【休載】生きたければ飯を食え Ver鬼滅の刃 (混沌の魔法使い)
しおりを挟む

鬼ルート
メニュー0


鬼舞辻無惨……とある世界では鬼の始祖と君臨し、人を喰う異形の悪鬼を作り出し1000年の間。人間と戦い続けたはずの男。

しかしこれはそんな鬼舞辻無惨が鬼となりながらも、人間……鬼殺隊と戦わなかった。そんなもしもの世界である。

 

まだ無惨が人間だった頃……身体が弱く、病気がちで閨から出ることも出来ず。部屋の中から出ることも出来ないそんな日々を繰り返していたある日……無惨の転機が訪れたのだ。

 

「……お前は何だ?鬼か?」

 

月の魔力に導かれるように、無惨は珍しく庭に出た。普段ならばそんな事は絶対にしない、それなのにその日は外に足を向けたのだ。そしてそこで無惨は運命的な出会いをした。奇妙な足音と共に現れた人ならざる化生に無惨はその目を丸くしていた。

 

「俺?カワサキ。あのさ、ここどこ?」

 

そして警戒心剥き出しの無惨に対してカワサキと名乗った化生は辺りを見回しながら、無惨にそう尋ねた。これが鬼舞辻無惨と言う男の、悪鬼となり、世界に嘆きと絶望を与え続ける運命を持った男の転機となることを無惨は勿論、カワサキも知るよしも無いのだった……。

 

「随分顔色が悪いな、ちょっと待ってろ。ほれ、これを食え」

 

「何だ?私を化け物にでもするつもりか?」

 

「腹へってそうだなあってよ、美味いぞ?」

 

縁側に座り果物を齧るカワサキ、そして無惨は迷いながらも、そのカワサキから差し出された甘い香りを放つ果物を手に取った。

 

「これで死んだらお前を呪ってやる」

 

「ははは、じゃあ元気になったら祝福してくれよ。あ、やっぱなし、ここどこか教えてくれ」

 

呪えるなら逆も出来るだろ?と笑うカワサキだったが、自分がどこにいるのかも判らない様子で場所を教えてくれと言う。その姿と言動に無惨は信じてもいないが常世の世界の住人かと思うことにした。

 

「良いだろう、お前が私を蝕む病魔を治すと言うのならば、お前がどこにいるのか教えてやろう。常世の住人よ」

 

「病気?お前病気なのか、そうかそうか……うーん。じゃあ治してやるから教えてくれよ、あ、治ってからで良いからな」

 

常世の世界の住人とはこうもおかしな生物なのかと思いながら、無惨は差し出された果物を小さく齧った。

 

「……!」

 

1口齧るだけで身体に活力が満ちた、その甘さは今まで味わったどんな物よりも素晴らしく、そして身体に満ちて行った。

 

「なんたる美味。常世の住人とはこれほどの物を食せるのか」

 

「まぁ、そうだな。んじゃあま、また来るわ」

 

無惨が果物を食べ終わるまで、カワサキはその場にいて無惨が果物を食べ終わると地面を蹴って月の中へと消えていった。

 

「……幻ではないか、面白い」

 

部屋に戻ろうとした無惨、そのおかしな出会いは夢のように思えた。だが縁側にまだ残る甘い香りとその手の中の果物の芯が確かにカワサキと言う化生と出会ったのだと判り無惨は小さく笑みを浮かべ部屋の中へ入っていくのだった……。

 

 

 

「遅い」

 

「いや、遅いって言われてもなぁ」

 

太陽が落ちるたびにカワサキは屋敷を訪れた。気配を殺し、屋敷の壁を飛び越えて隔離されている私の前に訪れてくれた。腫れ物に触るように接してくる女中とも、言葉を交わす事も無い親族とも違う、カワサキの気質は私にとって初めての事で、そして愉快な事でもあった。

 

「また汁か」

 

「いや、前に固形物食べたら戻しただろうが」

 

どういう秘術かカワサキは訪れる度に料理を持ってきた。貴族である鬼舞辻家でも見たことも無い美味を必ず1品持参する、私の前におかれた澄んだ汁に思わず鼻を鳴らした。

 

「あれは勿体無い事をした、黄色のあれは本当に美味かった」

 

「まさかあそこまで弱ってるとは思わなかったんだ」

 

甘く、そして僅かに辛い、味わった事も無いふわりとした黄色の物。あれは本当に美味かった、だが3切れ目で戻してしまったのはカワサキにも、そしてその料理にも悪いと思ってしまった。

 

「まぁ良い、今はこれで我慢してやる」

 

「ははは、早く元気になれ、そしたらもっと美味い物を作ってやる」

 

匙で澄んだ汁を口に運ぶ、似た様な物は屋敷でも出されるが旨みが違う。1口口に含むたびに全身に何かが駆け抜けていくそんな味だ、匙1杯の汁を飲み終え、大きく息を吐く。

 

「まこと美味よ、その身体で良くここまで繊細な味を作る」

 

「うっせえよ」

 

その人ならざる身体でよくもまあここまで繊細な料理を作ると賞賛した。夜の度に訪れる不思議な存在、それと会って話をするのが私の楽しみとなっていた。

 

「ほう、そんな世界があるのか、見て見たいものだ」

 

カワサキの話は面白かった、常人ならば何を馬鹿なと一蹴する話でもカワサキと言う人智を越えた存在がいるのだ。己の世界が何と狭いことかと思う。

 

「馬鹿馬鹿しいといえば馬鹿馬鹿しい続きだが、家に雇われている薬師の薬の効果が出ていると最近侍従が話している」

 

「普通はそう思うだろうなあ、俺の料理を食べてるなんて話してないんだろ?」

 

「当たり前だ。そんな話をすれば気狂いと思われるだろうが」

 

毎夜訪れる不思議な友、それが持ってきた料理で身体が治っているなんて誰も信じないだろう。

 

「まぁそうだな、こんな身体だしな。うっし、無惨。また会いに来る、早く元気になれよ」

 

「当たり前だ。早く健康になるから、もっと美味い物を私に出せ」

 

「それだけ食い意地が張ってれば大丈夫だ。死ぬ事はないさ、じゃあな」

 

いつもと同じ様に地面を蹴ってカワサキは夜の闇に消えていく、カワサキの姿が消えただけで一気に屋敷に静寂がやってくる。

 

「寂しいか……全く厄介な奴だ」

 

一瞬感じた寂しさに自嘲するように笑う、だがそれも悪くない。毎日カワサキが持ってくる料理のおかげで健康になっているが、それが薬師の成果と思っている馬鹿な家族に苛立ちを覚える。

 

「だが、それもあと少しの辛抱か」

 

床に伏せている時間は短くなり、少しではあるが外に出ることも出来るようになった。もう少し、もう少しで治る。

 

「連れて行けと言ったらなんというやら」

 

この家にはもう未練も何も無い、カワサキの知る外の世界を知りたいと思った。だから連れて行けと言ったらカワサキはどんな顔をするだろうなと思いながら私は布団に潜り込んだ。そして翌朝。

 

「無惨様、この薬を摂取すれば貴方は完全に治ります、「青い彼岸花」を用いた薬です」

 

どうせこの薬も何の意味も無い、私が健康になっているのはカワサキのお陰だと思い、どうせ無駄だと思った薬を飲んだ。それが私を変える事になるなんてこの時は想像もしないのだった。

 

「お前……無惨、それどうしたんだ?」

 

「判らない、薬師の薬を飲んでこの様だ」

 

異形と化した私を見て驚いた表情のカワサキ。本当ならば、私をこんな身体にした薬師も、そしてそんな薬師を褒め讃える家族も憎い。

殺してやりたいと思ったが、カワサキが人を殺したりするのは好きではないと言っていたのを思い出しギリギリで踏みとどまりカワサキが訪れる夜を待った。

 

「私はもう人ではない。ゆえに人の中では暮らせない、だから連れて行け」

 

「まぁ……そうなるわな。うっし、じゃあ行くか」

 

そして無惨はカワサキと共に人ならざる世界へとその一歩を歩き出した。

 

「ああ、そうだ。言い忘れていた、私は太陽の光を浴びると燃え、人間を食わねば生きてられぬ」

 

「太陽はしょうがないが、人はいただけないな。まぁ良いさ、俺の料理で人間を食おうなんて思わせないからよ」

 

「ふふふ、楽しみにしているよ」

 

しかし、正史では無惨は己を鬼に変えた医者を殺した。だが今回はそれをしなかった、それが無惨が鬼となり悪逆暴虐を繰り広げるよりも悲劇を齎す事をカワサキ達は知るよしも無いのだった……。

 

 

そしてそれから数百年後……異形の城の中には楽しそうな笑い声が満ちていた。

 

「カワサキ殿、朝は洋食が良い。滅多に食べられない洋食が良い」

 

「僕はパンケーキだ」

 

「あ、あたしもパンケーキ!お兄ちゃんは?」

 

「俺は朝から甘ったるいもんは嫌だなあ」

 

「全くだ」

 

「……朝は和食、味噌汁と漬物、そして焼き魚を希望する」

 

「俺はそんなに大勢に言われても理解できねえよ」

 

カワサキの前に集まるは異形の集団、身体に刺青のある半裸の男、虹色がかった瞳に白橡色の髪の男、幼い少年と着物姿の少女、そして背の高い気だるそうな男に、6つ目の着物姿の男とそれらに朝食の注文を受けているカワサキは頭をかく。

 

「全く、朝から何を騒いでいる。朝食は卵焼きと味噌汁、それと白米と漬物だ」

 

「りょーかいっと、と言う訳でリクエストは無しだ、だけどパンケーキはおやつに焼こう」

 

やったあっと喜ぶ子供組を見ながら椅子に腰掛けた無惨に視線を向ける。

 

「またあの毒医者の作った怪異が人を殺めている。嘆かわしい事だ」

 

「また逃げられたのか?」

 

「ふん、あの男は小心者だからな。まぁ良い、鬼滅とか言う人間の集団も使える。そのうちに接触してみるさ、人ならざる者であっても正義はなせる。それが私達だ」

 

「はっはッ!お前が其処まで言うか無惨」

 

「お前が飯を作らないというからだッ!人間などはどうでも良いが、あの怪異と一緒にされるのは私のプライドが許さない」

 

「はいはい、そういうことにしておきますか」

 

カワサキっ!と言う怒声に笑いながらカワサキが卵を割る、今日も無限城は平和です。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

メニュー1 月夜の卵焼き

 

 

生きたければ飯を食え Ver鬼滅の刃 

 

 

メニュー1 月夜の卵焼き

 

古めかしい城を思わせる建物の一箇所にあるその場には似つかわしくない、最新の調理器具が並べられた一室に黄色い異形の姿があった。

 

「あいつも急にだよなあ、いやまぁ、良いんだけどさぁ」

 

ぶつぶつと呟きながらボウルの中に卵を割り入れていく黄色い異形……「カワサキ」は少しだけ困ったような顔をしながらも嬉しそうに割りいれた卵を解き解す。

 

「俺も正直驚いてばっかりなんだけどなあ」

 

カワサキは本来ユグドラシルとDMORPGをプレイしていた荒廃した未来を生きる人間だった。だが、ユグドラシルのサーバーが閉鎖されるその日にギルドマスターのモモンガに会う為にログインしたはず……だったのだが、気が付いたらカワサキは1000年前の都にいた。

 

「……俺どうなったんだろうなあ」

 

何故と言う疑問はある、1日に数度の制限こそあるが、ゲームのスキルも使える。そして1000年も生きていても寿命が尽きる気配も無い、最初はモモンガの事を心配していた。友人であったし、何よりも寂しがりなモモンガの事を心配した。だがそれと同時に平安時代の都で出会った、出会ってしまった「鬼舞辻無惨」を放っておけないと言うのがあった。

 

「……モモンガさん、どうしたんだろうなあ」

 

1000年経った今でもモモンガの事を心配している。だが出会う術がない、元の時代に戻る方法も無い。それならば、今出来る事をやるしかない、人を喰らわなければならない「鬼」になってしまった無惨を本当の化け物にする訳には行かないと、彼を人間に留める事が今自分がやるべき事だとカワサキは考えていた。

 

「……うーん」

 

だが物事と言うのは複雑でそして簡単な話ではなかった。無惨を鬼に変えた医者……「天津」が鬼を増やし、鬼によって食い殺された人間がいる。それに対抗するには無惨も鬼を増やすしかなかった……。人間からすればどちらも化け物、化け物と化け物が争っているようにしか見えないというのが最大の難点だ。

 

「無惨が何か良い方法を考えてくれるだろう」

 

生憎カワサキは料理にその頭脳を全て振り切っている。それなりに頭は良いが、ここまで複雑に入り乱れた状況を解決する術などは持ち合わせていなかった。

 

「素直じゃないから拗れないといいんだけどなぁ……」

 

人間なんてどうでも良いと言いつつも人助けをしてくれる無惨と無惨一派の鬼。本来は人の血肉を喰わなければならないのは無惨達も同じだが、ここで制約こそあるがクックマンの姿でこの時代を生きているカワサキのスキルが非常に役立った。

 

「何が役に立つか判らんなあ」

 

人化の術で異形種を人にするのがクックマンの得意技だが、それと同時にクックマンは人に物を食べさせるというのが生きがいの種族であると言う設定がある、その設定が反映され人食いのパッシブスキルを持つ異形に人間を食べずに普通の食物で人間を食べたいと思わせる欲求を封じ込める事が出来た。無論そうなれば人間を喰って力をつける鬼としては弱くなる、だがそこは料理に大量のバフを掛け、それを3食続けさせる事でバフを永続的にすると言う力技で解決している。

 

「よっと」

 

考え事をしている間もカワサキの手は動き続け、溶き解した卵に醤油と砂糖、そして昆布だしを加え、熱した卵焼き器に卵液を流し込み、焦がさないように細心の注意を払いながら、何層にも卵を焼き重ねる。

 

「うし、こんなもんか」

 

十分な厚さになった所で卵焼き器から降ろし、冷やしている間に2本目の卵焼きを焼き始める。

 

「厄介な奴だよ」

 

プライドが山のように高いが、変な所で寂しがりやだから困る。確実に無惨の分しか持って行かないとふてくされるのでカワサキは自分の分もゆっくり焼き始めるのだった……。

 

 

 

 

異空間にある異形の城の天守閣で月を見つめる若い男、血の様な真紅の瞳に縦に割れた瞳孔、そしてゆるくパーマの掛かった黒髪の男は満月を見つめたまま背後に声を掛ける。

 

「遅い。何時まで待たせる気だ」

 

「あのなあ?夕飯の後で行き成り酒飲むから卵焼きって言われて準備できると思うか?洗い物を半天狗に押し付けたとき何て言ったか知ってるか?過労死するだったぞ?」

 

「知らん。首でも切って増えてろとでも言え」

 

「お前本当辛辣だな」

 

私の隣に腰掛けた黄色い異形……カワサキはその顔に苦笑いを浮かべている。

 

「こんな月夜だった。お前に出会ったのは」

 

「ああ、スーパームーンだな。確かにこんな月夜だった」

 

すーぱー?こいつは相変わらず訳の判らないことを言う。だがこの大きな月の事を指しているのならば、確かにスーパームーンと言うのは判らないでもない。

 

「……大根おろしだと?いらん」

 

「酒飲むなら大根おろしも一緒に食え。身体に良い」

 

「鬼に健康を説いてどうする?」

 

「文句言うなら下げるぞ」

 

……下げるとまで言われては仕方ない。大根おろしなど食わんと思いながら厚い卵焼きに笑みを浮かべる。

 

「お前本当に卵焼き好きだな」

 

「ふん、その為に無限城の中に養鶏場を作ったのだ」

 

「あと畑な。この調子で豚と牛も育てて欲しいな」

 

「……考えておくとしよう」

 

無限城は私の居城だが、カワサキに思う存分料理を作らせる為に様々な動物や野菜、そして果物も育てている。しかし、牛と豚か……。

 

「農家のやつでも探してみるか、医者の鬼が暴れているからな」

 

「……ああ、でもよ。同じ鬼でもお前達とは随分違うよなあ」

 

「主食の違いだな、うん。美味い」

 

卵焼きのふわりとした食感と甘い味わいに笑みが零れた。医者の鬼は人を喰う、だが私達は違う。カワサキの料理で人間と同じ様に食事をする。それが姿と能力の違いになっているのだと私は考えている。

 

「ん」

 

「ほう、気が利くな」

 

カワサキに酒の瓶を向けられ、お猪口に中身を注がせる。

 

「……辛いな」

 

「卵焼きが甘いからな、嫌いか?」

 

「いや、これは良い」

 

卵焼きの甘さと酒の辛味が実に良く合うと返事を返し、再び卵焼きを口に運ぶ。

 

「鬼殺隊とか言うのはどうするんだ?」

 

「判断に悩む所ではある」

 

鬼であると言うことは変わらない、人助けをしているが人間からすれば鬼は鬼だ。しかし敵が同じと言うのもまた頭を悩ませる。

 

「今の所は戦わないことを徹底させている。これからはどうするかと言う所だ」

 

「やっぱり首領同士の話し合いかねえ」

 

「殺そうとする連中の中に入れというのか?ご免こうむる」

 

異形になった事でカワサキと1000年過ごせたのは私としても喜ばしいことではある。人間のままではカワサキの料理も満足に楽しめなかったからな。しかし問題はあの医者だ。鬼を増やし続けているあの愚か者、あれと同類扱いは私のプライドが許さない。

 

「まぁ追々考えていこうか」

 

「そうだな」

 

今はまずは医者の足取りを掴むこと、そして不快な鬼を倒す事。そしてカワサキの料理を食べる事、鬼殺隊は……優先度が低いな、弱い人間と関わり合いになるメリットが余りにも少ない。

 

「……今、戻りました」

 

「医者の鬼の討伐が完了しました」

 

べんっと言う琵琶の音と共に6つ目の異形の侍「黒死牟」と袖の無い羽織と素肌に線の浮かびあがった「猗窩座」が姿を現した。

 

「おう、お疲れ。おにぎり食うか?」

 

「……ありがたく、いただきたいと思います」

 

「感謝します」

 

仕事を終えて戻って来た2人にカワサキがお握りを差し出し、2人が座ってお握りを口に運んでいると再び琵琶の音が響いた。

 

「無惨様、カワサキ様、ちゃんと今回も鬼を退治してきたんだぜ!特にカワサキ様は俺を褒めてくれてもいいんだぜ!」

 

「おう、童磨お疲れさん。ほれお握り」

 

「やったぜッ!美味いッ!」

 

黒死牟と猗窩座だけならば静かなのに、童磨までが報告に来て一気に騒がしくなった。

 

「童磨、お前は何時もいつも!」

 

「おお、怖い怖い!良いじゃないか、カワサキ様はそんな事を気にしないぜ?」

 

「はいはい、お前は図体ばっかりでかい餓鬼だからな」

 

「え?俺罵倒されてる?」

 

「……呆れられているのだ……」

 

「いや、呆れてる訳じゃないんだけどな?無惨と似てる」

 

「はぁ!?私が童磨と似ているだと!」

 

「構って欲しい所とかそっくりだろ?」

 

カワサキの名を叫ぶ私にカワサキはにこにこと笑うままで全く懲りた様子が無い、それ所か他の仲間の鬼も呼べと叫ぶとべんっと言う音が響き、無限城にいる鬼全てが天守閣に集まっていた。

 

「静かに酒を飲みたいというのにッ!」

 

「良いだろ?そんな事を言ってもお前、賑やかなの好きだろ?」

 

判っているんだぜと言わんばかりの視線を向けられ言葉に詰まる、確かに……確かに好きではあるが……ッ!

 

「今日はゆっくり酒を飲みたい気分なんだ!」

 

「残念、俺は楽しく、わいわいと酒を飲みたいんだよ」

 

この自由人めッ!だがまぁ……騒がしいのは嫌いだが、この感じは……そう悪くない。

 

「これがツンデレって奴ですね?」

 

「あれえ?なんでツンデレ知ってる?」

 

「カワサキ様の書庫にぶくぶく茶釜って人の名前とぺロロンチーノって書いてある本に書いてありました」

 

「よーし、その本は2度と閲覧禁止だ。出すんだ」

 

「え?皆で回し読みしてますよ?男の娘とか、ふたなりい?とか書いてましたねえ」

 

「ほげええーッ!誰だぁ!誰が持ってる!!あれを読むな!深刻な精神汚染が起きるぞッ!!」

 

カワサキの叫びに返事を返す者はいない、と言うか、今私が持っているが……それを口にすることは無く、騒がしくなった天守閣の一角で冷たい日本酒を口に運ぶのだった。

 

 

 

メニュー2 魚の干物定食

 

 




鬼サイド、ほのぼのしてる無限城でした。活動報告で書きましたが、飯を食えのオーバーロード編が消失によるモチベーションの低下により鬼殺に逃げました、申し訳無い。メンタルが回復するまでは暫くお時間をください。ちょっと続きが今は書けそうに無いのです、何とか話の流れを元に戻しながら、修正してみようとは思っておりますので、それでは失礼いたします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

メニュー2 魚の干物定食

メニュー2 魚の干物定食

 

無惨が定めた朝食は全員でと言うのは全員といいつつもある程度のメンバーの変化はある。そもそも鬼にとっての朝食とは日の落ちた頃合で、昼食は深夜、そして夕食は夜明けとまぁ、全部逆な訳だ。俺も勿論昼夜逆転の生活をもう何年も続けている、しかしそれでも朝食に全員が揃わない事は多々ある。それは俺のスキルである「人化の術」に理由がある。医者の鬼によって家族を殺された、復讐したいと言う者を無惨は鬼に変えたが、それでも戦力として数えられない者もいる。そう言う鬼には俺が人化の術を掛けて、行方不明者などが多い街での情報収集や斥候として潜んで貰っている。つまりそう言う関係性で食事の時間がずれる事が多々あるのだ。

 

「……カワサキ……魚の干物定食……1つ」

 

カウンター席に腰掛けた6つ目の異形の侍「黒死牟」が若干聞き取りにくい口調で朝食のオーダーをしてくる。

 

「珍しいな、お前が時間をずらしてくるなんて」

 

「……医者の鬼を……討伐していた……から……な」

 

「人化の術で偵察してたんじゃなかったのか?」

 

黒死牟の希望で人化の術を掛けて外に送り出したが、本来は戦闘班のリーダーの黒死牟に人化を掛ける事は無い。だが鬼気迫る表情に人化を掛けたのだ、一応名目は偵察だった筈だ。

 

「……医者の鬼……を見つけた」

 

「うん、それは判るけど、日の中で人化解いて無いだろうな?」

 

「……少し……焦げた」

 

「それで遅れたのか」

 

「……うむ」

 

うむじゃねえよ、この馬鹿野郎……俺は頭痛を覚えずにはいられなかった。人化の術は鬼を人間にする、それは本来の鬼の弱点である日の光を克服出来ると言う事だ。正し、その反面鬼としての戦闘力や検知能力を全て失う、勿論血鬼術だって使えなくなる。

 

「あんまり無茶するなよ」

 

「……判った」

 

「それで魚の干物は鯵と鯖のどっちがいい?」

 

「……鯵」

 

魚の干物が何が良いかと聞いて俺は魚の干物定食の準備を始める。とは言っても味噌汁は既に作ってあるし、漬物と、大根とこんにゃく、そしてにんじんの煮物も出来ている。今からやる事と言えば鯵の開きを焼いて、大根おろしを準備するくらいだ。

 

「……いつも……定食の……準備をしている……な」

 

「すぐ出せるからな。お前達は嫌いだけど、ライスカレーも良いぞ?」

 

「……御免こうむる」

 

「はいはいっと、無理には勧めないぜ」

 

炭火で鯵の開きの身の部分から焼き始める。鯵の皮が立ってくるまでは焦げないように見ているだけなので、味噌汁に火を入れて温かくしながらネギを小口切りにし、大根おろしも準備する。

 

「……お前と無惨様に会った時も……魚だった」

 

「あの時は拠点が無かったからなあ。川で魚を獲って焼く位だったな、どこかで召抱えられるかと継国の城に行った頃合だったな」

 

平安時代から戦国時代に移り変わり、戦国時代が終わる手前くらいで鳴女がメンバーに加入して、それから江戸時代の初めくらいで無限城が出来たからな、それまでは殆どその日暮らしのサバイバル生活だった。無惨が駄々をこね始めたので料理番を募集していると言う継国の城に行ってからの付き合いだから、黒死牟との付き合いは無惨に次いで長い。

 

「塩焼きくらいで驚かれて、俺としてはどうすればいいかと思った物だ」

 

「……だが、私達が焼くよりも……美味かった。それにお前が用意してくれる……未知の料理も美味かった」

 

「はは、だけどそのせいで間者に疑われたのは焦ったけどな」

 

戦国時代の料理の基本なんて知らないので、和食を作っていたが、それすらも戦国時代の人間には未知の料理で間者の疑いが掛けられた時は焦ったと笑いながら、鯵の皮が浮いてきたのでひっくり返すと身の部分に丁度良い具合の焦げ目がついて、脂が滲んできていて実に美味そうだ。

 

「……その魚は?」

 

「玉壷だよ、無惨が魚を釣ってくると褒めてくれるのに味を占めてな。今日も人化をして、魚釣りに行ってる」

 

「……あいつは……何を考えている?」

 

「多分何も考えてないぜ」

 

玉壷は黒死牟と同様戦闘班のメンバーだったんだが、いつの間にか魚釣りに嵌って食糧調達班になってた。

 

「カラー魚拓が最近好きらしい」

 

「……からあ?」

 

「横文字が苦手なのは治らないか」

 

「……無理だな」

 

舌足らずにカラーと言う黒死牟に苦笑しながら、焼きあがった鯵を皿に乗せ、ポン酢を染みこませた大根おろしを沿え、豆腐と油揚げの味噌汁と大根とこんにゃくの煮物、そして白菜の漬物を小鉢に入れて、炊きたての白米と共に黒死牟の前に差し出す。

 

「……いただき……ます」

 

「はいよ、どうぞ」

 

この時間帯に飯を食いに来る者は殆どいない、俺と黒死牟しかいない食堂は寂しくなるくらいの静寂に満ちていたが、それでも何故か暖かい雰囲気に満ちていたのだった。

 

 

 

 

湯気を立てる白米と味噌汁、そして焼きたての鯵の干物に煮物と漬物。完璧な朝食と言うものだ、箸を手にし厨房に視線を向ける。

 

「……♪」

 

鼻歌を歌いながら調理をするカワサキの姿はあの時から一切変わっていない。

 

『本日より料理番となったカワサキと申します』

 

『栄養をバランス……んんッ!!調和を取りながら食事をすることで身体はより強いものとなります』

 

不思議な男だったということは良く覚えている。時々訳の判らない事を言って私を混乱させたが、真摯に私に向き合ってくれた数少ない人間で、そして母上の病気も治してくれた……そんな不思議な男だった。

 

『私のお陰?はは、ただ私は料理をしただけに過ぎませんよ』

 

嘘だと私は知っていた、満月の夜カワサキと月と名乗っていた無惨様が母上に何かを差し出しているのを見た。それから母上は日に日に元気になっていた事を私は知っていた。

 

『縁壱様は好き嫌いが激しいですが、巌勝様は好き嫌いが無く素晴らしい』

 

縁壱が剣の才を見せてからもカワサキだけは前と変わらずに触れ合ってくれた。

 

『縁壱様が憎いですか。醜い感情と言いますが、それは人として当然かもしれない。結局の所人なんて己に無い物をもっている者を妬み、嫉妬する物ですからね、巌勝様の想いを私は正しいとも間違っているとも言えない。だけど1つだけ言えますよ、それは人として当然だとね』

 

己が醜いと思っていた。それすらも肯定し、そして認めてくれたカワサキの存在はとても大きかった。兄がいれば、こんな男なのかと思ったものだ。

 

『人は言葉だけでは判りあえませんが、されど言葉を交わさずに分かり合えもしない、縁壱様と腹を割って話してみると良いでしょう』

 

『……兄上』

 

カワサキが作った鍋とそこで待っていた縁壱の不安そうに揺れる瞳を思い出し、ハッと我に返った後にまずは漬物を口にする。

 

「……うむ」

 

「美味いか?」

 

「……ああ、美味い」

 

あの時のような敬語ではない、対等とでも言うべきその言葉遣いが何故か心地良い。

 

「……よく漬かっている」

 

「白菜は味が染みやすいからな、漬物には打ってつけだ」

 

白米と漬物と味噌汁。これだけでも十分な食事だ、だが主食のジジっと焼きたての鯵が自分もいるぞと自己主張を止めない。

 

(そろそろ食すか)

 

玉壷を最近見ないと思っていたが、魚釣りにのめり込んでいるとは知らなかった。だがこの丸々と肥えた鯵は美味そうなので、釣って来た玉壷に僅かに感謝し、開かれている鯵の下身に箸を伸ばす。炭火でじっくりと焼かれたからか身が立っていてふっくらとしている。

 

「……美味い」

 

「鯵は味だからな、味はやっぱり良い」

 

鯵は味か、なるほど正にその通りだと思う。脂がたっぷりと乗っている鯵は白米と共に噛み締めれば米の甘さと鯵の旨みが口一杯に広がる。

 

「……ズズウ」

 

そして豆腐と揚げの味噌汁を啜る。口の中が鯵の脂で一杯になっていたので、この辛味と出汁の味で口の中がさっぱりとする。

 

「……さてと」

 

脂の乗った下身を食べ終えた所で、ぺきっと乾いた音を立てる鯵の骨、箸の先で頭の付け根の部分で骨を折り、手で背骨を引き剥がし、背骨は皿の上にどかしておいて中身を食べる事にする。

 

「……うむ、完璧だ」

 

ポン酢のしみこんだ大根おろしを乗せ、身の厚い中身を口にする。下身ほど脂は乗っていないが、その分大根おろしの辛味とポン酢の酸味が実に良く合う。

 

「お代わりいるか?」

 

「……頼む」

 

鯵の開きも煮物も残っているので白米のお代わりをカワサキに頼む。飯が戻ってくるまでの間は煮物と味噌汁を少しだけ口にする。

 

「お待たせ」

 

「……感謝する」

 

食堂の中に私の食事をする音だけが響く、騒がしくは無い、静寂ではあるが決して寂しい訳ではない。穏やかで心休まる静寂と言う奴だと思う。

 

「……ご馳走様」

 

「あいよ、相変わらず綺麗に食べるな」

 

「食事の作法はお前に教わったからな」

 

そういえばそうだったなと笑うカワサキを見ながら、食後の熱い緑茶を啜っていると肩をぐわしと掴まれた。凄まじい握力に肩の骨が軋むのが良く判る、私にこんなことを出来るのは1人しかいない。

 

「……」

 

カワサキがやばいって言う顔をして目を逸らした。

 

「……兄上?何故逃げたのですか?」

 

「……偵察任務だ」

 

「……嘘ですよね?」

 

ゆっくりと振り返ると羽ばたく羽と揺れる尻尾、そして無表情の縁壱がいた。正し、その身体つきは男の物ではない。

 

「……縁壱は兄上とゆっくりとお話したいです」

 

その目に宿っている情欲の色に恐怖しか覚えない、鬼になりたくないが、私と離れるのは嫌だと駄々を捏ねた弟が妹になった。その理解不能な現実は私の精神を確実に蝕んでいた。

 

「……嫌に決まっているだろうッ!」

 

肩を掴んでいる腕を振り払い、縁壱から全力で走り距離を取る。

 

「……鬼事で遊んでくれるんですね、縁壱は嬉しいです」

 

「……だれぞ!だれぞ鳴女を呼んでくれッ!!」

 

口惜しいことに縁壱の身体能力には勝てない、飯を食い終えたこともあり、身体が重い事を差し引いても縁壱を引き離せる気がしない。

 

べべん

 

「……助かったぁッ!」

 

目の前に開いた障子の中に飛び込み、私に手を伸ばそうとしていた縁壱から逃げる。障子が閉じる寸前に聞こえた、兄上が父上になるのですと言う言葉は心の底から聞かなかったことにしたのだった。

 

「……大丈夫かな……逃げ切れたかな」

 

堕天の書、悪魔系の異形種にランダム変化するアイテムでサキュバスをドローして、女になった縁壱に性的に貪られようとしている黒死牟が無事に逃げ切れたのか、カワサキは食堂で夕食の準備をしながら黒死牟の無事を祈ったのだが……。

 

「不吉な……」

 

堕姫が飾った花が突如落ちた事に不吉な物を感じ取り、黒死牟事巌勝が縁壱に捕まっていない事を心から祈るのだった。

 

 

 

無限城ひそひそ噂話

 

戦国クレイジーブラコンから黒死牟事巌勝は必死に逃げているそうですよ、時々透き通る世界同士で無駄にハイレベルな無駄な争いをしている姿が良く目撃されるそうです。

 

「……兄上ぇ」

 

「……誰か!誰かぁッ!!」

 

そして殆ど毎回喰われる寸前になるので、黒死牟はあんまり無限城に帰りたくないけど、カワサキのご飯を食べたいので待ち伏せしている縁壱がいると判っていても無限城に戻っては、戦国クレイジーとの追いかけっこをしているそうですよ。

 

 

 




メニュー3 ライスカレー

ギャグ要員がいると思って、縁壱さんを戦国ブラコンにしました。ボーイズラブになるかもしれないので保険で入れておきましたが、ギャグ+落ちで使うつもりですので、ご理解よろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

メニュー3 ライスカレー

メニュー3 ライスカレー

 

人化をしなければ外に出れない鬼が集まる無限城では基本的に曜日や時間感覚と言うものは狂って来る。無惨が定めた時間こそある物の、今日が何曜日とか、何の日と言う感覚は基本的に判らなくなってくる。

 

「兄上兄上兄上兄上兄上兄上兄上兄上ッ!」

 

「鳴女!鳴女ぇッ!!!」

 

時折響く縁壱の狂気的な声と黒死牟の悲鳴が朝が近いなあと言う位で、外に出る事の出来ない子供の鬼や血鬼術が戦闘向きではない鬼は無限城内部で基本的に人化して果物や野菜の栽培をして過ごしている。

 

「カワサキさん、カワサキさん」

 

厨房の外から聞こえてきた声に顔を出すと白髪に紅い模様が顔に浮かんでいる幼い鬼がいた。

 

「累か、どうした?」

 

「……この匂い、今日はカレーの日?」

 

下拵えの匂いでカレーの日か気になって来てしまったのかと苦笑し、累の頭をわしゃわしゃと撫でる。

 

「そうだよ、今日はカレーの日だ」

 

「……りんごと巣蜜の?」

 

「そ、りんごと蜂蜜の甘いカレーだ」

 

俺の言葉にぱあっと顔を輝かせる累だったが、背後から響いてきた声にびくりと身体を竦めた。

 

「おいおいおい、累よぉ、カワサキさんの邪魔はしちゃいけねえ、そう言う約束だろぉ?」

 

長身でやや痩せ気味の鬼「妓夫太郎」の声に累が身体を小さくさせる。

 

「……ぎゅ、妓夫太郎……」

 

「駄目だぜぇ? 梅が探してたぞぉ?」

 

「……ごめんなさい、良い匂いがしたから」

 

「しゃあねえなあ、俺も梅に謝ってやるから、ちゃーんと収穫の手伝いをするんだぜ?」

 

「う、うん」

 

妓夫太郎に手を引かれ、菜園に向かう累。その姿を見ていると妓夫太郎がゆっくりと振り返る。

「……あんまり辛くねえ、ライスカレー楽しみにしてるからなあ?」

 

「あいあい、わーってる」

 

暗がりで見たら悲鳴を上げそうな強面だが、ニッと笑う姿はまだまだ子供って感じだなと思いながら、俺は厨房の中に引き返し、カレーの準備を再開する。

 

「良い匂いって言ったけど匂いするかなあ?」

 

鬼の嗅覚が鋭いって可能性もあるけど……サラダ油で玉葱を炒めているだけで匂いするかな……?

 

「あ、これかぁ」

 

隣の鍋で弱火でコトコト煮られている鍋の中身。無限城で収穫されているトマト……大正時代で言えば赤茄子か、それを使ってトマトソースを作ったからその匂いに累が反応したのかな?と思いながら大鍋で食べやすい大きさに切ったにんじん、じゃがいも、玉葱を炒める。

 

「うし、OKOK」

 

炒めた野菜を皿に3つの鍋に分ける、甘口・中辛・辛口の3種類作るが、甘口が一番多く、中辛と辛口は本当に作る量は少量なので3種類作るとしても全然苦ではない。

 

「鶏肉と豚肉は不評だったからな……」

 

でかい牛腿肉を包丁で切り分け、オリーブオイルを引いたフライパンの中に入れて肉に焦げ目が付くくらい焼きを入れる。

 

「舐めてたよなあ、鬼を」

 

平安時代、戦国時代、江戸時代と生きてきたが、俺の中では普通の食材でも難色を示す物が多かった。例えば、栗とか、秋刀魚とか、鮪とか、例を挙げれば切が無いが、食べ物ではない、それは食べる部位ではないという物を食べさせ、美味いと言わせるのは中々面白かった。

 

(肉の拘り半端無い)

 

本来鬼は人間を喰うが、俺の食事で満足している無惨達は人間を食べないし、鬼にとっては抜群の栄養を誇る稀血にも殆ど反応を見せない。だから太陽に当たれない、少し身体能力に優れた人間位に思っていた時期が俺にもあった。だがそうではないと言う事は江戸時代の……どこら辺だろ?……忘れたけど、多分信長とかが居た時代だと思う。

 

『豚肉は柔らかくて好かない』

 

『……鳥は脂が少し』

 

『もっと大きくて、塊が良い。脂は落としてくれればなお良い』

 

調理の過程ではある程度我慢してくれるが、まず薄切りは基本的に難色を示す。塊であればあるほど良い、脂身よりも赤身肉を好むなど、肉に関しては驚くほど好みが五月蝿い。そして無限城に居るほぼ全員が肉への拘りが凄いのである、唐揚げとか、しょうが焼きとかなら文句を言わないんだけどなあ……。

 

(線引きが判らん)

 

駄目な肉と駄目じゃない肉と料理の線引きが余りに難しい、1000年近く鬼と一緒に暮らしているけど、こればっかりは判らんよなあ……焦げ目がつくまで焼いた肉を先ほど3つに分けた各味の鍋の中に入れて水を注いだら弱火でまたコトコト煮込みながら、俺はカレーのスパイスの調合を始めるのだった。

 

 

 

「あれ?響凱さんはお米じゃないの?」

 

「……小生はまだやることがあるのでな……うどんにしてもらった」

 

「カレーうどんかぁ……美味しい?」

 

「……美味い」

 

「むむう……でもそんなに食べれないし」

 

「……では次の機会にだな」

 

「お兄ちゃんのカレー何か乗ってる!なにそれずるい!」

 

「梅よぉ?お前にも聞いたぞ、カツカレーにするかって」

 

「……そうだっけ?」

 

「そうだ、ったくしゃあねえなあ……ほれ、一切れやるからこれで我慢しなぁ?」

 

「うん!お兄ちゃんありがとう!」

 

「累、ラッシーを回してくれないか?」

 

「はい、判りました。どうぞ、無惨様」

 

「すまんな……思ったよりも辛かった」

 

食堂から響いてくる声を聞きながら虹色がかった瞳、白橡色の髪を持つ優男と言う風貌の鬼がゆっくりと食堂に足を踏み入れる。

 

「おう、童磨。待ってたぞ」

 

「いやあ、お腹が空いた状態で食べたくておもいっきり運動してたのさ」

 

はははっと楽しそうに笑う童磨だが、童磨の登場で食堂の中に僅かなざわめきが生まれる。

 

「賭けませぬか?今度は何口耐えれるか」

 

「……4」

 

「では3で」

 

「では私は5で行きましょう」

 

何口食べれるかと言う話で玉壷、黒死牟、猗窩座が話をする中。童磨はカワサキが差し出したカレーを受け取る。

 

「ううーん、今回も目と鼻が痛くなるねえ。美味しそうだ」

 

赤黒いカレーを見て満面の笑みを浮かべる童磨。しかし目と鼻が痛くなる香りと言うのはどう考えても美味しそうと言う言葉に繋がる言葉ではないと全員が感じていた。

 

「いただきます」

 

席に座って匙を手に取り目を閉じる童磨。そしてそのまま深呼吸を繰り返し、意識を集中させるような素振りを見せる。

 

「……んごふうっ……ッ!?か、かかかかかかッ!※?☆□△☆☆○○※?※ッ!!!!」

 

言葉にならない苦悶の声を上げて椅子から転げ落ちる童磨。食堂の床の上に横たわりびくんびくんっと痙攣している。

 

「なんで童磨様はいつもあれ食べるのかな?」

 

「……真理が見えるとかなんとか……」

 

「小生……神が見えるから……食べるべきだと勧められた」

 

「私極楽が見えるとか聞いたけど?」

 

「……僕は地獄が見えるって」

 

全員がひそひそと話をする中。童磨の痙攣はより激しくなり、口から泡まで吹いている。

 

「……あれ死ぬんじゃないか?」

 

「え?童磨死んでくれるのか?」

 

「猗窩座殿の心底嬉しそうな顔よ」

 

「って言うか良いんですか?水とか渡さなくて?」

 

「ぬおっ!?」

 

「縁壱……いつのまに」

 

「黒死牟殿の首に腕が……」

 

「パシパシ(縁壱の手を必死にタップする黒死牟)」

 

「ふふふふ……(狂気的な笑みの縁壱)」

 

巻き込まれまいと逃げる玉壷と猗窩座、縁壱に関われば死ぬは無限城の住人の常識だ。黒死牟の助けてッ!って言う視線から玉壷と猗窩座はカレーを持って逃亡する。

 

「はああ……あー、美味しい。また極楽と地獄が見えたよ、いやあ、今回も美味しいなあ」

 

そしてそんな中びくんびくん痙攣していた童磨は口元から零れたカレーを拭いながら、喜色満面と言う様子で立ち上がるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

最初、食事なんてと俺は思っていた。人間の方が美味しそうと思った事は1度や2度じゃない、確かにカワサキ様の料理は美味しかったけど、鬼の飢餓感を抑える物ではなかった。

 

「……カワサキ様、これは?」

 

「ライスカレー。むっちゃ不評だからさ俺用、そしたら無惨に追い出された」

 

食堂ではなく、椅子を通路に置いて赤黒い何かを汗を流しながら食べているカワサキ様に俺は興味を持った。そしてこの興味が俺を変えたと言っても過言では無いだろう、「万世極楽教」の教祖夫婦の子として生まれ、神の声が聞こえるに違いない特別な子なんて言われて来たけど、神の声なんて聞こえたことは1度も無い。だけど、両親や周りの人間が望むように振舞って生きていた。

 

(あそこで死んでもよかったんだけどね……)

 

鬼に襲われた時……後に医者と聞いたけど、その時に死に掛けた時に死ねば良かったと思わないこともない。

 

「ねえ、カワサキ様。それ俺も欲しい」

 

「構わないけど、辛いぞ?大丈夫か?」

 

心配そうに言うカワサキ様に大丈夫と返事を返すと、カワサキ様は少し待っていろと言って台所から同じ物を持ってきてくれた。

 

「辛いからな、無理そうだったらやめておけよ?」

 

「大丈夫。ありがとう」

 

匂いと香りでもう目と鼻が痛いけれど、それでも自分で頼んだ物だし、鬼だから大丈夫と思って匙でそれを口に運んだ。

 

「ふっぐっ!?げぼろっ!げほごっ!?」

 

「おいおいおい、大丈夫か?だから言わんこっちゃない」

 

口の中で火薬が爆発したかと思ったほどの衝撃が走った。匙を落としてその場に蹲る、その痛みと熱さで目の前がカチカチする。

 

(……あれ?)

 

痛い程に辛いのに、それが何故か心地良くなってきた。

 

「おーい、童磨?大丈夫か?」

 

「なんだ、カワサキ。何を……おい!?大丈夫なのかそれは」

 

「いや、判らん。無惨、鬼って溶ける?」

 

「溶けるか!おい!珠世を呼んで来い!」

 

無惨様とカワサキ様の声が凄く遠くに聞こえる。だけど、そのぼんやりとした感じが心地いい。

 

「無惨!童磨が凄い痙攣しだした!」

 

「お前は何をやったんだ!?」

 

「いや、カレーライスを……」

 

「あの劇物を食わしたのか!?」

 

「劇物じゃない、食べ物だッ!」

 

「茶色で食べたら口の中が痛くなる物は毒だッ!」

 

「んだと、訂正しろ無惨!!」

 

「そんなことをやってる場合かッ!?」

 

耳元で2人の騒ぐ声を聞きながら身体を起こして、カレーを口に運ぶ。

 

「美味い美味い!カワサキ様、これ凄くおいしい!」

 

「ほら!童磨が美味い……童磨。お前大丈夫だったのか!?」

 

「料理を食って大丈夫か尋ねるのは危険物だろ!?」

 

「くっ、ぐうの音もでねえ……」

 

「美味しいですよ、この痛みと辛さが地獄で、美味しさが極楽ってコトですよね。つまり、これを作れるカワサキ様は神ッ!」

 

極楽と地獄は確かにあった。この食事の中にあったのだ!つまりカワサキ様は神っ!

 

「どうしよう?童磨が変になった」

 

「何を言っている、元からこいつは変だ。まぁ良い、神と崇められて良かったな」

 

「丸投げ!?お前俺に丸投げする気か!?」

 

「信者は大切にするんだな」

 

歩き去って行こうとする無惨様の後を追おうとするカワサキ様の服を掴んでからの皿を差し出す。

 

「カワサキ様、お代わり!」

 

「ああ、今用意する!無惨!後で話をするからな!」

 

「私は話すことはない」

 

「むざーんッ!!!」

 

「カワサキ様ー、お代わり」

 

「判った!判ってるから!!」

 

ライスカレーを食べたその日が俺と言う存在が確かに生まれた日だと、俺が教祖をやっていたのは全てこの日の為だったのだと悟ったのだった。

 

 

無限城ひそひそ噂話

 

童磨は辛いものを好んで食べてるけど、最初の1口は絶対辛さに対応できなくて倒れて痙攣するまでが御決まりのパターン。

 

「んぐ、げほげほ(びくんびくん)」

 

「えいえい(木の棒で突く)」

 

「えいえい(くわで突く)」

 

そして子供の鬼や梅に木の棒や鍬で突かれたり、つま先で突かれているんだって、辛さに対応して浮かべる笑顔が本当に美味しいのか、それとも蹴られたり突かれた事を喜んでいる疑惑があるそうですよ。

 

後万世極楽教はカワサキをモチーフにしたお地蔵様を御神体にして、食事による世界救済を謡う集団になっているよ。

 

「ささ、一杯のお粥にも神の慈悲がありますよ」

 

「お椀のない方はこちらへどうぞー」

 

そして鬼に襲われた集落などで炊き出しを行い、あちこちでカワサキモチーフのお地蔵を配置しているそうです。なんでもその勢力は藤の家に迫る勢いらしいですよ。

 

 

メニュー4 カツ丼

 

 




童磨は激辛に芽生え、精神性の変化イベントとカワサキさんを神認定、カワサキ様的には手に余るけど、無碍には出来ない大きな子供って感じになりました。次回は猗窩座さん回でお送りしたいと思います、鬼ルートも微救済があるのでどんな展開になるのか楽しみにしていてください。それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

メニュー4 カツ丼

メニュー4 カツ丼

 

 

無限城にいる鬼は決して少なくない、その少なくない鬼全員に食事を行き渡らせるのはカワサキ1人では不可能だ。それになによりも、医者の鬼は無惨と同じく鬼を増やす事が出来る。流石に医者の鬼が鬼にした鬼が鬼を増やす事はないが、医者と医者の作った6人の鬼は鬼を増やす能力を持つ。巌勝達が素早く処理をしても、鬼殺隊が鬼を殺しても、どうしても鬼は増える。しかし、人を食う前の鬼ならば、理性を取り戻させる事が出来る。そうなれば、巌勝達も簡単に鬼にされた被害者を殺す事が出来ず、無限城に連れ帰る。そして必然的に鬼が増えるという無限ループの完成である。最初はよかったが、大正にもなればカワサキ1人では大変と言う事で素質のある者にカワサキは料理の伝授を行っていた。

 

「……」

 

「もうちょっと肩の力を抜こうか」

 

「……はい」

 

包丁を手にぷるぷるっと震える青い髪の女性に駄目だこりゃと俺は肩を竦めた。

 

「普通の料理なら大丈夫なんだけどな」

 

「は、狛治さんに作ると思うと……」

 

白い肌を鮮やかに染め上げる女性……恋雪は恥ずかしそうに身を捩った。俺はそんな恋雪を見てもっと力を抜いてとアドバイスする。恋雪……彼女は鬼ではなく、「雪女」だ。縁壱がサキュバスを引き当てた異形種に変化するアイテム「堕天の書」と同じ人間を異形種に変化させるアイテムで彼女は自分の名前にもある雪女を引き当てた。

 

「……そ、そーっと……」

 

彼女は身体が弱く、鬼になるだけの体力がなかった。だが医者の鬼に殺されかけ、絶命しかける彼女を抱きかかえ泣き叫ぶ狛治を見て俺は人と思えぬ化け物になるかもしれないがと前置きしてから生きたいかと尋ねた。

 

【い、生きたい……し、死にたくない……】

 

【助けてください、なんでもします。恋雪さんを助けてください……お願いします、お願いしますッ!】

 

鬼に腹を貫かれてもなお生にしがみ付いた恋雪と、自身も瀕死になりながらも鬼を素手で殴り殺した狛治の懇願に俺は負けた。そして狛治は鬼となり、恋雪は俺の懸念したアンデッド系の魔法使いでも、リザードマンなどの両生類型の魔法使いでもなく、元の美しい少女としての姿を保ったままの雪女へと転生したのだ。

 

「帰って来ちゃうぞ?」

 

「……頑張ります」

 

このままだと狛治が鬼退治を終えて帰ってくるぞと言うと恋雪はこくりと頷き、豚の肩ロースに包丁を当てる。

 

「もうちょっと手前、そう。それくらい」

 

「は、はい」

 

あんまり厚いと肉に火が通りにくいから、薄くも無く、厚くもない、だがボリューム満点の3cmの厚さで肩ロース肉を切り落とさせる。

 

「基本的なところは大丈夫だよな?」

 

「す、筋切りして、お肉を叩いて塩・胡椒で下味を付ける」

 

「OKだ。じゃあ俺はパン粉とかを準備するから」

 

は、はいと返事を返す恋雪に背を向け、薄力粉を水に溶かし、パン粉などの準備をしながら横目で恋雪の手並みを見る。

 

(問題はないか……)

 

1度落ち着いてしまえば恋雪は冷静な女性だ。そこは恋雪の特性だが、あのテンパリ癖も雪女の種族特性だ。普段は冷静なんだけどなあ……狛治が関わるとトタンにポンコツになってしまう。

 

(ポンコツと言えば無惨もだけどなあ)

 

巌勝が黒死牟、狛治は猗窩座……と言うに少し的外れの名前を無惨は与えた。それは医者に対する対策でもある、無惨は医者から離反しているがそれでも医者の鬼であると言う事実は変わらない。そしてその血を与えられた狛治達も医者の鬼である、名を知られると操られる。その危険性を考えてのコードネームなんだが……正直あまりにあれである。

 

(でもなあ。あいつらが特別なんだよな)

 

人間だった時の名前を覚えていればいい、だが鬼になれば記憶の欠落が見られる。つまり自分の名前を覚えている鬼は本名と鬼名の2つの名前がある。そして自分の名前を覚えていない鬼は無惨の独特すぎるネーミングセンスの物を名前とし、そして明治時代の後半ら辺に名前を知られても医者に支配下を奪われないほどに無惨は力をつけたが、その独特すぎるネーミングセンスは改善されず、むしろ悪化の一途を辿っている。だが友達なので、俺はそれを指摘しない。輝く笑顔の無惨に変な名前と言う勇気とそのセンスを改善させるアイデアがない以上、俺は口を噤むしかなかった。

 

「油で揚げて……」

 

俺が考えている間に手元からパン粉などを自分の方に引き寄せた恋雪は、厚いトンカツを細い手を伸ばして油の満ちた鍋の中に入れている。

 

(俺は味噌汁の準備でもするか)

 

トンカツは揚げられる。ぶつぶつ調理工程を繰り返し言っているが、これは恋雪の癖みたいなものなのでそれは指摘しない。ぶつぶつを止めさせると途端に作れなくなるのでそれは口にしてはいけない事だと俺も知っている。

 

「カワサキ! 私も兄上にお料理を作りたいです」

 

「よし帰れ! この台所クラッシャーッ!!!」

 

剣術に長け、巌勝曰く神に愛されたと言う縁壱だが、調理の才能はゼロだった。何度教えても調味料を間違える、材料を切れば包丁でまな板を叩き切る。しまいには日の呼吸を使い出すこのド馬鹿に料理を教えると言うことは俺は当に諦めた。

 

「そこをなんとか、私にも、私にも教えてください」

 

「足に縋りつくな、良いか、人には向き、不向きがある。諦めろ」

 

「嫌です!」

 

「無理だって、俺にはお前は手に余る」

 

「カワサキ殿ぉッ!!」

 

カワサキと縁壱が無理だ、教えてくださいという問答を繰り広げている後ろで恋雪はと言うと……。

 

「上手に揚げられました♪」

 

マイペースにトンカツを揚げ終え、すがりつこうとする縁壱を振りほどこうとするカワサキに向かって笑みを浮かべると、もう少し揚げ物をしようと鶏肉と牛肉を取り出し揚げ始める。

 

「カワサキさん、カツ丼の作り方の続きをお願いします」

 

「ああ、判ってる。もう諦めて出てけッ!」

 

何時までも邪魔をする縁壱を文字通り蹴り出し、台所に鍵を掛けてからカワサキは恋雪にカツ丼の手ほどきを始める。

 

「狛治は甘めが好きだから砂糖と醤油、それと酒とみりん、たっぷりの玉葱を鰹出汁で煮て、玉葱の色が変わったらカツを煮る」

 

「はい、えーっとこれですね」

 

「そうそう、丼用の片手鍋な。これで作るとやりやすい」

 

