てねえよ浮いてるよこれ!」

「そうだぞレティ、こいつはあたいの子分なんだぞ」

「おい待て、てめぇ今さっきいいぞもっとやれって言ったよな」

「ごめんなさいね、チルノの知り合いだとは思わなかったから」

 

おい待て、まず最初にチルノが私の名前喋ったよな。耳悪いんか?おおん?

 

「謝るんだったら先に冷気抑えて……」

 

……あ、寒いのちょっとマシになった。肉体言語は最終手段だったんだ、話が通じる相手でよかった。

 

「私はレティ・ホワイトロック。名前を聞いても?」

「白珠毛糸、さっき言ってたけど毛玉」

 

うん、自分で言ってて何だけど種族毛玉って何だろう、毛玉って何なんだろう、割とマジで。

 

「さっきはごめんなさい、ちょっと早く冬が来てはしゃぎすぎちゃった」

「レティは悪くない、悪いのは全部このもじゃもじゃだ」

 

チルノ君、さっきから君は手のひらをくるくるしすぎじゃないかな。

 

「えーと、レティさん?ちょっと寒くなりすぎなんで、もーちょっと離れたとこ行くか冷気抑えるかしてもらいたいんですけど…」

「そうねぇ、でも貴女氷使えるんでしょ?」

「え?あ、まあ使えるけど」

 

あれ、氷出せるって言ったっけ?言ってないよね…つまりこの人、私が氷出せることを一目で見抜いたってことか。だからどーしたこのやろう。

 

「それなのに寒いの駄目なの?」

「寒いのダメというか、今この場所が寒すぎるだけなんだけど……というか、氷使えるからってこの寒さに耐えれるわけじゃないと思うんだけど」

 

チルノの場合、そもそも種族が氷精だから氷が使えて寒いのがいいのであって、私の場合毛玉だし、氷が使えるのはチルノの霊力吸ったおかげだから……寒い方がいい種族だから、そりゃあ氷使えるよねって、そういう感じになる。

 

「というか、向こうにも一人妖精が凍えてるから、どっちにしろ何とかしてくれないと困る」

「そうね、少し抑えましょうか」

 

ふぅ……なんかその辺の妖怪の10倍くらい強そうだけど、話が通じる系でよかった……この人、妖力だけ見たら藍さんくらいありそうなんだけど。冬の間だけ力が増すとかそういう?いや、いま秋なんだけど。

 

「レティさん、種族は?」

「うーん、わかりやすく言うと雪女みたいな感じかしら」

 

なんでちょっとあやふやなんだか……でも雪女か。

雪女………雪女ってどんな妖怪なんだろう。

 

「いつも冬の間しか外に出てこないのよ」

「今はまだ秋のはずなんだけど」

「今日は特別寒かったからついね。明日には居なくなってるわ」

 

つまり冬にはまた帰ってくると?

毎年のようにこんな寒波来たらちょっと湖に住めない……冬の間は森に帰らないといけないじゃないか。

そして今日寒かったのは絶対にあんたらのせいでもあるとおもうんだ。

 

「冬以外の季節の間は何を?」

「日の当たらないところでのんびりしてるわ」

 

のんびり……寝てんの?やっぱり紫さんと逆じゃないか。

 

「私、自分で言うのもなんだけど、冬の間はかなり強くなるのよね」

「今秋だけど」

「季節外れってやつ?冬の間って言ってるけど、実質寒い間だから」

 

チルノが遊びでこちらに氷を飛ばしてくる。後でかまってあげるから、落ち着いて会話をさせてくれ。

 

「ただ冬以外の間だとその辺の野良妖怪といい勝負するくらいには弱くなるのよね」

「差が激しい……」

 

でも、チルノもこの人も、南極いったら無双状態になりそうなんだけど。氷河期の王者的な感じかもしれない。

そしてチルノ、力増してるんだから氷飛ばすのやめなさい。

 

「まあ季節の流れってそういうものだからね」

 

今秋なんですけど。

 

「それに、私から見た感じ、貴女はどちらかと言うと夏って感じがするのよ」

「夏……?いや、私好きな季節冬なんだけど」

「妖力の気配がこう、夏って感じがするわ」

 

妖力……幽香さん?

確かに花のこと考えると、冬より植物の育ちやすい夏の方がしっくりくる感じはあるけど……でも幽香さん夏って感じないけどな?ひまわり以外は。

 

「それにしても物騒な世の中になったものねぇ」

「物騒?なんで?」

「今日起きてここにくるまでに、死んでる妖怪を二人くらい見かけたわ。どっちも酷い殺され方してたわね」

「そんなことが……?でも最近は平和になったって、私の周りの人達ほぼ全員言ってるんだけど」

 

平和になったのこのあたりだけで、実は結構ピリピリしてたりするのか?……まあ、なんか起きてても陰陽師とかがなんとかしてくれるっしょ。

 

「貴女、分かってないわね」

「何が?」

「平和っていうのは確かに良いものよ。でもそれは、裏を返せば退屈ということでもある。退屈になると、生き物は刺激を求め始める」

「刺激が欲しいから妖怪を殺して回ってる奴がいると?」

「さあね、私は死体を見ただけだし、断言はできないけど。ただ、平和ってのはどうあがいても長続きしないものなのよ」

 

なんて迷惑な………まあ確かに、この時代だとネットも何も無いし、暇潰しになるのなんて戦いくらいだけども………

 

「昔から、世界はそうやって回ってきたのよ」

「まあそうなんだろうけど……」

「というわけで、暇つぶしにちょっと戦いましょうか」

「嫌だ。別に私暇してない」

 

あ、ちょっと、冷気向けるのやめろ、死ぬ。

 

「あの、足の感覚なくなって来てるからやめてください」

「そりゃ凍ってるからね」

「なんなん?氷漬けにする趣味でもあんの?チルノかよ。あ、ちょ、腰の辺りまで凍ってるんでやめてマジで」

「………」

「あの、無言で凍らすのやめて?ねえ聞いてる?おーい、おおおおい!おおおおおおおおい!」

 

 

 

 

 

 

 

酷い目にあった……氷使うやつにはロクなやついねえな!あ、私も氷使ってたわ。

 

「もう帰って寝たい……寒すぎ………んあ?大ちゃん?」

 

自分の家に帰ってきたら大ちゃんが毛布にくるまって芋虫になってた。それ、私が河童から借りてた毛布。

 

「………あ、毛糸さん」

「はい毛糸です」

「この状態いいですよ、この包まれてる感じが眠気を……」

「毛布返せよ」

「嫌です」

「返せよ」

「断ります」

「返せよ」

「拒否します」

「なんでだよ」

「寒いから」

「私さっきまで氷漬けになってたんだけど」

「知りません」

 

ふぅぅぅぅ………氷漬けにしてやろうか。

 

「まあ予備の毛布もう一枚あるから問題な………おい、何二枚使ってるんだ一枚よこせ」

「嫌です」

「よこせよ」

「断ります」

 

うーんこのやりとりさっきした………どうしよう、私寒いんだけど……あ、そうだ。

 

「その毛布、実は私の髪の毛でできてるんだ。暖かいっしょ」

「ひっ!?」

 

一瞬で毛布を手に取り私に投げ飛ばしてきた。

 

「冗談でもそういうのやめてくださいよ!ここ数年で一番恐怖を感じましたよ!」

「人の毛布取るのが悪い」

 

そして当然とはいえ、私の髪の毛そんなに拒絶されるとちょっと傷つく……私のメンタル舐めんなよ!ちょっと息吹いたらすぐ崩れるからな!

 

とにかく、毛布を確保したので、布団を出して毛布をかけて、服を適当に脱ぎ散らかして布団のなかにイン!

 

「ふぅ……」

 

この寝る前の瞬間が人生で一番好きかもしれない。

 

「じゃあ私寝るから、おやすぐふぅ………」

 

こいつ……私の布団の中に突っ込んで………

 

「寒いから中に入れてください」

「悪いな大ちゃん、この布団一人用だし予備もないんだ。我が布団から出て行け」

「出て行きませんよ、現状ここが一番この湖の周りで暖かいんですから、レティさんがいなくなるまではここに居座りますからね」

 

なんなのこの子、めちゃくちゃわがままじゃない。親の顔が見てみたいわね!あ、妖精だから親もクソもねえわ。

 

「じゃあもう勝手にしなよ……」

「よいしよっと……」

 

大ちゃんが無理矢理入ってきたので、端の方によって二人が入れるようにする。

 

 

 

「………」

「………」

 

あー、あったか……このままだとすぐに寝れ…………………ねえよ!

 

なんで私は羽の生えた少女と一緒の布団で寝てんの?え?は?え?なんで?

 

「毛糸さん、狭いんだからごそごそしないでください」

「あ、ごめん」

 

いやちげーし!お、おお落ち着け。私はそもそも女だ、いや結構怪しいけど、少なくとも男ではない。だから女の子と一緒の布団で寝てもなんの問題も………ない………はず……

 

 

 

 

 

大ちゃんが寝静まった後、私はそっと布団を出て床に突っ伏して寝た。

 

いやだって……となりに美少女いて寝れるわけねえだろいい加減にしろ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「慧音、これ」

「あぁ、これもそうだろうな」

 

人里離れた森の中、見るも無惨に殺された妖怪の亡骸を見つけた二人。

 

「ちょっと探しただけなのに、これで四人目……探せばもっと見つかりそうね」

「それなりに実力のある妖怪も死んでいた。正直実力は分からないが、かなりの手練れであることは確かだな」

「殺しているのは妖怪……人間にまだ被害は出てないのよね」

「今の所はな。人を襲わない限りは博麗の巫女も動かない。私達も痕跡を辿るくらいしか出来ていないし、このまま放置しかないだろう」

 

「何が目的なんでしょうね」

「さあな……ここといい、前といい、もしかして妖怪の山にでも向かっているのか?」

「妖怪の山に……確かにそこなら妖怪も沢山いるでしょうけど……あ」

「どうした?」

「毛糸って確かあの辺りに………まあ大丈夫か」

 

 

 

 

 

 

 

「ぶえっくしょい!あー風邪ひいたとか洒落にならないんだけど……」



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寒さから逃れる毛玉

現在、私は地底へと通じる穴を自由落下している。

いやね、こんなに高い高度を自由落下できる機会なんてそうそうないよ。そろそろ地面に激突するの怖いから浮いてスピード抑えておくけど。

 

なぜ地底に来たのか、理由は簡単寒かったから。

そもそも今年はなんか冬が来るの早かったらしく、そこまで寒くない日でもレティさんとチルノが冷気撒き散らすせいで到底まともな生活送れず。

だったらもうついでだし地底に逃げようと、そういうことになった。

 

 

 

 

 

「あれ、こんな所に妖怪なんて珍しい」

「あ?あーどうも」

「はいどうも。……いや待って、確かどこかで会ったことあるよね?」

「ん?あったっけ」

 

暗くてよく見えないけど、金髪で全体的に茶色い髪の毛の人……

 

「あー、確かにどこかで会ったような……気が……」

「なんだっけ……思い出せない……そのもじゃ頭、どこかで見たような……」

「その逆さまで当然のように話しかけてくるの、どこかで見たような…」

 

あ、思い出した気がする。

 

「あれだ、蜘蛛の人だ!」

「確か勇儀に殴られて生きてた奴だ!」

「何故それを…」

「遠くから見てた」

 

やめろよ……あの人にいい思い出ないんだよやめろよ……

 

「確か名前は……や…ヤマメ?」

「そう、黒谷ヤマメ、確かあんたは毛玉だっけ」

「毛玉要素少ない毛玉ですどうも………」

「なんで急に暗く……?」

 

最近毛玉って名乗るのも気後れしてて………だって紫さんに毛玉によく似た存在って言われたし……それってもう毛玉じゃないって言われてるようなもんじゃん。

 

「毛糸ですどうも…」

「あ、あぁうん、そっか」

「で、ここで何してんの?」

「急に元気になったよ……何してるって、私ここに住んでるからなぁ」

「こんな縦穴に?」

「こんな縦穴に」

 

土蜘蛛って縦穴に住む生態でもあんの?

何回か地底に来るのにこの穴は通ってるけど、会ったのはこれで2回目。多分たまたま会わなかったんだろう。

 

「で、地底に何しにいくんだい?また鬼に絡まれて厄介な目に合うんじゃないの?」

「何回か来たことあるから流石に大丈夫……だと思う。何しに行くってのはまあ、久しぶりに行ってみようかなってのと、地上が寒すぎて」

「へー」

 

うん、聞いてるか聞いてないかわからないその反応やめようか。

 

「まあ私にはたいして関係ないけど、鬼にだけは気をつけるんだよ」

「そりゃ勿論」

 

ヤマメさんは上がっていったので、私は落下を再開した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ、到着」

 

うん!何もなかった!すごい何もなかった!何も起こらずに地霊殿に着いた!

道中パルスィさんに会ったけど、普通に挨拶しただけで終わったし、勇儀さんに出くわして詰んだと思ったけど普通に挨拶しただけで終わったし、なんだこの平和!

あと雪降ってた!地底なのに!不思議!地上と比べたら全然寒くないけど!

 

私が思ってたよりも、この世界はずっと平和だったみたいです。

 

なんか門の前に立ってた人に名前聞かれたので素直に答えたら、数分くらい待たされて中に入れてもらえた。

馬の耳生えてた。

 

 

 

そしてまあ、迷子になりつつなんとかさとりんの部屋の前まで来た。

 

……なんといって入ろう。普通にノック?それとも大声で名前を呼ぶ?いやいやそれは恥ずかしいな。久しぶりに会うんだからそれは流石にヤバいだろ、頭おかしくなったって思われるな、うん。ならばどうする?どうやって入る?それとなーく存在感示して「どうぞ」とか言ってもらう?どうしようか…

 

うん?なんか背後に気配が……

 

 

「どうも」

「あ、はいどうも」

「何扉の前で熟考してるんですか」

「………」

 

見てたなら言ってよもう!恥ずかしいじゃん!

 

「面白いなー、と思って」

「扉の前でそわそわしてるのずっと見てた?」

「見てました」

 

………もう知らん!

 

「アー、ドーモオヒサシブリデスサトリサン」

「口調どうしたんですか。あ、照れ隠し。なるほど」

「ウルセェ」

 

なんか横にある高そうな壺を自分の頭にぶつけたい。

 

「やってもいいけどちゃんと後始末してくださいね」

「やるのは止めないんだ……」

「とりあえずそこ退いてもらえますか。入れないので」

「あっはい」

 

さとりんに続いて私も中に入る。

部屋の中に入ったさとりんは、私の記憶にも残っている大きな机で作業を始めた。

 

「……その刀、まだ持ち歩いてるんですか?」

「あ、これ?いや別に。最近返してもらったんだけど、手元にないと紛失しそうで怖いから」

「そうですか。それで、寒いの嫌だったから地底に来たと……しょうもない理由ですね。ここにも雪降ってるのに」

「しょうもない言うなや」

 

あれ寒いを超えた寒いなんだもん。雪積もりすぎて私の家ほぼ埋まったからな?頭おかしいわ。

 

「それはそうと、毛糸さん、どこか変わりました?」

「あ、わかる?実は髪の毛の長さをとうとう操作することに成功して」

「そう言う話じゃないんで。気のせいでした。あと嘘は言わないでください」

 

バレたか……バレない方がおかしいか……

 

「とりあえずお燐を呼んで部屋に案内させるので、そこでゆっくりしておいてください」

「ん?別に私は……ハッ」

 

伝わる……伝わるぞさとりんの気持ちが……

仕事の邪魔だからどっか行け、あとで構ってやるからどっか行けって感じの目だ……いちいち言わせんなって顔だ……

 

「分かってくれたようでなにより」

「ご迷惑をおかけしてスミマセン……」

 

 

 

 

 

 

「久しぶりだねー、確か毛糸だっけ?」

「……誰?」

「流石に傷つくんだけど……」

「冗談冗談、久しぶりー」

 

あの後部屋から出て待ってたらお燐がやってきた。

来客用の部屋に案内してくれるようなので着いていく。

 

「さとりんって忙しいんだね……」

「まあ立場的にはこの地底を取り仕切ってる人だからね。色々やることあるんだよ」

 

机の上に書類が束のように………紙ってこの時代から普通にあるんだよね。私はまともに紙をお目にかかったことないけどさ。

 

「鬼の消費した酒の量とか、鬼の壊した建物の数とか、その修繕費用とかその他もろもろをまとめてるからねー」

「ほぼ鬼やん」

「ほぼ鬼だねぇ」

 

鬼の恐ろしさはこの身で味わったからよーく知ってる。あいつらやべーんだもん、特に筋力。

今日来た時とか小指だけで岩を持ち上げてたからね、化け物もほどほどにしろ。

山の妖怪たちが鬼を恐れるのもよくわかる。あれが上司とかもう仕事やってらんねえよ。

 

「せっかくだし、何か面白い話でもしてよ」

「面白い話?」

「あたい、地上にはあんまり行かないからさ、地底にいても特に何もないんだよ」

「そっか。でもおもしろい話……妖怪の賢者の式神に丸焼きにされた話でもする?」

「今なんて?」

 

 

 

 

 

 

「あー、ちゃんとした部屋だー。綺麗な部屋だー」

 

あの後、藍さんに焼かれた話を詳しく話したらドン引きされた。なんでや話せって言ったの自分やろがい。

それはそうと、この部屋綺麗だ。なんだろう、ちゃんと部屋って感じがする。私の住んでた家とか、今の小屋とか、言ってしまえばボロ屋だし、アリスさんの家では狭い空き部屋だったしで、来客用のちゃんとした部屋にいるのが新鮮だ。

 

さて、ここでゆっくりしろとは言われたけど、特にすることがないんだよなあ。

 

ここ、太陽も月もないから時間もわからないし、どれくらい時間が経ったかもわからない。

 

うむ……暇である。

今頃アリスさんは何をしているのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

「は………」

「どうした、鼻を摘んで」

「くしゃみを我慢しただけよ、気にしないで」

「大丈夫か?近頃おかしいくらいに寒いからな」

 

多分原因は湖の方にあるんでしょうけど……寒すぎて近寄る気も起きない。それに、寒さは今はどうでもいいし。

 

「とりあえず分かったことを整理しようか」

「そうね」

「まず分かっているのは、ここ数年、死んでいる妖怪が多くなってきていることだ」

「妖怪の動きが活発になってきたってのもあるでしょうけど、妖怪同士で争ったにしては数がおかしいわよね」

「あぁ」

 

一定の周期で妖怪が暴れ回るのは別におかしなことじゃない。だけど今回は少々勝手が違う。

 

「死んでいるのは妖怪ばかり」

「あぁ。人里にも確認しているが、人間で行方不明になっているものは例年と対して変わらないようだ」

「妖怪同士の争いがあるにせよ、人間を全く襲わないというのはおかしな話ね。まるで人間に興味がないかのよう」

 

ただ……やっているのは人ではない、これは確かだ。

妖怪にせよ人間にせよ、力を使えばその痕跡は必ず残る。妖力を使えば妖力の残滓、霊力を使えば霊力の残滓といったように。

 

「人間が妖怪を殺すには、武器を扱うか、陰陽師のように術を使うか。ほぼほぼこの二択だ。だが、今見つかっている妖怪の死体は全て、武器の類は用いられずにぐちゃぐちゃにされている」

「そして残っていた痕跡も妖力のみ。まあ妖怪の仕業と踏んで間違いないでしょうね」

 

人間には被害が出ていないと言うことは、人間には興味がなく、さらに殺す標的となっているのは妖怪。

 

「人間には実害がないし、むしろ妖怪の数が減っているから得にはなっているが……このままいけば、人間と妖怪の力や均衡が崩れてしまうかもしれない」

「まあ、この幻想郷にとっては大問題ね。これが続けば、妖怪の賢者か博麗の巫女が動くのも時間の問題な気もするけれど」

 

この騒動で殺されたであろう妖怪たちを見てきたけれど、誰もが悲痛な表情を浮かべたまま死んでいる。

恐怖、怒り、憎悪。

殺し方も、わざと苦しめるかのように。

 

「現状、私たちにはどうしようもないのが歯痒いな」

「えぇ。その妖怪が人間を襲ってくる可能性もなくは無い。このまま警戒を続けていきましょう」

「あぁ。……すまないな、こんなことになってしまって。元々はこんな話になる予定じゃなかったのだが……」

「いいのよ、私にも無関係じゃ無いし、このまま付き合うわ」

「あぁ、本当にありがとう」

「どういたしまして」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うわぁ……改めて見るとすっげえ黒いなこの刀……」

 

恐る恐る刀を抜いてみて、刀身を眺めてみる。

なんというか、禍々しい……

本当に、刀身が黒いだけで模様が入ってるわけでも無いんだけど……そもそも刀っていう武器だからか、それとも数多の妖怪を屠ってきた得物だからか、本能的に恐怖すら感じる。

よくこんなもの柊木さんは預かっててくれてたな……ありがたやありがたや。

 

 

少し昔のことを思い出してみる。

 

 

私にできた唯一の人間の友達。いや、向こうは本当にそう思っててくれてたかは分からないけどさ。

でもあれから結構経った今でも、未だに人間とまともな交友関係築けてないんだからまぁ……相当特殊な人だったよ、りんさんは。

 

あれから数十年。まあ、もし生きてたとしてもおばあさんになってるんじゃ無いかな。この時代の平均寿命とか考えたらまあ死んでると思うけど

 

まあ短い付き合いだったけどなかなかに楽しかったのは事実だ。

迫害されてたとか、実は博麗の巫女の素質持ってたとか、色々クセのある人だったけど、それなりに仲良くしてたと思う。

 

あの人の死に方は、まあ正直私はどうかと思ったけど、本人が満足そうだったんで何も言うことはない。

 

ルーミアさんとも色々あったけど、あの人はルーミアとして今も普通にいるし、そのうちひょこっと帰ってきそうだ。

りんさんもルーミアさんも、それ以外の方法を知らなかったってだけで、もっと他にやりようはあったんじゃ無いかと思う。

まあ二人とも、まともに会話が出来る時点で全然いい人じゃないかと私は思う。

結論、この世界はよく死にかけるけどなんだかんだ生きてるし優しい。

 

りんさんの刀を鞘に収める。

まあこんな物騒なもの持ち歩いてたら1000%怪しまれるから、結構隠しながらなんだけどさ。やっぱり、今私の住んでる小屋とかに置きっぱなしにすると、そのまま無くなりそうでどうも落ち着かない。

 

「しかしながら……ちょーっと中二心くすぐられるんだけど……」

 

そもそも刀自体結構来るんだよね……あと黒いし。まあその黒い理由も夜中に見づらくなるからなんだけど。

 

そしてりんさんの太刀筋も美しかった。まあ打ち合いとかする気のない殺意マックスの剣筋だったんだけどさ。

この黒いのも、ふつうの鉄じゃない何か特別な金属が使われてるとか……カタカタ動くのも妖刀って感じがして……

 

あーあ、本人生きてるうちに聞いときゃよかったかなあ。ま、はぐらかされるなり目潰しされるのがオチな気がするけど。

 

凄い今更なんだけど黒い刀ってそれ、どこぞの長男のやつなんじゃ……

まあ深く考えるのはよしとこう、うん。

 

 

 

 

「どうも、お待たせしました」

 

眠くなってきた頃にさとりんがやってきた。いや、寝てたかもしれない。

 

「あ、いや全然」

「退屈で退屈で仕方がなかったと。とりあえず私の部屋にいらしてくださいね」



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呼ばれ方に悩む毛玉

「さて」

「はい」

「改めて、お久しぶりですね」

「そうだねぇ」

「元気そうで何よりです」

「元気………うん、すこぶる元気だったよ、うん」

 

ここ最近は確かに元気だったけれども……

 

「………あぁ、藍さんに焼かれましたか。でもそれ自分から火に飛び込んでますよね」

「喧嘩ふっかけてきたのあっちだし……」

 

あの戦いはうん………トラウマにはなってるかな。あの時は冷静な判断できないくらい追い詰められてたけど、今になって思い返すと無茶したなあと。

まあ死にそうになっても紫さんが止めてくれるとは思ってたけど。

 

「というか、藍さんのこと知ってるんだ」

「誰が地獄をこんなとこに持ってきたと思ってるんですか」

「あぁなるほど」

 

つまり紫さんとも会ったことあるのね。

いやいや、地獄を移動させるって何とんでもないことやってんのあの人。さすが妖怪の賢者って呼ばれるだけある……賢者ってなんだっけ。

 

「さぁ……まあ、賢者と呼ばれる人たちは皆、普通の妖怪とは一線を画した力を持っているのは確かですね」

 

………ん?賢者って複数人いるの?

 

「いますよ、まあ、八雲紫以外知名度は低いですけどね」

「はえぇ、そーなんだ」

 

あんな変人たちが何人もいるとかちょっとやばいっす。

 

「そんな変人たちをさらに超越した存在がいるんですよね……」

「えぇ……神かなんか?」

「神といえば神ですが、まあ普通の神なんて足元にも及ばないくらい」

「どんだけなん」

「知らない方が幸せですよ」

 

どんだけ恐ろしいんだよ………

 

「……それで、あの事の踏ん切りはつきましたか?」

「聞く必要ある?」

「以前会った時は相当引きずっていたので」

 

私の中ではついてるつもりである。

まあ結構思い出したりするけど、それについて悩んだりすることはもうなくなった。

 

「地上ではこいしに会わなかったみたいですね」

「こいし?あぁうん。まあ普通の妖怪は寄り付かないような場所にずっといたからね。まだ変な動物持って帰ってきてんの?」

「えぇまぁ。今度はもじゃもじゃじゃなくて禿げた感じの動物たちを………え?怒らないのか?もちろん怒りますよ。ただ……」

「ただ?」

 

何故か言い淀むさとりん。

 

「……体験してもらった方が早いですね」

「何がって、お?」

 

って、部屋の扉が突然開いたと思ったら……あらこいし。

 

「お姉ちゃんただいま!あ、しろまりさんだ!」

「ぐふぇ、しろまりッ」

 

そういえばそんな呼び方されてたなあ!どういう思考回路してたらそんな名前になるんだろう……

 

「見てお姉ちゃん!毛の生えてない猫だよ!」

「ヘアレスキャット!?」

「へあれす?なんですかそれ」

「あ、いやなんでもない」

 

いたのそんなやつ、この日本に……どこで見つけてきたの……

 

「こいし、毛糸さ……しろまりさんから話があるそうよ」

「は?え?なに?私?何が?」

「ほら、私に怒らないのって聞いてくるならそっちがやって見せてくださいよ」

 

小声で、ほらいけ、って感じの手の動きと共に言われた。

別に私ここの人間……いや人間じゃないけど、とりあえず私関係ないし……まあやるけど。

 

「なあこいし」

「なに?しろまりさん」

「珍しい動物見つけたら持って帰りたいのはわかるけどさ、それだとさとりんが困っちゃうでしょ?」

「…うん」

「だからさ、これからはそんなことしないよう……に………」

「………」

 

え、なにやだ、なんでそんなに暗い顔して……やめろ、そんな目を私に向けてくるな。やめろ、やめろって!

 

「…ごめんなさい」

「………っうぅ!いやいいんだよ謝らなくて!さとりんには私から言っとくからさ!」

「ほんと?ありがとしろまりさん!」

「うん………」

 

あー……こういうことかぁー………

 

 

 

 

 

「ね?わかったでしょう?」

「うん……あれは無理だわ……」

 

こいしが部屋の外に出て行ったのを確認してから話を続ける。

 

「何あの目……しょんぼりしてるのはわかるけどさ……なんでこんな、こっちが凄まじい罪悪感を感じるわけ?」

「そうでしょうそうでしょう、我が妹ながら恐ろしい……」

 

お宅の妹さんちょっと落ち込むの早くない?そして立ち直るのも早くない?

それにしてもあの目……ビー玉のように透き通った目をしていて、さらに瞳の奥には何も考えていないような無機質なものが感じられて……なのにあんな悲しそうな顔をして、こっちに罪悪感を感じさせてくるんだからもう……

 

「魔性の子……」

「人の妹に失礼ですね」

「その妹に惑わされてる姉はどこの誰かなー?」

「私ですけど、なにか」

 

開き直ったー。

 

「自分の妹が可愛いのは当然でしょう」

「うんまあそうでしょうけども……

 

考えてみれば、私の知り合いに姉妹とかいるのこの二人くらいだな。妖怪自体兄弟とかあんまりいないのだろうか。それとも私の知り合いには本当は兄弟とかいるけど、私が知らないだけ?

 

「まあ妖怪自体寿命が長くて、人間と比べて繁殖力が低いというのもあるでしょうね。でも神の姉妹とかいますし、結局のところは私にもわかりません」

 

姉妹の神様かぁ。そりゃあ八百万の神とか言われるし、探せばいるだろうな。

 

「そうだ、せっかくだし温泉にでも入りますか?」

「…温泉?」

 

温泉って……あの温泉?

 

「その温泉であってますよ」

「マジか……確か地霊殿って灼熱地獄の蓋になるように建てられてるんだよね?」

「熱さが心配ですか?流石に普通の人間が入れるくらいの熱さになるようには調整してますよ。多分」

「多分?その多分で私死んだらどうすんの?」

「心臓刺されても生きてそうですし、なんとかなるでしょう」

「茹で毛玉をそんなに見たいか」

「案内はさせるので、気になるならさっさと入ってきたらどうです?」

「大衆浴場は嫌だからね」

「わかってますよ」

 

わかってるんだ……

 

 

 

 

 

 

 

 

「おー……おー!」

「見るのは初めてなのかい?」

「初めてじゃないけど……興奮するだろこれ」

 

目の前に広がるのは岩ばかりの光景。そんな中に、湯気と独特の匂いを放つ温泉……

別に特別温泉が好きなわけじゃないけど、前世ぶりだからどうしても興奮してしまう。

 

「あたい濡れるのそんなに好きじゃないからなあ」

「そっか、猫だもんな」

 

温泉かぁ……温泉……妖怪の山にもあるんじゃね?

 

「ここの温泉は地下の溶岩じゃなくて、灼熱地獄の熱を放出して温められた地下水ですけど、地上にも源泉はあると思いますよ」

「私の知らないとこでみんな入ってたりするのかね……」

 

 

 

 

 

 

さっそく服を脱いできた。

驚くことに、ここ地底にはタオルがある。ちゃんとしたやつが。だが私は騙されない、どうせ河童だろ、河童なんだろ。

 

温泉に足先をつけて熱さを確認……うん、まあ、いけるか。

本当は結構熱いんだけど、さっさと入りたすぎてもう入ってしまった。

 

「ふぅ………」

「湯加減はどうだい?ぬるかったらもっと熱くするけど」

「私を茹でる気か。これ以上熱くするなら凍らすぞ」

「鬼は熱いお湯に入って我慢大会とかしてるよ」

「優勝は?」

「言わなくてもわかるだろ」

 

ですよねー。

温泉ねぇ……いざ入ってみて冷静になってみると、そこまで温泉好きでもなかったな私。

むしろ人がいっぱいいるってイメージがあったから結構嫌っていたような……でも今回はさとりんが他の人がいないところを選んでくれたみたいだし、気にする必要はないだろう。

 

「……あれ、さとりんは?」

「帰ったよ、仕事でね」

「忙しいんだなぁ……じゃあなんでお燐いるの」

「あたいがいなきゃ帰り道わかんないだろう?」

「否定できないなぁ……」

 

地下空間なのに、ここやたらと広いからなぁ……山の面積くらいはありそうだけど。

 

「あぁー、気持ち良すぎて溶けるぅー」

「前々から気になってたんだけどさ」

「はい?」

「その髪の毛って濡れるとどうなんの?」

「どうなるって……普通に降りるけど」

「そんなにもじゃもじゃしてるのに?ちょっと想像できないなぁ」

「言っておくけど、濡れたら当然髪の毛は降りるからな?その乾いたあとがすごいボッサボサになるんだけどさ」

 

だから乾かし方には気を使っている。まあ当然だろうけど、私の場合は変な乾かし方すると、そのままの形で型がつくから、とんでもないことになりかねない。

まあ寝癖をそのままにしても違和感ないのは楽だけどな!

 

「ねえ毛糸さん」

「んー?」

「なんで人が居ないところがいいって言ったんだい?」

「なんでって……なんでだろうね」

「まだそんなにあんたのこと知ってるわけじゃないけどさ、他人を嫌うような性格じゃないだろ?」

 

他人を嫌うというよりかは……自分かなあ?

 

「他に人がいるとさ、落ち着かないんだよね。どうしても他人の目線を気にしちゃってゆっくりできないとか」

 

まあ自分でもよくわからないけど。賑やかなところは好きだけど、人の視線を気にするような所はあんまり好きじゃないって感じかな。

 

「じゃああたいは外で待ってたほうが良い?」

「いやいいよ、話し相手になるしちょうど良いから」

「そりゃよかった」

 

 

 

 

 

ちょっと熱くなってきたなぁ。

 

「なぁお燐や」

「ん?なんだい?」

「なんでみんな私のこと毛糸さんって言うんだろうね」

「敬称の話かい?」

「うん」

「そうだねぇ……」

 

そう、思えば私は、かなり『さん』付けで呼ばれている。

仲の良い人達の中でも、私を『毛糸』と呼ぶのはチルノ、にとりん、柊木さん、アリスさん、幽香さんくらいだろう。

知り合いってなると、紫さんや藍さん、慧音さんに妹紅さんとかか。

 

「なんかみんな他人行儀じゃない?気軽に毛糸って呼んでくれてもいいのに、それなりに仲が良い人でも『さん』を付けてくるし、私が仲良いって思ってるだけなのかなとか、色々考えちゃうんだけど」

「悩んでるんだねぇ……」

 

特に大ちゃんとか……今更だけど、大ちゃんって私の名付け親みたいなもんだよ?それなのに毛糸『さん』って……それに関しては気にしてないけどさ。そういう性格だし。

 

「あたいが『さん』を付けるのは、まああたいの中では来客って感じだからかな?」

「そっかあ」

 

喋り方がですますな文はみんな『さん』付けてるかと思ったけど、椛には付けてないんだよね。

でも椛は文を文さんって呼んでるしあの二人はそういうもんなんだろうな。

 

「多分だけどさ……いややっぱり……」

「あ?なに?言うてみ?怒らんから」

「怒るというより傷つきそうなんだけど……まあいいか。あたいが思うに、毛糸さんはどこか浮いてるんだよ」

「……そりゃ毛玉だもん」

「あーいや、そうじゃなくて」

「わかってるよそんなこと」

 

私は、この幻想郷においては、それこそ世界から浮いた存在だと言ってもいい。

何故か毛玉に転生し、何故か幽香さん程の強大な妖力を持ち、その上で妖精のような霊力を持っている。こんな歪な存在、どこ探しても私くらいなんじゃないかな、断言はしないけど。

 

「それに持ってる力も強いだろう?そのせいもあって、気軽には接することができないんじゃないかな?その人の性格とかにもよるだろうけどね」

「それもそうか……」

 

でもなあ、やっぱり少し距離を感じるってのは寂しいんだよな。

 

「例えばさ、普段『さん』を付けてる人が突然名前で呼んできた時のこと考えてみなよ」

「んー?」

 

お燐にそう言われ私の頭の中には文の顔が浮かんできた。

 

例えば文が『毛糸さーん遊びに来ましたよー』とか言ってくるとしよう。

それが『毛糸ー遊びに来ましたよー』になるわけだ。

 

「あ、あれおかしいな、お湯に入ってるのに寒気がしてきた……」

「大体想像はつくけど、どうだった?」

「距離が近くなりすぎてダメだった……」

 

なんでだ、文だからダメなのか?

じゃあ椛なら……ダメだ違和感しかねえ!

最終手段でるり……あいつもダメだ!椛とるりに関しては全員に対して『さん』をつけてるし!

 

あーこれあれだ、『さん』を付けられるのに慣れすぎて、急に変えても違和感しか感じられなくなってる。

みんな、私との距離感を絶妙なところで保っててくれてるんだな……

 

「毛糸さんはさ、若いし体小さいのに中身が幼くないから」

「さとりんもお燐とか以外には敬称付けてるもんな……性格って面も大きいかぁ」

 

言うて私も結構敬称使ってるしな……

 

「あ、頭くらくらしてきた、上がるわ」

「はいよ、外で待ってるから着替え終わったら送っていくよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

「あー……冬の温泉って冷静に考えて最高じゃねーかおい」

「今年の冬は特別寒いしね、春が待ち遠しいよ」

 

ちゃんと四季あるんだね……地底なのに…原理が全くわからんけど。

 

「この後はどうするんだい?」

「んー、湖には寒すぎて帰れないし、地底にずっといるのも本当はマズイし……まあ上に帰るには帰るよ」

「そっか、また来なよ」

「いやだから本当は私来ちゃマズイんだって……」

「何を今更言ってるんだか」

 

まあほんと今更だけど。

山にでも寄るかなぁ………

 

 



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技術にねじ伏せられる毛玉

「おっ、柊木さんじゃーん」

「げっ…」

「は?げってなんだよおい、言ってみろよおら」

「厄介なのに見つかっためんどくせ」

「傷つくぞおい」

「ほらめんどくせぇ」

 

めんどくさいとか言うなよ!私がかまってちゃんみたいになるだろ!否定はできないけどな!

 

「あ、この寒さももしかしてお前のせいか……?」

「私も困ってんのになんで寒くしなきゃならんのよ」

「知らんがお前ならやりそうだ」

「傷つくぞおい」

「勝手に傷ついてろ」

 

冷たい……

 

「つか何着てんの?道着?珍しい」

 

いつもは同じ白狼天狗の制服を着てるのに、今日着ているのは剣道とかで使われてる袴の道着。

 

「あぁこれか。…はあぁーっ……」

「うっわ、すげえため息……」

「これはあれだよ……はあぁ……剣の訓練?に行くんだよ」

「なんで疑問系?それにしても意外だなぁ、訓練とかするような人だったとは」

「したくねえよ……」

「はい?」

 

うわすっごい暗い顔してる……鬱病かな?縄上げたら首吊りそうな勢い。

 

「行けって言われるんだよ椛に……あとその他大勢」

「また椛かい。仲良いねえ、そういう関係なのかと誤解されるよ?」

「お前………これから起こる出来事を見ても同じことが言えるか?」

「ん?」

 

 

 

 

 

 

 

天狗の里の中の修練場にいたのはほとんどが白狼天狗だった。まあ天狗の中では白狼天狗が戦闘要員みたいだしそれは別にどうでもいい。

意外としっかりとした作りの大きな修練場だった。

 

そんな中、笑いながらほかの奴らを竹刀で叩き伏せている白狼天狗が一人。

 

「うわぁ………」

「この光景を見たやつはまず最初にそう言う」

 

これは酷い……死屍累々って言葉が似合う状況じゃない?死んではないけど。

 

「ふふっ………」

「笑ってる、笑ってるよあの子!普段笑ってるとこほとんど見たことないのに!」

 

椛がほかの白狼天狗達を全員竹刀でぶっ叩いている。その強さは圧倒的で、誰一人として椛にその竹刀を当てることができていない。

 

一人がいい感じに竹刀を振ったが、気づいたらその手から竹刀が飛んでいて、鳩尾を突かれていた。

 

これは酷い……そして笑ってるし。私でも動きが見えないんだけど。

 

「あれだけめちゃくちゃしてるのに、挑む奴が絶えないね……みんな熱心ってことか」

「そう思えるんなら、お前の頭は見た目通りなんだろうな」

「おいどう言う意味だこの……あっ」

 

あー………椛にしばかれながら顔を赤らめている奴がちらほら……

 

「うわぁ………」

「それに気づいた奴はまず最初にそう言う」

 

あれは……しばかれるのが好きなのか、椛にやられてるのがいいのか……そして椛は変わらず笑ってるし。

 

「にしても強いなぁ。このままだと全員下しそうだけど」

「この前五人が束になってかかってるの見たが、全員鳩尾を突かれて悶えてたな」

「こわ……」

「同感だ。もし俺なんかがあいつの相手してみろ、ありとあらゆる急所を突かれて最悪死ぬ」

「あいつ柊木さんに対して当たりキツイからなぁ……仲良いねえ」

「まだ言うか」

「仲はいいでしょ、関係はともかく」

 

お互いに嫌ってたらそんなに絡まないだろうしね。

 

「ん?あんた見ない顔だな、よその妖怪か?」

「あ、私?まあね」

 

なんか白狼天狗のおっちゃんに話しかけられた。

 

「お、柊木じゃねえか。お前の連れか?」

「そんなとこだな」

「こんなところに女の子連れてきやがって、お前も隅に置け……お、おいどうしたんだ二人とも、目が怖いぞ」

「いっやぁ別にー?なんでもないけど、ねえ柊木さん?」

「そうだなあ、気のせいじゃないかあ?」

「お、おちょくって悪かったな、じゃあな!」

 

そういって走って逃げ……あ、こけた。ざまあ!!

 

「柊木さんとそういう関係にみられるとか、ちょっとこの山滅ぼそうか考えるレベル」

「同感だ、お前となんて、自害したほうがよっぽどましだ。あ、さっきの奴は血祭りにしていいぞ、俺は名前知らねえし」

 

柊木さん、そういうの興味なさそうだし、私もない。ただそういう関係に見られるのはクソムカつく。

 

「もう柊木さんを椛のことでいじるのやめるよ」

「やっと理解したか、俺の気持ちを」

 

すまんかったな……これからは足臭だけでいじることにするよ……

 

「いて、なんで蹴った」

「なんか腹立った」

「は?」

 

こいつ……さとりんと同族か?

 

なんてくだらないこと考えてると、目の前に竹刀が飛んできた。

 

「うん?」

「そこのもじゃもじゃと足臭、かかってこい」

「うわぁ見つかった」

「うわぁ帰りてー」

 

 

 

 

 

 

「売られた喧嘩は買うタイプだけど、まずは落ち着いて話し合いでもしようじゃないか、な?」

「言葉は不要」

「ダメだこりゃ」

「すっげえ生き生きとした顔してるなお前……」

 

とりあえず竹刀を持ってみたけど……思ってたより重いなこれ。

 

「お?なんだなんだ?」

「見ろよあの二人、足臭ともじゃもじゃだぜ」

「足臭はともかく見ろよあのもじゃもじゃ、見るからに貧弱だ」

「おいおいおい」

「死ぬわあいつら」

 

よしそこのモブども、あとで穴という穴に氷をぶち込んでやるから覚悟しとけ。

 

「しかし目立つなあ……ただでさえ白狼天狗じゃなくて目立つのに」

「安心してください、今からそこでくたばってる奴らの一部にしてあげるので」

「うわ物騒……」

 

とりあえず体の前で構えとくか……

 

「おい毛糸、俺があいつの注意を引く」

「へ?そんなことできんの?」

「大丈夫だ、これでもあいつに殴られた回数はそこらの奴より多い。流石の俺でも多少動きはわかってる。俺が時間を稼いでる間に一発入れろ」

「わ、わかった」

 

柊木さん……自らを囮に…その犠牲、無駄にはしない。

 

「じゃあ行く……ぐはっ」

 

椛に向き直した柊木さんの腹に竹刀がぶっ刺さった。

 

「まずは一人」

「ふぁ?ちょ、え、柊木さああん!?はやい!早すぎるって!あれだけ大見得切っといてそりゃあねえよ!」

「ふふ、次はあなたの番ですよ……」

「ヒェッ」

 

柊木さんが動き出す前に近寄って、鳩尾を一突き……

まあ待て、落ち着け私。

技術では足元にも及ばないだろうけど、力では私の方が勝っているはずだ。妖力に物言わせて、その技術を力でねじ伏せてやる。やはり筋肉がモノを言うんだ、私筋肉全然ないけど。

 

椛が腹を抱えてうずくまってる柊木さんの元へ歩み寄る。

 

「ごふぉ」

「柊木さん!?おい今なんで蹴った!死体蹴りだぞ!」

「なんとなく」

 

なんとなくで人蹴るのかこの娘は!よくこんな奴と付き合ってるね柊木さんは!

 

「さあ、どこからでもかかってきなさい」

「くそ、お前私が剣の腕素人なのわかってんだろ!?」

「どうせ妖力で脳筋してくるんでしょう?わかってるんですよ」

「くっ、何故バレた」

 

それにそのニヤケ面……この場で妖力出したら周りの奴らに見られてややこしいことになるのわかってんだろ!?その上でその顔だろ!?うっわ腹立つわー、腹立つわー!

 

しょうがない、せめて霊力で体を強化しておこう。

 

「と見せかけてオラァ!」

「見え見えです」

 

踏み込みの一瞬、足だけに妖力を流して、さらに体を宙に浮かして低空で飛んで近づいた。まああっさり見切られたけど。

そのまま椛を通り過ぎてしまったので椛のいる方向に向き直す。

 

すぐに竹刀を振ってきたのでこちらも動いて打ち合いに……

 

「ひょ?ゲボラッ」

 

気付いたら手から竹刀が抜けていた……

 

「お、おえぇ…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うっ……おえぇ」

「痛くて動けん」

 

あの後気を失いそうになりながらも、柊木さんを浮かして建物の外まで運んだ。鳩尾思いっきり突かれた。ちぬ。

 

「あいつ思いっきり蹴りやがって、骨いったぞこれ」

「フッ、骨ヒビ入ったくらいで情けない。私ならその程度全然動けるぞ、おえっ」

「おうお前の場合すぐ治るからな。なんで今苦しんでんだ」

「内臓にクリティカルヒットした……」

 

四肢とかのわかりやすく損傷したところはすぐ治るけど、臓器が傷つくと治癒に時間かかるのは昔から変わってない。

 

「というか、竹刀が私の手からすっぽ抜けたんだけど、あれなに」

「椛がこう、お前の竹刀をすり上げるようにしてそのまま弾いたんだよ、こんな感じで」

 

身振り手振りで説明されるが……

 

「うん、全くわかんない」

「相変わらず馬鹿だなお前」

「お前の説明が下手なんだろ」

「あ?なんだと?」

「お?やんのか?……いや、やめとこ。今動いてもお互いに傷を抉るだけだ」

「それもそうだな」

「じゃあ止めを刺してあげましょうか」

「うわ来たよ……」

「帰ってくれ……」

 

二人で痛みにヒィヒィ言ってると椛がやってきた。うん、帰って。

 

「もういいの?まだ中に人いるけど」

「流石に疲れたので」

 

壁の隙間から中を覗いてみる。

うわぁ……死体が増えてる……いや死んでないけど。

 

「あれだけまだぶっ倒れてる奴らいるのを見てると、私はともかくとして柊木さんは随分体力あるね」

「違う、俺がこいつの動きに反応して急所を外させたからだ」

「嘘つけ」

「本当ですよ。まあ腹立つので蹴りましたが」

「なんとなくって言ってたよね!?」

「それもあります」

 

何この子怖い…というか、お前ら腹立ちすぎだろ!ストレス社会で生きてたらそうなんの?

 

「椛さ、なんであんなに楽しそうだったの?」

「そうですね……自分でもよくわからないけど、強いて言うなら、勝利による優越感ですかね」

「優越感?」

「私より強いと思っている奴らの鼻を折る、本来私より強い存在を負かす。一回勝つごとに自分の格が上がっていくような気がして」

「はぁ……わからんでもないけど」

「もちろん、こういった勝負の上でですよ。命の取り合いは好きじゃないので」

 

ようするに勝利の美酒を味わいたいってことだな!そうだろ!

まあ思考自体は割と平和でよかったけど……

 

「………あっ」

「どうした?」

「思えば私たち……全員白髪だな!」

「そりゃあお前、俺と椛はそういう種族だし」

「というか、足臭と一緒にするのやめてもらえますか」

「は?臭くねえし」

「お前らそのやりとりいつまでやってんの?」

 

飽きないなあ……

 

「そういえば文は?」

「今は軟禁されてます」

「へ?」

「仕事抜け出し過ぎて、その分の」

「あーなるほど」

 

 

 

 

 

「もう日が落ちかけてるなぁ」

「俺、この痛みが引くまで歩けそうにないんだが」

「じゃあ私が浮かしてやるから、椛に運んでもらえ」

「は?おいちょっと待て!こいつだけは、こいつだけはやめてくれ!」

 

おいおい、女に運ばれるのは勘弁とかしょうもないこと言うなよ?

 

「何されるかわかんねえ!頼むから!おい、なんでお前は黙って担いでんだ!」

「このまま川に流してきますね」

「やめろおおおおお!」

 

うん、私が運んであげた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やあ盟友久しぶり!」

「うんつい最近会ったよね?」

「そうだっけ?いやー最近記憶があいまいで」

 

おいおい大丈夫かよ……

今から帰るのも暗くてあんまりだったので、河童のところで泊まっていくことにした。

そしてにとりんが作業場で何かしてるところを見かけて今に至る。

 

「で、何作ってんの、それ」

「ふっふっふっ、よくぞ聞いてくれた!これぞ河童の技術の結晶!全自動!きゅうり!収穫機!」

「は?このよくわからん拳サイズの鉄の塊が?」

「その一部さ!」

「一部かい、そしてきゅうりに技術力注ぎすぎな」

「ついでにいうと全自動は盛った、本当は半自動」

「嘘つき!ちょっとロマン感じたさっきの私を裏切った!」

 

とりあえずにとりんの作業が終わるまで、私の部屋の前で待つことにした。

ちなみにるりはいなかった、珍しい。

 

 

 

「ふぅお待たせ。……あれ、もしかして目を開けたまま寝てる?」

「起きてるわ、360度どこから見ても起きてるわ」

「あれ、髪切った?」

「切っとらんわ」

「あれ、胸大きくなった?」

「はっ倒すぞ」

「あれ、その刀は?」

「オレの刀がお前の血を求めているぜぇ……と言うのは冗談で、ある人の形見だよ。話したことなかった?」

「そういえば前会った時も持ってたような。ちょっと見せてくれる?」

「いいよ」

 

りんさんの刀を鞘に収めたままにとりんに渡す。

時々カタカタするけど、勝手に動いて人を斬ったことはないのできっと大丈夫。

 

「うわ黒!なんだこの刀身」

「前の持ち主の趣味」

「えぇ、悪趣味だねえ。……でも、いい刀だね。大切にしなよ?」

「お、おう」

 

私にゃ刀の良し悪しとかそんなにわからんのだけど。

 

「てかよく平気で刀抜けたね、なんか感じないの?」

「うん、正直なんか冷や汗が止まらない」

 

うわほんとだあ。

 

「あぁ、そういえばちょっと穏やかじゃない話になるんだけど、昨日から天狗が何人か行方不明になっててね」

「天狗が?」

「あぁ、まぁ今のところは哨戒に出てた白狼天狗だけなんだけどさ」

「逃げ出したとかじゃなく?」

「さあね。まあどうせ、何処かの妖怪の仕業だろうって話さ。物騒な話はいつになっても絶えないね」

 

うーん……天狗の中でも白狼天狗は戦いに長けてるほうではあるし、妖怪にやられたとするならば、その妖怪はそれなりに強いということになる。

 

「捜索隊も出てるし、妖怪の仕業だったとしても直ぐに解決すると思うけどね」

「集落の外に出たやつが死んでるのか……」

 

レティさんの話してた、妖怪の死体の話が頭に浮かぶ。

嫌な予感。

 

「まっ、河童の私たちにはたいして関係ない話だけどね」

「それって不味いんじゃ」

「へ?なにが?」

「るりって今どこに?」

「どこ……あれ、おかしいな。もう暗いし地下の作業場からは帰って……」

 

視界の端で、空に上がった眩い光をみた。

 

「にとりん、あの光は」

「……緊急事態を知らせる閃光弾、持ってるのは河童だけ……」

 

嫌な予感は的中した。

 



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嫌悪

走る、全力で。

間に合わなかったなんてあってはならないから。

 

「まずいね……」

「なにが!」

「あの閃光弾、光だけじゃなくて爆音も出るはずなんだ」

「あ?でも音なんて…」

「河童はこの時間でも作業してる、私たちはたまたま光を見つけたけど、他のやつがどれだけ気づいたかは期待できない」

 

音が消されたか?

とりあえず援軍は見込めないってことか……私とにとりんでなんとかするしかないか。

 

 

 

 

 

 

 

「ぁ……うぁ……」

「おぉ、派手に鳴るねー」

 

首を掴まれている。苦しい、息ができない。

 

「助けでも呼ぶつもりだった?けど残念、君に残念なお知らせ。あの爆音は外の奴らには聞こえていない」

 

聞こえていない……音が消された?

 

「……いいねぇ、その絶望した顔。それじゃ止めを……ん?」

 

なにか硬いものが飛んできて、目の前のやつはそれを弾くためにあたしから手を離した。

途端に体が浮いて吹っ飛んで、誰かに抱えられる。

 

 

「大丈夫生きてる!?」

「うぅ…….……ん…死にかけにもじゃもじゃ…」

「よしにとりん生きてたやれ!」

 

 

 

 

 

私の合図でにとりんが閃光弾を放った。

耳を塞いで目を背けて、光と爆音を防ぐ。

 

「うわ、眩し」

 

光が収まってから敵の姿を確認する。

暗くてよく見えないが、とりあえず妖怪であることは確か。

 

「毛糸、るりは」

「出血が酷い、応急手当てしといて。あいつは私がやっとく」

「頼んだよ」

 

るりをにとりんに任せて、二人の前に立つ。

あいつ、手が血で汚れてる。

 

「あーあ、光だけでこんなに早く来るとは」

「妖怪殺して回ってるのはお前か」

「この状況で聞く必要ある?」

「一応聞いただけだクソ野郎」

「いきなり敵意剥き出し………無表情だね」

「あぁん?」

「怒ってるのは言動だけ、その顔は至って無表情」

 

……なんで私の顔について話し始めたんだ、こいつ。

 

「後ろの河童なんて、気持ちいいほどの憎悪を向けてくるのに。君は表情が変わっていない」

「それがどうした、初対面なのに気持ち悪いぞお前」

「面白いね……さっきその河童を助けたときなんて、もうすっごい必死な表情してたのにね」

「うるせえよお前……」

 

どんどん腹立ってきたけど、顔には出さない。

一度キレたら収まらなくなって、そのままなんかやらかすような気がする。ほんとなら妖力ぶちまけて暴れたいところなのに、自分でも驚くくらいには冷静だ。

 

「その無表情な顔の歪んだとこ、ぜひ見てみたいなあ……」

「………」

 

ふと、真横にあった河童の死体に気づく。

 

「あぁそれ、いい顔してるでしょ」

「お前のいい顔の基準が、恐怖に歪んだ顔ならそうなんだろうな」

「最近はわたしに憎しみとかを向けてくれる奴を探してるんだけど、皆怖がった顔ばっかりでね。君ならわたしの望む顔を見せてくれるかな?」

「……お前、気持ち悪いな」

 

手に糸を持って氷を纏わせて剣の形を作る。

剣に妖力を通して硬くし、振る動作の構えをする。

 

「ん、どうしたの?そんなところから振っても当たらな———おぉ」

 

当たらないと油断している奴に向かって振った剣が伸びた。

 

「刀身が分かれて伸びてきている……蛇みたいな動きだね」

「察しいいじゃん」

 

私が作ったのは蛇腹剣、それも馬鹿みたいに伸びる奴。

私が取り出した糸の周りに氷を纏わせて剣を作り、私の意思に応じて糸ごと伸びてムチのような動きをする。

この糸はアリスさんが人形を操る練習に使っていたらしい糸、確か魔導糸。魔力を流すと、事前にかけられていた魔法が発動する。

 

私はこの糸に伸縮の魔法の魔法をかけてもらっている。使う分には妖力や霊力でも問題ない。

妖力さえ流せばどこまでも伸びるし、刃も私の氷で出来ているからいくらでも増やせる。

 

「ま、致命傷にならなくて残念だったね」

「全くだ」

 

構わず剣を振り回す。

妖力を込められたそれは硬く、さらにわたしの腕でめちゃくちゃに振り回しているため、並の妖怪なら即座に肉塊になるだろう。

 

「まるで嵐だね。これが今の君の心境かい?」

「どうだか!」

 

いとも容易く避けられてるわけだけど。

 

「いいねえその殺意。命を奪うのに躊躇がない」

「多少躊躇ってるさ。相手が妖怪だから多少乱暴にしても生きてるだろって考えてるんでね!」

 

凄いな……周りの地形はえぐれてるのに、簡単に身を捻って避けられてる。結構自信あったんだけどなこれ。

 

「よっと」

「砕くんかい……」

 

このままじゃぶん回してても意味がなさそうだ。せっかく作ったのに残念だが、振り回してた方が不利になりそう。

 

「にとりん、手当て済んだなら逃げて」

「あ、あぁわかった」

「残念だけど逃げられないよー。君たちは既にわたしの領域内に入ってるからねー」

「あん?」

「わたしの領域に入った者は、私がそれを解かない限り外へ出ることができない。音でさえね」

 

音も外に出さない、だから閃光弾をかましてたのに音が聞こえないわけだ。この中で鳴らしても音が外に出ていかない。

 

妖力弾を作って適当に空に投げてみる。

 

「……こりゃ突破するのにも骨が折れそうだなぁ。頑丈すぎんだろ」

 

見えない壁に当たって爆発して消失した。範囲こそ狭いけど、岩を吹っ飛ばすくらいには強い爆発なんだけどな。

 

「外から中へ入ることはできるよ。わたしもいろんな顔が見たいからね。入るのは自由さ」

「じゃあお前の全身の骨を折って泣かして出してもらうわ」

「無表情が崩れてるよ、感情を出さないのはやめたのかな?」

「頭の中は至って冷静だから安心しとけ」

 

剣を引っ込めて普通の長さに戻して、氷を生成し敵に向けて乱射する。

 

「みたいだね、こっちとしては我を忘れて突っ込んできてくれるのを期待してるんだけどなあ」

「飄々としてんのに馬鹿みたいに力強いやつにそんなことするわけねえだろ」

「失礼な、わたしなんて、自分より弱い相手にしか積極的に戦いを挑まない弱虫だよ」

「考え方が卑劣だよお前」

「ただ人の歪んだ顔が好きなだけなのに、なんでそんなこと言われなきゃいけないんだい?」

 

とことん煽ってくるなこいつ……

 

「わたしはね、強い負の感情が大好きなんだ。その後ろの河童の憎悪もいいね」

「突然自分語り始めてどうした」

「少しくらい語らせてくれたっていいじゃないか。そしてね、わたしはその感情を見るために生き物を殺すんだ。出来るだけ痛めつけてね。わたしへ向けられる恐怖や絶望、怒り、後悔。どれも素晴らしい。痛みに絶叫しながら死んでいく奴らの顔といったらもう………」

 

恍惚とした顔しやがって……

 

「そこの紫の髪の河童なんて特によかったよ?助けが来ないと言われた時のあの顔!よほど死ぬのが怖かったんだろうねえ。死んだ時の顔、見たかったなあ」

「はぁ…………おい、私がお前に対してブチギレたらその鬱陶しい語りはやめてくれんのか?あん?」

「お、笑ってるね。一周回って笑えてくるって奴?」

「かもな」

 

何人こいつに殺されたのだろうか。こんなクソみたいなやつに。

 

「あぁそうだよ、妖怪が他者を殺すのは別におかしいことじゃない。集団としてそれを縛る決まりはあっても、種としてそれを縛るものはない」

「……急に何を?」

「だから今から私がするのは、ただのお前に対しての私怨だ」

「………」

 

そう言った途端、あいつの顔が変わった。とても嬉しそうな顔。

 

「あぁ、いい……憎しみと憎悪に染まり切ったその目……それを見たかったんだよわたしは…」

「ここまで誰かを殺したいと思ったのはお前が初めてだ」

「いいよ殺して見せなよ!わたしも君の苦しんだ顔を見れるように精一杯努力するからさ!」

「黙ってろクソが」

 

後方からのにとりんの銃撃が敵に向かって飛んでいく。それに合わせて私も突っ込み、全身に妖力を回して拳をねじ込む。

 

「つぅ!とんでもない力強さだねえ!」

「片手で受け止めといてよく言う」

「命のやりとりは好きじゃないんだけどな」

「一方的に嬲り殺しにするのが好きってか?」

「よくわかってるじゃないか」

 

私だって体は貧弱だが、妖力をフルに使った状態での身体能力は地底の鬼をも上回ると思っている。さすがに勇義さんには敵わないけども。

 

「おっと!頭を狙った弾か、いいねえ」

「なんで躱せるんだよ今の……反射神経どうなってんの。私とは次元が違うな……」

「次元違くてもにとりん援護よろしくな!」

「あんまり期待しないでよ!」

 

弾丸を見て避けられてる時点でダメージは期待できないけど、鬱陶しいと思ってくれれば上々か。

 

「じゃあお返しといこうか」

 

そう言って拳が返ってきた。

妖力を全身に流し込んでいるのでそのまま腕で受ける。

 

「ったぁ!てめえその辺の妖怪の妖怪とか簡単に殺せるだろ」

「渾身の一撃を片腕で受けられてるのにそんなわけないだろー?」

 

全力で防御したはずなのに腕が痺れてる……すげえ謙遜してるがこいつ相当にやばいな。にとりんに近づけたらだめだ。

 

「君の顔を歪ませるにはどうしたらいいかなあ。やっぱり、後ろのあの二人を殺した方がいいのかなあ」

「させると思うなよクソ野郎」

「うーんいい顔」

 

こいつは本当に、いちいち人をイラつかせるのが上手い。

 

「そういう顔もいいんだけどさ、やっぱりわたしが見たいのは君の悲しみや憎しみ、絶望や苦しみに満ちた顔なんだよ」

「今のこの顔じゃ不満か?おい」

「誰も不満だとは言ってないだろう?もっといい顔を見たいなってだけ」

 

氷と妖力弾を飛ばしつつ、にとりんの近くに寄る。

 

「にとりんちょっと」

「…?」

「—————」

「え?あぁうん。わかった」

 

伝えることを伝えたら敵に向き直る。

 

「何話してたの?」

「教えると思ってんのか?」

「いや別に。それはさておき、そろそろわたしも君のために本気だそっかなー」

「私のためを思うならさっさとどっか行ってくれ」

 

距離をとったあいつから妖力が漏れ出る。大妖怪にも匹敵するような、膨大な妖力。

「行くぞー!」

 

敵の姿がブレたのでにとりんを囲うように氷の壁を作り出す。

 

「っとと。あ、わかっちゃった?」

「自分より弱い奴を殺すのが好きなんだろ?」

「うーん、勘が鋭くて残念だよ」

 

蹴り一発で氷の壁を破壊されるが、すぐに近寄って妖力弾を放って距離を取らせる。

下がった時に何かナイフのようなものを投げられて体に掠ったけどそれだけだ。

 

「やっぱりまず君を戦闘不能にしてから彼女たちを殺ったほうがいいかな」

「やらせるわけねえだろ」

 

またもや高速で移動され、正面まで近寄られる。

反応して腕を交差させて防御するが、それを見越されて妖力を纏っていなかった肩から両の腕を引きちぎられる。

 

「あ、意外と柔らかいんだね君の———」

 

私の体を貫通した弾丸が、そいつの体を貫いた。

 

さっき私がにとりんに伝えたのは、私を構わず撃てってこと。

銃弾程度なら急所じゃなけりゃすぐに傷は塞がる、だったら私に当たることを気にせずにやってもらったほうがいい。

身体能力は馬鹿げてるが、弾はちゃんと通るようで何より。

 

「せっかく引きちぎった腕だが、すぐにまた生えるぞ」

 

腕に過剰なほどの妖力を突っ込み再生、次に備える。

 

弾丸に体を貫かれたそいつ、下を向いたまま黙っていたが、少しずつ、ゆっくりと体が動き始める。

 

 

 

「———あはぁ」

 

 

 

ゆっくりと上げたその顔は笑っていた。

 

「うっわお前きも——」

 

反射的に身体が防御の姿勢をとっていた。

 

視界がとんでもない速度で流れていき、後ろにいたにとりんとるりを巻き込んで見えない壁にぶつかる。

 

「いたた……今何が…って毛糸!腕もげてる!」

「すぐ治るから。にしても今の、正面から受けたのに腕が両方持ってかれた。これ連発されると怪しいな。ってかるりは?」

「もとより死ぬほどの傷じゃなかったから大丈夫。まあしばらく気は失ってるだろうけど」

 

とりあえず二人が無事でよかったが、今の一瞬で両腕を2回も再生することになるとは……

 

「ったあ!流石に限界を超えた力で殴ると痛いなぁ!」

「流石に今のはそっちにも反動くるよな、安心したわ」

 

近寄ってきたあいつの腕から血が垂れている。

 

「君も、もう腕治ってるし。再生力が高いだけなら永遠に痛みを与えるとかできたのに、その様子じゃ痛みも感じてなさそうだね」

「死ねよ」

 

妖力を凝縮した大弾を投げつける。

大爆発に巻き込んだが、煙が晴れると何もなかったかのように立っていた。おまけに腕の傷も治っている。

 

「もう、少しくらいお喋りしてくれたっていいだろう?」

「お前と喋ることなんぞ何も………あ?」

 

なんだ、急に身体が動かなくなった。すぐに体を浮かして倒れるのは防いだけど。

 

「あれ、どうしたの急に動かなくなって」

「どうしたの、ってお前だろ……」

「……毛糸?」

「んー?あ、そっか、さっきの小刀か!あれにちょっとだけ毒を塗ってたからそのせいだね!」

 

あーくそ、最悪だ。

 

「掠っただけだしその再生力だから、すこしだけ体が鈍くなってくれたらと思ってたんだけど…さては君、こういうのへの耐性が相当低いね?」

 

なんの毒だったかは知らないが、普通の妖怪なら体が痺れるくらいで済んだだろう。だが私の場合は体が全く動かなくなる。

 

「運がいいなあ。用意しといてよかったよ」

「離れろ!」

 

私に近寄ってきたそいつに向かってにとりんが銃弾を放つが、素手で受け止められてしまう。

 

「流石に見えてたら当たらないよ。さーて、君をどうしてやろうかなあ」

「………」

「このまま四肢をもぎ取る?その状態だと再生はどうなるのかな?体は浮いてるけど他は?妖力はまともに使えない?だったら君の体を死なない程度に引き裂くかな、すぐに再生できないように。どうせ少ししたら体が動けるようになるだろうし。そうして君が動けない間にあの二人を殺そうかな、君の目の前で。君の顔を眺めながらあの二人の悲鳴を聞く……いいねえ、これで行こうか」

「お前……よく喋るな」

 

どうする、どうすればいい。色んなことを考えるがそもそも体が動かないんじゃどうしようもない。

 

「ところでその刀なに?大切なもの?じゃあもらっちゃおっかなー」

「触んな」

「あ、やっぱり大切なものなんだね。じゃあこれで君たちを斬ろうかなー、なんて」

 

触らせない。そうは思ってもどうすることもできない。ただひたすら、自分への怒りが募る。

 

「いただき———————あれ?」

 

私の腰に刺さった刀をそいつが抜き取ろうとした途端、体が勝手に動いた。信じられない速度で腕が勝手に動き、そいつの腕を切り飛ばしていた。

 

 

 

「えぇ………」

 

我ながら間抜けな声を出したと思った。



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憎悪

体が勝手に動いた、あの人の刀を抜いて斬った。

 

にとりんも戸惑ってるし、あいつも戸惑ってるし、私も戸惑ってる。

体が動かないはずなのに動く、私は動かせないのに、勝手に動く、動かされる。私の意思とは関係なしに。

 

「その刀……それに動かされてるのか」

 

考える暇もなく体が勝手に動いて、そいつに斬りかかる。

寸前で避けられるが、身体がとんでもない速度で動いた。妖力も循環させていないのに。

明らかにリミッターの外れた動きで、私の足が既にぐちゃぐちゃになっていた。

 

足に妖力を流して再生、ついでに腕もイカれていたので再生、体に妖力を循環させる。体は動かないが、再生はできるみたいだ。

傷が治った途端にまた身体が勝手に動く。

 

「身体が動かないから好き放題できると思ったわたしの感動を返してよー」

「知るかボケ」

 

斬り上げ、薙ぎ払い、突き。どれもどこかで見たことがある動き。私はできないような動き。

 

「おっとっと…その動き、その刀がやってるの?それとも君?いずれにせよ厄介な太刀筋だね」

 

私じゃない、この刀だ。

外した隙を狙って攻撃されても、無理矢理体勢を変えて防いでいるから関節がどんどんイカれていく。

 

妖力を自分の周りにドーム状を出され、体を引いたところを掴まれ投げ飛ばされる。そんな中でも私の体はあいつに切り傷をつけていたが。

 

「よっと……腕一本丸々再生するのは時間かかるからね、くっつけないと」

「くっつけてすぐに治るのかよ、化け物が」

「一瞬で腕を生やす君に言われたくはないなあ」

 

また一瞬で近寄ってくる敵。

力も速さも、私を上回ってるだろう。こっちの再生力の方が高いだろうが、向こうもちょっとした傷ならすぐに回復するだろう。

 

どこに隠し持ってたのか、白狼天狗が持っているのと同じ刀を取り出して斬りかかってくる。

それを私は刀で受け流し、そのままそいつを蹴った。

 

「守ってても隙はつけず、攻めても受けられる……厄介すぎるなあ」

 

そうだ、これはあいつにとってとても厄介。

さっきまでの私とは動きがまるで違う上に、剣の腕も立つ。基本力任せだった私の動きに加えて技も一緒になって襲いかかってくる。

さらに自傷を厭わない動き、普通じゃありえない動きを繰り返す。

 

 

りんさんだ、動きが全部りんさんなんだ。

 

ずっとりんさんはこの刀を振ってきた。それこそ死ぬ直前まで。そもそも化け物じみてたりんさんが、ずっと殺意を込めて、命を刈り取ってきた刀。なにか残留意思のようなものが宿っていてもなんらおかしくない。

 

そしてなにより落ち着かない。

 

このりんさん特有の危なっかしさ。それが丸々自分に降りかかってきたようで全く安心できない。

 

けどまあ、それを含めて少し嬉しい。

 

ずっと預けてたっていうのに、この暴れっぷりだ。私が刺されてもおかしくないと思ってたのに、実際は目の前の敵に対して動いている。

 

「何嬉しそうにしてるのさ。楽しくないなぁ」

「お前の不満そうな顔が私にとっては楽しいさ」

 

この刀の中にりんさん本人が宿ってるわけではない。この中にあるのは、ただ自分の嫌いな奴を斬るという本能。

奇しくも、私と同じだ。

 

「身体は任せた」

「何言ってるのか、な!」

 

妖力弾の壁が押し寄せてくる。

全部私が作り出すやつと同じくらいの威力はあるだろう、それを私の身体は、刀に妖力を込めて斬撃を飛ばしてかき消した。

斬撃はそいつの首を刎ねることなく、山の木々を薙ぎ倒していった。

 

「うわぁ……当たったら真っ二つだよあれ……」

「真っ二つが嫌なら細切れにしてやるよ」

「やれやれ、自分より強い相手とはやり合いたくないんだけどな!」

 

距離を詰めて首を狙うが、向こうの持っていた剣で防がれる。普通の剣なら容易く折れるはずだが、向こうも妖力を流し込んで硬くしているらしい。

 

私は私の意思ではない動きで、あいつを攻撃し続けていた。

 

 

 

 

 

 

面倒

ただそれだけだった。

 

恐らくこの白い髪の奴はあの黒い刀に体の所有権を握られている。

いや、取り返そうと思えば取り返せるか。自分の得になることを理解して、わざとあの刀に所有権を明け渡している。普通そんなことになれば混乱するはずだが、この一瞬で自分に何があったか理解して信用することにしたんだ。

 

さっきまでのとは違う攻撃的な立ち回り、自傷も厭わない無茶な動き、消える気配、巧みな剣術。

 

はっきり言って、こいつは戦いの素人だと思っていた。いや、それは間違ってなかったと思う。

妖力の強大さで言えば同等、再生力を加味すればこちらが不利といった感じだったけど、毒が効いたり、向こうは河童二人を守らなきゃいけなかったりと、さっきまでは優位に立っていたはずだった。

 

それがあの刀の一本で全て狂わされた。

 

吹っ切れる限界だったはずの彼女の精神が一瞬にして安定し、まったく違う動きでわたしを翻弄してくる。

 

もっと会ったのが早ければとっくに死んでいたかもしれない、今のわたしの力は多くの妖怪を殺したことによるものだから。

 

さらにあの刀、あれの攻撃を受けるたびにこっちの精神がすり減るような感覚に陥る。

まるで魂そのものを削がれているような、そんな焦りを与えてくる。それはただの切り傷だというのに。

 

あの黒刀からは怨恨の念が感じられる。それも膨大な量の。

きっとたくさんの妖怪をそれで殺してきたのだろう、持ち主は彼女ではなく別の誰かだろうけど。

恐怖、絶望、憤怒、憎悪、殺意、いろんな感情が渦巻いている。同じように沢山の妖怪を殺して、その感情を感じてきたわたしにしか感じられないであろうそれが、生きているものに恐怖を与えている。

 

「それの持ち主は一体どんな奴だったんだよ」

「お前とは違って話が通じる人だったさ」

「それだけの悪意があるのに?」

「お前如きが推し量れるような人じゃないんだよ」

 

ものすごい信頼だ。その者の恨みや衝動がそのままその刀に宿っている可能性だってあるというのに。

 

 

 

 

 

 

 

 

この刀は、りんさんは、今私のために動いてくれている。

私の体を使い潰すようなやり方をしているあたり、遠慮なしで流石はりんさんと言ったところだろうか。

 

何がどうしてこうなったのかは知らない。でもそれは今考えるべきことじゃない。

 

本当はすっごい暴走したりしないかなとか、突然にとりんの方に斬りかかったりしないかなとか色々と不安なんだけど、気にしてもしょうがない。

 

 

 

「やれやれ、これだけはしたくなかったんだけどな。反動すごいし」

「したくないならするなよ、そのまま首をもらう」

「そっちの方が嫌なんだけどな」

 

反動がすごい、つまりさっきもやった自分の体を破壊するほどの力を出すってことだ。

こっちも常に体を壊し続けているため妖力の消費が洒落にならないところまできている。早く終わらせたいけど、なかなか決定打にならない。

 

「そろそろ増援も怖くなってくるしね。じゃあ行くよ」

 

恐らく残っている妖力のほとんどを使ったのだろう、奴の体からとんでもないほどの妖気が発せられる。

同時に体が吹っ飛んだ。腕から骨が飛び出ているところを見る限り、私の体がなんとか反応したけど、刀で防いでそのまま吹っ飛んでしまったらしい。

 

それを受けて私の体は完全に勝手に行動を始めた。

向こうと同じように、残っている妖力の殆どを全身に巡らせる。私じゃなくて、この刀の意思だ。

 

続けてきた追い討ちに、毛玉になることで回避して、すぐに戻って刀を振る。

向こうが妖力を纏わせた状態は硬く、刃が音を立てて止まってしまった。流石に硬い。

このままじゃ斬れないと思ったのか、私の体から妖力が刀に吸われた。

 

だけど、刀を塞がれた一瞬の隙に首を掴まれ地面に叩きつけられた。反撃に妖力弾を至近距離で放ったが、煙を上げただけで効いていない。

 

身体能力の一時的なブースト、わたしより素の身体能力が遥かに高い分その上昇量は凄まじいものになっている。

 

 

刀を握っていた右腕が引きちぎられた。

 

「これで厄介な刀とはおさらば。そして」

 

腹に奴の腕がめり込み、貫通した。

それで止まることなく、私の体は全力の殴打を叩き込まれ、何一つ動かせない状態になった。

 

「………」

「痛みがないってのは便利だね……」

 

ここで反動がきたのか、向こうも全身から血が噴き出す。

 

何故私の再生力が高いのか。それは単純に、肉体が貧弱だから、再生に必要な妖力が少なく済むからだ。

なら肉体が強ければどうなるか。己の肉体を破壊するほどの力を出したとき、その力は凄まじいが再生には時間がかかる。

 

今回の場合、私は力で完全に負けている。すぐに再生できるほどの妖力もほとんど残っていない。

 

「君はもう動けないだろうけど、私はまだ動ける。彼女が撃ってくる鉄の弾も、まあこの状態でも受け止められる」

「………」

「正直腹に穴開けられても生きてるのが不思議なんだけど」

 

意識が朦朧としてくる、全身が凹んでいる上に腹には穴が空いている。そんな状態でも生きてるあたり私はゴキブリなのかもしれない。

 

「今回は逃げるよ。今は君の殺し方を考える余裕も、それを楽しむ時間もない。その刀がある限り、それも難しそうだ」

 

逃げる、か。

 

「それでも諦めた訳じゃないよ?君の絶望した顔、想像しただけでも興奮してくる。何度でも、君に会いにくるよ」

「………き、しょ……」

 

突然、何か体が熱くなってきた。

 

ここで逃していい奴じゃない

 

今ここで、殺しておかなければ

 

そんな考えで、頭の中が埋め尽くされる。

 

「じゃあね、名前も知らないけど、また会おう」

 

いろんな奴を殺しておきながら、こいつはまだ生きながらえようとしている。

去ろうとするそいつをただ見つめているわけにはいかなかった。

 

 

 

 

 

 

領域を維持するほどの妖力も残っていない、このままここに居れば、多数の天狗によって殺されるだろう。

 

山の外に向かって歩き出す。今はゆっくり休んで、また力を蓄えよう。彼女を圧倒できるくらい。その心をぐちゃぐちゃにできるくらいの力をつけよう。

 

「……あれ」

 

右脚が動かない。

それどころか左脚も、右腕も、左腕も。

 

「…蔦?」

 

地面から生えた蔦が、わたしの四肢を絡め取っていた。

期待を込めて、後ろを振り向く。

 

「あぁ……いい……その顔、最高だよ……」

 

 

憎悪だ

 

 

あの河童とは比較にならないほどの真っ黒な感情。

強すぎる憎悪に隠れて、憤怒、殺意、嫌悪もある。

 

「君のその顔を見てはっきりわかった。絶望した顔なんかよりずっとその方がいい。作られた憎悪の顔じゃない。君は、今心の底からわたしを殺したいと思っている、そうだろう?」

 

腹に穴が空いて、体もまともに動かないはずなのに、ゆっくりと身体が起き上がってくる。

それだけの憎悪、それだけの殺意、それだけの執念を私に向けてくれている。

 

あぁ……なんていい顔なんだ……

 

 

 

 

 

 

 

さっきまで私がずっと抱いていた感情は嫌悪だった。

それが今、憎み、殺したいという気持ちでいっぱいになっている。

 

「もっと、もっとその顔を近くで見せて!」

「………」

 

さっきまでなら黙ってろ、とか気持ち悪い、とかの言葉が出てきたはずなのに、今は何も出てこない。

ただ、こいつを殺したいという思いが私の中を駆け巡る。

 

無意識的に植物を操って奴の体を拘束していた。

さらに足から氷漬けにしていく。腹に穴が空いているというのに、それが今はまったく気にならなかった。

 

「あぁ……その顔だけで何十年でも生きていけそうだよ……でも、その顔を見て死ねるならこれ以上ない幸せだ」

 

氷の剣を作って奴の体で唯一凍っていない頭を切り飛ばすために、首に押し付ける。

 

「さあ斬って!君に殺されることがわたしの望みだ!」

 

頭の中が真っ黒に染まっている。

奴を殺すために、剣を振った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねえどうしてやめたんだよ!殺したいんだろう!?」

「……うるさ」

「なっ………なんであの顔やめたんだよ!」

 

剣を振ったが、首を切り飛ばす前に剣を消した。

真っ黒だった頭の中が真っ白に塗り替えられた。

奴を殺したいと思っていた気持ちが、跡形もなくなっていた。

 

「合わないんだな、私には」

「そんな馬鹿な……あれだけの憎悪、そう簡単に取り除くことはできない、ましてや自分では」

「はいはい、望み通り殺してやるから黙って待ってろ」

 

そいつのこめかみに散弾銃が押しつけられる。

 

「もっとも、やるのは私じゃないけどな」

「なっ………」

 

向こうも、氷を壊すほどの力は残っていない。

王手だ。

 

「認めない、君以外の奴に殺されるなんて、認めない!」

「散々殺してきたやつが死に方を選べるなんて思うなよ?」

 

自分でも顔がニヤついてるのがわかった。

こいつが取り乱しているのを見てると気分が良くなってくる。

 

「ふざけるな!そんな顔を見せるな!」

「じゃあなクソ野郎。私の精一杯の笑顔を見て死んでくれ」

「…まさか、君は————」

 

にとりんの散弾銃が、そいつの頭を吹き飛ばした。

 

 



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すぐいたずらされる毛玉

「いー気分だぁー……」

「言ってる場合か!」

「るりはー?」

「心配してる場合か!腹に穴空いてるんだよ!?」

「あぁうん、もう妖力とか使い切ったまぢむりちぬ」

「余裕そうだな!?」

 

腹に穴空いてるんだよ、余裕なわけないでしょ。

 

「そっちに刀にあるでしょ、ひろって」

「あ、あぁわかった」

 

妖力も霊力も、さっきほぼ使い切った、意識もそろそろ飛びそうだ。

 

「ほら、持ってきたよ」

「刺して」

「へ?」

「刺せって。刺さないと私死ぬぞ」

「………つまり、止めをさせと…」

「違う……あぁもうむり、どこでもいいから刺せって」

「どこでもいいんだな!?ここでもいいんだな!?」

「そこはやめろ」

 

結局肩のあたりに刺された。

ついさっき、この刀に妖力をごっそり吸われた。そしてそのまま使うことなく腕を千切られた。

ということはだ、この刀には私の妖力がぎっしり詰まっているというわけで。

放置していたからもう妖力が散っているかもしれないけど、とりあえずこれしか手段がない。

 

「あぁあぁ……いきかえるぅ……」

「肩に刀刺したら治っていってる……気持ち悪ぅ………」

「私もう寝るから、おやすみ」

「え、ちょ、待て寝るな!私一人でここ片付けんの!?………本当に寝やがった………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あ〜、土のいい匂いがするんじゃ〜

 

 

おい待て、土の匂いってなんだよ、おい。

今私どうなってる?

 

「………埋められてる、だと……」

 

真っ暗だ、体が動かせない、土臭い。

ふむ……なるほどね?

つまりこれはあれだな?埋葬されたな?

 

「ふぅ……」

 

妖力を土の中で爆発して土の上へ出る。

 

「ふざけんなオラアアアア!!」

「ぎゃおああおああぉ!?よ、よよよみがえったぁぁ!?」

「おいるり!何日経った!」

「ひぃいぃいいい殺されるぅぅう!」

 

ダメだこいつ、早くなんとかしないと。

 

土から抜け出すとちょうどよくるりがいた。

一応何日経ったか聞いたけど、妖力の回復具合からして二日ってところだろうか。意外と早い。

 

「よーしよし、まずは落ち着こうか、な?」

「こっちにこないでえええええ!!」

「落ち着かないと殺しちゃうぞ?」

「ひっ」

 

やっぱり脅すに限るな?こいつは。

 

 

 

「怪我は?もう大丈夫?」

「あなたには言われたくないですよ……」

「私はもう治ってるけど。あれ、埋められてたってことはもしかして死んでると思われてる?」

「い、いや、たぶん違います。鴉天狗の人が笑いながら土をかけてたので、たぶんいたずらじゃないですか?にとりさんや白狼天狗の人も二人、一緒に見てました」

「よし、今日の朝飯は焼き鳥だぁ!」

「もう昼過ぎですよ」

「よし、今日の晩飯は焼き鳥だぁ!」

 

いい度胸じゃねえか文のやつ。これだけはしたくなかったが仕方あるまい。帰ったら家の中が血の海になってたドッキリをしなければならないようだ。

 

「くっくっく……今に見てろよあいつ…」

「一体何をするつもりで……?」

「あ、見てたお前も共犯な」

「なんですとおおおおおお!?」

「うん、うるさい」

「命だけは、命だけはお助けを!」

「全身複雑骨折で手を打ってやろう」

「さようなら私の部屋ぁ……」

 

まあ冗談はさておき。

服がボロッボロなんだけど。隠すべきとこだけ隠せてるけど、道端歩いてたら捕まりそうなくらいなんだけど。

 

「というか、るりはなんでここに?」

「あ…えと……墓参りに………」

「いたずらって気づいてたんじゃなかったっけ」

「それは……その………」

 

言い淀むるり。

はぁーん、なるほどぉ。

 

「………ぷっ」

「あ、笑いましたね!?流石にちょっと頭にきました!私の人形が火を吹きますよ!」

「うん、本当に火を吹きそうだからやめてね?謝るから、ね?」

 

もう炎には焼かれたくないです……

 

「その、ありがとうございました。毛糸さんが気付いてくれてなかったらきっと、あたしは今頃……」

「やったのにとりんだから、そういうのいいよ」

「えー………」

 

なにが、えー、だよ。

 

「途中から見てましたけど、にとりさんがやったは無理がありますよ………」

「よし記憶消してやるからじっとしてろよ」

「なんで!?」

「なんでだと思う?」

「毛糸さんがあたしを虐めるのが好きだから!」

「よし正解だ、褒美として拳をくれてやろう」

「ひいいいぃっ!」

「その辺にしておきなよ、毛糸」

 

ちょっと調子に乗ってるりを虐めてると、にとりんがやってきた。

割と元気そうでよかった。

 

「おい、お前も私が埋められるの黙って見てたんだろ。共犯だからな?覚悟しろよ?その帽子剥ぎ取ってやるからな?」

「ふっ、やれるものならやってみたまえ。河童の叡智をとくと味合わせてやるさ」

「あ?やんのか?ええんか?」

「こいよ、白い毬藻が」

「二人とも顔合わせて早々喧嘩腰すぎますよ……」

 

挨拶代わりの売り言葉に買い言葉、あと取り消せよ今の言葉。毬藻って言ったろ。

 

「本当に今回はありがとう、ちょうどよく居てくれたおかげでなんとかなったよ」

「本当にちょうどよかったよなぁ。タイミング良すぎたよなあ。つか服くれ、服」

「ないよそんなもの」

「えー」

 

 

 

 

 

 

 

どうしてあの時、一気に感情がおさまったのだろう。

私はあのままあいつを殺そうとしていた。なのに何故かそういう感情がおさまって、一気に面倒くさくなって………

 

「あっ!刀どこ!?」

「一緒に埋めてたと思うけど」

「んな罰当たりな!呪われても知らんぞ!?」

「呪われる!?どんな刀なんですか!?」

 

事実勝手に私の体乗っ取ったんだ、そんなことしたら何が起こるかわからんぞ!

急いで私が埋まっていたところの地面を掘り返す。

 

「あ、あった。よかったー……文のやつマジで……てか柊木さんも見てたんだよね?これのことわかってたのに黙って見てたの?あとで首絞めとくか」

「首絞める!?物騒すぎますよお!」

「あ、るりは広場で公開労働の刑な」

「いっそ殺してください………」

 

死ぬより嫌なの?流石にそれは……

 

つくづく思うけど、火葬されなくてよかった……

 

「てか服は?」

「ないって」

「こんなボロボロの服で帰れと?」

「そういうこと」

「ねえ一応私のおかげで二人とも助かったんだよね?あってるよね?」

「感謝はしてるよ?」

「その感謝を行動で示してくれないかな?」

 

感謝してるなら服くらいくれよ……口だけだろ絶対。

 

「しょうがないなぁ……はい、醤油銃」

「わーいやったー、くらえー」

「だからなんであたしを狙うんですかああああ!?」

「面白いから」

「面白いから」

「泣きますよ!そろそろ!本当に!」

「どうぞ」

「どうぞ」

「うぅ……部屋に帰りたい……」

 

そろそろ可哀想になってきたのでやめておこう。

 

「銃いらんから醤油くれ」

「そう言うと思って、噴射式醤油銃」

「どう言う思ったの?何を想定してそれ作ったの?」

「多人数戦闘用……かな」

「醤油でどうやって多人数戦闘するの?」

「もちろん目潰し」

 

でしょうねぇ………

 

 

 

 

 

 

 

にとりんには服を取ってきてもらっている。

それまでの間、この刀について考えることにした。

結局なんなんだこの刀。

 

「今は動く気配はなし……と」

 

数日経ったら動きそうではあるが。

 

考えられるのは付喪神になったってこと…………こればっかりは詳しくないので調べてみるなりしないといけないが、多分違うと思う。

付喪神がどんなのかは知らないが、少なくとも神なんて偉そうなものじゃないだろこれ、完全に妖刀コース行ってるよこれ。

 

前々から、りんさんなら何が起こってもおかしくないとは思ってたし、妖刀っぽいなーとは思ってたけど………

 

りんさんの残留思念的なアレ?でも長い間柊木さんに預けてたけど、カタカタ動くだけで特に何も起こらなかったし………うん、また今度柊木さんに謝ろう。ついでに埋葬の件について殴るけど。

 

「………あれ、綺麗だなこれ」

 

あれだけ激しい戦いしてたんだから、刃こぼれとか、傷とかついててもおかしくないはずなのにすっごい綺麗……

 

自己修復機能持ち?あら便利なこと。

………まあ、またアリスさんにでも相談しようかなぁ……

 

 

しばらくしてにとりんがやってきたので、刀を鞘に収まる。

 

「おーい、服持ってきたよー」

「ごめん、ありが……って、全身にきゅうりが印刷されてんじゃねーか、恥ずかしくてきれねーよ」

「おい、きゅうりへの侮辱は河童への侮辱だとみなすぞ」

「知らんわ」

 

まあすぐ服を使い物にならなくする私が悪いしな………なんですぐ使い物にならなくなるん?私は平和に生きようとしてるよ?ナンデ?

 

「るりは?」

「部屋に帰りたそうにしてたから、土にでも埋まったらって言ったら本当に埋まっちゃった」

「うわ本当だ、頭だけ出てる、そして寝てる」

「まあなんやかんや言って疲れてるんでしょ。一応死にかけたわけだしね」

「ごめん、あの場で誰よりも死にそうだったの毛糸なんだけど」

「私なんてすぐ傷が塞がるんだからいいんだよ。何回死にかけてきたと思ってる」

「流石幾度となく死にかけてきた女、面構えが違う。死んだ魚見たいな目をしてやがる」

 

否定はしないさ、うん。

柊木さんも死んだ魚のような目をしてるし、似たもの同士かもしれない。

 

「とりあえず着るかこれ……」

「まあ普通の服も持ってきてるんだけどね」

「なんでこのきゅうり服渡した?」

「嫌がらせ」

 

貴様ァ!

 

「はいこれ」

「おいこれのどこが普通なんだよ。毛玉が爆散してるんだけど、毛玉が爆散してる絵が描いてあるんだけど。すっげえピンポイントな悪意を感じるんだけど」

「嫌がらせ」

「貴様ァ!!その隠している服をよこせ!」

「断る!こんな普通の服渡したって面白くないじゃないか!」

「変な服着させられる私の方が面白くねえわ!」

「二人ともなんですぐ叫び始めるんですか、うるさいですよぉ……」

 

あ、るりが起きてしまった。

 

「仕方がない、ここはるりで手を打とうじゃないか」

「あ、え?あたし?」

「そうだな、それならいいだろう」

「え?え?なにが?」

 

にとりんの提案に乗り、るりの頭の上に服をそっと乗せた。

 

「よし、完了だな」

「これで私たちは分かり合えたね」

「ごめんなさい全く意味わからないんですけどおお!?なんで服被せたんですか!?…あ、でもこれいい感じに塞がれて……」

 

静かになっていくるりを見つめながら、無言で渡された普通の服を着る。

 

「帰ろっか」

「せやな」

「途中まで送っていくよ」

「ありがと」

 

 

 

 

 

「改めて言うけど、ありがとうね。今回は本当に助かったよ」

「まあるりが生きてたのはよかったけど、他は全員死んでたし……」

「でもあの化け物がどうにかなったのは間違いなく毛糸のおかげだよ」

「それはまあ………」

 

実際、刀が勝手に動いてくれなかったらどうなってたことか……

 

「にしても濃い数日間だったなぁ。寒すぎて、地底行って、椛に虐められて、なんか死にかけて………」

「平易な顔して地底に行ってるのが驚きなんだけど。いいのそれ」

「あぁうん。まあ紫さん……妖怪の賢者の人にもとくに何も言われなかったから大丈夫だよ」

「なんで賢者と会話してんの!?会わなかった数十年間で何があったんだよ!」

 

確かに!

紫さんに拉致されてその式神に丸焼きにされるとかなかなか経験できないことだぞおい!死にかけたけどな!死にかけだけどな!?

 

「いろいろ……あったね」

「まあ聞かないでおくけど………とにかく!あいつをあそこで倒せてなかったら被害はもっと大きくなってた思う。文や椛も感謝してたよ?」

「感謝の気持ちを込めて私は埋められたの?」

「それは単にいたずら」

 

あのさぁ……私の体、今すっごい土臭いんだけど。

まあもともと血生臭かっただろうし、変わらんか、うん。

 

「だからさ、またあいつらにも会いに行ってみなよ。そのうちお礼の宴会開くって言ってたよ?」

「それ私主役のやつ?いいよそれ……恥ずかしいし柄じゃないし…あと絶対あいつらが酒を呑みたいだけ」

「本来山に関係ないはずなのに巻き込んでしまったっていう気持ちがあるんだよ。呑みたいだけってのは否定しないけどね」

 

あいつら呑んでる時すっごい楽しそうだもんなぁ……ああいうの見てると、酒を飲めるのが少し羨ましく思えてくる。

 

「だから来なよ?不本意かもしれないけど、みんな感謝してるんだからさ」

「………考えとくよ」

「つまり来るってことだね!」

 

何故バレた。

 

 

 

 

 

「じゃあここでお別れだね。さっき言ったやつ、忘れるなよ?」

「はいはい、行けたらいくよ」

「じゃあね毛糸。また」

「うん、また」

 

命張ってよかったな、って思った。

感謝されるって、悪い気はしないよね。

 

「……あれ、るりまだ寝てるんじゃね」

 

 

 

 

 

「………はっ!気付いたら寝ちゃってた!早く帰らないと…………ぬ、抜け出せない………服も被せられてるから周りも見えない………誰かあああああああ!!たすけてえええええええええ!!」



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割といつまでも引きずってる毛玉

 

「ってことがあったんだよー」

「………えー?」

「えー?じゃないんだけど」

「流石にそれは………えー……」

「えぇ?」

 

めっちゃドン引きされとる……

 

あの後、適当に寒さに苦しみながら過ごしてたらそれなりの時間が経ってたので、アリスさんの家に帰ってきた。

ん?待てよ?もう私、生活できる家を作ったんだから、帰ってきたって言っていいのか?

 

「それね……私と慧音が探してた妖怪………」

「あ、そうなの?殺しちゃったけどよかった?」

「まあいいけど……もしかしたらとは思ったけどこうも……」

 

 

探してたってことについて聞いてみると、どうやら慧音さんに会ったときにあの妖怪の話をされ、人間にもどんな被害があるかわからないから調査を進めてたんだと。

それでその妖怪の痕跡が途絶えてしばらくしてたら、私がそいつとやり合ったと言う報告が来て引いていると。

 

「あなた、どうしてそんなに都合よく……」

「知らんわそんなこと。私が聞きたいわ。なんでこんなに変なことに巻き込まれるのか……まあ、今回に関しては巻き込まれてよかったけど」

「それに人間の形見の刀が勝手に体を乗っ取ったって……」

「まあ乗っ取ってくれて助かったけどね」

 

本当に、変なことに巻き込まれすぎだ。

山の戦争に巻き込まれて?妖怪狩りに絡まれて?地底のやばい鬼に殴られて?地上に帰ったら化け物の妖怪と人間の戦いに巻き込まれて?そしてそのあと平和だなって思ってたらどこぞの式神に丸焼きにされて?で、今回は頭のおかしい奴に殺されかけるって………

 

いやー、運悪いね、ははっ。

 

「正直心情的には今までで一二を争うくらいにはキツかった」

「それはまあ、お疲れ様」

「あ、そうだ見てこれ!氷の蛇腹剣!」

 

糸を出して蛇腹剣を作り出して見せる。

アリスさんにも秘密で作る練習してたんだよね。

 

「あぁ、あげた糸それに使ってたのね」

「伸縮魔法かけてもらったからどこまでも伸ばせるよ!すごいっしょ!」

「髪の毛伸ばすために使うんだと思ってたわ」

「ねえアリスさんは何回私の髪の毛をイジれば気がすむの?」

「それで?それ役に立ったの?」

「うん!悲しいほどに役立たずだったよ!」

「でしょうね。あなたの場合普通に殴った方がいいんじゃない?」

「言うな……それを言うな……あと今回は相手が悪かっただけだし」

 

あいつ、まあなんの種族かは知らないけどびっくりするほどの身体能力だった。

いくら体の負担が激しいといえど、幽香さんの妖力フルで使ってた私を圧倒したんだ、もうダメかと思ったね、ほんと。

 

「でもあなたがそれだけやられたのだったら、私や慧音が出会ってたら大変なことになってたでしょうね…そう考えたら、運良く出会ってくれてよかったのかも」

「運悪く、ね?」

「はいはい」

 

くっ……紅茶を飲む姿が美人すぎてムカつくぜ……

 

「もうさ、本当に、なんだろう…みんな私のこと、便利で都合のいい生物兵器かなんかだと思ってるんじゃないの?」

「否定はしないわ」

「否定してよ!そこは!私にだってさ!心はあるんだよ!?心の傷も負うんだよ!?みんなそこわかってる!?」

「心の傷負ってもあなたの場合、よほどのことがない限りすぐ忘れてそうだけど」

「否定はしない」

「そこは否定しなさいよ」

「だって事実だし」

 

こういう時バカは楽でいいなぁ、ははっ。

 

「それで、どうするの?」

「どうするってなに」

「これからのことよ。湖で過ごすなら好きにすればいいし、またここで生活しても私は別に構わないわよ」

「あぁ、そっか……まあ湖に帰るよ。そう何年も人の家で寝てるのも良くないしね」

「今更よその発言」

「それはそうだけども」

 

今は帰る家があるんだから、そっちで過ごすのが正しいことだろう。まあ向こうにいた時間よりこっちで生活した時間の方が長いのは目を瞑ってだな。

 

「また遊びに来てもいいかな」

「いいわよ」

「うぇーいやったー」

 

まあ、本当に長い間お世話になったし、また改めてお礼をしないとな。私にできることなんてどれだけあるか知らんけど。

 

「……そういえばさ」

「ん?」

「アリスさんってなんで私をここで泊めてくれたんだっけ」

「………」

「………」

「忘れたわ……」

「忘れたか……」

 

まあだいぶ昔の話だし、私も忘れたからなぁ……

 

「待って今思い出すから。確かえーと………あ、そうだ。あなたから霊力と妖力が感じられたのが不思議だったから、ここで生活さしてあげる代わりに体を調べさせてって、そんな感じだったはず」

「あ、あー!そんなだったそんなだった!あれ?私体調べられたことあったっけ?実験台にされた記憶しかないぞ?」

「まあ色々と謎が多いしね。あなたも下手に弄られて自我を失うとか嫌しょう?」

「イヤです!」

 

いやー、でもそんなこともあったなあ。

確かあの頃は、毛玉になってたら魔法の森なんて楽勝だろとか思ってて、そのまま気を失って………

うん、この記憶は閉まっておこう。恥ずかしい。

 

「私のことなんか調べてどうするつもりだったの?」

「そうね…単に興味が湧いたってのと、私の夢に近づけるかと思ったから、かしら」

「夢って……自立して動く人形を作るってやつ?」

「そうね。人形に意思を宿らせないといけないから、あれこれと試行錯誤してるけど全然上手くいかなくてね……あなたのこと調べたら何かわかるかもと思って」

「何かわかった?」

「なーんにも」

「ですよねー」

 

ろくに調べられた覚えないしな……よくそんな中で私と一緒に過ごしてたもんだなぁ。

 

「まあ本当に、長い間お世話になりました」

「とか言ってまた来るんでしょ」

「来るんだろーなー」

 

ここって来やすいし。

妖怪の山と地底はそもそも関係ないやつが行くようなとこじゃないし、今更だけど。ここに関しては来る時にキノコとかに気をつけたら割ときやすい方だし。

 

「あなたって本当に活動範囲広いわね……」

「まあ、確かに。逆にアリスさんはこの森から全然出ないよね」

「魔法の研究するならここが一番いいからね。人が少ないから面倒ごとに巻き込まれる心配もあまりないし」

 

なるほど、定住しないから面倒ごとに巻き込まれるんだね。大体わかった、でも定住はしない。

放浪毛玉って名乗っても良いだろうか。

 

「あの子にも一度声をかけておきなさいよ」

「あの子?」

「ほら、イノ……イノ…」

「あぁブ○ファンゴか」

「なんで毎回呼び方変えるのかしら?」

「なんとなく」

「………」

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぃー………これはもう家だな、間違いなく家だ」

 

ドアがあるから家だ、誰がなんと言おうと家だ。

流石にあの小屋……いや、ドアがあるから家だけど、あのままだと住みにくすぎてキャンパーを目指しかけるところだったので、とりあえず壊れる前と同じくらいには改築した。

まあ壊れる前というか、壊す前なんだけど。

 

「あたいの城が復活したぞおおー!」

「復活したのは私の城だバカチルノー!」

「だから、城とは呼べないですよねこれ」

 

なんだろう、よく似たやりとりを昔にした気がするんだ。

 

「あ、花が植えてある。毛糸さんもとうとう自然を大切にしようという気持ちが芽生えてきたんですね、いいことです」

「ねえ煽ってる?煽ってるのそれ」

「いえ別に」

「あたいこの花凍らす!」

「お?ええんかそんなことして。花の妖怪がお前を殺しにくるぞ」

「こ、今回だけは見逃してやる………」

 

幽香さん、ただ花に囲まれてるだけなのにこの影響力である。ヤバイと思う本当に。

 

「いざあたいの城へ!」

「私の城だ勝手に入るんじゃねえ!」

「だからこれは城じゃ……」

 

 

 

 

 

 

「なんにもないじゃん」

「内装はないそうです、ってね」

「は?」

「え?」

「ごめん」

 

そんなさ……そんなに冷たい目で見なくたっていいじゃん………

 

「あ、なんですかこの人形、毛糸さんみたいですね」

「あぁそれ?まあ貰ったんだよ」

「この人形凍らしていい?」

「やるのは勝手だけど、そのあと何されるかをじっくり考えるんだな」

「あたいはまだ死にたくないぞ!」

「妖精は死なないけどね……」

 

流石の私も殺しはしない。

ただ天日干しの刑に処すだけである。

 

「でも本当に何もないですね……前のやつと比べてもあんまり変わらない」

「これから色々増やしていくからね。あの頃はまだ色々慣れてなかったから変なもの多かったし」

「これからあたいの城がどんどん広がっていくんだな!」

「お前いつまで城って言うんだよ」

「自分の城を自分で——」

「あぁはいはいわかったわかった。いてっ」

 

氷投げてきよった……適当にあしらったらこれだよ、構って欲しいのか?

まあ相手されないと腹立つのは私も同じだけど。

 

「……あれ、なんだろうこの紫の…」

「それ触んない方がいいよ」

「え?」

 

大ちゃんが近づいた紫色の何かがのそっと動き出す。

あー起きちゃったかあ。

 

「ぶふぉ」

「家畜のイノシシ」

「家畜!?猪!?いや、妖怪ですよねこれ!すごい毒々しい色してますけど!」

「食べるのか?」

「知り合い曰く、こいつを食べると猛毒により半日で死に至るらしい」

 

家畜というよりペットである。

 

魔法の森を去るときに、しばらくお別れだとか言ったら猛烈な突進をかまされ、なんやかんやで今はペットである。

 

「こいつ気難しいから気をつけろよー?ちょっと気に入らないことがあったらすぐ突進するんだ。なっ、イノージェン?ぐふぉっ」

「突進されてますけど」

「こいつ頭いいから……チルノより頭いいから……」

「最強のあたいがこんなやつより頭が悪いわけないだろいい加減にしろ」

「ウン、ソーダネ」

 

正直チルノから投げられる氷よりこいつの突進の方が数倍痛い。

 

あの森から出たらいろいろあるから、こいつに何かハプニングとか起こらないかと心配してたけど、なんとかなりそうだな。

 

「ふごぉ!!」

 

この声は……悲鳴?

 

「どうしたドスファン…」

「あむあむ」

「ゴ……?」

 

う、うちの非常食が食われている………

 

「ぺっ、まず」

「おあああ!?おまっ、せなかが!背中の一部が抉れてるぞ!?」

「あ、ルーミアだ」

「ねえ大丈夫?いける?死なない?生肉にならない?」

「ふご」

「あ行けるんだ、さすが妖怪」

 

もう血も出てないし、イノシシとはいえやっぱり妖怪だなぁ。

突然噛み付いてきたルーミアにビビったのか、奥の方へと逃げていった。私の骨を幾度となく砕いてきたやつとはいえ、流石に可哀想だ。

 

「ルーミアぁ……急に何してくれてんの?」

「んー、誰?」

「誰?って………」

 

え?なに、忘れられたの?マジで?あんな死闘を繰り広げた……あっ、それはルーミアさんの方だったわ。でもこっちのルーミアともそれなりに会ったことは……しばらく会わなかったし忘れられてる?

 

「そこに生肉があったら食べるのは当然でしょ?」

「いや吐いてるし」

「思ってたより不味かったから」

 

さすが毒々しい色をしているだけあるなあいつ……まあ私の肉も不味いらしいけど。

なんで私のは不味いんだろう、毛玉だから?ゲテモノだから?栄養足りてないから?

 

「ってか、なんだろ、雰囲気変わった?」

「ルーミアは最近はこんな風だぞ」

 

うーん……私の知ってるルーミアはIQ3くらいの頭のわるそーな感じだったんだけども……まあウン十年も経ってたら色々変わるか、あんなことあったし。

 

「ところであなたはなに?食べていいの?」

「食べてもいいけどどうせ不味いって言う……あ、もう食べられてた」

 

当然のように私の体から腕をもぎ取って行った、こいつ……できる!

 

「まずっ」

「不味いからって投げ捨てるのやめてくれる?私の家が血だらけになるんだけど」

「だってまずいし……」

 

ルーミアが投げ捨てた私の腕を拾ってくっつける。

床が血だらけだし後で掃除しないと…服も破れたし。いやほんとよく服破れるなこの野郎、この世界は私の服に恨みでもあんのか。

 

「それにしても、なんであの人は私のこと食べようとしてたんだか……不味いらしいのに」

「毛糸さん、あの人って誰ですか」

「へ?」

「あの時何があったか、まだはっきりと教えてくれてませんよね」

「あ、あぁー……」

 

大ちゃんが言ってるのは私がりんさんとルーミアさんと色々あったことだろうが………

 

「ルーミアちゃんとも関係あるんですか?」

「ごめん、あんまり他人に言いたいことじゃないんだ」

 

あの二人は今はもういないから、誰かに言ったってあんまり意味がない。りんさんだってほいほい言われるのは望まないだろう。多分、きっと。

 

「私はもう大丈夫だから、気にしないでよ」

「気にしますよ、勝手に落ち込んで勝手にどっか行って、心配するに決まってるじゃないですか」

「ごめん本当にごめん、今更遅いけど反省してる」

 

チルノと喋ってるルーミアを見つめる。

ルーミアの中には結局あの記憶は無さそうだし、そもそもルーミアさんの存在を覚えてる人も少ないだろう。

あの二人のことは忘れてはいけない。それが残った私のできることだと思うから。

 

 

…………いや、まあ…勝手に動く刀と本人がいるからどうあがいても忘れられないわ。



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毛玉は遊びに弱い

「ほら、次そっちの番だよ」

「そう急かすなよ、今考えてるんだから………ここ!」

「はい王手」

「んなっ………ここしかねーじゃん」

「はい王手、詰み」

「は?」

「これで全勝だね」

「は?は?は?は?は?」

「毛糸ー、戻ってこーい」

「ひょ……?」

 

ナンデナン……?なんでにとりんに私一回も勝ててないん?

 

「ずるしてる?」

「してないわ」

「本当のこと言ってみ?怒らんから」

「してないって言ってるだろ」

「じゃなんで私こんなに負けてるんだよ!」

「盟友が弱いから」

「んがあああああ!」

 

私の尊厳が……プライドが………もとからそんなもんないけど崩れ去っていくぅ………

いいもん、そもそも将棋そんなに得意じゃなかったし、オセロの方が好きだし。将棋を挑んだ私がバカだった。

 

「………悔しいからもう一回」

「やだね、結果見えてるもん」

「絶対?」

「絶対」

「何があっても?」

「何があっても」

「そっかぁ……しょうがないからるりに八つ当たりしてくる」

「やめたれ」

 

はいはい、所詮アホでバカな私じゃ機械を弄ってるにとりんには盤上遊戯じゃ勝てませんよ。

 

「あのね、一つ助言してあげるけど、後先考えずにやりすぎだよ。これに限らずね」

「よく言われる」

「だろうね」

 

だってさ……そんなこと言われても私には無理ですし……頭良くないし……後先考えるってなにか具体的に教えてくださいよねえ!

 

「あぁ〜平和過ぎて暇だよ〜」

「ついこの前腹に大穴空いてたやつが何言ってるんだか」

「べつに闘争を求めてるわけじゃなくてさぁ、平和な上で色々イベント……催し事とかあったらいいのになって」

「この山は組織だし、そういうの多い方だと思うよ?」

「多いっていうけど、春に酒呑んだり不定期に酒呑んだり疲れて酒呑んだり、そんなんばっかじゃん?酒呑んでばっかりじゃん?そーゆーのじゃないんだよ」

 

学校とか、仕事とか、毎日のやることがないから、暇なのである。本当に何にもない日なんて、飯食ってイノシシに餌あげて散歩して終わりだからね。

 

「にとりん達河童や天狗はいいよなぁ。毎日やることあってさぁ」

「私たちの場合はやりたいことやってるだけだからなぁ。お陰でこんなものが完成したんだ。見ておくれよこれを」

「隙あらば紹介してくるねぇ……で、今回はなんの醤油銃?」

「ふっふ、甘いね毛糸。いつまでも同じことを続ける私じゃない。技術者たるもの、常に既存のものを発展させ新たなものへと昇華させるのが使命ってものさ」

「いいからはよはよ」

「…まぁ、簡潔にいうときゅうり銃なんだけどね」

「ゴミじゃん」

「まあ使えないね」

 

それ何に使うの……?

私のよわよわな脳みそで思いつくのは河童の口に向けてきゅうりを射出するくらいしか思いつかないんだけど。

 

「使い道は河童に向けてきゅうりを射出するだけ」

「うわぁゴミだぁ」

「しょうがないだろ、こっちだって平和になって兵器とかの開発完全に停止したからなんかこう、いい感じの考えが降りてこないと迷走しちゃうんだよ」

 

まあそりゃあそうだろうけど…

 

ふと、視界の端になにやらゴツイ機械が目に入る。

 

「………ねぇにとりん、あれ何?」

「ん?あぁあれは妖怪洗浄機」

「は?」

「中に入った妖怪を高圧の水流によって洗浄する悪魔の機械さ」

「洗浄とは……」

「平たくいうと処刑」

「使い道ある?」

「ないね」

 

ゴミだった……

 

また視界の端になにやらゴツイ機械が目に入る。

 

「じゃああれはー?」

「あぁあれはね………なんだっけ?」

「なんで自分の工房にあるもの覚えてないんだよ」

「いや待って、本当に見覚えがない。私が作ったやつじゃないよ」

「どうせ酔った勢いで作ったとかそんなんでしょ」

「私酔って暴走はしないと思うんだけど…とりあえず確かめてみよう」

 

 

 

 

なんか動き出しそうなところの上に乗ってみる。

あ、これベルトコンベア的な何かだ。

何かが流れる為のベルトコンベアと、その先に刃が複数…

何するやつだ?これ。

 

「あれ、電気通ってるな」

 

 

 

この時の私の落ち度と言えば、物思いにふけっていて、にとりんの声をよく聞いていなかったことだろう。

 

 

 

「電源入れてみれば分かるか、えい」

「この形はなんていうか……ん?え?動いた?」

「あっまず」

「へ?あっ」

 

視界に入ったのは稼働している複数の刃。

 

 

数秒後、私の下半身はミンチになっていた。

 

「なるほど精肉機かぁ…………あぁ」

 

 

 

 

 

 

 

「おめぇはよぉ!!適当すぎんだろ!?見ろよこの私の下半身!腰から下ざっくりいってんじゃねえか!!」

「いやぁ、本当にごめん、でもその状態で説教されるの気味悪いから後にしてくれないかな」

「お?断面見せたろか?この私の切断面見せてやろうか?」

「見せられたら傷口に醤油かける」

 

加工されて出てきた私の下半身は妖力弾で消滅させておいた。ルーミアなら食べたかもしれない。

 

「ただ切られただけならいいけど、無理矢理上半身と下半身を引きちぎったせいで変な切れ方してるんだけど。具体的に言うと骨盤が」

「やめてよ!そういうの苦手なんだって!」

「処刑装置二つも作ってたやつがそれを言う?」

「片方は私のじゃないし精肉機だって」

 

いや結果的に私が処刑されかけてるんだから処刑装置だろ。

 

「つか、にとりんのじゃなかったら誰のよ」

「知らないし……しっ、誰か来た。その姿見られたら不味いから隠れといて」

「んだとぉ…」

 

自分勝手で腹立つので毛玉になって隠れておく。

まあ上半身だけで浮いてるフリ○ザ的なやつがいたら誰だってトラウマになるからね、仕方がないね。

 

 

 

 

毛玉になって物陰に隠れていると、数人の河童がやってきた。全員知らないやつ。

 

「すみませーん、届け先間違っちゃってましたー。何か事故とか起きてませんかー?」

「あ、あぁ大丈夫、何もなかったよ」

「本当に?なんか血がついてるんですけど」

「大丈夫大丈夫」

「なんか肉片ついてるんですけど」

「大丈夫!大丈夫だから!」

「はぁ、ならいいんですけど。この妖怪精肉機は危ないから仕舞っておかないとですねー」

 

そう言って手際よくその機械を外に運び出していった。

 

 

 

 

 

 

「やっぱ処刑装置やないかい!自分ら河童はどうなってんの!どれだけ処刑装置作ってんの!どれだけ処刑にバリエーション増やそうとしてるの!」

「今度から不用意に触ったりしないように気をつけるよ……ははっ、事故に遭ったのが毛糸でよかった」

「私はよくないんですけど?下半身千切れて服もおじゃんで、再生しても素っ裸なんですけど?私が今日この山に何しに来たか分かる?この前のお礼の宴会するからって招待されたんだよ?その結果下半身無くなるって……はぁー」

「悪かったって、そろそろ機嫌直してくれよ」

 

下半身千切れた時は全身燃やされた時くらい死を覚悟したよ……

暫く生肉は見たくないわ……

 

「………そういや、その宴会って夜からだったよね?だいぶ早い時間に来てたけど」

「手紙に『どうせ暇だろうから早いうちに河童のところにでも行って時間潰しててください』って書いてた」

「文だなぁ」

「文だろうなぁ」

 

ムカつくこと書かれてたけど、事実なので言い返せない……というか、あの手紙のせいで下半身無くなったんだから実質文のせいでは?

 

「とりあえず服欲しいんだけど。これじゃ再生しても露出狂になる」

「はいよ、いつものでいい?」

「うん」

 

いや、うんじゃない。いつものってなんだ。いつものって言うのができるくらい私は服をダメにしてるのか。確かに服は毎回にとりんに貰いに来るけども。

 

「盟友がいっつも服をもらいに来るから、十着は確保するようにしてるよ」

「あぁ、なんか、ごめん」

「まあ今回は私も悪かったしね」

 

 

 

 

 

 

 

「足があるって、幸せなことだったんだね……」

「毛玉が何言ってるんだか」

「確かに」

「言い返せよ」

 

てか毛玉ってなんだっけ?そろそろ私の種族名は毛玉(笑)にしたほうがいいと思う。下半身ぶった斬られてもまた生えてくるやつとかおかしいでしょ、生物として。

そもそも毛玉要素が髪の毛しかないし。

 

「それはそれとして、今日って誰が来るの?」

「えっと、文と椛と柊木さんと私とるりと毛糸の六人かな」

「いつメンじゃん」

「いつメン……?」

 

よくよく考えたら私この山に知り合いがあの五人以外いないからそりゃそうだった。

 

「今回は私も密かに楽しみにしててね、なんか文がとびきり豪華なもの用意してるって言うからさ」

「豪華なもの?」

「何かは私も聞いてないんだけどね」

 

どうせロクなものじゃないでしょ。てか聞いてないのに期待しない方がいいと思う。まあ聞いてないのに勝手にロクなものじゃないって決めつけてるのもなかなかだけどさ。

 

「それで、話は変わるけどさ。その刀って結局なんなのさ」

「これ?あー、うーん。ははは」

「誤魔化せてないぞ」

「私もよくわかんないぜ!」

「だろうなぁ」

 

結局肌身離さず持ち歩いてるこの刀、さっき下半身千切れた時もこれだけは先に投げ飛ばしたからなぁ。そのせいで下半身千切れたと言っても過言じゃない。

 

「逆に聞くけどなんだと思う?にとりんの見解を聞こう」

「妖刀」

「毛玉もそう思う」

「あとにとりんってなんだよ。今更だけどさ」

「逆に聞くけどなんだと思う?にとりんの見解を聞こう」

「気分」

「毛玉もそう思う」

「なんで同じこと言ってんの?」

「逆に聞くけど」

「もういいわ」

 

アリスさんにさんをつけるのも気分だし、にとりんをにとりんと呼ぶのも気分だし、さとりんをさとりんと呼ぶのも気分だし、チルノをバカと呼ぶのも気分です。

 

「すみません血の匂いするんですけど何かありましたか?」

「あ、椛」

「あ、犬だ」

「白狼天狗ですしばきますよこの毬藻」

「受けてたつぞこのやろう」

「なんで会って数秒で喧嘩腰なわけ?」

「これが挨拶代わりだもんな、犬」

「そうですねくそ毬藻」

「おいクソは余計だろ」

 

だが甘い、今の私は毬藻と言われた程度では血管が浮き出る程度しか怒らないぞ。

 

「文さんに言われたんで迎えにきたんですけど、なんか血生臭いことでもしてましたか?鉄の匂いが凄いんですけど」

「平たく言うとさっきまで下半身なくなってた。いやぁ大変だったよ」

「大体察しました」

「今ので察したの?普通驚くところだよね?毛糸の下半身無くなったんだよ?」

「いつものことじゃないですか」

 

何気に下半身丸々なくなるって、今までもそうないんだけどね。いや、全身焼かれた時はまあ……うん………

まあ大怪我してるのはいつものことだなぁ。

 

「下半身無くなるも目玉が飛び出るも骨が全部砕けるのも勝手ですけど、今日の宴会は台無しにしないでくださいよ。文さん、一度落ち込んだら三日は萎えてるので」

「だってさにとりん、気をつけなよ」

「だから反省してるって……」

「あと今日のために休暇取ったんで無駄にしないでください」

「さては本音それだなオメー」

 

まあそれは柊木さんも同じだろう。にとりんとるりもかな?仕事あるってやることあって良さそうだと思ったけど、休みとかでヒィヒィ言うのは嫌だしなあ。悩ましいところだ。

 

「あとその刀どこかに置いといてくださいね。なんか見てるだけで悪寒がしてくるんですけど」

「ん?あぁ、確かにそうだよね……ここに置いとくか」

「え、ちょっと、そんな物ここに置いとかないでよ!私の工房だよ!?」

「大丈夫大丈夫、別に刀が勝手に宙に浮いて斬り掛かってくらわけじゃないんだから。カタカタ動くけど」

「動くんじゃん!」

「うるせえ下半身の責任とれ!」

「ぐぬぬ………」

 

渋々と言った感じで、りんさんの刀をここに置くのを了承してくれた。一応私に申し訳ない気持ちはあるみたいだ。なかったらなかったらで問題だとは思うけど。

 

それはそうと、妖力も抑えとかないとなぁ。幽香さんの妖力って、まともに出したらその辺の妖怪がびびって逃げ出すくらいには強力だし。

相変わらず身の丈に合ってないねぇ……まあめちゃくちゃ使ってるけど。

幽香さんの妖力にどれだけ助けられてるかは考え出したらキリがないからこの辺りにしておいて。

 

「椛、休みっていう割には服がいつもと変わらないけど」

「休み取ってても呼ばれるんですよこの山は。この前なんて天魔様がちょっと誰にも見つからないように山の外に行っただけで白狼天狗全員出動しましたからね」

「あぁこの前のそれかー。やけに騒がしいなって思ってたらそんなことがあったんだ」

「というわけで、天狗が、主に白狼天狗が取れる休みって重要なので何も起こさないでくださいよ、本当に。いいですね?」

「あ、ハイ」

 

めっちゃ念を押される……そんなに信用ないか?私。むしろ私は酒を呑んだ椛が暴走しないかの方が心配なんだけど。

 

「あだっ!なんで叩いた今!」

「なんか腹が立ったので」

 

お前ら白狼天狗は本当にさとり妖怪の血でも引いてんじゃねーの……?



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お酒って怖いと思う毛玉

「あぁ〜帰りて〜」

「突っ伏してないで用意手伝ってくださいよ柊木さん、せっかくみんなで騒ぐ機会なんですから」

「騒ぐのお前らだけだろ、どうせ酒飲んで酔って暴れた挙句寝るんだろ。それで唯一まともに動ける俺が全部片付けするんだろ。もうわかってんだよ、それでいいから用意は文とそいつでやれ」

「発言が絶望に染まってるぅ………」

「あぁ?」

「目付きも怖い!」

 

ただでさえにとりさんも毛糸さんもいないのに、こんな知り合い以上友達未満の人達と一緒の空間で、目付きも怖い人に睨まれて……帰りたいぃ……

 

「まあ確かに後片付けを全部押しつけてしまっているのは申し訳ないと思いますが……そうだ、柊木さんもいっそ酔ったらどうです?あまり柊木さんが酔ってるところ見たことありませんし、気になります!」

「お前……俺まで落ちたら誰がお前らを寝床に帰らせる手筈を整えるんだ………」

 

諦めてる、完全に自分が自由に飲むことを諦めてるよこの人!他人が暴れるからって自制してるんだ……

 

「俺は始まるまで寝てるし始まってもどうせお前らに振り回される。申し訳ないと思うならお前らが自制しろ、話は終わりだ。じゃあな!」

「………今日はいつもより荒れてますね?」

「残念な結末が見えてるからな!」

 

この人のことあまり知らなかったけど、この一瞬ですごく哀れに思えてきた……

 

「あ、あはは……そうだ、るりさんはお酒飲みますか?」

「へはひぃ!えあ、えっと、げ、下戸ですぅ……」

「そ、そうなんですねぇ…すみません、驚かせる気はなかったんですけど」

「ああの大丈夫なので、私のことなんかその辺にある石ころとでも思っててくださいいぃ……」

「驚くというか、怯えてしまってるような……」

 

私は石ころ私は柱私は床私は土私は机私は空気…

 

「ふぅ、ふぅ……」

「私、ここまで怯えられるようなことしましたっけ……?」

 

(早く毛糸さんとにとりさん来てくれないかなぁ……なんでこんな二人と一緒にするのおぉ………)

(早くお二人を連れてきてくださいよ椛……なんとかこの場の空気を変えないと……この席だけ他に比べて静かなんですよ……)

(あー帰りてー)

 

 

 

 

 

 

 

「オラァ主役が来たぞオラァコラァ!」

「そんな風に乗り込んでくる主役があるかい!」

「オラコラ系主人公じゃオラコラァ!」

 

うん!宴会場の個室とか取ってるのかと思ってたけど思いっきりオープンな場所だね!風通しバッチリだね!

 

「待ってましたよ毛糸さん、ささ、席について」

「おい待てクソ鴉こら」

「くそ鴉……?」

「てめこの前私のこと埋めただろ、あん?」

「そんなこと私は………あっ」

「オラァ………コルァ……」

「あ、あはは……まあ他の方もこの場所使うので、その件はまた今度に……」

「覚えてろよこのやろう」

 

確かに公共の場で暴れるわけにもいかないので、ここは落ち着いて文に言われた通りに席に着く。

右隣に突っ伏してる柊木さん、左隣に椛だ。向かいに文とにとりんとるりが座っている。

白髪三人が並んでるのは偶然か?

 

「おーい柊木さん起きろー」

「このまま夜を明かしたい……起きたら地獄が待ってる……そっとしておいてくれ……」

「うーわひどい絶望具合」

「ちょっと毛糸さんどいてくださいね。ふんっ!」

「いってぇ!!」

 

あらやだ暴力、これがパワハラってやつか。やっぱ組織はこえーわ、フリーでよかった。

 

「おぉ……いつものよりいてぇ……加減を考えろよお前なぁ…」

「いつものってのが出来るほどやられてるのに驚きなんだけど、どういう関係なんだよ二人はさぁ」

「柊木さんはただの体術の練習台ですよ」

「うわぁ」

「うわぁ」

「うわぁ」

「うわぁ………」

「ほらみろ全員引いてるだろうが。そろそろやめろよ本当に」

「今に始まったことじゃないので」

 

柊木いずサンドバッグ。

 

「ではでは、全員集まったことですし始めましょうか!」

「生き生きしてんなぁお前」

「当たり前でしょう!正当な理由で取った休みでする宴会ほど楽しいものはありませんよ!」

「文さんいつも仕事抜け出して遊んでますよね」

「乾杯!ほら乾杯しましょう!ね!」

 

誰も乾杯しなかった。

 

「これも日頃の行いってやつですか……」

「重度の引きこもりのるりだって働きはするんだ、そりゃそうなるよ文。これを機に真っ当に働きな」

「失敬な!私だって働いてますよある程度は!」

 

ある程度ってどの程度だよ。与えられた仕事はこなしてから遊べばいいじゃん。

まあ仕事なんてやればやるほど与えられるけど。

 

「好きなことで生きていきたいんですよ!私は!」

「お前さっき自制しろって言ったの忘れたのか?飛ばすの早いって…」

 

うーん、酒臭いね!すっごい酒臭い!

 

「そんなことよりさ文、言ってた奴ってこれだろ?」

「あそうでした!みなさん、今日は焼肉の予定なんですけどね?」

 

なんで焼肉……?あ、私が前に焼肉パーリィとか言ってふざけてたからか。

 

「普段は厄介な私の上司が、今回ばかりは毛糸さんの功績に感謝したってことで、特上の肉をくれたんですよ!ほら見てくださいこれ!」

「うっ…」

「うっ…」

 

開けられた箱の中の生肉を見て、私とにとりんが同時に口元を抑える。

 

「ん?どうしました?」

「なんでもない……なんでもないよなっ!」

「う、うん、なんでもないよ、気にしないで…」

 

自分の下半身がミンチになった後にみる生肉は吐き気を催すぜ。

………他のものだけ食べとこ。

 

「いやぁ、普段はめんどくさくて厄介でうるさい人なんですけど、こういうことされちゃうと見直しちゃいますよ〜」

「めんどくさくて厄介でうるさいのはお前のせいだろ」

「柊木さん、例えそれが本当のことであっても、言ってはいけないことはあるんですよ」

「………?」

 

柊木さんがマジで意味がわからないって顔してら。

 

「それじゃ、焼いていきますよー」

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねえ柊木さん?」

「なんだよ」

「椛がちょっと席を外すって言ってもう結構時間経ってね?」

「そうだな」

「なんかあったよね?」

「そうかもなぁ」

 

結局にとりんと私はろくに食べ物に口をつけていない。というか、寧ろ吐き気を催しているんだけど。

そのせいかにとりん酒も呑んでないし……いくら向こうが悪かったとはいえ、気分悪そうにしてるの見てると申し訳なくなってくるな。

 

というか、今はそんなこと置いといて。

 

「なんかあったのかな?」

「可能性としては、酔って倒れて寝てる、誰かに絡みに行ってる、吐いてる、このどれかだ」

「わぁ全部ありそう」

「他の奴もいるんだから、今日くらいは問題起こさないで——」

 

直後、柊木さんの頭に酒瓶が直撃した。

 

「柊木さあああん!?」

「……………はっ、どのくらい寝てた!?」

「復帰はえーなおい!」

「酒追加で取りに行ってましたー」

「酒取りに行ってたんかい!そしてとんでもねえ量の酒瓶!あと酒くっせ!こっち向くな臭い!」

「おやおや毛糸さん、女性に向かって臭いだなんて言っちゃだめですよ〜?」

「お前も臭いわ!」

 

うわぁ既に酔ったら面倒くさい奴らが酔ってるよ……こんな環境でるりはだいじょ……ばない!

 

「おいにとりんるりが泡吹いてるぞ!」

「えっあっほんとだ!まずい早くしないと……」

 

そう言ってにとりんは毛布を取り出し、るりをグルグルと巻き始めた。

 

「いや、あの、えぇ?あ、え、何してんの?」

「るりは慣れない場所で気絶すると、こうしておかないと発作を起こすんだ」

「ごめん口から泡が出てる方気にしてあげて!?」

「いや、いつものことだから」

 

いつものことなんだ……えぇ?

 

「文さん、とびきり強い酒持ってきましたよ」

「そ、それはなかなか手に入らないと話題の……一体それをどこで」

「向こうでなんか偉そうな奴に喧嘩売られたので軽く相手して奪ってきました」

「おい偉そうな奴って大丈夫!?大天狗とかじゃねーの!?」

「大丈夫だ安心しろ、どうせ全員酒呑んでてろくに覚えてない」

「おかしいだろ天狗って奴はよぉ!」

 

正直酒の呑みっぷりに関しては地底の鬼たちを見てるからそこまでだけど、それ以外もなかなかに酷いぞ天狗ってやつは!

 

「これが日常だ、お前も早く慣れろ」

「慣れろって、別に私この山の人じゃないんだけども」

 

というか慣れたくないわこんな生活……

 

 

 

 

 

 

 

 

「うわぉ…」

 

私とにとりんが棄権、るりが早々にリタイアしたとはいえ、それなりにあった量をほぼ文と椛だけで食べよった……途中から柊木さん焼き専になってたし。

 

「ふふっ…」

「あだっあだだだ」

「えへへぇ」

 

現状を説明すると、椛が柊木さんに固め技、文が笑い上戸化。

るり起床、恐怖を感じ取っている。

にとりんと私、達観。

 

「毛糸さんはちっさくて可愛いらしいですねぇ」

「おいやめろクソ鴉翼もぐぞ、頭ぽんぽんするのやめろマジで」

「おいお前らぁ!見てねえで早くこいつを止めっ、おあああ!!」

「これでよし、と」

「腕が……腕が動かなくなった……」

 

関節でも外れたんか?そして椛何してるんだよ。

るりが起きた瞬間から起こっているこの状況に怯えてにとりんにすり寄っている。

 

「にとりさぁん……早く帰りましょうよぉ……命の危険を感じます………ひぃっ!?こここっち見てるうぅ」

「貴女って小さくなって怯えて、まるで小動物みたいですよね……ふふっ」

「にとりさん!早く!あの白狼天狗の人あたしを見てます!次の標的を見つけたって感じの顔してますううう!!」

「いやーははっ、私も酔うといつもこんなになってたのかなって考えると頭が痛くなってくるね……」

「あ、駄目だこの人、あたしを助ける気ない……毛糸さん!」

「骨は拾ってやる」

「なんでこんな目にいいいぃい!!あっ」

 

あーあ、気絶しちゃった。

 

「まあ、さすがに私も相手は選びますよ」

「あぁそう、酔ってても意外とれいせ……おい何こっち見てんの」

「相手は選ぶって言いましたよね?貴女はいくら関節外しても大丈夫そうですし……ふふっ」

「お、おい待て、こっちにくるな」

 

席を立って椛から距離を取ろうとする私に文がしがみつく。

 

「おまっ、文テメェ!」

「さぁ椛、この毛玉の関節を外して毛糸さんのあられもない姿を私に見せてください!絵に描いて後で見るので!」

「ちょ、待てって、話せばわかああああああああっー!!!」

 

 

 

全身関節外された………動けなくなった私の周りに文の出した紙切れが散乱している。

 

「よっこらせ」

「おはぁん!?ちょ、にとりん、関節入れるんなら入れるって言ってよびっくりするなぁもう」

「ごめんごめん」

 

とりあえず関節を元に戻して立ち上がる。

さーてまぁ……ここまでやられて黙ってるわけにはいかないよなぁ?

 

「おい椛、いい加減お前らの、毛糸さんならすぐ治るから何してもいいよねー、みたいな思考正してやる」

「へぇ、いいでしょう、受けて立ちますよ」

「そして文、その紙破く」

「嫌です!これは毛糸さんを脅すときの交渉材料にするんです!」

「ざけんな!」

 

まず文から紙を奪うために一歩踏み出した。

 

そして文の紙きれを踏んづけて滑って頭から床に転んだ。

 

「これも計算の内かジョ……っぺっぺ!なんか口ん中に入ったんだけど………」

 

足元を見てみると割れた酒瓶、そこから漏れ出た酒………

あー、やべー……

頭ぼんやりしてきた……

 

 

 

 

 

 

 

 

「……凄く嫌な予感がするんだけど」

「同感だ」

「……その関節入れてあげようか?」

「……頼む」

 

あいつは確か散々酒が飲めない飲めないって言ってきたはず。それが少しとはいえ口に入った。

普通ならちょっと口の中に酒が入るくらいじゃどうにもならないはずだ。だが相手はあの毛玉。

 

「……ケヒヒ…」

 

何も起こらないはずがなく……

瞬間、床が沈む速さで文に近寄って腕を握った。

 

「ちょはやっ、寒っ冷たっ!ちょ毛糸さん凍ります、凍りますって!」

「ウェッヘッヘ………」

「おぉ、いくら酔ってるとはいえ、あの文に先手を取った。そしてそのまま行動不能に……やるね毛糸」

 

なんでこいつは冷静に分析してるんだ……

まあ本当に恐ろしいのはここからなんだが……

 

「ウェヒヒッ、次はお前の番だワンコロぉ……吠え面かかせたるでぇ………」

「吠え面をかくのはそっちですよ……ふふっ、楽しくなってきましたねぇ……」

 

あぁ、始まっちまった。

 

酔った状態だろうと、吐き気がなければいつもと同じように行動できる椛。

そもそも酔った状態が未知数な毛糸。

この宴会場壊れるかもなぁ……

 

「ヘヘッ」

「ふふっ」

 

二人の取っ組み合いが始まってしまった。

酔っ払いどうしの喧嘩とは、基本ふざけ半分であることが多い。

そして天狗には、そのふざけ半分の喧嘩に自ら乗っかっていく奴が多い……

 

「そこの気絶してる河童連れて先に帰っておくことをお勧めする」

「言われなくてもそうするけど……あんたはどうするの?」

「俺はまぁ……誰かがこの場の後始末しないといけないしな」

「………ご愁傷様」

 

既に厄介な気配を感じ取った他の天狗たちも帰っている。

つまり今ここに残っているのは………

 

「おっ楽しそうなことやってんじゃねえか!俺たちも混ぜてくれよ!」

「俺も俺もー!」

 

馬鹿だけである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「んぅ…………んー?…あれ、私何してたっけ」

 

記憶がない……まず自分の体を確認してみる。

うん、腕の形がおかしくなってるね。変形しちゃってるね。

 

 

 

そして周りの状態を確認してみる。

死体のように転がっているボロボロの天狗たち、その中には文と椛、柊木さんがいた。

 

途端に蘇ってくる記憶。

酔って、変なテンションになって、文を冷凍して椛と殴り合いして、他の参戦してきた天狗どももぶっ飛ばして………

 

 

やらかした、という焦りがやってくる。

 

「やべぇどうしよどうしよどうしよ………」

 

 

 

散々迷った挙句、私は………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

帰った。

 

 

 

 



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暇を持て余す毛玉と式神の式神

毛玉の朝は遅い。

 

特にやることがないともっと遅い。

 

たまにチルノが起こしに来る時は早い。子供は起きるのが早くて元気じゃのう………

 

 

そして迎えた朝

 

まだお日様が真上にも登っていない時間。

私のトラウマがやってきた。

 

 

「失礼する」

「おああああああああ!?」

「なんだ、まだ寝ていたのか。すまなかった」

「ら、ららららら藍さん………」

 

私を全身こんがり肉にしてきた藍さんが突然家にやってきた。

せっかく来てもらって悪いけど今すぐ帰って欲しい!すごく帰って欲しい!なんなら私がここ出て行こうか!?

 

「折り入って頼みがあるんだが………」

「いや、藍さんが出来ないことは私も無理だけど」

「いや、私は出来ることだ、君にもできる」

 

うん、これあれだね、断れないやつだね。

ここで私は開き直ることにした。

 

どうせやることないんだから、やるだけやってやろう!死なない程度に!

 

「と、とりあえず用意するんで外で待っててもらっていい?」

「そうだな、急に押しかけてきてすまない」

 

せめてアポくらいとってよね!別にいつでもいけるけどさ!暇だし!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「式神の面倒を見て欲しい?」

「まあ、そういうことだな」

「………紫さんの式神?」

「いや私の」

「式神の式神?」

「そうなるな」

 

行けるんだそれ…式神の式神とか。式神が何かよくわかってないけどね?

 

「で、それを私がしなきゃいけない理由を聞いていい?」

「今年も段々寒くなってきただろう?」

「うん」

「紫様が動かなくなった」

「だいたいわかった」

 

つまり紫さんがスリープモードに入ってるから、藍さんが代わりに色々しなきゃならなくて、それでその式神の面倒を見切れなくなったってことね。

 

「以前の妖怪の山での一件、見ていたがあの妖怪は凄まじい力の持ち主だった。だが君はあれを倒してみせた」

「あれは私と言うよりりんさんの刀が………まあいいや」

「色々他に頼める人を考えたんだが、毛糸、君が一番適任だと言う結論に至った」

 

至らないで欲しかった……

 

「君のことは紫様も信用しているし、私も信用に値すると思っている。君は他の力を持つ妖怪に比べても温厚で友好的だ。頼まれてくれないか?」

「うーん……」

 

引き受けはするけど……危ない人だったらどうしよう……

私を見るなり手足をもいだりしないよね?

 

「…駄目か?」

「ううん、引き受けるよ」

「本当か!」

 

藍さんも少々おかしいところはある気がするけど、決して異常者ではない。私にとって危険なことはおそらく、多分、きっと、やらせようとしないだろう。

それに、余程その式神を大事にしているみたいだ。私も信用してるって言われたし、期待には応えたい。

 

あと単純に暇!

 

「じゃあ早速来てくれるか?」

「うん、わかった」

 

そうして私は再びマヨ……マヨシ……?

マヨなんとかに赴いた。

 

 

 

 

 

 

 

「あの子?」

「そうだ」

 

私の視線の先にあるのは、猫と戯れている可愛らしい子供。まあ妖怪だろうけど、猫の耳と尻尾生えてるし。

尻尾が分かれてるし、猫又って言うのかな?

 

「すまない時間がないんだ、あとはよろしく頼むぞ」

「え、ちょま……消えた……?」

 

一瞬で姿を消しよった……さすが妖怪の賢者の式神だ…

藍さんがいたところに一枚の紙切れがあったので拾い上げてみると、藍さんが描いたのであろう、丁寧な字でやることが書いてあった。

 

なんだろう、この………親の留守中のやることリストみたいな……

 

「まあさっさとやろうか……1番目、あいさつ」

 

あいさつて……いやまあそうだろうけど………

あとその下に小さく、私のことは既に伝えてあるって感じのことが書いてあった。

つまりあれか?さっき私が引き受けたのに、それをもうすでに伝えてるってこと?引き受けてもらう前提で言ったのか、恐ろしく行動が早いのか……

まあ、それは置いておいてあいさつか。

 

「といっても、なんて声をかけたらいいか……あ、見つかった」

「………」

 

警戒されてる?これ警戒されてる?……まあいいか。

 

「おーい、聞こえるー?私は藍さんから君の面倒を見るように言われた」

「毛糸でしょ?藍様から何回も聞いてるから知ってるよ」

 

呆れ顔で言われた。

あぁー、これあれだな、大方予想できた。

 

「ただの毛玉が藍様の代わりを務めるなんて思えないけどなぁ」

「ぅん……そうだね………」

 

ムカつくけど、それは私も同感である。

 

「私で務まるかはわからないけど、とりあえずよろしくね?」

「はいはい、よろしく」

 

うわぁ、完全に舐められてるわ……まあ藍さんと比べたらそりゃ舐められるでしょうけれども……

よくよく考えたらチルノにも舐められてるから今更だったわ。

背も私と大して差は無く、子供って感じのする容姿だ。

 

「君は橙であってるんだよね?」

「そうだよ。…藍様があれだけ言うからどれだけ凄い人なのかと思ったけど、やっぱりただの毛玉かぁ」

「君の中で毛玉は体を持ってるのかな…?まあいいや」

 

一体藍さんがどんなふうに私のことを伝えていたのかは気になるけど、なんかヨイショされてそうなことは想像できた。

 

「あいさつは済んだか。えーと、次にやることは……」

 

交流を深める……いや、あの、あのさぁ!

そんな、学校の先生が指示するみたいな…ねえ!まあやるけどさ!

 

「えーと、そうだなぁ……何か私に関しての質問とか……ある?」

「藍様より強いの?」

「比較にならないくらい弱いと思う」

「だよね、知ってた」

 

なんだろう、この子の一つ一つの言葉が私の心にかなり刺さる。

 

「じゃあ私からも一ついいかな?」

「いいよ」

「藍さんとはいつもどんなことしてるの?」

「私の妖力の扱いの練習だったり妖術の練習だったり」

 

え……やだ………私が教えてもらいたいんだけど!?私の方が妖力の扱いを藍さんに教えて欲しいんだけど!いいなっ!羨ましいなっ!

 

「あなたは見てるだけでいいよ、教えるとか無理でしょ?」

「うん……」

 

なんだろう、本当に、強い言葉を使われてるわけでもないんだけど……辛い!

確かに次の項目に、橙の鍛錬を見守るって書いてるけど……それ、私いるかね?なんなら藍さんが居なくても出来そうなんだけどさぁ……

 

てかちょっと待って!さらにその次の項目、私との模擬戦って書いてあるんだけど!?

 

「うわぁ………」

「どうかした?」

「いやなんでもないけど……」

 

何考えてるんだあの人……私との模擬戦なんて、この子にとっても何の得があるのか……

 

「………あぁもういいや。とりあえず始めようか」

「そうだね。あーあ、藍様に見てもらいたかったなぁ」

「………ぐはっ」

 

今日だけで私は既に数年分の精神攻撃を受けている………

 

 

 

 

 

 

 

橙の訓練内容は簡単だった。

単純に妖力を纏って身体能力を強化して、そこらじゅうを駆け回ったり、跳ねたりする。

妖術に関しては、火を出したり………火を出す以外のことはなんにも分かりませんでしたああっ!!多分火を出すやつは以前藍さんに焼かれた時のと似たようなものだと思うけど。

 

いやでもね、あのね、こんな子でもね、私より妖力の使い方上手いところ見てるとね。

 

泣けてくる

 

いや、普通の妖怪ならこの程度はできて普通なのかもしれない。

多分私が妖力の扱いが下手なのは、そもそも前世が人間でそんな非科学的なものと無縁だったのと、そもそも毛玉で自分の妖力を持ち合わせていなかったことも関係あると思う。

 

あと私にセンスがない、多分だいたいこれ。

 

これでもアリスさんと一緒にいたころにだいぶ練習して、そこそこ使えるようにはなったんだけどさ………でも妖術ってなんだよ!私知らないよそんなの!アリスさんは魔法しか教えてくれなかったよ!まあアリスさんも詳しく知らないからだろうけどな!

 

私が育ち悪い子であの子が育ちがいい子みたいな……

 

「妖術かぁ……私でも練習したらできるかな…」

 

でもあの子凄いな、そこまで大きな妖力を持ってるわけでもないのにかなり動けてるし。

 

「あ、猫」

 

突如視界に猫が入ってきて目と目が合っ………やだこっちきてるんですけどっ!めっちゃ可愛いんですけど!

 

「ふおぉっ」

 

膝の上乗ってきたんですけど!!可愛すぎるんですけど!え、ちょっと待って可愛すぎて死ぬ。

 

「うちのイノシシとは大違いだぜ……まああいつもあいつで可愛いんだけどさ」

 

でもあっちはこの動物である猫と違って妖怪!可愛さにおいて超えられない壁があるのは仕方ないことである!

 

 

っといけない、関係ないこと考えだした。

でもこの後どうするかな……メモには模擬戦を適当にこなしたら休憩って書いてあるんだけど……

あの子の一言一言が私に深く突き刺さるから話しかけづらい……あと藍さんが大事にしてる子だから変なことしたら後で焼かれそうだし………

 

体の傷の痛みは感じないのに、言葉って凄い痛いよね。

 

橙が訓練を終えるまで暇である。向こうも藍さんがいたらいいのになぁとか思ってるのだろう。私もそう思う。

 

そういえば紫さんはマヨヒ……マヨヒシ……とりあえずここにはいないみたいだ。普段は別の場所で寝てるのかね。

 

 

………やっぱり紫さんって、私も知らない私のこと知ってるよね?私の記憶も勝手に覗いたりしてるし……

私が何で妖力と霊力持ってるのかとか、聞いたら教えてくれそうだし、教えてくれなさそうでもある。

りんさんの刀のこととかも何か知ってるかも知らないし、そのうち会ったら聞いてみたいけど……聞けるかなぁ、そんな度胸あるかなぁ、ないなぁ。

 

「おーい、終わったよー」

「んあ?あ、うんおっけー」

 

 

 

 

 

 

訓練が終わった後、少し休憩を挟んで模擬戦に入った。意外と、模擬戦やる?って聞いたら素直にいいよ、って帰ってきた。多分根はいい子なんだと思う。私への当たりがちょっとキツイだけで

 

「準備運動しとけよー?」

「さっき散々動いたから必要ないよ」

「それもそうか」

「……どうせなら藍様がよかっなぁ」

 

うん、聞こえてるんだよこのやろう。

 

「とりあえず勝ち負けはつけときたいよねぇ……お互いに三回攻撃当てられたら負けってことにする?」

「いいよーそれで」

「うーしそれじゃあ……始め」

 

とりあえず手加減……思いっきり殴るのは絶対にダメだろう。

それに私は向こうの動きを少しみてたけど、橙は私のことはあまり知らないだろうからね。

 

「とりあえず氷っと!」

 

氷の塊を軽く飛ばしてみる。

 

「遅いよ!」

 

めっちゃ簡単に見切られた。

まあこの様子だったらもっと氷を飛ばしてみてもいいかな。

 

「って、どこいった?」

 

橙が瞬く間に視界から消えた。

 

「こう言う時は大体後ろに…いない」

「残念真上でしたっ!」

 

頭上から飛びかかってきた橙を、その場を飛び退くことで回避する。

その後も距離を詰めて爪で切りかかってきたけど、氷を飛ばして無理やり距離を離す。

 

「速いし……死角に入り込むのが上手いなぁ……」

 

なお戦闘に関しては素人の感想です!

 

「まあ足が速いのなら足場を面倒くさくしてやればいい」

 

地面に手を触れて妖力を広範囲に流し込み、一気に霊力に変換、氷を地面一面に張らせた。

 

「うっ、確かにこれは動きづらい……」

「走るのは速いけど、飛んだらそこまで速度でないみたいだーね?」

 

足場が滑って動きづらそうにしてる橙に向かって大きめの氷塊をいくつも投げつける。

 

「うわっあぶな……いたっ!」

 

大きい氷の中に小さめの氷を紛れ込ませて橙に当てた。とりあえずこれであと2回かな。

なお、ここまで私はほぼ動いてない。戦いにおいては、敵を動かせる側の方が基本有利なのである、戦闘素人の感想。

 

「うぬぬ……足場がないならあるもの利用するまで!」

 

橙が弾幕をこっちに撃ってくる。当たっても防御すれば問題ない程度の威力だけど、当たったらダメってルールなのでその場を動いて回避する。弾の速度もそこまでだ。

橙は飛んでも速くないから出来るだけ地面にに足をつけたいだろうけど、私は浮いていれば方向転換も簡単に出来るので問題ない。

 

橙の方を見ると、私が放って地面に刺さってる大きめの氷塊を足場にして蹴り、そのまま弾幕をばら撒いてきた。

 

「器用なことするなぁ!」

 

一回に放たれる弾幕の量はそこまでなんだけど、何せいろんな方向から高速で動きつつ放ってくるお陰で避けづらくなってくる。

 

「とりゃっ!」

「危なっ、いてっ!」

 

橙が一気に飛びかかってきたのをなんとか避けたものの、その後の弾幕に当たって一回被弾してしまった。

 

「よし、これなら……」

 

うまく行ったのに味を占めたのか、また高速で弾幕をばら撒きつつ氷塊を蹴って移動する。

でもまあ……これだけ見てたらその速さにも慣れてくる。

 

再度橙が私に飛びかかってくるが、私だって氷塊の位置は把握したし、飛びかかってくる時の動きは直線的、避けてすれ違いざまに軽く氷を当てる。

 

「いたっ、もうまた当たったって、うわぁ滑る!」

「よし、もういっちょくらっとこうか」

 

何気に弾幕に当たって残り一回になった私だけど、氷に当たって体勢を崩して滑っている橙に氷を乱れ撃ち、避けることも出来ずに私の勝ちとなった。

 

「いや、普通に危なかった……いたっ、ちょ、弾幕痛い!残りカス痛いって!」

 

 

 

 

 

 

「勝てると思ったのに……」

 

落ち込んでる……ここは私、負けた方がよかったのか?いやでも負けたら負けたで調子に乗られそうだったし……

 

「まあまあ、普通に私も手こずったしこれから頑張れば………」

「やあ、どうなった?」

 

橙に近づいて励ましてたら、突然藍さんがやってきた。

 

私は一瞬で今の状況を把握する。

橙は今落ち込んでしゃがみ込んでいるし、少しばかり怪我もしている。その原因は………私………

 

 

殺されるっ!!!

 

「あ、あの藍さんこれは……」

「そうか橙、毛糸に負けたか」

「……はい」

「あ、あれ…?」

 

怒ってない……許されてる!?私許されてる!?

 

「今日はもう休んでいい、しっかり振り返っておくようにな」

「わかりました藍様………」

 

とぼとぼと歩いて行ってしまった……

 

「あ、あぁー……ごめん、すっかり落ち込んじゃって……」

「いやいいんだ、元より君のことを少し侮っていたみたいだし、いざ模擬戦をしてみたら負けてしまって悔しいんだろう」

「は、はぁ…」

 

橙は力こそそこまで強くないけど、技術とかに関しては明らかに私より上だったし誇ってもいいと思うよ?

あ、私が不器用すぎるだけか!

 

「なあ、これからも橙のことを時々見てやってくれないか?」

 

言われる気はしてた、そして『いいえ』という選択肢が見えない。『はい』と『いいよ』しか見えない。

 

「君と一緒にいることで、橙も学ぶことがあると思うんだ」

 

私はそんなものないと思うんだ。

と、言えるわけもなく。

 

「いいよ、わかった。言ってくれたらいつでも来るよ」

「そうか、ありがとう。これからもよろしく頼む。それじゃあ家まで送っていこう」

「どうも」

 

ぶっちゃけ面倒くさいけど、頼まれたなら出来る限りのことは引き受けたい。

 

 

あと単純に暇!



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吐く側の毛玉

「ええ!?毛糸さん体調悪いんですか!?』

「どうやらそうみたいで……昨日から家の外に出てないみたいなんですよね」

「暇だったから来てみれば面白そうなことが………」

「あの文さん、あの人機嫌悪い時はとことん悪いので気をつけてくださいね?」

 

これはこれは、いい暇つぶしになりそう……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「げほっ、ごほっ………んで何、わざわざ羽をもがれにきたの?」

「面白そうだなと思って!」

「正直でよろしい、治ったら鼻の穴を増やしてやろう」

「またまたーそんなこと言っちゃってー、まだ調子悪いのにそんな強気なこと言っちゃっていいんですかー?ほらほら、突っつかれてるのにやり返してこないじゃないですかー、つんつーん」

 

うわーうぜー……

魔法の森とか言うジメジメしたところでも暮らしてきたけど、ここまで体調崩したのは初めてだわ………

 

 

「ごほっごほっ、おい腹の当たりツンツンするのはやめゴブァ…」

 

吐血した。

 

「うわっびっくりした!まさか血を吐く程とは……大丈夫ですか?」

「お前にツンツンされたせいで悪化した気がする……まあ血を吐くのは今日は一回目かなぁ……」

「昨日も吐いてたんですか!?」

「昨日はチルノに腹の上に飛び込まれて」

「あ、そうですか……」

 

血を吐くたびに布団が赤く染まるから勘弁してほしい……

 

「ちょっと頭触らせてもらいますね……おぉ、熱い」

「フッ、この温度で肉も焼けるぜ」

「そういえば以前の宴会の時、肉に手をつけてませんでしたよね?」

「ウッ吐き気が」

「あとめちゃくちゃ酔ってましたよね?」

「ウッ頭痛が痛む…」

「あの後始末大変だったんですけど」

「ゴボァァア!」

「血を吐いて誤魔化さないでください」

「スマンカッタ」

 

いやほんと……あれは事故みたいなものだったし……

 

「でもあれ、元はと言えば文と椛が原因だろ?」

「うっ急に目眩が」

「おいおい……」

 

あぁ、うるさいのが来たせいでもう疲れてきた……

 

「なあ文、仕事は?」

「もちろん抜け出してきましたよ」

「じゃ暇?」

「まあそうですね」

「介抱して」

「言うと思いましたよ……」

 

正直何の活動もできなくて、ただ吐き気と目眩と高熱に悩ませるだけなのは辛い。1日経っても治ってないし……

 

「そうですね……いつもなにかやってもらってる側ですし、いいでしょう!この私が!全力で介抱してあげましょう!!」

「大声出すな頭に響く…」

「あ、すみません。少しくらいは動けますか?」

「まあいける。って、何をするだー!」

 

文に布団を掻っ攫われた。酷い、鬼畜、クソ女。

 

「流石に血のついたままはいけないですよ……これとりあえず洗ってきますね。替えの布団ってありますか?」

「ないです……」

「えぇ………じゃあ急いで山に取りに帰るので待っててくださいよ」

「おう………」

 

 

 

 

 

 

 

 

「おろろろろぉ………」

「…私、全速力で戻ったつもりなんですけど」

「他の天狗に見つからないようにしてたから時間かかってたくせに…」

「何故それを」

「お前のやってることなんて大体わかろろろろぉ……」

 

なんだろう、布団なくなると包容感?それが無くなってすごい不安になって吐き気がやってきた。

 

「よっこいせ……あぁ落ち着くぅ…」

「本当に体調悪いんですね……私はてっきり、病気とかも再生力でなんとかしてるんだと思ってましたよ」

「できたらいいんだけどね……私が治せるのはせいぜい外傷だけだから、体の中からだと全然」

「でも血を吐くほどって、相当じゃないですか?」

「それは私の体が貧弱だから……」

「あ、はい、納得しました」

 

血反吐なんぞ、今の私にとっては指が数本欠けるのと同等のハプニングよ……

 

「原因って何かわかります?」

「あぁ……あんまりわからん」

「そうですか………そこまでひどい症状になるとするならそれ相応の理由があると思うんですけど」

「そういやこの前変な形のキノコ食ったなぁ……」

「………」

「………」

 

この空間に静寂が訪れる。

 

「それですよね!?」

「そういや妙に毒々しい色してたなぁ…」

「なんで食べたんですか!?」

「そういや無性にそのキノコを食べたくなる胞子を撒き散らしてるってあの人言ってたなぁ」

「なんで分かってたのにまんまと嵌ってるんですか!」

「うっせぇこちとら病人だぞっ」

「自業自得じゃないですか!」

 

いやー………魔法の森にあるキノコを食べるとは我ながらアホの極み……いやなんかすごい美味しそうに見えてさぁ……実際焼いて食べたけどそれなりに美味しかったしさぁ……

 

「すんません、反省してます」

「見知らぬ食べ物を食べるなんて、そんなに馬鹿だとは思ってませんでしたよ……」

「人間って失敗して成長する生き物なんやで…」

「あなた毛玉でしょうが」

「もはや毛玉なのかすら怪しいけどな……」

 

毛玉っていってもこの体は普通の人間みたいなもんだしなぁ……再生力以外は………

 

「で、いつくらいに治りそうなんですか」

「昨日よりは結構マシになってるから、明日には動けるようになってるんじゃないかなぁ……せっかくだしなんか話でもする?二人で会うことって最近あんまりなかったし」

「まぁそうですね。上司が軟禁状態にしてくるせいでなかなか…」

「今こうやって抜け出すからじゃないのかね…」

「毛糸さんは知らないでしょうが、仕事ってのは抜け出すものなんですよ」

「うん知らんわ」

 

私知ってるんだ、文は実はめちゃくちゃ優秀なんだって。

だって椛と柊木さんが、文は優秀なくせに仕事しないって事あるごとに言ってるもん。

才能を持て余す……嫌いじゃないわ!

 

「じゃあ私から一つ質問いいですか?」

「なんなりとどうぞ……」

「何故毛玉でありながらそれほどの妖力を持っていて、体を持ち、異常なまでの再生能力を有しているんですか?」

「3つの質問じゃね……?」

「それだけ謎の多い存在って事ですよあなたは」

 

まあこの世界でもトップレベルに謎の多い存在である自信はある。

 

「じゃあ最初から…っても私の推測でしかないんだけど、それでもいい?」

「全然構いません」

「じゃあ初め……あ、眠くなってきた」

「今寝たら腹を突きます」

「じょーだんだって……まず最初、私はもともと自分の霊力や妖力を何一つもってなかった。それでなんやかんやあって幽香さん……風見幽香の妖力を自分のものにしたって話………あぁもう他めんどいからこんどね」

「適当やめてくれませんか?」

「しんどいのっ!病人じゃなくて元気なそっちが話すべきでしょ」

「はぁ……じゃあ、治ったら絶対に話してくださいよ?」

「喋れる範囲でな……」

 

だって全部話したら長くなるしさぁ………そもそも私が教えて欲しいくらいだしさぁ……眠いしさぁ………

 

 

「じゃあはい、何か質問ありますか」

「柊木さんと椛とはどうやって知り合ったの?」

「それ聞いてきますか。そうですね……椛とはなんですかね、昔に知り合ってそのまま今に至るって感じで…特に何かあったわけでもないです。柊木さんとは、椛の同僚ってことで」

「普通だね」

「えぇ、普通です。というか、普通出会い方なんてそんなものですよ。毛糸さんがおかしいだけで」

 

それもそうだ。

文たちとは何で知り合ったんだっけ………あぁ、なんかN○Kの集金が脳裏に浮かんでくるからきっとそういうことだろう、そういうことにしておこう。

 

「文ってどういう立場なの?山のなかではそれなりの立場っぽいけど」

「下から三番目ですね」

「椛は?」

「下から二番目」

「柊木さんは?」

「一番下っ端」

「へぇ〜、知らんかったなぁ」

 

あの3人の中では文が一番偉いってことか……それで柊木さんが一番下っ端………なんだろ、やれやれって感じで焼きそばパン買ってくる様子が目に浮かぶ。

 

「すっげぇ納得………いっつもその喋り方だけどなんか理由あるの?」

「こうした方が印象良くなるでしょう?」

「………」

「なんか言ってくださいよ」

「ケダマモソウオモウ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「毛糸ー!今日も来てやったぞー!」

「よしうるさいチルノ、帰ることを許可する」

「あ、どんか○すもいる」

「ねぇ毛糸さん!?私のことなんて覚えさせてるんですか!?」

「ドンカ○ス、あく、ひこうタイプ」

「普通に名前で覚えさせてくださいよー!」

 

知らんよ……私だって困惑してるもん、別に教えたわけじゃないのにそんな覚え方してさ……

 

「へへへー、まだ体調悪いのか!あたいはかぜも引いたことないんだぞ!」

「バカはかぜを引かない……なるほどそういうことか」

「どういうことだ!」

「ちょ、やめて、お腹の上で跳ねないでごびゅっ」

「あーあーチルノちゃん!毛糸さんの口から血が噴き出てるからやめてください!」

「しょうがないなぁ」

 

このガキが……こっちがちょっと調子悪いからって調子に乗りよってからに……いやいつもこんな調子だったか。

そしてなんとか布団に血がつかないように吐いた私ナイスだ、顔面が血だらけになったけど。

 

「あぁそうそう聞いてくださいよチルノちゃん、毛糸さんってば、以前の宴会で——」

「おいカラス、それ以上言えばどうなるのかわかってんのか」

「……言ったとしたら?」

「お前の住んでる場所を私の四肢だらけにする」

「……またまた〜」

「これが冗談を言う目に見えおろらろ……」

「あ、吐くなら布団には吐かないでくださいね」

「うぃす…」

 

妖力出して威嚇したら吐き気きた……

 

「掃除するの私なんですから、出来るだけ吐かないようにしてくださいよ」

「すんません……迷惑かけます………でも言ったらマジで血の海にするからな………そしてチルノ、井上貸すからそれと遊んでこい」

「遊ぶぞいのうえー!」

「……井上って誰ですか」

「イノシシ」

「はいぃ?」

「気にすんな」

 

チルノがイノシシを抱えて出ていくのを、なんとも言えぬ顔で見つめる文。

 

「………非常食か何かですか」

「毒あるから食べられないよ」

「なんで飼ってるんですか」

「なんかくっついてきたから」

「………名前おかしくないですか」

「ケダマモソウオモウ」

 

名前っていざとなると全然つけられないんだよね……さらっとつけた大ちゃんすげーわ。

 

 

 

 

「ごめんね文、迷惑かけて」

「まぁ気にしなくて大丈夫ですよ。いつもなんやかんやで利用させてもらっちゃってますし、そのお礼とでも思っててください」

「そうだよね、まず最初に出会った時からこちとら迷惑かけられてるし別に私が申し訳なく思う必要ないよね。迷惑かけられてるの私だもんね」

「すみませんさっきの全部撤回します。そして帰りますね」

「うんごめん見捨てないで」

 

でも今日は感謝してる。文が来てくれてなかったら今日一日ぼーっとして過ごしてただろうから。

 

「でも私はめちゃくちゃ死にかけてるわけだし、帳尻合わなくない?」

「さようならー」

「待ってごめんってもう言わないって」

「そうやって死にかけてるって口に出してる時点であなたはそこまで気にしてないんでしょうに……」

「バレたか………」

「私も、最初は面白そうって思ってきたのに、まさか看病する羽目になるとは思ってませんでしたよ」

「煽りに来たんだな?病床に伏してる私のことからかいにきたんだな?」

「最初はその予定でした」

 

その予定だったんかい迷惑だなおい。

 

「でもまあ、偶にはこういうのも悪くないですよ。あなたは基本一人で抱え込む傾向にあるので、周りの人を頼るのも大事ですよ。私だってあなたの友達なんですから」

「文…………そう思ってんのお前だけだよ」

「……ふぅーっ、それじゃあさようなら」

「あ、待って行かないで!冗談じゃん!うそうそ私たち友達ふれんどふれんど!ちょ、ま、待ってええ!」

 

この後めっちゃ謝った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私、大方復活。

 

「思ったより治るの早かった………まあまだ体は重いし少し吐き気もするけど」

「これも私のおかげですね」

「ケダマハソウオモワナイ」

「なんでですか、そこは肯定してくださいよ」

 

とりあえずこの吐瀉物で臭くなったこの部屋なんとかしたいね……まあやるのは明日だけど。

でも本当に、迂闊な行動には気をつけよう………今日はマシだったけど、昨日とか本当に酷かったからなぁ………やっぱり魔法の森のキノコにろくなのないわ。

 

「だんだん暗くなってきますし、私もそろそろ帰りますね」

「あぁもうそんな時間、今日はありがとうね」

「いえいえ、久しぶりに落ち着いて話が出来てよかったですよ」

 

そして帰ったら上司に追いかけられる文の姿が………想像に難くないあたりもうダメだこりゃ。

 

さーてと、あれだけ動かなかったし、本当に水以外飲んでないけどなんか体は大丈夫だ。

 

「ちょっとだけ体は動かそうかなぁー……軽く散歩とかで」

「ふごおぉ!!」

「ふぇ?」

 

突然イノシシが視界に飛び込んできた。

そしてそのまま私の腹部に衝突。

 

「ぐぼっ」

 

吐いた。

 



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毛玉と引きこもりの繋がり

「泊めてもらっていいですか……」

「なんで………?」

 

真夜中にるりが訪ねてきた。

 

 

 

 

 

 

 

「仕事疲れた?」

「はい…」

「しばらく休みたい?」

「はい…」

「だからうちに来たと」

「はい…」

「帰ってもらっていい?」

「嫌です…」

「私に拒否権は?」

「ないです…」

「ふざけんなよ?」

「すみません…」

「謝るならさぁ」

「無理です…」

「うぇぇい……」

 

そんなこと言われても……ねぇ?

 

「布団ないよ?」

「持ってきました」

「着替えないよ?」

「持ってきました」

「用意周到だなおい」

「断られても駄々こねて入れてもらおうと思ってたので……」

「あらムカつく」

 

入れてもらえる前提で来てるあたり私のこと軽く見てるな?まあ結局入れるんだけども。

 

「にしてもなんで今更?今まで散々働いてきたでしょ?」

「溜め込んでたんですよ…負担とか、負担とか、負担とか……今までずっと我慢して、なんとかみんなの役に立てるようにって…」

「それで限界が来たと」

「うぅ……お恥ずかしながら………」

 

まあるりのことはそれなりに知ってるし、気持ちもわかるが……なんで私?

 

「わざわざ私のところに来なくたって、にとりんにでも言えばよかったんじゃないの?言ったらわかってくれるでしょ」

「それもそうなんですけど……休みもらえても少しだけだと思うし、なんでもいいから仕事しろとか言われそうだし、結局あの場所にいたら周りの視線が気になるし……だったらもういっそのこと、あたしのことは死んだことにしてもらって、存在が忘れられた頃に帰ろうかなって」

「極論すぎるわバカ」

「毛糸さんよりは頭良いですよ」

「そこどうでもいいし、あれ、このまえ死にかけたんじゃなかったっけ君」

「あんなのもう昔の話ですよ」

「そうかなぁ……?」

 

別に泊めるのは全然構わないし、本人がしたいことすれば良いと思うけど……悩んでいるのならなんとか解決してあげたい。

 

「…なぁるり、周りはそれほど自分に興味ないって言うだろ?」

「あたしが周りを気にしてるんですよ」

「アッハイなんでもないです」

 

まあ河童は基本臆病だし、人見知りではあるが、そんな中でもるりは群を抜いている、ぶっちぎりで。

 

「じゃあとりあえず今日は寝なよ、もう遅いしさ」

「ありがとうございます……あと、多分明日にはにとりさんが来ると思うんですけど」

「はいはい、私がなんとか言っとくよ」

 

私がそう言うと、るりは安心した様子で流れるように私の寝室に勝手に布団を敷いた。

うん、何場所占領してんだこいつ図々しい。

 

 

 

 

 

 

 

 

「そっかそんなことが……ごめんね迷惑かけて」

「いや別に全然良いよ。本人も落ち着いたら戻る気でいるみたいだし、それまでは私が様子見ておくからさ」

「頼むよ。……昔から溜め込んでたんだなぁあいつ、これだけ長い間一緒にいたのに全く気が付かなかったよ」

「まあまあ、また山に行って様子でも伝えに行くよ」

「ありがとう、それじゃあね」

 

………ふぅ。

 

 

「行ったぞー」

「にとりさん、意外とすんなり……」

「なんで隠れる必要あったんだよお前」

「見つかったら有無を言わさず山まで引きずられそうで………」

「あぁ、まあ、そうなってただろうけども」

 

最終的には落ち着いた様子だったけど、にとりんがここを訪ねてきた時はかなり慌ててた、というか怒ってたな。

『どうせここにいるんだろ出てこい!』

って言ってたし、私が先に出て話をしなかったら本当に連行していきそうな雰囲気だった。

 

「………」

「どうしたー、今更罪悪感でも出てきたのかね?」

「うっ…」

「にとりんも私にるりのこと頼むって言ってたから、どっちにせよすぐには帰れないけど?」

「帰るつもりはまだまだないんですけど、やっぱり何か伝えてからの方が良かったかなって…」

 

そりゃ唐突に失踪まがいのことされたら誰だって驚くだろうさ。私だって驚くもん。

まあもう過ぎたことだし、やることやっちゃうか。

 

「紹介するな、妖怪イノシシのイノレーションだ」

「ふごっ!」

「いのれ…なんて?」

「イノバルカン」

「変わりましたよね?今明らかに変わりましたよね?」

「そんなことないよな、イノスザク」

「ふごっ」

「会話してる……」

 

我ながら頭のおかしい呼び方をしているとは思ってはいるけども、本人もなんかこれで納得してるし別にええかなって。

 

「で、これからどうすんの」

「どう、とは」

「流石にずっと私と同居ってわけにはいかんでしょ?いや、私は別に構わないけど、るりが嫌でしょ?」

「あ、奥の洞穴使わしてもらいます」

「あ、あそこぉ?」

 

てっきり自分で小屋とか作ったりするのかと……

洞穴といえば、私の家の扉を通ってそのまま真っ直ぐ突き進むと行ける場所だ。本当にただの洞穴で、灯りも通らないし、完全に私の家が蓋をしてるから何にもないんだよな。

なんにもないから私もなんにもしてない。ただこう、なんか薄暗い空間があるなぁって感じになってる。

 

「でも暗いよ?」

「発電機置くので」

「oh……さすが河童スケールが違う」

 

………待てよ?

家の後ろの洞穴も、一応私の家ということにはなっている。

つまりこれは………

 

私の家がまさかの通電………?

 

「歓迎するよ、紫寺間るり………」

「うわ凄い笑顔……なんかよからぬこと考えてます?」

「ううん、家賃は無くしてやろうと思ってただけ」

「取るつもりだったんですか!?」

「払うつもりなかったのか!?」

「え、いやあの、友達ですし……」

「家借りるのに友達もクソもないわ、取る権利は私にある」

 

まあ取らないから関係ないけどね。

家に電気通るってなると、河童のところにあったあんなものやこんなものが………

 

「ケッケケッヘッヘッヘ…」

「うわ凄い笑い方……と思ったけどいつも通りでした」

「そうでもないと思うけど!?」

 

いや、そうでもあるか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ごめん帰ったら家の骨組み変わってんだけど」

「あ、毛糸さん。この家何も考えずに適当に作りましたよね?めちゃくちゃになってたんで工事しておきました」

「お、おう、そっかぁ………」

「あたいの城で何してるんだ!」

「いやお前のじゃなくて私の城」

「えええええっとだだだれですかねそのこここ」

「他人が来た瞬間にいつもの調子になってんなお前」

 

一応私の家には時々チルノや大ちゃんがくるし、前もって紹介しておいた方が後々混乱が少なくなって済むかなって。

まあ大ちゃんは他の妖精たちと遊んでたから、一人でカエルを冷凍保存してたチルノだけ拉致してきた。

 

「怖くなーい怖くなーい、この子は私と一応長い付き合いの」

「こいつの親分だ!」

「アーソウソウワタシノオヤブン。私の記憶通りだと、一回くらいは会ったことあると思うんだけど」

「おお、覚えてないです」

「あたいも知らないぞ!」

 

るりはガツガツ来る系が苦手なのは分かってたけど、妖精みたいな子供っぽいのならなんとかなるかなと思ってたけどまあ……いつものだ。

大ちゃんとなら普通に話せてそう。

 

「やいお前、あたいの城で何してるんだ」

「いやあの、ここ毛糸さんの家では……?」

「あたいの城だぞ!」

「私の城だぞ!?」

「そもそも城じゃないですよね!?」

「自分の家ってのはなあ!人間の城なんだよ!!」

「あなた毛玉ですよねえ!?」

「あぁはい、そうですね」

「違う、まりもだぞ」

「あぁはい、引っ叩くぞ」

 

ふぅ………まあ、湖の周りで生活するなら、チルノとも何度も会うだろうし、とりあえず慣れておいてもらわないと。

 

ん?

 

「………なんか調理器具増えてんだけど」

「流石に包丁しかないのは……簡単に作っておきました」

「いつどこで!?」

「洞穴でついさっき」

「どうやって」

「簡易的な工房を設置しておいたので」

「あ、ものづくりはするんだね」

「河童ですから」

 

この世界の河童はそういうものなのである。もう割り切った。

例え時代に合わない技術を持っていようが、この世界ではそういうものなのである。古い常識に囚われてはいけないのである。

 

「あたい参上ー!」

「あ、ちょ、待ってええええ!中には入らないでええ!」

「チルノー、イノピーロンと遊んできて良いぞー」

「行くぞいのりんぐ!」

「ふごぉ……」

「えぇ………」

 

なんかよくわからんが、チルノとイノシシは仲が良い。なんか厄介なことされそうでも、とりあえずイノシシを餌にしたらどっか行く程度には。

 

「この家には私の他にあのイノシールもいるからな。忘れないように」

「なんでもありですね……」

「るりは動物とかどうなの、苦手?」

「別に苦手じゃありませんけど……どっちかっていうと植物の方が好きですね」

「なんで」

「だって喋らないじゃないですか」

「あ、はい」

 

さすが極度の人見知り、判断の基準まで、人見知り。

 

「毛糸さんは苦手な生き物とかいるんですか?ちなみにあたしは高い知性を持つ生物です」

「お、おう………私は…にょろにょろとしてるやつかな」

「へぇ、蛇とかですか?意外だなぁ」

「だってあぁいうタイプって毒持ってたり締め付けてきたりしてるじゃん?私ってその手の攻撃に弱いんだよね。まあ単純になんか気持ち悪いってのもあるけど」

「あぁ……そうですか………」

「巨大な蛇の妖怪なんかが出てきたら空から氷の柱と妖力弾を雨のように降らして存在を抹消する覚悟」

「天災じゃないですか……」

 

私よりヤベーやつなんていっぱいいるけどな。

幽香さんとか、勇儀さんとか、紫さんとか……あれ、ゆのつく人多いな。あと藍さん……あ、そうだよ藍さんだよ。

今の時期はあの人訪ねて来ないけど、もし来たらるりは泡吹いて失神しそう………まぁいつものことか。

 

 

 

 

 

 

 

 

「毛糸さん………最近家変わりました?」

「あっ大ちゃん。わかっちゃうー?」

「まああれだけ変化してれば……」

「そりゃそうだ………」

 

玄関に雨除けができたし、ちゃんと屋根が屋根の形してるし、そもそも二階が増えたし、内装もなんか凄いそれらしい間取りになってるし、台所も凄い使いやすくなってるし、湖から水も引かれてるし………

 

「河童ってすげぇ………」

 

というか、私の家が今まで使いにくいすぎただけか……?いや、でもまだるりが来てからそんなに経ってないし、この短期間でってのはどちらにしろ……

 

いや、やっぱ河童すげぇわ。

我が家が我が家では無くなっていくのを感じる……どんどん面影が薄れていく………

 

 

 

 

 

 

屋根の上で夜空を眺めているるりを発見した。

 

「珍しい、外に出てるなんて」

「毛糸さん……流石にあたしも外の景色を見ることはありますよ」

「まあそれもそうか……」

 

近づいてるりの横に座る。

 

「あ、さっき見つけたんだけど、謎の地面の穴なに?床下まで続いてたんだけど」

「あぁ、電線を通そうと思って」

「いやあの、うん、ありがたい、ありがたいよ?でもそこまでしてくれなくてもいいかなって」

「お世話になってるお礼って意味もありますけど、あたしがやりたくてやってることなので気にしなくても……」

 

お世話になってるお礼をしたいのはこっちなんだが?お世話されまくってるんだが?もうお前一人でも立派に生きていけるよ、独り立ちできるよ。

 

るりが色々するための材料とか工具とかは、私が妖怪の山まで取りに行っている。やっぱり本人はまだ帰りたくないらしい。

 

「ここは居心地がいいですね…」

「あぁそう?私もそう思う」

「はい、だって静かですし、いるのも邪気のない子供みたいな妖精ばかりで……あの山とは大違いですよ」

「おう………」

 

ダメだぁー、もう山には帰りたくないとか言って永遠と居座り続けそう………あんまりにも長く居座るようだったら縛って山に持っていくか……?

 

「……やっぱり、あたしって変ですよね」

「うん、今更か?」

「いや、酷くないですか?そこは、そんなことないよー、とかそうかなー?とか、そう言った言葉を言ってくれるものじゃないんですか」

「ソンナコトナイヨー」

「はぁ……」

 

何やら思い悩んでいる様子……?

確かにるりは極度の引きこもりであり人見知りではあるが、そんなのはみんな分かりきってるし。

 

「眩しいんですよ、みんな」

「眩しい?」

「はい」

 

空に浮かんでいる星を物憂げな表情で見上げるるり。

 

「あたしからしたら、にとりさんやあの天狗の女の人達って、とても眩しいんです」

 

さりげなく柊木さん外されてら。

 

「あたしは、みんなみたいに輝いてなくて、その辺のいしころみたいで……やっぱり、みんなみたいには輝けないんですよ、あたしには……あたしがどれだけ頑張ったとしても、あの輝きには届かないんです」

 

るり…

 

「そりゃお前、あれだけ人見知りで引きこもりなのにあいつらに並び立とうってのは無理があるわ」

「酷いですね!わかってますよそんなこと!」

「でもさ、別に気にすることないと思うよ。だってお前がたとえどれだけ霞んでて道端のいしころ程度の存在だとしても、私やにとりんがいるじゃん。たとえるりがどれだけ汚くてボロボロのゴミクズだろうが、私たちはお前のことをちゃんと拾い上げるさ」

「………なんか、酷い言われようじゃないですか」

「キノセイダヨ」

 

るりの気持ちはわかる、よーくわかる、何なら同じこと考えてる。

私はこの幻想郷のの生き物とは明確に違う点がある。この記憶があるかぎり、決してこの世界に、完全に馴染むことはできないんだと思う。

 

でも私は、それでもいいと思ってる。

 

「私を見なよ。毛玉のくせして体は持ってるわ喋るわ霊力と妖力は持ってるわ訳の分からない言葉を使うわ………どう思う?」

「凄く……変な人です」

「そ、お前と一緒だな。別に無理することはないんだよ、私たちには今のままでも、私たちのことを見てくれる人がいるだろ?」

「……そうですね」

 

 

私たちの周りには沢山の人がいるんだから。

 

 

 

 

 

いや、人外しかいなくね。



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毛玉in人里

 

 

よかった、久々に来たけどここで会ってた。

小さな子の手を引いて扉を開ける。

 

「慧音さん、いる?」

「…あぁ毛糸か。……その子供は?」

「まずは寝かせるところないかな」

「少し待ってくれ、直ぐに準備する」

 

 

 

 

 

 

「そうか……ありがとう、礼を言う」

「でも親は……」

 

子供を慧音さんに寝かせてもらった後、すぐに事情を話した。

慧音さんの家を訪ねた理由は、昨日の夜に湖の近くで一人の女の子を見つけたから。

おそらくは家族、親だったのだろうか、二人の大人の死体が無造作に散らばっていた。

私はこの子が妖怪に襲われそうになっていたところを偶然見つけて、その妖怪……話が通じなかったから致し方なく、少し痛い目を見てもらったけど、とりあえずこの子だけを保護した。

 

「真夜中に家族が何の武装もせずに………これってさ」

「いろいろあったのだろう」

「……そうだよね」

 

その女の子は虚な目をしていた。目の前で親が食い殺されたんだ、当然だろう。とりあえず昨日は私の家で保護しておいて今日の朝、慧音さんを訪ねてきた。

 

「親の死体は勝手に埋めておいたよ。もう原型を留めてなかったけどさ」

「感謝する。………毛糸、君はなぜそこまで人間を気にかけるんだ?」

「んー………とりあえず、今更?」

「それもそうだけれど」

 

割と昔っからだ、私が人間を助けてるのは。

どこぞの妖怪狩りみたいに、自分から積極的に妖怪を殺したりはしないけどまあ、一応見かけたら助けてる程度にはやってる。

たしかに、普通の妖怪からしたらおかしな話だろう。人間を横取りするわけでもなく、ただ助けてるだけ。

 

「単純に、目の前で誰かが襲われてたら手を出さずにはいられないから……かな?」

「まあそんなことだろうとは思っていたさ。君のことは既に人里でも軽く噂になっているんだ」

「え、マジですか。どんな感じ?」

「人里の外で妖怪に襲われた時、気まぐれな白い毬藻が助けてくれることがある、って感じだ」

「ボハッ……」

 

なんで……何で毬藻なんだそこで………白いんだから毬藻じゃなくて毛玉でいーじゃん!ふざけんなよな!

 

「んっんー、で、人里ではどう思われてるんですか?私のこと」

「割と存在は認められているさ。何人か、お前に助けられたと言っている人間がいるからな。それも何十年も前から」

「そっかぁ…」

 

いや……でもちょっと嬉しいな。

だいぶ昔の話だけど、慧音さんと最初に会ったときは、人間と仲良くできるのもいつになるかわからないって感じだったし……

 

「慧音さんはもう人里に?」

「あぁ、なんとかな。まだ私のことを嫌ってくる者たちはいるが、暖かく迎えてくれたよ」

「そっか………よかったね」

「…君のことも、私が紹介すれば多分」

「さぁどうだろう……迎えられても歓迎はされないだろうから」

 

慧音さんは何十年も前から人里との関わりを持ってるけど、私はそんなの全くもってない。ちょっと人間を助けてるだけで、そこまでよく思われてはいないだろう。

 

「その子こと頼みます。それじゃあ」

「待ってくれ。どうせ暇なんだろう?久しぶりに会ったんだ、少し話をしないから」

「………そうだなぁ、そうしよっかな」

 

 

 

 

 

 

 

「よっこらせ……あの子は?まだ起きそうにない?」

「あぁ、落ち着くまで時間はかかるだろうな……起きたらとりあえず人里まで連れて行って、私が何とかするよ」

 

とりあえずその場に座りこむ。

たしかに、慧音さんとこうやって喋るのは久々かな。

 

「いやぁ、時間の流れるのは早いなぁ」

「そうだな。君の喋り方も変わっているしな」

「………え、うそマジ…あ、ホントだ!」

 

私、昔は慧音さんには敬語を使っていたような気が…

 

「直した方がいい?」

「いやそのままにしていてくれ、そっちの方が私としても話しやすい」

「そっか、じゃあそうする」

 

私が敬語使うのは……紫さんと藍さん……あと幽香さんと………そのくらい……?全員漏れなくヤベーやつだったわ、ははっ。

 

「あ、そうだ。結構気になってたまま放置してたんだけど、アリスさんとはどう言う関係なの?」

「あぁ彼女か。そういえば君は以前、彼女と一緒に暮らしてたみたいだな。そうだなぁ……お互いに人間な友好的な者として……まあ、私と君みたいな関係だ」

「へぇ……」

 

でもアリスさんはあんまり人間とは関わらないよなぁ……そもそも魔法の森からあまり出てないし。

 

「私からも一ついいか」

「あぁはい、答えられる範囲でどうぞ」

「その腰の刀は一体何なんだ?」

「あぁこれ……何、とは」

「それを見ていると、なんというか、不安になるというか……とりあえず禍々しい気配がする」

 

おいおいりんさん聞いたか?見ただけで不安になるんだってよ。恐ろしいもんを残していきやがって………勝手に持って行ってるの私だけど。

 

「これは……覚えてるかな。りんさんって人の刀なんだけど」

「………あぁ、彼女か、よく覚えているよ。そうか、君がアリスのところに行ったのもそもそもはそれが理由だったな」

 

……そういや話したことあったような気がする!

 

「あ、ちなみにこれ時々カタカタって震えるんだよ」

「え」

「この前なんか私の体を乗っ取って勝手に戦い始めたし」

「え」

 

………引いてるねぇ……

 

「何をどうすればそんなものが生まれるんだ……」

「ワタシモソウオモウ」

「いや、持っている武器のことは把握しておいた方が…」

「私が教えて欲しいくらいだしさぁ」

「よくそんなもの持ち歩いてられるな……あ、いやすまない、大切なものだったな」

「まあ確かに、自分でもよくこんなもの持ってるなって……」

 

でもあの時以来、一度も私の体を乗っ取った事はない。夜中に音は鳴るけど。

 

「……なぁ、せっかくだし人里に行ってみないか」

「え?無理」

「即答しないでくれよ」

「行くっていうか、そもそも入れないんじゃない?」

「そのあたりは私に任せてくれないか」

 

んー、まぁ暇だし………私いっつも暇って言ってんな?

 

「……じゃあ、そうしよう…かな?」

「そうか!よかった、すぐに支度するから待っていてくれ」

「いや、その子は?置いていけないでしょ」

「どちらにせよ、ずっとここに置いておくわけにもいかないさ」

「それもそうか」

 

この刀は……ここに置いといた方がいいよなぁ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「おぉ……おおぉ………」

「どうだ?」

「すっごい賑やか」

 

妖怪の山も賑やかといえば賑やかだけど、あっちは仕事で賑わってるのに対して、こっちは本当に、人が生活してるって感じがする。

ってか、やっぱり広いなここ………隅々まで見て回ろうとしたらかなりの日数が必要になりそう。

 

「私はこの子を預けてくる。ここで待っていてくれ」

「あーい」

 

慧音さんの家は一応人里の外にある。

人里の中に入る時に門番の人に警戒されたけど、慧音さんが説明したらすんなり通してくれた。慧音さんすげぇ………というか、時代の流れを感じる………

 

そう、確か私がりんさんと一緒にここを見て回った時は、まあ私がビビり散らかしてたってのもあるけど、なんというか……そう、ピリピリしてた。

まだ人里の入り口あたりしか見てないけど、陰陽師というか、その手の戦う人を見ていない。

ってか陰陽師とか私が一番出くわしちゃいけねーやつだよ、気をつけよ。

 

今の私の服装は、まあいつもの粗末な服に、頭巾っていうのかな?それを使って髪の毛を隠している。

理由は簡単、こんな髪をしていたら怪しまれるから。慧音さんも白髪ではあるけども、人里の人間ってやっぱり髪色が普通だ。別にババアってわけでもないのに白髪だとどう考えても怪しまれる。このもじゃもじゃもあやしまれる。

あと妖力は常に意識して抑え込んでる。まあ、勘のいいやつ以外は気づかないんじゃないかな……

 

「お、嬢ちゃんどうした?迷子かい?」

 

迷子の嬢ちゃん……?どこにいんの?

 

「あ、お前だよお前」

「………ん?」

「そうお前」

「あ、いや別に迷子じゃなくて人を待ってるだけで」

「なんだそうなのか。見た感じ他所から来たみたいだな、ここは広いから迷わないように気をつけろよ」

「どうも」

 

………行ってしまった。

 

うわぁ……初めてまともな人間とまともな会話をしたぁ………しかも嬢ちゃんって……初めて呼ばれたよ!?嬢ちゃんって……嬢ちゃんだってよ!!

 

「へへ…なんか新鮮だなぁ」

 

私が助けた人間は、大体いつもパニックになってるか意識失ってるか事切れてるかで、会話ができる状態じゃなかった。

できても大体怯えて逃げられてるし。

そうか……私が今までにまともに会話した人間って、まともじゃない人間のりんさんだけだったのか………

 

ありがとう、最初に私に話しかけてくれたおっちゃん。あんたのことは多分忘れない、3年くらいは絶対に忘れない。

 

「ふぅー……早く慧音さんこねーかなー」

 

 

 

 

 

 

 

 

「………座り込んで、どうした?」

「慧音さん………私、今まで妖怪としか会わなかったから知らなかったけど……大分子供に見られてるね……」

「…あー、そうだな。体型は子供寄りではあるな…」

「さらに周りをキョロキョロとして、荷物一つ持たずにずっとその場で立ってたら……みんな迷子の子供って思うんだね」

「………」

「10人くらいに迷子かって聞かれたよ……」

「………」

 

なんてゆーか……自分って、周りからそんなふうに見られてたんだと思うと……すげぇショック。

しかもそんな見た目してるのに恐ろしい妖力持ってるとか……

 

「なんか恥ずかしくてもう動きたくなくなってきた」

「…あのなぁ、そんなこと言ったってどうしようもないだろう。そういう見た目なんだから、受け止めるしかない」

「どーせさ!慧音さんと一緒に歩いてても、迷子の子供を保護してるみたいに思われるんだよ!そんなんなんかムカつくじゃん!」

「そうやって駄々こねてるほうがよほど子供に思われると思うぞ」

「よし行こう」

「早いな……」

 

…………ハッ!

私の体、めちゃくちゃ再生能力高いから、やろうと思えば体型も弄ることが可能なのでは………?

 

………やめとこう、ろくなことになる気がしない。

 

 

 

 

 

「ここは大通りだな」

「ふーん……色々店みたいなの並んでるね」

「そうだな、皆ここで色々なものを買っている感じだ」

 

食材の店とか、道具の店とか……パッと見た感じでも色々あるなぁ。

 

「自警団の詰所とがあるな。こういう通りが他にもいくつかある」

「やっぱ広い………」

「まあ、人間たちが妖怪から身を守るために集まってできた場所だから、自ずと大きくはなっていくな」

 

正直妖怪の山の河童や天狗の街とかより全然広い……人口密度高い……ってか人口多い……

 

「自警団ってことは、やっぱりこれだけ人が多いと」

「殺しや盗み、他にも色々あるな……妖怪に襲われない代わりに、今度は人間が人間を襲うってことだ」

「そりゃそうだよなぁ………」

 

妖怪の襲撃を毎日受けてるとかだったらそれどころじゃないんだろうが、最近は平和が続いてるし、そうなるのも無理はない。

まあ自警団がちゃんと働いてればどうにかなる話だ。

 

「にしても……割と慧音さん素通りされてるね。人間じゃないのに」

「まあ、私のことを知っている人も多いからな。少し目立つくらいだろう」

 

いいなぁ、私もそのくらいになりたい。なろうと思ったらすっげえ時間かかりそうだし、苦労しそうだけど。

 

「……あぁすまない。あの店に用事があるのを思い出した、少し待っていてくれ」

「えーまたぁ?」

「すぐに終わらせてくるから、人目が気になるならあそこの路地裏にでも居てくれ」

 

そう言って慧音さんは近くの店に駆け込んで行った。

あれは……なんだろう、皿?皿のお店?

へぇ、もうあんな風に模様のついてる皿が使われてるんだ……やっぱりここって割と都会だよね。

流石にこの場所だけで食料とかどうにかなってるとも思えないし、近くに村とかでもあって、そことかと交易してるのかな。確か何個かそういうの見たような気がするけど………

 

人里から伸びてる道を辿ったらそういうとこにも行き着くのだろうか。私が助けてる人間も、大体その道から外れて迷ってるとかそんなんだし。

 

 

 

はぁ………言われた通りあそこの路地にでも行くかな……

 

全くさ、路地に行けって言うけど、路地に居たら居たで、見つかったら絶対迷子とかと勘違いされるでしょ……

 

「あ、猫」

 

野良猫かぁ……普通の猫だ。

 

私の知り合いの猫って、地底でなんかよくわからんことしてたり、式神の式神してたりで変なやつばっかだから、まともな猫を見るとなんかこう、安心する。

 

安心するのはいいけどさぁ……なんか3人くらい私のこと見てない?ほーらこれあれだよ、迷子かな?家族はどこかな?とか聞かれるやつだよ。

ほらほらこっち来た。もう面倒だわー、なんか目つき悪い男どもだし、会話すんの嫌だわー……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どこに行ったんだ………」

 

修理に出していた皿を受け取っていた間に完全に見失うなんて……彼女は勝手に一人でふらふら歩くようなものとも思えないしな……

 

店の周りにも、近くの路地裏にもいなかった。一体どこに行ったんだ……

皿を抱えたまま立ち往生していると、少しばかりの妖力の反応を感じた。

 

「…向こうか」

 

妖力の反応を手がかりに、彼女を探し始めた。



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毛玉と人里

「なぁ、俺たちと一緒に来てくれるだけでいいんだよ」

「………」

「悪いようにはしないしないから、な?」

「………」

 

はぁ……なんだこいつら、私を誘拐でもしに来たのか?治安わっる!ちょっと路地裏で座り込んでただけで変な奴らに絡まれるとか……いや、割といつも通りか?

 

あ、変な奴ら来たせいで猫ちゃんが行ってしまった。癒しがぁ〜……見てるだけで心が浄化されるのに……

 

「悪いけど、人攫いなら他を当たってもらえる?流石にそんなホイホイついていくほど馬鹿じゃない」

「はぁ、物分かりの悪い子供だな。おい、連れてくぞ」

 

こいつら、私が人里で力を使えないのを逆手に取って……いや違う!これは単純に私が人外であることを見抜けていないだけだ!つまりバカだ!

となればやることは一つ。

 

「おい待て、どこに行く!」

「いや逃げるんですけど」

「追うぞ!」

 

フッ、子供を男性三人が追うこの構図は現代では通報、おまわりさんこいつらです案件だな。

まあ実際は相手が人外であることを気づかずにそのケツを追いかけてる哀れで馬鹿な男たち3人なんだけど。

 

 

 

 

 

 

 

「ちっ、がきのくせして足の早えやつだ」

「だがここまでみたいだな、さっさとこっちに来てもらおうか」

 

軽く走っただけでこいつらもうバテてるよ、ちょっとトレーニングしたほうがええんちゃう?まあ私は足に霊力込めてたけど。

 

「ここ人里の端か?なら多分気づかれないよなぁ………よし、そこのお兄さんたち、なぜ私を捕まえようとするんだい」

 

単純に変質者という可能性もあるけども、一応聞いておく。

 

「お前、あの妖怪と何か関係があるんだろう。妖怪がこの人里でうろちょろしてんのはおかしいだろう?」

「あぁはいはいもういいよ、大体把握したわ」

「なんだこいつ……」

 

ハァーン……要するにあれだな?慧音さんのこと気に入らねえから私のことを人質にしていろいろやっちまおうって話だな?

 

「……あほくさ」

「あぁ?」

「はいはい、そーゆーのいいから、そんなんでいちいちビビらんから。はよ捕まえにこいよ」

「生意気な……このっ」

 

一人の男が盛大にこける。

 

「おいお前何やって…うおっ!」

「お前ら一体どうし……」

 

続いて二人も同じようにこけた。

 

「おぉ、バカみたいにこけてやんの」

 

体のでかい男3人が続けざまに足を滑らせてこけている。この光景写真に撮ってネットにアップしたい。そんなもんねえけど。

 

 

別に私は、ちょっとこの辺りの地面に氷を張らせただけで、直接何かしてるわけじゃない。勝手にこけてんのはあっちだ。

 

氷を出す時に妖力がちょっと漏れたような気がしたけど、普通の人間にはやっぱり感じ取れないみたいだ。

 

こけた3人がなんとか立ち上がろうとするが、何度やっても足が滑って立ち上がれない。

 

「あー、大丈夫ー?さっきから何回もこけてるけどー。立ち上がるの手伝ってあげよーかー?」

「うるせえ、今そこで待ってろ!」

「あ、はーい、待ってまーす」

 

言われた通りに、何度もこける滑稽な姿を見て吹き出すのを我慢しながら、生暖かい目で見守ってあげた。

 

 

 

 

 

 

 

「なぁ………何があったんだ…」

「あ、慧音さん。これはね……ちょっと地面を滑りやすくしてあげたら、全員頭から地面に落ちて………ぷっ」

「………」

 

慧音さん、あなたの言いたいことはわかる。だがしかし、最初に襲ってきたのはこいつらだ。

 

「正当防衛ってやつ」

「それだけの力の差がありながら、よくもまぁ……」

 

見た目子供のやつに近づいてきた不審者が悪いんだと思う。

 

「まあ確かにちょっとやりすぎたかなとは思ってるけど……反省はしている、後悔はしていない、むしろ晴れやかな気分」

「……とりあえず彼らはここに置いていこう。その方がややこしいことにならずに済みそうだ」

「なんかさーせーん」

「思ってないなら言わなくていい……」

 

だって私悪くねーし。

 

 

 

 

 

 

「慧音さんもあーゆーのに狙われて大変ねぇ」

「まぁ仕方がないこととは割り切ってるが……どうする?あんなことがあったし、帰ってもいいが……」

「慧音さん、私が今までにどんな目にあってきたか知らないの?」

「知らないが」

「あの程度のハプニング、下半身がなくなったり全身まるこげになったりしたことに比べたら可愛く思えてくるね」

「………」

「絶句しないで?」

 

うん……冷静に考えたら、そんな経験自慢のように言うことじゃないもんなぁ……

 

「とりあえず、まだ人里を見て回るんだな」

「うん、日が暮れるまでは居ようかな」

「そうか、付き合うよ。目を離したらまた何か起こりそうだしな」

「へへへ……」

 

………私ってもしかして不幸体質?

いや、なんやかんやで生きてはいるしそうでもないのか?いやでも、起こってる数が私だけ漫画とかの世界並みに多いんだけど……

考えるのやーめた。

 

「……なぁ」

「ん?なんです?」

「あそこ行ってみるか?」

 

 

 

 

 

 

「ぶっ……あまっ……泣ける…………」

「泣くほどなのか……」

「今まで食べたことのある甘いものなんて、河童が品種改良した変なきゅうりだけだったから……果物とかも食べたことあるけども……饅頭だよ饅頭………まともなもので……泣けるわ」

「………」

「だから絶句せんといて」

「あ、あぁすまない、確かにここの饅頭は美味しいよな……」

 

慧音さんに連れてこられたのは甘味処ってやつ?その店で座って食べてるけど、とりあえずなんかもう………あっ、甘っ。

 

「何年ぶりだこの味………こんどにとりんに餡子作るように頼も……」

「……団子も食べるか?」

「たべりゅ!」

「落ち着いて食べろよ」

 

和菓子っていいよね………ここが一応日本であるということを思い出させてくれる……人外魔境だけど。

 

「ん、慧音さん、お金とか大丈夫なの?これ結構高いっしょ?」

「なに、結構な間貯めてるんだ、まだまだ余裕はあるさ」

「うへぇ、すごいなぁ……甘っうまっ…文化の味を感じる」

「何言ってるんだ」

 

うーん……今この瞬間がここ数年で一番幸せかもしれない。

 

「おやおや慧音さん、その子はあなたの子供ですか?」

「冗談はよしてくれ、友人だよ」

「そうでしたか」

 

なにやら店主っぽいおばちゃんが話しかけてきた。

 

「毛糸、この人がそれを作った人だ」

「んっ、ありがとうございます、めっちゃ美味しいっす」

「いえいえ、喜んでくれてなにより。それより、どこかで会ったことがありませんでしたか?」

「私?いや、無いと思うけど」

 

私の知り合いにこんな美味しいものを作るおばちゃんはいないなぁ。私の知り合い大体頭おかしいし。私含めて。

 

「彼女は毛糸と言って、実は妖怪なんだ」

「なんと……その頭巾を外してもらってもよろしいですか?」

「それは………いいよ」

 

慧音さんに目で確認を取ったら頷いてくれたので、言われた通りに頭巾を外した。

 

「やっぱり………」

「………?」

 

私の髪を見て何か思い出したみたいなんだけど………髪で判断されるのやっぱりちょっとムカつく。

 

「覚えてないですか、私のことを」

「え?いやあの、すみません覚えてないです」

「そうですか………」

 

え……そんなにしょんぼりしないでよ!罪悪感がとんでも無いことなってくるんだけど!

 

「三十年ほど前に、あなたに命を救われたものです」

「ほ、へ、へぇ………ごめん、やっぱり覚えてないです……」

「いいんです、妖怪の寿命は長いようですし、あなたの姿もあの頃と変わっていない。私のことなど些細なことだったのでしょう」

 

うわぁ………なんとも言えないこの……

思い出せ、三十年前の私を思い出せ、この人を助けたはずだ、えーと、うーんと、あー、無理!思い出せない!

 

「あなたが覚えていなくても、あの時の記憶は私がしっかり覚えていますので。いつか感謝を伝えられたらと思っていました。どうも、あの時は命を助けていただいてありがとうございました」

「いやあの、頭上げてください。覚えてないことで感謝されてもなんだか………」

「私だけではありません、あなたに助けられた者は他にも沢山います。今ではもう死んでしまった者もいますが、彼らの分まで礼を伝えさせてください」

「あー………あー………けーねさーん………」

「ふっ……」

 

助けを求めて慧音さんを見たらなんかニヤニヤしてた。何笑ってんすかあんたねぇ………

 

「そうだ、少し待っていてください」

「は、はぁ………」

 

おばちゃんに言われた通り待っていると、何やら大きな包みを渡された。

 

「長持ちするものを入れておきました、私にはこれくらいのお礼しかできませんが……」

「い、いや十分ですから、ありがとうございます」

 

突然大量の菓子を用意され、困惑しながらも受け取る。

いやおっも!どんだけパンパンに詰め込んだんよ!

 

「そ、それじゃあこの辺で………」

「はい、また機会があればいらしてくださいね。慧音さんも」

「あぁ、また来るよ」

 

小っ恥ずかしい思いから逃げるように、その場を立ち去ってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あー…………」

「……照れてるのか?」

「そりゃもうめちゃくちゃ………」

 

もちろん照れてるってのもあるし、こっちが覚えていないのが申し訳ないってのも……ありがとうおばちゃん、あなたのことは忘れない。十年くらい。

 

「なんていうかな……初めて会った人、あ、初めてではないのか。とにかく、知り合いじゃない人にあそこまでベタベタに感謝されたのが初めてで……」

「他にも、お前に助けられたという人はそれなりにいるぞ」

「そっかぁ………誰一人として覚えてないわ……」

 

大きな包みを改めて見つめる。

あの人を助けたっていうことが、結果的に私にまで返ってきてることを思うと、なんだか面白い。

 

「でもなんだろうね、この気持ちは。こう、言葉で言い表せないような複雑な気持ち………」

「感謝されて、嬉しいんだろう。違うか?」

「いや、それもあるけど覚えてないことへの罪悪感の方が」

「そうかぁ……」

「とりあえず、今日は誘ってくれてありがとう。他にもいろんなところを回りたかったけど、なんかもう……ねえ?」

「そうだな」

 

というかこれ、ちょっと量多すぎじゃないだろうか………いや、チルノと大ちゃん、それにるりにもってなると、私含めて四人だからちょうどいいかも………ルーミアには喰われないように隠しとこ。

 

「……慧音さんは知ってたの?あの人のこと」

「いや別に、全くの偶然だが」

「ほんとーにぃ……?」

 

まあいいか、結果的には良かったし。………変な人間には絡まれたけどさ。

 

「どうだった?人里は」

「楽しかったよ、結構。賑やかだし、変なやつはいるけど、優しい人多いし……人間って感じのする場所だった」

 

言い方変えると東京に来た気分だった。

だってまあ、知り合い妖怪しかおらんし。人間ばかりの場所って時点で既に地底や妖怪の山とは違う。この土地は確かに人外魔境だが、この場所は人外魔境ではなく、間違いなく人里なのだ。

 

「実は私も君に助けられているんだ」

「え?そんなことあったっけ?」

「君が人間を助けるごとに、私に向けられる目もだんだん変わっていったんだ。だから今私が人里に入れるのは君のおかげでもある」

「は、はぁ……そんなこと考えたことなかったけど」

「それだけじゃない、アリスから聞いたよ、人里の周りで騒ぎを起こしていた妖怪を妖怪の山で倒したと」

「あぁーそれはいいって、もう昔の話だし、あんまり思い出したくない」

「そうか、それは悪かったな」

 

なんとかなったから良かったものの、死ぬ直前までは行ったし、あの時は私の心もちょっと荒んでたし……

 

「なぁ、また今度人里に来ないか?ここのことをもっと知って欲しいんだ。同じ夢を持つ仲間だし、以前に比べて今は平和が続いているから」

「うーん、そうだなぁ………」

 

正直私が行くのは全然構わないんだけど、今回みたいに慧音さんが迷惑するようなことが起きるのが嫌なんだよなぁ………

妖怪のことをよく思わない、思えない人の方が今も圧倒的に多いだろう。それこそ、違うのはあのおばちゃんみたいな人くらいだ。

私が助けた人だって、みんなあのおばちゃんのようになってるっていうこともないだろう。妖怪のことを憎んだままの人だっているはずだ。

 

「また来るとしてもしばらく後だよ。やっぱり、人間じゃない私がここに居たらいつかなんかが起こりそうだし、慧音さんに迷惑がかかるかもしれない」

「そうか……残念だ」

 

いくら前世の人間の記憶があるからと言って、私はもう立派な人外なんだ。人に紛れるには無理がある。

 

「でもいつかくるよ、もちろん慧音さんとはまた会うだろうし、また来たいって思ってるからさ」

「…そうだな。そのためには私が頑張らないとな」

 

慧音さんは本当にすごい。

何年も何十年も、ずっと人間に関わろうと努力して……ま、私には絶対無理だな、うんうん。

 

「じゃ、そろそろ帰るよ」

「あぁ、また来てくれ」

 

 

 

人里の出口で私たちは別れた。

少し前までは想像できなかったけど、今ではもう、妖怪と人間が共存してる光景が見える気がする。

まあ、人喰い妖怪とかが居る時点で限度があるだろうけど。それでも、いつか本当に、そんな理想郷が………

 

「あ、りんさんの刀慧音さんちに忘れた」



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相談に乗る毛玉

「あたし、実は河童じゃないんですよね」

「えええええええええええええええ!!??」

「嘘ですけど」

「貴様あああああああああああああ!?朝起きて5分で嘘つくのは性格悪いぞ!!」

「なんで信じるんですか逆に」

「……実は私、毛玉じゃないんだよね」

「あ、知ってます」

「どうしてだよおおおおお!!」

 

はいはい、自称毛玉ですよ私は……

 

「朝から元気ですね……大丈夫です?紅茶飲みます?」

「自分で淹れるからいいです………」

「というか、そんな趣味あったんですね」

「とある人に影響を受けまして……」

 

そういやアリスさん、というか魔法の森にはあんまり行ってないなぁ……行ってもわけわからんキノコしかないし行く意味がないだけなんだけど。

 

「正直毛糸さんに紅茶とか似合ってないですね」

「おいお前、そういうこと言っちゃう?怒るよ?さすがに怒るよ?ガチガチに縛って妖怪の山で吊るして晒すよ?」

「ごめんなさい」

 

私だって気にしてるんだからそういうこと言うなよな!

 

「……そういや、今日にとりんに呼ばれてたな。一緒に来る?」

「えぇ〜………」

「えぇ〜、じゃなくて、向こうも心配なんだと思うぞ?最近会ってないっしょ。まだ帰らないみたいだけどさぁ」

「うっ………ま、まだ心に負担が」

「帰りたくないだけだろ、働きたくないだけだろ、このニートがっ」

「働いてない毛糸さんにはこの気持ちはわからないですよ!」

「うん、極度の人見知りの気持ちなんぞわからん」

「冷たいですね!?」

「いつも通りだろ」

 

うーん……確かにるりが来て、多少暇は潰せてるけど、うるさい……そろそろ自立してくれてもええんやで?って言ったら妖怪に襲われるのが怖いので嫌です!って本気の表情で言われた。

それなら妖怪の山に行けば安全……って思ったけど、そういやこいつ山の中で死にかけてたんだった。

 

「極度の人見知りで、人との関わりが不得意で、引きこもりで、友達が全然居ないお前には同情するよ」

「煽ってますよね、憐れみが一番心にくるんですよ。あと引きこもりは好きでやってるんで放っておいてください」

 

今は洞穴に住んでるんだし、狭くて閉ざされてる感じのある場所だったらどこでもいいんじゃねーのお前………

 

「とりあえず、行かないんだな?」

「はい、よろしく言っておいてくださいね」

「あいよー」

 

……まぁまだ行かんけど。

 

「そういえば毛糸さん」

「んー?」

「なんでそんなに色んな知識あるんですか?それこそ河童も知らないようなこと知ってたりしますし、ただの妖怪が持てる知識じゃないと思うんですけど」

「んー……前世の知識かな」

「前世?またまたー、そんな嘘には引っかかりませんよ」

「そう思うなら、そう思ってりゃいいんじゃねーかな」

「え?」

 

 

 

 

 

 

 

「ここで合ってる……よ、ねぇ……?」

 

妖怪の山にきて、待ち合わせ場所になってたにとりんの工房にまできたんだけど……誰かがいる気配がないなぁ。

 

気配がなさすぎて私が場所を間違ってる可能性まで考えたけど、にとりんの工房は間違いなくここだし……

というか、にとりんが私をわざわざ呼び出すことってあんまり無いな、よくよく考えると。

 

「にとりーん!来たよー!………返事なし、ヨシ!」

 

しょうがない、中入って待っておくか……

 

「………っているんじゃん!いるなら返事くらい…し……おーい、どしたー、大丈夫かー」

 

にとりんを発見したけど、机に突っ伏したまま起きない……寝ては無いよな。

 

「え、なに……なんかあったの?ねぇ」

「盟友………私が今どうなってるか当ててみなよ」

「落ち込んでる」

「正解だ」

「よし帰るな」

「ちょっと待った!友達だろう!慰めたりしないの!?」

「いやめんどいから」

「面倒くさいのは認める!でも目の前で友達が悩んでるのに何もせずに帰るやつがあるか!」

「残念だったな!私はそういうやつだ!カウンセリングなら他を当たるんだな!ヘハハハハハ!」

 

……さてまぁ冗談はさておき。

 

「なんや言うてみいや、私で良ければ相談に乗るで」

「………その喋り方なに」

「気にせんでええから、はよはよ」

「えぇ………」

 

そこから数秒間待ったが、にとりんが話す様子はなかった。

ふむ……私のエセ関西弁がいけなかったのか?なんでや阪○関係ないやろ。

 

「言わないなら帰るよー?」

「その…なんだ、我ながら馬鹿みたいな悩みで言うのも恥ずかしいから……」

「はぁ?」

 

なんだそれ、口で言うの嫌だから察してくれってか。そういうのはさとり妖怪にでもやってもら………ハッ!

そういや私もさとりんに昔似たようなことをしたことがある……

つまりそういうことか。

 

「ははーん、さては最近研究が上手く進まないから悩んでるんだな?」「それならいちいち他人に相談せずに自分を見つめ直すよ」

「ぬぅ……ほなあれやな?…………あれやな?」

「なんだよ」

「待って今考える………そう!そろそろきゅうりに飽きてきて精神的な限界を」

「きゅうりに飽きるわけないだろ、謝れ、きゅうりと河童に謝れ」

「サーセン」

 

きゅうりについて話した瞬間にめっちゃキレられた………思えばるりにも似たようなキレ方されたし、河童ってそういうもんなんだろう。そのうち尻子玉抜かれそう。

 

「なぁ、分かってるんだろう?いちいちそう言うのしなくていいからさ」

「むぅ……今のは私なりに場を和ませようと」

「ありがとう、でも今はいいよ」

「なっ…あぁそうかい!」

 

感謝された上で拒まれるとなんかもう………帰りたい!

 

「はあぁー……はいはいわかったよ、るりのことでしょ?なんとなーくそんな気はしてたよ、最近会っても元気なさそうな顔してたしさぁ」

「あー、分かっちゃってたかー…できるだけ普通にしてたつもりなんだけどなぁ」

「まあ、私も似たような顔してたことあるし」

 

後悔やら何やらか、よくわからない感情が自分の中でぐるぐるとして、吐き出そうにも吐き出せない、そんな気持ち。

 

「なんというか……恥ずかしい話なんだけど、るりが出て行ったのは私のせいなんじゃないかって、ずっと悩んでてて」

「うん、にとりんのせい」

「否定しろよ!そこは!否定しないにしてももうちょっと言い方あるでしょ!?」

「私に慰めは期待するな!私だってこういう時どういうテンションでやればいいのか分からなくて結構迷走気味なんだよ!我慢しろ!」

「何を!?」

 

そんなさ……私に期待されても困るわ!まあにとりんの他にるりと仲がいいの私くらいだから相談相手が私しか居なかったんだろうけども!

 

「よし、じゃあ趣向を変えよう」

「そういうのいいから」

「あ、はい………わかりました……とりあえず座っていい?」

「うん」

 

ふぅ……このまま溶けて無くなりたい、この椅子ごと溶けたい。

 

「で……なんだ、とりあえず言っとくけど、本人はなんも気にして無いよ、結構元気」

「うん、だろうね、その辺の心配はしてないよ」

「あと、別ににとりん嫌われてないからね?本人もにとりんには迷惑をかけてるって、申し訳なさそうにしてるし」

「そう、だよねぇ……」

「んー?」

 

なんだろうこの……私なんか的外れなこと言ってる?

 

「あのさ、毛糸」

「んあ?」

「やっぱり私のせいなんだよね、るりが出て行ったのは」

「さっきもそう言っ………そんなこと…んまあ、そうなるかなぁ…」

「やっぱりさ……無理矢理働かせたのが悪かったのかなぁ。私としては、他の妖怪との繋がりを持てたらと思って、いらんなことをさせたんだけど………」

「そういうことも……あるさ」

 

誰かのためを思ってやったことが必ずしも上手く行くとは限らない。当然のことながら、失敗したなら大分落ち込むだろう、私だってしばらく立ち直れない。

 

「やっぱり無理させちゃいけなかったかなぁ…」

「いや、あれは甘やかしたらダメなタイプだね、飴と鞭を上手く使い分けないとどうやっても落ちていくタイプだ、間違いない。にとりんはよくやってたよ」

「嫌われてない…?」

「二日に一回はにとりんの話してるよ」

「そっかぁ………ちょっと待ってどんな話してるの」

「んー?例えば、にとりんがある夏の日涼しくしようとして——」

「待った!も、もういい分かったやめて!はぁ……あいつ、他にも何か話して…いやいいや、知らない方が幸せだろうなぁ…」

 

にとりんのことを話しているときのるりは、とても楽しそうな顔をしている。それと、ちょっとだけ寂しそうな顔も。

自分から離れたものの、やっぱり寂しいんだろう。

 

「まーその、なんだ、慰めにもならないかもしれないけどさ。本人はお前のことすっごい感謝してるよ、どうしようもない自分とずっと付き合ってくれて、って」

「………」

「一番最初で、一番の友達ってさ」

「……勝った」

「おいどういう意味だこら言ってみろ」

「別にー」

「このっ……ふんぐぐぐぅ…」

 

まあ本人がそう言ってたからそうなんだろうよ!とりあえず、しょーもないことで張り合うのはよしてだ。

 

「本人の言葉借りると、外に出るつもりの全くなかった自分を唯一気にかけてくれて、無理矢理にでも外と触れ合えさせてくれて、とても感謝してる。今の自分はにとりんがいなかったら存在してない、いつか恩返しがしたい。…こんなこと言ってるよ」

「…そっかぁ」

「……まだ浮かない顔してっけど」

 

にとりんとるりは、私と会う前から知り合いだった。その程度がどれくらいのものかは知らんけど……私が魔法の森にいた間も二人はずっと付き合ってきたんだろう、いろんなことがあったはずだ。

 

「覚えてるだろ?毛糸が倒したけど、妖怪の山での事件」

「あぁ、うん、一つ訂正、私が倒したんじゃない、トドメを刺したのはにとりん、だから倒したのはにとりん」

「どうでもいいよそこは……とにかく、あのときるりは死ぬ一歩手前まで行った。そしてその前も、るりは一度、一人で反乱を起こした天狗たちに立ちはだかったことがある」

「うぇ!?そんなことあったの?あーいや、なんか聞いたような……あ、あー続けて」

「……どっちともさ、るりが部屋に引きこもってたままなら、私が無理に外に出さなきゃ、あいつはそんなことに巻き込まれなかったかもしれないんだ。私の自己満足で、あいつは二回も命の危険に晒されたんだ」

 

………

 

「あぁわかってるさ、本人が大して気にしちゃいないのは。でもあいつが気にしてなくても、私が気にするんだよ、私が後悔するんだよ。しかも私はこの前までそこまで重く思ってなかった。あいつがここを出ていって初めて、私は気付かされたんだよ」

「………」

 

にとりんの言っていることが、すごく自分と重なる。

自分がもっとちゃんとしていたなら、気づけていたなら、もっといい行動をしていたならば。

今更そんなことを考えたってしかたがないのはわかっている、でも、どうやっても自分の中で折り合いがつかない。ひたすらに自分を責め続ける。そんなことをしても仕方がないと分かっていながら。

 

でも、にとりんは違うから。

 

「まあにとりんより年下の私が言うのもなんだけどさ。私たちって、死ぬまで長いよ?悩む時間も、後悔する時間も、いくらでもある。るりだって死んだわけじゃないんだ、今頃私の家できゅうりでも齧ってるだろうさ。だからさ、たっぷり時間を使って悩めばいいと思う」

「毛糸……」

「私だって、似たようなことあったけどさ。結局は、自分を許せるかどうかなんだよ。だからにとりんも、自分を許せるようになれるまで、たっぷり悩めばいいんだよ。ってか、許せなくたっていい、満足するまで悩めばそれでいいよ。私だってそうしたんだから」

 

にとりんは立派だ。私なんてりんさんが死んだ時は一人で抱え込んでいつまでもズルズル引きずって……というか今でもまだ引きずってるか。

そんな私に比べてにとりんは、ちゃんと誰かに相談できてる。

相手だってちゃんとまだいる。

 

「いくらでも相談乗るよ。友達だろ?」

「……そうだね」

「元気出せよ、いつまでもそうやってたら辛いだけ。そんで近いうちにるりに会いに来い、あいつも喜ぶさ」

「うん、そうだね。ありがとう、やっぱり毛糸に頼んでよかったよ」

「フッ、流石だろ?でもあんまり褒めるなよ、照れるから」

 

にとりんの顔が少し明るくなった。

 

「じゃあ早速、私の最近の成果を紹介しよう!」

「元気出すのはえーわ、あと二日は寝込んどけ」

「断る!」

「元気な返事でよろしい!」

 

………これでよかったのかな?

私こういうことしないからいけてるかどうか……今度誰かに確認とってみよう、行けてると思うけど……アリスさんとさとりんには聞いておきたいなぁ。もし間違いを犯してて実はにとりんを傷つけてたとかだと私が落ち込む……

 

「今回紹介するのは」

「醤油はもういいぞー、変なもの飛ばす銃ももういいぞー」

「この私がいつまでもそんな時代遅れな物を作ってると思うの?」

「いつまでも醤油引きずってたじゃん」

「改めて、今私が紹介するのはこれ、義手砲!」

「アームキャノンやん」

「これさえあれば腕がなくなっても球を発射できる!」

「アームキャノンやん?」

「出るのは醤油だけどね!」

「あぁ、うん………」

 

なんか……大丈夫そう。



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テンパるとすぐ爆発する毛玉

「なにしてんの」

「当ててみ」

「わかんない」

「フッ、相変わらずバカ……いたっ、氷投げんな」

 

バカって言っただけですぐ氷投げてきやがって、そういうの過剰反応って言うんですよ?え?私?チルノのはバカにバカって言ってるだけで、私はまりもじゃないから、毛玉だから。間違ってることに怒って何が悪い。

 

「で、なにしてんの」

「何もしてない」

「………?」

「ええいそんな目で見るな」

 

ただちょっと日の光浴びようと思って外で日光浴してただけだし……

 

「………」

「………」

「……なにさ」

「べつに」

「じゃあ帰れよ」

「子分なら遊びにつきあってよ」

「まだ生きてたのその設定……?まあいいけど」

 

でもさぁ……妖精の遊びってイタズラでしょ?私別にそういうのしないし、そもそも私が入ったらなんか冷めない?

 

「行くぞ子分!どうせひまだろ」

「ヒマジャナイモン、メッチャイソガシイモン」

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、大ちゃん」

「毛糸さん、来てくれたんですね」

「ん?何が?」

「え?チルノちゃんから何も聞いてないんですか?」

「あ?チルノ?なんかあったの?」

「……何も言わずに連れてきたんだ」

「毛糸はあたいの子分だからな」

「説明はしろよクソ親分」

 

なんか妖精がたくさん集まってるんだけど。

いや、妖精自体はよく集まってるし、大体何人も固まってるけど、ここにいるのは見えるだけでも20人くらいはいる。

 

「………なんかあったの?」

「まぁ……そうですね」

 

なんか重い雰囲気なんだけど……大ちゃんだけ。

 

「それにしてもいろんな妖精が………ハッ、あいつらは……」

 

間違いない、私の家をぶっ壊した……壊したの私だけど、壊す原因になった………気もする三人の妖精だ。

忘れもしない、あのなんかめっちゃおちょくられたあの日……

 

三人と目があったけど、特に反応が返ってこなかったので向こうは忘れてるなこれ。

合ったが覚えてないなら別にいいかなぁ……私も気にしてないし。

 

確か名前は………さにー……すたー……るな……忘れたぜ!

 

「で、何があったの?大ちゃん以外はみんな楽しそうに遊んでっけど」

「……ここ数日、妖精が大量に一回休みになってるんです」

「ふぅーん……?」

「妖精って別に力が強いわけでもないので、それになること自体は珍しくないんですけど、ここ数日、立て続けに休みになったり、一気に大量の妖精が休みになったり……とにかく異常なんです」

 

………確か一回休みになると記憶飛ぶんだっけ?

そりゃ、復活するとはいえ死んでるわけだから、記憶が残ってたら何回も死んだ記憶が残るわけだから、そういうわけにはいかないんだろう。

ただ、そのおかげで死んだ理由がわからないってことか。

 

「一回休みになってもすぐに復活するわけじゃありません。今このあたりには、ここにいる妖精しかいないんです」

「え、マジで……」

 

妖精なんて私は一人見たら十人居ると思ってきたのに。

今このあたりにいる妖精がたったこんだけ……?妖精なんて色んな場所に散らばってるからどれだけの人数がいるか、私も詳しくは知らないけど、今ここにいる妖精が少ないってことはわかる。

 

「何か心当たりは?」

「多分何かに襲われてるとは思うんですけど……遭遇した妖精は全員休みにされてるみたいで」

 

うーん……しっかしなあ。この辺で妖怪の死体を見たわけでもないし、そうなるとそいつは妖精だけを集中的に襲ってることになるわけだ。そんなことする必要ある……?

 

「とりあえず、それをなんとかすればいいんだな?」

「はい……すみません、毛糸さんには関係ないのに」

「ないことないけど……まあ、近くにそんな危ないやついたらどちらにせよ放っては置けないからなぁ」

 

妖精自体は一回休みになってもその時の記憶がなくなるだけだし、本人たちは割と楽観的だ。

ここにいる妖精でこのことを重く考えてるのは大ちゃんだけ……

 

「あたいに任せろ、そんなもじゃもじゃになんとかなることじゃない、親分のあたいがなんとかしてやる」

「おう期待してるぞー」

 

まあチルノもか。

とりあえず家に帰って色々考えるかぁ………

 

 

 

 

 

 

 

 

「え、なにそれ怖いんですけど……というか、私にわざわざ言いにきたってことは手伝わせる気満々ですよね?」

「別に放っておいてもいいけど、妖精じゃなくてるりが襲われるかもよ」

「選択肢ないじゃないですか」

「知らんがな」

 

とは言ってるものの、本人も妖精たちのことは心配なはずだ、きっと。

るりもたまには外に出ているし、妖精とも多少は会話してると思う、多分。

 

「あー、まあいいですよ。その代わりちゃんと守ってくださいよ?あたしに危険が近づいてきたら身を挺して守ってくださいよ?」

「善処しよう」

「たとえ四肢がちぎれようが腹に穴が開こうが守ってくださいよ?」

「うーん、無理」

 

というか、そんなになるほどの相手だったらそんな余裕ないし……

 

「まあ、妖精しか狙わないってことはそこまで強くないやつが相手ってたかを括っていこう!」

「たか括らないでくださいよ!ちゃんと慎重に安全にやってくださいよ!?あたしの命がかかってるんですからね!?」

「妖精の命もかかってんだよ」

「あ……それもそうかぁ」

 

あんまりこういうことは考えたくないけど……妖精の命は軽い。

なんてったって死んでも復活するんだ、詳しい原理は知らんけど、記憶が飛ぶのと復活に時間がかかる以外はそこまでなはずだ。

 

「ふごっ」

「ほら、イノペンテントスもやる気になってるぞ」

「いのぺん……?」

「イノトリップテンダーがこれだけやる気出してるのに、お前がそんなんでいいのか?」

「いのとりっぷ……?」

「なっ、お前もそう思うだろ?イノクロス」

「すみません本当に紛らわしいんでどうにかしてくれませんか」

「そう言われても仕方がないよなイノサイス」

「ふごっ」

「えぇ………本当になんなんですかその猪、というかなんですかその関係性」

 

イノシシはイノシシだよ、それ以上でもそれ以下でもない。

 

「それにさー……知らないところで一回休みになってたり、バカしてたりするけどさ、それってやっぱり気分悪いじゃん。私は別に妖精でもないし、毛玉がどうかも怪しいけどさぁ……知り合いが知らないところで死んでるって、放っておくわけにはいかんでしょ?」

「………そうですよね、毛糸さんはずっとここに住んでるんですもんね」

 

ここの妖精にだって、チルノや大ちゃん以外にも知ってる奴はいる。そこまでの仲じゃないが、それでも同じ土地に住んでるんだから気にかけるのもおかしくないはずだ。

 

「とりあえず準備しておきましょう」

「そーだな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今夜からだったんですか!」

「いつからだと思ってたの!?」

「明日からだと」

「早い方がいいだろ」

「それはそうですけど……」

 

大ちゃんとチルノに聞いたところ、まあチルノはなにも知らなかったんだけど、大ちゃんからは妖精がいなくなってるのは大体夜の間だって聞いた。

確かに妖精は食べる必要と寝る必要もないため、夜の間にギャーギャー騒いで襲われてるのかもしれない。

まあ夜に動く妖怪なんて山のようにいるわけで……

 

「ってか、チルノはともかく大ちゃんまでくるのね」

「やっぱり心配で……」

「安心しろ、大ちゃんはあたいが守ってやるからな」

「う、うん………」

「心配されてんのお前だぞ」

「は?」

「は?」

「お?」

「お?」

「何睨み合ってんですか、緊張感って知ってます?」

「言うようになったじゃねえか、よしてめえが餌になれ。あ、逃げんなこら」

 

別にどうせ大したことないやつってたかを括ってるから、チルノや大ちゃんがいてもどうにでもなると思ってる。なんならチルノでもなんとかできると思ってる。

 

「で、どうするんですか?このまま闇雲に歩き回るわけにもいかないですよね。あたしも早く帰って引きこもりたいですし」

「まあ落ち着け、ちゃんと策は考えてある」

「どうせばかみたいな考えだぞ」

「ほざけバカ」

「あ?」

「あ?」

「二人とももういいから……」

 

フッ、私のサバイバル歴イコール年齢(笑)を舐めるなよ。

 

「よしイノエイド、匂いで辺りを探れ」

「ふごっ」

 

私が考えた策とは、普通のイノシシみたいだけど実際は妖怪なこいつを利用した索敵である。

 

「他人任せじゃないですか」

「ぐはっ」

「自分じゃ何もできないんだな」

「ごはっ」

「…わ、私はいい作戦だと思いますよ」

「ぐっ………」

 

大ちゃんの気遣いが私の心に突き刺さる。

 

辛い………全部事実だから辛い……

 

「私この子のことよく知らないんですけど、本当にそんなことできるんですか?」

「知らんけどできるやろ」

「えぇ……」

「安心しろ大ちゃん、こいつのことはあたいがほしょうするぞ」

「え、あ、うん」

 

保証できてないぞ。

でもなんか……イノシシって嗅覚すごいイメージあるし、こいつ妖怪だし、なんとかなるんじゃないかなぁ……?

 

「ふごふご」

「あ、ほらなんか向こうのほうにあるらしいってさ。行ってみよ」

「本当に何か見つけてる……」

「な、あたいの言った通りだっただろ」

「もうあたしは深く考えません…」

 

とりあえず先行するイノシシのケツを四人で追いかけるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

「おーい、なんかあったかー?」

「なにもー」

「なにもー」

「なにもー」

「定型文……」

 

四人で辺りを探して何もないってなるとイノシシの鼻を疑うが……

 

「ふごっ」

「あらやだ凄い自信満々な顔……イノシシの自信満々な顔知らんけど。でもなんにもないんだよなぁ」

「……でもこの辺なんか臭くないですか?」

「ん?……あほんとだ、なんとも言えない臭さがある」

 

こいつが反応したのってこの匂い…?ならこの匂いの強いところまで連れてけよ。

 

「見てみて大ちゃん!なんか白いなんかあった!」

「うわなにそれ気持ち悪!」

「あ?なに、それ気持ち悪!」

「うわぁ…」

 

チルノがなんかでっかい白い薄い皮みたいなのを持ってきた。

 

「向こうのほうにもっとでかくて長いのあるぞ」

「わかったけど臭いしばっちぃから離せ!」

「ちぇー」

「ちぇーじゃなくてさぁ」

「あたしちょっとみてきますね」

 

子供はすぐなんでも触るんだからもう……

 

「でもこの皮なんなんでしょうね……チルノちゃん、でかいのだどんな感じだった」

「あたいこれちぎってきただけだからわからないぞ」

「バカ」

「あ?」

「もういいって!」

 

あ、いつのまにかいなくなってたるりが戻ってきた。

 

「何かあったー?」

「……これ、多分蛇の脱皮した跡です」

「ヘビ……?」

「脱皮した皮が、この子が持ってるやつの多分数十倍はありました」

「なっ……」

「そんな……」

「すうじゅうばいってどのくらいだ」

 

ちょ……チルノが持ってるのでも軽く50センチ以上はあるんだけど………るりも河童だしその辺の計算とか誤るとは思えないから……

 

「なんかこれ湿ってるぞ」

「マジでぇ?じゃあまだ近くにいるんじゃ…」

「………」

「………」

「………」

「あ、え、なに?私の顔なんかついてる」

 

不自然に距離をとっていく三人に違和感を覚える。

そっと、後ろを振り返る。

 

「マ——」

 

 

 

 

 

 

「ひいいぃぃぃ!!無理無理無理無理無理こっちこないでええええ!………ってあれ、来てない?」

 

毛糸さんが一瞬で食べられて気が動転してすぐにその場から逃げ出したけど、どうやらあたしのところには来ていなかったみたいだ。

ぼろ雑巾みたいになっても生きてるあの人のことだから多分まだ死んでないとは思ってるけど……

二人の妖精ともはぐれてしまった。

逃げ切れて良かったと思ったものの、結局毛糸さんをなんとかしないといけないし、あの二人も心配だし……

 

「結局あたしもなんとかする羽目に……」

 

周囲の音をよく聞いてみると、何か気が倒れるような音が聞こえて来る。

あれだけの巨体でありながら、この辺りの木々は倒されていなかった。てことは、今あの大蛇は激しく動いている……つまりあの二人と追いかけっこをしているのでは……

 

急いで音のなる方に駆け出す。

あの大蛇が妖精がいなくなっていた原因だとしたなら、妖精しか襲ってなかったんだからそりゃ真っ先に襲うのは妖精だろう。

毛糸さんが真っ先に食べられたのは霊力を持っていたから……?

 

そんなことを考えつつ出来るだけ速く走る。

 

「はぁ、はぁ、こんなことになるんだった普段から運動しておくんだった…」

 

息も絶え絶えになりつつ、大蛇の長い体を見つけた。その先には二人の妖精見える。

このままじゃ間に合わない……あの人は肝心なときに役に立たないんだから……

 

「大丈夫、大ちゃんはあたいが守る」

「チルノちゃん……」

 

とぐろを巻かれて逃げ場をなくした二人に蛇が口を開けて突っ込む。

 

「これがあたいの必殺技!」

「この状況で何してんのあの子は!?」

「てんうがつけんろうのつらら!」

「何その名前!?」

 

青い子があげたその掛け声とともに、大蛇の頭の真下から氷柱が上に伸びてきて、蛇の頭をかちあげた。

 

「絶対毛糸さんだよ……今の技名は絶対毛糸さんのせいだよ……」

 

でもすごい……妖精が使える技の威力じゃない。

あ、毛玉が大蛇の口から出てきた。

その毛玉は自由落下してあたしの足元に落ちてきて、人の姿になった。

 

「へび怖い……胃酸で溶かされかけた…もうやだかえりゅ……」

「そんなこと言ってないであれさっさとなんとかしてくださいよ!まだ元気に暴れ回ってますってえ!」

「あぁ、うん、早く逃げた方がいいよ」

「へ?」

「アイツの中にでかい妖力の塊置いてきたから、多分もうそろそろ爆発する」

「なんでそれもっとはや———」

 

 

 

 

 

 

 

「………で、どうしたんですかこれ」

「いや、えっとね、違うんだよ文」

「真夜中に巨大な爆発が起きて天狗の里がひっくり返ったんですけど、何が違うんですか。あとついでに人里でも軽く騒ぎが起きて陰陽師が出動したみたいなんですけど」

「えーっと、あー、うーん………るりが全部やりました!」

「なんであたしいいいいいい!?」

「連行します」

「なんでええええええええ!?」

「お望み通りたくさん引きこもらせてあげますよ、独房で」

「え、いやあの、冗談ですよね?冗談なんですよね!?」

 

その後るりは三日後に帰ってきた。

一週間くらい口聞いてくれなかった。

 



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毛玉と引きこもりと夜雀

「どこかで会ったこと……あったっけ?」

「会ったような……なかったような……」

「oh……お互いに覚えてない」

「会ったような気はしないことも……ないんだけど……」

 

鳥の羽みたいなのを持っている妖怪に出会った。天狗ではなさそう……いやほんと、狼とかいるし白狼天狗ってなんだよ。

ついさっき目があって、お互いにフリーズして今に至る。

 

「いつだろう……いつ会ったんだろう……」

「この様子だと、会っても一回、それも大分昔かぁ……」

 

見覚えはある……見覚えしかない………どうしようこれ。

 

「自己紹介でも……する?」

「そう……だね」

「えーと、白珠毛糸です」

「ミスティア・ローレライ……聞き覚えあるような……」

「ないような……」

 

うーん、この……気まずい。誰か助けて、私にこの状況をひっくり返す力をくれ。

 

「えっと……すごい頭だね」

「殴るよ?」

「なんで!?」

「あぁごめん、いつもの癖で」

「どんな癖!?」

「いやー、私の髪のことバカにしてくるやつ多いからさぁ………この際だし、もう初対面ってことでいいんじゃないかな」

「それもそうだね……」

「………」

「………」

 

あやっべ、どうあがいてもこの空間重いわ。お互いに覚えてないことによって起こる微妙な罪悪感によってお互いに話しづらいわ。

大丈夫?私の妖力漏れてない?幽香さんのだから一般妖怪には刺激が強いぞ?

よし…妖力は漏れてないな、うん。

やっぱし気まずいわこれ。

 

「えーと、私この湖らへんで暮らしてるんだけど、ミスティアは?」

「私は…まあ、割と色んなところ行ってるかなぁ……」

「うーん…」

「うん…」

「今日は何しにここへ?」

「えっと、ある場所に用があって、その帰りに寄っただけだよ」

「あぁそう……えと、暇なら家に来る?せっかく会ったんだしちょっとでも記憶に残しておいた方が……」

「そうだね、そうさしてもらおうかな…」

 

なんとか…なんとかこのなんとも言えない状況を脱却しなければ……

もう会ったことある人は忘れないようにメモ書きでもしておこうかな……

 

 

 

 

 

 

 

「あ、意外としっかりした……家なんだ」

 

見た目はしっかりした家……しかしながらその中身はるりによって魔改造されてしまっている。

電気はつくし湖から水引いてるし……河童の力ってすげー。

 

「ちょっとここ座っといて、一人呼んでくるから」

「わかった。…うわなにこの椅子、なにこの座り心地……」

 

あぁうん、ふかふかだよね。この時代だとクッションついてる椅子なんてなかなかないだろうから……河童の力ってすげー。

 

家の奥へ行って、洞窟の中に通じてる扉を開ける。

 

「るりー、今出れる?」

「出れますけど……嫌です」

 

しかめっ面のるりがすっげえ不快そうに言った。

 

「なんで」

「どうせ誰か連れてきたんでしょ?あたし人見知りなの知ってますよね?初対面とかまともに喋れませんよ」

「いやでもお客さんだし、とりあえず出てきなよ」

「はぁ…どうせ出なかったら無理やり引きずり出すんでしょう」

「そんなことしな…よくわかってんじゃねえか」

 

まあ…私が気まずいから適当にるりでも挟んでおこうと思っただけなんだけどさ。

 

「ちゃんと安全な人ですよね?」

「うんまあ、安全だけど…危険な奴呼んだことある?」

「ありますよ!この前なんか妖怪の賢者の式神やってきてたじゃないですか!!」

「え、賢者?」

「あーはいはいなんでもないよー」

 

妖怪の賢者という単語に反応したミスティア、とりあえず適当に誤魔化しておく、話がそっちに行ったらめんどうくさいし。

 

「キニシナイデネー」

「逆にきになるんだけど……まあいいや」

「あ、こいつがし……しま……?」

「紫寺間です」

「そう紫寺間……えっ、そんな名前だったの」

「忘れてたんですか!?」

「うん」

「帰ります!」

「妖怪の山に?」

「そこは嫌です!」

「いい加減帰れよ」

「嫌です!」

「お、おぉ……元気だね…?」

 

……ハッ!

そうだ、るりも私も頭がおかしい部類、一般妖怪にはこの会話についてこれない。

 

「はい自己紹介終わったので帰りますね」

「だから家ここだろ」

「あっ…」

「こいつ河童でね、本当だったら妖怪の山に住んでるんだけど、全てが嫌になって逃げてきたんだ」

「それは語弊が……割と真実かも……」

 

本当に、いつになったら帰るんだこの引きこもり。時々にとりんくるけど適当に談笑して帰るだけで一向に連れ戻そうとしないし……そろそろ縛って山に置いてこようかな。

 

「…今、河童って言った?」

「ん?あぁ言ったけど」

「ひぃっ、今この人の目つき変わりましたよ……」

「お願い!頼みがあるの!」

「ほら来たっ」

 

河童という言葉を聞いた瞬間にミスティアの目つきが変わって、るりに詰め寄った。るり怯えてるし、なんかよくわからんけど話は聞こう。

 

「とりあえず事情だけ話してくれる?私で良ければだけど」

「そうだよね、何も話さずに頼みごとされても困るよね。ごめんね?」

「きききにしないでいいですよ」

「いや気にするんだけど」

 

そうか、こいつ私の家に来て本格的に引きこもりしてるから、初めて会う人自体がかなり久しぶりなのか。そりゃ初見の人への耐性低くなっててもしょうがないか……いや、やっぱおかしいやこの人見知り。

 

「私ね、ある夢があって、そのために凄い物を作るって噂の河童の力を貸してもらおうって思ってたんだけど、やっぱり天狗とか沢山いて危ないし、入れてもらえないし、侵入しようにもすぐ見つかっちゃうしで……今日も天狗に頼みを断られた帰りだったの」

 

なんか……聞き覚えあるような……ないような……

 

「どうかな?やっぱり駄目かな」

「よし暇人頼みを受けろ」

「暇人って言わないでくださいよっ、事実ですけど、知り合ったばかりの人のために仕事する気は起きないですよ……」

「やっぱりそうだよね……」

 

ミスティアが落胆した様子を見せる。

うーん、私だって知り合ったばかりだし……いや前にあったことはあるんだろうけどとにかく、わざわざ頼みを受け入れる道理もないんだけど……

 

「…わ、わかりました、やればいいんでしょやれば。だからそんな顔しないでください」

「本当!?」

「うわ近い…えっと、できる範囲でならですよ?」

「ううん、全然大丈夫、ありがとう」

 

るり……見直したぜ……

 

「その顔やめてください、なんか腹立ちます」

「どんな顔だよ」

「そのにやけ面ですけど」

 

酷くね。

 

 

 

 

「で、こんな感じなんだけど、どう?」

「ねえその設計図いつも持ち歩いてんの?」

「いい案が思いついたら忘れる前に書いておかなきゃ」

 

偉い……私なんていい案思いついても5分で忘れるんだけど。

 

「なんですかこれ」

「これはこう、移動できるお店みたいな、どこでも店を開けるみたいな」

「…屋台?」

「そう、それ」

「なるほど……」

 

昔、にとりんから聞いたことがある。

るりは、やればできる子だと………やらないから無能なだけだと……

 

「ちょっとこれ預かってていいですか?こっちで纏めておきたいんですけど」

「全然いいよ、ありがとう」

「うぅ……正面から感謝されると照れる……ところでこれ、何する屋台なんですか?」

「八目鰻っていうやつを焼くの」

「八目鰻…?あぁはい、わかりました。毛糸さん、私ちょっと部屋に篭っておきますよー」

 

やつめうなぎ……?

待って、なんか思い出しそ………

 

「ぉあっ!!」

「え、なに急に、どうしたの?」

「そうだ八目鰻だよ八目鰻、竹林で会ったよミスティア!」

「え?…あ、あー!……えーっとぉ………」

 

あれ、あんまりピンと来てない?

でも確かそうだ、竹林で会って、なんか屋台したいとか聞いたわ。そんでもって河童と繋がりある私に頼み事を………

 

「思い出さなくて……いいよ」

「え、なんで」

 

私……あの時のこと完全に忘れてたわ……ははっ。

いやでも、今こうして河童に会わせてるわけだから結果的には約束を守って……いやいやいや何十年前の話だよそれ!そしてミスティアは未だにその屋台の夢叶えられてなかったのな!

まあ妖怪の山もピリピリしてたりすること結構あるし、近寄りがたかったり、そもそも温厚な妖怪が少ないからいろいろ苦労したんだろうけども……

 

「……あぁそうだ、るりのことだけど、多分結構時間かかるから一旦帰った方がいいんじゃない?また明日来なよ」

「いいえ今日また来るわ」

「へ?」

「せっかくだもの、みんなに八目鰻食べてもらうわ。うんそのほうがいい!そうと決まればさっそく用意しに帰るね!」

「お、おう……」

 

いや…私うなぎ苦手なんだけど………

 

 

 

 

 

 

 

 

「終わりましたー……って、毛糸さんしかいないんですか?」

「いや、外にいるけど。長かったね?」

「そうですね、もう暗くなっちゃってる…やっぱり素人の作った製図だといろいろと欠陥が多くって、手直ししてたらこんな時間に」

「素人?わかった本人に伝えてくる」

「なんの嫌がらせですか」

るりよ、そういうの陰口って言うんだぞ、私もよくやるけど。

 

「…というか、この匂いなんですか?外で何か作ってるんですか?」

「あぁそうそう、ミスティアが外で料理してる」

「なんで…?」

「知らん、とりあえず行くぞー」

 

 

 

 

「あっ!出来た!?」

「うわっこっちきた、まぁはい済みましたけど……」

「ありがとう!これ食べて!」

 

私の家の外では八目鰻を焼くミスティアと、その匂いに釣られた妖精たちでごった返していた。まあうん、確かにいい匂いではあるけども。

 

私がるりを連れてやってくるとすぐさまミスティアがこちらを察知、るりに近寄って八目鰻を押し付けにきた。

 

「な、なんですかこれ」

「八目鰻」

「……毒とか」

「入ってるわけないでしょ!なんで!?」

 

るりは八目鰻の……蒲焼?蒲焼でいいのかなこれ。とりあえずその焼いたやつを恐る恐る口にした。

 

「あ、美味しい」

「でしょ!あなたと食べてね!」

「あぁうん、たべるたべるー」

 

意気揚々と元いた場所に戻って引き続き八目鰻を焼くミスティア。

……なんでそんなにそのうなぎのこと推してんだ?焼き鳥を撲滅するためとは聞いていたけれども、なぜそうも八目鰻に…?てか八目鰻ってなんだよ、さっきまだ捌いてないやつ見たけどめちゃくちゃ気持ち悪かったぞ、なんだよあれ。

 

「毛糸さん食べないんですか?美味しいですよこれ」

「私ね、うなぎ嫌いなの」

「……理由は?」

「単純に食感が好きじゃない」

「あー、確かに毛糸さんは嫌いそう……ちなみに本音は」

「にょろにょろしてるから」

「でしょうね」

 

でもやっぱり食感も嫌い、加えて見た目も嫌い。特に八目鰻とかいうやつ、なんだよあの口マジで。うなぎじゃないだろ、もはや別の生き物だろ。名前は似てるけど生物学的には違う生き物ってのもあるし、その口だと見た。知らんけど。

 

「……いやいや、なんで八目鰻焼いてるんですか彼女は」

「焼き鳥を根絶したいらしい」

「やきと、は?えっと……あ、あー?あぁ……」

「………鴉天狗ってなんなんだと思う?文ってあんまりそういうの気にしてないと思うんだけど」

「まあ…天狗ですし」

「…天狗だもんな」

 

カラスってあんまり美味しくないんだけどな。

 

「毛糸ー」

「あ?どうしたバカ氷バカ」

「後ろ向いてー」

「え、なに、なに?」

「いいから」

 

チルノに後ろを向くように促される。なんか嫌な予感しかしないけど、とりあえず背を向けてみた。

 

「ほい」

「ほい?ほいってなあああああああああああああああ!!?な、ななに入れたお前!!せなかっ、せなかがヌルヌルするう!?」

「うなぎ」

「びゃああああああああああああああい!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ、はぁ………危ねえ、あとちょっとでここら一帯を焼け野原にするところだった、よく耐えた私、グッジョブ、ナイスファイト、お前はやればできるやつ……」

「よく耐えましたね……じゃないじゃない、何普通に怖いこと言ってるんですか。思いとどまってくれてよかったですよ」

「あはははは!」

「なに笑ってんだよ!バカ妖精が!お前いっぺん全身の関節逆方向に曲げてやるからこっちこい!」

「やだねー」

「逃げんなこのっ…あっ、背中ぬるぬるする助けてるり」

「いや知りませんよ」

 

はぁ………死ぬかと思った。

しっかし不味いな……チルノがこれに味を占めたらやばい。

これからの悪戯が全部蛇とかうなぎとかミミズとかあの辺になるってことだ。蛇とうなぎはともかくミミズはダメだ、あんなもの服の中に入れられたらマジでこの湖ごとぶっ壊すかもしれない。 

 

私の全身全霊の断末魔を聞いたミスティアが心配そうにやってきた。

 

「あ、あの、大丈夫?」

「だいじょばない死にそう」

「いや割と大丈夫そうだけど……あ、ほらこれ食べて元気出してよ八目うな——」

「オレのそばに近寄るなああーッ!!」

「うわびっくりした。え、なに、おれ?」

「あーはい、気にしないでいいですよ。いつもの発作なんで」

「いつもなの!?」

「そんなことより屋台について話しませんか」

「そうだね!もう八目鰻も焼き終えたしそうしよ!」

「………」

 

 

 

寝よ



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知らないところでドン引きされる毛玉

「おつかれ足臭ー」

「足臭お疲れ様ー」

「よぉ足臭」

「足臭さんお疲れ様です」

「…………」

 

 

 

 

 

 

 

「なんですか急に呼び出して。告白でもするんですか」

「おい……なんでお前らは俺のことを足臭って呼ぶ‥…」

「足が臭いからですけど」

「俺の足は臭くねえ!多分」

「自信ないんじゃないですか」

 

俺も既にそれが当たり前になってたが、何故俺は足臭って呼ばれるようになったんだ。

 

「というかこれずっと昔から言ってるが、足の臭い嗅がせたことないよな?なのになんで足臭って言われなきゃならねえんたよ」

「足が臭いから」

「同じこと言ってんじゃねえよ……お前らが俺のことを散々足臭って言ってくれたおかげですっかり足臭が定着してやがるんだよ!なんなら俺の名前が足臭って思い込んでるやつまで現れたんだが!?」

「よかったじゃないですか、周りに認知されるようになって。最初の頃は友人も一人しかいなかったんでしょう?」

「もう死んだわそいつ」

「それは残念でしたねー」

「お前なぁ……」

 

今や名前で呼ばれるより足臭って呼ばれることの方が多くなっちまってる。わかっててやってる奴はいいが、名前を勘違いするやつがいるのはいくらなんでもやばいだろ。なんだよ名前が足臭って、ふざけてんのか。いやふざけてるわ。いやふざけてないで本当に俺の名前が足臭って思ってる奴がいるんだわ………

 

「記憶のなくなる前の名前って覚えてるんです?」

「覚えてない」

「今の名前をつけたのは」

「友人」

「その友人は?」

「死んだ」

「じゃあ足臭でもいいじゃないですか」

「よくねえよ何言ってんだお前」

「名前つけた人が死んだなら、その名前を使う必要もないじゃないですか」

「その名前を使わない必要もないよな?」

「いちいちうるさいですね……いいから早く足臭に改名してきてください」

「なんで!?お前さっきから支離滅裂だぞおい!」

 

今更改名するって言ったって、俺の中では自分は柊木だってもう認識されてるんだから無理がある。てか妖怪が名前変えたら存在も変質しかねない。別に俺の名前は大したものじゃないが。

 

「別にいいじゃないですか足臭、私はいい名前だと思いますよ足臭。……ぷっ」

「何笑ってんだよ、おい。ぶっ飛ばすぞ」

「へぇ、随分自信満々じゃないですか。半日組み手して一本も取れなかったことを忘れたんですかね?」

「…………」

「言い返せないんですかぁ?」

「うるせえ!」

「うるさい、そんな知能の低い言葉しか喋れないんですね?」

「…………」

 

なんか……なんも言い返せねえけどすっげえ腹立つ……女じゃなかったら殴ってるわ……殴ろうとしても軽く流されて俺が殴られる羽目になるだろうが……

 

やっぱりこの世界の女強すぎないか?男でそんな有名な妖怪とか俺知らないんだが……どうなってんだこの世界。

 

「一つ言わせてもらいますが、ちゃんと自分の名前は柊木だって言わないから悪いんですよ。そりゃあだ名が広まります」

「いや、それはそうなんだが……いや待て、そもそもそんなあだ名広めたのお前と文だろ」

「あ、呼びました?」

「呼んでない」

「帰っていいですよ」

「冷たいし淡白、まあいつものことですけどね……?」

 

正直近くに盗み聞きしてたのは気づいてたし、急に顔出してきたところで驚くことでもない。

 

「せっかくだからお前にも聞く。なんで俺のことを足臭呼ばわりする」

「え?足が臭いからですけど?」

「……だぁかぁらぁ……あぁのぉさぁ……嗅がせたことないよな!?」

「いや臭いですし」

「ほら文さんも臭いって言ってる」

 

俺の足は臭くねえ、ちゃんと毎日気にしてるし。

大体本当に足が臭かったとして、いちいち足臭って呼ぶ必要あるか?ないよな?嫌がらせか?嫌がらせだったわ畜生。

誰に何聞いても同じ答えしか帰ってこない……口裏でも合わせてんのか。そんなに俺をいじりたいかこの野郎。

他の奴も他の奴だ、なんでいちいちこれに乗っかるんだよ嫌がらせか?嫌がらせだったわ畜生。

 

「まあまあ、そんなの今更じゃないですか。いつの話だと思ってるんですか」

「あぁうん、思えばあのもじゃもじゃと出会ってからだったな。……もしかしてあいつが原因か!?」

「いや柊木さんの足が臭いから」

「もういいってだからさあ!!俺の足は多分臭くねえって何十年も言ってるよな!?」

「多分が付いてるあたりに自信のなさが伺えますね」

「そりゃ何度否定しても臭いって言われるんだから自信無くすわ!」

「大丈夫ですよ柊木さん。足が臭かろうが、臭かろうが、柊木さんは足臭です。私と椛との関係は変わりませんよ」

「それ結局俺の足は臭いし俺は足臭じゃねえかふざけんな。だからお前ら俺の足に関してだけ発言がめちゃくちゃになんのやめろ」

 

あと足の臭いを延々といじられるような関係は変えたい。

 

「もう疲れた……くだらねえ発言にいちいち突っ込んでたら一気に体力削れるわ……」

「損な役回りですねー」

「あのさぁ……もういいわ畜生」

「まぁまぁ、機嫌なおしてくださいよ、そして呑みに行きましょう?」

「お前が呑みたいだけだろ」

「椛も行きますよね?」

「文さんが呑みたいだけですよね」

「しょうがないじゃないですか!上司があの人になってから仕事抜け出すのも一苦労なんですよ!?」

「仕事しろや」

「嫌です!大丈夫です今日は柊木さんには迷惑かけません、ちゃんと自制しますので」

 

自制っていうか、それ自体がおかしいことに気づけ。

毎回毎回酔い潰れるまで酒を呑むっておかしいからな、絶対。

 

「お願いしますよぉ〜、一人で呑むのは寂しくて嫌なんですよ〜」

「しょうがないですね……」

「しょうがなくないぞ考え直せ」

「いや柊木さんも来るんですよ」

「なんでだ。待て、こっち来るな、おい離せ!せめて問答をしろ!何も言わずに連れてくんじゃねええ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺って……なんでこんなめちゃくちゃな女たちと一緒にいるんだ……?」

「そういう星の下に生まれたんですよ」

「何言ってるかわからん」

 

しかし二人とも本当にあまり呑んでない……少しずつ呑んでる。椛なんて一時期は瓶一つそのまま飲み干してたってのに。

 

「柊木さんは水なんですね」

「酔わないし、味も気にいるのあんまりないからな」

「損してますね」

「俺は潰れるまで呑んで翌日の体調崩す方が損してると思うんだが、なあ?」

「生意気言ってると骨折りますよ」

「なんでだよ」

「そうそう、この前山から降りたら良いことあったんですよ」

「仕事抜け出してか」

「当たり前じゃないですか」

 

何が当たり前…?いや俺も今更なんだが。

「妖怪の夜雀に出会ったんですけどね?彼女の焼いた八目鰻がこれまたとても美味しくて…」

「仕事抜け出してそんなの食べてたんですか今度連れて行ってください」

「乗るなお前は」

「何やらこの山の河童に用があったらしいんですけど、天狗に追い返され続けてたみたいですね。毛糸さんと、今あの人と一緒にいる河童と協力して屋台作るとか言ってました。それが出来たら行きましょうねー」

「………」

 

夜雀……天狗に追い返される……

 

「多分その妖怪追い払ってたの俺だわ」

「え?」

「要件を聞いても河童に用があるとしか言わなかったからずっと追い返し……おいなんだその顔」

 

二人が無表情のまま近寄ってくる。

 

「おい待て、何するつもり…」

「何してるんですかー!」

「ちょま、あばっ、首締めるなやめろっ」

「何独断でやらかしてるんですかあんたは」

「いだっ、固め技やめろ、死ぬ、ほんとに死ぬって、うおおぉぉ…」

 

 

 

意識が落ちる直前くらいでやっと解放された。

 

「ごほっごほっ、なんだよ突然お前ら…気失うかと……」

「なんでもっと早く私たちに言ってくれないんですか!そうすればもっと早く彼女と知り合えたのに!」

「いや知らんわ、向こうだって事情も話してくれなかったし」

「そのくらい判断してくださいよ、そんなだから一番下っ端なんですよ」

「無茶言うな、あとそれ関係ない」

 

なんだよこいつら……なに、俺が悪いのかこれ。俺は仕事を忠実にこなしてただけのはずなんだが。

なんか割と真面目に腹立ってきたな……

 

「俺が何されても怒らないと思ってたら大間違いだぞお前らな……」

「折りますよ、骨」

「………なんでもない」

 

骨は折られたくないな、うん。というか何この暴力的な女……いや、俺の周りにまともな女いなかったわ。

 

「ま、この件は今度また柊木さんに埋め合わせしてもらうとして」

「ふざけんな」

「この前毛糸さんについての情報をまとめてたんですけどね」

「なんでそんな事を?あの人は別に敵対もしないでしょう」

「いやほら、鴉天狗の仕事って諜報じゃないですけど、似たようなものですし。で、彼女の経歴とか友好関係とか整理してたんですけど…」

「けど?」

「……やっぱりおかしいですよね」

 

まあ……そうだな。

 

「えっと、まず毛糸さんの能力というか、そこから話していくんですけど。まずあの人ってそこまで強い能力を持っているわけじゃないですよね」

「そうですね、自身を宙に浮かせる能力。物を浮かせることもできますけど、概念とかその辺に干渉してくるわけじゃないですから」

 

……俺は硬くなる程度だが、椛は本人の話によると千里先まで見えるらしいからな。ちょっと何言ってるかわからんが。

 

「ですが彼女は霊力と妖力の両方を持ち合わせています。霊力に関してはそこまでですけど、妖力がもうね……もう……ね」

「なんでただの毛玉があそこまでの妖力をな……」

「あれのどこがただの毛玉なんですか」

 

そういやそうだった。あれにただの毛玉なんて言葉は似つかわしくないな、異常な毬藻だわ。

 

「まああの風見幽香の妖力を持ってるらしいんですけど……この時点でもうおかしいですよね、はい」

「どうなってるんですかねあの人の人脈」

「そう、そこなんですよ」

「現時点で気軽に地底に行ったりこの山に来たりしてて既におかしいけどな」

「次はそこまとめますよ?まず妖怪の山に普通に出入りして、地底にも平気な顔して行きます。本人の話だとあの勇儀さんともやり合ったみたいですし、地底でもそれなりにやっていけてるみたいですし……」

 

……どういう生活してたらそんなことになるんだ。

 

「そして以前人里にも入ったって言ってました」

「人里にですか?どうやって」

「そこは何故か詳しく教えてくれませんでしたけど、とりあえず入って普通に帰ってきたみたいです」

「おかしいですね」

「おかしいな」

「おかしいですよねぇ……」

 

完全に妖力を抑えることができたならどうにかなるかもしれないが、あの妖力を自力でどうにかするのは多分不可能だ。ってことは人里の中に繋がりでもあるのか…?

 

「続けますよ。あの気味の悪いきのこの生えてる森と先が全然見えない竹林のところにも行ったみたいですね。というかしばらくこの辺り留守にしてた間ずっと森にいたらしいですし」

「俺らなんてこの山から離れたところなんかいかねえのにな」

「どこにでも気楽に行ってるあたり流石毛玉ですね」

 

それこそ俺なんてこの山から出ることとかほぼない。文に関しては仕事抜け出して行ってそうだが。

 

「まあ、あの人が行ったことあるのってこれくらいらしいんですけど。毛糸さんって何人か凄い知り合いがいるんですよね……」

「まず風見幽香ですよね」

「はい、それに加えてあの八雲紫とも……」

「えぇ……」

「おぉ……」

「本人曰く八雲紫とはそこまでらしいですけど、その式神とはそれなりに会ってるみたいで……というか私も遠くからいるの見たことありますし………」

 

いや本当に……どうなってんだあいつ。

 

「つまりですね……毛糸さんを敵に回すとその危険人物達も一緒になってやってくる可能性があるわけで……」

「もしそうなったらこの山終わるな」

「流石に賢者やらがそこまで一人に入れ込むとは思えないですけど、なんなんですかねあの人。関節外しても直ぐに平気そうにしてましたし腕取れても直ぐ生えてくるし」

「毛玉ってそんな生き物でしたっけ」

「というかあいつ毛玉か?」

「あれ妖怪でしょう、というか妖怪であるかすら疑問なんですが」

「時々意味のわからない言葉を発しますし………」

 

なんなんだあいつ………本当に……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そしたら毛糸さん必死な顔して私のこと引き止めてきて……いやぁ、病気の人をからかうのは楽しいですねえ!」

「屑じゃねえか」

「なんで私も呼んでくれなかったんですか」

「お前もか」

 

こうして二人はあと毛玉か怪しい奴の話を肴にして少しづつ酒を飲んでいった。

 

……本当に暴れなかったなあいつら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぶえっくしょん!!………これで54回目のくしゃみだな。そろそろ死にそう」

 



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毛玉と式神の式神の日常

「うぇーい橙久しぶりー」

「いやこの前会ったよね」

「あ、そうだっけ?」

「前に来たのは十日前だな」

「じゃあ久しぶりじゃん、久しぶりー」

「えぇ…」

「えぇ…」

 

藍さんと橙に引かれてるのを感じる。当然だろう、私だって逆の立場だったらなんだこいつって顔するさ。けど私めげない。

 

「じゃあ頼んだ、毛糸」

「はーい、藍さんも頑張ってー」

「………大分緩くなったな」

「堅いよりいいでしょ?」

「まあそうだな。それじゃ」

 

そう、出会って何年もすれば多少喋り方が変でもいいだろう。そもそも私は自分で言うのもなんだが変人だ、まともなフリするのは疲れる。

さっさと藍さんは消えて、橙と二人きりになった。

 

「むぅ……」

「ん?どったの不満そうな顔して。お腹痛い?」

「藍様にそんな喋り方することが許されてるのがどうも……」

「あーなるほど……言うて橙も私に対しては普通に喋ってるし」

「なんであんたに敬語使わなきゃならないの」

「ほら、前はあなただったのに今あんただよほらほら」

「めんどくさっ」

「めんどくさいとか言うなよ泣くぞー」

「泣けば?」

「やだ冷たいこの子」

 

まあ否定はしないけどな、確かに私は面倒くさいし変人だし鬱陶しい。自覚はある、自覚はね。

 

「さあ私が鬱陶しいのは置いといて」

「えぇ…」

「今日は橙に贈り物がありまーす」

「…人形はもういいよ」

「もういいよって何、私一回しか上げてないよね。ってかなに気に入らなかったの?私の知り合いに頼んで作ってもらったんだけど、気に入らなかったの?」

「なんていうか…私にそっくり過ぎて…出来が良すぎて気味が悪くて」

「クオリティが高いに越したことはないでしょうが」

「くお…何?」

 

さすがアリスさん、人が嫌がるほどのクオリティの人形を作る……確かに自分そっくりの人形があったら気味が悪いかもしれない。私に作ってくれたやつより出来良かったもん。

 

「じゃああの人形どうしたのさ」

「燃やした」

「燃やした!?」

「嘘」

「嘘かい!びっくりしたわ……いやいやそれはともかく、はいこれ」

「ん…何この小包」

「人里で買ってきたお菓子」

「あ、この前言ってたやつ?」

「そ。……まあ買ってくれたのは違う人なんだけども」

 

流石に人里に何度も出入りするのは気が引けるので慧音さんに用事を頼んだりしている。たまーに私も行くけどね、たまーに。

 

「おー…本当だ」

「いっぱいあるから藍さんとか紫さんにもあげてね」

「……どこかに隠して独り占め…」

「ダメだよ?」

「ちぇっ」

 

うーん……子供!

なんというか……子供っぽいね、うんうん。

もちろん私は普段妖精とかいうガキンチョどもと一緒にいるけども、橙は妖精とは違ってなんかこう……例えるなら幼稚園児と小学校四年生くらいの差がある。

私のみてきた妖精って、大ちゃん以外のほぼ全員がイタズラ好きの幼稚園児みたいな感じなんだよね……大ちゃんはしっかりし過ぎてるし。

 

「全部終わったら食べていいよ。それまではダメだから」

「早く終わらせよう、早く」

「そんなに食べたいか」

「当たり前でしょ!」

「お、おう。じゃあ始めようか、な?その小包置こうぜ?な?」

 

でも橙も私への態度が随分丸くなったよなぁ……最初なんてそれこそ猫が威嚇するみたいな……いやそうだったっけ?

 

「今日こそは勝つからね!」

「あ、うん、がんばれ」

 

 

 

 

 

 

「よし終わり!やろ!」

「うん早いね、そしていきなりくるなっ!!」

 

いつもやっている訓練が終わった途端に私に飛びかかってきたが、なんとか避けて橙に向き直す。

若い子は元気いっぱいでいいねえ。

 

「言っとくけど不意打ちはノーカンだかんな!」

「正攻法じゃ勝てないんだからいいじゃん!」

「正攻法で勝てるように頑張ってください!不意打ちの技術磨くための訓練じゃないでしょ!」

「不意打ちだって立派な戦術の一つでしょ!」

「いやそうだけども」

「自分が反応できないだけのくせに偉そうなこと言うな!」

「言うじゃねえかクソガキィ!よしわかった私本気出すから、もう後悔しても遅いからな本気出すからな」

「やってみせなよ!」

 

あれ、私沸点低すぎ?

橙は速い、速いというかすばしっこくて捉えにくい。戦闘おいて鈍間の筋肉よりそれなりに素早い筋肉の方が強いことはムキ○クスとベジー○が証明している。

つまるところ早い方が強いのだ。実際文とか引くほど速いから、もし私と文が戦いになったとして勝てるビジョンが見えない。

 

ついでに言うと私は反応速度が遅い。そしてさらに橙がフェイントとか覚えやがるもんだからそれはもう……

 

「おあっ、危なっ……ん?」

 

あれ……おかしいな………橙が1、2、3……あれおっかしいなぁ、私酔っ払ってんのかな。

残像とかそんなんじゃなくて本当に3人くらいいるんだけど…

 

「ちょ、無理無理多いってなにこれ、どこで影分身の術なんか覚えっ、あはあん!!」

 

背中が……背中が痛い……

 

「よーし、私の勝ち」

「え、なに今の、妖術?もしかして妖術なん?」

「うん、幻影」

 

え………すご。

だからさあ!私が教えて欲しいんだけど!?そういうのいいじゃんかっこいいじゃん羨ましいじゃん。

いやでも実際、3人に増えてあの速度で縦横無尽に駆け回られたら厄介この上ない。

 

「えー……すごぉ」

「ふふん!このためにずっと隠れて練習してたんだからね!」

「偉いぃ……」

 

いや、でもやっぱり私もダメだな。

死にかねない相手とかじゃないと気が緩んでなかなか……今回に関しても氷出してルートを制限したり妖力弾ばら撒いたりしてみたりすれば幻だって気づけたかもしれない。

 

「まあ本当は準備に時間が必要で、さっきの訓練の時間に準備してたんだけど……」

「えぇ……いやいや、それでも凄いよ。私そんなの全く使えないもん、氷の棒切れ作って振り回すくらいしかできないからね」

「それあんたが不器用すぎるだけじゃ?」

 

こちとら前世人間だぞ!今世でも毛玉だぞ!そんな難しいことできるわけないだろ!

 

「でも本当の戦いになったら勝てる気がしないんだよね」

「んー、まあそうだね…」

 

橙の今の妖術も初見殺しみたいなところあるけど、私のこの再生力も初見殺しみたいなもんだからな。しかも対処法が確実に急所を狙うくらいしかないって言うね。

まだ心臓とか潰されたことはないけど、よしんば死ななくてもただじゃ済まないだろう。

 

「まあ私なんて頭のおかしいもじゃもじゃだから無視していいよ無視して」

「自分で言う?……それもそうだけどさ」

「私も滅多に相手を殺す気で戦うこともないしね」

 

基本、戦闘不能になるくらいまではやることあるけど、殺そうと思って殺したことはあんまりない。やっぱり話し合いで済むならそれが一番だよね。

それに、ある程度の自己防衛が出来れば、それ以上の力はいらないと思ってる。強い妖怪になればなるほど、誰かを積極的に襲うってこともないから。鬼とかいう戦闘民族は置いといて。

まあ勇儀さんも相手は選ぶ方だとは思うよ?うん。

 

「……それにしても、負けたのにあんまり悔しくなさそう」

「は?めっちゃ悔しいけど?ここで地団駄踏んでやりたいくらいには悔しいけど?まあね、私も子供じゃないからね」

「私と背丈そんなに変わらないじゃん」

「ぅん………」

「そんなことより、勝ったしあれ食べていい?」

「あぁうんいいよ」

「何持ってきてくれたの?」

「開けてのお楽しみー」

 

痛む背中を治しながら小包のもとへ近づいていく橙。箱を出して、一番上のものを開いた。

 

「………」

「どうした、感動で声も出ないか」

「……………なにこれ」

「きゅうり。あだだだだだ、無理無理鼻の穴に入んないって、そんなにでかいの鼻に入らないって。ごめんってその下にちゃんとしたの入ってるから」

「面白くないことやめてよね、本当に」

 

なんでや面白いやろ。

いやしょうもなかったわ。

 

「ふんふんふふーん…………なにこれ」

「マタタビ。いや本当にごめんって、謝るからそんなに冷たい目で私のこと見ないで。次は本当にちゃんとしたもの入ってるから」

「次嘘ついたらその髪むしりとる」

「ひえっ………」

 

そのあと饅頭を見つけたら機嫌が治った。

 

 

 

 

 

「人間ってこんなにいいもの食べてるの……?」

「それ高いんだぞ、マジで」

 

慧音さんに買ってもらってるだけで私は金払ってないけどな!でもまあその度に頼み事とかいろいろ聞いてるから……うん、いつかお金返そう。

 

「私にも一つ……あっはいダメですかわかりました」

「いつも食べてるんだからいいでしょ」

「私もちょっともらう前提で買ってきたんだが?」

「毛糸の分まで私が食べるから安心していいよ」

 

……あぁ、これってアレだ。

親とかおじいちゃんおばあちゃんが小さい子供にいろいろ譲って食べさしてくれるのと同じ状況だ………

そう考えるとみんな優しかったんだなあ………記憶ないけども。

 

「まあいいけどさ……ちなみにこれ餌付けってことに気づいてる?」

「別に好感度上がってないから餌付けじゃないよ」

「あっそ……」

 

嫌われてない、嫌われてないのはわかるんだけどさぁ……

 

「でもせっかく持ってきてあげたんだから感謝くらい」

「ありがと」

「あら適当……」

 

私って舐められやすいみたいなところあるから……まあビクビク怯えられるよりはそっちの方がいいけども。でも私は基本は対等に話したいんだけど。

 

「橙って、紫さんとは会ってるの?」

「うん、時々藍様に合わせてもらってるよ」

「ふーん…紫さんってどんな人?」

「なんでそんなこと聞くの?」

「私はあんまり会ったことないからさ。というかそうそう会える人でもないし……

 

八雲紫、妖怪の賢者の一人らしい。私は他の賢者を全く知らんし、色んな人に聞いても大体紫さんくらいしか名前が出てこないから、だれが賢者なのかとかはあんまり知られていないみたいだ。紫さんが随分オープンなだけかもしれないけども。

 

「うーんそうだなぁ……とにかく凄い人って感じ」

 

そりゃねえ、化け物揃いの幻想郷の管理してるっていうし、藍さんみたいな化け物従えてるし……冬の間は寝てるけど。

 

「でも多分、毛糸が思ってるほど遠い存在でもないと思うよ」

「ん?」

「確かに持ってる力はすごいけど、それ以外は私たちと同じだよ。藍様もそうでしょ?」

「んー」

 

それもそうだ、藍さんも向こうが気を許してくれてからは普通に会話できてるし、幽香さんだってちょっと花への愛が重くて他の人との付き合い方が下手なだけで、怒らせなきゃみんな普通の人なんだろう。

 

「毛糸だって、私からしたら藍様と同じようなものだよ?」

「なんでさ、私なんてあの人と比べたらゴミだよ?道端に落ちてる石ころと同じだよ?」

「それはちょっと卑下しすぎ……私からしたら、ね?」

「私が威厳たっぷりに振る舞ってるところ想像できる?」

「無理」

 

ほらほらほらほら、やっぱそうじゃん。

やっぱり私ってそういう柄じゃないし、そもそも人からもらった力だし、毛玉だし、毛屑だし、元人間だし。確かにそんじょそこらの妖怪とかと比べたら力あるだろうけどさぁ……

やっぱり妖怪的には自分の力を示して恐怖とかを得た方が正しいんだろうけども……あんまりそういうのする気にはならんし。

 

「私って相当変人だからなぁ」

「知ってる」

「否定してくれない?」

「藍様も変なやつって言ってた」

「ぐはっ……まあこのくらいの方が親しみやすいと思うよ私は……」

「それもそうだね〜、そもそもそんな頭して、藍様や紫様みたいにはなれないよね〜」

「おい、今私の頭馬鹿にしたか」

「そう言ったんだけど、そんなこともわからないの?」

「このガ…んんんん!!しょうがないじゃんそういう種族なんだからさあ」

「毛玉って体を持って喋るっけ?」

「もしかして私毛玉だって認知されてない?毛玉のそっくりさんだと思ってる?」

「そっくりというか、自称毛玉の人」

 

………犬耳と尻尾つけたら私も白狼天狗になれるかな………

というか、毛玉ってなんだよ、なんの精霊だよ意味わからんわ、存在価値皆無だろあれ。そのうち存在忘れ去られてこの世から消えるぞあいつ。

あれ、そうなった場合私も消える…?あ、私毛玉のそっくりさんだったわ。

 

「へへへ……どーせ私なんて……」

「あむ……ちょっとだけ隠しておいて後にとっておこ……」

「知らんからな私は、藍さんに何言われても知らんからな」

 

小屋の中にちょっとだけお菓子を持って行った橙。

………ひとつくらい…食べてもバレへんか。

 

橙が見てない間にサッと饅頭に手を伸ばす。

 

「ん?おい橙隠すのも食べるのもその辺に………」

 

何かに手が当たった、感覚的には人の肌だ。私はそれを感じて橙が戻ってきたのかと思ったが違かった。

空間に裂け目ができ、そこから手が伸びていたのだ、手だけが。

 

「ぉっっっ!!!???」

「あら、ごめんあそばせ」

「そっそそっその声ぇはぁ………」

「我慢できなくって、ついね」

「は、はぁ………」

「じゃ、これからも橙のことよろしくねー」

「あ……」

 

饅頭を一個握って手が引っ込んで行ってしまった。

 

………心臓止まるかと思った…マジでびっくりした……全身ビクってなって全身の毛が逆立った……

 

「ん?どうしたの、何かに怯えてるみたいだけど」

「い、いいいや別にな何もなかったけど!?」

「………あっそ」

 

………もしかして私、こういうドッキリみたいなの苦手……?



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鴉と魔法使い

「アリスさん久しぶりー」

「初めまして〜」

「……誰?」

 

アリスさんとこに遊びに行くところを文に見つかり、一緒に行くと言われ追い払おうとしたものの何度も何度もついてくるため、渋々連れてきてやった。

 

「ごめんコイツなんかついてきただけだからもてなさなくていいよ。むしろ人形を使って全力で追い払っていいよ」

「流石にそういうわけには……アリスよ」

「射命丸文です、いや〜急にお邪魔しちゃって申し訳ないですね〜」

「そう思うなら帰れや」

「あなただって事前に連絡よこさず急にくるんだから同じよ」

「ゔっ…」

 

しょうがねえじゃんここアクセス悪いんだからさぁ……これと言った連絡手段もないし、どうせアリスさんもここで暇を持て余してんだからさ!魔法の研究とかしてるのはわかるけども。

事前に日程を決めておこうにも、すっかり狂ってしまった私の時間感覚が使えるわけもなく絶対に日程とか守らない。

 

「……というか、本当になんできたんお前」

「暇だったから……ですね」

「仕事は」

「なんですかそれ、知らない単語ですね」

「あーはいはい理解」

 

でも文って仕事終わらすのは早いらしいのな……やればできるのにやらない子。一歩間違えれば高スペックニートと化すな。

……るりがもうそんな感じだったわ。

 

そういえばあいつ、近々山に戻るって言ってたな。適当に聞き流してたけど。

そっかぁ帰るのか………寂しくなんてないんだからね!………誰に向かってやってんだ私は。

 

「その容姿、やっぱり天狗なのね」

「鴉天狗です。……あんまり警戒しないんですね」

「毛糸の友人であれば危険な人でもないと、そう判断してるのよ」

「アリスさん違うよ、私別にこいつのこと友達って思ってないよ。こいつが勝手にそう思い込んでるだけだよ」

「えっ」

 

私がそういうと文の動きが止まり、無言で何かを訴えてきた。嘘ですよね?冗談ですよね?流石に傷つきますよ?って感じのことを訴えてきてる気がする。

 

「そういえばあの子は?」

「この前野良妖怪に喧嘩売って怪我して今は安静にしてる」

「何してるのよあの子……」

「でも勝ったよ?ちゃんと喉元噛み切ってたよ?」

「いやそういう話じゃないわよ……とにかく、あんまり危険な目にあわないように見張っておきなさいよ」

「見張るって……別にあいつペットでもなんでもないんだけど?」

「世話してるんだったら責任持ちなさい」

 

………納得いかんのだけど?あれだってその辺の家畜よりは全然頭いいんだから私が世話することも餌やりと散歩くらいしかないんだけど……よくチルノとかと遊んでるし。

 

「毛糸さん毛糸さん、それってあの猪の話ですか?」

「そうだよ、イノゼクス」

「イノゼクスって名前なんですか…?」

「イノバルド」

「え?」

「イノミツネ」

「ちょ、ちょっと待ってください」

「イノート」

「え、えぇ………」

 

困惑する文の肩に手を置いたアリスさん。

 

「早く慣れなさい」

「………いやいや、納得いかないんですけど。私の方が毛糸さんとの付き合い長いですよね。慣れろって………」

「あなたの方が長くても猪に関しては私の方が上よ。あなたも早くイノベルクに慣れなさい」

「イノファルクだよー」

「そう、イノファルク」

「………お二人の関係が大体掴めてきました……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「久しぶりで悪いんだけど、調合の材料取ってきてくれないかしら」

「えぇぇ………やだめんどい。しかも調合って、また変な薬作る気でしょわかってんだからね」

「背が伸びる薬なんだけど」

「よしわかった任せろ。材料は?」

「これに書いてるわ」

「うっす行ってきまーす」

 

慣れてるなぁ………

毛糸さんって扱い方がわかってくると簡単に言う通りにさせられるんだけれども。

 

「というか、あの人背丈なんか気にしてたんですか?」

「あぁ、あの子はノリがいいだけよ。本人も乗せられてるのは気づいてるだろうし、むしろ乗ってきてるんじゃないかしら」

「あー、確かにそういうとこありますねー。その辺がどこか子供っぽいというか、なんというか……」

 

椛も自分は正常だって感じ出しておきながら、一回勢いにのるとお構いなしに暴れたりする。その辺は毛糸さんとも似ているかも。

つまり二人が合わさった時はどうなるか……いや、考えたくないですね。

 

「で、私に何か話があるんじゃないの、天狗さん」

「あー、気づかれてました?」

「どこか機会を伺う素振りををしてたし、わざわざこんなところまで足を運ぶってことは私に用があって来たんじゃないかと思ったね」

「……なるほど、流石に鋭いですね」

 

毛糸さんに言っていたのは少しだけ嘘になる。暇だったのは間違いないけれど、前々からこの人と話をしてみたかったからだ。毛糸さんが湖を離れていた間ずっと一緒にいたというこの人物がどんな人か。

 

「それで、一体何の用かしら?どんなことでも構わないけれど、面倒事なら先にお断りしておくわ」

「別にあなたをどうこうするって話じゃないですよ。毛糸さんから何度も話を聞いていて、会ってみたいなあって思っただけです」

「要するに見極めに来たってことね」

「そこまで大層なことでもないんですけど………アリスさんの御人柄は聞いていましたし、危険な人物でもなさそうでしたしね」

「つまり本当の用件は別にあると………」

 

本当に鋭い……

 

「………あやや、これは参りましたね。そこまで見抜かれるとは…」

 

最近はこういった駆け引きをすることもなくなっていたし、鈍っちゃってたか………

 

「気楽に行きましょう、お互いに危ない相手ではないこともわかっているんだから」

「ですね、そうしましょうか」

 

落ち着いてる人だ、冷静で思慮深いといった印象。こんな人が毛糸さんと絡んでるって、嘘でしょ?いやでもさっきも仲良さそうにしてたし……でも性格とかも結構違うと思うんだけど……まあいいか、やることやってしまおう。

 

「そうですね…まず私がここに来たのは、ざっくり言うと調査です」

「調査」

「はい。この森自体天狗はあまり近寄らなくて、どうなっているのか情報もなかったんですね、せっかくだからこの機会に訪れた次第です」

「なるほど……まあここなんて妖怪からしたらなんの面白みもない場所よ。変な植物しかないもの」

「いえいえ、そんなことは」

「そう?」

 

ここに来る時に見た顔のついた動くきのこを見た後だと面白みのない場所とは思えない……しばらく退屈はしなさそうだけれども。

 

「毛糸さんとはどうやって出会ったんですか?」

「さあどうだったかしら……確かこの森に入ってきて、無防備なところに瘴気とか胞子とかに当てられて倒れてるところを拾ったんだったかしら」

「あー、容易に想像できる………どういった経緯で一緒に暮らすことに?」

「私自身彼女の身体に興味があったのよ。毛糸も当てもなかったみたいだったし、泊めてあげる代わりに身体を調べさせてって」

「なるほど……」

 

ふむ……毛糸さんの身体を……

 

「毛糸さんの身体に興味とは?」

「あぁ、知ってると思うけど、彼女って結構…おかしいじゃない」

「まあはい、そうですね…」

 

毛糸さんほど異質な妖怪もそうそういないだろう、とか噂してたら本人がくしゃみをしだすけど。

 

「私の魔法における目標って、自立して動く人形を作ることなんだけど、毛糸のことを調べれば何かが掴めるかもしれない、って思ったのよ」

「なるほど。具体的に何を調べたんです?」

「うーん……なんで霊力と妖力を持つことができるのか…かしら」

「割と曖昧なんですね」

 

そう、そこが大きな謎だ。普通の妖怪から霊力を持っているなんてあり得ないのだから。

 

「それで何かわかったんですか?」

「何も。やることはやれるだけやって調べてみたんだけど、確実な物は掴めないでいるわ」

「確実、となるとある程度推測はできているんですね」

「そうね……ねえ、私の考えを教えるのは構わないけれど、その目的を教えてくれるかしら?」

「………あー」

 

こちらの聞きたいことが既に割れてしまっている。さりげなく聞き出そうと思ったんだけれど……

 

「そうですね……わかりました。まず大前提として、私は妖怪の山という組織の一員です。組織にとって危険になるものや有利に働くものは知っておかなければなりません」

「…それで、毛糸についての謎を追求するために、ついでに私がどういう存在かを見定めるためにやってきたのね」

「うーん…本当に察しいいですね?でもそうですね……」

 

毛糸さんとは、山の妖怪でないものとしては長い付き合いだ。今までにもいろんなことがあった。お互いに信頼している……はずだとは思う。

それ故に、だ。

 

「友達として、毛糸さんのことを知りたい、それが本音です。いざというときに相談に乗ってあげたいですし、ちゃんと相手のことは知っておきたいですよ」

「……さっき友達って思ってるのはあなただけって」

「冗談です、多分」

「多分なのね。……わかった、私が彼女について知ってること、そしてそれを踏まえた私の考えをあなたに話すわ」

 

そしてアリスさんは話を始めた。

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ、なるほどなるほど……?」

 

アリスさんが話した内容は、私に取ってとても合点のいく内容だった。話の通りだとすればいろんなことに

 

「何度も言うけど、これは推測に過ぎないわ。あと本人にも言わないようにね」

「それは何故?」

「存在っていう根底に関わってくる部分だからね。私たち他者がそこに干渉してしまうとどうなるかわからないわ」

「本人が自覚することが大事と……」

 

確かに妖怪にとって己の存在を揺るがすほどの事実となると、そう易々と他人が話していいものではないだろう。

 

「でも………思ったより大したことないですね」

「そう?」

「はい、もっとこう……派手というか、規模の大きいものを想像していたもので」

「そうね……確かにそういう感じではないわね。個人で完結しているというか」

 

この話が事実かどうかはわからないけれど、結局は本人の気づきが大事だということだった。

 

「……本当に気にかけているのね」

「え?」

「毛糸のこと。いくら仲が良くても、そこまで首を突っ込むのはなかなかないと思うわよ」

「はぁ……そうなのかもしれないですね」

 

確かに、友達であってもそう簡単に他人のあれこれに首を突っ込むのはあまり良くないことなのだろう。

 

「でも、やっぱりどこか距離を感じるんですよ」

「距離?」

「どこか完全に気を許してくれていないというか、何か線引きをされているような気がするんです。私だけじゃない、名付け親である者にも、日常を共にしてきた者にも、壁を作っているんです」

 

どこか遠い目をした彼女の顔が頭に浮かぶ。

 

「何か、私たちにも打ち明けてくれない何かがあるんです。もちろんそれを無理に知ろうとは思いません」

「無理矢理聞けば教えてくれそうだけれど」

「それもそうですけど………彼女と出会ってから色々ありました。毛糸さんはその身を削って戦ってくれました、うちの山とは関係ないのに。でも、私たち他者ができたことって、せいぜい楽しく騒いで、励ましたりしたらくらいなんですよ」

 

私たちに何も相談せずに湖を去ってしまったことを思い出す。

 

「頼って欲しいんです、友達なんだから。抱え込まないで欲しい、私たちにも相談して欲しい。彼女が何かの線を引いているのならせめて、私は彼女のことをもっと知りたい、って」

「………」

「……あーすみません!なんか恥ずかしいことばっかり話してしまって……」

「そうね、確かにあの子は私たちとは別の場所にいるかもしれない。多分、彼女の抱えているものを受け入れてもらう勇気がない、もしくは必要がないと思っているのでしょう、だから、私たちも受け入れる準備をしておかないとね」

「……そうですね」

 

毛糸さんがどんな存在だったとしても、多分私たちとの関係は変わらない。多分本人もそのことをわかって話していないというところもあるのだろう。

 

でも、抑えきれない何かを抱いてしまったのなら、私たちにもそれを分けて欲しい。散々背負ってもらっているんだから。

 

 

何か外で大きな物音が聞こえて来る。

 

「………なんですか、この音」

「さぁ……予想はつくけど」

 

 

 

 

アリスさんと一緒に外に出て様子を伺っていると、非常に焦った様子の毛糸さんが帰ってきた。

 

「文!アリスさんヘルプ!助けて!」

「どうしたんですか急に、何があったんです」

「へっへへへびの群れが!私無理!蛇無理!」

「蛇くらいどうにかしなさいよ、動物に怯えるほど弱くないでしょうあなた」

「ちゃうねんて!この森の動物どいつもこいつも頭がええねんて!マジで頼むってお願い!」

 

うわぁ………みっともない姿……

 

「よかったじゃない、頼られてるわよ」

「いや………違くないですか」



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毛玉と白狼天狗(女)の一日

「あー、どーしよこれ」

 

るりは山に帰っていった。今後どうするかをにとりんと話し合いに行ったらしい、どうなったかわまだ分からないけど、私の家に戻ってきていないってことを考えると今は山で過ごしているのだろう。

うむ……寂しいと言えば寂しい。いたらいたらでやかましいものの…これが独り立ちする我が子を見送った後の親の気持ち……?

 

とにかくだ、結構な期間、まあ時間感覚がおかしいのでどのくらいかはわからんけど、ずっと一緒にいたので、朝ごはんとかついつい二人分用意してしまう。

 

「やべぇ……確かに私は引きずりがちだけども、こんなことでもズルズル行くんか…?」

 

とはいえ慣れるしかないしなぁ……

 

 

そのまま勢いで作り終えてしまった二人分の朝食を見つめて放心していると、誰かが私の家を訪ねてきたみたいだ。

ドアをノックしている………

 

誰だろうか……チルノなら問答無用で入り込んでくるし、文ならまず大声で私の名前を呼ぶし……知り合いではあるだろう。私くらいだからね、まずノックしやがれって口うるさく言ってるのは。

となると……誰だ?

とにかく扉を開けて誰か確認してみよう。

 

「はーい、どちら様で………もなかったですねさようなら〜」

「待って、なんで見なかった振りするんですか」

「い、いや予想外の客すぎて……」

 

扉を開けると無表情の椛が玄関に立っていた。驚いてしまって扉を閉めようとしたけど無理矢理こじ開けられた。

 

「………」

「………」

「………なんで?」

「文さんに無理矢理仕事を休まされたので」

「なんでここ来るん……」

「修練場が今日空いてなかったので……」

「一人でやればいーじゃん」

「誰かを相手にして圧倒しないとやる気出ないんです」

「うわぁ………」

 

それ修練になってなくね……?相手からしたら修練になってるのかもしれないけどさ。

 

「……朝食、まだなんですか?」

「あぁうん、一人分多く使っちゃってどうするか考えてて………オイオイオイオイなに勝手に入ってるんだよお前」

「私も朝食済ませてなかったので、ちょうどいいかなと」

「いや図々しくない?いや私もちょうどよかったけれども……」

 

………椛かぁ…

 

 

 

 

 

「ごちそうさまでした」

「お、おう、お粗末さまでした……」

「……なんですかその何か言いたげな顔は」

「あ、何もないけど」

 

ごちそうさまとか言うような人だと思ってなかったから、ついつい柄にもないお粗末さまとか言ったしまった……

 

「意外と美味しかったです、毛玉の食生活ってこんな感じなんですね」

「毛玉というか、普通だと思うけど…まあそうだね、河童の道具とか結構揃ってるから、いいもの作れてるとは思うよ」

 

それもこれもるりのお陰……元気でやってるといいんだけども。

るりの様子を椛に聞こうかと思ったけど、二人って接点なかったな。

 

「……でさ、なんでうちに来たのよ。ちゃんと説明してくれる?」

「そうですね……まず文さんに偶には息抜きをしろと無理やり仕事を休みにされ、修練場は閉まっていて、他の知り合いはみんな仕事で絡む相手もいなくて。そういえば毛糸さんと二人で会うことってあんまりないな、と思いまして」

 

むぅ……一人でできること探せばいいのに…

でも確かにそうか、椛と二人で会うことってなかなかないな。大体柊木さんか文と一緒にくっついてるイメージだからなあ。

 

「なるほどね、特にできることないけど歓迎するよ」

「本音は?」

「怖いからさっさと帰ってくれねえかなあ」

 

椛からくるであろう攻撃に身構える。

 

「別に何もしませんよ」

「………」

「なんですかその顔」

「それはそれで怖い……」

「自分から殴られようとしてます?」

 

私はマゾじゃないぞ。

いやぁ…どうしても椛と言ったらやたらと攻撃的なイメージがあって……特に柊木さんに。

 

「ごめんごめん……どう接したらいいかわからなくてさぁ…」

「普通にしてくれればいいですよ」

「普通ってなに」

「文さんや柊木さんにしているみたいな」

「お、おう」

 

椛…基本的に無表情というか、表情豊かではあるんだけど…特に酒呑んだ時。感情を表に出す方ではないと私は思っている。

私や文がボケても眉をひそめて冷静に突っ込んだかと思えば、こいつはこいつで無表情でえげつないこと言ったりするし。

 

「やることないなら手合わせでもしませんか」

「無理やだ断る」

「何で」

「椛とやったら私の関節が変な方向に曲がりそうだし……あと休みなんだからそういうの無しにしたら?たまにはそういうことしない日があってもいいんじゃない?」

「むぅ……わかりました」

 

休みになって一番先に出てくることが修練場ってことは、基本ずっとそういうことして過ごしているんだろう。

もちろん人それぞれだけど、私はあんまり好きじゃない。というかトレーニングとか向いてない。

 

「でもこのまま日が暮れるまで毛糸さんと雑談するわけにもいかないですし」

 

日が暮れるまで居座るつもりだったのか…?

 

「毛糸さんが何かやること決めてくださいよ」

「えー…無茶振りするなよ」

「どうせ暇でしょう」

「ん゛ん゛っ」

 

そうだよ暇だよ……なんでどいつもこいつも私のこと暇人扱いしてくるんだよ、事実だけど。私にだってやることあるとか思わないのか、事実だけど。

 

「はいはいわかりましたよ何か考えてやるよ……」

 

とはいえ妖精たちの遊びに混ざるととんでもないことになりそうだし……やることやること……

 

「狩りとか………どう?」

「いいですよそれで」

「あ、いいんだ……」

 

苦し紛れの提案に軽い返答が返ってきた。

うん……狩りをすることになった…らしい。

 

 

 

 

 

 

 

「で、道具はこの中から好きなの選んでいいよ」

「何があるんですか?」

「ん?短刀、弓、槍、斧、銃、その他もろもろ」

「すみません最後のおかしくないですか」

「るりが使ってたからなあ………」

 

るりは弓とか銃とか、飛び道具の扱いがなんかめっちゃうまい。どのくらい上手いかっていうと百発九十九中くらいうまい、なんかうまい。

 

「一応長めの剣もあるけど……」

「弓にしときます」

「あ、そーなの?」

「偶にはこういうのもいいですよね」

「使えんの?」

「舐めてるんですか?」

「いやそういうわけじゃ……」

 

ただ椛っていつも剣を握ってるイメージだから、使ったことあるのかなぁって。

 

「こう言うのもなんですが、狩りなんて罠張って待っておけばいい話ですし、やる必要あるんですか?」

「ばっかやろう、ただ肉を得るだけが狩りだと思ってるのか。狩りはいいぞ、じっくり自然と触れ合えるし、動物たちの暮らしもわかる」

「興味ないです」

「あと罠にかからない妖怪とかの駆除もある」

「興味出てきました」

 

oh…やっぱりそっちの方が興味ある?

 

妖怪の駆除をやり始めたのは最近だ、以前の大蛇みたいなやつが現れると単純に困る。あと怖い。

もちろん獣みたいな妖怪じゃなくて普通の人型の妖怪と出会ったりすることもあるけど、基本はノータッチだ。向こうが襲いかかっていたら反撃する、命までは取らない。

相手がしつこく攻撃してきたらちょっと強めに痛めつける場合もあるけど……

 

「まあ過度に仕留めないようにしないと生態系に影響与えちゃうから程々にね」

「手始めにあそこで寝てる妖怪猪の脳天を射抜きますか」

「待って待ってあいつ違うから、落ち着け」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………よし」

「おぉ、本当にいけるんだ……」

「このくらいは当然ですよ、そういう訓練もしてましたしね」

 

木の上に止まっていた鳥を簡単に射抜く椛、迷うこともなく慣れた手つきで弦を弾いていた。

 

「よっこらせ」

「あぁー…そうするんですか」

「え?何が?」

「獲物を持って帰るには随分身軽だなと思ってたんですけど、浮かせて持って帰るんですね」

「楽だからね」

 

手に紐を巻いて、鳥にくくりつけて浮かす。枝に引っかかったりも偶にするけれど、紐の長さを上手いことすればあんまり邪魔にもならない。

宙に浮く動物の死体……そういう怪奇現象か何かだろうか。

 

「それにしてもこの弓、ちゃんと作られてますね。毛糸さんが持っているからもっと粗末なものかと」

「うん何気に貶してない?まあるりが作ったやつだしね」

「るり…あの引きこもりがですか……」

 

一応面識はあるだろうけど、やっぱりるりのことはあまり知らないだろう。というかあいつのことをろくに知ってるのなんて私とにとりんくらいだよ、もっと友達増やせあいつ。

 

「さーてこのまま進んでいこ…何してんの?」

「…妖怪がいますね、獣じゃない方の」

「マジ?」

 

やっぱり気配とか日常的に察知しているのだろうか。私はそういうの得意ではないから、出来る人は素直に尊敬する。

 

「それにこの気配……まさか……」

「なに?知り合い?」

「あなたも知ってる人ですよ」

 

椛の言葉に首を傾げていると、茂みを歩いたから音がしてきた。

この感じは……あー…

 

「ルーミアかぁ」

「肉……肉……」

「なんか飢えてるし姿も少し違うんですけど大丈夫ですよね?急に豹変して襲いかかってきませんよね?」

「いやああんまり保証は」

「肉ぅ!」

「できないなあ!?」

 

なんで腹すかしてんだこいつ!

私に向かって飛びかかってきたルーミア、すぐさま椛が矢を放ったけど普通に身を捻ってよけられている。

 

「肉よこせ!」

「腹減ったら語彙力低下するんかお前は!」

 

さっき紐で括ったばかりの鳥を大口を開けて突っ込んでくるルーミアに投げつける。

 

「あむ」

「うわ一口…」

 

まるごと頬張ったルーミアに対して引く椛。これとルーミアさんが同一人物って……マジ?

バキボキグチャグチャとグロテスクな音を立てて、程なくして完食した。普通に耳を塞いだ。

 

「肉…」

「しょうがないな…じゃあ私のこの左腕を」

「いらない」

「なんでや」

 

アンパ○マンと同じノリでやったけどまずいって言われた。別にいいけどさ……ちょっとだけ傷つくんだけど……

 

「……今こんな風なんですね」

「そだね。まあ最近はこれで安定してるよ、うん」

「何の話ー?」

「何でもない」

 

まあ確かにあのルーミアさんを見てた椛からすると衝撃だろうけども、私も結構驚いてたけども。

 

「他に肉ないの?」

「あいにく私のこの左腕しか」

「だからいらないって」

「しょうがないな〜、そんな君には私の右腕を」

「………」

「おいおい、そんな冷たい目で見るなよ、傷つくぜ」

 

このルーミアが私のことを不味いって言ってたのにあのルーミアさんは私のことを食べたがっていたの。

多分こっちのルーミアは肉の質的な意味で、ルーミアさんの方は妖力とか見て言ってたんだろうなあと今頃気づいた。

 

「大丈夫ですよね毛糸さん、突然頭身高くなって喋り方も変わって蹂躙してきたりしませんよね」

「それは大丈夫、ってかそんなに怖かった?あの人のこと」

「命の危険を感じるほどには」

 

そんなに……確かに恐ろしいほど強かったけれど。

 

「あれと比べたら毛糸さんなんて可愛いものですよ、心臓刺したら終わりですもん」

「やめろそのシュミレーション、私の殺し方を考えるんじゃない」

「あなただっていつ私たちの敵に回るかわかりませんからね、想定しておいて損はないですよ」

 

嫌だー考えたくねー。私の死ぬところってのもそうだけど、椛たちと敵になるとかいやだー、絶対気まずいじゃん。

 

「私もそうならないことを祈ってますよ」

「……そういう感じのフラグあるよね」

 

まあ現実においてフラグなんて何の意味もなさないけど、このまま平和な日常が続いてくれることを願う。

あ、これフラグやん。

 

「まぁ残念なことに、何百年も生きていれば必ず戦いってのには巻き込まれます」

「私はものの数十年でとんでもない数の戦いに巻き込まれたことあるんだけど」

「そういう流れだったんですよ、きっと」

「いやだーそんな流れ嫌だわー」

「身近な相手でも、そのうちどうなるかわからないって話です。妖怪の山ではそれなりの頻度で反乱とか裏切りとか起きてますからね。私もどうなるかわかりませんし、もちろん彼女も」

 

まだ腹を空かせている様子のルーミアを見てつぶやく椛。

そうだなぁ……確かに何十年先、私たちの関係がこのままなんて保証はどこにもないんだもんな。

 

「まあ考えたって仕方がないことです。さっさと狩りの続きを始めましょう。まだ鳥一匹しか仕留めてないです」

「食べられたしな」

「んー?」

「んー?じゃねえんだよお前」

 

これで人食い妖怪だってんだからまあ……改めてなんだこの世界。なんでこんな少女まで人食いなんていうバイオレンスなことしてるんだ。

 

「まだお腹空いてるしついていくことにする」

「ついてきたら肉にありつけると思ってんのか」

「うん」

「素直でよろしい」

 

 

 

 

 

 

 

 

「おー、でっかい鳥だなあ」

「まだ妖怪に成ってませんね、今ならまだ美味しく食べられそうです」

「でかい肉……もらった」

「おい待てそれは私の晩飯だぞ」

「いや焼いて文さんに見せつけます」

「嫌がらせじゃねえか」

「そうですけど」

 

獲物を前にしてそんなことを話していると、似たような鳥が大量に飛んできた。

 

「群れだったんかい」

「ひーふーみー……とりあえず量で困ることはなさそうですね」

「でかい肉……たくさん」

 

私と椛とルーミアによる、鳥たちへの一方的な蹂躙が始まった。



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毛玉と怒る幽香

「…………ちっ」

「ひっ………」

「何よ、別に貴方に怒ってるわけじゃないのよ」

「い、いや、それはわかってますけど……幽香さんから出るその妖気が……」

「……はぁ、悪かったわね」

「あ、ありがとうございます」

 

…こ、怖い………

なんで……なんでちょっと顔を出してみたらめっちゃイライラしてるのこの人……私?私の存在が気に食わないの?あ、さっき私に怒ってるわけじゃないって言ってたわ。

まて、落ち着け私、今更ビクビク怯えるのもおかしな話、じゃないね!こんなにイラついてる幽香さん初めて見たからね!

 

今までも結構な数の私とは次元が違う人たちと対面してきたけど。やっぱり幽香さんは他とは違う。纏ってるオーラが半端じゃない。

ファーストコンタクトがこれだったら漏らしてる自信ある。

 

「そうね、せっかく来てくれたのにこれじゃ駄目よね」

「事情話してくれます?」

「大したことないのよ。ただ花畑が荒らされたってだけで」

「た……」

 

大したことある話来たああ!!!

 

大したことないことないじゃん!緊急事態じゃん!幽香さんが!

幽香さんは花が踏まれた程度じゃ全く気にしない。花がそれを甘んじて受け入れているから、自分も気にしないと言っていた。

だがそれと同時に、意図的に花、植物を意図的に荒らす奴には容赦ない。なんだっけ、確か文字通り消し炭にしたんだっけ?

とりあえず、花畑が荒らされると言うことは、一人の大妖怪を完璧に怒らせ、敵に回すと言う行為なのだ!

 

「相手はどんなやつかわからないと…」

「えぇ、見つけ次第殺すわ」

 

容赦ねえ……それにしてもバカな奴もいたもんだ。よりによって幽香さんを敵に回すなんて……幽香さんを相手取るとか、考えただけで全身の毛が逆立つんだけど、震えてくるんだけど、漏らしそうなんですけど!

私なら全力で命乞いするわ……

 

「事故か何かがあったのかとも思ったのよ。でもそんな様子ではなかったわね、明らかに火を放たれていた。そして焼け焦げた花を執拗に踏み潰して…何が目的なのかわからないけれど………」

「ゆ、幽香さん落ち着いて……」

 

この人、怒った時の周囲へのプレッシャーが半端じゃないんだけど……藍さんには悪いけど、こっちの方が凄い。というか藍さんの場合は完全なる私への敵対心だったし。

 

「………まだ持っていてくれたのね、それ」

「え?何が……あ、これ?」

 

突然幽香さんに言われて驚いたけど、すぐに何を言っているのか理解して懐から白い花を取り出す。以前、というかかなり昔に貰った奴だ。なんだっけこれ。

……あー思い出した、これ幽香さんの妖力が込められてるんだった。なにそれ実質爆弾か?

 

「結局これなんだったんです?」

「私から貴方の状態を感じ取れるように持たせておいたのよ」

「……つまり?」

「貴方ってすぐ死にそうだから、何かあったら助けに行けるようにしてたのよ。まあ何度か危なそうな場面はあったけどなんとかなってたわね。行く前になんとかなってたこともあったし」

 

………いや、引くな私。

これは幽香さんなりの気遣いなんだ、多少それが重かったとしても引いていい理由にはならないぞ私。

 

「あと妖力が切れそうになったらそれ使ったらなんとかなるかと思って」

「あ、あー、ありがとうございます。まあ死にかけたことあったけどギリギリなんとかなったし……」

 

よし、このことは考えないようにしよう。

……でもこれ身につけてないとバレそうだな……くっ。

 

「まあこの先何があるかわからないし、持っておいてくれると嬉しいわ」

「ア、ハイ」

 

うーん……実際幽香さんいたら私くらいの妖怪でも簡単に消し炭にしてくるだろうしな……というか、やろうと思えば人里を潰すくらいできそうだけど。

そういうことをできる人がしないあたり、この幻想郷ってバランス取れてるな。力がある奴ほど好き勝手したらダメなんだろう。

……私も結構好き勝手やってるけど、紫さんから何か言われたことないし多分行けるっしょ。

 

「ありがとう、貴方と話してると少し落ち着いてきたわ」

「は、はあ、それはよかった」

「簡単に殺すのは駄目ね、もっと苦しめてからじゃないと」

 

おーっと冷静というか冷酷になってきているぞー?

何がしたかったのか知らんが、幽香さんを相手に回した奴には同情する。自業自得だけど。

 

「貴方って、話してもわからない相手にはどうしてるのかしら」

「どうする…とは?」

「敵対している場合、話し合いをしても解決できずにやむを得ずに交戦、そういうことあるでしょう?」

「あー……」

 

割とある。

というのも私は、人間を襲っている妖怪を見たら助けるようにしているから、そこで話すだけでは解決しないことのほうが圧倒的に多い。

そういう場合は軽くぶっ叩いて言うこと聞かせたりするけど、

 

「ある程度戦って、それでもわかってくれなかった場合は……まあ、死ぬまでやるってこともありました」

 

本当に、腕を引きちぎっても戦おうとしてくる奴はなんなんだ、普通逃げるか命乞いするだろ。私どこかで恨み買ってる?あー何回も人間って助けてるからそりゃ買ってるわ。

 

「そう。……なんでこんな質問したかわかる?」

「……さあ」

「今度の相手は問答無用で殺すからよ」

「oh……」

 

しかもそれ理由としておかしいような……というか、こんな問答無用でブチギレてるから人も妖怪も寄り付かないのでは。

 

「あの、せめて話聞いてやるくらいは」

「ここの花畑、私のものってことはその辺の雑魚妖怪でも知ってるわ。それをわざわざ潰しに来たってことは私に用があるってことよ。つまり実力の差もわからない、救いようのない馬鹿ってことよ。あの世で閻魔に裁かせた方がこの世の為だわ」

 

あらーすんごい殺意〜。

合掌、さようなら顔も知らぬ大馬鹿者よ。君のことは君が死ぬまでは忘れない。

 

「さて、そろそろ行きましょうか」

「行く?どこに」

「決まってるでしょう」

「あっ………」

 

やっぱり私も付き合う奴か……帰りてー。

 

 

 

 

 

 

 

 

「うわぁ……確かにこれはひどい……」

 

ひまわり畑の一角が焼き払われていた。まだ少しだけど焼け焦げたような匂いも残っている。

これは明らかに悪意があるな……よく逃げられたなそいつ。

 

「これだけ派手にやられて気がつかなかったんですか?」

「留守にしてたのよ、帰ってきたらこれで……まあ、言葉を失ったわね」

「そりゃあねえ………」

 

どうしてたかが花にこんな酷いことができるのか……花に親でも殺されたのかね。

 

「……というか、なんだこの妖力……の残滓?」

「焼いた奴のものでしょうね。火でも扱えるのかしら、わざわざ妖力を使って焼いてくれたみたいね」

「完全に故意だなぁ」

 

めちゃくちゃブチギレてるよ幽香さん………本当に山の一つ消しとばしそうな勢いなんだけど……

 

「当てはあるんですか?」

「…この妖力を追っていけば自ずと見つかるでしょうね」

「はぁ…」

 

その微かな妖力の残滓を辿って歩いていく幽香さん、ビクビク怯えながらも私も続いていく。

 

「私にとってあの子たちは子供のようなものよ」

「花が?」

「種から育ててきて今に至るんだもの、そのくらいの愛着は湧くわ。要するに、自分の愛する我が子を無惨に殺されたようなものよ。そりゃ相手を殺したいくらい憎く思うわよ」

「はぁ……」

 

子供……家族ねえ。

今の私には、そういう人はいない。

仲良くしている人はたくさんいるけど、誰も友達、友人、その程度のものでしかない。家族の記憶もない。

だから家族ってのはあんまり共感できないけど……まあ、私の友達が惨い殺され方をしたなら、同じようになるだろう。

 

「向こうのほう、見える?」

「ん?……黒色の大地………」

 

幽香さんが指を刺した方向に見えたのは、どこまで行っても焦げた植物しかない黒色の大地。焦げ臭い匂いが私の鼻を突き刺す。

 

「うわすんごい匂い……」

「随分派手に焼いてたみたいね、わざわざ自分はここにいると示しているかのよう。探す手間が省けたわ」

 

幽香さんはそのまま迷いなく真っ直ぐと、焦げた大地を歩いていく。

それにしてもここまで大規模に焼き払うことができるってことは、相手も相当の力を持っているってことだ。

心配はしていないけど………いややっぱりちょっとだけ心配、ほんのちょっとだけ。

 

私がこうやって悶々としているのもお構いなしに幽香さんはぐいぐい進んでいく。

 

 

そして、犯人であろう男が現れた。

 

「遅かったなあ、風見幽——」

「うおっ!?」

「……外したか」

「危ないなあ、人の話は最後まで聞けって」

 

その男が喋っている途中で急に幽香さんが特大の妖力弾を発射した。思わず驚いたのは相手じゃなくて私だったけど。

 

「いいわ、聞いてあげる。死ぬまでに精一杯喋るといいわ」

「そりゃどうも」

「うわ肝据わってるなあいつ……」

「俺だって本当はわざわざ花畑を燃やしたくなかったさ。でも会いに行ったのに留守だったってんだからしょうがないだろう?」

「それで?わざわざ私に会いに来た用はなんだったのかしら」

 

向こうの煽りを気にも留めず、ただ無表情で言葉を連ねる幽香さん。

 

「簡単な話だ、あんたを殺したかった」

 

なんだあいつ馬鹿なのか?

 

「俺はここ数百年で生まれた妖怪だ、だがこれだけ力を持っている。そう、あんたら古い世代の妖怪がでかい顔してると邪魔で仕方がないんだよ。これからはあんたたちに変わって俺たちが大妖怪になるんだ」

「だそうよ、あなたと同い年くらいじゃない?」

「いや一緒にせんでくださいよあんなやつと……」

 

私がそう返した直後、男の体を木の幹のようなものが貫く。

 

「がっ…なんで」

「大体考えは読めたわ、ちょっとばかり炎を使うのが得意だからって、私と相性がいいと勘違いして喧嘩を売ってきたのね」

 

木の幹を焼いて抜けだした男、既に焦りと困惑の表情が浮かんでしまっている。

 

「それにわざわざこんな、地面を表面だけ焼いて……それで優位に立ったつもりだったのかしら。笑わせる」

「なんで力が使えるんだよ……」

「教えてやる義理はないわね」

 

そう言い放った幽香さんから大量の妖力弾が放たれる。一つ一つが軽くクレーターを作るほどの威力だ。

男も火炎の壁を作り出して防御するが、威力の格が違う。あっという間に炎をかき消され妖力弾の中に消えてしまった。

 

「なんつー威力……」

「あなただってやろうと思えばこのくらいできるわよ」

「すぐに妖力尽きますよこんなん……」

 

幽香さんと共に爆発のあとの煙の中に入り込むと、まだ生きている男を発見した。

 

「能力だけで大妖怪に名乗れるわけないでしょう、あほらしい」

「た、たすけ……」

「えぇ、殺すのも勿体無いわね」

 

幽香さんは一粒の種を取り出すと、男の口の中に放り投げた。

 

「幽香さん何して……」

「永遠に供養するといいわ」

 

幽香さんの口角が少し上がったのを見ると同時に、植物が大量に男の体を破って飛び出してきた。

 

「うえぇ………夢に出そう」

「……さて、掃除も終わったし始めましょうか」

「え?何を?」

「何って、ここを元に戻す作業よ」

「拒否権は?」

「あると思うの?」

「デスヨネー」

 

 

 

 

 

 

一方的な戦い……もはや戦いでもなんでもない幽香さんによるお仕置きが済んだあと、私と幽香さんは焦げた大地を元に戻す作業に追われた。

 

「こんな場所で植物って育つんですか?」

「植物を焼いたものが肥料がわりになるわ、しっかり土に混ぜておけばなんとかなるわよ」

「あ、なるほど……焼畑とかそんなのと同じか」

「種は私が用意するけれど、流石にこの環境では無理があるし、まだ妖力も残っているから私とあなたの妖力で保護しつつ植えていくわよ」

「は、はーい」

 

いつから私は農家に……

でも、こんなになってしまった自然をもとに戻そうとしてるあたり、本当に花、というか植物が好きなんだろう。

 

「幻滅したかしら」

「はい?」

「いや、さっきまで見たいな姿、あんまり見せたことないから」

「あー……いや別に、大体わかってたというか……」

「そう……それはそれで…まあいいわ」

 

幽香さんの気持ちだって私にはわかる。

私も妖力の使い方を練習して、花の気持ちくらいはわかるようになっている、はずだ。

価値観は人それぞれだし、たしかに我が子のように育てた花を燃やされれば今回のようなことになるだろう。

 

「まあ最初から最後まで驚き続けてたけど、幽香さんの知らない一面とか知れて、よかったです。幽香さんは殺す気満々だったけど」

「……貴方って本当に変ね」

「はい?いやよく言われるけど」

「手を止めない、早く終わらせたいならもっとしっかり働いて」

「いや私手伝ってる側のはずなんだけど」

「どうせ暇なんでしょう」

「oh…」

 

それはダメだよ……それ言われたら何にも言い返せねえよ……

まるで農家みたいで新鮮だけども……

 

というか、男を殺すとき幽香さん笑ってたよな……

 

 

「うぅ、寒気がするなあ」



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ちょっと遠出する毛玉一行

「今度みんなで紅葉狩りに行くことにしたんですよ」

「大丈夫なん?あいつ強いぞ?」

「いやそうじゃなくて……紅葉って、そっちじゃないです、葉っぱの方の紅葉です。ってか分かっていってますよね?」

「ほーん、楽しんでねー」

「いや誘いに来たんですけど」

「え、やだ私死にたくない」

「だから違いますって……もういいや説明しますよ」

 

ひたすらボケてたら呆れられた、解せぬ。

いつものように突然押しかけて来た文、なんか私を暗殺計画に組み込みたいらしい。

 

「今度私たち天狗が長めの休暇をもらえることになりまして、せっかくだし何人か誘って何かしようかと考えまして、何日か野営することになると思うんですけど、どうです?他の方も誘ってくれて構いませんし、楽しそうじゃないですか?」

「とか言って本当は〜?」

「お酒呑みたいだけ〜」

「はっはっは」

「えへへ〜」

「断る」

「とか言って本当は〜?」

「行く」

「よし来た」

 

他のやつも誘っていいって言ってたな……うーむ、アリスさんは…なんか違うか?本人が普通に断りそうだな、あの人森からあんまし出てこないし。

幽香さんは他のやつが怯えるからダメ……地底も論外……あれ、選択肢が全然ないぞ……?

 

「あいつら誘うか……」

「お?誰です?」

「チルノと大ちゃん」

「あ、なるほど。いいんじゃないですか?」

 

思えばこういうこと誘うことってなかったな……毎日のように顔合わせてるせいかな。

 

「じゃ、開始は明後日なんで当日になったら昼くらいにはにとりさんのところに行ってくださいね、準備よろしくお願いしますよー」

「え?なにあいつらも行くの?あ、もういないわ早すぎ」

 

……まあ変なことは起こらんやろ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あたいこの山登るの初めてだ」

「あ、そうなの。大ちゃんも?」

「そうですね、というか基本この山に近づく人いませんからね。それこそ毛糸さんくらいじゃないですか?」

「つまり毛糸は変人ってことか」

「やめろそれを言うな、特にお前に言われると腹立つ」

 

チルノと大ちゃんを連れて山を徒歩で登る。空飛んでると天狗に絡まれやすいし、見慣れない妖精が見つかったらややこしいことになること間違いないから。

 

二人とも山との交流はないみたいだけど、文とは面識があるみたいだし、多分にとりんが来るならるりも一緒だろう。るりなら二人も結構会ってるしね。

 

「というか毛糸さん大荷物ですね」

「そら二人の分も持って来てるからな」

「あ、何も用意しなくていいってそういうこと……」

「いいぞそれでこそ子分だ」

「へいへい……まあ浮かせられるからね、私が全部背負った方が楽でしょ」

 

普通に私の体より随分大きい荷物を背負っている。

野営って言ってたし、要するにキャンプってことだ。キャンプ舐めんなよ、結構いろいろ荷物いるからな、道具揃えようと思ったらみんなが思ってるより費用掛かるからな!

まあるりがいた頃に作ってもらったものとか、にとりんからもらったものがほとんどなんだけど……

 

「まあ向こうでも用意されてるかもとは思ったけど……まあされてたらされてたで持ってるの使えばいいしな」

「それでも言ってくれれば私たちで用意したのに…」

「二人を誘ったの私だから私が用意したほうがいいかと」

「やっと子分が板について来たな」

「大ちゃんこいつ叩いていい?」

「駄目です」

 

チッ、命拾いしたな。

 

 

 

 

 

 

 

文に言われた通りに河童のところにくると、にとりん達が待っていた。

 

「あ、来た来た、おーい毛糸ー」

「あれ、もう全員揃ってんの?最後だったか、待たせた?」

「いや全然、みんなついさっき来たばかりだよ。あ、一人だけめっちゃ早く来てるやついたな」

 

そう言ったにとりんの視線の先には柊木さんがいた。

 

「嘘……だろ?まさか浮かれて……」

「ちげーよ、こいつらに夜明けから出発って嘘つかれたんだよ」

「いやはや、一人だけずっと待ってて感情を失った顔をしてた時は笑い転げるかと思いましたよ」

「普通に考えて夜明けから行くわけないじゃないですか。流石に早すぎるでしょう、まさか私も律儀に言った通りにするとは思いませんでしたよ」

「お前ら性格悪いな……」

 

一人でずっと立ちすくんでる柊木さんのこと想像したら笑えて来た。

うん、あとで励ましてあげよう。

 

というか毛糸さん、その荷物どうしたんですか」

「あ、私たち三人分の荷物」

「一人で持ってるんですか?」

「その方が楽だし」

「ふーん………」

 

………文、なんか変なこと考えてない?

 

「よーし、それじゃあ全員揃いましたし出発しましょうか!」

「………」

 

誰も文のその言葉に反応することなく歩きだした。

 

「打ち合わせでもしたんですか!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

目的地に向かって歩きだしたあたりで、全員の視線がこっちに向いた。

 

「………なに」

「じゃあ毛糸さん私の荷物頼みますよ」

「え?」

「私もお願いします」

「は?」

「俺も」

「柊木さん?」

「私も頼むよ」

「ちょ」

「あたしも」

「まっ…」

 

 

 

「………どうするんだよこれ、大岩くらいの大きさになっちまったじゃねえか」

「いいじゃないですか、浮かせられるんだから」

「文お前これ空気抵抗バカにならんからな?………まさか私を呼んだ理由って荷物持ちやらせるためか!?」

「………」

「なんか言えよ。……なんか言えよ!」

「やっぱり毛糸はどこまで行っても子分なんだな!」

「よし自称最強なら持てよ、最強だから持てるだろ?あ?」

 

ったくさぁ……文と椛とにとりんはともかく、柊木さんとるりまでやってくるとは……二人はまともだと信じていたのに!そんなに荷物を持ちたくないのかお前らは!キャンプ舐めんな!

 

「……というか、なんで徒歩?」

「周りの風景見ながら進みたいじゃないですか」

「お、おう……」

 

……あれ、これキャンプしに行くんじゃなかったな。紅葉狩りに行くんだったな。

紅葉……まあ妖怪の山も大分橙色に染まるけど、なんでわざわざ他のところに行ってそんなものを見に行くのやら。

 

「……るり、これどこに向かってんの?」

「なんか幻想郷の端っこら辺に向かってるらしいです」

「そこがいいの?」

「なんか秋の神様?みたいなのがそこがおすすめって言ってたみたいで」

「神様!?」

 

オイオイオイオイ、とうとう神まで出て来ちまったのか。終わったな幻想郷。

 

「あたしもよく知らないんですけど。なんか姉妹の神様?みたいで、そんなに有名じゃないみたいですけどね」

「へ、へぇ……」

 

……魑魅魍魎が跋扈するこの幻想郷、神様がいたっておかしくないな、うん。神がなんぼのもんじゃい、どうせ信仰心なかったら存在維持できないとかそんなんだろ。

 

「にとりんとはどう?」

「どうって、何がですか?いつも通りですけど」

「そっか」

 

 

 

 

 

 

…というか、この荷物浮かせられるとはいえ霊力がじみーに消費されていくのがちょっと気になる……

荷物持つためだけに霊力消費していざというときに戦えないとか洒落にもならないよマジで。

……まあこんだけ人数いるんだから基本何が起こってもなんとかなるか。

 

「歩くの疲れたー」

「おいチルノなに荷物の上に乗ってんだ」

「じゃあ私も…」

「大ちゃん!?………まあいいや」

 

いいけど……なんか……みんな私いじめられてない?なんかしたかな……いつにもまして扱いがひどい気がする…と思ったけどいつもこんなもんだったな、うんうん。

 

「あ、お前らは乗らせねーからな」

「まりも号はあたいと大ちゃんだけの船だぞ」

「ふざけんなせめて毛玉号にしろ」

 

いやでもさぁ……木の枝に引っかからないようにしないといけないし、結構神経使うんだけどこれ。

というか、浮かせたのを持つだけなら誰でもできるよねぇ……

 

「柊木さん」

「無理」

「即答!?何も喋ってないけど!?」

「無理」

「それしか言えんのか」

「無理」

「あ、はい、わかりました」

 

あいつ後で仕返ししてやるからな……靴の中凍らしたる。

 

「あ、皆さん見てください、妖怪の山があんなに遠いですよ」

「本当だ、結構遠くまで来たんですね」

「俺こんなとこまで来たの初めてだわ……」

「うちの山ってあんなに大きかったんだね……」

「天狗の支配領域以外のところもあるみたいですからね、あたしもろくに外に出たことないけど」

「おー……いやめっちゃ高いなあの山」

 

生で富士山とか見た記憶もないし、妖怪の山をてっぺんまで登ったこともないけどとりあえず高いってことはわかる。

空飛べるようになってそういうこととか考えなかったな。

 

「あと半分くらいですけど……もうちょっと進んだら野営の準備始めましょうか」

 

あと半分、やはり幻想郷は狭かった。

というか山がデカすぎて距離の感覚とか狂うのかもしれない。

 

「水場の確保…と思ったけど、チルノちゃんと毛糸さんがいるから大丈夫そうですね」

「あたいに任せろ」

「ねえなに、氷溶かして使うつもりなの?」

「何か問題でも?」

「いや別に……」

 

やっぱり私、荷物運びと水確保のために呼ばれたのでは…?

確かに私とチルノの氷って、魔法みたいに生成するというよりは冷気を操って作ってる感じだから品質的には問題がない……のか?

軟水とか硬水とかあるけども。

水素水とかってどういう感じなんだっけ?全く詳しくないし覚えとらんから考えるだけ無駄だけども。

 

「文さん、ここちょっと進んだ辺りで開けてる場所がありますよ。ちょっと道逸れますけどそこにします?」

「流石椛、そうしましょうか」

 

千里眼だっけ、便利だよなー……私もそういうの欲しい。

こう、邪眼とまでは言わないけど、厨二病チックなものが私にも欲しい。なんやねん浮かせるって、どの辺が厨二やねん、空飛ぶとか殆どの妖怪にデフォルトでついとるでほんま。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

先行する椛に全員でついていくと、本当にちょうどよさげな場所が見つかった。とりあえずここで野営することに決まったらしい。

 

「じゃ、荷物下ろしてくれていいよ毛糸」

「あ、そう?それじゃあ遠慮なくオラァ!!」

「待て待て待て待て!……いやめっちゃ丁寧だな。掛け声だけかい」

 

声だけ大きくしたけどめっちゃ丁寧に荷物を下ろした。

 

「まだ浮かしておいてよ、無理やり縛ってまとめて浮かしてるから辺に動かしたら崩れそうだし」

「うーい」

 

ふぅ……重さは大して感じてないはずだけど不思議と体が軽い。重い荷物下ろしたら体が軽くなったような、そんな感じ。

 

「はーい皆さんこっち向いてくださーい」

「今更だけどなんでお前が仕切ってんだよ」

「愚問ですね柊木さん、それはもちろん私が優秀だからですよ」

 

全員何も喋らなかった。

 

「……おほん、えーとですね、野営のためにいろいろすることがあるので役割分担していきますね。とりあえず今のところは設営班と食料調達とか資材とかの収集班の二つです」

「食料って持って来てないのん?荷物運んでる時入ってた気がするけど」

「あれは保存食ですから、いざというときの為に取っておいた方がいいと思いまして。あとせっかくだからこの場で料理したいじゃないですか」

「なるほどキャンプ飯か、気に入った」

「きゃん……まあ多分それです」

 

それにしても、全員分作るってなると………8人分?結構な人数だな……この中に大食いとかいなくてよかったよ。

 

「とりあえず二つに分かれてもらうんですけど……にとりさんとるりさんは設営の方に行ってくれます?」

「あいよー」

「後は……もう適当に割り振っちゃいますね」

 

文が適当に割り振った結果、設営は二人いたら十分ということでるりとにとりんだけになった。

食料に関しては私とチルノと柊木さん、資材に関しては椛と大ちゃんになった。

うん!適当すぎ!

 

「お前もあたいの子分にしてやろうか」

「なんだこいつ」

「ただのバカだから安心していいよ」

「なるほど」

 

そして椛と大ちゃんだけど……まあ……うん………

 

「頑張れ大ちゃん」

「頑張るんだぞ大ちゃん」

「う、うん…」

 

椛が大ちゃんに何もしないことを祈る。いや流石に何もしないだろうけど、主に私と柊木さんに対しての前科があるから心配になる。

まあ大ちゃんは頭いいからなんとかなるっしょ、椛も相手は選ぶからね、多分。

あと、余った文は周囲の散策係にしてやった。さりげなく自分の仕事無くそうとしてた。

 

「よし、じゃあ早速始めましょうか、時間かかってもいいですけど収集班の方々は日が暮れる前には戻って来てくださいねー」

「お前らあたいに続けー!」

「ちょ、待てチルノ!」

「なんだあいつ」

「よろしくお願いします」

「よ、よろしくお願いします…」

「さてと、私は皆さんのことを上空から見守るとしますかねー」

 

 

 

 

 

 

「なんか………みんな楽しそうで羨ましい…」

「そうだね……」

 

黙々と設営の作業をする河童二人であった。



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毛玉は面倒くさい

「よーし捕まえた……お前さー、ひょいひょい動くんじゃないよ、はぐれたらどーすんの」

「離せ!」

「離さぬ」

「なんだこいつら……」

 

柊木さんからの視線が痛いのだが、これも全部チルノのせいだこのクソガキめ。

 

「というか道具とか全部忘れたんだけど、どこかのバカが突っ走るせいで」

「あたいのせいだってのか!?」

「おうそうだよ」

「落ち着けお前ら。流石にこの人数で8人分の食料集めるのは厳しいから、さっき椛に食べれそうな木の実とかあったら集めてくれって頼んでおいた」

「流石柊木できる男」

「ほめてつかわそう」

「なんだこいつら………」

 

褒めてやったらさらに引かれた、解せぬ。

 

「とにかく、解体とかは戻ってすればいいからな、俺たちは食べれそうなものを集めつつ獲物を狩ることを重点的にしたほうがいいだろう」

「やだこの足臭……なんか仕切っててうざい」

「お前らに任せたら始まらんだろ」

「否定はしないが腹立つ」

 

しかしまあ……日が暮れるまでそれなりに時間はあるけど、運が悪かったら動物も見つからんからなぁ…

 

「毛糸ー」

「ん?」

 

そういえばチルノがまたどこかに行っていたと思ったら、ちょっと離れたところから声がした。

柊木さんと一緒に向かってみる。

 

「こいつ捕まえた」

「あらかわいいウサちゃん……野ウサギか」

「よしでかした仕留めろ」

「なっ……」

 

何を言っとるんだこの足臭は……

 

「こ、こんなに可愛いウサギを殺すってのか!?」

「俺たちが生きる為だ、こいつは所詮俺たちに食われる側の弱者なんだよ」

「そんな……そんな酷いことなんで考えられるんだよ!」

「急にどうしたお前」

「あのつぶらな瞳が見えないってのか!?」

「殺せば死んだ目になるからな」

「この鬼!鬼畜!足臭!」

「足関係ないだろ」

 

ダメだこいつ完全に食う気でいやがる……なにか、何かないのか……

 

「………あっ、そういえばウサギって下処理くっそめんどくさいらしいよ」

「よし逃がせ」

「わかったー」

「判断早くない…?」

「あんなちっさいのに拘っててもな」

「oh……柊木さんらしいっちゃらしいわ」

 

なんだっけジビエ?だっけ?よく覚えてないけどなんかやたらと工程踏まなきゃいけない料理だった気がする。

もしかしたら私が今まで食べてきた肉もジビエとかにしなきゃいけないやつとかあったのか…?

 

というか、よくそんな知識覚えてるな、もう数百年は経ってるだろうに。不思議と前世の知識はなくならない……まあいいや。

 

「はぁ…これで結局振り出しか。俺山以外の地理全く詳しくないからな……どうするか」

「デカイやつ見つけたら死ぬ気で追うしかないかな……それが妖怪じゃなきゃいいんだけど」

 

妖怪を食べるって……まあできなくはないけど普通の奴はしない。基本そいつの妖力が混ざったりしてて体調を崩しかねない。

一部のやつはするけどね、一部のやつは。

 

「チルノなんか見なかった?」

「向こうのほうでいのしし見たいなの見たぞ」

「それを早くいえやガキンチョおおおお!」

「追え!すぐに追え!絶対に仕留めろ!」

「あたいに任せろおおお!!」

「待てチルノお前は先行するな!ロクなことになる気がしない!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これとかどうです?」

「あ、それは大丈夫ですね」

「分かりました」

 

椛さん……思ってたよりは安全そう……

 

「私野草とかの知識あんまりないのであなたがいてくれて助かってます」

「椛さんも見つけるの上手ですよ、私なんか判別してるだけで」

「それでうまく行ってるんだからいいじゃないですか。適当に選んでるようで実は考えてるんですかねあの人」

「さぁ……」

 

椛さんが手際良く植物を持ってきて私がそれに毒とかがないか見分ける。それが続いて既に結構な量が集まってきている。

 

「それにしてもすっかり食べられるもの集めてるだけになっちゃってませんか…?」

「仕方ないですよ、あの三人だけで全員分の食料を集めるのは間違いなく無理でしょうし」

「……向こうの方はどうなってると思います?」

「私も位置がわからないと見えないんですけど…まあ大方怒鳴り合いながら獲物と追いかけっこでもしてるんじゃないですか」

 

私にも容易にその様子が想像できる…まあ毛糸さんがいるからめちゃくちゃなことは起こらないと思う……思いたい。

 

「次は向こうの方に」

「しっ」

「え?」

 

私が次の場所を示すと椛さんに静止された。

 

「じっとしててくださいよ……」

 

そう言うと弓を取り出して矢を構え、木の上の方にいた何かを射抜いた。射抜かれたそれは叫びを上げて地面へと落下した。

 

「鳥がいたので」

「あ、はい」

「食べられるかどうかはわかりませんけど……とりあえず一旦持って帰りましょうか」

「そうですね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、いたそこそこ!」

「どこだよ!」

「そこだって言ってんだろ間抜け天狗!」

「無理があるわ!!」

「あーあ逃げられた、ようやく一匹目ゲットできそうだったのに。はい全部足臭のせいでーす、こいつが全部悪いでーす」

「お前なぁ……」

「ちゃんとはたらけ子分ども!」

「引っ叩くぞバカ!」

 

あー上手くいかない、ぜんっぜん上手くいかない。なんでや私普段はここまで手こずらないんだけど。

 

「誰のせいだよマジでさぁ…」

「見つけた瞬間に大声を上げたお前のせい」

「それは素直にごめん」

 

いやー、人数増えると気分が上がって……椛来た時は向こうも冷静だったから私も落ち着いてたんだけど……

 

「なあとりあえず落ち着け。こういうのってまず気付かれずに一撃で仕留めるのが基本だろ?」

「そうだなぁ……」

 

んー…やっぱり道具を忘れたのがなかなか……じゃあやっぱりチルノのせいじゃん。

 

「しょうがない、私のこの氷で貫くしかないか」

「跡形も無くなりそうだからやめろ」

「流石にそんなに威力ないよ!?私のことなんだと思ってるの!?」

「毬藻」

「まりも」

「よーしお前らそこに並べ引っ叩いてやる」

 

「なあお前ら、そろそろ真面目にやろう。帰ってあいつらに白い目で見られたくないだろう」

「そうだな、真面目にやろうそうしよう」

「あたいに任せておけ」

 

うーん、絶対に任せない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後、私たちはなんとか猪を一匹ぶっ殺してにとりんたちのもとに戻った。

 

「なにその……なっ……」

「あ、大丈夫でした?」

 

帰ってくると、大量の木の実や植物それに数体の動物の死体が積まれていた。

 

「だ、大ちゃん、あれなに」

「私と椛さんでとってきたものですけど……」

 

………え?

たった2人で?あれだけの量を?

私たち3人はこの猪一匹だけなのに?2人だけで?こんなに?

 

3人揃って項垂れる私たちの元に椛がやってきた。いやもうチルノがどっか行ったから二人だけども。

 

「最初から期待してなかったから別にいいですよ」

「グハッ…………お前ら有能すぎ…」

「というか俺たちが無能……」

「いやだから、期待してなかったから別にいいですって」

「お前それ励ましてるつもりなんか!?」

「煽ってます」

「チクショォォォォ!!」

 

負けたわ……完膚なきまでに叩きのめされたわ…別に競ってないけど。

 

「まあまあ、狩りすぎもよくないですし、ちょうどいい感じになりましたよ」

「文……それ煽ってんのか?」

「その言葉が今の俺たちにとって励ましになると思うなよ……」

「なにこの人たちめんどくさっ」

 

めんどくさいって言うなよ自覚あるけど。

 

「それにしても随分立派なテントだねぇ……」

「そうだろうそうだろう、私たち河童が作った天幕は素晴らしいだろう」

「うわなんか湧いてきた」

「保温性耐久性ともに優れたもので、それでいて設営も楽、空間も十分に確保してある優れものさ」

「そっすね」

 

うん、現代にあったテントよりも立派だ。こういうのって多分めっちゃ計算とかして作られてんだろうなあ、私には絶対無理、こんなん考えてたらハゲる。

 

「にとりんやにとりんや」

「なんだい」

「結局何作るんや」

「まだ考えてないけど……多分煮込み鍋みたいな感じになるんじゃないかな?」

「誰が作るんや」

「………」

「………」

 

あれおかしいな、返事が来ないぞ。

 

「毛糸って一人で住んですから自炊とかして…」

「私基本肉焼いて食ってるだけだよ」

「………」

「………」

 

となると残された選択肢は……

 

「よしるり任せた」

「へ?」

「私たちの晩飯を任せられるのはお前しかいない、頼んだぞ」

「な、なんであたしに飛び火してくるんですか!?嫌です!」

「大丈夫だ、お前の作った料理は結構うまかったぞ、うん」

「いや嬉しいですけど困ります!」

「るり、きゅうりも忘れずにな」

「よーし、そうと決まればあのテントの説明してくれよにとりん」

「任せたまえ」

「待って!ちょっと待って二人とも!待ってえええええ!!」

 

 

 

「ねえにとりん」

「なんだい」

「なんか……みんなで楽しそうに料理してるんだけど………私たちだけなんだけどいないの」

「………行こうか」

「…うん」

 

こうして、結局全員で晩御飯を作った。

下処理とかは慣れてる私が主に獲物を捌いたりして、他のみんなは味付けだとか、他の食べ物の処理とかをしてた。

 

普通に全部鍋にぶち込んで調味料とか入れて味つけただけのものだったけど、まあうん。

 

普通に美味しかったです。

 

 

 

 

 

 

 

「見張りそろそろ変わってくれ」

「むり」

「じゃあ俺寝てくるから」

「むりー…………はぁ、しょうがないなぁ」

 

人の気配も何も周囲にないとはいえ、妖怪とかに襲われる危険がゼロという訳ではない。見張りを立てるのは至極当然のことなのである。

がしかし、私は眠い、猛烈に眠い。

ちなみに見張りを任されているのは椛、柊木さん、私、にとりんの4人である。もっと働けや文。

 

「いやまあ私と柊木さんはろくに役に立ってないけれども………とはいえ疲れたんだけどぉ……」

 

まあ愚痴る相手もいないため、黙って見張りをするしかないんだけれども。

やっぱり人を襲う妖怪が活発になるのは夜の間だからね、夜間に警戒して損はないというわけ。

 

野営地の周りをくるくると回りながら物思いに耽る。

 

………私って妖怪だよね?

いや霊力を持ってるからただの妖怪ではないんだろうけど、もはや妖精と同じ精霊とは名乗れないよね、もう妖怪毛玉だよね、化け毛玉だよね。

誰か私について教えてくれないかなぁ……自分でもわからないんだから誰かが教えてくれるわけないけど。紫さんは教えてくれないけど。

 

まあ私のちっこい脳みそで考えたってしょうがないからね、思考放棄が安定である。

 

「わあ綺麗な月ー」

 

なんで秋の月って綺麗に見えるんだっけ……空気が乾燥してるから?んー…わからん!

この時代にはまだ夜は明るくないから、夜空が綺麗で星たちがよく見える。知識にある星座がいくつか見えるので、まあ多分同じ世界なんだろうなとは思う。

まあ空飛んだり毛玉が人の形して歩いてたり妖怪とかいたりしてる時点で、私が元々いた世界と比べたらもう異世界みたいなもんだけど。

 

「……私の記憶って本当にあったものなのか……?」

 

私の記憶が本当に前世であるとは証明できないわけで……となると私が元人間っていうのが怪しくなるわけで…………

私に残っている前世の記憶だって、私に関しての情報は何にもない、知識だけがある状態だ。

毛玉自体元々意思を持っていない存在であり、その毛玉に適当な記憶を植え付けたらそれに応じた人格が形成されるのでは?

 

うーん……ダメだ、どこぞの錬金術師の弟みたいな思考になってしまう。

………私の中身って毛玉なの?人間なの?

 

「……ハッ、考えたってわからないじゃないか」

 

そう、そもそも前世の私に関しての記憶はちっともない。そして前世に戻ることもできそうにない。戻りたいという願望もない、ちょっと知りたいだけである。

 

ならば私が取れる選択は一つ。

 

「思考放棄って素晴らしいなー!」

 

なんか秋の神様とかいるらしいし?一部の化け物な妖怪もいるし?人間なのにバカ強い奴もいるし?もうね、人智を超えてるよね。

なら考えたって無駄無駄、ブドウ糖の無駄使いたよ。

 

わからんこともあるけど、寿命なんてあるか怪しいし時間が経てばきっとわかるようになるだろー。

 

……似たようなことを毛玉になったばかりの頃にも考えてた気はするけど。

 

「ん?」

 

なんかいる……なんだぁ猫ちゃんじゃないかぁ……

 

「ほーらこっちおいでー、黒猫ちゃーん」

 

あ、本当にこっちきた、やだこの子かわいい……だが私にはイノムーランという非常食が……

 

「にゃーん」

「ぐはっ……ダメだ猫かわいい…よーしよしよし、どうしたのか……」

 

あれ………私の右手の人差し指どこいった?

 

「フォアアアアアア!?」

「はあ!?なんですか大声出して!」

「も、椛!この猫に指食われた!」

「はい?」

 

すぐさま猫を捕まえてこっちにやってきた椛に見せる。

 

「……いや化け猫ですけど」

「シャーッ」

「うわこわっ!どっかいけ!」

 

その辺に投げて追い払う。

猫こわ………指食われたんだけど……

 

「……え、なに化け猫?」

「そうですね、それじゃあ」

「ちょ待てよ、反応薄くない?私指食われたんだけど?」

「いや、普通の人なら化け猫って気づいてわざわざ指差し出さないんで……貴方だけですよそんなに間抜けなの……」

「………」

 

冷たくね……?

 

………犬も猫もダメだね!やっぱイノシシだわ!



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毛玉の写真

「……着いた?ここ?」

「そうみたいですね。ほらチルノちゃん起きて」

 

あーあ、結局荷物持ちだったよ、昨日と何にも変わってないよ。

朝は保存食とか昨日の残りとかを全員でちょっとだけ食べてきた。

 

背中に大量の荷物とその上に妖精を二人乗せてきた。出発したのが朝早くだったし結構早足気味に出てきたので夜になるまではまだまだ時間がありそうだ。

 

「荷物置いていいよね?いや置くわもう」

 

いろんなところに引っかかったりするから無駄に時間取るし、その間あいつら待ってくれないし……全員でバラバラに持った方が効率良かっただろ絶対。

 

……というか、全員もう紅葉の鑑賞に入ってんだけど。荷物持ちの扱い酷くない?酷いよね?

 

「……綺麗ですね」

「そだねー。途中で坂を登ってるなと思ったら一望できる場所だったのかー」

 

時期がちょうどよかったのもあるだろうけど、見渡す限りが一面の紅葉だ。

滝が見えたり、色がちょうどいい感じにバラけて鮮やかだったり……小さい湖もあるな。そこも紅葉が囲んでいる。

紅葉自体は見慣れているとはいえ、こうも壮大な風景を見せられると……いいよね、紅葉。

 

「あと天気がいいね、青空、素晴らしい」

 

湿度も高くないし気温もちょうどいい感じだし、まあいいピクニック日和って感じがする。

 

周りを見渡してみると、ここでも野営の用意してる河童二人と散策をしているワンコ天狗二人、そして風景を撮っているカラスが一人。

そして暇そうにしているバカが一人。

 

「文ー、何してんのー」

「あ、これですか?写真機って言いまして、これで撮ったものを絵にして残せるんですよ」

「カメラじゃん」

「写真機です」

「カメラじゃん」

「写真機だよ毛糸ー」

「カメラじゃん」

「亀じゃないです」

「誰が亀なんて言ったよ」

 

へー、でもカメラかぁ。さすが河童……いや、もう今くらいの時代だと写真機自体は外国から伝わってたらするのかな?

 

「それ撮ったやつどうすんの?」

「山に帰って売り捌きます」

「うーわ…正直に答えやがって………もしかしてそれが本来の目的?」

「失礼な!流石にそこまでお金にこだわって無いですよ!」

「お、おう…」

「それにただ風景を撮るのが目的ならわざわざここにこれだけの人数で来ませんよ。私はただ、全員で楽しめたらいいなと思って誘ったんです」

「う、うん、ごめんよ」

 

なんかキレ気味に言われた……確かに私が悪かったかな…

いや待て、結局売り捌くのは売り捌くんじゃん。あと全員が楽しめるようにって、私現状荷物持ちでストレス溜まってるんだけど。どうせ帰りも荷物持ちでしょ?

 

「ぬぅ……まあいいや」

「毛糸ー」

「どうしたバカ」

「暇」

「知らんわ」

「子分ならなんとかしろ」

「それもういいって……」

 

いやでも確かに暇だな……私は基本年中暇だけどな!

 

「文、この後の予定ってなんかある?」

「いえ特に。各自適当に遊ぶなりくつろぐなりすればいいですね。帰るときは飛んで帰るのですぐですし」

「あ、帰りは飛ぶのね」

「まあ、それは流石にね…」

 

まあ確かに歩いてるの暇だもんな……特に文は飛べば速いし。

 

何か暇を潰せるものがないかと辺りを見渡していると、どこかへ行こうとしている柊木さんを見つけた。

 

「おーいそこの足臭ー」

「あ?」

「あ、反応した。つまりそれはお前が自分の足が臭いと言うことを自ら認めたと言うことに違いない!」

「なに、それだけ?じゃあな」

「あっごめん、何しに行くのかなーって」

「釣り」

「湖に?」

「そうだけど」

「にとりーん!!釣竿ってあるー!?」

「緑の鞄に入ってると思うー!」

「ありがとー!」

 

………なんか柊木さんが嫌そうな顔してるんだけど。

 

「着いてくんの?」

「嫌なの?」

「いや……まあ好きにしろよ」

「本音は?」

「一人にさしてくれ」

「むーりー」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………」

「………」

.

うーん………結局暇!

柊木さんの隣で釣り糸垂らしてるけど、全然かからないしチルノはその辺の動物と追いかけっこして凍らせようとしてるし……

 

「柊木さんって釣りの趣味とかあったの?」

「別にそういうわけじゃない」

「じゃなんでやってるのさ」

「他にやることがないからな」

「いや、まあ、うん」

 

着いてからのやること決めてない文も悪いと思うよ……確かに建物も何もないんだからどこかに訪れたりすることもできないけどさあ…

 

「………」

「………あ、そういえば私も釣りってしないなぁ」

「近くにあんな湖あるのにか?」

「まあゲテモノばっかだし……」

 

いや、数十年も経てば多少環境とか変わって食べられる魚とか増えるけど……

 

「結局魚って、食べるときに骨抜いたりしなきゃだし、大して美味しくないのしかないし、わざわざ釣りしてまで……ね?」

「そうか」

 

いやでも、いつだったか文が焼いてた魚は美味しかった記憶あるなぁ……あれってどこのだったんだろう?多分本人に聞いても忘れてると思うけど。

 

「……ん?それ釣り糸引いてない?」

「あ、ほんとだ」

 

柊木さんの方に魚がかかり、それを引き上げると小さなサイズの魚が釣り上げられた。

 

「見たことないやつだね……」

「……食べられるかわからないが、一応持って帰るか」

「おっ、じゃあ私凍らしとくねー」

 

凍らすというか、氷と一緒に置いとくだけだけど。

それにしても魚かぁ……魚……秋……秋刀魚……

秋刀魚食べたいなあー……でもあれって確か海で獲れる魚だったはず。この幻想郷って海ないからなぁ……わざわざこの土地の外に出て遠出して海に行ってまで食べたいというわけでもないけど。

 

むぅ…なんかいろいろと恋しくなってきた……いつの日か、漫画アニメゲームその他諸々にまた触れることはできるのだろうか。

 

「そのためにも生き延びないとなぁ…」

「急にどうした」

「いや、なんでもない」

「そうか。……いや、腕取れても何食わぬ顔で生やす奴が生き延びるとか………」

「あん?舐めんなよお前、私だって死にそうになったことくらいいっぱいあるからな」

「どうやったらお前死ぬんだよ」

「え?うーん………心臓を潰される、頭を潰される、私の体を丸ごと消し炭にする、妖力と霊力を枯らしてから痛めつける……割とあるよ」

「お、おう…」

 

なんで引くねん、そっちが教えて欲しそうにしたんでしょうが。

 

「脳みそを簡単にぐちゃぐちゃにする方法って知ってる?」

「どんな話だよ」

「頭蓋骨に守られてそう簡単には攻撃できないでしょ?」

「………目から刃を突き刺して頭の中までやればいいとか」

「あ、知ってるんだ、正解」

「だからどんな話だよ」

 

だから私も、腕とかはいくら取れてもいいけど、心臓と頭だけは守るように心がけている。

心臓貫かれても生きてたり、頭爆散しても生きてたりするけどあんなの意味不明だからね。そういうの以外は大丈夫な私も意味不明だけどさ。

 

「いやー、でも湖にも紅葉が浮かんでて、秋って感じがするねー」

「お前……そんな風情を感じる心があったのか」

「蹴るぞ」

「やめろ」

「私を怪物みたいに扱うんじゃない」

「実際怪物だろ」

「否定はしない」

「しろよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

「戻るか」

「嫌だ」

「なんでだよ」

「私一匹も釣ってない!柊木さんなんで三尾も釣ってんだよ」

「魚も人を選ぶんだろ、どうでもいいから戻るぞ。俺も飽きたし」

「私も飽きた。チルノ帰るぞー」

「子分があたいより先に帰るな!うおおおおおおお!」

「わぁ元気だなー」

 

方向は合ってるから迷ったりはしないか……

 

「お前、あいつと大して背丈変わらないよな」

「そだね」

「それで中身がそれか」

「どういう意味だコラ」

 

突然柊木さんからなんか失礼な発言をされて、思わずイラッときてしまう。

 

「最初に会ったときから見た目も中身も変わらないだろお前。見た目は妖精みたいな子供って感じなのに中身がなんというか……厳ついんだよお前」

「厳つい?どの辺がじゃ、言ってみろやコラ、あん?」

「それだよ、それ」

「まあ私背が低いだけだからなぁ……」

 

身長と中身が釣り合ってない……さとりんとか?私とそこまで変わらない背丈だけどさとりんはめちゃくちゃしっかりしてるし。

まあ見た目で言ったらさとりんとか小学生レベルなんだけどね、あれで地底を統べてるって言うんだから、まー見た目とか当てにならないね。

 

「言うて柊木さんも耳と尻尾ついてんのに可愛げないじゃん」

「………?」

「あ、ごめんなんでもない。まあ私も何も知らない人から見たら子供に見えるらしいから……普段は妖力抑えてるけども」

「わかる奴ならわかるみたいだぞ、そうやって抑え込んでても、こいつは只者じゃないって」

「柊木さんは?」

「わからん」

「知ってた」

 

んー……なんで私は体型が大人ではないのだろうか。多分理由なんてないけど…誰かと話す時も基本見上げる形になるから、たまには見下ろす側になってみたいものだ。

 

「あ、もしかして私をやたらと舐めてかかってくる妖怪が多いのも背が低いから?」

「そうだとして、なんで今まで気づかなかったんだよ」

「いっつも、なんだそのふざけた頭は!!って言って襲いかかってくるから」

「あぁ、うん……そうか………」

「言いたいことあるなら言えよ」

「いやいい」

「言えよ。おい、言えって言ってんだよ」

 

 

……天然パーマを治す魔法とかあるかな……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

戻ってくると、にとりん達のところに大ちゃんが一緒にいた。何を話しているのかなと思ったけど、どうやらこの辺に生えてる植物とかについて話しているらしい。

さすが大ちゃんだれとでも付き合える、名前が立派なだけあるわ。

 

そして文と椛は一緒になって写真を撮っていた。

 

「椛そこじゃないって、もっと右の方ですって!」

「もっと、ってどのくらいですか!」

「とりあえず動かせばいいんですよ!」

「こうですか!?」

「やりすぎ!あときゅうり一本分左に戻して!」

「難しいんですよ自分でやってください!」

「仲良いねー」

 

そう言えばこの二人って、私が毛玉になる前からずっと一緒なのか……そう考えると長い付き合いだなぁ。

 

「文ー、撮った写真私にも後でちょうだいよ」

「高いですよー?」

「金取るのか……ってか私お金なんて持ってない……」

「冗談ですって」

「帰って写真を売り捌こうとしてる人に言われても冗談とは思えないんですよ、ここであってますか」

「友人は別ですよ。それに、お金のない貧乏人から金をむしり取るような真似はしませんよ。あ、そこですそこそこ」

「貧乏人言うなし、心は裕福だし」

 

お金なくて困ったことあんまりないし……あるに越したことはないけれどもね?

 

「この写真機を作ってもらった代金、ちゃんと払わないといけないですからねー」

「にとりん?」

「そうですー」

 

知ってたけどやっぱりすげーな河童、なんでもできるな。私も今度何か作ってもらおうかな……コタツとか?

 

「毛糸さんはどうでした?今回の楽しんでくれましたか?」

「楽しかったっちゃあ楽しかったね」

 

紅葉狩りというか、みんな紅葉そっちのけだしどっちかっていうと遠足しにきたような感じだけどさ。やっぱり集団っていいよね、賑やかでさ。退屈しないもの。

 

ついさっきやることなくて釣りしてたけど。

 

「この先何があるかわかりませんけど、その時もまたこうやって全員揃ってたらいいですね」

「そうですねー……まあ今のうちに精一杯楽しんでおけってことですよ、きっと」

 

椛の言う通り、またこうやって集まれたらいいのにな。こんな世界だ、明日誰かが死んでるかもしれない、私かもしれない。

最近はすんごい平和だけど、それも永遠に続かないだろう。精々平和を謳歌しておこうか。

 

 

 

 

 

 

「そうだ、全員で写真撮りましょうよ!せっかくこれだけ人数揃ってるんですから」

「カメラで?」

「写真機です」

「まあいいよ、じゃあにとりんたち呼んでくるねー」

 

写真かぁ……そういえばこれも前世ぶりだなー。生憎撮った記憶はないんだけども……

 

にとりんたちは相変わらず植物とか見てて、そこにチルノが加わっていた。本人は何もわかってなさそうだったけど。

柊木さんは暇を持て余して遠くの方を見つめてた、4回くらい名前呼んでやっと気づいた。

 

写真を撮ると伝えると、続々と集まってきた。

 

「それじゃあ撮りますよー!そこに並んでくださいねー!」

「あっあ、あたしは遠慮しておきますねぇ……」

「今更人見知り理由にして逃げない!逃がさないからね」

「ひえぇ……」

「あたい前行く!前!」

「ちょ、チルノちゃん暴れないで…」

「じゃあチルノちゃんは真ん中行きましょう真ん中」

「私はチルノの後ろでー」

「柊木さんは写るのは足だけでいいですよね」

「なんでだよ、そしてどういう状態だよ」

「あっそろそろですよ!皆さん写真機の方向いてくださいねー!」

 

 

全員がやかましくわちゃわちゃしながらも、なんとか写真を撮ることができた。

 

後日写真を見せてもらったら、私一人だけピースしてた。めっちゃ浮いてた。

ちなみに帰りは全員で飛んで帰った。もちろん荷物持ってたのは私。

 

 



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やっぱりそこは残酷で

幻想郷とはどのような場所か。

私からすれば、まあ何度も言ってるけど人外魔境、一応日本らしいけどもう異世界といっても差し支えない気がする。

 

幻想郷の中心あたりに存在する巨大な人里を中心に、森とか山とか竹林とか湖とか……妖精や妖怪、その他もろもろの人ならざるものが存在している。

妖怪の存在の根源にあるのは恐怖の感情、まあ色んな妖怪がいるけれども、生き物からの恐怖心によって妖怪は存在することができている。

妖怪が死ぬ時はその存在が忘れられる時だ、って話も聞いたことがあるな。まあ実際は首を刎ねたり頭を潰したりしたら死んでるんだけれども。

 

どうやら妖怪ってのは相当曖昧な存在らしく、その存在を肯定されなければこの世から消え去るらしい。

 

何が言いたいかって言うと、この場所はすっごいバランスで保たれているってこと。

当然のことながら、人間より妖怪たちの方が強い。一部の妖怪なら人里をまるごと滅ぼすことも、割と造作もないんじゃないか。

妖怪にとって必要なのは恐怖という感情、ちょっと向上心のある妖怪なら積極的に他者を襲って恐怖心を得ようとと考える。

 

勢力で言えば妖怪側の方が圧倒的なのだ、それでも長い間この地は均衡を保っている。

まあ妖怪の賢者がいて、妖怪側のヤベー奴が取り仕切ってるってのもあるだろうし、人間側にも戦える奴や、博麗の巫女とかの妖怪を退治するヤベー奴がいるからってのも大きいだろう。

 

 

多分、幻想郷自体は妖怪のために作られた場所。

妖怪がいなくなって人間には害はないけど、人間がいなかったら妖怪は存在することすらままならない。

だから均衡を保っているとはいえ、妖怪たちはその存在の維持のために人間を襲う。

 

人間だって襲われて黙ってはいない、自衛だってするし報復だってする。その矛先が全く関係のない他の妖怪に向いたとしても、全くおかしな話じゃない。

 

だからまあ………しょうがないよね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

もし国と国の戦争で大切な誰かが死んだ場合、誰を恨めばいいのか。

その誰かを殺した奴がわかっているのなら、そいつを恨むかもしれない。

でもわかっていなかったらどうするか、自分の国を恨むか、相手の国を恨むか、戦争自体を恨むか。

 

これを人間と妖怪に置き換えたとしたら、人間は妖怪全体を恨むのだろうか。私はとっくの昔に人間じゃなくなってるからもう私の考えが人間にとって正しいのかわからないけど。

 

「まぁ、私に突っかかってくるのも理解はできるさ」

 

昼間にその辺適当に出歩いてたら人間の集団に出くわした、それも完全武装してる奴。

まぁこんな昼間っから武器持って集団で固まって人里の外に出てる時点で目的は一目瞭然なんだけれども………

 

「一応言わせてもらうけど、私は人間を襲ったこと………一回もないとは言わんけど滅多にないから、むしろ助けてるから」

「妖怪の言うことが信じられるか」

「ハイ知ってた」

 

人間との戦いを避ける私がおかしいのだろうか……そもそも戦うのが好きじゃないし、力の差もあるから一方的になっちゃうし……別に相手をみくびってるわけじゃなくてね?

………お門違いな憎しみをぶつけられている……もちろん向こうの気持ちだって理解してるけど、いざ自分に来ると迷惑極まりない……

ってか、こういうのも初めてじゃないしな……それなりの年月生きてたらこういうことにも遭遇する。

 

私自体有名な妖怪ってわけでもないからよく喧嘩も売られるし………本当の強者って妖力とか隠さんからな……

 

「あのさあ、私を殺してもなんにもないよ?こんなことやめて早く人里に戻って家族と幸せに暮らした方が…」

「俺たちはお前ら妖怪に家族を殺されたんだぞ!」

「あらまぁ………」

 

まだまだ、人里では妖怪っていう奴に対しての憎悪はなくなっていない。私も人里には出入りしていないし、慧音さんが唯一人里に出入りできる妖怪なんじゃなかろうか。

私だって見かけたら襲われてる人間を助けてるようにはしてるけど、妖怪にとって人間を襲うってことが必要なことだと理解しているし、積極的にはしていない。

 

助けられなかった私の責任でもないのだけども……まあ、家族を殺されたとして、そういう世界なのだと納得することはできないだろう。私だってできない。家族いないけど。

 

んー……全員骨の1、2本折って慧音さんに押し付ける……いや慧音さんに迷惑かかるし、やるにしても直接人里にかぁ……向こうの様子だと私が死ぬまでどこまでも追いかけてきそうだし……

 

同情こそするけど、それは黙ってやられる理由にはならない。

 

「これ以上の問答は無駄だ、全員やるぞ!」

「いーよ、やるってなら来なよ。……半殺しでも文句言わないでね」

「舐めるな!」

 

あ、確かに今の発言は相手を舐めてたな………じゃあどう言えばよかったのだろうか。

だって殺したりしたら博麗の巫女とかいうのに目をつけられるかもしれんし………りんさんより強いかもしれないって考えたら全身の毛が逆立つね。

 

 

勢いよく斬りかかってくるけど、後ろに飛びのいて距離を取る。

途端に霊力の弾が大量に飛んできた、さっき人外魔境って言ったけど、私の知ってる人間はエネルギー弾出さないし。ドラゴ○ボールじゃないんだからさぁ。

 

相手の人数は全部で6人……まあ、その辺の妖怪なら難なく倒せるくらいの実力と数じゃないかな。

 

「妖怪退治なんてその道のプロに任せれば良いのにそんなに意気込んじゃってまあ……」

 

氷を作り出して全方位にデタラメに発射する、相手がどの程度の攻撃なら耐えられるのか分からないから、死なない程度の威力だ。

 

「この程度……!」

 

あっらー……軽く弾いたり避けたり……みんな運動神経いいね?

にしてもな……こういうこと言うと調子乗ってるみたいでいやだけど、手加減するのって難しいね。

出来るだけ外傷のないように戦闘不能にさせなきゃいけない………難易度高いわ。意識の奪い方なんて知らんのだけど…

 

6人全員で私を取り囲むように位置し、逃げ場をなくして攻撃を仕掛けてくる。とりあえず自分の周りに氷の壁を作って霊力弾を防いでおく。

にしても普通の人間に比べたらずいぶん強いな、もともとそれほどの実力だったのか、憎しみを糧に力をつけたのか………

 

「いやでも、ここからどうするか、な!?」

「死ねえ!!」

「無理ぃ!」

 

マジかよこいつ氷突き破ってきたぞ……妖力も流し込んでない普通の氷とはいえそこそこの厚さのはずなんだけど!

 

自分の周りの氷を消して氷を突き破ってきた男から距離を取るが、他の人間たちからの霊力弾が飛んでくるのでそれも避けなければならない。

体にちゃんと妖力を纏ってたら当たっても問題ない程度だけど、何かの拍子にそれで殴ってしまって殺してしまう……なんてことがあるかもしれない。

 

幽香さん強すぎね、ほんと。

 

「っあぶな!」

 

身体能力の低そうな女や小柄な男は遠くから飛び道具でチマチマ打ってきて、他が私に突っ込んでくる、しかも的確に死角から。

これが妖怪相手なら妖力弾乱射して解決するのに……

 

「複数人で卑怯な……あ?」

 

2人からの猛攻と飛び道具を避け続けていると、右腕が何かに絡め取られるような感覚がやってきた。見てみると鎖と重りのついた何かが右腕に巻かれていた。

 

「あっやべ」

 

私の隙を見て近づいてきた男の刀が私の腕を切断した。

 

「よし!」

「どうせすぐに生えるんだけど……あら?」

 

右腕の再生が遅い………何かされた?

急いで距離をとって追撃をかわしつつ、私の腕を切った男の刀を見つめる。

 

………結構ガッツリ霊力が込められてるな…妖力を封じる効果とかそんなんがついてるのか?確かに妖怪、とくに私なんて妖力依存の戦い方してるんだから効果的だろう。

てなると……

 

「あー……これ余裕ないな、手荒になるけどそっちが悪いんだからな!」

「ふざけた事を——」

 

妖力を足にこめて私の腕を切った男に一瞬で近づき、左腕で頭を掴んでそれなりの速度で地面に押し付けた。

 

「お前っ!」

 

私によってきたもう一人には妖力弾を破裂させてその衝撃で吹っ飛ばす。直前で防御されたから意識は奪えてないか。

 

そうこうしていると私が地面で引きずった男が持ち直してまた刀を振りかぶってくる。

あの刀に斬られたら再生できない……ってことはいつもは平気な傷でも致命傷になるかもしれないってことか、

 

うーん……ちょっとの切り傷とかなら問題ないだろうけど大怪我したらそのまま死んじゃうかな……

てなると手っ取り早いのはあの刀を破壊することか。斬られなきゃ多分問題ないと思うし。

 

 

簡単に折る方法………私の氷の剣だったらこっちが折れるか、妖力込めてもかき消されるかもしれない。そう考えたらりんさんの刀……ダメだな、こんなことには使っちゃいけないだろう。

 

あれ、手詰まり?

 

「うおおおっ!!」

「素手だオラァ!」

「なっ…」

 

あぁ……左手に氷纏わせて妖力いっぱい込めたら普通に折れたわ……幽香さんどうなってんのマジで。

刀が折られて唖然としているところに腹パン、それと回し蹴りを入れて地面を転がせる。動かなくなったけど頑丈そうな人だったし、手応えからも気絶してるだけだとは思う。

 

そうこうしているうちにさっき吹っ飛ばした奴が戻ってきた、鎖鎌?みたいなの持ってるしさっき私の右腕を絡め取ったやつで間違いないだろう。

 

飛び道具組に向かって小さな妖力弾をばら撒いて牽制しつつ、鎖鎌ブンブン振ってくる奴に向けてデカめの氷塊をぶつけておく。

直撃したし多分こっちも気絶………

 

あとは飛び道具組……流石にあの程度の妖力弾じゃ全部かき消されたか……まあしょうがないか。

 

「化け物め……」

 

殺さないように注意を払ってるのに化け物呼ばわりです、いや実際化け物なんだけれども。

妖怪に化け物って言われるのと人間に化け物って言われるのとじゃあ、ちょっと私の受け止め方も変わる。やっぱり私はもう人間じゃないんだなあって。

 

全員が一斉に私に向かって霊力弾を放つ。

すごい密度の弾幕で、まあ避け切るのは無理だろう。どっちにしろ早く終わらせたいしな……

氷の蛇腹剣を作って、妖力を纏わせて弾幕の壁に向かってぎこちない動きしかできない左腕でめちゃくちゃに振り回す。

 

私の剣も粉々なったけど弾幕もほとんど消滅した。

今度はこっちの番ってことで、ちいさな氷塊を大量に作り出しそこそこの速さで発射する。

 

霊力の結界を作り出して防御している3人を、一人ずつ近づいて拳で結界をぶち割って腹パンしていく。

3人とももれなく崩れ落ちた。

 

「よーし、これで全員……あれ、さっき2人で今3人……5人だったっけ」

 

いや、6人だな。

 

すぐに体勢を捻って、背後からくる攻撃を逸らす。

 

「あぶなっ……」

 

咄嗟に体勢を変えたおかげで、刀が肩を貫いていた。多分動いてなきゃ心臓を突き刺していた。

油断っていけないな………

 

肩に刺さっている刀を掴んで、背後から私を刺そうとしたその男に蹴りを入れる。

地面を転がっていったが、私もとっさの蹴りだったしあんまり力が入らなかったから意識は奪えていないらしい。

 

「あんたが最後だけど…………あ、腕生えた。で、どうする?降参しとく?それとも気絶させられて仲良く人里に帰らされる?」

 

最後に残った男に向かってそう問いかける。

 

「………思い出した」

「あ?なに?」

「小さい頃あんたに助けられた」

「え?」

「親と三人で妖怪に襲われて、その時にあんたが来て……」

 

生憎記憶には残っていなかった。でもこいつの年齢を考える限りそこまで昔の話ではないだろう。

 

「それならさっさとあいつら連れて帰れ——」

「なんでだ」

「はい?」

「なんで俺だけ助けて……両親は死んだんだ!」

「………覚えとらんわ」

「あぁそうだろうな、所詮お前からしたら俺たち人間はその程度の存在なんだろ!」

「………」

「お前に助けられてからいい事なんて一つもなかった!辛い事ばかりだった!いっそ死んでやろうかとも思った!」

 

私の胸に掴みかかる男。悲痛な表情で私に怒りをぶつけてくる。

 

「なあなんでなんだ!なんで俺だけ生かした!なんで両親と一緒に殺してくれなかった!」

「………」

「二人が俺に言ってくるんだよ、なんでお前だけ生きてるのかって………俺に生きてる価値はないって………なあ、黙ってないでなんとか言えよ!」

「ごめん」

「……え?」

 

私の言葉に素っ頓狂な声を上げる男。

 

「それは私が間に合わなかったから………私が両親を助けられなかったからあんたがそうなったって言うんなら、それは私のせいだよ。ごめん」

「………なんで謝るんだよ……!お前が謝ったら俺は……誰を恨んで生きていけばいいんだよ!!」

 

崩れる男の首を、私は黙って殴った。

意識を失って崩れ落ちたこいつと、他の5人を纏めて浮かして人里に向かって運ぶ。

 

 

 

 

恨まれたってどうしようもない、責められたって謝ることしかできない。

それはもう死んでしまっているから…死んだら元には戻らないから。

 

私はもう人間じゃないし、多分思考も妖怪の側に寄ってしまっていると思う。

でも………

 

人間にとってこの世界が残酷なように

 

人からの恨みや憎しみを他人事のように感じながらも気に留めてしまう、こんな中途半端な私にとっても、ここは残酷だ。



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幻想郷の行く末について知る毛玉

 

今私は地底にいる。

 

特に用事があったわけじゃないけど、暇だったから遊びに来た。

そして今、地霊殿の門の前で突っ立っている、それは何故か。

 

理由は簡単アポ無しだから、なんか普通に遊びに来てるけど地霊殿って地底にとっては重要な場所なのであって、そこに気軽に遊びに来ている私の行動は迷惑なのではないか。いや、多分迷惑だ、うん。

 

さとりんたちだって、私みたいに年中暇を持て余しているわけではなく、それぞれの仕事や用事があるわけで………今が暇なら良いけど、もし忙しかった場合、そんな中で時間とか割いてもらうのは申し訳ない、私の暇つぶしなのに。

………私って言わば、高校の同級生はみんな立派に働いているのに私だけいつまで経っても無職の奴みたいなことになってない?

 

「いやいやいやいや、なわけ……というか、それは別に悪くなくね?」

「ん?そこにいるのは……」

「へ?………うわぁ……」

「うわぁ、ってなんだよ、うわぁって」

「いや別に」

 

声のした方を振り返ると、勇儀さんとパルスィさんがいた。まあ振り返ったら鬼のやべー人がいたってのもあるし、パルスィさんにちょっと苦手意識あるし……いや勇儀さんにも苦手意識あるわ。

 

「2人はなんでここに?」

「報告だ、報告、ここの状態をな。さとりも外に出て逐一確認するわけにもいかないしな」

「そっちこそなんでそこで突っ立ってるのよ」

「い、いやー……急に押しかけていいものかと…遊びに来ただけだし」

「別に構わないだろ。私たちも用事あるんだから、一緒行くぞー」

「うっす、あざっす」

 

そういうと勇儀さんは門を開けて堂々と入っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「特にこれと言って変わりはないな。いつも通りだよ」

「私も同じ、強いて言うなら変な毛玉が入り込んでいたことくらいかしら」

「変な毛玉って酷くない?」

「じゃあ変な毬藻で」

「は?」

「わかりました、引き続きよろしくお願いしますね。あと勇儀さん、酒を持ち込まないでください」

「いいじゃねえか、さとりも飲むかい?」

「いえ私は結構ですので」

「釣れないねぇ」

 

いや、鬼が飲んでるような酒なんて、強すぎて普通の奴じゃ一瞬で潰れるでしょ、私飲んだことないけどさ。

 

「じゃあ毛糸はどうだい」

「殺す気っすか」

「死ぬのかお前」

「死にたくないです」

「おっそうか。まあせっかくだしここの奴らと飲んでくるかなー」

 

あっ…行っちまったけど今の発言……お燐達が犠牲者になるのでは?

 

「………暴れないように見ててくださいよ?」

「善処するわ」

「あっダメな奴だなこれ」

 

パルスィさんも面倒くさそうに部屋を出て行った。

さようならお燐とその他もろもろ………君たちのことは忘れない。

 

「あなたも止めに行ってくれていいんですよ」

「殺す気か」

「お燐達を殺す気ですか」

「必要な犠牲だったんだよ……」

「まだ死んでません」

 

さてどうしよう、まだ仕事中なら出て行って適当に時間潰すけども…

 

「別に構いませんよ、定期報告してもらっただけで他に大したことないですしね。会話しながらでも作業はできますし」

「私は無理だわ」

「不器用なんですね」

「さとりんが器用なんじゃないかな」

 

いつも地底に来る時みたいに椅子に座る。

……なんか急に思い出したけど、さとりんってまだ私がこの体持ってない時に出会ったんだよなあ……そう考えたら出会ったのかなり早いよね。

 

「こいしが急に持って帰って来た時は驚きましたよ、なんだこの汚い物体はって」

「酷くない?」

「事実臭かったですし」

「そらそうでしょうが……よく覚えてるねー。そういやこいしは?というか、もじゃシリーズは?」

「多分あなたがもじゃの最後の生き残りでよ、もじゃ十二号さん」

「他のもじゃ達になにがあった」

「寿命です」

「アッ………はい」

 

………いやいや、確か毛玉もいたよね?私じゃないやつ。あれどうなったのよ。

 

「塵になりました」

「毛玉ー!」

「同族意識なんてないでしょうに」

「そもそも同族かどうかすら怪しい」

「そういえばそうでしたね」

 

結局私って………なんだろう?

私がどんな存在かを知っていてかつ教えてくれそうな人…チラッ

 

「知ってても教えませんよ」

「なんでさ」

「自分で気づくのが一番だからです、あなたもわかってるでしょう」

「そりゃそうだけどね………で、知ってんの?」

「どうでしょうねー」

 

くっ………その知ってそうで知らなそうだけど実は知ってそうはそのセリフ………わからん!

 

「いーよいーよ、結局教えてくれないんならさ」

「別に意地悪してるわけじゃないですからね?あなたのことをを思って言ってるんです」

「へー」

 

私がこれだけ答えを求めてるのに一向に手がかりすら掴めないのはなんなん……?自分のことだし、ここまで長い間分からないのもおかしいでしょ、なにかトリガーでもあんのかね。

 

「時間はいくらでもあるとはいえ、いつまでも分からないままなのはむず痒いなぁ」

「私からは頑張ってとしか言えませんよ」

「どう頑張ればいいのよ」

「自分で考えてください」

 

うん、この人に助けを求めても無駄だね!

 

「ったくさー、中途半端な存在だから思考も中途半端でやることも中途半端なんだよ、私は」

「………何かあったんですか?」

「どちらにもなりきれないのが辛いなと思っただけですが」

「は、はぁ………」

 

別に今回そのことを相談したくて来たわけじゃないし………自分を人間じゃないと言い切っておきながら、人間を別の種族と見ることができない。多分これはいつまで経っても治らなさそうだ。

 

「ってか私のことはいいから、さとりんも何か話ないの?話題とかさ」

「こんな代わり映えのない土地で、そう都合のいい話なんてありませんよ」

「あ、はい。………というか、パルスィさんってなんで勇儀さんと一緒にいんの?仲良いの?あの二人」

「結構いいみたいですよ」

「なんでさ」

「勇儀さん、裏表ないですからね。鬼は大体そうですけど」

 

あー、確かに……?いや、なんで裏表なかったら二人が一緒にいるの?勇儀さんはともかくパルスィさんは他人と一緒にいるの好きじゃなさそうだけど………

 

「嫉妬心を操るなどの他者への干渉の強い能力は、それ故に他人から迫害されたりしますからね、私もそうでしたし。その点勇儀さんはそんなの気にせずに接してくれるので、そこがいいんでしょう」

「あー……なるほど…さとりんも勇儀さんのそういうとこ好き?」

「好きですよ、こちらも気を遣わなくていいですからね、接しやすいのは確かです」

「ふーん」

「あなたの場合は心を読まれてもどうも思わないだけで、裏表はありますからね」

「ない奴の方が少ないと思うけど」

 

私は別に、器が大きいわけでも特別優しいわけでもない。あんまり誰かを否定したくないだけで。

 

「………そうですね、さっきの話ですけど、私も一つ話せることを持っていますよ」

「おっ、なになに」

「幻想郷についてです」

「ここ?」

 

………何の話だろうか、考えても全く思いつかない。というか話の規模が少々大きくないだろうか。

 

「紫さんとは面識あるんでしたよね」

「まあうん、顔をお互いに知ってる程度だけど」

「今後幻想郷がどうなっていくかについて話をしたことはありますか?………覚えてない、と。まあ話した方がないという体が話をしていきますね」

「お、おう……ってかその話するってことは、紫さんから聞いた話なの?それは」

「そうですね」

 

ソースは紫さんの話………しかも幻想郷について……あれ、結構重大な話なのでは?

 

「そうですね、まだ他の誰にも話していません」

「ちょいちょいちょい、そんなこと私に軽々と話しちゃっていいの?」

「いいですよ、黙っておいてとか言われてませんし。私が勇儀さん達に言う時期を見定めてるだけですから」

「そ、そうなの………」

 

そんな話を私なんかが聞いていいのだろうか……いや、いいから話し方くれるんだろうけれども。

 

「まず、妖怪とは認識されることで存在しているってことは知っていますよね」

「うん、存在を否定されたら本当に存在できなくなるとか」

「そう、そしてその存在を認識させるのに手っ取り早いのが恐怖心というわけです。大事なのはこの恐怖心という話ですね」

「なるほど……?」

 

い、いや、ちゃんと理解はしてるからね、理解は。

 

「簡潔に言うと、今後人間が妖怪を恐れなくなる時代が来る、という話を紫さんがしていました」

「………えーと、要するに?」

「人間が妖怪に対して恐怖心を抱かなくなると、最終的に待っているのは存在の忘却ですかね。認識されなくなります」

「………まずいのでは!?」

「はい、まずいですね」

 

あらさっぱり……じゃなくて。

忘れられるってことは、認識されることによって存在できている私たち妖怪が存在できなくなるというわけで………あれ、まずいのでは!?

 

「はい、まずいですね」

「あらさっぱり……じゃなくて!ダメじゃん!私たち消えるじゃん!」

「そうならないようにするための策を紫さんが考えているって話ですよ」

「あ、あー!なるほどね!」

 

そりゃそうだ、そうなるとわかっていて紫さんが何もしないわけがない、というか似たような話を昔聞いたような………覚えてないから聞いてないも同然だな、うんうん。

 

「………で、この前紫さんが来て、その策というのを教えてくれたんです」

「へぇ……それ私に教えてくれんの?」

「知りたいなら教えますよ。…あ、興味津々ですね、わかりました」

 

たりめーよ、私だけじゃなくて他のみんなにも関わる話なんだから、気になるのは仕方がない。

 

「まあ私も詳しく聞いた話じゃないので推測混じりになりますけど………ざっくり言うと、この幻想郷を結界で閉ざします」

「……お、おう。つまりどういうことだってばよ」

「まずあなたが今の幻想郷について全然知らないみたいなので、そこの説明をしましょうか」

 

いやいや、馬鹿にしちゃいけんよ。私だってそれなりの期間ここで暮らしてるんだから、大体のことは知ってるし。

 

「じゃあなんでこの幻想郷という土地に、妖怪の賢者や鬼の四天王などの強力な妖怪が多数集まっているのか、説明できますか」

「……えーと、うーん………ごめんなさいわかんないっす」

「そもそもこの土地には既に結界があります」

「マジ?」

「はい」

「知らんかった………」

 

でも結界……って人間たちがよく張ってるあれだよね?そんなのに閉ざされてる感じは特にしなかったんだけど……まあいいや。

 

「その結界がどう関係あるの」

「名前は忘れましたが、その結界の効果は妖怪などの幻に近しい存在をこの土地に集めやすくする、だったはずです」

「あー………なるほど?確かに、どこにでもこの土地と同等の数の妖怪がいたら人間の生活圏はだいぶ縮まるのか……な?というか、結界ってそんな概念的なものに干渉するのも作れるんだね」

 

確かに、そんな感じのふわーっとした効果の結界で、物理的な壁がないんだったら気づかなかったのも頷ける。

 

「そもそもその結界ができたのって毛糸さんが生まれた頃くらいだったはずですし、それもあるのかもしれませんね。多分知らない妖怪の方が多いですけど」

「で、さっき言ってた幻想郷を結界で閉ざすって言うのは?閉ざすって言うからには出入りができなくなるの?」

「みたいですね、多分」

「多分……」

 

うーむ……その今張られてる結界と重ねるように張るのかな……

 

「その結界の効果って言うのは?」

「言った通りです、結界の内外を遮断する、だけらしいです、多分」

「多分………」

「何度も言ってますけど、私もそんなに詳しく聞いてませんからね?ただまあ、さっき言った既に張られている結界よりも概念的な要素が大きくなるみたいです。結界の外で妖怪が存在できなくなっても、この幻想郷の中では存在することが可能になる、と」

 

それは凄い……んだよね?

でも本当にその結界が出来たら、この土地から外に出られない代わりに存在が消えてしまう心配はなくなるってことか…やっぱり凄いわ。

 

……でもそれって、結局妖怪の存在を認める人間が少なくなるんじゃ?

 

「私もそれを疑問に思って聞いてみましたが、どうやら大丈夫みたいです」

「というと?」

「存在というものの、そもそもの規格がこの幻想郷内で完結するようになるみたいです」

「………」

「…ざっくり言うと、妖怪の存在自体がこの幻想郷の中だけのものとなるので、幻想郷内で認識さえされていれば今と変わらないみたいです」

「……あー………なる…ほ……ど………大体わかった」

「………まあいいです」

 

いや、なんか……ふわっふわした話でなかなか想像がつきにくいというか……半分くらいは理解したつもりではある。

 

「ただ、それに納得いかない妖怪も出てくるだろうから、それに備えて一部の妖怪達に先に話をつけておくって考えなんでしょうね、あの人は」

「はえー……」

 

今度藍さんにあったら詳しく聞いてみようかな………

 

「……とまあ、長くなったけどこの話はこれで終わ…誰か走ってきてます?」

 

さとりんの言葉を聞いて私も耳をすませると、確かになにやらドタバタとした足音が近づいてくる。

 

「なんだなんだ……?」

「これは多分……あの子」

「あの子?」

 

とうとうその足音はこの部屋まで来て、勢いよく扉を開けて駆け込んできた。

 

「助けてくださいさとり様ぁぁぁぁ!!」

「あっ………」

 

ひどく焦っている様子のお燐の顔を見たら……大体わかった。

よーし私も逃げる準備するかー!



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勇儀と毛玉

「彼女にはちゃんと見ていてって言ったのに……」

「勇儀さんがっ、勇儀さんがっ……はっ、この気配は……」

「おーいお燐ちゃーん、待てよー」

「き、来た!」

 

尋常じゃないほどお燐が怯えている………天狗と変わんねえなこれじゃあ。

 

「か、匿ってください!」

「この部屋に入り込んだ時点で逃げ場はないわ、諦めなさい」

「酷くないですか!?あっ毛糸っ!助け…」

「あっもう帰るから、お疲れ様ー」

「逃げんな!」

「逃げてねえし!撤退だし!戦略的な!ってちょっちょ、さとりん?なんで私の背中を押してくるのかな?」

「いつも暇を持て余してるんだったら勇儀さんの相手くらいしてきてください」

 

いやいやいやいやいやいやいや、相手くらいって、その相手が勇儀さんなんですけど?一瞬で叩き潰されそうなんですけど?

 

「ほら行った行った」

「あ、ちょまっ……」

「お、毛糸、どうした」

 

部屋から閉め出された………

 

「あー………とりあえず外出ましょ?」

「お?やんのか?」

「やんねーよ」

 

こんなやばい人と腕相撲する?みたいな感覚で戦ってたら手足何本あっても足りんわ……

 

 

 

 

 

 

 

「外じゃなくてこの中でいいだろ、安心しな、別に暴れたりしないからさ」

「そ、そう?」

 

地霊殿の外に出ようとしたけれど勇儀さんが暴れないと言ったので、近くにある広間まで移動した。

 

「よっこらせ、飲む?」

「飲まないっす」

「もしかして弱い?」

「めっちゃ弱いっす、飲み込んだ瞬間気を失う程度には弱いっす」

「それは損してるねえ」

「そうですかね?」

 

酒は飲めないし、文たちの宴会とかに混ざっても一人だけ水を飲んでるのは確かに疎外感あるけども……飲みたいとは思わないな。

むしろ散々酔っ払いの姿を見てるからむしろ飲む気が失せるというか……

 

「酒と言ったら鬼の三代欲求の一つだぞ」

「鬼の規格じゃん」

「酒、闘争、戦い、この三つだ」

「闘争と戦い同じでは?」

「いいんだよ別に」

「いいんだ……」

「酒はいいぞ、素面じゃ躊躇われることがすらすらとできちまうからな」

「はぁ……」

 

常日頃から酔ってる人に素面とか言われても……というか会話の合間合間に飲むのやめてくれないかな……どんだけ酒好きなんだよ。

 

「私は別に酒も戦いもいらないですよ、安全に寝て食えて生活できたらそれで」

「つまらないこと言うねぇ」

「全員が全員鬼みたいに血気盛んだと思わんでくださいよ、安全に暮らしたいって思ってる奴もいっぱいいますからね」

「それは知ってるが、お前くらい力持ってたら自ずと戦いを求めると思うが?」

「あんたら化け物と一緒にすんなし」

「謙遜するな、お前も十分化け物だよ」

「ちょっと再生力高いだけでしょーが」

「ちょっとどころじゃないし妖力も強いだろうが」

 

確かに妖力は幽香さんのだからそりゃ強いでしょうけども……使ってるやつが私だよ?それこそ目の前の人と本気でやり合ったらミンチにされる未来しか見えない。

 

「普通のやつならちょっと運動するくらいの気持ちで戦うぞ?」

「鬼だけでしょ」

「そんなことないと思うけどなぁ」

 

……確かに藍さんも最初に会った時はやたらと血気盛んだったし、幽香さんも嫌いではないって言ってたけど……紫さんはそういうイメージないけど。

 

「てわけで今から外に行って運動がてら」

「やんないからね」

「冗談だよ、冗談、さっき暴れないって言ったばかりだしな」

「酔った勢いでってやめてくださいよほんとに……」

 

私なんて戦ってもいくらでも再生するサンドバッグにしかならんだろうに……それにこの前だって回復を阻害されて危なくなったし。

 

「いやー、同族とやりあうのもいいんだが、あいつら骨はあるんだが実力がなー、10人纏めてかかってきてもなんとかできるくらいでな?」

「それはあんたがおかしいだけ………そういや、勇儀さんって鬼の四天王って呼ばれてるんですよね」

「そうだな、それがどうした?」

「他の三人って地底にいないんですか?」

「あー………そうだな、地底にいるのは私だけ……というか、居場所がわかってる奴はいないな。全員その辺ほっつき歩いてるんじゃないか?」

 

えらく曖昧だな……確かにこの人と同格の人がこの地底にあと三人もいたら、それはそれはもう大変なことになるだろうけども……

 

「そうだ、萃香って奴に会ったことはないか?」

「萃香?いやないですけど」

「そうか……」

 

少し寂しそうな表情をする勇儀さん。

話の流れから察するにその萃香って人も鬼の四天王なのかな…?

 

「多分地上で塵みたいになってると思うんだけどなぁ…」

「え?なに?チリ?は?」

「そう、細かく霧散したと思ったら山くらいでかくなったりするんだよあいつ、背丈はお前よりちっさいくらいなのにな」

「えぇ………」

 

なんというか……勇儀さんや地底の鬼が筋肉バカって感じするからかもしれないけど、その萃香って人は鬼というか巨人のイメージを受けるんだけど……なんだよその山くらいデカくなるって、どういう理屈だよ。あっ、この世界に理屈求めたらダメだったわ。

 

「昔はここにも時々顔を出したりしてたんだけどな、最近は見なくなって……この日の届かない場所に引きこもるのはあいつは嫌だったらしい。もしかしたら案外霧の姿でお前の方見張ってるかもよ?」

「いや……その人がどんな人か知らんけど怖いこと言うのやめて……」

「まあ、もしあったらその時はよろしく頼む」

「アッハイ」

「瓢箪を持ってる二本角のちっさい鬼だ、多分気配とかでなんとなくわかると思うが。まあお前なら戦いになっても大丈夫だろ」

「そ、そうですかねー?」

 

基本鬼とは酒が大好きで戦いを好む種族……私とは逆だね!うんその人を見かけたら全力で逃げようそうしよう!

あれ?でも霧みたいになれるんだったらそれもう逃げ道ないのでは?

………考えるのやーめた。

 

「………というか、勇儀さん達って何で地底に来たんですか?」

「んー?何だ急に」

「いや、妖怪の山って元々鬼が支配してたって聞いて、なんでわざわざこんなところに降りてきたのかなって疑問に」

「あぁ……色々だ、色々。もともとこの場所ができてすぐにこれだけの鬼が降りてきたわけじゃない。上にいた頃は天狗たちと仲良くしながら人間の子供を攫って、それを取り戻そうとする人間たちと力比べをしてたんだ」

 

はーい先生待ってくださーい。

なにさらっと人を攫ってるんですか?そしてなに人間相手にあんたら化け物が力比べしてるんですか?バカなんですか?バカですよね?

あと天狗と仲良く…って、天狗側からの印象めちゃくちゃ悪いですよ?鬼は仲良くしてるつもりだったのだろうか………

 

「そしたら段々人間どもが汚い手を使って、鬼たちを罠に嵌めたりしてな……私たちはそれに失望してここに降りてきた奴らってことだ」

 

はーい先生待ってくださーい。

そりゃ子供攫われた上に勝ち目のない相手から勝負挑まれたら、勝とうとするために卑劣な手段くらい使うと思いまーす、というか私も使うと思いまーす。

うーん……この辺の思考は流石の妖怪というか、鬼というか……

 

「ここにいるのは妖怪や同族からも追いだされた行き場のない奴らが集まってる。そいつらの面倒を見ながら騒ぐのも楽しいけどな」

「はぁそうですか……」

「……私も質問いいか?」

「はい?どぞ」

 

いや、気軽にどぞ、とか言ったけど変な質問されたら嫌だな……でも今から断るのもな……というか質問って何。

 

「お前はさとりのこと、どう思ってるんだ?」

「はい?どう、とは」

「好きか?」

「まあ好きっすよ、唐突にめちゃくちゃなこと言わないし、私と背丈そんなに変わらないのに大人びてるし……いや何の質問?」

 

ぜひこれからも友達でいてほしいなとは思ってるけども……

 

「悪かったな急に。さとりも今はあんな振る舞いだが、昔は相当苦労してたらしい。心を読む力を持っているからなんだろうが、地上からやってきたお前は別に心を読まれても気にしないだろ?なんでだろうなって」

 

あー……うーむ。

 

「むしろ読んでくれるおかげで、吐き出しにくい悩みとか聞いてもらったりして……むこうも私の嫌なところを突いてくるわけじゃないし、普通に話してても特に不快に思うこととかないからなぁ……」

 

最初に会った時って、私がまだ喋れない毛玉の時だったから、むしろ初めて会話をしてくれた相手って感じだし。実際何度か相談に乗ってもらってるし……

 

「そうか……お前がいいやつでよかったよ」

「なに、ずっともじゃもじゃの胡散臭いやつって思ってたんすか」

「そうだな」

「え?」

「最初にお前と会った時にやり合って、悪いやつじゃないなって思ってさとりに会わせたんだが、今も仲良くしてくれてるみたいでよかったよ」

「はぁ…」

 

………私が初見で危ないやつって思われてたら死んでたかもしれないってこと?ヒェッ………

 

「これからもさとりのこと、よろしく頼むな。あいつの悩みとかも聞いてやってくれ。信用してるからな」

「え?あ、うっす」

「よーし、話すこと話したしそろそろ戻るか。おーいパルスィー、そろそろ帰るぞー」

「やっと終わったのね」

「いたんだ………」

 

物陰からパルスィさんが出てきた。

もしかして全部聞いてた……?いや、別にいいんだけど。

 

「何よその顔、そんなに私のことが嫌いかしら」

「いやそういうわけじゃ………」

「そのくらいにしておきな、怖がってるだろ」

「いや怖がってるわけじゃ……」

 

パルスィさんと勇儀さんはそのまま建物を出て行った。

 

怖いというか、ずっと無表情でなんだか苦手というか……あれ、それって怖がってるんじゃね?

あの人、一旦スイッチ入ると妬ましいでラッシュかけてくるからなあ……そこも苦手だ。

 

……私もさとりんのところ戻るかな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………何やってんの」

「お燐が私から離れてくれません」

「鬼が怖くて離れられません」

「勇儀さんなら今帰ったけど」

「ほんと!?よかったぁ、死ぬかと思った……」

 

死ぬかと思うって、どれだけ怯えてたんだよ。まあ私も結構ビクビク怯えるタイプだけどさ……

 

「何されたんだよ」

「勇儀さんと全速力の追いかけっこ」

「ごめんそれは命の危険感じるわ」

「でしょー?毛糸ならわかってくれると思ってたよ」

 

そらもうね、私だって死を覚悟するもん。

殴られれば即ミンチが確定するような相手から全速力で追いかけられたら、それはもう追いかけっこじゃなくてホラゲーなのよ。

 

「大丈夫だよお燐、悪い鬼なら私が追い払ったから!」

「ありがとう毛糸ー!」

「………貴方たちってそんなに仲良かったの?」

「今私たちは鬼への恐怖心によって繋がっている」

 

多分お燐と私二人ともいまテンションが変な感じになってると思う。

 

「確かに猫と毛玉って相性いいのかしら……」

「さとりん、その組み合わせ別に相性いいわけじゃないからね。猫の吐く毛玉と私の毛玉は別物だからね。あんな汚いものと一緒にしないでくれ」

「そもそもあたい毛玉吐かないし」

 

猫ってなんで毛玉吐くんだっけ……毛繕いで飲み込んだ毛を吐き出してるんだっけ?

 

「えっお燐毛繕いしないの?」

「この姿でいることが多いからしないだけだよ、あとするとしても毛は飲み込まないからね」

「あそっかぁ」

 

………橙も多分しないか。

まあ橙と会うところって猫がたくさんいるから毛玉も結構落ちてて、その掃除とかすることあるんだけども。

 

「勇儀さんも悪い人じゃないんですよ?私もよくしてもらってますし」

「いやそれはわかるよ?わかるんだけどさぁ………どうしてもこう、本能が逃げろって言ってくるんだよ」

「あーわかるー、あたいも体が勝手に全力で逃げちゃって……」

 

勇儀さんは敵に回したらどうなるか……考えたくもないね!

 

「………せっかくだし少しの間滞在したらどうです?いつも一日や二日で帰ってしまいますし。せっかくだしこいしにも会ってやってください」

「へ?あ、そう?」

「紫さんたちのこと考えるのも今更ですよ、何回ここに来てるんですか」

「あー……それもそだね」

 

紫さんからは一応好きにすればいいとは言われてるけど………それでも決まりを破って来てることには変わりないからなあ。今更だけど。

 

「じゃあお燐、部屋の用意をお願いね」

「わかりましたー、一番質素な部屋でいい?」

「は?」

「そんなに怒んないでよ、冗談だって……」

「あぁいやそんなつもりは」

 

いや高級な部屋を所望してるわけでもないけど、客に一番質素な部屋を案内するっておま……ねえ?

 

「じゃあ用意できたら呼びに来ますねー」

 

勇儀さんがいなくなったからだろうか、気分の良さそうに部屋を出て行った。

 

「………あーそうださとりん」

「なんです?」

「なんていうか……悩みとかあったら相談してね?」

「……急になんですか、怖いんですけど」

「そんなに!?いやまあなんていうか………」

「……なるほど勇儀さんですか」

「はい…」

 

そりゃあさ、むしろ私の方が悩みを相談してる側だもん。私が悩みを聞くなんて……ねえ?

 

「やっぱお節介だったよね…」

「…まあ、その時はよろしくお願いしますね」

「え?……あ、お、おう」

「期待してませんけど」

「酷くない?まあいいけどさ……」

 

 



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毛玉とこいしと地底の光

「………ん?」

 

あれ……寝てた?

やべってなんかめっちゃ熟睡してたっ!なんかここの寝具が良すぎてめっちゃ寝心地よかった!今何時……って外見てもわからんわ地底だもの。

部屋暗くて周りもよく見えんし……

 

とりあえず起き……あり?

 

あれおかしいな…体が起き上がらない。

何かが身体の上にのしかかってるような感覚で、体の向きを変えることもできない。

 

………まっまままままさか金縛り?いやいやでもでも、今までそんなものなったことないし、第一こんな場所で起こるわけ……ありえるわ、ここ旧地獄だったわ、怨霊たくさんいるわ。

え、何私死ぬ?え?え?え?

 

あれ?

 

「ばぁ」

「あああああああああぁあぁあぁあ!?」

 

 

 

 

 

「はぁ…」

「そんなに驚かなくたっていいのに……」

「驚くわ!起きたら身動き取れなくなってて身体の上に誰かが乗ってて怖い顔して来たら驚くわ!危うく妖力全開放して大爆発起こすとこだったわ!」

「それ面白そうだからやってよしろまりさん」

「お前のお姉ちゃんに嫌われるから無理」

 

何かが身体の上にのしかかってると思ったらこいしだった……び、びびってねえし、ちょっと驚いただけだし。

 

「……とにかく、寝てる人の上に乗るなって」

「それにしても、しろまりさんって怖いの苦手なんだぁ〜」

「そうだよ苦手だよ!」

「認めるんだ…」

「生きるのに必死だもんしょうがないじゃん」

 

さっきのこいしがもし私の命を狙ってくる相手だった場合、私完全に寝首掻かれてたからね、死んでたからね!

もうこれからゆっくり寝れなくなりそう…….というか、上に乗られてても気づかないくらいまで熟睡してたとは………

 

「こいし、私どのくらい寝てたかわかる?」

「んー……日付は変わってるんじゃないかな」

「マジで!?私そんなに寝てた!?」

「うん」

「マジかぁ………」

 

昨日私が寝たのっていつくらいだ……?地上にいた頃の体感でも日が落ちるよりは前だった気がするし……

 

「お姉ちゃんも一回寝て起きてまた仕事してるよ〜」

「マジかぁ〜」

「まじ〜」

「あぁ〜、とりあえず起きるか」

「もう起きてるじゃん」

「確かに」

 

とりあえずこの部屋から出なきゃな……でもやることないのよね。

 

「しろまりさんしろまりさん」

「なんだいなんだい」

「しろまりさんって地底をあんまり歩いたことないでしょ?」

「うんそだね」

「案内しよっか!」

「いやいいよ」

「なんで?」

「いや〜……」

 

地底って変な人多いし……鬼に絡まれるの嫌だし………怨霊は滅多に見かけないけど、もし会ったら死んじゃうらしいし……あれ、なんで私こんなところに遊びに来てんの?あ、暇だからか。

 

「地底はちょっと……私には過酷だからなあ」

「そんなことないよ!狭いようで結構広いから、良いところいっぱい知ってるよ私!」

「えぇ……うーん」

「いいじゃん!行こうよ行こうよ!どうせ暇なんでしょ!」

 

ギクッ。

 

「寝坊したからお姉ちゃんに会うのにも気が引けてるんでしょ!」

 

ギクッ。

 

「いつもお姉ちゃんやお燐たちは仕事してるのに自分だけくつろいでて居心地悪いんでしょ!」

 

ギクゥッ!

 

「やってやろうじゃねえかこの野郎!」

「やったっ」

 

全部本当のことでぐうの音もでなかったぜ…あれ、心読んでる?

 

「じゃあ早く行こう!」

「ちょ待って、支度するから待ってて」

 

とりあえずさとりんに良いかだけ聞いておこう……

 

 

 

 

 

 

 

 

「まずはここ、鬼たちが集まってるちょっとした町みたいなところだよ」

「………スラム?」

 

いやスラムってほどじゃないけど……荒れてるんだが。建物が何回も何回も立て直された感じでボロボロ、ついでに道端にゴミのようになってる鬼も複数。

 

「………地獄?」

「旧地獄だよ」

「あ、うんそうじゃなくてね?」

 

いきなり連れてこられたのが苦手な鬼の集まってる場所だとは……え、なに嫌がらせなの?純粋無垢なフリして本当は陰湿な嫌がらせする子だったの?いじめっ子だったの?

 

「あっ見てあれ!」

「何が?」

「鬼が空を飛んでるよ!」

「わーほんとだー………空飛んでるね、うん」

 

気を失った鬼がものすごい勢いですっ飛んでいくのが見える……あと轟音と地響きが……地獄かな?

よく見たらところどころ血に染まってるところあるし…地獄かな?

 

「あっまた飛んでる!あそこにも!」

「うん、鬼の流星群だね」

「ここは飽きないからお気に入りの場所なんだ〜」

 

飽きないからお気に入りって……確かにこんなスリリングな場所にいたら退屈はしないでしょうねえ。

というかなに、鬼がすっ飛んでいくのを見て楽しんでるの?この子。………サイコパス?

 

「それにしても随分と景気良く飛んでるねぇ……勇儀さんかな?だとしたらあっちの方には行きたくないな……」

「なんで?いい人でしょ?」

「いやうん、いい人だよ?いい人だけど鬼だもの」

「んー?変なの」

 

んー、解せぬ。

そんなポンポン空へすっ飛んでいくような種族とはあまり関わりたくない……まあ何度か他の鬼とも話したことあるし、みんないい人だったけどね?地上の妖怪とは考え方とかから結構違う。

 

「なあこいし、ここじゃなくて別の場所に連れて行って……あーれー?」

 

いないんだけど……ちょっと考え事してる間にいなくなって……いたっ!

 

「ちょっとどこ行くんだよ!」

「あっちの方ー!」

「なんでわざわざ危険なとこに行こうとするの!?あちょ、早いって待って!」

 

ああもう、出る前にさとりんに目を離さないでって言われたのはこういうことね!そら地上にフラフラ行くのも止められないわ!あと足速いし!健脚だね!私とは大違いだちきしょー!

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ、はぁ………見失ったあああああ」

「おいそこの白いもじゃもじゃの人、ちょっと俺と——」

「ああん!?うっさいこちとらそれどころじゃねえんだよ!」

「お、おう…それは悪かったな」

「あ…ごめん」

「いやいいって」

 

焦りで見知らぬ鬼の人にきつく当たってしまった……申し訳ない。

 

「あーなんだ、困ってるなら手伝うぞ?」

「あそう?じゃあこのくらいの背の女の子みなかった?」

「あー……すまん見てないわ」

「そっかー……」

「そのなんだ、俺も探すから元気出せよ、な?」

「いい人だなあんた……」

 

……あーもう、案内するって言った相手放って好き勝手するってどう言うことよ。

 

「考えれば考えるほど面倒くさくなってきた……」

「おい危ないぞ!」

「は?」

 

私のぐりん、と視界が180度回って、そのまま倒れ込んでしまった。

 

「お、おい大丈夫か!?」

「ぁー……ごほん、たぶんだいじょうぶ」

「生きてる!?いや大丈夫じゃないだろ!首が反対向いてるぞ!」

「えまじで?………うわまじだ!なんでいきてんのわたし!?」

 

何か硬いものがとんでもない勢いで飛んできて……首が逆向いた?よく生きてたな私……なんで生きてんの!?

というかうまく喋れない……

 

「ちょっとくびもどしてくれない」

「え!?」

「くび、もどして」

「いやこれっ、下手に触ったら駄目じゃ……」

「いいからいいから」

「ほ、ほんとにいいんだな!?どうなっても知らないからな!?」

「はよはよ」

「じゃあ行くぞ………はぁっ!」

「ごべっ」

 

鬼の人に頭を掴んでもらって一気に頭の向きを戻してもらった。変な声出た。

そのあとも自分で首をいじりながら再生する。多分首の中とんでもないことなってるよな……よく生きてたな私。

 

「あ、あー。よし治った」

「なんで治るんだよ!」

「知らんわボケ!」

「す、すまん……」

「あごめん」

 

あ、頭からも血が出てた………何ぶつけられたんだよ私。

 

「私の頭に何がぶつかってた?」

「岩が向こうのほうから…」

「岩……鬼の誰かか、よしちょっとぶっ飛ばしてやる」

「鬼じゃなくて私だよっ!」

「お前かい!」

「え、誰……」

 

私のそばに突如現れたこいし。こいし、お前だったのか。

 

「私の探してたやつ、ごめんね驚かせて、もう近づかないから。ほら謝れこいし」

「ごめんなさーい」

「お、おう………」

 

全く関係のない親切な鬼の人を驚かせてしまった……まあ最初ナンパみたいなノリで私と殴り合おうとしてたけれども。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あのさぁ……私置いてどっかいった挙句岩投げつけるってなんなん!?」

「鬼のみんなが岩投げ大会っていう面白そうなのしてたから……私も混ざりたくって、そしたら投げた岩の先にしろまりさんが…」

「どんな大会!?そして鬼でもないのに混ざってるんじゃないよ!私だからよかったものの、私じゃなかったら……いや他も鬼ばっかだから私みたいにはならんか」

 

……まあ、鬼にはいい人が多い。ちょっと絡みが面倒な人が多いいだけで。

 

「しろまりさんしろまりさん、さっきの首が反対向いてたやつ面白かったからもう一回やって」

「サイコパスかお前は……絶対無理」

「冗談だってー、さっきはごめんなさい」

「まあいいけどさ……」

……申し訳なって思ってる人は冗談言わないと思う。

私も体験したことのないタイプの感覚で結構びっくりした……何があるかわからないし、常に妖力はある程度纏っておいた方がいいかな……

 

「お姉ちゃんやお燐たち以外と一緒にどこかに行くってことがなくて、はしゃいじゃって……」

「……まあはしゃぐ気持ちはわかるから、気にしないでいい…- …いややっぱ気にして。今度からはそういうのないようにね」

「はーい……」

 

………あー、これだよこれ……

こいしって普段元気いっぱいのくせしてちょっと怒ったらわかりやすくしょぼくれて………

 

「……今度さとりんに許可もらえたら一緒に地上行こっか」

「ほんと!?」

「ホントホント、毛玉嘘つかないヨ」

「やった!」

 

機嫌直るのも早いけどね。

うーむ……多分さとりんなら別にいいよって言ってくれそうだから、行くところは先に考えとかないとな……予定とかあったほうがこいしがフラフラとどっかにいくのも防げるかもしれない。

 

「楽しみだなぁ、んふふ〜」

「期待しないでね……私の周り変な人しかいないから」

「何言ってるの?しろまりさんも十分変な人だよ」

「ウッ……」

 

言うか……それ言うか……

 

「……で、今どこに向かってるの?」

「綺麗なところー」

「んーそれじゃわかんなーい」

「着いてからのお楽しみだよ〜」

「あっはい」

 

こんな薄暗い場所に綺麗なところなんてあるのだろうか……

 

「んー……」

「……?何?私の顔なんかついてる?」

「虫がついてるよー」

「ばっこっこれとっ………嘘だな!?」

「嘘だよ〜」

「あのなぁ……」

「虫苦手なんだねしろまりさん」

「ぅん………」

 

なんかこいし…いろいろ唐突でついていけないな。私も多分人のこと言えないだろうけど。

 

「しろまりさんいつもその刀持ってるでしょ?なんなのかなーって」

「あー?あー……無くならないように持ってるだけで、特に深い意味はないよ」

「大切なもの?」

「大切なもの」

「どのくらい?」

「どのくら……」

 

どのくらい大切なんだろう……まあ無くさないようにってのもあるし、本当に追い込まれたらこの刀に頼ろうかな、とか考えてるけども。

 

「そこそこ、そこそこ大切」

「そっかぁ。そこそこ大切なんだねー」

 

なんかよくわからないけど、手入れとかはそこまで頻繁にしなくてもいいんだよね……使ってないからかもだけど。

 

「こいしってさ、地上のこと怖くないの?」

「んー?なんで?」

「あーいやほら、地底の人ってみんな優しいけど、地上に行ったらそういうわけでもないでしょ?」

「うーん……」

 

こいしとさとりんはその能力故に迫害されてきた。いつこいしの目が閉じたのかは知らないけど、まあ多分地上にいた頃に耐えられなくなって、目を閉じたのだろう。

地底ではそういう、地上から流れてきた妖怪が多いからさとりんやこいしのことも受け入れられているけど、結局地上ではそうもいかないだろう。

 

「別に……あんまり人と話さないからなぁ」

「そっか…」

 

無意識……そもそも何も考えていないのか、何も感じていないのか……まあ何か問題があるならさとりんがちゃんと止めてるか……

 

「それにここにずっといるのは退屈だもん」

「そりゃそうか……」

 

私だって暇とか言って地底に来てるし……鬼やパルスィさんのこと苦手とか言いつつ何回も来てるし、やってることは変わらないのかもしれない。

でも本人は確かに昔に辛いことを経験したわけで……

 

「あっ、もうすぐ着くよ!」

「もうすぐ……まだ何も見えないんだけど、というか結構暗いな?」

「もう見えてるよー」

「何も見えないって……ちょっと広めの空間?」

 

辺りは岩場だし、天井も結構高いけど……これが綺麗なところ?いや普通の薄暗い岩場だけども。

 

「んふふ〜、わかんない?わかんないでしょ〜」

「うんなんっにもわかんない!」

「しょうがないな〜、教えてあげよう!」

 

随分と楽しそうで……

笑みを浮かべたこいしは何かを両手で持つような手の形を作り、そこに明るい球体を作り出した。

 

「まぶしっ!瞳孔が、瞳孔が開いてるのっ!」

「同じことできる?」

「同じこと?多分……」

 

同じことって言うことは同じくらいの明るさ……

私もこいしと同じような手の形をして、霊力で明るい球体を作り出した。

 

「で?なに?」

「周りを見てみて〜」

「………おぉ」

 

さっきまで薄暗いだけだったあたりの風景が壁や天井、床にまで小さな光が散らばっていた。場所によって光の強弱が違っていたり、光の色まで少し違っている。

 

「どう?驚いた?」

「腰抜かしそうになった。なんていうか…星空みたいだね」

「でしょでしょ〜?空のない地底でも星空を楽しめる、私のお気に入りの場所なんだ〜」

 

多分岩の表面の所々に光を反射しやすい何かがあって、小さかったり大きかったりする光が星みたいに見えるんだろう。

 

……プラネタリウムみたいだ、なんか懐かしい気分。

 

「よくこんな場所見つけたね」

「地底は散々練り歩いたからね、何か面白いものはないかなーって」

「いやほんと、凄いよ、うん」

「もっと褒めていいんだよ〜?」

「天才凄い美少女」

「適当言ってない?」

「言ってない言ってない」

「ほんと〜?」

 

地上には見劣りするけど、それとはまた違った綺麗な景色。

心底楽しそうに笑ってくれるこいし。

 

まあ……ずっとその顔しててくれたらいいな。



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弱みを握られる毛玉

「んー………んー………」

 

なんか、なんかおかしいんだけどな……

 

「………なにしてんの…?」

「よいしょっと」

「!?」

「あ、治った」

「いや、治ったじゃないだろ!」

「あ、お燐」

 

私が自分の首をゴキゴキ弄ってるのを目撃したお燐が驚いた様子で話しかけてきた。

 

「いやね?さっきこいしと外に出てたのはいいんだけど、その時になんやかんや首が逆向いちゃってさ」

「なんやかんやでどうやったら逆向くのさ!」

「さあ?」

「さあ?じゃなくてさ……話しかけようと思ったら首がありえない動きしててびっくりしたよ」

「私もびっくりしたよ、起き上がったら体の向きと見える景色が全然違かったんだもの」

「よく生きてたね?」

 

自分でもそう思う。いや、本当に。

時々私の意識外で勝手に再生が始まることがあるんだよね……私の体が本能的に再生してるのかな。

 

こいしは帰ってきたらすぐどっか行ったし、やることなくなったな………地底に来ても暇を持て余しているのは私だ!

 

「お燐たちはよくこんな場所で生活してるねぇ」

「まあ慣れたからね……どちらかと言うと慣れるしかなかったって方が正しいんだけど」

「そっか」

 

私は当然のように地底と地上を行き来してるけど、地底に住んでる奴からしたらここしか居場所はないわけだから、慣れるしかないと言えばそりゃそうだろう。

 

「あー……お燐って今何してんの」

「なんにも?」

「そっかー………猫の気の引き方ってわかる?」

「………何?」

「いやあ、知り合いに猫の式神がいるんだけども、私の好感度がいつまで経っても上がらなくてさ……お土産あげたらお土産にだけ食いついてるし」

「そりゃあ嫌われてるんでしょ」

「ぐはっ………」

 

どストレートに言われた……

 

「そう言わずにさ……嫌われてはいないと思うんだけどな」

「その式神ってやつの性格は知らないけど、猫って懐かない相手にはとことん懐かないやつもいるからねー」

「お燐って結構人懐っこい?」

「そうかな?考えことないけど」

 

うーむ……橙は藍さんは大好きだけど藍さん以外には当たりキツそう……というか、橙って藍さんと紫さんと私以外に会ったことある人いるのだろうか。ずっとあのマヨヒガって場所にいるような気もするんだけど。

 

「お燐と比べたらあいつツンツンしすぎじゃないかな……」

「まあまあ、もしかしたらそれがそいつにとって親しくしてるつもりなのかもしれないだろう?」

「そんな親しみ方嫌なんだけど、見た目ちっちゃい子供なのに私に対して可愛げないのよ。他の人には親しくするくせに」

 

藍さんにはめっちゃ嬉しそうにすり寄っていくのに……

 

「背が同じくらいなら、ちょっと関わりのある友達みたいな感覚じゃないかな?」

「友達にあんな振る舞いしてたら友達無くすわ」

「………」

「あ、今めんどくさいなこいつって思っただろ」

「うん」

「否定しろや」

 

いーよいーよ、私はめんどくさいやつって自分でもわかってるし。直すつもりはございません。

 

「んー、まあ私なりにいろいろ考えてみるよ」

「それが一番だね」

「お燐役に立たないし」

「あ、気にしてた?いま面倒くさいって思ったの否定しなかったの気にしてた?」

「全然気にしてないし、私はどうせめんどくさいやつだし。どうせ今もめんどくさいなコイツって思ってるんでしょ?」

「うん」

「否定しろや」

「さっきやったよねこのやり取り」

 

お燐はまぁ……変なこと言わないから話しやすいな。

 

「さとりんってもう仕事終わってる?」

「あー、多分もうすぐ終わるんじゃないかな」

「じゃあさとりんのとこ行こーっと。お燐も一緒なー」

「えぇ……なんでさ」

「私が迷子になってもいいのか?」

「え?あ、あぁ……」

 

この地霊殿結構広くて複雑だからまだ構造把握してないけど、歩いて行ったらここからさとりんの部屋までも数分はかかると思う。

 

「………あれ?」

「うん?どうしたんだい?」

「お燐さ、いつか忘れたけど私のこと毛糸さんって呼んでなかったっけ」

「………………あ!確かに呼んでた気がする!」

「いつ変わったんだろ」

「さぁ……なんかもう結構ここに来るし、毛糸も親しくしてくるから、毛糸さんは堅苦しいとか考えたような……」

「まあ私もそっちの方がいいけどね」

 

………そういや橙は私のこと普通に毛糸って呼ばれてるな…同級生とかそんなノリと同じような気がしてきた。

 

 

「……お燐ってさとりんのことさとり様って呼ぶけど、私がさとりんって呼ぶのは別にどうも思わないの?」

「そもそもさとりんって何?」

「…………確かに!」

 

なんで私さとりんのことさとりんって呼んでるんだ……?

 

「……まあ私のことだからその場のノリだろ、適当だよ適当」

「だろうねぇ……あぁ、別にあたいはさとりんって呼んでるの気にしてないよ。さとり様があたいたちの飼い主見たいな存在ってだけだからね」

 

ペット……?

 

「いつどこで出会ったの?地上?」

「うん、あたいがまだこの体に慣れなかったころに。最初はびっくりしたよ、なんでこっちの考えてること分かるのかって。そんでそこからさとり様にくっついてたら、いつのまにか体持ってたし、こんな場所に来てたし」

「お燐は地上に戻りたいの?」

「うーん………さとり様と一緒にいれたらどこでもいいかな」

「好きだねぇ」

「好きじゃなきゃ一緒にいないさ」

 

それもそっか。

私にはそういう家族みたいな人いないからな……まあ変な記憶持ってるし、同族もしゃべらない奴ばっかりだし。

基本一人なんだよなあ、私って。友達ならいるけど。

大体みんなそういう相手いるんだよなあ……私が浮いてるからか、この世界から。

……考えたらなんか悲しくなってきた。

 

「ちょっとちょっと、どこまで行くのさ」

「ん?あ、着いてた?」

 

考え事してたら通り過ぎてたみたいだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「へいさとりん仕事終わってる〜?」

「あなたが暇つぶしにやってくることを想定して既に終わらせておきました」

「それはすごっ」

 

私が構ってもらいにくるのを想定してさっさと仕事終わらせる……私の行動パターン見切られてる?

 

「あなたって意外と寂しがりですよね…」

「意外とじゃないし、めちゃくちゃ寂しがり屋だし」

「堂々と言いますか、それ」

「さとりんの前じゃ堂々としてようがしてなかろうが大して違わないでしょ」

「それもそうですね」

 

私、3日以上誰とも会わずに生活するなんて不可能だからね。どこかで会話というものを挟まないと寂しさでなんか消えたくなる。

 

「あ、さとりんて紅茶飲む?紅茶すげー淹れるの上手い人から薦められた茶葉持ってきたけどその肝心の茶葉を部屋に忘れたからまたあとで持ってくるね」

「そうですか、わざわざありがとうございます」

 

まあ他にも色々持ってきてるんだけど……全部部屋に忘れたった。

 

「お燐、毛糸さんの案内ありがとうね」

「あ、やっぱりめんどくさいって思ってた?」

「うん、思ってた」

「思ってますね」

 

ここまで来るとわざわざ案内させて申し訳なくなってくるわ。後でここの地図見せてもらおうっと………

 

「というか、何回もここに来てるのに構造覚えてないのおかしくないですか?」

「いやそれもそうだけどさ……そこまで長く滞在することないし、ここを見て回るわけでもないししょうがないでしょ。でかいんだよこの屋敷」

「まあ中に動物飼育してる場所とかあるからね〜」

 

そのスペースいる?というか動物飼育する必要ある?

 

「ありますよ」

「動物好き?」

「好きです、まっすぐな心を持ってるので」

「あ、そう……」

 

可愛いからとかの理由じゃないのね……まあらしいっちゃらしいんだけどさ。その点こいしは可愛いとか面白いとかの理由で動物好きそうだけど。

 

「多分あの子はそんな感じでしょうね」

「あのー……」

 

お燐が申し訳なさそうに声をあげる。

 

「二人とも楽しそうなこと悪いんですけど、あたいは何の話ししてるのかわからない……」

 

………あそっか。

さとりんは私の心の中読んで会話するし、私もそれを受け入れて当然のように心の中で話したりするし……そりゃもう一人からしたら何話してるかちんぷんかんぷんだわ。

 

「ごめん、出来るだけわかるように会話するよ」

「いや別にそこまでしなくても……」

 

疎外感を感じる辛さは私もよく知ってるからね!

 

「そうそう、こいしの我儘にも付き合ってもらってありがとうございました」

「いやいや、私も楽しかったし、暇だったからちょうどよかったよ」

「……岩を頭にぶつけられたこと本当は気にしてると」

「そりゃね、死ぬかと思ったもん。ちょっと目を離したらフラフラとどっかに行きやがるし」

 

まあそれがこいしだからしょうがないんだけど。

 

「……いつも思うんですけど、注意とかしないんですか?」

「お燐は知らないのよ」

「あいつを叱った時にどんな顔をするのか……」

 

思い出しただけで罪悪感が……

 

「一体どんな顔……?」

「こちらが逆に責められているような感覚に陥る顔」

「こっちの良心を直接抉ってくるめちゃくちゃしょんぼりとした顔」

「………それ二人とも甘いだけなんじゃ」

「お燐は知らないのよ」

「あいつを叱ることがどれだけ大変なのか……」

「似たような発言繰り返さないでください」

 

こいしのやつ、今もどこで何してるやら………

 

「………あ、ずっと気になってたんですけど、二人っていつ出会ったんですか?あたいの記憶じゃ毛糸と初めて会った時にはすでにさとり様と知り合いだったみたいだったし」

「んー?それは…私がまだこの体になれなかったころにこいしにここに拉致されて」

「そう、確かにこいしだったわね、うん」

「で、その時に私がちょっと面倒見てもらってね。多分お燐と初めて会ったのは私がこの体になれるようになってから最初にここに来た時だと思う」

 

そう、あの時こいしに無理矢理地底に連れて行かれてなければ、今頃私は地底になんて一度も行ったことないだろうし。

そう考えたらまあ……偶然ってすごい。

 

「なんだ、それじゃああたいと同じ感じだね」

「あー、それは……確かに?」

「話せない頃に出会って、その後に体を得たって意味では、そうなるわね」

 

………でもさとりんの下にいるやつって大体そんなんでしょ。

 

「……というか毛糸さん」

「何さ」

「いつまで髪と服に血をつけてるんですか」

「あっ………なんで言ってくれなかったのお燐」

「いやー……そういう趣味なのかと」

「そんなわけないだろ!?」

 

あー、とりあえずどこかで洗わなきゃな……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………」

「ふぅ………どうです、ここの温泉は気に入ってくれてますか?」

「まぁ、うん……そだね………」

「……なんでそんなに声小さいんですか」

「いや…別に………」

 

温泉に入ってるさとりんのサードアイが私のことをじっと見つめてくる。

 

「………あぁ、なるほど〜」

「……おい、なにニヤニヤしてんの」

「いえ別に…ぷっ」

「ねえ今笑ったよね、笑ったよね!?」

「あ、普通の声量になりましたね」

「うっせぇわ………」

「あ、また小さくなった」

 

さとりんの視線が鬱陶しいので壁を向く。

 

「これは……意外な一面を知れましたね」

「……私は汚れ落とすのに入る必要あったけどさ、なんでさとりんまで一緒に温泉に入る必要あったのさ」

「私だって疲れを取りたいですし」

「あっはい」

 

そりゃそうだ……私なんて遊び呆けて勝手に血を流してただけだし……

 

「まあ今はあなたをからかうのが楽しいからっていうのが理由ですけど」

「あのさぁ…あのさぁ………」

「一応聞きますけど、あなた女ですよね」

「……多分」

「じゃあなんで今私のこと避けてるんですか」

「もういいじゃんその話!人をいじめるのよくない!」

「これ、あなたの友人たちに教えたらどういう反応するんでしょうね」

 

やめろよ……絶対にやめろよ………その話で5年はイジられる気がする。

確かにさ……私だっておかしいなとは思うけどさ……今まで極力考えないようにしてきたんだよ。だってバカみたいな話だから。

 

「いやいや、そういう方もいるとは思いますよ。……ふふっ」

「ねえもうほんとにさ……やめてよもう、笑うなって……」

「次はこいしと一緒に入りますか?」

「………」

「あ、無視ですか、そうですか」

 

…そういや、さとりんと二人で何かしたことってあんまりないな……

 

「今こうして一緒に温泉に入ってるじゃないですか」

「………」

「頑なに無視しますね……わかりました、私もこの話はここまでにしておきましょう」

「頼むよ……本当に………」

「すこししつこかったですね、すみません」

 

まあ変な感覚してる私がおかしいんだけどさ……

 

「確かに、私と毛糸さんが二人で何かしたことってないですね」

「いっつも適当に雑談して帰ってるからね」

「せっかくですし、温泉から上がったら後で私の寝室に来てくださいよ」

「え……まあ、いいけど……」

「………」

「………」

 

意味がないとは分かりつつ、私のことを見てくるサードアイに必死に背を向ける。

 

「まさか寝るのも駄目とは……」

「………言うなよ?」

「さてどうでしょう」

 

…不味いって……



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結局モヤモヤしてる毛玉

「お邪魔しまーす」

「………それが寝巻きなんですか?」

「そうだけど」

「……まあいいですけど」

「これね、私が元いた時代で普及してた寝巻き。似たようなの無理矢理河童たちに作らせたんだー」

「結構こき使ってますね」

「そう?私がアイデア……発案して試験的に作ってみて、河童がそれ気に入ったら本腰入れる。そんな感じでやってるけど」

 

温泉から上がって戻ってきた後、私も着替えてさとりんの部屋にやってきた。まあ想像通りというか、余計なものがなくて整頓されている。

 

「その荷物はなんですか?」

「これ?さっき言ってた茶葉と、煎餅と、将棋。あ、全部口封じ用な」

「いや言いませんよ。それと将棋?」

「安心しな、ルールブックならここにある。まあ自分でも誰とやるか何も考えずに持ってきてたけど、さとりんがルール理解したらできるもんね」

 

………まあ私将棋弱いけど。

ルールだけ理解してる相手になら勝てるけど、勝ち方を知ってる相手とやると大体負ける。まあ私はこの手のゲームが苦手なんだろう、解せないけどしょうがない。

 

「やるのは構いませんけど、やり方を理解するのに時間かかりますよ」

「さとりんがそれ読んでる間に私が紅茶を淹れてくるって寸法さ。どうだ完璧だろう」

「今思いついたくせによく言いますね」

「……はい」

 

正直に言うと何も考えてない。

というか私自身なにか計画立ててやることってないし……無計画で何が悪い、いいじゃないかノリで生きたって。

 

「よくはないですね」

「わかってるわそんなこと」

「じゃあ無計画やめればいいのに」

「じゃあ紅茶淹れてくるから、それ読んどいてねー」

「あ、逃げた」

 

に、逃げてねえし……早く紅茶飲みたいだけだし………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………心読んだ?」

「読んでません」

「本当に?」

「サードアイなら壁の方を向かせてますよ」

「なんで私普通に負けてんの?」

「さあ」

「今やり方知ったんだよね?」

「駒の動かし方は流石に読みながらですけど」

「私初めてやる相手との将棋で普通に負けたの?」

「そうなりますね」

「…………なんか涙出てきた」

 

紅茶淹れて戻ってきたら、もう理解したとか言ってくるし。それで余裕ぶっこいてたらそこから綺麗に負けたし……なんなん?

 

「弱いんでしょうね」

「知っとるわい。いやにしてもさとりんが強いんだよ」

「そうなんですかね、強さの基準が分かりませんけど」

 

ルール理解したてでこれなんだから、数こなしたら私なんて手も足も出なくなりそう……今回も既にボコされ気味だったけどさ。

 

「まあ、意外と美味しかったですよ、この紅茶。茶葉がいいんでしょうね」

「淹れた人もいいから」

「すみません、あなたが紅茶を嗜んでる様子をどうしても想像できなくて」

「ああそうかい!」

 

私だって私にそぐわないことくらいわかってるし……いいじゃん普通に好きなんだからさあ。

 

「この将棋も結構楽しかったですね、相手がこれで少し残念ですけど」

「さっきから結構口悪いね?」

「そんなことないと思いますよ」

「そんなことあると思うなー。まあ気に入ってくれたならこれ置いて帰るから、誰かにやり方教えて一緒にやればいいと思うよ」

「そうさせてもらいます。まあ鬼は候補から外れますけど」

 

うん……板を真っ二つにして投げつける様子が目に浮かぶわ。

 

「ん、そういや誘ってくれたのさとりんだけど、何か私に話でもあったの?」

「いえ特に。あなたが構って欲しそうだったので誘ってみただけです」

「………」

 

将棋持ってきててよかった……本当にやること何も無くなってたわ。

 

「まあせっかくなのでなにか適当に話題を見繕いましょうか。そうですね……他愛もない話になりますけど、最近どうですか」

「どう、って……まあ最近、というかここ数十年?数百年?よくわからないけど特に変わりはないよ」

「まあ妖怪なんてそんなものですからね」

「あ、でもつい最近、ずっと隠してきた弱みをある人に握られたな〜、お願いだから黙っててほしいな〜」

「へぇ〜、どんな弱みなんですか?私にも教えてくださいよ」

「…………頼むから、言うなよ?」

「言いませんよ、多分」

 

多分じゃ困るって………

 

「どうして苦手なのか、自分自身でもよくわかっていない……私が心の中の方まで見たら分かりそうですけど」

「いやそこに関しては見てほしくないし、見たくもないでしょ?」

「そうですね、他人のをそこまで見るのは私も嫌ですし。人の心の中って、本人も認知していないような真っ黒な感情があったりしますからね。慣れてるとはいえ、苦手なものは苦手です」

 

真っ暗な感情………私の中にはどんなものがあるのだろうか。

 

「普段悩みのなさそうな気楽な人ほど、中身は反対に黒かったりしますからね」

「私のことを悩みのなさそうな気楽な人って言ってる?」

「はい」

「あっはい」

 

………あー、どうしようか。

 

「実は結構気になってたんだけどいいかな」

「なんですか?」

「この刀なんだけど」

「………まだ持ってるんですねそれ」

「肌身離さず持ち歩いてますけど何か」

「いえ別に。で、それがどうしたんですか」

「この刀さあ、勝手にカタカタ動いたり、見る妖怪に恐怖を与えたら、挙げ句の果てに私の体を乗っ取ったりするんだけど、何か意思とか持ってないか見てくれない」

「うわぁ………」

「うん、私だって逆の立場ならそうなる」

 

普通ならそんなおかしい刀を常日頃から持ち歩いてるなんて、正気か疑うだろう。

でもこの刀はあの人の唯一の形見なわけで……

 

「あー、どうやら負の感情が大量に入ってるみたいだから、嫌なら別に全然本当に構わないんだけど………」

「というか、そもそも道具とかに宿った意思を読み取ることなんてしたことないですし……生き物専門ですよ私」

「それも重々承知で、どう?」

「………まあやるだけやってみますよ」

 

さとりんのその言葉を聞いた私は、刀を抜いて机の上にそっと置いた。

 

「ゆ、ゆっくりでいいからね?不快に感じたらすぐにやめてくれていいからね?」

「そんなに心配するくせにこんな頼み事するんですね」

「だって気になるものは気になるし……」

「まあそんなに心配しなくて大丈夫ですよ。………そういう感情には慣れてますし」

 

そういうとさとりんはサードアイを刀に向けて、ゆっくりと目を閉じた。

なんとなく、刀を見ているというのがわかった。

 

「………」

「………………大丈夫?」

「………」

「いける?問題ない?」

「………」

「大丈夫なんだよね?」

「集中してるから黙ってて」

「アッハイ」

「………」

 

 

 

数十秒くらいたっただろうか、私はずっとソワソワしてたがさとりんは何事もなかったかのように目を開けた。

 

「……ど、どうだった?」

「まず最初に感じられたのは憎しみ、怒り、恐怖。多分この刀で斬られた妖怪たちの思念が混じってるんじゃないですかね」

「大丈夫だった?」

「まあ、対象のない曖昧とした感情なので、私に向けられてるならともかくこの程度なら」

 

私、この刀をりんさんのものだと思ってきたけど、やっぱり知らない妖怪の思念とかいろいろ混ざってたのね。

 

「そして次に感じられたのが哀情、後悔、虚無感。それと同時に浮かんできた人物は毛糸さんです」

「あ、へー………」

「まあ、その例の彼女の感情なんでしょうね。なんというか、冷たい感じがしました」

「………」

 

 

哀情……後悔……虚無感……

うん、如何にもりんさんが抱いてそうな感情だ。

何百年経った今までも、不思議なことにりんさんのことはなかなか記憶から抜けていかない。ずっと私の頭の中に焼き付いてるみたいに残っている。

 

まあ……その感情たちへの心当たりはいくらでもあるけど……

 

「なぜか、これらってやたらと鮮明に読み取れたんですよね」

「ん?」

「自分という存在に対しての哀情、あなたに対しての後悔、何も残らなかった虚無感」

「……oh」

「それともう一つ………なんて言えばいいんでしょうね、これ」

 

まあ………死んだ後も刀に残ってるってことはそれだけ強い感情だったのかな。

 

「これもあなたに向けてですけど………感謝?」

「……りんさんが私に?」

「頭に入ってきたのは『ありがとう』これだけです」

「………」

「大丈夫ですか、思考止まってますよ」

「………あっ、そゆことか」

 

いやぁ……なんというかまあ。

 

お互いにちゃんと腹を割って本音を話す前に別れになっちゃって、仕方ないのはわかってたけど、今までずっとモヤモヤしてたけどさ。

 

「今頃になって一方的にそんなこと言われても……ねえ」

「…いい人じゃないですか、死んだ後もあなたの事を気にかけてるんですから。多分この刀もその人が………」

「まあ死んでるからなあ、あの人に私の本音伝えられるのは私が死んだときかな?いや、もう生まれ変わってるのかね」

「まあ、この刀はあなたの役に立とうとしてる、それだけは確かだと思いますよ」

「握ったら勝手に体動いて関節とかぐちゃぐちゃにしながら戦い始めるのか?わたしゃてっきり私に怨念でも向けられてるのかと思ってたよ」

「…まあ、やり方はそれぞれですから」

 

体を破壊しながらとんでもない動きで相手を殺しにかかるのがりんさんなりの役に立つってことなのか。

まあ体を壊すのはともかく、とんでもない動きで相手を殺しにかかるのは生きてた頃から割とやってたけど。

 

「まあ……これからも大事にするよ」

「というかこれもう妖刀か何かですよね、形見とかそういう話じゃなくなってきますよ」

「今まで持ってて何事もなかったから妖刀だろうがなんだろうが関係ないの、いざと言うときはこれに頼るし」

 

実際、私の再生力とこの刀の普通じゃ不可能な動きを同時に相手にしなきゃいけない相手からしたら面倒臭い事この上ないだろう。

 

『ありがとう』かぁ……お礼を言いたいのはこっちなんだけどな。

結局この刀は刀でしかすぎなくて、りんさんは確かに死んでるってわけだ。

まあ……スッキリしたね。

 

 

 

 

 

「……こいしのこと、どう思いますか」

「ん?サイコパスだなって思う。……へいへい!その刀私のだから、勝手に抜こうとしないで、あやまるから、ごめんって」

「人の妹を即答で侮辱しないでもらえますか」

「いや事実だし。アウチッ!」

 

足踏まれた………

 

「……まあどう思って言われても、最初にあった頃と何も変わってないから、何も言えないよ、可愛らしいけどね。どこぞの姉と違って愛想いいし」

「あなたも愛想よくはないでしょうに」

「まあそうだけどね?」

「どう思うというのは、あなたはこいしのことをどういう風に見てるのかってことですよ」

「それ、わざわざ私の口から言わす必要ある?」

「わざわざ心を読ませる必要ありますか」

「ぐぬぬ……」

 

こいし……こいし……

 

「私にはさとりんやこいしの種族のことは何一つわからんから、心を閉ざすってのがどういう意味なのか、どういう状態なのかはよく知らない。けどまあぁー……元気で…素直で人懐っこくて…まあ、いい子だよね」

「結構褒めますね」

「言いたい文句ならいくらでも出てくるけど、聞く?」

「いえ結構です」

 

まあねぇ……心を閉ざすってなんなんだろうね、サードアイも閉じてるけどどう関係してるのか私はわからんし。

 

「私もあの子の状態がどういう風なのかは完全には理解してませんが……あの子にも無意識を操ることは出来てないみたいです。存在を認知されたり、されなかったり」

「あー?なるほど?そういうこと?」

「全く理解してないならそう言ってください」

「かんっぜんに理解したわー」

「………」

「無言で足踏むのやめてもらっていい?」

「こういうのもなんですけど、あなたのことは信頼してます」

「あ?なに?照れるよ?」

「嘘つかないでください」

 

いやまあ……急に信頼されてるなんて言われてもね。

私なんて胡散臭いを凝縮して毛を生やしたような存在だし?私なんかを信頼したところで……ねえ?

 

「あなた、私やこいしだけじゃない、きっと地上の人たちにもそういう距離感なんでしょうね」

「はい?」

「………以前、あなたが寝ている間に心の中を読みました」

 

はーいプライバシーの侵害でーす、法廷で会おう。

 

「あなた、自分はいなくてもいい存在だと思ってますよね」

「………」

「言ってしまえば、あなたと言う存在はこの世界にとって不純物、本来存在してはいけないもの。まあそうでしょうね、その記憶に体、そう思うのも無理はないです」

 

………あー。

 

「まあそうだね、いつもこの世界から私は浮いてるなって感じてるし、実際浮いてると思う。いなくていい存在、その通りだよ」

「………」

「…え?なに?それだけ?」

「いえ……似たもの同士だったんでしょうね、きっと」

「……誰と」

「この刀の持ち主とですよ。彼女のことは知りませんが……あなたは彼女に対してだけは、他と少し違った感情を抱いている。他にはない……同族意識ってやつですかね」

「りんさんかぁ………」

 

………待って、スッキリしたと思ったらまたモヤモヤしそうな話が……

 

「あなたを信頼しているのは、こいしや私みたいな者を好いてくれているからです。だからまあ……もしこいしに何かあったらよろしく頼みます。あの子すぐどこかへ行ってしまうから……」

「あー……うん、そのときは全力でなんとかするよ」

「今日はもう寝ましょうか。あなたが自分を肯定できるのを祈ってます」

 

 

 

……私、自己肯定感ないのかな……?



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毛玉の話を聞く白狼天狗(男)

「よっす柊木さん」

「げっ……」

「げっ?げってなにさ、言ってみ?おん?」

「今日仕事あるから用事はまた今度にしてくれ」

「そうはいかない、ちゃんと文に今日は柊木さんは休みだって聞いてきたからね、逃げられると思うなよこの足臭が」

「臭くねえし、面倒だから今度な」

「そうはいかない、あんたにろくな友達がいないのは把握しているぞ、文から聞いた。どうせやることないんだろ」

「はあぁぁ……なんだよ」

 

わあすっごい面倒くさそう〜。

 

「いや言わなくてもわかる、どうせ暇潰しなんだろ」

「よくわかってんじゃねえかこの足臭」

「臭くねえし。お前の行動原理ほぼ暇潰しだろ」

「そんなこと…そそ、そんなことな……あるし」

 

否定できない……

 

「あのなぁ……年中暇人のお前と違って、俺の休みは限られてるんだよ。お前の暇潰しなんかに付き合ってられるか」

「ぐっ……人をニートみたいに言いやがってこいつぅ………わかったよ、悪かったね邪魔して………」

 

踵を返してとぼとぼと歩く。

はい、ここで出来る限り肩を落として落ち込んだ様子を演出しましょう、足取りは重く、ついでにため息の一つでも吐いてやります。

 

「はぁ………」

 

するとこれに罪悪感を覚えた相手は……?

 

「わかったよ!暇潰し付き合ってやるよ!」

 

はい私の勝ちー。

 

 

 

 

 

 

 

渋々と言った感じで付き合ってくれる柊木さんに適当な居酒屋?みたいなところに案内させて席に座る。

 

「いやー、でも演技ってわかってたでしょ?なんでわざわざ乗ってくれたの、お人好し?あ、私水でー」

「俺も水で。放置したらそのままお前が文か椛に俺にいじめられたって言いにいくところまで見えたからな。そっちの方が厄介だし」

「よく分かってんじゃん」

「あのなぁ……」

 

でもこの天狗三人も相当変な関係してるよねぇ……イジられポジションは柊木さんだけど。

 

「あ、煮物一つください」

「あいよ」

「………一応聞くけどお前金持ってんの?」

「フッ、愚問だよ」

「そうかそうか、悪かったなこの野郎」

「私知ってるんだからね、柊木さんが実は相当お金溜め込んでるの」

「………なんで知ってんだよ」

「文が言ってた」

「あいつもなんで知ってんだよ!」

「私もそれ気になって聞いたら、柊木さん酔わないから酒とかもあまり飲まないし、娯楽に使うこともないなら状況証拠だって」

「勝手に決めつけやがって、俺だって娯楽の一つや二つ………あれ?」

 

まあ確かに遊び呆けて娯楽に金使うような人には見えないけど柊木さん。結構お堅いイメージ。

 

「一応消臭の効果あるものとか、河童があほみたいな値段で出してるやつ買ってるんだぞ…」

「あ、とうとう自覚出た?」

「別に臭いって認めてるわけじゃねえからな。お前ら含め周りの奴らが足臭足臭って言ってくるから自分でも心配になってやってるだけだし」

 

……ちょっと可哀想に思えてきた。今更すぎるけど。

 

「で、一体俺なんかに何の用だ」

「ん、あのさー……無性に自分なんていなくたって何も問題はないって思ったことない?」

「急にどうした」

「いやね?この前地底に行ったらすっごいモヤモヤすること言われてさあ……いや、私が勝手にモヤモヤしてるだけなんだけどさ」

「それがなんでさっきの質問になるんだよ」

「うーん……」

 

少し言うか迷ったけど、まあ言ったところで特に問題はないと判断したので言ってしまおう。

 

「私、前世の記憶あって多分転生してるんだよ」

「……あー、そういうことか」

「あれ、反応薄いな?」

「そりゃあ、お前みたいな変な奴が前世の記憶あるって言っても、ふーんで終わるからな。あと色々合点がいく」

 

なるほどね?私ってそれだけ変なやつって思われてたのね?なるほとね?

まあよくよく考えたら変なことしか言ってないし変なことしかやってないし私自身変な奴だしそりゃそうだ。

 

「それでさ……多分私って、もともとこの世界にいちゃいけない存在だと思うのよ」

「なんでだ?」

「だってさ、普通の人間然り妖怪然り、前世の記憶持って転生してからなんてことないじゃない。それに私の前世って妖怪なんて存在しない世界だったしさ。何かの歯車が狂ったか、手違いみたいなもので多分私は今ここにいるんだよ」

 

もともとあったこの世界に、私って言う異物が紛れ込んでしまった。

 

「この世界にとってありえない存在なんだから、存在してちゃいけない。もしかしたら私がいるせいでなにか大変なことが起こるかもしれないし……すでに起こってるかもしれない」

 

私が存在しているせいでこの世界、もしくは私の友達によくないことが起こっているとするならば……どうすることもできないけど………どうにかしないといけない。

 

「……で、それを俺に話した理由は?」

「柊木さんって記憶なくしてるんでしょ?」

「そういえばそうだったな」

「あれ、自分のことじゃなかったっけ……?まあいいや。それってさ、私とはちょっと違うけど、今の柊木さんってこの世界にもともといなかった存在ってことじゃない。じゃあ柊木さん自身はどう思ってるのかなって」

「どうって、言われてもな……」

 

少し悩んだ様子を見せる柊木さん。

 

「俺は——」

「あ、この煮物めっちゃ美味しい」

「ありがとさん」

「…………」

「あ、ごめーん、続けてー」

「いや、お前さ……本当にさぁ……」

 

ごめんね?心の中で謝っとくわ、ごめんね?

 

「……俺も同じことを考えたことはある。別に自分は周りの奴らにとって不必要なんじゃないかって。だけどまあ、すぐに考えるのをやめたよ。代わりになる奴がいないほど凄くて必要とされてる奴なんて一握りなんだって気づいた。だから、自分の存在がどうとかは関係なしに普通に生きることにした、それだけ」

「………」

 

煮物美味しいなこれ……持って帰りたいくらい。

 

「多分お前は俺とは違うんだろうな。俺よりきっともっと根本的な………ただまあ、いなかったらってのはもしもの話だ。お前が何を考えているのかは知りたくもないが、自分が今生きてる場所で出来ることしておけばいいと思う。世界とか、個人がどうこうできる規模でもないだろ」

 

柊木さんが言ってるのももっともだ。

結局私はここにいるんだから、いなかったらなんて考えるだけ無駄なんだろう。

 

「それに、お前がいたからどうにかなったこともいくつかあるだろ。ほら、あの引きこもりのよく喚く河童とかさ。お前が助けたんだろ?」

「うん………そうなんだけどさ」

 

確かにるりを助けたの私だ、けれど……

 

「けれどさ、もともと私がいなかったならそういうことにもならなかったかもしれない。きっと私がいなかったら、その穴を埋めるように別の何かがはまってるんだよ。意味ないんだよ私には」

「………」

 

あー……関係ないのに変な話をしすぎたな…柊木さん困ってる。

 

「あのなぁお前………無意味だとか無価値だとか、そんなことばっか考えて生きてんのかよ」

「はぁ?なわけないでしょ、普段はもっとくだらんこと考えて生きてるわこの野郎」

「だったらそのままでいいだろ。俺はな、この世界に意味のある存在なんていないし、この世界の全ての存在は無価値だと思ってる」

「ちょっと極論すぎない?」

「すまん今のは流石に言いすぎた」

 

ブレすぎだろおい。

 

「要するに、この世界に無価値なものなんて溢れかえってるんだよ。意味のないものばっかりだ、必須のものなんてない、何か一つが消えたところでこの世界にとっては大したことないんだよ」

「必須なものなんてない……」

「俺から言わして貰えば、多少の優劣はあれど、この世界における全てのものはごみくずと同等だ」

「んー、極論」

「お前だけがいなくたっていい存在じゃない。俺や椛や文や妖怪の賢者やら鬼やら、なんなら妖怪がいなくたってこの世界は成り立つんだ」

「それは……まあ………」

「結局、そのごみだらけの世界をどう掻き分けて生きていくか、それだけなんだ」

 

私も数あるゴミの一つ……

 

「だからさ、お前もそんな考えたってしょうがない悩みなんて捨ててさっさとくだらないこと考えて生きろ」

「そもそも毛玉ってゴミみたいなもんだよね」

「おうその息だ、いつも通りくだらないこと考えてろ」

「人が常にくだらないことしか考えてないみたいな言い方やめい」

「事実だろ」

「勝手に事実って決めつけんな、事実だけど」

「事実なんかい」

 

まあ私みたいなバカにしては難しいこと考えた方だね。

柊木さんのおかげでまあ……ある程度は気持ちが楽になった、もとよりしょうもない悩みだったんだけど。

 

「なんか気が晴れたからもっといろいろ頼んでいい?」

「お前自分で何言ってるかわかってる?」

「無理矢理相談に乗らせた挙句に集ろうとしてる」

「自覚があるようで結構……ああもう好きにしろよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「意外と食べなかったなお前」

「別に私大食いじゃないし、どちらかといえば少食よりだし。あと人の金でバカみたいに食うほど頭おかしくない」

「いや頭はおかしいだろ」

「あん?そうだよ」

「肯定すんな」

 

こんな世界に何百年もいたら頭もおかしくなるさ。

 

「んーで、このあとなんか予定あんの?」

「ない」

「どうすんの」

「知らん」

「いつも何して過ごしてんの」

「ぼーっとしてる」

「………」

「………」

 

あー………oh……

 

「あ、あれなんだっけ、道場?」

「修練場な」

「あそこいこう、やることないなら」

「断る」

「なんでさ」

「相手がお前は無理、絶対に行かない」

「なんでさ!私、剣なんてブンブン振ることしかできない素人だよ!?」

「だからだよ!そのうちお前が苛立って妖力で俺を吹き飛ばすだろ!」「しねーよ!なに、あんたは私のこと暴君かなんかだと思ってんのか!」

「そうだよ」

「殴っていい?」

「無理」

「はぁ……」

 

そんなさ……鬼じゃないんだからさ……

 

「それに、お前に関しては剣使うより殴った方が強いだろ。剣術うんぬんとか意味あんのか」

「言うなそれを……私だって全力で殴るなり妖力弾飛ばすなりした方が強いのはわかってるし」

「あとお前は剣使うの絶対下手だ」

「さっきから失礼な発言多いな?尻尾引き抜くぞコルァ」

「やめろ。………おいなんだその目……本気か?まさか本当にやる気か?」

「嫌だった謝れ」

「すまん」

 

……案外尻尾抜いてもケロッとしたそうだけどな。

というか、あたり見渡せばケモミミやら尻尾やらが大量にあるこの山ヤベーな、やっぱ人外魔境だわ。

 

「……椛と文と、いつ出会ったの?」

「あ?なんだ急に」

「いや、私は気づいたら3人でいつもつるんでたからさ。どう出会ったのかなって」

「あー……そうだな……」

 

 

柊木さんが記憶を掘り起こしている。そりゃそうだ、相当昔の話なんだから。

というか、これだけ時間経っても前世のしょうもないこと覚えてる私の脳みそどうなってんだ、偏りすぎだろ。あとりんさんのことも結構覚えてるし………んー?

 

「俺もあいつらとよく絡むようになったのはお前と出会ってからだぞ」

「ん、そうなの?」

「あぁ、椛とはよく仕事で一緒になることあったからそれなりだったが、文とはほとんど面識なかったな。椛と仲のいい奴ってだけ知ってた」

「へぇ」

 

確かに最初あった頃は柊木さんも今ほど変な絡みされてなさそうだったな……

 

「特に文に関しては最初は射命丸さんって呼んでたからな、すぐにやめたけど」

「マジで?文さんでもなくて?射命丸さん?マジで?」

「あいつをそんな畏まって呼ぶの馬鹿らしくなってやめた」

「そりゃそうだ。あ、でも文って柊木さんの上司なんだっけ」

「文どころか椛の部下だぞ俺は」

「なんで!?」

「俺がずっと下に居続けてるからかかもな」

「なんで」

「一番下の方が楽だからだよ、おかげでみんなどんどん上へ上へ上がっていくけどな」

 

向上心のかけらもねえなこいつ。

 

「上のやつが椛と文だからとくに何も言われねえし」

「そんなだからいつもこきつかわれてるんじゃ……」

「そうじゃなくてもどうせこきつかわれるだろ」

「あー、うん、そだね。てか本当に他に友達いないのかよ」

「いたさ、昔は」

「そいつ今何してんのよ」

「裏切りで処刑された」

「アッ……そっ…か……」

「まあそんな馬鹿な奴はさっさと失えて幸運だったよ」

 

わぁ……考え方がなんか……前向き?なのかな?

 

「まあ、その……なんだ、悩みとかあったら聞くよ?」

「周りの奴が女しかいなくて他の男からの視線が痛い」

「うん、強く生きて」

「………」

 

聞くだけだから、聞くだけ………だってそんなこと言われてもどうしようもないじゃん、男の友達作れとしか言えることないわ。

 

「あぁー……帰るわ、もう相談乗ってもらったし、これ以上迷惑かけたくないし」

「そうか。まあ悩みあるなら今度からは俺じゃなくて文にでも相談しておけ、その方が多分いいぞ」

 

いや……今日は柊木さんだけたまたま休みだったから来ただけだし、もともと文に話聞いてもらうつもりだったけど。

 

まあ結果としては、柊木さんでよかったかなあ。



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いじられて楽しまれる毛玉 ※

「アリスさん、春っていえばなんだと思う」

「そうね…桜とか」

「桜以外で」

「桜以外……桜以外?んー……春告精とか?」

「人物やんそれ、まあ春といえばって言われて浮かんでくるのなんてだいたい桜だと思うけど」

 

というか、桜の印象しかない。

花見も結局桜だし……確かにリリーは毎年恒例だけどさ。

リリーホワイト、春告精、春が来たと告げることだけを生き甲斐にしてるらしい。

多分レティさんと仲悪い、知らんけど。

 

「なんで急にそんな質問を?」

「いや、今冬だけど、もうすぐ春くるし。あと湖の周りは寒すぎるから春が待ち遠しい、はよこい」

「あぁ、冬の間は来ること多いと思ったらそういうこと」

「そういうこと……」

 

レティさんとチルノが大暴れするせいで寒くてたまらん。いや、流石に毎年同じようにとはいかないけど、あの二人の近くにいたら冷凍毛玉になってしまう。

冬でテンション上がるのはわかるけどもうちょっとセーブできないかなあ……できたらしてるかあ。

 

「一応冬の間はやることあるんだけどね」

「冬に?」

「そう、式神の面倒みなくちゃいけなくて」

「あぁ、前に言ってた」

「言ったことあったっけ」

「ちょっとだけね」

 

あー……代わり映えのしない毎日が続きすぎてて話す話題はもうあんまりない。

 

「アリスさんって紫さんと話したことあるの?」

「あったような気もするわね」

「え、マジで?いつどこでなんで」

「昔、ここで、なんでかは知らない、まあこの土地で魔法使いって珍しいからじゃないかしら、顔だけ見せておくみたいな」

 

はあ、なるほど、そういや魔法使いって外国じゃいっぱいいそうだけど日本じゃそういないわな。

なんで日本来てるんだこの人………

…………幻想郷って日本だよね?

 

「でも魔法の森って案外住みやすいよね」

「そうかしら、気を抜いたら胞子吸い込んでめんどくさいことになるけど」

「だって変なやつ絡んでこないし、自然豊かでのどかだし、何よりそこまで寒くない」

「本音最後だけでしょ」

「だって今の私の家寒すぎるんだもん!動物も震えが止まらない寒さだもん!な、イノセーム」

「ふごっ」

「そんなに……?」

「今朝起きたらこいつが私の布団の中潜り込んでたくらいには寒かった」

「そ、そう……」

 

生きる自然災害だよあの二人……そのうち絶対零度でも行くんじゃねえかな、マジで。

 

「はぁ……そうだ、自分で考えて動く人形だっけ?どうなってるの?」

「………まあ、全然ダメね、正直進展してるのかもわからないわ。もとより難しい夢なんだけどね」

「そっか〜、ふ〜ん」

「興味ないならなんで聞いたのよ」

「なんとなく」

「………その子は?もうその辺の妖怪に比べても随分長生きしてると思うけど」

「こいつ?特に何も変わったことないけどね」

 

猪……私と同程度かそれ以上の年月を生きている。年取ってる様子もないし、いつまで経っても元気だし、なんだこいつ。

 

「でも心なしか、この森にいた方がくつろいでる気がする。やっぱ生まれて育ったところが居心地いいんだろうなぁ」

「まあそうでしょうね、なんであなたについて行ったのかも謎だし」

「そうなんだよねぇ……懐いてくれてるのはわかるんだけど」

 

…というかなんで私に懐いてんだこいつ、なんで私もこいつのこと飼ってるんだ。

 

「……というか、そんなに長生きしてたら私やいろんな妖怪みたいにこんな体手に入れてそうだけど、なんでずっとこいつこのままなん?」

「本人が望んでないんじゃない?長生きはしてるけど力を持っているわけじゃないし」

「そういやそうだった」

 

………マジでなんなんだこいつ。

 

「まあこいつの話はいいや……というかアリスさん、この森の外には出ないの?」

「出る必要ないし」

「友達少ないでしょ?」

「別にそこまでほしくないし」

「ずっとこんな森いて飽きないの?」

「魔法の研究とか、やることはいくらでもあるからね」

 

わぁ……本当にこの森の中で完結してるんだなこの人。

 

「じゃ慧音さんとは?」

「ん?たまーに会いに行くわね、たまーに」

「まあ私もそんなもんだけど……」

 

この森、アリスさん以外の魔法使いもいるにはいるらしい……いるかもしれないって話だけど、見たこともないし、一人でずっとこんなところいるの私には無理なんだけど。

 

「確かにあなたがここに住んでた頃に比べたら、まあ少し寂しくはなったわね。あと私あなたみたいに持ってる力が強いわけじゃないから、安全なこの森から出ないのは別におかしいことじゃないからね」

「あー……つまり私がおかしいと」

「そういうこと」

 

まあそりゃあね?自分でもいろんなところブラブラしすぎだとは思うよ?でもさぁ………でも……ね?

 

「私なんかよりあなたの方がよっぽど寂しがり屋よね」

「うっ………そうですけど何か?」

「そのくせにあなたは……まあいいわ」

「え?なに言えよ」

「言わない」

「なんでさ、まあいいけど」

 

何か言おうとしてやめるの、気になるからやめて欲しい。言うなら言う、言わないなら言わないではっきりして、気になるから。

 

「変なこと言ったらまたあなた考え込みそうだから」

「どんなこと言うつもりだったのさ……よくわからんけどまあいいや。というかまた人形増えた……ね?来るたびに増えたり減ったり変わったりしてるけど」

「趣味だからね」

「そういや最近アリスさんが人形使ってるとこみたことないけど」

 

私がそう呟くと、アリスさんが手で変な動きをし始めた。

するとどこからともなく頭の白いもじゃもじゃした人形がやってきた。

 

「いや、これ私じゃん」

「この家にある人形でこんな頭してるのこれだけよ」

「それはそうだろうけど、なんでこんなの作ってるのさ。いや私も前に作ったのもらったけどね?まだ家で保管してるけどね?」

「正直この頭のもじゃもじゃは作りがいがあるから」

「そんな理由!?」

 

く、くだらねー……私の人形が宙を舞ってるし……

 

「暇だからこんなことしてみたり」

「おあああ!やめ、やめろって!もげるって!腕足その他もろもろもげるって!どんな姿勢だよこれ!なんかやだ!私じゃないし私の見た目した人形だけどこんな形容し難いことになってるのやだ!」

「………」

「おいいいいいい!!なに無言でさらにえぐいことしてんの!なんか私した!?なんか恨みある!?ごめん謝るからもうやめてっ!許してあげてそれ!」

「…フッ」

「何笑ってっ……ああ首もげたああ!!」

 

ひ、ひどい……もう見るも無惨なことに……これが人形に対してやることなのか。

 

「まあ戻るんだけどね」

「うわすごっ、マジで戻ってる」

「あなたの再生力も再現してるわよ」

「どんな再現?あと流石の私も首もげたら死ぬ、多分」

「多分って……」

 

いやだって……この前だって首が完全に後ろ向いてもなんか普通に生きてたし……

 

「……あ、次あなたと会った時にやって欲しいことがあったんだった」

「待て、当てるから……また髪の染色……もしくは髪型が変わる……さては髪の毛が伸びてさらにクルクルしてその上で七色になる薬だな!?」

「なんでわかるのよ気持ちわる!」

「なんで当たったんだよ適当言ったのに!あとそんなもの作ってなんになるんだよ!てかなんで私で試す必要あるんだよ!」

「あなたなら多少何があってもなんとかなりそうだし」

「ほら私の扱いが雑!」

 

どいつもこいつもさ……毛糸さんならええやろ、みたいな感じで適当にしやがって……私のことなんだと思ってんだ。ちゃんと心あるからね、ちゃんと傷つくからね!

 

「はぁ……まあ飲むけど」

「はいじゃあこれ」

 

すぐに人形がその薬を持ってきた。

 

「毎回思うけどなんで薬品を経口摂取しないといかんのさ、あんた魔法使いだよね?魔法しろや」

「魔法で作った薬よ」

「しかもこれ虹色じゃん、どんな味するんだよこれ」

「ミント」

「わぁ………わぁ?」

 

歯磨き粉かよ……というかなんでミント?

こんな虹色の液体飲んだら頭おかしくなりそうだけど。

 

「……じゃあ飲むからね」

「どうぞ」

 

 

 

 

 

 

 

 

「待ってお腹痛い、笑いすぎてお腹痛いっ」

「なにわろてんねん」

「ぷっふふふふ……はぁ、はぁ………ふふっ」

「いつまで笑ってんだコラ、いい加減にしろよコラ」

「いやだって…ぷっ……鏡で見てみなさいよ」

「はぁ〜?そんなに?言うてシュールなだけで別に面白くなブフォッ」

 

この世のものとは思えないものが私の頭についているのをみて思わず吹き出してしまった。

 

「お、おおい!ど、どうなってんのこれ!ど……何をどうしたらこうなるんだよ!!」

「待ってこっち向かないで呼吸困難になる」

「おうなっとけよ、一回三途リバーみてこいや」

「ふぅ………はい元に戻る薬」

「そういうのはちゃんと用意してるのな……何味」

「柿」

「柿?なんで?まあいいけど」

「柿は柿でも渋柿」

「ぶふッ」

 

お、おおォおおぉ………口が……口がァ……

 

「その変な薬に変な味をつける努力を別のことに向けろや……」

「魔法って素晴らしいと思わない?まさになんでもできる」

「思うけど思わない、いつか仕返ししてやるからなこのやろう」

「思いつきで作った薬だったけど、ここまでの破壊力があるとは、我ながらとんでもないものを作ってしまったわね」

「おう本当だよ、とんでもないもん作りやがってさぁ」

 

もうね、絶対飲まない。アリスさんから出された薬絶対に飲まない。

 

「まあ流石に今回はやりすぎだったわね、ごめんなさい」

「え?あ、うん。良くないけど別にいいよ」

「今度からはもう少しマシなものを作るわ」

「本当に申し訳ないと思ってる?」

「思ってる思ってる」

「本当にぃ…?」

「本当本当」

「私になら割と酷いことしても許してもらえると思ってる?」

「思ってる」

「舐めてない?」

「舐めてるかも」

「怒っていい?」

「駄目」

 

キレそう。

 

「はぁ……似たようなやりとりずっとしてない?」

「そうかしら?」

「出会った頃からなんにも変わってないよこれ」

「年が経つにつれ見た目が変わって死ぬ人間と違うんだから、私たちみたいなのには時間の流れなんてそれほど意味をなさないわよ」

「それもそうだけどさぁ……」

「私はこのままのふわーっとした関係気に入ってるけど」

「私は嫌なんですけど、変な薬飲まされる関係いやなんですけど」

「飲むあなたもあなただからね」

「いやそれはっ……そうだけども」

 

私、ふわーっとした関係しか持ってない気がするんだが。

 

「そういえば、あなたはどうなの?自分のことわかった?」

「わかったら報告しにきてるよ、アリスさん私のこと調べるとか言ってたくせに大したことわからなかったんだから」

「それは……まあそうね」

「まあ自分で答えに辿り着くのがいいんだろうけど。それにしても…なんていうか、結構な付き合いになってきたね、私たちも」

「そう?」

「なんかもう慣れてるけど、本当は数百年なんて時間、私にとってはめちゃくちゃ長い時間のはずなんだけどなあ」

 

時間の流れをはっきり認知できるのが人間や人里だけだからなぁ……

 

「……そういえばあなたのその刀、いつから持ってたっけ」

「これ?私がここからもと住んでたところに戻ってからじゃないかな」

「となるとそれも相当時間経ってるわね、刀って使わなくてもそこまで長持ちしないはずだけれど。………あー、確かそれ普通じゃなかったんだっけ」

「うん、多分妖刀」

「よく持ち歩くわねそんなもの……」

「なんでか知らないけど、手入れを程よくしといたらずっと綺麗なままなんだよね。多分妖刀以前にこの刀が多分特殊」

 

刀身が真っ黒な時点で多分普通の刀とは違うんだろうなぁ……あの人が使ってたんだから普通なわけないし。

 

「アリスさんこそその二つの人形いつも見るけど、何かあるの?」

「上海と蓬莱ね」

「上海と蓬莱?どっちがどっち」

「シャンハーイ」

「喋ったああァァ!?…そっちが上海ね」

 

び、びっくりした……人形が喋るとかどこのホラーだよ……

 

「一応お気に入りの二つね」

「あ、あーそう……」

 

喋ってるけど自律してはないのね……喋らせてるの?よくわからんけど。

私のこの刀も半分自律してるようなもんだけど、突然喋り始めたらどうしよう……ないとは思うけど。

 

「そういやアリスさんが戦ってるとこって見たことないなあ」

「挑まれたら受けるわよ、ただの戦いなら。命の取り合いになるならやめておくけどね」

「そりゃあねぇ……命の取り合い好んでするやつとかただのヤバい人だもの」

 

アリスさん人形操る以外にもいろいろな魔法使えるから、いざ戦いになったら結構強そう……

 

「せっかくだし今日は魔法の森を少し歩いてみる?結構環境変わってるわよ、その子も多分歩いてみたいでしょうし」

「ん、いいよー」

 

アリスさんがそういうと猪が起き上がった、喜んでるのかなこれ。

 

 

 

 

 

 

 

 

この後歩いてたら変なキノコの胞子吸って昏倒した。

油断っていけないね。






【挿絵表示】


今回のワンシーンをなおなーお様に描いていただきました!とても素敵なイラストをありがとうございます!


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キャラクター設定集 ※

大したこと書いていないです。
最後に頂いた素敵な支援絵がございますので是非


白珠毛糸(しらたまけいと) 多分毛玉

能力「宙に浮く程度の能力」

 

本当に宙に浮くだけの能力、一応物体や生き物に霊力を流して浮かすこともできる。

 

 

 

プロフィール

 

背が低く、白髪黒目にもじゃもじゃ頭が特徴。

見た目だけは頭がもじゃもじゃしてる子供に見えるが、言動といい、風体といい、実力といい、子供扱いする者は殆どいない。

一人称「私」

何故か毬藻と呼ばれるとキレる。

 

原作が始まるより数百年前の時代に転生し、霊力と妖力を手に入れて体を手に入れた後大妖精によって名前をつけられる。

 

自称毛玉だが、毛玉とはかけ離れている存在。でも区別が面倒なので本人も結構毛玉と名乗っている。

服はいろんなものを着ているが、攻撃を食らったりすると血が出たり穴が開いたりしてすぐにダメになるので、替えも結構用意している。

周囲からは基本、というかほぼ全員から変人という扱いを受けている。本人も自分を変人だと言い切っている。

 

紅茶を飲むことがある、ペットは妖怪の猪。

 

さまざまな妖怪をも超えるほどの再生力を持つ。実質初見殺しのような物。

やろうと思えば腕なども切られた瞬間に再生することが可能。

 

チルノの霊力による氷の生成と、幽香の妖力を使って基本素手と弾幕で戦う。植物もちょっと使える。

本人も武器か何かが欲しいと思い、氷の蛇腹剣を作り出したが、結局素手で殴った方が強いらしい。

りんの形見の黒い刀は毛糸の体を乗っ取って凄まじい剣術を発揮する。

 

素のフィジカル自体は並の妖怪以下であり、なんなら普通の人間と同程度。そのため妖力を纏っていないと簡単に手足がもげる。

ただ元の身体能力が弱くても纏っているのは幽香の妖力なため、かなりの身体能力を発揮する。

 

 

 

 

性格

 

基本温厚な性格ではある。仲のいい相手とそれ以外でかなり態度が変わる。

 

そこまで親しくない相手には真面目に対応するが、親しい相手にはかなりボケる。ツッコミにまわることもよくある。

 

何故か関西弁を好んでよく使っている。

幻想郷の面々にわからない単語を話してよく引かれている、変人と思われているのは大体このせい。

 

一回悩むと結構引きずるタイプ。

 

 

 

 

 

交友関係

 

大妖精 チルノ

この二人と会うことが一番多い、大妖精は名付け親でチルノからは霊力をもらっている。

 

射命丸文

付き合いが長い、文に会いにいくこともあるし文が会いに来ることもある。割と仲がいい。

 

犬走椛

文や柊木とセットで会うことはあるが、椛個人とはそこまで付き合いがない。それでもお互いのことは結構知っている。

 

柊木

個人の付き合いが結構ある、お互いに腹の底が知れている感じ。結構ウザ絡みしがち。

 

河城にとり

仲がいい。毛糸の身に付けているものは大体にとりに頼んでつくってもらったもの。

 

紫寺間るり

るりの数少ない友人、気心の知れた関係ではある。毛糸の家にあるのは大体るりが作ったもの。

 

りん

人間の唯一の友人で、りんが死んだ後も形見の刀を持ち歩いている。

 

アリス・マーガトロイド

体を調べるという名目で大体50年くらい一緒に暮らしていたので、仲はいい。変な薬飲まされたりと結構いじられる。

 

風見幽香

仲は悪くはないが、少し苦手意識があるため時々会う程度。妖力は幽香の物なのでその点で本人たちはなんとなく繋がりを感じている。

 

古明地さとり

毛糸と最初に会話した人物。心を読むという能力で半ば無理矢理悩みを聞かされている。地底に行くこと自体に抵抗がありそこそこ会う程度だが、仲はいい。

 

古明地こいし

さとりや毛糸をよく振り回している、本人は何故か毛糸のことをしろまりさんと読んでいて、それなりに懐いている模様。

 

火焔猫燐

会ったら結構話す、ちょっと仲がいい。

 

上白沢慧音

人間に友好的な妖怪という繋がりがあり、たまに人間について話したりしている。

 

八雲藍

橙のことを藍から面倒を見るように頼まれている。何故か最初の頃は毛糸への当たりがめちゃくちゃキツかったが、今は普通。

 

冬の間の数回しか会わないし、懐かれてもいないが、仲が悪いわけでもない。

 

八雲紫

会うことはほとんどない、むしろ会いたくないと思っている。

 

ルーミア

いわゆるEXルーミアでなくなってからはあまり関わることはない。

 

 

 

 

 

 

柊木 白狼天狗

 

能力「硬くなる程度の能力」

本当に硬くなるだけ、それ以上でもそれ以下でもない。本気を出したら岩よりちょっと硬いくらいにはなれる、でもそれだけ。

 

プロフィール

 

背は普通かちょっと高い、白髪黒目。

典型的なモブ天狗タイプ。目つきが悪く人があまり近寄ってこないため友人はとても少ない。側から見ると死んだ目をしているらしい。

一人称「俺」

 

あだ名は足臭、多分名前より足臭って呼ばれることの方が多い。

同僚からも足の匂いを嗅がせたわけでもないのに何故か足臭と呼ばれる、本人はとっくの昔に諦めているが。

 

妖怪の山から出たことはほとんどなく、毎日適当に仕事をこなして1日を終えている。

実は天狗の中でもかなりの下っ端であり、立場は椛より下である。

 

記憶をなくしており、自分の名前すら覚えていなかったが、誰に聞いても自分のことが分からなかったため相当影の薄い存在なんだったと知り、記憶を無くす前のことに関しては興味がない。

 

一人友人がいたが、既に亡くしている。

 

文からはよくこきつかわれ、椛にはよく足蹴にされたりしているが、二人ともある程度の信頼関係は築いている。

 

何気に鬼よりも酒に強いらしい、でも酒はそこまで呑まない。

 

 

 

 

性格

 

面倒くさがりだがやることはやる、真面目な性格。あまりふざけることもない。

 

基本無表情か顰めっ面ばかりで、笑うこともあまりない。別に感情の起伏がないわけではない。

 

頼まれたことは嫌々言いながらでもこなすので、親切と言えば親切、目つき悪いけれども。

 

一応常識を持ち合わせていて、文や椛を抑えるブレーキ役のはずだが、全くブレーキとしての役割を果たせていない。

 

 

 

 

交友関係

 

犬走椛

同じ種族の同僚、だがかなり下に見られているし実際立場は下。長年の付き合いと同僚として、信頼は置いている。

 

射命丸文

文が椛に絡むときに結構巻き添えを喰らっている。なんやかんやで付き合いも長いため一定の信頼は置いている。

 

白珠毛糸

こちらから絡むことはほぼないが、向こうからよく来るため割と会う。なんとなくお互いのことをよく知っている。

 

河城にとり

名前を知っている程度、ほとんど話さない。

 

紫寺間るり

とりあえず名前と引きこもりということは知っている。目つきのせいでやたらと怖がられている。

 

 

 

 

 

 

紫寺間(しじま)るり 河童

 

能力「ため込む程度の能力」

自分に掛かる負荷や衝撃をため込んでおくことができる。ため込んだらため込んだ分だけ一気に放出できる。

ついでにストレスも溜め込みがち、こっちは一気に放出できない。

 

 

 

プロフィール

 

背はちょっと低いくらい。紫髪に紫目。

極度の引きこもりであり重度の人見知り。小柄でいつもビクビクしているため、一度椛から小動物みたいだと言われている。

一人称「あたし」

 

手先がとても器用であり、趣味は絵を描いたり手芸だったり人形作ったりといろいろ。どれも結構上手い。

すぐ恥ずかしがるためそれらを他人に見せることはない。

 

実は技術や知識に関しては河童の中でも上位なのだが、結局活かされることはほとんどない。

 

引きこもりだが一応働いてはいる、部屋の中で出来ることをしたり、時々部屋以外の場所にも行って働いたり。でも人が多いところは苦手なため辛く感じがち。

 

友達がとても少ない、にとりと毛糸だけである。

にとりからは割と気にかけられていて、毛糸からは色んなものを作らされたりしているが、仲はいい。

 

銃や弓などを使わせると狙ったところにめちゃくちゃに正確に当てる。

 

驚いたり怯えたりするとすぐに奇声を上げ、気絶した後は何かに包んで置かないと痙攣し始めると言う意味の分からない癖がある。

 

戦いにおいては能力のことを考えると前衛の方が向いていそうだが、本人の貧弱さと射撃の技術のことを考えると後衛の方が向いているという、ちょっとややこしいやつ。

 

 

 

性格

 

非常に臆病であり、人見知りで引きこもり。もともと河童は臆病と言われているがそれに更に拍車がかかっている。

 

一応やるときはやる性格なのだが、そのやるときがあまりにもないためやることはない。

 

基本はですます口調だが、心の中や一人の時は普通の話し方に戻る。

 

またなにか作りたいものがあるわけでもなく、部屋に引きこもって自分の趣味ができたらそれでいいと思っている。

 

 

 

 

交友関係

 

河城にとり

数少ない友人の一人、よく気にかけられていて一緒にいろんなことしたりしている。でも結構振り回され気味。

 

白珠毛糸

数少ない友人の一人、一時期一緒に住んでいたが結構こきつかわれていた。るりの引きこもりの感情を理解している唯一の人物。

 

射命丸文

明るくていい人だけどなんか話しづらい、と思っている。

 

犬走椛

怖くてあぶない人、と思っている。

 

柊木

いい人だけど目つき悪い、と思っている。

 

 

 

 

 

 

りん 人間

 

プロフィール

 

黒髪黒目長髪の女性。

黒い刀を持った妖怪狩り、りんというのは毛糸に名乗る時に適当に考えた名前で、本当の名前は忘れている。

一人称「私」

 

相手を一瞬で細切れにすることもでき、身体能力や霊力、剣術においてもその辺の妖怪とは比べ物にならない力を持っている。

過去に幽香に喧嘩を売って死にかけたことがある。

 

もともと博麗の巫女になるはずの人物だったが、紫が見つけた時には既に妖怪に対して憎悪を抱いており、本人がそんなのになる気はないと言って拒否していた。

人間を襲うという妖怪を狩るという行為自体は博麗の巫女と変わらないため、紫はそのまま様子を見ていた。

 

今まで戦ってきた傷や負担、博麗の巫女としての不完全な力によって寿命がかなり縮んでいた。死期を悟るとルーミアに戦いを挑み、そのあと死亡する。

 

持っていた黒い刀は柊木が保管した後毛糸が常に持ち歩くようになっている。

 

湖のほとりに墓がある。

 

 

 

 

 

 

 

 

原作キャラ

 

 

 

 

大妖精

他の妖精と比べても理知的で、悪戯などもあまりしない。毛糸の名付け親でよく会っている。チルノたち妖精と普段一緒にいるが、一応文たち天狗や河童とも面識はある。

 

チルノ

割と口調が強い。ある程度の妖怪なら簡単に氷漬けにして勝てるほどには強い。大妖精と同じく天狗や河童たちとも面識はある。

 

射命丸文

すぐ仕事をサボる、今の仕事があまり気に入ってないらしい。椛や柊木ともよく絡んでいる。よくふざけるが大事な時にはちゃんと真面目になる、妖怪の山のことも気にかけている。

 

犬走椛

原作とはかなり違って結構サディスティックになっている。戦闘能力も高く白狼天狗が束になってかかっても勝てないほど。昔からの仲である文や、同僚である柊木とよく絡む。

 

河城にとり

河童のちょっと偉い人。河童全員に言えることだがよく変なものを作っている。最近はなぜか醤油が出るものを作っている。るりをよく部屋から引きずり出していて、結構気にかけている。

 

アリス・マーガトロイド

毛糸と一時期魔法の森で共に生活していた。よく変な薬を毛糸に飲ませているが、研究のためかイタズラのためかはわからない。多分イタズラ。

 

風見幽香

温厚な性格だが、花を故意で傷つけたものには一切容赦しない。自分の妖力をもった毛糸のことを気にかけている。アリスとも少し交流がある。実は寂しがり屋。

 

古明地さとり

毛糸とは互いに大切な友人だと思っているが、割ときつめなことを言う。あまり感情を表に出さない方だが、こいしのことになるとシスコンを発動する。

 

古明地こいし

突拍子のないことをよくして周囲に迷惑をかけている。目を離すととすぐにどこかへいってしまう。

 

火焔猫燐

しっかりとした性格。ペットの中では最もさとりとの付き合いが長く、その分信頼もされている。こいしによく振り回される。

 

上白沢慧音

人里と交流をもつ半妖。長年人里と関わり続けたことで人間からある程度の信頼を得ている。人間に友好的な妖怪たちとも面識がある。

 

八雲藍

かなりの実力者、冬の間は冬眠している紫に変わって幻想郷の管理をしている。最初毛糸と会った時はやたらと攻撃的だった。

 

藍の式神で、マヨヒガで修行を続けている。藍にはよく懐いているが、毛糸に対してはあまり親しくしない。結構素早い。

 

八雲紫

妖怪の賢者、神出鬼没で滅多に姿を見せない。知り合いは多いがその殆どから嫌われていたり、疎ましく思われている。本人はそんなに悪い人じゃない。

 

ルーミア

もともとちょっとバカなルーミアとEXルーミアに分かれていたが、EXルーミアがいなくなってからは少し人格が変わっている。

 





【挿絵表示】


またなおなーお様にイラストを描いていただきました!


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ちょっと昔を振り返る毛玉

「るりー、破れた服持ってきたよー」

「急に部屋に押しかけてくるのやめてもらえます?」

「無理」

「なんで」

「私とお前の仲じゃーん」

「こき使ってるだけですよね」

「バレたか」

 

それでも最近は戦うこともなくなったから服がダメになることも大分減ったんだけどなぁ。あの頃は本当に酷かった、全身まる焦げにされたり下半身なくなったりね?

 

「一応感謝はしてるからね?うちにあるのほとんどるりが作ってくれたやつだし」

「あの時は住まわしてもらうお礼に……まあ毛糸さんの家の中身が酷かったってのもありますけど」

「そりゃお前ら河童と比べられたら大体酷いわ」

「とりあえずそこに置いといてください、時間がある時に直しておきます」

「お、ありがとねー」

 

るりの座っている椅子の隣あたりに服を置いておく。

 

「ん?なにやってんのそれ」

「これ?仕事ですけど。あたし人が多いの苦手だから工場とかに行けないじゃないですか。それでにとりさんにこういう、誰かが直接やらなきゃいけない仕事を任されてるんです」

「いつになったら人見知り治るのお前」

「死んでも治りません」

 

まあ人それぞれだとは思うけど、ここまで極端なのは今まで生きてきたけどこいつくらいだ。

 

「で、その紙何」

「設計図です、構造的に問題のあるところとか、おかしいところがないかとか見てるんですよ」

「はえー、何書いてるかぜんっぜんわかんない。それなんの設計図?」

「これは……きゅうりの匂い拡散爆弾って書いてますね」

「は?え?なに?」

「きゅうりの匂い拡散爆弾」

「しょうもな……」

「まあそれだけ平和ってことですよ、くだらないこと考えられてるうちが一番です」

 

しょうもないのベクトルが凄いんだよな……くだらないんだよな……

 

「てかお前らいつもくだらないこと考えてるだろ」

「それは……否定はしませんけどね?」

 

まあ兵器ポンポン作られるよかマシだけど……

 

「でもここもあんまり代わり映えしなくなったねぇ……前は来るたびに新しい建物増えたりしてたのに」

「その前ってのがいつかは知りませんけど、無理に研究進める必要なかったらそんなものですよ。昔はそれこそ武器とか作ったりしなきゃいけなかったですし……」

「今でもきゅうりの匂い拡散爆弾とかいう兵器作ろうとしてるだろ」

「これでどうやって戦うんですか」

「知らんわ」

 

本当に河童はきゅうりきゅうりって……尻子玉はどこやった。

 

「毛糸さんは昔から何も変わりませんよね」

「はん?」

「性格とか、見た目とか、服の好みとか……昔からずっと変わらない」

「お前だって昔から引きこもりで人見知りなの変わらんだろ」

「そ、それはしょうがないじゃないですか、駄目なものは駄目なんですよ」

 

そもそも妖怪自体歳をとりにくいんだから変化なんて少なくて当然だと思うんだけど……

 

「それにあたしたちはそれこそ戦いとかしてた頃は落ち着きがなかったですけど、今と比べたら結構変わってると思いますよ」

「私は戦ってた頃とあんまり変わってないと?あとそれ平和ボケって言うんじゃね」

「戦いに対して恐怖とか、緊張感とかが足りないんじゃないですか?」

「そうかぁ?」

「どうせ、腕取れてもすぐに生えるからどうでもいいや、とか思ってるんでしょ」

「実際すぐ生えるし」

「ほらそういうのですよ、中途半端に力を持ってるからですかね、戦ってても死があんまり身近に感じてないんじゃないですか」

 

うーむ……確かに普通命の取り合いしてたら緊張状態に入るだろうけど、私はそんな感じなかったかな……いやだって怪我しても治るし……

 

「あいにく、普通の妖怪なら腕取れてもそんな簡単には治らないんですよ。種族にもよるけど、天狗なら切断された腕を引っ付けてしばらく安静にしておかないと治りませんからね」

「治るは治るんだね?やっぱ妖怪だわ」

「ちなみに河童は最悪義手にします」

「やっぱ河童だわ」

 

時々サイボーグみたいなやつ見かけると思ったらそれか………やべえちょっとだけ興味あるな……

もし私の腕が治らなくなったら義手でも作ってもらおうか……いやせっかくだからアームキャノンみたいなのがいいな。多分作れるだろ、うんうん。

…そういや昔作ってたな、醤油出るやつを。

 

「まあ言うてね、私も性格変わったと思うよ?」

「そうですか?」

「うん、昔に比べて暴れなくなった!」

「いや今も暴れてますよ」

「あれ、おかしいな、昔に比べたらマシになったはず……」

 

まあ毛玉になってから色々あったから、そういう経験に置いての変化はあるんじゃないかな……あると思うんだけどなぁ。

 

「まあ確かに昔の毛糸さんは人の部屋に扉を蹴破って入り込んでくるような人でしたけど」

「でしょー?………そんなことしたっけ」

「してましたよ、忘れたんですか、全く」

 

いやぁ、昔のこと覚えてなくて……

 

「…あ、にとりさんにはもう会いましたか?」

「ん?さっき見たたけど忙しそうだったからこっちに来た」

「呼んだかい?」

「うん正直近くに来てるのは気づいてた」

「あたしも気づいてました」

「え」

 

気づかないふりしてたけど結構ガサガサしてたからね、音立ててたからね。

 

「なに、仕事かなんかしてたでしょ、あれどしたの」

「ふっ、どうせくだらないものを作るだけの作業だからやってもやらなくても同じ同じ」

 

自覚あるんだね、一応。

 

「というか何も言わずに部屋に入ってくるのやめてくれません?」

「やだ」

「やだ」

「なんで!?」

「なんとなく」

「なんとなく」

「………」

 

あ、拗ねた。

 

「ん、そういやにとりん何しに来たの」

「暇だったから来た」

「仕事は?」

「知らん!」

「あたしちゃんとやってるんですけど!?」

「知らん!」

「えぇ………」

 

まあもし私も働いてたらめっちゃサボってると思うけどね?真面目にこなしてるるりは偉いと思うよ?うん。

 

「あそうだ、これ作ったから見ておくれよ」

「いいよどうせ醤油だろ」

「お酢だけど」

「え?あ、うん。……え?あ、うん?うん」

「なんでそんなに反応に困ってるんだよ」

「じゃあどう反応するのが正解なんだよ」

 

醤油の代わりにお酢出されましても……というか何出されても困惑するわ、てかなんでお酢やねん。

 

「あのさぁ……なんで醤油やらお酢やら、やたらと調味料でくだらないことするわけ?」

「やることないからに決まってるだろ察しろ」

「あ……そう」

「あの、あたし仕事してるんですけど。くだらない話するなら他の場所でやってくれます?」

「オラお前もくだらない話に加わるんだよオラ!」

「ちょ、なんなんですか離してください!」

「今日は仕事休んでいい、私が許可する!」

「えぇ……」

 

 

 

 

 

 

「せっかく毛糸が来てくれてるんだから、仕事なんてしてないで他のことしようよ」

「いつもは仕事しろって口うるさく言ってくるくせに……」

「どうせくだらない設計図を見つめるだけのくだらない作業だろう?そんなの休んだって変わらないさ」

「いや、あなたがそれ言ったら終わりでは」

 

まあ天狗と比べたら大分河童は自由にしてるように見えるけどな。……私河童と天狗以外のこの山に住んでる妖怪あんま知らない。名前は知ってるけど……会ったこともほとんどないな。

 

「まあたまにはサボったっていいんじゃね、年中働いてない私が言うのもなんだけど」

「ほんとですよ!なんでいつも好きあらば暇暇ぼやいてるくせに働いてないんですか!羨ましい!」

「そういうならお前もこの山から抜け出して一人暮らしすればいーじゃん」

「安全に!引きこもりが!できないじゃないですか!」

「はいはいわかったわかった」

 

言うて今時みんな平和ボケしてるから適当なとこに住んでも安全に過ごせそうだけどなぁ。

 

「まあ確かに仕事するだけで衣食住が確保されるのはいいよなぁ……私も食料確保とかしてたら結構時間過ぎるもん」

「この点は集団の利点だよねぇ、実際河童って一人だと非力だからなあ」

 

いや火器大量に所有してる奴らが非力って……いやまあ、うん、非力なんだろうけどね?

 

「まあその集団の利点ってのは全員が真面目にそれぞれの役割こなしてる前提なんだけどね」

「そらそうよなぁ〜」

「………なんですか、何こっち見てるんですか」

「いや別に」

「特に何も」

 

まあ私の知り合いでそういうやつがるりだけってだけで、探せばそれなりにいると思うけどね。

 

「んー、で、るりは最近どうなのさ。しんどくなったりしない?」

「あ、はい最近は大丈夫ですね、何故か知らないけど」

「ふぅん………じゃ私は一旦帰るわ、服取りくるの明日くらいでいい?」

「えぇ………明後日で」

「おっけ明日な〜、ほらにとりんも出るぞ、私の服のために」

「はいはいわかったよ、邪魔したねー」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そんで、るりとは最近どう?」

「まあ、普段通りかな」

「そっか……でもちょっと気は使ってるでしょ」

「そりゃまあ……うん」

 

るりが私の家に逃げ込んできた時に、にとりんは結構気にしていた。多分るりがストレスがあまり溜まっていないのは、にとりんがそういう風にしてるんだろうとは思う。

 

「本人気にしてないんだし、考えすぎだと思うよ?」

「向こうが気にしてなくてもこっちが気にするんだよ。……自分のせいで友達傷つけたら落ち込むじゃないか」

「そりゃそうだろうけどさ〜」

 

まあ二人の関係にあまり詳しくない私がそこまで言うもんじゃないんだろうけど。

 

「ん、まあ仲良くやってるならそれでいいよ。………そういやにとりん、最近私のこと盟友とか言ってないけど、そもそもなんで盟友って呼んでたの?」

「気分」

「あっふーん………」

「真面目に言うと、河童以外で私たちの作ってるものを理解してくれてるのが毛糸くらいだったからね。仲良くなりたいなって意味でそう呼んでたよ」

「盟友って言葉の意味理解してる?」

「してるけど気分で呼んでたね」

「あっふーん………」

 

……まあ昔っから一貫してにとりんって呼んでる私も私だな!

 

「しっかし長らく平和だねぇ、お陰で変な研究が捗るよ」

「変な研究って自分で言ってるし」

「迷走ってやつさ」

「へー」

 

……まあ科学的な研究突き詰められて妖怪とかの存在が危うくなったりすることに比べたら変な研究してる方がいいのか。そう考えたら意外とグレーゾーンでは?

あ、でも妖力動力にしたりしてるやつもあるからその点は……どうなんだろうね。

 

……研究ねえ。

 

「ねえ」

「ん?」

「もしかしたらの話なんだけどさ」

「なんだいそんな真面目な顔して、珍しい」

「普段腑抜けた顔しかしてないみたいな言い方やめろよ」

「そう言ってるんだけど?」

「殴るぞコラ」

 

どいつもこいつも、私に対してなにかと酷いのなんで?なに、もっと急にわんわん泣いたりした方がいいの?やらんけど。

 

「ってそんなことはどうでもよくてさ……いやどうでもよくないけども」

「はいはい悪かったって。それで?」

「……適当だな、まあいいや。多分なんだけどね?私も人から聞いた話だから、本当にそうなるかわからんけどね?」

「どんだけ自信ないんだよ」

 

いや話が話だし……

 

「近いうち、そう遠くない時に、騒乱が起こるかもしれない出来事が起きるって話」

「ん……そりゃまたなんで」

「なんでってまあ……いろいろあるの、いろいろ」

「そこはぐらかすか……まいいや、それで結局何が言いたいのさ」

「最近ここって兵器とか作ってないでしょ?」

「そうだね、必要ないから」

「ぼちぼち、そういうの作るのも視野に入れた方がいいかもってこと」

 

これは私の予想だけど、多分紫さんは多くの妖怪に知らせる前に、外とここを遮断する結界を先に張ってしまうだろう。

幻想郷で力を持つ者にだけ話を通しておけば、張ってから暴れるのなんてそこまで力を持たない奴らだ。だったらそんな奴らを説得なんかせずにさっさと張って、後から始末した方が多分簡単だろう。

 

ただ、その暴れそうな奴らがどこから出るのかわからない。その辺の野良妖怪が集まるのか、この山からも出るのか……まあこの山のお偉いさんの天魔?って人には話し通してそうだけど。

 

「まあ……それだけ」

「ふぅん……これって言いふらさない方がいい奴だよね」

「そうだね、てか言ったら混乱を招くし」

「それ以前に信じてもらえなさそうだけど、まあ毛糸がわざわざ言うってことは起こりうることなんだろうなあ」

「なんで私がわざわざ言ったらそうなるのさ」

「自分の交友関係振り返ってみればいいんじゃないかな」

「あー……確かに……」

 

言うてこの話聞いたのはさとりんからだし、妄想も混じってるけど。

 

「まあ私たちのこと心配してくれてるってことだろ?ありがと」

「そりゃあ……危ないし、死なれたら嫌だし」

「優しいねえ」

「普通だよ、普通」

 

 

平和は長続きしないって、誰かが言ってたっけ。



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毛玉と藍とこいしと橙

「すまない、待たせたな」

「いや全然、ほらこいし行くぞー」

「わかったー」

 

申し訳なさそうにやってきた藍さんが開いたスキマに、こいしと一緒に入り込む。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここがマヨヒガだよ」

「おぉ〜、あっ猫!」

「おいだからふらつくなって何度も言ってるでしょうが!!」

「大丈夫だ、結界は張ってあるからそう簡単にはここからは出られない。見失ってもすぐ見つかるだろう」

「あ、そすか」

 

前にこいしに地上のどこかに連れて行ってあげるとかいう約束したような気がしたので、さとりんと藍さんに許可をとってマヨヒガに連れてきてもらった。

理由としては……まあ〜、橙となんか……合いそうだからこれでいいかなって。はい特に考えてません。

 

「向こうのほうには橙もいる、先に仲良くなってもらっておこう」

「そっすね〜、まあ二人なら多分仲良くするでしょ、うん」

「それにしても、なんでここを選んだんだ。事情は把握しているが、妖怪の山でも魔法の森でも霧の湖でも、どこでも行くところはあっただろう」

「んー、まあそうなんだけど…」

 

……ん?今霧の湖って言った?

あれって確かチルノが考えた名称じゃなかったか……浸透してたんだあれ、すごいな、私はずっと使ってたけども。

 

「やっぱりこいしも同い年……じゃないけど、なんていうかこう、似たような雰囲気の方が親しみやすいかなって」

「確かにそうかも知れないな」

「それと…」

「ん?」

「個人的に藍さんに用がね」

「………場所を変えようか」

「うん」

 

あっという間に周囲の景色が変わり、民家の中のような場所に机と椅子が用意されていた。

 

「いや凄いな……」

「紫様の式だからな、これくらいは当然だ」

「紫さんはもっと凄いんだもんな……」

 

そりゃあ、そんな人ならこの土地を結界で閉じることだって可能なんだろうな。

 

「まあ座って話をしよう」

「そだね」

 

藍さんもまあ……最初こそめちゃくちゃ敵意向けられてたけど、今はある程度親しくしてくれてる。いやほんと最初の頃めちゃくちゃ怖かったな〜……

 

「それで話は?」

「単刀直入に聞くけど、幻想郷で結界を閉ざした後戦いは起こると思う?」

「まあ起こるだろうな」

 

わあすんなり帰ってきた。

 

「残念なことに妖怪という種族は頭の良い者ばかりではない、そういう者たちが他の者に流されて戦いを仕掛けると言うことはまあ……想像に難くないな」

「やっぱりぃ〜?だよねぇ………」

 

まあ藍さんが言うなら起こるの確定みたいなもんだろうし……平和な生活とも一旦お別れかぁ……思えば暇としか言ってなかったなこの数百年。

 

「その話は誰から?」

「私が今日連れてきた子の姉から」

「あぁ彼女か、そうか紫様は彼女にも……」

 

正直結界張られてもなんやかんやで穏便にすまないかなぁー、とか思ってたけどダメそうですね!畜生め!

 

「結界は、いつ頃張るとかってのはわからない?」

「あぁ、結界を張るのも時期を決めるのも紫様だからな」

「そっかぁ……せめて時期さえわかればなんとかなるかなとは思ってたけどダメそうだなぁ」

「その様子だと、君は結界を張ることに賛同してるみたいだな」

「はい?まあそりゃあ……」

 

さとりんから話を聞いた後、結構考えたけれど、さっさと張ってしまうのが一番なのかなと思った。私の中に反対するっていう選択肢はない。

 

「この幻想郷の中に永久的に閉じ込められるってのに反対する奴らの気持ちもわかるけど、私たち妖怪が存在を維持するには必要なことだろうし……」

「その言葉が聞けて安心したよ、君とは戦いたくはなかったからな」

「いやそれはこっちのセリフ……藍さんとまた戦うって……考えただけでも震えてくるんですけど!」

「いやあの時は本当にすまなかった……でもあの頃からそれなりに時間も経っているし、今の君を倒すのはなかなか骨が折れそうだ」

「そうっすかね……」

 

正直また丸焦げにされて四肢がなくなる未来しか見えない……なんというか、格が違うよね。

 

「……別に君が、その反対勢力と戦う必要はないんだぞ?」

「へ?」

「そんな奴ら無視して、ことが収まるまで誰もいない場所でじっとしていてもいいって話だ。考えたことなかったのか?」

「………」

「なかったのか……」

 

いやだって……いやほら………あの………うん……………

 

「今まで散々厄介なことに巻き込まれてきたからそんな選択肢なかった……」

「まあ、同情するよ」

 

うん、その厄介なことの中にはあなたのことも含まれてるんですけどね?自分のことは厄介じゃないってか。

 

「それにまあ……友達が巻き込まれるんだったら、それを手伝いたいかな。私こんなだけど一応それなりの力は持ってるし……」

「優しいな、君は」

「そうっすか?」

「人間を襲わない、妖怪も襲わない、戦いは好まない。でも友人のためなら戦うことを厭わない。珍しい奴だよ」

「私の周り、そういう風なやつ結構いる気がするけど」

「そんな君だからこそ、周りにそういう者たちが集まってくるんじゃないかな」

 

はぁ……

まあ、良い友達を持ってるとは思う、みんな優しいし。

 

「まあそれなら尚更、そんな良い友達たちを見捨てて自分だけ安全なところに行くってのはできないかなあ」

「君のことは紫様も気に入っているみたいだから、くれぐれも死なないでくれよ」

「あ、ハイ」

 

紫さんか……正直ちゃんと会って話してみたい気持ちより、掴みどころがないから会いたくないって気持ちの方が勝ってる……私の何がそんなに気になるんだろうなあの人。

 

「橙も悲しむからな」

「本当に悲しむ?あの子。あんまり好かれてる気がしない…」

「そんなことないさ、あまり私以外に甘えないからな、橙は」

 

 

 

 

 

 

 

 

「それでそれで〜…あ、しろまりさんだ」

「しろまり?」

「あ、気にしないで藍さん、うん」

「あ、あぁ」

 

藍さんとの話を終えて戻ると、橙とこいしが何か話をしていた。

 

「久しぶりー橙」

「うん、久しぶりしろまり」

「オイこいしオイオイ」

「ん、なーにー?」

「……………別に良いけどさ!!」

 

というかこいしはいつまで私のことをしろまりと呼ぶんだ……あれって白いまりもを略してしろまりだからね!まりも扱いだからね!なんかだんだん腹立ってきたわ。挙句橙がそう呼んでくるし……

 

「ぬぅ……まいいや、こいし、橙となんかしてた?」

「お話ししてたよー」

「例えば?」

「しろまりさんのことー」

「こいしオイオイこいしオイ」

 

私のことなんて話の種にはならんでしょ……いや案外なるのか?それはともかく、絶対それで橙がしろまりって言い始めたんでしょ。

 

「今日は藍様も一緒なんですね」

「あぁ、今日は特別だ」

「で、しろまりも一緒と」

 

……藍さんの方は喜んでそうだけど、私の方に関してはなんか………なんか冷たくない?やっぱ私のこと嫌ってる?いや嫌ってはないんだろうけど……もうちょっと愛想良くしてよ!

 

…あ、そういや慧音さんからもらってたお菓子まだ渡してなかったわ。

 

「はいこれ橙いつもの」

 

私がそう言った瞬間に荷物を奪い去って行った、さらに早くなったなお前。

 

「橙、お礼を言いなさい」

「えぇ〜……ありがと」

「んにゃ、別にいつものことだしいいよ。あ、こいしと一緒に食べてね」

「なになになんの話〜?」

「いつもすまないな」

「いいよ別に。それとこれは別で藍さんに」

 

もう一つの荷物を藍さんに渡した、不思議そうに見つめている。

 

「これは?」

「油揚げ、前に橙から好物だって聞いて、せっかくだから人里で作られてるのを持ってき……藍さん?」

 

なんか……下向いて黙ってるんだけど……

 

えっこれ怒ってないよね!?好物であってたよね!?橙に嘘の情報つかまされてないよね!?えっでも好きなものもらってこんな反応する!?私大丈夫!?殺されない!?

 

「毛糸……」

「はい!?」

 

下を向いたまま私の肩に手をおく藍さん、急でびっくりして体が少し震えてしまった。

 

「この恩は必ず返す」

「はい、はい?」

 

あ、どっか行った………と思ったら荷物どっかに置いて帰ってきた。

 

「そんなに好きだったんすね」

「大好物だ」

「さようで」

 

そんな急に恩を返すとか言うほど好きなんだ……あんまり喋った事ないから知らなかったけどそういう一面あるんだなこの人。

 

「思えば橙の面倒を見てくれている分のお礼もまともにできていないな」

「いやぁ気にしなくていいですよ?こういうの買ってくれてるのも私じゃないし、橙も面倒そんなに見てないし……そういうの別に良いよ」

「む、そういうわけにもいかない、そのうち何かさしてもらうさ」

 

律儀だなあ。

 

「ねえねえしろまりさん、せっかくだし四人で何かしようよ」

「ん?いいけど」

「私は遠慮しておこう」

「あそう?」

 

藍さんはやめておくらしい、なんでだろ。

 

「私が入ったら気を遣ってしまうだろう?」

 

………とのことです。

 

「ってことで3人だけど、何する?」

「いつものでいいんじゃない?」

「いつもの?」

「私がしろまりに攻撃当てるやつ。……ぷっ」

「おい、笑うなよ。自分でしろまりって言っておきながら笑うなよ」

 

にしてもあれかぁ……お互いが怪我しない程度にジャブで殴ったりするやつね、平和的で好きよ。正直運動する気はなかったんだけど。

 

「こいしもそれでいい?」

「いいよー」

「ん、でも3人いるけどどうすんの?全員敵でやる?」

「いや、二対一でやる」

「じゃあその一人のやつを決めないとね。………なんで二人してこっち見てんの」

「別に?」

「なんでもないよ〜」

「………」

「………」

「………」

 

………逃げるか。

 

「あ、待て!」

「逃がさないよー!」

「もうやだこの子達!」

 

とりあえず二人から距離を離す。

 

「3回被弾で終わりでいいね!?」

「いつものだね」

「負けないよー!」

 

んもうやだこの子たち!

橙一人でも結構キツいのにこいしとか……そういえばこいしとこういうことやるのは初めてか。

まあ適当に3回当たってはい終わりでも私は構わんのだけども……まあ二人が納得しないだろうし、私もなんか悔しいからやってやろう。

 

橙は足が速い、多分こいしが私の後ろを追ってきて、橙が私の行先を先回りしてくるだろう。

そんでもって挟み撃ちだ。

 

「前から弾幕後ろから弾幕、うーんやだ帰りたい」

 

適当に氷の壁を出して遮断するけど……まあ橙が突っ込んでくる。

 

「フッ、当たらんぜ」

「むぅ」

 

流石に何回もやってきてるから、お互いにやることはわかってきている。

で、問題なのはこいし……あれいないねぇ。

前見て右見て左見て、姿が見えない。

 

「となれば後ろ!にもいなかったから上!」

 

真上からこいしが降ってきていた。橙が突っ込んできて私の気を引いてる間に移動してたのか。

 

とりあえずその場から飛び退いて回避、ついでに弾幕をばら撒いておく。

 

「痛っ!」

「さとりんに何か言われたら嫌だから優しめにしてお痛っ!」

 

気遣って話しかけてる間に橙が後ろから殴ってきた。

というかこれ、私はこいしと橙の二人を3回ずつ攻撃当てなきゃいけないわけ?

………あー……

 

「ダメそうですね!」

 

周囲に氷の弾を大量にばら撒いておく、当たるとは思ってないけど行動の制限になればいい。

弾幕をばら撒きつつ高速移動する橙を一番気をつけながら、いつ何してくるかわからないこいしにも気をつけつつ……あらまたいない。

 

姿を見失ったのはまずいが、橙が常に飛びかかってくる。とりあえず左の方から飛び込んできた橙を避ける。

 

「って後ろにいたんかあっぶな!」

 

橙の後ろを追従するようにこいしが突っ込んできた、けどこいしの突撃をなんとか避ける。

 

「ってあらら?」

「ふふーん、離さないよ?」

「待て離せ!どうなってんのそれ!てかやばいって!」

 

なんかやたら器用な姿勢で私に絡みついてくるこいし。

あー橙向こうのほうからこっちきてるよもう……

 

「絶対離さない!」

「じゃ私も離さない」

 

こいしの手を掴んで私の手ごと凍らし離せないようにする。あとは腕力に物を言わせるだけだ。

 

「うわわ!」

「そのまま離さないでよこいし!」

「ちょっと待って今来ないで!」

 

だが残念なことに橙はめっちゃ速い、そして急には止まれない。

腕に妖力を込めてこいしを振り回し、橙の方向に向けて盾にする。

 

……ごめんよさとりん。

 

「あだっ!」

「へぶっ!」

 

橙とこいしが当たると同時に氷を溶かして再び距離を取る、当たったら負けの戦いにおいてはある程度の距離は保っておきたい。

 

「やーいやーいあたってやんのー!これで橙は1回こいしは2回、あとは半分だな!」

「今のはしろまりさんの攻撃じゃないから含めないでよ!」

「いやでーす含めまーす」

「うわぁ……」

 

橙から引かれた気がするけどそんなの関係ねえ!

今のところは私が有利、意外とこのままなんとかなるのでは?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「普通に負けた……めっちゃ普通に負けた……」

「まあもとより数も不利だったし、手加減もしていただろう、よくやったと私は思うぞ」

「藍さんに慰められてる…」

 

ええ人やな……最初に会った時はあんなだったけど。

いやほんと、今日知り合ったばかりのくせして連携取れてるんだもんな……適応力高いわ。

 

「ふぅ、疲れた」

「じゃあさっきの菓子でも食べるか、全員でな」

「そうしよっかな……」

 

んー……そろそろ腹括るか。



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毛玉と予兆 ※

幻想郷が結界で閉ざされた。

何の前触れもなく、唐突に。

 

世界が隔離されたのを感じた、結界の端への道は永遠に続き、外に出ることは叶わない。

 

今いる世界の性質が変わったのを感じた、目立たないようで、根本的に変わっている。

 

人間は何も気にせずに暮らしている、だが妖怪は違った。

戸惑ったり、荒れたり、沈黙していたり。

 

そんなことがあって1年?2年?よくわからんけどちょっと時間が経った。

 

 

 

 

 

 

 

昼間っから慧音さんの家にお邪魔している。

そして饅頭を貪り食っている。

 

「饅頭美味しい……」

「昔からそれだな君は」

「そう?あー、確かに?」

 

昔って言ったら慧音さんと初めて人里に入った時からか……あの時のおばあちゃんのことはまだ覚えてる。

ついでにあそこの饅頭もまだ続いてる。昔から変わらない味だ、というかむしろ美味しくなっている。

 

「にしても本当に……昔と比べて変わったなぁ」

「あぁ、そうだな」

 

初めて慧音さんと会った頃、まだ慧音さんは人里の外に住んでいたし人間との距離もかなり空いていた。それが今では普通に人里の中で暮らしている。

そして私も、今人里の中に堂々といる。

 

「慧音さんが頑張ってくれたからかぁ」

「君のおかげでもある、ずっと妖怪に襲われている人間を助けてくれていただろう?」

「見かけたやつだけ、だけどね」

 

まあ慧音さんが私のその行動のおかげでもあるって言うなら、きっとそうなんだろう。

 

「でもここまで来ると感慨深いものがあるよねぇ」

「そうだな、ここまで長かったよ」

 

私や慧音さん以外にも一部の妖怪は人里に出入りしているみたいだ、まあ私はほとんど入ってくることはないけど。慧音さんに会いにくるくらいでそれ以外のことは何もしない。

 

「で、わざわざ来て何の用だ?ただ饅頭を食べに来たわけじゃないだろう?」

「そう、今日は真面目な話しにきたんですよ」

「真面目な話?」

「うん」

 

まだ手に残ってる食べかけの饅頭を頬張り、お茶で流し込む。

 

「うまっ。幻想郷って結界で閉ざされたじゃないですか」

「そうだな」

「人里の人間たちはどう思ってるんだろうなって」

「む……そうだな……」

 

もちろん私たち妖怪は自分の存在に関わることだから、結界の事に関しては各々考えていることがあるだろう。

 

「特に何か話を聞くことはないな、もともとこの土地の人間は幻想郷の外と行き来することはなかったからな。もともと誰もいかなかった出入り口が閉ざされたものだ。それに結界を認知しているものも少ない」

「そっかぁ……じゃあ今度は慧音さんについて質問する」

「あぁ、何でも聞いてくれ」

「結界が張られる以前、何か変わったことはなかった?」

「変わったこと?」

「なんでもいいんだよ、本当に」

「………そういえば、少しだけ体が怠く感じたな、それくらいだ」

「やっぱりかぁ……」

 

私のその呟きに慧音さんが不思議そうな顔をする。

 

「私も結界が張られる前、体が怠くなったり気分良くなかったり調子崩したりしてたんだよ……やっぱりあれは前兆だったのか」

「話が見えてこないのだが…」

「幻想郷の外で妖怪が忘れ去られ始めてたってことだよ、幽香さんも似たようなことを感じたって言ったし、他の知り合いも何人か」

「存在が忘れられようとしていたから、不調になっていたということか?」

「多分ね…」

 

ってことは紫さんは、私たちと同じことを感じてすぐに結界で閉ざしたって言うことなのかな。

 

「結界が張られてなかったら今頃もっと大変なことになってたんじゃないかな……私は幻想郷から出たことほとんどないから知らないけど、多分この結界の外には私たちみたいな存在はもう……いても数えるほどかなぁ」

「そうだろうな、仕方のないことだが」

 

それを仕方のないことって思えない奴らがいるから面倒なわけでして……

 

「慧音さんは?紫さんから結界の話とか聞かなかったの?」

「いや来たよ、その時に色々聞いたからな、結界が張られた時もそこまで驚きはしなかった。君もか?」

「いや私は他の人から」

 

慧音さんは紫さんが直接かぁ……確かに人里と深く関わってるのは妖怪では慧音さんが一番だろう。

 

「でさ、最近妖怪たちの噂聞かない?」

「あれか、野良妖怪たちが徒党を組んでるって言う」

「そうそれ。あいつら何考えてるか……まあわかるっちゃわかるけど、人里を襲いにくる可能性もあるでしょ?どうするの」

「その時は……まあやれるだけのことはやるが、多分そうなったら彼女が黙っていないだろう?」

「あぁ、まあそれもそっか」

 

今の幻想郷の妖怪にとって人間とは、襲う相手でありながらも、存在の維持のためには襲いすぎてはいけないというものになってしまっている。ぶっちゃけ前からそんな感じあったけど。

だから人里をそんな大量な妖怪が襲撃するなんてことになったら、この土地の管理者が黙っていない。

 

「多分そいつらも今の幻想郷にとっての人間のことはわかっているんじゃないか」

「だといいけど……最近よく噂を聞くようになったし、もしかしたら近いうちにドンパチ始まるんじゃないかなって」

 

そうなったら争いが起こるのは妖怪が多く住んでるあの山……

 

「うわぁもうやだよもぉ……めんどい!」

「妖怪の山か……毛糸の友人が何人かいるんだったか」

「何人というか……5人くらい?」

 

正直私が親しくしてる相手の半数近くはあの山にいるやつらだし……

 

「あそこの山、立場的には結界張ったことに賛成らしいけど、そうなったらほぼ確実に噂になってる集団と……はぁ……」

 

いつ始まるかもわからんしなぁ……気が気じゃない。

 

「なんで紫さんたちは現状何もしてないのかな……」

「……多分、間引きだろう」

「間引き?」

「今後の幻想郷において、邪魔になりそうな妖怪たちを始末する。人間の数に対して妖怪が多くなりすぎないようにって意味もあると思うが」

 

そんな物騒なことを……まあ合理的ではあるのかな。

それにしてもまぁ……うん。

 

「はい、この話もうやめる」

「急だな」

「いつ起こるかわからんもんに悶々とするより、まだ平和な今を穏やかに過ごした方がいいと思って」

 

てわけで饅頭を頂く。

甘味美味しい……こんなものを作ってくれる人間って最高やな。私元人間だけど、多分。

 

「本当に好きなんだな、それ」

「まあはい、そすね」

「……毛糸って普段何食べてるんだ?」

「はい?あぁ……なんで?」

「いや、疑問に思っただけだ」

「あぁはい」

 

にしても普段……普段かぁ。

 

「普段って言っても特に安定しないんですよねぇ……肉ばっか食ってる時もあれば魚ばっか食ってる時もあるし……」

「主食は?」

「米?あぁ……人から貰った時は食べるけど普段は……はい」

 

あぁ、でもるりがいた頃はちゃんとしたもの食べてたな……一人だと適当になってしまう。

 

「あ、野菜とかは自分で育ててるから食べる」

「自分で?」

 

そう、家庭菜園的なあれ。

普段あまりにもやることないので自分で世話してるのである、水やりとかサボってダメにした回数は数えきれない。

まあ最悪幽香さんの妖力で植物の操るやつで無理矢理枯れたやつ元に戻したり成長させたりできるけど……なんか薬品使ってるやつみたいな感覚になるからあんまりやらない。

 

「まあ……大したもの食べてないなぁ」

「そうなんだな」

「食べるもの気をつけないといけないからさぁ……私毒とかにめちゃくちゃ弱いんすよ」

「毒?」

「もし毒あるものをたべたら普通の人間の数倍の症状でるからなぁ……基本全部しっかり焼いてる」

 

大ちゃんとかに聞いたりしてるなぁ、野草とか木の実とかは。たまにイノシシに毒味させたり……あいつの肉毒あるんだよねそういや。

フグとか食べたら即死する自信ある。

 

「もし食べた時はどうするんだ?」

「食べた後に何か異常を感じた時は……なんていうか、ちょっとアレな話になるけど……毒抜き、でいいのかな」

「毒抜き?」

「本当に、嫌な思い出しかないからアレなんだけど……こう、内臓を……ガッとね?」

「あぁ………そうか………」

 

故に、食べ物には細心の注意を払わなければならない。

あと血液に入ったら腕とか足とかもいで、血だけを全力で再生してめちゃくちゃ血を流す……

 

「大変なんだな……」

「そう、大変なんですよ……」

 

解毒薬とか用意しときゃいいんだろうけど……まあ、流石に毒あるものの区別くらいついてるから、そういう事態になることも最近はほとんどない。

どうにかして免疫上げられないかなぁ……解毒魔法とかないかな、キ○リーみたいな。

……解毒魔法の魔道具とか……アリスさん作れないかな。

 

「慧音さんは?普通に他の人間たちと同じ?」

「そうだな、変わらないものをたべてるよ」

 

馴染んでるんだなぁ……本当にすごい。

 

「ん、慧音さんって普段何してるの?」

「普通の人間には少し厳しい力仕事したり、子供たちに色々教えたり、そんなものかな」

 

それでお金もらってるのか。

 

「ん?子供?昔子供にいろんなこと教えたいとか言ってなかった?」

「よく覚えてたな……まあそうだな、確かに言っていた。でも今はまだちゃんとしたことを出来てないからな。そのうちちゃんと建物を建てて、子供を集めて……」

「やりたいことあるっていいなぁ……」

 

私、特にやりたいことないからなぁ……

 

「毛糸は何かないのか?やりたいこと」

「なーんにも……なにかやりたいこと、成し遂げたいことを見つけても、いつも暇してるせいですぐに終わってしまうから」

 

それでまーた暇暇言う日常がやってくると……こればっかりは本当に、昔だから変わらないな。

一体何百年暇って言い続けてるんだか……我ながら呆れる。

 

 

 

 

 

 

 

そのあとも人間のこととか、色々話してたら日が暮れてしまっていた。

 

「結構長いこと話してたなぁ……それじゃあ私帰るよ」

「あぁ、気をつけてな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………」

 

あっれおっかしいな……私の家って、こんな台風の被害を受けた廃墟みたいことになってたっけえ?

半壊して瓦礫に埋もれ、道具やら家具やらがぐちゃぐちゃになってしまっている。

前もこんなことあったなぁ……

 

 

無惨な姿になってしまった我が家の前で呆然と立ち尽くしていると、後ろから足音が聞こえてきた。

振り向くと、そこにはチルノと大ちゃんがいた。

 

「毛糸さん……」

「大ちゃん、チルノ……何があった?」

 

やけに暗い顔をした二人。

もう日も落ちてるんだけど……もしかして私、今夜は宿無し?

 

「妖怪たちが急にやってきて、この辺をめちゃくちゃにしてった」

「あぁ、例のやつ」

 

……まあ、家が壊されただけならよかった、二人も無事だったみたいだし。正直かなり腹立ってるけど……

 

「あ、イノシシは?」

「瓦礫に埋もれてたのを私たちが妖怪たちが去った後に助けて、今は安全な場所に」

 

あいつも無事だったか、死んでなくてよかった……

 

「ありがとう、それだけで済んだならまあ……文たちに知らせて……あとはどうにか適当にやるかなぁ」

「それが……その……」

 

大ちゃんが下を向きながら、小さな声で何かを言おうとしている。

 

「…ついてきてください」

「…わかった」

 

大ちゃんとチルノの顔を見ていると不安が込み上げてくる。

 

 

 

 

 

大ちゃんに案内されたのは湖の麓だった。

何もないよな、ここ。………ここにあるのなんて……

 

 

 

「毛糸さん……」

「………」

 

 

 

 

視界に入ったのは、ただ地面が抉れているだけ。

 

 

 

 

あの人の墓があった場所が、墓が、なくなっている。

 

 

 

 

「…あたいは、あいつら止めようとしたけど大ちゃんが……」

「そっか……ありがとうチルノ、大ちゃん」

 

チルノの気持ちは嬉しいし、止めてくれた大ちゃんにも感謝だ。もしチルノが一回休みになってたら……ブチ切れてたかもしれないし、もしくは案外冷静かもしれないけど。

 

 

 

 

今はもう窪んでしまっている墓のあった場所に立ってみる。

 

周りには多分、爆発で砕けたのか小さくなった岩が転がっていた。

足元の土を手に持ってみる。

 

「流石に骨は土に還ってるか…」

「毛糸……」

「あぁ、ハハッ、困ったなぁ、これじゃあの人に祟られそうだ」

 

いや、もう祟られてるようなもんか……この刀に。

 

「私がここにいたらよかったのかなぁ……もっと早く帰ればよかったのかなぁ……」

「毛糸さん……」

 

いろんな考えが、感情が、頭の中を駆け巡る。

 

「チルノ、大ちゃん、しばらく帰ってこないわ私」

「大丈夫なんですか?」

「うん、大丈夫だよ」

 

チルノと大ちゃんの元に寄る。

 

「正直言って家は前も壊れたし」

 

壊したの私だけど。

 

「この墓も何百年も前に死んだ人の墓だし」

 

これが死んですぐとか、骨が残ってたらどうなってたかわからないけど。

 

「そんなことより二人が無事だったことの方が大事だよ」

 

並んでる私を見てる二人に腕を回して抱きしめる。

 

「ただ…」

「毛糸?」

 

 

 

「あいつらをぶっ潰す口実ができただけだから」







【挿絵表示】


なおなーお様にまた素敵なイラストを頂きました!


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開戦準備

「……ほんとに来たなぁ」

「何がです?」

「いやね、前に毛糸に近々争いが起こるかもって言われてさ………言った通りになったなあって」

「毛糸さんが?……そういえばあの人何してるんですかね」

「それがさ…文が急いで見に行ったら家が壊れてて、既にいなかったらしいんだよ」

「………流石に生きてますよね」

「というか、あれを殺すような奴が相手にいたら本格的にまずい」

「ですよねぇ……」

 

流石に毛糸は死んでないと思うけど……だとして今どこにいるんだろうか。

 

「もしかしたらここからどこか遠いところに逃げてるのかも…」

「さあ…正直あいつの性格なら首突っ込んできそうだけど」

「別に毛糸さんがわざわざ巻き込まれなきゃいけない理由なんてどこにもないんですけど……」

「まあ今いないやつの話したってしょうがないよなぁ……るりは?怖くないの?」

「この足の震えが見えないんですか?」

 

おう……めちゃくちゃに震えてるけども。

 

「そりゃもちろん怖いし嫌だし引きこもってたいですよ。でもいくらそんなことぼやいてたってどうしようもないじゃないですか」

「ちゃんとしてるなぁ」

「自分の居場所は自分で守らなきゃいけないんですよ。やれるだけのことは、やってみせます」

 

……昔なら部屋の隅でうずくまって震えてただろうに、今やしっかり戦おうとしている。

河童は天狗に比べても非力だから後方支援にはなるけれど、敵と交戦する可能性がないわけじゃない。何があるかわからない。

 

「でもさ、それこそるりだって、一人でどこか遠くへ行くこともできるんだよ?」

「あー……あたし、人見知りだとか引きこもりとか言ってるけど、結局一人は嫌なんですよ。誰かと繋がってたいんです、にとりさんとか、毛糸さんとか。まあこの二人しかいないんですけどね、だからまあ、今ここで戦おうとしてるにとりさんと一緒にいたいんです」

「そっか……」

 

るりには私か毛糸しかいないんだもんな……

 

「にとりさんは?怖くないんですか?」

「そりゃもちろん怖いよ」

 

怖くないのなんて余程死ぬ自信がない奴くらいだろう、元々私たち河童は臆病なんだ、怖くないわけがない。

 

「同じだよ、私もここが居場所だから守りたい、それだけ」

「そっか、同じかぁ……えへへ」

「お、何笑ってんの?そんなに余裕そうなら前線で活躍してもらおうかな」

「ちょっと、冗談じゃ済まないからやめてくださいよ、本当に」

「お前の射撃精度には私も一目置いてるんだ、ぜひその腕で敵の眉間を貫いてくれよ」

「物騒なこと言わないでくださいよ……最悪そうしますけど」

 

しかしまあ……今回の争いは十分に予想できることだった、故に準備もある程度整っている。問題は向こうの勢力がどの程度のものかわからない方だけれど……やってみるしかないだろう。

 

「どうか死にませんように…….」

「本当にねー」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほら柊木さん起きてください、始めますよ」

「あとちょっと寝かせろ……」

「……椛」

「待て椛、その手を離せ起きるから。頼むから一旦落ち着け、落ち着いて俺の耳から手を退けろ、な?」

「開戦前に寝かせろとか呑気なこと言ってるからですよ」

「お前ら鴉に寝る間も惜しんで哨戒する俺たちの気持ちがわかるのか?」

「そこにけろっとしてる白狼天狗がいますけど」

「それはこいつがおかしい」

 

まあ椛がおかしいのは認めますけど……この状況で寝かせろって言うなんて随分とまあ…呑気なものですね。

 

「死因が眠気とか絶対に嫌だからな俺は」

「戦場で眠気を感じるなんかことないでしょう、じゃなかったら自分の足の匂いでも嗅いで眠気覚ましでもしてください」

「お前眠くないのかよ椛、あと俺の足は臭くない」

「私は他の同族みたいに貧弱じゃないので」

 

そりゃああなた基準で考えたら貧弱になるでしょうけども……

 

「…始めていいですかね?」

「おう、聞きながら寝落ちするから始めてくれ」

「椛、一発殴って」

「ちょ待てがはっ……」

「流石に緊張感なさすぎじゃないですか……?」

 

…まあ、急に結界張られて数年も経ったら争いが起こるって、今まで平和だった分現実見ないのはわかりますけど。

 

「はいはいわかったよ……お前らに合わすの大変なんだからな」

「私たちが異常みたいな言い方するのやめてもらえます?」

「そう言ってるんだが」

「椛」

「待て待て待て」

 

……まあ重い雰囲気よりかはこのくらいの方がいいのかもしれない。

 

「私たち鴉天狗とお二人は別行動ですね、まあ基本的な役割変わりませんけど……私たちが飛んで遊撃、お二人は前線ですね」

「俺たちいつもこんな役割じゃね」

「いつもというか、毎回ですね」

「まあそれぞれの種族の能力を加味したら自然とこうなると思いますよ?戦闘に不向きな種族だって結構いますし、形だけの所属で実質的には不干渉の種族だっていますね……」

「天狗が一番多いもんなこの山……」

「そもそもこの組織自体ほとんど天狗で回ってますからね、河童も結構いますけど」

 

特に河童とか補助と後衛役が本当に多い、彼らがいたおかげで今までなんとかなってきた節もある。

 

「まあ基本は後衛を守りつつ前線を維持するという役割になると思います」

「要するに肉壁ですか、ちょうどいいのがここにありますね」

「俺そんなに硬くなれねえからな、すぐに砕けるぞ」

 

まあ確かに……椛は別格として、柊木さんはほかの天狗たちとそこまで変わらない、単体で戦力として見るのは無理がある。

 

「それにしても急に来ましたね、もう少し向こうの動向とか早く察知できていたら変わったと思うんですけど」

「椛の言う通りですね……これでも河童とか勝手に兵器生産を再開させていたみたいですし、無防備の状態というわけでもないんですけど」

「うちは大天狗とかあの辺の奴らが後ろで見てるだけだからなあ、前来て戦ってくれたら楽なのに」

 

まああの辺のは天魔様を守る最後の壁のようなところはある、敵もこちら側の戦力を殲滅するというよりは、首領である天魔様を狙いにくるという可能性もあるだろう。

 

「とりあえずお二人は一緒に行動してくださいね」

「なんで」

「なんで」

「椛と一番連携取れてるのがあなただからですよ、二人で敵陣に突っ込めって言ってるわけじゃないですけど、互いに協力してくださいね」

「後ろから刺されそうで嫌なんだが」

「なんなら今刺しましょうか」

「ほらほらほら見ろこれ」

「………」

 

この二人はいつまで経ってもこんな感じだなあ…関係が変わらないというのも良いことではあると思うけれど。

 

「椛と組んでもらうので必然的に交戦の機会増えると思いますけど拒否権ないですから、命令です」

「横暴だろこれ」

「効率良いように判断してるだけですよ、椛も単独行動しないでくださいね、向こうの詳しい戦力わかりませんし」

「私はこのお荷物の面倒見ながら慎重に立ち回れば良いんですね、了解しました」

「事実だけど腹立つ」

 

うちの山には、何か大きな力を持った存在がいるわけではない。天魔様とかがいるけれど、前線に出すわけにはいけないし。

そういう点では彼女がいれば……まあ部外者なのだけれど。

 

「危なくなったらすぐに撤退してくださいね、正直他の天狗たちがどうなろうと知ったこっちゃないので」

「ぶっちゃけますね」

「私の目的は私たち三人全員無事に生き延びることですよ、勝つのは大前提です」

「あいつは今どうしてるんだ?」

 

柊木さんが私に疑問を投げかけてくる。

 

「毛糸さんは……正直言うと見つかりませんでした、まあ確かにもともと無関係ですし、本人は戦いが好きなわけでもないですしね」

「そうか……いたら楽なのにな」

「現状この幻想郷において、どこかに頼るという行為はこの妖怪の山の権威を落とすことになりかねない。だから本当はこの山の勢力だけで今回の戦いを制さなければならない。そうでしょう文さん」

「まあはい、そうなんですけど………ぶっちゃけ頼れるなら頼ってさっさと敵を殲滅してもらいたいですね」

 

とはいえ少し不自然だ、チルノちゃん達も湖にはいなかった、どこか別の場所に避難しているのだろうか。

何より毛糸さんが何も言わずに行方をくらますと言うのが……私の中で結構引っかかっている。家も半壊していたし、何かあったとしか思えないけれど……

 

「さて、戦いが始まるのは向こうが攻めてきた瞬間からですね。防衛を最重要の目的としつつ、敵の首領らしきものがいたら集団でぶっ叩いてください」

「そんなものいなかったらどうする」

「まあいなかったら全員殲滅ですかねえ、向こうの戦意が削がれるまで」

 

最悪河童の作ってる物凄い爆弾とかで吹き飛ばすことになるんですかね……どの程度物凄いのか知りませんけど。

 

「…あー、そろそろ私上司のところ行って報告しに行かないと……それじゃあ二人とも、所定の位置についてくださいね。また会いましょう」

「そうですね、また」

「またな」

 

裏切り者はいない、らしい。そういうことをしそうな輩は上層部が圧をかけたり始末したり、牢に入れたりして徹底的に排除されていたようだ。確かに裏切りなんて起こったら非常に困る。

 

……毛糸さんは今どこにいるんだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここにこれと、向こうにそれと……あ、ここはこれか………準備物多くないですかぁぁ!?」

「ええいごちゃごちゃ言うな!急に始まったんだからしょうがないだろ!できる限りの防衛設備を揃えて敵を迎えなきゃいけないんだから」

「あたし敵と戦う前に重労働でくたばりそうなんですけど」

「その時は興奮状態になって身体能力も上がる薬を入れてやるから気にすんな」

「それ危ないやつですよね!?死にません!?」

「考えうる副作用としては抜け毛、嘔吐、発熱、動悸などがあるね」

「駄目じゃないですか!」

「されたくなかったら口より手を動かせ!いつくるかわからないんだぞ!」

「とは言っても本当にそろそろ体力が……」

「これだから引きこもりは」

「うぅ……」

 

体力ないのは引きこもってるせいだから何も言い返せない……

 

「周り見てみなよ、ほとんどの河童が休まずに準備してるんだぞ」

「そうは言いますけど、あれほとんど戦いが始まったら補助役に回りますよね」

「そうだね」

「でもあたしは戦い始まったら狙撃兵になるんですよね」

「そうだね」

「じゃ今体力減らさなくてもいいじゃないですか!後に備えさせてくださいよ!」

「甘えるな!私なんて補助兼後衛だけどこうやってるんだぞ!いつも引きこもってる分しっかり働け!」

 

何も言い返せない……辛い……そっか、にとりさんも頑張ってるもんなあ。

 

「この戦い終わったら仕事なしで目一杯引きこもらせてやるから」

「誠心誠意頑張ります!」

「……私が言うのも何だけど、それでいいのか」

 

そのためにはまず勝って生き残らなきゃ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

椛と一緒に少しずつ山を降りる。敵集団はいる場所は分かっているので、その近くまで前線を上げる。周囲には他の白狼天狗が見える。

 

「………」

「なんのつもりだ」

「ちょっと試しただけです」

 

背後にいた椛が突然刀を抜いて攻撃してきた、こっちもすかさず刀を抜いて防御する。

 

「試す?」

「死なれたら気分悪いので、ちゃんと戦えるか試したんですよ」

「……いろいろ言いたいが、それで?」

「合格ですよ、せいぜい生にしがみついてください」

 

何だその言い方……

 

「私と鍛錬を続けててよかったですね、そうじゃなかったら今私に切られて山の中で包帯巻かれてますよ」

「恐ろしいなお前……でもまあ、確かにそうかもな」

 

正直椛が無理矢理にでも誘ってくれてなかったなら、この戦いを生き延びるのはほぼ不可能だっただろう、まだ始まってもいないが。俺鍛錬とかする気なかったし。

 

「安心してください、柊木さんは剣の腕も足の臭さも、その辺の天狗より上ですよ。私が保証します」

「あのさあ……」

「背中、預けますよ」

「……ああ、せいぜい役に立つように頑張るさ」

 

 

 

 

 

 

 

「ねえ大ちゃん」

「何?」

「あたいたちここにいていいのかな」

ここ……といっても妖怪もあまり寄らない、妖精がよく集まっている場所だけど。安全なのはここなんだと思う。

毛糸さんの家が壊された時に、妖精も何人かやられてしまっているみたいで、他の妖精はちょっと少ない。

 

「ここが安全だから、ここにいればいいと思うけど……」

「そうじゃなくてさ、あたいって最強じゃん」

「あ、うん……うん」

「最強のあたいがこんな逃げるようなことしてていいのかなって」

 

最強…確かに妖精の中ではめちゃくちゃに強いと思うけど、それはあくまで妖精の中での話だ。

 

「でもさ、もし私たちに何かあったら悲しむのは毛糸さんだよ」

「あいつは一人でどっか行っちゃったじゃん。それに……」

「……それに?」

 

何かを思い出すように空を見上げるチルノちゃん。

 

「あいつのあんな怒った声……初めて聞いたし」

「…うん」



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白狼天狗戦線 ※

「始まりましたね」

「そうか」

 

ずっと遠くの敵陣を能力で見ていたが、とうとう敵が雄叫びを上げてこちらへと突っ込んできた。山を走って駆け抜けていく奴らと、空を飛んでさっさと攻め落とそうとしている奴らに分かれる。

 

空を飛んだ敵影が瞬く間に頭上を抜けていく。

向こうもここの崩し方は多少なりとも考えているだろう、結論、後衛をさっさと潰してしまえば補給も退路も断たれた前衛はすぐに押しつぶされる。

 

本来ならそれを防ぐ役割は空を飛ぶ鴉天狗たちが担うべきだが、今回は空からの侵攻を足止めする役割はいない、というのも……

 

「……落ちてきたな」

「しっかり撃ち落とせてるみたいですね」

 

頭上を飛んでいた妖怪たちが次々に銃弾に貫かれて墜落していく。

空を飛ぶというのは障害物も何もない場所を通っていくということ、機銃があるこちら側からすればいい的だ。

 

近くに落ちてきた妖怪の首を間髪いれずに刎ねる。

 

やはり数年前から射撃訓練を行なっていたおかげかどうかわからないけれど、河童たちの射撃精度は凄い。撃ち漏らした敵は鴉天狗たちが始末する手筈になっていたけれど、ほぼほぼ撃ち落とされているみたいだ。

 

「楽な仕事ですね、こうやって手負いの相手の首刎ねればいいだけだから」

「何の躊躇もなくするよなお前」

「慈悲なんて無用、向こうもこちらを殺す気できてるのだから、こちらもそれに応えるべきだと思いますが」

「それもそうかもしれないが……」

 

銃弾に貫かれ、断末魔をあげる敵ども。正直言ってずっとこのままいい的で居てくれるなら楽なことこの上ないのだけれども。

 

「……退いていきますね」

「案外遅かったな、もっと早くてもおかしくないのに」

「多分その場の勢いに任せて突っ込んできたんじゃないですか、こっちにあんな風な兵器があるのもどれほど認知されていたか知りませんけれど」

「じゃあ今からが俺たちは本番だな」

「そうですね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こっちは防衛側だ、相手が空と地上から同時に迫ってくるなんてされたら、もともと数的不利が予想されていたのにさらにまずい状況に陥ってしまう。

だから防衛側の得意な土俵に敵を誘い込まなければいけない。

 

「……退いていきましたね」

「結構当たるもんだね、八人くらい落としたよ、るりは?」

「数えてませんよそんなの……」

 

……多分十五人くらい。というか今まで何回か触って練習してたけどこの機関銃かなり反動が強い。あたしのだけなんか不良品じゃないかなこれ。

 

「最初の段階では上手くいったんですかね」

「そうだね、今のところ計画通りだよ」

 

まずは空からの襲撃を全力で警戒し、対空にかなりの戦力を割く。

これで相手に空からの襲撃は不可能と思わせることが大事、そこから先は白狼天狗たちの正念場になる。

 

まあそれより先に地雷の爆発に揉まれることになるけれど。

 

「おお、ちゃんと爆発してるみたいだね、まあこれで不発とかだったら本当に洒落にならないんだけどさ」

「…まず最初に敵の雑兵を減らせるだけ減らす」

「向こうは幻想郷中の野良妖怪たちをかき集めてきたんだろう、でもそれはきっと生まれて百年も経ってないだろう雑魚たち」

「敵の幹部級が出てくる前にそいつらの数を減らす……でしたよね」

「そう」

 

……またこの山が死体で埋め尽くされそうだなあ。

 

「といっても地雷は予測される敵の侵攻路にしか置いてない。あれは爆発がそれなりに大きいけど一回しか爆発しないからなあ、どれだけ数を減らしてくれるかは運次第だねぇ」

「…そろそろ前に出ておきますか、白狼天狗たちも前に行ってるみたいですし」

「うん、そうだね」

 

そう言ってにとりさんは手に持っていた通信機に何かを喋った。

 

「これからの時代、大切なのは迅速な情報伝達による即行性だよ」

 

最低限の荷物を持って、次の防衛地点へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふむ……今のところは上出来…大切なのはここからですね」

 

空から他の鴉天狗たちと共に戦場を見下ろす。

最初の機銃掃射と地雷で減らせた数は全体のおよそ……まあ、多く見積もって2割くらいか。

 

寄せ集めの野良妖怪の集団ときっちり訓練を積んできたこちら側がまともにやり合えば、まあ結果ははっきり言って分かりきっているけれど、数の差はなかなか馬鹿にできない。

これが鬼対天狗とかなら余程の数の差がない限りは鬼が勝つだろうけど、生憎天狗というのは鬼ほど優れた種族じゃない。

もちろん戦っているのは天狗だけじゃないが、大体天狗だ、河童が担っている後衛の役割は銃さえ使えたら誰でもできるし。

まあ河童は他の知識も多いから起用しているんだけれど。

 

「さーてと……そろそろ地雷地帯が突破される頃合いかな」

 

白狼天狗たちとの交戦が始まれば、私たち鴉天狗は建物の多くある場所への侵入を防ぎつつ負傷兵の回収とか遊撃とか戦況把握とか……まあ結構やることある。

 

空から見下ろしていて気になったのは、二つの大きな妖力。

空から見下ろしているからこそ、異様な存在感を放っているその二つの妖力がより際立つ。

 

まあ〜正直毛糸さんのに比べたら劣るけれど……あれはあの人が特別おかしいだけだ。

 

その二つの妖力を持つ存在の周りを妖怪たちが囲んでいる。多分あれが向こうの指揮官とか、そう言う感じの役割なんだろう。

あの程度の実力で妖怪の賢者たちに喧嘩を売るようなことをするとか、よっぽどの馬鹿か無知なのだろう。

でもそれは妖怪の賢者にとっての話であり、妖怪の山にとってはなかなかの脅威となるだろう。妖力だけで向こうの実力を判断するのも早計だろう、厄介な能力を持っていたりするだけで色々変わってくる。

 

「っとと、始まりそうですね……とりあえず椛たちのこと見ておきますか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

地雷によって立ち上った土煙の中から妖怪たちが飛び出してくる。

この戦いにおいては俺たち白狼天狗はあまり動き回らない、前線で敵を堰き止めつつ、危なくなったら後ろに下がる。

 

理由としては、こっちの戦力を無闇に減らさないため。

どう見ても向こうのほうが数は多いため、できる限りこちらの戦力を温存して長期戦に備える必要がある。だから動き回って下手に退路を断ってしまうくらいなら無理せずに下がって前線を下げる。

 

無理に敵を堰き止めず、ある程度は後ろに通す。

後ろに通したところで狙撃隊のいい的だ、多くの敵を一気に通さなければ十分処理は追いつくはず。

 

「……多いけどな、敵」

 

正面から突っ込んできた敵が腕を振りかぶって殴りかかってくる。

盾でそれを受けつつ弾いて隙をつくり、がら空きになった脇腹に刀を突き刺す。

 

すぐに刀を引き抜いてまた前から突っ込んできた複数の妖怪に備える、が三人ともまとめて椛に斬り伏せられた。

地面に倒れ込んだ敵を再び動き出さないように一太刀いれておく。

 

「相変わらずめちゃくちゃするなお前は」

「めちゃくちゃできる程の技量を持っていれば問題はないはずですけど」

「おう問題なんてねえよ、なんにも」

「無駄話もほどほどに、四人ほどこちらに来ます」

 

椛の言った通り四人の敵が土煙の中から出てくる。椛が速攻で斬りかかったがどうやら一人が馬鹿力なやつだったらしい、無理やり刀を受け止めた。

その隙に三人が俺の方へ向かってくる。

 

「どうにでもなりそうだが…」

 

数歩後ろに下がって敵三人を引きつける。

少し開けたところにでた瞬間に銃弾が三人を貫いた。それで怯んでいる隙に体を斬りつけていく。

 

「無理はいけないよなぁ」

 

椛の方を見るとさっきいたやつの首を切り落としていた。やりすぎとも思ったが、確かに確実に殺したほうが起き上がる可能性もないので安全と言えば安全だ。

 

「ひっきり無しに来ますね…こっちが押し切られるか向こうが全滅するか、どっちが先だか」

「正直こんな雑魚どもに体力使ってちゃ後に控えてる奴に苦戦必須だからな」

「あ、感じてたんですね」

「流石にな」

 

余裕ある時に会話しながら向かってくる敵をただひたすらに切り捨てる。正直俺のいる場所は椛がいるせいでほとんど前線が下がらないんだが、他の同族のいるところは結構下がっている。

 

「少し下がるぞ、囲まれる」

「わかりました」

 

椛も感じた大きな妖力、ほかの天狗たちが感じ取っているかわからないが、とりあえず面倒なことになるということははっきりしている。

それが二つだ、多分敵の大将、そいつらを殺してしまえば楽になるだろうとは思うが……まあそう簡単にはやらせてくれないだろう。

 

「っておい下がれって言ったろ!」

 

椛が敵に囲まれていた、とりあえず背中側にいたやつらに体を硬くしながら突っ込み、姿勢を低くして足を斬りつける。

前側にいた奴らを斬った椛が俺が足を斬った奴らにとどめを刺す。

 

「わかりましたって言ったよなお前」

「…思ってたより囲まれるのが早かったので」

「………」

 

正直俺が入らなくてもどうにでもなりそうだったが……

 

「貴方が後ろにいたのを斬ってくれるのを見越しての立ち回りですよ」

「そんな厄介な立ち回り今すぐやめてくれ」

 

こうやって少しづつ後退しながら敵を削り切る。

銃の発砲音は鳴り止まないが、それでもひっきりなしではない、まだ余裕はあると言うことだ。

結局敵を一番多く倒すのは兵器だ、俺たちはそこまで頑張らずにいざとなったら河童の発明品に全てを押し付ければいい。

 

「あ、そこ」

「は?ちょおま危ね!」

「後ろに敵いましたよ」

「だからといってそんな急に刀を向けるやつがあるか!」

「じゃあ後ろにいるから失礼しますって言ってからやればいいんですか?知りませんよ死んでも」

「なんでそんな極端になるんだよ!」

「何余裕ぶっこいて会話してんだてめえら!!」

「「黙ってろ雑魚が」」

 

事実余裕だから会話してるんだよ。少しばかり種族や能力が違うからってその辺から寄せ集められた雑魚どもに手を焼くわけがない。

 

 

 

 

ただひたすらに斬る、斬る、退がる、敵を避けて味方に撃たせる。それを敵の攻撃にあたらないように、死なないように繰り返すだけ。

これだけなら楽なんだ、これだけなら。

 

「……来ます」

 

椛の言った通り、大きな妖力の持ち主の一人がここへ近づいてきた。

 

……なんか俺たちのいる方向に来てないか、これ。

 

「だらしないなあ、君たち」

 

姿を現し、ただ一言言い放った。

それだけで確信した、こいつはやばい奴だと。

 

「こんな群れて臆病な戦い方してるだけの雑魚天狗たちすら倒せないちなんて…あ、群れてるのは君たちも一緒か」

そう言った奴は腰に差した刀を抜いた。

見た感じは普通の刀だが、構え方の時点で只者ではないとわかる。

 

「あんまり私の手を煩わさないでほしいなあ」

 

悪寒がした。本能とでも言えばいいのだろうか、体が命の危険を感じ取っているような感覚。

 

「柊木さん防御姿勢を!」

「っ!」

 

椛にそう言われ体を硬くし盾を構えた瞬間。盾が真っ二つに割れた。

周りの木々も盾と同じように切断されて音を立てながら倒れる。

 

「じゃあとは頑張れー」

 

……帰るのかよ。

胸を押さえながらなんとか立ち上がる。

 

「無事ですか、柊木さん」

「胸がひび割れて血が出てること以外は無事だ」

「ならよかったです」

「よくねえよ、そっちはどうなんだ」

「剣一本で受けたので剣が折れてそのまま斬られて血が出てること以外は問題ないです」

 

椛も食らったか……あの攻撃どれだけの範囲があったんだよ、遠くの方の木まで倒れてるぞ。

 

「この様子だと向こうの奴らは……」

「まあ完全に不意打ちですからね、当たった奴は半分に割れてると思った方がいいでしょう」

「……まずいな」

「……まずいですね」

 

何をされたのかはわからんが広範囲の攻撃、後ろの方まで届いていないみたいだが前線が完全に崩壊した。まだ控えに白狼天狗たちはいるがこの隙にかなり侵攻される。

 

「俺たちもさっさと退かねえと……」

 

前方から大量の敵が湧いてくる。……まあ数え切れないくらい。

 

「私の武器半分に折れてるんですけど……」

「それ以前に動いたら血がどんどんでてき…っ!」

 

とんでもない妖力が当たり一体を埋め尽くす、目には見えないはずなのに、見えると勘違いしてしまうほどの大きな妖力。

 

「今すぐ退け!!」

「間に合いません!防御してください!」

 

さっき斬られたばっかだってのにそりゃないぜ……

 

体を再度硬くし大して多くない妖力で身を守る。

数秒後、轟音が当たりを揺らした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

目を開くとそこには巨大な氷塊があたり一面に聳え立っていた。

不思議と俺たちのいるところには氷が迫ってきていなかった。

 

何があったのか理解する間も無く、敵が文字通り上から落下してきた。全員意識を失っている。氷に打ち上げられたのだろうか。

 

呆然としていると、一人の人影が見えた。

えらく特徴的な頭をしたその人影はまっすぐこちらへ向かってくる。

 

「危ない危ない、巻き込んじゃうところだった。あれ、二人とも血出てるじゃん」

 

白い毬藻野郎だった。




なおなーお様にイラストを描いていただきました!

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毛玉のせいで気が緩む ※

「ん、なんだお前」

「いやーおたくらの仲間に入れて欲しいなーって」

 

めっちゃ訝しげに見てきよる…そりゃそうか、急に仲間にしてくれとか言われたら何か裏があると思って疑うもんな。私だってそうする。

 

「いいぞ、明日には山に攻め込むみたいだから準備しとけ」

 

あ、いいんだ……流石に無警戒すぎでは。まあこんな集団に入って妖怪の山に攻めようとしている時点でそのオツムが足りないのはわかりきってるようなもんか。

 

しっかし……

 

「色んな種族がいるなあ」

「上の奴が幻想郷からかき集めたらしいからな、人数もかなりのもんだ」

「その上の奴って?」

「さあ、名前も顔も知らない」

 

ケッ……顔と名前が割れたらそいつだけちゃちゃっと殺しに行こうかと思ったのに。

 

正直この集団を見つけた瞬間に上から大量の氷でも降らして全滅させてやろうとも考えた。でもまあそこは我慢して、ぽっぽしてた頭を自分で殴って冷やした。

 

そしてよくよく考えてみると、私の家と墓を壊したのが誰かはわからないんだよ。もちろん連帯責任ってことでこいつら全滅させてもよかったんだけど……できたら向こうの話というか、何を考えてるのか、なんで結界で閉ざされてるのが気に食わないのか。その辺を聞いておきたいと思った。

墓が壊されてる時点でこいつらを潰すことは確定したけど、別にそれは今じゃなくたっていい。後で潰すけど、絶対に潰すけど、ぜってえ許さんけど。

 

「ねえそこの人」

「あ?」

「ここにいるってことは今の幻想郷に不満あるってことでしょ?具体的にどういう不安があんの?」

「簡単な話だ、外の人間に怯えて勝手に結界を張った情けない賢者どもを倒して俺たちでここを作り変えてやるのさ」

「ふぅーん……」

 

まあ……確かに結界張った理由とくに言われてないからね!!不親切だね!

そりゃ一般妖怪からしたら理由も特に告げられずに結界張りやがってなんだあいつら、とはなるかも知れない。

 

そのあと他の奴らにも話を聞いてみた。

まあ紫さんたちが説明してないせいだろうけど、人間に恐れをなしたとか、あのババアどもはすでに老害だとか、気が狂ってるとか、俺たち野良妖怪を舐めてるとか、なんかもうメチャクチャになってた。

 

うーん、滅ぼそうかな〜。

 

一応、外の世界で存在が否定され始めたから結界が閉ざされたってことを知ってる奴もいたけど…まだ予兆も何もないのに閉ざすのはおかしいって考えてる奴もいた。予兆、あったんだよね……あんまり力が強くないとわからないのかね。

あとそんな話そもそも嘘だとか………そりゃあこんな奴らは間引きされて当然だなとは思う、バカだね、バカ。

 

多分この集団を統率してる奴に唆されたとか、脅されたとかいろいろあるんだろうけど、そんなんまでいちいち気にしてたらキリがない。

恨むなら己の愚かな判断を恨んでもらおう。

 

「しっかし明日か……結局妖怪の山にいくみたいだし、なんか落ち着かないなあ」

 

…そういやチルノと大ちゃんはどうしてっかな。一応出る前に安全なところに居てくれって感じのことは言ったような気もするけど……言ったよね?

とりあえず無事で居てくれたらそれでいい、チルノもいくらその辺の妖怪より強いとはいえバカだし……大ちゃんがうまく押さえてくれるのを祈ろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

始まった。

戦いが始まったけど……私は後ろの方から前に突っ込んでいく奴らを見てたけど……

最初に特攻した奴らはマシンガンに撃ち落とされてるし、その後に地面を走っていった奴らは多分地雷かな?そんな感じの爆発に巻き込まれてるし……命って儚いなあ。

でも地雷を抜けてどんどん妖怪たちが天狗たちへの元へと辿り着き始める。

白狼天狗は無理せずに後退して、後ろのスナイパーで確実に数を減らしていく作戦みたいだ。私こういうの詳しくないけど、多分このままでもなんとかなりそうな感じする。

 

「ただ問題はあの二人だよなあ」

「おいお前何突っ立ってる!戦え!」

「あーはいはい今行きますよー」

 

周りに比べて一際大きい妖力とその存在感、多分あいつらがここのボス級なんだろう。

………正直、いつぞやのるりを殺そうとしてた奴みたいな強さの奴はいなさそうで安心してる。

ただ天狗からしたらあの二人はキツそうだよなあ……

みんなは無事かなぁ、今何してるだろうか。とりあえず合流したい…

 

 

考え事をしながらのろのろと歩いていると、大きな妖力を持つ刀を持ってるほうが前の方に出ていくのが見えた。

急いで追いかけたが気づくいたら周辺の木々が真っ二つになっていた。

 

「うわぁ……りんさんに比べたら可愛いもんだけど妖怪も真っ二つになってるよあれ………ん!?」

 

あれ柊木さんと椛じゃね!?

急いで前に飛んでいき、その刀を持った奴と入れ替わりで妖力を周辺に撒き散らしながら二人の元に駆けつける。

敵に囲まれそうになっている二人が巻き込まれないように、周りに撒いた妖力を氷にして、周辺にいた妖怪たちをまとめて突き上げた。

氷、二人の目の前まで出ちゃったぜ。

 

「危ない危ない、巻き込んじゃうところだった。あれ、二人とも血出てるじゃん」

 

………なんかすごい顔してない?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「と、言うわけでして……決して向こう側についたとかそういうんじゃないんですよ、はい。だから縄を解いてくれませんかねぇ…?」

「………」

「………」

「………」

「………」

「………」

「わあすっごい冷たい視線が全員から向けられるぅぅ、あの、怖いんでその目やめてもらっていいですか」

 

…………やめてくれない!泣きそう!

ついでに全員にため息つかれた!なんか腹立つ!

 

「まったく、貴方って人は……」

「あはんっ!頭叩くなよ痛えでしょ!」

「勝手にめちゃくちゃやってこっちを惑わすからですよ」

「なんかさーせん」

 

いやだって私この山の所属でもなんでもないし、個人だし。そっちに合わせる必要ないじゃん、急だったしさ。

とりあえず文には今の一発の分いつか返す。

 

「まあそこの白い毬藻のおかげであの状況からなんとか持ち直せたのは確かだ」

「そこのもじゃもじゃの馬鹿が出した氷のおかげで崩壊した前線もなんとか戻せましたしね」

 

体に包帯を巻いた柊木さんと椛にそう言われると。まりもって言ったな?馬鹿って言ったな?

まあ、どうやら私が馬鹿みたいに氷を出して敵を掻き乱したから前線も持ち直したし、こうやって二人の手当も後ろに下がってできたよってことらしい。

 

「まあここまで準備をできたのは毛糸が私に事前に伝えてくれてたおかげってのもあるし、私は許すよ」

「あたしはさっさとこの戦いを終わらせてくれたらそれでいいです」

 

まあ、確かににとりんに先に言っておいたのは役に立ったのかもしれない。ただるり、お前のその気持ちは正しいけど空気読め。

 

「はぁ……しょうがないですねぇ………とにかく、無事でよかったです。心配したんですよ」

「…ん、ごめん」

 

みんな優しすぎて涙出そう。

 

「で、私何したらいい?さっきのあの刀振ってたやつぶち殺せばいい?」

「それには及びません」

 

椛と柊木さん、その他の白狼天狗たちを斬ったあいつをやればこの山にとっても随分楽になると思ったんだけども。

 

「なんでだよ、こいつにやらせればいいだろ」

「あなたには矜持というものがないんですか」

「この世に生まれた時からそんなもの持ち合わせてねえよ」

 

椛と柊木さんが言い争いを始める、まあ私も柊木さんと同じ考えだけれども、私一応部外者だし、本人たちが決めるのが私も一番いいと思うけどさ。

 

「文さんが言ってたでしょう、この戦いをこの山の戦力だけで終わらせることに意味があると。頼らない方が本当はいいんですよ」

「そんな考えで死んだら間抜けもいいところだぞ」

「まあこれは建前で」

「あぁ?」

「あいつが何言ったか覚えてますか、柊木さん」

 

………覚えてないって顔してるね!実にわかりやすい!

 

「群れる臆病な雑魚天狗、そう言ってました」

「……それがどうした」

「頭にきちゃいましてね……あいつの絶望と恐怖に塗りつぶされた顔が見たくなったんですよ」

 

この場にいる椛以外の全員の口から「うわぁ………」と漏れる。

 

「………あぁ、うん、そういうことらしいから、お前は他のことしててくれ」

「あ、やるんだ柊木さんも……」

 

……ぶっちゃけ心配だけど、本人たちがそういうならやらせるべきなんだろうな。

 

「じゃ私は結局何すりゃいいの。帰るって選択肢ないからね、私だって一応向こうに恨みあるし」

「じゃあ雑魚の数を減らしてもらっていいですか?」

「よしわかった殲滅だな、地形ごと消しとばしてやる」

「いや地形破壊はやめてくださいよ?山の形変わるとか嫌ですからね」

 

文が慌てて私にそう言ってくる。

流石に冗談である、地形ごと吹き飛ばした方が早いのは間違い無いんだけどね。

 

「じゃあ適当にうろついて適当に吹き飛ばしとくよ、それでいい?」

「えぇまあ……味方吹き飛ばさないでくださいよ」

「しないしない」

 

私が敵味方の区別できなかった奴は吹き飛ばすかも知れないけど。

 

「それじゃあそろそろ私たちは持ち場に戻りましょうか」

「そうですね、行きますよ柊木さん」

「短い人生だったなあ」

 

なんかあの足臭諦めムードなんだけど……強く…生きて。

そうこうしてるうちに天狗三人がどっか行ってしまった。

 

「うむ……にとりんとるりは?特に何もない?」

「私たちは特に怪我とかないよ、近寄られる前に撃ってるからね」

「あたしはなんかもう疲れました」

「るりはまあそうだろうけど」

 

今は敵に近寄られてないだろうから無事だろうけど、もし銃弾が効かない相手とかきたらヤバいと思うんだけどな。案外どうにかしそうだけど。

 

「……なあ毛糸、なんでここに来たのさ」

「ん?そりゃあ家ぶっ壊されたから」

「壊されてなかったら来てなかったの?」

「いや来てたけど」

「なんで」

「なんでって」

 

…急にそんなこと聞いてどうするつもりなんだろ。

 

「最初は文たちが頼んだ、るりが死にそうになってた時は偶然居合わせた。でも今回は違う、自分から来るつもりだったんだろ」

「いや、まあそうだけど」

「関係ないじゃないか、毛糸は。お前が戦いを好まないのは私だって十分知ってる、なのになんで」

 

心配したくれてるのか…?これは。

 

「……そりゃあー…まあ…友達が危険な目にあってるなら助けてやりたいし……言わせんな恥ずかしい」

「だからって毛糸にはそうしなきゃいけない理由なんて…」

「あのねえにとりん、友達助けるのに理由なんかいる?」

 

所詮、どんな生き物も自己満足で動いてる。

生きるのだって自己満足、他人を助けるのだって自己満足。自ら死を選ぶのももちろん自己満足。

そう、結局は自分のためなんだ、その自己満足によって他人が助けられたとしても、それは結局自己満足になる。

 

だから私はここに来た。

 

「文も椛も柊木さんもにとりんもるりも、大切な友達だからさ。もし手助けしなかった結果死んだら一生後悔する。私は後悔したくないんだよ、だから来た」

「……そっか」

「あと家と墓ぶっ壊した奴絶対許さん殺す」

「………そっかぁ」

 

私って奴は一度ショッキングな出来事があったらいつまでもズルズル引きずる奴なんだ。とりあえずあいつらは捻り潰す。

 

「……でも、自分勝手だよ毛糸は」

「そうだけど」

「いや、そうだけどじゃなくてさ……何かあったら心配するのは私たちも同じなんだよ。文も心配してたし、多分、他のみんなも。もちろん私もね」

「ん…」

「毛糸は私たちが無事だったら自分はどうでもいいみたいに考えてるかもしれないけどさ、私たちにとっては毛糸も無事じゃないと駄目なんだよ」

 

すっごい穏やかな顔でそう言われる。

 

「……そっか」

「だから無茶しないようにね」

「ん、お互いにな」

「………あ、終わりました?」

「よく寝れるよなお前は」

「目を瞑ってただけだし、別に良いじゃないですか、疲れてるんですよ。にとりさんは疲れてないんですか?」

「この状況で寝るほど肝は座ってないよ」

 

…まあ、るりにはちゃんと息抜きをしてもらわないと。

 

「それじゃ、私たちもいくかい?」

「そうですね、早く交代しないと」

 

私は……どこいこうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…ねえ椛、本当にやるつもりなんですか?」

「当然でしょう、こけにされたままじゃ私の気が済みません」

「食らってわかっただろ、あれは俺たちなんかより強い。無謀だよ」

「そうですよ、私の目的は三人とも無事でいることって言いましたよね?」

「じゃあ文さんは私たちが死なないように援護してくださいね、遊撃役って言うのならそのくらいやってください」

 

あぁ……駄目だこれ。

完全に椛がやる気になってしまっている。

長年一緒にいるけれど、なかなかこうはならない。ついでにこうなって止められたこともない。

 

「さて、私たちはそろそろ位置につきます、文さんも戻ったらどうですか?」

「む…はあ、柊木さん椛のこと頼みましたよ、期待してませんけど」

「あ、おい」

 

飛び立った時にこちらに近づいてくる毛糸さんが見えた。

 

……まあ、こっちも期待しない方がいいかなあ。

 




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妖精と毛玉

「おっすおっすー」

「毛糸さん来たんですね、じゃあ私たちの分まで頼みます」

「え」

「頼んだー」

「え」

 

なんでこいつら早々に私の後ろに隠れてんの。

 

「おいおいおかしいだろオイ」

「おかしくないですよ、私たちは手負いの身ですよ?毛糸さんは無事なんですから私たちの分まで頑張ってくださいね」

「いやあの……柊木さん?」

「頑張れ」

「クソが!」

 

そうこうしてるうちに前から敵がやってきた。

 

「ああもう来たよ、お前ら関係ないやつに他人任せにしていいんか!」

「安心してください、気休め程度の援護ならします」

「大いに期待するから頑張って働いてくれ」

「なんなんこいつら……」

 

とりあえず正面に向かって氷柱を飛ばして、前から突っ込んでくる奴らを蹴散らしておく。

 

「もっと派手にやってくれていいんですよ」

「いや、なんかやだ」

「私たちはあいつに復讐したいだけなので。当の本人奥の方に引きこもってますけど」

「私たちって、勝手に俺のこと巻き込むな」

 

椛完璧にスイッチ入ってるよなこれ……でも椛って種族的にも、個人としても技術がすごいだけで身体能力や妖力とかが飛び抜けてすごいわけじゃない。

なんか本人やる気満々だけどいけるのだろうか…まあ心配してたってしゃーないか。

 

「よっこいせ」

 

氷飛ばしてるだけじゃ多くの敵はやれないので、妖力弾を投げてみた。めっちゃ大爆発した。

 

「………やりすぎちゃった」

「いいぞもっとやれ」

「そのままあいつを引き摺り出してください」

「なんでお前らそんなノリノリなんだよおい」

 

ってか逃げてってるし向こう…そりゃそうだ、急に大爆発とか氷とか飛んできたりしたら私だって逃げる。

 

「あ、帰ってきた」

「なんかとんでもない顔つきになってるんだがあいつら」

「……ふむ、多分向こうの力の強い者に逃げたら殺すって脅されたんじゃないですかね」

 

わぁ恐怖政治だ怖いなあ。明らかに敵の形相変わってるし。

 

「あ、向こうのほう突破されかけてるので毛糸さん向かってください」

「あっち?わかった」

 

椛の指のさした方に向かう。

2人も傷は負ってるけれどらこの程度の敵に苦戦するような奴らじゃないってことは私も十分理解している、特に椛。

 

椛に言われたところを見てみると確かに押され気味だったので、妖力弾適当にポンポン投げておいて様子を見る。

 

「……よし!」

 

何度でも言うが幽香さんやべーわ。

私のせいで敵が爆発四散してるのはあまり気分良くないけれど、既に死体ゴロゴロ転がってるので大して変わらないと言い聞かせる。

 

「ただいまー」

 

氷の剣を作って振り回しながら椛と柊木さんの元に戻る。

 

「さっきの地響きなんだよ」

「えーなんだろなー、私わかんなーい」

「そんなことより気づいてますか二人とも」

「…あぁ、まあな」

「え、なに、柊木さんの足臭いってこと?いでっ」

「その通りです」

「お前ら本当に余裕だな…」

 

まあ、見間違いかなーとか思ってただけで、私も気づいてるっちゃ気づいてる。

 

「向こう、所々に自我のない奴が紛れ込んでるって話でしょ?」

「はい、傷があるのに無理矢理体を動かしてるのがほとんどですね。恐らく向こうの術者か何かに操られて傀儡にされているんでしょう」

「使い潰す気満々だなおい」

 

まあ腕もげたりしてるのに無表情でこっち向かってきてるからなあ……意識ある奴らも逃げられないように操られてるのかも知れないし。

 

「どうする?なかなか数減らないけど」

「まあ足を斬り落とすか完全に息の根を止めるかするしかないんじゃないか」

「後者で行きましょう」

「そうだな」

「そだね」

 

妖力を溜めて一気にぶっ放す準備を始める。

 

「それもう息の根止めると言うか、跡形もなく消しにいってないか」

「その方が楽だ…し…?」

 

何か黒い玉のようなものが一斉に投げられた。

 

あれ、これ手榴弾じゃね。

あれ、これピン抜けてるくね。

あれ、これ爆発するくね。

 

「ちょま——」

 

急いで障壁を張ろうとしたが間に合わず私と後ろの二人まとめて後ろに吹き飛ばされてしまった。

 

「つぅぅぅ…私もろ!もろにくらった!」

「いい肉壁具合だよくやった!」

「潰すぞ足臭ァ!」

「来ますよ続き!」

 

氷の剣を蛇腹剣にして、吹き飛んでない方の右腕でがむしゃらに振り回す。妖力を纏ったそれは敵の肉をめちゃくちゃに引き裂い…あ、右腕も取れた。

 

「何やってんですか早く生やして!」

「ちょ待って頭痛いのちょ待って。にしてもなんで急にあんなのが」

「ある程度こっちの兵器が流出してることは考えられたが、急に投げられたな」

 

多分向こうのほうの天狗も爆発に巻き込まれて怪我負ってるだろうし…

 

「あ、二人とも伏せてください」

「え?」

「いいから早く」

「いでっ」

 

椛に頭を掴まれて地面に押し付けられた。

そのあとすぐに頭の上を数え切れないほどの銃弾が飛んでいった。

 

「……いやでもこれ」

 

確かに敵蜂の巣なったけど…動けるレベルの傷なら操られていくらでも突き進んでくる。

 

「あんまり意味ないねえ!」

「三人とも撤退しますよ!私に捕まっ……あれ」

 

突然飛んでやってきた文と同じタイミングで、三人とも驚いたような声を上げた。

 

「あれ敵…凍ってね」

「毛糸さんなんかしました?」

「いや私は……でも」

 

こんな風に凍らせられることができるのは私の知ってる限りは二人しかいない。あとこんなのに首突っ込みそうなのは一人しかいない。

 

「なんで来てんの…チルノ」

 

なんとなくチルノの存在といる場所がわかる、私の霊力はもともとはチルノのものだからだろうか。

 

「あたい最強!」

「うんバカ!敵めっちゃチルノの方群がってるってちょっ!文!文捕まえてきてあいつあのバカはよはやく!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

結局また後ろに戻ってきてしまった…とりあえずにとりんたちの所に避難している。

 

「……んで、なんで大ちゃんまでいんの?」

「いや…その……チルノちゃんを追いかけてたら……」

「はぁ…」

 

どうやらチルノがこの山に行くとか急に言い出して、大ちゃんも止めようとしたけどダメだったらしくそのままついてきてしまったらしい。

 

「おいバカァ!」

「誰がばかだ!」

「オメーだよバカ、なんでわざわざこんないつも血飛沫が飛んでるようなところに来たんだよお前」

「そ、それはあたいが最強であることを示すために…」

「………」

「………」

 

これでも長い付き合いだ、お互いのことは結構わかってるつもりである。

 

「目線が逸れてますけど?いいから本当のこと言いなって」

「………」

「チルノちゃん、毛糸さんのことが心配だったんです」

「わぁちょっと大ちゃん!」

「あ、ふーん………」

「うっ……」

 

大ちゃんの言葉に慌てるチルノ、も私はずっとチルノから目を逸らさない。

 

「………毛糸が」

「ん?」

「毛糸があんな声で話すから……」

 

下を向きながら、小さな声でそう呟いたチルノ。

……そっか。

 

「大ちゃん、私そんなにすごい声してた?」

「え?あ、そう、ですね。それはもうすごい怒ってましたよ」

「そっかぁ」

 

ってとは…ま、心配させた私のせいでもあるか……

 

「心配してくれてありがとね、でもほら、私全然平気だからさ。心配しないで」

「むぅ…」

 

あれ、怒ってる?これ怒ってる?

 

「あたい帰らないから」

「えぇ……なんでさ」

「なんでも」

「えぇ……んー」

 

本人がここまで言うってことは意地でも帰らないつもりなんだろうな……とはいえ…むぅ……

 

「毛糸さん!向こうで椛さんたち押され始めてま…ってあれ、なんでチルノちゃんがいるんですか?」

「るり……わかった今行く。チルノ、行くぞ」

「え?」

「え?じゃねーよ。最強だってんなら子分の手助けくらいお安い御用でしょ?」

「…あ、当たり前だし!」

「大ちゃんはここで待っててね」

「あ、はい」

 

…ちょっとは元気出たかなぁ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

足から妖力を出して地面を凍らせ、さらにそこから氷塊を地面から生やして敵を打ち上げる。

 

「チルノ、あんまり私から離れるなよ。……聞いてないな?」

 

わあすっごい笑顔で楽しそうに氷飛ばして敵を凍らしてる……とりあえずこっちに近づいてくる奴は私も戦って、チルノには近づけないようにする。

 

にしても…チルノがこうやって戦ってるとこは初めて見たけど………強いねこの子!

いやほんと、向かってくる有象無象の妖怪なんか全然敵じゃない。片っ端から凍らせて氷をぶつけて撃破している。いつも自分のことを最強最強って嘯いてるだけあるわ。

 

「あ、お帰りくださいー」

 

なんかゴツイ妖怪の集団が自信満々そうな表情でこっちに向かってきていたが、妖力弾を一発適当に仲間で纏めて爆破しておいた。

 

「あたい最強!」

「あんま調子乗るなよー…」

「……なんかすごいな、いろいろと」

 

柊木さんがこっちに近づいてきた。おい、戦えよ。

 

「俺たちは剣持って相手を斬りつける泥臭い戦い方しかしないからな。こうも氷やら妖力やらで派手にやられると、俺たちが今までやってきたことはなんなのかって感じるよ」

 

どうでもいいわ、戦えや。

 

「その泥臭い戦いってのもわたしは大事だと思うよ。私とチルノがやってるのは対集団のやり方だから。相手が一人でこっちも一人とかなら、こんな派手なやり方よりも椛みたいな、ああいう洗練されてるやつの方がいいよ」

「だろうな。どっちにしろ俺にはそういうのできないから関係ないが」

 

よし話終わったんなら戦え。

 

「………で、本当にやるつもりなの?」

「…まあなぁ、あいつがめっちゃくちゃやる気だし、一人でやらせるわけにはいかないだろ。俺は付き合ってやるさ」

「そっか」

 

椛の強さ…というか異常さは私もよく知ってるけど、それでもアレに勝てるのかと言われれば絶対に勝てると言うことはできない。例え柊木さんがいたとしてもだ。

それならやっぱり私が……でもなあ。

 

「俺たちには俺たちなりのけりの付け方ってのがある、やれるとこまでは自分たちでやってみるさ」

「…そっかぁ」

 

やっぱり柊木さんも白狼天狗なんだなぁ……私天狗のことよく知らんけど。てか私毛玉かすらも怪しいし、同族がいるって羨ましいなあ。

 

「………というか、お前こんな雑談しながらよく敵を倒せるな」

「位置見たら氷飛ばしたり妖力弾飛ばしたりするだけだしね。これなら数百年前の他の山から侵略してきた勢力の方がよっぽと強かった」

 

いや、思い出補正かかってるかもしれないけど。

あの頃はまだ私も転生したばっかりだったし、あの……変なおっさんが馬鹿みたいに強かったし、結局ルーミアさんが倒してたし。

あの頃とは色々変わったなぁ………

 

あれ。

 

「…なんか敵の勢い増してない?」

「……確かに」

「椛は?」

「あっちの方で一人で暴れてる」

「そっかぁ………」

 

なんか氷をガリガリ削って進んできてるんだけど……なに、ゴリラでもいんのか向こうは。

 

「多分これ、意識奪われて傀儡になると同時に何かによって強化されてるよなぁ」

「だとしたら相当面倒だなこれ」

 

うわぁ…なんで今更そんなことすんの…めんどくせぇー。

とか思ってたらその辺の茂みから敵が飛び出してきた。

 

「んひぃ!?」

「危なっ」

 

柊木が咄嗟に守ってくれて、そのまま首を切った。

 

「ちょ、そこまで迫ってきてるって!うおおおおお!」

 

妖力を手に凝縮して一気に放ち、レーザーみたいにして敵を一気に薙ぎ払った。

 

「うわぁ…えげつな…」

「私もそう思う」

 

でも…勢い止まんねえな……

 

 

 

 

 

 

「んぐぐぐ…きっつい!」

 

敵の数減ってるんだろうけど、一人一人が意識奪われて強化されてるせいで労力がさらにかかる。

 

「毛糸さん!大変です!」

「あぁんなに!?今忙しいのわかる!?」

「奴ら、地底へ続く縦穴に入っていってます!!」

「は?………あぁでもこのっ……くそっ」

 

今すぐ行きたいけど…今この山を私が離れたら………でも地底へ今すぐに向かいたいし……あぁもう!さとりん達が心配だ!

 

「行ってきてください」

 

突然椛もやってきた。

 

「椛……でも」

「どうせ自分がいなきゃ、とか考えてるんでしょう」

「え?」

 

敵を斬り伏せて私に向き直る椛。

 

「あんまり侮らないでください、私たちは別に、あなたがいなくたってなんの問題もないんです」

「そうです、もとよりいないものだと思って作戦立ててたんですから。ここは私たちのことを信用して行ってください」

 

椛と文に立て続けにそう言われる。

 

「これは向こうが俺たち妖怪の山にふっかけてきた喧嘩だ。自分たちのことくらい自分たちでなんとかしてみせるさ、行ってこい」

「柊木さん……ごめんみんな」

「謝ってないでさっさと行ってください。大切な友達、なんでしょう?」

「…なんかその言い方腹立つ!」

 

文にそう言われ、縦穴のある方向へ向き直る。

 

「チルノ、お前はるり達のとこで大ちゃんと一緒にいてくれ」

「なんで!あたいはまだ……」

「頼むよ」

「…わかった」

 

その返答を聞いた瞬間に体を浮かせて縦穴の方へと全力で向かう。

 

 

 

 

 

 

「どけや雑魚どもおお!!」

 

叫びながら妖力弾を発射していくつも大爆発を起こし敵を蹴散らして、敵の中を突き進む。

確かに、縦穴に向かっていくにつれて敵の数がだんだん減っているような気がする。

 

「楽しめそうなやつがいるじゃねえか!」

「どけって言ってんだろうが!!」

「どかしてみろもじゃもじゃああ!」

 

正面を大きな体の妖怪に塞がれるが、構わずにそのまま突撃する。

 

「こい!」

 

妖怪と私の妖力のこもった右腕がぶつかる。その瞬間に周囲に衝撃波と私の体に大きな振動がやってきた。

 

「どっちかがぶっ倒れるまでやり合おうぜ!」

「無理」

 

腰に刺さっている黒い刀身の刀に手を伸ばした。

その直後、妖怪の右腕が宙を舞っていた。

 

「どいてろ」

 

その妖怪の顔面を思いっきり殴ってぶっ飛ばした。

トドメ刺してる時間ない、私ははそのまま縦穴へと入って行った。

 

「無事でいてくれよ……頼むから」

 



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始まる苛烈

「………すっごい荒らして去って行きましたねあの人」

「今の爆発で敵半分くらいは吹き飛んだだろ」

 

ああいう人が敵にいないのは本当に幸運でしたね……最初毛糸さん向こうにいたけれど。

文さんは空から今の爆発で状況がどう変わったか見に行くと言ってまた去っていった。

 

「それにしても地底、ですか」

「何するつもりなんだろうな、地底なんて鬼とその他もろもろぐらいしかいないだろ」

「その鬼が目的なのかも知れませんよ」

 

敵を傀儡にしているのは誰か、未だにわからない。その誰かをさっさと仕留めてしまえば敵の勢力も減るだろうに。

 

「その鬼を自分たちの手駒にするのが目的ってことか」

「まあ向こうが何考えてるのか知らないですけどね。下は私たちには関係ない話なので、毛糸さんが帰ってくるの待ちましょう」

 

もし本当に鬼を手駒にしようとしてるのなら、自分の術に相応の自信があるのか、鬼を舐めくさっているのかのどちらかだろう。

 

「で、どうするつもりだ。何か考えはあるのか」

「そうですね……あの爆発で奴が爆散していたらそれはそれでよかったんですけど、どうやら生きているみたいですし」

 

特に傷一つついていない奴の姿が視える。ついでに顔から血を流して右腕を切り落とされている奴の姿も。………毛糸さんだろうなぁ。

 

「まあ倒し方は既に考えてあります」

 

柊木さんに私の考えを伝える。

 

「……本気か」

「この状況で冗談を言う必要性はどこにあるんですか」

「えらく自信満々だなおい」

「それで、乗ってくれるんですか?」

「……あぁ、わかったよ、やりゃあいいんだろ」

「ありがとうございます」

「ったく……本当めちゃくちゃだよなお前。やるからには絶対に決めろよ、俺の命かかってるからな」

「任せてください、言ったからにはやり遂げますよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

地底の穴を降りる途中にも妖怪たちがいた。とりあえず全員ぶん殴って壁に叩きつける。めり込む奴もいれば、下に自由落下していく奴もいる。

 

でも地底を襲いにいくには、いささか戦力不足なのではないだろうか。地底に鬼がいるってのは、まあ噂程度かもしれないが知れ渡っているはずだ。

ぶっちゃけ雑魚妖怪がいくら束になろうと地底を攻め落とせる気はしないんだけれど……それほどまでに鬼ってのは強い。勇儀さんはもちろん他の一般鬼もかなり強い。

 

まあ一旦様子見に行って、大丈夫そうだったらすぐ上に戻って文達の手伝いしに行こう。

 

 

 

 

 

 

 

 

「って思ってたんだけどなぁ」

 

色々と情報量が多い……

突然右の方から鬼が殴りかかって来たからしっかりと体に妖力を纏わせて防御する。

体に強い衝撃がくるがしっかりと受け切って、腕を掴んで地面に叩きつけてさらに蹴っ飛ばしておく。

 

「今の様子…私を敵って勘違いしてたわけじゃなさそう」

 

上でも見た操り人形にされている妖怪達、それらと同じような状態になってるように見えた。要するに鬼達が私のことを容赦なく殴ってくるってことだ。

私、一応鬼に顔は知られてるんだけどな、ちょっとだけ。

 

「ってなるとさとりんがますます心配になってきた」

 

早く地霊殿に向かいたい

 

「のになぁ!!」

 

前方から鬼が1、2、3、4……8体くらい現れた。

 

「めんどすぎだろおい…ってあら?」

 

4人の鬼が4人の鬼と戦っている。ってことはこの状況はあれか……傀儡にされてるのが4人で、マトモなのが4人ってことか。少なくとも正気の鬼はいるみたいでよかった。全員操られてたら頭抱えて地底を爆破して回ってるところだった。

 

とりあえず操られてる方に狙いを定めて、妖力を腕に込めて四人まとめてぶっ飛ばす。

重い手応えがくると同時に妖力弾を飛ばして爆破しておく。

 

正直並の妖怪なら肉片になってるけれど、鬼だからこのくらいやっても重体くらいで済んでるだろう。

 

「あんたは…」

「今の状況を教えてもらっていい?」

「あ、あぁ。突然鬼の半分くらいが急に正気を失って俺たちに襲いかかって来たんだ。他にも地上の妖怪が突然やって来てもうめちゃくちゃだ」

「勇儀さんは?」

「あの人なら、もう少し奥の方で暴れ回ってる」

「わかったありがとう、他の鬼はぶっ飛ばしちゃうけど許してね」

「あぁ構わない、むしろ思いっきり殴って正気に戻してやってくれ」

 

そう言われたら遠慮なしにブン殴るしかないなぁ。

 

って正面からいっぱい妖怪きよった。

 

「多い多いってもお!」

 

妖力弾を乱発して紛れていた普通の妖怪達を吹き飛ばすが、その後の爆煙の中から鬼が二人殴りかかってくる。

氷の壁を作って防御するが一瞬で粉々にされる、そんなことはわかりきっているので、氷の壁を壊された瞬間に懐に潜り込んで大きめの妖力弾を至近距離でぶっ放した。

鬼二人を少し押し戻して大きな爆発を起こした。……まあ生きてるっしょ!

 

「てもうまた来たよこいつら……」

 

鬼が三人……よし。

足場を凍らして、氷の箱を作ってそこに捕まえる。氷には妖力を込めて頑丈にしておく。

 

「このまま相手し続けててもキリないから突っ切る」

 

妖力弾を後ろで爆破して氷の箱ごと凍った地面を爆走していく。進むたびに地面を凍らせて止まらないようにする。

鬼がゴンッて音出して轢かれたけどうちの氷は頑丈なので関係ない。そのまま地霊殿のある方向へと突き進んでいく。

 

 

ある程度進むと、とんでもない轟音を立てて暴れ回っている人を見つけた。

氷の箱から飛び降りてその人に会いにいく。

 

「勇儀さんっぐっはぁ!」

「あぁん?……あ、毛糸か!」

 

近づいた瞬間に殴られた……思いっきり殴られた……

 

「ちゃんと相手見てよ!咄嗟に防御しなかったら肉片になってるところだわ!」

「いやーすまん、でもよく防いだな、成長してるんじゃないか?」

「そりゃ初めて会った時よりはマシになってるでしょうよ…」

 

多分体の骨の当たるところにヒビが入ってるから再生しておく。

 

「こんな時じゃなきゃ少し手合わせしてたところなんだけどな、生憎見ての通り、同族達が正気を失っててな、殴っても殴っても起き上がって来て手が空かないんだよ」

「こんな時じゃなくてもあんたとは絶対に戦いません!」

 

でもまだ周りには鬼がうようよいる。普通の妖怪は鬼達との戦いに巻き込まれて既にやられてるしすぐにやられる。だけど鬼はやっぱりタフだなぁ…日頃から殴り合ったり勇儀さんにも殴られてるだろうから尚更か。

 

「お前の言いたいことはわかる、さとりはどうなってるかだろ」

「……まあ」

「悪いんだがわからないとしか言えない、誰も地霊殿に向かってないってのだけらわかるんだけどな」

 

誰も向かってない?

そりゃあ、鬼で手一杯って考えるなら地霊殿を襲撃するほどの余裕がないってのも考えられるけど……私には余計な邪魔が来ないようにしてるように思える。

 

「割と最近だったか、私言ったよな」

「え?」

「さとりのこと、よろしく頼むって」

「…あ、あー」

「そういうことだ、頼めるか」

「………もちろん、そのために来たんで」

「…そうか、やっぱりいい奴だな、お前は」

 

そう言いながら鬼を殴り飛ばす勇儀さん。………凄い音なってるんだけど。

 

「じゃあ一発ぶちかますからちょっと離れててくれ」

「へ?あ、は——」

 

私が離れる前に勇儀さんが思いっきり腕を振るった。

ものすごい風が後ろにいた私にまで伝わってきて、吹き飛ばされそうになる。……なんか違和感。

 

「————」

 

あれ……何にも聞こえない、なんか勇儀さんが喋ってるけど何にも聞こえない。

 

………これ鼓膜やったわ!!

 

「——い、おーい、聞こえてるかー」

「よかった治った……あ、はい聞こえてる聞こえてる」

「そうか、道は開いたから向かってくれるか?」

 

そう言った勇儀さんが指さした方向を見ると、あれだけ群がっていた鬼とその他有象無象たちが綺麗さっぱりいなくなっていた。

あと地形がすごい抉れ方してる。

 

「私はこの馬鹿どもの相手をしなきゃならない、頼んだぞ」

「すぅ……わかった」

 

地霊殿へと全速力で向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「えー!毛糸さんどっか行っちゃったんですか!」

「みたいだね……」

「困りますよ!もしここまで到達されたら誰があたしたちを守るっていうんですか!死にますよ!あたしすごいあっさり死にますよ!」

「少しは自己防衛する意思を見せろ!」

「守ってくれるなら守ってもらいたいじゃないですか!」

「全く……とにかく、いない奴に頼ろうとしてもしょうがない。それに随分と向こうの勢力を爆破してくれていったみたいだし」

「あ、あれ毛糸さんだったんですか……」

 

あの爆撃のせいで敵の数も随分減ってしまっている。もうあの人一人でいいんじゃないかな……

事実あの人一人で敵全員壊滅させられただろうし……本人あんまり自覚ないみたいだけれど、毛糸さんは大妖怪と言われてもおかしくないくらいの力は持っている。随分と温厚で親しみやすい大妖怪だけど………

 

「正直、今の敵の数から考えたらもう負ける要素はないんだけど……文が言ってた二人の強そうな奴ら。それだけが不安要素だね」

「一人は椛さんたちに傷をつけてた刀を持ってる女の妖怪で……あと一人はどんなでしたっけ」

「さあね。もうすでに毛糸にやられてるんじゃない?」

「ありえる……」

 

だから毛糸さんはやろうと思えばこの山くらい……温厚でよかった!あの人優しくてよかった!本当に!

思えばあの人に結構救われてるんだよなあたし………

 

「るり、今の気分はどう?」

「最悪ですね、もちろん。なんでです?」

「いや、ほらあのさ、るりはその……なんて言えばいいだろう」

 

なんだろう…あたしはどうしようも無い引きこもりで人見知りで働こうとも戦おうともしない生きてる価値のない奴って言いたいのかな…

 

「お前って人一倍こういう争いとか嫌いだろ?他人とも関わりたくないし、色んなこと溜め込んでるし……」

「あぁー……まあ、そうですね」

 

既になんか打ってる銃の反動が凄いせいでそれなりの衝撃が溜まってるんだけど……これ多分にとりさんがそうなるように改造したと思うんだけど、今は気づいてないふりをしておこう。

 

「るりが一回、この山を抜け出して毛糸のとこに行ったことあったろ?あれからるりが傷ついてないか結構気にしててさ……」

「あー、なんかここ最近ずっと優しいなって思ったらそういうことだったんだ……」

 

………本当に、この人に出会ってよかった。

 

「にとりさんって忙しいですよねぇ」

「え?」

「毛糸さんの心配して、あたしの心配して……なんなら河童全員とか、もっと大きなものまで心配してる。本当に、心配性です」

 

にとりさんや毛糸さんに出会ってなければ、あたしは例え戦いが起こったとしても部屋に引きこもっていただろう。きっと、死んだとしても誰にも気付かれずに。

 

「こんなどうしようもない奴をこんなに気にかけてくれるのなんてにとりさんくらいですよ。あたしがここにこうやって立っているのはにとりさんに恩返しがしたいからです」

「お……おう」

「こんなどうしようもない屑野郎でも、誰かの役には立ちたいじゃないですか」

 

もちろんにとりさんや毛糸さんだけじゃない。あの……鴉天狗の……文って人と、あの怖い目つきの……柊木?って人とあのすっごい怖い椛って人。………記憶は曖昧だけど、役には立ちたい。

 

「とにかく!あたしが今こうやって生きているのは紛れもなくみんなのおかげなんですよ。だからあたしのことはそんなに気にしないでください。今まで通りであたしは十分幸せです」

「そっか……そっか」

 

そう話しているとチルノちゃんがこちらにやってきていた。

 

「あれ、どうしたんだろう」

「毛糸がここに居てくれって」

 

……あー、なるほど。

毛糸さん、チルノちゃんのこと心配して大ちゃんがいるここに行くように指示したんだ、あの人も結構心配性だなぁ。

 

「向こうのほうに大ちゃんいるから、一緒にいてあげて」

「わかった」

 

……少し寂しそうだな、あの子。

 

「もっと毛糸の役に立ちたかったんだろうな」

「にとりさん…?」

「あいつはどこか……私たちと距離を取ってるからさ」

「そうですか?」

「うん、なんていうか……何か隠してるというか、押さえ込んでるというか……何かを抱えてるくせして、私たちには何も話してくれないから」

 

それであの子はちゃんと毛糸さんの役に立たなくて……

 

「!これは……」

「お出ましみたいだね、奴の」

 

双眼鏡で前線を見てみると、木々が大量に薙ぎ倒されていた。

あの時と同じだ。

 

「椛たちに期待するしかないなあ」

「ですね……」

 

あたしたちのいるところになんの被害と及ばないとは限らない、しっかり備えておかないと。

チルノちゃんと大ちゃんに何かあったら毛糸さんに顔向けできないし………



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白狼の意地

「来たか」

「みたいですね」

 

奴の太刀筋から飛んでくる斬撃を予測して、先に体を動かして斬撃が飛んでこないところへと体を動かす。

想像通りの場所へ斬撃が飛んできて、木々薙ぎ倒し地面を切り裂いた。

 

「まともに食らったらひとたまりもないな……」

「当たらなければなんの問題もないんですよ」

「それができたら苦労しないんだよ」

「…ん?何君たち、まだ生きてたの」

 

やってきた奴が少し驚いたように俺たちを見つめる。

傷を負ったと言えば負ったが、椛も俺も動くのに支障はない程度だ、多少傷は傷むがこの程度で根を上げてちゃ到底戦いを続けられない。

 

「来ましたね……宣言してやります」

「何、雑魚天狗が調子乗ってるの」

「その首を斬り落として敵に晒してやる」

 

奴を指差して物騒な宣言した椛。

 

「……ぷっ、くくくっ…あっはははは!え?なに?君みたいな雑魚天狗が?私の首を?あんまり笑わせないでよ」

 

心底おかしそうに笑っている、まあ正直俺も椛の正気を疑うが。

 

「あのねぇ……力の差ってのは理解した方がいいよ。そうやって雑魚は雑魚らしく慎ましく生きるのが、長生きする秘訣だよ」

「雑魚雑魚って、語彙それしかないんですか」

「よく口が回るねえ」

「おい椛、その辺りにしておけ」

「あいにく、暇だったら君たちをしっかりといたぶってあげるんだけどさ。さっきうちの雑魚たちを爆破してったあの……白い毬藻?あれを探して殺してやらなきゃいけなくてさぁ………」

 

構えを取る敵。

 

「さっさと終わらすよ」

 

縦、横、切り上げ……刀を振るたびに尋常じゃない範囲と威力の衝撃波が飛んでくる。

でも予備動作はわかりやすい、当たれば重症だが当たらなければ全然戦える。

 

「お、躱せるんだね。思ってたよりは雑魚じゃないみたいだ」

「はっ、お前の太刀筋なんぞそこそいつに比べたら鈍間だわ」

「全くですね」

 

散々あいつの攻撃をこの身で受けてきたからわかる。

椛の動きは、隅から隅まで研鑽された動きだ、隙のない上に様々なことに柔軟に対応できる動き。

対してのこいつはなんだ、ちょっと切れ味がいいだけでその辺の白狼天狗となんら変わりない。

 

「そんな攻撃じゃその白い毬藻見つけても返り討ちなんじゃないか?」

「ほう、言うねえ。じゃあ君たちはあの毬藻の居場所を知ってるのかな?」

「知らねえなぁ!」

「しらばっくれるか、じゃあ死なない程度に痛めつけて聞き出そうかな」

「随分大口を叩きますね」

 

椛が隙を見つけて斬りかかるが、刀を向けられ斬撃が飛んでくるすんでのところで回避した。

 

「受けれないというのは厄介ですね」

「全くだな」

 

相手、妖力量がかなり多い。

妖力自体の強さもそれなりだが、妖力量はどこぞの白いもじゃもじゃくらいにはあるんじゃなかろうか。正直俺とは少し次元が違いすぎてよくわからんが。

 

その妖力量にものを言わせてどんどん妖力を刀に纏わせて見境なく振り回してくる。お陰でこちらは様々なことに神経を使わなければならない。

いくら避けれているとはいえ、当たれば一撃で死が確定する攻撃を避け続けるのは冷や汗が流れてくる。それは椛も同様らしい。

 

俺は反応さえできれば体を硬くして耐えることができるが、椛は刀一本を折ってやっと死なない程度の威力に抑えられていた。

つまり刀で防御しようと、受けることができても刀が折れて攻撃手段を失ってしまう。

 

敵の姿勢、刀の向き、視線。

自分の体勢、周囲の地形、視界を遮れる遮蔽物。

 

全てを即座に判断して頭に叩き込み、最善の選択肢を取り続ける。

 

「動き回るねぇ、全然攻撃が当たらないや」

「この山は私たちの縄張りです、あなたのような闇雲に刀を振っているだけの奴の攻撃なんぞ当たりませんよ」

「そうかぁ……それじゃあ、少し速度を上げていこうかな」

 

あいつ……煽りやがって。

 

 

 

 

 

敵がそう言った瞬間、攻撃が加速した。傍目から見ればそこまでの違いはないと思うかもしれないけれど、相手にしている身としては速度を変えられるだけでこちらの調子が狂う。

 

「大丈夫ですか柊木さん」

「ま、まあな…てかお前煽ってんじゃねえよ」

 

こちらとしては煽ったつもりは全くないんですけど……

にしても、向こうはまだまだ全力を出していないのは事実だろう。あれだけの有象無象の集団をまとめるだけの力は持ち合わせているというわけだ。

 

どう見たって私たちのような普通の妖怪より上の存在……だけどそこまで長くは生きてきていないのだろう。

そんな中途半端な存在故に……

 

「きっと、上を知らないんでしょうね」

 

あの自信満々な言動、きっと負けたことがないのだろう。自分より格上の存在を知らないのだろう。

きっとここで仕留めずとも、どこかで大妖怪に勝負を仕掛けて消されていそうな奴だ。

だからこそ…

 

「やる気が出てくるってものですね」

 

柊木さんと目が合うと同時に、今まである程度固まって動いていたのを一気に二手に分かれる。

柊木さんが相手の背後に周り、私が敵の攻撃を避け続ける。柊木さんに攻撃を入れようとした相手にはすぐさま肉薄し、柊木さんを攻撃対象から外す。

逆に私に攻撃が続きすぎたのなら柊木さんが肉薄して自ら狙われる。

 

「鬱陶しいなあ!」

「そういうやり方ですので」

 

所詮は自分の元々の強さに自惚れて研鑽を重ねてこなかった相手だ。きっと今までは最初の一撃のように不意打ちで相手を殺してきたのだろう。そしてそんなやり方で自信をつけてきた。

だからこうやって、攻撃を当てられない敵、それも二人に攻撃を仕掛けられるとなかなか対応できない。

 

自分の反射神経や身体能力に頼り切った動きでは、いつか限界が来る。

 

敵の刀を握っていた手が一瞬緩んだのを見て、即座に二人で敵に接近する。

 

私の攻撃の方が早かったが、それは敵に素手で掴まれて抑え込まれる。そのまま刀を振り下ろされそうになるがその背後から柊木さんが攻撃を仕掛け、奴の背中を切り裂いた。

そうして私の刀を掴んでいた手の力が緩むと同時に、その手ごと奴の胴体を切り裂いた。

 

一太刀入れた後は二人とも一旦距離を取る。

 

「ふぅ…ようやく一撃、入りましたね」

「あぁ、俺のも入れたら二撃だけどな」

「細かいですね」

「ぐうっ……この雑魚どもがぁっ…」

「その雑魚どもに攻撃を入られてるのはどこのどいつだ、あぁ?」

 

………柊木さんも煽ってますよね。

 

「もういい、お前らは絶対に生かさない……必ずその体を細かく切り刻んて殺してやる」

「柊木さんが煽ったせいで彼女怒っちゃったじゃないですか」

「沸点の低いあいつが悪いんだろ」

 

敵から今までにないほどの怒気と殺気が感じられる。というか、今までこれほどの殺意を感じられなかった方がおかしいような気もするけれど。

 

「舐めやがって……殺す!」

 

今度は敵がこちらに急接近してくるが、その瞬間に二人ともその場から離れる。

 

「どうしたどうした、口調が崩れてるぞ」

「そうですよ、そうやって殺すとか簡単に言うと弱く見えちゃいますよ。そんなに雑魚に苦戦するのが悔しいですか?」

「黙れぇっ!!」

 

どうやら随分とお怒りなようだ。

確かに怒りと明確な殺意によって攻撃の速度は上がったが、さらに攻撃が単調になってむしろ避けやすくなっている。

 

………いや、これは……

 

「柊木さん来ます!」

「わかってる!」

 

敵の刀が発光し始めた、妖力を多く流し込まれている証拠だ。

 

「死ね雑魚どもぉ!」

 

相手が刀を誰もいない方向に振り下ろす。

その瞬間周囲を大量の妖力が包み、無数の斬撃が大地を切り刻んだ。

 

「っ!」

 

幸いにも刀から直接放たれる斬撃よりはかなり威力は低いが、流石に数が多すぎて捌き切れない。切り傷をかなり負ってしまった。

 

「大丈夫か」

「えぇ、なんとか」

 

どうやら柊木さんは体を硬くして全て防げたようで、切れているのは服だけだ。

しかしこれを何度もされると身がもたない……

 

始めますか。

 

 

 

 

 

 

 

 

「柊木さん、やりましょう」

「っ!」

 

椛のその言葉を聞いて急いで敵から距離を取る。

 

「……やるんだな」

「はい、お願いします」

「はぁ………絶対に決めろよ、じゃなきゃ俺は確実に死ぬ」

「約束しましょう、失敗はしないと」

 

椛との合図で、俺が敵の前に立ちはだかり、椛が後ろで膝をつく。

 

「どうしたぁ!一人で私の技を受け切るつもりかぁ!」

「あぁそうだ、ごちゃごちゃ言ってないでさっさと仕掛けてこい」

「舐めてんじゃないよ!」

 

刀に妖力を流し込み、それを後ろへと投げ捨てる。

すぐさま体に妖力を纏わせてさらに硬質化、俺の出せる最大の硬度を出す。

 

ふと文の言葉が脳裏に浮かんだ。

 

三人とも生き残る……か。

まあ、せいぜい耐え切ってやるさ。

 

「跡形もなく微塵切りにしてやる!」

 

 

刀が一度振られた。

両腕を目の前で交差させて受け止める姿勢を取る。

鋭い痛みが両腕に走る、次に左足、右腕、右腕と左足、また両腕、胴体………数え切れないほどの斬撃がこの身に降り注ぐ。

 

体が削れ、切れてゆく。言葉も出ない痛みに意識が飛びそうになる、だがそれをひたすらに耐えて、耐え続ける。

 

切り裂かれた場所から硬くしていく、肉から骨まで、硬く。

己の全てを硬く。

 

限界まで自分の命を削り、時間を稼ぐ。

 

 

 

どれほど攻撃を受け止めただろうか。

 

果てしなく長く感じられた時間の中、唐突に足が崩れた。傷で力が入らなくなってしまっていたようだ。

 

そのまま斬撃が飛んできて、俺の体を弾き飛ばす。

体が空中に投げ出され、意識も朦朧とする。今すぐにでも気を失ってしまいそうだ。

そんな時に声が聞こえた。

 

「流石です、よくぞここまで……」

 

準備が完了した様子の椛が視界に入ると、自然と口から笑みが溢れた。

 

「ここまで耐えたんだ……きっちり決めろよ」

「任せてください、約束は必ず」

 

その言葉を聞くと、俺はそのまま意識を手放した。

 

 

 

 

 

 

 

意識を失った柊木さんと入れ替わるように戦闘に出る。

 

「どうした今更出てきて!そいつは囮かぁ!?」

「その通りですよ」

「仲間を見殺しにしたか!そいつは傑作だなぁ!」

「死んでませんよあの人は、寝てるだけです」

 

そのまま敵に向けて刀を振るう。

大きな金属音を立てて刀と刀がぶつかり合った。

 

「え?」

「間抜けな声出してどうかしましたか?」

「なんで……なんで斬れてないんだよ、その刀!」

「さあ?その矮小な脳味噌で考えてみたらどうです?」

「このっ…!」

 

どうやら今まで斬れていたはずのこの刀が斬れずに相当焦っているようだ。

闇雲に振られる刀を全ていなし続ける。

 

刀が折れない理由は至って簡単だ。この刀は私のものではなく柊木さんのものだ。

 

柊木さんが攻撃を受け止める前に後ろに投げられた刀を私が受け取り、柊木さんが耐え続けている間私の妖力も流し続けていた。

 

本来なら質の違う妖力は反発して合わさることはない、だが同じ種族の、同じくらいの強さの妖力という条件が揃うことによって、柊木さんが時間を稼いでいる間に妖力の流れを操作して、刀を折れないように強化した。

 

自分のものではない妖力を操るというのはここまで骨が折れるものなのか。だけどそのおかげで、妖力を操ろうとするその過程で様々な感覚が限界まで研ぎ澄まされている。

 

これでやっと…正面から奴を斬れる。

 

「さあ、出せるものを全部出し切ってみろ、その全てをこの私に向けてみろ」

「ほざけぇ!」

 

私の言葉にさらに激昂して倒れていた柊木さんに斬撃を放つ敵。

だがそれが直撃する寸前で柊木さんの姿は消えた、鋭い風と共に。

視界の端に黒い翼が目に入った。

 

「文さん、ありがとうございます」

「くそったれえ!!」

 

今までで一番の妖力が相手から溢れ出る。

身体強化、おそらく速さもかなり上がっていることだろう。

だけどそれに臆することはなく、私は刀を構えて口を開く。

 

「私たち向けられた侮辱は白狼天狗という種族全体への侮辱と見做し、そしてそれは万死に値する。貴様に斬られ散った同胞達の無念は、この私が貴様の死をもって晴らす。…それとは別に個人的な拘りでお前を殺す」

 

高速で刀が私に振り下ろされる。

そのまま何十回もの斬撃が、空気を切り裂きながら飛んでくる。当たれば即死、死んでも数々の斬撃がこの体を切り刻むことだろう。だけど……

 

「すぅ……」

 

その全てを見切り、懐に潜り込んで刀を斬撃の間を縫うようにして相手を捉える。

次の瞬間、敵の刀は折れていた。

 

「——え?」

「死ね」

 

刀を折られて唖然としている相手の首に、刀を振るった。

あっけなく、その首は斬れてしまった。

 

斬り落とされた首が宙を巻い、頭を失った胴体は力なく倒れる。

 

「ふぅ……終わった…」

 

刀に維持していた妖力を解放し、全身の力を抜く。

 

 

気配を感じて振り返ると、意識を取り戻した柊木さんと文さんがいた。

最初は引くような顔を見せた柊木さんは、段々と柔らかい表情へと変わっていった。

 

「お前ってほんと……化け物だな」

「……ふふっ、そうかもしれないですね」

 



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河童と妖精の一撃

「……ん?」

「どうした?」

 

椛達がおそらく敵と戦い始めて轟音が響いてる中、双眼鏡で遠くを覗いていたるりが声を出した。

 

「なんか……厳つい人がこっちに来てません?」

「あ?ちょっと見せて………」

 

るりの言った通り、双眼鏡を覗いてみると大柄の男が真っ直ぐこちらに向かってきている。

 

「多分白狼天狗達が刀を持ってる方のやつと戦ってて、そのまま通しちゃったんだろうな……」

「どどどうするんですか!」

「どうにもこうにも、鴉天狗達がどうにかしてくれるのを祈るしか…」

 

そう言ってるうちに鴉天狗達がその男へと突撃していく。が……

 

「………普通に負けてません?」

「普通に負けてるね………総員撤退の準備だ!急げ!!」

 

何故か片腕がないが、それでも鴉天狗達を容易に倒している。河童なんかが近寄られたらまず終わりだろう、通信機に撤退するように告げて銃を手に取る。

 

「どうするんですか?」

「どうするもなにも、時間稼ぎだよ。このままじゃ確実にここにいる河童全員が死ぬ、誰かがやらなきゃいけないしね」

「そんな…それならあたしも残ります、にとりさん一人置いて逃げられません」

「るり……」

 

椛たちはまだ交戦中だろう、急なことだ、増援も来るには時間がかかるだろうしあまり期待できない。

正直死んでしまう確率も……かなり高い。

 

「駄目って言っても残りますよあたしは」

「ううん、ありがとう」

 

巻き込みたくないという気持ちもあるけれど、正直言って一緒にいてくれた方が心強い。

 

「とりあえず今は鴉天狗達が時間稼ぎしてくれてる、今のうちにできるだけの準備するぞ」

「はい!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんだぁ?もぬけの殻じゃねえか」

「残念ながら、今ここにいるのは私たちだけだよ。………あれ、あの妖精の二人どうした?」

「二人ならどこか安全なところに隠れるように言っておきましたよ」

「そっか。ま、そういうわけで私たち二人が相手だ」

 

周囲を眺めて不満そうな表情を浮かべる男。こうやって肉眼で見てみると右腕は綺麗に切り落とされているし、顔面にはかなりの傷を負っている。

 

「河童二人が相手か……つまんねえな」

「あ、あたしたちを舐めてると痛い目みますよ」

「お前ら、あの白いもじゃもじゃのこと知ってるか?」

(毛糸だ…)

(毛糸さんだ…)

「あの白いもじゃもじゃ、すげえ強かったなぁ……この俺と正面から殴り合って互角だった。そのあとすぐに右腕切られたんだけどよ」

 

………今毛糸と互角だって言った?切られたってことは刀を使ったってことだけど、少なくとも腕力は同等ということになる。

 

「気づいたらいなくなっててよ……多分地底に行ったと思うんだが、一応こっちに捜しに来てみたんだが……どうやらいないみたいだな」

「よかったじゃないか、死なずに済んだんだから」

「そういう問題じゃねえんだよ、この右腕の借りを返さなきゃならねえし、戦いに決着もつけなきゃなんねえ」

 

こいつ……頭がおかしいのか?なんで自分からわざわざ死ぬようなことをしでかそうとしてるんだ。

 

「しっかしそうかいないのか……地底には行くなって言われてるしなぁ」

「言われてる?誰にだ」

「なんか偉そうなやつ」

「うわぁ…頭悪そう……」

「はぁ……しょうがない。お前らさっさと殺して天魔ってやつを殺すとするかな」

 

左腕しかないくせによくもそんな大口を……私たちはともかく天魔まで本当に倒せると思っているのだろうか。

 

「そういうわけだ、さっさと終わらせてもらうぞ」

「そうかい」

 

男が動き出す前に手に持っていたスイッチをオンにして固定砲台達を起動する。

自動で目の前の男をロックオンし、砲弾を撃ち込む。

 

「おぉ!びっくりした!」

「片手で受け止めるなよ……」

「今のうちに……」

 

るりが狙撃銃を構えて男を狙う。

が、弾丸は当たったのにも関わらず全くもって傷が入っていない。

 

「嘘でしょ硬っ!?」

「そんな豆鉄砲効かねえよ、どうせなら自分の拳でやりにこい」

「じゃあこれでもくらっとけ!!」

 

近くに設置していた砲台から砲弾が放たれ、それは着弾と同時にかなり大きな爆発を引き起こした。

これで少しは……

 

「今のはまあ……それなりだったぞ」

「化け物が……」

 

るりが銃をひっきりなしに撃っているが全く持って効いている様子はない、本人は痒いくらいの感覚なのだろうか。

 

「はぁ、やっぱり河童ってつまらねえな。そうやって自分の身一つで戦えないほど弱い、これほど戦ってても楽しくない奴も珍しいぞ」

「好きなように言ってろ!」

 

スイッチを押して周囲にある設置型の兵器を全て起動させて敵に向けて放った。

とてつもない轟音と爆煙を上げて視界が遮られる、るりも耳を塞いでうずくまっている。

少しは効いてて欲しいが……

 

「………流石にこの程度じゃまだまだか」

「ほらな、こうやって幾ら弾を撃ってもこの程度でしかない」

「この程度って……普通の妖怪なら爆発四散してますよこれ…」

 

正直言ってかなり絶望的だけれど……だからといって何かができるわけでもない。

 

「弱えなあ…」

「……はぁ、あのなぁ…そりゃあ弱い妖怪から強い妖怪まで幅広く存在してるわ!私たち河童は弱いさ!だからこそ自分たちの得意なことで生き残れるように努力してるんだろうが!それを弱いだのつまらないだの……好き勝手言うな!」

「おうそうか、そいつは悪かった」

 

気づけば男が目と鼻の先にいた。

 

「で、熱弁したがそれがどうしたんだ。そのくだらない努力しても弱いままで、殺されるのか」

「っ!」

 

持っていた銃を目の前で構えて防御するが、いとも簡単に折れて吹っ飛ばされる。

 

「にとりさん!このっ…」

 

るりが衝撃波を放ったが、眉一つ動かさない。

 

「そんな……があっ」

「弱い奴は死んで強い奴が生き残る、昔っから変わらないこの世の摂理だ。弱いならさっさと死んどけ」

 

るりが腹を殴られてうずくまり、そこにまた拳が飛んできてこちらに吹っ飛んでくる。

 

「いっつぅ……」

「るり、大丈夫か!」

「むり….死にます……」

「俺は弱い奴が嫌いだ、生きる価値のない屑ども、さっさと死んでおけばいい。俺は俺より強い奴を打ち負かしたいだけだ」

「強い奴と戦いたいなら勝手にやって勝手に死んでろ!なんで弱い奴まで死ななきゃならないんだ!」

「弱いからに決まってるだろ、弱いが故にすぐに死ぬ。そこにいられるだけで目障りなんだよ。だから殺す」

「めちゃくちゃ言いやがって……」

「そのめちゃくちゃを押し通せるのが強いやつなんだよ」

 

不味いな……あちこちに爆弾やら銃やらは置いてるけれど、それを拾いにいく暇もない。

 

「悔しかったら強くなりゃあいい、死にたくなかったら強くなりゃあいい。そんな単純なこともできない雑魚どもが」

「ごはぁっ…」

 

腹に強烈なのをもらってしまう。

遠くの方まで体が吹っ飛ばされた、意識はあるが吐血するし衝撃で脳味噌は揺れて体が動かない。

 

「にとりさん!このっ……ぎっ…」

 

るりもどんどん攻撃を喰らう。

二人とも武器も何も持っていないし……これは本格的に不味いな………相手は腕一本だって言うのに…

 

 

 

 

 

 

 

るりさんが殴られて殴られ続ける。

にとりさんもまだ動けずにいる。

 

河童の二人がただ殴られて傷ついていくのを、私はチルノちゃんと一緒に見ていることしかできなかった。

 

「大ちゃん、やっぱりあたい…」

「駄目だよチルノちゃん、危険だって!」

「でもっ」

 

飛び出していこうとするチルノちゃんを引き止める。

 

「言われたでしょ、安全なところにいてって」

「だからって見てるだけはおかしいじゃん!二人とも死にかけてるのに!」

「そうだけど…」

 

チルノちゃんの気持ちも十分にわかる、でも私たちではどうしようもない。所詮は妖精で、決して強いわけではないのだから。だから毛糸さんもあの河童の二人も私たちを逃したんだ。

 

「あたいは、ここで二人を見殺しにするのは嫌だよ…」

「チルノちゃん……」

「子分の友達もまとめて守るのが親分でしょ!」

 

……チルノちゃんは優しくて強い。

……私も、同じ気持ちだ。

何もできない自分が悔しい、心配ばかりされて私は結局何もできていない。

 

毛糸さんは弱いのに強い。

心の中ではいくら辛く思っていても、平気な顔で、心の底から大丈夫だと言ってくる。本当は辛いはずなのに、私たちを気遣って…自分を騙して……

あの二人が死んでしまったら、毛糸さんはどうなってしまうのだろうか。

 

「……わかった」

「え、いいの?」

「うん、そこまで言われたらしょうがないよ。二人で一緒に毛糸さんを驚かせてやろう」

「ありがとう大ちゃん!」

 

こういう事を言うのは毛糸さんは嫌うけれど、私たち妖精は死なない、傷ついても休みになるだけだ。だから……あの二人を助けたい。

 

「私がチルノちゃんをあいつの所まで連れて行くから、一番強い攻撃の準備しててね」

「任せて!」

 

ごめんなさい毛糸さん。

ちょっと危ないことしちゃうかも。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぐあっ……」

 

……多分これで六本目、流石に骨折れすぎ……

 

「ほらほらどうした、お得意の兵器でなんとかしてみろよ」

「っ……」

 

七本目……身体中のあちこちが痛すぎてもう声すら出てこなくなってきた。

敵の腕力はものすごい……片腕しか使っていないのにあたしの体は既に壊れかけだ。

……まあ、そのおかげでもう既に衝撃は十分溜まっている。やっぱり反動とかよりも直接殴られた方が溜まるのが早い。

だけどこれを普通にぶつけても多分相手が吹き飛ぶだけで致命打には到底ならないだろう。

 

傷をつけられなくたっていい、動きを止められたら、意識さえ刈り取れたら……でも、既に体のあちこちが痛んでまともに動けない。

 

「そこのお前も、まだ生きてるのならこいつを助けてみろよ」

「くそったれ……」

 

にとりさんも体が動かないみたいだ。そりゃそうだ、私よりももっと大きな一撃をさっき入れられている。

動けたとて、また殴られて倒れるのが目に見えているし。

 

「はぁ……お前らじゃあのもじゃもじゃの穴埋めにならねえよ」

「もじゃもじゃもじゃもじゃって……毛糸さんのこと大好きですか」

「好きとかそういうのじゃなくて、殺したいだけだ」

「ぎっ……けほっ…」

 

地面に転がりながら喋っていたら蹴り飛ばされた。……二本追加で折れたっぽい……体が動かない。

それにしても、殺したいだけって…

 

だから他人ってのは嫌いなんだ。何考えてるかわからない、価値観や考え方、何から何まで自分とは違う奴だっている。

その違いも理解せずに、ただ自分勝手に生きて他人に迷惑をかけて……迷惑をかけてるのはあたしも同じだけど。

 

「そろそろ殺すが、何か言い残すことはあるか」

 

虫の息で地面を転がってるあたしにそう問いかける男。

 

「…くたばれくそ野郎」

「そうか」

 

男が左腕を振り上げた。

 

「るりっ!」

 

にとりさんの声が聞こえる。

それと……冷気も。

 

「……あ?」

 

とてつもなく大きな氷が男目掛けて飛んできた。だけどそれはいとも簡単に粉々に砕かれてしまう。

 

「この氷…いや違うな。さっきから隠れて見てた妖精どもか」

 

視線が逸れた。

今しかない。

 

その隙に体を起こして腕を伸ばす。痛みで叫び出してしまいそうだけれど、そんなことをしたらあの二人の作ってくれた隙が無駄になる。

 

「…邪魔しやがって、てめえらも殺してやるから大人しく待っ——」

 

遠くの方に顔を向けていた男の顎を下から右腕で掴んだ。

 

「てめっ……なっ!?」

 

男が左腕であたしを掴もうとしたが、その腕が凍らされて地面とくっついた。

 

「ふき飛べ」

 

右腕に今まで溜まりに溜まっていた衝撃を一気に解放した。私の既に折れている骨にさらにとんでもない反動がやってくる。出した私の体が地面へと沈む。

敵も所詮、体の作りはあたしたちと変わらない、なら、やるべきは脳。

 

顎から衝撃が伝わり、男の脳を激しく揺らした。

 

「がっ………」

「つぅ…………」

 

右腕が強すぎる衝撃を放った反動で変な方向に曲がってしまった。もう体のあちこちが痛くて何もできない……でも、男の意識は刈り取った。

上を向いて失神している。

にとりさんがゆっくりと近づいてきた。

 

「……大した奴だよお前は」

「…えへへ、流石に死ぬかと思いましたよ……」

「二人に感謝だな」

「……そうですね」

 

にとりさんがこっちに近づいてきて、爆弾を男の口の中に押し込んだ。

一つ、また一つと。

 

「ほら、しっかり掴まって。そこにいたら爆発に巻き込まれて死ぬぞ」

「ちょっと動けないんで……肩貸してください」

「しょうがないな…私だって体のあちこちが痛くてしょうがないんだぞ」

「いや絶対あたしの方が痛いです」

「まあそれは……そうかも」

 

にとりさんに肩を貸してもらって、ゆっくりと歩く。

背後から大きな爆発音が聞こえ、爆煙が周囲に広がる。

 

「にとりさん……これ何日引きこもっていいくらいの働きでした?」

「好きなだけ引きこもらせてやるよ、だからゆっくり休め」

「ありがとうございま……」

 

あぁ、駄目だ、気絶する。

……まあ、もう流石に……いい、かな……

 

「お疲れ様、るり」



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感情

「はぁっ、はぁっ……」

 

強制的に見せられた負の感情が私の心の中に入り込んでくる。

幾度となく向けられてきた感情、永らく忘れていた感情。黒く、醜く、汚れた感情。

昔の記憶が甦る、地上にいた頃の、こいしが目を閉じてしまった頃の……

 

「ぐっ……」

「おぉ、効いてる効いてる。気分はどうだ、最悪か?」

「何故…こんなことを……」

「さあな、心読んでみたらどうだ?」

 

サードアイはそれを見せられ続ける。そこから伝わった心が、感情が直に頭へと伝わると。

頭痛、吐き気、動悸……負の感情を見せられ続けて視界も揺らいでいる。

ここまでの強い感情、一体何人を……

 

「あぐっ……」

「そろそろ限界か?さっさと寝ちまってもい——」

 

突如として目の前から男の姿が消えた、代わりに現れたのは、燃え盛るような怒りを抱えた白い髪の人。その人が、私の前に立っていた。 

 

「毛糸さん……」

 

無表情だけど気迫が違う。

無言でそこに立っていたけれど、彼女の感情は、今までに見た方がないほど荒れ狂っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前が首魁か?答えろ、何故こんなことを起こしたか。返答次第では死んだ方がマシと思える目に合わせる」

「いってぇ……あ、その頭は……そうか、お前が噂の白珠毛糸か」

「答えろって言ってんだろ、殺すぞ」

「おぉ怖い怖い」

 

地霊殿のすぐ外、さとりんに何かをしていた男を全力で殴り飛ばした。正直殺す気で行ったんだけど反応されて防御されてしまった。

 

「さとりん、大丈夫?」

「……はい、なんとか…」

 

どう見ても大丈夫そうじゃない、明らかに憔悴しきっている。

 

「何があった?」

「あいつの持っている玉……あの真っ黒い奴です。あれを見せられて……っ」

 

……大体わかった。見せられたくないものを見せられたんだろう、覚り妖怪はその性質上…というか、さとりん自体悪意を見ることに弱いと思う。

あの玉の中にどれほどの悪意が詰まってるかは知らないけれど、見せるだけで苦しむってのは相当だ。

 

「にしても…おいおい、確か俺は結界を張ってたはずなんだが?」

「ぶっ壊した」

「噂に違わぬめちゃくちゃさだなぁ…」

「地上の妖怪や鬼達を操ってるのはお前だろ。もう一度聞く、何故こんなことを起こした」

 

妖力を全開で放出する。

 

「もの凄い殺気だな、まあそうかっかするな。落ち着いて話を聞いてくれよ」

「………チッ」

 

本音は今すぐこいつの身体をバラバラに引き裂いてやりたい。ここまでの憎悪を抱いたのはいつぶりだろうか、この数日で、ここまで。

 

「そうだなぁ……俺は天邪鬼じゃあないが、言ってしまうならこの幻想郷をひっくり返したかったんだ」

「ひっくり返す?」

「昔っからここは力のある妖怪達が支配してるだろ?まあそれは当然のことさ、でもな。妖怪の賢者がやったように結界を勝手に張るなんて暴挙、許されないんだよ。まるで俺たち普通の妖怪達を軽んじてるみたいだ」

「……それで?」

「だからあいつらに痛い目を見させてやることにした。地底にいる鬼や妖怪達をまとめて手下にしてしまえばあの化け物どもにも十分通用するだろ。それで今度はそいつらを操って……そうして、ここを牛耳っていた奴らを全部俺たちの踏み台にしてやるんだ」

 

………はぁ。

 

「どうだ?楽しそうだろ?」

「…まぁ、お前らからしたらそうなのかもな」

「そういうわけだ、悪いがお前も邪魔するなら痛い目見てもらうぞ」

「やってみろよクズが」

 

……まあ、こういう救いようのないバカどもを消すのが紫さんのやりたかったことなんだろうな。

 

「さとりん、こいしはどこに?」

「………」

「…さとりん?」

 

下を向いたまま黙ったままのさとりん。

 

「……なあおい、何か言えよ」

「こいしは……」

 

さとりんが一瞬だけ視線を遠くの方へ向けた。

 

その視線の先ではこいしが血を流して倒れていた。

 

「殺す」

「さっき聞いたから二度も言わなくていいぞー」

 

一々癪に触る……

 

自分のためなら他のやつをどうしたって構わないと思っている。当然のように踏み台にして、ボロボロにする。

私にはその感覚が全く持って理解できない、それが妖怪として正しい姿なのだろうか。

今まで優しい妖怪達と過ごしてきた私にとっては、もしそうだとしても絶対に理解できることはないのだろう。

 

そもそも私はこの世界に居ていい存在じゃない。だからこの世界のことにとやかく言う資格なんてないのかもしれない。

 

だとしても…目の前のこいつを許すわけにはいかない。許せない、許せるはずもない。

今さっき友人を傷つけた、苦しめた、そして二人とも今倒れている。それだけだ

 

憎悪が、怒りが、殺意が、後悔が、際限なく湧き上がってくる。

まるであの時みたいだ、でもあの時とは違って収まる気配はない。

 

「……こいしに何をした」

「こいし…あぁそこの使い物にならなかった奴か」

「あ?」

「覚り妖怪の心を読む力はやりようによっては相手の精神を支配できるからな、今さっきお前が助けた奴は生かしておくつもりだったが、あいつは目を閉じてたからな、邪魔されないようにってな」

「そうか」

 

男に近づいて右腕を思いっきり顔面に向けて押し込む。

できる限りの最高速度でやったはずだが、反応されて両腕で防御される。

 

「おうおう怖いねえ」

 

その防御した両腕を両手で掴み、敵の顔面向けて私の頭をぶつけた。

無防備な敵の頭に頭突きが入り、衝撃で奴の両腕が手から離れるが、奴の足を凍らせて地面に張り付け、そのまま腹に拳を思いっきりねじ込んだ。

 

「ぐはぁっ」

「…死なないか」

 

足の氷ごと吹き飛んでいったが手応えはあまり感じられなかった、無駄に頑丈なようだ。

だがそれでいい、あまり弱すぎると簡単に殺してしまう、もっともっと苦しめてやらないと。

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんて…黒い………」

 

普段のあの温厚な毛糸さんからは絶対に感じられないような真っ黒な感情が、遠くで見てるだけにも関わらず感じ取れる。怒り、殺意や憎悪、それに後悔が彼女の心の中をぐちゃぐちゃに乱している。

多分自分でもわかっていない、あそこまでの感情を抱くことがないから、どうすればいいかもわかっていないんだ。

 

同時に男の思考も一緒に入ってくる。

奴の考えはさっき語っていた通りだけれど、やろうとしていることが不味い。

 

今の毛糸さんは感情の赴くままに動いている。本人も滅多にやらないであろう、相手を本気で殺しに行く動きを。

このままだと一つ攻撃を加えるたびに感情が増幅してしまう、そうなってしまえば奴の思うがままだ。

 

 

 

毛糸さんは何かを失うということを恐れていた。過去に人間の友人を一人失ってから、ずっと。

本人は平気なように取り繕っていても、心の底では未だに後悔と負い目を感じ続けている。本人が本気で大丈夫だと思っていたとしても、彼女はまだその出来事を気にしている。

 

こいしと私という、彼女にとって大切なものを失くしかけた。そのことが彼女の心を乱している。

特にこいしのことは彼女も気にかけてくれていた……だからこそあの姿を見て、あれだけ怒り狂っているのだ。

 

言ってしまえば自己犠牲。

自分より他者の方が断然優先度が高い、友人のためなら命をも平然と命をも懸ける。なんのためらいもなく、それができてしまう。

 

どれほど自分のことをどうでもいいと思っているのだろうか。

どれほど他人のために自分が傷ついてしまってもいいと思っているのだろうか。

 

あの人は……他者を失うのを恐れて、自分を失おうとしている。

 

だから…だからこそ、なんとかして伝えないと。

 

「けいっ……がっ…」

 

身体と頭が痛んで大きな声が出せない、加えて彼女が轟音を上げて戦っているせいで全く聴こえていない。

このままだと……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ひたすらに敵を攻撃し続ける。

でも、殴ろうと、蹴ろうと、斬ろうと、その感情はいつまで経っても消えない。私の中に深く根を張り、増大し続ける。

どうすればいいのかわからない、このままじゃいけないこともわかっているはずなのに、身体が止まらない。

 

奴の体の形が変わる、顔が歪む、血が噴き出る。

それを見るたびに生まれる快感と、負の感情。

そんなのは嫌なはずなのに、感じたくないはずなのに。

 

「このまま俺を殺したらお前は満足か?」

 

黙れ

 

「大切なお友達を傷つけた相手だ、殺したらさぞ気分が良いだろうな」

 

黙れ

 

「激情に身を委ねて殺せばいいさ」

 

黙れ

 

「くちゃくちゃいつまでも喋るなァ!!」

 

奴が一言発するたびに一撃を喰らわす。

奴が一言発するたびに悪意が増幅する。

奴が一言発するたびに理性が吹っ飛ぶ。

 

真っ黒に染まっていく。

氷の剣を作り出して、奴の首を狙う。殺意が、心の奥底から湧いて出てくる。

 

心が濁って、色んな色が混ざり合って、真っ黒になる。

 

「……このくらいか」

 

奴の首を刎ね飛ばす直前に、そう奴が発した。

俊敏な動きで攻撃を避け、完全に剣を振った後の無防備な懐に潜り込まれる。

 

何かが胸へと押し込まれた、その衝撃で身体が大きく吹っ飛ぶ。

 

「ぐっ……」

 

完全に隙をつかれたからか身体の損傷が激しい、まずは立つために足を再生する。

 

「……あ?」

 

足が再生しなかった。

いや、肉と骨は出てきている。

出てきた途端にぐちゃぐちゃになって崩れていく、いくら妖力を流し込もうと、ただ激しく血が吹き出して、形が崩れていく。

今度は腕の肉がぐちゃぐちゃになる、骨が砕けてバラバラの方向に向き、腕から飛び出す。肉は潰れたかのようにむちゃくちゃな形となって出てくる。

 

「ごぼっ」

 

口から血が流れ出てきた。

 

気づいた時には既に胴体も、腕や足と同じように骨が飛び出し肉がぐちゃぐちゃになっていた。再生しようとしても、しようとしたところから潰れていく。

突然、今までに感じたことないほどの痛みが襲ってきた。

今まで下半身が無くなろうが腹に穴が開こうが感じなかった頭が、激痛が、脳を直撃する。

あまりの痛みに声も出ない、というよりは既に喉が潰れて声が出せない。

 

「そうやって自分の感情に呑まれるのがお前の最期だったってわけだ」

 

男が既に地に這いつくばって血の池を作り出してる私を見下ろしてそう言う。

 

「じゃあな」

 

手足がぐちゃぐちゃになり、胴体からは骨が飛び出て、呼吸すらできないような姿になっても、もうどんな感情かもわからないドス黒い何かが私の中で増え続ける。立てと、殺せと、訴えてくる。

でも立てない、意識も朦朧としてきている。

 

………私、今どんな顔してるんだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そんなっ……」

 

毛糸さんの体が、筆舌に尽くし難いほどの悍ましい姿に変わっていく。

肉が飛び散り、骨が砕け、血が流れ落ち続ける。

段々と、彼女の思考が弱くなっていき、やがて……消えた。

 

「いてて…よくもまあ痛めつけてくれたもんだ。まあこれで邪魔者はいなくなったってことだな、ゆっくり、作業に戻れる」

「彼女に……何をした!!」

「そう大声を出すな、頭に響く」

 

明らかに異常だった、あの様子は。まるで存在そのものが歪められているかのように、再生の仕方からおかしかった。ぐちゃぐちゃの状態で、再生していた。

 

「あいつにさっき掛けたのは…まあ呪いか。そいつの抱いている負の感情、それが強ければ強いほど呪いも強くなる。強くなればなるほど、その身を滅ぼす」

「それは…!」

「あぁ、都合良くあいつがとんでもない負の感情を抱いていたからな。あとはこっち側でもっと感情が増幅するように仕向けてやれば、あの汚え肉塊の出来上がりってわけだ。試しにあれを見てみればいい、まだ真っ黒な感情で満ちてるはずだぞ」

「……っ」

 

確かに…もう意識もなく、生きてるか怪しいほどなのにまだ、黒い感情が彼女の中を渦巻いている。

 

彼女が地底に降りてきた時からすでに精神が安定していなかった。よく見る予定はなかったが、何か大事なものを失ったような……

それに彼女は以前にも、一度殺意を抱くと止まらなかったことがあったようだ。今回もきっとそれで……

 

「まあ俺も長話してる余裕ないんだ、そうだな……とりあえずその目をもらっていくか」

「っ!」

「そう怯えるなよ、命取ろうってわけじゃないんだからさ」

 

覚り妖怪にとってこの目は存在そのものと言ってもいい、それほど己の存在の維持に重要なものなのだ。

もしこれが失くなることがあれば、それは覚り妖怪としての死を意味している。

 

でも、今の私には……どうすることも…

 

逃げ出そうにも体が動かない、奴を見ると他に何かを持っていた。こちらの動きを封じる何かだろうか。

 

「それじゃあもらうぞ」

 

男がサードアイに手を伸ばす。

 

 

 

「触んな」

 

その言葉が聞こえる同時に男の体がまた遠くへ吹っ飛び、驚いたような表情を見せる。

 

「お前、なんで……生きてるっ!!」

 

また、この人は私の前に立っていた。



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白い毛玉

真っ黒だった。

 

四肢も、頭も、胴も、痛覚も味覚も聴覚も視覚も触覚も、何もかもがない、真っ黒な世界だった。

 

ただそこで思考する、自分という存在、それだけがいた。

 

次第に真っ黒な感情がやってきた、どうやら私の周りにあった真っ黒な空間は、私の感情そのものだったらしい。

段々と染まっていった、その真っ黒な感情に。

 

色んな出来事が思い出された、怒った。

色んな人が思い出された、後悔した。

 

一つ何かを思い出すたびに、負の感情が私の中に湧いていった。

 

そうやって私の中に感情が湧き続けて、私も真っ黒になって、潰れてしまいそうになった時。

 

白い光が見えた。

ぼんやりとした、丸い形の光が。

 

その光が私の方に近づいてきた、何を考えているのだろうか、そのまま暫く動かなかった。

 

 

動いたと思った時には既に、周囲の暗黒がどこかへと集められていくのを感じた。

 

段々と、私の周りが真っ白になっていく。真っ黒な感情が集められて、押し固められていく。

 

その白い光は私にさらに近づくと、突然私の体が現れた。

不思議なことに、心は穏やかそのものだった。

 

その白い光は私の左腕に近づくと、その押し固められた黒い何かを私の左腕に侵食させていった。

左腕が、指の先から肩まで真っ黒に染まっていく。その時に飛び散った黒い何かが私の体のあちこちに染み付いていった。

 

 

ふと目をやると、白い光がどこかへ行こうとしているのが見えた。

 

その正体が知りたくて、必死に腕を伸ばした、去りゆくその光の存在を知りたくて、動かない左腕を放って右腕で、高いところへ上っていく白い光を掴もうと、必死で手を伸ばした。

 

 

 

 

 

 

気づくと目の前は土が一面に広がっていて、右手には刀が握られていた。

 

何も考えずに立ち上がった。

 

 

 

 

 

 

 

「触んな」

 

さとりんに触れようとしていた奴を殴り飛ばし、そう言い放った。

殴り飛ばした時にやつの持っていた道具がいくつかぶっ壊れているのをみた、案外脆いもんだ。

 

「お前、なんで……生きてるっ!!」

「さあ、なんでだろね、私も知らんよ」

 

さっきまで私の中で暴れていた感情がきれいすっぱりなくなっていた。

他に変わった点と言えば……あ、服がもう真っ赤に染まってる、それはもう血色に。

 

思考できることなんて、その程度だ。

 

「おかしいだろ……あの術は完全に発動していた、十分すぎるほどにだ!なのに何故、お前はそこに立てている!」

「だから知らないって言ってんだろ…」

 

私だってさっきただの肉塊になったと思ったら体治ってたんだもん、よくわからんわ。

いや……答えはもう知ってるのかもしれない。

 

「毛糸さん……あなたは…」

「あぁごめんさとりん、早く終わらすからもうちょっと待ってて」

 

なんの感情もなくそう言う、本当に無感情で、淡白に。

あまりにもあっさりした返答に我ながら疑問を抱く。……まあ、今考えることでもないだろう。

 

今は目の前のこいつをなんとかしないと。

 

「くっ……あまり時間はかけてられない、ここは引くか」

「いや逃げられると思ってんの?おめでたい奴だなぁ」

 

逃げようとする男を追おうとすると、寧ろ奴はこちらへ向かってた。

というよりはこいしに向かっていった。おおよそこいしの目が目的なのだろうが、その前に足元を凍らせて、ついでにこいしの周りを氷で囲んでおく。

 

「邪魔をするな!!」

「するに決まってるだろ何言ってんだお前」

 

足の拘束を抜け出した男は改めて私の方へと向かってくる。

左腕に何かを隠し持っているようだ、多分あれで私の動きを封じて、さとりんから目を奪ってとっとと逃げるつもりなのだろう。当然そんなことをさせるわけにはいかない。

 

「消えろ!」

「お前がな」

 

突き出された左手を右腕で刀を握りながら避け、左腕を斬り落とした。

断末魔を上げる前に口を氷で覆って足先から凍らして目だけ見えるようにしてやった。

 

「欲張ったな、さっさと逃げときゃよかったのに」

 

まあ逃げれても地上地底問わず追いかけられることになるだろうけど。そもそもさとりんのサードアイが目的だったらしいし、ここで諦めるわけにはいかなかったのだろうか。

 

「いいか、よく聞け。私はお前を殺さない、このまま凍らして放置する。氷が溶けたら好きにしたらいい」

 

男の目が動き回る、何を言ってるのかわからないって感じだ。

 

「今の私には、お前を殺したいなんて気持ちはこれっぽっちもない。だからこうする、それだけだよ」

 

未だ納得いかないって目の男から離れて、倒れているこいしとさとりんを右腕で浮かせて運ぶ。

 

「……よかったんですか?」

 

私にそう聞くさとりん。

まあ、自分で考えても不思議だ、本来ならあんな奴生かしておかずにこの手で殺しておくべきだ。そのことは理解している。

けどまあ……よくよく考えて冷静になってみた。

 

「私は許すってだけだよ、私は」

 

二人を運んで、地霊殿の方へと向かっていった。

 

 

………頭が痛い。

 

 

 

 

 

 

 

 

何を考えてるんだあいつは……だがこれは都合がいい、早くここから逃げて立て直しを……

 

「よお、知り合いが随分世話になったみたいだな」

 

っ!?この声は……

 

「ついでに鬼もいいように操ってくれちゃってまあ……覚悟はできてんだろうな、氷漬け男」

 

この姿、この気迫、間違いない星熊勇儀だ!