縁壱の熱意は認めるカワサキだったが、人間向き・不向きがある。確かに縁壱は剣の神には愛されていたが、料理の神には絶望的なまでに嫌われていたのだった……。

 

 

 

 

無惨様への報告を終えて食堂に向かうと恋雪さんが笑顔で出迎えてくれた。

 

「おかえりなさい、狛治さん。お怪我はありませんか?」

 

「大丈夫です。恋雪さん、ありがとうございます」

 

心配してくれる恋雪さんに頭を下げる。無惨様とカワサキ様には返しきれない恩がある、そしてあんな非道を行う医者の鬼を許せない。俺も鬼になったが、その心は人間のままだと思う。

 

「兄上、お怪我はありませんか」

 

「……私は、そんな白々しい……言葉を初めて聞いた」

 

日輪刀を片手に巌勝を出迎え、突きを繰り出す縁壱。甘酸っぱい空気の恋雪と狛治の後ろでは生死を賭けた継国兄妹の争いが起きている。

 

「じゃあ俺は馬に蹴られたくないから妓夫太郎と梅と一緒にご飯を食べるかな。じゃあねえ~」

 

手をひらひらと振り走り去っていく童磨を睨んでいると恋雪さんに服の裾を握られた。

 

「あの、今日はカワサキさんに教わってカツ丼を作ったんですけれど……食べていただけますか?」

 

「勿論です。ありがとうございます、俺の為に料理を作ってくれて本当に嬉しいです」

 

ぱぁっと笑う恋雪さんに釣られて俺も笑い返し、恋雪さんに案内され食堂の席に腰掛ける。

 

「兄上、兄上、私も狛治が恋雪に向けるような笑みを向けて欲しいです」

 

「……刀を向けられて、笑みを向けられると思うか?」

 

「私は兄上の刀を刺されるならとても嬉しいです。むしろご褒美ですか?まぁ、兄上の兄上ならなお嬉しいですが」

 

「……」

 

自分の理解を遥かに越えた変人の縁壱の言葉に巌勝は無言で逃げ出した。背後で鬼事ですねっと言う嬉しそうな声は全力で無視する。今日も、巌勝のSAN値は凄まじい勢いで削られ続けているのだった……。

 

「頑張りました」

 

ふんすっと胸を張る恋雪さんが可愛い、天使かと思いながらその目の前のカツ丼を見る。おかしいな、子供なら容易く隠れられそうなくらい山盛りだ。その凄い量に思わず冷や汗が流れた物の頑張ったという恋雪さんに笑みを向ける。

 

「とても頑張ってくれたんですね」

 

「はい、凄く頑張りました」

 

台所からすまぬと言わんばかりに手を合わせているカワサキ様。きっと張り切っている恋雪さんを止めれなかったのだろうなと思いながら箸を手にする。

 

「いただきます」

 

「召し上がれ」

 

にこにこと笑う恋雪さん。だが量が……凄い、俺が普段食べる量の倍近いぞ……。

 

(いや、残さんぞ)

 

無理をしてでも食い尽くす。そう覚悟を決めて山盛りの米の回りを覆っているトンカツを摘み上げる。想像以上に厚い……だが衣にタレが絡んでいて実に美味そうだ。

 

「美味しいです」

 

「本当ですか、良かったです」

 

噛み締めるとタレをよくすった衣から甘辛いタレが溢れだす。そして噛み締めた肉は厚さからは想像出来ないほどに柔らかく噛み切れる。

 

(甘い。いや、だが丁度良い)

 

甘しょっぱいタレだが普段より甘めのそれが食欲をそそる。丼を持ち上げ湯気を立てる白米を口に運ぶ、甘辛いタレと半熟の卵が米にまでよく絡んでいる。

 

「美味しいですか?」

 

「はい、とても美味しいです」

 

カワサキ様が作ってくれるものよりも美味いかもしれないと思うのはきっと惚れた弱みと言う奴なのだろう。

 

「ん、これは鶏ですか?」

 

途中で食感と味の違うカツが入ってきたのでそう尋ねる。

 

「はい! 鶏肉と牛肉と豚肉です!」

 

弾ける笑顔の恋雪さんに笑みを返す。なるほど、牛肉も入っているのか……これはきっと張り切りすぎているなと思い、1度丼を置いて味噌汁の椀を手に取る。

 

(これはカワサキ様か)

 

大根と豆腐のさっぱりとした白味噌の味噌汁。口の中が洗い流されるような感覚だと思いながら漬物も口にほり込む。

 

「3種類もカツを入れてくれるなんて、凄く豪華ですね」

 

牛肉の固さは米が欲しくなり、山盛りの飯を食べる勢いを増させてくれる。

 

鶏肉は牛、豚と比べるとさっぱりとしている。鶏皮もないので、皮を剥がして肉の部分だけを揚げているのだろう。揚げている事を加味してもあまり油っぽくなく卵のタレと非常に良く合う。

 

そして豚肉は脂と肉のバランスが丁度良く、そして量も一番多いので一番口にしているがそれでもやはりカツ丼と言えばトンカツなので一番卵のタレに合うと思う。

 

「喜んで貰えて凄く嬉しいです」

 

恋雪さんに料理を作ってもらっている俺の方がよっぽど嬉しいと思いながら米を飲み込む。多いと思ったカツ丼はもうほんの僅かな米と牛、豚、鶏のカツがそれぞれ一切れずつだ。カツで米粒を集め丼に米粒1つ残さず食べ切る事が出来た。

 

「ご馳走様でした」

 

「はい、お粗末さまです! どうぞ」

 

熱い煎茶を差し出され、それを啜りながら思う。もしも恋雪さんが居なければ俺は修羅道に落ちていただろう、盗みを繰り返し罪人になり大切な父を失った。そして俺を生まれ変わらせてくれた慶蔵さんも医者の鬼に殺された……それから100年以上過ぎた今も慶蔵さんを殺した鬼を倒すには至っていない。

 

「恋雪さん。今度墓参りに行きませんか?」

 

「……はい、行きましょう」

 

今度こそ仇を取る。その誓いを新たにする為に親父と慶蔵さんの墓参りを恋雪さんと共に行こうと声を掛けると恋雪さんは笑顔で頷いてくれた。

 

「俺は必ずや仇を打ちます」

 

「はい、信じております。狛治さんなら負けないと心から信じております」

 

恋雪さんがいるから俺は戦える。そして俺が負けないと信じてくれている恋雪さんの想いに必ず応えると俺は改めて誓いを立てるのだった……。

 

 

 

無限城ひそひそ噂話

 

無限城で数少ない夫婦である恋雪と狛治は、恋愛に憧れる鬼の中では憧れの的なんですよ。

 

「恋雪さんはいいね。狛治さんは優しいでしょう?」

 

「優しいですよ。凄く優しいけど……」

 

「けど?」

 

「……隣に寝ていても手を出してくれなくて……」

 

「え? へタレ?」

 

「い、いえ。お父様の仇を討つまでは待ってほしいと……」

 

「もうそれ祝言上げちゃおうよ」

 

「外堀も内堀も埋めたほうが良いと思いますよ」

 

「逃げ道を断てば狛治も覚悟を決めるって」

 

「いや、むしろ恋雪さんが行けばいい」

 

「逆転の発想ね」

 

女3人寄れば姦しい、だが鬼の少女が集まれば食ってしまえである。恋雪は顔を真っ赤にして目をグルグルさせているそうですが……多分そのうち暴走すると鳴女を筆頭にした女性鬼は確信していた。

 

「可愛らしい服装をすればいい。童磨が持ってきたこのぺろろんちーのと名前が刻まれた本には色々書いてある」

 

「「「うひゃあ……」」」

 

「あわわわわわああ……」

 

R-15的なそれだが、大正時代の初心な少女達にはそれは十分に目を白黒させるだけの効力があった。あわあわしている恋雪達とサキュバスになって豊満な肉体になった縁壱が胸を張る。ついでに胸も揺れた。

 

「兄上は逃げてしまったが効果はあると思う。ちょっと情欲の匂いがした」

 

「童磨出て来い、その頸叩き落してくれるッ! 縁壱に何を吹き込んだぁっ!」

 

そしてその頃巌勝は縁壱に入れ知恵した童磨を文字通り鬼の形相で探し回っていた。

 

「そのうち面白いことになりそうですな」

 

「そうじゃなあ……」

 

恋雪と狛治の間に子供が出来るのが先か、

 

縁壱が本懐を遂げるか

 

その2つが無限城で今盛んに賭けの対象になっているそうです。

 

 

メニュー5 刺身盛り合わせへ続く

 

 




恋雪さんは雪女で生存ルートです。医者の鬼の1体は素流道場に負けた剣道場の跡取りなどで考えております。多分出てくることはないですけどね、恋雪と狛治さんは幸せルートで進んでもらう予定ですので、偶に甘酸っぱい感じで書こうと思います。


そして活動報告に詳しく書きますが、1度リクエストを募集したいと思っておりますので、1度活動報告に目を通していただければ幸いです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

メニュー5 刺身盛り合わせ

メニュー5 刺身盛り合わせ

 

うっすらと太陽が昇ってくるのに合わせて沖合いの無人島で夜明けを待っていた2人組が動き出した。大正時代に似つかわしくない、金属製のリールが付けられた竿を組み立て、リールからラインを引き出しガイドに通す。そしてサルカンをつけて沢山の枝針が付けられた仕掛けと繋げ、仕上げに仕掛けの下に底に錘が仕込まれた小さな篭を取り付ける。

 

「準備は出来ましたかなあ? 弦三郎殿」

 

「……もう少しだ。玉壷」

 

白い長髪を腰元まで伸ばした屈強な大男が、そのゴッツい指で仕掛けを四苦八苦しているのを見て玉壷と呼ばれた作務衣姿の男はひょひょっと薄気味悪い笑い声を上げる。

 

「では私は準備が出来たのでお先に」

 

篭の中に小さな小エビを詰めた玉壷は慣れた手付きでリールのベイルを起こし、竿の弾力を生かして仕掛けを投げ込んだ。

 

「うーん、いつもこの瞬間は良いですなあ」

 

音を立てて飛んで行く仕掛けの音と遠くに着水した音に目を細めた玉壷はベイルを起こして、糸ふけを巻き取り竿受けに竿を立てかけた。

 

「快晴快晴、今日も絶好の釣り日和ですなあ」

 

登って来た太陽の光を浴びてカワサキに人化の術を施された玉壷は気持ち良さそうに背伸びをして、岩場から運んできた平らになっている岩の上に腰を降ろす。

 

「シッ!」

 

玉壷から遅れること数分。弦三郎も仕掛けを海に投げ込んだが、玉壷と違って竿を手にしたままだ。

 

「おや、竿受けは使わないので?」

 

「魚の手応えを楽しみたいからな」

 

まぁそこはひとそれぞれですなあと笑う玉壷。そのまま竿袋から別の竿を取り出して組み立て始める。弦三郎は釣った鯵などをそのまま持ち帰るつもりだが、玉壷は今日はその鯵を餌に大物を狙うつもりなので浮きが沈むまでの間にてきぱきと竿を組み立てている。

 

「っと、1回中断ですな」

 

浮きが沈んだのを見て竿を組み立てるのを中断して、竿受けの竿を手に取り大きくあおる。

 

「うんうん、良いですなあ」

 

元々玉壷と言う鬼は貧しい漁村の生まれだ。少々変わった趣味の持ち主だったが、陶芸や絵画には多彩の才を持ち、それなりに暮らしていたが、漁村に医者の鬼が訪れた時に瀕死になりながら海に飛び込み、鬼から逃げおせたと言うバイタリテイに溢れた男であり、そして運も良かった。浜辺に打ち上げられている所を鬼を討伐に来ていた童磨に発見され、無限城に保護された。だが長い間冬の海に浸かっていたその身体は酷い状態で、手足を失うか、鬼になるかと言う選択を出され鬼になる事を選んだのだ。

 

「よしよし、いい感じですねえ」

 

20cmほどの食べるのに丁度いい大きさの鯵を豪快に海から抜き上げ、海水を汲んだバッカンの中に慣れた手付きで放り込んでいく玉壷。

 

「良し、こっちもだ」

 

「ほほう、いいサイズですなあ」

 

弦三郎の方は30cm台と大振りな鯵が3匹ついている。あのサイズならばカワサキ様が美味しく調理してくれるだろうと笑みを浮かべる。

 

「さぁ! 頑張って釣りましょう。無惨様に喜んで貰う為に!」

 

「ああ、そうだな。頑張ろう」

 

今日の釣りは無惨が刺身をたらふく食べたいと言う事で玉壷が助っ人に弦三郎を連れてきたのだ。他の面子は釣りと言うか、銛を持って海に突入するタイプなので漁場荒らしになってしまう。それは元漁師の玉壷に許容できる内容ではないので、脳筋勢は留守番である。半天狗?あいつは魚が怖い、竿が怖いといって暴走して海に流されるのであいつも留守番である。

 

「釣りが終わったら貝を少し回収しましょうか」

 

「そうしよう」

 

この無人島は月彦と名乗っている時の無惨の持ち物の1つで、玉壷が管理し貝等も養殖している島だ。と言っても、全てを刈り尽くす勢いのメンバーを連れて来るつもりは無く、暖かい時期には子供の鬼をつれてきて潮干狩りなどを行う等無限城のレクリエーションの場として使用されている。釣りを楽しみながら玉壷達は無惨からの指令を果たす為に釣り竿を振るい続ける。

 

「弦三郎殿。そろそろ別の魚を狙って貰えますかな?」

 

「ああ、判っている」

 

サビキ仕掛けを外し、別の仕掛けに組みなおしている弦三郎の隣で玉壷は自分が釣り上げた20cmほどの鯵を生かしたまま、孫針を取り付け、弱らせないように丁寧に海の中に再び投げ入れる。

 

「鯛を所望されていたな。釣れるか?」

 

「そればかりは運否天賦ですなあ。でも岩場ですから石鯛などもいますし、沖合いですから真鯛も狙えるかもしれませぬ」

 

少なくとも4種類は取って来い、鯛も含めろという指示を受けている玉壷と弦三郎は険しい顔付きで海を見つめる。

 

「釣れると思うか?」

 

「頑張りましょう。ほら、蛍火殿にお弁当を貰ったでしょう?」

 

「う、うむ……」

 

累が拾ってきた4人の鬼の1人である「弦三郎」そして元は童女だったのに急激に大人になった「蛍火」、閲覧禁止の本を見て変態になった「朝日」そしてそんな朝日を止める「日丸」。家族ではないが、累の血鬼術を借り受けることが出来る鬼だったため、家族扱いになっている。蛍火は弦三郎に父を見てよく懐いているが……大人の姿なのに中身は童女なので弦三郎はどう扱えばいいのか良く困惑している。

 

「まぁ、縁壱殿に入れ知恵されないと良いですなあ」

 

「……本当にそう思う」

 

今頃巌勝を追い回しているであろう縁壱の事を脳裏に浮かべながら、玉壷達は無惨の指令を果たす為竿先を必死になって見つめているのだった。

 

 

 

 

 

玉壷と弦三郎が必死になって釣ってきた魚は生け〆されていたので、鮮度が非常に良かった。それに元漁師だけあって下処理も実に丁寧だったしな。鯵、鰤、石鯛、真鯛、そして烏賊とサザエと鮑の7種類の刺身の盛り合わせを船盛りにして持って行くと無限城の天守閣で月を見ながら無惨が上機嫌で笑っていた。

 

「よくやった玉壷、お前の釣りの腕前は本当に見事な物だな」

 

「お、お褒めに預かり光栄です」

 

好物の魚が大量にあることで既にもうご機嫌の無惨の周りには酒瓶が既に転がっている。

 

「お前。刺身来る前にそんなに飲んで大丈夫か?」

 

「問題ない、ほう。今回のはそれか!うんうん、実にいいじゃないか」

 

食い物が関わると本当に饒舌になるんだからと苦笑し、3人前の船盛りも机の上に乗せる。

 

「玉壷、今日の私は機嫌がいい。お前も同席するがいい」

 

「あ、ありがとうございます!失礼します」

 

一応配下と言う事で無惨の下手に腰掛ける玉壷。一緒に釣って来た弦三郎は蛍火に出迎えられ、そのまま連れて行かれてしまった。

 

(美女と野獣を素で行ってるよなあ。いや、まぁいいんだけどさ)

 

弦三郎が一歩引いていて、蛍火が踏み込んでいる。そんな関係性を見て苦笑しながら俺は無惨の隣に腰掛ける。

 

「いやいや、カワサキ様の腕前は実に見事ですなあ」

 

「刺身は嫌って程引いたからな」

 

リアルでは無理だったが、この世界に来てから戦国時代でも江戸時代でも刺身を引いて引いて引きまくった、今の腕前なら板長レベルだと胸を張って言える。

 

「カワサキ、なんだこれは……」

 

「サザエと鮑」

 

「……焼かなかったのか?」

 

「生でも食える」

 

マジかって顔をしている無惨に秋刀魚を初めて食べさせた時の事を思い出す。時代が時代だから美味な食材が多いから料理に使えると喜んだのに、これは食べ物じゃないとスンっとした顔で言われたのは驚いたからな。食えるといったが、本当に大丈夫かと言う顔をしながらサザエの刺身を口にした無惨だが、すぐにその顔に喜色の色が混じってくる。

 

「美味い。良いな、コリコリしていて食感が良い」

 

噛み締めれば噛み締めるほど味が出てくるのでコリコリと固いサザエの刺身の食感は実に良い。

 

「ほほう!肝醤油ですな。いやあ、久しぶりですなあ」

 

「肝醤油とは何だ?」

 

「サザエの肝を使った醤油ですよ、これがほろ苦くて美味いのです」

 

くううっと日本酒を口にして唸る玉壷、流石漁師……美味い物を知っているな。

 

「……ん?んん……なるほど、確かに悪くない」

 

「酒に合うんだよ」

 

肝醤油と言うとカワハギとかのも抜群に美味いが、サザエの肝醤油だって実に乙な物だ。

 

「鯵は良い、塩焼き、干物、そして刺身に寿司、何にしても美味い」

 

「無惨は鯵が好きだからなあ」

 

「鯵はいい。大降りな物ほど良いな、しかも味わいが違うのが良い、いつものだな?」

 

「そ、いつものだよ」

 

刺身にスキルを使い熟成させた物とそうではないもの、食感と味の変化を楽しむ為に刺身を切りながら細工をしている。

 

「このトロリとした食感が溜まりませんなあ」

 

「む、玉壷。新鮮なほうが美味いではないか」

 

「違う違う、どっちも良い点。悪い点があると言うことさ」

 

正直無惨の舌よりも魚に関しては玉壷のほうが上だ。熟成した鯵のとろけるような食感は確かに堪えられない物がある。

 

「この脂が乗っている透明な物は何だ?」

 

「石鯛だ。普段食べている鯛とは違う種類だが美味いだろう?」

 

「……確かに美味い。鯛とつく魚はどれも美味い物だ、これも全然違うが鯛なのだろう?」

 

同じ刺身でも味の違いが判らない無惨に何と言えば良いのか、平作りと薄作りした石鯛が同じ魚だと気付いていないのはどうした物か。見てみろ玉壷も何とも言えない表情をしているじゃないか……味音痴ではない筈なんだけどなあ……先入観が原因か?

 

「湯引きの鯛もあるな、素晴らしい、よくやった」

 

日本酒を呷り、刺身をバクバク食っている無惨の頬に赤みが刺している。ああ、これはもう酒が回っているな、多分魚の味の違いも判るまい。

 

(だがまぁ、嬉しそうだから良いか)

 

無惨は口ではなんだかんだ言っても、医者の鬼が人を殺す事を気に病んでいる。俺と出会わなければ無惨もそうなっていたかもしれない……その考えがあるからこそ、医者に従う十二鬼月の上弦6体が自分のなりえた可能性として恐怖している。

 

「これ残ったら茶漬けにして欲しい」

 

「はいはい、ちゃんと漬けておくよ」

 

「ああ。そうしてくれ」

 

好きな物を食べて、好きな酒を飲んで、今一時だけでも良いから嫌な事、悲しい事も無く、気持ちよく眠って欲しいと俺も玉壷も心からそう思う。

 

「カワサキ、玉壷も飲め」

 

「ああ、貰うよ」

 

「ありがとうございます、頂きます」

 

無惨が上機嫌で酒瓶を差し出してくるので空のグラスを無惨に向ける。溢れんばかりに注がれた日本酒と楽しそうに笑う無惨に玉壷が頑張ってくれて良かったと心から思うのだった。

 

 

 

 

無限城 ひそひそ噂話

 

「あ、あの無惨様。何と?」

 

酒盛りから数日後、無惨に呼び出された玉壷の顔は嘘だと言ってくれと言わんばかりに歪んでいた。

 

「鮪だ、鮪を釣って来てくれ」

 

無惨から鮪を釣って来てくれと言われた玉壷は目を丸くした。

 

「お前なら出来る、頼んだぞ」

 

「いや、あの……無惨様……」

 

「期待している」

 

「無惨様ああああ……」

 

鮪を釣ってこいと言われ説明する間もなく行ってしまった無惨に玉壷は泣いた。

 

「頑張れ、松露等を取ってくるよりかはましだ」

 

「松茸10000本は大変だった」

 

「いや、鮪も無理ですからね?」

 

食材を取って来いと無茶振りされるのは無限城名物だが、まさか鮪を釣ってこいと言われた玉壷は泣いた。

 

「とりあえずカワサキに相談すると良い」

 

「じゃないと無理だぞ」

 

「いや、そうでなくても無理なんですが……あれ?黒死牟様?」

 

いつの間にか姿を消している黒死牟。琵琶の音もしなかったときょときょとしている玉壷の背後の暗がりから縁壱が姿を見せた。

 

「兄上の匂いがしたのですが……兄上は何処ですか?」

 

「よ、縁壱殿……いつの間にかいなくなっておりました」

 

「そうですか、では兄上を探しに行きます」

 

そう言って歩いていく縁壱を見送る玉壷と猗窩座だったが、その後に2人は顔を見合わせた。

 

「あの服装って何ですか?」

 

「西洋従者らしい」

 

「あんなに胸も零れ落ちそうな物を着させるとは……西洋は変態でしょうか」

 

「かもしれんな」

 

無表情メイドとか言う凄いジャンルを開いた縁壱の姿に2人は絶句し、暗がりから聞こえてきた黒死牟の悲鳴に見つかったんだなと目を伏せた。

 

「鮪も大変だと思うが頑張れ」

 

「……はい」

 

とりあえずカワサキに鮪を釣れる場所を聞かなければと玉壷は肩を落としながら、無惨の指令を果たす為にカワサキの元へと足を向けた。

 

「兄上、従者ですよ。どんな事でもしますよ!」

 

「来るな来るなあ!」

 

「兄上兄上兄上♪」

 

「誰だああ、こんな破廉恥な服を作ったのはああああッ……」

 

背後から聞こえてきたドップラー効果で遠ざかっていく悲鳴に玉壷は何とも言えない表情をして、心の中で南無と呟きカワサキに助けを求めるのだった。

 

 

 

 

メニュー6 うどん大好き鳴女さんへ続く

 

 




食材集めの無茶振りに玉壷は泣いても良い、鮪を釣りに玉壷はどこまで旅立つ事になることでしょうかね。弦三郎さんは、父蜘蛛。蛍火は母蜘蛛ですので、名前だけオリジナルと言う事でよろしくお願いします。次回は鳴女さんで、どこかで見たタイトルかもしれませんが、スルーでお願いします。それでは次回の更新もお楽しみに!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

メニュー6 うどん大好き鳴女さん

メニュー6 うどん大好き鳴女さん

 

無限城の厨房から凄まじい音が響く。だがその音が外に響くことは無い、無限城は鳴女の血鬼術で作られた異空間の城だ。つまり鳴女に事前に言って置けば防音処理なども完璧と言うわけだ。なお、刺激物を使う際は必ず鳴女に申告せよという無惨の命令も出ているのは、それだけ辛い料理が危険物として認識されていると言う証でもある。

 

「よいしょっと、ふう……こんなものか」

 

丸く丸めたうどん生地を縁から丁寧に何度も丸め込み、綺麗な球体にしたら布巾をかぶせて寝かせるのだが、その数が10をはるかに越えているので、かなり圧巻の光景だ。

 

「……まだちょっと足りないかな」

 

それでも足りないかなと不安に思う、肉料理や魚料理はどの鬼も大好きだ。その反面うどんを初めとした麺料理はちらちらと頼まれる程度だった……だがそれも先日までだ。うどんを貪り食う鬼が1人増えてからうどん作りは大量になってしまったのだ。

 

「1人じゃそろそろ限界かなあ……」

 

他の料理の仕込みもあるし……俺は鍋をかき回し、玉壷が釣って来た鰹で作った鰹節と昆布で作った出汁の中に醤油を加えてうどん出汁の味付けを終えて蓋をする。

 

「……半天狗だな。うん、そうしよう」

 

半天狗自体は使い物にならないが、その分身の4人は口が悪いと言う共通点こそある物の、中々働き者だ。半天狗の分身と言うが、むしろのあの怯えっぱなしで役に立たない爺が分身なんじゃって思う事は結構ある。

 

「さてと、味噌汁と卵焼きと……焼き魚に漬物……やっぱ本格的に手が回らなくなるかもなぁ」

 

大正時代に入ってから鬼にされる人間が爆発的に増えてきた。それに伴い保護する人員も増えてくれば何時までも1人では手が回らない。

 

「恋雪はまずまずいけるし……珠世さんは料理出来るけど……医術のほうで忙しいし……梅は……御菓子しか無理だしなぁ……零余子はそつなくこなすけど……野菜の栽培とかあるし……うーん」

 

調理班の人選は難しいなあと思いながら、朝食の時間に真っ先に食堂に入ってきた無惨に苦笑しながら卵に手を伸ばすのだった……。

 

 

 

 

食堂への通路を歩く着物姿の女性を見て、珠世はその女性の名を呼んだ。

 

「鳴女さん」

 

「……珠世さんですか、珍しいですね。こんな時間に食事ですか?」

 

鳴女の特徴である琵琶を持っていない姿を見るのも珍しいと思いながら私は微笑んだ。

 

「はい、少し研究に熱が入ってしまいまして」

 

「鬼を人間に戻す研究ですか、あまり熱を入れすぎず偶に休憩するほうが良いですよ?」

 

心配するような口調の鳴女にそうですねと返事を返す。鬼の始祖の無惨の血で研究は進んでいるが、医者の鬼は定期的に新しい薬を摂取しているのか、その体組織は遭遇するたびに変化している。無残の血で鬼になった者は人間に戻せるが、医者の鬼に鬼にされた者を元に戻せない……今の私の研究の全ては医者の鬼の体組織の変化の法則、そして薬と肉体の結びつきを断ち切る事にある。

 

「鳴女さんこそ、少し休んだほうが良いのでは?」

 

「大丈夫、休む時は休んでいます」

 

鳴女は無限城で一番きつい仕事をしていると言っても過言ではない、複数の使い魔の視点で鬼の位置の補足、鬼殺隊の動きの把握、空間を繋ぐ血鬼術で戦闘班を素早く送り届け回収する。そして縁壱に喰われ掛けている巌勝の保護など重要度の高い物からそうではない物まで、その仕事は非常に多岐に渡る。

 

「それに私はこの時間が一番好きなんです。半刻の休憩……この時間は誰にも邪魔をされない時間なんです」

 

「そうですか、では私は1人で食事の方が良いですか?」

 

「いえ、別にそう言うわけでは……ご一緒しましょう」

 

非常に上機嫌と言う感じで食堂に行く鳴女さんと並んで食堂に行くと、普通の食事の時間を過ぎているのか他に人影は無く、カワサキさんだけが厨房で何かしていた。

 

「今日は珠世さんも一緒か、珍しいな」

 

「研究に熱を入れすぎまして……愈史郎に怒られてしまったのです」

 

良い加減に食事をしてください、血液の方は自分が見ると言われて研究室を追い出されたと言うとカワサキさんは楽しそうに笑う。

 

「あいつらしいな。偶におにぎりかサンドイッチを作ってくれって言いに来るが、それでは駄目だと腹に据えかねたんだろう」

 

「そのようですね」

 

厨房の近くのカウンター席に腰掛けて話をしていると鳴女さんの前に小さな蕎麦ザルが置かれると、鳴女さんは汁に漬けずにそのまま蕎麦を啜った。

 

「美味しいです、蕎麦の香りがいいですね」

 

「そいつは良かった蕎麦は練習中だからな」

 

「……蕎麦に汁をつけないのですか?」

 

蕎麦は汁につけて食べるのが当たり前だと思っていたので、そのまま食べた鳴女さんに正直驚いた。

 

「最初の一口だけです。この時間にくるのが決まっているので1人前だけ打ち立てを用意してくれているのです」

 

「珠世さんも欲しかったかい?」

 

「いえ、そう言う訳ではないです。えっと、きつねうどんをお願いします」

 

甘辛い分厚い揚げと手打ちうどんのきつねうどんを頼むと鳴女さんがうんうんと頷いた。

 

「カワサキさんのきつねうどんはとても絶品です。うどんの汁とは異なる味付けで、食べやすいように串で穴を開けているので噛み切りやすく、中にもたっぷり出汁が染みこんでいますから」

 

凄い饒舌になった鳴女さんに驚いているとカワサキさんが小さく笑った。

 

「うどんが好きだから、うどんの事になると饒舌になるんだよ。それで、今日はいつも通りか?」

 

「はい、いつも通りでお願いします」

 

いつも通り……どんなうどんが出てくるのかと思ってみているとうどんの上に蒲鉾が3切れとネギが散らされただけのシンプルなうどんが出される。

 

「いただきます」

 

丼を片手で持ち上げ、音を立ててうどんを啜る鳴女さんは酷く嬉しそうだ。

 

「はいお待たせ。きつねうどんだよ」

 

「ありがとうございます。いただきます」

 

手を合わせてから箸を手に取りうどんを啜る。毎朝カワサキさんが手打ちしているうどんは腰が強く食感も喉越しも抜群だ。

 

(でも、汁が本当に美味しい)

 

玉壷さんが海で取ってくる海産物で作られている出汁は風味が良いだけではなく、味わいも格段にいい。この汁で煮られたうどんは本当に絶品だ。

 

「はい、次。鰹節うどん」

 

「はい、ありがとうございます」

 

え?私が数口食べている間に鳴女さんのうどんの丼が空になっている。おかしい、私の2倍近い量があったはずなのに……。

 

「削られたばかりの鰹節の風味は本当に良いですね。汁にも良く合います」

 

味の評価をしながらも凄まじい勢いでうどんが鳴女さんの細身の体の中に消えていく、量は決して少なくない筈なのに……。

 

(それだけお腹が空いていたと言うことでしょうか)

 

きっとそうだと思い、肉厚の油揚げを齧る。じゅわっと口の中に広がる甘辛いタレと油揚げの味に刺激され、うどんを啜る勢いが増す。

 

「はい」

 

「どうも」

 

(え!?まだ食べるの!?)

 

今度は牛肉が乗せられたうどんを啜り始める鳴女さん。信じられない事に食べる勢いは衰える所か増している……。

 

「今日の牛肉はすき焼き風なんですね」

 

「肉豆腐を作ったからな、ついでに作ったんだ。口に合わないか?」

 

「いえ、とても美味しいです。牛肉の脂が甘くて丁度良いですね」

 

カワサキさんが何かを揚げているので、まだうどんが続くのだと判ると少し驚いた。鳴女さんと食事をするのは初めてですが……まさかこんなにも量を食べるとは思って見なかった。

 

「はい、今日の最後は小エビと野菜のかき揚げうどん」

 

「大きい海老や烏賊はなかったんですね?」

 

「海が荒れてるらしくてな、今日はこれで我慢してくれ」

 

普段が海老天や烏賊天ってことなんですね……少しだけ不満そうな素振りを見せた鳴女さんですが、すぐに小エビの掻き揚げに齧り付いた。

 

「海老がぷりぷりで、サクサクしていて美味しいです。野菜の甘さもちょうど良いですね。うどんが進みます」

 

……おかしいですね、私も食べている筈なのになんだかまだ食べられそうな気がしてきました。

 

「私もかき揚げうどんをお願いできますか?」

 

「全然大丈夫だよ。すぐ用意するな」

 

きつねうどんを自分でも知らぬうちに食べていたので、食べたという実感が無く掻き揚げうどんの追加を頼む。

 

「うどんは良いです。食べやすいですし、身体も温まりますし」

 

揚げ立ての掻き揚げをサクサクと音を立てながら齧り、うどんを啜り続ける。その姿は見ているだけでお腹が空いてくるから不思議だ。

 

「はい、〆な」

 

「ありがとうございます」

 

焼きおにぎりを受け取り、うどんの汁の中に入れてその上に掻き揚げを乗せ、匙で崩して頬張る鳴女さん。

 

「あの私も……」

 

「すぐ準備するよ」

 

結局、鳴女さんの食欲につられて普段の倍以上食べてしまった私は、研究室に戻ると苦しい事もあり愈史郎に後を任せて少し眠る事にするのだった……なお、この日から毎日鳴女さんが私の研究室を訪れるようになった。

 

「鳴女、すまないな。珠世様を頼む」

 

「はい、行きましょう」

 

医者の不養生を地で行く私に痺れを切らした愈史郎に送り出され、私は今日も鳴女さんと一緒にうどんを食べる事になるのだった。

 

「今日は鍋焼きうどんなんです」

 

「あ、曜日によって違うんですね」

 

「はい。うどんは毎日食べてますが、同じうどんが続く事は殆ど無いです」

 

ただうどんについて熱く語り、美味しそうに食べる鳴女さんと食事を一緒にするのは楽しくて、私も誘いに来てくれるのを断ろうとは思えなかったのだった……。

 

 

 

 

無限城ひそひそ噂話

 

鳴女の食事の時間は縁壱に決して知られてはいけない事であったが、やはり何時までも隠し通すことなど出来る訳は無かった。

 

「……鳴女が食事をしている今……兄上は私から逃げられない!」

 

かっと目を見開く縁壱に刀を向け、ジリジリと後退する巌勝……互いに透き通る世界での攻防だが、性欲が力になるサキュバスの特性上巌勝は徐々に劣勢に追い込まれ、その顔に絶望の色が浮かび始める。

 

「半刻の間は移動は出来ない! 私の願いが今かなう!!」

 

「来るなあッ!」

 

袋小路に追い込まれた段階で絶望的、しかも応援がいないとなれば本当に妹になった弟に食い荒らされる日が来てしまう。

 

「お兄ちゃん、巌勝が追い込まれてるわ」

 

「よーし、梅見るなあ。良いなあ?」

 

「はーい」

 

巌勝から見れば健全な兄妹である妓夫太郎と梅の兄妹は追い込まれている巌勝を見て、即座に離れる事を選択した。

 

「妓夫太郎!」

 

「……すまねえなあ、縁壱の考えに梅が染まるかも知れねえから」

 

「?」

 

純粋と言うか深く物を考えない性格の梅では下手をしなくても、縁壱2号になりかねないと知り、妓夫太郎は迷う事無く巌勝を見捨て、キャストオフ(意味深)を見せるわけには行かないとその背で梅の視界を隠す。

 

「あ、お兄ちゃん、あのねあのね?カワサキがパンケーキの焼き方を教えてくれたのよ。上手に出来たなって褒められたの。お兄ちゃんにも焼いてあげるね♪」

 

「おお、それは楽しみだなあ、行こうな」

 

そさくさと逃げていく妓夫太郎の背中に巌勝は絶望した。見捨てても構わないから、せめてせめて助けくらい声を掛けてくれと思った。

 

「兄上に料理……何故私には料理の才能がない……梅でも出来るのに……」

 

癇癪持ちの梅でさえ料理を作れる、しかもカワサキに褒められたと聞いてぶつぶつ呟いている事に気付き、その一瞬のチャンスを見逃さず、巌勝は縁壱からの逃亡に成功していた。

 

「妓夫太郎…どうやったら、梅はあんなに素直な妹になるんだ」

 

「俺はぁ、梅が何よりも大事だから大事に大事に育てただけだなあ。縁壱を甘やかすのはどうだ?」

 

「勢い余って食われそうな気がする…」

 

「俺もそう思うなあ……悪い忘れてくれ」

 

お兄ちゃん同士だが、余りにも自分と違う巌勝と妓夫太郎では話が合わなかった。

 

「あっちと話をしたらどうだ?」

 

「はーい、良い子だからねえ~大丈夫怖くないよぉ~」

 

子供の鬼を部屋の隅に追い詰めてはぁはぁしている朝日とそんな朝日に逃げ道を塞がれ、累を初めとした子供鬼が身を縁り寄せ合うのを見て更に頬を紅くする朝日。

 

「止めろ変態」

 

「あふんっ!?」

 

そんな朝日の背後から日丸が毒針を頭に刺す。毒が回り、びくんびくん痙攣している朝日の足をつかんで引き摺って去っていく日丸。

 

「いや、あれはちょっと」

 

「変態って一緒だろぉ?」

 

「……そっか、そうだな。1度話をして見る」

 

後日、変態の妹を持つ者同士、肩を深く落としながらも互いに同情しあう日丸と巌勝の姿が食堂で見られるようになったそうです。

 

 

メニュー7 梅ちゃんの茶会へ続く

 

 




次回は梅ちゃんのターンで書いて、その次は鬼殺隊のメンバーもちょくちょく出して行こうと思います。時間軸はバラバラになると思いますけどね。それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

メニュー7 梅ちゃんの茶会

メニュー7 梅ちゃんの茶会

 

蓄音機から流れるクラシック音楽、そしてそのクラシック音楽に似合う西洋風の部屋にカワサキと無惨の姿はあった。

 

「うむ、美味い」

 

鉄皿の上の分厚い血の滴るレアステーキを切り分け満足そうに頬張った無惨はそのまま赤ワインのグラスに手を伸ばす。

 

「美味いって言うのは良いけどさ、一々この部屋使うかね?」

 

「雰囲気が大事と言ったのはお前だ」

 

「さいですか……」

 

物を食べるにはそれを最大限に生かす部屋や音楽があると言う話を聞いた無惨。そして次の日には洋食、和食、中華、そしてスイーツの4種類を食べる専用の部屋が無限城内部に作られた。勿論それを知ったカワサキの目が死んだのは言うまでも無い。

 

「鉄皿で好きな焼き加減にすると言うのは実に良い」

 

「そうだな」

 

2人で並んでステーキを切り分け、鉄皿に肉を押し付け自分の好きな焼き加減に整える。と言っても殆ど無惨はレアのままであり、焼き加減を整えているのはカワサキ位の物だ。

 

「ほい、バターロール」

 

「ああ、ありがとう」

 

ステーキが半分ほど消えた所でバターロールを差し出すカワサキ、無惨は慣れた手付きでバターロールを切り、ステーキを間に挟む。

 

「鬼殺隊だが、やはりあの者が率いている。産屋敷だ」

 

「ああ……お前の子孫って言う」

 

「正確には鬼舞辻家だがな、以前私とお前が助けたあの童だ」

 

医者の鬼が追い回している一家を助けた事があった……と思うとカワサキは呟いた。無惨ほど記憶力がいい訳ではないカワサキはうろ覚えだったが、無惨に似た子供がいたなあ程度には覚えている。

 

「医者は無惨を名乗っているが、産屋敷が訂正する事で、医者の鬼、そして私達が別物と言うことが鬼殺隊に理解され始めている」

 

「じゃあそろそろか?」

 

「そこはまだ考えている段階だ」

 

鬼と鬼同士の争いは基本的に不毛だ。どちらも再生するからだ、だが医者の鬼と無惨達の違いはカワサキの料理による常時ステータスにバフ、そして特殊な血鬼術の開眼にあった。

 

「まぁもう少し段階的に考えよう。焦る事は無い、それに今はまだ先にやる事がある」

 

「縁壱と巌勝の事だな」

 

今無限城にいる2人の事ではない、縁壱は自身の日の呼吸を炭売りの一家に伝授し、巌勝は月の呼吸を伝授した訳ではないが、その子孫は生きている。医者に手痛い反撃をした2人を医者は恨んでいるに違いないので、その前に保護ないし、護衛をつけることを最優先にするべきだと無惨とカワサキは考えていた。

 

「鬼殺隊の戦力強化は急務だ」

 

「喰われると大変だからな」

 

鬼殺隊が納めている呼吸と鍛え上げられた肉体は栄養価が極めて高い、それが柱とかいう鬼殺隊の最大戦力ならば尚のことだ。あの巌勝が医者の鬼を逃がしたらしいが、近くに柱の物と思われる腕と日輪刀が落ちていたから上位の医者の鬼は柱もしくはかなり階級の高い鬼殺隊を狙って襲撃しているかもしれないという事が判明した。

 

「下手をすればこちらの戦力を超える」

 

「それは防がないとな」

 

無惨達の陣営の鬼は医者の鬼に引けを取らないが、鬼と言う性質上人肉、そして血液により肉体を強化するというものは切っても切れない事だ。それをカワサキの料理で補っているとは言え、純粋な地力では医者の鬼に劣るというのが現実だ。鬼殺隊が医者の鬼にとって上質な餌として狙われ続ければその内に追い抜かれる事を無惨とカワサキは危惧していた。

 

「あの、今いいでしょうか?」

 

ノックの音が響き少女の声がしたので、無惨とカワサキはナプキンで口を拭い入出許可を出す。

 

「失礼します。あの無惨様、部屋の御使用の許可が欲しいです」

 

「どの部屋だ?」

 

「あの茶会の部屋を……」

 

梅がもじもじと言う。その手にある本を見てカワサキは苦笑した。

 

「そうか、茶会のシーンがある漫画を見たのか」

 

「っはい! そのとても楽しそうで」

 

無惨はやや渋い顔をしたが、カワサキは良いじゃないかと笑った。

 

「茶会の菓子は用意してやろう。だけど、1人じゃ面白くないだろう?梅は招待状を書くといい」

 

「はいッ!ありがとうございます」

 

招待状を書くのに自身の兄である妓夫太郎に助けを求めるんだろうなと微笑ましい物を見るような視線をして見送る。

 

「あまり甘やかすなよ」

 

「んーほら、駄目な子?いやあほな子ほど可愛いって言うだろ?どうも甘やかしちゃうんだよな」

 

本人はかなりの癇癪持ちではあるが、それでも根は素直だから甘やかしちゃうんだよなと苦笑し、カワサキは梅がやりたいと言う茶会の為にその場を後にするのだった。

 

「お、お兄ちゃん……字があ」

 

「あーあー、しゃねえなああ。ほれ、落ち着いて、ゆっくり書きなぁぁ?」

 

「う、うん。が、頑張る……」

 

そしてカワサキと無惨の予想通り、梅は茶会の招待状の文を妓夫太郎に考えてもらい、それを便箋に半分泣きそうになりながら必死に書いているのだった……。

 

 

 

 

梅が悪戦苦闘しながら招待状を書いている中。カワサキは厨房で茶会の菓子作りを始めていた。確かに元々菓子作りはカワサキの専門で無いが、1000年近い時間があれば苦手だった物もある程度は形になってくるのは当然の事だった。

 

「梅が呼ぶとなると……零余子と珠世さんと鳴女……後は蛍火と朝日くらいかな?」

 

無限城にいる鬼の女は決して少なくないが、梅と仲が良い鬼となるとそれほど数は多くない。基本的に素直な性格だが、癇癪持ちであり人に好かれるか、嫌われるかが両極端な梅の事だから茶会に参加してくれるのは10人前後くらいだと予測し菓子の準備を始める事にした。

 

「子供の鬼に配る分も考えておくか」

 

茶会に使う分だけじゃない、子供の鬼のおやつの時間に出す分も作っておくべきだと考えながら、カワサキはバターを常温に戻している間に薄力粉をふるいに掛け、それとは別にココアパウダーと薄力粉を混ぜた物をふるいに掛け生地の準備を行う。

 

「まぁ、これが何かのきっかけになれば良いが……」

 

梅の世界は基本的に自身と妓夫太郎だけで完結している。その世界が少しでも広がればいいなと思いながらボウルの中に常温に戻ったバターを入れ泡立て機で混ぜ合わせる。

 

「粉砂糖をいれてっと」

 

クリーム状になったバターに粉砂糖を加え白っぽくなるまで混ぜ合わせ、溶き卵とバニラエッセンスを加えて混ぜ合わせたら、ふるった薄力粉とココアと薄力粉をふるった物と混ぜ合わせプレーン生地とココア生地の2種類を作る。

 

「渦巻きと市松模様の2つで丁度良いだろう」

 

クッキーは数を作れるのでこれで十分だろう。後は茶会と言うのにクッキーだけって言うんじゃあ味気ないな。

 

「ほっと」

 

中くらいのボウルに卵白と砂糖と入れて混ぜ合わせメレンゲを作り、卵白と分けた卵黄の残りに砂糖を混ぜ合わせ、泡立て機を持ち上げたときにリボン状になるようになったらメレンゲと混ぜ合わせ、メレンゲを潰さないように軽く混ぜ合わせたら小麦粉を加えさっくりと混ぜ合わせる。最初に作ったバターを溶かした牛乳に、ケーキの生地を少量加えてよく混ぜ合わせたら生地に混ぜ込む。

 

「良し、完璧だ」

 

型の中に今仕上げた生地を流し入れてオーブンの中に入れる。

 

「さてと、あとは……」

 

茶会をやるんだから綺麗な茶器が必要だな。俺はそう考え、無限城の一角に配置してある俺の特別仕様のグリーンシークレットハウスの倉庫の中にあるアイテムを持ち出してくるかと思い、グリーンシークレットハウスに向かったのだが……

 

「あ」

 

「てめえ、童磨ぁッ!また鍵壊しやがったな!」

 

「だってこれ面白いからッ!ごめんなさーい!!」

 

「待てええ!そいつを持ち出すなあッ!!」

 

ぺロロンチーノとぶくぶく茶釜の趣味の男の娘とかの本を大量に抱えて走り出す童磨を追いかけたのだが、身体能力の差で負け逃げ切られてしまった。

 

「……俺、知らん」

 

多分被害が向くであろう巌勝にはそれとなく忠告しておこうと思い、俺は本来の目的である茶器を探す作業に戻るのだった……。

 

 

 

 

 

 

『今日のおやつ時に茶会を行うわ。天守閣の茶会部屋で待ってます 謝花梅』

 

梅らしい手紙だと苦笑し白髪に赤目の鬼の少女「零余子」は茶会部屋に足を向けていた。

 

「あら、零余子さんもですか」

 

「珠世さんも……後は……「私です」ふあっ!?」

 

べんと言う音と共に現れた鳴女に変な声が出た。突然現れるし、気配があんまり無いから鳴女って怖いのよねと思っていると朝日と手を繋いで蛍火も姿を見せた。

 

「おお! 随分と大所帯だな! 結構結構」

 

古臭い口調の鬼の少女が鞠を抱えてやってきた。

 

「あら、朱紗丸さん。珍しいですね」

 

「うむ、最近梅と鞠で遊ぶようになったのじゃ」

 

子守をしている短い黒髪と古臭い口調で男を思わせるが、柔らかい視線と声質の朱紗丸までがやってきた事に私達は驚いた。

 

「カワサキさんのお菓子が楽しみ」

 

「うん、そうだね。でもさっきからそれしか言わないね」

 

「?」

 

「くっかわ……ッ!」

 

相変わらず変態が変態行動をしている……子供だけじゃなくて肉体が大人でも、精神が子供なら食ってしまおうとする朝日はあまりに危険だと思う。

 

「来てくれたのね! ほら早く早く!!」

 

茶会部屋から顔を出した梅が急かすように言うので私達も茶会部屋に入る。白い壁と紅い絨毯、そしておしゃれな白いレースのカーテンと言う作りの部屋に思わず溜め息が出た。

 

「前は日本庭園でしたが……今回はデザインを変えたのですね?」

 

「西洋茶会らしいから」

 

あんまり茶会部屋に入った事の無い私と朱紗丸は元からこんな部屋だと思っていたんだけど、前は日本庭園だったらしい。本当に鳴女の血鬼術は凄いわねと思いながら椅子を引いてその上に腰掛ける。

 

(ふわふわしてる)

 

腰を下ろすと同時に感じたあまりに柔らかい感触に驚いた。西洋の椅子と言うのはこんなにも柔らかいのかと……普段は座布団とかだから余計にそう思う。

 

「……尻が落ち着かんのう……」

 

「ふわふわ♪」

 

朱紗丸は顔を顰め、蛍火は喜んでいる。これはそう簡単には慣れそうに無いかな……。

 

「カワサキさんにお茶の淹れ方を教えてもらった」

 

ふんすっと胸を張り梅が全員分の紅茶を入れてくれる。それをすぐ口にしようとすると珠世に止められた。

 

「紅茶は日本のお茶と違いますからね、飲んでみて口に合わなければ砂糖とミルクをですよね?梅さん」

 

「あ、う、うん!そう!!」

 

忘れてたわね……淹れる事だけに集中していた梅に呆れながら一口飲んで、すぐに砂糖とミルクを入れた。なに、この渋いって言うか、香りは凄くいいのにあんまり味がしないお茶……緑茶とかほうじ茶と全然違うんだけど。

 

「ん、甘くて美味しいわね」

 

「……うええ……」

 

「ほら、蛍火にも砂糖とミルクを入れてあげるわよ」

 

「……美味しい!」

 

砂糖とミルク入りの紅茶を見て満面の笑みの蛍火。嬉しそうだからいいけど、変態が鼻を押さえているの見ると嫌な気分になるわね……。

 

「お菓子は好きなのを食べていいからね!」

 

クッキーを取り皿に取りながら言う梅は言うが早くクッキーを口にしている。

 

「ふふ、では私も」

 

「お洒落ですね」

 

白と黒の渦巻きと市松模様、そして黄色と黒の2種類のクッキーとクッキーだけでも4種類、それとショートケーキとチーズケーキまで置かれている。

 

「私はケーキにしよう」

 

「私はこれじゃな、煎餅に似ておる」

 

クッキーを煎餅と言った朱紗丸に全然似てないわよと思いながらショートケーキを皿に取る。ケーキなんて誕生日の時にしか食べれないから、これは実に嬉しい。

 

「蛍火は?」

 

「クッキー!」

 

「はいはい」

 

普通にしてればあの変態も面倒見がいいんだけど、なんであんな病的に年下の男の子と女の子に好意を向けるのか理解出来ないわね。

 

「塩辛くないッ!? こんな煎餅があるのかッ!?」

 

「朱紗丸あんたクッキーって知ってる?」

 

「知らんッ!」

 

どやあっとしてる朱紗丸に呆れる梅を見ながらフォークでケーキを1口分切る。

 

「んー美味しい♪」

 

ふんわりと柔らかいスポンジと甘すぎない生クリーム、そして中に挟まれている苺の酸味と甘み。どれをとっても美味しい。

 

「本当ですね。ショートケーキは美味しいです」

 

無表情で同意されても反応しにくいんだけど……口調が柔らかいから美味しいって思ってるのよね? 多分。鳴女は無表情すぎて美味しいと感じているのかそうじゃないのかが判りにく過ぎる。

 

「お兄ちゃんも一緒って言ったけど、そりゃあ駄目だって言われちゃったの」

 

「いや、それはそうだと思いますよ?」

 

「何で?」

 

「……どうしましょう、なんて説明すればいいんでしょうか?」

 

梅のお兄ちゃん大好きは困った物ね。フォークを皿の上において紅茶を口にする。

 

「梅が妓夫太郎に何か贈り物する時に妓夫太郎がいたら驚きが無くなるでしょう?」

 

「……あ、そうだった、最初それを話そうと思っていたんだ」

 

……アホの子が過ぎる……ッ! でもこんな梅と友達と思っている私もアホなんだろうなあと思いながらお菓子を口にしながら、梅の相談に耳を傾けるのだった……。

 

 

 

 

 

梅さんに招待された茶会を見て私は笑みを浮かべた。そのあまりに姦しく、そして楽しそうな光景に頬が緩んでしまう。

 

「……美味い! なんだこれ!? なんだこれッ!?」

 

「おいひい♪」

 

朱紗丸さんがショートケーキに驚きながらも、美味しそうにケーキを頬張り。その隣で蛍火さんがチーズケーキを食べて幸せそうにしている。

 

「とても楽しそうですね」

 

「そうですね」

 

バターがたっぷり練りこまれたクッキーとストレートのダージリンを口にし、鳴女さんと微笑む。私と鳴女さんだけが年上だからか、梅さん達が年の離れた妹のように思えて可愛くて仕方ない。

 

「……ちょっと累に持って帰ろうかな」

 

「それでクッキーが欲しければとでもやるの?」

 

「そうそう……って違うわよ!?」

 

「説得力皆無ね。変態」

 

「なんで?」

 

「「「鼻血」」」

 

「えっ、嘘ッ!?」

 

……比較的常識人のはずなんですけどね……なんであんなに病的に年下に執着するんでしょうか……。

 

「ん、美味しいですね。檸檬の香りがいいです」

 

「チーズ美味しい」

 

チーズケーキの檸檬の香りとチーズの濃厚な旨みは砂糖やミルクを入れていない紅茶と実に良く合う。

 

「珠世と鳴女はしょーとけーきを食べないの?」

 

「いえ、今から頂きますよ」

 

「じゃあ私が取ってあげるから感謝しなさいよ。後ね、朝日はお菓子持って帰らなくていいから。カワサキさんが子供鬼にもちゃんとケーキとかを配ってるからね」

 

ふふ、口は悪いですが、結構彼女は面倒見がいいですね。私に取り分けてくれたショートケーキを受け取り、彼女も成長していると思うと微笑ましいと思うのと同時に、いつか兄離れをして妓夫太郎さんを悲しませてしまいそうですね。私はそんなことを考えながら、甘さ控えめの生クリームによって純白に彩られたショートケーキを口に運ぶ。

 

「美味しい? まぁ、あたしが作った訳じゃないんだけど……」

 

「ふふ、でも梅さんが考えなかったら、こうしてお茶会は出来ませんでしたよ」

 

カワサキさんに負担をかけることになってしまいましたが、こうして楽しい時間を過ごす事が出来たのは梅さんのお陰ですというと、梅さんはそっぽを向いてしまう、特殊な幼年期を過ごした梅さんは人の好意に慣れていない。だけどそれでも、こうして皆の事を考えていると言うのは、少しずつ精神面も成長していると言う証だと思いますね。