こんな時に遭遇するなんて……

 

「あいつはお前を見逃すと言ってたが、正直私たちは到底そんなことはできないんでね」

 

やめろ……やめろ……

 

こっちにくるな……

 

「地獄の果てを見させてやるよ、大罪人」

 

やめ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……んがっ」

 

あぁ?………あぁ、気絶したか……

えーと確か、さとりんとこいしを運んでて……地霊殿に入ったところで気絶して……どのくらい経ったんだろう。

 

とりあえず起き……誰か私のベッドに座ってる……?

 

「もう起きたんですか…」

「さささっさちょっ、さとりん…」

「驚きすぎですよ、怪我人を看病することは、別におかしな話じゃないでしょう」

「い、いや、まあ、その…そうですね」

 

私傷はすぐ治るから怪我人って……

 

「ん?今もう起きたって言った?私どのくらい寝てた?」

「半日ですよ、半日」

「あら割と早い……」

 

半日か……あれだけのことがあって半日寝てるだけで済んでるのか……まあまだ正直体はだるい、やっぱり私怪我人かもしれない。

 

「そうだ、さとりんは大丈夫?こいしは?」

「私は今は問題ないです。こいしも、しばらくすれば目を覚ますでしょう。……あなたの心配事ですが、今回こいしはいきなり襲われて倒れていただけですので、私のように悪意を見せられていたわけではないので大丈夫です」

「そっかぁ、よかったぁ…二人に何かあったらどうしようかと……さとりん?」

 

何かさとりんが、下を向いて黙りこくっている。

 

「あの、さとりん……?」

「貴方って人は……本当に……!」

「へ?」

「どうして人の心配ばかりして、自分のことには目もくれないんですかっ……貴方が傷ついたら私が…」

「………」

 

……まあ、そうだよなぁ……

 

「でも、私はほら、なんともないからさ、心配しなっ…なっななに急に抱きついてきてんの!?」

「嘘言わないでください」

「………」

「左腕、動かないんですよね」

 

………うん

 

「それに右目がぼやけてる、右肩も少し麻痺してるし、左足首も上手く動いていない」

「………」

「取り繕うのはやめてください、私にそれは全く意味をなさないこと、わかってますよね……?」

「……ごめん」

 

さとりんの言う通り、視界はぼやけてるし、右肩と左足首も上手く動かない。

多分あの呪いの効力の無くせなかった分を左腕に集めて、うまく集められなかったのが体のあちこちに残っているんだろう。

 

「何がなんともないからよ……貴方はしっかり傷ついているじゃない」

「これは……その………私が…」

「自分が油断してたのが悪いって……馬鹿なんですか、貴方は」

「うん」

「いやうんじゃなくて……もっとこう…誰かのせいにすればいいじゃないですか」

「そう言われてもなぁ……さとりんを恨むのは完全にお門違いだし、あのクソ野郎だって、クソ野郎だけど結局は自分のしたいことしてただけだよ。対立した私が悪い、油断した私が悪い。どうしてもそうなっちゃうよ」

 

結局私はこの世界にいて良いやつじゃない、だから私がこの世界の奴を恨んで良い筋合いなんて……多分ないんだよ。

 

「……その考え方ですよ」

 

私から離れて、真っ直ぐこっちを見つめてくる。

 

「そうやって自分を必要のない存在だと言い切って……私たちが助かっても貴方が傷ついていたら駄目なんですよ、貴方が死んでしまったら私だけじゃない、色んな人が悲しむ」

 

……言いたいことはわかる、わかるんだ。

 

「いい加減認めたらどうですか……貴方がこの世界にいてはいけない存在とか、そんなのは関係ない。貴方が今生きてるのはこの世界で、この世界で貴方は存在している。自分はこの世界に居ていいって……自分の存在を許してあげなさいよ……」

 

………そうだなぁ。

 

「本当に、その通りだよ。私がいなかったらなんていうのはもしもの話であって、今この世界には関係のない話だ」

「だったら…」

「でもさぁ…やっぱり考えちゃうんだよ、自分の存在が歪だって知ってるから。私がいなかったならこんな事は起きなかったんじゃないかって考えるとさ」

 

自分の存在のせいで大切な人が傷ついてしまう可能性があるのなら、私にはそれを命をかけて守る義務がある。

それが私がこの世界に居続けるための条件……って言ったらなんか変な気はするけど。

 

「こればっかりはしょうがないよ…私はそういう奴だから」

「………」

「私にとって大切なものって、友達しかいないんだよ。みんなが私の全てなんだよ」

「…寂しいですね」

「まあ、確かに自分は周りとは違う存在だって考えると少し孤独を感じるけどさ。それでも私は十分幸せだよ、こんな歪なもじゃもじゃを受け入れてくれる世界が大好きで、こんな得体の知れない存在と友達でいてくれるみんなが大好きだから」

 

 

 

 

 

 

 

そう言った後、すこし恥ずかしそうに首をかく毛糸さん。

 

「……強がりです」

「かもね」

「貴方はどうして…そんなに強いんですか」

「幽香さんのせいかな」

「私が言いたいのはそうじゃないって、わかってますよね」

「いやぁ〜……まぁ、うん…」

 

もう一度、彼女の心の中を覗く。

 

「……貴方はあの時、とてつもない苦痛と憎悪を感じましたよね」

「あぁあのぐちゃぐちゃになってた時?流石に死んだかと思ったよ」

「……あの時も貴方は、負の感情を抱いていた」

「…そうだね」

「怯えてますよね、その感情に。二度飲み込まれた真っ暗な感情に」

「さとりんがそう言うなら、そうなんだろうね」

 

彼女は恐れている、自分を飲み込んだあの感情を。

 

「あぁなると頭がぼーっとしてさ……怖いんだよ、相手を殺す事で満足しようとしてる私が。あの真っ黒な世界が」

「……なら、そう言えばいいじゃないですか。心の中の貴方は、それが怖くて怖くて仕方がなくて、泣き出してしまいたいって思ってるのに」

「泣いたって何も解決しないし」

「感情を吐き出す事は大事です」

「泣く事はないでしょ」

 

これだ。

これが彼女の強がりだ。

本当は全然大丈夫じゃないくせして周りには平気だと自分を偽る。相談するだけしても、結局一人で抱え込んで、押し込めてしまう。

 

「自分は他人に頼っちゃいけない存在だなんてつまらない事、考えないでください」

「そんな事は…」

「じゃあもっと、貴方のその大切な友人に頼ればいいじゃないですか。貴方の周りには沢山の人がいるのだから。私だって……私という種族が貴方や地底のみんなを巻き込んでしまったって考えてるんですよ」

「………」

 

他人を心配することだけを考えて、誰かに心配をかけることを考えない。

 

「辛いなら投げ出してしまえばいい、泣きたいなら涙を流せばいい、寂しいなら誰かを求めればいい。………これだけ言っても貴方はきっと、これからも変わらないんでしょうね」

「………かな」

 

私は……この人のあんな姿なんてもう二度と見たくない。

 

「でもさ…わかったんだよ、自分のことが。ここに来て、ようやく」

 

そう言った彼女の顔を見ると、とても穏やかな表情をしていた。

 

「それは……」

「私の正体とか、なんで私はこんななのかとか、今まであった謎とか………やっと全部答え合わせできそうなんだ」

「そう…ですか」

「だからさ、大丈夫。今私は自分のやったことで後悔もしてないし、悲しんでもないよ」

「そんな言葉…」

「そう思うんなら私の心を覗けばいい」

 

…………あぁ、この人は本当に。

心の底から私たちが無事でよかったと……それだけで十分だと思っている。

 

「……貴方っていう人は、本当に……」

「だからさ、もう行くよ」

「駄目です寝てください」

「いやでも、文たちも心配だし」

「駄目です」

「………はい」

 

この人は……真っ白だ。

いくら馬鹿でもじゃもじゃで強くて、黒い感情に呑まれてしまっていても、その本質は白色のように純真な人。

 

そして…友人だ。

 

 



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忙しない毛玉

「流石にもう終わってるよなぁ……」

 

まだ戦闘が続いていたら手助けしなきゃと早く地上に登ってきたんだけど……随分と静かだ、地形がめちゃくちゃになってるけど。

時間感覚狂ってたけど、どうやらまだ真昼のようだ、眩しい。

 

結局地底にいたあいつが首謀者ってことでよかったらしい。あ、私はあいつを見逃したけどブチギレた勇儀さんたちによって無事に地獄へと送られたのだそう。当然の報いだね!

 

熟睡したからか体が軽い、左腕は動かない。関節もうまく動かなかったりするけどまあ、体を浮かせたらなんの問題もない…わけじゃないけど、なんとかなるので気にしないでおく。

この左腕も、今まで致命傷を全部無理矢理治してきたツケが回ってきたって思ったらむしろ安く済んだ方だろう。

 

しっかし呪いかぁ……呪いって言うんなら解呪すらばいいんじゃねって思ったけど、さとりんにそういうものではないと言われた。じゃあどういうものなんだろうね。

 

しかしまあ……服を燃やされたこととかあったけど、あそこまで真っ赤に染まったのは初めてかもしれない。

さとりんによって燃やされて、なんか適当な服着せられた。まあ別に服に拘らないから全然いいんだけど。

 

「……まだなんか臭いな…」

 

血の匂いと焼け焦げたような匂いが混ざり合ってなんかこう、めっちゃ臭い。とりあえず臭いとだけ言っておく。

 

「地底のみんな無事だったけどこっちはどうかな……」

 

そういえばあの時お燐は何してたのかと思ってたんだけど、どうやら普通に攻撃食らって気絶してたらしい。ついでに結界が張られて手出しができなかったと……まああいつ妙に強かったからしょうがないね。

 

にしてもみんなどこにいるんだろこれ……

 

「…あっちか?」

 

騒がしく音のする方へ私は飛んで行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぶふっ……」

「何笑ってんだ、おい」

「いやあまりにも無様すぎて…んぶふっ…」

「おーい!誰でもいいからこいつのこと思いっきり殴ってくれ!」

 

なんか顔も知らない天狗に話しかけられ、なんか名前覚えられてて、怪我人の集まってるここに案内された。そしたらるりと柊木さんがいて、るりはなんか寝てたけど柊木さんが包帯ぐるぐるのミイラ状態だったもんで……思わず吹き出してしまった。

 

「何があったんだよ……ふっ」

「笑ってんじゃねえよ、かなり命の危機だったんだぞ」

「はいはい、何があったんですかー?」

「椛に肉盾にされた」

「ぶふぅっ」

「唾飛ばすな汚え」

「ごめっ…くっ…あーそうなんだ、お気の毒に……くくっ…」

「腹立つ、殴りてえ」

 

そんな惨めな格好でそんなこと言われましてもねえ。まあ笑ってやるのはこのくらいにしとこう。

 

「ふぅ……まあ、元気そうでよかったよ。私が下に行ってる間に何かあったらどうしようかと」

「そっちこそ元気そうだな、無事そうで何よりだこの野郎」

「まあ……うん…無事っちゃ無事かな」

「…?そうか」

 

まあ無事じゃないと言えば無事じゃないんだけどね……

 

「てかなんでそんなナリになってんの」

「体の至る所が裂けてる、なんなら骨まで達してるとこもあるぞ」

「わお生々しい……よく生きてたね」

「全くだ」

 

まあ五体満足みたいだし、傷が塞がったら元通りに過ごせると思う。仮にも妖怪だし。

 

「……で、るりは?何か聞いてる?」

「あぁ、全身の骨を折ってるらしい」

「えっ……それこそよく生きてたな……」

「目を覚ますこともあるが、またすぐ寝てしまってる。まあそれだけ重症ってことなんだろう。あ、あと右腕の形がとんでもないことになってるって言ってたな」

「はぁ、右腕……」

 

一体何したらそんなことになるんだよ……

 

「思ってたより二人とも重症だね」

「お前はいいよなぁ、腕取れてもすぐ治ってるんだからよ」

「…そうだね」

 

………あ。

今は左腕が動かないことバレてないけど……いや別に隠す必要もないんだけどさ?これ文にバレた場合めちゃくちゃ怒られる気が……いや全員に怒られる気がする。やべえ帰りたい、めっちゃ帰りたい。

 

「他の奴は?みんな無事?」

「多分な、少なくとも文と椛は大きな怪我もない筈だ。というか、俺が肉壁になってたおかげだけどな、椛に関しては」

「よっ、男気のあるいい足臭」

「相手殺したの完全に椛だけどな。本当に俺肉壁だったぞ……我ながらなんであんな作戦に応じたんだ俺は……」

 

なんか今更後悔してらっしゃる……まあ、それができるほど今は落ち着いた状況ってことなんだろう。

 

「あれ、毛糸さん帰ってたんですか」

「ヴェッ、文…」

「ゔぇっ、ってなんですか」

「会いたくないやつに会ったってこと」

「どう言う意味ですか!?」

「会いたくないやつに会ったってこと」

「………はぁ」

 

顔見てため息つかれた。

 

「ちょうどいい文、そいつのことぶん殴ってくれ」

「わかりました」

「いでっ……」

「これでいいですか?」

「違う叩くんじゃない、殴るんだ」

「待ってごめん謝るから待って」

 

流石にグーで殴られるのは嫌だよ。

 

「まあ元気そうで何よりですよ。地底では結局何が?」

「えっとぉ…首謀者が鬼とか操ってけしからんことしようとしてたけど……まあそいつももう死んだだろうし、鬼たちも元通りになってるはず……まあ、無事に収束したから大丈夫だよ」

「そうですか……いやぁ、今回はどうにかなりましたけど、こんな戦いは今回限りにして欲しいですね」

「全くだ、二度とこんなことは御免だ」

 

………あ、忘れてた、

 

「文、大ちゃんとチルノは?」

「あぁ、先に帰らせておきました。まあ毛糸さんがいつ帰ってくるかわかりませんでしたし。あ、二人とも特に怪我はないみたいなので安心してくださいね」

「そっか…よかったぁ」

 

正直色々あって気にしてる余裕なかった……湖で私のこと待ってて……あ。

 

「そうだよないんじゃん!帰ってきたのに家ねーじゃん!直すにしてもあの半壊した家をでしょ?めんど……めっちゃめんど……」

「じゃあいっそこの山に住みますか?歓迎しますよ?」

「十中八九働かされるじゃん、絶対にお断りだね。それなら宿無しの方がいい」

「どんだけ嫌なんですか……まあ、冗談ですけど」

 

あと目立ちたくない……今回散々暴れまわっておいてなんだけど目立ちたくない……今までも私はそこまで暴れることもなかったから知名度も引くくて変な突っかかりを受けることもなかったけれど……今回色々やっちゃったからなあ……

人里にも伝わってたらどうするか……変な白いもじゃもじゃから変わって白い悪魔とか呼ばれるようになるのかね。……いや変な白いもじゃもじゃも相当なもんだけどさ。

 

「そうだ毛糸さん、ちょっと外で話しませんか。話したいことが沢山あるんですよ」

「え?あ、あぁうん、わかった」

 

 

 

 

 

 

 

 

「……はぁ、で、左腕ですか?」

「なんの話?」

 

文が急に左腕の話をしてきて愕いたが、つい反射的に誤魔化してしまった。

 

「気づかないとでも?あなたの動き、さっきから不自然ですし、私に叩かれた時も右腕でしか叩かれたところを押さえていなかった。これだけで理解するには十分ですよ」

「いやー、そのくらい観察して気づくの文くらいだと思うよ?」

「私でなくともにとりさんや椛が見てもすぐにわかるでしょうよ」

 

なに、私の周りには変態しかおらんのか。柊木さんは気づかなかったけど……なんでちょっと見ただけでわかるねん、たまたま、左腕を動かすのが面倒くさかっただけかもしれないでしょうが。

 

「みんなにもあとで伝えておきますからね、全く……隠し通せるとでも思ってたんですか」

「言ったら面倒くさいことなりそーだなー、と……また今度伝えようかなと……」

「地底で何があってそうなったのか知りませんけど……まあ大方の予想はつきます。はぁ…」

 

呆れた表情でため息をつかれる。

私だってさ、頑張ったのにさ?こうやってため息つかれるんだよ?もうちょっと優しくしてくれたってよくない?

……まあ心配かけたからこんな顔されてるわけで。

 

「その左腕、どうするつもりですか」

「どうするつもりって……どうしようかなぁ」

 

あの後一度腕を自分でもう一本生やしてみたけど、動かないままだった。神経が変なことなってるのか、腕の再生の仕方がおかしいのか……なんにせよ動かないことには違いない、ら

 

「まあこれは油断してた私の自業自得みたいなところあるし、しばらく様子を見てみるよ。これから良くなるのか酷くなるのかわからないしね」

「そうですか。………まああなた自身もう理解してるでしょうからあまり口うるさく言いませんけどね」

 

まあ言いたいことはすごいわかる、わかるけどもね。下でさとりんに散々言われたし……自分勝手なことして申し訳ないとは思っている。

めちゃくちゃ心配かけたことも、今回は本当に申し訳なかったと。

 

「毛糸さん……この際言いますけど、いい加減に、もっと私たちを頼ったらどうですか」

「頼る…って言われましても…」

「あなたが私たちとの間に引いてる境界線はなんなんですか、なんでこっちにもっと踏み込んでこないんですか」

「それは……その……」

「どうせあれなんでしょう、自分にそんな資格ないとか思ってるんでしょう」

 

おっと…バレてる。

…あんまりこの世界の人に迷惑とかかけたくない、私は異物だから。

とか言ってたら心配かけてるんだもんなぁ……辛い世の中だ。

 

「今更何言ったって改めないでしょうけどね!」

「まあそう怒るなって……今回でそういうこと十分理解したから、次からは頼るようにするよ。…多分」

「……私たちって対等な関係ですよね?」

「え?あぁうん、そだね」

「じゃあなんで毛糸さんがこの山のいざこざに首を突っ込んできたりするばっかりで、私たちはあなたに何かをすることができないでいるんですか。これって対等って言えますか?」

「さ、さぁ………」

 

正直頼る機会がないとも言える……まあ機会あっても頼ってるかどうかは別の話なわけで。

 

「……私はさ、なんていうかこう…怖いんだよ、誰かを失うのが。私のせいで友達が、いなくなったらって考えるとさ…だから友達のことは助けるし、私のことにはあんまり関わってきてほしくない」

「…それは昔に人間の友人を失ったからですか」

「そうかもね」

 

何よりも大切なんだよ、私の周りにいて声をかけてくれる人たちが。

 

「まあ気持ちは十分理解できますけど…それって自分勝手じゃないですか」

「まあ、うん…」

「私だってあなたを失うことが怖い、だからもっと頼って欲しい。別にそれは特別な感情でもなんでもなくて、相手を大切に思ってるからこそ、当然の気持ちなんですよ」

 

……当たり前、かぁ。

 

「だから、あなたが自分を犠牲にする必要はないんです」

 

私の動かない左腕を手に取って語りかけてくる文。

 

「そんな一方通行じゃ、友達って言えませんよ」

「………そうだね、文の言う通りだ」

「わかってくれたならいいんですよ」

 

本当に…心配ばっかりかけて、友達失格だな。

 

「それで?これからどうするんですか?まずはみんなに顔を見せてきてほうがいいと思いますけど」

「ごめんそれまた今度で。文がみんなに言っておいて、私いかなきゃいけないところあるからさ」

「……?一体どこに」

「アリスさんとこ。わかったからさ、自分のこと」

 

この世界にやってきてから数百年、ようやく答え合わせの時間が訪れようとしている。

みんなには悪いけど、これは私が今一番優先したいことだから。

 

「………危ないことじゃないですよね」

「もう全然、なんの危険もない」

「ならいいですけど……どちらにせよその体なんですから、あんまり危ないことしないでくださいよ」

「わかってるって」

 

今すぐにても向かいたいところを我慢してこの山にやってきたんだ、さっさと行って終わらしてしまいたい。

あー、でもそうか……二人には会っておいた方がいいか……

 

「じゃあもう行くよ」

「そうですか……今日の話、忘れないでくださいよ」

「へいへい」

 

 

 

 

 

 

 

 

「っと………そうか、墓も直しとかないとなぁ……ここのこと考えたらなんか腹立ってくるな。なんで壊す必要あったんだよここ……」

 

りんさんの墓はずっと掃除したり花を添えたりしてきたのに……多分これを壊したやつはめっちゃ性格悪いと思う。

もしかしたら地底にいたあのクソ野郎だったかも……まあそれならもう死んだだろうから別にいいけど。

 

「えーっと、大ちゃんとチルノ………あ、いた」

 

周囲を見回して、二人のいる方へと近寄る。

 

「おーい、二人ともー」

「あ、毛糸さん…大丈夫でしたか?」

「正直に言うと死にかけたけど死んでないからかすり傷」

「えぇ……」

「遅いぞ子分!心配させやがって!」

 

ふぅ……二人の顔みるとなんか落ち着くなぁ。

 

「私もうすぐにまた出かけるけど、とりあえず無事ってことだけ伝えにきた」

「そうですか……本当に大丈夫ですか?」

「…?うん、大丈夫」

「ならいいんですけど…」

「子分はさっさと親分のとこに戻ってくるんだぞ!」

「はいはい、わかってますよ。それじゃあね」

 

………なんか大ちゃんには色々とバレそうだな……

まあいいや、今はさっさとアリスさんとこに急ごう。



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毛玉の正体

「これかしら」

「そうそうそれそれ!ありがとうアリスさん」

「にしてもこれ何に使うの?」

「いやちょっとね…あ、ソファー借りるよ」

「えぇいいけど」

 

アリスさんに持ってきてもらったのは、私が最初に魔法の森に来た時に胞子を吸って気を失ったキノコである。

いらないのかもしれないけど、一応念のために、ね。

 

ソファーの上に横たわってキノコを手に持つ。

 

「すぅーっ……じゃ、おやすみっ!」

「あ、ちょっと」

 

思いっきり胞子を吸って、そのまま気を失った。

 

「………えぇ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

気がつくと一面真っ白な場所に私はいた。

あの時も見た、真っ白な世界?

 

『さあ、答え合わせの時間だよ』

 

突然、私の声が聞こえた。

私はしゃべっていないけれど、紛れもなく私の声。

 

声のする方を向くと、そこには私がいた。

 

「……はあぁ……やっぱりかぁ………信じたくなかったんだけどなぁ……」

『……何落ち込んでるの』

「いや、散々謎だった自分の秘密が二重人格とかいうありきたりで面白みもないことだったことについて落胆してるだけ」

『……そんな理由で今まで……まあいいや、座りなよ』

 

何もなかった真っ白な世界に椅子が二つ、向かい合って置かれていた。

もう一人の私がそこに座ったので、私もそこに向き合うように座る。

 

「…一応聞く、お前は誰だ、あとここどこ」

『私は白珠毛糸、一応言っておくと二重人格じゃないからね。ここはまぁ……精神世界みたいなものかな』

 

私の目の前には、私と同じ姿で、同じ声で、私と同じ名前を名乗るものがいる。

うーん、頭破裂しそう。

 

「二重人格じゃなかったらなんなんだよ」

『私は君だよ』

「いやそういうのいいから、なんなのか聞いてんの」

『えぇ……まずは君が私のことなんだと思ってるのか教えてよ』

「私がこの世界に生まれた瞬間から私の中にいるもう一人の自分、私とは別の人格」

『大体合ってるけど多重人格ではないからね』

「じゃあ納得のいく説明をしろよ、ったくよお、私と同じツラしてるくせに回りくどい奴だなぁ。やっぱ別人格だろお前」

『………じゃあもう答え言うよ。もうちょっと勿体ぶらせてくれてもいいのに…』

 

ジト目になった私は、ゆっくりと口を開いた。

 

『私は元毛玉の白珠毛糸、君は元人間の白珠毛糸』

「………?」

『君が転生した時に毛玉という器が生まれたんじゃなくて、もともとあった一つの毛玉という存在に、突然君がやってきたんだ』

「………なるほど?」

『わかってないよね……毛玉って何も考えずに浮いている存在だけど、意思、というか魂がないわけじゃないんだ。かなり小さくて幽かな魂だけどね』

「そこに突然私が入り込んできた結果こうなったと……じゃあ私、というかお前が持ってた元々の霊力は?普通の毛玉は持ってるけど」

『君が入ってきた時、魂として弱かった私は裏側に押し込められた、その時に元々持っていた霊力も、なんやかんやあって霧散したんだよ』

 

ふむ……それじゃあ私は転生したばかりのころ、霊力も妖力も何もないからっぽの魂が二つあったってことか。

 

「それでチルノと幽香さん、霊力と妖力がそれぞれ私の中に入ったと……なるほどなぁ」

『ちなみに私が霊力で君が妖力ね』

「どして?」

『もともと私と君は今みたいに別れてなかったんだよ。そもそもその存在すら認識されてなかったし、それこそ私は元は何も考えていない毛玉だったからね、最初の頃の私達は全く同じ存在だったと思うよ。それで、元々の魂が幽かだった私に幽香さんの妖力は強大すぎたから、自然と君が妖力、私が霊力って別れたんだと思う』

 

はぁ……初めにあったのはチルノと大ちゃんだったけど、二人の霊力が入ってくることはなかったよな……なんでだろ。

 

『あと、単純に霊力同士は反発するから、あの時は力の強かったチルノの霊力が入り込んだんだ』

 

私が聞く前にもう一人の私がそう言った。

同じ存在だからと言って思考が読めるわけではないらしい。

 

「じゃ、もともと全く同じ存在だったって言ったけど、いつから別れたんだよ」

『君が最初に魔法の森を訪れた時』

「へ?あぁ、あの時」

『君があのキノコの胞子で私の存在を認識したから、その時から徐々に私と言うもう一人の白珠毛糸に分かれていったんだ。とは言っても、君が私という存在を否定したせいで、こうやってコンタクトを取るのがかなり遅れてしまったんだけど……なんで私のことは勘づいてたくせにずっと否定してたのさ』

「それは………」

 

こいつ、てか私の言ってることは事実だ。

私も、昔っからもう一人の私の可能性について考えていた。でも認めたくなかった、なんでかって……

 

「……なんか、二重人格とかいう変な個性持つの嫌だったから」

『………』

「なんだよその目」

『呆れてるんだよ、あと私は二重人格じゃない』

 

二重人格じゃないと言われましても……じゃあ今目の前にいるお前はなんなのって話だ。

 

『いい?私の名前は白珠毛糸だし、君の名前も白珠毛糸。私は、白珠毛糸という人物を構成する要素でしかない。白珠毛糸の記憶は私も持っているし、全ての出来事を私も同じように経験している。それに、表に出ている白珠毛糸って、君をベースに私が少し入ったものだよ?』

「あ?どゆこと」

『私って君に比べて温和でしょ?』

「……私と同じ顔で、温和でしょ?とか言われたら腹立つな……一発殴りてえ」

『ほらそういうとこ、まあ言っててもキリがないからもういいけど』

 

むぅ……少し納得できるのがちょっと悔しい。

要するに表に出ている白珠毛糸という存在は、私にこの自称温和な白珠毛糸が混ざったものらしい。

……確かにちょーっとばかし喋り方が柔らかいとは思うけど。

 

「なんかなぁ……」

『あ、これからは君が表に出ていても語りかけるから』

「は?」

『そんなにキレないでよ……言っとくけど君、私のおかげで結構助かってるんだよ?』

「………ハッ、まさか……」

 

今までの不可思議なことが全て思い出される。

まさかあれらは全部こいつの仕業か……!?

 

「ドス黒い感情に飲み込まれた時、唐突に気持ちが落ち着いて冷静になったりしてたのは……」

『そう、私が裏で感情を制御してたから』

「私の背が小さいのは……」

『それは私関係ないね』

「私が酒に弱いのは……」

『それも私関係ないね』

「私の頭がもじゃもじゃなのは…」

『それは種族柄だね』

「私に前世の知識があって記憶がないのは…」

『それは私が裏で操作してたから』

「さとりんや紫さんが何か知ってる風に言ってたのは…」

『私のことかな、多分』

「んだよ大して役に立ってねえじゃねえかよー」

『いやいやいやいや、特に感情に関しては私結構役に立ってたよね?』

「別にー、あのくらいなんとかなってたしー」

『そうやって強がるから文やさとりんにキツく言われるんだよ』

「ぐっ……」

 

私だってさ…わかってんだよそんなこと……でもさぁ……なんていうかこう……自分の中でそれはもう曲げられないものになってるって言うか…なんというか……

 

「………あ!てかお前今私の前世の記憶操作してるって言ったよな!」

『言ったね』

「……なんで?」

『なんでって、そりゃあ知らない方がいいと思ったからだよ。元々君はこの世界に来たショックで記憶を失ってて……その記憶を私は見つけたけどそのまま封印しておくことにしたんだ』

「なんでそんなことを……」

『いいのかい?前世の自分が中年のおっさんだったとして、その記憶を取り戻した君は、今後この幻想郷の住人たちと変わらず接していけるのかな?』

「無理」

『あら即答、まあそういうことだよ』

 

……それに前世がおっさんじゃなかったとしても、今の私が私で無くなってしまう可能性はある。流石にそこまでしてもう死んでる前世の自分に戻りたいとは思わない。

 

『それに不意の攻撃とか、意識を失った時に再生してるのも実は私だったりするんだよね』

「そうなのか……こんな奴が」

『なんでさっきから私に対して当たり強いの』

「胡散臭い怪しい恩着せがましい」

『わあすっごい……そんなつもりないんだけどなあ』

 

なんていうか……こいつが気に入らない。何がって聞かれたら答えられないけど……

 

『……もしかして君…』

「…ん?」

『自分のこと嫌い?』

「……そう、かも」

 

もう一人の私に言われた言葉が頭の中を駆け巡る。

自分のことが嫌い……

 

「………ちょっと私の話聞いてくれる?」

『どうぞ?』

「……私はこの世界において異物だ、それは散々感じてきた。だから出来るだけ人に頼らないようにしてきたし、私がこの世界に来たせいで皆んなが危険な目に遭ってるなら、それを命に変えても助ける義務があると思ってる」

『それで?』

「……今回、確かに私は死にかけて、左腕を失った」

 

今この精神世界?にいる私の左腕も動かない。

 

「それで…散々みんなに迷惑かけて、心配させて……本当に申し訳なくなった」

『うん』

「それでなんかさ……前々からそうだったのかも知れないけど、私は多分……自分のことが嫌いになった。この世界を狂わせて、みんなを危険な目に遭わせて、心配かけて……そんな私が嫌い」

『そっか』

「私は……怖い、また誰かを失うのが…私のせいで誰かが傷つくのが……そんな自分が嫌いだ」

 

少しだけ、声が震える。

 

『……その姿をみんなに見せたら少しは安心するだろうに。そういう弱いところをさ』

「……心配かけたくない」

『だから、その顔見せたら安心するって』

「あと私と同じ顔してるやつに言われても素直に受け止められない、なんかムカつく」

『………私が言わなくても、もうみんなに言われたか。あとは君がどうするかだよ』

「……そうだな」

『まあ安心しなよ、なんてったって私は君だからね!君のことは誰よりも理解してるつもりだ、だから辛くなったら躊躇わず私に相談しに来ていいんだよ!』

「ちょっとそこでじっとしてろぶん殴ってやる」

『おぉ怖い怖い』

 

私ってこんなうざかったのか……いや、よくよく考えたら私めちゃくちゃうざかったわ。

 

「………この左腕、治る?」

『うん?うーん……そうだねぇ……私は君にかかってた呪いをほとんど左腕に集めて、その時の取りこぼしが体のあちこちに残ってる感じだから……目とか関節とか、その辺は多分長くても数年で治ると思う。けど左腕はどうかなぁ……』

 

やっぱりかぁ……この左腕だけ、本当にうんともすんとも動かない。このままずっと治らないのだろうか。

 

『でも……一応呪いを維持してた道具はあのクソ野郎を殴った時に一緒に壊れてたし、依代になる負の感情も今は持ち合わせてないから……時間経過で治るとは思うよ。何十年、何百年かかるかわからないけどね。再生能力高くてよかったね』

「そっか………」

 

本当に…都合のいい体だよ。

 

『さて、他に聞きたいことはある?』

「ん…いや特に」

『わかった、じゃあこれでお別れだね。と言ってもいつでも話せるし、私もずっと君のこと見てるからあんまり関係ないけど。呼んでくれたらいつでも答えるよ』

「ぜってぇ呼ばねえ」

『はいはい、それじゃあねー』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………あ、おはよう」

「おはよう、どうだった?」

「………なんかもう一人の自分がいた」

「そう、やっぱりね」

 

にしてもまあ……もう一人の私か……

 

『呼んだ?』

 

呼んでねえし、でしゃばってくんな。

 

「……ん?今やっぱりって言った!?」

「言ったわね」

「知ってたの!?私のこと!」

「推測だったけど、まあ」

「あ、そう………」

「ちなみにあの文って子も知ってるわよ」

「マジ……?」

 

なんでい!みんな揃いも揃って知ってるくせに私に黙ってさ!ケチ!

 

『そりゃあ、自分で気づくのが一番いいからでしょ』

 

帰れ。

 

「なんか不機嫌そうね」

「そ、そう?まあ色々あったから……」

「あ、私何があったのか知らないんだけど、教えてくれる?」

「あそっか、アリスさん知らないのか……」

 

そこから、今回の事件?についてをアリスさんに長々と話した。

 

 

 

「馬鹿ねぇ……」

「んぐっ……しょうがないじゃん、本当に色々あったんだから……余裕なかったんだよ」

「私なんて知らないところで勝手に死にかけてこうやって平気そうな顔出してるからあれだけれど……周りにいた人たちは相当心配したんじゃないの?」

「まあ……その点は……申し訳ないなぁと……」

「はぁ……」

 

呆れたようなため息をつかれる。私呆れられすぎじゃね?

 

「もう少し自分を大切にしたらどう?……とか言っても、自分より他人の方が大事だとか言うんでしょうねあなたは」

「………」

「それなら、せいぜい心配かけないように心がけることね。別に私から言うことは特にないし」

「…さいですか」

 

………ちょっと色々考え直してみるか…

 



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毛玉は闘争ではなくロマンを求める ※

不便すぎる!

左腕使えないの不便すぎる!

物運ぶことで苦労することはないよ?浮かせられるもの。

しかし、しかしである。

今まで左腕使えないことなんてなかったから、体が左腕使おうとしても使えなくてそれでドジすることかなりある!

 

昨日なんてイノシシの突進両腕で受け止めようとしたら左腕動かなくて空いてるところにクリーンヒットしたからね!血反吐吐いたわ!

とにかく、左腕を使おうとして使えなくて物を落としたり血反吐吐いたりして辛いのである。

 

半壊してた家はまあ……気合いでなんとか形は元に戻した、形は。中身はまたるりかにとりんに来てやってもらわないとキツイかなぁ…流石に私には無理だ。

あと片腕キツい、両手使えないとまともに作業できない。

 

ていうわけで、生活水準は下がるし左腕使えなくて不便だし大ちゃんにめちゃくちゃ心配されるし……で。

 

作ろう、義手。

作ってもらおう、義手。

 

 

 

 

 

 

 

 

「というわけでやってきました」

「お、おう……というか文から聞いてたけど、本当に動かないんだね」

「まあね、感覚も当然のようにないよ。再生はできるんだけどなぁ……正直動かない物ぶら下げてるの邪魔だから引きちぎってやろうかと」

 

でもね……左腕引きちぎって、肩から先の傷口をうまく閉じたとしても気を抜くと生えてきちゃうんだよ……訓練が必要かもしれない。

左腕を生やさない訓練って何言ってるかわからんけど。

 

「で、つくれる?にとりん。前になんか醤油出る義手みたいな話してなかった?」

「あぁ、義手砲ね」

 

というか河童にも何人か義手つけてる奴がいるんだよな。じゃあ作ってもらおうじゃないかと。

 

「正直言って、今の時期はちょっと忙しいんだよね、妖怪の山自体まだごちゃごちゃしててさ。だから作れるのもうちょっと後になるけど……構わない?」

「全然いいよ、なんなら出直すし」

「あぁいや、話だけ聞くよ。作るってなると採寸とか神経繋いだりとか、色々やることあるからさ」

「神経繋ぐの?」

「まあね。あぁ、妖力とかで補助するならそこまで多くの作業はいらないけど……生半可なもの作ったらすぐ壊されそうだし」

 

否定はしない、というかできない。

でも話聞いてるとなんというか……某錬金術師の世界のアレが思い出される。

 

「………なあ、せっかくだしめちゃくちゃ多機能な奴作っていいかい?」

「もちろん、私もそのつもりできたし」

「いいのかい…?変なの色々詰め込んじゃっても」

「義手なんてロマンを詰め込むためにあるようなものじゃないかぁ…」

「………」

「………」

 

私とにとりんは無言で固い握手を交わした。

 

「さあ盟友、私たちの熱い議論を始めようじゃないか」

「望むところだ」

「うわぁ………なんか変なことしてる………」

「あ、いたのるり」

 

あれ?確か全身の骨が折れてるんじゃかったっけ?

 

「てかなんでにとりんのとこに?」

「あぁ、どうしても部屋に帰りたいって喚いてさ。でも全身の骨が折れてる体じゃそうはいかないだろう?私のとこで我慢してもらってるんだ」

「なるほど……」

 

というか、るりくらいだろう、あんな狭い部屋にいるのは。

他の河童はもっと大きな建物に自室を持ってたり、にとりんみたいに大きな建物に住んだりしてるのに。

よくよく見たら全身包帯巻きで電動車椅子に乗っている。左手でレバーを動かして移動しているみたいだ、ウケる。

 

「というかにとりさんもひどい怪我でしたよね?」

「お前ほどじゃないからいいんだよ、というか私が動かないと復興作業も始まらなかっただろうし」

「ふぅん、大変だねみんな」

「まあ死んだやつも少なくないからね……河童なんてその点大怪我したのはるりくらいだし、天狗たちに守ってもらった結果だよ」

「私は二人が敵の大将討ち取ったって聞いたけど?」

「あれはまあ……あの二人のおかげでもありますよ」

 

チルノと大ちゃんか、それはあの二人からもう聞いたけど。

 

「というか毛糸、やるならちゃんと息の根止めるまでやれよ。片腕だけ切り落とすなんて甘いだろ、そのせいで私たち死にかけたんだからな」

「えぇ……なんの話……なんかごめん」

「覚えてないんだ……うっ傷が…」

 

るりが痛そうに呻く。

片腕を切り落とす……なんの話……あ、あいつか!

あの地底にいくときに見かけたなんか自分を強いと勘違いしてたやつ!急いでたから腕切って殴ってそのまま行ったんだった。てか生きてたんだなあいつ、あれで死んだものかと。

 

「まあこの話はこのくらいにして、そろそろ早く義手の話始めようか」

「そうそう、私のアームキャノンね」

「まず初めに聞くけど、なんで腕が動かないのかわかってるの?」

「あぁ、なんか呪い?かなんかだって」

「呪い……まあそうか、左腕だけっていうなら……うん……」

 

なんかにとりんがぶつぶつ言ってる。

呪いだったらダメとかそういうのあるのだろうか。

 

「まあいいか、ここは今はどうせ……うん」

「どう?」

「まあ行けると仮定して話を進めよう、正直わかんないし」

「あ、はい」

「適当ですね……」

 

なんかるりも話に入ってきてる、暇なのだろうか。

 

「で、まずはご要望を聞こうじゃないか」

「普通の手の形から変形して義手砲になる感じがいい!」

「うーんいきなりめんどくさいこと言うね!でもいいねそれ私もやってみたかったんだ!」

「何この人たち…こわ」

 

アームキャノンは前々から気になってたんだよね……腕使えなくなったんならつける以外の選択肢ないでしょ。

 

「でも何を弾にするんだい?あんまり大きいのは…」

「いや妖力弾でも飛ばしとくからそれっぽい穴つけるだけでいいよ」

「適当かい!なんかもっとこう……あるじゃん!」

「じゃあ醤油出せるようにしてくれたらいいよ、その他調味料とか」

「あいわかった」

「いやいいんですか!?本当に!?嘘でしょ……」

「るりよ、そこでそうやってぶつくさ言うだけならどっか行っててくれ」

「そんなぁ…」

 

るりがにとりんに虐められておる。

ガチガチの銃火器搭載したところでなあ……結局妖力弾飛ばした方が強いからなあ……興味あるんだけどね。腕からミサイルとか出るの。

まあどこぞのバウンティハンターしかり、どこぞの青い戦士しかり、お前らどこに弾格納してんねんって話だよ。

 

「ふむ……となると……手が折れて醤油とかが出てくる穴があるだけの普通の義手になっちゃうけどいいのかい?」

「全然良いよ。………なあ、なんで私は腕から調味料でるようにしようとしてんの」

「考えるな毛糸、その勢いを途絶えさせてはいけない」

「なるほどこれが深夜テンションか…」

 

今真昼間だけどな。

 

「素材は何が良い?やっぱり丈夫なやつ?」

「そうだなぁ……私が全力で殴っても壊れなさそうなやつ」

「合金ね了解、正直全力で殴られたら壊れそうだけどまあ出来るだけ頑丈にしておくよ」

「合金の義手から醤油が出てくるって……二人とも今頭正常に働いてます?」

「るり」

「なんですか」

「そういうこと言ってると嫌われるで」

「え」

 

合金って重くね?って思ったけどそういや私物を浮かせられたわ、今人生で一番自分の利用価値のほとんどない能力に感謝してると思う。

 

「あと真面目な話さ」

「なんすか」

「戦うこと想定するなら義手何本か作っておいて、戦闘用とか宴会芸用とかにわけて必要に応じて付け替えるとかの方がいいんじゃない?」

「確かに……」

「宴会芸?宴会芸用の義手なんて作るつもりなんですか?あたし二人のことがもうよくわからなくなってきましたよ」

「考えるな、感じろ」

「ちょっとよく意味わかんないです」

 

でもそうか……お笑い要素と戦闘機能を両立させるのは厳しいよなあ。

 

「じゃあとりあえず日常生活に使える物を……さすがに毎日合金をぶら下げて過ごしたくはない」

「じゃあそれは関節可動域を広げようか。できるだけ軽い素材……あ、人工皮膚とかいる?」

「人工皮膚!?いる!てかあるんだねそんなの」

「見た目はそっちの方がわかりにくくて良いだろう?」

「確かに」

 

まあ左腕が鉄の塊になってたりしたら悪目立ちするだろうしね。人里とか行ったら変な噂立ちそう。

 

「でもそうなると簡単に付け替えられた方がいいよね……妖力で補助するとなると……どうしようか」

「………肩に接合部作って差し替えられるようにしたらどうです?」

「それだ!ありがとうるり。となると肩のあたり丸々鉄の塊になるけど……それでも構わない?」

「まあ、丈夫で服の上からわからない感じだったら」

「了解、期待しておいてよ」

 

 

 

 

 

 

毛糸さんとにとりさんが楽しそうに話している。

今は義手を何本作るのかについて話している、今のところ日常生活用、戦闘用、宴会芸用の三つで話が進んでいるみたいだ。

 

二人は仲がいい。毛糸さんなんか昔っからにとりさんのことを愛称?みたいなので呼んでいるし、にとりさんもそれを受け入れている。

……今更だけどにとりんって何なんだろう………

 

まあ、目の前でこうやって二人で楽しく話されていると少し……寂しいと言うか、疎外感というか……嫉妬って言えるのかわからないけど…そんな感じの気持ちが湧いてくる。

 

なんというか、あたしは二人とは性格が違うというか。

まあ引きこもりで人見知りなのが悪いんだろうけど……ちょっと二人についていけない。

 

「でさでさー………ん?るりどしたの」

「え?あ、いやあの、何でもないですはい」

「何でもないやつはそんな顔しないんだよ、何か言いたいことあるなら言っていいんだよ?私たちくらいしか相談する相手いないだろう?」

「そうそう、私たちに何でも相談していいんだよ」

「毛糸は誰にも相談しないだろ」

「え?いやそんなことは……あはは…」

「……あたしって、何かやり遂げましたか?」

 

私の質問の意図がわからない二人が顔を見合わせる。

 

「にとりさんは河童たちをまとめてるし、毛糸さんは妖怪の山から地底まで色んなところに行って敵を倒してたし……凄いじゃないですか」

「凄いかな?」

「まあ毛糸は凄いと思うよ……うん………」

「でもあたしって、せいぜいあのでかい人の意識奪うくらいで……二人はそんなに凄い人なのに、あたしがここにいていいのかなって…」

「ん…」

「ふむ…」

 

多分、二人ならそんなつまらないことで悩むなと言い切ってくれるのだろう。

でも私は……

 

「私はさ」

 

毛糸さんが口を開く。

 

「人…って言っても妖怪だけど、人一人が助けていいのは自分の手が届くとこまでだと思ってる。みんながみんな全部ひっくるめて解決できるほど凄いわけじゃないし、そんな奴はごく一部だ。だからまあ、言ってもしょうがないと思うけどさ、他人と比べて勝手に落ち込むのはよそう?」

「手の届かないとこまで図々しく手を伸ばそうとするとこいつみたいに腕を無くしたりするから気をつけなよ」

「あ、もしかして怒ってる?さっきまで楽しく義手について話してたのに怒ってる?」

「いや別に?」

 

自分の手の届くところまで……

あたしはあたしの範囲まででいい……

 

「それにさるり、私、お前がいなかったらきっと今頃死んでたと思うしさ。いていいとかそんなの関係なしに、私はお前に一緒にいて欲しいよ」

「にとりさん……言ってて恥ずかしくならないんですか」

「正直めっちゃ後悔してる」

「わあ照れてるーかわ痛い!!足蹴らないでごめんって!いたっ!いたいって!照れ隠しもかぐほあぁっ」

 

にとりさんが思いっきり毛糸さんの顔面殴った、凄く痛そう。てか顔から血出てるし。

 

「なんでい、意外と筋力あるやんけ……」

「とにかく、お前はお前にできること十分やってるって私は思ってるよ、人見知りで引きこもりにしてはね。ね、毛糸」

「ア…ハイ…全面的に同意デス…」

「言わせられてますよね」

「そんなことないよなー」

「ソダヨー、全然言わせられてないヨー」

 

………まあ。

まだ身体の傷は癒えないけど、まだ二人とこうやって話せている、それだけであたしには十分かもしれない。

それとは別に早く自分の部屋に帰りたい。

 

 

 

 

 

 

 

「よーし、大体考えはまとまったな……」

「じゃあ山が落ちついたら早速制作に着手…」

「したいのは山々なんだけどね……まず知りたいことがあってさ。毛糸、なんで腕が動かないのかわかってるかい?」

「なんで……いや、呪いのせいじゃないの?」

「そうじゃなくて」

 

じゃあどうだっていうのさ。

……あ、そういうこと?

 

「呪いで直接左腕が動かないようにされているのか、そもそも身体の構造が歪められてるのかってこと?」

「そういうこと」

「いやわかんない」

「うん、知ってた」

 

なんか腹立つ。

 

「ここで検査できたらいいんだけど、生憎時間かかるし…そういう設備はまだ空いてないと思うんだよね。重症患者まだ結構いるし」

「そっかぁ……じゃあ大人しく待っとくか……」

「まあそれでもいいけど時間がもったいないからさ、もしそういうのに詳しい知り合いとか、調べられるところに心当たりとかあるなら先にそこで調べてきてくれないかな。ここでやるのにも呪いってなると流石に未経験だから、正確さを保証できないし」

「………いるかなあ、そんな知り合い。探すだけ探しておくけど」

 

うーん……うーん……いなくね……?

誰かに聞いてみるか……





なおなーお様にイラストを描いていただきました!


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竹林の奥へと進む毛玉

今の私の体がどうなっているのか、なんとか探ろうとしてみた。

 

まずはこれが一番手っ取り早い方法。もう一人の自分に聞いてみる。

返答は………

 

『いや私もわかんない』

 

とのことだった。

曰くもう一人の私も結局私なため、私がわからないことはこいつもわからないらしい。ケッ、使えねえ二重人格だぜ!

 

で、次はアリスさんに聞いてみた。理由としてはまあ……知り合いで一番博識そうだったから。

それで返答は……

 

「呪いは専門外だから……」

 

とのことだった。

まあそうだよね!魔法使いだもんね!呪術師でもなんでもないからね!

ただ魔法を使った義手なら人形と同じ要領だから割と簡単に作れるらしい。検討しておこう。

 

幽香さんのところにいくのはやめておいた。まあ……話が面倒くさくなりそうだし……

多分解決策でないでしょ行っても。全部落ち着いたら改めて報告に行こう、そうしよう。

 

で、藍さん。

残念なことに今はシーズン外なので連絡の手段がない。まだ初秋だから冬まで間があるし、それまでに普通に義手が作れるようになっていることだろう。

 

 

 

 

「てわけでして……なにかいい案ないですかねえ…」

「何気に壮絶なことしてくるな君は……」

 

最後に残ったのは慧音さん。

慧音さんから何も出てこなかったらお手上げである、もう無理ふて寝して山が落ち着くの待つ。

 

「でもそうか左腕を……それはさぞかし不便なことだろう、力になってやりたいのは山々なんだが、なんせそこまでの技術が人里にあるかどうか……」

「だよねぇ……まあ何もなかったらそれはそれでいいんですけどね。できることならって話だし、調べても治るわけじゃないし」

 

でも慧音さんもダメだったか……よしおうち帰ってふて寝するぞ私は!まだ家が元通りになるにはまだまだ時間かかるし……あ、その復旧作業が片腕じゃ時間かかるから義手欲しいんだった。

………よしふて寝だな!

 

「あ、そういえば」

「お?何かあるの?」

「まあ、当てはあるというかなんというか……この後暇か?」

「そりゃ年中暇を持て余してるっすよ私は」

「じゃあ着いてきてくれ」

 

……ん?人里じゃないの?

どんどん人里から離れていくけど……てかこの方向……

 

 

 

 

 

 

 

「と、言うわけだ、案内してやってくれないか」

「……まあ、慧音の頼みなら……」

「よろしくお願いします。あー、えーと、うーん……えと……ちょっと待って今思い出すから」

 

誰だっけこの人……名前が出てこない……誰かは出てくるのに名前が…あ。

 

「そうだ妹紅さんだ」

「久しぶりだな、しっかり忘れてたな私のこと」

「いやまあそりゃもう」

 

最後にあったのいつなんだか。

……そういやミスティアと最初にあったのここだったっけ。あいつ今何してんだろ。

 

「んで、なんで迷いの竹林に?てか案内ってどこに」

「永遠亭だ」

「永遠…亭?」

 

なにそれ知らないんですけど……

 

「それじゃああとは頼んだ、私は用事があるから先に帰っておく」

「あちょ、慧音さーん?」

 

説明が……説明が足りないってばよ……

これはあれか?私の理解力の問題なのか?私の頭が悪いからいかんのか?

 

「まあ、道すがら話すよ。はぐれないように気をつけてな」

「あぁはい……えっと、確か妹紅さんって不死身…」

「正しくは蓬莱人、らしい」

「蓬莱人?」

 

というかこの竹林すごいな……視界も悪いし竹が変な生え方してるし、私なら確実に迷うんだけど……そんな竹林を妹紅さんはずんずん進んでいく。

 

「私の生い立ちについては話したことあったか?」

「生い立ち……えっと……」

『あるよー』

「あ、あるある、あるっす」

「そうか」

 

やべー全然覚えてない……

 

『今思い出させるからちょっと待ってて』

 

おまっ……そんな便利なことできたんかお前!私にしては優秀じゃねえかムカつく。

もう一人の私の言った通り、妹紅さんの生い立ちが頭の中に入ってきた。そうだった……この人かなり壮絶な人生送ってたわ。

 

「私もどこまで話したか覚えてないんだけど……輝夜っていう姫様がこの先に住んでるって話はしたっけ」

「うん、したね」

「よく覚えてるな…私のことは忘れてたのに」

「いや、それはちょっと……その……色々あってですね……」

「まあいいさ。多分前は詳しい話はしなかったと思うから、今ここでするぞ。あと、これから会う相手はその存在が知られることを嫌がるから、くれぐれも他言はしないでくれ」

「あぁはい。慧音さんは知ってるんだね」

「……まあな」

 

それだけ妹紅さんが信用を置いてる相手ってわけか。

わかる……わかるよ……慧音さん凄いいい人だもんね……

 

「もし誰かに話した場合身の安全は保証できない」

「え、なに……え?」

「話続けるぞ」

 

妹紅さんは道なき道をぐんぐん進んでいく。魔法の森もそれなりに迷いやすいんだけど、この竹林は段違いだ。それなのに迷う様子もなく……脳内マッピングでもされてるのかね。

 

「その輝夜が月の追手から逃げるのに協力した一人の従者がいたんだ。これもまあとんでもない奴でな……お前が診てもらう相手はその人だ」

「とんでもないって……まあ今まで散々規格外の人に会ってきたからね、ちょっとやそっとじゃ驚かないよ」

「数億年単位で生きてるらしいぞ」

「ホワッツ!?……え?なんて?」

「数億年単位で、生きてるらしい」

「………」

 

桁が違ええぇ……えっと…いちじゅうひゃくせんまんおく……私の数百年とかもはや無に等しいじゃん……

 

「えっと…それは比喩とかではなく?」

「事実らしい。まあ少なくとも私たちなんかとは比べものにならないほどの年月生きてきてるだろうよ」

 

え、いやだって……え?

数億年ですよ?億ですよ?おっくせんまん!おっくせんまんだよ!?いやこれは違うか……いやいやそうじゃなくて。

確か最古の人類が生まれたのが数百万年前とかでしょ?それをなに?数億?数億ってなに?地球の年齢知ってる?46億年だよ?多分。

今から1億年遡ってみ?白亜紀だからね?それが数億?へ????

 

たかだか百年行かないくらいの寿命の人間だった頃の私ならどう思ってたか知らんが、数百年は生きてきた今ならわかる。てか今じゃなくてもわかる。

数億年って……なんやねん……

 

「おーい、はぐれるぞー」

「え?あ、ごめん」

「大丈夫か?」

「いやまあ……はい……ちょっとスケールというか…規模というか…私の脳みそのキャパをオーバーしかけたくらいで……」

「そんなにか?数億年って。正直私にはよくわからないが」

「そんなにだよ、数億年って。1万年遡るだけでも大したもんなのに…」

 

……でも。

考え方によっては古代人との対面なんだよね。いやだからどうした、古代にも程があるだろ。

まあ……私の中の常識、前世の知識はこの世界じゃ通用しないって考えた方がいいのかな……ここだと輝夜姫が実在する人物になってるし。

なんかもう…桁が多すぎて一周回って落ち着いてきたかな。

 

「んでまあ、私が飲んだ不死の薬を使ったのもそいつなんだとよ」

「そりゃまあ……凄いね。というか蓬莱人?ってのは一体…」

「不死者、まあ極端な話すると身体を肉片の一つも残らず消滅させられてもどこからともなく生き返る、そんな存在だ」

「えぇ……」

 

単に死なないとか再生能力とか高いではなく、どこからともなく生き返る……?あ、またキャパオーバーしそう。

流石の私も多分頭吹き飛んだら余裕で即死だろうし……ただ再生能力が高いだけの私と比べちゃダメなんだろうな。

 

「そういやお前は再生力が凄いんだったか、どの程度だ?」

「どの程度…見たほうが早いかな」

 

左手の親指を右手で掴んで持ち上げる。

 

「まずこの指を掴みます」

「あぁ」

「引きちぎります」

「あぁ」

「生えます」

「なるほど?」

「……まあ、今まで四肢が無くなって丸焦げになったり下半身が無くなったりぐちゃぐちゃの肉塊になったりしたけど、今こうして生きてるんで」

 

妹紅さんたちがどうか知らないけど、私の場合は妖力が尽きた時点で再生できなくなるから、相手からしたら私の頭を吹き飛ばすか妖力切れを待つかみたいになるんだろうなぁ……

 

「結構激しい人生送ってきてるんだな…」

「あ、心臓潰されたことはまだないっす」

「そうなのか、いやーあれは辛いぞ?死ぬまでしっかり苦しみを味わいながら死ぬからな」

「……あるの?心臓潰されたこと」

「あるぞ、数えるほどだけど」

「数えるほどあるんだ……」

 

さすが不死身受けた傷のスケールも違う。

頭吹き飛ばされたこともあるんだろうかこの人は。

 

「頭吹き飛んだ方がまだいいな、即死だから」

「アァハイ……サヨウデ」

 

……え?なにこの……不死身談義みたいなの。

どんな死に方が苦しいくて辛いかとかそんな話してんの?え?マジ怖いんですけど……物騒すぎる。

 

「まあ、再生力と生命力で言えば私よりお前の方があるんだろうな」

「いや妹紅さん死にませんやん」

「不死身って言っても、死んだら生き返るってだけだからな。下半身無くなっても死なずに生えてくるお前には敵わんよ」

 

不死者より死なない私ってなんなんだろうね!いやまあ何度も死にかけてるわけなんだけども。

 

「あ、さっき言った薬作ったやつと輝夜、あいつらも私と同じ蓬莱人だぞ」

「………蓬莱人だから数億年生きられると?」

「いやあいつらもなったの千年前とかそんなもんじゃねえかな」

「じゃあ蓬莱人関係ないですやん、そんなの関係なしに桁がおかしい年数生きてるんですやん」

「その辺疑問なら本人たちに聞いてくれ」

 

なんかもう色々規格外で会うのも恐れ多いんですけど……紫さんは存在知ってんのかな?まあ妹紅さんに喋んなって言われたから誰にも絶対喋らんけども。

そういや紫さんはどのくらい生きてるんだろうか。長生きなのは間違い無いだろうけども……

 

「そういやお前って何年くらい生きてるんだ」

「数えてないね」

「大体でいいからさ」

「え〜……3…400年くらい?」

「若いな」

 

みなさん聞きましたか!?400歳が若いって言われる世界ですよここ!そんな神話の世界じゃ無いんだからさあ……いや、神様いるらしいけども。実在するらしいけどもこの世界。

というかその二人は神様とかじゃないの?そんな長く生きてて…神様がこの世界でどういう存在なのか全く知らないんだけどもね?

 

「じゃあ妹紅さんいくつよ」

「さあな、もうわかんなくなっちまった」

「えー」

 

じゃあ私もわかんないよ……私50年までは数えてたんだけどね……なんかそこからやたらと一年が早く感じて気づいたら数百年。慣れって怖いね。

 

「まあどんな存在にも寿命はあるんだ、いつかくる終わりを後悔しないで迎えられるようにしとけよ」

「あぁ、後悔ならもう山ほどしてるんで大丈夫っすね」

「何が?」

 

終わり……終わりかぁ。

果たしてそれが私がしわくちゃのおばあちゃんになって迎えるものなのか、それとも無惨な姿で血を流しながら迎えるものなのか……

なんかどっちも嫌だな。ってか毛玉に寿命とかあるんか?そう考えたら妖精なんて死なないし……妖精に関しては死ぬって言う概念がないから不死身っていう言葉も合わないのだろうか。

 

「不死身ってなんなんすかね」

「生者でも亡者でもない、この世の理に逆らった結果どこへ行き着くこともできなくなった罪人かな。あの薬を飲む前も飲んだ後も、不老不死になりたいとかそんな話聞いてたが、まあ馬鹿らしいことこの上ない」

「流石、経験者が言うと説得力が違えや」

「ははっ、やめろその言い方。間違ってないけどな」

 

自嘲気味に笑う妹紅さん。

私には推し量れないようなことを感じて来たのだろう、正直私は気まずい。

 

「……あ、その輝夜って人に会うのは大丈夫なの?妹紅さんが」

「ん?まあな。そりゃあ昔は感情をぶつけて何回か殺し合ったさ。まあ向こうからすればただの暇つぶしなんだろうがな。でもまあ、同じ蓬莱人はあいつらだけだし、ずっとそうやって憎み続けるのも馬鹿らしいだろ」

 

ほえぇ……立派な人だなぁ。

 

「あとあの件に関してはうちの父親が悪いし」

「あぁ、そうですか」

「思えば私も、勝手に薬を飲んで勝手に憎んでただけなんだよなぁ。馬鹿なことしたもんだよ」

 

老いて死ぬことがないだけでなく、本当の意味で不死身なこの人。

一体どこへ行きつくのだろうか。

 

「そういや妹紅さんって普段何してんの?」

「基本は竹林の入り口あたりにいるな。時々慧音に会ったり人里に行ったりしてるが……特別なことは何もしてない」

 

すっげえ暇そう。

私もひと段落したらまた暇暇言う日々が来るのかねぇ……まあ暇って言えるうちが平和なんだろうけども。

暇だからと言って争いが起こって欲しいわけではないぞ私は、ちょっと賑やかなこと起こればいいのになって思ってるだけだし。

 

「もうすぐ着くぞ」

「あ、はい」

 

どうやって進んできたのか全くわからんのだけど……というかなんか結界か何かの術を通り抜けたような、そんな感覚すらある。

一体どんな人なんだろうか、その薬を作ったって人は。

 

……怖くなくて優しい人だといいな!



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モルモットにされそうな毛玉

「わぁ…立派なお屋敷ですこと」

「じゃあ私が中に入って話つけてくるから、入り口で待っててくれ」

「あぁ、ありがとうございます、色々と」

 

いやぁ、何から何まで本当ありがたい……なんでそんなにしてくれるんだろうか。

 

「なに、ほんの暇つぶしさ」

 

暇つぶしでした。

まあ暇つぶしでも全然嬉しいんですけども……ん?

 

誰か私のこと見てる?

妹紅さんは入り口から中に入って行ってしまったし…

 

「………いるなら出てこい」

 

なんつって。

 

「お、気取られちゃったか」

「うわ出たぁ!!」

「驚くのそこ!?出てこいって言ったよね!?」

「いやだって本当にいるとは思ってなかったし……いるならいる、出てくるなら出てくるって言ってから出てこいよ!」

「何言ってんの……?」

「…なんかごめん」

 

誰もいなかったらいなかったで、いるなら出てこいなんてカッコつけたセリフ誰も聞いてないからいいやと思ってたら…本当に出てきたよ。

しかもなんかちっちゃいうさ耳ついてる奴が……うさ耳!?

 

「犬耳じゃない……だと……!?」

「だから何言ってんの……?」

「さっきからなんかごめん」

「いや別にいいけどさ……」

 

なんか会って早々呆れられてるんだけど。

いやまあ私が悪いんだけどさ。

 

「………」

「………」

 

わぁ気まずーい。

 

「…えと、私は白珠毛糸で……」

「あ、私はてゐだよ、よろしく」

「あぁ、うんよろしく。いつからあとをつけてたの?」

「わりとさっきからだよ、妹紅が人連れてくるなんて珍しいからさ」

「知り合い?」

「まあねー」

 

なんというか……

小柄でうさ耳って言うなんともまあ可愛らしい見た目なんだけども……紫さんとかと同じ胡散臭さというか…掴みどころがないというか。

多分見た目より大分長い間生きてるなこりゃ。

 

「で、ここには何の用で?」

「あぁ、ちょっと左腕が動かなくなってさあ、診てもらえる人探してたらこんなとこまで」

「ふむふむ、ちょっと見せてもらっていい?」

「おんいいよ」

 

そういうとてゐは私の左腕を持ち上げたりつねったり動かしたりして、なんかいろいろ調べ始めた。

 

「ふむふむ……なるほど…」

「何かわかった?」

「いやなんにも?」

「………」

「そんな顔しないでよ、うちのお師匠様ならきっと治してくれるからさ」

「えっ」

「え?」

「別に治してほしくないんだけど」

「えぇ?」

 

だって治したら義手が……私の義手がぁ……

 

「帰りたい…」

「ちょっちょっちょっ……あんた随分変人だね?」

「よく言われる」

「それにその頭、まるで毬藻みた——」

「あ?」

「……あ、もしかして毛玉?」

「よくわかったね」

 

危ない危ない、ぶん殴りそうになったわ。ってか左腕が動いてたらぶん殴ってたかもしれない。

最近まりもって言われてないからなあ、耐性が……

 

「えっ………」

「なんで引いてんの」

「私の知ってる毛玉と全く違うから…冗談半分で言ったのに…」

「あぁ……うん……そっかぁ………」

 

もう毛玉って名乗るのやめようかなあ……流石にメンタルにくる。

じゃあ私はなんなんだって話なんだけどね。お前は何者だって言われてももじゃもじゃの変な妖怪です、としか答えられない。

 

「ってか毛玉ってそんなに強い妖力持ってたっけ…?」

「色々とあったの、色々と」

「一体何が……まあそれだけの力持ってるのにこれだけ気楽に話せてるってことは、まあ危険な人じゃないんだろうけどね」

 

私の妖力感じ取れるのか、これでも結構抑えて隠してるのに。

逆にこいつの妖力はあんまり感じ取れないんだけど……やっぱこいつ只者じゃねーな。

 

「でもおかしいなあ……それだけの力持っててそんな頭なら名前くらいは知ってるはずなんだけど……」

「まあ、ここ数百年くらいに生まれて、そこまで目立ったことしてるわけじゃないし。むしろ隠れて平穏に生きてるくらいだからね私は。知らなくても無理ないと思うよ?あとそんな頭は余計だ」

 

まあ人里じゃ私のことそれなりに知られてるみたいだけども……まあ悪い印象は持たれてないはずだ。私基本人間の味方ですしぃ?

友達がほぼ全て妖怪だからそっち優先することもあるってだけですしぃ?

 

「まあ、腕が良くなるといいね。それじゃ」

 

そう言うと彼女はてくてくとその辺を歩いていった。

うーむ……見た目の割に発言が子供っぽくないって点では親近感を覚える。いやそんなの妖怪なら珍しないしそれこそさとりんとかめっちゃ大人びてるけども。

 

「おーい。…ん?あれてゐか?」

「妹紅さん戻るの早かったね、知り合い?」

「まあな、とは言っても仲がいいわけじゃないけど」

 

気づくと後ろに妹紅さんが立っていた。

もしかしたらてゐは妹紅さんが戻ってくるのを察知して立ち去ったのだろうか。いやたまたまタイミングが良かっただけかもしれないけど。

 

「それで、どうだった?」

「最初は渋い顔されたけど、お前の体質?を話したら面白そうって引き受けてくれたよ」

「面白そう……?マッドサイエンティストじゃないよね?変なことされないよね?」

「まっど……?いやまともな人だとは思うが…変なこと……」

 

…なんで言い淀む。

変なことされないって言ってくれよ、言い切ってくれよ。

 

「頑張れ」

 

肩に手を置いてそう言われた。

すごく無責任に。

 

「じゃ、私は外で待ってるから、さっさと行ってこいよ」

「え、いや私場所わかんない……」

「突き当たりを右に曲がったらなんか凄そうな人いるから、それでわかる」

 

何そのなんか凄そうな人って…適当にも程があるでしょ!?

 

せめて外見の特徴とか………え?会えばわかる?あーはいもういいです。

 

 

 

 

 

 

 

言われた通り、突き当たりを右に曲がった。

 

妹紅さんは会えばわかると言った、なんか凄そうな人がいると言った。

 

私はまあ、誰とも会っていないがもうどこにいるかわかってしまった。

この廊下を進んで右手にある部屋にいるのだろう。

 

だってなんかあの部屋だけ漂ってるオーラ違うんだもん。

あそこだけなんか別の世界みたいな気配出てるんだもん。

いや別世界っていうのは言い過ぎか、でもなんかこう、何かいるんだろうなあって感じの気配は出てる。

 

そーっと歩いていき、その部屋を覗き込む。

 

「………あ、どうも」

「どうもこんにちは」

 

めっちゃ目が合ったわ。

椅子に座ってこちらを見つめている銀髪の女性。

ってかなんすかその服、なんで左右で赤と青分かれてるすか。ツートンカラーってやつっすか、そういうファッションなんすか。

 

「妹紅から話は聞いたわ、白珠毛糸ね?八意永琳よ、よろしく」

「あぁはい、よろしくお願いします」

「……聞いてはいたけど凄い頭ね」

 

ほっとけこの野郎。あんたも頭で誰かわかったとかそういうこと言うクチなんでしょ、顔見たらわかるんだからね!

 

「さてと、話は聞いたとはいえ不明点が多いから軽く自己紹介と、何して欲しいのか教えて」

「あ、はい。えぇと、白珠毛糸、毛玉です。特技は手足を瞬く間に生やすことです。今日はなんやかんやで動かなくなった左腕を見てもらいにきました」

「自己再生能力が高いってことね。具体的にはどのくらい?」

「まあ本気出したら1秒以内には腕生えますね」

「へぇ、それはなかなか……」

 

なんかこう、ぽんぽん話進むね。

永琳さんだったか、確かになんか凄そうな雰囲気はあるんだけど、それは紫さんとか幽香さんとかと似たような感じで、到底数億年生きたとは思えないような感じだ。

 

人の形してないとか、頭部がめちゃくちゃ肥大化してるとか、そんなこと考えてたけど、別に普通の人って感じだ。いや普通の人ではないんだけれども。

 

「あ、霊力と妖力持ってます」

「あ、やっぱり?そんな感じしてたのよね。腕がなんで動かなくなったのかはわかる?」

「えーと、呪いにかかって……それを全部左腕に寄せ集めた感じで……自分で動かせる義手を作る予定はあるんですけど、そもそも動かせるのかなって感じで」

「なるほど、ちょっと見せてくれる?」

 

そう言われ左腕を右手で持ち上げて永琳さんに触ってもらう。

なんかすごい触られてるけど、左腕感覚ないんだよね。

 

「ふぅん……骨格も筋肉も異常ないわね。至って普通……腕は何回か生やしてみたのよね?」

「はい、まあ全部動かなかったんですけど」

「そう。中がどうなってるか具体的にみてみたいけど、今からだと準備に時間かかるわね…」

「あ、なんなら左腕もぎますよ?」

「え?あ、え?あ、あぁ、そう。………そうね、そうしてもらおうかしら」

 

永林さんが机の上になにかシートみたいなのを敷くのを待って、左腕をちぎり取る。

その時に左腕の断面を氷で蓋をして血が落ちないようにしておいた。

左肩からちぎったので、ちぎったところから再生してまた新しい手を生やしておく。

これで血は床に落ちたりしない。

 

「どうぞ」

「…本当に治るの早いわね」

 

なんか微妙な顔で私の腕を受け取る永琳さん。

わかるよ、突然腕をもいで渡されたら困惑しますよね、私もそう思います。

 

「少し時間かかるから、なんで霊力と妖力を持っているのか説明してもらえるかしら」

「あ、はい」

 

ナイフ……メスってやつか?

そんな感じのやつで私の腕を切り裂いていく永琳さん。自分でちぎったとはうえ、自分の腕がなんか解剖されてると……なんか変な気分になるな。

 

「えっと……まあ簡単に説明すると、もう一人の自分が自分の中にいて、そいつが霊力を持ってて私が妖力を持ってるって感じです」

「……なるほど」

 

少し簡潔過ぎた?いやでも自分でもよくわからんし……話したら結構長いし……

 

「まああなたがただの妖怪じゃないってことはわかったわ」

「ただの妖怪がこんな頭してますか?」

「それもそうね」

「……肯定するんかい」

 

なんか私の左腕を好き勝手してらっしゃる……あ、骨取られた。

 

「………あなたって、弱い?…わけないわよね」

「え?あ、何を基準にするかにもよりますけど」

「あなたの体、人間のそれと同じなのよ。普通妖怪なら構造が少し違かったり、骨の強度とか筋肉とか……もちろん妖力で強化される前提のものが多いけど、ここまで普通なのは……」

 

「妖力だけは強いんで、それに物言わせてます」

「……それと、再生能力ね。なるほど、素が弱い分も再生が早いとか、そんな感じかしら」

「はい、そっすね。鍛えようと思った時期もあるんですけど、腕とか取れたら元に戻っちゃうみたいなんですよね。だから、妖力と再生力だけです」

 

妖力も幽香さんのだから……

腕が何本でも生やせることだけが取り柄です。

あと氷も出せます。これもチルノのだけど。

あと植物もちょっとだけ操れます。これも幽香さんのだけど。

あと物も浮かせられます。これもチルノの霊力がある前提の話だけど。

 

「見たところ筋肉や骨格にはやっぱり異常はないわね」

「さいですか」

「強いて言うなら腕の中の神経がめちゃくちゃになってたわね」

「あ、そーなんすか」

「多分脊椎とか脳とかには異常はないと思う。似たようなことになったことは?」

「さあ……なったとしても多分治ってるんで……」

「そう」

 

そう呟くと永琳さんは顎に手を当て、考える仕草を見せた。

 

「蓬莱人、わかるかしら」

「あぁはい、妹紅さんから聞きました」

「そう。蓬莱人ってね、その魂を元にして再生しているのよ」

「魂?」

 

永琳さんは淡々と説明を続ける。

 

「蓬莱人っていうのは、肉体に関しては他の存在とそこまで変わらないわ。ちょっと再生力が高いくらいかしら、それもあなたには劣る程度だけれどね。蓬莱人の本体は魂にあると言ってもいいわ」

「ええと……魂が本体だから、体を消滅させられてもまた生き返ることができるってことですか」

「そうね、それこそ微粒子レベルで分解されても、魂を依代にしてまた身体の構築が始まるわ。蓬莱人とはそう言う存在なの」

 

……つまりあれか、魂が存在する限り不滅というわけか。

最もその魂も不滅なんだろうけど、別に残機制なわけでもなくてね。

 

「……それで、なんでその話を?」

「あなたも同じだからよ」

「はぁ」

「もちろん憶測だけれどね」

 

同じ……同じということは……まあ、同じなんだろう。

そこに不死性はないだろうが。

 

「あ、鍛えても元に戻っちゃうのは……」

「まあ、それ自体は別におかしな話じゃないわ。普通の妖怪の話でも、長い時間をかけて再生した腕が筋骨隆々だったらおかしいでしょ」

「ハッ……確かに」

「呪い……多分あなたの魂にかかってるんでしょうね、腕じゃなくて。だから魂を元として再生しているあなたの腕は何度生やしても元に戻らない」

 

そういうカラクリだったのかぁ、なるほどぉ……

すまん、自分でも本当に理解できてるか自信ないぜ。

 

「もちろん同じと言ってもあなたが不死身なわけではないでしょうね、似ている、と言った方が適切かしら」

「えーと……治りますか?」

「まあ、呪いをかけた術者か道具、それが無くなっているのなら呪いは弱まっていくでしょうね」

「永琳さんには治せ——」

「ない」

「アッハイ」

 

まあ呪いは専門外っぽいしなあ。

 

「というか、蓬莱人の話とかしてよかったんですか?私に」

「あなたに話したところで私を殺せるわけでもないしね。あ、どちらにせよここのことは他言無用よ。もし話したら…」

「話したら……?」

「ふふっ」

 

こっっっわ!!!!

笑顔こっっっっわ!!!!!

 

「絶対誰にも言いません誓ってもいいです許してつかあさい」

「冗談よ、冗談」

 

あ、普通の顔だ……いやさっきの冗談の顔じゃないよ!?

 

「……面白い実験体になりそうだなあ、とは思ってるけど」

 

なんか小声ですごい怖いことをおっしゃっているのですが。

 

「………あ、義手って動きますかね、妖力通してこの腕の代わりにする予定なんですけど」

「問題ないと思うわよ、あくまで再生したあなたの腕に異常があるだけだからね。左腕という概念そのものに呪いがかかってたらどうなるかわからないけど」

 

まあ……義手使えるならそれでいいや!

 

「それなら良かったです。あんまりお邪魔するのも迷惑になりそうですし、もう帰ります。お世話になりました」

「あら、別にここにいてもいいのよ?実験体として。………冗談よ、そんなに怯えないでちょうだい」

 

冗談に聞こえねーんだわ!

逃げるように私は部屋を出た。

 

………あ。

 

なんで私の体はお酒ダメなのか聞いときゃよかったな。他にも毒とかいろいろ。

 

まあいいか、怖いし。良い人なんだろうけど、怖いし。



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毛玉と鴉と猪 ※

「それじゃあ……装着するよ」

「おうよいつでもかかってこい」

 

にとりんの手によって義手が私の肩に取り付けられる。

 

ブッピガアアン!

 

「どう?どんな感じ?」

「最高っす」

「いやまだ動かしてもないでしょ」

 

いやもう付けられただけで満足感が……まあ動かすけど。

左肩から義手にかけて妖力を通す。

少しずつ、ゆっくりと。

 

妖力が行き渡ると……特に何も感じなかった。

試しに人差し指を曲げてみる。

 

「お、おぉ……おおぉ……曲がった」

「どう?異常ない?」

「うん、全然大丈夫。自分の手みたいに動くよ、マジで」

 

ええと、結局最初に話が持ち上がってから……半年くらいか?ずっと忙しかったらしいのに合間を縫って、るりとにとりんがちょっとずつ作業を進めてくれたらしい。

 

まあるりは今はもう外れているとはいえ全身包帯ぐるぐる巻きだったからあんまり作業できてないみたいだけど。

それでも私のためにやってくれたのは本当だ、感謝しかない。

 

「とりあえず試作機ってことであんまり機能とか搭載できてないけど……あ、手首のでっぱり押してみて」

「ん?これ?」

 

言われた通りに手首のスイッチを押してみる。

 

「………回ってる」

「回ってるね」

「何これ」

「ちょっとした遊び心ってやつさ」

「あっふーん……」

 

めっちゃ手のひらドリルしとる……

いやまあ、面白いけどさ。

 

「あ、中にちっさい電池が入っててそれで動いてるよ。だから回しすぎには要注意ね」

「散々変な機能要望しておいて、こんなこと言うのもなんだけどさ」

「うん」

「使わんわこんな機能」

「だろうね」

 

手のひらドリルとか……なんに使うのよ。

これで穴掘ればええんか、穴掘ればええんか。電池式のくせに。

 

「いやしかし、半年動かなかったのがこうやって動くってだけでなんていうかこう、嬉しいねえ」

 

左腕が自分の意思で動くのが楽しくてついつい振り回してしまう。

バキッという音がした。

後ろを見ると椅子の背もたれに穴が空いていた、デカめの穴が。

 

「あ……」

「……まあ、毛糸の妖力だもんね、力加減難しいよね」

「はい…」

「霊力で使ってね」

「うっす…」

 

妖力を抜いて霊力を流し込む。

あ、軽い。軽いと言うか重さ感じないわ。

あー、妖力は力強すぎて重くないし霊力は浮かせるから重さ関係ないか。

いやでも浮いてるとなんか動かしにくいな……左腕だけ無重力状態だもんな、そりゃ普段と一緒のようには使えないか。

まあ、そんなに重くないし浮かせないで使おうか。

 

「……霊力でも問題なく動くね」

「よしよし、とりあえず基本動作は問題なさそうだね。でも耐久性とかはまだ問題あるから、あんまり激しく動かないでよ?あとうっかり左腕生やさないように」

「わかってるってー」

 

いやしっかし左腕がガシャコンガシャコン鳴ってるな、なんか面白えな。そのうちうるさいとか思い出すんだろうが。

でも妖力も使えるってことは、素の金属の硬さでそこがさらに妖力で強化されるってわけだから……盾みたいに使えるかも。

いや壊れそうだからあんまりそう言うことしたくないけどさ。

私攻撃は普通に受けて治せばいいと思ってるから、それと同じ考えで左腕を使ったら取れちまうな……その辺の意識も変えてかないとな。

 

「いやでも、ありがとうね、本当に。忙しかっただろうに、私なんかのためにさ」

「友達を助けるのに理由なんかいらない、でしょ?」

「………泣いていい?」

「駄目」

 

 

 

 

 

あの後、忙しいからさっさとどっかいけって追い払われた。

なんでや友達とちゃうんかったんかウチらは。

といっても自慢する相手なんて……というかこんなの自慢したところでなあ。

 

まあ、家の修復作業まだ終わってないし、慣らしでその続きやってみるか。

 

 

「………ん?」

 

家に帰ってくるとイノシシが扉の前で座っていた。

 

「何してんのお前そんなとこで」

「ぶふぉ」

「チルノは?」

「ぶふぉっふぉ」

「あ、そう、居ないのか」

 

こいつとの付き合いも長いなぁ。

アリスさんによると、やっぱりここまで長生きしてるなら私みたいに人型の肉体を獲得してもおかしくない、なんならするはず、とのことだ。

まあ本人がそれを望んでいないのならそうはならんだろうが、なんでいつまでも私のところにいるのかねぇ。

 

なんで懐かれてんのかもわからんし……なんか下に見られてる気すらするし。

 

「この前はごめんな?私がもっと早く帰ってたら怖い思いしないで済んだのにな」

「ぶふぉぶふぉ」

 

私の家が壊れた時に巻き込まれて、そのあとちょっと怯えてたらしい。

悪いことをした、いや悪いのはあいつらなんだけど、怖い思いをさせたってのはやっぱり申し訳ない気持ちになる。

 

「……そういや最近構ってやれてないよな、散歩行く?」

「ぶふぉ!」

「あら良い返事」

 

そういえばこいつには未だに名前がない、私はずっと変な呼び方をしてるけどね。

名前ってのは妖怪として大事なものらしく、その存在を定義するのにうんたらかんたら……

こいつもちゃんとした名前与えたら人型になったりすんのかね。

 

ん?いや待てよ。私の名前って確か、私が体を手に入れたあとに大ちゃんが名付けてくれたんだよな。

よし!わからん!細かいことは気にすんな!

 

「それじゃ、行くか」

 

私がそう言うとイノシシは先導して歩き出した。

うむ…頭いいよなコイツ、私より長生きらしいし。

妖怪といっても人間を食ったりするわけじゃない、いや見てないところで食べてるのかもしれんが……食べてないと信じよう。

こいつが食べるのは……なんでも食べるな。

 

私は時々、気が向いた時にしか散歩に連れて行かない、というかわたし自身散歩に行かない、インドア派です。

なんかチルノが勝手に連れて行って、イノシシが一人で帰ってくる。大体そんな感じだ。

 

「……んあ?」

 

なんか上空でバッサバッサ聞こえる、翼が動く音だ。

鳥かなんかが飛んでいるのかと思って上を見ると文だった。

 

「帰れ!帰れ!」

「目が合った瞬間それはなくないですか!?」

 

お前ら妖怪の山は厄介ごとしかないやんけ!わたしゃもう働かんぞ!私はイノシシとゆっくりスローライフ送るんじゃ!

 

「何しにきた馬鹿野郎!」

「何しにきたって、偶々通っただけですよ?急に帰れとか言われたから、構って欲しいのかな〜、と思っただけで」

「じゃあいいよ、帰っていいよ、別に構わなくていいよ」

「いやまあそう言わずに、周辺の調査って名目で仕事抜け出せるんで、そこをなんとか」

 

またサボろうとしてんのかこいつ。

 

「今は山、忙しいんじゃないの?」

「いや、もう大分落ち着いてきましたよ。あ、そういえば義手付けたんですってね、ちょっと見せてくださいよ」

「え、やだ」

「ありがとうございまうぇえ……なんでですか」

「なんとなく?」

「………」

「ええいそんな顔をするでない、そんな…何その顔!やめろよ、その構って欲しいからイタズラばかりする子供を暖かく見守る目やめろよ」

「えらく具体的ですね」

 

仕方がないので左腕を見せる。

これが自慢するってことかなるほど。腕あるやつに自慢してもしゃーないけどな?

 

「ほほう…動くんですよねこれ」

「ん、なんなら回るよ」

「回る…って……なんですかその機能」

「遊び心」

「あ、そうですか」

 

左腕は動くっちゃ動くけど、痛覚とかはない。でも霊力を通してるおかげか、何か当たったりぶつかったりされると、あ、なんか当たったなー。くらいのことは感じ取れる。

つまり手のひらドリルしても別に痛みとかはない。なんか回ってるなー、って感じがするだけ。

 

「それで、何してたんですか?その……なんでしたっけ、イノ次郎でしたっけ」

「イノーマンだよ」

「あ、そうですか」

「今散歩中」

 

イノシシが暇そうにしてたので歩きながら文と会話する。

 

「ずっと居ますよねその子……」

「そう、なんかずっといるんだよ。ねえ文、こういう妖怪っていつ私みたいな身体手に入るの?」

「身体ですか?さあ……確かに、それだけ長い間生きてるんだったら身体を手に入れてもおかしくないと思いますけど…」

「なんか本人がこのままがいいって思ってるとかなんとか」

「はあ…そういうもんなんですかね」

 

文もわからないか……まあ天狗は生まれた時からこういう見た目だろうし知らないのも当然か。

っとなると……今度地底に行った時にお燐にでも聞くか?いやでも、誰に聞いても大した返答返ってこなさそうなんだよなあ……

 

「なんとなーく意思疎通はできるんだけど、言葉を話さないから何言ってんのかわからないんだよね」

「そうですか。もしこの子が身体手に入れたらどんな見た目になるんでしょうね」

 

イノシシの擬人化の話始まったぞオイオイ。

 

「毛糸さんは割と見た目通りの容姿になってますよね……この子なんか体毛毒々しい色してますし、そういう髪の毛になるのかな」

「さあ、興味ないね」

「活発ですし、元気な男の子になりそうですね」

「いや興味ない……ん?」

「?どうかしました?」

「いや今……なんて?」

「元気な男の子になりそうだなーって」

 

いや……あの……そいつ……

 

「メスだよ?」

「……へ?」

「そいつ、雌」

「へ?」

「女の子」

「へ?」

「ふぃめーる」

「へ?」

「………大丈夫?」

「冗談ですよね?」

「本当」

「………へ?」

 

あー…思考回路がショートしてらっしゃる。

 

「な、メスだもんなお前」

「ぶふぉ」

「ほら」

「いや、何言ってるか分かりませんけど……いやだって、牙ありますよ?ちゃんとしたの、ありますよ?」

「妖怪だからね、相手を攻撃する器官はあって損しない」

「でも…でも……そんな……」

 

なーにショック受けてんだこいつ。

まあ私も最初気づいた時はかなり驚いたけど……だからどうしたって感じあるし。

 

「嘘だ…」

「マジだ」

「え、いやだって、えぇ?」

「よしイノピロンこいつ放って散歩の続きだ」

「ぶふぉ」

 

アリスさんに聞いたけど、この妖怪はメスでも牙が普通にあるんだってさ。まあ見た目がイノシシってだけで実際は妖怪だし、そんなもんだろ。

ちなみにオスはめっちゃ長いらしい。てか長かった、実際見た。

もしオスだったらその牙で何回体を貫かれてるかわからんわ。

 

「し、知らなかった……チルノちゃんたちは?」

「知ってる」

「まじですか…」

「マジっすよ」

「………だからどうしたって感じですね」

「でしょー?」

「確かに驚きはしましたけど、それだけでしたねー」

「…汗ダラッダラだぞ」

「あ、ほんとだ」

 

めちゃくちゃ動揺してるやん……

 

「私……今までずっと男の子だと思ってて……これからどうやって向き合えばいいのか……」

「いや大して変わらんだろ、てかお前そんなにこいつと会ってないだろ」

「いやそうなんですけどね?」

「てかなに、そんなにこいつのこと好きなの?」

「だって可愛いじゃないですか」

「お、おう……可愛い…?」

「ふごっ」

「お、おう……」

 

見た目は別に可愛くないと思うけど……あれか、動物みたいな見た目してるとか、性格とかそういう話か。

まあどっちかっていうと憎めないって感じな気がするけどな。

 

「そうだ!ちゃんと名前考えてあげてくださいよ」

「考えてるよ、な、イノウンド」

「毎回呼び方変わってるじゃないですか!そんなの名前って言いません」

「チルノだってそんな感じで呼んでるぞ?イノ太郎とか、イノ次郎とか、イノ三郎とか」

「いやそれはなんかもう……あれですよ」

「あれってなによ」

「あれはあれです」

「第一本人もこれが気に入ってるし。な、イノシュタインドルフサンシャインブレイク」

「ぶふごっ」

「いや長いですよ……」

 

なんか名付けって、恥ずかしいというか、緊張するというか……なーんかそわそわしちゃってできないんだよね。

あとネーミングセンスないから。

やっぱ大ちゃんすげーわ。

 

「でもそうだなあ…何考えてるか気になるっちゃ気になるし、一回さとりんのとこ連れて行こうかな」

 

これで本人心の中ではめっちゃ毒舌だったり私のこと嫌ってたりしたらかなりショックだけど……まあ、多分、大丈夫でしょ、きっと。

 

「あと雌っていうのやめてあげてください、女の子にしてください」

「なんでお前にそんなこと言われなきゃなんねーのよ……」

「だって雌とか言ったら家畜みたいじゃないですか!」

 

そもそも性別とか意識することねえよ……てか実際ペットとだし…ペットだよね?

あれ?ペットだとして、私ペットに毎回突進されて骨折ってんの?

………まあいいや。

 

そんなことよりこの鴉めんどくせえなぁ。

 

「そんなに好きならあげようか、いつも一緒にいられるぞ」

「それは結構です」

「あらきっぱり」

「そんなに暇じゃないんで」

「私のこと暇人って言ってる?」

「はい」

「イノリュース、突進」

「ふご」

「あだぁっ!」

 

ケッ、いい気味だぜ!

……近いうちに連れて行くか、地底。





なおなーお様にイラストを描いていただきました!


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ある日の白狼天狗

「……もう痛まないな」

身体のいたる所にあった裂傷はもう塞がっている。

骨に傷が入っていたりしたらしいが、多分もう大丈夫だろう。

生きてるやつの中では俺は結構重傷だったらしく、しばらくは安静にしていた。

 

だがもう傷は塞がっているし、少し身体を動かしたくなった。

 

気怠い体を無理やり起こして出かける準備を始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「よう、待たせたか?」

「はい、めちゃくちゃ待ちました」

「そんなに待ってねえだろ」

 

椛と待ち合わせしていた場所に到着する。

椛は暇そうに空を見上げて待っていた。

 

「悪いな、付き合ってもらって」

「いえ、そんなことより珍しいですね。柊木さんから誘ってくるなんて」

「まあ、体も鈍ってるし、久々に運動したくなってな」

「いい心構えです」

「お、おう。まあそれに、前みたいなことがまた起こって、あんな風にたまたま生き延びれるかどうかはわからないしな」

「そうですね」

 

あの妖怪たちの山への侵攻以降、幻想郷自体が至って平和な気もする。

まあ妖怪の数自体減ったのもあるだろうし、あの軍勢が全滅したってことが広まってるのかもしれない。

あれはあのもじゃもじゃが大体潰したんだがな。

 

椛と目的の場所に向かって歩き始める。

 

「そっちはどうだ、身体の調子は」

「まあ最初は倦怠感凄かったですけど、あなたよりは回復早かったですよ」

「だろうな。俺なんて数ヶ月包帯に巻かれてたからな」

 

改めて思うが……こいつやべえよな。

あの時の女は身体能力でも妖力でも俺たちを上回ってたのに、こいつは刀に妖力流し込んだだけで刀まで折って完全に相手を下したからな。

 

こいつの場合妖力とか身体能力が凄いんじゃなくて、小手先の技術とかそういうので上をとってくるからな……

 

「…なんですかその目」

「いや……別に」

「……そうですか。そういえばあの時のお礼言ってませんでしたね」

「あの時?」

「私の自分の手で奴を殺したいっていう我儘に付き合ってくれたじゃないですか」

「あ、我儘って自覚あったんだ痛え!蹴るなよまだ調子優れねえんだぞこっちは!……まあ、あの時はどっちにしろ、あいつをなんとかしなきゃいけなかったしな」

「別に毛糸さんに丸投げしたら済む話だったんですよあれ」

「確かにそうだ」

 

あの時のあいつなら嬉々として引き受けそうだな……なんやかんや言って大体頼みは聞いてくれるからなあいつ。

 

「それに、それだけじゃないです。私が奴を殺せたのは、半分行かないくらいはあなたのおかげですし」

「半分行かないくらいなんだな……まあ、なんだ。お前なら割となんとか切り抜けそうだが、見捨てて死なれても困るしな。付き合うだけ付き合ってやるって考えはあったさ」

 

俺にも白狼天狗を馬鹿にされて許せない気持ちってのがあったのかもしれないな、ちょっとだけ。

 

「まあ何にせよ、あなたの傷は私が負っていたかもしれないものです。この前はありがとうごさいました」

「やめろ、お前が素直に礼を言うと気持ち悪い」

「鳩尾に拳をねじ込んで欲しいみたいですね」

「やめろやめろやめろ、吐くぞ」

 

なんかこいつ鳩尾好きだよな……いや、簡単に狙える場所だからとかそんな理由なんだろうが。

 

 

 

 

 

 

 

 

修練場ではなく、山の少し開けた場所まで移動して、お互いに竹刀を持って打ち合いを始めた。

いや、俺が一方的に竹刀を叩き付けられてるだけなんだが。

 

「はぁ、はぁ、無理……もう無理……」

「まあ、久しぶりにしては動けてる方じゃないですかね」

「そうか……ふぅ……」

 

いかん、身体のあちこち痛くなってきた…

なんで竹刀で体を動かすだけって言ってるのにこいつは全力で俺のこと叩き潰そうとしてくるんだ…いや、分かりきっていたことではあるが。

 

「休憩、とりあえず休憩」

「本当に体力落ちてるんですね……まあ仕方ないか」

 

自分でも体がうまく動かないのを実感する。まあまだ傷も完全に治ったわけじゃないし、無理しない程度にまた感覚を取り戻していこう。

そのために取れる一番有効な手段がこいつに一方的にやられることなのは正直嫌になるが。

 

「はぁ……そういやお前、なんで俺なんかとつるんでるんだ」

「なんですか急に。腐れ縁とかじゃないですか?」

「まあそうかもしれんが、なんで俺みたいな普通のやつの相手してんだ」

「なんでって…私も別に偉い立場にいるわけじゃないですよ?一応柊木さんの上司ですけど」

 

そうだった俺こいつの部下だった……普段全く意識しないけどそういえばそうだった……

 

「まあ、何人もいる白狼天狗の中でたまたま柊木さんに出会った、それだけじゃないですかね。あと私とまともに付き合える奴がほとんどいないので」

「だろうな、俺と文とあのもじゃもじゃくらいだろ」

「まあそうですが」

 

俺と交友関係大して変わらねえじゃねえか。

いやでもこいつ確か河童の方にも知り合いいたんだっけか、まあ大差ないが。

 

「何故か皆、私のこと見ると避けたり怯えたりするんですよね……何故なんでしょう」

「おま…本気で言ってんのか?」

「…?そうですけど」

「馬鹿か?おぶぅっ」

 

竹刀で顔を横からぶっ叩かれた。

 

「いってえな……そうやってすぐ手を出すところが避けられてる理由なんじゃねえのか」

「勘違いしないでくださいよ、日頃からこんなことするのは柊木さんだけです」

「ふざけんな」

 

まあこいつのしでかしたことが尾鰭ついて広まってるとかそんなんだとは思うが……まあ割と事実だったりするしなこいつ。

本人もそれに否定しないからそうなるんだよ……確かに俺以外のこいつの被害者ってあまり聞かないが。

 

「俺たちってそもそもなんで知り合ったんだっけか」

「哨戒する場所が被ったとかそんなのだと思いますよ」

「あー、そんな感じだった気がするな」

 

で、何回か一緒になるうちに知り合いになって……成り行きってやつかね。

 

「……お前会った頃から暴力的だったよなあ」

「はあ?昔はともかく今も暴力的だって言ってるんですか?」

「おうそうだよ俺は間違ってねえ」

「まあそうですけど」

「自覚あるんかい」

 

まあ刃物突きつけられてた昔に比べたら今なんて一発叩かれるだけで済んでること思えば……いや、どっちもどっちだな。

 

「昔は私も荒れてましたからね」

「おっそうだな」

「柊木さんって昔友人いましたよね、仲良かった人」

「そういやいたな、もう顔も覚えてねえが」

「仲良かったんですよね……?」

「馬鹿なこと考えて処刑されるような奴は覚える必要ないだろ」

「……結構冷たいんですね」

「あと身の回りの奴が印象強すぎる」

 

仕事抜け出すが割と偉い地位にいる文。

やばい椛。

やばいもじゃもじゃ。

このなあ……こいつらのせいで他のやつあんまし印象に残らねえんだよな……なんなら俺もやばい奴とつるんでるやばい奴って思われてることもあるし。

 

「まあ、そういうわけだ。どいつもこいつも足臭って言ってくるのは未だに理解できんがな」

「それはそうと足臭さん」

「思い出したように使うな」

「毛糸さんの話聞きました?」

「もじゃもじゃの?……あー、なんか義手つけてるんだっけか。文から聞いた」

「あれなんか呪いかなんかでああなったみたいですよ。左腕だけ動かなくなる呪いってなんなんでしょうね」

「さあな。まああのもじゃもじゃなら何してもおかしくないだろ」

 

知り合いの中じゃあいつが一番やばいんだがな……あれだけ力持ってるくせに色んなところに知り合いいるらしい。

まあ一般の認識の大妖怪とかとは遠く離れた性格してるが、その辺が親しみやすい感じでもするのかね。

 

「ねえ柊木さん」

「あ?」

「なんでさっきから毛糸さんのこともじゃもじゃって呼んでるんですか」

「俺だけ足臭とか散々言われてるのなんか腹立つから」

「あ、しょうもない理由ですねわかりました」

 

俺の足は臭くねえ。

数百年間足の手入れは欠かしてねえんだ、それで臭いって言われたらもうどうしたらいいのかわかんねえよ。足が臭くなる呪いにでもかかってるとかそんなんだろもう。

 

なんで足臭って言い始めたか聞いても、みんな口を揃えたように俺の足が臭いからって……嗅がせたことねえだろうに。

 

「そういやさ、何でお前昔っから鍛錬欠かさないんだ?」

「死にたくないからですね」

「いやお前のやってることむしろ死にに行ってるようなもんだぞ?この前だって一人であいつ殺しに行こうとしてたし」

「そうですね………」

 

こいつは、戦いが起こりそうなきな臭い雰囲気の中だろうが、あくびが出るような平和な日々だろうが、変わらずに鍛錬を続けている。

普通の奴ならその辺疎かになって、戦いの前になって焦って急にやり始めるところだ。

 

「やっぱり、力って大事だと思うんですよ」

「ん?」

「自分のしたいこと、したくないこと、押し通したいこと、結局それらって、自分に力がないと選択権がないわけですよ。白狼天狗はそれはまあ普通の妖怪に比べれば強いですが、どこぞのもじゃもじゃとか名のある大妖怪のように自由にできるほどの力があるわけじゃない。ましてや権力があるわけでもない」

「世知辛い世の中だなあ」

「本当ですよ。だからこそ、少しでも自分のやりたいことをできるように、少しでも我を通せるように、力をつけておくんです」

 

自分のしたいこと……

 

「お前のそのしたいことってのは一人で敵に突っ込もうとすることなのか?」

「それは奴が癪に触ることばかり言うからですね、単に腹立っただけです。まあ柊木さんはどうでもいいと思ってそうですが」

「まあそうだな」

 

実際矜持とか誇りとかどうでもいい。そんなの気にして死んでちゃ世話ねえし。

 

「仲間意識とかあんまりないしな、記憶ないせいで」

「そういやそんなこと言ってましたね」

「……いや、あの時確かに俺も、白狼天狗を馬鹿にしたあいつのこと気に食わなかったんだ。ただまあ死にたくなかったのと、お前が俺より遥かに憤慨してるせいで冷静になったというか」

「それは意外ですね。情もないと思ってた柊木さんが」

「それはお前だろ」

「……お互い様ということで」

 

そりゃあまあ昔は同族とかどうでも良かったが……

数百年も過ごしていれば、少しくらい気にするさ。

 

「それも多分お前のおかげなんだろうな」

「私ですか?」

「そりゃお前、お前以外にろくな同族の知り合いいねえし」

「奇遇ですね、私もです」

 

さっきも似たような話したな……

 

「まああれだ、お前が俺に足臭とか言って殴ったり蹴ったりと暴力を振るってきたおかげで、俺にも同族意識ってのが芽生えたんだろうよ」

「なんですか?言いたいことあるなら言っていいんですよ?」

「いや別に」

 

正直顔も覚えてないし名前もあやふやなあいつよりも椛の方がよほど濃い付き合いしてるわ。

 

「というかあなた、事あるごとに自分は普通だとか言いますけど、私と付き合えてる時点であなたも異常ですよ?」

「心外なんだが」

「認めてください、控えめに言っても普通ではないです」

 

記憶なくしてる時点で普通じゃないって言われたらそれまでなんだがな。

 

「お前みたいな化け物と一緒にいる苦労がわかるか?」

「……女性に対して化け物って言うんですかあなたは」

「化け物は化け物だろうが、あと俺の知ってる女はそんなに血気盛んじゃねえ」

「よし休憩終わりです、喋れなくなるまで叩きのめしてあげますので覚悟してください」

「上等だやってやろうじゃねえかこのやろう、耐えるぞ俺は。全力で抵抗するからな」

「勝とうという気はないんですね…」

「そんなんで勝てたら苦労しねえわ」

 

 

 

 

 

 

 

「………おい、血反吐出たんだが、おい」

「知りませんよ、自業自得ですね」

「ちょっとは手加減しろよ」

 

まあ俺は割と丈夫だから血反吐吐くくらいどうってことないが……容赦なく叩きのめしてきやがった。

というか、全く勝てる気がしないな。本調子でも結果は大して変わらんだろう。

 

「まあ、昔に比べたら動きは良くなってます。地道に続けてきた成果出てると思いますよ」

「お前に強制でやらされてたようなもんだけどな。まあそのおかげで今もこうやって生きてるんだ、感謝してるよ」

「私も、数少ない友人に死なれたら嫌ですからね」

「この前はその友人を肉盾にしてたわけだが、そこんとこどうなんだ」

「これからもよろしくお願いします」

「おうこれからも肉盾にする気満々だな、任せろくそったれ」

 

もうあんなことはごめんなんだがな……少しでも気を緩めたら真っ二つになってただろうし。

そもそも椛いなきゃ死んでるだろうし。

 

「持ちつ持たれつですよ、あなたが私を守るなら私もあなたを守りましょう。それができるように力をつけてきたんですから」

「あぁはいはい、頼りにしてるさ。せいぜい足を引っ張らないように努力するよ」

 

………あ、鼻血出てた。



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気のせいにする毛玉

「ん?」

「え?」

「………」

「………」

「あ、あー!えーと確か……ミスティック・ロイヤル!」

「ミスティア・ローレライ!えーとあなたは……白珠…毬藻?」

「晩飯にしてやろうか鳥野郎、白珠毛糸だ。次間違えたら手羽先にしてやるからな」

「ひぃっ……」

 

久しぶりにミシカル……ミスティアと会った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「よし、連れてきたぜ」

「ひ、ひいいいいいぃぃ!あ、あたたしななにかしししましたかかさかかか!?」

「落ち着け、ほらこの人だよ、えーと……ミッチェル」

「違うわよ!」

「あ、あーと、ミスティアさん……でしたよね」

「そう!ありがとうちゃんと覚えててくれて!」

「は、はあ…」

 

妖怪の山からるりの首根っこ掴んで飛んで帰ってきた。大丈夫、にとりんに許可は取ったから。

 

で、ミスティア最近見かけなかったから、今まで何してたのか聞いた。

そしたら世の中の妖怪は気性荒いし人間と妖怪は当然仲悪いしで、夢であった八目鰻の屋台することなんか到底できなかったため、今まで平穏に暮らしてきたとかそんなんらしい。

 

ただ、幻想郷に一つのお触れが出されたため、先を見据えて活動を再開することにしたらしい。

 

そのお触れとは………

………詳しい内容忘れちった。

無闇に人間襲わないでねとかそんなニュアンスだったような気がする。多分紫さんが出してる、まあ私にはあまり関係ない内容だけど。

だって私人間大好きだもの。

 

「それで何から始めようかと考えてた時にまり——」

「あ゛?」

「け、毛糸に出会ったのよ」

「毛糸さん睨みつけるのやめてあげてください、怖がってます」

「あ゛?」

「ぴいぃ!?なんであたしまで!?」

「なんとなく」

 

説明しよう。

私の眼光はそこまで鋭くないがドスを効かせてちょっと妖力を垂れ流しながら声を出すと結構怖がってくれるのである。

やりすぎると嫌われちゃうから気をつけようね。

 

「それにしても久しぶりですねミスティアさん、無事で何よりです」

「そっちこそ、元気そうでよかった」

「元気……あぁ、ははっ、そうですね……今はこうして元気でいられますけどね……あの時は本当に死ぬかと……」

「え、ええと……何があったの?」

「聞かないでやってくれ……全身の骨が折れただけだから……」

「なんて?全身?」

「忘れもしない……あの右腕がぐしゃっと潰れる感覚……いてっ」

 

病みかけてるるりの頭を一発叩いて正気に戻す。

 

「あ、そうだミスティアさん。以前作った仮屋台はどうしたんですか?」

「壊された」

「へ?」

「なんか強めの野良妖怪に、壊された」

「あ、はい…そうですか……お気の毒に…」

 

なんかミスティアも病みかけてるような……

 

「えーと、じゃあまた新しく作り直しますね。なんならちゃんとした、実用を見据えた奴作っちゃいましょうか」

「本当!?ありがとう!でもいいの?忙しかったりしない?」

「あ、あたし今仕事してないから大丈夫です」

「え?あ、そう…」

 

そういやこいつしばらく仕事しなくていいってにとりんに言われてたな……まああの戦いでは頑張ったらしいし、怪我も凄かったしそのくらいは当然なのかね。

 

「で、急に連れてこられて、工具とかはこの家の洞穴に置いてあるとしても資材がないんですよね……」

「……オイ、何チラチラこっち見てんの」

「いえ、別に」

「……わかったよ、取ってくるよはいはい」

 

 

 

 

 

 

 

「おぉ、出来てる」

「まだ形だけですけどね。ミスティアさんの要望聞きつつ色々変えていく予定です」

「よく働くなあお前」

「なんかよく勘違いされますけど、別に働きたくないわけじゃなくて他人がたくさんいる環境にいるのが嫌なんですよあたしは」

 

集団生活できないやつや‥‥社会に出たら苦労するやつや……いやもう社会に出てるし苦労してるだろうけど。

 

「にしてもここはのどかでいいですね……妖怪の山とは大違いですよ。あそこ部屋の中にいても外の作業音響いてきますからね」

「それは河童だけじゃねえかな……」

「あ、そういえば毛糸さん今義手してるんです?」

「ん?うん。服で隠してるけどね」

 

流石に腕が一本金属の塊ってのは目立つから、長袖の服で隠してる。あと左手に手袋つけて。

いくら見た目ちょっと誤魔化してるとはいえ違和感はある。

どうせ冬は着込んでるからいいけど夏はなあ……夏は暑いしなあ…

というか冬も金属だから冷えて凍傷とかになったら嫌だな。その辺にとりんとまた話し合おう。

 

「にとりさんも接続部の小型化と違和感のない人工皮膚の開発進めてるみたいだから、もう少し待ってくださいね」

「別に急いでないからいいよ」

 

ひとまず日常使いする奴は違和感ないようにしておきたい。まああまりにもごついと服の上からわかっちゃいそうだし。

今使ってるやつも遠目じゃわからなそうではあるんだけど……

戦闘用は見た目諦めるけどね、実用性重視。

 

「いやしっかしすごいね河童は。前々からこいつらやべえなとは思ってたけどここまでとは」

「平和だと発展遅いんですけどね……平和が一番なんですけど」

 

正直そのうちガンダムとか作りそうだから今くらいでいいよ……うん……

 

「あ、一つ相談なんですけど」

「ん?」

「屋台に機銃って搭載した方がいいですかね?」

「いやお前何言ってんの?」

「え?いやだから、屋台に機銃を…」

「え?」

「え?」

「え?」

 

屋台に?機銃?

 

「お前は装甲車でも作る気か?」

「だから、万一危ない妖怪に絡まれそうになっても機銃さえ積んでおけば最低限返り討ちに…」

「いや返り討ちどころか蜂の巣にする気満々やんけ」

「えー……あたし絶対要ると思うんだけどなあ」

「いや要らねえでしょ……お前機銃搭載した屋台で飲み食いしたいって思うわけ?」

「安全が確保されてるってことじゃないですか」

「あぁ、うん………なんというか……ミシシッピも妖怪だしさ?」

「ミスティアです」

「ミスティアも妖怪だしさ?自衛くらいはできるよ」

「あるに越したことないと思うんですけどね……」

 

そりゃあったほうがいいだろうけどさ……戦車でご飯食べたくねえよ……

 

「あ、じゃあ自爆装置は……」

「お前もう喋んな、黙って普通の作っとけ」

「あ、はい」

 

なんだろう……私がおかしいのか?これが河童の普通なのか?

いや私は間違っていない。屋台に自爆装置はどう考えてもおかしい。どうやったらその考えが出てくるのかわからん。

しかも本人が本気で言ってそうなのがまた……いや、もうやめにしよう。

 

「はぁ……そういやお前、ミスディレクションとは普通に喋れるよな」

「ミスティアです。わざとですよね?まあ……知らない人が怖いってだけで、知り合いなら話せますよ流石に」

「そりゃそうか」

 

ミスティアも頭がおかしい系の妖怪ではないしな。普段何食って何してるのかは知らんが、友好的な人物ではある。

まあ、友好的じゃないアホでバカな奴らはあの戦いで私が根こそぎ爆破して天狗が始末したんだけどさ。

結局紫さんの考えてた通りになったってわけだ。

いや、藍さんから聞いただけだけど。

 

「あたしからすれば、毛糸さんは知り合いが多すぎですよ」

「そう?」

「そうですよ。まずそこまで他者と関わろうとしないし、そもそも毛糸さんの妖力を知ってたら近寄ってくる人もいないと思いますよ?」

「それはあれだよ、ほら……私が心優しい毛玉だからだよ」

「………」

「やめろその目」

 

まあ妖力普段から垂れ流してたら幽香さんみたいに不特定多数の人物から恐れられるんだろうけどさ。というか妖怪としてはそっちの方が正しいのかもしれないけど。

柄じゃないし、そういうの。

他人から恐れられて距離を取られて恨まれて……って、そんなの私の心は耐えられません。もっと仲良くしましょう。

 

というよりね!私の知り合いがみんな優しいんだよね!私なんか気にかけてくれてさ!泣いちゃうよね!

 

「どうやったらそんなに知り合い増えるんですか」

「そりゃあお前肉体言語だよ、拳でわかりあうんだよ」

「………」

 

あれ?実際に拳でわかり合った相手って誰がいるんだ?

えーと…勇儀さん…藍さん…

二人じゃねーか。たった二人じゃねーか。

やっぱ私の身の回りの人が優しいんやなって。

 

 

 

 

 

 

 

ミスティアの屋台が完成した。

 

るりがあまりにも貧弱だったので、私も簡単な作業を手伝いながら、なんとなーく仕上げた。

八目鰻以外にも色々出すつもりらしいので、調理スペースとか食材を置いておく大きめの冷蔵庫とか、いろいろ積んだら結構大きくなってしまった。

 

まあ引っ張るのは妖怪だし、多少重くたってどうにでもなるだろう。

前世で見た屋台もこんな感じだった気がするし……いや、屋台なんて見た記憶ほぼないけど。

 

で、ミスティアにすごい感謝されると同時に、すごい申し訳ないと謝られた。

こちらとしてはただの暇つぶしでやってたことだし、気にしなくていいと思ったんだけど、本人がどうしても何かさしてくれって言ってきた。

 

色々考えた結果、パーっと飲みたいであろう奴らを呼ぶことにした、

 

 

 

 

「いやあ、またまさか会えるとは思ってませんでしたよ、ミスティアさん」

 

文はミスティアと会ったことあったのか。

なんか文と椛だけ呼んだはずなのににとりんと柊木さんもくっついてきたのは意味わからんが。

まあミスティアも客が多い方が嬉しいだろう、知らんけど。

 

というかミスティア、どこに保存してたのか酒とかつまみとかどこからともなく出してきて……どこで食材調達してくるのやら。

 

「で、お前こっちでいいの?」

「いやだって……酔っ払いにはついていけませんし」

「そういやるりが酔ってるとこ見たことな……てか酒呑むの?」

「呑みませんね、てか好きじゃないです」

「わかるわー、まあ私は飲んだ瞬間気を失うんだけども」

「毛糸さんに鬼が飲んでる酒呑ませたら死にそうですね」

「多分死ぬね。鬼がはしゃいでるとこ近づいたら頭痛するもん」

 

酒臭い匂いでもダメらしい。

別に呑みたいとも思わんけど……

 

「楽しそうですねあの四人」

「よく見ろ、あの目つき悪い奴すごい嫌そうな顔してるぞ」

「あぁ、足臭って呼ばれてる可哀想な人」

「可哀想……まあうん…可哀想だな」

 

そういや柊木さんが酔ってるとこ見たことない。

ありえんほど強いらしい。文が柊木さんを少しでも酔わそうとしたことがあるらしいが、気がついたら自分が酔い潰れていたらしい。

 

あの人に鬼の酒飲ませたらどうなんだろう。流石に酔うかな?

案外ケロッとしてそうな気もするけど。

 

「お前らなにしてんのー」

「チルノはあっちに近づいたらダメだぞ」

「なんで?」

「酒呑んで人に迷惑かけるダメな奴らばかりいるから」

「おぉ……わかった」

 

こんな子供に酒を呑んだダメ妖怪達の失態を見せてはいけない。

いや年齢で言えばこいつに負けてるんだけど私。

というか私、歳で勝ってる知り合いいるんか……?

…………橙はいくつなんだっけ。

 

よし考えるのやめよう、知り合い全員歳上の可能性あるけど考えないようにしよう。

 

それにしてもなんかチルノ以外にも誰かいるような……

 

「け、毛糸さん」

「あ?どしたの」

「頭食べられてます」

「ん?」

 

言われてみれば確かに何かに噛みつかれているような感じがする。

なんか懐かしい感じ……

 

「……ルーミアか」

「そうなのだー」

「なんで来たお前」

「肉の匂いがしたから」

「今お前向こう行ったらパニックになるから、ここは私の左……右腕で我慢…」

「無理」

「あっはい……」

 

ルーミアと絡むこともあんまりなくなった。

というかルーミアさんがいなくなってからだな、あまり喋らなくなったの。

私が勝手に距離を置いてるだけかもしれないが………

 

「毛糸さんなんで平然と右腕差し出そうとしてるんですか」

「え?腕一本なんて安いもんでしょ?」

「あなた左腕使えなくなったから義手つけてるんですよね?」

「それとこれは別」

 

実際左腕自体はいくらでも生やせるし。動かないだけでね。

 

「腹減った、なんか食べたい」

「えー……なんでもいい?」

「お前の不味い肉以外なら」

「じゃあはい、氷」

「は?」

「……冗談だって、るり、悪いけどなんか適当にもらってきてくれない?」

「えー……しょうがないですね……」

 

気怠そうに立ち上がって騒いでる4人の方へ向かっていくるり。

すまんな、私はチルノとルーミアを構ってやらんといかんのだ。

 

「それはそれとして」

「んあ?」

 

ルーミアを持ち上げて顔をじっと見る。

 

「なに」

「んー………」

 

相変わらずあの頃のルーミアさんとルーミアの中間くらいの顔立ちをしているが……

なんというかこう……今まではっきり見てこなかったから気のせいかもしれないけど……気のせいだと思うけど……

 

ルーミアさんの気配がするような……

 

「あむ」

「おい、義手を噛むな。涎をつけるな」

「じゃあ離せ」

「うっす」

 

気のせいだよな……?

でもあれももう何百年も前か。あの時のルーミアさんなんて言ってたっけな……

 

『また、生きてたらまた会おう、毛糸』

 

うわ急に出てくんなよお前びっくりするだろうが。

 

『なんでさ、忘れてたみたいだから言ってあげただけなのに』

 

出るなら出るって言ってから出てこい。

いやでもしかし…また会おうか……

 

出てくる?もしかしてまた出てくるのあの人?いやぁ……なんかそれは……うん……

 

よし!気のせいということにしておこう!!

 

 

 

ちなみに気づいたらるりがにとりんにヘッドロックされていた。

 

お疲れ様です。

 

 



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酔っ払いは嫌いだと思う毛玉

「祟らないでください、化けて出てこないでください、お願いします……よし」

 

新しく作り直したりんさんの墓に手を合わせる。

いやもう祟りとか亡霊とか以前にこの刀に宿ってるような気がしないでもないが……

墓石が壊されたことに関して私は全く悪いことはしていないが、りんさんなら私のことぶん殴って文句言ってきそうだ。

 

そういやミスティアから結局お礼にと押し付けられたなんか高そうな酒瓶貰ったが、呑めないんですけどね。

返すわけにもいかないのでりんさんのお墓にお供……え……え?

 

「………あれえ?え、ちょ……あれえ?」

 

あれおっかしいな……酒瓶の中身すっからかんなんですけど……あれ?

よく見たら蓋も開いてるんですけど……

置いたのいつだっけ……?3日前とかそんなもんだっけ?

一回も空けてないし……

 

のののの、呑んだ?まさかりんさんが?

そ、そんなアホな。確かにあの人酒は呑んでたけど、そんな酒瓶一本で化けて出てくるような人じゃ……きっと誰かが呑んだんだろう、そうであってくれ。

 

でも一体誰が……

 

まあ妖精たちが何も考えずに呑んだとかならわからんでもないが……いやでもそんなことある?

チルノもバカとはいえその辺の分別はついてるだろうし……ついてるか?

いやまあ、この墓にいたずらしたらタダじゃおかねえぞって言ってあるからチルノではないだろ……てか大ちゃんあたりが止めてるでしょ。他の妖精たちも同様だ。

 

となると……知り合いじゃない?

そうだそうだ、私の知り合いに誰のかわからないお墓にお供えされてる酒を飲むようなバカはいない。きっとその辺のアホ妖怪だ、そうに違いない。

 

別に呑めない酒瓶一本ごときはどうでもいいが、りんさんのお墓にお供えしてあったのを飲みやがったってのが腹立つ。

 

見つけなければ……犯人を見つけなければ……

 

 

 

 

 

 

 

 

「てわけで一応聞くけどさ、飲んでないよね?」

「飲みませんよそんな酒、何が入ってるかわかりやしない…」

 

だよな……

まあもし文が飲んでたとしたなら……1日氷漬けで許してやろう。

 

「で、その犯人に心当たりとかある?」

「そうですね……ぶっちゃけ湖の麓にある墓なんて、その辺の妖怪が手を出してもおかしくないですからね」

 

確かにそうだな。

ちゃんと墓地みたいなところにあるならともかく、なんかポツンとある墓石を見て墓と分からずに、そこにあった酒を呑んで立ち去る……ありえなくはない……か?

 

「まああの墓が毛糸さんにとって大事なものというのは、妖怪の山にいる知り合いはみんな知ってるのでそんな愚行おかさないと思いますよ」

「愚行ってなにさ」

「そりゃあ毛糸さんに喧嘩売るような真似したくないですよ」

「頭のイカれた白いもじゃもじゃまりも野郎に喧嘩売るやついないってことか?おん?」

「そこまでは言ってません、まあ間違ってはないと思いますけど。いてっ」

 

チョップしておいた、まあ私も否定はしないが。

 

「でさ、頼みがあるんだけど」

「はいはいなんでしょう?」

「酒だ酒、酒よこせ」

「言い方まずいですよ」

 

私も酒欲しいとか言う日来るとは思ってなかったよ。

 

「なんでもよくはないけど、ちょっと良さそうなお酒ちょうだい。それでりんさんの墓に手を出した愚か者に天誅を下すから」

「あ、やっぱりちょっと怒ってます?」

「いや別に?」

「まあ、そういうことならとっておきの一本…」

「え、いいの?」

「は流石に勿体無いので、その次の次くらいにとっておきのやつ差し上げます」

 

それもはやとっておきと言えるのか?まあ嬉しい限りだけども。

 

「ごめんね、何も返せるものないけど」

「いえいえ、今までも色々助けてもらったし、私と毛糸さんの仲じゃないですか」

 

持つべきものは友達だなあ。

 

「あ、でも無茶はしないでくださいよ。もし相手が危険な相手だった場合は上手いこと戦いにならないようにしてくださいね。次会った時は下半身が動かなくなったとかそんなの嫌ですよ」

「……善処する」

 

とりあえず念の為に酒瓶を三本ほどもらった。

文すっごい悲しそうな顔してた、そんなに酒が好きか。

なんか最後の最後でやっぱりあげませんとか粘られたが強引に奪ってきた。

 

許せ、今度何か代わりになるものあげるから。

 

 

 

 

 

 

 

 

文から酒瓶を強奪、じゃなくて譲り受けた酒瓶を一本墓にお供えしておいた。

ただの餌である。

というか私からしたらただの毒である。

 

墓にお供えしてある酒をわざわざ飲むなんて、余程酒が好きに違いない。多分。

 

犯人は味を占めてまた戻ってくる可能性、というか戻ってくることを信じて酒を置いておいた。

まあそれを呑んだ奴が同じ奴じゃなかったとしても、墓にお供えしてあるものを勝手に呑んだってことで大義名分、ぶん殴ったって許されるってわけだ。

んー、我ながら完璧な作戦、3分で考えたにしては上出来だなうんうん。

 

というわけで、いつ犯人が現れるか分からないので墓が見える位置で張り込みをすることにした。キャンプだぜきゃっほう。

 

まあ長くても二週間くらいだな、そこまで待って見つからなかったら潔く諦めよう。

もとより酒なんてそんなにお供えしてねえし。

そもそもお供え自体気が向いた時しかしてねえし。

 

まあ、気長に待つとしよう。

 

 

 

 

 

 

張り込みを始めて3日目の昼、そいつは現れた。

 

河童から借りてきた双眼鏡でお墓の周囲を除いていると、突然人のシルエットが見えた。

なんやかんや言ってここは霧の湖、霧のせいで正確に姿を捉えることはできないけどなんか怪しいってことはわかる。

 

そのシルエットはりんさんの墓にどんどん近づいていき、酒瓶を見つけるとすぐに手に取り、迷いなく蓋を開けて飲み始めた。

 

それを見た瞬間私は駆け出し、そいつを静止しに行った。

 

 

「はいちょっとストップー」

「あ?なんだお前」

「なんだお前っていうかこの墓を管理?している者で…もう飲み干しているだと……?」

 

見た目は小さな子供だった。

未成年は酒飲んだらダメでしょとか口から出そうになったがどう考えても妖怪だしそんな法律はここにはなかったぜ。

 

「え?何ここ墓だったのか?そりゃ悪いことしたなあ、あっはっは」

「墓とすら見られてなかったと……なんかショックだな。じゃあもう勝手に呑まないでね、大切な人の墓なんだ」

「そりゃ無理だ」

「なんでぇ」

「そこに酒があるから」

 

あぁうんうん、この感じね。

この酒への変な執着、酒が飲めなかったら人生の9割損してるとか言ってきそうな物言い。

 

「それに死人に口なしだ、私が呑んでやった方が酒も嬉しいに決まってる」

 

そうそう、このなんかもうよくわからん理論。

なんか聞き覚えあるんだよなあ……

 

「それでもやめろってんなら……力で言うこと聞かせてみな」

 

そしてこの血の気の多さ!

そしてその立派な二本角!

 

「鬼かあ……」

「お、知ってるのか!いやあ妖怪の山の連中以外で覚えてる奴がいるとはちょっと嬉しいねえ。じゃ、やろうか」

 

うん、やばいね。

いや、私だって普通の鬼相手にはそこそこやれると自負している。幽香さん印の妖力でゴリ押せるからだ。

しかし目の前の相手に対して、私の体が全力で危険信号を出している。

つまりあれだ、この子供みたいな見た目してる鬼は勇儀さんレベルってことだ。

 

……まずい。

 

「えーと、お酒なら私あと二本だけ持ってるんで、それをあげるんでちょっと戦うのは……」

「えー!?つまらないこと言うなよー。あんた相当やれるだろ?やろうよー私とやろうよー」

 

うーん酒くっせ。明らかに酔ってるよこの人……

 

「いやほんともう勘弁してください、鬼とかほんと無理っす」

「えー?じゃあしょうがないなあ」

 

あ、よかった、許してくれそう。やっぱり話し合いって大事だよね、無駄な血を流さないためには。

 

「戦わざるを得ない状況にしてやるか」

 

うん、知ってた。

口では戦わない戦わないって言っていたが、実際は体に妖力を流して戦闘態勢に入っていた。

だから突然突き出された拳にも反応できたが……

 

どうして鬼というのは一撃一撃がそんなに重いのだろうか。

 

「んぐぅ!」

「お!避けたかよしよし、そう簡単に終わられちゃ困ると思ってたところだ。死ぬなよー?」

 

風圧だけで吹き飛ばされそうになるんですけど。

いやしっかし、やっぱりこれは勇儀さんくらい……

 

「あの、一ついいですか?」

「ん?なに?」

「もしかしてお名前、萃香とかでいらっしゃったり……」

 

私がそう言うと、目の前の鬼は顔を綻ばせた。

 

「よく知ってるな!そう、私こそが鬼の四天王が一人、伊吹萃香だ!そんな私と手合わせできること、光栄に思え!」

 

拝啓

 

おかあさん、おとうさん。

さようなら。

私死にます。

 

いや待て待て。

大丈夫だ落ち着け、いくら相手があの勇儀さんと同じ鬼の四天王とはいえ、たかが鬼の四天王だ。

いや別に勇儀さんを舐めてるわけじゃないが、一応勇儀さんの力はそれなりに知っているつもりだし、攻撃にも反応できた。

 

いけるはずだ、相手も多分私を殺す気はないだろう。

そう、要は満足させればいいのだ、精一杯頑張ろう。

 

「いくぞもじゃもじゃあ!」

 

そういや私名乗ってないわ。

勢いよく走り出した萃香の足はフラついていた。

 

「いやあの、千鳥足ですけど」

「気にするな!」

 

フラフラとした足取りから繰り出される攻撃は、それはなんともまあ遅かった。

当たればひとたまりもないだろうが……これなら勇儀さんの方が余程拳が鋭かった。

 

「あの…大丈夫?」

「これはあれだよ、酔ってる方が強くなる戦い方で……」

「酔拳?」

「そうそれ!多分!よく知ってるな〜」

 

酔っ払いのテンションだこれ。

というか本当に酔えば酔うほど強くなるんだったら鬼強すぎでしょ、鬼に金棒だよ。酒だけど。

 

「まあおふざけはここまでにして……本気でやるか」

「やめてください死んでしまいます」

「大丈夫大丈夫!妖怪ちょっとやそっとじゃ死なないって!」

 

あなたたち鬼の攻撃はちょっとやそっとどころじゃないんですよ、自覚してください。

とか気の抜けたこと考えてたら相手の姿が消えていた。

 

「んん後ろお!!」

「あれえ!?」

 

即座に前に飛び込んでその場から離れた。

私のいた場所を砲弾のような拳が通り抜ける。

 

「へー、よくわかったね」

「ま、まあね」

 

そうやってすぐ姿を消すやつは大体後ろに回り込むんだよ、私知ってるもん。

 

「じゃあ正面から行こうか」

 

お願いだからやめてこないで。

全身に妖力を循環させて腕をクロスさせ、防御の姿勢を取る。

爆発に巻き込まれたような衝撃が走り、後ろの方へ吹っ飛ばされた。

 

「っつぅ……」

 

そこまで飛ばされなかったが腕がプルプルとふるえている。

うん、やっぱ鬼だわ。

ちゃんと鬼の四天王だわ。

 

左腕は……よし、動く。

一応戦闘も想定しておいて数日前に戦闘用の頑丈な義手に付け替えておいた。あんな衝撃を受けて不安だが、壊れてはなさそうだ。

 

「耐えるかぁ、いいねいいね、丈夫な奴は私好きだよ」

「そりゃどうも……」

 

骨にヒビ入ってるんですけどね?この程度なら再生で簡単に治るからいいが……

 

「今度はそっちから来な、渾身の一撃を見せてくれよ。いやー、私の知らないやつでこんな面白いやつがいたとは……案外幻想郷も広いねえ」

 

鬼の四天王とかいうヤベー4人のうち2人に絡まれてる私って…幻想郷って狭い?

 

「えーと…殴っていいんですか?」

「そう言ってるだろー?」

「はあ…それなら……」

 

右腕に妖力を込める。あと先考えないバカみたいな量を。

相手は全力をご所望だ。それなら右腕を使い潰すつもりでやらなきゃ失礼ってもんだ、どうせすぐ生やすけど。

 

「いいねいいね!どんどん力が溜まっていくのが見てわかる!」

 

なんで喜んでるんだこの人……マゾなの?今から私の全身全霊の一撃を喰らうってのに…マゾなの?

 

「それじゃあ…行きますよ」

「来い!」

 

妖力によって引き上げられた身体能力。

一歩踏み込み、相手の方へと跳んで詰め寄る。

右腕を引き、防御している相手が目と鼻の先にまで近づいた瞬間に、足を地面につけて氷で覆い固定。

 

拳を前へと突き出した。

 

1秒くらいだろうか、相手と拳がぶつかり拮抗したが、その後すぐに相手の体を押し込んでぶっ飛ばした。

腕は鈍い音を立てて真っ二つに折れている。

足も無理矢理殴った反動を受け止めたせいで変な折れ方をしている。

 

相手もただじゃ済まないはずだが……とりあえず再生しておこう。

 

正直、死んでないかなあとか心配してた。素の身体能力は普通の人間並とはいえ、幽香さんの妖力が困った拳を正面から受け止めたんだ、無事なわけない。

 

まあその人は土煙の中からひょっこり出てきたわけだが。

 

「いやあ効いた効いた、意識失っちゃったよ」

「……3秒くらい?」

「3秒くらい」

 

なんて丈夫なんだ……私なんて左腕以外めちゃくちゃになったのに……

 

「それじゃあお返しだ」

「え?」

 

いやあの、お返しってなんの……?

 

聞く前に遥か上空へと飛んでいってしまった…なんのつもりだ?

 

天高く登って、登って、登って……うん?降りてきた?

降りてきたというよりは、自由落下してる……が……

 

 

微かに感じる違和感、その違和感がなんなのか確かめようとして、回避……というより避難が遅れた。

 

「——へ?」

 

巨大化した萃香が私を押しつぶすまであと………1秒。

 



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毛玉と萃香

「………ありゃ?」

 

萃香……萃香さんでいいか。

萃香さんが素っ頓狂な声を上げる。

そりゃそうだろう、何倍にも膨れ上がった己の体を高所から自由落下させたのに、自分は地面に激突せずに宙に浮いているのだから。

 

そう、宙に浮いている。

 

激突する寸前に萃香さんに張り付いて妖力を大量に霊力に変換、相手に流し込んで宙に浮かせた。

勢いはなかなかあったが重さがないから関係ない。

 

私は今萃香に両手をつけて、霊力を未だに流しながら冷や汗をダラダラと流している。

 

「ふううぅぅぅ〜………」

 

あせっっったああああ……し、死ぬかと思った……

あの状況でよく相手を浮かせるという選択肢が出てきたものだ、褒めてやろう私の頭。

 

ちょっと間に合わなくて足がすごい潰れて短足になってしまったのは内緒である。はよ治そ。

 

しばらくすると萃香さんの体が急にしぼんで元のサイズに戻った。

 

「一体何をしたんだ?能力か?」

「えぇまあ…能力というかなんというか、浮かせるだけですけど」

「へぇ!他にどんなことができるんだ?」

「浮かせられるだけです」

「え?」

「浮かせられるだけ」

「……あ、そう」

 

まあ私のできることを能力にしていったら、冷気を操ったり植物をちょっとだけ操れたり再生能力がバカ高かったり……そんなもんだ。

前者二つはパクリだし再生能力はどっちかというと体質だし。

 

「まあとにかく、あんな防がれ方をしたのは初めてだよ」

「私もあんなの食らったのは初めて……」

 

怪獣に吹っ飛ばされたウルト○マンが市街地に倒れ込んでビルを薙ぎ倒すところに巻き込まれた感覚だぜ……

 

「じゃあやっばりこっちで行こうか……」

 

こっちってなんすか、拳っすか。やめてくださいよ鬼の得意分野じゃないですかやだなあもう。

 

「ふん!」

「んひぃ!!」

 

突き出された拳を必死に避ける。心なしかさっきまでよりキレが増しているような……

 

「避けてるだけじゃ何も変わらないぞ!」

「いやそんなことんひぃ!!言われましてもっふぅ!!」

 

風圧がすごい、一発一発がブオンブオン言ってある。

しかし逃げてるだけじゃ何も変わらないのも事実……私が相手に対抗するには………

 

いつもお世話になります幽香さん!!

普段よりさらに多くの妖力を体に循環させる。

 

身体能力が上がったことを感じると同時にまた突き出された相手の拳を避けて懐に潜り込み、腹に一発拳をねじ込んだ。

 

「くふっ……いいねえ、いいの持ってるじゃん」

「人からもらったものなんで」

「…やっぱりその妖力はあいつの…」

「………幽香さんとは知り合いですか?」

「ま、何回か殴り合いをした仲さ、全力でな」

 

ひえっ……鬼の四天王と幽香さんの全力の殴り合いとか…地形変わるでしょそんなの……

 

「しっかしそれなんでお前が持ってるんだ?不思議だなぁ」

「話すと長くて面倒くさいので」

「そうかそうか、じゃ、続きしようか」

 

うーんこの人怖いよ!

見た目幼女で気さくに話しかけてくるのに言動が怖いよ!

 

両腕でガードに集中しつつ、出来るだけ直撃を避けて隙を見つけた時に攻撃する、深追いしすぎないように。

 

「いいねいいね!初めての相手とここまで長い間やれるのはやっぱり新鮮で楽しい!」

「楽しくないんでやめてもらっていいですか」

 

酔ってる上にどんどん表情が明るくなっていくよこの人…怖いよ…

 

「何より素手ってのがいい!」

 

いや腰に刀差してるんですけどね?氷だって出せるんですけどね?

ただこういう人相手だと氷も簡単に砕かれるし、りんさんの刀も万が一折られたら嫌だから使えないだけでして……

 

なんとか攻撃を食らっても耐えられている。まあ体感だが勇儀さんの方が一撃は重いような気もする。

けどまあなんというか、この人は動きがちょこまかとしているというか、ふんわりしてるというか、読みづらいというか。

戦い辛い相手だ。

 

「うらああ!」

「こわっ…」

 

雄叫びを上げて殴りかかってきたので防御の姿勢を取る。

だが想像に反してやってきたのは攻撃じゃなくて掴もうとする腕、両腕を掴まれてしまった。

 

「くらえ!」

「ちょま」

 

頭突きだ。

両腕をがっしりと掴まれて絶対に避けられない。

反射的に毛玉に戻って拘束を抜け出し、距離を取ってからいつもの体に戻った。

 

「ありゃ、良い線いったと思ったんだけどな」

「殺す気っすか…」

「死なねえだろ」

 

死ぬわバカタレ!

 

「でも今の感触……その左腕、どうなってる?」

「……義手ですよ」

「義手!そうかそうか、なるほどなあ」

 

なんか1人で勝手に頷いてるんだが。

というかこの人との戦いいちいちこんな風に会話を挟んでくるからやりにくいったらありゃしない。

 

とか考えたら何も言わずにこっちに突っ込んできた。

 

「ぐふっ…」

 

防御しようと思ってたら腹に一発ねじ込まれてしまった。

痛みなんてもうろくに感じていないが、口から息が無理やり吐き出される。

 

足から氷を出して相手を無理やり引き離す。

 

「氷も出せるのか!」

 

あー……内臓半分くらい潰れたんじゃないか今の。

なんか位置もめちゃくちゃに散らばってるし……ええい、肺と心臓だけ無事だったらそれでいいわ!他は後だ後!

 

それにしても急に早くなったな……

 

「調子上がってきたしどんどん行くよ!」

「今まで本調子じゃなかったと!?」

 

相手が一歩踏み込むと地響きが起きる、どんだけ力を溜めてんだおいおい……

姿がブレたと思えば既に私の眼前まで移動してきていた。

突き出された拳が私の体を貫く。

 

「いぎっ……つぅかまえたあ!!」

 

どうせ防御してもとんでもない衝撃が襲ってくるだけなので妖力で防御せずにわざと貫通させた。

驚いた表情をしている萃香の私の体を貫通している右腕を左腕の義手でがっしりと掴む。

右手に妖力を集中させて思いっきりぶん殴る。

相手も左腕で防御して吹っ飛びそうになるが、私の足元を氷でガッチリと固定して、義手で掴んでいるのを離さずに引き戻す。

 

「もう一発!」

 

また右腕に妖力を込める。

今度は身体能力を上げる奴ではなく、妖力弾と同じイメージで。

当たれば妖力弾をゼロ距離でまともに受けるのと同じことになる。

 

私はそれを躊躇なく相手の顔面に向けて放った。

 

「——ってはあ!?」

 

左腕でちゃんと掴んでいたにも関わらず相手の姿が消えてしまっていた。

即座に切り替えて、地面に向けてその右腕を放った。

当たった場所から爆発が起こり、私の体を高く打ち上げた。

 

爆発が起こった地面を上から見つめる。

 

「すぅ……はあぁ……」

 

地面に向けて自由落下しながらぐちゃぐちゃに破裂した右腕を再生し、息を整える。

 

速度を落としながら着地すると、頭を押さえて痛そうにしている萃香が見えた。

 

「私が消えた瞬間に思考を切り替えて周囲丸ごと爆破するなんて、機転が利くじゃないか」

 

結構この人ずっと褒めてくれるなあ……

 

「もし当たらなくても空中に逃げて一旦距離を取るって考えだったんだろ?」

「………も、ももっもちろんそうですよ?」

「………あー……そうか、やっぱりな」

 

はいそんなこと何も考えずに見切り発車でやりましたっ!気を遣ってくださってどうもありがとうございます!ごめんなさい!

 

「じゃあ続きを……何?両手を上げて」

「負けです、負けでいいです。もうこれ以上は勘弁してください、妖力も結構使っちゃったし」

「えぇ〜?じゃあしょうがないなあ」

 

 

 

萃香さんはちょうどいい岩を見つけると、そこに座って、私がお供えしてた酒をどこからか取り出して飲み始めた。

 

「お疲れー、楽しかったよ」

「はあ、さいですか、そりゃよかった」

 

義手大丈夫かな……後でるりかにとりんに見てもらおう。

腹をさすりながら、内臓の位置とかを確かめて、再生を始める。

 

「そういや名乗るだけ名乗ってそっちの名前は聞いてなかったな」

「白珠毛糸です」

「そうか毛糸、あんたって幽香の妹かなんか?」

「そう見えますか?」

「いや全然」

 

まあ、こいしとさとりんを知っているがあの2人の妖力も、なんとなーく感じが似てるなあってだけで、そこまで一致してるわけではない、と思う。

私の妖力はもともと幽香さんのものだけど、時間が経つにつれすこーしずつ私流にアレンジされたものになっている。だから同じというほどではないけど、幽香さんのそれとは結構似ている。

チルノの霊力も同様だ。

 

「まあ、ちょっと色々あって。ただの他人ではないってのは確かです」

「そうか……そういや白珠毛糸ってあれか」

「あれ?」

「噂になってたよ、妖怪の大衆を一人で壊滅させた白いもじゃもじゃの毬藻妖怪がいるって」

 

毬藻だと…………?

その噂を流したやつは殺さなければならないようだ。

 

「私は毛玉ですが」

「そうだな、見りゃわかる。私のことはどこで聞いたんだ?」

「えーと…勇儀さんから」

「勇儀!そうかあいつか!懐かしいなあ、あいつ元気にしてるか?」

「そりゃもう、すこぶる元気でしたよ」

「今度会いに行くかなぁ」

 

さとりんが頭を抱えるのが目に浮かぶ。

鬼の四天王同士の殴り合いで起こる被害とか想像できない。

いや、案外仲良く酒呑んでるだけかもしれないけど。

 

「ま、座りなよ。一杯どう?」

「私酒飲めないんで………」

「何!?それは…可哀想な奴だな……」

 

本気で憐れむ目をしてる……どんだけ酒呑んで生きてきたんだよ。やめろ、その悲惨な境遇の子供を憐れむような慈悲深い笑みをやめろ、本当に損してるみたいな気持ちになるだろ。

 

「じゃあしょうがないから私だけ呑んでるか…」

「どうぞどうぞ……そのひょうたんは?」

「あ、これ?これはあれだよ、あの……酒がとにかくいっぱい湧いて出てくるんだよ」

 

どういう仕組み…?まあ聞いてもちゃんとした答え返ってこなさそうだしいいか……

 

「で、その墓は?誰のなんだ?」

「これは……まあ、友達の墓です」

「友達ねえ、なにで死んだんだ?」

 

結構ズカズカ聞いてくるな……別に聞かれたくない話でもないが。

 

「怪我とか寿命とか、色々重なって弱ってるところに強い奴と戦って死んだって感じです」

「そうか。……それにしてもこんなところに墓を建ててるとはねえ」

「そっすねえ……その友達人間だったんですけど、私以外にロクな友人もいなかったっぽいし、家族もいないって言ってたんで」

 

もう私以外にあの人をちゃんと覚えてる人はいないだろう、なおさら忘れられないな。

 

「人間のかあ……」

 

何やら物憂げな顔表情を浮かべている。

そういえば鬼って人間の卑怯な手にうんざりして地底に行ったんだっけ?まあ鬼が悪いと思うけどね私は。

 

「何年一緒にいたんだ?」

「さあ?流石にもう覚えてないっす」

「悲しかったか?」

「そりゃもう、吹っ切ったと思ってもなかなか気が晴れなくて……正直今でも寂しいと思うことはあるし」

 

もう会えないし、生き返らない。

分かっていても、一度だけで良いから会ってみたいものだ。

 

「そうか……」

「………さっきからどうしたんです?」

「いや、ちょっとね」

 

過去に何かあったのだろうか……それともやっぱり人間にうんざりして地底に行ったって話だろうか。

 

「こう見えても私はそれなりに長く生きてる。その中で人間と仲良くなったってやつも大勢見てきた」

「はあ」

「そいつらみんな、最後は後悔してたよ」

 

後悔……私もりんさん死んだときめちゃくちゃ後悔したなあ。

 

「そいつら大体が、こんな思いするなら人間となんか関わらなければよかったって言ってた」

「ま、そうでしょうね」

「お前はどうだ、そう思うか?」

 

ふむ……ぶっちゃけ思わない。

私は人間じゃないし、人間になりたいとも別に思っていない。

だから人間と仲良くなったとして、その相手に先に逝かれてもそれは当然のことだ、何一つおかしいことはない。

もちろんそれは落ち込むだろうし、後悔もするだろう。

だからといって関わらないという理由にはならない。

いつか死ぬということを忘れずに付き合っていくだけだ。

 

「私は単に人間が好きなだけだから、そうは思わないです」

「…変わってるけどお前、良いやつだな」

 

まあ私なんて最期に言葉を交わせたんだから良い方なのかもしれないけどさ。

 

「悪いね、しけた話して」

「いえ全然」

 

妖怪ってのは力を持っているし長生きだ、だから多分自分から何かを変えようとはせずに、変化が起こるのを待っている。

 

もしこの幻想郷で毎日がどんちゃん騒ぎみたいな日常が来るのだとしたら、その中心にいるのはきっと人間だ。

 

「萃香さんはなんでこんなところに?」

「んー?いや、適当にほっつき歩いてただけ。……聞きたいのはなんで地底にいないのかってことか?」

「いや、そんなことは…」

「いいよ、別に。単純な話、あんな薄暗い場所にずっと引きこもるってのは嫌だったってことさ」

 

あー…まあそれが普通か。

私も同じ立場なら地上に出そうな気もする。私だってあんな頭のおかしい酒狂いばっかの場所にはいたくない。

 

「じゃ、そろそろ行くよ。次あったらまたやろうな」

「お、お手柔らかに……」

 

はっきり言おう。

もう二度と会いたくない。



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なんか流行らせられる毛玉

あ〜………

 

私は今、野良毛玉を数匹捕獲し家の中を自由に浮遊させて、その中に混じって毛玉の姿で壁に当たるたびに方向を変えてずーっと浮き続けている。

何故こんなことしているのかって?もちろん暇だからさ。

 

改めて私以外の毛玉をこうやって見ているが……まあ、本当に何も考えてなさそうだ。

意思があると言ってもはっきりしたものではないのだろう。

こんなのに私の魂が入るだけで、私みたいな世にも奇妙な生命体が誕生するってんだから意味がわからん。

 

そうそう、私の毛玉の姿は本当にただの毛玉で、多分他人から見たらどれが本当の私かわからないと思う。

こんな変なのになってるんだから見た目の変化とかあってもいいとは思うんだが…ま、なってないものはなってない。

 

そうやって時間を浪費して暇を潰していると、突然家の扉が開けられた。

ノックしろよ、いやそんな文化ないのかもしれんが。

じゃあせめているか外から確認しろよ。いや妖怪にそんな文化ないのかもしれんが。

 

「すまない突然押しかけて。………えーと」

 

藍さんと……橙がやってきた。

藍さんが訪ねてくるのはなくはないしわかるけど、橙が来たのは初めてだな。

 

「………いるんだよな?毛糸」

 

フッ…この私の完全なるカモフラージュを持ってすれば藍さんの目を欺くことができるというわけだ。

だんまりしてて怒られても嫌なので普通の体に戻る、浮いたままだけど。

 

「いますよー」

「………何してるんだ?」

「暇つぶしっす」

「あ、あぁ、そうか」

 

困惑の表情を浮かべる藍さん。お気持ち、わかります。

誰だって家の中に毛玉が数体浮かんでいる状況で、その中に知り合いが混じって浮遊していたら困惑するさ。

 

「突然やってきて、何の用っすか?橙まで連れてわざわざ私の家まで」

「少し話がしたいと思ってな。本当はもっと早くしようと思ったんだが、なんせ忙しくてな、あまり時間が取れなかったんだ」

「お忙しいのは知ってますけど……」

 

私の家の中をキョロキョロしている橙。

いや、家の中というよりは浮かんでる野良毛玉たちを見てるのか。珍しいのかな?

 

「橙は来たいと言ったから連れてきた」

「あ、さいですか」

 

まあ橙も随分成長している。

いや、私は特に何もしてないんだけどね?本当に。知識も何もないからみんなに任せるとか言い出す部活の顧問みたいなことしてるんだけどさ。

藍さんも今までマヨヒガの外には出さないようにしてきたが、最近はある程度力もつけたし、外に出してもいいと考えているようだ。

多分私の家に連れてきたのはその足がけみたいなものだろう。実際ここの周りには変な妖怪とかいないしね。

 

……いや、冬場はレティさんが突然やってきて地獄と化すが。

寒い地獄ってあったよね…なんだっけ、忘れた。

もっとも今は春だからレティさんが来ることはない。

藍さんも結界が張られてから色々と忙しかったのだろう。冬も私をマヨヒガに送り迎えするだけであまり会話もできなかったし、橙から忙しいということも聞いていた。

 

「落ち着いて話するならこんなカオス空間じゃなくて、天気もいいし外で話しましょっか」

「……そうだな」

 

とりあえず何か出せるものあるかな……あ、せんべいしかない。

 

 

 

 

 

 

 

「どうぞ座って」

「あぁ、すまない」

 

とりあえず最近なんか飲むのめんどくさくなってたまにしか飲んでない紅茶でも淹れて出しておく。

……せんべいと紅茶ってどうなんだろう。いけるのかな?

まあ変な味になったら下げよう、紅茶を。

 

「ってあれ、橙は?」

「向こうに妖精たちがいるだろう?」

「あ、ほんとだ、一緒にいる」

「同じくらいの見た目の奴を見つけるとすぐに近寄っていってしまうな」

「まあ子供ですし」

「年齢で言えば君とそう変わらないんだがな?」

「ゔっ……そう言われると……」

「まあ君は会った頃から落ち着いていたし、今もあまり変わらない。最初から精神が成熟していたしな」

「いやいや、私なんて大分子供っぽいよ」

 

大人っぽさで言えば藍さんやアリスさんには遠く及ばない。さとりんと大ちゃんにも及ばない。

まあ確かにチルノとかの普通に子供っぽいのと比べたら、そりゃあ落ち着いてるように見えるだろうけど……

 

「あー、紅茶いけてます?久しぶりなもんで」

「大丈夫、美味しいよ」

「そりゃよかった、ほんとに」

 

お世辞じゃないことを願う。

私も紅茶を飲んでせんべいを口に運ぶ。

相性は………普通!よくわからんけどまあいいや!

 

「それにしても珍しいっすね、藍さんが私と話がしたいなんて」

「まあ、な」

 

……なんで俯いてんだろ。

何か負い目を感じることでもあるのだろうか、珍しい。

 

「左腕の話は橙から聞いた」

 

そういや橙には会った時に義手の話してたな。めっちゃ興味深そうに義手をいじくり回してた。

ボタンを誤って押して手のひらドリルになって、めちゃくちゃ驚いて尻尾とかが立ってたのは今でも忘れない。…可愛かった。

 

「まあその…なんといえばいいか」

「……別に藍さんが気にすることじゃないんだけど」

「それは、そうなんだが」

「……?」

 

何を言いたいんだろうか。

私藍さんに何かしたっけ……いや、特に変わったことはしてないはず。

うーん……

 

「紫様なんだ、奴らにここを通らせたのは」

「……へえ?詳しく」

「……紫様はこれからの幻想郷にとって害となる勢力をあらかじめ纏めて潰す気でいた。あの方が何もしなくてもきっと君は奴らと戦っただろう。でも命までは取らなかった」

 

大体話は察した。

確かに私は文たちのために奴らと戦うには戦っただろう。ただ、あの時の私は見境なく奴らを爆破していた。跡形もなくだ。

長年生きてきて考え方が変わったのもあるだろうが、墓を壊されてプッツンしていたのも事実だ。

 

「だからわざと君に激昂させるようなことを奴らにさせて、殲滅させようとしたんだ。……すまない」

「いやそんな、別に藍さんが謝ることじゃ…」

「いや、私は止めようと思えば止められたんだ。だが何も言い出せなかった。橙のことで恩があるのに……あの墓のことは私も知っていた。許してくれ」

「ちょっちょっちょ、頭下げないで、上げてください藍さん、本当に……」

 

頭を下げる藍さんに慌てて声をかける。

正直今の話を聞いても私は特に何も感じないんだけど……

 

「多分紫さんは墓のこと考えてなかったと思う。あの墓自体はこの家から少し離れてるし、あいつらの変な進路にたまたまあっただけだと思うから」

「だが……」

「確かに紫さんがしたことはちょっとムカつくけど……でもそれだけだよ。もう気にしてないし、私は藍さんとの関係が変わってほしくない」

 

それに藍さんは私が墓のことでプッツンして左腕がこうなったんだと考えているんだろうがそれは違う。

私はさとりん達のことに対してブチギレて、相手の罠にまんまとかかってしまっただけだ。それについては関係ないだろう。

 

「……君は優しいな、本当に」

「…そんなことないよ」

 

物は考えようだ。

私が怒るようなことをあいつらにさせてれたおかけで、幻想郷にとって邪魔となる奴らをまとめて潰すことができた。

そう、なんやかんやで私の得にもなる。

 

あのことに関しても最終的には私自身のことを知ることができたんだ。左腕も義手で代用できてるし、私はそこまで損していない。

 

「紫様は……また君で何かをしようとしている」

「また……」

「最初に君を見つけた時から何かを考えていたらしいんだ、多分それがもうすぐ実行に移される。あの人が何をする気なのか私はわからない、だが君には無事でいてほしい」

 

心配してくれてるのか……自分の主人の考えだろうに。

 

「大丈夫、紫さんはそんなに酷い人じゃない。それは藍さんが一番よくわかってるんじゃないの?」

「……そうだな」

 

紫さんとあまり話したことない私がいうのもなんだけどさ、藍さんと橙のこと見てたら悪い人とは思わない。

藍さんも紫さん大好きだろうに、私のためにそんなことをねえ……

 

「紫さんも私をそんなに悪いようにはしないでしょ。……しないよね?」

「あぁ、大丈夫だ、多分」

 

多分て……

もしかしたら私と藍さんのこの会話も聞かれてるかも知らないけど…まあ、ニヤニヤしながら聞いてるかもしれない。

 

「ま、その時はちゃんと紫さんに説明してもらうよ」

 

一体何されるんだかね……流石に命奪ってきたりとかはないよね?ないだろう、藍さんも多分をつけて言ってくれたから大丈夫だ。うん。

 

 

 

遠くからチルノたちの様子を伺う。藍さんはせんべいをぽりぽり齧ってらっしゃる。

 

「君にとってあの子達はどういう存在なんだ?」

「どう……?友達ですよ?」

「……それしか言わないな」

「む…」

 

いやしかしね藍さん、私の身の回りには友達か知り合いか他人かペットしかいないんですよ。

 

「そりゃあ、あの二人との付き合いが1番長いけど……」

 

文達ともそこまで時間を置かずに知り合ったし、数百年も生きてたらそこまで違いはない。

というか妖怪の山で何度か戦ってるから、文達の方はまた別な感じなんだよね……戦友、ではないけど。

チルノ達は一番身近な友達というか、なんというか……

 

「……まあこれは散々思ってることだけど、血の繋がった奴もいなければ、同族は宙に浮いてるだけで喋ることもない。友達や仲間がいても、家族って呼んでもいいような存在は私にはいない」

 

橙と藍さんの関係なんか家族のそれだ。血は繋がっていないんだろうが、それでも家族と呼ぶに値する信頼がある。

私にはそういうのはいない。

……まあ、自分から距離を取ってるってのもあるが。

 

「友達だけで十分っすよ私には」

「……そうか」

 

友達しかいないからこそ、友達のためだけに私は必死で動く。

だから心配をめっちゃかけるんだろうけどね〜はっはっは。

 

「あ、そうだ、聞いておきたいことがあるんだけど」

「なんだ?」

「ルーミアのことなんすけど……」

 

 

 

 

 

「は〜ん……そっすか〜…」

「彼女のことは私もよく知らない。紫様に聞けば色々わかるだろうが……」

「いや、いいよ別に」

 

ま、こまめに様子を見ておくかな。現状私ができることなんてそのくらいだし。

 

「毛糸」

「はいはいなんでしょ」

「紫様を許してくれてありがとう、そしてすまない」

「あーだから頭を下げんでくださいって……許すとか許さないとか、そういうことできる相手じゃないし、そもそも気にしてないから……」

「いや、どうせあの方はちゃんと謝らないだろうから、せめて私が…」

「あぁもうお堅いなあ!」

「橙のこともある、その腕を治すように頼み込んでも…」

「お構いなく」

「……え?あ、そうか」

 

しばらくは義手を楽しみたい。

そう、左手が義手になると色々いじれるから楽しいのだ。左腕が紫さんのせいだというのならむしろ感謝しなければいけないのかもしれない。

 

「ま、これからもよろしくお願いします、藍さん」

「……あぁ、よろしく頼む」

 

 

 

 

藍さんとの話がひと段落ついたのでチルノ達の元に来た。

なんともまあ子供達が楽しそーにきゃっきゃしてやがる。まあその子供達は私より遥かに歳取ってるわけだが?

その楽しそうにきゃっきゃも弾幕を飛ばして遊んでるわけだが。

 

橙も同じ背丈の仲間ができて随分と楽しそうだ。

つくづく妖怪って謎な生き物だなぁ……歳とっても子供みたいな見た目してる奴もいるし、子供みたいな見た目してても中身は大人みたいだったりするし。

 

私なんてねえ……こんな見た目でこんな中身だからねえ……

 

頭もじゃもじゃの中身変人よ変人。

こんな奴他にいるか?いやいないね。頭もじゃもじゃがいないな。変人は結構いるけど変な頭のやついないから。

 

見た目と中身、どっち基準でもいいから統一して欲しいもんだぜ。

 

いや、中身子供にされたら困るな……うん、今のままでいいや。

 

「おーいしろまりー、子分なんだからお前もこっちこいよー!」

「うーん?もう一回言ってくれるかなチルノー?」

「え?子分だからこっちこいって」

「ちゃうちゃう、その前」

「しろまり」

「ぅん……橙ー?」

「………ぷっ」

 

おい、何笑ってんだ、おい。

 

「頼むから変な呼び方流行らせないでくれ……」

「いいじゃん、みんな気に入ってるよ?ほらせーの、しーろっまりー」

 

橙に合わせて周囲の妖精達が一斉にしろまりと呼んでくる。そして橙は腹を抱えて笑っている。

 

「全く……これだからガキは……ん?」

 

大ちゃんが私の目の前までやってきて、少しキョロキョロしたあと私の肩にポンと手を置いた。

 

「………しろまりさん」

「ぐはぁっ」

 

普段しっかりしてる大ちゃんからのしろまり呼びは心に来るっ!

 

「え、なにそんなに面白い?」

「私は…結構好きですよ」

「あ、そう………改名しよっかな……」

 

白珠毛糸から白鞠毛糸に変えようか……ぶっちゃけ大して変わらんし…

 

 



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とりあえず頭は隠す毛玉

「………ちょっと早く来ちゃったか?」

 

私としたことが浮かれて急ぎすぎてしまったようだ。いや、そんなことはないけど、ないはずだけど。

待ち合わせってあんまり好きじゃないんだよなあ……集合場所間違ってないかなーとか、日付間違ってないかなーとか。

ついて誰かいればいいけど、どうせ行くまでの道で悶々とすることになるし……誰もいなかったらもう絶望ものである。

 

つまり今の私は待ち合わせの場所にきたのにも関わらず誰もおらず絶望している。誰か助けて、私の知り合いきて。

 

そのまま、多分20分くらいの時間が流れた。

 

「おぉ、早いな」

「まあ待ち合わせの時間がお昼時って言うあやふやなもんですからね……念のため早く来たら早すぎちゃった感じ」

「アリスはまだなのか」

「みたいっすね」

 

慧音さんが人里から出てきた。

待ち合わせの場所は人里に入る門の近く。慧音さんの付き添いがないと人里へ入らない……わけではないが、なんか面倒ごとが起きても困るので慧音さんも一緒に行くことになっている。

 

「世間話でもして暇を潰そっか」

「そうだな、そうしよう」

 

慧音さんと他愛もない話を始める。

最近何があったかーとか、人里でこんなことがーとか。

そういえば慧音さんにはまだ見せていなかったので、手のひらドリルを見せておいた。びっくりしてた。

もうこれ持ちネタにしようかな…結構みんな驚く。

 

そうこうしてるうちにアリスさんもやってきた。

 

「あれ、待たせた?」

「いや、私もさっき来たところだ」

「めっちゃ待った」

「あなたはどうせ浮かれて早く来すぎたとかそんなのでしょ」

「そっそそそっそっそんなわけないじゃん」

 

だってこの三人で集まって人里に行くことなんて初めてだし……そりゃあちょっとドキドキしますやん!

 

「それじゃあ行こうか」

「そうね」

「ゴーゴー」

 

かくして、人外3人組は人里へと乗り込むのであった。

 

 

 

 

 

 

 

「おー!ぜんっぜん変わんねー!」

「そうか?私からすればかなり発展しているんだが…」

「毛糸の言うことは支離滅裂だから気にしなくていいわよ」

「アリスさんさっきから酷くない?」

「いつものことでしょ」

「そういやそうでした」

「そうなのか…?」

 

まあ変わってないと感じるのは私が期待しすぎているからだろう。

数十年も人里に訪れないことなんかザラなんだから、ちょっとぐらい現代みたいに発展してるでしょ、みたいに決めつけているから何も変わらないと感じる。

 

現代日本が変わったのは文明開花とかそういうのがあったからであって、外界と遮断されているこの幻想郷ではそんなものが起こることもない。

まあ独自の文化が段々と発展している感じはする。

 

周囲の光景を見てみると、まあ人でごった返している。

年月が経つ度に人が増えていっている。まあ人口増加はいいことだ。

妖怪が積極的に人間を襲わなくなったことも関係しているのだろうか。まあ迂闊に人里の外に出たりしたら妖怪の餌になりにいってるようなもんだから、死んでるのを見かけることもあるが。

 

結局逆らうやつってのはどこにでもいて、人間を見つけてすぐに殺そうとするやつや、じみーに危害を加えるやつとかいろいろいる。

そういうのは、かの有名な博麗の巫女様が退治しているらしい。私は人間にすごい友好的だから退治される心配はないね!!うん!きっと大丈夫!

 

私たちの見た目はやっぱり目立つのか、結構視線を集めている。私は一応フード被ってこのもじゃもじゃ頭をちょっと隠してるけど…まあそれでも髪色は白いし目立つだろう。しっかり見たらもじゃもじゃということもわかるし。

アリスさんは人形を操ってはいないが身につけてはいる。

 

うん、やはり黒髪ばかり見てるとここは日本なんだって感じするよね。横には金髪魔法使いと白髪半妖がいるんだけども。

 

「慧音、人間たちの妖怪への感情はどうなってるの?」

「そうだな……やはり少しづつ恐怖が薄れている感じはするな。もちろん根強くそういう感情が残っている者もいるがな」

 

まあ幽香さんとか普通にまだまだ恐れられてそうだが。

結界…博麗大結界だっけか。まあ張られてからそれなりに年月経ってるけど。

あれが張られてからどうやら私たち妖怪の存在がちょーっと変わったらしく……なんかよくわからんけどそこまで恐怖が必要じゃなくなったらしい。

原理とかは頭痛くなりそうだから考えないことにする。思考放棄が安定策だ。

 

「何人か、ここを出入りしている妖怪もいる」

 

私たちを差し置いて?

いや、ずーっと人里に近づかずにいた私が言えることじゃないけど。

きっとそいつらはちゃんと信頼を勝ち取って入ることを許されたんだろう。もしくは隠れてこそこそ入ってるか。

 

「ま、私もこれからは人里にちょくちょく出入りしようとは思ってるんだけどさ」

「そうなの?」

「うん。いい加減白いまりも妖怪とかいう噂をなくさなきゃならん」

「あ、そっち」

 

私はまりもじゃない毛玉だ。

というか、なんで毛玉より先にまりもが出てくるわけ?この幻想郷には毛玉いるのになんでいないまりもが湧いてくるわけ?

毛玉の別名まりもだったりする?

 

「あぁその噂なんだがな。今人里ではその妖怪が毛玉なのか毬藻なのか、よく議論されているんだ」

「………へ、へー」

 

滅ぼしたろかこの猿どもめ。

毛玉だろうが、色とか見てもどう考えても毛玉だろうが、なんでそうなるのよ。

 

「所詮私はまりも妖怪よ……」

「今度髪の毛緑色に染める?目に優しい色に」

「今度は何飲ますつもりだあんた」

「最近飲んでくれないからストックが結構あるのよね」

「捨てろや、私使って処分しようとするなこんちきしょー」

「君たちは何の話をしているんだ……?」

 

慧音さんが困惑してらっしゃる。

まあこの3人で集まって何かするのは初めてだし、私とアリスさんの関係を知らないのも当然だろう。

アリスさんは他人で実験しようとするやべーやつ。

私はなんやかんやで怪しい液体口にするやべーやつ。

 

世の中やべー奴ばっかよ。

 

「しっかしみんな元気そうだねえ。私の記憶じゃ薄暗い表情してるやつも結構多かったけど」

「まあ、妖怪に怯える必要が少し減ったってだけでも大違いだと思うわよ。妖怪といえば人を襲うってイメージ強いし、とにかく危ない奴らって思われてるわ」

「まるで自分は妖怪じゃないかのような物言い」

「私は魔法使いよ」

「そういやそうだった」

 

魔法使いねえ……アリスさんどちらかといえば人形使いなイメージの方が強い。

人形劇とかすればウケそう。金取れそう。というか普通に見てみたい。金払うからやってほしい。

 

「……ん?あそこすごい行列」

「あぁ、あそこは……ほら、覚えていないか?」

「覚えてって………何?」

「あのお婆さんのだよ」

「おば……」

 

お婆さん……お婆さん……

 

ヘイカモン私!お婆さんって誰!?知り合いみんな若々しい女性ばかりだから全く記憶にございません!!

 

『君ねえ……はいはい、わかったよ』

 

ふむ……あー!あの!あのおばちゃんね!

私が初めて……初めてはりんさんに連れられてだったか。懐かしい。

それはそれとして、私が慧音さんに連れられて人里を訪れたときに出会ったあのおばちゃんだ、いやー懐かしい。

 

「あの人の……めっちゃデカくなってるね!?」

「あの頃からずっと店は続いているからな。今日は特別繁盛してるみたいだが、それでもいつも人がよく訪れているよ」

「ほえぇ……そっか、あのおばちゃん大昔に死んでんのか……」

 

悲しくはないけど、少し寂しくはある。

ついさっきまで忘れていた身だが、もう一度あってみたいものだ。

 

てことはいつも慧音さんに頼んで買ってもらう饅頭ってあそこのなのか?……並ばせてるならちょっと申し訳ないな。

というかそうだよ私いつか金返さなきゃじゃん。いやでも私お金持ってないじゃん。

働く……?この私が……?

働きたくないでござる、絶対に働きたくないでござる。

 

「あぁ、前に毛糸が持ってきてくれた饅頭ってあそこのなのね。美味しかったわ」

「誰に渡しても基本喜んでくれるからね、あそこのは間違いない」

「そうだな、あれでいて手頃な値段だからな、いい店だよ」

 

3人で一斉にあの店を褒める。

ありがとうおばちゃん、あなたは偉大だ。

 

 

 

 

 

 

 

「ん?」

「どうした?」

 

引き続き人里を散策していると、やたらとデカいお屋敷が目に入った。

………表札あるし。

稗田…?

 

「稗田さんってなに?偉い人?」

「あぁ、稗田家か。あれはまあ、なんというか……まあ、偉い人と言えば偉い人だな」

「稗田……あぁ、あれか」

 

アリスさんが一人で納得がいったように呟く。

 

「なんだっけ、幻想郷縁起だったかしら。それ書いてるのよね」

「幻想郷?縁起?なんのこと?」

「まあ、簡単に言うと妖怪のことを記した本ね」

 

……辞典?

 

「あなたのことも書かれてるんじゃない?毬藻妖怪として」

「よーしちょっと殴り込みに行ってくるわ」

「落ち着け、ちゃんと毛玉って書いてたから落ち着いてくれ」

「うっす」

 

というか書かれてたんだね私のこと……本人の許可取ってねえぞオラァ!!くっ、幻想郷に法律があれば訴えられたのに…!

 

「てか私変な内容書かれてないよね」

「自分が毬藻だと言うことを受け入れられない自称毛玉て書いてるんじゃない?」

「ちょっと爆破すっかー」

「頼むやめてくれ。アリスも煽るようなことは……」

「どうせ口だけよこの子」

「あぁん?…そうだよ」

「そ、そうか……ならいいんだが。一応言っておくと君の内容に関しては私が情報源だから変なことは書いていないぞ」

「あ、そうなんすか。じゃあ安心」

 

それにしても幻想郷縁起かあ………そんなのあるんだね。

というか、人間側が出版してる奴なら内容も人間側に偏るんじゃないの?

いや、ほぼ人間しか読まないんだったらそれでもいいのか。

まあ機会があったら読ませてもらおう。

 

 

 

そのまま歩いていくと、またもや目を引く建物があった。

なんというか、他と作りが違うだけなんだけれども。

 

「あれは?」

「あれは寺子屋だな」

「あそっか、もうあるのか。慧音さんはあそこで?」

「あぁ、子供たちに色々とな」

 

以前に寺子屋で色々教えているとは聞いていたが、ここかぁ。

子供に色んなことを教えるのは慧音さんの数百年前からの夢だったはずだし、叶ってよかった。

それもこれも本人の努力のおかげだろう。

 

まあその寺子屋は今日は休みのようだけれど。

でもなあ……勉強かあ……いいな、そういうの。私も慧音さんになら勉強教わりたい、教えてください。

 

「……あ、すまない。用事があったのを思い出した」

「忘れ物?」

「そんなところだ。少し待っていてくれ、すぐに戻る」

 

そう言って慧音さんはそそくさと建物の中に入っていった。

 

「寺子屋かあ……」

「なに、行きたいの?」

「いやそういうわけじゃ」

 

というか、読み書きも計算も人並みにはできてるはずだから、行ったところでって感じする。

 

「あなたちっさいんだから混じっても案外バレないかもよ」

「この頭で?バレないと?」

「黒くする?」

「何も飲まんぞわたしゃ」

 

第一毛染めするなら普通に染めればいいじゃん、なんで口から体内に入れて染める必要があるんだよ。

 

「全くさあ………なんか見られてない?」

「見られてるわね」

「どこから?」

「あそこ」

「………子供じゃん」

 

なんか子供たちが不思議なものを見る目でこちらを見てみる。

アリスさんが手招くと恐る恐るといった様子でこちらに近づいてきた。

 

「あ、あの……」

「何か用かしら」

 

一人の女の子が私たち二人を何度も目を動かして見つめる。

 

「慧音先生の友達なんですか?」

「…まあ、そんな感じかなあ」

 

私がそう言った瞬間、子供たちの目つきが変わった。

これあれだ、好奇心が溢れてしかたないって目だ。

 

「その髪ってやっぱり妖怪!?」

「何歳なの!?」

「変な頭!」

「その人形は何!?」

「慧音先生より強い!?」

 

畳み掛けてきよった。

 

慧音さん以外の妖怪を知らないのか、私たちに興味津々のようだ。あと変な頭って言ったやつ顔覚えたからな。

 

「えーっとね、私たちは…ちょ何触ろうとしてんの!」

「それ刀?やっぱり刀?」

「そうだけど触っちゃダメ」

「お人形さんかわいい!触っていい?」

「いいわよ、ほら」

 

あかん、元気すぎる。

これが若さの力か……恐ろしい…

アリスさんは人形に女の子が釘付けだし、私はりんさんの刀に男子が興味津々だし……

 

慧音さんはよ来て……

 

 

 

 

 

慧音さんが私たちを見つけた瞬間険しい表情になったのを見た子供達は一目散に逃げ出した。

後で怒られるぞ、どうせ。

 

「すまない!私がいない隙にあいつら……」

「いやいや大丈夫だよ、慧音さんも好かれてるんだね」

「あなたやたら髪の質問されてたわね」

 

そりゃあ人間の子供達からすれば私の頭なんて初めて見る動物みてえなもんでしょうよ。

 

「何か悪さはしなかったか?」

「普通にいい子たちだったわよ」

「まあ普段相手にしてる妖精達に比べたら可愛いもんかな」

「そうか、ならよかった」

 

あいつら霊力弾飛ばしてくるんだもん……普通の人間の子供と比べたらいかん。

 

「そろそろ帰るわね。別に一度でそんなに周る必要はないし」

「あーそっか。じゃあそうしようかな」

「わかった。いつでも待っているよ」

 

少しずつ認知度上げて、安全な妖怪だってことをわかってもらおう。

そして何よりまりも妖怪という噂を根絶するのだ。



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好奇心は恐ろしいと感じる毛玉 ※

「よいしょっと……ここは変わんないなあ」

 

また地底までやってきた。

もうね、縦穴をどれくらい自由落下すればわかるようになったよね。

まあそれで調子乗って一回足の骨粉々になったことあるけど。

 

いつもは暇潰しに遊びにくるだけだが今回は違う。

伊吹萃香、彼女と出会ったことを勇儀さんに話に行くのだ。

 

というのは建前で本当は暇潰しに遊びに来ただけでーす。ただの構ってちゃんでーすいぇーい。

 

「さてと、あの人は今日はどこで酒飲んでるのか……あ」

「…随分と嫌そうな顔するわね」

「い、いやそういうわけじゃ」

「気軽にここと地上を行き来できるくらい自由なようで妬ましいわ」

「あ、はい。そっすね」

「適当に流すんじゃないわよ」

 

パルスィさんが橋にいた。

いる時といない時があるんだけど、今回はいるパターンを引いてしまったようだ。苦手というわけではないんだけど……定期的に妬ましい構文を使ってくるからやっぱり苦手かもしれない。

 

「あ、そうだ。勇儀さんどこいるか知ってます?」

「勇儀なら……ほら」

 

パルスィさんが指を指した方で轟音が轟く。

 

「多分あっちよ」

「あ……はい……」

 

また暴れてんのかあの人……鬼って怖いわぁ……

 

 

 

 

 

 

 

 

酒飲んでる勇儀さんに話しかけたら挨拶がわりのパンチもらった。

まあ全然威力控えめだったから体が吹っ飛ぶだけですんだけど。事前に妖力を体に循環させておいてよかった。

 

「で、珍しいなお前からくるなんて。何の用だ?喧嘩か?」

「喧嘩じゃないっす。てか勇儀さんと喧嘩したら身がもたないっす」

「私に用あるやつなんて大体喧嘩しにきたやつだぞ」

 

みんな血の気多すぎでは?大体あんたの喧嘩は喧嘩って書いて災害って読むんだよ。クレーターできるんだよクレーターが。

 

「えっとですね。萃香さんに会いました」

「萃香?本当か?角二本あったか?」

「はい」

「瓢箪持ってたか?」

「はい」

「急にいなくなったりでかくなったりしたか?」

「はい」

「そうかそうか!あいつちゃんと元気にやってるみたいだな」

 

他人の墓の酒勝手に飲むくらい元気だよあの人は。

 

「で、戦ったんだろ?勝ったのか?」

「いやいやそんなわけ……勝負にもならないっすよ」

「本当かあ?お前のことだ、どうせ途中で降参とか言って無理矢理終わらせたんだろ?」

 

あれおかしいなバレてるぞ?

いや戦いを続けてたとしても私負けてたと思いますし……あの人絶対本気出してなかったし……

 

「でもそうか……まさか本当に出会っちまうとはな。お前運いいな」

「そ、そっすかね……」

「案外他の四天王のことも話したら出会うかもな。じゃ、三人目なんだが……あれ?どこいった?」

 

逃げた。

これあれだ、勇儀さんから話聞くのがフラグになってるパターンだ。

だったら聞かずに逃げるに限る。私は全力で逃げるぞJOJ○。

 

 

 

 

 

 

 

「フッ…死ぬかと思ったぜ」

 

途中勇儀さんが「よし鬼ごっこだな!」とか言ってめっちゃ追いかけてきた時は流石に漏らすかと思った。

めっちゃ怖かった、地面を揺らしながらものすごいスピードで迫ってくるんだもの。

 

それに釣られて他の鬼たちも私のこと追いかけてくるんだもの。

人生で一番の速度出したかもしれない、やってみれば案外振り切れるもんだ。

 

とりあえず地霊殿の中に入らせてもらってさとりんの部屋を目指す。まずは挨拶せねば……えーとどこをどう行くんだっけか。

 

「あ、どうも」

「あ、どうも」

 

探そうとしたらいたわ、偶然出くわしたわ、すっごい自然に挨拶を交わしたわ。

特に驚いた様子もなく私に声をかけたさとりん。そのままさとりんの部屋まで連れて行ってもらう。

 

「また暇つぶしですか、こんなとこ来ても特に何もないのに」

「そんなことないよ、色々あるじゃん、温泉とか」

「他には?」

「……お、温泉」

「他には?」

「………酒と闘争」

「あなたが地底をどう思っているかはよーくわかりました」

「待って違うじゃん」

「何がどう違うんですか」

「えーと…その……はい、ごめんなさい」

 

というか、心読めるくせにそういうの言うのずるいと思います。

 

「別にたまに会いにきたっていいじゃないの、友達の顔は定期的に見たくなるもんだよ」

「代わり映えのしない顔ですけどね」

「まあそうなんだけどさ」

 

にしても本当に見た目変わらんよなあ……成長するわけでもないし。

妖怪ってどう年を取るんだろうか。しわくちゃになってる人は何人か見たことあるけど……さとりんがしわくちゃ……

 

「変な想像するのやめてください」

「まあ死ぬまで見た目変わらないってこともありそうだ」

 

この辺も人間とは違うところだ。

私だって前世人間なんだけども……感覚とか考えとかが随分変わってしまっている。

そりゃあまあ前世の何倍毛玉として過ごしてるかわかんないけどさ。

 

「手足取れてもまたすぐ生えるしいいや、なんて感覚妖怪は持ち合わせていませんよ」

「腕の一本くらい安いもんでしょ」

「あなたの価値観本当に狂ってますね」

 

流石に自覚はしてますけれども。

実際腕動かなくなってもこうやって義手を使ってるわけだし。

 

「まだ腕は治らないんですね」

「ん?あぁ、生やしてないからわからんけど多分」

 

いつ治るかもわからないし、義手が気に入ってるので治ったとしても暫くこのままかもしれない。

 

「あ、どう見て見て、わからないっしょこの義手」

「……まあ、よほどじっくりと見なければ自然ですね」

「さらになんと、小指から、醤油が、出る」

「要りますかそれ」

「要らないね」

 

ちなみに薬指には爪楊枝が入ってる。

………あれば便利かもしれない。

 

「まあ相変わらず気楽なようでよかったです」

「まあね。こいしは?変わりない?」

「えぇ、特に何事もなく、いつも通りです」

 

あんなことがあったんだ、もとより目を閉じていたこいしにさらに悪いことが起きていたら……なんて思っていたけど、それならよかった。

 

「あ、これ饅頭どうぞ」

「あ、いいんですか?ありがとうございます」

 

例の饅頭屋に寄って見たら、私の頭見るなり驚いた顔して店の人が飛んできた。

なんでも髪の毛が白いもじゃもじゃとした人が来たらもてなせと、創設した頃から言われているらしい。

うん、まあ………要するにタダでもらってきた。

なんかやたらと押し付けられたんだよね、うん。ありがたいけどね。うん。お金持ってなかったけどね。うん。

うん………

 

「働いて返せばいいじゃないですか」

「それはそうなんだけどさ……私何すればいいのよ、仕事」

「………」

「………」

「………氷売るとか」

「うん………」

 

まあ、暫く考えてみよう。

流石にタダで饅頭もらい続けるのは居心地悪い。

第一おばちゃんのことは覚えているが、おばちゃんを助けたことは覚えていないのだ、そんな私を優遇することない。

 

「真面目ですね」

「普通に人里で過ごしたいだけだよ」

「人里で過ごすという発想が妖怪のそれではないんですけど」

 

そりゃそうだろうけども。

人間と仲良くしたいなんて思ってる妖怪ほんのわずかだろう。

 

「前世の記憶、それも未来から転生してきたのなんてあなたくらいですよ」

「そういやそうでした」

 

つまり私は異常!ヨシ!

 

「はぁ……一つ相談してもいい?」

「なんですか」

「昔私の友達が死んでめっちゃ落ち込んでた時あったじゃん」

「ありましたね」

「その時の友達と一緒に戦った相手がね」

「はい」

「蘇ってきそうなんだよ」

「そうなんですか」

「どうすればいいと思う?」

「知りません」

「そっかぁ」

 

まあそら知らんわな、関係ないし。

 

「あなたがどうとも思っていないんなら、普通に接せばいいだけの話ですよ」

「そりゃそうか」

 

まあ、なるようになるか。

 

さとりんと他愛のない話を続けていると、突然扉がドンと開かれた。

 

「た、助けてください……」

 

こいしに尻尾を掴まれ苦しそうにしているお燐だった。

 

「え?何どういう状況?」

「またなの……こいし、やりすぎよ」

「はーい。あ、しろまりさんだ!」

「あぁうんはいはいしろまりさんですよ」

 

こいしよ……お前が残した傷跡は深いぞ……お前のせいで時々チルノたちからしろまりって呼ばれるんだからな……

 

「毛糸ぉ!じゃなかったしろまりぃ!」

「言い直すな」

「なんでみんなあたいの尻尾掴もうとするんだ!?」

「いや知らんがな、詰め寄ってくんな」

 

お燐が涙目で私の方に近寄ってくる。

 

「で、何してたんこいし」

「えっとねー、お燐って尻尾掴んだ時の反応すごく面白いから!」

「面白いって…こっちめちゃくちゃびっくりするんですよ!」

「それが面白いってことなのよ」

 

みんな掴もうとしてくるってことは、さとりんもやるのかそれ。

 

「しろまりからも何か言ってやってくれないか」

「………」

「……毛糸?」

「……弱いんだね、尻尾」

「………」

 

あ、逃げた。

しかし扉の前をこいしに塞がれた。

 

「終わった……あたいはここで食べられるんだ……」

「そういや猫って食べたことないなあ」

「いや冗談だよね?」

 

まあ冗談である。

流石の私も猫を食べようとは思わない。

 

「はぁ……疲れたぁ……」

 

お燐がその場にへたり込む。

尻尾……尻尾……

白狼天狗の尻尾ってなんなんだろうか、なんのためにあるのだろうか。

戦ってたら邪魔になりそうだけどなあんなの。

 

「しろまりさんってさ」

「うん」

「髪真っ直ぐに下ろすとどんな感じなの?」

 

こいしのその言葉にお燐とさとりんの二人がピクッと反応した。

 

「………確かに気になるわね」

「水持ってきましょうか?」

「おいおいおいおい、何をしようとしてるんだ」

「お燐、水じゃなくてお湯持ってきて」

「了解」

 

う、嘘だろジョニー…

 

「ジョニーじゃないです」

「知っとるわい」

 

いかん、このままだと本当にお湯をぶっかけられかねない。

 

「私ちょっと用事思い出したから帰る」

「いかせないよしろまりさん」

「ちょ、離せっておい、こいし。お前今何しようとしてるのかわかってるのか」

「好奇心に身を任せてる」

「あぁそうかい元気そうで嬉しいよ私は」

 

いや別に頭濡らされたら困ることもないが、なんかこう、三人からは危険な香りがする。お燐もうお湯取りに行ったけど。

 

「大人しくしないと………恥ずかしいこと言いふらしちゃいますよ」

「なっ………なっななにを言っているんださとりん、わ、私にバラされちゃまずい恥ずかしいことなんてあるわけ……」

「………」

「へいちょっとさとりん何か喋ろうか、ね?何その微笑み、やめてよ」

「直近だと……去年の冬、あまりの寒さにあなたは…」

「ねえ待って!?こいしが色んな人に言いふらしかねないからやめて!?てかいつ見たんだよそんな記憶!」

「あなたが今思い浮かべた恥ずかしい出来事を読み取っただけですが」

 

こ、こいつ……!

 

「嫌だったら大人しくしてることですね」

 

い、一体何がそこまで彼女たちを駆り立てていると言うんだ……あ、私の髪か。

くっ、もじゃもじゃが憎い!

 

「持ってきましたー!」

「早ない!?ちょっと持ってくるの早すぎない!?」

「持ってきながら温めてたから」

 

そうかこいつ火を使えるんだった……

 

「なあ、一度思いとどまって見てくれ。今ここでそんなことしたら部屋が濡れるし私の服もずぶ濡れになるだろう。少し冷静になって、とりあえず温泉まで行かないか?」

「お燐やっちゃって」

「了解」

「待って!?人の話聞こぼごぉっ」

 

思いっきり顔面にお湯をぶっかけられた。

 

「………あ、鼻に入った、痛い」

「………」

「………」

「………」

 

おい、なんだその顔は。

人の顔面にお湯をぶっかけておいてなんだそのイマイチな表情は。

 

「まだ跳ねてるわね、もう一回」

「りょーかい」

「いやりょーかいじゃなくてぼごっ」

 

2回もお湯をかけたな!親父にもかけられたことないのにぃ!

 

「もう一回」

「りょーかい」

「いやどんだけ持ってきてんねぼごぉぉっ」

 

桶を三つ持ってきたのか……流石妖怪持ってくる量が多い。

 

「てか冷たいんですけど……せめて温めろよ……」

「………」

「………」

「………」

 

あのさあ……人の顔面に水3回もぶっかけておいてその顔なんなん。キレていい?そろそろ私キレていい?毛玉おこだよ?

 

「誰」

「誰って……私ですけど」

「まるで別人ね」

「ちょっともじゃもじゃの面影残ってるの面白い」

 

さとりんとお燐はともかく……こいしがマジトーンで誰って聞いてきたんだけど。なに、私の存在ってそんなに髪の毛の占める割合多いの?いやまあ…知ってたけど。

 

「普通だ」

「普通ね」

「大分印象変わるもんだね、髪型変えるだけで」

「あのさあお前らさ本当にさあ……ふんっ!」

「あ、戻っちゃった」

「いやどういう理屈よ。なんで力込めただけで髪の毛元に戻るのよ」

 

もうびしょびしょなんだけど……地霊殿ぶっ壊していいかな。いいよね。

 

 

 

 

この後温泉に連れて行かれたが、そこでめちゃくちゃガン見された。

正直くっそうざかった。そして恥ずかしかった。




なおなーお様にイラストを描いていただきました!


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再会する毛玉

さて。

そろそろ向き合わなければならないのだろう。

 

彼女が死んだ……死んだと言っていいのかはわからないけど。

彼女がいなくなってからはや数百年、私にとってはそこまで親しい相手ではなかったけれど……

それでも決して忘れることのできない人物である。

 

彼女には…まあ襲われたこともあるが、助けられたこともある。

妖力の使い方をまず最初に教えてくれたのは彼女だし、あの人がいなければ今の私がいない可能性だってある。

 

それにまあ……妖力が無駄に強い私が、自分が強いと調子に乗らないようにと思えているのも、まず最初にあの人に会ったからかもしれない。

 

それに何より、あの時、りんさんと一緒に戦った相手だ。

りんさんと一緒に私から離れていってしまった人だ。

 

「そろそろ、かぁ……」

 

 

 

 

 

 

 

まあ、ルーミアさんと向き合うと言ったところで、まだあの人が復活したところを私が見たわけではない。てか多分まだ復活してないかもしれない。

 

ただ、時々ルーミアから感じるあの気配。あれは間違いなくルーミアさんのものだ。

 

ならどうやって接触するか。

 

ある程度復活するタイミングを目星つけて、粘り続けるしかないだろう。

妖怪は基本夜が得意なものが多い。ルーミアさんなんてそれこそ夜が大好きなんじゃないだろうか。

ついでに言うと妖怪は満月が好きである、綺麗だもんね。いやそう言う話ではないけど。

なんかよくわからんけど、満月っていうのは妖怪にとって重要なものであるらしい。

 

私は夜にも満月にも特に何か感じたことはないが……元が毛玉だからだろうか。

 

まあそういうことで、復活するのなら満月のタイミングだろうということで、満月とその前後の2日の夜をルーミアを見張って過ごすことにした。

 

 

 

ルーミアが普段何しているのか。

なんともまあ……大して妖精と変わらない気もする。

少し肉への執着が強いくらいで基本は温厚だし、人間も積極的に襲いに行くわけでもない。

 

妖精や他の妖怪と混じって遊んでいることが多い。

まあ基本そーなのかーと適当に相槌打ちつつ謎に両手を広げて周囲と会話したり遊んだりしているくらいだ。

 

「………なんか不安になってくるな…」

 

やってることが昼間も大して変わらないのだ。

夜だから何か特別なことしてるわけでもなく……いや私の見てないところで血生臭いもの食べてるのかもしれないけどね?

妖精も基本昼も夜も元気なため、妖怪であるルーミアは昼も夜も妖精に混ざっていることが多い。

 

昼にも寝るし夜にも寝る。

 

 

 

 

「あれ本当にルーミアさんなんか……?なんかもう可愛らしい子供にしか見えないんだけど……」

「どうかしましたかしろま…毛糸さん」

「わざと?」

「わざとです」

 

私大ちゃんの素直なところ好きだよ。

ある日の昼間、暇だったので妖精たちの群れに混ざるルーミアを少し遠くから見つめていると大ちゃんが話しかけてきた。

 

「やっぱりルーミアちゃんのことですか?」

「わかる?」

「まあ、最近明らかにルーミアちゃんのこと気にしてますし」

 

幼女たちを遠くからずーっと眺めるのって不審者でしかないよね。

幼女(私より年上)だけど。

 

私以外にあの日のことを知ってるやつはほとんどいない。

いやルーミアさんは覚えてるかな。

りんさんが死んだあの日の出来事。あの場には私たち以外誰もいなかったし、私も誰かに話したりはあまりしないし。

 

「まあ色々とねえ、色々……」

「あれですよね、背が高い方のルーミアちゃんのことですよね」

 

わかるかぁ……まあ大ちゃんもあの人の存在は知ってるだろうし。

 

「そう、背が高くて強くて怖い方のルーミアが戻ってきそうだから、最近ずっと様子を見てるってわけ」

「そうなんですか……」

 

ルーミアさんは封印が緩んだ結果、夜の間だけたまに出てきたって感じだった。

多分今回も封印が緩んできているのだろう、なんともまあ不思議な体ですこと。

ルーミアさんにかけられた封印はかなり強いものなのか、一度封印が破られても、ルーミアさん自身が弱ると勝手にまた封印されていた。

 

「そこまで気にかけるってことは大切な人だったんですね」

「大切……そんなんじゃないと思うけどなあ」

 

なんというか、複雑なのだ。

特別親しいわけでもないし……私は友達殺されたようなもんだし。

りんさんは自らそれを望んでいたのだけれども。

 

「なんて言えばいいんだろうな、この関係」

 

奇縁、腐れ縁、仇、宿敵。

色々頭に言葉が浮かんでくるが、そのどれも違う気がする。

まあ筆舌に尽くしがたい関係ってことだ。

 

「でも気にかけてるのなら、そんなに嫌いな相手じゃないんですよね」

「ん…そうかもね」

「覚えていてくれる、気にかけてくれるって嬉しいことですよ」

 

覚える……か。

確かに、りんさんと同じであの人は私が覚えていてやらなきゃいけない存在なのかもしれない。

いや、あの人のことだから名のしれた大妖怪たちと面識あるかもしれないけど。少なくとも紫さんは知っているだろう。

 

どちらにせよ、そう簡単に忘れられる人ではない。

 

 

 

 

 

 

 

 

この日課?始めてどのくらい経っただろうか。

この、満月の日とその前後の夜をルーミアを見張って過ごすという謎の日課。

まあ何回目の満月か覚えていないくらいには時間が経っている。というか私の時間感覚も大分雑になってる。

ちなみにすぐにルーミアを見つけられなかった日は諦めて寝てる。

 

私が付き纏っていること、ルーミアは特に気にしてないようだ。というか、あっちのルーミアはどういう状態なのだろうか。

私が最初にルーミアを見た時ともちょっと違ってるし……あの人どんだけ存在不安定なんだ。

 

 

今までなんの予兆もなかったが、今日は少し違った。

妖精たちと遊ぶわけでもなく、意味もなくふらふらとするでもない。

どこか目的地があるかのように移動していった。何かに釣られるように、すーっと。

 

辿り着いたのは月明かりも届かない深い森の中、そこで彼女はぼーっとしている。微かな光がその姿を照らしている。

ここに何かあるのだろうか。

 

「………」

「………」

「ねえ」

「ふぁ!?あ、はいなんでしょう」

 

突然声をかけられて驚いた、そんな私をルーミアは冷めた目で見つめる。

 

「ここがどこか分かる?」

「どこって……ただの森」

「だよね、私もそう思う」

「えぇ?」

 

何を言っとるんだこいつは………しかしこの森……

私も何回かこの場所にはきたことがある、だけど特別が何かがあるとかそういうことはないはずだ。

 

だけど、何か不思議と懐かしさを感じる。

 

「…………あ、そっか」

 

ここはあれだ。

私が二人と別れた場所なんだ。

ここで戦ったんだ。

すっかり忘れてた……いや覚えてるわけないんだけど。

 

でもそうか、ルーミアはこの場所に何かを感じているんだ。

 

彼女が戻ってくるにはきっかけが必要なのかもしれない。

まあどうすればいいのか皆目見当つかないけど。

 

何をすればいいかわからずに首を捻っていると、何かカタカタと音が立っている事に気づいた。

何かと思ったらりんさんの刀だった。

 

「ん?なんだ急に……」

 

不思議に思って抜いてみてもまだ刀が震えている。

 

「はぁん?なんじゃこれ……」

「それ……」

 

ルーミアが刀を見て不思議そうに首を傾げる。

 

「なんか……それに斬られたことあるような…」

「斬られたことあるって、まあ……」

 

そりゃあ斬られたんでしょうけども……

 

「っ……なんか頭痛い……」

「え?あ、大丈夫?いてっ」

 

頭を抱えるルーミアに近づこうとすると突き飛ばされた。

 

呻いて苦しそうにするルーミア、同時に濃い妖気を纏い始める。

 

「あー………こりゃあ……」

 

体躯が大きくなり、感じられる妖力は強大に、纏う妖気は濃く。

 

 

落ち着くまで待っていると、突然ルーミアが立ったまま脱力した。

 

なんの前触れもなく右腕を私の顔に向けて突き出してきた。予想はしていたため首を傾けてそれを避け、刀を首筋に当てた。

 

「………口角上がってる」

「あ、そう?」

 

なんともまあ気の抜けた返事が返ってきた。

 

「はぁ……当たったらどうすんの」

「当たっても死なねえだろ」

「いや顔面は流石に死ぬよ?多分」

 

自分でも不思議に思うくらい自然と会話をする。

 

「……久しぶり」

「あぁ、久しぶり」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「しかしあれ避けた上であの返しとは、お前成長したなぁ」

「何目線の感想なんだよそれ」

 

岩に並んで座り込み何気ない会話をする。

 

「その刀はあいつのか」

「覚えてるんだ、りんさんのこと」

「あぁ、色々覚えてるぞ。お前の片腕が動かなくなったこととか、妖怪の山が随分賑やかだったこととか、お前がしろまりって呼ばれて揶揄われてることとか」

「明らかにルーミアさんいなくなったあとの出来事あるんだけど。というか全部じゃね」

「共有してんだよ、昼間と」

 

へえ、今回のルーミアさんは昼間の記憶ちゃんと持ってるんだ。

 

「まああたしは相変わらず昼間はあっちの方に戻るけどな」

「そこは同じなんだ」

「まあ封印がちゃんと残ってるからなあ……多分出ようと思えば出られるが」

 

少し暗い表情を見せるルーミアさん。

 

「はっきり言って、この姿に戻るつもりはなかったんだ」

「へ?」

「あたしが死んだ理由、覚えてないか?」

「いや死んではないでしょ」

「そういうのいいから」

「あ、はい」

 

理由…理由……

んー……へい私。

 

あ、何も言わずに記憶だけ戻していきやがったあいつ。しかもなんかあやふやだぞ……?いつも雑に扱いすぎて拗ねたか?ありえるな、私だから。

 

「これからの時代に自分みたいな奴は相応しくない、とかだっけ」

「まあそんなとこだ。事実、妖怪も人間の関係は少しずつ変わってきてるだろ?」

「まあ、そうだね」

「あたしみたいな古い時代の奴がいたら邪魔になる。だから再び封印されることを望んだ」

「じゃあなんで今こうして出てきてるのさ」

「さあな、さっぱりわからん」

 

えぇ………

きっかけは明らかにりんさんの刀だろうが……

 

「単純にあたしという存在が戻りつつあったのもあるだろうが……嬉しかったのかもな。ずーっと、気にかけてもらえたのが」

「忘れられなかったのが?」

「あぁ、私みたいな奴気にしてるのどこ探してもお前だけだぞ」

 

まあルーミアさんとは友達ではないが……忘れられない相手だし、憎い相手でもない。

殺されかけたこともあれば、助けてもらったこともある。

 

「恨んでないのか?」

「何を?……あぁ」

 

ルーミアさんが言っているのはりんさんのことだろう。

 

「あいつは……あたしと戦ったから死んだ。あいつがお前にとってどれだけ大事な存在だったのかは今は知ってる。それなのに…」

「りんさんは……本人も死ぬことを望んでたし。多分ルーミアさんがいなくても、関係ないところで死んでたよ。なんなら戦った相手がルーミアさんで良かったとすら思える」

 

これが何も知らない変な奴だったらそいつのこと一生恨んでたかもしれないが……

 

「お前……つくづく変な奴だな」

「よく言われるよ」

 

なんだろう、この気持ち。

ルーミアさんとこうやって話せていることが嬉しい。

 

一度別れた相手と再会した。それだけでこう、込み上げてくるものがある。

 

「あの日の場所にまた三人が揃った、面白いこともあるもんだな」

「3人……あぁ、刀も含んでるのね」

 

もしここにりんさんがいたならば……叶わぬことだが、そう考えずにはいられない。

揃って苦笑しながら昔話でもしていたのだろうか。

あ、りんさんとルーミアさんはほぼ面識なかったなそういや……最期にやり合ったってだけだわ。 

 

「変わったな、ここは」

「変わるさ、妖怪だって」

 

妖怪だって何年も生きれば少しくらい変化する。

妖精はあんまし変わらんけど……

 

「もうすぐ幻想郷は騒がしくなる、そんな気がしてならない」

「騒がしく、ねえ……」

 

たった数百年ぽっちしか生きてない私の感覚なんてとても信じれるものじゃないけど。

多分これからの時代、人間と妖怪の在り方が変わっていく中で何かが起こる。

なんの根拠もない話だけどね。

 

「なあ、頼みがあるんだ」

 

ルーミアさんから出た意外な言葉に思わず顔を見つめる。

 

「珍しい……何?」

「あたしはこうやって蘇ってしまった。蘇ってしまったからにはこの場所にいてもいいように、人間を襲わないようにするつもりだ。普段は昼間の姿でいるし」

「それが?」

「だから……その、なんだ。友達になってくれないか」

「………」

「……駄目か?大人しくするからさ」

「いやちょっと……そういうわけじゃないけど…」

 

ルーミアさんの口から友達とかいう単語が出てきたことに驚いてしまい、一瞬固まってしまった。

 

「全然いいよ、友達」

「そうか……ありがとうな。覚えててくれて」

「すうぅぅ………ふうぅぅぅ……」

 

この人こんなことポンポン言うような人だったか?

………丸くなったってことか。

 

「ちょっと引いてるだろ」

「いやいやそんなまさか」



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幻想の中で浮く毛玉
評判を気にする毛玉


「帰ったら久しぶりに紅茶淹れてよ、飲みたい」

「いいけど……なんで私なんかが淹れたやつをそんなに好いてくれるのよ」

「色々」

 

アリスさんと魔法の森を適当に散歩する、イノシシを添えて。

この魔法の森、少し目を離しただけでも結構光景が変わってたりするので割と迷う。というか何回か迷いかけてる。

 

「人里じゃ最近どう?」

「まあぼちぼちかしら。まずは子供たちから人気を集めていかないとね。人形を操って喜ばせておけば評判も良くなるでしょう」

「結構ずるいこと考えてるね…」

「そっちこそどうなのよ」

「私?私は……まあ……うん……………」

 

なんか…軽く見られてる。

いや、私の姿見てギャーギャー騒いで欲しいわけじゃないけども……あ、もじゃもじゃだ。すげえ頭だな。程度にしか思われてない。

いや、いいんだけども。それで構わないんだけども。

 

「思えば私も子供たちから髪の毛に関して質問攻めされるわ……そう考えたらどっちも同じようなもんだね」

「一緒にしないでくれる?」

「そんなぁ………ん?イノヒズムどうかした?」

 

少しイノシシの様子がおかしい。いや、おかしいというか、なんかやたら匂いを嗅いでいるというか……

 

「ふごっ!ふごごっ!」

「…なんかいるんだな?どっち?」

「ふごっ!」

 

イノシシが道を逸れて走り出す。

こんな森の中にいるのなんて歩くキノコか動くキノコか叫ぶキノコか普通のキノコくらいのものなんだが。

あれ、私の記憶なんか偏ってない…?

 

「こんな森の中に、なんだろ」

「あの子がこうやって私たちに知らせるようなものだから……人間?」

「まっさか〜。いくらなんでもただの人間がこんなところもまで来れるわけないよ。ここまだ森の奥の方だよ?普通の人間ならもっと手前で倒れてるって」

「普通の人間じゃない可能性は?」

「……さあ?」

 

あ、なんか冷めた目線を感じる、なんでだろう。

そうこうしてるうちにイノシシが目的地に着いたみたいだ。

茂みに鼻を押し付けてふごふご言ってやがる。

 

「そこになんかいるんだな?」

「ふご」

 

アリスさんと共にその茂みに近づき、その中を覗き込む。

 

「………子供?」

 

人間……だよな。

 

「ただの人間が…なんだっけ?」

「いやぁなんのことかわかんないなぁ」

 

なんか金髪で怪しいが、倒れてるのを放置するわけにもいかないしアリスさんの家に持って帰ることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

「………何歳くらいだろ」

「まあまだまだ幼いわね。よくこんなところまで一人で来れたものだわ」

 

ソファーに寝かせて様子を見る。

どうやら単純に変な胞子を吸ってしまい気を失っただけのようだ。

 

「どこかの誰かさんを思い出すわね」

「うっ……いやしかし……この子のこれ……」

「えぇ、魔力ね」

 

金髪だし……

 

「人間……なんだよね?」

「その辺は違いないわね、まだ人間は辞めていないわ。それにしても……人里にその手の書物あったのかしら」

「霊力を魔力に置き換えるって奴?」

「えぇ、そうよ」

 

まああったからこうして魔力を持った子供がここにやってきたんだろうが……それにしてもなんでこんなところに?

 

「……ん…んぁ…?」

「あ、起きた」

「気分はどう?そこまで重大なことにはなっていないはずだけど」

「……う、うわあ!まりもの妖怪!!」

「は???」

「毛糸、ステイ」

 

チッ、命拾いしたなクソガキが。

 

「私はアリス、このもじゃもじゃは毛糸。あとこれは毬藻じゃなくて毛玉よ。あなたの名前は?」

「え、えっと…」

「アリスさんちょっとこっち」

「え?」

 

アリスさんを子供から引き剥がして、背を向けてひそひそと話しかける。

 

「ダメだよあんなに急に情報を一気に与えちゃ……相手は人間の子供だよ?まだ状況とか、はっきり理解してないのに」

「そうかしら……私なりに気をつけたつもりなのだけれど」

「はーっ、これだから人外は……」

「むっ……じゃああなたがやってみなさいよ」

「おうやってやろうじゃんか、よーく見とけよ」

 

ゆっくりとした動作で、子供と同じ高さまで目線を落とす。

 

「びっくりさせたよね、ごめん。気分はどう?どこも悪くない?」

「………」

「………」

 

……あれ、おかしいな……返事が返ってこない。

というかこいつ……私の頭見てるんだけど………

 

「……まりも」

「んんんん!!んんんんんんんん!!」

「毛糸ステイッ!」

 

言っていいこととダメなことがあるでしょうが!!人の頭をまりもって呼ぶんじゃねえ!私は毛玉だクソガキ!

 

「はぁ、はぁ………名前は?」

「……魔理沙」

「そう、魔理沙っていうのね。なんであんな場所にいたのかしら」

「………」

 

だんまりかぁ……何か言いたくない事情でもあるんだろうか。

にしても、一人で魔法の森に入るなんて……そもそもこんな子供だ、人里の外にすら出してもらえないんじゃないか?

 

「……まあ、言いたくないなら言わなくてもいいわ。体力が戻り次第人里へ送り届けるわよ」

「そ、それはだめ!」

 

アリスさんの言葉に立ち上がって大声で食いつく魔理沙って子。

 

「ダメって……何が」

「それは……その…」

「何も知らない私たちとしては人間に人里の外を彷徨かせるわけにもいかないし。人里に送りと届ける他ないんだけど」

「………わかった、話す……」

 

またソファに座り込んで俯く魔理沙。

大丈夫だろうか、急にこんな人外二人に問い詰められて精神的に参ったりしてないだろうか。

 

「……喧嘩した」

「え?」

「父さんと…喧嘩した」

 

はぁん、喧嘩、親子で。

いいねえ親子喧嘩、私もしてみたいよ。

 

「……ってか、たかが喧嘩で人里出んの?命知らずだなお前……」

「理由なんてどうでもいいわ。なんで魔法の森になんか来たのよ」

「それは……魔法使いに…なりたかったから……」

「………」

「………」

 

アリスさんをまた魔理沙から引き剥がしてひそひそと話す。

 

「今度は何よ」

「あれあんたの影響でしょ、あんたのせいで子供が魔法使いなんぞに憧れるようになったんでしょ」

「はあ?言いがかりも甚だしいわね。私あんな子供見たことないわよ」

「てかなにあの髪の毛」

「染めたんじゃない?」

「めっちゃ不良やん……」

「あなたも染める?」

「ほざけ」

 

いやしかしなあ……やはり家に返してやるのが正しい判断なんじゃなかろうか。

ある程度物事を正しく判断できる歳になったなら好きにすればいいが、こんな幼いうちはまだ親と一緒にいた方がいいに決まってる。多分、親も子もいないからわからんけど。

 

「どうする?ふん縛って人里にポイする?」

「それもいいけど……多分あの様子だとまあ外に出そうじゃない?」

「でもなあ……」

 

何があったんだろうか……年頃の子供ってこんなもんなのか?

 

「何があったのか話してくれるかなぁ」

「まあ無理矢理脅せば話すだろうけど、その場合私たちの評判に関わるわね」

「そりゃ大変だわ」

 

むぅ………

 

「あなた人里行って来なさいよ」

「へ?」

「子供が一人失踪してるのよ、話題にはなってるでしょう」

「聞き込みしてこいと?」

「親ならちゃんと事情話してくれるでしょ」

「こんな頭で門前払い食らう可能性は?」

「脅せば?」

「おいおい……」

 

まあ、それ以外にいい案も思いつかなかったのでそうすることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「着いた…とはいえ誰に聞けば……」

 

苗字聞いてなかったなそういや……言ったら家に連れてかれるとか考えてたのだろうかあの子は。

 

「えーと……あ、そこのお兄さんや」

「はい?」

「なんかこう、このくらいの女の子がいなくなったって話聞かない?今預かってるんだけどその子の家がわからなくって」

「さぁ………もっと人通り多いところに行ったら知ってる人もいるかもしれないな」

「そうですか、わかりましたありがとうございます」

 

めっちゃ不思議そうな目で見られた。

まあ妖怪が人間の子供の家探してるって言われたらそりゃあ不思議に思うだろうが……なんで視線が私の頭向いてたんだろうなあー。

 

「慧音さんいたら早いんだけど、今どこにいるかわからんし……」

 

人里広いんだよなぁ……とりあえず人多そうなところ行って聞いて回るか……

 

 

 

 

 

 

「あ、その子知ってるよ!」

「マジすか!」

 

そのあと数時間くらい聞き込みしてようやく手がかりを掴んだ。

なんか、人間がいなくなるとか割とよくある話だからそんなに話題にならないのだろうか……単純に私の運が悪かっただけか。

思えば捜索願いとか出されてるはずだしそれ見ればよかった。

 

「で、どこの子?」

「あそこだよ」

「え、嘘んそこ?」

「そこ」

 

霧雨店……?

あれなのだろうか、そういう店の名前なのだろうか。それとも店主が霧雨という名前なのだろうか。

 

「そこの店の店主の娘さんだよ、早く行ってあげな」

「うっすあざっすおっちゃん」

 

急いでその店に駆け寄る。

つかでかいな、おい。見た感じ道具屋かな…?

中に入って店の人を探す。

 

「突然すみません、私怪しい妖怪なんですけど店主さんいますか?」

「店主は私ですが。…自分で怪しい妖怪って言った?」

 

中から強面のおじさんが出て来た。……あんまし似てないね?

 

「えーと、娘さんがいなくなられたんですよね…?」

「そうですが……あぁ、なるほど……」

 

何やら合点があったようだが話を続ける。

 

「いやね、私が攫ったとかそういうんじゃなくて、倒れてるところを保護したんですけど……一応確認しますけど、魔理沙って子で合ってますか?」

「はい、魔理沙は私の娘です」

 

強面だが礼儀正しい人だ。

 

「娘は今どこに?」

「魔法の森の友人の家で預かってもらっています。本人に事情を聞いても話してくれなくて……聞かせてもらえますか?」

「……そうですね。上がってください、中で話しましょう」

 

 

霧雨さん…でいいのか?とりあえずその人に居間に案内される。

 

「どうぞ、お掛けになってください」

「どうも……そんなに気を遣ってくださらなくても」

 

お互いに向き合って座る。

うん、この人顔怖い。

 

「いえ、娘を助けてくださったのはあなたなんでしょう。白珠毛糸さん」

「あ、知ってるんですね」

「まあその頭を見れば」

 

チッ……どいつもこいつも頭頭ってよぉ……

いやそんなことはどうでもよくて。

 

「この度は娘がご迷惑を……助けていただきありがとうございます」

「改めて聞きますけど、何があったんですか?まだあの歳の子供が人里を抜け出すなんて……」

 

私の問いに、霧雨さんは重々しく口を開いた。

 

「……娘は、ずっと魔法使いになりたいといいつづけてきました」

 

うん、言ってた。

 

「どこで見つけてきたのか魔法の本まで持ち出して……もちろん親としては子供の夢は応援したい。ですがそれとは別に娘には普通の人生を歩んでほしい」

「そりゃそうですわ」

「普通に成長し、普通に結婚して、普通に子供を産んで、普通に幸せに……そんな人生を送ってもらいたい」

 

すごく気持ちはわかる。

こんな世の中だ、子供が魔法使いになりたいとかいいだすのは危険極まりないのだろう。

親としては、そりゃあそんな危ないことするより普通に生きてもらったほうが心配もせずに済む。

 

「ずっと反対し続けたんです。まだ子供だから、今のうちから言い聞かせておけばいいと。まだ物事をよく理解していないからと」

「それである日人里を出て行ったと……」

「どうやらあの子は本気で魔法使いになりたがっていたみたいですね……」

 

まあ魔力を持ってたし……魔法使いになりたいという想いは本物なのだろう。

 

「どうします?連れ戻しますか?」

「………一つ頼みがあります」

「はい?」

「どうか、娘のことを見守ってやってはくれないでしょうか」

 

頭を下げられた。

頭を下げられるのってむず痒くて好きじゃないんだけど……

 

「きっと魔理沙はここにいては幸せにはなれないのでしょう。であれば好きにさせる。しかし人里の外は危険だ。せめて一人でも生き延びられるようになるまで、面倒を見てやってはくれませんか……」

「……頭上げてください」

 

こんな風に頼まれてしまっては断ることはできない。

 

「わかりました、一人でも生きられるようになるまで私と友人で面倒を見ます。……本当にいいんですか?」

「えぇ……あの子が幸せであることが一番なので」

「………そうですか」

 

……親っていいなぁ。

 

「そうだ、何かお礼の品を…」

「あーそういうのはいいんで。白珠毛糸はまりもじゃなくて毛玉って広めてくれればそれでいいです」

「え?毬藻じゃなかったんですか?」

 

あかんキレそう。

 

 

 

 

 

 

 

「てわけで私たちで面倒見ることになりましたーいぇーいぱちぱち」

「何私巻き込んでくれてんの?」

「しゃーねーでしょ、私魔法とかからっきしだし?弟子とかとって見るのも悪くないよ?」

「でも………」

「今人間に友好ですアピールしとけば人里で私たちの評判が…?」

「あなた悪いこと考えるわね」

 

へっへっへ……妖怪ってのは悪の存在なんだぜ……

 

「って、魔理沙は?」

「寝てるわ。まだ子供だからね」

「……もう良い子は寝る時間か…」

 

まあ、明日から色々動くとしよう。

 

 

 

 



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毛玉はめんどくさがる

2周年です、活動報告書いたので気が向いたら見てやってください


「できた!家できた!」

「あぁそう………」

 

魔理沙のために家を作ってあげることになり、作り終えたのでアリスさんちに報告に来た。

 

「……流石に早すぎない?」

「めっちゃ頑張った」

「家とか言って本当は小屋とか」

「家だよ、あれが小屋だったらこの家も小屋だよ」

「いやでも早すぎるでしょ……開いた土地があるわけでもないのに」

「爆破して整地した」

「建材とか色々あるでしょう」

「河童で済ませた」

「家作ること自体時間が…」

「河童で済ませた」

「全部河童じゃないのよ。それじゃあなに、河童に魔法の森まで足を運ばせて作らせたってわけ?」

「いや普通に妖怪の山だけど」

「え?」

 

私が一人で家なんて作るわけなかろうて。

 

「じゃあその家は今は妖怪の山に……」

「チッチッチ……私の特技をおわすれかな?」

「特技?日常的に腕を生やしてること?」

「ちげーわ、物を浮かせられる能力ですー」

「あったわねそんなの」

 

嘘…私の能力、存在感なさすぎ?

 

「……てかあなたまさか…….」

「そう、そのまさか。家を妖怪の山で河童に作らせてから浮かしてここまで持ってきてやったぜ!へっ!」

「とうとうやったわねあなた、やりやがったわね」

 

だってこっちの方が楽なんだもん!

家を丸ごとでっかい木箱で動かないように固定しながら持ってきてやったぜ!疲れた!

 

「一応地盤とか耐久性とか色々考慮した上でだよ?妖怪ならともかく人間なら変な家作って崩れて圧死されても嫌だし……」

「……信用ならないから後で私が確かめるわよ」

「どうぞどうぞ」

 

まあ本人が使ってる間に色々改造することだろう、私も結構いじってるし。

 

「ってか、魔理沙は?」

「奥の部屋で一人練習してるわよ」

「あぁそう、いっつもやってんね」

「まずは魔力の扱い方からね。あの調子じゃ霊力もまともに扱ったことなかったんじゃない?」

「普通の人間は霊力なんて気にして生活しないし」

 

それこそ今人里で戦える人間なんてほぼいないんじゃなかろうか。自警団みたいなのはいたけど、陰陽師とかそう言う奴はめっきり見なくなったし……その辺は多分博麗の巫女に置き換わってるんだろうけど。

 

「それにしても……」

「ん?」

「ほら、魔理沙って人間じゃない」

「そだね」

「魔力量が成長してもそこまで多くならなそうなのよね」

「それが?」

「……そういやあなた、妖力量は多いし妖力自体も強かったわね」

 

呆れたような目で見られる。

なんか最近色んな人にその目されるんだけど、私泣いちゃうよ。

 

「魔力って、誰の魔力であっても大した差はないのよ」

「はぁ」

「つまり量が大事って話」

「なるほど」

「つまりあなたみたいに妖力の強さと量にものを言わせためちゃくちゃなことはできないってことよ」

「あぁそういうこと」

 

別にめちゃくちゃなことする必要ないと思うですけども……

 

「あの子派手好きだし…」

「というと?」

「あの子、多分適正で言えば水魔法の方があるんだけど」

 

なんか魔法に適正とか水魔法とかいう属性とかの知らない話出てきたけど黙っておこう。

 

「やたらと光の魔法を好むのよね、頑固なくらい」

「まあ本人の好きにさせればいいんじゃないの」

「だから奥で好きなようにやらせてるのよ」

 

光の魔法ってなんなんだろうか、白魔法とかその辺だろうか。

いや、私の知ってる白魔法は別に派手でもなんでもないけど。光……星とか?

 

「まあその辺の話私さっぱりだからアリスさんに任せるわ」

「あの子私が何か教えようとしたら嫌がるから私も大したことしてないわよ」

「そういう年頃?」

「さあ、私のこと嫌いなんじゃない?」

 

まあそういう性格なのだろう。私も好かれているという気はしないが。橙に似たようなものを感じる。

 

「あなたたちのせいで随分家が狭くなったわよ」

「賑やかでいいじゃない」

「よくないわよ」

 

二人して暇になったので机に突っ伏す。

 

もうこのまま寝ようかなと思っていると、家の外から気配を感じた。

人間……じゃないな。妖怪だ、多分。

 

「あなた見てきなさいよ」

「えー?しゃあないなぁ……」

 

立ち上がって扉の前に立つ。

ふむ……ノックしてくるのかな。

と思ってたら突然扉が開けられた。

 

「突然押しかけてすまな……うわすごい頭」

「まりもって言ったら氷漬けにして爆破してやるからな」

「な、なんの話?」

 

相手は男性だった、妖怪の。

白髪に眼鏡をかけている、結構珍しい風体だ。

 

「君がこの家の主かい?」

「いや私じゃなくて奥で暇そうにしてる人」

「そうか、突然押しかけて済まない、ここに人間の子がいると聞いて」

 

何やら焦っているようだ、魔理沙のことを聞いているようだが…まあ敵意とかは感じないし善良そうな人だが。

 

「まずは名前を名乗ってくれないかしら」

「あぁすまない、僕は森近霖之助。君たちは…アリス・マーガトロイドと白珠毛糸だね?」

 

どうやらこっちの素性は割れてるらしい。どこから情報仕入れてきたのか……私はともかくアリスさんのことを知る方法なんて……人里くらい?

 

「それで、あなたは何の用でここに?」

「いや、ここに魔理沙がいるって聞いて、それで……」

「…まあとりあえず座って話しましょう」

「そうさせてもらうよ」

 

また一人増えた。

家の中はまた一段と狭くなった。

 

 

 

 

 

「改めて、いきなり押しかけてしまってすまなかった」

「まあそこはいつも急に訪ねてくるもじゃもじゃいるから慣れてるわ」

「ゔっ…」

 

座って落ち着いた様子の霖之助って人。とりあえず魔理沙の所在が掴めて安心したらしい。

 

「とりあえずこっちの事情を話さなければならないね……僕は霧雨さんに昔お世話になっていて、魔理沙とはそこそこの付き合いなんだ」

「あ、それで家出て魔法の森にいるって霧雨さんに聞いて、心配になってここを訪ねてきたと」

「そういうことになるね」

 

そのあとも何やら話を聞いていると、この霖之助って人は魔法の森の入り口あたりに店を構えているそうな。

いや、全然知らんかったんだけど……いや、なんかそれらしい建物があったような……

まあとにかく、魔理沙が心配でいてもたってもいられず来てしまったという話だ。

 

「で、魔理沙は今どこに」

「奥で魔法の研究と練習」

「そうか……とりあえず無事だと確認できてよかったよ。邪魔をするのも悪いし、出てくるまでここで待っていていいかな」

「どうぞどうぞ」

「ここ私の家なんだけど、何あなたが勝手に許可してるのよ」

「ちっさいこと気にすんなって」

「………」

「………何か?」

「あぁいや、別に」

 

なんか霖之助さんにじろっじろ見られた。

 

「随分と温厚そうな人だなと思って」

「気をつけた方がいいわよ、そのもじゃもじゃ何かあったらすぐ妖力で全てを吹き飛ばそうとするから」

「失礼なこと言うなよ、氷漬けにしてから爆破だし」

「変わんないわよ」

 

実際爆破する相手は選ぶけども。

 

「私ちょっと魔理沙の様子見てくる。黒焦げになってないか心配だし」

 

そう言って席を立って奥の部屋へと向かう。

魔理沙はまだ子供だし、人間だし、色々と心配になる。

手足もげてないかなーとか、腹に穴空いてないかなーとか、黒焦げってないかなーとか、下半身なくなってないかなーとか。

いやそうなってたら大半死んでそうだけども。

 

「魔理沙ー、入るぞー」

「ん、もじゃまりか」

「お前今なんつった」

「もじゃまり」

 

なんか新しい呼び名増えた………

 

「毛糸って呼べ、毛糸」

「えーなんで。いい名前だと思うのに」

 

しろまりとかもじゃまりとか……しろともじゃはいいよ?まりってなんなん、なんでみんなまりって付けたがるんよ。

 

「調子どう?」

「ぼちぼちー」

 

子供ってのは純粋なのか、あんまり警戒されていないようだ。

人里の他の子供もそうだったけど、妖怪の恐怖ってものをあんまり知らないのだろうか。大人とか結構私の姿見てビクッてなるやついるんだけども。

 

周りには開きっぱなしの本が乱雑に置かれている。

 

「今何してんの?」

「星の弾幕作ってる」

「星?」

「ほら」

 

そういって魔理沙は手のひらに星形の魔力弾を作り出した。

 

「おぉ……すごいな……私そんなんできねえわ」

 

というか弾の形変えるとか考えたことなかったな……当たれば同じだし、見た目とか心底どうでもいいと思ってたし。

てか殴った方が簡単だし。

これからの世代はそう言うこと考えずに、華やかさとか派手さとかを追求するようになるのかね……

 

「そういや人来てるよ」

「誰?」

「霖之助って人?」

「こーりんか!?いく!」

「あ、おい。……子供って元気だね!」

 

私もそんなに年取ってるつもりはないが……若いっていいね。私も昔はあのくらい元気だったのかなぁ。

 

『昔の私は元気というよりうるさいだね、今も大して変わらないけども』

 

昔……なんだろう、やたらと前世の知識にあること連呼した記憶が………あの頃は飽きるほど言ってたけど、誰にも通じないって悲しいよね。ただ滑ってるだけの変な人になってたよ。

いつからか心の中に留めておくくらいになった。

 

「はぁ……」

 

なんか無性に寂しくなってきた。

 

「何ため息ついてるのよ」

「アリスさん…いやちょっとね。魔理沙と霖之助さんは?」

「なんか二人で楽しそうに話してたから、空気を読んでね」

 

これができる女か……

あの二人がどういう関係なのかは知らないが、部屋を飛び出していった魔理沙の様子を見る限り親しい関係なのだろう。

 

「霖之助さん人間と妖怪のハーフなんですって」

「へぇ、慧音さんみたいだ」

 

妖怪なんてこの世界に掃いて捨てるほどいるが、半妖ってのはなかなかいない。

てかそんなもんどこでできるのやら……人間と妖怪がくっついたってこと?そりゃあ珍しいわけだ。

まあ先天的だったり後天的だったり、いろいろあるらしいが。

 

「魔理沙の魔力量の話だけど、なんとかなりそうよ」

「へ?あ、ふぅん」

「霖之助さんって道具を作るのが得意みたいで、魔理沙のためのマジックアイテムを作ろうとしてるんですって」

「へぇ」

 

マジックアイテムかぁ……魔道具的なあれ?

魔力増幅装置みたいなのでも作るのだろうか。

………私の義手に似たようなのつけられないかな。

 

「まあもとより私には何もできないことだったし、適当に任せるよ」

「それはそうだけど、家のことはあなたが魔理沙に伝えなさいよ」

「あー………うん…………めんどくせぇ………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はい、これがあなたの新しいお家です」

「おー!」

「浮かせて持ってきたっていうからどんな家なのかと思ったけど、案外普通ね」

「ごめん、今浮かせて持ってきたって言った?どういうこと?」

「霖之助さん、知らなくていいこともあるんだよ」

「え?あ、うん……?」

 

霖之助さんも家を見ておきたいとのことでついてきた。

とりあえず雑に紹介しておこう、面倒くさい。

扉を開いて中を見せる。

 

「内装はまだないそうです!」

「………」

「………」

「………」

「ちょっと死んでくるね!」

「いいから早く続けなさい」

「うっす……」

 

自分の発言に後悔しながら中を案内していく。

と言っても部屋のある場所とか台所とか寝室とかを見せただけなんだけども……

それにしても流石は河童、立派な作りだ。

 

「割と洋風な作りなんだね」

「そっすね。アリスさんの家を一応真似た感じにしたんで」

「でも魔理沙一人で使うには少し広くない?まだ小さいんだし」

「小さくない!」

「魔法の実験とかするならスペースとか結構必要でしょ。保管庫とか、実験用の部屋とか。その辺のこと加味した上でこの広さってこと」

 

それに成長していけば家も狭く感じることだろう。

 

「ちなみに拘ったポイントは冷蔵庫です。太陽光発電で動く優れもの。このために日当たりのいい場所を選びました」

「私もそれ欲しいんだけど」

「僕も欲しいな」

「私の特権な!」

「私も持ってるけどね」

 

水道電気ガスが通ってる世界ならともかく、この世界で人里の外で暮らそうとすると……もうほんっとうに色々めんどい。

ただこの森は基本どこにいても湿度が高いので、食べ物とか腐らないようにという配慮である。

 

「まあ家具とかはまだまだなんだけども……」

「あぁ、その辺は僕に任せて欲しい」

「あ、ほんと?じゃよろしく私帰るわ」

 

もうね、疲れた。

大きければ大きいものほど浮かせる時に霊力を使うわけで。

家とかいうバカみたいな大きさのものをゆっくり慎重に運んできたわけで。

妖力と霊力と精神がすり減ってる。

 

「帰る前に一ついいかな」

「はい?」

 

窓を開けて飛び出そうとしてるところを霖之助さんに呼び止められた。

流石に玄関から出た方がよかったか?でも早く帰りたいんだ私は。窓をぶち破らないだけ配慮してる方なんだ。

 

「僕の店は色々取り扱っていてね、珍品とか多いから気が向いたら見にきて欲しい」

 

珍品…?怪しい壺とか怪しい石とか怪しいお守りとか?

 

「非売品も多いけど外の世界の代物も置いてあるから、見にくるだけでも……顔が近いな」

「外の世界って言った?」

「言ったね」

「よし今度お邪魔するわそれじゃあ」

 

さっさと窓から飛び降りて家の方へと飛んでいった。

 

外の世界のもの……何があるのかわからんがとにかくめちゃくちゃ気になる。

今度気が向いたら行ってみるとしよう。



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毛玉は良い的 ※

「掃除の時間だオラァ!」

「うわなんだ急に!?…ってなんだ、もじゃまりか」

「しばくぞガキンチョ」

 

魔理沙の家の扉を蹴破り…はしなかったが、普通に開けて大声を上げてずかずかと入り込む。

 

「掃除っていうけど、私の部屋そんなに汚くないと思うんだけどなぁ」

「掃除は建前」

「え?」

「読み終わった本返せ、アリスさんに返すから」

「えぇ〜?」

「えぇ〜?じゃない」

 

なんか知らんけど苦情が私に来たんだからね、アリスさんから、私に。

私全く関係ないのに……

 

「ってか、結構棚とかぎっしりだね、何置いてあんのこれ」

「色々ー」

 

そりゃあまあ、色々なんでしょうけれども。

どうせ私が見て聞いてもわからんもんばっかだし別にいいか。

 

「私が頼んで作ってもらった家なんだから大事に使えよ」

「毎回言ってくるなぁ」

「大きくなったら家代払ってもらうから」

「え?」

「え?」

「……冗談?」

「冗談」

「なんだよ…」

 

実はお金はあなたのお父さんから結構もらいました。

てかそろそろ河童からも色んな分の請求来そうで怖い。いくら何回か妖怪の山のいざこざで首突っ込んで暴れたとはいえ……

まあ今回も割と快く引き受けてくれたんだけどさ、にとりんは。

 

「たまには父親に顔見せてやれよ?」

「嫌だね」

「そう言わずに」

「嫌だ」

「霧雨さん寂しがってるよ?」

「適当なこと言うな」

 

なぜわかる。いや寂しがってるとは思うよ

しかしまあ、人間なんてそう長生きできるわけじゃないし、家族との時間は大切にして欲しいものだけど……

いいなあ父親、私も欲しいなあパッパ。

 

「私はお前の父親に頼まれたから面倒見てるわけでね」

「私は頼んでない」

「頼まれてなかったら面倒見ずにその辺に放って野垂れ死させてるところだぞ」

 

いやもちろんそんなことはしないけども。

まあ問答無用で人里に送り返してた気はする。

 

「会ったばかりの時のあのおどおどしてたお前が懐かしいわ」

「そりゃあ起きてすぐに知らない奴が話しかけたらびっくりするよ」

「の割には初手まりもって言ってきたよな?」

「あれは……口が勝手に……」

「そんな口縫い合わしたほうがいいんじゃないかな?」

 

なに、私が知らないだけで毛玉よりメジャーなまりも妖怪とかいんの?納得いかないんだけど本当に。

 

「はぁ……私のことどう思ってる?」

「なんだよ急に…」

「いやだってさあ……私は妖怪なわけよ。お前は人間。私はお前の父親に頼まれたから面倒見てるだけだし……魔理沙は私のことどう思ってんのかなって」

「どうって……友達?助けてもらった恩とか、家をもらった恩とか色々あるけど、友達って感じだよ」

 

友達……まあ、そうだろうなぁ。

私からすればこの子供は預かってるだけって感じなんだけど……

魔理沙も最初に会った時より少し成長している。同じくらいの背丈になれば私も友達って思えるかね。

……いや、普通に身長抜かれるか。

 

「アリスさんは?」

「友達」

「霖之助さんは?」

「友達」

「父親は?」

「くそったれ」

「母親は?」

「嫌いじゃない」

 

親は大切にするもんだよ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうだった?」

「変わらず元気だったよ、ここでの生活にも慣れたみたいだし。本はちゃんと奪い返してアリスさんちの本棚に直しておいたよ」

「ありがとう」

 

魔理沙の家を出た後、アリスさんの家に寄ってから霖之助さんの店に来た。

外から見たことあるだけで中にはまだ入ったことなかったけど。

 

霖之助さんはいつもせっせと魔道具?マジックアイテム?の制作を続けているらしい。

アリスさんは魔法担当かな。

流石に魔法やその知識ではアリスさんに頼る他ないらしい。

 

「やあ毛糸、来てくれたんだね」

「どうも」

 

店の奥から霖之助さんが顔を出す。

何度か会話してわかったが、いい人だ。

なんだろう、半妖は人格者になる決まりでもあるのだろうか。

 

「外の世界のものってどこにあるんですか?」

「あぁすまない、珍しいものは奥にしまってあるんだ。また後で引っ張り出してくるよ」

「うっす」

 

柔らかい表情の人だ。

なんというか、今まで知り合いの男性がめっちゃ目つき悪い柊木さんくらいしかいなかったから霖之助さんが凄いイケメンに見える。

いや実際顔は整っているわけだが。

 

「てかなんで私ここに呼ばれたの?」

「実験台よ」

「はあ?」

「言い換えると試し打ちのための的ね」

「はああ??いやまあ、いいけども」

「いいんだ……」

 

試し打ちというのはあれか、魔理沙に渡す奴か。

 

「一応これがまだ試作段階なんだけど、ミニ八卦炉だよ」

「ミニ?」

「そう、ミニ」

「よくわからんがわかったぜ」

 

あれだな?八卦炉ってやつのミニバージョンなんだな?そういうことなんだな?よし簡単だ。

 

「まだ完成はしていないんだけど、一度途中経過を見てみようということになったんだ」

「で、私が的と」

「いや、それは……えっと……」

 

わかるよ、霖之助さんは悪くないよ。

悪いのはこの私への扱いが結構ひどいアリスって人だよ。

 

「外出る?」

「そうね」

 

 

 

 

 

 

 

「よーしどっからでもこーい」

「じゃあ背中から密着して放つわね」

「やめてけろ、ちゃんと正面から来て」

「じゃあ眼球に押し当てながらやるわね」

「頭吹き飛ぶだろ」

 

いや何が飛んでくるのかわからんけども。

 

「てか別に私で試さなくても……」

「実際に威力見てみないとわからないでしょ」

「それは…まあ……」

 

試運転はアリスさんが行うらしい。そりゃあこの場で魔力持ってるのはアリスさんだけだし当然なのだが。

 

「それじゃあ行くわよ」

「おっけ、どんとこい」

 

店の中から霖之助さんがこちらを覗いている。

まあその方が安全……か?

 

「まずはそうね…大きい玉を一つぶつけてみましょうか」

「了解」

 

身体を妖力で強化して受けの体勢をとる。

アリスさんがミニ八卦炉に魔力を流し込む。まもなくミニ八卦炉の前に魔力弾が生成され始めた。

どんどん大きくなっていく。

どんどん……どんどん……

 

「ごめんちょっと大きくなあい!?」

「ごめん魔力の量間違えた!」

「へぁ!?」

「このまま行くわよ!」

「待ってまだ心の準備がうおおおおおお!!?」

 

私の数倍はあるであろう大きさの魔力弾が地面を抉りながらこっちへ迫ってくる。

避けるのは簡単だけど、避けた先でどんな爆発が起こるかわからない。

つまり受け止める以外の選択肢ないってことだ!なんてこったい!

 

魔力弾と私の間にいくつも氷を直線上に生成し、両腕に妖力をさらに込める。

まあその魔力弾は氷を一瞬でぶっ壊しながら迫ってきたわけだが。

 

「ふんぬぅ!!」

 

おっも……

全身に妖力を回して受け止めているはずなのに、どんどん押される。

これは……流すか。

体をずらしながら魔力弾を受け止めている両手を使って、全力で軌道を斜め上の方にずらした。

即座に妖力弾を作ってその魔力弾に向かって飛ばす。

 

魔力弾と妖力弾がぶつかると激しい爆発が起き、轟音があたりに響いた。

 

「ひゅー……あほみたいな威力だったんですが!?」

「魔力入れ過ぎたわ、多分これ中の回路焼けてるわね」

「そうか…流せる魔力量の制限機能もつけた方がいいかな」

「まあ、本人の成長の度合いによって制限も弄ればいいからね」

「おーい、謝罪もなしですかー」

「はいはい悪かったわね」

「キレそう」

 

いやしかしまあ……威力は申し分なかった。

空で相殺してなかったらこの辺り一帯が吹き飛んでたかもしれない。

流石に魔理沙の魔力量であそこまでの威力は出せないと思うけど……それは本人の成長と努力次第なのかな。

 

「お疲れ様、それじゃあ帰っていいわよ」

「いやいやいやいや、霖之助さんに外の世界のもの見せてもらってないからね?」

「あぁそうだ、今から取ってくるよ」

 

さて、何が出てくるか……知ってるものだったら、今外の世界がどのくらいの時代なのかわかるかもしれない。

 

 

 

 

 

霖之助さんの店の中に入る。

アリスさんは何やら部屋の端っこでミニ八卦炉を弄っている。

 

「ほら、この箱の中だよ。あまり数はないけどね」

「中見ても?」

「もちろん。と言っても外の世界のものかどうかは僕が知ってるものかどうかだからね」

 

まあそりゃあ判断なんてつかないだろうが。

散々ここは本当に日本なのか、そもそも私のいた世界なのかどうかが疑問に思ってきた。

今、ようやくそれに確信を持てる。

意を決して、箱を開ける。

 

「!これは……」

 

箱を開けてすぐに一つのものが目に入った。

正方形の形にカラフルな見た目。確かにそれは私の記憶の中にあるものだった。

 

「る、ルービックキューブ……」

「知ってるのかい?」

「そりゃもう。あ、理由は聞かないでね」

 

いやしかしなんか……なんとも言えない気持ちになる。

そりゃあ望んでた外の世界のものなんだけども。なんというか、微妙というか……だってルービックキューブだし。

 

「あ、ちゃんと動く」

「え、そうやって使うものだったんだ……」

「はい?」

「あぁいや、僕は物の名前と用途がわかるんだけど、使い方まではわからなくて……」

「でもこれ色揃ってますけど」

「いや、分解して色を合わせる物なのかと」

「あー………」

 

……そうはならんやろ。

まあ幻想郷の住民からすれば変な道具には違いないだろうし、想像できないのも無理はない……か?

いやでも……普通気づかない?

意外とうっかりしてるのだろうかこの人……

 

「他はどうだい?」

「他……うーん……」

 

見覚えがあるようなないような……あ、これ消しゴムじゃん。

 

「………ハッ!」

「ん?」

 

人里に消しゴムってなかったよな……?

じゃあこれ河童に作らせて人里で売れば……いや待てよ。

そもそも鉛筆あったっけ……筆だったような……

 

「……ハッ!」

「…どうかしたのかい?」

 

鉛筆も作って売ればええやんけ……

いかん、私天才かもしれん。

つまりこれを上手いことすれば……

河童は人里に繋がりができるし、寺子屋に普及させれば慧音さんにも恩返しができる……

あ、私天才だわ。

 

「へっへっへ……」

「さっきから様子が変だけど…」

「いつもそんな感じだから気にすることないわよー」

「失礼なこと言うなあアリスさん」

 

いやしかし…これ仕事にすればいいのでは?

河童との繋がりがある私が、河童の技術の産物をある程度人里に普及させる。その時の利益の一部を貰えば……

 

「私めっちゃ天才だわ…」

「ほらね?」

「う、うん……」

「霖之助さんこれ貰っていい?」

「え?消しゴムかい?別にいいけど…」

「おっしゃきたこれ」

 

これを河童のところに持って行けば……オラワクワクが止まんねえぞ!

 

「こういうのどこから拾ってくるんですか?」

「無縁塚ってとこにたまに外の世界から流れ着いてくるんだ」

「あー、無縁塚、はぁ…」

 

色んな書物で危ないから近寄るなって書いてたあの無縁塚……そんなとこから拾ってきてるのかこの人は。

 

「外の世界に詳しいのかい?」

「はい?えぇまあ……それなりに。てか霖之助さんは名前と用途はわかるんですね」

「まあね」

 

どういう理屈か分からんが、この世界には空間に裂け目みたいなの作ったり千里先が見えたりデカくなったりするからそういうものなのだろう。

私もよくわからんけど物を浮かせられるし、それが能力って呼ばれるんだろうな。

 

「……その刀は?」

「これ?昔の友達のすぐ首を切ろうとする妖怪狩りのやべー人の刀」

「え?あ、そうなのか」

 

私間違ったこと言ってないよ、事実だよ。

 

「僕の目では明らかに妖刀なのだけれど……」

「うん、時々カタカタとひとりでに動き出すし私の体乗っ取ってめちゃくちゃしたりするから間違いなく妖刀だね」

「あ、やっぱり?」

 

見ただけで恐怖を感じる人もいるし……そりゃもう恐ろしい妖刀なのだろう。

 

「よくそんなもの持ち歩けるね……何が起こるかわからないのに」

「まあ……形見だし、これに助けてもらってるし」

「へぇ…」

 

私だって妖刀持ち歩いてる人がいたらなんだこいつって思うもの。

そもそも刀持ち歩いてる時点でアレだけども……

 

「名前はないのかい?」

「へ?」

「いや、名前」

「名前…?なんの?」

「その刀の」

「………」

 

考えたこともなかった………りんさんも名前つけてた様子はなかったし、単に黒い刀としか……

 

「てか名前って普通あるもんなんですか?」

「いや、そういうわけじゃ……ただ名刀とか妖刀とかは名前がついてることが多いし」

「あー…なるほど……」

 

いやでもなあ……他人の刀だし、私が勝手に名前つけるのも………

ってか今更だよ?いつからこの刀持ってると思ってるんだよ……というか、私の中の呼び方は完全にりんさんの刀で定着してるし……今更つけても色々手遅れな感じが……

いやでも、確かに名前くらいは……

 

「名前……私名付けってあんまり……」

「別に無理につける必要はないと思うよ」

「いやでも、大切にしてるものほど名前は……」

「あなた、それを言うならイノジェイガンはどうなるのよ」

「いやあいつは……あれが名前みたいなもんだし?」

 

イノシシは違うじゃん……何が違うかってこう…違うじゃん。

名前かあ………

でもそうだよなあ…別にその名前を使わなくたっていいけど、名前くらいはあったほうがいいんだろうな。

しかしどうするか…小洒落た名前は私の趣味じゃないし……といって厨二心溢れるのも……それはそれで興味あるが、刺されそうだ。

 

………ひとつ、めっちゃしっくりくるのを思いついた。

てかもうこれ以外ないのではないだろうか。

 

 

『凛』

 

 

いやまあ、りんさんの刀だから凛って、物凄く安直なんだけど……でもまあ、いいんじゃないだろうか。

 

まあこれからもりんさんの刀って呼んでるだろうが、たまには凛とも呼んでやるとしよう。





なおなーお様にイラストを描いていただきました!


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『宙に浮く程度の能力』

「ん?何これ」

 

いつものように朝起きて朝ごはんの支度しようとしていると、机の上に2枚の紙がおいてあった。

手紙と地図?わざわざ家の中に侵入して机の上に置いたの?んなめんどうな……

その紙からは妖力とかは特に感じなかったので、普通にそこに書かれている文を読んでみる。一応術とか掛かってないかは確認しないと。

 

えーと、なになに…?

 

今日のお昼時、ここで待ち合わせ。

絶対来てね。

ゆかりんより

 

「oh………no……」

 

ゆかりんって……紫さん?

地図には……人里から少し離れた場所にバツ印がついている。

なんなのだろうか、罠だろうか、殺す気だろうか。

 

いやしかし、紫さんの名を語る全く違うやつって可能性も……いやそんなアホなやつこの世界に…割といそうなのが困る。

てかゆかりんってなに……

 

「行かないとダメなやつよなぁ……絶対来てねって書いてるもんなぁ……」

 

お昼時……とりあえず朝ごはんだけ食べていこう。

 

そういや以前に藍さんが、紫さんが私を使って何かしようとしてるとかなんとか言ってたような……その件だろうか。

 

とりあえず最後の朝ごはんになるかもしれないのでしっかり食べよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここかぁ…?」

 

一応待ち合わせの場所にはこれたはず……でも紫さんが出てこないな。……流石に寝てはないと思うけど。

 

しっかしなんでこんなところに……てか私に何をさせるつもりなのだろうか。

 

「思えば今まで散々色々やらかしてるし……」

 

あれだろうか、お前は自由に好き勝手やりすぎたって感じで始末されるのだろうか。

いやでも藍さんが命をとるようなことはしないはずって……いやでもそもそもの目的が私の始末だったら……

 

ええい落ち着け私、あの文面は明らかにそう言う感じのものじゃなかっただろ。ゆかりんとか書いてただろ。

 

てかここ本当にただの森の中だな……何かないか見てみるか。

 

「あの山…」

 

山とは違うような気もするが、結構高いところに建物があるのを見つける。

あれか、あれがかの有名な博麗神社か。

絶対妖怪殺す巫女さんがいるというかの有名な博麗神社か。

随分高いところにあるんだなぁ。

 

願わくば、博麗の巫女なんかと遭遇しないことを……

 

「あ?」

「へ?」

 

なんか人と鉢合わせた。

紅白の巫女服……なんかひらひらがついてる棒……強い霊力…

 

「どうもこんにちは」

 

とりあえずだけして穏便に…いきそうもない。

相手は手に持っていた棒をぶんと振ってきた。警戒はしていたのでそれは避けたが間髪入れずに投げてきた針は避けれずに、やむを得ず左腕の義手で弾く。

妖怪退治をしてる奴は大体武器とか道具に対妖怪用の術とかなんかを仕込んでることが多い、多分。

だから出来るだけ体で受けずに避けたり義手で弾いたりすることを心がける。

 

「すみません話だけでもしません、かぁっ!」

 

説得しよう試みるも、話をしてる途中にでっかい霊力弾が放たれた。

氷の壁を目の前に生み出して、さらに氷の剣を作って妖力を流しておく。

その霊力弾は氷の壁を簡単に砕いたが、思いっきり氷の剣を振ると真っ二つに割れて消えた。

 

「話をしよう!話せばわかる!きっと分かり合えるよ私たち!」

 

あ、ダメだこれ聞いてくれねえわ。

なんかお札飛ばしてきたもの、霊力こもってるやつ。

氷の剣を蛇腹にして振り回して、私の方に飛んでくるやつを叩き落とす。

 

……全力で走れば逃げれるか?

 

「っ!?」

 

どうやらお札を飛ばして、私がその相手をしている間に背後を取られていたらしい。

後ろを振り向いた瞬間に回し蹴りを頭にくらって吹っ飛んだ。

ついでに針も飛ばしてくるあたり追撃にも余念がない、体を浮かして霊力を放出、軌道を無理矢理変えて避けたが。

 

「首変な方向に曲がったしもう……」

「…再生能力が高いやつか」

 

首をいじって元に戻していると、何やら分析されているみたいだ。

 

「だったらどうなのさ」

 

そうは返してみたものの、相手の霊力がどんどん練り上げられていくのを感じる。

こちらも妖力を放出し備えておく。

 

「一撃で消滅させる」

 

お、おう……あかんあれ目がマジや。

博麗の巫女の頭上に大きめの霊力弾が一つ生成される。

大きさこそ大差ないが、さっきのそれとは威力が格段に違うだろうということがわかる。

食らったらひとたまりもねえなあれ……マジで消滅するんじゃね。

対妖怪特化ってやつか、食らったらまずいってのが肌で感じられる。

 

こっちはこっちで大きな氷の槍を生成する。

出来るだけ頑丈に、妖力を流し込んで強固に、形を整えてより貫通するように。

 

「消えろ」

「断る」

 

博麗の巫女が放った霊力弾と私の氷槍が正面からぶつかる。

 

「……は?」

 

ぶつかると思っていたんだけど……二つともどこかに消えてしまっていた。最初からそこになかったかのように。

 

あたりに轟音が響き空を見上げると巨大な爆発が起こっていた。

 

「そこまでよ」

 

聞いたことのある声。

同時に空間の裂け目のような場所から金髪の女性が姿を表した。

 

「紫…今までどこに」

「紫さん……何してたんですか」

「寝坊しちゃった」

「………」

「………」

 

なんかあの人とと心が通じ合った気がする。

 

 

 

 

 

 

 

 

「人に会わせるならそう言ってくださいよ……てか博麗の巫女さんも急に襲いかかってこないでください」

「そりゃあ突然の目の前に頭もじゃもじゃの妖怪が出てきたら警戒するだろ」

「警戒どころか消滅させようとしてたよね?」

「そうだな」

 

こいつ…隠さねえ……

この博麗の巫女さん、見た目は長い黒髪に黒い目と普通なのだけれど、なんせ持っている霊力がその辺の人間とは明らかに違う。

なんかこう、本能が危険だぞって伝えてくる。

思えばりんさんもこんな感じの霊力だったような気がしないでもないが……こっちは鍛えられた感じというか、そんな感じがする。

修行ってやつか。

というか………

 

「似てる………」

「ん?」

「いや、なんでも」

 

雰囲気というか、なんというか……顔も似ているわけではないのだけれど。

りんさんの面影を感じてしまう。

同じ博麗の力を持っているからだろうか……てか脇出してるのね。

りんさんも博麗の巫女になってたらあんな巫女服着てたのだろうか………

なんか私の中のイメージが壊れるから想像するのはよそう。

 

「てかここ私いていいんですか?神社ですよね?」

「いいのいいの、どうせ参拝客なんてろくにこないし」

「おい」

 

こないのか……参拝客……

まあ確かに結構高い場所だが……ただの人間がくるには少々ハードルが高いんじゃなかろうか。

 

「さあ座って座って」

「あ、どうも」

「ここ私の神社なんだが」

 

というかなんともまあ……質素なところだなあ。

神社だから派手ってのもおかしい話だが………それにしても貧相だな。

 

「お前今貧相だなって思ったろ」

「え?あぁいや………自分でそういうってことはそういう自覚あるってことだよね」

「当たり前だろ」

 

なんだこの人………

さっきも紫さんが止めてくれなかったらいつまで戦いが続いてたかもわからないし……

 

「よいしょっと、それじゃあ改めて。毛糸、この紅白のが今代の博麗の巫女よ」

「どうも…なんと呼べば?」

「好きに呼べばいい」

「えぇ……じゃあ巫女さんで」

「馴れ馴れしいぞ」

「なんなんあんた」

 

そういうなら名前言えよ名前!なんで名前言わないのよ!

 

「で、このもじゃもじゃが自称毛玉の白珠毛糸ね」

「あ、あの噂の毬藻妖怪」

「すぅぅ………毛玉でえぇす……」

 

よし、我慢して偉いぞ私。

正直手が出そうになった。

 

「本当に毬藻って言われたら怒るんだな」

「わざとかい……」

「きっと気が合うわよ〜」

「「合わないだろ」」

「ほら息ぴったり」

 

偶然でしょうに……私こんな危険な人と関わりたくないんだけど……

 

「なんでこんな危ない人と…」

「はあ?」

「………博麗の巫女なんていう妖怪からしたら絶対に避けたい存在に会わなきゃならないんですか」

「理由は色々あるわよ。まあざっくり言うと……未来のためかしら」

 

そんなあやふやな……そんなよくわからんことのために私呼ばれたの?

 

「それともう一人会わせたい子がいるのよ」

「もう一人?」

「おい紫」

「大丈夫よ、この状況で何か馬鹿なことするような妖怪じゃないわ」

 

そうだよ、今のこの状況やばいからね?

妖怪の賢者と博麗の巫女と一緒にいるこの状況、下手をすれば存在ごと消されかねない。

 

「……それで、会わせたい子っていうのは?」

「霊夢、きなさい」

 

紫さんがそういうと、外から一人の女の子が入ってきた。

境内に入った時子供の気配を感じていたが、この子か。

 

「次代の博麗の巫女、博麗霊夢よ」

「誰このもじゃもじゃ」

「どうも、白珠毛糸だよ。もじゃもじゃだけどまりもじゃないよ毛玉だよ」

「ふーん」

 

あら興味なさそう……

………いや全く話が見えてこないな。

博麗の巫女に会わせて、さらにその後継者まで……

 

「紫さん、結局私はなんのため……に?」

「今からその話をするわ」

 

いやなんか周りの風景変わっとるんですけど……あ、ここ神社の屋根上か。

なんか前もあったなこういうの……やるならやるって言ってほしい。

 

「てか、あの二人に聞かれちゃまずい話なんですか?」

「そういうわけではないけど……話が拗れると面倒だし、まずあなたから了承を得ないとね。大丈夫、幽香からはもう許可を得てるわ!」

「なんで幽香さん!?」

 

いや本当になんで……なんでここで幽香さんが出てくるんだ。

 

「まあ数百年前の話だけど……あなたが了承したらいいってね。だから幽香に何か吹き込まないでよ?あいつ怒ると手がつけられないから……」

 

紫さんにこうまで言わす幽香さん……やっぱあの人やばい人だったんだな……

それにしても、了承、かあ………

やはり藍さんが言っていた、私を使って何かしようとしてるって話だろうか。

 

「………」

「………?あの、どうかしました?」

「ええと……何か言いたいことあるなら言っていいのよ?」

「え?なんすか?寝坊したこと謝ってないことっすか?」

「それはごめんなさい。じゃなくて………藍から聞いたんでしょう、あの時のこと」

「あぁはいなるほど」

 

紫さんが私の家の近くを通るように仕向けたって話か。

そんなことも……あったなぁ。

 

「私は別に…気にしてませんよ?というか紫さん相手に文句言えるほど強くて偉いわけでもないですし」

「流石に謙遜しすぎよ?」

「えぇまあ……自惚れていいこともないですしね。要するに気にしてないってことですよ。まあ謝ってくれるなら謝って欲しいけれど」

「それなら……ごめんなさい」

「あー頭下げないで」

「謝って欲しいって言ったのあなたよ?」

「いやそうですけど……慣れなくって」

「慣れなくっても、あなたと対等な関係を築く上でやってはいけないことを私はしてしまったわ。ごめんなさい」

 

そう何回も謝らないでよ……てか私は対等な関係なんて思っちゃいないんですがね?

てか本当にもうさ……藍さんもそうだけど簡単に頭下げちゃダメでしょ……もっとこう、風格というかなんというか……

まあ、気持ちは伝わったけれど。

 

「別に、いいですよ。頭上げてください」

「よし頭下げたからこれで対等ね」

「あっはい」

 

なんだこの人……まあ話が進まないし別にいいけどさ。

 

「さて本題よ、あなた、自分の能力について考えたことある?」

「能力?あー、千里眼だったり硬くなったり姿とか音とか消したり心読んだりするあれですか?」

「そう、それ」

「私自身の能力……宙に浮くくらい?」

 

いや本当に、私自身の個性なんてそのくらいなものだ?

大体人からパクったものだしね!

 

「あなたの能力と呼べるものは、それはまあ色々あるわ。それを一つずつ挙げていくわね」

「はい」

「まずは氷を生成したりできる能力、これはあの氷精の能力ね。冷気を操るとも言えるわ」

 

パクったやつだ……

 

「そして植物を操る能力、幽香のものね。本人は花を操るって言ってるけれど」

 

これもパクったやつだ……

 

「次に再生能力の高さ。これは少し微妙だけど、能力とも受け取れるわね」

 

霊力の体に幽香さんの妖力が上手い具合に合わさっただけのやつ……つまりこれもパクリ……

 

「次、魂を二つ持っていること」

「知ってたんすね」

「まあね。これは異質ね、本当に異質」

 

そりゃあ異質なんでしょうけれども……てか知ってたなら教えてよね!

どうぜ自分で気づくのが一番とか言うんでしょうけれども。

 

「最後、宙に浮いたり浮かせたりする能力。これが一番あなたの存在をたらしめる要素と言ってもいいわね」

「存在?」

「えぇ、あなたの場合、ただ毛玉だから宙に浮いているんじゃない。この幻想郷に未来から毛玉として転生した。その事実があなたを世界から浮かしている」

 

世界から……浮く……

 

「それが故、あなたの存在を定義するのは『宙に浮く程度の能力』」

「わあそのまんまだあ………結局何なんですか」

 

結局どういう意味なのかそこを教えてもらいたい。

 

「幻想郷を統治するには、他の追従を許さない圧倒的な存在が必要不可欠。人間のね」

「へぁ……でも紫さんや幽香さんみたいなのに圧勝できる存在なんて……それも人間に」

「勝つ必要はないわ」

「え?」

「負けなければいい」

 

た、確かに……

 

「あなたの能力を複製、発展させて霊夢に移植して、その存在をたらしめるものとする」

 

『宙に浮く程度の能力』を、あの子に……

 

「その能力というのは……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「『空を飛ぶ程度の能力』」  

 



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幻想郷は毛玉を含めて全てを受け入れる

「………しょぼくないっすか」

「まあ確かに聞いただけじゃあねえ」

 

『空を飛ぶ程度の能力』

確かにそれは私の能力の上位互換……なのだろうか?

 

「それって物浮かせられ……」

「ないわね」

「あっはい」

 

よし勝ってる部分あるな!

……何と張り合ってるんだろうか私は。

 

「てか、結局それの何が凄いんですか?飛ぶのなんてみんなできるじゃないですか」

「そうね……詳しいこと話すと長くて面倒臭いから色々省くと……」

 

色々省くとか言ったくせに結構長ったらしく話された。

まあよく分かんなかったけど……空飛ぶってことは無重力ってことで、それはつまり、いかなる重圧や、この世のありとあらゆるものの影響を受けずに、この世から浮く………とか……

 

はい、よくわかりませんでした。

 

「で、その能力使うとこちらからは何も干渉できない最強の人間が出来上がると……そういう感じですか?」

「そうなるわね」

 

まあ……うん……

自分なりに噛み砕いてみる。

要するにこの世の理から浮くことによって、こちら側からは何も干渉することのできない……つまり当たり判定を無くして、全く攻撃の通らないチート野郎ができるってことだ。

ついでに向こうはこちら側に攻撃できるらしい。ずっる。

 

 

「……てか、なんで私の能力からそんな大層なもんが生まれるんですか。こっちは世界から浮くとかそんなんじゃなくて、本当に宙に浮いてるだけなんですけど」

 

存在は世界から浮いてるだろうが……私は自分の当たり判定無くしたりできないし?てかできるもんならやってるわ。

 

「話すと長いわよ」

「じゃあ結構です」

 

どうせ聞いたってわかんねえし!

 

「………それって私どうなるんですか?」

「どうって?」

「死なない?」

「死なない」

「それならいいや」

 

それをやったからと言って私に何かデメリットがあるわけでもないし。

……いや、自分の敵わない最強の天敵が誕生するのか。

恐ろしや恐ろしや……敵として相対しないことを祈ろう。

 

「巫女さんと霊夢はそれ知ってるんですか?」

「霊夢は話したってわからないでしょうし、どうせ拒否権ないわ」

「あら酷い……巫女さんは?」

「納得はしてるみたいよ」

「さいですか」

 

あの人怖いんだよな……あからさまな敵意は向けられなくなったけど……

というか、りんさんの面影をどうしても感じてしまう。別に見た目似てないのに……生まれ変わりとかそんなんじゃないよね?

 

「結局あの人の名前なんなんですか」

「ないわ」

「え?……あ、そういう……」

「私が博麗の巫女探しをサボってた結果、あなたの友人の人間が生まれたのは話したわよね」

「あ、はい」

 

そういやそんな話してたな……

 

「それ以来ちゃんと真面目にするようにしてきたんだけど、そうなると結局まだ名もない赤子とかを攫ってくるのが一番確実なわけ」

「なるほど……」

 

要するに名付けの前に連れてきたから、あの人には名前がないと。

 

「歴代の博麗の巫女を見れば名前のないのなんて別に珍しくはないんだけれどね。名前ある多くの場合は先代から名前を貰っているわ」

「じゃあ霊夢は……」

「ええ、彼女がつけた名前よ。もっとも彼女は先代とは少ししか会ってないの。ちょっとだけ話して先代が死んで……その入れ替わりで博麗の巫女を継いだから名前はもらってないんだけどね」

 

自分がなかったから、霊夢にはつけたって……そういう話だろうか。

……名前の件といい、私が感じ続けている感覚といい……なおさらりんさんと重ねてしまう。

 

「それにしても親は可哀想じゃないですか?自分達の子供が知らないうちに攫われるって」

「そういうことにはならないわ。……あなたは、嫌いな話かもしれないけれどね」

「……はい?」

 

そういうことにはならないって、どういうことだろうか。

いやだって、生まれた時から忌み嫌われてるとかならわかるが、みんながみんなそういうわけじゃないだろう。

ちゃんと親に愛されていた人もいたはずで、それなのにそういうことにはならないって……

まさか。

 

「消すんですか、存在を」

「えぇ」

 

そうか……

そりゃあそうだよな。

もし妖怪が博麗の巫女の親を人質に取ったりでもしたら厄介だし、その他にも色々な厄介ごとがあるのだろう。

そうなるくらいならば最初から存在を無かったことにしておいた方が……

 

「嫌な気分になったかしら?」

「いえ……それがこの幻想郷にとって必要なことってのは理解してますし、私みたいな部外者には口を出す権利もないですしね」

「部外者ねぇ………あなた、幻想郷での自分の地位って考えたことある?」

「地位?」

「あなたはどこにでもいる毛玉がちょっと変異した、ちっぽけな存在としか思っていないのかもしれないけどね」

 

いや実際そうですし………ちょっとどころの変異ではないような気がするが。

 

「あなたがこの幻想郷に与える影響はかなりのものよ」

「えー……そんなにですか?」

「そんなに、よ。考えても見なさい。幽香と同じ妖力を持つものが好き勝手暴れればどうなるかしら」

「天災級の被害」

「そう。それに加えて手足をもいでも一瞬で再生するし、氷まで操る。厄介なことこの上ないわよ」

 

でも毛玉ですし……どれだけ持ってる力が強かろうが、手足の生える速度が速かろうが、所詮は毛玉だ。

 

「藍さんにも勝てないくらいですよ?」

「あの時は確かにそうだったわね、でも今はどうかしら。あれは数百年前、あなたはまだまだ力の使い方がなっていなかった。でも今藍と戦ってみればどうなるか、わからないわよ」

「どちらにせよ紫さんには敵いませんし」

「厄介なこと、この上ないわ」

 

手足生えるだけでそんなに厄介になります?巫女さんがやってたみたいに一撃で消滅させるなりなんなりさせればいいじゃないっすか。

 

「これがありとあらゆる人間、妖怪に恐れられているのならまあわかるわよ。でも実際のところそいつは基本友好的で、妖怪の山や地底の人物とも親しく、人里にいることもある、と」

「………つまり?」

「あなたがこの幻想郷で何か大きなことを起こそうとすれば、それを手伝おうとする者も現れるでしょうね」

 

そんな奴いるかな……いないと思うけどなあ……

 

「力を持てばそれ相応の権力もついてくる。あなたはそれに気づいていない」

「権力持ってたってしょうがないでしょうに」

「………」

 

やめて、呆れた目で見ないで。

どうしてみんな私のことそんな目で見るのさ!私結構メンタル弱いんだからね!

………まあ、例えばの話。

私が割と危険な人物だったとしよう。

そんな私が妖怪の山に目をつけて、向こうにとって不都合なことを要求したとしよう。

もちろん向こうは拒否するだろうが、私に妖怪の山一つを消し飛ばす力があった場合、向こうはそれを飲まざるを得ないというわけだ。

力を持てばそれ相応の権力もついてくる、というのはこういうことだろう。

力と権力の関係は、前世の記憶と比べてこの幻想郷では深いものとなっている。強い奴が偉いのだ。

偉い奴は強いとも言う。

 

「とにかく、あなたは幻想郷にとって大きな存在ということ。あなたが思ってる以上にね」

「はあ……」

 

人からもらったものでそんな、大きな存在とか言われても…ねえ?

 

「でも……それはそれです。私は本来ここにはいちゃいけない奴ですから」

「はいはいそれね、言うと思った」

「なんすかその反応」

「別に……ただ、一つだけ言うならば……」

 

紫さんは真っ直ぐとこちらを見つめ、顔を近づける。

 

「幻想郷は全てを受け入れるわ。例えそれが世界から浮いてるような存在でもね」

「全て………頭もじゃもじゃの中途半端に力の強い、前世人間で魂を二つ持ってるこんな私でも?」

「そう言ってるじゃない」

 

それは……

なんて素晴らしいことだろう。

私みたいなのが居たって構わないと言ってくれているのだ。

いや、実際はもっと別の意味なのかもしれないが。

 

いずれにせよ、それは私を幻想郷に受け入れると、紫さんが改めて私に言ってくれたと言うことなのだろう。

これほど嬉しいことはない。

 

「全てを受け入れる、かあ」

「話はこのくらいにしておきましょうか、また分からないことがあったら聞いて頂戴」

「あ、了解っす」

 

なおさらここが、幻想郷が好きになった。

私みたいなのがいたっていいと言ってくれたのだ、できる限り役に立ちたい。

死なない程度に。

ここ重要。

 

 

 

 

 

 

 

 

「………」

「………」

「……ふぅん…」

「………なんすか」

 

せっかくだしゆっくりしていけと紫さんに言われたので、縁側?かなんかそういうところに座って境内を見つめる。

そして巫女さんも私のことを見つめる。

 

「………」

「いやあの、何?」

「その腕、さっき針を弾いてたけど何なんだ?」

「あ、これ?」

 

どうやら左腕の義手を気にかけていたらしい。

まあ確かに、幻想郷の人間の技術レベルからしたら河童製の義手とか凄い珍しい物なのだろうな。

 

「これは義手で……まあ、金属で出来てるよ」

「義手?それが?見た目普通の腕じゃないか」

「……ほら」

「うおっ」

 

私が義手のほんの小さなボタンを押すと手のひらがグルグルと回り始めた。

それに驚いてビクッとなる巫女さん。

 

「意味わかんない物付けてるんだな……なんで再生力高いのにそんなものを…いや、再生できないから付けてるんだな」

 

察しがいいようで。

まあ呪い云々は人に話したところで治る物でもないので言うつもりもないが。…いや、博麗の巫女ならそういうのどうにかできたりするのか?

……永琳さんが無理なんだったから、やっぱり無理かなあ。

 

「……巫女さんはいいの?」

「何が」

「霊夢のこと」

「あ、それ」

 

…返事が軽いし特に何も思ってなさそう。

 

「正直言えば反対だけど……どうせ私が反対しても紫が勝手にやるだろうしなあ」

「一応私が断ったらできないけど…」

「無理やりやらされるのがオチだな」

「間違いない」

 

霊夢に能力を渡すのはいつなのかとさっき聞いたら、分からないけど近いうちというなんともあやふやな返答が返ってきた。

まあいつだっていいんですけどね、私暇人だし?

 

「紫とはいつから?」

「いつ……まあ数百年は前かなあ。そんなに喋ったことないけど……」

 

思えば私がいっつも話してる相手は藍さんか橙だったし。

紫さんはなんか色々とゆるい人ではあるけど、それでも妖怪の賢者と呼ばれてるのは事実だし、私の本能がこの人はやばいってビンビン感じていたので、今までも結構避けてきた。

 

まあたまに橙と一緒の時とかに文字通り顔だけ出してきたりしてたから、全く会わなかったというわけではないが。

 

「えっと……私のことどう思う?」

「は?」

「………私って一応妖怪なわけだし、あなたは博麗の巫女でしょ?こう、憎しみとか……ないの?」

「いや、特に」

「そっかぁ」

 

特にないのに初対面で私あんなに襲われたのか……

 

「さっきの初めて会った時のことは謝る、急に悪かった。こっちは大妖怪並みの妖力を持ってる奴と急に出くわして驚いてたんだ」

 

驚いたら相手を殺しにかかるんですかあなたは。……まあ、博麗の巫女としてはそれが正しいのかもしれないけど

 

「まあこうやって話してみたら全然大妖怪らしくないんだけどな」

「そりゃあ大妖怪なんて大そうなもんじゃないし……」

 

簡単にプッツンして相手の策にはまって呪いをかけられて片腕を失うようなうっかりさんです。てへっ。

はぁ…………我ながらアホだなぁ。

 

「あれか?その何となく緩い気の抜けた感じは強者の余裕って奴なのか?」

「いや素」

「あっそ」

 

強者の余裕ってのは勇儀さん萃香さん幽香さん永琳さん紫さんが放ってるようなオーラであって、私のそれは単純にそういう性格なだけである。

……今考えると私の知り合いおかしくね……?やばいやつばっかじゃねえか……

 

「今まで博麗の巫女と戦ったことは?」

「………ないね」

 

りんさんは博麗の巫女ではないからね!ただの妖怪狩りだから!ノーカン!

 

「何で急に?」

「いや、私以外の博麗の巫女を知りたくって」

「そっか」

 

そうか、この人は確か先代が死んですぐに博麗の巫女になったから他の巫女を知らないのか……

 

「紫さんは?色々知ってるでしょ」

「あいつは胡散臭くていまいち信用に欠ける」

 

可愛そうな紫さん……でも自分が悪いから仕方がない。

 

「霊夢は私を見て育つんだから、しっかりしないとだよなあ」

「…親代わりってやつ?」

「そうなるのかな」

 

先代を知らないから、後継のためにどうやって振る舞えばいいのか分からないのか……

本人は霊夢のことをかなり大事に思っているらしい。

 

「手伝うよ。私なんかがおこがましいかもしれないけどさ」

「……いや、助かる。ありがとう」

 

素直に感謝を述べる巫女さん。

別に私が手伝う道理なんてない。

 

だけど単純に、りんさんと同じようなものを感じられるこの人と、もっと一緒にいたいと思った。

 



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憐れむ毛玉

博麗神社に通うのが日課になってしまった………

なんでそうなったのかって?私も分からん。というより私が聞きたい。

なんで妖怪の天敵の博麗の巫女の棲家に足繁く通わなければいけないのだろうか。私別に自殺願望ないのだけれど。

 

さっき日課って言ったけど実際はそんなに行ってない。せいぜい週に1、2回?

……いや十分多いな。

 

まあなんで通ってるかっていうと、紫さんに巫女さんと霊夢と親交深めとけとか、そんな感じのこと言われた。

詳しい理由を聞く前にどっか行きやがったけど…まあ私としてもりんさん……じゃなかった巫女さんとも仲良くなりたいし、霊夢のことも気になるし別にいいんだけども。

 

まあ、そんなこんなで三ヶ月くらい?多分。

 

 

 

「あ、もじゃまり」

「グハアァッ!!」

 

敷地内に足を踏み入れて2秒で大打撃を食らった。

 

「こ、これが次代の博麗の巫女……なんて力だ…いってぇ!」

「何やってんだ馬鹿」

「待って、その棒で叩かないで、シャレにならんから、ヤバいから、マジで」

「あ、そう」

 

あ、そう。じゃなくてね?

そのなに……お祓い棒?痛いのそれ、対妖怪特攻◎くらいあるの。ヤバいの。

軽くポン、と叩かれただけなのにめっちゃ痛い。

激しい痛みは体が勝手にシャットアウトするんだけど、お祓い棒で叩かれるとそれもなんか遅れる気がする。

とにかくめっちゃ痛い、やばい。

そして巫女さんはそれをハリセンのように振り回しまくる、怖い。

 

「とりあえず霊夢、もじゃまりはやめよう、な?」

「じゃあしろまり」

「みんな考えることは同じか……」

 

なんでもじゃまりとしろまりの二択なんだよ……普通にクソ毛玉とか毛屑とかって呼べばいいのに。

……普通じゃないね。

あれか、この年頃の娘は私のこともじゃまりって呼ぶのが流行ってるのか。なんで魔理沙と同じ呼び方するんだこいつは。

 

「今日も性懲りも無く叩かれに来たのか?」

「叩かないでください……饅頭手土産に持ってきたんで……」

「よし許す」

「許されてなかったの……?」

 

まあ……甘味こそが最強ということだな。

やはり甘味、甘味は全てを解決する。

とりあえず饅頭を手土産にすれば如何なる人とでも仲良くできる。

相手が饅頭嫌いだった場合は知らない。

 

饅頭は自分のお金で買ってきた。

お金はもちろん河童と人里の仲介役に立つというきったねえやり方で稼いでいる。にとりんと慧音さんに話通してるだけでほぼ働いてない。ニートである。

でもお金稼いでるもん!

 

「上がりなよ、今から昼ごはん作るとこだし。一緒に食ってけ」

「毒盛らない?」

「盛っても効かないだろ」

「いやべらぼうに効くけど」

「………ほんと?」

「ほんと……アッ………も、盛るなよ?フリじゃねえからな?絶対盛るなよ?マジで死ぬから」

「盛らない盛らない」

 

顔がニヤついてるんですが!?

 

「もし盛ったらあれだからな、全身から血を噴き出して毒を抜くからな。内臓引っ張り出すからな」

「………気色悪いな」

 

実際毒を完全に抜こうと思ったらそのくらいしないと……ねえ?

 

「てか巫女さん料理できるんだね」

「一応な、お前は?」

「私はまあ、これでも一応数百年は自炊で生きてきたから」

 

味は保証しない!

私の料理を食べたことのある数少ない友人によれば、めちゃくちゃ美味しいというわけではないが、まあ美味しいくらいとのこと。

まあ、ゲロマズではないことは確かだ、多分、きっと、メイビー。

 

「お前の料理って中に髪の毛入ってそうだな」

「……一応、気にしてるし…」

「あ……そう……」

 

自分の作った料理を自分で食べてるときに自分の髪の毛が口の中に入ると……すごく……萎える。

 

「どうせだし手伝わせてよ」

「妖怪の作った飯を食う博麗の巫女ってどうなんだよ」

「妖怪に料理を振る舞う博麗の巫女ってどうなんだよ」

「それもそうだな、じゃあ食うな」

「酷くね?」

 

 

 

 

 

 

 

「さて、何から始める?」

「ご飯を炊く、おかず作る、並べる、以上」

「うーん単純明快嫌いじゃない」

 

ただ私の家って結構ハイテクだからなあ……この神社の台所だと結構辿々しくなってしまうかもしれない。一応昔はこんな感じの台所で料理……

いや違うな、昔は肉焼いてただけだったわ、ただの焼き肉だったわ。

夜は焼肉っしょとか変なテンションで叫んでたなあ…いやあ懐かしい。

 

「とりあえず火を起こしてくれ」

「ん。……何で?」

「え?火出せるだろ?」

「え?出せないよ?」

「え?」

「え?」

「………使えねえな」

「酷くね?……私変な術とか使わないからね」

「氷は出せるのに」

「氷は別」

 

あれか、火くらいは出せるようになってたほうがいいのか。

初級妖術くらいは使えた方がいいとかそういう感じなのか?そうなのか?

……橙なら知ってるかなぁ……

 

巫女さんは慣れた手つきで羽釜に火をかける。

 

「普通に味噌汁と卵焼きでいいか」

「おっ普通、まあいいんじゃない?」

「また買い出しもいかないといけないんだよなあ……でも金が……」

「……ないんだ、金」

 

卵を割ってかき混ぜる。

その辺の野鳥の卵とか到底食えたものではないが、一応妖怪の山でも鶏卵って生産されてるからそれもらったりして食べてた。

 

「まあこんなとこまで参拝客来ないしなあ」

「依頼とかは?」

「最近は依頼も減ってる」

 

あー……妖怪と人間の関係が良くなる代わりにここに犠牲者が現れてしまった……

 

「………これ、渡しとく」

「……お前、頭大丈夫か?」

「うっせえわ。……一応食事代ってことにしといて」

「……わかった」

 

あら素直……妖怪から金を恵んでもらう博麗の巫女ってどうなんだとか言ってきそうなもんだが。

 

「妖怪から金を恵んでもらう博麗の巫女って……」

「あ、言った」

 

えらく項垂れているようなので肩をさすっておく。

腹パンされた。

 

「気安く触んな」

「えぇ………じゃあ金返して」

「これはもう私のもんだ」

「こいつ……」

 

まあ……お金には困ってないからいいんだけどさ。

色々使い道はあるっちゃあるけど、生活用品とかは元々人里の外で暮らしてきたからほぼ買わなくていいものばかりだ。

つまりちょっと溜め込んでる。そして使い道がない。

 

「卵焼きでいい?」

「そうだな」

「……味噌ってあんの?」

「……あったっけ」

 

………

私って恵まれてるんだなぁ……

まあ確かに、わざわざ博麗の巫女に頼らなくても人里の人間だけで解決できるのなら依頼出す必要もないか。

……私が昔やってた人間を助ける行為って、こういうのを生業としてる人の仕事奪ってたのか……?

つまり巫女さんが貧しいのは私のせい……?

 

「あ、あったわ。ちょっとだけ」

「………」

「やめろやめろ、そんな目で見るな」

 

人に憐れみの目を向けるのはいつぶりだろうか……基本向けられる側だし、どちらかというと呆れた目を向けられるし。

 

「……苦労、してんだね」

「だからやめろってその顔」

 

……手土産の数多くするか……

 

 

 

 

 

 

 

「いただきます」

 

3人で声を揃える。

 

「毛玉って普段何食べてるの?」

「人間と変わらんよ」

「へぇー」

 

霊夢から純粋な質問をされる。

いうて妖怪なんて大概人間と同じようなもの食べてるよな……きゅうり厨の河童と酒豪しかいない鬼は除いて。

 

「……普通に美味しい」

「そうか」

 

味薄いけど。

そう口に出したらお祓い棒で殴られる未来が見えたのでやめておく。

 

「さっきの饅頭だけど、数日は持つから」

「お饅頭!」

 

あら大声出してまあ……

なんか霊夢も紅白のよくわからん巫女服着てるが、やっぱり人間の子供は子供だなあ……

魔理沙と同い年くらいか…?なんか魔理沙の方が人慣れしてるような気がするけど。

その辺は育った環境とか色々あるか。

 

「行儀悪いぞ、座ってちゃんと食え」

「はーい」

「お母さん…」

「私はお前の母親じゃねえ、気色悪いな」

 

そこまで言う?

うん……基本全部味薄めだけど全部美味しいな。

私が作る料理って、適当に焼いて適当に味付けしてるものばっかりだからなあ……調味料とか持ってきてあげた方がいいかな。

 

「………あ、醤油いる?」

「持ってるのか?」

「そういや持ってたなーって。卵焼きにかけようか?」

「頼む」

 

左手の人差し指の先端が開いて、そこから醤油が垂れていく。

 

「何やってんだお前ぇ!?」

「げぼあぉっ!」

 

お祓い棒で殴ったな!?思いっきりぶったな!?痛えじゃねえかこの野郎!

 

「おまっ、急に手から醤油っ、おまっ」

「人の好意を無下にするんか己はぁ!」

「指から醤油出すからだろぉ!?」

「え?あ……うん、なんかごめん」

 

そうだった……指から醤油出るのって頭のイカれてるやつの発想だった……私がどうかしていた……でも痛いんですけど。

 

「でもお祓い棒で叩くことないじゃん!」

「びっくりしたんだからしょうがないだろ!」

「死ぬぞ!?」

「死んどけ!」

「二人とも行儀わるい…」

「………」

「………」

 

霊夢に呆れたように言われた。

 

その後醤油の方はお味はどうだったか聞くと、普通に美味しかったそうな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ったく……あんなに驚いたのはいつぶりか」

「私もあんなに思いっきり叩かれたのはいつぶりか」

「そら叩くだろ」

「せやな」

 

私だって急に相手が指から醤油出したらびっくりして叩くかもしれない。

 

「この後は?いつもの修行?」

「そうだな。……いつも思うが、見たって面白くないだろ」

「まあ、暇だし」

「お前いっつもそれ言ってるな」

 

口癖だからね。

暇を持て余しているのが妖怪って奴なのかもしれない。

 

まもなく霊夢と巫女さんの修行が始まった。

修行はまあ……霊力操作だったり、針の投げる練習だったり、お札投げたり………結構ガチなのね。

驚くべきは霊夢の才能だろうか。

普通に霊力量が子供にしてはありえんほど多い。もうびっくりするほど多い、めっちゃ多い。

これが博麗の巫女って奴なのか……これに攻撃を全部無効化するとかいうバカ能力つけるんだから、もう敵う奴いないんじゃないかな。 

今のうちに友好アピールしておいて将来見逃してもらおう、そうしよう。

 

「親子っぽいし、師弟関係っぽい……」

 

霊夢は巫女さんを親のように思っているだろうし、師匠のようにも感じているだろう。

他人、知り合い、友達しかいない私にとっては羨ましい関係性だ。私も師匠とか欲しい。師匠にめっちゃカッコいい技とか教えてもらいたい、師匠にピンチを救ってもらいたい。

藍さんみたいな主従関係もあるのか。さとりんとお燐のあれは……まあ………ペットと飼い主だし……

イノシシは一応ペットなのに、ペットって気があんまりしないんだよなあ……考えてることわかるし、割と反抗してくるからか。

 

「そうじゃなくてこうだ」

「そうとかこうとかわかんない」

「こう、肘を曲げてな」

「さっきから曲げてる」

「そうじゃないんだよ」

「わかんない」

 

穏やかな光景だけど、これ妖怪を倒すための技術を磨いてるんだよね……私本当になんでここにいるんだ。

 

……私に友達しかいないのは私がそれ以上近づくのを止めているからか。

紫さんは、幻想郷は全てを受け入れるって言ってたけど、受け入れてくれるからって私が好き勝手していいわけじゃないんだろう。

異物には間違いないのだから。

……これ、私がいなかった場合霊夢の能力ってどうなってたんだろう。

生まれつき持ってるとか、そもそも持ってないとか……紫さんが他の方法で似たような能力を与えてるかもしれないし。

 

「どうせ私なんていてもいなくても変わらんか」

 

どうせ私が今までしてきたことだって、そもそも必要なかったり、他の誰かが補填してたりするんだ。

まあこの世界に居るからには、自分のできることはするつもりだけど。ら

 

「あ」

「あ」

「ん?」

 

二人が何やら間抜けな声を出したのでそっちに目を向けると、額に何か鋭いものが刺さった。

 

「ピュアアァアッアアッア!!?」

「すまん、手が滑った」

 

妖怪退治に使う針が私のおでこにぶっ刺さったらしい。体の中の妖力がぐわんぐわんと乱れるのを感じる。なんかもう気持ち悪すぎてその場をゴロゴロと転がりまくる。

 

「おあっあっあぁあっああおおあっ」

 

目が回ってきたので急いで針を額から引き抜く。

 

「なっ、何すんだコルァ!?」

「謝ったろ」

「謝って済む問題じゃないからね!?死にかねないからね!?」

 

ダメだこの場所危険すぎる…逃げなきゃ……

 

はうあっ!

霊夢から冷めた視線を感じる……!何やってんだこいつって思ってんのがビンビン伝わってくる…!

 

……成長したら結構キツイ性格になりそう。

りんさんしかり、巫女さんしかり、霊夢しかり。

博麗の巫女はそういう性格になる呪いでもかかってんのか?いや、私からすれば博麗の巫女っていう存在自体呪いのように思えるんだけど。

 

 

 

 

 

「酷い目にあった……疲れたし帰る」

「ご愁傷様」

「誰のせいだと思ってんの」

「私」

「おう素直じゃねえか」

 

離れたところから霊夢と巫女さんの修行を眺めて、それがひと段落ついたっぽいので帰ることにした。もうやだ針怖い。

 

「霊夢は?」

「中でだらだらしてる」

「まああんまり修行好きじゃなさそうだしね」

「私も嫌いだ」

「でしょうね」

 

りんさんってそういうのしてたっけ……いや、あの人毎日実践してたからそんなんしてる暇なかったのか、こわ。

 

「今更なんだけど、妖怪に対する嫌悪感とかないの?」

「……昔はあったな」

「あったんだ……」

「でもまあ、そんなもの持ってても生きづらいだけだしな。お前は?人間と接するのに抵抗ないのか?」

「私は………人間好きだから」

「変な奴だな」

「よく言われる」

 

次くる時は塩と胡椒と醤油と……味噌も、持ってくるか……



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なんやかんや続けてる毛玉

「こうか!それともこうか!ここがええんか!あぁん!?」

「………」

「あぁちょっまっ……あっ、あーあ、落ちちゃった」

「あなた……下手ね」

「………」

 

指から霊力を出すのをやめてその場に座り込む。

 

「はいはい、どうせ私なんて腕生やして妖力で相手を殴ることしかできない単細胞ですよ」

「よくわかってるじゃない」

「フォローしろや」

「にしても急にどうしたの?人形の操り方教えて欲しいなんて」

「いや……その……」

 

私は魔力を持っていない。

だが魔力糸のようなものを霊力や妖力で代用して使うことはできる。たまに使う氷の蛇腹剣はそれを使って作っている。

まあ、殴った方が早いんだけど。

魔力とそれ以外じゃ性質は違えど、人形を操ることはできなくはないとのことだったので、アリスさんに教えを乞いにきた。

 

その理由としては……

 

「……さっき魔理沙にバカにされて…悔しくて」

「ぶふっ」

「おい、笑うなよ、おい」

「いや……案外子供っぽいのねあなた」

「私の精神なんて子供以下だろ」

「それもそうね」

「否定しろや」

 

実際自分でもムキになりすぎだとは思ってるよ?

 

「で、どんなふうに馬鹿にされたのよ」

「えー?こんなことも出来ないのか?私でもできるのに?くっくっく……魔法の一つでも使えるようになって出直すんだな、まりも」

「あなたそんなのに怒ってんの?」

「おうそうだよ」

 

正直手が出そうになった。

まあ何でバカにされたかって、魔理沙がやたらと派手に破裂する魔力弾を作って、私がそれを真似しようとしてしょぼいのが出来て、バカにされた。

なんだろう、距離感は近くなったのかもしれないが生意気になった気がする。昔はあんなじゃなかったのに……そんなに昔でもないけど。そんなに付き合い長くないけど。

あ、でもこれ妖怪の尺度だから、人間基準だと………どうなんだ?

 

「それだけの妖力を持ってるのに人間の子供一人に馬鹿にされてそれを気にしてるなんて……そりゃあまりも妖怪って呼ばれるわよ」

「アリスさんのこと、人形ばっか使って友達もいない可哀想で大したことないやつ、私はすぐに追い越すぜあんな奴。って言ってたけど」

「ちょっとどっちが上なのか理解させる必要があるみたいね」

「まあまあまあ落ち着いて落ち着いて」

 

まあ、それだけ私たちのことを信頼してくれてると考えることにしよう。

私の姿……というより頭を見てビビってる人とか、まだそれなりにいるからね。種族とか関係なしに接してくれてるってのは嬉しいことではある。

それとして生意気過ぎだとは思うが。

 

まあそういう性格なんだろうし、成長したら落ち着くだろう。

大きくなってもあんなこと言うようだったら……その時はアリスさんと2人がかりで教育してやろう。

 

「ふぅ……アリスさんって、どのくらい戦えんの?」

「まあ、少なくともあなたよりは弱いわよ」

「私より強かったらびっくりするわ。…いや、驕ってるわけじゃなくて」

「そうよね、あなた自分の実力より一回りくらい弱く自分のこと評価してるものね」

「みんなが私の実力より一回り強く評価してるだけだよ」

 

自分のことを雑魚とは思っていないが……紫さん、勇儀さんに萃香さん、そして幽香さん。

あの辺の真の強者を知ってたら、到底自分を強いとは言う気はなくなる。

実際くっそ気持ち悪いりんさんの刀を使ってようやく倒せた奴とかだったり、まんまと相手の策にはまって片腕動かなくなったりしてるし、圧勝とかってなかなかないからなぁ。

 

「でも私の強さねえ……戦ったことほとんど記憶にないから、わからないわね」

「いざ戦うとなったらどうする?やっぱり人形?」

「そうねぇ……一応人形に武器とか持たせて特攻させたりするつもりではあるけど」

「酷い……」

「突っ込ませて爆発させたりもするけど?」

「惨い……」

 

自分の人形にさせることなのかそれは……

いやでも実際、アリスさんの人形を扱う技術ならそれでも結構戦えそうだ。本人はあまり使わないけど、一応他の魔法も使うことができるし。

人形は好んで使うってだけだ。

 

「でも……想像した感じ、結構地味というか、チマチマした感じになりそうだね。もっと高威力というか、破壊力のある奴ないの?」

「ないわね」

「ないのか………巨大な人形とかは?操れるなら結構いい攻撃手段になると思うんだけど」

「巨大な……いいわねそれ、考えておくわ」

 

デカいとはつまり強いということである。

萃香さんも巨大化して私を押し潰そうとしてきた。私がたまたま物を浮かせられたからよかったものの、他のやつだったらもれなくペシャンコになっていたことだろう。

普通の人形たちで小規模で地味な攻撃をしつつ、巨大な人形で一気に大打撃を与える。

まあいいんじゃないだろうか、いざとなったら盾にもなるし。

 

「…って、こんなこと考えても今の幻想郷じゃ、どこで使い所が出てくるか……」

「んまあそうだけどね。考えるだけ無駄にはならないでしょ」

「それもそうね……あなたは?何か増やさないの?」

「ん?そうだなぁ」

 

増やすって言っても、現状何か困ってることがあるわけでもないし……

 

「私結構氷で自由に物作れるしなあ」

 

剣だったり槍だったり。

形にこだわらなくていい壁とか、広範囲に氷を出して攻撃したり。

幽香さんの妖力と比べられるものではないけど、チルノの霊力の氷もかなり便利なのだ。その点はあのバカに頭が上がらない。

本人は自分の霊力って自覚なさそうだけども。

 

「私さあ、いざこう、何かカッコいい技とか考えてみようと思ってもついつい実用性ばっかり気にしちゃって……そのせいで思いついたの大体没になっちゃうんだよなあ」

「ある程度はロマンも必要よね」

「そりゃ必要だろうけどさあ……命のやりとりの中でロマンとか気にして死んだら、アホらしいにも程があるでしょ」

「何事も楽しむことが重要よ?あなたのあの剣もなんやかんやで使ってるじゃないの?」

「む………まあ」

 

氷の蛇腹剣、使ってるっちゃ使ってるけど……いくら考えても殴った方が早いと感じてしまう。

蛇腹剣というが、リーチを誤魔化す初見殺しみたいなもんだし。

爆破した方が早い。

 

頑張って練習して作った武器だから、愛着があるから使っているというのはある。

武器という時点でそれは長所ではあるのだけど……

 

「こっちの刀あるしなあ……」

 

凛……りんさんの刀。

 

「私もう慣れたけど、冷静に考えて刀持ち歩いてるのって結構物騒よね」

「そうだよなぁ」

 

昔なら武器を持ち歩く妖怪とか人間とか、いるっちゃいたからよかったけど…昨今では武器持ち歩いてたら危ない人扱いされるのだ。実際妖怪だから危ない人だし。

だから人里に行く時とか、人目につくときは出来るだけ目立たないように持ったりしてる。袋に入れて隠したりとか。

 

「あ、いっそ二本使えば?」

「……二刀流……か」

 

あり……なのか?

……二刀流って意味あんの?2本いる?1本でよくない?

いや片方の武器は防御に使ったりすればいいのか……でも片手で武器振っても力入らなくない?三刀流とかもう意味わかんなくない?

私剣術全然知らんからよくわからんのだけども。

 

「というか、一応あの人の形見なんだよこれ、ぽんぽん使っちゃダメでしょ」

「じゃあ氷の方だけ使っておきなさいよ」

「殴って妖力弾飛ばした方が強い」

「じゃあなんで使ってるのよ」

「ロマン」

「………あなたって面倒くさいわね」

「今更?」

 

そもそも剣とか物騒だよね、命取っちゃうもんね。

その点拳はいいよね、一発殴ったくらいじゃ相手死なないもん。

いや、妖力込めて全力で叩き込んだら死ぬかもだけど。

やっぱ拳だよね、素手格闘だよね、武器とか使ってられないよね。

私別に体術得意じゃないけど……

 

「私って妖力と再生力しか持ってないんやなって思う」

「今更?」

「昔っから思ってるよ」

 

そもそも私がするべきなのは、戦って生き残るための努力ではなく戦わなくて済むようにする努力だと思う。

 

「まあそのままでも十分戦えてるしいいんじゃない?」

「いつどこで大妖怪と戦闘になるかわからんし」

「そんなものとよく遭遇してるあなたがおかしいのね」

「失礼な、幽香さんとはまだ戦ってないぞ」

「……どっちが勝つのかしら」

「怖い妄想すんな…」

 

そりゃ幽香さんでしょ……

私があの人に勝てる未来見えないんだけど……文字通り消し炭にされる。てかあの人怖いんだけど。戦闘になる前に全力で命乞いするぞ私は。戦闘になっても全力で逃げるぞ私は。

 

「あなた殺すだけなら簡単なんだけどね」

「物騒なこと言うな」

「即効性の強い毒で瞬殺よ瞬殺」

「本当にやめろよ、てか人に言うなよ、マジで」

 

毒は私の1番の弱点と言ってもいい。下剤とか飲んだ暁にはどうなることやら……考えたくもない。

 

「……毒耐性とか……得られるかな……」

「できるかわからないし、やるとしても地獄を見るわよ」

「攻撃くらわないように努力する方がマシだわ」

 

まあ妖怪たるもの、一つくらいわかりやすい弱点があるもんだろう。

ほら、吸血鬼は日光とか、河童は皿とか、鬼なら……豆?

私の場合は毒って、そういうことにしておこう、うん。

 

………やだなあ、毒。

 

 

 

 

 

 

 

なんとなく人形を操る練習を再開してみる。

 

「………無理!もうやだ諦める」

「……まあ1日で人形を浮かせられるようになったんだから、早い方なんじゃない?そもそも霊力で糸を作らないとスタートラインにすら立てないわけだし」

「今思ったんだけど」

「うん?」

「普通に私の能力で浮かせば楽だったじゃん」

「………」

「………ね?」

「確かに」

 

どうやら私たち二人はアホみたいだぜ……

 

「ところで魔理沙の様子は?どう?」

「あなた煽られたんじゃなかったの」

「いや、それはそうだけど………思い出したら腹立ってきた」

 

人形ちょっとは動かせるようになって見せに行っても、どうせあいつ鼻で笑うんだろうなあ……

 

「私よりアリスさんの方がよく会うでしょ?だから」

「まあ元気よ、生意気だけどね」

「魔法の方は?」

「あの子随分と努力家みたいで、子供のくせして結構上達早いのよ」

「まあその辺は私たちと時間の使い方違うんだろうさ」

 

寿命が違うからね。

多分そのことは本人も理解してて、精一杯努力しなきゃいけないと感じているんじゃないだろうか。

 

「本は返してくれないけど」

「……まあ、使ってないんでしょ?」

「魔導書って魔法使いにとっては宝物よ?使ってないのは事実だけど」

「使ってないものを置いておくより、使ってくれる人に渡した方がいいでしょ」

 

まあ借りたものを返さないダメな大人に育つのはいただけないが。

 

 

 

 

「………魔理沙って同年代の友達いるのかな」

「いないんじゃない?いたとしてもしばらく人里には戻ってないみたいだし、会ってないんじゃないかしら」

「だよなぁ……」

 

私は本人からしたら友達みたいな感覚らしいが、周囲の人が……いやもう人じゃなくて人外しか身の回りいないって状況はこう……成長によろしくないと思う。

 

「人間の友達って必要だと思うのよ、同じ歳くらいの」

「そう?別にいらないんじゃない?」

「いるって。人間はそういうもんなの、対等な存在が必要不可欠なの。特に子どもは」

「まあ、魔理沙に友達作ってやりたいってのはわかったわ。でもどうやって?本人は人里に戻る気はまだないみたいだし、人里の外に人間がいるわけでもないでしょう?」

「いる」

「え?」

「それも同い年くらいのが」

「………誰」

 

アリスさんがすごい訝しげな表情でこちらを見てくる。別に私嘘言ってないし。

 

「次代の博麗の巫女」

「………」

「………」

「……あぁ、そういうこと」

 

なんか一人で合点がいったみたいだ。

 

「最近来る頻度減ったり、何かの帰りに立ち寄ったりしてることが増えたなと思ったらあなた、そんな奴と……」

「丁度同い年くらいだしさ、多分あっちも友達いないし良いと思うんだけど、どう?」

「どう?って、私別にあの子の保護者でもなんでもないわよ?本人が良いなら好きにしたら良いじゃない」

 

そういやそうだった。私よりアリスさんの方が会ってる回数多いってだけだった。

 

「全く……地底と地上を行き来したり、妖怪の山と繋がってたり、妖怪の賢者と会ってたり……挙句今度は博麗の巫女?あなたって本当に……」

 

まあ自分でもそうは思うが。これも暇と言い続けて数百年、いろんなところに足を運んだ結果だと思う。

知り合いは多いに越したことはない。

 

魔理沙は引っ張ってでも連れていくとするが……霊夢と魔理沙、気が合うかなあ。

というかまず巫女さんに許可取らんといかんのよな……許してくれるだろうか。

博麗の巫女は他の人間と関わっちゃいけないとかそんな変な掟でもなけりゃあ、別にいいと思うんだけど。

 



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結局巻き込まれる毛玉

「子供って……元気でいいね」

 

外で双方飛び回り弾幕を飛ばしまくる霊夢と魔理沙を見てそう呟く。

 

「どうした急に」

「いや別に」

 

何があったか、それは10分前のこと。

魔理沙を博麗神社に連れてくる。

魔理沙が霊夢を煽る。

霊夢も魔理沙を煽る。

キレる。

で、弾幕を飛ばしまくるってわけ。

 

「子供ってさあ、バカしても誰かが後始末してくれるわけじゃん、尻拭いしてくれるわけじゃん。いいよなぁ」

「………まあ、そうなんだろうな」

 

魔理沙は箒に乗って、霊夢は能力で空を飛んで、大人顔負けの空中戦を繰り広げている。いや、普通の大人は空飛ばないけども。

 

そういや霊夢は『空を飛ぶ程度の能力』を得た。

私と霊夢を寝かせて、その間に紫さんがちょいちょいっとやったらしい。

気付いたら昼前から夜になってたから、それなりに時間かかった……のかな?基準がよくわからないけど。

でもそのあと帰ってから体がだるくてぼーっとする時間が増えた。まあそれも数日で治ったから些細なことだけど。

 

「子供は成長早くていいよなぁ、魔理沙は努力してるけど、霊夢なんか次会った時にはもう普通に空飛んでたもん、自由自在に旋回とかしてたもん。いいなあ子供って」

「………お前も見た目子供だろ」

「成長したくてもできないんだなこれが」

 

子供には大人っていう成長先があるから子供なのであって、私の場合その成長先が何百年経っても見えてこない。

ってことはそれもう子供って言えないじゃん、私からしたらこの姿が大人なわけだ。

つまり私は生まれながらに大人ってわけ、子供時代なんてなかった。

 

私もルーミアさんみたいに背伸びないかなあ……

 

「にしてもあの魔理沙っての、やるな」

「巫女さんから見てもそう思う?」

「あぁ、ただの人間、それも子供にしちゃあよくやってるよ」

 

流石に空を飛ぶのは箒に頼ってるけど、それでも空を飛んでるのには変わらない。

まあ本人普通に空飛ぼうと思えば飛べるらしいけど。

なかなか安定しないのと、箒使った方がカッコいいんだそうな。

まあその方が魔女って感じするもんね、わかるよ。

 

「あの手に持ってるのも相当な代物だな」

「手?あぁ、ミニ八卦炉」

 

そっか、もうあの二人はあれの調整終えたのか。

アリスさんにとんでもないのをぶちかまされた経験があるから少し心配だったけど、まあ見る限りでは本人も上手く扱っているので上手いこと調整できたのだろう。

 

星形の流れ弾が神社の方へと飛んでくるが、見えない壁のようなものに触れて光の粒になって消えた。

 

「ちゃちゃっとこの神社を覆う結界作るあたり、流石は博麗の巫女って感じだね」

「まあ結界は得意分野だからな、博麗の」

 

別に結界術に詳しいわけじゃないけど、この結界がどれほど丈夫なものかはわかる。

多分私が割と本気で殴ってもヒビしか入らないほどなんじゃないかな。

……ヒビを入れる私っておかしい?

 

まあ今まで相対してきた人間たちの結界は殴ったら簡単にパリンっていってたので、やっぱり巫女さんは凄いということだ、うん。

 

「………よくよく考えたらこの状況、私結界に閉じ込められてるんだよね」

「そうだな」

 

これが敵対してる相手の結界だったらかなり危ない事態になってるんだけども。

自分の身を守る結界だけじゃなくて、封印結界とかいろいろあるしね。もしこれが封印結界だったらとんでもなくやばい状態だった。

 

「霊夢は?その後どう?」

「見ての通りだ、今や飛行はお手のものだよ」

「あれは?あの、能力使った凄い術」

「あれは?って、あれに限らず基本博麗の技は秘術だぞ、他人のお前に言うわけないだろ」

「そりゃそうだけども……能力の元は私なわけだし、気になるじゃん」

 

別に教えてくれなかったらそれはそれでいいんだけども。退治する対象に技のこと教えるのもおかしな話だし。

別に全然教えてくれなくていいしぃ?

 

「………はぁ、あれは過去に開発した本人しか会得できなかった技だ、そもそもまだ習得する修行の段階ですらない」

「あ、そうなのね」

 

誰にも負けない巫女を作る。

それをするためにはその技を習得するのが1番重要だって話だし、いつかは絶対にやらなきゃいけないんだろうが。

そもそもそんなに絶対的な強さの巫女を作ることが必要なのだろうか、私の目には別に今のままでも十分安寧を保ってると思うんだけど。

 

まあその辺のことは賢者のお偉いさんにしかわからんのでしょう、私みたいなヘンテコなやつにゃわからんのです。

 

「ま、まだ子供だしじっくりやってくか」

「……じっくりやってる暇なんてないんだがな」

「ほえ?」

「私だっていつまでいっしょにいられるか……」

「…そういうこと言わない」

「……そうだな、忘れてくれ」

 

あの人の顔がチラつく。

何百年経っても鮮明なあの人の顔が、脳裏に焼き付いて離れないあの顔が。

巫女さんもいつかりんさんみたいに……

 

考えるのはよそう、辛いだけだ。

 

「そういやお前って家族いるのか?」

「私?天涯孤独の毛玉だけど」

「そりゃそうか、毛玉が毛玉産むわけじゃねえ……し……?」

「……ん?」

「……冷静に考えて、お前毛玉なわけないよな」

「いや毛玉ですが?紛うことなき毛玉ですが?」

「だって普通の毛玉手足ないし」

「私は普通じゃない毛玉ってことでしょ」

 

毛玉は自然発生する精霊みたいなもんだけど……

そもそも毛玉ってなんなのだろうか、と考え続けて数百年、未だ答え出ず。

 

「いやでも、毛玉……お前が?」

「疑うならほら」

 

毛玉フォルムに一瞬なって証明する。

 

「ほら、毛玉でしょ?」

「化ける妖怪なんて珍しくないしなぁ…そもそも毛玉は妖怪じゃねえし」

「私は妖怪毛玉ですよえぇ」

 

自分の存在なんて考えるのは飽き飽きしてる。

だって考えても答え出ないんだもの、私お得意の思考放棄だ。これで今まで生き抜いてきた。

 

「そもそも霊力と妖力持ってる時点でおかしいだろ、普通は有り得ない」

「私は普通じゃないってことでしょ……諸事情あるの、色々あるの」

 

妖怪退治の専門家からしても私はそんなに珍しいものなのだろうか。

うん、頭もじゃもじゃの妖力だけバカ強い再生力がおかしい霊力と妖力を持ち合わせて義手から醤油出す自称毛玉のまりも妖怪なんて珍しい要素の塊みてえなもんだったわ、そういやそうだった。はっはっは、はぁ……

 

「……それにしても割とすんなり話聞いてくれたよね巫女さん」

「何が」

「霊夢に他の人間の子供会わせるって話」

「あー……まあ、あいつにも友達は必要だろ。真っ当な人間の」

「真っ当……?箒で空飛んでるのが真っ当……?」

「異常者の友人は異常者にしか務まらないさ」

「霊夢と魔理沙のこと異常者って言ってる?」

「そうだけど」

 

まあ実際普通の人間に比べたら異常なんでしょうけれども。

 

「いって!くっそぉ……」

「フッ、いい気味ね」

「んだと!?今に見てろよこの野郎!」

 

魔理沙が箒から落ちて地面に落下した。

普通あの高さから落ちたら大怪我だと思うんだけど、そこは魔法使い、なんかよくわからんけど落下の衝撃を軽減してるみたいだ。

またすぐに箒に乗って霊夢との撃ち合いを再開した。

どうやらお互いの被弾数で競ってるみたいだ。

 

今ので霊夢0回、魔理沙2回か……

 

「強いなあ霊夢」

「そりゃあ私の弟子だからな、あんなガキにゃ負けないさ」

「……それはどうかな?魔理沙だってやるよ」

「いーや霊夢には敵わない」

「いやいや魔理沙もなかなか」

「いや霊夢の方が」

「いや魔理沙の方が」

「やんのかお前」

「やってやろうじゃねえかこのやろう」

「はいそこまでー」

 

私と巫女さんがガンを飛ばし始めると、突然どこからともなく現れた紫さんが、私と巫女さんの間に割って入ってきた。

 

「親バカみたいなこと言ってんじゃないわよ貴方達…」

「我が子は可愛いもんだろうが」

「そーだそーだ」

「いや実の子でもないでしょう……」

 

 

 

 

 

「それで、何しに来たんだ?面倒ごとはごめんだぞ、紫」

「少し話をしに来ただけよ」

「面倒ごとはごめんって言ってるだろうが」

「え、何?私の話って面倒ごとなの?嘘……」

 

あ…なんか傷ついてらっしゃる。

まあ紫さんが持ちかけてくる話大概面倒だと思う巫女さんの気持ちはわからんでもない。

 

「私の話は面倒……」

「あ、あー、その紫さん、それで話ってのは?わざわざ伝えにくるってことは大事な話なんですよね。……あ、これ私席外した方がいいやつ?」

「……いや、あなたにも聞いてもらうわ。そのためにわざわざ一緒にいるところを訪ねてきたのだから」

「あ、そうなんすか」

「ほら面倒ごとだ」

 

割とスパスパ紫さんにもの言える巫女さん、やっぱりすげー胆力だな……いや、博麗の巫女が妖怪に対して気を遣っちゃダメなのか。

 

「で、話ってなんだ」

「面倒ごとなのに聞くの?」

「聞かない方が後で面倒だろうに」

 

あ、これ紫さん気にしてるな……まあ日頃の行いってことだろう、うん。

 

「………私はここ数十年、幻想郷の結界外の勢力について少しずつ調査してきたわ」

「結界外……まだいるんすね、外にも妖怪とか」

「まあ、一定数はね。まだ信仰されてる神とかもちらほらといるわ」

 

まあ、要はその存在が否定されていなければ妖怪やら神やらはこの幻想郷の外でも存在することができるんだ。まだそういうのがいてもおかしくはないか。

 

「で、問題はその結界外の勢力なのだけど」

「来るのか」

「え、来るの?」

「えぇ、来るわね」

「だろうな」

「来るんだ……」

 

一体どんな奴らなんだ……どこからだろう?そもそもこの幻想郷自体どのあたりか私は知らんのだが。

沖縄とか北海道とかから来るかな?それならちょっと楽しみ。

 

「どこから来るんです?そいつら」

「そうねえ……ヨーロッパとかその辺かしら」

「ヨーロッパァ!?」

「ん?なんだそれ」

 

ヨーロッパという単語を知らない巫女さんだけ聞きなれない単語に首を傾げている。

いやしっかし、てっきり日本国内だと……まさか海外とは……って待って?

 

「え、なに、ヨーロッパからここまで来るの?遠いよね?」

「まあヨーロッパって言っても大まかな妖怪の分布の話だから、かなり大雑把になるけどね」

「徒歩でくんの?」

「そんなわけないじゃない……転移魔法とか、そんな感じの大規模なものを用意してるみたいね。あまり詳しくないから確証は持てないけれど」

 

あ、そう、転移魔法………まあそりゃそうか。ヨーロッパの妖怪とかが軒並み空飛んで日本に来たらもう日本中大パニックだが。

……ヨーロッパの妖怪?

 

「……その妖怪たちって、例えばどんなのが……」

「まあ、一言で言うと吸血鬼と愉快な眷属たちって感じね」

「あぁ……さいですか……」

 

吸血鬼……ですか。

ヴァンパイア……ですか。

 

あの、蝙蝠になったりする、血を吸うやつ。

 

「こわ……こわぁ………」

「…?紫、こいつがこんなになるくらいその吸血鬼って奴らは凄いのか?」

「いや、毛糸なら普通に殴り勝てると思うけど」

「殴り勝てるかと怖くないかは別問題なんですよ……」

 

吸血鬼……吸血鬼……?

いやでも……よくよく考えたらこの世界……見た目美少女な妖怪ばっかじゃない?

妖精から妖怪の賢者にいたるまで女性ばっかりじゃね?

そう考えたら吸血鬼も力強いやつは女性なんじゃね?

 

なんか怖くなくなってきたわ。幽香さんとか勇儀さんとかの方が随分怖いわ。

 

「で、そいつらはどうするつもりなんだ?存在が消えそうなので幻想郷に入れてください……そうはならないだろう?」

「えぇ…残念なことだけど、奴らはこの幻想郷に攻め込んで支配するつもりよ」

「支配ねえ……」

 

バカじゃねーの。

いくら私でも名前を知ってるほどの妖怪、吸血鬼でも、この幻想郷の頂点に立つ真のヤベーやつらを下す気でいるとか……片腹痛いぜ!

 

「でも攻めてきたら妖怪たちで反撃すればいいだけですよね」

「それがそうもいかなそうだから困ってるのよ」

「はい?」

「あなたも感じてるんじゃない?最近の妖怪たちのこと」

「最近の妖怪?……まあやる気というか、覇気がないなぁとは思わなくもないですけど」

 

確か人間を襲っちゃダメみたいな御触れを出されてみんな萎えてるんじゃなかったっけ。知り合いの妖怪に人間を積極的に襲うやうそんなにいないからあまり感じないけど。

 

「そんな気力のなくなっている妖怪たちに突然、外部からこの幻想郷の支配を企んでる輩がやってくる、なんて出来事起こると…どうなる?」

「……テンション上がりますかね」

「つまり?」

「吸血鬼側についちゃう?」

「正解」

「あっちゃー……」

 

私がいうのもなんだが、妖怪ってバカだね!ほんとバカ!

 

「まあ相手の詳しい動向は今後も探っていくけど、数年後には幻想郷とそいつらが戦ってると思ってくれていいわ」

 

なんともまあ物騒な話だが……まあ幻想郷のみんなは逞しいし、きっとなんとかしてくれることだろう。みんな頑張れ、私は応援するぞ。

 

そんなことを考えていると、突然紫さんが私の肩に手を置いた。

 

「はい?なんです?」

「期待してるわよ」

「………」

 

えーと、最後に本気で戦ったのはいつだっけ。

えーと、えーと……結界張った直後くらい?