 

「やっぱり茶会は楽しいわ。またやりたいわね」

 

お菓子と紅茶が無くなったことでお茶会は終わりを告げましたが、本当に楽しい半刻でした。

 

「うむ、またやろう。今度は饅頭がいいなあ」

 

「え、じゃあ私苺大福がいい!」

 

今終わったばかりなのにもう次の事を話している梅さん達。本当に楽しそうでまた誘ってくださいねと声を掛けて研究室に足を向ける。

 

「珠世様、気分転換が出来ましたか?」

 

「ええ、ありがとう愈史郎」

 

最初は茶会の誘いを断ろうと思ったのですが、愈史郎に行くべきだと言われて部屋を追い出されましたが、愈史郎の言う通り参加してよかったと思う。

 

「あまり研究続きでは良い成果も出ません。食事と息抜きも大事にしてください」

 

「はい、気をつけますね。愈史郎」

 

「そうしてください、俺は貴女に元気で過ごして欲しいですから」

 

穏やかに笑う愈史郎にありがとうと告げて、研究作業を再開する。鬼を人に戻す、鬼を弱体化させる薬。それはきっと今後必ず必要になる、早く、1日でも早く形にして天津によって作られる悲劇の連鎖を断ち切ってみせる。私はそう心に誓い、薬の研究を再開する。そしてこの日の研究は茶会のお陰か、今までの作業よりも遥かに集中して行う事が出来たのだった……。

 

 

無限城ひそひそ噂話

 

「え?また茶会をやりたいからお菓子?んー作ってやりたいのは山々だけどなあ……俺もそう暇じゃ無いし……いやいや、そんな泣きそうな顔をするなよ。んっーお、そうだそうだ、ほれ、これやるよ」

 

「なにこれ?本?」

 

「そ、お菓子のレシピ本。俺の前に使っていた厨房、それを使えるようにしておくから。その本を見て自分達で作ってみるのはどうだ?梅はパンケーキは上手く焼けるだろ?だから色々と試してみるといい」

 

自分で作るという発想が無かった梅だが、こうしてレシピ本をもらえれば出来るかもしれないという考えが頭の中に浮かんだ。

 

「ありがとう!頑張ってみる!」

 

レシピ本を胸の中に抱えて走っていく梅を見送り、カワサキは再び夕食の準備を再開するのだった。

 

「自分達で菓子か……」

 

「え、何それ面白そう」

 

「厨使って良いの?じゃあ私もやるー」

 

「あの、私もいいですか?」

 

そして梅がカワサキから貰った菓子のレシピ本があるならと梅は無限城にいるほとんどの女鬼を抱きこみ、お菓子作りを始めるのだが、

まさかレシピ本1冊でそんなことになるなんてカワサキは夢にも思っていないのだった。

 

「あの私は」

 

「「「「お前は帰れ、台所クラッシャー」」」

 

「……はい」

 

縁壱も仲間入りしたかったが、カワサキでさえも匙を投げた縁壱を仲間に入れようと言う猛者はおらず、最後まで言い切る事無く追い返されていた。

 

「何か平和だ」

 

「詳しくは知らんが、何かやっているそうだぞ?」

 

「そうか。襲われないと言うのは良いなあ」

 

「病み過ぎだろ。大丈夫か?」

 

「いかんな、雨だ」

 

「……何か貰って来てやるよ」

 

そしてメンタルブレイクした縁壱は暫くの間巌勝を追い回す事を止め、巌勝は少ない平穏を心から楽しんでいるのだった……。

 

 

 

メニュー8 オムライスへ続く

 

 

 




今回は「黒狼@紅蓮団」様と「猫の宅急便」様のリクエストで茶会とショートケーキでお送りしました。無限城での茶会は今後定期的にイベントとして組み入れて行こうと思います。次回は子供鬼と零余子でお送りしたいと思います。そして次回のひそひそ話には意外な原作キャラも1人出したいですね。それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

メニュー8 オムライス

メニュー8 オムライス

 

無惨を初めとした大人の……鬼? とりあえず大人の鬼としよう。大人の鬼はとにかく好みが細かい、まぁそれは良いんだが、ハンバーグとかを好まない者が非常に多い。肉に対する拘りが非常に強烈だ。

 

無惨は牛肉を好むが豚肉は余り好きではない、鶏肉は牛肉ほどではないがそれなりに食べてくれる。

 

巌勝は鶏肉を好むが、無惨同様豚肉は余り好きではない、牛肉は文句を言わない程度に食べる。

 

狛治は豚肉を好むが、牛肉はさほど好きではない、鶏肉は豚肉ほどではないが、それなりに好んで食べる。

 

女性の鬼は全体的に鶏肉を好み、豚肉や牛肉はほどほどと言う感じだ、梅は牛肉大好きだけどな……。

 

無論そこに料理の仕方や工程で更に好みが別れるが、まぁ大体そんな傾向がある。しかしそれらの法則に当て嵌まらない鬼もいる。

 

「あ、カワサキさん、今日のお昼はオムライスでお願いします」

 

「子供達が頑張って収穫をするからな」

 

「あいよー」

 

響凱と零余子がキッチンに顔を出してから子供の鬼を引き連れて畑に歩いていく。

 

「がんばるー」

 

「野菜もとってくるねー」

 

「いってきまーす♪」

 

それぞれが小さなスコップを手に歩いていく子供の鬼。響凱と零余子の引率している姿を見ていると、保育園の先生に見えなくも無い。

 

「いや、案外間違いじゃないか?」

 

響凱は本の読み聞かせと自分で紙芝居を作ったりと子供の鬼に人気者だし、零余子も面倒見が良いのでお姉ちゃんと慕われている。

 

「なるほど、天職か」

 

きっとあの2人は子供に関係する仕事に付くのが天職だったんだなと思い、昼食の準備を始める。

 

「さてとオムライスか……」

 

となるとやはりふわふわ卵のオムライスだろう。そうとなればやはりソースはデミグラスソースが一番だ、後は零余子はチーズが好きなのでチーズのソースもいいかもしれないなと考えながら、材料を並べていく。

 

「ま、何十回、何百回と作ったから失敗はありえないな」

 

デミグラスソースは洋食の基本と言っても良い。そして作るレシピも店の数ほどあると言っても過言ではないし、簡単に作れる物から、時間の掛かる物まで、その幅は非常に広い。

 

「今回は子供向けで良いだろう」

 

本格的なものだと赤ワインとかも使う。そうなると子供にはあんまり美味しいとは感じられない筈だ、だから即席のデミグラスソースにする。繊維にそって玉葱を薄切りにして小皿に取り分け、フライパンで小麦粉を狐色になるまで炒めたら、玉葱と同様小皿に取り分けておく。

 

「よっと」

 

小麦粉を炒めたフライパンにバターを入れて、玉葱を炒める。弱火でしっかりと炒め、玉葱に色が付いてくたっとしてきたら乾煎りした小麦粉を加えて小麦粉の粉っぽさが無くなりペースト状になるまで炒める。

 

「ケチャップ、ソース、牛乳、隠し味にしょうゆと蜂蜜、それとコンソメっと」

 

本当なら赤ワインだが、子供向けと言う事で蜂蜜を隠し味に加え、コンソメスープでペーストと調味料を伸ばして煮詰める。

 

「うし、OKOK」

 

ソースにトロミが付いたらデミグラスソースはOKだ。

 

「もう準備を始めるか」

 

どれくらい収穫するかは判らないが、人数は10人を越えている。少し早い気もするが、最悪保存を掛けてしまえば良いと思い俺はデミグラスソースを仕上げてすぐオムライスの準備を始める事にした。

 

「シンプルに行くかな」

 

オムライスにはグリンピースやマッシュルームも入れるが、食べるのは子供がメインだ。だからシンプルに玉葱と鶏肉だけにしようと思う。玉葱はみじん切り、鶏肉は子供でも食べやすいように細かく切り分ける。

 

「……」

 

バチバチとフライパンの焼ける音がする。べちゃべちゃなチキンライスではオムライスの旨みは半減すると言っても良いだろう、強火でフライパンをしっかりと焼く、その温度は目ではなく、耳で聞き分ける。

 

「ここ」

 

最も温まったと判断したタイミングでサラダ油を入れ、玉葱と鶏肉を炒める。鶏肉に色が付いたらたっぷりのケチャップをいれ、塩、胡椒で味を調える。ケチャップの水気がある程度飛んだら米を入れて強火のまま一気に炒める。米をケチャップの赤で染め上げるイメージで混ぜ合わせ、米が綺麗に赤色に染まったら火の上からフライパンを降ろし、深皿に綺麗に楕円形になるように盛り付けたら保存を掛けて温度を維持する。

 

「さてと次だ」

 

オムライスの主役はやはり半熟の卵だ。これが失敗すると目も当てられないと個人的に思っている。

 

「ほっと」

 

ボウルに卵を3つ割り入れ、牛乳と混ぜ合わせる。ここでは下味をつけないのがポイントだ、本格的に作るならチキンコンソメや塩胡椒で味を調えるが、あまり味を付けすぎると子供には不評なのでシンプルに仕上げる事を徹底する。卵液を仕上げたらフライパンにバターを入れて加熱して溶かす。

 

「うし、完璧」

 

バターが溶けたら卵液を流し込んですぐにかき混ぜる。そして卵が半熟になったら火から降ろしてゴムベラで楕円形になるように形を整え、チキンライスの上に乗せる。

 

「……よっし」

 

包丁で楕円形の卵の真ん中を開くと半熟卵が溢れ出す。我ながら完璧な仕上がりだと頷きながら切り開いた卵をチキンライスの縁に入れるように形を整える。

 

「どんどん行くか」

 

まだまだ作らないといけないので俺はすぐに次の卵を焼くべく、卵液の入ったボウルに手を伸ばすのだった……。

 

 

 

 

 

野菜や果物の栽培や収穫は戦う事ができない子供の鬼や女の鬼の仕事だ。基本的に無限城で賄える物は無限城で賄う。そうでもないものは無惨様が外貨を稼いでそれで買い揃えるが、人数が人数なので間に合わない事も多々ある。そうなれば自分達で栽培するのが一番確実となるのは当然だった。

 

「おいしー♪」

 

「頑張ったから美味しいッ!」

 

「はむっ!!」

 

そして収穫等を終えた後の食事は豪華な物になる。これも1つの決まり事だった、カワサキさんの料理は何時でも美味しいけれど収穫の後のものは更に美味しいし、なによりも自分達が育てた野菜で料理もしてくれるので、物を育てるという実感も子供達に教える事が出来る。

 

「この茶色いの美味しい! でもカレーじゃないね?」

 

「それはデミグラスソース……洋食で使われる基本のソース」

 

「基本?」

 

「一番の下地と言うことだ」

 

響凱の説明に頸を傾げている子供の鬼。子供に説明するには難しすぎるだろうに……もっと噛み砕いてシンプルに教えてあげないといけない。

 

「色んな野菜や調味料を使って作るソースなんだよ、半熟卵に良く絡んで美味しいでしょう?」

 

「うん、美味しいー」

 

「むふう♪」

 

カワサキさんのオムライスは子供に大人気だ。大人には不評の料理の多くは子供には大人気である、ハンバーグとか、チキンライスとか、オムライスとか、それに甘いもの全般はとにかく子供に人気だ。

 

「零余子お姉ちゃんのは白いね?」

 

「なんで白いのー?」

 

「ふふ、これはチーズのソースなのよ、チーズ食べられる子はいるかしら?」

 

チーズと聞いてむうっと顔を顰める子が大半を占めた。チーズの香りが苦手と言う子は案外多くて、でも私はチーズが好きだからチーズのソースにしてもらっているのだ。

 

(んんー美味しい)

 

卵の濃厚な旨みにチーズの旨みが交わればこれは最早最強だ。白いチーズのソースにチキンライスの赤が混じっていくのも色合いが綺麗だと思う。

 

「おいしいね」

 

「うん、凄く美味しいわ」

 

鬼になった事で昔の事は私もあまり思い出せなくなってしまった。鬼になっても、記憶がしっかりと残る者とそうではない者に分かれるらしい、私はどうも後者で、響凱は前者だった。ぼんやりと覚えているのは大事な物があったというそれだけ……。

 

「1口あげるー」

 

「あー! 私も私も!」

 

「お姉ちゃん! あーんあーんッ!!」

 

私がじっと見つめているのを見て私も食べたいと思ったのか、あーんあーんっといいながら匙を向けてくる子供達に笑みが零れる。

 

「ふふ、ありがとう」

 

忘れてしまった大事な物……きっとそれは弟や妹だったのだと思う。私は妹も弟も守れなかった駄目なお姉ちゃんだけど……それでも自分の出来る事はやりたい、守れなかった子の分も守ってあげたいと思うのだ。

 

「美味しい?」

 

「うん。凄く美味しい。ありがとう」

 

はにかんで笑う子供達の頭を撫でる。お腹だけではなく、心も満たされる。それは何よりも嬉しいけど、それと同時に悲しくも思った。私が失ってしまった弟と妹にもこの味を教えてあげたかったと心から思うのだった……。

 

「零余子は大変だね」

 

「うむ、だがあの子は皆のお姉ちゃんだ」

 

累がデミグラスソースのオムライスを食べながら響凱に声を掛ける。朝日と違い、子供の鬼に囲まれている零余子は困ったような顔をしているが、それでも嬉しそうな顔をしていた。

 

「累こそ、寂しいか?」

 

「ううん、そうでもないかな。友達が増えたしね」

 

最近子供の鬼の保護が増えているので子供鬼の筆頭である累は友達が増えたと喜んでいる。

 

「今度野球をやるんだ」

 

「また城を壊さないようにな」

 

「……あれはちょっと頑張りすぎただけ」

 

鬼の力で野球なんてやれば大惨事になるのは目に見えていた、だけどカワサキがGOサインを出して、そして無惨の前で正座をして説教されていたのを思い出し響凱が苦笑しながら言うと累は顔を背けた。

 

「ご馳走様。さてと、小生は仕事に戻るかな」

 

「また絵本?」

 

「紙芝居だ。また見においで」

 

「うん、判った」

 

口の周りをデミグラスソースでべたべたにした累の頭を撫でて響凱は食堂を後にする。

 

「お昼寝の時は僕!」

 

「やだあ! 私!!」

 

「はいはい、喧嘩しない。それと今は先にご飯にしようね?」

 

「「「はーい」」」

 

零余子の言葉に元気よく返事を返す子供達を見て、響凱は笑う。子供達の笑顔が増えるのにつれて零余子も明るくなった。最初に連れて来られた時のような死人の顔色ではなく、生きている、そう判る姿に響凱は良かったと呟くのだった。

 

 

 

 

無限城ひそひそ噂話

 

無限城で保護されている子供の鬼。その大半は鬼になった事で記憶が曖昧になっている、その為面倒を見てくれる大人には酷く懐いているのだが……1人だけ例外がいる。

 

「なんで私だけぇ」

 

年下の少女、少年に病的に反応する朝日だ。優しいが、その目に邪な何かを感じるのか子供の鬼からの評価は下も下、遭遇したらまず逃げ出されるという点で朝日の評価は決まっているといっても過言ではないだろう。

 

「黙れ変態、私とてお前を連れて行くのは極めて不快だ」

 

「酷くない!? しかも私乙女だよ」

 

「乙女は子供の半裸を見て鼻血と涎を流さない」

 

子供の鬼を抱きかかえようとしていた変態2の足を巌勝が掴んで引きずりながら事実を叩きつける。

 

「兄上……それは?」

 

「無惨がつれてゆけというので連れて行く」

 

「私だけで大丈夫ですよ?」

 

「私がお前と2人きり等恐ろしくて出来るか」

 

何時襲い掛かってくるか判らない相手と2人きりなんて冗談ではない、せめて後1人増援と言って変態を付けられたのも不快ではあるが、縁壱と2人きりよりかは遥かにましと思うべきだろう……。

 

「ヒャッハー! 新鮮なショタの匂いがするぜええッ!!!」

 

「止まれ! おい馬鹿ッ!! 止まれと言っているだろう!!! この変態ッ!!!! 縁壱追う……」

 

鳴女の血鬼術で山の中に移動と同時に朝日が山の中に消えていき、巌勝が振り返ると縁壱は縁壱で自分の身体を抱いてびくんびくんしていたので巌勝の目から光が消えた。

 

「人選間違ってるッ!!!」

 

無惨の明らかな人選ミスに巌勝は涙した、しかし朝日の変態行動を止めない訳には行かないと飛び掛ってきた鬼の頸を一閃の元に跳ね飛ばし、朝日の消えた方向に向かうとそこには……!

 

「ぷぎゅうううッ!!!」

 

「ふぎいっ! ひぎいっ! 死ぬ! 殺されるッ!! 猪にころさ……ふぎゃあッ!!」

 

まだ幼い少年を背中に乗せた猪が朝日を何度も何度も、踏み殺してやると言わんばかりに執拗に踏んでいる光景に巌勝は空を仰いだ。

 

何故自分ばかりこんな目に合うのか、そして朝日が意識を失うまで踏みつけた猪がギロリと睨む、ただの畜生と侮るなかれ、その威圧感は巌勝であったとしても後ずさりするほどの気迫を放っていた。それは子を守る親の気迫……まがりなりにも親だったからこそわかる。この猪にとって背負っている子供は自分の子供なのだ。

 

「お前の子は弱っているように見える」

 

「グルルル」

 

流行り病か、その背中に背負っている子供の顔色は悪く、呼吸も浅い。

 

「そのままでは死ぬ、お前とお前の子に害をなさんことを誓おう。私にお前の子を救わせてくれ」

 

「……」

 

暫く見詰め合う猪と巌勝。そして猪が纏っていた敵意は消え、朝日をもう一度4本足でしっかりと踏みつけてから巌勝の後ろに付いた。その態度は案内しろと言わんばかりで巌勝はその姿に苦笑しながら、朝日の足を掴んで引きずりながら猪と猪が背負った子供を連れて縁壱の元へ戻るのだった……。

 

 

 

メニュー9 お粥へ続く

 

 




次回はまだショタなぁ伊之助と生きてる母猪のターンです。後は万世極楽教の話も交えて行こうと思います、そして今回は「まどぼー」様と「tzk7600」様のリクエストで「オムライス」と「零余子」さんでお送りしました。それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

メニュー9 お粥

メニュー9 お粥

 

巌勝が連れて帰って来た猪と5~7歳と思われる何らかの病を患っている童の容態を確認しながら珠世は冷や汗をかいていた。

 

(……流石にこんな状況での診察は初めてです)

 

診察室に響く猪の静かな呼吸。だがその目は敵意を露にしていて、この童に被害を加えればその牙は自分を容易く貫くと判っていた。

 

「……あの馬鹿のせいですね」

 

「ええ、あのお馬鹿さんのせいですね」

 

愈史郎と意見が完全に合致した。おそらく幼児に倒錯的な愛を抱く朝日が何かしてこの猪が敵意を抱いてしまったと判断した。

 

「か……あ……ちゃ……ん」

 

被っていた猪の頭部を外して、額の汗を拭っていると、ベッドに寝ている童が魘されながら母を呼ぶ。その事に私は正直驚いた。

 

(……しかし、この子供は……ある程度人間と交流があったのですね)

 

猪に育てられたという事は言葉に触れる機会なんて殆ど無いだろう。ある一定年齢までに言葉に触れなければ、言葉を習得する難易度は爆発的に高まる。普通猪に育てられたと言う事を考えれば、この童は唸り声くらいしか上げれないはずなのに母を呼んだ。つまりある程度は人に触れていることになる。

 

(……少し調べてみる必要があるかもしれませんね)

 

巌勝さんに何処の山に行っていたのかを聞く必要がある。もしかすると隠れ住んでいる呼吸の継承者……医者とその鬼に追われている「日の呼吸」「月の呼吸」の継承者のどちらか、もしくはその両方の可能性がある。

 

「珠世さん、愈史郎。その子供の調子は……うん?」

 

「あれえ? この顔どこかで……?」

 

子供の容態を聞きに来たカワサキさんと童磨がベッドの上の子供を見て首を傾げた。

 

「知り合いなのか?」

 

「ふごッ!!!」

 

愈史郎の問いかけに猪が怒りの鳴き声を上げる。それにカワサキさんはびくっと身体を竦めた。

 

「いや、怖いな……うーん、でもこの顔……どっかで見たことがあるぞ?」

 

「カワサキさんも? 実は俺もなんだ」

 

「お2人の知り合いの子供なのですか?」

 

カワサキさんと童磨の知り合い……その共通点は何処にも無いはず。それなのにお2人が見た事がある……その共通点は何処にあるのか……カワサキさんと童磨の2人が首を傾げ、腕を組んで唸っていると2人がああっと同時に叫んだ。

 

「「琴葉だッ!!」」

 

「琴葉さんですか? 万世極楽教のですか?」

 

言われて見ると万世極楽教の琴葉さんに似ているかもしれない、何回か診察したから覚えていましたが確かに、この童は琴葉さんに良く似ている。

 

「伊之助だよ! ちょっと待って! 琴葉呼んで来るッ!!」

 

童磨が背を向けて医務室を出て行く、その姿を見送りカワサキさんにどういうことですか?と尋ねる。

 

「伊之助って言う子供が琴葉には居たんだが、医者の鬼に襲われてな。童磨が助ける前に伊之助と逸れたらしい。それを童磨はずっと探していた」

 

カワサキさんはそう言うと布団を捲り、童の下半身を覆っているおくるみを広げた。そこには「嘴平伊之助」の名前が縫い付けられているのだった……。

 

 

 

万世極楽教の厨房の巨大な鍋の前で鼻歌を歌いながら女性が調理をしている。

 

「生米を油で炒めて、香りが出てきたら鶏の出汁汁と水を注いでっと」

 

メモを手に呟きながら楽しそうに料理をする女性……「嘴平琴葉」は童磨がいない時の万世極楽教の最高責任者だった。

 

「こ、琴葉さま! それは私達が」

 

「良いの良いの、今日はすごくいい夢を見たのよ。だからお料理したくなっちゃって」

 

私を止めに来た信者に良いのよと返事を返して、鍋の中に塩を加えて味を調えながら丁寧に掻き雑ぜる。

 

「しかし……」

 

「良いの。きっと童磨様も私らしいって言うわ、それに今日は沢山作らないと! 鬼殺隊の方もいるんでしょう?」

 

「それはそうですが」

 

「駄目よ。全てに等しくなんだからね?」

 

鬼に襲われた村人を助け、食事を配るのが万世極楽教だ。そこに鬼殺隊が関わってきても、それは変わらない。

 

「でも教祖様や、黒死牟様を追う奴らなんて」

 

「しょうがないわ、あの人達も話をしようとしないからね。やっぱり話し合うことは大事なのにね」

 

鬼だけど、鬼じゃない。童磨様や無惨さん達も鬼殺隊からすれば鬼だ、追うのは判る。だけどその前に話し合わないといけないってどうして判らないのかしらねと言いながら、仕上げの溶き卵を加えているとべべんっと琵琶の音が響いて空中に障子が浮かんだ。

 

「琴葉ぁッ! いたあッ!」

 

「あらあら、童磨様。まだ朝早いのですよ?」

 

転がり落ちるように出てきた童磨様に朝はお静かにと言っていると童磨様は私の両手を掴んだ。

 

「伊之助ッ! 伊之助が居たんだ!! ちょっと弱ってるけど、間違いないよ!!」

 

「え? ほ、本当ですか!?」

 

川へ落とす事で逃がした自分の息子。それが見つかったと興奮した面持ちで言う童磨様に私は目を見開いた。

 

「そうだよ! それお粥? それ持って行くよッ! 早く早くッ!!」

 

「は、はいッ!」

 

椀にお粥を入れて童磨様に手を引かれ、私は障子の奥……童磨様達が住まう無限城に足を踏み入れた。

 

「ふぎゅる」

 

「……こんにちわ」

 

「ぷぎッ!」

 

珠世さんの部屋に連れて行かれると巨大な猪がベッドの前にうつ伏せになっていた。こんにちわと頭を下げると着物の匂いを嗅がれた。

 

「ふぎー」

 

「貴女が護ってくれたの?」

 

「ぷぎっ!!」

 

「そう、ありがとう。優しいわね」

 

ベッドの前に伏せていたのはきっと伊之助を護ってくれていたのだ。いや、それよりももっと前から、私達が探している時からずっとこの猪は伊之助を護ってくれたのだ。ありがとうと感謝の言葉を口にしてその頭を撫でて、寝所のそばの椅子に腰掛ける。

 

「伊之助……伊之助……」

 

お腹を痛めて大事な大事な1人息子がそこには目を閉じて眠っていた。その姿を見ると自然に涙が零れた。

 

「んん……お、お前……」

 

私がベッドに座ると伊之助が身体を起し、私を見て目を見開いた。

 

「か、母ちゃん?」

 

「ええ、ええ! そうよ」

 

「……ほんとに?」

 

「ええ、今までごめんなさい。でもやっと会えた」

 

大きく見開かれた目からぼろぼろと涙が零れ落ちた、きっと私も泣いていたと思う。

 

「待って、行かないで!」

 

「……」

 

声も無く部屋を出て行こうとした猪を呼び止め、寝所から降りようとする伊之助を抱き上げる。

 

「母ちゃん、母ちゃん、行かないで」

 

「ぷぎゅう……」

 

「母ちゃんだけど、母ちゃん」

 

私と猪を交互に見る伊之助……ああ、そうか、伊之助にとってはこの猪も母親なんだ。

 

「母親が2人でも良いと思うのッ!」

 

「ぷぎ?」

 

「良いじゃない、お母さんが2人ッ! 1人じゃなきゃ駄目って事はないわ!」

 

私はぼんやりしているし、その分猪さんが厳しくしてくれたらきっと伊之助は強い子になると思う。

 

「ふご」

 

「あれ? 呆れてる?」

 

呆れたような鳴き声をあげる猪さんだったけど、私達の足元に戻って来てくれた。

 

「母ちゃん」

 

「うん」

 

「母ちゃん」

 

「ぷぎいッ!」

 

私と猪さんが返事を返すと伊之助は歯を出してにっこりと笑ってくれた。

 

「これね、お粥なんだけど食べれる?」

 

「くうッ! はらへった!」

 

あーっと口を開く伊之助の口に覚ましたお粥を入れてあげる。

 

「うまいッ! もっとくれ!」

 

あーっあーっと口を開く伊之助の口に何度も冷ましたお粥を入れてあげる。結構量があったのに伊之助はぺろりと平らげる。

 

「んー母ちゃん」

 

「ぷぎゅう」

 

寝所ではなく、丸くなった猪の懐で丸くなる伊之助の頭を撫でる。

 

「猪さんも何か食べる?」

 

「ぷぎ」

 

「ふふ、じゃあ何か貰ってくるね」

 

猪さんに伊之助を頼んで珠世さんの部屋を出ると、別の部屋で珠世さんが何かを書いていた。

 

「どうでした?」

 

「はい! 猪さんと一緒に伊之助を育てます」

 

「……そうですか。頑張ってください」

 

何か遠い目をしていた珠世さんだけど、どうしたんだろうと思いながら私は猪さんの餌を貰う為に果樹園に足を向けるのだった……。

 

 

 

 

伊之助はそれから凄まじい回復力で回復し、今では母猪と共に子供の鬼と一緒に無限城の中を駆け回っていた。

 

「がははははッ! ちょとつもうしん! ちょとつもうしんッ!!」

 

「「「ちょとつもうしんっ!」」」

 

猪突猛進と叫びながら駆け回る伊之助と子供の鬼達。その勢いは凄まじく、1度伊之助を捕えようとした朝日を弾き飛ばし、全員で踏みつけるという方法で変態を撃退していた。

 

「凄く元気そうだな」

 

「うん、俺も安心したよ。でもちょっと驚いたよ、琴葉の選択に」

 

茶を童磨と飲みながら確かに驚いたなあと口を揃えた。琴葉はなんと猪に自分の息子を預けることを選んだ、万世極楽教の仕事であちこちを転々とする以上伊之助とずっと居る事が出来ないから、そして伊之助が猪に懐いているからだ。

 

「カワサキ! あられくれッ!」

 

「「「あられー!!」」」

 

「はいはいっと、仲良く分けて食べな」

 

こぶんどもーいくぞーっと行って駆けて行く伊之助。毎日無限城にいるわけではなく、基本的に母猪の山で暮らし、1週間に2、3日無限城で遊んでまた山に帰っていく。伊之助はそんな暮らしを気に入っている様子だ。

 

「そう言えば、伊之助が住んでいる山に黒死牟殿の子孫が居たんだろ? それはどうなったの?」

 

「あー……うん。縁壱2号が生まれそうかな?」

 

「何があったのかな?」

 

「うん、継国の血は業が深いみたいだな。うん……」

 

巌勝の目が死んでいたのでもうそれはあまり触れてあげない方が良いと思う。ただ、自分の子孫の時透の家の双子の弟がなんかやばいとしか聞いてないけど、多分深入りしない方がいい。

 

「……カワサキ……私は……もう駄目かもしれない」

 

「なんだ。急にどうした!?」

 

食堂に倒れこんできた巌勝は死んだ目で天井を仰ぎ見た。

 

「……縁壱が日の呼吸を伝えた家も時透の家の近くに在ったのだが……そこの長女が……やばい」

 

「「語彙力を失ってる!?」」

 

「私は……責任を取らないといけないかも……しれない」

 

2つの家に爆弾を撒いて来た縁壱の兄として、自害しなければならないと言い出した巌勝にカワサキと童磨は必死にメンタルケアを行う中。縁壱はと言うと……。

 

「大事な者は奪われてはいけない、絶対に自分の傍においておかないといけないのだ」

 

「うん、私ね。お兄ちゃん大好き!」

 

「ぼ、僕も!」

 

幼い少女と少年の言葉に縁壱はにんまりと満足そうに笑い、少年の方に自分がサキュバスに転生したのと同じ魔道書を渡した。

 

「どうしても自分に悩んだ時それを使うといい、きっとお前の道を明るく照らしてくれることだろう」

 

「はい!」

 

「私は?」

 

「大丈夫、お前はそのままでな。兄を大事にな」

 

「「はーいッ!!」」

 

2人に背を向けて歩き出す縁壱の笑みは邪悪な色に染まっているのだった。弟・妹属性の2人に戦国クレイジー縁壱と言う劇物が混じった時……とんでもない化学変化を起す、その種は確かに撒かれてしまっていたのだった……。

 

大正クレイジーブラコン禰豆子ちゃんのフラグ1が立ちました。

 

大正クレイジーブラコンむいちゃん君のフラグ1が立ちました。

 

 

 

 

 

 

無限城ひそひそ噂話

 

伊之助が無限城、山で暮らし始めて10数年後のある日。伊之助はどこで見つけてきたのか、日輪刀を2本持ち雄叫びを上げていた。

 

「「「鬼殺隊に入る!?」」」

 

「そうだあ! 俺様は鬼殺隊になって中から変えてやる! 良い鬼だっているんだってなあ! そして子分達が外で遊べるようにする!」

 

「「「親分! 伊之助親分!! がんばえーッ!!!」」」

 

「頑張るぜ! 待ってろ子分共ッ!! がっははっはあーッ! 猪突猛進!! 猪突猛進ッ!!!!」

 

猪の被り物、上半身裸、下半身は隊服と腰蓑姿の伊之助は障子の外へ飛び出していった。

 

「誰だ、伊之助に鬼殺隊を教えたのは?」

 

「いや、俺じゃないよ?」

 

「俺でも無いです」

 

どこで伊之助が鬼殺隊を知ったのかは不明だった。だが強くなりたいと言う伊之助に黒死牟こと巌勝達は惜しげもなく技術を教え、そして母琴葉から優しさを教えられ、強さと優しさを兼ね備えた伊之助は無限城の優しい鬼を受け入れられるようにすると、最終選別へと旅立っていった。

 

「伊之助が強く優しい子に育ってくれましたね」

 

「ぷぎっ!」

 

「ありがとうございます、貴女のお陰です」

 

「ふぎいーッ!!」

 

どうしようと顔を曇らせる巌勝達の後ろで琴葉と母猪は満足そうに伊之助を見送った。強く、優しい子に育った伊之助ならば、きっと何かを変えてくれるとそう信じていた。

 

「がはははっーーーッ!!! 行くぜ行くぜ行くぜーーーッ!!」

 

そして伊之助は走る、最終選別が行われる藤襲山まで迷う事無く走り続けるのだった……。

 

 

 

 

ふんわり系最強おかん 嘴平琴葉

 

童磨には食い殺されなかったが、医者の鬼の万世極楽教襲撃事件の折、信者を逃がし終えた後に一番最後に脱出したが、鬼に発見され、苦渋の決断で伊之助を川の中に落として逃がした。その後1人で必死に逃げ回り、あわやと言う所で童磨によって救われ、伊之助を探すが、見つけることが出来ず。それ以降ずっと伊之助を探していた、やや天然と言うかかなりの天然気質だが、芯は強く万世極楽教のNO.2としての地位を確立し、童磨のいない間の最高責任者になっている。伊之助と再会後は1週間に2~3回の伊之助と過ごし日々を大切にし、伊之助を守り育ててくれた母猪とは種族を超えた友情を育んだストロングお母さん。ふんわりぽやぽやしているが、母は強しを地で行っており、無限城の鬼にも慕われている。なおある程度料理は出来るがレシピを口で読み上げながら調理しないとダークマターを生成してしまう。

 

 

無限城のセコム 母猪

 

伊之助を拾い育てた母猪。言葉は勿論話せないが、その知性は非常に高く人語を理解している節がある。伊之助や子供鬼を乗せて走り回っており、子供鬼達にも好かれている。既に猪としての寿命を越える年数を生きているが、それはユグドラシルのアイテムで延命しており、それに伴い鬼を倒す能力も有した無限城保有戦力及び子守の達人(?)猪として今では無限城の中の山で暮らしている。なお、変態絶対許さない猪で朝日をその牙で何度も突き刺し、体当たりで弾き飛ばし子供鬼を護っている。子供鬼のセコムであり、変態の天敵。

 

 

 

真の強者を目指す者 嘴平伊之助

 

巌勝によって保護され、流行り病を患っている所を珠世に救われ、母琴葉とも再会した。無限城の住人が鬼だと知っているが、優しく接してくれたこともあり鬼=悪と言う認識は持っておらず、鬼でも良い奴は良い奴と考えている。母琴葉から優しさを、母猪と巌勝達から強さを教えられ、真の強者とは強さと優しさを兼ね備える者と知り、強さと優しさを持つ強者を目指し、そして鬼殺隊の認識を変える為に旅立った。子供鬼達の親分であり、意外と面倒見も良い為子供鬼達の人気者。巌勝達は伊之助を鬼に関わらせるつもりは無かった為、体術や間合いの計り方等は教えたが、全集中の呼吸などは教えていない。だが伊之助は巌勝の鍛錬を見て、全集中の呼吸を見よう見真似で習得し、獣の呼吸を開眼した。なお体術や間合いの計り方は教えられたが完全に習得しておらず、我流体術として昇華されている。最終選別に合格した後は原作通り炭治郎達と出会い行動を共にすることになり、山の中で一晩過ごす折に炭治郎達を無限城へと案内している。

 

 

 

メニュー10 ビーフシチューへ続く

 

 

 




次回は下弦のサイコパスこと「魘夢」にピントを合わせて書いて行こうと思います。無限城の外で活動している鬼がどんな風に動いているのかって言うのを書いてみようと思いまして、洋食だから洋装してた魘夢だなっていう感じですね。それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

メニュー10 ビーフシチュー

メニュー10 ビーフシチュー

 

大正時代には珍しい西洋風の屋敷――その門の所で洋装の青年と屋敷の主だと思わしき恰幅の良い紳士が笑みを浮かべながら話を続ける。

 

「ありがとうございます。今回もとても助かりました」

 

「いえいえ、私達共々貴方達には救われております。またいつでも尋ねてきて下さい、大したお持て成しも出来ませんが……噂は集めておきます」

 

紳士の言葉に青年の姿をした鬼……「魘夢」は柔らかく笑みを浮かべてよろしくお願いしますと告げて紳士の前から歩き去る。

 

「今回も中々に収穫だったね。あの男は便利だよ、本当に」

 

口では道具のように語る魘夢だが、その口調と目は優しい。雰囲気と言動で誤解されがちだが、魘夢は決して悪人ではない。むしろ悪人ならば、鬼になっていたとしても無限城に招かれる事は無いのだから。

 

「……このままあの子の所にもいってみるかな」

 

直接戦闘力を持たない鬼は人化の術を施され情報収集や、噂を集めている。その噂の中には医者の鬼の目撃情報もあれば、鬼殺隊の事もある。それらを集める事が魘夢を初めとした直接戦えぬ鬼の戦場である。

 

(あまり無理をしないでくれるといいけどねえ)

 

あの屋敷の主である紳士もこれから向かう先もそうだが、医者の鬼に襲われている所を助けた事で秘密裏に無惨達に協力してくれている者達だ。それは医者の鬼、そして鬼殺隊の両方に目を付けられるかもしれないそんな危険な仕事だ。決して無理をせず、人間なのだから命を大事に行動して欲しいと思う。

 

「あ、民尾さん。こんにちわ」

 

「やあ、幸子。元気そうだね」

 

「はいッ!」

 

着物姿の三つ編みの少女に声を掛ける魘夢はそのまま少女の家に足を踏み入れる。

 

「まぁ、民尾さんじゃないか、よく来てくれたね」

 

「元気そうで何よりです。何か最近話は聞けましたか?」

 

縁側でお茶を飲みながら幸子の父と他愛も無い世間話をしながら、鬼の事を尋ねる。

 

「山を2つほど越えた街に剣術を教える若い青年が駐留しているらしい、若い男を連れて町を転々としているらしいが……昼間はとんと姿を見せないらしい」

 

「……なるほど、ありがとうございます」

 

剣術を教える若い青年……上弦の参の可能性がある。

 

(これは久しぶりに当たりだね)

 

猗窩座こと狛治の師匠達を殺した鬼は今では上弦にまで上り詰めている。無論情報を吟味する必要はあるが、敵討ちを考えている狛治には必要な情報だろう。

 

「後は……またぎが行方不明になっている山があるとか……」

 

「詳しい場所は?」

 

「いやあ、それはすまんが判らない。行商の途中だったからな、ただここからそう遠くは無い、青年がいると言う村から近い山中だと思う」

 

幸子の父は行商であり、街や村を渡り歩いているから情報を多数得ることが出来る。

 

「判りました。ありがとうございます、これを」

 

「やや、すまないね。助かるよ」

 

情報のお礼にと珠世の作った鬼避けのお守りを渡して魘夢はその家を後にする。

 

「さて次だ次」

 

情報を集めるには歩き回る事。人化で人間になっていたとしても普通の人間よりは遥かに頑丈だ、魘夢は額に汗を浮かべながら山の中に足を踏み入れ山中の村を目指して歩き出すのだった。

 

「……御苦労だった」

 

「いえいえ、貴方様達のお役に立てることが私の喜びです」

 

一ヶ月情報収集を続けて無限城に帰還した魘夢は無惨からお褒めの言葉を貰えて上機嫌だった。

 

「これをくれてやる、また励めよ」

 

「おおお……ありがとうございますッ!」

 

投げ渡された1枚のチケット。カワサキへの料理の依頼券を手に、るんるん気分で魘夢は無惨の部屋を後にした。

 

「鳴女、黒死牟達を集めろ。作戦会議だ、下手をすれば今日中に動く事になる」

 

「……判りました」

 

情報収集班で最も優秀な魘夢が集めた情報の中に無惨は見逃せない物を見ていた。

 

鋭利な剣による斬殺死体……ばらばらに切り刻まれているが手と足だけが無い遺体。

 

外傷は無いが泡を噴いて亡くなっている変死体。その胴体にあるべき臓器が無く胴体だけがぺしゃんこになっている男女問わぬ死体。

 

「心鬼、腕鬼の目撃情報だ、ここで仕留める」

 

心鬼は毒殺し、心臓や肺と言った臓器だけを好んで食べる。そうすると胴体だけがぺしゃんこになった奇妙な遺体が残る。そしてその奇妙さから祟りと恐れられ、そして自ら作り出した仮想の妖怪の事を嬉々として語り、その村の住人がパニックになるのを見て笑う悪魔。

 

腕鬼は惨たらしく斬殺し、剣を扱うのに重要な手と足だけを食べる。剣士の少ない今は自ら指導し一定のレベルになれば最終試験と称し弟子を斬殺して喰らう悪鬼。

 

「鬼殺隊と会うかもしれませぬが」

 

「構わん、ここで必ず殺せ。最悪暫く動き回れぬようにしろ」

 

鬼を増やす事が出来る医者の鬼の中でも殺しを楽しみ、鬼を増やさない鬼だがその残虐性は他の鬼と比べても群を抜いている。それを見つける事が出来たこの機会を見逃すつもりは無惨は無く、ここで仕留めるもしくは暫く活動出来ないようにするべく作戦会議を始めるのだった……。

 

 

 

 

厨房で調理をしていると珍しい顔が姿を見せた。

 

「お帰り魘夢。お疲れ様」

 

「疲れたなんてとんでもない、お役に立てて私は幸せです」

 

うっとりとした表情の魘夢。悪い奴じゃないんだけど……ちょっとこいつも変わり者だよなと思っていると机の上にチケットが置かれる、

 

「無惨様からいただきました。それでお願いがあるのです、美味しいビーフシチューが食べたいのです」

 

ビーフシチュー……か、魘夢は洋食が好きだがビーフシチューを食べたいと聞いたのは初めてかもしれない。オムレツやパスタはよくあったけど……これはまた珍しい頼みだな。

 

「情報収集している間に食事に誘われたんですけど……美味しい洋食って聞いて食べたビーフシチューが……」

 

「不味かったのか」

 

言い難そうにしている魘夢にそう尋ねると小さく頷いた。この時代ではまだ洋食は発展途中だ……普通の人なら美味しいと感じるかもしれないけど、魘夢達は舌が肥えているからなあ……美味しくは感じなかったんだろう。

 

「作る事は構わないけど……すぐには無理だぞ?」

 

「そうなんですか?」

 

「うん、ビーフシチューは煮込み時間が必要だからなあ……早くても明日の夜になるぞ? それでもいいか?」

 

ビーフシチューなんて滅多に作らないから仕込んでないし、今から準備しても固くて夜には食べれないと言うと魘夢はそうですかと少しだけ肩を落とした。

 

「では楽しみに待ってますね!」

 

だけどそれも少しの間で楽しみに待っていると言う魘夢を見送り、夕食の準備と平行してビーフシチューの仕込を始める。

 

(どんなのを食べたんだろうか……)

 

あの死んだ顔を見てどんなに不味かったんだろうかと想像する。考えられるのは、中途半端なフォンで獣くさいビーフシチューだけど……。

 

(よし、決めた)

 

玉葱をくし切りにして、じゃがいも、にんじんは皮を剥いて豪快に半分に切る。牛肉は頬肉ではなく、やや固めだが旨みの強い腿肉を選んで、1口サイズに手早く切り分ける。

 

「あれ? 今日はカレー?」

 

「うんや、累。これは魘夢のリクエスト」

 

「りく? 「ああ、あいつが食べたいって言う物を作ってるのさ。夕飯は今日はそうだなあ……ムニエルでもしようか」

 

「鮭の?」

 

「鮭のだよ、肉もいいな。嫌か?」

 

「ううん、食べる。お水ちょうだい」

 

空の水筒を差し出してくる累。それを受け取り水を補充してやると累はにぱっと笑う。

 

「猪と遊んでるのか?」

 

「皆で遊んでる。そりで滑るの楽しいよ」

 

ああ、前に玉壷に作らせたそりか、あれで山の斜面を下っているのだと理解して怪我をしないようになーと言って累を見送る。

 

「バターを多めに入れてっと」

 

たっぷりのバターで牛腿肉を炒め。腿肉の色が変わったら玉葱、にんじんを加えて玉葱がしんなりするまで炒める。

 

「……酒大丈夫だよな。うん、多分大丈夫」

 

あいつが鬼になったのはいつか忘れたけど多分大丈夫だろうと思い赤ワインと水を加えて強火で煮詰める。煮る事で浮かんできた灰汁を掬い取り、灰汁が出なくなったら作り置きしているデミグラスソースとトマトソース、そしてじゃがいもを加えて軽く混ぜ合わせて弱火に変える。

 

「良し、後はじっくり煮込めば良いだろう」

 

目安は牛肉がほろほろになるまで煮込む、後はステーキとサラダ。それとパンで良いかなと魘夢のリクエストの内容に沿うように考えながら、ビーフシチューを煮込みながら夕食の鮭と豚肉のムニエルの下拵えをはじめることにするのだった……。

 

 

 

朝食、昼食をしっかりと楽しみながらも僕は夕食のビーフシチューを心待ちにしていた。美味しいと聞いていたのに、獣臭く、正直期待外れのビーフシチューは酷く不味かったが、カワサキ様のビーフシチューなら絶対に美味しいと確信している。

 

「♪♪」

 

鼻歌を歌いながら卸したてのスーツに袖を通し、いつもはネクタイはしないが緩く蝶ネクタイをして髪を整える。

 

「良し、これで良い」

 

無惨様の食事の部屋を使う許可が出ているのでしっかりと正装し、下品にならないように香り水を振るって僕は無惨様の食事部屋に足を向けた。

 

「待ってたぞ、注文通りのビーフシチューの準備は出来てるよ。舌に合えばいいけどな」

 

「ありがとうございます、これを楽しみにしていたんですよ」

 

椅子に腰掛けると楽しみにしていたビーフシチューだけではなく、生魚を使ったサラダに厚切りのビフテキまで用意されていた。

 

「ありがとうございます、ああ。やっぱりカワサキ様の洋食が一番ですね」

 

盛り付けも素晴らしく今から食べるのが勿体無く思う。

 

「喜んで貰えて何よりだ、これからも頑張ってくれよ」

 

そう笑って部屋を出て行くカワサキ様、きっと無惨様達の夕食の準備に向かったのだろうと思い自分で赤ワインのコルクを開けてグラスに注いだ。

 

「良い香りだ」

 

カワサキ様が用意してくれる物は高級レストランと呼ばれる店のものより遥かに質がいい。赤ワインの香りを楽しみながら口に含む、葡萄の酸味と甘み、そして豊潤なアルコールの味わいに溜め息が零れる。

 

「いただきます」

 

手を合わせてフォークを手に取り鮭のサラダ……カルパッチョと呼ばれるそれに視線を向けた。

 

(やはり美しい)

 

緋色の魚の切り身の下には玉葱と葉野菜が盛り付けられ、玉葱も赤玉葱と普通の玉葱で色の変化を齎している。

 

「……美味しい」

 

酸味の中に辛味が混じった独特のタレは脂の強い鮭の切り身にも負けていない。むしろその辛味と酸味が鮭の旨みを際立たせている。

 

「これはどうなっているんですかね」

 

生の玉葱は辛いはずなのに甘みが強い、これはどういう風になっているのか不思議で仕方ない。口直しのオリーブをつけた物のぽりぽりとした食感と酸味もまた面白い。

 

「ああ、やはり美味しい」

 

洋食を習得していると鼻を伸ばしている料理人に1度でもいいからカワサキ様の料理を食べてみろと言いたい、これこそが真の洋食なのだと思い知らせてやりたい。

 

「んふふふ」

 

赤ワインをグラスに注ぎなおし、厚切りのビーフステーキを切り分ける。中がほんのり桃色の鬼も楽しめる最高の焼き加減のそれを食べやすい大きさに切り口に運ぶ。

 

「ほう……」

 

肉の大きさからは想像も出来ないほどに柔らかいその魔性の味わいに大きく溜め息を吐いて、ワインを口にする。

 

「これがあるから頑張ろうと思えるのですね」

 

この褒賞があるから多少難しくてもやり遂げようと言う意思が沸いてくる。決して多くは無いそれを惜しむように……と言うよりかは実際に惜しみながらも手を休める事無く口に運ぶ。美味なる物はやる気を齎す、その中でもカワサキ様の食事はやはり群を抜いている。

 

「♪」

 

バターロールをナイフで切り分けビフテキを挟む。本来はビーフシチューのものだが、こうしてビフテキを挟んで食べるのも乙な物だ。

 

「んんー♪」

 

ふんわりと柔らかいそれは小麦の香りとバターの風味が良く効いていて、肉の旨みと脂を逃がす事無く吸い込み言葉にならない美味と幸福感を齎してくれる。

 

「さてさて……お待ちかねですね」

 

ごろごろと大きく切られた具材がたっぷりと沈んでいるビーフシチューを前に手を擦り合わせる。香りだけでも前のビーフシチューよりも遥かに素晴らしい、そして何よりも具材が大きいのが更に良い。

 

「美味い」

 

野菜の味がたっぷりと溶け出しているシチュー、野菜の旨みと風味、そして時々顔を見せる牛肉のパンチの効いた味わい……臭みも無く純粋に旨みだけが口の中に残る。ごろごろと大きい野菜を口に運ぶ食べ応えも勿論完璧だが、中にまでしっかりとシチューが染みている。

 

(やはりあれは不味かった)

 

具材の中にシチューがしみこんでいないし、野菜の中が固かった。絶品と言っていたが、もうあの馬鹿はきっと舌が死んでいるに違いない。

 

「柔らかい」

 

スプーンの腹で押して簡単に潰れるほどに煮込まれている牛肉は最初に焼いてあるからか、軽い噛み応えをまず与えてくれ、次の瞬間にはほろほろに解ける。

 

「……ふう」

 

口の中で解けた牛肉の脂とビーフシチューの風味豊かな味わいが口の中で1つになる。心から美味しいと思い、そして満足出来る味だ。野菜を優先的に食べ進め、シチューと牛肉だけを深皿に残す。

 

「一滴たりとも残しませんよ」

 

パンを小さく千切り、シチューの中に少しだけ沈める。パンの中のバターがシチューの中に溶け出した頃合でパンを持ち上げ口に運ぶ。

 

「素晴らしい」

 

良い小麦を使った柔らかいパンは風味も味も格段にいい、そしてそんなパンにシチューが染みこめば美味いのは当然だ。パンでシチューを綺麗に拭い、最後の最後まで美味しく食べ終えナプキンで口を拭う。

 

「これでまた明日から頑張れる」

 

医者の鬼や鬼殺隊に睨まれる危険性のある情報収集の任務だが、これがあるから止められない。

 

「お? もう終わったか? デザートにシャーベットを作ったけどいるか?」

 

「いただきます」

 

そして何よりも命を救ってくれた恩人に報いたいというのが、何よりも僕の励みになっているのだ。どれほど苦しく、大変であっても成し遂げるという意志を改めて誓うのだった……。

 

 

 

 

 

無限城 ひそひそ噂話

 

「そう言えばさ、猗窩座殿。黒死牟殿の悲鳴が聞こえないね」

 

「縁壱も空気は読むさ」

 

戦闘班の出撃前はぴりぴりとした空気に満ちていた。そんな中では縁壱も空気を呼んで、大人しくしている。そんな話をしていると琵琶の音と共に継国兄妹が姿を見せる。

 

「……」

 

「……」

 

並んで正座をして集中力を高めている継国兄妹に普段の雰囲気は無い。ここで何としても心鬼、腕鬼を殺すと言う意思が感じられる。

 

「それよりもだ。お前単独で大丈夫なのか」

 

「うん、相性的には俺の方が良い。心鬼は毒や空気を使う、俺の血鬼術は鬼の肺を攻撃するし、連携は組めないだろ?」

 

「……まぁ、そうだな。気をつけろよ」

 

「やったぜ! 初めて心配する言葉を投げかけてくれたね!」

 

「纏わり付くな、鬱陶しい」

 

「やだ、猗窩座殿つんでれ?」

 

童磨の言葉に猗窩座は深く深く溜め息を吐いて立ち上がり、短い呼吸と共に拳の素振りを始める。近距離戦に特化している猗窩座は身体を温めなければ、いざと言うときに動けなくなる。戦いに備えてこその行動だった。

 

「……童磨。最悪の場合……撤退を忘れるな」

 

「りょーかい、判ってるよ」

 

鬼同士の争いは基本的に不毛だが、医者の鬼は鬼を殺せる。勿論黒死牟達もそれは可能だが、恐れるのはそこではない。

 

「……身体を欠損するな」

 

「判っている。気をつける」

 

「うん、判ってるよ」

 

鬼の能力を吸収する能力を持つ医者の鬼に仮に3人が喰われたとしよう。そうなれば医者の鬼の中に適合した者がいれば「月の呼吸」や「氷の血鬼術」が広がることになる。それだけは何としても防がなければならない、身体の欠損だけはしないように4人は注意しあい出陣する準備を始める。

 

「医者の鬼は個にして群体だ。気をつけろ」

 

医者の鬼の厄介な点は医者を頂点とした、群体ということだ。鬼達が開眼した術は全て医者に集まり、そして医者が鬼に与える。そのことで能力の均一化を図っている。やっとの思いで倒したと思っても同じ能力の鬼が再び現れる可能性が極めて高いのだ。

 

「……そろそろ出立の時間です。童磨、貴方の赴く街には鬼殺隊の柱が居る。どうかお気をつけて」

 

「ありがと琵琶の君! でも大丈夫さ! 俺にはカワサキ様の作ってくれたカレーライスがあるからね!」

 

「「「正気か?」」」

 

カレーライスを持って戦場に向かうと言う童磨に正気かと言うが、童磨は手を振り障子の中に消えていった。

 

「あいつは馬鹿か?」

 

「いや……あの平常心がいいのかも……しれぬ」

 

緊張しすぎず、また恐れすぎず。あくまで普段通りに行動する、それが生きて帰るという思いに繋がる……巌勝は前向きにそう受けとる事にした。

 

「! 巌勝殿。時透の家の近くに医者の鬼を発見しました」

 

「……判った、私が行こう……縁壱……お前は「いえ、私が参りましょう。兄上」……判った。猗窩座、行くぞ」

 

「ああ」

 

時透の家には縁壱が向かい、猗窩座と黒死牟は腕鬼の元へ向かう事となった。

 

「どうかお気をつけて」

 

鳴女の見送りの言葉と同時に3人も姿を消す、だが鳴女は張り詰めた気配を緩めない、最悪の場合すぐにでも黒死牟達を回収出来るように意識を高め、4人の存在を常に把握し続ける。大正時代での初の医者の鬼と無惨の鬼の大きな戦いの幕が開かれようとしていた……。

 

 

メニュー11 カレーライスとシチューへ続く

 

 




ひそひそはシリアスな感じで終わりましたが、次の話ではその話はありません、鬼滅バージョンの飯を食えは戦闘シーンはあまり使わず、食事シーンをメインにしようと思うので、少しだけは触れようと思いますがガッツりとした戦闘シーンは無しで行きたいと思います。その変わり次回は鬼殺隊のキャラを出して行こうと思っております、時系列がおかしかったしたら教えていただけると非常にありがたいです。それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

メニュー11 カレーライスとシチュー

メニュー11 カレーライスとシチュー

 

大正時代では珍しい洋食……ライスカレーを出す店で1人の美女が沈鬱そうな表情でライスカレーを口に運んでいた。それを見たその美女に良く似た顔付きの少女……妹である「胡蝶しのぶ」はナプキンで口を拭いてから声を掛けた。

 

「どうしたの姉さん。姉さんがライスカレーを食べたいって言ったのよ? だから快方祝いで高級な店に来たのに……美味しくない?」

 

「う、ううん。凄く美味しいわ」

 

野菜が溶けるまで煮込まれたルーと塊の鶏肉。そして少し辛めのルーは米に非常に良く合っている。間違いなく、この店の料理人の腕はピカイチだ。だけど美女……カナエにはそこまで美味しいと感じることが出来ないのだった。

 

「またあの鬼の事を考えているの?」

 

「……しのぶ、うん。そうね、私はまたあの鬼の事を考えているわ」

 

個室だからこそ鬼の事を切り出してきたしのぶに私は小さく頷いて、スプーンを机の上に置いた。

 

「私は信じられないけど……本当に言ったの? 裏切り者の鬼って」

 

「ええ、間違いないわ」

 

私は1ヶ月前の満月の夜の事を思い出していた。毒を操り、人の心臓や肺だけを食べる鬼に襲われ、私もあわやと言う所にその鬼は現れた。血を被ったような白橡色の髪と、虹色の瞳をした柔らかい笑みを浮かべた鬼だった。

 

『大丈夫かい? 間に合って良かった』

 

その鬼は心配そうに私を見つめて間に合って良かったと笑った。

 

『おやおやおやあ? 裏切り者の鬼ではありませんかあ? こんな所で何をしているのですか?』

 

『裏切り者って言うけどさあ? 俺達って別に裏切ってる訳でもなんでもない、お前達に大事な人達を殺されて、報復する為に鬼になったんだぜ? 俺は違うけどさ、元々そっちの鬼の頭領なんて会った事も見たこともない、それなのに裏切り者っておかしくない?』

 

全身に走る痛みと息苦しさを感じながら、鬼の会話に耳を傾ける。

 

『鬼になったのだから全ては無惨様『黙れよ、無惨様の名を騙って、自分の名前を名乗る事も出来ない腰抜けの部下』ああッ!? てめえ天津様に……ッ!』

 

『やっぱり腰抜けの部下は間抜けだねぇ? 聞こえたかな? 鬼の頭領は無惨様じゃないんだよ?』

 

幼子に語りかけるような口調の鬼の言葉に頷く、全ての鬼は自分達の頭領は無惨と言う鬼だといっていた。私達もそう信じていたけど、お館様は違うといっていた……それが初めて鬼の口から語られた。この情報は何としても持ち帰らなくてはならない

 

(お館様の言う通りだった……)

 

鬼を倒し人を救う鬼の一派がいる、その言葉に私は鬼だって人間と仲良く出来ると思った。今までは人間を守る鬼に出会った事はなかったけれど、今初めて出会うことが出来た。これは柱の中でも初めての事だと思う。

 

『人間を食らっていない鬼が私に勝てるとでも?』

 

『勝てるさ。戦いは相性だよ』

 

鬼が笑うと氷で出来た女性の像が異形の鬼へと迫る。

 

(口と鼻を塞いでね?)