……まあ、それなりに平和が続いた方じゃないかなあ。

 

よーし、頑張るぞー………

 

「はぁ………」

 

そういえば被弾数は

霊夢3回、魔理沙5回になっていた。

魔理沙頑張った。



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ちゃんと一回考えてみようと思った毛玉

「……新聞?」

「はい、そうです」

「ふーん……」

 

最近行ってなかったからと、妖怪の山に遊びに行ってみるとちょうど文と出会い、そのまま雑談になった。

どうやら文は新聞を作りたいんだそうな。

というか、情報収集の一環らしい。こそこそ色んなこと嗅ぎ回るのもなんだから、取材という名目で情報を集めるらしい。

 

「新聞かあ……自分の足で取材すんの?」

「そうですね、せっかく幻想郷の中でも上位の飛行速度を持ってるので、色んなところを飛び回って行こうかと」

「そういやお前めっちゃ早かったなあ……」

 

何度か文の本気の飛行を見たことがあるが、そりゃもうべらぼうに早い。私がいくら全力を出しても追いつかないくらい。

 

「しっかし…あの仕事抜け出しまくってた文がこうもやる気出すとは」

「性に合ってるならちゃんとやりますよ」

「捏造とかすんなよ」

「保証しかねます」

「すんなよ……?」

 

新聞かあ……出来上がったなら読ませてもらおうかな。

暇つぶしくらいにはなるだろうし……

 

「………ん?」

「どうかしました?」

「いや、今なんか見られてるような気が……気のせい?」

「あ、それ気のせいじゃないですね、同僚のせいですね」

「同僚?」

「念写できる奴がいるんですよ、姫海棠はたてって言うんですけど、多分そいつですね」

 

念写だと……それってつまり、私のあんな醜態やあんな姿も撮られる……ってこと?

プライベートの侵害だぞ、こら。

 

「ちょっとそいつ締め上げていい?」

「その言葉をそのまま伝えてきますね、多分それで怖がってもう毛糸さんにはやらないと思いますが……」

「ついでに目ん玉ほじくり出すぞこの野郎って言っといて」

「怖いですね……まあ言っときますけど」

 

好き勝手念写するなんてふてぇ野郎だ、私の醜態が晒されようものなら潰す。容赦なく潰す。

 

「毛糸さん、結構そういう、視られてる系に鋭いですよね」

「ん?そう?」

「椛も最初に毛糸さんを見た時に気づかれたって言ってましたよ」

「うっそん……覚えてないわ」

 

……でも、確かに。

なんか何かに見られてるような感覚ってのはよく感じるけど。

そういうのって大体紫さんだと思ってるからなあ……あの人に面と向かってやめてくれとは言えないし、諦めてるところはある。

 

「あ、そうだ。せっかくだし取材させてくれませんか?」

「今から?」

「今から」

「やだ」

「でもどうせ暇を持て余してますよね」

「……はいはいわかったよ」

「ありがとうございます」

 

今更私に聞きたいことなんてあるのか?それなりの付き合いだし、今更取材とか言って聞くようなことないでしょうに。

 

「じゃあ場所を変えて、落ち着いて話をしましょうか」

 

 

 

 

 

 

連れてこられたのは居酒屋だった。

 

「お前昼から酒呑むの?」

「いや、流石に呑みませんよ……とりあえず適当につまみながら話しましょう。最近落ち着いて話することなかったし、聞きたいこと結構あるんですよ」

「あ、そうなの」

 

文と私は机を挟んで向かいの席に座る。

とりあえず文に適当に注文させて、私は出てきたものをもらうとしよう。

思えば人里でもこういう店には入らないなあ……甘味処とか甘味処とか甘味処しかいかないなあ。

饅頭もいいけど団子とかもやっぱりいいよね、うん。

でも私は本当はチョコが好きだよ、いつか食べたいな、チョコ。

 

「それでは早速……最近人里に結構出入りしてますよね」

「そだね、まあ買い物とか、慧音さんと話しつけたりとか、いろいろしに行ってるよ」

「人里で不穏な出来事とかないですか?私も人里入ろうとしたことはあるんですけど、門前払い受けちゃって。信用ないみたいで、仕方なしに忍び込んだりはするんですけど」

「何してんのお前。……まあ特にないと思うよ?強いて言うなら妖怪の山の鴉天狗がコソコソと侵入してるくらい」

「え、そんなことしてる奴いるんですか?同じ鴉天狗として許せませんね!」

「………」

 

腹立つなこいつ。

まあ人間に敵意のない妖怪は結構人里に入ってたりするけども。人里の人間からは少し、妖怪の山への恐れのようなものを感じなくもない。

 

「お金とかはどうしてるんです?」

「河童と人里の仲介役になって楽して儲けてる」

「はっきりといいますね、楽してるって」

「別に、大した金は持ってないよ」

 

本当にただ間に立ってるだけだし、小遣い程度の金しか入ってこない。

まあ使い道が食べ物くらいしかないから溜まっていくんだけども。

魔理沙のお父さん…霧雨さんからもらったお金には手をつけてない。あれも結構な額だったが、まあ使う気にはなれない。

将来、魔理沙がお金に困るようなことがあれば魔理沙に渡そう。多分その方がいい。

 

「人里とは良好な関係を築けてる感じなんですね」

「子供たちに、まりもさんだ〜、遊んで〜、って言われるくらいにはいい関係だよ」

「……あ、はい」

 

その度に毛玉だと訂正する私。

直さない子供

諦める私。

だいたいいつもこれである。

 

「なあ、文よ。私はそんなにまりもかな」

「これってはい、って言ったら殴られる系の質問ですか」

「うん」

「はい。いてっ」

 

デコピンをしておいた。

この世界の住人のまりもの認知度はどうなっているんだ、なんでその辺に浮いてる毛玉より探しても見つからないまりもの方が有名なんだよふざけんな。

 

「人里も特に変化はないし、聞いても面白いことないよ?」

「それもそうですね。じゃあ次の質問です」

「……お、おう」

 

少し、文の眼差しが鋭くなった気がした。

 

「博麗神社で何をしてるんですか」

「………見られてた?」

「そりゃあもう、あれだけ足を運んでいれば嫌でも目に入りますよ」

「そんなに?」

 

まあ確かに、最近は人里と魔法の森と博麗神社に通うことが多いけど……あ、他の天狗の目に入ったりするのか。

能力とかで見られてるのはなんとなくわかるけど、普通に見られてるのは気づかないとはこれいかに。

 

「博麗神社には博麗の巫女がいるはずですが、そこで一体何を?」

「何をって、別に私は………」

 

あれ。

 

「…どうかしましたか」

 

これ私……あかんやつでは?

私がやってることは、妖怪にとって天敵となる博麗の巫女、それが強くなるのに手を貸してるようなもので……それってつまり、妖怪たちからしたら私の行動は………

 

……さっき文の目が変わったのはそういうことか。

 

「どう言ったもんかなあ………」

 

博麗の巫女と一緒になってその後継の面倒を見るとか、そんなの普通の妖怪からすれば敵対行為にも等しいじゃないか。

さてどうする……

 

文の感じから察するに、私が何をしているのかはもうバレてる感じがするな……となると嘘はつけない。というかつきたくない。

今までずっと仲良く付き合ってきたんだ、今ここで嘘をついて仲違いなんてのはごめんだ。

 

「……私は…」

「まあ、おおよそ見当はつきますけどね」

 

やっぱりバレてるようで。

 

「毛糸さん、いくらあなたと言っても、この妖怪の山と敵対し、害をなすものと判断されたなら———」

 

身を乗り出してこちらに顔を近づける文。

 

 

 

「———その首、掻き切りますよ」

 

 

 

自分と合ったその目から視線を外せない。

文の瞳に映る自分の顔が目に入る。

 

「ご注文の枝豆でーす」

「あ、どうもー」

 

何事もなかったかのように席に戻って枝豆を食べ始める文。

途端に自分の鼓動が早まっていたのを感じる。

短く息を吸って、吐いた。

 

「………」

「……やだなあ、冗談ですよ、冗談」

「今のを冗談で通すには無理があるぞ……」

 

明らかにマジトーンだったんですが……

 

「そんなことしないことくらい、わかってますよ。毛糸さんのことはよく知ってるつもりです。ちょっと吹っかけてみただけですって」

「………私は…なんていうか……」

 

言葉が詰まる。

というか頭の中変なことしか思いつかない。

さっき枝豆頼んでたんだとか、普通に怖かったとか。

 

「…とにかく、私は文たちとは敵対しない。それだけは約束する」

「……そうですか」

 

私の行動、少し考えなしだったかな。

紫さんに頼まれたから、特に何も考えずに了解して……

 

「………」

「………」

「気まずい感じになっちゃいましたね」

「本当だよ」

 

いや私が悪いんだけどもね…?

紫さんが考えていること、やりたいこと。

大体はわかるけど、全部はわからない。

ちゃんと説明はしておきたいんだけど、そうするとどうしても憶測が多くなってしまって……

 

「いやまあそもそも毛糸さんの首をそう簡単に取れると思ってませんけどね、はっはっは」

「寝首とか掻こうと思えばいつでもできるでしょ……」

「だから冗談だって言ってるじゃないですか」

「冗談じゃなかったよ、マジのトーンだったよ、結構殺意があらわになってたよ、怖かったよ」

 

冗談にせよ、そうじゃないにせよ、心臓に悪いのに変わりはない。

親しい相手から向けられる殺意って格別だなぁ…………

 

「なんか、すみません」

「私が悪いんだしいいよ……しばらく寝れなくなりそうだけど」

「やりすぎでした…?」

「悪いの私だし………」

「いやこれ私やりすぎた感じですよね。いやあの、私も本当は結構抵抗あったんですけど、毛糸さん強いから別にこのくらい強く出ても大丈夫かなーと………いやほんと、すみませんでした」

「特に何も考えずに好き勝手した私が悪いんだしいいよ別に……」

「そ、そうですか……」

 

なんか文との間に距離を感じる……

私別に強くないし……体の傷は治っても心の傷は簡単には治らないだけだし……

私のメンタルが弱いだけだし。

 

「でもほら、ちょっとは耐性つけたほうがいいですって。睨み返す練習くらいはしたほうがいいと思います。じゃないと舐められますよ?」

「舐められるくらいでちょうどいいし………」

「あーと、ほら、さっきのお返しに私のこと存分に睨みつけてください。暴言吐いちゃってもいいんで!」

「えー………」

 

私のこと励まそうとしてくれてるのはわかるけど…そんな気を使わなくてもいいのに。だって私が悪いのはわかるんだけど。

 

まあここは応えるべきかな……えーとなんだ、睨めばいいんだっけ。

精一杯の憎しみとちょっとだけ妖力を漏らして……

 

 

「——殺すぞ」

 

 

うーん……感情を抑えきれなくなった時ほどの迫力は出てないよなぁ。

いやまああの時は完全に殺意と憎悪に染まってたからであって……落ち込んでる今やってもあの時には遠く及ばないか。

 

「……顔は怖かったです」

「髪か、髪が悪いんか」

「髪ですね……髪のせいでどうしても気が緩みます。あと暴言って言って殺すぞは安直ですね」

「ぶっ飛ばすぞ」

「そのくらい軽い感じで言ってる方が似合ってますね!」

「翼もぐぞ」

 

いいし……別に敵を威圧することなんてないし…緩くたって別にいいし。

むしろ緩い方が印象いいし、そっちの方が幸せだし。

 

「調子戻ってきましたか?」

「ちょっとは……」

「ほら食べてください、美味しいもの食べるのが1番元気出るんですから」

「食欲ない……」

「……面倒くさいですね」

「………それを言うな」

 

ここの居酒屋の料理美味しくてその後普通に食べた、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………一つ言っておきたいことあるんだけど」

「罵詈雑言なら結構です」

「ちげーよ」

 

ちょっと言いたいけども、悪口言いたいけども。

 

「簡潔に言うと……幻想郷の外からヤベー奴攻め込んでくるから備えておいてね」

「………」

「………」

 

どうやら簡潔に言いすぎたらしい。

まあ前置きとか全部すっ飛ばしたしそりゃあそうか。

 

「………えーと……どこ情報です?」

「紫さん」

「確かな情報筋きましたねこれ……にとりさんが前に言ってたのって、もしやこれなのでは……」

 

結界が張られた後に私がにとりんに戦いが起こるかもしれないって伝えた話か。あの時は藍さんからだったけど。

 

「えーと、まあ、了解しました。毛糸さんはどうするんですか?」

「どうなるんだろうねえ………」

 

多分紫さんにこき使われて、前線で戦わされそう……じゃなきゃ期待してるなんて言われないでしょ。

別にいいんだけどさ、頼まれたなら引き受けるつもりだし。

……こういう考えなしにOKしてるから今回みたいなことになるのかな。

 

「まあどうなるかはまだわからんけど………死なない程度に頑張るつもりではあるよ」

「また無茶するんでしょうねぇ……」

「しないしない」

 

多分。

というか好きで無茶してるんじゃないし、無茶せざるを得ない状況だから仕方なしに無茶してるだけだし。

 

「とりあえず、博麗の件は目を瞑っておきます。毛糸さんを信用しての判断ですので……頼みますよ?本当に」

「だ、だいじょーぶ……多分………」

「多分じゃ困るんですけど……」

「……私は妖怪と人間が仲良くなってほしいと思ってるからさ。私も今やってることがきっとそれに繋がると思ってる」

「……まあ、冷静に考えて妖怪の賢者が絡んでるんだったら、賢者がめちゃくちゃなこと許しませんよね」

「最初から冷静に考えててくれない?」

 

………まあ、これからはどんなことも一度はちゃんと考えて、行動に移そう。

巫女さんとも文たちとも敵対はしたくないからね。

 



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全然休めてない引きこもり河童

「どうも、にとりさん」

「ん、おはようるり」

 

いつものようににとりさんの作業場に移動する。

私は他人と一緒に作業できないから、自分の部屋で作業するか、にとりさんの手伝いをするかの二択になっている。

 

「今なにしてるんですか?」

「毛糸の義手の調整、その後は印刷機の耐久性確認とか……まあ、色々だね」

「義手はともかく、印刷機?」

「鴉天狗が新聞出すから大量に必要なんだとさ」

「へぇ……」

 

話は前々から聞いていたけど、新聞かぁ。

よくわからなかったからにとりさんに聞いたら、あることないことをめちゃくちゃに脚色して一目を引こうとするんだと。

まあその話がどれくらい正しいのかわからないけど、自分のことだけは絶対に取り上げないでほしい。

妖怪の山一の引きこもり河童とか書かれたら溜まったものじゃない………もしそんなことされたら死んじゃうかも……

 

「顔青いよ?大丈夫?」

「…へ?あ、はい、なんでもなくはないです」

「また変な考え事してたな?」

「まあ……はい」

 

自分で勝手に妄想して勝手に苦しんでるのは否定しないけど、そういう性分なのだから今更直せない。

 

「……というか、毛糸さん三本とも預けて行ったんですね」

「また明日取りに来るんだってさ。1日くらいなら片腕なくても平気だって言ってたよ」

「あの毛糸さんが片腕無くすなんて……地底でなにがあったんでしょうね」

「まあ、確かに今まで散々あの再生力を見せつけられてるからね。試してみてないだけでもう治ってるんじゃないかとも思うけど」

 

あの人、腕なんていくらでも生えてくると言わんばかりだったし……実際いくらでも生えてきたけど。

 

「とりあえず手伝ってよ、そっちの義手の調整任せてもいいかな」

「わかりました。………ってこれ調味料いっぱい入ってるやつじゃないですか……」

「宴会芸用の義手だね」

「ありましたねそんなの……ってかあの人宴会でないじゃないですか」

「確かに」

 

宴会芸用義手………親指から順に塩、胡椒、醤油、砂糖、みりんが出てくると言う、作った人の正気を疑う代物。

もはや料理用義手、作ったのにとりさんだし。

 

「………この減り方見る限り、あの人本当に料理する時にこれ使ってますね」

 

手から出てきた調味料を使った料理とか食べたくない……

 

「まあ宴会で使うにしてもいつ醤油とか出すんだよって話だし」

「案の定手首から噴射されるきゅうりの香水とか、その他もろもろとか全く減ってないですし……」

「もうこれ料理用義手に名前変えたらどうです?」

「そういや毛糸、持ってくるときに思いっきり料理用って言ってたなぁ」

「もう料理用ですよそれ、本人が言ったらもうだめですよ」

 

とりあえず、調味料は減った分だけ補充しておく。

流石に普段使いはしないやつだからか、部品の劣化とかは特に見られなかったし、動き方にも問題はなかった。

 

「結構丁寧に使ってるんですね……」

「まあこっちの日常生活用と戦闘用のやつはそれなりに傷がついてたりするけどね」

「あの人のことだから、ぶっ壊して部品とかばらばらにして持って帰ってくるかなと思ってたんですけど」

「ばらばらじゃないけど、動かなくなる寸前までぼろぼろになってたことはあったな」

「あぁ、あの鬼の四天王と戦ったっていう……」

「ほんと、どうかしてるよなぁあいつ」

 

なんというか、哀れというか……本人はそういう強者との出会いを全く望んでいない。

本当にただの偶然でそういう人たちと出会ってしまっているのだ。

やたらと知り合いにとんでもない人が多いことを考えると、そういう運命なんじゃないかとすら思えてくる。

 

「……そういや、戦闘用の義手の改造の注文が来てたな。となると二本だけ先返すことになるか……」

「改造?」

「うん。本人曰く、いつ何があってもいいように備えておく、だって」

 

やっぱりそういう運命なんじゃないかな………

 

「……そういえば、最近毛糸さんとちゃんと話してないなあ」

「ん、そうなの?」

「はい、まあ大体あたしが引きこもってる間ににとりさんと話して帰っていっちゃうから……」

「様子見に行ってくるって言って、るりに会いに行ったりしてると思うんだけど」

「様子見るって………扉を蹴破って元気かおらぁ!って叫んで押しかけてくることを様子を見るって言うなら、そうなんでしょうけど……」

 

あの人とは住んでる世界が違うような気がする。あまりにも私たちに理解できない謎の言動が多すぎて………最近は控えめになってきた方だけど、昔は本当に酷かった。

まあそういう変なところも含めて、親しみやすいってことなのかなぁ。

 

「明日、毛糸のところ行ってきなよ」

「……へ?」

「話してないんでしょ、最近」

「でも仕事が……」

「いいよ別に。というか、また溜め込みすぎたって言われて毛糸のところに行かれても困るし……休んできな」

「あ…そ、その節はごめんなさい…」

 

何も言わずに出ていってしまったことには心の底から申し訳なく思っている。

あまり外には出さないけれど、限界に近づいてくると判断力とかが鈍くなったり、めちゃくちゃなことしたりしてしまう。

最近はにとりさんのおかげで随分ましになってきたけれど、昔なんてもっともっと酷かった。

 

今は別に辛くも何ともないけれど、せっかく言ってくれたんだし、お言葉に甘えよう。

……まあ、毛糸さんのところ、行ったら行ったで疲れそうなんだけどなぁ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

普通に扉を開けようとしたが、毛糸さんに散々扉を叩いてから入れと言われてるので、扉を2回指で叩く。

 

「失礼します」

「ん?るり?なんで?」

「義手、届けに来ました」

 

扉を開けると、猪に乗っかって脱力している毛糸さんがいた。

 

「えぇ、なんで?別に取りに行くのに」

「にとりさんにたまには会ってこいって言われて」

「あー、言われてみれば確かに最近まともに顔合わせてなかったかも」

 

鞄から布に包んだ義手を取り出して机の上に置いておく。

 

「ここ、置きましたよ。戦闘用だけはまだ改造に時間がかかるみたいです」

「ありがと。………私の家って特に何もないよ?」

「知ってます」

「じゃあ何すんのよ」

「引きこもります」

「それじゃあ来た意味ねえでしょ」

 

やっぱりそうだよなぁ……

引きこもるだけなら自室でいいし、引きこもったら毛糸さんともあんまり顔合わせないし………

 

「つっても何にもないしなぁ……イノンガン、チルノたち呼んできてくんない?」

「ふごぉ……」

「めっちゃ面倒臭そうに返事するなお前。あ、行くんだね?優しい」

 

この二人は何なのだろう……魔法の森にいた頃からの付き合いとは聞いているけれど、それだと軽く三、四百年は一緒ってことになる?

それだけ生きていてずっと猪の姿のままってのも珍しい話なんじゃないだろうか。

そもそも呼び方がおかしいし。

 

「って、なんでチルノちゃんたち?」

「どうせならわいわいがやがやしようかと。……そんな嫌そうな顔するなよ、二人じゃ暇でしょ。私も今日は特にすること決めてないしさ、どうせなら知り合いの方がいいでしょ」

「まあ、そういうことなら……」

「それまで適当に話でもしてようよ」

「まず立ち上がってもらっていいですか?」

「お前もこっちで寝そべってみろ、ゴミみたいな気分になれるぞ」

 

どんな気分なんですかそれは……まあいいか。

 

「あ、来るんだ、寝そべるんだ」

「何気に絨毯敷いてるんですね」

「まあこうやって寝そべる用に」

「そういや毛糸さんかなり自堕落でしたね」

「いいの別に、動くときはすごい動くから。死にたくないの一心で動きまくるから」

「死にかけるようなこと頻繁に遭遇しすぎですよね?」

「運が悪いんでしょ」

「諦めてます?」

「八割くらい」

「ほとんどじゃないですか…」

 

毛糸さんはなんか別格だけど、私は運が良い方だと思う。

今まで数度、死んでも全然おかしくない状況に巻き込まれてるけど、今こうやってごみのように横たわれている。

………巻き込まれてる時点でおかしい?

 

「あー、なんかいいですねこれ。ごみみたいな気分」

「お、気づくの早いな」

「なんというかこう、自分なんてどうでもいいちっぽけな存在で、生きてようが死んでようがこの世界には大して影響のない、なんてことのないその辺に落ちてる動物の死骸になったような感覚です」

「それもうゴミというか動物の死骸みたいな気分なんじゃないかな」

 

まあ死にたくはないけれど……

 

「るりっていいよなぁ」

「……なんですか、藪から棒に」

「能力」

「能力……?」

 

急に何の話をし始めたんだろうこの人は。

能力……色々ため込む程度の能力?

 

「なんかあれでしょ?衝撃溜め込んで一気に放てるんでしょ?」

「……まあ、はい。あたし自体貧弱すぎて、衝撃溜め込んでる余裕なんてないんですけど」

「いいなあ、私も欲しいなあ」

「そりゃまたなんでです?」

「だって私がそれあったらさあ、何回大打撃くらっても直ぐに再生するから、実質いくらでも溜め込めるじゃん」

「おっそろしいこと考えますね………」

 

やろうと思えば自分で自分を殴って衝撃を溜めるなんてこともできるし………もし本当に毛糸さんが私の能力持ったらかなり強くなるんじゃないかなぁ。

 

「なんかね?能力の受け渡しみたいなことがあってね?それができるんなら私も、浮くだけじゃない、もっと能力っぽい能力が欲しいなあと思って」

「手足を生やす程度の能力じゃないんですか?」

「しばくよ?」

「なんで」

 

何も間違ったことは言ってないはずなのに、なんで……

 

「大体、いつも溜め込んでるのは衝撃じゃなくて精神的負担だから、こんなの持っても特にいいことないですよ」

「なんかこう、実用的かつかっちょいいのが欲しい」

「再生能力高くって氷を出せて植物もちょっと操れて、物を浮かしたりできるのに、さらに他のものを望むんですか。欲張りですね…」

「別にいくらあっても損しないじゃん、私生きたいもん、死にたくないもん」

「殺しても死なないような存在のくせに………」

「何回も死にかけて生き延びてるからこそそう思うのよ」

 

巻き込まれない努力を諦めているのか、この人は。

あたしみたいに引きこもれば安全……と思ったけれど、そうでもないか…妖怪の山自体が結構厄介ごとに巻き込まれやすいから。

 

「でもまあ、私も結構長生きしたよなぁ……」

「………そうですか?」

「へ?」

「毛糸さんって今何年くらい生きてるんです?」

「え、えーと……大体るりたちと初めて会った頃くらいからだから……」

「となると……大体五百年ですか………まだまだ若輩者ですね」

「うっそん……そりゃあ紫さんとかあの辺と比べちゃったらまだまだガキだろうけどさあ」

「毛糸さん、知り合いに何人自分より年下の妖怪います?」

「………ほぼいないね」

「そういうことですよ」

 

まあ私も毛糸さんと大差ないくらいだしそんなものだけど、長生きというにはまだ早すぎる。

 

 

 

そんなことを考えていると、勢いよく扉が開かれた。

 

「遊びに来てやったぞあたいの子分!」

「おーきたかー……なんかめんどいから帰っていいよ」

「なんだとー!?」

「げぼっ!おまっ…お前急に腹の上に飛び乗ってくるな!」

「ふん!ふん!」

「ごばっ!げばっ!」

「ちょ、チルノちゃんそれ以上はまずいですって」

 

チルノちゃんが毛糸さんの上でぴゃんぴょんと飛び跳ねる。

 

「やめろバカァ!朝ご飯でるだろーが!」

「もうチルノちゃん、乱暴はよくないよ……」

 

大ちゃんも一緒についてきたようだ。

 

「毛糸ー、この猪食っていい?」

「ふ、ふごぉっ!」

「おいよせルーミア、それ置け、食うな」

 

だ、誰あの子………いや、ルーミア……

何度か見たことがあるような……

 

「お久しぶりです、るりさん」

「あ、どうも」

 

随分と賑やかな場になってしまった……さっきまで毛糸さんと二人でごみのように転がっていたとは思えない状況だ。

 

「というか、なんでチルノちゃんはあんなにはしゃいでるんですか」

「まあ、この家にあんまり入れてもらえないからですかね…」

「え?」

「うるさいからって、なかなか入れてもらえないんですよ」

「あぁ………」

 

まあ、今は他人の家だからあんまりだけど、自分の部屋であんなにうるさくされたら私だって敵わない。

 

「ふん!片腕のお前なんて怖くないやい!」

「お?舐めんなよ?こっちだっていつでも左腕生やそうと思えば生やせるんだからな?舐めんなよ?」

「肩の部品また取り付けるの面倒くさいんですから、やめてくださいね」

「チルノちゃんも、そろそろ落ち着いて」

「毛糸ー、ここに入ってる饅頭食べていいかー?」

「ダメ…と言いたいけどいいよ別に。永遠に食べていいもの聞かれそうだし」

 

いや本当に賑やかになったなぁ………

 

「な、なんか疲れそうなのでもう帰りますね……」

「おい、逃すと思うか?お前もこっちで私と一緒に地獄を見るんだよ」

「ぴえっ……」

 

この後散々遊びとかに付き合わされて、最終的に疲労困憊の状態で山に帰った。

休んだ気がしない。



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計画する毛玉

「早く帰ろーぜー、親父に見つかったら面倒臭いしー」

「お前早く帰ろうって言い過ぎ……誰の買い物だと思ってんの」

 

というか、お前の親父さん特にお前を連れ戻す気なさそうだし……放任主義っていうの?まあ魔理沙はすごく逞しく生きてるし、それでいいんだろうな。

戻れって言ってもどうせ出て行くから諦めてるだけかもしれないけど。

 

「大体、霧雨さんに頼まれてなかったらお前の面倒なんて見てないから。今頃死んでるからお前」

「はいはいわかった、感謝してるって」

 

してないでしょ、適当に言ってるでしょ。

魔法の森の中だけで人間が生活するには無理がある。

変なきのこしかないし、動植物は毒持ってたりで、安全な食べられるものが生えてるわけでもないし。

まあ魔法使いからしたらあのきのこ美味しいらしいけど……

 

「保存が効くもの買った方がいいよなぁ……魔理沙っていつもどう料理してんの?」

「鍋に放り込んでる」

「………一応、料理するためのものは揃えてたはずなんだけど」

「面倒くさい」

 

腹に入ったら同じって考えかお前。

ご飯くらいはまともに……あー。

 

「まあ、お前頑張ってるもんなぁ……料理なんかに手をかける暇ないか」

「おうよ、私はあんな奴に負けてられないんだぜ」

「だぜって……もうちょっと、女の子らしくさあ」

「お前に言われたくない、このもじゃもじゃ」

「んだとガキ」

 

こいつのこの口調、私のがうつったとかじゃないよな?だぜとかは言った覚えはないが、私も似たような口調の時あるし……

まあ今更直らないか、諦めよ。

 

「……そういや服とかお前どうしてんの?」

「こーりんに貰ってる」

 

手作りなんですね霖之助さん?あなた本当に魔理沙のこと好きっすね……もしこれで霖之助さんの見た目がデブでメガネかけたオタクみたいなのだったらロリコンとか呼ばれてるところだ。

……メガネはかけてるか。

 

まあ、霖之助さんからしたら魔理沙は姪っ子みたいなものなのかもしれない。もちろん血のつながりはないだろうけれど。

 

………そういやさとりんも子供みたいな見た目だよなあ……チルノと大ちゃんもだし……

私の方がよっぽどロリコンか?

 

「……って、どうした急に止まって」

「………」

「んー?………あっ」

 

 

 

 

 

 

 

その辺のあったかい飲み物出してる店にいったん入る。

 

「まさかこんなところで会うとは」

「本当に人里歩き回ってるんだなお前」

「まあ」

 

霊夢を連れた巫女さんとばったりあった。

 

「てかなにその服装、いつもの巫女服は?」

「妖怪も歩き回ってるこの場所で博麗の巫女なんてのがいるってなったら、また面倒な騒ぎになるだろ」

「それもそうかぁ……」

「まあ下に着てるけど」

「着てるんかい」

 

まあ上からコートみたいなの羽織ってるし、別にバレやしないだろうけど。

 

「てか、こんな寒さなのに、子供は本当よく動き回れるよなぁ」

「昔はとんでもない寒さが冬の間不定期で起こってたらしいけどな。原因はどこかの妖怪と妖精とか………もしかしてお前か?」

「私、冬は好きだけど寒すぎるのは嫌いだよ」

 

ってか前も誰かに疑われたような気が……氷出せるってだけでみんな疑いすぎだろ。

……いや、そりゃあ疑うか。

レティさんとチルノも最近は比較的おとなしくしてくれている。

 

「で、外でなんか楽しくおしゃべりしてるガキンチョどもは放っておいていいの?」

「まあ人里の中で何かやらかすような奴じゃないしな、あいつは。心配なのはそっちの金髪のだろ」

「否定できないのが辛いなあ」

 

魔理沙も子供だけど、分別がつかないほどじゃない。そんなやらかしはしない……と思いたい。

てか私は保護者でもなんでもないんだけどなあ……

 

「てか、人里へは何をしに?」

「買い出しと、霊夢に人里を見て回らせようと」

「あー、ずっと神社いるもんね」

「そっちは?」

「買い出しと、たまには人里を見て回らせようと」

「同じか」

「だね」

 

まあ私の買い出しは魔理沙のための買い出しなんだが……

 

「例の件はどうだ?」

「例の件?……あー、あれか」

 

吸血鬼がくるとかのあれね、あれ。

 

「一応私の方でできるだけの準備…というか、備えはしておくつもりだけど………」

「紫のあの言い方を考えるに、お前相当面倒なことやらされそうだな」

「そうなんだよなぁ……本当にもう……巫女さんも当然面倒ごと押し付けられるんでしょ?」

「いや、多分人里の防衛だろ」

「あ、そうなの?」

「流石に妖怪と混じって戦ってたら問題になる」

 

確かに……私はなんか敵本拠地に送り込まれそうな予感がする。

まあ仮にそうだったとして、流石に1人じゃないだろうけど……どうせ一緒に行くならめっちゃ強い人がいいな。萃香さんとか、勇儀さんとか、幽香さんとか。

せめて藍さんくらいは欲しい。

 

「てか、今こうやって店の中で妖怪と会話してる時点で問題だと思うんだけど」

「今更だな」

「あっはい」

 

相手吸血鬼でしょ?やっぱり銀に弱かったりするのかな。なんか普通に弱点とか克服してそうなイメージもあるけれど。

 

「……あれ、お前いつも持ってる刀どうした」

「ん?あぁ、周りから見えないように背負ってるよ。流石に刀なんて物騒なもの人里で持ち歩いてられないし」

「なら置いてくればいいだろ」

「家に誰か入ってきて持っていかれたら嫌じゃん」

「そんなに大切なものなのか?」

「まあね」

 

ずっと身につけておいた方が安心だし。

別に置いてきたって構わないんだけど、そうまでしなくてもある程度隠せるしね。

 

「お前が刀振ってるの見たことないけど」

「だって人の形見だしこれ、気軽にぶんぶん振れないでしょ。てか刀振るようなこと起こってないし」

「形見?」

 

まだその話してなかったっけか。

 

「昔のね、人間の友達の」

「へぇ………」

 

そういやりんさんのことも話してない……そんなに自分語りがしたいわけでもないし、別にいいか。

 

「形見ねぇ……私の形見を霊夢は持ってくれるのかね」

「嫌な想像すんなよ……まだピンピンしてんじゃん」

「最近が平和なだけで、昔はもっと色々やってたんだよ。それなりに危機にも瀕したし、まだ傷が残ってる。何があるかわからないからさ」

「まあ……そうだね」

 

りんさんだって、ある日急にルーミアさんに喧嘩売りに行ったんだもんな……何があるかわからない。正しくその通りだ。

 

「あ、私でよければいくらでも肉壁になるよ?危ないことがあったら全部私で防御すればいい」

「都合よく一緒にいたらそうする」

「……冗談のつもりだったんだけどなあ」

 

まあ、肉壁にするなら私が1番適任だろう。柊木さんは一応硬くなれるけど、そんなに硬くないしな。肉壁適正ナンバーワンの座は譲らない。

 

「………お前って妖怪らしくないよな」

「そう?まあ妖怪らしいって何かわからんけど」

「妖怪というか、人間みたいな感じするし」

 

そりゃあ元人間ですし。

 

「巫女さんが知らないだけで、私みたいなやつは結構いるよ。人間に完全に敵対してる奴の方が少ないと私は思うけどな」

「そうか……?」

「そうそう」

 

敵対するような奴は巫女さんに始末されてきたんだろうがね?人間が嫌いって妖怪ももちろんいるだろうが、まあ人それぞれだ。

 

「お前はなんというか……人間に理解がある?というか」

 

そりゃあ元人間ですし。

 

「変な奴だなお前」

「よく言われる」

 

じゃなきゃこうやって巫女さんと話してないさ。

しかし感覚とかは随分妖怪に寄ってきたと思ってたけど、巫女さんにそう言ってもらえるってことは、まあまだ人間としての心は残ってるってことなんだろう、多分。

そもそも私は中身は元々ただの一般ピーポーだったはずなわけで、生まれながらに妖怪だとか凄い力持ってるだとか、そんな人たちと一緒なわけないんだけどさ。

 

「ねえ、まだなのー?」

「ん、どうやら待たせすぎたみたいだな」

「子供はじっとしてらんないよねぇ、気持ちはわかる」

「じゃあ会計よろしくな」

「あ、やっぱり?だよね知ってた」

 

当然のように巫女さんの分は私が出す。

 

 

 

 

 

 

 

店を出た後巫女さんと一緒に行動しようと思ったけど、霊夢と魔理沙が凄い形相で嫌がったので別行動になった。

 

「ったく…どれだけ待たせるんだよ」

「そんなに待たせてないでしょ」

「あいつと一緒なのが問題なんだよ」

「霊夢?何よ、仲良いじゃん」

「良くない」

「良いじゃん」

「良くない!」

「良いじゃん!」

 

確かに結構喧嘩?みたいな、かわいい言い争いはしてるけど、それはそれだけ仲がいいってことだろう。もう少し時間が経ったらお互いに素直になるんじゃないかな?

 

「あいつすぐ私のこと馬鹿にしてくるんだよ」

「挑発に乗るお前もお前だぞ」

「毛糸に言われたくない」

「おっそうだな」

 

私は結構冗談で挑発に乗ってるんだがなぁ……てか挑発してくる相手も冗談だろうしな。

 

「でも時々博麗神社には行ってんじゃん」

「あいつを負かすためだし」

「勝ててる?」

「……勝ててない」

「そっかそっか、まあ相手はあの博麗の巫女の弟子だもんなあ」

 

実際才能が凄いと思う。

巫女さんの言ったことはすぐ飲み込んで自分のものにする。修行嫌いなところはあるみたいだけど、修行してもそんなに意味がないんじゃないかとすら思える。

要するに才能の塊だ。

 

「なんだよ、私だって頑張ってんのに」

「もちろんそれも知ってるよ。正直、あの霊夢に必死に努力してついていってるお前の方が私は凄いと思うぞ?」

「……そうか?」

「努力の天才だな、うん」

「へへっ、そっかぁ」

 

実際、私って何かやっても長続きしない方だしな……続いたとしても、ちょーっとずつやって数年かけてやるみたいな感じだし。

とりあえず子供ってのは褒めときゃ大体気分良くなってくれるからな、とりあえずドーパミン出しときゃそれでいいのよ。

 

本人たちの問題だけども、できればもっと仲良くして欲しいものだが、まあライバル関係ってのもいいんじゃないかな。

私も欲しいな、ライバル。

切磋琢磨する相手がいるってのはいいことだ、私にはそれがいない。

 

まあ霊夢との関係は大切にするべきだろう。本人も別に嫌ってるわけじゃないみたいだしな。

 

「でもなんで毛糸……もじゃまりは博麗の巫女なんかと仲良いんだ?」

「言い直すな、そしてどうせ言うならしろまりにしろ。それは私が幻想郷のどこ探してもいないような変な妖怪だからだよ」

「あー、なるほど」

「納得すんな」

 

たまには誰か否定してくれないもんかねえ……

 

「次はどこ行くんだ?」

「ん?んー……魔理沙って寺子屋って行ってたの?」

「いや、どこに行くんだって……行ってたけど、それが?」

「じゃあ慧音さん知ってるの?」

「知ってるけど……なんで?」

「いや、気になっただけ。次は……そうだなぁ、どっか行きたいとこある?先にそっちでいいよ」

「本当か!?じゃああっち行こうぜ!」

 

行こうぜ、って……もうちょっとさあ……

しかし、やっぱり慧音さんのこと知ってたか、ちょっと苦手そうにしてたけども。

あれか、魔理沙寺子屋じゃ不真面目そうだから、よく怒られてたとかか。魔法の研究してる魔理沙は至って真面目なんだけども……人里にいたから何してたかなんてよく知らないしな。

 

今度慧音さんに会ったら聞いてみるのもいいかも。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

なんかやたらとテンション上がった魔理沙に連れられたのは、薬草とかいろいろ並んでるところだ。薬草屋…でいいのか?

薬草なんて魔法に必要なのかとも聞いたが、調合とかに必要なものがいろいろあるんだと。このあとも色んな材料屋を回る予定だと言われた。

 

もちろん私が払うんだと。

荷物も私が持つんだと。

 

………まあ、いいけどさあ。

 

「これ欲しかったんだよな〜!」

 

はしゃいでらっしゃる。

楽しそうで何よりだけど、もうちょっと可愛げのある店とかに行くもんだと思ってたよ。アクセサリーとか、服屋とか。年頃の女の子っぽい店。

そういうのには無頓着なのだろうか。

それともそのうち気にかけたりするようになるのだろうか。

 

うーむ……私元人間のはずなのにいまいち魔理沙の考えてることがわからん。というか人間でもわからないんじゃないか?これ。

親ならこういうの理解できたりするのだろうか。

 

「行くとこいろいろあるんだったらさっさと切り上げて次のとこ行こう、日が暮れるのはやだぞ私」

「わかってるって」

 

本当にわかってるのか、と思ったが魔理沙もそこまで子供じゃない。ずっと一人で魔法の森で暮らしてるんだし、その辺はしっかりしてるだろう。

 

 

魔理沙と霊夢……博麗神社で会ってるだけじゃあんまり楽しくないかもなぁ。

どっかで一緒に遊ばした方がいいか?お出かけとか……私の家は……面白いもん特にないか、荒らされても嫌だからなし。

アリスさんの家は普通に拒否されそうだからなし。

 

うーむ……どうしようか。

 

「………あ」

 

確かこの人里って、毎年夏祭りしてたような………今は冬だけど。

うむ、夏祭りにでも一緒に行こう。巫女さんも多分オッケーしてくれるでしょ。

 

 

 

 

そんなこんなで色々考え事してたら、用事が済む頃には日が暮れて店がどんどん閉まり始めていた。

魔理沙さぁ………

 



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祭りに行く毛玉

「最近どうだ?」

「どうだ、ってなんすか」

「いや、何か変わったことはないかと」

「特にないっすなぁ……慧音さんこそどうなの?」

「私も特にない、というか妖怪からしたら日常にあまり変化を感じられないからな」

「すっげえわかる」

 

長い時を生きてたら、その分些細なことが気にならなくなるというか……どの一日も大差ないんだよね。

 

「今日は夏祭りで来たのか?」

「まあはい、夜まで待ってる感じで」

「初めてか?」

「まあ記憶にないわけじゃないけど、ここの人里ではそうですね」

 

夏祭りという事に関しての知識は、一応私の中に残っている。前世ではちゃんと夏祭りには行っていたのだろう、幻想郷でも夜から始まるってのは変わらないらしい。

確か……なんだっけ。祭りが夜に始まる理由をどこかで読んだような気もするけど……なんかもう色々あってよくわからんかったな。

なんか神様うんぬんとかいう話だったような、それ以外にもいろいろあったような気がするが……どれも幻想郷にいたら本当に思えてくる。だって私妖怪だし。

 

人里もすっかりお祭りムードで、なんか華やかな飾り付けとかもされてる。夜にやるだけあって妖怪もそれなりにいるみたいだ。

 

「………って、何着てんの慧音さん」

「何って、浴衣だが」

「浴衣………?あ、そっか!!」

 

そういや祭りって浴衣着ていくもんだったような……てかそもそもこの幻想郷の人里の文明レベルからすると大体みんな浴衣着るんじゃあ……

 

「そっかあ……浴衣かあ……」

「……貸し出してる店もあると思うが」

「んー………まあいいかなぁ、そういうのは趣味じゃないし」

「そうか」

 

普段着じゃ浮くかとも思ったがこの頭だ、どうせ浮く。

………私今日文字T着てるんだけど。

真ん中にでっかく「祭」って書いてるんだけど。

………まあいいか。

 

「慧音さんも夏祭り回るんだね、誰かと一緒に?」

「妹紅とな」

「妹紅さんかぁ」

 

人里で見かけることはあるが、別に話しかけたりはしていない。

竹林に行けば会えるけど、あそこ永琳さんがいるからなぁ……中まで行ってあそこに辿り着かなきゃ会わないとはいえ、あんまり近寄りたくない。

 

「そういうそっちこそ誰と回るつもりなんだ?アリス?」

「いや、ちょっと人間と」

「あぁ、魔理沙か」

「……ん?なんで魔理沙のことを?話したことあったっけ……」

「親から聞いたんだよ」

「なるほど」

 

そりゃあ霧雨さんとも交流あるか、慧音さんなら。

 

「あの子の相手は大変だろう、気が強いところあるしな」

「子供なんてみんなあんなもんでしょ」

 

魔理沙は賢い分楽なような気もするし。

 

「それじゃそろそろ行ってくる」

「あぁ、楽しんでくるといい」

 

………ま、誘ったのは私だけどさぁ。

楽しみと気苦労、どっちが上回るか……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おう、待たせたか」

「………誰」

「私だけど」

「なんでお面なんかしてんの巫女さん」

「まあ祭りだし、顔隠すのはちょうどいいだろ」

「それで狐の面?」

「なんでもいいだろ」

 

まあ顔隠したほうが色々と楽なんでしょうけども。

 

「で、子供二人は浴衣なんだな……」

「魔理沙は知らんが、霊夢の方が着たい着たいってうるさくてな」

「巫女さんは浴衣じゃないの?」

「性に合わない」

「わかる」

 

なんかそういう、可愛げのあるものって着る気にならないんだよね……

いやでも巫女さんはいつもあんな巫女服着てるんだから大差ないと思うんだけど?

で、魔理沙は……どうせ霖之助さんだと私は予想するぜ。

 

「巫女さんはこういうのって来たことあるの?」

「昔、小さい頃に気になって一度だけな」

「へぇ」

「私あっちの方回りたい」

「私はあっちがいいぜ」

「はいはい順番に回ろうな、別に屋台逃げないから」

 

しかしまあ、前世の記憶にある祭りと比べても遜色ないくらい賑わってる。

 

「巫女さんが前に来た時もこんな感じだった?祭り」

「いや、私の時より賑やかな気がする」

 

やっぱりそうなのか。

とりあえず移動しながら適当に周りを見渡す。

 

………なんか違和感のある店が見えるんだが。

スーパーボールすくいって……そんなものこの幻想郷にあったか?跳ねる方だよね?ポケ○ン捕まえる方じゃないよね?あの青いのじゃないよね?それはそれでおかしいけれども。

あ、あっちはベビーカステラだ…………

 

「なんか変な店がちらほら……」

「あぁ、外来人がなんかそういうの広めてるらしいぞ」

「外来人?」

 

外来人ってあれか、幻想郷の結界の綻びをたまたま抜けてきた外の人間か。見たことはあったよ?のたれ死んだり野良妖怪とかに食われたりしてるのを。

外の世界の人間が幻想郷に入ってくることを幻想入りって言うんだっけ?

ということは幻想入りして生きて人里までやってきた人間が、人里で現代の文化を広めていたってわけか……?

 

いいぞ、もっとやれ。

 

「幻想入りしたやつは外の世界に帰すのが基本なんだが、ここが気に入って帰らないって奴もいるんだよなぁ」

「ねえねえ、転生して幻想郷に入ってきたとかそういうのはないの?」

「さあ?聞いたことはないな…それがどうした?」

「いや、別に」

 

どっかに転生仲間いないかなぁと思ったけど、まあ記憶持ってる時点で相当レアケースだろうし、それが過去に転生してるってのも加味すると、そりゃあもうとてもとても珍しいだろう。

 

「お、あそこりんご飴ある!行こうぜ!」

「あ、ちょっと魔理沙待ちなさい!」

 

魔理沙がりんご飴を見つけてはしゃいでいる。

 

「りんご飴ねぇ……あれ、見た目は凄い美味しそうだけど実際はそうでもないんだよね。確かにりんごまるまる飴に包まれてて、その上にあの真っ赤な色。気になるのはわかるけど、いざ食べてみるとちょっとがっかり……」

「………どんな経験をしたのか知らないが、あんまり子供の夢を壊すもんじゃないぞ」

「わかってるよ」

 

それに食べたら案外美味しいかもしれない。私は食べないけど。

 

「大体、こういうのは祭りの雰囲気と一緒に楽しむもんだと思うが」

「分かってるって」

 

りんご飴を買ってきた霊夢と魔理沙の表情を見る限り、二人とも割と楽しそうに食べている。

どうやら私は純粋な心を忘れてしまっていたらしい………

 

「いやでも屋台って普通に買うより高いよね」

「お前もう黙ってろ」

「いでっ」

 

おい、ちょっと霊力込めただろ。結構痛かったぞ、おい。

 

「……ってか巫女さん、お金あんの?」

「まあ多少はな、霊夢に全部持たせてるけど。私なんも持ってない」

「えぇ………あっこれもしかして巫女さんの分私が払う感じ?」

「うん」

 

うん、じゃねーんだわ。仮面ごとその厚い面の皮ぶっ叩いてやろうか。

 

「おい毛糸!あっち!あっちいこうぜ!」

「いやあっちよ!」

 

二人とも楽しそうですなぁ……順番に回るから大人しくしておいてくれ、多分回りきれないけども。

 

「………ん!?」

「なんだ、どうした」

「……いや、ちょっと知り合いが……」

 

あれは……ミスティカ……ミスティラ……ミスティナ……えーと。

ミスティア……ミスティアだ!ミスティアじゃねーか!八目鰻じゃねーか!あいつこんなところに……

人里まできて八目鰻を布教しているとは……

まあ、今日は別に話しかけなくても良いか、邪魔になるだろうし。

 

とにかく、二人の行きたいところに行こうかな。

 

 

 

 

 

 

 

「………」

「………」

「す、すげぇ……」

「黙々と取ってるわねあの二人……」

 

現在、私と巫女さんは金魚すくいに興じている。

いや、正確にいえば四人全員でやっていたのだが、霊夢と魔理沙が早々にすくい網を破ったので、二人は後ろでじーっとみている。

 

「あっ」

「フッ……」

「おい、なんだそのフッ……は」

「勝ち誇ってるだけだけど?」

「うわ腹立つ、仮面で表情見えねえけどぜってぇ腹立つ顔してるよこいつ」

 

17匹……私こんなに金魚すくい得意だったのか。いやまあ本当にやばい人は数十匹とかいってると思うけど……

 

「あっ」

「へっ、私と大差ねえじゃん」

「二十五匹だが?」

「負けたわ……」

 

破れるまでの時間で考えてたわ……てか私と大してやってた時間変わらなかったくせに……この人私よりかなりハイペースですくってたのか。博麗の巫女すげー。

 

「ってか、私たちが楽しんでもしょうがないんだよ」

「負け惜しみか?」

「は?」

 

いかんいかん、思わずプッツンしてしまうところだったこのやろう。

網とすくった金魚を店の人に返しておく。

 

「結構回ったねぇ」

「そうだなぁ」

「まあ二人はまだ元気ありそうだけど」

「そうだなぁ………」

 

子供は元気が有り余ってて羨ましいよ全く。

 

「で、次はどこに……」

「あそこ」

「ん?」

 

霊夢が指差した方向は……なんだあれ。

 

「アクセサリーとかかぁ……?霊夢そういうの興味あんだね」

「ちょっとね」

 

あれか、いつも博麗神社に篭ってるから、その分こういうのに興味がでてきたのだろうか。

魔理沙にも見習って欲しいものだ、うん。いやまあ魔理沙って結構いいとこの生まれだし、そう言うのは結構見てきたのかもしれないが。

というか、屋台じゃないね、何度か見かけたことある店だわ。

 

興味なさそうにしてる魔理沙を引っ張って、四人で店の中へ入っていく。

 

「お、いらっしゃい」

 

中は至って普通のおっちゃんである。

おっちゃん……知り合いが人外の女ばかりだから、普通のおっちゃんってだけで少し安心感すら出てくる。

 

「四人ですかい?」

「まあそっすね」

 

霊夢には色々商品を見させておいて、とりあえずこの人と会話でもしておこう。

巫女さんと魔理沙は心底興味なさそうにしてるけどねっ!あんまりそういうの態度に出さないほうがいいと思うけどなっ!

人のこと言えないかもしれないけれども。

 

「その頭、妖怪で?」

「また頭で判断される……まあ、そうです」

「四人はどういう関係で?」

「んー………んー?」

 

どう言えばいいんだろうこれ。

えーとえーと、魔理沙は面倒みてて、巫女さんは友達で、霊夢は……霊夢は?

 

「いえ、別に言わなくたって構いませんよ。人には言えない事情抱えてる奴は人間にも多いですから」

「いや別に言えないってわけじゃ……」

 

まあ面倒臭いしいいか。

 

「あの、ここってどのくらいするんですかね、値段」

「えーと………大体このくらいですかね」

「ぴょえっ………」

 

た、高すぎて変な声が……さ、さすが、宝石のネックレスとか並んでるだけはあるな……

 

「一応あっちはお手頃な値段のものが置いてますけどね」

「よかったぁ霊夢あっちの方いってたぁ……」

 

そこにあるいかにも高そうなのとか、買おうと思ったら私の全財産が余裕で吹っ飛ぶぞ。つか足りねえんじゃねえかな。

アクセサリーってたっけぇ……

こんなの買ったってなんになるんだ……人間ってこえぇ……

 

「これがいい」

「お、良いのに目をつけたな嬢ちゃん」

 

その嬢ちゃん、次の博麗の巫女だけどね、おっちゃんよ。

霊夢は何か、4つの切れ込みが入った何かを渡した。見た感じ木でできてるのかな?

 

「それは?」

「四つに分かれるやつです、友人間でそれぞれ持っていたりするのが普通ですね、また会おうって感じで」

「四つ?多くない?」

「あんまり売れてないですねぇ」

「やっぱ多いんじゃん」

 

そりゃそうだよな、普通二人とか三人だもんな、四人はちょっと数が多いもんな。

 

「じゃあそれで」

「はいよ、値段は……」

 

………ンンッ!?

 

「………高くない?」

「まあそれなりの大きさですし」

「……売れてないんだからちょっとまけてくれない?」

「まけた上での値段ですよ」

「ほんと?」

「ほんと」

「ぼったくって?」

「ない」

「これ以上安くしてくれ?」

「ない」

 

巫女さんの方をチラッと見る。

ちょっと出してくれないかな〜……

 

「無理無理」

「知ってた………じゃあはい、これで」

「まいど!」

 

予想外の出費だった……いや、めちゃくちゃ高かかった訳でもないし、金に困ってるわけでもないから全然いいんだけども。

 

「やれやれ……はい霊夢」

「ん」

 

全員で店を出て、買ったものを霊夢に手渡す。

 

改めて見ると4つの花びらが分かれるようになった木製のアクセサリーのようだ。一つ一つに紐がついている。

4つ合わせると元の形になるようだ。一応それぞれに溝とかがあって、嵌まるようになっているみたいだ。

 

「はいこれ」

「へ?あ、そっか」

 

霊夢が私たち全員に一つずつアクセサリーを手渡す。

 

「ん?なんだこれ」

「……なるほどな」

 

魔理沙はよくわかってないようだが、巫女さんは霊夢の考えを理解したようだ。

まあなんにせよ、それなりの値段はしたので大切にしてもらいたい。

 

「………あ、なんか花火あがるって聞いたけど、みんな行く?」

「まあそれ見て帰るか」

「二人ともそれで良い?」

「おう」

「いいわよ」

 

 

 

 

 

 

公園のような少し開けた場所に行き、そこにあったベンチに座る。

周りに結構人がいるみたいだ。

霊夢と魔理沙何かを話しているみたいだ。

 

「……紫から話は聞いたか?」

「ん?うん、まあね」

 

突然巫女さんから話を振られる。

 

「少なくとも1年以内……だっけ」

「らしいな」

「嫌だねぇ……今こうやって呑気に祭りやってんのに、1年以内には戦いが始まるなんてさ」

「そうだな」

 

あれだろうか、やっぱ修行とかそんな感じのことしといたほうがいいのだろうか。

いやでもなあ……力の使い方とかは毛玉になってからずーっとコツコツ練習してきたつもりだしなぁ……今更……ねえ?

いや面倒臭いだけなんだけども。

 

「まあなんだ、頑張れよ」

「巫女さんもね」

 

まあ、なんか聞いた話だと人里は慧音さんがどうにかこうにかして……まあとにかく人里の人たちは安全だと聞いた、よーわからんけど。

まあ巫女さんも防衛に回るし、慧音さんや、多分妹紅さんも出ると思うからそこまで不安じゃないけど……

そもそもの話、敵の数とかまだ聞いてないんだけどなぁ。

 

「まあ、お互い無事でまた会えたらいいな」

「いやまだ始まってすらないんですが?」

「一年以内ってだけで、今すぐ仕掛けてこない保証もないだろう」

「今すぐ仕掛けてこられたらこの祭りも阿鼻叫喚だわ」

「違いない」

 

そうこうしてるうちに、夜の空に明るい光が飛び散った。

前世の記憶にある花火と比べれば見劣りこそすれど、何故か私は、その景色にどんどん引き込まれていった。

 

霊夢から渡された木製の花びらを見つめる。

 

「………無事に、ね」

「……そうだな」

 

最後の一発が夜空に散るまで、ずっと上を見上げていた。



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知らないうちにとんでもないことになってた毛玉

「んーっ、よく寝たぁ」

「よくこの状況でそんなにぐっすり寝られるわね、寝るなら自分の部屋で寝なさいよ」

「あらパチェ、随分疲れた顔してるじゃない、寝てないの?」

「当たり前でしょ……」

 

防御結界や大規模転移魔法の調整……主にやってるのはこの二つなのに、この二つだけでかなりの労力を使わされる。

 

「もうすぐ幻想郷に攻め込むっていうのに……」

「だからこそ今のうちにゆっくりしておくんじゃない」

「はぁ………で、前に言っていたのは?今はどうなってるの?」

「………あぁ、あれね」

 

思い出したかのように目を閉じて集中する。彼女が運命を視る時はいつもこの動作をする、視覚情報を遮るために。

 

「相変わらずなんか変な白いもじゃもじゃが浮かんでるのよね……私の力も随分弱まってるからか、だいぶあやふやなイメージしか視えないし」

「白いもじゃもじゃねぇ………」

「まあそいつが悪いものじゃないってことだけはわかるわね。スピリチュアル的なあれなのよ、きっと」

 

朧げにしか視えていないくせしてよくもまあそんな確信が持てるなと思う。まあレミィが視たものはほぼその通りになっているのだけれど。

 

「フランのことも想定しておかなきゃダメよ、幻想郷に入れば私たちの力は一気に上がることが予想される。そうなればフランも……」

「その時は私がなんとかする、それにその白いもじゃもじゃがフランと一緒にいるところが視えたわ。きっといい方向に進むわよ」

「まったく……つくづく、その自信はどこから湧いてくるのやら」

 

大図書館を出ようとしていたレミリアが足を止める。

 

「当然でしょ?私はレミリア・スカーレットなんだから」

 

自信満々な表情でこちらに笑みを向けてくるレミィ。

 

「そういうことだからあとは頼んだわよ、パチェ」

「はいはい」

 

………フランのことも、打てる手は打っておこう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふがっ………んあ?」

 

気付いたら地面に落ちていた……

 

「いってぇ……って、木から落ちたのか」

 

いやあ、たまには木の上で寝てみようかなぁって思って寝てみたけど、思いっきり落ちてしまった……普通に寝にくかったし布団でいいや。お布団最高。

 

「………って、もう夕方じゃん」

 

やることないし昼寝すっかーって思って昼寝したらこれだよ。寝た時まだ太陽上の方にあったと思うんだけどなぁ……

とりあえず家に帰って夕飯の支度でも……あ、そういや昼飯もなんか食べるのめんどくさくなってそのまま寝ちゃったんだった。

1日3食は守った方がいいよね、この体別に何も食べなくてもある程度は活動できるけど、流石にそこまで人間やめる気にはならない。

 

「………せっかくだしあっちでもいこうかな」

 

 

 

 

 

 

 

 

「すみません待たせました?」

「いや別に。てか文が1番先か」

「やりたくない仕事以外は何でも早いですよ私は」

 

最近会うことも少なくなってたし、もうすぐ戦いも始まるということで文たち妖怪の山の友人たちに一緒にどうかなと誘った。

急な誘いだったのにみんなオッケーだったらしい、あなたたち本当に戦いの前ですよね?誘っておいてなんだけど、結構呑気だな。

 

誘う私が1番呑気か。

 

「椛たちももうすぐ来ると思いますよ、それまで二人でお話でもしましょうか?」

「またお前にあんなこと言われたらたまらんから喋んない」

「えっ……結構を根に持ちますね……」

 

そりゃあ私にも原因があったけども。

というか別に文に対して何か思ってるわけじゃない、けれども普通に怖かったからなぁ……

まだ二人しかいないけど文が先に注文を済ませた。

 

「ま、とりあえず妖怪の山側の戦力の話でもしておきましょうか?」

「いいの?私部外者だよ?裏切るかもよ?」

「以前のやりとりまたしますか?」

「いえ結構っす」

「なんでわざわざ蒸し返すんだか……まあそんなこと言ってるうちは大丈夫だと思ってますから」

 

ふざけてること言ってるうちは大丈夫と思われてるのか……え、なに真面目にしたら裏切ったと見られるの?常にふざけていろと?

まあいつもふざけてる自覚はあるけども。

 

「えーと、それでですね……まあ妖怪の山は妖怪の山で防衛をします。吸血鬼側につきそうな奴らは全員酷い目に合わせておいたので大丈夫です」

「大丈夫ですって……そんな笑みを向けられましても」

 

……まあ、文の言葉を信じるなら、その辺の適当な妖怪どもが向こう側につくって認識でいいのかな。

もう吸血鬼たちのことは幻想郷中に知れ渡っている。何も知らなかった人たちはそりゃあ混乱したそうな。

 

いざ戦いになるって時はその数日前に知らせが来るって聞いてるけど……まあそれがいつくるかわからない状況にも関わらず割と呑気に日常生活してる幻想郷の住人、肝が座ってるよほんと。

 

「まあ私たちは大丈夫ですので、毛糸さんは存分に敵の本拠地をぶっ潰してきてください!なんなら一人で全部終わらしちゃってもいいですよ!」

「無理無理……」

「遅くなりました」

「何で俺呼ばれんの」

 

そうこうしているうちに椛と柊木さんがやってきた。

 

「嫌だぞ俺、酔ったやつに絡まれんの」

「だから私も椛も、ちゃんと自制しますって……この戦いが終わったらその限りではないですけどね」

「覚悟しててくださいよ柊木さん」

「そんな覚悟したくねえ」

「憐れな……」

 

この人いっつもこんな役回りだな……南無三。

二人が着席してすぐに簡単な料理が運ばれてくる。

 

「というかお前ら呑気すぎだろ、なんでこの状況で集まって飯食えるんだよ、おかしいだろ」

 

うーん正論。

 

「まあいつくるかわからん戦いにビクビクしててもしゃーないし、とりあえず息抜こうよ」

「万年息抜いてそうな奴が何を言う」

「蹴ってやろうか、否定しないけども」

 

私も妖怪の山に混じって適当に妖力弾ポンポン打つだけの仕事したい。それでお賃金もらいたい。

敵陣地に乗り込むとか頭おかしいことさせられそう……つか本当に私何すればいいんだ。

 

「まあ山は山で大変だろうけど、頑張ってな」

「大丈夫です、いざとなったらこの足臭をまた盾にするので」

「私も同じくです」

「お前らふざけんなよ」

 

頭のイカれた奴が二人ほどいるみたいだ、何故人を盾にすることを宣言するのだろうか。

 

「どっちか一人までにしろ、二人は無理だ」

 

おっとみんな頭イカれてたみたいだ、ダメだこりゃ。

 

「いやーしっかし、前の戦いから……何年くらいですか?」

「8、90年とかそんなんじゃない?」

「そんなもんですかね。いやー、長いような短いような……なかなか平和が長続きしませんね」

 

100年近く平和だったならそれはもう長続きなような気がするが……まあ妖怪の基準だし、私よりずっと長く生きてるであろう文の感覚ならそうなんだろう。

 

「まあ今回の場合は内輪揉めとかでもなく、外部からの侵略行為なんでしょう?妖怪の山、というか幻想郷自体最近は安定してきましたし、これを乗り切れば、恐らく」

「あぁ、そうだな。俺ももう肉壁にはされたくないしな、さっさも終わってほしいもんだ」

 

肉壁にされる前提の戦いになってるよ柊木さん、本当にそれでいいのかあんたは。

 

「毛糸さんが相手全部蹴散らしてくれたら楽なんですけどね」

「だから無茶言うなって」

「割と無茶でもないと思いますよ私は」

「そうだな、普通にやりそうだなこいつ」

「お前ら私のことなんだと思ってんの」

「頼りになるまりも妖怪です」

「手足を幾度も切り離されてもすぐに生えてくる常軌を逸した化け物」

「変な奴」

「………………」

 

こいつら全員いっぺん爆破してやろうかな。

 

「まあとりあえず今だけは気を抜いて、明日からはまあ緊張感もって行動することにしましょう」

 

とか何とか言って酒を呑み始める文たち。

 

「今だけはって、飲み過ぎんなよ、本当に。せめて戦いが終わってからにしてくれよ」

「わかってますって」

「信用ないですね…」

 

そりゃそうでしょうよ。

 

「お前は絶対に飲むなよ」

「いや飲まんて……飲んだら気絶するもん」

「中途半端に意識失って暴れ回られても困る」

 

あぁ……うん……その件は……はい……ごめんなさい。

 

「なんですなんです、毛糸さんまだお酒呑めないんですか?」

「酒臭えこっちに顔向けんな」

 

これだから酔っ払いは……いやまだ酔ってないだろうけども。

 

「………まあ、確かにこんなやりとりしてられんのも今のうちか。じゃあ私それもらおうか———」

「ごめんちょっと借りてくわね〜」

「——へ?」

 

料理に手を伸ばした瞬間に空間の裂け目みたいなところに引き摺り込まれた。

 

「………今のって」

「ですね……」

「……どうすんだ?」

「………構わずに呑んじゃいましょー」

「そうですね」

「おいおい……」

 

 

 

 

 

 

周囲が目玉だらけの空間に引き摺り込まれた。SAN値下がるって……

 

「……こんなこと言いたくないんすけど、食事中に無理やり連れて行くってどうなんすか」

「ごめんなさいね、でも今後回しにすると戦い始まるまで本当に言わないままになりそうだったから」

「別にいいけど……」

 

私が誘ったのに私がいないという状況を見て、にとりんとるりは何を思うだろうか。

いや、大して何も感じないか。

 

「で、なんですか紫さん、吸血鬼絡みのことなんでしょうけど」

「えぇそうね、あなたの当日の立ち回りを説明しておこうかと思って」

 

やっぱりその手の話だったか………まあ私頼まれたら断れないタチだし、別にいいんだけども……できるだけ危なくないようにしてほしい。

 

「あなたには敵の本拠地、紅魔館と呼ばれる場所へ突っ込んでもらうわ」

「oh………知ってた」

 

まあそんなこったろうと思ったが……え?紅魔館?

え?日本語なの?相手外国の方ですよね?え?え?

………よくよく考えたらチルノとかミスティアとかアリスさんとかいるし、今更だな、うん。

似たようなもんなんだろう紅魔館って奴も。

幻想郷に常識は通じねえんだ。

 

「………まさか一人って言いませんよね!?」

「当然よ、さすがにそこまで無茶はさせないわ」

「よかった……で、メンバーは?強い人がいいんですけど」

「それは………当日のまでのお楽しみってことで」

「はい?」

「まあ四人で行ってもらう予定ではあるんだけど……一人足りないのよねぇ」

「ダメじゃないっすか」

 

なんでお楽しみに取っておかれるのかもわからんが、一人足りないのダメじゃん、4人パーティは基本だろ、フォーマンセルにすべきだろ。別にスリーマンセルでも文句は言わんが。

 

「萃香は自由に暴れる方がいいって言うし、勇儀は地底にいるって言ったからねえ………」

 

知り合いの鬼の四天王二人に断られた、と。

あの二人のどっちかがいたらもう全部任せて適当に弾ポンポン撃っとこうと思ったのに………

 

「…そうだ藍さんは?」

「私の補佐〜」

「ちきしょー」

 

結局大体ダメじゃねーか、おい。

あとは幽香さんだけど……普通に太陽の畑にいそう。

 

「………敵の攻めてくる日ってわかってるんですか?」

「えぇ、次の満月の夜と踏んでるわ。確証はないけれどね」

「ないんかい。………でもまあ、満月か……あと4日5日くらい?」

「そうね、この後各所にそのことを伝達するつもりではあるわ」

 

満月といえば大体の妖怪が好きな日……まあ確かに、吸血鬼たちが攻め込んでくるならその日にするか。

 

「………多分その一人は私が埋められます」

「え?誰か知り合いが……あぁ、そういうこと」

 

応じてくれるかはわからないけれど、応じてくれるように願うしかない。

 

「まあ確かにその四人なら大丈夫そうね」

「結局その四人ってなんなんすか、他の二人」

「えー、知りたい?」

「はい」

「でもやっぱり楽しみとして取っておいた方が…」

「そういうのいいんで」

「釣れないわね」

 

だって命に関わることだもん、そりゃそうだよ。

 

「じゃあ教えるわよ。後の二人は———」

「………なるほど、じゃあもうどうにでもなりそうですね」

「でしょう?」

 

 

 

その後、いくつか敵に関しての情報を聞いて、あいつらの存在を忘れてることに気づいた。

 

「それじゃあ元の場所に戻してくれます?多分みんな待ってくれてると思うんで」

「わかったわ、悪かったわね。………次の満月の夜、頼んだわよ」

「わかりました」

 

そして私はみんなのもとへ戻った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しかし待っていたのは裂け目に引き摺り込まれる前と同じ光景ではなく。

 

暴れる椛。

寝ている文。

気絶している柊木さん。

唖然としているにとりん。

泡を吹いて痙攣しているるり。

 

という、阿鼻叫喚の光景だった。

 

「どうしてこうなった」

 

もっと早く帰ればよかった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

4日後、満月の夜。

 

霧の湖の近くに大規模な転移魔法陣が現れた。

 

 

「うし……行くか」

 

戦闘用の義手とりんさんの刀……凛を引っ提げて、私は目的地……紅魔館へと歩き出した。



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ようこそ

とりあえず我が家には、私のこの戦いにはついていけないから、日常用と宴会芸用の義手を置いてきた。

 

こんな家ひとつをわざわざ壊しに来るような集団じゃなきゃいいけど……まあ、大切なものは奥の方に埋めて隠しておいたので、そっちの方大丈夫だろう。家なんてね、壊れても作り直せばいいのよ。

やるのは河童だけど。

 

「………綺麗な月だなぁ」

 

雲一つない空、満月の明るさで周囲の木々や草は照らされている。

 

とりあえず奴らが転移してきたであろう場所へ向かって飛ぶ。

吸血鬼が攻め込んでくるとは言えど、大体はその吸血鬼たちの眷属だ、大した強さではない。と紫さんが言っていた。

 

転移してきた場所は霧の湖の近く、奴らの狙いはおおよそ人里だと予想されるので、えーとなんだっけ……紅魔館か。

紅魔館と人里の間あたりを目指す。

 

戦力をバラバラに散らばらせて行動するとは思うが、おそらく妖怪の山とかより優先的に人里を狙ってくるはず。

 

「……まあ今人里見えなくなってるらしいし、巫女さん達いるけど」

 

まあ流石に人里を防衛しながら吸血鬼達の相手をするのは骨が折れるだろう。

全部通せんぼというわけにもいかないだろうが、ある程度は戦力を削ぎ落としてやりたい。

 

 

 

 

 

そんな感じでどんなふうに立ち回るかを再確認していると、遠くの方から何やら小さな粒みてえな奴が見えてきた。

 

「あれって……」

『まあ間違いなく敵だろうね』

「あ、やっぱり?」

 

となると……この辺りが人里と紅魔館の間ってことか。

ふむ……他の人たちはまだ来てないか。どうせなら全員で一緒に来ればよかったなぁ……一人だと不安で不安で。

 

『私がいるよ?』

「お黙り、自分はノーカン」

 

手に大きめ妖力弾を生成し、周囲に浮かばせておく。

1つ、2つ、3つ………とりあえず奴らがこっちの射程範囲に入ってくるまで作り続けておく。

 

「………そろそろかあ?」

 

えーと……12個……あいつら飛んでくるのはえーな、おい。

 

「まあ、とりあえず投げますか」

 

12個の妖力弾が全部散らばるようにして、腕を振りかぶっていい感じに………こんな感じか。

 

「くらえ!」

 

波のように押し寄せてくる敵の方へ妖力弾をぶん投げた。

 

「イオ○ランデ!!」

 

爆裂系の最上位呪文が敵の軍勢に向かって爆発し、周囲に光と轟音を撒き散らす。

 

「何人くらいやったと思う?」

『50から200くらい?』

「範囲広くね?」

『そりゃあ相手の頑丈さとかにもよるし』

 

確かに。

 

ふーむ………煙が晴れて敵がぽろぽろと出てきた。

 

「これをやったのは貴様かぁ!ただで済むと思うな———」

「イオ○ズン!」

 

ヨシ!死んだな!

 

「貴様アァ!!」

「うわ生きてるよバケモンか」

 

爪を伸ばして斬りかかってきたので、こちらも氷の剣を作り出して受け止める。

 

「まだ話してただろうが!」

「るせぇ戦いは残酷なんだよバカヤロウ!」

 

ってかなんで使ってる言語同じなんだよ!なんで意思疎通できてんだよ!そんな気はしてたけれども!

 

「お前らと楽しくおしゃべりする気はない!」

 

爪を掴んで右手に妖力を込めて思いっきりぶん殴り、吹っ飛んでった先に追い討ちで妖力弾を数発打ち込んでおく。

 

会話したら殺しにくくなる。紫さんからは紅魔館にいるやつ以外は基本殺せってなんか言われてるし、殺っちまったほうがいいんだろう。

 

「……つーか、割とたくさん生きてるのな……」

 

腕が片方吹っ飛んでるやつとかいるけど、私を睨みつけて敵意を剥き出しにしている。

もちろん爆発でバラバラになったやつもいるだろうけど、私の目から見ても力の強いやつはそれなりに生きてるようだ。

 

「何者だお前!」

「はぁん?私はなあ!この幻想郷で一番雑魚な生き物の毛玉だ!!」

「お前のような雑魚があるか!」

 

いい返しをするじゃないか、友達になろう。

 

「だが死ねぃ!」

 

容赦なく妖力弾と氷を乱射する。

弾を避けてこちらへ接近してきた奴もいたが、腕に妖力を込めて衝撃波で吹っ飛ばしておく。

 

眷属ってやつはなんとなく弱そうってわかるけど、吸血鬼もそんなに強くないなぁ………

 

『そりゃ個体差があるんだと思うよ?』

 

個体差て……まあその通りなんだろうが。

 

氷の蛇腹剣を2本作り出し、両腕で何も考えずに振り回す。

何も考えていなくても、不規則に動き妖力を纏った氷の刃をくらえばタダでは済まない奴が大半だろう、悲鳴のような声をあげているやつもいる。

 

「………多い」

 

調子乗りすぎた……

氷の蛇腹剣を自分の身の回りを防御させるように振り回して敵が近づけないようにする。

 

流石に数が多すぎる。妖力弾で地形ごと吹き飛ばせば楽っちゃ楽なんだけど、本番は紅魔館に到達してからだしここでそんな妖力を使うわけにもいかない。

というか地形が変わるのはあんまりよろしくない。

しかしこのままじゃなあ……時間だけが経っていきそうだ、

 

そんなことを考えていると、かなりの大きさの妖力を感知した。

氷の剣を離して感知に集中する。

 

剣を離した私を不思議に思ってずっと見てる奴らがいるが……

 

「そこいると…….」

 

奴らの居た場所を極太のレーザーが通り過ぎていった。

 

「あなた、流石に甘すぎるんじゃない?」

「まあ別にこいつらに直接的な恨みがあるわけじゃないし……てか幽香さんが容赦ないんだよ」

「侵略者なんて有無を言わさずに消し飛すくらいで十分よ」

 

幽香さんがやってきた。

太陽の畑には妖怪達が来る理由もないし、私もいるからって理由で参戦することに決めたんだそう。

 

「……あ、アリスさんもいるんだ」

 

どうやら幽香さんと一緒に来てたらしい。

 

「流石に一人でこんな危なっかしいところ来ないわよ……あなた達異常者と一緒にしないで」

 

あら心外、異常者だってよ。

私は幽香さんに存在ごと消された妖怪達を憐れむ心があるのに……

 

そうしてる間にも幽香さんは無言で敵をレーザーで薙ぎ払っていく。

 

「流石幽香さんだ、もう私いなくてもいいんじゃね」

「何言ってるの、あなたもやるのよこれ」

「えー……レーザーはあんまし得意じゃない……」

 

レーザーってあれでしょ?こんな感じで手に妖力を溜めて、一点から放出するように………

 

「………」

「………」

「………」

 

なんかすっごい細いの出た。

 

「………まあ、好きにしなさい」

「あいあいさー!」

 

人には得意不得意があるんでね。私にとってそれはレーザーだったってだけの話ですよ、はい。

 

「で、アリスさんは何してんの」

「あなたたちの後ろに隠れてる」

「何ビビってんの〜」

「……八雲紫に頼まれたから来ただけであって、本当ならこんなところ絶対来たくなかったわよ」

 

それには同情する。私だって頼まれてなきゃ妖怪の山とかにいるもの。

 

「これも全部毛糸が悪いんだから、責任取って守りなさい」

「えぇ………」

 

幽香さんと一緒に妖力弾やらレーザーやらで敵を攻撃し続ける。

流石に私たちのことを相手してられないと思ったのか、四方にどんどん散らばっていく。

 

「へぇい!逃げられるなと思うなよへぇい!」

 

へいへい叫びながら妖力弾を妖怪達の方へ投げ込んで爆破する。

 

「なんでそんなにテンション高いのよ……」

「んー?一人じゃないから……かな」

 

あと普通に相手を殺してるので、叫んでもないとやってらんねえぜへぇい。

 

「叫ぶのはいいけど、前の方、それなりのが二人くらい向かってくるわよ」

「ふぅむ……あらほんと」

 

幽香さんの言葉で前方の方に意識を向けてみると、やたらと堂々と歩いてくる二人の人影が見えた。

確かに他のに比べたら強い。さっき私に直接攻撃しに来たやつよりも全然強い。

 

「でもまああの程度なら普通に……」

「そうね、じゃああれの相手してきて」

「はい?」

「流石にあのくらいのがここに居たら殲滅の邪魔になるわ。あなたより私が残った方が効率がいいし、そういうことよ」

「えーと……1人?」

「アリス守りながら戦えるの?」

「………」

 

ふぅむ……幽香さんがめっちゃ無茶振りをしてくる。

相手2人よ?私1人よ?不利じゃん。いくら私でも自分と同じ身体もう一個作って動かして分身みたいにするなんてことは……いや、案外できそうではあるけど。

 

「で、でもさ、流石に……」

「私と同じ妖力を持ってるくせに、そんなこともできないの?」

「んぐっ………行ってくる……」

 

そんなこと言われたらさぁ……行くしかないじゃない……

 

「幽香、本当に毛糸一人でいけるの?」

「心配ないわよ。あの程度の相手に苦戦するようなら、あの子はとっくの昔に死んでるわ」

 

さて…真面目にやりますか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

敵の中に突っ込んで目標の二人に適当に弾をばら撒いて挑発し、幽香さんの大規模攻撃に巻き込まれないあたりにまで移動した。

 

「おいおい、俺たち二人にたった一人で挑むつもりか?」

「それは些かおこがましいんじゃない?」

 

えーと、男と女の吸血鬼か。

 

「………何してんのお前ら」

「あら、見てわからない?いちゃついてるのよ」

「ま、そんな頭してちゃそういう相手もいないんだろうがな!」

 

あらムカつく、ぶっ殺してやりてえ。

………つまりあれか、こいつらカップルってわけか。

かーっ、マジで腹立つ……人前で、それも戦いの最中にイチャつきやがって……おい、抱き合うな、殴るぞ。

 

「気をつけて、あんな頭だけどそれなりの妖力を持ってるわよ」

「あぁ、わかってるよハニー」

 

ハニーって……ハニーって……

 

「大丈夫、あんなマリモみたいなのに遅れは取らないさ」

「死ね」

 

まずは男だ、二度とそんな舐めた口聞けない体にしてやる。

抱き合ってる状態の男の顔面目掛けてストレートをぶち込む。

 

「ごばっ」

 

立て続けに女の方の髪を握ってそのまま地面に叩きつけ、顔面に蹴りを浴びせる。

女の身体は吹っ飛んでいき、私の手には奴の気持ち悪い髪が残ってた。

 

「こ、こいつ、的確に顔を……」

「よくも私の髪を……」

「人前でイチャイチャすんじゃねえ、腹立つんだよ」

 

あとまりもって言ったそこのお前はマジで殺す。どうせ紅魔館のやつじゃねーんだ、顔の原型わからなくしてやる。

 

「てめぇ……本気で俺たちを怒らせたな」

「うっわめっちゃ三下が言いそうなセリフ」

「やるわよ」

「おう」

 

そう言って二人の姿が消えた。

その瞬間に背中を切りつけられる。

 

「……早い」

 

二人して高速で移動し、私の周りを動き回りながら爪で切り裂いてきてるらしい。

爪の斬撃がとめどなく襲ってくる。

 

「ははっ!身体が軽い!これが俺たちの本来の力だ!」

「どうやら全く反応できないみたいね!」

 

うんまあ、正直めっちゃ速いよ?

幻想郷に入ってきて存在が安定したおかげで力戻っているのだろう、それでテンション上がってるのだろうが……

 

「とどめよ!」

 

多分10本くらいの爪が私の体を突き刺す。

 

「あのさぁ……」

「っ!?こいつ、なんで生きて……」

「お前ら言動とか全部下っ端すぎ」

 

足元から氷を生成して、奴らの体を氷漬けにして動きを止める。

 

「よいしょ…」

「こいつ傷が……なんで」

 

爪を折ったりして、体から引き抜く。

 

「ふぅ……とりあえずお前な」

「なっ…や、やめ——」

 

右腕に妖力を思いっきり込め、唯一露出してる頭に全力で拳を叩き込む。

 

鈍い音と気持ちの悪い感触を残して、男のクビを吹っ飛んでいった。

 

「うーし……次はおま………」

「もう終わったぞ」

「………あ、はい」

 

背の高い金髪の妖怪……ルーミアさんが女の首を手からぶら下げて、真顔でそう言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「幽香さん終わったよー」

「そう、まあ想定通りの時間ね。……で、そっちのは」

「よう風見幽香、久しぶりだな」

「チッ……目障りなの連れてきたのね」

「あー……知り合いだったの……」

 

幽香さんの反応を見る限りあんまり良い仲じゃなさそうだが……やめてね、喧嘩しないでね、幻想郷終わっちゃう。

 

「なんでそいつ連れてきたのよ」

「え?いや、今度戦いあるんだけど、満月だしどう?って」

「なんでそんな軽いノリで誘ってるのよあなた……」

 

幽香さんの問いに答えたらアリスさんに引かれた。なんでや事実しか伝えてないぞ私は。

 

「わかってるでしょうね。あの時みたいに舐めたことしたら、今度こそ完全に息の根止めるわよ」

「わかってるって……てか今のあたしはあの時ほど強くねえよ。今やりあったら普通に殺される」

「そう、せいぜい身の程を弁えることね」

 

ひえっ……幽香さん怖い……

ルーミアさんもよく苦笑いしながら肩を窄めるくらいで済むね?

 

「……ねえ、お喋りしてるところ悪いけど」

 

アリスさんが指差した方向を見る。

 

「すごい弾飛んできてるわよ」

 

……うむ。

夜空に無数の弾幕が浮かんでいるのは、それはそれで綺麗なもんだ。

………うん。

 

巨大な氷の壁を前方に作り出し、障壁も張って衝撃に備える。

氷壁にヒビが入り、砕けてどんどん障壁に当たっていく。

 

「もういいわよ」

「うっす」

 

幽香さんの声に合わせて障壁を消す。

その瞬間に両サイドからとんでもない速度で妖力弾が二つ放たれた。幽香さんとルーミアさんだ。

 

こっちに向かって弾幕を撃ってきた妖怪たちの集団に向かって飛んでいき、大きな爆発が起こった。

 

続けざまに大きな氷の槍を作り出し、妖力を込めて回転させつつ、爆発と爆発の間にいる妖怪たちに向けて放った。

 

 

 

「ようこそ、幻想郷へ」

 

 

 

本当の蹂躙が始まった。

 

「………私なんでここにいるんだろ」

 

後悔したようにアリスさんが呟いた。



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空気を読めない毛玉

結局敵の妖怪たちは散り散りになっていった。

おそらくこのあと人里に向かったり妖怪の山行ったりするんだろうが、大した奴いないしどうにでもなるだろう。

大方私と幽香さんとルーミアさんで爆破したし。

 

そしてまあ、追撃してもよかったが、私たちの目的は紅魔館ってとこなので放っておいて、薄くなった妖怪たちの壁を堂々と突っ切ってきて今、紅魔館を目の前にしている。

 

「ここね」

「目に悪い色してんなあ」

「……魔術による防御結界が張られてるみたいね、それもかなりの」

「ここがあの女のハウスね」

 

各々紅魔館を見て感じたことを呟く。

私だけなんかズレてる気がするが気のせいだろう。

 

「で、アリスさん防御結界って?」

「この館の塀に沿って、四重に張られた結界……もう少し近くに寄れば色々分かると思うけれど」

「……誰かいるな」

 

ルーミアさんの呟きを聞いてその視線の先を見ると、門のような場所に仁王立ちしている人影が一つ見えた。

 

「棒立ちしてるならちょうどいいわ、消し炭にするわよ」

「ちょっちょっちょっと待って幽香さん」

「……何よ」

「紅魔館の奴は殺すなって言われてたでしょ」

「………チッ」

 

ひえっ……舌打ち怖いっす………

 

「そういうならあなたがなんとかしなさいよ」

「はい………」

 

まあ言ったの私だしどうにかしますけど……

ふぅむ……どう接触を図った方がいいだろう。できるだけ穏便に……そんなんでそこを通してくれる気もしないが……

 

「すぅ………こーんばーんわー!」

「………」

「あれ返事ないな、聞こえてないのかな?すぅぅ……こーんばーんわー!!」

「………」

 

見える……見えるぞ……中華っぽい服着た赤髪の女の人のものすっごい顰めっ面が……

 

「……こーんばーん…」

「いや聞こえてますって………」

 

おっとどうやら引かれていたらしい。

ついでに背後から3人の冷たい目線を感じる。

 

「あ、聞こえてるならいいんですよ、そこ通してもらっていいすか?」

「……ダメですよ?」

「そこをなんとか」

「ねえふざけてるんですか?」

 

失敬な。

私はただ平和的な交渉をだな……

 

「もういいでしょ」

 

幽香さんが私を押し退けて特大の妖力弾を放った。

 

「あー……悪い人じゃなさそうだったのに」

「お前は変人すぎるだろ」

「同感ね」

 

ルーミアさんとアリスさんにそう言われる。否定はしないけど……しないけどさあ。

……ん?

 

「………へぇ」

「…マジか」

 

無傷で立ってやがる、あの門番みたいな人。

 

「紅魔館の門番、紅美鈴、ここは何人たりとも通しません」

 

そう彼女は言うと構えを取り、こちらの様子を窺い始めた。

 

「あれ食らって無傷……?うっそぉ…」

「いや、あいつ綺麗に弾を受け流してたぞ、大した技術だ」

「………あなたたちは壁でも破壊していきなさい」

「はい?」

 

幽香さんが突然意味のわからないことを言い出す。

 

「久しぶりね……ここまで叩きがいのありそうな蝿を見つけたのは」

 

……スイッチ入ってるなぁ、これ。

 

「……そう、わかったわ。それならあの門番は任せたわよ、幽香」

「えぇ、すぐ追いつくわ」

 

いや四人で畳んだ方が早いと思うんだけど……

どうなら幽香さんは本気であの美鈴とかいうのを片付けるつもりらしい。

今の幽香さんは戦いを楽しむ強者……勇儀さんや萃香さんとかと同じ目をしている。

 

「行かせると思いますか」

「あなたの相手は私よ」

「……っ」

 

幽香さんの気迫に、私たちに攻撃しようとした門番の人の動きが止まる。

 

「さあ、私を楽しませてみなさい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うひぃ、本気でやりあってるよあの人……あの美鈴って人も、なんで耐えれてるんだよ」

「受けに徹してるからああなってるんだ、攻めに回った瞬間崩されて戦いが終わるのを理解してんだろ」

 

武術家って印象を受ける戦い方だ。殴る蹴るしかしたことのない私でも、それが熟練されたものなのだろうと分かる。

普通に並の吸血鬼程度なら簡単に倒せそうなもんだが……

 

「紅魔館の主……レミリア・スカーレットだっけか。そいつはあれよりも全然強いんでしょ?」

「まあ、そうだろうな」

「ひえぇ……はやく幽香さんあいつ倒してきてくれないかな……」

「……終わったわよ」

 

アリスさんが短く呟いた。

 

「調べた感じ、四重の防御結界、それぞれに自己修復機能がついてるわね」

「お前とおんなじだな」

「一緒にすんなし」

「何もしなきゃ、毛糸が本気で殴ってもせいぜい1枚か2枚貫通するのが限界って感じかしらね。それくらい強力なものよ」

 

それほどのものを作りだす魔法使いが相手にはいるってことか……まあこの館ごと転移してきたんなら、それくらいはやってのけるのか。

 

「でもそれなら殴り続ければ……」

「受けた衝撃をそのまま跳ね返す術式も組み込まれてるわ」

「わぉ………」

「相手を吹っ飛ばしてる間に修復は完了するでしょうね」

 

わーお……

一応魔法もアリスさんのところでほんのちょっとの端っこの先っちょの方だけ齧っているからわかるが、とんでもなく複雑なことをしていらっしゃる……桁違いって言葉が似合うだろうな、これ作った人。

 

「で、どうするんだ?突破できないなら幽香のところ戻るか?」

「まあ確かにあの門だけは結界が薄いみたいだし、あそこからならいけるでしょうけど……幽香の邪魔になるし」

 

幽香さんの機嫌を損ねると何するかわからんしなぁ……

 

「じゃ、結局どうするのさ」

「私がこの結界の効力を抑えるわ」

 

五体の人形を操り、塀に向かって五角形の形を作るように配置するアリスさん。

 

「結局は魔力の結界よ、わたしが魔力の流れを遮断してこの結界の強度を下げる。だからあなたたちは……」

「ルーミアさん、行ける?」

「あぁ」

「え?いやちょっと」

 

ルーミアさんとタイミングの合わせ方を打ち合わせする。

 

「じゃあ行くよ」

「おう」

 

私は右、ルーミアさんは左の拳に妖力を込める。

 

「レーミリーアちゃーん!!」

 

同時に拳を突き出して、結界へとぶつける。

 

「「あーそーぼー!!!」」

 

一瞬で4枚の結界と塀に人が通れるくらいの穴が空いた。

 

「紅魔館、侵入完了」

「めちゃくちゃにやりすぎよ……」

「派手にぶちかますのはやっぱり気分がいいな」

 

3人で不法侵入という名の結界の正面突破をしてやったぜ。

 

「おら開けゴマァ!」

「なにナチュラルに壁蹴って破ってるのよ」

「だってわざわざ入口から入る必要ないじゃーん」

「同感だな」

「なんで私ここにいるんだろ……」

 

 

「………お連れさん、めちゃくちゃやってくれますね。門番無視して横から突破してくるとは……」

「そう?幻想郷じゃあれが常識よ」

「それはそれは……とんだ魔境に来てしまったみたいですね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここが紅魔館か〜テンション上がんね〜」

 

冷静になってみて、ここに吸血鬼の親玉いるんだからテンションの上がりようがない。

 

「で、どこにいると思う?そのレミリア・スカーレットっての」

「………さあ?」

 

まあルーミアさんに聞いてもしょうがないか。

アリスさんは……何か考え事をしてらっしゃる?

 

「……これこの館自体に魔法がかかってるわね」

「と言いますと?」

「見た目より広くて中も迷路みたいになってるってこと」

「………この館丸ごと爆破しない?」

「さっきあなたが壁を蹴り破ったから、警戒されて頑丈になってるわよ」

 

対策早すぎかよすげーなおい。

 

「それならあたしは適当にふらついてくる」

「はぇ?ちょ、ルーミアさん?」

「じゃあなー」

 

いやじゃあなー、じゃなくって……

 

「……まあ、結界も、この館の中の魔法も全部一人の術者が制御してると考えていいわ。その魔法使いを探して叩くのが確実でしょうね」

「場所は?」

「………適当にふらつく?」

「んー……よしルーミアさんと逆方向に行こうぜー!」

「……そうね」

 

さっきから自分のテンションがおかしいのは自覚してるが……まあ、攻め込むことってなかなか無かったもんで……

 

「………待って」

「はい?」

 

突然アリスさんに呼び止められる。

 

「……でかい魔力の塊を感知したわ」

「へぇ!じゃあそっちの方に向かえばいいのね?」

「そうね。……それにしても、静かだと思わない?」

「ん?外で幽香さんがドンパチやってる音がここまで届いてるけど、静か?」

「そういうことじゃなくて」

 

何が違うっていうんだ。

 

「こうして私たちは敵の本拠地にまで攻め込んできたわけでしょ?分かる?本拠地よ?どうしてあれだけ派手に侵入したのに、敵の気配がしないのかしら」

「……確かに。外にあれだけの吸血鬼とその眷属が出て行ったんだから、この中に残って防衛とかしてもおかしくないはずだよね」

 

だけどまだ会ったのは門番の美鈴って人だけ……流石に手薄すぎやしないだろうか。本拠地だよね?本拠地であってるよねここ。

 

「この場所自体ダミーってことは……」

「ダミーにあれだけの結界とこの館の中の空間を弄る魔法をかけてるなら、それはもう私たちの手には負えないわよ」

「ひえっ……」

 

……まあ、とりあえずはアリスさんを頼りに進んでいくしかないだろう。

 

「あたりを感知しながら進むから足は遅くなるけど、確実に辿り着けるはず………」

「うん。……ん?どうかした?」

「………誘われてる?」

「……?」

 

誘われてる?何に?

 

「………どうやら相手も、私たちと会いたいみたいよ」

「え?」

「多分この扉を開けば……やっぱり」

 

アリスさんが近くにあった扉を開く。

見た感じ小部屋に繋がっていそうな部屋だったが、いざ中に入ってみると、そこには年季を感じさせる木製の、それでいて重厚さが伝わってくる大扉が待ち受けていた。

 

「……この先?」

「そのようね」

 

私でも分かる魔力の大きさだ。

 

「本当にあっさり……誘ってるってのはそういうことか」

「気をつけた方がいいわよ。わざわざ招き入れるってことは、私たちを完膚なきまでに叩きのめすことができるっていう自信があるか、ほかに狙いがあるか……いずれにせよ、ね」

 

………でもどうせ女性なんでしょ?

今更いかついおっさんが出てこられても困るけど。

 

「……私が前に出て肉壁するよ」

「そうね、それがいいわ」

 

アリスさんを後ろに立たせ、大きな扉の前に立つ。

 

「………これどうやって開けるの?」

「……タックルでもしたら?」

「おーし私の肩の力見せてやる」

 

左肩は義手が壊れたら嫌なので右肩に妖力を集中させる。

全身に能力を循環させて……

 

突撃ィ!

 

「っあ?」

 

なんか勝手に開きやがった。

周囲は本棚が数えきれないほど並び、そこら中から魔力を感じることができる。本棚から本にいたるまで、一つ一つに魔法がかかっているようだ。

 

「ようこそ、大図書館へ」

 

声のする方に目を向ける。

全体的に紫っぽい女性が宙に浮かんでいた。

 

ほら見たことか、この世界にいる強そうな人大概女性だから。

 

「私はパチュリー・ノーレッジ。歓迎するわ、毛玉と魔法使いさん」

「知識……ね」

「友達になろうパチュリーさん」

「丁重にお断りするわ」

「あなたいきなり何言ってるのよ……」

「いやだってまりもって言われなかったから」

 

まりもって言ってきたらあいさつ抜きに殴りに行くと私は心に決めてるんだ。

 

「この状況で友達になろうって……見た目通り頭おかしいみたいね」

「あ、見た目で人のこと判断しちゃいけねーんだぞ、この紫もやしが」

「ねえわざと?わざとなの?」

 

もとより真面目なのは私の性に合ってない。こうやってふざけたこと言ってこそ私だろう。

 

「………で、何の用?聞くまでもないけど」

「この館にかかってる空間魔法を解いて」

「無理な相談ね」

「そう……それじゃあ」

 

アリスさんとパチュリーって人が魔力を高め始める。

 

「え、何もう始めんの?早くない?もうちょっとこう、楽しくお喋りをさあ」

「あなたはもう口開かないで!」

「うっす………」

「気を抜いて戦えるほど甘い相手じゃないのはわかるでしょう」

 

それはまあ、そうだけど。

 

「はぁ………」

 

最初っからうまくいくなんて思っちゃいなかったけど、やっぱりままならないもんだ。

世の中話し合いで解決しないことの方が多いしなぁ……

 

「彼女はわざわざ私たちを招き入れた。何かあると思った方がいいわ」

「わかってるよ………紫さんがアリスさんを呼んだのって、こういうことなんだろうね」

 

相手はあの転移魔法に防御結界、そしてこの膨大な魔力を持つ魔法使いだ。幻想郷にいる魔法使いのアリスさんが呼ばれたのは、このパチュリーって人に対抗するためだったのだろう。

 

「……言っておくけど、戦いはあまりしないし得意でもないから、足引っ張るかもよ」

「大丈夫、むしろ心強い」

「………そう」

 

私は魔法はそこまで詳しくないが、アリスさんがいるんだ、その点は問題ないだろう。

多分。

 

「じゃあ、行こうか」

「えぇ」



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多分真面目にやってない毛玉

「………どこだここ」

 

いや本当にどこなんだここ。

一度来た道に戻ろうとしたら、また別の道になってやがる……歩いても歩いても端に行きつかない。

 

「………迷ったな」

 

こんなことなら毛糸たちと一緒に行動すればよかったな……いやしかし、明らかに見た目より広いだろこの屋敷。

空間でもねじ曲がってるのか?

 

「………座して待つ」

 

どうせどう歩いたって延々とよくわからない場所を廻らされるんだ、何か変わるまで待とう。

 

 

 

 

 

 

 

 

一方その頃

 

紅魔館地下

 

「………みんな楽しそうだなあ」

 

一人の吸血鬼が

 

「……私も混ぜて欲しいなァ」

 

扉を開けた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

先手必勝。

 

氷の槍を生み出してパチュリーの方へと撃ち込む。

勢いよく飛んだはいいが、パチュリーの生み出した炎によって纏めて溶かされてしまった。

 

それはそうと……

 

「おぉ………炎だ………」

「何感心してるのよ!」

 

だってアリスさん炎とか、属性系のすごい魔法見せてれたことなかったし。ちょっとくらい感心するのは許して欲しい。

 

反撃でこちらに打ち込まれる弾幕と、土の塊を避けたり、氷の壁を作ったりして防ぐ。

 

「土だ……土出してる……」

「あなたやる気あるの!?」

 

失敬な。

これは相手の手札を確認してるんだよ。

 

「攻撃の分析なら私がやってるんだから、あなたは攻撃するなり防御するならしてて!」

「はいはいわかったよ!」

 

アリスさんは周囲に人形を浮遊させ、自動で自分に向かってくる攻撃を弾幕で撃ち落としているようだ。

 

周囲は開けた場所だ、上方から弾幕を撃ってくる相手に対して使えるろくな遮蔽物はない。

 

「ないなら作るまで、か」

 

妖力を循環させつつ地面に触れ、そこに一気に妖力を霊力に変換し、氷を生みだしつつそれを天井まで伸ばす。

 

「なかなかの規模の氷ね」

「そりゃどうも」

 

それと同じことを何度も繰り返し、天井まで届く氷の柱をいくつも周囲に創り出した。

妖力を込めたそれなりに頑丈なものだ、ちょっとやそっとでは溶けないし壊れない。

 

まあちょうどいい遮蔽物を作れたんじゃないか。

 

「アリスさん分析は?」

「まだやってる途中!」

「早めにね!」

 

アリスさんの周囲を氷で塞いで遮蔽物から身を乗り出し、依然として弾を打ってくるパチュリーに向かって妖力弾を放つ。

 

「爆」

 

ある程度のところまで飛んだのを確認して、周囲の魔力弾と土弾を全部ひっくるめて爆破する。

 

かなりの規模の爆発だったが、相手は……

 

「あ、やべ煙で見えねえわこれ」

「なにか撃ってくるわよ!」

 

アリスさんにそう言われて氷の柱に身を隠す。

感知は得意じゃないが、魔力が練り上げられていくのは私にも感じることができる。

 

「けほっ……」

 

ん?今誰か咳した?

 

「食らいなさい」

 

その声と同時に、煙の中から特大の火炎弾が姿を現した。

3つ。

 

「わお」

 

視認してすぐに妖力弾を両手に生み出して、二つの火球に向けて投げつけて相殺する。

 

残った一つは氷の柱を貫通してこちらへ向かってくる。

時間的に妖力弾作って相殺しても爆発の余波をモロに喰らってしまう。

 

どうしたもんかと考えていいると前方にアリスさんの人形たちが現れ、円の形を取って結界のようなものを張った。

 

火球とそれが正面からぶつかったが、激しい音を放って火球は爆ぜ、人形たちは焼け焦げて地上へと落ちていった。

 

「アリスさんナイス」

 

どこからともなく人形を取り出して魔力の糸をくっつけているアリスさんに近寄る。

 

「結構強固な防御結界だったのに人形ごと焼き尽くされたわ。そう何度も撃ってこないだろうけれど、相当な威力よ」

「というか、あれだけの爆発起きても微動だにしないここの本棚と本凄いな……」

「関係ないところ見ない。……でもまあ、確かにそうね」

 

じっとしているとまた何かを撃ち込まれそうなので、適当に妖力弾をばら撒いておく。

 

「で、どう攻略する?あれ見にくいけど周りに防御魔法張ってるでしょ?結構硬いの」

「そうね……近寄ろうにもあの魔法の威力……そう簡単にはいかないでしょうね」

 

そういやさっき咳してたのは相手か……炎から出る煙でも吸ったのかな?

 

「………そうね、これでいくわ」

「ん?」

「耳を貸して」

「はいはい」

 

言われた通りにアリスさんに耳を近づける。

 

「………マジ?危なくない?」

「まあ危ないでしょうけど……私だって魔法使いよ。自分の身くらい自分で守れるわ」

「それならいいんだけど……本当に私がやるんだね?」

「不意をつくために、ね」

「……わかった、せいぜい失敗しないように頑張るよ」

 

不得意なのはアリスさんも知ってるはずだけどなぁ……

 

「タイミングは言った通りよ」

「おっけ」

 

ひとまずはなんとかして隙を作るところからだ。

 

「作戦会議は終わったかしら」

「んひっ」

 

アリスさんを抱えてその場を飛び退く。

 

「なんで気づかなかったの!?」

「話してたから……」

 

うんそうだね私も気づかなかった!

 

着地して足から妖力を流し込み、再度氷の柱を生成する。さっきほど高くはないが足だから仕方がない。

 

「ってレーザーかいっ!」

 

アリスさんを抱えながら、規則的に回転する4本のレーザーを掻い潜る。

こう考えたらレーザーって防御しにくいし、確かに結構使えるかも……

 

「あの魔法陣よ!」

「あいよ!」

 

アリスさんの指差した方に妖力弾を投げ込み、レーザーを撃ってきていた魔法陣を破壊する。

 

「次は四方から魔力弾の乱射!」

「どうしろと!?」

 

アリスさんが言ったすぐ後に、言った通り四方から魔力弾が大量に乱射されてきた。

 

「気合いで避けて!」

「バカ!バカバーカ!」

 

この量の弾幕避け切れるわけねーでしょ!

 

アリスさんを一瞬離し、妖力をありったけ右腕に込めて弾幕の飛んでくる方向のうちの一つに向かって拳を放った。

 

拳から放たれた衝撃波は魔力弾を弾き飛ばし、魔力弾を放っていた魔法陣を破壊した。

 

「次上!木の葉の魔法弾よ!」

「なにそれ洒落てるぅ!」

 

妖力を手に凝縮させて、大きめの穴から放出されるように放つ。

放射された妖力の塊は、頭上から落ちてくる葉っぱ型の魔法弾を全部打ち消した。

 

「次は!?」

「………これ下よ!」

「なっ……」

 

気づけば足元を木の根っこのようなものに絡め取られていた。

 

「火球が来るわ!」

「うおおおお飛んでけえええ!!」

 

遠くの方へアリスさんを思いっきり投げ飛ばす。

すぐさま背後から莫大な熱を放ちながら大きな火球が飛んできた。

 

毛玉の状態になって木の根っこの拘束を抜け、右腕に妖力を込めて火球を思いっきり殴りつけた。

火球が弾け、かなりの衝撃が私の体を吹っ飛ばした。

 

「……ぁぁぁぁああああっ!」

「っと、大丈夫?」

「な、ナイスキャッチ……』

 

偶然私が投げ飛ばした方向にいたアリスさんにキャッチしてもらえた。

 

「……で、次は?」

「今ので終わりだったみたいよ」

「ふぅ……とんでもねえ奴だ」

 

私とアリスさんが話してる間にあそこまで仕込んでたってことか……

 

「……あなた右腕……」

「え?……あぁ、大丈夫、このくらい平気だよ」

「……そういうことね」

 

どうやらわかってくれたらしい。

私の右腕は肩から先が完全に消失していた。

けれどもとりあえず、まだ再生しないでおく。

別にこれが相手を油断させる材料になり得るとは思っていないが……まあ、生やそうと思えばいつでも生やせるし。

 

「話してる暇はないな。さっさと仕掛けないとまた猛攻を食らう羽目になる」

「そうね、あっちよ」

 

アリスさんが指差した方へ飛んでいき、相手を視認した瞬間に全身に妖力を込める。

 

「あら、右腕なくなってるじゃない」

「お陰様でね!」

 

左手に氷の蛇腹剣を生み出し、相手に向けて乱雑に振り回す。

 

「動き自体は雑だけど、怒りや焦りを感じられない………その右腕、再生しようと思えば再生できるわね」

「なぜバレた」

 

さっさと右腕を再生して妖力弾を飛ばし始める。

左腕で蛇腹剣を振り回しつつ妖力弾を放っているが、どれもいとも簡単に避けられてしまっている。

 

「距離詰めないと話にならないか……」

 

剣を捨てて体を浮かし、背中から妖力を思いっきり放出して急加速、パチュリーとの距離を詰める。

 

「そう簡単に近づけさせないわよ」

 

後少しというところで私と相手の間に突風が発生し、無理やり距離を離された。

手のひらに槍を作り出し、回転させながら思いっきり発射する。

 

「槍、ね」

 

今度は突風に炎が混ざって、氷の槍の勢いを削ぎ落としつつそのまま溶かしてしまった。

 

「厄介な……」

 

向こうは多種多様な属性を扱える上にどれも攻撃が広範囲。

対して私は格闘と妖力弾くらいしか取り柄がなく、氷に関しても溶かされてしまって簡単に対応される。

 

「多少妖力無駄遣いになるけど……」

 

両手を合わせて周囲に妖力を集中させる。

向こうの広範囲魔法に対抗できるものだ、こちらも相当なものを生み出さなければならない。

 

周囲に先の尖った巨大な氷の柱をいくつも生み出す。一つ一つに妖力が込められており、なかなかの強度だ。

 

「なるほどね」

 

対して向こうはさっきの炎と風の合わさったものに加えて土の壁まで作り出した。

ただでさえ溶かされるのに物理的な壁まで……まあ、撃つしかない。

 

「ほっ」

 

氷柱を壁に向けて全力で放つ。

炎と風によって勢いは殺されるが、それでも土の壁とぶつかって突き刺さる。

だが、突き刺さるだけだ、貫いてくれない。

続け様に全部の氷柱を壁に向かって放つが、全部土の壁に突き刺さって終わってしまう。土の壁だけどありゃ相当頑丈だな。

 

「やっぱり信用できるのは腕力か……」

 

氷柱を適当に飛ばしても何も成果は出ない。全力の妖力弾を乱れ撃ちでもすれば壁は消し飛ぶだろうが……妖力もこれ以上使ってられない。

 

私の十数倍はありそうな大きさの氷の大剣を作り出し、頭上で構える。

 

「ふんぬぅ!!」

 

妖力を両手に込め、土壁に向けて思いっきり振り下ろした。

妖力を込められたその大剣は炎と風をお構いなしに突き抜け、土の壁を縦に両断した。

 

空いた隙間に妖力を込めて作った氷槍を放った。

 

隙間の先に見える相手は防御結界を張って、氷の槍を正面から受け止めている。

 

今のうちかな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

結界に触れた瞬間に炸裂した氷の槍を凌いで周囲の感知をすると、今度はあの人形使いが前に出てきていた。

 

「今度はあなたなのね」

「えぇ、準備は終わったから」

 

そういうと彼女は近くにいた一つの人形を手繰り寄せ、魔力を込め始めた。

 

「上がれ、ゴリアテ」

 

人形使いの一言と同時に、図書館の天井まで届きそうなほどの大きな人形が現れた。その手には2本の剣が握られている。

ゴリアテ……巨人兵士、か。

 

「それが切り札ってわけね」

 

だが重くて持ち上げることはできないのだろう、床に足がついたままだ。

 

ひとまずは、こちらを挟むように迫ってくる2本の剣を防御結界で防ぐ。

かなりの衝撃と同時に結界にヒビは入ったが、剣は止まった。

 

その隙に人形の足元に泥を生み出してバランスを崩す。

 

「くっ……」

 

どうにかして姿勢を立て直そうとしている人形使いに向けて魔法弾を放ち、それを避けたところを木の根で、人形を動かさないように手ごと拘束する。

人形を操っていた魔力糸が途切れ、制御を失った人形の手から剣が落ちる。

 

大きければいいという物ではない。

次は……

 

「それで隠れているつもりかしら」

 

姿は隠れていてもその強大な妖力を感知することは容易い。

氷の柱に隠れている毛玉に向けて豪火球を放った。

 

氷の柱を貫通し、その体を丸々炎が覆った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「毛糸……」

「安心して、死なない程度の威力にしておいたわ。せいぜい気絶しているくらいよ」

「死なない程度…?」

 

こちらの近くへと移動させた人形使いがこちらを訝しげな表情で見つめてくる。

 

「ここに誘い込んだのといい…一体何が目的なの」

「すぐにわかるわよ」

 

そう、ここであまり魔力を使っている余裕はない。

ある程度あの毛玉のことは把握できたし、戦ってる体裁も取れただろう。

 

戦いの影響で紅魔館にかかっていた空間魔法の制御ができなくなり解けてしまった。今の紅魔館は迷路のような構造ではなくなってしまったけれど……まあ、別に構わない。

レミィならそうそう負けることはないだろう。

 

「しかし、幻想郷にあなたみたいな魔法使いがいるとはね」

「幻想郷の外にあなたみたいなとんでもない魔法使いがいるとはね」

「そうね、人形の扱いは確かに一級品だったわ。よければ今度お茶でもどうかしら」

「それは嬉しいお誘いだけれど……」

 

人形使いの表情が変わる。

 

「少々油断しすぎじゃないかしら」

「………まさか」

 

気づいた時には背後から巨大な人形の拳が迫ってきていた。

 

「私だけが人形を扱えると思わないことね」

「潰れろおおぉぉ!!」

 

遠くの方にこの巨大な人形を操ってるであろう毛玉を発見した。

 

「まさかさっきのは……」

「そう、あなたが丸焼きにしたのは私の人形よ」

 

正面に防御結界を展開し、衝撃に備える。

拳と結界が激しくぶつかり合う。

……どうやら対結界用の術式が施されているようだ。だけれどたかが人形の拳、この程度……いや、これも陽動か。

 

「………降参よ」

 

既に私の背後には、氷の剣を持った毛玉が立っていた。

 

 



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毛玉は遭遇してしまった

「………風見幽香が門番みたいな人をこてんぱんに叩きのめしてますね」

「あぁ……お気の毒に。よりによってあの幽香さんを相手取ることになるなんて……その門番さんもついてませんね」

 

椛からの報告を受け、率直に思ったことを口にする。

 

「正直、あの四人に攻め込まれる紅魔館の面々が哀れにも思えますね。まあ攻め込んできたやつらの自業自得ですけど」

「で、中に入って行った毛糸さんたちの様子は?」

「それなんですけど……結界で認識阻害かかってて中の様子までは」

「そうですか……まあ心配する必要もないですかね」

 

どちらかといえば、今は自分達の心配をするべきなのだろう。

 

「報告だ」

 

柊木さんが急いだ様子で部屋に入ってくる。

 

「前線の雑魚……まあつまり吸血鬼の眷属とあっちに降った妖怪どもは白狼天狗と兵器による攻撃でなんとかなるが、問題は吸血鬼の方だ」

「小隊でも対応できないほどですか?」

「あっちは普通に種族として俺たちは白狼天狗を上回っている。そもそもの格が違うんだから、ちょっと徒党を組んだくらいじゃ敵わないって話だ」

 

種族の違いによって生まれる差……吸血鬼は妖怪の中でも上位の種だったってことなのだろう。

その差をひっくり返せるものがどのくらいいるのか、という話だが。

 

「……つまり私に出ろと」

「ま、そうなるな」

「わかりました、行きましょう柊木さん」

「あぁ。………案内役だよな?」

「もちろん盾役です」

「よーしわかった任せとけクソが」

 

この二人は昔からこうだなぁ………邪魔しない方がいいのかな、これ。

 

「文さんも、行きますよ」

「あ、私も行くんですね」

「私だけが頭おかしい強さしてるみたいな扱いよくされますけど、文さんもよっぽどですからね」

 

少し飛ぶのが早いだけなのだけれど……

 

「……まあ、この三人なら心配はないだろうな」

「盾役頑張ってください」

「……今更ですけど、もう少し優しくしてあげたらどうです?椛」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………お?」

 

なにやらこの館を包んでいた何かが綺麗さっぱり……いや、少しばかり残っているが、大体無くなったみたいだ。

どうやら何かしらの術によって私は延々と迷子にさせられていたらしい。

 

「これでやっと動けるな」

 

そうしてあたりの探索を再開しようとした矢先、見つけてしまった。

 

「すぐ見つかったな……」

 

目の前の大階段を登った先、大きな扉。

この先にこの館で一番強い存在感を放っている奴がいる。

 

「さあ、ご対面と行こうか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よし、これで動けない………はず………」

「えらく自信なさげだなあ」

「だってこの程度の拘束普通に抜けてきそうだし」

 

まあ気持ちはわかる。

私でもその凄まじさが理解できるほどの魔法使いだ、ちょっと魔力糸で縛って結界で閉じ込めたくらいじゃ、全然拘束出来てない気がする。

 

でも私そっくりの人形に上手いこと引っかかってくれてよかった。

私が氷の槍を放って、それを相手が受け止めてる間にゴリアテ人形の準備を終えたアリスさんと合流。

 

認識阻害の魔法をかけてもらい、私の人形の方には妖力をそれなりに込めて置いて適当な場所に配置して、身を潜めていた。

人形を操るのは苦手だし、あんな大きさのものは初めてだったけど、まあなんとかなってよかった。

 

「さて、パチュリー・ノーレッジ。あなたの目的はなに?」

 

一応拘束されているパチュリーの顔に自分の顔を近づけるアリスさん。

 

「今は話すつもりはないわ」

「今は?………はあ、本当になに考えてるんだか」

「館にかかってる魔法が解けたならさっさとルーミアさんと合流したほうがいいんじゃない?」

「それはそうなんだけど……」

 

ゴリアテ人形を片付けながら悩ましげな表情を浮かべるアリスさん。

 

「流石に放置してはいけないでしょ…」

「まあ、確かに……」

 

このレベルの魔法使いだ、隙さえあれば一瞬でまた館に魔法をかけることも容易いだろう。なぜか本人にその気がないように見えるが。

 

「……それなら私が一人で行ってくるよ」

「……危険だわ」

「いや、そんなことないって」

「あなたじゃなくて、私が」

「…………お、おう」

 

凄い真顔でそんなこと言われても………

 

「安心しなさい、最初から勝てる戦いとは思っていないわ」

 

唐突にパチュリーがその口を開いた。

 

「……と、言いますと?」

「この戦いは私たち紅魔館の者が、幻想郷においてある程度の地位を確保するための戦い。侵略して支配しようなんて考えてるのは、今外に出てる阿呆どもよ」

「なら、あなた達は最初から……」

「何もせずに幻想郷に住まわしてくださいって、頭を下げたらどうなるか……ある程度の力を示しておくこと、それが私たちの目的よ」

 

……頭の悪い私にもわかる。

それだけじゃない。

私たちをここにおびき寄せる理由としては弱い、他にも何か目的があると見るのが普通だ。

この言葉をどの程度信用できるかって話にもなるが……

 

「それに、知性の低い吸血鬼がのうのうと生きていたら、評判に関わるでしょう」

 

同族を切り捨てにいったのか……なかなかえぐいことを考えなさる。

 

「そういうわけで、私の役目はもう終わったわ。あなた達に危害を加えるつもりはないから好きにしなさい」

「………それならまあ、私は行くよ」

「えー……」

「アリスさんは一応その人見ておいて」

「……わかったわ」

 

あの人の話したことが本当か嘘かなんて判別することはできないけれど、ルーミアさんが一人のままってのは事実だ。

あの人も最盛期と比べたら随分弱くなってるはずだし、レミリアってのと早速交戦し始めてたら心配だ。

 

「えーと入ってきた場所は……こっちか」

「……そっち逆。出口は向こうよ」

「………」

「あ、どうもー……」

 

敵に教えてもらっちゃった。

 

 

 

 

 

ここまでは計画通り、ね。

 

目を閉じて紅魔館の内部の様子を感知する。

 

美鈴は……もう限界ね。

レミィは敵の妖怪の一人と交戦中。

 

あの毛玉は……狙い通りあのルートを。

 

 

ここからが正念場ね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あがっ……かはっ………」

「……もう動けないみたいね」

 

ごみのように横たわっているその体を上から見下ろす。

 

「防御に徹した上でこの私に一撃良いのを入れた。門番としてはこれ以上ないほど優秀ね」

「はぁっ、はぁっ……それはどうも」

 

まだ喋れるほど体力が残っているらしい、本当に丈夫だ。

 

「………園芸、ね」

 

門を通ると、そこにはよく手入れされているであろう草花が広がっていた。

 

「あなたが世話を?」

 

流石に辛いのか、声を出さずにかすかに頷いて返事をする門番。

 

「そう……あなたとは気が合いそうね」

 

紅魔館内部の様子を伺う。

この感じ……毛糸とアリスは既に戦闘を終えて、今はルーミアか……早く向かったほうが良さそうね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そんなものか!幻想郷は!」

「ぐぅっ……」

 

強い。

初手扉を開けて妖力弾をぶっ放したはいいものの、軽く弾かれてむしろ反撃とばかりに妖力弾を撃ち込まれた。

 

恐らく外の吸血鬼たちも統べているのだろう、その辺の雑魚とは到底比べ物にならない。

 

「チッ……あまり舐めるなよ」

 

その体を串刺しにしようと、奴の周囲から棘のような形をした闇を伸ばす。

 

「……今の反応するか」

 

当たって普通に避けられた。

慣れないことはするもんじゃあないな。とはいえ慣れていることしても敵いそうにないんだが。

 

まさかここまで弱体化しているとは自分でも驚きだ、相手が強いってのもあるがこっちも弱くなっている。

 

相手は吸血鬼だ、闇で視界を奪っても意味はないだろう。

 

「意気揚々と壁をぶち抜いた割には随分弱いな」

「うっせえよ、てか見てたのか」

 

見た目ガキのくせして偉そうな話し方しやがる。大体こういうのはカッコつけて喋ってるんだ、素はもっと子供っぽいだろうなこいつ。

 

強さは全然子供じゃないが。

 

「くっ……」

 

まともに食らえば体の肉が弾けそうな弾幕がぽんぽん飛んできやがる、以前なら打ち消したりしてたが、今の体だとそうはいかない。

……まどろっこしい。

 

「悪いが数少ない友人に一緒に来てと頼まれて、こんなとこで簡単に死ねないんだよ」

 

正面から迫ってくる槍の形をした妖力の塊を床をぶち抜いて回避する。

下だ、下へ降りて他の奴に頼るしかない。

 

「……ははっ、情けないもんだ」

 

このあたしが他人頼り……か。

まあ、変わらない奴なんていないんだ、今の緩い幻想郷に似合った性格になってきたってことだろう。

 

「傑作だな」

 

鼻先まで飛んできた槍型の妖力弾を右手で無理やり掴んで受け止める。

骨が軋む。

 

「受け止めた……!?」

 

受け止めた槍を即座にその辺に投げ捨てる。

 

「こんなになったあたしにも矜持はある」

 

いいようにされたままじゃ気が済まない。

 

今宵は満月、こんな夜にこそ

 

闇が際立つ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ふむ………道なりに進んでるけど……どんどん下に向かっていってるんだけど大丈夫なのこれ?

 

……そういや、長い間幻想郷で過ごしてるから忘れてたけど……私って元々方向音痴だったような……

 

「………まいいや」

 

完全に迷ったら壁なり床なり天井なり破壊して、ゴリ押しで直進してしまえばいい話だ。私馬鹿だから許される

 

「しっかし趣味悪いな……」

 

外から見た時もなんとなく赤いなー、とは思っていたが……いざこうやって内装を見てみると、本当に真っ赤っかだ。

床、壁紙、カーペット、果ては調度品に至るまで。

赤い、ひたすらに赤い。

 

「血の色を誤魔化せるから……だったりして」

 

相手は吸血鬼なのだから、本当にそんな理由で選んでそうで困る。

紅魔館の名は伊達じゃないってことだ。

 

………紅魔館の者は殺すな。

紫さんの言ったそれは、紅魔館の者たちの狙いを理解した上での発言だったのだろうか。

『幻想郷は全てを受け入れる』

 

紅魔館……というかパチュリーって人は、そもそもの狙いはこの幻想郷において自分達の力を示し、ある程度の地位を確立すること。そしてついでに一緒にやってきた雑魚どもを幻想郷の面々に殲滅させることだと言っていた。

 

嘘は言っているように見えなかったが……いや、私に嘘を見抜く技能なんて存在しないが。

それでも、なんとなくはわかる。

 

アリスさんの言った通り、あの人の狙いは別にあるのだろう。それが、レミリア・スカーレットの考えと同じ者なのかはわからないが。

 

じゃあ、その狙いはなんなのか、と言う話だ。

 

……なんかわかる?

 

『私に聞いても意味ないよ、だって私は君だもの』

 

所詮私は馬鹿ってことか……まあ、アリスさんがわからないものを私がわかるわけないんだろうが、ね。

 

……でも、もし私がこうしていること自体が、敵の策略だったら?本当にアリスさんは今は無事なのか?あのパチュリーって人にもう戦意は残っていないのか?

そもそも狙いっていうのは私なのかも………

 

「……戻ったほうがいいかな」

 

やっぱりあの魔法使いの意識奪うか何かしてから、アリスさんと一緒に行動したほうが……

 

「………え?」

 

そう思って振り返ってみると、そこには今私が歩いてきた道ではなく、全く違う風景が広がっていた。

 

………まだ空間魔法は解けてなかった?それともまたかけ直された?誘い込まれた?やっぱり狙いは私?アリスさんは?

 

焦燥感が頭を埋め尽くし、冷や汗が流れてくる。

今すぐにでもこの館を爆破して動いたほうが………

 

『落ち着け』

 

心の中でもう一人の私に頭にチョップを入れられた。

 

………確かに、今更焦ったところでしょうがないな。

今は冷静に………

 

「………ん?」

 

取り乱していて気づかなかったが、目の前に小さな女の子が静かに佇んでいた。

 

「あなたはだあれ?」

「………ぼ、ぼくわるいけだまじゃないよ………」

 

びっくりして、なんとか絞り出したセリフがこれである。というか今それはどうでもいい。

 

可愛らしい女の子だ。

整った容姿、金色の髪、小さな体、あどけない表情。

 

そしてその背中から生える一対の翼には、翼膜がない代わりに色とりどりの宝石たちが引っ付いているかのように浮いている。

 

「毛玉?」

「あぁ、うん、白珠毛糸って言うんだけど」

「ふぅーん……私、フランドール・スカーレット」

 

なぜこんな少女が廊下にいて、突然こんな場所で出くわしたのか。この少女は……まあ、吸血鬼と見ていいだろう。この館の主であるレミリア・スカーレットと同じ名であり、身体的特徴も吸血鬼のそれと同じだ。というかこれで吸血鬼じゃないとか言われようものならひっくり返るわ。

 

「ねえねえ、私、ずっと一人だったんだ」

「へ、へぇ、そうなの」

「うん。それでね、遊んで欲しいんだ」

 

ほうほう、寂しいから遊んで欲しいと。

可愛らしい話だ、妖怪なのだから見た目より歳をとっているだろうに、精神的にはそれなりに幼いようだ。

 

「……ダメかな?」

 

上目遣い……こんな表情で頼まれて断れるやつはなかなかいない。

 

だが、私の全細胞は叫んでいる。

 

「いいよ、なにで遊んで欲しいのかな」

 

だが、私の本能が警告している。

 

 

「えーっとね」

 

 

だが、もう一人の私が告げてくる。

 

 

「鬼ごっこ!」

 

 

『逃げろ』と

 

 



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狂気

「んひぃッ!」

 

初っ端から放たれた馬鹿みたいな威力の妖力弾をその場から跳んで回避する。

 

「お、おっ落ち着こうフランドールちゃん、私たちはまだ会ったばかりだしもっとソフトな感じから始めて……」

「アッハハ!」

「クソっこいつ聞いてねえ!」

 

なんでどいつもこいつも会話ができねえんだ!なんのために言語があるんだよ!話し合うためだろ!?てめえらの母国語は肉体言語なんか!?

 

「んぼっ——」

 

心の中で叫んでると壁に妖力弾が着弾し、その爆発の余波で吹っ飛ばされ、壁を貫通して部屋の中に入った。

 

「少しは話を……」

 

傷ついた部分を再生すると、すでに自分の周りを大量の妖力弾に囲まれていた。

 

「んぶふっ!!」

 

変な声を上げながらその場を飛び上がって天井を拳で破り、そのまま上の階に逃げ込む。

 

「捕まったらどんな死に方がいい?」

 

何故か私より先に上の階に移動していたフランドールが、頭のおかしい質問を投げかけてくる。

 

「捕まったら殺されるんですね?」

「当然でしょ?」

「当然なんだ……」

 

ダメだ、住んでる世界が違う。外の世界はこんなにも荒んだことになっているのか………多分この子が頭おかしいだけ。

 

「そうだなぁ」

 

床に右手をついて妖力を流し込む。

 

「できれば……」

 

部屋一面を氷で覆い、部屋を覆っている氷から棘を生やしてフランドールに向けて伸ばす。それと同時に相手の足元から氷漬けにして動けないように。

 

「苦しまないように一思いに……かなぁ」

 

案外あっさり、フランドールを氷の棘たちが貫いた。

妖怪だし死なんでしょ……死なないよね?まあ重症くらいにはなってて欲しい。

 

「そっかぁ、それじゃあ」

 

あ、ダメだこいつピンピンしてやがる。

 

「内臓引き摺り出して四肢を引きちぎってあげるね?」

「ぅん………」

 

急いでフランドールに向けて妖力弾を放とうとするが、相手は自分に突き刺さっている氷をへし折って私に向けて投げてきた。

 

妖力弾を作ろうとしていた手を引っ込めてそれを回避すると、目の前に相手の拳が迫ってきていて、顔面にめり込む音が頭中に響きながら私の体が天井へ吹っ飛んでいった。

 

『1、2、3………3枚抜きだね』

 

くだらんカウントするんじゃねえアホ。

てか私の顔面大丈夫?何も見えないし聞こえないよ?

 

『頭部が破裂しなくってよかったね』

 

それ私死んでるやん………全身に妖力を循環させておいてよかった。体の強化と再生がスムーズに行える。

そうこうしているうちに目玉が再生した。

 

「ぺっ……」

 

口ん中も酷いことになってるなこれ、歯全部吹っ飛んでるじゃん。もう生えたけど。

 

天井にめり込みながら下を見下ろすと、愉快そうな表情を浮かべているフランドールがこちらを見上げていた。

 

「面白いね!すぐ治っちゃうんだもん!」

「死ぬかと思ったわ……」

 

そして相手も、体にあいていた筈の穴が全部埋まっていた。血すら出てないし……吸血鬼ってのも大概再生能力が高いらしい。

 

「やべっ」

 

その場を飛び退くと、今さっき私がいた場所を特大の妖力弾が通っていった。

 

「部屋ばっかで戦いにくいなここっ……」

「それなら全部吹っ飛ばしてあげるね」

「え?」

 

適当にぼやいたらとんでもない返しがやってきた。

 

その瞬間生存本能という名のもう一人の私が働き、身の回りを氷の壁と妖力の障壁、そして身体に妖力を循環させて再生の準備を始めた。

 

視界が完全に塞がったが、自分を包んでいる氷の球がとんでもない衝撃を受けているのを感じた。

 

吹っ飛んでいく氷の球と一緒に私の体もその中でぶつかりまくって数秒後、衝撃が収まった。

 

再生しながらヒビの入って壊れかけの氷の球から出ると、周囲にあった壁やら天井やらが全部吹き飛んで、大きな広い空間が出来上がっていた。

 

「わ、わあぁ……とんでもねえことしやがる……」

『大体あの部屋二十個分ってところかなあ』

「いらん計算すんなし」

 

というか、地下にそれだけの部屋を内包してるこの館どうなってんだ?これごと幻想郷に転移してきたってこと?パチュリーって人本当にすげえんだな………

 

「どう?これで遊びやすくなった?」

「うん、鬼ごっこという前提を踏まえるなら、逃げ場がなくなったって感じかな」

「そっか!」

「うん!」

 

これは……私がやるよりあっちの方がいいな。

 

というかちゃんとあるよね?吹き飛んでないよね?

 

「よかったあった………ふぅ」

 

腰に差してある一本の刀に手をかける。

頼るって言い方が合ってるのかわからないけれど、正直あんまり頼りたくなかった。

折れたりしたら嫌だし。

けどまあ………

 

「使わざるを得ない……かな」

 

右手でその刀、『凛』を引き抜き、前に構える。

その瞬間、私の体の主導権が私から刀へと移った。

 

黒い刀身は昔と変わらない、艶々とし黒く輝いているままだ。

 

「頼むよ……死にたくないからねぇ………」

「こんなに長く遊べたのはお姉様以外じゃ初めてだよ!」

 

こんなんと今まで付き合ってきたんかお姉様………レミリアって人の妹か、このイカれ娘。

 

「もうちょっと本気出すね!」

「マジっすか、まだ本気出してなかったんすか」

 

フランドールが特大の妖力弾を大量に放ってきた。

妖力によって最大限に強化された私の体は、握っているその刀に突き動かされてその妖力弾を正面から両断していく。

 

「……まだ来るのね」

 

半分にぱっくりと割れたはずの妖力弾は少しだけ減速した後、また私の方へとものすごい勢いで飛んできた。

私の体はそれをも正面から斬り、手のひらサイズになるまで細かく切り刻んで行った。

 

小さくなったそれらに私の妖力弾を投げ込んで全部まとめて爆破し、その大きな爆発の余波で吹っ飛んでそのままフランドールの方へと突っ込んでいく。

 

「そっちから来てくるんだ!」

 

面白いものを見るような目で、爪を伸ばしながら私の体を切り裂こうとしてくるフランドール。

毛玉の状態になってそれを掻い潜り、フランドールの背後に着地してそのまま刀を横に振った。

 

「おっと……あれ?」

 

バックステップして攻撃を躱したはずのフランが、今自分の体を切り裂かんと胴体にめり込んでいる斬撃を見つめて不思議そうな表情を浮かべる。

 

攻撃する瞬間、振るギリギリで妖力を込めて、そのまま妖力の斬撃を飛ばしたらしい。自分の体だけど私はやっていない。随分な早業だ。

 

「アッハハハ!急に動き変わった!面白いね!」

「そりゃよかった」

 

斬撃を手で掴んでかき消し、傷を再生したフランドール。

アレくらって切り傷くらいしか入っていないその頑丈さ。その切り傷すら簡単に治癒してしまう再生能力。

 

私がいうのもなんだがバケモノだな、本当に。

言動もヤバいし。

 

「でも捕まえらんないのもつまんないなあ……」

 

寒気。

 

もう一人の私及び刀、そして私自身に至るまで、体の全てが危機を感じ取った。

 

「もう終わらせよっかなァ」

 

ゆっくりと、右手を開くフランドール。

すでに体は動いていた。

 

「きゅっとして——」

 

その手が閉じるより早く、刀がその右手を貫いていた。

 

そのまま壁へと突進し、右手を壁に縫い付けると同時に氷の棒をフランドールの四肢に差し込む。

そしてそのまま体を氷漬けにし、身動きを封じた。

 

冷や汗が頬を伝う。

 

「アハッ、凄い顔だったよ?」

「うっせぇわ」

 

あの右手が閉じたらどうなっていたかはわからない。けれどもタダじゃ済まなかっただろう、もしかしたら死んでたかも……

 

でもこれで身動きは封じたし、氷には妖力を流し込んでいる。そう簡単には動かないはずだろう。

 

「でもダメじゃん」

「………は?」

「鬼は私なんだから、捕まえるのは私だよ?」

 

フランドールは……それこそ狂気的と言うのが似合う、悍ましい笑顔をしていた。

 

………確かに。

 

刀を引き抜いて妖力弾を飛ばす。

 

「うおっ」

 

だがその妖力弾もろとも、フランドールから発せられた衝撃波によってかき消された。

 

「氷全部なくなっとるし……」

 

まあ本当にあれで拘束できたとは思ってなかったが……さてまあどうしようか。

 

「きゅっとして——」

 

あ、やべ距離空いてる。

もう間に合わないこれ。

 

さっきより明確な死の感覚がやってくる。

 

スローモーションのようにゆっくりとフランドールの右手が動き……

 

「——ドカーン」

 

その手は閉じられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

何も起こらなかったけど。

 

「…………あれ?」

「……ちぇ」

 

不満げな表情を浮かべるフランドール。

 

「じゃあこれはどうかな」

「はい?」

 

何も起こらなかったことに私が困惑していると、彼女はどこからともなく黒い棒?のようなものを取り出し、それに妖力を込め始めた。

 

「よっと」

 

その黒い棒は炎を帯び、その炎が瞬く間に伸びていく。それはまるで、一振りの巨大な炎剣を模るかのように。

 

「これまた大層な……」

「レーヴァテインって言うんだ、凄いでしょ」

「あぁ、うん、そうだね」

 

凄いけどそれ今から私に向かって振ってくるんでしょ?勘弁してくれ。

北欧神話のそれと同じ名を持つそれは、真っ直ぐに私へと振り下ろされた。

 

「危なっ」

 

横に跳んで避けるが、レーヴァテインが床に当たると同時にこちらに伸びてきた炎が私の足を焼く。

 

「ちょまっ」

 

焼かれ続けているため着地できず、そのままこっちに向かって薙ぎ払われたその炎剣を刀で受け止める。

受け止めたはいいものの、炎は伸びてくるわ衝撃波すごいわ踏ん張れないわで、壁まで思いっきり叩きつけられた。

 

「ごへっ」

 

口から血を吐く。

刀は……折れてないか。体のあちこちが燃えているが、再生速度の方が早い。まあ時間かかるっちゃかかるけど。

 

「つーかまえたっ」

「——え」

 

眼球がフランドールの姿を視認した瞬間、視界の右側が真っ黒になった。

 

凛を握っていた左腕が反応し、側面から銀製の刃が飛び出してフランドールの右腕に食い込み、骨に達した所でなんとかその手を止められた。

 

気づけば右腕はぐっちゃぐちゃに踏み潰されていた。

壁にめり込んでいる私に張り付くようにフランドールが私を押さえつけている。

 

「よし、取れた」

 

ブチッ、という音ともに、右眼のあった場所から眼球が流れるのを感じる。

 

「いやおたくなに目をくり抜いてくれて——」

「えいっ」

 

可愛らしい声と共に、今この瞬間喋っていた私の口の中に何かが放り込まれる。

 

身体が震えるような、寒気。

 

毛が逆立つような、狂気。

 

叫び出したくなるような衝動を抑え、口から少し潰れて中身が漏れ出している私の眼球を吐き出す。

 

吐き気すら催してきた所で、今度は私の腹にフランドールの手が突っ込まれた。

 

「ここかな?」

 

腹の中をまさぐられるような、気持ち悪いの言葉では収まらないほどの嫌悪、拒絶、不快感。

喉から嫌なものが込み上げてくる。

 

「よいしょお!」

 

何かを掴んだフランドールは、勢いよく私の腹から腕を引き抜いた。

 

「取れた取れた」

 

私の体から吐き出す血をその身に浴びながら、満足そうな表情を浮かべるフランドール。

 

「狂ってんな」

 

全身に妖力を循環させて再生と同時に強化を行い、フランドールを両足で蹴飛ばした。

 

「これだけやられて発狂しない貴女も狂ってると思うよ?」

 

違いない。

追撃で大量の氷の槍をフランドールの体に浴びせる。

 

「ゔぉえ……」

 

頭の中に溜まった不快感を吐き出すように、喉まで登ってきていたそれを汚らしく吐く。

大した量が出てこなかったのは、フランドールの手に握られているそれのせいだろう。

 

「胃と小腸と大腸……なんつーもん抜いてやがる…」

 

ぐちゃぐちゃになっている右腕が再生し終わり、ちゃんと動くか確認する。燃えていた箇所も服が焼け落ちただけで既に治っている。

 

「アッハハハ!その苦しそうな顔!流石に内臓引き摺り出されたら相当辛いみたいだね!」

「バカ言え」

 

腹の傷口も塞がった。

 

「私が辛いのは単にとんでもないグロ映像を自分の身をもって見せられたからだ」

 

『内臓は?どうする』

 

消化器官なんてなくてもどうにかなる、ほっとけ。心臓抜かれなくてよかったよ全く。

 

「それより腹立つのはな……」

 

右手に氷の蛇腹剣、左手に凛を構える。

 

「せっかく食べた晩飯を全部パーにされたことだ」

 

蛇腹剣をフランドールの方へ伸ばす。

避けられたがそのまま床へと突き刺さり、蛇腹剣を巻き取るようにしてフランドール近づく。

 

今度はさっき違い、普通のサイズの炎の剣を構えたフランドール。構わずに床に刺さっている蛇腹剣の先端から棘を伸ばし、フランドールの足を縫いつける。

 

銀製で斬ったからか、まだ少し避けている右腕に向けて凛を振るう。

レーヴァテインで受け止められるが、今度はこちらが相手を吹っ飛ばした。

蛇腹剣を折って通常の形に戻し、凛が思うままに体を動かしていく。

 

吹っ飛んでいくフランドールを追って、明らかに体がおかしくなるような動きをしながら2本の武器で畳み掛けていく。

 

骨が軋んでも気にしない、肉が裂けても気にしない。

痛みは感じないしすぐ治る。

 

フランドールも後ろに下がりながらレーヴァテインで攻撃を受け続けるが、常にこちらが押している状況。

 

破壊されて広くなった部屋を抜けて、そのまま階段を上へ上へと上がってゆく。

 

激しい剣戟の中凛に妖力が込められ、フランドールのレーヴァテインを叩き割った。

 

そのまま相手の胸に氷の剣を突き刺そうとした瞬間。

 

 

 

 

 

助け——

 

 

 

 

 

「へ?」

 

声が聞こえた気がした。

 

「あっやべ——」

 

既に拳が顔にめり込んでいた。



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断れない毛玉

弾け飛んだ片腕を抱えた吸血鬼が森の方へと逃げていく。

 

「とどめは刺さないのか?博麗の巫女さんよ」

 

白髪の炎を使う……妹紅だったか。

彼女がそう疑問を投げかけてくる。

 

「あんなのに一々構ってたら守りが手薄になる。それにあの程度の奴、妖怪同士の小競り合いで死んでるだろう」

「……ま、それもそうか」

 

かなり人里に向かってくる妖怪の数も減った。いやそれ以前に奴らの大半には人里は見えていないのだろうが。

 

「さっきからどこか上の空って感じだが?」

「……まあ、そうかも」

 

適当に弾幕を張っていれば雑魚は勝手に散っていくから、多少はそうなっても仕方がない。

 

「少し、人の心配を」

「そうか。でも集中はしてくれよ」

「わかってる」

 

 

 

 

 

 

 

 

「あら、随分苦しそうじゃない」

「うっさいわ!」

 

いざ紅魔館の中に入ってみるとルーミアと、恐らくレミリアであろう人物が戦っていた。

 

「見てないで手伝えよ!」

「矜持はどこにやったのあなた」

「死ぬよかマシだ!」

 

昔なら死んだ方がマシって言ってたでしょうに。

 

まあ見てるだけもつまらない。

槍を振り回しているレミリアの方へ手を向け、攻撃を始めようとする。

 

「当たっても知らな——」

「幽香さんチェンジ」

「——って、はあ!?」

 

目の前を物凄い勢いで白いもじゃもじゃした何かが通り過ぎていった。

飛んできた方向から、レミリアと同程度かそれ以上の妖力を感じとり、防御の姿勢を取る。

 

「……なるほど」

「アハッ、人がいっぱいいるねっ!」

 

どうやら、余計なのを連れてきたようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

思いっきり顔面を殴られて、壁を壊して吹っ飛びながら幽香さんを視認できたので、すれ違い様に交代してくれと伝えた。

 

壁に衝突して埋まった体を起こす。

 

「おぉ…あいつ顔ばっか殴りよってからに…」

 

さて……いつのまにかとんでもないことになってやがる。

 

えぇと……多分あのフランドールと同じ様な格好してんのがレミリアでしょ?容姿も似ているし多分姉妹だろう。

で、そのレミリアと戦ってるのがルーミアさん、かなりボロボロだ。

 

「フラン!?」

 

ルーミアさんに加勢しないとまずいかなと思ったけれど、レミリアが攻撃の手を止めた。どうやらフランドールに気づいたらしい。

 

「そこのお姉さん!?妹さんの教育どうなってるんですか!?目玉はくり抜くわ物理的に胃袋を掴みにくるわ、ちゃんと面倒見てなさいよ!」

 

あ、無視された。

そしてルーミアさんと幽香さんが冷めた目で私のことを見てくる。

 

「お前……お前なあ」

「んだよ、ボロボロのくせしてそんな目で見るなよ」

「全身血塗れのお前に言われたくねえわ」

「はい残念もう全部傷治ってます〜」

 

さらに冷ややかな目線を向けられる。

 

「……で、何があった。なんだあいつ」

「地下に迷い込んだらあのイカれ金髪ヴァンパイアとエンカウントして、鬼ごっこという名の闇のゲームが始まったから目玉くり抜かれて内臓ぶちまけられつつ頑張って戦ってたらここに辿り着いてた」

「………地下であの吸血鬼に出会って、血みどろになりながらここまで上がってきたと」

「イエス」

 

ダメだ安心してどっと疲れが……変な言葉でしか喋れなくなってる。

 

「で、そっちは?」

「見ての通りだ。親玉に出くわして虐められてたところだ」

「一緒じゃん」

「一緒にすんな」

 

まあ確かに腹が空っぽのやつと一緒にはされたくないだろうなあ。

とりあえず放置してた右目をもう一回作り直さないと……目潰しされたことは何度もあったけど、丸々持ってかれたのは初めてだわ……本当に初めてかな?

私のことだから一回くらいありそう……

 

「義手動く……よし」

 

左腕が使えることを確認して、幽香さんの方を見る。

 

「落ち着きなさいフラン!」

 

幽香さんとレミリアであろう人がフランと戦っている。

なんなんだろう、不仲なのかな?姉妹なんだから仲良くしなさいよ。今この状況で仲良く共闘されても困るけど。

 

「もっと一杯遊ぼうよお姉様!」

 

…………?

 

「ルーミアさん」

「なんだ」

「私今右の目玉再生してる途中なんだけどさ」

「おう」

「なんかあいつが4人くらいに増えてるように見えるんだけど」

「おう」

「これって私の目玉がおかしいのかな」

「お前の頭がおかしいんじゃないか」

「酷くね」

 

……まあ、私の目に見えてる物が現実であると。

 

「何あれ影分身か何か?何あいつ忍者なの?」

「吸血鬼よ」

「いやそれは知って……んん!?」

 

突如私のすぐ近くにアリスさんが拘束しているはずの魔法使いが現れた。

 

「へ!?は!?なんで!?」

「ちょっと借りてくわよ」

「あ!?何!?私を!?ちょま——」

「………消えやがった」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なになに急に何!?」

「本当に戻ってきた……」

「あっああアリスさん!?」

 

なんだここ……って、パチュリーと戦った広い図書館か。

てことはなんだ、転移してきたのか?なんで?

 

「その人ね、急に口を開いたと思ったら、すぐ戻るわ。って言ってすぐに拘束を抜けてせっせと転移してあなた連れて戻ってきたのよ」

「……つまり、どういうことだってばよ」

 

いや転移したのはわかるけどなんで?

脳がわけわからん出来事の連続でキャパオーバーしそうになっていると、突如頭にポン、と手を置かれた。

 

「時間ないから思考を繋ぐわ、じっとしてて」

「へ?はい?思考?さっきからもうわけわかんなくて………へあ?」

 

 

 

「ちょっと、どうしたの」

「………ん?あ、あぁー……この人の考えてたこと今の一瞬で全部教えてもらった」

 

アリスさんが困惑した表情を浮かべている。私だってその顔したいもん、でもやってる余裕なさそうなんだもん。

 

「それじゃあまた飛ぶわよ。あなたも一緒に来て術式の組み立てを手伝って」

「もう何が何だか………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「フラン!聞いて!」

「アッハハァ!」

 

アリスさんとパチュリーと一緒にまたさっきの場所に転移してきた。ぽんぽん転移してすごいなこの人。

 

「分身には本体ほどの力はないとはいえ、ここまで持ってるとは……あなたの連れ、結構すごいのね」

「まあね」

 

結構というか、幽香さんは私より強いしルーミアさんも最盛期なら私より全然強いだろう。

4人に増えたフランを幽香さん、ルーミアさん、レミリアさんの3人で普通に抑え込んでいる。

 

さっき私が戦ってる時に4人に増えられてたらどうなってただろう……内臓引き抜かれるじゃすまなかったかもなあ。

 

「アリスだったかしら、あなたは術式の組み立てを手伝って。あなたならやっていればなんとなく解るはずよ」

「ちょっと、何急に仕切って……」

「アリスさん、頼むよ」

「………全く、後で説明してもらうからね」

 

置いてけぼりにしてしまって申し訳ない

 

「毛糸、あなたはフランの動きをどうにかして止めて。本体だけでいいわ」

「本体だけって、どれよ本体」

「一番妖力の強いやつ」

「………あぁ、あれねはいはい」

 

わからんけど多分あの一番返り血浴びてるやつでしょ。あれ私の血だもん。

 

「動き止める……かぁ」

 

正直あれの動き止めてもすぐに抜け出されるしなぁ……そもそも捕まえるの自体難しいだろう。

 

「何秒止められればいい?」

「30秒あればギリギリ」

「善処する」

 

左腕の義手の、一番上の装甲を一つだけ剥がす。

剥き出しになったそこにあるのはなんとも不思議な紋様だった。

 

「毛糸、あなたそれ……」

 

アリスさんが驚いた様に呟く。

 

「30秒止められるかはわからないけれど、とりあえずこれ以上こっちで戦闘はできないからね」

 

左腕に妖力を集中させる。

イメージだ、イメージ。

 

左腕の回路を通して、妖力が増幅されていくのを感じる。

 

左腕を床に突きながら周囲の空間の把握、そして妖力を流して込んでいく。

 

氷で動きを止める。ただ一瞬串刺しにするくらいじゃダメだ、もっと持続的に効果的に。そうじゃないと30秒ももたない。

 

「………凄まじい冷気ね」

 

本体のフランを捕らえるイメージをある程度固め終え、空間に散らばった妖力を認識し、一気に氷へと変換する。

 

「はぁ!?何よこれ!」

 

空間が一瞬にして氷で包まれ、レミリアが驚いた様に声を上げる。

 

本体のフランの足元から氷の棘が伸び、体を串刺しにしてそのまま持ち上げる。3本の棘がその体を貫通すると同時に天井と壁から氷が伸びてきてフランの体を飲み込んでいき、十字架のような形になってその体をガチガチに固めた。

 

「……毛糸、左腕が」

「あぁうんわかってる」

 

アリスさんが心配そうにこちらを見る。

頭をフル回転させながら妖力を一気に霊力、そして氷に変換させてこれだけの規模の拘束をした。

 

妖力増幅回路を内蔵していた左腕の義手は完全に氷に飲み込まれている。

 

「ふぎぎ………っと」

 

義手の付け根の部分を外しながら、ゆっくり体を持ち上げて義手と体を離す。

 

「なるほど、義腕を媒介にして……」

「疲れたまじむり頭痛い」

 

パチュリーが私の腕を興味深そうに見つめているが、こっちはそれどころじゃない。

あたまいたい、バカのくせして頭使いすぎた。

 

「………というか、この術式って」

「私も了承の上でだよ、アリスさん」

 

私のその言葉を聞いて、不服そうな顔をしながらも作業に戻るアリスさん。魔法の方ももうすぐ終わりそうだ。

 

「あんた何してんのよ!」

「うわちょっ、急に胸ぐら掴むな気分悪い……」

 

突如としてもう1人の吸血鬼、レミリアが私につかみかかってきた。いやわかるよ?なんか急に変なやつ来たと思ったら妹氷漬けにされて、さぞ意味わからんことだろう。

 

「パチェ、これはどういうこと。説明しなさい」

「そいつの頭見てみなさい」

「頭って、この白いもじゃもじゃが何か………白いもじゃもじゃ?」

「そう、そういうこと」

「この……白いもじゃもじゃが?」

「時間がないわ、後で説明するからその手を離して」

「チッ………」

 

大変不機嫌そうな舌打ちをされた。

てかあんたさっきから白いもじゃもじゃってうるせえんだよ何回言うんだよ。

 

「いい?私の妹に何か変なことしたら問答無用でズタズタに引き裂いて殺すからね」

 

そうやって、本気の殺意を向けられる。

 

「わかってるよ」

「そろそろやるわ。レミィ離れてて」

「本当に大丈夫なんでしょうね……」

「毛糸……あなた、無茶しないと気が済まないの?」

「そう言うなよアリスさん……すぐ戻ってくるって」

 

なんかもう氷にヒビを入れ始めているフランと私を包むように魔法陣が展開される。

 

「それじゃあ、健闘を祈るわ」

 

パチュリーがそう言った後、魔法陣から光が発せられて、私の視界は真っ白になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

パチュリーに思考を繋がれている間、こんな話をしていた。

 

「頼みがあるの」

 

円状のテーブルに向かい合わせに座っているこの空間を認識した瞬間に、相手が口を開いた。

 

何この状況……って言っていい雰囲気じゃなさそうだ。

 

「……聞くだけ聞く」

「その前にまず質問、いいかしら」

「はいなんでしょう」

「あなた、魂二つ持ってるわよね」

 

おっとぉ……?誰かに言った覚えはないんだが?知ってるのアリスさんくらい……あれ、文もなんとなく知ってるんだっけ?

あぁいや、今はそれ関係ないか。

 

「………持ってるね、確かに二つ」

「そう……じゃあ本題よ」

「はい」

「フランを……救ってほしいの」

「……はい?」

 

救う?あのイカれ金髪マッド美少女吸血鬼を?何?死は救済とかそういう話?息の根止めろと?

 

「あの子はあぁなりたくてなったんじゃない。全ては内にある破壊衝動のせいよ」

「よくわかんないからもっとわかりやすく」

「………私が言うのもなんだけど、さっきまで戦ってた相手とよくそんな風に接せられるわね」

「いやぁ………」

 

楽観的といえば楽観的なのだろうが。

わざわざさっきまで戦ってた私に頼みがあるって言いにくるくらいだ、よほどのことなのだろう。

 

「………説明するわね。あの子……フランはありとあらゆるものを破壊する能力を持っている」

「………なんて?」

「ありとあらゆるものを破壊する能力を持っているの」

「oh………」

 

なんつーか……凄いな、うん。

相手の話し方を聞く限り誇張してるわけでもなさそうだ。

 

「あの子が今まで地下にいたのは、その能力によって破壊衝動、言ってしまえば狂気ね。それを抑え込んで私たちに危害を加えないために、自ら地下に籠ったのよ、数百年もの間ね」

「数百年!?……じゃあなんで今さら」

「幻想郷の中に入った影響で弱まっていた力が元に戻って、その反動で狂気が表に出てきたのだと思うわ」

 

それじゃあ、私の目玉をくり抜いて内臓をぶちまけたのは本来のあいつじゃなくて、あいつの狂気………

 

「……つまり、そのフランドール……フランの狂気を私にどうにかしてほしいと」

「そうね、その通りよ」

「つっても、具体的にどうやるのさ」

「今のフランは狂気に飲まれている。あなたにはそれとフランを分離、そして出来ることなら消し去ってもらいたい」

「………だから、どうやって?」

「あなた、魂が二つあるのよね」

「うん」

 

さっき確認したことをわざわざ再確認するパチュリー。

 

「妖怪とは精神の方に比重が偏った存在。それから魂が抜けようものなら、その体はたちまちに死んでしまう」

「………でも私は二つあるから大丈夫、と」

「えぇ。そのうえで、あの子の心の中に入って負けないほどの強さを兼ね備えてることが条件だった」

 

要するにあれだ。

私の魂をフランの中にぶち込んで破壊衝動、狂気をどうにかしろって話しだろう。

 

「あの子とあなたを魔法陣で囲んで、あなたの魂の片方をフランの中へ送る」

 

そんなことしてフランは大丈夫なのかと思ったが、まあ言わないってことは大丈夫なのだろう。

 

わざわざ私に頼んできたのは、魂が二つあるから片方抜けても大丈夫なのと、その上でフランの中に入っても大丈夫だと見込んだから………

 

………片方抜けても大丈夫なの?

 

『多分』

 

多分て……まあ、大丈夫だと仮定して話を進めよう。

 

「本来あの子はそれほど残忍な性格じゃなかったはず。恐らく今もあの狂気の下で……」

 

………それなら、あの時一瞬聞こえた、助け……ってのはやっぱり……

 

「………わかった、やるよ」

「……ありがとう」

 

頼まれたら断れないのが性分だ、それが私にしかできないってなら尚更だろう。

 

「礼は必ずするわ」

「必ずできるって保証はないけどね」

「大丈夫よ、そういう運命らしいから」

「……運命?」

「それじゃあ思考の接続を切るわよ」

「ちょま——」



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きっと独りじゃない

 

 

魔法陣の白い光に包まれた後、私がいたのは真っ白な空間だった。

 

そこには私が2人。

 

「で、どっちいく?」

 

真っ白な空間に一つ、ぽつんとあるやたらとぼろぼろでシミのついた扉を指差す。

 

『私が行きたいところだけど……あいにく霊力だと力不足だからなあ』

「ま、そうなるか」

 

もう1人の私は霊力の器で、私は妖力の器だ。

相手はあのフランの心の中だ、妖力の私がいくのが道理ってもんだろう。

多分妖力があれば氷は出せると思うし。

 

『なら、それは置いていきなよ』

「それ?」

『左腕』

「………あぁ」

 

私が納得したように頷くと、もう1人の私は私の左腕を自分の左腕で持つ。そして私の左腕から現れたその黒い何かを自分の方に移動させる。

随分色が薄くなっている。

 

『……どう、動く?』

「……うん、懐かしい感覚だわ」

 

自分の体のように動かせるとは言っても義手は義手、やっぱり生身の体とは違う。

感覚の戻った左腕を動かして感触を確かめる。

 

「それじゃ行ってくるよ」

『うん。私のことだから大丈夫だと思うけど、一応』

「ん?」

『無事に戻ってきてね』

「………もちろん」

 

そうして私はもう1人の自分に背を向けて扉を開いた。

 

 

 

 

 

 

 

「………成功したの?」

「えぇ、恐らく」

 

私の出した小さな声にパチュリーが反応する。

 

「あの氷に埋まってる本体は?」

「魔法陣の効果で2人を繋いでるからあれ自体は動かないわ。でも分身の方は……見ての通りよ」

 

戦いに戻っていったレミリアという吸血鬼と幽香とルーミアが、それぞれ1人ずつ分身と戦っているのが視界に入る。

ちょうど人数足りているみたいでまあ………

 

「………本当に大丈夫なんでしょうね」

「あの子の中に入って無事に帰って来れたら、ね」

「………はぁ」

 

左腕のない状態で魔法陣の中で倒れ込んでいる毛糸を見つめる。

 

「なんでこう、厄介ごとに巻き込まれるのかしら、あなたは」

「私もそう思う」

「!?」

 

倒れ込んでいるはずの毛糸が突然むくりと起き上がって、私の呟きに答える。

 

「まあ多分私なら大丈夫だと思うよ、アリスさん」

「あなたは………」

「あぁそっか、表に出てくるのはこれが初めてか。と言っても私のことは知ってるでしょ?」

「……もう1人の、毛糸」

 

毛糸の中にいたもう一つの魂……それが今、毛糸が抜けていった代わりに今ここにいるということか。

 

「いや本当、なんでこうも厄介ごとに巻き込まれるのかな私って。いや自分のことなんだけどね?」

「………行ったのはあっちの毛糸なのね」

「うん、まあね」

 

同じ姿で、同じ声で喋っているのに、その言葉からはやはり、私がいつも話している毛糸とは違う何かを感じさせられる。

 

「とりあえずあっち私が帰ってくるまでの間、なんでこんなことになったのかについて話そうか」

「………そうね」

 

どちらにせよ、今の私には帰りを待つことしかできないのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

扉を開けた先は一つの部屋だった。

人形がたくさん置いてあり、ベッドや机など、そこで生活していたのだと思わせるような部屋が。

 

私の殺風景で真っ白な空間とは違って、随分と凝った空間だ。

 

「……出ていケ」

 

どこかちぐはぐな声が聞こえた。

その声のした方を向くと、静かにこちらを睨みつけているフランがいた。

 

「私が会いにきたのはお前じゃないんだよ」

「出ていケ」

 

こいつはフランじゃなくて狂気の方だ。

敵意と殺意をビンビン放ってる、こんな状況でもなけりゃさっさと尻尾巻いて逃げてるところだ。

 

「フラン出せ、お前には用はない」

「出ていケ!!」

 

フランが爪を伸ばしてこちらに切り裂きにきた。

右腕から薙ぎ払われるそれを妖力を纏わせた左腕で受け止める。

 

「殺ス!」

「物騒だなぁ……」

 

今の私の体は妖力100%、再生はできないが普段の体よりは比べ物にならないほどの強さだ。

 

「何度も言わせんな、お前に用はない」

 

そのまま腕を掴んで右手でフランを殴りつける。けれども簡単に受け止められ、掴んでた腕も抜けて距離を取られた。

 

「殺してやル、人形みたいにバラバラニ」

 

そう言った瞬間周囲の部屋の様子が変わり、爪痕や焦げたような跡があらわれ、いくつもあった人形は首や手足がもがれて綿が剥き出しの無残な姿になっていた。

 

「やってみろよ」

 

フランが無数の大玉の妖力弾を周囲に出現させ、私に向けて一斉に放ってくる。この部屋をめちゃくちゃに破壊しながら。

私はそれを妖力を纏わせた腕で一つ一つ弾いていく。いつもより素の肉体が強い分、できる無茶も増えている。

 

ただこんな妖力弾をいつまでも撃たれていてはキリがない、足元に妖力を流し、大きな氷の槍をフランに向けて放った。

 

「チィッ」

 

それを避けるために攻撃の手を緩めるフラン、そして生じた弾幕の隙間を毛玉の状態になって掻い潜り、近くへと接近する。

 

「つーかまえたっ」

 

フランの腕を左腕で掴んで氷で固めて、氷の剣を作り出して何度も何度も斬りつける。

 

「ギィッ!」

「んぐっ」

 

その体からは想像もできない怪力で振り回される。壁に当たる前に氷を消して再度距離を取る。

 

「はァ、はァ…」

「すぅ…はぁ」

 

りんさんの刀はない。流石に魂が一緒に持って来れるわけがなかった。だからこの戦いはちゃんと私が戦って、勝たなければならない。

 

「……随分と辛そうだな?」

「黙レ!」

 

私が斬りつけた箇所からは血の代わりに黒いドロドロとした、液体のような何かが垂れ落ちていた。

 

「死ネ!死ネ!死ネ!!」

「そう連呼されてもな」

 

半ばヤケクソのように大玉の妖力弾を放つフラン、同時に私の周りを緑色の弾幕が取り囲み逃げ場をなくそうとするが、大玉のを妖力を纏わせた右腕で受け流し、左腕で周囲を薙ぎ払って弾幕をかき消す。

 

「なんデ……そんなニ……」

 

幽香さんが強いからです。

 

「もういいだろ、早く話をさせろ」

「っ……こっちに来るナァ!!」

 

その怯えたような叫びと共に、その手に巨大な炎剣が現れる。

見た目こそ地下で見たレーヴァテインと同じだが、あれより炎は激しいし込められている妖力も多い。

 

「妖力もそんなに残ってないんだって……」

 

すり減っていく妖力を感じ取りながら私も氷の剣を生み出す。あの炎剣と同じくらい大きく、妖力を流し込んで強靭にしたものを。

 

「……おもっ」

 

あまりの重さに思わず口からそう漏れてしまう。

妖力を霊力に変換して氷の大剣に流し込んで浮かせる。振る時に解除すればいい。

 

「消えロ!!!」

 

破壊されて随分と開放的になったこの部屋を二つの大剣が埋め尽くす。

縦に振り下ろされる炎剣、横に薙ぎ払われる氷剣。

 

「ガアアアア!!」

「んぐっ……」

 

二つの剣は激しい衝撃を放ちながら衝突する。

炎はどんどん激しく燃え上がっていき、氷はだんだん溶かされてゆく。

 

だけれど

 

「私が用があるのはお前じゃないって、言ってんだろ!!」

 

残っている妖力をほぼ氷の大剣と体に流し込んで、炎の大剣を押し込む。

 

「ぐギっ……」

 

うめき声を上げたフランが妖力をさらに込めて押し返そうとするが、それより先に私の氷剣が炎剣を真っ二つに折り、そのままフランの胴体に食い込んだ。

 

「ガ……ァアアアア!!」

 

壁と氷の剣に挟まれ、叫び声を上げながらもこちらに向けて妖力弾を放ってくるフラン。

まともに食らうわけにもいかないので氷の剣から手を離して回避する。

 

「グ……」

 

床に降りて体勢を立て直すフランだが、その体からは黒い液体がとめどなく垂れ落ちている。

 

「そろそろ良いだろ」

「ッ!」

 

私がフランに向けて一歩踏み出すと、フランの周りを黒い液体が囲んで覆いつくし、化け物のような形を取る。

だけど構わず、その黒い液体の中に腕を突っ込む。

 

「グギャアアァア!!」

「うっせえなぁ」

 

およそこの世のものとは思えない叫び声を上げながら、黒い液体を棘のようにして私の体に突き刺してくる。

避けようもなく体を貫通する棘、だけれど構わず、黒い液体の中で掴んだそれを引き抜く。

 

「グァ——」

 

私がそれを引き抜いたと同時に、黒い液体が一気に崩れ落ちた。

それでもまだこちらに伸びてこようとしたので、なけなしの妖力で妖力弾を使って爆破しておく。

 

くっそあいつ……体に穴空いてるじゃねえか、くっそいてぇ……

 

でも今は……

 

「ようやっと会えたな。初めまして、フランドール」

 

黒い液体から引き抜かれ、呆然と立ち尽くしているフランに向き直る。

 

「………なんで」

「ん?」

「なんで……私を……」

「なんで、って……」

「私は自分から部屋に閉じこもってたのに、なんで……なんでこんなことするの!!」

 

大声で捲し立てられる。

 

「出たくなかった!出たら何か大切なものを壊しちゃうから!だから閉じこもってたのに……外に出たくなかったのに……なんで!!」

「アホか!人の目ん玉くり抜いて内臓ぶちまけておいて何が外に出たくねえだ!まず謝罪から入れアホ!」

 

負けじとこちらも大声で叫ぶ。

 

「………私なんかいない方がいいんだ。いてもみんなに迷惑かけるだけ。それならいっそ死んだ方が……」

「………それ、本気か?」

「……え?」

「本気で言ってんのか?」

 

正面からじっとフランの顔を見つめる。

 

「なんで私がここに来たかわかるか?」

「………」

「お前を助けてくれって頼まれたからだよ」

 

下を向いたまま何も言葉を発さなくなったフラン、それでも構わず話を続ける。

 

「お前を救ってほしいって思ってる奴がいるから、私がここに来たんだよ。お前にいて欲しいって奴がいるから、今ここで私がこうしてるんだよ」

 

相変わらず下を向いているフラン。

 

「それでも自分は死んだ方がいいって思うのか?お前は。誰かに必要とされているってのに」

「私は、そんなの………」

「自分はそんなの頼んじゃいないってか?私には聞こえたぞ、お前の助けてって声が」

「………」

「ありとあらゆるものを破壊する能力だっけ?あれが不発だったのも、お前があの黒いドロドロしてる狂気に飲み込まれずに抵抗したから。違うか?」

「………」

 

救われたいと思っているはずだ、フラン自身も。

 

「素直になりなよ」

 

説き伏せるように、そう伝える。

 

「でも……いても迷惑をかけるだけの私が、生きてる意味なんて……」

 

生きてる意味、ねぇ。

 

「……私は、今まで数百年、いろんな人と会って、いろんなことがあって、いろんなことをしてきたけど、生きてる意味なんてのはこれっぽっちも分からなかった。そりゃ、ずっと部屋に閉じこもってるお前が分からないのも無理ないと思うよ」

 

この世界でただ1人浮いてる、私という存在。

 

「なら……」

「でもさ、生きてる意味なんてきっと、本当は必要ない」

「……え?」

 

あっけに取られたような表情のフラン。

 

「それより必要なのは、生きる理由だと思う」

「理由?」

「うん。生きてる意味……存在意義なんて、そんなもの。知ろうとして知れるものでも、探して見つかるものでも無いと思う。いつか自然と、自覚するもんなんだと思うよ」

「………」

「って言ってる私もまだ見つけられてないけどね」

 

生きてる意味、存在意義。

何を成し遂げるためにこの世に生まれてきたのか。

重要な物だとは思うが、必ずしも必要じゃ無い。

 

「でもさ、生きてる意味はわからなくても、生きる理由……生きたいと思える理由は、わかると思うんだよ」

「生きたいと思える理由…」

「なんでもいいんだよ、やりたいことがある、好きな人がいる、大切なものがある………私は、ただ単に生きたい。友達と、みんなと、何気ない日常を送りたい。ただ1人が嫌なだけで………だから誰かと笑っていたい」

 

それが、この世界から浮いている私が、この世界で生きていたいと思える理由。

 

「フランはある?そんな理由」

「私は……私は………」

 

なんとなく、この子は私と同じところがあると思う。

 

自分が誰かに迷惑をかけることが耐えられなくて、存在自体が要らないように思えて。

それでどうしようもないほど、自分が嫌いになる。

 

「それでも……私が生きてるだけで誰かを傷つけてしまうなら……」

「勘違いしてるよ、お前は」

「……勘違い?」

「別に迷惑かけても、傷つけてもいいんだよ。お前が必死なら。お前の周りの人はきっとそれを咎めない」

「………」

 

フランの体が少し、震えている。

 

「私は羨ましいよ、お前が」

「羨ましい?私が?」

 

素っ頓狂な声を上げて、思わず顔をあげるフラン。

 

「だってさ、お前のこと気にかけてくれる人が、ちゃんといるんだよ?お前のことを死ぬほど心配する姉がいるんだよ?」

 

また下を向くフラン。

 

ここに来る前に見た、レミリアの表情。2人がどんな人生を送ってきたのかは知らないけれど、それでもフランのことを想っているっていうのは私にも伝わってきた。

 

「私には親も兄弟もいないからさ……友達ならいるんだけどね。それでも所詮友達は友達だ、家族とは違う」

 

孤独感、疎外感。

 

この世界に生きている限り、それは私に付き纏うのだろう。誰かと一緒にいようと、それが満たされることはない。

 

「でもお前にはいるだろ?お前を想ってくれる人。姉ちゃんに限らずさ」

 

周囲の景色が変わる。

まるでフランの心を投影しているかのように。

 

部屋は明るくなり、周囲にはパチュリーやレミリア、門番や……なんか知らない人も何人かいるけど、とにかく笑顔でフランの周りを囲んでいる。

 

「ちゃんと想われてるよ、お前は」

「………居ても、いいの?」

「それは私が決めることじゃないんだけども……まあ、一つ言うなら」

 

まだ穴の塞がらない体の痛みを堪え、息を整えて、かつて言われたその言葉を思い出す。

 

「幻想郷は全てを受け入れる、らしいよ?」

 

かつて紫さんに言われたその言葉。

私の存在を肯定してくれる言葉を、フランにも投げかける。

 

「私みたいな異物がいても許されるんだ、お前だってきっと……ね」

 

私の言葉を聞いて、ずっと下を向いていたフランが顔をあげる。

 

 

 

「………ありがとう」

「ん、どういたしまして」

 

その顔はぎこちないながらも、心の底から笑っているように見えた。

 

「……それで、どうするあれ」

 

部屋の片隅で小さくなっている狂気の塊を指差す。

 

「ここで私が消しても……」

「ううん、いいよ」

「…そうなの?」

「あれも私だから」

「……そっか」

 

自分の負の部分とちゃんと向き合おうとしてるんだ、立派なもんだ。

 

「……それじゃあ、帰ろうか」

「……うん!」

 

威勢のいいその返事を聞いた私は、フランと一緒に部屋の扉を開けた。



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後先考えなかった結果の毛玉

 

 

 

………………んあ?

 

………多分、起きた。

 

………起きたん、だけど………

 

……今の体………毛玉………

 

え、なにどう言う状況?

えーと、えーと……な、何があったんだっけ?

ダメだ記憶が曖昧な上に頭が痛い。いや、今毛玉なんだけども。

 

………というか本当になんで毛玉?

 

………そしてなんで鳥籠の中!?え、本当になんで!?

 

『私が説明しよう』

 

お、お前は………誰だ!

 

『冗談でもそういうこと言うのやめてくれない?自分に忘れられるとか洒落にならないから』

 

なんかごめんよ。

 

『………周りの風景よく見て、どこかわかる?』

 

もう1人の私の言った通りに周囲を見渡す。

鳥籠越しに見えるその景色は見覚えのある家の中……だけど私の家じゃない、アリスさんのだ。

 

『そう。そして次、どこまで覚えてる?』

 

どこまで……どこまで……

えーと確か……吸血鬼が侵略してきて……なんか趣味悪そうな紅い館にカチコミに行って……なんかやたらとバイオレンスな吸血鬼にスプラッター映画みたいなことされて……

 

で、なんやかんやでその吸血鬼……フランの中でなんやかんやあって………

 

『……まあ、そこまで覚えてるなら上出来かな』

 

そこまで、って、どういうこと?

 

『落ち着いて聞いてね』

 

うん?うん。

 

『君はずっと昏睡状態だったんだ』

 

毛玉の姿で?

 

『毛玉の姿で。それでどのくらい経ったと思う?』

 

うーむ……長くても2週間くらい?

 

『3ヶ月』

 

は?

 

…………はあ!?

いやいやちょっと待ってちょっと待って今3ヶ月って言った?嘘じゃんありえないって。え、じゃあなに私3ヶ月もの間鳥籠の中でひたすら毛玉の状態で浮いてたってこと?いやどういうことよ!てか昏睡状態になった理由もイマイチわかってないのに3ヶ月っておま……おまそれどういうことやねん!3ヶ月ってどのくらいかわかってんのか!季節変わってるぞおい!すっかり季節も移り変わってるよ!?それを!?私は!?寝て過ごしたと!?もうわけわかんねえよお!!!

 

『落ち着いて聞いてって言ったのに』

 

これが落ち着いてられるかぁ!

………まあ落ち着いたけども。

 

『………じゃ、説明するよ』

 

そうして、アリスさんの部屋の中を鳥籠の中から見渡しながら、頭の中に響く自分の声を聞いていた。

 

結局フランはあれで解決したそう。何が最善手かわからないまま好き勝手やってしまったが、まあ解決したならそれでいい。

で、問題はその後のようだ。

 

『君、魂だけの状態でかなり激しい戦闘したよね?』

 

ん?んー………多分。

 

『………フランの中から帰ってきた時、君とんでもなく重症だったんだよ?』

 

重症?たかが体に穴空いてたくらいで?

 

『………君さあ、私がいうのもなんだけど本当に感覚狂ってるね』

 

呆れたような声を出される。

自分の声に呆れられるこの状況………まあそれはおいといて。

 

『いい?その穴が空いてた体っていうのは君の魂自身なんだよ。この爆速再生で脳死で突っ込める体とはちがって君の魂そのもの。それが穴あきで帰ってきたらどうなる?』

 

………あー……そういう……

 

『まあそのくらいのことは私も予想してたからよかったよ。君の魂が回復するまでの間私が代わりに生活しておこうと思ったよ』

 

お?成り代わりか?やっぱりそういう奴だったんか?

 

『………』

 

………あ、続きどうぞ。

 

『…で。君が帰ってきた時は妖力はスカンピンだった。まあそれはいいよ?でもさ、残ってた体はどんな状態だったか覚えてる?』

 

………あ。

ないね……内臓いくつかないね……

 

『そう、そうなんだよ、なかったんだよ。妖力ないと再生もままならないし。でも肝心の妖力も君の魂が復活するまでは回復しないし、でも胃とか腸とかない状態で生活できないじゃん!君が内臓放っておくからさあ!』

 

うっせえわ!お前だってそれに賛同したやんけ!終わったことごちゃごちゃ言ってんじゃねえよ!

 

『あの後幽香さんとアリスさんとルーミアさんに全部説明したの私だよ!?君はずっと寝てたから終わったことなんて言えるんだよ!あの3人に詰められて質問攻めにされる気持ちわかる!?』

 

わかるけど!わかるけどしょうがないじゃん!フランの中にいた時はそうするしかなかったんだしさあ!

 

『第一君は後先考えなさすぎだよ!』

 

うるせえテメェも私だろうが!!

 

『………』

 

………

やめよう、自分に文句言ってもしょうがないわ。

………で、そこから3ヶ月間どうしてたの?

 

『なにぶん内臓がないからね、普段は毛玉状態でって感じだよ。話が必要な時だけ普通の体に戻るけど、体力がどんどん削られていくし私自身普通に辛かったからね。毛玉の状態で君が回復するのをずっと待ってた』

 

………で、なんで鳥籠?

 

『アリスさんがずっと毛玉の状態でいられるのが不安だからってさ』

 

だからって鳥籠の中入れる?

 

『私も君の回復を早めるためにできるだけ何もしないようにしてたから、別に鳥籠の中にいてもいなくても何もしてなかっただろうしね』

 

そっか……迷惑かけたね。

 

『ほんとだよ』

 

………で、ここからどうやって出んの。

 

『鳥籠を浮かすと網の部分だけ浮くようになってるから、それで出られるよ』

 

そんな鳥籠すら自力では出られないであろう毛玉って……

毛玉の貧弱さを感じながらも、言われた通りに鳥籠の網の部分だけを浮かせて鳥籠の外に出た。

 

うーむ……3ヶ月経ったという実感が全くない。

 

「よいしょ」

 

とりあえず体を出してみる。

……あ、左腕ないなこれ。

でも体に異常は……

 

「うっ」

 

体に激しい痛みととんでもない気持ち悪さが走ったので毛玉に戻る。

そっか内臓ないんだもんな……とりあえず次体を出したら直ぐに再生を……

 

『今の妖力の量確認してみなよ』

 

今の量?

えーとどれどれ……

 

…………

 

ぜんっぜんないやんけ!すっからかんやないかい!

 

『今の量じゃ再生もままならないね。しかも腕とか足ならともなく結構複雑な内臓だから時間もかかるし、急速再生しようと思えばそれなりの妖力も必要になる。つまり……』

 

つまり……?

 

『しばらくそのまま』

 

ちくしょうめ!

 

 

 

 

 

 

 

すごく久しぶりだなあこの感覚。

文字通り手も足も出ず、出来ることはちょっと動いたり物を浮かせたりする程度。

 

基本ずっと人の形で生きてきたせいか、これはこれで新鮮ではある。

 

何せ私、毛玉の状態なんて攻撃の回避くらいにしか使ってこなかったからなあ……だって不便なんだもの。

そう考えたらこの世界に来て数日で体を手に入れられたのはすごく運が良かったのかもしれない。

 

というか運いいな、絶対いい。

たまたま魂が二つあって、最初のチルノの霊力はまだしも2番目が幽香さんの妖力だよ、大当たりだよ、ガチャでいうならSSR引いてるよ。

 

………もしもの話。

会ったのが幽香さんじゃなくて紫さんだったら、私もあんなふうに空間の裂け目を作り出したりできたのだろうか。

 

「………ん?」

 

私じゃない誰かの声がする、そもそも私今毛玉だから声出せないけれど。

まあこの家にいるのなんてアリスさんくらいだが。

 

「おっ……アリスー!毛糸が出てきてるぜー!」

 

魔理沙じゃねえか。

いや確かにいてもおかしくはないけど……なんでいるの?

 

「しっかしこれが本当に毛糸なのかー?おい、なんとか言ってみろよ、おい、おいおいおいおい」

 

やめろつつくなしばくぞ。

でもそうか、この姿魔理沙に見せたことなかったんだっけ。というかあんまり人に見せてないなそういや。

まあ見せたところでなんだって話だし。

 

「ようやく目覚めたみたいね……3ヶ月よ3ヶ月」

「そうだよ、霊夢が心配してたぜ?」

「あなたも心配してここに見に来てるんでしょうに」

 

心配……そうか、心配かぁ………

 

やべえ、なんか文にキレられる未来が見える。というか、3ヶ月も音信不通なら大概の知り合いにキレられそうなんだけど。どうしようみんなの呆れ顔が目に浮かぶ。冷ややかな視線を向けれる未来が視える。

 

「その様子だとまだ話せないみたいね……魔理沙もういいでしょ、帰ってなさい」

「えー……」

「私はこの阿呆と話があるの」

「わかったよ、じゃあな阿呆」

 

キレそう。

阿呆言うな阿呆って………まあ実際アホなんでしょうけども。

阿呆と連呼しながら魔理沙は家を出て行った。あいつ今度しばく。

 

「………さて、どこまで覚えてるのかしら。それとももう1人の自分に大方のことは聞いた?」

「聞いた」

 

一瞬だけ元の体に戻って言葉を発する。側から見たらわけのわからない光景だろうが仕方ない。

 

「そう。……まあ、私から言うことは特にないわ」

 

なん………だと…………

お咎め……なし!?

 

「マジすか」

「えぇ。まあ説明不足に最初のうちは少し腹が立ったけど……あなたがやりたいことだったんでしょう?流石に3ヶ月もそのままってのには驚いたけれど」

 

私が一番驚いたと思う。

気がついたら3ヶ月経ってたんだもん、内臓無くなったまま3ヶ月経ってたんだもん。

 

「あなたはやりたいことをやって、それを成し遂げた。そしてそれによってあの子……フランドールは救われた、それで十分なんじゃない?」

 

フランかぁ………今どうしてるんだろうか。

 

「まあ私はそう割り切ってるけど、他の人は知らないから。あなたがきっちり自分で説明しなさいな」

 

うげぇ………また縛られてみんなに囲まれて問い詰められるのか……ま、まあとりあえず普通の体で生活できるようになるまではどうしようもないから……うん……

 

……そういや結局戦いってどうなったんだっけ。

 

『君がフランの中から帰ってきた後紅魔館側は降伏、残った眷属やら吸血鬼やらも今現在討伐中だよ』

 

残党狩りかぁ……まあ当然だろうか。

 

「そういえば私、あなたが目覚めたら連絡寄越すようにって、あの鴉天狗に言われてるんだけど、どうする?」

 

文じゃん……確定で文じゃん………

 

「今内臓ないから少し待って」

「そう、わかったわ」

 

我ながら今内臓ないって意味わかんねえな……いや、心臓とかはあるけれども。

 

それにしても、これからどうしようか……毛玉の状態で外で歩くの怖いしな……妖力回復するまでこの中でじーっとしてなきゃならないし。

 

…………結局暇じゃねーか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

紅茶を飲んでいるアリスさんを見つめながら浮遊する。何も考えずに浮遊する。することないから浮遊する。

つまり暇、すごく暇。

 

………結局何日経てば元に戻れるのこれ。

 

『意識戻ったとはいえ君の魂がまだ完全に回復したわけじゃないしなあ……あと数日はそのままじゃないかな』

 

きっつぅ………数日も毛玉のままとか、それこそ本当に幻想郷に転生してきた最初の頃くらいしかないぞ。

あの頃なんか暇と混乱が凄すぎて思考回路がバグってたような……いや、今も大概イカれてるか、うん。

 

「あ、そうだ忘れてた」

 

アリスさんが思い出したように突然呟く。

 

「あれ預かってたんだった」

 

アリスさんが手先をちょいちょいと動かすと、奥の部屋から人形が何人か飛んできた。

その人形たちがアリスさんの言っている預かっていたものらしい。

 

「これ、大切なものでしょう?」

 

アリスさんが私の前に運んできたのは、りんさんの刀とにとりんたちに使ってもらった左腕の義手だ。

間違いなく私にとって大切なもの。

 

「義手も放っておいたままにするわけにはいかないし、そのまま持って帰ってきたけど……なんなのあの刀、なんで夜中になったら1人でに動き出すのよ」

 

それは……まあ………しょうがないね。

というか………

 

「今渡されても困るからまだ持っといて」

「捨てていい?」

「泣く」

 

流石にその刀紛失するようなことがあったら私何するかわからんぞ……無くしたくないから常に手元に置くようにしてるのに。

それはともかくとして、持ってくれていたのは純粋に感謝だ。

それにしてもあの刀本当によく折れないな……いくら使っても刃こぼれとかもする様子ないし……

 

手入れ要らずの妖刀とか、随分都合のいいもんだな、おい。

 

「………まあいいわ、治るまでここにいなさいな」

 

ありがとうございます……アリスさんには本当にもうお世話になってばっかりで………

今回もパチュリーとの戦いで一緒に居なかったら勝ててたかわからなかったし、勝てたとしても妖力足りてなくてそのあとのフランで今より酷いことになってた可能性が高い。

 

……私、この人が本気出してるとか見たことないんだけど、実際どのくらい強いんだろうか。

 

案外この人みたいに、自分強くないですよーアピールしてる奴がめっちゃ強かったりするからなあ……

まあ本当の実力出さずに済むならそれに越したことないんだと思うけど。

 

………この状態だと喋れないし手足ないし何も口にできないしで、本当にやることない。

寝れはするんだけど………寝る以外のことは逆になにも……せいぜいものを浮かせて遊ぶくらいだ。

 

 

よし、寝よう。

やることなくなったら寝るのが一番だようん。

 

 



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家に帰った毛玉

 

我復活。

 

「自由だ〜!」

 

内臓完治!元気いっぱい!しかし妖力すっからかん!

まさか起きてから全回復するまで三日もかかるとは……三日間何もせずにいるのは気が狂いそうになったぜ………

 

アリスさんが定期的にちょっかいかけてきてイラつかせてこなかったら発狂してたかもしれない。体ないけど。

 

「そう、よかったわね」

 

思わず扉の外に出て空に向かって叫んでしまった私を呆れたように見るアリスさん。

 

「これでいつも通りの生活が送れるぜ!はーはっはっはっは……はぁ」

「どうしたのよ」

「いやね……これから知り合いに対して説明祭りが待ち構えていると思うと……もうしばらく毛玉のままでここいていいかな」

「ダメ帰って」

「ですよねぇ〜」

 

とりあえすアリスさんから義手と刀を預かる。

 

「それじゃ、天狗の方にはあなたからお願いね。結局連絡しなかったし」

「はいはいー、お世話になりました。また今度何か礼を……できたらするよ」

「じゃあ実験の被験者にでも…」

「さいなら!」

 

逃げた。

 

 

 

 

なんとなく毛玉状態で空を飛んで移動する。

いや、理由はあるよ?

だって今の服装とんでもないことなってるんだもん、血みどろだわ破れてるわボロボロだわ……流石にこんな服装で空を飛ぶ勇気はない。

 

というわけで、最初は自宅に直行しようと思う。服欲しいしなんか食いたい。

 

義手はとりあえず左腕に付けるだけ付けて浮かしておくことにする。霊力が妖力かないと動かせないし、というか割とボロボロであんまり動かすとそのまあま崩れそうだし。

 

とりあえず家に帰れば服あるし義手あるし食べ物ある……いやまて3ヶ月経ってるんだぞ、ろくに食い物残ってない、というか全部腐ってるだろ。

 

………まあ、うん。

 

行ってから考えよう。

 

 

 

 

 

 

 

「……案外無事だねぇ」

 

戦いに行く前とそう変わらない我が家の姿を見て安堵する。

正直あの戦いに巻き込まれてたらどうしようかと思ったけど、無事だったようで何よりだ。

くる時にりんさんの墓もチェックしておいたけど、こっちも大丈夫だった。

 

「まあ、中が荒らされてる可能性もなくもないし……」

 

中に敵が潜んでるかもしれない。

………まあ流石にいないか。

 

もう色々面倒くさくなったので扉を勢い開ける。 

 

「ただいまァ!!」

「あ、おかえりー」

「………ふぁ!?」

 

誰もいないと思って大声でただいまって言ったらおかえりって帰ってきた……というか、この声は……

 

「ルーミア?さん?なんでここに」

「留守番ー」

 

この感じはルーミアの方か……まあ今昼間だしな。あの人出てこようと思えば割と自由に出てこられるらしいけど。

 

「留守番って、誰に頼まれたのさ」

「私」

「……あ、ルーミアさん?」

 

ややこしいことこの上ないな……

まあ、あれか、ルーミアさんが私の家のこと気遣って、こっちのルーミアに留守番をするように頼んだってことか。

 

「留守番してくれてたのはありがたいけど……何も変なことしてないよね?」

「んー………多分」

 

多分って……まあ家も見た感じ普段通りって感じだし、多分大したことはされてないだろう。

 

「置いてあった食べ物全部食べた以外は、なにも」

「あっふーん………まあ腐らせるよりマシかぁ」

 

3ヶ月も食える分だけの食糧が置いてあったとは思えないし、食うだけ食ってあとは普段通りに過ごしてたって感じかなあ。

 

「まあ食べ物を大切にするのはいいことだよな、うん」

「そーなのかー」

「……ひっっさびさに聞いたな、それ。流行らんよ?」

「流行れー」

 

絶対流行らん。

しかしあれだな、やっぱりあっちのルーミアさんとこっちのルーミアじゃまるで別人だな、こうも違うものなのか。

 

私ならかなり恥ずかしい。

 

「ふごっ」

「おっイノイアか、久しぶっへぇ!」

 

突進食らった、突進食らったって。

 

「おい何すん………あー」

「ふご……」

 

どうやらこいつも心配してくれていたらしい。確かにいつもより遥かに優しい突進だったしな……気遣ってくれてたんだろうか。

 

「悪かったな……ルーミア怖かったろうに」

「ふごぉ」

「何か言ったー?」

「言ってないー」

「そーなのかー」

 

イノシシにはまた後でしっかりかまってやるとして………

 

「とりあえず服だよ服………ルーミア、本当に他のものに手を出してないよな」

「食い物以外興味なーい」

「へー」

 

まあ人喰われるよりは私の家の食べ物を食べてる方が全然いいけどさ。

……こういう人喰い妖怪たちの食糧って供給制だかなんだかって聞いたけど、一体どこからそんなもん持ってきてるのだろうか………

 

ふむ……人里では誰かがいなくなったとかそんな話は聞かんし………あれか、外の世界の人間なのかもしかして。

今の外の世界が私がいた頃と同じくらいの時代だとしたら人間もかなりいるだろうし、もしかして行方不明だとか、そういう感じのニュースとかって紫さんが幻想郷に連れてきて妖怪たちに喰わせてるんじゃあ………

 

 

うん、やめとこ。

知らない方がいいこともあるよね、ウン。

 

「ルーミアこっちみんなよー」

「わかったー」

 

別に見られて困るものでもないけれども。

 

ふーむ………3ヶ月だろ?季節も変わってるし服も閉まってるやつ使わなきゃ気候に合わないからな。

 

「お、あったあった」

 

ふむ……まあそこまで暑いわけでもないし、長袖でも別にいいか。

 

とりあえず服脱いで………む、誰か来——

 

「やっと目覚めたんで——」

「セーフゥ!何見てんだコルァ!」

「え、あ——ひぃ!?」

 

あ、逃げた。

ギリギリ生まれたままの姿を見られずに済んだが………妖力足りなくて腕にしか妖力入らなかった。

 

踏み込みができたらちゃんと殴れたのに。

 

……とりあえず着替えよう、うん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、いきなり人の着替えてるところ覗くとかどういう了見だ、アァ?」

「い、いやー……まさか帰ってきて早々着替えてるとは思わないじゃないですか」

「ルーミアこいつ喰っていいぞ」

「勘弁してください」

 

とりあえず正座させて恫喝しておく。

 

「………まあ、冗談だけど」

「冗談で妖力込めて殴りかかるんですかあなた」

「こっちだってびっくりしたんだよ。てか見りゃわかるでしょこの服、穴だらけじゃん、血みどろじゃん、そりゃ着替えるでしょ」

 

あれだな、やっぱりちゃんとした服着ると気分も良くなるな、うん。

 

「別に私ガキみたいな体型してるし見られたところでだよ」

「じゃなんで殴りかかってくるんですか」

「びっくりしたからって言ってるだろ」

「びっくりしたら妖力込めて殴りかかってくるんですか」

「そりゃあ突然背後取られたら反射的に殴るよ、当たり前じゃん。つか私悪くねえから、急に押しかけてくるお前が悪いから」

「いやそれは……はい、すみませんでした」

 

……毛玉の裸って意味わからんな、まあええか。

 

「……というか、多分謝らなきゃいけないの私だよなあ」

「えぇまあ……本来なら怒ってる雰囲気で押しかけるつもりだったんですけど完全に勢い削がれました」

「なんで私が帰ってるって?」

「椛から連絡ありまして」

「なるほど」

 

便利なもんだなあ千里先が見えるって。

千里眼って言っていいのかなあれ。………私の目に移植したら使えたりするんだろうか。

 

「まあとにかく、今回は今まで以上に無茶したみたいで」

「いや、今回は死にかけてないから。前の方がマジで死ぬ寸前まで行ったから」

「そういう問題じゃないですし、3ヶ月も動けなかったんじゃないですか」

「しゃあないじゃん物理的な精神的ダメージ受けてたんだから」

「物理的なのか精神的なのかはっきりしてください」

「物理的な精神的」

「あぁはいもういいです」

 

なぜ呆れられなければいけない。

魂の体に直接攻撃入ってこうなったんだから物理的な精神的ダメージで合ってると思うんだけど?

……何を言ってるんだ私は。

 

「まあいつもみたいに訳のわからないこと言えてるのを見る限りでは、大丈夫そうで安心しました」

「実際、妖力がすっからかんなこと以外は大丈夫だよ」

「事の顛末はアリスさんから聞きました。よくもまあそんな見ず知らずの、それも敵勢力の妖怪にそこまで出来ますね」

「うん、それな」

「ふざけてるんですか」

「うん」

「引っ叩きますよ」

 

まあ実際、自分でもよくそこまでするな、とは思う。

 

「というか、本当にどこにも異常ないんですよね?」

「ないない」

「以前は左腕動かなくなってたじゃないですか」

「ないない、今回に至ってはないない」

 

ちゃんと内臓あるからオッケィ。

 

「あそうだ、私のことなんかどうでもよくって」

「よくないから私がここに訪ねてきたんですけど」

「妖怪の山はどうなった?みんな無事?」

「……まあはい、無事ですよ?どこかの誰かさんが敵の本隊を蹴散らしてたおかげでこっちまできたのは烏合の衆でしたし」

 

鴉天狗のお前が烏合の衆って言うのか……いやまあそれは置いておいて。

 

「じゃ、みんな無事なんだな?」

「はい、大した損害もなく、今はいつも通りの日常ですよ」

「そっかぁ……」

 

いやあ、別に私がどうなろうが知ったこっちゃないけど、みんなが無事でよかった。

あとは………

 

「地底と博麗の巫女を気にしてるようなら、その心配は必要ないですよ」

「なぜわかった」

「気にしてそうな顔してたので。地底に入り込んでいった敵は確認できませんでしたし、人里も博麗の巫女も無事だったそうで。まあ数はそこそこありましたけど、大概雑魚でしたからね」

 

つまりあのフランはマジでヤバい奴だったと。

 

そう考えたら戦力紅魔館に集中し過ぎじゃね?やっぱり最初から他のやつは切り捨てるつもりだったのか……結構えぐいな。

 

「……で、これからどうするんです?」

「どう、とは」

「椛たちには私から説明しておきますけど、他の方々には直接話をしてくださいよ?」

「他の方々……あぁ」

 

そういやそうだ。

とりあえず話をしなきゃいけない相手がいる。

 

「では私はこの辺で。落ち着いたらまたじっくり話しましょう」

「そうだね、さよなら」

 

そう言って文は外へ出て妖怪の山へと帰っていった。

やっぱめちゃくちゃ早いよなあいつ……

そして……

 

「おい起きろルーミア、起きろー」

「ぐぅ……」

 

やけに静かだなと思ったら寝てやがったこいつ。

 

「おい起きろって……チッこのアホが」

「あぁん?」

「んぴっ」

「………ぐぅ」

 

い、今一瞬ルーミアさん出てたって、完全に私に圧かけてきてたって、マジ怖かったって。

 

「……そっとしとこ」

 

さてまあ……あの2人探すかぁ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、いた」

 

あの2人は大体一緒にいる。

本当に仲のいいようで正直羨ましい。

 

「おーい、チルノー、大ちゃーん」

 

あ、こっち気づい………おっとぉ?

2人ともものすごい勢いでこっちに飛んできてるなあ?うーん……ちょっと顔が怖いねえ?

 

「ちょまっ、おちっ、落ち着けぇ!」

「うおりゃああああ!!」

「おっふぅ!?」

 

チルノの突進を左腕につけておいた日常用の義手で防御する。

しかしながら普通に体が貧弱なので押し負け、はねられて地面に激突した。

なんでみんな私に突進したがるんだ。

 

「おい……今私貧弱なんだから手加減しろ」

「とりあえず縛っていいですか」

「なんで!?………いや顔がマジだよ大ちゃん!?」

 

やだこの子たち怖い………

 

「心配したんですよ、私もチルノちゃんも……というかみんなで」

「それはごめん………チルノもごめんな」

「ふんっ!ふんっ!」

「やめい殴るな普通に痛い」

 

チルノが言語を捨てて暴力を振るってくる。

 

「ふんぐぅ!」

「やめろって言ってんだろ!痛えんだよ!」

「うっさいばーか!」

「はあ!?バカですけど何か!?」

「否定しないんですね」

 

否定できないし。

 

「チルノちゃん、そのくらいにしてあげなよ」

「子分が勝手にいろいろやりやがって!」

「あぁもう悪かったって………」

「ふんっ!!」

「ごべっ!」

「チルノちゃんチルノちゃん、毛糸さん死んじゃう」

 

せめて霊力で防御した方がいいな……普通の人間より貧弱なこの体じゃチルノの打撃もしっかり効く。

 

「心配かけたのは謝るから、もう勘弁してくれ……」

「………ふん」

 

え、何私嫌われた?そっぽ向かれたんだけど。

やだ普通に心にくる………

 

「チルノちゃん、ずっと心配してたんですよ、毎日気がかりな様子で」

「マジ?」

「マジです」

「そっかぁ……」

 

まあ、以前数十年くらい離れてた頃は、ちゃんと別れの挨拶してからだったと思うし、今回みたいに突然寝たきりとかなったら、そりゃあ心配するか。

 

「……ごめんよ」

「別に全然気にしてないけど!」

 

気にしてるやつやんそれ。

てか気にしてないなら殴りかかってこないで。

……でも。

 

「……はは」

「どうしました?」

「いや……ちょっとね」

 

フランの中で改めて感じた孤独感。

正直言って、改めて自分の存在を確認して、少しばかり気分が落ち込んでいた。

 

やっぱり自分は必要なのかと。

何を成そうと、誰と関わろうと、それの確証を得ることができずにいた。

 

けれど。

 

「悩み事があったけど……ちょっとだけ、どうでもいいかなって思えた」

 

大ちゃんやチルノもそうだし、文やアリスさん、他のみんなもだ。

 

これだけの人に心配してもらえて、想ってもらえて。

 

「幸せだな〜、って」

「………そうですか」

 

フランに偉そうに語ってたくせに、私自身自信がなかったようだ。

でも今この瞬間は、それを感じていられる。

私は独りじゃないんだと。



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同じくらいだった毛玉

 

「そっちも色々大変だったんだな」

「まあね」

 

巫女さんと居間で久しぶりに顔を合わせる。

 

「私が寝たきりってのは聞いてたんでしょ?誰から?」

「紫」

「あぁ〜………そういやあの人お礼の一つも言いにこないんだけど。私結構頑張ったのに何も言いにこないんだけど。頼んできたのあっちのくせに」

「どうもありがとう〜」

「へぁ!?」

な、なんか背後から突然声が………でも誰もいない。

紫さんか…….?

 

「あの胡散臭いの権化、いつどこで聞いてるかわからないから気をつけろよ」

「お、おっす………霊夢はどう?」

「あぁ、一応勉強になるかと思って戦いには連れて行ったんだ。ある程度の自衛ならできるし、見るだけなら問題ないかってな。だけど……」

「だけど……?」

「少々、刺激が強かったみたいでな」

「あー……」

 

まあこのくらいの子供に目の前で残虐シーンを見せたら、そりゃあショッキングだろう。

 

「博麗の巫女になるんだから、慣れててもらわなきゃ困るんだがな」

「何度か実践に連れて行って慣れさせる?」

「もしくはお前が代わりに私にめちゃくちゃにされるかだ」

「それでも別にいいよ?」

「……冗談のつもりだったんだが?」

 

腕取れるなんて日常茶飯事ですし、そっちの方が安全だろう。

 

「……まあ、ぼちぼちやっていくさ。吸血鬼の残党もまだ残ってるって噂だし、そいつらを退治でもするかな」

「じゃあ私もそれ手伝うよ。……今はまだ妖力ないからまた今度だけどね」

「そうか、悪いな」

「じゃ、そろそろ帰るよ」

「霊夢にも顔見せてやれよ」

「へーい」

 

懐から木彫りの花のアクセサリーを取り出す。

正直、あの戦いでこれが残ってたの本当に奇跡だと思う、壊れててもおかしくなかった。

思い出の品だし、危険がありそうな時は家に置いておこう。

 

っと、今は霊夢だな。

 

 

 

 

神社の裏側に回ると、霊夢が静かに空を見上げていた。

 

「ん、どうかした?」

「特に何も」

「そっか。前の時は大丈夫だった?」

「私は別に。というか大丈夫じゃなかったのはそっちでしょう?」

「まあそうだけど」

 

うーむ……私って、大丈夫だったかと質問できる立場にないのかもしれない。むしろ質問される側なんだろうな。

 

霊夢の様子を改めて伺う。

平静を装っているが、何か悩みがあるように見える。………見えなくもない。

正直全然わからんけど、空を見上げていたところを見ると何かしらあってもおかしくないんじゃないか?

 

「何か悩みとかあったら聞くよ?」

「………」

 

下を向いてしまった。

あれか?そんなに仲良くないとかそういうあれなのか?お姉さん傷ついちゃうよ?

お姉さんって呼ばれるような見た目してないけど。

 

「……ずっと昔からああなの?」

「へ?」

「ずっと昔から、あんな風に腕が吹っ飛んだり、内臓が飛び散ったらするものなの?戦いって」

 

あっちゃー……スプラッター映像引きずってるなこりゃ。まあそりゃそうか、私だって自分の内臓見ていい気はしなかったもん。

 

「まあ、そんなもんかな。中には跡形もなく消されたり地面のシミになったりしたことも………」

「………」

「おっとごめん」

 

思いっきりいやな顔をされた。

 

「……私は嫌だ、そういうの」

「だろうねぇ」

「あの人も昔っからあんな戦いに身を置いていて……そんなこと続けていたらいつか……」

 

巫女さんのことを心配しているようだ。

その気持ちは痛いほどわかる。いや、私はもう既に失ってしまってるか。

 

りんさんもずっとあんな戦いに身を置いていて、どんどん体を傷つけて行って……最期にはもうボロボロだった。

 

「変えたい」

「ん?」

「幻想郷を変えたい、残酷な世界じゃなくしたい」

「………」

 

新しい、というか。

子供らしい、というか。

 

私のように、そういう世界で長い間生きていた奴からは出てこない発想だ。

そもそもの世界の在り方を変えようとするような……そんなことを。

 

「妖怪だってみんながみんな話ができないわけじゃない。毛糸みたいなのもいる。それならもっといいやり方があるはずで……」

 

現状への苦悩。

まだ幼いその悩んでいる顔が、私にはなんだか輝いて見えて。

 

「そっか……変えたいか。それならもっと強くならなきゃな。どんな相手でもいうことを聞かせられるくらいに」

「修行かあ……」

 

憂鬱そうに呟く霊夢。

こいつやればできるくせに中々やる気出さないんだよなあ……

 

「ま、お前がちゃんと成長するまでの間、巫女さんは私が守っておいてやるからさ、安心しなって」

「……本当にぃ?」

「………多分!」

「なによそれ……ふふっ」

 

少しだけ笑った霊夢。

……少しは気が楽になっただろうか。

 

「それじゃまた」

 

 

 

霊夢に別れの挨拶をして博麗神社から出る。

 

「おいおい、誰が誰を守るってぇ?」

「ぅ……聞いてたんかい」

「まあな」

 

巫女さんに待ち伏せされていた。

 

「変えたい、ねぇ。そう簡単にできたら苦労はしないんだけどな」

「変わるよ、きっと」

「根拠は?」

「ない」

「あっそ……まあ確かに。変わればいいな」

 

誰も傷つかないなら、それが一番いいに決まっているのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ただいま……ん?」

 

帰ってきたら机の上に手紙が………

ま、また紫さんか?私がちょっと愚痴ったから、変な内容の手紙置いて行ったんじゃあ………

 

恐る恐るその手紙を開く。

 

「……紅魔館?」

 

紫さんじゃないのか。

ふむ………ふむふむ………

 

「………なんで私の家知ってんだろ」

 

まあいいか。

 

……郵便受けとか置いたほうがいい?

ナチュラルに不法侵入されるの嫌なんだけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うぃーす毛玉でーすちーすぅ!!」

 

夜、紅魔館にやってきた。

別に真っ昼間に来てもよかったんだけど、相手は吸血鬼だし夜の方がいいかなあ〜って。

 

「………あーと」

「あ、急に変なこと言い出してすみません。えーと……美鈴さんでしたっけ」

「覚えててくれてたんですね」

 

もちろん覚えてたよ?もう1人の私が………

 

「幽香さんと戦ってたみたいですけど、大丈夫でした?」

「あぁ、あの………大丈夫、ではなかったですね……ははっ」

 

乾いた笑みを浮かべてらっしゃる。

 

「あ、そんなことより先に礼を。この度は妹様を救っていただきありがとうございました」

 

そう言って頭を下げる美鈴さん。

妹様というのはフランのことだろう。

 

「いや、あれはフランが強かったのもあるし、何より皆さんの存在があいつの中でちゃんと大切なものをになっていたからで………」

「例えそうであっても、敵であった妹様を救っていただいたのには変わりありません」

 

これはあれか、素直に感謝の意を受け取ったほうがいいやつが。

 

「………まあ、とりあえず顔を上げてくださいよ」

 

頭を下げられるのはあんまり居心地良くなくて好きじゃない。

 

「私一応レミリア?さん?に呼ばれてきたんだけど」

「存じ上げてます。中への案内はメイド長が行いますので、どうぞ」

「メイドいたんだ……」

「あの戦いの時は避難させていましたので」

 

あぁそりゃそうか。

もしいたらルーミアさんと幽香さんに酷い目に遭わされていたかもしれないからなあ。

え?私?私はもちろんそんな酷いことしないよ、本当さ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

とりあえず紅魔館の中に入ってみた。

そういや私とルーミアさんがぶち抜いた穴はすっかり直っていた。

 

……もしかして私が今日呼ばれた理由って、損害賠償とか請求するためだったり……んなわけないか。

 

「こんばんは」

「!?」

 

な、なんだこいつ突然隣に現れやがったなんだこのガキ!?

反射で殴りそうになったわ。

 

「メイド長の十六夜咲夜でございます」

「あ、あぁメイド長……お前が!?」

「はい」

 

うっそだろ……え、だってこの子霊夢や魔理沙とそう歳変わらない……いや、一つや二つ上かもしれないけど。

でも子供やん、子供がメイド長してんの?

 

うっそぉ………

 

……というか、この子見たことあるな。

フランの中にいた見覚えのない中の1人だ。

 

「ほ、ほえぇ………あ、取り乱してごめん」

「いえ、お気になさらず。白珠毛糸様でいらっしゃいますね、こちらへ」

 

そう言って咲夜がずんずんと館の中を進んでいく。

若いくせになんと礼儀正しい……私より礼儀正しい……どれだけいい教育をしているんだ……

 

「………質問いいかな」

「なんなりと」

「他のメイドは?」

「ちょうどあちらに」

 

そう言って咲夜が指を刺した方向を見ると、確かにメイド姿の妖精がいた。

 

………妖精?

 

「なんで妖精?」

「数が多いから、だそうです」

「あぁそう………」

 

妖精メイドかぁ………ちょっと夢あるけど、妖精でしょ?

妖精って大概見た目相応の行動するからなぁ………いやでも、このメイド長みたいに凄い礼儀正しい妖精なのかもしれない。

それはそれで結構気になる。

 

「じゃあもう一つ質問。君人間だよね?なんでこんな人外の館でメイドなんか………」

「色々ありましたもので」

 

流された………まああまり詮索するものでもないのかもしれない。

というかこの子供も人なのか怪しいところ……霊力持ってるし人間だとは思うんだけどなあ。

てかもう夜だよ、良い子は寝ようよ。

こんな遅い時間まで児童労働させるとか紅魔館ブラックかよ、紅って名前についてるくせに。

 

「到着しました。中でお嬢様がお待ちです、それでは私はこれで」

「あ、うんありが……消えた!?」

 

やっぱあいつ普通じゃねえ!瞬間移動か?瞬間移動でも使えるのか?カッケェな私にも教えろよ。

 

まあそれは置いておいて。

この扉の先にレミリアかぁ………何言われるんだろう。

正直恨み買っててもおかしくない……勝手に妹を弄られたようなもんなんだから。

 

まあ扉の前で悩んでいても仕方ないか、ここまで来て何を今更って話だし。

 

「あ、どうも〜……」

「ごきげんよう、随分長い間寝ていたみたいね」

「そりゃもうぐっすりと」

 

扉を開けると、一つのテーブルと二つの椅子が置いてあり、そこにレミリアが座っていた。

 

「本日はお招きいただきどうもありがとうございます、レミリアさん」

「無理して言ってるの丸わかりよ、普段通りみたいで構わないわ。あとさんは余計ね」

「あっはい」

 

よかったそんなに怒ってなさそう……

あの時は大して見れなかったけど、レミリアも子供みたいな見た目をしている。フランとは違ってちゃんとした翼を持っているけれど。

 

「それに、礼を言うのはこちらの方よ。フランの件、感謝しているわ」

「いやいや……」

 

あれ自体は本当にレミリアたちのおかげでもある。

フランを想っているその心が、ちゃんと本人に届いていたおかげだ。

 

「まあ、とりあえず座りなさいな」

「うっす」

 

うむ………見た目の年齢は私とそう変わらないのに、威厳を感じさせる振る舞いだ。やはり紅魔館の主だということなのだろう。

 

「紅茶はお好き?」

「嗜む程度には」

「ならよかったわ、咲夜」

「かしこまりました」

「!?」

 

ど、どこから現れやがったこいつ!?

 

「どうぞ」

 

しかも一瞬で紅茶淹れたぞどうなってんだこいつマジで!?

そんでもってまたすぐ消えたし………

 

「ふふっ、驚いたかしら」

「そりゃあもう………なんなのあれ、時間でも止めてんのかってくらい色々早いんだけど」

「……鋭いのね」

 

…………

マジで時間止めてたの!?あんな子供が!?

 

「本当に人間…?」

「人間よ、私お気に入りのね」

 

そして紅茶が美味しい………

いや、アリスさんの方が美味しいし?アリスさんの方が紅茶淹れるの上手だし?

 

…………何張り合ってんだろ私。

 

「とりあえず事の発端から説明しましょうか」

「事?」

「まず最初に言っておくと、私は運命を操ることができるの」

 

…………

運命を?操る?何言ってんだこいつ。

なんなんこの館……時間止めたり運命操ったり………マジでなんなんこの館怖い……帰りたい……

 

「操る、と言ってもそこまで自由にできるわけではないけどね。まあとりあえずそこは説明省くわ」

「………で、それが?」

「幻想郷に来る前に、私はフランや私たちの運命を視たの」

 

運命運命と言われてもあんまりイメージつきにくいんだが……

 

「当時は鮮明には見えなかったけれど、とりあえず悪いことにはならないって言うことはわかっていたの」

「………で、それが?」

「あとついでに白いもじゃもじゃみたいなのも」

「私じゃあぁん………」

「あなたね」

 

なに、私ってそんな運命みたいなのでも白いもじゃもじゃなの?どこに行っても白いもじゃもじゃなの?

 

「まあ、その事を聞いたパチェがいくつかの作戦を立てていて、実際にあなたがここにやってきた時にそれを実行に移したらしいわ」

「……じゃあなんで最初、私とフランが戦うことになったんで?」

「さあ?本人に聞いてみたら?」

 

あっ知らないんですね……

まあ後で会いに行こうと思ってたし、別にいいや。

 

「それにしても………はぁ」

「……なんでぃ、人の顔見てため息ついて」

「いや……こんなふざけた頭のやつが、私の妹を……私が数百年かけてもなかなか助けられなかったって言うのに、それをこんなぽっと出のやつが……はぁ」

「………」

 

いや、否定はしないが………

 

「本人の目の前で言うんじゃねえよ」

「なんで私がそんな気遣いしなきゃいけないのかしら?」

「傲慢……」

「当然ね、なんてったってこの私は、この紅魔館の主である吸血鬼のレミリア・スカーレットよ」

 

腹立つな。

こういう相手とはあんまりちゃんと話したことがなかったけれど、こうやってみると本当に腹立つ。

 

「ケッ、んなガキみてえな様相で主って言われても、なんの威厳も感じないわ」

「はぁ?あんたも同じような見た目でしょうが」

「私大体500歳くらいでーす」

「私もそのくらいなんだけど」

「………」

「………」

 

まさかの………タメ。



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激しく動揺する毛玉

 

なんか気まずい雰囲気になったので、適当に言葉を交わして部屋を出てきた。

まさか大体同じくらいの歳とは……吸血鬼って成長遅いんかな?それともレミリアが極端に遅いだけ?

ふーむ………他種族のことはよくわからん。いや自分のこともよくわかってないけれどもね?

人のこと言えないし。

 

「さてと、パチュリーさんがいるのは……どの辺だっけ」

「案内します」

「うぉっ」

 

なんでいちいち驚かせにきてんのこのメイド長……いや、私が驚きすぎなだけ?

まあいいか、案内してくれるなら。

以前は紅魔館の中がぐっちゃぐちゃになってたし、パチュリーさんにどんどんテレポートさせられてたから構造なんて当然わからない。

 

「あの……お嬢様は素晴らしい方ですので」

「はい?………あぁ」

 

ちょっとギスギスしてたの見られてたのか。

こちらとしても正面からあんなこと言われなきゃ突っかかってなかったけど………いや、反応してる時点でダメなのか。スルーすればよかったのか。

 

「大丈夫、まあまだお互いのことよく知らないだけだし、上手く付き合うつもりではあるよ」

「そうですか……ありがとうございます」

 

つもり、だけどな!

まあ、この咲夜って子の反応を見る限り、相当慕われているのだろう。

妹思いなのは知っているし、こういう従者にも恵まれているから、別に嫌なやつってことじゃないんだろうけど………

 

あれ、つまり私にだけ当たりがひどいってこと?

………嫌われてるのか。

 

「……確か今紅魔館って何も行動しちゃいけないって言われてるんだっけ」

「はい。先の戦いで降伏し、現在は妖怪の賢者から自由な行動を禁じられている……私はそう伺っております」

「そっかぁ……むしろそれだけで済んで良かったのか?」

「まあ、幻想郷への侵略行為に関しては転移でしかほぼ関わっておらず、早々に降伏したことが良い方に働いたのではないかと」

 

まあそうか、紫さんが紅魔館の人は殺すなって言ってたのも、もともと幻想郷の勢力として取り込むつもりだったからなのだろう。

 

というか本当になんなのこの子、受け答えはっきりしすぎでしょ。この子普通じゃない、時間止められるらしいし絶対普通じゃない。

 

「それに、こちらはもう幻想郷をどうこうしようという気は全くないことをあちらも理解しているのでしょうね」

「まあ平和ならそれが一番だけどね」

 

まあ目先の大きな戦いは終わったし、これでしばらくは安寧が訪れることでしょう、というか続いてくれ。

 

「到着いたしました、それでは私はこれで」

「はいどうも」

 

すぐにいなくなったけど。

 

「やっぱでけえ……」

 

どうしてこんなに扉でかくする必要があるんだろう……オシャレ?そういうオシャレなの?確かに雰囲気すごい出てるけれど。

 

「えーと、こんにち、じゃなくてこんばんはー」

 

扉を押して中に入る。

意外にもそんなに力入れなくてもすんなり開いた、これも魔法の力か。

 

「いらっしゃい」

「お久しぶりですパチュリーさん」

 

 

 

 

 

 

 

中に入るとすぐに、椅子に座って本を読んでいるパチュリーさんを見つけた。

 

今は机を挟んで椅子に座っている。

なんか前は心の中でパチュリーって普通に呼び捨てにしてた気がするけど、今はなんか、普通にすごい人って印象が浮いたのでさんをつけておく。

 

「ごめんなさい、本当のこと言うとあなたの魂にダメージが入るのは分かっていたのだけれど、黙ってたの」

「いきなり謝罪……いいよ別に、多分聞いててもやってたと思うし」

「……お人好しね」

 

自分ではそうは思わないが。

 

「とりあえず、忘れないうちに質問いい?」

「えぇ、答えられる範囲なら」

「なんで最初、私をフランにけしかけたの?」

「あぁ、あなたの力をもう少し測っておきたかったのと、あなたとフランを前もって接触させておくことで、その後のフランの中で何か役に立つことがあればいいなと思ってね」

「私あいつに内臓持ってかれて、そのせいで三ヶ月何もできなかったんだけど」

「それは……ごめんなさい」

 

まあ過ぎたことだし、結果的にはフランも………フランも?

 

「そういやフランは今何して?」

「地下室よ」

「………」

「心配しなくても自由に行動できるようにはしてあるわ。そこがあの子の部屋だから」

 

それならいいんだけども……

 

「それにもうすぐ……けほっけほっ」

「ん?あ、え?なに咳?」

「気にしないで、持病だから」

 

喘息か……?

 

「私、喘息だと魔法のキレ悪くなるのよね……」

「あ、そうなんすか。じゃあ戦ったあの時は調子良かった………ってことだよね?」

「ベストじゃないけど、そこそこだったわね」

 

あれでベストじゃないってマジ?

……この人、本当に底が知れないな。一体どれほどの力を隠し持っているんだ……魔法使いってすげー。

 

「あ、そういやレミリアがパチュリーさんのことパチェって呼んでたけど、あれって愛称?」

「まあそんなところね、私はレミィって呼んでるわ」

「へぇ〜!」

 

愛称かぁ……いいなあ愛称!

めちゃくちゃ仲良さそうじゃん、実際仲良いんだろうし、互いに愛称で呼び合う仲……いいなあ!!

 

私なんてまりもとかしろまりとかもじゃまりとかだよ、てか愛称なのかあれ、蔑称じゃないのか。……まあいいけど。

 

それにしてもパチェとレミィねぇ……………

パチェ……パチェ……ハッ!

 

「………パッチェさん」

「…今なんて」

「なんでもないっす」

「………好きに呼びなさい」

 

よっしゃあ!

なんか頭の中に浮かんできたから適当にぼそって呟いただけだけどなんか許してもらえたぜ!やったぜ!

 

「んでんでパッチェさんパッチェさん」

「何よ」

「あの赤髪の人だれ」

「………あぁ、小悪魔ね」

「小悪魔!へぇ〜!」

「……さっきからテンション高いわね」

 

悪魔ですよ悪魔!悪魔って言ったらほら………あら?

悪魔って言ったら……なんだ?あれか?イオ○ズン唱えたけどMP足りなかったやつか?いやでもあれベ○ーサタンだしな………いやそれってつまり小悪魔なんじゃね?

 

「私はこあって呼んでるわ」

「名前つけたんだ」

「小悪魔は種族名だし、区別しやすいようにね」

 

あ、あの人お辞儀してくれた、礼儀正しい〜。

やだこの館常識人しかいないじゃん………私ここに住みた……くはないかな、うん。趣味悪いし。

 

「そんでもってパッチェさんパッチェさん」

「何よ」

「頼みがあるんだけどさ」

「頼み?あなたは恩人だし、できる限りのことはなんでも聞くわよ」

「恩人だなんてそんな……頼みも大したことじゃないし」

「常識の範疇でお願いね」

「大したことじゃないって言ったでしょ今。いやまあ、ちょっとここにある本借して欲しいな〜って」

「本を?」

「うん」

「そのくらいなら別にいいけれど………どんな本?」

「魔導書とか」

 

………わあすっごい訝しげな顔されてる。

何を疑われているんだ私は。

 

「何あなた魔法でも習得する気?」

「いやいやそんな……ちょっと世話見てる人間の魔法使いの子供がいるんだけどさ、魔導書渡したら喜んでくれるかなって」

「……そう」

 

要するに魔理沙だ。

霊夢もそうだけど、人間にはちゃんと誕生日ってものがある。

妖怪なんてのは親の腹の中からおぎゃってくる奴もいれば、自然発生していつのまにか存在してるやつもいる。

それに寿命も長い、だから誕生日とか年齢とか、割とそう言うのは曖昧だ。

 

だからまあ……誕生日プレゼントにでもしようかなって。

あ、でもプレゼントだったら返せなくね?

 

「あー、でももしかしたら長い間返せないかも……」

「ちゃんと許可取って、返す意思があるなら別に構わないわ」

「そっか、ありがとう」

「そんなことでいいのなら」

 

霊夢の誕生日プレゼントも考えないとな……つか、なんやかんやで聞くの忘れてて二人とも誕生日知らないんだけど。

……まあ、霊夢には人里のお菓子でも上げとくか、お高めのやつ。

 

「それにしても、あなた普通に人間と絡んでるのね……」

「ん?まあそうだね、なんかおかしい?」

「いやなんかというか……普通におかしくない?」

「そう?」

「そうよ」

 

なんか呆れたような目を向けられた。

私って呆れられる才能があるかも知れない。

 

「普通、あなたほど力を持つ妖怪は大妖怪と呼ばれて畏れられるわ。それなのにあなたは……」

「大妖怪って顔に見える?」

「全然」

「ちなみに人里にも入り浸ってる」

「えぇ………」

 

めっちゃ困惑してはる。

 

「そういうことだよ、私はそういう奴ってことで」

「………」

 

なんだその沈黙。

 

「あ、そういえばさっき言いかけてたんだけど」

「ん?なん——」

「やっほー!」

「ぐおぁっがふっ!」

「フランもうすぐ来るわよ」

「もう来てる……」

「もう来ちゃった!」

 

後ろから突き飛ばされてそのまま机に顔面をぶつけた。顔面崩壊した、治したけど。

 

「ってフラン……なんか感じ変わった?」

「私は元からこうだよ?」

「うっそだぁ」

「ほんとだぁ」

 

かわいいなこいつ………

いやいや待て、そもそも私とフランのファーストコンタクトって穏やかじゃなかったよね?なんなら私顔見た瞬間から危険信号がバンバン出てたもん。

その後すぐに頭のおかしいバイオレンスサイコパスサディストガールになっちゃったし……

心の中で会った時もすごいネガティブ?ナーバス?だったような……

 

少なくともこんな可愛げな少女じゃなかった、というかここまで来ると信用しねえからな私は。

今は可愛らしいツラしててもあとからまた目ん玉ほじくりだして来るんじゃ………

 

「久しぶりに会えるって聞いて嬉しくなっちゃった、えへへ」

「はうっ!!」

「はう?……さっきから何か変よあなた」

「気にしないで、持病だから」

「あらそう、納得」

 

納得された!?

 

というかフランの笑顔が眩しい………屈託のない無垢な笑顔、幼い容姿、可愛らしいセリフ……

あかん……純粋な笑顔が私の澱み切った汚え心に光が差すように入ってきて………

 

「じ、浄化される…」

「え?なに?浄化?」

「持病だそうよ」

「そっか!」

 

こ……これはあれだ。

こいしと同じタイプの奴だ、私の心にグサってくるタイプの顔だ……つーかどっちも妹やんけ!

え、なに、まさか私ってそういう……

 

いや待て、落ち着け、よく考えろ私。

よくよく考えるとこの世界美人美少女しかいなくね?

 

「ふぅ、落ち着いた」

「持病治った?」

「うん治った」

「その持病簡単に治るのね、羨ましいわ」

 

危ないところだった……よくわからんけど危ないところだった……

 

「私、毛糸がずっと寝てるって聞いて心配で……」

「いやまあ、寝てるって言うか毛玉になってただけなんだけど」

「今久しぶりに会えてホッとしたんだ」

 

私、その間の記憶ないから久しぶりに会えたって感覚ないんだけどね。

 

「ねえ、それでね。一つお願いがあるんだけど」

「ん?」

「しろまりさん…って、呼んでいい?」

「!?……!?……………!!!??」

 

えっ…………

今この子………しろまりって………え??????

 

「そ、それは……な、なんで?」

「そっちの方が仲良さそうじゃん」

「そ………そっ……かぁ…………い、いー………よ?」

「やった」

「凄く動揺してるみたいだけど、どうしたの」

「持病」

「再発してるじゃない」

 

な、なぜ……なぜしろまりに行き着くんだ?

なぜこうも……なぜしろまりに?

 

「と、ところでフラン、そのしろまりの由来って……」

「ん?白いマリモ」

「デ、デスヨネー、ハハッ」

 

初手でもじゃまり呼びしてきた霊夢は一体……いやいやそうじゃなくて。

 

なんでみんなしろまりに行き着くの?ほらもっと色々あるじゃん……モジャ公とか、アホ毛玉とか、毛屑とか、抜け毛とか、ゴミとか。

 

『ほぼ悪口じゃん』

 

なんでそう……なんでしろまり?

まりもから離れろや!私は毛玉って言ってんだろ!名前もすごい毛玉ってわかりやすいだろ!名前にまりも要素一つもねえだろ!つーか見た目にもまりも要素ねーわ!一体どこに白いまりもがいるって言うんだよ!あぁ!?藻じゃん!まりもは藻じゃん!私毛だよ!?毛玉だよ!?白いまりもってそれもうカビてるかなんかだろ!なんだ!?お前らは私の頭はカビてるって言ってんのか!?殴り倒すぞコルァアア!!!

 

『誰にキレてんのさ』

 

この世の不条理。

 

「はぁ……そ、そういえばフラン、狂気はどうなった?」

「ちゃんと私の中にいるよ。今はとりあえずまだ話し合い中かな、あんまり取り合ってもらえないけど」

「そっか」

「でも対話はできるようになったから、進歩はしてるよ」

 

偉いなあ……ちゃんと自分と向き合ってるんだもんなあ………

 

「どれもこれも、全部みんなのおかげだよ」

「……そうだね」

 

居場所があるってことは、とても安心する。

 

「失礼します」

「うおっ」

「あ、咲夜」

 

また唐突に現れたよこの子…てか驚いてるの私だけ?

 

「お食事の用意が整いました、毛糸様も是非」

「え、あ、私?あー……なんかもう疲れたしいいかな……ハッ」

 

こ、この突き刺すような目線は……

ふ、フラン……その物悲しげな表情をやめてくれ……そんな顔で見られたら私は……

 

「そうだよね……しろまりさん疲れてるもんね……」

「行きます、行かせてください」

「かしこまりました」

 

くっ……こいしといいフランといい……なんなんだその顔はマジでほんと……強すぎんだろ……とんでもねえ罪悪感が襲ってきやがる。

 

「いいの?」

「まあせっかくだし、ね」

「そっか!」

 

妹って恐ろしい……



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毛玉とレミリア

 

「しろまりさんは私の隣ね!」

「しろまり……へいへい」

 

なんかすっごい広いところにすっごい長いテーブルがあってすっごい豪勢な料理たちが置いてある。

そんなことはどうでもよくって、しろまりさんってこれだけ人がいる場で呼ぶのやめてほしい。

切実に、やめて。

 

「うぐっ………あー……」

 

やべぇ……レミリアからの視線が超いてぇ……

なんだこれは……まさか嫉妬か?フランに横に座ってって言われてることに対して嫉妬してるのか?

いやいやまさかそんな、そんかしょうもないことで……

 

「チッ」

 

着席した瞬間に舌打ちされた。

間違いないこれ完全に隣に座ることに関して随分腹が立ってらっしゃる。つーか席近いんだよなあ……

レミリアはいわゆるお誕生日席のポジションに座っていて、私を挟んでフラン、反対側にパッチェさんが座っている。

 

………なんで私をこんな吸血鬼姉妹でサンドイッチするんだよ。

 

……てかパッチェさん何面白いもの見てるような顔してるんだよ、助けろよ、私胃に穴が開きそうなんだけど。

 

「はぁ……まあこれは歓迎会みたいなものよ、気は進まないけどね。咲夜が腕を振るって作ったから味わって食べなさい」

「すっごい棘あるなおい、そんなに帰って欲しいのなら帰るよ」

「あらそう、それはよかったわ」

「このっ……あ」

 

こ、この視線は……フランの………

 

「二人とも……仲良くしてよ…」

「………いや、仲良いよ?な、レミリア」

「そ、そうね、ぜひ楽しんでいってちょうだい」

「ぷっ」

「何笑ってんのよパチェ」

「いや別に」

 

あんな顔されたら誰も逆らえんわ、ずるいわこの子ほんと……

 

 

 

 

 

 

 

 

「……美味しい」

「そうでしょうそうでしょう、当然ね」

「なんでお前が誇らしげなんだよ作ってないくせに……でも本当に美味しいよ」

「お褒めに預かり光栄です」

 

後ろで待機してた咲夜がそう言う。

……こんな見た目の子供がこんな料理作れるって……マジでレミリアはこんな子供一体どこで拾ったんだよ。

 

まあ食卓に並んでるのは基本的に洋食って呼ばれるものばっかりなんだけど………私かなりテンション上がってる。

というのもだ、簡単な話、ちやんとした洋食食べるのが初めてだからだ。

そりゃあもちろん知識としては残ってるけど、この体で食べるのは初めてだし、私もともと和食より洋食の方が好きなんだよね。

アリスさんは割と和食よりの食事してるし、洋食っていうほど凝ったもの作らなかったからなあ……私はもちろん作れない。

 

「……あなた、普通にフォークとかナイフとか使えるのね……意外だわ。幻想郷ってそういうの普通に使ってるの?」

「いや……使ってないと思うけど」

 

フォークとナイフ……まあ、普通に体が覚えている。

マナーとかあってるかわかんないけど、まあ特に注意とかされないし普通に大丈夫なんだろう。

そーいやアリスさんち普通に置いてたな……あの人やっぱり海外から来てるだろ。たまーに使ってたんだよね、基本箸だったけど時々普通に洋食の時もあるから。

 

「でも……もういいかな」

「じゃあ咲夜デザート!」

「かしこまりました」

 

そもそもあんまりお腹減ってなかったしで、それとなくお腹いっぱいって伝えたらデザートまであるらしい。

 

一瞬で目の前の料理が下げられて、目の前にはゼリー状のものが一つ置かれていた。

 

「プリン……だと………」

「あら、知ってたの」

「プリンって美味しいよねー」

 

フランちゃん……君、前までずっと狂気に悩んでたのに今結構人生エンジョイしてるね?いや、いいんだけど、いいことなんだけどさ。

 

「プリンまで作れるの……?優秀すぎない…?」

「なんならこの館の家事清掃も大方一人でこなしてるわよ」

「マジっすかパッチェさん」

「パッチェさん?」

「それにこの館が広いのも咲夜の能力のおかげよ」

「マジかよ……万能かよ、凄すぎだろ……」

「私などにはもったいないお言葉です」

「もったいなくねえよ……足りねえくらいだよ……」

 

というか労働環境大丈夫?相当ブラックだよ?まあ本人も好きでやってるんだろうが……

 

「しかもめっちゃプリン美味えしよ………もう非の打ち所がねえよ……優秀すぎるよ……」

「実際凄いからね、咲夜」

「ふふん、そうでしょうそうでしょう」

「どこにいても呼んだら来てくれるしねー」

 

一家に一人欲しいんだけどこの子……

成長したら一体どれほどすごくなってしまうんだ……この子怖い、その辺の妖怪より断然怖いよ……

 

「……やっぱりもう一度しっかり話をしたいわね」

「………え?はい?私?」

「後で私の部屋まで来てくれる?」

「え……やだ」

「骨折るわよ」

「フッ、骨の一本や二本、折れたところで秒で治るわ」

「じゃあ心臓貫いてあげるわ」

「さーせん、行きます行きます」

「じゃあそういうことだから、私は先に行って待ってるわよ」

 

そう言ってレミリアは離席してしまった。

正直いない方が私は気が楽。

 

「……しろまりさんはお姉様のこと嫌い?」

「嫌いっつーかなんていうか……嫌いじゃないよ?別に恨みもないし。でもなんというかなぁ………」

「レミィ、きっとあなたのことを認められないのよ」

「あぁ……それで」

 

私だって向こうが友好的ならあんな態度は取らないが……

やっぱり一度、しっかり話し合っておいた方がいいんだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それでは私はこれで」

「あぁどうも」

 

また咲夜に案内してもらった。この子忙し過ぎない?大丈夫?ちゃんと休みある?あるよね?

 

「それじゃ……おじゃましまっふぅ!?」

「……普通に避けたわね」

「な、何すんだいきなり」

 

扉開けた瞬間に前方から赤色の妖力の塊が飛んできた。顔狙ってきてたんだけど、殺す気か?

……敵意は感じられないんだけどな。

 

「悪かったわ、本当にあんたが実力者なのかどうか確かめたくって」

「手合わせならお断りだぞ。というかさっき撃ってきた……槍?後ろの壁貫通してるけど」

「いいのよ、放っておいたら誰かが治してくれるから」

「なんてやつ……」

 

その誰かって咲夜だったりしないよな?

中で座っているレミリアの前に立つ。

 

「とりあえず今私が思ってることを言うわね」

「……どうぞ?」

「すぅ………なんで突然現れたあんたみたいなやつにフランが懐いてるのよなんで愛称で呼ばれてるのよ私なんて今までずっと一緒に生きてきてまだお姉様よ?いや別にそれはいいんだけどなんで一年も経ってないあんたが愛称なのよふざけんじゃないわよ喧嘩売ってんの?」

「色々あったんだしその事は直接本人に言えや色々あったんだよつかしろまり呼びは私も納得してねえし私に言うんじゃねえよ喧嘩は売ってねえわ」

「正直かなり嫉妬してるわ」

「言いやがったなてめぇ」

 

嫌われてる……らしい。

 

「見ず知らずの敵だったあんたにフランのことを頼むパチェもパチェだけど、それを請け負った上に自分は重症負いながらフランのことをきっちり解決してきたあんたにはもはや殺意すら湧くわ、ふざけんじゃないわよ」

「ふざけてねえし殺意は抑えてくれ」

「……なんでフランのこと受けてくれたのよ」

「なんで、って……」

 

そんな深い理由はないんだけどな……確かにあの状況で二つ返事で考えなしに頼みを聞き入れた私はバカなのかもしれないが。

 

「なんていうかな……頼まれたら断れないタチ…だからかなぁ」

「ぺっ」

「今唾吐いた?」

「そんなはしたない真似するわけないじゃない」

「あーそうですか」

 

こうも悪態をつかれると、一周回ってなんかこっちが落ち着いてくるわ。こういう奴なんだろうなあこいつ。

 

「感謝はしてる……感謝はしてるのよ。最愛の妹を助けてくれたんだもの、恩人なのよ、あんたは。でも……でもそんなのって……そんなのってあんまりじゃない」

「うん」

「あんたみたいな何考えてるかわからないもじゃもじゃより私の方がずぅっとフランのことを想ってるのよ?今までずっとフランのことを第一に考えてきたのよ?産まれた時から、狂気のことを知ったあとも、両親がいなくなったあとも、幻想郷に来る時も……今までずっとどうにかしようともがいてきたのに……」

 

……そりゃあそうだろう。

こんなぽっと出の奴が全部丸く収めて行く……自分の方が今までずっと足掻いてきたのに。

 

「納得できない、受け入れ難い……結果を認めるのは簡単よ、そういう運命だったってだけなのだから。でも、どうしても、悔しいし、情けないし、あんたっていうふざけた存在に憤りが募る」

「さりげなく罵らないで。……別に、私一人の力だけでどうにかできたわけじゃない。もちろんフラン本人の意思のおかけでもあるけど、一番は……」

「みなまで言わなくていいわ、当然だから」

「さりげなく腹立つ物言いすんな」

 

……実際、フランと話してる時に最後の一押しになったのがレミリアたちの想いだ。それが本人にもちゃんと伝わっていたからこそ、今のフランがある。

 

ただ、その事は本人もわかっている。それを理解した上で悩んでいるのだ。

 

「どこかで折り合いをつけなきゃならないのはわかってる、あんたを今この場で八つ裂きにして解決する話でもないし」

「さりげなく怖いこと言うな。……今すぐ折り合いつけなくったって良いんじゃない?私は私を否定されても文句は言えないよ。そっちがどれだけフランのことを想ってるかはよく伝わってるから」

 

たった一人の肉親、それはお互いにとってそうなんだろう。互いが大切で大切で仕方がない。

 

「ただそれでも、どうしても私のことが認められないって言うんなら…」

 

レミリアの目をまっすぐ見つめる。

 

「そんときゃ、いくらでも付き合うよ」

「………つくづく、腹立たしい奴ね」

「なんでさ」

 

こちとら体張ってお前の不満解消するために殴り合いでも果し合いでも殺し合いでもなんでもやってやるって言ってんだぞ。

 

「白珠毛糸、あなたに質問するわ」

「なんだよ」

「あなたにとってフランはどういう存在?」

 

めっちゃ返答に悩むタイプの質問きたー、下手なこと言ったら殺されそう………

 

「どんな存在って……別に、他人だけど」

「フランはそうでもないみたいだけど」

「はぁ?」

「この前本人に聞いたのよ、あんたのことをどう思ってるのかって。そしたら、自分のことを何も知らないのに手を差し伸べてくれて、自分を救ってくれたとても優しい人、って返されたわ」

「はぁ」

「あなたも分かるでしょう、あの子の異常な懐き具合を」

「まぁ……」

 

ただの他人でない事は確かだけど、流石にちょっと距離近すぎるんじゃないかなとは私も思う。

 

「もともと愛情とか友達とか、そういうのをちゃんと知らずに、理解せずに育ってきた子だから……あなたっていう外部からの存在との接触を得て、初めて出来た友達ってくらいにはしゃいでるのよ」

「……それが?」

「ただの友達なら良いわよ。でもあれ、もう一人の姉と言わんばかりの接し方よ?チッ」

 

舌打ちとか多いなぁこの人、怖いなぁ。

 

「あんたとフランがただならぬ関係ってのは理解してるのよ、それこそ心と心で会話したって奴でしょ?そりゃあそうなっても仕方がないんでしょうけれど……あんたに分かる!?この気持ち!」

「……まあ、わかるっちゃわかる」

「わかんないでしょうね!」

「わかるって言ってるじゃん……」

 

……まあ、所詮気持ちがわかるなんて言葉は想像と同情でしかないんだけど……同じ体験をしたならともかくしてないし。

 

「……改めて聞くわ、あなたにとってフランはどう言う存在?」

「どういうって言われてもなあ……まあ、私が好き勝手やって影響与えたのは事実だし、その責任は取るよ」

 

よそ様の妹に手を出してそのまま放っておくわけにはいかない。

なんか言い方がアレだけど、要するにそう言う事だ。

 

「………なんとなく、白珠毛糸っていう妖怪のことがわかったわ」

「…何がわかった?」

「気に入らないし腹が立つけど普通に良い奴」

「……私もお前の方がよーくわかったよ。妹思いだけど相手を思いやれない思ったことをすぐに言う感じの悪い奴」

「それはどうもありがとう」

「最初しか聞いてなかっただろお前」

 

こいつとは友達になれないわ、普通に合わない。と言うか向こうから突き放してくるんだけど。

パッチェさんよくこんなのと今まで付き合ってきたな……いや、私への当たりが強いだけか。

 

「まあ何はともあれ、感謝はしているわ、これからもよろしく」

「……こちらこそ」

 

そう言ってレミリアの差し出して来た手をとって固い握手をする。

 

「………ハハッ」

「………フフッ」

 

それはもう、固い固い握手を。

お互いに強く握り過ぎて骨の軋むくらいの握手を。

 

「………手ぇ離せや」

「そっちこそ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「しろまりさん、お姉様とは仲良く出来そう?」

「絶対無理」



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愚痴り場にしてた毛玉

「もうね、呑まなきゃやってらんねえよ!」

「そう……さっきから飲んでるの、水だけどね?」

「酒飲めないもん」

「じゃあせめて何か食べ物を……」

「お腹空いてないもん」

「何しに来たの」

「愚痴りにきた」

「帰ってくれ?」

「ない」

「そっかぁ………」

 

ミスティアの屋台を見つけたので、とりあえず捕まえて強引に店を開けてもらった。

正直申し訳ないとは思ってる、でも誰かに愚痴りたい気分だった。真夜中にやってもらってるから絶対迷惑。

 

「こっちだって仲良くはなりたいからさ?根気強く距離詰めようとしてるのにさ?向こうはそれをもう3つくらいの悪口とセットで跳ね除けてくるんだもん、そりゃ心折れるよ、もうやってらんねえよ」

「もう三回目その話……そんなに嫌ならもう会わなきゃいいのに」

「そういうわけにもいかないから困るんだよ……そいつの妹が私に懐いててくれてさ?まあ色々あったんだけど、今は仲良いわけなんだよ、多分」

「多分なんだ」

「でもその姉がさ?私のこと結構嫌っててさあ……嫌ってるって言っていいのかわかんないんだけど、なんかとりあえずつんけんしてくるのよ」

 

机に突っ伏しながらくぐもった声をミスティアに聞かせ続ける。

正直申し訳ないとは思ってる、許してほしい。

 

「私が何か言えば向こうはつんけん、私が何も言わなくても向こうはつんけん、いるだけでつんけん、存在が邪魔だと言わんばかりだよもう」

「苦労してるんだね……」

「してるよ苦労!いっぱいしてるよ!行きたくもないのに吸血鬼の一番やばいやつのいるところに行かせられるしさ!そんでなんか変なことに巻き込まれて気づいたら3ヶ月って……バカじゃねーの!?まあそのおかげで色々丸く収まってるからさ?それは別に良いんだけど……苦労した末のあの対応だよ!もっと遠慮しろよ!ずかずか物言いすぎだろ!手が出そうになるわあんなん」

「えーと……なんか食べる?」

「お腹空いてない」

「………」

「………焼き鳥」

「ぶん殴るよ」

「ごめん」

 

とりあえずおでんの玉子でも頼も………

 

「……玉子はいいんだ」

「ん?なんか言った?」

「いや、何も」

 

なんとなく、玉子以外のおでんの具材を頼んでおいた。

しかし本当にどうしたものだろうか……レミリアと仲良くできる未来が見えない。せっかく同じくらいの年代なんだから同年代トークしてみたい……と思ったけどそもそも生きてきた場所が違うわ、

 

「ミスティアは最近どーなの」

「んー?まあ……ぼちぼち」

「良いなあぼちぼち、私とレミリアの関係はぼちぼちですらないから、むしろ後退してる気すらする」

「わかったってその話は……」

 

なんかもう色々嫌になってくる……その辺を転げ回りたい気分だ。汚いからやんないけど。

 

ミスティアはあの戦いの時、どこか安全な場所に逃げていて無事だったらしい。

まあ平和が一番だ、吸血鬼たちの襲来……吸血鬼異変って呼ばれてるんだっけか。

それ以来時々吸血鬼の残党狩りが起きてるくらいで、特に目立った争いもない、平和なもんだ。

 

「………んあ?」

「どうかした?」

「誰か来る。というか、この感じは……」

 

文と……柊木さん?

 

「こんばんはミスふぃあさんやっれますか〜?」

「でっろんでろんじゃねえか、どうしたの柊木さんこれ」

「あ?あぁお前か。いや、なんか椛を飲みに誘ったらしいんだが断られて、なんかそれを気にして自棄酒してるみたいでな。見かけて注意したんだが、はしごするって言って聞かねえから付き合ってるとこだ」

「苦労してるんだね……」

「なんなら代わるか?」

「やだ」

「べつにぃ〜?ぜんぜん気にしてませんけどぉ〜?」

「まあまあとりあえず水飲んで……流石にこの状態の人に酒は出せないよ」

「いや全然酔ってませんけど」

「うわ急に元に戻りやがったこいつこっわ」

「妖怪たるもの、酔うも酔わぬもの自由自在でふよ」

「………呂律」

「気のせいです」

 

そっかぁ気のせいかあ……

いや実際意識ははっきりしてる方みたいだけど……酒臭いんだよな普通に。

 

「でもどうしたんだよ一体、何かあったの?話なら聞くよ、ミスティアが」

「え?私?」

「聞いてくれます〜?」

「あ、ほんとに私が聞く流れなのこれ」

 

ミスティアが困惑したような表情を浮かべる。

水の入った器を眺める文、それを挟んで座る私と柊木さん。

 

「まずですねぇ……私と椛って親友なわけじゃないですかぁ」

「…まあ結構いつも一緒にいるしね」

「かなり長い間一緒にいるみたいだぞ」

「そうなんだ」

「親友のはず……なんですけどね」

 

なにこれ重い話?もしそうなら私苦手だから帰りたいんだけど。

 

「なんかここ数ヶ月……数年?数十年?数百年?まあなんかとりあえず扱いが酷いんですよぉ」

「いつもじゃん」

「いつもだな」

「いつもなんだ」

「ほらこんな風に」

 

だって今のはそう返す流れだったし。

 

「私と椛って、今よりもっと若い頃からの付き合いなんですよ。親しいというか、気心の知れた仲というか……いつからなんですかね、こんな風な扱いになったのは」

「最初からじゃね?」

「最初からだろ」

「最初からなんだ」

「最初からだった気もしてきました」

 

流されとるやん、ダメじゃん。

 

「いやいや、昔はもっと仲良かったと思いますよ?椛、今でこそああですけど昔はもっと可愛げがあったんですよ?」

「ごめんちょっと想像できない」

「もし本当にそうなら昔と今の差凄いな」

「確かに見た目は結構可愛いよね」

「なんか段々腹立ってきたんでやめてください、その順番に感想を述べるの」

 

私がこの幻想郷に生まれて大体500年……私より年下の知り合いとかほとんどいないんじゃないか?それこそレミリアとか……フランってレミリアの妹なわけでしょ?どのくらい歳の差あるんだろう。

 

「とにかく!最近付き合い悪いんですよ彼女……」

「そうなの?」

「そんな気はしないが……なんかしたんじゃないか?心当たりとかは?」

「いや特に……強いて言うなら盗撮したことくらいですかね……」

「それやんアホやんお前アホやん」

「いやいやいや、バレてないはずですって、私自信ありますもん」

「じゃあ俺が今度伝えておいてやるよ」

「やめてください翼もがれる気しかしないです。捨てとくので、捨てとくので黙っておいてください」

 

盗撮する方が悪いんだよなぁ………

 

「……一応聞いておくけど、私のこと撮ってないよな?」

「取るわけないじゃないですか」

「あぁそう」

 

めっちゃ真顔で言われた。

 

「はぁ……呑んでないとやってらんないですよ!」

「さっき聞いたような台詞……八目鰻食べる?」

「食べます」

「そんなに気になるなら直接本人に言えばいいだろ」

「まるで私が構って欲しいみたいじゃないですかそれ」

「事実でしょ」

「事実だな」

「事実だねー」

「お酒ください!」

 

あーあーやけ酒が加速する。

 

「……で、私ばっかり話してるんですけど、二人はなんかないんですか」

「私さっき散々ミスティアに愚痴ったからなぁ」

「ここ、愚痴り場じゃないんだけどな〜」

「じゃはい柊木さん、なんか出して」

「お前に付き合わされてる俺が不憫って話するか?」

「別に頼んでませんけど〜?」

「放っておいたらその辺でぶっ倒れるだろお前」

 

この人もなんやかんやでお人好しだなぁ……昔っから酔い潰れた人の世話してるなこの人。性分なの?

一つため息をついた柊木さんが姿勢を整えて口を開く。

 

「じゃあ一つ。俺が足臭って呼ばれてる件なんだが」

「あーはいはいそれね」

「もう今更聞くこともないですよ」

「なにそれ私知らない」

 

そりゃあミスティアは知らんでしょうね。

 

「お前らは知らねえだろうな、今の俺の状況を」

「大見得を切んじゃん、言ってみろよ」

「まず、後輩には完全に名前が足臭って覚えられてる」

「だろうね」

「知ってます」

「えぇ………」

 

別にこれ自体に特別驚く要素はないけど……もしかして慣れすぎ?

 

「それでちゃんと俺の名前を教えてやったら、大体知らなかったって反応が返ってくる」

「自己主張しないのが悪いんじゃない?」

「万年下っ端ですからね柊木さん」

「いや間違えられて覚えられるだけならいいんだよ」

 

不満そうにそう漏らす柊木さん。

 

「この前なんかよ……俺の名前を教えてやったら、え?知ってますよそんなこと。でも足臭の方が面白いじゃないすか。だってよ」

「くくっ……完全に舐められてるやん」

「酒が美味しいですねえ!」

「えぇ………」

 

いやでも、流石にそれは酷いなあ。

私なら殴りに行ってるよ、まりもって呼ばれたらの話だけど。

 

「話はまだ続くぞ、これはほんの十年くらい前の話だったんだがな……ある時を境に、届く書類とかの宛先に書かれてる名前が全部足臭になったんだよ。全部山が公式に出してるやつな」

「ぷふっ、組織からも間違えられてるじゃないですか!」

「憐憫」

「それもう名前が足臭に変わってるんじゃあ………」

「そう、流石に俺もこれは駄目だろと思って役場まで行ったんだよ。そしたら……そしたらなぁ……………」

 

手を顔に当ててやたらと溜める柊木さん。

 

「………名前が変更された形跡はないって言われたんだ」

「……つまりどういうことだってばよ」

「毛糸さん鈍いですねぇ。つまり届く書類の名前が足臭になってたのは、別に名前が柊木から足臭に変更されたわけじゃないってことで……あれ?そうなると……つまりどういうことです?」

「えーと……ど、どういうこと?」

「はあぁ………」

 

大きなため息をつく柊木さん。さっきから溜めるの多くない?というか喉乾いてきたな、水飲もう。

 

「柊木……死んだ扱いになってた」

「ぶふぅ!!」

「うわきったな!」

「くっ……ふふっ……ぶふっ」

「柊木死んで足臭とかいうやつが俺と同じところに住んでた」

「な、なんでそんな面白いこと今まで黙ってたんですか……くくっ」

「笑われるからだよ、今そうやってるみたいにな」

 

いやでも……ここまでくると何かそういう呪いでもかかってるんじゃないかって思えるな。だって……流石にそれはあり得ないでしょ、普通に考えて。

あとミスティアごめん。

 

「まあ下っ端天狗は死亡確認とかも割と適当ではありますし、死んだと思ってたら本当は生きてたって話もなくは無いですけれど……特になにもないのに死んだ扱いにされて同じ場所に住んでるってのは……椛もこの場に居れば良かったのに」

「正直本当に死んでやろうかと一瞬思った」

 

行き着くとこまで行き着いた感じするな……逆にこれより酷いことって起こりうるのだろうか。

 

「以前同僚数人に本当に足の匂い臭いのか嗅がせろって詰め寄られたんだが、全力で逃げた」

「なんで?臭くないんなら足臭じゃないこと証明できるのに」

「仮に嗅がせたとして、本当に足臭かったらとうとう否定できなくなるだろ。あと野郎に嗅がせる足はない」

「女ならいいんですねぇ〜」

「訂正する、死んでも俺の足の匂いは誰にも嗅がせない」

 

なにその固い決意……たかが足の匂いでしょ?どれだけ気にしてるんだこの人……まあそれだけのことあればそりゃあ気にするか。

 

「質問なんだけど」

 

ミスティアが手を挙げる。

 

「そもそもなんで足臭って呼ばれるようになったの?」

「………なんでなの?」

「なんででしたっけ」

「………なんでだろうな」

 

全員知らないし覚えてない、と。

 

「………いっそ改名する?」

「死んでもやらん」

「あ、じゃあ記憶消せば良いんですよ!」

「勘弁してくれ……」

 

そういや柊木さん一回記憶なくしてたんだったな……この調子だと記憶無くす前も足臭って呼ばれてるかもしれない。

……もしかして私、前世でもしろまりって呼ばれて……いや、流石にないな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それでですねぇ、その時毛糸さんが」

「ちょま、お前それは言うなよ〜」

「えぇ〜いいじゃないれすか〜」

「ダメに決まってんだろ殴るぞ〜?」

「おぉこわいこわい」

「………えーと、いつまで続くの?これ」

「さあ」

「………」

 

あの後、こいつら二人が楽しそうに会話を始めた。文がどんどん酒を呑んで酔っ払っていく。いやまあ最初から酔ってはいたんだが……

 

「おい毛糸」

「んだこら足臭」

「お前酔ってないか?」

「酔う〜?ないない、私酒飲んでないし」

「若干顔赤いぞ」

「言われてみれば確かに」

「マジ……?まさか空気中のアルコールで……なんか今なら酒飲める気がしてきた」

 

あぁ……この流れは……

 

「文酒!」

「りょーかいです!」

「いくぞコラァ!」

「ちょっと、お酒飲めないんじゃ…」

 

文に注がれた酒を毛糸が口の中に流し込む。

 

「………ごぼっ」

 

泡を吹いて気絶した。

 

「あはははは!結局だめじゃないで……けへっ」

 

後を追うように文が机に突っ伏して寝た。

 

「えぇ………なにこの……えぇ………」

「悪い、迷惑をかけたな。代金はこれで足りるか?」

「え?あ、うん。……どうするのその二人」

「そりゃあ、放っておくわけにもいかないだろ」

 

こうなった時のために俺がついてきたんだから。

………でもこのもじゃもじゃは面倒臭いな、最後完全に調子に乗った末の自滅だしな、置いて行こうか。

 

「………はぁ」

 

まあそういうわけにいかないか。このもじゃもじゃ家まで送ってから山に戻ろう。

 

そして明日は非番にしてもらおう、絶対無理だけど。



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毛玉をダメにするソファ

 

「あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛」

「うーわなんだお前気持ち悪っ」

「ひでえなおい。ってルーミアさん!?なんで!?」

「来ちゃ悪いのか?」

「いやいやそういうわけじゃ……よいしょっ…と」

 

河童に作ってもらったビーズクッションで変な声を上げながらくつろいでいると、突然ルーミアさんがやってきた。

このまま話をするわけにもいかないのでとりあえず立ち上がる。

ビーズクッションから立ち上がる時って、やたらと重力を感じる。

 

「で、急に何の用で……血!?」

「心配するな、返り血だ」

「いやいやそういう問題じゃ……何があったの」

「さっきちょっとな」

 

戦闘があったってこと?まだそんなに時間は経ってなさそうだし……なんで戦闘終わってすぐに私の家くるの、やだよ血生臭いの。

 

「まあ怪我ないならなによりだけど……」

「残党だよ、残党。吸血鬼のな」

「あぁなるほど………殺ったの?」

「いや、逃した。あっちの姿でいるあたしを見て、大方簡単にやれそうだと思ったんだろ。こっちの姿で応戦してちょっと傷を入れてやったらすぐに逃げていきやがった」

 

自在なの怖いなこの人……かわいい見た目の妖怪がいると思ったら、急にこんなになって戦闘能力上がるんだもんな……そりゃあびっくりして逃げるだろう。

 

「とりあえずその報告だ。どれくらいの吸血鬼がこの幻想郷にウロウロしてるのかは分からないが、まだそれなりにいると踏んで間違いなさそうだ。そっちはどうだ?何かないのか?」

「いや、こっちは特に何も……なんでだろう」

「まあお前はあの時幽香と一緒に大暴れしてたからな、顔を覚えられて避けられてるんじゃないか」

 

あぁ……割とありそう。

まあそれならそれで私は平穏な生活を送れるから良いんだけど……いや良くないな、他のみんなが割と危険になる。

 

「奴らも馬鹿じゃない。仲間意識ってものがあるかは知らんが、雑魚を襲いつつしっかり力を蓄えた上で襲ってくる可能性も十分ある」

「気は抜けないってことか」

「まあお前は年中間のぬけた顔してるけどな、さっきも変な声出してたし」

「いやいやこれは出ちゃうんだって、ルーミアさんも乗ってみなよ、絶対変な声出るから」

「今血だらけなんだが」

「…………はぁっ」

 

周囲の冷気を操ってルーミアさんについてる血を全部固めていく。

 

「よし行けた」

「……器用だな、そんなに乗って欲しいか」

「うん」

「お、おう………」

 

私だってね、成長するんだよ。

そもそもチルノの能力は厳密に言えば氷を出す能力じゃなくて、冷気を操る能力だ。

 

「ほらほら乗ってほらほら」

「わかったよ……お?お……お゛お゛あ゛ぁ゛………」

「ほらね!出るでしょ!!」

「出ちゃうのだー」

「………変わった!?」

「はっ……予想してなかった座り心地のせいで思わず入れ替わってしまった……」

 

それってそんな簡単に入れ替わるもんなの?ビーズクッションで?こんなんで変わるの?

 

「……立ち上がれん…身体が重い」

「わかる…」

 

まあ空飛べば簡単に立ち上がれるといえば立ち上がれるけど。

 

「よっ…と、これ河童か?」

「あっわかる?」

「まあこんなのを作るのは昔っから奴らって決まってるからな」

 

その昔っからがどの程度なのか知らないが、やっぱり河童っていうのはそういう種族らしい。

…てかルーミアさんってどのくらい生きてるんだろうね。まあ本人に聞いても覚えてないとか返ってきそうだけど。

 

「ルーミアさん、今更なんだけどさ」

「あ?」

「昔復活した時って、やたらと攻撃的だったじゃない、私のことも喰う喰うってうるさかったしさ。最近はそうでもないけど、なんで?」

「なんで、って、変わることくらい別におかしかないだろ」

「それはそうだけども」

 

吸血鬼の話を私に持ちかけてきたのも、きっと心配してくれてのことだろうと思うし……妖怪としての在り方が随分変わっているように感じる。

丸くなったというか、なんというか。

 

「……あたしはこの姿でいるつもりはない、基本はあっちの子供みたいな方でいるつもりだ」

「結構そっちで出てくるけど」

「お前以外にゃあっちのままだよ。前も言ったが、そもそもあたしは復活する気はなかった。まあお前のせいで復活したようなもんだ」

「おかげって言いなさいよ」

 

過去に何があったとしても、ルーミアさんのことは憎からず思っている。別に昔のことをこの関係に持ち出すつもりはない。

 

「要するに、特に目的がないんだよ。やりたいこともない目的もない。だったらあたしは、あたしを友と思ってくれるお前とたまに行動したい。それだけだよ。それがあたしの存在意義だ」

「……そっか」

「…おい、何ヘラヘラしてる」

「いっやー別にぃ?げふっ」

 

腹パンされた……

普通に嬉しい、嬉しいんだけど……

 

「でも、それだけじゃないんでしょ」

「………」

「りんさんのことで、罪悪感感じてるんでしょ」

「……まあ、な」

 

私は恨んでないとは言ったが、向こうがそれで折り合いつくとも限らない。

 

「お前にとって大切だったのはあたしよりあの人間の方だ。それなのにあたしはあいつと一緒に死んで、こうやって今のうのうとお前の前に立っている。気にすんなってのは無理な話だ」

「別に、無理に割り切ってくれなくてもいい。けどさ、なんというか、こう……ね?」

「………」

 

自分の語彙力の低さを恨む。

 

「…ルーミアって、チルノたちとそれなりに仲良かったよね」

「あぁ、そうだな」

「…じゃ、私のことはそんなに気にしなくていいからさ。チルノたちのこと気にかけてあげてよ。私結構交友関係広がったし、あいつらと一緒に居れないこともあるからさ。『ルーミア』の大切なものを、守って欲しい」

 

自分に依存されるってのはそんなにいい気分じゃない。その要因が自分に向けられている罪悪感だってのなら尚更だ。

 

「私からの頼み、いいよね」

「……あぁ、そうだな、わかった」

「今本当に変なやつだなって思ったろ」

「思った」

「やっぱり」

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、いつまで居座るつもり。夜が明けるまでとかいうなよ?」

「よくわかったな」

「だろ〜?……はぁ」

 

いやまあ、別に敵でもなんでもないんだけどさ。家に長居されると結構緊張しちゃうんだよな。

ビーズクッション占領してやがるし……来客用に作ってもらおうかな。

 

「……そういやさ」

「なんだ」

「昔私のこと襲ってきた時、お前美味そうだなとか言ってきたじゃん」

「言ったような気もするな」

「でも、ルーミアに腕食われたときは不味いって言われたんだよね、あれなんでなん」

「………」

 

……それ、そんなに考え込むようなことなの?

 

「多分……私はお前の妖力見てて、昼間の方は単純にお前の肉のこと言ってたんじゃないか?」

「つまり私の肉はクソまずいと」

「そういうことになる」

「うわ〜なんか傷つきそうで傷つかない微妙なラインだ〜」

 

そうか……私って本当に不味かったんだ……そもそも妖怪の肉って美味しくないと思うんだけどな……

毛玉の肉って……なんなんだろうね。

 

「そういやあの猪今どこにいるんだ?」

「んー?あーあいつ結構フラフラしてるからなあ……チルノたちと遊んでたり、適当に散歩してたり、普通に外で昼寝してたり……多分今は普通に外で寝てるんじゃない?」

「そうか、あいつあたしが近寄ったら逃げるんだよな」

「それはルーミアがあいつのこと食おうとしたからだと思うよ」

「そうかぁ………」

 

……私はともかく、ルーミアさんって完全に二重人格だよね、どんな感じなんだろう。

 

「…お前、あいつのことなんて呼んでるんだ?」

「イノクライシス」

「もう一回」

「イノランカー」

「さらにもう一回」

「イノガンディア」

「突っ込んでいいか」

「いいけどどこに突っ込むところがあるっていうんだい」

「おまえの頭」

「そう来たか」

 

……まあ、言いたいことはわかるよ?

 

「いい加減ちゃんとした名前つけてやれよ」

「イノーティアっていう素敵な名前が」

「そういうの、いいから」

「へい………」

 

いや…さ。

名付けされたことはあれどしたことなんて……りんさんの刀くらいだし。

氷の蛇腹剣にも名前つけてないしな……結構使ってるのに。

 

「だってさあ…本人も別に今のままでいいみたいだしさあ」

「本人がどうかって、そういう問題じゃないと思うぞ」

「えー?」

「えー?じゃなくってだな……いいか、名前ってのは妖怪にとっては自分の存在を定義する重要な要素だ」

 

ルーミアさんに言われるとなかなか説得力がある。

 

「いつのまにか自分の名前を自覚してる場合もあるっちゃあるが、そういう場合は特殊な種族であることが殆どだ。あの猪の場合、今は普通に名無しの状態だろう」

「名前?イノトールとかイノテラスとかイノバーラーとかじゃないの?」

「そういうのいいって言ってんだろ」

「へい………」

 

凄むのやめてよ…普通に怖いよ……

 

「名前を得たらお前みたいに身体を得る場合もある」

「私は名前つけられる前から身体あったけど」

「大体その妖力と霊力のせいだ。……正直、お前はあいつのなんなんだ?飼い主か?」

「飼い主では……ないと思う」

 

あいつ普通に自我あるし、反抗してくるし。

飼う飼われるの関係ではないと思うんだがなあ……昔はペットだと思ってたけど今はなんかそんな感じしない。

 

「……同棲相手?」

「なんじゃそりゃ」

「いやだってさあ……なんというかこう……ね?」

「………」

「言葉じゃ言い表しにくいんだよ察せ」

「お前が馬鹿ってことは察した」

 

察せられた………

 

「向こうがどう思ってるかもわかんないし…」

「じゃあいっぺんちゃんと話し合ってみろよ」

「今の関係壊れるの怖いし………」

「めんどくっせぇな……」

「そもそもルーミアさんが口出しする問題じゃねーでしょ」

 

……でも。

確かに私、あいつがどう思ってるかは明確に知らないんだよな。

 

本当に一度、話し合ってみるか……

 

「…というか、それだけの間生きてたらもう身体くらいもっててもおかしくないんだがなあ」

「やっぱり?でもなんか全然変わる気配ないんだよね……」

「お前の前でなってないだけで、本当はもうこっそりなってるかもしれないぞ?」

「ないない、まさかそんな」

「言い切れるのか?」

「………」

 

まさかそんな……ねえ。

つーかもしそうだとしてなんで私に見せてくれないのよ、気になるじゃん、見せてよ。

 

「イノーツォ、かあ」

「そこは譲らないんだな」

「正直気に入ってる」

「………」

「引いた?今引いたよね?」

「おう」

「………」

 

なぜ…イノシシのことでこんなに悩まなければならないのだろう。

というかなに、この人は私に説教でもしに来たの?そんなキャラだっけ?

 

……なんで私なんかに懐いてるんだろうな、あいつ。

 

今まで色々あったけど、結局私のところにくるし、魔法の森に連れて行ったら喜ぶは喜ぶけど、私と一緒にいるっていうし。

 

……ほんと、なんなんだろう。

 

 

 

 

 

 

「お前、博麗の巫女とよくつるんでるんだってな」

「え?あ、うん、それが?」

 

唐突に質問されて驚く。ルーミアさんにまでバレていたか。

いやまあ隠す気もないんだけど、言いふらした覚えもない。

 

「………あんまり口出す気はないんだがなぁ」

 

何かを言いたそうだが、気が進まない様子だ。

少し悩んだ素振りを見せた後、口を開いた。

 

「またあの時みたいになるぞ」

「……またって、なにさ」

「言わなくてもわかるだろ」

「………」

 

あぁわかってるとも、いつかそういう時が来るってことは。

二度目だ、いやでも理解させられる。

……いや、違うな、あの頃から私はちゃんと、そういう時が来るってわかってた。ただそれが、あまりにも突然のことだったってだけで……

 

「お前とその巫女がどの程度の関係なのかは知らない、だけどな。お前は人間じゃないんだ、あんまり入れ込みすぎると——」

「わかってるよ…」

「……なら、いいんだがな」

 

……自覚はしている。

巫女さんにりんさんを重ねている自分がいるって。あの人の残像を追いかけている私がいるって。

意味のない事だとはわかっていても、頭が勝手にあの人を思い出す。

 

巫女さんの中にある、あの人の微かな要素を手繰り寄せようと。

 

「別れ方は、選べない」

「………」

「ましてや相手は博麗の巫女だ、いつどこで負けて死ぬか、わかったもんじゃない」

「………」

「それに、継手もいるんだろう?お前そいつともちゃんと……」

「………」

「……あー、その、なんだ。悪い、説教紛いみたいなことして。そうだよな、あたしが言えたもんじゃないよな」

「いや、私を気遣って言ってくれてるのはわかってるし、大丈夫だよ、ありがとう」

 

ルーミアさんの言う通りだ。

りんさんが死んだ時のあのやるせなさ……忘れたわけじゃないのに、私はまたそれを……

 

「………」

 

無意識に刀に手を置いてしまう。

 

「別に縁を切れって言ってるわけじゃない。だけど、どこかで線引きをしないと……って話だ」

「……そうだね」

 

解ってる、解ってるけど………

 

「悪かったな、もう帰るわ。邪魔した」

「……あぁ、うん、また来てね」

「……そうだな」

 

 

 

私は………



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悩みに悩む毛玉

 

「どうもパルスィさん」

「……あら、誰か来たと思ったらあなただったのね」

 

思い立ったら即行動だ。

イノシシを連れてとりあえず地底にまで来てみた。

目的はもちろん、こいつの本当の気持ちを知るため。何を考えて何を思っているのか、どうありたいのか……それをさとりんに聞いてみようと言うわけだ。

 

え?意思疎通はできるんだから普通に話し合えばいいだろって?

はっはっは、そんな度胸があるならとっくの昔にやっているんだよ。

 

「……なにその猪、食糧?」

「毒ありますよこいつ」

「じゃあ愛玩用?」

「なんか嫌だなその言い方……」

「ふごっ」

 

別に飼ってるつもりはないんだがなあ………

 

「そうそう、地上も結構大変だったみたいね」

「あぁ、吸血鬼の話?まあ……それなりには」

 

私こそ数ヶ月動けないという事態にはなったものの、その他は特に何かあったわけでもない。

まあ今回の一件で一番大変だったのは誰かって話なら、私は迷わず自分を挙げるけれども。

 

「地底は特に何もなかった?」

「えぇ、まあ仮にその吸血鬼どもがやってきたとしても、こっちには本当の鬼がいるから」

「それもそうか」

 

そういや吸血鬼って名前に鬼がついてるよなあ……レミリアに豆投げたら効いたりするのかな。

 

「……とりあえず」

「……はい?」

「動物連れて地底に悠々と来ることができるその能天気さが妬ましいわ」

「あぁはいはいノルマっすね、お疲れ様っすー」

「舐めてる?」

「まあ正直」

「……通るなら早く通りなさいよ」

 

とりあえずで始められたら妬まれても大して何も思わない。お互いに慣れてしまってる感じあるし。

まだちょっと苦手だけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「勇儀さん回避成功」

 

地底の街の中を通ってきたが、勇儀さんには会わずに済んだ。あの人に鉢合ったら何が起こるかわかんないからな……大体あの人のいる周りって騒がしいから、静かな方を通れば避けることができる。

 

「大丈夫かイノンリル、怨霊とかついてないか?」

「ぶふぉ」

「そりゃよかった」

 

地霊殿の前に着くと、間もなく入り口の扉が開いた。

紅魔館も立派な作りだけど、こうしてみると地霊殿も凄いなぁ……地底にあるからこその迫力があると言うか……

何より紅くない、趣味悪くない。

私地霊殿の方が好き。

 

「お、いらっしゃい。……そっちの毒々しい色の猪は何?」

「……同居人?」

「なんじゃそりゃ」

 

出迎えにきてくれたのはお燐だった。

 

「大丈夫?上じゃ結構大変だったって聞いたけど」

「あぁ、まあね。私が数ヶ月意識なかったこと以外は特に」

「………ふざけて言ってるんだよね?」

「そりゃあもう、大ふざけ」

 

いくら妖怪の寿命が途方もなく長いとはいえ、あれを軽症で片付けることはできない。

内臓なかったし。

 

「ま、さとり様も地上のこと気にかけてたし、話を聞かせてやってよ」

「そうする」

 

私もさとりんに話したいことあったし……イノシシのこともだし。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あー………」

「お邪魔しま……えぇ!?ちょま、さと…さとりさんどうしたんすかその……なんで逆さまになってんの」

「…あぁ、毛糸さんですか、ようこそ」

「そのままの状態で会話しないで」

 

部屋に入るとさとりんが椅子に足を乗せて頭を床に置いて逆さまになっていた。あなたそんなことする人でしたっけ……?

 

「いえちょっと……鬼たちの建造物破壊の報告書見ててちょっと頭痛がしたもので」

「頭痛になったらひっくり返るの……?」

「気分です」

「気分ならしょうがない」

「よいしょっと……それで、そちらの猪は……あぁ、なるほど。そういう件で」

 

姿勢を直して座り直したさとりんが、猪の姿を見てから私を見ていろいろ察する。

 

「とりあえず私が話したいんだけど……大丈夫?今忙しいなら後でにするけど」

「いえ、せっかくですし仕事から逃げます」

「………」

「私だってそういう時はあるんですよ」

 

別におかしいって言ってるわけじゃないけど……

 

「とりあえず座ってください、そちらの猪さんも好きに寛いで」

 

言われた通りに席に座る。

……床にちょこんと座ってるイノシシ結構かわいいな。

 

「……あぁそうそう、地上で色々あったのは知ってると思うんだけど」

「吸血鬼の件ですか?山の妖怪達と本拠地に攻め込んだ数人の妖怪達のお陰で、地底には特に被害はなかったと聞いてますけど……あぁあなたが攻め込んだんですね……お気の毒です」

「そうなのよ、そりゃあもう数が多くって多くって……まあ、そんな話は置いといて。とりあえず私の本題」

 

一息ついて、ちゃんと自分の言葉で伝える。

 

「そのね……攻め込んだところの吸血鬼の姉妹の妹とね……色々合ったんだけど、妹の方とはまあそれなりの関係を築けてると思うんだけど……姉の方が……姉のほうがなんか……私嫌われてて……どうしたらいいのかなって」

「……あなた、よく変なことに巻き込まれますよね」

「それなー」

 

まあなんだ、そういう運命なんだろう私は、そういう星の元に生まれたんだろう。

甘んじて受け入れよう……やっぱ無理抗いたい。

 

「で、どうしたらいいと思う?諸々の事情は話すの面倒くさいから心読んで」

「いいように使いますね……普通なら気味悪がって私のことを避けるものですよ」

「普通じゃないってことよ」

「確かに」

 

否定してよ、普通ってことにしておいてよ。

さとりんのサードアイが私のことをじっと見てくる。

………

 

「記憶の中にある一つ目の化け物を連想するのやめてもらえます?」

「ごめんつい」

「……まあ、大体のことはわかりました。妖怪の姉妹ですか……ちょっと親近感湧きますね」

 

……確かに、どっちも妹がなんらかの事情抱えてるしなぁ。

 

「で、どうすればいい?どうしたら仲良くなれると思う?」

「私別にお悩み相談受け付けてる訳じゃないんだけど……そうですね……そのレミリアって人の心を読んでみないと正確な答えは出せませんけど……毛糸さんのことを知ってもらえばいいんじゃないですか?」

「私のこと?」

「妹さん……フランドールという人はさまざまな事象を通してあなたという人のことをよく知っている。相手の中にこちらの魂を送り込んで直接叩くなんてめちゃくちゃなことしたものですけど……」

「褒めてる?」

「対してレミリアさんはあなたのことを何も知りません」

 

無視されたわ。

 

「彼女からすれば、あなたは本当に他人なんですよ。余所者で、全く接点のなかった人物。それがある日突然、積年の悩みをあなたが解決してしまって、挙句妹が懐いてしまった……まあ、嫉妬です。それによって引き起こされる行動は拒絶、あなたという人物を理解してしまうのが怖いんだと思います」

 

拒絶かあ……心折れそう。

私何かしたわけでもないのに……

 

「妹がそれだけ懐くということは、それだけの理由があるということ。あなたという人を知ってしまえば、その理由を理解してしまい、受け入れるしかなくなる……それによって引き起こされるもの……敗北感、劣等感でしょうか」

「つまり…私はあいつに認められないと言うか、認めたくないからあんな態度を取られてるってこと?」

「私の憶測でしかありませんけど……まあ、そうなるのが自然だと思います」

 

うーむ……辛い。

向こうの気持ちは十分に理解できた。いやまあ推測でしかないんだけど、その上で私は歩み寄りたい。

でも拒絶される。

 

「…私を知りたくないから拒絶されてるのに、どうやって私のことを知ってもらえと?」

「まあ、根気強く付き合っていくしかないんじゃないですか?その辺は自分でどうにかしてください」

 

………一度拳を交えた方がいいのだろうか。

 

「武闘家か何かですかあなたは」

「いっそ肉体言語で行こうかと……」

「多分ただじゃすみませんよ、それしたら」

「そうだよなぁ……」

 

それに、そういう勝ち負けを決めるものをやっても解決はしない、そんな気がする。

 

「……ありがとう、とりあえず言われたこと踏まえてこれからも接してみるよ」

「まあ頑張ってください、毛糸さん人はそれなりに良いですからきっと良くなります」

「褒めてる?」

「で、次の話にいきましょうか」

 

また無視された。

 

「…次は……まあ……こいつの話なんだけど……」

「猪の妖怪…ですかね。やたらと色味が毒々しいですけど……自我もはっきりしてるみたいだし、それなりの年数を生きてきてそう。この子がどうしたんです?」

「いやぁ……なんというか……何考えてんのかなーって」

「名前はなんて言うんです?」

「決まってない」

「………どのくらい一緒にいるんです?」

「300年から400年くらい……?あんまり覚えてないからあやふやだけど」

「………」

 

なんだその目、ジト目やめろ。

 

「なんで名前すらつけてないんですか」

「いっつも変な呼び方してるから」

「変な……あぁ、それは確かに……ものすごい変ですね。なんですか、最初にイノをつけてあとにその場で思いついた適当な言葉をくっつけるって」

「なんか名付けするのは気が進まなくって……」

「それでいて心の中では普通にイノシシと呼んでる……今に始まったことじゃないですけど、これは相当…変ですね」

「……やっぱり?」

「はい」

 

こちとらこれで数百年過ごしてきてんだよ、もうそういうものって頭には完全に刷り込まれたわ。

 

「で、当の本人は……あー……こっちもそれで納得してるんだ……なんですかね、飼い主が飼い主ならこの猪も猪って感じですね」

「褒めてる?」

「で、何を聞けばいいんですか」

「えーと……なんで私についてきたのかとか、本当に名前今のままでいいのかとか……今のままでいいのかとか」

「これだけ自我はっきりしてるんだから自分で聞けばいいと思うんですけどねぇ」

「小っ恥ずかしいじゃん」

「普段奇天烈な言動してるくせに、そういうとこありますよね毛糸さん」

「褒めてる?」

「もういいですそれ」

「………」

 

散々無視された挙句呆れられた。

 

「じゃあとりあえず聞きますよ」

 

そう言ってさとりんはサードアイをイノシシの方に向ける。

 

「なんて言ってる?」

「………これは」

「え、なに?気になる気になる」

「出て行ってください」

 

………は?

 

「出て行ってください」

「え……いや……へ?」

「出て行ってください」

「私なんかした!?」

「そういうことじゃなくて、本人があなたに聞かれたくないって言ってるので」

「……私なんかした!?」

「ふごっ」

「え?なんもしてない?あぁそう……」

「なんで意思疎通できてるんですか」

 

これだけ長い間一緒にいれば鳴き声で大体何言ってるかわかるし。

 

「とりあえず部屋から出てください、何話したかは後で伝えますから」

「えぇー?」

「あ、やっぱり部屋からできるだけ離れてください」

「……別に聞き耳立てないよ?」

「いいから」

 

どうして……どうしてなんだイノシシよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……本当に結構離れましたねあの人」

 

そういうところはしっかりしてるのよね……真面目というか、律儀というか。

 

「さて、もう離れましたよ」

 

このイノシシの要望は、毛糸さんに見られたくない、ということだったが……見られなくないってことは……

 

顔を出していた扉を閉めて後ろを振り返る。

 

「……やはりそうでしたか」

 

二本の脚で立ち、小さな耳が頭についていて、緑や紫色の目立つ色をした髪を持った人型の妖怪。

 

「既に身体を持っていたとは……いや、数百年もあんな妖怪と一緒にいれば、そうなるのもなんらおかしいことではない……か」

「………」

「……話すの緊張してるんですか。まあ今まではふごっ、とかぶふぉ、とかでやってきたんでしょうし、急に喋るのも……ってことですかね。私も初対面ですし」

「……言わないでよ」

「言いませんよ、あなたが望まないのなら」

 

私がそういうと、彼女は元の猪の姿に戻った。

 

「さて、どう伝えたか……あ、名前は今のままでいいんです?」

「………どうでも」

「なるほど、どちらかと言えばちゃんとしたのつけて欲しいと」

「言ってない」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

部屋を出て廊下を歩いて行った突き当たりの辺りで、中では何を話してるのか気になりながらそわそわそわそわしてると、さとりんから声をかけられました。

 

「終わったので入ってきてください」

「え、なにどうなった?特に何もなかった?」

「なんで怯えてるんですか」

 

さとりんに手招きされ、部屋の中へと入った。

中にはさっきまでとなんら様子の変わらないイノシシが。

 

「とりあえず少し話をしまして、伝えることがあります」

「………」

「そんなに身構えないでください。とりあえず……毛糸さんについていったのは、最初はなんか楽しそうだし森から出てみたかったから……だそうです」

 

そんな軽い理由だったのね……いや、そんな軽い理由で居住圏変えるのもどうかと思うけれど。

 

「そして名前ですけど……ちゃんとした名前、欲しいっちゃ欲しいみたいです」

「……そうなの?」

「………」

 

あ、目線逸らした。

 

「まあ、本人としても今のままの関係がいいみたいですよ、何かと気が楽で」

「そっかぁ……でも名前は欲しいんだ」

「はい」

「名前……名前…………」

 

…………

 

「………」

「………」

「………何にも思いつかん」

「まあ……せっかくだしこの機会に一度、真剣に考えてみたらどうです?それまでここにいたらいいじゃないですか、こいしにも会ってないですし」

「そうだなぁ……」

 

本人が欲しがってるなら、ちゃんとしたのを考えてやるべきだろう。

でもさぁ……でもさぁ!!

 

「仮になんかその辺のペットみたいな名前つけたとするじゃん、ポチとか。でもそうした場合、身体を手に入れた時に名前がすごい残念なことになるじゃん」

「あー……それは……」

「かといってよ、私みたいな名前をちゃんと考えてつけたとしても、この獣の姿につける名前じゃないでしょ」

「まあ……そうですね」

 

犬や猫に苗字とかきっちり考えて名付ける人がいるだろうか。いやまあいないことはないと思うけど……少ないと思うし。

 

「だからどうせ名前付けるんなら、こいつが身体手に入れて喋り始めてからとか思ってたんだけど……でも本人が欲しいって言ってるんだしなぁ………あーもうめんどくせ」

「………何か案とか出しますよ?」

「さとりん名付け結構独特だからいいです」

「あなたに言われたくないですね」



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失踪と引きこもり河童

「行方不明者?」

「えぇ、そうなんです」

 

文さんから告げられたその言葉を思わず聞き返してしまう。

 

「原因はわかってるんですか?」

「それがさっぱりみたいで……調査隊も出向いてるみたいなんですけど、まだ原因は突き止められていないみたいです」

「被害に遭ってるのは」

「それが本当に幅広くってですね……下っ端天狗から上役天狗、河童山童まで……流石に組織に所属してない妖怪まではわかりませんけど、とりあえず色々です」

 

無差別に襲っている……?だとしたらなんの目的で?

無目的でやっているとしても、調査隊がなんの手がかりも得られていないというのが気になる。

 

「それに妙なのが、帰ってきている者がいるってことです」

「帰ってきてる?」

「はい。数日前行方不明になった者が、ある日ふらっと帰ってきた…そんな報告がいくつか上がっています。妙でしょう?」

「妙ですね……いなかった間何してたかは覚えていないんですか」

「それが、自分は妖怪の山にずっといたとか、何も覚えていないとか、ここでもまた共通性が見られなくって……それに帰ってきていない人もいますしね」

 

妖怪の山を狙った計画的な行為……被害に遭った者たちの共通点とかがわからなければ、相手の狙いもわからない。

 

「上はどうするつもりで?」

「警戒度を上げるのは簡単ですけど、それじゃ相手に勘付かれて逃げられてしまう可能性があります。ですから、一部の妖怪が動いてどうにかして引っ捕らえろと……」

「無茶言いますね……その間にどんどん被害が増えることは想定してないんですか」

「まあ上の奴らって大体長く生きてるだけの無能ばっかですからね」

「問題発言ですよそれ」

「みんな酒の席じゃ同じこと言ってますよ」

 

まあ……それもそうか。

 

「で、それを私に話した理由は」

「決まってるでしょ」

 

まあ、察してはいたけれど。

 

「その目は非常に有用です、相手に察知されずにこちらが捜索するっていう点に関しては本当に有能」

「この目はそんなに融通効かないんですけどね」

「じゃあそういうことで。相方は柊木さんにしておきますね」

「なんでですか嫌がらせですか」

「そんなんじゃないですよ」

 

そもそも相方なんて必要ないんだけれど。

 

「単にあなたと一緒に仕事をしたがる人がほとんどいないってだけです」

「………」

「つまり自業自得ってことです、頑張ってくださいねー」

「………」

 

……誰か。

知らないところで勝手に今回の事件を解決してくれないものだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

机に座って各部署の報告書に目を通す。

 

「こっちは……光学迷彩かぁ、あれも研究完成したらすごい便利になりそうだなぁ……」

 

それでこっちは……きゅうり炸裂爆弾……河童の研究なんてこんな感じの使えなさそうなのが大半で、光学迷彩とかの有用そうな研究してるところは本当に珍しい。

 

「にしても……なんで工房の留守なんか」

 

普段ならこういう仕事も自室でやるんだけれど、今日はにとりさんに呼び出されて、工房の留守番をしていて欲しいと言われた。

 

にとりさんが工房を空けるのってなかなかないし、あるとしても大体すぐに戻ってくる。

ということは……帰るの遅くなるのかな。

まあ人の工房に入ってくる人なんてそうそういないし、とりあえず早く仕事を終わらそう。

 

「ふんふんふふーん」

「すみませーん」

「んふぅ!?」

「わっ!?そ、そんなに驚かなくても……」

 

し、知らない人入ってきた……!!

 

「にっにににとりさんなら今はこ、ここにいませんよ」

「だ、大丈夫……?」

「だっだだっだだだだだだだだだ」

「あー……やばい人だー……」

 

誰も来ないと思ってたのに知らない人きてびっくりした……

 

「だ、大丈夫です……」

「にとりさんの工房に人、そしてその様子……まさか、あなたが噂の引きこもり無職の……」

「働いてますけど!?」

「え、そうなの!?」

 

あたし働いてないことになってるの…?ちゃんと働いてるよ……?

 

「…それで、あなたは……」

 

改めて相手の様子を見る。

河童の作業服に帽子、まあ見るからに河童だろう、黄色く長い髪に帽子をかぶっている。

 

「黄梅うづき、工業地帯の第二区画で技術担当をしてる」

「紫寺間るりです、担当は……えーと……」

 

机の上に散らばった資料を纏めて机の中に入れる。

 

「にとりさんの補助……ですかね」

「……つまり無職?」

「し、失礼ですね!色々あるんですよ色々……」

 

あたしがいつもやっている作業……報告書を纏める作業は、下手なことをして外部に流出してしまうと取り返しのつかないことになりかねない。

だから、にとりさんは信頼してあたしにこの仕事を任せてくれている。

 

あたしが報告書を纏めてるのは、私が他の仕事を嫌がってしないというのもあるけれど、存在感が薄いような私がやった方が、この資料たちを狙われたとしても辿り着くのに苦労するだろうという考えでのこと。

……まあ、大体あたしが我儘言ってやらせてもらってるって言って間違いないんだけど……

 

「えーと…う、うづきさんは工業第二でしたよね、ってことは……光学迷彩のところですか」

「知ってるんだ、まあ、一応ね」

「あれ凄いですよね、周囲の風景に合わせて一瞬で溶け込んで隠蔽することのできる技術、もし完成したら、この河童の集落もそれで隠せるでしょうし」

「あ、褒める?褒めちゃう?あれ発案したの私なんだよねー」

「へぇ!」

 

それは凄い。

今のこの河童たちの中で、大多数が意味のない迷走した作業をしている中、実用的なものを発案しているというところが。

 

「じゃあ完成を期待して待ってますね。それで……何の用でここに来たんですか?」

「あぁそれは……ちょっと行き詰まってるところがあって、にとりさんに助言をもらいに来たんだけど…いないなら帰るよ」

「あ、えっと……私一応にとりさんの代理なので……話だけでも聞きますよ」

 

私がそういうとうづきさんはこっちに訝しげな表情を向けてきた。

 

「…まあ、あとでにとりさんに伝えておいてもらえるなら」

 

あぁ……言わなきゃよかった。

疑われてるもん……あたしのこと怪しい変なやばい奴って思ってる目してるもん……いや実際ほぼほぼ事実だけど……

 

懐から図式のようなものを取り出して広げたうづきさんが話を始めた。

 

「ここの図式なんだけど、ここの機能を作動させるとどうしてもこっちで混線しちゃって……どうにか切り離して区別できないかなって」

「……ちょっと貸してもらえます?」

「え?あ、はい」

「うーん………それならここで一度分けて——」

「……なるほど、でもそれをすると今度はこっちが——」

「いえ、それはこっちに行くから——」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「——い、起きろー」

「ん……んぅ…?」

「やあおはよう」

「………へあっ!?にっににっにとろさん!」

「にとりだよ」

「なんでここに…いやここはにとりさんの工房……なんであたしはにとりさんの工房に……」

 

慌てて周囲を見回す。

寝てた………自分の体の調子を考えると、普通にぐっすり寝てたっぽい。

 

「覚えてないのかぁ?お前、私が帰ってきた時にはすでにぐっすりだったんだよ」

「……あー」

 

確か、寝る前はうづきさんとの話し合いでなんか盛り上がっちゃって……柄にもなく結構頭使って、疲れちゃってそのまま寝ちゃったんだった…

 

「仕事も終わってないし……何かあった?」

「あ、いや……うづきさんって人がにとりさんを訪ねて来たんですけど、いなかったからあたしが代わりに対応してて……」

「え」

「それで、話し合いが割と白熱しちゃって……それで仕事してる暇なくって、疲れてそのまま寝てしまって……って、どうしたんです?固まって」

 

あたしの話している途中でにとりさんが固まって動かなくなってしまった。

 

「あの……?」

「お……」

「お?」

「お前が……初対面の相手と……話し合い……!?」

「………はっ!?確かに……!!」

 

あっああっあっあっあたし、全く知らない人と話できてた……!?

 

「お前……幻覚でも見てたんじゃあ…」

「そういえば記憶が曖昧……い、一体誰が……」

「怖い……最近失踪騒ぎとかよく起きてるのに怖いよ……」

「失踪騒ぎの方がめちゃくちゃ怖いですよ!!……って、失踪?」

 

にとろ……にとりさんが何気なく発した言葉が引っかかった。

 

「あぁ、きな臭い話なんだけど、この山の妖怪たちが失踪する事件が起きてるらしくて……昨日私いなかったのはその対策を講じててね。一昨日も1人白狼天狗がいなくなったらしくって……今日もまた文との打ち合わせがあるから、留守番頼めるかな」

「えぇまあ……どのくらい周知されてるんです?」

「変に混乱を招かないように公には知らせないって……まあ、るりもあんまり人には言わないようにね」

「それはもちろんですけど」

 

ついこの前吸血鬼異変が解決したと思って、またゆっくりできると思ってたらこれかぁ……なかなかどうして、落ち着けない。

 

「……一応、気をつけてくださいね。にとりさんにいなくなられるとあたしの居場所が無くなります」

「そういう心配?まあ大丈夫だよ、るりこそ気をつけて」

 

そう言ってにとりさんはまた工房を後にした。

 

「………お腹空いたなあ」

 

……今回の件、吸血鬼の生き残りが関係してたり……

 

 

 

 

 

 

 

「にとりさんいる!?」

「むぐっ!?んぐ!んぐううう!!」

 

やっぱり幻覚じゃなかったぁああ!!

 

「いないのか……」

「ごほっごほっ………き、急に来て大声出さないでくださいよ窒息死するところだったじゃないですか!!」

 

またうづきさんがやってきた。

食事中でびっくりして食べ物が喉に詰まった。

 

「はぁ……にとりさんならついさっき出て行きましたよ」

「一足遅かったかぁ……あの人ってそんなにここ留守にしてたっけ?」

「基本はここにいると思いますけど、用事があるみたいです」

「その用事って?」

「それは……なんかです」

 

あ、やめて、そんな目で見ないで、引きこもりたくなる。

というか既に引きこもりたい。

 

「今日は何しにきたんですか」

 

要件を聞きつつ食事を再開する。

 

「友人がいなくなったんだよ」

「むぐぅ!?」

「……大丈夫?」

「けほっけほっ……」

 

み、身近に失踪事件の被害者が………

 

「そ、それで……いつからなんですか?」

「五日前から姿を見かけなくなって……いつも決まった生活をしてる奴だから、全く会えないってのが不自然で……昨日も、行き詰まってるところがあるっていうのは建前で、本当はそいつのことを聞きにきたんだ」

「それなら警備とかに報告した方がいいんじゃあ…」

「もしかしたら違う場所に転属なのかなって……」

「転属ですか…?その人どこ所属だったんですか?」

「生産地帯の第三区画」

 

生産の第三区画……うーん。

 

「確かにそこは転属の報告ありましたけど、確か七日前ですよ?」

「じゃあやっぱり違うか……やっぱり失踪……いや夜逃げって可能性も……それじゃあ結局失踪だし」

 

友人がいなくなる、かぁ。

この人とその人が誰だから仲がいいのかは知らないけれど、もしにとりさんがいなくなってしまったらあたしは一体どうなるのだろうか。

 

「というか、なんで転属の情報なんか知ってるの?」

「……え?あ、いや、えーっと……あ、あはは」

「怪しい……まさかお前がやったのか!?」

「そっそそっそそそそんなわけなっいじゃないでしゅか!!なっななに言い出すんですか急に!」

「怪しすぎて逆に何もしてなさそう……」

「急に変なこと言い出すからですよぉ!」

 

……状況的に考えて、失踪事件と関わりがあるって見て間違い無いだろう。ただ、そのことをこの人に伝えていいものか……

 

「どこいっちゃったんだよ……」

 

……ここにいられても仕事できないし、何より放っておけない。

 

「手伝いますよ、捜すの」

「……え?」

「上にはあたしが報告しておきますから、あたしたちはあたしたちで情報を集めて捜索しましょう」

「でも……」

「仕事なら気にしないでいいです、もとより今の河童なんて大体暇人ですから、二人抜け出したところでなんの問題もないですよ」

「……ありがとう」

「どういたしまして」

 

さて、そうとなればまず用意をしなきゃ……

 

「あなた、良い無職なんだね」

「………」

 

 

 

 

 

 

 

 

河童の集落の外にある建物中で機械をいじくり回す。

 

「この映像を見て欲しいんですけど」

「はいはい」

 

文に言われて、画面に写っている映像に目を向ける。

 

「この人が昨日いなくなった白狼天狗なんですけど」

 

ゆっくりと映像を再生する。

すると突然白狼天狗の身体がぶれて、いなくなってしまった。

 

「……速いね、監視においてる機材の性能自体、数を優先して作ってるからそこまで性能がいいとは言えないんだけど……」

「これ、映像の死角に引き摺り込まれてるように見えませんか?」

「……確かに」

 

この監視カメラのことを知ってるってことか?それなら少なくとも、妖怪の山の者が今回の事件に関わってることになるんだけど……

 

「姿を全くとらえられないほどの速さ……そこらの下っ端じゃそんな速度は出せない。出せるとしたら鴉天狗くらいか……」

「しかし、そんなことをして何になるというのか……無差別な妖怪が被害に遭っています」

「……まるで、情報を集めるみたいに」

「はい」

 

文が画面を閉じてこちらに向き直る。

 

「もしこの山の妖怪が犯人だとしても、こんなことをする理由が思い当たりません。もっと違う方法で情報を集めれば良いですし、ここまで適当に妖怪を襲う必要もないでしょう」

「つまり敵は、ある程度この山の知識を持った、この山以外の妖怪…」

「……おおよそ、候補は絞れましたね」

「あぁ、毛糸だね」

「………いや、確かに条件には当てはまりますけど」

「冗談だって、ちょっとは気を抜きなよ」

「普通に困惑する冗談はよしてください……」

「ごめんごめん」

 

今の幻想郷の状況を踏まえれば、犯人はこれしかないだろう。

 

「吸血鬼……か」



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引きこもりの災難

 

「え、毛糸さんいないんですか!?」

「はい、数日前から」

「あのいのししも連れてどっかいったぞ」

 

「あやや……困りましたね」

 

毛糸さんを訪ねてきたけれど、まさかの留守…しかも数日前から。

 

「森にいるんですかね……ありがとうございます」

 

チルノちゃんたちに別れを告げて魔法の森を向かおうとする。

 

「ばぁ」

「ふぉっ!?る、ルーミアさん……何か用ですか?」

 

視界に急にルーミアさんが飛び込んできて、私のことを引き留める。

 

「ちょっと話があるのだー」

「話?」

「こっちに来て」

「え?あぁはい」

 

ルーミアさんに連れられて、チルノちゃんたちから離れた場所に移動した。

 

「それで、話ってな……に……へぁ!?」

「よく驚くなお前」

「あっああっあなたは……」

 

以前見た、やばい方のルーミアさん……それが何故……いなくなったって話じゃ。

 

「そこの説明は面倒臭いから、今度毛糸にでも聞いておいてくれ」

「……へ?あ、はい」

「それでだ、毛糸になんの用だ?随分と急いでるみたいだが」

「……何故あなたがそれを聞くんです?」

「そういう駆け引きはいい、早くしろ」

 

……まあ、教えたところで何かあるわけでもないし、伝えても良い、か。

 

「簡潔に言うと、今妖怪の山で妖怪たちが失踪する事件が起きてまして……恐らく相手は吸血鬼、相手の強さにもよりますけど、下手な相手じゃ被害が増えるだけです。だから毛糸さんの力を借りようかと……」

「……吸血鬼か」

「なにか心当たりが?」

「ついこの前、あたしを襲ってきた奴がいた。どこ行ったのかまでは知らなかったが、大方妖怪の山に侵入したってことだろうな」

「なるほど」

 

もちろん違う妖怪という可能性もあるけれど……状況的にその吸血鬼と考えて間違いなさそうだ。

 

「そいつの特徴は?」

「生憎だが、すぐに逃げやがったんで覚えてない」

「そうですか……」

「ただ、随分と慎重な奴みたいだ」

「えぇ」

 

圧倒的な力を有しているのであれば、山であんな、暗躍のようなやり方をしなくたって正面からくるはず。

……まあ、正面か裏からこそこそされるか、どっちがマシかと言われれば、どちらも勘弁願いたいところなのだけれど。

 

「ほんの少しだが、戦った感じじゃそこまで強くなかったぞ」

「あなた基準ですよねそれ」

「……まあ、そうだな」

 

……少し情報を整理した方がいいかしら。

 

「あと、毛糸なんだが、森にもいなかったら多分地底だ」

「地底……ですか」

 

それは……困った。

あそこには入れない……というよりか、入れたとしても入りたくない…

 

「いつ帰ってくるか分からない状況で頼るってわけにもいきませんし……今回ばかりは自力でなんとかするしかないですかね」

「しかし天狗ってのも随分とお優しくなったな、他所の妖怪の力を借りようとするなんて」

「これは私の独断ですよ、上のお偉い方々は何もしないくせに口だけは出してきますからね。そんなに言うならどうぞご自分でやってくださいって話ですよ、全く」

 

毛糸さんが山の傘下に入ってくれたら全部丸く収まる話なんだけれど……まあそんなこと、うちの偉いのも毛糸さんもお断りか。

 

「それで……なぜあなたがこんなことを」

「あ?色々あったんだよ色々、あのもじゃもじゃが帰ってきたらあいつに聞けばいいさ。それじゃあな」

「はい、ご協力感謝します」

「どういたしましてなのだー」

 

……小さいのになってる。

 

「自在ってわけですか……調子狂いますね」

 

 

 

 

 

 

 

「よっと、準備完了です」

 

準備を終えて、外で待たせていたうづきさんに話しかける。

 

「何してたの。……すごい荷物だけど」

「何って、詰め込みですよ詰め込み。緊急連絡用の端末と、護身用の銃、応急処置のための道具とか、熱源感知——」

「あぁもういいよ、わかった」

 

なんでそんな言い方するの。

 

「何が起こるかわからないですし、備えるに越したことないですよ」

「私も一応射撃の訓練は受けたことあるけど、あれは自分達の身の安全が確保されてること前提で………もし戦闘になっても、私たち河童には何もできないよ」

「諦めたらそこで試合終了ですよ」

「……試合?」

「友達に色々吹き込まれたんですよ」

 

そういえば毛糸さんはどうしてるんだろう……毛糸さんが手伝ってくれたら、もし吸血鬼が来ても何も怖くないんだけど……でもあの人異変で随分頑張ったみたいだし、巻き込むのもなあ……

まあ、頼りきりってのもよくないし、とりあえすあたしはあたしで動いてみよう。

 

「ご友人、必ず見つけましょうね」

「う、うん……ありがとう」

 

何故かは分からないけれど、いつになくやる気が出ている気がする。

 

「さて、まずは情報収集です。……一応改めて聞いておきますけど、何も言わずに居なくなるような方だったんですか?その友人って」

「そんなことないと思う。思うんだけど……」

「………実はですね」

 

うづきさんに、にとりさんから聞いた失踪事件のことをそのまま伝える。あんまり言わないようにとは言われてけれど、目の前にそれで悩んでる人がいるんだから、放ってはおけない。

 

「そんな……じゃああいつはそれに」

「まだそうと決まったわけじゃないですけど……今のこの山の情勢的にそう見て間違いないかと」

「………」

 

目に見えて不安がるうづきさん。

 

「とにかく、その事件の詳細を知りたいので何か知ってそうな人に聞いてみたいと思うんです」

「……そんな知り合いいるの?誰が知ってるかも分からないし、にとりさんもどこにいるか……そもそも私たちに教えてもらえるか」

「それはそうですけど……何もしなかったら何も進展しませんし」

 

とりあえず、普通の河童はこの事件を知らないはず。知っててもうづきさんみたいに被害者の知り合いみたいな感じだろうし……

 

「……あ、あそこ」

「なんです?」

「警備の白狼天狗がいる。事件って言うなら、警備の天狗なら何か知ってるんじゃない?」

「確かに……聞いてみましょうか」

「うん」

 

うづきさんが指を刺した方向にいる白狼天狗の近くに寄る。

 

「……ん?何か用ですか」

 

向こうがこちらに気づいて話しかけてきた。

途端に体が固まる。

 

「えあっ……え、えーと……その……」

「……どうしたの?」

 

そういえばあたし、人見知りだった………

 

「あ……あ……」

「ちょっと、おーい」

「怪しいな……ちょっとこっちまで来てもらえますか」

「えあっあっあ……」

「え?なにこれ、え?」

 

どっどどうしよう不審者扱いされてる……いや実際そうだけど!!

 

「さあ、早く」

「………何やってんだお前」

「…!!そ、その声は……目つきの悪い人!」

 

知ってる白狼天狗の人が来た……!

 

「あ、足臭さん、この変な河童知り合いですか」

「………俺の名前は柊木だ」

「……!?」

「誰?この人」

 

た、助かった……

 

「じゃあこの人たちの対応頼みましたよ」

「おう、ちゃんと俺の名前は覚えとけよ」

「もちろんです足く……柊木?さん?」

「………」

 

………名前覚えられてないんだ。

 

「で、どうしたんだお前。それと……知らない顔だな」

「足臭って……呼ばれてたけど」

「気にするな」

 

うづきさんが柊木さんが足臭と呼ばれていたことに対して疑問に思っているようだ。実際あたしも困惑してるけど……

 

「……ここじゃなんだ、移動するか」

「は、はい」

「気になるんだけど、ねえ、気になるんだけど」

「気にするな」

「気になるんだけど!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「その件かぁ〜……」

 

唸るような声を出す柊木さん。

 

「まあ……知ってるなら話すか」

「お願いします、うづきさんの友人を見つけ出したいんです」

「わ、私からもお願いします」

 

目を瞑り、考え込むような素振りをを見せる柊木さん。

 

「失踪事件……それを明確に事件だと捉えてるのは俺含め一部のものだけだ。警備を担当してる天狗には、警戒体制を取れと言う命令だけ下っている。知っての通り、下手に騒ぎ立てるような真似をして逃げられても困るからだ」

「柊木さんはなんでこの件を?」

「面倒くさい立ち位置のやつを友人に持ってるからかなぁ……ははっ」

 

どこか遠くをうつろな目で見つめる柊木さん。

苦労…してるんだなぁ。

 

「で、詳しい概要…と言っても、まだ判明してることもそんなにないんだが……恐らく今回の件、俺たちは吸血鬼が関係してるんじゃないかと踏んでいる」

「きゅっ、きゅきゅっきゅっきゅっ……」

「吸血鬼……」

 

きゅ、吸血鬼……ほ、本当にこの事件に関わっているなんて……

 

「もちろん違う可能性もあるんだが……推測していくと自然と、な」

「そうですか……他にわかっていることは?」

「あぁ、あとは……そうだ、失踪したはずの奴が、数日経って帰ってきたっていう報告も上がってる」

「帰ってきた?」

 

うづきさんが聞き返す。

 

「あぁ、と言っても全員ってわけじゃないし、居なくなってた間の記憶はちぐはぐだったり、全部忘れてたり……おかげで敵の狙いがわからなくてこっちは混乱してるとこだよ」

「あの、その帰ってきてる奴の中に灰色の髪の……しずなって奴はいませんか」

「それが捜してる友人の名前か?あー……あんまりしっかりと覚えてないんだがなぁ……」

「しっかり思い出して!!」

 

声を荒げたうづきさんが柊木さんの頭に手を置く。

 

「……!!お前、今何を」

「記憶を思い出させることが得意なんです、それでしずなは」

「あ、あぁ……残念だが、俺が聞いた中じゃそんな奴は……」

「そう、ですか……すみません急に」

「うづきさん……」

 

肩を落とすうづきさん。

 

「………会ってみるか?帰ってきたってやつに」

「……え?」

 

素っ頓狂な声を上げるうづきさん。

 

「思い出させるのが得意…って言ったよな。そういう能力なんだろう?」

「えぇまあ……本当に思い出させる程度…ですけど」

「ならさっき言った記憶のおかしい奴に会ってみてくれ。帰ってきた奴は念の為に隔離……まあ申し訳ないとは思ってるが、閉じ込めてるんだ。こっちとしても手がかりが欲しい、そいつらの記憶を取り戻してやってほしい」

「うづきさん、出来るんですか?そんなこと」

「た、多分……やってみないとわからないけど」

「なら決まりだ、案内するからついてきてくれ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「着いたぞ。えーと確か……あったあった」

 

河童のある場所ではなく、天狗のいる集落の中にある建物。そこに移動した柊木さんが、棚の中から何枚かの紙と鍵を手渡してくる。

 

「これがここにいる奴らと、失踪したと報告が入ってる奴らを纏めた資料だ。それとここの鍵だ」

 

あたしが資料、うづきさんが鍵をそれぞれ受け取る。

 

「じゃあとりあえず俺はこれで失礼する、何かわかったら教えてくれ。この辺りを回ってると思うから」

「わかりました、ありがとうございます柊木さん」

 

軽く挨拶して柊木さんと別れる。

 

「………目つき悪いけど、結構いい人なんだね」

「良識ある方だと思いますよ、目つき悪いですけど」

 

それで……ここが被害者を隔離してる施設か。

 

「それにしても、何もここまで厳重にしなくてもいいと思うんだけど」

「何か仕込まれてる可能性があるから、だと思いますよ」

「仕込まれてる?」

「はい」

 

まるで独房のようになっている中の様子を歩いて眺めながら話を続ける。

 

「おかしいと思いませんか?何が目的にせよ、一度攫った相手をわざわざ返すなんて」

「それは……良心とか」

「あればいいですけどね、相手にそれが。わざわざ記憶を消して返してるってあたり、何か目的があってやっていることは間違いないと思います」

「……その目的って?」

「それは……わかりませんけど」

 

とりあえず思いついたことを言っただけだし……聞かれても言い淀んでしまう。

 

「あるとすれば……この人たちは既にその吸血鬼の術にかけられていて、何か合図をしたら一斉に暴れ出す……とか。推測でしかないし、なおさら目的が分かりませんけどね」

「とりあえずは思い出させてから……ってことか」

「でもわざわざ生きて返すってことには、何か目的があるってことで間違いはないと思います」

 

一通り見たところで、適当な男性の鴉天狗の入っている部屋の前で立ち止まる。

 

「………うづきさん、あたし人見知りで…」

「あぁ道理で……すみません、ちょっといいですか」

「ん?河童かい?何か用かな」

「あなたも、いなくなってた間の記憶ってないんですよね」

「あぁ、多分ここに入ってる連中はみんな、それの件でここにいると思うけど」

 

恐らく、それぞれ本当に記憶がなかったり、自分はちゃんといたっていう記憶を持っていたりしてるのだろう。

 

「もしかしたら、私の能力であなたの記憶を取り戻せるかもしれないんです。やってみてもいいですか」

「本当かい?もちろんお願いするよ。いい加減こんなところに入ってるのもうんざりしてたころなんだ、助かるよ」

「わかりました、やってみます」

 

そう言って外から鍵を外して中に入るうづきさん。

……ちょっと不用心すぎないだろうか、焦っているのはわかるけれど……

 

「それでは行きますよ…」

 

うづきさんが鴉天狗の人の頭に手を置く。

 

「………どうです?」

「…あぁ、思い出したよ。襲ってきたのは多分吸血鬼で……やつの、狙いは……俺たちの…記憶を……集め……」

 

明らかに様子がおかしい。

 

「…大丈夫ですか?」

「うづきさん離れて!」

「へ——」

「死ね」

 

鴉天狗が短く呟き、うづきさんへ拳を向けた。



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たまにはやる気を出す引きこもり

 

「……な、なにを…」

「ちょっと体に電流を流して動きを止めただけです」

 

鴉天狗の人が床に倒れたのを確認して、手に持っていたそれを荷物の中に戻す。

 

「今は気絶してますけど…いつ起きてくるかわかりません、早くここから出……」

 

耳に入ってくるのは唸り声、叫び声。

肌に伝わってくるのは明確な殺意。

どこからかなんて考える必要はない、この建物に閉じ込められている全ての妖怪たちからだ。

 

「な、なにこの声」

「わわ、わかりませんけどとりあえず逃げましょう!」

「どうやって!?」

「えーとえーと……あった煙幕!」

 

手に握られたその球体を一つ床に投げつける。

その球体は破裂し、灰色の煙を一気に周囲に撒き散らした。

 

「着いてきてください!」

「う、うん!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………外はどうなってる?」

「混乱状態…ですね」

 

建物から出てきた後、出来る限りの全速力で逃げて物陰に隠れた。

 

「どうやら、あそこにいた人たちみんな、あの鴉天狗の人みたいになってるみたいです」

「……あ」

「どうかしました?」

 

やってしまった、という感じの顔をしているうづきさん。

 

「鍵……落としてきちゃった」

「あー……多分関係ないですね」

「そ、そうなの?」

「ぶっちゃけ妖怪ならあの程度の檻簡単に破壊できると思いますし」

「そっか……ねえ、さっきのは結局なんだったの」

「それを今考えてるところです」

 

うづきさんが能力を行使した途端に、あの人の様子がおかしくなってうづきさんを襲ってきた。明らかに普通じゃない。

 

「……さっきあたしが言ったこと覚えてます?」

「え?」

「もしあの人たちが吸血鬼の術にかけられてたら…って部分です」

「あぁ、うん、覚えてる」

「多分的中しましたあれ」

「………」

「多分吸血鬼側が、うづきさんの能力で記憶を取り戻したのを察知したんだと思います。それで、あたしたち2人を始末しようと……」

 

吸血鬼がそんなことできるのかは知らないけれど……異変も時も眷属ってのがたくさんいたし、あの人たちも眷族と似たようなものに転化してしまったと考えれば……

 

「これからどうするの…?」

「あの暴れてる人たちの目的は十中八九あたしたちです。ここは天狗の人たちが多いですから、あの程度の騒動なら簡単に収まると思うけど…」

「けど……?」

「目を閉じてください」

「え?」

 

背中の荷物からまた一つ、違う種類の球体を取り出して後ろの方へ投げる。

後ろから近寄ってきていた人影に接触した瞬間、それはまばゆい光を放ってその相手の視界を奪った。

その隙にさっき鴉天狗の人に押し当てたのと同じものを取り出して、その人影に押し付ける。

 

「なに!?なに!?なんなの!?」

「白狼天狗……ですね」

「え?え?さっきのとこにいた?」

「いえ、この人はいなかったはずです」

 

刀を持ってこちらに近づいてきていた。もちろんそれだけで敵と判断ことはできないけれど……明確な殺意をこちらに向けてきていた。

 

「いなかったって……じゃあ一体」

「失踪してなかっただけで、吸血鬼に襲われた人はもっとたくさんいたってことだと思います」

「それって…」

「ここも危険です、移動しましょう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うーん………うーん………」

「まだ思いつかないんですか、名前」

「ぜんっぜん……ぜんっぜん思いつかん……」

 

今で何日目だっけ……地底にいると日付感覚が……

 

「い……い……イノツェン」

「駄目です」

「はい………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「移動するって……にとりさんの工房じゃん」

 

できる限り誰とも接触しないように、河童の集落へと戻ってきた。

 

「なんでここに?」

「設備が整ってるからです」

 

ある一件以来、河童の集落の建物も頑丈に作られている。天狗の集落の方で起きた騒動はすでにここまで伝わっているらしく、白狼天狗が警戒態勢になっていた。

 

「中へ」

 

工房の中にある扉の暗証番号を入力して、うづきさんを中に入れる。

 

「ここは……」

「特に名前はないです、色々ある部屋です」

「あぁそう……なんだってるりがこんなところを」

「色々あるんです」

 

柊木さんからもらった資料を手に持って、コンピュータを起動して監視カメラの情報にアクセスする。

 

「ちょっとこっちきて手伝ってくれますか」

「え?何を?」

「この資料の情報と監視カメラに写ってる情報とを照らし合わせて、敵の今のおよその位置を何とか絞り出そうと……とにかくこっちへ」

「わ、わかった」

 

失踪して帰ってきた人たちの所属している場所と、いなくなっていたおよその時期とカメラに映っている情報を出して、詳しい時系列を弾き出していく。

 

「……やっぱり」

 

ついでに何かの資料はないかとコンピュータ上を漁っていると、おそらくにとりさんか誰かがまとめたのであろう失踪者の情報が入っていた。

 

 

それなりの時間を費やしながら、失踪者がいなくなった時期を具体的に出して行って、場所と日にちを一緒にして出していく。

 

「………やっぱり」

「これは……」

「うづきさん、あの鴉天狗の人あの時なんて言ってましたっけ」

「え?たしか記憶を集める……とかなんとか」

「……やっぱりそうだ!」

「じゃあこれは本当に……」

 

画面上に出ている情報を改めて視界に入れる。

 

「まとめます、まず最初の失踪事件の被害はさまざまな場所で起きていました。山の東西南北さまざまな場所で、です」

「それが段々と山の中枢部分……この辺りに集中していく」

「そうです、そしてあの人が言っていた、自分たちの記憶を集めて…という部分。推測するに、敵がしたかったのは情報収集なんだと思います」

 

この山のどこに何があって、誰がいるのか。

この妖怪の山という組織を崩すためなのか、乗っ取るためなのか…その目的はわからないけれど、襲った相手から情報を集めているのは確か。

 

「最初はまばらだった事件の分布も、段々と山の中枢部分に集中していき、直近では……」

「この…河童の集落に偏ってきてる」

「おおよそ、狙いは読めました」

「河童の技術を狙ってる……ってこと?」

「だと思います。……多分」

 

ただ、この河童の集落にはさまざまなものが混在している。使えるものから全く使えないものまで、色々だ。

相当情報収集には時間と労力をかけたはず……

 

「……ねえ、今更なんだけどさ」

「なんです?」

「なんで…あなたがこんなのがあることを知って……」

「あー……まー……」

「それだけじゃない、色々なことを知りすぎてる。一介の河童が知っている情報量じゃない。あなた一体……」

「………色々です」

「はぁ」

 

なんでこんなことを知っているか…と言われても、にとりさんと知り合いだからとしか言えない。

本当にそれだけだからだ。

 

「……とにかく、あたしたちも動きましょう」

「動くって……何をするつもり」

「決まってるじゃないですか」

 

降ろしていた荷物を改めて背負う。

 

「人捜しですよ」

「それは……今そんなことしてる状況じゃ」

「いえ、今ですよ。相手の狙いと今いるであろう場所を推測できてるのは、多分あたしたちだけです。吸血鬼に襲われた妖怪全員が今こうやって暴れてるとも限らない。今あたしたちが分かった状況を流したとして、情報網に吸血鬼の手先がいたら、逃げられてしまう可能性が高くなる」

 

それに、これだけ大きなことをしでかしたということは、相手の計画も最終段階に入ったということ……もしくは、うづきさんの能力によって狙いを見破られ、焦って大暴れした…か。

 

「今、吸血鬼を追います。そしてうづきさんの友達も捜します。今あたしたちが動かなければ状況が悪化するかもしれない。誰が操られているか分からない以上、下手に協力を求めることもできない。あたしたちで、やるしかないんですよ」

「……なんでそんなに勇敢なの」

 

勇敢……?