 

小声で聞こえた声に羽織で口と鼻を押さえた瞬間。異形の鬼の苦悶の声が街の中に響いた。

 

『ぎゃあああ! 目がぁ! 目がアアッ!!!』

 

『ははははははッ! カワサキ様特性スパイスの威力思い知ったか、そして喰らえッ! 激辛カレーッ!!』

 

笑いながら鬼が異形の口の中に竹筒を押し込むと異形の鬼は激しく咳き込み、血反吐を吐きながら溶けるように消えていった。

 

『あちゃあ、仕留めそこなったか……怒られるかなあ』

 

頭をぽりぽりと掻きながらその鬼は私の顔の近くにしゃがみ込み、私に素早く応急処置をすると何かの薬剤を混ぜた水を私の口に含ませた。それは甘くて、身体の中に染み渡っていくような気がした。

 

『これ、後で温めて食べてね。そうすればきっと治る、これは特別な物だからね』

 

そして最後に竹筒を私の顔の横に置いて鬼はゆっくりと立ち上がった。

 

「……あな……たは?」

 

『俺? 俺はんー止めとく、本当はあんまり鬼殺隊に関わっちゃいけないんだ。だけど、助けたかったからしょうがないよね』

 

にこにこと鬼が笑うと空中に障子が現れ、その鬼を迎え入れるようにゆっくりと開いた。

 

「……人を……食べな……いの?」

 

『食べないよ、俺達はね。じゃあね、出来たら無惨様が鬼の頭領じゃないって伝えてくれると嬉しいな』

 

そう笑うと鬼は障子の中に消えていき、私の意識は闇の中に沈んだのだった……。

 

「確かにお館様も言ってたけど……」

 

「しのぶも会えばきっと判るわ、良い鬼も居るのよ」

 

しのぶと隠によって保護された私は大事そうに竹筒を抱えていた。そして意識が戻った時にそれを温めて食べたのだがそれは甘く、身体の中から私を温めてくれた。そして全集中の呼吸・常中こそ失ったが、それでも全集中の呼吸を使える程度に身体は回復したのだ。

 

「あのライスカレー、すっごく美味しかったの」

 

「……私食べて無いから判らないわ」

 

「食べてみてって勧めたじゃない」

 

野菜がごろごろと入っていて、甘くて味わい深いルーはとっても美味しかった。またあの味を食べたいと思ってライスカレーの店を食べ歩いているけれど、あの味にはまだめぐり合っていない。

 

(これも美味しいんだけどなあ)

 

複数の香辛料の風味と溶けた野菜の甘み。すこしピリッとしているがその辛味がまた食欲を誘う。

 

鶏肉も大きいが、実に柔らかく煮られていて、スプーンで押し潰すだけで潰れてカレーと混ぜて食べると実に美味しい。

 

そして後から軽く煮られた野菜も加えられていて、歯応えで楽しませてくれる。

 

(だけどこうじゃなかった)

 

あの鬼が残していったカレーはもっと味わい深くて、甘くて、そしてもっと美味しかったと思うとその美味しさも舌の上を滑っていくような気がした。

 

「ご馳走様、行きましょう。しのぶ」

 

「うん」

 

あんまり美味しくはなかったけれど、ライスカレーを食べ終えその店を後にする。その時、藤の家とはまた違う家紋を掲げた神輿がその店を訪れた。

 

「万世極楽教だわ、姉さん」

 

しのぶが驚いたような顔で呟く、万世極楽教は鬼の襲撃があった集落などに訪れお粥などを配る慈善的な宗教だ。かと言う私も何回かお世話になっている。あの宗教の人物もこんな所に来るのねと思いながら、私はしのぶと共にその場を後にした。

 

「ここのカレーが美味しいらしいんだ。カワサキ様」

 

「……別に食べに来るのは良いんだけどさあ。神輿はやりすぎだろ?」

 

「良いじゃないか! 特別って感じがするだろ! ささ、行こう行こう」

 

しかし後ほんの少し、この店にいれば童磨とカナエとしのぶが鉢合わせていたのだが……なんの運命のいたずらか、童磨と胡蝶姉妹が出会うことは無いのだった……。

 

 

 

 

 

僕と兄さんは神様を知っている。異形の化け物に襲われたときに助けてくれた6つ目の侍。最初は化け物の仲間と怯えた……だが、その顔を見たときに大丈夫だと思ったのだ。

 

『……時透……そうか、そうか……生きながらえていたか』

 

感慨深そうに何度も何度も頷き、異形の侍……黒死牟さんは僕達を家まで連れて帰ってくれた。息災でと去ろうとした黒死牟さんだったが、父さんが呼び止めた。

 

『もしや、継国巌勝様では……?』

 

『……』

 

足を止めて黙り込んだ、それが何よりも証だった。父さんが何度も何度も昔話として語ってくれた、この国に巣食う悪鬼を倒す為に、人の身を捨てたお侍様の話、そして僕達の先祖だと言う人の存在を僕も兄さんもよく知っていた。

 

『……また……来る』

 

『はい、お待ちしております』

 

長い間黙り込んだ黒死牟さん……いや、巌勝さんは観念したようにそう呟き、それから何回か家を訪ねてきてくれた。

 

『兄は尊い、何よりも愛するべき者だ』

 

『僕も兄さんが大好きです』

 

『そうかそうか、お前は見所がある』

 

縁壱さんと言う巌勝さんの妹……昔は男だったらしいけど、今は女性にも良くして貰った。たまに尋ねて来る巌勝さん達に会うことを父さんも母さんも、そして兄さんも楽しみにしていた。だけど母さんが病で倒れ、嵐の中父さんが薬草を取りに行くと言った時……僕と兄さんは必死で止めた、だけど父さんの意志は固く、このままでは父さんも母さんも死んでしまうと思った時に巌勝さんが尋ねて来てくれたのは本当に良かったと思っている、父さんを止め、そしてある人を連れてきてくれた。

 

「よっしゃあ! 出来たぁッ!!」

 

黄色くてなんか柔らかそうな姿をしているけど、声が野太いその人物?はカワサキと名乗った。

 

「さ、これを飲ませてやって欲しい。大丈夫、毒じゃないから」

 

白く濁った汁に野菜が浮かんでいるのを見て正直こんなの食べたら母さんが死ぬんじゃないかと全員が思った。

 

「大丈夫だ、カワサキの飯はうまい、そして人を癒す。お前達の母は助かる」

 

巌勝さんに大丈夫だと言われ、その汁を匙で掬ってよく冷ましてから母さんの口に父さんが運ぶ。

 

「ああ……美味しい、凄く美味しいわ」

 

凄く美味しいと笑う母さんの姿に僕も兄さんも安堵すると、お腹がぐぐうっとなった。そう言えば母さんが心配で朝も昼も禄に食べてなかった事を思い出した。

 

「良かったら、食べるか?」

 

にこにこと笑うカワサキさんから差し出された白い汁……しちゅーとか言う外つ国の料理を受け取る。本当に真っ白だ……だけど凄く良い匂いがする。

 

「ふーふー」

 

「あち、ふーふー」

 

息を良く吹きかけてしちゅーを口に運んだ。

 

「「美味しい!」」

 

「そっか、それは良かった」

 

兄さんと同時に美味しいと言うとカワサキさんは本当に嬉しそうに微笑んだ。白い汁で怖いと思ったのに一口食べると、もう匙は止まらなかった。

 

「野菜も柔らかくて美味しい」

 

「にんじんが臭くない!」

 

にんじん特有の臭さがなくて凄く甘いことに驚いた。

 

玉葱も凄く甘くて、玉葱が甘いものなんだと言う事を初めて知った。

 

鶏肉も普段食べている鶏肉よりももっと柔らかくて、そして味が濃かった。

 

そのどれもが見知った食材なのに、全然違う味と食感に驚き、その美味しさにどんどん食べ進めていると……。

 

「あちちち」

 

「無一郎、ゆっくり食べろよ」

 

美味しくて凄い勢いで食べていると芋が凄く熱くて舌を火傷してしまい、兄さんから差し出された水を受け取って舌をその中で冷やす。

 

「うむ、美味い。洋食はあんまり好きではないが、これは美味い」

 

「シチューはたっぷりの野菜と鶏で出汁を取って、牛乳も入れてるから栄養面もバッチリだ」

 

牛乳!? 温かい牛乳と知り僕も兄さんも驚いた、だけどこれは全然乳臭くないし、凄く飲みやすい。

 

「私もいただいていいですか?」

 

「勿論、どうぞ」

 

母さんにしちゅーを食べさせ終わった父さんもしちゅーを飲んで驚いたように目を見開いた。

 

「凄く美味しいね」

 

「美味しい! こんなの初めて」

 

「洋食って凄いんだなあ……」

 

今まで和食しか食べた事が無かったけどしちゅーは凄く美味しかった。そして母さんもこの日から快方に向かい始めた、母さんを助けてくれたカワサキさんと巌勝さんは僕の中では神様だと思った物だ。たまに尋ねて来てくれる巌勝さんとカワサキさん、2人が尋ねて来る日を毎日毎日楽しみにしながら父さんの手伝いをして樵をする。そんな日々がずっと続くと思っていた……。

 

「申し訳ありません、私は産屋敷あまねと申します。時透家の方でしょうか?」

 

だけどそれは白樺の妖精を思わせる女性の来訪をきっかけに崩れ始めた。

 

「「「「もう来ないッ!?」」」」

 

今日でこの家に来るのが最後になるという巌勝さんの言葉に父さんも母さんも声を荒げた、僕達が何かしてしまったのかとさえも思った。だけど事実は異なっていた。

 

「私は鬼になり、この日の本の国に巣食う鬼を追っている。だが産屋敷が率いる鬼殺隊からすれば鬼に変わりは無く追われる身だ。お前達の下に産屋敷の使いが来たと言うのならば、その者と行くのが良かろう」

 

「で、ですが……「我らは追われる身。鬼の協力者としてお前達が囚われる様な事になれば、私はそれに耐えられん」

 

僕達が始まりの剣士の子孫だと言う事を知っていても、何でその始まりの剣士が鬼となってまで人を救おうとしていることを知らないんだと産屋敷の人間にも、鬼殺隊にも怒りを覚えた。きっと兄さんも同じだろう、その眉を吊り上げて怒りの表情を浮かべている。

 

「息災でな。また会うこともあろう」

 

そう言って去ろうとする巌勝さんの着物の裾を兄さんも僕も同時に掴んでいた。

 

「どうした?」

 

「「……えて」」

 

「何をだ?」

 

「「剣を、戦う術を教えてッ!」」

 

産屋敷も鬼殺隊も間違っている。こんなにも優しい人達を殺そうとしている、そんな事を僕も兄さんも許せなかった。だから中から変えてやると、鬼にも良い存在が居るのだと教えてやるのだ。

 

「……巌勝様。2人の決意は固い様子、この子達はきっと意見を変えません」

 

「ご迷惑を掛けますが、どうかよろしくお願いします」

 

父さんと母さんの言葉に巌勝さんは深く深く溜め息を吐き、空を指差した。

 

「満月の夜に来る。その度に呼吸を、戦う術を教えてやろう」

 

「「はいッ!!」」

 

巌勝さんの言葉に僕も兄さんも元気よく返事を返した。巌勝さん達が鬼殺隊に追われないように、少しでも心穏やかに過ごす事が出来るように……そして本当に人に害を為している鬼を倒すのだと決意し、僕と兄さんは巌勝さんから戦う術を教わるのだった……。

 

 

 

 

無限城ひそひそ噂話

 

 

「童磨さん、貴方何かしました?」

 

「あにが?」

 

「飲み込んでから返事をしてください」

 

魘夢の言葉に口にしていたカレーを飲み込んだ童磨は何の話?と魘夢に問いかけた。

 

「鬼殺隊で貴方の外見的特徴を挙げて人探しをしているみたいなんです」

 

「……柱の子を助けたかなあ?」

 

「それだよ! この馬鹿ぁッ!!!」

 

情報収集している魘夢はここ最近童磨の事を探している鬼殺隊が多い理由を知り嘆いた。間違いなく童磨の事だ余計な事を喋り、その裏付けを取る為に鬼殺隊が動いているのだと悟った。

 

「あんまり出歩かないようにしてくださいね」

 

「えー」

 

「えーっじゃない!! 万世極楽教の事を知られたらどうするつもりだ!」

 

「……ふあーい」

 

魘夢の言葉に不機嫌そうに返事を返す童磨の後ろでは、縁壱が巌勝の前で正座していた。

 

「お前は何てことをしてくれた」

 

「……私は別に」

 

「無一郎に何を教えた?」

 

「てへ♪」

 

舌を出して誤魔化そうとした縁壱だが、顔が無表情なので誤魔化せる訳も無く巌勝の手にした竹刀が頭を捉えた……のだが。

 

「兄上に叩かれた……ふふ、ふふふふふ……」

 

「……」

 

兄上に叩かれたと頬を緩ませている縁壱に巌勝は心底ドン引きした顔をしていた。この変態……レベルが高すぎるッ!!

 

「巌勝が縁壱に勝ったか」

 

「何があったんだ?」

 

「……なんか自分の子孫の双子の弟が縁壱に毒されて……」

 

「毒されて?」

 

「双子の兄に凄いことをしようとしたらしい」

 

「……継国の血がおかしいのか?」

 

「どうだろうなあ……」

 

無一郎に体をまさぐられたと泣いた有一郎の言葉に巌勝はとんでもない事になったとと後悔した。最初はまだ大丈夫と思っていたのだが、つい先日様子を見に行けば有一郎の身体を押さえつけて頬を赤く染め上げている無一郎に巌勝は慌てて手刀を叩き込んだ。二人の記憶はそれで飛んでいたが、このままでは縁壱2号が生まれるッ!と危惧した巌勝は火事場の馬鹿力的なパワーで縁壱を叩き伏せ、説教をしていた。

 

「判りました、もう無一郎達には何もしません」

 

「……約束だぞ、もし破れば兄妹としての縁を切る」

 

「絶対に何もしません」

 

縁壱の何もしないという言葉を信じ、巌勝はこの話を打ち切った。だが縁壱は心の中であくどい笑みを浮かべていた。

 

(……ええ、有一郎と無一郎には何もしませんよ、兄上……)

 

もう1人将来有望な人物を見つけているからこそ、縁壱は巌勝の言葉を受け入れた。そして巌勝がその事に気付いた時は……もう何もかも手遅れになった時なのだった……。

 

 

メニュー12 レモンを使った料理

 

 

 




花柱生存+時透家の両親も生存ルート。鬼殺隊ルートも生存ルートではありますが、またこっちとは違う感じの生存ルートで書いて行こうと思います。それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

メニュー12 レモンを使った料理

メニュー12 レモンを使った料理

 

無限城である程度の自給自足をしているとは言え、通貨は必要である。そして無限城で最も金を稼いでいるのは貿易商である無惨なのだが……極稀にとんでもない物を持ち帰ってくることがある。

 

「お前これどうするんだよ……」

 

「オレンジの仲間と聞いたので買ってきたのだが?」

 

「いやあ、確かにみかん……柑橘類だけどさあ……」

 

「違う物なのか?」

 

「うん、全然違うもんだわ。こいつは……」

 

大量のレモンの山を見てカワサキは深く溜め息を吐いた。柑橘類の仲間ではあるが、オレンジのように甘みがある訳ではないと説明する。

 

「ほう? 私は騙されたと?」

 

「いや、そう言うわけじゃないと思うけど……お前俺の話しただろ?」

 

「したが?」

 

「それだよ、うーん……」

 

海外の料理が出来る男が日本にいると聞けば、日本では入手しにくいレモンなどを融通してくれたのだろう。香辛料の類も見ればアクアパッツアや、カルパッチョ、パスタに使うようなものが揃っている。

 

「まぁ良いか。ちょっと玉壷と狛治を借りる事になるぞ?」

 

「それは構わないが……食材は足りているだろう?」

 

「レモンをこれだけ使い切るには必要なのが足りないんだよ。ま、今日の夕飯を楽しみにしていてくれ」

カワサキは無惨にそう声を掛け、最後に今度何か買って来る時は先に教えてくれと言ってその場を後にするのだった……。

 

 

 

 

玉壷と狛治に新しく買い揃えてもらった食材と獲って来て貰った食材を見て、これならレモンを使った料理も十分に作れるだろうと俺は笑った。

 

「まぁ使い道が無いわけじゃないんだけどなあ……」

 

レモンはそのまま使うのはさすがに難しい、あくまでレモンは添え物に近い。レモンをメインに使うのは少々難しい物がある。メインとして大量に使うにはマーマーレードやデザートなどになる。メインディッシュ等に使うにはやはり食材の段階でレモンに合わせなければ難しい。

 

「まずは軽く前菜から行くか」

 

レモンを半分に切って大量の絞り汁を用意する。レモンの絞り汁を使ったオードブルとなれば、カルパッチョがやはり一般的だ。

 

「玉壷の腕は本当に良いなあ」

 

よくこの短時間で鯛を釣って来てくれたと思う。レモンに良く合うのは白身魚、特に真鯛が個人的に良く合うと思っている。前に鯛を狙って釣って来るのは難しいと言っていたが、それでも夜までによくこれだけ大降りの鯛を3匹も釣って来てくれたと正直感心する。

 

「玉葱とピーマン、パプリカっと」

 

ピーマンとパプリカはへたと種を取り除いて、玉葱と共に荒く微塵切りにする。玉葱は生のままでは辛味があるので水に晒し、レモンの半分は皮を剥いて横に薄切りにして4つに切り分ける。

 

「つっーすっぱッ!! これはかなり酸味が強いなあ……」

 

少し味見をしたが想像以上に酸味が強いので、果肉を入れるのは少しにしたほうが良いなと苦笑する。

 

「後はっと……」

 

鯛をさく切りにした後、3~4cm角にスライスしたら皿に盛り付けて塩胡椒で軽く下味を付けた後で冷やしておく。

 

「味が馴染んだら野菜を盛り付けて、レモン汁とオリーブオイルで仕上げだな」

 

後は玉壷が持って帰って来た牡蠣を生牡蠣と焼牡蠣にする時に同じ様にレモン汁を絞って出そうと思う。

 

「ズッキーニとピーマン、パプリカ」

 

ズッキーニはへたを取って縦4等分に切り分ける。ズッキーニは初めて無惨が持ち帰ったので、どんな反応が出るのか楽しみだと思いながら、ピーマンとパプリカも同様にへたと種を取って4等分に切る。

 

「レモンっと」

 

レモンを3個取り、1つと半分は丸々絞って絞り汁にし、残りは輪切りにする。

 

「無惨達はあんまり好きじゃないけどな」

 

今回は子供は殆ど食べられないメニューになるので、珠世さん達のことを考えて鶏腿肉の塊の皮目にフォークを刺して穴を開けて、塩・黒胡椒をたっぷりとすり込んだら、大きなトレーの中に入れて切り分けた野菜とレモンの絞り汁とオリーブオイルを混ぜた漬けタレを注ぎ込込んだら、カルパッチョと同様に冷やしておく。

 

「後は具合を見ながら焼き上げるだけだな」

 

味がしっかり染みこむまで5~6時間って所だから、夕食には丁度良い時間になるだろう。

 

「後は簡単に出来てボリュームたっぷりのメインで〆るか」

 

酒飲み連中だからデザートはまた今度にして、今回はとにかく酒と一緒に飲む前提で作ろうと思う。

 

「ふっふーん♪」

 

しめじはがくを切って手で裂く。パプリカはへたと種を取り除いて4等分に切って、にんにくの微塵切り、ブロッコリーはそのまま、玉壷が釣ってきた鯛はぶつ切りにしたら鍋の中に纏めて入れる。

 

「濃い目の昆布と鰹出汁」

 

わざと濃い目にした出汁を鍋の中に注いだら、オリーブオイル、白ワイン、レモンの絞り汁を加えたら蓋をしてコトコト煮るだけだ。

 

「これだけで驚くほど美味しいからな」

 

手間は殆ど加えていない雑なアクアパッツアだが、これが実に本格的に美味しいのだ。

 

「鶏肉だけだと文句を言うからな」

 

醤油、酒、みりん、レモン汁、砂糖、にんにくのすりおろしと玉葱のすりおろしを混ぜ合わせたタレを作って、本当なら牛カルビかロースでやるが、それだと食べ応えが無いとまた文句を言うのが見えている。

 

「まぁ、アレンジメニューってことで」

 

佐世保の名物だと昔本で見たレモンステーキ。それを豪快に牛腿肉でやろうと思う。

 

「さてと、後は部屋の準備だな」

 

焼く料理とかは鉄板のある広間で目の前で作ったほうが演出も良い、アクアパッツアを煮込んでいる間に部屋の準備をするかと思い、俺は厨房を後にするのだった。

 

 

 

 

今日は大広間で食事と聞いていたが、ワシは正直あんまり乗り気ではなかった。

 

(酒飲みは怖い……)

 

酒を飲み酔っ払った響凱殿や、巌勝殿に絡まれたらと思うと怖くて怖くて仕方ないが、大人の鬼は今日は全員こっちだとカワサキ殿に言われれば嫌でも来るしかない。

 

「半天狗か、こっちに来たらどうだ?」

 

「いえいえ、ワシは1人で十分」

 

既に広間では集まりが出来ていたが、巌勝殿と縁壱殿の席になど着けば何時飛び火するかもしれない。

 

狛治殿と恋雪殿の席に座り、馬に蹴られるのもごめんだ。

 

ましてや、鳴女や珠世の女の鬼のいる机に行くのも気が進まない。だからワシはいつも通り1人でぽつんと席に腰掛けることにした。

 

「今日は無惨が沢山レモンを持って帰って来たから、それを使って洋風のメニューを作ってみた。舌に合わなかったら、遠慮なく言ってくれて構わないからな」

 

そうは言うが、カワサキ殿にそんな事を言える物は誰もいないだろうと思っていると机の上に料理が並べられる。

 

「ほう、彩りが鮮やかだな」

 

「これは生の野菜ですね」

 

「生魚と生野菜なんて初めてだなあ、楽しみだよ」

 

彩りは確かに綺麗だとは思うが、生魚と生野菜を一緒に食べるなんて正直驚きを通り越して怖い。

 

「ん、んーんー? 美味いことは美味いが……」

 

「なんと言うかうーん……」

 

「普通ですね」

 

普段のカワサキ殿の食事となれば美味しいや美味いと言う声が飛び交うが、今回は全員が不思議そうにしている。

 

「西洋料理だから、あんまり口に合わないかな? それなら今度はこれだな」

 

「おお! 私が取ってきた牡蠣ですね?」

 

「ああ、大振りで凄くいい」

 

カワサキ殿が手馴れた手付きで牡蠣の殻を割って1人2個ずつ、生牡蠣を並べる。

 

「レモン汁か」

 

「そうだよ、お前が貰って来たんだからな?」

 

「ああ、判ってるよ」

 

無惨様が不機嫌そうに牡蠣にレモン汁を掛けて、殻を持ち上げて牡蠣を飲んだ。

 

「美味い。なんだ、ポン酢よりも美味い」

 

「牡蠣はレモンと良く合う。良いだろう?」

 

無惨様が美味しいと言ったのでワシも生牡蠣を口にした。ぷるんっとした独特の食感だ、2~3回噛むと自然にのどの中に落ちていくのだが、その間に口いっぱいにレモンの酸味と磯の香りが広がる。

 

「美味い、日本酒に良く合う」

 

「ささ、どうぞ。兄上」

 

上機嫌に笑う巌勝殿のとっくりに酒を注ぐ縁壱殿だが、その目が爛々と輝いているのは言わないほうがいいんだろうな。

 

「ポン酢が一番と思っておりましたが、レモンの絞り汁も良いですなあ」

 

「カワサキ様、この生牡蠣はもう少し頂いても?」

 

「いや、生牡蠣はあんまり多く食べないほうが良いからな。次はこれだ」

 

鉄板の上で蒸し焼きにされた殻付きの牡蠣の香りが部屋一杯に広がる。

 

「ほう、これは楽しめそうだな。カワサキ、日本酒を」

 

「はいはいっと、他には?」

 

日本酒は? と声を掛けられたので手を上げてワシも日本酒をグラスで受け取り、焼き牡蠣を頬張る。さっきよりも食感がしっかりとしていて、ぷりんっとした牡蠣特有の食感が強くなる。

 

「んー生でも美味しいですけど、これも凄く美味しいです」

 

「牡蠣は生でも、揚げても、焼いても美味いからな」

 

「このしっかりと火が通っているのに、とろりとした味が良いですね」

 

わいわいと楽しく食事をしているのを見ながら、1人でちびちびと日本酒を煽り、牡蠣とかるぱっちょとやらを口にする。

 

「ご馳走様」

 

「もう良いのか? 半天狗」

 

「ワシはそこまで食事は食えん。歳だからな、ありがとう。美味しかったよ」

 

満腹まで食べるという習慣はワシには無い。だから部屋に戻ろうと歩いていると背後から着物の裾を握られた。

 

「なんじゃ?」

 

「……おにぎり沢山作ったから食べない?」

 

「頑張ったよー」

 

きゃっきゃっとはしゃいでいる子供達。あんまり腹は空いていないが、無碍にするもの気が悪い。

 

「ああ、頂こうかな」

 

やたーと騒ぐ子供達を見ていると一際小さい子供がワシをじっと見つめている。

 

「じいちゃん、手を繋いでおくれよ」

 

「……やれやれ仕方ないのう……」

 

そうは言いつつも、巌勝殿達と一緒にいるよりは気が楽かと思い。ワシは子供達に囲まれながら自室ではなく、人化の術で人間になっている子供達の中に紛れていくのだった……。

 

「なんでいるの?」

 

「呼ばれてなぁ。邪魔者か?」

 

「いや、別に良いけど。ちょっとは手伝いをしてよ? 響凱達いないんだからさ」

 

「ああ、判ってるよ」

 

零余子に言われ、ワシはやれやれと肩を竦めて菜園の中に足を踏み入れるのだった……。

 

 

 

 

 

あくあぱっつあとか言う、塩の汁を飲んだが、なんと言うか深みが凄かった。

 

「美味い、しかしこれは日本酒には合わないな」

 

「あーですよねえ」

 

「そらそうだろ、白ワインが普通だ。白ワイン飲むか?」

 

白ワインの言葉に私は顔を顰めた。ワインと言うのは渋みが強く、あまり好ましくない。

 

「いらない、それなら赤ワインだ」

 

「牛肉を早く出せってか?」

 

「そうだ。何か問題でもあるのか?」

 

珠世達にはレモンの汁でつけた鳥を出したのだ。私にも当然あるだろうと問いかける。

 

「焼いてありますけど、酸味があって美味しいですね」

 

「うん、野菜もしゃきしゃきで美味しい」

 

「これうどんに乗せても美味しいのではないでしょうか?」

 

「「え?うどん?」」

 

……何か鳴女がとんでもない事を言っているが、まぁ人の好みはそれぞれだ。

 

「それで、どうなんだ? あるのか?」

 

「あるよ、今から用意する」

 

流石カワサキだ。私の好きなものをちゃんと理解している。

 

「牛肉? どんなのになるのかな?」

 

童磨が騒ぎ出したが、まぁ酒が回っているのだろう。

 

「こっくり……こっくり……」

 

「ああ、兄上はお疲れなのですね。寝所に運びますね」

 

「ん、んー」

 

縁壱が黒死牟をお持ち帰りしようとしている。ああ、長きに渡る継国兄妹戦も妹の勝利で終わりかと思ってみていると、カワサキが縁壱に声を掛けた。

 

「お前、寝てるのを襲ったら、俺も怒るぞ?」

 

「……はは、嫌だなあ。なにもしませんとも、ええ、なにもしませんよ」

 

するつもりだったのにカワサキに釘を刺されて、凄い白々しい事を言っているなと思った。肩を落として黒死牟を連れて行く縁壱を見送り、鉄板の上に視線を戻す。

 

「ほう、これは良い肉だな、まさしく肉って感じの肉だ」

 

「お前何言ってる?」

 

カワサキが若干呆れているが、これは本当に肉って感じの肉だ。鉄板の上で牛肉の塊を焼き、その上に玉葱とスライスしたレモンッ!?

 

「ここでもレモンを使うのか!?」

 

「使わないと減らないからな」

 

……絶対今後食材を買う時は事前にカワサキに適量を聞こうと私は心に誓った。

 

「そんなに不安そうな顔をするなよ。美味いから大丈夫だ」

 

「そうか?」

 

若干と言うかなり不安なんだがな……だがそれもカワサキがタレを注ぎ込むまでの話だった。タレの焦げる匂いが食欲をそそる。

 

「はい、レモンステーキの完成っと」

 

中がほんのりと赤い牛肉が私の皿の上の乗せられる。正直レモンまで乗っているので少し顰め面をしたが、それは口に運ぶまでの話だった。

 

「美味いッ!」

 

「だろ?」

 

普段の物よりも数段柔らかいように思える。それに牛肉の味はかなり濃いのだが、レモンの酸味が口の中をさっぱりとさせてくれている。

 

「うわあ、美味しいッ! レモンって上手に使うとこんなに美味しいんですね」

 

「確かにこれは美味い」

 

普段あんまり牛肉を食べない童磨達も美味いと喜んでいる。私が一番驚いたのは、鳴女達だ。

 

「あ、これなら食べられますね」

 

「ええ、さっぱりとして食べやすいのもあります」

 

「あんまり牛肉って感じがしないのも良いのかもしれないですね」

 

普段牛肉を食べない者も美味しいと喜んで食べている。レモンと言うのはカワサキが言うほど使いにくい食材ではないのだなと私は思った。

 

(やはり私は何も間違えていなかったなッ!)

 

カワサキには言わなかったが、私の選択は間違いではなかった。とそう思ったのだが、それから何かにつけて出てくるレモン料理に私はやっぱり食材等を買う時はカワサキに相談すると言う事を心に誓うのだった……。

 

 

 

無限城ひそひそ噂話

 

「あのさ、カワサキ様。何時まで怒ってるの?」

 

「べっつにー? 怒ってる訳じゃないよ」

 

普段様付けなんてしない梅だが、カワサキが怒っていると思い様付けでカワサキを呼んだが、カワサキは怒ってるわけじゃないと笑った。

 

「じゃあなんでこんなにレモンを?」

 

「これは普通に使わないと悪くなるからな、そもそもレモンってあんまり料理に使うのは難しいんだよ」

 

「これだけ作れてるのに?」

 

レモンを使ったデザートを見てこんなに作れるのに?と尋ねる梅。それにカワサキは肩を竦めた。

 

「レモンでメインの料理を作るのは難しいんだよ。酸味が強すぎるしな、そのまま食べるのも厳しいと来た。ほい出来たよ」

 

「あ、うん。ありがとうございます」

 

茶会用のデザートを受け取り、梅はカワサキの厨房を後にした。

 

「おう、梅え。1人で大丈夫か? 手伝うぜ」

 

「うん、ありがとうお兄ちゃん」

 

妓夫太郎にも手伝ってもらい茶会用の菓子を運ぶ梅。その道中で梅はポツリと呟いた。

 

「やっぱり、カワサキが一番強いの?」

 

「そらなあ、カワサキさんを怒らせると怖いぜえ。優しい人ほど怒ると怖いんだよ」

 

「そっか、そうだよね」

 

この日梅は1つ学んだ。いつもニコニコしているカワサキを怒らせると怖いよという事を心の底から学んだ。

 

「……レモンにもいい加減飽きた」

 

「うっぷ、でも俺を巻き込まないでくれますか?」

 

「……げふ……無惨様。俺も、もう無理ですよ」

 

「もう少し頑張ってくれ、私も頑張る」

 

レモン料理の津波に降参寸前の無惨達と、それを知ってニコニコしているカワサキの顔を思い出し、やっぱり怒ってたんじゃないかなあと思いながら梅は妓夫太郎と共に茶会の部屋に足を向けるのだった……。

 

 

メニュー13 いわしの南蛮漬け

 

 




今回の話は「野良犬ジョー様」の「牡蠣」と「九尾様」の「レモン料理」でお送りしました。牡蠣とレモンは良く合うので、生牡蠣と焼き牡蠣で作らせていただきました。次回は「黒狼@紅蓮団」様のリクエストで「いわしの南蛮漬け」でお送りしたいと思います。それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします。



それと今回は飯を食えシリーズで見たい料理のリクエストを受け付けたいと思います。

ただ今回はどのシリーズで、誰にと言うのは無しで料理名だけを受け付けたいと思います

基本的にリクエストの内容は全て採用で

「オーバーロード」
「鬼滅版」

のいずれかでの話になります。

募集期間は7月いっぱい受け付けるつもりのでお気軽にリクエストを活動報告に書いていただけると嬉しいです。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

メニュー13 いわしの南蛮漬け

メニュー13 いわしの南蛮漬け

 

今日は無惨達の姿は無限城にはなく、全員人化を施され沖合いの無人島にあった。

 

「はい、ではこのように、下の篭に餌を詰めて海の中へ落とします」

 

玉壷がサビキ仕掛けをつけた竿を海の中に沈め、竿を上下に動かすと海面に無数の魚が集まってくるのが見える。

 

「玉壷さん。引いてる! 引いてるよ」

 

「はっは、大丈夫ですよ。これは沢山仕掛けがついていますからね。1匹ずつ回収するのではなく、沢山ついたタイミングで……それッ!」

 

「「「おおおーッ!!」」」

 

鈴なりになって付いている15~20cmほどの魚に子供鬼達からの歓声が上がる。

 

「見事な物だな」

 

「お褒めに預かり光栄です。無惨様、して、このように魚が釣れます。良いですかな? この篭を餌のバケツの中に入れて海の中に沈める。それだけです、さー皆釣りを楽しみましょう」

 

「「「はーい!!」」」

 

玉壷は子供鬼に釣りを教える教師として忙しく動き回っているが、その顔は穏やかでとても楽しそうだ。

 

「お姉ちゃんもやろうよ?」

 

「ええー、良いよ。私は見てるから、頑張っておいで」

 

「うむ。小生達はここで見ていよう」

 

普段子供達の面倒を見ている零余子達はパラソルの下で子供鬼達が楽しそうにはしゃいでいるのを見て、楽しそうに笑っていた。自分達は釣りをしていないが、楽しそうにしている子供達を見ているだけで子供好きの2人は楽しいようだ。

 

「……うむ。悪くない」

 

「……そうだな」

 

変態な妹に悩まされている巌勝と日丸は並んで釣り糸を海に垂らし、右へ流れていくウキをぼんやりと見つめている。

 

「……ほわあああッ!!! なんかやばいッ! 助けて!」

 

「恋雪さん。危ないですから、お手を」

 

「狛治さん。はい、ありがとうございます」

 

「やだ!? 俺無視されてる!? わああーーッ!?」

 

童磨が海の中に引きずり込まれていくのを狛治と恋雪はガン無視で、海に出掛けて来た事を心から楽しんでいた。そしてその背後で童磨は岩場から海の中へ頭から飛び込んでいた。

 

「……おお、見つけたぜぇ」

 

「やった! これ前に食べた貝だよね!」

 

「おおそうだあ。でもあんまり獲りすぎると玉壷に怒られるから程々にしようなあ?」

 

「はーい」

 

謝花兄妹は岩場で貝などを集めながら膝までだけ海に入っている。おそろいの麦藁帽子が仲良し兄妹と言う感じを全面的にアピールしていた。

 

「とっとと……」

 

「おおおおッ!?」

 

「珠世様も鳴女も落ち着いて、大丈夫です。ゆっくりと竿を上げましょう」

 

愈史郎は珠世が日焼けしないように日傘などを用意しながら、釣り糸を垂れている2人に助言を口にし、飲み物などの準備をしているが、彼は彼なりに海を楽しんでいるようだ。

 

「んで、なんで、お前はそこにいるんだ?」

 

「いえ、押して駄目なら引いてみろというらしいので、1回距離を取ってみようかなと」

 

「そうかー? まあどっちでも良いけどさ、ほい。釣り竿」

 

「ありがとうございます」

 

そして珍しく縁壱はカワサキと共に行動しており、大物釣り用の釣り竿を並んで構え沖に向かって思いっきり遠投しているのだった。

 

「なんで私だけ隔離されてるのかな?」

 

「お前が変態的なことをするからだ」

 

「一緒に釣りをしましょう?」

 

「う、うん、それはそれで良いんだけど……なんだかなあ……」

 

そして変態その2は蛍火と弦三郎の監視の下、寂しそうに釣り糸をのんびりと垂れているのだった……。

 

 

 

 

無人島でのレクリエーションを終えた俺達は無限城へと戻っていた。皆が温泉などで汗を流している最中だが、俺は俺でまだ仕事が残っている。

 

「いや、しかし大漁だな」

 

なんだかんだで50人近い大所帯で動いたので魚が大量である。

 

「鰯が多いなあ」

 

俺も頑張ったが、今回は子供鬼達が本当に良く頑張った。恥ずかしい事に坊主だから、今回は鰯を主体に夕食にしたいと思う。

 

「まずはっと」

 

鱗を取り除いた鰯の頭を落として、腹を斜めに切ってワタを取り出したら親指で中骨に滑らせるように尾に向かって動かす。そして尾の付け根で骨を折って身が剥がれないように骨を持ち上げて骨を身から外す。

 

「ん、脂が乗っていて美味そうだな」

 

天ぷらと南蛮漬け、それと鯵が少しいるからアジフライと鰯フライで今日は魚の揚げ物で行こう。

 

「よっと」

 

ボウルの中に卵を割りいれて、冷水を注いで全体を混ぜ合わせる。そこに薄力粉と塩を加えて混ぜ合わせたらバッター液の完成だ。

 

「薄力粉と片栗粉、それとパン粉っと」

 

それぞれの粉をトレーの中に入れて準備しておく、これで天ぷら、フライ、南蛮漬けと3種類に作り分ける事が出来る。

 

「よし、行くか」

 

バッター液の中に開いた鰯と鯵をどんどん潜らせて、薄力粉を塗した物、パン粉を塗した物を4つ並べている鍋の中にどんどん潜らせていく。

 

「良い音だ」

 

この揚げ物をしている音ってテンションが上がるよなあ。そんなことを感じながらにんじんの皮を剥いて千切りにして、紫玉葱を薄切りにする。

 

「酢、しょうゆ、砂糖、酒っと」

 

小鍋の中に調味料を入れて加熱して1度沸騰させたら火を止めて冷ましておく間に、片栗粉を塗した鰯を準備したら、天ぷらとフライを鍋からあげて油を切っておいて片栗粉を塗した鰯を鍋の中に入れる。

 

「後はタルタルソースと天つゆ……大きいのは刺身にでもするかな」

 

晩酌の時に刺身があると無惨が上機嫌になるので、鰯と鯵の大きいのを刺身にすることにして、ぱちぱちと音を立てる鍋に視線を落とすのだった……。

 

 

 

 

今日は朝から私の所有する無人島で子供達を連れて遊んでいたが、中々に面白かった。魚釣りと言うのは気分転換に案外優れているのかもしれない。

 

「美味い。なんだ、案外行けるではないか」

 

「はい、無惨様は鮪などをお好みになられますが、鰯も美味しい物ですよ」

 

全く持って玉壷の言う通りである。とろりとした食感と脂が乗った味わいは実に絶品だ。

 

「日本酒にとても良く合う」

 

「喜んで貰えて何よりです」

 

普段玉壷に釣ってこさせる魚と比べても味に大差は無い。勿論私の好きな鯵もあるので私としては申し分は無い。

 

「……うん。これは美味い」

 

「そうですね。見た目はちょっとあれですが……」

 

「はははは、なめろうはお嫌いですかな? 漁師飯なのですがね」

 

カワサキではなく玉壷が作成した小皿の中身は見た目が少々あれだ。

 

「美味いのか?」

 

「勿論です。漁師が作る食事に外れはありませんよ」

 

自信満々にそう言われては私としても興味がある。箸で味噌のようなそれを少し摘んで口の中に入れる。

 

「美味いじゃないか」

 

「そうでしょうそうでしょう、これを飯の上に乗せてだし汁を掛けるのもまた乙なのですよ」

 

魚の味だけではなく味噌の風味と香味野菜の辛味が甘めの日本酒と実に良く合う。

 

「はいよ、揚げ立てのフライと天ぷら、お待ちどうさま!」

 

カワサキが大皿にフライと天ぷらを運んでくる。

 

「ほう、これは美味そうだな」

 

「揚げ立てだから美味いぜ! 熱い内に食べてくれ」

 

分厚いアジフライを持ち上げて取り皿に取り、アジフライに齧り付く。ザクリっと言う音と共に魚の脂が口一杯に広がる。

 

「美味いなぁ」

 

「ええ、本当に美味ですな」

 

鯵は味とカワサキがよく言っているがまさしくその通り。最初はタルタルソースをつけないで食べたが、二口目はたっぷりとタルタルソースをつけて頬張る。

 

「はぁ……酒にも良く合う。実に満足だ」

 

卵の濃い味わいと、マヨネーズの酸味。そして刻んだ玉葱のしゃきしゃきとした食感、それら全てがアジフライの味を何倍にも美味い物にしている。

 

「ふわふわー」

 

「お口の中が幸せ」

 

子供達も天ぷらを頬張ってニコニコと笑っている。自分達で釣り上げた物だから、余計に美味く感じるだろう。

 

「……ん、これも行けるな。天ぷらも」

 

鰯の天ぷらは衣がさくりとしていて、中がふわふわとしている。天つゆの甘辛い味とこれも実に良く合う。

 

「大きい魚だけが美味い訳ではないな」

 

「勿論ですとも、黒死牟殿。確かに大きい魚は脂が乗っていて美味いですが、大きすぎればそれもまた味がくどくなる。何者にも適切と言うものがあるのですよ」

 

「なるほどなるほど、では鯵や鰯はと言うとあまり大きすぎないほうが美味い訳だな」

 

「ええ、それに鯵や鰯は大衆魚。入手しやすい物ですから、庶民でも食べやすいですが、何よりも入手しやすいからこそ色々な料理があるのですよ」

 

勿論カワサキ様は色んな料理をご存知ですから余計な事かもしれませんがねと笑う玉壷。それは本当に余計なお世話だと言わざるを得ないだろう。

 

「全くだ、この世にカワサキ以上に優れた料理人などは存在しない」

 

「いや、俺はそんなに大した物じゃないんだがな」

 

「「「いや、それはないだろ?」」」

 

そうかあと照れた様子のカワサキだが、私達は知っている。カワサキ以上に優れた料理人などこの世には存在しないと、この舌で、そしてカワサキとの暮らしで判りきっているのだから……。

 

 

 

 

 

無惨様達が天ぷらやフライを口にしながら上機嫌に酒を呷っているのを見て、小さく溜め息を吐いた。

 

「これ絶対また酔い潰れますね」

 

「お薬出して貰えますか?」

 

「考えておきましょうか」

 

上機嫌に飲んでいるときは確実に呑みすぎて酔い潰れる。二日酔いでぐったりした様子で珠世さんの部屋に来るんだろうなと思いながら、南蛮漬けに箸を向ける。彩り鮮やかな野菜の上に乗せられた鰯の唐揚げと甘酸っぱいタレ、天ぷらやフライも紛れも無く絶品だが、私達はこの酸味のある南蛮漬けの鯵の方が好みだ。

 

「いつも思いますけど、これ美味しいですよね」

 

「ええ。とても美味しいです」

 

甘辛く酸味のあるタレと脂の乗っている鰯の唐揚げ。あんまりカワサキさんが出してくれること無いけど、カルパッチョとかが好きな私と珠世さんにはこの南蛮漬けは実に好きな味だ。

 

「ご飯のおかずにも合いますしね」

 

「本当ですよね」

 

野菜が沢山使われるので男の人達にはあんまり人気の無い品なんですけど、その分これは女性の鬼に人気の品だ。

 

「駄目ですよ、ちゃんとお野菜も食べてくださいね」

 

「……はい、判っています」

 

「野菜苦手だもんねえ」

 

「童磨さんもですよ?」

 

うげえっと呻いている童磨と狛治の2人。そんな2人を見て恋雪さんはくすくす笑っているが、その儚い様子からは想像出来ないほどに強かで、そして案外押しが強い人だ。

 

「栄養が偏ってる人がいたら彼女に注意してもらいましょうか」

 

「それが良いかもしれないですね」

 

私達やカワサキさん、そして珠世さんが注意してものらりくらりと逃げる男達だが、恋雪さんに言われると結構素直に言う事を聞くのだ。

その大人しそうな容姿と可憐な素振りから中々反論しにくい所があるのかもしれない……そんなことを考えながら鰯の唐揚げと野菜を同時に摘んで頬張る。衣にタレのしみこんだ部分とそうじゃない部分、そして生野菜の食感が舌と歯を楽しませてくれて、思わず笑みが零れる。

 

「美味しいですね」

 

「ええ、とても美味しいですよ」

 

唐揚げの衣にも甘酸っぱいタレが染みこんでいて、しゃきしゃきとした野菜の食感と辛味のある玉葱の味が口の中一杯に広がり、そこから鰯の脂が口の中に広がる。

 

「1口で何回も美味しいですね」

 

「味のバランスと野菜の事も良く考えているのでしょうね」

 

見た目の彩りも美しく、そして味のバランスまでも良く考えられているからこそここまで完璧な味なのだと思う。

 

「ふわふわしてますね。天ぷらも絶品ですね」

 

天ぷらの衣の店で食べる物よりもふわふわとしていて、鰯の柔らかい食感と実に合う。

 

「私はフライの方も好きですよ」

 

「あー、あのサクサクした衣も良いですよね」

 

私はうどんが好きだが、それだけを食べる訳ではない。天ぷらのふわふわとした食感もサクリと音を立てるフライの味も紛れも無く絶品だ。

 

「でもこの揚げ立ての唐揚げをタレにつけるって言う発想が凄いですよね」

 

「確かにそうですよね」

 

普通から揚げはサクサクした食感を楽しむ物だと私は思う、それをタレにつけるという発想は私達には無い。

 

「お代わりは沢山あるからなー」

 

笑顔でフライと天ぷらをどんどん運んでくるカワサキさんを見ながら、カワサキさんの料理の知識は凄いなぁと珠世さんと揃ってしみじみ思うのだった……。

 

 

 

無限城ひそひそ噂話

 

「カワサキさん、どう言う事ですか? 押して駄目なら引いてみたのに何も効果が無い」

 

「知らんよ、と言うか俺のせいじゃない」

 

押して駄目なら引いてみろ作戦を決行した縁壱だが、求めていた効果が出ずカワサキに文句を言いに来たがカワサキからすればそんな物は何の関係の無い話である。

 

「カワサキさんの本に書いてあったのにッ!」

 

「言っとくけど、それ俺の本じゃないからな? 俺の友達……うん、多分友達の本」

 

「その間は何ですか?」

 

「まぁ、色々と思うところはある」

 

友人ではある筈なんだが……友人と言うにはいささか問題行動がありすぎるからカワサキからしても、即座に友人と言い切る事は出来なかったようだ。

 

「押して駄目、引いて駄目ならどうすれば良いんですか」

 

「諦めれば良いんじゃないかな?」

 

「それは嫌です」

 

なんで血縁関係があると言う大きな壁に気付かないんだろうなとカワサキは頭を抱える。

 

「もう良いです、判りました。押して駄目、引いて駄目なら」

 

「引いて駄目なら?」

 

「押し倒せです」

 

完全に意を決した表情で駆けて行く縁壱を呆然とカワサキは見送り、そして疲れた表情でキッチンの札を1枚取る。

 

「あ?鳴女?悪いんだけど、縁壱が暴走したから巌勝の逃走を手伝ってやってくれる?」

 

「はい、判りました。それと今日は烏賊天のてんぷらうどんを希望します」

 

「はいはい、そう言うわけで頼んだぜ」

 

愈史郎の血鬼術を発展させたそれは無限城で電話のように扱われ、そしてカワサキから巌勝を助けてやって欲しいと言う頼みを聞いていた鳴女によって巌勝は上半身の着物を引き裂かれ、下半身の着物が切り裂かれる少し前に縁壱からの逃亡に成功していたのだった……。

 

「あああああーーーッ! 何故何故何故エエエッ!!!」

 

「鳴女ぇッ! 助かったああああッ!!」

 

慟哭の悲鳴を上げる縁壱と歓喜の叫び声を上げる巌勝。継国兄妹の叫びと言うことは同じだったが、その余りに方向性の違う声にあちこちから失笑が零れているのだった……。

 

 

メニュー14 漬物へ続く

 

 




次回は「村人(LvMAX)」様のリクエストで漬物でお送りしたいと思います。子供鬼達もお手伝いで大活躍するそんな微笑ましい話にしたいと思います。それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

メニュー14 漬物

メニュー14 漬物

 

時々無惨はとんでもない我侭を口にすることがある。だがまぁ、今回のはそんなに難しく無いし、そしてなんとなく微笑ましくなる我侭だったなと思いながら2人用の中くらいの大きさの土鍋の中から鳥肉を取り出す。鶏ではなく、鳥。普通の野鳥であるから鶏程出汁は出ていないので、塩と酒で味を調えているがやはり鶏と比べるとその味はいくらか薄味だ。ただ野鳥特有の野性味溢れる味と考えればこれはこれで良いものである、

 

「まぁなんとでもなるけどな」

 

薄味なら薄味で頭を使うのが料理人と言うものだ。冷や飯を入れて軽く解して再び煮汁が沸騰するのを待ちながら、その間に昨日の夜に漬け込んだ大根、白菜、キュウリなどの漬物を食べやすい大きさに切り分け、溶き卵とネギを切っておけば後は沸騰するのを待つだけである。

 

「味噌を入れてっと」

 

いかに野性味溢れる味と言っても限度と言うものがあるので臭み消しで味噌を溶かしいれ、焦げ付かないようにかき混ぜながら再び沸騰させる。そしたら溶き卵を回し入れ、漬物を小鉢に入れてカートに載せて厨房を出る。無惨の部屋に行くまでの間に丁度良い按配で蒸らし上がる筈だ。

 

「昔でも思い出したのかねえ」

 

まだ俺と無惨の2人で医者の鬼と戦っている頃は拠点も無い、その頃は人助けをして、野菜を貰ってそれで漬物を作り。煮魚や、今回のように野鳥や野兎を捕まえて、それで鍋にしたり雑炊にして食べた。仲間が増えてからそんなことも無くなったが、漬物と雑炊と言うのは俺と無惨に取っては原点と言っても良いだろう。

 

「ま、あの時ほど質素じゃないけどなあ」

 

無惨と旅をしている頃はアイテムボックスなどを使うのに制限があった。後にちゃんとした厨房等ではないと安定して使えないと判明したからこうしてしっかりとした厨房を無惨が用意してくれたのだが、平安時代からは殆ど野宿か、善意で泊めさせて貰ったりしていただけなので、安定して使えるわけも無かった。最低限の調味料しかない時を思えば今は大分変わったよなあとしみじみ思う。

 

「無惨。入るぞ」

 

「ああ。構わない」

 

ノックしてから無惨の部屋に入る。そこでは既に机に腰掛けて待っている無惨の姿があり、思わず苦笑しながら土鍋を机の真ん中に置いて蓋を開ける。

 

「うん、懐かしい香りだ」

 

「はは、そうだよなあ」

 

高級な物を好んだとしても、やはり記憶に残っている料理が勝るときがある。俺と無惨にとっては漬物と雑炊がそれに当たる。

 

「さて、食うか」

 

「ああ、大分待たされたぞ」

 

「急に言うからだ」

 

互いに笑いあい、俺は御玉で雑炊をお椀によそるのだった。

 

 

 

 

味噌の強い香りとトロリとした半熟卵の雑炊からは湯気が出ている。すぐにでも食べたいが、今食べると舌を火傷しそうなので箸を掴んでまずは漬物を頬張る。

 

「……うん。これだ」

 

「何がこれなんだ?」

 

カワサキは既に雑炊を口にしている。こいつは猫舌じゃないからな、私もそこまで酷い訳ではないが好き好んで火傷したい訳ではないので、ここはジッと我慢する。

 

「大根のコリコリとした食感の事だ」

 

適当に4つに切ったそれは厚さも形もバラバラだ。だがだからこそこれで良い、最初はこんな風に形など整っていない方が多かった。そんなことを考えながら程よく冷めた雑炊を口にする。

 

「ふー」

 

「美味いか?」

 

「美味いに決まっている」

 

鶏ではなく、野鳥の癖のある香りと人に飼育された生き物ではない、野生で生きている動物のパワーのような物を感じる。米にたっぷりとその出汁が染みていて変な話だが、建物の中で食べているのに外で食べているような気がした。

 

「はむ」

 

しゃきしゃきっと言う小気味良い音が口の中から広がる。

 

「良いキュウリだ」

 

「累達が頑張ってるからな」

 

カワサキの口からもぽりぽりと小気味良い音がしている。カワサキの腕が良いのもあるが、累達の頑張りか……。

 

「今度見学してみるか」

 

「見学といわず参加してみたらどうだ?」

 

「む、それも面白いかもしれないな」

 

基本的に通貨を稼ぎに外で活動しているが、偶には累達と一緒に野菜などを育てても面白いかもしれない。

 

「これを食べているとあれを思い出す」

 

「何を?」

 

「料理を食べて、日光が少しだけ平気になった時だ」

 

「ああ、太陽克服したぁって走り出したあれか」

 

「……半刻も持たなかったがな……」

 

黒歴史だが、耐性がどうとか言う料理を食べたら少し日の光が平気になった。だから私は走った、思いっきり鬼の身体能力で駆け回った。

 

「木の幹にしがみ付いていたな」

 

「あそこに樹木が無ければ死んでいたな」

 

雑炊を啜りながらしみじみ思う。カワサキが探しに来てくれるのがもう少し遅ければ私はもっとも情けない状態で死んでいただろう。

 

「やはり人化だな」

 

「戦闘力が落ちるのが問題だ」

 

「そこさえ解決出来ればな」

 

医者……天津は口がうまい、そして人心掌握術に長けている。人間にも配下がいるのが実に厄介な所だと思いながら白菜の漬物を口にする。

 

「……ん」

 

「辛いか?」

 

「いや、これくらいなら平気だ」

 

唐辛子の輪切りを噛んでしまいかなり辛かったが、そこは味噌雑炊を流し込み我慢する。

 

「美味い」

 

「偶にはこういうのも悪くないな、ジビエでもやるか」

 

味噌雑炊のおかわりをよそいながらカワサキが今度の計画を口にする。

 

「ジビエか、それなら鹿だな」

 

「鹿は美味いよなあ」

 

「ああ、よく捕ったな」

 

2人で放浪している時に食料が無くなって、必死に追い回したのは今思い出しても笑えるほどの楽しい思い出だ。

 

「色々したなあ」

 

「そうだな。お前が川に流された事もあった」

 

「滝壺に落ちる一歩手前だったなあ」

 

昔良く食べた料理を食べているからか、お互いに必死だった時の事を思い出して笑えて来る。

 

「偶にはこういうのを食べるのも悪く無いな」

 

「ふん、そうだな。ステーキとかも好きだが、これもやはり好きだよ」

 

野鳥の雑炊は普段食べている物よりかは雑で、そして普段のカワサキの丁寧な料理の影は微塵も無い。だけどこの料理もカワサキの料理だと思わせてくれる。

 

「おかわりだ」

 

「……あいよ」

 

3杯目の雑炊のおかわりを頼み、漬物を食べながら雑炊を口に運ぶ。

 

「ああ、やはり美味い」

 

「喜んで貰えて何よりだ」

 

野鳥の臭みを消す為の味噌の香り、それでも野鳥の香りを全て消している訳では無い。その味噌の香りのお陰で野鳥の香りを臭いとは思わず、味わいを良くする一因になっている。

 

「ご馳走様でした」

 

「お粗末でした」

 

これからもカワサキがいれば私が完全に鬼になる事は無い。

 

「これからも頼むぞ、友よ」

 

「はっ、無惨がそんなことを言うなんてな。明日は雨か?」

 

そう笑いながらも拳を突き出してくるカワサキに拳を打ち付ける。私はよき友人を得た、そして良き仲間を得た。だから私はこれからも歩いていける……私は心からそう思うのだった……。

 

 

 

無限城ひそひそ噂話

 

「ほわあッ!?」

 

「無惨様へたくそー」

 

「そんなに力いっぱい振り回すからだよー」

 

子供鬼に混じって鍬を振るう無惨だが、思うように振るえずひっくり返り、子供達に笑われている。

 

「ははははッ! これだからわかめは駄目なんだ! 俺を見ろ!!」

 

「こら、伊之助!」

 

「うう……ゴメンネ……」

 

「宜しい」

 

伊之助が無惨を笑うが琴葉の一喝でしょんぼりとする。子供鬼の親分である伊之助だが、やはり自分の母親には勝てないでいた。

 

「もっと小さくて良いんですよ、こうやってこう」

 

「む、そうか。なるほどな」

 

腕まくり、ズボンも膝まで捲って、頬をドロだらけにしながらも無惨は鍬を振るう。

 

「おーおー頑張ってるなあ」

 

「ちゃかすならお前も手伝え、カワサキ」

 

「ははッ! 判ってるよ。ほら、皆手伝ってくれー」

 

「「「はーい!!」」」

 

カワサキの差し出した種や苗を受け取り、無惨達が耕した畑に植えていく子供鬼達。

 

「ううーん、こういうのも良いなあ。今度は牛とかも飼うか」

 

「それを食うのか? 私は少なくとも嫌だぞ」

 

「……そう言われるとなぁ……」

 

自分達が育てて、それを食うのは抵抗があるぞと言う無惨にカワサキは頭を悩ませる。

 

「じゃあ馬でも飼うか?」

 

「馬車か?」

 

「そうそう、どうだろう?」

 

「まぁ。悪くないな、子供達も喜びそうだ」

 

きゃっきゃっとはしゃいでいる子供達に紛れ、農作業をするカワサキと無惨の顔はとても楽しそうだった。

 

「これ良いのかな……」

 

「小生は考えるのをやめた」

 

「え、ずるくない!?」

 

普段子守をする2人は無限城のトップ2人が農作業をするのを死んだ目で見つめているのだが、カワサキと無惨はそれに気付く事は無かった。

 

「ふがあっ!?」

 

「おいおい、なにやってるううッ!?」

 

「はっはーッ! お前も道連れだぁッ!!」

 

「おい、馬鹿止めろおおッ!!!」

 

「はーはははっ!!! お前達もやれえ!」

 

「上等だぁ! 無惨てめえこらあッ! その顔泥まみれにしてやるぜぇッ!!」

 

「ははっははッ!! 掛かって来いッ!!!」

 

「「「「わーッ!!!」」」

 

子供鬼まで混じり、泥塗れになっているカワサキと無惨に零余子と響凱は考えるのをやめた……。

 

 

 

メニュー15 塩ケーキへ続く

 

 




カワサキさんと無惨様、農作業でドロドロになるまで戯れる。子供鬼+伊之助も参戦で全員ドロドロの砂塗れですが、非常に楽しんでおりました。次回は「ゼツリンCHICKEN」様の塩ケーキと言う事で梅ちゃんのターンで行きたいと思います。それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

メニュー15 塩ケーキ

メニュー15 塩ケーキ

 

いつも通りカワサキが夕食の準備を進めていると、突如厨房の扉が勢い良く開いた。

 

「うお!? なんだ、どうした!? 巌勝かッ!?」

 

鍋をかき回していた手を止めてカワサキは慌てて厨房から顔を出す。

 

「梅? なんだ、どうした?」

 

だがそこにいたのは巌勝でも縁壱でもなく、梅の姿だった。

 

「うわあああんッ!!! カワサキィッ!!」

 

「ふぐおうッ!?」

 

号泣しながら突進してきた梅の勢いを止めきれず吹き飛ぶカワサキと号泣している梅。そんな中でもオーブンレンジは動き続け、焼き上がりの音が空しく厨房に響いているのだった……。

 

 

 

 

えぐえぐ泣いている梅を見ながら、梅の石頭がめり込んだ胸を摩る、むっちゃ痛かったな……。

 

「で、どうしたよ?」

 

「ううう……間違えたの、砂糖と塩間違えたのぉ……」

 

「あー……その量を?」

 

こくりと頷く梅。良く見ると厨房の外に巨大なボウルが2つ鎮座しているが、それ両方とも砂糖と塩を間違えたのか……。

 

「どうしよう……」

 

「ホットケーキを作るつもりだったんだよな? 使ったのは薄力粉とベーキングパウダーか?」

 

泣きながらも頷く梅、何度かホットケーキを作っていたけど、まさか砂糖と塩を間違えるかあ……。

 

「良し、何とかしよう。梅も手伝ってくれ」

 

「な、何とかできるの?」

 

「出来る出来る、楽勝だ」

 

台所クラッシャーと比べれば砂糖と塩を間違えたくらい可愛い失敗だ。それを修正するくらいは何とでもなる。

 

「まずはっと……これは卵を割りいれた所までか?」

 

「うん……」

 

となると、牛乳と卵も入っているか。それならっと玉葱を取り出して梅の前に並べる。

 

「皮を剥いて、水洗いして、微塵切り。出来るか?」

 

「で、出来るわ」

 

ちょっと不安だけどやる気を買うことにしよう。梅に微塵切りを頼んでいる間に俺もパプリカと豚肉の塩漬けを取り出して、下拵えを始める。

 

「これで何を作るの?」

 

「ケーク・サレだ」

 

「けーくされ?」

 

横文字が苦手な梅が首を傾げている。まぁ、そこまで一般的な料理ではないし、そもそも俺もそんなに作ったことがあるわけではない。特にこの世界に来てからは1度も作ってないので、当然誰も知る訳がないか。

 

「塩ケーキだ。おかずと主食を兼ねた物だ」

 

「そんなのもあるんだ」

 

「あるぞ、砂糖の変わりに塩を使うからな、まだ修正出来るだろう」

 

パプリカのヘタを落として、種を取り除いて、食べやすい大きさに切り分ける。豚肉の塩漬けも軽く塩抜きをしてから食べやすい大きさに切る。

 

「カワサキ、切れたよぉ」

 

「よし、じゃあそれをバターで炒める。それは俺がやろう」

 

玉葱を丁寧に炒め、焦がし玉葱にしたら生地の中に入れて全体を軽くかき混ぜる。

 

(何とかなるかな?)

 

ケーク・サレは少し混ぜたり無いかなって位で丁度良いのだが、物凄くしっかり混ざっている生地に僅かな不安を抱き、生地の中に玉葱が均等に混ざるように混ぜ合わせたら、微塵切りにしたパプリカと豚肉の塩漬けを加えてさらにさっくりとかき混ぜる。

 

「大丈夫? これ美味しい?」

 

「大丈夫、大丈夫。美味しいから」

 

レンジの中から照り焼きチキンを取り出して、温度を再設定して温めておく。

 

「この型の中に半分だけ生地を入れる。はい、梅」

 

パウンドケーキの型を手渡し、半分だけ生地を流し込むようにと梅に指示を出す。

 

「わ、判ったわ」

 

型の中に生地を流し込み、半分だけ、半分だけと言っている梅を見ながら。水洗いしたブロッコリーとドライトマトを用意する。

 

「半分だけ入れたわよ。次は?」

 

「次はブロッコリーだ。真ん中ら辺に揃えて並べる」

 

「こうね」

 

飾り付けや盛り付けは上手なんだよな、手早く、そして彩り良く並べられたそれの上に更に生地を流し込み、最後にドライトマトを並べたら後は焼くだけだ。

 

「じゃあ、後は俺がやるから。子供達に説明してくるように」

 

「う、うん……はぁ……失敗したなあ」

 

ホットケーキは失敗したと伝えに行く為にとぼとぼと歩いていく梅を見送り、俺は焼きあがった照り焼きチキンを薄切りにする。本当はもう少し厚く切るつもりだったが、ケーク・サレに乗せることを考え薄切りにすることにした。

 

「シチューと照り焼きチキンと、ケーク・サレ……ちょっと寂しいな」

 

じゃがいもとにんじんを取り出して、両方とも細切りにしたら炒めて粒マスタードで和えて……。

 

「後は生ハムでも使うかなあ」

 

無惨の土産で唯一大当たりだったと言っても過言ではない、生ハムをスライスしてかるく茹でたアスパラガスに包もうと思う、最初考えていた夕食ではないが……まぁ大丈夫だろう。

 

 

 

 

 

ホットケーキを作るつもりが大失敗して、カワサキに手伝ってもらいながら作り直したケーク・サレが今日の夕食のテーブルに並んだ。

 

「ふむ……なるほど、中々面白い料理だ」

 

「味は保証するぞ? 梅も頑張った」

 

お願いだから私の名前を出さないで欲しい……だけどカワサキは普通に私の名前を出してしまったので、大丈夫かなと言う不安がますます強くなる。

 

「……ん、んん……なんだ、中々いける」

 

「この塩味が良いですね」

 

「中の野菜も悪くない。彩りも鮮やかだ」

 

あちこちから聞こえてくる悪くないという声に良かったと心底安堵した。

 

「おう、うめえぞ、梅」

 

「……本当?」

 

「美味いぜ、この照り焼きを乗せて食ってもうめえ」

 

お兄ちゃんはケークサレを2つとって、サンドイッチのようにして照り焼きを挟んで食べている。

 

「それも美味そうだな。どれ」

 

「サンドイッチかあ、これならシチューにも合うよね」

 

「照り焼きではなく、生ハムも悪くないのではないか?」

 

ケーク・サレをパンのようにして食べ始めるお兄ちゃんや無惨様を見ながら、私もケーク・サレをまずはそのまま食べてみる事にした。

 

「……美味しい」

 

「だろ? 結構珍しいけど、不味い料理じゃないんだよ」

 

砂糖と塩を間違えたケーキがこんな風になるなんて驚きだ。甘みは殆ど無く、塩味なんだけどパンと比べて少し固めの食感の生地が本当に美味しい。

 

(……わぁ、面白い)

 

中に刻んで入れた野菜が顔を見せるとそこで食感が変わる。野菜に下味は付けてなかったけど、生地自体に味が付いているからかそんなには気にならないと思う。

 

「梅さん。これ、とても美味しいですよ?」

 

「うむ、悪くない。美味い美味い!」

 

「そ、そうかな?」

 

美味しいって言われても、私的には失敗した料理をカワサキに手直ししてもらったので素直に喜べないんだけどなぁ……

 

(でも……うん)

 

美味しいと喜んでくれている姿を見るのは結構嬉しいかもしれない。

 

(あ、美味しい)

 

じゃがいもとにんじんをからしかな? からしで合えているだけなのに、こんなにも美味しい。

 

「ケーク・サレか。軽くトーストしても美味そうだな」

 

「じゃあ残った分は明日目玉焼きとかを乗せてサンドイッチにしても良いかもな」

 

「サンドイッチを続けるのか?」

 

「そこは俺が飽きさせないようにアレンジするさ」

 

……本当にカワサキって凄いと思う。一体どれだけの料理の知識があれば、こんなにも色々な料理が出来るのか不思議でしょうがない。

 

「……カワサキさん、何故私の料理の失敗はアレンジしてくれなかったのですか?」

 

「……毒々しい紫色で、臭気を放つそれをどうやってアレンジすれば良いんだ? シュールストレミングよりも酷い」

 

シュールストレミングが何かは判らないが、カワサキの嫌そうな顔を見ると相当アレな物と言うのは私でも判る。

 

「……あ、シチューに付けても美味しい」

 

「シチューかあ、じゃあ俺もやってみるかなあ」

 

少し固い生地なので、シチューをつけるとシチューのまろやかな味が染みこむ上に生地が柔らかくなって食べやすい。

 

「おお、確かにこれは食べやすいな」

 

「そうですね。私には少し硬かったので丁度良いです」

 

「これカレーにつけても美味しいんじゃないかな?」

 

童磨が何か馬鹿な事を言ってるけど……それは聞き流しておこう。私は照り焼きを食べながら、美味しいと笑う皆の声を聞いてカワサキが料理が好きな理由が少しだけ判った気がした。

 

 

 

 

無限城 ひそひそ噂話

 

昨日ホットケーキが振舞われなかった事で、子供鬼がへそを曲げているかも知れないと言う事で、この日のおやつはカワサキが梅のフォローに入り、再びホットケーキを焼くことになったのだが、カワサキが1枚噛んで普通のホットケーキになるなんて事はありえなかった。

 

「ほい、梅。飾りつけ、よろしくな」

 

「う、うん。何にする?」

 

「えっとねー、えっとねー餡子が良い!」

 

薄く焼いたホットケーキの上に餡子を乗せて、梅がくるりと巻いて上げればなんちゃってクレープの出来上がりだ。

「わーい! ありがとー」

 

ホットケーキをお皿の上に乗せて歩いていくと、入れ代わりで別の子供が楽しそうに笑いながら、鉄板の前に立つ。

 

「えっとね、僕ね……えっとりんご!」

 

「りんごジャムね。すぐ用意するから」

 

子供鬼が順番に並ぶので、梅もカワサキも休む間もなくホットケーキを焼き続けているが、笑顔に満ちている子供達を見ていると、疲れはあるだろうに、それ以上に楽しそうな顔をしていた。

 

「なんか私、カワサキが料理が好きな理由が判った気がした」

 

「美味しいって喜んでくれる姿を見ていると楽しくなるだろう?」

 

「うん、私も少し判った気がする」

 

それは良かったと笑うカワサキにつられて、梅も楽しそうに笑う。

 

「あのね、私はえっと……バナナが良い」

 

「バナナなら生クリームも入れようか」

 

「良いの?」

 

「良いよ、すぐ作るね」

 

嬉しいと喜ぶ女児に梅も楽しそうに笑い、カワサキはそんな梅を見てこうして子供達に料理を作らせる事で、梅の癇癪が少し収まるかなと考えながら鉄板の上に生地を流し込むのだった……。

 

「縁壱、それは何だ?」

 

「握り飯です」

 

「わーお、握り飯ってこんなに光沢がある物だっけ?」

 

「少なくとも俺の知るおにぎりはこうではない」

 

「兄上、食べてください」

 

「いや、それは無理だと思う」

 

「大丈夫です。握り飯は米を握るだけ、失敗などする訳がありませぬ」

 

ぐいぐいとおにぎりを押し付ける縁壱だが、巌勝はその握り飯に嫌な予感を感じた。

 

「握り飯を食うか、兄上が私に食われるかの2つに1つです」

 

とんでもない暴論を出した縁壱に巌勝は食べれば良いのだろうと握り飯を手に取ったのだが……。

 

「ふっぐうっ!!」

 

「「嘘だろッ!?」」

 

ありえないほどの密度を持つ握り飯の重さに巌勝は耐え切れず、その手から零れ落ちた握り飯は、無限城の床をぶち抜き、そしてそのまま破砕音は次々と響いていく。

 

「縁壱」

 

「……はい」

 

「お前はやはり料理は禁止だ、責任を持って回収してくるように」

 

「……はい」

 

道中で聞こえてきた半天狗と玉壷の悲鳴を聞きながら、どうかあの握り飯が誰かの頭の上にめり込まない事を巌勝は心から祈り、縁壱に責任をとってしっかりと回収してくるように命じて、童磨達と共にその場を後にするのだった……。

 

 

メニュー16 酒宴

 

 




塩ケーキと言う事で失敗と言う形で終えても良かったのですが、カワサキによって塩ケーキにアレンジしてもらいました。
次回は酒に合うメニューと言う事で、「野良犬ジョー」様のリクエストで「ハモと松茸の土瓶蒸し」と「海鮮鍋」でお送りしたいと思います。それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

メニュー16 酒宴

メニュー16 酒宴

 

さて突然だが、俺には嫌いなものがいくつかある。1つは食べもしないのに、不味いという奴。これは知り合いが不味いと言っていたからと言う理由で食べもしない奴、次に自分の意志を押し付けて人を監禁する女、そして権力と金で強引に話を押し通す輩……この4つが特に俺の嫌いな物だと言えるが、ここに最近あと1つ付け加えるべき物があると最近思っている。

 

「……駄目か?」

 

「……ああ、判った。判ったから、そんな捨てられた犬みたいな顔をするな」

 

犬とは失礼だなと言う無惨だが、急に酒宴をやりたい、あれを食べたいと言い出して駄目だと言うと、しょんぼりとするのは犬と言わず何と呼べば良いのか……俺が甘やかした結果なのだろうかと悩みながらもOKを出した以上は買出しに行かなければならない。

 

「鳴女と、どうせ暇してるだろうから童磨……あとは……「買い物なら俺様が手伝うぜッ!」……じゃあ、伊之助も来るか」

 

10歳前後になった伊之助が手伝うとやる気を見せているので童磨と連れて行くことにしよう。

 

「終わったら合図するから無限城に戻してくれ」

 

「判りました、ではお気をつけて」

 

「楽しみにしている、酒は私が用意するからな」

 

「判った。後今度から急に酒宴とか言うの駄目な、最低でも2日前には教えてくれ」

 

急に酒宴の準備とかをするのは大変だからなと無惨に釘を刺して、俺達は買い物に出かけるのだった。

 

「カワサキ、あれだ! 天ぷら! 天ぷら食べたい!」

 

「良いねえ。天ぷら、俺も食べたい」

 

人選間違えたかな?……いやでもまあ。海鮮鍋を作る予定だから海老とか烏賊は買う予定だから天ぷらも作るかと思い、伊之助と、伊之助とほぼ同じ精神年齢の童磨に判ったと返事を返し、市場に足を向ける。

 

「よう、カワサキさん。今日はいいもの仕入れてるぜ」

 

海老や烏賊と言った海鮮に、鍋に入れる野菜を買っていると背後から声を掛けられた。

 

「珍しいな、今日は店をやってるのか」

 

「おう、むしろ毎日開かないから稀少価値があるんだよ」

 

珍しい食材ばかりを取り扱っているが、珍しい品ばかりを集めているので滅多に店を開いていない珍品堂が開いていて足を止める。

 

「珍品堂ね……俺初めて見るけど、良い店なのかい?」

 

「ああ、良い店だよ、珍しい食材ばかりある、ただし珍しすぎて価値の判る人間がそういないのが問題だ」

 

「はははは、そうなんだよなあ。前の松露は失敗だったなあ」

 

そう笑う店主だが、俺からすればここは宝の宝庫なので、最後によることにした。

 

「うお!? でけえ海老だ! カワサキ! これ、これで天ぷら食べたい!」

 

「伊勢海老で天ぷらは勿体無いなあ。これなら鍋に使いたい」

 

「駄目なのか?」

 

「親分は自分だけ美味しいものを食べるのか?」

 

伊勢海老は1匹しかいない、自分しか食べれないと判ると伊之助は止めておくと言った。

 

「偉い偉い」

 

「親分は子分と一緒に美味い物を食べる! だから子分と天ぷらを食う!」

 

口調は乱暴だが、この不器用な優しさが伊之助の良い所だろう。

 

「松茸はあるか?」

 

「あるよ、ついでに鱧もどうだ?」

 

「いいな、松茸と鱧をくれ」

 

「毎度ー! いつも通りだよな?」

 

「おう、いつも通り全部貰う」

 

「いやあ、カワサキがいないと俺の店をやってけねえぜ!」

 

がっはははっと笑う店主に俺も笑い返しながら酒宴のメニューをざっと頭の中で考えるのだった。

 

「うし。まぁこんな物だろう」

 

骨切りした鱧を天ぷら用と土瓶蒸し用の2つに分けてから、厨房に片付けてある土瓶と土鍋を探す。

 

「えっと土瓶蒸しのはっと……あったあった」

 

無惨が土産で大量に買い込んできた土瓶蒸の器を用意してから、松茸の石突を切り落として、軽く水洗いをしてから食べやすい大きさに切り分ける。、三つ葉を2cm程で等間隔に切る。

 

「薄口醤油、酒、塩っと」

 

鰹出汁の中に調味料を入れて1度沸騰させたら、器に移して氷水で冷やす。

 

「鱧、松茸、笹かまぼこっと」

 

だし汁を冷やしている間に土瓶の中に具材を丁寧に並べる。

 

「地味に重労働なんだよな」

 

1人用の鍋に土瓶蒸し、それにてんぷらに刺身……細かい飾りつけなどが必要なので1人で作業しているが、さすがにこの人数を毎回用意するのは厳しいな……。

 

「そろそろ本格的に助手を育てるの始めようかな……」

 

ちょいちょいと料理出来る面子は育っているが、本格的に料理を作れる助手を育てようかなと思いながら、俺は土瓶の中に出汁を注いで回るのだった……。

 

 

 

 

急な酒宴を頼んだが、カワサキは完璧に用意してくれた。新鮮な山菜や海老や烏賊の天ぷら、刺身や焼き松茸と海や山の幸をこれでもかと用意してくれていた。

 

「馬鹿野郎、ワインは戻せ」

 

「酒だぞ?」

 

「和食とワインはあんまり合わないんだよ。んっと……これとこれとこれ」

 

ぽいぽいと投げ渡される日本酒の瓶を慌てて受け止める。

 

「高いんだぞ」

 

「高いというなら組み合わせくらい覚えろ」

 

聞いてはいるが覚えきれないので目を逸らすとカワサキに溜め息を吐かれた。

 

「まぁ良い、早速飯にしよう」

 

「うむ。皆待っているからな」

 

酒宴と言う事でご馳走だと期待している巌勝達のことを考えながら、私とカワサキは宴会場に足を向けた。

 

「うわあ。美味しそう、いただきまーす」

 

「馬鹿者ッ!」

 

土瓶蒸しの中を早速食べようとした童磨の手を叩きそれを止める。巌勝達は流石に食べ方を知っているが、童磨達は知らないようだ。

 

「だから待て馬鹿者」

 

「痛い!?」

 

土瓶蒸しの蓋を開けようとする童磨の手を再び叩き、溜め息を吐きながら土瓶蒸しの食べ方を説明する。

 

「食べる作法と言う物があるのだ。全くお前は……良いか? まずはお猪口で出汁を飲む」

 

お猪口の中にいれた出汁の香りをまずは楽しむ。

 

(良い香りだ、素晴らしい)

 

食材もピカイチなのか、胸いっぱいに広がった香りを存分に楽しんでから出汁を口にする。豊潤な松茸の香りと上品な出汁の味わいに思わず溜め息が零れる。

 

「次は酢橘だ。これは土瓶蒸しの中に入れるか、それともお猪口で楽しむかに分かれるが、私はお猪口に入れる」

 

酢橘を土瓶の中に入れると折角の出汁の風味が消えてしまう、私はそれが嫌いだと言うとカワサキは蓋を開けて、酢橘を中に絞って入れる。

 

「俺は土瓶の中に入れるけどな」

 

「そこは好みだろう」

 

お猪口の中に酢橘の酸味が加わった出汁を楽しむのと、土瓶の中で蒸らして酸味を円やかにして楽しむ。どちらも差異はさほどないだろう。

 

「すっぱ!? 駄目。俺は土瓶の中に入れよう」

 

「……出汁の味比べを楽しむのも良い物だ」

 

「その通りですね、兄上」

 

「私はヒョヒョヒョ、土瓶の中で蒸らすとしましょうかねえ」

 

「私もですね」

 

「ひいっ、酸っぱい酸っぱいッ!!」

 

鬼の中でも味覚はかなり異なるなと苦笑しながら土瓶の蓋を開けて箸で中の具材を取り出す。

 

「上物だな」

 

「おう、これは良い松茸だ」

 

割いてあるが、かなり大振りな松茸だ。これは中々良い代物だと思いながら頬張る。肉厚で噛み締めると出汁と松茸のエキスが口の中に広がる。

 

「ふう……美味い」

 

辛口の日本酒を口にし、口の中を1度さっぱりとさせてから鱧を口に運ぶ。口の中でとろりと溶けながらも、脂の乗った鱧の味わいを楽しみ、出汁を口にする。

 

「土瓶蒸しはやはり最高だな」

 

「そう言うなら今度はもっと早く言うんだな。仕込みの時間もあるから大慌てだったんだからな」

 

「それはすまないが、だがこうして用意してくれるから急に言いたくなるのさ」

 

冗談じゃないと肩を竦めるカワサキに笑い合い、互いの猪口に日本酒を注ぎあうのだった……。

 

 

 

 

くつくつと音を立てる鍋の蓋を開ける。中身を見て思わず笑みを浮かべた、海鮮鍋と聞いていたが、想像以上に豪華な内容だ。

 

「これは美味しそうですね。兄上」

 

「うむ。これは期待が持てる」

 

取り皿にポン酢を入れながら鍋の中をざっと確認する。金目、海老、白身魚の……恐らく鱈、大振りな帆立、鶏腿肉、豆腐に白菜と非常に豪華な内容だ。

 

「ふ、ふっ……はふっ、はふ」

 

無惨様が鍋を口にしてから私も箸を手に取り、一番目に付いていた帆立を持ち上げる。

 

「ふーふっー」

 

良く息を吹きかけて冷ましてから帆立に齧り付く。口一杯に広がる帆立の風味と、口の中で解けていく貝柱の食感はまさしく絶品だ。日本酒を口に含み、小さく溜め息を吐いた。

 

「はふはふっ」

 

縁壱も食事の席で暴れたらカワサキに怒られるので大人しい物だと思い、空のお猪口に再び日本酒を注ぎ、今度は御玉で取り皿に出汁を注ぎ口にする。

 

(美味い。流石カワサキだ)

 

たっぷりの海鮮の出汁を生かす為の薄口醤油でのさっとした味付けだからこそ、ポン酢の酸味と良く合う。

 

「豆腐が美味しいですね、狛治さん」

 

「そ、そうですね。美味しいですね」

 

……恋雪に言われると何にも言えない狛治に苦笑するしかない。もう少し強く出ても悪くないと思うのだがな……

 

「あっつうッ!?」

 

「あーッ! 目がああッ!!」

 

「地獄絵図ですね。全く」

 

「童磨は少し頭が残念ですからね」

 

鶏肉にかじりついて、それを落として跳ねた汁が目に入った半天狗が絶叫している。

 

「全く、食事の時くらい静かに出来んのか」

 

「全くですな、ささ、無惨様。どうぞ」

 

玉壷はこういう時に余念がないな。少しでも無惨様の機嫌を取ろうとしているが、それは当然と言えるだろう。鮪を釣り上げる為にあちこちで歩いているが、やはりそう簡単に見つけられるものではない。無惨様の機嫌を損ねないようにするのは玉壷の生死に直結するといっても過言ではないからな。

 

「……骨は無いな、食べても大丈夫だ」

 

「ありがとうございます!」

 

「……う、うむ」

 

弦三郎が蛍火に丁寧に骨を取って白身魚を渡している。何だかんだで、弦三郎も蛍火に甘いなと思いながら金目を皿に取る。

 

「……兄上?」

 

「駄目だ」

 

「駄目ですか?」

 

「駄目だ」

 

「……どうしても?」

 

しょんぼりする縁壱に少しだけ悩むがここで甘やかすと調子に乗るので、ここはきっぱりと突き放す。

 

(と言うか、私がやるまでもなかろう)

 

駄目だと知ると箸で手早く魚を解体する縁壱に呆れながら海老を口に運ぶ。

 

「美味い、良い海老だ」

 

「これは当たりだよなあ。いやあ、俺も大満足だ」

 

カワサキが美味いと言うのなら間違いはない、きっと今頃子供達も天ぷらに舌鼓を打っているだろうと思い、1度鍋を食べる手を止めて天ぷらに箸を向けるのだった……

なお、その頃。子供の食堂では……大惨事が勃発していた。

 

「天ぷら、天ぷらッ!!」

 

「「「「てんぷらてんぷらてんぷらッ!!!」」」」

 

「こらー! 座って食べなさい!!」

 

「座って食べなければ取り上げ……ふぐうっ!?」

 

「ぴぎいっ!」

 

「響凱ッ!? 待って、意地悪しようって言うじゃないのよ、話し合いましょう」

 

「……ふごっ!」

 

「いいいやああああーーーッ!!!! 止めて! 死んじゃうッ!!」

 

「ぷぎいいいーーーッ!!」

 

「いやああああーーーッ!!!」

 

天ぷらで興奮している伊之助達を取り押さえようと奮闘する零余子達だったが、子供達を苛めていると認識した母猪に追いまわされ食堂中に悲鳴を木霊させているのだった……

 

 

 

メニュー17 おやきへ続く

 

 

 




今回はひそひそはお休みです。ちょっと良い感じにネタが思いつきませんでしたので、申し訳ありません。次回はおやきですが、誰が出てくるは秘密で行こうと思います、それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

メニュー17 おやき

メニュー17 おやき

 

基本的に無限城で料理をしているカワサキだが、肉体的には異形であってもその精神は人間だ。つまり、無限城に引き篭もっていると言うのはカワサキの性格的には非常に厳しい物がある。しかし、鬼である巌勝や月彦と名乗っている無惨と行動を共にしている所を目撃された事もあり、そう簡単に外出する事は出来ない。もっとも、カワサキの外出が厳しいのはカワサキ以外の食事を断固拒否する1000歳児がいるのが最大の理由だったりするが、それでも1ヶ月に数度は駄目だと言おうがカワサキは出かけていく、その先は市場であったり、美味しいと有名なレストランだったりと料理の道を追及する為の物だが、今日の外出は前者には当て嵌まらなかったようだ。

 

「よ、元気そうだな」

 

「これはカワサキさん。今日はすいません、無理なお願いをしてしまって」

 

「いや、良いよ。どうせ暇してるしなッ!」

 

山の中の樵の家……巌勝の血を引いている時透家にカワサキは訪れていた。

 

「カワサキさん、いらっしゃい!」

 

「おう、元気そうだな。ちょいと邪魔するぜ」

 

迎えに来た無一郎に声を掛け、カワサキは背負っていた袋を囲炉裏のそばに置いて座布団の上に腰を降ろした。

 

「すいません、急な頼みでしたよね?」

 

「なーに気にするな。どうせ暇……じゃあねえが、困っていると聞いて俺は黙ってなんていられないよ。焔」

 

時透焔の依頼で今日はカワサキは無限城ではなく、時透の家にいたのだ。

 

「それで何とかなりますか?」

 

「余裕余裕。俺に任せておけって、じゃあ無一郎と有一郎手を洗って、焔達は山菜を茹でてくれるか?」

 

カワサキの指示によって動き出す時透家。カワサキは背負っていた袋を広げて中身を取り出した。それは、無限城で栽培されている小麦から作った小麦粉だ。それと菜種油や、塩胡椒などを並べながらカワサキは調理の準備を始めるのだった……。

 

 

 

巌勝から聞いた時透家からのSOS。それは日照りによって生計を立てるのに必要不可欠な樹木が枯れた事による収入の減少――このままでは飢えてしまうという話を聞いて、巌勝は子孫と言うこともあり無限城にと言ったが、樵にとって樹木の数による収入の減少は切っても切れない関係、保護して欲しいのではなく、樵として薪を作ることが出来ない間の臨時の収入足りえる物……つまり保存食や、販売に適した食べ物の作り方を教えて欲しいとの事だった。保護ではなく、生き残る術を知りたいというのは頼りきりになるのが良くないという焔の意志の表れだと、巌勝は感心し、そして俺へと鉢が回ってきたのである。

 

(まぁ、年代的にはおかしくないよな?)

 

今回俺が教えるのは簡単な田舎料理「おやき」だ。俺の知る中で定番なのは蒸し焼き……1度蒸してから焼く物だが、囲炉裏があるのならば灰焼きおやきなんて物が乙だと思った。実際問題田舎料理として似た様な物はあるし、薪を売るのなら一緒に販売してもおかしくない……と俺なりに色々と考えてみた結果だ。

 

(それに似た物って言っても、俺のは一味違うさ)

 

発酵や、生地を寝かせる、薄力粉と強力粉を混ぜるや、お湯で捏ねる等……まだ大正時代では発達していない技術を使えば、問題ないだろう。ただ1つだけ注意することがあるとすれば……。

 

「ここから山を挟んで2つ先の竈門って言う炭職人にも同じのを教えてるから、売るところは気をつけて欲しい」

 

似たようなレシピなので同じ町で販売すれば安いほうが良いとかで揉めると思うので、そこだけ注意して欲しいと伝えてから俺はおやきのレシピを教え始めた。

 

「まずは薄力粉と強力粉を混ぜる」

 

「「同じ粉なのに混ぜるの?」」

 

無一郎と有一郎が不思議そうな顔をする後ろで、焔達も首を傾げている。

 

「まぁ同じ小麦粉って言うのは間違いないんだが、グルテンって言う物質の量が違うんだ。柔らかさとか弾力とかの差なんだけど……混ぜるといい感じになる」

 

「ふーん……そう言うもんなのか」

 

「……面白いね」

 

有一郎の反応は良いが、無一郎は良く判ってない感じだなと思いながら朱塗りのボウルの中に薄力粉と強力粉を入れる。

 

「量としては1対1。同じ分量を入れてくれれば良い」

 

「「はーい」」

 

2人が返事を返し、薄力粉と強力粉を混ぜている間に沸かして貰っておいたお湯を茶碗の中に入れておいた。スピードが大事な作業なので、可能な限りの準備はしておきたい。

 

「混ざったよ。次は?」

 

「おう、次はこの熱湯の中に砂糖・塩・菜種油を加えて溶かしたら、こうやって少しずつ注ぎながら菜ばしで混ぜる」

 

ゆっくりとお湯を入れて菜箸で混ぜ合わせる。全体と良く混ざり合い、生地が纏まる様子を見せる。

 

「こういう風に生地を纏める」

 

判ったと言って、お湯に悪戦苦闘しながら生地を纏めている有一郎達。しかし、中々有一郎の方はセンスがあるように思えるな……。

 

「纏まったら?」

 

「四半刻寝かせるんだ。じゃあ、その間に生地に入れる具材の準備を始めよう。と言ってもそう難しい物じゃない」

 

おやきの中に入れるのは煮物や山菜の甘辛く炊いたものが主流だ。厨においてある、切り干し大根なんかも包むと美味しいと言うと若干驚いた様子を見せる。

 

「それ本当に美味しいのか?」

 

「……兄さん。カワサキさんが言うんだから……美味しいよ。多分」

 

「いや、そんなに不安そうな顔をするなって、美味しいから」

 

ちょっぴり味を付け直せば良いんだからと言って厨で調理している、時透家の母「美代」に声を掛ける。

 

「味付けは少し甘めで、煮詰めてくれるか?」

 

「甘めと言うとお砂糖多目って感じですか?」

 

「あー醤油も足して甘辛い感じが良いかな」

 

山菜の甘辛く炊いた物としいたけ、切り干し大根とシンプルそのものだが、具材はシンプルな物が良いのでこれで丁度良いだろう。あんまり奇をてらった物だと受け入れられない可能性があるからな。

 

「うし、四半刻経ったな。次だ。次はまな板の上に打ち粉をして、こうやって生地を伸ばす」

 

打ち粉をした生地を丸めて、小さく千切ったら手の平で押し潰すようにして伸ばす。本当は麺棒とかあると良いんだけど、そこまできっちりした物じゃなくても良いだろう。売り物ではあるが、ある程度不恰好で子供の手作りって感じが受けるんじゃないかなと思うし……。

 

「うどんみたいだな」

 

「まぁやろうと思えばうどん生地だしな、と言うか大体似た様なもんだよこんなのは」

 

正直言うとおやきは俺の中では、菓子パンの一種みたいに思ってる部分がある。となるとやはり味付けはややジャンキーな方が受けが良いもんだ。

 

「生地は少し大きめにして、手の平に載せて、こうやって具材を乗せて包む」

 

「「……どうやったの?」」

 

「ん? あ、ああ。すまんすまん。ついいつもの感じでな。こうやってやるんだ。良く見てろよ」

 

手の平にまた生地を乗せて、中に具材の切り干し大根を乗せる。4隅を真ん中に寄せて、1回閉じたら、今度は4つの角を中央に寄せて中央を捻って止める。

 

「ほら完成」

 

「……兄さん、これ出来るの?」

 

「やる! 見せてもらったんだから出来る!!」

 

不安そうな無一郎にそう怒鳴って生地を手の平に乗せて具材を乗せようとする有一郎。

 

「ああ。それだと少し多いな、気持ちもう少し少なめだ」

 

「わ、判った」

 

少しだけ椎茸の煮物を乗せ生地を包む有一郎とその後ろでちまちまと生地を作っている無一郎。双子だけど、余りに正反対の様子に思わず苦笑する。

 

「これはあんまり日持ちしないけど、灰の中に入れて焼いたり、串に刺して焼いてもいい。焦げ目が付くまでしっかり焼けば大丈夫(時代的にOKって通じる?)だ、んじゃま、俺はそれなりに忙しいんでな。また来るよ」

 

「はい、ありがとうございました。また、今度はゆっくり出来る時に」

 

「おう、そのときは巌勝と釣りにでも来るよ」

 

この近くには大振りな岩魚が多いから、今度はゆっくりと釣りに来るよと言って、破けたとか、本当に出来るの? と不安そうにしている双子に背を向けて俺は時透家を後にするのだった。

 

 

 

 

薪を売るついでにカワサキさんに教わったおやきも持って父さんと村に来たが、予想通り……いや、予想以上の売れ行きだった。

 

「美味い! 皮がモチモチで良いな。焼いてない奴、全部2つずつくれ」

 

「まだー?」

 

「は、はーい! 今焼いてます!」

 

無一郎が一生懸命焼いているが、焼きあがったそばから売れていく。薪もいつも通り売れているが、おやきの売れ具合が凄すぎる。

 

(でも本当に美味かった)

 

皮はモチモチで中の甘辛い具材はどれも本当によく生地に馴染んでいた。余りに美味しくて、食べすぎてしまい母さんに怒られたのも良く判る。

 

(いや、でも凄すぎだろ……)

 

薪を普段売っているので常連さんと言うのはいる。だけど今回一緒に販売しているおやきの事で今まで薪を見もしなかった人がおやきと一緒に買ってくれる……それ自体は良い、山暮らしなので冬になると動きにくいのでその前に色々と買い込む為に金は必要だ。

 

「……これはちょっと大変かもしれないね」

 

ちょっとのほほんとしている所がある父さんが言うが、ちょっと所ではない。曲がり角の所まで人が並んでいる……これは明らかに3人だけで捌ける人数じゃない。それ所か、おやきが無くなってしまう可能性のほうが高い。

 

「ちょっと所じゃないから!?」

 

作ってきた分も足りないと俺が慌てていると、背後から声を掛けられた。

 

「焔、やっぱり焔だ」

 

そこにいたのは父さんと良く似た顔立ちの額に痣のある男性だった。和やかに話しかけてくるけど、父さんの知り合いだろうか?

 

「……炭十郎。いやあ、久しぶりだなあ」

 

「「「「父さん?」」」」

 

俺と無一郎だけではない、俺達の背後にいた兄妹もぼんやりとした様子で呟いた。それほどまでに、俺達の父さんと兄妹の父親は良く似ていたのだ。少しやつれた顔と矍鑠の髪と瞳……かがみ合わせと言っても良いほどに良く似ていた。

 

「父さん、誰?」

 

「ああ。炭治郎、禰豆子。私の古い友人で、時透焔と言うんだ。後ろの双子は……」

 

「ああ。私の子だ。有一郎と無一郎と言う」

 

「どうも」

 

「……こんにちわ」

 

俺の身体に隠れて頭を下げる無一郎を見て、額に火傷の痕のある俺よりも少し年上の少年が手を上げる。

 

「竈門炭治郎だ! よろしく! こっちは妹の禰豆子」

 

「……こんにちわ」

 

無一郎同様炭治郎の後ろに隠れている禰豆子と言う少女。無一郎はもっとしっかりしてくれないかと思ったが、人見知りは今に始まった事じゃないのでしょうがないと割り切ることにした。

 

「カワサキさんに色々と教わったんだろう?」

 

「勿論、私もおやきを作ってきた。私と一緒に売らないか?」

 

「助かる、私達の分はもうすぐ無くなりそうだったんだ」

 

この竈門と言う一家がカワサキさんが料理を教えたもう1つの一家だったらしく、大量の焼かれる前のおやきを3人で運んでいた。

 

「えっとじゃあ、無一郎君。一緒に焼こう、禰豆子も手伝ってくれ」

 

「うん、判ったよ。お兄ちゃん」

 

「よ、よろしく」

 

無一郎と炭治郎と禰豆子の3人で焼いてくれれば、もう少し余裕が出来るかもしれない。

 

「炭もあるの? じゃあ炭と薪、あと……焼いてないおやきを3つお願いできるかしら?」

 

「はい、ありがとうございます!」

 

ただ忙しくはあるが普段の薪や炭を売るだけよりもよっぽど金が入る。そのお陰で今年の冬は無事に切り抜けられそうだ。

 

「禰豆子と無一郎君が焼いてくれるって言うから手伝いに来たよ!」

 

「それは助かる、まさかここまで売れるなんて思ってなかったからね」

 

「本当だね。さ、炭治郎も手伝ってくれ」

 

俺と父さん、そして炭十郎さんで販売していたが手が回らなくなってきた所で炭治郎が手伝ってくれた事で何とか、おやきなどの販売が出来たのだが……無一郎と禰豆子を2人きりにしたのがおいおい、俺と炭治郎の首を締める事になる事を今の俺は知る由も無いのだった……。

 

 

 

無限城ひそひそ噂話

 

有一郎達が薪と炭、そしておやきを販売している後ろで焚き火でおやきを焼いている無一郎と禰豆子だが、その視線は串に刺さっているおやきよりも一生懸命接客している2人の兄に向けられていた。

 

「兄さん、今日も頑張ってる」

 

「お兄ちゃんが今日も頑張ってる」

 

「「格好良いなぁ……ん?」」

 

互いにうっとりとした表情で互いの兄が格好良いなと呟いたのだが、それは何の偶然か完全に同じタイミングで、2人は驚きに顔を見合わせた。

 

「……お兄ちゃんが格好良くて好きって気持ち悪くない?」

 

「兄さんが凄く大好きなんだ」

 

互いの言葉を聞いて無一郎と禰豆子は固く、固く手を握り合う。

 

「お兄ちゃんがいっつも頑張っててね。それにほら、お兄ちゃんって凄く格好良い」

 

「僕の兄さんも格好良いよ」

 

互いに会話しているように見えて、だがその実自分の意見を押し通しているだけなのだが、気持ち悪いと言われることも無く、そして同意してくれる事もあり2人の話は驚くほどに弾んだ。

 

「縁壱さんって知ってる?」

 

「知ってる!無一郎も?」

 

「うん。知ってる」

 

そして2人の話は親や最愛の兄がそばにいないときに訪れて、色々と大切な事を押してくれる縁壱の話に変わっていた。

 

「お兄ちゃんを奪われたらいけないんだ」

 

「判る、判るよ。僕も兄さんを誰かに奪われると思うと……」

 

「「苛々する……」」

 

苛烈……いや、歪んでいると言っても良い強烈なまでの無一郎と禰豆子の兄への強すぎる愛。それは縁壱によって齎され、そして自分の同類に初めて出会ったと言う事で爆発的に加速していく……。

 

「ふふふ。楽しいですね」

 

「ん? 急にどうした?」

 

「いえいえ、こちらの事ですよ。ええ、別に悪巧みをしているわけではないですよ」

 

「いや、嘘付け、凄い悪い顔をしてたぞ?」

 

「気のせいですよ、カワサキさん。では私は行きますね」

 

「お、おう……」

 

食堂を出て行く縁壱を見送るカワサキ。だがその邪悪とも言える気配に手を合わせ南無と呟いていた……そして無限城を出た縁壱はと言うと……。

 

「縁壱さん!」

 

「無一郎。また来た」

 

自分の遠縁であり、そして自分の同類である時透無一郎の元へ現れ、会話をし、そして……。

 

「禰豆子」

 

「縁壱さん、こんばんわ」

 

「ああ、こんばんわ。少し時間は良いかな?」

 

「大丈夫です!」

 

禰豆子の元にも現れ、暗黒の意志とでも言うべき意思を2人へと伝授する。薪と炭、そしておやきを売るたびに無一郎と禰豆子は歪み始めた己の価値観の話し合いをし、そして縁壱によってその意志をより強力な物にされる……。

 

2人の中に芽生えた暗黒の意志が花開くのはまだ先だが、その意志が開花した時……有一郎と炭治郎は絶望に囚われる事になるのだが……それはまだ先の話なのだった……。

 

 

メニュー18 チーズフォンデュ(鬼ルート)へ続く

 

 




今回はオリジナルの設定込みの話になります。時透家と竈門家の知り合いルート+ブラコンズの進化フラグですね。ヤンデレブラコンになるのは原作開始後の話になりますが、その種が撒かれていたと言う話になります。次回はチーズフォンデュですが、テーマがいいので、これは鬼殺ルートでもやりたいと思います。それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

メニュー18 チーズフォンデュ(鬼ルート)

メニュー18 チーズフォンデュ(鬼ルート)

 

無限城名物と言えば「カワサキの料理」「継国兄妹のデスゲーム」があるが、実はもう1つ隠れた名物と言うものがある。

 

「正座」

 

腕組みしているカワサキと向かい合っている無惨だが、その顔色は悪く、自分がとんでもない失敗をしたと言うのを全身で表していた。

 

「いや、しかしだな」

 

しかしそれでもカワサキに説教されるのを拒み、なんとか説得を試みる無惨だがカワサキは言い訳無用と言うのを全身で表していた。

 

「正座」

 

「待て、確かに勝手に買って来たのは私が悪い。だが「正座」……はい」

 

散財をしてカワサキに説教される無惨と言うのも無限城ではよく見られる光景だ。ただしその光景を見られると無惨が凄まじく不機嫌になるので、説教が始まったら何も言わずにその場を後にすると言うのが一種のルールになっていた。

 

「良い物らしいじゃないか」

 

「お前チーズ苦手だろうが……」

 

「いや、まぁ……うん」

 

「断れよ……どうすんだこれ」

 

貿易商として活動している無惨は海外の食事や調味料を持ってくる。それはカワサキが望んだからなのだが……チーズ。しかも小分けにしたものではなく原型のでかい奴ではカワサキも流石に頭を抱えた。

 

「はぁ……食べ物を粗末にする訳には行かないからこれで何か作るけど、食べたくないとか我侭を言うなよ」

 

「……わ、判っている」

 

声が引き攣っている無惨にカワサキは再度溜め息を吐いて、無惨が買って来たチーズの塊の山を見て、頭痛を覚えたのか頭を抱えて天を仰ぐのだった……。

 

 

 

無惨が買って来たチーズの包みを開けて何なのかを確認する。無数の穴が空いた非常に硬いチーズ……。

 

「こりゃあ、エメンタールか……スイスのチーズじゃないか」

 

どういうレートで買って来たんだ……あの馬鹿はと苦笑しながら次の包みを開ける。

 

「こっちはグリュイエールチーズか」

 

黄色っぽいオレンジの外皮に包まれたチーズを見て、他の包みも開けてチーズの種類を確認する。1つとして同じ物は無く、そのどれもが良質だが扱いに困る物だった。

 

「ゴーダ、カマンベール、ボーフォール……か、決まりだな」

 

貿易先はフランスとかだったんだろう。それで無惨に売りつけた相手も扱いに困ってさらに無惨に売りつけたというところか……。

 

「ま、無理もないか」

 

大正時代はやっと洋食が出回り始めた頃合だ。チーズは馴染みが薄く、更に癖も強いと来るので中々受け入れられるものではない。在庫を大量に抱えて困っていたと言うところだと予測をつけてチーズを作業台の上に乗せて包丁を手に取る。

 

「確か……エメンタール1・グリュイエール2……後は……ゴダー1……ボーフォールとカマンベールを0.5ずつだったよな」

 

これだけチーズがあれば普通に使っているのでは消費出来ないので、チーズフォンデュにしようと思う。大人達は白ワインで、子供達は牛乳で伸ばせばある程度は食べれると思う。チーズを細かく切り刻んで、バットの上に小分けする。

 

「コーンスターチを塗してっと」

 

小分けしたチーズにコーンスターチを塗して手で良く混ぜ合わせる。これでチーズの下拵えは終わりだな。

 

「後はじゃがいも、にんじん、ブロッコリー、プチトマト……ウィンナー、鶏肉、海老、帆立、豚バラ……後は何が良いかな」

 

野菜は食べやすい大きさに切ってから1度軽く茹で、豚肉や鶏肉、ウィンナーは軽く塩胡椒で炒めて火を通しておく、海老は殻を剥いて、帆立は内臓と貝紐を外して、貝柱だけにしてから軽く茹でておく。

 