 

「この足が勇敢に見えますか」

「足?」

「見てくださいよこれ、とんでもなく震えてるじゃないですか」

「……生まれたての子鹿みたい」

「あたしだって怖いんですよ……でも、やるんです」

 

誰にも頼れない状況になると、案外肝も据わるものだ。

 

「もう日が落ちてます、危険ですけど、吸血鬼が活動するのはこれから。仕留めるなら今夜中です」

「……わかった、手伝うよ」

「ありがとうございます……すみません、巻き込んじゃって」

「巻き込んだのはこっちだよ」

 

……1人、頼れる人がいるけれど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どういう状況なんだよこれ!!」

「言ってないで身体を動かしてください」

「動かしてんだろうっがぁ!」

 

切り掛かってくる同族を、殺さないように気をつけながら意識を奪っていく。

 

「正気じゃない……ですね」

「この様子だと……何らかの方法で精神を掌握されてるって思った方がいいかな。想定以上の数だけど……」

 

いつのまにか文さんとにとりさんが近くにやってきていた。

 

「文さん、毛糸さんは」

「今留守ですって」

「こんな時にいないんですか……まあ仕方ない」

 

そもそも関係ない者に頼るのが間違いか。

頼るというか、面倒臭いからあの人にまとめて吹き飛ばしてもらいたいだけなんだけれど。

 

「で、今の状況何がどうなってんだ」

「吸血鬼に襲われて何らかの方法で操られた者たちが暴れてるって思っていいでしょう」

「にしては多すぎんだろうが」

「それだけ密かに襲われてたってことですよ」

 

柊木さんは弱腰だが、数自体はそこまで多くない。

何が厄介かって、殺さないということだ。あっちは殺しにかかってくるのに、こっちは四肢も切断せずに動きを止めるか、意識を奪うかしなければならない。

面倒臭いことこの上ない。

 

「……数人死んでも事故で片付けられますよね」

「やめろよ、お前本当にやめろよ」

「冗談ですよ」

「それより二人には向かって欲しいところがあるんだ」

 

にとりさんの声を聞いて、その顔を見る。

深刻な顔だ。

 

「これだけの騒ぎを起こしてきたっていうことは、相手はこの騒ぎに紛れて何かを狙っているはずなんだ」

「何かって……なんです」

「いくつか候補はあるけれど……まずはこの山の上層部……大天狗や天魔様の命とかだ」

「それは本人達に自衛してもらえればいいので他を優先しましょう」

 

…文さん、最近上層部に対しての当たりが強い。

 

「それで次が河童の倉庫だ」

「…なるほど、あそこには色々詰まってますからね……価値のないものからとんでもない兵器まで」

「つまり、私と柊木さんはそこへ向かえばいいんですね」

「あぁ、頼むよ。他の河童たちも心配だし」

「……あ」

 

柊木さんが何かを思い出したように声をあげる。

 

「そういやあの引きこもり見てないな……戻ったのか?」

「るりが?ここは来てたの?」

「あぁ、失踪事件について調べてたみたいで…」

「それを早く言えよっ!!」

「え?あ、すまん」

 

にとりさんの突然の大声に柊木さんがたじろぐ

 

「もしかしたら何かに気付いたのかもしれない……なおさら心配だ、全速力で向かってくれ!」

「わかりました、行きましょう柊木さん」

「あ、あぁ……」

 

剣を納めて河童の集落の方へ向かう。

 

「急に怒鳴るなよ……色々あって忘れてたんだよ……」

「じゃあそれ今から戻ってにとりさんに言えばいいじゃないですか」

「………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………ここか」

 

随分と手間がかかった……入り込む前に記憶を奪って情報を集めていたのはいいが、いささか、ここの連中は情報伝達が悪すぎやしないか。

個人個人が知ってる情報が少なくて、ここまで辿り着くのに時間がかかった。

 

訳の分からない奴に、眷属にした奴が干渉されたのを感じて一気に騒ぎを起こしてそのままここへやってきたが……

 

「……誰かい——」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「受け止められた……!?」

「片手で何食わぬ顔で掴んで……想定はしてましたけど、うんざりしますね……」

 

やっぱり、吸血鬼異変の時にやってきていた有象無象とは格が違う……

 

「次はどうするの…?」

「今の銃弾で頭を貫けたらよかったんですけど……ちゃんと不意をつかないとどうしようもなさそうですね」

 

となると、本当にやるしか……

 

「はあぁ……この状況で妙に落ち着いてる自分が怖い……」

「で、次は!?」

「大声出すと見つかりますよ……」

 

物陰から狙撃銃で狙った直後からすでに場所は移動しているが、見つかって接近されたら一巻の終わりだ。

 

「ここからは進路を予測する……いや、誘導して行きましょう」

「誘導して……?」

「この倉庫ごと爆破するのもいいかも」

「……冗談?」

「本気です」

 

仕込みはもう既に終わっている。

 

「こっちは映像で相手の位置を……あ、カメラ壊されてる」

「駄目じゃん……」

「ま、まあ予想はつきますよ」

 

とりあえず手に持ったスイッチの一つを押す。

これは侵入者撃退用で、登録された者以外を検知すると……

 

「……ん?」

 

その間に向かって機関銃を弾が切れるまで乱射する。

吸血鬼の疑問符を浮かべた声をかき消すように、銃声が辺り一体を包む。

 

「どんな設備だよ……」

 

うづきさんがそう言ったのも束の間、銃声がやんだ。

 

「……壊されたっぽいですね、機関銃」

「どんな妖怪だよ……」

 

同感です……



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引きこもりもやる時はやる…はず

 

「畳み掛けましょう、煙幕と毒煙と硫酸と——」

「だからどんな設備!?何を想定してたの!?」

「侵入者です」

 

そもそもあたしが設計した訳じゃないし……

 

物影から吸血鬼の様子を伺う。

 

「……焼けるな」

 

硫酸は焼けるな、の短い感想、毒煙は聞いてる様子なし……

 

ついでなので銃弾を数発打ち込んでおく。

 

「ぐっ……」

 

当たった、これ当たってる。

持っててよかった熱感知スコープ、おかげて煙幕で見えなくても銃弾が正確に撃ち込める。

 

「移動しましょう」

「なんで、このまま撃ち続けたら…」

「こっちが撃つってことは居場所を知らせてるのと同じなんですよ」

 

さっきまでいた場所を妖力弾が通っていく。

 

「連結してる隣の倉庫へ誘導します」

 

そう言ってまた別のスイッチを押す。

倉庫の天井に取り付けられていた爆弾が起爆し、瓦礫を降らせていく。

 

「本当に爆破すんの!?」

「どうせ価値のないごみばっかじゃないですか!」

「それは……そうだけども!」

 

爆音に紛れて急いで移動する。

 

「チィッ」

 

舌打ちをしながらちゃんと隣の倉庫へやってきた吸血鬼の足に、一発ずつ銃弾を撃ち込む。

膝を狙って歩けないように。

 

「次はこれ…」

 

また一つスイッチを押す。

天井に格納されていた武装した機械人形が落ちてきて、吸血鬼を視認、敵と判断して戦闘態勢に移行する。

 

「あんなものまで……」

「あれもただのごみです」

「えぇ!?」

 

武装してるのはいいが、歩くのが遅すぎて簡単にバラバラにされてしまう。

 

「っ!?」

 

実際は機械の人形の形をしたただの歩く爆弾なのだけれど。

また、盛大な爆音が上がる。

 

「爆弾ばっかじゃん!!」

 

近場にあった筒状のものを敵の方に放り投げる。

爆煙の中からでもちゃんとそれに反応して、真っ二つにした吸血鬼。

 

「それも爆弾です」

 

それに遅れるように投げた閃光弾が爆ぜて、目を塞ぎたくなるような光があたりを照らす。

 

「くっ……小癪な——」

 

接近し、散弾銃を至近距離で相手の頭に向かって撃ち込んだ。

どうなったか判断する前に手榴弾を三つほど置いて距離を取る。

 

「ふぅぅ……緊張したぁ…」

 

連鎖するような爆発が周囲に響く。

 

「む、無茶するね……」

 

うづきさんの呟きを無視して腕を引っ張って倉庫から離れながら、スイッチを押す。

あの倉庫はもともと爆弾や爆薬が集中的に保管されている倉庫、誘爆が誘爆を起こして、衝撃が建物を離れたあたしたちにもやってくる。

 

「伏せてください!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「……収まったみたいですね」

「とんでもない爆発だったけど……奴は」

「見てみま……あ、今の衝撃でスコープ壊れた……」

「……」

 

気を取り直して周囲の様子を伺う。

一応あの倉庫はある程度の衝撃に耐えれるように頑丈に造られていたはずなのだけれど……見る影もない。

 

「……居ました」

「あいつが……っ」

 

あたしが手に持っていた散弾銃を奪って、瓦礫に埋もれている吸血鬼に向かって歩き出すうづきさん。

 

「河童ってのは恐ろしい奴だな……大して強くないくせに、小手先が器用なだけでこんなことまでしてみせる」

「答えろ」

 

吸血鬼の眼前に銃口を突きつけるうづきさん、切迫した様子で声を荒げている。

 

「そいつから離れてください!」

「お前が襲ったんだろ、あいつを」

「あいつぅ?どいつのことだ?一度冷静になった方がいいぞ」

「灰色の髪のっ、私より背の低い河童だよ!」

「……あぁ、そいつか。そいつなら——」

 

薄気味悪い笑みを浮かべる吸血鬼、なんとなく嫌な予感がして、うづきさんに走って近寄る。

 

「——もう、喰っちまったよ」

「っ!!うあああああああああ!!」

 

散弾銃を何度も何度も相手の顔面に向かって撃ち続けるうづきさん、あたしは彼女に飛び込んでそれをやめさせる。

 

「チッ」

 

彼女がいた場所は真っ黒な爪ようなものが瓦礫の中から伸びてきていた。

瓦礫から奴が這い出てくる前に煙幕を張って、こちらの姿を隠す。

 

「あ……あ………」

 

糸が切れたようにその場に座り込んでいるうづきさんから散弾銃を取り上げて弾を再装填、他にも持っている限りの銃火器を取り出してあたりに撃って近寄らせないようにする。

 

「立ってください、うづきさん」

 

銃声の中、落ち着いて語りかける。

 

「あたしは、友達こそ居ますけどそれを失ったことはないです。だから、うづきさんの気持ちが分かるなんていうつもりはありません」

 

あの吸血鬼が言っていることが本当とも限らないが、そこまで考えていてはキリがない。

 

「けれど、今は立ってください」

「………」

「辛いし、悲しいし、怒りも湧いてくると思います。他にも無力感とか、喪失感とか……でも、それは後にしてください」

 

今はそんな暇はない、自分が生き残ろうとするので精一杯だ。

 

「あいつをどうにかして、全部終わった後に、いっぱい泣いて、いっぱい悲しんで、いっぱい怒りましょう」

 

うづきさんに向かって飛んできた妖力弾を狙撃銃で相殺する。

 

「その時はあたしも、いっぱい付き合います」

 

できる限りの穏やかな表情を作って、手を差し伸べる。

 

「……強いね」

「あたしなんか全然ですよ」

 

まだ立ち止まるには早すぎる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

煙幕の中からどうにかして身を隠して、作戦を練った後それぞれの位置についた。

 

「……聞こえてますか」

『うん、大丈夫』

 

無線通信機越しにうづきさんと会話をする。

彼女が光学迷彩に精通していてよかった。

 

「それじゃあ手筈通りに」

『わかった、気をつけて』

 

通信を切って、さっきうづきさんに思い出さしてもらった記憶を改めて振り返る。

 

「あそこはああで……そこは……」

 

頭の中で模擬的な思考を巡らせる。

失敗はできないから、時間の許す限り綿密に。

 

「……そろそろこっちも限界ですかね……」

 

手が震える、息が荒くなる。

迫ってくる命の危機と緊張感でどうにかなりそうだ?

 

でもそれは後。

 

こちらに近づいてきた吸血鬼を足音で判断し、作戦を開始する。

 

煙幕を周囲に張って、こちらを視認されないようにする。

 

「……一人か、さっきの奴はどうした」

「答えて何になるんです」

 

相手の問いにそれだけ返して、火炎瓶を煙幕の中から投げつける。

 

「こっちだって時間がない、お前らみたいなのの相手をいつまでもしてるわけにはいかないんだが、なぁ!」

 

こっちに向かって放たれた妖力弾を避けて、拳銃で牽制をかけつつ距離を取る。

 

「さっきから思ってたがお前、随分と戦い慣れてるみたいじゃないか」

 

まあ、普通の河童よりはそういう機会が多かったことは認める。

当たれば肉が弾け飛ぶような妖力弾を交わしつつ、銃弾で牽制をかけて距離をとり続ける。

 

「ずっとそうさせると思うか?」

 

高速で接近してきた吸血鬼、こちらに伸ばしてきた爪が当たる前に溜め込んでおいた衝撃を相手に向かって放って、怯ませるのと同時に大きく吹っ飛んで距離を取る。

 

「チッ、器用な真似を」

「河童はそれが取り柄なので」

 

転がって受け身を取りながら再度銃口を相手に向ける。

狙われるのに嫌気がさしたのか、正面にだけ障壁を張った吸血鬼。

 

即座に周囲の構造を目視で分析し、引き金を何度も引いた。

 

「ぐっ……こいつ!!」

 

明らかにあたらないであろう場所へ飛んでいった銃弾は、硬い壁などで跳ね返り吸血鬼を正面以外から何度も貫いた。

 

近くに積んであったきゅうり臭拡散爆弾を掴んで相手の方に投げ、さらにもう一度煙幕を張る。

 

「……なるほど、お前だったのか」

「……は?」

 

あいての突然のつぶやきが理解できずに、思わず言葉を発してしまう。

 

「今まで、この集落の情報全てを持っている者を探そうとしていた。だが、何人襲って記憶を抜き去っても、その目的の人物にたどり着くことは決してなかった」

 

やはり狙いはそれで……

 

「お前はさっきからこの場所にやたらと詳しい。それはつまり、お前がこの場所にあるもののほとんどを把握しているってことだろう、違うか?」

 

違わない。

確かにあたしは報告書に一度目を通して、保管状況なの把握していた。といっても、それらを思い出せたのはうづきさんの能力のおかげなのだけれど。

 

「決めたよ、お前は殺さずに俺の眷属にして、情報を搾り取れるだけ搾り取って捨ててやるよ」

「お、お手柔らかにお願——!?」

 

急に伸びてきた爪を回避したと思ったら、一瞬で背後に回られていた。反射的に銃身を背中に回して防御する。

崩れた体勢に大きな衝撃が加わったことで、体が大きく吹っ飛ぶ。

何度も床を跳ねながら、目標の地点から離れないように、そして追撃を受けないように爆弾を転がりながら投げて自分の体を吹っ飛ばす。

 

「死なれたら困るんだがなあ」

 

捕まらないようにと逃げてはいたけれど、簡単に捕まってしまった。

ジンジン痛む身体を無理やり動かされて拘束される。

 

「さて、今から記憶を……なんだその顔」

「いや……光学迷彩って本当に見えないんだなあ、って」

「は?」

 

拘束されながらもわずかに手を動かして、吸血鬼の方向へさっきの爆弾で食らって溜め込んでいた衝撃を放つ。

 

「電磁加速砲って、知ってます?」

 

光学迷彩によって隠されていた、その巨大な砲身。

大気を震わすような衝撃が起こり、閃光と共に放たれた超速の弾丸が放たれ、あたしから放たれた衝撃で浮かされた吸血鬼に当たった。

 

弾丸が放たれた瞬間に周囲に衝撃波が巻き起こり、吹き飛ばされて転がりながら壁にぶつかる。

 

「や、やったの……?」

 

隠れていたうづきさんが、吸血鬼がいなくなったのを確認して出てくる。

 

「わかりません…けど、確実に当たりました」

「そっか……その傷、大丈夫なの?」

 

そう言われて改めて自分の身体をよく見ると、至る所から血が流れ出て、肉が抉れてる場所もいくつかあった。

 

「正直痛みで気絶しそうですけど……前は全身の骨が粉々になったので、それに比べればなんとも」

「何があったの…」

「そんなことより敵がどうなったのかの確認を……いや。

 

生きてたか。

 

 

「ククッ……ハハハハ!死ぬところだったぞ貴様ら!」

 

視線を向けたその先には、左上半身が丸々吹き飛びながらも確かに二本の足で立っている吸血鬼の姿だった。

 

「そんなものまで隠し持っていたなんてな……だが残念、見てのとおり生きてる」

 

みるみるうちに身体が再生していく。

これだから再生する奴は……殺しても死なないような人ばっかりだ。

 

「そこのお前はどうでもいいが、紫の髪のお前はきちんの記憶を搾り取った上で殺してやるよ」

「この……化け物」

「そうだ、もっと怯えろ……」

「……ふふっ」

「……何笑ってる」

 

苦しそうな表情をしているうづきさんとは対照的に、あたしから思わず溢れた笑いに、吸血鬼が不快そうな反応を見せる。

 

「いや……安堵の笑みですよ」

「は?」

 

そう言った瞬間、吸血鬼の背後から二つの人影がやってきて、その背中を切り付けた。

 

「ぐっ……」

「間に合ったみたいだな」

「随分派手にやったもんですね」

 

たまらずに距離を取る吸血鬼、そいつとあたしたちの間に挟まるように、その二人が立つ。

 

「ありがとうございます……柊木さん、椛さん」

「あぁ?ただの白狼天狗二匹か……」

 

不快そうな表情を崩さない吸血鬼。

 

「生憎ですが、ただの白狼天狗の二人じゃないですよ」

「一緒にすんな」

「足臭って呼ばれてるあたりが普通じゃないですよね」

「それはお前らのせいだ」

 

軽口を叩き合いながら構えをとる二人。

 

「……逃げるか」

 

そう呟いて、今まで出ていなかった翼を伸ばして空へ飛び立とうとする吸血鬼。

いそいで近くにあった狙撃銃を握って、翼の付け根を狙撃する。

 

「チィッ!!」

 

地へと堕ちていく吸血鬼を二人の白狼天狗が狙う。

 

「ねえ、私は何もしなくていいの?」

「はい。もう、あの二人に任せておけば……あんし……」

 

二人の姿を見た安堵からだろうか、どっと疲れが押し寄せてくる。

 

「ちょっと!?」

 

うづきさんに抱えられながら、そのまま意識を手放した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうやら、気絶したみたいですよ。私たちも負けてられませんね」

「張り合うつもりはないんだが……よくやったよ、あいつは」

 

相手の攻撃を避け、受け流しながら斬り込む機会を窺う。

たった二人の河童が、誰よりも早く吸血鬼の狙いに気付き、今の今まで相手をしてくれていた。

こちらも二人だが、相手は既に大分消耗している、負けてはいられない。

 

「しっかし……斬ったところから再生しやがる、これじゃキリがないぞ」

「柊木さん、よく考えてください」

「はあ?」

 

私のその声に柊木さんが顔を向ける。

 

「確かにあの再生はやっかいです。けれどキリがない、なんてことはありません」

「………あ」

「毛糸さん基準で考えたらだめですよ」

「あのもじゃもじゃめ……いないけど」

 

そう、本来肉体の再生とはそれなりに消耗するはずなのだ。現に目の前の吸血鬼も再生するたびに苦しそうな表情になっていく。

毛糸さんなら無表情でやってるところだ。

 

「こそこそ喋ってんじゃねえ!!」

 

吸血鬼から妖力弾が周囲に大量にばら撒かれる。

相手の姿を見るに、体の一部をまるまる吹き飛ばされて、あとから再生したように見える。

るりさんたちが削ってくれた証拠だ、本当によくやってくれる。

 

「相手本気出してきますよ」

「わかってる」

 

この状況から脱するために、本気で私たちを殺そうとしてくる。相手も本当に追い詰められてきているということだ。

 

「逃す手はないですね」

「あぁ」

 

柊木さんが先行して、相手の懐に入り込む。

 

「甘いんだよ!!」

 

そう大声で叫び、柊木さんを爪で貫こうとする吸血鬼。

だが、硬いものにぶつかるような音がしてその爪は弾かれた。

 

「お前——」

「隙あり」

 

動揺している吸血鬼の背中から、心臓のある位置を狙って剣を突き刺す。

 

「あぐぁっ」

 

そう叫んだ瞬間に、柊木さんの剣が振るわれてその首を捻じ切った。

 

「楽勝だったな」

「えぇ」



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引きこもりだって成長する

 

「………またかぁ〜」

 

何度目かの病室。

何度目かの包帯ぐるぐる巻き。

何度目かの大怪我。

 

まあ、指の一本も動かせないってわけじゃないから、過去に比べたらまだマシな方だけれど。

 

「今回も無茶したなぁ……恥ずかしいこと言ったしやっちゃったなぁ…」

 

少しずつ何があったかを思い出していき、羞恥心から顔を伏せたくなる。そもそも仰向けだし、動いたら痛いんだけど。

 

「はあぁぁっ……死にたいぃ…」

「死なれたら困るよ、るり」

「あ……にとりさん」

「やっほ、元気?1日寝てたけど」

 

起きて早々死にたいって言った人が元気に見えるわけないだろうに……というか、丸一日寝てたのか。

 

「心配したんだからね?実際、あの二人が向かわなかったら危なかったって聞いたし……」

「はい……すみませんでした……」

 

勝手なことしまくっちゃったからなあ……倉庫とかもめちゃくちゃにしたし、隠してた電磁加速砲も使っちゃったし……あの辺りめちゃくちゃだろうなあ……うづきさんに記憶を掘り起こしてもらって、あの兵器の存在を思い出したんだけれど……

 

「まあ、時間がなかったんだろう?お前はよくやったよ。おかげで吸血鬼の狙いを阻止できたし、眷属にされてた奴らも元に戻ったし、失踪事件もパタリと止んだし……よくやったよ」

「そう……ですかね」

 

結局あたし一人じゃ何もできなかっただろうし、うづきさんも巻き込んで危険な目に……うづきさん?

 

「そうだうづきさん!あの人はっ……ってて…」

 

彼女のことを聞き出そうとして身を起こしたが、全身に激痛が走る。

 

「そう焦るなって、黄梅うづき…だっけ?彼女なら特に怪我もなく、復興作業に勤しんでるよ」

「そうですか……よかった」

「にしても……」

「…?」

 

にとりさんが何か言いかけて止まる。

 

「…なんです?」

「いや、少し変わったなって」

「あたしがですか?」

 

そう聞き返すと、にとりさんは深くうなづく。

 

「こんなに積極的に面倒ごとに関わることなんて、今までなかったでしょ?いつもは成り行きとか、仕方なしだったし……危ないから私はあんまり関わってほしくなかったんだけどね」

「そうでしたっけ?まあいつも成り行きな気はしてましたけど……」

「なんで今回はこんなことしたの?」

「なんでって………」

 

自分でもよくわかっていないんだけど……聞かれても困る。

 

「強いて言うなら……にとりさんがいなかったから、ですかね」

「……私?」

「えぇまあ……にとりさんがいなかったから、代わりにあたしがどうにかしてあげようと……」

「つまりお前は私がいなかったら立派に生きていけるんだな?」

「待ってくださいそれは普通に死んじゃいます」

 

今回は、なんていうか……役に立ちたいと思ったと言うか。

じっとして待っていることができなかった、というか。

 

「山の人たちは大切な仲間ですし、色んな人がいるからあたしがこうやって生きていられるわけで……ただじっと待つことはできなかったというか」

「………そっか」

 

仲間意識……って言っていいのかな。

とにかくこう、衝動的に動いてしまった。

 

「でも……結局うづきさんの友達は……」

「仕方がないよ、お前はよくやった」

「仕方がないで済む話じゃないんですよね……」

沈黙が訪れる。

 

「……じゃ、私はそろそろ行くよ。元気そうで安心した、じゃあね」

「はい、わざわざありがとうございます」

「ん、また来るよ」

 

忙しいだろうに……それだけ心配してくれてるってことだよね、申し訳ないけれど、ちょっと嬉しい。

 

「………」

 

ずっと、自分に何ができるのか考えていた。

引きこもりで、人が苦手な自分は、どうやったら人の役に立つことができるのか。

 

ただ人を拒絶しているだけではダメで……自分一人じゃ生きられないから、他者を求めて。でも他者がやっぱり苦手で。

苦手なくせして、仲良くしているのが好きで。

 

人と関わるのが好きな自分と、人を拒絶する自分。

矛盾していて……

 

自分はどうしたいのかわからなくなって、堂々巡り。

 

「……はぁ」

 

自分は、何かを成し遂げることができたのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「決まんねえよぉ……どうしたらいいのかわかんねえよおぉおぉおぉおぉおぉおぉおぉおぉ」

「すごい声出すねしろまりさん」

「こいしぃ……お前いつもどうやって名前つけてんの」

「んー?えっとね……直感?」

「フィーリングかよぉ……なんか最近すごいソワソワするんだよなあ、胸騒ぎというか、なんというか……上でなんかあったんかな」

「気になるならさっさと名前決めたらいいじゃないですか、そうすれば心置きなく地上へ戻れますよ」

「意地悪言うなよさとりん、できたらもうお日様に当たっとるわい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………やっぱ寝てるかぁ」

「起きました」

「うぁ!?」

 

うづきさんの声が聞こえて、一気に目が覚めて反射的にそう返事をしてしまった。

 

「ね、寝たふり…?やめてよ心臓に悪い…」

「ふりじゃないです、寝てました」

「嘘ぉ」

「本当ですよ」

「急に気絶してそのまま起きなかったから大丈夫なのかなって思ってたのに……意外とピンピンしてるんだ」

「慣れてますし」

「慣れてるんだ……」

 

気づいたら寝てしまっていたらしい。

特に怪我もなさそうなうづきさんがやってきた。少し顔色は優れなさそうに見えるけれど。

 

「……ごめん、私のせいでこんなことに」

「謝るのはこっちの方ですよ、結局捜してた人は……」

「ううん、いいんだそれは。あなたは関係ないし……仇は…とったしね」

「………」

 

本当にそれでいいのだろうか。

あたしは知っている、その顔を。

 

「嘘ですね」

「………」

「見たことあるんですよ、その顔。昔あたしの友達が同じ顔をしていて……結構記憶に残ってるんです」

 

あれは……もう何百年も前のことだっただろうか。

毛糸さんの様子がおかしくなって……何か悲しいことがあったんだろうに、無理に気丈に振る舞っていて。

 

「無理やり押し込んでませんか?蓋をして、何もなかったことにしようとしてませんか?」

「………」

「そんなものため込んだって……何も、いいことなんかないですよ」

 

あたしの言葉を聞いて、うづきさんが俯いてしまう。

 

「……じゃあ」

 

短く呟いた。

 

「じゃあ、この憤りはどこにぶつければいいんだよ……」

「………」

「誰かを責めようにも悪いのはあの吸血鬼で……そいつはとっくに死んでいて……やり場のないどろどろとした感情だけが残って……」

 

少し声を震わせながら、少しずつ言葉を紡いでいくうづきさん。

 

「どこにも……どこにもぶつけられないじゃない。だったら……閉じ込めるしかないじゃん、押しとどめるしかないいじゃん、誰にもぶつけられないんだから……」

 

諦め、か……

 

「あたしの記憶違いじゃなかったらいいんですけど……」

「……?」

「あたし、言いましたよね、たくさん泣いて、悲しんで、怒ればいい……その時は、あたしも付き合うって」

 

正しい言葉は選べているか。

ちゃんと声に出すことができているか。

 

「あたしなんかじゃ受け止められないかもだけど……ぶつけてきてください、精一杯受け止めますから」

「——っ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

病室の外に彼女の啜り泣く声が響く。

 

「わざわざ見舞いに来るなんて、お前もお優しいこっ——」

「しっ」

「あん?……なるほどな」

 

空気を読まずにずかずかとこちらにやってきた柊木さんを制止する。

 

「邪魔しちゃ悪いので静かに」

「そうだな」

 

扉についている小さな窓から、中の様子をチラリと伺う。

 

「……一応、調べはしたんですよね」

「あぁ、一応、な。でもまあ……見つかったのは血の跡と、彼女の識別番号のついた帽子だけだった」

「吸血鬼のくせして、妖怪の肉を喰うんですね」

「相当腹が減ってたんだろうよ」

 

迷惑な話だ、せめて血を吸うだけにしておけばいいものを。

 

「大方、人里には手が出しにくかったんだろう、博麗の巫女とか、何人かの妖怪とかいるし」

「というか、どこ襲ってもあの人やってきそうですけど」

「まあ……それは……そうだな」

 

今回はたまたまあの人が地底にいたからで……地上にいたら河童の倉庫があの惨状になることもなかっただろう。

……いや、むしろ酷くなっていたかもしれないか。

 

「にしても見舞いになあ……お前ってあの引きこもりとそんなに仲良かったのか?」

「仲良くなかったら見舞いに行っちゃ駄目なんですか」

「そんなわけないが……お前がだぞ?」

「私のことなんだと思ってるんですかあなたは」

「血も涙もない無惨が人の形をして歩いてる理不尽と暴虐の化身」

「今からその矛先をあなたに向けますよ」

「冗談だって」

 

否定はしないけれど。

 

「私たちが到着するの遅れたからあんな怪我を負ったわけです、精神的な疲労も溜まってるでしょうし……今回の功労者を労わるくらいは、流石の私もしますよ。全く無縁って訳でもないですし」

「そうだなぁ……あいつもあのもじゃもじゃの友人だもんな。というか、それならあの中で泣いてる方のやつも休ませてやれよ」

「あれは本人が働きたいって言うからですね…」

「……現実から逃避するためか」

「恐らく」

 

だからこそ今、中で感情を吐露しているんだろうが。

 

「つか、あいつは結局何してるんだよ、結構な期間地底なんかで」

「さあ……」

 

というか、山に無断で地底にホイホイと行くのやめてくれないだろうか……一応あの縦穴は山の管轄なのだけれど……

 

まあ、許可を求められても許可するわけにはいかないからどっちにしろって感じか。今更だし。

 

「まあ、あの人に頼るのがそもそも間違いなんですけど」

「それはそうだ」

「それで……吸血鬼の生き残りはあとどれくらい居るんですか?」

「あぁ?あぁ〜……はっきりした位置や数はわかってないらしいんだが……まだいるのは確実だろうな。博麗の巫女も積極的に吸血鬼狩りに出てるみたいだが、向こうも当然避けるだろうし」

 

向こうも知性のない獣のような奴らではない。

今回のように、計画性を持って行動されたら……面倒だ、本当に面倒。

 

「賢者ももっと積極的に動いてくれないもんですかねぇ……」

「今の今まで何もせずに傍観してんだ、期待しないほうがいいだろうな」

「役に立ちませんねえ……」

「どこで聞かれてるかわかんねえぞ」

「私なんかに構ってる暇あるならこの状況どうにかしろって思いますよ」

「間違いない」

 

……さて、と。

 

「いつまでもここにいたってしょうがないですし、今日はもう戻りましょうか。……そういえば、彼女の能力で柊木さんの記憶って戻せないんですか?」

「流石に数百年も昔のは無理、って言われた」

「あー……まあそうか。というか聞いたんですね」

「一応、気になったんでな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん…と、よいしょ……と」

 

試しに柔軟をしてみる。

 

「んー………よしっ」

 

一通り体を動かしてみたけれど、特にもう痛む部分はない。妖怪といえど、その妖怪の中でも貧弱なあたしは治るのもそれなりに時間がかかる。

 

毛糸さんってその点便利ですよね……すぐ復帰できるし。

 

「やっぱり自分の部屋は落ち着くなぁ……」

 

いつもの部屋、いつもの明るさ、いつもの椅子、いつもの机……いつも変わらぬ風景がここには詰まっている。

 

ふと部屋の片隅に置いてある画材が目に入った。

 

「そーいや最近描いてないなぁ……」

 

また描き始めてみようかな……いつもは風景画とか抽象画とかだけど、たまには人物画もいいかも……やっぱり描くならにとりさんかな。

毛糸さんは……頭描くの凄い難しそうだ。

 

でもにとりさんは忙しいし……やっぱりあの人にしようかな。

 

「………」

 

なんだか最近、少し気が楽になった。

吸血鬼っていう目先の脅威がひとまずいなくなったっていうのもあるだろうけど……いつもは関わらない人と関わって…あんなことまでして。

 

自分のことを少し……ほんの少しだけ、認められた気がする。

成長を実感した……とでも言えばいいのかな、こんな自分でも少しは変わっているってことがわかって、嬉しくなって。

 

それと同時に、こんな自分を変えてくれたみんなのことが……にとりさんや毛糸さん、目つき悪い柊木さんや普通に怖い椛さん、ちょっと苦手な文さん……

 

それだけじゃない、この山に一緒に生きる様々な人がいるから、今のあたしがいる。

 

だからそう……少し、知ってみたくなった。

 

閉ざされた関係じゃなくって……受け身じゃなくって。

もっと自分から……この山のことを、もっと知りたいと思えた。

 

うづきさんと出会って……本当にひょんなことから出会って。

 

明確に自分の意思で、何かを成した。

 

その時はまだ、自分のことが好きになれなかった。

でもそのあと、うづきさんと話して……自信と言っていいのだろうか。

自己を肯定してくれるものが増えて……変わった。

 

「……そろそろ時間、かな」

 

身体はまだ重いけど、心は軽く。

 

 

部屋の扉を開いて、待ち合わせの場所へと向かう。

人の目線は気になる……けれど、今日だけはなんだか、いつもより顔を上げることができて。

 

「お待たせしました」

 

新たな友人へと、声をかけた。



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凄い時間のかかった毛玉

「うーん……うーん………ううううううううううう」

「うっさい」

「いてっ」

 

書庫で首を捻っていると、お燐に頭を叩かれた。

 

「いや本当に……そろそろ名前決めたら?」

「わかってんだよんなこたぁ……それができねえから唸ってるでしょうが」

「頑張りなよ」

「頑張ってるよ」

 

伊達に数日間「なんも思いつかねえ〜」って、言いまくってた訳じゃない。

 

「どんな風な名前にするか自体は、もう決めてあるんだよ」

「へぇ……じゃあ何をそんなに悩んでるのさ」

「それがねぇ……こっちはもう気付いてんだよ……というか、忘れるようにしてたっていうか……」

「……?」

 

これだけ永い間共に過ごしていれば、多少の変化にくらい気づく。

今までは疑念程度だったし、気にしないようにしてきたけれど、地底に来てほぼそれが確信へと変わった。

イノシシの体格じゃ届かない場所のものが動いていたり、時々獣じゃない人の気配が感じたりと……

 

「そんな訳ないって思ってたんだけどねえ……」

「なんのこっちゃかさっぱりだけど……好きな人からつけられた名前なら、なんでも好きになるもんだよ」

「お燐も?」

「まあね」

「うぅむ」

 

私も……そうなのかな。

名付け親は大ちゃんだけど……

 

「いや……そういう話じゃないんだよ」

「んじゃなんの話なんだよ!」

「本当は人型になれるの知ってるけど向こうが知ってほしくなさそうだから知らんぷりしてたんだけど、いざ名前つけるってなると動物みたいなのにするか、普通の妖怪みたいにするか悩むって話だよ!!」

「それなら本人とちゃんと話すればいいだろ!!」

「できたらこんなに悩んでねえんだよ!!バーカ!」

「はあぁあ〜!?」

 

おっと口が悪くなってしまった。

 

「いやさあ……向こうが関係壊したくないみたいでさ?私としても、向こうがそう望むなら向こうに合わせたいんだけど……でも名前は欲しいっていうじゃん!もうどうすりゃいいのかわかんねえし……そもそも名前考える段階で随分時間使っちゃってるし……」

「……難儀な性格してるなぁ」

「毛玉もそう思う……」

 

要するにヘタレの意気地なしなのだ、私は。第一そんな度胸があるなら、もっと早い段階で事を終わらしている。

 

「どうすりゃいいんだろうね……」

「どうって……あたいに伝えてどうすんだよそんなことを」

「毛玉もそう思う……」

「何それ気に入ったの?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「とのことです」

「うっそだぁ……」

「ほんとです」

 

お燐と毛糸さんが書庫で話していたのを盗み聞きして、そのまま猪さんへと伝える。

言うの迷ったかと言えば迷ったけれど、黙っていたらあの人は永遠とこのことで悩みそうだったので、彼女に伝えることに決めた。

 

「バレて……うそ……うっそぉ……」

「そんなに衝撃ですか?そんな可能性もあったとは思いますけど…」

「いや……馬鹿だから気付いてないかなって」

 

馬鹿なのはどっちなんでしょうね〜?

 

「……まあ、気づかれてるのは事実です。毛糸さんは気付いてないていを装いたかったみたいですけど」

「………」

 

黙ってしまった。

……この数日間、なんどか会話をしてみたけれど、結構話し方が毛糸さんと似ている。

性格こそ違えど、飼い主に似るとかそういうところだろうか。お燐とお空は全然私に似なかったけれど。

 

「で、どうするんです?私としては、さっさと伝えるだけ伝えて、適当に名前をもらえればそれで万事解決だと思うんですけど……」

「………」

「猪に戻っても無駄ですよ、私心読めますから」

 

……二人とも考えることは同じ。

今の関係が壊れるのが怖い……って、なんなのこれ、両想いだけど告白するのを躊躇っている男女みたいな状況。

 

正直言ってかなり面白いのだけれど、いつまでもこうやってもじもじされていても困る。

 

「気持ちはわかりますけど……実質逃げ道がないようなものですよ、あなたも、毛糸さんも、さっさと腹を括るべきです」

「………」

 

恐れ。

今までずっと、言葉を喋らない猪として彼女と接してきたのに、急に人の形を取って接することへの抵抗、躊躇い。

たったそれだけ、たったそれだけのことが、彼女を立ち止まらせている。

……まあ、何百年もそうしてきたなら、そうなるのかもしれないけれど。

 

「難儀なものですね……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「っていう会話してたよ!」

「うっそだぁ……」

「ほんとだよ」

 

盗み聞きを盗み聞きで返すこいし……そしてそれをわざわざ丁寧に私に言いにくる。

いやしかし……どうすれば良いんだこれ。

さとりんに盗み聞きされてたのも驚きだけど……あいつ……

 

「……なんかすごいややこしいことになってない?」

「なっちゃってるね〜」

「こじれてない?」

「こじれてるね〜」

「私は一体どうすれば……」

 

いや……何をすれば良いかって、単純明快。

普通に名前をつければいいだけなんだけど………「本当は気づいてました〜」って笑いながら言えば良いだけなんだけど……

 

「私そんな度胸ねえんだよ………」

「しろまりさんも悩むんだね」

「私をなんだと思ってるんだ」

「しろまりさん」

「正解」

 

えーと……イノシシは本当はもう身体をもってること隠したくって?それを本当は私は気づいてて、でもそれを隠したくって?そしてそれをさとりんにバラされて?そしてそれをバラされた事を今度はこいしが私にバラして?

 

「なにこの……なにこれぇ……」

 

何をどうしたらこんな状況になるんだよ……

 

「………名前をちゃんと決めるか」

「おっ、決心ついたんだ」

「まあ……そんな感じ?」

 

決心というか……どちらかと言えば逃げ道を塞がれたというか……

 

「もう適当でいいんじゃなーい?」

「良くない……私、名前つけるとか本当にしなくって……」

 

技名とかも考えたこと本当にないし……逆に聞くけど、他のみんなは考えたことあるの?自分の技名。

……そういやフランはあの炎の剣に大層な名前つけてたし、案外みんな言ってないだけでつけてるのかも……

 

「……というか、そう考えたら私は姿も見たことのないやつの名前考えるのか?難易度高くね?こいしよ、どんな見た目だった?」

「え?うーん……髪の毛派手だったよ!」

「私に似たか……」

「かもね〜」

 

派手って……どういう派手?まあどうせ紫とか緑が混じった髪とかそんなんだろうけど……

 

大ちゃんを責めるわけじゃないけれど、見た目の特徴を名前にするってのはあんまり気が進まない。どうせならもっと色々考えたい。

 

自分の子の名前を考える親って、本当に凄いんだなぁ……

 

「やっぱりさ、一回ちゃんと話をしてみたら?」

「こいしもそう思う?」

「だって、そんな距離感を感じる状態で良い名前なんて思いつくはずないもの。決めるならちゃんと向き合わないと」

「だよなぁ……」

 

覚悟……決めるかぁ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………」

「………」

「………何してるんですか2人とも」

「にらめっこ」

「ぶふぉ」

「いや本当に何してるんですか」

 

いざイノシシとちゃんと向き合ってみようとすると、やっぱり気まずいしなんか恥ずかしいしでそのまま黙り込んでしまった。

 

「ほんとに面倒臭いですねあなたたち」

 

さとりんが呆れたようにそう言う。

 

「むぅ………」

「ふご………」

「……私席を外しますね」

「ぅん……」

「ふごぉ……」

 

果たしてさとりんは空気を読んだのか、この気まずい空気に耐えかねたのか……どちらなのだろうか。

 

「どっちもですよ」

「あ、はい、すんません」

 

そう言ってさとりんは部屋を出て行ってしまった。

 

「………さて、2人きりになったわけだが」

「………」

「まあ…お互いに把握しちゃってるんだし……姿見せてくれてもよくない?無理にとは…言わないけど」

 

視線を逸らしながらそう伝える。

あのあと紆余曲折あって……もう人型になれることを知っていることを知っていることを知っているって言うとんでもない構図を、イノシシと私はどちらも理解した。

だからこそ、このままこうしていても仕方がないわけで。

 

「まぁ〜、正直私も見るのこ——」

「見るのこ……なに?」

 

怖い、と言いかけたところで、目の前にいたイノシシが消えて、紫と緑の、少し長めの髪と獣の耳を持った妖怪が現れた。

 

「……どうして」

「……?」

「どうして……私より明らかに背が高いんだよ……」

「………そこ?」

 

そりゃあ……私はチビだけどさ?妖精よりちょっとだけ大きいくらいのサイズだけどさ?イノシシに……猪に負けるほどの身長って……

 

「そこ……どうでもよくない?」

「どうでもいいけど……」

 

改めて、イノシシが変化したその姿を見つめる。

……大きい。

 

「……舐め回すように見んな」

「変質者みたいな言い方やめてくれるかね」

「事実じゃん」

「あ、ふーん………」

 

君も私に辛辣なタイプの妖怪なんだね……?いうてずっと突進してきたりしてきたから、変わらないけど。

攻撃から口撃に変わっただけで。

 

「………」

「………」

 

やっぱ気まずい……私こういう空気苦手なんだよ……でも話進めないとだし。

 

「いつくらいから?」

「いつって?」

「いつからそうなれたんだって」

「………」

 

私がそう聞くと彼女は考える素振りを見せて黙り込んでしまった。

 

「いつからって言われても……いつの間にかとしか」

「大雑把でいいからさ」

「……大体50年前?」

「結構前じゃねえか」

「大雑把だって」

「なんだお前、50年も私に黙ってたのか!」

「だからなんなの!」

「別になんもないけど!」

「はぁ!?」

 

50年も何食わぬ顔でこいつはふごっ、とかぶふぉ、とか言ってたのか……いや、イノシシの何食わぬ顔なんて知らんけど。

 

「……それはそうと、その服何?凄いチグハグでボロボロだけど」

「あぁ……最初この姿になった時全裸で……」

 

お前もか……お前も生まれたままの姿だったのか……

 

「そのあと何とか戻って、あなたのボロボロになって捨てた服とかを集めて、縫い合わせて……で、これ」

「ちゃんとしたの作ってもらおうな……」

 

……やっぱ大きいな。

 

「………」

「………」

 

そして再び沈黙が訪れると……

 

「……正直言って、安心したんだ、私」

「安心?」

「ずっとお前が何考えてて、なんで私にくっついてきたのかわかんなかったからさ……かと言って話もできないし、それを明らかにする方法もなかったわけで」

 

これが大した知性のない普通の獣なら大して気にもとめなかっただろうが、こいつは妖怪だ。

昔っから人くらいの知性は持ち合わせていたから、その行動にちゃんとした考えがあるのは間違いなかった。

 

それを聞こうにも聞けなくて、もやもやしてて、不安だ。

 

「別にその口からちゃんと理由を聞きたいってわけじゃないし、せがむものでもないだろうし。ただ……こうやって初めて目の前にいるお前と、こうやって話が出来て、安心したんだよ」

「………」

 

話すのは初めてなのに、初めて会う相手じゃないからだろうか。

思っていたことが、口からスルスルと抜けて出て行ってしまう。

 

「……ずっと、言い出せなかったのは」

 

私が黙っていると、彼女が言いづらそうに口を開いた。

 

「もしこの姿を見られたら、この関係が変わると思って……もし、この私が受け入れられなくて、拒絶されたらと思うと、怖くて言い出すことができなくて……」

 

それは私も同じだ。

本当は薄々勘づいていたはずなのに、それを認めてしまうと何かが壊れてしまう気がして……知らないフリをして、そのまま過ごしてきた。

 

「でも、杞憂だった。あなたは今の私と話せて安心したって……そう思ってくれたってことは、そういうことなんだなって、今気づいた」

「……そうだね」

 

正直言って、あのイノシシの中身がこんな奴ってのはかなり衝撃だけど……まあ、意外ではないか。

そもそもメスだし。……女性って言ったほうがいいか。

 

「ただの猪の妖怪でしかなかった私と、ただただずっと一緒にいてくれて………最初は興味本位でついて行っただけなのに、それが段々居心地良く感じて……」

 

突進して、されて。

ただそれだけ、それくらいの関係がちょうど良くて。

 

「ちゃんと私のことを想ってくれてるのが伝わってきて、嬉しかった」

「私は何もわからんかったけどな、会話できなかったし」

「……だから今こうやって話してるんじゃん」

 

あぁ〜……なんか妙に小恥ずかしいことポンポンしゃべるなと思ったら、そういうことだったか。

 

「ま、こうやってちゃんと話せて……なんだかすっきりしたよ。でもさ……」

「……?」

「これ……チルノたちにはどう伝えるのさ」

「あ…」

 

……よし、この反応を見る限り、チルノたちはこのこと知ってるのに私は知らないとか、そんな悲しいことにはなってなかったみたいだな、よし。

 

「……ま、あとあと考えるか。……急だけど名前つけるよ、私のこの矮小で残念な脳みそで考えた名前だから、気にいるかはわからないけど」

 

私がそういうと彼女は真剣な表情になった。

 

「……そう身構えるなよ、こっちまで緊張する」

「いやだって……」

「……じゃあ行くよ?」

 

 

 

一息ついて落ち着いてから、その名前を口に出す。

 

 

 

日隠 誇芦(ひいん ほころ)。えーと……森とか日から隠れた場所によくいるってのと……その姿になれるってことを秘し隠してきたってのの、秘隠ってのと……あと、ひいんの『い』は一応猪の亥のつもりでもあって……」

 

相手の表情を見るのが怖くて、目を瞑りながら指で字を書いたり、早口で喋ったりして、必死に由来を話す。

 

「誇るっていうのは……私が自分のことあんまり好きじゃないから、お前には自分のこと、好きなままでいて欲しいなって……芦は…えっと……語感で」

 

話してて段々自信がなくなってきて、声も小さく、恥ずかしくなってきた。

 

「えー……はい、以上です」

 

恐る恐る、目を開けてみる。

 

「ありがとう」

 

以前では想像もつかなかった、優しい笑みを浮かべて、そう言ってくれた誇芦。

 

「……どういたしまして」

 

心置きなく、そう返せた。

 

……でもやっぱキャラ変わりすぎじゃね。



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ちょっと安心した毛玉

 

「そう……名前つけたのね」

「まあ……恥ずかしいっす」

 

名前をつけたあと、早々に地底を立ち去ってアリスさんの家にきた。

 

「で、その本人は?」

「あぁ……アリスさんとこに行くけど、どうする?って聞いたら、恥ずかしいからまた今度、だってさ」

「……あの子そんな性格だったの?」

「だったみたい」

 

アリスさんの淹れてくれた紅茶はやっぱり美味しい……

 

「背、私より高かった」

「あらそう」

「あと……何がとは言わないけど、それなりにあった」

「あら……そう」

「アリスさんって服作れたよね」

「え?えぇまぁ……それなりには」

「今度連れてくるからさ、採寸とか色々して作ってくれない?あいつの服、私のダメになったやつを継ぎ接ぎで使ってたから」

「別にいいけど、裁縫できるのね」

 

そう言われてみれば確かに……イノシシのくせして裁縫はできたのかあいつ。

毛玉のくせして手足いくらでも生やしたり氷出したりしてる私が言っちゃダメな気がするけど、気にしないでおこう。

 

「……そういや、結局あいつって私と一緒に暮らすのかな」

「そりゃ、今までそうしてきたんだしそうするんじゃない?」

 

てことは二人暮らし……?いやまあるりが住んでた頃もあったし、なんなら今目の前にあるアリスさんとも数十年くらい一緒に住んでたから、そこはどうでもいいか。

 

「しっかしあの子がね……いつかはこうなるとは思ってたけど、いざそうなったって聞くとなかなか感慨深いものがあるわね」

「そうだなぁ」

 

会った時はただの妖怪イノシシだったけど……そういや、あいつとは初めて会った頃からなんか変なやりとりしてたような気がする。

 

「……あいつって戦えんのかな」

「なんでそんな心配を?」

「いや……割と私の周りって戦いが起こったり、私自身巻き込まれたりするから…きな臭い話はもう吸血鬼くらいしか聞かないんだけど、それでも一応心配でさ」

 

私が一緒にいれば基本どんなやつでも殴り倒せるとは自負しているけど………まあ、あいつも一応妖怪だしなあ。

 

「あなたは気付いてないみたいだったけれど」

「ん?」

「あの子、あなたの妖力を少しずつ吸ってたのよ」

「……ん?」

「元は幽香の妖力だし……あなたほどではないでしょうけれど、それなりの強さではあるんじゃない?」

「………んー?」

 

oh……そうきたか。

 

「妖力が二つ存在することは殆どあり得ないけれど、変質はするからね。事実あなたの妖力も、幽香のとは少し違ったものになっているし」

「幽香さんのなら大丈夫だな!」

「あなた、彼女に全幅の信頼を置いてるわよね」

「そりゃあもう」

 

あの人の強さは、この私自身が数百年間ひしひしと実感してきた。素が貧弱な私でも鬼の四天王とある程度のレベルまでは殴り合うことができ、傷の再生にも使え、イカれサイコ妹吸血鬼とも戦うことができる。

これを信頼せずに何を信じられようか。

 

「なんていうの?最強には届かないけど結構強いみたいな感じ?それだけ強けりゃ十分でしょ」

「……幽香よ?」

「へ?」

 

眉を狭めながらアリスさんがそう呟いた。

 

「あなた幽香が全力を出したところ、見たところある?」

「……ないけど」

「えぇそうね、私もないわ。でも、計り知れないってことは理解出来る」

 

何度か見たあの人の力。

圧倒的だった、あの人が苦戦する様子なんて全くもって想像できない。

 

「そんな彼女の妖力を、あなたは持っているのよ?」

「まあ……そうだけどさ」

「私は、あなたが本気を出せばもっと強いと思うのだけれど」

「本気って……私、今までもかなり本気出してきたよ?死ぬ思いも何度もしてきたよ?今更……」

「なんらかの要因が邪魔してるのかもしれないけど……」

 

そんな……私によくある覚醒イベントなんてあるわけないじゃないか。あるとしたらそれはりんさんの刀の妖刀化でもう終わってるよ、あれくっそ強いもん。

 

「まあ戦うことを想定した話すんのも辛いじゃん、まず戦わなくていいような世界になって欲しいよね、全く」

「まあ一切争いのない世界なんてものは不可能だけど、傷つかなくていいようにはなって欲しいわ」

 

まあ世の中には戦うの大好きでしょうがない戦闘民族みたいな妖怪もいるし、そういうのに絡まれたら、それはもう仕方のないことだとは思うけど。

 

「………あ」

「どしたの」

「そういえば、鴉天狗の子があなたのこと探しにきてたわよ」

「文が?……なんで?」

「なんか山で厄介なことがうんたら……詳しくは教えてくれなかったけど、早く向かったほうがいいんじゃない」

 

そっかぁ……やっぱりなんかあったのか。なんか胸騒ぎはしてたんだけども……

 

もう少しここでゆっくりしていたかった。

というか世界よ早く平和になれ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

地底への縦穴からもじゃもじゃが出てきたとの報告を受けて、急いで毛糸さんの家まで直行してきた。

もう事が済んだ後なのでよかったけれど、せめて地底へ行くなら無断はやめて欲しい、一言くらい誰かに伝えてから言って欲しい。

 

扉を開けてそのまま人の気配のする場所まで飛んだ。

 

「やっと帰ってきましたね毛糸さ……」

「へ?」

「ほぇ?」

 

紫と緑の……それなりに長めな髪で、奇抜な髪色をした妖怪がそこにはいた。

 

「知らない人だああああああ!!?」

「なんか急にきたあああああ!!?」

 

二人して同時に叫ぶ。

 

「ちょ……ちょーっと待ってくださいね……あれ、家間違えたかなぁ……いやいや、この近辺に家なんてここか、あそこくらいしか……」

「……あー」

「よし分かりました!毛糸さんが地底から連れてきた妖怪ですね!?どうです!合ってるでしょう!!」

「違うけど」

「なっ……ならばあれでしょう!毛糸さんが散々生やして散らかしてきた肉片の残骸が怨嗟を吸収して受肉した新たな妖怪!」

「なにそれ気持ち悪……」

 

かなり引かれた。

 

「じ、じゃああなたは一体なんだって言うんですか!」

「猪」

「……なんて?」

「ここに住んでた猪」

「………ほぇ?」

 

・・・ほぇ?

 

「……えぇ?」

「………」

「………え?」

「あ、この人壊れた」

「ええぇえぇええ?」

 

……え?

 

「ほ…ほんとですか」

「……本当」

「ひぁ……それはそれは……なんとも……」

 

そう言われてれば確かに……面影がある。

髪の毛の色とか、耳とか。

 

「……前の姿にはなれるんですか?」

「まあ…」

 

私の問いに彼女は、一瞬だけ見慣れた猪の姿になってみせた。

 

「本当だ……最近なんですか?そうなったのは」

「まあ…そういうことで」

 

そういうことでってどういうこと……?

 

「…あの人なら、今は魔法の森にいると思うけど」

「あ、そうですか、ありがとうございます」

 

いや、それにしても……そうきたのかぁ。

 

「あの猪がこんな姿に……全体的に毛糸さんよりは大きいんですね、一回り」

「………」

「あ、すみませんジロジロと」

 

不快に感じさせてしまったのか、猪の姿に戻ってしまった。

 

「そうだ名前、名前はあるんですか?毛糸さんのことだし未だにあの変な名前で呼んでることもあり得ますけど……」

「……一応、普通なのはついこの前付けてもらった」

 

私の問いに答えるため、再びさっきの姿に戻った。

 

「へぇ!毛糸さんちゃんと名前つけたんですね」

 

いやぁ……今思い返してもあの呼び方は本当に意味がわからなかった。やっぱりあの人は根本的に何かがズレてるような気がする。

 

「聞かせてもらっても?」

「……日隠誇芦」

「誇芦さんですか……よし、覚えました。というか、あの人ちゃんとした名前つけられたんですね」

 

今の本人に聞かれたら不機嫌になられそうだけど。

 

「いやぁ〜でもあの猪がこうなるとは〜……今までずっとなってなかったみたいですから、てっきりそういうものだと……それにしても驚きです」

 

それと、毛糸さんと一緒にいたからと言って、毛糸さんのように強い妖力を持っているってわけでもなさそうだ。

まああんな力を持った妖怪がぽんぽん生まれてきたら幻想郷も大変なことになるんですけど……

 

「あ、知ってるかもしれないけれど一応自己紹介を……清く正しい射命丸文です、よろしくお願いしますね!」

「………あ、うん」

 

結構気に入ってる名乗り口上なのだけれど、あっさりとした反応が返ってきた。

まあせっかく出会ったのだしなにか話題を……あ。

 

「ほぼ初対面で頼むのもなんですけれど、毛糸さんの誰も知らなさそうな秘密とか知ってたりしませんか?」

「………なんで?」

「人の弱みっていくら握ってても損はしないじゃないですか〜」

「そのうち後ろから刺されそう」

 

刺される前に逃げれば問題ないんですよ。

 

「別に……そういうことあんまり分からないし、知ってたとしてもあんまり言う気には……言ってバレた時の報復怖いし」

「それは……まあ、その通りですけど」

 

まあ親しい相手の弱みなんて探るものじゃない、かぁ。

そういうことしてたらまたあの人落ち込みそうだし。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「入れ違いかよぉ」

 

文を探しに妖怪の山まで来たら、今しがた私の家に向かったばかりだと。あいつ飛ぶの速いし、まあ追いかけてもしょうがないだろう。

というか、今家にはイノシシ……誇芦がいたはず。

 

……まあめんどくさいし関わらんとこ、文ならどうにかうまくやるでしょ。

 

「で、なんでこっちに来るのさ」

「いやぁ……椛たちの仕事の邪魔したら悪いじゃない」

「こっちも仕事の途中なんだけど?」

 

にとりんの工房まで来た。

 

「……で、結局山で何があったの?私が地底で床を転がり回って頭捻らせてた間に」

「あぁ…簡潔に言うとだね。吸血鬼の残党が山でこそこそしてたから、頑張って見つけ出して殺したって話」

「直球に言うね?てか吸血鬼かぁ……私いたら殴り倒してたのに」

「だろうね」

 

まあ山自体にはそこまで荒れた様子なかったから、そこまでの被害出てないんだろうなとは思うけれど。

 

「まあ犠牲ももちろん出たけど……なんとかなってよかったよ」

「ふぅん……吸血鬼かぁ」

 

私も積極的に殴りに行った方がいいだろうか……というか、平和的な思考を持った吸血鬼の一人や二人いないものだろうか。

…いたとしても、ひっそり暮らしてるか。わざわざ騒ぎ起こしてるやつが平和な考えを持ってるわけないもんなぁ。

 

「こんにちはー……あれ、毛糸さんじゃないですか。戻ってきてたんですね」

 

るりがにとりんの工房へとやってきた。

 

「あ、るり、お前は大丈夫だったの?」

「大丈夫じゃなかったんだなそれが……」

「……なんでにとりんが答えてんの」

「まあ聞きなよ」

 

にとりんがちょいちょい、と手で招く動作をしたので耳を傾けてみる。

 

「それがね……るりは自ら進んで吸血鬼の起こした事件に関わっていっただけでなく、その狙いの場所を突き止めて瀕死まで追い込んだんだ」

「へぇ……えぇ?るりが?あいつが?あの内気引きこもり人見知り手先だけ器用で人付き合いがすこぶる苦手で何かあったらすぐ叫ぶ、あのるりが?」

「聞こえてますよー……」

 

そんな……お前は引きこもりなだけで比較的まともなやつだと思ってたのに、自ら進んでそんな危険なことに首を突っ込むなんて……

 

「それだけじゃなくってね……」

「ま、まだあるって言うのか……!?」

「これが一番驚きなんだけど……」

「そ、それは一体……」

「るりが……新しい友達を作ったんだ」

「………」

「………」

「………」

 

新しい……友達?

 

「……ぇぇええええええ!!?」

「なるよね!そうなるよね!!」

「なんで親しい人一人増やしただけでこんな反応されなきゃいけないんですか、あたし」

 

るりが…?あの……るりが?

 

「あの内気引きこもり人見知り手先だけ器用で人付き合いがすこぶる苦手で何かあったらすぐ叫ぶ、あのるりが?」

「それさっき聞きました」

「せ、成長したな、お前……わたしゃ嬉しいよ」

「なんで涙ぐまれないといけないんですか」

「全くだよ……ここまで長かったなぁ毛糸」

「なんでにとりさんまで涙ぐむんですか。てかなんなんですかこのノリ、もう突っ込むの疲れたんですけど」

 

るりのジト目が私の身体を貫通し始めたのでこの辺にしておく。

 

「それはそうとして、怪我とかしてないの?お前」

「したっちゃしましたけど、もう治りました、これでも一応妖怪ですし……というか毛糸さんこそ、地底で一体何してたんですか。10日以上いなかったって聞いてますけど」

「あぁ……長く、苦しい戦いだったよ」

「はい?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

るりやにとりんの仕事を妨害しながら、なんやかんや会話が弾んですっかり日が傾いてしまった。

 

「ん……」

 

自分の家の扉を開けようとして思いとどまる。

そういや中には誇芦がいるんだよな……いや、だからなんだって話なんだけど。今までもいたし。

 

「すぅ……ただいま〜」

「ふんっ」

「ぐえぇっ」

「………は?」

 

一応扉を開けたら突進される想定もしていたんだけど……突進されていたのは私じゃなくて文だった。

そういやこいつ山に帰ってきてなかったな。

 

「……いやいや、何してんのお前」

「腹立ったから」

「何言ったんだよ文」

「あやや……ちょっと口が滑りました…毛糸さんの悪口言ってたら突進され——」

「ふんっ」

「ぐえぇっ」

 

なんかよくわからんが……

 

「お前はやっぱりお前だよ、誇芦」

「……?」

 

お前は突進してこそだよ。



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重ねる毛玉

 

「それでな、その時毛糸が……」

「そういえばあの時も……」

 

人間離れした人間の子供二人、外で楽しそうにおしゃべりをしている。

 

「そこのお二人さんや、仲がいいのは結構だが、私のことを話題に盛り上がるのはやめてくれないか」

「嫌だね」

「嫌よ」

 

あらやだ生意気……

 

「まあ、お前って存在が面白いからな」

「褒めてる?」

「褒めてると同時に罵ってる」

「そりゃどうも」

 

巫女さんが暑そうにうちわで扇ぎながら横に座る。

 

「しかしあっついなぁ……お前そんな頭で暑くないのか?」

「まあ……暑いっちゃ暑いけど、髪は関係ないっしょ」

「一回ばっさりやってやろうか、涼しくなるかもよ」

「弄るつもりで言ってるんだろうけど甘いな、私の髪は切ってもすぐに元の長さに戻るぞ」

「きも」

「ガチトーンやめて」

 

というか、この頭は私の数少ない毛玉要素なのだから切られては困る。

 

「……そういやお前、氷出せたよな」

「………」

「………」

「わーったよ、出せばいいんでしょ出せば」

 

チルノは暑さでバテて、私の家でぐったりしてる頃だろうか。

そういや誇芦のことだけれど、チルノたちに話したらすんなりと受け入れて普段通り遊んでいた。子供の適応力ってすごいね。

……今までは散歩に連れに行ってたりしてたけど、もうしないのかな。

チルノが人型の妖怪に首輪をつけて歩く……この世の終わりみたいな光景だ。

 

「………冷気操れるんなら別に氷出さなくても良くね」

「ん?……なんか涼しくなったな」

 

あ、成功した。

そうだよな、冷気操るんだもんな、何も氷出さなくても涼しくなるよな。

 

……私は500年近く生きて、何を今更気がついてるんだ……

 

「魔理沙は最近どう?結構ここに来てるみたいだけど」

「見ての通り、霊夢と仲良くやってるよ」

「そっか」

 

仲良いよなあ、あの二人。

同い年の知り合いが他にいないってのもあるんだろうけど……

 

「……そういや私、あの紅魔館の主と年齢同じくらいだったんだよね」

「へぇ」

「あの二人とは違って、全く反りがあわない」

「へぇ」

「5つ下の妹とはそれなりになかいいんだけどね、多分」

「へぇ」

「……聞いてる?」

「同じくらいの歳の紅魔館の主とは仲良くなれないのに5歳下の妹とは仲良いって話だろ、聞いてる」

「めっちゃ丁寧に言うやん」

 

紅魔館…行きづらいんだよなあ……レミリア怖いし。

 

「まあ反りの合わないやつの一人や二人、普通にいるだろ」

「嫌われてんのは初めてだよ」

「貴重な関係だな、大切にしろよ」

「おう……」

 

こっちだって仲良くなりたいんだけどなぁ……なんかこう、お互いに歩み寄ろうとしてから回ってる感というか……気まずいんだよ、とにかく。

 

「そういや今日紫くるらしいぞ」

「お邪魔しました」

「逃げても拉致られるのがオチだぞ」

「ぐぬ……つまりそれって、私にも用があるってこと?」

「らしい」

 

何の用で…?また敵の本拠地に突っ込めとか言われるの嫌だよ私は。

 

「なんで私なんかが……」

「忘れてそうだから言っておくけど、霊夢に能力与えたのはお前みたいなもんだからな」

「………あっ」

 

忘れてた……そういやそんなことあったなぁ……いやでも、それだけじゃん。なんでそれだけでよくわからんことに巻き込まれなきゃいかんのよ。

 

「なあなあ!」

「ちょっと魔理沙…」

 

考えごとをしていると、魔理沙と霊夢がこちらにやってきた。

 

「どったの」

「毛糸と巫女さんってどっちが強いんだ?」

「え?」

「そんなの師匠に決まってるでしょう」

 

そういや霊夢は巫女さんのこと師匠って呼んでるんだよなあ。魔理沙は私の影響かわからんけど巫女さんって呼んでる。

 

「でも毛糸も紅魔館の奴ら蹂躙して服従させたんだろ?」

「何その作り話、誰だよ話捻じ曲げて伝えてる奴」

 

まあ魔理沙が歪んだ解釈してるってだけかもしれないが。

蹂躙なんてとんでもない……眼球と内臓抜かれた覚えならあるけど。

 

「なあなあ、結局どっちが強いんだ?」

「どっちって言われてもなぁ……」

 

困ったように呟いた巫女さんがこちらを見てくる。

 

「フッ」

 

普段の私なら見られても困るとか思うところだが、今日の私は一味違うぜ。

 

「そんなことよりかき氷食べようぜお前ら!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前こんなもの持ってきてたのか」

「暑いしちょうどいいかと思って」

 

巫女さんが私が持ってきたかき氷機を見てそう呟く。

 

かき氷が外の世界ではいつから流行ったものなのかは知らないけれど、今の幻想郷には一応伝わっているらしい。

夏頃に人里に行ったら普通に売ってた。

 

「ほら、水持ってきたぞ」

「どうも」

 

巫女さんに持ってきてもらった水を凍らして、妖力で無理やり砕いてちょうどいいくらいの大きさにする。

 

「しかし、氷ならお前いくらでも出せるだろ?なんでわざわざこんな水を……」

「私の出した氷なんて何で出来てるかわかんないよ?空気中のゴミいっぱい含んでるかも」

「……それもそうだな」

 

無意識的にやってたけど、出した氷を消したりするのも冷気を操ってやってたことなのだろう。

なんか冷気って言っとけばなんでも許される気がする。

 

「電源に繋いで皿置いて……」

 

持ってきた……というか、河童に作ってもらったのは上から氷を押し潰してガリガリ削っていくタイプのやつ。

あれなら適当な氷でも大体削ってくれて楽だし。

 

「ふんっ……ふんっ……ふんっ!!!」

「……貧弱」

「うっ」

 

違うもん、私の筋力がないんじゃないもん、氷の形が悪くて削られにくいだけなんだもん。

 

「……押せば出てくるの?これ」

「え?あ、うん」

 

霊夢がやってきて私にそう聞くと、かき氷機の上の部分を力強く押した。

 

「おぉ……本当にできてる」

「結構楽しいわねこれ」

「………」

 

私の筋力はこんな少女一人に劣るのか……

 

「元気出せよ」

「魔理沙……」

 

俯いていると魔理沙に肩にポンと手を置かれて励まされた。

そうだよな……霊夢がゴリラなだけだよな、私の筋力は普通の人間くらいだもんな。

 

「あ、そこに置いてるシロップ上からかけて食べてね」

「毛糸は食べないのか?」

「私はいいよ、3人で食べといて」

 

魔理沙の問いにそう答えて私は境内に出る。

 

 

 

 

「………ふぅ」

 

なぜこうも。

モヤモヤした感情が、自分の中に渦巻いているのだろうか。

 

いや、わかっている。

 

わかっていた、ただ、今までそれから目を背けていたってだけ。

 

「なんか悩みか?」

 

背後から巫女さんの声が聞こえてくる。

 

「気配もなく後ろに立つのやめてくんない」

「癖になってんだ」

 

確かに音も殺してるが……そんな癖やめてくれ、心臓に悪い。

 

「毛髪の悩みか?切ってやろうか?」

「もうええっちゅうねん。……まあ、髪じゃないけど、悩んじゃいるよ。二人は?」

「中で氷をガリガリ削ってる」

「巫女さんも食べてくればいいじゃん」

「お前が気になったから」

 

私そんなに思わせぶりに外行ったっけ?確かに悩みはあるけど、鋭敏すぎるでしょ。

 

「私には話したくないことなんだろ?」

「わかっちゃう?」

「なんとなくな」

 

やっぱこの人鋭いわ……霊夢もなんか勘がいいんだよねぇ……博麗の巫女ってそういう力でも持ってんの?

 

「まあ、人に話したところでどうにかなるわけじゃない悩みだし」

「相談してくれって言ってるわけじゃないけどな」

 

後ろからお祓い棒を頭にポン、と置かれる。

 

「あんまりそういう雰囲気出されてると、こっちまで気が滅入る」

「はは……出さないようにはしてるんだけどねぇ、というか巫女さんが鋭いだけだと思う」

 

苦笑いをしながら、巫女さんの方を向く。

 

「お待たせ〜」

「ふぁっ」

 

私と巫女さんの間に、突然紫が割り込んできた。

 

「あら?あんまり驚かないわね」

「私はともかく、そいつは今凄い顔してたぞ」

「し、してねえし」

 

巫女さんと言い紫さんと言い……突然くるのやめてマジで、心臓止まる。

 

「毛糸も話は聞いてるでしょ?中で話をしましょう」

 

そう言って紫さんは否応なしに空間の裂け目で私と巫女さんを飲み込んだ。

 

 

 

 

 

「私あの空間嫌い……」

「同感」

「酷いわねぇ」

 

気づけば3人仲良く机の周りを椅子で囲んで座っていた。

 

「魔理沙と霊夢いるんで、手短に頼みますよ」

「今はあのかき氷に夢中みたいだけど?」

 

さてはこの人タイミングを見計らってたな?

 

「まあ私もそこまで長引かせるつもりはないわ。さっさと本題に入りましょうか」

「また幻想郷の外から団体で客が来るとかじゃないだろうな」

 

巫女さんが訝しげな表情で紫さんを見つめる。

流石にあんな吸血鬼みたいなやつポンポンこられたら困る。

 

「あそこまでの数で攻められることはもうないわよ、外の世界にはそんな勢力そこまで残っていないし」

「なくはないんだ……」

「で、本題」

 

机を一回、指で突いて話を切り替える紫さん。

 

「これからの幻想郷……その在り方についてよ」

「さーせん、主語でかいっす。そういう話は妖怪の賢者でやってもらって……巫女さんはいいけど、私はいちゃダメでしょ」

「ダメよ、付き合ってもらうわ」

「んひぃ……」

 

そんな大層な単語並べられても……

 

「まあ格好つけずに言うと、今後幻想郷において、妖怪と人間がどうすれば互いに大きな損失を出さずにその関係を保てるか……よ」

「……つまり?」

「お前物分かりわっるいなぁ……」

 

巫女さんがストレートに悪口を言ってくる。

 

「今の幻想郷は閉鎖的な土地だ。と言っても私の生まれる数十年前かららしいが……結界で外と中は隔絶されてる状態だ。人間の数にも、妖怪の数にも、限りがある」

「あぁ……前の吸血鬼異変、私たちは気にせずに爆破したりしてたけれど、吸血鬼の方についた元々幻想郷の妖怪だった奴らの数って相当数いたんでしたっけ」

「そう、あなたたちが気にせずに爆破したりしてたけれどね」

 

正直何も考えてませんでした。

 

「今の幻想郷にとって、妖怪と人間の力の均衡の崩れは幻想郷の維持の危機に直結するわ。妖怪が増えすぎるのも減りすぎるのも、それが人間だとしても、あまり望ましくないのよ」

 

確か、そもそも幻想郷の妖怪にはむやみやたらと人間を襲うな的な……なんかそんな感じの意味合いにお触れかなんかが出されてるんだっけ?

私にゃ全く関係ない話なんだけど。

 

「その声は割と幻想郷の各地から上がっていて、今回みたいに大量に命が消え去るような戦いはうんざりだって妖怪、結構いるのよ」

「そりゃまあ、妖怪がみんな鬼みたいな戦闘狂なわけじゃないし……で、どうするんです?」

「今代の博麗の巫女と、次の博麗の巫女、霊夢たちと話し合って、幻想郷に新たな掟を作る」

 

掟………全く想像つかんな。

 

「というか、霊夢?巫女さんだけじゃなくて?」

「霊夢は次の代よ、この掟を発布して、施行するのは次の代からになるわ」

「まああいつ天才肌だしなぁ、早めに変わってもなんら問題はないだろ」

「………で、どんな掟なんです?」

「詳しくはこれから決めていくけれど……血生臭い戦いはもう終わりになるわ。なんていうのかしら、こう……ただ相手を傷つけるんじゃなくて、美しく、相手を魅了して、心を打ち負かす感じで……」

「何言ってるかぜんっぜんわかんないっす」

 

まだ紫さんの中でも固まってない……ということだろうか。

 

「まあ、あなたがいつもやってる四肢を吹き飛ばされながら相手をぶん殴るような戦いはもう出来なくなるわ」

「えー」

「なんで残念そうなんだよ」

「だってそこが私の強みなんだもん」

 

何言ってんだこいつって顔をされた。

 

「あー……でも確かに、私みたいな戦い方だと、単に力の強い奴が頂点に立つようになっちゃいますもんね」

「そういうこと、人間で妖怪に真っ向から立ち向かえる存在なんてそれこそ博麗の巫女くらい。妖怪の方が圧倒的に力を持っているわ」

 

力の均衡からは程遠いってことか……いや、力の強い妖怪ほどそう言うことを理解して、身勝手なことはしないような印象あるけれど。

 

「……まあ、話は分かりましたけど、私に話した理由は?」

「だってあなた、私の次に霊夢に好かれてる妖怪じゃない」

「……あいつ、お前のこと胡散臭くて嫌いって言ってたぞ」

「………え?」

 

分かる……胡散臭いのよーくわかる……というか霊夢はよくわかってる。

 

「まあそれをあなたに話しておきたかっただけよ」

「じゃあ終わったし、戻るからスキマを開けてくれ」

「私もかき氷食べようかな〜」

「はいはい。あ、あなたは残ってね」

「………え?」

 

聞き間違いかな?

 

「じゃあな〜」

「あちょま……」

 

巫女さん……先に帰りやがった。

 

「さて、二人きりね」

「い…命だけは……」

「なんであなたを始末しなきゃならないのよ」

「霊夢の能力の件と吸血鬼異変で利用してもう用済みだから……」

「そう言われてみれば確かに……いや、そうじゃなくて」

 

紫さんがやれやれと言った様子でそう言う。

 

「なんとなく、わかってるのよね」

「……まぁ」

「能力の件も異変の件も感謝しているし、神社への立ち入りを許しているのも、霊夢の妖怪への意識に、あなたという人に近い妖怪を刷り込ませるという意味もあった」

 

あ、そんな理由で……

 

「あなたと彼女のことに、どうこう言うつもりはないわ。あなたの納得のいくやり方を、探してくれればいい」

 

脳裏にりんさんの姿が浮かんで、それが巫女さんの姿と重なる。

 

「ただ、どこかの時期で霊夢には———」

 

巫女さんの姿が塗りつぶされ、次は霊夢の姿が浮かんでくる。

 

「———そのことだけは、わかっていて欲しいの」

 

紫さんの発した言葉が、頭の中でぐるぐると回り始める。

 

「そうですか…望ましくない、ですもんね。そうでもしないと」

「少しくらい拒んだって……いえ、なんでもないわ。引き留めて悪かったわね」

 

そう言って、紫さんは私をスキマから私を送り返す。

 

 

広がっていたのは、ついさっきまでいた神社。

 

私の姿を見つけた霊夢が、少しこちらに近づいて

 

「これ美味しい、ありがとう」

 

と、私に笑って見せた。

 

「どういたしまして」

 

お返しに笑って見せる。

上手く笑えているだろうか。

 

私の顔、引き攣っていないだろうか。



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寝れない毛玉

 

「へぇ気!美鈴さん気を操るんだ!」

「すごい反応しますね?」

「じゃあ空飛ぶのも?弾出すのも?」

「気です」

「すげええ!」

 

ドラゴン○ールじゃん!!

 

「じゃああの、気を手にこう溜めて、一気に直線上に放出したり……」

「できますけど……凄い食いつきですね?」

「すげえかめ○め波じゃん!!」

「かめ……はい?」

 

おっと、一人でテンションが上がりすぎてしまった。

いやでも仕方がないと思うんだ、誰だって一度は空を飛んだり手からビーム出してみたいと思ったことがあるはずだ、多分、きっと。

 

……おいちょっと待て、空飛んでビーム出すとかこの世界じゃ日常茶飯事じゃねえか、ここドラ○ンボールの世界だったのか。

 

よくよく考えたらこの館吸血鬼いるし時止めるメイドいるし、ジョ○ョじゃねえか!というかDI○じゃねえか!

 

ハッ……フランドールという名前も、どことなくデ○オ・ブ○ンドーみたいだ………なんだここジャ○プかぁ?

 

「さっきから落ち着かない様子でしたけど、大丈夫です?」

「え、あ、あぁごめん。ちょっと……」

 

いかんいかん……この世界にそういう概念ないからな、盛り上がるのは私一人だけ、虚しいだけだ。

でも……美鈴さんって明らかに中国とかあの辺の人っぽいよな。

 

「美鈴さんはなんでこう……西洋っぽい館の門番なんか」

「あぁ……その昔、私も色んなところを戦いを求めて放浪してたんですけどね。吸血鬼と手合わせがしてみたいと思って、レミリアお嬢様に戦いを挑んだら見事負けてしまいまして……その時に実力を見込まれて門番に」

「えらく武闘派な……嫌じゃないの?そんな負けただけで縛り付けるような……」

「別に全然苦じゃないですよ。それに昔放浪してた頃は、負けは死と同義みたいなものでしたから、敗者は勝者に従うしかないですし。まあそれに、今のこの暮らしも、結構気に入ってるんですよね」

 

これだから実力主義社会は……というかこの世界だと腕力主義社会な気がしてきた。

……美鈴さん、今はこんなに温厚なのに、昔は戦いを求めてたのね……

 

「気楽に昼寝ができるのなんて、門番くらいですよ」

「門番が一番やっちゃいけない所業では?」

 

紅魔館に来るたびに美鈴さんと軽く話をしてるおかげで、結構親しくなってきた気がする。

良識のある人っていいよね……安定感というか、安心感というか。

美鈴さん温厚だし、落ち着いてるし……話してて気が楽だ。

 

中にいるのがあれな分なおさら……

 

 

 

 

 

 

 

「しろまりさーん!!」

「ひぐぅ!?」

 

館に入った瞬間フランが飛んでもない速度で飛び掛かってきた。

トラックかと思った、骨折れた。

 

「ふ、フラン……いつもいってるけど、私体吸血鬼ほど頑丈じゃないから手加減してね…?」

「うんわかった!」

「4回目だねその返事」

 

oh……腰の骨がバッキバキだこれ……痛覚あったら失神してるだろうなあ。

 

「今日は何しにきたの?」

「んー?お前の姉ちゃんにアタックしにきた。……冗談だからね?嘘だから、その『まさかそんな……』って顔するのやめなさい」

 

冗談を言いながら、冗談みたいに変な方向に曲がった体を戻しつつ再生する。

 

「相変わらずよく治るね〜」

「まあそれが取り柄だし……っと。治りはするけどやめてね?治るからってやっていいわけじゃないからね?ていうか加減を覚えて?」

「さっきの体面白い形だったね!」

 

聞いてね〜。

というかなに、私の逆方向に曲がった体を面白いって言った?この子。大丈夫?狂気出てない?また内臓引き摺り出してこない?私もうやだよあれ。

 

「……というか今昼だけど、お前普通に起きてるよな」

「お姉様が人間の生活に合わせるって決めてからは、ずっとこうだよ」

「レミリアが?……まあ、妖怪なんて多少寝なくてもなんの影響もないからなあ」

 

本当にやばい奴とか睡眠はほとんど取らなくてもいけるとか聞いたけど、私は素の体が貧弱なせいか、3日起きたらもうかなり眠い。

まあ気合い入れたらもうちょっと起きられるけど、でも結局眠いし。

 

「そういや私、未だにここの中普通に迷うから案内してくれない?レミリアのとこ行きたいんだけど」

「お姉様のところ?うんいいよ。そっか、今日咲夜休みだからいないんだ」

 

あ、よかったちゃんとあの子休暇もらってた。まあ紅魔館に住み込みらしいから結局ここにいるんだろうけど。

 

「でも妖精メイドが使えないから、結構緊急の用事で呼び出されたりするんだよね」

 

やっぱダメですブラックです、労基に相談しねえと……しまったここ幻想郷だからそんなもんねえや。

 

「私実は結構方向音痴だからさ……幻想郷の中だともう流石に迷子にはならないけど、紅魔館はなんかダメなんだよね……広いし」

「確か咲夜の能力で広くしてるんじゃなかったかな」

「……なに、あいつ空間でも操れんの」

「時と空間は密接に関係してるうんたら…って、パチュリーが」

「パッチェさんなら間違い無いな」

 

パッチェさんにも後でお礼を言っておこう、魔理沙、本を渡したら凄い喜んでたし。

霊夢も喜んでたなあ、高めのお菓子で。

渡すまでは不安だけど、渡して喜んでくれたら嬉しいよね。

 

「……フランって、何か欲しいものある?」

「欲しいもの?んー……絶対に変わらないお人形さん?」

「ちょーっと無理かな〜…それは……」

「しろまりさん、何かくれるの?」

「まぁ、そうだね」

 

身近な人に贈り物をするのもいいかもしれない、日頃の感謝を込めて……とか。

少し、いやかなり恥ずかしいけれど。

 

「しろまりさんがくれるものならなんでも嬉しいけど……私はどっちかって言うと、お姉様と仲良くして欲しいかなぁ」

「む……私も仲良くしたいんだけどねぇ」

 

なんか上手くいかないんだよなあ、私も私で向こうの売り言葉に買い言葉しちゃうし。

 

「だが安心したまえ、今日の私は友人からアドバイスをもらってここに来ている。レミリアとも仲良くなってみせるさ」

「おぉ……どんなアドバイス?」

「根気強く付き合う!」

「おぉ……?」

 

根性!気合い!諦めない心が大事!

 

「まあ頑張ってみ……ん?」

 

今サラッと通り過ぎた景色の違和感に目を向ける。

 

「なんでここ……穴空いてんの」

「んー?あぁここ?お姉様が私のプリン食べた時に喧嘩した時の奴だね。まだ修復できてないみたい」

「お前と?レミリアの?喧嘩?」

 

この館丸ごと吹き飛んでともおかしく無いだろ……

 

「その時は咲夜が新しいプリンをすぐに持ってきてくれたから、仕方なしに許してあげたんだ」

 

咲夜さんマジパネェっす。

 

「まあ、喧嘩するほど仲が良いってことだよなあ」

「そうだね……少し前までは喧嘩することもままならなかったし……ありがとうね、しろまりさん」

「もういいよお礼は」

 

割と高頻度でお礼されてる。

悪い気はしないけれど、何度も何度も言われたら流石に居心地が悪い。

 

「でも私、しろまりさんには色々してもらってるけど、私は何もしてあげられてないし」

「えぇ〜?いいよそういうの。こんな私も仲良くしてくれてるだけで十分だよ」

「そうなの?」

「うん」

 

数百年生きてきたが、ひとりぼっちだと何かと虚しくなってくる。

自分がこの世界にとってどういう存在なのかを、改めて示されているような気がして。

 

「………やめよう」

「何が?」

「いやなんでも。狂気とはどんな感じ?」

「狂気?最近やっと取り合ってもらえて……というか、力ずくでねじ伏せて話し合ったんだけど、これからゆっくり一緒になることにしたの」

「一緒」

 

それってつまり融合ってこと?

 

『それで合ってると思うよ。まあフランの場合、破壊衝動そのものが主人格から外れて分離、擬似的な第二人格になってるだけで、一つになるってのは難しいことじゃないと思う」

 

急に出てくんなお前。

……確か、この私の表に出てる人格って、妖力持ってる方の私と霊力持ってる方の私が合わさって出てきてるんだったよな。

それって融合じゃないの?

 

『うーん……どっちかっていうと、統合?完全に溶け合ってるわけじゃなくって、私と君の二つの要素を併せ持ったのが表に出てる人格ってこと。完全じゃないからこそ、こうやって話せてるんだし』

 

………なるほどよくわからん。

 

「黙りこくって、どうしたの?」

「ん?あーいや、どうやったらレミリアと仲良くなれるかなーって」

 

自分と会話してたら黙っちゃうんだよなあ……

 

「私はむしろなんでそんなに仲良くなれないのかが気になるんだけど」

「なんでなんだろねほんと」

 

何で拒絶されてるんだろね、私は。

いや、理由は大体わかってるよ?けどねぇ……

 

「お姉様としろまりさん、結構相性いいと思うんだけどなぁ」

「そう?どのあたり?」

「どの辺りって言われても……なんか気が合いそう?」

 

めっちゃ適当じゃん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ……また来たの」

「また来たよ」

「わざわざ顔見せに来なくてもいいのに」

「それで見せなくって失礼とか言われたら嫌ですし」

「………」

「………」

 

レミリアのいる部屋にきて早々に会話が途絶えた。

隣でフランがじっとこちらを見ている、どうしよう何か言わねば。

 

「あー……最近どう?」

「どうもこうも、暇だけど」

 

そういやこいつら紅魔館から出ること許されてねえんだった。

まあ許されてないと言うよりかは、謹慎処分みたいなものみたいだけれど。絶対咲夜は普通に外でてると思う。

 

「今日はなんでここに?」

「そりゃもう暇だから」

「一緒ね」

「そうだね」

 

どうしようこの女表情一つ変えずに真顔で受け答えしてくる!むり!心折れそう!というかもう折れてる!帰りたい!

 

「嫌ならわざわざ会いに来なくていいのに」

「何を言う、嫌なわけ……ない……じゃん」

「すっごい溜めたわね、今すっごい溜めたわね。隠す気ないでしょ」

 

だってめっちゃつんけんしてるんだもん……もうちょっとフレンドリーな感じでいろよ。

 

「はぁ……今日は咲夜に休みを取らせてるから、大したもてなしもできないのだけれど」

「妖精メイドならいっぱいいたけど?」

「あんなの有象無象よ、有象無象」

 

雇ってるくせに結構ひどいな?

……雇ってるのか?どう考えても給料は出てないだろうし……妖精メイドってどう言う立ち位置なんだ。というか妖精メイドってなんなんだ。

 

「……とりあえずこれを」

「なに、手土産?」

「人里にある私行きつけの饅頭屋さんの饅頭」

「ふぅん……わざわざ悪いわね」

 

よし興味を示した、やはり甘味、甘味は全てを解決する。

 

「あ、こっちはフランの分ね。それと、こっちの3つはそれぞれ咲夜と美鈴さんとパッチェさんに」

「そう、わかったわ」

 

……どうしよう話すことなくなった!!

何故だ甘味よ!お前は全てを解決するのではなかったのか!?

 

「なんかもう心折れたんでさようなら……」

「勝手に心折れられても困るのだけれど」

「じゃあしろまりさん、私の部屋にちょっときてよ」

「ぅん…………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ハッ、私は一体今まで何を……」

 

なんかすごい意気消沈してて記憶が飛んだ……なんだっけ、今フランの部屋に連れてかれたところだっけ。

……なんで連れてかれたんだ?

 

「お願いがあるんだ」

「お願い?まあできる範囲でなら」

 

てかそんなことよりさっきのが辛い。

何故ここまで会話ができない……?今までだっていろんな人と多少は気まずくなったり会話が止まったりしたことはあったけれど、さすがにここまで何も上手くいかないのは……あったような気がしないでもないけれど!

 

もうやだおうち帰って寝たい。

 

「あのね……一緒に寝てほしいの」

 

あ、ふーん?

 

「無理無理無理無理帰る帰る私おうち帰るぅ!!やめて!離しっ、は!な!せ!ぐああああぁ!!!」

「そんなに叫ばなくてもいいじゃん」

 

くっ……急に何を言い出すんだこのガキ!?こんな頭もじゃもじゃと急に寝たいとか言い出すとか頭イカれんのか!?いやイカれとったわこの娘!狂気か!?狂気のせいなんか!?もっかい心の中に入ってしばいた方がいい!!?

 

「はぁっ、はぁっ………一応理由を聞こうか」

「あのね……お姉様と一緒に寝てみたいんだけど、今まで誰かと一緒に寝るってことしてこなかったから……練習?みたいな?」

「みたいな?じゃねーよ……私である必要性ある?」

「なんとなく」

「そこ適当なのダメだと思うな」

 

いやしかしな……フランの頼みなら極力聞いてやりたいが、なんかレミリアにバレたらあいつにぶっ殺されそうなんだよなあ……

 

「もうぶっつけ本番で行けよ、大丈夫だって、レミリアお前のこと大好きだから」

「寝てくれるまで返さないよ」

「マジで言ってる……?あ……目がマジだ………あー、うん……仮眠程度だったら………いいよ……ぅん…………」

「ほんと?」

「………ほ、ほんと」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぐおっ……あっ………」

 

断れば……よかっ……た………

 

私、白珠毛糸は、寝る時は近くに誰もいない状態でないと寝付けないという性質があります。

しかしそんなことは今は関係なく、単に骨格が歪んでいます。

 

「あっあっ……あっ」

 

折れたな……完全に折れたな……あれだ、腰が曲がっちゃいけない方向に曲がってるわ。

 

「すぅ………」

「………」

 

私じゃなかったら死んでたぜ……いや、私の体が貧弱なだけか。

妖力で体を強化してなかったら真っ二つだったかもしれねえ……強化しても腰の骨折れたわけだが。

 

つかこいつめっちゃ熟睡するやん、まだ昼間……いや昼間って、吸血鬼にとっては深夜1時みたいなもんか……そりゃ寝るわ。

 

どうせ近くに人がいたら寝付けないのだから、フランが寝るまで待ってこっそり抜け出そうとか思ってたら、抱きつかれた。

 

めっちゃびっくりした、心臓飛び出るかと思った。

 

で、そのままとんでもない力で腕を回されて抱き潰された。

 

めっちゃびっくりした、心臓飛び出そうになった。

 

幸か不幸か、腰がとんでもない方向に曲がっちゃってるおかげで、向き合わせになっているはずなのに明らかに位置が合っていないことだろうか。

 

「………」

 

地下が故に窓もなく、蝋燭のほんの僅かな明かりしかない暗い部屋の中、そこにあった人形が視界に入る。

外部から高い圧力をかけられ、破裂させられたかのように綿を放出して無残な姿になっている人形。

 

きっとあの人形も、私と同じような目にあってああなってしまったのだろう。

 

「どーしよーかなー……」

 

すっごい小さい声でつぶやく。

抜けること自体は容易いだろう、毛玉状態になればいいだけなのだから。

だがしかし、そこから先が問題だ。

 

私の毛玉状態、どれくらいの衝撃に耐えられるのかは未知数だ、なんせ毛玉だから。野良毛玉が妖精たちの出した弾幕に当たるところを見たが、それはもう儚く散ったものだ。

 

なんかあいつら時と場合によって耐久度変わってる気がするが……もし毛玉の状態でフランに抱きつかれようものなら間違いなく四散する。もしくは真っ二つ。

 

あと万一抜けられたとして、もしかしたら嫌われるかもしれない。なんかこう、お願い聞いてくれなかった〜、みたいな感じで。

 

ふぅン……つまり…あれだな?

どうしようもないということだな?

 

「誰か〜………助けてぇ〜………」

 

めちゃくちゃか細い声でそう呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

たぶん5時間後くらい。

休みが終わった咲夜に救出された。

 

咲夜さんマジパネェっす。



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毛玉は枕が変わると寝られない

「………」

「………さっきからソワソワしてどうしたの」

「いやな誇芦よ、寝れないのよ」

「なら寝ればいい」

「ごめん言葉通じてる?寝れたら寝てるよ?」

 

夜になって布団に入ってみたはいいものの、寝れない。

 

「誇芦よ、お前は知らぬか」

「何その話し方」

「私、寝るときに近くに人いると寝れないんだよね」

「……言われてみれば……」

「してほころんよ」

「自分でつけた名前一年と経たずに歪ませないで」

「なにゆえお前は私に引っ付く」

「なんとなく」

「寝れないからやめて」

「えー」

 

離れていれば、かろうじて眠ることはできるんだよ。

密着されてたら絶対無理だよ私は、日が昇るまで目ギンギンだよ。

 

「いや実際なんで引っ付くの、冬なら寒いとか言えるけど、今の時期ならまだ暑いでしょ。ひっついたら尚更暑い」

「この部屋冷房効いてるし」

「それはそうだけども」

 

ありがとう河童、本当にありがとう河童。

 

「というか今更。今までだって獣の姿で横で寝てたことあったじゃん」

「ちげーじゃん、お前今イノリスじゃねーじゃん、その身体持ってんじゃん。そうなったらもう話は別なんだよ」

「面倒くっさい」

「おごふっ」

 

こいつ……寝たまま突進を……

 

「面倒くさいのはそっちだろ、普通に離れて寝たらいいじゃん、なんでわざわざ布団くっつけんだよ」

「数百年間そうしてきたからもう癖になってるんだよ」

「じゃあその癖直そうぜ!」

「なんでそっちの都合で直さなきゃいけないの、さっ!」

「確かにッッぐふっ」

 

またこいつ寝ながら突進を……

 

「じゃあせめてあの姿で寝てくれよ、今までそうしてきたんだから」

「次の日獣くさいって言ってくるじゃん」

「………」

「………」

「それは……まあ……ね?」

「ね?じゃない」

 

つべこべ言わずに離れるかイノシシに戻るかしろよ!寝れねーじゃん!

 

「というか、私関係なしに最近寝つき悪そうだけど」

「あぁ……ちょっと悪魔の妹に抱き殺されそうになっただけだよ、気にすんな」

「何があった」

「何も……!!なかった……!!」

「は?」

「なんかごめん」

 

いやまあ……あれが多少トラウマになっているのは事実だ。だってめっちゃ怖かったもん。悪意無いってのがさらに怖いよね、もうほんと怖い。

 

「そもそも、なんで誰かいたら寝れないの」

「さあ……なんでだろ」

「人にどうこうしろっていうより、先に自分が変わろうとするべきじゃないの」

 

どうしようこの子正論で殴ってくる。

 

「そう簡単に変われたら苦労はないんだけどねぇ」

「何故かってのを先に考えるべきでしょ」

「えー?」

「適当な返しはナシ」

「うっす」

 

なんやこいつ、ついこないだまで物言わぬイノシシだったくせに、口をひらけばペラペラ喋り寄って……しかも正論で。

 

「何故か……理由ねえ」

「何かないの?」

「あるっちゃあるよ」

「あるんかい」

「あるんだわ」

「で、それは?」

「なんか恥ずかしい」

「……冗談?」

「マジ、大マジ」

 

めちゃくちゃ訝しげな表情で見てくる誇芦。

なんだその目は、私がまた適当言ってるって思ってんのか。

 

「横にいられるとさ、寝息とか寝相とか、そういうのをすぐ横で感じさせられるでしょ?というか落ち着かない。向こうの動きが気になるし、私の動きも向こうに感じ取られたら嫌だから、動けなくなる。ちょっと離れてるくらいじゃ変わらないよ。真横は論外」

「基本大雑把で何も考えてないような言動をするくせに、なんでそういうところだけ繊細なの」

「ひどいねー?」

 

要はすっごい緊張して寝るどころじゃなくなるってことだ。別に寝なくってもある程度生活できる分、さらに眠りにくさに拍車をかけている。

 

……私よ、真面目な話、なんで私はそんな面倒くさいことになっているんだ?

 

『私は君だから、君が分からないなら私も分からないよ。覚えてない、知らないならともかく』

 

相変わらず使えねえやつ。

 

「じゃあこうしよう、私は横で普通に寝てるから、毛糸は何か考え事をしておく」

「考え事?」

「目を瞑って、物思いに耽る。そうすれば私の動作も気にならなくなって、自然と眠りにつけるかも」

「なるほど……全く期待してないけどやろうか」

「一言余計、じゃあおやすみ」

「ん、おやすみ」

 

そう言って誇芦は姿勢を整えて目を瞑った。

 

さて考え事ねぇ……何を?

 

ふむ……いっそ技名とか考えるか?

なんかフランもレーヴァテインだっけか、そんな感じの名前をあの炎剣につけてたし。巫女さんや霊夢の使う技も名前ついてるみたいだし、パッチェさんの使う魔法と当然のように名前ついてるらしいし。

 

なんならレミリアもグングニルとか大層な名前のついた技?武器?持ってるらしいし。

 

私なんてりんさんの刀を凛って呼ぶだけだからなあ。

技名技名……まず、私の技って何?

 

えーと……妖力弾で相手を爆破するイオ○ズン、氷を相手にぶつけるマヒ○ド、あと植物を操るのが少々。

妖力で殴ったり高速再生するのはもはや技とは言えないしな……

 

……あれ、私の技少なすぎ?

あ、氷の蛇腹剣とかあったわ。……それくらいしなくね?

 

悲報、そもそも私の技のレパートリー少なすぎ。

 

大体、いつもやってることはアドリブ肉弾戦だし、技とかそんな大層なことしてる暇はない。

つか基本殴ったら解決するし。

 

技名より先に技が先かあ?

 

やっぱり得意、というか慣れてるのは氷か。

植物はコツコツ練習して、結構操れるようにはなったけれど、気軽にできるのはツタくらいだろうか。

 

まあとりあえず氷で考えていくと……雑に氷の雨を相手に降らせる?頭上に冷気を広げて氷を生成、降り注ぐ氷の雨……普通に塞がれそうなんだよなあ。

 

ならば氷の武器。

蛇腹剣があるから、氷の大剣とか、槍とか、盾とか。

……大剣とか絶対に当たらんし、槍はまず扱いづらいだろうし、というか作ってるけど大体飛び道具として使ってるし。

盾はもう体で受ければいいからなあ……危険な時は氷の壁を作る。

 

そもそも、武器ってだけなら凛があるから、あれ一本全てが解決するんだよな。

 

うーん……実用性とかっこよさを両立するのって難しい……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………あれ、おかしいな、外が明るい」

 

………

 

「嘘だアアアアアアアアアアアアアア!!!」

「うるさああああああああああああいッ!!」

「おごっぶはぁっ」

 

寝起き突進頂きましたあ!!クソッタレええ!!

 

「朝っぱらからうっさい!!」

「眠れんかった……」

「え?」

「考え事してたら夜が明けてた……」

「……それはもう、横にいられると寝られないとかそんなんじゃなくって、寝るのが下手なんじゃないかな」

 

もう嫌だ……夜が明けるまで考えてたのもそうだし、それだけ考えても特にいいものが思いつかなかったのも嫌だ……

 

「正直どうかと思う」

「私もそう思います…」

 

不器用にも程があるだろ……

 

「とりあえず切り替えて、朝ごはん食べよう?」

「うん………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「しょっぱいんだけど」

「それは私の涙です……」

「は?」

「すみません普通に味噌入れすぎました……」

 

一人人数が増えたので、作る量も2倍である。まあそこまで大した量じゃないし、るりがいたときにも結構作ってたし、その点はどうだっていい。

 

人里で買い物もできるお陰で、割と食べ物にもバリエーションが出てきた。まあ味噌汁に入れる味噌の量を間違えたのは普通にショックを受けたせいなんだけども。

 

「流石に気にしすぎじゃない?確かにすっごいバカだとは思うけれど」

「私、みんなが思ってるより倍くらいメンタル弱いから……あと枕変わるとよく眠れない」

「最後の情報いらない」

「そもそも私は女なのだろうか。いや、女には違いないんだろうが、いささか女としての自覚が足りないのではないだろうか。というかもう自覚云々の話ではないのではないから、近くに同性がいて寝れないとかそれはもういろいろと終わってるのではないか」

「壊れた………」

 

ひとりぼっちは寂しいけれど、寝る時は一人にしておいてください。

 

「いっそ自分で自分を殴って気絶して寝るか……?」

「強硬手段にも程がある」

「いや、普通に視覚聴覚嗅覚を潰してしまえば解決する……?」

「毎晩する気力があるならそうしたら?」

「………」

 

………もう、考えるのをやめよう。

なんかよくわかんねえけどつれぇわ……

 

「しかしなあ、その身体になった瞬間急にお前まともなもの食べ出したよな。前まで適当に調理前のもの食わしてたのに」

「本当のこと言うと我慢してた」

「嫌なら嫌といえばいいのに」

 

………いや、こいつ気分によって食べたいもの変えてきたからな。私の飯よこせって突進してきたの覚えてるからな、わざわざ言わないけど。

 

「チルノたちとは?仲良くやれてんの?」

「まあそれなり」

「あいつらといると苦労しない?」

「いい感じにバカになれるからそこまで」

「わかるわぁ〜」

 

バカと一緒にいると一緒にバカやる気分になれると言うか。ある程度脳みそを使わずに生きられるからそれなりに楽しい。

 

「理性は置き去りにしちゃダメだよ」

「毛糸じゃあるまいし」

「喧嘩売ってる?」

「うん」

「よし表出ろやぶん殴ってやる」

「無理嫌だ」

「………まあ、私はお前が楽しいならそれでいいけどさ。たまには魔法の森にも行ってやれよ?アリスさん友達少ないから」

「あー……」

 

別に友達いないの苦にしてなさそうだけれどね、あの人。

どちらかと言うと寂しがってるのは幽香さんの方なんだよね……あの人あれで結構寂しがり屋さんだからなぁ……え?私が顔見せればいいって?

 

付き合い長いとはいえ、やっぱり怖いものは怖いものなのだよ。

 

「あの時の顔、面白かったなぁ」

「あぁ、あの驚いた顔ね……お前の姿を見て第一声が「おっきぃ……」だもんな」

「そんなに大きい?」

「うん、デカい」

 

何がとは言わないが。

というか全部だが。

 

「毛糸がちっさいの間違いでしょ」

「身長がな?別にいいんだよ私はこのままで。別に大きくなりたいわけでもないし」

 

あ、でも背が伸びると攻撃のリーチ伸びるんだよなぁ。

今の小柄も捨て難いけれど、やっぱり手足が長いってのは格闘戦においてはそれだけでアドバンテージになるし。

再生の応用で手足伸ばせないかなって思ってやってみたことがあるけど、全然ダメだったよ。

 

「今日はこの後どうするの?」

「んー?いつも通り暇を持て余しますが」

「妖怪なんて暇の中で生きてるようなものでしょ」

「お前あの山の妖怪見て同じこと言える?」

「………」

 

その日の予定が決まってることももちろんある。

明日は人里に行こーとか、山や森に行こーとか、博麗神社行こー、とか。

 

何も決まってなければ家でダラダラだ、その日の気分でどこかに足を運ぶこともあるけれど。

 

「夜寝れてないんなら昼寝でもしたら?」

「確かにそうだなおやすみ」

「今寝ろとは言ってない。つかせめて洗い物してから寝ろ」

「めんどいやっといて」

「はぁ………」

 

あ、やってくれるんだ………

 

「流石にいいよ、私がやる」

「じゃあ言うなよ」

「その場のノリ」

「その場のノリだけで生きてるでしょ」

「そんなこと……ないと……思うよ?」

 

食べ終わった食器を誇芦の手から奪って下げる。

 

「まだその身体も慣れてないんでしょ?節々動作がぎこちないし」

「まあ……」

「外で動いて慣らしてきな、数ヶ月もしたら自由に動かせるでしょ」

 

私は元が人間だったから、この身体になった時はなんの違和感もなく動かせられたけれど、誇芦の場合はそう都合よく行かなかったみたいだ。

まあそれでも基本的な動作が出来てることに関しては、流石妖怪ってことなのだろうか。

 

「まだ吸血鬼の噂は聞くし、どこで何があるか分からないからね。さっさと慣れて必要最低限の動き、逃げたりくらいは問題なくできるようにしとかないと……」

「うん……色々とありがとう」

 

唐突に礼を言われて、皿を洗っていた手が止まる。

 

「なんかしたっけ私」

「なんでもない、それじゃあ」

 

そういうと誇芦はせっせと外へ出てってしまった。

あれか?色々と気遣ってくれてありがとうとかそんな感じか?素直じゃないねぇ〜もぉ〜。

いやまあ……未だにあのイノシシの中身があれって言われても、なかなか受け入れられないところがあるんだけど。

 

「……あの状態で喋れんのかな」

 

私の場合、毛玉の状態だとお飾りの口がついてるだけで何も話すことないできないけれど、誇芦の場合は猪の状態でもちゃんと口あるし……どっちなんだろ。

帰って来たら聞いてみるか。

 

「まあとりあえずは昼寝か……まだ朝なんだけどなあ」

 

まあ掃除でもして、昼まで時間潰しておこう。

 

結局夜は技のこと何も思いつかなかったし、それも考えるか。

 

 

 

 

 

 

 

この後いざ昼寝して考え事してみたはいいものの、結局何も決まらずに日が傾いてしまっていた。

 

誇芦にめっちゃ呆れられた。



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卑屈な毛玉

 

寺子屋の庭。

そこに植えられた一本の木の上に毛玉の状態で隠れながら、中の様子を伺う。

 

なんやかんやで私の頼んだものが河童の手によって簡単に作られて、それが人里の寺子屋に贈られている。

そのおかげもあって、慧音さんはチョークを持って。

子供たちは鉛筆と消しゴムを持って、授業に臨んでいる。

 

チョークがあるから、黒板とかもあったりするしね、見た感じだけだと、やってることは私がいた現代とそう変わらない。

まあ人里じゃあまだまだ筆が主流みたいだけれど。

 

昔は読み書きのできない人もゴロゴロいたもんだが、今や大体の人が、ある程度字を読めるし書くことができる。

これも慧音さんが長いこと人里と付き合っているおかげだろう。

 

「それじゃあ忘れ物のないように。明日は寺子屋は休みだから、間違って来ないようにな」

「「「はーい」」」

 

どうやら終わったみたいだ。

 

ゾロゾロと子供たちが寺子屋から出て行く。

結構な数がいるもんだ、現代であんなに数いたら教師の手が回らなくなりそうだが、それを慧音さんは一人でこなしてんだよなあ。

 

「ふぅ……そこで何してるんだ」

 

おっと、見てるのバレてたみたい。

 

「寺子屋ってどんな感じなのかな〜と」

 

いつもの姿に戻って木から飛び降りる。

 

「見学したいならそう言ってくれればいいのに」

「私みたいなのが見てたら授業にならないでしょ」

「いや、生徒として入ってもらうが」

「なんでやねん」

 

なおさら授業にならんでしょ。自分で言うのもなんだけど、私結構有名人だからね?白いマリモとして………

 

「でも見た目は子供みたいなものだろう?」

「体型はね?こんな頭の子供見たことある?」

「寝癖が激しいとか言っておけば」

「無理があるわ、いや、百歩譲って寝癖だとしてこの髪色はどうなんのよ」

「若白髪」

「程があるわ」

 

私が普通の子供に紛れるには髪の毛を落ち着かせて黒色に染めなきゃ到底無理だ。

 

「そういえば君は読み書きができるな。どこかで学んだのか?」

「いや、普通に前世では読み書きできるのが当然の世界だったんで……言ってなかったです?」

「そう言われてみれば、そんなこと言ってたような……言ってたか?」

 

あまりにも昔のことすぎて覚えてない。

私に聞けばすぐにわかるだろうけれど。

 

「まあ流石に私の知ってるのとは字体とか文法とか違ってたんで、昔は読むのは結構苦労してたけど……もう慣れたね」

「結構なんでもできるみたいだし、相当質の良い教えを受けてたんじゃないか?」

「まあ、今の寺子屋と比べてみれば、確かにそうかもっすねぇ……」

 

前世自分のことは覚えていないが、勉強は苦手だったに違いない。だって私だもの。

 

「最近教材の方も少し改訂したくなってきたんだが、もし良ければ手伝ってくれないか?私の作った教材は難しくて分かりにくいと、生徒たちに言われてしまってな……」

「けっこー生意気っすねそいつら。まあ、私なんかでよければいくらでも手伝うっすよ?暇だし」

「ありがとう、助かるよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ざっとこんなものなんだが」

「ワォ……結構イカつい量ありますね……」

「それを作って子供たちに教えるのが私の仕事だからな」

 

仕事とか言わんでください、私が無職みたいに思えてくるじゃないですか。いや実際ただのニートなんだけれども。

 

「一通り目を通して見てくれ。何か気になる点があったら遠慮なく指摘してほしい」

「お、おっす……」

 

結構私に期待してくれてるみたいだけど、私そんなに頭良くないからなぁ、結構プレッシャー。

 

「……書き込みエグいっすね」

 

どうすれば子供たちに分かりやすく伝えられるか、興味を持ってもらえるか、集中してもらえるか。

色んなことが1ページ1ページに細かく書いてあって、どれだけ慧音さんがこの寺子屋という仕事に本気なのかが伝わってくる。

対して私ってやつは、日頃から暇暇暇暇言って遊び呆けてばかり……

 

「情けねえ……」

「急になんだ!?」

「あ、気にしないで、いつもの奇行なんで」

「そ、そうか……奇行?」

 

引き続き本を読み進める。

 

「なんというか……確かに全体的に難しい…というか、説明足らずな気がしてくるね」

「説明足らず?」

「まあはい、かなり生徒の理解力に依存してるといいますか……普段どんな風に教えてるかはわからないけど、この本の通りに教えてるのなら、もうちょっと詳しい説明を入れた方がいいと思いますね」

「そうなのか……」

 

これは数学…というよりは計算とか勘定の本なのかな?

算術ってやつかしら。

 

「というよりは、ここまで難しい問題をやる必要がないような気もしてきますね」

「む……そうか?そこまで難しくしているつもりはないのだが」

「でも実際に難しいって言われてるんでしょ?まあ……やる必要がないと言うか、もうちょっと基礎をしっかりと定着させてからの方がいいって感じしますね」

「基礎」

 

慧音さんが興味津々って顔で私のこと見てくるんだが……やめてください、明らかに私よりあなたの方が賢いだろうに、そんなに私の話に聞き入るのやめてください。

 

「これ見てる限りだと、基礎を説明してすぐに応用に入ってるから、それだと基礎を分かってない生徒はどんどん置いていかれる羽目になっちゃいますし」

「基礎だぞ?そこまで詳しく説明する必要もないと思うのだが」

「慧音さん、バカを甘く見ちゃいけませんよ。だいたいこう言うのって、一回理解して分かった気になって、数日後もう一回やってみたら何もわからなくなってたりするから。しつこいくらい、くどいくらいで丁度いいんすよ、基礎なんてのは」

「なるほど……確かに、基礎を分かった気になっているだけの生徒が結構いるのかもしれないな」

 

バカは何回も言わないと理解できないんですわ。

何回言ってもわからないバカもいるけれど。

 

「教え合いをさせるってのもいいと思いますよ?子供たち視点の方が難しいところを私たちより知ってたりするし、誰かに教えるって言うのも学んだことが定着しやすいかも」

「確かに…生徒同士の仲も深まるだろうしな」

「気になるあの子に教えるために勉強頑張る、なんてこともあるかも……いややっぱないかなぁ」

 

子供って単純だったりそうでもなかったりするからなあ……難しいもんだよ、本当に。

 

「まあそういう教え合いにせよ何にせよ、それらって大体何人かは一人ぼっちになっちゃう子出てくるんで、そういう子たちのことはちゃんと見てあげなきゃダメですね」

「心得てるよ」

 

心得てるですって!

現代の教師はそういうのほっぽって孤立させる生徒とか作るのに、この人はちゃんと見ておくんですって!

 

えぇ人やなぁ……

 

「…ん、そういや魔理沙ってちゃんと勉強してたんかな」

「魔理沙か?あれでも一応商人の娘だったんだし、家でちゃんと学んではいたと思うが」

「まあそっか」

 

ちゃんとやってたのかは気になるが……魔法の森で拾った時はまだ小さかったしなぁ。

まあ案外、魔法の森の中でそう言う勉強とかしてたかもしれない、少なくとも読み書きはできてるし。

 

霊夢に関しては巫女さんが普通に教えてた、座学の時間である。まあ、読み書きできなきゃ巫女も務まらないとかかね。

 

 

 

 

その後も教材の見直しは続いていった。と言っても慧音さん出来た人だから、全体的にしっかりしてて言うことなんてあまりなかったのだけれど。

 

「つくづく、君の存在のありがたみを感じているよ」

「んぐっ…なんすか藪から棒に」

 

唐突に慧音さんが口を開いたかと思えばそんなこと言い出した。

 

「いや何、こうやってゆっくり二人きりで過ごす時間なんてあまりなかっただろう?」

「まあそうだけど……」

 

突然そういうこと言うのやめてください、小っ恥ずかしい。

 

「別に私はなんかしたわけじゃ……」

「今でこそこうやって堂々と人里の中で生活できているが、昔は私も多くの妖怪たちと同じ扱いで中に入れてもらえず、はずれで暮らしていただろう?」

「あぁー、そんなこともあったなぁ…りんさんの紹介で会えたんだっけ」

「そういえば確かに彼女だったな」

 

何かあるたびに刺すぞって脅してきたり、目潰ししてきたのも今となってはいい思い出だ。

本当に。

 

「あの時、嬉しかったんだ。誰もが聞けば鼻で笑うような私の夢を、共感してくれたのが。同じ願いを持ってくれていたのが」

 

目を細め、懐かしむような表情を見せる慧音さん。

 

「先の見えない目標だったが、同じことを願ってくれている妖怪がいるというだけで、グンと元気が出たんだ」

「でも私は特に何かしたわけじゃあ…」

「妖怪に襲われていた人間たちを助けていただろう?」

「それは……まあ……」

「君も、そうやって行動を積み重ねてきたからこそ、今この場所にいられるんじゃないか?」

 

言う通りだ。

私がずっと人を助けてきてからこそ、人々と何気ない会話をすることもできるし、博麗の巫女と関係を持ったり、魔法使いになりたいという子供と付き合いができたりしたのだろう。

 

「でもきっと、私なんかいなくたって慧音さんなら成し遂げてたと思う」

「……なんでそう卑屈になるんだ?」

「別に卑屈なわけじゃあ……」

 

いや卑屈なんだろうけれども。

「さ、そんなことは置いといてさっさと続きやっちゃいましょーよ」

「いや、今日はもう終わりにしよう」

「えー?」

「もう日が落ちかけてるしな」

「え?うっわほんとだ……いつの間に…」

 

私がここに来たの、そこまで遅い時間じゃなかったはずなんだけど。

 

「それに、どうすればいいのかは大体わかったよ、おかげさまでな。これ以上手を煩わせるのも悪いし」

「そんな私は別に……まあ、そう言うならいいんすけど」

 

どうせ暇なんだからいくらでも付き合うのになぁ。

 

「せっかく付き合ってくれたんだ、このあと食事でもどうだ?お代は払わせてくれ」

「食事はいいけどお代は……」

「お礼だと思って、な?」

「はぁ……じゃあお言葉に甘えて」

「決まりだな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうだ?味は」

「普通にいけますね……」

「そうか、それはよかった」

 

焼きたてであろう卵焼きを口に運ぶ。

幻想郷って、閉ざされてるって言う割に結構なんでもあるよなぁ…鶏卵だったり米だったり砂糖だったり……紅魔館じゃ普通にパンも出てくるし。

一体どこで生産してるんだろうか……馬鹿でかい畑なら見たことあるけれど、あそこなのかな。

 

「でも、普通に妖怪入ってもいい感じの店なんだねここ」

「まあな、ここの店主とはそれなりの付き合いでな……まあ、もちろん妖怪お断りっていう店もあるけど」

「あー、大通りあたりってそういう店ばっかりですよね。まあ人通り多いから、妖怪がいたらざわついちゃうってのもあると思うけど」

 

大衆向けってのに妖怪は含まれていない。

まあ当然っちゃあ当然なんだろう、結局人に友好的じゃない妖怪だって多いわけで、そういう奴らがいるなか、店側が大々的に妖怪と友好アピールするわけにもいかないだろう。

そもそも店側が妖怪が嫌いっていうケースもありうる。

 

「この店に入れたのも、どちらかと言えば毛糸の名が広がってたおかげだと思うけれどな」

「私?どうせ謎の白マリモ妖怪とかそんなんでしょ」

「まあ、否定はしない」

「してよ」

「ちゃんと聞いたら否定して回ってはいるんだぞ?」

「あ、そうなの」

 

マジかよありがと慧音さん。

 

「……しけた話になるかもしれないんだけど、いいかな」

「あぁ、もちろん構わないさ」

「ありがとう。……慧音さんって、ずっと人間と関わってきたわけじゃない。数百年くらいか」

「そうだな」

「やっぱり、特別関わりの深い人間とかっていたのかな」

「いたよ、ありがたいことに何人も。信用も何もなかった私に親しく接してくれる人たちが」

 

やっぱり、慧音さんにもいたんだ、そういう人たち。

なら……

 

「…その人たちと別れる時って、どんな風に別れたのかな」

「それが悩みか?」

「まあ……」

 

やっぱり人と妖怪じゃ、生きられる時間が違う。

りんさんの時はまだ私もそこまで長生きてたわけじゃなかったし、急にだったから、そんなことを考えることもなかった。

 

ただ、今は………

 

「どんな風に、と言われても難しいな。突然の別れになったこともあれば、老いたその人を側で看取ったこともある。ただ、共通点を挙げるなら……すごく、寂しかったよ」

「………」

「私たちは妖怪だ、人間が相手じゃ、どうしても先に逝かれてしまう。それは逃れようのないことで、仕方のないことだ。ただ、それを理解していても、受け止められるかっていうのは別な話だ」

 

自分は老いないのに、相手はどんどん死へ近づいていく。置いてかれたような感覚、それでも時は流れていく。

 

「別れってのは悲しいものだよ、悲しくなかったことなんて一度もないさ。ただ、せめて、悔いのない別れ方をしたい、私はそう思ってるよ」

 

悔いのない…か。

 

あの時は……りんさんの時は、ただただ悲しみと後悔に包まれていた。

私にそんな別れ方が…できるのだろうか。



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正体不明の毛玉

 

 

「どー?そろそろ終わりそー?」

「まだ終わってないー」

「そかー」

 

巫女さんが博麗神社の倉庫を整理しておきたいと言うので、なぜか私が付き合わされている。

なんでも、危険物があってなんらかの問題があった場合、他に人手があった方が楽だろう、とのこと。便利屋じゃないんだぞと。

 

「霊夢はー?」

「中で瞑想してるー」

「それ昼寝じゃねーのー」

「昼寝だよ」

「昼寝なんかい」

 

なんかあいつ順調にサボり癖ついていってないか…?それともなに?巫女さんがもう教えられることはないとか言って放置してるの?

 

「あれでも必要最低限の鍛錬はしてるし、そこまで厳しくしなくたっていいんだよ」

「まああんたがそう言うならそうなんでしょうけども」

 

まああいつ天才だしな、そんなんでもいいんだろうな。

 

博麗神社の倉庫は本当にいろんなものが保管してあって、なんか変な隠され方とかしてるやつもあって、何が保管されてるのかは巫女さんも把握しきれていないらしい。それでいいのか博麗の巫女。

まあそんなもんで、中を知らない私が近寄るのも危ないからと、少し距離を置いて話をしている。

 

「あっっ!」

「なに!?どした!?なんかあった!?」

「膝打った……」

「帰っていい?」

「待って」

 

膝打ったくらいで大きな声上げんなよ……てかいつまでこんなのに付き合わされんの?

私だって暇じゃな…いや暇だけども。

 

「あとはここで終わり……ん、なんだこ…んあっ!!?」

「今度はなーにー?頭でも打った?」

「いやこれっ…えっ……はっ、え?………はあ?」

「………ほんとにどした?」

 

なんか巫女さんの様子があからさまにおかしくなった。

 

「え…いや……え?」

「ねえ本当に大丈夫?」

「大丈夫じゃない」

 

倉庫の中から、蓋のあいた、小さな箱のようなものを持った巫女さんが出てきた。

その箱の中にある白いもじゃもじゃの球状の物を一緒に抱えながら。

 

「えっ……あっえっ……えっあっそっあっえっ…ぇぁ?」

「なるよな、そうなるよな」

「なにそ……け、毛玉……?」

「だよな!?毛玉だよなこれ!お前だよな!?」

「いや私じゃないけどね!?」

 

いやでもなにそれ本当マジで………

 

「どう見てもこれ毛玉……いや待って巫女さん」

「どうした」

「顔ないわこの毛玉、あと霊力も感じられない」

「………確かに」

 

少なくとも私の知っている毛玉は霊力を持っていて、顔がついている。その両方がないってことは、これは毛玉によく似た別の何かってことだ。

 

……ホワイトマリモ?

 

「…というか、これ神力放ってるんだが」

「……マジ?神力?神様が持ってるっていう?」

「あぁ間違いない」

「えぇ………」

 

見た目は完全に毛玉で?でも顔なくて?霊力なくて?代わりに神力を持ってる?

 

「……それ、見つけちゃいけないタイプのやつじゃあ……」

「……どうする、これ」

「…しまっとく?」

「……そうだな」

 

触らぬ神に祟りなし、実際に神力持ってるから神かなんかかもしれん。

 

「神社の倉庫に保管されてるって時点でもうただの毛玉じゃないのは確定してるんだから、何もわからない以上放置しとくのが一番だよ」

「説明書きくらい残しとけよ、誰かわからない前任者」

 

確かに、なんでこんな正体不明なもん倉庫に置いてんのか謎だな。こんな倉庫に出入りするのは博麗の巫女だけだろうし、何か理由があって置いたんだろうけど……

でもすっごい見た目毛玉だったな……なんだったんだろうあれ。

 

……ケセランパサラン?

 

「流石にないかぁ」

「ん?なんか言ったか?」

「んにゃ、なんでも」

 

そもそも毛玉ってなんなんだって話になってくるよね。

 

「とりあえず元あった場所に戻しておいて……よし、終わりだな」

「紫さんとか、それの正体知らないんかな」

「さてなあ。紫もこの倉庫にはあんまり干渉してないみたいだし……あ、お前ここ入るなよ」

「別に入らんよ、気味悪い」

「対妖怪最高必殺奥義とかが記してある巻物とかあるからな」

「なんでそれをわざわざ言う」

「もちろん嘘だが」

 

嘘なんかい。まあすっごい胡散臭いけどね?対妖怪最高必殺奥義って。

 

「そも、妖怪退治の専門家の倉庫とか碌なもん入ってないでしょ。妖怪退治の道具でしょ、入ってるの」

「まあそうなんだが、危険だから入るなって話」

「そりゃどうも」

 

まあその倉庫の中にさっきの正体不明謎毛玉が入っていたわけだが……本当になんだったんだあれ。

 

「しっかし……ずっと腰を曲げてると流石に体が痛いな…肩も凝るし……歳かねえ」

「言うほど歳か?」

「昔はやんちゃしてたからなあ、霊夢ほど天才肌でもなかったし」

 

やっぱり霊夢は凄いんだね?魔理沙が必死に努力して追いつこうとしてるのも頷ける。

 

「やんちゃしてたとは言うけど、私の方にはそんな噂こなかったよ?というか、博麗の巫女が私の住んでる方まで全然来なかったし、会うこともなかったし」

「まあ行ってなかったしな、湖の方は」

 

やっぱり来てなかったんだ。

博麗の巫女、昔っから噂とかは聞いてたけどほとんど相見えることもなかった。湖以外の場所に足を運んだ時に見かけたことはあったような気もするけど……

そもそも来てなかったんなら会うはずもないか。

 

「…そういや、先代が言ってたこと思い出した」

「先代巫女さん?」

「なんかその言い方紛らわしいな?まあいいや。湖の方は人間に友好的な変な毛玉妖怪の縄張りだから手を出さなくて良いとかなんとか、言ってた気がする」

「なにそれ、私どんな形で博麗の巫女に伝わってたの。というか縄張りでもなんでもないし」

「太陽の畑にいる花妖怪に滅多に手を出さないのと同じだよ。どれだけ力を持っていても、表立って人間と対立したり争いごとを起こさなかったりしなけりゃ、わざわざ博麗の巫女が干渉することもない」

 

つまり私が好き勝手してたら博麗の巫女が湖の方にお邪魔しま〜すって来てたってわけ?なにそれこっわ。

 

「実際あそこって、人間にちょっかいかけてくるのは妖精くらいで、幻想郷の中でも比較的安全な場所とか言われてたし」

「うん、そこもう紅魔館とか言う真っ赤な吸血鬼の館あるけどね?」

「そこももうお前の縄張りってことでいいんじゃないか」

「主にぶっ殺されるからダメ」

 

あと別に私の縄張りじゃない。

まあ人間を襲おうとする妖怪は見つけ次第ボコってたから、そういう妖怪が他のところに逃げたりしたのかもしれないか。

 

「でもまあ、それだけお前強いってことなんだもんなー…」

「………なにさ、その目」

「ちょっと運動に付き合えよ」

「えー……倉庫の整理で凝った体私でほぐそうとしないで」

「いいだろ減るもんじゃないし」

「減るわ、色々と減るわ」

 

変なことされないうちにとっとと帰ろう……

 

「おーい霊夢ー!いまから毛糸と組み手するから出てきてみにこーい!」

 

クソッ!こいつ逃げ道無くしてきやがった!

そしてニヤニヤしてやがる!クソッ!

 

「ほんと!?」

「いや嘘!!大嘘だから来なくて良いよ!!」

「いく!」

「くんな!!」

 

あーあー霊夢出てきちゃった……

 

「二人が戦ってるとこって見たことないから結構楽しみ!」

「流石に全力で戦うわけじゃないからな?あんまし期待するなよ」

「私帰っていいかな」

「ダメ」

「ダメ」

「どうしてこうなった………」

 

なんでそんなに嬉しそうな表情するんだお前は……そんな期待に胸を膨らました顔されたらやるしかないじゃないの……

 

「危ないから離れてろよ。境内のなかで神社に被害が及ばない程度の力に留めておくこと、弾幕も派手に使ってはいけない。じゃ、行くぞー」

「待ってまだ心の準備が………」

「……早くしろよ」

「あ、待ってくれるんだ。ふぅ……」

 

巫女さんが戦ってるところは見たことない。せいぜい霊夢に修行をつけてるのを眺めてたくらいだ。

戦った経験ならあるけれど、初めて会った時のあの一回だけ。

でも、それだけでも巫女さんがかなりの手練れってことはわかる、そもそも博麗の巫女だ、強くないわけがない。

 

「よし、いいよ」

「じゃあ始めっ!」

「おいちょっと待てどこからその棒取り出し——んふぅ!」

 

どこからともかくお祓い棒を取り出して私に振り下ろしてきた。

なんとか反応して腕を交差させて受け止めるが、両腕に針を刺すような痛みが襲ってくる。

 

「これ痛いから嫌い!!」

「武器道具使うのは禁止してないからな」

「んにゃろー…」

 

まあ単純なフィジカル勝負だったら負ける気はしないから、当然っちゃ当然か。

 

「ほっ」

「んひっ」

「ふんっ」

「んぽぉっ!」

「はっ!」

「ひいぃっ!!」

 

足払いを跳んで回避、宙に浮いたところに蹴りでぶっ飛ばされ、追い討ちで霊力弾を撃たれる。

 

「ふんぐぅ!」

 

放たれた霊力弾を蹴って上空に打ち上げて、体勢を立て直す。

 

「変な声あげるのやめろ」

「しかたないでしょ怖いんだから!」

「吸血鬼の館に殴り込みに行ったやつのセリフとは思えない」

「それはそれ!これはこれ!」

 

なんだろう、退魔の力とでも言えば良いの?攻撃が全部対妖怪に特化してるせいで痺れるような痛みはあるし普通に痛いし、妖力も少し弱まっている気がする。

全部避けるなり防ぐなりできているけど、本能的になんか怖いから無理である。

 

「仕方ないなぁ……」

 

呆れたように呟いた巫女さん、霊力が少し蠢いて、私が抱いていた恐怖感が収まる。

 

「ほえー、そんなこともできるんだ」

「これで心置きなく戦えるだろ?」

「心は置くよ?本気は出さないからね?」

 

とりあえず向こうがお祓い棒を使ってくるのなら、こっちも武器を何かしら持っとかないと。

 

「まあ雑だけどこんなんで良いか」

 

作ったのはいつもの氷の蛇腹剣、ではなく普通の氷の剣、でもない。

鋭かった部分がぜんぶ丸くなった、というか全体的に細くなった。もはや刃物ではなく氷の棒、持ち手のついた棒である。

 

「うしっ」

 

とりあえず氷の球を飛ばして牽制、簡単に弾いて距離を詰めてきた巫女さんの攻撃に氷棒を合わせる。

 

妖力で少し身体能力を強化した私と巫女さんの、ちょっと緩めな打合いが始まった。

 

互いに相手の無理のない範囲で打ち込み、返す。

本気を出そうものなら絶対に怪我してしまうから、どこまで力を出せるかを探っていくかのように。

 

「……なんか退屈ね」

「………」

「………」

「上げてくぞ」

「ちょ待てよ」

 

急に速度を上げて後ろに回り込んできた巫女さん、棒を後ろに回すことで攻撃を防御、反動で下がった拍子に氷棒を伸ばして薙ぎ払い、追撃を防ぐ。

 

「運動代わりだよねこれ、霊夢を楽しませるのが目的じゃないよねこれ」「あれだけ期待してた手前、あんまりぬるいと悪いだろ」

「そりゃそうだけど、もっ!」

 

本当に動き激しくなりよったこの人。

常に死角に入るような動き、捉えたと思えば霊力弾で牽制され、それを防いでいる間にまた死角に入られる。

 

というか、さっき変に棒を伸ばしたせいで両手じゃないと動かせないくらいの長さになってる。別に私棒術得意なわけじゃないし、なんなら今初めてまともに棒を戦いに使ってる。

 

「これ邪魔っ!」

「折るのか……」

 

変に長くなった棒を膝に打ち付けて半分に折り片方を投げつける、と見せかけて両方とも短剣のような形に形状を変化させる。

もちろん怪我しないようにする大部分は丸くして。

 

「器用なもんだな」

「こっちの方が対応しやすそうだからね」

 

別に短剣の形にする必要はなかったけど、なんとなくである。

 

 

そこからさらに打合いは速く、複雑になっていった。

常に死角を取るように動き、牽制しつつ隙を窺う巫女さん。

牽制を跳ね除けながら、突っ込んでくる巫女さんにどうにかカウンターを合わせようとする私。

 

お互いがどうにか相手に一撃を与えようと必死になっていき、気づけばお互いの顔から余裕の表情はなくなっていた。

一度毛玉になって相手の不意をつく初見殺しをやってみたが、普通に反応された。どうなってんだよほんと。

 

「……はぁ、やめだやめ」

「んあ?」

「流石にこれ以上はやりすぎになる」

「よかった終わった……」

 

エスカレートする前に巫女さんが先にそう言った。

 

「すぅぅぅ……づーがーれーだー」

「霊夢、見ててどうだった?」

「なんか……二人ともすごいのはわかったけど、ずっと同じことしてたから退屈だった」

 

まあ…霊夢と魔理沙がやってるのは弾幕の撃ち合いで結構派手だもんなあ。

それと比べたら、こういう物理的な勝負は退屈なのかも知れない。

 

「お前もこのくらいはできるようになっておけよ」

「えー」

 

そりゃあバチバチの肉体勝負は嫌でしょうけども。

 

「にしてもお前、案外動けんだな」

「そっちこそ、死角にばっかり入ってきやがって」

「殺意も込めたほうが良かったか?」

「運動じゃ済まなくなっちゃうなあ」

「違いない。んーっ……だいぶ身体ほぐれたな。霊夢、お茶入れといてくれ」

「えー…はーい」

 

結局やってくれるあたり優しい子である。

 

「んじゃま、もともと倉庫整理に付き合うだけの予定だったし、もう帰ろうかな」

「倉庫整理だけでわざわざ呼びつけると思うか?」

「……はい?」

 

何言ってんだこの人、他に用事でも……

 

「紫に何言われた」

「あ?別に何も?」

「すっとぼけるなよ、私にはわかる」

「ぬ……」

 

本当に鋭いなこの人……

 

「………」

「ま、言いたくないなら別にいいさ。大体想像もつくし……けどあんまり悩みすぎるなよ」

「……ありがと」

「おう」

 

会うたびに思い悩んでちゃ、キリないな。



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力任せな毛玉

「うーん……うーん……?」

 

河童製の知恵の輪を上手く解けずに、首を捻り続ける誇芦を見つめる。

 

「やはりイノシシ、知能は私に劣るみたいだな……」

「は?突進するぞ?」

「さーせん」

「そんなに言うならやってみなよ」

 

イラついた様子で誇芦が知恵の輪を私に押し付けてくる。

 

「フッ……私の500年間使い続けてきたこの脳みそがあれば、こんな知恵の輪なぞ……」

 

ガチャ

ガチャガチャ

 

「………」

「………」

「ふんぬぅ!!」

「なんでぇ!?」

 

ムカついたのでぶっちぎってやった。

 

「いいか誇芦、世の中は腕力なんだよ。腕力さえあれば全てが手に入る、信用以外の全てがな」

「大事なもの失ってるけど」

「知恵の輪ってのはな、腕力で解くと言う結論に至れるかの知能を試されているんだよ」

「ごめん何言ってるのか全然わかんない」

「毛玉もそう思う」

 

まあ河童のやる知恵の輪だし、きっと頭のいい河童向けにめっちゃ難しく作られてたんだろう。

うん、そう思うことにしよう、そうに違いない。

 

……人里で売ったら流行るかな、これ。

 

「頭使って疲れた……なんか甘いもの出して」

「私のクッションに飛び込みながら甘味の要求してくんな」

「減るもんじゃないし」

「減るわ、クッションはともかくとして甘味は間違いなく減るわ」

 

全く…結構図々しいよなこいつ……んがっ?

 

「なんか……急にすごい妖気出てない?」

「猪もそう思う」

「家の前から発せられてない……?」

「猪もそう思う」

「お前外見てこいよ」

「どう考えても用があるのそっちでしょ」

 

いやだよ怖いもん!

……ん?いやまてよ、この妖力は……

 

「毛糸ー、いるかー」

 

藍さんだ。

 

「はーい、今行く!」

 

誇芦がほらね?って顔でこっちを見てくる。

腹立つ。

 

妖気の正体が藍さんであることに安堵しながら扉を開ける。

 

「どしたの急に。というか結構久しぶりだね?」

「あぁ、そうだな」

「あ、橙もいるんだ」

「久しぶり」

「おう、久しぶり。とりあえず中入って」

 

 

 

 

 

 

 

「そうか、彼女はあの猪なのか」

「まあね、紆余曲折ありまして……」

 

橙と誇芦が何やら話をしていて、その様子を椅子に座った私と藍さんが見つめている。

あ、二人とも私のビーズクッションの上に座りやがった。なんでそんなに人のクッションにずかずかと乗れるの君たち。

 

「突然押しかけてすまなかったな」

「いえいえ全然暇なんで、というかむしろ、久々に橙と藍さんの顔も見れて嬉しいよ。最近はめっきりマヨヒガに呼ばれることもなくなっちゃったからね」

「あぁ、吸血鬼の件だったりで橙もマヨヒガから出て、私の手伝いをしてもらっていたからな。伝えるのが遅くなってしまった」

 

まあ橙との付き合いももう数百年単位になるのか。ずいぶん成長したもんだと私は思うが……藍さんや紫さんと比べたら可哀想だよね。

 

「たまには休めと紫様に言われてしまったからな、橙と一緒に久々に顔を見せにきた」

「そりゃどうも」

 

私がフランの中から帰ってきて三ヶ月間寝てた間も、藍さんたちは色々なことしてたんだろうな。

幻想郷の有力者への話をつけたり、異変の後始末だったり……そりゃあもう色々してくれているのだろう。

 

「それに、私の方から礼を言えていなかったからな」

「いいよ吸血鬼異変の件なら。それにあれで丸く収まったんだし、紫さんの目に狂いはなかったってことだね」

「君はいつも礼をいらないと言うが、それじゃあこちらの気が済まないことを理解してくれ」

「おっす」

 

本当に気にしないでいいのに……

 

「博麗の巫女の件もそうだし、君には本当に色々やってもらっている」

 

紫さんにいいように利用されてるだけだと私は思ってるが。

 

「橙のこともそうだし、油揚げの件もそうだ」

「まだ覚えてたんだそれ……」

「腕の件もあるし、やっぱり吸血鬼のことも……礼がしたいんだ、とにかくな」

「えー?」

 

律儀な人だなぁ……紫さんみたいに気にしないで普段通りにしてくれてたらいいものを……

いや、紫さんが適当だからその分藍さんがしっかりしてるのか?

 

「お礼を私にしたいのはわかったよ?でもなぁ……特にやって欲しいことないし……別に無欲ってわけじゃないんだけどさ」

「そう言わずに、何かないのか?年月が経つたびになんだか申し訳ない気持ちになってくるんだ」

「真面目だなぁ……」

 

初対面であれだけ睨みつけてきた人と同じとは思えねえなあ…

 

「やっぱり腕を……」

「いえ結構です」

「ならば……そうだ、彼女を式神にするのはどうだ?」

「誇芦ぉ〜?式神ぃ〜?」

 

それは……なんつーか……

 

「お前はどー思うよ」

「あ?何が」

 

あ?ってお前な……いや私のがうつったのかもしれないけど。

 

「この藍って人がお前を私の式神にしてくれるんだとよ、どする?」

「式神って具体的に何」

「……何なんですか藍さん」

「……簡単に言うとだな」

 

話によれば……

 

なんかこう、妖怪?妖怪の獣?とかをなんかこう…それ用の術式でなんやかんやしてパワーアップさせたもんらしい。

難しくてよくわからんかったけど大体こんなんであってるでしょ、うん。

 

「別にいらないかな」

「毛玉もそう思う」

「そうか……」

 

なんかそういう式神とかで縛り付けたいわけじゃないし。

別にパワーアップとかして欲しいわけでもないし……あいつ元からかなり頭良かったし、必要がないってとこかな。

 

というか、今この空間にいるの……

猫と猪と狐と毛玉……

 

私だけなんか……浮いてね?

 

「別にさ?私は見返りとか求めてやってたわけじゃないし、そんな思い悩むほどお礼のこと気にされたら、私もなんか居心地悪いよ」

「しかしな……」

「私に礼って言うなら、今まで通り友達でいてくれるのが一番嬉しいよ、私はね」

「……そうか」

 

フランにも同じこと言ったけれど。

こうやってわざわざ会いにきてくれて、友達としていてくれる。それだけで私は幸せなのだ。

それ以上を求める気はない。

 

「でも礼はいつか必ずするからな」

「曲げないねえ……」

「ていうかさー」

 

橙が口を開く。

 

「紫様もしろまりに色々やらせすぎじゃないかな」

「しろまり言うな」

「確かに……言われてみればそうだな」

「そうかぁ?」

 

……そうなのか?

確かに色々とやらされてるなーとは思ってたけど。

 

「毛糸、やはり君は大妖怪らしくどっしりと構えたほうがいい」

「いや……なんか前にも同じこと誰かに言われた気がするけど……私の!この!頭が!大妖怪って!頭に!見える!?」

「なら自分は普通の妖怪だと言い切るつもりか?」

「はい!私はどこにでもいる普通の毛玉です!」

「はぁ………」

 

なんかめっちゃため息つかれてるんですけど!

 

「鬼の四天王のうち二人と拳を交えて生き残り、風見幽香や妖怪の賢者である紫様と関わりを持ち、吸血鬼異変で大暴れ。これがどこにでもいる普通の毛玉で妖怪のやることか?」

「そのくらいやるんじゃないですかね!多分」

「いややらない」

「やらないでしょ」

「やるわけないでしょアホか?」

 

あの生意気なイノシシは後で首筋ひんやりの刑に処す。

 

「そりゃあ普通の妖怪じゃないって自覚はあるけどさ……大妖怪ってなんか、こう……イカついじゃん、近寄り難いじゃん。私は勇儀さんや幽香さんみたいな強者の風格ってのないし。というかあの辺の人たちと戦って勝てる気もしないし……」

「かと言って、普通の妖怪よりちょっと強いとかでは収まらないのは分かってるだろう」

「そりゃまあ……」

 

そもそも私を構成する大体のものが貰い物なのに、大妖怪とか大層なもん名乗っちゃいかんでしょ。

どうせやるなら、所詮奴は大妖怪の中でも最弱…とかにしておいてくれ。

というか大妖怪って何だよ、大ってつくだけで言葉の重み変わりすぎだろ。

 

「親しみやすいって事にしておいてよ」

「舐められやすいって事だと思うが」

「手厳しい……」

 

いいじゃん別に、変に威張り散らかしてぼっちになりたくないもん。

友達欲しいもん!友達100人作りたいもん!

 

「でも実際、こんなんだから妖精から藍さんに至るまで関係持ててるってことでしょ?なら私はこのままでいいよ、たとえこき使われようともね」

「…まあ、それが君らしいな」

「流石しろまりー」

「親しみやすい妖怪しろまり」

「ほら!人里でもまりも扱いされるからね!こんなにまりもまりもって言われて人妖からいじられてる妖怪私くらいだからね!」

 

でもあそこの生意気な猫と猪は後で服の中に氷の刑に処す。

 

「まあ……人からの印象はそこそこだけど、妖怪からは結構怖がられたりしてるんだよね」

「そうなのか?」

「この前なんか妖怪の山の近くで山の妖怪じゃないやつに出会ったんだけど、私の頭を見るなり「ヒィッ……わ、私食べても美味しくないです……」とか言われたんだよね」

 

泣きそうになった。

 

「まあ明確に組織として付き合ってる妖怪の山とか人里とかとかは違って、個人の妖怪とかだからそうなるのは仕方ないかもだけどさあ……どんな噂流れてたんだろうね」

「まあ、人に寄った行動をしていれば自然とそうなるんじゃないか」

「見かけた人を襲ってる妖怪全員引っ叩いて回ってたのがダメだったのかぁ〜」

 

ビンタくらいでそんなに怯えなくたっていいじゃないか。

 

「最近は人襲う妖怪も減ったからそういうのも無くなったと思うんだけど…私ってそんなに覚えられやすい頭してる?」

「あぁ、一度見たら数十年は忘れないだろうな」

「そんなに!?」

 

この世界割と髪色カラフルだからもっと早く忘れてくれ。

いや、髪色の問題じゃないんだろうけど、髪型の問題なんだろうけど。

 

……そういや、なんかこの世界の人ってみんな頭になんかつけてるよね。

目の前の藍さんや橙もそうだし、妖怪の山の妖怪もみんなつけてるし、霊夢魔理沙もリボンと魔女帽子かぶってるし、アリスさんも…

河童は帽子だし、妖精たちはリボンとかつけてるし、ルーミアも赤いのついてるし。

鬼の人は…帽子かぶってないけど、ツノあるし。

なんなら紅魔館の人もみんな………

 

………みんな頭になんかつけすぎじゃね!!?

 

ち、ちょっと待て……頭に何もつけてないのって誰がいる……?

私、誇芦……あと巫女さん……含めていいのかわからんけどりんさん……

 

……それだけ!?

いや霖之助さんは頭……メガネつけてたわ!

 

みんな頭に何かしらつけてるんだ……私がおかしいのか……?

……このもじゃもじゃが帽子の代わりってことにしておこう。

 

「そういやさっき式神うんぬんの話してたけど、藍さんってどういう経緯で紫さんの式神に?」

「ん?あぁ……その……なんだ……」

 

何故か言い淀む藍さん。

 

「大昔に色々あって……」

「なにー?今は真面目な藍さんも昔はやんちゃしてたとか〜?」

「…………」

「あ……ごめん……」

 

冗談で言ったらマジだったようで……

でも藍さんって九尾の狐だし、結構すごい妖怪だと思うんだけど。それがやんちゃしてたってことは……まあ、うん、触れないでおこう。

 

「私のことなんかいいだろう」

 

いえ結構気になります。

 

「そうだ、人里ではどうなんだ?」

「どうって……まあ、結構上手くやれてると思いますよ?顔も結構覚えてくれる人増えてきたし、最近じゃ雑用頼んでくる人なんかもいて」

「やっぱり舐められてるじゃん」

「完璧に舐められてる」

「親しくしてくれていると言え」

 

なんで要所要所で口出してくるんだよあの猫猪。

耳氷漬けの刑に処されたいか。

 

「人里に住んだりはしないのか?」

「人里?あぁ……うーん」

 

別に住んだって何も言われなさそうだけど……現に慧音さんが人里でずっと暮らしてるし。

 

「別に人里に特別仲がいい人がいるわけじゃないしなあ……後絶対この家の方が便利」

 

河童の叡智が詰まってるからね、この家。

ほとんど私がるりにやらせたものばっかだけど。

 

「別に人里にずっと居たい理由とかあるわけでもないし、住み慣れたここの方が私はいいかな」

「縄張りだー」

「縄張り意識強めの毛玉」

 

追い出してやろうか貴様ら。

 

「それに、大妖怪ってぽんぽん棲家変えるもんでもないでしょ?」

「それもそうだな」

 

もちろんは私は大妖怪でもなんでもないが。

 

「そうだ藍さん、これやってみてよ」

「なんだ?」

 

近くからまだ一つ残っていた、私が力任せに解いた物とは違う知恵の輪を持ってきて藍さんに手渡す。

 

「これを全部バラバラに解く遊び、河童のやつだから結構難しいと思うよ」

「なるほどな」

「あ、さっき毛糸が引きちぎった奴だ」

「やかましい」

 

さて、藍さんが知恵の輪に苦戦している間に、私はあの二人に刑を執行するとするか………

 

「できたぞ」

「あぁうん。………はい?」

「できた」

「………マジですか」

「なかなかの手応えだったな」

 

あ、ちゃんと解いてる……力任せにやってなぁい……

 

「は、早くね」

「算術は得意なんだ」

「うん、算術じゃないけどねそれ」

 

私と誇芦が頭捻っても全然できなかった奴をこの人は……

こわ……



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多分慈悲深い毛玉

 

「わあすっげえ土砂降り…」

「この時期にこれだけ降るの珍しいね」

「風も結構きついし……雨漏りしてないかだけ見てきてくれない?」

「あいよ」

 

これだけ雨降ってると湿気もすごいからな……髪が気持ち悪い感じになる。

 

「雨……やだなあ」

 

とにかく髪が濡れるのがいやなんだよ。

雨の時って野良毛玉はどうしてるんだろうか、雨宿りとかしてるのだろうか。

 

「にしても急に降ってきたなあ……こりゃ外は今日は行けないか」

「とくに雨漏りはしてなかったよ」

「そっか、ありがと」

 

これだけ雨降ってると、ほんと家持っててよかったと思う。

毛玉だからね、野宿は無理だよ。

多分氷で家作ってると思う、どこぞのアンパンのヒーローじゃないが、髪の毛が濡れたら力が出ない気がしないでもない。

割と血で濡れることもなくはないんだが。

 

「魔法の森って雨降るとすごかったよね」

「んー?あぁ、確かにそうだった。ただでさえ普段からジメジメしてるのに、雨降ったらそりゃもう地獄だよ」

「この辺は霧ないけれど、ちょっと湖のほう行ったら霧があるもんね」

「霧薄い日しか私あそこ近寄りたくない」

「髪の毛?」

「髪の毛………ん」

 

ぼーっと雨に濡れてゆく外の景色を見ていると、近づいてくる大量の霊力が……

 

「非常事態発生!タオルいっぱい持ってきて!」

「はぁ!?」

「家にある分ありったけ!」

「わ、わかった」

 

何人だこれ………えぇい3人以上はいっぱいだ!!

奥の洞穴にるりの私物は……もうとっくの昔に片付けてたな!

 

「くる……!!」

「はいありったけ!」

「へいパス!」

 

こいよ……妖精ども!

 

「毛糸濡れたー!!」

 

チルノが先陣を切って扉を開けて入室、次々に雨に濡れた妖精たちが私の部屋へと押しかけてくる。

 

「はいストップー、体拭け、体」

「「「あーい」」」

 

一人一人にタオルを配って回る。

1、2、3、4………10人ちょうど……

 

「うし、ギリ足りるな」

「濡れたのだー」

「何やってんのルーミア」

「だから濡れたのだー」

「おうちゃんと拭けよ、拭いたら誇芦に渡してね」

「えー」

 

ふむ……

チルノと大ちゃんとルーミアと……

3バカ…じゃなかった、サニーとルナとスターだっけ?あの3人とあとはあんまり詳しくない子が四人……

 

「なあチルノ、別にくるのは構わないけど、ちょっと人数多くないか」

「あたいの城だからいいでしょ」

「その城で暮らしててお前らにタオル渡してる私はなんなんだよ」

「え?子分でしょ?」

「あ、そう……」

 

よくもまあ何百年間も子分子分って言い続けられるもんだ、いい加減飽きやがれ。

 

「すみません毛糸さん、いきなり降り出して……」

「まあよくあることだし、大ちゃんはちゃんと申しわけなさそうにしてくれるからいいよ」

 

問題は他の奴らが全員好き勝手に振る舞ってることだけどな!

舐められてるってのはこういうことなのかもしれない。

 

急に雨が降り出して、困った妖精たちが私の家に雨宿りにくるのはとくに珍しいことではない。

一年に一回くらいは大体ある。

 

「誇芦、危ないものとか私物とか全部奥の洞穴に突っ込んどいて」

「えー……押し付けすぎ、やるなら一緒に」

「えー……しゃーねーなー」

「私も手伝いますね」

「あ、ありがとう大ちゃん」

 

壊されたら困るもの、危ないものは全部別の場所に移しておく。放っておいたら妖精が勝手に触りやがるから。

そう、妖精とはそういうものなのである、大ちゃん以外。

まあ大ちゃんも悪戯する時は悪戯してるみたいだけど、良識あるってだけでもう他とは別物ですわ。

 

「ねえ、なんでわざわざ受け入れてんの、あんな迷惑な奴ら」

「その迷惑な奴らと結構遊んでなかった?お前。なんでって……締め出したら普通に性格悪いでしょ」

「いつもありがとうございます…」

「いいよ別に、もう何回もやってるし」

 

チルノがあたいの城って万年言い張るのはいただけないが。

文たちとなんかするって時も、大体私が妖怪の山に足を運んでるから、うちに誰かがたくさんくるってこともなかなかない。

たまにはこういうにぎやかなのもいいもんだ。

 

「これなんか……なんかすごい!!」

「うわほんとだ……なんかすごい!」

「なんかすごい!!」

 

なんか語彙力のない言葉が飛び交ってるんだが……あ、ビーズクッション占領してやがる。チッ……体濡れてないから別にいいけど。

 

とりあえず荷物を洞穴に突っ込み終わる。

 

「うっさいな……」

「だからお前、そのうっさい奴らと結構一緒にいるんじゃん」

「自分の家の中でうるさくされるのは別」

「お前の家ちゃうけどな」

「自分の家でくらいゆっくりしてたいじゃん」

「お前の家、ちゃうけどな」

「ごめんね誇芦ちゃん」

「ちゃん!?」

 

大ちゃん誇芦のこと誇芦ちゃんって呼ぶの!?私より背高いのに!?

誇芦よりちっさい私は万年毛糸さんなのに?他妖精はしろまり呼ばわりしてくるのに!?

 

………

 

「……まあ、お前はどちらかっていうと、外でドブまみれになって帰ってくる側だったけどな?」

「ちゃんとした服と体があるんだから、もうわざわざ汚くなりにいくような真似はしないって」

「でも本音を言えば〜?」

「泥んこになりたい」

「うん、素直だね」

 

まあ誇芦の頭が結構良くて助かった。これでその辺の妖精と同じくらいの知能だったら……妖精じゃなくて妖怪な分、手がかかったかもしれない。

 

「別に、ちゃんと帰ってくるまでに綺麗にしてくるんなら私は構わんよ?」

「服どうするの」

「知らん」

「なんかガタガタ言ってませんか、この家」

「ん?あー……もう随分経つからねえ、建ててから」

 

妖精たちがはしゃいでいるおかげで、家の脆くなっている部分が悲鳴を上げている。

 

「もう何度も補修改修してるけど……またそういう時期きたかな」

「大丈夫なんですかこれ、壊れたりしないんですか」

「まあ今まで大丈夫だったし、大丈夫でしょ」

 

私がそう言った瞬間、何かが壊れる音が同時に複数回鳴った。

 

空気が静まり返る。

 

「……おい」

 

妖精たちの視線がこっちに一斉に集まる。

ふんふんふーん?床に穴開けて?椅子の足折って?上の階とのあいだに穴を作っちゃうと……随分元気なようで……

 

「次なんか壊したら全員締め出すからな」

 

全員の顔が申し訳なさそうな顔になるのを見ると、足を折られた椅子を持って私は静かに奥の部屋へと入った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「恐怖による支配……」

「何言ってんの、許してやってんだから随分優しいでしょ私は。次はないって言ってるだけで」

「まあ確かに……」

「ごめんなさい……本当にごめんなさい」

「大ちゃんはあいつらの保護者でも何でもないでしょ」

 

家の補修サボってた私にも責任は……いやないな、まんじりとも私は悪くないな、全部あいつらが悪い。

つまり許してやってる私はめっちゃくちゃ優しいというわけ、慈悲深いというわけ。

 

「で、この部屋に何しにきたの。妖精たちは放っておいていいの?」

「まああの様子を見る限りじゃもうやんちゃしないと思うし。次なんか壊したら本当につまみだすだけだから」

「すみません…」

 

家の物置部屋に入って、中から工具を取り出す。

 

「それで直すの?」

「いや?」

「違うんですか?じゃあ一体何を……」

 

誇芦と大ちゃんが不思議そうな表情を浮かべる。

 

「そりゃあ決まってるでしょ。この工具であのバカどもの頭をトンテンカン……いや、冗談ですよ?そんなに本気で怯えた顔しないで?」

「やりかねない……」

「お前は私のことなんだと思ってんのほころん。てかなに、大ちゃんも同じこと思ったわけ?」

「い、いや……その……あはは」

 

笑って誤魔化せると思うなよ。

 

「そ、それで、直すんですよね?家」

「直したいんだけどねぇ……あいにく材木そんなにないし、外は雨降ってるから木を切るわけにもいかないからなあ。多分家のあちこちがボロついてると思うし、そうなると修繕するには河童を頼らないと……」

「結構面倒くさいんですね……」

「妖精に壊されなきゃもうちっと楽だったよ」

「う………」

 

妖精に面倒ごと増やされるのは今に始まったことじゃないし……サニーたちにムカついて妖力弾をマイホームにぶん投げたのが始まりだった。

 

「じゃあ結局何しにきたのさ」

「椅子くらいは直せるかなーって」

 

500年も生きてりゃ多少DIYだってするし。

河童の方が絶対すごいけど。

 

「てわけでまあ、私これから椅子直すから好きにしといていいよ」

 

確か釘はこの辺に……あったあった。

釘を打とうとして自分の親指に思いっきりやって若干つぶれたのはいい思い出だ。痛みを感じない体でよかった。

 

「そういや私、この物置あんまり入ったことないな……何置いてあんの?」

「怪しい壺」

「は?」

「マジトーンやめて。特に大したもんはないよ、いつも適当に突っ込んでて私も何入ってるか覚えてないし」

 

普段使わない道具とかいらなくなったものとかを適当に物置に突っ込んでるからなあ……

 

「……あ、これ」

 

大ちゃんが何かを見つけたらしい。

 

「これってあの時のですよね、紅葉狩りの」

「あ、あー!あったねそれ!!」

「え、なにそれ、知らない」

「誇芦いなかったっけ、そういえば」

 

大ちゃんが引っ張り出してきたのは、いつぞやの紅葉狩りの時に撮ったみんなの写真。

私だけピースしてて浮いてるやつだ、懐かしい。

 

「ちょっと破れてますけど…」

「あー、多分一回家が壊された時あったでしょ?多分その時に破れたんだと思う、いやにしても懐かしいなあ」

「そうですね……ああいうことってなかなかしないから、結構新鮮で楽しかったです」

「またやれたらいいね、あんな感じで何人かで」

「はい」

「………」

 

なんか誇芦から視線を感じるんだけど。

 

「なんだよ、その目」

「いや別に」

「……あー、もしかして自分の知らない話されてて寂しいとか〜?おぐふうっ」

「違うし」

 

フッ……突進してきたってことはつまり図星ってことなんだろ?結構可愛いとこあんじゃあねえか……

 

「今度は誇芦ちゃんも誘ってもらいなよ」

「いやだから違うって………にやにやすんな!!」

「ぐふっ……なんで私だけ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「雨止んだー!!」

「「「やったー!!」」」

 

途端に扉を開け外へと駆け出す妖精ども。

もう一回降ればいいのに……都合よく晴れやがって。

 

「まあこれで静かになるか…」

「毛糸、なんか出せ」

「ならねえなあ……」

 

なんでお前はまだここにいるんだチルノ。

 

「出せって何を」

「おかし」

「都合よくないわそんなもん」

「あるでしょ、出せ」

「せびるな」

 

お菓子、なくはないけど渡すのも癪だ。

 

「だせー」

「ルーミアもいたんだ……」

「げ……」

 

ルーミアの姿を見て誇芦が嫌そうな顔になる。

誇芦はルーミアが苦手だ、理由は何回か食べられかけたことがあるから。

 

「せめて雨凌いだ礼くらいさあ」

「お菓子出せ、ありがと」

「せめて順番逆にしないか」

 

この自称最強妖精が自由すぎるんですが。

 

「饅頭だせー!」

「お前にやる菓子なんぞ——」

「はい饅頭」

「よっしゃー!!」

「ほころんさん!?」

「ほころんさんってなんだよ」

 

何勝手に饅頭渡してくれちゃってんの!?誰の許しがあってそんなことを………

 

「ほら大ちゃんも、これ持ってチルノとルーミア外に出して」

「あ、わかった。ありがとうございました毛糸さん、それでは」

「あ…うん……」

 

なんか饅頭ごっそり持ってかれたんだけど……

 

「何してんのお前マジで」

「あの妖怪怖い」

「だからって饅頭あんなに渡すことある?」

「だって怖いんだもん、本能が危険を感じ取ってる」

 

人喰い妖怪に過剰に恐怖する猪妖怪………

 

「ねえ、毛糸とあの二人ってどういう関係なの?」

「二人?大ちゃんとチルノ?」

「うん」

 

知らなかったんだ……というか、言ってなかったっけ?

 

「私の霊力はチルノのやつで、大ちゃんは私の名付け親」

「へぇ……!大ちゃんがつけたんだ名前」

「随分前の話だけどね。あの妖精ども結構しろまりって呼んでくるし……腹立つ」

「しろまりって名前つけたのは誰?」

「こいし」

「あぁ………」

 

そう考えると懐かしいなあ……もじゃ十二号。

 

「最近どう?寝れてる?一応距離離して寝てるけど……」

「んー?まあ……ほんとのこと言っちゃうと、最近あんまり眠れてない」

「……何か悩みでも?」

「あ、わかっちゃう?」

「結構長い間いっしょにいるし」

 

まあ確かにそうだ。

この姿になってから日が浅いってだけで、イノシシ自体とはかなりの付き合いだ。

 

「まあいろいろと……ね」

「……そっか」

「さてと、じゃあにとりんたちのところ行ってくるよ、るりでも持って帰ってくるかな。誇芦も来る?」

「いや、ここで待っとく」

「あいよー」

 

じゃあもうさっさと靴を履いて家を直してもら——

 

「あ゛あ゛あ゛小指う゛っ゛だぁ!!」

「あほ」

 

 



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教わって教えた毛玉

 

「珍しいわね、何の用かしら」

「それがですね……へへ」

 

幽香さんに会いに太陽の畑まで足を運んだ。

なかなかここまで来ないけど、今回はちゃんと目的があってここにやってきた。

 

「えーとですね……すっごいしょうもない頼みがあるんですがね?」

「私に頼みだなんて珍しいじゃない、いいわ、聞かせて」

「いや本当にしょうもないんですがね?」

「いいから」

 

言うのも憚れるくらいしょうもないんだけど……

 

「ビームの使い方…教えてほしいなーって……」

「………」

「あはは……はい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……要するにあれね?人間の子供二人が当然のように出してるのを見て、危機感を覚えたと」

「すっごい遠回しな言い方したのにすっごいわかりやすくまとめられた」

「子供っぽいとこあるのね」

 

ええそうですよ、子供っぽいですよ私は。

 

「とりあえずやって見なさい、どれだけ情けないのが出るのか」

「えっ……ここ室内だよ?」

「いいのよ、期待してないから」

 

泣きそう。

 

ええと、妖力をためて一点から放出……

 

「………」

「………」

「へにゃってるわね」

「へにゃってるね」

 

妖力ためすぎると妖力弾になってただの爆弾になっちゃうし、かといってそこそこにしたらあんまり威力でないし……

正直誰かにやり方教えてもらえないと一生できない気がする。

 

てか殴った方がコスパいいしい?

 

「一応聞くけど、あなた何年生きてるのかしら」

「大体500年っすね」

「才能ないわね」

「はい…」

 

そんな改まって言うことないじゃん……

 

「苦手苦手ってあんまり思ってると、出来るものも出来なくなるわよ」

「と言われましても……実際めっちゃ下手でしょ?」

「めっちゃ下手」

 

苦手意識が強すぎるのは確かにあるんだろうが……下手にも程があると思うんだ。

 

「幽香さんはいつもどんな風に?」

「まあ威力の弱いのなら手から雑に出したりするけど……」

「高いのは?」

「気合い入れてる」

「えーー」

 

そりゃねえぜ……なんの参考にもならん返答はやめてくださいな。

 

「じゃあ全力のやつ見せてよ、どんな風なのかさ」

「……わかったわ、外に出るわよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「結構離れたね」

「危ないから上に向けて撃つわ」

「うっす」

 

なんか軽い感じで頼んでしまったが、幽香さんの全力とかタダで済むはずがないのだ、とんでもないことを頼んでしまったかもしれない。

 

まいっか!

 

幽香さんが妖力を高め始めると同時に。地面から一輪の大きな……それはそれはとても大きな花が出てくる。

次第にそれは萎んでいき、まるで閉じた傘のような……持ち手のようなものすら表れ、それを握って天空へと先端を向けた幽香さん。

 

先端に妖力が集中し、大気が揺らぐような妖力の荒ぶり。

 

轟音を響かせながら、極太のレーザーが天空を昇って行った。

 

「………」

「とまあ、こんなものよ」

 

やっぱ幽香さんってやばいわ……

あそこまでの威力のものを私は見たことがない。

流石の私もあれをまともに受けたら文字通り消し炭になる自信がある、再生とかそう言う話ではないこれは。

 

「何かわかったかしら」

「………うん、なんとなく」

「あら、そう」

「あれでしょ、その花の傘みたいなの作ればいいんでしょ」

「あなた頭悪いのね」

「直球やめて」

 

花というか、妖力を突っ込む器みたいなのがあればいいはずなんだ。

 

えーと……確かこんな感じだったよな。

 

「むぅ………ん、出来た」

「そこまで出来るようになってたのね」

「まあ結構練習してたんでね」

 

見よう見まねでも案外すんなり行くものだ。

私の作った花の傘は……真っ白だけど。

 

「アホほど妖力を流し込んで、先端から一気に放つ……」

 

威力足りなくてもいやだから、幽香さんと同じくらいの妖力を……

……どんだけ妖力使ったんだこの人!?結構馬鹿にならない量使ってるよ!?

 

「ふんぬ……結構負荷すごい……これもう撃っていい?いいよね?」

「もうちょっと溜めてみなさい」

「ふんぎゅうう……」

 

お、重い……真上に花の傘向けてるからなおさら重い……

 

「いいわよ」

「発射ぁ!!」

 

妖力を放出したと同時にさらなる負荷が体にかかり、幽香さんと同じように轟音を轟かせながら、極太のレーザーが上に向かって放たれた。

 

妖力の放出が終わると、思わずその場に座り込んでしまう。

 

「……で、でた……」

「意外とすんなり行ったわね」

 

こ……これがかめ○め波……!

いや手から出してないけど。

 

「これが花の加護……」

「多分違う」

「出来た……ゴミでカスで塵芥で有象無象で学ぶと言うことを知らない低俗な生物の私でも出来た……」

「めっちゃ言うわね」

 

なんかあっさり出来すぎて、逆になんで今まで出来なかったんだ的な発想になる。

 

「心配ないと思うけれど、今のを無闇矢鱈に打たないこと。流石に威力が高すぎてとんでもないことになるわ」

「わかってますって……ところで、幽香さんのその傘の意味って?」

「気合い」

「あっ………さいですか」

 

気合い入るんだそれで………

 

「私もやる時はこの花出そうかな……って硬!?あ、開きはする……かった!?なにこの花!?」

「そこまで再現できたのね」

「なんすかこの花!?」

「日傘」

「あ、日傘なんだ。いやそうじゃなくって……」

「私たちの妖力で攻撃の衝撃に耐えるように創られた花よ、そのくらいの強度はあるわ」

「にしても硬すぎじゃあ……」

 

これで殴られたら痛そうだなあ……

硬い硬いと言っているが、それはあくまでも花にしては、と言う意味。多分私の妖力を流し込んだ氷の方が硬い……はず。

 

「なんか出し方のコツもわかった気になってるし、ありがとうね幽香さん」

「わかった気になってるだけなのね……まあ一度出せたらあとは簡単だと思うけど。……せっかくだし紅茶でも飲んでいく?」

「あ、いいの?それじゃありがたく」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「と、いうわけでな」

「どういうわけだよ」

 

あれ、私ちゃんと経緯話したよね。

 

「いやだからさ、この前『こんなのも出来ないのかよ!大したことねえな!!ゲハハハハハ!』って魔理沙馬鹿にしてきたじゃん」

「したけど私はそんな笑い方しねえよ」

「だから練習してきたってわけ」

「子供かよ」

「悪いかよ」

 

ミニ八卦炉とかいう超有能アイテムに頼ってるくせに調子乗ってんじゃねえぞガキ!ちょっと貸せよそれ!私も使ってみたい!

 

「じゃあ見せてみろよ、あの…ぷっ……ひ、ひょろひょろビーム?」

「ひょろひょろじゃねえしい?今の私はごんぶと破壊光線出せるし?」

「ほんとかぁ?」

「ほんとだしぃ?あまりにも強力すぎてここで撃ったらこの家吹き飛ばしちゃうくらいには強力だしぃ?」

「大層な自信なこって」

 

あのあとちゃんと練習してきたし、レーザーはちゃんと出せるようになったはずだ、多分きっと。

今まで散々できなかった分自信もそこまでないんだけど……まあ魔理沙相手にここまで言い切ったなら、ちゃんとやらなきゃなあ。

 

「あ、霖之助さんは元気?」

「気になるなら自分で会いに行きゃいいだろ?」

「顔見にいくためだけに会うような仲じゃないし」

「まあそれもそうか、元気だよ。お節介焼きだけどな」

 

そりゃあ人間一人魔法の森に置いてるんだから気になるでしょうよ、多少のお節介も当然だろう。

あの人結構心配性そうだし。

 

「てか、片付けなよ、家」

「勝手に動かすなよ、どこに何があるかこの状態で把握してんだから」

「いや別に何もしないけどさ……汚いと…あれだよ?嫁の貰い手とか……ね?」

「お節介」

「うるさいやい」

 

まあこんな俗世を離れた生活してる時点で、そんなことも考えてないんだろうなあ。考える年齢でもない、か?

 

「私はまだ魔法の研究で多忙なんだよ、あいつに置いてかれるのは癪だしな」

「霊夢すごいもんなあ、巫女さんも自分より全然才能あるって言ってたし」

「天才をこの努力の天才がいつか超えてやるぜ」

「その天才が努力した場合は?」

「もっと私が努力する」

「おう頑張れよ」

「おう頑張るぜ」

 

改めて部屋の周囲を観察する。

外から見ても分かるくらい家が改築されてたが、中は中でいろんなものが散乱していて見るに堪えない状態だ。

床に変なシミついてるし……

 

「ちゃんとしたご飯食べてるか?」

「ん?食べてるよ」

「1日3食?栄養偏ってない?運動は……してるか」

「なんだなんだ急に気持ち悪い」

「気持ち悪い言うな。私一応お前の親に面倒見るって約束してるからね?」

「そーいやそんなことも言ってたなあ……」

 

気が向いた時に霧雨さんには魔理沙の様子を報告しに行っている。

出て行ったとはいえ娘のことだ、元気にしているか気になるだろう。

 

「結構年も経ったよな、最初に出会ってから」

「まあそうだね、魔法の森で拾ってからね……たまには親父さんに顔見せに行ってあげなよ?」

「やだね」

「この親不孝者め」

「なんとでもいえ」

 

家族は大切するもんだよ、いや本当に。

 

「すっかり背も態度も大きくなっちゃってまあ……あの頃のちっさい魔理沙が懐かしいよ私は」

「昔の話はよしてくれよ……毛糸は昔っからなんにも変わんないよな」

「まあ妖怪だし」

「こうやって話してても、妖怪って感じあんまりしないけどなあ」

「大体みんなこんなもんだよ」

「流石にそりゃねえだろ」

 

まあ確かにみんな私みたいに頭がおかしいわけじゃないが……私からしたら妖怪だって人間味はある。

妖怪と人間にそこまでの差がないように思ってしまうのは、私が妖怪だからだろうか。

 

「案外話してみたらみんなフレンドリー、友好的だったりするよ」

「それはお前が妖怪だからじゃねえのー?」

「あぁ……それは、否めないが」

「……ま、アリスやお前、こーりんを見てたら、そうなのかもって思っちゃうけどな」

「……そっか」

 

人間に友好的な人外ばかり上げたなこいつ……あれ慧音さんは?

 

「あそうだ、お前、これまだ持ってるか?」

 

魔理沙が懐から何かを取り出す。

 

「ん?……あぁ、それね」

 

私も服の中を漁って、紐のついた木製の、魔理沙のと似た形のものを取り出す。

 

「ほれ、この通り」

「あ、ちゃんと持ってるのか」

「祭りに行った時に買ったんだっけ」

「そうそう、確か霊夢がな」

 

私と魔理沙と……巫女さんと、霊夢。

 

「こんなの欲しがるなんて、あいつも可愛いとこあるよなぁ」

「………お前も、まんざらじゃない顔してたの、私覚えてるけどね、マリちゃん?」

「ゔ……てかマリちゃん言うな!!」

「へいへい。……そろそろ見せようか、例のアレ」

「二度とマリちゃんって呼ぶんじゃねえぞ」

「わかったって………そんなに嫌だった?」

 

 

 

 

 

 

 

 

余波で家に何かあったら嫌なので、それなりに距離を置いて準備する。

 

妖力を操って地面から一輪の真っ白で大きな花を咲かせ、それを閉じて空へと向ける。

 

「よーく見てろよ」

「はいはい、わかってるって」

 

以前幽香さんの前でやったように妖力を込め始める。

流石に練習でアレと同じような威力を出すわけにもいかないから、アレよりは威力の低い練習ばかりだったが……それでも少なからず自信はついた。

 

もーちっと妖力いるかなぁ……

 

「お、おい……それ絶対こっちに向けるなよ」

「いや向けんわ」

 

生身の人間に放とうものなら、それこそチリ一つ残らないんじゃないか?

……なんかそう思うと怖くなってきたな、なんで私こんなとんでも光線出そうとしてんだろ。

 

「んっと……こんなもんか、3つ数えたら発射するぞ」

「お、おう」

「いーち」

 

撃った。

 

「2と3はぁ!!?」

「浜で死んだ」

 

もう何度目かの極太光線。

段々と細くなっていき、傘の先端から放たれる光が完全に収まると、私は肩の力を抜き傘を地面についた。

 

「はい、どうでしょう」

「すげぇ……」

「お?おう……ストレートな感想どうも?」

 

なんか想定してたより随分びっくりしてらっしゃる。

私はもう何回か見てるからあんまり驚かないんだけど、感覚の違いか。

 

「なんて言うんだ?それ」

「……え?なに名前?今のやつの?」

「ないのか?」

「そりゃあだって妖力集めてパーって出してるだけだし……」

「じゃあじゃあ!名前つけてもいいか?」

「え?あ……ま、まあ、どうぞ?」

 

別にこれ技名でもなんでもないんだけどなあ……だってただ妖力を力任せにぶっ放してるだけだし………

オリジナリティもへったくれもないからな、魔理沙が勝手に名前つけても問題ないだろう。

 

「うぅんそうだなぁ、何がいいかなあ」

「ハイパービームとかでええでしょ」

「は?舐めてんのか?」

「こっっわ」

 

そんな本気の目で見てくんなよ……およそ人間の少女がやっていい目じゃなかったって。

 

「マスター……マスタースパーク…なんてのはどうだ!?」

「………」

「なんだ、ダメか?」

「いや、うん、いいんじゃねえかな」

「よし決まりだな!」

 

まあ……ろくに名前つけられない私は何も言えんわ。

 

「さっそく練習してモノにしてやるぜ!」

「あ習得する気なんだぁ……まあ……うん、頑張れよ」

「おう!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ってことがあったんですよ、幽香さん」

「それじゃあ私が元祖ね」

「え?あ、はい。………え?」



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巫女と話す毛玉

 

「あがっ……」

「ちょこまか逃げやがって……」

 

一発殴りを入れて吹っ飛ばし、木へと衝突した吸血鬼に氷の剣を向ける。

 

「さてもう一回質問だ、人里に帰るのが遅れた老夫婦を殺したの、お前か」

「だ、だから……違うって言ってるでしょ……けほっ」

「………えっ本当に違うの?」

「そうだよ!!」

 

え…うそん……

吸血鬼見かけたからどうせ犯人こいつだろって思ってめっちゃ問答無用で攻撃しちゃってた……

大分妖気も出して威圧してたのに堂々と否定するって言うことは、そう言うことなんだろうが…

 

「私はっ、力も強くないから、他の吸血鬼たちが暴れてる間にこの森の中に隠れて、それからずっと大人しく生きてて……」

「じ、じゃあ食事は?どうしてんの?」

「近くに寄った人間の血をちょっとだけもらって」

「あっ……じゃあ、殺しては……」

「ない」

「あっ……」

 

めっちゃ慎ましく生きてる人だこの人……

 

「ごめん、ほんっとうにごめん。いやでもあの言い訳させて?私が見てきた吸血鬼ってほっとんど全員大体もれなくロクでもないやつらだったのよ、だからさ?その……早とちりしちゃって?」

「それは仕方がないけど……まあいいよ、見逃してくれるなら」

「そりゃあもう、殺す理由もないし……」

 

やべぇ……罪悪感がすごい……

 

「あの……散々なことしておいてこんなことも言うのもなんだけど……」

「今度は何!?」

「友達になれたり……」

「するわけないでしょバカなの!?」

「あはいそうですよねごめんなさい本当にごめんなさい二度と目の前に現れないと約束します申し訳ありませんでした」

「全く……こんな頭のおかしい奴がいるなんて…幻想郷怖いよ本当……」

 

思わず土下座をしてしまった……

フッ……見てるか藍さん、これが力だけ見たら大妖怪の姿ですぜ。我ながら情けない……

 

「………あ、一つだけいいかな」

「………」

「そ、そんなに睨まないで………人に敵対してる吸血鬼の生き残りとか知らない?もし知ってたらぶっ殺すから教えて欲しいんだけど」

「なんでそんな物騒なの……」

「どう?知らなかったら知らなかったでいいんだけど……」

 

同じ吸血鬼なら、まだこの幻想郷に潜んでるかもしれない奴のことを知っているかも。

 

「……一人だけ、心当たりがある」

「マジですか、教えて頂きたく思います」

「話し方気持ち悪いなあ…」

 

………いかん、怒るな私。

悪いのは全面的に私なのだから怒るな私。

 

「まあ、ここに来て一度顔を見ただけだけど……最近の話だから、多分まだ生きてると思う」

「どこにいる?」

「さあ……まああいつのことは私も気味悪いと思ってるから、消してくれるならちょうどいいけど」

「嫌ってんねえ」

「あんたと同じくらいね」

 

泣いていいかな。

 

「見た目の特徴とか……何話してたかとか」

「見た目……男なんだけど、確か片腕がなんかすっごい気持ち悪い感じになってて……」

「なんかすっごい気持ち悪い……」

「あと……」

「あと?」

 

 

 

「博麗の巫女を殺す………って」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「——い、おい」

「………あ?」

「あ?じゃねえよ……心ここに在らずって感じだったが」

「あぁごめん、大丈夫だよ、最近寝不足なだけだから」

「私が寝かしてやろうか、意識奪う方で」

「それ痛いやつ?」

「痛いやつ」

「全力で遠慮する」

 

痛みを伴う睡眠はそれ気絶って言うんですわ。

 

「毛玉も寝不足になるんだな」

「…まあね」

 

実際のところ、妖怪に睡眠なんてさほど需要じゃないが。そもそも夜の間が多くの妖怪にとっての活動時間だし。

 

「……体の調子は、どう?」

「ん?あぁ……まあガタは来はじめてるかなぁ……昔は元気いっぱいのやんちゃ小娘だったんだけどな」

「そっか……ねえ、そろそろ」

「そうだなぁ……もう引き継ぎの準備は出来てるんだ」

「だったらなんでまだ……」

「気掛かりは残して終わらないからな」

「それは……ったくさあ」

 

気持ちはわかる。

もう命の取り合いが普通な時代は自分で終わらせて、霊夢にはもっと自由に……とか思っているのだろう。

気持ちは十分理解できるし、私もそれを望んでいる。

 

「安心しろよ、吸血鬼の件を終わらせたら、あとはもう霊夢に全部押し付けるつもりだからさ」

「……なら、いいけど」

「紫が言うには、あと一人で終わりらしいし。そいつさっさと退治して、あとは隠居でもしてのんびり暮らすさ」

「……それなら、私も手伝うよ。なんかあったらやだし」

「悪いな、心配かけて」

「そう思うんなら………いや、やっぱやめとく」

心配されたることわかってるなら……と言おうとしたがやめた。そんなことは巫女さんとわかっているんだろう。

やりたいって思うことをやってくれればいい、私はそれに付き合うだけだ。

 

「もう雪の積もる季節か」

「……そんな時期か」

「年取ると一年が早くて仕方ねえ」

「私は……むしろ最近は遅く感じるかな」

「そうなのか?」

「巫女さんたちに生活合わせてるせいかもね」

 

人間と深く関わらなければ、一年は一瞬。

今は霊夢や魔理沙、巫女さんがいるから……結構、長く感じる。

 

「なあ、ずっと聞きそびれてたんだけど、その刀ってなんなんだ?」

「ん?言ったことなかったっけ?」

「ないない」

「マジでか」

 

鞘ごと刀を両手で持つ。

 

「これはじゃな、手にしたものの体を奪い、達人の剣術をその体で操るようになる、戦いの中で死んでいったとある妖怪狩りの持っていた妖刀なんじゃよ」

「すっげえ嘘臭え」

「嘘言ってねえし、全部本当のことだし」

 

でもさっきの言い方だとりんさんが持ってた頃から妖刀みたいになるか。正確には私が持つようになってから妖刀に成ったんだと思うけど。

 

「まあ、ただの刀じゃないってことはわかってたけどさ。……どういう経緯でそれを?話したくないなら別にいいが…」

「全然、話せるよ。まあ……言っちゃえば、その妖怪狩りと友達だったんだよね私。まだ生まれて十年とかだったかな、そのくらいのころ」

 

あんなに昔で、長い間一緒にいたわけでもないのに、未だ私の中に深く、深く突き刺さっている。

 

「人間のか」

「あったりまえでしょうが、妖怪の妖怪狩りなんていないでしょ」

「お前」

「…………でまあ、その人が死んだあと、刀をずっと持ってるうちになんかよくわからんけど妖刀になっちゃってたってわけ」

「おい」

 

知らない知らない私妖怪狩りじゃないもーん。

 

「そいつ、どんな奴だったんだ?」

「んー?まあ……結構キツイ人だったよ。すぐに刺すぞって脅してくるし、日常的に目をマジで潰してくるし……」

「友達なのか?それ」

「き、キツイところもあるけどいい人だったから……とにかく剣術がすごくってさ、過去にいろいろあったみたいだけど、私とも仲良くしてくれて……そうだな、巫女さんみたいな人だったよ」

「私?」

 

巫女さんが意外そうな表情を浮かべる。

 

「うん、別に顔が特別似てるってわけじゃないけどさ、言葉遣いとか、仕草とか……結構似てるんだよ?本名名乗らないところとか」

「ないだけだよ」

「あの人は忘れたって言ってたっけなあ……その場でりんって、名乗ってたんだけどね」

 

りんさん……忘れたとは言っていたが、もしかしたら本当は名前自体なかったのかも。

でも私がずっとりんさんと呼び続けていたから、あの人の名前はりん、ってことになっていたのだろうか。

 

「そうそう!そのりんさんがね、あとから紫さんから聞いた話なんだけど、もともとは博麗の巫女になる予定だったらしくって」

「は!?」

「紫さんが探すのサボってた間に、なんか妖怪狩りになっちゃってたみたい」

「んな……紫ならやりそうだ」

 

やりそうなんだ……紫さん、もうちょっと評価上げる努力しようぜ。

 

「そのりんっての、強かったのか」

「そりゃあもうべらぼうに。まあ戦いばっかで体が傷ついて、全盛期の力はとても出せなかったみたいだけどさ」

「今の私みたいだな」

「あー………まあその人は死期を悟ったかなんかで、めっちゃ強い妖怪に喧嘩売ってさ、いろいろあったけど、死んじゃったよ」

 

あの日のことは、まだ鮮明に覚えている。

忘れるはずもない。

 

「落ち込んだ?」

「そりゃあ、もう。落ち込みすぎてめちゃくちゃ友達に気を遣われたよ。あの人、私のこと気絶させて勝手に戦いに行きやがったんだよ、信じられる?まあそのあとなんとか追いついて………看取れは、したけどさ」

「………そうか」

 

あんまりにも急で……死に水も取れなかった。

 

「……なんか暗い話になってんね」

「私はお前の貴重な一面知れて結構楽しかったけど?」

「えぇー」

 

………そういえば、りんさんの話をここまで詳しくしたことはあんまりない……というか、一度もなかったかもしれない。

やっぱり私が巫女さんをあの人と重ねてるから……

 

「私とそいつ、そんなに似てるのか」

「………うん。まあかなり昔の友達だから、実はそんなに似てないのかも知れないけど……でも、雰囲気はなんとなく似てるよ」

「するとあれかい?私にそいつの面影ってやつ感じちゃってたりしてるのか?」

「………しちゃってるかもね」

 

りんさんがまだもう少しだけ穏やかに生きていられれば、こんな風だったのかなって、思うこともある。

 

「まああの人はもっと暴力的だったけどね、あれに比べりゃ巫女さんなんて可愛いもんだよ」

「まあ私は優しいからな」

「…ウン、ソウダネ」

「どうして話し方が変になる」

 

優しいけど、自分で言うなってこと。

 

「………霊夢とも、仲良くしてやってくれ」

「霊夢?まあそりゃあ……ここに来たら結構霊夢とも話してるし、少なくとも他人じゃないよ?」

 

魔理沙の時も思ったが……二人とも大きくなったもんだ。

立派になったって言うのかな、出会った頃はまだまだちっさい子供だったってのに、気づいたら生意気な口が聞けるくらい大きくなりやがって。

 

「あいつ、私と魔理沙とお前しかいないからさ。紫は胡散臭いし……ずっと仲良くしてやって欲しいんだよ」

「そうだね」

 

あの日紫さんが言った言葉が脳裏をよぎる。

 

「もう帰るよ」

 

考えるのは、よそう。

 

「吸血鬼の件だけど……」

「わかってるって、行く時はお前も、一緒だろ?」

「なら、いいんだけどさ」

 

狙いは巫女さんらしいってこと、伝えておいた。

でも一切動じず、そうか、とだけ言った。

少々肝が座りすぎてて、心配になる。博麗の巫女なら恨まれたりしてても当然なのかも知れないが……

 

「私のこと守ってくれんだろう?」

「……それ、覚えてたの」

「期待してるぞー」

「その顔やめい、ニヤつくな」

 

でも……そうだな。

霊夢には約束したし、な。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「毛糸のこと、結構好きよね」

 

あいつが帰ったあと、霊夢が唐突にそう言った。

 

「なんだよ急に」

「仲良いなあって」

「そんなに仲良く見えるか?」

「見えるわよ」

 

そうか……そう見えるのか。

 

「毛糸といる時が一番楽しそうよ?」

「そうかもな」

 

あいつが気にしてるのは、私か、霊夢か。

……どっちもかな。

 

「今まで友達ってもん、いなかったからなあ」

「初めての友達?」

「お前にとっての魔理沙みたいなもんだよ、大切にしろよ?人間であそこまで博麗の巫女と関わるやつは珍しい」

「妖怪の方が珍しいでしょ」

「違いない」

 

あぁ、そうだ。

紫の差し金だとしても、あいつは私に付き合ってくれている。

 

「大事にしろよ」

「魔理沙のこと?いやでもあいつは——」

 

魔理沙のことを語り出す霊夢。

口でこそ馬鹿にしたりしているが、かけがえのない友なのは普段見ている私がよく知っている。

 

羨ましい。

 

思わずそう思ってしまった。

自分の血生臭い過去を思い出す。

 

目の前で広がる、人と同じ形をした化け物たちの死骸。

私の時代はどうやらまだマシな方で、昔はもっと大変だったらしい。

 

それでも、師と呼べるものも、家族も、友もいなかったあのころの自分と、今の霊夢を比べてしまう。

 

自分もこんなふうに生きていられればどれほど………

 

いや、感謝するべきだろう。

そんな私が、今は霊夢がいて、あいつがいる。

 

だからこそ、私で終わりにして霊夢には……

 

「なあ、霊夢。お前は毛糸のこと好きか?」

「毛糸?まあ……嫌いじゃないわよ?」

「なるほど、結構好きと」

「いつそんなこと言った」

「お前素直じゃないから」

 

本人たちに自覚はあまりないみたいだが、霊夢と毛糸は繋がっている。

 

「毛糸のこともな、大切にしろよ」

「さっきから何?」

「お前素直じゃないからな、気をつけないとどんどん人が離れていって、ひとりぼっちになっちまうかもだから」

「余計なお世話よ」

 

確かに、余計なお世話だったかもな。

霊夢は賢い、その辺も要領よくやることだろう。

 

「………私がちゃんと、面倒見てやりゃいい話か」

 

そうすれば、心配事なんて………



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「………」

「……なんか最近様子変だけど」

「………え?」

「ほら変」

 

誇芦に話しかけられたが、反応が遅れる。

 

「あぁ、寝不足なだけだから、心配すんなって」

「なんで寝不足なの、私のせいとか言うなよ」

「む………」

 

寝不足なのは事実だけど、それ自体はあまり問題じゃない。

というよりは………

 

「どーせ言いたくないんでしょ、そういう奴だから」

「………ごめん」

「別に謝んなくていいけどさ」

 

心配かけてるのはわかってるし、思い悩まずにさっさと行動した方がいいのはわかっている。

それでも、あの日の記憶が、迷いを生んでくる。

否、迷いですらない、ただ……怯えているだけだ。

 

「何してるのか知らないけどさ、変に落ち込んで帰ってこられるの嫌だよ私は」

「うん……そうだね、わかってるよ」

「……それなら、いつもみたいに間抜けなツラすればいいのに」

「今もしてるでしょ、間抜けな顔」

 

何か言いたげな表情を浮かべたが、ため息をついて部屋の奥へと行った誇芦。

 

「もういいけどさ………今から出かけるんでしょ」

「うん、行ってくる」

「………行ってらっしゃい」

 

どこか不満そうな顔をされたが、ついさっき諦めたようにため息をつかれたばかりだし、聞いても適当にあしらわれるだろう。

それよりも今は………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お、来たか」

「色々準備しててさ」

「こっちもだ。まあ霊夢が私も行きたい行きたいって言うもんだからよ………」

「来ても楽しいものが見られるわけでもないのに」

「さてなあ……子供は何考えてるのかよくわからんよ」

 

まあ自分だけ置いてかれるのが嫌だとかそんなんだと思うけど……

 

「駄目だって言っても聞かないもんだから、私に本気で一本取れたら認めてやるって言ってやったよ」

「結果は?」

「結構危なかったな」

「流石天才児」

「全くだよ……あれなら心置きなく後釜にすえられるな」

 

実践が少ないのが心残りだが、と付け加える巫女さん。

 

「それで負けたら、大人しく神社の中で待ってるってよ」

「素直だねぇ」

「まあ……汚いもんをあまり見せたくはないしな」

「……もうすぐ日が落ちる、出ようか」

「あぁ、気合い入れなきゃな」

 

巫女さんが狙いの吸血鬼。

あの吸血鬼の言っていた言葉を信じるならば、夜中に巫女さんが出歩いていれば間違いなく釣られて出てくるはず。

 

まだ力を蓄えているとしても、こちらから探して先に潰せるならそれに越したことはない。

どちらにせよ、被害が出る前にさっさと押さえておきたい。

 

「守ってくれるんだろ?期待してるぞ」

「ぅん……私結構真面目にやってるんだけどなあr

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そういやその腕のこと聞いてなかったな」

「はん?今の状況わかってる?いつ敵が襲ってくるかわからない状況で……」

「索敵ならちゃんとしてるって、話してくれよ」

「なんでまた……はぁ」

 

わざわざ満月の日を狙って外に出てきているんだ、出てくる確率の方が高いだろうに……

木にもたれかかる巫女さんと向き合うように立つ。

 

「……もう百年近く前になるのかな。幻想郷が完全に結界で閉ざされたばかりの頃、妖怪たちの大きな暴動があったんだよ」

「あぁ、あったらしいな、そんなこと」

「そんでもって、私はまあ、その暴動を治める側だったんだけどさ、敵が私の友達傷つけてさ、ブチギレてたらそこにつけ込まれて呪いを…ね」

「呪いなのかそれ」

「うん。と言ってももう結構前だから、多分呪いも弱まってるとは思うんだけど……なんだかんだ言ってこの腕も気に入ってるからさ」

 

今となってはいい思い出……でもないか。

感情的になってロクなことないな、本当に。

 

「そういや私、お前の友達って奴誰も知らないな」

「知らないところで会ってるかもよ?挙げ出したら結構いるし」

「例えば?」

「例えばぁ?うーん……」

 

会ったことありそうな人挙げたほうがいいだろうか。

 

「まず紫さんの式神の藍さんでしょ」

「あぁ、あの狐の。何度か見たことある」

「あとは人里の慧音さんとアリスさん」

「寺子屋と……たまに見る魔法使いか」

「そう、見たことあるんだね」

 

アリスさんもそこそこの頻度で人里に行ってるみたいだし、見たことあっても何ら不思議じゃないか。

 

「他だと……霧の湖の近くによくいる妖精と妖怪数人と、妖怪の山に5人くらいかな」

「山多いな」

「確かにね」

 

他にもいろんな人いるけど……会ったことはないだろうなあ。

 

「まあ万一会ったことあったとしても、避けられてるか」

「あー……間違いないね」

「やっぱりお前がおかしいんだろうなあ」

「それなら巫女さんもおかしいと思うんだけど」

「間違いないな、おかしい奴同士、会うのは必然だったのかもな」

「実際引き合わせたの紫さんだし」

「そういえばそうだった」

 

元々私は霊夢に能力を渡す?みたいなのが目的だったわけで……あれ、なんで私巫女さんと一緒にいるんだっけ。

 

「あいつ、ちゃんと妖怪と戦えるのかね」

「あいつって霊夢?そりゃあ戦う才能あるし、頭もいいからその辺は問題ないんじゃ」

「そうじゃなくって」

 

食い気味に言葉を挟んでくる巫女さん。

 

「妖怪どもを完膚なきまでに叩きのめすことができるのかって、そういう話だ」

「………あー」

「あいつが一番多く見てる妖怪、お前だからな」

 

そういう意味での戦えるか、か。

 

「妖怪はあのもじゃもじゃみたいな奴ばかりじゃないし、むしろ違う奴の方が多いとは何度も言い聞かせてきたけど……変に説得とか、情けをかけたりしないかって」

 

ちゃんと妖怪の敵対者であれるかってことか。

 

「そういうのが許されるような決まりを霊夢や紫さんは……」

「あぁ、だけどこっちが友好的でも妖怪が同じ様にしてくれる保証なんてない」

「それは……」

「常に冷徹であれってわけじゃない。ただ、割り切るべき時に割り切れるのかって、そういう話だ。あいつ冷たい風に装ってるけど、根は優しいところあるからな……」

 

人間と妖怪の共存、それには中立に近い立場である博麗の巫女の存在が必要。

そうか、霊夢に妖怪への親近感のようなものを抱かせるために私は……紫さんが私にそうしろと言ったのは、そういうことなんだろう。

 

敵対心を抱かせるのに便利なものは……

 

「憎しみ……か」

「どうした急に」

「いや別に」

 

りんさんがそうだった。

小さい頃に妖怪への憎しみを植え付けられ、気づけば妖怪狩り。自分はそこまで妖怪を憎んでいないと自覚した頃にはもう戻れなくなっていて。

 

「どうしたもんかなぁ……って」

「……あのね巫女さん。そのこと、なんだけどさ」

「ん?………話は後だ」

 

伝えたいことがある。

それなのにタイミングは悪いもので。

 

「来やがったな……私が狙いってのは本当らしい」

 

私は何も感じないというのに、巫女さんははっきりと気配を感じ取っているらしい、流石だ。

 

「いるのはわかってる。隠れてないで顔くらい見せてみたらどうだ」

 

巫女さんがそういうと、彼女の背後の方の木から人影が出てきた。

 

「やれやれ、流石に凄いなあ、博麗の巫女は——」

 

言われた通り、顔を出した奴の顔面に向けて右腕で全力のパンチを叩き込んだ。

 

「感触……腕か」

 

顔を出した瞬間に全速力で駆けてぶん殴ったというに、反応されて腕で防御された。

 

「ってて……顔出せって言って殴るのは酷いだろ」

「これから退治するって相手にまともに会話するわけないだろう。言われた通り律儀に顔を出したお前が間抜けだっただけだ」

 

木をへし折りながら吹っ飛んだはずの奴は、痛いと言いながらも平気そうな顔でそこに立っている。

 

「…なるほど、片腕が気持ち悪い、か」

 

言ってた通りだ、気持ち悪い。

まるで切断されたのをくっつけたかのように腕の肉が変わっていて、肘の辺りから先が、まるで骨格が歪んで肉と皮を乱雑に貼り付けたような……

 

「そう、この右腕、気持ち悪いだろ?お前に吹き飛ばされたんだよ、博麗の巫女」

「はあ?お前みたいな有象無象の腕なんて覚えてない」

「だろうなあ……あの時、お前は右腕が吹っ飛んで逃げていく俺を見逃したんだもんなあ」

 

何してんだよこの人……

 

「よく野垂れ死ななかったな」

 

まあ確かに片腕飛べば適当な妖怪に襲われて死にそうだと考えるのはわからんでもないが……相手吸血鬼なんだからしっかりとどめを……

いや、私も似たようなことしてた気がしないでもないが。

 

「舐め腐りやがって……なあ、この腕はな、お前への憎しみでこうなったんだよ」

「知るか」

「………」

 

憎しみでの変異……

いつかの私を思い出すな……私も感情が暴走して呪いで危ない目に……

 

「お前が憎しみ抱こうがなんだろうが、私にとっちゃどうでもいいことなんだよ。さっさとくたばっとけ」

 

そう言って乱雑にお札を投げつけた巫女さん、拡散したお札が敵へと群がっていく。

 

「まあ聞けよ」

 

右腕の肉がまるで盛り上がるように形を変えて、肉壁となってお札を全て防いだ。

きもちわるぅ……流石の私でもあんなのはしないわ……

 

「人間風情が吸血鬼を侮りやがって……お前を殺したくて殺したくてしょうがねえんだ」

 

しかもこいつ私のこと眼中にないし……

 

「そのためにここに来たんだよ、博麗の巫女」

「……それで話は終わりか?ならさっさと終わらせたいから始めるぞ」

「どこまでも……殺してやる」

 

殺意。

憎悪や怒りを入り混じった、そんじょそこらの憎しみじゃ出せないような真っ黒な殺意。

 

「私前に出るから、巫女さん後ろで」

「そう不安がるなって……まあわかったけど」

「で、誰だお前は?」

「答える義理はない」

 

氷の弾をいくつか発射して、氷の蛇腹剣を作り出す。

 

「そんな氷で……あ?」

 

さっきと同じように右腕の肉を広げて防御したところを、蛇腹剣を伸ばして斬りつけて切断しようとする。

 

「チッ……思ったより硬いな」

「痛いじゃねえか、抉ってくれやがって」

 

切断する気で斬ったのに、結果は肉を血を撒き散らせながら抉っただけだ。腐っても吸血鬼、そんなんじゃ斬れないってことか。

 

「そうか、その頭。お前があの生意気なスカーレットの娘を黙らせたっていう……」

 

頭は広まってるみたいで……

 

「どちらにせよ、その人間殺すの邪魔するってんならお前も殺すだけだ」

「やってみろ」

 

両手に蛇腹剣を持って、周囲の木々を薙ぎ倒しながら無茶苦茶に振り回しまくる。不規則な動きの剣が2本飛び交っていて予測はできない…はずだったんだけど、剣ごと肉に飲み込まれてしまう。

 

「食われんのかよっ」

 

私の剣が飲み込まれたのを確認した瞬間に後ろにいた巫女さんがお札と弾幕を展開する。

きっちり妖怪を祓う力が込められた弾幕だが、そもそも敵は肉の塊を操ってくる、痛がってこそいるがそこまでだろうし、あまり意味はないか。

 

「よく肉生えるな……」

 

自由自在に動く、凝り固まったような見た目をした右腕、頑丈な肉壁ってだけで全部厄介だ。

 

そう思っているうちに奴の右腕が激しく動き出し、肉の触手のようなものがとんでもない速度でこちらへ飛んできた。

 

「なっ」

 

本数も多く早い、剣を捨てて両腕に妖力を纏わせて防御する。

巫女さんもお祓い棒だけじゃなくて体全体で受け流してるみたいだが……何かおかしい。

 

あれだけの強度があると言うのに防ぐのは至って簡単、まるで攻撃する気がないような……

攻撃ではなく、触れることが目的、そうとすら思えてくるほど、簡単に攻撃を受け流せる。

 

一瞬だけ凛を抜いて肉の触手を全部叩き切る。

何か狙いがあるはずだ、もしそうならさっさと終わらせないと不味い状況になるかもしれない。

 

「もう丸ごと消し飛ばす、この辺焦土になるかもだけどこの方が手っ取り早い」

 

地面に妖力を流し込んで花の傘を作り出し、手で持って先を妖怪に向けて妖力を込め始める。

 

「ごめん、どうにかあいつの動き止めて」

「そういうのは得意だ」

 

そう言ってお札を何枚か取り出し、敵の周囲を囲むように投げた巫女さん。

 

「結界は十八番だよ」

 

光の膜のようなものが敵の吸血鬼の周りを囲んだ。

 

「丸ごと吹き飛ばす気かあ?怖いねえ」

 

妖力がどんどん傘の先端へと集まっていく。

腕で防御されるならまとめて消し炭にする、やりきれなかったとしてもダメージは与えられるから、撃った後に始末する。

今は確実に当たること優先。

 

「消え失せ——っ!?」

 

妖力が溜まりきって、レーザーを放とうとした瞬間、左腕に激痛が走った。

義手で痛覚がないはずの、左腕が。

思わず傘を手放してしまう。

 

「あがっ……ぐうっ…」

「どうした毛糸……っ」

 

巫女さんの様子もおかしい。

本来痛みは遮断するはずのこの体がここまでの痛みを感じる、それもあるはずもない左腕から。

 

途端に想起される私の体に未だ残り続けているもの。

 

地底の時に喰らったあれ……

 

この痛みは間違いなく………

 

 

 

呪いだ

 



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悲壮

 

「あぁ?お前も手負いだったか」

 

うずくまっている私を見下すかのようにして、そう呟く奴。

傷は負っていない、というかそもそも左腕は義手だ、壊れこそすれど怪我なんてしようがない。

まだ義手の付け根の肉体の部分が痛むというのならわかるが、痛みを感じているのはあるはずのない左腕。

 

義手ではない、それだけははっきりわかる。

 

幻肢痛……じゃあないな、今までそんなものを感じたことがない。

 

となれば、奴のなんらかの能力と考えるのが自然、考えられるものとしては……

傷の再発……いや、というよりは——

 

「悪化か」

 

立ち上がった巫女さんがそう呟く。

 

「おぉ、解るのか、流石は博麗の巫女だな」

「発動条件は……その腕に触れること」

 

指で吸血鬼の右腕を指す巫女さん。

 

「察しがいいな」

 

やはり、あの触れることだけを目的としたような攻撃はこれをするために………

 

「お前に右腕を吹き飛ばされた後、お前を殺すことばかり考えてたらなあ?いつのまにかこんな力が手に入っててよ」

「で、悪化させる能力か。古傷ばっかり痛むと思ったらそんなことか……面倒くさい」

 

あるはずのない左腕がずっと激痛に襲われている。

 

「ダメもとでそのもじゃもじゃにもやってみたが……存外、そいつが一番効いてるみたいだなあ?」

 

あの攻撃を氷なりで防いでいれば……いや、そもそも最初の攻撃を右腕で受け止められていた時点でこうなるのは確定していたか。

 

「……大丈夫か」

「右腕はちゃんと動く、左腕のこれも死ぬようなもんじゃない。痛みは辛いけどどこかの誰かさんに棒で叩かれてたせいで多少は耐性ついた」

「無理するなよ」

「そっちこそ」

 

はっきり言えば強がりだ、お互いに。

今すぐに大声で叫びたいくらい左腕が痛む、気合いで抑えているだけだ、ジンジン痛んできて……悪化するって言うくらいだ、今より悪くなることだって十分に考えられる。

 

それに巫女さんは……平気そうに装ってはいるが、汗が体を伝っていて、道具も痛みを堪えるかのように強く手で握っている。

 

「私が前」

「はあ?お前その傷……は負ってないが」

「治るから、いいんだよ」

「………危なくなったら下がれよ」

 

苦しんでいる私たちの様子を見て愉快そうな顔をしている奴を見て、憎悪が湧き上がってくる。

 

「っ……」

 

あぁ、そうだった。

この呪いはそういう感情を餌にして強くなる、落ち着かないと。

 

右腕で左腕の服の袖を引きちぎって、丸めて口の中に突っ込んで噛み締める。

痛みは堪える、幸い左腕は動かないわけじゃない、いや痛いが。

痛みで動かないのなら、全部委ねるしかない。

 

頼むよ……りんさん。

 

右腕で刀を引き抜き、左腕を動かして両手で構えを取り、激痛に耐えながら体の主導権を譲る。

 

「その刀……」

「ん」

「……わかった」

 

口に布を突っ込んでるせいで会話はできない、というかそうでもしないと今にも叫び出してしまいそうだ。

 

でも、遠慮はしなくていいよ。

 

私の体をどんな風にしてもいい、この人を守ってくれ。

 

「……来るか」

 

動いた痛みがやってくるより早く、敵へと斬り込む。

即座に反応されて形を変えた右腕で防御されるが、そのまま力を込めて刀を振り切り切断する。

 

「——っ!」

 

痛みで声が滲み出る。

今まで怪我をしても痛みを全部無視してきたが、その清算とも思えるような痛みが脳へと伝わる。

 

「随分辛そうな顔してるじゃねえ——の!!」

 

腕を切断されたが何事もなかったかのように戻っている吸血鬼に巫女さんの弾幕が飛んでいく。

奴も腕を上がった時痛がっていたはずだが……痛覚を遮断したか、あの痛がっていた様子は嘘なのか。

はたまた痛みに耐性があるのか……どうだっていいことなのに、自分が激痛を感じているせいでどうにも気になってしまう。

 

そんな思考とは関係なしに体は動く、動いてくれる。

 

「なんだお前どんだけ動けるんだよ!」

 

何も考えていない、痛みで思考が鈍る。

時々関節が無理な方向に曲がったりしているが、呪いのせいかその分の痛みも伝わってくる。

 

痛いが動く。

奴の伸ばした肉の触手、それに触れればまたこの呪いが悪化するかもしれない、というか段々酷くなっている気がする。

巫女さんに触れさせるわけもいかない、片っ端から切り落とし、ただひたすら肉薄し続ける。

 

だか仕留めきれない。

こいつ本当に巫女さんに腕を吹っ飛ばされたのか?凛での攻撃が上手いこと流されたり避けられたりしてほとんど当たっていない。

こちらが相手の攻撃に当たらないように、全て捌いて立ち回っているのもあるだろうが……

憎しみでここまでの動きを……いや、他の妖怪や人間でも喰って力をつけたか。

 

「ぐうぅっ」

「苦しそうな顔でえげつない攻撃してきやがって……」

 

意識を手放せばどれほど楽だろうな、だがそんな選択肢は存在しない。

言ってしまえば相性が最悪だ、古傷が多い巫女さんや呪いを抱えた私。何故こうもちょうどよくこんな奴が来てしまうのだろうか。

 

せめて霊夢がいたなら……

 

「……随分と必死そうじゃねえか、なあ?」

 

私と遠くからの巫女さんの攻撃をいなし続けて、吸血鬼がそう呟く。

 

「そこまで必死になるってことは……お前、相当俺のことをあいつに近づけたくないらしいな?」

 

 

悪寒

 

 

「おぉ!?」

 

私の考えに呼応するかのように凛の動きが加速する。

 

「図星か」

 

嫌な予感しかしない。

正気を失いそうなほどの痛みが襲う中、胸騒ぎだけは止まらずに、むしろどんどん大きくなり続けている。

 

「ギィッ!」

 

奴の喉元を目指して切り込んでいるはずなのに、肉の触手が邪魔で近づくことができない。

 

目まぐるしく変わる景色の中、何かが蠢くのが見えた。

 

すぐさまそれが見えた方向へ飛んで、木々の中に紛れていた巫女さんへと伸びていく触手を切り刻む。

巫女さんへと到達する前になんとか斬ることができたが、無理に動いたせいで激痛も走るし体勢も崩れてしまった。

 

こいつ、この状況で巫女さんを狙って……

 

「隙あり」

 

直接胴体に攻撃を受けるのを避けようとして、咄嗟に手足で防御した。

 

四肢に触手が捩じ込まれ、痛みを感じるよりも早く内側から裂くように右腕と両足を切断される。

拍子に口から布が出ていく。

 

「——があああっ!!」

「毛糸っ!」

 

痛い、痛いがこの程度すぐに生えて……

 

「……は」

 

治らない。

というよりは治りが極端に遅くなっている、治したところから抉れていって……治る感覚と悪化する感覚が両方襲ってくる。

だが治さなければ死ぬ。

 

「さっさと死ね、死に損ない」

「やらせねえよ」

 

私に右腕の触手を振り下ろそうとした吸血鬼との間に、凄まじい速度で巫女さんが割り込んでくる。

 

「巫女さっ…わたっ、あぐぅっ」

 

痛くて痛くて、ちゃんと喋れない。

 

「あいつも相当妖力失ってる、ありがとな。休んでてくれ」

「………っ!」

 

ダメだ。

優しい表情で語りかけてくれるが、その目は……まるであの時の……

 

「まっ……」

 

あの人だって辛いはずなんだ。

それなのに、私がこうなってしまったからあの人は……

 

身の回りに結界を張って直接触れられるのを阻害しながら、弾幕を貼りつつ霊力を練り始める巫女さん。

 

私も何かしないと……

そうは思っても、身体の傷を維持するのに妖力を使い続けているし、痛みでうまくコントロールできない。

 

何もできない、残っている左腕も刀が手から離れて、動かせば呪いで悶絶してしまうほどの痛みが襲う義手。

そもそもそれ以前に千切れてしまった手足が痛くてたまらない。

 

何もできない。

 

「くっ…」

 

全身に痛みが走っているなら動きも鈍る。

動きが鈍れば自然と受けに回ってしまう。

受けに回ってしまえばもう攻めに転じるのは難しい。

 

段々と結界に綻びが生じていく。

 

「そんなにそいつが大事か、妖怪が!」

 

いや……単に私を庇うように戦っているからかもしれない。

私が枷になっている、私のせいだ。

 

「ならもう——」

 

吸血鬼がこちらを向く。

 

「爆ぜろ!」

 

巨大な妖力弾。

今の私が喰らえばひとたまりもないだろう、最悪、死ぬ。

 

「この——」

 

あぁ、そうだろう。

巫女さんは私を守る結界を張るためにこっちに近づく。

投げられた複数枚ののお札が私の前で形をつくり、結界が張られる。

 

だが、吸血鬼は巫女さんをずっと見ている。

巫女さんが私を守るためにこちらを見ている間も、ずっと。

 

私のことはいい、気づいてくれ。

奴を見てくれ、じゃないと……

 

 

結界と妖力弾がぶつかり合い、激しい音と光り私の目の前で発せられる。

 

そんな中でも見えた、目が離せなかった。

吸血鬼が伸ばした触手が巫女さんを捉える。

 

こうやって守られていて、手も足も出せなくて、見ているだけしかできない私を守って無防備な巫女さんを、触手が貫こうと。

 

焦燥

 

何もできない私は、ただ掠れた声を出すことしかできなくって

目の前の光景を否定したい一心で

 

「やめ——」

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ははっ」

 

奴の笑い声が静かに響く。

 

「まさか博麗の巫女が妖怪を庇うなんて、なあ?」

 

巫女さんの体を数本の触手が貫いている。

 

「どうしようが私の勝手だろ」

「そりゃそうだが……お前、もう放っておいても死ぬぞ」

 

血が滴る。

開いた傷口がじわじわと広がっていく。

 

「どうせ死ぬなら…お前を殺してから死んでやるよ」

「そのなりでよく言えたもんだなあ?」

 

右腕は再生が遅い、左腕で拾え。

 

「勘違いしてるようだから、一つ教えておいてやる」

「あぁ?」

 

ただでさえ意識が飛びそうなくらい痛いのに、さらにそこに左腕を動かした激痛が走る。

それでも、刀を拾って、霊力を流して浮かして、巫女さんの方へと投げる。

 

「私たちはまだ死んでない」

 

それを受け取った巫女さんがが素早く刀を振るって、自分を貫いている触手を素早く切り裂いた。

 

「っ!?こいつ——」

 

間髪入れずに首に刃を向ける。

 

痛いはずなのに、あの人だって叫び出したいだろうに。

ボロボロになりながらも刀を振るう姿は、私の目にはまるで……

 

「ま——」

 

その刃は月光に鈍く照らされて。

奴の首を切り飛ばした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………あ゛あ゛ぁ゛」

 

変な声を出しながら巫女さんが倒れた。

同時に体から痛みが引いていく、まだ痛みは辛いが脚はすぐに生やした。

 

「巫女さんっ!」

 

首と胴体が離れてしまった奴の体に、念のため氷の杭を何本も打ち込んでから駆け寄る。

 

「叫ぶなうるさい……」

「叫ぶわっ!体に穴空いて……」

「急所は避けた、喚くな…」

 

確かに急所は見事に避けられているが……

 

「そうだ止血、止血を」

「霊力で止めてる」

「なんでそんなに落ち着いてんの!?」

「慌ててもしょうがないからだろ……あとこれ返す」

 

再生し終えた右腕で刀を受け取る。

 

「歩けそうにない、肩貸してくれないか」

「神社に戻るんだったら私が浮かせば……その方が早いし」

「肩、貸してくれ」

「………わかった」

 

言われた通りに巫女さんを起き上がらせて肩を貸す。

 

「悪い、身長のこと考えてなかった」

「………」

 

からかうように言ったのかもしれないが、到底そんな気分にはなれない。

 

「……そんな顔するな、すぐに死ぬわけじゃない」

「すぐにって……」

「話がしたいんだよ」

 

博麗神社の方へと歩みを進めながら、巫女さんの言葉に耳を貸す。

 

「色々あったな」

「なんだよその入り方……」

「何気ない日常だったんだ、ずっと。依頼を待って妖怪を退治して……」

「………」

「このまま適当に死んでいくのかなあって思ってた。けどな…霊夢が来て、お前が来て……変わったんだよ、色々」

「その最期の言葉みたいなのやめろって!」

「分かるだろ?」

「っ………」

 

もう長くない、そう言っているんだろう。

分かる、分かるさそのくらい、けどさ……

 

「楽しかったんだよ、この日々が」

「……私もだよ」

 

霊夢や魔理沙、もちろん巫女さんも。

久しぶりに人間と深く関わって……長らく忘れていた人の時間の感覚を、私に思い出させてくれた。

 

「見たかったんだよ、あいつがお前含めて、お前みたいな奴らと笑ってるところ。あいつの作ってく幻想郷を」

「……そうだね」

「でもそれも、叶いそうにない」

 

なんで。

なんでそうもきっぱりと言えるのだろうか。

 

「今更だけどな……こうなるなら、お前と酒の一杯でも酌み交わせばよかったと後悔してる」

「……私酒呑めない」

「………」

「けど、酌をするくらいならしてあげれるよ」

「……なら、帰ったら頼もうかね」

「……いやでも安静にしなよ」

 

私だって後悔してる。

もっと自分のことを伝えればよかった、時間はあったんだ、もっと色んなことをして……色んなことを話して……

 

「無事で……よかった」

「……なんにも良くない」

「どうせそんなに長生きできない私より、お前みたいなのがいた方が…」

「それ以上言ったら無理やり黙らす!」

「……悪い」

 

なんで私なんか。

そんなこと……聞けなかった。

 

 

「頼みが、あるんだ」

 

彼女が静かにそう呟く。

 

「あいつには魔理沙がいるから大丈夫だとは思うけど……それでも、やっぱり子供だけじゃ不安だ」

「………」

「紫もいるにはいるが、こんな状況になっても出てこないやつだ、期待しない方がいい」

「………」

「だからさ」

「ごめん」

 

言い切る前にそう言ってしまう。

 

「私、巫女さんに、伝えなきゃ……いけないこと…」

「……なんだ」

 

これも、もっと早くに話しておけば……

紫さんのあの時の言葉が脳裏に浮かんでくる。

 

 

「霊夢には………私についての記憶を全部……失って、もらう」

 

 

色んな感情が混ざり合って、口がうまく動かない。

 

「幻想郷の調停者である博麗の巫女が、妖怪に肩入れするようなことはあってはならない。だから……」

「お前という存在を記憶から抹消して、より調停者に相応しい状態にする。……なるほどな、紫がお前を霊夢と引き合わせたのは能力だけじゃなくてこのことも含めてか」

 

なんとなく察しはついていたのだろう、すぐに理解して受け入れてしまう。

 

「いかにもあいつの考えそうなことだ」

「で、でもさ、ある程度経ったら記憶は戻るようになってるって……だから、それからはちゃんと、巫女さんの頼みを」

「悪かったな」

「………え」

 

唐突に放たれたその言葉に、思わず間抜けな声が出てしまう。

 

「……なんで巫女さんが…謝るのはむしろ私で…」

「関係ないのに巻き込んだ。お前はただの妖怪だったのに……いや、ただのってわけでもないが……ここ最近ずっと思い悩んでたの、そのせいだったんだな」

「そんなのどうだって」

「友達が思い悩んだら理由自分にあったら、謝るだろ」

「なっ……」

 

なんでそう……優しいんだよ……

ちょっとくらい、恨むようなことを言ってくれたって……

 

そんなことを言われたら…むしろ……

 

「……まあ、お前ならきっと、いい方向に進めるはずだ。結構いい奴だからな、お前」

「……そうだと、いいね」

「もうそろそろ限界だ、意識失う前に…これだけ言わせてくれ」

 

肩を貸している巫女さんの顔を見る。

 

「ありがとな、一緒にいてくれて」

「……こっちこそ」

 

私の言葉を聞いて、巫女さんは意識を失った。

それでも霊力で止血はしているらしい、本当に大した人だ。

 

 

「………」

 

 

この人は、ずっと、私にやさしくしてくれた。

だというのに、何故だろうか。

 

何かがどんどん深みに堕ちていくような……二度と戻れないような…そんな感覚に満たされて。

 

私の中の何かが、折れた。



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堕ちる

「……本当に、それでいいのね」

「………はい」

 

神社の屋根の上。

紫さんが私に問う。

 

「分かっていると思うけれど……これはとても……虚しいわ」

「……まあ、そうですね」

 

あの日から三日ほどか。

巫女さんはずっと床に臥している。

もともと身体もボロボロだったところにあの傷だ、人間、ある程度歳を取れば自然治癒能力も低くなる。

 

「何も言わなくていいの?」

「巫女さんとはもう昨日も一昨日も話したし……霊夢は、記憶……」

「霊夢は記憶を失うのも少しの間で、ある程度時間が経てば……」

「分かってる……分かって、ますよ」

「………そう」

 

神社の中から霊夢が出てきて、辺りをキョロキョロと見回す。

 

「やってください」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何故あの人がああなってしまったのか。

私を連れて行って欲しいと頼んだが、断られて。

帰ってきたと思えば傷だらけで。

 

毛糸に何があったのかと聞いても、何故か適当にはぐらかされてしまって、返ってくるのは妖怪と戦って怪我をしてしまったと言われるのみ。

何があったのか、どんなことがあったのか、それを聞きたかったのに。

 

彼女だって傷ついているのだろう、私もだ。

あの人は起きている時間も少ないし、もう長くないというのにわざわざ聞くのも気が引ける。

 

だからこそ、そろそろ本当に聞かせて欲しい、教えて欲しい。

 

 

外に出て当たりを見回していると、屋根の上に毛糸を見つけた。

 

「そんなところで——」

 

後ろから気配を感じた瞬間に、意識は深く堕ちていく。

 

目を閉じる前に見えた彼女の表情は……

 

とても辛そうで……悲しみに、満ちていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………」

 

花を持って、墓の前に立ち尽くす。

巫女さんのではない、りんさんの墓だ。

 

あれ以来、人間のいるところには近付いていない。

 

「どうかしました?」

「……文」

 

急いで花を墓に添えて、文の方へと向き直る。

 

「いや、何でもないよ。それより仕事は?」

「今の私は新聞作りが仕事ですよー」

「あ、そっか」

 

そういえば、そんなことも言っていたっけか。

 

「ようやく色々と纏まったので、試しに一部もってきたんですけど、いります?」

「あぁ、うん、貰っとくよ、じゃあ」

 

読む気にはなれなかった。

私はまだ、知らない。

知りたく、なかった。

 

「……取り繕ってるの、分かってますよ」

「………え?」

「というか取り繕えてませんし……あなたのその無理してる表情、初めてじゃないですから」

「………」

 

見透かしたような目でこちらを見ている文。

 

「全く、気持ちはわかりますが…」

「何も言わないで」

「はい?」

「ごめん……本当ごめん」

「いや、え?」

「あぁ、いや、その……新聞?帰って読んでまた今度感想伝えにいくよ、それじゃあ」

「待ってください」

 

まるでその場から逃げるかのように立ち去ろうとする私を文が腕を掴んで引き止める。

 

「頼ってくれって、以前にも言いましたよね」

「……うん、言った」

「苦しんでるのなら、頼ってくれたっていいじゃないですか」

「………大丈夫」

 

それしか、言葉が出てこなかった。

 

「大丈夫、だから」

「あ、ちょっと!」

 

腕を振り解いて、家に向かう。

 

「何やってんだろ……私」

 

 

 

 

 

「ったくもう……あなたはいつも……」

 

大丈夫って……それが大丈夫な人のする顔ですか……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どれほど、経っただろうか。

今までゆっくりと流れていた時間が、まるで思い出したかのように早く流れていって。

 

それは、あの人と会う前の生活に戻ったからか。

私がおかしくなったからか。

 

朝食を食べ終わって、箸を置いた。

 

「……ちょっと、なにこれ!」

 

誇芦が少し怒ったかのような声を上げる。

普段ならまず突進してから私のことを責めてくるのに、今回は様子が違う。

 

先に食器を片づけにいった誇芦が、台所から出てくる。

 

「何?どうかした?」

「どうかって……これ!」

 

誇芦が手に持ったそれを私に見せてくる。

 

 

「なにそれこっわ!誰のだよ」

「いや……自分のだろ……」

「え?」

 

何故か苦しそうな顔で私のことを見てくる誇芦。

 

「まな板の上にあった」

「いやいや、私の手この通り……あれ」

 

ない。

人差し指の先が、ない。

 

「………」

「なんで平然としてんの……こっちも気づかなかったし…」

 

空気が鎮まって、人差し指が再生する肉の音だけが響く。

 

「ねえ……本当にどうしちゃったんだよ」

「い、いやこれはその……そう、最近色々あって疲れてて、ほら私って大怪我しても痛み感じないでしょ?だからぼーっとしてて……」

「………」

「ごめんね、指切った包丁で切った料理なんて気持ち悪——」

 

机を力強く叩く誇芦。

皿が揺れて音を立てる。

 

「違うでしょ………分かってるくせにそういうこと言うの、やめて」

「………」

 

本当に悲しそうな顔をするその顔を見ていられなくて、視線を下に落とす。

 

「最近様子がおかしいの黙ってきたけど…これは、あんまりだよ……」

「………」

 

何も言えない、言葉が出ない。

 

「意味もなくただぼーっとしてることは多かったし、昼間はずっとどこかにいてここにいない。チルノ達と遊んでると思ったら妖精の言われるがままで、まるで自我がないみたいで……二人からも、心配されてたんだよ」

 

チルノと大ちゃんの困ったような顔が思い出される。

 

「さっきのこのご飯だって……どんな味だったか分かる?」

「どんなって……そりゃあ醤油の…」

「じゃあどれだけ使ったの、醤油」

「そりゃあ、普通の…」

「普通って量じゃなかったよ……匂いも、わからないの……?」

「っ…」

 

自覚……なかった。

料理している時もぼんやりしていて……食べている時も、気づけば食べ終えていて……

 

「なんで……何があったか教えてくれないんだよ……」

「………」

「これだけずっと長くいたのに……この姿だから?ずっとあの姿のままなら愚痴こぼすみたいに言ってくれたの?」

「それは違う……けど……」

 

あぁ、本当に。

私は……何やって……

 

「……ごめん」

「私が聞きたいのはそんな言葉じゃないって……分かってるくせに……」

「………ごめん」

「………っ」

 

ずっと下を向いているせいで、顔は見えない。

けれど、あいつが外に出ていくっていうことは、わかった。

 

「………ちょっと出かける」

 

そう言って扉を開けて出て行った。

 

「……っはああぁぁ……」

 

ダメだ。

もう本当に……私は………

 

「………あ」

 

右手の親指がなくなっている。

左手に握られていたのは、右手の……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それは……完全にあなたが悪いわね」

「まあ……それは、分かってるよ」

 

また、逃げるかのように家を出て、アリスさんのとこにやってきた。

 

「……紅茶、気に入らなかった?」

「え?いやそんなことは……」

「そう?いつも本当に美味しそうに飲んでくれるから」

 

何故なんだろう。

あれほど好きだったはずのアリスさんの淹れてくれた紅茶なのに。

感じるのは熱だけで。

 

「何があったのかは、分かるけど」

「………」

「……この前、魔理沙がやってきたわ」

「え?」

 

そうだ、魔理沙。

あいつにも負担を……

 

「あなたね……あの子にどんな伝え方したのよ。半べそかきながら私のとこに駆け込んできて、言いたいこと言って帰って行ったのよ?」

「どんな……って」

 

胸ぐら……掴まれたっけなあ。

気付けば私とそう変わらない身長になってて……

 

「まあ……あったこと伝えて、霊夢は私のこと忘れてるから、話は合わせておいてって……」

「それだけ?」

「まあ……」

 

ふざけんな、お前はそれで納得してんのか、本当にそれでいいのか。

記憶に残ってるのはそんな言葉で……あまり、覚えていない。

 

「納得は、してくれたみたいだけど」

「納得って言えるのかしらね、あれ」

「………」

「納得っていうよりかは、自分でもどうすればいいかわからないから、あなたの言う通りにしてるだけのように見えたけれど」

 

まあ、そうだろう。

私だって、何をするのが一番いいのか、分からない。

 

「それに、あなたの顔見たら、何も言えなくなったって」

「……顔?」

「あの子がああ言うってことは……余程酷い顔してたのね、あなた」

「………そうは…見えないように、してるつもり…なんだけど」

 

魔理沙に話したのはあの後すぐだったから、変な顔になってしまっていたのだろうか。

 

「……私も、もう過ぎたことだから何も言うつもりはないわ」

 

そう、過ぎたこと。

やり直せない。

 

「落ち込むなら思いっきり落ち込む、吹っ切るならちゃんと吹っ切る。そんな中途半端に平気ですよって顔されても、心配になるだけよ」

「………ごめん」

 

アリスさんも、もっと言いたいことはあるのだろう。

気を遣ってくれている、だからそんなことしか言わない。

いや、気を遣っていても、それだけは言いたいのだろうか。

 

「……話したくなったら、いつでも聞いてあげる。というか、みんなあなたが話すなら聞いてくれるはず。まあ……とにかく、魔理沙と誇芦には、後でちゃんと謝っておきなさいね」

「そうだね……魔理沙には、また謝っておくよ。誇芦にも帰ったら……」

「……あの子も、あなたといる時間が長くて。それでもあなたの見たことない姿を見て、きっと……心配もそうだろうけど、混乱してるのよ。あなたに似て他人のことを気にしすぎなのね」

「………」

 

どうやって……謝ろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………なんにも、言わないんだな」

 

アリスさんの家から帰る途中、誰もいないところへそう語りかける。

 

『なに、いつまでうじうじしてるんだって、叱責でもして欲しいわけ』

 

今の今までずっと何も言ってこなかった私。

 

『……私は君だよ、君と同じ気持ちなんだよ。私含めて君だから、君にガツンと言ってやることはできない。それは自分で、自分に同じ言葉を投げかけているのと変わらないから』

 

自分ではこのままじゃいけないと分かっていても、何も出来ないのと同じ。

 

「君の思ってることは、私の思っていること。……感情の制御とかで、どうにかなる話でもないでしょ』

 

あぁ、たしかに、そうだ。

 

『それでも、これだけは言っておくよ、君も、分かっていることだけどさ。……今このままだと、ずっと辛いままだよ』

 

………分かってるさ、そんなこと。

……分かってるのに、なあ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ごめん」

 

帰ると誇芦が既に帰ってきていて、私を見るなりそう言ってきた。

 

「無神経だった、何かがあったからそんなになってて、言いたくなかったから言わなかったんだよね。それなのに…私……」

 

やめてくれよ。

私のことで、私なんかのことでそんな顔をしないでくれ。

 

「謝るのは私の方、心配ばっかりかけて……平気を装って、逆に気を遣わせて……」

「平気なふりしてたのも、私やみんなに迷惑かけたくないからだったんでしょ……それを私、自分勝手に責め立てて……」

 

そんな、申し訳なさそうな顔をするなよ。

悪いのは私で……全部全部、私のせいで……

 

「私も……どうにかして、立ち直るからさ。それまで迷惑かけると思うけど……ごめん」

「……私も、手伝うよ。みんな、心配してるから」

「……うん」

 

どうして私のことをそんなに……

いっそ放っておいてくれれば……そうすれば……

 

………とりあえず。

ぼーっとするの、直さなきゃな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………」

 

館を出て飛んだ帰っていくその姿を、窓辺から頰に手を添えて見つめる。

妙に無気力そうなその姿は、すぐに闇に紛れて見えなくなってしまった。

 

「お休みになりますか?」

 

咲夜がそう聞いてくる。

人間に合わせて夜に寝て朝に起きる習慣をつけようとしているけど、やっぱりなかなか慣れない。

 

「今日はもう少し起きてるから、先に休んでなさい」

「承知しました、それでは」

 

咲夜が姿を消した後、フランの部屋へ向かう。

普段通りならもう部屋に入っている時間だ、ついさっき毛糸が帰ったばかりだからまだ居ないのかもしれないけれど……

 

何度もつっぱねているのにわざわざ顔を見せにきて、手土産を持ってきてどうにか私と話そうとする。

今回は納豆というものだったか……なかなか悪くなかったけど。

 

「………あの顔」

 

一瞬見せた、あの表情。

あいつも、あんな顔できたんだ。

 

 

「あれ、お姉様」

「フラン」

 

私と同じように部屋へ向かっていたのだろう、フランと廊下で鉢合わせする。

 

「私の部屋に何か用?」

「部屋じゃなくてフランに、ね。毛糸のことなのだけれど」

「しろまりさん?」

 

意外、という表情だ。

まあでしょうね、普段あれだけ冷たくしているわけだし、そんな私が名前を口に出すってことは、意外だろう。

 

「今日の様子、どうだった?」

「今日の?うーん……確かにちょっと変だったけど……なんで?」

「話がしたくなったから、今度来た時は私に貸してくれないかしら」

「え?」

 

これまた意外という様子。

表情豊かになったものだ。

 

「なになに、お姉様ってばやっとしろまりさんと仲良くする気になったわけー?」

「まあ、そんなところよ」

「そういうことなら全然いいよ!しろまりさんとお姉様が仲良くしてくれたら私も嬉しいし!」

 

気まぐれ。

ただの気まぐれで、そうしてみようと思った。

 

けれど、運命を見通すこの目には、武器を持った私とあいつの姿が写っている。

 

そろそろ私も、振り切る時が来たってわけね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………」

 

紅魔館へ行くのは、あれ以降は初めてか。

そろそろ顔を見せとかないと、次訪れた時にフランに拗ねられて骨を折られかねない。

 

正直行きたくなかったけれど、持って行く手土産を買いに人里にやってきた。

 

何故行きたくなかったか。

知ってしまうから、知りざるを得ないから。

 

あの人が今、どうなっているかを。

 

適当に目についた納豆を買って、今晩にでも紅魔館を訪ねようと思っていた。

周囲の声を耳に入れないように、ただ前へ進むことだけを考えて。

 

 

「あ」

 

 

視界の端に映った、赤と白の服。

里の人と会話して、そのまま通りを歩いて行く、その姿。

 

その隣には、誰もいなかった。

 

 

 

 

 

 

気づけば自分の家にいた。

 

「おかえり」

 

誇芦にそう言われて、やっと気がついた。

 

「ただいま」

 

その日のことはもう、何も覚えていなかった。



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「………あっやべ」

 

またぼーっとしてた……

自分の体を見て、特に異常がないことに胸を撫で下ろす。

 

誇芦は最近よく外に出ている、というか、出てないのは私か……

 

どうにも、出る気にはなれない、もっと早く時間が過ぎ去ってしまえばいいのに、とすら思ってしまう。

 

「………はぁ」

 

思えばここ最近、顔を見た知り合いなんてそれこそ誇芦くらいのような気がしてきた。

まあ会えば私の様子がおかしいことみんなにバレそうだし……さとりんに心を読まれようものなら何を言われるかわからない。

別に心を読まれるのが嫌というわけではなく、単に人と会いたくない。

 

惨めな姿を見せたくない。

 

「……ん?」

 

家の扉をノックする音が聞こえてくる。

 

妖力じゃない、霊力だ。

妖精……じゃないな、ノックするようなのなんて大ちゃんくらいしかいないし、来るなら大方チルノと一緒だ。

じゃあ誰か。

 

人間

 

そう思った途端、足がすくんだ。

また、ノックが響く。

 

「紅魔館のメイドの十六夜……あれ、開いて……あ」

「……咲夜かぁ」

 

扉を開けて姿を見せたのは、初めて会った頃より随分と背が伸びた咲夜。

 

「いるなら返事をしてくだされば……」

「ごめんちょっとぼーっとしてて……いやほんと背伸びたねぇ!」

「……?えぇ、まあ」

「私とそう変わらな……いやもう抜かされてるか?これ」

 

成長するたびにメイド長らしくなっちゃって……これで時を止められて超有能で見た目もいいんでしょ?ハイスペックメイド……

 

「あごめん一人で盛り上がって。えーと……何の用事でわざわざ」

「お嬢様から、今晩、紅魔館に毛糸様を招くようにと言われておりまして、それを伝えに参りました」

「へぇ………ん?レミリアが?」

「はい」

「フランでなく?」

「はい」

 

え……いつもあんなに冷たくされるのに何で急に……

心当たりは…………ない……

 

「手土産は不要、とのことです」

「あ、うん……それを言いにわざわざ?」

「この後人里に買い出しに向かいますので」

「あ、そう、気をつけてね」

「それでは」

 

お辞儀をして、人里の方へと飛んでいった咲夜。

今時のメイドって飛ぶんだぁ………

 

「…………」

 

このくらいの関わりなら、苦しむことも………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、どうもー……」

「お待ちしておりました、さ、どうぞ中へ」

「これはこれはご丁寧に……美鈴さんなんで今日そんな感じなの?いつももっとフランクじゃない?」

 

言われた通りに夜、紅魔館を訪ねて来たが、早速いつもと態度の違う美鈴さんに疑問を抱く。

 

「今回はお嬢様が招いた正式な来客ですからね、真面目にやりますよ」

「とか言って、昼間はどうせ寝てたんでしょ〜?」

「あはは……ま、まあ、こういう時にちゃんとしてないと咲夜さんに怒られちゃいますから……」

「咲夜、さん?」

 

美鈴さんの言葉に首を傾げる。

 

「あの人怒るとすっごい怖いんですよ……笑顔で首筋にナイフ突きつけてくるんですよ?ちょっと昼寝してただけなのにもう怖いのなんのって……あ、今の話内緒ですよ?バレたらナイフで串刺しにされかねませんから……」

「わかった、見かけたら今の言葉そのまま伝えておくね!」

「いや本当、勘弁してさい……ほらほら、早く行かないとお嬢様が機嫌損ねちゃいますから」

 

 

美鈴さんに急かされるまま紅魔館の中に入ったが……やっぱりいつもとは違うみたいだ。

まあいつもって言っても、不定期に訪れてやってきてフランに骨を折られてレミリアに適当にあしらわれて帰ってるからなあ。

 

正式な来客ねえ………

 

あ、なんか嫌な気配。

 

「しーろまーりさ——っとと、危ない危ない」

「お前っ……成長したなぁ!!」

「でしょお!?」

 

あのフランが私に突進する前に急ブレーキをかけるようになるなんて……

わたしゃもう肋骨とお別れを言う準備をしてたってのに……

 

「でも今まで何回言っても折ってきたのになんで……」

「それは……ほらしろまりさん、前来た時なんだか元気なさそうだったからさ」

「あ、バレてた?」

「みんなにバレてたよ?」

「あちゃー」

 

まああの時が一番酷かったからなあ……

 

「でもほら、今はいつも通りでしょ?」

 

なんとか取り繕えるようにはなった、普段通りの私でいられることができてるはずだ。

多分。

 

「そういう風に振る舞ってるの、私にはわかるよ」

「……え?」

 

普段はあまり見せないような顔で、私を見てそう言ったフラン。

 

「私、一応しろまりさんのことはなんとなくだけど理解してるつもりだよ」

「………」

 

あの時か。

きっと、私がフランの中に入って狂気とどんぱちしていたあの時の事を言って……

 

「毛糸さんがどういう感情なのかは、なんとなく分かってるつもり」

「………」

「だから……あ、そうだ、今回はお姉様にしろまりさんを貸すんだった」

「………貸す?」

「またねしろまりさん!」

「いやちょっ……えぇ………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「術式構築は?」

「順調です」

「そう」

 

小悪魔に適時確認を取りつつ、術式の組み上げを続ける。

 

「何してるの?パチュリー」

 

フランがやってきて、私の小悪魔の作業を不思議そうに眺める。

 

「触っちゃダメよ」

「いや触んないけどさ……結界?」

 

机の上の水晶玉を見つけ、そう呟いたフラン。

 

「そう、レミィの頼みでね」

「お姉様の?」

「思いっきり頑丈なのを作りなさいって、今朝言われて」

「ふぅん……いつまでに?」

「今晩」

「えぇ!?」

 

全く……人使いの荒い吸血鬼だこと。

 

「もう夜だけど…間に合うの?」

「大方出来上がってるわ」

「流石だねぇ」

 

お陰で朝からずっとこの作業だけれど……せめてどのくらい頑丈なのか言ってくれれば良いのに。

 

「この水晶玉にその結界を入れるの?」

「まあ、それを発動の媒介にして維持するって感じね」

「どのくらい頑丈?」

「そうね……フランが能力抜きで全力で暴れ回っても、ヒビ一つは入らないんじゃないかしら」

「へぇ!」

 

その代わりに常に結界維持に手を回す必要があるし、私が付きっ切りじゃないとすぐに綻んでしまうから……どうせ完成してもそれをやらされるんでしょうね……

 

「でも、何に使うんだろうこんなの」

「大方予想はつくけどね」

「……?あ、そういえば、さっきしろまりさんが来てたよ」

「………こあ、急いで仕上げるわよ」

「え?あ、そんな急にぃっ……」

 

ペースを一気に上げたせいでこあがたじろいだけれど、構わずに術式を水晶玉に組み込み始める。

 

「さっさとしないと……この館が吹き飛びかねないわ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いらっしゃい」

 

途中で咲夜に会い、今はいつもの部屋にはいないと言われて、案内された先はとても大きな部屋。

 

「どうも?」

 

何もない、ただただ広い部屋の中にポツンと、椅子が置かれていて、レミリアはそこに腰掛けている。

 

「今日は話があってね」

「………話って?」

 

明かりもほとんどなく、座っているレミリアの背後の大窓から差し込む学校だけが、この部屋を照らしている。

 

「なに、ちょっとした世間話よ」

 

立ち上がり、こちらへゆっくりと向かってくるレミリア。

いつもとは雰囲気が違う。

 

 

 

「博麗の巫女が、死んだんですってね」

 

 

………

 

 

 

「なんでも、殺ったのは吸血鬼だとか」

 

まるでこちらの様子を伺うかのように、口角を少し上げながら、ゆっくり、ゆっくりと近づいてくる。

 

「もう新しい人間が博麗の巫女になったらしいけれど……聞けば、先代の博麗の巫女とあなたは随分と仲が良かったそうじゃない」

 

何もない空間で、レミリアの声と足音だけが響いて。

 

私の目と鼻の先で、まるでこちらが激昂するのを待っているかのように……

 

 

 

「——お気の毒さま」

 

そう、言われた。

 

「……それを言うために、わざわざ私を呼んだのか?」

「……つまらない奴ね」

 

こんなことを言われても、私の体は動かなかった。

ただただ気持ちが深く沈んで………何も、する気が起きなくて。

 

「もちろん用はそれだけじゃないわ」

 

踵を返して数歩、私から距離を取るレミリア。

その手には紅い槍が握られている。

 

「今日、わざわざ私が呼んだのは、あんたを……」

 

寒気。

 

 

 

 

 

「殺すためよ」

 

氷の剣を作り出し、横薙ぎに振るわれた槍を受け止める。

その小さな体からは想像できない、まるで鬼のような力。

 

「っ……」

「なんで?って顔してるわね」

 

数秒拮抗したが、剣が真っ二つに折れてそのまま私の体に槍がめり込んで吹っ飛ばされる。

 

「あぁそりゃ気になるよ、妹思いのレミリアさんがなんでわざわざフランの友達奪うような真似するのかなって……ねっ!!」

 

氷の棘を飛ばして牽制しつつ、すっかり歪んでしまった腕を再生して立ち上がる。

 

「そんなぬるい攻撃で私を倒せると?」

「んなっ」

 

氷の棘を飛ばしていたにも関わらず、腕を見て目を離した一瞬で接近される。

反射的に妖力弾を足元に撃って爆破し距離を取り、煙で見えなくなったがいるであろう方向に蛇腹剣を伸ばして乱雑に振り回す。

 

「私は本気よ」

 

どうやら私は空を斬っていたらしい、既にレミリアは私に接近していた。

かろうじて右腕で防御したがまた吹き飛ばされる。

 

「何を遠慮してるの」

「そらお前っ、フランの姉を……っ」

 

今まで目にしてきたどの吸血鬼よりも。

その速さは天狗を、その力は鬼を。

 

「あなたも本気になった方がいいんじゃない?」

「——は」

 

瞬く間に私をいくつもの大玉の妖力弾が取り囲んでいた。

受けてたら身がもたない、回避の方がいいか。

 

「なんつー弾幕をっ…」

 

乱射される大玉に加えて小さな妖力弾も飛び交っている、

小さい方は当たっても大したダメージは受けなさそうだが、当たればその衝撃で大玉の方に巻き込まれてしまう可能性がある。

 

「あんたも妖怪なら、くだらないことに囚われるのをやめて、自分の思うように生きてみなさい!」

「……私の何を知って、そんなことを……」

「知るわけないでしょ、あんたのことなんか」

 

あぁそうでしょうねえ!!

でも、このまま弾幕を避け続けるのも無理がある。

 

「どこかで一掃しな——」

 

体がぐわんと歪む。

目を向ければ直線状の妖力の塊‥‥レーザーが私の胴体に突き刺さっていた。

 

体が吹っ飛び、弾幕の大波の中へと押し込まれていく。

 

「チッ」

 

妖力を全身に纏ってこちらも妖力弾を周囲に散らして相殺をしようとするが、あの大玉の妖力弾も相当な威力でなかなか相殺できない。

 

一つ、また一つと妖力弾が私に直撃する。

打撃で破壊するが衝撃で吹き飛ばされ、あっちへこっちへと視界がぐんぐん移動し、今自分がどうなっているのか、どこにいるのか全くわからなくなる。

 

 

「がっ……」

 

視界は開け、壁にめり込んでいる私の体。

妖力で纏ってたおかげか、骨は折れてるが服自体はそんなに消失していない。

 

「随分と呑気ね」

 

その言葉を聞いて顔をあげる前に、視界に一本の槍が映った。

 

 

 

「え……?」

 

胸……いや、心臓の位置か。

心臓を、槍が貫いている。

 

「さようなら」

 

乱雑に引か抜かれ、体が前に引っ張られてそのまま地面に倒れた。

 

 

まるで興味を失ったかのように、私から離れていくレミリア。

 

 

 

再生しようとしても、妖力がうまく操れない。

意識も薄れていく。

 

 

 

 

心臓をやられたのは……初めてだなぁ。

臓器は再生に時間がかかるし……そもそも再生が上手くできない。

 

 

 

 

 

死ぬのかな、と。

まるで他人事のように思った。

 

 

 

 

でも、終わるっていうなら、終わりでもいいかもしれない。

 

 

 

 

 

 

もう、疲れた

終わったって、もう………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

死にたくない

 

それは、本音。

でも、私がこの世界で生きるってことは、いろんなしがらみに縛られるってこと。

 

それは、覚悟してきた。

でも、ダメだった、耐えられなかった。

 

壊れそうな自分を必死に取り繕って、誤魔化して。

それももう、疲れた。

 

終わりでも良いって、思ってしまった。

 

 

疲れた、苦しい、楽になりたい。

でも、死にたくない。

 

生きたいのに、死にたい、消え去りたい。

 

自分の気持ちすらわからなくなって、それを考えることすら億劫になって。

 

 

 

それならいっそ

 

 

 

 

 

全部振り解いて

 

 

 

 

 

どんなしがらみも、足枷も、全部ぶっ壊して

 

 

 

 

 

軛を断つ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………フフッ、そうこなくちゃ」

 

振り向けば、今さっき心臓を貫いて倒れたはずの奴が立っている。

 

「随分と暗い顔をしていたから、死にたいのかと思って殺してあげようと思ったんだけど、違ったかしら?」

 

私が貫いたはずの穴はきれいに塞がっている。

 

「あぁ、ちょうどその事で悩んでたとこだったんだよ」

 

 

違う、さっきまでとは、明らかに。

 

 

「色々考えることはあったんだけど、もう全部どうでもいいって思ってさ」

「思考放棄?」

「それそれ、だから今は……」

 

槍を構える。

 

「思いっきり、仕返ししてやるよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こあ!」

「り、了解ですっ!!」

 

急いで転移し、二人のいる大部屋の前に移動する。

こあに指示を出して水晶玉を起動、組み込まれた術式が発動して、既に限界がなくなっている部屋を包み込むように結界を張る。

 

「展開成功、結界も安定化し——っ!?」

「なんとか、間に合ったみたいね」

 

結界越しでも分かる強大な妖気。

嵐のように荒れ狂い、波のようにぶつかり合う。

こあが動揺するのも無理もない、あれだけの妖気を、それも二人して放っていれば、普通の妖怪なら泡を吹いて失神しているだろう。

 

 

まるで嵐のように、妖気の奔流がぶつかり合っている。

 

「始まるわよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「仕返し……ね。やっと妖怪らしい顔つきになったじゃない?」

「お陰様でな」

「……そう、それならもう、お互いに躊躇はなしね」

「そうだな……」

 

「本気であんたを…」

「お前を……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「殺してやるよ」

「殺してあげるわ」



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殺す気で

妖力がどんどん溢れ出てくる。

 

自分でもわかる、この量はおかしいと。

いつか、アリスさんが言っていた気がする。

 

幽香さんの妖力を持っているのだから、もっと強いはずと。

 

『妖怪、だね』

 

唐突に話しかけてくる私。

 

『君は妖怪だ、けれどそれを、人としての記憶が抑え込んでいた」

 

分かるさ、自分のことなんだから。

今まで見てきた妖怪のように……自分の力に絶対的な自信を持ち、畏れられ、自分勝手な人たち。

 

私があんな風にならなかったのは、人としての私がいたから。

理性とも言えるそれが、妖怪としての本能を抑え込んでいたから。

 

『それが今は吹っ切れた』

 

妖力が増大するとともに、身体の中の霊力が相対的に少なくなっていく。

 

『私も、意識薄れてきた』

 

なら、一旦さよならだ。

 

『言っておくけれど……全部を投げ出したって、君は……』

 

分かってる。

でも、今はこれがいいんだよ。

 

『……なら、私が言うことは何もないよ、じゃあね』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっと戦い甲斐が出てきたわね」

「そりゃどうも」

 

振るわれる氷の剣に紅色の槍を合わせ続ける。

さっきまでとは動きのキレも力も違う、私の速度にもついてくる。

 

何より、命を取りに来ている。

 

明確な殺意を持って急所を狙ってくる、向こうは防御なんてさほど大事と思っていないらしい、こちらがなんとかつけた傷も瞬く間に再生して、攻撃に転じてくる。

 

まるで獣、さっきまでの戸惑いに満ちた表情はどこへやら。

 

そして何より……

 

「チィッ!!今の避ける!?」

「視界から消えたら大体後ろからくるもんな」

 

戦い慣れしている。

 

速度を上げて死角に潜り込み、背後からの突き。

見えてはいなかったはずなのに、私が消えたのを確認した瞬間に体を捻って避け、剣を伸ばして足を切り付けて来た。

 

私だって何度も戦いは行ってきた、紅魔館の主として色んな戦いに身を投じてきた。

こいつは私と生きてる年数がそう変わらない、なのに、まるで私よりも死線をくぐり抜けてきたかのように……

 

幸いにも深くない足の傷を再生し、追撃に備える。

 

「………」

「………」

 

無言の打ち合いが続く。

端的に言っていたか

 

言ってしまえば、槍は剣に対して相性がいい。

単純に攻撃可能な距離の問題、相手の射程外から攻撃することができるから。

 

しかしあの蛇腹剣がそれを例外にしてくる、隙をついたと思えばぐねって行く手を阻み、防いだと思えば蠢いて追撃してくる。

 

厄介……なら

 

「付き合う必要はないわね」

 

距離を取り、手槍程度の大きさの槍を大量に生成する。

逃げ場のないように、部屋一面を覆うほどの。

 

「ほっ」

 

放つ直前に、前方に巨大な氷壁が一瞬で隙間なく現れる。

 

「その程度っ」

 

周囲に浮かんでいる槍を生成、発射を繰り返して氷の壁に穴を開けていく。

同時に手にグングニルを構え、姿を捉えたと同時に投擲できるように。

 

もうすぐ氷の壁が崩れるというところで、木の根のようなものが氷壁をぶち破って飛び出してきた。

 

「木とか氷とか、随分と多芸ね!」

 

……硬い。

これだけの槍をぶつけているのにも関わらず、多少抉れるのみで貫かない、それどころかどんどん木の根が伸びて、まるで壁のように押し寄せてくる。

 

「それなら……」

 

弾幕では押し負ける、手に持ったグングニルにさらに妖力を込め、木の根の壁の中心に向けて全力で放つ。

 

割れるような音を立てる暇もなく一瞬で槍の貫いた跡が残り、投擲と同時にその穴へと飛んで壁の向こうへと入り込んだ。

 

「無理やりくんな!」

 

これだけの妖力操作、当然片手間ではできないだろう、床に手を当ててた姿勢でこちらを睨みつけてくる。

 

再度手に槍を作り出し、わざと速度を落として投げる。

 

「おっせ!」

 

当然、掴まれるだろう。

その隙に距離を詰めて、接近した速度をそのまま妖力を纏った右足を振るう。

 

「——あ」

 

私が贈ってあげた槍で防御しようとしたが、足と槍がぶつかる瞬間に槍を消して攻撃を直撃させる。

狙うのは奴の左腕。

 

「ぎいっ!!」

「目つきは変わっても間抜けなのは変わらずね」

 

肉体ではない硬いものを蹴った感触を残しながら、木の根の壁へと衝突する。狙い通り、左腕は歪んでいる。

 

「その腕、確か機械仕掛けだったわね」

「……それが?」

「わざわざそんなものをつけてるってことは、再生できないってことなんでしょう?」

 

返答させる隙も与えずに、槍で奴の右腕を串刺しにする。

 

「ぐっ…」

「今度は頭を貫いてあげる!」

 

さっき胸を貫いたように最大速度で直進し、奴の頭を目がけて槍を構え、眉間に向かって突っ込む。

 

 

 

「——がぁっ……」

 

回避された。

いや、それだけならそれに対応して首をへし折りでもしただろう。

 

腹の底から痛みが込み上げてくる。

 

「あーあ、普段使いの義手がおじゃんだわ」

 

左腕、奴の左腕が私の腹にめり込んでいる。

 

「何よ……動かせるんじゃない」

「あぁうん、意外と動いたわ」

 

首を狙ってきた氷の刃を両手で掴んでへし折り、飛び退いて距離を取るがすぐさま接近されて肉弾戦に持ち込まれる。

 

「まるで私が間抜けみたいじゃないの!」

「いや、動かせるかどうかは賭けだったししょうがないと思うけど…なっ!」

 

互いに同時に槍と剣を作り出し、肩を貫き合う。

 

「チッ」

 

武器を引き抜き、引き抜かれ、距離を取る。

こちらは痛みを感じているというのに、向こうは平然としている。

 

妖力弾を作り出して放つが、向こうも同じことをしてきて相殺され、爆煙が視界を奪う。

 

「っ!!」

 

体のすぐそばをレーザーが掠める。

4本……けれど、的確に私を捉えて焼き切ろうとしてくる。

 

一つ一つが相当な威力、かすりでもすれば焼け焦げて再生もままならないだろう。

 

「調子乗ってんじゃないわよ!!」

 

左肩は穴が空いていて上手く動かせない、右手に妖力弾を集め、紅色の大玉の妖力弾を連射する。

 

レーザーに削られながらも、どんどん数で押し込んでいってあいつの近くまで飛ばして、爆発させる。

 

 

そのあとすぐに、大量の妖力が一点に集まっていくのを感じた。

 

半ば反射でグングニルを作り出し、妖力の集まっている場所に向けて投げつける。

 

「くっ!」

 

グングニルと、花のような傘の先端から放たれた極太のレーザーがぶつかり合う。

 

数秒拮抗したあと、二つとも大きな衝撃を出して爆散し轟音を響き渡らせた。

 

 

こうやって戦っていたら、いつまで経っても左肩が治らない。

貫かれた肩を再生するために、翼を広げて弾幕戦を始める。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふんっぐぐぐぐ……」

「堪えなさい、さもないと巻き添えくらって消し飛ぶわよ」

「そんなこと言われましてもぉっ」

 

結界の維持を補助しているこあが苦しそうな声をあげる。

私の方が負担は大きいはずなのだけれど……まあ、仕方がないか。

 

「パチュリー、これは……」

 

フランがやってきて、結界の向こう側の景色を眺めている。

妖力弾に槍、氷に木の根、結界をじわじわと削るレーザー。

揉み合っていた時は動きが早くて目がついていかなかったけれど、今度はあまりに情報量が多すぎる。

 

「見ての通りよ」

「なんでお姉様としろまりさんが……」

「さあね、私には関係のないことよ」

 

にしても……ここまでの規模の戦いになるとは。

レミィがここまでの全力を出すのを見るのは久しぶりだ、それだけ本気ということ。

 

「くっ……また荒れて…」

 

それよりも気になるのは毛糸の方、少なくとも私と戦った時はあれほどの妖力を持ってはいなかった。

 

私とこあが転移してきた時には既にあれだ、何があったのかは知らないけれど……

 

「しろまりさん、あんなに妖力使えたんだ……」

 

どうやらフランも同じことを思っているらしい。

 

「……私、中に入って二人を止めてくる!」

「やめておきなさい」

「なんでっ」

 

結界に強引に入り込もうとしたフランを制止し、不服そうに睨まれる。

 

「顔を見れば分かるでしょう、二人とも、本気なのよ」

「だったらなおさら…」

「今のあなたが割って入ったとして、まあ半殺しにされて放置されるのがオチね」

「そんなことは……」

「それに、あなたが止めたとしても本人たちのためにはならない」

「………」

 

………結界が揺らぐ頻度が明らかに増えた。

さっきまではまだ戦いが小規模だったから良かったけれど、弾幕戦を始めてから戦いも激しくなっている。

 

飛び回って、膨大な妖力を使って、確実に相手を殺せるように弾幕を放ち続けている。

二人してそれをされるものだから、私の魔力もごりごり減っている、こあももうダウン寸前ね。

 

「ぱ、パチュリーさま、私はまだやれますよ……」

「……そう、終わったらゆっくり休むといいわ」

「………」

 

フランが、ただただ結界の中を眺めている。

 

「フラン、気持ちは分かるけど…」

「楽しそう」

「……え?」

 

狂気でも出てきたかと思ったけれど……どうやら違うみたいだ。

 

「二人とも、楽しそう」

「……私にはそう見えないけれど」

 

レミィがこんな大胆なことしでかす程だ、何か理由があるのだろうとは思っていたけれど……

 

「……まあ、他でもないあなたが言うのなら、きっとそうなんでしょうね」

 

フランはレミリアの妹であり、毛糸と一度魂で繋がった人物だ。

きっと、私には見えないものが見えているのだろう。

 

「パチュリー様割れる割れる割れちゃいますぅぅっ」

「はぁ……それにしても張り切りすぎよ、あの二人」

「私も手伝うよ」

 

そう言ってフランが水晶玉に手をかざす。

 

「私も、ちゃんと見届けたい」

「……そう。それなら、張り切らないとね」

 

水晶玉に込める魔力の量を増やし、結界の修復作業も加速させる。

 

「でもしろまりさん、何であの刀使わないんだろう………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あの日以来、凛は答えてくれない。

いや、抜いて確かめてみたわけではない、でも、なんとなくは分かる。

今りんさんの刀を握っても、それはただの黒い刀だと。

 

 

 

 

「ふぅーっ……」

「はぁっ、はぁっ」

 

互いに思いっきり被弾し、弾幕戦は終わりを告げる。

右半身の中身がぐちゃぐちゃにやられた私と、大きな傷はないが確実にダメージは蓄積しているレミリア。

 

左腕は確かに動いた、けれど感覚がない。

義手の時となんら変わらない、ただ、動くというだけ、

 

妖力量は確かに増えたし、自分の手足のように操ることができるようにもなった。

それでも、あれだけの弾幕を展開し続けたんだ、確実に減ってきている。

 

「あんた……どうやれば死ぬのよ…」

「さあ……頭を潰せば?」

 

だが、まだ互いに余力は残っている。

まだ戦いは終わらない。

 

小さな妖力弾を乱射し、レミリアの動きを止める。

 

「この……なっ」

 

それらを弾いている隙に木の根をレミリアの足元から伸ばし、手と足を絡めとる。

これだけ疲労していれば隙をつくのも簡単だ。

 

「こんなもので……」

 

へし折られて拘束を抜け出されたが、その隙に小さな氷の針を相手の身体に撃ち込んだ。

 

「い゛っ…」

 

関節に刺さった氷は枝分かれし、肉をかき分けて痛みで動きを止める。

すぐさまその隙に接近し、拳を振り上げる。

 

「——っ」

 

視界を埋め尽くしたのは蝙蝠。

すぐに毛玉の状態になって、人型に戻ったレミリアの攻撃を避ける。

 

「がぁっ」

「あぐっ」

 

こっちも人型に戻って相手の顔に向けて拳を伸ばしたが、相手も同じ動作を取っていて互いの顔面を殴り合ってしまう。

妖怪の腕力で殴られたんだ、お互いにそれなりの距離を吹っ飛んでしまう。

だが向こうは追撃に槍を数本飛ばしてきて私の体を貫く。

 

「はぁ……痛みがないって随分と楽そうねえ?」

「素の身体能力の高い恵まれた吸血鬼さんに言われたくないなあ」

 

他のことは何も考えない。

目の前の相手が命を奪おうとしてくるから、私も相手の命を奪おうとしているだけ。

 

お互いに殺す気のはずなのに、届かない。

 

「ふっ——」

 

一息にレミリアが距離を詰めてくる。

氷の棘を飛ばして牽制し、離れようとするが、向こうは防御を忘れたかのように正面から突っ込んでくる。

 

「んなっ」

 

怯んだ一瞬で腹に蹴りを入れられる、身体がぐわんと浮き、すぐに視界の右側が真っ暗になった。

 

「ギィっ!!」

 

反撃の氷の剣での一撃で、私の右眼を潰したレミリアの左腕を切り飛ばす。

そのまま首に向けて刃を振るったが槍を作り出され、大して妖力のこもっていなかった剣は簡単に折られ、そのまま投げられて私の身体に突き刺さり、壁に縫い付けられた。

 

 

「痛みがないって、そうも狂うもんなのね……」

「激痛感じてるくせに構わずに反撃してくる奴に言われたかない……」

 

レミリアは腕を拾い上げて切断面にくっつけ、私は無理やり身体をずらして、身体を抉りながら槍から抜け出す。

身体の再生はするが、目は時間がかかる。

 

「初めてよ、ここまでやって殺せなかった相手は」

「あぁ?……急に何だよ」

 

互いに再生している間、レミリアが口を開く。

 

「今までいろんな奴を殺してきたわ。スカーレット家当主として、仇なす妖怪を、吸血鬼狩りを、同族を」

「………」

「でも……あんたみたいなふざけた奴に、私は一番苦戦してる」

 

どこか嬉しそうな表情をするレミリア。

 

「認めてあげるわ、白珠毛糸。あんたはこの私と、対等に渡り合える存在よ」

「………あっそ」

 

なんかやたらと上から目線なのが腹立つが……

 

「じゃあ、しっかりそれに応えないとな」

 

妖力を搾り出し、氷の剣を作り出してそれに大量に纏わせる。

 

「来なさい」

 

向こうも槍を作り出して、大量に妖力を込め始める。

 

互いの武器が強烈な光と妖気を放つ。

爛々と赤く輝く槍と、鈍くも白く光る氷の剣。

 

「………ははっ」

「………ふふっ」

 

笑みが浮かんでくる。

こんな時に、何でなのだろうか。

 

 

いや、そんなことを考える必要はない。

 

まだ完全に腕が治っていないレミリアと

右眼が潰れたままの私

 

 

 

同時に踏み込んで、剣と槍が、ぶつかった。



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本音

 

「——っ……なんとか、耐えたみたいね」

 

手元には無惨にも割れた水晶玉。

 

「わ、割れちゃったよ!?」

「でもなんとか無事みたいです」

「防ぎ切れてよかったわ」

 

一瞬、閃光が見えたと思った瞬間にとてつもない衝撃が結界の内側から発せられた。

結界がなければ周囲は跡形もなく吹き飛んでいたと思っていいだろう。

 

「それに……もうすぐ、終わるわ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………っあー」

 

一瞬、気を失った。

全身の骨の至る所が折れてしまっているらしい。

 

骨を残りわずかな妖力で再生した後、影も形もなくなっている右腕に気づく。

 

「くぅっ……」

「………」

 

まだ、立てるようだ。

私ほどではないにしても全身に傷を負っていて……なにより、レミリアも右腕がなくなっている。

さっき切断したのが治りきっていなかったからだろうか…‥それとも、さっきの衝突に巻き込まれて私と同じように消し飛んだか。

 

いずれにせよ。

 

「まだ……終わってないわよ」

「………そうだな」

 

妖力を搾り出し、身体能力の強化に回す。

少し頭がふらついたが気力で立て直す。

 

そうしている間に、レミリアが拳を振り上げ目の前まで近づいていた。

 

「づぅっ!」

 

避ける余裕もなく、顔に拳がめり込む。

 

「んなろっ!」

「がっ…」

 

お返しに服を掴んで、身体を無理やり引き戻して頭突きをかます。

 

「ふぅ…」

「はぁ…」

 

互いに息も絶え絶え、腕も失い、今にも倒れそうで。

向こうは身体の傷が治りきっていないだろうが、私は右目が潰れたままだ。

 

「はあっ!」

「があっ!」

 

もう、武器すら作る余裕も残っていない。

お互いに、不自由な体で泥臭く殴り続ける。

 

頭が揺れて。

身体がだんだん動かなくなってきて。

 

妖力もなくなってきて、殴り、殴られ。

 

それでも、終わらない。

 

でも、何故だろう。

 

 

互いの命を削り合っているだけなのに。

 

 

 

どこか楽しいと、そう思っている自分がいるのは。

 

 

 

今のこの気持ちは、戦いが楽しいとか、そういうんじゃなくて、もっと別の……

 

「くぅっ」

「チィっ」

 

足がふらつく、肩が上がらない。

まさに気力だけで立っている。

 

あと一発、あと一発と、己を立ち上がらせて、拳を握って。

 

 

「はぁ、はぁ………くっ」

 

 

レミリアの動きが一瞬止まる。

 

「いい加減に……倒れなさいよ!!」

「っ!」

 

目を見開き、叫びながら拳を向けてくるが、何とか反応して防御する。

 

「目障りなのよ!!何食わぬ顔でこの館に立ち入って、あなたを見てフランは笑って………あんたがいるとっ、私は……私は!」

 

表情を崩して、大声で叫んで。

感情を吐くのと同時に、拳が私に向かってくる。

 

「ぐぅっ」

 

顔に一発思いっきり食らったが、なんとか立ち続ける。

 

「死なないのなら失せろ!なんであんたはそうやって……あんたは一体……なんなのよ!!」

「知るかぁ!!」

 

思わず、口が動く。

 

「私が何かなんて……そんなの私が教えて欲しいんだよ!誰が私のことを証明してくれる!?ずっと、ずっと一人な私を……どこにいたって、誰といたって、ずっと孤独を感じて……お前に分かんのか!?私のこの気持ちが!!」

「そんなこと知るわけないでしょうが!!」

 

あぁ、そうだ。

互いに、そんなことはどうでもいい。

 

どうせ分からないんだ、それなら、拳で……

 

 

 

 

なんとなく、次が最後ということがわかった。

今までよりももっと強く、拳を握る。

 

 

相手の顔をまっすぐ見据えて、鉛のように重い体を動かして。

 

 

互いに拳を振り上げて。

 

 

「っ!」

「………」

 

 

相手に向けて……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

鈍い音が、私の顔から鳴る。

私の左腕は、空を切った。

 

身体が後ろにのけぞって、そのまま、仰向けに倒れた。

 

私は床に伏して。

レミリアは、立っていた。

 

「はぁ……はぁ……」

「……あー」

 

脱力感。

一気に体から力が抜ける。

 

「負けかぁ……」

「……チッ」

 

私の呟きに、レミリアが舌打ちをする。

 

「最後、わざと当たったでしょ」

「………」

「拳も、当てる気がなかった」

 

納得のいかない様子で、私を上から睨み付けるレミリア。

 

「この期に及んで、何考えてんのよ」

「何って……疲れたから」

「……はぁ?」

 

心底理解できないという表情だ。

 

「今、殺し合いの真っ只中ってこと忘れたの?」

「なら、今のこの無防備な私のこと殺してみなよ、できるんならね」

「………はぁ」

 

ため息を一度つくと、私と同じように仰向けに倒れたレミリア。

 

「ふざけんじゃ、ないわよ」

 

顔は見えないが、どういう気持ちなのかは察することができる。

 

「ふざけてないよ」

「さっきまであんなに殺意むき出しで戦ってたじゃない!」

「そうだな」

「じゃあなんで……」

「フランが、悲しむだろ」

「………っ」

 

戦っている時、結界が張られていたのには気づいていた。

でも、フランが私とレミリアの戦いを見ていたことは知らなかった。というよりは、考えもしなかったって言った方が正しいだろうか。

戦うことしか頭になくて、命を奪うことしか頭になくて。

 

「このまま果てるまで殴り合っても、どっちが死んでも、フランは悲しむ。……まあ、私よかお前が生きてた方が喜ぶだろうけどな、絶対」

「……そういうとこよ」

「……?」

「あんたのそういうところが、癪に触るのよ」

 

苛立ちと、悲しみが入り混じったような声を出すレミリア。

 

「最初に会った時もそう、自分のことなんか顧みないで、フランのことを考えて……まるで自分なんてどうなったっていいかのように」

「………」

「認められるはずがないじゃない、今までずっと……ずっと、あの子のことを考えて生きてきて、どうすれば助けられるのか悩み続けて……パチェにも色んなことを頼んだし、他のみんなにも色々迷惑をかけて……父様と母様だって……」

 

同じくらいの年数を生きてきても、彼女は私と背負っているものが違う。

家族がいるからこそ、辛いことがあるのだろう。

 

「それだけやっても、解決できなかった。それを、こんな場所で、初めて会った奴に、全部丸く収められて………まるで、私の今までを全部否定されたような気分で」

「それはっ」

「そう、あんたは自分だけの力じゃないと言った。それがなおさらムカつくのよ……自分より他人を優先して、フランを助けて、仲良くして、いい奴で………あんたと会えば会うほど、あんたと話せば話すほど、あんたを知れば知るほど、自分がこんな奴に劣った存在に劣る存在だと思わされて……敗北感、劣等感……だから、あんたを拒絶し続けた」

 

何度私が仲良くなろうと思って近づいても、むしろ距離が離れていくように感じていたのは、そのせいだったのか。

 

「本当は、殺してやりたかった。でも、フランはあんたが好きで……妹を助けてもらった恩はあるのに、感謝はしているはずなのに。それでもあんたを受け入れられない自分が、惨めで……」

 

今まで堰き止めていた感情を解き放つように、次々と自分の思いを言葉にしていくレミリア。

 

「あんたのことを知れば知るほど、自分がちっぽけな存在だと思わされて。それでも私に会いにくるあんたを見て、もっと惨めになって…………」

 

顔は見えないのに、その心のうちの思いが見えてくるようで。

 

「でもあの日、前にあんたが紅魔館に来た時に見せたあの顔」

「………」

「まるで死にたそうな……心の底から消えたいと願っているような、あんたの顔を見て、少し気になった」

「………意外だった?」

「あいつもあんな顔するんだ……って」

「そりゃ、するよ。私だって、色々あるんだから」

 

二人の顔が、浮かんでくる。

いつも一緒にいて、まるで親子のように過ごしていた、あの二人。

 

「……で、死にたそうな顔してたからわざわざ呼びつけたとか言うなよ?それだったらこんな決闘みたいにやる必要ないんだから」

「それは……」

「…………それは?」

「………」

 

なんで言い淀むんだよそこで。

 

「…………励まそうと、思って」

「………」

「………」

「………ぷっ」

「今笑ったな!?殺す!殺す!!」

「ごめんて」

 

いやでも、レミリアが優しい奴なのは分かってたけどさ。

 

「見てられないのもあったし……あんたがそんな顔してちゃ、フランが悲しむでしょ?」

「あぁ、そうだね……ありがと。なんで励ますことが殺し合いになるのかはわからんけど」

「色々気にしすぎなのよあんたは、妖怪なら妖怪らしく、自分のことだけ考えて生きてりゃいいのよ」

「それで殺し合い?」

「死にそうになったら本能かなんかで妖怪らしくなるでしょって」

「んな適当な……まあ、実際そうなったか」

 

……レミリアは運命を視れるんだったか。

なら、こうなることを知っていて、確信を持って行動に出たってことなのかな。

 

「でも、あんたは最後に手加減した。私やフランのことを考えて、負けを選んだ」

「………」

「あんたにも、妖怪らしい一面があると思って少し嬉しかったのに、あんたは……」

「……まあ、どっちも私だからね」

 

あの時の衝動、戦いの逸楽や、闘争本能のようなもの。

あれは紛れもなく、私のものだった。

 

「戦いを楽しむ私も、人のことばっか考えて勝手に傷ついてる私も……全部ひっくるめて、私なんだよ」

「………」

「とか言ってる私も、今までそんな自分を否定してきたんだけどさ………二人のおかげだよ、こう思えてんのは」

「はあ?」

「レミリアが私のそういう部分を引き出してくれたし、フランが自分の狂気と向き合ってるのを思い出したらさ。フランに偉そうに色々言った私が、自分の一面否定すんのもおかしな話だと思って」

「………結局人のおかげっていうのね、腹立たしい……」

「ごめんって」

 

数秒、何も言わない沈黙が流れる。

その間もずっと、フラン達は私たちを遠くから眺めていて。

 

「………色々、あったんだよ」

「………」

「でも、どれもこれも後悔ばっかでさ。予感はしてたはずなのに、認めたくなくって。それで結局、失って」

 

ちゃんと別れを告げることすら出来ずに。

 

「思い返せば後悔、後悔、後悔。悔いることしかなくって、過去の自分の選択を呪って、呪って、呪って…辛かったよ?でもさ、それを人には見せたくなくって、必死こいて隠して……でも、皆んな察しがいいからさ、すぐ気づいちゃうんだよ」

「あんたが分かりやすいだけでしょ」

「それもあるけどね?……無理に隠そうとして、逆に心配かけて。それでも相談したくなくって。それで苦しみ続けて……お前に胸を貫かれた時、思ったんだよ。全部、どうでもいいやって」

 

全てを投げ出して、自分の思うがままに生きる。

 

「でも、やっぱり私には、何も考えずに好き勝手にするなんてこと、出来なかった。レミリアでも色々考えて、悩んでるんだしね」

「………」

「やっぱり私は、人でありたいんだよ」

 

人としての私がいたから、今の私がある。

でも、妖怪としての私があったから、こうやってレミリアと話ができる。

 

「あんた人間じゃないでしょ」

「おっとそうでした」

「……もう、吹っ切れ、なんて無責任なことを言うつもりはないわ。ただ、あんたは自分のことを考えなさすぎよ。あんたがどういう奴なのか、私はよく知らない、けどね……」

 

他人ばかり優先して、自分のことをおざなりにしすぎだと、よく言われる。

それでも、私は……

 

「たまにでいい、自分に素直になりなさい」

「………」

 

レミリアの言葉を、私の中で何度も繰り返す。

 

「迷惑かけたくないんだかなんだか知らないけどね……時には自分に正直にならないと、いつまで経ってもしこりが残るだけよ」

「………私は」

「本当は泣き喚きたいんじゃないの?何かに縋りたいんじゃないの?私には、あんたが全部一人で抱えられるほど、強い奴には見えなかったわ」

 

………それは、私の問題だから。

私がどうにかしないといけないから。

 

「あんた、泣いたことある?」

「っ!」

「………ないの?……え、嘘、ないの?」

「……覚えてない」

「えぇ………」

「そんな引かなくてもいいだろ……」

「………まあ、そういうことよ」

 

レミリアの言葉の一つ一つが、私の中の何かに突き刺さる。

その違和感を掴みかけても、分からずに手放してしまう。

 

「あんたの性格は分かったけどね、自分の感情を無視し続けるのはよくないわ」

「……うん」

「迷惑かけるとか……他人のこと考えすぎよ。散々私に劣等感植えつけてくれちゃってるくせに」

「正直言ってそんなん知らん」

「でしょうね」

 

でも……そうやって、我慢するのが私だから…

 

「妖怪なんだから、人のことなんか気にせずに好きにやればいい。できないなら、たまにでも。……もし、それでも吐き出せなくて、詰まって、苦しくなったなら」

 

レミリアがほんの少しだけ顔を上げて、私の顔を見る。

 

「また、殺してあげるわ」

「………にこやかに笑いながら何言ってんだよ」

「あら、嫌だった?」

「嫌に決まってんだろ……でも、ありがと」

 

また、力無くどさっと倒れ込むレミリア。

 

「………」

 

槍と剣がぶつかって、右腕が吹っ飛んだ時から、フラン達のことには気づいていた。

だから、あの時感じた、楽しいっていう感情は、戦いを楽しむとか、そういうんじゃなくて、きっと……

 

「嬉しかった」

「……は?何よ急に」

 

レミリアが気色悪い、と言った様子で言ってくる。

 

「紅魔館とか、フランとか……私よりも色々背負ってるレミリアが、私に本気でぶつかってきてくれてるのがわかってさ……なんというか、対等って感じがして、嬉しかった」

 

今までにない体験っていうか。

ああやって、全力で殺しに来てるのをそう感じるのはどう考えてもおかしいけれど………

 

形はどうあれ、私も想われてるって思ったから。

 

「……私もよ。今までずっと避けてきたけど、あんたの弱いところを見て、親近感っていうか……私と同じで色々悩んでるってのが分かったら、少しだけ、嬉しくなった」

「歳も近いしな」

「フフッ、そうね」

 

重たい身体をどうにかして起こして、身体を浮かして立ち上がる。

 

「ん」

「………」

 

倒れているレミリアに左手を差し伸べて、そのまま身体を起こす。

 

「これでやっと、友達になれた?」

「………えぇ、そうね」

 

互いに左腕はないけれど。

通じることは、できたと思う。

 

 

 

「——お姉様!しろまりさーん!!」

「ハッ!?」

「待ってフランっ、今そんな速度で抱きつかれたら゛っ」

 

フランの突進を受けて、3人まとめて倒れてしまう。

 

「せっかく頑張って立ったのにぃ!」

「お姉様もしろまりさんも、無事でよかった」

「……えぇ、ごめんね、心配かけて」

「無事っつーか、二人とも左腕ないけどね?」

 

まあ命あるだけで無事と捉えるなら、そうだろうな。

時間かければ治るわけだし。

 

「それに、二人ともやっと仲良くなってくれてよかった!」

「そうだなぁ……レミリアが変な意地張らなきゃもっと早いうちに仲良くなれたんだけど、なあ?」

「はあ?」

 

おぉ怖い怖い……

 

「ところで、さっきまでの勝負結局どっちが勝ったの?」

「もちろん私よ、こんな奴に負けるわけないじゃない」

 

あ?

 

「最後手加減してやったんだけど?妹の手前負けたらカッコつかなくて可哀想だなって思って花を持たせてやったんだけど?わかんないかなぁ」

「へぇ?なら今から決着つけてやってもいいのよ?」

「上等だこらやってやろうじゃねえか」

「ほら、気が合うって言ったでしょ」

「「合わない」」

「ね?」

 

……色々、辛いことはある。

やり直したくてもやり直せなくて、後悔ばかりが募っていく。

 

なら隠すのはやめて、向き合おう。

悔やんで悔やんで、悔やみ続けて。

そして、次のことを考えるんだ。

次は、後悔せずに済むように。

 

 

 

……でも、今は、今だけは。

 

こいつらと、笑っていよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「遅くなってごめん」

 

目の前の大きな墓石に向かって、そう語りかける。

 

「あと、死に目にも会わなくて、ごめん。本当に後悔してる」

 

自分が辛いからって、逃げた。

 

「もっと大きな後悔も、残しちゃったし」

 

相手のことも考えずに、逃げた。

 

「でもさ、ようやく前向けそうだよ」

 

逃げたから、振り返って向き合う。

 

「悲しいことの方が多いけどさ、いいこともあったんだ」

 

私に、ありのままの本音をぶつけてくれた人。

 

「あなたを失って、苦しんで……そのおかげでいい友達が一人増えたんだ」

 

本気で戦った。

 

「だからさ……私頑張るから、見守ってて欲しい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……?今、誰かいたような……」

 

博麗の巫女が、不思議そうに首を傾げた。



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浮かんで

 

「ほんっとうに……ごめん!」

「分かりましたから……何回謝るつもりですか…」

「あと20回」

「勘弁してくださいよ……」

 

とりあえず、文に謝りに来た。

色々と気にかけてくれてることは知ってるし、その分心配も迷惑もかけてるから……

 

「……まあ、普段通りのあなただなぁとは思いますけど……何があったんです?そんな急に……」

「レミリアに心臓をグサってされてなんかそのまま頭が変になって殺しあってたら色々と吹っ切れた」

「すみません情報量多いです」

「毛玉もそう思う」

 

つまり色々あったってことなの。

 

「………一応聞きますけど、無理してませんよね」

「めっちゃしてる」

「え」

「けどさ、無理にでもこうしてないと進めないからさ」

 

嘆かないってわけじゃない。

でも、いつまでもそうしていても、何も変わらないのは事実だ。

 

「今は、無理してでも前向いてたいからさ」

「はぁ……なんかよくわかりませんけど、色々あったんですね」

「あったねぇ、色々……」

「以前会った時は自死でもするんじゃないかって雰囲気でしたから」

「流石にそれは……」

 

いや、それだけ心配かけてたってことだろう。

あと40回くらい謝った方がいいかな。

 

「立ち直るんだったら私を頼って欲しかったって、ちょっとだけ思いますけど」

「あー……別に私も今回のに関しては自分からじゃなくて、向こうがなんか私に突っかかってきた感じだし……」

「……なら、私も無理にあなたに突っかかればよかったと?」

「そうは言ってない」

 

そもそも、あんまりそういうことで人を頼りたくない。

自分でなんとかしたいって、どうしても思ってしまう。

 

「………左腕、義手じゃなくなってません?」

「そう!見てこれ大体100年ぶりの生の肉だよ!」

「言い方……」

 

あのあと、結局レミリアも私も、私が帰るまでにはお互い腕を生やしていた。

吸血鬼も大概再生能力高いよね。

 

「治ったんですか?」

「いや、動くってだけ、感覚はないよ。それに指もなんか不自由だし」

 

戦ってる時は気にならなかったが、この腕で日常生活を送ってると動かなかったり感覚なかったりで結構不便である。

他の義手をつけようにも、根本の部分から再生しちゃったからそういうわけにもいかないし。

 

「だからまあ、このあとにとりんのところ行って話してみるつもり」

「そうですか……早く、治るといいですね」

「……そうだね」

 

ちゃんと治っていれば……

いや、そもそもこんな呪い食らってなけりゃあ……

 

「……募るのは後悔ばっかだ」

「え?」

「でも、それでも前向いていられるのは……生きていたいって、思えるのは、間違いなく文やみんなのおかげだよ」

「なんですが急に……気持ち悪い」

 

酷い。

 

「焼いて食ってやろうか」

「烏って美味しくないんですよ」

「そう?案外いけたけどな」

「………え?」

「まあ下準備はめんどくさかったかなあ……まず毛を」

「いいです、結構です」

「あ、そう?」

 

まあ好んでは食べないかなあ………

 

「この後はどうするんですか?」

「心配かけた謝罪回り」

「律儀ですね……なら、柊木さんと椛にも、ついでにあってやってください。二人とも顔に出したりわざわざ言ったりしませんけど、心配してたと思いますから」

「あー……うん、そだね」

 

あいつら二人揃って無愛想で仏頂面だからなあ……

椛は見た目はいいけど言動が危険だし。

柊木さんは中身はまともだけど目つき悪いし、足臭だし。

 

「誇芦ちゃんには謝ったんですか?」

「ちゃん……?いや、まだちゃんとは……一番近いし、なんか後でいいかなぁって」

「駄目ですよそれ、嫌われますよ」

「うぃっす」

 

……誇芦ちゃんかぁ。

……私は毛糸さんなのに。

 

「はぁ……椛と柊木さんはともかく、にとりんに会うのがなあ……ねちねち言われるんだろうなあ……」

「自業自得ですね」

「そうだけど……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、なんでここに来るのよ」

「一回クッション挟もうかなって……」

 

次に訪れたのはアリスさんの家。

 

「クッション?」

「みんなに謝ってたら、毎度のごとく呆れられるわ、冷ややかな目で見てくるわ、私の非をこれでもかとついてくるわ、語気強いわ、全部私が悪いから何も言い返せないわ……あまりに辛いから一旦緩衝材を挟もうかと」

「私も罵倒していい?」

「泣いちゃうからダメ」

 

アリスさんはいい人だ。

気遣いできるし、優しいし、基本何でもできるし、紅茶美味しいし、紅茶美味しいし、紅茶美味しいし。

 

「ふぅ……味と匂いがするっていいなぁ」

「………え?」

「あ」

 

やっべ口滑らした。

 

「………」

「やめて、何も言わないで、せっかく逃げてきたのにこっちでもダメージ負ったら私はダウンする自信がある」

「……治ったなら、いいけれど」

 

治ってない。

微かにだが、感覚が戻ってきているというだけ。

 

それでも、分かるっちゃ分かるようになったから、マシだろう。

でも味覚が鈍いのは精神的にも辛いから、早く治ってくれ。

 

一応、日に日にマシになっている、はず。

 

「そうだ、一応言っとかないと」

「ん?何かしら」

「さっき行った紅魔館での一件の時、なんていうか……身だけじゃなくて心まで妖怪になったらっていうか……」

 

あの時の感覚。

今思い返せば、冷静さを欠いていたとも思えるし、理性が吹っ飛んでいたとも思える。

 

だって普通に考えたらフランの姉なんだから戦わずに逃げるでしょ、そりゃものすごい勢いで心臓ブッ刺されたけどさ、それまでに逃げろよまず。

なんでフランの姉なのにマジで殺しに行ってたんだ私は…

 

あれ含めて、私なんだろうけれど。

 

「それで?」

「………こんなことできるようになった」

 

手のひらに妖力の塊を作り出す。

 

「………毛玉?」

「そ、毛玉」

 

毛玉のような形をした、妖力弾。

形自体はただの丸とほぼ変わらないけれど、毛玉と呼ぶからには毛のようなものがヒラヒラとしている。

 

「なんか妖力に関して急に器用になって……」

「それで、毛玉」

「なんか複雑なのも感覚ですらっとできるようになっちゃって、レーザーとかもなんか出たからじゃなくて妖力の塊から出せるようになったし……幽香さんの能力も扱い方が上手くなったし……」

「ふぅん……」

 

なんか、星みたいなの出したり、やたら発色の良いのも出せたり……霊力も、氷生成の方はあまり変わりがなかったけれど、弾幕の生成という点では妖力と同じようになっている。

まるで自分の手足のように感じるというか。

 

「さっき言った、心まで妖怪になったっていう言葉……それを踏まえるなら、一回精神まで妖怪となったことで、妖力への理解が深まった……とかかしら。正直よくわからないけれど」

「あー……そもそも毛玉って精霊の類みたいだし、そもそも身体自体霊力でできてるから……今までは完全な妖怪じゃなかったってこと?」

「完全とか不完全とかの定義が必要とは思えないけれど……大体そんな感じになるのかしら。まああなた持ってる妖力の割には妖怪って感じしないしね」

 

まあ貰いもんだし。

 

「妖力もちょっと増えたような気がするし……気持ちの持ちようでこんなに変わるもんなんだね」

「妖怪自体、精神の異常が重大な問題になったりするし、ない話じゃないのかもしれないわね」

「それでも私は、今のままがいいかなあ」

 

あれは私の中の妖力が思わせた感情だ。

それを否定するつもりはないけれど、私だってもともとは人間だし、今までも中身は人間だって思いながら生きてきた。

 

……思えば、妖怪相手だと割と容赦なく命取りに行ってたような気もするけど……ああいうのに躊躇しなかったのも、妖怪どうこうとかの話なんだろうか。

 

「……大丈夫、なのよね」

「へ?」

「今はだいぶマシになったように見えるけれど……あの時は、辛そうだったから」

「あー……」

 

私ってば、余程の表情をしていたようだ。

 

「吹っ切れたとは言わないけど……楽には、なったよ」

「……そう」

「整理はついたし、前を向くのも、苦じゃなくなった」

 

悲しいし、辛いし、後悔しかない。

それは今だって変わっていないし、変えたいとも思わない。

 

もっと苦しんで、苦しんで、苦しむべきだと、私自身が思っている。

 

だけれど……

 

レミリアの言った言葉が、私の中で突っかかっている。

 

「………私さ」

「ん?」

「泣いたことないんだよね」

「………そう」

 

あの後、戻ってきた私にも聞いたけれど、りんさんが死んだ時も泣かなかったらしい。

そして、巫女さんの時も………

 

「私……友達が死んだときも泣かないような奴なのかな」

 

いや、泣くってだけじゃない。

悲しみを、自分の中の悲しみを、外へ押し出したことがないのかもしれない。

 

「別に、泣くことがそんなに大事なことだとは思わないけれど」

「吐き出せばいいって、言われちゃってさ。悲しい時って、泣くもんでしょ?」

「………」

 

泣くって、何なんだろうか。

 

「大事な人を二人失って……打ちひしがれても、涙一つ流さないで……泣かないから、吐き出せないんじゃないかって」

「………」

 

泣く前から、私の涙は枯れているのだろうか。

 

「自分のことって、自分でもよくわからないものよね」

「え?……まあ」

「だからさ、今は泣けなくても、いつか泣ける日が来ると思うわ」

「そんな……これだけあって泣けないんなら、私は……」

「泣く時って、悲しい時だけ?」

 

その言葉に、思わずアリスさんの顔を見る。

 

「嬉しい時も、泣くでしょう?」

「………」

「何だっていい、涙じゃなくたっていい。いつか、あなたが全てを吐き出せる時が来たなら、その時に全部吐き出してしまえばいい。今まで溜め込んできて、我慢してきたあなたの思いを」

 

いつか……か。

 

「……来るかな、そんな時が」

「来るわよ、だってあなた、妖怪じゃない」

 

……妖怪、かぁ。

 

「……そうだね」

「………その顔見れて安心したわ、これ使う必要がなくなったし」

 

アリスさんが小さな紙袋のようなものを取り出す。

 

「なんそれ」

「薬」

「……なんの?」

「鬱に効果がある独自配合の危ない奴」

「マジでごめんほんとごめん元気になるから勘弁してください許してください心配かけてごめんなさい」

「怯えすぎよ……まあ、治験も何も試してないし、あなたの場合本当に副作用で死にかねないから、元より使う気はなかったけれど」

「び、ビビらせやがって……」

 

………でも、それだけ心配かけてたってことだよなあ。

 

「……ありがと、心配してくれて」

「当然よ、友達なんだから」

 

さて、誇芦にかける言葉でもゆっくり考えるとするか……

 

「ついでにこの別の薬も試して欲しいんだけど」

 

急いで帰った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………え、なに?」

「土下座」

「何で帰って扉開けて最初に見るのがもじゃもじゃが床に擦り付けられてる絵面なの」

「初手で土下座することによって謝罪の意思を見せようとしています」

「自分の口で説明するんだ……」

 

誇芦が帰ってくる30分くらい前からこの姿勢でスタンバイしてました。

今考えたら帰ってきたなら妖力でわかるんだから、そんなことしなくてもよかったのになと、後悔したのが3分前です。

 

「えーと……とりあえず中入っていい?邪魔なんだけど」

「申し訳ございません、どうぞお通りください。なんなら踏みにじって通ってくださっても構いません」

「なんか気持ち悪いからやめてそれ」

「ウィッス」

 

立ち上がって、私よりちょっと高い誇芦の、何か言いたげな顔を見つめる。

 

「色々、ごめん」

「私はいいよ、ここ数日で、なんとなくマシになったんだなってのは分かってたし」

「謝るの遅くなったのも含めて、さ」

「そんなこと……私より、チルノ達に……」

「明日謝るよ、もう暗いし……多分、お前に一番心配かけたからさ」

 

誇芦に謝りたいって気持ちももちろんあるし、何より、ちゃんと謝らないと、私がもやもやしてしまう。

 

「言いたいことは、分かるよ」

 

私が続きの言葉を口にする前に、誇芦が先に切り出す。

 

「心配かけたくないってのも……伝わってきたし。きっと、踏み込んで欲しくないことなんだろうなって、分かったから」

「………」

「だから……あの時は、そっちの気持ち考えずに、ごめん」

 

何で私謝られてんだ?

 

「……自分のことは、自分でどうにかしたいって気持ちはほんとだよ。その割に他所の事情に首突っ込むのも……昔っから。私ってさ、そういう奴だからさ……心配してくれてる奴からしたら、怒るのも当然だと思うよ」

 

いつも言われている通りだ。

人のことばっか考えて、自分のことはどうでもいいかのように振る舞う。

 

「私は……最近やっと言葉を交わすようになって……だから、上手く……」

「付き合い方が分からないってんなら、私も一緒だよ」

 

アリスさんと一緒にいた頃は、こんなことはなかったし。

生きれば生きるほど、助けを求めるのが、怖くなって。

 

「だからさ、これからは私のこと、ちゃんと話すよ」

「話す……って」

「言ってないこと、色々あるんだ」

 

こいつは、私と出会ってしまったから今の姿になった。

私と出会ってしまったから、森を離れて、こんなところにいる。

 

なら、話そう。

誰にも言ってないことを、私を。

 

そして、いつか、あいつにも……

 

「私ね———」



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化物扱いされてる毛玉

いくつかのお知らせが活動報告にあります、時間の空いた時にでもどうぞ。


 

「毛糸さん、マシになったらしいですよ」

「へぇ」

「素っ気無いですね」

「最近会ってないしな」

「まあ、そうですけど」

 

互いに休みになって、あてもなくふらついていると、椛と出会って、立ち止まり、流れていく川を見つめる。

 

「お前も暇か?」

「えぇ、まあ」

「お互い、何の趣味もないんだな」

「そうですね」

 

やりたいことも、特にない。

ただただずっと、流れていく時間を見過ごすだけ。

 

「強いて言うなら、鍛錬ですかね」

「今日はやらないのか?」

「今まで磨き上げてきたものって殺すための技ですし、これから先のことを思えば、もっと他の時間の使い方を探した方がいいのかな、と思いまして」

「これから先ねぇ……」

 

俺みたいな小物には、何が起こるのかさっぱりだが。

何かが変わるんだろうなって予感は、確かにある。

 

「柊木さんこそ、何かないんですか?」

「あー?強いて言うなら……美味いものを、食べるくらい?」

「つまらない人ですね」

「おう悪かったな」

 

俺みたいな奴に面白みを求めるのが間違いだと思うんだがな。

せめて足臭までにしとけ、いや嫌だけども。

 

「……いい天気ですね」

「……そうだなぁ」

 

ずっと見てきた、変わらない風景。

 

「せっかくですし毛糸さんのところ行きましょうか」

「そうだな……あ?」

 

突如として変化が訪れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………」

「………」

「おう、何見てんだよ」

「無様だなあ、と」

「見せもんちゃうぞ!散れ!散れ!」

 

簀巻きになって木の枝から吊るされたもじゃもじゃが、身体をくねらせながら抗議してくる。

 

「ってか、何二人してわざわざこんなところに……ハッまさか……ま、また山に面倒ごとが…?」

「別にそんなんじゃないが」

「お前らの山呪われてんじゃねーの……?いっそ山の頭すげ替えたら?」

「違うって言ってるだろ、てか冗談でもやめろ、洒落にならん」

 

過去最大に面倒なことになりそうだから本当に勘弁して欲しい。

 

「毛糸さんこそ、なんでそんな無様で惨めな姿になってるんですか」

「めっちゃ言うね?いやさ……紆余曲折あって、大ちゃんとチルノに怒られて巻かれて吊るされた」

 

昔もこんなことあったなあ、と遠くを見つめて呟く毛糸。

あれだけの力持ってるのに妖精にこんなにされるんだもんな……相変わらず、威厳もへったくれもない。

 

「……で、結局どんな厄介ごとを持ってきたの?」

「いや違いますって」

「お前ら二人で私のとこくるとか今までなかったじゃん。じゃあ何か?暇だから遊びに来たとでも言うつもりか?」

「そうだな」

「そうですね」

「マジ?」

 

文はともかくとして、俺は本当に山から離れたところに行かないからな……

 

「…‥そうなった経緯は?」

「二人とも暇だったので、最近様子がおかしかったらしい毛糸さんをからかいにきました」

「帰れ」

「そんなこと言っていいんですかー?」

「あ、おい待て何をする!!ゆ、揺らすなっ、揺らすなぁっ!」

 

揺らすだけか……優しいな。

 

「フンッ」

「あ、抜けた」

 

抜けようと思ったら抜けられるんだよな、こいつ。

一瞬毛玉になってたが、あの程度普通に力で捩じ切れそうなもんだけどな。

 

「別に私のこといじりにくるのはいいけどさ」

「いいのか……」

「その…‥何?二人でゆっくりその辺散歩してきてもいいんだよ?」

「何でです?」

「あー、いや、うん、何でもない」

 

文からは随分と様子がおかしい様子がおかしいと言われ続けたが……特に普段と変わらない。

いつも通りの、おかしな奴だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はいどうぞ……何の面白みもない家ですが」

「…‥そういや俺、中に入った記憶がないな」

「そうだっけ?」

「記憶に残ってないってことは、あっても一回とかでしょうね。ちなみに私は一度一人でお邪魔してますよ、ちゃんと覚えてます」

「だからなんだよ」

 

生活感のある家。

所々修繕したような痕跡があるが、基本は綺麗に整頓されていて、掃除とかもそこそこまめにしているように見える。

 

「うわ白っ」

 

奥の方にいた、一人の見慣れない妖怪が俺たちを見てそう呟く。

 

「彼女が?」

「うん、元イノシシ」

 

あぁ、話には聞いていた……

 

「3人固まると白っ」

「そうですか?山に来たら白狼天狗が掃いて捨てるほどいますよ」

「まあ確かにこう見たら全員頭白いからな」

「私たちは見慣れてるから、そうも思わないけど」

 

天狗は割と色で見分けがついたりするからなぁ……

 

「なんか毛糸が増えたみたいで気持ち悪いから外出るね……」

「おいどういう意味だコラ」

「そのままの意味だけど?」

「お前今日の夕飯覚えとけよ」

「何かしたら突進するだけだからあ」

 

………出て行った。

悪態はついていたけど、要するに居心地が悪いのと、気を遣ってくれたってことなんじゃないのか、あれ。

 

「仲がいいんですね」

「あ?そりゃまあ……付き合いは結構長いし。好きなとこ座っていいよ、でもここは私のところだから」

 

そう言って大きな座布団のようなものに埋まる毛糸。

……楽しそうだな。

 

「せっかく来てくれたけど、特になんもないんだよね……あ、海苔ならあるよ、食べる?」

「なんで海苔なんだよ」

「いただきます」

「え食うの?……じゃあ俺も」

「どぞ」

 

……食感がいいな。

 

「最近ちゃんと会って話することありませんでしたし、そちらは色々あったと聞きまして」

「それで話聞きに来たと?お前らそれは流石に暇を持て余しすぎだろ」

「お前が言うなお前が」

 

こいつにだけは暇とか言われたくない。

 

「別に話すのはいいけども……何話したもんかなぁ」

「文さんから毛糸さんの様子については何度か聞いていました、今はどうです?」

「ん、見ての通り」

 

両手を広げて自分を強調している。

別に普段と何も変わらない様子だが……

 

「文さん、それはもう物凄い心配っぷりでしたよ」

「うん知ってる……悪いことしたとは思ってる」

「お前がそこまで変わるってことは、何かしらがあったんだろうとは思うが……」

 

さて、何があったか聞くべきか、聞かないべきか。

 

「言いたくは、ないかな、あんまり」

 

少し、暗い表情でそう言った毛糸。

 

「……んまああれだよほら、昔私がこの家に引きこもってたころあったじゃん、ここを離れる前の」

「あったらしいですね」

「あれと大体同じだよ」

 

わからん……

 

「いやあ……文には言わないで欲しいんだけどさ、気づいたら指は自分で取ってるし味覚と嗅覚はなくなるしすぐ放心するしで、ついでに心情的にも辛くって……」

「さらっととんでもないこと言ってないか」

 

味覚と嗅覚がなくなって……自傷行為か?

 

「よく今そんな茶化した感じで話せますね……」

「まあ過ぎたことだしぃ?文に聞かれたらしつこく追求されそうだから言わないだけで」

「分かりました伝えておきますね」

「やめい」

「しつこく追求されそうって部分を」

「そっち?いやでもやめい」

 

………想像もつかないな。

精神が病むって奴だろうか、普段から普通じゃない言動をしてる奴ではあるが……

 

「で、何で立ち直ったんだ?今そんな風にしてるって事は、何かあったんだろ?」

「そーなの!って、文からは聞いてないのか」

 

文には言ったのか。

毛糸と文はよく会ってるし……まあ、文が一方的に心配してるっていう構図な気がしないでもないが。

 

「まあ色々あってさ、全部語ってると時間がかかるから色々端折ると」

「別に私たち暇なのでゆっくり話してくれてもいいんですよ」

「私が面倒臭いから端折ると」

 

わざわざ言い直すか、そんなに面倒か。

 

「心臓ブッ刺されてなんか闘争本能が湧き上がってきてガチンコぶっ殺し合いしてたら色々吹っ切れた」

「端折りすぎです」

「同感」

「色々あったんだよ……色々、ね」

 

なんか遠くを見つめて口角を上げながらそれっぽく言うのやめろ。

普通に腹立つ。

 

「そう!そんなことより私心臓貫かれても何とかなったんだよ!治ったんだぜすごくね!?」

「別に意外じゃないですけど」

「同感」

「えっ」

「もとより化け物なのは承知の上ですし」

「同感」

「えっえっ」

「もしかして自分は普通の妖怪として扱われてると思ってたんですか?だとしたら相当な間抜けですね」

「同感」

「えっえっえっ」

 

自分が山を訪れる度に天狗達がざわついているのを知らないのだろうか。

 

「こんなに親しみやすくて賑やかで頭もじゃもじゃで友好的なのに?」

「そういう点が普通じゃないとも言うんだよ」

「そもそも実力的な話ではありますが……」

「そんなこと言い出したら椛だって普通じゃないやん!」

「私はちょっと殺すのが得意なだけです一緒にしないでください」

「いや同じ穴の狢だと思うが」

「次舐めたこと言ったら足首の骨折りますよ」

 

脅迫……

 

「妖怪の山を普通に出入りする、気軽に地底に侵入する、幻想郷の反乱者や吸血鬼を制圧する、妖怪の賢者とも繋がりがある、などなど………さて、普通の妖怪である根拠はどこにあるでしょうか」

「ぐ、ぐぬぬ……吸血鬼に関しては私そんなに大そうなことしてないもん!誇大な噂だし!」

「じゃあ他は?」

「事実です」

「そういうことです」

「ぐ、ぐぎぎ……」

 

何で今更否定しようとしてるんだよ、なんなら出会ったころから普通の妖怪じゃないっての。

 

「そもそも普通の妖怪の定義ってなんだ」

「………」

「………」

「答えられないのかよ」

 

種族の中での普通なら定義付けることもできるが、色んなやつ……それこそ毛玉の妖怪とかいるのに、普通もくそもないんじゃないか。

 

「まあ、さ。暇だから来たのか気になって来たのかわからないけど……私はこの通り、平気だからさ」

「正直そんな毛糸さんを見たかったという気持ちはあります」

「あらそう……」

 

見たかった、というか。

想像つかないから、気になるって感じだ。

 

「……いいよなぁお前らは、同族いっぱいいて」

「どうした急に」

「毛玉なんて探せばいるじゃないですか。……そうでもない?」

「そういう問題じゃないんだけどさあ……ごめん、やっぱ今の忘れて」

 

同族なんて、わらわらいるだけでそこまでいいものでも……すぐ裏切ったり馬鹿したりする奴いるからな……

 

「………身近な人なら、さっきの妖怪がいるじゃないですか」

「違うんだよ……いや、違わないんだけど、そうなんだけどね……?」

 

その表情からは、どこか諦観したような……

 

「……ま、そんな話は置いといて。思い出話でもする?」

「そうですね……吸血鬼異変のこととか、何があったのかちゃんと聞いてはなかったですし」

「俺特に何も話すことないんだが」

 

他愛のない話が、続いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どう思いました?」

「何が」

「毛糸さんですよ」

「どうって?」

「様子ですよ様子」

 

帰り道、唐突に椛がそう聞いてくる。

 

「いつも通りに見えたけどな……いつも一緒にいるわけじゃないし、あいつも立ち直ってはいるんだから、様子の違いなんてわからんだろ」

「まあそうですが……思い出してみてくださいよ」

 

ほらあの時、と指をくるくる回しながら想起を促してくる。

 

「毛糸さん、何があったのかは詳しく言ってくれませんでしたけど、数十年くらいどっか行ってた時期があったじゃないですか」

「あー……俺があの薄気味悪い刀ずっと預かってた時か」

 

そういやあれを取りに来たの随分後だったような……

 

「遠出してしばらく帰ってこないような心境にはなったと思うんですよね、あの時と同じことがあったっていうなら……」

「……無理して平静を装ってると」

 

それを踏まえて思い返せば、確かにところどころの動きや話し方がぎこちなかったような気がしないでもないが……

 

「というかお前、毛糸の様子くらい普段から見れただろ」

「なんで特に理由もないのに知り合いの私生活覗かなきゃいけないんですか、非常識ですよ」

「お前常識的なのかそうじゃないのかはっきりしろよ」

「あなたを黙らせるためになら非常識にでもなりましょうか?」

 

当たり前って言えば当たり前なんだがなぁ……

 

「柊木さんって、割と普通そうでしたよね」

「あ?」

「あなたも友人無くしてたじゃないですか」

「あー」

 

そりゃまた随分前のことを……

 

「なんともなかったんですか?あの時」

「さあ、覚えてないな」

「覚えてないってことは特に何もなかったってことですよね」

 

名前……なんだったっけか。

 

「まあ…別れっていうよりは決別だったしな。勝手に裏切って勝手に処刑されたやつに流す涙は持ち合わせてねえよ」

「冷酷な人ですねぇ、柊木って名前つけたのその人とか言ってませんでしたっけ」

「最近は足臭って呼ばれることの方が多いけどな?」

「お気の毒です」

 

言い出したのお前だろうが。

……何も、なかったわけじゃない。

多少は気分も落ち込んださ。

 

「ま、あいつがいなくなったとしても、お前らがいたからな。うるさくてめちゃくちゃで、賑やかな奴らが」

「………なら、もし私が死んだら?」

「お前が死ぬような時は先に俺が死んでるだろ」

 

……まあ、もし本当に死んだとしたら。

 

「もし死んだら、盛大に悲しんでやるよ」

「……じゃあ私は、柊木さんが死んだら鼻で笑っておきますね」

「おう盛大に笑っとけ、鼻歌でも歌ってろ」



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無理やり行く毛玉

 

「今度はどこ行く気ですか!!」

「ただ紅魔館に行くだけだってっ、友達と会うだけだからっ!」

「そんなこと言って帰ってきたら左腕ぶっ壊れてたんだぞ!」

「ごめんね!!」

 

大ちゃんとチルノに両腕を掴まれて、出かけるのを阻止され続ける。

 

「毛糸さん目を離したらすぐ怪我したり落ち込んだりするんですもん!」

「ほんとごめんね!!」

 

いや本当に心配かけて申し訳ない……それはそうと行かせて…

 

「いつも勝手に落ち込んだり怪我したりして勝手に立ち直ってるし、ばかは目を離したらだめだ!」

「お前に言われたかねえんだよバカチルノ!でもごめんね!!」

 

申し訳ない気持ちがどんどん込み上げてきて、なんかもう辛い。

 

「あっほころん!」

 

近くを通った誇芦を呼ぶ。

 

「助けて!この二人説得して!私のこと離してくれないの!!」

「………へっ」

「へっ!?」

 

お前それなんの笑い……ちょおま、どこ行くねーん!!

役立たずが……

 

「意地でも離さない気かっ」

「離しませんっ!」

「それなら……強硬手段!」

 

両腕を掴んでいる二人に霊力を少しだけ流して浮かせる。

 

「テメェら連れて行きゃいい話だーっ!!」

「なああああっ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「という経緯がありまして」

「すぅ……すぅ………」

「うん、寝てるね」

 

二人をそのまま無理やり連れてきたはいいけれど、普通に美鈴さんが寝てた。

 

「こいつなんだ?」

「門番」

「門番って寝るの?」

「寝ない……いや寝るとは思うよ?生物だし」

 

ここへ来て寝てる時は、肩を叩きながら、起きるまで段階的に力を上げていって痛いって起きるまでやってるけれど……

 

「すごい気持ちよさそうに寝てますけど……」

「なあチルノよ」

「なに」

「お前が寝てる奴にする悪戯と言ったら?」

「氷漬け」

「よし行け」

「よっしゃー!」

「えぇ……」

 

チルノが足元からゆっくりと凍らせていく。

私も何度かやられたことある、大体すぐ起きるけど。

だからまあ、凍り切る前に起きるとは思うんだけど……

 

「………」

「………」

「……起きませんね」

「寒くないの…?」

「ばかなんだろ」

 

せめて寒がれよ、なんで顔色ひとつ変えねえんだよ、なんなんだよこの人。

これで門番やってるってマジですか?

 

「あぁ……体のほとんど氷に埋もれちゃった」

「あたいが凍らすのうまいってことだな!」

「多分この人が鈍感すぎるだけだよチルノちゃん」

 

ここまで起きないんだったら、もう無視して通りたくなっちゃうんだが……

そういうわけないかないかぁ。

 

「しゃーない、起こすわ」

「どうするんです?」

「こうやってちょっと妖力を腕に込めてだな」

 

氷が砕ける程度の力を込めて、拳を氷に向けて振り抜く。

 

「そおい」

「ほわああぁあぁああっ!?」

「あ、起きた」

「すごい驚いてますよ」

「なななんですか一体……てかさむうっ!?つめたぁ!?」

 

全身の氷砕けてから温度実感してるよこの人。

 

「おはようございます」

「え?あ、おはようございます……なんか私めちゃくちゃ体冷えてるんですけど」

「寝てたんで悪戯してた」

「普通に起こしてくれれば……ん?後ろの二人は?」

 

私の後ろに控えていた二人の姿を美鈴さんが見つける。

 

「友達、一緒に中入っていいかな」

「見た感じ妖精ですかね?まあ……妖精なら問題ないと思いますよ。毛糸さんの友人ならなおさらです」

「そっか、どうも。えーと……青い方がチルノで、緑の方が大妖精っての」

「初めまして、大妖精さん、チルノさん。紅魔館門番の紅美鈴も申します」

「は、初めまして…」

「うむ、くるしゅうない」

 

このバカは自分をなんだと思ってるんだ。

 

「それはそうと美鈴さん、寝てばっかで大丈夫?全然気づかなかったし」

「悪意もって近寄られるとなんとなく分かるんですけどね……毛糸さんは顔見知りなのと普通に良い人ですし。妖精は純粋でなかなか……」

「咲夜に怒られない?」

「めっちゃ怒られます……」

 

でも寝るのをやめないと……

恐ろしいほどの眠りへの執着、私最近不眠気味だから見習った方がいいのかもしれない。

 

「まあ私なんかと話しててもなんですし、中はどうぞ。お嬢様もきっとお喜びになります」

「どうだか」

 

あれ以来くるのは初めてか。

そんなに時も経ってないとは思うんだけど……

 

「門番って寝るのが仕事なの?」

 

門を通ってすぐにチルノがそう聞いてくる。

 

「普通は違うけどあれは美鈴さんがダメダメなだけ」

「聞こえてますよー」

「聞こえるように言ってるからねー」

「えー」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「赤い」

「赤いですね」

「赤いよなあ」

 

スカーレットって名乗ってるだけはあるけれど……あれか?血の色を誤魔化せるとかそういう理由でこの色チョイスしてないよな?

別に見た目が赤いってわけでもないしなレミリアとフラン……目は赤いけれども。

 

「なんか流れに任せてきちゃいましたけど、本当によかったんですか?」

「あ」

「ど、どうしたんです?」

「そういやここ妖精メイドとかいたんだったわ……」

「妖精の?」

 

わらわらいるけれど、なんか怖がられるし存在感もそんなにないしで、ほとんど記憶に残ってなかった。

 

「あ、どうせなら二人も雇ってもらう?」

「嫌です、絶対嫌です」

「あたいは生まれながらに自由だ、何にも縛られないんだ」

 

なんかチルノが変な言葉を覚えてるんだが、これって誰のせい?