「パンは軽くトーストして、あ、そうだそうだ」

 

冷蔵庫を開けて下拵えしてあった肉団子や唐揚げを取り出す。本当は別のに使う予定だったが、下拵えは何時でも出来るからこれも使う事にしよう。

 

「どうせ揚げるならっと」

 

どうせ揚げ物に油を使うならと、残っていた餅を取り出して賽の目状に切る。これで餅も揚げればなんちゃっておかきの出来上がりだ。

 

「さてと、ソースを作るかな」

 

土鍋ににんにくをこすり付けて、鍋の中ににんにくの香りを移す。これを10個近く繰り返し、チーズフォンデュはチーズが固まったら最後なので、グリーンシークレットハウスに入っている持ち運びのコンロを用意して、弱火で暖め続けることでチーズが固まらないように対策するつもりだ。

 

「牛乳と白ワインっと」

 

5個には牛乳を入れ、残りの5個には白ワインを入れる。白ワインの方は沸騰したら、白ワインを継ぎ足して必要な量を沸騰させるつもりだ。牛乳のほうにはコーンスターチを塗したチーズを入れて木へらでかき混ぜる。まとめて入れるとチーズが変な風に溶けてしまうので3段階ほどに分けて溶かすのが上手にチーズを溶かすコツだ。

 

「良し良し、良い具合だ」

 

複数回に分けて丁寧に溶かしたチーズ。正直、1人で10個の鍋を見るのは大変だったが、いい仕上がりだと思う。

 

「仕上げに黒胡椒をふってっと」

 

香り付けに黒胡椒を振り、今日の夕食であるチーズフォンデュが完成したのだった。

 

 

 

コンロの上でくつくつと音を立てる土鍋。その中には溶けたチーズがたっぷりと入っている……。

 

「あまり臭くないな」

 

「そうですね。チーズとはもっと臭い物だと思っていたんですが……」

 

溶けたチーズはあまり臭くなく、チーズが余り得意ではない私も食べられそうな気がしてきた。

 

「カワサキー、これどうやって食べるの?」

 

「おいい……梅ぇ……」

 

「大丈夫よ、お兄ちゃん。カワサキはこんな事じゃ怒らないわ!」

 

梅の言葉にカワサキは苦笑して、その通りだと笑った。

 

「チーズフォンデュはこうやって自分の好きな具材をフォークで刺して、チーズにこうやって絡めて食べる。はふっあちい……ん、良い具合だ。具は殆ど火が通ってるから心配ないぞ、チーズは自分の好みで好きな量を絡めてくれ、はい。無惨」

 

「……ああ」

 

チーズが苦手な無惨様がフォークを嫌そうに受け取り、貝柱を刺してチーズに絡める。

 

「責任を持って食べる」

 

「……判っている」

 

怯えながらチーズが絡まった帆立を頬張る無惨様。

 

「ん、んん……美味い。なんだ、チーズがあまり臭く無い」

 

「白ワインで伸ばしているからな、それに使っているチーズは香りがあまり強くない物だ」

 

「なるほど、これは良い、食べやすい」

 

今までの嫌そうな顔を嘘の様にして具をフォークで刺している無惨様を確認してから私もふぉーくとか言う、槍に似ているそれを掴む。

 

「うわー美味しいなあ。肉団子が最高に美味しいね! そう思うだろ! 猗窩座」

 

「……確かに」

 

「そんなに顰め面をしては駄目ですよ? 美味しい物を食べているときは笑いましょう? 狛治さん」

 

「恋雪さん……はい、そうですね。とても美味しいです」

 

「わお、俺馬に蹴られて死んじゃうよ!」

 

けらけら笑っている童磨。だがあの3人は不思議と一緒に行動している事が多いような気がするな……。

 

「む、これは……面白い」

 

「そうですね。肉の脂をまろやかにしていますね。不思議です」

 

縁壱も不思議そうな顔をしている。チーズと言うのは香りが強く、そして塩辛い物と私は認識している。だがこれはあまり臭くなく、むしろ甘い……果実のような香りをしている。そして塩辛い筈のそれはまろやかな塩味で具と絡める事で具材の味とチーズの味を楽しませてくれている。

 

(面白い物だ)

 

溶かしたチーズに食材を絡めるだけでこんなにも美味しいとは……本当にカワサキの料理の知識には驚かされる。

 

「うーん、美味しいですなあ……なるほど魚介は良くチーズに合うと言うのは本当の事ですな」

 

「……ああ、落ちた……何故に」

 

「半天狗殿はフォークを使うのがヘタですなあ。ひょひょひょ」

 

「箸……箸を使っては駄目なのか」

 

具材を落として絶望している半天狗とそれを見て笑っている玉壷にしょうがない奴だと肩を竦め、唐揚げをチーズに絡める。

 

「む、これは美味い」

 

「本当ですか兄上。では私も」

 

さくりとした衣にチーズが絡んで少し柔らかくなっている。噛み締めると鶏肉の歯応えとチーズのまろやかな塩味が口の中に広がる。

 

「ん、これは確かに美味しいですね」

 

「チーズと言うのはそう悪いものではないのやもしれぬ」

 

その香りで避けていたが、チーズと言うのは案外悪いものではないのかもしれない。

 

「んー芋にチーズを絡めると美味しいわね! はい、お兄ちゃん。美味しいわよ」

 

「梅ぇ……俺はぁそんなに勢い良く飯を食えねえ……」

 

「でもチーズが固まっちゃうわ!」

 

「……大丈夫だぁ、これで火加減を調整すればいいんだからなあ」

 

梅にどんどん具を勧められて辟易した様子の妓夫太郎だが、それでもフォークを受け取っている当たり、どうしても梅には強く出れないというのが良く判るな。

 

「鳴女、珠世。これも美味しいんだから」

 

「はい、判ってますよ、ありがとうございますね、梅さん」

「……ん、貰う」

 

「わぁ、おかきまであるわ! もうこんなの美味しいに決まってるわよね!」

 

幸せそうに頬に手を当てている梅、この感情の起伏が激しいのが梅の魅力だなと思いながら海老を刺す。

 

「……うむ。今度はしーふーどぐらたんとやらを食べてみるか」

 

「おや、兄上も洋食に興味が?」

 

若干からかう様な口調の縁壱。確かに私は洋食を避けてきたが、これほどまでに美味ならば食わず嫌いをせずとも、1度は食べてみるのも悪くないと思う。

 

「少しこれだけでは物足りんな」

 

「そう言うと思って締めは用意してる。チーズの中に少し牛乳を入れて伸ばしたら、この冷や飯を鍋の中に入れて、溶けたチーズと絡めれば即席リゾットの出来上がりだ。簡単だから、締めを食べたいと思ったら自分達でやってくれよ」

 

カワサキの言葉を聞いてなんに使うやらと思っていた牛乳を土鍋の中に入れ、チーズが伸びて来たタイミングで冷や飯を土鍋の中に入れる。

 

「うわあ、美味しい! チーズとお米は良く合うんだねえ」

 

「これだけ肉や魚を入れているんだ不味い訳があるわけが無い」

 

「そうですね。でも本当に美味しいです」

 

既に締めのリゾットと言う西洋のお粥を口にしている童磨達を見ながら、私と縁壱も自分達の分のリゾットが煮えるのを土鍋の中を楽しそうに見つめながら待つのだった……。

 

 

 

 

大人達が酒を片手にチーズフォンデュを楽しんでいる中、子供鬼達がいる食堂では……

 

「「「みょーん!」」」

 

「こらー! 食べ物で遊ばないッ!」

 

「……あむあむ」

 

「大丈夫か? そんなに沢山チーズを絡めて食べて大丈夫か?」

 

「……おいひい」

 

「そうか、それなら良いのだが……」

 

無限城の子守の達人響凱と零余子が初めてのチーズフォンデュに大興奮の子供達を前に悪戦苦闘していた。

 

「母ちゃん、うめえぞ、食べるか?」

 

「ふご」

 

「駄目! 伊之助それ駄目だからッ!」

 

猪にチーズをつけたおかきを与えようとしている伊之助に零余子が注意すると、伊之助は小さな目に涙を浮かべた。

 

「うまいのに、母ちゃんは食べちゃ駄目なのか?」

 

「んんッ!!」

 

子供、涙目、上目遣いは年下趣味ではない零余子にとっても破壊力抜群だった。もしここに変態がいたら、大暴走間違い無しだ。

 

「伊之助、お前の母にはおかきよりも、こっちのほうが良いだろう」

 

「やさいか! そっか、ありがとな。ほら母ちゃん、やさいだぞ」

 

「ぷぎッ!」

 

響凱のベストなフォローで涙目だった伊之助の目から涙が引っ込み、チーズを少しだけ付けた野菜を楽しそうに母猪に与えている。

 

「違うからね?」

 

「何も言ってない」

 

「いや、本当に違うからね?」

 

「小生は何も見ていない、それで良いだろ?」

 

「誤解してる! 致命的に誤解してるッ!」

 

「大丈夫だ。小生は何も言わない」

 

「違うって言ってるでしょうッ!?」

 

変態と仲間にされるのが嫌な零余子だが、既に響凱の中では変態予備軍にされていた。

 

「あ、海老美味しい……」

 

「え、本当ー? じゃあ私も海老食べるー」

 

「うえ……肉団子そのままだとあんまり美味しくない」

 

「子分はばかだなあ! チーズにつけないと駄目だって……あふうっ!?」

 

「親分!?」

 

「熱かった……でもうまいぞ!」

 

「じゃあチーズに良くつけないといけないね!」

 

「ぷぎいー」

 

「母ちゃんがやけどしないように気をつけろって!」

 

ショタコンではないと言う零余子と響凱を後ろに、先ほどまで遊んでいた子供達はチーズフォンデュを楽しみながら口にしていた。

 

「おかき美味しいよ!」

 

「やさいもちゃんと食べないとカワサキにおこられるぞ!」

 

「う、うー食べる」

 

溶けて伸びるチーズと言うのは子供達の興味を煽り、そして楽しそうに遊びながら食べると言う事をしているのだった……。

 

 

 

無限城ひそひそ噂場話

 

「えーっと、これじゃなくてこれじゃなくて……」

 

カワサキがグリーンシークレットハウスの中から調味料などを探していると、外から歓声が聞こえてくる。

 

「んー? なんだ」

 

その歓声になんだと首を傾げながらカワサキが探し物を中断して外に出る。

 

「……ふおおお……」

 

「ぴぎい!」

 

伊之助が外に置いてある装備品……蛮族の兜を見て興奮した面持ちでそれをジッと見つめていた。歓声のように聞こえてたのは身体を震わせている伊之助の声と母猪の声が重なったからそのように聞こえたようだ。

 

「どうした伊之助?」

 

「カワサキ! これ、これ欲しい! くれッ!」

 

蛮族の兜は決してレア度の高い装備ではない。むしろルーキーが使うようなそんな安い装備だ。

 

(ああ。これか)

 

動物の頭部を象った物で、それは色んなシリーズがあるが、伊之助は猪の兜を随分と気に入ったようだった。

 

「欲しいのか?」

 

「欲しい! これがあれば母ちゃんとおそろいだ!」

 

だから欲しいと言う伊之助にカワサキはしょうがないなと苦笑し、箱を開けて蛮族の兜を伊之助に渡す。

 

「大事にするんだぞ?」

 

「ありがとな!」

 

わくわくした表情で猪の兜を被った伊之助は母猪に跨って、カワサキのグリーンシークレットハウスの後にする。

 

「まあ。大した事無い装備だから大丈夫だろう」

 

微弱のオートリジェネと防御力とかに軽度なバフだから大したこと無いだろうと思い、その猪兜を譲り渡したカワサキなのだが、後に……。

 

「伊之助君はもう全集中の呼吸・常中を出来るんですね?」

 

「じょう?」

 

「……え?」

 

「?」

 

「使ってない? 知らないんですか?」

 

「しらねえ……なんだそれ」

 

「……え、嘘。煉獄さん達もそう言ってたのに?」

 

鬼殺隊入隊後に柱達に全集中の呼吸・常中が出来ていると勘違いされる事になるのだが、勿論カワサキはそんなことを知る良しも無いのだった……。

 

 

メニュー19 田楽へ続く

 

 




次回は一応鬼滅の刃の原作キャラになるのかな?宇随さんの死んだ姉弟などの話を書いて見たいと思います。折角だからそう言う展開にすると面白いと思ったのでそうしたいと思います。それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

メニュー19 田楽

メニュー19 田楽

 

私は神様を知っている。

 

使い潰されて死に掛けている時、私は……いや、私達は神様に出会った。

 

毒の治療を受け、骨が折れている箇所は丁寧に治療され……。

 

もう二度と会えないと思っていた妹と弟にも会えた。

 

だからあの人が何と言おうと……。

 

私に取っては神様なのだ。

 

尊敬し、敬愛する神様に出会えた私はきっと誰よりもこの世界で幸福なのだ……。

 

 

 

 

 

深い木々が生い茂る谷川にカワサキと玉壷、そして巌勝の姿があった。3人はそれぞれが竹竿を手に、雪が積っている渓流の巨大な岩を飛び跳ねるように移動していた。

 

「カワサキ様、鮪を釣れてないのにこんな事をしてていいんでしょうか?」

 

「時期が合わないからしょうがないだろ? 焦ってもしょうがないさ」

 

釣り糸に羽の目印をつけて、ゆっくりと渓流に振り込むカワサキ。

 

「うむ、焦っても良い結果は出ない。こうして息抜きも大事だろう」

 

「いや、巌勝殿は逃げてきた……いたたたたたたッ!!!」

 

余計なことを言ってアイアンクローをされている玉壷に苦笑しながら、足元まで流れてきた仕掛けを回収して再び上流に振り込む。肌寒い山の間に吹く風が山登りをして火照った身体に心地良い。自分も仕掛けを作り、振り込む準備をしているとカワサキが真っ先に仕掛けを川の中に投げ入れる。

 

「相変わらず早いな」

 

「痩せ馬のさきっ走りさ」

 

そうは言うが、私と玉壷とカワサキで釣りに行くと竿頭になっているのはカワサキだ。だが何時までも負けっぱなしでは面白くない、今日こそは勝つと気合を入れて仕掛けを作っていると山の中にカワサキの声が響いた。

 

「よっと!」

 

羽の目印が勢い良く沈んだタイミングで竿をあおるカワサキ。すると穂先が小気味良く、水面に引きこまれる。竿を高く立てて、魚が好きなように動けないように竿を動かし、ゆっくりと上層へと引き上げる。

 

「相変わらず早いですなあ」

 

「……負けてはおられんな」

 

私達が仕掛けを作る間に1匹もう釣り上げようとしているカワサキを見て、私と玉壷も仕掛けを上流に投げ入れた。

 

「ほっと」

 

空気を吸って弱った所を一気に引き寄せ、テグスを掴んで川から引き上げる。ちらりと見ただけだが、まずまずの大きさのようだ。

 

「シッ!」

 

目印が引きこまれた瞬間に竿を立てる。手元まで伝わってくる魚の感触を楽しみながら、魚の動きに合わせて川を下り、流れの緩やかな場所に魚を引き寄せる。

 

「ん、良いサイズじゃないか」

 

「尺はある」

 

手応えから大物だと確信していたが、尺サイズのアマゴを無事に釣り上げ魚籠の中に入れる。

 

「やれやれ、これだけ暴れたら、ここでは駄目ではないですか」

 

「仕掛けを投げ入れるのが遅いのが悪いのさ」

 

「そう言うことだ」

 

川魚は非常に臆病だ。尺の魚が暴れまわれば暫くはそこでは魚は釣れないだろう。仕掛けを川から引き上げ、私達は渓流を上へ上と遡りながら、順調に数を釣り上げていたのだが……。

 

「「「……」」」

 

途中で3人とも完全に黙り込んだ、なぜならば……その忍び衣装を真紅に染め上げたくのいちがゆっくりと川を下っていくのを見て、流石の私達も思考が停止してしまった。

 

「はっ!? 思考停止している場合じゃない! 助けるぞ!」

 

「あの先は滝ですぞ!?」

 

「いかん! 急げッ!!」

 

今正に自分達が滝の横の壁を上ってきたのを思い出し、私達は慌てて瀕死のくのいちの救出に走り出した。

 

「どうですか? カワサキ様」

 

「とりあえずポーションをぶっ掛けたから大丈夫だと思うけど、忍者なんているのか?」

 

「そうですなあ、江戸の頃には忍者なんて絶滅しているので存在しないと思うのですが、そこの所どうですか?」

 

「……忍びの術を失われないように継承している可能性はある、それか……暗殺者として雇われていると言う可能性も捨て切れないな」

 

顔を覆っていた布を外すと白銀の髪の整った容姿のくのいちだった。暗殺か、潜入任務に失敗して追われたと言う可能性は高いだろう。

 

「なるほど、だけど忍者って良くないか?」

 

「使い勝手は良いが、私達に忠誠を誓うかどうか……」

 

「命を救えばある程度は従ってくれるのではないですかな?」

 

従わない可能性もあるが、だがこうして拾ったのを見捨てるのも夢見が悪い。焚き火の側にくのいちを寝かせる。流石に男しかいないので、服を脱がせる訳には行かないが、呼吸も整っているので死ぬことは無いだろう。

 

「じゃあ助けるって言う方向性で行こう。玉壷、火を起こしてくれ、昼食の準備だ」

 

「判りました。すぐに準備をいたしますね」

 

薪を拾い集める玉壷と調理の準備をしているカワサキを見ながら、女が持っていたクナイに視線を向ける。

 

(……宇随か、これは拾い物かもしれん)

 

戦国時代にも存在していた忍者……宇随家の末裔となれば忍者としての力量は高いだろう。目を覚まして、従うと言うのならば童磨の所に情報収集係として送り込んでもいいかもしれないと私は考えをめぐらせるのだった……。

 

 

 

釣り上げた岩魚や山女の腹をナイフで開き、内臓を取り出して川水で一度洗った後、無限の水差しで更に魚を綺麗に洗う。

 

「川水だと危ないからな」

 

綺麗に見えても中には微生物が沢山いる。そんな水で調理をしては食中毒になるので、綺麗な水で血を綺麗に洗い流し、魚の内臓は地面の中に埋める。

 

「カワサキ様、出来ました」

 

「すまないな」

 

「いえいえ、とんでもない」

 

玉壷が綺麗に削った木の棒を受け取って確認するが、流石手先が器用な玉壷だ。売り物と遜色ない出来栄えだな……これをナイフ一本で作ったとか正直感心する。

 

「よっと」

 

木串を口から差し入れて、エラから串先を出し、1cmぐらい先の身にすっと串先を刺す。

 

「そしたらっと」

 

今度は身をくの字のように持って、中骨を縫うようくねらせながら串を差し込んで形を整える。魚らしい泳いでいるような姿に仕上げるのがやはり、串焼きのコツだと思う。

 

「良し、良い感じだ」

 

最後に尾っぽを上げるように持ち、串先を出せば出来上がりだ。出来た串を塩も振らず、焚き火の周りに刺して、遠火でじっくりと焼き上げる。

 

「おや? 塩は使わないのですか?」

 

「ああ。今日は別に良い物を持ってきた」

 

タッパーに入れた赤いどろりとした調味料を見せると玉壷は納得と言う様子で笑った。

 

「魚田楽ですか?」

 

「乙だろ?」

 

本来は豆腐やこんにゃくに塗って食べる田楽味噌だが、魚田楽と言って魚にも良く合うのだ。だから今回は塩ではなく、無限城でみそ、卵黄、酒、砂糖と混ぜ合わせ、弱火で丁寧に練り上げて作った味噌だ。淡白な川魚にも合うようにやや甘めに仕上げてある。

 

「ははは、違いない!」

 

釣り立ての魚を焼いて魚田楽で食べる。これほど贅沢な物は無いだろう、岩魚がこんがり焼ける間に鍋にお湯を沸かし、味噌玉を中に入れて味噌汁を作る。

 

「カワサキ様。そろそろ良いのでは?」

 

「ああ、良い焼き具合だな」

 

魚がしっかりと焼けた所で田楽味噌を塗り、再び焚き火で焼き始める。味噌汁の匂いと味噌が焦げる香りが周囲に満ち始めると意識を失いぐったりとしていたくのいちがゆっくりと目を開いた。

 

「こ……こは? 私は……生きて?」

 

「目覚めたか。川に落ちて身体が冷えている、味噌汁飲めるか?」

 

竹を半分に切って作った器に味噌汁を入れて、身体を起こしたくのいちに俺は味噌汁を差し出すのだった……。

 

 

 

 

焚き火の近くに座っている3人組……恐らく釣り人なのだろう、岩に立てかけてある釣り竿を見てそう予想するのと同時に、姿を見られたと言う事で排除するかどうか考え、苦笑した。

 

(……いや、そんなことをする必要はないか)

 

私は失敗作として父に切られ、川の中に捨てられた。運よく溺れる前に釣り人に回収されたようだが、忍者としての私は必要とされていなかった。だが私はもうあの父の狂った方針には従いたくなかった……あえて任務を失敗したが、まさかその日のうちに処分されるとは思っていなかった。

 

「川に落ちて身体が冷えている、味噌汁飲めるか?」

 

「あ、ああ……ありがとう」

 

竹を半分に切った器に盛り付けられた味噌汁を受け取る。

 

「服を脱がせる訳にも行かなかったから、焚き火の近くに寝かしたんだ」

 

「いや……ありが……」

 

腹部に手を当てて気付いた。身体が痛くない、父に刺された筈なのにだ。それに脱がせる訳には行かなかったと言っていたが、既に完全に乾いている装束にも驚かされた。それほど、私は気絶していない筈だ。これだけの短時間で服が乾くとは思えない、それに父の忍び刀には毒が塗ってある。仮に生き延びたとしても、手足の痺れと共に死ぬ筈……だがそれがない。

 

「混乱しているのは判るが、先に味噌汁を飲め」

 

「ひょひょひょ、そうですぞ。カワサキ様の料理は絶品、食べないなんて勿体無いですぞ」

 

大袈裟だと笑う黒髪の男と、不気味な笑い方の作務衣の男、そして圧倒的な威圧感を持つ長髪の男……仮に1人を倒せたとしても、残りの2人に鎮圧されると、もう忍者ではないと判っていても長い間教えられた暗殺術が頭から離れないことに苦笑しながら、味噌汁を口にした。

 

「……美味い、なんだこれは……」

 

1口飲んで、すぐにそれを口にしていた。今まで味噌汁なんて腐るほど飲んできた……だけどそれとは根本的に違う。口にしたところから全身に広がる心地よい熱に気が付けばがっつくように味噌汁を啜っていた。

 

「お代わりあるぞ」

 

「あ、ああ。貰おうかな」

 

3人に見られている事に気付き気恥ずかしいと思いながら3人が座っている丸太の方へ移動する。

 

「はい、どうぞ」

 

「あ、ありがとう」

 

味噌汁のお代わりを受け取り、丸太に腰掛けてちびちびと飲みながら焚き火の周りに視線を向けると大振りの川魚が焚き火で遠火で焼かれている。

 

「ああ、これか、もう少し待ってくれるか」

 

「い、いや、そう言うつもりでは……」

 

催促したつもりではないのにそう言う風に受け取られて焦ってしまう。だがカワサキと呼ばれた男はいいからと笑い、膝の上に乗せていた入れ物から味噌をたっぷりと塗りつけ、再び焚き火の前に刺す。

 

「……私は怪我をしていたはず。貴方達は何者か?」

 

「話は飯を食ってからだ。焦る事は無い、時間はあるんだからな。ほれ」

 

味噌を塗って焼かれた川魚を差し出され、それを殆ど反射的に受け取る。だが女が大口を開けて魚に齧り付くのはどうかと悩む。

 

「巌勝、玉壷も」

 

「いやいや、楽しみにしてましたぞ」

 

「……うむ」

 

他の2人もそれを受け取り魚に齧り付いている。それを見ると、私も食べたいと言う気持ちが強くなる。

 

「んー味噌の甘さと焦げた香りがいいですな」

 

「魚も脂が乗っている」

 

美味しそうに食べているのを見て、行儀が悪いと思いながらも私も魚の腹に齧りついた。

 

「美味しい……」

 

焦げた味噌の香りと甘い味。そして魚の脂が口の中で一杯になる、魚を焼いて味噌を塗っただけ、料理と言うのもおこがましいほどに単純な物なのに、その味は驚くほどに美味だった。

 

「カワサキ様。2本目は塩が良いですなあ」

 

「塩焼きか、OKOK」

 

おけ?何を言っているのか判らないが了承と言う意味なのだろうか? 魚に塩を振りかけて焼く準備をしているカワサキの姿を見ていると、突如長髪の男が立ち上がった。

 

「月の呼吸壱ノ型 闇月・宵の宮」

 

手の平から生える様に現れた異形の刀。振るうと同時に飛び出した月輪が茂みから顔を出した、異形を両断した。

 

「ごぎっ!? な、なんで……」

 

「殺気くらい隠すのだな、未熟者」

 

両断された異形は倒れながら塵と化し、消滅していく。何が起きたのか判らず、思わず手にしていた魚を落としかけた。

 

「あーあ、巌勝。こんなの見せたら、街で別れるとか出来ないじゃないか」

 

「忍びは役に立つ。私は元より連れて行くつもりだ」

 

「ひょひょひょ、そうですなあ。裏方は何人いても足りませんしなぁ……ですが、やれやれ、楽しい時間を邪魔されたのは面白くありませんなあ」

 

作務衣の男も立ち上がると何時の間にか小脇に抱えていた壷から無数の魚が飛び出し空を舞う。そのありえない光景に目を見開いた……こんな物見たことがなかったからだ。

 

「て、天狗……?」

 

思わず天狗と呟くとカワサキはてきぱきと道具を片付ける。私を見つめて笑った。

 

「天狗では無いが、人間でもないな。でも悪党ではないつもりだ、どうする? 非日常を見たわけだが……望むのなら、日常に帰そう。だけど、来ると言うのなら歓迎しよう。この非日常の世界を」

 

空中に浮かぶ障子が開く、これはきっと分岐点……戻りたいと言えば、きっと日常に帰れる。でも私には日常なんてものは無い、忍者として生きた私が日常の中で生きていられる訳が無い。

 

「ようこそ、非日常へ。歓迎する」

 

「はい、よろしくお願いします」

 

私はカワサキの手を取り、彼に手を引かれるように障子の中へと落ちていくのだった……。これが私、「宇随幽玄」が神様に出会った日の事である……。

 

 

 

無限城ひそひそ噂話

 

「ったく、本当にいるのかねえ……人を救う鬼なんて」

 

屋根の上に腰掛ける背中に巨大な2本の刀、宝石のついた額当て、大正時代では珍しいノースリーブからは鍛え上げられた腕が剥き出しになっていた。男の名は「宇髄天元」……鬼殺隊の最大戦力である柱であり「音柱」を呼ばれる鬼殺隊の最強の9人の1人である。

 

「カナエは幻でも見たんじゃねえか?」

 

数ヶ月前に人間の臓器だけを食べる鬼に襲われたカナエを助けたという鬼――だが鬼は悪辣で、そして邪悪だ。お館様の手前捜索に協力すると口にしたが、惨たらしい死体を何度も見てきた天元はとてもではないが、人間を救う鬼なんて信じられなかった。

 

「て、天元様! て、天元様!!」

 

「なんだ、どうした!? 何事だ!?」

 

情報収集に出ていた妻が青い顔で震えて戻ってきたのを見て、腰掛けていた屋根の上から跳ね起き、震えて帰って来た「須磨」に駆け寄る天元。

 

「……い、いま、いままま……」

 

「どうした!? 何があった! まきをと雛鶴はどうした!?」

 

宇髄天元には3人の妻がいる。3人とも優秀なくのいちであり、須磨は気弱だがそれでもここまでうろたえる事は無かった。

 

「い、今……ゆ、ゆゆゆ……幽玄様が……虎郎様と一緒に……」

 

「……なん……だと……!?」

 

それは死んだ天元の姉と弟の名前。それを聞いて天元も驚きに目を見開いた。

 

「まきおと雛鶴が後を……私は報告に……」

 

「本当に幽玄姉さんだったのか?」

 

「み、見間違える訳がありません……間違いないです」

 

「よし、判った。そこまで案内しろ」

 

「は、はい!」

 

腰が抜けている須磨を背中に背負い走り出す天元。だがその頭の中は死んだ筈の姉と弟の名前を聞いて混乱していた。

 

「天元様!?」

 

「まきを!?」

 

屋根の上に飛び上がってきたまきをに気付き慌てて足を止める天元。その後ろから、雛鶴も屋根の上に上がってくる。

 

「幽玄姉さんを見たと聞いたが……」

 

「はい、間違いないです……あたし達が見間違えると思いますか?」

 

「いや、おもわねえ」

 

3人の妻にくのいちの指導をしたのは幽玄だ。だからこの3人が見間違えるのはありえない。

 

「それでどうなった?」

 

「……それが袋小路の中に消えまして……屋根の上にそれらしい人影はありませんでしたか?」

 

「いや、ない……雛鶴。お前、その帯どうした?」

 

「え? あッ!?」

 

雛鶴の帯に差し込まれた文。それを手に取り、中身を開く。そこには……。

 

【まだまだ修行が足りないわよ 幽玄】

 

「間違いねえ……姉さんの文字だ」

 

「た、確かに……で、でもあの人は」

 

「ああ。死んだ筈なんだが……鬼に成ってるとか言わないよな……くそ、1回戻るぜッ!」

 

カナエを助けたという鬼の手掛かりを探していたのだが、まさかの死んだ筈の縁者からの手紙――それが鬼かもしれないと考慮した天元達は1度街から撤退することを決めたのだった……。

 

だが想定しない所で、天元は死んだ筈の家族と再会することになるのだが……それはまだ先の話である。

 

 

メニュー20 親子丼へ続く

 

 

 




天元の姉弟もオリジナルで参戦ルートに入ります。ただ、医者の鬼になってる姉や弟もいるって感じで全員救済ではない感じですね。
次回も引き続き、柱の話を書いて行こうと思います。それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

お正月特別短編 年越し蕎麦 

お正月特別短編 年越し蕎麦 

 

鬼とは言え年末年始はある……しかしその時期になれば当然医者の鬼も活発に動き回るので年末年始をのんびり過ごすということは出来ない。それでもお正月らしい事をしたい……そんなカワサキの提案で年末は年越し蕎麦を作るというのが無限城の決まりごとになっていた。

 

「汗飛ばすなよー、汚いからな」

 

蕎麦を打つ為の器――捏ね鉢を用意しながら俺は石臼をゴリゴリゴリ回している連中に声を掛けた。

 

「判ってます!」

 

「そんな失態は犯さない」

 

「兄上の汗ならむしろご褒美では?」

 

「「「止めろ馬鹿ッ!」」」

 

相変わらず戦国クレイジーは通常運転だなと苦笑しながら、挽かれた蕎麦粉を受け取って振り返る。そこには累を初めとした子供鬼がわくわくとした表情で待っていた。

 

「今年は上手に作るわ!」

 

いつも途中で千切れてしまう蕎麦を生産している梅も活きこんでいるが、きっといつもと同じパターンなんだろうなと苦笑しながら蕎麦粉と中力粉を机の上において説明を始める。

 

「このふるいの中に蕎麦粉と中力粉を入れ、捏ね鉢の中に入れる。良いかー? ゆっくりやるんだぞ」

 

「「「はーい!」」」

 

元気良く返事を返す累達を見ながら俺もふるいを振るって捏ね鉢の中に蕎麦粉と中力粉を混ぜた物を入れる。

 

「えいえい」

 

「零さないように……」

 

「そーっと、そーっと」

 

捏ね鉢の外に落とさないように慎重に作業する者、力を込めて大胆に作業する者。こういうのは本当に性格が良く出る、梅は言わずもがな力任せにやるタイプなので周りがひどいことになっているが、これもいつもの事なので気にしない。皆の作業を観察しながら卵を割って、1つ1つ器に入れて準備をする。

 

「出来たよー!」

 

「次はどうするのー?」

 

出来たと言う言葉を聞いて皆に見せるように蕎麦粉で山を作り、真ん中をへこませてそこに卵を落とす。

 

「こうやって内向きの円を描くように混ぜて、少しずつ水を入れて全体を混ぜる。用意してある水は最初に全部入れたら駄目だぞー」

 

言葉だけではなく、見本を見せることで子供達もしっかり蕎麦作りをする事が出来ている。

 

「つ、冷たい」

 

「むふう!」

 

「美味しくなーれ、美味しくなーれ」

 

皆でこうやって協力しながら作るから楽しいし、食べるときに美味しいって思うんだよな。

 

「ある程度固まってきたら水を入れて捏ね合わせる。ここが難しいけど、ゆっくりと捏ねて一纏めにするんだ」

 

水はある程度感覚だが、子供達にそれを要求するのは難しいので俺が最初から準備した物を使わせる。これであんまり形が崩れるって事はないと思う。

 

「こんな感じよ」

 

「梅ちゃん凄い!」

 

「よーし、頑張るぞー」

 

流石に100年もやっていれば梅も大分上手に作れるが、梅が何時も失敗するのはこの後からなので今年はうまく作れるかなと思いながら俺も蕎麦粉を1つに纏め始める。

 

「纏まったよー!」

 

「綺麗な丸になった」

 

粉が固まりになったと興奮した面持ちの累達を見て俺も笑いながら蕎麦を机の上に出す。

 

「今度は粉を机の上に広げて、この麺棒で伸ばす。力任せにやって壊すなよー?」

 

笑顔が満ちる厨房で俺達は年越し蕎麦の準備をきゃいきゃいと笑いながら続けるのだった……。

 

 

 

 

カワサキが子供達と一緒に蕎麦を作っている頃。鳴女や、恋雪と言ったある程度料理が出来る面子と殆ど料理が出来ない面子という異色の組み合わせはカワサキの厨房にいた。

 

「疲れた……まだやらないといけないの……」

 

「でもここで頑張らないと蕎麦食べれないよ?」

 

煮干の頭を千切り、腸を取り半分に裂くという単純作業に疲れたと朝日が嘆き、出て行こうとすると同じ様に煮干を千切っていた螢火がそう注意する。

 

「それは嫌」

 

「じゃあ、がんばろ」

 

ショタとロリの手作り蕎麦を食べれないとか嫌だと即答する朝日に螢火ががんばろ?と声を掛け、またひたすら無言で煮干を千切り、腸を取り、半分に裂くという作業が続く。

 

「こんなもんかの? 昆布を拭くって何か意味があるのか?」

 

「軽く撫でる位で良いらしいわよ。昆布の白いのをふき取ったら駄目ってカワサキさんは言ってたわ」

 

「……じゃあなんで拭くんじゃ?」

 

「ヒョヒョヒョ。昆布は天日干しで作るので、汚れや虫がついているかもしれないからですぞ?」

 

昆布を拭く理由が判らないと嘆く朱紗丸に昆布を運んで来た玉壷がその理由を教える。その事を聞いてむむうっと呻く朱紗丸に一緒に作業をしていた零余子がそれならと口にする。

 

「童磨達と割り箸作りに行く?」

 

「……それはそれで嫌じゃな」

 

「ヒョヒョヒョ、でしょうなぁ」

 

童磨、妓夫太郎や病葉達は竹細工や木細工を作る工房でナイフを片手に箸作りなどを行なっていた。

 

「あいたああ!?」

 

「おいおい……童磨さんよお……不器用過ぎないかぁ?」

 

「はぁ……童磨様は竹を切り倒しますか?」

 

「いやいや、頑張るよ!」

 

門松や竹細工、そして箸などを作っているのだが童磨はナイフで指を斬り痛いと叫んでいた。妓夫太郎達が20本近く作っているが、童磨はまだ2本とその不器用さが実に良く判る。それに対して響凱達は折り紙や和紙を駆使して飾り細工を作り、切り倒した竹を並べて門松などをてきぱきと作っている。

 

「この後は確か杵と臼でしたよね?」

 

「ああ。汚れているから綺麗に洗っておかないとな」

 

「ひゅーやっぱり年末は疲れるなあ」

 

夜は医者の鬼への対策、朝は疲れを癒す為の食事や風呂。それの準備や祭りごとをするのに大忙しだが、嫌そうな気配はない。カワサキが持ち込んだ祭り行事は確かに鬼達の楽しみの1つになっていた。

 

「拭いた昆布と煮干はその大鍋の中に入れておいてくれますか?」

 

「はい! 判りました! 珠世様ッ!!」

 

愈史郎が元気良く返事を返し、珠世は苦笑しながら鳴女と共に鍋に視線を向ける。

 

「何時も思いますけど、鳴女さんの作る出汁は凄く美味しいですね」

 

「私が好きだから上手に作れるようになっただけ、カワサキさんが作ってくれない時もあるから……」

 

鳴女の主食はうどんか蕎麦でそれ以外の物は余り好んで口にする事はない。カワサキが時間の掛かる料理を作っている時はうどん等を作ってくれないので、鳴女が必死でうどんの作り方を覚えただけだ。

 

「でもカワサキさんの方が美味しいんだよ」

 

「私は鳴女さんの作るうどんとか蕎麦も好きですけどね」

 

「……なんか違うんだよね」

 

同じ作り方なのになんでだろ? と首を傾げる鳴女に珠世は小さく笑い、水出しした昆布とにぼしの入った鍋を火に掛ける。

 

「とりあえずどんどん準備をしましょう。恋雪さんのお手伝いもしないといけないですしね」

 

汁を作り、天ぷらを揚げて、蕎麦を茹でる。年末の無限城は大忙しだった、そしてそれは無惨も同じで……。

 

「良し、持って行け」

 

「「はい!」」

 

凧に「寿」や「春」とやたら達筆で書いていた無惨は部屋に置かれている数百個の凧を見つめる。

 

「……何故私1人なのだ」

 

他のグループと違い自分が1人で筆を握り続ける事に不満を抱いていた。だが、習字や文字にうるさい無惨によって手伝いに来ていた鬼が追い出されていたと言う事は忘れてはいけない事なのだった……。

 

 

 

夜は医者の鬼が出現する可能性が高く、除夜の鐘を聞きながら年越し蕎麦を食べると言うのはまず絶対に出来ない事だ。だがそれも初詣やお参りの帰りを鬼が狙う可能性が高いので、どうしても我慢しなければならない所でもある。

 

「はい、出来たぞ。持って行ってくれ」

 

「「「はーい」」」

 

鳴女が作った汁の中に茹で立ての蕎麦をいれ、海老天と蒲鉾、そしてネギを散らしたシンプルな蕎麦をどんどん作り運んで行って貰う。

 

「ふーふー」

 

「おいしい!」

 

「これ僕の作った奴かなあ?」

 

蕎麦は子供達が作った物を使うというのが無限城の年越し蕎麦の決まりだ。きゃいきゃいと自分が作った奴かな? 美味しくできたと喜ぶ子供達の声が響いて来る。

 

「おお、ちょっと上手くなったんじゃないか?」

 

「……また千切れてるもん」

 

「ははぁ、それじゃあまた来年だ。今度は上手くできると良いなあ?」

 

「がんばる……」

 

捏ねるのは上手いんだが、麺棒で伸ばすのが苦手で、切りかたの荒い梅の蕎麦はやっぱり例年通り少し短い仕上がりになったが、今回のは大分蕎麦と言っても通用するレベルになったと思う。

 

「カワサキさん、蕎麦をお願いします。あの、ネギは無しで」

 

「あいよ、ちょっと待ってな」

 

実弥と玄弥が蕎麦を取りに来たのでお盆を2つ用意して、海老天と蒲鉾を乗せた蕎麦を仕上げてお盆に載せる。

 

「熱いから零さないように気をつけてな」

 

「「はい!」」

 

元気良く返事を返し、待っている弟や妹のもとに運んでいく2人を見ていると凄い穏やかな気持ちになるな。

 

「おかわり」

 

「……年越し蕎麦はわんこ蕎麦じゃないぞ?」

 

「?」

 

「そこで不思議な顔をするなよ。まぁ良いんだが……」

 

わんこ蕎麦のようにそばを食い続けている鳴女に肩を竦め、蕎麦を手に取り鍋の中に入れて茹で始める。

 

「おお、美味しい。うーん、これを食べるとまた1年経ったなあってしみじみおもうよね」

 

「そうだな。来年こそは必ずあの腐れ外道を殺す」

 

童磨の言葉に殺意に満ちた返事を返す狛治。今年こそ剣鬼を見つけて倒す事が出来ると良いなと俺も思う。

 

「では食べ終わりましたら、少し早いですけどお参りに行きましょうか?」

 

「良いんですか、恋雪さん」

 

「ええ、童磨さんも一緒ですけどね」

 

童磨も一緒と聞いて目が死ぬが、安心して欲しい、子供鬼もお参りに行くので30人くらいの大所帯になる筈だから。

 

「てんぷらうめえッ! もっとくれ!」

 

「はいはい、判ったから机の上に乗るな。伊之助」

 

海老天を3つも乗っけてやったが、それでもまだ足りないとか本当に伊之助は天ぷらが好きだなあと思い、揚げてある海老天を皿の上に乗せてやるとてんぷらてんぷらと言って駆けて行ってしまう。

 

「本当に伊之助は元気に溢れているな」

 

「……痛いです」

 

「黙れ変態」

 

伊之助の方に視線を向けながら、鍋の中に小瓶を入れようとしていた変態の頭にフライパンを叩き込む。

 

「変態ではありません。仮に私が変態だったとしても、私の場合は兄上を愛している淑女という名の変態です」

 

「世界中にいる淑女に謝って来い」

 

辛辣と嘆いているが蕎麦を茹でている鍋に自分の汗を入れようとする奴は変態で十分だし、何よりもロリコンという名の紳士ですみたいなことを言い出す縁壱は十分に変態で良いと思う。

 

「……すまない」

 

「とりあえずここで食ってけ。な?」

 

「……そうする」

 

俺の目の届かない所だと縁壱がナニをしでかすか判らないので、俺の監視下で巌勝には蕎麦を食べて貰おうと思う。

 

「カワサキ、私も蕎麦だ。あとお前も食え」

 

「もう少ししたらな」

 

珠世辺りが食べ終われば交代で俺も休憩に入れると思う。

 

「見てください。珠世様! 今回の蕎麦は上手に打てたと思います!」

 

「そうですか、では愈史郎が打ってくれたそばを今度は食べるとしましょう」

 

もうこれ以上幸せなことはないって言う顔をしている愈史郎。本当に普段はポーカーフェイスなのに、こういう時は顔に出るな。

 

「今年1年は良い事がありますように……」

 

「ヒョヒョヒョ、ですなあ。またマグロ10匹とか言う拷問がなければ良いですなあ」

 

「お前はまだ良い、松茸探しは地獄じゃった」

 

食材調達組に成る確率の高い玉壷と半天狗の言葉はやけに胸に刺さるな。だって無惨にそういう稀少食材が美味いって伝えたの俺だからな。

 

「まだお前が食べれないのならば、蕎麦はまだ良い。酒と天ぷら、それと刺身をくれ」

 

「悪いな。まぁ昔ほど忙しくはない筈なんだけどな」

 

恋雪や珠世、料理が出来る鬼も増えてきているので昔ほど忙しくないはずなんだが……まぁ料理は嫌いじゃないから嫌ではないんだが、この寂しがりやなハスキーみたいな無惨にはもう少し待って貰おう。

 

 

「お待たせ」

 

「遅いわ。たわけ」

 

「そう言うなよって」

 

2時間後に交代してもらい、俺と無惨の分の蕎麦を持って天守閣で酒盛りしていた無惨の元に蕎麦を持っていく。

 

「「いただきます」」

 

揃っていただきますと口にして丼を持ち上げ汁を啜る。無限城で作っている昆布と煮干、玉壷が良い品を厳選しているだけあって非常に良い出汁が出ている。

 

「美味い、最初のときとはやはり違うな」

 

「あんときは設備とかなかったからなあ」

 

グリーンシークレットハウスを使うという選択肢もあったが、余りに見慣れない装飾に無惨とかが嫌がったから、大体竃とか炭火だった。

 

「無限城で設備を整えてやったんだから良いだろう」

 

「まぁな」

 

サクサクの衣に汁が染みこんだ甘辛い海老天を齧り、累達が打った蕎麦を啜る。

 

「美味い」

 

「そうだな、今年も何とかなったという所か」

 

まだまだ医者の鬼は倒せていないし、鬼の被害も抑え切れている訳ではない。それでも少しずつ、前には進めていると思う。俺達が辿り着くべき終着点はまだまだ先だが、ほんの少しでも光が見える……そんな1年だったと思いながら、俺と無惨は並んで年越し蕎麦を啜るのだった……。

 

 

 




年末年始の更新はゲッターロボ、GSがメインになりますので飯を食えは残念ながら鬼、鬼殺それぞれ1つずつになりますが、オバロ版はゲッターロボとGSと共に連続更新をやろうと思います。鬼滅に関してはこれはストックがないとか、そういう感じの理由なのでお許しください。それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

メニュー20 親子丼

メニュー20 親子丼

 

さて無惨と言えば、カワサキに怒られていると言うイメージが無限城では定着している。珍しい食材、調味料を紹介されるとつい買って来てしまうという悪癖があるからだ。だから大体無惨がカワサキに叱られているのだが……。

 

「正座」

 

「はい」

 

「お前は何をしている。私の言葉を聞いていたのか?」

 

「いや、ほら……なんかあるじゃん?」

 

「なにかって何だ? 私に具体的に説明してくれ」

 

「……すまん」

 

「謝るくらいなら良く考えてくれ……いや、まぁ私もそうなんだが……」

 

無惨達一派の鬼は鬼殺隊、そして医者の鬼から追われる存在であった。しかし、時代が変わり、無惨一派の鬼に救われたという隊士が多くなれば、産屋敷も無能ではない。産屋敷の歴史などを調べ始める、そうなれば産屋敷の祖先が無惨に救われたこと、そして医者に毒を飲まされ、それが産屋敷を苦しめていると言うことに辿り着く者だっている。現に今の鬼殺隊の頭領は人を喰う鬼とそうではない鬼が存在する事、そして人を喰う鬼は気配が変わるのでそうではない鬼……つまり無惨達と医者の鬼の違いを既に気付いている。そしてその上で無惨達と協力出来ないか? と考えているのだ。それは童磨が以前柱を助けた事で人を助ける鬼がいると言うのを認知されてしまったのが大きい。

 

「まぁ、良い。カワサキだって間違いは犯すだろう、で、小僧。貴様は本気なのか?」

 

「本気だ! 俺は母ちゃんを人間に戻すんだッ! それに母ちゃんを鬼にしたあいつを俺は許せないッ!」

 

「……」

 

口枷をつけた小柄な女性の前に立つ、「白髪」の少年を見て無惨は頭をかきながら溜め息を吐いた。

 

「良いだろう、その目が気に入った。黒死牟、面倒を見てやれ」

 

「……御意。小僧、名は?」

 

「……不死川……不死川実弥」

 

「そうか、良い名だ。今日から、私がお前の師だ。着いて来い」

 

「待ってくれ、母ちゃんは……」

 

「珠世が見てくれる。だからお前は自分の事だけを考えるんだな」

 

黒死牟に連れられていく実弥をカワサキは正座のまま見送る。

 

「カワサキ。お前はもう少し人間を拾ってくる癖をどうにかするんだな」

 

「……多分無理」

 

「はぁ……お前も人の事を言えんだろう」

 

むしろ人間ではない分無惨の買ってくる物の方が良いだろう。ジト目の無惨にカワサキはスマンと謝罪する事しか出来ず。

 

「親子丼。焼いてない奴、焼いた奴は炭臭くてかなわない」

 

「うい」

 

無惨からの夕食のリクエストが出た事で、正座から解放されるのだった……。

 

 

 

 

不死川親子は俺が助けた訳ではない。狛治が医者の鬼の襲撃を防ぎきれず、母を鬼にしてしまったと連絡して来たので俺が迎えに行ったのだ。まぁそれでも連れて来るって言う選択をしたのは俺だから、俺の責任と言う事になるんだが。

 

「どうだ? あの子達は?」

 

「結構精神的にタフですね。今は皆と一緒に昼寝してます」

 

玄弥・寿美・貞子・弘・こと・就也の不死川一家も拾ってきた。流石に母と長男だけ連れて行き、他の子供を放置と言うのは俺には出来なかった。

 

「なんとかなりそうか?」

 

「まぁ、大丈夫だと思いますよ。何かあれば、また連絡します」

 

子供の面倒を見てくれている零余子にすまないなと謝り、俺は夕食の準備を始める事にした。

 

「でもまぁなぁ……無惨の言う事も判るんだよな」

 

人間だから鬼の中で暮らすのはストレスになるかもしれない。今珠世に預けているくのいちの事もある、その時でも一悶着あったのだ、それから数日もたたずにこれでは無惨と言えどなぁなぁには出来なかった。

 

(使い道と言ったら悪いけど……面倒は見てやれる)

 

万世極楽教にも人材は必要だし、何よりも巌勝が異論も無く実弥を指導するといったのは紛れも無く才能があるからだろう。そうなれば、こっちの事を探っている鬼殺隊の情報も知れるし……何よりも同等の場で話し合いのための橋渡しになる可能性もあるのだ。巌勝には優しく面倒を見てやって欲しい物だ。

 

「……良し」

 

鰹節と昆布で取った出汁が出来た所で本格的に親子丼の準備を始める。

 

「まずは玉葱っと」

 

玉葱はくし切りにし、鶏腿肉は無惨達用の大振りに切り分けた物と子供達用の小さく切り分けた物を用意する。

 

「醤油、みりん、塩……砂糖は少し多めにしておくか」

 

鰹昆布出汁の中に調味料を入れ沸騰するまで中火で煮る。

 

「恋雪、ご飯をどんどん盛り付けて行ってくれるか? 量は普通で」

 

「はい、分かってますよ」

 

恋雪にはちゃんと注意しておかないと、めちゃくちゃ盛り付けるからな……。

 

(まぁ狛治のせいなんだが……)

 

恋は盲目と言うが、恋雪が作ればどんな量でも食べてしまうせいで、適量って言うのが良く判ってないのかなと苦笑しながら沸騰した調味料入りの出汁を大量に並べた親子鍋の中に入れて、その中に鶏腿肉、玉葱を入れて煮る。

 

「はい、どうぞ」

 

「ああ、ありがとう」

 

ボウルの中に割って貰った大量の卵。煮ている間に卵を解き解し御玉で掬い親子鍋の中に順番に入れて、蓋をして蒸していく。

 

「丼を並べておいてくれな」

 

「はい、大丈夫ですよ」

 

耳で煮詰まったタイミングを見極め、蓋を開けて再び卵を親子鍋の中に注ぎ卵が半熟になったタイミングでご飯の上に滑らせながら乗せる。

 

「うっし! 鳴女頼んだ」

 

「はい」

 

べべんっと言う音と共に机に送り出されていく料理に、驚く声が聞こえるがこれはきっと不死川一家だな。

 

「お手伝いしたのですから、美味しいうどん。よろしくお願いしますね?」

 

「はいはい、分かってるよ」

 

半熟で提供したかったから鳴女に頼んだが、皆の食事の後にまた一仕事ありそうだと俺は肩を竦めるのだった。

 

 

 

 

俺達の母ちゃんを鬼にした鬼を倒すと言った兄ちゃん。兄ちゃんを1人で行かせないそれだけを考えて、鬼になった母ちゃんを拘束している刺青のある鬼と兄ちゃんにしがみ付いていたら、やってきた黄色の奇妙な生き物――カワサキと言う異形に連れて来られた無限城と言う異世界の城は俺達のような年齢で鬼にされた子供が沢山いた。

 

「あそぼー」

 

「やきゅうしようぜ! 面白いぜー」

 

「遊ぶー!」

 

寿美・貞子・弘・こと・就也達は殆ど一瞬で子供鬼に馴染んで遊んでいたが、俺は兄ちゃんが心配でそれどころではなかった。

 

「案ずることはない、兄上は厳しくはあるが優しい御方だ。心配するようなことはない」

 

「……は、はい。えっと」

 

「縁壱……お前の兄の指南をしている巌勝の妹だ」

 

巌勝さんと縁壱さん……か、ここには色んな人がいるから名前を覚えるだけでも大変だなと肩を竦める。

 

(でもこの人本当に女?)

 

身体つきは確かに女性なんだけど……首周りとか腕とか凄い太いんだけど……。

 

「兄ちゃんもあそぼう!」

 

「あそぼう!」

 

「いこー!」

 

「あ、ああ……分かった。分かったから」

 

子供鬼達に加え、弟達に手を引かれ俺は遊びの輪の中に加わり、日が落ちるまであちこちつれ回されることになるのだった。

 

「ご飯の時間だよー」

 

「皆、手を洗うのだ」

 

「「「「はーい!!!」」」

 

子供達の面倒を見ていると言う零余子さん達に遊びを止めるように言われ、順番で手を洗い案内された場所は見たことも無い作りの大広間だった。

 

「ここが食堂ね、ご飯の時とおやつの時はここに来るから。玄弥も道を覚えておいて」

 

「は、はい。分かりました」

 

「先導が増えると小生達も楽になる。慣れるまでは大変だがよろしく頼むぞ」

 

頭をぐりぐり撫で回され縮むっと思ったのだが、案外悪い気がしなかったのが不思議だ。

 

「兄ちゃんもご飯!」

 

「お兄ちゃん。お友達が沢山出来たんだよ」

 

「楽しかったー」

 

「そうか、そうか。良かったな」

 

兄ちゃんが若干ふらつきながら俺達の座っている場所に腰掛ける。

 

(兄ちゃん、大丈夫か?)

 

(おう……なんとかな。それよりそっちは大丈夫そうだな)

 

(うん。皆良くしてくれてる)

 

寿美・貞子・弘・こと・就也達が楽しそうなのを見てよかったと兄ちゃんと笑いあっているとべんという音がして、目の前に水とお椀が置かれていた。

 

「わ! 凄い!」

 

「ご飯!? これ食べて良いの!」

 

「おいしそー♪」

 

突然現れた料理に驚いていると累がひょこっと顔を出した。

 

「ご飯それ食べていいやつだからね。お代わりって言うとまたでてくるけど、残さないようにね。後はいただきますとご馳走様を忘れないで、

カワサキさんに怒られるから」

食堂の決まりを聞くが、正直それは耳から耳に流れていた。飯が美味しそうで、それ所ではなかったのだ。

 

「うし、じゃあ、いただきます」

 

「「「「「「いただきます」」」」」」

 

寿美達と手を合わせて、いただきますと口にしてから箸を手にする。

 

(これなんだろう)

 

ぶつ切りの鶏肉と半熟卵……それだけで高級な料理と言うのは判るけどこんなのは見たことが無い。

 

「お、今日は親子丼かあ。いやあ、これ好きなんだよねえ」

 

「静かに喰え、童磨」

 

「はいはい、分かってますよー」

 

母ちゃんを拘束した鬼の隣に腰掛ける声の大きい鬼が料理の名を口にした。なるほど、鶏肉と卵で親子丼なのかと思いながら丼を持ち上げて1口頬張る。

 

「うめえ!」

 

「美味いッ!」

 

兄ちゃんと美味しいという声が重なった。出汁の風味が良く効いた甘辛い卵が米全体に絡んでいて、米だけで食べても、甘辛くて美味い。

 

「おいしー!」

 

「こんなの食べたこと無い」

 

「美味しいね!」

 

「うん、美味しいッ!」

 

寿美達も美味しい美味しいと笑顔を浮かべている。その笑顔を見れば、良かったと俺は思った。最初はこんな場所に連れてこられて不安そうにしていたので、怯えた表情をしていたその顔に笑顔が浮かんでいるだけで本当に安心した。

 

「うめえな、玄弥」

 

「うん。美味い」

 

鶏肉も大きくて食べ応えも十分だ。そして肉の中にも甘い出汁が染み込んでいて、美味しいのだが……母ちゃんは大丈夫なのだろうかと言う心配がどうしても頭を過ぎる。

 

「大丈夫だ。俺が母ちゃんをちゃんと元に戻してみせる」

 

だからお前は何も心配しなくて良いと笑う兄ちゃん。だけど、それは鬼と戦うと言う事で俺は兄ちゃんは大丈夫なのと言う言葉が喉元で来るのを感じて、食事のときにそんなことを口にして、雰囲気を悪くする訳にはいかないとご飯を飲み込んでその言葉を飲み込んだのだが……どうしても不安を抱かずにはいられないのだった……。

 

 

メニュー21 寿司へ続く

 

 




うーん。そろろそろ鬼滅のネタが切れてきたかもしれません。飯を食えのオーバーロード版が回復してきたのでもしかするとこちらの行進が止まるかもしれません。流石に5作品同時は苦しいので、今後もしかするとこちらの更新が止まるかもしれません。もしそうなってしまったら本当に申し訳ありません……


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

メニュー21 寿司

メニュー21 寿司

 

月に照らされた森の中から非常に耳障りな声が響いた……。

 

「あーーーッ! 腹減ったなあ!」

 

黄色の羽織を着た金髪の少年が大声で叫び、焚き火の側で口枷を嵌めた少女に膝枕をしている額に痣のある少年が窘めるように口を開く。

 

「しょうがないだろう、食料の入った袋を落としてしまったんだから」

 

「はいはい! そーですよねえ!! 落としたのは俺ですよ、ごめんなさいねえッ!!!」

 

「落ち着け善逸。俺は長男だから空腹も我慢出来る。ムンッ!」

 

「ムンじゃねえよッ!? 俺は長男じゃないから我慢出来ないのッ! 判るッ!? 炭治郎!!!」

 

「ムー」

 

「あ、ごめんね。禰豆子ちゃん、五月蝿かったねえ!」

 

さっきまでの怒鳴り声から一転して猫撫で声を出す金髪の少年「吾妻善逸」に口枷を嵌めた少女「竈門禰豆子」はむーっと唸りながら、兄である「竈門炭治郎」の膝に顔を埋める。

 

「むー」

 

「はいはい、いっつも禰豆子は甘えん坊だな」

 

「むー♪」

 

兄に満面の笑みを浮かべている禰豆子を見て、善逸は少しだけ顔を歪めた。

 

(いや、炭治郎……禰豆子ちゃんはお前の事兄貴なんて思ってないぞ)

 

善逸は耳が良い、その人物の音でその人物がどういう感情を抱いているか判る。炭治郎は禰豆子の事を妹と思い愛しているが、禰豆子がそうでは無い事を善逸は知っていた。丁度そのとき、木の枝から飛び降りてきた伊之助が炭治郎の鎹鴉に何かの紙を貼り付ける。すると鎹鴉はその場で倒れ、眠り始める。

 

「伊之助! 何をするんだ!」

 

「腹減った腹減ったうるせぇから飯を食わせてやるんだよ! だけど、鎹鴉がいると不味いんだよ。おら、来い。炭治郎、善逸」

 

焚き火を消して歩き出す伊之助に炭治郎と善逸は何も言えず。山育ちの伊之助が何かを見つけたのだと思い、後を着いていくことにした。

 

「……うし、ここで良いな」

 

「ちょっ、これ廃墟じゃん!? 何!? 何するって言うのさッ!?」

 

「うっせえ、黙ってろ紋逸!」

 

伊之助は腰蓑から何かを取り出すと、それを廃墟の扉に貼り付けた。

 

「良いか、絶対日輪刀を抜くんじゃねえぞ。皆怖がるからな」

 

「伊之助、どういう?」

 

「いいから来い!」

 

伊之助が廃墟の扉を開くと、4人の姿はそこから完全に消え去るのだった……。

 

 

 

 

何かに吸い込まれるような感覚と共に一瞬意識が途絶え、次に感じたのは眩しさ、それも太陽の物で……

 

「禰豆子ッ!」

 

禰豆子が灰になってしまうと慌てて覆いかぶさろうとしたが、禰豆子は平気そうな顔をしていた。

 

「ぎゃーーーーッ!? 何これ!? 血鬼術!? 鬼!? 鬼の仕業「やかましいッ!!」ふぎゃあ!」

 

混乱している善逸に頭突きを叩き込んだ伊之助はふんっと鼻を鳴らす。

 

「伊之助、いい加減に教えてくれ。ここは何処なんだ?」

 

「無限城……良い鬼が暮らしている場所で俺が世話になった場所だ」

 

鬼と言われると確かにあちこちから鬼の匂いがする。だけど、人を食った鬼の匂いは全然しない。

 

「え、あ、嘘本当だ!? 鬼の音がするのに、全然嫌じゃない!?」

 

善逸も動揺し、大声を上げる中。凄まじい足音がした。

 

「ぷ、ぷぎゅいいいーーー!!」

 

「母ちゃん!!」

 

「「え、ええ!?」」

 

小山ほどの猪の体当たりを受け止める伊之助。その光景に俺も善逸も混乱していると近くから凄まじい音がした。

 

「……伊之助、戻ってくるのは良いが、他の人間を連れてきてどうするつもりだ?」

 

上半身裸の若い鬼……だがその威圧感は凄まじく息を呑んだ。今まで戦ってきた鬼が子供のように思える凄まじい威圧感だった。

 

「腹が減ったってうるさいから帰って来た! 俺も腹ペコだ!」

 

「……俺が言いたいのはそう言う事では無いが……まぁ良い。おい、お前ら」

 

「は、はいいいーー! な、何でしょうか!?」

 

「刀を寄越せ、ここは子供の鬼も多い。隊服はしょうがないにしろ、日輪刀を見せるな」

 

「狛治! 刀渡すぞ!!」

 

伊之助が刀を渡すのを見て、俺もゆっくりと腰の刀を渡す。

 

「わ、渡したら殺すとかないよね!?」

 

「そんな事はしない。刀もちゃんと返す」

 

その言葉を聞いて善逸もおっかなびっくりという感じで刀を狛治さんに刀を渡す。

 

「ついて来い、今お食事中だが……この城の長の所に案内する」

 

そう言って振り返る狛治さん。その視線の先には障子が浮かんでいた……それは紛れも無く血鬼術。

 

「よっしゃー行くぜぇ! 飯だ飯だ! ひゃっほー!!」

 

「ぷぎいー♪」

 

猪と共に障子の中に消える伊之助の後をついて障子の中に入ると、一瞬で俺達は別の場所にいた。丸い何かが回転する台と、その周りに大勢で座る定食屋のような机と椅子が並んでいた。

 

「伊之助? 何だ。帰って来たのか」

 

「おーす! カワサキ! ダチを連れてきたぜ!」

 

「え、カワサキさん!?」

 

伊之助の呼んだ名前に驚きながらそっちに視線を向けるとカワサキさんが確かにいた。

 

「おー炭治郎か、元気そうだな」

 

「は、はい! お、俺は元気……じゃなくて、カワサキさんも鬼だったんですか!?」

 

おやきとかを教えてくれたあの人が鬼とは信じられなくて声を上げる。

 

「やかましいぞ、静かにしろ」

 

「無惨、そう言うなって、驚くのは当然だろう?」

 

無惨……? 鬼舞辻無惨!? 驚きながら振り返ると赤目の男が何かを食べていた。

 

「え。鬼舞辻無惨って鬼の頭領の!? ひいいいーーッ! やっぱり罠があ!?「やかましい!」

 

無惨?の投げた皿が善逸の額にぶつかり引っくり返る。

 

「鬼舞辻無惨なのか? 俺の家族を殺した……?」

 

「私は人など殺さんぞ」

 

た、確かにこれは嘘をついているにおいじゃない……それに、家にあった匂いとも違う。

 

「ね、禰豆子。お前を鬼にしたのはこの男か?」

 

「ぷるぷる」

 

違うと首を左右に振る禰豆子。つ、つまりこの男は俺の仇と同姓同名なだけ?

 

「ほう? 医者に鬼にされても凶暴性の無い者は初めて見た。座れ、飯でも食いながら話をしようではないか」

 

手招きされ、俺は大丈夫かと恐怖しながらも伊之助が座ったので、俺もその近くに腰掛ける。

 

「あ、でも禰豆子は食事が……」

 

「鬼でも食える。これはそう言う料理だ。カワサキ、卵握り5つ」

 

「……魚頼めよ、魚」

 

カワサキさんが肩を竦めながら何かを作ると、丸の上に乗せる。するとゆっくりとそれがこっちに移動してくる……えっと?

 

「流れてきたらとって食え、好きな物を選ぶといい」

 

卵焼きが上に乗った米を取る無惨?を見て、俺と禰豆子の分の皿を取る。

 

「寿司だ。食べたことがないのか?」

 

「え、寿司!? 寿司食べれるの!? マジで!?」

 

「やかましいといっているだろう?」

 

「ひいいーーごめんなさい!!」

 

無惨?に睨まれ小さくなっている善逸は隠れながら椅子に座る。

 

「食べたい物があったら好きに頼め、但し今日は寿司だから肉を言うんじゃない。それが礼儀だ。カワサキ、鮪と鰻」

 

さらりと何を食べたいかと言う無惨を見ながら俺は卵焼きの寿司を手に取った。

 

「禰豆子。これ食べれ……」

 

「あむあむ♪」

 

俺が尋ねる前に幸せそうな顔をして寿司を食べている禰豆子を見て、俺は思わず目頭が熱くなった。

 

「美味しいか?」

 

「んんー♪」

 

本当に幸せそうに食べるのを見て、良かったと思い。俺も寿司を口にした。初めて食べるそれは甘く、そして酸っぱかった……だけど……。

 

「美味しいなあ、禰豆子」

 

本当は味なんて判らない、口の中に何かあると言う感じにしか感じなかった。でも禰豆子が幸せそうにしているのを見るのが嬉しくて、味なんかよりもその笑顔を見たいと思ったのだ。

 

「むー♪」

 

嬉しそうにもごもごと口を動かす禰豆子を見て、俺口を動かす。

 

「美味しいなあ」

 

「むー!」

 

それは何よりも美味い、幸せの味がしたのだった……。

 

 

 

 

鬼の城で食事とか正気じゃないって俺は思っていた……きっと皆も同じだと思う。

 

「これは何ですか!?」

 

机の上を皿がどんどん移動しているのと、ぽんぽんぽんって言う太鼓の音が凄く気になるけれどッ!! これ物凄くおいしそうなんだけどッ!?

 

「ネギトロ軍艦と言う物だ。美味いぞ」

 

「なるほど! カワサキさん、ネギトロ軍艦を2つお願いします!」

 

「母ちゃん、美味いか?」

 

「ぷぎいっ!」

 

「そっかあー、俺も美味いぞ」

 

「ぴぎいー♪」

 

……なんで普通の外食みたいに食えるんだよぉ……でもこれを見ていると俺が馬鹿みたいに思えてきた。

 

「う、鰻ください!」

 

「あいよー」

 

カワサキさんって言う人が返事を返す。寿司でしかも鰻が食べれるとか最高だと思ってわくわくして待つ。

 

「はい、お待たせ鰻」

 

「ふおおお……」

 

身が厚い、それに焦げ目も丁度いい感じだし、タレも見るからに丁度良さそうだ。

 

「いただきまーす♪」

 

鬼の城とか関係なしで食べて良いって言うなら食べようと思い、手をあわせて頂きますと言ってから鰻を口に運ぶ。

 

「うっまーーいッ! 何これ!? めちゃくちゃ美味しいッ! 天才! カワサキさん天才!」

 

寿司飯は甘さと酸味が凄く丁度いいし、口の中に入れるとほろりと解ける様な食感がたまらない。鰻はでかいけど大味じゃなくて、まるで雪のように口の中で溶けて、タレの甘さと鰻の脂の味わいで口の中が幸せだぁ……。

 

「おい小僧」

 

「うひいっ!?」

 

「そうだ。カワサキの料理は美味い、お前は見る目がある」

 

え、怒られないの!? と言うか俺はカワサキさんを褒めたのに、なんであんなに誇らしげなんだ……。

 

「カワサキ、この小僧に大トロを」

 

「ほー、珍しいな。お前が自分の好物を他人に勧めるなんて、まあいいけどな」

 

何がでてくるのか楽しみに待つ。その間に炭治郎達に視線を向ける。

 

「む!」

 

「いや、俺はいいんだよ。禰豆子が食べな」

 

「むう?」

 

「遠慮しないで食え! 気にするな!!」

 

「え、ええ!? な、なんですかこれ!?」

 

「海鮮丼だ。譲り合わなくていい、これで2人で食べろ」

 

カワサキさん。それ正解です、炭治郎は禰豆子ちゃんに甘いので、禰豆子ちゃんが食べれると判れば自分が食べずに禰豆子に与えてしまう。だから最初から2人分出すのは大正解だ。

 

「カワサキ! 俺も海鮮丼!」

 

「ちょっと待ってろ、伊之助。はい、お待たせ。大トロ」

 

そう言って置かれた寿司を見て俺は驚いた。

 

「え、これ魚?」

 

「魚」

 

マジかよ……牛肉かと思った。キラキラ光っているし……脂で光ってる。こんな魚がいるなんて俺は知らなかったし、こんな高級品を食べても良いのかと心から思った。でも食べていいって言われたって事は食べて良い筈……こんなご馳走を食べていいなんて、俺は何てついているのだと思いふと気付いた。

 

「こ、これ醤油とかは?」

 

これほどの物だ。醤油だって適量って物があるはず……それを知らずにたっぷりと醤油をつけたら勿体無いと思いそう尋ねる。

 

「塗ってあるからそのままで大丈夫だよ」

 

「い、いただきまーす」

 

手で持ったら指先が脂で光ってる。こ、こんな魚がいるのかと思いながら大トロを口に運んだ。

 

「……」

 

「言葉も無いだろう。大トロはやはり絶品だ」

 

本当にその通りだ。口の中で広がる魚の脂……だけどそれは全然くどくなくて……寿司飯の酸味と甘みさえも飲み込み、飲み込みたくないと思っても勝手に口の中で溶けて飲み込んでしまった。

 

「天才じゃなくて神様かよ……」

 

「大袈裟だ。俺はただの料理人だよ、ほい、伊之助海鮮丼」

 

「やったぜ!」

 

「おい馬鹿馬鹿! そんなに醤油をかける馬鹿がいるか!?」

 

これはもっと慎重に、それこそ芸術品を扱うような慎重さで口に運ぶべき物だ。それにあんなに醤油を掛けて!

 

「炭治郎も何か」

 

「え?(どぼどぼ)」

 

「馬鹿か!? 馬鹿なのッ!!!」

 

なんであんなに醤油掛けてるの!? 美味しい物の食べ方を皆知らすぎると思わず叫んでしまったのだが、それが面白いと無限城に泊まっていけと言われたのか幸か不幸か。俺はそれを真剣に悩む事になるのだが、それは余りにもふかふかの布団前に満腹だったという事も相まって、一瞬で頭の縁に追いやられるのだった……

 

 

 

 

無限城 ひそひそ噂話

 

炭治郎達が寝入った頃。夜こそが活動時間である禰豆子は楽しそうに無限城の中を探検していた。

 

「むう?」

 

「おお、禰豆子。久しぶりだな、お前がいると言う事は兄もいるのか?」

 

「むむっむー♪」

 

「そうかそうか、では私が良いことを教えてやろう」

 

縁壱は久しぶりに禰豆子に会い。少々……いや、元々螺子が緩んでいるが、更にその螺子が緩み禰豆子に色々と耳打ちし、禰豆子はやる気に満ちた表情で炭治郎の部屋へと戻っていった。

 

「うっ、ううん? ね、禰豆子どうした?」

 

腹部に衝撃を受けた炭治郎は目を覚まし、自分の腹の上に禰豆子が座っているの気付いた。

 

「眠いのか? ほらおいでおいで」

 

そして炭治郎は家にいた時の感覚で禰豆子を胸の中に抱いて、寝ようとした。だが禰豆子は何も一緒に寝ようと思って、炭治郎の上に座っているわけではなかった。

 

「ね、ねず……こ?」

 

にちゃあっと言う音が相応しい、獲物を見るような目を見て初めて炭治郎は何か判らないけどやばいと悟った。だがそれは余りにも遅すぎた。

 

「うああああああーーッ!? ね、ねず、禰豆子ぉッ!?」

 

借りた寝巻きに禰豆子が手を掛け、一気に引き裂かれ、炭治郎は悲鳴を上げるが禰豆子にとってはそれさえもスパイスだった。

 

「ふーふーふー♪」

 

「ね、ね、禰豆子さん?」

 

炭治郎は始めて自分の妹さん付けで呼んだ。正確には言わざるを得なかった……上気した頬、興奮しきった顔。そして口から零れる涎にやばいと炭治郎は悟ったが、腹の上に座られ、肩を押さえられたらいかに呼吸を使えたとしても、その拘束を振り切れるわけが無い。

 

「ひゃい!?」

 

「♪」

 

「ちょ、ちょ!? ね、禰豆子ッ!?」

 

鎖骨を舐め上げられ変な声が出てしまった炭治郎を見て、禰豆子は更に興奮した面持ちになり、大きく口を開けて炭治郎の首筋に噛み付こうとしたとき。

 

「……せい」

 

「ッ!」

 

部屋の中に侵入した巌勝が隙だらけの禰豆子の首に手刀を入れ、意識を刈り取る。そしてそのまま炭治郎の首筋にも手刀を叩き込み意識を刈り取った巌勝は、服を着せなおし額の汗を拭い炭治郎の部屋を後にした。そしてゆっくりと屈伸運動をして、身体を良くほぐした。

 

「縁壱いいいいいーーーーッ!!!!」

 

無限城に響くような怒号を上げ、禰豆子を焚きつけたであろう諸悪の根源を探して無限城の中を走り始めたのだった……そしてこの日の継国兄妹の兄妹喧嘩は無垢な妹を邪悪に染め上げた縁壱に対する怒りにより、巌勝が圧倒し、縁壱を縛り上げ無限城の外に放り出すという形で完全勝利を収めるのだった……。

 

 

メニュー22 伝統的朝ごはん へ続く

 

 




次回は他の無限城の鬼達とかまぼこ隊の話などを書いて行こうと思います。禰豆子のブラコンレベル上昇、巌勝が来なければ炭治朗食われていた説があります。後善逸が意外とグルメになりました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

メニュー22 伝統的朝ごはん

メニュー22 伝統的朝ごはん

 

 

炭治郎達が鬼殺隊に入っているとは俺は正直知らなかった。無惨達も万能では無い、強力な医者の鬼に当たる為にずっと竈門家を見守っていられるわけでは無いのだ。

 

(まさかこんなことになるなんてな……)

 

それでも最悪の可能性を考慮して、それなりの力を持っている鬼を配置していたのだが……まさか天津本人が出張って来るなんて俺は想像もしていなかった。

 

「……駄目だな、気持ちが暗くなる」

 

竈門家は炭を何回も買いに行っていたし、それに愛想も良くて俺も凄く穏やかな時間を過ごす事が出来た相手だった。そんな相手が知らない内に死んでいたと聞いて、俺も当然冷静で居られる訳が無い。

 

(……成功するだろうか……)

 

蘇生の短杖(ワンド・オブ・リザレクション)ならばもしかしたら蘇生出来るかもしれない。だけど失敗すれば遺体も残さす消滅する事になる……それに何よりも、今まで何人も死んだ相手に使った――だがそのどれもが失敗した。レベル低下のデメリット……それがこの世界では耐えれないのだろう……それでも俺は竈門家に蘇生の短杖(ワンド・オブ・リザレクション)に使いたいと思ってしまっている……。

 

「あちゃあ……」

 

卵焼きを焦がしてしまっている事に焦げた匂いで気付いた。普段はこんなことにならないんだけどな……やっぱり思った以上に炭治郎の一家が死んだ事がショックなんだなと実感していた。

 

「駄目だなあ……」

 

この時代に生きるようになって、人の生き死には何度も見てきたし、そして協力してくれた人が死んだというのも看取ってきた……。だけど鬼に殺されたと聞くと、どうしても感情の制御が上手く行かない。

 

どうして助ける事ができなかったのか……。

 

どうしてこんなにも世界に悲劇が満ちているのか……。

 

人が死んでいく、それは悲しい事なのに……。

 

知人と顔も知らない相手で無意識に秤にかけている自分に……。

 

「駄目だなあ……俺って奴はよぉ……」

 

遺体を完全に喪失させるかもしれない、それなのに、僅かな可能性でもいい。竈門家の人間を生き返らせないかと考えている自分に正直嫌気が差した。

 

「カワサキさん、大丈夫ですか?」

 

「恋雪よ、悪いけど今日は配膳を頼むわ。こんな感じじゃ駄目だ、まともに盛り付けも料理も出来ねえよ」

 

「……はい、判りました」

 

「すまねえな」

 

手伝いに来てくれている恋雪に謝罪し、厨房を出ようとすると背後から恋雪に声を掛けられた。

 

「誰だって、知り合いを助けたいって思うのは当然の事です。どうか、思いつめないでくださいね?」

 

「……おう、ありがとな」

 

毎回と言う訳では無い、だがそれでもやっぱり見知った顔が死んだと聞くと、俺の精神状態は著しく崩れる――無惨達はそう思っているだろう。だが実際はそうでは無い、そうでは無いのだ。

 

(……やっぱり駄目なんだよな)

 

竈門家は俺にモモンガさん達を思いださせていた……ギルドメンバーに似ていると言うわけでは無い、だがあの暖かい雰囲気が、笑顔に満ちているあの家庭が……どうしてもまだ皆が揃っている時のナザリックを思い出させていた。

 

「ままならんなあ……」

 

もう何百年も経っている……どう考えてもモモンガさん達は死んでいるだろう。どうして自分だけがこうしてクックマンの姿で生きているのか、何故ゲームの中のスキルを使えるのか……考えても考えても答えは出ない、そして長い時を生きていたからこそ、俺に昔を思い出させた竈門家の皆が死んだという現実を俺はどうしても受けいれられずにいるのだった……。

 

 

 

 

無限城と言う人を食わない鬼の居城で一晩過ごしたのは、俺としては本当に良く頑張った方だと思う。あちこちから鬼の音がする中、本当に良く眠れたなと思う。

 

「無惨が飯を食ったら早く帰れって言ってたから、早く飯食って帰るぞ!」

 

伊之助に蹴り起された時は、それなら連れて来るんじゃねえと一瞬思いはしたが、あれだけのご馳走を食べれたと思うと伊之助に連れてきてもらったことに感謝するべきなのか本当に悩んだ。

 

「それじゃあ皆に迷惑を掛けないうちにご飯を食べて、俺達も任務に戻らないとな!」

 

笑顔で元気よく言う炭治郎。でも鬼の居城にいて鬼と内通していると思われるのも困るし、本当なら任務になんか行きたくないけど、今回ばかりは炭治郎の言う通りだと思い、机の上に並べられている朝食に視線を向ける。

 

(はぁー凄いご馳走)

 

本当に感心する、昨日は温泉も入れたし、太陽の匂いのする柔らかい布団は野宿なんかよりもよっぽど身体の疲れが取れた。それに今机の上に並んでいる朝食も大根と油揚げと豆腐の味噌汁に炊き立てご飯、それにほうれん草のお浸しに、鯵の開きに大根の漬物、それに卵焼きと品数も一品一品の作りも丁寧で本当の鬼の音さえしなければ、旅館か何かに泊まってたっけ? と思ってしまいそうになる。

 

「「「いただきます」」」

 

手を合わせて、3人声を揃えていただきますと口にして、朝食を食べ始める。

 

「うわ、美味ッ!! この味噌汁めちゃくちゃ美味い!」

 

普通の……本当に普通の朝ごはんなのだが、どれもこれも俺の知っている料理とは1味も2味も違う。味噌汁だって、何が違うのか全然判らないが、めちゃくちゃ美味い。

 

「はぁ……本当だ、凄く美味しい」

 

「やっぱ、カワサキの飯が1番美味いなッ!」

 

1口1口味を確かめるように食べている俺と炭治郎と違い、ガツガツと頬張る伊之助。食べている勢いが凄いのに、米粒を飛ばしたり、味噌汁を零したりしていない。

 

(いや、どうやって食べてるのさ、あれ……)

 

普段以上にがっついているのに、何故か綺麗に食べている。目の前の光景と空になっていく、皿の情報が全く合致しない。

 

「そう言えば禰豆子ちゃんは?」

 

昨日の寿司でも判ったが、ここの料理は普通に食べれるはずだ。でも禰豆子ちゃんの姿が見えないのでどうしたのかと尋ねる。

 

「あ、ああ。何か子供に誘われて遊びに行ってしまったんだ」

 

ちょっぴり寂しそうな炭治郎を見て少し驚いた。あの様子では昨日の禰豆子ちゃんに襲われたことは覚えていないのだろうか? それを指摘するべきなのかどうかと思っていると肩を掴まれた。

 

「……炭治郎。良く眠れたか?」

 

「あ、巌勝さん。はい! 良く眠れました!」

 

額と首筋に痣のある青年に笑顔で返事を返す炭治郎。だけど、俺はそれどころではなかった。鷲掴みにされた肩が軋んでいるのが判る……どうして怒らせたのかが判らないでいると、巌勝と呼ばれた男性は俺の隣に腰掛けた。

 

(言うな、忘れているのだから忘れさせておいてやれ)

 

小声でそう言われ、この人が炭治郎を心配しているのだと判り。俺は判りましたと返事を返して、箸を卵焼きに向けた。

 

「あまぁ……あー幸せの味がする」

 

「本当だな。こんなに美味しい料理を食べたのは久しぶりな気がする」

 

高級な卵をこれだけたっぷり食べれて、そしてそれがほのかに甘くて食が進む。ちょっと怖い所もあるが、俺は今ではもう無限城に来て良かったとさえ思っていた。

 

「む、むー!」

 

「わあ、禰豆子は上手だね」

 

「本当じゃなあ、それ次行くぞ?」

 

「むーん♪」

 

炭治郎達が朝食を食べている頃、禰豆子は累や朱紗丸と共に鞠で遊んでいたのだが……鞠が行き交いする勢いは凄まじく、風を切る豪音とその力に耐え切れず破裂した鞠があちこちに散乱するといったある意味凄惨な光景なのだが……。

 

「えい(ぱーン)」

 

「そやあッ!(ボキッ!)」

 

鬼達の力に耐え切れる玩具は殆ど無く、遊び=道具粉砕の図式となっているので、それを気にするものはほとんどいないのだった……。

 

 

 

 

 

 

ふっくらと焼かれた魚の開き……これは川魚ではなく海の魚、たっぷりと脂の乗ったその身をご飯の上に乗せて食べるだけで幸せな気持ちになる。

 

「……ずずう、出発の前に……少し見てやる」

 

「え、訓練しろって言うの!?」

 

「違う、私達もそう暇では無い……少し助言をしてやる程度の事だ」

 

「よっしゃあ、これは良いぞ! 巌は強いから、俺達はもっと強くなれる!!」

 

「……名は、しっかりと呼べ……伊之助」

 

「……ゴメンナサイ」

 

よろしいと言って朝食を再開する巌勝さん、背筋もピンっと伸びていて、俺や伊之助なんかよりも数段綺麗に食事をしているの見るともう少し綺麗に食べるべきなのではと思ってしまう。

 

(……う、うーん)

 

普段はもう少し綺麗に食べていると思うんだけど……今日は少し食べ方が汚いように思える、それだけカワサキさんのご飯が美味しかったということなのだろうか……。色々と悩む所はあったんだけど、箸を止めることは出来なくてそのまま俺は悩みながら食を進めることになるのだった。

 

「「「ご馳走様でした」」」

 

「……うむ。では行くか」

 

そして休む間もなく、巌勝さんに連れられて無限城から連れ出される。勿論、禰豆子も箱に入ってもらって、出発できる準備も完了している。

 

「すううう……」

 

「もう少し……深く吸い込め……呼吸が浅い」

 

「う、うぐぐ……」

 

「肺の……鍛え方が足りんな」

 

巌勝さんの見てくれるといった内容は呼吸の事だった。満腹で型はきつかったので、呼吸の助言だけでもありがたいと思った。

 

「善逸……お前は、勇気ある者だ」

 

「え、ええ? ないないない、絶対ないですよ?」

 

「いいや……刀を鞘に納めるという事は……少しでも判断が遅れれば……死に直結する……それが出来ると言うだけで……お前は勇気ある者だ……」

 

「ええ……嘘だぁ……」

 

「後……ほんの少し……だけで良い……前へ出ろ……それだけでお前の技は更に昇華される……」

 

巌勝さんの助言を信じられないと言う顔で聞いている善逸だけど、巌勝さんの言う事に間違いは無いと思う。

 

「……お前は舞えるようになったか?」

 

「……いえ、実は……まだです」

 

巌勝さんの妹……いや、弟? 正直良く判らないけど、縁壱さんが俺の家に伝わるヒノカミ神楽を考えた人物と言うのは知っている。だけど俺にはまだ、一晩中舞うということは出来ないと言うと、巌勝さんはそうかと呟いた。

 

「……あれは縁壱が自分の為に編み出した物だ……焦らず修めるがいい……それが何れ……切り札となりえる時もあるだろう」

 

「それは……どういう?」

 

「……始まりの呼吸は……2つある……太陽と月……。努々忘れるな」

 

巌勝は炭治郎の質問に答えず、そう告げると空中に現れた障子の中へと消えていった……。

 

「えっと、今のどういう意味?」

 

「……炭治郎の家に何か呼吸が伝わってるっていう風に俺には聞こえたけどよ……何か知ってるのか?」

 

「……父さんが昔言ってた、疲れない呼吸があるって……でも、俺はそれを知らない。そう言う呼吸があるってしか……」

 

「そっか……でもこうして教えてくれたって事はきっと何か意味があることだと思うよ」

 

「そうだな、俺様もそう思うぜ! うっし、じゃあ、任務だ! 行こうぜ! 那田蜘蛛山へ!」

 

伊之助の言葉に頷き、俺達は次の任務地である那田蜘蛛山へと足を向けた。だけど、俺には巌勝さんが呟くように言ったその言葉がどうしても、頭に引っかかっていて……そしてその言葉が俺を救う事になるとは今の俺は想像にもしないのだった……。

 

 

 

 

 

無限城ひそひそ噂話

 

「行くぞ、カワサキ」

 

「……どこへ?」

 

「あの竈門炭治郎と言う奴の家にだ」

 

部屋で呆然としてたカワサキの元へ無惨がやってきて呆然としているカワサキの襟首を掴んで引きずる。

 

「おいおい!? お前何言ってる!?」

 

「下らんことで悩んでいるお前を見るのはもう飽きた。お前の持っている道具で生き返らせれるかもしれないのだろう? ならばそれに挑め」

 

「失敗したら遺体も無くなるんだぞ!?」

 

「ああ、それは何度も見てきた。その度にお前が落ち込むのも見た、だがそれでもお前は僅かな可能性に縋っている。ならばやらない後悔よりも、やって後悔しろ。この戯けが」

 

失敗したらと悩みながら、それでももしかしたら生き返るかもしれないという希望を抱いて、それでも失敗したらと思うと動けないカワサキの尻を文字通り蹴っ飛ばしながら無惨は無限城の中を進む。

 

「家に戻った炭治郎が泣くかも」

 

「生き返っていたら、喜びの涙を流すだろう」

 

「……失敗したら」

 

「そんなことを考えていては、成功する物も成功しないだろう」

 

「……でも」

 

「うだうだ言うな珠世、鳴女」

 

「はい、判ってますよ」

 

「では……竈門家へとお送りしますね」

 

「待て待て待てッ!?」

 

「うるさい、腹を括れ」

 

渋るカワサキを無惨は無理やり連れて行き、その後何が起きたかは詳しくはいえないが……珠世の部屋に新しいベッドがいくつも運び込まれたという事だけは確かな事実なのだった……。

 

 

 

メニュー23 流し素麺  

 

 

 




次回はリクエストを頂いた流し素麺にしようと思います。子供鬼も多いのでこれは実にいいイベントだと思いますたので採用する事にしました不安要素としては夏場はまだ先という事ですが……そこはスルーしていただけると嬉しいです。それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

メニュー23 流し素麺

 

メニュー23 流し素麺

 

「正座」

 

「「「はい……」」」

 

カワサキに言われ3人が俯いたまま正座をする。カワサキに説教される頻度で言えば、無惨、縁壱がダントツに多いが、今回は巌勝が正座させられていた。

 

「自然破壊良くない」

 

「……すまぬ、つい興が乗った」

 

「乗りすぎだ、ドアホ」

 

カワサキの手刀が巌勝の頭に当たる。勿論避けようと思えば避けれるが、巌勝はそれをしなかった。なぜならば、これは罰だからだ。

 

「俺が師匠に強請ったから」

 

「僕が巌勝様に頼んだから」

 

師匠が叱られているのを見て実弥と無一郎がカワサキの説得を試みる。巌勝と弟子2名がカワサキに説教されている理由……それは……。

 

「別によ、鍛錬が駄目とか言わないさ。でもよ……もうちっと程度を考えようぜ?」

 

全集中の呼吸の基礎が出来たと言う事で型の修錬に入った実弥と無一郎の為に巌勝が月の呼吸を披露したのだが、気合が入りすぎて丸坊主になった竹林が原因だった。

 

「お、俺は止めました」

 

「OKOK、有一郎のお陰だよ」

 

これはやべえっとカワサキを呼びに走った有一郎のお陰で竹林が全滅と言う事は回避出来たが、カワサキが面倒を見ていた竹林は見るも無惨な姿である。

 

「竹の子は大丈夫だろうか?」

 

「思いっきり時期だから被害が甚大だよ。馬鹿」

 

そろそろ収穫の時期だったと肩を落とすカワサキに巌勝達は改めて謝罪の言葉を口にするしかなかった。

 

「まぁ反省してるみたいだし、今回は許すけど、今度はちゃんと修練場を鳴女に言って使う事。良いな?」

 

「「「……はい」」」

 

「じゃあ許す、次はやらないように」

 

初犯と言うこともあり今回はカワサキも許し、肩を落として障子の中に消えていく巌勝達を見送る。

 

「どーすっかなぁ」

 

切り倒された竹を見て、うーんっとカワサキは呻いていたが良い事を思いついたと言わんばかりに手を叩いた。

 

「鳴女。玉壷呼んでくれ、玉壷」

 

『判りました。すぐに送りますね』

 

無限城の匠玉壷を呼んで、思いついた何かを実行する為にカワサキは動き出すのだった。

 

 

 

 

万世極楽教の厨房ではカワサキと琴葉を始めとして、様々な人達が忙しく動き回り、万世極楽教の庭では玉壷と巌勝が鋸を片手に竹の加工を行う等皆が忙しく動き回っていた。

 

「ここをこうやって、こうな」

 

「なるほど……えっとこうですね?」

 

カワサキさんに教わりながら小さな赤茄子を引っくり返して、十字の切れ込みを入れる。

 

「そうそう、そうやってどんどん切れ込みを入れていってくれ、後はお湯の中に潜らせて、皮が浮いてきたら下手のほうにやると金魚になるからな、っととあーそっちはもう少し待ってくれ、タコ糸で縛らないと型崩れするからなー」

 

忙しそうに駆け回るカワサキさんですが、その忙しそうな様子と比べて、その顔は酷く楽しそうだ。

 

「あちちち、カワサキ。これ熱いよ!?」

 

「湯がき立てだから熱いのは当たり前だ」

 

「嘘ぉ!? なんでそんなに早く殻を剥けるのさ!?」

 

童磨様もお手伝いをしてくれているのですが、湯がき立ての海老の殻を向くのに四苦八苦しておいでで、それに対してカワサキさんは見本だと言って殻を剥いて見せてくれたけど、やっぱり凄く早いと思うのと同時に熱くないのかなと不思議に思う。

 

「こうですか?」

 

「もう少し具材は少な目の方が良いな。これくらいで良い」

 

「な、なるほど、判りました」

 

挽肉を小さく丸めて皮に包んで居た信者がカワサキさんにこれくらいか?と尋ねるとそれだと挽肉が多すぎるとカワサキさんはもう1度見本と言って実際に作って見せてくれている。

 

「こういう風ですよね。カワサキさん」

 

「……それはでかすぎだなあ……恋雪」

 

「あら、そうですか?」

 

狛治さんのお嫁さんの恋雪さんは料理はお上手なんですけど、どうも1つ1つの大きさが凄く大きいんですよね。でも、私みたいにメモをずっと見てないと失敗してしまう訳では無いので、恋雪さんの料理の大きさはきっと食べる人への愛情の表れなのだと思うんです。

 

「わぁ、これは可愛いね」

 

「子供が喜びそう」

 

カワサキさんが持ってきた小さな型で茹でた人参を型どりして☆の形などを作っている信者達から子供達が喜びそうと言う声が聞こえてくる。

 

「子供達の為にうどんも茹でましょう。そうしましょう」

 

「そりゃお前が食べたいだけだろ……まあ良いけどな」

 

「うどんを茹でるのは良い考えだと思いますよ」

 

素麺はその通り細いので箸が苦手な子供では掴めないかも知れない。それならうどんの方が太いし掴みやすいと思う。

 

「カワサキ。こんな感じで良いだろうか……?」

 

「……お前変なところで才能があるな……」

 

巌勝さんの妹さんである縁壱さんは料理の才能が皆無と聞いていたんですけど、野菜や果物を綺麗な形に切り分けているのを見てカワサキさんも驚いた様子だ。

 

「……凄いですね。縁壱さん」

 

「まさか、あの問題児がここまで器用とは……」

 

鳥や犬の姿に切り抜かれた瓜や西瓜には正直驚かされる。まさかここまで作れるなんてと、良い意味で驚かされた。

 

「そうでしょうか……たまには褒められるというのもいい物ですね」

 

「いや、本当に良い意味で驚いてるよ、マジで……」

 

カワサキさんのその一言で普段、一体どれだけ迷惑を掛けているのか判る。だけど人の才能と言うのは意外な所で発揮される物なので、こういう細かい作業が縁壱さんの才能が輝く場所なのだと思いながら私は茹で上がったうどんと素麺をざるに上げるのだった。

 

「ふう……まだか?」

 

「もう少しですな。狛治殿はもう少し短めでお願いしますぞ」

 

「了解した、これくらいか?」

 

「そうですそうです。では巌勝殿は竹同士を麻紐で結んでくだされ」

 

「判った」

 

庭では巌勝達が流し素麺の土台を忙しく作っていた。土台は玉壷の指示で巌勝、狛治や響凱達が行い。玉壷や半天狗といった手先が器用な者達は竹を割り、入れ物や箸などを小太刀で削っている。

 

「見て見て、お兄ちゃん、上手に出来たよ!」

 

「おおお、梅ぇ……やーっと出来たなあ……」

 

箸や入れ物の残骸の中でやっと出来たと笑う梅に良くやったと褒める妓夫太郎。

 

万世極楽教の敷地の中ではとてもほのぼのとした雰囲気で流し素麺の準備が着々と行われていた。

 

「良い仕上がりだ。流石私だな」

 

そんな中で無惨だけは自分の入れ物、箸、薬味入れに無惨と彫り込み、酷く満足そうに笑っているのだった……。

 

 

 

 

 

 

巌勝達が作った流し素麺の台の周りに累や伊之助、そして無限城に保護されている不死川家の子供達に、万世極楽教の信者の子供達が集まっている。その周りでは無限城の匠が作成した竹ベンチなどが並べられており、巌勝達が座って楽しそうに笑っている子供達を見ている。

 

「無惨様ってこういう時凄いって俺は思うんだよね」

 

「あの人の食への執念は凄まじいからな」

 

しかし子供鬼の列の後で自分で作った「無惨」と言う入れ物を片手に持ち、ベンチに座り待ち構えている無惨に大人の中にも微妙な空気が流れているが……それには触れないのが大人としての優しさである。

 

「よーし、始めるぞー」

 

2階から顔を出したカワサキが素麺の入ったざるを片手に持って、素麺を流し始める。

 

「しかし、カワサキ殿は不思議な道具を持ってますなあ」

 

「カワサキが不思議なのは今に始まった事では無い」

 

大人組の中でも流し素麺に興味のない玉壷や響凱は竹ベンチの腰掛け、水の中に入れられた素麺を竹の箸と器で音を立てて啜っている。

 

「カワサキは鬼じゃないんだよね? じゃあ何?」

 

「「「さぁ?」」」

 

子供鬼の1人の質問に答えられる者はいなかった、なんせ鬼達もカワサキに関して判っている事は少ない。料理が得意と言うこと、そして不思議な道具を持っている。そして怒ると怖いくらいしか古参の鬼も知らなかった。

 

「ふにい!」

 

「みゅー!!」

 

「や、やった、兄ちゃん取れたよッ!!」

 

「おお、やるなあ。玄弥」

 

無限の水差しから流れ続ける水によって竹のレールの上を滑っていく素麺。しかし想像通り子供達には素麺を取るのが難しいのか素通りしたのをベンチに腰掛けている無惨がゆうゆうと掴んで麺汁につけて口にする。

 

「美味い。なるほど、偶にこういうのも悪くない」

 

竹の香りを楽しみながら素麺を口にする無惨。恐らく今1番流し素麺を楽しんでいるのは無惨である事は間違いないだろう……。

 

「今度はうどんを流すなー」

 

声を掛けてからカワサキがうどんを流す。麺が太くなった事で掴みやすくなったのか取れたーっと言う声があちこちから聞こえてくる。

 

「楽しそうで何よりだな。竹を切ったのにも意味があると言うものだ」

 

「いやいや、巌勝殿。カワサキ殿相当怒ってましたぞ?」

 

「……そうか、ところで何故お前はそんなに勝ち誇った顔をしている?」

 

「今日はカワサキに褒められましたから」

 

ドヤアっと自慢げでありながらも虚無顔と言う尋常じゃない難易度の顔をする縁壱。だが巌勝達はそれどころではなかった……。

 

「よ、縁壱がカワサキに褒められた!?」

 

「あ、ありえない……天変地異の前触れか!?」

 

「ひいいっ、お、恐ろしい恐ろしい……カワサキがご乱心じゃッ!」

 

縁壱と言えばカワサキに叱られる。それがこの場にいる全員の認識であり、そんな縁壱が褒められたという言葉に万世極楽教の庭に居た全員が信じられないと言わんばかりに目を見開いた。

 

「す、すごーい! 犬の形してるー♪」

 

「これは猫……だ。凄い」

 

「母ちゃんだ! 母ちゃんの形をしてる!!」

 

子供達の楽しそうな声に振り返ると、赤茄子や西瓜のくりぬきが犬や猫、果ては猪の形になったそれがゆっくりと流れていく。

 

「もしかしてあれをお前が?」

 

「頑張りました」

 

ふんすっと胸を張り、胸が揺れる縁壱は自信満々そうな雰囲気でありながら、いつもの虚無顔である。もう少し、感情表現を上手くしろとこの場にいる全員が思った。

 

「ほうほう、味はそれほどでもないが……これはこれで風流だな」

 

味よりも見た目、竹の中を流れて来るというのが見た目にも涼しく、そして緻密に削り出されたそれが子供心をくすぐる。

 

「そろそろ餃子とかを流すぞー」

 

「餃子! 良いねえ、そろそろ俺も食べに入ろうかな」

 

「狛治さん。私も頑張ったので食べてくださいね」

「恋雪さん。判りました。私も食べさせて頂く事にします」

 

うどんや素麺だけでは腹持ちが悪いと子供達を見ていた童磨達だが、そろそろ腹持ちのいいおかずが流れてくると聞いて竹箸を手に並び始める。

 

「いくぞー」

 

流れ続ける水の中を餃子やシュウマイがゆったりと流れていく。

 

「何これ初めて見るー」

 

「なんだろ、美味しいのかな」

 

「良し良し兄ちゃんが取ってやろうな」

 

初めて見る餃子やシュウマイに興味津々と言う様子の弟達にシュウマイなどを取ってやっている実弥。自分は殆ど食べていないが、弟達が楽しそうに食べているのを見て嬉しそうな顔をしている。

 

「お前も食え、体を作るのだからな」

 

「は、はい。判りました」

 

「ま、弟の面倒を見たいって言うのは判るけどさ。大丈夫だよ、ここには沢山子供を見てくれる大人が……海老! 俺の指を焼いた海老が流れてきたッ! これは絶対食べると決めていたんだッ!」

 

海老の殻を剥くのに火傷していた童磨が実弥に良い感じの話をしていたのだが、海老を親の仇のように見つめているのを見て狛治は肩を深く落とした。

 

「童磨さんってあれで教祖なんですよね? 大丈夫なんですか?」

 

「……俺たちと居ると子供みたいな性格になるんだよ。まぁ、なんだ。子供なんだから無理に大人になろうとせずに大人に甘えればいいんだからな」

 

狛治にそう言われ、見ていたが弟に海老を譲っていた実弥の竹の入れ物に海老を入れてやる狛治なのだった……。

 

「あ、と、取れた」

 

「やっとだな。無一郎」

 

「う、うん」

 

子供達から少し離れた所で流し素麺を楽しんでいる時透兄弟も流し素麺を心から楽しんでいる様子で、普段怒り顔の有一郎もその顔が少し柔らかい。初めて開催した流し素麺だが、子供達の喜びようから毎年の無限城と万世極楽教での夏の風物詩になるのだった。

 

「よーしッ! 今度こそ取るわよ!! せいっ!」

 

「うめえ……お前はもう少し箸の練習をしたほうが良いなあ」

 

「……ほっと、ははは、良いな、これは面白いッ!」

 

食事と同時に遊びの要素もある、まだ高校生くらいの年齢の梅達も流し素麺を楽しみ、この日1日万世極楽教の庭からは笑顔と楽しそうな笑い声が途絶えることが無いのだった……。

 

 

 

 

 

無限城ひそひそ 噂話

 

 

流し素麺の台を作るのに、相当消費された竹だが当然それらを使い切る事が出来る訳も無く、玉壷が殆どの竹を引きとる事になった。元より玉壷は釣りが趣味と言うこともあり、自作の竹竿を作る事を趣味にしていた。新しい良質な竹を乾かし、また竿が作れると喜んだ玉壷は興味のある者を呼び寄せ、竹竿作り講座を開催していた。

 

「む、上手く行かないな」

 

「はっは、弦三郎殿は不器用ですなあ」

 

「こんな感じだろうか?」

 

「もう少し力を抜けば良いのさ」

 

カワサキ達は暇つぶしと言うこともあり、玉壷の指導の元、竹を加工して釣り竿を作っていた。

 

「おお、日丸とカワサキ殿は良い腕前ですな」

 

「そ、そうだろうか……」

 

「ああ、お前はいいセンスをしてるよ。日丸」

 

カワサキと玉壷に褒められ、恥ずかしそうにしている日丸の隣で玉壷とカワサキは並んで座り、竹を火で炙り木を添えて形を整えている。

 

「何をしているんだ?」

 

「竹は真っ直ぐじゃないですからね。こうやって形を整えるんですよ」

 

「しかしこれは良い竹だ。年々頑張って育てていた甲斐があるな」

 

「全くですな! これなら5本繋ぎ……いや8本繋ぎの名竿になりますな」

 

カワサキと玉壷の作る竹竿は非常に高評価で、姿を見せない竿師と言う事で、非常に高値で売買されている。紅く鬼と一文字刻まれた竿を持っている釣り師は只者では無いと言われるほどの竿で、鬼殺隊の中でも釣りを趣味にしている柱や育手にとっては憧れの一竿となっている。

 

「巌勝も偶に作っているが、今日は姿が見えないな」

 

「あいつか、くっくっく……今日は触れてやるな。あいつもあいつで複雑なのさ」

 

「そう言う事ですよ」

 

含み笑いをしているカワサキと玉壷に日丸達は首を傾げながらも、触れてはいけない話題だと判断し竹竿作りを再開するのだった。

一方その頃継国兄妹はと言うと……

 

♪~♪~♪

 

「……」

 

竹を切りすぎたと言う事で一部貰い受けた巌勝が竹笛を作り、その音色を聞きながら眠っている縁壱の姿があった。だがその姿は誰にも見られる事は無く、そして2人きりでも縁壱が巌勝を襲うことは無く、かつて継国の城で見られた穏やかな時を過ごす継国兄妹の姿がそこにはあるのだった……。

 

 

 

 

メニュー24 VS鮪へ続く

 

 




次回は釣り回で鮪を釣って来いと無茶振りをされた玉壷の頑張りの話を書いて行こうと思います。カワサキさんも交えて釣りフェイズを書いて行こうと思います。それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

メニュー24 VS鮪

メニュー24 VS鮪

 

 

鮪と一言に言ってもその種類は非常に多く、そして味わいも千差万別であり、また釣れる場所も大きく異なる。玉壷やカワサキが鮪を入手したいとなれば、その種類はその数を大きく絞られる事となる。

 

「と言う訳で俺達が狙うのは磯鮪になる」

 

「なるほど、時期的にも釣り易いですな!」

 

玉壷が何回もアタックしていた鮪だが、1人では釣れないと言う事で、玉壷はカワサキに助けを求め、カワサキも玉壷と共に小笠原諸島に訪れていた。大正時代ではまだそこまででは無いが、平成の世では磯釣りのメッカとまで呼ばれている小笠原諸島。しかもまだそこまで人間が来ていない自然のままのフィールドであり、鮪を狙うには絶好のポイントと言えるだろう。

 

「玉壷、リールの使い方は覚えたな?」

 

「はい、大丈夫ですよ、カワサキ様」

 

無限城で磯竿の扱いのトレーニングをしていた玉壷が気合に満ちた顔で返事を返す。カワサキはそれを見て小さく微笑み、磯竿を1本玉壷に貸し与える。

 

「昼間は餌のムロアジを狙う。磯鮪を釣るのは朝夕のマズメ、磯によってくる時間が勝負だ」

 

鮪は回遊性の魚だ。寄っていない時間に狙っては釣れないとまでは言わないが、釣り上げられる確率は極端に下がる。だから釣れる時間までは餌の小魚を狙うぞと玉壷に声を掛けて、短い竿にサビキ仕掛けを手際よくセットする。

 

「了解です、出来るだけ早く釣り上げて無限城に帰りたいですなあ」

 

「まぁそうだけど、カレーライスとかシチューとか用意してるから大丈夫さ。うっし、行こうぜ玉壷。鮪10匹目指すぞー!!」

 

1匹やそこらで無限城にいる鬼全員の胃を満たす事は出来ない、10匹の鮪を捕獲する事を目標にして、カワサキと玉壷は小笠原諸島の離島の1つにテントを張り、腰を据えて鮪を狙い始めるのだった……。

 

 

 

 

 

カワサキ様から借りた竿は普段使う竹竿等とは重みから、竿の長さまでまるで異なる物でございました。

 

「この軽さでこの強靭な粘り腰……いやはや、信じられませんなあ」

 

コマセ籠にコマセをつめて海の中に沈めて2~3回あおってやれば穂先が吸い込まれるようにして海中に突き刺さる。余り使い慣れない道具――リールと言う奴のハンドルを掴んで回し魚を海中から抜きあげる。

 

「ひょひょひょ、幸先良いですなあ」

 

鮪の餌になるムロアジが鈴なりで釣れて笑みを浮かべ、カワサキ様から借りている酸素を水の中に送り込むという奇妙な道具を入れた桶の中にムロアジを入れる。

 

「夕暮れの短い時間が勝負ですからなあ……まずは10匹ほどで良いですな」

 

釣れる時間は半刻にも満たない短い時間。余り釣り過ぎても、一晩もムロアジを生かすのは難しい話だ。10匹ほど確保しておいてこの島にいる間の夕食などを確保しても良いだろうと思い、再びコマセを籠の中に詰めて海中に沈める。

 

「っとと、いやはや、良いですなあ」

 

魚影が驚くほどに濃い、島に上陸する前に余り漁師達が来ない場荒れしていない場所を選びましたが、ここまで魚影が濃いと笑みを浮かべずにはいられない。

 

「玉壷よぉ、餌は十分に確保出来たからお前も少し自分の好きな釣りでもしろやーッ!」

 

別の磯場に陣取っていたカワサキ様の言葉にわかりましたと返事を返し、練習を兼ねてカワサキ様に借り受けた巨大な磯釣りを手に取る。

 

「やはり練習をしておくとしますかね」

 

太いワイヤーと言う物を糸に結び切れないようにして、巨大な針を頭から刺して、胴体に抜けるように針を刺す。

 

「よし、ではいくとしますか」

 

ベールを起して、竿を振りかぶり沖目掛けて思いっきり投げ込む。

 

「ほほーう、大分飛びましたな」

 

こうして初めて投げ込みましたが、かなり飛びましたな。これならば沖合いを回遊する鮪を釣り上げるのも決して夢では無いでしょうな……。

 