私か。

 

「青い方はともかく、緑の方は賢そうなので大歓迎なのですが」

「あ、咲夜。ごめんね急に来て、人も多いし」

 

また、いつものように咲夜が急に目の前に現れる。

 

「いつものことですしお気になさらず。妖精も、この館にも何人もいますし」

 

この館、明らかに見た目以上に広いからなあ……そんなに広くてなんに使うんだよってくらいには。

その分大量に妖精メイドもいるわけで……それをまとめ上げてる咲夜は本当に優秀だと思う。

時間操れるし。

 

「お嬢様でしたら、今は大図書館にてパチュリー様と何かを話されているみたいですが……」

「んー……迷惑かもしれないけど、他に用もないし案内してくれる?」

「かしこまりました、ではこちらへ」

 

ちなみに私はまだ一人だと余裕でこの館で迷える。

だって広いんだもん、何度壁ごとぶち抜いてやろうと思ったことか。

 

「お二人はどういう用で?友人だと言うのはわかりますが」

「親分だ!」

「お前は黙ってなさい。んまあ……この前の出来事話したら、心配でここに来るの止められてさ、なんやかんやで連れてきたちゃったんだけど……まずかったりする?」

 

私はともかくとして、関係ない二人を連れてきたのは完全にその場のノリだったから……

昔から考えなしなのは変わらないか。

 

「別に構いませんよ。特に、暴れたり、しなければ」

「お、やんのか?」

「チルノちゃんなんで喧嘩腰なの」

「人様の家で暴れるような奴じゃない、はず……うん………」

 

チルノに分ってんだろうな?という視線を送る。

気づかれなかった。

 

流石に暴れたりはしないはずだけど………うん、私の家でいつも暴れてるからなあ……

私の家はあいつの城らしいが。

 

「あの……一応いいですか?」

 

咲夜が心配そうに尋ねてくる。

 

「以前のようなことは起こさないでくださいね…」

「……私じゃなくて、レミリアに言った方がいいんじゃないかな」

「それは…まあ……」

 

おいレミリア、お前の従者否定しないぞ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「しろまりさん誰それ何それ!新しいメイド!?」

「友達」

「よろしくね!」

 

大図書館に入ってすぐにフランが私の姿を見つけ、次に二人の姿を見つけて飛んで寄ってくる。

 

というか、フランもいたんだね。

 

「それでは私はこれで。何か用の時は呼びつけてくださればすぐに参ります」

「うん、ありがとね」

 

……呼びつければくるって、咲夜いつもどこにいるんだろうか。

確かにレミリアが呼んだらすぐに駆け付けてるような印象だけど……

 

「どこに住んでるの?しろまりさんとはどういう関係?というかその羽もっと見ていい?」

「お、おぉ……おおおぉお…」

 

あのチルノがフランに気圧されている……いやまあ、力の差を考えれば当然ではあるか。

普段のあいつが生意気すぎるだけで。

 

「名前は?あそうだ私の翼見る?」

「あ、あのぉ……」

「………ん?」

 

大ちゃんが助けを求める様子でこちらを見てくる。

初めて見る相手だからフランもうっきうきって感じで質問が止まらない。

チルノも大ちゃんもたじたじといった様子だ。だからこそ、フランと顔見知りである私の助けを求めたのだろうが……

 

「がんば」

 

そうとだけ伝えておいた。

なんか首を横にぶんぶん振られていた気がするが、ありゃきっと幻覚だな、うん。

 

「さ、て、と」

 

レミリアとパッチェさんはどこにいるんだ?この大図書館の大きさもよっぽどだからな……

 

「……ん?」

「え?」

 

あー……赤い髪の……小悪魔の……

 

「……こあだっけ?」

「あ、覚えててくれてたんですね」

「正直ほとんど忘れてた」

 

悪魔って名前にある割には普通にいい人そうなんだよなぁ。

実は凄い怖い本性を隠し持ってるとかかもしれないけれど……

 

「大図書館にきたってことはパチュリー様に会いに?でも今は…」

「あー、どちらかといえばレミリアかな」

「なら、二人のいるところまで案内しますね」

「ありがとう助かる…私本当に方向音痴だからさ……」

 

住み慣れてないと本当にどこがどこかわからない……まあ、外なら飛べるから、上から見下ろせば大体どの位置かわかるのが救いか。

 

「それにしても本多いよなぁ……」

「コレクションって面もあるみたいですよ」

「パッチェさん凄いよなぁ」

「わかります……」

 

アリスさんもそうだけれど、魔法使いは底が知れない。

そもそも魔法に詳しくないってのもあるけれど、基本賢いし、色んなことに長けてるから万能感がある。

最初に出会ったのがチルノと幽香さんじゃなくて、アリスさんだったら、もしや魔法毛玉に…?

 

ないか。

 

「………」

「どうかしました?」

「いや、なんでもないよ」

 

………英語の本ある。

そうだよな……こいつら海の外からダイレクト転移してきたわけだから、そりゃ英語圏だよな……

 

でも喋ってるの日本語だし……勉強してきた?

いやいや、吸血鬼異変で見かけた奴ら全員日本語だったし、流石にそれはない……

なんだ?外の世界言語統一でもされたんか?

 

……幻想郷内では言語が日本語に統一されるとか?

なくはない……のか?

 

いやいやそれ以前にこの世界やたらと女の方が多いのなん——

 

「あ、いましたよ」

「え?」

 

小悪魔が声をかけてくる。

視線の先には、確かに机を挟んで、何かについて話しているレミリアとパッチェさんの姿があった。

 

「それでは」

「あ、うん、ありがとう」

 

………なんかもやもやするけど、まあいいか。

 

「やっほ」

 

少し離れたところから短く声をかける。

二人の視線が私に向いた。

 

「あら、あの時ぶりね」

「げっ……何しにきたのよ」

 

レミリアに拒否反応を示される。

ちょっと傷ついた。

 

「何って……暇だったから」

「ならフランの相手でもしときなさいよ」

「じゃあこの前の義手の修理代請求しに来た」

「じゃあって何よ」

「あれめっちゃ怒られたんだからな、壊したの私じゃないのに」

「知らないわよ」

 

知れよ、損害賠償請求するぞ。

 

「わざわざここに来たってことは、レミィに話があったんでしょう?」

「まあ、大したことじゃないんだけどさ……話っていうか、顔合わせに来ただけっていうか」

「じゃあもう顔合わせたわね、帰っていいわよ」

「ちょ待てよ、せめてもう少しいさせろよ」

「人の屋敷に無許可で入り込んできてもう少しいさせろ……はぁーっ、図々しいにも程があるわね」

 

やれやれって感じでそう言われるレミリア、それを睨みつける私、そのやりとりを冷ややかな目で見つめているパッチェさん。

 

「幻想郷に無許可で入り込んできたやつに言われたくない」

「仕方がないじゃない、放っておいたら消滅しちゃうんだから」

「じゃあなんで吸血鬼ども攻めてきたんだよ!」

「目障りな同族を勝手に殺してくれるんだったら、ありがたく活用するだけよ」

 

お前の方が図々しいだろ絶対。

 

「そんなにいがみ合うほど仲良くなってたなんてね」

「いがみ合うって仲良いんですかパッチェさん」

「あら、少し前までは会話もあまりなかったように思えるけれど」

 

それはレミリアがさ……

 

「ねえパチェ、思いっきり話が脱線してるのだけれど」

「えぇそうね、まあ息抜きとでも思えばいいんじゃない?」

「ん、やっぱなんか話してた?」

 

邪魔してたのなら大人しく退散しようと思うのだけれど。

 

「そうよ、部外者はさっさとどっか行きなさい。しっしっ」

「うわぁムカつく」

「毛糸にも話してみたら?」

「ハァ!!?」

 

レミリア顔凄い大声を出して驚く。

 

「なんでこんな私の足元にも及ばない低俗で愚かな毛の集合体ごときに」

「なんでそんなにわざわざ悪口言うんだよ喧嘩売ってんのか」

「無関係ってわけでもないでしょう」

「………はぁ、わかったわよ」

 

どうなら私にも教えてくれるらしい。

なんだろうか、こんなの紅魔館の在り方とかそんなんだろうか。

 

 

「異変を起こすのよ」

「あ、うん……え?」

 

 

……また?



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またもや巻き込まれる毛玉

「……え?なに?異変?また?性懲りも無く?また?なに?今ここでボコした方がいいやつ?」

「へぇ?やってみなさいよ、今度こそけちょんけちょんにしてやるわ」

「はいはい睨み合わないの……」

 

パッチェさんに諌められる。

 

「そういう話じゃないのわかってるでしょう?レミィもいちいち乗らない」

「うぃっす」

「なによ、こいつが……わかったからそんな目しないで」

 

でも、え?って思ったのは本当だからなあ……

 

「……で、なんでそんなことを?」

「紫に頼まれたのよ」

「はぁ、はぁ?………はぁ!?」

 

……なんで?

なんで?本当になんで?

 

「今、この紅魔館が現状、あの賢者の管理下にあることは知ってるわね?」

「あぁ、そんなことも聞いたことがあるような……一応侵略者だから野放しにはできないみたいな」

「そう、それ」

 

パッチェさんが困惑している私に説明を始めてくれる。

 

「異変を起こす見返りとして提示されたのは、その管理下からの脱却……確かそうだったわね?レミィ」

「そうよ、管理されてるなんて私のプライドが許さないからね」

「でも紫さんのいいなりになってるやん。ちょまいってぇ!?」

 

手出した!手出したぞこの吸血鬼!

 

「………ま、そういうわけで。異変は起こすけれど、それは八雲紫からの指示によるものよ。私たちが幻想郷をどうにかするとか、そういう思惑はないわ」

「はぁ……なるほど」

 

私が自由に出入りしすぎて忘れてたけれど、そういやこいつら侵略してきたんだった。

 

「そもそもこの館が存続できてるのも紫さんのお情けみたいなところあるもん、ねぇ〜?」

「なに、喧嘩売ってんの?」

「いや?事実言ってるだけですけど〜?」

「このっ…」

「レミィ」

「っ………ふん」

 

中指立ててきやがったコイツ。

こっちも立てとこ。

 

「あなた達ね……」

 

パッチェさんの冷たい視線が私たちを突き刺す。

 

「でま、なんで異変起こすのはわかったけどさ。なんで紫さんがそんなことを?わざわざ幻想郷が荒れるような……いや、何するかは知らんけど」

「私もそこは詳しく聞かされなかったけれど……まあ、大方予想はつくわね」

 

中指を立てながら、レミリアが口を開く。

 

「スペルカードルール……その足掛かりにしたいって魂胆でしょうよ」

「………なるほどなぁ」

 

スペルカードルール、命名決闘法案…だったか。

直接命は奪わずに、弾幕の美しさで競う決闘方法。

人の妖怪が対等に戦うための……だったか。

 

「異変解決に来るのは博麗の巫女。……ま、そういうことよ」

 

スペルカードルールを考えたのは、霊夢。

 

「………」

「まあもちろん負けるつもりはさらさらないけど?やるからには全力で……ちょっと、聞いてるの?」

「………あ、聞いてる聞いてる」

 

ダメだなやっぱり。

一度考えると思考が……

 

「………ま、そういうわけだから。その時になってちょっかいかけてきたりするんじゃないわよ」

「事情はわかったんだから、しないよ」

 

そもそも、霊夢がいるなら首を突っ込む気なんて……

 

「……で、どんな異変を起こすつもり?」

「そう、それを今パチェと話してたのよ、あなたが来たせいで話が止まってたけれど」

「おう悪かったな」

 

でもまあ確かに……今まで起こった戦いなんてなあ……

異変というか……戦?みたいた感じだし……私の経験した中では、間違いなく吸血鬼異変が1番規模が大きかった。

 

「まずどういう方向性で行くかなのよね…」

「方向性って?」

「何がしたいかよ」

 

私の質問にパッチェさんが答える。

 

「支配を目論んでるとか、何か大事件を起こそうとしてるとか……」

「あー……」

「人里に喧嘩売るのは色々とまずいし……個人的には支配の方が性に合ってるのだけれど」

「ロクなことにならなそうだけど……やるとしてどこによ」

「……妖怪の山?」

「博麗の巫女うんぬんじゃなくてもう戦争になるぞそれは、やめとけ」

「そうなのよねぇ……」

 

私がどっちの味方についても関係が悪化せざるを得ないのは本当にやめてほしい。

静観決め込むしかなくなる。

 

「となると大事件だけど……なんかある?」

「いや聞かれても……」

「まあ、そもそも吸血鬼異変の時点で随分大事件だったからね、人間じゃなくて妖怪がこの紅魔館攻めてきたので色々と察せられるわ」

 

パッチェさんの言葉で思い出した。

そういや妖怪の山も吸血鬼どもどうにかしてたし、人里に巫女さんいたしなぁ……

幻想郷総出って感じあったな。

 

「あんまり規模大きくしすぎると博麗の巫女一人じゃ手に負えなくなる可能性があるってことよね……とくにあの賢者から指定はされなかったのに、考えること多いのよ……」

「下手なことすれば、今より立場が悪くなる可能性もあるからね、どのくらいの線引きでやればいいのかわからないって感じよ」

「ふぅん……」

 

まあ、確かに。

控えめすぎると異変と思われない可能性あるし、やりすぎると立場が悪くなる……

確かにどのラインを攻めればいいのかわからないな、これ。

 

「なんかないの?」

「私に聞かれても……」

「あんたここでの生活私たちより長いじゃない」

「そんなこと言われましても……」

 

無茶振りだ…

私が思いつくのなんてどうあがいても人間贔屓だぞ……?

 

「異変ってわかりやすいのがいいんだよなぁ」

「そうね、視覚で何か異常があると認識できるのが1番わかりやすいわね」

「視覚……それも広範囲……」

 

わかりやすく、広範囲で、なおかつ人に被害が少なくて。

何かがおかしいとわかりやすく、博麗の巫女に来てもらえるような……

 

「思ったんだけど」

 

二人の視線が私に向く。

 

「ぶっちゃけ、紅魔館が主犯だってわかったのなら、博麗の巫女は動かざるを得ないでしょ?人間側で戦えるのなんてあれくらいなんだし」

「まあ、そうなるわね」

「じゃあさ、別に何かしでかす必要はないわけじゃん」

 

吸血鬼の館ってだけで有象無象は近寄れないのだからな、解決するために博麗の巫女は出てこざるを得ない。

 

「なら、別にそんなに実害がなくてもいいわけだ。紅魔館が怪しいとだけ思わせることができればいい……」

「何かすごい閃きそうな雰囲気出してるわね」

「パチェ、こういう時は大体大したことないの出てくるのよ、私は知ってるわ」

 

そういうこと言うのやめろ。

 

「紅魔館って言ったら……紅、だよな。それなら空を紅くする……とか」

「………」

「………」

 

あれ、何この沈黙。

私なんか変なこと言った?あれ?なんで黙ったんの?何か言ってくれない?不安になるんだけど?え?なにじっと私のこと見てんの?え?え?

 

「なるほどね…」

「腹立つけど悪くないわね…」

「マジすか」

 

どうしよう好感触で普通にちょっと嬉しい。

 

「なら、その方向性で固めて行きましょうか」

「そうね、紅色……うん、いいわね。紅魔館らしさも出しつつ、多くの人間にこの館の存在を示すことができる……意外といい案出すじゃないのあんた」

「そ、そっすかぁ?いやぁ、うん……あれこれ私異変の片棒担いでる?」

「逃さないわよ」

「ひぇっ…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ…終わったー!」

 

なんか色々思案して没、案出して没、って繰り返してたら結構時間が経ってしまった。

途中で紅茶淹れに来てくれた咲夜は本当に有能だと思う。

 

「途中でフランのこととか入れてたらものすごい時間かかったわね……」

「というか、あなた魔法も少し知識あったのね」

「あー、ほんっとうに齧った程度だけどね……使えないし」

 

アリスさんに短い間だけ教えてもらったりしたけれど……どう考えても今や魔理沙の足元にも及ばないだろう。

 

「しっかし疲れたなぁ……頭こねくり回してるの慣れてないんだよ」

「そうね……あんたがバカなのは否定しないけれど、色々と付き合わせちゃって悪かったわね」

「や、別にいいよ。世間知らずの吸血鬼サマの手伝いになったのならそれで十分」

「なんであなたたちさっきまで普通に話してたのに終わった途端そうなるの」

「性……かな」

「因縁、とでも言うのかしら」

「呆れた……」

 

大体喧嘩売ってきてるのあっちだから。

買ってる私も私だけど。

 

「……もう夜ね」

「そだなぁ」

 

ここ来たのが…いつだっけ?夕方かそれより少し前くらいか……

 

「せっかくだしここで食べてて行ったら?」

 

フランも喜ぶだろうし、と付け加えるレミリア。

 

「ありがたいけど、私はいいよ」

「あら、そう」

「代わりに連れてきた妖精二人に食べさせてやってくれないかな」

「それは、別にいいけれど……」

「じゃ、私二人のこと見てくるよ」

 

あんまし食欲もないし、ね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、しろまりさん」

「よっしろまり!」

「終わったんですか?」

「………まあね」

 

しろまり呼びが引っかかるが……まあもう今更か。

 

「で、二人の夕飯ここで用意してくれるらしいんだけど、どうする?」

 

一応本人たちの意思は聞いておく。

嫌っていう可能性全然あるしね。

 

「食べる!」

「チルノちゃんが食べるなら私も……」

「しろまりさんは食べないの?」

「うん、あんまり食べる気起きなくてさ、ごめんね」

「そっか…」

 

残念そうな顔をされても無理なものは無理なんだよ。

いや、別に絶対ダメな理由があるわけじゃないんだけどもね?

 

「まあその様子だと……仲良くなれた感じ?」

「うん、チルノってすごいんだね!」

 

フランが少し興奮気味にそういう。

 

「どのあたりが?」

「しろまりさんってチルノの下僕なんでしょ?」

 

おっおーうはっはは。

 

「チルノー?」

「ほんとのことだし」

「大ちゃーん?」

「私が悪いんですか!?」

 

そりゃ訂正できるの君だけだし…

 

「私この館から出ないから、二人が外のこと教えてくれて、とっても楽しかったよ」

「……そっか」

 

そもそも数百年間もの間監禁みたいなことしてたんだ、外に興味持つのも当然だろう。

 

「そのまま愉快な話しとけよ、チルノ」

「任せろ」

「どこか行くんですか?」

 

立ち去ろうとした私に大ちゃんがそう問いかける。

 

「ん、ちょっとね。帰る時は一緒に帰るから」

「そうですか……わかりました」

 

さて、どこで時間潰そうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こんなところにいたの」

「…‥レミリア」

 

点々の星空を仰ぎ見ていると、レミリアがやってきた。

 

「食事は?もう終わったの?」

「そうね、あの二人ならまだフランと遊んでるわよ」

「そっか……」

「で、何考えてたのよ」

 

レミリアが隣に座る。

 

「まあ……自分のこととか、他人のこととか……色々」

「まあ興味ないけど」

「………」

 

考えるというか、思い詰めると言った方がいいだろうか。

何度も何度も、同じことを考えて、同じ結論を出して、同じように悩む。

 

そんなことをもう、何度も繰り返している。

 

「……なんそれワイン?」

「そうよ、飲む?」

「私酒飲めないからなあ」

「あっそ」

 

食欲がない。

味覚が鈍くなっているのももちろんあるけれど、それとは関係なしに、食欲というものが湧いてこない。

元々食べなくてもある程度は生きられる体なんだから、なおのことである。

 

「そうやって悩んでる顔してる方が、私は好きね」

「何お前そう言う趣味なの」

「あんたの温和そうな表情はなんかムカつくのよ」

「私もお前のそういう発言ムカつく」

 

倒れ込んで、星を見上げる。

 

「悪かったわね」

「あ?なに?明日大雨くる?」

「聞きなさいよ。……あの時の言葉」

「………あぁ」

 

お気の毒って言ったやつか。

 

「挑発するためとはいえ、悪いことを言ったわ」

「んなこと気にしなくていいのに……」

「謝っとかないと気が済まないのよ」

 

そんなこといちいち気にするタイプだったのか、こいつ。

まあ当時の私は精神がぼっこぼこだったから、正直そんな一言じゃもうなんも変わらんレベルに落ち込んでたけど。

 

「普段はこうなあんたがあんなになったんだから、どれほどの悲しみだったのかは、想像できる」

「……私もさ。私が落ち込んでたせいで、わざわざお前の手を煩わせて申し訳ないとは思ってるよ」

「あの戦いは半分くらい私の私怨だけどね」

「知ってる」

 

あの時レミリアが語った言葉、思えば当然のことだ。

仲良くなれないっていうか、そもそも私嫌われてたんだ、そりゃ突き放されるよねって。

 

「でもマジで殺しに来たのお前許してないからな」

「まあ普通に殺す気でやったしね」

「お前あれだぞ、私死んだらあれだぞ、なんか……あれだぞ」

「何よ」

「私の知り合いがお前に報復に来るかもだぞ、知らんけど」

「確証ないんじゃないの。……本当にそうなったら恐ろしいわね……」

 

結果的にだけれど、生きてたしまあいいかなって。

こうやって横に並んで話をすることもできるし。

 

「それで?あんたは振り切る目処立ってるの?」

「……振り切る、ねぇ」

 

心残りと言えば……あいつしかいない。

 

「目処は立ってないけれど……いつか、ちゃんと向き合おうと思うよ。そう遠くはないだろうしね」

「……そう」

 

いつか、その時が来たのなら。

 

今度は、逃げない。



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驚愕の毛玉

「………」

「………」

 

沈黙。

ただひたすらに、沈黙。

 

「………」

「………」

 

首を傾げ、時々唸り声を出す私を、無表情で見つめる誇芦。

 

「なんっっ……にもっ!思いつかん!無理!」

「できなきゃ戦う権利失くすよ」

「ぶっちゃけなくてもいいよそんな権利」

 

このよくわからん紙……紙なのかこれ?

まあとりあえず、私を悩ませているのはよくわからんこよくわからんこの一枚のよくわからんカードだ。

 

「スペルカードねぇ……」

「まあ私の名前考えるのにあれだけの日数費やしてたんだから、そうなることは想像に難くなかったけど」

 

このカードを持っていると、何故か繊細な想像ができるようになる。

弾の一つ一つが見えるような、見下ろしたかのような……出し方も不思議とわかるし、動かしたりも、できる。

想像の内のことであるはずなのに、何故かできるという実感がある。

 

聞いたところによれば、このカードにやりたい弾幕のことを想像しながら、名前をつけたら勝手に柄がついて完成するらしい。

らしいんだけど……

 

「私、この一枚にどのくらいかけてる?」

「昼間から今の夕方まで」

「わぁ〜そんなに経つんだ〜」

 

なんでこう、サクッとつけられないんだ私は……悩むのは結構だが誇芦付き合わせてるんだよ。はよしないと……

 

「なんかもう適当に一つ作りなよ、毛玉大爆発とか」

「甘いぞほころん」

「はぁ?」

「いいか、弾幕ごっこは美しさを競うんだ、スペルカードの名前……そのネーミングセンスから既に勝負は始まっていると言っていい!」

「うっさいわ思いつかないくせに」

「洒落た名前洒落た弾幕、それが弾幕ごっこにおいて重要なのだよ。知らんけど!!いてっ」

 

足踏まれた。

 

「弾幕の方はいくつか想像はついてるんだけど……名前がなぁ」

「毛玉大爆散とかでいいでしょ」

「爆散する奴ないんだわ……いや、作ればいいのか……?」

「毛玉大崩壊とか」

「なんでさっきから頑なに毛玉を爆発させたり爆散させたり崩壊させようとしてくんの?なんか恨みあんの?」

「うん」

「えっごめん」

 

一応謝るけど、一体私が何をしたと……?

 

「まず懸念点があってだな」

「なに」

「みんながどんな感じで作ってるかわからんから、私の趣味全開で行くと浮く可能性が大いにある」

「あー……」

 

仮にみんなが、めっちゃ渋い漢字の羅列で名前をつけていたとしよう。

でも私にはそんなセンスはないので、横文字をそれっぽく並べるわけだ。

 

うん、浮くね。

恥ずかしすぎて死ぬかもしれん。

いや、別に声に出す必要はないとも聞いたけれど……

 

いかんせんみんながどうしてるかがわからんので、何もできない。

どうやら私は、周りに合わせないとしょうがないタチらしい。

 

「チルノってどうしてんだろ」

「なんかあいしくるふぉーるとか言ってたよ」

「は?マジで?」

 

アイシクルフォール?え?カタカナ?

うそ、あのバカが?え?誰の影響だ……私しかいねえ……

 

「……いや」

 

よくよく考えたら、妖精たちの名前自体日本人っぽいわけじゃないよなぁ……レティさんとかルーミアとかもそうか。

ミスティアもそうだし……アリスさんはよくわからんけど。

 

なんかよくわからんが……もしかして別に横文字使ってもいいのか…?

 

「………よし、アリスさんとこ行こう」

「なんでそうなる」

「いいじゃん行こうよたまには顔見せろよお前も」

「急に言うなって話だよ突進するぞ」

「おうこいよ華麗に避けてあっはん!!」

 

まだ喋ってる途中でしょうが……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんで私?しかもこんな時間に」

 

経緯を伝えると、真っ先にこの反応が返ってきた。

 

「いちいちこんなんで仕事してる妖怪の山にいくのもなんだし、紅魔館行こうものならレミリアに酷いこと言われそうだし、気軽に会えそうでセンスのある人ってなると……アリスさんくらいしか」

「私もまだ作ってる途中なのだけれど」

「一枚だけでいいからさ、参考にするだけだから、お願い」

 

手を合わせて懇願する。

そういや誇芦はスペルカード作らないのかと思ったが、そんな危険な遊びやる予定ないから作る気もないんだと。

私だってやる予定ないし……でも持っておいて損しなさそうだし……

 

「別に断る理由もないんだけどね……はい」

 

そう言ってアリスさんは一枚のスペルカードを見せてきた。

 

「………人形ってついてるね」

「わかりやすいでしょう?あと何枚かはこんな感じで行こうと思ってる」

「なるほど……形式統一した方が個性も出るか……悩ましい……」

 

目を閉じて顎に指を当てて思案する。

今まで肉弾戦ばっかりしてきた弊害か、こういうのになると全くもって想像つかない。

そもそも必殺技とか考えようとして全然ダメだったんだしなぁ……

 

「あなたの場合、あの二人の真似すればいいんじゃない?」

「二人……チルノと幽香さんかぁ」

「妖力の方も、前の一件で自由に扱えるようになったんでしょう?」

「まぁ……」

 

チルノはともかくとして、わざわざ幽香さんのスペルカードを見るために会いに行く気にはならないなぁ……

 

「いやさぁ……アリスさんって人形って個性あるからいいじゃん。私なんてあれだからね、毛玉で宙に浮く程度で氷と植物を操れて再生能力高いってだけだからね、要素が色々ありすぎて……」

「贅沢な悩みね」

 

まあ別に弾幕ごっこする予定もないっちゃないからなあ……いや、チルノとかに勝負を挑まれる可能性あるのか?

…まあ、あいつは適当にあしらえばいいとして。

 

「誇芦ぉ、なんかいい案ない?」

「ふごっ」

「そかぁ」

 

イノシシの状態になったまま、床に寝転がっている誇芦。

今でこそ離れているけれど、やっぱり魔法の森は落ち着くらしい。

 

「ところで」

「はいなんでしょう」

「魔理沙には話したの?」

「………してないっすねぇ」

「………」

「ち、違うんすよ、会う機会がないというか、何を言ったらいいのかわかんないというか、合わせる顔がないというか、会うのが怖いと言うか………」

 

霊夢のことで揉めたっきりだ、会うのもなんか……うん…

 

「大きくなったわね、あの子も」

「え?あ、まあ」

「昔はこんな小さな子供だったのにねぇ」

 

突然昔を懐かし始めたアリスさん。

 

「親元を離れてこんなところに来て、そんな自分を見守っててくれる……本人がどう言うかは知らないけれど、決して他人とは思っていないと思うわよ」

「……そうだね」

「そんな相手が突然様子がおかしくなって会うこともなくなる……その気持ちが想像つかないあなたじゃないでしょう?」

「……そうだねぇ…」

 

もちろん、わかっているとも。

 

私はただ逃げているだけだと。

 

「それにあなたはあの子に背負わせてしまっている」

「………」

「……会えって言うつもりはないわ。問い詰められた時の言い訳でも考えておきなさいな」

「……そうだね」

「それしか言えないの?」

「うっ…」

 

耳が痛い話だ。

非は全て私にあるわけだし。

 

「まあこれ以上言ってまた落ちまれても困るから、このくらいで勘弁しててあげるわ」

「はは…はぁ」

 

問題そのものが解決したわけじゃない。

ちょっと心境が変わっただけだ、他は何も変わっちゃいない、私が逃げ続けているだけ。

 

「……難儀なものね」

「はい?」

「中身は普通の人なのに、色んなものを背負ってしまっているあなたが」

「………」

 

中身が普通の人、それがおかしくて、それのせいなんだろう。

でも……

 

「私は、そんな私で満足してるよ。これが私でよかったって、少なくとも今は思ってる」

「………そう」

 

好きか嫌いかは、置いておいて。

 

「……事情を全部知ってるのは?」

「紫さんと魔理沙と……あとはここにいる二人」

「誇芦にも話したのね」

「まあ、ね」

 

次こそは。

そうは思っているけれど、本当にその時が来た時、私はちゃんと向き合うことができるだろうか。

いや、向き合わなければならない。

これ以上、過ちを犯してはいけない。

 

「……今、気を張り詰めてもしょうがないわね」

「それは…まあ、そうだけど」

「あなたはここに何をしにきたんだっけ?」

「スペルカードを考えに来ました」

「なら手伝ってあげるから、そう硬い顔をするのはやめなさいな」

「……そうだね」

 

そうだ、悩んで苦しむのは、その時が来たらでいい。

どうせ今は、どうすることもできないのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お、毛糸!」

「やっほ」

 

私の姿を見つけたにとりんが近寄ってくる。

 

「どうしたんだい?また義手壊したとか言うなよ?」

「言わないって、ほらこの通り。ちょっと色々回っててさ」

「色々?」

「うん」

 

話しやすいところに場所を移す。

 

「スペルカードってあるじゃない」

「あるねあるね」

「あれが考えるの難儀しててさ……一応数枚は作れたんだけど、みんなどんな感じなのかなーって、聞いて回ってたところ。ここは最後ね」

「あー……確かに苦手そうだもんね、そういうの」

「あ、やっぱりそんな感じする?」

「するする」

 

そういうの考えるの苦手そうなオーラが出ちまってたらしい……実際とてもとても苦手なわけだが。

 

「どこを回ってきたんだい?」

「魔法の森に妖精たちにルーミア……ミスティアとかわかさぎ姫とかのちょっとした知り合いの妖怪たち……あと柊木さんに椛に文」

「どうだった?」

「うーん……」

 

まさしく十人十色って感じだったが……

 

「私みたいに悩んでる人もいたし、作ってない人もいたね……柊木さんとか、そういう派手そうなのはお断りだって言ってたし」

「あー……じゃあ椛は?」

「めっちゃ嫌そうな顔してた」

「あー……じゃあ文は?」

「めっちゃ意気揚々と教えてくれた」

「あー……」

 

能力を活かして……ってのをやってる人もいたしな。

ミスティアとか結構とんでもないこと言ってたような……歌で人を狂わすとかなんとか……

 

大ちゃんはあんまり気乗りしてなさそうだったな……あんまり目立ちたくないとかで。

 

「でま、ここが最後ってわけ」

「どんなのかって言われても、普通だと思うよ?」

「どれどれ……」

 

にとりんが懐から取り出した数枚のスペルカードを眺める。

 

「普通だ…!!」

「でしょ?」

「もっとこう、頭のイカれたトチ狂ったようなもんが出てくるもんだと……機械とか使った…」

「お前は河童をなんだと思ってるんだ」

「技術だけは立派な臆病できゅうりのことしか考えないきゅうりばか」

「そう褒めるなよ、照れる」

「褒めてないんだが?……いや、褒めてるのか?」

 

しかしまあ、なんというか……一部機械を使ったようなのもあるっぽいけど、全体的に水属性っぽいよなぁ。

 

「まあ河童だし、水っぽいのも当然か」

「一応これでも水を操れるからね」

「………え?」

「……え?」

「え?」

「言ってなかったっけ?」

「言われてない……!!」

「……ちなみに文は風を操れるよ」

「はあぁあぁあ!!?」

 

え……うそ……知らなかった…普通にショック……

 

「500年友達やってたのに……」

「まあ大した能力でもないからね」

 

大した能力なんだよ……思いっきり属性操ってんだよ……

にとりんはメイルス○ロムできて文はバギ○ロスできるってことでしょ……?うっそぉ……

 

「でも毛糸って氷と植物操れるんだろう?凄いじゃないか」

「私特有のものは宙に浮かせる程度の能力です……」

「へ?………なんでそんな落ち込んでるのさ」

「なんかもう……色々と」

 

まあ、こんな私にはこんな能力がお似合いなんだろうな。

他の点で恵まれてる分、そんなもんでいいんだろう。

 

……水と風と冷気がいるんなら、探せば土とか火とかもいるんじゃないだろうか。というかいそう。

 

でもそうか、水を操るってのが河童特有のものって考えるとするなら、にとりん以外にも水を操れるやつがいてもおかしくないのかな。

 

そもそも能力持ってない妖怪もいるし……誇芦ってどうなんだろう。

 

「るりは?あいつの分も見ておきたいんだけど……」

「あぁ、今は長期休暇の時期なんだ」

「へ?」

「また疲労とか負担とかが溜まったら敵わないから、定期的に長い休みを設けてるんだよ」

「せこいなぁ……」

 

他のやつな普通に働いてるって言うのに……

 

「まあ、そういうの得意なやつじゃないし、多分作ってないと思うよ。興味ないって言ってたし」

「引きこもってたらそんなの関係ないじゃないですか、とか言いそう」

「言ったね、言ってたよ、うん」

 

言いそうだもんなぁ……実際、妖怪の山に篭ってるなら人間と争いになることもないだろうし、必要ないっちゃあ必要ないか。

遊びでやるにしてもそういうのは好まないだろうし。

 

「ところで、何枚か作れたって言ったよね」

「ん?言ったけど」

「見せてよ」

「やだ」

「即答!?」

「恥ずかしいじゃん」

「恥ずかしいとか言ってたら弾幕ごっこできないじゃん!」

「でも恥ずかしいもん!」

「言わなきゃ義手代請求するぞ」

「はぁ!?」

「河童は守銭奴なんだ、無償提供はそれすなわち恩を売ると言うこと」

 

なっ……この……こいつぅ…

 

「ね、一枚だけでいいから、ね?」

「………」

 

我ながらとても鈍い動作で、1枚のスペルカードを取り出す。

 

「ほら……」

「どれどれ……」

 

私の差し出したそれを興味深そうに見つめるにとりん。

 

「………」

「………」

「………」

「………なんか言えよ!!」



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毛玉とルーミア

「何やってんのルーミアさん」

「んあ?」

 

夜、適当にブラブラ歩き回ってると、りんさんの墓の前に立っているルーミアさんを見つけた。

ルーミアではなく、ルーミアさんだ。

 

「夜中にこんなところで……いや、夜なのは当たり前か」

「お前こそ、いつもならこの時間寝てるんじゃないのか」

「まあそうなんだけどさぁ……最近寝れなくて」

「大丈夫か?」

「別になんともないよ」

 

まあ寝れないのもそこそこ続いているし、もうこれがわたしの平常運転のような気もしてきたが。

 

「そもそも妖怪って夜からが本番みたいなもんでしょ?私は昔っから昼起きて夜寝てたけどさ」

「寝なくてもいいからな、あたしたちは」

「流石に3日経ったら私は絶対寝るよ」

 

何気ない話が続く。

 

「で、結局何してたの」

「墓参り」

「………いやまあ、それ以外の理由で来ないだろうけどさ」

 

正直驚いたが、あの人のことをちゃんと記憶しているのはルーミアさんと私くらいのものだろう。

 

「お前からこいつ奪ったのはあたしだからな」

「何、気にしてんの?本人だって望んでたことなんだし、今更……」

「いや、最近のお前の顔見てたら、そうしたくなっただけだ」

「……そっか」

「わざわざ聞かないが、なんかあったんだろ」

 

ルーミアさんに話したことはないが、勘づいてはいるんだろう。

何があったのか……大体のことは。

 

「人間ってのは難儀もんだな」

「………」

「すぐ死ぬくせして、その姿を私たちの記憶に焼き付けてくる。忘れようもないことをして、去って行く」

「……りんさんのことじゃないよね」

「昼間のあたしの記憶だ、お前と会うより前のな。あったんだよ、あたしにも」

「へぇ……そんな素振り見せなかったけど」

「さあな……忘れてるのか覚えてるのか、あたしはあんまり興味ないが」

 

何があったのかは知らないが……ルーミアにも、そんな経験があったのか。人間に触れた記憶が。

 

「お前は、どうだ?」

「………何が」

「人間にはうんざりしたか?すぐ死ぬくせに、頭の中にこびりついて離れない、脆い存在に」

「……さあね」

 

ルーミアさんが言いたいことはわかる。

わかるけれど、私にはわからない。

 

「わかんないよ。うんざりとか、そういうのもいまいち分からないし……そんなこと考えても、今は答えは出ない」

 

私自身、人だと思っていた。

けれどそれは、私が思っていただけで。

明確な差が、そこには確かにある。

 

「人間も妖怪も、そう変わらない。そう思ってたはずなんだけどな」

「………」

「今は嫌というほど、その差を実感してるよ」

 

いずれと思っていたものが、突如としてやってくる。

それは人間に限った話ではないだろうに、人間ばかりが短くて、すぐに去って行く。

 

「分かんないことだらけだよ、しくじったこともあるし……だから、いつか、その時が来たらさ」

 

刀に手を添える。

 

「その時が来たら、確かめようと思う。その時しかきっと、分かり得ないだろうから」

「……いまいちなんの話か分からないが、その様子を見る限りじゃ、今は大丈夫そうだな」

「なんともないって言ってるだろー?」

 

少なくとも今は。

いざ相対して、私は平常でいられるだろうか……

 

「まだ花添えてるんだな」

「まあね」

 

毎日ってわけじゃあないし、なんか面倒臭くて放置しちゃってることもあるけれど……

 

「こんなの差してるんだから、忘れられるはずもないよ。もう随分長い間持ってるけど、紛れもなくあの人の物なんだから」

「殊勝なもんだな」

「祟られても嫌だし」

「あぁ出てきそうだ、あいつなら確かに出てきそうだ」

 

とっくの昔に死んでるのに化けて出てきそうとか思われてるりんさん……

 

「せっかくだ、適当に回らないか」

「んー?別にいいけど…急になんで?」

「そんな感じで過ごしたことないだろ、あたしたち。まだ夜は長いんだ、たまにはいいだろ」

「ま、それもそうだね、帰ってもどうせ寝れないし。どこ行くとか決まってんの?」

「いや全然」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、行くのが空と」

「見下ろせるしいいだろ」

「まあ……なかなかこんな高いところまで昇らないからなあ、私」

 

高いところが嫌いとかじゃそんなんじゃないが……落ちたらぐちゃってなるだろうなあとか考えてると……昇る気にはならない。

 

「なあ知ってるか」

「ん?」

「雲の上には人が住んでるらしい」

「空島かよ」

「天界って言うんだってよ」

「天界かぁ……」

 

あるのそんなの……いやこの世界だしあるんだろうなぁ……

 

「聞いただけで実際に見たわけじゃないけどな」

「あったら戦いを挑んでるでしょルーミアさんは……」

「昔はそうだろうなぁ」

「今は違うと?」

「そもそも普段は昼間の姿でいるんだし、そこまで好戦的じゃない」

「それもそうか」

 

そもそも復活する気はなかったって言ってたしな。

 

二人して宙をふわふわと浮きながら、月明かりに照らされた幻想郷を見下ろす。

 

「昔の幻想郷って、今と比べてどうなの?」

「どうって?」

「私はせいぜい500年しか生きてないから、それより前はどうだったんだろうなって」

「……500年もそれなりだと思うが」

「そお?」

 

でも私の知り合いほぼほぼ私より先に生まれてるからなぁ。

……周りと比べるからいけないのか?

 

「まあそうだな……例えば人里は随分大きくなった。昔はもっと色んなところに集落があったんだけどな」

「今じゃ人里くらいにしか人住んでないもんね……というか、他の場所に住むのはもはや自殺行為だし」

「まあ固まるのが利口だしな」

 

畑とかも含めたら相当な面積あるよなぁ……

 

「そもそも幻想郷自体がまだなかった時もあったし……鬼は地底に行ったんだったか?」

「あぁうん、旧地獄とも言われてんだっけ。鬼はほとんどそっちに流れ込んじゃったみたい」

「鬼は強かったなぁ……妖怪の山があそこまで大きくなれたのも鬼のおかげってのが大きいだろうな。いなくなったってのによく残ってるもんだよあの山は」

 

さも当然のように鬼と戦ってらっしゃる。

幽香さんにも喧嘩売ってたみたいだし……本当に戦闘狂だったんだなぁこの人。

 

「色んな妖怪がいなくなったし、色んな妖怪が増えたよ。お前みたいな変な奴は初めてだったけどな」

「褒めてる?」

「褒めてる」

「わーい」

 

そりゃあ私みたいな奴どの時代探しても見つからんでしょうね!

 

「今じゃ人間と仲良くしてる妖怪もいるんだもんなぁ、昔じゃ考えられなかったよ本当」

 

そういえば。

自警団みたいなのは見かけるが、陰陽師はめっきり見なくなってしまったな……博麗の巫女一人しか、そういう妖怪に対処する人がいないんじゃないだろうか。

それだけ平和ってことなら、それはそれでいいんだけど。

 

「今のこの世界台無しにはしたくないからな、いっぺん死んでおいて本当によかった」

「言ってることがやばいな……今は私のこと食べたいとか思ってないんだよね」

「まともな知り合いお前だけなのに殺してどうする……」

「いやまあ……それは……うん」

 

そうか、そうなるのか。

そもそもそう易々と食べられてやる気は、昔っから欠片もなかったけれど。

 

「今お前に勝負仕掛けたら返り討ちにあって死にそうだ」

「命までは取らんよ?……まあ確かにルーミアさん昔はもっと強かったもんね」

「もう主人格は昼間のあっちだからな、戦う予定もないんだ、元の強さに戻りたいとも思ってない」

「まあそっか……」

 

弾幕ごっことかも、するのなら昼間のルーミアだろうしなぁ……ルーミアさんがどうこうする話じゃないか。

 

「お前は?もっと強くありたいとか思わないのか?いや、思ってないんだろうけどさ」

「私〜?」

 

顎に手を置いて少し考える。

 

「生きていく分には力はいくらあっても困らないとは思うけど……現状で満足してるってのもあるし」

「まあお前今でも十分強いもんな」

「いやまあ……そうだけどね?運が良かったんだよ、幽香さんと都合よく会ってなきゃ…まあ、ちょっとは強くなる努力したんじゃない?」

 

妖力の扱い方はずっと上達しようと頑張ってきたけれど。

 

「別に鬼じゃないんだから戦いたいとも思わないし、最強を目指すとか、力が欲しいとかそういう願望もないよ。力を誇示するのも好きじゃないしさ。生きてりゃそれでいいよ」

「自ら戦いに乗り込んでいくやつの台詞とは思えないな」

「人聞き悪いな、成り行き上仕方がなかったんだよ。友達のためなら力は貸したいと思うのは普通じゃん」

「その助力で化け物が加勢に来るんだ、相手からしたらひとたまりもないだろうな、はははっ」

「なにわろてんねん」

 

笑いながらそういうルーミアさん。

 

「お前みたいなお優しい妖怪そうそう見ねえよ」

「優しい奴は死んでいくから?」

「わかってんじゃないの」

「力があるからこそこんな好き勝手ができる、その辺の自覚はあるつもりだよ」

 

だから幽香さんやチルノには感謝してもしきれない。

二人のおかげで今の私がある……いや、二人だけじゃないな。

みんなだ、みんなのおかげで、今の私がある。

 

「強くて損はないからな」

「なくはないけどね……」

「あぁ?」

「鬼の四天王と戦う羽目になった経験が2回ほど」

「あー……それは……気の毒に」

「まったくだよ」

 

勇儀さんはともかく、萃香さんは何してんのかなぁ。

会いたいわけじゃないが、決して。

 

「………何か、感じないか?」

「……何かって、なにさ」

 

ルーミアさんが声色と話を変えてくる。

 

「世の中の流れっていうか……雰囲気っていうか?」

「えらくあやふやだなぁ」

「とにかく、そういうのがこう、一気に変わるって感じがさ」

 

あやふやだけれど、言いたいことは伝わる。

 

「………分かるよ、私もそう思う」

「そうか!やっぱりな!」

「嬉しそうだねぇ」

「昔っから言ってただろ?いっぺん死んだ甲斐があるってもんだ」

「えぇ……」

 

まあ確かに……ルーミアさんがあの時あの選択をしたのは、そう感じたからだったんだろうが。

いっぺん死んだって……ねえ?

 

「お前もそう思うんなら、間違い無いんだろう」

「あてにされても困る。けどまあ、そうだね」

 

500年ぽっちしか生きちゃいないが、私もルーミアさんと同じ感覚だ。

そもそも、わたしたちを包んでいる幻想郷の中と外とを隔てる結界が張られた頃から、何かが変わっていく予感のようなものはあった。

 

「わざわざスペルカードルールなんて作ったってことは、それ使って大きなことをする前触れにしか思えないもんなぁ。楽しそうなことになりそうだ、長生きはするもんだな」

「さっきいっぺん死んだ甲斐があるとか言ってなかったっけ?」

 

私はルーミアさんのこと死んだとか思っちゃいなかったけども。

 

「まあ私自身は見物に徹して、昼間の方に好きにやらせるつもりだが……お前は?」

「………私は、どうかな」

 

できることなら、私だってルーミアさんみたいに見物客にでもなっておきたいけれど。

 

「いやぁ、今までの傾向からして、どーせ私また色々巻き込まれるもん!こっちは望んじゃいないのに面倒ごとは向こうからやってくるし」

「…諦観してんじゃねえか」

「もうどうしようもないよね!」

 

なんなら次起こるであろう異変も考えたの私みたいなもんだしね!ダメだこりゃ!

 

「……幻想郷も、まだちっさいけどさ」

 

空から見下ろして、思う。

 

「きっと、これから、色んな奴が増えていくと思うんだよ」

 

竹林にはヤバい人たちが住んでるし、妖怪の山には色んな妖怪がいるし、紅魔館っていうデカいのも突然生えてきたけれど。

 

「妖怪と人間が仲良くなったのなら、私みたいな力だけ強い奴じゃなくってさ。もっと色んな……個性のある奴が、みんなに知られるようになると思うんだよ」

「………お前も十分個性的だぞ」

「ぅん……」

 

………否定できない。

 

「お前のそういうところは昔っから変わんないよな、人間大好き毛玉」

「まーねぇ……人間とも妖怪とも仲良くしてるなんて、正直せこいと自分で思わなくも無いよ」

「実際せこいぞ」

「あっやっぱり?」

「そこがお前のいいところなんだろうけどな」

 

なんか褒められた。

 

「……そろそろ夜が明けるな」

「もうそんな時間?……まあそういう季節なのか」

「……あたしたちの時間は永い」

「どしたの急に」

「まあ聞けって」

 

何かを語り出したルーミアさん、表情は真剣そのもの。

真っ直ぐにこちらを見つめてくる。

 

「当たり前だが、私たちと人間じゃ流れる時間の速さが違う。私たちからしたら人間が死ぬのなんて、長い寿命の中での一瞬の出来事でしかない」

「………」

「言わなくても分かってるんだろうけどな。違う時間を、共に過ごしたいって思うんなら、その一瞬一瞬を噛み締めておけ。

「……肝に銘じとくよ」

 

そう言ってルーミアさんは地上へ降りて行き、太陽が地平線から浮かんできたあたりで小さい姿になった。

 

「……んだよ、急にさ…」

 

そんなこと……分かってるってのに。



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胎動

 

いつも通りの境内。

 

日課の掃除。

 

一人きりの神社。

 

昔からここには参拝客が来ないらしい。

それもそうだ、あれだけの長い階段をわざわざ登ってくる奴なんてそうそういないだろうから。

 

掃除が終われば、お茶を啜る。

 

お茶を啜れば、暇な時間がやってくる。

 

先代がいた頃は、暇があれば鍛錬しろと口うるさく言われて……

実際はそこまで詰めてやっていたわけでもないけれど、少なくとも今よりは暇を持て余すこともなかっただろう。

 

「………」

 

ずっと、何か違和感を感じていた。

先代がいなくなったあの時から、先代があの言葉を残した時から、私の心の中で、何かしこりのようなものがいつまで経っても消えずに居座っている。

 

その違和感は、手がかりも掴めずに離れていく。

離れればまたいつも通りの日々がやってきて。

そうしていると、また違和感が私の元にやってくる。

 

掴みどころのないくせに、私について離れない。

何に違和感を感じているのかさえ、わからない。

 

 

考えても答えの見つからないものは、お茶と一緒に流し込んでしまう。 

 

「よっ、また来たぜ」

 

暇でも待っていれば、彼女がくる。

 

「飽きないわね」

「一人でひもじい思いしてないかって心配でな」

「あんたに心配されてるようじゃ博麗の巫女の名が泣くわ」

「んだよそれ、どういう意味だよ」

 

普段とそれほど変わらない会話。

先日も見た顔、聞いた声。

魔理沙とは昔からの付き合いで、唯一の友人で……

 

「……どうかしたか?」

「…いや別に。たまには一緒に人里にでも行く?」

「見回りか?」

「そんなとこ」

「いいぜ、じゃあ人里まで競争だ!」

「はぁ?なんでそんなことを……あっ、ちょっと待ちなさい!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「よっしゃ私の勝ちぃ!もっと修行した方がいいんじゃないか?」

「そういうことは箒から降りてから言うことね」

「あるもの全て利用するのが私のやり方だからな」

 

結局負けてしまった。

先に始められたってのもあるけれど、魔理沙は普通に空を飛ぶのが早い。

昔から何かと勝負を仕掛けられてはいたが、大きくなってもそれは変わらない。

 

「で、どこに行くんだ?ってか決まってるのか?」

「全然?」

「えぇ……じゃああっちの店の方回ろうぜ」

「いいけど……私今お金持ってないわよ?」

「今じゃなくていつもないだろ」

「生活費はあるわよ、というか、この話何回するつもり?」

 

お金がないのは事実だけれど、食うに困るほどではないわよ……別に特別欲しいものとかないし。

 

「親父の店にゃ近づきたくないからな」

「またそんなこと言って…親には優しくしなきゃダメよ?」

「……考えとくよ」

 

いつもなら悪態をつくくせに、なぜか今日は素直だ。

 

「そうだ、霖之助さんは元気?しばらく会ってないんだけど」

「相変わらずガラクタ並べて満足そうな顔してるよ、何が楽しいんだか」

 

魔理沙がお世話になってる人妖がいるって聞いて、気になって魔理沙に連れて行ってもらったんだっけか。

 

「………?」

 

誰に聞いたんだっけ…?

先代?いや、先代はそこまで接点はなかったはずだし……じゃあ人里の誰か?

知り合いでもない他人から聞いたのなら、覚えてないのも納得いくけれど。

 

じゃあなんで私は『霖之助さん』と呼んでいるのだろうか。

自然とそう呼んでいたけれど……

 

「っと!おい危ないじゃねえか!」

「ごめーん姉ちゃん!」

 

魔理沙が前の方から走ってきた小さな子供たちにぶつかられる。

一言謝って走り去っていか子供たち。

 

「ったく……元気のいいガキどもだぜ」

「あんたも十分活きのいい子供だけどね」

「お前は可愛げがないんだよ」

「落ち着いてるって言ってくれる?」

 

博麗の巫女としての責務がある、そうきゃっきゃとはしゃいでいられるような軽い役割でもない。

 

「……ここって」

「ん?あ」

 

そのまま道を歩き続けていると、一つの店に目が止まる。

 

「この店……来たことがあるような……」

「……ここって装飾品とかの店だろ?しかも結構高いし、勘違いなんじゃないか?お前ってそういうの買わないだろ」

「それはそうなんだけど……」

 

微かに見覚えがある、記憶が残っている。

私は何かをここで……

 

「あ、おい待てって!」

 

魔理沙が大きな声で私を静止するが、構わずに足の動くがままに店の中へと入る。

 

「お、博麗の巫女さんじゃないですか、こりゃまた珍しいお客さんで」

 

店主のおじさんが驚いたような表情を浮かべる。

 

「ちょっと質問があるんだけど」

「何かあったんですかい?」

「これ、私ここで買ったと思うんだけど」

 

懐から木彫りの花びらを取り出す。

何故かずっと持っているもの、いつ手にしたものか覚えていなかったけれど、この店を見てこれを思い出した。

 

間違いなく、この店で買ったはずだ。

 

「これは…確かに……ん?」

「どうかした?」

「あ、あーいや、別に何も」

 

店主の視線の先……後ろか。

 

「……何してんの?」

「別に何も?」

「………」

 

明らかに怪しい動きをしていたけれど……

 

「えーとですね……確かにこれは昔うちに置いてあったあったものですが、博麗の巫女さんが買ったってんならこちらが覚えてるはず。でも生憎そんな記憶はないんですよ」

「……そう、それならいいわ。急に押しかけてごめんなさいね」

「いえいえ、またどうぞ」

 

ここだと思ったのだけれど……別の店で買ったのかしら。

何か心残りだけれど……店主が違うっていうのならそうなんでしょうね。

 

 

 

 

「ふぅ……なんとか乗り切ったな」

「危ない危ない……もしあれのことを聞かれたら知らないふりをしろって、そう言ってたもんな魔理沙ちゃんは」

「ちゃんはよせおっさん。……色々複雑なんだよ」

「そうかい。……なあ、約束は守ったんだし、親父さんにうちの店のこと宣伝しといてくれないか?」

「自力で頑張りな」

「そんなぁ」

 

………もうすぐだってのか?

 

私の木彫りの花びらを見て、そう思う。

 

 

 

 

 

「この公園……なーんか、見覚えあるのよね……」

「いつも通ってるだけじゃないか?」

「いや……確かに昔、ここで花火を見たような……」

 

目を閉じ、腕を組んで難しそうな表情をする霊夢。

 

「………夏祭り、か?」

「そう!それ!あんたよく覚えてたわね」

「確か先代の巫女と私と霊夢の三人で来たんだっけか、花火は最後の方でここで見てそのまま帰ったんだよ」

「……そうだっけ?」

「あやふやなお前の記憶よりは信用できるだろ」

 

誘導しないと。

今記憶を取り戻すには早すぎる。

 

「もう一人、いたような……」

 

花びらを手に持ち、空を仰ぎ見る霊夢。

 

なあ、毛糸。

お前は、どうしてるんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

 

「なんです?その……花びら?それに空なんか眺めて」

「ん?お、来たの」

 

手に持っていたそれをポケットに突っ込んで、視線を落とす。

 

「なんですか?また落ち込んでるんですか?いい加減にしてくださいよ」

「いやいや違う違う」

 

いや違わなくもないんだけど……

 

「思い出に浸ってただけ」

「はぁ……で、今日はなんの用なんです?」

「話したいことがあって……ていうか、仕事だったんでしょ?終わるまで待ってるつもりだったんだけど、随分早かったね」

「要注意危険人物の白珠毛糸が私のこと呼んでるって言ったらすぐ行かしてくれましたよ」

「おい待て、誰が要注意危険人物だって?」

「毛糸さんです」

「おうふ」

 

言うのは勝手だけどなんでそれで通るんだよ……ちょっとショックだわ。

 

「と、言うわけでして。毛糸さんの名前を出せば私は堂々と仕事を抜け出せるってわけです、いぇい」

「イェイじゃねえよ引っ叩くぞ」

「部外者に引っ叩かれる顔は持ち合わせていません」

「じゃあお前もう帰れよ、仕事戻れ」

「別に〜?今の仕事普通に好きなので構いませんけど〜?」

「うっっっざ」

 

久々にピキって来ちまったよ……表でろや。

ここ外だけど。

 

「で、結局何しに?暇だからっていちいち呼びに来ませんよね」

「ん、とりあえず殴って良いかな」

「良いですよ、当てられるもんならねっ!」

「一瞬で距離取るな」

 

なんか今日やたらと煽ってくるんだけどこいつ……腹立つぅ。

 

「はぁ……異変について、話にきた」

「え、異変起こすんですか?それは面白そうですね!ぜひ取材させてください!」

「真面目な話してるんだけど?」

「私のこの顔のどこが真面目じゃないって言うんですか!」

「……顔は真面目だけど発言が不真面目」

「あやや」

 

私が異変起こすわけないだろうに……いや、ないとも言い切れないのか?

というか、実質私も関係者だし、起こしてる側だからむしろ文が正しいのでは?あれ?

 

「………とりあえずだな、妖怪の山には手出さないつもりだけど、影響がなくはないからそこだけ、ね」

「結局起こすんですね?」

「わたしじゃないよ、ほんとだよ、しりあいがおこすんだよ」

「じゃあなんでそのこと知ってるんですか?」

「………」

「こっち見てくださいよ」

「今日は空が青い!」

 

良い天気だ!うん!

 

「先に言っとくけど!私無関係……ではないけど!首謀者ではない…はず!だから!むしろ私!ややこしいことが起こらないように手回ししにここにきてるから!」

「めっちゃ必死ですね」

 

そりゃあ必死になるとも、私まで異変関係者扱いされて退治されても困るもの。

 

「……紫さんに頼まれて紅魔館が異変また起こすし結構規模のでかい?のか?まあ実害はないけど多少なりとも影響あるから、そこんとこ解っといてね、あと手出さないでね、ってのを伝えにきただけ」

「はぁ……なるほど、大体理解できました。始めからそう言ってくれればいいのに」

 

そっちが茶化すからじゃん……蹴りてぇ……

 

「で、これ天魔様に伝えなきゃいけないやつですよね」

「まあそうなるのかな」

「嫌です」

「なんで!?」

「面倒くさいんですもん!!」

「そのくらいやれよお前天狗の中でも結構良い地位にいんだろ!?」

「だから私が直接伝えなきゃならないんですよ!!なんで仕事増やすんですか!?」

「じゃあこんな山異変起こって混乱して組織機能を失って自壊しとけ!」

「そんなに規模でかいんですか!?」

「影響はないって言ってるだろ!?」

 

なんで今日のこいつとのやりとりこんな疲れるんだ……?

 

「やめだやめ、キリないわ」

「ねえ私面倒くさいんですけどぉ…」

「私がその天魔様ってのに会うわけにもいかんでしょ」

「それはそうなんですけどね?」

 

いやまあ……私の所業を思えば、一度くらいはお目にかかっておいた方がいいのかもしれないけどさ。

 

「……思えば、私この山で好き勝手やりすぎじゃね?」

「あ、気づいちゃいました?」

「私ってもしかしてとんでもなくやばい?破天荒?」

「気づいちゃいました?」

「私ってもしかして要注意危険人物?」

「気づいちゃいましたか〜」

「あっちゃ〜」

 

いやもちろん自覚はあったけど……天狗とか河童とか普通に挨拶してくれる人もいるし、なんかもう受け入れられてるのかと……警戒されてるのも感じてはいたけどさ。

 

「まあ上としては警戒せざるを得ないって感じですかね。なんか取るに足らない戦力の一つだと思っていたただの毛玉妖怪が、気づいたら色んなところと繋がりを持った幻想郷でも指折りの大妖怪になっちゃってたんですから。しかも山の中で好き勝手してくるし」

「何度でも言うけど、大妖怪に見えるの?私が」

「実力と実績と影響力考えたら立派な大妖怪ですよ」

 

それも何回も言われたけど……何一つとして言い返せないけどさ。

 

「鬼のこともありましたしね……お偉方の内心を意訳すると、『なんかあの毛玉めちゃくちゃ友好的だし役に立つけど逆に怖い、妖怪の山を手中に収めようとでも思っているんじゃないか?せっかく鬼の支配から脱却できたのにそれは嫌だなあ、怖いなあ』って感じです」

「お、おう……どうしようもないんだけど」

「はい、どうしようもないです」

 

つまりあれか。

大天狗とかその他諸々の人たちは、数百年間私の行動に精神を削られながら過ごしてきたってことか。

 

勝手に警戒してる向こうが悪いんだけど、なんだか申し訳ない気持ちになってくる。

 

「と、言うわけでして。上から毛糸さんの様子見てこいとか言われると仕事を抜け出して観に行くことになるわけです」

「あっそ……昔お前よく抜け出して私のところ来てたけど?」

「あれは監視を口実にして遊びに行ってただけです」

「言ったなお前」

 

こんな奴でも良い地位につけるのか……サボり癖以外が優秀なんだろうなぁきっと。

 

「……じゃあお前は、いつその要注意危険人物に始末されてもいい存在ってこと?」

「………あ」

「………」

「………抗議してきます」

「その抗議通ったら堂々と仕事抜け出せなくなるよ」

「やっぱりやめます」

 

わあ素直〜わかりやすーい。

そういうところ嫌いじゃないよ、うん。

 

「………こんなノリで話したの、久々じゃない?」

「そうですかね?……まあ、毛糸さん最近様子おかしかったですし、そうかもしれないですね」

「ゔ……悪かったって」

「良いですよ別に、今日みたいな会話が出来るくらいには元に戻ったってことですし。……異変に首突っ込んでるのはいただけませんが」

「いやほんと、思いっきり関わってるわけじゃないから……さっき言った異変のことも、お偉い人に伝えるだけにしといてね」

「分かってますって」

 

文は賢いから、異変を起こすように頼んだ紫さんの意図もきっちり汲んでくれると思うけど。

 

「で、さっき見てた木の花びらは?」

「………」

「言いたくないからいいですよ、別に」

 

ちょっと不満そうに言うなよ……

 

「……ただの思い出だよ、残ってる、唯一の」



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最後に行き着くのは
毛玉と紅霧異変


「おー……この世の終わりみたいな光景だね」

「涼しくなって丁度いいじゃない」

「いやまあ……確かに日の光は遮られてるけども」

 

幻想郷の空を覆う紅い霧。

レミリアの強大妖力を媒介として、魔法によってさらに増幅させられた、妖気を帯びた濃霧が、日の光すら遮り、世界を紅く染め上げていく。

 

「……この妖気、普通の人間が浴びたら良くなさそうだけど」

「死にゃしないわよ」

「結構濃いけどなあ」

 

紅魔館の屋上で、空を見上げて様子を見守る。

パッチェさんは大図書館で霧の術式の発動中だ、というかあの人図書館から出ることあんまりないし。

 

「……いいの?巻き込んじゃったけど」

「んー?何がー」

「博麗の巫女」

「あー」

 

そりゃレミリアは把握してるし、そう言われるか。

 

「遅かれ早かれだよ、じゃあ早い方がいいじゃん。……そもそも、会ったところでって話だし、ね」

「………そう」

「そっちこそいいの?私のこと嫌いなんでしょ?」

「いつの話してるのよ」

「え」

「過ぎたことをいつまでも言ってんじゃないわよ」

「え」

「蒸し返してなんか面白いことあるの?」

「………えー」

 

なんかボロクソ言われたんだが。

なんだよ……気遣わせてるみたいだったから茶化そうとしただけじゃん…そんなに言わなくたっていいじゃん……

 

「………いつくるのかな、博麗の巫女」

「さあ?すぐに来るかもしれないし、明日かもしれないわね。もっと後かも」

「えぇ……」

「もしそうなったら泊まっていく?」

「あ、いいの?じゃあそうしよっかな。今日来てくれた方が楽なんだけども」

「気長に待ってればいいのよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「人里じゃ妖気に当てられて体調崩してる奴がいるらしい、そこまで重症になるわけじゃないみたいだけど、放置はできないだろ」

「もとより放置する気はなかったけれど……妖気が出ている以上、自然現象とかじゃないみたいだしね」

「目星はついてるのか?」

「まあ、大体ね」

 

霧からの直接な影響だけじゃなく、こうも日を遮られたら植物も育たないだろう。

というか、昼か夜かもあやふやだ。

 

「紅魔館ってあるでしょう」

「ん?あぁ、吸血鬼が住んでるっていう」

「この紅い霧、日を遮るほどの濃さ、怪しいと思わない?」

「……なるほどな、もちろん私も気づいてたが」

 

張り合ってくる魔理沙を無視して出立の準備を進める。

紅い霧から発せられる淡い光で、今の幻想郷は照らされている。

 

「こんな景色じゃおちおち寝てられないわ」

「行くか?」

「えぇ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「一応、ここも見ておかないとね」

「霧の湖、か」

 

推測通りなら、首謀者は日に弱い吸血鬼で間違いない。

ご丁寧に紅く染め上げてくれちゃって、随分と自己顕示欲の激しい奴なんだろう。

 

紅魔館は霧の湖の辺りにあるって話だったけれど……ただでさえ霧が立ち込めてるのに妖霧もあって、遠くは見えそうにない。

 

「霧って点ならここも同じなんだけど……別にここが発生源ってわけでも無さそうよね」

「まあこの辺りにいる妖怪なんて……」

「………?どうかした」

「いや、なんでもない。というか、なんか妖精どもが群がってきてないか?」

「……確かに」

 

弾幕を撒き散らしながらこっちに迫ってくる妖精達。

大方、この紅霧でテンションが上がってお祭り気分ってとこかしら。

 

「さっさと蹴散らして元凶の根城向かうわよ」

「分かってるって!」

 

精霊は自然に大きく関係してるものだから……この妖気に当てられて活発化、強化されていてもおかしくはないわね。

 

そんなことを考えつつ、魔理沙と一緒に妖精たちの放ってくる弾幕を掻い潜りながら撃ち落として、目的地へと進む。

 

「げっ毛玉!!」

「えっ毛玉?……なんかめっちゃ弾幕放ってくるわよ!?」

 

嘘……毛玉ってあんなに霊力持ってたっけ…?

いやいや待て待て、毛玉も確か精霊の一種だったはず……それなら妖精と同じで力が増幅していても……

 

いやでも…普段ただふわふわ浮いているだけでちょっとした衝撃で消えてなくなってるような存在よ?なんでそこまで……

 

「やいそこの人間!」

「あぁ?……お前は…」

「何よ」

「うわっとと!?危ないなこのやろう!」

 

避けた……

他の妖精たちより霊力が強いわね、見た感じ…氷精かしら。

 

「よくも仲間たちをいじめてくれたな!!」

「そこにいたあんたらが悪い、あと先に仕掛けてきたのそっちだから。文句言ってんじゃないわよ」

「……私が言うのもなんだが、それが博麗の巫女の言うことかよ?」

「痛い目に会いたくなければそこどきなさい、ぶっ飛ばすわよ」

「こいつ聞いてねー」

 

目的地は分かってるんだから、こんなところでぐだぐだしてる必要もない。ましてや妖精たちに付き合う時間なんて……

 

「あたいの話を聞けい!」

「はいはいわかったわかった、さっさと話してみなさいな」

「あたいはチルノ!幻想郷で一番強いんだぞ!」

「………」

「………」

「……なんで黙ってるんだ?」

「恐怖で固まってるから」

「溢れ出るオーラにたじろいでるから」

「そうか!」

 

バカだ、バカがいる。

 

「お前たちに倒された仲間のために、あたいたちがお前たちを倒す!」

「一番強いのに徒党を組むのかお前」

「行くぞ!ルーミア!大ちゃん!」

「そーなのかー」

「結局私も行かされるんだね……」

 

出てきたのは金髪の妖怪と、緑髪の嫌そうな顔をしている妖精。

 

「あたいたち三人ならもっと最強だぞ!」

「そーなのかー」

「チルノちゃん今日テンション高いね……」

「三人仲良く湖に沈めてあげるわ」

「だからお前発言がこえーって」

「まずは……行け!ルーミア!あいつらをボッコボコにしてこい!」

「そーなのかー」

 

そーなのかーとしか言わないんだけどあの妖怪。

というか、三人ならって言ってなかった?一人だけ思いっきりけしかけてるけど。

 

「あなたたちは食べていい人間?」

「腹下しても知らないわよ」

「夜符『ナイトバード』」

 

ルーミアと呼ばれているその妖怪が、一枚のスペルカードを取り出した。

あくまでも、スペルカードルールの上での決闘。殺しはできる限りなし、と。

 

「どっちがやる?」

「やりたいならやってもいいわよ」

「じゃ、私は後にしとくぜ」

「そ」

 

ルーミアの周囲が黒く染まっていき、その姿が捉えられなくなる。

呼び動作が見えない状態で、薙ぎ払われるように放たれる弾幕。

そこそこ早いけれど、全然避けられる。

 

「そこだ!いけルーミア!お前ならいけるぞ!」

「そーなのかー」

 

あそこ煩いわね……

 

「あうっ」

 

こっちが避けながら弾幕を放っていると、闇が弾けてそれを纏っていたルーミアが出てくる、

 

「むぅ……全然当たらない」

「素人に負けるようじゃやってらんないからね」

「もし当たったら盛大に笑ってやるよ!!」

「そこうるさい」

 

いちいち口出してくるのは昔っからね……

 

「さあ、まだ続けるのならさっさと来なさい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……あなたの友達、みんなやられちゃったわよ」

「………」

「どうかしたの?」

 

水晶玉を覗き込んでいたパッチェさんが不思議そうな目でこっちを見つめてくる。

 

「………ルーミアとかチルノのスペルカードを水晶玉越しとは言え見れたのと、大ちゃんがやられた二人を抱えてさっさと逃げてくれたのは良かった、うん。この目で見たわけじゃないけど、今の霊夢と魔理沙の姿を見れたのも、よかったよ。なんとなくだけど魔理沙もついてくるんだろうなとは思ってたし」

「………それで?」

「一つ……ただ一つだけ疑問を投げかけたい」

 

さっきから脳裏に焼き付いて離れない、水晶玉越しの光景。

弾幕を全て避けられてそのまま撃沈したルーミア、なんか凄そうなスペルカードを使ったけれど、何故か一瞬で魔理沙に安置を見つけられてそのままやられたチルノ。

 

だが何よりも、何よりも……

 

「あの弾幕飛ばしてた毛玉はなんじゃあああ!!?」

「急に叫ばないで」

「あ、ごめん。いやでもマジであれ何ぃぃいい!!?」

「うるさい」

「ほんとごめん、でも叫ばずにはいられないんだよ。……あんな毛玉私見たことないがあああ!!?」

「今奇声を発してる毛玉なら私見てるわよ」

「え、どこ?」

「………」

 

うわすっごい面倒臭そうな顔された。

 

「いやだってさだってさ、ろくに意識も霊力も持ってなくて文字通り吹けば飛ぶような存在の毛玉がだよ?妖精たちと遜色ない弾幕出してたんだよ!?いやほんとうにどういうこと!?教えてパッチェさん!」

「知らないわよ」

「そっかぁ……」

 

パッチェさんにわからないんならもう私にもわかんないから、このもやもやを抱えてこれから先長い時を過ごそう。

 

「まあ確かにあの毛玉はよくわからないけれど……もっとよくわからない毛玉がいるんだし、些末なことよ」

「些末!?えっあっ……はい……」

「ちょっとは落ち着いたら?」

「………ふぅ」

 

また確かに考えたって私にゃわからんだろうしなあ、そんなことしてて仕方がないか。

 

そういや、誇芦は何してるんだろうか。

しれっと霊夢と魔理沙にボコされてたりするのだろうか。

いや……普通に私の家の中でゆっくりしてそうだなあ、あいつは。

 

「フランは?」

「地下室」

「レミリアは?」

「決め台詞でも考えてるんじゃない?」

「………」

 

……いや、本当に考えてるの?

確かに考えてそうではあるけども、すっごいカッコつけた決め台詞考えてそうだけども。

 

「あなたは?どうするの?」

「うーん……どうしようか」

「何か事情があるんでしょう?巻き込んだのはこっちだし、ある程度はあなたのしたいようにするわ」

「いや、いいよ。見つからなさそうなところに適当に隠れとくから」

「そう」

 

いざ会うってなると怖いし……まだ、私のことは思い出していないんだろう。

 

「……結局会ってなかったなあ」

 

魔理沙……避け続けてここまで来てしまった。

今日……会うか…?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ……完敗です」

「そう、じゃあ通してもらうわね」

「容赦ねえなあ」

 

いざ紅魔館に到着してみれば、一つしかない門に門番が一人。

礼儀正しく紅美鈴だと自己紹介してきたから、こっちも自己紹介をしたら早速弾幕ごっこが始まった。

 

虹色の弾幕が周囲を包んでいき、紅い気色の中で一層煌びやかに輝く。

 

思わず見惚れてしまうほどの弾幕、もう少し見ていたいという感情すら湧いていたのに、霊夢がせっせと倒してしまった。

 

「お強いですね……手も足も出ませんでしたよ」

 

すぐに体を起こして、笑いながらそう言う門番。

結構霊夢の弾幕に当たってたと思うが……そういう妖怪なのか、こいつが頑丈なのか。

 

「なあ、一応聞いとくけど、ここが霧出して幻想郷に迷惑かけてるってことで間違ってないんだよな?」

「えぇまあ、そうなりますね」

「それなら黒幕のいる場所も吐きなさいよ」

「それは無理な相談ですね」

「いやちょっ、待て霊夢!」

 

札を取り出した急いで霊夢を止める。

 

「いや、別に嫌がらせとかじゃないですよ?中はとても複雑な構造になっていて、門番如きが把握できるようなものでもないんですよ」

「何よ、それなら早くそう言いなさいよ、悪かったわね」

「じゃ、ここ通らせてもらうからな」

 

弾幕ごっこは真剣勝負。

負けたのなら勝者に大人しく従うのが礼儀。

 

はてさて、ここの主人はそれに従ってくれるか……

 

 

「……遠くからちらっと見た時も思ったが、本当に紅いなこの館…この様子だと中の方も同じようになってそうだな、いい趣味してるぜ」

「油断するんじゃないわよ、相手は吸血鬼なんだから」

「分かってるって。……なあ、さっきの門番はボッコボコにしてたけど、あの妖怪は手加減してたよな」

「何よ急に」

「気になったからさ」

 

相手は弱くても妖怪だ、もっとこてんぱんにしそうなものだと思うんだけど……

 

「さっきの門番が普通に強かったから、それ相応の実力を出しただけよ」

「ふぅん……」

「……それと」

「ん?」

 

自信のなさそうな表情を浮かべる霊夢。

 

「あの妖精たち………誰かに似て……」

「………妖精なんていくらでもいるんだし、見かけたことくらいあるんじゃないか?」

「そうかしら…」

 

昔毛糸が話していた妖精と妖怪ってやっぱり……

 

「……さ、もう敵の本拠地は目の前だ、切り替えていくぞ!」

「はしゃぎすぎて負けたら承知しないわよ」

「そんなヘマするような奴だと思ってるのか?」

「やるでしょ」

「ほぉー?じゃあお前より先に黒幕見つけて異変解決してやるよ」

「言うじゃない。いいわ、勝負と行こうじゃないの」

 

紅魔館への扉を勢いよく開くと、想像通り中も目に悪い色をしていた。

……窓少ないな、いかにも吸血鬼の棲家って感じだ。

 

それにこの感じ……館全体になんらかの魔術がかかってる。空間でも操ってるのか?随分と広そうだ。

 

「二手に別れようぜ、私はあっちに行く」

「それじゃあ私はこっちね」

「絶対にお前より先に黒幕見つけてぶっ飛ばしてやる」

「博麗の巫女の勘舐めんじゃないわよ」



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うじうじしてる毛玉

 

「やっほ」

「あ…しろまりさん」

 

フランのいる地下室へやってきた。

可愛らしい人形が部屋に並んでいる、以前とは違い、綺麗な状態のものが。

 

「気分どう?」

「うーん……実を言うとあんまり」

「あれまあ、そうなんだ」

 

フランにも、この異変のことは伝えてある。この後もフランには動いてもらおうと思っているんだけど………

 

「また、色んなもの壊しちゃったらどうしようって考えると…」

「怖い?」

「……うん」

 

不安そうにそう答えるフラン。

 

「そうならないように、今日まで色々してきたんでしょ?……まあ、怖いもんは怖いか。気持ちわかるよ」

 

狂気との同化をし始めてから、狂気がまたフランを飲み込まないようにできるだけ刺激を与えないようにしてきた、本人もそれは知っている。

 

それを今日弾幕ごっこをするって言うんだ、狂気がまた復活してくる可能性も、ないわけではない。

 

「それに、相手は人間なんでしょ?そんなの……」

「安心しなって、私なんかよりよっぽど強いよ」

「そうなの?しろまりさんより?」

「弾幕ごっこはね。それに、戦うわけじゃないんだよ、これは」

 

私の言葉に、不思議そうにフランが首を傾げる。

 

「競うんだよ、美しさを。相手を叩きのめすんじゃなくって、見惚れさせた上で、相手を倒す。それが弾幕ごっこ」

「美しさ……」

「作ったんだろ?スペルカード。じゃあ、それを思いっきり相手にぶつければいい。そしたら、ちゃんと相手は答えてくれるよ」

 

パッチェさんと魔理沙の弾幕ごっこを離れたところから見ていた。

最初こそ、気づかれないかなとビクビクしてはいたけれど……すぐにそんな考えは吹き飛んでしまった。

 

のめり込んでいた、その戦いに。

引き込まれていた、その弾幕に。

 

「二人いるんだけどさ、片方は咲夜を倒したし、片方はパッチェさん倒してたよ」

「パチュリーと咲夜を!?」

「うん」

「すごい……」

 

霊夢の方も、水晶玉越しに見ていた。

時間停止を見抜いてあっというまに攻略して……本当に凄かった。

 

「……私も、パッチェさんもレミリアも、お前のことをよく考えて、お前のためにこの異変を起こしたんだ」

 

きっかけこそ紫さんだけど、この異変はフランのためのもの。

 

「私が言えたことじゃないんだけどさ。怖がらずに、楽しんでほしいんだ、弾幕ごっこを」

「………」

「そしたらさ、ちゃんと狂気うんぬんで悩まなくて良いようになったらさ。色んな場所に行けば良い、色んな人に会えば良い」

 

フランの心情も、悩みも。

ある程度はわかっているつもりだ、レミリアとフランと関わって、今まで色んなことがあったんだってことも……

 

でも。

私が言えたことじゃなかったとしても。

 

「幻想郷は、良いところだよ」

 

そろそろ魔理沙がくる。

 

「だからさ、行ってこい。遠慮しなくて良いから、思いっきり楽しんでこい。それがみんなの願いだよ」

「みんなの……」

「……分かったなら、行ってきな」

 

私がそう言うと、フランは笑顔で一言

 

「うん!」

 

そう言って、部屋を出て行った。

 

「………ほんと、立派だよ」

 

勢いよく出て行ったその背中を見て、そう呟く。

 

私なんて……さ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おぉ!いざこう見ると本当に知らない本ばっかりだな、読み応えがありそうだぜ」

 

あのパチュリーとか言う紫もやしの魔法使いは凄かった。

同じ魔法使いとして参考にするところしか思い浮かばない、まあ弾幕ごっこじゃ私の勝ちだが。

 

「………」

 

あの時毛糸がくれた本ってどこのものだったんだろうか。

もしかしてここの……

 

図書館から拝借した本を眺めていると、辺りの景色が不自然なことに気づく。

 

「……どこかしらに誘導されてる?」

 

この館に入った時の違和感とはまた別の……

そもそもこの館、見た目に反して中が広すぎる。やっぱり空間魔法でも使っているんじゃないだろうか。

 

こうしている間にも霊夢に先を越されたらと思うと、いても立ってもいられくなって、箒の速度を上げて道中のメイド服を着た妖精やらを撃破して突き進んでいく。

 

「あー?なんか……なんだここ」

 

道が一本しかないわけじゃないのに、どの道を通っても同じ場所に行き着いている感覚。

引き返そうにも、振り返れば今通ってきたはずの道とは別のものがそこにはある。

 

「本格的にきな臭くなってきたなあこりゃ」

 

心なしか下の方へ誘導されているような……いっそ天井ぶち抜いて無理やり上がるか?

まあこれもさっきのもやしっ娘魔法使いの仕業なんだろうが……こうも空間をポンポン操作されると、なんか格の違いを見せつけられてるみたいでなんか腹立ってくるな。

 

「……ん?」

 

おや?おやおやおや?

 

「こいつぁビンゴってとこか?」

 

この気配、普通の妖怪じゃない。

それにさっきからわらわらといたはずの妖精のメイドどもの姿が見えなくなっている。

 

「………」

 

ミニ八卦炉を構えて、奥の方からやってくる気配に備える。

 

出てきたのは、枝のような翼に宝石のようなものをぶら下げた、金色の髪に紅い目の少女。

 

「あなたが遊び相手?」

「なんだ?弾幕ごっこならいくらでも付き合ってやるぜ」

「ふぅん……」

 

……なんかじろじろと見られてるな。

 

「人を見るより先に名乗ったらどうだ?」

「あそっか。フランドール・スカーレット、レミリアお姉様の妹だよ」

「ったー!妹かー!」

「?どうしたの?」

「こりゃ霊夢の方が当たりっぽいな」

 

そりゃあそうだよなあ、こんな地下っぽい場所に黒幕がいるわけないもんな。

黒幕ってのはこう、一番奥の高いところで椅子に座って待ってるような奴だろうし。妹より姉の方が黒幕に決まってるもんな……偏見だけど。

 

「っとと、それはまあいいか。私は霧雨魔理沙、普通の魔法使いだぜ」

「魔理沙ね……それなら、早速で悪いけれど」

 

妖力が辺りに迸り、肌がピリつく感覚と共に紅い弾幕が視界を埋め尽くす。

 

「思いっきり遊んでよ」

「いいぜ、遊んでやるよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「本当にこの先で合ってるんでしょうね…」

「負けたんだからいちいち嘘つかないわよ」

「………」

 

時間を止める人間……本当にそんなのがいるだなんて。

別に、妖怪側についてるからどうこうしようってわけじゃないけれど……時間に干渉する人間なんて、明らかに普通じゃない。

妖怪でもあり得ないくらいだ、それこそ神とか……

 

「お嬢様はあなたが来るのを待ちわびていたわ」

「倒されるのを自ら望んでるって解釈でいいのかしら?」

「私の知るところではないわ」

 

そのくらい知っておきなさいよ従者なら。

……魔理沙は今どこで何をしているのかしら。

 

さっさと親玉をぶっ飛ばしたいけれど、何せ位置がわからない。

別に勘を頼りにしてもいいんだけど……

 

「……近いわね」

「あら、分かるの」

「職業柄ね、こうもビンビンと気配出されてちゃそりゃ気づくわよ」

 

これだけ離れていてもこの妖気。

わかってはいたけれど、一筋縄では行かなそうね……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あよっこいせっと」

「あら、戻ったの」

「まあねぇ……服焦げてるけど、大丈夫?パッチェさん」

 

地下室でフランを送り出して、大図書館まで戻ってきた。

移動したのは魔理沙や霊夢を避けるためであって、二人はもう交戦を始めてしまったから、隠れている必要もない。

 

「なかなかできる奴だったわね……人間であの歳であれほど魔法への理解が深いとは……相当努力してきたのね」

「あっわかる?そうなんだよあいつ頑張ってんだよなぁ」

「なんであなたが嬉しそうなのよ」

「そりゃあ、長い間面倒見てきたし……どの口が言ってんだろ」

 

我が子のように思ってるってわけじゃあないけれど、そりゃあ小さい頃から知ってるんだ、情だって相応に湧く。

 

「ん、水晶玉出してくれないの?」

「あれ結構面倒なのよ。というか、あれは動向を最低限探るためのものであって、弾幕を眺めるようなものでもないわ」

「えー」

「せっかく観に行ける距離でやってるんだから、気になるんだったらその目で直接観ればいいじゃない」

「そりゃあ……そうだけどさ」

 

んなことほいほい出来たら魔理沙とも……

 

「私は図書館の修復に取り掛かるから、そう構ってもいられないのよ。魔力使ったばっかりだから疲れてるし、こあに押し付けることになるけど」

「いいようにこき使われる使い魔……」

「使い魔はこき使うものよ」

 

実際そうなんだろうけども。

 

「博麗の巫女とも知り合いなんでしょう?」

「ん……まあね」

 

向こうは覚えちゃいないだろうけど。

 

「なら、この異変はあなたの知り合い同士の戦いってことになるわね」

「…まあ、そうだけど」

「その目で見届けた方がいいんじゃない?」

「………」

「別にいいなら、ここでゆっくりしていけばいいわよ」

 

ぬぅ……この人は……

 

「分かったよ、行きゃあいいんでしょ、行きゃあ。そんなに私は片付けの邪魔ですか」

「何もそこまで言ってないわよ。ほら、さっさと行きなさいな、すぐに決着着いちゃうかもよ」

「………はぁ」

 

気を遣ってくれてんのかな……うじうじしてるからだろうか。

 

「あ、あとあの人間の魔法使いに何冊かここの本強奪されたから取り返してきてくれてもいいわよ」

「えぇ……えぇ?何やってんのあいつ……」

 

泥棒?泥棒なの?というか押し入り強盗?いやまあ本ってのが実に魔理沙らしいところではあるけども……

 

「親が聞いたらどう思うかね……」

 

というか、普通にパッチェさんに勝ってるんだもんなぁ、あいつ本当に弾幕ごっこ上手いんだな……

 

「まあ……そのうち取り返してくるよ」

「そうしてくれるとありがたいわ。まるでここに通い詰めるみたいな言い方だったから怖いのよね……」

 

ま、魔理沙………

 

 

 

 

 

 

 

 

「………何をなさってるんですか」

「しぃっー!隠れてこそこそなんとか覗き見しようとしてるの」

「趣味悪いですね」

「言うねえ」

 

霊夢とレミリアが色んな場所を移動しながら戦ってるせいで、なかなか追いつけないし、見つからないようにしないといけないから見にくいったらありゃしない。

 

そんなこんなで怪しい動きをしている私に咲夜が声をかけてきた。

 

「……よく見たらボロボロじゃん」

「えぇ、負けてしまったもので」

「しょうがないよ、正直相手が悪い」

「ああも完璧に対応されると、言い訳すら出てこないです」

 

時間を操る相手に悠々と無傷で勝つの、本当におかしいと思う。

ただ時を止めるだけじゃないからね、聞いただけだけど本当に色んなことできるからねこの子……

 

「よければ見えるところまで私が連れて行きましょうか?」

「あ、ほんと?じゃあお願いするよ、ありがとう」

「いえいえ、それでは失礼します」

 

 

咲夜がそう言った瞬間、一気に視界が変わって、レミリアのものと思われる弾幕が霊夢と思われる小さな人影を飲み込もうとしている光景に変わった。

 

「気づかれない距離となるとこの程度が限界でした、申し訳ありません」

「いちいち謝んなくていいよ、これくらいでも普通に見えるくらいには華やかな景色だし」

 

時間を操るねぇ……使えたらめちゃくちゃ楽しいだろうなそれ、私も欲しい。

 

「………」

「浮かない顔ですね」

「ん……まあねぇ」

 

確かに弾幕は綺麗だ。

レミリアの弾幕も、霊夢の動きも、見ていれば引き込まれるものだろう。

 

だけどそれよりも先に、他の色んな感情が湧いてくる。

霊夢のその姿を遠巻きに眺めているだけなのに、頭の中で色んなものがぶつかり続けて、もう何が何だかわからない。

 

「不安だよ、なんとかするつもりではあるけれど。何言われるかわかんないし、責められるようなことしかしてないし、正直怖い」

 

すっごい簡単に言ってしまえば、怒られるのが怖いって話だ。

ずっと会うのを後回しにしてきた結果がこれだよ、本当に馬鹿らしい。

 

「……ん?あっこれ来るか?」

「どうかし……まさか」

 

館が揺れている。

レミリアたちの戦いのせいじゃなくって、もっとこう、何かを突き破るような音。

 

その音はどんどん近づいてきて、私たちの近くの床を突き破って二つの人影が上昇してきた。

 

「フランと魔理沙……」

「あとで直しておかないと……」

 

直すって思考に先になるのがすごいよねこの子………というかなんでもできるよねこの子……

 

登ってきたフランと魔理沙、まあそんな気はしてたけど、案の定ここまで上がってきた。

というか、フランがレミリアのいる方に向かってきたんじゃないかな、これは。

 

「こりゃ乱戦になりそうだなぁ」

「………あの、気休めにもならないかもしれないですけど」

「ん?」

 

咲夜がレミリアたちを見つめながら話しかけてくる。

 

「大丈夫だと思います、あなたなら」

「……ん」

「事情に詳しいわけではないですけれど……見てください」

 

弾幕ごっこを続けている4人の方を指す咲夜。

 

「妹様、笑ってますよね」

「………そうだね、楽しそうでなにより」

「ああやって笑えているのは、あなたのお陰です」

「………」

「それにお嬢様も、今はあなたとも楽しそうに接していられて」

 

楽しそうに見えるのか……悪口言い合って睨み合ってるの。

 

「お二人とも、今ああやって笑っていられるのはあなたのお陰です」

「………」

「ですから、そうやって関係を築くことのできたあなたなら、不安に思わなくても大丈夫だと、私は思っています」

「……そっか」

 

だったらいいけどね……

 

「だから、今は難しいことは考えずに、目の前の景色を楽しみましょう」

「……それもそうだね」

 

姉妹って感じのするいい連携で密度の濃い弾幕を展開していく二人。

慣れっこだと言わんばかりの動きですいすいと潜り抜けて攻撃を続ける二人。

 

 

その色とりどりな景色、今までに見たことのないような……初めて、この目で見るその光景を見て。

 

「綺麗だ」

 

自然とその言葉が口からこぼれ落ちていた。

 



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毛玉の悲劇

 

「………あの二人やっばぁ」

 

フランとレミリア相手にして普通に勝っちゃったよ……割と余裕綽々って感じだったよ……いや、多少の傷は負ってるけどさ。

ん?霊夢は普通に無傷じゃない?

うわぁ……

 

「館の方は……残念なことになってるけど」

 

天井思いっきりぶち抜かれてらぁ……

空を覆っていた紅い霧が晴らされていく、パッチェさんがレミリアの敗北を確認してやったんだろう。

 

咲夜はさっそく修理に、とどこかへ行ってしまった。

うん……こんな状態からでも修復ってできるんですね……つぎはぎでどうにかしてる私も見習ったほうがいいかな……

 

「………」

 

高いところから、ぼろぼろになって地面に着いているレミリアとフランを見下ろす。

霧が晴れた途端、空が明るくなっていく。

さっきまで夜だったのだろうか、霧が晴れると同時に、都合よく日が登ってきたらしい。

 

「これで終わり、かぁ」

 

紅魔館は紅霧異変という大掛かりな企みを計画、実行して幻想郷の空を染め上げた。

博麗の巫女はそれを弾幕ごっこというルールの上で完膚なきまでに叩きのめし、異変を解決……

 

大方目論見通りって言ったところだろうか。

 

弾幕ごっこはちゃんと幻想郷に広まっているし、紅魔館もこれでちゃんと存在を示すことができただろうし……紫さんもこれで紅魔館からは手を引くってことなのかな?

 

フランも狂気が暴走した様子もなかったし……

 

「あいつら来てからあっという間だったなぁ」

 

異変が終わった後どうなるかは予想はつかないけど……

 

「……というか、あいつらこの後どうするんだろう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「楽しかったよ魔理沙!」

「おう、お前もなかなかだったぞ」

「何強がってんのよ、結構危なかったじゃない」

「なんであんたは無傷なのよ、本当に人間?」

 

ここまで本気で弾幕ごっこをやれる相手は霊夢以外じゃ初めてだ、魔力も随分使っちまったし、帰って休みたいところなんだけど……

 

「失礼ね、ちゃんとした人間よ」

「そう……ふふ、強い人間は嫌いじゃないわ」

「じゃ、私帰るから」

「あ?もう帰るのか?」

「別に留まる理由もないもの、あんたも物色は程々にしておきなさいよ」

「げっ…」

 

バレてる……

盗ってるんじゃないぜ、借りてるだけだ。

 

「それじゃ」

「あ、おい。………ん?」

 

今視界に白い何かが……あ、隠れた。

 

「………なあフラン」

「ん?なに?」

「この館に白いもじゃもじゃって住んでるか?」

「住んでないけど、しろまりさんのこと?」

「しろまりって……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっべ絶対見つかった……いや別に今日ちゃんと会おうって決めてここにいるわけだけど?いざこうして見るとっていうかこそこそ隠れてるの見つかったしまずそこが恥ずかしいし逃げたい……今の絶対見られたよね、目合ったもん、咄嗟に隠れちゃったもんあーもうだめだ私溶けたい」

「何ぶつくさ言ってんだよ」

「ほああっァァァアァアァ!!」

「うっせぇよ」

 

秘技、初手土下座。

 

「今までごめんなさい」

「情緒どうなってんだよお前な……」

「とりあえず一発ぶん殴ってください……」

「怖いって」

「気が済むまで私のことをぶっ飛ばしてください……」

「だから怖いって、一旦落ち着けよ」

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさ——」

「うるせえ!!」

「あふん!」

 

叩かれた……

 

「もっとお願いします……」

「きもちわりっ!!」

「あ、いや、そういう意味じゃなくって……はい」

「元気そうで何よりって言おうとしたけど、元気というか……頭おかしいな」

「それは昔っからでしょー」

「まあ、それもそうだな」

「はっはっはぁ………」

「だから情緒おかしいって」

 

いざこうやって会うと……

何言えばいいのかわからなくなって脊髄が喋ってる状態になる。

 

「……あのさ」

「謝罪ならもういい」

「え?」

 

魔理沙の言葉に驚く。

 

「お前の気持ちだって十分理解できるし……しばらく顔を見せてくれなかったのも、今こうやって会えたからどうだっていい」

「魔理沙……」

「つまりなんだ、そう暗い顔するなってことだよ」

「大きくなったなぁ……」

「何目線なんだよ……」

「……近所のおばちゃん?」

「………」

「………」

 

……いやほんと、大きくなったよ。

見ないうちにどんどん成長して……

 

「とにかく、変わりないみたいで安心した。こんなところで何してたんだ?」

「んにゃ……紅魔館とはちょっと付き合いがあって、あいつら異変起こすって言うし、霊夢と魔理沙が異変解決に来るって言うから、見てただけだよ」

「へぇ……」

 

私が原案出したってのは言わないでおこう……退治とかされたら敵わない。

 

「そんなことより、お前に伝えなきゃいけないことがあるんだ」

「ん?」

「霊夢のことなんだが……」

 

 

 

 

「魔理沙、そいつ知り合い?」

 

 

紅白色の巫女服を着た少女が、飛んでこちらを見下ろしながらそう言い放つ。

その声を聞いた瞬間、身体が石になったかのように動かなくなった。

視線を上げて彼女を見上げれば、魔理沙と同じくらい成長した、花姿。

 

「……霊夢、まだ帰ってなかったのか」

「なんか怪しげな妖力を感じたから気になって。で、そいつ知り合い?」

 

霊夢と何食わぬ顔で会話を片付ける魔理沙。

冷や汗を、かいている。

 

「……あぁ、時々こーりんの店に来てるんだよ、それでな」

「ふぅん……」

 

不思議そうに私の顔を見つめる霊夢。

私は、動けない。

 

「ここへはたまたま寄っただけで、異変とは関係ないってよ」

「……そう。話の途中だったみたいで悪かったわね、もう戻るわ」

「おう、またな」

 

 

そう言って、飛んでいく霊夢。

体は動かないくせに、目だけはその背中から離れない。

 

 

見えなくなるほど小さくなるまで、ずっと。

 

 

 

 

 

 

「危なかったな………って、どうした!?」

「はぁっ、はぁっ……はっ…」

 

床に手をついて、息が荒くなる。

焦点がブレて、動悸がする。

頭が痛い、身体が力む。

 

「お、おい、何が…」

「分かってたけどさ」

 

掠れるような声を、喉から捻り出す。

 

「分かってたはずなのに、その道を選んだのは私なのに……想像だってしてたし、覚悟だって……だけど、だけどさ、やっぱり……」

 

どうしようもない感情、声が震える。

あの顔を見たら、あの人を思い出す。

今一瞬見ただけなのに、その顔から忘れていた思い出がどんどん噴き出してきて、それが私を締め付けてくる。

まるで私を責めるかのように。

 

あの……他人を見るかのような目……

 

「やっぱり…辛いよ……」

「………そっか」

 

ポンと、私の肩に手をおく魔理沙。

 

「何かあったら言ってくれ、せっかくまた会えたんだからさ」

「……うん」

 

そこから落ち着いて立ち上がるまで、魔理沙は待っていてくれた。

 

何も言わずに、じっと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………」

 

あのクッションに沈んで、ずーっとどこかを見つめている毛糸さん……

 

「……何してんの」

「あ、誇芦ちゃん」

「毛糸がなんか壊れたから大ちゃんと一緒に見てるところだぞ」

 

話しかけてきた誇芦ちゃんの質問にチルノちゃんが答える。

 

「いや、何入ってきてんのって」

「何って、心配だからだよ」

「そーだぞ、お前は心配じゃないのか、はくじょーだなほころん」

「ほころん言うな。……心配っちゃ心配だけど、あれはマシな方でしょ」

「マシ?」

 

その言葉に思わず首を傾げてしまう。

あの様子のどこがマシって……

 

「いかにも何かありましたって顔してるから」

「あー……確かに……?」

「どういうこと?」

「えっとね……変に隠したりしてないから前よりは良いってこと…かな?」

「………なるほど?」

 

分かってるようで分かってなさそうな……

 

「でもあのままにするわけには行かないよね…時々あーって言ってるけど」

「って言ってもどうする?さっきやったけど私が引っ叩いてもダメだったし」

「何やってるの……?」

「あたいが氷漬けにする」

「二人とも暴力に訴えるのやめない…?」

「氷漬けは暴力じゃないぞ!」

「え?あ、うーん?そうなの、かな……?いやでもどっちにしろやめようね?」

 

凄く今更なんだけど、毛糸さんってみんなからの扱いが酷い。本人も本気で嫌がってるわけじゃないから……

 

「どのくらいこうしてるの?」

「ん、昼前くらいに見たらこうだった」

「……もう夕方だよ?」

「ちなみに多分何も食べてない」

「大丈夫なのそれは……」

「あたいが氷を食べさせてやるぜ!」

「やめてね?」

 

それもう放心じゃ治まらない気が……

と言っても、どうしようか……放っておいたら元に戻るのかな……

 

「そういえば私も今日何も食べてないな、作ってもらってないから」

「氷食べるか?」

「いつも作ってもらってるの?」

「うん」

「あたいが氷作ってやるぞ」

「自分で料理したりは?」

「しない、したことない」

「………」

「………」

「……何その顔」

 

っていうことは、毛糸さんいつも誇芦ちゃんの分のご飯も作って……

 

「し、しょうがないじゃん!最近この姿になったんだからさあ!」

「最近って言っても何年か経ってるし……」

「成長しない妖怪なんだな」

「お前にだけは言われたくない、このバカ」

 

毛糸さんがいなかったら何食べてるんだろう……何も食べてないか……

 

……野草?

 

「あ、醤油口の中に流し込んだら目を覚ますんじゃ」

「大丈夫?死なない?それ死なない?」

「あたいそれ賛成」

「チルノちゃん?」

「よしやるか」

「誇芦ちゃん??」

 

じ、冗談だよね?まさか本当に……なんで台所に二人とも行ってるの?え?本当にやるの?嘘でしょ?え?

 

「ま、待って、それは本当に洒落にならないから!」

「止めるな、これはあのもじゃもじゃのために必要なことなんだ」

「大ちゃん……任せて」

「何を!?」

 

凶行に走ろうとする二人をなんとか引き止める。

 

「じ、じゃあご飯作ろう!美味しい匂いを嗅いだら毛糸さんも正気に戻るかもしれないし!誇芦ちゃんもご飯食べてないんでしょ!?」

「……その手があったか」

「大ちゃん天才かよ……」

「………」

 

納得してくれたのは良かったけど、なんでそんなに醤油飲まそうとしたの……?

 

「そうと決まれば冷蔵庫を……」

「この中冷たいな!あたい入って良いかな!」

「やめようね?」

「………あいついつもどんなの作ってたっけ」

「とりあえず全部使ってみよう!」

「ダメでしょ……」

「そうだなぁ、あんまり中に入ってないし全部使うか」

「いいの……?本当に?」

 

なんだろう、変なものが出来上がる気しかしない。

ごめんなさい毛糸さん、でもあなたを醤油の魔の手から救うにはこれしかないんです……

 

いや、醤油の魔の手ってなに……?

 

「とりあえず火を起こして……あ、これ鍋だ」

「見て大ちゃん!」

「チルノちゃん、絶対に包丁は振り回しちゃダメだからね。絶対だよ、わかった?返事は?」

「う、うん……」

「………そういえば、火を通せば基本なんでも食えるって言ってたな…」

 

そこ間に受けちゃうの……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………あれ」

 

私何してたっけ……

確かずっと考え事してて、なんかもう色々辛くなってきてしょうがないからぼーっとしてて、そこから……

 

もうこんな時間なの……?

 

いやいや、まあ、うん。

それは置いといて。

 

「何この匂い…」

 

刺激臭……?

なんか……なにこの……鼻が痛い…

異臭……

 

「よし、できた!」

「完成……やればできるもんだなぁ」

「……はは」

 

うん……

なんか台所の方から不穏な音と声が聞こえるんだけど……特に大ちゃんの乾いた笑みが……

 

「お!毛糸起きた!」

「いや寝てはなかったけどね…?」

「本当に料理の匂いで起きた……」

 

料理……

これが料理の匂い、か。

ふぅん……ふぅぅぅん?

 

「今持って行くぞ!」

「……その皿の上に盛り付けられた物体はなに」

「何って、晩ご飯」

「……大ちゃん?」

「………」

「ねえ、こっち見てよ、なんで顔背けるの、ねえ」

 

それもって近づいてこないで、そのなんかもうごちゃ混ぜみたいな匂いのする形容し難い物体を持ってこっちにこないで。

 

いや、箸を渡されても困るんだけど。

食えと?これ食えと?もしかして私今拷問受けてる?

 

「……大ちゃん、味見ってした?」

「そんな勇気ないです…」

「……そっ……かぁ……」

 

うん、仕方ないね、うん。

うん……

 

「毛糸のために3人で頑張って作ったぞ!」

「私の、ため…?」

 

なんでそんな……まっすぐな目で私のことを見つめてくるの、チルノ。

 

「元気なさそうだったから」

「元気……なくなりそう……」

「ん?なんか言った?」

「いえ、何も……」

 

なんで珍しくそんな気遣いしてくれてるの誇芦……

 

「……ごめんなさい」

 

本当に申し訳なさそうな顔すんなよ……苦労したのはわかるよ…

焦げてダークマターになってないのが何よりの証拠だよ……

 

まあ……視認できるだけで肉と卵と……魚入ってる?冷凍してたはずでは……

あと野菜と……全部形は整ってるあたり、切るのは大ちゃんがやってくれたのだろうか。

まあ、形だけで……あとは……

 

これ冷蔵庫の中身全部使ったとか言う?流石にそんなわけないよね…?

 

「まず最初に毛糸が食べて!あたいたちは後でいいから」

 

懸命な判断だね、うん。

 

今すぐにでも窓の下に放り投げて妖力弾で消し炭にしてやりたいところだけど……私のために作ってくれたものをそんなこと……

私がぼーっとしてたのが原因だろうし……

 

これを食すことが、みんなに心配かけた罰か……

 

「いただきます……」

 

さようなら、幻想郷

 

 

 

 

口の中のわけのわからん食感のするそれを喉の奥へと飲み込んで、私は静かに箸を置いた。

 

「どう?」

 

二人が身を乗り出して聞いてくる。

 

「すぅぅぅ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ルーミア呼んできて」



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ノリでいきたい毛玉

「なるほど……」

 

紅魔館から拝借した本を読み耽って、内容に感心して思わず声が出てしまう。

見たことのない本ばかりだったし……しばらく本には困らなさそうだ。

 

「……ん?」

 

ノック。

 

わざわざ私を訪ねに?

確かに霧雨魔法店って看板は出してあるけど……わざわざ訪ねに来るやつなんているか?看板なんて飾りだし。

 

霊夢……なら外から直接呼んできそうだし、そもそも私から会いに行くことの方が多いしなぁ。

となると……アリスかこーりん?

 

いや……まさか本の取り立てか!?

読み終わったのならともかくまだ半分も読めちゃいない、紅魔館の奴には悪いがお引き取り願おう。

 

私が返事をしないからか、またノック音が鳴らされる。

 

読みかけの本に栞を挟み、八卦炉を手に持って外を伺うように静かに扉を開けた。

 

 

「あ……やっほ」

「………まりも」

「開口一番それ?」

 

この前紅魔館で会ったばかりの毛糸が訪ねてきていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うわ中きったね」

「遠慮ってのがないのか?ストレートに言うなよ」

「じゃあこれ綺麗にしようって気あんの?」

「茶でも飲むか?」

「聞けよ」

 

私でも家は綺麗にしてるのに……

まあ暇なのとそもそも置くものが少ないからなんだけども。

 

「とりあえず座れよ、な?」

「何ナチュラルに椅子の上のもの落としてんの」

「大切に扱わなきゃいけないもんはちゃんと別の所置いてるからいいんだよ」

「良くないわ掃除しろ」

「うるさいなあ、親でもあるまいし」

 

親元離れたから面倒見てやってたの私なんですが?

まあ親じゃないってのはそうなんだけど。

 

「で、何の用だ?」

「私の用事なんて後でいいから掃除しようよ」

「勝手に動かすなよ、何処にあるか私はちゃんと把握してるんだから」

 

部屋が汚いやつは決まってそう言うんだ。

 

「お前も女の子なんだからさ…」

「さっきからうるさいつってんだろ!?締め出すぞ!」

「もともとこの家お前にくれてやったの私だけどぉぉ?」

「なっ……おま……それはずるいだろ……」

「え……なんかごめん…」

 

思ってたより言葉の威力高かったみたい……

 

「……まあ、今はこの汚さを見逃すとして」

「わかったよ片付けるって……」

「買い物いかない?」

「……え?」

 

財布を懐から取り出して、親指を扉に向けてそう言う私。

何言ってんだこいつって顔の魔理沙。

 

「買い物」

「どうした急に……」

「いやさ、しばらく会ってなかったし、というか私が一方的に避けちゃってたし……色々負担かけてるし、埋め合わせしたくて」

「へぇ……そんなこと気にしてたんだな」

 

腕を組んで興味深そうにそう呟く魔理沙。

 

「で、本音は?」

「昨日食べ物を全部パーにされるっていう悲しい事件が起きたから買い出しに行かなきゃいけなくなったんだけど、そもそも最近人里には近寄らないようにしてたしなんなら今も行きにくいから心細いしどうせなら一緒に行きたいなーって」

「簡潔にまとめてくれ」

「寂しいから一緒に行こう!」

「なんで堂々とそんなこと言えるんだ?恥とかないの?」

「本音で簡潔にまとめろって言ったのお前だろ」

 

煽りスキルなんて手に入れなくていいのに……

 

「いいじゃん行こうよー」

「行かないとは言ってないけど……」

「私が全部払うからー、好きなの買っていいからー」

「よっしゃ行くか」

「現金な奴め…」

 

改めて、部屋を見回す。

面影が…私がこいつのために家運んできた時の面影が何処にも……

というかよくもまあここまでの物で埋め尽くせるな…やること多そうで羨ましいよ私は。

それはそれとして汚い……

 

「ねえ魔理沙」

「ん?」

「今朝は何食べた?」

「あー?確か……昨日のきのこ鍋の残り?」

「……普段は?」

「似たようなもんだな」

「…………」

「おい、なんだよその本気で憐れむ目は。言っておくが料理できないわけじゃないからな!?食材がないだけだからな!?」

「……………」

「なんでもっと可哀想な奴を見る目になるんだよ!!」

「美味しいもの食わせてやるからな……」

「やめろ、本当にやめてくれ」

 

まあ何事も、まず掃除してからの方がいいと思うんだけど……お前はアリスさんのことをもっと見習え。

 

「あーもうわかった!行こう!今すぐ行こう!私も話したいことあったし!だからそんな顔するのやめてくれ!」

「お昼何食べようか!」

「なんでもいいって……なんでそんなにテンション高いんだよ」

「無理やり高くしてんだよ察しろ」

「お、おう……やっぱ意味わかんねえ……」

「で、お昼何にする?何食べる?」

「あーもうやかましい!行ってから決めるぞ行ってから!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……お前本当に大きくなったなぁ」

 

空、箒に乗って飛ぶ魔理沙を見つめながらそう呟く。

 

「なんだよ、あんまりジロジロ見るなよ」

 

私の視線に耐えかねて、帽子を深く被って顔を隠す魔理沙。

 

思えばここ最近ちゃんと成長を見てた人間って咲夜くらいのような……そもそも人間と関わり断ってたし。

 

「初めて会ったときはこんなで、もっと子供っぽかったのに…」

「昔の話はよしてくれよ」

「父さんに会いたくなーいって、そんなこと言ってたころが懐かしいな」

「やーめーろーよー…」

 

何を恥ずかしがってるんだ?あれはあれで可愛かった……

あぁ……幼い頃の話、してる側は楽しいけど、されてる側は不愉快とかそう言う……

 

「それが今ではあんなゴミ屋敷に住んで……」

「ゴミ屋敷って言うなよ」

「私はそんな子に育てた覚えはありませんっ!!」

「私はお前みたいな奴に育てられた覚えはない!」

「お前結構自立してたもんな!」

「そうだよ!!」

 

どいつもこいつも立派なもんだ。

 

「で、話したいことって?」

「急に話変えるな……霊夢のことだよ」

 

あぁ……そういえば前も言いかけてたな。

 

「……話して大丈夫か?」

「なんで?」

「いやだってこの前……」

「………心配すんなって」

 

昨日一日でなんとか落ち着いたんだ。

それにあれは急な出来事だったからで…まあ……そりゃ心配はかけるよなぁ。

 

「……まあ、大した話じゃないけどさ。あいつは記憶に違和感を感じ始めてる」

「……もう?」

「もう?って……どれだけ経ってると思ってるんだ」

 

妖怪感覚だとついこの前のことのようで……

 

「まだ、何か変だなって感覚なんだと思う。けど、その違和感は近いうちに必ず確信に変わる」

「……私を見て、何も思い出さなかったのは?」

「まだその時じゃなかったってだけだろ」

 

………

 

「……あんまり思い詰めるなよ、今悩んだってしょうがないんだからさ」

「うん……でも、そう遠くないってことだろ?何がきっかけで思い出すか、わからないしさ」

「………そうだな」

 

正直、レミリアたちと戦っているのを見て安心した。

ちゃんと、妖怪に対して過度な敵対心を持たずに、かといって甘くもなく、博麗の巫女としての役目をこなしている、その姿。

 

記憶から私を消したのが、役に立っているのかはわからないけれど。

 

「………なあ、私あれ食べたいんだけど」

「え?」

「お前がいつも美味しそうに食ってた饅頭」

「あ、ほんと?じゃあ昼ごはん食べたらそこ行こうか」

「おう。……奢ってくれよ?」

「もちろん」

 

金だけはあるからね、金だけは。

働いてないのに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「蕎麦……いいよなぁ……蕎麦……」

「………」

「あっちは…居酒屋……いいよな居酒屋も……色々あって…」

「………」

「焼き鳥屋……」

「お前さっきうどん食べたばっかりだろ!?」

「うっさい文明の味はいくら味わっても足りんのじゃ!」

「食いしん坊か!」

 

健啖家を名乗る気はないけど、美味しいものは食べたいじゃん。自分じゃそんなの作れない分。

 

「あ、毛糸さん久しぶり!」

「ん?あぁ久しぶり」

 

なんか顔も覚えてない人に話しかけられた……

 

「そっか、毛玉の妖怪ともなればそれなりに有名人か」

「まあ…それなんだけどね、人里に近寄らなかった理由」

「それ?」

「霊夢に会うのも困るし、私の噂があいつの耳に入られても困るし」

 

まあ私みたいな変な妖怪幻想郷中探しても私くらいしかいないだろう、そりゃ有名人にもなる。

 

「言ってた饅頭屋さんも、昔私が助けた人が開いた店らしくってさ」

「へぇ!随分繁盛してる店だけど、まさかお前がそんな関わり方をしてるなんて……あそこの饅頭が好きなのって、それが理由か?」

「んー?それもあるよ、まあ一番は普通にあそこのが一番好きだからなんだけどさ」

 

まあ私は基本なんでも美味しい美味しいって言って食べるけど……昆虫食さんはお帰りください、趣味じゃないです。

 

「まあそういうわけよ。会ってもまだ気づかれないとは思うけどさ」

 

私が会いたくないことの言い訳にしてるだけかもしれないけれど。

 

「別に、私はお前たちのことにどうこう言うつもりはないし、後悔のないようにやってくれればいいと思ってる」

「………」

「ただ、今どうしようもないってんなら、あんまり辛気臭い顔見せんなよな。笑ってる方が気は楽だ」

 

………私が一方的に迷惑かけてるはずのお前からそう言われたら、それだけで気は楽になる。

 

「妖怪なんだったら気長に構えてろよ、な?」

「……妖怪は基本気長だけど、盗った本はちゃんと返せよ」

「………何の話だ?」

「自分の心に聞いてみな」

 

昔パッチェさんから借りて魔理沙にあげた本も返してもらってないしなあ……てかあれどんな本だったっけ?

まあ魔理沙本人に聞けばわかるか。

 

「言っておくが、あれは盗んでるんじゃない」

「持ってきたのは認めたな?」

「借りてるだけだぜ、死ぬまでな」

「………」

「………なんだよ」

「バカなこと言ってないでさっさと返しに行け」

「マトモなこと言うなよ、らしくない」

「らしくないの!?」

 

言っていいことと悪いことがあるぞお前。

 

「私なんて妖怪の中でも随分……大分……比較的……多少常識ある方だよ!?」

「めちゃくちゃ自信ないじゃねえか」

「妖怪からしたら人を襲うのが常識みたいなもんだし」

 

いや違うな、それも過去の話だ。

時代が!私に!追いついたんだよなぁ!?

 

多分。

 

「あ、そうだ。お前、あの異変の時なんかしてたか?」

「え?い、いや?なっななんにもし、てないよ?」

「………」

「べっべつにフランのことけしかけたりしてないよ?」

「あ、なんだ、違うのか」

「え?」

 

なに、聞きたい答えこれじゃなかったの?

 

「あの時、なんかやたらと弾幕放ってくる毛玉どもが湧いてきたからさ。普通の毛玉って、文字通り吹けば飛ぶような存在だろ?お前がなんかしてたのかなって」

「あぁあれ……わかんねえだろ?私もわかんない」

「お前それでも毛玉かよ」

「よく言われる」

「よく言われちゃダメだろ」

 

うっさいわ。

私が毛玉からかけ離れた存在だなんてこと私が一番理解してんだよ。

 

「あれに関しちゃ私も本当にわかんないんだよ、突然変異毛玉ってことにしておいて」

「突然変異はお前だろって言って欲しいのか?」

「うん」

「じゃ言わねえ」

 

言えよ、待ってんだぞ。

 

「どうせそんなに強くないんだし、異変終わったらいつもみたいに戻ったんでしょ?じゃあもうどうだっていいじゃん、異変でテンション上がった毛玉ってことでいいじゃん」

「毛玉ってテンションで強くなるのか…?」

「妖怪なら割とありそう」

 

割とメンタル大事な種族だし……毛玉の場合は知らんが。

 

「………ってか」

「ん?」

 

周囲を眺めていた私の漏らした声に魔理沙が反応する。

 

「今更だけど、案外いつも通りの生活してんだね、人里」

「あぁ、あんな異変があったあとなのに、ってことか?」

「そ」

 

もっとどよめいたり、不安がったりしてても良さそうなもんだけど。

 

「まあたかが霧がちょっと出たくらいじゃ、もう引っ込んじまったし大したことないってことなんだろうさ」

「逞しい……そういうもんか、ここだと」

 

一応紅魔館の存在は示すことができたらしい、やべぇ吸血鬼が住んでる館……みたいな。

 

「そうだ、私の戦いぶり見ててくれたんだろ?」

「んあ?」

「どうだ?凄かっただろ?」

「めちゃくちゃ凄かった、正直尊敬してる」

「もっと褒めてくれていいんだぜ」

「憧れるしキラキラと輝いてる、霊夢の横に並び立っても見劣りしないし弾幕も派手で魔理沙らしい、そしてあの姉妹に勝つのはほんと凄い」

「よ、よせ、それ以上は照れる…」

 

フッ……可愛いやつめ。

 

「そうだ、私と弾幕ごっこでもしてみるか?」

「やだ」

「即答!?」

「なんというか……やったことないんだけど、多分私めっちゃ下手」

「えぇ…?」

 

防ぐ、耐えるだけならいくらでもできるけど、避けろって言われると……避けようとして当たる未来しか見えない。

よくみんなあんな弾幕潜り抜けられるよ……

 

「……あ、そうだ」

「ん?」

 

いいこと思いついた。

 

「今夜さ——」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アリスさんっ!!」

「うわ何急に!?」

「魔理沙連れてきたっ!!」

「は……えぇっ!?」

「食材買ってきたから3人で料理しよう!!」

「……えぇ」



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すこし吐露する毛玉

 

「それでね、その時魔理沙が——」

「うん」

 

あの日の出来事を嬉しそうに話すフラン。

よほど楽しかったのだろう、同じことを何度も同じような表情で伝えてくる。いい加減めんどくさいので適当に相槌を打つけど。

 

「フランが嬉しそうで何よりだよ」

「うん、ありがとうしろまりさん」

「おう」

 

見ている限りじゃ、ちょっと戦闘……弾幕ごっこしてる時は顔に狂気の面影が見えないこともないが……

それも多少発言が過激になったりならなかったりなので、もう狂気の心配は無くなったと考えていいだろう。

 

本人の努力の結果だ。

 

「しろまりさんは弾幕ごっこしないの?」

「私…は、いいかなぁ」

「どうして?」

「どうしてって……」

 

言葉だけなら色々出る。

下手だからとか、気乗りしないからとか。

でも、私の本音はそういうのじゃなくて、もっとこう……複雑な…

 

「………最近腰痛くてさ、動きたくないんだよね」

「そうなの?」

「う、うん……」

 

嘘をついた。

いやだって……ものすごい曇りなき眼で見てくるから…咄嗟に…

 

「マッサージしようか?」

「気持ちだけ受け取っておく」

「えー?お姉様には好評だよ?」

「いや、うん、その……なにその顔」

「いや別に?」

 

おい、こいつ絶対わかってて言ってるぞ、悪い顔してるもん。

マッサージなんて私にしようものなら私の体めちゃくちゃになることわかってて言ってるぞ。

あとお姉様には好評って、そりゃあいつの性格的に妹の善意無下にできないだろうし……いや、本当に気持ちいいのかもしれないけれど。

 

「しろまりさんと弾幕ごっこしたかったのになー」

「許せフラン、また今度だ」

 

まあどちらにせよ、フランと弾幕ごっことか遊びで終わる気しないし。エスカレートしてこの館破壊し尽くしそうだし、最終的に爆発しそうだし。

 

異変の時の損壊もなんかもうほとんど治ってるみたいで、私もこの館に住みたくなった。修繕とかあっという間にやってくれるの便利すぎでしょ。いやまあ、それは私がなんの役割も持たずに本当に住むだけっていう前提なんだけども。

 

「外には出てんの?」

「うん、美鈴が付き添ってくれてる。まだ館の近くとかだけど」

 

狂気の心配がほぼほぼ無くなったので、外出をし始めたらしい。

フランが魔理沙を気に入ったように、レミリアも霊夢を気に入ったようで、この前は神社まで足を運んだそうな。

 

なんかこの世界の吸血鬼って割とガバガバらしく、風呂には入れるし日光も日傘を差してたら大丈夫らしい。そんなもんで紫外線完全カットできると思うなよお前。

まあ特殊な日傘らしいけど……魔法でもかけられてるのかな。

 

「しろまりさんの家ってどこにあるの?」

「ん?うーんと……湖の周り?」

「周り?」

「どこって言われてもねえ……気になるなら咲夜に聞いてみ、知ってるだろうから」

「わかった、今度行くね」

「うん……うん?」

「ダメ?」

「い、いや、ダメってわけじゃ……うん」

 

来ないでほしい……私の安住の地を脅かさないで……

 

「しろまりさんもここに住めばいいのに」

「やだ」

「えーなんで」

「お前の姉ちゃんに殺される」

「それは……まあ……」

 

住みたいという願望があるからって、いざ本当に住みたいかと言われるとノーだ。

理想だからこそいいものだってある。

 

「……フラン」

「ん?」

「私の人形って……あったら欲しい?」

「欲しい」

「うわ即答」

「しろまりさんから貰ったものなら何でも嬉しいよ」

 

あらやだ良い子……とても私の眼球ほじくり出して内臓ぶち抜いてくれたイカれサイコ金髪美少女とては思えない………うん、あれも良い思い出だった、うん。

 

「まあその……自分の人形ってなんか気持ち悪くって……でもせっかく狂気克服したってことでまあ、知り合いに作ってもらって」

「……さっきから後ろに置いてる箱って」

「あっバレてた」

「バレてないと思ってたの?……しろまりさんは紅魔館のみんなと仲良いけど、住んでるわけじゃないし」

「まあ、そうだね」

 

人様の妹にとんでもないことしちゃったなって自覚はある。いやまあパッチェさんが依頼してきたことなんだけど……レミリアが憤っていたのも当然だ、勝手に人の妹の中に入り込んで色々やってきちゃったわけだから。

館以外の人とまともに触れ合ったこともほとんどないっていうし……まあ……

ちょっと懐きすぎじゃないかなとは、私も思う。

 

まああれだ、その分の面倒見る義務が私にはあるんじゃないかと思う。

 

………都合のいい奴だ。

 

「しろまりさん?」

「……え?あ、あぁ、箱ね、箱」

 

後ろに置いてあった箱をフランに手渡す。

 

「私が作ったわけじゃないけどさ、こういうの下手だし。一応本職?なのかな?まあとりあえず上手な人に作ってもらったけど……」

「わぁ……」

 

頭の白いもじゃもじゃだけで、誰を模しているのか一目でわかるその人形。

 

「あ、潰すなよ」

「わ、わかってるって」

「代わりはないからね」

「うん、大事にするよ」

「………」

 

優しく、抱いている。

 

ごめんよ、人形の私。

心の中で身代わり人形って呼んでて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、私には?」

「え?」

「だから、私には?」

「え?何が?」

「プレゼント」

「……………?」

「本気で意味がわからないって顔しないで」

 

なんで私の目の前の吸血鬼は私と同じ言語を話さないんだろう……

あそっか、出身が違うからか。

 

「なんで妹にはプレゼントがあって姉の私にはないの?」

「逆にもらえると本気で思ってんの?」

「うん」

 

こいつ本気だ…!

 

「逆に聞くけど何が欲しいんだよ」

「あなたの命」

「ワォ大胆〜」

「眷属にしてあげてもいいのよ?」

「はっはっはご冗談を、主より強い眷属があるか」

「は?」

「お?」

「やめてくださいね、もう修復作業はうんざりです」

 

咲夜が飛んできて嗜められる。

そして帰った、早い。

 

「いやプレゼントって言われても、いつもの手土産しか……」

「あるんじゃない」

「これでいいの?マジ?」

「いいわよ?」

「いいんだ……」

 

でもそうか……レミリアとも色々あったし、贈り物するってのもいいのかも。

………何贈っても嫌味言われてムカつく未来しか見えねえなあ?

 

「……吸血鬼って何が好きなの?生き血?」

「あなたのは不味そうだからいらないわよ」

「あっはっは、よく言われる〜」

「よく言われるんだ……」

「うん……」

 

まあ血というよりは肉だけど……私を食ってはまずいって言ってくる、食べ物への感謝がなっていない不届き者が。

てか私そもそも人間じゃないし、吸血鬼が好きなの人間の血だろ。

 

「割と綺麗なものは好きよ、それとあとは……赤ワインとか」

「綺麗なもの……ワイン………」

 

………

心当たりが全くと言っていいほどないな。

そもそもこんな館にないレベルのものなんてそうそう………ないだろうなぁ。

 

「フランにだけってのもなんだし、お前にも何か贈りたいんだけど……私みたいな下賤な妖怪でも用意できそうなものをご所望くださいますと嬉しい限りです」

「あなたの命」

「ハートならやれるのになぁ」

「うわきもっ」

「ガチ引きやめて?」

 

そんなに気持ち悪がられるとこっちも……うわきもっ、何今の発言本当に私か?

 

「別に何か献上してもらうって間柄でもないでしょ、私たち」

「献上言うな。そうは言っても、色々と世話なってるし、てか迷惑かけたし、色々やらかしたし……」

「変なところで律儀よねあなた、毎回手土産持ってくるのもそうだけれど」

 

はぁ……このままここで考えても何も思いつかなさそうだし、帰って何か考えとくか。

 

「それで?異変のあとの人間からの印象は?」

 

ちょうどいいタイミング、というか狙ってだろうか。レミリアが話題を変える。

 

「うーむ……なんかよくわかんないけど紅い霧だす紅魔館怖え、数年前に幻想郷を襲った吸血鬼の残党とか超怖え、博麗の巫女が出たってことは結構すごい出来事だったんだなぁ、吸血鬼怖い、あほ、間抜け、等々」

「最後私見入ってなかった?」

「いやいやそんなまさか」

 

まあ一言で言うなら、吸血鬼って恐ろしいんだなぁ、ってとこだ。

私だって吸血鬼怖いもん、姉はすぐ喧嘩売ってくるし、妹は悪気のない破壊をしてくるし。

他は……まあ……うん………

 

「狙いは大方成功?」

「そうね、妖怪の賢者からも上手くいったって言われたわ」

「それじゃあ……今度から酔狂なことを異変起こしてやるような変な奴が出てくるってわけかぁ」

「まあ異変のつもりで起こすのか、起こした後で異変と呼ばれるようになるのかとか色々あるとは思うけれど」

 

そもそも異変なんてかなりの力持ってないと起こせないか。

 

「あんたも起こしてみる?」

「勘弁してよ、そもそも目的もないのに」

「………毛玉の地位向上?」

「大した自我もなくふわふわしてるだけの存在の地位上げてどうするのさ」

「……人間の魂奪って毛玉に入れるとか」

「退治じゃ済まなさそうだから絶対やんない」

 

そもそもそんなことできないし。

できたとして本当にやったらもう……殺されそう、色んな人に。

 

「あ、そうだ、もし次異変が起こったら咲夜でも向かわせてみようかしら。面白そうだし」

「それってオッケーなの……いや、いけるのか。一応人間が解決するって範疇ではあるんだし」

「そして霊夢より先に異変を解決してやるのよ」

「従者けしかけて張り合おうとしてるよ」

「というか別に私が出向いてもいいんじゃないかしら」

「フランがなんで私も連れて行かなかったのって拗ねそう」

「じゃあ一緒に行くわ」

「鏖殺でもしにいくの?」

 

片方でも十分強いのに姉妹揃ってとか……あれは霊夢と魔理沙が二人がかり、あと弾幕勝負に強かったからいけたのであってだな……

 

 

 

ここに来るまでの途中で見た自然の景色を思い浮かべる。

 

「……もう秋かぁ」

「ここっていいわよねぇ、四季がはっきりしてて」

「季節めちゃくちゃにする異変とか起こったりしてな」

「楽しそうね」

「そうかぁ?」

 

季節ごとになんか強化される一部の方々が生き生きとしそうで私は怖いけど。

特に冬。

 

「秋は色々あるよ?食欲の秋、読書の秋、運動の秋」

「何それ」

「何ってまあ……ここだと一番過ごしやすい季節だから色々しようねって話だよ」

「軟弱な人間の考えそうなことね」

 

こいつを炎天下の日に外に放り出してみたい。日光ダメなの知ってるけどあの暑さを味合わせたい。魔法で室温調節した館でぬくぬくと過ごしてきたこの吸血鬼に痛い目見せたい。

 

「……あまり聞く気はなかったけど」

「んー?」

「……やっぱりやめておく」

「なに、霊夢の話?」

「わかってるんじゃないの」

 

お前が私に聞くの遠慮しそうな話題なんてそのくらいだし。

 

「何もないよ、なんも進展してない」

「そう……前見た時よりはマシな顔してたから」

「ん、まあ…肩の荷が一つ降りたからかな」

 

魔理沙のこと。

やっと話せたし、思っていたより恨まれてなくて……むしろ同情されてたな。気持ち的にはまあ、かなり楽になった。

 

「だからといって、なんの解決にはならないけどさ」

「……気休めだけど」

 

レミリアが紅茶の注がれたカップを机に置く。

 

「私の悩みはそれこそあの子が今まで生きてきた時間だけ、ずっと解決せずに悩んできた。解決する方法もわからなかった」

「………」

「だからその、なんていうの?」

「自分のに比べたら私の悩みはちっぽけだからそう気に病むな?」

「まあ、そんなところよ。もちろんあなたがそれに随分悩まされてることも知ってる。けれどもね」

 

どこか自嘲するかのように笑うレミリア。

 

「私みたいに……突然どこの誰ともわからない奴に解決されるかもしれないでしょう?」

「………ほんとに気休めだな」

「何よ悪い?」

「いや全然、ありがとう」

 

レミリアの言う通りだろう、ただの悩みとか、問題なら。

でも私のは……

 

「私のは、罪だからさ」

「………」

「肩の荷降りたとか、そのうち解決するとか、そういうのじゃなくてさ。罪、贖罪の仕方も分からない、分かってもそれが今できるようなものでもない。ただ、待つしかない」

 

記憶が戻るのを。

 

「こうなって悩んで苦しむのは、当然の罰。むしろ足りないくらいで……私は………あ」

 

あっという間に空気が重く……

 

「ご、ごめん。一回話しだすと止まんなくて……」

「あんたのそういう顔、私は嫌いじゃないわ」

「……俯いて辛そうにしてる顔?趣味悪っ」

「いい気味だなって」

「趣味悪っ!!」

「失礼ね、あんたのその顔が愉快なだけよ」

 

お前の方が随分失礼だよね。

 

「じゃあもういいよ、ここではずっとこんな顔しておいてやるよ」

「フランが私にあんたのこと相談してくるの不愉快だからやめて」

「注文多いなあ!!」

 

くっそ、こいつにもなんか恥かかせたい……

ゴキブリでもひっつけてたら飛び跳ねて驚いたりしないかな……

 

あ、そうだ。

 

「私の左手見てて」

「何よ」

 

秘技、手のひらドリル。

 

「………」

「………」

「………で?」

「帰る!!」

 

私こいつ嫌い!



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話し込む河童たち

「秋はやっぱり映えるねぇ」

「そうですね……まあその分描くのに時間かかりますけど」

 

うづきさんと木々に囲まれた中で、画材を持ち出して、傾斜に腰をかけて風景画を描いている。

最近お互いに絵を描くのが好きっていうのが発覚して、せっかくだし一緒に描いてみようってことになった。

 

「それにしても驚いたよ、こんなに画材揃ってるなんて」

「まあ一応趣味なので…」

「趣味で集めてるの?」

「まあ……あぁ、あとそれと人里のものとかあったりしてるかなぁ」

「人里も?何かつながりが?」

「友達が人里に堂々と入り浸ってるから……以前買ってきてくれたんですよね」

 

毛糸さん……最近見てないけど元気かなぁ。

 

「まあ画材揃ってる一番の理由は……」

「……理由は?」

「仕事せずにずっと趣味に没頭してるからですかね!はは……」

「………」

「………」

 

何故か会話が途切れた。

何でなんだろう、自虐はいい会話の種になるはずなのになー。

 

二人揃って黙々と景色を眺めながら筆を進める。

 

「……河童って発明バカばっかりだから、こうやって誰かと絵を描いたことってないから新鮮です」

「私もだよ、まあそもそも絵を描くのが趣味の人を見つけられてないんだけど……」

「知らない人と話せないあたしよりは可能性あるじゃないですか」

「あぁ、うん、そだね」

 

人見知りはついぞ治ることはなく……

今まで生きてきて出来たまともな友人は三人……うち一人はつい最近…

 

「妖怪の山も数だけは多いんですけどねぇ」

「天狗の方とか、今の時期何か盛り上がってるみたいだけど」

「あー……なんでしたっけ、武道?剣術?かなんかの大会とかやってたような気がします」

「へぇ、私全然知らないや」

「まあ河童はそう言うの無縁ですからねぇ……あ、そこの色使い凄いですね」

「いやそもそもそっちめちゃくちゃ上手くない?」

「まあろくに人と話さずに河童らしいこともせず引きこもって趣味ばっかりやってた結果です、あたしみたいになっちゃダメですよ」

 

まあ河童ってみんなアホみたいなことしてますからね、うん。

側から見たら頭悪いですよ、無駄に規模がでかいだけで。

 

「……椛さん」

「え?」

「いや……あの騒動のとき駆けつけてくれた白狼天狗の人いたじゃないですか」

「あー……うん、いたね」

 

……思い出したくないことだったかな。

一応友達なくしてるわけだし……

 

「それで?」

「あ…えっと、その人がさっき言った大会みたいなのに毎年出てたんですけど、勝ちすぎて殿堂入りという名の出禁を食らったって話です」

「やばくない?」

「やばいです」

 

あの人なんであんなに強いんだろう本当……

 

「……どのくらい勝ったのそれ」

「30連勝あたりで出禁になったって」

「……30年も!?」

「らしいです」

「…逆によく30年も出させてもらえたなぁ」

「一部の熱烈な方々があの人に打ち込まれに……」

「え?なんか言った?」

「いえ何も」

 

どこにでも変人っているものだ……いっぱい。

 

「というか、詳しいね」

「まあ……ろくに働いてないですし」

「………それ言われても特に返すことないんだけど」

「あ、はい」

 

働いてないけど、その辺の河童より死にかけてる自信はある。

……生きてるだけありがたいけれど。

 

「……そういえばさ」

「なんです?」

「あの……よく妖怪の山に入り浸ってるっていう、白珠毛糸ってまりも妖怪いるじゃん?」

「毛玉ですね、まりもじゃなくて毛玉です」

「あ、そうなの?」

 

毛糸さん……

 

「で、前に聞いたんだけど……るり、その妖怪と仲良いらしいじゃん」

「まあ、多分そうですね」

「うっわぁ……」

 

なんの、うっわぁ……?

なんであたし今引かれたの……?

 

「やばいやつと交友あるんだ……」

「確かにやばくて頭おかしくて危険な人ですけど、悪い人じゃないですよ?」

「そんなに言ってない」

「そりゃあすぐ恫喝してくるしいつもふざけてるくせして戦ったらめちゃくちゃ強くて恐怖すら抱きますけど、そんなに言わなくたっていいじゃないですか」

「そんなに言ってない。やばいとしか言ってない」

 

あれ、そうだっけ。

まあ今あたしが口にしたのは全部ただの本心だけど。

 

「なんでそんなのと仲良くなったの…?」

「えーと確か……あたしの部屋の隣って空き部屋じゃないですか」

「うん」

「あれ毛糸さんの部屋なんですよ」

「………!?」

「で、たまたま横にあたしの部屋があって。確か無理やり部屋に入ってこられて、そのままなんか仲良く……だったかな」

「なんでその流れで仲良くなれるの」

「さぁ……」

 

悪い人じゃ……ないんだけどなぁ。

 

「……口調自体はうづきさんとそんなに変わりませんよ?まああなたの方が随分大人しいですけど……」

「ぇ…想像つかない」

「まあ基本いい人ですよ多分」

「基本……多分……」

「数百年前からこの山に勝手に出入りするし勝手に地底には入り込むし吸血鬼の館に乗り込んだりしてますけど」

「やばい人だ……」

 

何であの人そんなに首突っ込むんだろう……

いや、確かきっかけは一番最初に戦力増強とかで連れてこられたんだっけ?

何て妖怪を勧誘するんだ……

 

「まああたしはそのやばい人に命救われてますし、あんまり悪口言えないんですけど」

「さっき結構言ってなかった?」

「気のせいです」

 

代わりに物作りやら家やらで恩返しできてる……はず。

 

「どーしよーもない引きこもりで人見知りだったあたしを、ここまで普通にしてくれたのはあの人とにとりさんのお陰ですし」

「……普通?」

「そこに首傾げないでください、昔よりはマシなんです多分」

 

人見知りは治ってないけどこうやって外には出てるからいいでしょ!

他の人がいっぱいいるところはまだ無理だけど!

 

「そういえば、この前の紅い霧、結局何だったんでしょうね」

「あぁあれ、吸血鬼の館が起こしたって聞いたけど」

「懲りないなぁ」

「そうだねぇ」

 

吸血鬼とかいう種族に良い思い出ないから隠居でもしておいてくれないかな……

 

「正直あの光景は絵に残しておきたかったけど」

「あ、分かります。なんていうかこう……新鮮?幻想的?とりあえずなんかこう、この世の終わりみたいな光景でしたもんね」

「ちなみにその時何してた?」

「引きこもってました」

「うん、だよね、知ってた」

 

そんな怖そうなこと起こってる時にわざわざ部屋の外に出るわけないじゃないですかやだなー。

 

「博麗の巫女が解決したらしいけど」

「妖怪退治するやばい奴で有名じゃないですか、この山に来たりしませんよね」

「まあこの山が自分から大事起こしたことって、実はあんまりないし」

「あー……確かに、よくよく考えたら毎回なんか巻き込まれたり内部から反乱が起きてらような……」

 

それはそれとしてどうかと思うけど。

そう考えたら私も随分と長い間引きこもり生活してるなぁ……

 

 

 

「おーい!」

「ん…にとりさん」

 

坂の上の方を見上げるとにとりさんが大きく手を振って近づいてくる。

 

「どう?進んでる?」

「まあぼちぼちですかね、にとりさんは何でここに?」

「仕事終わったから」

「お疲れさまです」

「ん、ありがと」

 

うづきさん、なんかにとりさんには凄い敬意を払ってる。

尊敬する気持ちはわかる、よくわかる、すごいわかる。

 

「思い出すなぁあの時」

「あの時?」

「ほら、みんなでちょっと離れたところまで行ったじゃん」

「あー?あー……」

「せい」

「あでっ」

 

なんでチョップ……?

あ、でもなんか、うづきさんのおかげで思い出してきた……

 

「そんなことも……ありましたね」

「なんで遠い目?」

「いやだって実際結構昔じゃないですか」

 

あれから色々あったなぁ……

あった……よね?

 

「あの時も秋でしたよねぇ」

「毛糸が荷物持ちやらされてね」

「そうそう、嫌そうな顔してちゃんと持ってくれるんですよね」

 

戦ったら強いってだけで、基本的には温厚な人だし。

事実人間からの評判もいいらしいし、あの人。

 

「そんなに仲いいんだ……」

「そういやうづきは会ったことないんだったか」

「今度紹介しましょうか?」

「絶対やだ」

「やだ!?遠慮とかじゃなくてやだ!?」

「だって怖いし……」

「い、良い人なんですよ?」

 

まあ慣れてないとただの変人に成り下がっちゃうけど……でも最近随分まともなような……

なんだろう、第一印象でめちゃくちゃな人って印象づけられたからそれがずっとくっついてるのかな。

 

いや、話通じるってだけで変人は変人か。

 

「ちょっと座らせてもらうよー」

「あ、どうぞ」

 

あたしの隣ににとりさんが座る。

 

「まあ合う合わないはあるだろうけど、いい奴だよ?あのまりも」

「あ、まりもって本人に向かって言ったら不機嫌になるので言わない方がいいですよ」

「どういう地雷?」

「さぁ……昔っからですよね」

「昔よりは怒らなくなったけどねぇ」

 

まああの人どこから仕入れてきたかわからない知識持ってるし、意味のわからない単語を話し始めることもあるし……

感性が違う、とでも言うのだろうか。

溶け込んでいるようで、浮いている。

 

「友達思いっていうのはうづきさんと一緒ですよ」

「化け物と一緒にしないでほしい」

「は、話すと普通……ではないけれども。悪い人じゃないですし……」

「なんでそんなに会わせようとするの」

「だ、だってそりゃ、友達と友達が仲良くなったらもっと楽しいじゃないですか」

「安直」

「友達少ない奴の考え方だ〜」

「そ、そんなに言わなくなって……」

 

数少ない友達を大事にして何が悪い。

話していて筆が止まっていたことに気づき、再度描き始める。

 

「ねえうづき」

「はい?」

 

あたしの横に座ってくせに、わざわざ私越しにうづきさんに話しかけるにとりさん。

 

「こいつと、仲良くしてくれてありがとうなぁ……」

「え?いや、あ、はい。……え?」

「にとりさん……」

「こいつもうほんっと手のかかる奴でさぁ、人が多いところは嫌だわ肉体労働は辛いわ部屋の中でできる仕事がいいってほざくわ、無理しすぎたらなんか爆発してどっか行くわ……技術だけで言ったらかなりのものなのにそれを活かせる性格じゃないし……なんかもう色々とちぐはぐでさぁ」

「あたしを間に挟んで悪口言うのやめてください」

「まあ私も最初会った時には、声はうわずってるし噛むし何言ってるかわからないし……」

「でしょー?」

 

なんであたしのこと挟んで話すんだこの二人……

悪口が言いたいなら聞こえないところでやってよ……

 

「ただまあ、いい奴だし」

 

うづきさんが筆を置く。

 

「あの時私のために必死になって、支えてくれたのは感謝してるから」

「………」

「やる時はやる奴だからね……やるべき時にやらない奴よりは全然マシだよ。私もこいつとは長い付き合いだけど、楽しくなかったら一緒にいないしさ」

「………」

 

あたしも、筆を置いた。

立ち上がる。

 

「ん?どこ行くの?」

「もう切り上げるの?」

「……………ります」

「え?」

「小っ恥ずかしいので帰りますぅ!!」

 

叫んだ。

 

「あ、赤くなってる」

「いじりがいあるでしょ」

「確かに」

 

そこで意気投合しないで!

 

「ほらほらー、そんなこと言わずにここ座りなよー」

「まだ日が暮れるには時間あるし、描けるとこまで一緒に描こうよー」

「な、何にやにやしてるんですか……無駄ですよあたし帰りますからね!」

「そうか……ろくに他人と話もできないお前が一人で帰るのか……そうかそうか。頑張れよ、戻る時に不審な動きして牢屋に入れられないようにしろよ」

「………」

 

こ、この……このぉ……

 

「………」

「いらっしゃーい」

「あ、本当に帰れないんだ」

「そうだうづきー、こいつの恥ずかしい記憶思い出させてやってよ」

「なっ……」

「了解」

「ひぁっ……や、やめ、こっちにこな……に、にににとりさん!?なんで羽交締めを……ちょっうづきさん本当にやめっあっあっああアアァっあっあぉあぉあぁあぃぁぁ———」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

散々な目に遭った……嫌なことも思い出した……毛糸さんが黒歴史って言ってた類いの記憶が……

 

「………んふっ」

 

こうやってちゃんと自分以外の誰かと絵を描いたのって初めてで……なんだろう、成長したって感じがする。

数百年生きてきて進歩がそれだけって考えたら悲しくなるけれど。

 

「きな臭い噂もないし……」

 

そもそも、あたしも毛糸さんのこと言えないくらいには色んなことに首を突っ込んでるし。

この前の吸血鬼の一件だってそうだし……

 

まだ未完成の絵を机の上に置く。

 

スペルカードルールだっけ。

あたしはやるつもりはないけれど、なんとなく、平和だなぁって感じる。

 

なんとなく、今までとは違う幻想郷が見られるんだろうなって気がする。

 

「もっと外出てみるのもいいかも……いや」

 

やっぱり知らないところ一人で行くの怖い。

行くなら誰か誘って行こう……人見知りに一人は難易度が高い……

 

 



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ダメもとな毛玉

「あっしろまりさん、今度は何の名前考えにきたの?」

「いや、名前じゃないし。しばらく名づけはこりごりだよ」

 

なんか最近しろまりさんって呼ばれること増えたような……いやまあフランのせいなんだけど。

そういや橙にもしばらく会ってないなあ、元気かなぁあいつ。

 

「ちょっと服乱れてるし汚れてるけど、何かあった?」

「ちょっと野良鬼の四天王に絡まれてね……全力ダッシュで逃げてきた」

「楽しそうだね!」

 

こいつ他人事だと思って……こちとらヒィヒィ言いながら全力で逃げるんだぞ、めっちゃ疲れるんだぞ!

 

「お姉ちゃんなら自分の部屋でくつろいでるよ」

「珍しいね、いっつも机で悩ましそうな顔してるのに」

「お姉ちゃん苦労人だからね〜、私が支えてあげないと」

 

やれやれって顔してるけどさ、こいし。

多分お前がすぐどっかいくのも悩んでると思うよ、私は。今日は普通にここにいるけど。

 

「これ手土産」

「わぁなになに?」

「地上のお菓子、お燐たちと一緒に食べてよ」

「ありがとうしろまりさん行ってくるね!」

「あ……」

 

私の手からもぎ取って走り去っていった……

 

「………ふぅ」

 

息を整え、さとりんの部屋へ向かう。

心の準備心の準備……

大丈夫、今の私の精神は安定している、さとりんに口撃や精神攻撃を受けても、今の私なら致命傷程度で済むはず……いや大丈夫なのかそれは。

 

いやまあ、追い詰められてる奴にそんなことするほど酷い人じゃないのは知ってるけども……

あ、部屋の前ついた。

 

「さとりーん、いるー?」

 

………返答なし。

 

「おーい!いないのかな……」

 

ノックしても反応なし……

したらば失礼して扉を……あ、鍵ないんだこの部屋。

 

「失礼しまぁ………すぁとりん!?」

 

べ、ベッドから頭から落ちてる……!?

 

「だ、大丈ってか何して……はっ」

 

し……死んでる………

 

「………んぁ、おはようございます」

「ぎぃやああああ生きてるぅううう!!」

「耳元で叫ばないでくださいやかましい」

「ごめんなさい」

 

あーびっくりした……頭から落ちてそのまま寝てるだけだった……

こいしめ……何がくつろいでるだ、寝てたじゃん。死んだみたいに。

 

「どうしたの、めっちゃ疲れてそうだけど」

「あぁいえ、ご心配なく。悩みの種が増えた……というよりは成長したってだけです」

 

何があったの……?

 

「………スペルカードルール、地底にまで伝わってきました」

「え?あ、そうなんだ、凄いな」

「そう、凄いんです。どこぞののんだくれ鬼の四天王が……あ、ちっさい方じゃないです、一本角の大きいほうです。というか普通に考えて勇儀さんでしょう」

 

どっちの四天王も忘れられなくって……

 

「で、弾幕ごっこがどうしたの」

「あれ、弾ばら撒くじゃないですか」

「うん」

「破壊の規模は控えめになったんですけど範囲が……」

「あっ………」

「被害範囲広くなったおかげで街中で暴れられると書類がわんさか多方面から……」

 

えーっ……とぉ……

 

「が…がんばれっ」

「現地で纏めさせられれば楽なんですけどね……あの人たち机作業適当だから……」

「な、なんか手伝おうか…?」

「………」

 

………なんだよその目

 

「そういうの苦手そうだから」

「ど偏見」

 

まあ毛玉になってからそういうのやった覚えないけどさ。

 

「気持ちはありがたいですけれど、もうひと段落ついたので大丈夫です。あとそのうち勇儀さんにも文句言いに行くので」

「街中でやるからそうなるんだろうし……形あるものが壊れた方が気分がいいってのはわかるけど」

「あそこの住人毎日がお祭りみたいな感覚ですからね」

 

目があったら戦いを仕掛けられるし……

あんなのと目と目が合ったらガチンコバトルって毎回やってたらいくら妖力があっても足りないし。

 

「私の事情ばっかり話しててもしょうがないですね、それで?今回は何で悩んでるんですか、毎度毎度あなたを励ますの飽きたんですけど」

「励まされるようなことはないけど?自分でちゃんと解決するつもりではあるし………というか、そうじゃなくて」

 

荷物の中から数冊の本を取り出す。

 

「地上の人里で流行ってるらしい本、こういうのの方が嬉しいかなって」

「へぇ……えぇ、本は好きですよ、ありがとうございます。読む時間があるかは別として」

「頭から落ちて寝てる時間があるならちょっとくらい読めるでしょ」

「あなたはいつも暇そうでいいですね」

「いっつも暇してるから面倒ごとによく巻き込まれるのかなぁ」

「あぁ……ありそう」

 

まあとにかく、気に入ってくれたのならよかった。

 

「で、用件は?」

「……近況報告?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うっわぁ……」

「とんでもない顔しないでくれる?」

「そりゃあそんな話聞かされたら顰めっ面にもなりますよ」

 

迷惑かけないように必死だったんだよ悪かったな。

 

「じゃあしばらく顔を見せなかったのもそれが原因ですか……」

「誇芦とは上手くいってるよ、ちょっと怪しい時期あったけど……まあ私のせいだし、今は大丈夫だし………」

「とんでもない食べもの想像するのやめてください」

「いやぁ……あれは……ははっ」

 

自然と乾いた笑みが出てくる。

あったかかったなぁ……みんなの気遣いが。

料理は身体が固まりそうな味だったけど。

 

「まあ紆余曲折あって、前言ってた吸血鬼の姉とは仲良くなれたんだよ」

「……紆余曲折って言葉で片付けでいいんですかその体験」

「えー?ちょっと心臓刺されて本当に死にかけてなんやかんやで生きてたけど本気の殺し合いをしてたくらいだよへーきへーき」

「言ってて悲しくならないんです?」

「なるぅ」

 

それと同時に心臓刺されても普通に生きてる自分に驚く。

 

「次は窒息死でも試してみます?」

「縊り殺す気か」

「あぁ、下手な拘束は毛玉になって抜けられるんですね。それならやっぱり……」

「私が話したいのはそんなことじゃなくってさぁ!!」

 

本題!本題に入らせてもらいたい!

 

「はいはいなんです?」

「友達への贈り物で悩んでて……」

「………あー」

「妹の方は素直だからあげれば喜びそうだなって想像は容易なんだけど、姉の方は……何あげても嫌味言われる気しかしなくって」

「それは……友達って言っていいんですか?」

 

拳と拳で語り合った仲だよ、友以外の何者でもない。

ちょっとばかし傲慢でムカついても、腹を割って話し合った仲だ。

 

「……まあ分かりましたけど、本人の要望だと……なんです?宝石と……ワイン?」

「私お酒飲めないし、宝石とか買ったら財産が吹っ飛ぶから……」

「それでなんで私に聞きにくるんです?同じ姉だからって趣味嗜好が同じってわけじゃ……」

 

なんか……地底って綺麗な石とかありそうだなーって……

 

「………」

「………」

 

なんだよ。

 

「ワイン……って、葡萄酒でいいんですよね」

「葡萄酒……あるの」

「はい」

「あるの!?」

「あります」

「マジで!?」

「マジです」

 

うっそマジであんの!?

 

「心の中でまで驚かないでください」

「だってここ地底だし……どちらかと言えば宝石の方を期待してたけど」

「嗜好品ぐらい地上から持ってきますよ、栽培もしてますし」

「栽培!?地底で!?」

「その辺話し始めるとキリがないので、そういうものって割り切ってください」

 

地底でぶどうってなるんだ……来る前に種でも持ち込んでたのかなぁ。

 

「そうですね、あいにく生食用のでないですし、鬼の方々は日本酒の方を好んでいるので……」

「……凄いよね、酒樽の量」

「本当ですよ」

 

……そう考えたら地底でも普通に食糧ってあるわけだし、鬼たちも暴飲してるし、案外作物も育つんだろうな。

こう、不思議パワーで。

 

「まあというわけで、私もたまにしか飲みませんけど、というか私くらいしか飲みませんけど、無くはないです」

「まさか……それ、くれ…?」

「あげます」

「大好きさとりん!!」

「色々世話になってるのに大したお礼もできてませんからね。というか、させてくれないですし」

 

そんなつもりじゃ……

私のことであんまり迷惑かけたくないなぁってだけで。

 

「誰でもいいから頼ればいいのに……いえ、分かってます。あなたの心うちは」

「………」

「まあ、あなたはそれでいいかもしれませんけど、周囲のことも…」

「分かってるよ」

「……えぇ、そうですね」

 

心を読んでもらえるってのはいいな。

口に出さない思いも汲んでもらえる。

 

「普通、知られたくないから口に出さないんですよ?」

「それはほら、私ってバカだからさ」

「………まあその話はいいとして、まあ外の世界、それも違う国から来たというのなら、まあ多少味が悪くてもこの国特有なんですよ〜とか言っておけば誤魔化せるでしょう」

 

意外と口に合うかもしれない。

いや、やっぱり会わないで欲しい、毎回持ってこいとか言われたらめちゃくちゃ地底に通い詰めなきゃいけなくなる。

 

何が嫌かって、勇儀さんが。

 

「ワイン?の方は後で手配しておきます。まあ帰る時にでも」

「ん、ありがとう。……私ワインだったら飲めたりするかな」

「挑戦してみます?」

「私ね……人の酒臭い息で酔うから……」

「………」

「あぁいや、よほど長時間、それもあほみたいに酒呑んでる人限定だけどね?…………」

 

嫌なこと思い出した。

 

「舌に酒がついただけ、直接呑んでいないのにも関わらず記憶がなくなり、気が付けば周囲は死屍累々……」

「うん、ダメだね、ワインでも絶対ダメだね」

「賢明ですね」

 

私だけ酔う酔わないの話じゃないから……意識失うからなあ。

 

「酔った毛糸さんもそれはそれで見てみたいですけど」

「なんの面白みもないと思うけど」

「人の理性の吹っ飛んだ姿って割と面白いですよ、知らない一面とか知れたりしますし」

 

自分に実害がなければ、と付け加えるさとりん。

まあちょっと街の方に行けば四六時中酒飲んでるような奴らが……

 

「毛糸さんって結構理性で動いてますし」

「そんなことないと思うけど……」

「あなたの場合、何も考えていない状態ってのは理性が何も考えなくていいよって判断下してるんですよ」

「私の理性くん大丈夫なのそれ」

 

ねえ私の理性ってそんな感じなの?

 

『そんな感じだね』

「そんな感じです」

「アァオ……」

 

もう一人の自分に同意を求めたつもりが二つ返答が……

 

『いつも主人格がお世話になってます』

「いえいえ」

「平然と会話しないでもらえる?」

『たまにはこっちにも会話を楽しませてよ』

「心なしかいつもの毛糸さんより知性を感じますね」

「泣いちゃうぞ、私泣いちゃうぞ」

 

私は涙を禁じ得ない。

 

「とか言って泣かないじゃないですか。というかまあ、毛糸さんの場合欲っていうのがあんまり……」

「食欲はあるよ?」

「そういう話ではなく」

 

そういう話じゃないのならなんなのさ。

 

「わざわざ言うことでもないので気にしないでください」

「はぐらかすなよぉ」

「あなただって私たちに言わないこと沢山あるじゃないですか」

「それは……まあ……」

 

それは言ったって仕方がないことだからで……

いや、これは言い訳ですらないか。

 

「まあこの話はこれくらいにしておいて……休憩してましたけど起きちゃいましたし、また動き始めますかね」

「あ、ごめん起こしちゃったよね」

「いえ、あのままだと寝違えてたでしょうし。現に今も首痛いですし」

 

手遅れだった。

 

「……最近寝れてない、と」

「読まれたか……まあね」

「誰かに添い寝でもしてもらったらどうです?」

「いやそれはちょっと……」

「冗談ですよ」

「……寝ようとしてもさ、色々考えちゃって。自分が嫌になって……眠気に任せて忘れようとしても、眠らなくても大丈夫なこの体のせいで寝られなくて」

 

だから最近は、1日が長い。

 

「そりゃたまには寝るけど、いい夢は見ないよ」

「………」

 

あー、あんまり自分の事情話したってしょうがないか、ごめん。

 

「……自分のことを馬鹿って、あなたは言いますよね」

「まあ……」

「その馬鹿が、割り切ることができないことを指しているのなら、私はあなたを馬鹿だとは思いません。むしろ、賢いからこそ、いらないことまで考えてしまうんだとおもいます」

 

………

 

「現にそうやって、あなたは悩み続けている、向き合おうとしている。……あなたが自分のことを嫌いでも、みんなはあなたのことが好きですよ」

「……うん、そうだね」

「だから、あなたがいつかまた、昔と同じような顔をしてくれるのを待っておきます」

 

……そんなに顔に出てるかなぁ。

 

「昔よりは、上手くなってますよ」

「……そっか、ありがとう」

 

さとりんに出会えてよかったよ、本当に。

 

「なんですか急に」

「いや……あの時こいしが私のこと連れて帰ってなかったら、今ここにはいないんだなぁって考えてさ」

「それもそうですね」

「放浪癖のおかげかな」

「こっちとしては心配なんですけどね……」

 

気が気じゃないのはわかる。

 

「あ、ひとつ気になったのでいいですか?」

「何」

「お空って覚えてます?」

「なにそれ」

「あ、はい、そんな気はしてました」



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ダメな日の毛玉

「………」

 

暇だったから遊びに行った、妖怪の山からの帰り道。

何故だか普段通らない場所に寄って、ふと刀を見てみる。

 

まるであの日のような月の姿だったからだろうか、脳裏に焼き付いたあの日の光景とよく似ている。

 

肌身離さず持ち歩いている、刀身の黒い刀。

誰が打ったのかもわからない刀。

黒い理由は、その方が夜に見にくいからという適当な理由、現にこうやって夜に見ても、鈍く月光を反射しているだけ。

 

いやまあ、それもあの人が適当につけた理由なのかもしれないけれど。

 

「……今って振れるのかな」

 

少なくともあの時は。

レミリアと戦っていた時は、動く気は全くしなかったし、握ることもなかった。

 

「……よっと」

 

そもそも普段、たまに抜き身の刃を眺めることはあっても握ることはほとんどない。戦闘時くらいだろう、こうやって構えるのは。

 

「………」

 

ただ握って構えるだけじゃ、なにも起こらない。

私がこれを握る時は体をこの刀に押し付けてる時だし、何もない時は握っても体の制御を奪われることはない。

 

理由はまあ、斬るものがないからだろう。

 

 

時々思う。

この刀の中に、あの人の思念は残っているのか。

 

思念というよりは、意識といった方が正しいのだろうか。

そもそもこんな刀になったのは妖怪をずばずば切りまくってたからで、私の役に立ってるのはあの人の影響であって……

 

そこにあるのは思念というよりは、残滓……

 

言ってしまえば、残り滓。

そのほんの少しのものが、私にこの刀を使わせている。

 

「ほっ」

 

そばにあった木を標的にして、斬ろうとしてみる。

刀は勝手に妖力を引き出し、いとも簡単に切断、斜めに切られたところからずれて、土埃を巻き上げながら倒れる。

 

「………どっちがいいんだろう」

 

この刀に、あの人の意識が残っているのか、残っていないか。

私はどっちを望んでいるんだろう。

 

「昔はこんなこと、考えなかったのになぁ」

 

もう一度会いたい。

 

こんな姿、見られたくない。

 

そう思うのは、まだ私が私の問題を引きずっているから。

 

あの人と、あの人を、重ねているから。

 

「………」

 

どうしようもない思いを汲んでか、刀がどんどんと妖力を吸い上げていく。

一度考え出すと止まらない、思考を逸らそうにも、視界のど真ん中に居座るその刀が思考を縛り付ける。

 

「……づああっ!!」

 

だからといって、何かが斬りたいわけでもない、何かに当たって解決しないことは分かりきっている。

 

思いを断ち切ろうと、空に向けて刀を振るった。

 

枝葉を突き抜け、空気を切り裂いて上昇していく斬撃。

 

「なんで今日は思考放棄できないんだろーな」

 

いや、そもそも放棄するのが間違っていたか。

結局それも、目を背けて逃げているだけ……

 

 

 

 

「何か悩みでも?」

「………」

 

気配を感じなかった。

今体ビクッてなったけどバレてないかな、バレてないよね?

 

「………どちら様で?」

 

刀を納めずに、声のする方向を向く。

 

「近くに住んでる仙人よ」

「仙人……」

 

暗くてよく見えないが、桃色の髪。

どこか見覚えのあるような服装。

 

「………あぁ、聞いたことある。妖怪の山に住んでる仙人、人里じゃ説教臭くて有名な」

「説教臭いって思われてるの私……まあいいわ」

 

普段通らない場所通った時に限ってこれだ、知らない人と出会う。

 

「私もあなたのことは知っているわ」

「はぁ」

「白珠毛糸、名の知れた妖怪ね」

「種族なんだと思います?」

「…?毛玉じゃないの?」

 

人と会いたくない気分だったけど、まりもって言われなかったからいいや。

 

「毛玉で合ってますよ。まあ妖怪だけど……で、その仙人様が私に何の用で?」

「たまたま近くを通りがかって。そしたら強力な妖力を感じたから」

「そりゃ失敬、そういう気分だったもんで」

 

ほら、普段しないようなことした時に限って知らない人に絡まれる。

 

「元気なさそうね」

「ちょっと今考え事してたもんで……普段はもう少しマシな顔してると思いますよ、では失礼」

 

抜いたままだった刀を納めて踵を返す。

とにかく今はそんな気分じゃない、非礼ならまた今度詫びよう。妖怪の山に住んでるなら文とかに聞けば住んでる場所わかるはずだ。

 

「紫からは、もっと明るくて親しみやすい妖怪だって聞いてたんだけど」

 

自然と足が止まる。

 

「………あの人と知り合いで?」

「そりゃもう、旧知の中よ」

 

あーっといけない、さっさと帰るつもりだったのに一気に興味がぁ〜。

 

「………」

「………」

 

互いに見つめ合って、沈黙。

これあれか、私警戒されてるやつか、そりゃそうださっき思いっきり刀振ったもん。

 

何か会話を…あっそうだ。

 

「名前をお聞きしても?」

「茨木華扇、あまり触れられたくないのかもしれないけれど、何があったのかは把握しているわ」

「………へぇ?」

 

名前を聞いただけなのに余計な情報までセットで来やがった。

何があったのか把握している、まあつまりそういうことだろう。

 

「紫さんから、ね」

「そうなるわね」

 

………大体わかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いいの?帰ろうとしてたのに」

「わざわざ紫さんの名前出したってことは、引き留める気満々だってことでしょうに」

「まあそうだけど」

 

近くに手頃な岩がなかったので、木の根を地面から生やして座りやすい形に整える。

 

「どうぞ?」

「あら、ありがとう」

 

お互いに腰掛ける。

 

「紫さんは元気でした?」

「あれが不調な様子って思い浮かぶ?」

「ないねぇ」

 

惰眠を貪っている様子なら見たことあるけど。

 

「あなたのことは、本人からも聞いたし、山の中でもよく話題に上がっているわ」

「なりたくて話題になってるわけじゃないんだけど」

「でしょうね、見てればそんな感じするわ」

 

不可抗力……うん、不可抗力だ。

 

「それで……私の悩みを解決でもしてくれるんですかね?」

「まさか、ただの興味本位で話しかけただけよ。話には聞いていただけで、実際に話す機会はなかったから」

「さようで」

 

流石は仙人様、無責任に人の悩みに口を出すような真似はしないと。わざわざ口に出すくせに……

 

あーいやいや、さっきからなんか思考引き摺られてるな、切り替えていけ私。

 

「すみません、なんか今日に限って頭の中不安定で……明日ならもっと明るくて親しみやすい私をお見せできたと思いますけど」

「誰だってそういう時はあるものよ、取り繕うのにも限界があるし。人里でのあなたの評判は随分と良いからね、気にしてないわ」

「そりゃどうも」

 

寛容だなぁ……

 

改めてこうやって見てみると、頭に……鬼なら角でもありそうな位置に……なんだありゃ、団子?まあなんかよくわからんのつけてるが。

一番目を引くのは包帯でぐるぐる巻きになった右腕か。怪我でもしてるのかしら。

 

なんか鎖のついた腕輪と服装がどこかで見た気がするんだけど……どこの誰だっけなぁ……

 

「そんなに私の容姿が気になる?」

「あぁっと、失礼」

 

そんなにジロジロ見てたつもりはないんだけどな。

私が不器用なのか向こうが鋭いのか。

 

「……まあそれはそれとして、本題に移ってもらっていいですかね」

「何の話?」

「紫さんと古い知り合いって大体察せられますよ、幻想郷の維持側の人でしょ」

「………」

「まああまり考えたくないけど……紫さんが私を見極めるようにあなたに頼んだ、とか」

 

あんなことがあった。

私はあんなことになっていた。

自分に恨みを持っていないか、気にしてもおかしくないだろう。

要は警戒だ、警戒。

私が幻想郷……というよりかは、紫さんにとって敵にならないかどうか。

 

「半分当たり」

「半分」

「そう、半分。見極めに来たのは私だけ、別にあいつは私にそんなこと頼んじゃいないわよ」

「……そうですか」

 

そりゃよかった、変に疑われてんのは気に入らない。

 

「………恨まれていないかとは、気にしていたけどね」

「……なら、気にしてないって、今度会った時にでも伝えておいて貰えれば」

「報復とか気にしてるんじゃなくて、もっと人情味のある心配だったわ。簡単に言えば、嫌われたんじゃないかって」

 

………元から別に好きでもなんでもなかったけど。

嫌っては、ないかな。

 

「あいつにそんな心配させるなんて、どれほどの妖怪なのかってね」

「脅威になるかどうかを確かめに、ではなく?」

「そういう意図もあったけれど……もしそんなつもりがあるのなら、私が会う前に紫がどうにかしているでしょう」

 

もちろん、この件で誰かを、何かをめちゃくちゃにしようなんてことは考えたこともない。

……考えたくもない。

 

「聞いてた話じゃ、呑気で温厚な毛玉妖怪って聞いてたけれど……存外、鋭いわね」

「……そりゃどうも」

 

普段しないような邪推してるってだけだよ。

 

「それで、これだけは聞いておきたかったんだけど」

「……何」

「あなたは、どちら側なのかしら」

「………どういう意味で?」

「人か、妖怪か」

 

質問の意図を考えて、無意識に眉が狭まる。

 

「そう難しい顔をしないで」

「なら難しい質問しないでもらえますかね」

「……人間の里にも当然のように行き来し、数々の妖怪と親交を持つ。人間に与するにしても、妖怪と関わりを持ち続けている」

 

あぁ、それが言いたいのか。

 

「あなたは——」

「決まってるなら、もっとわかりやすい行動取ってますよ」

「………そう」

 

少し食い気味に言ってしまう。

 

「紫さんから聞いてないんです?」

「………?」

「ならいいや」

 

あの人は私について色んなことを知っている、盗み聞きをして。

なんとなく見られてると気配でわかるように最近はなったんだけど……あの一件以降は、全然見られていないなぁ。

 

「私は妖怪も人間も、どっちも好きってだけ。争いは好きじゃないし、何か事を起こす気もない。人と妖怪、どっち側の存在なのかと言われれば、どっちも。強いて言うなら、人間」

「……もし、人里と妖怪の山が戦うことになったとしたら?」

「争いが起こる前にどうにか解決する。出来なきゃ友達が最優先」

 

すんなりと口から出ていく言葉を聞きながら、私をまっすぐに見つめる華扇さん。

 

「………そう」

 

納得したようにそう呟いた。

 

「……あの人も負い目感じてるってことですよね」

「そうらしいわね」

「そっかぁ…」

 

気にしなくて、いいのになぁ。

 

「……私も人間側だけれど、できるだけ間を取り持つようにしたいと、常々考えているわ」

「ふぅん……」

「さっきはああやって聞いたけどね、人里にいれば人間からのあなたの印象もよく耳にする。私たち同じような考えを持ってるってことは、なんとなく分かっていた」

 

……紫さんがわざわざ話に行くってことは、この人も幻想郷の成り立ちに関わってたりするんだろうか。

それこそ、妖怪の賢者の一人だったり。

 

「あなたの心情も、想像しかできないけれど、分かるつもりよ」

「………」

「だから、そうね……無責任な事を言うつもりはないわ。一つ、言うとするなら……」

 

何を言われるのやら。

これまでだって散々思い悩んできたんだ、今日初めて会った仙人様に貰う言葉なんて……

 

「自分が誰にとって、どういう存在なのか、もう一度考えてみたらいいと思う」

 

自分が、どういう存在?

………今まで散々考えて答えの出なかった問いだ、考えたところで今更何かが掴めるとも思えない。

 

「話はそれだけよ、付き合わせて悪かったわね」

「………ふうぅ、なんか色々失礼な態度取ってたと思うんで、すみません。また今度会った時はもうちょっと愛想良くするんで」

「いいのよ気にしなくて、これでも人を見る目はある方だから、それじゃあね」

 

……仙人様は寛大だなぁ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ただいまぁ……」

「おかえ……今度は何」

「あだまいだぃ」

「バカなのに頭使うからじゃないの?」

「うぅ……」

 

誇芦に辛辣な言葉をかけられてるうちは、まだそんなに心配かけてないって最近わかった。

 

「なんかさぁ……さっき仙人って人に会ってさぁ」

「急に何」

「色々考えてたらなんかもう頭の中がぐちゃぐちゃでもう寝るぅ…」

「風呂はいいの?」

「今日はもういいや……」

 

荷物を下ろして、そのまま寝室の布団に倒れ込む。

 

「あ゛あ゛ぁぁ」

「……何か作ろうか?」

「お前は私のこの脳にトドメを刺すつもりなのか?」

「うっ……あ、あの時は悪かったって散々謝ったじゃん」

「謝って済むなら……いやまあいいけどさぁ」

 

反省してください、君はもう二度と台所には立たせません。

 

「じゃあ私も寝るけど、今日は寝れそうなの?」

「寝て頭の中すっきりさせたい……寝れそうになかったら打撃睡眠で失神するからいいよ」

「なんか今とんでもない言葉聞こえた気がするんだけど」

 

今日はほんと……疲れた。

私は布団にくるまり、誇芦は少し離れたところにある布団の上に腰を下ろす。

 

「………なぁほころん」

「なに、クソマリモ」

「しばくぞ。………ほころんにとってさ、私って何?」

「何って…何急に」

「なんでもいいからさ」

「えー……」

 

わかる、わかるよ、こんなこと聞かれても答えづらいよな。

私も昔似たような質問されて困ったことあるから、気持ちわかるよ、でも答えてもらう。

 

何度も首をひねり、うーんと唸ってしばらくしたあと、口を開いた。

 

「親…とはちょっと違うけど」

 

髪の毛を手で弄りながらそっぽを向いて話す誇芦。

 

「名前もらったし、ずっと一緒にいるし………よくわかんないけど、家族とか、そういうのなんじゃないかな」

「………家族」

「……なに、なんか嫌なこと言った?」

「いや、別に。おやすみ」

「結局何だったの……おやすみ」

 

 

 

………家族、か。



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とにかくふざける毛玉

 

「あぁあぁあぁあぁあぁあぁあぁ」

「なーにーしーてーん、のっ!!」

「げっほぁ!」

 

蹴られた……

 

「床の上で転がるな!獣か!」

「獣はオメーだろ!!」

「大ちゃんあたいも転がっていいかな」

「ダメだよ?」

 

なんかもう最近もう……なんかもう嫌なんだもおおおおおおん!!

 

「転がらなきゃやってらんねえようおおおおおお!!」

「目障りなんだよカスマリモ!」

「はぁ〜!?泣くぞ?」

「は?」

「みっともなく泣くぞ?私今まで生きてきてまともに泣いたことないけど、お前のその暴言によって赤子のようにほぎゃほぎゃ泣き喚くぞ」

「ぐっ………言い過ぎた、ごめん」

「わかればいいんだよ」

「私ついていけないや……」

 

大ちゃんが引くのを感じながら体を起こす。

 

「うぅむ………」

「なに?今度は回転しながら空でも飛ぶ?」

「それでもいいんだけど」

「いいんだ…」

「あたいもやる!」

「ダメだよ?」

 

たまにこの二人、というかチルノが来てそれに大ちゃんが引っ付いてくるだけなんだけど。

誇芦もいるせいでかなり賑やかだ、変なこと考えずに済む。

 

「お前ら連れて人里に行くのってどうなのかと思ったんだけど……手に負えずに迷子になって苦労する未来しか見えないからやめとく」

「そうだぞしっかりしろよなほころん」

「バカがよく言う」

 

てめぇら二人ともだけどな?

私だって面倒見いいわけじゃないしさぁ……

 

「あーあーもうすぐ秋終わっちゃうよ〜……」

「冬!冬早く来い!ずっと冬になれ!」

「やめろ」

「やめろ」

「やめて」

「なんで!?」

 

そらみんな寒さに堪えてるからに決まってるでしょうよ。

レティさんとチルノの合わせ技、この世の全てを凍てつかせる勢いである。もう天災認定していいかな。

 

「家から出れなくなるし……」

「そろそろこたつ出す?」

「みんなで冬楽しもうよ!雪玉投げたりしようよ!」

「チルノちゃん、投げるより先に自分が雪玉になっちゃうんだよ」

 

二人が揃わなきゃ全然いいんだよ?チルノが調子に乗るくらいで。

たまーに二人揃うからダメなんだよ、お分かり?

 

「私も冬眠しようかなぁ、どこかの誰かみたいに」

「私は森に帰ろうかな」

「私は……その時になったら毛糸さんの家に居ますね」

「なんでみんなあたいのこと置いていこうとするの!?遊ぼうよ!!」

「………」

「………」

「………」

「なんか言ってよ!!」

 

みんな心苦しいんだよ、そりゃお前と遊んでやりたいよ。

でも命は惜しいんだ……

 

「冬になると凍えて動かなくなった妖精とか普通に居ますしね……」

「本当に天災じゃん」

 

一回レティさんのこと誰かが退治したほうがいいんじゃないかな……

 

「ふんだ!あたいは最強だから冬以外でも最強だし!季節とか関係ないし!」

「夏〜夏よ〜こい〜」

「このバカを溶かして欲しい」

「チルノちゃん、夏もいいよね」

「………」

 

あ、泣きそうになってる。

 

「ごめんて」

「毛糸なんて毛玉のまま雪の中に埋もれて死んじゃえばいいんだ!」

 

何で私だけ?

そしてそのままビーズクッションに飛び込んで沈んでいくチルノ。

 

「……そういや誇芦、冬服ってなかったね」

「え?いいよ今あるので間に合ってるし」

「いやせっかくだし近いうちに頼んでおくよ、私もボロボロになってきたまま放置してるし……大ちゃんのも頼んでおこうか?河童製はあったかいぞ〜」

「お願いします、本当に」

 

切実な願い。

 

「私なぁ、一応冬が一番好きなんだけどなぁ、布団の中でじっとしておくのがたまらん」

「夏」

「私は…春かなぁ」

「ふゆー!!」

「はいはいわかったわかった」

 

あれ、今綺麗に四季分かれてなかった?

 

「頼むから冬に異変とか起こらないでくれよなー」

「そんなこと言ってると本当に起こる」

「いやいやそんなまさか、フィクションでもあるまい……いやこの世界私からしたらフィクションみたいなもんだけど」

 

ハッ……レティさんが冬に異変起こす可能性もあるのか……!?

幻想郷常冬計画……な、何て恐ろしい……

もしそうなったら、私はあの人を……

 

「や、やるしかない……」

「今何の決意固めたの」

「今のこの、お前たちがいる暮らしを守るための……戦う決意」

「そういうこと言う時は大したことじゃないの知ってる」

「深刻だと言えば深刻だし、どうでもいいと言えばどうでもいい」

 

ほころん勘いいな……というか私のことをよくわかっていらっしゃる。

 

「毛糸!これなんだ!」

 

チルノが物置から何か見つけてきたらしい。

 

「んー?あー……お面」

「お面?そんなの持ってたっけ」

「買ったんだよこの前」

「これは何!」

「猿」

「これは!」

「鳥」

「これは!!」

「バカ」

「へぇ……え?」

 

何で買った?って視線を誇芦が向けてくる。

 

「いやまあ…顔を隠したい時が来るかなあって」

「………」

「あの、毛糸さん」

 

誇芦がなんとも言えない表情をしていると、大ちゃんが扉を指差している。

 

「誰か来たみたいですけど」

「ん?んー……お」

 

この感じは……何か言われて来たのかな?

 

「チルノそれもらうね」

「さっきバカって言った?」

 

無視して面を被り、扉を開ける。

 

「突然すまな……何、その仮面」

「たぬき」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやそれにしても久しぶりだね…や、そうでもないか」

「そう、だな」

 

少し気まずそうに藍さんが机を挟んで座っている。

後ろの方に目をやれば、橙やチルノたちがきゃっきゃと私の物置から引っ張り出して来たものを弄っている。

 

「わざわざ来たってことは、ただ遊びに来たってわけじゃないんだろうけど……最近何してたの?」

 

緑茶をすすめるが、口をつけない。

 

「最近色々あったからな」

「あー、弾幕ごっことか、異変とか。紫さんも顔出さないし忙しいんだろうなとは思ってたけど」

「………そうだな」

 

ふむ……なんでそんなに居心地悪そうなんだい?訪ねて来たのはあなただろう?

 

「……あのこと気にしてるなら、藍さんがそんな顔する必要は……」

「それは、そうなんだが……」

 

チラチラと、私の顔を見てくる。

 

「……なんでまだお面をつけているんだ」

「なんとなく。ちなみに外す気はないよ」

「え、えぇ……」

 

……変な顔は見せたくないし。

 

「な、なぁ、あの事なら紫様に代わって私が謝る、その……も、元に戻ってくれないか」

「………藍さん」

「な、なんだ?」

「私ね……」

 

意味深な間を置く。

 

「元々こういう奴」

 

数秒の沈黙。

 

「そういえば、そうだったか…?いや、きっとそうなんだろう、うん…」

「そうそう、気にしないでいいよー」

「…なんでたぬき?」

「狐がたまたま売ってなくて……」

「え?いや、え?」

 

あ、そろそろ困惑で頭が弾けるって顔してる。

 

「せっかくだからその戸惑った顔に言ってやる」

「え」

「謝罪とか求めてないから、というか藍さんは関係ないし、そんな顔しなくていいから。とりあえず私一押しのこの饅頭でも食べて落ち着こうぜ」

「……………え?」

 

え?て言いながら饅頭食べないでくれ。

 

「美味しい?」

「美味しい……」

 

わあいそりゃよかった。

 

「………いやいや待ってくれ!!」

「何を?」

「何って……私は何を待てと言ったんだ?」

「まあまあ落ち着いて、茶でも啜って」

「あ、あぁ………ふぅ」

 

一息ついたね、ちょっと畳み掛けすぎたね、ごめんね。

 

「とまぁ、見ての通り」

「………」

「何も変わんないでしょ?そりゃ色々あったけどさ、藍さんがそんな顔しなきゃいけない理由はないよ」

 

とは言っても、この人は優しいからなぁ。

きっと……

 

「…いや、巻き込んだのは紫様だ。そういうわけには……」

 

そう、言ってくれるんだろう。

 

「だったら、私は紫さんに直接伝えたいよ、気にしなくていいって。それとも……」

 

お面越しに、藍さんの金色の瞳を見つめる。

 

「その目で本人、こっち見てるとか?」

「………」

「なんてね」

 

見られてるって気配はする、するけどそれは藍さんと同じ視線だったから。

 

「……すまない」

「………ついこの前、華扇って人に会ったよ」

「それは…!」

 

やっぱり知り合いだったか。

 

「聞いたよー?紫さんのこと。気にしてるって」

 

正直に言えば、そんなことはわかっていた。

あの日、私に本当にいいのかと聞いて来たあの人の表情は……

 

「何度だって言うし、紫さんも分かってるだろうけど。私は誰も恨んじゃいないし、変わらないよ」

「………」

「だからさ、そんなに下見てないで……」

「いや、違うんだ」

「え?」

 

違うって、何が。

下見てるのが、気にしてるからじゃない……?

 

「その……そのお面をつけて真面目な話されると、その……笑ってしまいそうで」

「………ひょっとこもあるよ」

「ぷふっ」

「………」

「………」

 

へぇ。

 

「い、いや違うんだ今のは」

「違うって、何が?」

「決して、話を真面目に聞いていなかったとかそういうわけではなく……」

「まあこの面の狙いはそれだったし」

「え?」

 

今日何度目かの、困惑した表情。

 

「もう飽き飽きしてんだよそう言う話、私気にしてない藍さん気にする必要ない!以上終わり!解散!」

「いや待ってくれ!話をさせてくれ!頼む!」

「断る!」

「そんな…」

 

作戦成功!話を逸らせた!今日はもう遊ぶぜ!いや仕事してるわけでもないからいつも遊んでるけども!ニートだけども!

 

「ま、待ってくれ!私は——」

「橙が猫のお面被ってる」

「えっ」

「嘘だよ」

「………」

「………」

 

ゆっくりとこちらに視線を戻す藍さん。

 

「………それで、話の続きなんだが」

「りんご剥いたら食べる人ー!」

「「「はーい!」」」

 

あらいい返事、毛玉さん頑張って剥くね、指を血だらけにしながら。

 

「藍さんは?どう?」

「……いただくよ」

「そっか」

 

フッ……勝った。

私は一度ボケると決めたら止まらない女だ。

堅物の藍さんに私が止められると思うなよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「このりんご毛玉の味する」

「おいてめぇどういう意味だバカイノシシ」

「本当だ毛玉の味するー」

「ほんとだー」

「バカネコとバカ、叩くぞ」

「………美味しいです」

「大ちゃん……」

 

優しい君が私は好き。

 

「ん、藍さんりんご嫌いだった?」

「いや、そうじゃない」

 

口をつけていないのを見てそう聞くが否定される。

一つ口に入れた後、美味しいと言ってくれた。

 

まあ私は切っただけなんだけどね?

なんならさっき饅頭を藍さん出したけど……まあ後の3人には出してなかったし。

 

「正直、救われたよ」

「ん?」

 

画面を少し傾け、りんごを齧っている途中で、ぽつりとそう呟かれた。

 

「あぁ、君のいう通りだ。私は負い目を感じていた」

「……ねえその話は」

「頼む、少しだけでいい」

「………そっか」

 

少し噛んで抉れたりんごを、今度はちゃんと噛み切り、噛んで甘さを感じ取って飲み込む。

 

「分かっていたんだ、こうなるだろうなってことは。人間と……博麗の巫女とどう関わりを持つというのがどういうことになるのか、私は分かっているつもりだった。最後には、どうなるのか」

「………」

「でも、何も言わなかった、しなかった。分かっていたのにな……君がそうなるだろうってことは」

 

下を向き、自嘲するような笑みを浮かべて言葉を綴る。

 

「だから、謝りたかった。紫様へもし恨みを抱えているのなら、それもどうにかしたいと……」

「恨みって……そんなこと思うわけないじゃん」

「あぁそうだ、君はそういう人だからな」

 

……そうだよ、私はそういう奴。

 

「だから、君がそうやって無理矢理にでもふざけて、私に話させないようにしてくれて……安心した」

「今こうやって話されてるけどね」

「ふふっ、そうだな」

 

そう、そうやって笑っていてほしい。

私なんかのために、暗い顔する必要はない。

でも、どうしたって私のためにそんな顔をするから、私は……

 

「謝罪を受け取ってくれないのなら、こう言うよ」

「え?」

「ありがとう」

「………」

 

私は身勝手に、自分がされたくない話をされないようにしてるだけなのに……

 

「感謝されても、困るんだけどなぁ」

「なら謝ろうか?」

「いやいいよ」

 

でも…そっか。

 

「……あのことなら、私が蒔いた種だから。私がどうにか、自分で解決する」

「………」

「私のことが違う意味で心配なら、安心して欲しい。私の居場所は、ここだけだから」

 

わざわざ自分の居場所を無くすような真似はしない。

 

「そう、伝えておいて」

「……了解した」

「よし、ならもうこの話終わり!」

 

りんごをもう一切れ食べて立ち上がる。

 

「生意気なガキンチョどもー!」

「あ?」

「お?」

「は?」

 

ほころんや、君は自分がガキンチョだと思っているのかい?私より体でかいくせに。

 

「今から私とジャンケンして勝った奴、私の残りのりんごくれてやる」

「潰す」

「泣かす」

「ぼっこぼこにする」

「な、なんで3人ともそんなに殺気立ってるの?たかがりんごでしょ?」

 

いい目をしている……食欲に塗れた目だ。

やはり食欲の秋というわけか……

 

何考えてんだ私。

 

「ほらいくぞ!じゃんけん——」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぐああああ全員に負けたあああ!!」

「…そんな気はしてました」



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また寒さから逃れる毛玉

 

「あ、やっと来た」

「遅いぜ〜?」

「ノロマ」

「ごめんごめん、家出る時に凍死しかけて。この家あったけぇ〜」

 

もう日が傾いてるし。

誇芦だけ普通に罵ってくるが、荷物を下ろして上着を脱ぐ。

 

「凍死って、冗談よね?」

 

アリスさんがそう聞いてくる。

「右腕…感覚ないんだ」

「何言って……うっわ本当だ右腕凍傷になってるぞ!?」

 

あ、やっぱり?魔理沙が私の右腕を見て声を上げる。

多分左腕の義手の付け根もなってるね、よく冷える。

 

「家出るだけで命取りだぜぃ…」

「早く温水につけるなりしないと…」

「えー?ぶった切って生やした方が早くなーい?」

「何言ってんだお前…」

「確かに」

「それもそうね」

「あ?え?私がおかしいのかこれ?いや…腕切るって言ってるんだよな?おかしいよな?え?」

 

おかしくないよ、それで合ってるよ、みんな慣れてるだけで。

 

「じゃあ外行って遠くの方に投げてきて」

「了解ー」

「本気なのか?これ本気でやるのか?」

「落ちた時あれだし、もう消し飛ばしたら?」

 

誇芦の言う通りだな、跡形もなく消し去った方がいいな。

 

「じゃあ寒いけど行ってきまーす」

「うっそだろおい!?」

「魔理沙」

「あ、アリス……」

「慣れなさい」

「えぇ……?」

 

 

 

 

 

 

 

「腕の感覚戻った!」

「本当に治ってるし……もう何が何だか」

 

慣れだよ、魔理沙。

 

「ほら、早く席に着きなさい、言い出したのはあなたでしょう」

「ごめんって……ほらほころん寄って寄って」

「やだ」

「やだ!?」

「寄ってあげなさい」

「ちぇ」

 

寄った…?アリスさんに言われてすぐに寄った…?

私よりアリスさんの言うことの方がよく聞く…?私よりアリスさんの方が好感度高い…?

 

「…なんかすごい顔になってるぞ毛糸」

「気にしなくていいわよ、いつものことだから」

「そうそう、いつものこと」

「いつものことなのか……」

 

私と誇芦が今まで過ごして来た時間って……

 

「ハッ、お腹空いた」

「だから早く座りなさいって」

「ノロマ」

「誇芦お前あとで覚えとけよ」

 

渋々、という感じで隣の席に移動した誇芦の隣に座る。

 

魔法の森は私の住んでるとこよりはマシとはいえ、やっぱり寒いもんは寒い。まあ私は家出た瞬間にバカが出す冷気にやられたけど。

 

それを見越して誇芦には先に家を出てもらっていたわけだが。

 

「にしても、誰なんだ?こいつ」

「こいつって言うな」

 

魔理沙が誇芦を指差して私にそう聞く。

そうか、会った事ないのか。

 

「そいつはね……私のペット」

「ペット言うな蹴るぞ」

「冗談だって、家畜」

「ふんっ!」

「おごおっ」

 

殴られた。

 

「なんとなく分かったぜ」

 

何を?

 

「漫才はいいから早く始めるわよ」

「漫才じゃないし……見て見て、私が持って来た食材冷凍されちった!」

「でしょうね……」

 

冷やしてはいたけどカチンコチンだぜ!

 

「てわけで魔理沙、八卦炉で解凍よろしく」

「ミニ八卦炉のこと便利アイテムか何かだと思ってないか?」

「うん」

「いい返事だなおい……ほら貸せよ、温めとくから」

 

多機能でいいなぁ、ミニ八卦炉。

霖之助さんとアリスさんが全力で使ってただけはある、私も誤射された甲斐があるってもんだ。

 

「あとは…って、もう用意できてるし」

 

アリスさんが人形を使って火まで入れてくれたみたいだ、本当に器用だな。

 

「……んあ?」

 

辺りを見回していると、謎のキノコ群が目に入った。

 

「……なんじゃあれ」

「ん?あぁ、キノコだ」

「見りゃ分かるわ、何あの大量の……何?」

「何って、鍋するんだからキノコいるだろ?」

「限度って知ってる?」

「私はこれが普通だぜ?」

 

自分の普通がみんなにとっての普通だと思うなよ、キノコの山じゃんあれ。

………キノコの、山……?

 

「食べてぇ……」

「ナマでもいけるぜ?」

「お前もう黙っとけ」

「好き嫌いは良くないな」

 

ごめんなさい霧雨さん、あなたの娘さんはコソ泥のキノコバカに成り下がってしまいました、本当に申し訳ありません。

 

「……なんで涙ぐんでるの」

「ほころんや……お前はまともで私嬉しいよ」

「はぁ?きも」

「寒中水泳でも行ってこようかなぁぁ!!」

 

たった二文字で私の心を折らないでおくれ、涙出そう。いや出ないけど。

 

「入れるわよ」

 

やっぱりアリスさんが一番まともだったよ。

 

火にかけた鍋に野菜その他諸々を放り込んで、最後に蓋をする。

出汁は先にとっておいたそうな。

 

「で、なんで四人で鍋しようなんて言い出したの?」

「え?楽しそうだから」

「まあ確かに、私も普段は一人で食べてるからこういうのも楽しくていいけどな」

「私は家でごろごろしてたかった」

「じゃあ帰って腹空かしておく?」

「お前が帰れ」

「あんまり口が悪いと毛玉さん怒っちゃうぞ」

 

かつてこんなに口が悪い奴がいただろうか……

……出会った頃の藍さんの暴言を思えばかわいいもんだな、うん。

 

「というかあなた、もう舌は大丈夫なの?」

「舌…あぁ、味覚ね」

「?なんの話だ?」

 

魔理沙が不思議そうに私の顔を見つめる。

 

「最近色々合って舌がバカになってさあ、まあ普段ならだいぶ味分かるようになってきたけど、何かあるとあっという間に味覚がグッバイしちゃって……」

「そうだったのか…」

「この前なんてなんか山の仙人様絡まれちゃってさ、翌日まで何食っても味しなかったね!!」

「明るく振る舞ってるけど深刻だからね?それ」

「…はい」

 

要はその時のコンディション次第である、だからあんまり気にしないようにとは思ってはいるんだけど。

 

「まあ今日は大丈夫、来る前に塩舐めて味覚チェックしたから」

「何が大丈夫なのかしら…」

「しょっぱかった!!」

「辛子鼻に入れる?」

「やめろ」

 

さっきからほころんは何?構って欲しいの?かまちょなの?

大人しく待っていて欲しい。

 

「でもお前、私と人里行った時は美味しそうにうどん食べてたじゃないか」

「あの日は調子良かったの」

 

その前日は酷かったけどなぁ……あの時味覚死んでて助かった、死んでるはずなのになんかもう……吐きそうになったもん。

ほころんに料理教えた方がいいか……?いや、それならアリスさんに頼んだ方が……

 

アリスさんに修行つけてもらった誇芦が私に料理を振る舞う……

 

30年以内くらいにはやってくれないかなぁ。

 

「あ、そうだ魔理沙、お前ちゃんと本返さなきゃダメだぞ?」

「分かった分かった」

「自分で返しに行かないと私勝手に持って行くからね」

「やめろ」

 

いやならちゃんと返せばいいのに……

こっちは正論を言ってるだけなのに、死ぬまで借りてるだけとかいう謎理論を展開して逃れようとするからなぁこいつ。

 

「そういや、アリスと毛糸っていつからの付き合いなんだ?聞いたことなかったけど」

「んー?……どのくらいだっけ」

「さあ」

 

二人とも覚えてないってよ。

 

「まあ3、400年くらいは前なんじゃないかな」

「おぉ……あんまし想像つかないな」

「あー…人間基準だとそうか。誇芦もその頃からの付き合いだよ、もともと魔法の森に住んでたし」

 

結構な歳月を重ねてきたとは思っているが、思い返してみればやっぱりあっという間だったという考えが湧いてくる。

 

「あなたも数十年くらいは住んでたわよね」

「住んでた住んでた、いやーなんでだっけなあ。なんか心機一転って感じで棲家離れたはいいものの結局ここに居着いちゃって、すぐに帰るのもなあって思ってたら気づいたらめっちゃ時間経ってた」

 

いやー懐かしい。

……思えばりんさん死んだのそんなに引きずってたってこと……?

いや、よくよく考えたらまだ引きずってるな、うん……

 

「てか、ここにいる人間私だけなんだな……」

「肉人形にしてやろうか」

「毛玉にしてやろうか」

「踏み潰してやろうか」

「アリスだけ怖かったな、あと二人はよくわからん」

「よし表出ろ」

「踏み潰してやる」

「やだよ寒い」

 

まあアリスさんなら、やろうと思えば肉人形に出来そうだからなぁ。

一人だけなんか出来そうなこと言ってるというか……

 

「……そろそろ出来るみたいよ」

 

鍋を見ながらアリスさんがそう呟く。

 

「じゃあ私が蓋取るよ」

 

私義手だし。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……おい待て」

「へ?」

 

自分の皿にポン酢を注いでいると、魔理沙にものすごい形相で睨まれる。

 

「何、ポン酢使っちゃ悪いのかよ」

「いや、そうじゃなくて」

「じゃあ何さ」

「お前今どこから出した」

「指」

「ちょっと待て」

「薬指」

「待てって」

「中指からは塩が出るよ」

「だから待てって」

「人差し指からは醤油も」

「待てって言ってるだろうが!!」

「大声で叫ぶなよ」

「食事中よ」

「行儀悪いやつだな」

「私か!?私が悪いのか!?いや指からなんか色々出してるやつの方がおかしいだろ!?私悪くないだろ!?」

「慣れなさい」

「慣れればいい」

「そんなことでいちいち叫ぶなよな」

「えぇ………」

 

私ポン酢好きなんだもん。

いつから作られたのかは知らないが、この前人里で見た時は思わず飛び跳ねちゃったね。

 

「ねえ毛糸、ごまだれ取って」

「ん、はい」

「ごまだれは出ないのか……」

「出るわけないでしょ、何言ってんの」

「なあ、殴っていいか」

「ダメ」

 

女の子が殴るとか言っちゃいけません。

せめてビンタにしなさい。

 

「私に舐めた口聞くとあれだぞ、手から調味料垂れ流しながら手のひらドリルするぞ」

「やったら追い出すわよ」

「じゃあ魔理沙の家で」

「もしやったら二度と口聞いてやらない」

「えっ……」

 

なんて酷いことを……

 

「ねえ、今更だけどみんな私の扱い酷くない?」

「何を今更」

「これが普通よ?」

「らしいぜ?」

「うん、知ってた」

 

いつもバカやってるからこんな扱いされるのか……

 

私だけ慎重な顔をしながら、鍋をつつく四人。

 

「あなたたちっていつ帰るの?」

 

アリスさんが突然そう切り出す。

 

「早く帰れってか?」

「いやそうじゃないけど……夜は冷えるでしょう?」

「あぁ……あの家の周り気づいたら雪で大変なことになってるもんね」

「そうそう、朝起きたらドアが雪で開かなくなってたもんねぇ」

「どれだけ積もってたんだよ」

「もう屋根から外出たもんね」

 

そして始まる雪かき祭り。

しかし終わらない雪かき、襲い掛かる寒さ、さらに積もる雪、はしゃぐ例の二人。

 

「はは」

「今すごい乾いた笑み出たわね」

「はぁ……帰りたくない」

「同じく」

「泊まりたいってこと?」

「お願いします…」

 

夜は普通に寒いし……

 

「なら昔の部屋残して置いてるから、そこで寝なさいな」

 

アリスさんが優しい、とても優しい、流石アリスさん。多分誇芦も今同じこと思ってる。

 

「魔理沙は?」

「面白そうだから私も泊まることにするぜ」

「面白そうって理由で泊まるなら帰ってくれない?」

「いいだろ別に、私とアリスの仲じゃないか」

「私の方が付き合い長いぞ」

「なんでそこで張り合うんだよ」

 

まあ確かに、魔理沙の面倒とかほぼアリスさんと霖之助さんが見てたし、私の見てないところで色々あったんだろうけど。

 

でも私の方が付き合い長いもんね!妖怪と人間を比べるなって話だけど。

 

「分かったわよ、魔理沙は物置で寝なさい」

「おっ、色々漁れるな!」

「やっぱり毛糸が物置で寝なさい」

「なんでぇ?」

 

魔理沙さあ……

 

「なんだよその目」

「なんでも」

「私は?」

 

誇芦は自分はどこで寝ればいいのかも聞いてくる。

 

「じゃあ一緒に寝る?」

「分かった」

「えっ」

 

なんかごく自然な流れで一緒に寝ようとしてる……

 

「まあこの子があなたたちの中で一番可愛げあるし」

「おいおい魔理沙、お前若いのに可愛げないってよ」

「あなたが一番ないのよこの毛玉妖怪」

「はい…」

 

いや別に可愛げあるなんて微塵も思っちゃいないが……

まあ元々ほころんアリスさんによく懐いてたしなぁ。

 

そもそも私一人じゃないと寝られないし。

というか最近寝れてないし。

 

「………なあ」

 

魔理沙が鍋に箸を入れながら私の方を見て声をかける。

 

「毛玉って肉団子みたいだな!!」

「口開けろ、義手の中身全部流し込んでくれる」

「毛糸ステイ」

 

チッ、命拾いしたなクソガキが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うぅ、さみっ」

「布団敷いてきた?」

「物置寒すぎて凍りそう」

「普段氷出してるくせに」

 

誇芦よ、氷出せるからと言って寒さに強いわけじゃないんだぞ。

私だって生き物なんだから。

 

「はい、紅茶淹れたから飲みなさいな」

「わぁい飲むぅ!」

「なんでそんなにはしゃいでるんだ…?いや、確かに美味しいけどさ」

 

アリスさんが淹れたということに対してさらなる付加価値が……何を言ってるんだ私は。

 

「あったけぇ……」

「私と魔理沙は寝る時魔法で暖取るけど」

「は?ずっる」

「ミニ八卦炉は暖も取れる優れものなんだぜ」

「やっぱ便利アイテムじゃん」

 

私だけ布団で凍えながら寝ればいいの?いやまあ寒いのが苦手なわけじゃないからいいけど。

 

「………」

 

紅茶で温まっている三人を見て気づいた。

この三人、全員色々知ってる人だ。

 

別に、人に話してどうこうなると思っちゃいないし、話すことを好んではいないけれど。

 

隠していることがないっていうのは、気が楽なもんだ。




アンケート通り、設定集と短編どっちもやれと言う鬼のような結果になったわけですが。
直前になって書き始めたらとんでもなく時間かかるので、本編の更新頻度を落とし、その空いた時間で設定と短編を進めていくという形を取らせていただきます。
書き上がれば普段の投稿頻度に戻るはずなので、待っていただければと思います。


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妄想がひどい毛玉

「おじゃましまー……あれ、いない?」

 

誰かきた。

 

「文か…?こっちこっち」

「む?寝室ですか?まだ寝てるんですかー?」

 

呆れたように足音を鳴らしながら部屋へと近づいてくる文。

 

「早く起き……何やってるんですか」

「寒いから布団に包まってる」

「包まってるっていうか、ぐるぐる巻きじゃないですか」

「だってこれが暖かいもん。な、誇芦」

「動きたくない」

「ほらね?」

「何が?」

 

寒くて動きたくない、このまま寝ていたい。

 

「そんなこと言ってないで…ほら、早く立ってください」

「しょーがないなぁ……はい、立ったよ」

「布団巻いたまま浮いて立たないでください」

「立てとしか言われてないし」

「引っ剥がしますよ」

「鬼!鬼畜!悪魔!ろくでなし!クズ!塵!」

「めちゃくちゃ言いますね」

 

別に起きるのが嫌なだけだから、その気になれば布団から出るし。

 

「で、こんな朝早くから何の用?」

「もう昼ですよ」

「で、こんな昼早くから何の用?」

「流石にそれは無理です」

 

いいじゃないか、昼過ぎじゃないなら昼早くでも通じるって、いけるって。

 

「私、人里行ってみたいんですよね」

「へぇ、せいぜい追い出されないように気をつけなよ」

「待ってください」

「あ、お土産買ってきてね」

「聞いてください」

「おおぅおぉうおおうおう」

 

布団に巻かれたまま宙に浮いている私を揺さぶってくる。

 

「なんでわざわざ毛糸さんのとこ来たと思ってるんですか」

「なんでって……仕事サボれるから?」

「違いますよ!私のことなんだと思ってるんですか!?」

 

優秀なのに本気出さない、組織側からしたら面倒なやつ。

 

「私一人じゃ入れるか分かりませんし、毛糸さんについてきて欲しいって言ってるんですよ」

「そういうのはちゃんと前もって伝えておくんだな、いきなり当日に言われても困る、じゃ、おやすみ」

「それはそうなんですけど……暇でしょう?」

 

失敬な、ちゃんと冬眠っていう必要なことが……

いや、暇だけども。

 

「……寒いし、今日じゃなきゃダメ?」

「今日はマシな方でしょうに……ねえいいでしょー?せっかく今日休みなんですよー」

「友達と遊んできなさい」

「みんな今日は仕事入ってて…」

 

お前も暇ってことだな?

 

「はぁ……まあいいけどさ」

「本当ですか!」

「もう一眠りしたら用意し……っておい引っ剥がすなぁあぁあぁあぁぁぁ——」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれ、あの子は良かったんですか?」

「誇芦のこと?まああれも妖精みたいにバカってわけじゃないし、一人でも大丈夫だよ」

「しっかりしてるんですね、飼い主とは違って」

「どういう意味だこら」

「そのままの意味ですよ」

 

今日の晩はカラスだな、決定。

やっぱ美味しくないからいいや。

 

「にしてもここが人里ですか……本当に私みたいなのが入ってもなんにも言われないんですね」

「好奇の目で見られるけどね」

「それは毛糸さんの頭のせいじゃないですかね」

「実は毛玉もそう思う」

 

実際文は今…外套?コート?

まあそんな感じのを羽織って翼が隠れているので、見た目だけじゃ人間と遜色ないんじゃないだろうか。

黒髪だし、顔はいいけど。

 

私よりは目立たないはずだ。もし目立ったとしたら、それは私の頭のせい。

 

「冬だから、外に出てる人は少ないけどね。どこか行きたいところがあったりするの?」

「それが、特に何も考えずに来ちゃったんですよね」

「思いつきで来たでしょ、私のところ」

「来ちゃいました」

 

河童はきゅうり含め温室栽培っていう荒技してるけど、人里だとそうもいかないから。

ちゃんと冬の間は保存食中心の食生活をしている。私だって秋のうちに保存食作っておくもの。

 

春になって余った分を一気に消費していくのも、それはそれで楽しいもんだ。

 

「…そもそも文って、人間と関わったことないよね?」

「まあそうなんですけどね。……こうやって見てると、営み自体は天狗とそう変わらないなともおもいます」

「まあ妖怪の山ほど大きな集まりも、ここにゃ人里以外にはないからね」

「昔は色んな勢力あったんですけどねぇ」

 

何年生きてんだろうなこいつ。

私の倍とか生きてても全然おかしくないとは思ってるんだけど。

 

「毛糸さんって人里だとどのくらいの立場なんです?」

「たまにやってくる頭の目立つまりも妖怪」

「あ、はい、ですよね」

 

何がですよね?

 

「いちいち毛玉って訂正してもしょうがないからもう無視してる」

「成長しましたね……昔はあんなに癇癪起こしてたのに」

「私も成長するんだよ。でも言ったら怒るからね」

 

改めて思う。

お前らは白いもじゃもじゃ頭を見て、その辺にいる毛玉じゃなくてまりもを連想するのか?と。

色が違うだろう、色が。というかなんでそんなにまりもの認知度高いんだよ、霧の湖にでもいんのか?あそこは阿寒湖か何かか?

 

「それにしても…案外里の中でも妖怪がいるもんですね」

「まあ割とオープンになってる感じはするよ。私みたいに種族間違えてくる奴たくさんいるし……問題起こそうものなら、博麗の巫女が飛んできてぶちのめしてくるからね」

「……噂で聞いただけですけど、今代の巫女は恐ろしく強いみたいですね」

 

あぁそうだ。

弾幕勝負とはいえ、あの吸血鬼姉妹を相手にして普通に勝ってる時点で人間をやめているようなものだ。

わたしのしってるにんげんそんなにこわくない。

 

「あ、あのたくさん人が並んでるのが毛糸さんがよく行くって言うお饅頭屋さんですか?」

「あれは支店」

「支店!?」

「人里も昔に比べれば人も建物も多くなったからね……いくつか店を出せるんだよ」

「そ、それほどとは……」

 

うん、私も最初見た時驚いた。

それでも客たくさんくるんだから凄いよね……

私のおかげであの饅頭屋できました!覚えはないけど私のおかげらしいです!並んでる人は私に感謝してね!

 

まあそんなこと覚えてる奴は誰もいないだろうし、喚くのも心の中だけにしておくけれど。

 

「……そういえば毛糸さんって何か仕事してるんですか?結構お金持ってるみたいですけど」

「何もしてないよ」

「え?でも現にお金持って」

「何もしてないよ」

 

意味がわからない、と言う顔をされる。

 

「何もって……」

「働いてないよ、何もしてないよ。河童が生産したものを人里に流通させる仲介みたいなことしてるだけで、普段はほぼ何にもしてないよ」

「………」

「寝てても金入ってくる」

「………」

「数年前からこんなこと続けてる」

「………」

「不労所得最高ッ!!いでぇっ」

 

ビンタされた。

 

「あ、すみませんつい」

「思いっきりやったな?」

「めちゃくちゃ腹が立ったので」

「ごめんって」

 

そんなにお金もらってるわけじゃないし……

家賃とか払わなくていいし、食料も長いこと自給自足でやってきたから節約しようと思えばできるってだけで。

 

要は使ってなくて溜め込んでるだけなんだけど。

 

「私、もう毛糸さんを友達として見れません」

「そんなに!?」

「好きなことして生きてるってだけで羨ましいのに……」

 

お前も十分自由だろと思わなくもないが。

 

「働かずに収入を得てるなんて……そんな不公平許されますか!?」

「私別に妖怪の山の妖怪じゃないし」

「じゃあ来ましょう!山に住みましょう!働きましょう!労働って素晴らしいですよ!」

「近い近い怖い怖い」

「常々毛糸さんも妖怪の山に来たらいいのにって思ってたんです!えぇ上の人は反対するでしょうとも!でも毛糸さんが如何に間抜けかを伝えれば受け入れてくれるはずです!」

「やかましいわ」

 

間抜けで悪かったわね!

どさくさに紛れて悪口言って来やがって……不労所得者にだって心はあるんだぞ。

 

「毛糸さんも働きましょうえぇそうしましょう」

「何させるつもりだよお前…」

「え?……製氷?」

 

ちょっと現実味ありそうなのやめろよ。

てかまあそれならチルノでもできるしな……

 

「とにかく、働いてないくせにお金持ってるなんて許しませんからね」

「誰もお前の許しなんて求めてないやい」

 

こっちは見返りなんて求めずに数百年間人間助けてたしなんかよくわからん戦争に首突っ込んだし吸血鬼と戦ってきたんだぞ、ちょっと楽してお金手に入れるくらいいいだろ。

 

「で、今更ですけどどこに向かってるんですか」

「急に話変えたなお前……知り合いのとこだよ」

 

最近会ってなかったし、挨拶も兼ねて、さ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「寺子屋、ですか」

「ん、知り合いがね」

「妖怪ですか?」

「確か半妖だったっけな」

「それは珍しい」

 

妖怪の山に一人くらいいないのだろうか、半妖。

そもそも半人半妖がどういう経緯で生まれるのか知らないけど……

 

「いい人なんだよ……良識があって真面目で…」

「私と同じじゃないですか」

「一緒にすんな、あの人は立派なんだぞっ!」

「は、はぁ、なんかごめんなさい」

 

ちょっと働いてないのに金をもらってるってだけでキレ散らかすような人と一緒ではありません!

 

「お、誰か出てきましたね、彼女ですか?」

「ん?……いや違う」

「え?でもあれどう見ても人里の人って感じじゃあ……」

 

慧音さんよりもっと久しぶりな人だった。

 

「ん?」

「あ」

 

目があった。

 

「久しぶり、妹紅さん」

「おぉ、毛玉の……なんだっけ」

「まりもです」

「ちげぇよ何勝手に口出してんだ。毛糸だよ毛糸」

「あっそうだ、久しぶりだな白まりも」

「妹紅さん??」

 

顔見りゃわかるぞ揶揄ってんなこのやろう、この……このもんぺお姉さん。

 

「隣のは誰だ?」

「妖怪の山の鴉天狗、射命丸文です」

「藤原妹紅だ、竹林に住んでる」

「人里見てみたいっていうから連れてきたんだ」

 

寺子屋から出てきたってことは、慧音さんと何かしてたってことなんだろうが。

寺子屋……学校……

今は無きあの日の青春……

そんな記憶はないけども。

 

「腕はどうだ?」

「ん、感覚はないけど一応なんとか動くようには。義手使ってるけどね」

「ま、治ってきてるなら良かったじゃないか」

 

本当、放置してたら治ってきてるからなぁ……

治ってなかったらあの時レミリアに殺されてたかもしれないと思うと自然と冷や汗が……100年程度で治る呪いでよかった、ウン。

 

「毛糸さん竹林にも行ったことあったんですね」

「まあね」

「迷います?」

「絶対迷う」

 

迷いの竹林って名前ついてるくらいだ、私が迷い込んだら野垂れ死ぬ自信があるね。

 

「妹紅さんは普段は何を?」

「竹林で迷い込んだ人間とか引っ張り出してるよ。あとは……そうだな、人里の自警団みたいなことしてたりかな」

「毛糸さんとはいつ?」

「さあ…初めてあったのは何百年か前だったけど」

「私が50年くらいどっか行ってた時」

 

なるほど、と合点がいった様子の文。

よく質問するもんだが、そんなに気になるかこの人のこと。

 

まあ私の交友関係を知っておきたいってのもあるのかもしれないが……人里に来たのもそれが目的だったりしないよね?

 

「慧音さんとなんか話してた?」

「ん、まあ……あ」

「あ?」

 

あ、って何。

え、なんでそこで黙るの、なんでそんなに私のこと見てくるの。

顔なんかついてる?髪型変?

 

「お前……今度暇か?」

 

何その振り。

 

「この人年中暇ですよ」

「お黙りカラス」

「なら丁度いい」

「ヒマジャナイデス」

「とりあえず寺子屋の中に入ってくれ、慧音と一緒に話がしたい」

「今はこいつと用事あるんで……」

「私も混ぜてくださいよ」

「いいぞ」

 

よくない。

 

 

 

 

 

 

 

 

「よっ慧音先生」

「なんだまた来たのか……って」

「おはようございます先生」

「私は君の先生じゃない」

 

私は生徒にはしてもらえなかったみたいだ。

 

「寺子屋の前で見かけてな、連れてきた」

「君は…」

「友達の妖怪」

「妖怪の山の射命丸文です」

 

軽く挨拶をする二人。

 

「で、何しに?」

「さっき言ってた話あるだろ?こいつ使ったらどうかなって」

「…あぁー」

 

あぁー?

あとこいつって言わないでくれませんか。

 

「話って?」

「雪合戦」

 

妹紅さんが短くそう言った。

 

「………私いる?」

「いる」

「雪作る係…?」

「そこらにたくさんあるだろ」

「じゃあなに……私を雪に埋める遊び?」

「確かに埋めても気づかなそうだな」

 

確かにじゃないが…?

雪合戦…?何?雪玉大量に生成して機銃のように撃ちまくる係?それで相手を蜂の巣にしろと?

そりゃあやれと言われたらやりますけども……

 

「ハッ……再生できる私を参加者全員で雪玉で穴だらけに…」

「どんな雪玉だよそれ」

「毛糸さん話進まないのでそれやめてください」

 

ひっでぇ……言っちゃダメだろそれ…

 

「そんな可哀想なことはしないから安心してくれ」

「じゃあ何させるつもりなんすか、なんで私いるんすか」

「妖精とか妖怪と人間とでだな…」

「はい?」

「合同雪合戦だ」

 

合同…?

 

「せっかく人間とそれ以外の交流が少しずつ増えてきたんだ、これを機にこう言うのやってみるのもいいかもなって、妹紅と話していてなったんだ」

「合同毛玉ぶっころ雪合戦…?」

「なんでそうなる」



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聞かされていない毛玉

 

「………」

「みかん無くなったんだけど」

「お前食うの早くない?」

「美味しいし」

「じゃあお前冬の間は朝昼晩みかんな」

「いいよ」

「いいの!?」

 

誇芦、そんなに好きだったんだみかん……

じ、自家栽培した方がいいかな……?

 

「まあ今度買ってくるけど……ほころんはさ」

「ん?」

「人間って好き?」

「別に」

「じゃあ嫌い?」

「別に」

 

ふむ、興味なしって感じか。

 

「今度さ、人里で雪合戦やるんだってさ」

「へー」

「それの優勝賞品でさ」

「ふーん」

「たくさんみかん貰えるって言ったらどうする?」

 

こたつから出て立ち上がる誇芦。

 

「全力で」

「おぉ」

「全員」

「おぉ」

「ぶっ潰す」

「おぉ〜」

 

思ってたよりやる気出たみたいだ。

うん、みかんが好きなバカでよかった。

 

「でも人里でしょ?私妖怪だし」

「人妖合同でやるんだってさ」

「合同?」

「人と妖怪がごっちゃ混ぜでチーム作って競うんだってさ」

「ふぅん」

 

興味あるのかないのかいまいちわからんなこいつ。

 

「でさぁ」

「全部察した」

「はい?」

「妖怪側の雪合戦に参加するやつ集めるように頼まれたとかそんなでしょ」

「うわすげぇ当たってる」

 

ちょっと得意げな顔になった誇芦。

 

妹紅さんと慧音さんに頼まれたのは、つまりそういうことだ。

妖怪でも妖精でもいいから、人間に敵意のなさそうな奴を探して参加者を募ってほしい。

結局参加者がいなければ何も始まらない、人間側に寄っていて尚且つ妖怪の知り合いが複数いる私は丁度いいってわけだ。

 

「チルノとかは?」

「もうすでにやる気満々、他の妖精もその気になってるみたい」

「単純だなぁ……なにその顔」

「いや別に」

 

決して、お前も単純だよとか思ってない。

 

「毛糸は出ないの?」

「私が出ちゃったら余裕で優勝しちゃうからなぁ〜」

「………」

「そんな目で見るなよ。……私は主催側に立つことになったから、参加はできない。まあ観客席からお前のこと見てるから安心しなよ」

「別に見なくていいけど」

 

そう冷たいこと言うなよな。

 

「じゃ、当日楽しみにしておくよ」

「もし優勝できなくてもみかん買えよ」

「生意気だなテメェ、いいけど」

「うっし出るだけ出てサボろう」

「ダメだからね?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さあ皆さん、今日はお集まりいただきありがとうございます!」

 

人里からほんの少しだけ外れた、雪の積もった野原。

文が運営席から河童の作った拡声器を持って声を上げる。

 

「本日は待ちに待った人妖合同雪合戦!人間側からも妖怪側からも多数の参加者が募っていただきました!」

 

文の言った通り、なかなかの人数が控え席に座っている。

子供から大人、妖精から妖怪まで様々。

見知った顔も何人かいる。

 

……なんでいるんだよお前って奴も何人か。

 

「妖怪と人間の親睦を深めるために行われるこの雪合戦、優勝した陣営には豪華な賞品が用意されています!」

 

うん、そうだね。

食い物とかだけじゃなくて、なんか明らかに河童が作ってそうなのもあるよね。

 

「出場者の皆さんには大きく二つの陣営に分かれてもらいます!藤原妹紅さん率いる赤陣営!」

「おい待て聞いてないぞ」

「白珠毛糸さん率いる白陣営の二つです!」

「ちょっと待てお前どういうつもりだ聞いてない」

「実況は私、妖怪の山の射命丸文と」

「解説は私、上白沢慧音が行わせてもらう」

「慧音!?」

「慧音さん!?」

 

ねぇ待って急に知らない情報がポンポン飛んでくるんだけど!?

文は止まる様子ないし!

 

「さあ皆さん!優勝賞品のため人間と妖怪の関係向上のため!隣の人妖は今日限りの戦友です!種族の垣根を超えて戦ってくださいっ!!」

 

文の声と同時に歓声が一気に上がる。

そういう才能あるんだね、君………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「聞いてないぞ慧音!」

「そーだそーだ!」

「毛糸はともかく何で私が!」

「何で私はともかくなの?」

 

妹紅さんに同調してたら一気に突き放された。

 

「まあまあ、これにはわけが……」

 

一回戦目が始まるまでの間に慧音さんと文を問い詰める。

 

「お二人とも、人里では名の通った方じゃないですか」

「それは、そうだが……」

「妹紅さんは慧音さんと同じように人里で、毛糸さんは人里どころか幻想郷中で」

「ちょっと待て私そんな目立った覚え……あるけども!」

 

有名だからって理由でそんなわけわからん…代表?に選ばれたの私?

 

「それに……」

「「それに……?」」

「妹紅さん服赤いし毛糸さんも白いんでちょうどいいじゃないですか」

「妹紅さん今日一緒に焼き鳥しない?」

「賛成だ」

「ちょっちょっちょっちょっ待ってくださいって。ほらもう選手入場終わりましたよ、代表の二人は気の利いたセリフでも言ってきてあげてください」

「「はぁ!?」」

「おぉ、怖い怖い……」

 

ちょ、押さないで、そんな急に言われても心の準備ががが……

 

「………」

 

うわめちゃくちゃ沢山いる……

 

第一回戦は子供の部……妖精は子供って言っていいんだろうか。いや、いいのか。まあとにかく、私の目の前には人間の子供と妖精と力の弱い妖怪がいる。

 

「えぇ……私のこと知ってるよって人」

 

わぉめちゃくちゃ手上がったなおい。

 

「私が何の種族か知ってるよーって人ー」

「まりもー!」

 

おいそこの声高らかに叫んだガキ後で覚えとけよ。

 

「私は毛玉なんだけども、まあそれはさておき。みんながどう思ってるかは分からないけど、私は今日、みんなには隣にいる違う種族のやつと仲良くなってほしいって思ってる」

 

うん、自分がなに言ってんのかわかんない。

もしかしなくても緊張してるね、私。

 

「だから、みんなで協力して、楽しく遊んで……」

 

妹紅さんが演説している方を指差す。

 

「あいつらぶっ潰そうぜ!」

「「うおおおおおおっ!!」

 

………よし!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なに今の」

「あらにとりんとるり、いたの」

 

しょうもない言葉を吐いたあと、文たちのいる席には戻らずに観客席の方に歩いて行くと見知った顔がいた。

 

「まあ優勝賞品には河童製の奴もあるし、提供私らだし」

「にとりさん、あたし帰っていいですか」

「ダメだったか……」

「なにが?」

「そろそろ人混みいけるかなって……」

 

ダメだったか……

少なくとも私がこいつらと知り合ってからずっとダメなんだから、多分もう死ぬまでダメなんじゃないかな。

 

「それと観戦に、ね」

「何か気になる奴でもいるの?」

「あれ、知らないの?」

「何が?」

 

にとりんが黙って、子供じゃない方、第二部の白組の方を指差す。

 

「……んん!?」

「見えた?」

「見えちゃいけないものが見えた……」

 

何でそこにいるんだ……椛……

 

「文が雪合戦の話をしたらやる気満々になったらしくて…」

「そんなに雪遊びしたかったのか……」

「もの飛ばすのならるりも得意だから出ればよかったのになぁ?」

「こんな集団の中で立ったら肉壁にしかなりませんよ……」

 

うん、容易に想像つくね。

 

この雪合戦、一回当たったらアウト。時間いっぱいまで投げ合って残っていた人数の多い方が勝ちらしい。

子供と妖精じゃ大差ないからあれだけど、これ二部になったら妖怪、というか椛の無双状態になるんじゃ……

 

「って、そういや肉壁……じゃなくて足臭…じゃなくて柊木さんは?」

「興味ないって言って来なかったらしい」

「うん、興味ないだろうね」

 

椛は白…髪色通りか。

 

「あ、あの毛糸さん、チルノちゃんたちは?」

「ん?あぁ、うん。今絶賛ドンパチやってると思うよ」

 

あいつ赤だからなぁ……

 

「あ、チルノちゃんやられましたね」

「なにぃ!!?」

「声でかいです……」

 

ば、ばかな……冬場のチルノが負けるだと…?

冬になると調子に乗り出してうざいあのあいつが雪合戦で負ける……!?

 

「だ、誰の球で…?」

「……あれですね」

「………誇芦ォ!」

 

お前……チルノに勝ったのか…!

そうか…お前チルノとよく一緒にいるもんな…行動パターンを見極めて確実に倒したんだな…!

 

「お母さん嬉しいよ」

「お母さん…?」

 

 

 

 

 

 

 

 

「終了ー!第一部勝ったのは……白です!」

 

どっと歓声が上がる。

誇芦よ……お前私より体でかいのによくそこに入れるよな…案外溶け込んでるけど。

 

「観戦席には子供の親とかが多かったみたいだね」

「と、ということは次の部は人が少なくなる…?」

「いやぁどうだろうね」

 

にとりんとるりが話しているのを聞きながら、赤と白に出場してる奴らの顔を見ていく。

 

「………ちょっと行ってくるわ」

「ん?おぉ行ってらっしゃい」

「あぁ私の数少ない友達が……」

「うづき来なくて残念だったね」

「あたしもにとりさんに連れ回されただけなんですけどね…?」

 

 

 

 

 

 

 

「よっ、お前が白の代表とはなぁ」

「私もさっき知ったんだよ……魔理沙も来てたんだ」

 

さっき周りを見渡していたら、私の方を向いて手を振っている魔理沙の姿が見えたから飛んできた。

 

「まあ、な。……赤の方は見たか?」

「うん……なんで霊夢いんの」

「賞品目当て」

 

さっき見てて心臓止まるかと思ったからね、というか頭の中真っ白になったわ。

 

「まあそれだけだ。上手くいくといいな、この雪合戦」

「うん……なんか一気に疲れてきたんだけど……」

「ほら、後の奴らに声かけてこなくていいのか?」

「あぁうん、いらない」

「え?」

 

さっきはやったのに?と聞いてくる魔理沙。

だって……

 

「見ろよあの目」

「目?」

「もう敵しか見えてねえよ、あれ」

「……確かに」

 

どんどん入場していっているが、どいつもこいつも闘争心溢れた顔をしてやがる。私なんかのセリフで水を差しちゃ悪いだろう。

 

「お、始まるみたいだな。どっちかが勝つと思う?やっぱり赤か?」

「いや、白にもバケモンが……霊夢には敵わないと思うけど」

 

文がスタートのカウントを始めた。

 

「バケモン?どいつだ?」

「見てれば分かるよ」

 

3、2、1……

 

「始まっ——」

 

途端に怒号や轟音が辺りに響き渡る。

目の前にはさっきのが生優しく見えるほど大量に飛び交う雪玉たち。

 

「……見てれば、分かるのか?」

「退屈はしなさそうだね」

「まあ、確かに」

 

壁を作り始める人間と妖怪、最初は人間だけ壁を作っていたが、思ったより雪玉の飛んでくる数が多かったみたいだ。

第一部よりはるかに人数がいたが、どんどんと雪玉に当たりアウトになっていく。

 

そんな中、赤と白に一人ずつ、大立ち回りを繰り広げる奴ら。

 

「なんだあの二人すげえぞ!?」

「片方は博麗の巫女で……あいつは何だ!?」

「おいあいつ誰か知ってるか!?」

「いや知らないけど……妖怪の山の白狼天狗じゃないか?」

 

周囲がざわめく。

空気は寒いのに、場はどんどん熱くなっていく。

 

「……あいつか」

「あいつだね」

 

そんな事になるだろうなとは思ってましたよ。

自分に向けられる大量の雪玉を容易に見切り、一人ずつ着実に雪玉を投げてリタイアさせていく二人。

 

雪の壁から覗いている人たちも、その動きに圧倒されていく。

 

「流石ですね、博麗の巫女」

「あんたこそ、なかなかやるじゃない」

 

二人のそんな話し声が聞こえた気がした。

気づけば前線に立っているのは二人、他の奴らは人間も妖怪も含めてついていけずに壁に隠れてじっとしている。

 

文や慧音さんの声が聞こえるが、何を言ってるか分からないくらいに激しい戦いが目の前で繰り広げられている。

 

もはやタイマンとなっている雪玉の投げ合いがずっと続き……

 

「し、終了ー!」

 

決着はつかずに、時間切れが来た。

 

「な、なぁ、あいつ何なんだ?霊夢にあそこまで張り合うなんて……」

「まあ、おかしいやつだね。あと白負けたなこりゃ。残ってる人数が少ない」

 

てことは白と赤の一勝ずつで引き分け……

 

「嫌な予感がする」

「ん?」

 

残った人数を数えていき、赤の勝ちを告げる文。

 

もう待機している出場者はいない。

引き分けでは優勝なんて決まらない。

 

ならばどうするか。

 

「さて、お待たせしました第三幕!赤と白の決着をつけるのはこの人たちです!」

 

文の声が響く。

うん、察したよ。

 

「それじゃあ……行ってくるね」

「毛糸……?」

 

肩を回しつつ、会場の中心へと移動していく。

 

「藤原妹紅さんと白珠毛糸さんの代表戦です!!」

 

お前ほんとあとで覚えてろよマジでお前ほんっと許さねえからなマジでせめて前もって何か言っておけよそういうとこだぞお前本当に後で焼き鳥にしてやるからなおま———

 

 

 

 

 

 

 

 

「……これ、さっきも見ましたよね」

「うん」

 

思わずにとりさんに同意を求めてしまう。

 

「というか、これもう雪合戦じゃなくないですか」

「うん」

「あっちの人炎出してるし、毛糸さん氷出してるし」

「うん」

「これ、もう弾幕勝負になってませんか」

「まあ……盛り上がってるしいいんじゃないかな」

 

文さんも半ば諦めたような顔をしてるし……

 

「これ……決着いつになるんですかね」

「さぁ……」

 

雪合戦って……なんだっけ。



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まだ来ぬ春

「………」

「………」

「えっと…何しに?」

「暇だから遊びにきた」

「そ、そうなんですか……」

 

困惑するるり。

その気持ちわかるよ……気にしないけど。

 

「でもここに来るより他のみんなの方行った方が……」

「探すのめんどい」

「あ、そうですか……」

 

連絡せずに行くのもなんだかなぁと思い続けてはや数百年。

もう……いいや……

 

「まあこの部屋も変わんないよねぇ……場所も中も」

「まあ引っ越すのめんどくさいですし」

「飽きないの?」

「毛糸さんが言います?それ」

「私は色んなとこ足運んでる方だし」

 

今の生活に慣れたから、引っ越すにしろ別荘建てるにしろ、そっちの家でも今のと同じくらいの設備整えなきゃいけないし…めんどいし。

結局面倒臭いのである。

 

「休みの日って何してんの?てか今日休み?」

「休みですけど……色々ですよ。絵描いたり工作したり…」

「じゃあ外行こうぜ」

「何がじゃあ!?」

「引きこもりを連れ回したい」

「じゃあその辺の引きこもりを連れ回してくださいよ!」

 

その辺の引きこもりって何だよ。

 

「いいじゃん行こうよ〜天狗の集落見て回るだけでいいからさぁ〜」

「何で種族の違うとこに行かなきゃいけないんですか」

「じゃあ人里行く?」

「今の聞いてました?」

「暇なんだよおおおおん!!」

「知りません!」

 

今年の冬なんか長引いてるし…ずっと寒いしチルノは生き生きしてるし。

 

「暇なのはいつものことでしょうに…」

「じゃあ仕事手伝う…」

「あたし今日休みなんですけど」

「休日出勤!」

「嫌です」

「なんかしようよ!」

「今こうやって話してるじゃないですか」

「つめて〜」

 

冬場は人の心をも凍り付かせるか……

 

「大体あたし、今日は予定が……」

「え、なに男?」

「ちょっと黙っててくれます?」

「ごめん」

 

ガチトーンで言われた。

 

「友達と予定あるんですよ」

「え、なにおと——にとりん?」

「違います」

「えっっ」

 

じゃああれか、新しくできたって方の。

 

「何すんの」

「何って……お茶?」

「女子ぃ〜」

 

やだお茶会とか私初めて遭遇……

いや待てよ、お茶するだけならアリスさんと何回もやったか?

 

「一緒に今の妖怪の山社会に文句垂れようかと」

「話題が暗くない?」

「じゃあ明るい話題ってなんなんですか」

「それは………」

 

………なんだろう。

 

「毛糸さんもあたしと同じ側の妖怪なんですから、そんな明るい話なんて出てくるわけないですよね、知ってます」

「人を陰気妖怪みたいに言うなよ」

「違うんですか?」

「ちがっ……違わないのか…?」

 

ふざけてる時は陽気かもしれない。

 

「毛糸さんと会ってると変に周りから注目されるんですよね…」

「人気者じゃん」

「………」

「………何さ」

「別に」

 

なんだよその目は、別にって目じゃないだろそれ。

 

「全く…少しは自分がどういう妖怪なのか自覚してくださいよ…」

「どういうって、親しみやすくて人間に友好的な小さな毛玉ですよ?」

「強大な力を持ったどの勢力にも属さない困った毬藻妖怪ですよ?」

「まりもて……」

 

まりもは毛玉でいいじゃん……そこは毛玉でいいじゃん……

 

「本来毛糸さんみたいな人が山に来たら大天狗が出動する案件ですからね?」

「なんでさ」

「……紅魔館の吸血鬼が突然山に来たらどうなると思います?」

「阿鼻叫喚戦闘態勢」

「そういうことです」

「なるほど」

 

私だって突然知らないつよつよ妖怪が訪問してきたら全力でお帰り願うもん、当たり前だ。

私は昔っから入り浸ってるからもう当然みたいな空気になってるけど……もし幽香さんが山に来たら本当に大慌てになるだろうな。

 

「大体そうやって刀提げてる時点で随分と物騒ですからね?」

「いいじゃん形見なんだから」

「……形見なら、もっと安全な場所に…」

「盗られたらいやじゃん」

「誰も取りませんよそんなおっかない妖刀…」

 

妖刀コレクターがその辺にいるかもしれないじゃないか。

 

「人の大事なものにおっかないとか言うなら私帰るもんね!」

「お気をつけて〜」

「つめてぇ〜」

 

まあいいや、友達と遊ぶならその時間を邪魔するのも悪いし、今度は柊木さんにでも……

 

そう思いながら扉を開けると。

 

目の前には知らない河童が。

 

「あが……」

「…あ、どうも」

「出たあああああ毬藻おおおおお!!」

「誰がまりもじゃオォン!?」

「ひゅっ」

 

あ、気絶した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………あれ」

「あ、起きた。うづきさんすぐ気絶するんだから…」

 

……なんだろう。

お前が言うなよって言いたい。

 

「私……あ」

「ん?」

「ぎゃあああああまだいるうううううぅ!!?」

「うっせ」

 

失礼だとか思わないんですか、人の顔見るなり叫び散らかして。

 

「落ち着いて、悪い毛玉じゃないですよ〜」

「あばっ、けだっ、まりもっ……まりもっ!」

「すぅぅ………はは」

 

またキレたらまた気絶されそうだから笑っとこ。

 

「ほら、笑ってますよ、怖くないですよ〜」

「こ、怖くない……?」

「………」

 

……なんだろう。

二人まとめて殴りたい。

 

「すぅ…はぁ……」

 

なんの深呼吸だよそれは。

 

「ふぅ………」

 

……こっち見んな。

 

「………ねえ、あれってあの毛玉?」

「そうですね」

「本当に?」

「そうですね」

「毬藻じゃないの?」

「………へへっ」

 

潰すぞ。

 

「私の友達の白珠毛糸さんです」

「……友達は選んだ方がいいよ?」

 

なんなのこいつ、さっきから失礼極まりないんだけど。

処していい?処していいかな?

 

「……とまあ、毛糸さんはこんな風に恐れられる妖怪なんですね」

「私それなりにこの山に通ってるけどここまで怯えられたの初めてだよ」

「河童は臆病ですからね」

 

見ただけで叫ばれるようなことした覚えな……ない……あるけどさ。

 

「こっちは私と同じ河童の黄梅うづきさんです」

「名前覚えられる……殺される…」

 

本当に殺ってもいいんだぞぉ〜??

 

「えっと……毛糸さんは今日たまたまここに来てて…」

「ひっ……」

「その……うづきさんは結構すごい人で……」

「はぁ……」

「………」

 

何よ、なんでジト目で見てくるのよ。

 

「毛糸さんもっと気を遣ってくださいよ……」

「これでも妖力極限まで抑えてる方なんだけど?」

「もっと物腰を柔らかく…」

「私は柔らかい方だけど…」

「じゃあもう見た目相応の振る舞いしてください」

「無茶言うなや」

 

………できる?

 

『無理』

 

だよねぇ。

 

「……その、うづきだっけ」

「ひぇっ」

 

いちいち怯えないでほしい。

 

「私はその……結構るりと付き合いあるけどさ。こいつ何百年も新しい友達できなくってさ」

「………」

「だからさ、まあ仲良くしてやってよ」

「保護者かなんかですか?」

「それはにとりん」

「えっ」

 

実際のところるりには借りしかないし……

家とか家とか家とか家とか…

 

「………あの」

「……はい?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちょっと外行こうって言っても誰もいないとこしか嫌だって言って…」

「そんなの可愛いもんだよ、昔なんて扉開けた瞬間銃弾飛んできたんだよ?」

「えぇ……」

「もちろん自己再生した」

「凄い…」

 

……あれ?

 

「今でこそ落ち着いた方だけど、最初の頃なんて一言目に叫んで二言目に叫ぶような奴だったからね」

「今とそんなに変わらなくない?」

「いやいや、昔はもっと酷かった」

 

なんか……私をダシにして打ち解けてる?

 

「毛玉さんって強いんだよね」

 

毛玉さんって呼ばれてる……

 

「まあ、多分」

「じゃあ何度もこの山に味方して戦ってるってのも?」

「2回くらいなら…」

「すご……」

 

なんか仲良くなってる…!?

 

「やろうと思えば妖怪の山のてっぺん取れるって噂で聞いたけど…」

「出来るかは知らんけど、わざわざ友達のいるところに面倒ごとは持ち込まないよ、興味ないし」

「温厚…!」

 

なんかめちゃくちゃ毛糸さんのこと褒めてるし、毛糸さんは毛糸さんでまんざらじゃなさそうだし……

 

「山も手を出さずに黙認してるのがよくわかる……そもそも下手に手を出したら手痛く仕返しくらいそうだもん……」

「しないけどね?……いや、限度によるけど」

「るり…凄い人と友達だったんだね…!」

「あ、はい、そうですね」

 

そ、疎外感……

疎外感を…感じる…!!

 

「……まあ二人とも仲良くなったみたいでよかったです」

「思ってたより親しみやすかった…!」

「思ってたより話しやすかった…」

「……そうですか」

 

蚊帳の外って感じだ……辛い。

別に仲良くなってくれる分には構わないし嬉しいけど、除け者は……仲間外れは辛い……

 

「るり」

「へっ?あ、はい。毛糸さんどうしたんですか?」

「どのくらいか忘れたけど一緒に住んでたことあったよね」

 

あ、あぁ。

そんなこともあった。

 

「えっと…私が仕事から逃げ出した時のやつですね…」

「そうなんだよ!こいつ仕事嫌だからって一人で山抜け出して私のところに逃げ込んできたんだよ?やばくね?」

「やばぁ…」

「まあ、あれはあれで楽しかったけどなあ」

 

……まあ。

あれは確かに楽しかった。

他人のほぼいない場所で仕事もせずに好きなことをのんびりと……

 

かなり贅沢していたとは思う。

 

「普段臆病なくせに、変な時に行動力あるんだよなぁ」

「あ、わかる。私の時も友達いなくなったって言ったらすぐに探そうって言ってくれて……」

「色んな意味でやる時はやるんだよなぁ」

「そういうとこが私は好き」

「わかる」

 

……恥ずかしいんだけど?

目の前でそう言う話しないでよ…本人無視して盛り上がらないでよ…

 

「るりって絵上手くない?」

「わかる、一緒に描いてたけど正直劣等感が……」

「あ、気にしなくていいよ。絵が上手くてもろくに仕事できないポンコツだから」

「それもそうだ」

 

………はぁ。

 

「さっきから好き勝手言わないでくれます!?」

「事実だし」

「それはっ……そうですけど……」

 

何も言い返せない自分が憎い……

 

「大丈夫だよ……私たちはそんなるりが好きだから」

「ポンコツでもいいじゃん、それ含めてお前だよ」

「なんで慰められてんですか私」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「毛糸さん紅茶淹れるのやっぱり上手ですね」

「まあ…多少はね」

「……ずっと気になってたんだけど、毛玉さんのこの刀……」

 

私が腰に差してる刀を指差すうづき。

 

「妖刀です」

「やっぱり…なんか禍々しいと思った」

 

人の形見に禍々しいとかおっかないとか好き勝手言いやがるでほんまぁ!

 

「誰が打ったとかわかる?」

「わかんないけど……元々持ってたの私じゃないし、その人もただの刀身が黒い刀って……」

「ただの…?」

 

気になるようなので、少しだけ刃を抜いて見せてみる。

 

「………そもそもただの刀じゃない」

「そりゃ妖刀ですし」

「そうじゃなくって」

 

違うんですか。

 

「そもそも刀身が黒いって時点で普通とは明らかに違うし」

「あ、ですよね。私も思ってましたそれ」

「安価な刀じゃ妖刀になる前に壊れる方が先だし……打った時から既に妖刀ってわけじゃ?」

「ない」

 

ふぅんと、考え込んだうづき。

 

「ねぇ、うづきって刀に詳しいの?」

「さぁ………」

「あ、昔生産に携わってて」

 

とのこと。

まあ生産に関わるってだけでそこまでの見極めがつくあたりさすが河童ってとこだろうか。

 

「……まあ、今更どうこうって確かめる手段もないか。はい」

「どうも」

 

慎重な手つきで返される。

 

「でも、さも突然のように妖刀を振るなんて……やっぱり凄い人だ」

 

この人の私ヨイショが止まらない。

 

「……まあ、そろそろ帰るよ私」

「あ、そうなんですか?」

「もとより長居する気はなかったし……帰ってやることあるし」

「じゃあさようなら、話せてよかった」

「私も、さようならうづき」

「本当に仲良くなりましたね二人とも……」

 

まあそう会うこともないと思うけどね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………ふぅん」

「どうかしました?」

「いやね、この刀って結局何なのかなって思って」

「刀って……」

 

りんさんの刀。

私が勝手に名付けた名前は『凛』

 

「大ちゃんはこの刀からなんか感じる?」

「いえ何も……」

「そっか」

 

私も肌身離さず持ち歩いてるせいで禍々しいとか言われても全然ピンとこなくなっちゃったんだけど。

 

思えばこの凛、りんさんの刀ってこと以外私は知らない。

 

「………」

 

仮に。

人里で打ったものだとするなら。

 

探せば見つかるのではないか、この刀を打った人が。

まあ死んでるだろうけど……

もし店が残ってたり後継がいたとするなら、そことりんさんは間違いなく関わっていたはずで。

 

確かめようのないことではあるけど、気になるっちゃあ気になるんだよなぁ……

 

まあ考えても仕方がないんだけど。

 

「それにしても今年は寒いなぁ」

「そうですね……そろそろ雪とか落ち着いてきてもいいと思うんですけど」

「はやくリリーをお目にかかりたいよ私は」

 

春ですよーって言って欲しい。

 

「……なんか、春の気配が全然近づいてる気がしないんですよね」

「まさかそんな。いつもより冬長めってだけでしょ」

「だといいんですけど……」

 

まさかそんな。

幻想郷を常冬の楽園にしようとするやつがいるわけ……いや、しそうな人いるけども。

 

もしそんなことする奴がいたらぶっ飛ばしてやる、冬は嫌いじゃないが暮らすには厳し過ぎる。



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毛玉と春雪異変

 

「………今日も同じように寒い、と」

「……冬ってこんなに長かったっけ」

「……まあ、例年なら春の時期ではあると思うよ、桜とか咲いてる」

 

真顔で誇芦と顔を見合わせる。

 

「………長くね」

「長い」

「おかしくね」

「おかしい」

「異変かな」

「わかんない」

「どうする?」

「寝る」

「そっかぁ…」

 

あーあ、こたつの中入っていっちゃった。

いやまあ……寒いけどさ。

めちゃくちゃ寒いけどさ、どちゃくそに寒いけどさ。

 

「外出るなら相当着込まなきゃだよなぁ、これ……」

「冬眠するから春になったら起こして」

「やだ」

「…すぅ…」

 

寝やがった……しかしまあ。

外は相変わらず雪降ってるし、てか最近ずっと降ってるし、春は来ないし、チルノとレティさんは人生の春って勢いではしゃいでるし。いや、冬なんだけども。

 

「異変だとしても、どこがやってんのか検討もなぁ…」

「オラァァアアカチコミじゃああ!!」

「あぁ?潰すぞ」

「あれ、思ったより驚かないな」

 

魔理沙が勢いよく扉を開けてきた。

カチコミとかどこで覚えたのよ!あ、私か。

 

「冬をさっさと終わらせてもらうぜ!白珠毛糸!」

「私じゃないです」

「あ、やっぱり?」

 

当てずっぽうかよ。

 

「……というか、やっぱり異変?これ」

「おうさ、異変に決まってるだろこんな異常気象」

「それもそうか」

 

とりあえず寒いので部屋の中に誘導する。

 

「あ、こたつには誇芦が……ぁ」

 

イノシシの姿に戻ってやがる……まあその姿の方があったかそうではあるけども。

 

「……まあ、とりあえず入ってほら」

「おっ、それじゃ失礼して…ふぅ」

「みかんいる?」

「もらうぜ」

 

相当寒かったらしくかなりこたつの中に埋もれている魔理沙。

 

「いやもう本当、寒くて敵わないぜ。冬も嫌いってわけじゃあないんだが、こうも長引かれるとな……」

「そうなんだよねぇ……ってか、なんでここ分かったの?教えてないのに」

「冷気撒き散らすバカ氷精しばいて吐かせた」

「いいぞもっとやれ」

「かわいそうって言ってやれよ」

 

うんざりしてるし……夏に縛って天日干ししてやろうかな。

いやまあこのままだと夏すら来なさそうなんだけど。

 

「それで、目星は?」

「まだだ、というかなんの手がかりもないからなぁ……一応あのバカしばくついでに雪女っぽいのもしばいたんだが、違かったみたいだし」

 

もしレティさんかチルノだったなら私が真っ先にしばき倒してぼっこぼこにして懺悔させてるところだ。

相手がレティさんでも容赦はしない、全力でビンタしに行く。

 

「で、行く当てなくなったから、バカ妖精に聞いておいたお前の家を最終目標にしてきたってわけだ」

「でも私は無実だったと」

「まあやるようなやつじゃないってのは分かってたしなぁ。もしかしたら何か知ってるかもとか、期待してたんだが……」

 

何も知らない、てな感じの仕草をとると、魔理沙はやっぱりなあ、という感じでため息をついた。

 

「なんかわけわからん桜の花びらなら拾うんだが……」

「なにそれ」

「ほら」

 

魔理沙が出したのは……なんか桜の花びらっぽい何か。

うむ、ほんのりと温かい。

 

「これに何かありそうだなとは思うんだが、その先がなぁ……なんかわかるか?」

「わからん」

「だよな、知ってた」

 

確かにそんな感じのやつ見たような覚えがあるような、ないような……

 

「……ってか、霊夢は?」

「当てもないのにむやみやたらに探し回っても時間の無駄だってよ。あれ絶対寒くて動きたくないだけだぜ、私にゃ分かる」

「それでいいのか博麗の巫女」

「で、仕方なしにこの魔理沙様が異変解決に向けて動いてるってわけよ。何も進展してないけどな!」

 

うぅむ……私、妖怪としてはまだまだだからなあ。

こう、古株的な人たちの勘?知恵?みたいなのが全然ないから……いや、少しくらいはあると思いたいけど。

 

「それなら、私も寒いのは嫌だしこっちから動いてみるよ」

「…いいのか?その……」

「霊夢のことならいいよ、そのうち思い出すだろうし……会うの怖がって引きこもり続けてるわけにもいかないしさ」

「……そうだな」

 

誇芦は冬眠に入ったから特に気にする必要もないだろうし、このまま寝ててもらおう。

……これ本当に冬眠するつもりなのかな、今更冬眠って感じするけど。

 

「でも、どこか当てはあるのか?」

「とりあえず紅魔館行こうかなって。なんか知ってるかもでしょ?」

「あー……じゃあ私はもうちょっと何かないか飛び回って見る。何もなかったら、その時は……」

「……その時は?」

「……アリスでも頼るとするか」

 

すっげえ不本意そうに言うなあ、お前。

 

「じゃあ、私も支度するよ。魔理沙はどうする?」

「このみかん食べたら行く」

「あ、そう」

 

季節を好き勝手弄るなんて許してはおかぬ。

必ずかの邪智暴虐の黒幕を討たんと私は立ち上がるのであった。

 

妖怪が異変解決していいのかって?

………まあへーきへーき、手がかり探すだけだし、いざとなったら魔理沙に全部放り投げて帰るし。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………あ、どうも」

「どうも……美鈴さん寒くないの?」

「鍛えてますから」

「かっけぇ…」

 

私も言いたいな……鍛えてますから。

 

「それで、本日は何の御用件で?」

「冬を終わらないじゃん」

「終わりませんね」

「何か知らないかなーって」

「なるほど」

 

そういうとすんなり通してくれた。

あの、私一応この館の主と思いっきり殺りあった仲なんですけど、いいんですかそれで。

今更だけどさ、すごい今更なんだけどさ。

 

 

 

 

 

 

 

「なるほど……魔理沙も動いてるのね」

「霊夢も流石にそろそろ動き始めるとは思う……思いたい」

 

図書館に来たらいつもどおりパッチェさんがいた。

 

「……で、そのレミリアはなに」

「咲夜がいなくて暇だからってここでぐったりしてるのよ」

「あ゛〜ざぐや゛ぁ゛〜」

 

威厳もへったくれもない姿になったなあおい。

 

「って、咲夜いないって?」

「レミィが送り出したのよ、異変解決に」

「そうなん?」

「妖精メイドつっかえない……咲夜早く帰ってきてぇ…」

「ダメだこりゃ」

 

まあ確かに、咲夜1人いないだけでこの館回らなくなりそうではあるけど。

 

「う〜……あ?なんであんたここにいんのよ」

「今?さっきから居ましたけど?気づいたの今?」

「影薄いのね、かわいそうに」

「殴るぞお前」

「やってみなさいよ」

 

直前まで咲夜咲夜って連呼してたくせに、私を認識した途端にこれである。

 

「仲がいいのは結構だけど」

「良くないわよ」

「レミィはさっきからうるさい、少しは静かにしてて」

「何よ、そんなに言わなくなっていいじゃない…」

 

あ、しょげてる。

 

「で、毛糸」

「へい」

「これは何かわかる?」

「………あ」

 

パッチェさんがそう言って出したのは、魔理沙が持っていたあの桜の花びらみたいなよくわからん奴。

 

「……わかんない、なんそれ」

「春よ」

「ごめん何て?」

「春」

「春って花弁だったんだぁ…」

 

訳わかんなくて首を傾げていると、レミリアがフッ、と笑った。

 

「これだから程度の低い毬藻妖怪は…」

「あ?んだとこの……カリちゅま野郎」

「はー!言ったわね!?あんたそれ言ったわね!?」

「やんのかこら」

「やってやろうじゃないの」

「………あのねぇ」

 

パッチェさんが呆れた目で見てくる。

 

「これは……便宜上春度と呼ぶわね」

「春度?」

「春そのものと言って差し支えないわ」

「私には差し支えあるからちゃんと説明してほしい」

「………」

 

何だよその顔。

 

「……要は、これがあると春が訪れるの」

「なにそれ知らん」

「そうね、今は集めるために具現化されているようなものだから、普段は見えないわ」

「集めてる……ってことは、やっぱり誰かが春遠ざけてんのか」

「そうね」

 

その春度ってやつを私に渡したパッチェさん。

 

「それが集まれば春が来る。この長い冬を起こしている犯人は冬をどうこうしてるんじゃなくって、この春度を本来の流れから逸らして集めてる。それがどこからかはわからないけどね」

「これをどうしろと?」

「持ってた方がいいんじゃない?私は行く気ないから知らないだけで、それ持ってたら集められてる方向がわかるかもしれないし」

「なるほど」

 

咲夜は仕事早いからさっさと辿り着いてるかもしれないし、霊夢も勘がいいからなぁ……

 

「パチェ〜暇〜」

「知らないわよあっち行ってなさい、しっしっ」

 

扱いひっで。

 

「全く……こんなことなら私が異変解決に赴くんだったわ」

「あなたは妖怪でしょう」

「でもこの毬藻も妖怪じゃない」

「あぁん?」

「この毬藻は変だからいいのよ」

「はあぁん?」

 

この館の中を外と同じように一面雪景色にしてやってもいいんだぞ。

やらんけど。

 

「私、次の異変は出ようかしら…」

「次が起こる前提なのが怖い」

「あなたが起こせばいいのよ」

「何がいいのか全くわからん」

「毛玉異変」

「安直すぎる」

「幻想郷を毛玉で埋め尽くそうと画策した白珠毛糸が紅魔館の主であるこの私、レミリア・スカーレットに阻止されて服従を誓うのよ」

「お前に都合のいい筋書きすぎる」

 

というか、幻想郷を毛玉でって。

私そんなわけのわからん技能持ってない。

……いや、案外やってみたら毛玉を使役できたりするのかな?

 

「……あなた、こんなところで油売ってていいの?」

「ん?まあ別に急いでないし」

 

パチュリーさんにレミリアとのやりとりを白い目で見られながらそう指摘される。

なんか案外あっさりわかっちゃったし……魔理沙どこいるかわかんないし、私が動いてなくても普通に解決はするだろうし。

 

「外寒いしなぁ……さっきも言ってたけど、妖怪の私が出しゃばることでもないしね」

「まあ、確かにあなたが本気で動いたら大抵のことは解決するでしょうけど」

「私でもいけるわよ」

「対抗心燃やしてるんじゃないわよ」

「私の方が強いしぃ?」

「決着つけたろか、こら」

「やってやろうじゃないのよ」

「やんなくていいわよ………そのやりとり絶対にしないと気が済まないの?あなたたちは」

 

気づいたらやっちゃってるんだよね……不思議だわ。

 

「はぁ……あ、そういやレミリア」

「何よ」

「運命視れるんならさ、次どんな異変が起こるとかわかんないの?」

「運命をなんだと思ってるの」

「未来予知」

「堂々と言い切ったわねあんた」

 

そも運命ってなんだよ、命を運んでくると書いて運命か?

 

「分からないこともないけれど、常に鮮明に見れるものでもないし。何よりそんなの見ても面白くないじゃない」

「結局は面白いかどうかかよ」

「視たい時にしか視ないわよ」

 

まあそう都合のいいもんじゃないんだろうなとは分かってたけど……従者が時間止めてるんだしそのくらいできそうじゃん。

 

「あ、わかった。お前が未熟だから視れねえんだ」

「そんなにお望みならぐちゃぐちゃにして壺の中に入れて発酵させてやるわ」

「どんな処刑方法だよ」

 

なんで発酵させんだよ、なんでそんなにグロテスクにぶっ殺しておいて壺ん中で放置すんだよ。

 

「未熟って何よ!あんたとそう歳変わんないでしょうが!」

「お前が雑魚ってこと」

「あぁ?」

「おぉ?」

「いい加減にしなさい、もし本当にここでやるなら私が相手になるわよ」

「………」

「………」

 

パッチェさん……

名のある大妖怪ってわけでもないのになんとなく威圧感あるんだよなぁ……

 

レミリアよりよっぽど……

 

「……何よ」

「別に?」

 

まあ私が一番そういうのからは遠いか。

 

「そういやあなた、弾幕勝負できるの?」

 

パッチェさんが思い出したようにそう聞いてくる。

 

「フッ……舐めんなよ」

「あ、ダメなのね」

「知ってた」

「あっれれぇ?」

 

全くもって期待されてない…?

めちゃくちゃ出来そうな感じ醸し出したのに、出来ないのが当然として取り扱われてる…!?

 

「いやまあできないんだけどさ……一応スペルカードは作ったんだよ?作ったんだけどさぁ……」

「見せなさいよ」

「やだ」

「なんで」

「絶対にバカにしてくるから」

「チッ」

 

舌打ちまでしやがってこの野郎。

 

「じゃああなた、黒幕見つけたとしてどうするのよ」

「お話する」

「なるほど拳ね、よくわかった」

「知ってた」

「あっれれぇ?」

 

なんでぶん殴る前提なのかなぁ?

ちゃんと私話し合うって意味で言ったんだけどぉ?

 

「……まあ、戦うときは適当に戦うよ。大体そういうのは人間連中に丸投げする気でいるし」

「じゃあなんで行くのよ暇なの?」

「おうそうだよ暇だよ知ってるだろ黙っとけ」

 

いちいちいらん口はさみよってからにほんま……

 

「まあ雑談すんのもこのくらいにしとくよ、これ以上ここにいたらそいつをぶん殴りそうになる」

「おう来なさいよ、やってみなさいよ」

「やんねぇよバァカ!」

 

さて、魔理沙と合流したいところだけど……アリスさんのとこ行けば会えるかなぁ?

 

「……ん?」

 

レミリアから静かな目線を感じる。

私に目線が向いているようで、私のことは見ていないような、そんな目。

 

「……どうした?」

「あなた………」

 

………?

 

「随分楽しそうにしてるじゃない」

「………はぁ?」



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初対面でなんか怖がられてた毛玉

 

「……ふむ」

 

春度とかいうわけわからん花びらを手のひらに乗せてみた。

が、しかしなにも起こらない。

 

こんなほとんど重さなんてないようなもんを奪ってるってんだから、なんかこう、吸引するみたいに持っていってるのかと思ったけど。

手に持ってると飛ばないとか?

 

試しに霊力を流し込んで浮かしてみる。

 

「……おぉ」

 

飛んだ。

空の方に向かって飛んでいった。

 

風は大して吹いてないし、何より上に向かってずっと移動し続けている。

これはあれか、上の方に何か春度を吸ってる何かがあると考えた方がいいか。

 

……今更なんだけど、季節って春度とかわけわからんもんで回るもんだっけ。普通に気候とかが……

 

まあ、幻想郷に常識は通じないからね、今更か。

 

しばらく見上げていたが、小さすぎて見えないくらいの遠さまで飛んでいったあたりで切り上げて、アリスさんの家に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「へぇ、上に飛んでったのか」

「うん、来る途中でちょっとだけ見つけたからそれも見てたんだけど、動き回ってたけど空に向かって飛んでいってるって感じだったかな」

「ふぅん……」

 

アリスさんの家から丁度出てきた魔理沙と鉢合わせたので、少し情報を共有した。

 

「私は紅魔館行ってたけど、魔理沙は?」

「私は…そう、聞いてくれ!迷い家に迷い込んだんだ!」

「……へぇ〜」

 

橙のとこ?なんで?

 

「で、ついでだからそこにいた猫をぶっ飛ばして調度品をいくつか取ってきたぜ!」

「うっわぁ……賊じゃん」

「失礼だな」

 

何が失礼なんだよただの事実だろ。

 

「いいか、迷い家にはそこにある物を持ち帰ると幸運になれるって伝承があるんだ」

「それはそれ、これはこれじゃん。お前がやったのはただの……」

「わかってないなぁ」

 

チッチッチ、と舌打ちをされながらバカにしたようにそう言ってくる。

ちょっと腹立つ。

 

「そんな伝承があるってことは盗ってくれって言ってるようなもんだろ?」

「………」

「むしろ持って帰らなきゃ失礼に値するだろ」

「………確かに!」

「分かってくれたか!」

「お前がどうしようもない盗人ってことがな!」

「なんだよつれねえな」

 

霧雨さん申し訳ありません、あなたの大事な娘さんはロクでもないクズに成り下がってしまいました。

 

「で、これからどうするんだ?」

「どうするって?」

「春度を奪ってるところの場所は大体分かっただろ?」

 

指を空に向けながらそう言ってくる魔理沙。

うぅむ……確かにそれはそうなんだけど……

 

「……霊夢は?」

「さあな、案外もう黒幕のいるところについてるかもな。だから私も急がないとだ」

「………そっか」

 

腰に差した凛に少し手を置いて考える。

 

情報収集自体はもう終わったし、もう切り上げて霊夢と魔理沙……あと咲夜か。3人に全部任せて帰ってもいいんだけど……

 

何故か、行かないといけないような気がする。

そう、迫られているような……

 

「……じゃ、私も行くよ」

「おし、そうこなくちゃな!」

 

木に立てかけてあった箒を取って跨り浮かび上がる魔理沙。

 

「霊夢に先を越されないうちにさっさと向かおうぜ!」

「……寒いのに元気だなぁお前」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……幽明結界、か」

 

ここ、現世と冥界の境にある結界。

それが何者かによって緩められている。

 

「さっさと春を返してもらうわよ」

 

そう言ってその扉の形をした結界を飛び越えようとした時、頭にあるものが浮かんできた。

 

魔理沙と知り合いだという、白い髪のもじゃもじゃ妖怪。

 

あの時も、雪合戦で見た時もそうだったけれど、何故か彼女を知っているような気がする。

その感覚がなんなのか、いまいちはっきりしない。

 

どこかで本当に会ったことがあるのか、その辺に浮かんでる毛玉と似ているからか……

 

それとも、私の曖昧な記憶に何か関係しているのか。

 

どちらにせよ、冬がいつまでも続いていてはそれを確かめることもままならない。

魔理沙は今頃何をしているだろうか。

 

「……早く終わらさないと」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「わぁほんのり暖かい〜」

「ほんとだなぁ〜」

 

雲を抜けると、久々に見た雲のない空。

ここまで高いところまで飛ぶのってあんまりないからなぁ。

 

「……で、周囲にはめちゃくちゃ花びらが舞っているわけだが魔理沙くん。これをどう考える?」

「そうだな……ビンゴってとこだ」

「毛玉もそう思う」

 

やっぱり上空に春度が吸い寄せられていたらしい。ここまで上がってきて何もなかったらどうしようかと正直不安だったが、そういうこともなくて安心した。

 

「で、この空の上じゃどこに向かっていってるのかなんだが……」

 

周囲の春度はみんな同じ方向に飛んでいっている。

 

「……あっちの方みたいだな」

「分かりやすくて結構なこって」

 

その先に視線を向けると……なんだあれ。

 

「扉か?」

「幻想郷の空の上……幽明結界ってやつじゃないか?」

「ゆーめー結界」

 

知らない単語さんいらっしゃい。

 

「冥界につながってるっていう結界だな、扉の形してるって言うし、間違いないだろうぜ」

「春度は向こうのほうに飛んでってるから……黒幕は冥界在住?」

「だろうな」

 

えぇ……なんでそんなとこの方が春なんか……

 

というか、え?行くつもりなの?魔理沙さんもしかして冥界とやらに行くつもりでいらっしゃる?

あ、これ完全にやる気満々の顔だ、間違いない。

 

 

 

周囲の春度から発せられる暖かさで体の冷えが治まっていくのを感じながら、その幽明結界とやらに近づいてみた。

 

「……で、これどうやって開けるんだ?」

「私が腕力で行こうか?」

「結界を力でこじ開ける奴があるか」

「それもそうだ」

 

ふぅん……勝手に開いてくれたりしないんだな。

 

「オッパッキャラマド!」

「どったの急に」

「呪文っぽいこと言えば開くかなって」

「なるほど?」

 

開けゴマ…は違いそうだな。

ならば……

 

「アロ○モーラ!」

「なんじゃそりゃ」

「ア○カム!」

「だからなんじゃそりゃ」

「スラマッパギー!!」

「一旦落ち着けよ」

 

くっ……それっぽいこと言っても開かんやん。

 

「やはり網膜認証…」

「おーい、戻ってこおい」

「いや、特定の遺伝子に対応するタイプか?」

「おーい…」

「いや、必要なのは小さなカギか」

「………」

「せっかくだから俺はこの赤の扉を選ぶぜ!!」

「せいっ」

「ふんぐっ」

 

チョップされた。

 

「お前どうしたんだよ急にな……」

「あ…ごめん。開かない扉とか聞いたらちょっと盛り上がっちゃって…」

「お前の盛りあがり方どうなってんだよ」

 

だってなんかRPGっぽいし……

 

「——はぁ、酷い目にあった」

 

ん?

 

「博麗の巫女め……ん?」

「……ん?え?何?」

 

なんか三人組が私のこと見てくんだけど…え?顔になんかついてる?

 

「ねえ魔理沙、私顔になんかついてる?」

「いや?変な頭ならしてるが」

「だよねぇい」

 

……なんかすごい見てくるんだけど?

 

「で、でた!毬藻妖怪!」

「おし魔理沙、吹き飛ばせ」

「ラジャ毬藻」

「よしお前構えろ、ぶっ飛ばしてやる」

 

いやそんなにいちいち突っかかっててもキリないから…

 

「……まりもではなく、毛玉です。毛玉の白珠毛糸です」

「———」

 

なんかゴニョゴニョしていらっしゃる?

あ、なんか赤っぽいのが出てきた。

 

「わ、私たちはプリズムリバー三姉妹!白珠毛糸、何が目的でこっ、ここまできた!」

 

………なんでこんなに警戒されてんの?私。

 

「お前、あいつらになんかしたのか?」

「いや、初対面なんだけど………なんかちょっと傷つく」

「お前変に繊細だよな」

「うるさいやい」

 

下がっとこ……魔理沙に全部任せよう。

 

「なんで後ろに隠れるんだ?……まあいいか。なあお前ら、後ろの毬藻は気にしなくていいぞ。されと、私たちはこの結界を通りたいんだが、何か知らないか?」

「あなたもか…」

 

あなたも?

 

「この先を!」

「通りたくば!」

「私ただの演奏を!」

「「「聞いていきなさい!」」」

「……お、おう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「音楽かぁ〜」

 

いいなぁ音楽。

あいつらがなんの妖怪……いや、妖怪じゃないような気もするけど。

 

なんの種族かはわかんないけど、弾幕ごっこに音楽を使ってくるタイプなのね。

 

「………ふんふん」

 

特にそういうのやってこなかったけど、音楽っていいよなぁ。

ミスティアの歌とかもいいけど、楽器での音楽もいい。

 

バイオリンとトランペットとキーボードかぁ……

 

ん?キーボード?

 

「あら、演奏会でもしてるのかしら」

「ん?」

「あ」

 

咲夜だ。

 

「これはこれは、こんにちは、毛糸様」

「こんちは、咲夜も異変解決?」

「えぇ、そんなところです」

「そっか」

 

メイド服のまま防寒具をつけてきた咲夜と軽く挨拶を済ます。

 

「あれは何を?」

「あそこの幽明結界ってやつの先に黒幕がいるらしいんだけど、通り方がわかんなくってさ。今魔理沙があいつらに聞くためにぶっ飛ばしてるところ」

「なるほど」

 

そのまま咲夜が私の隣に移動する。

 

「なかなか良いものですね、この演奏」

「ね」

「あなたも異変解決に?」

「まあね。咲夜はどうやってここまで?」

「人里で買い出ししてからなんとなく来ました」

「働くねぇ……」

 

普通に先に辿り着いててもおかしくないと思ってたけど、用事を済ませてからとは……やっぱりこの子優秀だよ。

 

「……早く終わらせないと、レミリアがざぐやざぐやって言ってたよ」

「あら、そうでしたか。なら、早く魔理沙に勝ってもらわないとですね」

 

あ、君も結界の通り方わからないのね?

 

「そういや、向こう三人だけどこれでこっちも三人だね。フェアに加勢しとく?」

「必要ないでしょう。それに、あなたが行けば過剰戦力ですよ」

「………なんか、私のことみんな買い被ってない?」

「いえいえ」

 

私の腕っ節への信頼がなかなかに高い気がするんだけど。

 

「あなたほどの妖怪は幻想郷中を探してもそういませんよ」

「変人って意味で?」

「……いえ、そういうわけでは」

 

ちょっと返答に困っただろ。

 

「弾幕勝負なら私はそんなにだよ、一回もやったことないし」

「そうなんですか?」

「うんまあ……なんか技名叫ぶのが恥ずかしくってさ」

 

センスがないのもあるけど。

みんなよくそんな堂々と宣言できるよなぁって……いや、本当は別に必ずしも叫ぶ必要ないらしいんだけどさ。

 

「弾幕ごっこ自体、性に合わないというか。ほら私、拳で語り合ってきた人だからさ、そういうなんかキラキラした感じのは……」

「まあ人には向き不向きがありますからね」

 

まあ、弾幕ごっこのこと考えると、あいつの顔がチラつくってのが大きい。

……いつまでも割り切れない奴だな、私は。

 

「……そろそろ、ですかね」

「だね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「げっ、咲夜」

「げっ、とは何よ」

「いや……毛糸、どうやらあの扉は開けるんじゃなくて飛び越えるのが正解らしい」

「なんで?扉の意味は?」

「私に聞くな、私に」

 

まあ方法わかったのは良いけど……

 

「あ、どうせだし咲夜も一緒にくる?」

「えぇ、そうさせてもらいます。よろしくお願いしますね」

「……え?」

 

私と咲夜を交互に見る魔理沙。

 

「え、咲夜お前、敬語使ってんのか?こいつに?」

「えぇ、そうよ」

「なんで!?」

 

めちゃくちゃ大きな声出すやん。

 

「何故って……この人はお嬢様と妹様の恩人だから、敬意を払うのは当然でしょう」

「恩人だぁ?こんな白毬藻が?」

「おいこら」

「勝手に侵入して本を盗んでいく外道と一緒の扱いなわけないじゃない」

「盗んでない、借りてるだけだ」

 

まあ、恩人って言われるようなことした覚えは……なくは、ないけどね?

あれも私が頼まれたとはいえ好き勝手やっちった結果だし……

 

「ああもうほら、行くんならさっさといくぞお前ら。情報を入手した私に感謝しながら結界抜けろよ」

「わー魔理沙さんありがとー」

「本返せー」

「………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここが冥界……」

「春度はまだ向こうの方に飛んで行ってるみたいだな。……毛糸?」

「……ん?」

「どうかしたか?」

「いや……」

 

冥界に入った瞬間に感じた、ヒリつくような気配。

どでかい得体の知れない何かが、そこに存在しているのが伝わってくる。

 

「……二人とも気をつけなよ、ここには何かある」

「どうした?似合わないこと言って」

「……ご忠告、感謝します」

「………ん」

 

それに、なんだろうこの感覚。

何かを欲している……?誰が?私が?

 

いや………凛か。

この刀が、何かを欲して疼いている。

 

血を欲するとかだけはやめてほしい、そんな妖刀みたいな……いや、妖刀なんだけどさ。

 

「……なんだろうな、これ」 

 

 

楽しみ

 

 

なんでそんな感情が湧いてくるんだろう。

 

「……まあ、行くか」

「おう、さっさと終わらしてやろうぜ」

「お嬢様が心配ですからね、早く終わらすというのには賛成です」

 

人間の従者に心配とか言われてますよレミリアさん。

 

 

何故か疼くような衝動を抱えている凛。

それが伝わってくるように私にも楽しみだという感情が湧いてくる。

 

これは一体……なんなのだろうか。



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知らない衝動

「にしてもでっけえ階段だなぁ〜」

「こんなとこに人来るのかね」

「さあ?まあ道があるということはこの先に何かがあるということで間違いなさそうですね」

 

一番上が見えないほどの長い階段。

見てるだけでも山登りをする時みたいな気分になってくる、階段嫌い。

 

「っておいおい、なぁに二人とも飛んでんだよ」

「なにって…」

「こっちの方が早いでしょう」

「かーっ、分かってないなあお前ら」

 

やれやれ、といった感じで言ってくる魔理沙。

 

「階段ってのはな……登るためにあるんだよ!」

「そう、じゃああなただけ頑張って登ってきなさい」

「お先失礼ぃ〜」

「………お、おい待てよ、私も行くから」

 

平常時なら私も気まぐれで階段登るけれど、異変の最中にそんなことするほど遊び心はない。

三人で階段をガン無視しながら上の方に向かって飛んでいく。

 

「あ、そうだった、霊夢はもう先についてるんだったな」

「じゃあ尚更急がないとじゃん」

「いやー、すっかり忘れてたぜ」

「私たちが着く頃には全部解決してるかもしれないわね」

 

仕事が早すぎるんだよなぁ……

まだ春度は奪われ続けてると思うから、まだ解決はしてないと思うけど。

 

それに、ヒリつく感覚もまだ収まっていない。

 

「にしても、さっきから思ってたけど随分と暖かくなってきたね」

「それだけこの先に春度が集められているということでしょうね」

「幻想郷中から春を奪っておいて、自分達はそれを満喫するとかとんでもねえ奴だな、許してはおけないぜ」

 

ふぅん……

やはりこの感じだと、冥界全体ではなく一箇所に春度が集められているのか。

ただ春を独り占めしたいという享楽か、それとも幻想郷中の春を必要とするほどの何かがあるのか。

 

「……誰かいるな」

「ん?」

「どうかしましたか?」

「いや……」

 

そう言っていると、階段が途切れて少し広い場所に出た。

弾幕ごっこするには十分な広さ、周囲には争った形跡であろう跡がいくつか。

 

そして、その先には白髪の少女が一人。

 

二本の刀を持ち、静かに佇んでいる。

 

「……今度は三人、か」

「誰だお前」

「今度は……ということは、霊夢はもう既にこの先にいるようですね」

「だね」

 

少し衣服が乱れているのは、霊夢と戦ったからだろう。その周囲には白い玉のようなものがふよふよと……

 

白い、玉…?

 

「えっやだシンパシー…」

「どうした急に、気色悪いぞ」

「ち、ちょっと魔理沙、あの人にさ、種族なんですかって聞いてよ」

「はあぁ?」

 

何言ってんだこいつって目で見てくる。

 

「いいからいいから」

「はあ………おいお前!私は霧雨魔理沙、人間だ!」

「……魂魄妖夢、半人半霊です」

「だってよ」

「ちっ、つまんね」

「は?」

 

白い玉が浮かんでるから近縁種の方かと……半人半霊ってなんだよ、どういうハーフなんだよ。

 

「ここは冥界、人間の来るところではありません」

「私は妖怪だけどね」

「……生者の来るところではありません」

「言い直したな」

「言い直したわね」

「………」

 

真面目な子なんだろうなぁ…

 

「…あなたたちの持っているなけなしの春を置いて行ってもらいます!」

「お、やるかぁ?」

「三対一は少々不公平ね」

「私はさっきそれで勝ったけどな」

「………うぅん」

「…毛糸?」

 

なんだろうなあ、この感覚。

あの妖夢って奴の構えを見た瞬間、全身がこう…ゾワッときた。 

 

「ふぅん…」

「おーい、毛糸ー」

 

腰の凛に、手をかける。

 

「——っ!」

「…ん」

 

その瞬間、妖夢がたじろいだ。

 

「…二人、先行きなよ」

「はぁ?お前急に何を…」

「何をなさるつもりで?」

「いや、まあ……」

 

なんとなく、口から出ちゃった言葉なんだけど……

 

「多分、黒幕ってこの先でしょ?まだ霊夢が黒幕ボコしちゃいないみたいだし……ここで時間食うより先に進んだ方がいいんじゃないかなって」

「……なるほど」

 

弾幕ごっこは慣れちゃあいないけど……まあ、負けたところで、だ。

霊夢、それに魔理沙と咲夜がいれば大概のことは解決してくれるだろう。みんな弾幕勝負上手いし。

 

「…なんで急にやる気になったんだよ」

「………何やら熱い奴がこっち睨んでるし」

 

構えを崩さずに、じっとこちらを……私を、睨み続けている妖夢。

 

「別に二人に判断は任せるけど……」

「……いえ、分かりました。私たちは先に進ませてもらいましょう」

「なっ……はあ……お前がそう言うってことは、そうなんだろうな」

「ん、ありがとうね」

 

先に進んでいく咲夜たち。

 

「通しませんよ!」

「——っとと」

 

妖夢の放った弾幕が二人の方に飛んでいったが軽く避けられる。

 

「私たちより目の前の相手を気にした方がいいわよ」

「何を……なっ、消えた…!?」

 

時間止めて魔理沙と一緒に先に進んだか。

それやっぱりめちゃくちゃ強いよね……憧れの時間停止、私もやってみたい。

 

 

 

 

「さて、と。自己紹介してなかったか。私は白珠毛糸、一応毛玉だよ」

「………魂魄妖夢、半人半霊です」

 

改めてそう名乗った妖夢。

 

「相当なつわものとお見受けします」

「あ、そう?」

「………」

 

妖夢の視線を感じる。

これは……りんさんの刀か。

 

私だってこの刀に何も感じないわけじゃないが……

でもこれ、弾幕ごっこだしなあ。

 

「…じゃ、やろうか。何枚?」

「四枚で。では……いざ、尋常に!餓王剣『餓鬼十王の報い』」

「名前かっこよっ」

 

いきなりスペルカードを切ってきた妖夢。

一閃し、振った刀の軌跡から拡散するように弾幕が繰り出される。

 

なるほど、いざ弾幕を目にするとこんな感じなのか。

うん、全く避けられる気がしないね。

 

「てか、私斬撃飛ばすくらいしか出来ないんだけどなあ」

 

そんな呑気なことを言いながら、迫ってくる弾幕の壁を見つめている。

 

……頼むよ?

 

『はいはい』

 

「ほっ」

 

もう一人の自分にある程度動きを補助してもらいながら、弾幕の隙間を縫って移動する。

私こういうの苦手だけど、幸運なことにもう一人の私はそこそこいけるらしい。

 

ありがとう、私。

 

『こういう時だけ調子いいね、君』

 

「ってもまあ、避け続けるのも限度がっ…あぶな」

 

何か防いだりする用の技を……

まあ、いつものあれでいいか。

 

「剣符『氷帝の剣』」

 

手に出したのはいつも通りの氷の蛇腹剣。

弾幕勝負で使うなら名前必要だよなあとか思ったので適当に思いついた名前をそのまま採用した。

 

「ふんっ!」

 

妖力を纏わせつつ、伸ばして一気に弾幕の海を薙ぎ払う。

 

「はぁっ!!」

「おおっ!?」

 

弾幕を撒き散らしながら猛スピードで突っ込んできた妖夢、慌てて剣を戻して受け止めた。

 

「くぅっ…」

「早いねぇ…」

 

体を捻りつつ一緒に蛇腹剣も回転させて振り払う。

 

「なら…獄神剣『業風神閃斬』」

「だから名前がかっけぇんだって…」

 

何それどうやったらそんなの思いつくの?

 

スペルカードを宣言した妖夢は、大玉の弾幕を放ちはじめる。

 

「でかいだけなら斬るまで———もっ!?」

 

また高速で移動し、今度は大玉弾が全部斬れて、そこから小さな弾幕に一気に分散してこっちに向かって飛んできた。

 

「ちょおいちょいちょい無理無理むぅッ!!」

 

急いで蛇腹剣を振り回してかき消そうとしたが、そもそも向こうの弾幕もなかなかの威力、相殺しきれずに被弾してしまった。

 

「まっず。氷符『シルバースコール』」

 

上空で生み出した無数の氷の弾を下に向かって打ちつつ、蛇腹剣で妖力をちゃんと纏わせて振り回して一気に相殺させる。

 

「っまたか!」

 

それを縫ってまた突っ込んできた妖夢。

伸ばし切った蛇腹剣を離して、手元に新しいのを作って咄嗟に防ぐ。

 

「ぐっ…」

 

そのまま近接戦闘を仕掛けてくる妖夢。

後ろに下がりつつ打ち合いを始めるが、向こうはちゃんとした刀を持っているだけあって剣術に長けているみたいだ。

 

私の目では見切れないような動きもされ、段々と押されていく。

 

「こんのっ!」

 

地面に向かって妖力弾を撃って爆発させて、無理やり距離を取った。

 

 

 

 

「ふぅ……」

「………何故?」

「はん?」

 

一息つくと、妖夢が短くそう言ってきた。

 

「何故、その刀を抜かないんですか」

「………」

「見れば分かります。それは、ただの刀じゃない」

 

はぁ…見る人が見れば分かるって奴か。

 

「何故、それを抜いて戦わないのです?」

「………」

 

何度か視線向けてきただけあって、やっぱりこの刀が気になるらしい。

 

「……弾幕勝負だしさ、これ使うと手加減とか出来るかわからないし……使わなくてもいいかなぁって」

「……なるほど」

 

納得したように見えた妖夢の気配が変わった。

 

 

 

 

遊びじゃないな、こりゃ。

 

 

 

 

「では、全力で行きましょう」

 

そう言った彼女の気迫は、見た目には似合わないものだった。

鬼人の如きその気配を感じて、理由の分からない衝動が私を襲う。

 

「……そっか」

 

そんなにやりたいんだね。

理由はわかんないけど、そんなにやりたいんだね。

 

じゃあ付き合うよ。

 

「その刀の名は?」

「凛」

 

握っただけで、刀が抱くはずのない感情のようなものが私にどっと流れ込んでくる。

 

「ふぅっ!」

 

妖夢がさっきまでよりさらに早い速度で接近してくる。

私の体はその攻撃をその場で身を捻って避け、そのままその黒い刀を振った。

 

「っ!やはり……」

「これ体変な感じになるから嫌なんだけどなぁ」

 

そんなことを言いつつ、私の体は明らかにおかしい動きをしながら妖夢の攻撃を避け、刀を振っていく。

 

「………」

 

既視感

 

まるで一度相手をしたことがあるかのように、彼女の綺麗な剣戟が打ち合うたびに奇妙な感覚に包まれる。

 

会ったことはないはずなのに。

 

いや、もしかすると……

 

「やっぱり、私の目に狂いはなかった!」

「ん…?」

「あなたほどの剣士と死合えること、嬉しく思います!」

「お、おう」

 

でも、何故か私も同じ気持ちになる。

 

何故嬉しい?

何故愉悦を感じる?

 

私の知らない何かが、凛の中の何かが、私に影響を与えている。

 

 

差し込んでも切り返される。

懐に潜り込まれると、振り払って距離を取ろうとする。

 

何故、その動作ひとつひとつに、楽しさや懐かしさを感じるのだろうか。

 

 

 

 

「天神剣『三魂七魄』」

「………」

 

 

綺麗な弾幕だ。

 

 

色々不可解なことはある。

この冥界に来て刀が疼いていたのも、目の前の妖夢が原因だろう。

 

 

現にこの短い時間打ち合っただけで、ここまで私が揺さぶられている。

私の知らない何かが、この刀を突き動かしている。

 

それがりんさんのものか、違うものなのか……

 

 

でもまあ、それも些細なことだ。

 

 

 

 

「あなたが楽しいんなら、私はそれでいいよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

凛符『彼方任せの剣戟』

 

 

 

 

 

 

 

 

「なっ……」

 

かなりの速さの弾幕を、私の体は迷いなく突き進んでいく。

真っ直ぐ、一直線に。

 

妖力を纏ったその刀は、触れば吹き飛ばされるであろうその弾幕を容易く両断していく。

 

その歩みを止められるものは無いと言わんばかりに、突き進んでいく。

 

 

楽しそうだ。

 

 

「やっぱり…!」

 

弾幕を放つのを止め、刀を二本抜いて私に接近してきた妖夢。

刀と刀がぶつかり、鍔迫り合いを始める。

 

「型にはまらない剣術、抜きん出た対応力……期待以上です!」

「…もしかして君、戦闘狂だったりする?」

 

互いに距離を取って、再度構え直す。

 

「本当はもっと打ち合っていたいけれど……幽々子様が心配なので、次で終わらせてもらいます」

「お、おう……」

 

幽々子、それが黒幕の名前だろうか。

 

 

静かに、刀を鞘に収めた妖夢。

腰を落とし、目を瞑って集中し出す。

 

 

居合。

それなりの距離が空いているが、一気に詰めてくるのか。

 

まあ何にせよ、どうせ私に体の主導権は———

 

 

 

 

「——わぉ」

 

 

 

 

気がつけば、刀が前に出ていた。

気がつけば、妖夢が私の後ろにいた。

 

 

本当に、目で追えないほどの速さ。

 

「……これすら見切られるなんて」

 

脇腹から少しだけ血を流している妖夢。

 

「私も斬られたけど」

 

こっちも、同じように脇腹から血を流していた。

相打ち、ということだろうか。

 

「……あなたはまだまだ動けるようですね」

「…まあ」

 

傷はもう塞がったし。

 

「では、私の負けです」

 

その言葉を聞いて、私も刀を鞘に収めた。

 

 

 

 

 

「弾幕ごっこならいざ知らず、剣術で負ける日が来るなんて…」

「いや、そんなことはないと思うけど」

 

高揚感に気を取られていたが、あそこまで凛の剣戟を受け止められ続けたことはなかなかないと思う。

 

「……先に進んでください、幽々子様はこの先です」

「…まだ決着はついてないのか」

 

てことは相当苦戦してる?いや、霊夢きたのも魔理沙達より少し早いくらいだったんだろうとは思うけど……

 

 

桜、か。

 

 

「せっかくだし、その幽々子って人が何をしたくて春を奪ってるのか教えてくれない?」

「…?まあ、あなたになら…」

 

なんか知らんけど好感度そこそこあるらしい。

刀の力は偉大ってことかな…?

 

「幽々子様は、西行妖という桜を満開にさせようとしています。それで、幻想郷中の春を……」

「………ふぅん」

 

やっぱり、桜。

 

そんな感じはしていた。

冥界に入った時から、私の知っている桜とは遥かにかけ離れた……

 

歪んでいて、禍々しい何か。

 

 

「変なこと聞くけどさ」

「……?」

 

 

「その桜、死体埋まってたりしないよね」

 

 



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桜と光に包まれて

「さっきの言葉、どういう意味ですか」

 

飛びながら、私の質問に「知らない」と答えた妖夢がそう言う。

 

「いや、特に理由はないんだけどさ」

 

その、西行妖に近づいているのがピリピリとした感覚と共にわかる。

嫌な予感が、冷や汗を滲み出させる。

 

「それより、さっきの傷は?大丈夫?」

「はい、応急処置は済ませましたが……」

「………私が何するつもりなのか気になる?」

「……はい」

 

まあ、そうだろう。

なんか刀で打ち合って謎の友情?を育んだとはいえ、向こうからすればその幽々子って人の野望を邪魔しようとする相手には違いないんだから。

 

「私はただ見に行くだけだよ。何が起こってるのか、この目で確かめに」

「……確かめた後は?」

「さあねぇ」

 

確証もないのに、嫌な予感がする。

というか、あの禍々しい桜から伝わってくるそれは、ロクなもんじゃない。

 

未だに霊夢たちが春度の吸収を抑えられていないのが何よりの証拠だ。レミリアとフラン相手でも霊夢と魔理沙は勝っていたのに、今回は時間がかかりすぎている。

 

「……そろそろか」

 

何が起こってるのか、この目で確かめなきゃいけない。

予感や気配だけでは判断するわけにはいかない。もっと、その姿を、この目で………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………凄い」

「…そうだね」

 

冥界という暗い世界で、淡く光るその巨大な桜の樹。

見る者の心を奪う何かが、それにはある。

 

「幽々子様はこの美しい西行妖を……」

「そう見える?」

「え?」

 

目に入れた瞬間に、冷や汗の量が多くなった。

鼓動も速くなっている。

 

「私の目には……」

 

あまりにも、強大な妖気。

 

「悍ましい何かにしか、見えない」

 

あれはもう桜とかじゃなくて、妖怪だ。

人の形を成していない、意志を持たない化け物。

 

「……あの人が幽々子?」

「…!は、はい、そのはず…だけど……」

「様子がおかしい?」

「…はい」

 

魔理沙たち三人と熾烈な弾幕勝負を繰り広げているその女性。

だが、弾幕ごっこというには、あまりにも弾幕に殺意が乗りすぎている。

いや、乗ってしまっているのだろうか。

 

桜と、あの幽々子って人から、ゾワッとする、濃密な何かが感じられる。

 

そもそも冥界だ、生死云々の力を持っていても私は驚かない。焦るけど。

 

「ふぅぅぅ………」

 

目を閉じて、近くの植物から順に、気配を読み取っていく。

独特なその気配は冥界故か、あの西行妖の妖力に当てられたからか。

 

「あの、何を……」

「………」

「………私、ちょっと行ってきますね」

 

あの巨大な桜……

 

あの桜と幽々子って人の間に、何かの繋がりを感じる。

妖力の繋がりとかそんなんじゃなくって、もっと根本的な……

 

「……魅せられている?」

 

春を喰い桜を咲かさせるあの大木は、あの幽々子ってのを欲しがっている。

何故?わからない。

さとりんのように心を読み取れるわけじゃないから、そこまで詳しいことはわからない。

 

ただ、ついついあの桜に魅了されるような感覚は、私にだってある。

 

 

 

冥界に来てから分からないことだらけだが、今はっきりとわかることがある。

 

「ありゃ、放っておいたら絶対ロクなことならねぇな…」

 

……あれ、妖夢どこいったの?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「白髪!」

「へ?」

「何かしら」

「あんたじゃないのよバカメイド!」

 

桜の方へ近寄っていくさっきの白髪剣士を呼び止める。

 

「あんたもこっち手伝いなさい」

「は?いや、でも私は幽々子様の……」

「その幽々子がほっといたら消えるのかもしれないの!!」

「…!?」

 

私の言葉で驚いたように目を見開いて動きを止めたそいつを、結界を張って弾幕から守る。

 

「詳しく……説明してください」

 

冷静さを欠きそうになっている。

結界に伝わってくる衝撃を感じながら口を開いた。

 

「一から十まで説明してる暇はないし、私もそんなに詳しくない。ただ、あの桜にあいつが完全に取り込まれたら全部終わりだと思いなさい!」

「……本当ですか?」

「あんたの主人は正気に見えるの?」

 

どこか虚な目。

揺るがない薄ら笑い。

幽霊だからか桜の影響か、全く感じられない生気。

 

「………っ」

「分かったらさっさと動く!このままだとあの桜、動き出すわよ!!」

「……分かりました」

 

そいつが刀を抜いたと同時に結界を消してお札をばら撒く。

 

「幽々子様!」

「………」

 

答えない。

こっちを見すらしない。

 

戦い始めた時より意識が薄くなっている?

 

これ以上長引くのはかなりまずい。

 

「聞こえないのなら……今、戻ってきてもらいます!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………」

 

ただ、見ているだけ。

そもそも幽々子って人が強い。当たれば命を持っていかれそうな気がする弾幕を張ってくるせいで余計に神経を使い、肝心の西行妖をどうこうする話ではなくなっている。

 

西行妖の力もどんどん大きくなっている、今にも動き出しそうだ。

 

「……いや」

 

刀に手を置いたところで、躊躇ってしまう。

色んな考えが見苦しい言い訳となって、私の足枷になる。

 

 

異変解決に妖怪が加わっていいのか?

霊夢のことは?

私が行ってどうにかなるのか?

 

「……はあぁぁ……」

 

強張っていく身体をほぐすように、大きなため息をついた。

 

 

 

 

「……見てるんでしょ、紫さん」

 

 

 

 

何もない場所に向かってそう呟いた。

 

「……だんまりですか」

 

周囲は答えない。

 

「……へーそーですか、そうくるんですか。じゃ私にも考えがありますからね。すううぅぅぅ………」

 

息を思いっきり吸い込み。

 

声と共に吐き出した。

 

 

 

「ゆっかりいぃぃぃぃぃん!!」

 

 

 

………あれ?

なんでなんか誰もいないのに周囲凍りついてんの?

ここは春のはずだよね?

 

「………」

「………あ、いた」

 

なんとも言い難い表情でスキマから私をじっと見つめている紫さん。

 

「……何よ、今の」

「何って、昔ゆかりんよりって手紙置いていったじゃないですか」

「………」

 

だからなんなんすかその表情。

 

「なんでそれで出てくると思ったのよ」

「おば…罵倒が出てこなかっただけマシだと思ってください」

「今おばさんって言った?」

「言ってません」

 

そんなん言うわけないじゃないっすか。

おば…オ○Qだよ、うん。

 

「久しぶりです、紫さん」

「………」

「……もう要件だけ言いますね」

 

なんだよう、この人意外と繊細なのだろうか。

 

「私は、出た方がいいですか」

「………」

「それとも、見てた方がいいですか」

 

その答えが欲しい。

 

「私の知りうる限り一番幻想郷を愛してるあなたに、それを答えて欲しいんです」

「あなた……」

 

少しだけ、表情が揺れた。

 

「まさかまた、紅霧異変の時みたいに紫さんが指示したとか言うんじゃないでしょうね」

「……いえ、それはないわ」

「じゃ安心しました」

 

………

私が今どう言う考えか分かってるんだろうに、いつまでもそんな顔をして……

 

「あの人と知り合いとかですか?」

「………」

「…マジすか」

 

なんか今日の私おかしいな……いつももっと何も上手くいかないみたいな感じじゃなかったっけ…?

…まあ、それなら、紫さんの様子も納得だ。

 

「紫さんのことだから、事情は誰よりも詳しいんでしょ?」

「………」

「別にそれを説明しろってんじゃないです、あと興味ないし」

 

どいつもこいつも、ヘタレで決断力のない私が悪いんだけど。

でも、今の私は、紫さんに答えて欲しい。

 

 

「私は、あの桜を散らすべきですか」

 

妖怪の賢者として、できるだけ不干渉でいたいという紫さんの気持ちは分かる。

だからこそ、私が聞いてるんだ。

 

「あなたなら、私の考えてること分かるでしょ」

「……えぇ、そうね」

 

私としても、見過ごせないものだから。

 

「お願い、彼女を止めて」

 

「了解です」

 

私がそう言うと、紫さんは表情を見せずにスキマを閉じた。

 

 

「さーてと」

 

どうしてやろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「当たるとこだったんですが」

「ごめん、ほんっとごめん、マジごめん、ほんまにごめん」

「まあいいですけど」

「ありがとっ」

 

腰が低い……

突然意識外から氷を飛ばされて驚いた。

まあ私を呼んでいる、ということだったらしいのだけれど。

 

「それで、ここにいるという方はあなたも参戦するということですか?」

「参戦というか、サポートというか……表立って大立ち回りするつもりはないんだよ」

「はぁ」

「と、いうわけで、霊夢に作戦聞いてきて」

「………」

 

なんだろう。

前々から思っていたけれど、情けない人だ。

 

さっき剣士を任せて欲しいと言った時は、ほんの少し風格のようなものを感じたというのに……

 

「多分さ、隙をついてあの桜を封印するって話になると思うんだ。あれだけデカいと倒すのも一苦労だし、そんな時間ないし、あそこで蝶の弾幕ばら撒いてる人厄介だし……」

「………分かりました」

 

この人がそういうほど、今回の相手は強大ということだろう。

 

「咲夜も大変だね、レミリアの命令でこんなことなってさ」

「いえ」

「ん?」

「他でもないお嬢様の命令ですから」

「……そっか」

 

 

 

 

 

 

 

 

「で霊夢!どうするって!?」

「何回言えば分かるの!」

「弾幕うるさいし激しいし聞こえねえんだよ!!」

「だーかーらー!」

 

あ、やっと聞こえた。

なるほど……霊夢ももう長期戦で霊力の残りが怪しくなってきたらしい。

 

人数は四人、これだけの人数で一気に隙を作り、霊夢の技であの桜を封印する。

 

ま、普通だな。

 

「確実に封印するために私は溜めに入るから、その間はあんたたちがきっちり守りなさいよ!」

「へいへいわかってるよ!」

「仕方がないわね」

「了解しました」

 

で、さっきから咲夜は何消えたり現れたりしてんだ?

 

「——っ!始めるわよ!」

 

何かを感じ取ったのか、焦った様子で霊力を練り上げ始める霊夢。

 

「っし、やるぞお前ら!」

「………」

「………」

「返事は!?」

 

ノリが悪い……堅物しかいないのか、この場は。

というか、毛糸のやつはどこいったんだ?

 

「来るわよ!構えなさい!」

 

霊夢のその声と同時に、敵の弾幕が一気に激しくなった。

避けさせる気のない密度に少しだけ震えてくる。

 

恋符『ノンディクショナルレーザー』

 

三人揃って声に出して宣言する余裕もなく、ひたすらに相手の弾幕を打ち消すことだけを考えて技を放つ。

 

「…っし」

 

打ち消せている。

霊夢以外の三人で撃ってようやく相殺できているだけだが、それでも霊夢に言われた通りの行動はできている。

 

「このまま行けば……っ!?」

 

悪寒。

 

「……遅かったか」

 

まるで獣のような雄叫び。

見惚れてしまうほど美しいその桜が蠢いている。

 

「桜本体が来るわよ!!」

 

さっきまでもあの幽霊と一緒に弾幕張ってきてたってのに、まだ来るのかよ……

 

「———根か!」

 

地面から大量の根が私たちに向かって伸びてくる。

いや、狙いは霊夢だ。

 

野郎、こっちのやりたいことを分かってて……

 

「チッ、間に合わねえ!」

 

そもそも何回か弾幕を当てたのに傷ひとつつかないんだ、ちょっとやそっとじゃ防ぎようがない。

 

根が霊夢を突き刺そうとどんどん伸びていって———

 

 

「……止まった?」

 

寸前で、何かに引き寄せられるように細かに震えながら静止した。

咲夜かと思い見たが、いつのまにか姿が消えていた。

 

「…てそうじゃねえ!おい白髪その根っこ切れ!!」

「妖夢です!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅんぎぎぎぎぎぃぎががばぼぼがぁ!!」

「……大丈夫ですか?」

「大丈夫に見えんの!!?」

「いえ」

「そっかああ!!」

 

耐寒用にしてた戦闘用の義手の板を一枚、以前のように剥がしていた。

その中にあるのは妖力増幅機構。

 

それに妖力を通して、めちゃくちゃな量の妖力を使って西行妖を操ろうとしたが……

 

「いてててていでぇえ!!」

 

痛覚無視で直接とんでもない痛みが伝わってくる。というか重い、めちゃくちゃ重い。綱引きみたいなことになってるけどもう辛い。

涙出てきそう。

 

けど、なんとか動きを止められている。

私も捨てたもんじゃな———

 

「あっやべ」

「………」

 

あらあら桜ちゃん元気に吠えちゃってまあ。そんなに叫んだら鼓膜破れちゃうじゃないのよ。

 

何、もしかしてこっち見てる?こっちに向かって弾幕と根を飛ばしてきて……

 

「ささっ咲夜さんおなしゃす!!」

「あなた一体何なんですか!」

「えっごめんなさい!」

 

怒られた……

 

一瞬で景色が切り替わり、地面の上で頑張って引っ張っていたところの上空に浮かんでいた。

さっきまでいたそこを大量の妖力弾と根が通り過ぎていった。

 

「霊夢は!?」

「もう少しかと」

「じゃ魔理沙に最大火力ぶっ放すように言って!」

「あなたは…」

「私もやるから!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何、この妖力……」

 

私たちとは反対方向に、馬鹿でかい妖力が突如として現れた。

あれは……

 

いや、この感覚は……

 

「——夢!霊夢!」

「……あ」

「私は今から最大火力であいつぶっ飛ばす!」

 

そう言ってミニ八卦炉を変形させていく魔理沙。

 

「そのあと行けるか!」

「っ…えぇ!!」

 

考えている暇はない。

今は、あの桜を……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やるべきなのは妖力より質量か…」

 

向こうがバカデカすぎる。

私の豆みたいな大きさの妖力弾を爆発させたところで、大したダメージにはならないだろう。

 

なら、やっぱり質量で行ったほうがいいか。

 

 

さっきの義手の回路はもう使えないし、もう全部使う気でいかないとな。

 

「……おーおー」

 

桜色の光の塊を溜めている西行妖。

あんなん当たったら消し炭になるんですけど……

 

「すぅ……」

 

身体の中の妖力の半分以上を霊力へと変換する。

自分の中に留めておけずに溢れた霊力が冷気となって周囲に漂っていく。

 

自分でやっておいてなんだが、冬くらい寒い。

 

「ふぅ……」

 

白い息が、口から出ていった。

 

 

「———!?」

 

声にならない驚きが西行妖を震わせる。

 

辺り一面の地面は氷に厚く覆われ、妖力で硬くなったそれを根で突き破るのには時間がかかる。

 

樹の幹を半分ほど氷が埋め尽くしたあたりで、その桜色の妖力弾が私に向けて放たれた。

今から避けられるほどの大きさでも、速さでもない。

 

当たればまあ……死にはしないと思いたいなぁ。

 

 

 

腰の刀に手を当てた。

 

 

 

「———ふん!」

 

 

 

妖力を纏ったその黒い刃は、桜色の輝きを真っ二つに叩き割った。

 

 

 

残った妖力と霊力を使い、あの桜と同じくらいの長さの氷の槍を作り出す。

 

 

その瞬間に、魔理沙のレーザーが西行妖に直撃した。

光り輝く光線が、絶え間ない衝撃が、桜の花びらを散らす。

 

 

 

「ついでにこれも喰っとけ」

 

 

 

ありったけの妖力を纏わせた氷槍が、正面の壁に向かって突き進んでいった。

 

レーザーと氷の槍が氷漬けにされている巨大な桜を挟み撃ちにするという奇怪な光景。

 

その衝撃で桜の花びらが辺り一帯に落ちていく中。

 

 

 

 

無数の色とりどりの霊力の光弾が、西行妖を包み込んだ。



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遠い記憶

お待たせしました、多分短編です、長いです


 

月と星が放つ光がわずかにさす深い森の中。

その小さな体躯で、身の丈に合わない刀を獣相手に振り回している少女がいた。

 

肋骨をすり抜け、狼のような獣の体に深々と突き刺さった刀を引き抜く。

ぴくりとも動かなくなり、息の根が止まっているのを確認して、刀を一振り、垂れている血を飛ばす。

 

「……あと三匹」

 

そのまま気配のする方へ走り、茂みの中に潜んでいる妖怪に向けて刀を振るう。

飛び退いた狼の姿をした妖怪に刀を向けて突き刺し、肉を貫いたのを感じるとそのまま力一杯に振り回して、刀が抜けた身体が木に衝突する。

 

掠れるような鳴き声を少しあげ、その場から動かなくなる狼。

 

背後から飛びかかってくるもう一匹の狼の首を、振り向きざまに切り落とした。

 

「っ…!」

 

一匹は斬り伏せたが、後ろからもう一匹の狼が突っ込んできていた。

刀を振った後で、防御はできない。

 

身を捻って避けようとするが左肩に噛みつかれ、その重さに身体がガクンと傾く。

 

痛みに顔を歪めながらも、肩に噛み付いている狼を下敷きにする様に倒れ込み、体重を乗せて肘をその腹に捩じ込む。

 

高い声を上げて顎を上げた狼、その鋭い爪の生えた足を振り回されて突き飛ばされてしまう。

 

「このっ……」

 

尻餅をついたのを確認するとすぐさまに仕留めようと喉元に飛びかかってくる。

 

「は——」

 

防御するために刀を構えたが、狼の顎に挟まれた瞬間にポキッと折れてしまった。

咄嗟に左腕を自分の前に出して防御、深々と鋭い牙が突き刺さり、さっきよりも激しい痛みが脳を刺激する。

 

そのまま腕を振り回されて、身体がぐわんぐわんと左右に揺れてしまってろくにバランスも取れない。

右手で握ったままの折れた刀を見ると、思いついたかのように狼の目に向けて突き刺した。

 

「づぅっ!」

 

離さない、向こうもこちらを意地でも喰い殺す気らしい。

それが分かった途端思考が切り替わり、折れた刀をそのまま狼の目に押し込むように突き出した。

 

何かが切れて行くような感触、無我夢中で刀を捻って、狼の頭の中をぐちゃぐちゃにかき混ぜて行く。

 

「死ねっ!死ねっ!し……」

 

腕に噛み付いたまま、狼は動かなくなっていた。

 

「………はぁ」

 

ほっとしてため息を吐く。

 

「いづっ…」

 

ゆっくりと、腕の骨まで達しているその牙を引き抜いていく。

上顎も下顎も、深々と突き刺さっている、それだけこちらを殺す気でいたのだろう。

目の前で三匹も同族を殺されれば、逃げるか死ぬ気でこちらを喰い殺そうとするだろうが。

 

「……折れたし」

 

また新しい刀を買わなければいけない。

質が悪いのか、使い方が悪いのか、それとも両方か。

 

 

離れたところに置いてあった荷物から布と小刀を取って、狼の首を落としていく。

傷を負った左腕と肩を布できつく縛り、狼の妖怪の死体の首に小刀の刃を当てる。

血の匂いが既に当たりに充満している、獣や獣の妖怪は鼻が効くから、放っておけばまた新しい奴が飛び出してくることだろう。

 

首の骨だけをしっかり切って、硬い筋肉を力任せに切り裂いて行く。

 

いちいちこうする必要があるから、出来ることなら刀で首を切り落としておきたかった。

 

もともと首を落としていた一匹に加え、四匹の狼の首を切った後、適当に紐で縛り、地面に擦りながら引きずって持ち帰る。

 

 

血塗れになりながら五匹の妖怪の首を引っ提げるその幼い姿は、まるで小鬼の様だと人は言う。

 

もっとも、そんな大層な名前ではなく、化物と簡単に済まされてしまうことの方が多いだろうが。

 

まだ幼い小さな妖怪狩りは、その仕事を終えて、首だけ無くなった狼の死体を置き去りにし、異様な光景の中心に立ちながら人里へ帰って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……確かに、狩ってきたみたいだな」

「一眼見ればわかるように首を取って来たんだけど」

「あぁそうだな、ほら報酬だ、それ持ってさっさとどっか行け。いつもいつも気味の悪いもん持って帰って来やがって」

 

押し付けられる様に、ずっしりと袋の中に入った小銭を受け取る。重さを見るに、そこそこの額にはなったみたいだ。

口は悪いが、ちゃんと金は払ってくれるここは他に比べれば良いところだ。だからここの依頼をよく受けている。

 

 

こんなことを始めて、もう一年くらいになるのだろうか。

最初はただ妖怪を武器も持たずに殺しただけだった、そこまで強い妖怪でもなかった。

でもそれがあってからは、人里全員が私を妖怪狩りにしようと言って来た。

 

私もそれを受け入れている、だからこうして傷を負って帰って来ている。

 

親からは縁を切られた、名前もしばらく呼ばれたことはない。

 

でも、何故か性に合っていると感じた。

傷を負いながらも、血に塗れながらも、妖怪と戦っていることになんの疑問を抱くことはない。

そうするために生まれて来たんだろうとすら思えるほどに。

 

「………寝よう」

 

刀は折れた傷も負った、しばらくは何もできないだろう。

妖怪狩りになったころに与えられた、小さな部屋。

荷物を置いて、血に濡れ、汚れた服を着替えて、薄い毛布にくるまる。

 

腹が鳴る、近頃冷たくなって行く風が壁の隙間を通って体を震わせる。

 

それでもすっと、眠りに入ることができた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………」

 

頭が痛い。

左腕から熱を感じる、多分普通に熱もあるだろう。

 

引き出しの中にしまっておいた軟膏を取り出す。

昨日はあのまま寝てしまったから、傷はそのままだ。一応帰りの途中で川の水で洗い流しはしたが、結局布で縛ったままだった。

 

縛っていた布を外し、軟膏の入った容器の蓋を開けて指で取ると、もうほとんど底しか見えなくなっていた。

 

傷口に適当に塗って、包帯を巻く。

何故かこの身体は頑丈で、傷が治るのも早い。雑な処置だが、これで一年続けて来た、大した問題もない。

 

「朝飯と軟膏と……包帯ももうないか」

 

昨日報酬で手に入れた金と、自分の手持ちを合わせて計算する。

 

まずは刀だ、仕事道具がないと困る。

金が足りなくなれば野草でも食べればいい、何より刀……刀だ。

 

立ちくらみがして、布団に突っ込みたい衝動を押し殺して金を持って扉を開け、外へ出た。

 

 

 

 

 

「……また来たのか、お前」

「ここの質が悪い」

「馬鹿言え、まけてもらってるくせに文句言ってんじゃねえよ。それにお前の使い方が悪いだけだ」

「刀の使い方なんて教わったこともない」

「あぁ、だろうな」

 

刀工の男。

こちらの顔を見るなり嫌そうな顔を向けてくる。

 

「で、手持ちは?」

「ん」

 

昨日の報酬と、元々の手持ちを男と自分を挟んでいる机に乱雑に置く。

 

「……結構溜め込んでるんだな。これなら前よりもいいのを…」

「それが無くなったら生活できなくなる」

「……そうかい。じゃ、前のと似たようなやつしかやれないな」

「それでいい」

 

本当にこちらの使い方が悪いのであれば、良い刀を買おうがなまくらを買おうが同じことだ。

斬れるのならなんだっていい。

 

「ほらよ、持っていけ。ったく、その身体でよくそんなもん振り回せるもんだよ」

 

押し付けるように金と刀を渡され少しよろける。

 

袋の中に残った金を確認して、一旦刀を置きに帰って次は食糧を買いに行くことにした。

この分なら、今日の分の食事と、他にも色々買える。

 

溜め込んだ分は一気に使ってしまおう、また稼げばいいだけだ。

特に、使いたいものがあるわけでもないのだから。

 

 

 

 

 

「………はぁ」

「随分と損になることするんだねぇ」

「うるせえな」

 

前よりいい刀を渡したのを、後ろから指摘される。

 

「そんなことされるとあたしらの生活が苦しくなるだけなんだけど」

「……あれでもまだ子供だ、死なれたら寝覚めが悪いだろ」

 

 

 

 

 

 

 

 

「………」

 

試し斬りをしたけれど、前の刀より軽くて鋭い。

 

前のと同じと言っていたはずなのに……渡し間違いでもしたのだろうか。まあそれならそれで幸運だ。

 

小刀についた血を拭いてすぐ側の川から水を汲んで、解体した猪の肉を焼く。

 

傷はまだ治っていないけれど、ただの獣なら武器さえあれば片腕でも狩ることはできる。

流石に刀を買えば金もごっそりと減る、節約のために人里から出て自分から獣を狩りに出ている。

 

昼間なら妖怪も出てこない。

出てきたら狩るだけだ。

 

「……くさい」

 

肉を齧るのをやめて、もう少し焼くことにする。

香草くらいは買っておいた方がよかったか……その辺に生えてるので代用できるだろうと甘く考えていたが、そう上手くいかない。そもそも知識もない、考えなしにもほどがある。

 

「………」

 

よく食べてよく寝ろ。

 

縁を切られる前、今よりもっと幼かった頃、もう朧げになりつつある両親の顔から、その言葉が発せられたのを覚えている。

なんて事のない言葉だったが、多少なりとも愛情はそこにあったとおもっている。

 

結局はこうやって捨てられ、刀なんて振るっているわけだが。

 

身体が早く成長すればいいのに、とは思う。

今はまだ獣を狩るのが精々だ。たかだか妖怪狼五匹にああもやられてしまっては、人の形をした妖怪を狩れるのはいつになるだろうか。

 

 

 

同じ歳くらいの子供は親と楽しそうに暮らしている。

平穏に、里の中で、互いを認識し合って。

 

 

 

よくこの川辺には来る。

少し人里から離れた場所、ここなら水を汲みにくる人もなかなかこない。

 

会えば奇妙なものを見る目を向けられる。

同じ歳くらいの、何も知らない子供は興味本位で話しかけてくることもある。まあ親に連れられて私を避けるように教えられるが。

 

そっちの方が、ありがたい。

 

あの里にとって私は異常だ。他の妖怪狩りは皆大人、男ばかり。

まだ幼い女の自分が妖怪狩りをしているなんて、普通の人間からすれば怖くてたまらないんだろう。

 

「……かたい」

 

肉、ほぐした方が良かったか。

 

余った肉は干し肉にしよう、毛皮も剥げば何かしらに使えるだろうか。

 

傷が治れば、また仕事に出よう。

それが私の生き方だから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………」

 

無惨に食い荒らされた、若い男の死体を見つける。

もう所々骨になっている、見覚えはないがあの里の人間だろう。

 

たまに捜索の依頼がやってくることもある。遭難や妖怪に襲われ、なんとか凌いで生き残っていた事がないわけではないが、大半はこうやって死んでいる。

 

「……行商か」

 

血で濡れて真っ黒になった服や荷物から身元はある程度判断できる。

そもそも、態々人里の外に出るような人間は限られている。大体は妖怪が恐ろしくていつも中で安全に過ごしているから。

 

持ってきた布を広げ、死体を置いて包み始める。

落ちないように縄で縛った後、腕を通して抱えた。

 

 

もうすぐ雪の降る時期だ。

雪が積もれば足が取られてそう簡単に移動できなくなる。そうなる前に仕事を終わらせておきたかったんだろう。

 

もしかしたらこの遺体は依頼に出ていたものとは違うかもしれないが、置いていくわけにもいかない。

 

「ん……」

 

持ち帰ろうとした矢先、今度は猪の妖怪がやってきた。

僅かに感じられる妖力、殺意の高い形をした牙、明らかな敵意。

 

狙いはこの死体か、それとも私か。

 

「出会いたくないから日の出てるうちにと思って必死に探したのに…」

 

もしやこの人を殺したのがこいつだったりするのだろうか。

 

「…これ抱えて逃げるわけにもいかないか」

 

依頼にない奴は殺してもなんの得にもならないけれど。

 

そっと遺体を地面に置いて、静かに刀を抜いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ありがとう…」

 

汚らしい身なりの母らしい女性が、布に包まれた遺体を見てそう言った。

…まあ、汚いのは私もだが。

 

「でも死んで…」

「こうやって帰ってきただけでも、骨を拾ってくれただけでも嬉しいことなんです」

「………」

 

そうか、そりゃそうか。

行方不明になったって時点で、生きている確率なんてないに等しい。

なら、身体だけでも帰ってきて、弔う事ができるっていうだけでも嬉しい事なのだろう。

 

「怪我はなさっていませんか」

「……まぁ」

「そうですか、よかった……まだ幼いのに、妖怪狩りなんて」

 

この女性は私のことを知らないらしい。

知っていれば、気味悪がってお礼なんて言うはずもない。

 

 

 

 

 

報酬はあの仲介所から既にもらった、これ以上会話をする気もないと、早々にその場を立ち去った。

 

 

この依頼自体は、今までにも何度か受けている。

人里の外ではよく人が死ぬ。外に出てしまった子供が攫われたり、人が妖怪に襲われたり、妖怪狩りが返り討ちに遭ったり。

 

今回の件が頭に残るのは、お礼を言われたからだろうか。

仲介所の男には直接遺体を渡しに行けと言われた、それだけ。

 

「……墓」

 

この後、あの人は息子を弔って、墓に埋めるのだろう。

きっと、親以外も悲しんで手を合わせるはずだ。

 

それが普通なんだろう、人里の外に出れば危険に囲まれていて、いつ死んでもおかしくはない。

なら、心配するのも当然だ。

死ねば悲しむのも、当然だ。

 

でもきっと、私が死んでも悲しむような奴はいない。

せいぜい、気味の悪い餓鬼が一人死んだ、程度にしか思われないはずだ。喜ぶ奴だっているんだろう。

 

「……心配、されたな」

 

怪我はないか、と。

実際怪我はなかった、突進が木を倒した時は冷や汗をかいたが、大して妖力の強くもない猪、そこまでの脅威ではない。

 

分かっている。

心配されたのは私がまだ子供で、彼女が私のことを何も知らないから。

何も知らない者からすれば、私は幼いのに親もおらず、妖怪狩りをして食いつなぐしかない可哀想な子供に見えるのかもしれない。

 

だから、私のことをもう少し知れば、あの女性も私に消えればいい、死ねばいいと思うはずだ。

これだけ気味の悪い子供なのだから。

 

「………はぁ」

 

そうは思っていても、なぜかいつもとは違う気分になる。

平静を装おうとしても、歩幅が短くなる。

 

 

もし私が死んだ時、悲しんでくれるような奴はこの先現れるのだろうか。

 

 

「……いや、無理だな。きっと」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いっつ……」

 

血を体の各所から流して横たわっている、木の幹ほどはありそうなほど太い胴体を持つ蛇の妖怪の死体にもたれかかる。

 

少しは体も成長して大きな獲物を狩れるようになったはいいが、牙こそ避けれど、打撃で骨が軽く何本か折れてしまったようだ。

 

「人を十人は飲み込んだっていうが……」

 

腹をかっ捌けばどろどろに溶けた人の死体でも出てくるのだろうか。

見たいとも思わないが、とにかく首だけは持ち帰らないといけないだろう。

 

この骨の折れた体であの大きさの蛇の首を持って帰るのは、心底面倒くさいが。

同時にいくつかの依頼もこなすつもりだったけれど、この痛みじゃ死にかねない。

 

折れたかひびが入ったか……右足と左腕、あと肋が何本か。

右足はついでに捻挫もした。

 

痛くて仕方がない、今すぐにでもこの場に横になりたい。

 

証拠としては少々薄くなるが、両目だけでもほじくって狩った証として持ち帰った方がいいだろうか。

 

 

「——っ!」

 

気づいた視線の方向へ足下にあった石を投げる。

 

「……なるほど」

 

人の形をした、人ならざる気配。

桃色の髪を持つそいつが短くそう呟いた。

 

「妖怪…」

 

今のこの状況で人の形をした妖怪が襲ってくるのは想定外だ。

万全の状態なら戦えたとしても今のこの傷じゃ到底無理だ、立ち振る舞いでなんとなくその辺の妖怪とは違うということがわかる。

 

逃げるか?どうやって?

 

「私は妖怪じゃないわ」

「…はぁ?」

 

その気配でよく言う、明らかに人じゃない。

立ち上がり、せめて刀だけでも構える。

 

「よく立てるわね、あちこちの骨が痛んでるでしょうに」

 

傷すら見破られている。

これじゃ今の私の姿もただの虚勢にしか見えないだろう。

 

「それでも闘志を見せる、か」

「ただで死ぬ気はない」

「随分と思い切りがいいわね」

 

逃げられるか?

人里まではそう遠くはない、無事な左足でなんとか跳んで行けば……いや撒けるならどこかで撒いて身を潜めたい。

 

「まずは刀を納めて落ち着きなさい」

「妖怪に武器を捨てろと言われて捨てるわけがない」

「私は妖怪じゃないって……はぁ、仕方がないわね」

「っ——」

 

一瞬姿がぼやけたと思えば、あっという間に距離を詰められて拳を胴体へと捩じ込まれていた。

 

頭は伝わってくる感覚と同時に握った刀を振り下ろすが、力が入らずにそのまま手から刀が滑り落ちてしまった。

 

「ぐっ…ごほっ」

「しばらくは動けないわよ」

 

さっき腹にめり込んでいたのは、感覚的には拳じゃなく指だ。

ただの指でこうも体を……

ついさっきまでと同じように大蛇の死体にもたれかかる。

 

「先天的な身体能力だけで戦ってきた、霊力の使い方も知らない未熟な妖怪狩り……いや、教わる相手もいなかったのかしら」

「はぁっ…はぁっ……」

 

人を呻かせておいて一方的に喋ってきやがる。

 

「お前はっ、誰だよっ…」

「…通りすがりの仙人よ、信じるかどうかは勝手にしなさい」

「はぁあ?」

「敵わない相手の見極めくらいは出来るみたいね」

 

なんだこいつ……

急に出てきたと思ったら指で突いてくるし勝手に上から偉そうに言ってくるし。

 

敵意はない……のか?

 

「はぁ、ったく……なんであいつもこんな面倒くさいことに…」

「……?」

「……ちょっと、じっとしてなさいよ」

 

動きたくても動けないんだけど。

仙人を名乗る奴が私の骨の折れているところに手を当てる。

 

「……はい、痛みは治まった?」

「はぁ?んなわ……はぁ!?」

 

痛くない……本当に痛みが治まっている。

 

「治ったわけじゃないからね、痛みを和らげただけで」

「……あんた一体」

「知る必要はないわよ」

 

今何を……

 

「用は済んだから、帰って傷を癒やしなさい」

「今の、どうやって」

「………はぁ」

 

目を見てため息をつかれる。

 

「心臓のある場所に手を当ててみなさい」

 

言われた通りに、右腕を胸に当てる。

 

「何かが掴めるまでそうしておくことね」

「は…え?は?」

「それじゃあ。もう会うこともないでしょう」

「ちょっ………」

 

一瞬で姿を消した、桃色の髪の……仙人?

胸に手をって、一体何を……

 

「……って、あ」

 

痛みが戻ってくる前にこの蛇の頭を切って………

 

いや、大きいし、目玉ほじくればいいか。

 

 

 

 

 

 

「………本当にあれ、放置するつもり?」

「仕方がないでしょう、忘れてたんだから」

「忘れてたって、あなたね……」

 

後ろに出てきた、空間の裂け目のような場所から顔を出しているそいつに向かって話しかける。

 

「博麗の巫女の重要さは、誰よりもあなたが分かっているはずでしょう」

「でも忘れてた」

「馬鹿なんじゃない?」

「なんとでも言えばいいわ」

 

何を開き直ってるのかしら、この冬眠妖怪。

 

「……今の巫女が死んだら、どうするつもり」

「席が空くわね。あなたが臨時でやってみる?華扇」

「冗談じゃないわよ、そんなことしたら拗れるに決まってるじゃない」

 

博麗の巫女は人間の守護者、妖怪の天敵。

幻想郷の創立と同時に創られたその役職は、今まで常に誰かが背負っていた。

空席だったことなど、一度もない。

 

「荒れるわよ、妖怪たちが活気付く」

「でもなんの因果か、彼女は妖怪狩りになった」

「博麗の力を持たない人間にその役目の代わりをさせると?」

「素質はある」

「素質だけでしょう、使えないじゃない」

 

今からでも遅くはない、彼女を博麗の巫女に……

 

「今からでも、とか考えてるんでしょうけど、そんなことできたら既にやってるわよ」

「……で?」

「斬りかかられたわ」

「手遅れ、と」

 

妖怪は見かけたら全部斬るつもりなのかしら、あの子は……

 

「今は様子を見るしかないわ。どちらにせよ、彼女はもう博麗の巫女にはなれない」

「あなたがもっと早くあの子を……」

「過ぎたことは仕方がないでしょう?」

「あなたが言う資格はないわよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おぉっ……なんか出た」

 

いつもの川辺。

突然手から出た光る弾を見て、思わずそう声を漏らす。

 

「………」

 

持ったまま木の幹にぶつけてみると、少し皮を剥がして消えてしまった。

そうか……たまに力の強い妖怪が出してきてたのはこいつか……なんかそういう妖怪特有の能力かと思ってたが、私も出せるとは。

 

霊力とあの仙人は言っていたか。

 

言われた通りに二日ほど胸に手を当てて頭を捻りながら傷が痛まないように生活していたが、突然何かを掴んだ。

ちょっと胸に手を当てれば身体の中にそれが満ちている事がわかった。

 

傷が治ってきてある程度動けるようになったから、こうやって川辺に来て色々試している。

 

「痛む部分に集めると痛みが少しだけ……」

 

あの仙人が使っていたのはなんだろうか。

今のこの霊力を使った痛みの緩和とは、また別の何かのような気がするけれど……

 

案外、手足のように操ることができる。

使うたびに自分の中の何かが減っていく感覚があるから、きっと使える量にも限度があるのだろうが。

 

これなら戦闘中に傷を負ってもある程度は継戦できるはず。

まあ本来なら戦いを続けるより逃げた方がいいんだろうが……逃げやすくなった、とでも考えるか。

 

「………不味いなぁ」

 

釣った魚は人里でも売ってるのを見かけるくらいには美味しいはず。

だとすれば私の調理方法がいけないのか……とはいえ、教わる相手もいない。

思い切って聞いてみたとしても、教えてくれる人間なんていないだろう。

 

たまに人里で店主から嫌な顔をされながら食料を買うが、ああいうのは美味いもんだ。

だとすれば、やっぱり私の料理が下手なんだろう。

食えないほどじゃないから、まあいいか。

 

「あっ人間」

「あ?」

 

声。

台詞からして人間じゃない、かといって妖怪ならある程度は気配を探知しているはず……

 

妖精か。

 

「ねえねえ、悪戯はあの人間にする?」

「でもこんなところに一人でいる人間なんて怪しくない?」

「確かに……どうする?」

 

複数人で固まって、ちらちらとこちらを見ながら話し込んでいる。

大体聞こえているんだが……妖怪じゃないならこっちも特に殺す理由はない。

 

「見て、あいつ武器持ってるわよ」

「本当だ、怖いから別のやつにしよう」

「そうしようそうしよう」

 

比較的頭のいい妖精だったらしい。

見境なく襲いかかって、相手が妖怪やら妖怪狩りやら陰陽師やらで雑に返り討ちにあってるって言うのもそう珍しくない。

というかそういう経験が何度かある。

 

弱いくせして全然危機感のない種族。

生きてて悩みがなさそうで羨ましい、死んでも復活するって聞くし。

 

 

森の中へ進んだ妖精が見えなくなるのを確認すると、特に意味はないが釣り糸を垂らして獲物が引っかかるのを待つ。

 

不味い魚でも、腹が膨れるのなら、か。

人里も中心の方が裕福なだけで、端の方に行けば貧困地帯が広がっている。

 

痩せた子供、覇気の感じられない大人たちの目。

外に出て妖怪を狩って金を得て……

命の危機こそあれど、常に空腹に支配されているあれらに比べれば、私はまだ裕福と言えるのかもしれない。

 

妖怪さえいなけりゃ、そういう格差も少しは減るんだろう。

皆が発展より自分のことを重視して……何も悪いことじゃないが、それじゃ現状が変わるわけもない。

 

「所詮自分が一番大事、か」

 

妖怪を全部狩れば、そういうことから解放されるのか。

いや……依頼で色んな人間を見てきたから、わかる。

 

妖怪がいなけりゃいないで、きっと人間同士で争うのだろう。

人里の中でもそうだ、きっと妖怪がいるから人間同士で争う暇がないだけで。

 

そもそも妖怪を全部狩るというのも無理な話だ。

 

だとすれば、どうすれば今より良くなるのか……

 

 

 

 

人間と妖怪の共存

 

 

 

 

「ないな」

 

馬鹿馬鹿しくて思わずそう口から漏れてしまう。

 

現状を見れば分かる。

人間は妖怪からすれば餌で、妖怪は人間から見れば憎い敵、その間に立って今まで仕事してきたんだ、私がよく分かってるはずだろうに。

 

もしそんなことが実現するとすれば、それは……

 

 

 

 

「………」

 

立ち上がった。

悪寒、殺気、何かが千切れるような音、消えゆくような悲鳴。

 

「っ!?」

 

 

川を挟んだ奥の森から転がってきたのは、さっき森の中へと入っていった妖精の首。

 

ごろごろと転がって川の中に入った後、光る粒になって宙に舞ってしまった。

 

急いで刀を持って立ち上がり、身体中に霊力を回し始める。

 

「よせ」

 

一つ、低い声が聞こえた。

威圧するように僅かな敵意が含まれた、低い声。

 

「昼間っから人間の餓鬼を殺すほどやる気はない」

 

妖怪。

人の形を持った妖怪。

言葉を喋る妖怪。

 

「こいつらはちょっかいかけて来たから殺したが……お前もその口か?」

 

汚い肌。

血で染まった服。

虫のような尾に生えた大量の足のようなもの。

 

異形。

 

「違うならその刀を置いて、何も見なかったふりをしろ」

 

勝てない。

死ぬだけだろう、斬りかかった瞬間に殺される。

 

言われた通りに刀を地面に置いて、木にもたれかかって始めて、自分が震えていることに気づいた。

恐怖に覚えて、みっともなく震えている。

 

「叫びもしないとは……妙な餓鬼だ」

 

そう言ってその妖怪は、ゆっくりとその場を立ち去っていった。

 

 

 

 

「はぁっ、はぁっ、はぁっ……」

 

息が詰まっていたらしい。

結局気配が感じられなくなるまで全く動かなかった。

 

「あ……」

 

釣り糸に魚が引っかかっている……。

特に支えもなかったから、釣竿ごと川の中に引き摺り込まれてしまった。

 

「………」

 

ああいう化け物は博麗の巫女がどうにかするべきだろう。

私がどうこうできる相手じゃない、自分の手に負える範囲で仕事してるんだ、わざわざ死ぬつもりも毛頭ない。

 

「はああぁぁぁ……」

 

一つ、大きなため息をついた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「昼間からっ、襲ってくる、なんてっ……相当追い詰められてんのか?」

「黙って殺されろくそ人間っ!!」

 

随分と必死な様子だ。

その伸ばした爪で必死にこちらの喉元をかき切ろうと迫ってくる。

 

刀で伸びてくる爪を塞ぎつつ、霊力で強化した足で下がり続ける。

 

「会って間もないお前に糞呼ばわりされる筋合いはないが」

 

距離を取ってそう言いながら刀に霊力を流し込み、体の右側で構える。

 

「くそはお前だろう」

「死ね!!」

 

爪を身体の前で構えて突っ込んでくる妖怪、その爪で私の攻撃を防いで首を貫くつもりか。

 

「くそ妖怪が」

 

前に踏み出し、腕ごと霊力を流し込んで敵をぶった斬った。

真っ二つに割れた爪、喉の半分程度まで食い込んだ刃。

 

首から血を噴き出しながら血を垂れ流して力なく倒れ込む妖怪。

 

「参ったな……今日は荒事やる気は——」

「…ァ゛ア゛ア゛!!」

「あぁ!?」

 

こいつまだ動い——

 

「っ!てめぇ!!」」

 

右腕に噛み付いてきたそいつの左目に指を突っ込む。

 

「ギイッ!?」

 

声にならない声を上げて呻く妖怪、気にせずにそのまま目の中に手を突っ込んでぐちゃぐちゃにする。

 

「このっ——」

 

噛む力が弱まった瞬間に蹴り飛ばし、右腕で持った刀でそいつの体を滅多刺しにした。

 

「くそが……」

 

いらない傷を負った……

首を切断しきれなかったのが悪かったか……いや、これで生きてたこいつが異常なのか。

 

「ったく……」

 

昼間とはいえ血の匂いがあれば獣やらが寄ってくる。

止血だけしてここは離れるか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いつもとは違う川の浜辺で、持ってきておいた弁当を食べる。

あの汚い口で噛まれた傷は川の水で洗い流したが……腫れなきゃいいんだけど。

 

「……まだまだか」

 

あの仙人に会ってから、もう一年ほどになるか。

ずっと霊力の使い方を模索してきたが、剣に纏わせるなりして攻撃の強化をするのが精一杯だ。

 

手のひらに弾を一つ作り出す。

こうやって弾にしても、刀で斬った方が致命傷になる。

 

確かにこれなら今まで斬れなかったものも斬れるようになるし、事実人型の妖怪もあの程度の雑魚なら大して苦労もせず倒せるようにはなった。

 

そう言いながら悪あがきで傷を負っていたら世話ないか……

 

「はあぁ…」

 

 

思わず大きなため息を——

 

 

「——年頃のお嬢さんがそんな大きい溜息を吐いちゃいけないよ」

「ぁぁああ!!?」

 

反射的にそばに置いてあった刀を隣に向かって振りかぶった。

 

「なっ、指で…」

「刀はそう粗末に振り回すものじゃない」

「誰だお前!?」

「通りすがりのじじいだよ」

 

また通りすがりの変な奴が……いや身なりが人里の老人のそれじゃない。

気配も……妖怪じゃなければ、あの仙人と同じものでもない。

何より指。

指で挟んで簡単に刃を受け止めた、しかもがっちり掴まれていてびくともしない。

 

「それはそうとお嬢さん、私は腹が空いていてね。申し訳ないがこのおにぎり、一つ貰ってもいいかい」

 

欠けたおにぎりを手に持って指差す老人。

 

「………もう食ってるじゃねえか」

「いやはや、申し訳ない」

 

呆気に取られて手の力が抜けると同時に指で挟んでいた刀を離された。

ゆっくりと、刀を鞘に収める。

 

敵意は……驚くほど感じられない。

気配も、こうやって目の前にいるのにまるでその場にいないかのような…

 

「………」

「そう睨まないでくれ、老人は大切にするものだよ」

「あんた何歳だよ」

「さあ、もう数えるのも億劫になってしまってね。お嬢さんこそ刀なんか持って……今はいくつなんだい?」

「数えてない」

「似たもの同士というわけか。はっはっは」

 

何を笑ってんだこのじじい……

周囲を回っている、何かよくわからない白い玉みたいな奴。

腰に刺さった刀。

指で受け止められたという事実。

 

敵意を向けていられなくてもわかる、どう足掻いたって勝てる相手じゃない。向こうがその気になれば、瞬く間に切り裂かれることだろう。

 

「刀というと……人里の妖怪狩りは刀を使うと聞いたな」

「……飛び道具は闇夜じゃろくに狙えない」

「なるほど、それもそうか。なら君も妖怪狩りか」

「………」

「無言は肯定と受け取るよ」

 

人のおにぎり勝手に食ってべらべらと……

 

「霊力の使い方も慣れていないみたいだね。刀の振り方も適当だし……誰かに指南は?」

「ない」

「そんなので今まで妖怪狩りを……?」

「なんか文句あるのか」

「あぁいや、気を悪くさせたならすまない」

 

おにぎり食われた頃から既に機嫌が悪いんだが。

飄々とした態度、力では敵わないと肌で感じるだけ質が悪い。

 

さっさとどっかいってくれないか、そんなことを考えていると、老人が口を開いた。

 

「そうだ、せっかくおにぎりを貰ったんだ。ここは一つお礼をしようじゃないか」

「はぁ?誰がそんなこと」

「ほら、刀を抜きたまえ」

「あぁ?」

「いいから」

 

……帰りたいところだが、そしたら人里まで着いてきそうだ。

言われるがままに刀を鞘から抜く。

 

「そうだな…私はこれでいい」

 

そう言ったじじいはその辺に落ちてた木の枝を拾い上げた。

 

「さあ、かかってきなさい」

 

その枝を、薄ら笑い浮かべながらこちらへと向けた。

 

「……舐めてんのか」

「そんなことはないさ。さあさあ、早く早く」

 

鼓動が早くなっていくのを感じる。

明らかに舐められている。そりゃあさっき指で受け止められたばかりだ、でもあれは不意だったから。

急に横に現れてちゃんと振れなかったから。

 

それをこのじじいは、自信満々、随分と楽しそうな顔で私のことを見ていやがる。

 

「潰すっ!!」

 

霊力を込めた刀を横に一度振った。

 

「ふふ」

「なぁっ……!?」

 

真っ直ぐ横に振ったはずの私の刀は、地面を抉って静止していた。

 

「さあ、もっと来たまえ」

「このっ……」

 

もう一度振った、今度は斜めに切り上げるように。

そしたら今度は横向きに刀が動いていた。私は切り上げていたのに。

 

「相手は木の枝一本、刀を持って折れないはずがないだろう?」

「ぐっ………」

 

このじじい……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぜぇ…ぜぇ……はぁ」

「おや、もう終わりかね」

「もう、日も暮れてきた、はぁ」

「そうか……残念だよ。この木の枝は傷一つついちゃいないが、これで終わりか」

 

一々言うなよ見りゃわかる、腹の立つじじいだ。

 

「君には教えてあげたいことが山ほどあるが……終わりなら、仕方がないなぁ」

「………」

「いやあ惜しいな。君は素質なら十二分にあるんだが」

「………」

「磨けばもっと強くなれるんだろうけどなぁ」

「………」

 

このじじい………

 

「じゃあそろそろお別れと行こうか、おにぎりおいしかったよ、ありがとう」

「待てよじじい」

「……なんだい?」

 

顔は平静だが、目が笑っている。

心底腹が立つ。

 

「明日もここに来い、ぶっ飛ばす」

「……ふふ」

 

馬鹿にされたままじゃ終われない。

潰す、絶対潰す、必ず潰す。

 

「そうか、恩人の頼みとあっては断れないなぁ」

 

あんたが勝手におにぎり食ったんだろうが。

 

「お望み通り、明日もここで待とう。お嬢さん名前は?」

「ない」

「ない……?」

「親とは縁を切ってる、名も名乗るなと言われた」

「そうか……」

 

顎髭を弄り、考える素振りを見せるじじい。

 

「なら私が名前をつけてあげよう」

「いらない」

「そう言うな。お嬢さんや君と呼び続けるのも虚しいだろう、そうだな…」

 

十数秒経った後、顎に手を当てたままのじじいが口を開けた。

 

「りん、君の名前はりんだ」

「………」

「不満かい?」

「なんだっていい」

 

名乗る相手がいるわけでもない。

名前が付けられたところで……

 

「……あんたの名前は?」

「む?そうだな……じじいでいいよ」

「はぁ?教えろよ」

「私に勝てたら教えてあげるよ」

「なっ…くそっ」

 

一生かけても勝てる気がしないんだが……

 

「じゃあまた明日会おう、りん」

「………」

「何か言ってくれよ。……まあいいさ」

 

当然のように空を飛んで、どこかへ去ってしまったじじい。

 

………りん、か。

   

 

 

 

 

 

 

 

「ん」

「……ん、って言われてもな」

 

刀工の男にいつも使っている刀を押し付ける。

 

「なんだなんだ、返品か?金は返してやらねえぞ」

「しばらく預けるから、手入れしてて欲しい」

「………分かった」

 

訝しげな表情を浮かべられたが、承諾してもらえた。

 

「あと木刀を二本欲しい」

「木刀?なんだ修練でもするのか」

「………」

「黙るなよ……ほら、そこの持っていけ」

 

代金を置いて、木刀を二本持つ。

 

「………」

 

男の視線を感じながら、川辺へと向かって歩き始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「木刀?」

「枝で防がれるのは心底腹が立つから」

 

じいさんの疑問にそう答える。

 

「確かに、戦いの中の激情は大した利点にはならないからね」

「分かったら早く——」

「その前に…」

「……何」

 

つい不満げに声を出してしまう。

 

「まずはちゃんとした刀の振り方を知らないとね」

「………」

 

 

 

 

 

「上手いな、流石今まで刀を振り続けてきただけはある」

「流石にこのくらいは……」

「振りやすくなったろう?」

「……まあ」

 

所々で煽られるせいで腹が立つが、このじいさんは驚くほど剣術に長けている。

 

「肉体の方は十分力がついている、これからも成長するだろう。あとは霊力と力の使い方だね」

「打ち合いしてたら学べる」

「いやでもそれじゃあ…」

「あんたの弟子になるつもりはないから」

 

私がそう言い切ると、少し驚いた表情を浮かべた。

 

「私には私のやり方がある、あんたの真似をして強くなる気はない」

「……確かに、君の剣は相手を殺すための剣だ。その通りだな」

「分かったら早く……」

「でも基本は抑えるべきだと思うけど。なありん?」

「………」

 

………基本、出来てないのか。

 

「自分じゃどこがいけないのか、いまいち分からないだろう?」

「………」

「別に悪い事じゃない。むしろ何も知らずにそこまでの腕に到達しているんだ、私はすごい事だと思うよ」

「………」

「……不服そうな顔をして黙り続けるの、そろそろやめて欲しいのだけれど」

「………」

 

不服というか、少し悔しいだけだが。

 

「君はなんで妖怪狩りなんてしているんだい?」

 

木刀を下ろし、座り込んでそう聞かれる。

 

「……それをする他なかったから」

「親はいない?」

「縁を切られた。なんで切られたかは、あんまり覚えていない」

「じゃあなんで妖怪狩りに?親に捨てられても、他に日銭を稼ぐ方法なんていくらでも……」

「周りにそうしろと、言われたから」

「………」

 

もうあまり覚えていない記憶を、断片的に散らばってしまったそれをどうにかして思い起こしていく。

 

「まるで妖怪みたいな扱いだった。気味が悪い、怖い、理解できない……そんな感じの目だった」

「……そうか」

 

昔のことを思い返すことは少ない。

想起したところで今が変わるわけでもないのだから。

 

「でもまあ、妖怪狩りをやれって言われたのは、力が強かったからじゃないだろうなぁ」

「………」

「きっと、気味悪いやつはさっさと死ねって、そういうことだったんだな」

 

理解できないものは、怖い。

他の人間にとって私は理解のできない存在で、恐怖や嫌悪の対象で、いない方がいい存在。

 

「まあそんなのが理由で死んでやるほど私も素直じゃないが」

「……死にたくはない?」

「ない」

「そうか」

 

妖怪を斃すことで存在価値を示せるなら、それに則って生きていくだけだ。

どうせ死にたくないとは思ってても、こんなことしてたらそのうち死ぬんだろうが。

 

「妖怪狩りを止めるという選択肢も…」

「ない。そんなことしたら居場所がなくなる。あそこ追い出されたら妖怪どもに四六時中身を晒しながら生きるしかない」

「……そうか、そうだね」

 

それに、自分のおかげで助かってる人がいるなら。

望まれていなくとも誰かが救われるのなら、それはそれで悪くない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

見た感じは十五というところ。

まだ身体も成長しきっていないと言うのに、随分と達観している。

聡いとはまた少し違うが、賢いのは間違いないのだろう。

 

……やはり、博麗だろうか。

 

「じろじろ見てくんな」

「あぁ、すまない」

 

降るう刀は力強く、相対する妖怪には殺意と闘志が向けられていることだろう。

 

刃を向ける理由も重たいものではあるが、純粋な思い。

ただ殺すと言う目的のみ、単純だけれどそれもいい。

 

でもきっと、私が望む剣をこの子は望まない。

 

「………惜しいな」

「…?」

 

素質だけなら十分にあると言うのに。

彼女を取り巻く環境が、今までの記憶がそれを許さない。

 

いや、もし今とは違う環境だったとするならば、それは博麗神社なのだろうが。

 

「あと少し休んだらまた再開しようか」

「………そんなに私につきまとって、何がしたい」

 

まだ幼さの残る顔で睨むようにそう言われる。

 

「当然の疑問だな。まぁそうだね……年寄りの気まぐれ、もしくは暇つぶしでとでも思ってくれ」

「………はぁ」

「ただちょっと、興味が湧いただけだよ」

 

死にたくはないと言っているのに、どこか諦観した目に。

巫女であらずとも妖怪と対峙するその因果に。

 

興味がある。

 

「……まあ、強くなれるなら何でもいい」

 

それは生きたいからじゃないのだろう。

生きるための存在価値を示すために、強くなりたいのだろう。

 

「妖怪は、憎い?」

「昔はなんとなくそう思ってたけど、今は別に」

「なら、戦わずに済まそうとは?」

「思わない。狩るのが仕事だから」

 

随分と割り切りがいい。

 

「もし向こうから歩み寄ってきたとしたら?」

「知らん」

「……まあ、そうか」

 

まずは何よりも先に強くなる、か。

 

「妖怪だって道楽や享楽にふけって人を殺してるわけじゃない。まあ中にはそういう悪趣味なのもいるんだろうが……向こうだって生きるために襲ってるんだってのは、理解できる」

「………」

「それなら私たちとは相容れない。生きるための行いなら、それをどうにかする余地もない。だからこうやって殺し合いをしてる。それだけだと思ってる」

 

……私が思っているより随分と聡い子らしい。

 

「そこまでわかっているのなら、十分さ」

「……何が」

「さあ、続きを始めよう。今のままだと強敵に出くわした時に逃げることもままならないよ、りん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

例えるとするなら、霧だ。

 

どこへ打ち込んでも流される、捉えたと思ったら抜けていく。

隙が見えたと思ってもそれは誘われているだけ、そこを突いたとしても結局は逸らされる。

 

どうすればそこに辿り着けるのかわからない。

掴みどころのない、というのはこういうことなんだと感じた。

 

「何も当たらん!!」

「いやいや、ちゃんと成長しているよ」

「どこが!!?」

「抜け目なくなってきている」

「………知らん!!」

 

実感はない。

こいつがそう言うならそうなんだろうが……自覚がないってのはなかなかにつまらないものだ。

せめて一撃くらい入れたい。

 

「隙を見逃さないというのは大事なことさ、決め手は機会がなければそもそも出すこともできないからね」

「………」

「そもそも、君のような幼子に一発入れられるほど老いぼれたつもりもない」

「幼子って呼ばれるほど未熟じゃない」

「私からすれば人間は皆幼子さ」

「………」

 

どれほどの年月、研鑽を重ねてきたのだろうか。

どれほどの時間を、剣に捧げてきたのだろうか。

私と同じ尺度では測れない。

 

「……あんたは普段何してるんだ?」

「ふむ……ただ単に、放浪しているだけなんだが」

「…何十年もふらつきながら剣を磨いたと?」

「何百年、だね」

 

………本当に何年生きているんだ、こいつ。

 

「今は…そうだな。この土地には少し馴染みがあってね、少し寄ってみた。そしたら、面白そうな子供がいたんでね」

「……いつまた旅に?」

「気が向いたら」

 

放浪……随分と自由な生き方をしている。

あまり理解は、できそうにない。

 

「りん、旅をするという選択肢は……」

「ここから離れるつもりはない」

「……何故?」

「なんとなく」

 

特に理由はない。

ただ単に、ここで生きていこう思っているだけ。

 

生きづらいはずの、ここで。

 

「…なに、生き方は人それぞれさ。そこに理解なんて必要ないし、棲み分けができていれば十分」

「………」

 

棲み分け……区別…

 

「それができるほど、割り切りのいいわけじゃない」

 

それができているなら、他の人間を気にすることだってなかったろうに。

 

「私は異物だし、それを理解してる。この世界にとってはありふれた存在であったとしても、私の生きてるあの場所じゃ私ははみ出しものだ」

「……離れようとは?」

「できるならとっくの昔にしてる」

 

知らないんだ、何も。

あの場所以外での生き方を、知らない。

他の場所で生きようとも、思わない。

 

「………まあ、そう悲観することはないさ」

「…?」

「人間という一つの種族の中で君のような奴が生まれ出てくるんだ」

 

その皺くちゃの顔を少しだけ歪ませて笑う。

 

「探せば妖怪にも、君と同じようなはみ出しものがいるだろうさ」

「………いたとして、分かり合えない」

「その時になってみなきゃわからないだろう?」

「………」

 

そう都合のいい話があるだろうか。

寿命の長い存在だからそんなことが言えるんだ、妖怪狩りなんて続けてるやつがそんなのと出会うことなんて……

 

「……もし、そんな奴と会えたら」

「ん?」

「それは、相当運のいいことなんだろうな」

「……そうだね」

 

ほどほどに期待しておこう。

先のことなんてわからないのだから。生きているのかさえも。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どういうつもり?」

 

背後から現れた気配、不機嫌そうなその声に肩をすくめる。

 

「これはこれは、紫殿。私になんの御用でしょうか」

「白々しいわよ、魂魄妖忌」

 

……少しばかり、威嚇されているか。

 

「何故あれに接触したの。ただの人間にそこまで興味を示すなんて…」

「ただの人間、ですか。あなたも中々に白々しいですな、八雲紫」

「……ちっ」

 

本当にただの人間ならあなたがそうやって私に接触してくることもないだろうに。

 

「分かっているの?あれは……」

「あなたの手からは抜け落ちた存在でしょうに、何をそう気にかけることが?」

「だからこそ、あなたの意図が知りたいと言っている」

「自らは見ているだけなのに?」

「それが役目よ」

 

ふむ……そうか。

やはりあれは…あの子はそうなのか。

 

「……次代は見つかっているので?」

「生憎、まだよ」

「ほう?それはそれは、由々しき事態ですな」

「………」

「そうあからさまに不愉快そうな顔をしないでくだされ、綺麗な顔が台無しになってしまいますよ」

「…はぁ」

 

理由はわからないが、後継とするのに失敗したか。

だからああやって、素質のあるものを放置しているか……

 

「しかし、次代の博麗の巫女がいないとなれば、代わりとなる者が必要ですね」

「………」

「調停者に代わる者……不思議なことに、それになれる素質を持った者が刀を持って妖怪たちを斬り伏せているではありゃせんか」

 

心底不愉快そうな顔をしてくる。

あなたの落ち度だろうに。

 

「私としてもこの土地が荒れるのは本意ではありません、結構好きですからね、ここ。ならば、彼女を、この私が、博麗の巫女に変わる調停者にしてみせましょう」

 

本当はただの気まぐれだったが、我ながらそれらしい理由を作り出せた。

 

「なぜか妖怪の賢者も静観している様子、それならばこの私が動くしかない……そう思った次第ですよ、紫様」

「………そう、分かったわ」

 

渋々と言った感じだが、納得してくれたらしい。

 

「何故そんなことする気に、って聞いても、気まぐれだって返されるんでしょうね」

「よくご存知で」

「……やっぱり、あなたのことは好きになれないわね」

「私はそうでもないですよ」

「………」

 

おや、本当に嫌われているらしい。

 

「……あなたほどの存在、世に放っておくのは危険なのよね」

「私が幻想郷を滅ぼすような存在に見えると?」

「そうは言ってないわよ」

 

まあ、彼女の心境を思えば、私を幻想郷に置いておきたいという気持ちもわかるが。

 

「……首輪でも嵌めてやればいいのかしら」

「…なにやら不穏なことを考えていらっしゃるような気がしますが」

「あなたも半人半霊、冥界にいるのも苦ではないでしょう」

「あぁ、そういうことですか」

 

あの方の従者に私をしようと。

 

「…考えておきます」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「すぅ………ふんっ」

 

霊力を腕と刀に纏い、斜めに振り下ろして目の前の大木の幹を真っ二つにする。

 

「やるじゃあないか」

「………五十二回目、ようやく斬れた」

「十分早いと思うが」

 

その五十一回全部全身全霊でやって、ようやくだ。

ようやく掴めた。

 

「あんたは一息で細切れにするだろう」

「私と張り合おうなんて千年早いさ」

「あんた何歳だよ」

「さあ?」

 

飄々としたその性格にも段々慣れてきた、腹は立つが。

 

 

「…雨を斬るには三十年」

「あ?」

「空気を斬るには五十年」

 

斬ってどうすんだそんなもん。

 

「時を斬るには二百年かかる。……まあ、励めってことさ」

「……それなら」

 

刀の切っ先を向ける。

 

「あんたを斬るには、何年かかる?」

「……あまり調子に乗るんじゃない」

「あだぁっ!?」

 

拳骨いってぇ……

 

「だけどまあ、その意気や良し」

「………」

 

親か何かのつもりだろうか、このじじいは。

こちらは師とすら思っていないのに、ただの修行相手としか…

 

「実際君は才があるよ、もし剣術を極めるのならいつか私にも届く。そう確信しているくらいにはね」

「そこに行き着く前に寿命で死んでるだろう」

「人間が妖怪のように長生きする手段なんて、意外と探せば見つかるものさ」

 

別にそこまでして生きたいとも思っちゃいない。

 

「あんたに稽古つけてもらうのも、そういつまでもやるつもりじゃない。ある程度妖怪を斬れるようになったら、もうこういうことは辞めるつもりだし」

「私は別に構わないが……」

「そういう問題じゃないし。大体あんただって旅があるんだろう?私のためにそんなに構い続けることもできないだろう」

「………」

 

一つの場所に留まるような人じゃないってのは、話していれば段々とわかってくる。

 

「それとも、他にやりたいことでもできたか?」

「…おやおや」

 

なぜか困ったように髭を撫で始めた。

 

「やはり勘がいいね…」

「あ?」

「いや……君のいう通りさ。私も、自分のやりたいことがある」

 

あぁ、それが剣のことだってのは、私にも分かる。

 

「…やっぱり君、私の弟子に…」

「断る」

「まあ、だろうね」

 

もうとっくの昔に自分の生き方は定めた。今更誰かの弟子とか、旅だとかするつもりはないし……できない。

……できることなら、私だってまともな………

 

「………」

「……ふふ」

「ぁ…あぁ!?」

 

ちょっ、何頭に手置いてんだこのじじい!

 

「やめろぉ!!」

「おっとっと」

 

何がおっとっとだよ木刀振られるの分かってたくせに……

 

「いきなり何すんだ殺すぞ!?」

「そうだよ」

「あぁん!?」

「君みたいなあ子供は、そうやって感情豊かに生きればいい」

「………」

 

だから……親でもなんでもないくせに、何を……

 

「羨望、かな」

「……なんだよ」

「まだまだ若いんだ、そう眉を顰めて難しい顔をすることもないじゃないか。年相応の想いだって君には……」

「黙れよ」

「………」

 

人じゃないくせにべらべらと……

 

「ちょっと一緒にいるからって私のこと分かったつもりかよ。私はお前の子でもなければ弟子でもない。少なくとも私はそう思ってる」

 

羨ましいかって?そりゃ羨ましいさ。

だからって……

 

「手に入らないものを望むほど馬鹿じゃない、私には私の定められた生き方がある。私はそれに従うだけ」

「……そうか、悪かった」

 

………

 

なんだよ、その悲しそうな目は。

 

「物分かりが良すぎるっていうのも、考えものだなぁ」

「………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………?」

 

朝、寝過ぎたかと思いつつ家を出ると、十数人の人が私の家を取り囲んでいた。

 

「なんだよ」

 

憎い敵を見るかのような目。

経験がないわけじゃないし、むしろよくあるが、こうやって家までわざわざやってきて複数人で見られたのは初めてだ。

 

「お前だろ」

 

そのうちの1人の男が睨みながらそう言った。

 

「何が」

「倉庫を荒らしたのは」

「………はぁ?」

 

全く身に覚えのないことを言われている。

 

「なんで私だと?」

「今朝見たら壁が切られていた」

 

………夜切りか?

倉庫の壁を夜の間に切って侵入……か。

 

刀持ってる私のこと疑ってんだろうが…やるにしても刀は使わないんだけどな。一応商売道具だぞ。

 

「付き合ってらんねえ」

「おい待て!!」

「私がやったって証拠あるんならまた話聞いてやるよ」

「この……っ!」

 

第一、私倉庫の場所知らないんだが。

 

「はぁ………」

 

まあこういう疑いかけられるのも別に驚いちゃいないんだが。というか、私に疑いがかかるのも当然だろう。

 

「………まぁ、慣れたが」

 

道を歩くだけで化け物を見るかのような目で見られる、今も昔も変わらずに。

知らないものを知ろうともしない、自分にとって恐ろしいものは皆排除する、共存、なんて考えは存在しないし、してたとしてそれは不本意なもの。

 

それが人間、私も人間。

 

「………そうだなぁ」

 

暇があれば、その盗人を引っ捕えるのも……いや。

そういうのは私の役目じゃないか、第一人間相手だと間違って斬って取り返しのつかないことになるかもしれない。

 

「………いいか」

 

自分のすべきことだけしていよう、そんなことしたって私に向けられる目は変わらないだろうし。

変えたいとも思わない。

 

第一、あいつらは都合が良すぎる。

 

 

 

 

「……受け取りに来た」

「おう」

 

いつもの刀工の男。

少し、しわが深くなったか。

 

「お前、この刀は随分大事に使ってるんだな」

「……まあ」

 

実際、これより前の刀は随分と折っていたから。

そう何度も折ってちゃ金も勿体無いし、折ってるって時点で苦戦してるってことだ。

 

今は多少なりとも、振り方を覚えた。

 

「……里中で噂になってるぞ、お前のこと」

「いつものことだろ」

「……そうだな」

 

………この男は、私のことを疑っていないんだろうか。

いつものように手入れされた刀を受け取りつつ、そう思う。

 

「お前じゃないのは少し考えたら分かることなんだけどなぁ」

「…え?」

「別にお前、金に困ってるわけじゃないだろ」

「まあ…」

 

使い道がないから。

妖怪は狩るし報酬も受け取るが、それの使い道が食い物と服、あと刀くらいしかない。

普通に生きてるやつよりは金も手に入るし。

 

「人ってのは分からないのが怖いからな、知ってる怪しい奴になすりつけようとすんのさ」

「………あんたは、違うのか」

「お前のことは、知ってるからな」

「………」

 

知ってるのか、私を。

そうか、何度も顔を合わせているからか。

 

「あと、別にその刀使い続けなくたって、新しいの打ってやったっていいんだぞ?それもそのうち…」

「いや、いい」

「…そうか」

 

どうせならしばらくは使い続ける。

せっかく手に馴染んでるんだし。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……最近失踪する人が多い?」

「あぁ」

「そりゃあ君、妖怪の仕業だろう」

「そうなのか?」

 

最近噂になってることをそのままじじいに伝えた。まあ当然のように私も疑いにかけられたが……相変わらず証拠もないのによくもまあ。

 

「だが、いなくなってるのは人里の中だぞ?誰かと一緒にいたのに忽然と消えたって話も…」

「それが何度もあったっていうなら、妖怪だよ」

「だから、人里の中に妖怪なんていたら……」

「人に化けるものだっている、気配を隠すのが得意なのもいる。人里の中なんて妖怪にとって格好の餌場だ、入り込めるなら入り込んでるだろうさ」

「………」

 

妖怪なら、狩った方がいいだろうか。

 

「……強いか?」

「さあ?まあ知能は高いだろうね、人里に忍び込むなんて考えついて、それを実行してるようなら」

「………」

 

頭がいい妖怪か。

私が今まで相対してきたのは獣のようなやつか、人間の恐怖を喰うことしか頭にないような頭の悪そうな奴らばかりだったから。

 

そういうやつと戦うのは、初めてになるか。

 

「……いいことを教えてあげようか」

「……あ?」

「気配の消し方」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

失踪事件を追ってる同業者に、訝しげな表情をされながらどこに住んでる人間がどこで消えたのか、おおよその位置を教えてもらった。

その同業者も妖怪の仕業だと睨んでいるらしい。

 

今は夜の間に怪しそうな場所に張り込んで、妖怪が見つかるのを待っているが……

 

「………」

 

気配を消そうとしているからため息もつけないが、本当なら大きなため息をかましているところだ。

毎晩毎晩読みが外れて、違う場所で失踪事件が起きる。

 

息を潜める、体を動かさずにじっとする……

その上で霊力すら全く漏らさない、そうしてやっと気配を消せる。

 

簡単に言うが、難しい。

それができないから同業者も気配を察知されて逃げられ続けているんじゃないだろうか。

 

 

「———」

 

 

声が、闇に溶けていった。

間違いない、近くだ。

 

置いていた刀を握って屋根から飛び降り、違和感のあった方へ静かに走っていく。

 

周囲の民家から人の動く気配はない、なるほど誰にも気づかれないわけだ。私も今の声が耳に入らなきゃずっと足を組んで座り込んでたところだ。

 

 

 

 

目に入ったその姿は、そう寒い時期でもないのにぼろ布の服を着込んで、夜なのに編笠を被って顔を隠すようにしている。

 

「おい」

「…なんでしょう」

 

女の声。

 

「さっきこの辺から叫び声がしなかったか」

「…さあ?存じ上げませんが」

「…そうか」

 

すっとぼけやがる。

 

「ところで、こんな時間に女一人で何してるんだ」

「あら、それはあなたの方では?」

「私は……いいんだよ別に」

 

言われてみれば確かに、私も女一人で屋根の上に座り込んでたが。

 

「………問答も面倒くさいんだがな」

「………」

 

確かに、こうもしっかり受け答えをしてくる妖怪ってのもなかなか見たことないか。

 

「……微かに、血の匂いがするんだが」

「……気のせいでは?」

「だといいんだけどな」

 

腰に差した刀に手をかける。

 

 

「………察しの良い人間が」

「っ!」

 

その体から突然伸びてきた太い何かが突っ込んでくる。

刀でずらしつつ横に飛んで回避し、霊力を纏わせた刀を振って斬撃を飛ばす。

軽い一撃だったからか、簡単に腕を振るってかき消された。

 

「………正体表したな」

「お前を消せば分からないままだよ」

「そうかい」

 

一歩踏み込んで斬りかかろうとしたところで気づいた。

 

ここは集落の中、周囲は森とか川とかじゃない、ここで戦えば巻き添えをくらう人間たちが大勢いる。

もしさっきの太い何かを民家に向けてられでもしたら、家は一気に崩れるだろうし人間も無事じゃ済まない。

 

面倒くさい相手だ。

 

「………」

「………」

 

ゆっくりと、目線は外さずに、民家に攻撃が当たらないような位置に移動する。

出来るだけこの位置関係を維持する。

 

さっきまでの動きでよくわかった。

 

こいつは強い。

あのじじいやあの時会った私を見逃した妖怪よりは随分劣るが、私が今までずっと相手をしてきた奴らは雑魚だったんだなと認識させられるくらいには。

 

「ふぅっ」

 

さっきも向けられた太い……尾か。

どこから伸ばしてるのかは知らないが、その太い尾のようなものをまたこちらに向けられる。

刃をその尾に擦りつつ接近しようとするが、軽く横に揺さぶられてあしらわれる。

 

「硬いな…」

 

刀を擦った感じで大体を察した。

これは相当気合を入れないと傷ひとつつけられない奴だ、厄介。

 

霊力を腕と刀に纏わせる。

その上で全身に満遍なく循環させて、動きやすいように。

 

相手から視線を離さないように。

 

「——っぁ!?」

 

瞬きをした瞬間に近づいて腕を伸ばしてきた。

急な接近に驚いたが、頭を狙ってきたその腕を屈んで避けてその胴体に刀を押し当てようとする。

 

それも身を捻って避けられるが、そのまま振り返って斬撃を飛ばし、自分も一緒に突っ込む。

 

「歳の割には動けるみたいだね」

「そりゃどうも」

 

斬撃をかき消してそのまま伸びてきた尾を飛んでかわし、伸ばしてる間は本体は動いていないことを確認して、そのまま空中から刀を振り下ろそうとする。

 

「あ、違うか」

 

そいつの口元が笑っているのを見てすぐさま刀を横向きに自分の前に出す。

そいつの手から伸びてきたのは蛇の頭、刀を咥えてぶん回してきた。

 

「あっ…ぶな」

 

どうにか屋根の上には着地した。

あのまま行ってたら蛇の頭ごと斬ってたか、喉笛を噛み切られていたかのどちらかだった。

 

だけれど…

 

「蛇か」

 

蛇って人に化けるんだな。

いや、そう呑気なこと考えてる場合じゃないんだが……

 

「蛇なら丸呑みか?蛇女」

「フフ…」

 

何の笑いだ?それ。

思い返せばちらりと見えた顔も蛇そっくりだったような気がしないでもないが……

 

「時間はかけられないか」

 

今は向こうも私だけ始末して誰にも悟られずに終えたいから、なりふり構わず攻撃、なんてことはしてこないが。

もし誰かが戦いを直視しようものなら一気に広まって、向こうがやけになる可能性もある。

 

「お互いに望むは短期決戦……」

 

握っていた刀を鞘に戻し、腰を落とす。

 

居合。

これが一番力を真っ直ぐに伝えやすい。

霊力を手足と鞘の中の刀に纏わせる。

 

単に相手の首を狙っていたんじゃキリがない。

既に相対しているから不意打ちも不可、そもそも実戦で正面から不意打ちをするような技量はまだ持ち合わせちゃいない。

 

なら正面から相手の反応できない速度で斬るしかない。

 

「すぅ…」

 

息を少し吸って、屋根を蹴った。

 

蛇女に向かって直行していく自分の体を感じながら、鞘から思いっきり引き抜くようにそいつの首筋に向けて刀を振るう。

 

「——チィッ」

 

手応えはあった。

それと同時に斬れていないという直感もやってくる。

 

「危ないねぇ」

 

そう言った蛇女の声からは、ほんの少しだけ焦りのようなものも見えた。

 

寸前で避けられた。

首を少し切った程度で、私の刃は深くまで届いていなかった。

 

「じゃあこっちも反撃に——」

 

人の気配。

 

「やはりいたか、妖怪め」

 

同業者の姿。

 

「………」

「……まずい」

 

その手に持った笛を吹かないでくれ、頼むから。

 

そう思っても、行動に移さなければ意味がない。

妖怪狩りの笛から高い音が放たれる。

 

「妖怪だ!人里に妖怪が現れたぞ!!」

「はぁ……」

 

思わず手を顔に当ててため息をついてしまう。

 

「お前、戦っていたならなんで皆に知らせ——」

 

それまで黙っていた蛇女からまた尾が伸びてくる。

二人してそれを避けて、そいつの方を見る。

 

「せっかく騒ぎにならないように静かに戦ってたってのにねぇ」

「……なんで知らせなかったかって?」

 

みるみるうちに蛇女の体が膨れ上がっていく。

 

「こうなるからだ」

 

瞬く間にヘビ女の姿は巨大な蛇……以前戦った大蛇よりも一回りも二回りも大きな、巨蛇。

 

「……まずいか?これ」

「あんたやらかしたよ」

「………」

「………」

 

その巨躯から薙ぎ払うように振るわれた尾を地面に刀を突き刺して支えにして受け止めた。

体の髄まで轟くような衝撃が伝わってくる。

 

「私が抑え込むから寝てる奴ら起こして避難させろ!」

「なっ、それなら俺が…」

「私が声掛けても聞かねえだろ!!」

 

そう言いながら離れた尾の行き先を眺めていると、その巨蛇がとぐろを巻き始めた。

 

「………」

「………」

 

まっず。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何も見えない暗闇の中、手を開いたり握ったりして、右手に刀を持ったままなのを確認する。

次に足、僅かにある空間でちゃんと動く。

 

そうして少しづつ戻っていく感覚を頼りに、今の身体の状態を確かめていく。

 

「………ぬぅん!」

 

手をつきつつ、上半身だけ瓦礫を押し退けて体を起こした。

 

「………はぁ」

 

やってくれたもんだ。

周りの家が全部崩れて瓦礫になっている。

 

感覚的には、意識を失ったのは一瞬か。

妖力を撒き散らしながら頭から尾をぶん回してきて、それを防御して突っ込んで……そのままあの蛇は止まらずに好き勝手やってくれたってことだろうか。

 

「——まだ生きてたの」

「……ん」

 

声のした方向を見れば、ついさっきまで暴れ回っていたであろう巨蛇。

改めてみるとでかいな、人を五人以上は容易く飲み込めるだろう。

 

「傷ひとつないが?」

「そう、残念」

 

刀を支えに体を起こしながら、瓦礫の下敷きになっている足を引き抜く。

 

目立った傷はないし、骨も折れてはいない。

頭がぐわんぐわんと揺れるような感覚だけが残っている。

 

「………周りの人間はどうした」

「さあ?」

 

何人か死んでてもおかしくない。

…いや、生かしてるか。

 

これだけの巨躯、また暴れれば今下敷きになっているかもしれない人間たちは間違いなく潰れ死ぬだろう。

 

これだけの衝撃、里中の妖怪狩りやら陰陽師やらがやってくるのも時間の問題。

 

だがこいつは逃げずにここにいる。

 

「姿を知ってるお前とあいつだけは、殺さないといけないからね」

 

なるほど、そういう魂胆か。

だから人間を生かして半ば人質のようにし、私の行動を制限しようとしている、と。

 

「……ふぅ」

 

一息をついて、刀を構える。

頭の揺れも治った、体を動かしても痛む場所はない。

 

「…さっきやって分からなかった?お前じゃ私に傷ひとつ——」

 

なら、この場で斬れるようになればいいだけ。

 

状況は最悪、想定外。

相手は自分より格上、尻尾巻いて逃げるのが正解。

 

 

だが、それをするわけにもいかない。

妖怪を狩ってこそ私だ、狩らなきゃ生きてる意味がない。

 

あの蛇の頭を———

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「一撃を通す力」

「あ?」

「最終的に求められるのはこれだよ」

 

言い切るじじい。

 

「どれだけ相手の攻撃を捌くのが上手くても、どれだけ隙をつくのが上手くても、決め手に欠ければ行き着く先は負けさ」

「そりゃそうだろ」

 

何を当然のことを言ってんだこいつは。

 

「自分より強い相手と遭遇した時、なんとか勝つためにはどうする?」

「そりゃ、どうにかして相手の急所を…」

「そう、その通り」

 

何が言いたいんだこいつ。

 

「窮地に陥った時に乗り越えられるかどうか。それは最善の一手を通せるということ」

「………」

「だがもちろんそれができたら苦労しない。実際はそんな状況になったら冷静さを失い、何をすればいいかも分からず終わってしまうことがほとんどだろう」

 

………打ち合ってるときにも感じていた。

一度崩されると立て直せずに、そのまま押し通されてしまう。

 

「それが出来るのと、出来ない人がいる」

「………」

 

出来ていないから、そのまま負けてしまう。

 

「でもね」

「…?」

「君は出来ると、私は思ってるよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

薙ぎ払われた尾を受け止めずに、その場を跳んで飛び越える。

何度も何度も同じことされれば速度にも慣れる、むしろ人型の時より予備動作が見えやすい。

 

「避けるのか」

 

続いて振り下ろされた尾を軽く横に跳んで、打ち上がった瓦礫を刀で蛇の方に飛ばしつつ接近する。

 

「周りには人間が——」

「知らん」

 

ほどよい緊張感。

思ったとおりに動く身体が心地いい。

 

一手誤れば死へと繋がる状況で、何故か冷静な私の頭は最善の行動をとり続けている。

 

「さっきより動きが…」

 

不満そうにそう言いながら、尻尾をひたすらに私に向けて振るい続けてくる巨蛇。

薙ぎ払われるたびに風を切る音が耳に伝わってくる、叩きつけるたびに地響きが轟く。

 

そして、自分でも驚くほどにそれらを避け続けている。

 

「ふぅっ」

 

ひとつ息をついて、全身を循環する霊力を増やす。

 

左から薙ぎ払うように飛んで来るその尾を斬るために、霊力を多く纏わせた刀を振り下ろした。

 

 

 

「——ギイッ」

 

蛇の悲鳴のような声が聞こえる。

私の振り下ろしたそれは巨蛇の太い肉を両断していた。

 

「なんでっ!」

「慣れた」

 

これだけ見ていれば、それに合った斬り方と言うのもわかる。

 

「おぉ」

 

尻尾が切られたからか、その大きな口を開けて私の方に突っ込んできた。

私の寸前まで迫ると、その牙を閉ざすように周りの瓦礫ごと飲み込んだ。

 

「……っ、どこに…」

 

周囲をキョロキョロと見回して動いている蛇の頭の上から、左目の部分に刀を突き刺した。

 

「的がでかいと目を瞑ってても当たるな」

「お前ぇ!!」

 

激昂したように頭を振り回してくる。

あんまりに振り回されるので、刀を引き抜いて飛び退く。

 

「——死ね」

 

その隙をつかれて、血が流れ出ているその尾を私の方に横振りにしてきた。

当たるとまずいと考える間も無く反射的に刀をその方に構えて、衝撃で身体の姿勢を変えられないほどの速度で瓦礫の中に吹き飛ばされた。

 

 

 

 

「はぁ、はぁ、これで……」

 

ようやく死んだか。

そう、安堵したかのように呟いた蛇。

 

 

見えていないであろう、その顔の左側に立っている私。

静かに、さっきと同じように刀を振り下ろした。

 

「——おっと」

 

寸前で気づいてその大きな身体をよじってきやがった。

 

「なんで動ける!お前!」

「頑張って受身とったから」

 

なりふり構わずに振り回される尻尾、突然伸びてくる頭。

 

吹き飛ばされたばかりだが、頭は冴えている。

それらを最小限の動きで避けつつ、斬る。

 

切断は気合を入れないとダメだが、切り傷を与えるだけなら、やり方がわかってきた。

 

「っ!来るなぁ!」

 

地面の瓦礫を尻尾で打って飛ばしてくる。

そんな狙ってもない適当に飛ばしてきたやつに当たるわけもなく、伸びてきた尻尾を上に飛んで回避しながら、体を横向きにして刀を振るって斬り飛ばした。

 

 

窮地に陥った時に乗り越えられるかどうか。

冷静さを失う。

 

あぁ、そうか。

目の前の蛇が、そういう状態なんだな。

 

 

 

傷だらけで血を撒き散らしながら暴れ回るその身体を全て無視して、頭のある方へ瓦礫を蹴って跳んでいく。

 

「すぅ…」

「ひっ…」

 

随分と情けない声を出すものだ。

それこそ、恐怖したかのような、そんな声。

 

 

「お前っ…お前は何なんだ!!」

 

 

切ったはずの尻尾が今更生えて元に戻って、まっすぐ進んでいく私を叩き潰そうと振り下ろされる。

 

軽く横に跳んで避けて、その蛇の目と鼻の先まで跳んで。

 

 

 

「私が教えて欲しい、そんなもん」

 

 

 

その首を刎ねた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いっ…」

 

案外攻撃がこの身に染みていたらしい。

瓦礫にもたれかかって、落ち着いて呼吸をとる。

 

「………やっとか」

 

周りを見れば、今更きた他の妖怪狩りたち。

頭のない巨蛇の死体にぎょっとしながらも、瓦礫に埋もれた人々の救助を始めた。

 

「……なあ」

「……あ?」

 

じっとして地面を見ていたところに声をかけられ、視線を上げる。

そこには、周りに知らせたせいで周囲が瓦礫だらけになった原因の男が立っていた。

 

「…あの時、お前が防いでくれたおかげで助かった」

「……そんなつもりはないが」

「なくてもだ」

 

とぐろを巻いた後のあれか。

確かに咄嗟に庇ったような気がしないでもないが……

 

「…そうか、よかったな」

「……あぁ」

 

まあ結果斃せたのだからどうだっていい。

 

「………んぁ?」

 

なんか……私の周りに人が集まってないか?

何だ何だ、弱ってる私をよってたかっていじめるつもりか。

 

「———とう」

「……は?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

里の外まで走って、口元を押さえながら木に手をつく。

 

周囲に誰もいないことを確認すると、木を支えにしながら口から臭いそれを思う存分吐き出した。

 

「はっ…おえぇ……」

 

 

——ありがとう。

 

 

それに続くように、他の奴らもそう言ってきた。

思い返しただけで、また吐き気がやってくる。

 

 

「きっ…しょくわるぅっ」

 

あいつら何なんだ。

 

普段は敵でも見るような目で私のことを見てくるくせして、都合のいい時だけありがとうか。

 

あらぬ疑いだってかけてくるし、幼い子供を誰も助けようともしないくせに、自分の命が助かった時だけ態度を変えるのか。

 

「はぁ……」

 

くだらない。

 

心底、くだらない。

 

すぐに手のひらを返すあいつらも、そいつらと同じ場所で暮らしていかないといけない自分という存在も。

 

心の底から、くだらない。

 

 

 

 

木にもたれながら座り込んだ。

そうしていると、どこからともなく声が聞こえてくる。

 

「りん、体調でも悪いのかい?」

「……なんでいる」

「たまたまさ、たまたま」

 

たまたまでそんな都合よくいるわけないだろう。

今日はもう別れた後だってのに……

 

「はぁ……全部知ってて言ってるだろ」

「……まあ、そうだね」

「………」

 

ここで声をかけてくるのは都合が良すぎる。

 

「凄かったじゃないか、しっかり成長しているみたいで何よりだよ」

「………」

「……隣いいかい?」

「…吐いたから臭いぞ」

「あー……ならここでいい」

 

臭いし私も少し移動するか…口を洗いたい。

 

「どうだった?」

「何が」

「賞賛の声は」

「………」

「感謝の言葉は」

「………見りゃ分かるだろ」

 

吐くほど気持ち悪かった。

これならまだ軽蔑の方が心地いいくらいだ。

 

「感謝されるのは、嫌かい?」

「…私が嫌なのは、都合のいい時だけ掌を返して、綺麗な言葉を並べてくるあいつらだ」

 

何もしないくせに外野から好き勝手言ってきて、いざ自分に何かあると、それまでの言葉を棚に上げて小綺麗な言葉をつらつらと……

 

「なら、私が言えばどうかな」

「……あ?」

「ありがとう」

「………はぁ?」

 

なんだ急に、このじじいは。

何に対してのありがとうなんだ、それは。

 

「正直不安だった、だけど君はこうやって無事でいる。吐く余裕も私を睨む元気もあるみたいだし」

「………」

「生きててくれて嬉しいよ」

「……あっそ」

 

特に返す言葉を思いつかずに黙ってしまう。

月光が周囲を照らし、風が木の葉を擦っていく。それを見て、聞いていると、少し気分がマシになったような気がした。

 

「確かに君に取って、彼らの言葉は不快なものだったかも知れない」

「………」

「彼らが皆、君を迫害しているわけでもないと言うことは、君も分かっているだろう」

 

そうさ、わかってる。

でも、私を知ればそんな言葉を私に投げかけることもないだろう。

 

「彼らは確かに命の危機だった、それを君が助けた、その結果に対しての感謝さ。そこにおいて君がなんなのかは、さほど重要じゃない」

「……何が言いたい」

「上っ面の言葉だけでも受け取っておけばいい、紛れもなくそれは、君への感謝なのだから」

「………」

 

それを素直に受け取れるほど、私は単純じゃない。

そうさせたのは、あいつらなのに。

 

「……わかった」

「…そうか」

 

言っていることはわかる。

私が変な意地を張っているだけだ、気に入らないなら気にしなければいい。勝手に気にして、勝手に気分を悪くしているだけ。

 

 

別に私が何か間違ったことをしたわけではないのだから。

 

「……戻らないのかい?」

「体が痛い」

「おぶってあげようか?……冗談さ、睨まないでくれ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

巨蛇を斬っていくらかの日が経った。

いつものように、修練をしている。

 

「君は勘がいいんだろうな」

「はぁ?」

 

打ち合って軽くのされたところに、そう言われる。

 

「目で見る前に、なんとなく相手の動きが分かるんじゃないか?」

「……そんなの気にしたことない」

「それは気にした方がいいよ」

 

確かに、勘と言われれば勘のような気もする。

相手が次にどう動くのか、頭の中に浮かんだそれは、おおよそ現実でもその通りに動く。

 

「でも、あんたには関係ない」

「そりゃそうだろう、勘だけで凌げるほど甘くはないさ」

「けっ、腰をやって寝たきりになればいいのに」

「なかなか酷いこと言うねぇ」

 

年甲斐もなくそうやって自分が一番上だっていちいち示してくるあたりが腹が立つ。

 

「その勘の良さは君の武器になる」

「勘が?」

「直感で動くのは危険だけど、考えて動くよりは早いからね」

 

そんな不安定なものに……

いや、こいつがそう言うってことはそう言うことなんだろうが。

 

「会った頃から君は結構勘で動いていた、それも段々と鋭くなってきている。剣の腕もだけれど、確実に強くなっているよ」

「……褒めてんの?」

「逆に褒める以外の捉え方があるのかい?」

「皮肉かと」

「そこまで捻くれてはいないよ」

 

そうかぁ…?

私が持ってきた昼飯を当然のように口に入れながら、話を続けるじじい。

 

「そもそも君は身体が丈夫だしね」

「何度も聞いた」

「…何度でも聞いて欲しいな、会話なんだから」

「………」

 

年食ったじじいは会話に飢えているとか、そういうことだろうか、これ。

 

「君の身体は常人よりも遥かに丈夫にできている。筋力だって多いし、持っている霊力の量だって、陰陽師にも引けを取らないだろう」

「そんなにないだろ」

「まあ今はまだ刀を振る鍛錬しかしていないからね、自覚がないんだろうさ。霊力をもっと重点的に使ってみればわかるはずさ」

 

というか、そもそも他人の霊力の量とかほとんど分からないんだが……そりゃ、戦えない奴らよりは多いんだろうが。

 

「……だから、私に目をつけたのか?」

「さあ?何のことやら」

 

余程の逸材だったのだろうか、私は。

 

「まあ、君の成長を見ているのは楽しくはあるよ」

「……孫かなんかだと思ってんの?」

「年寄りになると若い子を見守るのが趣味になるんだよ」

「枯れてんなあ」

「これだけ皺があればね」

 

人じゃないから、人より寿命は長いんだろうが。

本当に今まで旅だけして生きてきたのだろうか。

 

「あんた、やりたいこととかないのか?」

「やりたいこと?」

「旅以外で」

「……そうだね」

 

癖のように顎髭を触りながら、数秒考え込んだじじい。

 

「あるよ、死ぬ前にやりたいことは」

「……死ぬ前に」

「ただ、今はまだそれには早いからね。まだ先のことさ」

 

今はまだ……

そのうち、やる気なんだろうか。

 

「そういう君は、何かしたいとかないのかい?」

「……強くなる。どうこうしたいとか展望とかは、生きるのに難がないほど強くなってから」

「目標が高くていいじゃないか」

「あんたに届く気がしない」

「ははっ、そりゃそうだろうさ」

「蹴るぞ」

「やってみなさい」

 

片手で止められた。

 

「そう急ぐことでもないさ。君が図に乗らないようにと言わないようにしていたが……おっと」

 

腹の立つ物言いに睨んでいたら、しまった、という感じで口を閉じるじじい。絶対わかってやっていると思う。

 

「…りん、君が自分で思っているより、君には才がある」

「………」

「若い頃の私が羨むほどにはね」

「…嘘つけ」

「嘘じゃないさ」

 

図に乗る乗らない以前に、皮肉かと疑ってしまうんだが。

 

「私は長い年月をかけてこの領域に辿り着いたに過ぎない。だが君は……そうだな、戦うことに関しては、私より才があるかもしれないな」

「……自分は戦えないと?」

「若い頃は戦いというよりは、ただただ刀を振っていただけだからね」

 

…私は、小さい頃から刀を振っていたから。

生まれつき、他の人間より身体が丈夫で、力が強かったから。

 

「君はまだまだ強くなれるよ、私が保証する」

「……だから、師匠気取りかっての」

「私は別にそれでも構わないんだが」

 

私はあんたを師として見たことはない。

 

「私はあんたと打ち合って、勝手に学んでるだけだ」

「良いとこ稽古相手か……いいさそれでも、それで君は強くなってるわけだし」

 

いくら強くなっていると言われても。

 

まだ、あれには届きそうもない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その日の修練の終わり、周囲を適当に歩き回っていた。

 

別に、依頼がなければ狩らないわけじゃない。私を一目見て狙ってくるような好戦的な妖怪は、遅かれ早かれ狩ることになるってだけで。

 

「すぅ……」

 

息を吸って感覚を研ぎ澄まし、周囲を探る。

強い妖力があればわかるし、そうでなくとも、生き物がいるかどうかくらいは何となくその気配を察知できる。

 

「………ふぅん」

 

微かな妖気すらも感じない。

まあ妖力垂れ流しにするような奴はどうせ大した奴じゃないんだが……

 

 

そうやって、時々周囲の気配を確かめながら散策を続ける。

こんな世界だ、その辺に地面のシミになっている人間がいたっておかしくはない。

 

「ん…」

 

そうやっていたら、もうすぐ日が暮れるとはいえど強めの妖力を感知したか。

段々とこっちに近寄ってくる、また飢えた妖怪だろうか。

 

妖怪は気楽そうでいいなと思ったこともあるが、実力のない妖怪はこうやって死んでいくのかと考えるとそうでもないなと思う。

 

まあ、人間は人間で面倒臭いんだが。

 

 

「……?」

 

 

構えていたのに、一向に来る気配がない。

確かにあのあたりから気配が———

 

 

「っ!!」

 

 

一つの気配が消え失せ、代わりに新しいそれが出てきた。

既視感。

感じたことのある重圧。

 

武者震いではない震えが、刀を揺らす。

 

 

 

「ぐぎぃっ———」

 

本能が咄嗟に前に刀を突き出した。

その瞬間に強烈な衝撃が全身を襲い、身体が大きく後ろに吹き飛ばされる。

 

 

 

 

 

頭が真っ白になるような感覚。

段々と冴えてくる思考。

 

視界が戻った時には私は血を吐いていた。

後ろにはそのまま薙ぎ倒したのであろう木。

 

「けほっ……」

 

刀は粉々に砕け散っている。

骨も、折れちゃいないがヒビは入っているだろうし、腕も痺れていて上手く動かない。

 

「よく防御したな」

「………」

 

ああ、聞き覚えのある声。

私の記憶に鮮烈に残り続けている、その姿。

 

虫のような身体の尾に、それについた無数の足。

 

「はぁ、はぁ…」

「まだ立つか」

 

向こうは覚えていないようだが、こっちは夢に出てくるくらいには頭の中に焼き付けられた。

 

「——っ!」

 

全身で危険を感じ、咄嗟に身体を捻った。

私がいたところに木を貫いている妖怪の腕があった。

 

避けた、避けはした。

だが、その目は真っ直ぐにこちらを見据えている。

 

「いっ——がぁっ」

 

首をとんでもない力で締め付けられる。

反射で腕を掴んだが、直感で理解した。

 

どうあがいても、ふりほどけない。

 

 

分かっていても、もがく。

みっともなくもがき続ける。

 

「お前、見えてたな?」

「ぎっ……」

 

苦しい。

息ができない。

 

我ながらよく首の骨が折れないものだ、と、つまらない思考が頭の中をよぎった。

 

 

 

四肢に力が入らなくなり、視界の端々が黒くなってきたころ。

 

 

 

「——その子を離してもらおうか」

 

 

 

一番、聞き慣れた声がした。

 

「あぁ?誰だおま——」

 

通り過ぎた。

一瞬で、私とこいつを。

 

「……けほっ」

 

どさっと、地面に落ちる私の体。

喉にはまだ、奴の腕がくっついていた。

 

 

「は……」

「離せ、と言ったはずだが?」

 

見たことのない顔、聞いたことのない声色。

今にも命を刈り取らんとする気迫が、そいつにはあった。

 

 

「お前……」

「今退くのなら、見逃そう。だが、まだもしその子の命を奪おうとするならば。私に向かってこようとするならば」

 

ただそこに佇んでいるだけで。

 

「今度はその首を斬る」

 

そこに立っているだけで、周囲の空気が重くなる。

 

「……チッ」

 

その舌打ちが聞こえたあたりで、意識が遠のいていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………」

「……おや、起きたか。あまり動かない方がいい」

 

そう言われるがまま、身体を動かさないように今の自分の状況を確かめる。

……治療されていた。

 

「危ないところだったね」

 

視線を向けると、あっさりとそう返された。

焚き火の向こう側で、静かに火を見つめている。

 

「随分と都合のいい時に現れたな」

「………お礼の言葉を期待した私は間違っていたのかな」

「………ありがとう、助かった」

「それでいい」

 

満足そうに笑い、焚き火に視線を戻した。

 

「そうやってすぐ人を疑ってかかるのは良くないと思う。まあ疑い深いのは悪いことじゃないけれど、私は恩人なんだし」

「恩着せがましいのは好きじゃない」

「いや、普通に恩があると……」

「恩人恩人ってうるさいとみみっちく見えるぞ」

「………」

 

黙ってしまった。

 

「まあ、確かにそうだね、君のいう通りだ」

「………あれは?」

 

あの妖怪のことを聞く。

 

「前にも会ったが、普通じゃない」

「あぁ……あれは大百足だね」

「大百足?」

「強いよ、あれは」

 

もちろん私の敵じゃないが、と付け加えた。

 

「………君が斬りたい相手は、あれかい?」

「………」

 

あの感覚を思い出して、まだ手が震える。

恐怖して動けなかったあの感覚。

折られた刀、締められる首、全く歯向かえない実力差。

 

「勝てる気がしない」

「そう考えた時点で君の負けだな」

 

そう思っても仕方ないだろう、もうあれ相手に二度死にかけてる。

 

「少なくとも君は見えていた、違うかい?」

「……奴の、動きを?」

「そうさ」

 

いや…あれはほぼ勘だったようなもので……

見えたのも最初だけで、それ以降は……

 

「君が戦い方を教わっているのは誰だい?」

「………」

 

焚き火越しににやついている。

 

「…年寄りのくせして自己顕示欲の強くて勝手に人の食い物を食ういけ好かない老いぼれ」

「言ってくれるじゃないか」

 

にやつかれながらこちらの言葉を待たれれば、そりゃあ毒の一つや二つ吐きたくなる。

 

「君が剣を教わっているのは、あの百足よりはるかに強いこの私だ。なら、勝てない道理がないだろう?」

「………」

「勝てないなら、鍛えればいい。君はまだ強くなれる」

 

……爺さんはそう言って、焼いていた魚の腹に噛み付いた。

 

「……私にもくれ」

「いいけど、不味いよ?」

「………」

「………」

 

 

 

 

 

 

博麗の巫女が死んだという話が里中を駆け巡ったのは、それから数日後のことだった。

 

 

 

 

   

 

 

 

 

 

 

 

「私、博麗様に息子を助けてもらったことが——」

「俺なんか今に妖怪に食い殺されそうだった時に——」

 

私はあったことないし人ともまともに話をしないからしらなかったが、存外博麗の巫女ってのは随分と慕われていたらしい。

 

何で今まで一度たりとも出会わなかったのかは疑問だが。

 

「……お、おいお前、その傷どうした」

「死にかけた」

「死にかけた……って、これは…」

「悪い、折られた」

 

動かせば痛む身体を無理やり引き摺って、刀だけ返しにきた。

 

「また今度金持ってくる、その時に新しい武器を……」

「……まあ待て、いい話をしてやろう」

「………」

 

急に何を言い出すんだ、この男は。

待てって……こっちは動くたびにじんじんと痛みが響いてくるんだが。

 

「お前に刀を打ってやる」

「………鉄は無駄にしない方がいいぞ」

「ありがたれよ、善意だぞ」

「………」

 

何考えてんだ、こいつ。

 

「この俺が、お前に、最高の一本を打ってやるって言ってんだ」

「傲岸不遜も甚だしいな、大して腕も良くないくせに」

「行きつけだろここは、もっと手心を加えろ」

 

いや、まあ確かに長い間通い詰めてはいるが……

私のために打つ、なんて何を考えてるのやら。

 

「お前、以前の蛇騒動を解決してくれたそうだな」

「蛇……」

 

あの巨蛇か。

 

「あの近くに知り合いが住んでたんだよ、随分と感謝してたぞ?」

「知らん」

 

知らないやつから受ける感謝なんて心底どうでもいい、というか気色が悪い。

 

「お前は知らんだろうが、以前の倉庫に盗みに入った奴も捕まったんだ。ただ、そのことはこの辺の奴らは知らない」

「……なんで」

「お前がやったやったって言いふらし回ってた奴らが口閉じて広まらないようにしてんのさ。だからお前、まだ白い目を向けられたまんまだろ?」

「いつものことだが」

 

なんとも言えない表情になる男。

 

「まあ、人間ってのは汚いもんだからな。自分に都合の悪いことは全部隠そうとして、他の奴のことなんか気にもしねえのさ」

「……あんたは違うのか」

「俺は気味の悪い子供にも刀を売ってやる優しい人だろう?」

「………」

「………」

 

普通、戦おうとするのを止めると思うんだが。

 

「お前が力強くて可愛らしくないだけで、噂で聞くほど酷いやつじゃないってのは知ってるさ。ちゃんと人間のために妖怪狩りをしてるってのもな」

 

誰かのためにやってるだなんて思ったことないが。

狩ることでしか自分の存在を……

 

「お前の目には、人間はさぞ見苦しい生き物に見えるだろうさ」

「………」

 

人間が見苦しいなら、きっと、私も……

 

 

 

「ただまあ、一人くらい親切なやつがいたっていいだろ」

「あ……」

 

呆気に取られて、数秒固まってしまう。

 

「それに博麗の巫女さんもいなくなっちまったみたいだし、これからは妖怪狩りやら陰陽師に頑張ってもらわねえといけなくなるしな!せいぜい働いて俺たちの安全を守ってくれよ」

 

そうか。

妖怪への抑止力になっていた博麗の巫女が死んだのなら、妖怪の動きも活発になる。

必然的に、私みたいなのの負担が重くなる。

 

「じゃ、頼れる妖怪狩り殿にこんな折れちまうなまくらじゃなくて、ちゃんとした名刀を打ってやろうって話さ」

「………銘は掘るなよ、気持ち悪いから」

「いい、いいそんなもん。名前を覚えてもらうほど立派なもんでもねえよ」

 

名刀とか言っておいて立派なもんじゃないって……

腕に自信があるのかないのかいまいちわからん。

 

「どうせその身体じゃしばらく仕事もできねえだろ」

「………」

「治ったらまた来い、その時に渡してやる」

「……私の傷は治るのが早いぞ」

「こちとらこれで数十年食ってきてんだぞ」

「………じゃ、帰る」

「おう、養生しろよ」

 

………

 

初めて、人里の人間とこれだけ話したかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おや、機嫌が良さそうだね」

「いや、別に」

「そうか」

 

怪我で動くことはできないので、せめて霊力の使い方を練習しようと霊力を練り上げていたところをそう言われる。

 

「しかし君はやはり……傷が治るのが早いね」

「妖怪の方が早い」

「それは……あー…」

 

相手から攻撃を受けなければ済む話だ。

やられる前にやれば済む話だ。

 

「………やっぱり、博麗の巫女ってそんなに凄かったのか」

 

かねてよりの疑問をぶつける。

 

「そうだね。幻想郷における妖怪への最大の抑止力であり、調停者であり……人間の守護者さ」

 

死んでからの方が話をよく聞くんだが。

 

「そこが空席になったってことの重大さは、子供でもわかるだろうさ」

「……なら、一回くらい会っておきたかったな」

 

そんなに偉い奴なら、なおさら。

 

「…会って何がしたい?」

「別に、一目見ておきたかったってだけ。代わりのやつは立てられないのか?」

「特別な素質が必要らしいからね、そう簡単に決められるものでもないんだろうさ。なんなら、君がやってみるかい?」

「柄じゃない」

「私はそうは思わないけどなぁ」

「はぁ?」

 

神に仕えるのなんてまっぴらごめんだ。

そんな役職に縛られるのも、妖怪狩りで間に合ってる。

 

「ただ、気をつけるべきだね。博麗の巫女の不在は妖怪の活発化を意味している、今までより好戦的になってくるかもしれないし、実際そう言う動きがあるみたいだから」

「調子乗っただけじゃ強さは変わらんだろ」

「本当に逞しいね、君」

 

むしろいきがって向こうから首を切られにきてくれるんだ、歓迎してやってもいい。

 

「ただ、以前の大百足のような妖怪がいることも留意しておいた方がいいよ」

「あんなのがどいつもこいつも巫女いなくなってはしゃぎ出してたら終わるだろ、全部」

「それはそう」

 

実際、目の前の爺さんはあの大百足を軽く斬っていた。

そういう、誰が相手でも勝ってしまうような奴がこの世界には何人もいるはずで、そいつらはそこまで好戦的じゃない。

 

強ければ強いほど、自分から進んで戦わない。

 

だから、この土地は成り立ってる。

 

「ま、今はとにかく安静にしておくことだ」

「………してるだろ」

「私は寝てた方がいいと思うけどなぁ」

「人里の塵共がひそひそしてきて鬱陶しい」

「………」

 

我ながらよくあんな居心地の悪い場所で何年も生きているものだ。

 

「まあ、確かに今は動くことはできないだろうけれど、それでも得られたものはあったんじゃないかな?」

「何の話」

「自分より強い相手、命の危機……その状態でしか得られない経験もあるってことさ」

「………」

 

ろくな経験じゃなさそうだ。

まあ……冷静になって、今考えると。

 

「距離は、測れた」

「実力の差?」

「あの首までの距離」

 

遠い、まだ遠いけれど。

届かせてみせる。

 

「…ふふ、若いと活力に溢れてていいな」

「あんたも昔はそうだったのか?」

「まあ、ね」

 

爺さんの若い頃……

まったく想像つかないな、ずっと刀は振ってそうだが。

 

「旅とかしてんだから今も元気ある方なんじゃねえの」

「旅をして長い間過ごしてきたのさ、気力がなくたって自然と旅は続けているよ。人間と違ってそう足腰が弱るなんてことも今はまだないしね」

 

よぼよぼの爺さんになって腰痛に悩んでる姿なんてもっと想像できないんだが。

 

「剣を握れなくなるのとか耐えらんねえだろ、あんたは」

「よくわかってるじゃないか」

 

そのために生きてきたって感じだし。

私は……どうなんだろな。

 

「自分の終え方については、最近よく考えるようになったよ」

「終え方?」

 

どこか寂しそうな表情で、空を見上げながらそう言う爺さん。

 

「確かに、剣が握れなくなるまで歳をとった自分の姿はあまり想像したくはないものさ」

 

自分の終え方……死に方。

想像したこともない、老いる前に適当に妖怪に殺されるんだろうなとか考えてはいるが。

 

「ただ、その終わりまではまだ数百年はあるからね。それまでじっくりと、やりたいことを探していくつもりさ」

「いつまで生きてるつもりだよあんた」

「さあ?」

 

話の規模が違いすぎてついていけない。

こっちは一年経ったら自分も周りも随分変わってるっていうのに、それを数百年……

 

「まあ、君は若いからそんなこと考える必要は……いや」

「……?」

「なんでもない」

 

なんかある時の台詞だろ、それは。

 

「……生きていれば、死期というのが漠然と見えてくる。戦えば戦うほど。死に何度も何度も、近づけば近づくほど」

「………」

「きっと、君もいつかそれを感じ取る時が来るかもしれない」

 

自分がいつ死ぬかなんて察したくないんだが。

 

「自分の終え方は、その時に決めればいいよ」

「………覚えとく」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………」

「おや」

「っ!?」

「そんなに驚かなくてもいいじゃないか」

 

気配出さずに近づいてくるのやめろよ。

 

「どうしたんだい、それをじっと見つめて」

 

私が鞘に収まった刀に見入っていたことを分かってて、わざといきなり声をかけたんだろ。

そういうことするやつだ。

 

「……新しい刀」

「へぇ…」

「…打ってもらった」

 

傷が治って動けるようになってからすぐに取りに行ったら、待ちくたびれたとか言われた。

 

いざ渡されると、なぜか緊張して礼の言葉も出てこなくて。

 

俯いていた顔を覗かれそうになったから、財布を顔に向けて投げ、そのまま走って逃げてきてしまった。

 

「それで、何でじっと見てるのかな」

「………なんか、使うの勿体無い気がして」

「斬るための道具で斬るのが勿体無いとか、初めて聞いたよ…」

「うっさいなぁ」

 

そりゃ、自分のために何かを作ってもらうことなんて一度も……

 

「まだ抜いてもない…とか、言わないだろうね?」

「………」

「………」

「………帰る」

「まあ待ちなさい」

 

全力で踏み込んでいるのに捕まれた腕が離れない。

 

「あんたと話してると腹立ってくるから帰る!」

「今に始まったことじゃないだろう」

「否定しろよ」

 

数秒間踏ん張ったあと、諦めてその場に座った。

 

「そんな調子じゃあ妖怪を斬るのも躊躇するんじゃないかい?」

「流石にそれは……」

「じゃ、とりあえず抜いてごらん。刀身すら見ないとか、打ってくれた人に失礼だ」

「………」

 

……礼も言えてないな。

 

足の上に置いて、ゆっくりと鞘から鍔から先の刀身を引き抜いていく。

 

 

「………なあ」

「…なんだい?」

「なんでこれ刀身が黒いんだ?」

「私に聞かれてもね…」

「………」

 

少し重くなったか。

でも、初めてあの刀を手にした時よりは身体も大きくなっている。むしろ、あれでは軽すぎたくらいなのかもしれない。

 

鞘や鍔を含めて、これといった装飾もない無骨な刀。

その黒い刀身だけが、日の光に照らされた周囲の光景の中で浮いている。

 

「……さ、試し斬りといこうか」

「何を?」

「巻藁や竹を使うのが普通だけど……そんなの、今の君なら素手でも簡単に両断できるだろうしね」

「無理」

「できるできる」

 

そもそも怪我してたせいで身体も鈍ってるんだが。

 

「試し斬りなんて妖怪の首でいいだろ」

「命を試し斬りに使うもんじゃない」

「殺すのに試すもくそもねえだろ」

「確かに」

 

身近に木やら岩やらはあるが……

木はいままでに散々切ってきたし、岩は万一切れなかった時に刀が傷つきそうで嫌だ。

 

「……すぅ」

「……ん?」

 

霊力を、刀に流していく。

ただ流して、纏わせるのではなく、霊力で刃を作り、それを刀の上に被せるように……

 

「ふっ」

 

誰もいない方へ、斬撃をひとつ飛ばした。

 

人が二人横になったほどの大きさの斬撃は、かなりその速度でそこにあった木々を切り飛ばしていった。

 

その方向にあった木がほとんど倒れたため、随分と見通しが良くなってしまった。

 

「………薪には困らなさそうだ」

「やりすぎた……」

「それで、振ってみてどうだった?」

「………」

 

今、初めて振った刀なのに手に馴染んで。

振っている時も、身体が鈍っているはずなのに、刀自体を握るのも久しぶりなのに、以前と同じように振れた。

いや、むしろ以前より……

 

「使いやすい」

「よほど君のことを思って打たれた刀だと見える」

「………」

 

じゃあなんで刀身黒いんだ?

あの時走って逃げなきゃちゃんと話も聞けたんだろうが……

 

「良い刀を手に入れた、傷も治った。これでようやく修練が再開できる」

「……あぁ」

「…いつもよりやる気あるって感じの目だね」

 

当然だろう。

 

「これだけは、折りたくない」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……やはり、か」

 

まるで時間を前借りするかのように、恐ろしい速度で成長を続けている。

身体が、早く妖怪より強くなろうと……倒そうとしているのだろう。

 

そうさせるのは博麗の素質故か……

 

「まるで呪いだな」

 

妖怪と戦うという選択をとった時点で、長生きはできないと言っているようなもの。幻想郷へ戻ってくる度に博麗の巫女は変わっていた。

 

もちろん、強くなければすぐに負けて死んでしまう。だから、生きるために強くあろうとするのは何も間違っていない。

 

ただ、彼女の場合。

己の存在に課せられた使命が、命を削って力を与えている。本来博麗の巫女として使われるべきであった力が、ただの人、ただの妖怪狩りである彼女の命を摩耗させている。

 

 

 

 

特に、最近の彼女の成長は目を見張るものがある。

 

 

もしかすれば……

 

消えた博麗の巫女の穴埋めをするために、もっと強くなろうという意志が、その力にはあるのかもしれない。

 

もしそうだとするなら……いや、そうでなくとも。

 

 

「酷な運命を背負わせ続けてきたものだな、ここ(幻想郷)は」

 

 

 

 

 

 

 

 

刀を打ってもらってからは、特にこれといった大事が起こることもなく季節が変わっていった。

 

何もなかったわけではないが……自分が強くなっていくにつれ苦戦、というものがなくなっていき、記憶に残るようなことがそれほど無くなっていったからだ。

 

依頼を受けて妖怪を狩り、爺さんと打ち合って修行して、食って寝る。

 

 

まるでこれが日常かのように、時間が流れていった。

 

 

刀工の男にも刀が何故黒いのかを聞いてみたが……なんかやたらと自慢話になってくるし、関係ない話をやりだすしで、ろくに聞かなかった。

 

なんか特殊な素材を使ったとか言ってたような気もするが……

 

まあ、夜に見えづらいからとかでいいだろ。実際見にくいし。

 

 

 

「ふっ」

 

鍔迫り合いから右足を外にずらしながら重心をずらし、木刀を擦りながら切り上げるように飛んで距離を取る。

 

その時にやってきた追撃を木刀で受け、転がって受け身をとりながら木刀に霊力を流して斬撃を飛ばす。

 

爺さんが斬撃を弾き飛ばしたと同時に、その開いた脇腹に攻撃を差し込んだ。

 

「随分と機敏に動けるようになってきたじゃないか」

「ちっ…あんたは反応速度どうなってんだよ」

 

木に紛れながら音もできるだけ立てないように……

 

まあ最初から当たるとは思っちゃいないが、一度だって意表をつけたことはない。

 

「まともに打ち合ってもしょうがないと分かってからはやたらと色んな動きをするようになったね」

「……昔よりは手こずってて欲しい」

「そりゃもう、手こずりに手こずってるよ」 

 

また適当言いやがって……

 

「まあ実際、今自分がどのくらいの強さかわからないだろうしね」

「あんたは分かるんじゃねえの」

「ふむ……まあ、以前の蛇の妖怪程度ならもう苦労せずに倒せるんじゃないか?」

「あれがどのくらいの強さかいまいち分かってないんだが」

「ならわからないままだね」

 

悪癖は指摘してもらった、相手のどこを見るのか、視線をどこに向けるのか。

自分がどんな動きをしている時に、相手は自分のどこを見ているのか……

 

自分だけじゃ出てこないであろう答えが、この爺さんからはどんどん出てくる。

 

「それに、自分の駄目なところは、まあとっくに分かってきたんだろう?」

「……すぐに距離を取ろうとする、もう少し肉薄を意識したほうがいい。飛ばす斬撃も、牽制じゃなくてもっと命を取る気持ちで振るべき。それと、息継ぎを忘れがち。他にも色々」

「上出来じゃないか」

 

私がこの人に教わってたのは技とか剣術じゃない。

 

何も知らなかった私に、刀の振り方と戦い方ってものを教えてくれていた。それだけだ。

 

「だけど、剣に雑念は必要ないよ。刀は自分の思いを乗せて振るうんだ、余計な考えがあっては鈍ってしまう」

「何度も聞いたそれ」

「ふふ、覚えてるならいいさ」

 

そうは言われても、無心で刀を振れということなら、相当に難しいことだと思うんだが。

 

 

 

 

 

「それなら、もう私が面倒を見る必要もなさそうだ」

 

 

 

 

 

その言葉で、木刀を立てかけようとしていた身体の動きが止まった。

 

「…行くのか」

「近いうちにね。それなりに長居した方だよ」

「そうか」

 

ようやく旅に戻るのか。

そもそもここに留まっていた間どこで寝泊まりをしていたのか知らない。……一度尾行してみたが、あえなく撒かれた。

 

「りん、君ならもう私がいなくともやっていけるだろう」

「………」

「なあに、以前の大百足のようなのが現れても君ならどうにかできるはずさ」

「いや無理」

「………大丈夫だって」

「そこまで驕ってない」

 

あの時感じた距離は、こんなもんじゃなかった。

 

「……まだ、残ってた方がいいかい?」

「冗談、これ以上あんたといたらこっちまで枯れそうだ」

「言うじゃないか」

 

爺さんが旅に戻るっていうのなら、私にそれを邪魔する権利はない。そもそも邪魔したいとも思わない。

 

「……これだけ顔を突き合わせて、見守っているとね。情が湧くのさ」

「………」

「それこそ、孫のようにね」

「介護はごめんだぞ」

「いやいや、介護するのはこっちだろう。私の寿命はそこまで切羽詰まっていないよ」

「だろうな」

 

こんな人間一人に時間を費やせるのだから。

 

「私には私の目的がある。それに君への情が勝らないうちに、ね」

「………」

 

人でなくとも、人間らしい感情を抱くのか。

それとも、人と人外にはそれほどの差がないのか。

 

「……いつ、出るんだ?」

「次の満月の夜にでも」

「……今日も満月だよな」

「そうだね」

 

三年程度か。

私みたいな奴が、随分とまあ長い間同じやつと付き合ってたもんだ。

 

「わかった」

「……どこへ行くんだい?」

「今日もうやる気なくなった」

「……そうかい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こんな私でも、感謝の気持ちぐらいはある。

強くなれたのは爺さんのおかげ、今生きているのは爺さんのおかげ。

 

こうやって、あの爺さんのことで頭を抱えているのは、爺さんのせい。

 

 

「何を贈る…?」

 

 

物は旅の邪魔だろうし……食い物は食ったらそれで終わりだ。

雑に金でもぱーっと渡してやるか?いや、あの爺さんなら金は使わずに旅してそうだし……

 

「………」

 

いかに自分が妖怪を狩ることしかしていなかったか、よくわかる。

まともな暮らししていれば、もっといい案が思い浮かぶんだろうが……

 

 

 

そんな悩みに頭を抱え続けてから何度目かの夜。

 

ようやく決まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

見上げれば満月。

本来なら日の出てるうちに始めるが、今日は夜にやろうと誘った。

 

どうせなら、綺麗な景色がいい。

 

 

 

「さ、今日で君の顔も見納めになるね」

「あんたの老け顔ももう見なくて済むんだな」

 

いつものように毒を吐く。

 

「………」

 

喉まで出かかっているのに、声に出さない。

 

自分に呆れながら手で髪をくしゃくしゃにして、ようやく口を開けた。

 

「……今まで世話になった。ありがとう」

 

礼だ。

まずは、礼を言わなければならないから。

 

「私も、ここ最近は飽きない日々だったよ。老人の暇潰しに付き合ってくれてありがとう」

「………」

 

あんたにとっちゃ確かに暇つぶしだったんだろうが、私にとっては……

 

「…今日で、最後だろ?」

「そうだね」

「だから、何か贈ろうと思ったんだ」

 

私にとって、爺さんは何なのか。

この、いつも薄ら笑いで私を見ているあの男は、何なのか。

 

それを考えていた。

 

「でも、何を思いつかなかった」

 

友人ではない。

気の置けない相手ではあるが、種族も違う。そもそも相手が飄々としすぎていて、親近感というものがない。

 

「だから、必死に考えた」

 

かと言って、親でもない。

確かに面倒は見てもらったが、私にとって親っていうのは、顔も声も忘れたあの二人だ。

 

 

 

「別れる前に、これを渡そうと思う」

 

 

 

なら、何なのか。

目の前のこの男は、私にとってどんな存在なのか。

 

見つけた答えは、至って簡単だった。

 

 

 

「全力であんたを斬りにいく」

 

 

 

ただの師だ。

 

 

「私の全力を、覚えていって欲しい」

 

 

黒い刀を抜いた。

 

 

「………フフ」

 

 

目を閉じ、静かにそう笑った爺さん。

 

「よくわかっているじゃないか、一番嬉しい贈りものだよ」

「………ふぅ」

 

初めて。

 

初めて爺さんの抜いた刀を正面で見た。

 

木刀持ってる時とは全然違う、見ているだけで伝わってくる覇気。

強くなったからこそわかる、その立ち姿が表している強さ。

打ち合ってきたから感じる、その壁の高さ。

 

 

「肩の力を抜く」

「ぁ……」

 

その言葉でようやく全身が強張っていたのに気づいた。

身体が勝手に怯えていた。

 

「最後なんだ、のびのびとした君の剣を見せて欲しい」

 

自分の呼吸を意識して、ゆっくりと息をする。

硬くなっている身体を、端から順に力を抜いていく。

 

 

「大丈夫さ、君のような幼子にやられるほど老いぼれたつもりはない」

「………幼子って呼ばれるほど未熟なつもりはない」

「かもしれないね」

 

 

 

 

お互いに刀を構えて、踏み込んだ。

 

 

あの頃、頭ひとつ分離れていた背は、今じゃ同じくらいになっていた。

 

ちゃんと聞いたことのない、刀と刀が擦れ合う音。

抜け目なくするりと潜り込んでくる刀、紙一重でかわし続ける私。

攻め続ける私、ほとんど動かない爺さん。

 

 

「……っ!」

 

 

刀と刀が触れるたびに、周囲の景色が気にならなくなっている。

 

私の視界には、一人しかいない。

 

 

胸から湧き出る言い表せない感情が、刀を握る力を強くし、足運びを滑らかにさせる。

 

三年も強くなろうと励んできたというのに、未だに私と爺さんの間には分厚い壁がある。

 

でも何故か、その壁に安堵している自分がいた。

むしろ、思う存分をぶつけてこい……そう言われている気がしてならない。

 

「強くなったね」

「お陰様でな」

 

だから、成長した自分を。

今の自分をその壁にぶつけたい。

 

 

「———!」

 

 

不思議な感覚に陥った。

刀がぶつかる度、何かが私の中に流れ込んでくる。

 

それは、目障りだけれど決して不快なものじゃなくて……

 

 

 

 

 

——そうか

 

楽しいのか。

 

私も、あんたも。

 

 

 

 

言葉の代わりに刀を交わす。

 

寸前で避けて、避けられて。

終わらない剣戟が、満月の夜に甲高い音を響かせている。

 

 

いつも飄々として掴めない人となりが、刀を打ち合っていると不思議と理解できそうに思える。

 

知らない刀の振り方。

こんな使い方をしてくるのか、そんな風に動くのか。

 

 

 

ああ、楽しいな。

 

 

 

これで終わりだってわかってるからこそ、楽しもうとしてから自分がいて。

それを分かっていて、私に合わせてくれる爺さんがいる。

 

 

 

自分が今何をしたかもわからないほど、身体が勝手に動いている。

 

本当に勝手に動いているのか、自分の動きを認識するほどの余裕もないのかはわからなかったけれど。

 

 

終わりは唐突にやってきた。

 

 

私の手から刀が抜け落ちてしまった。

 

暗い森の中、刀が地面に落ちる音が闇の中へと溶けていった。

 

 

 

 

「……結局、全く届かなかったなぁ」

 

そのまま地面に仰向けに倒れ込んだ。

手を伸ばしても届かない遥か遠くで、月と星は輝いている。

 

「君の目的は私を超えることだったのかい?」

「……いや」

 

上から顔を覗き込んでくる爺さん。

 

「……ちゃんと、渡せたか?」

「あぁ、しかと受け取った」

「なら、いいんだ」

 

別れを惜しむ想いがあるせいで、余計に楽しく思えた。

また会えたのなら、やりたい。

そういう思いが、私の中にはある。

 

「私からも贈り物があるんだ」

「……?」

 

そう言って懐から何かを取り出した。

 

「……酒?」

「呑んだことないだろう?」

「買わないしな」

 

 

その場に座り直すと、爺さんも隣に座ってきて酒の栓を開けた。

 

二つ盃を取り出し、私側の方に酒を注いだ。

 

 

「ほら」

 

短くそう言って、私に酒を手渡してくる。

 

「……?」

「……それは徳利って言うんだよ」

「………は?」

「……私の方にも注いでくれ」

「なんで?」

「そういうもんなのさ」

 

訳の分からないまま、さっき見たのと同じように注いでやった。

 

「本当に何も知らないんだな」

「酒なんて初めてだし、何かを教えてもらう相手があんた以外ろくにいない」

「……そうか」

 

爺さんが盃を持ち上げたのを見て、私も同じように持ち上げ

 

呑んだのを見て、同じように呑んだ。

少ないそれは、口の中を滑って喉を滑り落ちていく。

 

「……初めての酒はどうだった?」

「……よく分からん」

「ははっ、だろうね」

 

何が「だろうね」なのだろうか。

 

「なに、呑んでたらそのうち君も良さがわかるようになるさ」

「ふぅん……」

「私がいなくなったら、どうするつもりなんだい?」

 

互いに星空を見つめながら会話を交わす。

 

「どうって、今まで通りだけど」

「暇になるよ?会話する相手がいないって言うのは悲しいほどに寂しいからね」

「……別に、あんたと会う前はそんな相手いなかったし」

「最初から何もないのと、失って持っていないのとじゃ全然違うよ」

「………」

 

どうする、と言われても。

何もしないか、刀を振るか、妖怪を狩るか、寝るか……

 

「人の生は短い。特にりん、君のような人間はね」

「早死にするってか?」

「長生きがしたいならその刀を向ける相手を考えることさ」

「………」

 

死にたいわけじゃないが、死にたくないわけでもない。

ただ、生きるための行動を取り続けているだけ。

生にしがみつく方法を……自分の存在を示す方法を、追い求めているだけ。

 

死ぬ死なないは、私が刀を降ろす理由にはならない。

 

「……君は友人の一つも作れなさそうだからなぁ」

「いらねえよ別に」

「一人きりよりは楽しいはずさ」

「だとしても、そんな相手いない」

 

人間からは人間扱いをされず。

妖怪は人を襲う狩るべき相手。

 

「私では、君の友人にはなれない」

「………」

「君に、心を許せる友が出来ることを祈るばかりだ」

「余計なお世話だ」

「若いものには余計な世話を焼きたくなるのが老人の性分さ」

 

こいつは友人ではない。

そもそも、友というものがなんなのか、私にはよく分からない。

 

腹の内を明かし、分かり合えたのが友とするならば、目の前の爺さんは私の友ではない。

 

何も明かしちゃいないし、明かされちゃいない。

私にとっちゃっただの爺さんだ。

 

「次は、いつ会えるんだ」

「………」

 

その言葉に驚いたのか、顔をこちらに向けてきた。

 

「なんだ、寂しいのかい?」

「救いようもないほどボケちまってるな」

「冗談さ」

 

今までの私は、別れというものを知らなかった。

今日やっと、それを知ろうとしている。

 

 

「次あんたと会える時があるなら、それを目標に生きてやろうかなってな」

「………」

 

ついでに再会を知ったっていいだろう。

 

 

 

 

「もし次会うとするなら、そうだな……」

 

癖のように顎髭を指で撫で始めた。

 

 

「ふぅむ………君が死んだら、あの世でまた酒でも酌み交わそうじゃないか」

「……それ、あんたも死んでねえか」

「フフ、どうだろうね」

 

 

相変わらず飄々として、掴みどころのない、不思議な爺さんだ。

 

 

「私の存在で君の生き方を縛りたくない」

「………」

「君はこれから、新しく人生という道を踏み出していけばいい。こんな老いぼれとの思い出は、今日この日に置いていってね」

 

 

私に、あんたを忘れろと、そう言っているのか。

 

 

「君が君らしい人生を歩んだその先で、りん。君の思い出を、私に語ってくれ」

「………」

 

 

私らしい人生、か。

 

それも、生きていれば見つかるのだろうか。

 

「……分かったよ」

 

そういうのなら、死ぬまでに何か面白い話を用意してやらないといけないな。

 

「その時は、私の斬った妖怪の話でもしてやるよ」

「君らしいな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

——私の存在で君の生き方を縛りたくない

 

 

今まで散々私に影響を与えておいて、よくもまあそんなことが言えたものだ。

でもまあ、そう言われたのなら、そう生きるのもいいか。

 

 

今日までの記憶は、今日に置いていく。

明日からどうすればいいかなんてわからないが、それを手探りで探していくのも悪くはない。

 

 

少ない荷物を纏めるその姿を見て、そう考える。

 

 

「…それじゃ、これでお別れだ」

 

朝焼けが空を染め始めた頃、いつもと変わらない笑みを含んだ顔でそう言った。

 

「……ん」

「君が君の生に満足できることを願っているよ」

「………」

 

満足して死んでいける奴らがどれだけいるだろうか。

ただでさえ、いつ死ぬかわからないのに。

 

「……そっちこそ。次会うまでに痴呆になって私のこと忘れたりくたばったりするんじゃねえぞ」

「肝に銘じておくよ」

 

そう言って、私に背を向けて日の昇ってくる方へ歩いていく。

ただ、その姿を眺めているだけの私。

 

もう生きてるうちには会えないのではないか。そんな予感があたまをよぎる。

 

それなら、言うべきことがあるだろう。

息を飲み、喉まで出かかった言葉を絞り出した。

 

 

「世話になった、ありがとう」

 

 

思ったよりも小さな声。

聞こえたか不安に思う私とは裏腹に、爺さんは、こちらを見ずに手を振った。

 

その姿が見えなくなるまで、私はそこに立っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はあぁ………」

 

仕事が……多い……

 

今までは鍛錬やら何やらしてて、人里全体で妖怪狩りへの依頼が増えてることは知っていたがそこまで請け負わずにいたが……

 

 

「他の奴らは何してんだよ……働けよ」

 

あまりの仕事の多さに同業者への愚痴が湧いてくる。

 

「なんで俺の店の前でそれを言うんだ」

「一人で壁に向かって愚痴っても仕方がないだろ」

「働いてる奴に悪いと思わんのかお前は」

「どーせ客来ないくせに」

「やかましい」

 

鉄を打つのを休んでいる男の前で壁にもたれかかって不満を垂れ流す。

 

「別に、お前が仕事をありったけ取らなきゃいいだけの話だろ」

「そこにあるなら受けるだろ、依頼」

「なんでだよ」

 

どうせ他にやることねえし。

 

「そもそも博麗の巫女ってのが死にやがったせいで妖怪自体が強くなってきてる。今まではそこそこ強くても謙虚に生きてたやつも調子に乗り始めてなぁ……」

「妖怪狩り自体が減ってんのか」

「辞めてんのもいる」

 

ちょっと死にかけたくらいで怖気付きやがって。

 

「……お前、今日だけでいくつ依頼こなした?」

「一気に請け負って一気に消化したから……六?」

「………」

「………」

 

なんだよその顔。

 

「そりゃお前化け物って言われるわ」

「うるせえよ」

 

他のやつが頼らないから代わりに私がやってやってんだろうが。

 

「正直、目標を探す手間の方が疲れる」

 

本来なら、この人里の外に出るための護衛依頼とかもあるんだが……私の場合は私が怖がられてるせいでその仕事が回ってこない。

 

「陰陽師は人里の周辺くらいしか出張らないし……」

 

この人里の中だけで生活が完結してるならいざ知らず、魚を獲ったり畑行ったり交易したり……そういうのは周囲の安全を保証しないとまともにできないわけだ。

 

よって、私がそれやる羽目になる。

 

「そういや、最近近くの村の奴らが襲われて人里に流れ込んできたって話聞いたな」

「妖怪か?」

「足が沢山あったとかなんとか……虫みたいだったって聞いたぞ」

 

心当たりしかねえな。

 

「生き残りもそこまでいなかったらしい、十にも満たない若いのが何人かだって……」

「そのうち、この周辺からここ以外の村や里はなくなるかもな」

 

単純に考えるなら、あちこちに散らばるよりも一箇所に固まった方が身を守りやすい。

 

「てか、あんたそういうの詳しいよな」

「ここのお得意様はお前だけじゃねえんだぞ」

「………?」

「本当に困惑したような顔やめろ」

 

存在したのか……私以外の客。

他に客が来てるところみたことなかったからなぁ。

 

「……腰、悪いのか」

「よくわかったな」

 

常にそこを気遣うような動きをしていたから、なんとなくわかる。

 

「俺も年だからな、この店も言ってる間に畳むことになるな」

「………子供は?」

「鉄を打つのは性に合わないって言って出てったよ」

「引き止めなかったのか」

「好きにやりゃあいいさ」

「………」

 

家族ってそういうもんなのだろうか。

 

「別に、喧嘩したとかそんなんじゃないしな。ここだって客がいないわけじゃないが、取り柄は安さくらいでそこまで儲からねえ」

「…そうか」

 

ここが仕事を辞めたら、どこで刀の手入れを頼もうか。

……いや、自分でも出来るか。

別に今までだって、わざわざここにきて頼む必要はなかったし。

 

「……じゃ、私やることあるからそろそろ行く」

「おう。……今日の分は終わったんじゃないのか?」

「終わった」

「なら一体何を……」

「明日の分の仕事」

「………は?」

 

は?って、そこまで驚くことか?

 

「お前まさか、依頼も出てねえのに妖怪を……」

「そうした方が効率的だろ」

「お前そりゃあ化け物って言われるわ…」 

 

不本意だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの時の血濡れの子供、今じゃ里で一番の妖怪狩りだそうよ」

「まだ生きてたの?」

「気味の悪い奴だ…」

「博麗の巫女が死んだのもあいつのせいなんじゃないか」

「流石にそれは……」

 

 

言いたい放題

 

 

「でも俺あいつに助けられたことあるんだよなぁ…」

「俺もだ」

「少なくとも人里の平和には貢献してるらしいじゃないか」

 

 

都合のいい解釈

 

 

「あいつが依頼を一気に受けるせいで商売上がったりだよ」

「さっさと妖怪に殺されればいいのにな」

 

 

自分本位な考え

 

 

 

どいつもこいつも好き勝手言いやがる。

そう言えるのは、自分は襲われないという根拠のない安堵に包まれているから。

私が誰にも噛みつかないなんていう保証はどこにもないのに、ただ前例がないだけで勘違いしている。

 

 

陰で聞こえないように言っているつもりかもしれないが、私には聞こえてくる。

 

 

これだけ妖怪を狩り続けても。

これだけ命を削っていても。

 

この里にとって、私は邪魔者だという認識は変わらない。

 

そして私も、変わらない。

何故そんな場所で生き続けているのか。一人で生きていくには十分な力を持っているのに、何故ここを離れられないのか。

 

 

 

求めているから。

自分と同じ存在を。

 

はみ出しものの自分と同じやつなんて、そうそういないのはわかっている。

 

ただ、私は化け物じゃなくて、あいつらと同じ人なんじゃないかって。そんな淡い希望を抱いているから。

 

いつか分かり合える相手が現れることを祈ることしかできないから、この居心地の悪い場所に私はいる。

 

 

 

 

どれだけ人里の人間どもを心の中で嘲笑っていても。

 

そいつらから離れない私は、離れる方法を知らない私は。

 

 

一人になりきることもできなくて。

誰かに受け入れてもらうこともできなくて。

 

 

そんな私は、いつまで経っても孤独なままだ。

 

 

 

 

 

 

そんなことを何度も何度も同じように考え、同じような結論に達する。

 

気がつけばまた一年が経ち、遠くの山は葉が紅くなっている。

行ったことはないが、妖怪の山って呼ばれているらしい。天狗を中心として、妖怪がまるで人里のような組織を組んで多人数で暮らしているんだと。

 

実際に天狗にあったことあるわけじゃないが……人里とも表立って敵対することもなく、長年そこに存在し続けている。

 

そんな、人らしい部分を聞いてしまうと。

 

本当に妖怪と人間が分かり合えないものかと、意味のない思考をついついしてしまう。

 

人間は、怨嗟の声を轟かせる。

妖怪は敵であり、相容れない存在。

 

そういった思考が根付いてしまっている以上、少なくとも私が生きているうちは、人と妖怪が敵意を持たずに会話する、なんてことは無理なんだろうな。

 

 

私のやっていることだって、黙って妖怪をただただ刈り取っているだけだ。

 

 

 

 

自分に大切なものがないから。

失うものがないから、妖怪に対して憎しみを抱くこともないから、そんな呑気な考えが思い浮かんでくるのだろうか。

 

人間なら、妖怪は恐ろしい相手だから、生きるうえで障害となるから、憎むべき敵だから。そう思うべきなのだろうか。

 

 

なら、そう思っていない私は。

何もないから、そう思えない私は。

 

 

 

 

悲しいほどに、からっぽだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はあぁ……」

 

動く右腕で痛みのする脇腹を押さえながら、自分の行動に呆れ果ててため息が出る。

 

気にもたれかかり、ゆっくりと呼吸を整えながら高まっている気分を落ち着かせていく。

 

 

「逃げるべきだった……」

 

 

ひと目見て勝てないとわかったはずなのに……

 

 

風見幽香

 

 

ろくに人と話さない私でも名前くらいは知っている存在だ。

 

馬鹿だったなぁ……

 

追いかけていた妖怪が逃げたからって、あの向日葵だらけの場所にそのまま突っ込んで行って……

 

 

花を掻き分けて逃げていた妖怪の首が気づいたら捩じ切られていた。

 

「………はは」

 

思い返すと何故か笑いが込み上げてくる。

それほどに、圧倒的だった。

 

 

反射的に攻撃をしてしまったが、避ける必要もないと片手で受け止められ、そのまま殴られて意識が飛んだ。

 

気づけば遠くの方の土の中に体が半分ほど埋まっていた。

 

 

色んなところで体をぶつけたのだろう、あちこち骨が折れていた。というか、生きていた自分を褒めてやりたい。

 

恐らくあれでも全く本気じゃなかっただろうし……こちらが斬りかからなければそのまま見逃してもらえたのではないだろうか。

 

なんならちょうど死なないくらいの加減で殴られたような気もしてくる。

 

 

 

ああいう、妖怪の頂点に立ってそうな奴らが好き勝手力を振るっていないからこそ、この土地は成り立っているのだろう。

 

 

 

 

爺さんと別れて以降、ある意味私は、指標を見失っていたといえるかもしれない。

 

何を目指して強くなればいいのか分からなかった。

ただただ、妖怪を斬っているだけの日々。

 

 

 

でも、今日はっきりした。

 

あれだ。

あのどれほど遠いかわからないあの存在を目指して、私は強くなればいい。

 

この世界における果ては見えたようなもの。

なら、そこに向かって、走るだけ。

 

 

道は定まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「髪、切らないのか?」

「あ?」

「随分と伸びてんだろ。邪魔じゃないのか?」

 

指で頭を指しながらそう言う男。

 

「髪如きで支障が出るような柔な鍛え方はしてない」

「そうかい」

 

わざわざ切る必要もないだろう、掃除面倒そうだし。

 

「……で、何で急に見てくれなんて言ったんだ?」

 

刀を預けた。

普段から気を遣って使ってはいるし、手入れだって自分でしているが、こういうのはやはり素人より慣れている奴がやった方がいい。

 

「…まあ、そう遠く無いうちに思いっきり戦うことになりそうだから」

「あれか?人里の人間がまた失踪してるってやつ」

「よく失踪してんな、おい」

 

もう少し自警団とか働いてくれないものか。人里の中くらいは頑張って自衛してほしいものだ。

 

「まあそうだ。なんでも人里の外に行ってるらしい、追いかけてった妖怪狩りが帰ってこなかったんだと」

「それでか、最近陰陽師やらが騒がしいのは」

「あぁ」

 

今回失踪してる人数は、既に以前の蛇の時とは比べ物にならないものとなっている。ついでに、帰ってこなかった妖怪狩りがそこそこの奴だったのもあって、警戒心が高まっているらしい。

 

「多人数で人里から出て行こうとする奴を追っかけて元凶を叩きたいんだと。……まあ、博麗の巫女を頼ることができないから、てのもあるだろうけどな」

 

だから私にまで声がかかった。

流石に自分達だけじゃ少し心もとなかったのだろうか。陰陽師だってついていくって聞いたんだが。

 

「お前も参加するのか?」

「まあ」

「よく断らなかったな」

「どちらにせよどうにかしなきゃな、とは思ってた」

 

無視して置く理由がない。

それに………

 

「予感がする」

「ん?」

「ずっと探してたやつに、会える気がする。だから行く」

「………そうか」

 

私の勘は、何故かよく当たる。

特に、何か異変があったときに。

 

「実はな、もう今年いっぱいでやめようと思ってんだ」

「……そうなのか」

「あぁ。俺も腰がそろそろ限界だし…女房も病気で元気ねえんだよ」

「………金はあるのか?」

「おう、お前から搾り取った分がな」

 

そうかもしれないが腹立つ。

 

「この前は驚いたぞ?いつだっけ……もう一年以上前か?またお前死にかけみたいな姿で帰ってきたんだもんな」

「あれは…まあ、若気の至りで」

「まだ若いだろお前」

 

あの風見幽香にぶちのめされた後、随分と心配されたもんだ。

そして、心配してくれる相手が私にいることに驚いた。

 

「まあだからなんだ。この刀は思い入れもあるし、精一杯手入れしたつもりだからよ。これ使って……無事に帰ってこいよ」

 

そう言って、刀を突き出す男。

 

「……あぁ」

 

静かにそれを受け取った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……今日は半月形」

 

丸い月は見えないが、代わりに周囲の星に目が行く。

木の上に登って、一層輝く星を眺めてながら酒を喉に流し込んだ。

 

 

人里の外。

 

周囲には妖怪狩りやら陰陽師やらが散開していて、何か異常を発見すれば笛を吹いて、他の場所から駆けつけてくる、ということになっている。

 

 

情報は少しだけだがある。

 

人里の外に出て行こうとする人間は、まるで自我を失ったかのようになると言うこと。

門番は気付けば気を失って倒れているらしい。

 

人里に直接攻め込んでこないで、こんな回りくどいやりかたを選んでいる時点で、その辺の頭の残念な妖怪じゃないことは明らかだ。

 

 

 

 

門番は無力化され、誰にも見られずに人里の外に連れ出し、そこで静かに仕留める。

 

人間が恐怖しているのは、次は誰が襲われるかわからないと言うこと。

場所が毎度毎度ばらけている、東端で失踪したと思ったら今度は西端で……おかげで位置を絞って探すと言うわけにもいかない。

 

 

だから、ある種の囮だ。

生贄、と言ってしまっても差し支えないかもしれない。

 

様子のおかしい人間を見ても手を出さずに、人里の外に出てくるのをじっと待つ。

 

 

見つけたところで、できればその人間が殺されないうちにその妖怪を倒す……と。

 

そう上手く事が運べばいいが。

何せこれだけの妖怪狩りが動員されているのは、その元凶の妖怪がそれだけ強いだろうと踏んだからである。

 

 

「……まあ、私は待ってるだけだ」

 

 

近頃感じていた違和感。

 

妖怪の動きは博麗の巫女がいなくなってから活発になり続けていた。

それこそ、私の貯金がとんでもないことになるくらいには。

 

それなのに、最近になって人間を襲う妖怪が少なくなってきた。

何故なのか。

 

私が狩り尽くした?いや、それはない。虫のように湧いてくる奴らを根絶やしにできるほど狩った覚えはない。

 

博麗の巫女がいなくなったことの影響が収まった?あり得なくはないが……時間経過にしては急に変わりすぎだった。

 

 

なら、複数の妖怪が意図的に、かつ同時に人間を襲う手を緩め始めた、ということになる。

 

それだけじゃない、まるで隠れて潜んでいるかのような……見つからないんだ、探していても。

 

 

 

 

「……まさか、な」

 

これだけ同時に妖怪たちが同じような行動を取っていると、不穏な妄想をついついしてしまう。

 

そう例えば……誰かが妖怪どもを率いているとか。

 

「………」

 

笛の音。

東の方から。

 

 

「……おいおい」

 

同時に、おそらく十個くらいか。

散らばった位置でほぼ同時に笛が鳴らされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…あー」

 

目の前の光景を見て、どうすればいいか分からず思わず突っ立ってしまう。

 

大量の妖怪と大量の人間が乱戦を起こしている。

木々は薙ぎ倒され、陰陽師の弾幕が飛び散り、妖怪狩り武器を振るっている。

 

だが、血が出ているのは人間の方だ。

あの妖怪ども、数に加えて強さもそれなりにあるらしい。

 

 

 

「……ちっ」

 

とりあえず近場にいる奴らから首を切り落としていく。

ただただ殲滅するだけなら容易だが、それをすると人間も巻き添えを食らってしまう。

 

 

これなら一人の方がやりやすかった。

 

「数じゃ負けてねえ!勝てるぞ!」

 

一人の妖怪狩りがそう言った。

今まで何を相手にしてきたのだろうか、あいつは。

 

妖怪という存在に、力以外の序列は基本存在しない。

そして、これだけの数の妖怪に同じ行動を指示できるような存在は、それだけ上澄みだということになる。

 

百鬼夜行じゃあるまいし。

 

 

「だ、だれか助けっ…」

 

獣型の妖怪に食われかけていた奴を巻き込まないように注意しながら切り払う。

 

こういう知能の低い奴まで従えてるとなると、相手は本当に———

 

 

「あ」

 

 

その場を飛び退くと、とてつもなく長い虫の胴体のようなものが突っ込んできて、周囲にいた妖怪狩りや陰陽師をまとめて吹き飛ばしていった。

 

地面を擦れていく音と骨が折れ、人間が形を保てなくなるような音が鼓膜を刺激してくる。

 

 

「百足……!」

 

いた。

見つけた。

 

 

 

いつのまにか消えてしまった百足の胴体から逃れた妖怪どもを、霊力を足に纏わせて駆け回りながらその首に刃を押し当てていく。

 

二十程斬ったあたりで、周囲から妖怪が離れていくのを感じた。

 

 

「………おいお前」

「……は?」

 

近場にいた生き残っている陰陽師の男を呼びつける。

周囲の人間が薙ぎ払われ突如やってきた人間が妖怪の首を落としまくっていたんだ、呆然とするのも無理はないだろう。

 

「ここに来てるはずの人里の人間は」

「い、いや、この辺りでは…」

「じゃあ生存者とそいつ探して引き返せ。私が引き受ける」

「引き受ける……って、この数だぞ!?それにさっきのも…」

 

そこまで言って、何かに気付いたかのようにまた口を開いた。

 

「そうか…お前が噂の…」

「……はぁ、わかったらさっさと行け!」

 

そう返すと、周囲に転がって気絶している人間たちを抱えて飛び去っていった。

どうせろくな噂じゃないんだ、さっさと動いて欲しい。

 

 

 

 

「………さて、と」

 

周囲を見ればなんともまあ種類豊富な魑魅魍魎ども。

 

その中にひとつだけ、他とは別格に強い妖力を持つ奴がいる。

 

「私を覚えてるか、くそったれ」

 

静止した妖怪たちの中に一人混ざっているそいつに刀を向ける。

 

「……あぁ、よく覚えてるぞ、あの時殺し損ねた人間」

 

百足野郎。

私に初めて恐怖を植え付けてきた相手。

 

こいつのあの時の気まぐれと、爺さんのおかげで、私は今生きている。

 

「どういう魂胆だ?愉快なお仲間連れて」

「俺だって一人でこの幻想郷の上に立てると勘違いするほど愚かじゃない」

 

立つつもりなのかお前は。

 

「弱い奴は群れる、お前たち人間と同じだ」

「自分で自分を弱いと言い切るか……」

「お前如き矮小な存在に遅れはとらんがな」

 

言ってくれる。

 

「じゃあその矮小な存在に全部めちゃくちゃにされた感想、後で教えてくれよ」

 

私がそう言った瞬間に、周囲の妖怪どもが声を上げて私の方に突っ込んでくる。

所詮は強いやつの下について安心してる雑魚。

近づいてきたやつから順に身体を斬り飛ばしていく。

 

「………チッ」

 

何故動かない?

何故そこでじっと妖怪どもが斬られていくのを見ている?

 

確実に私を殺したいなら、自分も同時に動いて攻撃を加えるべきだろう。

とどのつまり、舐められているのだろう。

実際今までは歯が立たなかったわけだが……雑魚だけ相手してる方が楽なのも事実だ。

 

「ふんっ」

 

霊力を纏わせて周囲を薙ぎ払い、妖怪たちを真っ二つにする。

 

 

「…?」

 

 

あれだけいた妖怪の数が少なくなっている。

私、そんなに斬ってたか…?

 

「っ!」

 

妖怪たちの気配が一気に移動している。

私の後方、あの人間が向かった方向だ。

 

「お前ぇ…」

 

そこにいるはずの百足の男を睨みつける。

周囲が暗く顔は見えないが、そのせいでほくそ笑んでるんじゃないかと勝手に想像してしまう。

 

霊力の弾を地面に思いっきりたたきつけ、その衝撃と共に後方に駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………」

 

これは助からないな。

必死に抱えた人間を守ろうとしていたのだろう、そっちは気絶こそしているが、目立った外傷はなかった。

 

 

息も絶え絶えで、肉を食い荒らされたかのようにそこに横たわっている。

まだ息があるのが不思議なくらいに。

 

 

群がっていた妖怪どもを斬り伏せた刀、それについている血を片腕で挟んで拭う。

 

「……気づけなくて悪かった」

 

刀で、その身体を突き刺した。

 

 

 

「………」

 

 

 

あの時、百足に吹き飛ばされた人間たちは無事だろうか。

いや、無事じゃないだろうな。

 

ただ、感じられる気配で判断する限りは、まだ妖怪と戦っている奴らがいる。

 

陰陽師だっているんだ、雑魚妖怪どもに遅れはとらないだろう。

 

気絶したままの数人の人間を木にもたれかけさせて、妖怪と人間たちの間に立つような位置で刀を構える。

 

 

「すぅ…はぁ……」

 

 

呼吸を整える。

さっきの人を殺した感触は、思っていたよりも大したことはなかった。

妖怪だって、同じような姿をしているから。

 

「そいつらを守りながら戦う気か?」

「………」

 

奥からやってきた百足野郎。

 

「今まで攫ってきた人間はどうした」

「その雑魚どもが食ったに決まってるだろう」

 

あぁ、そうだな。

そうに決まっている。

 

「村を滅ぼしたのは」

「そこにあったからな」

 

気まぐれで人を殺す。

 

「………博麗の巫女を殺ったのは、お前か」

 

もし、やるような奴。やれるような奴がいるとするならばこいつしかいないと、常々思っていた。

 

「…そうだ」

「………はぁ」

 

どうやら私は馬鹿らしい。

何故妖怪に人間性を求めていたのだろうか。

 

あの爺さんは妖怪じゃない。

妖怪と人間は相容れず、敵対し合うしかない。

 

 

力が強い奴は、理性も強い。

だから、そういう奴となら、話ができるかもしれないと思っていた。

 

だけどこいつは違う。

当然のように、そう定められて生まれてきたかのように、人を襲い、恐怖を喰らい続ける。

 

 

要するに、こいつは弱いんだ。

私があの時見た、花の妖怪よりもずっと。

 

 

「群れると弱く見えるぞ」

 

 

不愉快そうな唸り声を上げた後、周囲の妖怪どもが一斉に飛びかかってきた。

 

後ろには人間がいる、動けない。

その場に立って攻撃を捌き続ける。

 

「お前ら人間も群れているだろうが」

「そうだな、あいつらは確かに群れてるよ」

 

その方が安全だから。

その方が自分の存在を感じられるから。

 

他者の中にある自分の存在を感じることでようやく、自分を定義することができるから。

 

だから自分以外の誰かを求める。

 

「だが私は違う」

 

 

全身の霊力を循環させ、一気に移動しながら刀を動かし、妖怪どもの首を裂いてやった。

 

「その辺の人間と一緒にすんなよ」

 

 

群れたくても、群れられなかったから。

でもそこには確かに、誰かの中に私は存在していた。

恐怖や嫌悪の中に、だが。

 

化け物化け物と言われてきたが。

そういう意味では、私は妖怪と似たようなものだったのかもしれない。

 

 

「勝てない奴がいるからって雑魚侍らせてその気になってるお前と、一緒にすんなよ」

 

個であることが強さであるとは思わない。

強さを語ることができるほど、力や経験があるわけでもない。

 

それでもただひとつ言えること。

 

 

目の前のあいつよりは、上でありたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「すぅ……はぁ……」

 

止めていた息を再開し、周囲の気配を伺う。

もう近くには妖怪はいない、全部斬った。

 

残るは百足野郎のみ。

雑魚妖怪が次々に切り捨てられていても、あいつは後ろでただただ見つめているだけだった。

 

 

「次はお前だ」

 

 

切っ先を向けてそう言い放った。

 

「……やはり、あの時殺しておくべきだったか」

 

そうだ。

二度、お前が私を見逃したおかげで、今私はここに立っている。

 

その傲慢さが、私がここに立っている理由だ。

 

 

「——っ!」

 

その場を飛び上がると、すぐ足元を巨大な百足の体が通り過ぎていった。

着地してそのまま斬り上げるが、刺さりこそしたが固くてなかなか刃が通らない。

 

 

相手の方を見れば、その場から動かずに体の一部を変化させて、地面の中に潜り込ませている。

いつぞやの巨蛇を思い出す、あれとは比べものならないが。

 

この調子だと足はどう見ても百本以上あるな、名前で嘘つくのも大概にしてほしい。

 

「うおっ」

 

飛び跳ねて地面をうねうね潜っている百足の体を避け続けていると、突然本体の方が殴りかかってきた。

 

身を捻りつつ刀で受けることで、吹っ飛びはしたものの着地はできたが、そんなのもお構いなしに接近してくる。

 

「ちっ……」

「そりゃ何の舌打ちだ、あ?」

 

動きに対応されていることへの苛立ちだろうか。

以前までなら見えるだけで反応はできなかったが、今なら動ける、戦える。

 

攻撃に込められる殺意もなんということはない。

 

あの花の妖怪の方が断然強かった。

 

 

「早く死ね」

「断る」

 

そう言った直後距離を取った百足野郎は、地面に手足をつけて四つん這いになった。

 

「……?地面揺れて——」

 

咄嗟に後ろに飛び退き、霊力を纏わせた刀を下から生えて来た百足の体に向けて振って切断しようとする。

 

悪寒がし、またその場を飛び退くと今度は上まで伸びた百足の体が押しつぶすようにその場に落ちて来た。

 

 

追撃のように生えて来たもう二つの百足の体も、刀を構えて防御した。

 

「四本…」

 

まるで蚯蚓のようなものが地面から生えて蠢いている。

足がある分あれより気色悪いかもしれない。

 

そして、単純に考えてさっきまでの攻撃より密度が四倍。

 

 

 

全身に霊力を循環させたと同時に四本の百足の身体がこちらに向かって木々をへし折りながら伸びて来た。

 

 

刀の角度を考えて構えながら衝撃を受け流して百足の先を逸らし、一番近いところにある百足の体を上から刀を振り下ろして叩き切った。

 

「まあまだ動くよな」

 

振り払われる百足の体にさらに切り傷を入れながら下がるが、そこにもまた百足が伸びてくる。

今度は寸前で避け、そこから伸びている細く硬い脚を斬っていく。

 

 

 

「………ちっ!」

「何の舌打ちだ?」

「黙ってろ虫が」

 

近づけない。

 

避けられているし、攻撃だって加えている。

隙を見つけた時は叩き切っているし、そうでなくとも傷はつけた。

 

なのに一向に勢いは衰えない。

そもそも向こうにとって傷になっているのかすらわからない。

 

四本の百足の体が、別々の動きをしながら私の命を削り取ろうとしてくる。その対処に息を使うのに、そのうえであの首を狙わなければいけない。

 

 

 

 

 

 

あの首までの道筋は、真っ直ぐ。

道の終わりも、すぐそこにまで見えているのに。

 

進んでいるのか、後退しているのかすらわからない。

 

あまりに険しいもんで、先が遠のいていくように思えてしまう。

 

 

 

 

「ぎぃっ…!」

 

目はずっとあの首しか見ていないのに、百足の体が障害となって私の前に現れると。

 

何度斬り伏せてもまたやってくる

何度斬り裂いてもまた生えてくる

何度斬り捨ててもまた立ち塞がる

 

 

邪魔なものが多すぎる。

 

当たらないように思考するのが億劫で、仕方ない。

 

 

もっと、もっと早く、鋭く斬り込まないと、あの首には———

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……は?」

 

肉の潰れるような不快な音。

思わず自分の身体を確認してしまったが、当然何ともない。

 

 

正面からやってくる百足の体をいなしていたら、あの音がした。

 

どこで?後ろで。

 

 

後ろには何があった?

私があの首に躍起になってる時に、その後ろでは何があった?

 

 

「………」

 

ゆっくりと、ぎこちない動きで振り向いた。

 

そこにあったはずの肉体は無惨な姿になっていた。

気絶していたから、私がそこにもたれかからせていた。

 

私が逸らした攻撃が、あそこに直撃した。

だから、ああなった。

 

 

血は飛び散り、頭は潰れ、臓物が辺りに飛び散っている。

 

 

 

 

 

 

「 っはあぁぁ……」

 

頭を抱えて、大きなため息をつく。

 

「今どんな気分だ?」

 

嘲笑うかのような破壊声。

 

「なあ、教えてくれよ。自分がずらした攻撃で守るべき奴が死んだ気分を」

 

そんなもの、最悪に決まっている。

 

 

 

結局、人紛いの化け物だというわけか。

人でなしに人は護れないと。

 

そう言われているような気がした。

 

 

 

 

酷い気分だ、頭痛がする。

 

いつまで経っても届かないあの首を、何も考えず戦ったせいで消え去った命を。

 

 

全部考えるのが面倒くさくなった。

 

いつまでも変わらない人里が、自分が。

成長した気になって、あいつを前にして苛立ってしまっている自分が。

せっかく守ってくれた人間を、むざむざと死なせてしまった自分が。

 

 

 

 

なら、もう何も考えなくたっていい。

 

 

身体に任せよう。

もう、無心でいい。

 

思うままに、刀を———

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「チィッ、そのまま呆けていればいいものを…」

 

死角から飛んできたそれを避けて、そのままそいつの方へ走る。

 

 

今やっと割り切った。

所詮私は化け物なんだと。

 

 

 

 

きっと、あの人間を守ってそのまま人里に帰したとしても、人間の私への感情は何一つ変わらないのだろう。

 

そもそも人として育てられていないんだ、今更人に成れる道理もない。

 

ただ、それ以外に生きる方法知らないから。

それ以外に自分の価値を示せないから、妖怪を狩るだけ。

 

人のふりもできない、人の形をした化け物。

 

 

 

人間味がない、とでも言えばいいのだろうか。

同じ種族と見られていない、見てもらうことができない。

 

私だって人なのだから、誰かと関わって生きたいのに。

 

 

 

 

友と呼べる存在一つない私は

存在価値を示す相手もいない私は

それがわかっていて、何も変えられない私は

 

 

 

どうしようもなく虚しくて。

 

どうしようもなく、からっぽだ。

 

 

 

 

 

 

「簡単なことだった」

 

難しいことを考えるから剣が鈍る。

答えのない問答を自分の中で繰り返すから、身体がついていかない。

 

 

なら、何も考えなくたっていいんだ。

 

言われただろう、勘が鋭いと。

要らぬことを考える必要はない。

 

 

 

ただただ、目の前に立ち塞がるものを斬っていけば、それで———

 

 

 

 

「こいつ動きが……」

 

 

それまで必死に頭で考えて、どうにかしてあの首へたどり着こうとして回りに回っていた思考が、今は不思議なほどに澄んでいる。

 

まるで、ただ俯瞰しているだけのような……

 

 

 

 

雑念はいらない。

 

刀は思いを乗せるから、余計な考えは剣を鈍らせる。

 

 

「すぅっ…」

 

立ち塞がる障害は一つずつ斬り捨てていけ。

 

呼吸と同じように剣を振れ。

ただ目の前のそれを斬ることだけを考えろ。

 

 

突き進め

 

道は一つだ

たとえ一歩ずつでも、進むことができれば

 

あの首に届く

 

 

 

 

 

宙に切断された百足の身体が次々と舞っていく。

 

足を止めない私は着実に目の前に立ち塞がるものを斬り捨て続け、百足の元へと迫っていく。

 

 

「何故止まらない…!?」

 

驚いたような声を意に介さず、刀を降り続ける私。

霊力を纏わさずとも、その刃は百足の身体を切り裂いていた。

 

 

「チィッ!」

「——!」

 

勘が告げるままに、後ろに跳びながら刀を前へと構えた。

 

瞬間にとてつもない衝撃が刀ごしに身体を襲ったが、そのまま空中で一回転し木の上に着地した。

 

 

 

 

「……山を巻くほどの巨体、か」

 

さっきまで伸ばしていた百足の大きさとは比較にならないほどの巨躯が、森を踏み潰し空を覆っていた。

 

 

あの巨体で這いずり回れば、ここら一体は更地になるだろう。

もちろんそれに巻き込まれたら、私も血を噴き出しながら潰れる羽目になるだろうな。

 

 

「……ま、道は変わらない」

 

目の前の障害を斬っていくだけ。

 

 

 

 

木を薙ぎ倒しながら、鞭のようにその身体が私に向かって振るわれた。

あの時の蛇より数段早い振り回し、当たれば、痛いだろうな。

 

 

また、思考するより先に身体が動いていた。

振り回される百足の体を軽く踏みつけて跳ね、体の一部へと乗り移りつつその身体の上を駆けていく。

 

 

狙いはただ一つ。

依然変わりなくあの首だ。

 

 

道は直線のまま形を変えず、行方を阻むものを斬り捨てるだけ。

 

 

思考より先に身体が前へと進んでいく。

 

 

 

今、私の体を突き動かしているのは

 

勘か

衝動か

経験か

教えか

本能か

 

きっと全部なのだろう。

 

 

 

自分の体のどこから出ているのかわからないほどの霊力が放出され、それがそのまま刀に乗っかって光る斬撃を飛ばしていく。

 

斬れやしないが傷はついている。

自分の手で、この刀で斬ったのなら、

 

 

 

果てはもう、すぐそこに

 

 

 

「くそったれが……」

 

人型で百足の身体を伸ばしていた時とは違うのだろう、大百足の体では的が大きくなるだけだと判断したのか、人型の姿に戻っている。

 

「せっかく博麗の巫女をやれたってのに、こんな奴に……」

 

博麗の巫女だって人間なのだろう、たかだか人間一人殺しただけで図に乗ってるのなら、とんだお笑い種だ。

 

「すぅ…はぁ…」

 

息を忘れるほど激しい動きをしていたことに、今更ながら気づいた。

背筋を伸ばし、空気を吸って体の中で循環させる。

 

「お前…お前は一体なんなんだよ!」

 

そう叫んだかと思えば、妖力の弾が全方位に向かって滅茶苦茶に乱射され始めた。木を容易く穿ち、薙ぎ払われて倒れていた木々がさらに砕け散っていく。

 

刀に霊力を纏わせ弾き続ける。

 

 

私の刀が上段にある時に、獣のような低い姿勢でこっちの腹へと拳を捩じ込もうとしている姿が見えた。

反射的に身体が飛び跳ねて上に避けるが、そのまま百足の体が地面から生えてきて私を空へと突き飛ばした。

 

「ぎぃっ…」

 

咄嗟に霊力を纏って耐えたが、食いしばった歯の隙間から血が吹き出る。

 

「………あー」

 

よく考えたら、今初めて攻撃貰ったな。

 

 

 

 

痛みはあるが動きに支障はない、それどころかやっと我に帰ったような気がしてくる。

さっきまでは完全に身体だけが動いていた、それ自体は何も悪いことじゃない。

 

むしろようやく、自分の思ったような動きができていたと言える。

 

重要なのはそれを御すこと。

自分の持つ全てを総てこそ、力は正しく振るわれる。

 

 

「すぅっ」

 

落下していく自分の体と、地面から伸びてくる無数の百足の身体。

 

落ちて行く勢いに任せ、全身から霊力を放出して刀を握り締めた。

 

縦、横、斜め……その動作を何度も何度も繰り返し続け、私に追突してくる百足の身体を片っ端から細切れにしていく。

 

自分でもどんな動きをしているか分からないほど速く、速く刀を振り続ける。

月光を鈍く反射する刀が、景色と肉を切り裂いて行く。

 

 

 

「ふぅ…」

「お前ぇ……」

 

 

あぁ、なんだよ。

なんだよその顔。

妖怪にも煙たがられんのか、私は。

 

妖怪すらも恐怖させて、私はどこに行き着くというのだろうか。

 

 

「…いや」

 

 

どこに行き着くのかなんてどうだっていい。

今は目の前に見えている道を、ひた走るだけ。

 

 

「チィッ!!」

 

伸ばされた百足の身体を細切れにする。

 

「来るんじゃねえ!」

 

大百足へと姿を見て変えても、変わらずに。

 

 

一つ斬り裂き、二つ斬り捨て、三つ切り伏せる。

その虫の顔面に迫ったところで、また人型に戻った百足野郎。

 

 

そんなことを、幾度も幾度も繰り返して行く。

 

 

頭の中には常に同じ風景が浮かんでいる。

 

一本の道、その果てへの道を、いろんな障害が待ち受けている。

私はそれを、一つずつ押しのけて進んでゆくだけ。

 

 

 

 

 

 

果ては、もう眼前にまで迫っている。

 

 

 

 

 

 

「ふんっ!」

 

霊力を大量に纏わせた斬撃を十字に飛ばす。

不意に出てきたそれは、百足の身体を切り裂いて百足野郎の片腕を切り落とした。

 

 

「くそがァ!!」

 

切り落とされたところから百足の身体を生やし、後退りしながら誰もいない方へとその腕を伸ばしていた。

 

 

 

 

「……は?」

 

 

その後ろに、私は立っていた。

 

 

「お前は……お前は一体…なん——」

 

 

百足野郎の両腕が、細切れになってぼろぼろと崩れて行く。

 

「私が何者かなんてどうだっていいんだよ」

 

逃さぬように、今度はその両足を。

 

 

 

「このっ……化けも———」

 

 

その頭を、真っ二つに叩き斬った。

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ………」

 

どっと疲れがやってきて、その場に仰向けに倒れ込んだ。

思考をせずに体を動かしていたせいであちこちが痛む。完全に身体は無意識で動いていたみたいだ。

 

 

 

他の場所ではどうなったのだろうか。戦いの決着は着いたのだろうか。

それを問うても答えは返ってこないし、自分から確かめる気力も残されちゃあいない。

 

 

ようやく、自分の出せる本気というものを出せたような気がする。

今までも自分が乗り越えるべき相手として掲げる相手を、今さっきなんともなしに殺した。

 

 

届く気がしなかったあいつを、今さっき殺した。

 

 

 

 

 

 

こんなことをしても、誰も見てくれない。

私が他者から向けられる感情は、変わることはない。

 

これから、どうして生きていこうか。

 

 

 

死ぬまでに、あと何をすればいいのだろうか。

 

 

 

傾いて見えなくなった月と、変わらず無数にある星々を眺めながら、そうやって意味のない疑問で頭の中をいっぱいにする。

 

 

ずっと見ていると、何か白いもじゃもじゃしたやつが星空に現れた。

 

 

「………?」

 

よく見れば、顔がついていた。

なんとも言えない表情でこちらを見つめながら、ただただふわふわと浮き続けている。

 

 

「……ははっ、馬鹿馬鹿しい」

 

そうだ、目的なんてなくたっていい。

私は今こうやって生きているんだから、難しいことは考えずにただただ生を貪ればいい、

 

あの毛玉だって、そうしているだろう。

目的もなく生まれ、なんともなしに浮き、そうやって生き続け、どこかで朽ち果てる。

 

 

生き方なんて、そんなもんでいいだろう。

一人だろうがなんだろうが、そうやって生きていれば、死ぬまでに面白い話の一つや二つ、きっと思いつける。

 

そうやって考え込むより、もっと楽観的に生きた方が、楽だ。

 

名を呼んでくれるものもいない。

 

 

 

 

「……お前が急に喋り出したりしたら、面白いのにな」

 

 

 

 

どこかへと渡って行く毛玉をながめながら、そう呟いた声は、血の匂いの充満する暗闇の中へと消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何もない日々。

 

ただただ妖怪を追いかけ回して、その首を刎ねるだけの日々。

 

それが私という存在の生き方。

 

 

 

 

あれから百足野郎のような厄介な思想を持っている妖怪は現れることは無かった。まああの時に集まっていた妖怪もほぼ殲滅したんだ、そう何度も現れてもらっては困るが。

 

 

「おい知ってるか?里の外れに妖怪が住んでるんだって」

「お前知らなかったのか?随分前からだぞ。それも半人半妖なんだと」

「妖怪は妖怪だろう?」

「まあな」

 

 

特に目的もなく道を歩く。

同じ場所にいるはずなのに、井戸端で話している声や、子供たちの騒ぎ声、噂話……

それら全てが、私とは別の世界のことかのように、何かに隔たれた場所に存在していて、私のいるところに届いてくることはない。

 

「気味が悪いしどっかいってくんねえかなあ」

「何もしてないから陰陽師も手を出さねえんだとよ」

 

 

あの刀工の男も隠居した。

 

この人で騒がしい道を歩いていたって何かが起こるわけじゃない。

これだけ声に溢れていても、それが私に向けられているとすれば、それは嫌悪や恐れの声。

 

そんなものは、もう期待していない。

 

 

 

「なあ、湖のあたりに毬藻の妖怪がいるらしいんだけど…」

「それがどうした?ってか、毬藻?」

「なんでも頭がもじゃもじゃなんだと、もじゃもじゃの白い毬藻」

 

大百足が消えた後も、妖怪の動きの活発化は止まらない。

抑止力である博麗の巫女がいない、それも当然だ。

 

漠然と、このまま行けば妖怪と人間の大きな争いになるのではないかという予感が頭の中に浮かんだ。

私じゃまだ、抑止力になれちゃいない。

 

「で、その頭がもじゃもじゃがどうした?」

「なんでも妖怪に襲われた人間を助けてるんだってさ」

「はぁ〜?」

 

 

足が止まった。

 

 

「どこのほら吹きが流した話だそりゃ」

「知り合いもそいつに助けられたって言ってたんだ」

「そいつはお前……頭がいっちまったんだよ」

 

 

人を助ける妖怪。

そんな道理に反することをしてる奴がいるのか。

 

 

「な、信じらんねえだろ?でも本当らしいんだよ」

「馬鹿言えそんなのいるかよ、そもそも毬藻って時点で本当にいるか怪しいわ」

「だよなぁ……」

 

 

そうだ、そんなのはいるわけがない。

私が出会った妖怪はどいつもこいつも人間を襲うことしか頭になくて、そうでなかったとしても人間と関わろうなんて思っちゃいなかった。

 

もしそんな奴がいたとしたら、そいつは相当頭のおかしくて……馬鹿なんだろうな。

 

 

 

そのうち会ったなら、妙なことやり出さないうちに斬り殺してやろう

 

今までも、そうして来たのだから



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キャラクター設定集 その2

3周年の投稿が200話記念の設定集とかいうガバガバ具合ですみません。
大したこと書いてないし内容もあっさりしてるので適当にどうぞ。

一応活動報告書いておきました、気が向いたらそちらもどうぞ。


 

 

白珠毛糸 おそらく毛玉

能力「宙に浮く程度の能力」

 

自分や物、人を浮かせたりできる。紫になんやかんやされて霊夢の能力の元になった。

 

 

 

 

プロフィール

白髪黒目、低めの背に左腕は義手。義手にはいくつかの種類があり、生活用、戦闘用、宴会芸用と分かれている。

なお、全ての義手において指から醤油が出る機能は共通。

 

一見すれば子供の姿をした妖怪だが、最近は有名になってきて舐められることも少なくなってきた。

一人称「私」

 

あだ名「しろまり」「まりも」「もじゃもじゃ」

 

昔は毬藻と呼ばれると問答無用でキレていたが、最近は冷静に対処できるようになってきた、多分。

 

霊力は以前から普通に使えていたが、妖力に関してはそうも行かなかった。

レミリアとの戦いの中で少しだけ精神が妖怪寄りになり、妖力への理解が本質的に向上し、幽香ほどではないがそれなりに扱えるようになった。

 

よくしろまりと呼ばれている、謎。

 

名前を考えるのが苦手であり、誇芦の名前を考えるときは数日間頭を抱えていた。

 

先代博麗の巫女の一件から実は少し不眠症気味になっている。そもそも睡眠をそこまで必要としない体であるため、そこまで問題にはなっていない。

一時期味覚や嗅覚がどっか行っていたが、現在はある程度回復した模様。

 

元の人としての人格と、毛玉に宿っていた微かな人格が変異した物の二つがあり、表に出ているのは人としての人格に少し毛玉の方の要素が混ざった物。

基本人格は人間の方である。

 

酒は相変わらず飲めない、毒や薬品にも弱い。

 

人里にはよく入り浸っており、不労所得によって得た金でよく食べ物を買っている。あとよく毬藻と勘違いされているが仕方がない。

 

感情に大きな揺らぎがあると冷静さを失うことがある。また悩みなどがある時は本人は隠そうとするが、周囲には大体バレている。

 

 

 

 

戦闘

霊力による氷生成、妖力による妖力弾や肉体強化による肉弾戦が主。

氷の蛇腹剣を作って振り回すこともあるが、大体その場の気分であり殴った方が強いと自分で認識している。

植物は以前と比べて大分自由に操れるようになった。

 

『凛』

りんの形見の刀身の黒い刀。

妖刀化しており、ある程度制御はできるが抜いた瞬間体の主導権が刀に移ってしまう。

関節がバカになるような動きをしてくるが、結局痛覚は遮断するし痛みはないのでとくに問題はない。

なんかめっちゃ強いらしい。

 

素の身体が貧弱なため、妖力で防御していなければ簡単に手足が欠損するが、持ち前の再生能力でゴリ押す。基本戦闘スタイルは再生でのゴリ押し、脳筋。

 

普段痛みを感じていない分激痛には弱い。

 

 

 

スペルカード

 

剣符『氷帝の剣』

 

ノリで作った蛇腹剣にノリで名前をつけたもの。元ネタはファイ○ーエ○ブレムのアレ。

ただ蛇腹剣を取り出すだけのものであり、特に弾幕をばら撒いたりはしない。

 

でも多分やろうと思えばできる。

 

 

 

氷符『シルバースコール』

 

氷の粒を上空から大量に落とす。

無差別弾なので、そこまで精度は高くない。

 

 

 

凛符『彼方任せの剣戟』

 

ただただ凛に全てを任せただけのスペルカード。

氷帝の剣と同じでただ武器を出すだけだが、やろうと思えば弾幕を張ることも可能なはず。多分。

 

 

 

 

 

 

性格

基本温厚、敬語は使えるタイプの妖怪。親しい相手にはよくボケるがそうでもない相手にはまじめに接する、ボケられたらツッコむ。

 

ちょっとしたことを気にするタイプ、そしてそれをずるずると引きずるので面倒くさい。

自覚はあるが変える気はない模様。

 

毛玉(毬藻)の妖怪は変人、というのが幻想郷における共通認識。自覚アリ。

 

 

 

人間(?)関係

 

誇芦とは同居。チルノと大妖精とは昔からよく会う。

 

妖怪の山では文や椛、足臭。にとりやるりなどと交流がある。

 

地底にも良く足を運び、よくさとりに会いに行っているが、こいしやお燐とも関係は良好。勇儀とは会うのを避けている、お空は存在をお互いに忘れている。

 

魔法の森では魔理沙、アリス、霖之助など。特にアリスとは長い付き合い。

 

紅魔館においては全員と知り合いであり、関係も悪くはないがなぜかレミリアとはよく噛みつきあっている。

 

本人は知らなくても、割と色んな妖怪に名前を覚えられていたりする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

柊木 白狼天狗

「硬くなる程度の能力」

ただただ硬くなるだけ、本当にそれだけ。

 

プロフィール

背は普通か少し高い程度、白髪黒目。

別に名の知れてるわけでもないただの一般男性白狼天狗。目つきが悪い。

 

一人称「俺」

 

あだ名「足臭」

 

友達はほぼいない、いないのに足臭と呼んでイジってくるやつは大量にいる。というかもはや名前を足臭と認識されている。

 

何故か記憶を失っているが、どーせ大したことない記憶だからそのままでいいやとなっている。どちらにせよ取り戻す手段はない。

 

椛にボコされているせいで多少戦闘は上手くなっている、でも立場は下っ端、万年下っ端、ずっと下っ端。

よく椛に顎で使われている。

 

酒に強いのかそもそも酔わないのか、めちゃくちゃ飲んでも酔わない。別に酒が好きなわけでもない。

 

椛と並んでいる姿がよく見かけられるが別にそういう仲というわけでもない。

 

不定期で文に絡まれるのがウザい。

 

 

 

 

 

 

戦闘

筆頭モブ天狗なので、大したことはできない。硬くなれるからとよく肉壁にされている。

 

一人だと雑魚だが、椛と合わせるのが上手いので二人だとそこそこ行けるらしい。

 

一応、その辺のモブ白狼天狗には負けない程度の実力がある。どれもこれも椛のせい。

 

 

 

 

 

 

 

性格

仕事は真面目にこなす、面倒臭いってぼやきながら割とちゃんとやる。

そんな性格なのでとくに話してて面白みのないつまらないやつ、でも足臭関連で自虐すると何故かウケる、不本意ながらウケてしまう。

 

表情が固い、基本真顔な上に目つきが悪いので印象が悪い。

 

割と常識人。

 

 

 

 

 

 

人間(?)関係

文や椛、毛糸とは長い付き合い。というかそれ以外にろくに知り合いがいない。

 

一応顔は同僚にも覚えられているが、名前が足臭と認識されているので知り合いとは認めたくない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

紫寺間るり 河童

「ため込む程度の能力」

自分に与えられた衝撃などをため込み、一気に解き放つことができる。

ストレスとかもため込みがち。

 

 

 

 

プロフィール

背は少し低い程度、紫髪紫目

極度の引きこもり(微改善)極度の人見知り(据え置き)

 

一人称「あたし」

 

生粋の陰キャ。

手先は器用で、絵や手芸を幅広く趣味として行なっている。働きたくないけどそうしないと馴染めないので仕方なしに働いている。

 

技術面知識面双方に置いてかなりのものとなっているが、それを発揮する機会がない。事務仕事をテキパキとこなすので、そういった類のものをにとりから斡旋されている。

 

最近友達が一人増えた、天地がひっくり返りかねない出来事である。

 

人見知りのくせに仲間意識はそこそこある。いやいや言ってるくせにいらないことに首を突っ込みがち、しかしそういうところが気に入られている。

 

たまに毛糸の家を修繕している。

話す時は敬語、心の中では普通の口調である。

 

無職で引きこもりの河童がにとりの工房に入り浸っているとかいう噂が立っていたりする。

 

 

 

 

 

戦闘

射撃の腕はピカイチ、狙撃王名乗っていい。

 

ただし腕前だけで、腕っぷしは全然ない。こっちもある意味貧弱紫もやしと言える。

 

能力を最大限に活かすなら、前線に立ってタンクしてカウンターで衝撃を放出したほうがいいが、本人の貧弱さと射撃の腕前を考えると後衛の方が良いというジレンマ。

死にたくはないので基本は後衛をする。

 

なんやかんやで死線に赴いているので、存外動き自体は機敏だったりする。

 

 

 

 

 

 

 

性格

極度の引きこもり(微改善(2回目)極度の人見知り(据え置き(2回目)

常識人枠ではあるが、それ以上に引きこもりと人見知りを極めているために常識人扱いされない。でもツッコミに回ることが多い。

 

やる時はやるので、追い込んであげると良い感じに活躍してくれる。

窮鼠猫を噛むタイプ……かもしれない。

 

自己評価が低いので基本腰も低いが、一部のもじゃもじゃの毬藻に対してはたまに辛辣にならないこともない。

 

 

 

人間(?)関係

にとりと毛糸以外にろくに話せる相手が長年いなかった。つい最近うづきという河童が新しく友人に加わった。

 

自己評価は低いが、周囲からは割と高い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

日隠誇芦 妖怪猪

能力 なし

 

 

プロフィール

背がそこそこ高い。イノシシの耳、長髪に紫と緑の入り混じった毒々しい色。深緑目。

全体的に毛玉より一回り大きい。特に胸。

 

一人称「私」

 

あだ名「イノーマン」「イノクライシス」「イノバルド」「イノジオ」「イノジェイガン」「イノトール」「イノガンディア」etc……

「ほころん」

 

 

最近人型の姿で過ごすようになった魔法の森にいた妖怪猪。毛糸と長年一緒にいたら気づいたら人型になれるようになっていた。

 

長らく毛玉の家にペットのような感じで住んでいた。なぜか呼び方が毎回「イノ○○○」の形式で変わっていた。

 

毛糸に姿を見せてから日隠誇芦という名前をつけられた。

 

基本毛糸の家の周囲と霧の湖以外の範囲に足を運ぶことはなく、たまに魔法の森に帰る程度。

彼女の中のヒエラルキーでは毛糸よりアリスの方が上。

 

人型になってから控えているが、それでも昔からよく毛糸に向かって突進している。最近になってもたまにする。

 

 

 

 

 

性格

もしかすれば……ツンデレなのかもしれない。

 

基本毛糸に対してはツンツンしているが、心の中ではちゃんと慕っている。一緒に暮らしているだけあって、毛糸の変化には敏感。

 

毒舌気味。

大妖精やチルノに混じって遊んでいることが多いが、本人の知能指数自体が低いわけではない。

 

割と心配性なところがある。

 

 

 

 

 

人間(?)関係

関わりがあるのは毛糸とアリス、チルノに大妖精くらい。

 

猪だったころは割と毛糸を訪ねてきた色んな人物と会っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

黄梅うづき 河童

「思い出させる程度の能力」

その名のとおり、忘れてしまった記憶を想起させることができる。

でもあんまり時間が経ちすぎていると無理。

 

 

プロフィール

背は普通、黄髪黄目。

 

一人称「私」

 

河童としては割と新人。何気に光学迷彩の開発を担当していたので有能。

褒められるとちょっと調子に乗る。

 

前々から仲良くしていた友人がいたが、妖怪の山での失踪事件に巻き込まれて死んだ。

 

それ以降はるりとよく交流している。割と趣味が合うらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

りん 人間

能力 なし

 

 

プロフィール

高めの身長に長い黒髪と黒目。

 

一人称「私」

 

りんという名前は毛糸に名乗る時に適当に考えた名前だが、それ以前に妖忌にそう呼ばれていたのが元になっている。本当の名前は覚えていない。

 

元々博麗の巫女になるはずの人物だったが、八雲紫がサボっていたせいで、気づけば人里で妖怪狩りとして生きる以外のことを受け入れられなくなっていた。

 

博麗の巫女としての不完全な力が、妖怪を滅すために本来よりも早い成長を促し、その力を増大させていった。

そのため、その戦闘力は寿命を削った力だったと言えるかもしれない。

 

魂魄妖忌の気まぐれにより、戦い方というものを数年間学び、別れてからもさらに成長を続けていた。

 

戦闘の際は相手の首をよく狙っているが、それはその首を取って殺したと証明していた名残。

 

 

 

 

戦闘

強い。

そもそもの勘が鋭く、何をしても対応されてしまうことがほとんど。

おまけに剣術の腕も相当なものであり、生半可なものでは簡単に切り裂いてしまう。

 

相手の首を付け狙う癖がある。

 

持っている黒い刀は素材も出自も不明瞭であるが、相当な業物であることは間違いないと思われる。

 

また陰陽師などの使っているお札などにも手を出したことがあり、使えないことはない。

だが直接斬った方が早いという結論に落ち着いたそう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一部原作キャラの解説

 

博麗霊夢

先代巫女と毛糸のことにより、毛糸の存在の記憶を紫の手によって封じられている。

最近、何か違和感を感じている。

 

霧雨魔理沙

毛糸のことをよく心配している。霊夢の封じられた記憶を知っている者の一人。

 

レミリア・スカーレット

毛糸とは犬猿の仲。喧嘩するほど仲がいいのかもしれないが、よくいがみ合っている。

 

フランドール・スカーレット

毛糸に狂気の問題を解決してもらったことで割と好感度は高い。

 

古明地さとり

毛糸の内面を知る人物。色々思うところはあるが、自分がそう口を出すことでもないと考えている。



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バカであれ

 

 

 

自分の部屋の布団の中で、目を覚ました。

 

「………何あったんだっけ」

 

重い体を起こしながら、頭を抱える。

なんか……めっちゃ長い夢を見ていたような……

 

「……りんさん」

 

無意識に鞘に収まった刀を握りしめながらそう呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「げへぇ」

「お、おい!」

 

妖力使いすぎた…もうむりぽょ……

地面に落ちた私を見て慌てて魔理沙が駆け寄ってくる。

 

「お前大丈夫か!?」

「だめしぬ」

「あ、全然行けそう」

 

まあ活動限界になる程妖力残ってないわけじゃないし。すっからかんといえばすっからかんなんだけど……

 

「……封印できた?」

「あぁ、霊夢がバッチリやった」

「そりゃよかった」

 

にしても凄かったなあのでっかい光弾……

 

 

あたりの風景を見渡してみれば、私と同じように地面に落下していった幽々子ってのに妖夢が駆け寄っていた。

 

 

「…これで異変は解決したってことでいいんかね」

「あぁ、多分」

 

 

 

「そうね」

 

 

 

 

魔理沙に起こしてもらいながら、そんな声が聞こえた。

 

「あの妖怪桜に溜まってた春度も一気に放出されたから、言ってる間に春が来るわ」

 

霊夢が、すぐそこまできていた。

 

「霊夢…お前は大丈夫か?」

「えぇ。……まあ、今すぐ帰って寝たいくらいには疲れてるけど」

「なら早く帰った方が——」

「その前に」

 

ぐいっと、私の目の前にまで近寄ってくる。

 

「あなた、確か前に紅魔館で会ったわよね」

「……まあ」

「なんでここにいるのかしら」

 

さて、落ち着け私。

頭真っ白になってる場合じゃないぞ、早く何か言わないと……

 

「私が呼んだんだよ、こいつ結構強いからさ、役に立つんじゃないかなって」

「……そう」

 

魔理沙が咄嗟に間に入ってくれる。

 

「助力、感謝するわ」

「い、いや全然……」

「それと……」

 

 

 

 

「昔、どこかで会わなかった?」

 

息が詰まる。

心配そうに私の顔を見ている魔理沙の視線。

まっすぐ私のことを突き刺すように見ている霊夢の視線。

チラッと見えた遠くからこちらを見ている咲夜の視線。

 

「ねえ、私の気のせいかしら」

 

頭が働かない。

何を言えばいいのかわからない。

時間が経つにつれ焦りがどんどん増えていく。

 

 

疲労とその負荷に耐えかねた私は……

 

「魔理沙もう無理気絶する」

「は?え!?」

 

逃げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

霊力で軽くした私を箒に乗せ、冥界から現世に戻ってきた。

春度が幻想郷に降り注いで行くのが見える。

幻想郷の上空は、まさに桜吹雪といった景色だった。

 

 

「あのなぁお前……今その場しのぎしても、そのうち向き合わなきゃいけなくなるんだぞ」

「……今まだ完全に記憶戻ってるわけじゃないし」

 

魔理沙が呆れたようにそう言ってくる。

 

「だとしてもなお前——」

「分かってるよ」

「………」

「分かってる……分かってるんだよ」

「……そうかよ」

 

 

そこからしばらく、静かな時間が続いた。

 

 

「ねえ」

「んー?」

「私、霊夢が記憶戻ったら何て言えばいいのかな」

「……自分で考えろよそんなもん。せいぜい思いっきり殴られればいいんじゃねえのか?」

 

パンチで許してくれたらいいけど……そんなわけないよなあ。

 

「まあ、お前が殴られる時は私も一緒に殴られてやるよ」

 

少しずつ高度を落としながら、風にかき消されないように張り上げた声で魔理沙がそう言う。

 

「……なんでお前が殴られんのさ」

「私だって、色々知ってて黙ってるわけだからな」

 

案外私の方があいつの怒り買うかもしれないしなと、自嘲気味に笑っている魔理沙。

 

「………なあ。もういっそ、自分から明かしたっていいんじゃないか」

 

顔は見えないが、まあ苦虫を噛み潰した顔でもしてそうだというのは声色から判断できる。

 

「………」

「…悪い、勝手なこと言っちまった。忘れてくれ」

「いや、何も間違ってないよ」

 

魔理沙は何も間違っちゃいない。

間違い続けてばかりなのは、私の方。

 

「さっさと明かした方がいいのは、そう。その方が私も魔理沙も、恨まれないだろうし」

「………」

「記憶だって戻りかかってるんだ、あいつだってもやもやしてるのかもしれない。もしそうなら、その違和感をさっさと取り除いてやったほうがいいんだろうね。……でも出来ないんだよ」

 

ただ、あいつの顔を見るたびに。

あいつの声を聞くたびに。

 

「霊夢のことを考えるたびに……頭の中に色んな光景が流れ込んでくる」

 

それはいつか見た景色で。

そこには私がいて。

もう二人、知ってる奴がいて。

 

「それを思い出すたびに、胸が苦しくなる」

 

まるで私を咎めるかのように、記憶が思い起こされてくる。

 

「それに……私が許してもらおうとするのは、間違ってるよ」

「毛糸……」

「許されなくていい、許されたくない、恨んでほしい、罵ってほしい、殴ってほしい。もういっそのこと……」

 

そこまで言って、口を閉じた。

 

「ごめんな、こっちの都合にお前巻き込んで」

「……気にすんなよ、友達だろ」

「……ありがとう」

 

 

逃げてばっかりだ、私は。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ……」

 

で、その後家に帰ってそのまま爆睡したと……

 

「………今の私見たらなんて言うんだろうね、あなたは」

 

…まあ、あの人なら黙って目潰ししてきそうだ。

 

「はぁ……」

「起きたと思ったらため息ついてる……」

「……ほころん」

 

扉を開けて音を立てて近寄り、私の布団を掴んだ。

 

「なっ、お前なにするやめ——」

「はよ起きろ!!」

「あああ寒ううぅぅぅ……くねええ!!?」

「元気そうじゃん」

 

はっそうか…私が寝てる間に春度が幻想郷のあちこちに拡散したのか……

 

「じ、じゃあ外の雪は…?」

「大方溶けかかってる」

「永く苦しい冬だった……」

「桜が咲かんとする勢い」

「早くね」

「めっちゃ早い」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「フハハハハハハ!見たか冬のあんちきしょーめ!!春は勝つ!!」

「テンションおかしくなってる」

 

しばらく銀世界しか見てなかったから土が見えることに感動。

 

「除雪剤も追加で撒いてやるぜえ!!」

「そんなのあるなら普段から使えばいいじゃん」

「作んのめんどいってにとりんに言われた」

「あぁ、そう……」

 

ようやく身軽な服装で外に出れるんだね……ようやく毎朝家周辺の雪を退かさなくて済むようになるんだね……

 

「……ねえ、何があったの?」

「ん?」

「あんなに寝込むなんて普通じゃないでしょ?」

「………」

 

また心配かけてしまってたか。

 

「……まあ、言いたくないってんなら、別にいいけどさ」

「んなわけないでしょ。……色々あったよ。まああれだよ、霊力と妖力使いすぎて疲れちゃったんだよ」

「本当にそれだけ?」

「それだけ」

「起きた時ため息ついてたのは?」

「……それは」

 

しっかり見てんなあ……

 

「まあ…いつものあれだよ」

「……あっそ」

 

霊夢とのことは誇芦はある程度知っている、だからそんなに多くのことは言ってこない。

ただ、心配そうにしてくれるだけ。

ありがたいけど、申し訳ない。本当は言いたいこともっといっぱいあるだろうに、それを押し殺させてしまっている。

 

「……一応、聞いとくけどさ」

「んー?」

 

後ろを振り返り、その顔を見つめる。

 

「いなくなったりしないよね」

 

普段は見せない表情。

まるで怯えたように、縋るように私を見ていた。

 

「……そんなわけないだろ。何の心配?それ」

「別に…」

 

なんでもない、と付け足してそっぽを向いてしまう誇芦。

そんな言葉を言わせてしまい、あんな顔をさせてしまった自分に嫌気がさす。

 

「ままならないなぁ……本当に」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……いないのね」

 

白珠毛糸。

数百年前から幻想郷に住み着き、霧の湖のあたりに住み着いている…

 

その特徴的な白いもじゃもじゃ頭を、妖怪でごった返す周囲を見渡して探してみるけれど、どこにも見当たらない。

 

「あの妖力…どこかで……」

 

紅霧異変の時に見た時よりもっと前に会っていた。そんな違和感が冥界で再び会った時に芽生えた。

それが何故なのかはわからない。

 

 

桜が咲き乱れる宴会会場の喧騒が私の思考を邪魔してくる。

 

 

人里とも交流があり、人間との友好度も高い。

確かに、そこまで人と深く関わっているのなら、どこかで会っていたとしても不思議ではない。

 

問題は、あれだけの妖力を有しているというのに、その存在を今までまるで知らなかったこと。

 

人里と交友があったことなんて、異変が終わった後独自に調べてようやく知った。

 

 

それに、紅霧異変の時、魔理沙はあの白珠毛糸と知り合いだったのを霖之助さんに世話になっているからと言っていた。

私だって彼の店には世話になっている。なのに一度もあった記憶がないと言うのは……よほど店に行く時間が噛み合わなかったのか。

 

これならもういっそ今まで避けられていたと考えた方が辻褄が……

 

「よっ、何難しい顔してんだよ」

「魔理沙……」

 

酔いで顔を赤くした魔理沙が私の肩をポンと叩く。

 

「彼女、来てないのね」

「彼女って?」

「白珠毛糸」

「……あぁ」

 

今回の異変に関わった奴はほぼ全員、というか直接は関係してないやつまでこの宴会には参加している。

待ち望んだ桜を見て花見をしながら宴会でも…いう話。

 

「まあそりゃ来てないか……」

「ん?何か言った?」

「いーや、何でもねえよ」

「ふぅん…」

 

 

 

 

魔理沙は何かを隠している。

前からどこか怪しいと思ってはいたけれど、最近ようやくそれが確信に変わりつつある。

 

その隠し事は恐らく、白珠毛糸に関係している。

 

 

昔から自分の記憶にどこか違和感を感じていた。

私の記憶に何かするなら紫しかいないと考え、異変が終わった後すぐに紫を呼びつけて弾幕勝負を仕掛けた。

 

明らかに何かを知っている様子だった。

まあ結局霊力切れで聞き出す前に限界が来てしまったのだけれど。

 

 

 

 

「ま、今はせっかくの宴会なんだ。いねえやつのことなんか気にしてないで呑める時に呑んじまえよ」

「……それもそうね」

 

魔理沙には、わざわざ問いただしたりはしない。

何かを隠しているのだとすれば、きっとそうせざるを得ない理由があるなのだろうから。

 

明かしてくれる時をじっと待つのもいいかもしれない。

 

魔理沙のいう通り、今は小難しいことなんて考えるべきではないのだろう。

 

 

 

 

そこで思考を切り上げ、私も酒を呑んで会場の喧騒の中へと乗り込んでいった。

胸の内にもやもやとしたものを抱えながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……宴会、ねぇ」

 

屋根の上に登り、周囲の風景を眺めながらそうぼやいた。

 

楽しそうだよなぁ……大人数でワイワイしてさぁ……

別にやったことないわけじゃあないけども、それは妖怪の山に行って文たちに付き合ってただけだし……

 

妖夢やら咲夜やら、なんなら紅魔館の特に関係のない一般姉吸血鬼も参加してるらしいからなぁ。

異変のあとは、後腐れなくするために首謀者も解決した側もひっくるめて宴会でギャーギャー騒ぐ。

 

 

なんて素晴らしいことなのだろうか。

時代は移ろうものなのだなと、改めて実感させられる。

 

一応、声だけでもかけておくといった感じで、魔理沙に宴会があることを伝えられた。

行けたらいく、という旨だけ伝えておいたけどまあ……来るとは思っちゃいないだろうな。実際行く気ないし。

 

というか、行けない。

 

行けるはずも、ない。

 

 

 

 

 

 

 

「よう」

「……ルーミアさん」

「なあに寂しそうなツラしてんだ、お?」

「………」

 

突然やってきて、黙り込んだ私を見てそのまま私の隣に座り込んだルーミアさん。

 

「らしくないなぁ」

「…そう?私って割とこんなやつだよ」

「人前では取り繕ってるくせによく言うわ」

「それ言われると……はは」

 

今は、取り繕う気分にもなれない。

 

「人といると心配かけさせるから、一人でいたかったんだけどな」

「っていう割には随分と寂しそうだったが」

「うんまあ……寂しいっちゃ、寂しかったね」

 

せっかく桜が咲き乱れていて、知ってる奴らはそれを見ながら楽しく過ごしているっていうのに。

惨めったらしく悩みを抱えている私は一人を望んでいる。

それに孤独を感じているくせに。

 

「でも今はルーミアさんいるし……てか何、暇なの?」

「お前よりもな」

「……まあ、確かに最近は暇って言うほど暇でもないけどさ」

 

心情的にも色々忙しい。

 

「せっかく幻想郷中の桜がこれだけ咲き乱れてんのに、屋根の上で一人黄昏れてんのは勿体無いだろ」

「まあ…そうかも」

 

でも、誰かと一緒にいたいって気分じゃないんだよ。

今日は色々と考えてしまうから、その分心配かけてしまうかもしれないから。

 

「……あたしじゃお前の悩みを吹き飛ばしてやることはできない」

「そんなこたないよ」

「お前がそう言ってもあたしはそう思えないんだよ」

 

…そんなこと言わないでほしいな。

 

「でも、あたし以外になら、それが出来る奴らがいる。だろ?」

「……はい?」

 

 

 

 

ルーミアさんが視線で示した方向を見てみると、そこにはいくつかの人影があった。

どれもこれも、飽きるほど見覚えがあって……変わらないものが。

 

「毛糸さーん!せっかくこんなに桜咲いてんですからみんなで一緒に呑みましょうよ〜!」

「文……なんで」

「なんでも何も、分かりきってんだろ」

 

唖然としている私の背を、ルーミアさんが乱雑に蹴って押し出そうとしてくる。

 

「みんなお前と過ごしたいからここに居んだろうが。んなこともわかんねえくらいバカだったか?お前」

「……そうだね」

 

 

いつからだろうか、くだらない小難しいこと考えて頭を抱えるようになったのは。

 

せめて今、一時くらいは。

 

全部忘れるくらいの大バカでいよう。

あいつらがいるんだから。

 

 



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庭師と毛玉

 

「………え?」

 

なんか……うちの前に人立ってんだけど…?

えっ…こわ……人影見る限りそこまでシルエットの大きい人じゃなさそうだけど……

 

「誰だー…?」

「あたいだー」

「お前かー……」

 

やめろ、頭の上に乗るな。私はナ○パじゃない。

足を掴んで引き摺り下ろす。

 

「降りなさいっ」

「げぇっ」

「汚いでしょ!!」

「足つけてないもん!」

「偉い!」

 

でも人の上を陣取るのは普通に失礼だからやめたまえ。

 

「で、あの人誰か知ってる?」

「知らない」

「ちょっと声かけてきてよ」

「やだ」

「じゃあイタズラしてきて」

「知らない人にイタズラするなって言ってた」

「こういう時だけ言うこと聞くんじゃない」

 

あー…でもちょっと姿が見えるような…白髪…?

白髪の知り合い…?

白狼天狗……妹紅さん…………?

いや…あそこにいるのどっちかっていうと銀髪だな……銀髪なら咲夜…いやでもそれならメイド服でもっとわかりやすく……

 

てか髪なんてどうでもええわ。

 

「なんで人の家の前でずっと立ってんだよこえーなー…帰らずに山にでも行こうかしら……」

「………」

「…ん?どしたチルノ」

 

何その顔。

何その……何そのなんとも言い難い表情は。

 

「……へへ」

「へへ?」

 

ねえ、なに笑ってんの?ねえ何するつもり?ねえ待ってよねえ何とか言ってよチ——

 

 

「わあああああっ!!!!」

「なあああっ!!?」

 

おまっ、何叫んで……おいこら逃げんなクソガキィ!!

 

「野郎……はっ」

 

さっきの奴今どうなって……

 

「………」

「………」

 

め……めっちゃこっち見てるぅぅ…

 

うわこっち来た!?え待ってどうしよう、えーと…「さっきの叫び声は私じゃなくてその辺のバカ氷精が…」

いや違えよ!何で今体裁のこと考えてんだよアホか私は!アホだ!

 

「私ももう逃げ……うわ歩き早っ」

 

どんどんこっちに近づいてきてるよぉ!?

いやもうこれ…逃げてもすごい勢いで追いかけてきそう…

うん…諦めよう…諦めて人とコミュニケーション取ろう…

 

なんかもうすでに散々恥ずかしいことしたから頭上げられん……てかもう目の前まで接近してきてるよねこれ。

 

「えっとぉ……どちら様で——」

 

ゆっくりと顔をあげて、目を逸らしつつそう声を出した。

 

「…もう、忘れちゃいました?」

「……妖夢」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

とりあえず家に上げた。

 

「まさかいきなり私の家に来るとは…」

「…?魔理沙は私が話をつけておいてやるって…」

「そいつ酒飲んでた?」

「飲んでましたけど」

「酒の席の約束事って当てにならないから……」

「そうなんですね…」

 

まあ私酒ロクに飲めないけどね!

 

「私お酒ってあんまりで……そういうのに疎かったです、すみません」

「あー大丈夫大丈夫、私も呑めないから」

「そうなんですか?てっきり酒豪なのかと…」

 

何でそう思った?初めて言われたが?

 

「私お酒呑んだら気絶するからさ」

「そうなんですね…え?」

 

ふっつーに未成年が酒呑む世界だからなぁ。まあ私の前世での常識なんてあんまり役に立たないけど。

多分家は魔理沙に聞いたんだろうな。

 

「で、わざわざ何の用?」

「いえ、大したことでは。ただ以前の宴会に来ていないようでしたので……幽々子様……春雪異変の件でも色々ありましたから、改めてお礼にと」

「お礼って……」

 

春雪異変、そう呼ばれているのか。

クソなが冬異変とかでいいのに。

 

「まずは異変解決への助力、ありがとうございました」

 

そう言ってぺこりと頭を下げた妖夢。

 

「……いや、君首謀者の従者とかじゃないの?なんで解決されてありがとうとか言うの?」

「それは……確かに……」

 

立場と発言が見合ってない。

ってかそもそも私、最後の方にあの桜にちょっと氷ぶつけただけで……まあ氷ぶつけただけで妖力は切らさないけどさぁ。

 

「あの後色んな方から、あのままでは本当に幽々子様が危険な状態だったと聞いて……主人を助けてもらったのですから、お礼を言うのは当然です」

「まあ…それもそうか」

 

まあ私は紫さんに確認取ってからじゃないと動けなかったけど……

そういや冬長続きしてたのに紫さん起きてたな……たまたまかな?

 

「幽々子様もぜひあなたにお会いしたいと…」

「えー……冥界ってそうぽんぽん行き来するもんじゃないと…」

「なんか結界が緩んだまま放置されてるらしいですよ」

「いいのかそれは」

「まあ一般人は辿り着けないような上空にありますし……」

 

いや…でもいいのかそれは。

結界ってあの扉みたいなやつだよな?上を飛び越えて行ったやつ。

 

「…まあそういうなら、そのうち伺うよ」

「是非!幽々子様は優しいお方で———」

「あぁ…うん……そうなんだ…ふぅん…」

 

主人持ち上げタイム入っちゃった…

藍さんと咲夜もそうだけど、従者の人ってちゃんと妄信的に主人のこと見てるんだよなぁ……

 

「——あ、すみませんつい…」

「いや、うん、全然いいよ」

「まあ大食いなのが玉に瑕なのですが……」

 

そして大体ちょっとだけ不満がある、と。

 

「…それに、個人的にも毛糸さんとは一度、しっかり話をしたいと思っていたんです」

「はぁ、話」

「はい、話です」

 

そんな話することありましたっけ私たち……今日で会うの2回目ですよね…

 

「私たち、以前どこかでお会いしませんでしたか?」

「………ない、と思うけど」

 

ガッと机から身を乗り出してそう聞いてくる妖夢。

 

「その曖昧な言い方……やはりあなたも何か思うところがあるんですね」

「グイグイくるね君…まあ、そうだけど」

 

あの時感じた懐かしいという感覚。

少なくとも私の中の記憶には、妖夢と出会った記憶はなかった。

 

「私も変だとは思ったんです。打ち合うのはあの時が初めてだったはずなのに、なぜか私の剣を知ってるかのように動いてくる……」

「私も……いや、正確には私じゃないんだけど、懐かしいとは思った」

「毛糸さんじゃない?」

「うんまあ……そうなる」

 

あの途に感じたそれは、私ではなく凛のものだった。

つまりそれはりんさんのものということで……

 

「以前から気になっていましたが……その刀、妖刀ですよね」

「あー、らしいね」

 

立てかけてある黒い刀を見て妖夢が話を続ける。

 

「名前は確か……凛」

「覚えてくれてんだ」

「当然です!一度戦った相手の得物ですから」

「お、おう、そうか」

 

なら私もそっちの刀の名前覚えてなきゃいけないんだけど……あれ?そもそも言われてたっけ?

 

「私の刀は白楼剣と楼観剣と言います」

「ふぅん?」

「これはある人から受け継いだものなのですが……」

「お、奇遇だね。私も」

「やはりそうなんですね」

「やはり?」

 

何をどう見てやはりって思ったのだろうか。

なんとなく掴めそうで掴めないような話が続く。

 

「私たち自身に面識はないのに、何故か私の剣に既視感がある……つまりこれって、私たちの前の刀の持ち主に関係があると思うんですよ」

「……へぇ?」

 

りんさんに、ねぇ。

 

「毛糸さん、その刀はいつくらいから?」

「うぅん……3……いや、400年前…とか?」

「随分前ですね…」

「そうかね」

 

いや…感覚狂ってるだけで、そういや100年遡るだけでも人間基準だったらそこそこ長いんだった。てか、普通に長生きしても100年行かないしなぁ……

 

ん?妖夢って確か……半人半霊?なんだっけ?

言い方から察するに、そんなに長生きはしてないのだろうか。

 

「それで毛糸さん」

「へい」

「魂魄妖忌、という名に覚えは?」

「……どちら様?」

「……そうですか」

 

何やら残念そうな様子。

苗字一緒なのかな?それなら……父親とか?

うーん……少なくとも聞いた覚えは……

 

「……すみません」

「はい?」

「あの刀、なんか…動いてません?」

「ん?」

 

妖夢が恐る恐る指を指した先を見ると、凛がカタカタと震えていた。

 

「あーこれ?」

「い、いつものことなんですか?」

「いやいつもってこたないけど……おーよしよし、落ち着け落ち着け」

 

うん、全然落ち着かないね。

 

「あっるぇ……最近はカタカタすることそんなになかったのになぁ…」

「私が祖父の名を出した途端急に…」

「あ、祖父なんだ」

 

ふむ…わざわざその妖忌って名前が出た時に震えたってことは……

 

「そういうことなんだろうなぁ………」

「……?あの、どうかしましたか?」

 

天井を仰ぎ見たまま動かないでいると、妖夢が席を立って私の方にやってきた。

 

「夢を見たんだよ、冥界から帰った後」

「はぁ……」

「なんか、長い…永い夢でさ。あんまり詳しいこと思い出せないんだけど……」

 

震えが収まった刀を、また元のように壁に立てかけて立ち上がる。

 

「一人、顔が浮かぶ人がいるんだよ」

「………」

「その人は夢の中で結構出てきて……年取った男の人で、強くて……ちょうど、そんな感じの刀を持ってた」

 

今度は私が、妖夢の刀を指差した。

 

「それって……」

「……ま、そういうことなんだろうな」

 

そういやあの人、どうやってあそこまで強くなったのかとか言ってくれなかったな……言わなかったのか、言う必要なくて忘れてただけなのか。

 

まあ何にせよ、またあの人が死んでから私の知らないことが出てきたわけで……

 

「やっぱり、私達の出会いは偶然ではなかったんです!」

「お、おうどうした!?」

 

急に手を掴んで顔を近づけてくる妖夢。思わず私が後ろに反れてしまうが、そんなことお構いなしにグイグイ来る。

 

「私達がこうやって出会うことは、数百年前から刀によって定められていたんですよ!」

「い、いやあの……」

「まさに運命です!」

「一旦落ち着こうか!?座ろう!?」

「ハッ……すみませんつい…」

 

び、びっくりした……急に豹変して近づいてくるから……

 

「こほん……幽々子様なら何かを知っているかも知れせんね」

「知ってるって、何を?」

「あなたのその刀の元の持ち主と、私の祖父との関係を、です」

「……はぁ」

「気になりせんか?」

「そりゃまあ…」

 

気にならないわけがないけれど……

わざわざそんな、人に聞くほどのことでも……

 

「なら今度いらしてください、幽々子様もあなたに礼が言いたいとのことですし」

「はぁ……なら、そうさせてもらうけど」

 

桜咲かせてみたいからって幻想郷中の春を奪うような頭のイカれてそうな人とは会いたくない……

 

 

 

「それでですね、一つ頼みがあるのですが」

「はいはい」

 

お茶を啜った後、改めてそう呟いた妖夢。

 

「せっかくなので帰る前に一度打ち合ってもらえませんか」

「嫌です」

「……せっかくなので帰る前に——」

「嫌です」

「………」

「………」

 

お互い目を見合わせ、沈黙。

冬はもう終わったと言うのに空気が凍りつく。

 

「……一度だけ」

「嫌です」

「……ちょっとだけ」

「嫌です」

「………」

「………」

 

口を開けたまま静止する妖夢。

すごく……間抜けな顔してる。

 

「やってくれなきゃ帰りませんよ!」

「急に豹変すんな」

「私このためにわざわざ来たんですよ!?」

「知らんがな」

 

そんなことのためにわざわざ来ないでくれ。

 

「せめて理由だけでも…」

「気乗りしないから」

「そんなぁ……」

 

薄々そうじゃないかとは思ってたけどさぁ……戦闘狂の素質を感じるし。

 

「何で私?」

「何でって……」

 

急に真剣な表情に変わり思考を始めた妖夢。

うん、別に返答次第で考えてやらないこともないとか、そう言うことはないからね?期待しないでね?

 

「別に、私じゃなくてもいいんじゃない?知り合いにいい感じの剣士がいないこともないから、紹介してやらないこともないんだけど」

「なんかめちゃくちゃ曖昧ですね。それはそれでお願いしたいですけれど……」

 

お願いしたいんだ……

頬杖をつきながら妖夢の話の続きを聞く。

 

「そうですね……私、あまり人と会わなかったんですよ」

「はぁ」

「まだ幼い頃から幽々子様のもとに仕えて、それ以来まともに関わりある人といえば、幽々子様のご友人や冥界の方くらいで」

 

淡々と話を続ける妖夢。

いくつなのかは知らないが、そこまで長生きはしていないんだろうな、というのは何となく感じられる。

 

「その人たちとも知り合いというだけで、それ以上の関係があるわけでもなく……幽々子様や、幽々子様の剣術指南役だった祖父くらいしか関わる相手はいませんでした」

 

………つまりぼっちだったと?

 

「今はもういませんが、祖父は今でも私の目標なんです」

「……凄い人だったんだね」

「そりゃもう、私なんか全く足元に及ばないくらいで」

 

よほど尊敬しているのだということが言葉や表情からも伝わってくる。

 

「…及ぶ前にどこかへ旅立ってしまいましたが」

「………」

 

その寂しそうな表情を見て、思わず頬杖をやめて姿勢を正す。

 

「だから、もし祖父の剣を知っている人が幽々子様や私以外にもいるのなら、私はそれを知りたいんです」

「……人じゃないよ?」

「何だっていいですよ、妖刀でも何でも」

「ふぅん……」

 

まあ。

もう会えなくなった人のことを知りたいっていうのは、よく分かる。

 

痛いほどに、よく分かる。

 

「以上が私の理由です。……すみません、なんだか長々と自分のことを話してしまって」

「全然いいよ」

 

むしろ相手のことが少し分かったし。

 

「お爺さんのことを知りたいって気持ち、私にもわかる」

「………」

「いなくなってから、聞きたかったことやりたかったことって色々湧いてくるんだよ。そんなこと、意味ないのにね」

「毛糸さん……」

 

抱くのはいつも後悔ばかり。

役にも立たない悔恨ばかりが胸の中に残り続ける。

 

「だから、もしお爺さんについて少しでも知れるのなら、私は君の役に立ちたいと思う」

「それなら…!」

「ただし」

「え?」

 

席を立って外へ行こうとする妖夢を呼び止める。

 

「また今度、その幽々子って人に会ったときにね」

「毛糸さん…!ありがとうございます!」

 

多分その方が凛も喜ぶだろうし。

私だって、りんさんのことを知りたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

違うだろ

 

 

私が目を向けるべきなのはりんさんじゃなくて

 

 

 

 

あいつだろうが

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……毛糸さん?」

「………え?」

「どうかしましたか?」

 

呆けていたところを心配される。

 

「いや、何でもないよ。もう帰るの?」

「はい、幽々子様がお腹を空かしてるといけないので」

「えぇ?」

「それでは、失礼しました」

「お、おう。気をつけて……」

 

……いい子だったな、うん。



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毛玉は分かりやすい

 

「うげぇ」

 

その白いもじゃもじゃ頭が視界に入って第一声、そう言ってしまった。

 

「うげぇ、って何だよ」

「うげぇ、って事だよ」

「どういう意味だよ」

「そういう意味だよ」

「失礼とは思わんのかお前」

「思わない」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

適当な店に座って適当に注文する。

 

「……で、俺に何の用だ?暇つぶしなら他をあたれよ」

「何、柊木さん暇じゃなかったの?」

「暇だが、迷惑だ」

「ひっでぇや」

 

てか、暇つぶしするなら真っ先に一番暇そうなるりのところ行くっての。いや働いてるけど、いるとこ大体いつも同じだし。

 

「わざわざ俺んとこにくるってことは、文には言いにくいこと言いにきたってことだろ?」

「おっ察しがいいねぇ、そゆこと」

 

文…めちゃくちゃ心配してくれるからなぁ。

嬉しいけど、それはそれで……話しにくい。

 

「まあ、そんなに重苦しい話じゃないから安心してよ」

「で、なんだよ」

「うん、親しい人を亡くしたことあるかなって」

「………重くね?」

「ちょっと重かったかも」

「ちょっと……?」

 

運ばれてきたものを適当に口に放り込んで柊木さんの反応を待つ。

 

「……まずなんでそんなこと聞いてきたのか教えてくれ」

「んー?んー……いやまあ、もしそういう経験あるなら、どうやって折り合いつけてんのかなって」

 

ただでさえいつも真顔なその顔がより一層神妙になる。

 

「………あまり詮索はしない主義だが、何があったのかはよーく分かった」

「察しがいいようで」

「今もそれで悩んでんのか?」

「今は…悩んでるのはそうなんだけどさ、他にも色々絡み合って……」

 

そこで言葉が詰まった。

 

「言わなくていい。変に知って気がかりになる方が迷惑だ」

「冷めてんねぇ」

「要するにあれだろ、自分以外の奴がどうやって気持ちに整理つけてんのか知りたいって話だろ」

「まあ…そうなる」

 

分かってるんだ、大事なのはそこじゃないって。

目を向けるべきは、別の場所にあるって。

それでも求めてしまうから……縋ってしまうから。

 

「先に言っとくが……ってか、お前のことだから分かってると思うが」

「あい」

「他人のそういうのっておよそアテにならないもんって考えた方がいい。いくら見知ってる相手とは言え、他人は他人だ。自分は自分しかいない」

「……そうだね、分かってるよ」

「ならいい」

 

人のはアテにならない、か。

そうだな……私ほど拗らせてる奴、なかなかいないだろうしな。

 

「で、なんだ。そういう経験があるのかって話だったな」

「うん」

「ある」

「はぁ、そうだったの。私てっきり椛と文くらいしかいないもんだと……」

「今はな」

 

机の上に置かれた料理をつまみながら話を続けていく柊木さん。

 

「最初、俺は自分の名前もわからないくらい記憶を失ってたのは知ってるか?」

「……そーいやそんなこと言ってたな 」

「で、そんな何もなかった俺に名前をつけた奴のことだ」

「……足臭って?」

「それは椛」

 

それは一体いつの話なのだろうか。そんなことあれば私の耳にも入ってくると思うんだけど……

私が生まれる前か……アリスさんのとこにいた数十年間?

 

「まあお前は知らないだろうさ。あの時確かお前どっか行ってたからな」

「あ、やっぱり?」

「……にしても、あいつのことしっかりと思い出すの久しぶりだな。名前なんだっけ………」

「………名前覚えてないのに親しい相手なの?」

「一応」

「えぇ…」

 

まあ、でもそうか。

名前を忘れるくらい、どうだっていいことになってるんだ。

過去の記憶に縛られていないというのなら、それはそれで羨ましくはある。

 

「……まあ、名前なんてどうだっていいか」

「おい」

「そいつとはまあ……仲違いみたいなもんだよ」

「……喧嘩?」

「なんか反逆とかやりだしたから叩き潰して処刑された」

「………」

「まあそんな馬鹿な奴だったってことだ。どちらにせよそのうち死んでたな、ありゃ」

 

ドライ……

そうも簡単に決別できるものなのだろうか。名付け親なら、私にとっての大ちゃんのようなものだろうに。

 

「……で、落ち込んだ?」

「多少は」

「想像つかないけどなぁ」

「まあ時間が解決してくれたってのもあるし、最終的にあいつには呆れ果てたってのもあるし……お前らの方がやかましいからな」

 

でも、そうか。

敵対したんなら、あっさりとしてるか。

 

「……お前はそういうわけでもないんだろ?」

「まあね」

 

私は……

私………

 

「………」

「…はぁ、そんな顔されると調子狂うんだが」

「…私そんなに酷い顔してた?」

「似合わん」

「…そ」

 

両手で顔を叩き、強張っている表情筋を手のひらでぐりぐりとしてほぐしておく。

 

「……で、参考になったか?」

「いや全く」

「だろうな。俺は中々に薄情だが、お前はそうじゃない」

「……薄情なんてことないよ、こうやって話聞いてくれてんじゃん」

「聞かなきゃ付きまとうだろお前」

「失礼な」

 

30分くらいしか粘着しないし。

 

「お前は他人に優しいからな。誰かを失ったら、その分引きずるのは当然だろうさ」

「……友達に優しくするのは当然でしょ」

「それで戦争に首突っ込むアホはお前くらいだろうさ」

「褒めてる?」

「七割くらいは」

 

結構褒めてくれてるやん……

 

「…ま、私にゃ友達しかいない……し……」

「……なんでこっち見てんだ?」

「そういや柊木さんも家族とかいないよね……」

「そりゃ…そうだが」

 

………存外、私と境遇って似てるのかも。

家族がいなくて、友達しかいなくて、記憶がなくって……

 

でも同族はたくさんいるもんなぁ。

 

「この妖怪の山で家族なんて括りは大して意味をなさないし……俺はその記憶も、家族がどういうものかっていう知識もない」

「ぁ………」

「だから、お前が友人しかいないってんなら、俺も同じだよ」

 

お前より少ないがな、と付け加えた柊木さん。

 

 

 

 

同じじゃないよ。

あなたの方が余計なしがらみを持ってないじゃないか。

 

私は知っているから、覚えてしまっているから。

自分が誰かもわからないって言うのに、家族の温かみを。

存在している安心感を。

 

知らないから不必要なのと、知っていても手に入らないのとじゃ、全然違うんだよ。

 

 

 

 

「そっかぁ……そういうことかぁ……」

「…何が?」

「いやあ、自分を改めて見つめ直せたというかなんというか」

「……?」

 

知らないから楽なんだ。

知っているから辛いんだ。

 

たったそれだけの違いで、考え方もかわってくる。

 

いや…妖怪なんて家族みたいなのがいる方が珍しいんだろう。

 

 

つまるところ。

 

 

私がこの世界においておかしい、それだけのことだ。

実に今更である。

 

「まあ、お前が自分の気持ちにどう整理つけるかは俺の知ったことじゃないし、お前のことだから誰もそういうとこで頼ろうとすることはないんだろうが」

「………」

「お前が言い出せば、二つ返事で動いてくれる。そういう奴らがお前にはいるってこと、忘れんなよ」

「……当たり前でしょ」

 

知ってるよ、そんなこと。

 

 

 

 

 

 

「柊木さんはなんか悩みとかないの?」

「俺?」

「足臭さん」

「いや別に名前じゃねーよつか足臭くねえよ」

 

悩み聞いてもらったんだから悩み聞かないと……

 

「俺は別に……変わり映えのない日々送ってるからなぁ」

「かーっ、つまらん男やんね」

「お前が波瀾万丈すぎるんじゃねえか」

 

否定はしない。

 

「でも妖怪の山で生活が完結してる柊木さんに言われたくないなあ」

「この山の妖怪なんてそんなもんだぞ」

「んなこたないでしょ」

「お前なあ…この量の妖怪が好き勝手あちこちに散らばって、何も起こらないって思いながら今まで生きてきたのか?」

「………」

 

確かに。

言われてみりゃそれはそうである。

 

実際、幻想郷は色んな勢力が幻想郷を維持しようと努めているから成り立っているところがあるし……私が知らないだけでもっとヤバそうな人たちいるしね。

 

例えばそう……仙人とか。

 

「でもそうだな……悩みなら無くはない」

「足臭のことなら言わんくていいよ」

「じゃあ無いわ」

「悩みのない人生で羨ましいねっ!」

 

あ、ため息つかれた。

 

「お前らほんっ……とに飽きないよな、それ」

「いや、もう面白いとかそんなん関係なしにそういう習慣というか、そうして当然みたいな域に入ってるから」

「塵みたいな習慣だな」

「でも、つまらん柊木という男に、足臭というあだ名が存在していることによって他人の取り入る隙ができるわけであってだね」

「塵みたいな隙だな」

 

もう何言っても塵って言ってきそう。

 

「まずはその目つき直したら?」

「しょうがねえだろそういう顔なんだから」

「死んだ魚の目してるくせに」

「お前だって似たようなもんだろ」

「あ、そう?そんなに死んでる?」

「腐ってる魚の目」

「臭いのはあんたの足だろうが」

「腐ってんのは脳みそだったか」

 

失敬な、小さいだけだわ。

 

「……なんか前もこんな感じで食べながら話したことなかった?」

「そうか?覚えてないが」

「てか、私ここに居てもあんまり気づかれないね」

 

割と周りには人いるのに。

 

「まあお前遠目から見たら白狼天狗と変わらないしな」

「ちょっと癖っ毛の強い?」

「癖強すぎて耳に見える」

 

そうだったのか……

 

「……気を遣ってくれないからこっちも色々楽だわ」

 

何気ないやりとりが弾むのが楽しく思える。

 

「気を遣ってくれる相手を大事にした方がいいぞ」

「おっしゃる通りで」

 

ちょうどいい距離感。

このくらいの、近いようで離れている方が、やっぱり気が楽だ。

 

 

 

そう思ってしまう私は、救いようのないくらい面倒なんだろうな。

 

 

「あ、そだ」

「まだ何か?」

「いや、ちょっと椛に渡しておいて欲しいんだけど」

 

すっかり忘れていたそれを懐から取り出す。

 

「いやあの、最近その……手合わせ大好きな知り合いができてさ」

「………」

「椛紹介するって言っちゃったから、一応訪ねてくるかもしれないってことだけ伝えておいて欲しいんだけど」

「それで手紙か?」

「まあ、はい」

 

勝手に約束してしまって申し訳ないという旨の内容をつらつらと……あと妖夢の大雑把な特徴とか……

 

「お前……手紙とか書けたんだな」

「蹴るぞ」

 

まあ手紙なんて人伝いに渡すもんだし、基本直接会いに行く私は書くことないってのもそりゃそうなんだけどさ。

 

「分かったよ、会った時に渡しとく」

「ありがと。……まあこれ以上拘束するのも悪いし、私そろそろ帰るわ」

「そうか」

 

手持ちから適当にお金を出して席を立つ。

 

「それじゃ」

「辛気臭い顔はもうやめにしとけよ」

「………善処する」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「辛気臭い顔だってさ」

 

帰り道。

誰もいないところに向かってそう呟く。

 

「なんか前も言われた気するよ、そんな顔似合わないって」

 

そもそも辛気臭い顔が似合うやつってなんだよ。

 

「……私ってそんなに顔に出てるかな」

『さあ?』

「私でしょ、分かれよそのくらい」

『そのまま返すよ』

 

確かに。

 

『私と会話したって何も生まれないよ』

「自分を見つめ直すには丁度いいだろ」

『君がそうしたいなら付き合うけどね』

 

にしても……

何でどいつもこいつも、隠しても気づいてくるのやら。

 

『それだけ君…というか、私たちのことを見てるってことでしょ』

 

そうだよなぁ……

付き合い長けりゃ、私の機微も見通されるか。

 

「ってか、いつまでもズルズル引きずってるからいけないんだろうな」

『仕方ないさ、何も解決しちゃいないんだから』

 

そう、何も解決しちゃいない。

 

『あの人が死んで終わりだったあの時とは違って』

「今回はあいつがいる」

 

向き合うべき相手から逃げ続けている。

 

『逃げるしかないから逃げている』

「それを言い訳にしているだけのヘタレ」

『それが分かっていてもどうしようもない』

「何もできない」

『怖いから』

「辛いから」

 

そんな自分が嫌いで仕方がない。

 

「……お前、私の記憶をコントロールしてるんだったよな」

『うん』

「私から前世の記憶を……跡形もなく消し去ることってできるか」

 

 

そこで会話が止まり、乾いた土を踏む音だけが鼓膜に届く。

もとより鼓膜ではなく頭の中から響く声だが。

 

『できるね』

「……そっか」

『でも君はしない』

 

それは逃げだから。

 

『それは今までの自分を否定することになるから』

「今の私を好いてくれているみんなを裏切ることになるから」

『それを私が許すわけないもんね」

「……そうだな」

 

……ほんとだ。

自分と話してても何にも生まれないや。

 

全部私が思ってることだから。

 

 

 

「…はーあ!自分と話して損した!」

『私はただ少しだけ俯瞰しているだけだからね』

「つっかえねー二重人格ですこと」

『二重人格だったならもっと会話に意義が生まれてるさ』

「……そっか」

 

 

どろどろとしたしがらみは、私から離れることはない。

解き放たれることない軛は、私を縛り続ける。

 

 

私を世界から浮かせるその記憶は、手放すことはできない。

 

手に入らないものを想って、勝手に苦しむ。

 

 

 

「……さて、そろそろ取り繕う準備しないとな」

『そんなことなるくらいなら考えなきゃいいのにね』

「仕方ないだろ、忘れる方が私は辛い」

 

 

 

 

 

 

 

 

「おかえり」

「……ただいま」

 

……なんか変だぞほころん。

 

「なんか隠してる?」

「は?え?何が?」

「慌て方おかしいやん、なんか隠してるよな」

「いや?別に?何も?」

「…後ろに何持ってんの?」

「………」

 

恐る恐る、手に持っていたものを前に出した。

 

「皿…割ったから…」

「……接着剤でくっつけようとしたの?」

「………うん」

「……ぶふっ」

 

思わず吹き出してしまった。

 

「……あ、慌ててなんとかしようと」

「おまっ、おま接着剤ておま、そ、そんなんで直るわけないだろっ、てか隠そうとした理由しょうもねっ、イヒッ、ヒヒヒッ」

「笑いすぎだろどつくぞ」

「いやっ、ちょっ、ごめっフヒヒ」

 

あー……

 

なんか、気が楽になった。

てか私笑い方やばいな。

 

「そんなに笑わなくたっていいでしょ!結構気に入ってそうな皿だったし……」

「いやあ、にしても接着剤はちょっと…くくっ…」

「このっ——」

「怪我はしてない?」

「……え?」

 

手に持ったそれを投げつけようとした誇芦の動きが止まる。

 

「怪我、してないかって」

「……してないよ、皿割っただけだし、妖怪だから」

「あ、そっか」

 

私の肉体が貧弱すぎるだけで普通の妖怪は怪我しないわ。素の状態だと私ほころんに逆らえないからなぁ。

 

「でも、怪我ないならよかったよ」

 

その皿気に入ってたのは事実だけど。

でもあれだなぁ……やっぱり元はイノシシだな!私よりデカいけど!

 

「……え?なに?何こっち見てんの?あ、突進はやめて笑ったの謝るから!」

「……別に」

「……?」



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結局あんまりわかってない毛玉

「着きました、ここが白玉楼です」

「はぁ……」

 

これはまた広そうな屋敷……

見た目デカくて中身は魔法で拡張されてる紅魔館には及ばないだろうが、それでも十分に大きい。

………こんなに大きい建物必要なんかな、本当に。

 

薄暗い冥界だが、この周辺自体はなぜかそれなりの明るさがある。

 

「……あの桜」

「はい、西行妖ですね」

「へぇ」

 

きっちり封印されているからか、春度がなくなったからか。

おぞましい気配はすっかりなくなってしまっている。

 

「どうぞ上がってください、幽々子様がお待ちです」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ようむーご飯ー」

 

………

 

「幽々子様!お客人の前ですよ!」

「えー」

「えー、じゃないです!私が恥ずかしいんですよ?ほら、ちゃんと座ってください」

「はーい」

 

えっと……

何これ……

 

でっかい子供?

 

「幽々子様、こちらが白珠毛糸さんです」

「………え?あ、どうも」

「で、このぐでってしてるのが幽々子様です」

 

ぐで……

 

「よろしくねぇ〜」

「もう!幽々子様シャキッとしてください!

「はぁ〜い」

 

私は先ほどから何を見せられているのだろうか。

 

「……ハァ、仕方ないですね。ちょっと食事作ってきます」

「え」

「しばらく二人でお願いしますね」

「あ、ちょ……」

 

……行きよった……

この空気感の中で私を残して行きよった……

 

「………」

「………」

 

ぐでぇってしていらっしゃる。

会ったことのないタイプの人だ……マイペースが人の姿して歩いて……ないな、人の姿してぐでぇってしていらっしゃるような人だ。

 

「えっとぉ……」

「………」

 

せめて目を開けてください……

 

「これ、つまらないものですが……」

「ふぅん……」

「………えっと、人里で買った饅頭で」

「饅頭?」

「え、あ、はい」

 

起きた。

目めっちゃ開いてる。

めっちゃこっち見てくる、瞳孔見える。

 

「くれるの?」

「そりゃ…まあ…」

「ありがとう!」

 

渡す前に勢いよく奪われた。

 

「あなた良い人ねぇ〜」

「はぁ」

 

わぁ…

もらった手土産その場で開封して即座に口に運んでやがる…食への執着が半端じゃない。

 

よく見えなかったとはいえ、あの妖怪桜と一緒に弾幕ばら撒いてた人とは思えない。

 

「はむ……はむ……」

 

そして速度が尋常じゃない。

食べる速度天狗の如く、見てる限りじゃ別に早食いしてるわけでもないのに早い、とにかく早い。

それ噛んでるんですか?飲み込んでないですか?

 

「……もうないの?」

「もう全部食べたの!?」

「なんだないのかぁ」

 

どうしようめっちゃ失礼だなこの人。

失礼が飯食って歩いてるような人だな。

 

「…気に入ったならまた今度来るときに持ってきますよ」

「あなた良い人ね!」

 

振れ幅激しくて怖い……

 

「さて、と。毛糸だったかしら」

「は、はい」

「ようこそ白玉楼へ、会えて嬉しいわ、不思議な毛玉さん」

 

まりもって言わない…!良い人…!!

……不思議な毛玉ってまりもってことじゃないよね?

 

「異変の後の宴会じゃ会えなかったのが心残りだったのだけれど、わざわざ来てくれるとはね」

「はは……まあ色々忙しくて」

 

どうしようめっちゃハキハキ喋るよこの人。

てっきり中身は幼児のパターンかと思ったけど饅頭食べた途端に舌が回り出したよこの人、生きる活力に溢れてきたよ、霊らしいけど。

 

「私も幽々子さんとは一度話がしたいなと思ってて…」

「幽々子でいいわよ、喋り方も好きにして」

「へ?いやでも…」

 

そこまで親しくないのに流石に憚られる。

 

「ふぅん…お堅いのね」

「へ?」

「まあ無理強いはしないわ、やりやすいようにしてね」

「は、はぁ……」

 

あぁ、これあれだ。

掴みどころのない強者のパターンだ。

 

さっきまでぐでぇってしてたから分からなかったけれど、この人もちゃんとした……

 

 

「あなた、西行妖の封印に参加してたそうね」

「……それが何か?」

「ただの興味よ。一瞬とはいえあの桜を操ったって聞いたから」

「操ったってそんな……ちょっとだけ動き止めただけですよ」

「へぇ……」

 

こちらを品定めするような目。

本当にさっきまでとは雰囲気が変わって、まるで別人のようだ。

 

「……まあ妖夢からもう言われてると思うけど、改めて言っておくわね。助けてくれてありがとう」

「いやそんな…」

「ふふ、でもこれも礼儀だから」

 

手土産一瞬で平らげてもうないの?とか言ってきた人の方から礼儀とかいう言葉が出てくるとはたまげた。

 

「で、妖夢はどうだった?」

「はい?」

 

コロコロ変わる話について行くの精一杯だ。

 

「どう、とは」

「どう思った?」

「いや……まあ……良い子だなあとは」

「でしょお〜?そうなの、妖夢はいい子なのよ!あなた分かってるわね、

ふふふ〜」

 

ほ、保護者面ァ…

さっきまでぐでぇってして妖夢に親のように叱られてたくせに、それをガン見してた相手の目の前で保護者面ァ…

 

「あの子結構あなたのこと話してくれるの、仲良くしてあげてね」

「そりゃまあ……」

 

 

 

 

 

 

 

「お待たせしました…って、幽々子様起きてるじゃないですか!」

 

妖夢が大量の料理を台車に乗せてやってきた。

うん、そんな気はしてたけど多すぎじゃない?

 

「さては…先に何か食べましたね?」

「いやね妖夢、流石の私でもご飯の前におやつは食べないわよ」

「おやつとは一言も言ってませんが」

「あ」

「………」

 

どっちが保護者だよこれ。

 

「はぁ…まあいいです、毛糸さんもよかったらどうぞ」

「あ、じゃあ頂くよ」

 

私がそう言うと、妖夢は料理を机の上に並べ始めた。

1皿、2皿、3……ねえどんだけあるの?ちょっと食事作るってレベルじゃねーぞ?この短時間でどんだけ作ってきたわけ?

てかこれ全部食うの?マジ?

 

宴会でもしてんですかここ。

 

「いただきまーす」

 

そして何事もなく食べ始める幽々子さん。

うん、どうやらここじゃこれが平常運転らしい。

エンゲル係数凄そう。

 

でもめちゃくちゃ美味しそうなんだよなあ……

 

「………」

「…?何か苦手なものでもありましたか?」

「いや、そうじゃないんだけど」

 

幽々子さんの食べっぷりが、こう……

なんだろう…なにこの……あ。

 

「カ○ビィや…」

「…?」 

「あ、なんでもないです」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

目の前の人が食べすぎてなんか見てるだけで腹膨れてきた。

 

てか気づいたら皿が全部綺麗になっていた。

これが星の戦士の食欲かぁ……

 

「さて、幽々子様も起きてくれたことですし」

「………ん?」

 

めっちゃまっすぐこっち見てくる。

え?なに?なんかついてる?

 

「腹ごなしに運動しましょう!」

「その口実作りのために料理振る舞ったんじゃないよね?」

「いやいやそんなまさか」

 

…まあそんなことされなくても付き合うつもりではあったけど。

 

 

 

 

 

 

 

庭に出て、離れた位置に二人で立った。

見渡してみると、馬鹿みたいに広い庭だがちゃんと管理行き届いているみたいだ。こんなところで打ち合うのも正直気が引けるんだけど……

 

「……やりにくいな」

 

なんか幽々子さんが面白そうだしって煎餅片手に縁側に座ってこっちを見ている。そうも見られると緊張すんだけど……

まあどうせ体動かすの私じゃないしいいや。

 

「さて、では始めていいですか?」

「うん、いつでも」

「では……」

 

妖夢が刀を抜いたのを見て、こちらも凛を鞘から抜いた。

途端にこれまた愉しそうな感情が伝わり、体の主導権が切り替わる。

 

「ふっ!」

「うぉ」

 

突然動き出した妖夢に合わせて私の体も動きだし、好き勝手動く体に今更戸惑ってくる。

 

剣戟を交わしながら、私は打ち合いそっちのけで別のこと考えていた。

 

あ、今の木の切り方いいな、とか。

さっきのあの料理美味しかったな、とか。

作り方教えてもらえるかな、とか。

 

どれもこれも全部緊張感がないのが悪い。

 

 

だってそりゃあそうだろう、凛を抜くときはいつだって真剣勝負の最中だったし、私だって必死だった。

それが今ではただの打ち合いだ、私じゃなくて凛の好きなようにさせればいいし、何かする必要もない。

 

言ってしまえば暇なのだ。

 

普段で暇で戦ってる時も暇な私とは一体……

 

「ハァッ!」

「……ん」

 

でも、なんだかあれだな。 

 

 

 

昔に比べて凛の私の体の扱い方がちょっとばかし丁重になった気がする。昔なんてそりゃもう関節イカれるような動きしてたし……

今の動きはむしろ、生きてた頃のあの人に近くなった気もする。

 

凛も遠慮を覚えたということだろうか。

 

「よっ」

「なっ…」

 

ちょっと意識を向ければ、そこには私の計り知れないであろう技巧で満ちた戦いが繰り広げられていると言うのに、私の思考のなんとくだらないことか。

これむしろ妖夢に失礼なのでは?とすら思えてきた。

 

 

「ふぅ…」

 

妖夢が一旦距離をとって呼吸を整えている。

私の体はそれを追うこともなく、妖夢が再び動き出すのを待っているかのように静止している。

 

「なんでしょうねこの……妙な勘の良さといいますか」

「勘?」

「こっちの動きが想定されていたかのように対応され続けるもので……反応速度というか、対応力というか」

「ふぅん……」

 

まあ全然わからんけど。

 

まあアドリブで剣振ってるっていうならなんとなく想像はつく。あの人頭で動いてなかった感じするもんな。

 

「では続きを…」

「……てかいつまでやるつもり?」

「そりゃもう疲れ果てるまでです」

「ひょえぇ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「では私は片付けをしてきます」

「あ、うんありがとう」

「幽々子様も、あまりおやつを食べずないように」

「はーい」

 

疲れ果てるまでって言ってたくせにすぐに家事に戻ったな……早い。

 

しかし私もなんか倦怠感が……てか眠い…

 

「あなたの刀、黒いのね」

「…?えぇまあ」

 

さっきの打ち合いを見ていたからだろうか、刀をじっと見つめている幽々子さん。

 

「そう…これが、ね」

 

なんかめっちゃ意味深なこと呟くのやめてください気になります。

 

 

 

「妖忌のことは聞いたのね?」

「妖忌……あぁ、妖夢のお爺さん」

「そう、先代の庭師兼私の剣術指南役ね」

 

…この人が剣術習ってる様は想像できないんだが。どこかほわんとしてるし、異変の時も刀振ってたわけでもないし。

 

「あなたのその刀の前の持ち主と、妖忌の関係を知りたい……って、妖夢から聞いたわ」

 

妖夢のいないところで私の知りたかった話が始まってしまった。

 

「生憎、その刀の持ち主と私は直接会ったことはないし、会ったとしても気づいてないけれど…」

 

そりゃそうだろう。

たかだか人間一人、死んだあと冥界に来る人間なんて山のようにいるだろうから。

 

「でも妖忌が話していたことを思い出したわ」

「………」

「まだ妖忌が私のところに来る前のもがもが」

 

話しながら食べ物口に突っ込んでもがもがしないでくれ。話終わってから食ってくれ、セリフの途中で食わないでくれ。

 

「わざわざ冥界にまで足を運んできたことがあったの。帰りにここに寄ったみたいで、何しに来たのって聞いたら、友人に会いに来たんだって」

「友人……」

「で、暇だったしその話を聞いてたのよ」

「おぉ…」

 

思ってたよりガッツリとしっかりした話が聞けてる……

これ期待していいやつ?

 

幽々子さんの次の言葉を待つ。

 

「でその話が……はむ」

「………」

「はむ……はむ………」

「………その話が?」

「今思い出してもが」

「………」

 

もがもがしてる幽々子さんを見つめるだけの時間が過ぎる。

 

「……あれ、なんの話だっけ」

「ふざけてんですか?」

「冗談よ」

「あ、なんだ冗談か」

 

ちょっとマジで机ひっくり返してやろうかと思ったわ。

「そうね、確か……幻想郷で会った少女に手解きをしてたとかどうとか……黒い刀を持ってて、強気な子だったって」

「………」

「数年それに付き合って、旅に出るからまた別れて、あの世でまた会う約束をしてたんだって」

「あの世で……」

 

そっか。

なんだよ、私以外にも友達いたんじゃん。

 

「まあ向こうはその約束すっかり忘れてたって、少しだけ残念そうにしてたわね。珍しく」

 

なんだよ忘れてんのかよ。

でも、死んだ後そうやって話ができたなら。

 

あの人が笑ってたなら、私もちょっと嬉しい。

「妖忌がその人の友達の話をしてたんだけど……それってあなたのことだったのね」

「はい?」

「もじゃもじゃ頭で人間と仲良くなろうとする変な毛玉と友達になった、ってね」

「………」

 

なんだ、私のこと話してたのか。

まあ…言ってることは何も間違ってないけどね。

 

「不思議な縁だと思わない?」

「縁ですか」

「えぇ。かつて妖忌と共に過ごしていた人間、そして自分の刀を託した妖怪が妖夢と出会った……」

 

まあ、確かに言われてみれば奇妙な縁だ。

春雪異変なんて起こらなきゃここにこうやってくることもなかっただろうし……

 

「だから、ぜひその縁を大切にしてね」

「……妖夢と仲良くしてあげて、ってことですかね」

「よくわかってるじゃない」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「優しそうな子じゃない」

 

妖夢が彼女を送っていったあと、一人で誰もいない空間にそう呟いた。

 

「何をそんなに怯えているの?付き合いはそれなりに長いんでしょう?」

「——別に怯えてはいないわよ」

 

スキマから出てきた友人が私の手から煎餅を取った。

 

「ならなんで覗き見なんかしてるのよ」

「なんでって……」

「らしくないわよ?後ろめたいことでもあるみたい」

「………」

 

なんとも言えない表情をする紫。

 

「あなたがそんな顔するってことは、彼女に何か並々ならぬ思いでもあるのかしら?妬けちゃうわね」

「そんなのじゃないわよ」

「ならなんでそんなやりにくそうにしてるの?」

 

ここまで扱いに困っているような顔になる紫はなかなか見ない。

何があったのかわからないけれど、毛玉のあの子に何かしたのかしら?

 

「……藍があの子と仲良いから…」

「…あぁ、気まずいってこと」

 

申し訳ないようなことしたまではいいけど、そこから微妙に縁が切れなくて困ってるって感じかしら。

 

「それに…」

「それに?」

「なんていうか、ちょっと優しすぎるのよね」

「優しい?」

 

それの何が悪いのかしら。

いや、力を持つ妖怪としてはもっとふんぞり返ってた方がいいのかな?

 

「一切私を恨む素振りを見せないのよ、それだけのことを彼女にはしてしまっているのに」

「あなたが気にしすぎてるだけなんじゃない?」

「まるで、起こった不幸は全部自分が悪いと言わんばかりで…」

 

理解できない故の忌避感、かしら。別に嫌ってはないのだろうけど。

 

「他人の考えが全部理解できる人なんて存在しないわよ。己は己しかいないのだから」

 

分からないなりに寄り添おうとすることが理解するということ。

 

「そんなに気になるのなら自分で聞けばいいじゃない」

「それはちょっと…」

「やっぱり気まずいんじゃないの」

 

……人を恨まない、ねえ。

 

 

 



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勝負事は大体弱い毛玉

「ふんぐ!ほぁっフゥッ!」

「あんた奇声発しすぎなのよ!黙ってなさい!」

「これも作戦の内っヒュポン!」

「その口縫い合わすわよ!!」

「………」

 

パッチェさんの呆れたような目が私とレミリアを貫く。

 

「ほれ!ほれほれ!この私を捉えられるか、なああああ!!?」

「このままその指へし折ってやるわ!!」

「うがああああああっ!!!」

 

あ、折れた。

 

「負けたあああ!!クソァ!」

「5勝4敗で私がリードよ、そろそろ格の違いってのが分かったかしら」

「てめクソ生意気がよぉ…」

「フッ、せいぜい吠えてなさい」

「………さっきから何してるの」

 

私が膝をついてレミリアが上から見下してるところに、パッチェさんが声を上げた。

 

「何って…」

「指相撲」

「指……いや、あなたたちがしょうもないのは今に始まったことじゃないからいいけれど」

「しょうもないって言うなよ」

「そうよ、これは正真正銘の真剣勝負なのよ」

「くだらないことに心血注いでるんじゃないわよ」

 

呆れたようにため息吐かれた。

 

「なんでわざわざ私の視界に入ってやるのよ」

「公平性のためだけど?」

「そうそう、誰かが見てないとどこのアンポンタンが能力使ってズルするかわかんないからねェ〜?」

「はぁ〜?あんただって腕相撲で私のところ凍らせて滑らせたじゃないのよ」

「先にジャンケンで運命見るとかいうせこい真似したのはどこのどいつだおぉん?」

「使えるもの使って何が悪いのかしら」

「そのまま返してやるよ」

 

次は何で勝負してやろうか。

滝行耐久勝負でも仕掛けてやろうか、負ける気がしないな。

 

「ねえ、普通に迷惑なんだけど」

「いいじゃない、放っておいたらあなた図書館でカビ生えてそうだし」

「そーだそーだ、本の虫、引きこもり、読書家、もやし、知識人」

「あなたたちのノリに付き合わされるのは勘弁してほしいわね」

 

これでも平和にやってる方なんだけどな。

殺し合いじゃなくて楽しく競い合ってる方なんだけどな、お互いに煽り散らかしてるけど。

 

「あなたたちみたいなのがそうも大声上げてみっともなくはしゃいでると、妖力その他諸々で空気が強張るのよ」

「そうなの?」

「ほら、あっち見てみなさい」

 

パッチェさんが指差した方を見てみると、本棚の影から顔を出してこちらを伺う人影が……あ、隠れた。

 

「こあも怯えてこっち来ないのよ」

「主人を避けるとはいい度胸してるわね」

「そんなこと言ってるから避けられるんじゃね」

「はあ?」

「お?」

 

というか、そんな状況でも平然としてるパッチェさんもなかなかだと思います。

 

「いつもそうやって睨み合って、よくもまあ飽きないものね」

「だってそれは…なあ?」

「ねえ?」

「その曖昧な感じはなんなのよ」

「私たちにしか分からないことがあるんだよ、な?」

「何言ってんのあんたきもちわる」

「お?潰すぞ?」

 

まあ放っておいたら発するセリフの3回に1回は相手を煽ってる気がしないでもない。

 

「わざわざこんなくだらないことするために紅魔館に来てるの?あなたは」

「誰がこんなスカポンタンに会うために来るかいな、フランの顔見にだよ」

「なんでこんな奴を大事な妹に会わせなきゃいけないのかしらねぇ?」

「過保護過干渉は嫌われるぞ」

「嫌われること覚悟で守ってあげるのが姉の努めよ」

「実際に嫌われたら落ち込むくせに」

 

まあ向こうが会いたがってくれてるのと、定期的に会わないと、次会った時に全身の骨を折る勢いでタックルorハグをかまされかねないという懸念もある。

 

「あ、そだパッチェさんこれ」

「?これって……魔理沙に盗られた本じゃない」

「ちゃんと盗り返してきたよ」

「……まだまだ盗られてるのあるんだけど」

「気が向いたらね」

 

適当に積まれてもうやること終わってそうな本だけ回収してきた。一応何が盗まれたかは、何故かここにくるたびにパッチェさんに言われるので……存外覚えてた。

もう読み終わったんなら無くなっても気づかんやろ理論である。もし気づかれても私は何も間違ったことをしていない。

 

「まあいいわ、ありがとう……ひっ」

 

本を手渡したらなんか引かれた。

 

「あ、そういや指折れたままだった」

「ちゃんと治しなさいよ……」

「ごめんごめん……レミリア、フランどこにいるかな」

「さあ?部屋にいなかったら知らないわ」

「チッ使えねえ奴」

「あんたのその口を使い物にならなくしてやろうか?」

「おお、怖い怖い」

「待ってレミィ、大図書館で暴れるのだけはやめて」

「やーい諌められてやんのー!」

 

うわ槍飛んできた、逃げよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ん迷子ォ!」

 

あっれぇ…また館の構造変わりました?並んでる部屋の数で道覚えてるからちょっと変えられると何もわからなくなるんですけど……

 

「…まあ適当に歩くかぁ」

 

一人だと余計なこと考えて堂々巡りを始めるからなぁ……ええい離れろ面倒な思考。

 

「…紅魔館、かぁ」 

 

一つの建物……まあバカでかいけど、家、と言って差し支えないだろう。

妖精メイドはただの従業員?として……レミリアにとってただの従者に収まらないのが何人かいるのは、他人の私にでもわかる。

 

それこそ、家族と言っても過言でもないようなものが。

 

「………家族」

 

居眠り門番に時止めメイド、図書館に万年引き篭もる魔法使い。

直接血が繋がってるレミリアやフラン以外にも、これだけの人が家族のように接しているんだ、実際、レミリアのカリスマって奴もなかなかなもんなんだろう。

 

私はそういうのとは無縁だからなあ、色々と。

血が繋がってなくたって、そういう関係性にならないわけじゃない……

 

「そもそも血縁ってのがいらんのかねぇ」

 

実際、妖怪の腹から生まれる妖怪ってどのくらいいるのだろうか。いたとして、その妖怪にとって血の繋がりとはどれほどの重みを意味しているのだろうか……

 

もちろん、そんなのは種族や人によりけりなんだろうが…

 

種族って話だと、私毛玉だからなあ。てかもはや毛玉であるかも怪しいからなあ。

 

同族って言えるのはせいぜいもう一人の自分くらい…

 

『呼んだ?』

呼んでない。

 

 

 

まあ、もう一人の自分と言いつつ、結局そいつも自己なんだという自覚はあるあたり、結局私は私一人しかいないのだろう。

 

そう、別に家族じゃなくたっていい。

仕事仲間とか、主人と従者とか、師弟関係とか、親友とか……恋人とか。

親しい誰かがいるのなら、それでもいい。

 

 

繋がり…巡り合わせ…

 

 

そういうのを望まないし、全て断てるような強い奴には私はなれなかったわけだが。

 

望んだところで手に入らないってのは虚しいもんだなあ……

 

「……いかんいかん、また変なこと考えだしてるよもう」

 

もう変なこと考えないように独り言しまくってやろうかな……

 

「てかここどこだよ!!」

 

迷路というか迷宮だよここ……あれでしょ?入り直すたびにマップ変わるタイプのダンジョンでしょ?さて最上階か最下層かどちらを目指そうか。どこも目指さねえよ迷子だよ!!

 

「気づいたら構造変わってんのほんっと厄介だなぁ…」

 

なんで屋内で十字路に遭遇しなきゃいかんのだ……

前後左右、どちらに進もうか……どっちいったって変わらんだろうけ——

 

 

 

 

「わっ!!」

「ほぎゃあああああああ!!!?」

「ええええええええ!!?」

「クセモノォォォ!!」

「ちょ——」

 

 

後ろから発せられた声に反射で裏拳を壁にぶち込んでしまった。

 

「って、フラン?」

「あ、あはは…しろまりさんって怖がりなんだね…」

 

なんだ…ただのイタズラか…驚かせやがって……

 

「心臓飛び出るかと思った…」

「こっちのセリフだよ…」

 

心臓の代わりに手が出たけど、当たらなくてよかった……壁は吹っ飛んだけど。

 

「いやだって気配全くしないからさあ……」

「あ、やっぱり?咲夜に気配の消し方教えてもらったんだ」

 

教えてもらってすぐマスターしたの?やだこの子アサシンの才能あるのかも……私が鈍感なだけ?いやいやそんなわけ。

 

「全く…今度から驚かす時は今からビックリさせますよって合図送ってからにしてよね」

「それって驚かせる意味あるのかな」

 

あるかないかで言えばないですね。

 

「というか、追いかけておいて何だけど、なんでこんなところにいるの?」

「迷子」

「あ、そっか、しろまりさん方向音痴なんだっけ」

 

はいそうです。

でもこの館が面倒臭い構造してるのが八割…いや、六割くらい悪いと思います。

 

「お姉様には?もう会った?」

「会った」

「今日は何したの?」

「指相撲」

「相変わらずスケールちっさいね」

 

だって大きくしたら色んな人から文句言われるから……

 

「で、どっちが勝ったの?」

「フッ……もちろん私の惨敗」

「しろまりさん圧勝か惨敗かしかしてなくない?」

「そんなもんだよ勝負事なんて」

 

適当言ってるけど。

 

「たまには私とも何か勝負しようよ」

「いいけど…例えば?」

「弾幕ごっこ」

「却下」

「だよねぇ…」

 

まあ弾幕勝負なんてやる機会ないと思ってたからスペルカードもあんまり考えずに作ってたけど……この前やったからなあ。

人に見せて恥ずかしくないようなもの作りたいなと思って、今現在進行形で見直してる最中だし。

 

「じゃあ目ん玉ほじくり合い」

「グロい」

「人形破壊競争」

「闇が深い」

「殴り合い!」

「バイオレンス」

「じゃあ何だったらしてくれるのさ!」

「お前と遊んだら私が無事じゃ済まないんだよ!」

「いいじゃん治るんだから」

「いいけどさ、治るし」

 

もうちょっと平和な遊びしようよ……って思ってオセロ挑んだら初戦でボッコボコにされて勝負にならなかったのはいい思い出、でもないか。

 

レミリアとの勝負にボードゲームを使う手もあるけど、多分私が手も足も出ずに負けるのでやめておく。

煽られるのムカつくし。

 

「じゃあ昔話でもしてよ」

「昔話って……お前とそう歳変わんないけどね?私」

「しろまりさんの話聞くの私結構好きだよ?」

「あらそう…」

 

まあ我ながらそれなりに壮絶な人生送ってる気がしないでもないけど……りんさんのこととかいい話のネタになるかなぁ。

 

「じゃあ私が図書館に戻るまでの間だけな、そこまでちゃんと案内してくれたらいいよ」

「分かった、わざと道間違えるね!」

「やめろ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………何よその顔」

 

私の歪んだ顔を見てレミリアも同じように機嫌の悪そうな表情を浮かべる。

 

「帰ろうと思ってたのに、お嬢様がお呼びです、とか言われたらこんな顔にもなるって」

「私の誘いが迷惑だって言いたいの?」

「たぶんそう、部分的にそう」

「貴方は招かれてるってことの自覚が少々足りないようね」

「今更だぁ」

「それもそうね」

 

まあ確かに自覚足りないのはそうだな……今度からはもっと慎もう、気持ち程度に。

 

月明かりに照らされたベランダに机一つと椅子二つ。

口には出されていないが座れ、ということだろう、妙に改まっているので嫌な予感がしつつもその席についた。

 

「自分で入れて飲みなさい」

 

瓶とグラス一つを目線で指すレミリア。

 

「うぇぇ…私酒は飲めないって」

「安心なさい、お子ちゃま向けのただのぶどうジュースよ」

「マジ?私ぶどうジュース大好き!」

「………」

「………」

 

やめいやめいそんな目で見るな死にたくなる。

 

「咲夜から聞いたわ、春雪異変、随分と活躍したそうじゃない」

「うわこれめっちゃ美味しいんだけど何これ……」

 

空気が凍りついた。

 

「………その割には、宴会には来てなかったみたいだけど」

「え、これ持って帰っていいかな、一人で飲むのはちょっと…」

「………」

「………」

「……そんなに本気でやり合いたいのかしら?」

「すみませんでした」

 

素直に謝った。

 

「はぁ……あんた相手に変な前置きしようとした私がバカだったわ」

「あ、バカって認めた。…待て、落ち着け、その槍をしまえ、話をしよう」

「私は!ずっと!!話を!!!してるんだけど!!!?」

「…………さーせん」

 

手を膝に置いて大人しくすることにした。

いやだってこういう雰囲気苦手で……

 

「……フランがね、あなたの様子を私に聞いてくるのよ」

「フランが?」

「一回魂でなんやかんやしたからなんでしょうね、なんとなくどういう心情なのか分かるって言ってたわ」

「oh……」

 

そんな弊害があったとは……

 

「私の能力についてちゃんと話したことはあったかしら?」

「いや、なんとなくだけど……運命を操るとかだっけ」

「まあそんなところよ。詳しくいうなら——」

 

いくつもの枝分かれした運命を観測し、無理のないようにそれを操作する能力……

 

ちょっと話難しくてよくわからんかったけど、私なりに噛み砕いた結果がこうだ。

 

「別に私はあんたが何で悩んでようが、何を抱えてようが知ったこっちゃないのよ。でもフランはそうじゃない」

「………」

「私だって、あなたにはフランの件で貸しがある」

「別に私は…」

「あんたがよくても、私とあの子はダメなの」

 

随分とまあ、まっすぐな目で私を見てくる。

 

「だから、私の能力で、あなたを縛っているそのしがらみを——」

「それはダメだよ」

「………」

 

 

なんて甘い言葉。

きっと、能力一つでどうにかなるものでもないのだろう。レミリアだって無茶な運命の改変はできないはずだ。

 

 

それに、もしそれが可能であったとしても、私が許さない。

 

 

「私の問題だからさ」

「………そう」

 

私と、あいつの問題だから。

 

「これ持って帰るけどいいよね?」

「好きにしなさい」

「……じゃ、もう行くよ」

 

瓶を持って、その場から逃げるように部屋を去った。

 

その間、レミリアはたった一言も話さずに、じっと月を見上げていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「分かってたわよ、そう言うってことは」

 

 

誰もいない空間で一人、そう呟く。

 

 

既望を静かに眺め、自分の中で渦巻く思いを、ワインと一緒に飲み込んだ。



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毛玉は気づく

湖を見渡せる位置にぼーっと立ち、水面に淡く映っている月の光を眺める。

ここ最近はずっとこうだ、大して寝ちゃいない。

なんかおかしい気もしてたけど、なんというかこう……日常に違和感があるというか。

 

 

「何してんだ?」

 

声のする方を見ると、口元が血に濡れたまま私のことを不思議そうに見つめているルーミアさんがいた。

 

「……何食べたの」

「聞かない方が気分はいいかもな」

「えぇ……じゃあ聞かないけど」

 

血を服で拭いながらこっちの方へ歩いてくる。

 

「ずっとこうしてるのか?」

「んまあ最近からだけどね、何となく寝付けなくて」

「そりゃいつもだろ」

「いつもよりだよ」

 

寝付けなくたって布団にこもって目を瞑るくらいはする。

最近はそれもできないくらい、何とも言えない違和感に包まれているから。

 

「夜に黙って出歩いてると結構心配されるからねぇ……本当は私だってささっと寝たいんだけどさ」

「寝かしつけてやろうか」

「痛いのはやだ」

「感じないくせになぁ」

 

心が痛むんだよ。

 

「最近どうだ?」

「どうって?」

 

横に立ったルーミアさんが尋ねてくる。

 

「異変あったろ?春来なかった時は思いっきり黒幕のところに殴り込んだって聞いたが」

「なんでそれ広まってんの?誰か言ってんのかな……まあそうだけど」

 

異変のこと考え始めるともうキリがないので、誤魔化すように足先を水面につけて凍らせる。

 

「何か変わったこととかないのかなってな」

「そんなこと聞くような人だっけ?」

「こっちの私が会う相手なんてお前くらいしかいないんだよ」

「友達いないってこった、かわいそぉ〜」

「お前がいるだろ」

「ぉっふ」

 

めっちゃ真顔で言われたわ。

 

「んまあ…そうだね。知り合いが増えたし、行く場所も増えたよ」

「最近外出ること多いなって思ってたらそういうことか」

「紅魔館に冥界に魔法の森、人里に妖怪の山…」

「冥界ってお前……」

「いやまあ……やたらと私と刀で打ち合いたがる子がいるからさぁ……まあ少し前よりは外に出てるよ。一人の時間も嫌いじゃないんだけどね」

 

最近は誰かに会いに行くことが多い。

 

「地底にはいかないのか?」

「あー……まあ、ね」

 

今会うと色々心配かけちゃいそうだし……

どうせ会うならもっと落ち着いてからがいいかな。

 

「あの花ババアは?」

「花ババアってあのさぁ………」

 

昔に何かあったのだろうか……幽香さん嫌われてんなぁ……

 

「会いに行ってるよ?たまーにだけど。なんだかんだであの人寂しがり屋だし……久々に会いに行ったら拗ねられたんだよなぁ」

「あの花狂人がぁ?」

「嫌ってんねえ」

 

足元の水を一気に凍らせて足場をつくって、そこに飛び乗る。

ゲームとかだと薄っぺらい氷の上に乗ってたりするけど、あんなん現実だったら普通に沈んで終了である。

 

ちゃんと陸にくっつけて、それなりの厚さにして、植物で支えてようやく安心できるくらいになる。

 

「一人でいると考え事が止まらなくてさ、どうしても誰かと一緒にいてる方が落ち着くんだよね」

「ついさっきまで一人だったろ」

 

ルーミアさんも飛び乗って来た。

私に比べて体格は大きいけど、氷は多分大丈夫。

 

「それはまた別の理由」

「別?」

 

一人だと余計なこと考え始めるけど、結局一人の方が考え事は捗るってこと。

 

「最近どうにもね…思い返せば桜が散った頃くらいからだったかな。何て言ったらわかんないんだけどこう……とにかく違和感?があってさ」

「違和感?」

 

最初は日常生活からだった。

人との会話に何かおかしいところがあって……結局その違和感が何なのかは掴めないけど、漠然とした何かがおかしいという考えだけが常にある。

 

「そこから色々考えたら……そこかしこに妖気が漂ってることに気づいた」

「妖気?……言われてみれば、確かに」

 

なんとなーく、強くなっていってる気がする。

それになんか知ってるような気もするし……とにかく、これが私の寝付けない原因である。

 

「この辺はなんか知らんけど薄いんだけどね……幻想郷のどこ行ってもこの妖気がするあたり、出してるやつがいるならとんでもないやつってことはわかる」

「ふぅん……」

 

適当に氷の足場を拡張してると、ルーミアさんが顎に手を当てて考え事をを始めた。

 

「その違和感ってえのに心当たりは?」

「心当たりがあったらもう自己解決してるって」

「こういう時って大体能力やら術やらで干渉されてんだよ」

「干渉〜?」

 

まあそりゃ意味なく妖気が漂うわけもないだろうけど……干渉……

今この違和感が能力なんかで干渉されて生じているもの…?

いや、どっちかっていうとその能力に綻びが生じてるとかって考えた方が……となると……

 

「認識の操作?」

「だろうな」

「ほぁ〜……そんなことできるんだね、しかもこれだけ広範囲に」

「…なんとなく、できそうな奴知ってるんだけどな」

「そうなの?」

 

いやまあ私もできそうな奴……やっべ、心当たり多すぎる。

 

「まあこういうのは一度分かっちまえばこっちのもんだ。お前だってあの花ババアの妖力持ってんだ、気合い入れたら能力の影響くらい跳ね除けられるだろ」

「花ババアて……しかも気合いって……」

「妖気を介して能力かけてきてんなら、結局そいつは妖力だ。ならこっちも対抗してやればいい」

「なるほど、力押しね」

「そういうこった」

 

ふむ……しかしどうやるのが正解なんだ?

そんな対抗しろとか急に言われてもなぁ………

 

ねえ?

 

『こっちに言われても困るんだけどなぁ……』

 

どうせこういうのは私よりそっちの方が得意でしょ。

 

『やりゃいいんでしょ。はぁ……』

 

自分にため息つかれてら。

 

『こっちだっていまいちわかってないんだからね』

 

その声が頭の中で響くと同時に、妖力が体の中から少し漏れていく。

……いや、体の中でめちゃくちゃ渦巻いてる?なんか不思議な感覚なんだけど……

 

「おぉ……いい感じなんじゃないか?」

「そーお?」

「じゃあその状態で違和感探ってみろ」

「えぇ…どうしろと……まあやるけどさ」

 

違和感違和感……誰かと話してる時だろ?

どういう時に感じてたっけ……えーと確か……

 

「………」

「………」

「……………ん?」

「あ?どうした?」

 

そういや確か、明日宴会が開かれるって……

 

「……あ、あぁー、あぁあっあっあっ!!」

「おー?」

「わがっだぁ!!なんかあいつらめちゃくちゃハイペースで宴会しまくってる!!」

 

桜咲いてる時期なら花見とか言われたらわかったけど、今もう夏だぞ?特に意味もなく集まって酒を浴びてんのかあいつらは。

いやおかしい、まるでこの頻度でやるのが当然ですよってツラをどいつもこいつもしてやがる。

 

「宴会…なるほど、宴会か」

「霊夢のいる宴会とか行けるわけねえだろふざけんな!!アリスさんとか魔理沙だって、一応誘っておくけど……みたいな顔されたわ!何回もされたわ!!ふざけたことしやがってよお!」

「元気だなお前」

 

……いやしかし。

 

「そんなに宴会開かせて何がしたいんだ?これ多分宴会をやるペースの認識、というか常識を歪ませてる……ってことになるんだよね」

「まあ黒幕の思考回路なんて知ったこっちゃないが……」

 

そんなに宴会が好きなのだろうか。

 

「てかルーミアさんは何も感じなかったの?」

「まあ宴会してるってことを今知ったからな。昼間の記憶逐一覚えてるわけじゃないし……まあ、気づいてるやつは何人かいるんじゃないか?これだけ幻想郷中に妖気あるんだったら……」

 

あー……私はともかくとして…

幻想郷のお偉いさんは絶対に気づいてるだろうな……でも静観してるってことは……大して害はない?

 

「それはそれとして気味悪いんだよなぁ……別に宴会ばっかしてても私に実害あるわけじゃないけど……」

「妖気自体には気づいてるが、それが何なのか、何かがおかしいのかもわからないってのが大半だろうな、宴会させられてる奴らは」

 

なんなら宴会参加すればするほど認知しにくくなってたり……

 

「さて、そこまで分かったならやることは一つだな」

「一つって?」

「決まってんだろ?」

 

氷の床から土の上に上がったルーミアさんが振り向いてそう言う。

 

「黒幕探し」

「……なんで?」

 

いや、黒幕って言うけどこれはそもそも異変なのか?

異変から異変じゃないかで言えばまあ、異変だけども……

 

「どうせ放ってたって寝れやしないんだろ?」

「それはまあ…そうなんだけど」

「じゃ、暇つぶしになる」

「………」

 

まあ、確かにただ夜中に起きて、何も考えないようにぼーっとする時間を何度も何度も過ごすわけにはいかないし……

 

「それに妖気が原因で寝れないんなら、この辺には妖気を出さないようにしてくれって交渉することだってできる。別に解決しなくたっていいんだ」

「……なるほどぉ」

 

それならまあ……やってみてもいいかもしれない。

どうせ放っておいたって誰かが解決するだろうしね、ただ顔を拝んでやるだけ……か。

 

「んー…いいよ、じゃあやろっか、それ」

「決まりだな」

「ルーミアさんがそこまで乗り気になんの、結構珍しいね」

「そうか?昔のあたしはこんなだったろ」

「……そうだっけ?」

 

まあ血と肉と強えやつを求める狂犬のような方でしたけども……

 

「……多分、探すってんなら明日、宴会してるとこの近くを探した方がいいだろうね」

「一緒になって宴会してるって可能性は?」

「そこも認識歪めてるってこと?流石にそれは……一応それとなく話聞いてみるよ」

 

話通じる相手だといいけどなぁ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日、昼間に宴会に出席するらしい知り合いに、どういう人が来るのか知ってる限りでいいからと教えてもらった。

まあほぼ全員知ってる人だったけど……とりあえず、その黒幕っぽい人が一緒に宴会にいるってことはなさそうだ。

 

 

ついでに、宴会のペース早くない?そうでもない?って聞いたら、別に…?って感じの答えが返ってきた。

やっぱり認識が歪まられてるらしい。

 

 

というか、ここまでみんな違和感なく宴会しようとしてるの見てると、おかしいのは私の方なんじゃないかと思えてきた。

 

一応色々な人に会ってみたけど、そもそも宴会なんてしないって人は特に影響を受けてる感じはしなかった。多分ルーミアさんもそのクチだと思う。

てわけでまあ、人妖入り乱れて狂喜乱舞しているであろう、あの博麗神社での宴会の近くに黒幕がいるのではないか…という推測である。

 

 

 

 

とりあえずその辺りで情報収集を切り上げて、夜になるまで待ってた。

 

「何してんの?」

 

ほころんが私のしてる作業に疑問を投げかける。

 

「義手のチェックぅ〜」

「なんかあんの?」

「んまあちょっと、今日は付け替えるからさ」

「それ戦う時用の…」

「まあねぇ〜」

 

戦闘になるかもしれないし……弾幕ごっこだったらまあ、負けこそすれど殴り合いにはならないだろうけど。

 

相手が弾幕なんかでチマチマやってられっか!拳で語り合うに限るぜ!って感じの戦闘部族だった場合何があるかわからないから、一応義手だけでも……と。

 

「なんていうかな……ちょっとした、お出かけ?ルーミアさんと行くんだけどね」

「ふぅん……」

「………ん?」

 

じっと見てくるなぁ……

 

「いつ帰ってくる?」

「んー……まあ朝までには……」

「そ」

 

それだけ聞くと、だらだらと歩きながらクッションに飛び込んだ。

 

ちょうど日が落ちて夜になったくらいだ、まだ寝るには早いしな。

 

「もう行くんでしょ?行ってらっしゃい」

「……なんかあっさりしてるね」

「まあ、やましいことなら堂々と義手付け替えてないだろうし」

「ぐ…」

 

実際、何か危険なことするんなら話して心配かけるよりさっさと終わらして帰った方がいいとは思ってるけど……

そんな普段は色々隠し事してるみたいなさ……いや、結構してるんだけどもね?

 

「それに、何か楽しそうだし?」

「楽しそう?……まあ、そうかもね」

 

ルーミアさんと何かするってなかったしなぁ……夜にあって適当に話して……って感じだったし。

感覚的には友達と遊びに出かけるそれだし。

 

「明日の朝ごはんがあるなら何だっていいよ」

「朝ごはんって、お前なぁ……」

 

でもまあ、そこまで言われたならちゃんと作ってやらねばならないだろう。放っておいたらいつかのチルノとの合作料理のような……

 

思い出すのはよそう。

 

「……ふぅ」

 

話をしながら付け替えて、日常用の義手を立てかけて腰を上げる。

 

「へいへい、作ればいいんでしょ、作れば」

「分かってるじゃん」

「図々しいなお前、面倒見てもらってるくせに」

「それが私達の日常でしょ?」

「………」

 

 

日常、かぁ。

 

 

……ま、楽しそうに見えるってんなら、目いっぱい楽しんでやろう。

 

 

義手がしっかりと動くことを確認して、立てかけてある凛を腰に差す。

 

 

「じゃ、行ってくる」

「ん、行ってらっしゃい」

 

さて、と。

楽しい人探しの始まりだ。

 



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毛玉は乗せられる

「…ちょっと妖気が強くなったか?」

「そう?…そうかも」

 

ルーミアさんと合流して、博麗神社の方へ徒歩で向かう。

 

「単に段々強くなっているのか、宴会の度に強くなっているのか…」

「どっちだっていいけど、まあ多分後者かなあ」

 

何で強くなるのか知らないし、何か意味があるのかもわからないけど。

 

「まあ宴会の度だとしたら、今から向かうところにいるのは間違いないだろうな」

「…まあ、そうだな。現状、人妖入り乱れてバカやってる場所はあそこくらいなもんだ」

 

博麗神社。

何度も足を運んだその場所で、私の顔見知りがめちゃくちゃいる宴会が行われている。

色々な場所を歩いた結果、そこが一番妖気が集まっていたのでまあ、怪しいのはあそこだろうと踏んだわけだ。

 

「よかったのか?あんまり近づきたくないんじゃ……」

「いや、別に?」

「……そうか」

 

心配そうに聞いてくれたが、できる限りけろっと返した。

実際に霊夢と会うわけじゃないし……きっと、会ったとしても……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「しかしお前も随分とまあ強くなったもんだなぁ」

「そう?昔とそんな変わってないと思うけどな」

「いや、変わったよ、色々とな」

 

博麗神社へのクソ長い階段、それに続く道に入ったところで、ルーミアさんが話し出す。

 

「実力も、考え方も、表情も」

「……そんなに変わっちゃいないよ、変われるもんでもないしね」

「妖怪だって変わるって、あたしに言ったのはお前だぞ?」

「んなこと言った?」

 

うんまあ。

ルーミアさんから見て変わったっていうなら、私も変わったんだろう。

 

変われたのか

変わってしまったのか

 

私には分からないけれど

 

「最初なんて、自分の持ってるバカ強い妖力にも気づいてない可愛いやつだったってのにな」

「そういやそうだったねぇ…」

 

思い返せば、ルーミアさんとも色々あったもんだ。

 

「…そういう意味なら、私は変わってないな」

「ん?」

 

ルーミアさんが不思議そうにこちらを見つめる。

 

「昨日教えてくれたじゃん、妖気の対処法」

「あぁ……」

「私って結局中途半端なやつだから、そういうの分からなくってさ。ルーミアさんに教えてもらってるって点だけで言えば、会った頃と変わらない」

「…そうかもな」

「そうそう」

 

昔から頼りになる人ではあった。

ただ単に、色々重なってしまっただけで。

 

「ま、伊達に歳食っちゃいないってことだ」

「昼間のちっこいルーミアの期間も足してる?」

「当たり前だろ」

 

当たり前なんだ……

 

「私からしたら400年くらい?まあそのくらいの時間会ってなかったからさ。その前もそんなに接してたわけじゃないし」

「まああたしだっていつから生きてるかとか、長いこと封印されてたから曖昧なところあるしなぁ」

 

それでも長生きしてるって断言してるあたり、実際は相当昔からなんだろうな。

 

 

 

 

 

「さて、階段」

「登るのか?」

「いや流石にそれは……」

 

この階段も見るの久しぶりだなぁ……まさかこんな形でまたこの景色を眺めることになろうとは…

 

「………」

「考え事か?」

「…いや、ちょっと浸ってただけ。というか…」

 

 

妖気は確かに強くなってきている。

階段を見上げた先にある莫大な妖気は違う、あれはもうなんか……魑魅魍魎が肩組んでワッショイしながらマイムマイムでもしてんじゃねえかってくらいごちゃまぜの気配だし。

 

それとは別の、ずっと感じ続けてきた妖気。

 

「この妖気さ…私もしかしたら知ってるかもしれないんだけど……」

「…お前も?」

「お前も?」

 

思わずルーミアさんの顔を見上げる。

うん、きょとんとしてるね?

 

「ルーミアさんも…あの人のこと知ってんの?」

「まあ……これでも長生きなんでな、会ったことくらいあるさ」

「あ、ふぅん……」

 

 

伊吹萃香。

 

蘇るあの記憶……というかもう一人の私が勝手に記憶を掘り起こしてくる。なんだお前嫌がらせか?

 

なんか凄いパワー、なんか姿消えたりするしなんか突然巨大化しだすし……そしてお供えしてた酒を勝手に呑んだヤバいやつ。

 

 

「じゃあこの異常事態は萃香さんのせいかぁ……なんか納得だなぁ…」

「宴会が何度も何度も繰り返される……あぁ、思い返せば確かにあいつの考えそうなことだ」

「どういう原理なんだろう、能力ってのはわかるけど…」

「あたしもよく知らん」

「そっか!」

 

よし、帰ろう。

 

「おい待てどこ行く」

「帰るんだよ!!鬼なんかと付き合ってらんねえもん!怖いもん!」

「吸血鬼の館に乗り込んだ奴のセリフとは思えないな」

「知らないね!私はヘタレで臆病者で威厳のない毬藻野郎!恥も外聞もないね!!」

「まあ帰ろうとすんのは自由だが…」

「……もしかして今からなんか意味ありげなこと言おうとしてる?」

「してる」

 

oh……これ逃げられんやつや……

 

「考えてもみろ、ここまで妖気が強くなってるんだ、それだけ近くにあいつがいるってことだ。あたしたちが気づかれてないわけない」

「……い、いやでも妖気だし」

「あいつは霧になれる」

 

やだ初耳だわ。

 

「思い返せばこの妖気も薄くなったアイツだな、つまり全部見られてるってこった」

「……今って悪口言ったら聞こえるかな」

「?まあ、多分……」

「ふぅん……」

 

 

………

 

 

「さて、どうしようか」

「悪口言うんじゃねえのかよ」

「いいセリフが思いつかんかった」

「頑張って捻り出せよ、多分向こうも待ってたぞ今のは」

「そんなこと言われても……じゃあ……やーい!ずっと隠れてるヘタレ鬼ー!鬼の四天王が聞いて呆れるぜ!!ヘタレヘタレェ!」

「ガキか」

「ガキでええわうっせーな」

 

やれやれ……コレ本当に聞こえてるんだろうな?虚空に向かって悪口言ってたら妖気なくなっても眠れなくなっちゃう。

 

「ヘタレとは言ってくれるじゃないか」

「あ、出てきた」

「出てきたな」

「タイミング見計らってたんかな」

「ほら、やっぱり悪口待ってたんだって」

「…………」

 

やべっ、なんとも言えない顔してる。

黙っとこ。

 

「……それで?わざわざこんなヘタレの鬼を探してなんの用かな?」

「茶番だな、最初っから全部知ってたんじゃないのか」

「何のことやら、私はただ宴会を楽しんでただけさね。あんたらも上に上がって一緒に騒いできたらいいんじゃないか?」

「暫く見ないとは思ってたが、まさか宴会狂いになってたとはな、意識でも集めてたか?」

 

おーっと、何やら私そっちのけでバチバチしだしたぞ?

 

「あ、誰かと思ったらお前あのルーミアか!いやあ封印されて暫く見なかったからすっかり忘れてたよ。随分丸くなったじゃないか、え?」

「白々しいな、そういう物言いは昔から変わらないらしい」

「私はただ、あんなに短い春じゃ満足できなかっただけさ」

 

あー…確かに、一瞬だけ物凄い勢いで春が来たけど、刹那のように夏に切り替わったからなあ。

リリーホワイト三日天下、とか言って馬鹿にしてたわ、ごめんよ。

 

「…まあ何だっていい、こっちはお前のバカを止めに来たんじゃない。こいつの家の周りの妖気をどうにかしろ、話はそれだけだ」

「やだね」

「……だってよ」

「え、今私に振る?」

 

えー…やだとか言われても……

 

「私は今ちょっと運動したい気分なんだ、付き合ってくれたら考えてやらなくもないけど……」

 

こっち見んな。

 

「……ご希望には添えない」

「最初から答えは期待しちゃいないさ、あんたらも宴会の輪の中に放り込んでやるよ」

 

メビウスの輪みたいに言うなよ。

 

「戦うのはお断り、宴会はもっとお断り」

「……それはあの宴会に博麗の巫女が居るから、か?」

「………はあ」

 

やれやれ。

訳知りさん、か。

 

「残念だなぁ、そんなつまらないしがらみのせいで、狂騒に身を委ねられない」

「………」

「記憶を奪って、自分は隠れてコソコソといつまでも……さぞ息苦しいだろうな?そうやって罪悪感に苛まれて生きるのは」

「おいお前……」

 

前に出ようとするルーミアさんを静止する。

 

「毛糸……」

「いいよ、全部ただの事実だし」

「事実ねぇ」

 

口が止まらねえな、本当に。

 

「あるがままを受け入れているつもりかもしれないが、それはただの諦観さ。全部投げ捨てて、何もせず、思考を放棄する。楽でいいよなぁ?ただ自分だけを責めていれば何も変わらないんだから」

「………」

 

本当に、いつどこで見聞きしたのやら。

 

「前に言ったろう?人間と関わって来たやつはみんな後悔してた、って。こんなことなら、最初から会わなきゃよかった、ってな。お前はあの時否定してたが……」

 

 

萃香さんの周りに妖気が集中していく。

 

 

「今でも同じ答えは聞けるのかねぇ?」

 

 

「……はぁ」

 

 

本当に、ため息が出る。

こんなに知られていることもそうだし、言われている方も図星ばっかりだし、否が応でも改めて自分を再認識させられる。

 

「ルーミアさんは後ろで見てて」

「お前……」

 

そうだな、確かにむしゃくしゃしてる。

 

 

「自分に腹が立って仕方がない」

「…そうか」

 

 

私がそう言うと、ルーミアさんは後ろに下がった。

 

「ハハッ!やる気になったみたいだね!噂はかねがね、もう一度ちゃんとやり合いたいと思ってたんだ」

「すぅ…はぁ…」

 

距離が近いのは分かってる。

もしかしたら、ここで騒ぎを起こせば、霊夢が気づいてやってくるかもしれない。

 

いや……何となくだが、周囲に結界のような閉ざされた感覚がある。これも萃香さんの能力だろうか。

まあ、もしそうだとしてもどうせ拳は構えなければならない。

 

いずれにせよ、やることは変わらない。

 

 

 

「来いよ」

 

 

その声と同時に一気に踏み込み、右腕を相手の胴に向けて打ち込んだ。

 

「ぎっ…ひひっ!いいねえ前とは確かに違うなあ!!」

 

腕を構えて耐えた萃香さんが反撃のために土を踏み込む。

 

 

「次はこっちの——ありゃ?」

 

盛大に氷で滑って宙に浮いた。

 

すかさず身を捻って、妖力を馬鹿みたいに込めて回し蹴りをそのツノをへし折るつもりで叩き込んだ。

ゴンッ、と鈍い音を立てて木々をへし折りながら盛大に土埃を立ててどこかに小さな体が着弾した。

 

 

 

「うわぁ…お前いきなり容赦ねえなぁ」

「あの人相手に容赦なんかしてられっか」

 

どうせこれだけやってもケロっとしてんだよあいつぅ…

 

 

「ってて……ツノはダメだろ、ツノは。折れたらどうする」

「え?てっきり素手喧嘩が御希望なのかと。もしかして弾幕ごっこの方がよかったですかねぇ?」

「くくっ、いいねえ………高鳴ってきたぁ!!」

 

倒木をそのまま木っ端微塵にして突進してくる。トラックの前に突っ立ってる気分だ。

 

「っぐう!!?」

 

目の前に障壁を張って耐えようとしたが、毛ほども勢いを殺さずにそのまま盛大に轢かれた。

宙へと体が浮く。

 

「あ゛ー……異世界転生するかと思ったわ」

「まったく、少しは痛がれっての」

「生憎、全身の骨バッキバキですわ」

「それならもっとそれらしく振る舞いな、次行くぞぉ!」

 

直進して急いで再生した私と両手を掴み合って取っ組み合いになる。

 

「まさか力比べで鬼に勝てると勘違いするほど驕っちゃいないだろうなあ!!」

「まあ勝つ必要ないんで」

 

右腕に供給していた妖力を絶った瞬間、生々しい音を立てて腕が曲げた。

 

左腕は掴んだまま、間抜けな動作で私の方に勢いのまま倒れ込んでくるその頭に向かって膝をかち上げる。

 

「あ、消えた」

 

毛玉フォルムになってその場を飛び退く。

案の定後ろから弾丸のような拳が迫ってきていた、これが霧になるってことだろうか。

 

人型に戻り、どこに出てきても分かるように感知に意識を——

 

「あら?」

 

また後ろから———

 

 

 

 

 

「はーっ、死ぬかと思った」

「無傷じゃねえか」

「こう見えても肋骨が全部折れた、治ったけどね」

 

地面にめり込んだ先にいたルーミアさんと軽く会話を交わす。

 

「並のやつなら今ので立てなくなってるとこだよ、やっぱりやるねぇ」

「褒めていただきどーも、てか明らかに二人に増えてたよね」

「ふふっ、まあねぇ〜」

 

……なるほど、霧になれる、巨大化できる、分身を作れる。

よくわからんがこの周辺の妖気が全部薄くなった萃香さんなんだとすれば……

 

「そもそもこの妖気がある時点で相当不利ってことか」

「おっ、察しいいじゃないか」

 

いつどこに分身が生えてきてもおかしくないってことだ、

 

「そもそもあんまり派手にやると宴会してる奴らに気づかれるから、本気出さない…手ぇ抜かれてこれか」

「それはお互い様だろう?」

「いやいや……」

 

まあ、そう長くならなさそうで安心した。

 

「もうすぐ宴会も終わる、こっちもお開きにしないとな」

「で、最後に一発、パーっとって思考ですかい」

「分かってんじゃん」

 

あーあ、骨折れるだけじゃ済まなさそうだ。

 

「ルーミアさんちょっと離れといて」

「もう距離取ってる」

「あれまあ……」

 

お互い妖力を右腕へと込める。

より多く、より強く、密度を高めるように。

もっともっと、もっともっともっと。

 

「準備はいいか?」

「いつでもどうぞ?」

「なら————来いよ!!」

 

その声が上がった瞬間、周囲の妖気を全部掻き乱すほどの衝撃が私を包んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………ルーミアさんルーミアさん」

「なんだ」

「私って今どうなってる?」

「………まあ、ざっくり言うなら……右半身が無くなってる」

「あーどーりで感覚ないわけだ」

 

はっきりとしない頭で体の欠損してるところから順に再生していく。

 

「ほんと、よく生きてるよなそれで」

「毛玉もそう思う」

「いやー、折れた折れた」

 

満足そうな表情の萃香さんがそう言って姿を現した。

 

「まさか思いっきり腕が変な方向に曲がるとは、こりゃ参ったね」

「え?どうなってんすか?」

「ほら、完全に逆向いてる」

「えー……ちょっと意識朦朧としててよく見えなくて…もうちょっと近づいてもらっていいすか?」

「仕方ないなあ、ほら」

 

あ、ほんとだ、折れてる。

 

「えい」

「あっだあああああああ!!?なんで元戻したぁ!?」

「いや、こうしたら早く治るだろうなって。善意です」

「ほんと!?本当に善意!?私怨入ってない!!?」

「そんなまさか」

 

再生し終わったのを確認して体を起こす。

うん、土まみれだぜ。

 

「……ルーミアさんなんか羽織るものないかな」

「…あたしの服でいいなら」

「あー…それしかないなら…」

 

体は治っても服は直せません、当然だな。

 

「いやまあ、その、何だ。その気にさせるためとはいえ、さっきは悪かった。ちょっと無思慮だったよ」

「いや、ただ事実を陳列されただけなんで気にしなくていいですよ、私もまあ……発散できましたし」

 

発散しすぎて服吹き飛んだけど。

 

「さて、じゃあもう帰ろうかルーミアさん。萃香さん、家の周りの妖気はやめといてくださいよ?寝れないんで」

「分かったよ、ほら、さっさと行きな」

「やれやれ、ようやくだよ……てわけでルーミアさん疲れたから運んで」

「はあ??……仕方ないか」

 

あ、運んでくれるんだね、優し……

 

「まさかの荷物吊り下げスタイルかぁ…」

「何か文句でも?」

「いや、別に」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「悪かったな、こんなことになって」

「ん?なんでルーミアさんが謝るのさ」

 

足だけ持たれて、背中側に吊られるように持たれている私とルーミアさんで、帰り道にそうやって話す。

 

「もともとは、色々考えてるお前の気晴らしにと思ってたんだ。それがしかしまあ、気づいたらこんなことに」

 

ああ。

 

だから珍しくノリ気だったのか。

つまり私への気遣いってこと、ね。

 

「別に、気にすることじゃないよ」

「そりゃ、お前ならそう言うだろうなぁ……」

「………」

 

 

 

 

 

 

 

「帰ったらさ、寝る前にちょっと飲もうよ」

「?確かお前酒呑めないんじゃ…」

「私はぶどうジュース飲むから平気。それに、せっかくあいつらは呑気に宴会やってんだからさ。私たちだってちょっとくらいいいでしょ」

「……はは、それもそうだな、悪くない」

「じゃ、決まり」



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刻限まで

「………はぁ」

 

誰がこんなことしたのやら。

神社への階段の前の道が吹き飛んでしまっている。誰かが妖気の正体を探し始めてから忙しくて、こんなとこまで手も回らないか目も届かなかったけど……

木もへし折れてるし明らかに戦闘の跡、妖力がまだ僅かに残ってるからそう昔じゃないはずだし、力の強い妖怪同士が戦ったのだろう。

 

道がこんなだと参拝客が来たくても来れないじゃないのよ……

 

 

 

 

 

「むぅ……」

 

妖力の残滓が一番濃い爆心地のような場所に立つ。

これだけ濃ければ、会ったことある妖怪なら誰がやったかくらいは探知できそうなものだけれど。

まあ私が戦う前に、あの萃香とかいう鬼と戦った奴は相当数いたみたいだし、その中の誰かなのは間違いないだろう。

 

実際あの鬼の出していた妖気と同じものが強く感じられる。

 

それともう一つ別の、とても強い妖力。

 

これは……あの毛玉?

 

「なんで…?でも……」

 

間違いない、あの白珠毛糸とかいう妖怪だ。

春雪異変の時に会ったっきりだったけれど……なんでここで萃香と戦っていたのだろうか。宴会にも来ていなかっただろうに、なんで……

 

 

 

「…?」

 

何か見つけた。

爆心地のように空いた穴の中に、小さな木の装飾のようなもの。

 

爆発に巻き込まれたのだろうけど、それにしては割と綺麗な状態だ。拾い上げつつ、土を払って確かめる。

 

 

 

 

「これって———」

 

 

 

持っている、これも同じものを。

木彫りの花びら。

 

 

昔、人里の祭りで、先代と魔理沙と三人で行って買ったはずのもの。

そうだ、なぜか三つしかなかったんだ、四つ揃って完成するものなのに、何故か先代と魔理沙のものを合わせても三つしかなかった。

 

てっきりそういうものなんだと、今まで思い込んでいた。一つ足りないのは明らかなのに。

 

なら、残った一つを持っていたのは……ここからする妖力からして、あの毛玉、ということになる。

 

 

 

 

でも、おかしいだろう。

確かに私の記憶では、あの時の祭りであの場にいたのは3人で……

 

 

 

 

「…三人?」

 

何かがおかしい。

何かが消されている、何かが歪められている。

 

 

今まで気づかなかった違和感が、その木彫りの花びら一つで一気に浮き彫りにされて行く。

 

果たして今の私の記憶は信じられるのだろうか。

手に持ったこの花びらと、記憶の矛盾と違和感を前にして。

 

まだ、自分の記憶は正しいと言い切れるのだろうか。

 

「私は…一体……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっっっっっ………っっっ…〜〜べぇ〜〜」

 

あの花びら無くしたァ〜……色々あったけど思い出の品だったのに…

 

てかどこだ?どこで無くした?そんな無くなるような場所に入れてなかったんだけど、たまにポケットに入れたまま洗いそうになるけど。

 

うーん……うーん……

 

 

 

 

 

 

「あ」

 

 

あの時か〜…

萃香さんと拳がゴッツンして右半身が吹っ飛んだ時ねぇ〜はいはい、そういや右側のどっかに入れてたよねぇうんうん。

 

 

 

 

 

うん……

 

 

 

 

「ぜってぇ消し飛んだわふぁっっっっくぅ!!!!」

 

まぢむりリスカしよ……

 

「ぐああああああああ病む病む無理無理現実直視できない泣けるぅぅうううっうっうぅぅう」

「うっさい!!!」

「ヴェァァァァァアヴァあああああっあっ辛いよおおおおお」

「え…なに…こわ……」

 

引けよ!好きなだけ引けよ!ドン引きしろよ!

 

「うぅ……つら……」

「えっと…どうしたの?」

「ほころんにゃわかんねえよお!!」

「うっわぁめんどくさ」

 

あー……つら。

 

「………あ、お昼何食べたい?」

「振れ幅怖いって」

「いやもうなんか、切り替えていこうかなって」

「切り替えすぎだよ怖いよ」

 

消し飛んだもんはしゃーないし………萃香さん絶対許さねえからな!!今度あったら……今度あったら……

 

ツノに塗料ぶちまけたんねん。

 

「……叫んでるうちは大丈夫か」

「お前には発狂状態が私の平常のように見えているのか?」

「どちらかといえば、まあ」

「うへえ悲し」

 

まあ、そうか。

こっちの方が心配かけないのか、ふぅん……

 

ならなおさら気に病んでちゃいられないか。

 

「夏だしそうめんしよっか」

「流しそうめんは?」

「えーあれめんどいし……チルノとかも呼ぶ?」

「多い方が楽しいでしょ」

「そりゃそうだが………やるぅ?」

「手伝うよ」

「なら……やるかぁ」

 

あれ?準備してたら昼の時間すぎるよね?

……まあええか、明日やればいいし。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「紫」

 

……出て来ない。

今は夏だ、冬眠してる、なんて言い訳はできない。

 

 

ならなんで出て来ないのか、間違いなく私に隠し事があって、私がそれに気づこうとしているから。

 

 

間違いない、私の記憶に何かしたのは紫だ。

先代が死ぬまでの私の記憶を弄って、何かをしたのは間違いない。

そして、それにはあの毛玉の妖怪が関わっている。

 

 

思えばあの妖怪は私を避けていたように見えた。

妖怪なのだから、博麗の巫女を避けるのは当然と言えるかもしれないけれど……

 

春雪異変の時に見せたあの妖力、あれだけの力を持っているなら私を恐れるのはちょっと不自然だ。

 

「……掴めない」

 

違和感を見つけたと思っても、それが頭の中からすり抜けていく。

一度見失ってしまうと、もう見つからない。

 

思い起こせば起こすほど、違和感は溢れてくるのに。

何か術にかかっているかのように、全て手からこぼれ落ちていく。

 

 

なら、会いに行けばいい。

紫に聞かなくたって、あの毛玉か………そうだ、魔理沙だって何か知っているに違いない。

 

だというのに、それをしないのは………

 

 

「なんでかなぁ…」

 

 

魔理沙が隠してる、というのにどうも引っかかる。

あいつの性格はよく分かってる、隠し事とかそう得意じゃ無いはずだ。それなのに、彼女は昔からずっと私の記憶について隠し通してきた。

 

魔理沙もよくよく思い返せば不自然な言動をしていた気がする。それに気づかなかったのも紫が私に何かしたせいか。

 

 

きっと、隠さざるを得なかったんだろう。

私に気づいて欲しくないから……

 

だから多分、私が聞いたってはぐらかされるか、逃げられるだろうし。

それはきっと、あの毛玉も同じだろう。

 

確証はないけど、確信はできる。

 

結局、自分で答えを見つけるしかないってわけね……

 

 

 

でも不可解なことがある。

わざわざ記憶を消すのなら、紫ならもっと完璧に消せるはず。

 

私が今こうして違和感を抱いている時点で、紫にはその気はなかった、ということになる。

 

それになんの意図があるのか……

 

 

 

 

 

きっと考えても無駄ね。

それが分かる時は、記憶が戻る時だろうから。

 

 

「……昼は何食べようかしら」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

人里でそうめんを買い込んで、麺つゆも買い込んで、なんかもう色々買い込んで……

竹売ってるとこは見当たらなかったので、仕方なく迷いの竹林にまでやってきた。

 

そうめんって昔はなかった気がするけど……あれか、幻想入りしたって人が流行らせたんかな?

知らんけど多分そんなんやろ、幻想郷だしそのくらいしててもおかしくない、知らんけど。

 

 

「………居ないな」

 

妹紅さんに貰っていいか聞こうかと思ったんだけど……見つからない。

人里にいるのかな?でも今から戻るのもなあ……

 

 

「仕方ないか」

 

勝手に貰っちゃおう、こんなに生えてんだから数本くらいバレへんて。

 

程よい竹を見繕い、その目の前に立つ。

うん、馬鹿高い。

 

根っこから取るわけにもいかんよなぁ……スパッと行った方がいいよな、スパッと。

 

 

 

腰を落とし、黒い刀に手を置く。

 

「………あれ」

 

もう一度腰を落とし、凛に手を置く。

 

「…………調子悪いのかな」

 

 

軽くストレッチをしてから、もう一度深く腰を落とし、目を閉じて集中して、凛の柄を握った。

 

「…………う!ご!け!や!!!」

 

 

いつもすんなり動いてくれるじゃん!あれか!?つまらぬものは斬りたくないとかそんなんか?ほなしゃーないなあ!!

 

「まさか断られるとは思わんよ……」

 

 

えーとノコギリノコギリ……

手元で氷の包丁みたいなのを作って、その刃先を尖らせていく。

繊細な霊力操作が要求され、私でも慣れてないのを作るにはそこそこ時間がかかる。

 

 

 

 

夏の日差しに当てられ、額から汗が溢れ落ちるのと同時にようやく完成した。

 

「よーしこれで………」

 

……溶けてる。

トゲトゲしてるとこ、溶けてる。

 

「………ははっ」

 

一人で何やってんだろ、私。

 

 

「ウヴァアア!!!ふんぬぅっ!!」 

 

 

蹴ってへし折ったった。

ムカついたのでもう4本くらい追加でへし折って氷漬けにして浮かして持って帰った。

 

結構虚しかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……箸、四膳」

 

木彫りの花びらのほかに、神社の中のもので何か違和感のあるものがないか探していると、それに目が止まった。

 

箸が四膳。

別におかしいことはない。

 

予備のために置いてあれば、人数分より多くあるのもおかしくはないだろう。実際そう思って、私も今まで暮らしてきた。

 

 

「……先代、私、魔理沙」

 

一人分、余る。

魔理沙を数に入れるのがおかしいのかもしれないけど、確かにここで一緒に食事したことはある。

 

 

 

何もおかしくないはずなのに。

何かが引っ掛かる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、今からこの竹を切っていくわけだが」

「めんどく——」

「言わせねえよ?」

「………」

 

誇芦の頭をガッて掴んで口を閉じさせる。

 

「お前が最初にやりたいって言い出したんだからな?手伝うって言ったんだからな?手伝えよ?な?」

「……わかった」

 

やれやれ。

何気に身長差あるから飛ばないと頭掴まないんだよ、なんか負けた気分になる。

 

「とりあえずここに私が河童から借りた工具がある」

「はぁ…」

「作り方は聞いてきたから一緒にやろう」

「はぁ………」

 

めっちゃ面倒くさそう。

 

「……それなら河童に作って貰えばよかったじゃん」

「………」

「………」

 

………あ。

 

「なんでそれを早く言わねえんだよ!!」

「知らんわ」

「うっわぁだっるぅ………一気にやる気無くしたぁ」

「一番面倒くさいのはその性格だったか」

 

あー……もう昼ごはん別で済ませたしもうやんなくても……いやそうめんと麺つゆ大量に買い込んだわ、やらざるを得ないわ、つら。

 

「竹も多分これ無駄に多いし……」

「文句言ったってしょうがない、やるしかないでしょ」

「ほころん……言い出したのお前だから全部お前がやれ」

 

あ、やめ、突進はやめて、やるから、私もちゃんとやるから。

 

 

 

 

 

「とりあえず半分切れたはいいけど……ここからどうするの?」

「節の部分を取って、その部分をさらに細かく削って、ヤスリで擦って、それから……」

「………やめていい?」

「ダメだが?」

「じゃあちょっと待ってて」

「?お、おう」

 

そう言ってどこかへ行ってしまった誇芦。

……流石に逃げたわけではないと信じたい。

 

「これ全部使ったらアホみたいな大きさになるよなぁ……」

 

まあデカけりゃデカいほど楽しいと思うけど、デカけりゃデカいほど作るの面倒だもんなぁ。

人数との兼ね合いもあるし……

 

 

 

 

そうやって思案していると誇芦が戻ってきた。

 

ガキンチョを引き連れて。

 

「あたいの力が必要と聞いて!」

「えっと…付き添いで?」

「そーなのかー」

「……ほころん?」

「え?人手は多い方がいいでしょ?」

 

いやまあそれは、そう、だけども……

 

「……みんなでやるかぁ」

 

元からこいつらも呼んで大人数でやるつもりだったし……ちょうどいいか。

 

 

 

 

 

そこからはまあ……言うまでもないと思うけど、混沌だった。

ルーミアが竹を食った時は流石の私も叫んだ。

 

とりあえずお菓子でチルノとルーミアを釣って、大ちゃんに面倒見てもらって…

私と誇芦で構想して、組み立てて……

ってしてたら日が暮れた。

 

 

 

 

 

 

 

晩御飯をついででチルノたちと一緒に済ませ、そのまま帰らせ、ほころんと寝る支度をして、相変わらず寝付けないので一人で作業の続きを真夜中にして。

 

たまに黄昏て。

 

やってきたルーミアさんと適当に会話して。

 

作業の続きをしてたら、朝になっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それでまあ、完成したのでみんなを集めて念願の流しそうめんを始めようとしたわけだが。

 

「なーんか呼んでないやつめっちゃいるなぁ……」

 

天狗三人河童二人……

 

「あ、毛糸さんこんにちは」

「文、お前は帰れ」

「私だけいきなり扱いが酷くないですか?」

 

なんでいきなり大所帯で押しかけてくるんですか?

 

「じゃあなんで来たのか言ってみろよ」

「タダでそうめんが食べられると聞いて」

「同じく」

「暇だったから」

「るりに日光を浴びせるため」

「光合成するため……」

 

フッ……帰れよお前ら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後はまあ……

やたらと高低差が激しくなった流しそうめんを、延々と私が流し続けた。

だって全員やってくれそうになかったんだもん、箸持ってせっせとスタンバイし始めたんだもん、世間話してるんだもん。

 

いい年した妖怪が流しそうめんくらいではしゃぐなよな!!

 

って思ってたら途中で空気読んだのか、山の奴らが持参したおつまみで酒盛りを始めた。

 

ほんとに何しに来たんだよお前ら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私結局一口も食べずに終わったんだが?」

「そういう日もありますよ」

「鳥肉食べたい気分なんだよね」

「おっと寒気が……」

 

食後の運動に弾幕ごっこを始めたチルノたちをよそに、酒飲んでる迷惑集団の方に入る。

 

「でも楽しそうだったじゃないですか。春にやった花見のときはなんだか落ち着きなさそうだったのに」

「まあ……そうかもね」

 

こうやって純粋に楽しめたのは、確かに久しぶりかもしれない。

それほどまでにここ数年は……

 

「無理してませんか」

「……してるよ」

 

素直に答えた。

少し呆気に取られたような表情をしたあと、酒を喉に流し込んで話を続ける文。

 

「いつになく正直じゃないですか、何か心変わりでも?」

「心変わりねぇ……」

 

私自身に何かあったわけじゃない。

 

「予感がするんだ」

「予感?」

「もう、すぐそこまで迫ってる」

 

多分、霊夢が気づき始めてる。

何故かはわからないけど、そんな気がする、

 

「今までのツケを全部払う時が、そこまで」

「………」

「その時、私がどうなってるかわからない」

 

運命でも見えりゃ、もっと安心できるんだろうが。

 

「だからまあ……やり残したこと…というか、悔いのないよう……というか………」

 

なんか死期を悟ったみたいな口ぶりになってしまう。

自分を自分で誤魔化してたけど、どうやら相当に不安らしい。

 

「上手く言えないけど、心構えとか、覚悟とか……今はそういうの決めようとしてるところ」

「……ケジメってとこですか」

「まあ、ね」

 

ぼんやりと、空を見上げる。

 

「酒で酔えたなら、そんな悩み忘れられるのに」

「それは逃避と変わんないよ。私はもう散々逃げた」

「……そうですか」

 

また、心配させてしまっているだろうか。

でも、これも紛れなく私の本心だから。

 

 

 

「色々ありましたね」

「んー?」

「初めて会った時はどんなふうでしたっけ」

「あー……一時的に妖怪の山の戦力に組み込みたいから…とかだったかな」

「……一時的、ですか」

「うん、全然一時的じゃないね」

 

 

その後、今までのことを二人で振り返り始めた。

 

妖怪の山で戦って、この場所を離れて、魔法の森に長い間いて。

帰ってきたら変な妖怪に絡まれて、そこから長い平穏が続いて……

 

幻想郷が結界で閉じられて、その時のいざこざに自分から乗り込んで。

 

左腕動かなくなって、吸血鬼がやってきて……

 

 

 

本当に、色々あった。

 

「でも私たちはここにいる」

「………」

「毛糸さんも、ここにいる」

 

優しく、こっちを見て微笑みかけてくる文。

 

「これだけ色んなことがあって、それでも私たちはここにいます」

 

誰かが欠けてしまっていてもおかしくなかった。

 

「だからきっと大丈夫ですよ、今度も」

「……根拠はあんの?」

「生憎、私は持ち合わせてません」

 

そりゃそうか。

 

「でも、毛糸さんなら何があったとしても、無理してでも私たちの前では笑ってくれるって、信じてますから」

「………」

 

 

そうか

励まされてんのか、私

 

 

「……だといいね」

「きっと、そうなりますよ」

 

 

 

私は笑えるだろうか。

彼女らの期待に添えるだろうか。

 

 

前を、向けるだろうか。

 



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永夜の始まり

 

「こんばんはァ!!」

「はいこんばんは」

「アリスさん元気ィ!?」

「あなたは元気そうね」

「いや全然!?何するにもやる気出ないけど何もしてなかったら落ち着かないからとりあえず大声で叫び散らかしてるだけだけど!?」

 

最近はさらに酷い。

何というか、こう……迫られている感じというか、焦燥感というか……得体の知れないそんな感覚が付き纏って仕方がない。

 

「何してたの?」

「新しい魔法の習得」

「お、珍しいじゃん。どんな魔法?」

「それは——」

「待って当てるわ」

 

見る限り人形関係ではない……

というか、私今日事前に来るの伝えた上で魔法の習得しようとしてるわけだから……私へのイタズラの魔法のはず。

となると……

 

「私の髪が自分の意思で動かせるようになる魔法ッ!」

「何でわかるのよ」

「当たってんの!!?」

「いや全然?」

「は??」

「まあとりあえず座りなさいな」

 

促されるがままに席に着く。

 

「………で、結局何の魔法?」

「口調が変わる魔法」

「はい?………なんのために?」

「魔理沙が時々ムカつくときあるから、仕返しのために」

「わー子供っぽい……」

「何とでも言えばいいわ」

 

魔理沙ってそんなムカつく事あるかな……

あ、私の場合はそんなこと煽ってる場合じゃないからかぁ。

 

「そういうそっちは?わざわざ日が落ちてから私の家にくるってことは相当暇なんでしょうけど」

「そうでもないよ、面倒見なきゃいけないやつ住んでるし」

「あぁ……そういえばそうだったわね」

「なんか妖精どもと遊ぶらしいから、今日は本当に暇になったってだけ」

 

なんやかんやであのバカと一緒にいる時も楽しそうなんだよなぁ……身体手に入れてからもちゃんと馴染んでるし

 

「まるで親ね」

「親ぁ?あいつはペットだっての」

「人の姿を取っている妖怪をペットって言い張るつもり?」

「だって飯食う時だけ従順になるんだもん」

「それは確かにペットね」

 

自分で言うのも何だが、犬とか飼ったら嫌われる自信がある。 

何故かはわからないけどそんな気がする。大ちゃんとかめっちゃ懐かれそうだけどなぁ。

 

「紅茶飲む?」

「飲む飲む」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

棚にちょこんと置いてある人形に霊力の糸を伸ばして、浮かしてそのまま手元まで持ってくる。

 

「随分糸使うのが様になったじゃない」

「そう?ろくに動かせないけど」

「ゴリアテは操れてたじゃない」

「ありゃデカかったから」

「…普通大きい方が難しいと思うのだけれど」

 

魔力と妖力の出力の違いの問題じゃないかなあ。

てかあの時も拳振り回しただけだし。

 

飲みやすい温度になった紅茶を啜る。

 

「……夏は夜短いよなぁ」

「そうね。それが?」

「いや………短い方が嬉しいなって」

「どうして?」

「色々」

「そう」

 

本当は暑いの嫌いだし、冬の方が断然好きなんだけど。

夜が短いと、考え事が少なくて済む。

 

「寝ればすぐに終わるわよ」

「たまにしか寝付けないから困ってんのよね」

「じゃあ自分と会話でもして暇を潰せば?」

「やだよアイツムカつくんだもん」

『酷くない?』 

 

それに、そういうのはとっくの昔に試してる。

 

「一応もう一人の自分でしょ?それをムカつくってあなた…」

「……なにさ」

 

……え、なに、なんでそんなにジッと見るの。

え?え?やだ恥ずかしい……

 

「……なんでもないわ」

「絶対なんかある言い方するやん」

 

なんかまた心配させてしまったのだろうか。

いやだってこいつなんかめっちゃムカつくんだもん……お前のせいだぞ私。

 

『理不尽』

 

「だって考えても見てよ、もう一人の自分が絶妙に自分と違う話し方で訳知り顔に話してくるのって腹が立たな———」

 

 

 

上?

 

「……どうかした?」

「いや、なんか……上が……」

「上?天井何かある?」

「いや、天井じゃなくて、もっと……」

「ちょっと、どこ行くのよ」

 

視線を上に上げたまま席を立ち、そのまま扉を開けて外へと出る。

 

 

 

 

 

 

「上って、空?」

「空……というか……」

 

夜空で一番大きく輝いているそれを指差す。

 

「月……」

 

なんだこの感覚。

月……月が何か……

 

「……アリスさん、今日って満月だっけ」

「え?えぇ、確かそのはずだけど」

「あの月、ちょっと欠けてるように見えるのは気のせい?」

「え?」

 

そう言うとアリスさんは目を細めて月をじっくりと観察し始めた。

 

「………遠視魔法とか使えないの?」

「使わなくてもわかるわよ、欠けてるというか、あれ偽物ね」

「あ、やっぱり?」

 

あまりにも感じたことのない違和感だったので確証はなかったけれど…月を偽物とすり替えるなんて大胆なことするもんだ。

 

「異変かなぁ」

「でしょうね。……ただ、今夜はどうなるか分からないけれど」

「ん?何が?」

「あなたが月の異変に気づけたのは何でだと思う?」

 

何でって……

何でだ?

 

「………私の勘が素晴らしく冴え渡っているから?」

「そう、妖怪だからよ」

「おっと無視かぁ」

「多分、人間はこの月の異常に気づけないわ」

「………あーなるほど」

 

妖怪自体夜…というか、月と密接に関わり合ってるから。

実際アリスさんは気づけてなかったみたいだし……

 

これレミリアとかブチギレてそう、知らんけど。

 

「まあ、このまま解決すべき人たちが何もせずに放置して夜が明けるか、妖怪が勝手に解決するか……かしらね」

「うーん……え、じゃあ私たち何もできないってこと?」

「したとして、あなた黒幕の当てあるの?」

「いや全く」

「なら、そうなるわね」

 

何もできない、というわけか。

月を偽物にすり替えるような人……月を独り占めしたいとか?

いやまあ、春雪異変も萃香さんのときもそうだったけど、何でそんなの起こしたのかなんて当人に聞いてみないと分からないんだけどさ。

 

「外にいてもしょうがないし、中に戻らない?」

「そうだねぇ…」

 

胸騒ぎがどんどん強くなっていく。

まあただの予感でしかないけれど……このままゆっくり夜が明ける、なんてことはなさそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「———つまりさ、結局全ての行動って自己満足の帰結するわけよ」

「まあそういう考えもあるだろうけど…」

「結局慈善活動とかもやってる自分が気分良くなれるからやるわけじゃん?もちろん善意を否定するわけじゃないけども」

「いちいちそんなこと気にしてても仕方ないわよ」

「それは全くもってその通り」

 

そんなこと考えずに今を生きてる方がよほど楽だ。自己しかない世界なんてつまらないにも程があるし。

 

「……何でその話したの?」

「ん?まあ……たまには難しい話をしてみたかったから?」

「さして難しい話でもなかったわよ」

「おっとアホなのがバレちゃうな」

 

そこで話を切り上げて、一旦窓から顔を出して空を見上げてみる。

 

「………アリスさんや」

「何かしら」

「私たち何時間くらい話してた?」

「さあ……1、2時間ってとこじゃない?」

「全く月が動いてないように見えるのは気のせいかな」

「……私も見る」

 

こっちまでやってきたアリスさんが私と同じように窓から顔を出す。

 

「……少しだけ、動いてるわね」

「そう?」

「もう少し観察してみましょう」

 

 

 

そう言って窓際でつまらない話を小一時間ほどしたあと、再び窓の外を覗いてみる。

 

「……動いてないねぇ」

「まさか月の動きまで止まるなんて…」

 

偽物にすり替えて月を止めるって………なんか感覚麻痺してたけど、やってることの規模でけえな?

これ幻想郷内から見える月が別物になってるって認識でいいんだよね?地球の衛星である月そのものを変えてたら、そんなんもう……やばいよね、うん。

 

「…これ、月じゃなくて夜そのものを止めてたりしない?」

「有り得なくはないわね」

「なんてこったい」

 

もしそうなら……いや、夜を止める理由ってなんだ?

 

「少しは動いてるってことは、あとから止められたってことだよね」

「多分そうなるけれど」

「ふぅむ……月すり替えたのと夜止めた奴は別?………考えすぎか」

 

別だったとしてだからなんだって話だし。

 

「どーするー?これ私たち何かアクション起こした方がいいのかなぁ。結構大事だよねこれ」

「と言ってもねぇ、人間でもないのに異変解決するのは……あ、そういえばあなた春雪異変にいたんだっけ」

「まあ……」

 

また咲夜も動いてるだろうか。

あそこはレミリアがいるし、魔理沙よりも早い段階で動き出してそうだ。なんならレミリア自ら出向いててもおかしくない気がするけど……

 

「私一人で動くってのもなぁ……探す気も起きないし」

 

都合のいいきっかけでもあれば話は……

 

ん?

 

「大変だアリス夜が止まった!これは異変———」

「ハァッ!!」

 

 

扉を勢いよく開けて叫び散らかす魔理沙。

それを見て反射で魔法を放ったアリスさん。

 

 

 

「——って、毛糸もいたのね。ここで何してるの?……ん?」

「……え?」

 

 

おま……え……話し方……

女の子っぽくなってる……?

 

 

「な……何よこの口調!!?」

「あっははははは!!おまっ!おまっ似合わねえぇ〜!!」

「何笑ってるのよ!これ…アリスのせいね!?」

「ぷっ……いや…我ながら傑作だわ……」

「早く戻しなさいッ!それどころじゃないの!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おはっ、ハァッ、腹いてぇ……」

「お前いつまで笑ってんだよ………」

 

似合わなすぎて吐き気してきたわ。

 

「ったくつまんねえ魔法かけやがって……いやいやそんなことより!夜が止まってんだって!気づいてんだろ!?」

「うんまあ、止まってるだけじゃないし月は偽物になってるね」

「……へ?」

「何、あなた気づいてなかったの?」

「……いや、もちろん気づいてた」

 

うんまあ違いなんてよほどじっくり見ないと分からないし、人間なら尚更だろう、仕方ない。

 

「霊夢はもう異変解決しに行ってんだ、手伝ってくれよアリス」

「なんで私が……」

「じゃあ毛糸でも……あー………」

「私は別にいいよ?」

「そうなのか?」

 

言いかけて躊躇った魔理沙にそう言う。

まあ……多分、もうすぐだしね。

 

「アリスさんは?一緒にどう?」

「……分かったわ、あなた達二人に行かせるのは心配だしね」

「おっしゃ!じゃあ今すぐ外出て黒幕探しに出かけるぜ!」

 

テンション高いなぁ。

 

「……ねえ魔理沙、さっきの話し方もう一回やってみなよ」

「やんねーよ!てかお前がやれよ!」

「やるわけねえだろ、私がやったらみんなゲロ吐くわ」

「なんでだよ」

「元気ねあなたたち」

 

いやあ、あれはもう違和感すごかったな。

でも魔法使いなんて目指してなかったらあんな感じの子になってたのかもしれないけど………てか、なんでだぜとか言っちゃってんだろう。

 

私の影響もあるかもしれないけど……

 

「私と毛糸はないけど、あなたは心当たりでもあるの?魔理沙」

「ねえよそんなもん」

「でしょうね」

「見つかるかなぁ」

 

私もやばい知り合いはたくさんいるけど、月を偽物にして、夜を止めるなんて大それたことする人は……強いていうならレミリアだけど、多分違うと思うんだよなあ。

 

むしろ一番怒ってそうまであるし。

 

「月……ねえ」

 

月……月……

 

 

月?

 

あ、待ってなんかすっごい閃きそう。

 

「むぅ……」

「おいアリス、毛糸が頭抱えてるぞ」

「バカなりに思考を巡らしてるんでしょ」

 

酷くね?

 

「あ」

「あ?」

「どうしたの?」

「私、心当たりあるわ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ようやく出てきたわね」

 

月を見上げるのをやめて振り返る。

 

「………」

「散々呼んでも出てこなかったくせに、今出てきたのはどういうつもり?紫」

 

私がそういうと、紫は表情を曇らせる。

 

「霊夢…私は……」

「答えて、私の記憶に何をしたの」

 

 

日に日に違和感が強くなっていく。

 

 

「どうしてあの毛玉の顔がこんなにもチラつくの」

 

 

悲しそうな顔が、頭に浮かぶ。

 

 

「なんで私は……」

「悪いけど、それは後にしてちょうだい」

「……はあ?」

 

後にしろ?この状況で?

 

「今はそれどころじゃないの」

「それどころって……どうせ教えてくれる気はないんでしょ」

「………」

 

嫌な予感はしていたけど……このタイミングで異変か……

 

「簡潔に」

「……月が奪われたわ。今空に浮かんでいるのは偽物の月」

「あぁ、道理で変な感じがすると思った」

 

月を奪うなんて大それたこと、誰がするのやら。

 

「だから私が夜を止めたわ」

「……何してるのよ」

「今夜のうちに犯人を見つけてやめさせる、そう判断したの」

 

随分とめちゃくちゃなことを……

 

「……で、私に異変解決しろと」

「もともとそれはあなたの役目でしょう」

「…知ったからにはやるけれど」

「私も手伝うわ」

「あんたが?」

 

妖怪の賢者が自ら異変解決に……

 

「余裕なさそうじゃない」

「焦ってるのよ」

「あんたが?」

 

まあこのスキマ妖怪が誰がやったのかも分からないってのなら、焦る気持ちもわかるけれど。

私は博麗の巫女、異変が起きたのなら、解決しなければならない。

 

「その代わり、全部終わったら私の記憶に何をしたのか、全部話してもらうわよ」

「……えぇ、分かったわ」

 

早く、この違和感から解放されたい。

 

さっさと朝を取り戻す、このもやもやを振り払うために。



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とりあえず進む毛玉

「で、どこに向かってんだ?」

「竹林」

 

道中魔理沙とアリスさんのコンビに行手を塞ぐ邪魔者たち……なんか見知った顔もいた気がするけど、それらをぶっ飛ばしてもらう。

 

「竹林って……あの竹林か?あそこなんもないだろ」

「いやあるんだなぁこれが……」

 

口外しないように言われてたからすっかり忘れてたけども……

 

「ほとんどの人知らないけど、あの竹林の中に屋敷?があるんだよ」

「……そうなのか?」

「いや、そういう話は聞いたことないけれど……でも確かに、何かを隠すとしたら、あの竹林ほど好条件な場所もないでしょうね」

「アリスさん行ったことあんの?」

「ものの見事に迷ったわ」

 

私はついこの前竹を取りに向かったばっかだったんだけどなぁ……いや、本当に竹の生えてる場所としか思ってなかったわ。

 

「なんであなたがその屋敷の存在を知ってるのかは聞かないでおくとして、確証は?」

「ないよそんなもん、ただ他に心当たりはないからなぁ」

 

出来そうで、やりそうなところってなると、他に候補はない。

輝夜姫のいるっていう、あそこ以外には。

 

「まあ闇雲に探すよりはそこ当たってみた方が良いだろ」

「そうね」

「外れてても責めんなよな」

 

うぅん……行ったところで迷いそうなのはどうしようか。

妹紅さんがいたら……と思ったけど、あの人も何かしら動いてるような気がしないでもないんだよなあ。

 

まあ…竹林破壊してゴリ押すのは最終手段で。

 

 

 

「………なあ、なんかおかしくないか」

「どったの?」

「なんで人里が見当たらないんだ?」

「………おかしいのはお前の目じゃない?」

「同感」

「は?え?どういう意味?」

 

急に意味不明なことを言い出す魔理沙。

 

「人里見当たらないって…めちゃくちゃあそこあるじゃん」

「あそこって…あそこってどこだよ」

「あそこはあそこだろうが」

「だからあそこにあるはずの人里がねえんだって!」

「いやあるだろ!あそこ!」

「ねえって!」

「あるって!」

「ねえ!!」

「ある!!」

「うるさい」

 

いや本当に何言ってんの?

あるじゃん、めちゃくちゃでかい唯一無二の人間の里あるじゃん。

 

「魔理沙、本当に見えてないのね?」

「逆にお前らは見えてるのか?」

「めちゃくちゃ見えてる」

「そりゃもうバッチリと」

「はぁ?わけわっかんねぇ……」

「とはいえ確かに不自然ね……」

 

人間にだけ人里が見えなくなる術?……なんの意味が?

 

「……誰か来る」

「あ?」

 

気配のする方をじっと見ていると、見知った姿があらわれた。

 

「なんだ、お前たちか」

「げっ慧音」

 

……もしかしてこれって慧音さんの仕業?

 

「魔理沙もいるのか……少し説明させて欲しい」

「説明、ってことはこれお前の仕業か!」

「魔理沙落ち着きなさい、弾幕勝負仕掛けても無意味よ」

「っ…だけどなぁ……」

 

 

 

魔理沙が落ち着いたのを確認した後、慧音さんが説明を始めた。

 

なんか初耳な情報が飛んできたのでずっと驚いてたけど……要約すると、歴史上で人里がなかったことにして見えなくした。

長く生きてる私とアリスさんには効果ないけど、魔理沙だけが見えなくて困惑していた……という話らしい。

 

なんかすんごい能力持ってるけど……忘れてたけどこの人、半分ハクタクだもんなぁ……うん…

 

 

「人里を守るためだ、混乱させて悪かったな」

「別にいいんだけどさ………」

 

やっぱりこの二人面識あるんだな。魔理沙は少し苦手そうにしているけれど………

 

「……あ、そうだ慧音さん」

「なんだ?」

「私竹林が怪しいと思ってるんだけど、どうかな」

「………」

 

黙って考え込んでしまった。

まあ慧音さんがあの屋敷のことどれくらい知ってるのか知らないけど……妹紅さんと仲良いのならある程度知ってそうだけどな。

 

「まあ、恐らく合っているだろうな。霊夢たちもそっちの方に向かったみたいだ」

「霊夢もここを通ったのか?」

「あぁ、隣に妖怪の賢者もいたが」

「紫さんが?」

 

霊夢と紫さんがセットで……

二人揃って解決しないといけないような異変ということだろうか。紫さんは自分から異変起こすような人じゃないだろうし……

 

「なら先に行ったってことか、負けてられねえ。アリス毛糸急ぐぞ!」

「えー私年寄りだから早く飛べないよぉ」

「同じくー」

「お前らもっとやる気出せよ!!」

 

そうは言われても……

あ、やめろ掴むな。

 

「魔理沙」

「あ?なんだよ」

「たまには父親に顔を見せてやれ」

「……うっせえ!余計なお世話だっての!!」

 

慧音さんに言われ、そう吐き捨てた魔理沙は私とアリスさんを急かしつつ箒で速度を上げて先に飛んでいく。

 

「随分と長い反抗期ね」

「…会える時に会っといた方がいいと思うんだけどなあ」

「魔理沙のこと、よろしく頼む」

「ん…」

 

慧音さんも魔理沙のこと気にかけてるのか。まああいつも人間だもんなぁ……

 

「心配しなくてもあいつは立派だよ。少なくとも、私よりは」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前ら遅えぞ!霊夢に先を越されたらどうすんだ!」

「若いってのは元気でいいねえ」

「全くね」

「年寄りぶってんじゃねえよ」

 

箒でぐんぐん飛ばして行ったお前に追いつけるわけねえだろうが。

 

「で、どうする?まともに行って辿り着けるとは思えないけど」

「なんだ、何か方法でも用意してんのかと思ってたぜ」

「そんなもんねーよ。アリスさんは?」

「何も」

「そっかぁ……」

 

妹紅さんいたら都合が良かったんだけど……生憎いなさそうだ。

 

「飛んだらいいんじゃないか?」

「…確かに。魔理沙天才かよ」

「そう褒めるな、周知の事実だ」

「あんまり良くない噂聞くけどねぇ……上空を飛んでどうにかなるなら、迷いの竹林って呼ばれてないと思わない?」

「…確かに。魔理沙アホかよ」

「手のひら返してんじゃねーよ」

 

飛んでどうにかなるようなザルな隠蔽されてるとも思わないし……妹紅さんも飛んでなかったしな。

 

「…まあ、そういうことなら大人しくこの竹林の中通って行くか」

「あまり気は進まないけど、そうするしかなさそうね」

「焼き払うのは?」

「いいなそれ!」

「最終手段にしておいて、お願いだから」

もちろん冗談だが。

 

「入ればほぼ確実に迷う、運が良ければ出られる。どこにあるかもわからない目的地につける可能性は……考えない方が良さそうね」

「どっちにしろ進まなきゃ永遠につけないだろ、当たって砕けろだ」

 

そう言って竹林の中をぐんぐん進んでいく魔理沙。

 

「若いっていいねえ……あれこれ考えずに突っ走るのは若さの特権だよなぁ」

「じゃ、その後始末をするのは?」

「私たちなんじゃない?」

「…ま、それも悪くないか」

 

そう言ったアリスさんと共に魔理沙の後を追いかけ、竹林の中へと入った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どこだここ!!」

「見事に迷ったわね」

「はぐれてないだけマシってとこかな」

 

この道を何の迷いもなく進んでいた妹紅さんって一体……

 

「…ってか魔理沙お前よ、道わかんないからって無闇矢鱈に速度上げて直進するのはどうかと思う」

「面倒なのは嫌いなんだ」

 

妖精どももどこからか湧いてくるし……ほんとどこにでもいるな。

こいつらが元気になったら異変起きてるって認識でいいんじゃないかな、もう。

 

「……なんだこれ、糸か?」

「んー?」

 

魔理沙の視線の先をよーくよーく目を凝らして見ると、確かに細い糸のようなものがあった。

竹林にあるにしては不自然だなぁ。

 

「罠じゃない?随分と古典的だけど」

「マジかよ、気づかずに引っかかるところだったぜ…」

「えい」

「は?」

 

思いっきり手でグインってした。

 

「あはァン!!」

「ちょ、何やってんだお前!!?」

 

横から腹に矢がinしてきた。

思ってたより殺意高かったんだけど……

 

「……毒無いな!ヨシ!」

「イカれてんのかお前…」

 

毒ありそうだったら部位ごと引きちぎってる。

間に合うかは知らん。

 

「まあそういうわけで、私が先行して肉盾になるから二人は後ろから———」

 

 

 

気配

 

知らないやつじゃ無い、忘れたくても忘れられないもの。

 

 

 

「……魔理沙」

「霊夢…」

 

向き合う二人。

 

一瞬固まった私は、落ち着いて矢をへし折って引き抜き、ゆっくりと視線を上げた。

 

 

「久しぶりっすね、紫さん。あ、そうでもない?」

「………」

 

無視、と。

 

「何でお前そいつと一緒にいるんだ?」

「それはこっちの……いや、別にいいわ」

 

一瞬私に視線を向けて、すぐに向き直った霊夢。

これはもう……色々と……

 

「先行くわよ、こっちは急いでるの、さっさと異変解決しないと」

 

そう言って私たちの上を通り過ぎる霊夢。

 

「あ、おい待て——」

「聞こえなかったかしら?」

 

突き刺すような声色。

威圧するような気配。

 

「急いでるの」

「っ………」

 

そう言われ黙ってしまった魔理沙は、そのまま竹林の中へと通っていく霊夢と紫さんの姿をじっと見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あいつ……もう記憶が……」

 

気配もしなくなった後、そう溢した魔理沙。

 

「…まだなんじゃないかな」

「え?」

「戻ってるなら、私のこと殴りにくるでしょ」

 

そうであってほしい。

 

「……だとしても、あんな様子の霊夢見たこと…」

 

口元を片手で覆って考え込む魔理沙。

それを見ていると、アリスさんが後ろから私の肩に手を置いてきた。

 

「あなたは……平気なの?」

 

心配そうな顔だ。

 

「平気じゃないけど、取り繕うのは慣れたから」

「……平気そうな顔でそんなこと言わないでくれる?」

「…ごめん」

 

どちらにせよ、ここで頭抱えてたって仕方がないってことだ。

今は進むしかない。

 

「霊夢のこと心配?」

「は?そりゃ……お前だってそうだろ」

「ん、まあね。でもそれなら、後を追うしかないと思うけど?」

「……そうだよな」

 

よし、と顔を叩いて気合いを入れた魔理沙。

 

 

 

「追いかけるたって、竹林の中で追いつけないでしょ、迷ってるのに」

 

そこでようやくアリスさんが口を開いた。

 

「あっちは霊夢と紫さんだからあっという間につきそうだし、結局目的地で会えればいいってことよ」

「じゃあその目的地にどうやっていくんだよ」

「それはぁ……」

 

地面に転がってるへし折った矢に視線を向ける。

 

「……まあ、この罠を辿るしかないんじゃない?」

 

最悪全部焼き払っちゃえばいいし。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……なにこれ」

 

仕掛けた罠がどんどん作動していってる。

尋常じゃない速度だ、まるで罠なんて関係ないって言わんばかりに……

 

「おっそろしいなぁ……」

 

こんなのやるのは相当頭のおかしいイカれたやつに違いない。

罠全部作動させた上であっちこっち歩き回ってることになる、多分方向音痴でヤケになったアホ妖怪とかだろう?

 

「うーん……」

 

こんな馬鹿げたことするようなやつなら、竹林めちゃくちゃにしかねないし……そんなことされちゃたまったもんじゃない。

 

気は進まないけど、確認してみて竹林の外に誘導できそうなら誘導してみないと……

 

 

 

「……うげっ、近くまできてる!?」

 

竹へし折りながら突っ込んでるよめちゃくちゃやるなあ……

会うまでもなくこっちにやってきてるのか……流石にかち合うなら逃げ出してたけど、探ってる感じだと直進してるから急な方向転換とかしない限りはこっちにこないだろうけど……

 

 

「一旦逃げるか……ん?」

 

視界の端に映ったそれに目を向ける。

 

「……人形?」

 

あ、これ不味いやつ。

 

「———ぉぉぉおおおおっらあ!!!」

「ひぃっ!!?」

 

箒に乗った金髪の人間が猛烈や勢いでこっちに突っ込んできて、咄嗟にそれを交わして逃げ出す。

 

「チッ外れたか、おいこっちだ!居たぞ!」

 

迂闊だった。

あくまで罠突っ切ってるアホは囮か無理やり行動範囲を広げてるだけで、他のやつは私のこと探してたのか。

 

「おいこら待て兎!」

「べーっ!誰が待てって言われて待つかお間抜け!」

「んだとぉ!?」

 

ここまで接近されたのは不味いけど、一旦逃走しちゃえばこの竹林の中じゃ追ってはこれない。この竹林は私にとっちゃ庭みたいなもの。

 

「ちょ、ま、あぶね!」

「ほらほら、捕まえてみなよ、べーっ」

「こんのクソ兎がっ」

 

そうやって竹に当たらないように飛んでるうちは永遠に追いつけない。

 

このまま距離を離して安全なところまで逃げればなんとか……

 

「あ見っけ」

「…へ?」

 

 

声の方を見ると。

体の至る所を矢に貫かれ、竹が刺さり、血みどろで腹から内臓がはみ出ているもじゃもじゃ頭の化け物がいた。

 

 

「ひっ——あだっ!」

 

 

その場で飛び退いて逃げようとしたけど、右足が動かなくてこけてしまう。

 

「なっ、凍って…わっ!」

 

足元を確認していると両腕が木の根ようなものに絡め取られる。

 

 

「ちょ、体どんどん凍って…ひぇっ」

 

 

く、来る。

一歩ずつ、近づいてくる。

 

 

あ、ダメだこれ逃げられない。

 

 

「ま、待って、話!話をしよう!!」

 

必死にそう叫ぶが、その歩みは止まることなくこっちに近づいてくる。

 

 

「んー…?」

「も、目的は何!?案内なら得意だよっ!!」

 

すぐそばまで近づいて、ゆっくりと顔を私の方に近づけてくる。

 

 

「う、兎って食べても美味しくないんだよ…」

 

 

直視できなくて必死に視線を逸らす。

凍らされてる寒さか恐怖か、体が震え出す。

 

あ、これ本当に死ぬかも。

そう思った目を瞑った、その瞬間。

 

 

 

 

 

 

「……もしかして会ったことある?」

「……え」

 



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恐怖を振り撒いてしまう毛玉

「いやーまさか顔見知りだったとは……すっかり忘れてた、ごめんよ」

「いや、まあ、別に構わないけど、さ……」

 

どんどん再生していく私の体をチラチラ見てくるてゐ。

 

「いやお前自分がとんでもないことになってるの自覚しろ」

 

魔理沙が呆れたようにそう言ってくる。

 

「え?私これが平常運転だよ?ねえアリスさん」

「あ、うん、そうね」

「ほら」

「めちゃくちゃ適当に返してたが」

 

いやでも不死身の人とかいるらしいし……それに比べたら私はちゃんと死ぬからマトモな方だよ、死んだことないけど。

 

「で、道案内してくれるんだよね。黒幕?のとこまで」

「も、もちろん、死にたくないし……」

「……?私なんかした?」

「い、いや別に……」

 

えぇ…顔見知りだからそんなに警戒しなくていいのに……傷つく。

 

「お前逃げねえだろうな」

「逃げないって、ちゃんと案内するから……」

 

まあ逃げようとしたらまた捕まえればいいしね。

 

「……あの、一つ質問なんだけど」

「ん?」

 

恐る恐る、と言った感じで私に尋ねてくるてゐ。

 

「もし…もし逃げたらどうなる?」

「うん?追いかけるだけだけど」

「そ、そうなんだ………」

 

そこまで怯えられるとなんか申し訳ない気持ちになるんだが……

 

「……あの、食べたりは…?」

「え?食べないけど?」

「よかったぁ……」

「不味そうだし」

「………」

 

……ん?なんで固まった?

 

「不味そう………」

「…?おーい?聞こえてるー?」

 

あ?なんか二人にも変な目を向けられてるんだけど。

 

「いやだって、食べるなら普通のウサギ食べるでしょ、こんなの食べても気分良くないし絶対美味しくないって」

「こんなの……」

 

え?え?何で傷ついてんの?わかんないんだけど。

 

「はぁ……茶番は置いといて、早く行くわよ。その様子じゃ逃げ出しはしないでしょ」

「おう、そうだな、茶番もいいとこだな」

「え?あ、いや、なんかゴメン!」

「ははっ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

妹紅さんの時と同じように、迷いなく竹林の中を進んでいくてゐ。

 

「顔見知りっぽかったけど、二人はどういう関係なんだ?」

 

魔理沙がそう聞いてくる。

 

「どうって……本当に一回顔合わせただけだよ、本当に。ねえ?」

「あ、うん……」

「………」

 

なんだろう、すごく距離を感じる。

そりゃまあ罠ガン無視で暴れ回ったんだから引かれるか……

 

「なあ、お前ってずっとこう……グロテスクな感じだったのか?」

「いや、そんなことは……あるかなぁ」

「あるのか……」

「最近はなかったけど、ついこの前右半身ぶっ飛んだんだよね」

「何したらそうなんだよ」

「………組み手?」

「どんな組み手!?」

 

だってそれ以外に言葉が見当たらないし……

 

「お前って結構頭おかしかったんだな…」

 

やだ心の距離が離れていくのを感じる……

 

「私は前から知ってたけどね」

 

アリスさん…!

 

「その…着いたよ?」

 

 

しょうもない会話をしていると、てゐが短くそう伝えてきた。

 

「あ、ほんとだ見覚えあるぅ」

「じ、じゃあ私もういいかな……」

「え?あ、いいよ全然、案内ありがとね」

「はは…どういたしまして……それじゃっ!!」

 

そう言うとてゐは逃げるように竹林の奥へと逃げ込んでいった。

 

まさにそう…脱兎の如く、ってね。

 

「うおっ!?なんで自分叩いた今!?」

「いや、つまらんこと考えてたから」

「は、はあ?」

 

いやでもまあ、思わぬ出会いもあるものだ。

なんか心の距離がめちゃくちゃ空いたっぽいのは辛いけれど、ここまでなんとか辿り着けただけでもよしとしよう。

 

「お前がそんなふざけた性格で良かったって、今心の底から思ってるよ」

「確かに」

「え?なんの話?悪口?」

「どっちかってーと褒めてる」

「…ありがとう?」

 

ふざけた性格って言葉って褒め言葉になるのかなぁ……

 

「もしお前が血も涙もない冷酷無情なやつだったらって考えると……」

「考えただけでもゾッとするわね」

「……?」

 

な、なんで急にそんな話に?

 

「さっきから何を……」

「そのままのあなたでいいってことよ」

「さ、早く行こうぜ。あの危なっかしい霊夢のこと追っかけねえと」

「はあ…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「んー……なんだここ」

「来たことあるんじゃなかったか?」

「引くほど構造変わってる」

「まあそうでしょうね」

 

この中で好きに戦闘してくださいね、と言わんばかりの広さに改造されている。前来た時こんなに廊下広くなかったじゃん……多分……

 

「でもこの中多分あの二人は通って行ったんだろ?」

「多分ねえ……もしかしたら他のやつも先行ってるかもしれないし、後続で誰か来るかもね」

「誰かって?」

「吸血鬼とか?」

「あぁ、なるほど」

 

というわけで私たちも向かわなきゃならないわけだが……相変わらず道がさっぱりわかんないな。

ここも見た目より広いタイプの屋敷か?方向音痴には辛いからやめていただきたい、切に。

 

 

 

とりあえず廊下を進んでいく。

似たような景色が続いていて、悪趣味な真っ赤な屋敷が思い出されるが……まあこの二人と逸れない限りは大丈夫だろう。

 

こんな場所で分断でもされようものなら悲しいことになる。

そう、知らない場所で一人きり。

 

迷子センターの出番である、そんなものはないけど。

 

「なあ、お前ここに前来たことあるんだろ?」

「ん、それが?」

「こんなとこに何しに来たんだ?」

「診察」

「は?」

 

は?と言われましてもそれが事実なもんで……

 

「私って左腕義手でしょ?昔左腕が動かなくなって、それがどうなってるかなってここに診てもらいに来きたのよ。義手つけたのはそのあとね」

「はあ……」

「じゃあどうやってこの場所を知ったの?」

「それは………ん?」

 

 

 

 

アリスさんの疑問に答えようとすると、前方に人影が見えた。

うん、ウサギの耳みたいなのあるね。

 

「あ?誰だお前」

「またウサギ?」

「……それ制服?」

 

各々それぞれの感想を漏らす。

 

「……白いもじゃもじゃ」

「んー??なんで私にだけリアクションするのかなぁ?」

「よかったわね、目立ってるわよ」

「よかないわい」

 

綺麗な赤い目に長い薄紫色の髪、そして大きなウサギの耳。

さっきのてゐとはちょっと違うような……?

 

「まずはあなたね」

「へ?私———

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

——おおっとお?」

 

なんか目が赤く光ったと思ったら周りの風景が変わってたでござるよ……

 

『やっと気づいたか』

「お前は……誰だ!!」

『君だよふざけてる場合?』

 

だって今どういう状況かわからんし……

 

 

改めて周囲を見渡してみると、よく見れば見慣れた景色の霧の湖だった。

そして目の前にはもう一人の私……なんで具現化してんのお前?

 

『ここが精神世界だから』

「はいぃ?私たちのアレってもっとこう、一面真っ白じゃなかったっけ?」

『君の調子がおかしいから風景も乱れてるんだよ、ほらまた変わった』

 

今度は妖怪の山だ。

これはもしかして……

 

「あ、すげえ思うように変えられる」

 

地底でしょ?魔法の森でしょ?人里でしょ?冥界でしょ?

 

「おもしろっ」

『あのさあ……遊んでる場合?』

「いやだから今どんな状況かわからないんだって」

『君は今解読不能な言語を吐き散らかしながら屋敷を縦横無尽に荒らして暴れ回ってる』

「なんで??」

 

そんな身に覚えは……

 

『もう二人とははぐれてるよ』

「マジでか……もう出れねえじゃん」

『帰りの心配より今からの心配しなよ』

「いやどうしろっての」

『はあ……分かってるんでしょ、いちいち言わせないで』

 

そんなガチでため息つくなよ、自分にやられるとめっちゃ腹立つ。

 

『今から君を殴って正気に戻す』

「あら〜唐突ぅ〜」

『じゃあ行くよ』

「え、ちょま、優しくし———」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

お師匠様に言われた通り、他の二人に比べて力の強そうな白いもじゃもじゃの妖怪を全力で狂気に突き落とした。

 

妖力を放出しながら壁を破壊してどこかへ行ってしまったそいつに呆気に取られてる二人をすかさず能力にかけて、多少弾幕で錯乱させて分断させてからいまだに暴れ回ってるあの妖怪のことを見に来た。

 

 

本気で能力を使ったと言うのに、発狂することもなく、虚な表情で何かをぶつくさと呟きながら妖力弾を放出して暴れ回っている。

 

いや、そこまでなら個人差とか、耐性とかで説明はつくけれど……何より不思議で気味が悪いのは———

 

「なんであいつ……ん?」

 

動きが止まった。

さっきまで狂気で乱舞していたというのに、突然動きがピタリとやんでしまった。まだ能力にかかってるけど、一体何が……

 

 

「———ってえ!!いや痛くねえけど痛え!!」

「嘘っ!!?」

 

自力で抜け出した!?

突然正気を取り戻した…誰かの手を借りたならともかく、一人で私の能力から抜け出すだなんて、そんなこと……

 

「思いっきりやりやがって……あ」

「あっ」

 

目が合った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おい待てって!話しようよ!」

「するわけないでしょ来ないで!!」

「初対面だよね!?なんでそんなに嫌われてんの私!?」

 

うわ弾幕飛んできたあっぶね。

 

思いっきりもう一人の私に殴られた後、見覚えのない場所でさっき見たウサギの制服着た子がいたので追っかけてる。

 

なんで私の体が血みどろになってたのかはわからんが……

いや、自分の手が真っ赤になってたの考えたら答えは明白だな。

どうやら思いっきり自傷行為してたらしい。

 

「服穴だらけだし真っ赤っかだよもう」

 

こんなことになるなら着替えでも持ってくればよかったか……

アリスさんいたら魔法の不思議パワーで色は戻してくれるんだけどな〜

 

「っとと」

 

結構的確に弾幕飛ばしてくるなぁ……まるで近寄れない。

 

「ちょ、君、一旦、落ち着い——」

 

あらぁ〜また目が赤くなってるねぇ。

見なきゃいいタイプかもだけど思いっきり見ちゃったねぇ〜

 

『ほい』

「あんびゃあ!?」

「はぁ!?」

 

と、突然目の前に現れた私にビンタされた……

 

「なんで能力効かなくなってるのよ…!」

 

なるほど、多分精神とかその辺に干渉するタイプのアレなんだろう。

で、私はもう一人私がいるからビンタで強制的に元に戻せるってわけ。

 

『もう2回目だからね、さっきはいきなりで対応できなかったけど』

 

はぁ…都合のいい二重人格だ。

二重人格じゃないと否定してくる自分の声を無視しながら、目に見えて狼狽しているウサギの子を追いかけ続ける。

 

「ん」

 

無言でスペカ発動されたな。

…ってめっちゃスカスカなんだけど?

 

大切な何かが欠けてるかのような弾幕。

 

『能力ありきの弾幕なんじゃない?』

 

私の頭を叩き続けるもう一人の私がそう言う。

なるほど、要するに今こうやって能力がキャンセルされまくってるから弾幕がスカスカになってるのか。

多分幻覚とかなのかなあ……

 

一応見えてない可能性も考慮して、こっちも軽く弾幕を自分の周りに飛ばして相殺しながら距離を詰めていく。

 

「どうすればいいのよっ!!」

「なんかごめんね?」

 

そんなつもりはなかったのにこうもメタれちゃうと……申し訳ない、全然フェアじゃないよね。

 

「いやでも足速いんだよなぁ……」

 

結局この銃弾のような弾は早いし……てか能力使えないから、その分普通の弾幕に力入れられまくってる気がしてくる。

 

どちらにせよこのまま追いつける気はしない。

 

「どのくらい幻覚見てたかわからんし、いい加減二人が心配……ん?」

 

 

 

 

 

彼女の周りを突然現れた大量のナイフが囲む。

 

 

「はあっ!?ちょっ」

 

なんの前触れもなく現れた見覚えのあるナイフ……ありゃ咲夜だな、来てたんだね。

 

そうやってぼーっと見ていると…

 

「なんであんたそんなにボロボロなのよ」

「うわ出た」

「はあ?」

 

後ろから声がすると思ったら、隣にメイドを連れた吸血鬼さんが私を見下ろしていた。

 

「なんでお前ここに……」

「それはこっちのセリフ……いえ、今それはいいわ。行くわよ咲夜」

「承知しました」

 

やだ頼もしい……

 

「新しい侵入者……次から次へと……!」

 

ウサギの子がそう言った途端、弾幕勝負が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ…あんな風になってたのか」

 

二人に完全に任せて私は観戦に回った。

追いかける必要は無くなったので自分に叩かれる必要はなくなり、普通に能力の影響を受けながら見ているとなかなかに激しい弾幕だった。

 

「……息ぴったりだな」

 

魔理沙もアリスさんそれと……霊夢と紫さん。

どうやら今回の異変はコンビを組むのがトレンドらしい、私は一人だけど。

 

それにしてもあのウサギの子、結構良いね。

目が赤く光るのカッコいいし、スペルカードの名前もなんというか、こう……振り切っててイイね。

嫌いじゃない、むしろ好き。

 

「私の目も光んないかなあ」

 

真っ黒だからなあ…この目。

 

 

 

座り込んで弾幕を眺めながらそんなくだらないことを考えていると、どうやら決着がついたらしい。

 

レミリアと咲夜は中々に苦戦していたように見えたけど、終わってみれば圧倒していたようにも思える。

 

「さて、と」

 

レミリアが私の目の前に降りてくる。

 

「どういう状況か、教えてもらえる?」

 



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貫いて

「……あれ?」

 

さっきまで何して……確か…あの兎耳の奴が目に入った瞬間毛糸がおかしくなって……どっかに走って行ったと思ったら視界が変な感じに……

 

「気づきましたか?」

「……妖夢」

 

声がして、ぼやける視界で徐々に焦点を合わせていくと、刀を戻しているところの妖夢か映っていた。

 

「何やら術にかかってそうなので斬りました」

「おう………お!!?お前今なんつった!?」

「斬りました」

「私をか!?」

「はい」

「何やってんだおま……」

 

いや……でも傷はないな?

 

「何を勘違いしてるのか知りませんけど、直接切るわけないじゃないですか」

「お、おう……そうだよな、ありがとう」

 

まだ混乱している頭で必死に状況整理を進めつつ、妖夢の後ろにいる人物に視線を向ける。

 

「アリスと…幽々子?」

 

ってことは妖夢と幽々子も異変解決に来てるのか。

 

「あ、魔理沙も正気に戻ったのね」

「も、ってことはお前もか」

「えぇ。幻覚見せられて足止めくらってたみたいね、二人が来てくれなかったら解除するのに時間がかかってたわ」

 

くらった感じ、あの紅い目を見ると何かしらの幻術にかけられる感じか?次あったらボコボコにしてやる。

 

「4人で先に進むことにしたわ、異論はある?」

「は?ちょっと待て毛糸はどうすんだよ」

「放っておいてもなんとかするわよ、あの子なら」

「私もそう思います」

「ふふ、その通りかもね」

 

な、なんかやたらと毛糸への評価高いなこいつら……

まああいつがすごい奴だってのは冥界で十分に思い知ったんだけど……確かに自力でどうにかしてそうだな。

 

「霊夢を追わなきゃでしょ?探してる暇はないわ」

「……そうだな」

 

多分毛糸も、私探してる暇あるなら先行けって言いそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「——で、そこのウサギの目を見た瞬間意識飛んで……気づいたらここにいて、追いかけっこしてたらレミリアたちが来た」

 

レミリアと咲夜に知っている情報と経緯を話す。

意識飛んでるの状況は自分でも良くわかってないんだけど……二人は無事だろうか。

 

「……なるほどね」

「てか二人はなんでここに?」

「人里の妖怪にここが怪しいって教えてもらって、やたらと竹が薙ぎ倒されてる場所があったからそこを探って行ったらここに」

 

咲夜がそう答える。

うん、私のやった奴だねそれ。

 

図らずとも道標となったわけだ、さすが私……とはならないね。

 

「月を偽物と取っ替えるなんて愚行、この私が黙って見過ごすわけないじゃない。吸血鬼は夜の王よ」

「あーうんそっかそっか」

「喧嘩売ってるのかしら」

「お二人とも、今は火花を散らしてる場合ではないかと」

 

咲夜にそう諌められてハッとする。

 

「今はとにかく、このふざけた耳をしている者から情報を引き出すのが先決でしょう」

「ふざけた耳ってなによ!」

 

あ、そこ怒るんだ。

まあ確かに自分のアイデンティティの部分バカにされたら腹立つよね、気持ちはわかる。

 

「それもそうね」

「黒幕どこか知ってるよね君、教えてくんない?」

「言うわけないでしょ」

 

私だけピンポイントに睨まなくたっていいじゃん………

 

「自分の状況が分かって言ってるのかしら」

「あんたみたいな変な帽子かぶってるやつと交わす言葉はないわ」

「変っ!?」

「ははっ、言われてやんの」

 

いてっ、蹴るなや。

 

「咲夜、兎はどう調理するのが美味しいのかしら」

「少々手間はかかりますが、ジビエがよろしいかと」

 

えっお前ら食うつもり?マジで?

 

「そんな安っぽい脅しになんか屈しないわよ」

「何を勘違いしてるのかしら」

「何…?」

 

何…?

私も勘違いしてるってこと…?

 

「この竹林には兎が結構な数いるわよね。それを捕まえて、あなたの目の前で皮を剥いでいくのよ」

「なっ…」

「えぇ……」

 

いや…どういうベクトルの拷問なの?それは。

スプラッター苦手なら効きそうだけど……

 

「そ、そんなことで……」

「あら、私の目には動揺しているように見えるけれど?」

「っ……」

 

しかも効いてそうだし……

 

レミリアもレミリアで楽しそうだな?

いやでも…見てらんないや。

 

 

 

「それが嫌ならさっさと黒幕の居場所を吐きなさい、さもなくば今すぐに解体を始めるわよ」

「っ…卑怯な…!大体そんなすぐに兎を用意できるわけ」

「捕まえてきました」

「うそっはや!?」

 

時止めて捕まえてきたな咲夜……

 

「ほらほら、首筋にナイフが当たってますよ」

「くっ……!!」

 

 

 

 

 

 

「いつまでやってんだあいつら」

 

謎の応酬を繰り広げ続ける三人を尻目に、適当な壁に目星をつけて、腕に妖力を込めてぶっ飛ばした。

 

「……何してんのあんた」

「いや……可哀想だったから……」

「はあ?」

「そんな拷問まがいのことしてるより自分の足で歩いて行ったほうが早いって言ってんの」

「こいつから聞き出した方が確実でしょうが」

 

言い争ってる私とレミリアの間に咲夜が割って入ってくる。

 

「お嬢様、見たところこのウサギは拷問に耐える訓練を受けている可能性もあります。ここで時間を使うよりは、毛糸様の言うように自ら探し出した方が早く済むかと」

「咲夜まで?さっきまで乗り気だったじゃない」

「お嬢様が楽しそうでしたので、つい」

「何よそれ……はいはい、分かったわよ」

 

不服そうにそう言ったレミリア。

それを見た咲夜は何故か嬉しそうに笑い、兎から手を離した。

 

「運が良かったわね」

「っ………」

 

萎縮している。

うーん……やっぱりプレッシャーとかは本物なんだなあ。ちっこくても一勢力の頭であり吸血鬼なんだと改めて思う。

変な拷問にノリノリになるけど。

 

「……なんかごめんね?」

「え?」

 

振り返ってウサギの子にそう言った後、さっさと先に行ってしまった咲夜とレミリアを追いかけた。

 

 

 

 

 

 

「なんだったの……あの変なもじゃもじゃ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あんたねぇ……」

「ん?」

「こっち見たまま壁ぶっ壊すんじゃないの」

「話しかけてきたのそっちじゃん」

 

無駄に入り組んでるので拳で破壊して一本道作った方が楽かなって。

 

「アテないんだしこうやって適当に進むしかないんよ」

「私が時を止めて周囲を見てきましょうか?」

「お前それもっと早く言ってくれない?」

 

薄々思ってたけど言い出してくれないからてっきりできないかやらないのかと…あとで修繕費請求されたら私はどうすればいいんだ。

 

「構いませんか?お嬢様」

「えぇ、把握し終わったら一旦戻ってきて」

「かしこまりました、それでは」

 

あ、消えた。

いいなあ時間停止……私も欲しいなあ……

 

………チルノと幽香さんのじゃなくて、咲夜の霊力取り込んでたら私も時を止められた可能性が……?

 

まあもしもの話にすぎないけれど……

 

「ん?なんでこっち見てんの?」

「………別に、なんでもないわよ」

「…?」

 

なんだろう、身だしなみにおかしいところでも……あ、そういや服がめちゃくちゃボロッボロだった。

まあ……着れてるうちはいいか。

 

「誰かと交戦中の魔理沙たちが見つかりました」

「おっ早いね。……いや当然か」

「このままその場所に一気に移動しますがよろしいでしょうか」

「うん、よろしく」

「では……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「硬すぎんだろあの結界——いぃ!!?毛糸ぉ!?」

「あ、久しぶり」

 

目の前に魔理沙がいた。

周りを見わたすとちゃんとアリスさんもいて、妖夢と幽々子さんも……ん?なんで?

 

「こんばんは毛糸さん」

「え、あ、うん」

「ってかレミリアと咲夜もいるじゃねえか、どういう状況だこれ」

 

弾幕を避けつつ状況を整理していく。

魔理沙たちと妖夢たちが合流してて、弾幕撃ってるのは……

 

「……っあー、あの人かぁ〜………」

 

なんだっけ…えーりん……とかそんな名前だったような…

 

「チッ、ここで手こずってる暇はねえのに……」

「…霊夢はもう先に?」

「そうみたいよ」

 

アリスさんがそう答えてくれる。

 

人数多くて逆に動きにくいって感じかなあ……今3人増えちゃったし。

それにさっき魔理沙がぼやいてた通り、弾幕当たってもびくともしないいかにも硬そうな結界があの人の周囲に張られている。

 

それ、ずるくない?

 

「まだ時間かかりそうなの?」

「うっせえじゃあお前も手伝えチビ吸血鬼!」

「誰がチビよ捻り潰すわよコソ泥」

 

今のは煽るように言ったレミリアが悪い。

妖夢たちも一緒になって弾幕撃ってるけど……時間かかりそうだなあ。

逆にここ突破した霊夢と紫さんはなんなんだ…?

 

「……そうねぇ」

「ん?」

「時間かかるなら先行ってもらいましょうか」

「お嬢様それは……」

 

先に行ってもらうって……

 

「残んのお前ら?でもそう簡単に通してくれなさそうだけど」

「何言ってるの、残るのはあなたと私よ」

 

……え? 

 

「咲夜なら簡単にアレをスルーできるわ」

「しかし…」

 

躊躇う咲夜。

そりゃそうだろう、主人を置き去りにして他の奴らと一緒に先に行けと言っているのだから。

命令であっても忠誠心がそれ許さない。

 

「……ま、お前がそうしたいなら私は付き合うよ」

「そういうことだから、咲夜。出来るわね?」

「っ………承知しました」

 

もうちょっと従者の気持ちを汲んでやれと思ってしまうけど……そんなことはレミリアが一番わかってるだろう。

 

「……ってか、春雪異変の時も似たようなことしたな」

「あら、そうだったの」

「ま、あの時は相手が私に用がある感じだったけど……今回はお前があるみたいだな」

「ふふっ、そうね」

 

視界から魔理沙たちが一気に消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……さて、どういうつもりなのかしら」

「あ、ちわーす、お久しぶりっす」

「そうね、久しぶりね」

 

八意永琳。

私の腕…というか、呪いのことをちゃんと教えてくれた人。

 

「初めて会うのもいるから、改めて自己紹介しましょうか。八意永琳よ」

「あら、礼儀正しいのね、月を奪う不埒者のくせに」

「土足、それに無許可で入り込んでくるあなたたちとは違ってね」

「あら、ここの主は心が狭いのね。私なんか日常茶飯よ」

「寛大であることは必ずしも正しいわけではないわ」

 

ひょえぇ……煽り合いしてるよ……

 

「あの人間たちは先に行ってしまったようだけれど……あなた達だけはここを通ることを許すわけにはいかないわね」

「元より許可なんて求めてないわ、最初から押し通るつもりだから」

「そう、なら精々進んでみるといいわ、吸血鬼さん。撃ち落としてあげるから」

 

そう言った瞬間とんでもない密度の弾幕が放たれた。

 

「wow……絶対さっきより本気出してるよねこれ」

「協力しなさい、手早くいくわよ」

「へいへい……合わせるよ」

 

二人同時に駆け出した。

 

 

うーん……弾幕ごっことは呼べないなこれ。

普通に戦いになってるように見える。

 

なんで私が戦ったらいっつもこんな感じなんだろうか……妖夢の時もそうだったし。

 

「出るわ」

「わーってるよ」

 

氷の蛇腹剣を2本取り出し、スペルカードを宣言する。

 

 

剣符『氷乱の双刃』

 

 

「ふんっぐう!!」

 

 

重ねて持ち、身を捻って体を回転させながら斜めに2度ぶん回し、その斬撃が弾を撒き散らしながら永琳さんの方へと突っ込んでいく。

 

逆方向に回って同じようにした後、最後にもう一度2本まとめて振り上げた。

斬撃が弾幕の壁に穴を開けて結界へとぶつかって消える。

 

 

流石に硬い、けれどもこれで見晴らしはよくなった。

 

「紅符『スカーレットシュート』」

 

私が開けた弾幕の穴を通って紅色の弾丸が何度も放たれる。

 

「やったか」

 

絶対にやれてないだろうなと思いつつそう言ってみる。

 

「……来てるな」

 

 

弾幕が段々と私の周りを取り囲んできている。

囲まれ切る前に間を縫って接近しないと、多分あれは本気で殴るくらいしないと割れてくれな———

 

 

「あ?」

「お?」

 

 

同じことを考えていたのか。

同じように飛び出してきたレミリアとぶつかった。

 

「っどこ見てんのよこのアホ!」

「お前が傷一ついれられてねえから私が直接叩こうと思ったんでしょうが!」

「私が攻撃であんたが補助って感じだったでしょうが!」

「そんな感じはしたけど口では言われてないので知りませぇん!!」

「あんたね——」

「「あ」」

 

あら目の前におっきな弾ァ…

 

「「なぁっ!?」」

 

お互いに突き飛ばしてギリギリで避ける。

 

「あんたね!邪魔するくらいなら引っ込んでなさい!」

「ハァ!?お前が協力しろつったんだろうがしばくぞ!」

「あんたみたいな毬藻に期待した私がバカだったわ」

「あっ言ったなお前」

「だったらどうなの——」

「「あ」」

 

掴みかかってたから避けられな——

 

 

 

 

 

 

 

 

「はい協力やめェ!!」

「こっちはそのつもりだったんだけど!!」

「もう自由にやらせてもらうからなお前このやろう」

「望むところよ毬藻バカ」

「お前また毬藻つったな?」

 

「………」

 

なんなのかしら……あの二人……

 

始まって早々に仲違い?いや、単純に頭が悪いのかしら……

1発目避けたと思ったら2発目普通に当たってるし……

 

「……考えない方がよさそうね」

 

それならもう1発放つまで。

 

 

「——テメェ表でろやまりもって言った分だけ殴ったるわ」

「毬藻毬藻毬藻毬藻毬藻」

「はい潰すゥ!!」

「やれるもんなら———」

 

「……っ」

 

私の出した弾幕が直撃する直前で弾けた。

そもそもさっきは当たったけど大した傷はなかった、言動はああでも力は本物。

 

「こっからは好きにやらせてもらうからな、ホントに」

「そう、ならこっちも……」

「え?」

 

え?

 

「フンっ!!」

「ええええぇ!!?」

 

片方投げてきた!?

 

「しかも早い…っ」

 

急いで撃ち落とそうとしたが間に合わないと判断して結界で防御する。

投げ飛ばされながら飛び蹴りの姿勢に変えてきたそれを結界で受け止める。

 

「くっ…」

「あ…なんかすんません」

 

間の抜けた表情のくせに重い一撃。

結界にヒビが入って——

 

「っ!」

 

上から槍のようなものを持って飛び降りてくる姿を視認してすぐに毛玉を吹き飛ばし、弾幕を上方向に展開するけれど全部貫いてひび割れた結界に直撃した。

 

ガラスの割れるような音と共に結界が二枚弾け飛ぶ。

 

「全部で三枚ってとこかしら、随分と厳重に引きこもってるのね」

 

無事な一枚が残っているうちに弾幕で吸血鬼も引き剥がして———

 

 

「な——」

 

さっき吹き飛ばしたはずの毛玉がもう…っ!

 

急いで残りの一枚の結界を強化するが、妖力を纏った拳に叩き割られた。

 

「なんて威力……」

 

けれども、なんとか割られた衝撃で後ろに下がれた。

距離が空いているうちに急いで結界を張り直す。

 

「そこは決め切りなさいよあんた」

「うるせえよ、てかよくも投げ飛ばしてくれたなオイ」

「今そんなこと気にしてる場合?」

「おまっ、お前なぁ…」

 

 

 

 

なるほど、強い。

二人とも小柄でありながら妖怪としては上位の実力を持つのだろう。

 

こう何度も攻撃されていては、結界を突破されるのも時間の問題か。

なら……

 

「何もさせなければいい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ひゅー、すっごい密度」

「本気出してきたみたいね」

「避けれんのあれ」

「無理でしょ」

 

お互いに呑気に言葉を交わしながら急いで距離を取る。

 

「ほっ、はっ」

「ひぃっひょあっフゥッ!!」

「あんたもっと優雅に躱せないわけ?」

「むりぃっ!!」

 

避けれてても怖いんじゃ。

 

避けさせる気のない弾幕の壁が迫ってくるなか、先に飛んできた高速の弾を必死に避け続ける。

 

「これ以上距離が空くのは不味いわ!なんとかしなさい!」

「なんで人任せなん!?んなろっ」

 

氷壁と植物を組み合わせた巨大な壁を作り出し、妖力を流し込んで強固にする。

二人揃って急いでその壁の後ろに隠れた。

 

「んおっ…」

「やればできるじゃない」

「そりゃどうも……」

 

体に伝わってくる衝撃が氷がガリガリ削られているのを物語っている。

そうもたないなこれ、どんな弾幕出してんだよ全く。

 

 

「あの強さでここのボスじゃないってマジかよ…」

「そりゃそうでしょ。主ってのはそこの一番奥で挑戦者を待ち構えてるものよ」

「説得力すげえ」

 

しかしどうしたもんか……この量の弾幕掻い潜ってあのアホみたいに硬い結界やった上で致命打与えろと?

 

霊夢たちはどうやって二人だけでここ突破したんだよ……私たちだけ本気出されてるような気がしないでもないが。

 

 

「何を臆することがあるの?」

「あ?」

「私たちが二人揃ってるのよ、あれを突破できないわけがないわ」

「お前……」

 

随分とまあ。

力強い言葉とまっすぐな瞳なことだ。

 

「あんたは私が認めた妖怪よ、胸張りなさい」

「………」

 

あぁ、本当に。

 

「相変わらず自尊心すごいな、お前」

「それ、褒め言葉よ」

「褒めてんだよ」

「……そう」

 

傲慢、と言い換えてもいいかもしれない。

ただ、なんにせよ今は。

 

その力強さが。

 

この上なく頼もしい。

 

 

 

 

 

気づけば攻撃がパタリと止んでいた。

 

「……この感じ、次のでかい一発でこの壁粉々にする気だな」

「悠長にしてられないわね。早速反撃に……なによ」

「手」

「は?」

「手、出して」

 

私の手と顔を見て訝しげな表情を浮かべるレミリア。

 

「時間がないんでしょ?はよはよ」

「分かったわよ……」

 

 

怪しみつつ、嫌そうに私と手を重ねたレミリア。

 

 

その瞬間、その顔が驚いた表情に変わった

 

 

「これ…」

「じゃ、そういうことで」

 

呆けているレミリアをよそに立ち上がって息を整える。

言わなかったってわかるだろう。

 

そして、伝わったならきっとやり遂げてくれる。

 

「……フフッ、そういうことね、任せなさい」

 

 

その言葉を聞き届けたあと、私は目の前の氷の壁を自ら破壊して———

 

 

 

 

凛を抜いた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

不思議な奴だった。

初めて会った時は、ふざけた奴だと思った。

 

 

 

力を持っているくせに、それを感じさせない振る舞いをする。

頭の悪い言動をしているくせに、根はしっかりとしていて。

 

 

初めて会ったはずのフランを、危険を顧みずに首を突っ込んで、助けて。

それを、頼まれたからの一言で済ませてしまう。

 

 

 

そんなのばかりかと思えば、とても悲しそうな目をする。

まるで諦観したような……何かどうしようもないことを抱え込んでしまっているような、哀しい目。

 

 

 

 

……あの時、一瞬だけあいつがこぼした言葉。

 

本当の本音。

 

 

 

 

『誰が私を証明してくれる!』

『誰といたって、私は孤独を感じて…』

 

 

 

 

あの時の、あの言葉だけは。

紛れもない彼女の……本当の気持ちだったんじゃないかと、今になって思う。

 

 

 

 

それがなんなのか、私には分からない。

ただ、酷く悲しくて寂しいことということは、分かる。

 

 

 

 

 

 

 

だからこそ。

 

 

そんなものを抱え込んでもなお、笑って見せるから、戦ってみせるから。

 

 

 

だからこそ、白珠毛糸は強い。

 

 

 

 

 

 

部屋を覆いつくほどの大きな弾が迫ってくる。

 

甘い、実に甘い。

そんなものでどうにかなると思っているのか。

 

そんなものじゃあいつは……

 

 

 

 

 

 

 

 

———凛符『彼方任せの剣戟』———

 

 

 

 

 

 

 

「白珠毛糸は止まらない」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「っ!?」

 

真っ二つに切った!?

 

「くっ…!」

 

再度弾幕の壁を展開し、そのまま相手の方へと突っ込ませる。

けれど……

 

 

斬って、斬って、斬って。

行手を阻むもの全てを切り伏せて、一直線にこちらへと突っ込んでくる。

 

 

猛進だ、まるで何かに突き動かされているかのように、ただ進むことしか考えていないかのように。

体だけが動いているようにすら見える。

 

 

弓を取り出し、毛玉の方へ狙いをつける。

これで直接やるしか——

 

 

「なっ!」

 

 

もうすぐそこまで迫ってきている。

不味い、すでに間合に入られて——

 

 

「くぅっ…!」

 

その刀が結界に触れる直前にさらに障壁を張るが、1秒と持たずに破られる。

 

 

 

「一枚」

 

 

 

そう言った直後に結界が一枚、一振りで破れてしまう。

 

 

 

「二枚」

 

 

 

すぐさま結界を強固にし、引き剥がせるように弾幕を用意するが、またもや簡単に、その黒い刀に結界を割られる。

 

 

 

「三枚———」

 

 

 

 

そこでようやく、刀を振り上げて無防備なその体に弾幕を直撃させ、振り払うことに成功する。

 

 

 

 

 

危なかった、あのまま割られていたらそのまま切られて……

 

 

 

いや

 

 

 

「あの吸血鬼はどこに———」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

———氷槍『スピア・ザ・グングニル』———

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

氷で出来た紅色の光を放つその槍が

 

結界を穿ち、その体を貫いた

 

 

 

 

 



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選択

 

「大丈夫ですか?」

「……えぇ」

 

とっくに槍に刺し貫かれた傷が塞がった永琳さんがそう答える。

 

「平気そうだけど通してくれるのかしら」

「そうね、負けたもの」

「あのな、お前な、体貫通するのはやりすぎな?」

「失礼ね、あんたじゃないんだから手の抜き方くらい心得てるわよ。やる必要性を感じなかっただけで」

 

そりゃまあ、あれだけ本気でやってりゃ手加減なんてできないだろうけども……相手が普通の妖怪とか人間なら致命傷だったよなあれ。

 

 

「はぁ……早く行きなさい、まだ異変は解決していないわ」

「は、はぁ……それじゃ失礼して…」

 

永琳さんにそう急かされ、レミリアと一緒に通路を飛んでいく。

 

 

 

 

 

「でもやっぱり流石だな、普通に氷の槍ぶん投げてくれるとは」

「私を誰だと思ってるの、当然でしょ。まあ確かに槍の生成には少し手間だったけど……おかげで良い感じに硬いのができたわ」

 

やっぱり結局は質量が物を言うんだなあ……

 

「ってか、結局私に何の用だったの?何かあるんでしょ?」

「…そうね」

 

わざわざ二人きりの誰もいない状況を作ったっていうことは……何の話だ?

 

しばらく言葉を選ぶようなそぶりを見せた後、飛びながら言葉を待っていた私を一瞥して、レミリアが口を開いた。 

 

 

 

「道って、どこまで続いていると思う?」

「…道?」

 

想定していなかったわけじゃないけれど、その曖昧な問いに思わず聞き返してしまう。

 

「私たちは色んな選択をして、今ここに立っているわ。いくつもある分かれ道のどれか一つを私たちは選んで、今の結果がある」

「……それで?」

「私たちの道の果てって、いつ来ると思う?」

 

質問が曖昧すぎるが……ちょっとだけ表情をのぞいてみても、その顔は真剣そのものだった。

 

「…そりゃ、死ぬ時とかじゃないの」

「そう……あなたはそう思ってるのね」

「……え、なになに怖いんだけど、意味教えてよ」

 

……無視すんなよ。

 

 

人生を道と表現するなら、確かに分かれ道という選択をしたその先端に私たちは立っていることになる。

 

その果ての見えない道の果てを、何だと思うとか聞かれても……

 

 

 

 

 

「あなたの運命を視たわ」

「へぇ」

「反応薄いのね」

「何?恥ずかしがればいいの?」

「………」

「………」

 

やれやれ、また悪癖が出てしまったようだ。

 

「…んで、何を見たって?」

「その果てよ」

「…果て」

 

………

 

「あ、もしかして私死ぬ?」

「さあね」

「さあね…って、お前あんな前振りしたら確実に私死ぬやんけどうしてくれんねんおい、何とか言えよおいおいおいおい」

「うっさい!」

 

いやだってお前があんな会話させるから……

 

「私に視えたのは、あんたが色んな分かれ道を進んだ先の果て。途絶えた道を眺めて立ち尽くす姿」

「………それはどういう…」

「さあね」

「いやさあねじゃなくてさあ……」

「その意味の答えを私は持ち合わせていない」

 

……そりゃ、そうだろうが。

 

「でも、それが何らかの終わりを示していることは事実。そしてそれは、決して遠くない未来…というよりは、もうすぐそこまで来てると言える」

「………」

「正直あんたが死ぬようなとこは思いつかないし」

「そういうこと言うから死ぬんだよなぁ…」

「これをどう捉えるかはあなた次第よ」

 

……選択の果て、立ち尽くす私、ねぇ。

思い当たる節は、あるけども。

 

すぐそこまで来てるって言うのもなあ……それなんだろうなあ……

 

「運命なんてものは、得てして不安定なものよ。私たちが今に生きている以上、確定した事象なんてものは存在しないし、私たちは今この瞬間にも選択を重ねている」

「……それで、わざわざ運命を見て、私にそれを伝えた理由は?気まぐれとか言ってくれるなよ」

「理由、ねぇ…」

 

これを私に伝えてレミリアはどうしたいのだろうか、私にどうして欲しいのだろうか。

まあ本当に気まぐれでとか、面白そうだったからとか言われたらそれはそれで受け入れるけども。

 

 

「最善を選んで欲しいから、かしら」

「………」

「……何よ」

「いや別に…」

 

最善かぁ。

 

「たくさん後悔してきたんでしょう?」

「…たくさんかは分からないけど、そうだね」

 

後悔なんて、時に任せて誤魔化したことはあれど、晴らせたことは一度たりともない。

 

「今自分が佳境に立ってることは分かってるはず。なら、最善の道を選択して欲しいって、そう思っただけよ」

「……今までもずっと、選んできたつもりだよ」

 

それでも後悔は付き纏う。

間違った選択をした時だってある。

 

「でしょうね。でも、あなたの後悔して、悩んでる姿を見たい奴なんて誰もいないでしょう」

「………」

「ましてや誰にも相談しない、全部孤独に抱え込んでどうにかしてしまうあなたの姿なんて、ね」

 

……いつの間にかそんなに見透かされたのだろうか。

 

「後悔のない選択…なんて、そんな都合のいいものにそうそうお目にかかれないのは私もよく知ってる。でもそれは、私たちが最善を求めない理由にはならない、違うかしら?」

「……いや、何も違わないよ」

 

後悔を晴らすことすらできないのなら、後悔しない道を選ぶしかない。

 

「私がこのことをあんたに伝えたのは、それが理由。私の視た運命をどう捉えるかは自分次第、それを踏まえてどうするのかも、自分次第。せいぜいフランを悲しませないような選択をしなさい」

「……そうだね」

 

私を悲しんでくれる人、嬉しいことにたくさんいるからなあ。

 

「なら、出来る限りその最善の道を探してみるよ。……選べる権利が私にあるのかは分からないけどね」

 

 

少なくともあの時の選択は間違っていた。

それだけは、わかる。

 

 

「……なら、自分の日頃の行いでも信じてなさい」

「…そうする」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……あれ妹紅さんか?」

「あれも知り合い?あんた顔見知り多いのね」

「まあ、ね」

 

なんか妹紅さんと霊夢とか魔理沙たちと……黒い長髪のやんごとなさそうな人が入り乱れてすごい乱戦の弾幕ごっこになってる。

 

……まともに弾幕勝負できない私ってどういう……

 

「あんたは?行かないの?」

「疲れたしちょっと……ってか避けるの苦手だし」

「そ、じゃ私は行くから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今日は話がある人多いなあ。あ、夜が長いからですかね、紫さん」

「………」

「あー………はは」

 

あの弾幕の中に紫さんが見当たらなかったので不思議に思っていたら、見られてる気配がしたのでそう言ってみると、何も言わずに紫さんがヌルッと出てきた。

 

「えーとその……何の用で?」

「……伝えることがある」

「はあ」

 

……そんなずっと神妙な顔されたらこっちもやりづらいんですけど!

 

「私はこの異変が終わった後、霊夢の記憶を完全に元に戻すわ。そういう約束だから」

「…そうですか」

「だから、あなたには……」

「心の準備なら随分前からしてきてますよ。…十分かどうかは分からないけど」

「…そう」

 

今ようやく、その時が来ることが確定したってわけだ。

 

「あなたは、どうするつもり」

「どうって……」

 

質問されながら、目が痛くなるほど光り輝いている弾幕勝負の風景を視界に収める。

 

「まあ、後悔のないようにはしたいと思ってます。今度こそ」

「……そう」

「どうなるかは、あいつ次第ですけどね」

 

そうか。

あれっきり私とは関わらなかったけど、この人も私のこと心配してくれてたのか。

 

……いや。

……心配というより、私が不安なのか?

 

「…どうかしました?」

 

何も言わずに黙り込んでしまった紫さん。

……まあ、どうかしたというか、明らかに私のことで悩んでるんだが……

 

「…私は、あなたに謝らなければ…」

「それは霊夢にしてやってください、私はいいんで」

「……そうね、そう言うと思ったわ」

 

それは私のした選択だから。

紫さんは関係ない。

 

「……聞いてみればいい、か」

「ん?」

「その…はあ。やりにくいわね…」

「ぉ…?」

 

なんでそんな……悶々としていらっしゃる?

 

「……何故、あなたは私を恨まないの?」

「ちょっと質問の意図が……」

 

 

……あ、これ真面目な質問?

 

「…恨んだことないってわけじゃないと思いますが。怒ったことはあったような気がするんですけど」

 

確か…博麗大結界が張られた頃の事変で、りんさんの墓が壊れた時の……もうそんなに前になるか。懐かしい。

 

「あなたのその怒る、ってどの程度のこと言ってるのかしら」

「うーん……ちょっとムカムカする感じ?」

「はあ……」

 

何故ため息をつかれる。

……まあ、聞きたいことはわかるが。

 

「自分への不幸なら許せるからですよ、私が」

「………」

「墓の件は…友達のために作ったのだったんであれですけど」

 

紫さんが気にしてるのは、私を博麗の巫女のことに巻き込んで、そのまま色々あってこんなややこしい状況になってしまったことだろう。

 

……それも結局、私が間違ったからなんだけど。

 

 

 

「霊夢が記憶を取り戻せば、必ずあなたに会おうとするわ」

「逃げませんよ、もう」

「…どうするつもり?」

「それはあいつが決めることですよ」

「……そう」

 

それっきり、会話は止んでしまった。

 

 

 

 

 

 

綺麗な弾幕だ。

見惚れた奴の負けってルールがまともに適用されるのなら、私は本当に弾幕ごっこなんかやってられないと思う。

 

 

多分あのかぐや姫っぽい人と妹紅さんがいい笑顔でとんでもない弾幕撒き続けているので、あの二人は本当に楽しんで弾幕ごっこをしているのだろう。

 

よく見ればレミリアと咲夜は戦線を離脱していた、やっぱり疲れたのだろうか。

霊夢と魔理沙とアリスさんと……妖夢と幽々子さん。

 

 

「……眩しいなあ」

 

 

儚い光が燦々と煌めいて夜を照らす。

 

「紫さん」

「……何?」

「今の幻想郷は、あなたの望んだ姿になれてますか」

 

私がそう聞くと、神妙な面持ちで黙った後、クスリと笑って

 

 

「えぇ、手に負えないくらいにね」

 

 

そう言った。

 

「…なら、よかったです」

 

 

そうやって二人で、ただただ美しいその輝きを呆けて眺めているうちに。

 

どうやら決着がついたらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あとから聞いた話によれば、どうやらあの異変は月に住んでる人?たちから逃れるために?月をすり替えたとかなんとか……なんでもあのウサギ耳の子が月から逃げてきたらしく、それを匿うために異変を起こしたのだそう。

 

でも幻想郷は特殊な結界で覆われているので、そんな心配は全くする必要がなかったとかなんとか。

 

私にはさっぱりだが。

 

 

 

「はーん……それで?」

 

ルーミアさんが興味あるのかないのか曖昧な表情でそう返してきた。

 

「で、その妹紅って人は、楽しそうなことやってるじゃねえかって理由で乗り込んできたらしいよ」

「野蛮な奴もいたもんだな」

「数百年前のあんたにも言ってやりたいよその言葉」

「もっと前でも行けるぞ」

 

何?長生き自慢?大方封印されてたろうに。

 

「……で、話はそれで終わらねえんだろ、どうなったんだよ」

「そうだねぇ………」

 

あれは……どういう表情だったのだろうか。

 

「まあ、会う約束を取り付けられたよ」

「約束?」

「今回の異変……永夜異変って言うらしい」

 

結局夜を長引かせてたのは紫さんだったらしいので、その呼び方はあくまで月がすり替えられたことに気づかなかった人間目線での名称、ということになるけれど

 

「その異変が終わった後の、宴会。……まあ、今日なんだけどさ」

「………」

「その宴会が始まる前に、神社の裏に来い。ってさ」

 

 

あの時の霊夢の表情は、多分。

自分でも色んなことの整理がついていなかったんだろうな。

 

戸惑いとか、焦りとか、他にも色んなものが一気に押し寄せてきて、ぐちゃぐちゃになって。

それをなんとか飲み込んで取り繕ってる様な、そんな顔だった。

 

 

「……聞いてきたのそっちでしょ、なんとか言えよ」

「聞いたってお前から返ってくる答えは分かりきってんだよ、必要ない」

「ルーミアさんって、いつそんなに私のこと理解したわけ?」

「お前がずっと独り善がりな考えしてるってことはわかる」

 

……独り善がりですか。

 

「あー、独り善がりってのはちょっと違うか。お前の場合、周りの言葉全部聞いて受け止めた上で突っ走ってんだもんな」

「………」

「お前のそういうとこ、嫌いじゃないけどな」

「はぁ」

 

言ってる意味が分からずに両腕を広げて空を仰ぐ。

 

「でもまあ、ルーミアさんがいてくれて良かったよ」

「ん?」

「ちょっとくらいは吐き出せてるからさ、気が楽」

「……そうかい」

 

独り善がり……独善的、か。

 

 

「………ぅおっ」

 

呆けていると、ルーミアさんが背中を思いっきり叩いてきた。

 

「痛いんだけど……」

「お前の助けになってんなら、あたしがこうやって存在してる甲斐もあるってもんだ」

「はあ…?いてくれるだけでも私にとっては十分だよ」

「だといいけどな」

 

そういうとルーミアさんは私に背中を見せて歩き出す。

 

「じゃあな、終わったらまた話聞かせてくれよ」

「……うん、そうする」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あの顔

 

 

先代が死ぬ前、最後にあいつが見せた顔

 

 

とても痛そうで、辛そうで、悲しそうで

 

 

記憶を取り戻す前からチラついていたあの顔が、記憶を取り戻した今、まるで瞼の裏に焼きついているかのように頭から離れない。

 

 

 

「…なんであんな顔を……」

 

 

 

なんでその選択をしたの?

何も分からない

 

 

 

「何も、知らない」



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清算

「………ぬぅ」

「………」

「むぅ…ぅん……」

「………」

「ぬぅぅぅん……」

「………」

「なんか言えよめっちゃ唸ってんだぞこっちは」

「めんどくさ」

 

これ見よがしに悩んでる素振りしてるのにこういう時だけ呆れた目向けないで。

 

「じゃあなに、刀見つめてうんうん言ってるヤバそうな人の話聞けっての?」

「何を今更、ヤバいのは知ってるだろ」

「それもそうだけどさ」

 

否定してよほころん。

 

「………で、何、どうしたの」

「今日ね、大事な用事があるんだけどさ」

「はあ」

「これ持って行くか悩んでるの」

「はあ」

「どう思う?」

「知らない」

 

えぇ……

 

「大事なものなんだったら持って行きなよ、いつも肌身離さず持ってるくせに」

「それはそうなんだけどさ」

 

これを抜くことは絶対にない。

それだけは断言できる。

 

けれど……

 

「……あの人ならきっと、付き合ってくれるか」

「………」

 

そうだよな。

今までずっと一緒にいてくれてたんだもんな。

 

連れて行かなかったら文句言われそうだ。

 

 

「何かあるんでしょ?」

「え?」

 

改めて腰に刀を差したのを見て誇芦がそう言った。

 

「見てれば分かる、大事なことなんでしょ?」

「……そうだね」

「なら、待ってる」

「………」

 

待ってる、ねえ。

 

「…そっか」

「うん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……何してるんだ?」

「ん?」

 

声がしたと思ったらチルノがいた。

墓にもたれかかって空を見上げている私の視界を埋め尽くさんとばかりに視界に入ってきた。

 

「日が暮れるまで時間潰してんの」

「こんなとこにいたんですね」

「……大ちゃん」

 

わざわざ探しにきたのか?何のために?

 

「どうかした?私に用?」

「用というか……最近ずっと毛糸さん、無理してそうだったので」

「……そう」

 

よく見てんだなあ……

 

「チルノちゃんが突然探しに行こうって言い出して、それで」

「ふぅん……で、チルノはなんで?」

「理由なんかないぞ」

「ふぅん……つまりバカと」

「バカはそっちだろ」

「ぉ………」

 

真面目なトーンで冷静にそう返された。

 

「あたいにはよく分からないけど、何かあって大変なんだってことは分かる」

「………」

「あたいは親分でお前は子分なのに、毛糸は何も言わないから」

「……ごめん」

 

謝罪、それしかできない。

 

「二人には、心配も迷惑もかけたくなかったからさ」

 

心配はあっちこっちにさせちゃってるけども。

 

「………」

「………」

「………ふぅ」

 

会話はない。

けど何故か二人とも私から目を離さない。

辛い、気まずい、なんか言ってくれ。

 

「……私は、最初に出逢えたのが二人で良かったと思ってるよ」

「随分と懐かしいことを言うんですね」

「なんだ?いつのこと?」

 

まあお前は覚えてるとは思ってないけどさチルノ。

 

「二人だったから、今の私がある。もし違ったら、私はここにいなかったかもしれない」

 

全ての巡り合いに意味がある、そう思いたい。

意味を見出したい。

 

「ありがとう、私と出逢ってくれて」

「……なんなんですか、急に」

 

いけないな、つい感傷的になる。

そんな気はさらさらないのに、まるで最期の言葉だ。

 

「そんな顔で言われてもしかたないぞ」

「……私、そんなに酷い顔してる?」

「ひどくないけど、辛そうに見える」

 

チルノにそこまで言われるとは……

私もとうとうダメだな、こりゃ。

 

「だから、もっといい顔で言ってください。私たちも同じ気持ちですから」

「大ちゃん……」

「ううん、私たちだけじゃない。きっとみんな、同じ気持ちだと思いますよ」

 

 

……そっか

 

「…よし、おかげで気力出てきた。そろそろ行ってくるよ」

「気をつけてくださいね」

「気をつけるって……宴会に行くだけだよ」

「ならあたいも連れて行け!」

「チルノちゃん…」

「ははっ……」

 

足取りは重いが、止まらない。

進まなきゃならない、避けてきた分、拒んできた分。

逃げてきた分。

 

全部背負わないと、私は———

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あなたも飽きませんね」

「椛…と、柊木さん」

「空ばっか見て楽しいか?」

「物思いに耽ってるだけですよ」

 

明らかに気持ちは晴れないと言った様子でそう言う文。

 

「お二人はどうしてここに?」

「お前が最近何度もここに来てるってこいつから聞いてな、暇だから一緒に煽りに行こうかと」

「仲良く暇を潰してて羨ましいですよ全く」

 

仕事終わりに寄っただけなんだが。

 

「……毛糸さんのこと、ですよね」

「あやや、バレてましたか」

「まあ、文さんがそうし始めた時期と同じですからね。毛糸さんの様子が変わったのは」

 

毎日のように会ってなくたって分かる。

昔のあいつはもっとこう……はっちゃけてた?アホだった?

まあそんな感じだ。

 

「そうやって空を見てなきゃいけないくらいなら、直接話せばいいんじゃないか?やってないってことはそうしない理由があるんだろうが」

「…そうですねえ」

 

日が暮れて、生ぬるい風が葉を揺らす。

 

「これでも私、毛糸さんのことはよく知ってるんですよ。どういう人なのか、何を考えて行動してるのか……」

「それで?」

「聞いたって、話したって、あの人は私たちには教えてくれませんよ。そういう人ですから、昔から」

 

 

寂しそうに、そう言った。

 

 

「何が必要なんでしょうね、あの人には」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あたし、何となく毛糸さんの気持ちが分かるんです」

 

私のその言葉で、にとりさんが動きを止めてこっちを見る。

 

「分かるって?」

「その、何に悩んでるかとかは分からないんですけど……何を思ってるかって言うのは、少し」

「ふぅん……」

 

この前会った時に垣間見えた、あの表情に覚えがある。

 

「私と同じ顔なんです」

「同じ?」

「自分はいてもいいのかって……自分は、誰かにとって必要なのかなって」

「……なるほど、確かにるりの考えてそうなことだ」

「やっぱりそう思います?」

 

難しい悩みだ。

でも毛糸さんは私なんかよりずっと凄い人だ。そんな人がこんな悩みを抱えるってことは……

 

「何で急にその話を?」

「なんでって、宴会があるからですよ」

「……なるほど」

 

本人は隠せている気なのか、そうじゃないのか分からないけれど、何となく博麗の巫女と関係のあることなんだってのは想像つく。

 

 

「……にとりさんは、毛糸さんのことどう思います?」

「ん?そーだねぇ……無理してんなとは思うよ」

「……それだけですか?」

「そ、それだけ」

 

…信用とか、そういった類のものだろうか。

 

「……多分、毛糸さんの抱えてるものは、あたしのなんかよりもっと複雑なんだと思います」

「本当にそうだったら?」

「……自分でも解決できないし、他人でも解決できない。そんな状況になってるんだと思います」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まだ早いですが…そろそろ向かいますか、お嬢様?」

「そうねぇ……もう少しあとでいいわ」

「了解しました」

 

視界に入れることはできないからだ、窓から差し込む光で日が落ちていくのを感じることはできる。

 

「気になりますか?」

「…何が」

「毛糸様が」

「………かもね」

「不思議な方ですよね」

 

部屋の隅に控えながら咲夜が続ける。

 

「話しているとまるで人のようで。時折、この方は妖怪ではなく、もっと可愛げのある種族なのではないかと思ってしまいます」

「あなたの尺度じゃ、四肢を引きちぎってもすぐに生やしてくる生き物に可愛げを感じ取れるの?」

「それは……私が申しているのは人となりの話ですよ」

「そう」

 

誰から見てもあいつは変人だろう。

無論、力のある妖怪なんて大方まともとは言い難い性格をしているものだけれど。

 

「お嬢様も、そんな彼女だからこそ、気にかけてしまうのではありませんか?」

「口が過ぎるわ」

「ふふ、申し訳ありません」

 

おかしなやつ、本当に。

でも……

 

「きっとあいつは一人でどうにかするわよ。そういうやつだから」

「…そうですか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「っと……なあアリス、これってこの辺りでいいか?」

「ええ、そこでお願い」

「分かった」

 

昼間から神社に来て、霊夢とアリスと一緒に宴会の準備を始めた。

始めた……はずだったんだが……

 

「……霊夢のやつはどこ行ったんだ?」

「さあ…そういえば居ないわね」

「手伝えって頼んでおいて自分はサボりかよ……」

 

だけど……

 

「…なんか、胸騒ぎがするんだよな」

「……心当たりは?」

「いや…心当たりしかないんだが……」

 

まあ、水を汲みに行ったとかそんなだろう。何も言わずに居なくなるのが引っかかるが……

宴会の前だ、何か事が起こるわけでもあるまいし。

 

「…なあアリス、ずっと聞きたかったんだけどよ」

「何?話してる間があるなら手を動かして欲しいのだけれど。あなたも私に準備手伝えって頼んだ身分よ?」

「そういうなって…」

 

結局人数多い方が作業は楽だし……

ただそうやって言われ続けるのも癪なので、一応手は動かしていく。

 

「それで、聞きたいことって?」

「あぁ……お前から見て、毛糸ってどんな奴なんだ?」

「…なんでそんなことを?」

「いいだろ理由なんて、気まぐれだよ」

 

私なんかよりずっと付き合い長いのは知ってる。

私が知らないあいつの一面だって……

 

 

「そうね…なら、あなたから見て毛糸ってどんな人?」

「私?私は……」

 

小さい頃から見ていたあいつの姿を思い返す。

背は高くない、というか子供みたいなナリして、中身は似つかわしくなくて……一度見たら忘れられないような頭で……

 

「人間が好きで、変な言動をよくしてて、悩んでて……人思いなやつ…とは思うな」

「…そう、そう見えてるのね、あなたには」

「……なんだよ思わせぶりなこと言って」

 

作業をしつつ早く話してくれとせかすと、はいはい、と言った感じでアリスが話を始めた。

 

「私から見た……というか、私のよく知ってる毛糸は、今よりもっと変なやつだったわ」

「今より…?もっと…??」

「そうね…口では言いにくいのだけれど、頭のおかしい…じゃなくて、浮いてる、と言えばいいかしら」

 

浮いてる……か。

 

「昔はもっと好き勝手してたのよ?」

「そうなのか…」

「主に私が」

「そうなの……え?」

「髪色を虹色にしたり、変な薬飲ませたり、こき使ったり…」

「えぇ……」

 

何してんだお前……

 

「でも、色々あって、年月が経つことに少しづつ、変わっていったのよ、あの子」

「変わった…って?」

「少しずつ、難しい顔をするようになっていった」

 

難しい顔……

 

「それが何故なのかは想像こそすれど、私は知らない。聞いたら、私が初めて会ったときでも落ち着いてきてた方だって、あの子の友人から聞いたわ」

「昔どんなんだったんだよ……」

「えぇと……一に理解不能な言葉、ニに大声、三に発狂だったそうよ」

「狂ってんじゃねえか……」

「まあ流石に誇張が入ってる……と、思いたいけれどね」

 

今のあいつからは想像でき……

 

できるな、割と容易に想像つくな。少なくともあの出来事さえなけりゃなあ……

 

「長く生きていれば、誰だって変わっていくものよ。でも、毛糸の場合はきっと……昔の方が自分らしくあれたんじゃないかしら」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

木にもたれかかって目を瞑る。

正面からは通ってこなかったけど、神社の周辺だ、霊夢なら気づいて向かってきてくれるだろう。

 

 

その時が来るまで目を瞑って待っていようと思っていると

 

なぜだろう、懐かしい……すごく懐かしい気配がする。

 

 

 

 

 

ゆっくりと、目を開ける。

日も落ちて、橙色の空が暗く変わっていく中。

 

 

黒い髪のその人が、目の前に突っ立っていた。

 

それはもう真っ直ぐと、私のことを見つめて。

 

 

「……わーお、とうとう幻覚まで見えてきたか」

 

黙ったままのその人。

 

「まあ刀持ってるんだからいつか見えるとは思ってたし、割とそれを期待してたのもあるけどさ。なんで今なのかな?りんさん」

 

記憶と寸分違わぬその顔、その姿。

唯一、刀だけは持っていない。それは私が持っているから。

 

 

「…ま、喋らないよね」

 

 

全く表情を変えないまま、じっと私のことを見てくるりんさん。

りんさんにこんな姿は見せられないな、とか思ってたんだけどな。思いっきり見られちゃってるよ。

 

「何の用?もしかして嗤いに来た?」

 

そうであるなら…気が楽なんだけどな。

 

「…ま、違うよね、知ってたよ」

 

私の言葉で不満げな表情に変わって、まるで言い訳するかのようにそう言ってしまう。

 

 

 

あの人はあの時死んだ、それは分かっている。

目の前に映っているこの姿も、虚妄でしかない。

 

凛の中に残っている、あの人の残滓…

 

頭では本人じゃないと分かっていても、こうやってその姿を視界に入れられると……こう、込み上げてくるものがある。

 

 

「分かってるよ、言いたいことは。顔見りゃ、解る」

 

だからそんな顔をしないでくれよ。

 

ああ、それともまた、私の方が酷い顔をしてるのかな。

 

 

 

声のしないため息をついたあと、私の肩に手を置いた。

 

 

 

「———」

「………」

 

 

 

聞こえない言葉を呟いたあと、その人は消えてしまった。

 

 

そして、あの人が消えて、見えるようになったその姿。

 

 

「……久しぶり」

「……割と会ってるでしょう」

 

霊夢が、そこにいた。

 



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空っぽな頑固者

一言で言うなら、怖かった。

何が怖いかって、向こうがどう思っているのか分からないこと。

 

紅霧異変まではあわないようにしていたが、それでも記憶が戻った時の反動……困惑は、確かにあったのだろうと思う。

 

 

 

それを経て、彼女は私に何を抱いているのか。

 

失望か

憎しみか

怒りか

 

もしくは、何も思っていないか。

 

 

それを知るのが怖くて、知りたくなくて。

それでずっと逃げていた。

 

 

 

「聞きたいことがある、それも山のように」

「……そう」

「でも、まずはこれ」

 

そう言った霊夢は、スペルカードを見えるように私の方に突き出した。

少し驚いたけれど……向こうは至って本気らしい、表情からそれが窺える。

 

「…わかった」

 

彼女の願うままに、スペルカードを取り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

淡白な弾幕

 

初めてそいつと弾幕勝負をして最初に出た感想はそれだった。

 

 

見栄えが悪いとは言わないが、決して良くはない弾幕。

密度も全然、やる気がない、と言っても間違ってはいないような、そんな弾幕。

 

まるで何かに遠慮しているかのように、そんなつまらない弾幕が続く。

 

「………」

「………」

 

表情も、硬い。

やめられるなら今すぐにでもやめたいというのがひしひしと伝わってくる。

 

でも、簡単には終わらせない。

 

ただただ、このつまらない弾幕ごっこをさせ続ける。

 

 

「恨んでないのか?」

 

 

毛糸がポツリとそう呟いた。

 

 

「なんて答えれば、あんたは満足する?」

「………」

 

私の返答に黙り込む。

 

そう、恨んでると思ってるはずなんだ。

私の記憶を消して、先代にも会わずいなくなって、そのまま何年も経って。

 

記憶が戻った私が、あんたを恨んでる。

そう思ってるんでしょう?

 

「……これに何の意味がある」

「意味って?」

 

痺れを切らしたように口数が増えていく。

 

「私を倒す気もない、もちろん倒される気もない。ただただこうやってお互いに飛んで、弾を飛ばしあって……これに何の意味が——」

「分からない?」

 

早く終わらせたいと顔に浮かんでいる奴の言葉に割り込んで私が続ける。

 

「本当に、分からない?今こうしている意味が、私が、これをしている意味が」

「………」

 

なんとも言えない表情。

ただ、苦しそうだということはわかる。

 

「あんたって物分かり悪かったっけ?それとも会ってないうちに変わっちゃった?」

「………」

 

伝わっていようと、伝わっていなかろうと、私はやめない。

弾幕勝負が私の伝えたいことだから。

 

「私は……」

「…はあ」

 

言葉を続けられずに黙り込むその姿を見て、だんだんと腹が立ってくる。

その感情を反映するように弾幕の勢いを強めた。

 

 

「私はあんたを恨んでなんかいない」

「………」

「恨んじゃいないけど、怒ってる」

 

進まない話を進めるために、私が切り出す。

 

「答えて。なんで先代から逃げたの」

「………」

「なんであの時、あんなに悲しそうな顔をしたの」

 

全てはあの日の出来事が始まり。

他人が他人の考えを完全に理解する、なんてことは不可能だ。けれど想像の余地くらいはあるのが普通。

 

でも、私には分からない。

あんたが何故その選択をしたのか。

 

 

「記憶を消されたことなんてどうでもいい。というか、それに文句言うのなら今私の目の前にいるのはあんたじゃなくて紫よ」

 

弾幕を避けながら考え方をするかのように黙る毛糸。

何をそんなに言葉を選ぶ必要があるのか。

 

自分の選択なのだから、自分がその理由を一番知ってるはずでしょう。

 

 

「逃げた」

 

口を開く毛糸。

 

「逃げたんだよ、私は」

「何から」

「全部」

 

どこを見ているのか分からないその真っ暗な目をこちらに向け、必死に感情を殺しているような、そんな顔で。

 

「巫女さんからも、お前からも、自分からも、全部が私には抱えられなくなって、それで逃げた」

「抱えられなくなって……って、あんた…」

「余裕なかった、憔悴してた、辛かった、悲しかった、苛立っていた、なんて、そんな言葉は全部言い訳ですらない」

「っ……」

「私は逃げたんだ、お前たち二人から」

 

 

なんて悲しい目……

 

「全部間違いだった、取り返しのつかないことをした、それは分かってるよ」

「…でしょうね。じゃなきゃそんな顔できないもの」

 

ああ、こうやって顔を見て、言葉を交わして、何となくわかってきた。

こいつは許されようとしてるんじゃない、罰せられようとしているんだ。

 

他でもない私に、罰せられようとしてるんだ。

 

「で?何から逃げたって?私たちの何がそんなに怖くて、目を背けたくなるほど辛かったって?」

「それは………」

 

言葉に詰まる毛糸。

 

そっちが何を望んでいようと関係ない、こっちは最初から、あんたに質問する気で——

 

 

「言っても分からないよ」

「……は?」

 

思わず、そう口に出た。

 

「あんた、今何て」

「霊夢には、分からない」

 

さっきまでの様子が嘘かのように、まっすぐな目でそう言い切った。

 

 

「……ふざけんじゃないわよ」

「………」

「あんたね…この期に及んで相手には分からないから突き放すって、何考えてんのよ!!」

「事実だよ」

「なっ……」

 

ああ、やっぱり分からない。

何を考えているの?何を感じているの?

 

何も分からない、何も知らない。

 

 

「話す気がないなら、あんたは何でここにいんのよ!」

「呼んだのは霊夢だろ」

「そういう話じゃない!!分かってるでしょ…?」

 

意味がわからない。

呼ばれたから来て、求められたから弾幕勝負して、言いなりになって。

聞きたいことは理解できないからと突き放され。

 

「あんたは……私に殺されてって言ったら、黙って殺されるの?」

「お前がそれを望むなら」

「っ…」

 

何で即答すんのよ……

 

「じゃあなに、あんたは消え去りたいから、私がそう命令することを願ってここにやってきたってわけ!?」

「そういうわけじゃないけど……まあ」

 

 

 

「消えられるなら、消えたいとは思ってる」

「………は」

「私は、いちゃいけない存在だから」

 

 

その言葉に思わず弾幕が止まる。

言葉を飲み込めない私を、静かに毛糸が見上げていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どれくらい経ったか、ようやくその言葉の意味を理解した……というか、受け入れた私が口を開く。

 

「いちゃいけない存在って……何よ」

「いない方がいい存在……言っても———」

「ああそうね、きっと私には理解できないとかほざいて逃げるんでしょうね、あんたは」

 

自分の存在は間違ってる、その意識があんたのその考え方の根源か。

 

「私にはあんたのことが分からない。今のを聞いてもっと分からなくなった。でも……それは……」

 

懐からそれを取り出し、相手の視界に突き出す。

 

「あんたがいてはいけない存在だって……いない方がいい存在だって、そう言うのならあの人はっ……!先代はどうなるのよっ!!」

「………」

 

自分でも分からない、色んな感情が込み上げてきて、手に持った木彫りの花びらを握りしめる。

 

 

「あんたが隣にいる時のあの人の表情は本当に楽しそうで……私の目には幸せそうに見えた。それをあんたは……あんたは、あの笑顔すらもなければよかったものだって否定するの!?」

「………」

「先代だけじゃない私だって魔理沙だって………あんたがいなけりゃ、今の私たちはいなかった!」

 

あまりにも無責任すぎる。

これだけ人に関わって、変えておいて、そんなものはなければよかっただなんて。

 

 

「答えて、あんた本当に、それを望んでいるの?私たちを全部否定してまで、そう思えるの?」

「…そんなの否定できるわけないよ」

「だったら…!」

「でも、さっきの言葉は全部、紛れもない私の本心だよ」

「なんでっ……」

「言っても、分からないよ」

 

……そう

 

「そうやって、閉ざすのね」

「………」

 

 

 

 

 

「………私は、あんたのおかげで今がある」

「…そうだね」

「私だけじゃない。この幻想郷に生きるもの全部……いいえ、幻想郷そのものが、あんたのおかげで今の姿がある」

「私、そんなに大それたことした覚えは…」

「事実よ。……本当に分からないって顔ね」

 

それは演技だと思いたいのだけれど……もしくは認めたくない、とか。

 

まあなんだっていい。

 

分からないというのなら説明するだけ。

 

 

 

「あんたと先代の姿を、ずっと見てた」

 

違う種族で、それも博麗の巫女と妖怪が、並んでいるその姿。

 

「良いなって、あんな風に語らえる人が私も欲しいなって」

「………」

「あんたが本心でどう思っていたのか、今どう思っているのかは分からない。けど、少なくとも私の目にはそう映っていた」

 

私には見せないような表情をしていたから。

 

「自分が成長していくにつれて、段々と見方が変わっていった。あんたたちはただ仲が良いんじゃなくて、互いに違う種族で、本来なら敵対する関係であっても笑い合っている。それは凄いことなんだって」

 

幼い頃はなんとなくとしか分かっていなかった博麗の巫女という名の重みが、段々と理解できるようになっていった。

 

だからこそ、あんたと先代の姿がどんなに異常なことなのかよく分かる。

 

 

「そして想像するようになった、願うようになった。人間と妖怪が、共生とまでは行かなくたって今よりもっと仲良く、平和に………あんたと先代のような人が増えてくれたらって」

 

妖怪は人間を襲う。

恐怖を喰う奴もいれば、その血肉を喰らう奴もいる。

 

でも、それだけじゃないはずだ。

 

「あんたのような妖怪がいるんだったら、そんな世界も作れるんじゃないか……互いを憎み続けて笑顔の生まれないような今じゃなくて、もっと笑い合えるような、そんな世界があったらって」

「それが理由で、これ(スペルカード)を作ったって?」

「そうさせたのはあなたよ」

「………」

 

現に異変の後は宴会が開かれ、人里の中で生活している妖怪だっている。これからはもっと増えていくはず。

人間と妖怪の在り方は変わってきている。

 

「あんたと先代のような人たちが確実に増えてきている。私は何十年も生きていたわけじゃないけれど、あんたの目にだってそう映っているはず。あんたたち妖怪だからこそ、変化していくこの幻想郷を感じ取れる」

「……そうだね」

 

何より、そうやって生きていたのは紛れもない、あんたと先代なんだから。

 

「なのに……私の望む世界になっていってるはずなのに、そこにあんたの姿はない」

「………」

 

 

私が憧れたあの姿を目指していたのに、それは失われて、残ったのはひどく辛そうな顔。

 

 

「今の幻想郷は、あなたの望んだ姿じゃなかった?」

「……いいや。私も望んだ姿、そのものだよ」

「…そう」

 

 

なら何故あんたはそこにいない?

 

 

「あんたがいたから今の幻想郷がある。でもそれだけじゃない、あんたにとってはどうでも良いことかもしれないし、私も今まで気にも留めなかった」

 

 

今こうしていることこそが何よりの証拠。

 

 

「私が飛べるのは、あなたのおかげ。あなたがいたから、今こうしていられる。だのに何故。私を避けようとするの?」

「………」

「これだけ私に影響を与えておいて、なんであんたは他人のように振る舞おうとしているの?なんであんたは———」

 

 

 

 

 

 

「分からないよ、霊夢には」

 

 

 

 

 

何食わぬ顔で、そう言い切った。

 

 

「っ………はあああぁっ」

 

大きなため息をつく。

 

「分からない、分からない分からない分からないって……そうやって拒絶し続けて、あんたには何が残るって言うの」

「………」

「分からないってのはこっちのセリフよ。分からないから、知らないから今こうやって知ろうと、分かろうとしてるんじゃない」

 

 

少しでも近づこうと、歩み寄ろうと。

 

 

「そうやって突き放し続けるからっ、誰にも分かってもらえないんでしょうが!!」

 

霊符『夢想妙珠』

 

「本気で来なさい、叩きのめして、それで口を全部割らせるわ」

「……そっか」

 

 

 

 

 

 

 

怒りだろうか、憤りだろうか、不満だろうか、八つ当たりだろうか。

 

なんにせよ、今の私が感情に任せて弾幕を放っていると言う自覚はある。

でも仕方がないじゃない、向こうが何言っても通じない頑固者なのだから。

少なくとも、私の記憶の中の彼女はあんな風じゃなかった。

 

だったら何が彼女を変えたのか。

それはもちろん、先代の死だろう。

 

 

あの時、二人の間に何があったのかを私は詳しくは知らない。

ただ、二人にとって相性が悪すぎるのが相手だったということだけ、先代から聞いたのを覚えている。

 

だから、別に私は毛糸を呪ってなんかいない。

 

 

先代の死への悲しみがそうさせているのなら、なんで私にそれを話してくれない?私だって、それを悲しんだうちの一人だというのに。

 

 

 

何故?どうして?

分からない

 

 

 

次々とスペルカードを切っていく、だけど向こうは何もしない。

 

 

ただ黙って、私の激情を受け止めるかのように黙々と避け続けている。

 

 

 

 

 

「はぁっ、はぁっ……」

 

上手くいけば宴会までには終わる、そう思っていたのに。

 

「………」

 

多少服が破れているだけで息も切らしていない相手を見て、ままならないものだと思わされる。

 

 

「あんたは……」

 

体が重い、もちろん気分も良くない。

向こうが拒絶してくるのが悪いはずなのに、何故だかこっちが無力感を感じるようになってきた。

 

それでも、口を開く。

 

「あんたは、どこへ向かおうとしているの?」

「………」

「今までどんな道を歩いてきて、何を感じてきたの?」

 

私はそれを知りたい。

 

でも、教えてくれない、知ることを許してはくれない。

 

 

 

「少しくらい……腹の底見せなさいよ———」

 

 

 

霊符『夢想封印』

 

 

 

色とりどりの巨大な光弾が毛糸に向かって飛んでいく。

 

 

 

「……ごめん」

 

 

 

一言、そう聞こえたかと思えば光弾と拳がぶつかっていた。

 

 

妖力と霊力のぶつかり合い、光弾は瞬く間に弾け、激しい閃光を撒き散らしながら私たちの視界を真っ白に染めて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

気がつくと、私は真っ白な空間にいた。

 

 

 

文字通り、私以外の全てが真っ白で……いや、私以外何も無い、と言った方が正しいだろうか。

 

 

どこか朧げな自我、まるで自分とそれ以外の境界線がわからなくなるような、そんな感覚の中。

 

 

どこまで行ってもひたすらに真っ白で、何もなくて、寂しげで。

 

 

 

そんな場所を見て、私は思わずそう呟いた。

 

 

「からっぽ———」



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追憶

どこが足の踏み場か分からないほどの、果てしなく続く白。

地平線の区別すらつかないほどの、純白。

 

何もないから、何も感じ取れない。

 

真っ白な世界だけが私の視界を染めていた。

 

 

 

 

「まさかこうなるとは…」

「っ!」

 

呆けていた頭がその声で一気に醒める。

 

「あんたは……」

「見ての通りだよ」

 

白珠毛糸が、そこに立っていた。

 

「ここは一体……私はなんで……いや………あなたは、誰?」

「……やっぱり鋭いんだなあ」

 

感心するような素振りで私の問いを無視する。

 

「そうだなぁ……1から説明すると時間かかるし…この世界の案内人、とでも名乗ろうかな。柄じゃないけどね」

「…案内人?この世界って……」

「端的に言えば、ここは白珠毛糸の心の中。精神の縮図……とでも言おうか」

 

…なんて?

 

「待って、頭が追いつかない」

「はいはい待ちますよ」

 

目が覚めたと思ったら変な空間にいて……そこには毛糸みたいで毛糸じゃなさそうな変な奴がいて、そいつはこの空間の案内人を名乗ってて、この空間は毛糸の心の中…?

 

 

「…なんでこうなったの?」

「推測だけでいいなら」

「構わない」

「普通ならこんなことは起こらないはずなんだけどね。どうやら私と君は上っ面じゃない、もっと深いところで繋がってたらしい」

「深いところ……」

 

ああ、能力か。

 

「でまあ、そんな二人が感情を乗せ合って力をぶつけ合って……まあ、こう、いい感じに……分かるでしょ?」

「まあ……」

 

変な感じだ。

さっきまで苦しそうな表情しか浮かばなかった奴と同じ顔のやつが、何食わぬ顔で私に淡々と説明を述べてくる。

 

「そんなこんなで、私と君がお互いの心の中を覗き合ってる状態だね。こっちからは分からないけど、きっと私も似たような状況になってるはずだよ」

「妙に詳しいのね」

「まあ、初めてじゃないからね」

「…?」

 

さっきまでと違ってちゃんと話すこと話してくれるから、話は進むけど………

 

「……待って、今毛糸も私の心の中を覗いてるのよね」

「うん」

「じゃああんたは何?なんでここに存在してる?」

「ふむ……」

 

顎に手を当て、考えるような仕草をしたのち私を指して口を開いた。

 

「それはこっちのセリフ」

「……は?」

「私が何かなんてこの状況において重要?それよりも今は、何のためにこうなったか、を考える時間だよ」

「何のためって……」

「理由なく、目的なくこうはならないってことさ」

 

理由って…目的って……

分からないことだらけのこの状況でそんなの求められたって……

 

いや、理由なら……そっか。

 

理由ならある。

 

 

 

 

 

 

 

「——知りたい、と思った」

「何を?」

「全部」

 

辺りの何も変わらない風景、それをまた一周して、この目に焼き付けて。

 

「彼女が何を考えているのか、どう生きてきたのか、何があったのか、何が彼女をそうさせているのか。その全てを、知りたい思った」

「何故?」

「何も知らないから」

 

向こうは私のこと知った気なのかもしれないけど。

私にとっては、あなたは先代の隣に居た人で。

 

私は、あなたという人を直接見たことはなかったし……そんな時間も、余裕もなかったから。

 

 

これだけ私の人生に深い爪痕を残して、それを知りたいと思うのはおかしな事だろうか。

 

 

「先代は彼女と分かり合えていた。なら私にだって……」

「それが理由?」

 

 

その問いに、静かに頷く。

 

 

「それが、私がここにいる理由」

「……なるほど」

 

 

 

何もない空間。

もしここが、本当に彼女の精神の縮図というのなら、それが意味しているのは……

 

 

「教えて。あなたなら知ってるんでしょう?彼女のことを」

「知ってるも何も自分のことなんだけど……まあ、そうだなぁ」

 

自分のことって……やっぱり、真っ先にあなたのことを教えて欲しいのだけれど。

 

「ここまでわざわざご足労いただいたんだ、その権利はある。というか、断る権利がないのはこっちの方かな、理由もないし」

「……つまり?」

「分かった、さっき案内人を名乗っちゃったからね」

「なら———」

「ただ」

 

私の言葉を遮る。

 

「私は観せるだけだよ。それを見て、何を感じ、どうするかは君次第」

「……観せる、って?」

「白珠毛糸の記憶…?体験?まあそんなとこかな」

「…分かった。それで構わないわ」

「よかった」

 

私の答えに満足そうに微笑んだそいつは、どこからか扉を持ってきた。

 

 

「……何?それ」

「入口さ。この見た目の方が分かりやすいし」

「……入ればいいの?」

「私の後にね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「———は?」

 

そこには異界が広がっていた。

見えない透明な床のようなもので遮られているが、間違いなく私の眼下にはこの世のものとは思えない光景が広がっている。

 

 

「何?ここ…四角くて大きいのが沢山……」

「外の世界」

「……え?」

 

 

あまりにも淡々と告げられたその言葉を思わず聞き返す。

 

「今の、この時代の外の世界だよ、多分ね」

「これが……?」

 

この、硬い箱のようなものが一面に敷き詰められた、この異様な空間が?

確かに、遠くの方には僅かに見慣れた山肌が見えるけれど……

 

 

「驚くのも無理はない、いきなりこんなものを見せられて困惑するのは当たり前だ」

「……なら、なんでこんなものを?」

 

頭が痛くなってきて目眩を微かに催すその光景から目を背け、これを見せている張本人を睨む。

 

「私が元々生きていたのがこの世界だからだよ」

「……は?」

 

元々?この世界?

いや、外の世界からっていうなら、それはまた……いや、違う。

やっぱりおかしい。

 

 

「今の、私の生きてる時代の外の世界、そういうことね?」

「確証はないけどね」

「なら……あんたは今、何歳?」

 

口笛を吹いて感心するかのような目を向ける。

 

「そう、そこだよ、君が知らなきゃいけないのは」

「変な言い回しばかりしないで、ちゃんと答えなさい」

「はいはい………私が、白珠毛糸が生きてきたのは、まあ大体500年くらいかな」

「外の世界にいたってことは、元は人間?」

「そうだね」

 

元々人間で、この時代に生きてて、既に500歳……

転生?いやでもそれじゃあ時間に矛盾が……

 

 

「私は、この時代から500年遡って転生して、毛玉になった」

「……あり得るの?そんなこと。時間遡行なんて」

「まあ実際起こってるからね。それに、私のいた世界に幻想郷が本当に存在してたかどうかも、確かめる術はないし」

「………」

「……驚いた?」

「そりゃあ……」

 

だろうね、と何故か満足げに笑うそいつ。

 

 

「私がまず最初にここを見せたのは、この記憶が私『白珠毛糸』を形造る最も重要なものであり……最も重大な枷だからだよ』

「枷?」

「さあ、次に行こうか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これが私」

「……ただの毛玉だけど」

 

森の中、一つの毛玉が風に流されるように浮かんでいた。

 

「そう、ただの毛玉。霊力も妖力も持たず、自分で動くこともままならない、この世界に生まれたばかりの私だよ」

「………」

「ちなみにこうやって外から見てると何も分からないけど、今私は精神崩壊しそうになってる」

「え?」

 

何…それは……

 

「突然なんの記憶も持たずに四肢もない、生き物かどうかすら怪しい物になって、身動きもできずに1週間も彷徨うことになったら、頭くらいおかしくなるでしょ?」

「…まあ、そう言われれば」

 

……このただの毛玉が、今じゃ人の形して歩いてる……

 

「この後、私は出会いの連続に遭遇する」

 

そう言ったあと、次々と景色が変わり、誰かがその毛玉の前に現れる。

 

霧のない湖、見覚えのある妖精二人。

一面の向日葵畑、花の妖怪。

まるで地の底かのような暗い場所、知らない妖怪。

 

 

「この後、私は妖怪になって、大ちゃんから名前をもらう」

「……この後、って?」

「1週間くらい?」

「……………早くない?」

「本当にね」

 

普通こういうのって、長い間年月を重ねて妖怪になるものじゃあ……

 

「色々な要因が重なった結果だと思うよ。強すぎる自我、強すぎる妖力………私の霊力と妖力はチルノと幽香さんのものだから」

「……なるほど、通りで」

 

理屈はわからないけど納得はした。

 

 

「この後しばらく、私の騒がしい生活がやってくる」

 

 

また場面は変わる。

 

「なんかヤバそうな人にいきなり襲われて」

 

どこかで見たような金髪の妖怪。

 

「長い付き合いになる友だちと出会って」

 

妖怪の山の……天狗と河童?

 

「厄介そうな戦いにいきなり巻き込まれて」

 

爆ぜる弾、飛ぶ血飛沫、抉れる肉。

吹っ飛んでる毛糸。

 

「今思い返してもまあ、退屈はしない生活だったよ」

 

 

口ぶりから察するに、短期間の間に起こった出来事なのだろう。

彼女もこの幻想郷でちゃんと生きてきたのだという、謎の実感が湧いてくる。

 

 

 

 

 

「そして、ある人と出会った」

 

 

 

 

 

人間が立っていた。

黒くて綺麗な、長い髪。

光を全て吸い尽くすような、漆黒の刀。

 

 

 

 

「私にとって初めての、人間の友達」

「………」

 

 

その女性を見ている毛糸の目が、本当に懐かしい物を見ているようで。

その顔を私も眺めていた。

 

「……その人は、どんな人だったの?」

 

気になって、そう聞いてみた。

ただならぬ感情を抱いているのは見てとれるし、そもそも私は毛糸を知るためにここにいる。

 

でも、今は純粋に興味が湧いた。

あの女性に。

 

 

「強い人だったよ。あの人がどんな人生を送ってきたのか、私は詳しくはしらなかったけれど………でも、どこか似たもの同士だなって思ったんだ」

「似た物同士?」

「はみだしもの」

「………」

「私は、自分が妖怪なのか、人間なのか、どっちなのか、どうあるべきなのかわからなくて、変なやつになってて。あの人は……りんさんは、人間というにはあまりにも強くて………ひとりぼっちだったんだ、お互いに」

 

まるで(博麗の巫女)みたいだ、と思った。

 

「……この人とは、その後どうなったの?」

 

私がそう聞いても毛糸は何も発さず、ただ景色だけが切り替わっていた。

倒れているその人、そばにいる毛糸。

 

 

口での説明はなくとも、それが何を指し示しているのか理解するには十分だった。

 

 

 

 

 

「後悔しかなかった、けど、どうすれば良かったのかは分からない。あの時も、今も」

「………」

「だから、そんな想いを整理するために、ちょっと居場所を変えてみたんだ。そうだなあ……この幻想郷をもっと知りたかったってのも、多少はあったと思うけど」

 

現れた扉を潜ると、また場面は切り替わり、いろんな場所の景色が映し出された。

そして最後には、アリスがそこにいた。

 

 

 

毛糸とアリスが、楽しそうに話している。

 

「どう見える?」

「……先代と話してる時みたい」

 

穏やかで、楽しそうで。

 

「……やっぱり、あれがあんたじゃないのよ」

「…そうだね」

 

今のこの風景だけじゃない。

この記憶の中の毛糸は何というか……随分とはっちゃけているように見える。先代と一緒にいた時よりも、もっと。

 

 

「私も生きていくうちに、だんだん考えが変わっていくんだ」

 

 

黒い刀を持って血を浴びながら立っている毛糸。

 

どのくらい時が経ったのか分からないけれど……

少し、顔つきが変わったか。

 

 

「しばらく、穏やかな生活が続いたんだ」

 

 

彼女の何気ない日常が、その風景が私の目に刻み込まれる。

笑って、ふざけて、そんな日々が。

 

 

「幻想郷が完全に結界に閉ざされる時、妖怪が暴れ回ったのは知ってる?」

「えぇまあ……」

「これはその時の記憶」

 

見せたことのないような、怒りの表情。

直後に映ったのは、傷ついた彼女の友人だと思われる人たち。そして、左腕を抱える毛糸の姿。

 

「死にかけたよ。友達も傷ついた」

「………」

 

ああ、完全に変わった。

表情が、振る舞いが、その内の想いが。

 

 

 

 

「どう、映る?ここまでの私の記憶を見てきて、君の目にはどう映っている?」

「………」

 

その後も光景は流れていく。

ただ、その表情はどこか憂鬱そうで。

 

「寂しそう」

「………」

「私の目には、そう映ってる」

 

何故、そんな表情をするの?

今まではずっと、楽しそうに笑っていたのに。

 

一体何がそうさせているの?

 

 

 

段々と頭が慣れてきたのか、彼女のセリフが頭の中に流れ込んでくるようになった。

まるで自分が彼女になったかのような、そんな感覚。

 

 

 

「そしてまた時は流れて、君や魔理沙と出会った。そして、巫女さんにも」

「………」

「そして、吸血鬼異変が始まった」

 

 

生き生きとした表情、幻想郷が攻め込まれているというのに、何故か楽しそうで。

 

そうか、フランと。

そんなことがあったのか。

 

 

あの吸血鬼の妹と毛糸のやり取りがそのまま私の頭の中に流れ込んでくる。

 

「………」

 

そして、私もよく知った光景……博麗神社での日常が映し出されて。

 

 

その日がやってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

そこで記憶は止まった。

これ以上は見せる必要がない、ということだろうか。

 

「ねえ———」

「先にも言った通り」

 

私の言いたいことを察してか、割り込むように言葉を続けるそいつ。

 

「私は観せるだけだよ。それを見て何を感じ、どうするかは君次第」

「………」

「聞きたいことがあるなら、ここを出て実際に私に聞いてみるといい」

「……さっき散々聞いても、私には分からないって突っぱねられたんだけど?」

「次は答えてくれるよ」

「証拠は?」

「"私"がそう言ってる。それに……」

 

 

周囲の風景がまた、何もない真っ白な空間に戻る。

その中で目の前のそいつは、何もない場所をじっと見つめていた。

 

 

「さて、君は次にどうしたい?私の記憶を見て、君は私をどうしたい?」

「最初から変わってないわ。まだ、知らないこと、分からないことがある。それを聞くだけ」

「……そっか」

 

柔らかい表情を浮かべた後、私の背後を指さした。

振り向けばそこには扉がある。

 

「出口はそれだよ、言いたいこと言ってやればいい」

「……ねえ」

 

質問には答えないと言われていても、どうしても気になる。

 

「あんたって何者?」

「それって今重要?」

「言うと思った」

 

それだけ聞いて、私はこの真っ白な世界を去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2度目の感覚だろうか。

フランの時のような感覚。

 

ただ、あの時よりも、何というか。

懐かしさのようなものが、私の感覚を伝ってこみあげてくる。

 

見覚えのある景色。

嗅いだことのある木の匂い。

ゴツゴツとした手触り。

聞いたことのある幼い声。

 

 

 

気がつけば博麗神社にいた。

 

目の前には楽しそうに遊んでいる、幼い霊夢と魔理沙がいて

 

隣には——

 

「よう、久しぶり?」

「………」

 

巫女さんがいた。

 

 

 

 

 

 



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白い毛玉と、紅白の巫女

 

「………はあ」

「おいおい、いきなりため息はひどいだろ」

「どっちの妄想?」

「……あ?」

「あんたは私と霊夢、どっちの妄想かって聞いてんの」

「お前なあ……」

 

私の言葉に顰めっ面になる巫女さん。

 

「もっとこう、もう一度会えたとかさあ」

「物か何かにあんたの意識が宿ってるってなら別だけど、そうじゃないだろ。だったら私か霊夢の妄想があんたを喋らせてることになる」

「………」

「死んだんだよ、巫女さんは」

 

顔見ても辛いだけだ。

 

 

 

「荒れてんなあ、お前」

「………」

「強いて言うならどっちも、だな。ここは霊夢の中だし、私と相対しているのはお前だ」

「……そう」

「………」

 

二人の子供のはしゃぐ声が、私と巫女さんの間の沈黙に割り込んでくる。

 

「懐かしいか?」

「……子供の成長は早いもんだね」

「全くだな」

「私なんて、数百年かけてむしろ退化したような気すらしてるのに」

 

記憶を取り戻した故の反動か、心の底からそう思っているのか。

少なくとも今の霊夢にとって大事な記憶っていうのは、私を含めたこの光景なんだろう。

 

きっと向こうも似たような状況になってるはずだ。

 

 

「この光景の意味が、お前には分かるか?」

「分かるよ。分かってた、ずっと昔から」

 

けど目を背けてきた。

 

「私がここにいるってことは、そういうことなんだろうな」

「だな」

 

 

 

そうか……そうだよな……

子供、だったんだもんな。

 

 

 

小さい頃からずっと、見てきたんだもんな。

 

 

「本当に……私は逃げてばっかりだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな光景を眺め続けて、少し経った。

 

「……そろそろ行くよ」

「なんだ、もう少しいたっていいんだぞ」

「あんたにそう言わせてるのも私の妄想って考えると、つくづく自分が嫌になる」

「そういう一面も、私には見せてくれなかったな」

「………」

 

でももう、十分だから。

十分、この光景だけで伝わった。

 

 

 

「私が今話すべきなのは、あんたじゃなくて霊夢だ」

「そうだな」

「だから行くよ」

 

過去には縋らない。

あなたは懐かしいし、時を戻せるなら、戻したい。

 

それでも、道は前にしか続いていないから。

進まないといけない。

 

 

「頑張れよ」

 

 

その言葉を聞いた途端、周囲の光景が真っ白になって———

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

元いた森の中に、仰向けに倒れていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………」

「………」

 

お互いに黙り込む。

彼女は私の中で何を見たのだろうか。

 

私の心の中なんて、自分でも分からないのに。

 

 

けれど、聞かなきゃ始まらない。

 

そう、私は元から、彼女を知るためにここに来たのだから。

 

 

 

「ごめん」

「…え」

 

先に口を開いたのは毛糸だった。

 

「お前が私をどう思ってたのか、やっと分かったよ」

「……どうって?」

 

正直、今の私のあんたへの感情は自分でもよく分からないほどぐちゃぐちゃになってるのだけれど。

 

「家族」

 

意を決したように、そう呟いた。

 

「私には、そう見えた。魔理沙と、私と、巫女さんと」

「………」

 

なるほど、私の心の中はそうなってたのか。

そう……なるほど、ね。

 

「言われてみれば、そうだったかもしれない」

「ごめん、お前にとって私はただの妖怪じゃなかったのに、私はそれを無視して酷いことをした」

「………」

 

その言葉を、自分の中でゆっくりと噛み砕く。

お互いに上を向いて倒れてるせいで表情は見えないから、その分、一つ一つの言葉を噛み締めるように。

 

 

 

「……私が、あなたの中で見たのは、真っ白な空間と、あなたの今までの記憶」

「………」

 

思い返しながら、言葉を綴っていく。

今度は届くように、願いながら。

 

「あなたは、幻想郷の外から時代を遡ってやってきた」

「……そんなとこまで見たのか」

「あなたが教えてくれないから、ね」

「………」

 

ああそうだ、確かに異質だ。

奇妙な転生の仕方、というだけならまだ納得がいったかもしれない。けれど彼女は過去へと遡っている。

 

「あなたは自分のことを、どう思っているの?本来は存在するはずじゃなかった自分のことを、どう考えているの?」

「………」

 

それがまず始めに知りたいこと。

 

 

 

「異物」

 

短く、あまりにもあっさりと、そう答えた。

 

「……なんで?あなたは確かにこの幻想郷を……私だけじゃない、色んな人にとってあなたは……それなのに、なんでそう言い切れるの?」

 

彼女の言葉の意味することは、彼女自身だけじゃない。

彼女が関わってきた人、出来事全部を否定する言葉だ。

 

「話すよ、最初から」

 

観念したように、彼女は語り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

最初の頃は、そんなこと気にしたこともなかった。

自分がこの世界に生まれたのは何らかの意味があるのかもしれないし、理由なんてない、ただの偶然だったのかも知れないと。

 

ただただ、生きていた。

生きていくうちに、色んなことがあった。

 

戦ったり、出会ったり、別れたり。

旅に出たり、帰ったり。

 

 

 

そうしていくうちに、生きたいと思える理由が出来た。

 

妖怪にも人間にもなりきれずに、世界から浮いているような私を。

こんな私を友達と呼んでくれる、私のかけがえのない人たち。

 

 

ただ、そんな人たちと過ごしていたい。

生きていたい。 

 

それが私の望みだった。

大した願望じゃない、ただ、永遠に今が続いてほしい。

 

そんな願い。

それが今でも昔も、私の生きたいと思う理由。

 

 

 

でも、変わっていった。

いつからか、私は歪んでいった。

 

 

 

私は、この幻想郷が大好きだ。

こんな私を受け入れてくれる幻想郷が、かけがえのない人たちのいるこの幻想郷が、大好きだ。

 

そして、こう思うようになった。

 

 

 

 

私がいなければ、この幻想郷はもっと美しかったんじゃないか。

私の存在がこの世界を歪めてしまっているんじゃないか。

 

 

 

 

その考えは昔からあったのかもしれない。

ただ、一番はっきりと自覚したのが、幻想郷が結界で閉ざされたあの時で。

 

 

そうだ、思い出した。

さとりんに随分と怒られた……というか、悲しまれたなぁ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……だから?」

「何が?」

 

そこで話が終わりだったのか、まだ続いていたのかは分からないけれど、たまらずそう口に出してしまう。

 

「誰にもその悩みを打ち明けないのは、常に誰かと何かの線引きをしているかのように、距離を取っているのは」

「………」

「悲しい目をしていたのは……あなたのその記憶のせい?」

 

目を疑うような外の世界の光景。

 

「……そうかもね」

 

彼女からすれば、本来自分はいなかった存在であり……言わば、幻想郷の歴史を改変してると言えるのかもしれない。

 

でも……その考えはあまりにも……

 

「寂しいわよ……そんなの」

「…それが私だから」

 

 

分からない。

あなたのその気持ちを、私は本当の意味で理解できているのか。

 

誰にも分からない違いを、自分だけが知っていて。

その違いのせいで、自分は誰とも違う存在で、孤独で。

自分の存在は間違ってるっていう思考が絶えず頭の中を駆け巡る。

 

想像もつかない、そんな生き方。

 

 

「あなたへ歩み寄ろうとした人たちはいたはず、それなのにどうして——」

「迷惑、かけたくないからね」

「っ………」

 

あんたのそれはただ拒絶しているだけでしょうに……

 

「ならどうして……どうして、あなたはここにいるの?自分の存在を間違っていると認識して、色んなものを遠ざけて、どうして、ここにいるの?」

 

 

体を動かさずにはいられなくなって、体を起こす。

 

 

「そんなに自分が嫌なら、それこそ本当に自死でもすればいい。でもそれをせずにあなたはここにいる。それはどうして?」

「そんなことしたら悲しむでしょ、みんな」

「………」

 

 

そう

そうなのね

 

だから苦しんでるのね

 

 

 

「………あなたのことは、分かった」

「………」

「理解できたとは言わない。少しは、知ることができたと思う」

 

だからこそ、納得がいかない。

 

「まだ、分からないことがある」

 

 

何故あの時、そうしたのか、

 

 

「なんで、先代に別れも告げずに去った」

「………」

「あの時、あの人がどんな気持ちで最期を迎えたのか……分かる?」

 

 

私に合わせて体を起こした毛糸に掴みかかる。

 

 

「自分があの人にとってどういう存在だったのか、分かる!?」

「………」

「あんたは——っ……」

 

そう。

その哀しい目。

 

あの日の、私の目に焼き付いて離れない、あの哀しそうな表情。

 

「私は私の記憶のことなんかどうだっていい!なによりも許せないのは、あんたがあの人から逃げたこと!!」

「…ごめん」

「謝る前に答えて!」

「……ごめん」

「あんたはっ!!」

 

右手を振りかぶる。

 

 

 

 

 

 

 

当たる直前、ギリギリ拳を引き留めた。

 

「………私は、あんたを殴るためにここにいるわけじゃないし、あんたに謝ってもらうためにここに呼んだわけじゃない。あんたを知るために、ここに来たの」

「………」

「だから教えて。答えて。あなたのあの選択の意味を」

 

手を離して、毛糸をじっと見つめる。

 

 

 

「……優しく育ったな、お前」

「今更親面?」

「いや……あの人にも、見せたかったなって……」

 

 

腰を下ろして、腰の刀をさすりながらポツリポツリと話し始める毛糸。

それは、どこか諦めたような顔だった。

 

 

 

「友達がいたんだ。かけがえのない、私にとって絶対に忘れられない人」

「………」

「粗暴で、強くて、なんやかんやで優しくて、私なんかと仲良くしてくれて……そして……」

 

少し、声が震えていた。

 

 

 

「巫女さんに、よく似てた」

 

 

 

黒く長い髪の、漆黒の刀を持った人。

 

 

「どこが似てるのかって聞かれると少し困るんだけど……雰囲気というか、何というか……」

 

言葉に詰まる毛糸。

思い出したくないことでもあるのか、少し辛そうな表情をしている。

 

「もし、あの人が博麗の巫女だったなら、こんな風だったのかなって」

「……もし?」

 

その言い方だとまるで……

いや…そういうことなんだろう、きっと。

 

 

「だからかな、自分でも今思い返すと不思議に思うよ。あの人にあんなに関わってたのは」

 

 

その友人が、毛糸にとって大切な人だったのは分かる。

それは、あの空間で見ていたから。

 

 

「……霊夢は、巫女さんから聞いた?なんでああなったのか」

「…吸血鬼の生き残りに手こずって、ヘマしたって」

「そう……」

 

刀を抱えるように持って、小さくうずくまる。

それはまるで、子供のように。

 

 

 

「あの日……あの戦い。自分で言うのもなんだけど、運が悪かった、としか言いようがない」

「………」

「私は死にかけた、巫女さんも、死にかけた」

 

あの人は語ってくれなかった、その戦いの話。

それを語る毛糸の目は、真っ黒に澱んでいる。

 

「私が、殺されそうになったんだ。足引っ張ってた。それを巫女さんが助けてくれて………おかしいよね。私はすぐに傷が治るのに、私よりあの人の方が脆いのに、それなのに………」

「………」

「あの人の体を……敵が貫いた」

 

 

手が、震えている。

 

 

「それでもなお、あの人は立っていた。まだ、戦っていた。ボロボロで、立って、戦って、あの妖怪を斃した。私はただそれを見てることしかできなかった」

 

そしてその後神社に帰ってきて。

私の記憶を消した数日後、先代は死んだ。

 

 

 

 

「あの時のあの、やさしい顔。りんさんの刀を握った、あの姿………まるで本当に、あの人が……昔の友達がそこに立っているみたいだった」

 

面影を、重ねていた。

 

「でも、あの人は死んだ……いや、まだ死んではなかった。けれどまた、私の前であの人はこの世から去ろうとしていた」

 

 

「また会えた、そう思った」

 

「また会えなくなる、そう思った」

 

 

「そして気づいた」

 

ゆっくりと、顔をこちらに向けた毛糸。

 

 

 

 

「私は、巫女さんのことなんか見ていなかったんだって」

 

 

 

 

その黒い目は、私ではない何かを見ていた。

 

 

「私はずっと、あの人に重なったりんさんの影を見ていただけで………巫女さんのことなんて、一つも見ていなかった」

 

 

その黒く、何も映さない瞳は、私ではないどこかに向けられていた。

 

「巫女さんのことなんて一つも好きになっちゃいなかった。私が見ていたのはりんさんで、 あの人じゃなかった。私は巫女さんのことなんて一つも見ていなかったんだって」

「………」

「あの人は、私のことを見てくれていたのに」

 

黙って、彼女の綴る言葉に耳を傾ける。

紛れもない、彼女の本音だから。

 

 

 

「だから、折れた、逃げた。巫女さんから、お前から……そして、私から。会うのが怖かった、会いたくなかった、こんな薄情者の最低なやつの顔なんか、見せたくなかった」

「………」

「あの人が…また、死ぬ姿を、私は、見たく…なかった」

「……そう」

 

うずくまっている。

悲痛な面持ちで、怯えるように、小さく。

 

 

 

「私は……なんのために自分が存在しているのかわからない」

「……生きている意味なんて必要ないって、あなたは過去に言ってたはず」

「フランと私は……違うよ…」

 

弱々しく、言葉を紡いでいる。

 

「私は……あの日、巫女さんに庇われた。お前を頼むって言われたのに、私は、全部捨てて逃げ出した」

「私を頼むって…」

 

先代はそんなことを……

 

「私は、お前から親を奪った。奪ったんだよ……」

「………」

 

不思議と合点がいった。

記憶を消すくらいじゃそこまでの負い目は感じないはずと、私の勝手な尺度で考えていたけれど。

そう思っていたのなら……確かに、そうなるのかもしれない。

 

 

「……私は、家族っていうのが何かよく分からない。先代と血が繋がってるわけじゃないし、私の本当の親がどこにいるのかも、本当にいるのかも、知らない」

「………」

「けど、私にとってあの頃の生活は、家族との記憶だったと思ってる」

 

 

3つの木彫りの花びらを取り出す。

それを見た毛糸が、少しだけ驚いた表情になる。

 

 

「あんたと、先代と、私の分」

「……無くした、そう思ってたんだけどな」

「私だけじゃない、先代にとっても、あなたはかけがえのない存在だった」

 

 

 

知らないからこそ、家族のように感じていた。

血のつながりはなくとも、先代は当たり前のようにそこにいて。

毛糸はその隣にいたから。

 

それはきっと先代も同じだった。

 

 

 

「でも、あなたは家族を知っている。知っているからこそ、ずっと独り」

「……そう、だね」

「本当にそう?」

 

彼女の記憶を思い返す。

誰かと話している彼女の表情、仕草。

 

そして、あの真っ白で何もない、からっぽな空間。

彼女の心には何もなかった。でも……

 

そんなことが、あり得る?

 

 

「あなたと、当たり前に居てくれる人は、本当にいない?ただ目を背けてるだけなんじゃないの?」

「………」

「私じゃない誰かが、あなたをそんな風に思ってるんじゃないの?あなたはそんな人の気持ちも否定してるんじゃないの?」

 

 

 

 

 

解った。

彼女が独りの理由が。

 

 

みんな、踏み込まないんだ。

彼女が強いから。

一人で、全部どうにかしてしまうから。

 

辛くても悲しくても、それを覆い隠すことができてしまうから。

孤独を認めて、耐えることができるから。

 

彼女が助けを求めずに、拒んでしまうから。

 

掴もうとしたその手を離してしまうから。

 

 

 

 

「私、は……」

 

 

だったら、やることは決まっている。

 

 

「本当に孤独だったのは、先代よ」

「っ……」

「あなたが去って、何も知らない私だけが残って、それであの人は終わった。あなたが先代のこと見てたとか見てないとか、そんなことは関係ない。少なくとも先代にとって、あなたは唯一だった」

 

どんなに寂しかっただろうか、辛かっただろうか。

 

今なら、あの時の言葉の意味がわかる。

 

 

「私の人生も、あなたのせいで随分と狂わされた。妖怪と人間の共存なんて夢見るようになったのも、スペルカードを作ったのも、異変の後に宴会があるのも……全部、あなたのせい」

「私は…ちが…」

 

私が空を飛べるのも。

魔理沙と知り合えたのも。

 

「他にも、私以外の人たちに沢山の影響を与えてきた。自分はいなかった方が良かったんじゃないか、なんて言っておきながら、取り返しのつかないような爪痕を、あなたは残し続けてきた」

「やめっ…」

 

 

 

 

 

 

 

 

「だから、私は赦すわ」

 

 

顔を上げた毛糸。

 

 

「私は、あなたの存在を肯定する。他でもない、この私が」

 

 

あなたのおかげで今がある、私が。

 

 

「ここに居ていいの。あなたがそこに在ることを咎めるのは、あなたしか居ないんだから」

「……なんで」

「感謝してるから」

 

物事に本当の意味で良し悪しなんてものはない。それは価値観によって簡単にひっくり返ってしまうものだから。

 

だから、彼女がこの世界に与えた影響が良いものであったのか、悪いものであったのか、それを判断してくれるものは、どこにとない。

 

だからこそ、私は

 

私だけは、認めてあげなきゃいけない

 

 

「あなたのおかげで、今の私が在る。あなたが、今のこの私を形作ってるの。もし私があなたを否定したら……私自身を否定することになっちゃうでしょう?」

「それでも私は……こんな私が幻想郷にいていいわけ……」

 

 

 

聞き分けの悪さにほとほと呆れる。

……それだけの人生を送ってきたってことなのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

だからこそ、私はこの言葉を贈る

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「幻想郷は全てを受け入れる」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

きっとこれが、彼女に必要な言葉だから

 

 

「たとえそれが、どうしようもないくらい自分が嫌いな、面倒くさい毛玉でもね」

 

 

それが残酷な話だとしても。

彼女の救いになると信じて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……参ったな、涙出そうだよ」

 

 

 

顔は上げない、けど声色は変わった。

どうやら、ようやく届いたらしい。

 

 

 

「お前の言う通りだよ、全部」

「私はあなたに居てほしい。この幻想郷に居てほしい」

「…お前に、そう言われたら、下も向いてられないな…」

 

顔を上げた。

その顔は……少しだけ、ほんの少しだけ、笑っていた。

 

 

「今までも散々、手は差し伸べられてたでしょうに」

「それを取る勇気がなかったんたよ。……まあ、お前にこうも必死に言われたら……無視はできないよ」

「……それで?」

 

再び、その本心を聞く。

 

「今は、どう思ってる?」

「……そうだなあ」

 

立ち上がり、少し考える素振りを見せる。

気持ちを確かめているのか、言葉を選んでいるのか、それは分からないけれど。

 

 

 

 

「お前のためなら、居てもいいかなって。そう思ってる」

「……そう」

 

 

 

 

前を向こうとしてくれているのは、確かだった。

 

 

 

「先代は、あなたがそんなふうに悩むのは望んでないはずだから」

「……あの人にも、ちゃんと……もう一度、謝らないとな」

 

謝る、か。

 

 

「……言伝を預かってる」

「言伝?」

「先代から、あなたへ」

 

死ぬ前に言われた、あの言葉。

誰への言葉だったのか、あの時はわからなかったけれど。

 

今ならはっきりとわかるから。

 

 

 

 

 

 

「———」

 

 

 

 

 

 

「………そっか」

 

 

 

 

 

私が伝えた言葉を聞いたあと、本当に短く、そう呟いて。

私に背を向け、すっかり空に昇ってしまった月を、静かに眺めていた。

 

「全く……先代もあんたもなんというか……肝心なところで不器用なんだから」

 

彼女は黙って、空を見上げ続けている。

 

 

 

 

 

 

 

風が葉を揺らす音に紛れ、何かが聞こえた。

しばらく聞いていると、それはまるで啜り泣くような声のように思えて。

 

 

 

「何?もしかして泣いてるの?」

 

 

 

と、冗談まじりに聞いてみたら

 

 

 

「……別に」

 

 

 

と帰ってきたので、私は思わず黙ってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…フフッ」

 

そういう、妖怪らしからぬとこらが、私は好きだ。

 

 

 

しばらくして、彼女はこちらに向き直った。

月の光で一瞬見えたその目は、ほんの少し赤くなっていたように見えたけれど……まあ、見間違いということにしておいてあげよう。

 

……ようやく、終わったのね。

 

だったら、あとは簡単。

 

 

 

 

「さて、と。それじゃあ向かうとしましょうか」

「向かうって……どこに?」

 

……本当にわかってないの?こいつ。

 

 

 

「決まってるじゃない」

 

 

どんな出来事があっても、終わってみれば笑い話になるように。そうなればいいなと、私は願ったから。

 

 

「あんたのおかげで大遅刻よ、もう始まってるかもね」

「……そいつは、悪いことしたなぁ」

「全くよ。だから———」

 

 

 

彼女が前へと踏み出せるように

私は手を差し伸べる

 

一つの花びらを乗せた、その手を

 

 

 

 

「行きましょう、一緒に。みんな待ってる」

 

 

 

 

手を取ってくれるまで、何度でも。

 

 

 

 

「……そうだな」

 

 

 

 

 

 

手を取り合える未来を、私は望むから。

 

 

 




次回、最終回


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白くて、もじゃもじゃで、浮いていて

長い間、皆様お付き合いありがとうございました。
例の如く活動報告書いてます、そちらもよろしくお願いします


 

 

ずっと、独りだった。今までずっと。

 

 

なぜかこの世界に毛玉として生まれて、異物として生きてきて、ずっと独りだった。

 

 

家族はいない。

それなのに、家族を知っている。

その温かみを、心強さを、私は知っている。

 

だからこそ、辛かった。

独りであることが。

 

どこまで突き詰めても世界から浮いている自分を認めざるを得なくて。

 

 

 

だからだろうか、自分以外の他人に拘るのは。

誰かと一緒にいるときは、その孤独を紛らわせることができて。

 

 

胸に開いた、決して埋まることのない穴を、上から覆い隠すことができて。

 

 

 

 

 

解っていた。

自分から独りになっていることは。

 

一人は孤独だ、誰かがそばにいてくれた方がいいに決まってる。

 

少なくとも私は、孤高なんて言葉が似合うほど妖怪じゃなかった。

 

でも、少なくも私は、誰かを求めることができるほど、自分の存在を認められるほど純粋じゃなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

でも、気づいた。

気づかされた。

 

それは求めていたものと同じじゃないかもしれないけれど。

 

それは人によって形を変えるものだから。

 

私には私の形があるから。

 

 

 

 

「おはよう」

「………おはよう」

 

 

私のは、そこにある。

 

「随分熟睡してたみたいだけど?」

「寝過ぎて体重いわ……」

 

誇芦が重い足取りで起きてきた私を見てそう言った。

自分でも自覚あるくらいには、よく寝た。

 

「今どのくらい?」

「もうお昼」

「まーじで?」

「まじ」

「わっはぁ……こんなに寝たのいつぶりだろ」

 

……やっぱり、肩の荷が降りた、のだろうか。

起きて段々とはっきりしていく意識の中、自分の空腹を感じ取った。

 

「……あ、そういやお前朝ごはんどうしたの?」

「なくたって平気だよ、欲しけりゃ起こしてる」

「そっかぁ……」

 

淡々と私と言葉を交わす誇芦。

気を遣って寝かせといてくれたのね。

 

少し頭をかいた後、再度口を開く。

 

 

「……聞かないの?何があったのか」

「顔見れば分かるよ。詳しくは知らなくても困らないし」

 

 

……顔見りゃ、か。

 

 

「私、今どんな顔してる?」

「………ぅん」

 

 

何かを言いかけた後、口を閉じて言葉を選んでいるほころん。

しばらく待っていると、これだ、といった表情で私をみていた。

 

 

 

「いつも通り、間抜けな顔」

 

 

 

きっぱりと、そう言い切った。

 

 

「……ははっ、そりゃいいや」

 

私らしくて、良い。

 

 

「これからどうするの?今日はゆっくり休む?」

「……いや、もう出るよ。今日は予定が沢山あるからさ」

「そっか」

 

そうと決まればさっさと出よう。

約束の時間までには間に合わせないといけない。

 

「……誇芦」

「…ん?」

 

その前に、言っとかないとね。

 

「ごめん、それとありがとう」

「……ん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…そう、大変だったのね」

「何も言えなくてごめん」

「良いのよ、それがあなたの性格なのは知ってるから。……でも、紫とは一度、しっかり話をする必要がありそうね」

「……そのお話って、穏便に済みます?幽香さん」

 

こうして顔を突き合わせて喋るのはいつぶりだろうか。

会うと全部見透かされそうで、距離をとってしまっていた。

 

「私とあなたは少なからず繋がりがある。言わずとも、なんとなくあなたの心情はわかるのよ」

「はぁ……」

 

私は幽香さんの心情ぜっっっ……ぜん、分かんないだけど、それって一方通行なの?私だけバレる感じ?

 

「何はともあれ、解決したなら良かったじゃない」

「解決したって言って良いのかは分かんないけど……まあ、上手く飲み込めたとは思う」

「私たち妖怪が少しでも良い方向に変化できたのなら、それはとても喜ばしいことよ。変わることは難しいことだから」

 

……なら、なおのこと霊夢に感謝だな。

 

「……私、幽香さんが初めて出逢った妖怪でよかったって、心の底から思ってる。あの時会ってなきゃ、きっと私は今ここにいないから」

「どうしたの、急に」

「本当に奇跡だなって、ふと思って」

 

 

私は自分が好きじゃないけれど、この私で在れてよかったと思ってる。

それは、私が出逢ったすべての人が私を形作ってるからで。

 

きっと、幽香さんに会わなかったら、私は今の私じゃなかっただろうから。

 

 

「必然、なんてものはこの世に存在しないのよ。たまたまあなたがここに流れ着いたから、たまたま私とあなたが出会ったから………色んな偶然が織りなして今がある」

 

全部偶然……か。

 

「それに、必然だった、なんてそんなの、つまらないでしょう?」

「……そうだね」

 

偶然……奇跡……

だとするなら、私はとことん、運が良いらしい。

 

 

「出逢ってくれてありがとう、幽香さん」

「こちらこそ、ありがとう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここにくるのも久々かあ…」

 

いや、妖怪基準で言えば数年なんてあっという間なんだけど。

 

閉ざされた空間、光なんてなさそうだけれど、なぜかほんのりと明るく、場所によっては喧騒と共に人が吹っ飛ぶ、そんな場所。

 

我ながら、よくこんな所と関わりを持ったものだ。

 

 

 

何度も歩いた道を歩いていく。

まあ道を外れて怨霊に絡まれるのもごめんなので、道沿いにしか進まないんだけども。

 

途中、見知った顔がいくつかあった。

軽く挨拶を済ませ、ある人からは橋の上で怒涛の妬みの感情を浴びせられ、ある人からはなんかもう……追いかけられた。鬼ごっこが始まった。

 

何度も勇儀さんとはやり合いたくないと言っておろうに……

 

 

 

そんなこんなで、着いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

誰もいなかったので黙って中に入った。

 

少しだけ待って誰も来なかったので、そのままさとりんの部屋目掛けて進んでいく。

 

「すぅっ……はあ」

 

なんか緊張してきた。

てかなんで誰もいないの?私が会ってないだけ?

 

「……着いたぁ」

 

扉の前で小さな声が溢れ出た。

 

 

 

 

さて……何から話せばいいのだろうか。

 

まず謝る?いや相手何があったかなんも知らないだろうし……

というかなんで会いにきたって話だよな。

色々落ち着いたから久しぶりに遊びに来れた?

 

うーん………何言っても困らせそうな気がしてきた。

というか心は読まれるし………

 

 

あれか?もう帰るか?

別に今日中である必要はな———

 

「あ」

「え」

 

出てきた、さとりん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「少しくらいは地上の情報もここまで届いていましたが………あなたがそんな厄介…面倒……大変なことになってたとは」

「いやまあ……厄介で面倒で大変なことだったよ、うん」

 

一から全部話した。

さとりんには見透かされるから、隠すこともない。

 

「…変わりませんね、あなたは」

「戻った、の方が合ってんじゃないかな」

「そうかもしれませんね」

 

どこか穏やかな表情のさとりん。

さっきまで仕事してたはずなのに、こうして時間とってくれて感謝しかない。

 

「まあ、他でもないあなたが久しぶりに会いにきてくれたんですから、腰を据えて話す場くらいは用意しますよ」

「ありがとう、ほんと」

「いえ、気にしないでください」

 

 

世話になりっぱなしだな、ほんと。

 

 

「……私がもっと踏み込めばよかったんでしょうか」

 

 

少し俯き、自嘲するような笑みを浮かべるさとりん。

 

 

「…それでもきっと、私は拒んだよ」

「ですかね…」

 

でも、今更謝罪の言葉なんて聞きたくないんだろうな。

 

 

 

「……あの日、私を悲しんでくれたよね」

「…そうですね」

 

幻想郷が閉ざされた時。

あの時の騒動で、私は左腕が動かなくなって。

 

「あの時、全部言われたよね」

「でも、私じゃ届かなかった」

「………」

 

 

そう、言われた、私は。

自分の存在を認めろと、そう言われた。

誰かを頼れと、そう言われた。

自分を許してやれと、そう言われた。

 

 

「……あの時の言葉。まだ何も解決しちゃいないんだ」

「知ってます」

「…私はまだ自分の存在を疑ったままで、誰かを頼ることを恐れたままで、自分で自分を許さずにいる。……あの時よりも、もっと」

 

一晩経って、考えて、やっぱりそう思った。

私自身はそう……大して、変わっちゃいないって。

 

「でも、とっかかりはできたんだ。あの時はあの言葉、全部諦めちゃってたけど」

 

 

居て欲しいって、あいつに言われたから。

 

 

「だからさ、もう一度向き合ってみるよ。あの言葉と」

「……そうですか」

 

少しだけど、笑ってくれている。

 

「ありがとう、みんなのおかげで、また顔を上げられるよ」

「…それはあなたが強いからですよ」

「ホントに強かったら、こんなことで悩まないと思うけどね」

 

みんながいたから、私は私でいられる。

 

「さとりんが話聞いてくれたから、今までも随分と救われたよ」

「…あの時の恩、少しは返せましたかね」

「私が返さなきゃいけないくらいにはね」

「ふふっ…そうですか」

 

その優しい笑みを見た後、私は席を立った。

 

「こいしやお燐には会っていかないんですか?」

「ごめん、今日時間ないからさ」

「そうですか……」

 

地底までくるのも一苦労だし、戻るのも一苦労だし……文たちやレミリアに顔出す時間もないかなぁ、これ。

……レミリアはまあいいか。

 

寝坊しなけりゃもうちょっとなあ……

 

「こいしには元気そうだったって伝えておきます」

「…よろしく。また来るよ」

「えぇ、いつでも、待ってます」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……いつまでそうしてるつもり?」

「いや…だってよぉ……」

 

わざわざ私の家まで来て机に突っ伏してる魔理沙。

落ち込んでいる、というかショックで狼狽えてる、って感じかしら。

 

「アリスはなんとも思わねえのかよぉ」

「いや、私別に当事者でもなんでもないし。事情を知ってるだけで」

「この薄情もんがあ!!見損なったぜ!!」

「知らないわよめんどくさいわね……」

 

 

 

 

昨日、なかなか戻ってこない霊夢を案じて探しに行こうとした魔理沙を私は引き留めた。

なんというか、予感があった。

 

きっとこの日、この時が彼女たちにとっての山場なんだと。

それを邪魔するわけにはいかないと。

 

 

そうしてしばらく経って、弾幕勝負や爆発の気配がして………彼女たちは一緒に戻ってきた。

どこか晴れやかな表情で、足を揃えて、一緒に。

 

それだけで、全てを察せた。

 

 

 

 

「…でも、よかったわね、本当に」

「そう…よかった……よかったんだけどよお」

 

それで、目の前のこのうるさい奴がさっきからずっと喚き散らしているのは何が原因だろうか。

 

「私は…私はどんな顔で霊夢に会えばいいんだぁあ!!?」

「…そんなことか」

「そんなこととはなんだそんなこととは!!私だってなあ!今までずっと騙してきた分、毛糸にも負けず劣らず……とは言わないが、決して小さくはない罪悪感をだなぁ…」

 

解決法なんて決まってるでしょうに。

 

「謝って、許してもらいなさい。簡単なことでしょう」

「簡単って……そりゃ、言うだけなら」

「親友なんでしょう?なら、謝る。謝られたら、許す。……それが友達ってもの。でしょ?」

「………」

 

間違えても、またやり直せる。

間違えて終わりじゃない。そこから先を進むことが、私たちにはできる。

 

「そんな簡単なもんかなぁ……」

「そんなに自信ない?」

「自信っつーか……ん?」

 

 

誰かが急いでる様子で私の家の方へとやってくる。

この足音の間隔は………そう、来たのね。

 

「——アリスさん!…っと魔理沙もいたのか」

「毛糸!?お前なんで…」

「ごめん今時間ないから……でもちょうど良いや」

 

ちょうど良い、か。

 

 

「どうしたの?」

 

 

急いでいるけれど……どこか余裕を感じられる彼女に、落ち着いてそう聞いた。

すると彼女は大きく息を吸って、言葉を紡ぎ出した。

 

 

「…迷惑心配いろいろかけてごめん!!………それと、ありがとう」

「……いいのよ」

「お、おう……」

「じゃそういうことで!また来る!」

 

そう言って彼女は去ってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

「……ね?」

「…そうだなあ」

 

ちょうど良い時に、ちょうど良いやりとりをしてくれた。

謝るっていうことを、嵐のようにやってきてこなして帰ったわけだ。

 

「私も謝るかなあ…ちゃんと」

「それが一番よ」

 

霊夢ならきっと許してくれる。

なんてったって、あの毛糸と一緒にいたのだから。

 

 

 

道を違え、立ち止まって、迷って、振り返って………

そうやって、進めば良い。

 

道は彼方まで続いているのだから

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前って結局なんなんだ?」

 

神社へ急ぎながら、そう呟いた。

 

『何度も言ってるだろう?私は君だって』

「本当に私だったんなら、もっと私らしく振る舞えよ」

『私も君の一部分だよ。どうしてもそれを疑うと言うのなら、それはまだ君が自分を認められていないってことなんじゃないかな?』

「…そうかねぇ」

 

……なら、そっちも頑張らなきゃな。

 

自分のこと、認めてやろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

身体を浮かせて、神社へと続く階段の上を飛び上がっていく。

せっかくだから一歩ずつ踏み締めて行きたいんだけど……そんなことしてる余裕もない。

 

 

久々に通る道を楽しむ暇もないまま鳥居が見え、そのまま突っ込んで浮遊を解除した。

 

 

 

「っふううぅぅ………セーフゥッ!!」

「アウトよ」

「あでぇっ!!」

 

後ろからお祓い棒で叩かれる。

 

「もう日が落ちるじゃないのよ」

 

振り返ると、呆れた表情でお祓い棒を手に持った霊夢がいた。

 

「仕方ないだろ色々やることあったんだし、寝坊しちゃったし……」

「寝坊って………まあ仕方ないか。私もしたし」

「霊夢も?」

「なんか色々スッキリしてね、おかげで今日は気分が良いわ」

「そっか……」

 

……そりゃ、悩むよな。

 

「…ぐっすり眠れたみたいね、お互いに」

「……そうらしいね」

 

 

しがらみから抜け出せた。

まだ、色んなものに絡まったままだけど。

 

一番邪魔だったものは、もうない。

 

「それじゃ、行くわよ」

「……うん」

 

私も、霊夢も。

 

 

きっと今は、良い顔が出来てるだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私は酷いやつだと、私は思う。

巫女さんのこと見てなかったとか言って、自分勝手に逃げて、今こうして、戻ってきた。

 

あの人の、墓の前。

 

 

「……ここに来んの、2回目だな」

「2回目……やっぱり、あの時のは……」

 

レミリアとやりあって、その後に。

 

 

 

 

「……久しぶり」

 

墓の前に膝をついて、語りかけるように言葉を続けていく。

 

 

「…心配、かけたよね」

 

最期まで、私のことを気にかけてくれていた。

私は逃げたのに、彼女は見放していなかった。

 

 

「あの時、前向けそうだって言ったけど……全然、ダメだったよ」

 

 

あの時の一瞬、立ち直っただけ。

 

 

 

 

「でも今度は、いけそうなんだ」

 

 

 

 

彼女が救ってくれた。

 

他でもない彼女が、居ていいと言ってくれた。

 

 

 

 

「だから、今度は背負っていくよ」

 

 

あなたとの約束。

あの時は断っちゃったけど。

 

今からでも間に合うのなら、果たさせて欲しい。

 

 

「霊夢のこと、ちゃんと私が見てるからさ」

「…何よそれ」

 

 

誰かのおかげで進むことができる

無理して一人で立ち上がらなくたっていい

誰かと共に征けるのなら、それでもいい

立ち止まっても、いい

 

 

 

 

「まだ、顔上げて、自分の足で進むのは難しいかもしれないけど」

 

 

 

 

自分への認識が変わったわけじゃない。

それは私の正直な気持ちだから。

 

 

 

 

「私はまだ、進めてないけれど、それでも……」

 

 

 

 

最後に進むことができたら、なんだっていい

 

一人じゃ生きていけないんだから、だったらせめて、手を取り合って、引っ張って、引っ張られて

 

 

 

 

「独りじゃないからさ」

 

 

 

 

 

それでも

 

 

 

 

 

「進むよ、今度こそ」

 

 

 

それが私の償いだから

 

 

そっと、木彫りの花びらを手のひらで包んだ

 

 

「だから、見守ってて欲しい、私たちを」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いいの?もう」

「うん。それに、次からは堂々とここに来れるだろ?」

「…フフッ、そうね」

 

笑った横顔を、静かに見つめる。

 

………ああ、でもやっぱり、私はダメだな。

今度は巫女さんの面影を、お前に感じちゃってるよ。

 

 

「…似てきたな、あの人に」

「だといいんだけどね」

 

 

 

 

 

 

風が吹く

私を絡め取っていたそれを引き剥がすように、優しい風が

 

黄昏時、すっかり嗅ぎ慣れたこの土地の香り

 

 

この理想郷で、私は生きている

 

 

 

 

 

 

 

——巫女さん

私は、こんな私でよかったと思ってるよ

 

こんな中途半端で、めんどくさい私だけど

 

みんなに会えたから

 

 

 

 

 

 

 

突然、聞き覚えのある声が聞こえてきた。

落ち着きのない様子のその大きな声は段々と近づいてくる。

 

「——い!おーい!霊夢ー!いるかー!?」

「魔理沙…?なんで急に」

 

 

あれ、さっき会ったばっかなのに。

 

「…謝りにきたとか?」

「何よ、私は別に怒ってなんか…」

「それがケジメなんじゃないかな、あいつの」

 

そうだな、魔理沙にも感謝しないとな。

私と一緒に、重荷を背負わせてしまった。

 

「……なら、あなたも一緒に来て」

「え?私いる?」

「当然でしょ?」

「そう……ま、いいけどさ」

 

 

 

 

私は生きていく、この世界で

例え私が、世界から浮いた、孤独な異物だったとしても

 

 

私は生きていく、私が愛してやまないこの世界で

例え私が、この世界にとって間違いだったとしても

 

 

私は生きていく

かけがえのない、みんながいるから

 

 

 

私が恋した幻想郷で、これからも

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、そうだ。一つ良い?」

 

思い出したように振り返って、そう言う霊夢。

 

「何?」

 

と、私は聞き返した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「また聞かせてよ、りんって人のこと」

 

 

 

 

 

 

 

「………ははっ」

 

ああ、本当に

 

 

 

 

大好きだ

 

 

 

「もちろん!」

 

 



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番外編 終わりなき幻想で
変わらないもの


蛇足編です


 

「この部屋じめっぽくない?」

「文句言うなら帰ってくださいよ」

「換気してる?」

「………してます」

「溜めたねェ」

 

どこか薄暗いが、構造がびっくりするほど何年経っても変わらないこの部屋。

ちょくちょく補修工事とかしてるみたいだけれど……ちょっとした引越しとかする気にならないのだろうか。よくもまあ数百年も引きこもりでいられるものだ。

 

「…でも毛糸さん、最近は本当に晴れやかな顔するようになりましたね」

「んー?そーかなぁ」

「そーですよ。なんというかこう……死んだ魚の目に微かに生気が宿った気がします」

「それ生き返ってない?というか微かならほぼ死んでるようなもんじゃん」

 

まあそう言われて嫌な気はしない。

前を向けてるってことだろうし。

 

「……で、今何してんの?」

「絵を描いてます」

「いつものね……風景画?これどこの?」

 

見覚えのない景色の絵にそう聞き返してしまう。

というか、外の景色がほとんど見えない部屋の中で風景画なんて描けるのか?

 

「どこって、どこでもないですよ?」

「…ん?ど、え、あ?」

「全部妄想です」

「妄そ……え?」

 

こいつ……

引きこもりで妖怪の山から出ないせいで全然景色変わらないからって、とうとう架空の世界を描き始めた……

 

「……外、出ない?」

「出ませんよ、外ってあれなんですよね?目と目が会ったら弾幕勝負を仕掛けられる世界なんですよね?嫌ですよあたしはそんなの」

 

そんなポ○モンみたいな…

 

「……にしても、上手いもんだね」

「そうですかね…自分としてはここしばらく上達っていうのを感じ取れなくて、ちょっと行き詰ってるんですけど……」

「……そっかぁ」

 

人形作れて絵も描けて手芸も出来てその他いろんな趣味があって河童としてもそもそも有能で……

 

「…お前はどれだけ芸達者になれば気が済むんだ?」

「はい?」

「や、なんでもない…」

 

暇暇言ってたあの頃……私も何か趣味を始めてみれば良かったのだろうか。

こう、音楽とか……

 

ダメだ何やっても続く気がしない。

 

「……なあ、そういやお前ってこの部屋に収まらないくらいの作品は作ってきたよな」

「はい?あー、まあそうですけど、それが?」

「どこに保管してんのかなって」

「ああ、そんなことですか」

 

いちいち捨てるような性格じゃないだろうし、どこかに置いてるとは思うんだけど……

 

「個人用の物置にしまってます」

「…物置?個人用の?」

「はい、なんかにとりさんが私のために場所とって建てたくれたらしくって。少し離れてますけど結構使ってますよ」

「へ、へぇ……」

 

なんだかんだでこいつ結構いい待遇だよな……

 

「…それって見せてもらえたりする?」

「?構いませんけど、一緒に行きます?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……結構、大きいね?」

「そうですか?工業地区の倉庫の方が…」

「それと物置比べるのは明らかに間違ってるだろ」

「とりあえず開けますね、そういえば最近見てなかったな……」

 

鍵を差し、年季の入った扉を横に引いていくるり。

 

「よ、いしょっ…と。うっわぎしぎし…」

 

るりの漏らした言葉通り、中に入るスペースのないくらいるりが作ったもので埋もれていた。

 

「そういや整理しようと思ってそのまま放置してたんだっけ……どうしよう……」

「これ、全部お前の?」

「はい。誰かに見せたりすることとかあってもあげたりはしないので、基本作ったものはここに置きっぱなしで……」

「ほぉ……」

 

物置の奥を覗いたりしてどうしようか困っている様子のるり。

私がその多さに気圧されていると、閃いたようにこちらを向いてきた。

 

「そうだ、毛糸さんこれ貰ってくれません?もちろん全部じゃないですけど」

「……何故?」

「何故?って、邪魔だからですけど」

「邪魔って……自分の作品だろ?もっと大切にさ…」

「いつ描いたか覚えてないものまで愛着持てませんよ」

 

な、なんだこいつ……

 

「それに、こんなところで眠ってるよりは誰かに見られていた方がいいと思うんですよ。別に、これ燃やして暖をとってくれたって構いませんし」

「流石の私でもそんな非道なことはしないが……いいの?」

「はい、毛糸さんですしね」

「なんじゃそりゃ…」

 

……まあ、そう言ってくれるならありがたく貰おうかな。

実際すんごい上手いし……

 

「分かった、貰うよ」

「じゃあ整理手伝ってください、はいこれ持ってて」

「お、おう………」

 

一応額縁には入れてるのね。

あ、日付も書いてある。どれどれ……

 

 

「……100年前」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「売れた……」

「え?」

 

食事処の中、箸を止めた文と椛、それに柊木さんが一斉にこちらを向く。

 

「売れたって……え?売ったんですか?人から貰った絵を?」

「い、いや違うんだよ、その、自分の家にも飾ったんだけど余ってさ………興味半分で人里に持って行って…」

 

文からの質問に必死で弁明する。

 

「知り合いの父親がその、結構商売できる人で、その人に任せてみたらその………すごい値がついたらしくって……」

「……すごい値って?」

 

椛が珍しく気になってる様子で聞いてくる。

 

「その………」

 

耳元で囁いた。

 

「………わあ」

「わあ…?今わあって言いました?」

「お前から聞けるとは思えない声が聞こえたな」

 

まあ…うん……私もなったよ、わあって。

 

「で、その……本人は火にくべても構わないみたいなこと言ってたけど、なんかずるして儲けたみたいで……申し訳なくて…」

「あー…」

 

流石、数百年趣味に興じてきただけあると言うか…

 

少なくとも人里の金持ちのお眼鏡にかなったわけで…

あいつって凄いんだなあ……

 

「その…これ……」

 

ずっしりと重いお金の入った袋を机の上に置く。

 

「これでるりも呼んで…美味しいモノでも食べてくれないかな…」

「いや、その、本人は気にしてないと思いますよ?」

「私が気にすんだよ」

「出たないつもの面倒くさいやつ」

「んだと臭いのはあんたの足だろ」

「臭いなんて言ってねえよってか臭くねえよ」

 

私ホントは全然そんなつもりじゃなくってェ……ホントは鑑定に出すくらいの軽い気持ちでェ…

でもなんかぜひ譲って欲しいとか凄い言ってきてェ…押しが強くってェ…そのまま言いなりになっちゃってェ……

 

「でもそんな価値のある作品がそれだけ埃かぶって眠ってるってことですよね……」

「文さんは悪いこと考えそうなのでダメですよ」

「そんなまさか、悪いことだなんて滅相もない」

 

合わせる顔がないって言うかァ、絶対本人気にしてないだろうけど、なんか私が金にがめつい奴みたいでェ、なんかもう自分にもショックでェ…

 

「私はいつだって清く正しいですよ!ね、柊木さん」

「ケッ、どの口が」

「あっっれえ??」

「自分で清く正しいとかほざいてる時点で、清くなくて正しくないって自白してるようなもんだろ」

 

でもまだまだ貰った作品残っててェ……それの消化方法が人里に持っていくくらいしか思いつかなくってェ…そんなもんしか思いつかない私にもショックでェ……

 

「…さっきから毛糸さん自分の世界に入って戻ってきませんけど」

「え?あ、ほんとだ。おーい、毛糸さーん、聞こえてますかー?」

「いつものことだろ」

 

どうせ私なんてェ、何やっても上手くいかないポンコツでェ…

 

「あっほら、毛糸さんの好きな焼き魚ですよ〜」

「別に特段好きちゃうわ」

「それで戻ってくるんですね……」

「まあ、こいつだからな」

 

金なんて十分有り余ってんだからこんなんもらってもしゃーないんですわ!!最近申し訳なくて河童と人里の仲介役も無償でやってたし…

 

「でも、本当に調子戻ったみたいでよかったです」

「ぅん……戻ったって?」

「毛糸さん、いつも口ばっかりだったじゃないですか」

「それは……」

 

視線が痛い……三方向から私に向かって鋭い眼光が……

 

「ぬぅ…悪かったよ、心配かけた」

「いえ、お気になさらず。私たちの仲じゃないですか」

「少し昔に戻ったみたいで、私は懐かしんでますよ」

「くだらないことに本気で悩んでるうちは大丈夫って証拠だからな」

 

一応、心配かけた人たちには一度謝ったんだけど……

流石私、信用がない。

 

「それじゃあせっかくですし、このお金はまた今度みんなで集まった時のために取っておきましょうか」

「自分の懐に入れんなよ」

「入れませんよ失礼ですね!!それが上司に対する言葉ですか!?」

「まさかお前は俺に上司として敬って欲しいのか?それならまず信用を得るべきだと思うんだが」

「くうぅっ……なぜ私の同僚は揃いも揃って毒舌なんですかっ…!」

「日頃の行いでしょう」

「……ははっ」

 

変わりないようでホッとする。

 

「あ、毛糸さんも予定空けといてくださいね」

「予定なんて毎日空いてるよ」

「そういえばそうでしたね」

 

変わらずにそこにある。

私がいくら歪んでしまっても、そこに在り続けてくれた。

 

「じゃ、楽しみにしてるよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「フゥ……」

 

うん……いつ見ても趣味の悪い館だ。

 

「っと…美鈴さん美鈴さん起きてますかー寝てますねー通りますよーありがとうございますー」

 

沈黙は肯定と受け取るぜ!

 

そういえば、幽香さんと美鈴さんはたまーに会っているそうだ。何で気が合うのかは知らないけども……

美鈴さんがサンドバッグになってないことを祈るばかりである。

 

「なんやかんやで後回しだったなここ……」

 

あの一件から一度も来ていなかった。

いやまあ……何のために来るのって話だし。

用もなく行ったらレミリアに鼻で笑われそうで嫌だし。

 

「………」

 

…まだ迷子になるんだよなここ……

 

「………」

 

………

 

「………」

 

……まだかな……

 

「………」

「…もしかして私のこと待ってました?」

「いーーーーーや別に?」

 

わあい頼れる優秀な咲夜サンダー。

 

「…まあいいです、お嬢様のところでよろしいですか?」

「悪いねぇ」

「お気になさらず」

 

言い訳をするなら……

この館すぐ構造変わるから……あと似たような景色ばっかだし…

 

「…その大きな荷物は?」

「大したもんじゃないよ」

 

……あ、そこ右なんだ。直進かと……

あ、今度は階段登るんだ、降りるのかと…

そこは左やろ…はい、直進でしたね。

 

「方向音痴というか、記憶力悪いというか…」

「はい?」

「独り言、気にしないで」

「はあ…」

 

何百年経っても方向音痴気質なのは変わんないなあ…

 

「…絶対自分では言わないだろうから、私が代わりに伝えておきますけれど」

「ん?」

「お嬢様、結構心配してたんですよ?」

「……おう…?」

 

心配……?あいつがぁ…?

 

「ここ最近どうも落ち着かない様子でして……口は悪いですけど、あれでも毛糸様のこと気に入ってますから」

「いいのかあ?主のいないとこで好き勝手言っちゃって。怒られるんじゃないの?」

「プライド高くて、面と向かって言えないところが可愛いんじゃないですか」

「………ん?」

「え?」

 

……あ、主人が大好きでたまらない従者のパターン?

おっけ把握、もう驚かないよ。

 

 

「…ま、それは私も同じことかな」

「……?」

 

いなかったからなあ、ああいうやつ。

本気で本音をぶつけてくる……ついでにタマも取ろうとしてくるやつ。

 

「もうすぐ着きます」

「あ、そう?」

 

とりあえず、レミリアにも感謝しとかないとな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…んあ?咲夜ーごはんま———」

「………」

「…では、私はこれで」

 

椅子に溶けるようにもたれかかりながらこちらを向いたレミリア。

言葉の途中で固まったのを見たからかは知らないが、咲夜は早々にいなくなってしまった、

 

「………」

「………」

「……忘れなさい」

「………」

 

…いや、忘れろって……

 

「フッ……安心しろって、いまさらそんなんで驚かんよ」

「待ちなさい、それってつまり私のことを威厳も何もないちんちくりんの妖怪って思ってるってこと?」

「おっ、急に自己紹介してどうした?」

 

無言で槍が飛んできたので素手で受け止め……られませんでした。思いっきり手に刺さったよ。

 

「そんなに私と戦いたいのかしら…そういうことよねえ?」

「仮にも一屋敷の主がそう血気盛んになるもんじゃないよ、もうちょっとお淑やかな雰囲気してみたらどう?お嬢サマ?」

「よし分かった殺すわ、待ってなさい串刺しにしてあげるから」

「おお、怖い怖い」

 

っと、煽るのもほどほどにしておいて……

 

「元気だった?」

「はぁ……?」

「ま、見りゃわかるけど」

 

お変わりないようで何より。

 

「はぁ……そういうあんたこそ、元気だった?」

 

ため息と頬杖をつきながらそう聞いてきた。

 

「んー……元気になったってとこかな」

「……そ」

 

右手に空いた穴を塞ぎながらレミリアの元へと近寄る。

 

「……何その荷物」

「友達の描いた絵」

「何?それで暖でも取れっていうの?」

「そうしてくれても構わないけど、できれば飾って欲しいな。出来は保証するからさ」

「…ふぅん」

 

私が渡した何枚かの絵をじっくりと見つめている。

まあ一応お嬢サマ?なわけだし、こういう芸術を嗜んでたり……いや、まああんまり関係ないかな。

 

「……なあ」

「なぁに?」

 

絵を見ながら相槌を打つレミリア。

 

「どんな風に視えてる?」

「何が?」

「運命」

「………」

 

顔を上げた。

 

「そう、気になるのね」

「……まあ」

 

途切れた道を目の前にして、立ち尽くしている私…だっけか。

 

「今なら分かるよ。あの言葉の意味」

 

道を閉ざしていたのは私自身だった。

そしてそんな私を引っ張ってくれたのが、あいつだった。

 

「別に知る必要はないと思うけど」

「…ん、何で?」

「じゃあこっちが聞くけど、知りたい理由は何?」

「何、って……今はどうなってるのかなあって」

「それはあんたに必要な情報?」

「必要…ってほどじゃないけど……」

「ならいいじゃない、それで」

 

話が見えてこない。

変な言い回ししてないで分かりやすくさあ……

 

「今進めているのなら、それが答えよ」

「………そっか」

 

視るまでもなく、分かりきっているから、か。

お前がそう言うってことは、私は歩めてるんだろうな。

 

「ありがとう、色々」

「勘違いしないで。私は私のやりたいようにやっただけよ」

「…そうかい」

 

……私だけじゃない。

レミリアだって、何度も選択を繰り返してきたはずだ。

主として、姉として。

 

きっと、私よりも何度も。

愛する妹を監禁せざるを得ないその心情とか…想像もつかないし、つくわけもない。

 

「……凄いな、お前」

「あ?何よ急に」

「色々背負ってるくせに、私のこと気にかける余裕なんかあったんだろ?私なんかのこと……」

「………」

 

あの時の殺し合いはお互いのぶつかり合いだったとしても、その後の言葉たちは私を気遣ったものだった。

永遠亭で私に視た運命のことを話した時も、本人は認めないだろうけどきっと……

 

「……独りじゃなかったから。あんたと違ってね」

「ぬっ…」

 

…そういや漏らしたことあるっけか。

人には言いたくなかったんだけど、つい口から出てしまったような。

 

「それに、あんたには背負ってもらったから」

「ん?」

「フランのこと。勝手に私とあの子の重荷をあんたが持っていって、捨てちゃった」

「あぁ……その……ごめん」

「謝るようなことじゃないわよ」

 

少し笑いながらそう言うレミリア。

 

「あの時はムカついたけど……結局、姉妹揃ってあなたに救われたわけだし、今もムカついてるけど、あんたのおかげで今がある。ムカついて仕方がないけど、フランもあんたのことが好きだしね」

「………」

 

ムカつくってそんなに挟まなくたっていいだろ…

 

「……私も、ムカつくけど遠慮のない態度のお前と喋ってるの、悪くないって思ってるよ」

「そう、ならそういうことでいいんじゃない?互いに恩があるんだから、それを返そうとしただけ。貸し借りなし、そんな関係ってことで」

「……そうだな」

 

フランのことで割り切れてる時点で強いんだもんな、お前は。

 

 

 

 

 

………会話が途切れた。

ならば……

 

 

 

「……咲夜ーごはんま——」

 

おっと首元に槍が。

 

「ねえ、この空気でそれが出てくるあんたの神経はどうなってるわけ?何がしたいの?」

「いやあ、真面目な空気なの疲れてさあ」

「頭おかしいの…?いえ、今更だったわね……ほとほと呆れるわ」

 

そんなこと言っていいのかなあ?

 

「確か春雪異変の時だっけか?お前なんて言ってたっけなあ?」

「…ねえ、やめなさい」

「確か……あ゛〜ざぐや゛ぁ゛〜……とか言ってたよなあ?」

「外でなさい、その首を門に晒してあげるわ」

「嫌だ」

「でなさい」

「やだ」

「でなさい」

「やだ!!」

「でなさいって言ってるでしょうが!!」

「い!や!だ———おっふぇえ!!」

 

 

と、突然何かが凄い勢いでっ……

レミリアに殴られたんじゃない、この感覚は……

 

 

「久しぶり!しろまりさん!」

「っ〜…フラン……」

 

突進やめろって……ほころんじゃないんだからさ……

 

「んー…ん?んー…」

「…フランさん?そんなにジロジロみてどうしたの…?」

「…なんでもない、えへへ」

「おー…?」

「フラン、そいつに抱きつかないの、汚いわよ」

「汚くねえよ!!」

 

心なしかいつもより突進が強かった気が……

 

「元気そうでよかった」

「……おう」

 

……私って、ほんと……

心配かけすぎだな、色んな人に。

 

「そうだしろまりさん、せっかくだからご飯食べて行きなよ」

「えー?」

 

露骨に嫌そうにするレミリア。

 

「私は反対よフラン」

「誰もお姉様には聞いてない」

「ちょ……私はこの紅魔館の主で…」

「ねえねえ、いいでしょ?」

「無視……」

 

なんだろう。

フランのレミリアへの当たりがキツくなってる気がする。

 

「あなたねえ、こんな妹思いな姉古今東西どこを探しても——」

「私のプリンを食べる姉なんてどうでもいいよ」

「そ、それは謝ったじゃない」

 

プリンて……理由それかい……

 

でも、いいな、こういうの。

家族かぁ。

 

 

「ごめんフラン、今日は無理」

「えー?そんなぁ」

「次来た時にでも頂くからさ、ごめんね」

「しろまりさんがそう言うなら……」

 

おいそこのカリちゅま、ガッツポーズすんな。

 

「それと、姉妹仲良くしろよ。この世に二つとない家族なんだからさ」

「……言われなくたって、そうしてるよ」

「ん、よろしい」

 

 

じゃ、帰ろうかな。

 

 

私の家に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほー……なんも違いわからんけどこれでいいや」

「お目が低いねお客さん、それは一番質の悪いやつだよ」

「うっせえわ」

 

にとりんが煽ってくる。

 

「包丁なんてさあ、こう、切れれば何でもいいんだよ」

「そう言うならお得意の氷で切ればいいだろ?」

「その手があったか………」

 

いやいや、熱いもの切る時とか溶けるしダメだわ。

 

「で、急にどうしたんだい?料理なんてする柄だったかい?」

「失礼な、結構自炊しとるわ」

「こだわるくらいだったかな、ってね」

「ハマってんの、最近」

「えーーーーーーーーーーーーーーーーーー?」

「長えよ、つか悪いかよ」

 

そんなにそう言う印象ない?いやないだろうけど……

そんなに驚かなくたっていいだろ。

 

「普通に気になるんだけど、どうして?」

「んあ?色々あるよ?色々」

 

並べられた器具を眺めながら考え込む。

 

「どこぞの館の料理が美味しくて感化されたとか、暇だし料理やってみっかとか……あと、最近味覚が戻ってきてさあ、楽しくってね」

「味覚って、あのさあ……」

「いやあ、あの頃は我ながら酷かったね、ははっ」

「……笑い話になってるなら、いいんだけどさ」

 

それと、同居人が喜ぶかなって思ったり。

自分一人だけなら構わないけど、あいつも食べるからなあ。

 

 

 

「左腕の調子はどう?」

「ん?特に変わりないよ。あー、でもせっかくだし調整に出しとこうかな、良い?」

「構わないよ、壊れる前に預けてくれた方がこっちも楽だからね」

「いつも悪いね」

 

無償でこんなことさせてもらって……

いや本当、申し訳ない。

 

「いいんだよ、全部ツケにしてるから」

「そっか…………えっ!!?!!?!?」

「冗談だよ」

「ちょ…本気で焦ったって……」

 

冷や汗を流しつつ、義手を外してにとりんに手渡す。

 

「………」

「どした?」

「いや……」

 

義手をじっと眺めているにとりん。

 

「…なあ、左腕はもう治ってるんだよね?ならなんで、まだこんなの付けてるのさ」

「ん……そういうことか」

 

確かに、左腕の呪いはもう消え去っている…はずだ。

巫女さんの時は……相手の能力のせいで再発症、みたいな感じになってたけど。動かす分にはもう支障はないくらいだ。

 

「だってこれ、私たちを繋いでくれてるものでしょ?なら、そう簡単には外せないよ」

「……そんな理由?」

「そんなってなんだよ、私は結構真面目なんだけど。……まあ、個人的な趣味もあるけど」

 

それに、今までも普通に役に立ってるしね。

 

「でもそっか、そういうことか。毛糸らしいや」

「…私らしい、ね」

 

自分らしさなんてこれっぽっちも分かんないんだけどなぁ……

 

「私は、もっと好き勝手やっていいと思ってるんだよ?」

「十分好き勝手やってるだろ、私は」

「もっと自分を出していいってこと」

「出してるけどなあ…」

 

そもそも自分が分からないんだから…

 

「自覚ないんなら、まず自分の心に聞いてみなきゃね」

「やりたいこと?」

「そ、欲望無いってタチじゃないだろう?」

「心、ねぇ……」

 

私はこれでも自分に正直に生きてきた……

いや、そんなことないな、そう思いたいだけだろう。

 

少なくともここ最近は、自分を見失ってばかりだった。

 

「……最近やっと、前向ける様になったんだ」

 

呆れるくらいに時間がかかったけど、ようやく。

前を向いていれば、きっと……

 

 

「なら、ここからだね」

「…そうだね。ここから、かぁ」

「ゆっくりと見つけていけばいいよ。何にも縛られない、自分のやりたいことってのがさ」

 

簡単に言ってくれる。

 

「……にとりんはあるの?やりたいこと」

「分けてあげたいくらいにはね」

「凄いなぁ…」

 

見習いたいくらいだよ、ホント。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねえ」

「何」

「なんかご飯作ってよ」

「え?」

「ご飯」

「え?急に言う?」

 

霊夢が唐突に無茶振りしてくるよぉ……

 

「別にいいけど……なんで?」

「この神社って、妖怪がよく来るじゃない」

「まあ、私もそうだし、宴会もしてるもんね」

「おかげで人里の人間からなんて呼ばれてるか、知ってる?」

「………」

 

あー…そういう話に持って行きたいのね?

 

「妖怪神社よ、妖怪神社。笑っちゃうわよね。天下の博麗神社のあだ名が、妖怪神社。酷いと思わない?」

「………」

「おかげさまで人間が誰も近寄らないもんだから、お賽銭もなくって……毎日ひもじい思いしてるわけよ」

 

別にそれ悪いの私じゃ……

うん……

 

「…霊夢」

「何?今日はお味噌汁がいいわ」

「先代の時から参拝客来なかったろ?」

「………」

「………」

「………」

「………」

 

沈黙。

言葉を一切発さずに、お互いに見つめ合う。

 

 

 

「ウチから食材持ってくるよ…」

「悪いわね」

 

昔からそうだったけど、気の強いのなんのって……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ…なんだか懐かしい味だったわ」

「そう?他にも色々作り置きしといたから」

「そうなの?なんか悪いわね」

「いいんだよ。巫女さんが見たら甘やかすなって言いそうだけど」

「ふふ、そうかもね」

 

たまにこうやって博麗神社に来ては、取り留めのない話をしてその日を終えている。

 

「…そういや、お前修行とかってもうしてないの?」

「必要ないもの、あとめんどくさいし」

「お前昔っから凄かったもんなあ」

 

……スペルカードルール抜きだったら、どのくらいやれるんだろう。

 

いやいや、そんな妄想したって仕方ないな。

あの巫女さんに鍛えられてたんだ、実戦でも動けることには違いないだろう。

 

「……ダメだな、ここにいるとどうしてもあの人の顔思い出す」

「…私も、あなたの顔見てると懐かしくなってくるわ」

「お互い未練たらたらだなぁ」

「あんたほど拗らせちゃいないわよ」

「手厳しいねぇ」

 

別に、思い出すことは悪いことじゃないか。

忘れられるのが一番怖いのかもしれないし、忘れるのが一番怖い。

 

「……縁って言えばいいのかな」

「縁?」

「巡り逢いとも言えるのかな?」

「何の話?」

「こうやって、改めて思い返してみてもさ……なんて言うのかな」

 

床に置いた刀と、木彫りの花びらを取り出して交互に見つめる。

 

「……博麗の人と変な縁があるなあって」

「……あぁ」

 

合点がいったようにそう溢す霊夢。

 

「確かそのりんって人、博麗の巫女になるはずだったんだっけ」

「らしいねぇ」

 

紫さんなら詳しいこと知ってるのかもしれないけど……

そういやあの人見てないな。

 

「昔はりんさんがいて、前は巫女さんがいて、今はお前がいる」

「運命って奴なんじゃないの?」

「もしそうなら随分と過酷な運命を課せられたもんだよ」

「嫌だった?」

「んなわけねえだろ?」

 

出逢いに後悔はない、それだけは確か。

 

「辛いことも悲しいことも色々あったけどさ、今こうしてお前の隣に座ってられるってだけで、私は自分の運命に感謝しないといけない」

「大袈裟ねえ」

「年食ってるとそういう考え方になるんだよ」

 

そしてめんどくさい考えにもなる。

私は時が経てば経つほど考えを拗らせていったからなあ……

 

「………やっぱり、寂しいわね」

「そうだなぁ……」

 

ここにはいつもあの人がいたから。

 

「でも、忘れないことが大事なんだと思うよ。私たちの存在が、あの人の生きた証になるはずだから」

「証ねぇ…」

「時間が経つのは怖いよ」

 

これまでも時々、何度かそう思ってきた。

 

「変わった日常が当たり前になる。失くしたものが、無くて当然の様になる。思い出は擦れて、風化する」

「……あなたもそうだったの?」

「私は……慣れはしたけど、忘れない様に必死だったからなぁ」

 

まだこの刀を見るたびにあの人のことがチラつく。きっと、これから先でも。

……こういう依存気味なところが私の悪いとこなのかなぁ。

 

「そういう奴はそのまま生きていって、気がついた頃にはとっくに摩耗し切って、面倒くさい奴の出来上がりさ」

「あんたみたいに?」

「そ、私が悪い例」

 

まだ変われる余地はあったらしいけど。

 

「でも、変化を恐れてちゃ前へ進めない」

 

私だけじゃない。

幻想郷だって、変わったじゃないか。

 

「たとえあの人のことを忘れても、私たちは進んでかなくちゃならない。それは逃れようのない運命で……」

「それが今を生きるってこと」

「……そうだね」

 

何かに縋るのも、道に迷うのも、誰かと一緒に進むのも、私は否定しない。だって私自身がそうやって生きてきたんだから。

 

「だけれど、まあ……」

「…ん?」

 

霊夢も木彫りの花びらを取り出し、私に見せてくる。

懐かしむ様な表情を見せて、そう言った。

 

「絶対に忘れてやんないけどね」

「…そうだね」

 

忘れてやらないとも。

私たちは死ぬまで、あんたのこと引きずっていくよ。

 



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そう簡単には変わらない毛玉

 

「はぁっ、はぁっ……やっぱり雪は、足が取られますね」

「そうだねぇ」

 

雪の中に手をついて沈み、肩で息をしている妖夢。

 

「の割に、毛糸さんは難なく動いてたように見えるんですけど」

「そう?動いてるの私じゃないからわかんないや」

 

時折、こうやって稽古……じゃないが、互いに刀を抜いて打ち合っている。今日は冥界じゃなくて現世で、雪の積もる中打ち合った。

 

「うーん、やっぱり体幹か……雪の上だとどうしても足を取られてしまいますし。それに毛糸さんの動きは迷いがないというか……どういう風に足を取られるかまで分かって動いてる?それなら……」

 

一人でぶつぶつ言い始めてしまった。

まあそれだけ学ぶことがあったということなのだろう、りんさんあんたやっぱすげえよ。

 

「……寒いなぁ」

 

これでもきっちり防寒はしてるんだけど……

やっぱりあのバカ氷精のせいでここら一体は特段寒い。

……レティさんが出てこないだけマシなんだけども。

 

あの二人揃うとほんと天災だからなあ……

 

「——うよりは思い切りがいいのか?まるで跳ねるように動いてるというか………あっ!すみません一人で…」

「いいよいいよ、ノってるときに一気に詰め込んじゃうのが一番だからさ」

「そうですかね…」

「でもまあ、あったかいところでやった方がいいとは思うよ?」

「あはは…すみません…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「寒い日はやっぱり体を動かすに限りますね」

 

私の家の中に入り、お茶を啜りながら妖夢がそう言った。

 

「そうかなぁ、私は家にずっといたいんだけど……」

「動かないと太りますよー?」

「もし太ったら腹抉って再生するからいいんだよ」

「え?」

 

例え歯が欠けようがなんだろうが、いっぺん取って再生すれば元通りよ。

 

「幽々子さんは?太らないの?」

「あの人は霊ですから……」

「あぁ……」

 

……霊ってお花摘みに行ったりするのかな。

 

「しっかし、そんなに私とやるの楽しい?飽きないの?」

「飽きませんよ、戦えば戦うほど学ぶところがあって……毛糸さんの方だって動きが変わってきてるんですよ?」

「……え?」

「反応速度が上がってるというかなんというか…」

 

 

妖夢の言葉を聞いて、立てかけた刀をじっと見つめる。

 

あんた……まだ成長するんか……?

 

 

「まあ気のせいかもしれませんけど」

「じゃあ気のせいだな間違いない」

「えー」

 

そんな自我が強いことある…?

これ確か、りんさんの意識の残滓と切られた妖怪の怨念とかそんなんが詰まってたはずなんだけど……あれ?りんさんそいつら押しのけちゃった?

 

怖いわあ……

もしかして春雪異変で妖夢とやり合ったのがトリガーだったり…

 

そういや永夜異変の後もなんか急に出てきたな……

 

「怖いわあ……」

「はい?」

「あいやなんでも。ってそうだ、妖怪の山には行った?」

 

以前、柊木さんに妖夢のことを椛に伝える手紙を渡したんだけど、その後のことをすっかり忘れていた。

 

「はい、秋の間に」

「どうだった?門前払い食らわなかった?」

「大丈夫……って言いたいところだけど、実は結構危なかったです」

 

まあそりゃそうか……

 

「山に入ったらあっという間に囲まれてしまって、毛糸さんの知り合いだって言ったらざわめき出して……」

「あぁ…私あの山だと相当特殊な扱いだからなあ」

「それで、なんか男の白狼天狗の人がいろいろ話を聞いてくれて」

 

柊木さんだわ、100%柊木さんだわ。

 

「困らせちゃったみたいなんですけど、なんとか椛さんを呼んでもらえました」

「それで?」

「凄かったですね…」

 

凄かったんだ……

 

「どうやらあちらも同僚に手応えなくて随分と暇してたらしくって、快く承諾してくれました」

「へぇ」

 

意外……でもないか。

私の知り合いである以上ぞんざいに扱えないっていうのもあるのかもしれないけど。

 

「剣術が特別凄いっていう人じゃなかったんですけど、とにかく命を取ろうとしてくる動きが凄くて……多分あれは剣じゃなくても普通に動ける人ですね」

「戦い慣れてる?」

「そう、そんな感じです」

 

まああいつも大概修羅場を潜り抜けてきてるからなあ……

 

「勝つためならなんでもするっていう感じで、木を切って倒してきたり土を蹴って飛ばしてきたり………仲間の白狼天狗を盾にしてきた時は流石に驚きました」

「何してんのあいつ!!?」

 

柊木さんだわ……100%柊木さんが盾にされたわ……

 

「結局決着はつかなかったんですけど、それでもいい経験になりました」

「そう……それならまあ、良かったけど」

 

不憫だ…

当人は別に激怒してるわけでもないんだろうけどさ…

 

「私、これでも幽々子様の剣術指南役なんですよ」

「あぁ、そんなことも言ってたっけ」

「だから私自身誰かから教わるっていう経験がなくて……異変があってからはこんな風に誰かと打ち合える機会もできて、充実してます」

 

本人は修行のつもりなんだろうなあ。

スペルカードが主流のこの幻想郷において、剣術がそんなに重要になるとは思えないんだけど……自己満足の域になるのかな、それって。

あと幽々子さんが刀握ってるのも想像つかない。

 

「たまには、毛糸さん自身ともやり合ってみたいなって思うんですけど」「無理無理無理無理、私って妖力とかだけで生きてきたから、刀なんて握っても素人となんも変わらんよ」

「そういうものですかね」

 

いざやってみて、あっこの程度なんだ……とか思われたくないし。

 

「では、そろそろ帰りますね、買い出しがあるので」

「おっ奇遇、私も人里に用事あったんだよ」

「そうなんですか?ならせっかくだし一緒に行きましょうか」

「おっけ支度するわ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「——したら幽々子様、宴会用の料理食べちゃったんですよ?」

「つまみ食いかあ……ウチのもたまにやるけど」

「つまみなんて可愛いものじゃないです、全部行かれますからね?全部」

「oh……怒った?」

「そりゃあもう」

 

……たまに、疑問に思うんだけど。

紅魔館といい、白玉楼といい、どこから食費とか出てるんだろうか。

 

だってあいつら……働いてないし……

 

「…触れてはいけない問題、かな」

「はい?何か言いました?」

「なんでもない」

 

双方の買い物のために、人里を歩いている。

こっちでも雪は積もっているが、湖付近のあの全身を針で刺されるような寒さに比べれば……いややっぱさみぃわ。

 

 

そうして歩いていると、道の奥の方から何人かの子供たちが走ってこっちにやってきていた。

一人の子供が私を見つけてこう言った。

 

「あ!まりも!」

「ほんとだまりもだ!」

「まりもー!」

「ハッハッハッハ、ぶちまわすぞクソガキども」

 

私がそう言うと、子供たちはワーワーキャーキャー言いながら私たちの隣を駆け抜けていった。

元気でよろしい。

 

「…人気あるんですね」

 

子供たちを目で追いかけながらそう言った妖夢。

 

「まりもってからかわれてるだけなんだけどねぇ、腹立つ」

「それなら構わないのが一番なんじゃないですか?」

「そんなことしたら、うわあのまりもつまんねって思われて話しかけられなくなるんだわ」

「そういうものですかねぇ…」

「反応して欲しいからああいうこと言ってくるわけで」

 

言ってしまえば構ってちゃんだ、所詮は子供、かわいいものである。

 

「なるほど、つまるところ毛糸さんはあの子たちと遊んであげてるんですね」

「半分くらい本音だけどね」

「え?」

 

まりもって呼ばれると腹立つ、それ自体は昔から変わらないし、変わるわけにはいかない。だって私毛玉だもの。

 

 

 

 

 

「……永遠亭の人らって今何してんだろ」

 

ふと、気になってそう呟いてみる。

なんやかんやで紅魔館とも白玉楼とも変な繋がりがあるけど、永遠亭とはそうでもないもんで………

 

「知らないんですか?」

「……何が?」

「あそこ、今は病院みたいな感じになってるみたいですよ?」

「へぇ〜?」

 

アクセス最高に悪すぎんだろ、患者が減るどころか行方不明者出てくるぞあんな場所。

 

「確か……妹紅さん、でしたっけ。あの人が永遠亭まで案内してるらしいです」

「ほな安心かぁ…」

 

人里じゃ手に負えない患者とかが最終的に行き着く場所とかそんな感じだろうか。妹紅さんも案内人をずっとしてるわけにもいかないだろうし。

 

「あとそれと、作った薬を人里で売ったりしてるみたいです」

 

あ〜有能〜……

そんなん絶対効き目抜群ですやん…

 

 

 

「ほら、ちょうどあんなふうに」

「ん?」

 

 

妖夢の指差す方向を見てみると、そこにはウサギの耳を生やした少女が立っていた。

そう、とても見覚えのある……

 

 

「………」

「………」

「…?どうかしまし——」

 

散ッ!その姿まさに脱兎のごとし!

 

「な、なんです?」

「あぁ……私あの子に嫌われ……というか怖がられてるっぽい」

 

そういえば異変の時めちゃくちゃ化け物を見るような目で見られたからなあ……

 

 

「……残念ですね、毛糸さん普通に良い人なのに」

 

普通に良い人は別に褒め言葉になってないらしいよ、妖夢ちゃん……

 

「…あれ、何か落ちてません?」

「ん?ほんとだ、さっきの子が落としてったんかな」

 

割と重いその箱を拾い中を見てみると、薬がぎっしりと詰まっていた。

あれか、薬箱とかそんな感じか。

 

「……追いかけましょう!」

「えっ!?なんでぇ!!?」

「善意です!」

 

くそっいい子すぎるッ!!

 

「それに毛糸さんの誤解も解かないと」

「いやそれは別に…」

「ほら早く行きますよ!」

「あぁちょっ、待てって」

 

行動力高いんだからもう……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁっ……ここまで来れば…」

 

路地に入って耳を澄ましてみる。

……追いかけてくるような足音はしない、そもそも人通りがあるのだから追いかけてきていたとしても見失っているだろう。

これでも追跡を撒くことには自信が……

 

「っ!!」

「おっ、いた———ぬぅおっ!?」

 

屋根から顔を覗かせたそいつに向かって弾幕を放ち、すぐさまその場所から離脱する。

 

「っぶねぇ…あっおい逃げんなって!」

 

本当に追いかけてきたし……何?私何が悪いことした?私はただお師匠様の言いつけ通りに薬を売って……

まさかそれが原因…!?

 

人里で商売するならみかじめ料払えとか、ウチのシマで好き勝手やってくれたなとか、そういう…!?

 

 

あっという間に場所を特定されたし……仕方ない、こうなったらあいつの波長を……!

 

「って、そういや効かないんだったあいつ…」

 

ふざけんじゃないわよ何で効かないのよ……いや、正確には効いてるんだけど一瞬で解除されるというか……

いやそんなことどうでもよくって!

 

 

 

屋根の上を飛んで移動しているそいつの気配を感じとりながら、人混みに紛れて移動し続ける。

 

目的地はとりあえず人里から出ることだけど、それには追跡を振り切るのが絶対条件。人里の外に隠れるところなんてそうそうないから、この雑踏の中で見失わせてから外に出ないと……

 

 

 

そうして移動し続けていると、視線の先にさっきあのもじゃもじゃの隣にいた剣士が現れた。

 

 

「あ、すみません少し——」

「〜っ!!なんなのよもう!」

 

一気に駆け抜けて真上を飛び越して——

 

 

 

「……え」

 

 

 

何かにつまづいた。

跳ぼうとしていた体が誰かの足に引っかかって横方向に勢いがついてしまう。

 

ダメだ、ここまで派手に転んでしまったら飛んで体勢を立て直すこともできない。

 

「っ…」

 

目を閉じ、やってくるであろう衝撃に備える。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「———っと!」

 

 

 

やってきたのは落下の衝撃ではなく、誰かの腕に受け止められた感触。

恐る恐る目を開けてみると、さっきの剣士が私を抱えていた。

 

「よかった、怪我はなさそうですね」

「え、えっと…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……なんじゃありゃ」

 

なんか仲良く談笑し始めたんだけど。

私抜きで仲良くお話しし始めたんだけど。

 

さっきまで逃走中してたのをお忘れ?なんでそんな和やかな雰囲気になってるの?私が見てない間に何があったの?

 

「知らん間になんかいい雰囲気になってる…」

「ははっ、若いっていいねえ」

「そっすねぇ……んん!!??!」

 

あれ…今知らないおっさんが急に……

 

「……」

 

 

絶対あのおっさんだよね。絶対あの後頭部が光沢を放ってるおっさん、というかおじいさんだよね。

うっ、光が反射して目が……

 

 

「あ、毛糸さんこっちです!」

「んえ……今行く!」

 

 

 

 

 

 

 

「何してたんですか?」

「いや、ちょっとね……」

 

通りすがりのおじいさんに話しかけられた、なんて言っても仕方ない。

 

「…?とにかく、捕まえましたよ」

「捕まえたってのはちょっと……」

「あ、すみません」

 

ふむ……人とはこうも早く打ち解けられるものなのか。

思いっきり私見て逃げ出してたくせに、妖夢とは一瞬で打ち解けてるのなかなかに心に来るんだけど。

 

「ほら、毛糸さんアレ」

「アレ…あ、アレね、はいはい」

 

妖夢に急かされ、持たされていた薬箱をその子に手渡す。

 

「あ、落としてたんだ……あ、ありがとう」

「ん…気にしないで。怖がらせちゃったこっちが悪いし」

「いやそんなことは……」

 

 

異変中だったとはいえ、あの時はっちゃけすぎてた自覚がないこともない。精神もなかなかに参ってたし……

とにかく、怯えさせてしまったのは事実だろう。

 

 

「あ、ちゃんとした自己紹介はまだでしたね。私は魂魄妖夢、白玉楼の庭師兼剣術指南役を務めています」

「えっと……鈴仙・優曇華院・イナバよ」

 

あら長い……優曇華院って面白い名前してるね。

 

「ほら、毛糸さんも」

「ゔぇ……今更必要ある?」

「ありますよっ!」

 

わかった、わかったからそんなに迫らんといてくれ。

 

「はぁ……あー、白珠毛糸。まりもじゃなくて毛玉だよ」

「良い人なんですよ、この人」

「へ、へぇ……」

 

やめて妖夢ちゃん、そんな無理にこの人凄いんだよ!ってアピールされても、そりゃ他人からしたら「へ、へぇ……」しか出てこないよ。

 

「そうだ、できれば鈴仙さんのこともっと知りたいのですが……お時間があるなら、今からどこかお店に入ってお話できませんかね?」

「えっ?い、いや、それは……」

 

突然の誘いに困惑している様子の鈴仙。

まあ側から見ても急だからしょうがないけど………妖夢のことだから、その身のこなしについて教えてくたさい!とかそういうのに思えてしまう。

 

「…ダメですか。そりゃあそうですよね、ただでさえ仕事の邪魔をしたようなものなのに。すみません」

 

分かりやすく落ち込む妖夢。

まあ、こればっかりは仕方がな……

 

「い、いや大丈夫!全然時間あるから!」

「…そうなんですか?」

「う、うん!」

 

……おや?

 

「ではさっそく行きましょう」

 

落ち込んだ妖夢を見て慌てて承諾したように見えたけれど、これはまた………

 

「………」

 

若いってイイね!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……おや」

「ん?あっ慧音さん」

 

私の顔を見て何も言わずに隣に座ってくる。

 

「こんなところで何を?」

「んー……あそこの二人いるじゃないですか」

 

テーブル席に座って談笑している妖夢と鈴仙の方を指す。

 

「…見たことのある顔だな」

「片方が私をほっぽってあのウサギっ娘の方と仲良くし始めたんで、私は一人寂しく……ね」

「邪魔しないように、だろう?」

 

まあよく言えばそうなるか。

 

「慧音さんは?」

「なに、仕事終わりに夕食をとりに来ただけさ」

「寺子屋は順調で?」

「まあ、な」

 

短く注文を済ませ、帽子を置いて椅子にもたれかかる慧音さん。

 

「今に始まった話じゃないが、小さい子の流行りについていくのは大変だよ。目移りが激しすぎる」

「ハハッ、言ってることが老人っすね」

「………」

「………今のナシで」

 

まあ実際、子供ってのはいろんなものに興味を持つ。そして飽きるのも早い。生徒と話を合わせようと思ったら、慧音さんも何が流行っているのか把握しておかないといけないのだろう。

 

「にしても最近の子は一段と凄いんだよ」

「……まあ逆に言えば、いろんなものに興味持てるほど選択肢が広がったってことじゃない?それだけ人里が豊かになってる証拠ってこと」

「確かに…そう考えればむしろ喜ばしいことか」

 

妖精なんて他にすることないからか知らないが、イタズラしかしないからな……バカの一つ覚えってね!

…今度チルノたちに人里に行くように言ってみようか。行ったことないってこたないだろうけど。

 

 

「……妖怪とか妖精のための寺子屋とか、あったら面白そうっすけどね」

「なっ……」

「え?」

 

な、なんかこっちガン見みて静止してもうた……けーねさーん?どこ見てるんですかー?

 

「き…」

「き……?」

「君は天才か…!?」

「はいぃ…?」

 

 

突然の称賛、恥ずかしさや嬉しさよりも真っ先に困惑が私の頭の中を埋め尽くす。突然何を言いだすんだこの人は。

 

 

「確かに、知能の低い妖怪や妖精であれば人里に来ていてもそこまでの危険はない……それどころか妖怪と人間の交友の場を作ることにも繋がって……」

 

あぁ、そういうコト……

 

「いや冗談のつもりで……それに、いきなり妖怪やら妖精やらと一緒に授業するのも生徒たち混乱するだろうし、第一人外に勉強させたところで…」

「いきなり一緒にさせずとも別の日、別の時間に授業を設ければいい。それに、あの寺子屋は別に人間限定ってわけじゃない。妖怪だろうが妖精だろうが大歓迎なんだよ」

 

 

あれまあ……これあれか。

実は人間の子しか来てなかったの気にしてたってことか。

 

 

「それに意味がないわけじゃない。人里にきて人間と同じ行動をしている、ということに意味がある。あそこの二人のようにな」

「それは……そうかもだけど」

 

妖夢たちの方をチラっと見ながらそう言った。

確かに、こうしていればちょっと髪色が派手で周りに半霊浮いてたり頭にウサ耳ついている以外は、普通にご飯を食べて笑い合っている。

人間と、そう変わりない。

 

「それと、価値や金銭に疎い妖怪がぼったくられるっていうのも、そう珍しい話じゃないんだ」

「そんなことが………もしかしたら私も…?」

「いや、君にそんなことする奴はとんでもない命知らずだろうな」

「別に命は取りませんが!?」

 

やろうと思えばできるって話なら大体の妖怪そうでしょうに……

 

「ともかく、今の言葉は刺さったよ。前向きに検討しようと思う」

「左様で……」

 

ほころんは……行くには少々体がデカいか。慧音さんがいいって言っても本人が気にしそうだし。

頭はいいから私が色々教えてやるのもいいのかなぁ……

 

 

 

 

 

 

「……霊夢とはその後どうだ?」

 

運ばれてきた料理を食べ始めた慧音さんがそう言った。

 

「…急に何?」

「いやなに、気になっただけさ」

 

慧音さんには何度か会ううちに、霊夢とのことを話した。別に話したくない話でもないし。

結局彼女にも心配させてしまっていたらしいし。

 

「どうって、普通だと思う。……以前のような付き合い方に戻っただけというか」

「先代がいたころのか?」

「まあ……数日に一回通って、適当に一緒に過ごして、帰る」

 

 

たまに魔理沙や他のいろんな人たちが訪ねてきたり……萃香さんがいたりすることもあるか。

どうやら霊夢、あの人に気に入られてしまったらしい。ウザそうにしながらもなんやかんやで受け入れている様子だ。

 

 

「このままでいいのかと思わんでもないけど………互いに何も抱えるものがなくなったって点で言えば、前よりも遥かにマシだね」

「そうか……なんにせよ、よかったよ」

 

なんで私の問題が解決すると慧音さんがよかったのか、よくわからんが。

 

「人と妖怪の距離が確実に近づいてきている。それだけじゃない、妖怪の在り方も、幻想郷の変遷に呼応するように変わってきている」

 

おっしゃる通りで。

私と慧音さんが出会った頃からしたら、今のような状況は想像だにしなかったことだろう。

数百年後の幻想郷の姿がわかるやつなんていないと思うが。

 

 

「今の幻想郷は私たちの思い描いた姿にどんどん………どうかしたか?」

「いや……」

 

少し暗い表情をしていたらしく、話を中断させてしまった。

 

「なんでもない、とは言ってくれるなよ」

「んえ……」

 

 

話せよ?と圧をかけられているようだ。

まあ何かあっても抱え込んでしまう性分なのは自覚しているし、よくないというのも分かってはいるが……

 

まあ変化への第一歩だ、言葉にしてみるとしよう。

 

 

 

「私たち妖怪は、歪な存在だな,と思って」

「…そうだな」

「人がいなければ存在できないくせに、人を食い物にする」

 

人間は妖怪がいなくたって生きていける……いや、むしろいない方がいいのかもしれない。

 

 

 

「私は、幻想郷が……ここが好きです。だから、それを否定するような考え方はしたくはない」

「………」

「でも現実として、それはある」

 

 

幻想郷は妖のためにある世界だ。

妖が妖で在るために、ただそれだけのために作られた世界だ。

 

 

「妖怪の支配下に人間がいる、その事実がある以上、人と妖怪の関係が真の意味で変わるわけじゃないんじゃないかって」

「……そうか」

 

 

疑いたくはない、否定したくはない。

好きなのは事実だから。

 

けれど………

 

 

「君は、妖怪のいない世界を知っているんだったな」

「…ええ、まあ。今の外の世界だけど」

「そうか……」

 

人としての立場に立てば、立つほど。

この世界の歪さが嫌でも目に入る。

 

「答えのない悩みだってのは分かってる」

「…そうだな。私も似たようなことを考えたことがある」

「慧音さんも?」

「あぁ」

 

終わりのない悩みだったよと付け加えた。

 

「私からその悩みに対して何かしてやれることはないが………外の世界と幻想郷は別のものだと考えた方がいい」

「…まあ、そうだよなあ」

 

 

幻想郷は誰にとっての幻想なのか

 

 

「…私は、妖怪がいなくたって変わらないって、自分を納得させてる」

「変わらない?」

 

慧音さんのその声に静かに頷いた。

 

 

「結局、人を殺すのは人だから」

 

 

そう言ったあと、慧音さんが下を向いた。

構わずに話を続ける。

 

 

「人の恐怖が妖怪を生む。恐怖によって生まれた妖怪が人を殺す。……人間の恐怖が、人間を殺す」

 

考えれば考えるほど、歪だ。

まあその恐怖が具現化するのがこの世界にとっての常識だったと、それだけの話なのだろうが。

 

いくら今幻想郷が妖怪と人が隣り合っていたとしても、妖怪が人間を食い物にしてきた事実は変わらないし。

きっと、それは今でもある。

 

人喰い妖怪が人を喰わずにいられるわけではない。それなら、私の知らないところで、きっと………

 

 

「外の世界も、妖怪に襲われる心配がないと言えば幻想郷よりはマシかもしれない。けれど、妖怪がいなくなったら、人間の矛先が人間に向くだけ」

「……やるせない話だな」

「全くだよ」

 

 

変わることのない人の性だ。

けれど…

 

「だからこそ、やっぱり幻想郷が好きだなって思う。特に、今の姿は。妖怪と人が寄り添って生きている。一部だとしても、一時だとしても、それは凄いことだって実感してて」

「そうだな。…私もそれをひしひしと感じているよ」

 

紫さんの手のひらの上だったのかもしれない。

私が今奇跡のように思っているこの世界の姿は、誰かの思い通りだったのかもしれない。

 

けれど、それでも、やっぱり……

 

 

「違う種族が…人と、人の恐怖が隣を歩いている世界。まるで幻想のような話が、現実としてある世界」

「だから()()()、か」

 

 

だから好きなんだ、ここが。

そんな場所に私が居ていいと言う事実が、確かにある。

 

 

「…なるほどな」

「答えのない悩みだとしても、折り合いをつけることはできる。結局、そうやって生きていくしかないんだなって思うよ」

「折り合いをつけられるってだけでも君は凄いさ」

 

 

ダメだな。

世間話してたはずが気づいたら話が変な方向に行ってしまった。

 

 

「……終わったか」

 

満足げな表情を浮かべる妖夢を見て席を立ち上がる。

 

「変な話に付き合わせてごめんね」

「いや……嫌いじゃない」

「そう?……まあ私も聞いてもらってよかったよ」

 

一つ悩みが消えたと思ったらすーぐ新しい悩み作り出すんだから、私ってやつはこれだからホント……

 

「それじゃあまた。もしさっきの話の寺子屋することになったら、知り合いのバカ妖精たちに行かせてみるよ」

「ああ、ぜひそうしてくれ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それじゃあまた」

「うん、またね」

 

 

すっかり打ち解けてしまった妖夢と鈴仙が、手を振ってお別れを言う様を眺めていた。

鈴仙の姿が見えなくなると、申し訳なさそうに妖夢が話しかけてきた。

 

 

「すみません二人で盛り上がっちゃって……」

「気にしない気にしない。おかげで慧音さんと話できたしね。二人が仲良くなれたなら私は何よりだよ」

「仲良くだなんて、そんな……」

 

 

まああそこまで嫌われ……というか、好かれていないのは初対面の橙ぶりか。

あ、そういや藍さんは物凄い敵意剥き出しだったな。懐かしい懐かしい。

 

……式神には初対面で絶対好かれないタチなのか?私。

 

 

「安心してください、毛糸さんの誤解はしっかり解いておきましたから!」

「誤解ねぇ………」

 

あまりいい予感はしないんだけど……

 

「一応聞くけど、なんて言ったの?」

「はい、毛糸さんはその辺の妖怪じゃどれだけ束になっても敵わず、それどころか跡形もなく消せるほど強くて、それでいて優しく、人里とも良好な関係を築いていて、顔も広く、とにかく凄い人だと」

「……そっかあ」

 

 

めちゃくちゃ大真面目に言ったんだろうなあ……そんな「この人のここが凄い!」ポイントを羅列されても相手は困るし、そして私は恥ずかしいし……

 

これも対人経験の少なさ故なのか…?

 

 

「毛糸さんが怖い人ではないということはわかってもらえたと思います!」

「そうかな…そうだといいなあ」

 

鈴仙と打ち解けられるのは……まだ当分先になりそうだ。



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扱いは雑でいい毛玉

この世界では死んだ者は霊となってあの世に行くらしい。

 

あんまり信神深い方じゃない私だけれど、どうやらこればっかりは宗教とかそう言う話ではなく、確固たる事実として存在しているのだそう。

 

「……で、幽霊が花に取り憑いてたのが、あの百花繚乱異変の真相ってこと?」

「変な名前つけないで。そもそも異変かどうかも………とにかくあの世の不手際ってこと。面倒かけないで欲しいわよね、全く」

 

 

隣で不機嫌そうに茶を啜っている霊夢を見て苦笑いをしてしまい、それに反応してキッと睨まれたので顔を反対の方へ向けた。

 

 

「というか……あなた知ってたんじゃないの?」

「いやまあ…妖怪からすれば恒例行事というかなんというか」

「知ってたのね?」

「……へい」

 

後頭部をお祓い棒が襲った。

 

「調査してたの知ってたんでしょう?」

「いやあ……若い子が頑張ってる姿って微笑ましくて……」

 

後頭部をお祓い棒が襲った。

 

「あの……ツッコミ感覚でそれするのやめてくんない?それすんげえ痛いのよ、涙ちょちょぎれそうなんだけど」

 

そんなことまであの人に似ちゃってまあ……すぐ暴力に訴えるようになったのは教育失敗だったね!ハッハッハ!!

 

 

「……先代は楽しくやってるかしら」

「え……急に何……重いんだけど………」

 

後頭部をお祓い棒が襲った。

 

「大切な人を想ってなんか悪いの?」

「いや悪かないけど急で……」

 

暗い雰囲気になるの確定だからなあ……

 

「あんただって思ったことないの?その……りんって人のこととか」

「毎日想ってるよ」

「……重」

 

叩くぞこら。

 

 

 

「……死んだら幽霊になる、あの世に行く。ここじゃ常識なのかも知れないけど、元いた場所じゃそうでもなくってさ」

「何それ、寂しい世界ね」

「常識……いや、常識なのかも知れないけど、なんて言うかな……信じる信じないとか、そういう域の話でさ」 

 

寂しいと言われてしまえば確かに寂しいのだけれど……元々私はそういう考え方だったわけだし。

 

「…まあ、だからさ。死んだらどうなるのかって全然分からなかったんだよ。死んだらこの意識はどこに行くのか?消えるのか?それとも本当にあの世に行くのか?」

 

思考ができるから私は私で在れるけれど、思考を奪われたら私は私でいられるのだろうか。

 

「…そんな想像しても怖いだけだったんだけど……こっちに来てからどうやらあの世は確実性のあるものだって分かって…なんていうかな」

「安心した?」

「……安心って言っていいのかは分からんけど、純粋に、あの世で楽しくやってくれてたらいいなって思えるようになった」

 

もしかしたら巫女さんはりんさんの……とか、ね。

 

「……ただの幽霊ならいいけれど、怨霊やら悪霊やら……そんなのになられたらたまったものじゃないわよ」

「まあ私も昔はあの人が化けて出てくるんじゃないかとか思ってビクビクしてた口だけどさあ……」

 

 

幽霊が花とガッチャンコしたとはいうが、もしそれが幽霊とかではなく凶悪な怨霊とかだったら……とか想像しないでもない。そうじゃないとしてもあの世から幽霊が溢れてこの世まで来ちゃってるわけだから……まあよくもまあ何もなく事が収まったなって思う。

 

……降霊術とか、やろうと思えばできそうだもんな幻想郷。

 

 

 

「……最期の最期に笑えたら、それで十分なのかな」

「死に方選ぶ余裕があったらいいけどね」

「……私も私で奪ってきた側だからなあ」

 

救ってきたものまで否定するつもりはないけれど、それでも私は何度も命を奪ってきた。無論そんなことしなくていいならしたくはないけれど……その辺の折り合いがつく辺り、私もちゃんと妖怪なのだということが嫌でもわかる。

 

「奪わず、奪われず。そうなるようにしたんじゃない、私たちで」

「……私何かしたっけ」

「あなたはまずちゃんと弾幕ごっこ出来るようにならなくちゃね」

「えー……」

 

あれ難しいし目ぇチカチカするしめんどいし……もうじゃんけんで良くない?私じゃんけん弱いけども。

 

「そうだ、今度から運動がてら私と弾幕ごっこしない?」

「やだ帰る」

「まあ待ちなさいな」

「帰る!」

「待ちなさいって」

「は!な!せ!!」

 

逃げようとしたが服を掴まれる。

 

「ずっと苦手って言ってたじゃない、克服するいいチャンスよ?」

「私にはこの膂力があれば十分なので……」

「脳みそ筋肉なの?」

「筋肉はないよ私」

 

貧弱もやし毛玉たあ私のことよ。全部妖力で誤魔化せば問題ないってね。

……問題ないことないけども。

 

「この私が直々に鍛えてやるって言ってるのよ?」

「はっ、弟子でも取ろうってか?10年早いんだよ小娘が」

 

ちょ、やめ、お祓い棒で殴るのはやめてください痛いです。

 

「何が不満なのよ」

「人に教えてもらうとかそういうタチじゃないんだよ……別に今のところ困ってないし、出来はともかくとして、現状でもやってやれないことないんだし」

 

スペルカードはなんかこう……性に合わないと言いますか……

今まで拳とりんさんの刀で戦ってきたツケだろうか、競技みたいになってる弾幕勝負に苦手意識が芽生えた。

 

「そもそもやる機会もないしね」

「損はないでしょ、どうせ暇なんだし」

「ばっ、暇っ、暇じゃねーし」

「決まりね、次来たら早速始めるわよ」

 

もうやだこの子強引博麗怖い……

二度と神社来てやんないんだからね!

 

「来なかったらそっち押しかけるわよ」

「ひぇ……」

 

引っ越し考えるかあ……

…もし引っ越すとしたらどこにしようか。私、それなりに危険人物らしいから変に棲家を移すと変ないざこざが起こりそうだし……

 

いっそ人里に居を構えるのも悪くないのかも?

 

 

「はあ……まあ別にいいけどさ。よほど遊んで欲しいらしいし」

「は?誰が」

「やーい構ってちゃ——」

 

後頭部をお祓い棒が襲った。

 

「つぅ…………あのなお前、そろそろいい加減にしないと本当に泣くぞ?」

「いや……背丈がちっさいせいでクソガキに見えてきて」

「そんなこと言われたの初めてだわ流石だなお前」

 

初対面でも何かと警戒されるのに……流石は博麗の巫女、恐れを知らぬ。

 

「ガキくらいのおつむだったら私も苦労はなかったよ」

「なら本当にバカにしてあげようか?」

「それ以上強くすると意識が飛びそうだからやめろ」

 

お祓い棒をちらつかせるな、味を占めるな、本当に良くないから。せめてやるなら霊力込めるな、お前ちょっと込めてるだろ悪気あるだろ分かるんだからな。

 

「スパスパ叩くと気分いいわよ」

「本当にやめて」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ある日、アリスさんの家に行った。

 

「今度一緒に紅魔館に行くから、よろしく」

 

めっちゃ軽くそう言われた。

 

「んえ?いいけどなんで?」

「秘密」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「というわけで、実験台の白珠毛糸よ」

「待て待て待て待て待て待て待たんかい」

 

無言で大図書館に入って行ったと思ったら急にそれ?何?酷すぎん?人の心とか……あ、人ではないのか?

良心とかないんか?

 

「よろしくね、実験動物」

「パッチェさんせめて人扱い…いや妖怪なんだけども」

「あっはっはっ!!確かに適任だなあ!」

 

そして何故か魔理沙もいる。……縛られてるが?

 

「お前……捕まったん?」

「バカ言えこれはわざとだよ。隙をついてさらに多くの魔導書を頂き……もとい、借りるのさ」

「懲りないなあ」

 

 

 

 

 

一応、二人から話を聞いてみた。

 

「……で、実験に丁度いい的もとい犠牲者もとい実験台もとい練習台もとい被害者が私だったと」

「そうね」

「泣いて……いいですか」

「泣いてもいいけど逃さないわよ」

 

辛い……それが友達に対してする仕打ちか?

 

「あなたなら何かあってもすぐ治るでしょ」

「治るけども!治るけどもね!?だからって承諾もなしに実験台として連れてくるやつがあるか!」

「え、ダメなの?」

「いいけどね!!?」

 

別に人じゃなくたっていいじゃん……カカシにでもやっときなさいよ……

 

「……変な薬は飲まないからね」

「その点は安心しなさい。ただあなたに魔法を試し撃ちしたいだけだから」

「歯に衣着せてくれない?」

 

パッチェさん淡々と作業進めないで……もうちょっと抗わせて…

 

 

「っと、面白そうだし私も参加すっかな」

 

さらっと縄抜けした魔理沙がアリスさんたちの元へ近づいていく。

お前いつの間にそんな技能手に入れたん?教えて欲しい。

 

「あのさ……君たちさ……」

 

別に構わないとは言え、もうちょっと同意を求めて欲しかったなと思いつつ言葉を漏らす。

 

「私のこと可哀想だとか思わんの?」

 

急に手を止めて私の方を見る三人。

 

 

「「「特に」」」

「……そっ………かぁ」

 

 

私は静かに涙した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあまずは結界から行くわね」

「結界?」

 

本棚とかのないちょっと広い空間、台座のように盛り上がった場所の中心に私は立たされる。

 

「随分の前の話になるけれど、あなたたちに紅魔館の結界を無理やり突破されたからね」

「ああ……あれってアリスさんが結界緩めたんじゃなかった?」

「あなたとルーミアの力押しだったと思うけど」

 

じゃ三人でぶち破ったんだ。

パッチェさんが言っているのは吸血鬼異変の時のことだろう。うん……懐かしいね!!

 

「あの結界は大掛かりなものでね、結界そのものに術式を付与していたのよ。自己修復と衝撃吸収、放出……気軽に壊されたけれど、あれでもなかなかの自信作だったのよ」

「あ?そんなことできるのか?」

「マジックアイテムと原理は同じよ。まあ結界とかいう実態のないものに増やしようと思えばそう簡単にはいかないけれど」

 

 

魔理沙が驚いたようにパッチェさんに聞いている。なお、この中では私が一番魔法やら魔術に関してちんぷんかんぷんである。

 

「…で、今からやるのはあれの再現、今度は外からじゃなく内からの衝撃に特化した結界。範囲が狭いから今回はあらかじめ用意した触媒を使うわ」

「へぇ……よくわかんねえからさっさとやってくんない?頭使うの苦手でさあ〜」

「はいはい。アリス」

「了解」

 

 

どうせ閉じ込められて「中から破壊してみて」とか言われるんだぜ、私は詳しいんだ。

 

「じゃ、行くわよ」

 

目を離した隙にアリスさんが結界を作り出した。本来なら大掛かりな魔法陣やらを使うところらしいが、今回は簡略化してさらっとやってしまうらしい。

結界を張るという行為は何かしらの道具や触媒を介さないと極めた難易度の高いものらしく、何も使わずにやるのはめっちゃ難しいそうな。

結界術が得意らしい霊夢もそういうのやる時はお札を使っていた、気がする。

 

 

「おー……」

 

 

肌で伝わる圧迫感。少し周りの風景が歪んで見えるというか………汚れたガラス越しに見ているような感覚だ。

私の立っている場所を中心にドーム状に結界が張られた。道具があっても結局難しいらしいので、流石はアリスさんと言ったところか。

魔理沙も興味深そうに見ている。

 

 

「これ、外からは簡単に破壊できるのか?」

「ええ、代わりに中からは難しいはずよ。安全性のために衝撃の吸収放出は搭載してないけれど、その分強固になってる。まあ以前のあれよりは劣るけどね」

 

こんなちっさい結界の中に入れられた経験って覚えがないから少し新鮮だ。

妖力とか好きに放出してしてみても外に出ていかず、この空間に充満していく。

 

 

「……なんか封印されてるみたいで不安なんだけど」

「………」

「………」

「………」

「おい黙るなよ、全員揃って黙るなよ、本当に封印されてるみたいじゃんか」

 

一体私が何をしたっていうんだ……

 

「くだらないこと言ってないでさっさとぶっ壊してみなさいな」

「言うねえ……それじゃあまあ遠慮なく」

 

アリスさんに急かされ、腕に妖力を込めて軽く腕を回し、思いっきり結界に向けて拳を叩き込む。

 

 

「っ……かって!!」

「いやでも一枚割れたわよ今ので、相変わらず意味わからない威力してるわね」

「そんなに硬いのか?あれ」

 

ガラスが割れるような音ともに薄い結界が一部割れたが、よく目を凝らせば本当に段々と修復されて行っている。

 

「えー……結構本気で殴ったんだけど、割とショック」

「そう簡単に破られたら結界の意味がないのよ」

 

ほな次はガチでいかせてもらうが……?

 

「まあ耐久性は上々ね。修復速度はもう少し上げられるかしら……」

「いっそ自己修復のリソースを強度に回せばいいんじゃないか?」

「物事には限度ってものがあるのよ」

 

 

結界の中でぼっちの私をよそに、どんどん会話が進んでいく魔女っ子三人組。

混ぜて欲しいとは言わない。

せめて放置はやめてくれないか。

 

「対妖怪用の結界とかになると、妖力を奪い続けたりできるんだけどね」

「それやられたら私マジで出られなくなるんですケド」

 

こちとら幽香さん譲りの妖力だけで今まで生きてきてるのよ……凛使ったら無理やり突破できるかな……

 

「じゃあ今度は本気でやっていいから破ってみて」

「ん?素手?」

「いやなんでもいいけど」

 

 

なんでも……か。

 

 

全身に妖力を循環させ、左足を一歩前に踏み出す。

杭のように、地面に突き刺すように。

 

「すぅ……」

 

右手に妖力を集約させていく。

目的は突破、破壊。

欲しいのはただの衝撃ではなく、爆発。

 

 

右手を前に突き出し、拳が結界に触れる瞬間に集まっていた妖力を一気に炸裂させると、ガラスの割れるような音ともに結界が砕け散った。

 

 

「……ま、落ち着いたらこんなもんよ」

 

 

何故か引いているようなアリスさんたち。なんでや、自分らがやれって言うたんやろがい。

 

「本当に拳で三枚全部吹き飛ばしたのね……流石」

「あの時ほどの強度はないとはいえ…」

「そのくらい私でもできるけどな」

 

まあ壊した余波が全くないあたり、結界を貫通するほどの威力はなかったってことかな。その触媒ってので気軽に張れるくらいなら十分すぎる強度じゃないだろうか。

 

「まあ大体把握できたわ。別にあなたクラスの化け物を封印したいわけじゃないから強度はこれ以上はいらないし、即効性を重視した方が良さそうね」

「あんまり褒められてる気がしないんだよなあ……」

「あのくらい私でもできるけどな」

 

さっきからなんで張り合ってんの魔理沙。

 

「火力は私の十八番なんだよ」

「いや……実際魔理沙も凄いと思うよ?」

 

あのごんぶとレーザーは私あんまり得意じゃないし……破壊力という観点から見るなら私のそれよりも上だと思う。殺傷力なら上げられるんだけどなあ……

 

「制限なしのマスタースパークなら強い妖怪にも通用すると思うよ。私もまともに受けたら体吹っ飛ぶかも」

「そ、そんなにか?へへっ……なあ、私ってそんなに凄いか?」

 

照れくさそうにしながらもパッチェさんやアリスさんに同意を求める魔理沙。

 

「……え?あ、うん、そーね」

「そーかもね、よく知らないけど」

「………」

 

よく知らないけどって……アリスさんあなたミニ八卦炉一緒に作ってましたよね?もはや煽る気満々である。

 

「なあ毛糸」

「どったの」

「お前っていいやつだな」

「魔理沙ほどじゃないよ」

「それはないだろ」

「えぇ…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あの後、さらに色々なんか試された。

試し撃ちやら、すぐに治るからいいだろやら、散々な言われようだった割にはどれもこれも結界結界結界……まあそんなに危ない魔法は使われなかった。

結界自体に妖力を吸われるのとか、光を遮断するのとか、結界というよりは金縛りみたいな目に遭うフィールドとか……なんかもうそれはそれは多種多様な結界ばかりだった。

最後には必ず拳でぶち破って出てこさせられた。

 

結界をパリンパリン言わせてぶち抜くのは……正直楽しかったです。

 

 

 

 

 

「……何読んでるんだ?」

 

 

一通り実験が終わった後解散となり、私は適当に大図書館で本を見つけて席に座って読んでいるところに、魔理沙が興味深そうに私の方はやってきた。

 

「何って……なんなんだろうね、これ」

「分からずに読んでるのか?」

「まあ魔術の本なんだろうけど……専門用語多くてさっばりさね。魔理沙は読める?」

「貸してくれ。………あー、なるほど」

 

私が読んでもさっぱりだったものを、時折詰まりながらもさらっと流し読みしていく魔理沙。

 

「これルーン文字の初級本みたいな感じだな、毛糸が読んでもわかんねえよ」

「そっか……ルーン文字か……」

 

ルーン文字って……なんだっけ……

 

 

「にしてもお前、本なんて読むんだな」

「読まないよ?まあ身近に本がないだけとも言えるけど。あとさらっと懐に本を忍ばせないの」

「しーっ、バレないバレないって」

 

ちゃんとした不良に育っちゃってあたい悲しいよ。

 

 

「身近に本があったら本の虫になってたのかもね」

「ははっ、ないない、絶対ない」

「私たちが無理やり人里に送り返してたらコソ泥に成り下がったりしなかったのかもね、お前」

「ははっ、ないない」

 

根っからの悪党だと?

まあ送り返されても諦めずに人里を抜け出すとかそういう意味なんだろうけども。そこまで安全地帯から出ようとする人間も珍しい。

 

「そんなに本が読みたいなら人里の貸本屋でも紹介してやろうか?」

「あ?あー、なんだっけ、鈴菜庵だっけ」

「なんだ知ってんのか」

 

つまらなそうな顔をする魔理沙。お前だって人里に住んでるわけでもないだろうに……人里に入り浸ってる歴なら私の方が上なんだが?

 

「慧音さんから勧められてね。わざわざ人間の店に私みたいなの押しかけても怖がられるだけかもしれないとか、そこまで本に興味ないとか、色々理屈こねて行けずじまいだわ」

「どうでもいい遠慮だな、妖怪らしく考えなしに行動しろよ」

「考えなしなやつから先に死んでいくんだよ」

 

幼い身で単身魔法の森にやってきたお前もなかなかに考えなしだけどな。……まあそんな昔のこと掘り出しても仕方ないんだけども。

 

「まあ今度行ってみろよ、なんならこの魔理沙様が付き添ってやってもいいぜ?」

「じゃあ頼もうかな」

「え、マジ?」

「え?冗談だったの?」

「そうだが?」

「そうなの?」

 

親切だなってちょっと感心したのに……

 

「まあ行ってやってもいいけどよ」

「盗んじゃダメだよ」

「借りてるだけだっての。それにここ以外でそんなことしないって」

 

ここでしてる時点でアウトということを本人は分かっているのだろうか。

 

「ったく、私そんなに信用ねえか?」

「ないね」

「ないわね」

「あるわけないじゃない」

「おいお前ら急に集合すんな!!……ですぐどっか行くんじゃねえ!」

 

一般通過魔女っ子二人がさらっと魔理沙を貶してさらっと帰って行った。

 

「……お前はなんでニヤついてんだよ」

「いや…別に?」

 

実際に本人たちがどう思って接しているかは分からないけれど……

正直、私の目には魔理沙が可愛がられているように見える。こうして魔理沙が大図書館の中で普通に過ごしているのに、再度捕縛しようとしたりしないあたりとか、ね。

 

 

 

 

「霊夢とは最近どうだ?上手くやれてるか?」

「……分からん」

「分かれよ、そこは」

「距離感どうすべきかよく分かんねえんだもん」

 

だからと言って向こうに「どういう距離感で接して欲しい?」とか面を向かって聞けるわけもなく……

 

「まあ会いに行ってはいるんだろ?」

「まあ……そうね。飯作らされたり一緒にダラダラしたり、飯作らされたりちょっと運動したり……」

「保護者か?」

「保護されるようなタマじゃないでしょ、霊夢は」

「それもそうか」

 

束縛とかされるの本当に嫌いそうだからなあいつ。過保護な親に育てられたら反動でめっちゃグレるタイプと見た。

そう……まさに目の前のこいつとか。

 

「……お前らって似たもの同士だよなあ…」

「は?霊夢と?どこがだよ」

「いや……うん」

 

同じこと言ったら霊夢にも「どこがよ」って言われそうだなあ……

 

「……フッ」

「何笑ってんだよ」

「なんでもない」

 

 

 

 

この後、突然フランがすっ飛んできて、魔理沙と弾幕ごっこをおっ始めた。お互いド派手な弾幕を出すのもあって、なかなかに見応えのある勝負だった。

 

それはそれとして、急いで結界を張って図書館への影響を減らそうと焦っているパッチェさんを見て、こう………色々と察した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「だあぁ!もう無理!体動かん!」

「情けないですね……あなたは盾役なんですから、もっと頑丈になってもらわないと」

 

息をするようにとんでもないセリフを吐く椛。慣れていいはずがないのだが、悲しいことに随分前から慣れてしまっている。

 

「これでも俺は他の奴らに比べたら頑張って———っぶねえ!!」

 

床に倒れ込んでいるところに思いっきり竹刀が叩きつけられた。咄嗟に飛び退いて回避したが、床と当たった時の衝撃音に思わず顔を歪めてしまう。

 

「お前なあ…」

「まだ動けるじゃないですか」

「今のはほぼ生存本能だ馬鹿野郎!」

 

ったく……訓練に付き合ってやってる奴にする仕打ちかよ…

 

「本能が鈍ってる奴らに比べたら柊さんはマシってことですか」

「お前が狂ってるだけだろ……」

「その狂ってる奴に、あなたは何度命を救われましたか?」

「それは卑怯だろお前」

 

命がどうこう言われ始めたら俺は何も言い返せないんだが。俺がやったことってせいぜい肉壁で………いや、自分から望んで肉壁になったことなんてないがな?

 

「そんなでも他の同僚よりは強いんですから、なんで昇格を全て蹴って下っ端に甘んじてるのか理解に苦しみます」

「下っ端は扱いが悪い代わりに面倒な案件任されないからな、お前もこっちまで堕ちてみたら気持ちが分かるだろうよ」

「いつ聞いても絶対に理解できませんが………足の臭い人と同格にまで成り下がるなら死んだ方がマシですね」

「そんなに?」

 

俺の足は臭くないが、そんなに嫌か?下っ端になるの自分の命かけるくらい嫌なのか?

いや文字通り足の臭い俺の同格になるのは嫌って意味か?俺の足は臭くないが。

 

「せっかく物事を押し通せるだけの力があるんですから、それを行使できる最低限の立場にはついておきたいんですよ」

「はあ……」

 

何度も聞いた言葉だが、一度も同意できないあたり考え方が根本から違うのだろうか。

力を示せば示すほど、さらに力を持った存在に利用される、それが目に見えてるだろうに。

 

「わっかんねえなあ…」

「こっちのセリフですよ。本来出来ることを立場やら権力やらを理由に制限されたくないって思うのはおかしいことですか?」

 

………なんにも縛られてない至極自由なくせに、変なしがらみに囚われてるどこぞの毛玉を思い出した。

 

「そんなに言うなら山を抜け出せばいいだろ」

「縛られたくないだけで、全部投げ打ってもいいとは言ってませんよ」

 

今の幻想郷なら妖怪一人でもそんなに危険はないんだろう。

それでも群れようとするのは天狗の元来からの性分故か……俺みたいな奴でもここを離れるっていう選択肢が浮かんでこないあたり、天狗ってのはそういうやつなんだろうな。

 

 

「…俺は、この世界で生きてる限り自由なんて存在しないと思ってるけどな」

「………というと?」

「考えなしから先に死んでくから」

 

 

半端に力を持って調子に乗ったやつから死んでいく。幻想郷が結界に閉じられた時がいい例だろう。あの程度の軍勢、大妖怪が一人出張れば一掃するのは容易かったはず。

実際ほとんど死んでたし。

 

「力が弱いと生き延びるために必死になる。力が強いと自分の影響力を気にして雁字搦め、どっちにしろ好きなようにしたら幻想郷からお咎めがくる。そういうもんだろ?」

「そこまでスケールの大きい話はしてませんが……まあ、そういう点に関して言えばあなたの言うとおりですね」

 

 

力が強くて縛られるのを苦に感じてなさそうなどっかの毬藻は、また別のしがらみで頭を抱えているように見える。

 

「結局、私たちみたいなのは上の意向一つで振り回されますから。組織に生きるっていうのはそういうことなんでしょうね」

 

まあ、その組織の中でもせめて自由でありたいというのなら、その考えも理解できないわけじゃないな。

 

「今のままで上手くやれてるんだから、俺はこれ以上は望まない」

「停滞ですか……まあ、柊木さんらしいですね」

 

俺からしてみればなんでそんなに向上心を持てるのか不思議だが……

 

 

 

「まあ私自身はともかく、確かに妖怪の山に変なことは起きないで欲しいとは思いますけどね、私も」

「だよなあ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……は?」

 

 

数日、妖怪の山をある知らせが駆け巡った。

 

 

「守矢神社?」

 

 

……なんだそりゃ。



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とりあえずキレておく毛玉

 

「あ?立ち入り禁止?」

「すみません……」

「なんでぃ…?」

 

気が向いたので妖怪の山に行ってみようかと思ったら、見回りかなんかの白狼天狗がビクビク怯えながら私に入れないことを告げた。いやまあ無許可で入れてる現状がおかしいと言えばそうなんだけどもね?

 

「なんかあった?」

「部外者には言えないことで……」

 

部外者……

 

「そういえば私部外者だったな」

 

入り浸りすぎて忘れてたわ。

 

「んー………ほなしゃあないか…」

「ご理解いただきありがとうございます」

 

そう言って立ち去ろうとする白狼天狗。

 

「……あそうだ」

「は、はい!?」

 

怯えすぎでは?

 

「……文とか柊木さんとか椛とか分かる?」

「え、えぇまあ……」

「なんか困ったら頼ってって言っといて」

「は、はあ……分かりました」

 

そう言って今度こそ立ち去ろうとする白狼天狗。

うぅむ……今までとは毛色の違いそうな厄介ごとが起こってそうな予感が。

 

私も大概だけど、妖怪の山も大変だよなあ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はあぁぁあぁああん?今なんつった?」

 

めちゃくちゃガラが悪くなったのを自覚しながら、霊夢に聞き返す。

 

「だーかーら、博麗神社を寄越せって」

「おん誰だそいつ、ちょっと理解らせてやるから名前とツラと背丈と髪を教えろ」

「いや……なんか緑っぽかったけど…」

「緑……?」

 

……マリモ?

 

「潰すか」

「なんでそんなに気が立ってるのよ……」

「そら立つやろがい!!」

 

 

どこのどいつか知らんが、幻想郷における博麗神社、および博麗の巫女の存在価値とその理由を理解した上でそれを言ってきたのか?神社を渡すか潰すかしろと?

 

 

「信仰を集められない神社なんていらない……そういう言い分らしいわよ」

「はああん?おんどれどこの宗派じゃ、焼き討ちにしてくれるわ」

「物騒ね」

「こいつぁ戦争じゃけえのお…」

 

 

一体何が目的なのか知らんが……見方によっちゃ幻想郷そのものへの敵対行為とも取れるぞ?それを判断するのは紫さんとかだが……

 

「まさか承諾してないよな?」

「するわけないじゃない、そんなことしたら歴代博麗の巫女に祟られるわよ」

「だよなぁ〜」

 

 

うーん……

この幻想郷に神社なんて博麗神社だけだと思ってたんだけど……何?新興?よその神社クレクレしちゃう系?やっば蛮族かよ。

 

霊夢の話じゃその身の程知らずの緑野郎は一応人間だったらしい。人間だってことは人里かと思ったんだけど………生憎、そんな話は聞いたことがない。

となると……なんだ?わけわからんぞ?

 

 

「あ、そういえば山の上の神社から来た、とか言ってたわね」

「…………山?」

「そ、山」

 

そう言った霊夢の指差した方は、幻想郷でもっとも高い山。幾百年も前からその壮大な姿を、存在感を示し、幾度も戦いの場となった場所。

 

 

「…妖怪の、山」

「らしいわよ」

 

 

あぁ……うん……なるほどね?

うん……あー、そう……へぇ…

 

「oh……」

 

はいはいそういうことね完全に理解した。

 

「となるとどこからって話だが……そこはさして重要じゃないか」

 

突如として妖怪の山に神社ができた。神社ということは、神様も生えてくるわけで。

まあ博麗神社に神っていう神はいないんだけども……

 

「対処に追われて私っていう変なやつを閉め出したか……それともそもそももう乗っ取られてて、規則として私みたいなのは入れないことになったか?」

「……さっきから何の話?」

「こっちの話」

 

 

うむ……正直看過できないんだよなあ。

私は友達のことは信用してるが、別に妖怪の山そのものを信用してるわけじゃない。天魔ってのも会ったこともないしね。そもそも文から上層部の面倒臭さ云々を何度も聞かされてはいたし……

 

「…というわけで、胡散臭い話でしょ?もちろん私だって信仰は欲しいけれど………集められたら集めてるっての」

「胡散臭いね……めちゃくちゃ臭うわ。紫さんは?」

「何も言ってこない。まあいつも通りね」

 

ふむ……まあ紫さんは妖怪の賢者って立場だし、そもそも手を出さないか、話をつけるならその神社さんに直接話に行ってるだろう。

 

「で、その図々しいあちらさんに会って……お話、してこようかと思うんだけど」

 

お話、というフレーズにやたらと闘志がこもっているような気がしたが、きっと気のせいだろう。

 

「どうする?一緒にくる?」

「………いや、いい」

「あらそう、どうして?」

「どうして?って……そりゃ私博麗神社とは関係ないし…」

「さっきは焼き討ちだー!とか言ってたじゃない」

「気のせいだろ」

「えぇ……」

 

まあ率直に、霊夢と一緒に妖怪の山に行くのはあんまり都合がよろしくない。私自身それなりに立場ってものがあるし、人間にフレンドリーなのはそうだけれど、人間側でも妖怪側でもない中立……であれているかは正直怪しいんだけど、一応そのつもりではあるから。

 

多分それはやらない方がいいことだ。どうせ一緒に動くなら魔理沙になるのかな。一人で行くつもりだけどまだ。

 

「あそうだ、魔理沙にも話したら?面白そうって言って手貸してくれるでしょ」

「あー……確かに?」

 

 

私は私で動かせてもらう。

知り合いのいる組織だ、霊夢のことは心配してないけど、そっちの方が心配だ。

 

 

「さて、と」

 

 

最悪戦闘かあ…?

準備してさっさと行くか……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こ、困りますって!」

「いーれーろ!」

「ちょ、ま、本当に無理なんですって!今山自体が凄い大変なことになってて……ものすんごい忙しいんですって!」

 

前も会った一般白狼天狗がまた私を止めにきた。柊木さんはどうした、柊木さんは。

 

「入れてくれなきゃ無理やり入るぞ」

「えぇ!?戦争は嫌ですよ!?」

「じゃあこっそり入る」

「それはそれで絶対面倒くさいことになりますって……」

「じゃあどうせえと!!?」

「帰ってくださいッ!!」

 

クソ……下っ端のくせに根性あるじゃねえか、頑固なやつだ。前はあんなにビクビクしてたのに……

 

「気に入った、コロコロするのは最後にしてやる」

「コロコロ!?コロコロって何!!?殺されるの!?」

「バカ言え誰がそんなことするかよ、コロコロはコロコロだよ」

「だからコロコロって何!!?」

 

………いじり甲斐のあるやつだな。割と本気で気に入りそう。

 

 

 

 

「イジメるのもその辺にしてやってくれ」

「む……その声は」

「あ、あなたは……」

 

奥から柊木さんがやってきた。気だるそうに頭をかきながら、うんざりした顔で私を見てくる。

 

「あー、お前はもう戻っていいぞ。あとは俺が相手しとくから」

「あ、ありがとうございます!えっと……足臭さん!」

「ぶふっ」

 

思わず吹き出してしまった。

 

「……お前、そんなにコロコロされてえか?」

「いやだからコロコロってなんなんです!!?」

 

 

そうして叫びながら逃げるように去っていってしまった一般白狼天狗。

 

 

「……お前今さっき笑ったよな」

「逆にあれで笑うなって言うの?」

「……それもそうか」

 

同意しちゃダメでしょあんたは。

 

「で、どこまで知ってる」

 

遠慮をするでも、探りを入れるでもなく、至極率直にそう聞く柊木さん。

 

 

「ええと……妖怪の山に突然神社ができて」

「おう」

「とりあえずそれでてんやわんやになってるんでしょ?ここ」

「そうだな」

「で、多分そこの雑草色の身の程知らずが博麗神社に喧嘩売って」

「おう。………お?」

「それにキレた博麗の巫女がもうすぐこの山に突撃しにくること」

「何それ……知らん……怖…」

 

 

ありゃ、じゃあ神社乗っ取り云々は雑草カラーとか神社の奴の独断ってことかい?大変だねえ。

 

 

「はあ……まあなんだ、入れちゃなんねえんだがそれじゃお前は納得しねえだろ?」

「よく分かってんじゃん、流石足臭さん」

「臭くねえよ。……というわけで、だ」

 

 

足臭イジりをしてケタケタ笑っていると、カチャ、という音が耳に届いた。

ゆっくり手元を見下ろしてみると、そこには手錠のようなものに繋がれた私の手が。

 

 

「これで我慢してくれ」

「……え?」

 

……え?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……え?」

 

檻の中、思考が止まった私の声が寂しく響き渡る。

 

「なんか既視感…」

「かわいそうにな」

「入れたんお前じゃろがい!」

 

前にもこうやって檻にぶち込まれたような記憶が……いつだっけあれ。つかなんで入れられたんだっけ。

 

「仮対応だ、暴れんなよ」

「フリ?」

「じゃない」

 

そりゃあ正当な理由がない限りは暴れんけども……

 

「多分今頃上の方に『白珠毛糸が強引にやってきたので牢屋にぶち込んだ』って伝わってるからだろうさ」

「あらやだ惨め……」

 

手錠じゃなくて今後ろ手に縛られてるんだけど……縄抜けの練習台にちょうどいいな!

 

「ていうかなあお前………確かに困ったら助けを呼べってのは伝わったが、そっちから強引に来るとは思わねえだろ」

「こっちが困ってんのよ」

「はあ?」

「柊木さんに言ってもしょうがないでしょ」

「まあこっちも言われても困るが……」

 

 

はあ……

私いつまでここにいればいいんだ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……はい?」

 

思わず聞き返す。

 

「だから、白珠毛糸が今牢に繋がれてるんだとさ」

「えぇ……すみません聞き間違いかもしれないのでもう一度良いですか?」

「気持ちはわかるが現実を見ろ」

 

目の前の大天狗の言葉が私の耳の不調によるものだと思いたかったけれど、というかそういうことにしておきたかったけれど、どうやらそういうわけにはいかないらしい。

 

「なんで大人しく牢の中にいるのかは正直理解できないが……とりあえず、今の状況下であんな危険人物を山の中に置いておくのは気が気じゃないっていうのが山の総意みたいなもんだ」

「は、はあ……」

 

悲しいことにただの正論。

私のような友人こそ彼女の人となりを知っているが、それ以外の人物からすれば白珠毛糸という妖怪は……

 

……なんなんでしょうねあの人本当に。

 

「というわけで、お前には彼女を説得して、山から帰るように伝えて欲しい。……そんな顔をするな」

「いや構いませんけど……本当に帰るかどうか怪しいですよ?」

「いやどうにか帰してくれ、頼む、切実に」

 

ただでさえあの神社の連中が急に出てきて対応に追われているというのに、そんな爆弾のようなやつまで扱いきれない、というような気持ちを感じ取った。

いつもは無能無能だと愚痴を垂れている上の連中どもだけれど、こういう時に一番頭を抱えるのは彼らなのだろうな……

 

「……分かりました、でも期待はしないでくださいよ」

 

多分彼女は確固たる意志を持ってここにやってきている……ような気がする。そんなことはしないと信じているけれど、もし暴れられたら手のつけようがない。

 

多分泣き落としとかする羽目になる。

 

 

「いーや期待する、頼むぞほんと」

 

 

必死な目だ……

 

 

 

毛糸さん……なぜ彼女がここに来たのか、それをまずは考えてみる。

基本彼女は今まで、こちらが何かを頼んだ時しか何もしてこなかった。少なくとも自分から妖怪な山に干渉してくるようなことはなかった……ような気が……気のせい?

まあ大体彼女も巻き込まれてきたような気もするけれどそれは置いといて。

 

発端といえば、私が彼女を捨て駒戦力の一つとして戦いに招いたからなのだけれど………じゃあもしかしてこの状況って私の責任?

 

考えられる理由としては………本当になんで来たんだろう、何もわからない、どうしようか。

 

いよいよ会って話してみるしかないか………簡単に説き伏せられてくれるだろうか。まさか遊びに来たいってだけで強引に来ようとはしないだろうし………

そもそも以前来た時は大人しく引き下がったらしいし、本当になんで……?

 

 

 

「ほ、報告が!」

「今度はなんだあ!?」

 

突如として入室してきた天狗、それに対し思いっきり嫌そうな顔をする大天狗。

 

「それが———」

 

何やら聞こえないような小さな声で話している。

何を言っているのかは分からないけれど、どんどん眉間に皺の寄っていく大天狗の表情のおかけで、よほど面倒臭い案件なのだと察するのはさほど難しくはなかった。

 

 

「———嘘だろ」

「残念ながら……」

「はあ………」

 

 

視線がこちらへと向いた。

あ、これ自分にも関係あるやつだと気づき、他人事だったのが一気に変貌を遂げた。

 

 

 

 

「……守矢神社の神様が、白珠毛糸に会いたいんだそうだ」

「はい?」

 

………はい?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

凄くうんざりした顔をした文が黙って檻の鍵を開けた。

なんかついていかないといけない感じだったので、文の後ろを黙ってついていく。

なんかこう……悲壮感の溢れる佇まいだったので、声をかけるのも憚られたというか。

私が強引に山に来たせいでそんな顔をしてるなら今すぐにでも謝りたかったんだけど……なんかそういう感じじゃなかった。

 

 

黙々と山を上っていく。

あれ?これもしかして普通に神社まで連れて行ってくれるやつ?

じゃなかったら………その天魔様とやらの前で申し開き?絶対やだわ逃げる。

 

 

 

「お、来た来た」

「………?」

 

何やら見覚えのない天狗……天狗なのかこれ?まあとにかく見知らぬ人が私と文を待っていたらしい。

 

「初めまして、飯綱丸龍と言うものだ。一応大天狗だが……変に気を遣わなくて良い、毛玉の御仁」

 

マリモの御仁って言ってたらぶん殴ってた。

 

「大天狗…?あ、大天狗!」

 

反応が少し遅れたが、目の前が大天狗っていう役職?種族?の人なのだとようやく理解する。

こんな言い方はしたくないけれど…

なるほど、強い。

 

「へぇ……あ、どうもこれはこれは丁寧に……私のことは適当に名前で呼んでいただければ…」

「気を遣わなくていいと言っているだろう?」

 

少し笑いながらそう言う龍さん。

こうして少しだけ言葉を交わす限りではそうお堅い人ではないように感じる。まあ大天狗って言うから狡猾なイメージがどうしても先行してしまうが。

 

「で……文、そろそろ戻ってこい」

「別にどこにも行ってませんよ……ただ帰りたいとばかり願っていただけです」

 

それは立派なトリップなのでは?

 

「その様子じゃ何も話せてなさそうだな」

「今から話しますよう……」

 

ふらつきながら私の方へと向き直った文。

うん、酷い顔だね!!

 

 

「ふう……なんとなく察しているかとは思いますが、守矢神社の方があなたと会うことをお望みなのだそうで」

 

えっそうなの?

 

「私はその付き添いかな。流石にたかが鴉天狗だけに任せてはおけないと、貧乏くじを引いてしまったようなものだ」

 

なるほどだから大天狗……

てかなんで私と会いたがってんの?

 

「でまあ……一応私たちは見届け人というか……そういうわけなので、もし何が起こってもそれは決して私たちの責任ではなく、守矢神社とあなた個人の問題ということです。本当にお願いしますよ?」

 

念を押される。

というか守矢神社っていうのか……聞いたことないなやっぱり。妖怪の山のてっぺんに建てるとかどういう神経なんだろうか……

 

「…まあつまりあれね?逆恨みするなってことね?」

「理解が早いようで助かる」

 

まあハナからそんなのするつもりはなかったけど………流石の私も一つの勢力丸ごと相手にするほどバカじゃない。単身で突っ込む程度にはバカだが。

 

 

「……じゃあ、行きましょうか」

 

陰鬱な足取りの文が階段を登っていく。

不思議と神社のあるであろう方向から、何か強い気配を感じるわけではなかった。……というか、何も感じない。

そもそも感知とか出来ること自体割と珍しいらしいけれど……神様ってのに会った覚えないけれど、神とかいうくらいなら何かしらの気配は感じ取れてもいいはず。

 

まさか誰もいない神社に連れていくわけでもないだろうし。

 

 

ごちゃついている、とは言っていたが、実質もう妖怪の山のトップはその神様になっているのだそう。……妖怪も神様を崇めるんだなって、今更知ったけどさ。

 

それと、流石に霊夢はまだ来ていないらしい。

首突っ込むのに抵抗がないと言えば嘘になるけれど……私にとっても博麗神社はただの神社じゃないんだ。

 

 

きっちり、話はつけておく必要があるだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

鳥居を潜ってすぐに、まるで巨人が立ちはだかっているような感覚に陥った。自分より遥かな大きな存在が、その目で私を見下ろしている。

 

 

「……なるほど」

 

 

奥にわかりやすく鎮座している紫髪の人が、その神様なんだろう。

 

 

「神奈子様、白珠毛糸をお連れしました」

「ご苦労」

 

 

大天狗が様をつける、ってことは天魔か、それ以上の扱いを受けているってことか。ぽっとでだろうにこうも敬意を払われているのは流石の神様……ってことなのだろうか。

 

私が少し前に歩くと、文と龍さんは横の方へと下がっていった。

 

 

 

「さて、噂はかねがね聞いている。伝聞通りの髪だな」

「こちらこそ、生憎神様というのを今まで目にした覚えがなく……そのご威光、私のような下賎な毛玉風情にもひしひしと伝わっております」

「なに、そう堅くならなくてもいい」

 

神……ね。

なるほど、感じたことのない感じの力だ。これがいわゆる神力ってやつだろうか。

 

「ひとまずは名乗ろうか。私は八坂神奈子、ここで祀られている神だ」

「これはご丁寧に……」

 

っと、堅くならなくてもいいって言われたな……

 

「…もう知ってるんだろうけど、白珠毛糸。まあ……普段は霧の湖の周りにいるのかな」

「霧の湖…ね」

 

チラっと、神様の隣にいる緑髪に目をつける。

 

「ああ、この子は東風谷早苗。守矢神社の風祝だ」

「よろしくお願いしますね、毛糸さん」

「よろしく…」

 

風祝……って、何?

というかあいつが霊夢に向かって宣戦布告してきた生意気なガキか……見た感じ人間だけど、どこか違和感が……

なんだろうな、これ。霊夢たちともそう年齢は変わらないような気もするが……

 

っとと、余計な考えだな。

 

 

 

「自己紹介も済んだことだ、早速本題に入ろうか」

 

相変わらず高い位置から見下ろすように、そして品定めをするように私を見ている神様。八坂神奈子……うん、こっちももちろん聞いたことねえや。

 

「そういえばそっちも私に用があったんだったか?」

「……いえ、大したことでもないのでお気になさらず」

 

 

プッツンしながら乗り込んできたなんて……この状況じゃ言えないじゃん?

 

 

「ふむ、そうか。なら遠慮なく………」

 

はてさてどんな用なのやら、少し不安に思いつつ、神奈子さん……様?の次の言葉を待った。

 

 

 

 

「山に降れ」

 

「……は?」

 

 

 

思わず聞き返してしまう。

ちょっと何言ってるかわかんない。

 

「ん?聞こえなかったか?」

「いや聞こえてましたが……」

「そうか」

 

なんの前触れもなくスカウトを受ければ、そんな反応にもなるだろう。

 

山に降れ……いや、深読みするまでもなく文面通りの意味だろう。ウチの傘下に降れって話だ。……なんで??

 

「えーと……まずは理由をお聞きしても?」

「そうだったな」

 

そうだったな、ではなく……話は順序を守ってもろて…

 

まずはその真意を聞かねばなるまい。初対面で会っていきなり勧誘とか正気の沙汰じゃない。いや神様は我々の価値観では推し量れぬ崇高な考えをお持ちなのかもしれないが?

 

 

「聞けばお前は、数百年前から妖怪の山に与して戦ってきたそうじゃないか」

 

おっと事実を述べられてしまった。否定することが不可能だぞこれ。

 

「にも関わらずお前は妖怪の山に属しているわけではなく、あくまで一人の妖怪として今まで生きてきたと聞く。戦力の確保、そして妖怪の山にとっての危険因子を摘む意味でも、お前をこちらに引き入れておきたいのだよ」

 

淡々とそう告げてくる。

 

ふむ……なるほど。

要するに面倒くさそうなのいるからいっそこっちに引き込んで管理してやろうと?今まで誰もやってこなかったことを、この神様はいきなりやろうとしてきているわけだ。

 

無論そういう話が今まで天狗たちの間で一度もなかったってことはないだろうけれど、万一私と敵対した時のリスクを考えてそれをしてこなかったのだろう。

 

不本意に誰かに従属するというのは、まあ多くの場合は屈辱を伴うから。

 

 

ふと、横の方で固まっている文に目を向けてみると、案の定というかなんというか、青ざめてしまっていた。

うん、私も内心そんな感じ。

 

 

「……なるほど」

 

 

正直、そんな話を受けるくらいならとっくの昔に妖怪の山ファミリーの一員になっている。私にはそうしない理由があるし、そうしたくない理由があるわけで。

どうやらこの目の前の神様は、私に今まで通りの日常を送らせるつもりはないらしい。

 

 

「せっかくのご提案ですが、丁重にお断りさせていただきます」

 

 

わざと、堅苦しく言葉を続ける。

 

「……何故だ?」

 

 

さして驚いていないのだろう、抑揚のない声でそう聞いてくる神様。

 

 

「何故かと……失礼ながら、己の自由が脅かされる提案してをされて、特にこれといった利点も示されずにお受けするとお思いで?」

 

つい喧嘩を売るような態度になってしまうが、神様は相変わらず表情を変えぬまま言葉を続ける。

 

「妖怪の山、引いては私という後ろ盾を得られる」

「お生憎、間に合っておりますので」

「ふむ……」

 

 

神様である自分が誘えば相手は否応なく応じるはずだと、まさかそんなことを思っていたわけでもあるまい。

 

 

「下手な芝居を打つのは辞めていただきたい」

「——ほう?」

 

 

片眉をあげ、興味深そうに私の言葉を聞く神様。

 

 

「ここに張られている結界……元より私を逃すつもりはないのでしょう?最初から私をこの山に縛りつける……というよりか、自分の手駒にする気満々ってところですかね」

「……フッ」

 

なにわろてんねん。

 

「違いましたか?」

「いや……聞いていた話では腕っぷしは凄いが温厚だと聞いていたものでな。なかなかどうして、鋭いなと思ったばかりだよ」

「……はあ、まあとにかくお断りなので」

 

帰っていいかな……私いたら面倒臭いことにしかならなさそうだし、霊夢たちに全部任せて……

 

まあそうするには、あの帰す気の感じられない結界が邪魔か。さりげなく入った時より強固になっていらっしゃる。

 

 

「結界、解いてもらっていいすか」

「…このまま黙って帰すと思うか?」

 

 

あーはいはい……最初から選択肢なんて用意してませんでしたってか?元から私を自分のものにすることは確定事項だったと、断られるのも織り込み済みだったと。

いやん、嫌いになっちゃいそう。

 

 

「黙って返してくれなきゃ何するんですかね、力で屈服とか?」

「それ以外にあるか?」

 

 

すーっ…と、早苗?とかそんな名前の人間が後ろの方へと下がっていった。

 

 

「それじゃあまあ……戦り合う前に一つ」

 

 

端の方で文がどんどん青くなっていくが、悪いけど構っている余裕はないのでそのまま話を続ける。

とにかく、この目の前の横暴な神様に言ってやりたいことがある。

 

 

「……大方、外で信仰得られなくなったから幻想郷に逃げ込んできたってとこか?それでいきなり妖怪の山のてっぺんでふんぞり返れるなんて、神様ってのは本当に良い御身分だな」

 

 

誰かに聞いたわけじゃないが、こうして話していれば、そして状況を鑑みればなんとなくわかる。

いきなり大きな勢力……力を持った個人が幻想郷に現れる。少し前によく似たようなことがあったのを覚えている。まああれはわざわざ宣戦布告してくれてたが……

 

妖怪の山に神様として崇められるような存在が、今までひっそりと生きてきたとも思えない。というかそんな生活をしてて人間の巫女を迎えられる理由もよく分からん。

つまりあれだ、幻想入りってやつだ。

 

 

「押し入ってきたくせにあれこれ手を伸ばそうとすんじゃねえよ、ちったあ弁えろ」

「……言うじゃないか」

 

 

ついつい口が悪くなってしまった。博麗神社に喧嘩売ったことを思い出したらどうしても……いや、私だけなら全然良いんだけどね、いいように使われるのも、舐められるのも、慣れてるっちゃ慣れてるし。

 

 

「勘違いしてくれるなよ、さっきまでのは全部建前だ。別に毛玉1匹に頼らずとも私は十分に強い」

 

私の言葉に苛ついた様子もなく、ただ不敵な笑みを浮かべ続けている神様。

十分強いねぇ……幻想郷に来て力が戻っただけでそう錯覚してるだけなんじゃねーかな。

 

「私が興味を持ったのは、お前のその知識だ」

「はい?」

 

知識……?ノーレッジ?それなら紅魔館を訪ねていただいて…

 

「ここに来てすぐに河童たちの作ってきたものを見てきたが、近代的な……外の世界でしかないはずのものがチラホラとあった」

「アッ」

 

 

そ……そこかーっ…

 

 

「聞けば白珠毛糸という毛玉に教えられたものがあるというじゃないか。しかしその毛玉は五百年近く前からこの幻想郷にずっといるらしい。……不思議だろう?」

 

……今より前の頃から、今の現代に相当する技術を持ち得ていた。そもそも科学の発展により妖怪という存在は追いやられたものであり、それよりも先に河童がそこに到達しているというのは、どういうことか。

 

要は、そういうことだ。

 

 

「…あとは言わずとも分かるだろう?自分のことなのだから」

「はあ……なるほど…」

「というわけで、その毛玉に興味が湧いたからこうやって誘ったわけだ。まあ、山に属さない不安定な要因を先に摘んでおくなり、抱え込むなりしておきたかったというのも本音ではあったがね」

 

 

……私の家、結構近代的だもんな。

つまるところ結構な割合で自分の巻いた種ってわけだ、泣けるぜ。

 

 

「まあ、どっちにしろあんたらの印象は最悪なんでね。博麗神社に喧嘩売ったんでしょ?」

「……へえ?なんでわざわざやって来てくれたのかと疑問だったが……そういうことかい」

 

一応戦闘用の義手にしてきて正解だったか。まあ神様とやり合うってのが初めてだし、向こうの実力も正直測れないが……まあ別に戦いに勝つ必要はない。

結界を壊して、さっさと逃げれば私の勝ちだ。

 

「帰してくれないってんなら、その顔面ぶん殴って無理やり出ていくだけなんで」

「いいねえ、久々に本気で体を動かしたかったところだ、特別に相手をしてやるよ」

 

 

そうしてようやく立ち上がった神様。……もう神奈子でいいか。

 

 

「ふう……」

 

 

自信を持て私

お前の力はあの二人の物だろう

 

 なら負けないさ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほ、本当におっ始めましたよ……どーすんですかこれ」

「私に聞くな」

 

使えない上司ですこと!!

 

「私の仕事は見届けることであって、円満に事を運ばせることじゃない。そんなに止めたいんならお前が泣きつきゃいいんじゃないか?」

「あんなに妖力出してる毛糸さんに近づきたくないです……」

 

あの人の戦っている姿を、私はそう何度も見ているわけじゃない。というかあまり見た覚えもない。

 

一つ実感できることとして、昔の彼女とは比べ物にならないほど、今の毛糸さんは強いということ。力自体も向上しているのか、戦いの経験を積んだからなのかはわからないけれど……

 

 

「……私たちここにいて安全なんですかね」

 

 

派手に飛び散っている弾幕を見て、轟音にかき消されそうになりながらそう呟いた。

 

「大丈夫なんじゃないか?ほら、あそこの人間」

 

龍さんが言っている守矢神社の巫女を見て、彼女が私たちを守るように結界を張ってくれていることに気がついた。

どうやらそれだけじゃなく、守矢神社そのものにも結界を張って、戦いの余波で壊れないようにしているらしい。

 

霊夢さんほどじゃないけれどなかなかの練度だ。

 

 

「……龍さんはこれ、どっちが勝つと思いますか」

「なんだ?賭けでもするのか?乗った」

「いやそうじゃなくて………」

「じゃあ私に聞くのがお門違いだ」

 

 

まあこの人も毛糸さんを見るのは初めてなんだしそりゃ分からないんでしょうけども……

 

 

「お前はどっちが勝つと思ってるんだ?」

「……毛糸さんに勝って欲しいとは思ってますね」

「おっ反逆か?」

「茶化さないでください」

 

そりゃあ急に出て来た神様よりは付き合いの長い友人を応援しますよ。

 

「どっちが勝ちそうかなんて、賭けでもしなきゃそれこそ外野には関係のない話だ。結果こそが全て、黙って観戦してるのが一番だよ。酒とか持ってないか?」

「肴にする気満々じゃないですか」

「間近でこんなの見れる機会ってなかなかないからな」

 

人の友人が戦ってるのを享楽感覚で見ないでいただきたい……本人は別に構わないって言うんでしょうけれど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

感想

 

思ってたよりもすんげえ強かった。

 

 

「わぉ」

 

 

全部が全部そうじゃないんだろうけれど、少なくとも目の前の神様は戦い慣れている。いや、慣れているとかいう話じゃないな。

 

「ハハッ」

「っ…」

 

戦神、そう呼んだ方がしっくりくる。

防御したとはいえ、その拳を受けたら十数メートルは吹っ飛ばされる。

 

「身体を動かすのは楽しいな。お前もそう思うだろう?」

「……いや、別に?」

「合わないねえ」

 

神力…で合っているのか。

それを帯びた、というか神力でできた大きな柱のようなものが現れ、神奈子の周辺に浮かび上がっていく。

 

指をこちらに向けると、そのうちの一本がとんでもない速度でこっちに向かって飛んできた。しかし反応できないほどじゃない。

 

すぐに妖力を纏い、拳に乗せて破壊しようとしたところで直感が告げる。

 

 

あ、これ壊せないな、と。

 

 

「フンッ!!」

 

正面から拳を打ちつけるのをやめ、身体で受け止めて勢いそのまま後ろの方へ投げ飛ばした。

 

「ってぇ〜……」

「ほう?破壊できないって分かってたのかい?」

 

結界にぶつかってそのまま両方とも壊れてくれねえかなとか思ったけれど、結界に当たった瞬間霧散して跡形もなく消えてしまった。随分と器用なことをしているらしい。

 

「ふう……」

 

手を叩きつつ思考を巡らせる。

 

神力、と区分されるからには霊力や妖力とは性質が違うモノなのだろうなとは思っていたが……不破属性が付いているとは思わなんだ。特有のものなのかは知らんが。

壊そうと思えば壊せるのかもしれないが……とりあえずめちゃくちゃ頑丈なのは確か。加えてアレをポンポン出してるわけで、いちいち壊してちゃキリがない。

 

多分、凛でも簡単に切られてくれるかどうか……

 

「まあ弾きゃ問題ないか」

 

攻撃を凌ぎつつ、結界を破壊するか、神奈子に効果的な一撃を与えること。この場を収めるか、逃げるか、そのどちらかが,勝利条件。

やりたくはないが、追い詰められたらあそこの緑髪のガキンチョでも人質にとるかな。……なんかあれも結構やり手に見えるけどもね。

 

それに……

 

 

「どうした、来ないのか」

「いや…」

 

 

神社の奥の方に、何かもう一人、凄いのが隠れている。

気配を潜められていてよくわからんが……直感というか、予想というか……神様がもう一人いるような気がする。

まあ不意打ち狙ってくるとかじゃないんなら、今こうしていても表に出てこないんだし放っておいても良さそうだけれど……

 

 

どっちにしろのんびりはしてられないか。

 

 

「———へえ、噂通り……そして想定以上だ。毛玉がなんでそこまでの力を得られるのか、甚だ疑問だが」

「よく言われる」

 

妖力の出力を上げていく。

まだまだ残量には余裕がある、景気良くパナしても問題はないだろう。

 

こんなこと言っちゃなんだが、霊夢との一件があってから調子が良い。やっぱり精神的なアレだろうか、身も心も軽い。

 

 

「すう……」

 

 

一息に接近する。

 

 

「そんなにステゴロがしたいか!」

 

 

私を迎撃するように神力で出来た柱が何本も飛んでくる。

さっき受け止めてみた感じ、体の奥深くまで響くような痛みを感じた。神力で出来ているからなのか、神奈子が特殊なのかは分からないが……直撃しても愉快なことにはならないだろう。

 

「使い勝手悪そうだな」

 

けれど所詮は柱だ、槍みたいに尖ってないしわ長いし爆発したりしないし飛んでくるだけ……速度とデカさこそあれど、それまでだ。

 

近づくのは容易い。

 

「——ぐえっ」

 

 

 

そう思っていた時期が私にもありましたとさ。

 

 

 

 

体の制御が効かなくなり、地面を何度も跳ねながら多分文たちの方の近くへとすっ飛んでいく私の体。

 

手足のように動かせるのはちょっと聞いてないですね……

 

 

「毛糸さん!?」

「あーいった……本当に痛いなこれ」

「だ、大丈夫ですか?」

「文うるさい」

「えぇ……」

 

気が緩んでんのかな……重荷が無くなったのはいいけれど、適度に緊張感も持たないといかんよな。

 

痛いことには痛いが……まあ、左腕が疼いたときよか全然マシだわ。霊夢に日常的にお祓いの棒で叩かれる方がキツイね。

 

 

「すう……はあ……よし」

 

気合いを入れ直せ。

ぐだぐだやってたら霊夢に見つかって面倒臭いことになる。

それはすごくすごい嫌だ。本当に嫌だ、頑張ろう。

 

「………な、なんですか?」

「いや別に」

 

 

 

 

文から神奈子の方に視線を戻せば、律儀に待ってくれている姿がそこにあった。流石神様、寛大でいらっしゃる

できることならその大きな大きな器で、私のことを見逃してくれるとありがたいのだけれど……

 

手をクイクイッと動かして挑発しているあたり、そんなつもりは毛頭なさそうだ。

 

「とはいえ…」

 

正面から殴りかかってもあしらわれそうなんだよなあ……ちゃんと強い。近づけさえすればどうにか……

 

 

「……ふむ」

 

 

周囲に氷で出来た剣のようなものを軽く数十個浮かび上がらせて見る。

 

「まあものは試しか」

 

剣先を神奈子の方へ向けて、次々に発射していく。

当たっても大した脅威にはならないだろうが、あの柱を移動させて壁のようにして塞がれた。

 

「ふぅン……」

 

見た感じ、さっきしばかれたあの自在に振り回すような動き、あれを全部の柱でできるわけではないのだろう。せいぜい同時に三本とか?まあ信仰心とか足りないのかも知れないけれど……

 

私だって手に持たずに手足のように動かすのは剣くらいの大きさのものを一本だ。それも結局手でコントロールしないといけないから特別手数が増えるわけじゃない。

 

 

練度こそ違えど、それは向こうも同じなわけで。

 

 

「………まあめんどくせえしいつも通り行くか!」

 

 

当たれば爆発する特大の妖力弾を作り出して、発射、発射、発射。

 

 

「急に力押しでくるねぇ!!」

 

 

妖力がどんどん減っていくが、まあ支障はない。

轟音を鳴らし、地面を揺らして、柱に私の妖力弾が当たり、大きな爆発を起こしていく。

 

分かりやすく言えばイオ○ズン連打だ。

 

 

視界を埋め尽くすほどの妖力弾が柱に当たって爆発、煙が神様の周りを取り囲んでいく。

むしろこれだけされてへし折れないあの柱が意味わからんのだが。

 

 

腰の刀に手を乗せ、妖力弾と一緒に爆煙に視界を奪われたその場所へと突っ込んでいく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「——っ!!」

 

長年の勘とでも言おうか。

年月と共に蓄積されていったそれが反応した時には体がすでに防御態勢に入り、自分のすぐ後ろに御柱を作り出した。

 

「——ちぇっ」

 

少しだけ悔しそうなその声と共に振るわれたその黒色の刃は、御柱の半分ほどのところにまで達していた。

 

「ふんっ」

「っ…と」

 

振り払って距離を置く。

刀が振るわれる直前、背筋が凍りつくような感覚を覚えた。殺意は感じられなかったが……御柱が斬られていたことから、殺意こそなけれど、その太刀筋は命を捉えていたようにも思える。

 

それに、あの刀。

 

 

「ふう…」

「いい刀じゃないか」

 

あれの妖力とは違った、微細ではあれど異質なもの。

なるほど、妖刀か。知覚するだけで寒気が襲ってくる。

相当数の命を断ち切ってきたのだろう、一度受けただけだからよくは分からないが……ああやって鳴りを潜めてはいるけれど、本来であればその邪気をふんだんに放出しているはず。

 

そんなものを持って、正気でいられるとは到底思えないが。

 

「抜く気はなかったんだけど、こうでもしなきゃ近づけなさそうだったんでね」

 

言葉から察するに、あの刀を握っている時は身体能力が向上する…ということか?少し違うようにも思えるが……

あれを抜いた途端に動きが変わったようにも見えた。

 

……となると。

 

 

「刀はいいが、持ち主が刀に使われているようじゃな」

「………あ?」

 

おっと、機嫌を悪くさせたか。

 

「何か気に触ることを言ったか?」

「……はあ、いや正論なんで別に」

「ふむ、そうか」

 

自覚はあったらしい。

 

 

「まだ力を温存しているんだろう?こっちも興が乗ってきた、本気で来いよ、毬藻殿?」

「………ふう、あんたもソッチ系?」

「なに、軽い運動みたいなもんさ」

「……あっそ」

 

 

そこまで言って、冷ややかな視線を感じた。

そっちを見てみれば、早苗が嫌そうな顔で私のことを見ていた。

 

……久々に力が戻って少し興奮していたみたいだ。元々戦うのは好きな方だが……そもそも境内でやり合っているって言うのがよろしくないな。土地自体は広い方だし結界も張っているが……

 

少し頭を冷やし———

 

 

「……ははっ」

 

 

どうやら向こうはもうスイッチが入ってしまったらしい。

迸る妖力、鋭い目つき、剥き出しの敵意。

 

人間臭かったさっきまでとは違って、随分と妖怪らしくなったじゃないか。

 

ついでにあの刀の帯びている邪気まで強くなっている。

 

 

「生憎、こっちも最近は調子良いんだ。怪我しないようにな」

「誰に言ってる」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

全能感、とでも言おうか。

自覚があるうちは平気だと思いたいが、戦いに乗り気になっていくような感覚に陥った。

私自身は別に戦いが好きってわけじゃないんだが、この場合……

 

「……機嫌良さそうじゃん」

 

凛の方か。

戦いを楽しむって言うのなら、どっちかって言うとりんさんの方の気質だと思う。つまり私はこの刀に思考まで乗っ取られそうになってるワケだ。

ははっ、笑えない。

 

「うぉ」

 

身体がぐいんっと動く。

心なしか私の身体の扱いも悪くなった気がした、最近は割と優しかったのになあ……

 

飛んでくる弾幕を避けて、そうじゃないものは斬り伏せる。

刀にどんどん妖力が吸われていく、というかそのペースも上がっていってる気がする。

 

 

まあ私もさっきはちょっとキレちまったが……私をイラつかせる気満々でマリモ呼ばわりしただろあいつ、許せん。

とはいえ向こうもまだまだ余力を隠しているんだろう。

 

今更気がついたがここはあちらさんのホームグラウンドみたいなもんだ、なおさらこの敷地内にいる理由がなくなった。

 

 

「っと」

 

 

飛んでくる御柱を避けたところで思考が落ち着いてきた。

そうだ、別に勝つ必要はないんだった。

 

そんなことはないと思うが、私が凜をあんまり抜きたくないのは感情論とか抜きにすると、手加減ができないからだ。

万が一、いやそんなことは絶対ないと思うけれど。

 

もしもあの神様を斬り殺しでもしたら……

 

うん、考えたくもない。

 

 

「ふう」

 

 

一息ついて思考を回していく。

まだ見せていない手の内はいくつかある。

再生と妖力由来の幽香さんの能力、それと……

 

「チィッ」

 

攻撃が激しい。

あの硬さの大きな柱を何個も出すのせこくない?それ禁止にしない?

 

とにかく、だ。

今こうして全力で凛が私の体を使って駆け回っていても、向こうの攻撃の激しさで突破するのは手こずるらしく、なかなか距離を積められないでいる。

まるで指揮者のように手を動かし、柱や弾幕を思うがままに操り、私を追い詰めてくる。

 

多分、すでに見せている手札で彼女を突破することは厳しいだろう。さりげないが適応力がとんでも無く高い。

凜を握っている状態の私の動きの癖を読んでいるのだろうか。あほらまた当てられそうになった。

 

 

「どうしたどうした、私に近づきたいんだろう?」

 

 

気がつけば自分の周囲が柱で囲まれていた。

 

 

「もっと頑張れよ」

 

 

見上げれば特大の神力の塊。

あんなの食らったら痛くて泣いちゃうよ……

 

理屈はわからんが、霊夢に叩かれた時と同じように神力でも痛みがちゃんと伝わってくる。そんな状態で腕がもげるのとか……考えたくもない。

ましてやあんなの……

 

いや、痛いじゃすまんわな、意識飛ぶんじゃない?

 

 

「すううぅ……フンッ!!」

 

 

意図的に凛に妖力を流し込んで、跳び上がって上から落ちてくるソレに刀を叩き込んだ。

 

意外とすんなり真っ二つになったそれに疑問を浮かべる前に、目の前に神奈子がやってきているのにギョッとした。

既にその拳が目の前にまでやってきている。

 

気づいた時には自然と体は刀を使って防御し、勢いよく吹っ飛んでいた。

 

 

「うっひぃ…そういうことしてくる?」

 

最初からあれは陽動で、直に叩く気だったってことだ。

なんとか着地したが、フィジカルも凄かった。流石に鬼ほどじゃあないけれど……

 

続け様に柱が飛んでくる。戦い始めてどのくらい立ったか。

 

凛に身体を預けている間は思考の余裕が生まれるから良い。こうしている間にどうすれば彼女を突破して、この場から逃げおおせることができるかを考えられる。

 

とは言っても既に頭の中では組み立てられてるんだけども。

 

 

「もう少し、行こうか」

 

 

妖力の出力を上げる。

全部出し切るつもりで凛に喰わせる。

 

一気に減って少し目が眩んだけれどもすぐに立て直し、体が動いていく。

 

 

「随分と器用じゃないか」

 

 

刀を振りながら妖力弾で牽制しているのを見て、神奈子が愉快そうに笑いながらそう言った。

これだけメチャクチャに動いても動きを目で追われているのは、向こうが凄いのか私が向こうに動かされているからなのか。

 

まあそれはどうでもいい。

結局戦いっていうのは、致命打を叩き込めるかどうかなわけで。

 

 

さっきわざわざあちらさんはこの刀のことに言及した。それ自体は別におかしなことじゃないが……

あの柱の半分まで刀を届かせたことに対しては特別驚いた表情を見せたように見えた。

 

 

ならもっと釘付けにしてやる。

 

そしてさっきから頭の中に言葉が響いて仕方ない。

私のものじゃない、凛から流れてくる思念のようなもの。

 

 

—— 斬りたい ——

 

 

あの柱へと向けられたその単純な想い、願望。

どうやらあの人は結構な負けず嫌いだったらしい。

 

 

「いいよ、斬って」

 

 

こっちに飛んできた柱を凛が捉えた。

 

一歩前に踏み込み、妖力を纏って空間さえ切り裂くような鋭い一撃が神力の柱を切り裂いた。

 

「へえ!」

 

驚いたような声。

 

柱を両断したのを皮切りに、私の体を動かす凛の力はさらに強くなっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さらに動きが速くなった。

 

やはりあの刀を握り始めてからどんどん動きが変わっていっている。それにさっきは私の鼻先まで迫り、御柱を半分まで切ってみせた。特別妖術とかそういった類のことをしてくるわけではないが、その分力押しがなかなかの脅威だ。

 

「…早いな」

 

身体のキャパシティを超えているんじゃないかと思うほどにあちこち動き回っている。既に目で追うのは難しく、あの異様な気配を放つ刀を辿って攻撃を合わせている。

 

弾幕で面を、御柱で動きを封じ一点を狙っているが、斬られたり避けられたりでどうにも決定打にはならない。

 

「…だが」

 

あそこまでの妖力の放出、そう長持ちするものでもないだろう。あれだけ動き回りながら妖力による攻撃も同時にしている、随分器用だと感心こそしたが、まるで全部使い切ってやると言わんばかりだ。

おそらく、最後の一撃を狙ってそのうち近づいてくるはずだ。

 

可能性があるとすればあの妖刀による攻撃。あれだけ気配を分かりやすく発してくれている、どれだけ加速しても捉えることはできるだろう。

 

 

「っ…しかし速いな」

 

 

独り言のようにそう漏らしてしまう。

あの妖刀もそうだが、異常なのはあの妖力だ。

それこそただの毛玉が……数百年生きて来た程度の妖怪が持ち得ないものだ。相当人間に恐怖を与えなければならないはずだが……

 

どうやらあれで人間と友好的らしい。

妖怪の在り方も分からなくなったものだ。

 

 

「…だが、そろそろガス欠だろう?」

 

あれほどまでに迸っていた妖力がどんどん弱まっていくのを見て、限界が近いのだろうということを察する。

こちらも神力をかなり消耗しているが、ここは守矢神社の敷地内だ、消耗戦が不利なのは向こうも分かっているだろう。

 

だからこそ、どうにか隙を作って私に近づこうとしてくるはず。

 

 

そこを狙う。

 

 

「——!さらに速く…」

 

さっきまでのがトップスピードじゃなかったのか、不自然な加速で私の周りを跳び回っている。

 

動きの割に飛ばしてくる弾は遅く、まるで全方位からのように飛んできて爆ぜてゆく。

まるでさっき見たように、爆煙で視界を奪って一撃を入れるつもりなのだろう。

 

次第に煙で埋まっていく視界を眺めつつ、気配を察知するのに神経を尖らせる。妖力がどんどん減っていく代わりに、その刀の気配がより色濃くなっていく。

 

 

風のように飛び回り、機会を伺っている相手。

待ち受けるように、私も攻撃の手を止める。

 

 

 

 

風を切る音。

 

接近、また私の背後を狙うかのように上空から一気に急降下してくる。

既にあの妖力を確認できないほど刀の気配に飲まれ、それだけが私のことを斬ろうと飛んでくる。

 

 

「芸がないな」

 

 

降りてくるそれに向かって、最高硬度の御柱を生み出し、そいつを突き飛ばした。

 

 

 

——いや、違う。

 

 

 

 

手応えを感じられないまま煙が晴れ、御柱に突き刺さっている刀を視認した時には、既に背後で急激に高まっていく妖力がその拳へと乗せられていた。

 

 

ゆっくりと動く景色。

振り返ればなんらかの術式が剥き出しになっている左腕の義腕、そこから溢れ出す妖力が右の拳へと込められ、その鋭い目つきと共に私を捉えていた。

 

半ば反射の防御。

 

 

「やるじゃないか」

 

 

妖力がその拳ごと爆ぜた次の瞬間、目の前が真っ白になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ようやく起きた…寝すぎです、神奈子様」

「…早苗」

 

頬を膨らませてこちらの顔を上から覗き込んでいる。

自ら妖力を枯渇させることによって刀に意識を集中させて隠れ蓑にし、刀を手放して自分は違う方向から接近、妖力を増幅させる道具だかを使い消費した分を回復、全力で私に叩き込んだ。

 

そのあとついでに結界も突破して外に出ていったらしい。

 

「諏訪子は?」

「さあ…まだ中にいると思いますけど」

「そうか」

 

身体を起こす。

本当に気絶していただけみたいだ、身体は痛みこそあるがそれだけ。

直接殴るのではなく爆破させて衝撃を分散させた上で私の意識を奪って無事この場から逃走した……

 

戦いの勘が鈍っていた、言いたいところだが……ただの言い訳にしかならないな。一歩先を行かれた。

 

 

「天狗の方たちはもう帰しておきました。それと、境内も随分荒れたので先に直しておきました」

「うーん……できる子!流石早苗だね」

 

 

しかし……あの毛玉、やはり手放すには惜しいな。

あれだけ必死に抵抗されては諦めるしかないが……他の接触方法を考えたいところだ。

 

これだけやってくれたんだ、逃しはしないとも。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぉぅぇ…」

 

変な声がでる。

一発かましたあと、残った左腕の義手で刀を握って神社を包んでいた結界を切り開いて開いた穴を通り、そこから全力で逃げて来た。

 

ひとまず妖怪の山から出て、湖の近くまで飛んできたところで力尽き、木にもたれかかってまだ血がポタポタと流れ落ちている右肩を見つめる。

 

 

「……そろそろ返してよ」

 

 

凛に向かってそう訴えかける。

少し待つと、刀に吸われていた私の妖力がじわじわと戻ってきた。すぐに右腕の再生に回す。

右腕を捨てた捨て身のパンチ。

 

 

まあ、上手くいったか。

刀の気配に身を隠し、上から刀を投げ落として妖力がほんの少ししか残っていない私は毛玉の状態にかわり、神奈子の正面から突っ込む。

 

左腕の妖力増幅機構を稼働させるための妖力を残して、刀に気を取られているその認識の隙をついた……つもりだったが、それでも反応して防御まで出来るんだからおかしい。

 

 

あと文に目配せしたら、風を操ってこっそり私の動きを補助してくれた。流石である。持つべきは友、ぼっちじゃなくてよかった。

 

 

 

まあ上手くいったとは言うが、右腕が衝撃に耐え切れずに吹っ飛んだし、再生する分の妖力は残ってなかったし……もしあの裏に隠れているもう一人の神様…なのかな?あれも一緒になって来られてたらまあ勝ち目はなかっただろう。

そもそも向こうのホームグラウンドで戦うのがフェアじゃないよね、うん。

 

 

「ふう……」

 

 

さて、どうしたものか。

もしや私、もう妖怪の山に入れないのでは?

 

「うーん……」

 

再生し終えた右手を開いたら閉じたりしながら一人で首を捻る。

悪手だったか…?いやでも妖怪の山の一員になるのは論外だしな……話して分かる雰囲気じゃなかったしな…

 

まあ……多分霊夢があとあとボコしてくれるだろ。頑張れ霊夢。

それと何となくめんどくさい事になってそうな文も頑張れ、強く生きて。

 

 

 

「……外の世界、ねえ」

 

 

むしろあの世界でまだ神とかいう概念が存在できたこと自体が驚きなんだけども……

八坂神奈子、か。私が知らないだけで本当は名の知れた神なのかも知れない。また今度調べてみるか。

 

それに……あの早苗って子、人間…だよね?

緑髪って随分目立つと思うんだが………あれも外の世界の出身なんだろう。となれば…実質私と同郷?

女子高生くらいだろうか、巫女やってるってことは普通の学生とは違った人生を送って、その末に幻想郷に引っ越してきたってことだろうか。

 

博麗神社に喧嘩売ったってのは到底許せる話じゃないんだけど……今更だけど私がそう怒ることでもなかったね。本当に今更。私って本当バカ。

 

早苗、彼女のことが気にならないと言えば嘘になる。外の世界が本当に私の知っているものかどうかも確かめておきたいし……

 

 

 

「……でも、文たちに会えないのは困るなあ」

 

 

 

あいつらも付き合い長えんだよ……

というか私の生活かなり河童の技術に依存してるから……100歩譲って私は良くてもほころんが文句を言い出す。間違いない。

 

「……菓子折り持って行ったらなんとかならないかなぁ」

 

ならんか……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「——というわけで、神社にあいつらの分社を置くことになったのよ」

「………」

「何よその顔」

「いや…別に……」

 

あれからしばらく経ったが、あの神様は順調に妖怪の山を掌握しているらしく、人里までその名前が届いてきていた。

なんでも今は人間が安全に守矢神社まで来れる手段をうんたらかんたら……まあ、割と真面目に信仰集めをしてるってことらしい。

 

霊夢が守矢神社の分社を置くとか言い出して「正気か?」って言葉が喉まで出かかったが、まあ参拝客来ないの気にしては居たもんね……霊夢がいいならいいよ別に……

多分それでも来ないけれども。

 

「……ふう」

 

あの義手も修理に出せずじまいだ。あれ以降妖怪の山に足を運べていない。

というか行く気が起きない。

 

「まあ勝手に神社作る分にはいいけれど、厄介ごと起こすのだけはやめて欲しいわね…」

「そうだね……」

 

 

正直、分社置いたところで結局博麗神社に人来ないような気もするけど……立地が悪いよ、立地が。あの階段で足腰鍛えたい物好きしか来ないでしょ。

……妖怪がたむろしてるせいでもあるだろうけど。主に私。

 

 

「そういえば、あの時あなた結局何してたの?見かけなかったけど」

「ん……昼寝?」

「言いたくないなら言いわよ別に」

「いやだから昼寝……あれ、拗ねてる?」

「別に」

 

い、いやその……こっち向いて?そっぽ向かないで?確かに隠し事多いのは認めるけど…あ、ちょ、行かないで。

 

 

「やれやれ……」

 

 

結局、霊夢に気づかれることはなかった。聞いている限りじゃ、魔理沙と一緒に神社までカチコミして、文や椛を弾幕ごっこで轢き、最終的に神奈子さんともやり合ったらしい。……あの人私とあれだけしても弾幕勝負できる余裕あったんだな。

 

私、凛とか義手とか初見殺しとか、色々使った上でアレだからなあ……

 

霊夢に修行したら?とそれとなく言ってみる日常ではあるが、本当に修行しなければならないのは私なのかもしれない。

 

 

「さてまあ……どうしようかねえ」

 

 

あれで妖怪の山は安定しているらしいし、そもそも気軽に中に入れていた今までが異常といえば異常。もしかすると山の上層部さんとかはていよく私を締め出すことができた、とか思ってるかもしれない。

私としても守矢神社と敵対したままのような関係なのは良くないとは思っている。

 

問題はそれをどうやって解決すればいいのか分からないということで…

 

 

 

「……ん?」

 

霊夢が何かを感じ取ったように奥から出てきて、神社の上空な方を見上げている。

 

「どうかした?」

「いや…この感じ…」

 

何かを確信したのか、誰もいない境内に向かってお札を投げつけた霊夢、そのあたりでようやく私も感知することができた。

 

 

「——いきなり失礼しまヒィッ!?」

 

 

文を狙った着地狩りはギリギリで避けられた。

 

 

「ちょっ、流石に酷くないですか!?」

「何の用よ、このブン屋」

 

不機嫌そうに霊力を漏らしながら、すっかり戦闘体制になっている霊夢。

 

「お前…何したん?」

「い、いや別に何も……」

 

 

私がそう問うと、目を逸らしながら距離をとる文。

 

 

「何?知り合いだったの?というかこいつの悪行知らないの?」

「霊夢と文が知り合いだったことに私は驚いてるんだけど、というか悪行?」

「こいつの発行する新聞が………まあ燃えるゴミってとこね」

「失敬な!私は真実を……いやいやそんなことは今は良くて」

 

いいんだ……というか一体何を書いてるんだお前は。

 

 

「取材ならお断り、押し付けられた新聞は汚れを吸って燃えたけど?」

「流石霊夢さん容赦ない……いや、私が用があるのは毛糸さんでして」

「え?私?」

 

やっべ嫌な予感しかしない。

 

「毛糸さん、山まで来てもらえますか。山の神がお呼びです」

「やだ!」

 

似たセリフついこの前も聞いた!!

 

「駄々こねないでください子供じゃないんですから!」

「見た目子供だもん!ギリいけるもん!絶対面倒ごとだもん嫌だ!」

「無理です!」

 

 

思いっきりぶん殴って気絶させて逃げてきた手前、出来ることならもう2度とあの人とは会いたくない。でも妖怪の山には入りたい。うーん……ジレンマ!

 

「いや、その頭で子供は無理があるわよ」

 

マジトーンで霊夢がそう言ってきた。

 

「……安心してください。もう毛糸さんを手駒にしたいとかは思ってないみたいですから」

「えぇ……ホント?」

「ホントです、私は嘘つきませんから」

「でも新聞の中身は———」

「今はその話はよしませんか霊夢さん!」

 

お前本当に何書いてんの?

 

「と・に・か・く!……これは真面目な話なんです、来てもらえますね、毛糸さん」

「ひえぇ……霊夢助けて」

 

文に詰め寄られ、縋るような目を霊夢に向けてみる。

 

「………次来る時は饅頭持ってきてね」

 

くそっ、貧乏巫女め。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やあやあ、数日ぶりだな」

「……うす」

 

守矢神社の中。

なんとなく正座する私、目の前には神奈子。

 

「そう縮こまるな、そういうつもりがないのは分かるだろう?」

 

ニヤニヤしながらそう言ってくる。

まあ敵意がないのは本当みたいだけど……あんだけドンパチして数日後にこうして呼ばれたらこう……そりゃあ、固くなるじゃん。

 

「いやはや、少しみくびっていたよ。まさかこの私が意識を手放すことになるなんてね」

「スゥ…ソッスネ」

 

根に持ってない?よくもやってくれたな!とか、お返しだ!とか言って殴りかかってこない?

 

 

神奈子……さんが何を考えているのかを少し考えてみたけれど、やっぱり報復以外何も思い浮かばないのは私の頭が残念な出来だからだろうか。いやでも、初対面であんなことになって警戒するなっていう方が難しい話なわけで……

 

でも敵意がないのは本当なんだよな……妖怪の山に降る気もさらさらないっていうことは分かっているはずだし……

 

 

「それでだな、こうやって改めて呼んだのは……」

 

私が思案に耽っているのをよそに、神奈子さんが…早苗?を呼びつけた。

 

 

 

「ウチの早苗と仲良くしてやって欲しいんだ」

「………あ、すみませんもう一回言ってもらっていいですか」

「聞き間違いじゃないぞ」

「そっすか…」

 

 

……どういう?

 

 

「改めまして、東風谷早苗です」

「あぁ、これはどうもご丁寧に…」

 

 

特徴的な緑の髪に、普通の人間とは少し違うような気配。ついでに同じ巫女の霊夢よりも……

脳内の霊夢が殴ってきたのでこれ以上はよそう。

 

「早苗も最近外の世界からこの幻想郷にやってきたばかりなんだ。本当は私たちが色々教えてやりたいんだが……立場ってのがあるからな」

「………」

 

 

私、たち?

やっぱり神奈子さんの裏にもう一人なんかいるな……詮索はやめておくが。

 

「…まあ、別にいいんですけど、なんか私に利点ありますかね、それ」

「今まで通り自由に妖怪の山に出入りしていい」

 

舌打ちしそうになるのをどうにか抑える。

勝手にやってきて勝手に制限して、こっちの要望に答えたら今まで通りにしていいって……なかなか腹の立つ提案をしているという自覚はあるのだろうか。

多分あるんだろうなぁ……というか出入りを制限された覚えもないんだがね?

 

 

紫さんが特に何もしてないってことは、幻想郷としてはこの新たな勢力の登場を容認している、ということなのだろう。

妖怪の山としても、自分たちの神が出来るならそれはそれでいいらしいが……その辺の感覚は私にはちょっと分からん。

 

「…まあ、構いませんよそれで。私にちょっかい出してこないなら」

「あぁ、約束しよう」

「………」

 

 

普通、ただの人間をこんな毛玉妖怪に押し付けるような真似をするか?何を期待しているのかさっぱりだが……

多分、私が外の世界の知識を有していることから、それを引き出したいのかな…?いやもうね、偉い人の考えることはよく分かりませんわ。

 

こっちも襲う気なんてさらさらないが、多分あの早苗って子もそれなりにやれるんだろうなぁ……それこそ自衛くらいは問題なくできるくらいに。

 

 

 

 

……また変なところにパイプできたな私、勘弁してくれ。

 



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毛玉と早苗

「あ、こんにちは毛糸さん!」

「え?あ、うん、こんちわ」

 

多分守矢神社と和解?してから数日、人里にくると早速熱心に宗教勧誘…じゃなくて、信仰を集めようと道ゆく人に声をかけている早苗を見つけた。

 

「えっと…調子どう?」

「それなりですかね……やっぱり新しく来た余所者ってことで警戒されてるみたいで……元から神様を信仰してる人はあんまりいなかったみたいで、その辺は運が良かったです」

 

外の世界の人間でも、ちゃんと神様とかを認識しながら生きているとこう……信仰とかに熱心になれるもんなんだな。

特に悪どいことをしているわけでもなく、真っ当に、誠実に、真摯に信仰集めをしているので、肝心の神様とは違い応援したくなる。

 

要するにいい子、ということだ。

どこぞの怠惰巫女とは大違いだね。

 

「そうだ、あとで少し時間もらえますか?一度ちゃんとお話ししてみたいって思ってて」

「ん?ん、いいけど」

 

 

結局、あのあとは神奈子さんにムカついてせっせと帰ってきてしまったので落ち着いて話す時間もなかった。

いや、話す必要性も感じないのだけれど。向こうが話したがってるんだから、年中暇を持て余してる私はそれに応えるしかない。

 

「じゃあ私その辺歩き回ってくるからまた後で見にくるよ、1時間後くらいでいい?」

「はい!お待ちしてます!」

 

大きな返事が返ってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ」

「おっ」

 

知り合いによく会う日だ。

 

「こんなとこで何してんの?魔理沙」

「こっちのセリフだっての」

「そらお前暇だから日中から徘徊しまくってるに決まってんだろ言わせんな」

「なんでキレてんだよ」

 

き、キレてねーし。

 

相変わらずの白黒衣装に身を包んだ魔理沙が通りを歩いて……

 

「………」

「なんだよ、そんなにこっち見て」

「いや……うぅん…?」

 

なんだこの違和感は……一体何が……

ハッ!

 

「帽子変えた?」

「いや別に」

「埋めてくれ」

「どうした急に、変えたのはスカートの方だけど」

 

なんでっ、スカート変えたらっ、帽子が変わったとっ、勘違いするんだよっ、私はっ。 

 

「ハァ…私ってほんとバカ」

「まあ妖怪だしそういうのは疎そうだもんな」

「いやこれでも私…まあいいや」

 

 

どうせ前世の私はオシャレとかに無頓着な人間だったのだろう……自分の身なりとかろくに気にしたことないし。

 

『前世の君は——』

 

いらんいらん聞きたくない帰れ帰れ。

 

 

「すっげえ顰めっ面。………えっ、そんなに落ち込んで…?」

「いやそういうわけじゃ……」

 

まあ…妖精たちの服が滅多に変わんないから、そういうのに見慣れてしまって感覚が薄れたのかもしれない。そういうことにしておこう。

 

 

「そんなことはどうでもよくって……何してたの?」

「人探し…ってとこかな」

「人探し」

 

人里って広いから、人一人探すのってだいぶ苦労するだろうな。私も何度迷ったか……というか未だに迷うし。

 

「お前なら知ってるだろ?守矢神社の話」

「ん?うん、それが?」

「そこの早苗ってやつが人里で信仰を集めてるらしくってな」

 

察した。

 

「いけ好かない…じゃなくて、強引なやり方してないか調べてやろうかと思ってよ。どこでやってるか知ってたりしないか?」

「さあ…向こうのほうでそういう話聞いたような」

 

早苗のいる方向の反対側を指差した。

 

「マジか逆じゃねえか、この辺だと思ったんだけどな……ありがとな」

「もういないかもだけど私は悪くないからね」

「わーってるって、じゃあな」

「頑張れー」

 

………許せ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「わあっ、ここカフェみたいな雰囲気でいいですね!」

「カフェ……言われてみれば確かに…?」

 

魔理沙に嘘をついて良心を痛めながら早苗のところに戻ると、もう私のことを待っていた様子だった。

そのあと適当にうろつき、落ち着いて話せる場所を探してここへとたどり着いた。

 

うぅん……確かにカフェだなここ、看板は茶屋なんだけど、どことなく洋風というか……幻想入りした人間とかがそういう風に作ったりしたのかな。

外から来た人間が持ち込んだものが人里で流行る、というのも無い話ではないらしいし。生憎そういう人物に会えたことはないが。

 

いや、目の前の彼女がそうか。

 

キャッキャしながら席に着いてメニュー表を見ているその姿は年相応に見える。……霊夢が達観しすぎているだけか?そもそも早苗の年齢とか知らないんだけども。

 

 

「…コーヒーとかないんですね」

「コーヒーは流石に……どこで栽培すんのって話になっちゃうし」

「それもそうですね」

 

まあ案外幽香さんが豆を持ってそうだが。

少し遅めだったが昼食を取っていなかったらしく、サンドイッチを注文した早苗。そしてサンドイッチとか幻想郷に存在したんだ……と驚愕している私。

 

停滞しているようでちゃんと幻想郷の文化は進歩しているってわけね。

 

「さっそくぶっ込んでいいですか?」

「お、おう…どうぞ?」

「毛糸さんって何なんですか?」

 

何と言われても困るんだが。

 

「毛玉の妖怪…?」

「いえそういう話ではなく」

「じゃあどういう話なのさ」

 

お前はなんなんだっていきなり聞かれても自己紹介することしかできないんだよ。私の何を知りたいのかを明示してくれ。

 

 

「ふぅ……神奈子様が毛糸さんを欲しがってた理由は毛糸さんも分かってると思いますが」

「知識だっけ?」

「はい、でも私と仲良くしてやってくれっていう言葉の意図がイマイチよく分からなくて……神奈子様に聞いてもちゃんと教えてくれなかったので、まずは毛糸さんについて知って見ようと、山中の妖怪に話を聞いて回ったんです」

 

うわっコミュ強だ。初対面の妖怪に気軽に話聞きに行けるとか強すぎんだろ……

 

 

「毛糸さんは500歳くらい……ということでいいんですよね?」

「うん」

「幻想郷から出たこともない、と」

「せやね」

「せや…?」

 

そんなに質問で順々に詰めてこなくても、教えてくださいって言えば教えてあげるんだけどな。

まあ微笑ましいからこのままでいいや。

 

「とにかく、問題は毛糸さんが一度も幻想郷の外に出たこともなく、ましてや現代の幻想郷の外の世界に行ったことないのにも関わらず、その場所の知識を持っているってことです」

「気のせいじゃない?」

「さっきカフェって言葉に反応しましたよね?」

「……偶然じゃない?」

 

なんか問い詰められてるみたいで居心地が悪くなってきた。というか実際問い詰められてるのか?

 

「教えてください、毛糸さんは一体何なんですか?なんで——」

「んー………逆に聞くけどさ」

 

頬杖をつき、少し口角を上げながら意味深にそう告げて見せる。

 

 

「私って何なんだと思う?」

 

 

このまますんなり教えてしまってもやっぱりつまらない。せっかくだしもう少し会話を楽しみたい。そう思いついそんなことを口走ってしまった。

 

「むぅ………」

 

不満げな表情を浮かべ、考え込む早苗。

それを見つめている私も、今さっき自分で言った言葉を反芻していた。

 

私って何なんだと思う?

求めている答えは早苗とは違うだろうが、教えてくれるなら私が聞きたい質問だ。その答えを持ち合わせている奴がいないのが残念だけど。

 

未だにこうして悩んでしまうのだから、最初に存在意義だとか、存在価値だとか、そういう言葉を生み出したやつを少し恨む。そんな概念が最初っからなかったら頭を抱えることもなかっただろうな。

 

 

「…あくまで推測ですけど」

「ん、どうぞ」

 

眉はひそめたまま,顔を上げて言葉を続ける早苗。

 

「転生……とかだったり?」

「…理由は?」

「現代から過去に遡って転生したって考えたら色々辻褄は合いますし……幻想郷の外だとそういうの流行ってたみたいで、なんとなく」

「フぅン…」

 

………勘のいいガキは好きだよ。

 

「……え、何ですかその顔、どういう感情なんですかそれ」

「見ての通り」

「……もしかして合ってました?」

「…フッ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……本当にあるんですね、そんなこと」

「ね、私も最初は随分驚いたよ」

 

しかし時間逆行までしたのはいまだによく分からんが……不自然な転生ってだけなら今なら理解できるんだけどな。

良く似た別世界に転生したって思った方が私はまだ納得……いや、それはそれでまた現実味のない話なんだけど。

 

「えっじゃあ前世の毛糸さんってどんな感じだったんですか?」

「それがね…覚えてないわけじゃないんだけど、その記憶を封じ込めてるというか…」

 

私のその言葉を聞いて少し残念そうにする早苗。

 

「もし同年代の女の子とかなら話し合うのかなとか思ってたんですけど」

「仮に私がそのくらいだとして、お宅の神様とバチバチにやり合ったわけなんですけども」

「アレは神奈子様が悪いです」

 

まともそうな子で安心。

他に一緒に幻想入りしてきたのはいないらしく、神様と人間一人だけ……外の世界での生活もあっただろうし、親とかのことも知りたいけど、直接聞くのは気が進まない。

 

世の中は知らなくても問題ないことで溢れかえってるわけだし。気になるけどね。

 

「案外前世はおじさんだったりして!」

「やめてそういうこと言うの、否定できなくて怖いから」

「私は前世おじさんでも全然気にしないですよっ!」

「やめろって」

 

そういうの知りたくないから前世の自分の記憶封じ込めたままにしてるわけで……

 

『知りたい?』

 

出たがりかよ引っ込んでろ。

 

 

 

運ばれてきたサンドイッチを早速頬張り、意外と美味しいと呟く早苗。

飲み物以外頼んでなかったせいで、それを見てお腹が空いてくる私。

 

「そうだ、霊夢さんとはどういう関係なんですか?」

 

飲み込んで口周りを拭いてから改めて口を開く早苗。

 

「どう…って?」

「私が霊夢さんに喧嘩売ったから守矢神社に来たんですよね」

「自覚あったんだ」

「もちろんです」

 

それはそれでどうかと思うんだが?

 

「あ、あれはまだ幻想郷のことよく分かんないうちに神奈子様にやれって言われて……あの後霊夢さんにこっぴどくやられて……あはは」

 

……そう聞くとなんか可哀想に思えてくる。

 

 

 

にしても、私と霊夢ねぇ……

 

「うーん……」

 

うーん……

 

「うーん……?」

 

うーん……?

 

 

 

 

「……そんなに悩むことなんですか?」

「いや…なんと言えばいいか…」

 

家族ってほどでもないし、友達…って感じでもないわけで。他人とか言ったら霊夢がキレるし、知り合いで収まる関係でもない。

私と霊夢の関係を言い表すちょうどいい言葉が見つからない。

 

「……友達以上家族未満?」

「………大体わかりましたっ!」

 

サムスアップと共に言い切る早苗。

絶対わかってないだろうけど私もわからんからこれでいいだろう。

 

「じゃあさ、早苗と神奈子さんと……多分あともう一人いるよね?見たことないけど。三人はどういう関係なの?」

「あ、諏訪子様のこと分かっちゃうんですね、流石です」

 

諏訪子って言うのか。

どんな人なのだろうか、願わくば会いたくない。

 

「そうですね……親子でいいんじゃないですか?もちろん神様と人間なので、おかしな話なんですけどね」

「別におかしくないと思うよ」

「そうですか?」

 

むしろ人を襲う存在である妖怪よりかは、神様が親代わりって方が私はあり得る話だとは思う。

 

「神奈子様、そんなに悪い人じゃないんです。あんまり嫌いにならないであげてくださいね」

「ごめんね、めっちゃ嫌い」

「あちゃ、手遅れでした?」

「初印象からダメだったね」

 

まあ原因は早苗なんだけど。

お前が博麗神社を舐め腐った言動したのが理由なんだよなぁ……いつまでもそんなこと言ってても仕方がないけどさ。

 

「とは言え今はそんなに。苦手ではあるけどね」

「あはは……」

 

むしろあんなファーストコンタクト、ついでに自由を奪ってくる気満々で絡まれて好きになれという方が難しい話だろう。

少なくとも初めて会った時は話が通じなかったわけで。

 

 

 

「それにしても……」

「ん…?」

 

サンドイッチを食べ終えたかと思えば、私の顔をまじまじと見てくる早苗。

 

「身長低いですね。何センチくらいだろう」

「あぁ…まあそうだね、背丈だけなら子供かも」

「あれですね!いわゆるロリって奴ですね!!」

「それはどうだろうか……」

 

少なくとも中身がこんなだからロリと呼ぶのは間違ってる気がするが。というか幼女扱いは私自身いい気はしない。

 

「妖精とかよりちょっと大きいくらいなんだよね、私」

 

妖精によっては同じくらいだったりする。

そもそも知り合いが女性ばっかで背が高くないから、そんなに自分の背の低さを実感することが少ない。

というか子供扱いされることとか滅多にない、妖怪だしね。

 

 

「それに凄い髪の毛ですね……なんというかこう…」

 

 

悪寒。

なぜか脳裏に阿寒湖の文字。

 

 

「マリモみたいですね!」

 

 

イマジナリーハリセンを作り出し、脳内で早苗に向かって思いっきり振り下ろして気持ちのいい音を上げてやった。

 

 

「……フ」

 

 

私も成長したものだ……100年前の私ならビンタくらいはしていたかもしれない。

 

 

「でも私毛玉だけどね」

「毛玉の妖怪って他にあるんですか?」

「いないね、唯一無二」

「つまりぼっち?」

「やめろ」

 

言っていいことといけないことがある。

よしんば今世の私が大丈夫だったとしても前世の私に刺さってる可能性がある。というか今の私がやめろって食い気味に反応したあたりその可能性が否定しきれない。

 

「……私みたいなのは割といるよ。スキマ妖怪?とか、花の妖怪?とか」

「なんだそりゃ、幻想郷って奥が深いんですね…」

「それはまあ……そうだね」

 

知ろうとしてないせいでもあるけど、私でも幻想郷のこと全然知らないし……

そういえば幻想郷縁起?とかいう本が幻想郷の妖怪について記してるとかなんとか……私も一度読んでみようかな。私載る側なんだろうけど。

 

「……はーっ、でもよかった!意外なところに同郷の人がいて!」

「…同郷かあ」

 

 

 

正直、疑問に思っていることはある。

前世の私が幻想郷の存在を知る術があったかどうか定かじゃないけれど……

もし、本当に私が元いた世界に幻想郷があったなら、もっと神隠しだとか、怪異の目撃情報とかあっても良かったのではないか。まあ行方不明者は年間に数万人出るという話だったけど。

 

それこそ、幻想郷の存在自体が都市伝説として存在していてもおかしくはない。

 

そういうのに詳しかったわけじゃないけど……未だに疑いを晴らせずにいる。

目の前にいる早苗に聞けば、その答えは出るのかもしれない。

だけど、その必要性を感じないのもまた事実だった。

 

外の世界を知る機会でもあれば、また別なのだろうか。

 

 

まあ別に同じ世界だろうが違う世界だろうが、私がこの幻想郷に存在しているという事実はどうしようもないからね、生きていくしかない。

 

 

 

「正直不安だったんです、全く知らない土地に行くわけですから」

 

視線を伏せて、何かを思い出すような仕草を見せている早苗。外の世界のことでも考えているのだろうか。

 

「距離の遠い引っ越し?」

「都会から片田舎に引っ越すような感じですかね。……神奈子様と諏訪子様はいるけれどそれだけで。私だって、今までの生活を全部打ち捨てることに抵抗がなかったわけじゃないんです」

「………そっか」

 

そりゃそうだよな。

人なら誰だって家族がいるし、知り合いがいるし……この子の歳で全部失ってもいいって言える子は少ないだろう。

 

「やっぱり私は他の子達とは違いますから、馴染めてないなって思うこともあったけど……それでもやっぱり私の生まれ育ってきたところでしたし」

「………」

「今は大丈夫ですよ?そんなに怖くない場所だってわかりましたし、毛糸さんもいますし…」

 

幻想郷は怖いところだと思うんだが?

 

 

「それに何より…」

 

 

いつもの明るい表情で、真っ直ぐな視線を私に向けて。

 

 

 

 

「すっごく楽しみなんです、これからが。自分を待ち受けている日常が」

「……そっか」

 

 

 

…それを言えるのは、強いやつだよ。

 

生きることを楽しめているんなら、私が何かする必要はカケラもない。思うままに生きて思うままに楽しめばいい。

私の二の轍を踏む心配はなさそうだ。

 

 

「それなら、幻想郷(ここ)は退屈しない場所だ、期待していいよ」

「はい!」

 

 

元気よく返事をして、また眩しい笑顔を私に見せてくれる。

 

 

 

 

———ホント、焼けそうなくらい眩しい。

 

 

 



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紅と白

「あなたって誕生日とかないの?」

「え?」

 

縁側に寝そべっていたところに唐突に霊夢にそう聞かれた。

 

「ないけど」

「そう……ないの…」

 

居間にいる霊夢が頬杖をつきながらつまらなさそうに……寂しそうに?そう呟いた。

妖怪なんだしそんなもの……というか日数を意識して過ごさないし、生まれた頃の暦とかも知らないし。

 

「妖怪でそんなの意識してるやついないんじゃない?」

「でも私の誕生日は祝ってくれたじゃない」

「あ〜、巫女さんいた頃の話ね」

 

そういえば色々あってすっかり忘れてたな。

 

「…そもお前今いくつなんだっけ?」

「……さあ?」

「さあ?て」

「別に覚えてたって仕方ないでしょう?」

 

いやそんなことは……

覚えてないのはもしかして巫女さんいなくなって私も祝うことがなくなったせい…?

 

「まあ私も自分が本当にいつ生まれたのかなんて知らないんだけど」

「ん、巫女さんがつけた誕生日なんだっけ」

「そう、適当に」

「適当…」

 

まあそんなもんだろう。

……いや、霊夢って名付けた日って聞いたような…んー?

 

「元々人間だったなら、誕生日欲しいとか思わないの?」

「いや別に……500年も生きてたらいちいち行事祝う気もなくなってくよ。季節でなんとなく一年認識してただけで、日数とか気にし出したのここ数十年とかだし」

「そう…」

 

誕生日として、祝う人もいな……

あ〜〜、ほころんの名付けた日とか覚えてたら誕生日にできたのか。くっそ勿体ない……ちょ、その日付とか覚えてない?

 

『知らないね』

 

使えねえ奴だなオメーはよ。

 

「…まあ、自分の事はそんなに興味なかったのかもね」

 

自分に無頓着というのか、何というのか。

自分のことは自分が良くわかってるから、私という存在について私自身が深く知ろうとすることもなかった。

 

まあ…そういうのだからみんなに心配かけられるのかもしれないけど。

 

「んー……何か欲しいものとかある?用意しとくよ」

「え?悪いわよそんなの」

「若い奴がそんなこと気にすんなって」

「見た目子供のくせに」

 

見た目は関係ないのでは。

レミリアもフランも萃香さんも似たようなもんだし。

 

「別に、欲しいものとかないわよ」

「ひぇえ、貧乏にヒィヒィ言ってるくせして無欲なのかお前」

 

睨まれた。

 

「ごめんなさい」

「謝るくらいなら最初から言わなきゃいいじゃない」

「うす。……でも何かしら望みは聞いときたいんだよ」

 

霊夢に何かしてやりたいって思うのは当然だろう。それこそ、巫女さんの分まで。

家族を知らず、家族愛に恵まれず……それなら、それを知ってる私がせめて何らかの形でそれを伝えてあげたい。

 

「……まあ、物とかはいいわよ。その代わり、その日は神社に来てくれたら十分だから」

「えー?まあお前がそういうのなら……」

 

でも結構来てるよ?ここ。

……来てくれって言うんなら、それってつまり祝えよってことなのでは?わざわざ誕生日に出向くのに手ぶら予定無しって、それが一番あり得ないのでは……

 

つまりサプライズか、サプライズをお望みなのか君は。

 

「誕生日なんて、誰かにとってはただの一日。歳なんていうのも、日々成長して、老いていく自分を都合よく区切るためのものに過ぎないのに」

 

つまらなさそうにそういう霊夢。

まあ、言ってることは間違ってない、合ってるとも思わないけど。

 

「祝い事なんていくらあったっていいだろ。生まれてきてくれてありがとうって感謝する日なわけだし………祝って、祝われてって、そういうのが他者と自分を結びつけるわけだからさ。実際、宴会だって似たようなもんだと思うよ」

「………そうなのかしら」

 

まあこれもあくまで私の価値観に過ぎないわけだけど。

 

「ところであなたはいつまで寝そべってるの?」

「おひさまぽかぽかきもちいいね」

「うわぁ…」

 

うわぁ…ってなんだよ、うわぁ…って。

いいだろ別に、私にだってそういう日もあるんだよ。

 

「…そういえば、最近守矢の巫女とよく会ってるって魔理沙から聞いたわよ。何してるの?」

「どこで見てんだあいつ…?まあ会ってるっていうか出くわしてるっていうか……たまたま会って、そのままちょっと世間話とかしてるだけだよ」

「ふぅん……」

「…………なんか機嫌悪い?」

「なんで?」

「いや別に…」

 

流石に結構一緒にいるからご機嫌斜めな時は分かるからね。今ちょっと機嫌悪いでしょ。なんでだ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぅぅぅうううぅぅんんん」

「……何なんだよその声、唸り声?」

 

横で私の顔を呆れた目で見ながら魔理沙がそう言う。

 

「私こういうのほんっとうに苦手で……誰かに何か選ぶとか、名前考えるとか………名前とか数日悩んでたような…」

「うわぁ…」

「ドン引きやめて?辛い」

 

年頃の女の子にガチの「うわぁ…」されるのはとても心に来る。

 

「でも実際何がいいと思う?プレゼント」

 

霊夢に贈るプレゼント、一人で考えても何も全く思い付かなかったので、魔理沙を呼んで一緒に考えてもらっている。

人里でいろんな店を回っているがどこ見てもピンとこないし喜んでもらえる気がしなくて困る。

困り果てた結果があの唸り声だ。

 

「プレゼントなんて……別に何貰っても嬉しいだろ?極論みたいなもんじゃなけりゃ」

「じゃあたわし」

「極論だろ」

「河童製の高機能のやつ」

「反応に困るだろ」

「んだよもうなんも思いつかねえよもうどうしろってんだよ」

「うるせえよ金でも渡しとけ」

「……………」

「本気で考慮してる顔やめろ、マジで」

 

装飾、宝飾、骨董………どれを渡しても微妙なリアクションを取られる未来しか見えない。無欲……なのか?あんまりあれ欲しいとかこれ欲しいとか言うやつじゃないから、欲とかあるのかないのかも分からないんだけど……

 

「こんな私に付き合ってくれてありがとなあ…」

「いや……お前ほっといたら迷走して変なの用意しそうだし…」

「例えば?」

「例えば!?えっ……けん玉とか?」

 

私そんなイメージなんだ……

 

「聞いといて落ち込むのやめろよ」

「逆にさあ!」

「なんだようるせえな」

「魔理沙なら何用意するんだよ、てかお前あいつの誕生日祝わないの?」

 

そういえば魔理沙がそういうことしてるわけでもない。私が霊夢から逃げてた頃なら、魔理沙が一番霊夢に近しい人物だったと思うんだけど。

 

「別に私らはそういうんじゃないしなあ……あげたら貸し借りみたくなるだろ?」

「祝い事に貸し借りなんて……いや…そういうのもあるのか」

「だからまあ、本人はいらないって言うだろうけど……お前からのものなら、なんだって喜ぶと思うぜ」

 

アドバイスで一番いらない言葉を爽やかな笑顔で言わないでおくれ。突っぱねにくい。

 

「私は……霊夢にとってなんなのかいまいち分からないし、多分霊夢もよく分かってないんだと思う」

 

お互いに私ってあなたにとってのなんなの?案件。

……少なくとも、私はあいつに負い目がある。

 

「でも…何かはやってあげたいんだよ。あの人の代わりになんかならないけどさ、穴を埋めるって言うか……」

「…ま、気持ちは分かるさ」

 

魔理沙が木彫りの花びらを取り出す。

横目で私を見てきたので、私も懐からそれを取り出して、魔理沙のと合わせる。

 

 

「勝手に、いつの間にか、自然と、漠然と、ずっと一緒にいるもんだと思ってた。なんの根拠もないのに、絶対なんてどこにも無いのに、欠けることはない、離れることはない……ってな」

 

 

バカみたいだろ、と、自嘲してみせる魔理沙。

 

 

「一人はもう会えなくなって、一人は忘れちまって、もう一人は遠くへ行っちまって……一気にバラバラになったと思った。自分の抱いていた幻想がどんなに子供っぽくて、脆いものなのかを知った」

 

 

まだ幼かった魔理沙にそんなことを思わせていたと知り、少し言葉を失った。憂いた表情をしている私を見て、どこか呆れたようにフッと笑う魔理沙。

 

 

「でもさ、今は三人近くにいるんだ。時間はかかったけどな」

「………」

「馬鹿馬鹿しいとは思ってるけど、根拠なく今でも思ってる」

 

 

花びらを握りしめて、胸に当てて

 

 

「私たちはもう離れない、ってな」

 

 

眩しいほどの笑顔でそう言ってみせた。

 

「せっかくだ、気の済むまで付き合うぜ。たまにはこういうのもいいだろ」

「……ありがと」

「おう!気にすんな!」

 

なんなんだよこのいい子……親の顔が見てみたいわ。

知ってたわ。

親に見せてあげたいわ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なあ」

「あいよ」

「今日で何日めだ」

「5日目でやんす」

「長過ぎんだろ」

「そうかもしれないッスね」

「もう金でも渡しとけよ」

「いやあ、誠に面目ない」

「お前真面目にやれよな」

「……ごめんなさい」

 

もう……もう人里でそういう店はあらかた回りきったと思う。最初は広いんだからいいところ見つかるだろとか思ってたけど、もうこうなると……いや、私が優柔不断すぎるのが悪いんだけど…さ!

 

「畜生ここのパン美味しいな…」

「でしょでしょ?最近色んな店で食べて回るのハマっててさあ。この前行った蕎麦屋なんて———」

「………太らないのか?」

「……え?」

 

 

沈黙

 

 

「はあ」

 

 

ため息

 

 

「お前の奢りな」

「うす」

 

年頃の女の子って気難しいね……

 

「まあなんだ、お前本当にどうしようもないな」

「それ以上言うと泣いちゃうぞ」

「おう泣かしてやるよ」

「ごめんて…」

 

魔理沙もどんどん機嫌が悪くなってきている。なお原因は確実に私の模様。

 

「多分もう人里で買えるものは無理だろうなあ……お前が面倒くさいせいで」

 

何も言えねえッス。

 

「大妖怪が人のプレゼント一つで悩むとか恥ずかしくないのかよ」

「大妖怪っていうのやめてください」

「大妖怪だろ」

「違う」

「じゃあ大毬藻」

「ぶち飛ばすぞテメェコラおぉん?」

「急に豹変するじゃねえかなんだお前」

 

よしんば大妖怪だったとしてももっと親しみやすいように……フレンドリィな感じでさあ……いや、だからと言ってマリモは違えからな?

 

「で、どうするんだ?付き合いきれないんだけど」

「ぅん………まあ…小っ恥ずかしいけど一つ案があって」

「は?なんだよあんのかよじゃあもうそれでいいだろ時間返せよ」

「正論ぶつけて楽しいか!!」

「うるせえよ」

「はい」

 

小っ恥ずかしいから他に何かいいのないかずっと探してたんだけど……まあ私ってやつは優柔不断で根性なしの意気地なしの甲斐性無しなもんで…

 

「で、それってなんなんだ?」

「お前に言わなきゃダメ?」

「付き合ってやったんだからダメに決まってんだろ」

「うーい…」

 

 

目は合わせずに、隣に座った魔理沙に聞こえるように声を絞り出して、私の案を伝えた。

 

 

「………」

「無言は良くないなぁ!!何でもいいから言って欲しいなぁ!!」

「いや普通にいいんじゃね?」

 

普通にいいんだ……

 

「てかそれでいいだろ、何を恥ずかしがってんだよ気持ち悪い」

「はっ恥ずかしくねーし!」

「気持ち悪いは否定しないんだな」

「気持ち悪くねえし!!!??」

 

そうやってすぐ揚げ足取るの良くないと思うな!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

食べ終わって店を出た途端に魔理沙が箒に跨った。

 

「あー時間無駄にした、私帰るわ」

「え、ちょまっ」

 

浮き上がり今にも飛び立とうとする魔理沙。ちょ待てよ。

 

「もうすぐだろ?あいつの誕生日。終わったらどんな感じだったか教えてくれよな」

「待っ………うぇえ」

 

飛んで行ってしまった……置いていくなよぉ。人に奢らせておいてさあ……

 

 

 

「……ふう」

 

 

一息ついて頭を整理する。

魔理沙が「これなら面倒見なくていいや」ってなってどっか行ってしまったのなら、霊夢へはこれで正解、という太鼓判が魔理沙から押されたことになる。

 

魔理沙が言うなら多分……大丈夫、か?

 

「はああぁぁぁ……むり心配不安辛い」

 

本当に私って……昔はもっと勢い任せに生きてたと思うんだけどな……いつからこんな面倒くさい人見知りみたいになったんだろう………

人見知り………るりのせいか、許せねえよ私。

 

「……行くか」

 

誕生日まであと三日……時間はまだ……

 

あれ?三日だっけ?二日だっけ?

やっべ不安になってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

先代が大皿一杯に乗った、というか積み重なった大量の饅頭をドンッと机の上に置いた。

思わず目を丸くしてしまう。

 

「え、なにこのお饅頭」

「毛糸が買ってきてくれたんだ」

「なにこの量」

「沢山あった方がいいかなって」

 

彼女は本当に真面目そうな顔でそう言う。それを見て呆れているのだろう、先代も苦笑していた。

 

「仕方ないだろ、わかんないもんこういうの」

「金に物言わせて買ってきてるのは私たちへの当てつけか?」

「え、なに、金一封がよかったの?」

「矜持も恥もかなぐり捨てるとそうなる」

「捨てちゃいかんでしょそれは」

 

おしゃべりが止まらない二人を見て楽しそうだなと思いつつ、大皿の上に積まれたお饅頭を数え始めた。

片手で一個持つのが精々な饅頭が、ひとつ、ふたつ、みっつ、よっつ………

 

数えきれないということがわかった。

多分30個くらいはあるんじゃないか、甘味は大歓迎だがここまで押し付けられると流石に困惑が止まらない。

 

頭が自然に保存方法を模索し始めていた。

 

「——るせえなお前金持ってんだからいいだろ」

「よかないって、浪費癖は小さい頃についたら本当にロクなことにならないって」

「浪費するほど金ねえっての!」

「知らんがな!」

 

段々くだらない話に熱が入ってきた二人に饅頭を押し付けて、話を止める。

 

「一人じゃ無理、みんなで食べないと無理」

 

その姿は多分、子供ながらに焦りに焦っていたと思う。何せこれだけ大量のお饅頭を腐らずに全て食べる方法が思いつかなかった。

お残しは厳禁、先代にも良く言い聞かされていた。

 

饅頭を押し付けられた二人は顔を見合わせ、フッと笑った。

 

「……そうだね」

「お前が買ってきたんだから半分は食えよ」

「いやいや誕生日の霊夢だろ」

「え、無理」

「だとさ」

「違うんだ……店員に言いくるめられてめちゃくちゃ買わされたんだ……あきんどって怖いね」

「いいから食え」

「もごおっ!!?」

 

こんなやりとりばっかだなこの人たち……と、呆れながら饅頭を頬張った。

 

 

 

 

 

 

 

見慣れた天井。

夢にしては随分と覚えのあって、現実味のあることだった。あれだけ明確に思い出せたのだから、夢とか妄想の類じゃなくて、紫に抑えられてた分の記憶の想起…とかだろうか。

 

「また懐かしいものを……」

 

結局食べきれなくて毛糸の能力で冷凍保存したんだったか。……便利だし器用なことをするわね。

 

 

 

「……もう過ぎてる、か」

 

 

体を起こし、日程表を見てそう呟く。

 

いつも今日の日付を気にして生きているわけじゃない。ぼーっとしていたら、畳に腰掛けてお茶を啜っていれば、自然と時間は過ぎていく。

気づけば季節が変わって、服も変わって………たまに異変が起きて、ため息つきながら解決しにいく。

 

妖怪との出逢いには恵まれるのに、人間の………人間とまでは言わずとも、同じ目線に立ってくれる友人はそうそうできない。

 

境内は広いのに、幻想郷は広いのに、一人で一日、また一日と日々を消化していく。そんな生き方だから、誕生日を祝う人なんていなかった。

 

否、いた。

思えば先代も、自分の産まれた日は知らなかったのだろうなと今になって思う。自分の産まれた日は興味がないのか、無頓着なのか分からなかったけれど、何故か私の誕生日は毎年、マメに祝ってくれていた。

本当に私はあの人の子供のような感覚だったのだろう。

 

親、というものはあんな感じのことを言うのだろうなと、何となく理解できる。

 

先代が死んでからは、時間の流れが曖昧になった。誰かといることで1日ずつ刻まれていた日々が、一人になった途端に風のように吹き抜けて、去っていった。

 

 

「……一月くらい遅いけれど、別に今日やったって構わないわよね…?いい機会だし」

 

改めて日程表を見てそうぼやく。

 

最近になって、毛糸がよく神社に……また、来るようになって。

前のような、時間が刻まれていくような感覚が戻っていた。

木に傷をつけて、数を数えるように。

正の字を書いて、数を数えるように。

 

だからなのかもしれない、急に彼女の誕生日を聞いたのは。

 

そういえば昔はそんなのを祝っていたな、と。

彼女はどうしているのだろうか、と。

 

帰ってきた答えは「ない」だった。

先代や私とそう変わらないなと、そう感じた。

 

もちろん、毛糸は妖怪であって人間ではない。

ただ、もし私や先代を人間からはみ出してしまったものとするならば、きっと彼女は妖怪からはみ出してしまった存在なのだろう。

 

 

そこまで考えて違うかもしれない、と自分の思考を否定する。

きっと彼女は、人間からも、妖怪からも、はたまたこの世界からはみ出してしまった存在なのだろう。

 

「…私も単純ね」

 

寂しそうだなと思ったから、だなんて。

そんな安直な理由でこんなことを思いつく自分に少し呆れ、そして笑う。私がこんなことをしているのに誰かに責任を押し付けるなら、それはきっと毛糸本人だろう。

 

 

そろそろ時間だ。

晩御飯の用意くらいしておこうと、腰を上げて台所へと向かう。

 

確証なんかなかったが、きっとまた饅頭を買ってくるのだろうな、ということを私の勘が告げていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「え、珍し。霊夢が作るんだ」

「なに、私の料理はいや?」

「人の作った料理にケチつけられるほど私も上手くないもんで」

 

来た時にはすでに料理が机の上に並べられていた。

 

「というか、あなたのいない日は普通に自分で作って食べてるんだけど?」

「つまり私のいる日は私に作らせるってことじゃん。だから珍しいって言ってんだよ」

「…………」

 

黙ってしまった。

 

「……これ、いつもの」

「あぁ、饅頭。………あなた本当にそれ飽きないわね?」

「いやあ……飽きてるよ?他に何も思いつかないからこれでいいやってなって何年も経ち続けてるだけで」

 

なんだその目は。

なんだその………あー、こいつならそんな感じだろうなあ、って呆れながら納得したような顔は。

 

「まあ座ってて。もうすぐ出来るから」

 

霊夢に促されるままに座布団の上に座る。

相も変わらず饅頭を買ってきてしまったが、本当はショートケーキとかにろうそくブッ刺してファイアーしてパピバデトゥーユーしたかった。肝心のショートケーキが見つからなかったのでそうそうに諦めていつものになってしまったが………

 

 

 

しばらくぼーっとしていると霊夢が料理を作り終わり、エプロンをたたんで私の向かいに座った。

 

「……食べないの?」

「……………食べようか」

 

少し悩んで、とりあえず食べることにした。

 

食事中はとにかく「これ美味しいね」「上手に出来てるじゃん」他にも似たような薄っぺらい言葉をと並べまくっていた。「はいはい分かった分かった」と、軽く流され続けたが。

 

「……って、お酒飲んでるじゃん」

「なに、なんか文句あるの」

「いやないけど………私は飲めないからね?」

「分かってるわよ、別に付き合わせたりしないって」

「んぇ……じゃあこの器はなに……あ、そゆこと」

 

酒の注がれたら器を見て、てっきり私ににも飲めって言ってるのかと思ったけれど……なるほど、そういうことか。

 

「……あなたがやったら?」

「ん?んー……了解」

 

 

 

こぼさないように器を持って、境内の見える場所にまで歩いていく。半月を一度見て、月光に照らされた境内に、勢いよく皿を振って注がれた先を境内に撒き散らした。

 

「………ふう」

 

何か呟こうと思ったけど何も思いつかなかったもんで、黙って霊夢のあるところへと戻った。

 

 

 

「その酒、巫女さんが好きだったやつ?」

「え?違うと思うけど。よくある安酒よ」

「……まあ、その方が本人には合いそうか」

 

 

巫女さんや、霊夢はなかなかの酒飲みに成長してしまったよ。育て方間違えたかなあ……

 

「………寂しいな」

「何よ急に」

「いや……あの人のこと思い出したら、ふと」

「引きずりすぎじゃないの。私はもうとっくの昔にそういうの終わったわよ」

「薄情って言うんだよお前のは」

「あんたに言われたかないわね」

「何も言えねーや」

 

少々踏み入った話だけど、お互いに軽口を言い合って、ケタケタと笑い合う。

 

とても、ゆっくりとした時間。

相手と一緒にいる時間を意識して、少しずつ時計の針を進めているような、そんな感覚。

 

 

気づけば料理もなくなって、皿を洗って、月を見ながら饅頭を互いに頬張っていた。

 

 

「この味も変わらないわね」

「そう?昔より甘さ控えめになった気がするけど」

「あなたが言うと説得力違う……というか、昔ってどのくらい前よ」

「………」

「あーはい、理解したわ」

 

割と真面目に考え込んでしまった。いや、本当にいつまであの饅頭屋使ってるんだって話で………もはや習慣となってしまってどうしようもないレベルになっている。

 

「……これつぶあんじゃないの」

「あ、それは巫女さん用のやつで…」

「齧っちゃったんだけど」

「………まあいんじゃね?」

「……まあいっか」

 

軽いノリで霊夢の食べかけを皿に乗せて、私の隣に置く。

 

「私と霊夢はこしあん派だったのに、巫女さんだけつぶあん派だったよね」

「どっちが美味しいかであなたたち二人で喧嘩してたわね、そう言えば」

「決め手はお前の「私はこしあん」だったんだよ」

「言った言った。あの時の先代の絶望した顔といえば……」

「絵にして残しておきたいくらいだったなあ」

「言えてる、フフッ」

 

はあ…写真機でも持ってきて、写真を撮ればよかったか。

過ぎたことだから仕方ないとは言え、形として残らないのは寂しく思う。

 

「……私たち人間は、あなたたちからすればあっという間に消えて無くなってしまうのよね」

「何急に、そういう話?」

「先代を覚えている人はまだ何人かいるけれど、少なくとも私はそのうち死んで、あの人のことも忘れてしまう」

 

やだよそういう話……しみったれた空気になるじゃん……

 

「そうでなくとも、時間共に記憶は擦り切れて、失われてしまう。だから………だからあなたが、覚えていて欲しい。私のことも、先代のことも」

「………はあ」

 

ため息をつくと、霊夢がムスっとした表情でこちらを睨んでくる。

 

「そんなもん頼まれなくたって覚えてるし、忘れる気も毛頭ないよ」

「…まあ、あなたならそう言うと———」

「それと、巫女さんはともかく………霊夢のことは、()()は忘れないよ」

「……私、達?それって……」

 

霊夢の問いには答えず、話を続ける。

 

「まだ若いんだからさ。そんな風に足元見るのは腰が曲がってからでいいんだよ、お前はまだまだ道を歩いていけるんだから」

 

確かに私の方が生きる時間は長いかもしれない。でもそれはちゃんと歩めていないだけで。

一歩一歩が、どうしようもない遅いからで。

 

「もっと刻み込めばいい。幻想郷に、みんなに、博麗霊夢ってやつを、永遠に残るくらい、誰にも忘れられないくらい」

「無駄に壮大ね…」

「壮大なんかじゃないよ。きっとお前はこれからもっと色んなやつと出会って、異変を解決して、怒って、笑って……誰にも忘れられないくらいのやつになる」

「買い被り過ぎよ」

「謙遜するなって」

 

多分、霊夢は特別ってやつなんだと思う。根拠はないけど勘でそう感じる。

 

「でもまあ…あなたが言うなら、そうなのかもね」

「私は信用しないほうがいいよ」

「どっちなのよ」

 

 

呆れたようにそう言う霊夢。

 

 

ため息をつくと、懐から何かを取り出して、私に突き出してきた。

 

 

「……はい、これ」

 

 

霊夢が差し出してきた手を覗くと、お守り…のようなものがあった。

 

「……なにこれ」

「一月前。……正確に言えば、二十二日前。あなたと先代が初めて出会った日であり、私とあなたが初めて出会った日でもある」

「……え?」

 

いや、そんな日知らな……てかなんでこれを渡してくる理由に?

 

「誕生日がなくたって、一日くらい何かを祝う日があったっていいと思わない?」

「……いや、だからって」

「日付をまめに覚えてたのは先代よ」

 

息が止まる。

嘘でしょ……そんな日いちいち覚えてたのあの人……ちょっと意外だけども……

 

「いいから受け取りなさい。私があなたの為だけに作ったお守りよ」

「博麗の巫女が妖怪にぃ?なんの冗談だよ」

「いいから、受け取る」

「お、ぉう」

 

ぐいぐい押し付けられたもんで、ちゃんと受け取る以外の選択肢がなかった。

渡されたのは、神社とかでよく見るようなありふれた形のお守り。色は白。微弱ではあるけれど、霊力が込められているのが伝わってくる。なるほど、効能は期待できそうだ。

 

 

「……ありがと。大事にするよ」

「えぇ、そうしてちょうだい」

 

 

満足げに微笑む霊夢。

しかし困ったな、先を越されてしまった。

 

「よっ…と」

 

立ち上がって、持ってきた荷物の中からソレを取り出す。傷つかないように、そっと、優しく。

 

霊夢が私の持ってきたそれを見て不思議そうに呟く。

 

 

「花?」

「そ、花」

 

 

結局こんなのしか思いつかなかったわけで。

 

「赤と白の花びら…でもこんな形の花は見たこと…」

 

私の持っている一輪の花を興味深そうに見つめている霊夢。その姿からまだ子供っぽさを感じて思わずフッと笑ってしまう。

 

「…何よ」

「いや別に………この花はさ、私が一から作ったんだ」

 

幽香さんのところに行って、こんなの作りたいから手伝ってくれないかって言って、快く承諾してもらって。

 

「妖怪の妖力で出来た花だからあんまり良くないかもだけど……霊夢に渡す為だけに一から作ったんだ。100年は枯れない花」

「100年?それはまあ……」

 

霊夢に花を手渡す。

 

「…いい香り」

「妖力の匂いじゃない?」

 

蹴られた、痛い。

 

「紅白の花…ね」

「……まあ、もちろん博麗の巫女をイメージして、だけどさ。紅白って言ったら、私に取っちゃ巫女さんも霊夢もそうだからさ」

「ふーん……」

 

きっと紅白の花自体はあるんだろうけれど、だとしても私自身の手で作った花を、霊夢には渡したかった。

唯一無二のものを。

 

 

「……それなら」

 

 

霊夢が私の目を見て、花びらを指差して言った。

 

 

 

「この白はきっとあなたね」

 

 

 

そう言った霊夢の顔は、昔していたあどけない表情とよく似ていて。

紅白の花と一緒に微笑んでいるその姿が、まるで時間が止まったかのように私の視界をずっと埋め尽くしていて。

 

 

「……何よ、面食らった顔して」

「…………いや、ちょっとね」

 

 

霊夢が私から視線を逸らしても、脳裏に焼き付いて離れなかった。

 

 

「………ははっ、結局互いに贈り物してんだよなあ」

「考えることなんてそう変わらないってことね。……ありがとう、どこか見やすいところに飾っておくわ」

「私も、このお守り……」

 

ここで疑問が降ってきた。

 

「このお守りって何のお守りなの?無病息災とかの」

「………」

「…霊夢?」

 

私がそう聞いた途端に、霊夢の方が閉じた。

少し考えるような表情を浮かべた後、目を細めて、少しだけ口角を上げて

 

 

「秘密」

 

 

と短く言ってきた。

 

「なんだそりゃ」

「なんだっていいでしょ。そんなの」

「いや良くはないだろ。……まあいいよ、言いたくないなら。気持ちは十分すぎるほど伝わってくるし」

「そう、ならよかった」

 

 

お互いに、お互いの贈ったものを抱えながら。

 

月が沈んでいくのを、隣で、一緒に、静かに眺め続けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

屈んで、刻んだ文字を目に入れてから、両手を合わせ、目を閉じて静かにあの人の顔を思い浮かべる。

 

まだまだ、鮮明に思い出せる。私の記憶が特殊だからか、あの人の刀をずっと持っているせいかはわからないけれど……忘れることがないっていうのは、とてもありがたいことなんだと思う。

 

「……こうしてちゃんと向き合うのはなんやかんやで久しぶりかもね」

 

目を開いて、風景の、あの人の顔の想起を止める。

 

「あなたは元気なのかな、りんさん」

 

刀に触れて、石碑に刻まれた『りん』という文字に触れて。語りかける。

 

「まあ今更特に報告することとかもないんだけどさあ。今日はこう、持ってきたものがあって」

 

霊夢の時のように、荷物から一輪の花を取り出した。

真っ白な花びらで、咲いた薔薇のように綺麗に、美しく咲いている花。

 

「花、作ってきたんだ。供えとくよ」

 

お墓の隣にそっと添えるようにして地面に埋めておく。

 

「りんさんのことイメージしたら真っ黒になっちゃってさ。流石にどうかと思って、逆に真っ白になっちゃった。その分花自体は派手に咲いてるみたいになったから、まあ………りんさんは興味ないかもだけど、気に入ってくれると嬉しい」

 

思えばこの人と過ごした時間はとんでもなく短かったように感じる。そこそこの年数一緒にいたと思うんだけど………思い返せば返すほど、もっと仲良くしとけばよかったとかの後悔が湧いて出てくる。

キリがないや。

 

「……まあ、元気にやってるよ。今までも何度か死にかけたけど結局しぶとく生きてるし……」

 

あなたは今頃どうしてるんだろうか。

とっくに転生してしまって、あの世にもいないのだろうか。地獄には……流石に行ってないと思うけど。

あの世でずっと私を待っててくれてたり?……流石にないか。

 

「……まあ、これからも生きてくよ、私は」

 

もし、私の行くこのつぎはぎで、でこぼこな道の果てで会えたなら。

その時はたくさん話をしたいな。

土産話じゃないけど……言いたいことが、教えたい人が沢山いるから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「———!」

 

 

 

遠くから私を呼ぶ声がする。

目をやれば、チルノが大きく手を振って私のことを呼んでいた。隣にはもちろん大ちゃんもいる。

 

 

「…フフッ」

 

 

私の始まりは、ちゃんとここにある。

 

 

 

終わりの見えないこの道を、一歩一歩踏み締めていく

決して浮いたりなんかせずに、一歩ずつ、かけがえのない一歩を踏み出していく

 

 

 

私の征くこの道の先に、果てにあるものを目指して

 

 

 

私は今日も————

 

 



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