「ひょっ!!!」

 

ウキが馴染んで秒でウキが海中に沈むのを見て、竿を大きくあおる。

 

「これは良いですなあッ!!」

 

穂先から凄まじい勢いで糸が伸びて行き、一気にウキの姿が沖合いに消える。腰を深く落として竿を立てて、魚の突進を食い止める。

 

(いやいや、私の竿では駄目でしたなあ)

 

多分最初の突っ込みすら耐え切れず、竿が折れていただろうと思いながら何度も竿を大きくあおりリールを巻き上げる。

 

「手助けいるか?」

 

「いいえ、いいえ、大丈夫ですよぉッ! とっと!!」

 

私が大物と格闘しているのを見てカワサキ様が手伝いがいるか? と声を掛けてきますが、鮪を釣ろうと思うのだ。この程度で根を上げていては鮪などが釣れる訳がない。何度もポンピングを行い、リールを回してラインを回収する。

 

「よっとッ!!」

 

「いやあ、ありがとうございます!」

 

ギャフを打ってカワサキ様が魚を磯に引き摺り上げる精悍な顔付きの身体の真ん中に黄色の線が入ったヒラマサを見て笑みを浮かべる。

 

「大分使いこなせているみたいだな」

 

「はい、これで大丈夫ですよ!」

 

磯竿を使う練習も出来た。後は本番の時を待つだけだと気合を入れて、再び仕掛けを沖に向かって投げ込むのだった……。

 

 

 

 

 

 

「流石磯釣りのメッカだな、いや、魚種が豊富だ」

 

アジなどの小物に鯛にヒラマサとサイズも魚種も申し分ない、ビッグサイズが立て続けに釣れる。これには俺も笑みを浮かべずにはいられない。投げては釣れる、投げては釣れる。大正時代では釣りがそこまで流行しておらず、磯釣りなんて言う考えがないからこそのこの魚影には満足だ。

 

「っと!また来たか」

 

ウキが海に馴染んでほんとに数秒でウキが海中に引きずり込まれる。竿を反射的に大きくあおりバッチリ合わせをくれてやると、竿が大きく海面に突き刺さり、それを腰を落として耐える。

 

「この手応え……ハタかっ!?」

 

根に潜っていく強烈な手応えを楽しみながら、しかしそれでいて根に潜られない為に、大袈裟とも取れるポンピングを繰り返し、魚を根から引きずり出す。

 

「良い引きだ。最高だな」

 

竿越しに伝わってくる抜群の手応えを楽しみ、ラインを巻き取る。

 

「ふんっ!」

 

ユグドラシルのアイテムなので普通の魚相手におられる事など、決して無い。海面に姿をあらしたハタを強引に抜き上げる。

 

「ん、満足満足」

 

70Cmほどのハタに満足と笑い、〆てクーラーボックスにほりこんでおく、綺麗に捌いて干物にしたり、刺身にしたり色々と使い勝手が良い。

 

「子供には魚だからな」

 

成長期の子供にはカルシウムが大事だ。肉に拘る連中が多いので、魚を大量に確保しておこうと思い投げ込み仕掛けとサビキで魚をどんどん釣り上げるのに夢中になっていると日が翳っているのに気付いた。

 

「……時間だな」

 

夕マヅメ、磯鮪が回遊してくる時間だと慌てて磯鮪の仕掛けを組み上げて沖合いに投げ込む。

 

「回ってきていれば食うはずだ」

 

俺か玉壷のほうに磯鮪が巡回してくるか、それとも両方か……どっちにせよ、回遊しているかどうかはすぐに判る。投げ込んだウキが馴染んで、ムロアジが泳ぎ始めたのかウキが右に左に動く。

 

「……駄目か」

 

磯にピトンを打ち込んであるから大丈夫だが、どうも駄目なようだ。もし巡回していれば1発でウキが消し飛ぶが、それもないのではどうも俺の方には回って来てないな。

 

「何日掛かるかねえ」

 

鮪を大量に釣り上げておきたいが、さてさて、目標の10匹にはどれくらい時間が掛かるかなあとレジャーマットの上に寝転がり、夕暮れのオレンジ色の光を見つめているととんでもない悲鳴が聞こえた。

 

「ほぎゃああッ!?」

 

「玉壷!?」

 

尾を踏まれた猫のような玉壷の悲鳴が聞こえ、そちらに駆け寄ると玉壷が股間を押さえて泡を吹いていた。

 

「お前……竿の間にあれほど立つなと……」

 

磯鮪が食いついて、一気に走り出した瞬間に竿尻が跳ね上がり、股間を強打したのだと俺は理解した。そしてバチンっと言う音を立ててラインが断ち切られる音も響いて、俺は深く溜め息を吐きながら泡を吹いている玉壷を引っくり返し、腰の辺りを強く叩く。

 

「作戦変更するか」

 

「……で、ですなあ……」

 

鮪は想像以上に強敵であり、これは個別に狙うんじゃなくて2人で1本の竿を使うほうがいいかもしれないなと言う結論に至るのだった。

 

「ぬああああああーーーッ!!!」

 

「キーンッ! バチーンッ!!!」

 

「くそがあああッ!!!」

 

「まだ、まだ群れは行ってない!!」

 

なおその日から小笠原諸島のある離島から化け物の声が響くと言う噂が出る事になるのだが、鮪を捕獲する事に全てを賭けているカワサキと玉壷がそれに気付く事はなく。

 

「止めたぞぉッ!!」

 

「巻け巻けーッ!!」

 

鮪を釣り上げる為にたゆまぬ努力、そしてくじけぬ心によって鮪を釣り上げる事に成功するのだが、それはカワサキと玉壷がこの島で釣りを始めてから3日目の事であり、目標である鮪10匹を到達出来たのはそれから更に10日後の事なのだった……。

 

 

 

メニュー25 鮪料理

 

 




次回は鮪料理を書いて行こうと思います。小笠原諸島の離島での釣りは私の夢ですが、今のコロナの状況じゃとてもじゃないですが無理ですよね。なのでこんなふわっとした釣り描写になってしまい申し訳ありません。次回は鮪を使った料理を沢山書いて今回の少なかった文字数を補って行こうと思います! それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

メニュー25 鮪料理

メニュー25 鮪料理

 

イソマグロと言う魚はマグロとついているが、実はイソマグロ属の魚であり本マグロとかとは種類が違う。脂身が少なく、やや淡白な味わいが特徴的だ。時期的に冬に差し掛かる手前だったので脂は乗っているが無惨が好む中トロや大トロと言った部位はあるにはあるが本鮪の物とは異なる味わいとなっている。

 

「美味いが……何か違うな」

 

「文句を言うな、文句を、俺と玉壷がどれだけ苦労したと思っている。刺すぞ貴様」

 

「す、すまん。悪かった、私が悪かった。だから包丁を向けるのをやめてくれ」

 

少しは自分の我侭を自覚しろと無惨を一喝し、皆が見ている前でマグロから柵を切り出している玉壷から柵を受け取り、それを刺身にへと切り分けていく。

 

「カワサキと玉壷がこれをつったのか……なるほど、私も時間があれば共に釣りに行きたかった物だ」

 

「なら今度は巌勝殿も参られますかな? 3人ならもっと多く釣れるかもしれませんぞ」

 

「ま、乱獲にならない程度なら俺もとやかく言うつもりは無いしな。はい、腹身な」

 

脂の乗った部位を切りわけ、小皿に盛り付けると手がさっと伸びて凄い勢いで消えていく。ちょっとしたホラーだと思わず苦笑するが、美味しいという声で笑顔だけで苦労した甲斐があったと思ってしまう俺は結局の所お人よしが過ぎるんだろうな。

 

「うん、食べやすくて美味しいですよ? 何故文句を言うんです?」

 

「いや、マグロと言うから大トロとかを期待していたんであってだな……これが不味いという訳では無いんだ」

 

ただそう、想像していた物と違うと言ってわさび醤油を漬けながら刺身を頬張る無惨。日本酒も口にして、刺身を満喫しておいてまだ言うかと肩を竦める。

 

「でもカワサキさん、凄く食べやすいですよ?」

 

「柔らかくて美味しい!」

 

「カワサキさんも、玉壷も凄い!」

 

鳴女や子供達の食べやすくて美味しいと言う声を聞いていると良かったと思うが、少し好みがあわないという声もあるのが気になる。

 

「カワサキ殿。少し早いですが、あれを出しますか?」

 

「そうだな、そうしよう」

 

まだ暫くは刺身でしのぐつもりだったが、無惨のように文句こそ言わないが童磨や半天狗の箸が進んでいないのを見て少し早めに例の物を準備する事にする。

 

「少し頼めるか?」

 

「全然問題ありませんよ。ヅケを出すだけですから」

 

離島で釣り上げてすぐ刺身にして漬けダレ……醤油とみりんと酒を混ぜて1度沸騰させてアルコールを飛ばして作ったヅケダレにつけた刺身を出すように頼んで、俺は卵黄、塩、酢をボウルの中に入れて泡たて器で良く混ぜ始める、白くもったりしてきたらサラダ油を少しずつ加えながら混ぜ合わせる。

 

「よし、OKっと」

 

手製のマヨネーズを作ってから、最初に切り分けた刺身小さ目のぶつ切りにして両手に包丁を持って刺身を叩く、ある程度刺身がつぶれてきたらマヨネーズと、本だしを入れてイソマグロに足りない油分とコクを足してひたすらに叩き続ける。

 

(うし、仕上げ)

 

小口切りにした白髪ネギを加えて軽く混ぜ合わせたらネギトロの完成だ。これを半分無惨達のつまみに出して、残りは海鮮丼とかユッケ丼にしようと思い丼に使う分は冷蔵庫に入れて、摘みにする分にごま油を加えて再びざっくりと混ぜ合わせたら韓国海苔を出して、その上に少しずつネギトロを乗せて、少しだけわさびを乗せたら完成っと。

 

「刺身が物足りなかったら、これを試してみてくれ、ネギトロ巻きだ」

 

寿司飯を乗せて巻物にしても良いんだが、まだ酒を飲んでいる様子なので海苔とネギトロを巻いただけのシンプルなそれを無惨達に差し出すのだった……。

 

 

 

 

 

カワサキ様と玉壷殿が釣って来たマグロ……詳しく言うとイソマグロと言うらしいそれは、普段食べているマグロと違っていて、正直あんまり美味しくは無かった。

 

「狛治さんも余り好きでは無いですか?」

 

「いえ、その……はい、少し物足りないと言いますか」

 

そう、そうなのだ。美味い事は美味い、だけどそれが少し物足りないんだよなあ……。

 

「き、聞かれたら怒られる……ひいいい……恐ろしい恐ろしい」

 

それは全面的に同意する。カワサキ様を本気で怒らせたら……そう想像するだけで恐ろしくて仕方ない。

 

「ネギトロ丼とヅケ丼、鉄火丼に、全部盛りなんて物もできますぞ?」

 

「え、そうなの……う、うーんじゃあ……全部盛で」

 

「はいはい! 今用意しますからなあ」

 

玉壷殿が凄く生き生きしている……魚関連だと本当に元気になるよなあと思ってみていると黒死牟殿がお盆を手に机にやってきた。

 

「ネギトロ……巻きだそうだ」

 

「……え、雑……うっ」

 

カワサキ様の料理とは思えない雑さ具合に思わず雑と口にすると猗窩座殿に肘打ちされた。凄く痛い……でもまぁ食べる前に雑とか言うのは失礼だと思い、皿の上に2つずつ乗せられているそれを手に取る。

 

「……ふむ、カワサキらしい料理では無いが……まぁ不味い訳が無かろう」

 

無惨様がそう言って海苔で綺麗にネギトロ? とか言う肉片見たいのを来るんで口に運んだ。

 

「美味い、脂がコッテリしていて美味いな、これは良いぞ」

 

無惨様が上機嫌に笑い日本酒を口にするのを見てから、俺もネギトロ巻きをやらを口に運んだ。普通の海苔よりもパリッとした塩味の強い海苔を噛み千切るとネギトロの味が口一杯に広がった。イソマグロの刺身よりもコッテリとしていて、少し鰹出汁の味がする。そして最後に強いごま油の香りと味。

 

「んんーーーこれ美味しいッ!」

 

「確かにこれは美味い……大トロのようだ」

 

「……驚いたな。こんな事も出来るのか」

 

「美味しいですね。兄上……」

 

さっぱりとしていて淡白なそれが、まさか大トロに近い味になるとは驚きだ。ごま油の味とコッテリとした味が口の中に残るので、日本酒で口の中を洗い流すとまた食べたくなる。

 

「マグロの海鮮ユッケ。生卵を崩しながら食べてくれ」

 

「わーっ! こんなの美味しいに決まってるよッ!」

 

匙で卵を崩してネギトロと混ぜてネギと一緒に口に運ぶ。ねっとりとしたマグロの旨みと卵の風味……しかしそれだけでは喧嘩するそれをほんの少しの辛味が1つにしてくれている。

 

「ん、ちょっと辛いですけど美味しいですね」

 

「ええ、それに風味と香りが良いです。これは胡麻ですね」

 

「つうっ……」

 

「ああ。兄上大丈夫ですか? はい、お水をどうぞ」

 

黒死牟殿に躊躇う事無く薬を混ぜた酒を差し出している縁壱に恐怖していると、無惨様が手を上げた。

 

「カワサキ、寿司飯にこのマグロのユッケを乗せてくれ」

 

「もう飯を食うのか?」

 

「少しだけ食べるだけだ。後で丼で大盛りで食う」

 

本当にカワサキ様の料理を無惨様は好きだなあと思いつつ、俺も手を上げて海鮮ユッケ丼を欲しいとカワサキ様に声を掛けるのだった……。

 

 

 

 

 

刺身と言うのは実は私は余り得意ではない、柔らかいその独特の食感と少し生臭い味はどうしても好きになれないのだ。

 

「はい、魘夢。お待たせ」

 

「いえいえ、すいませんカワサキ様。我侭を言ってしまって」

 

「いいさ、人には好きなもの嫌いな物がある。嫌いな物を食えなんて俺にはとてもじゃないけど言えないさ」

 

そう笑うカワサキ様だが自分1人だけ特別な物を作ってもらっていることに罪悪感が生まれる。

 

「気にするなよ。すぐにマグロのステーキも準備するから」

 

「……ありがとうございます」

 

カワサキ様に小さく頭を下げてナイフとフォークを手にする。今もまだ、ジジっと言う揚げ立ての音を立てているフライを見て、小さく微笑む。ナイフとフォークで薄く切り分けると、中までしっかり火が通っていて、白くなっている身が目の前に飛び込んでくる。

 

「あむ」

 

マグロフライは醤油で漬けてある塊で作ってあるのでソースや醤油をつけなくてもこのままでも十分に美味しい。

 

「美味しい」

 

自然に美味しいという言葉が零る。さくりとした衣とその中のしっとりとしたマグロの食感……トンカツ等には余り似てないが、強いて言えばチキンカツかヒレカツに近いが、それよりももっとあっさりとしていて、しかし絶妙な食感のそれは肉に近いが、肉とは全然違う味わいで舌を楽しませてくれる。

 

「マグロステーキ、お待ちどうさま」

 

「ありがとうございます、んーこれも美味しそうですね」

 

「そうじゃなくて、美味いんだよ」

 

こつんっと頭を叩かれてすいませんと謝罪の言葉を口にする。カワサキ様は自分の料理に絶対の自信を持っている、この傲慢とも言える自負がカワサキ様の料理の美味しさを現していると思う。

 

「どれ」

 

フライを食べていた手を止めて、マグロのステーキを切り分ける。表面だけが焼かれていて、中は赤味のまま……魚と思うと苦手だが、好きなビーフステーキと思うと最高の焼き加減なんだろうなと思いながらフォークを刺して口に運ぼうとして気付いた。

 

(これはにんにく?)

 

ガツンっとしたにんにくの香り、これはステーキのソースに近いかもしれない。そう思うとマグロのステーキが好物のビーフステーキに思えてくるから不思議だ。

 

「……美味しい」

 

そして口にして正直驚いた。マグロの表面はかりっとしていて、本当にステーキの食感に良く似ていた。中がほんのりレアのステーキと良く似た味は魚と言うよりかはむしろ肉と言っても良いだろう。

 

「魔法、これはカワサキ様の魔法だ」

 

魚を肉に変える……これは正しく料理の魔法だ。マグロのステーキと言われなければ、普通のステーキと言われていても信じていたかもしれない。

 

(これだ、このガツンと効いたにんにくのソース。これが味の要だ)

 

恐らく摩り下ろしたにんにくとスライスしたにんにくの両方を使っているからこそのこの強烈な香りがマグロを牛肉に思わせている味の要だと感じた、グラスに注がれている赤ワインを口にして小さく溜め息を吐いた。完璧としか言いようのない洋食の味付け、街中で食べる洋食とはやはりカワサキ様の料理は一回りも二回りもグレードが違うと改めて感じるのだった……。

 

 

 

 

子供達の机とは少し離れた所で食事をしている青年の鬼達の中で梅がしょんぼりと肩を落としていた。

 

「梅よぉ、食えなかったら無理に頼むんじゃねえよ」

 

「そうだぞ、梅。まぁ私は気にしないが」

 

「……ごめんなさい」

 

ネギトロ丼、マグロユッケ丼、ヅケ丼、鉄火丼を頼んで全部少しずつ食べて満腹になってしまった梅に助けてと言われて、俺と朱紗丸は肩を落とした。

 

「食えるのかぁ?」

 

「別に全然平気じゃが……そうだのう……流石に妓夫太郎が口をつけたのは抵抗があるのう?」

 

「私は気にならないよ?」

 

「普通は気にするんじゃ、梅」

 

正しくその通りである、梅が純粋なのは良いがもう少し男女の間隔のとり方を教えなければならないと俺は改めて思った。

 

「じゃあ朱紗丸から選んでくれて良いぜ?」

 

「ほほう、それは良い心遣いじゃな、ではでは」

 

鉄火丼とマグロユッケを手にする朱紗丸。俺は残ったネギトロ丼とヅケ丼を手に取り、自分の分の海鮮丼の刺身を1度皿の上に逃がして、飯を移し、その上に再び刺身やネギトロを乗せる。

 

「雑いのお」

 

「うっせ、口に入れば良いんだよ」

 

綺麗にバランスを考えて盛り付けている朱紗丸だが、そこは男女の感性の違いと言う所だ。

 

「今度は食べ切れない分を頼むなよ?」

 

「……うん」

 

梅にもう1度注意して、丼を持ち上げる。カワサキさんに飯を食え飯をくえと何度も言われて、食べる量が増えてきているから別にこのくらいの量は食べ切れない訳では無いが、それでも残しても大丈夫と思われては困るのでしっかりと注意しておく。

 

「あぐ、うん、うんッ!」

 

丼は勢い良く食え、これはカワサキさんに教えてもらったことだ。ゆっくり食べていると満腹になってしまうから、勢い良く食べたほうが食べ進めやすい。

 

「うめえッ! いや、本当にうめぇなあッ!!」

 

マグロの刺身だけだとあっさりとしているが、そのあっさりとした味が口の中をさっぱりとさせてくれる。そしてヅケの濃い醤油の味と甘みが米に染み込んでいて1口、2口と米を食べる勢いを加速させる。

 

(だけどこれが1番美味いッ!)

 

ネギトロって言う一見ちょっと不気味なそれなんだが、トロリとしていてそこが乗っている部分はまるで口の中に吸い込まれていくように食べれる。

 

「胡麻とネギっと」

 

「そんなのいれるの?」

 

「味付けの変化じゃよ。ちょっぴり味を変えると食欲が進むんじゃ」

 

確かにそれはその通りだと思う、刺身、ヅケ、ネギトロ……味付けは違うが、それでも同じ魚で脂も乗っている。正直少し腹に溜まって来たなと思う。

 

「梅、悪いけど澄まし汁貰って来てくれ」

 

「すまし汁ね、判ったわ」

 

梅に澄まし汁を頼み、その間にネギトロと刺身の部分だけを食べ進め、ヅケだけを残したら、取り皿に醤油とわさびを入れてわさび醤油を準備しておく。

 

「中々乙な食べ方じゃな」

 

「悪いか?」

 

「いいや。私もユッケじゃなければそうしておったかもなあ」

 

くっくっくと笑う朱紗丸を見ていると梅が澄まし汁を両手に持って戻ってきた。

 

「はい、朱紗丸の分」

 

「おお、ありがたいの。やはり汁物は丼にあると嬉しいからなあ」

 

口をさっぱりさせるにも、何にもやっぱり汁物があると丼は食べやすいものだ。俺は梅から澄まし汁を受け取ると丼の中に注ぎ込んで、わさび醤油とすり胡麻、そして小口切りにしたネギを上に散らした。

 

「お茶漬け?」

 

「まぁ出汁だからお茶漬けじゃねぇけど食べやすいぜ? ふーふーっ」

 

熱い汁でマグロの色が変わった所で口に運ぶ。やや濃い目のわさび醤油が汁で丁度良い薄さになっているのと摩り下ろした胡麻の香りもまたいい。

 

「うんうん、こりゃあ正解だな」

 

火で焼いたわけでも揚げた訳でもない、熱い汁でほんのり温まったそれはまた独特な食感があって美味く、汁を啜りながら俺は残った米をかき込むのだった……。

 

 

 

 

無限城ひそひそ 噂話

 

カワサキと玉壷は遠い目をして無限城の一角に新しく作られた部屋を見ていた。

 

「そう、そういう感じで、上手ですよ!」

 

「そ、そうか? なら良いのだが……」

 

「いやあこういうのも面白いねぇ! いったあッ!?」

 

「何をやっている馬鹿」

 

黒死牟殿達がトンカチを手に、頭に捻り鉢巻をして何かを組み立てているのをカワサキは呆然と見つめていた。

 

「黒マグロを釣るのに船が要ると言っていたからな。丁度鬼にされたばかりの船大工を見つけたから連れて帰って来た」

 

「いやあ、こんなに大きい船を作れるなんて大工冥利に付きますよ!」

 

止めてくれよとは言えない、カワサキも玉壷も基本的にNOと言えない日本人だからだ。

 

「これで今度は大海原に乗り出して黒マグロを釣るんだ。私も勿論行くぞ」

 

まだ完成もしてない船を見て、完成した後の事を夢見ている無惨。

 

「カワサキ様、これ大丈夫ですか?」

 

「知らん。もうなるようになれだ」

 

如何にマグロを釣るのが大変だと説明しても、釣った事のない人間にそれを説明しても理解できるわけがない。それにもう船を作り始めて

いるので、今更それを止める事も出来ない。今カワサキと玉壷に出来る事は1つだけだった。

 

「とりあえず何時になるかは判らんが、仕掛けだけでも用意しておくか?」

 

「釣り竿に拘らずなんでも良いから準備しましょう」

 

無惨も頑固な性格なので釣れるまでは帰らないと言い出しかねないと本能的に悟った2人は、なんとしてもマグロを捕獲する為の道具の準備を始める。それだけが今のカワサキと玉壷に出来る事なのだった……。

 

 

メニュー26 カワサキ特製ラーメンへ続く

 

 




マグロはマグロでもイソマグロだったので、無惨様船を作るを落ちにしました。今度はマグロ漁とかしている無限城一派が見えるかもしれないですね。次回は「変態魔忍」様のリクエストで「二郎風ラーメン」を作って見たいと思います。それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

メニュー26 カワサキ特製ラーメン

メニュー26 カワサキ特製ラーメン

 

 

無限城では大量の鶏肉や豚肉が消費される。その為、無限城の内部に養豚場や養鶏場が何時しか作られるようになった。最初は俺しか解体できなかったが、時間が経てば他にも解体出来る面子と言うのは自然に増えてくる。しかしだ、消費量が増えるということはそれだけ、動物を殺している事になり当然大量の骨が出る。それを無駄にする訳には行かない、しかし骨の使い道なんてそうある物ではなく、個人的に骨を利用する料理……即ちラーメンのスープを作る努力をしていた。

 

「良し……ここで水を足してっと」

 

豚骨と鶏がらのミックスで出汁を取り、途中で背脂を取り出す。正直醤油ラーメンなら良く作るが、豚を使うのはあまり無く。研究を重ねてやっとそれなりの物が出来たのではと最近思う。

 

「良し良し良い具合だ」

 

ぷるんとしたコラーゲンが良く出た背脂を泡たて器で潰しながら混ぜてグジュグジュのジュレ状にする。これで背脂って言うのはいいはずだ。水を足してスープを煮詰めている間に次の準備を始める事にする。

 

「次っと」

 

濃口醤油、水、みりん、酒、砂糖にネギの緑の所とニンニク2片を鍋の中に入れて漬けダレを作り、その中にタコ糸で縛り型崩れしないようにしておいた豚バラと豚腿肉の2種類を入れて煮詰めチャーシューの準備をする。

 

「煮卵もあると嬉しいよな」

 

チャーシューが仕上がったらすぐ煮卵にいれかえられる様に今の内に大量のゆで卵の準備も始める。

 

「これでやっと無惨達に出せるな」

 

自分で食べて人様に出せる味だと思うまではラーメンを食堂で出す事はなかったが、これでやっと無惨達に出せる味になったと言う確信がある。

 

「良し、良い具合だ」

 

白く濁った豚骨鶏がらスープ。豚の骨と鳥の骨、そしてたっぷりの香味野菜で取った出汁は間違いなく一級品だ。

 

「最後だ。醤油、みりん、砂糖っと」

 

鍋の中に醤油、みりん、酒を加えて火に掛ける。砂糖が溶けるまでかき混ぜたら、中火に変えて焦げ付かないように丁寧に混ぜる。鍋の縁が温められてふつふつとしてきたら弱火に変えて沸騰しないように様子見をしながら、チャーシューを1度取り出して、別の鍋にチャーシューが浸るくらいのタレを移して、弱火でチャーシューを煮詰め。元からタレが入っていた鍋に殻を剥いたゆで卵を大量に投入して弱火で煮詰める。

 

「かえしも出来た」

 

沸騰直前で火を止めて御椀の中に背脂、かえし、そして漉した豚骨鶏がら出汁を注いで軽く混ぜてから味見をする。

 

「……完璧だ」

 

かえしがまだ出来たてで刺々しいが、少し冷ませば味も落ち着いてもっと円やかな味になり、出汁とも良く混ざるようになるだろう。しかし問題が1つ生まれた、この濃厚な豚骨醤油スープでは細目の麺等では食われてしまい、ラーメンとは言い難いだろう。

 

「太めのがつんとした縮れ麺を作らないとな」

 

スープに浸っているだけの麺ではラーメンとは言えない、スープと麺が調和してこそのラーメンだ。俺は用意していた中華麺を冷やし中華用の麺にする事を決め、夕食に間に合わせる為に急いで太めの中華麺を打ち始めるのだった……。

 

 

 

 

 

カワサキは極稀にだが、どんな料理の希望も受け付けない時がある。それはカワサキが長い時間研究し、やっと私達に出しても恥ずかしくない料理になったと言う時だ。それは見た事が無い料理である事が大半だが、はずれが無い。

 

「ほう、今日は希望受付なしか」

 

「……これは楽しみですな。無惨様」

 

「ああ、久しぶりだ」

 

黒死牟も楽しみだと頬を緩める。ライスカレー、寿司、シチュー色々食べてきたが……さて、今日は何が食べれるかと期待して食堂に足を向ける。

 

「はい、豚骨醤油ラーメンお待ち!」

 

「おお……これは美味そうだ」

 

弦三郎が丼を手にして、螢火が待っている机に引き返していくその一瞬で丼の中を見たが汁と麺。その上に野菜と卵と肉が乗っているのが見えた――なるほど今日は麺料理か。

 

「カワサキ、私も貰おうか」

 

「カワサキ、私もだ」

 

「あいよッ! すぐに準備するぜ」

 

腕まくりと捻り鉢巻姿のカワサキが鍋の中に麺を入れて湯がき、大量の丼の中に醤油らしき物を注ぎ、その上に白く濁った汁を注ぎこむ。

 

「シャッ!!」

 

そして両手にざるを持ち、同時に大量の麺のお湯を切り、汁の中に沈める。そして鮮やかな手並みで具材が盛り付けられ、私達の前に差し出される。

 

「豚骨醤油ラーメン、お待ちどう!」

 

「ラーメン、ラーメンと言うのかこれは?」

 

「おう、中国の方の麺料理を日本風にアレンジした奴だ。熱いから気をつけて食えよ」

 

中国の麺料理か……餃子や春巻き、しゅうまいとどれも美味だったので、このラーメンもきっと美味いのだろうと思い、お盆に載せて空いている席を探すが……殆ど席が埋まってしまっている。

 

「ふーふー、ずるううううッ! うん、うん! うわあ! めちゃくちゃ美味しいね!」

 

「……確かに美味い、凄まじく強烈な味だ」

 

「ふふ、美味しいですね」

 

童磨達の席は埋まっているし、かといって妓夫太郎達の席はと言うと……。

 

「うぷ……お兄ちゃん、目とか、耳とか、口から麺が飛び出しそう……」

 

「梅よぉ? 兄ちゃんは無理に2杯目を食おうとするなって言ったよなあ?」

 

「お、美味しかったから行けると思ったの……」

 

ばたばたしていて、ゆっくり食べれそうな雰囲気ではない。

 

「ふーふー、うん。美味いですな」

 

「余り馴染みが無いがこれは美味い。「あ」んああああああーーーッ!!!」

 

「は、半天狗殿ぉッ!?」

 

子供の啜った麺から跳んだ汁が目に入ったのか悶絶する半天狗達の席も騒がしくて食事所ではない。

 

「ふーふー、はい、熱いから気をつけて食べるのよ?」

 

「「「はーい!」」」

 

「この小さい器に入れてやろうな」

 

「ありがとー」

 

……あの席は論外だな、子供鬼達がきゃっきゃっとはしゃいでおり、それこそ食事を味わう所ではない。

 

「行くぞ」

 

「……はい」

 

最終的に無限城の問題児。縁壱の座っている机だけが空いており、嫌そうな顔をしている黒死牟を引き連れてその席に向かう。

「兄上、兄上、これ物凄く美味しいのです」

 

いつもの虚無顔でありながら目を輝かせるという器用な真似をしている縁壱。普段飯を食っても美味いのか不味いのか良く判らない顔をしているので、顔に出ると言う事はさほど美味いのだろうと思い私も丼を覗き込む。

 

(汁は茶色、これは豚肉……か、軽く炙られているようだな。野菜はもやしとキャベツ、それと茶色くなるまで煮られた卵か)

 

箸を汁の中に入れて麺を持ち上げて驚いた。太い、とんでもなく麺が太い。

 

「太いな」

 

「太いですな」

 

こんなに太い麺を見たことが無いと思いながら、息を吹きかけて冷ましてから麺を勢いよく啜る。

 

「美味いッ」

 

「……なんと言う……これはなんと言う美味さ」

 

口の中一杯に広がる強烈な味、汁を直接飲んでいないのに汁を口にしたかのような強烈な後味。太めの麺を啜ると、その麺の窪みの汁が口の中に広がる。

 

「ずずう」

 

「……ほう」

 

匙で直接汁を啜るとより強烈に旨みを感じる、にんにくのパンチの利いた香りも鼻に抜け実に食欲をそそる。

 

「これは?」

 

「脂?」

 

「背脂と言うそうです。汁の中に沈めて溶かして食べるそうですよ」

 

縁壱から言われた通り野菜の上に乗っていた背脂を汁の中に沈めて麺と共に啜る。口の中に広がるのは強烈な豚の旨み……口一杯に広がり、少々脂っこいと感じたのでキャベツともやしを頬張る。

 

「なるほど、良く考えられている」

 

「塩だけなのもいいですね」

 

塩だけで軽く炒められたそれはしゃきしゃきと味わいが良く、口の中に満ちた豚の脂をさっぱりとさせてくる。

 

「チャーシューも抜群に美味い」

 

「食欲をそそりますね」

 

とろりとした豚バラのチャーシューと固い歯応えのある豚腿肉の2種のチャーシューは食感の違いで私の舌を楽しませ、麺をもっと食べたいと言う気持ちにさせる。

 

「「ぷはああっ……」」

 

熱々の汁を飲み終え、大きく息を吐く。うどんなどの麺類とはまた違う、味わいだったが実に満足感を与えてくれた。

 

「しかし、少し足りないな」

 

「そうですね……お代わりを貰いましょうか」

 

少し物足りないので少しだけ作って貰おうと席を立ったとき、鳴女が山盛りのキャベツが乗せられ、チャーシューも10枚以上、更に煮卵が10個も乗せられた巨大な丼を持って歩いてきた。

 

「「え?」」

 

「……なにか?」

 

有無を言わさない迫力がある鳴女に私達は思わず何でもありませんと敬語で返事を返すのだった……。

 

 

 

 

鳴女さんが持っているラーメンを見て大丈夫かな? と私は思わずにいられなかった。私の丼の倍近い量だからだ、しかもカワサキさんに

 

「ブタダブルヤサイタマゴマシマシニンニクアブラカラメ」

 

と言う呪文のようなことを言っていた。

 

「鳴女、それが何を意味するか判ってるか?」

 

「勿論です。カワサキさんの本で見ました」

 

「……OK。準備するよ、残すなよ?」

 

「……大丈夫です」

 

カワサキさんが念を押して用意したラーメンは私の倍近い量で思わず我が目を疑った。

 

「……美味しそう」

 

「そうか、それなら良いけどさ」

 

見るだけで満腹になりそうなそれを美味しそうと満面の笑みで言った鳴女さんにも驚いた。

 

「無理そうでしたら手伝い……」

 

無理そうでしたら少しでも手伝いますよ? と言いかけたんですけど、それを最後まで言う事はなかった。

 

「……ゴキゴキ」

 

髪を後ろで結わいて、腕の袖をまくって気合をいれた鳴女さんの一つ目がカッと見開いた。

 

(え、凄い……)

 

野菜の中に箸を突っ込み、野菜と麺を同時に持ち上げ凄まじい勢いで啜る。汁が机の上に飛び散るのも全くお構い無しだ、野菜の下から現れたチャーシューを一口で頬張り、今度は麺だけをごっそりと持ち上げ大きく口を開けて啜りこむ。

 

「ん、おいし」

 

(それ!? それですか!?)

 

机の上が凄いことになってるのにそれですか!? と思わず叫びそうになった。野菜だけを凄まじい勢いで食べ、煮卵をスープの中に沈めて、匙で掬って一口で頬張る。普段はもそもそと食べているのに、凄い食欲だ。

 

「伸びますよ。珠世さん」

 

「あ、あ。そ、そうですね!」

 

伸びてしまうと辛いので私も麺を啜る。普段のうどんの汁とは違う、獣の味と言うべきガツンっとインパクトのあるスープの味と歯応えのある麺の味は舌を楽しませてくれる。だけど、慣れていない獣の味に私はラーメンに負けてしまった。

 

「うぷ」

 

「貰いましょうか?」

 

「……お願いします」

 

あの山盛りのラーメンを食べて、私の食べ切れなかった分も食べた上で、ラーメンをお代わりする鳴女さんの姿に私は本当に鳴女さんは麺料理が好きなんだなと思いながら、口直しの漬物を口にするのだった……。

 

 

 

 

 

無限城ひそひそ噂話

 

 

鳴女と珠世は基本的に2人で食事を取る事が多い。そしてラーメンがメニューに追加されてからはほぼ毎日ラーメンを食べていた。

 

「ブタダブルヤサイタマゴマシマシニンニクアブラカラメ」

 

「えっと、ブタヌキヤサイマシでお願いします」

 

「……大丈夫?」

 

鳴女に合わせてなのか、マシの注文をする珠世に大丈夫か? とカワサキが尋ねると珠世は頬を赤くして、そっぽを向いた。

 

「食べたくなるんです……本当になんでかわからないんですけど」

 

「ぶいっ!」

 

普段食事をしない珠世は医者の不摂生を体現していると言っても良いだろう。そんな珠世の食生活を改善させる為に愈史郎は鳴女に珠世と共に食事をするように頼んだのだが、ここ数日で食事の量が増えた事を自分も気付いているのか珠世は少し恥ずかしそうに告げた。

 

「じゃあ麺少なめにしようか?」

 

「……お願いします」

 

か細い声でカワサキに注文を告げる珠世。そんな珠世を食堂の後で見つめていた愈史郎はダンっと机に拳を打ちつけた。

 

「恥ずかしそうにしておられる珠世様がお美しい」

 

「……そうか、うん、まあ良いんじゃないか?」

 

珠世を盲目的に愛している愈史郎は今日も珠世に見つからないように姿を隠して、食事量が増えたと恥ずかしそうにしている珠世をじっと食堂で見つめていて、同年代に見える鬼達にドン引きされて見られていた。

 

「にちゃあ」

 

そしてそんな愈史郎を見て、縁壱が自分の同類を見つけたと言わんばかりに笑っているのだが、愈史郎がそれに気付く事はないのだった……。

 

 

 

 

メニュー27 童磨の大失態へ続く

 

 




二郎系は実は行ったことが無い店なのでふんわりとした雰囲気になったと思いますが、ある程度は表現できたかな? と思っております。次回は料理と言うかコメデイタッチで書いて行こうと思います。それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

メニュー27 童磨の大失態

メニュー27 童磨の大失態

 

 

無限城の一角に配置されているカワサキのグリーンシークレットハウスには小さな鍵が掛けられているだけで、鬼の力なら簡単に破壊出来る。と言ってもカワサキの私室に等しいので、侵入する者は殆どおらず童磨がたまにペロロンチーノ達が持っていた本を持ち出す程度なのでカワサキには実害がないので放置していたが、今回はばかりはそうではなかった。

 

「おいおいおい! あいつとんでもない物をッ! やばいやばいッ!!!」

 

今回は書物ではなく、アイテムガチャのはずれを詰め込んである部屋からある物を持ち出した童磨だったが、カワサキは無くなっている物を見て血相を変えて走り出した。

 

「カワサキ? どうかしたのか?」

 

「巌勝! 子供達を無限城から退避させろッ! 大変な事になるぞッ!」

 

「大変な事とは?」

 

「童磨の奴缶詰を勝手に持ち出しやがった! それ自体は良いんだが、とんでもない物まで持って行ってるんだよ!」

 

慌てた様子で無限城の廊下を駆けるカワサキと並走する巌勝はその顔を見て、ただ事ではないとすぐに悟った。

 

「しかし缶詰なら自由に持ち出していいと」

 

「普通の缶詰ならな! よりによってあいつ鍵付きの箱の中のを持ち出しやがった!」

 

高級だから、美味いからと言う理由で隠しているのではない。ガチでやばい、危険すぎる缶詰だから隠しておいたと言うカワサキに巌勝は驚いた。

 

「何故そんな缶詰を、処理すればよかったのではないか?」

 

「ちゃんと処理すれば美味いんだよ! ちゃんと処理すればッ!」

 

「それは何の缶詰なんだ?」

 

「ニシンの塩漬けにして発酵させたやつ!! シュールストレミングって奴だ!」

 

童磨が持ち出した缶詰を開けさせてはいけない。そう叫んで食堂に飛び込んだカワサキと巌勝。

 

「じゃーん、カワサキ様の部屋から持ち出した缶詰! なんか凄くない? きっと美味しいから隠してたんだ。開けるねー」

 

「やめろーーーーーーッ!!!!」

 

カワサキの必死の叫び声も届かず、童磨は缶きりで缶詰を空けた……開けてしまった。

 

「っぎゃああああーッ! 目がッ! 目がああああッ!!!」

 

「おえええッ!!!」

 

「おろろろろろろろッ!!」

 

「臭い! 臭いあああああああああーーーッ!!!」

 

「……げふう……」

 

阿鼻叫喚の地獄絵図。幸いなのは子供鬼がいなかった事だが、食事時で食堂に集まっていた大人鬼が全滅した。

 

「ぐえええ……こ、こいつはやべえ……おい、巌勝大丈夫か? 巌勝?」

 

「……」

 

「き、気絶してる!? おい! 巌勝ッ!! 誰か、誰かああああーーッ!!」

 

シュールストレミングの破壊力に無限城の最大戦力がほぼ壊滅した……匂いに耐性のあるカワサキの叫び声で何事かとどんどん集まってくるが……

 

「うおえ……」

 

「げぶう……」

 

「ああああああーーーッ! た、大変な事にいいいいいーーーーッ!?」

 

集まってきた連中が皆泡を吹いて倒れていく地獄絵図にカワサキの悲壮感に溢れた悲鳴が上がるのだった……。

 

 

 

 

 

鳴女の血鬼術によって私達の意識を刈り取った恐怖の缶詰は取り除かれた。この時間違いなく鳴女は英雄だっただろう……、何せ戦闘力とか関係なしで全員行動不能になる。あんな恐ろしい物がこの世に存在しているなんて私は想像もしなかった。

 

「この馬鹿を吊るし上げろッ!」

 

「あのシュールなんとかの液体の中に漬け込んでやる!」

 

「わさびだ! わさび持って来い! 鼻の中に詰め込んでやるッ!」

 

この未曾有の大惨事を起した童磨は簀巻きにされて当然吊るし上げされる事になったのだが、その前に全員にもみくちゃにされていた。

 

「俺だって知らなかったんだよ! あんな劇物ううう! 唐辛子! 唐辛子を目にすり込むのはやめてッ!! んあああああーーッ!?」

 

断末魔の叫びを上げているが完全無視だ。この後は子供鬼達に遊び道具として、好きにしていいと言っているので元気溢れる累達によって刑は執行されるだろう。

 

「カワサキ。ああいう劇物は捨てておけ」

 

「いや、ちゃんと処理すればある程度は食べれるんだ。あれは水の中であけて、そのまま水の中で晒して臭みを取るんだ」

 

カワサキが懇切丁寧に食べ方を説明してくれるが、匂いを嗅いだだけで鬼である私達が気絶するのだ。それを知って、食べ物として出されても絶対に食べない。

 

「出すなよ」

 

「いやでもな」

 

「「「「出すな」」」」

 

「……はい」

 

私だけではなく、あの悪魔の缶詰を出そうとしているのを知った鳴女達でさえも強い口調で出すなと命じた。それには流石のカワサキも無理だと判断したのかしょんぼりとした様子で返事を返したが、本当にあんな劇物は2度と出してもらっては困る。

 

「でも無惨様。あれの破壊力は凄まじい物がありました、あれを武器として併用出来れば」

 

「全員全滅するつもりか?」

 

血鬼術でさえもその効果を半減させる劇物を武器として運用するのは危険すぎる。

 

「一応食べ物なんだが?」

 

「黙れ、あれは毒だ、兵器だ、存在する事も許されないものだ」

 

あんな危険すぎる物はこの世の中に存在してはいけない。全てこの世から消し去るべきだ。

 

「賛成」

 

「賛成」

 

「カワサキさん、2度とあんな物を出さないでください」

 

「危険だからよぉ、止めてくれ。梅が泣いたまま布団から出てこねぇんだ」

 

「狛治さんも、本気で泣いていたので止めて下さいね?」

 

私だけではなく全員に駄目と言われればカワサキも降参するしかないのか、判ったと落胆した様子で頷いた。

 

「足にロープを巻けッ!」

 

「藁持ってきたよー」

 

「でかしたッ! 童磨を炙ってやるぜ!」

 

「やだ、俺処刑されるのッ!?」

 

童磨の処刑準備が着実に進む中。カワサキは無惨達に連れられ、グリーンシークレットハウスの危険物処理に連行されていた。

 

「これは?」

 

「えっとなんだったっけかな? 世界一甘いグラブジャムとか言う……」

 

「処分ッ!」

 

「ああッ!!!」

 

「これは?」

 

「シュールストレミングよりは臭くないけど、凄い匂いの……」

 

「処分ッ!! こんな危険な物を後生大事に持っているな!!」

 

「この赤いのは果物ですか?」

 

「ああ、世界一辛いとか言う」

 

「処分だッ!」

 

「なっ!? 後生だ! それだけは駄目だぞッ!!」

 

「ええい放せッ! こんな危険な物は処分だッ!!」

 

「それだけは駄目だッ!!」

 

「駄目ですよ! なんでそんなに世界一辛いものとかに拘るんですか!」

 

「ほどほど、程ほどでいいんです!」

 

「止めろぉ!」

 

カワサキが貯蔵していた食糧や調味料を処分しようとする無惨と、それを止めようとするが拘束されているカワサキは目の前で処分されていく調味料や缶詰に涙する事しか出来なかった……。

 

「げほ、ごほ! 目がぁ!!」

 

「もっと薪もってこい、こいつが号泣するまで燻るのをやめないぞ」

 

カワサキが号泣している頃、童磨も燻され、苦悶の叫び声を上げているのだった……。

 

 

メニュー28 かき氷へ続く

 

 




今回はギャグテイストなので短めでした。カワサキが所持する危険物質と童磨処刑って感じですね。箸休めという感じで偶にこういう話を書いてみるのも面白かったです。次回は果物を使った、高級かき氷を書いて行こうと思います。それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

メニュー28 かき氷

メニュー28 かき氷

 

異空間にある無限城と言っても四季の影響は受ける。夏真っ只中ともなれば、無限城の中にも蝉の鳴き声が響き、梅雨のジトジトとした気温も無限城を襲う。その時期になれば俺が作る料理も当然夏に向いた物となり始める。

 

「ふぃーあっちい」

 

厨房で火を使っていれば当然滝のような汗が流れる。それを首から下げたタオルで何度も拭い、砂糖と塩とレモン汁を混ぜたお手製のなんちゃって経口保水液を口にして、大きく溜め息を吐いた。この暑さが嫌だとか言ったりはしないが、それでもやっぱりしんどい物はしんどい物だよなと思いながら鍋の中に視線を向ける。

 

「良い感じ良い感じ」

 

収穫した苺や林檎、そしてメロンに変り種で西瓜などでかき氷のシロップを作るのはもう毎年の夏の風物詩の1つと言っても良い。砂糖とレモン汁で苺を煮詰めて、浮いてきた灰汁等を適度に掬い、半分ほどをミキサーで、残りの半分はフォークとかで荒く潰して混ぜ合わせれば果肉たっぷりの苺のかき氷シロップの完成だ。

 

「次は西瓜だな」

 

西瓜の中でも小振りで甘みが少ない物の皮を剥いて、サイコロ状にカットする。

 

「この後がめんどくさいんだよなあ」

 

種をスプーンで1つ1つ取り除き、種を全て取り除いたらミキサーに掛ける。そしたらそのまま鍋の中にミキサーの中身を移して、レモンと砂糖を加えて中火で煮詰める。

 

「これが無いと無惨がうるさいからな」

 

西瓜を煮詰めている間に別の鍋を手にして、その中にカットしたメロンと砂糖を加えへらで潰しながら中火で煮る。完全に潰しきらず、ほどほどに果肉感を残した所でコンロの上からどける。

 

「ミキサーに掛けた方が美味いと思うんだがな」

 

シロップと言うよりかはジャムと言う感じのメロンシロップ、これが無いと無惨の機嫌が最悪になる。かき氷を作るときの最重要アイテムが、このメロンジャムシロップだ。

 

「後は冷やせばOKだな、後は童磨次第だな」

 

グリーンシークレットハウスがあるので冷蔵庫や電子レンジなどの最新家電が無限城に配置されているが、流石に100人を越える鬼が満足するかき氷の氷を作るのには無理があるので、先日シュールストレミングでテロを起した童磨が普段以上に気合を入れて氷を作っているだろうと思う事にし、シロップを冷蔵庫に入れて冷やしている間にかき氷を探す為に厨房を後にするのだった……。

 

 

 

 

 

みーんみーんっと言うせみの鳴き声を聞いているだけでも暑くなるが、鳴女の血鬼術で風は冷たく、ひんやりとしている。外と比べるとマシ程度の差だが、それでもひんやりしているのはありがたいと思いながら部屋の隅に視線を向ける。

 

「暑い……」

 

腕捲りをし、ズボンの裾も膝まで捲った無惨様が氷水が浮いたたらいの中に足を突っ込んでいる。

 

「鳴女。もう少し涼しくならないのか?」

 

「……努力はしていますが、微調整は難しいです」

 

「そうか……カワサキが早くかき氷を準備してくれるのを待つしかないか」

 

無惨様は暑い時期が苦手である。体調を崩すまでではないが、それでも夏になると覇気が無くなり、無茶振りも少なくなる。そういう意味では玉壷達にとっては良い時期と言えるだろう。

 

「あのさー。俺そろそろ限界が近いと思うんだよね?」

 

「「「黙れ、氷を作っていろ」」」

 

「……はい」

 

童磨に氷を作らせ、その冷気を鳴女が巡回させるという形で無限城を冷やしている。そしてカワサキ様がかき氷を作る材料も童磨が作っているので、顔が青くなっているが先日のシュールなんとか言う缶詰のテロ行為の罰なので、これくらいで丁度いいという物だ。

 

「母ちゃん。かきこおりってなんだ?」

 

「ふふ、カワサキ様が作ってくれる冷たいお菓子よ」

 

初めてかき氷を食べる伊之助も楽しみにしているようだなと思っていると、恋雪さんが俺の隣に腰掛けた。

 

「狛治さん。どうぞ」

 

「すいません。ありがとうございます」

 

「いえいえ」

 

俺にとってはあんまりいい思い出の無いレモンだが、それを巣蜜と砂糖で漬け込んだ物に冷たい井戸水を注いだ蜂蜜レモン水はほのかな酸味と甘みがあって、この夏の時期には美味しい飲み物だと思える。

 

「よーし、かき氷するぞー! 言っとくけど、子供が先だからな」

 

「判っているわ!!」

 

カワサキ様の警告に判っていると言いつつも、氷水を浮かべたタライから足を浮かしかけていた無惨様が不機嫌そうに再び腰を下ろす。

 

「おやぷん初めて食べるから1番最初」

 

「おやぶんからー」

 

「てめえら……ありがとな!」

 

伊之助も随分と子供達に好かれているなと苦笑し、時折吹く風の音に揺れる風鈴と蝉の鳴き声に一時耳を預ける。

 

「ふ、ふおおおお……な、なんだこれは!?」

 

「かき氷、苺とメロンと林檎とスイカの汁を掛けて食べる。どれがいい?」

 

「い、イチゴ!」

 

「はいはい」

 

カワサキ様が椀に雪に見える氷の欠片を器用に盛り、その上に赤いイチゴのシロップを掛ける。

 

「ふおお……あむうッ! んんーーー! 美味い!! 冷たくて美味い!」

 

「おーい、伊之助。そんなに一気に食べると……駄目だ。聞いちゃいねぇ」

 

「ふふ、初めての味で興奮してるんですよ。私は小豆練乳で」

 

琴葉が自分のかき氷を受け取り、伊之助の後を追いかけていく姿を見ていると上手く言えないが、凄く穏やかな気持ちになる。

 

「ぼくね、林檎!」

 

「すいかー!」

 

「メロン!」

 

「はいはい、すぐやるぜー」

 

かき氷はそんなに手間ではないのか、どんどんかき氷を作り子供達に手渡している。

 

「あら、見て。狛治さん、時透さんの家族も見えられてるわ」

 

「そのようですね」

 

黒死牟が迎えに行ったのだろう、時透家の双子と不死川の兄妹達の姿もある。初めて見るかき氷に満面の笑みを浮かべている姿を見ているととても穏やかな……。

 

「ショタァアアアアアッ!?」

 

「……すまない、これは縛ってくる」

 

「ショタとロリィが! 私の楽園がああああーー……」

 

変態2号朝日が弦三郎の拳骨で地面に叩きつけられ、日丸に全身を縛り上げられ引き摺られていく姿に何か大事な物を穢された気持ちになった。

 

「うーい、大人の順番「メロン!」はいはい」

 

無惨様が真っ先にカワサキ様の前に並びメロンと叫ぶ、本当にメロンがお好きなのだからと思いながら立ち上がる。

 

「恋雪さん。お手を」

 

「はい」

 

恋雪さんの手を握って立ち上がらせて、一緒に並ぶ。

 

「何にする?」

 

「「苺を」」

 

俺と恋雪さんは何時も苺だ。ほんのり甘くて、酸っぱい。この味が何よりも俺達にとっての幸せの味なのだから……。

 

 

 

 

 

透き通るガラスの皿に盛り付けられた雪の上に赤い汁が掛けられている。初めて見るかき氷と言う菓子に少し怖いという気持ちが無い訳ではなかった。好きな、西瓜の味がする汁と聞いているが、いざ食べるとなると手が止まる。

 

「兄ちゃん。溶けるよ?」

 

「ん、ああ。判ってる」

 

苺の汁を掛けてもらった玄弥の言葉に頷いて、氷と汁を一緒に掬って口に運んだ。

 

「うめえ」

 

口の中で一瞬で溶ける氷の冷たさ――そして西瓜の柔らかな甘みは1口食べれば最初何を怖がっていたんだと思う程に美味く、次々と口の中に運んで……。

 

「「「「「つうう……」」」」

 

頭の中心がきーんっと痛んで、思わず頭を押さえて呻いた。寿美達と頭を押さえていると、ゆっくりと食べていた玄弥がぽやっとした顔で笑った。

 

「急いで食べると頭が痛くなるって言われたじゃないか」

 

「そうだな……そうだったなあ……」

 

一瞬で口の中に消え、そして美味いからと勢い良く食べてしまったが、確かに食べる前の注意で急いで食べると頭が痛くなるって注意されていたなと苦笑する。

 

「ぬううう……」

 

この城の主の無惨も頭を押さえて、呻いているのを見て大人でも同じなんだなと思い、今度はゆっくりと食べていると弘が俺の口元に匙を向けた。急にどうしたんだ? と思ってみていると、何故弘がそんな事をしだしたのかが判った。

 

「お兄ちゃん。あーん」

 

「ったくしゃあねえなあ。俺のは宇治抹茶だぞ?」

 

「い・い・の! お兄ちゃんと一緒のを食べるのよ!」

 

「へーへー」

 

妓夫太郎と梅の兄妹のやり取りを見たからだろうと苦笑していると弘が俺の口元に匙を向けてにぱっと笑った。

 

「こえね! りんご! おいしいの」

 

「おう、そうか、ありがとな。じゃ、ほれ、俺の西瓜」

 

弘が差し出してくれた匙を口にすると確かにりんごの甘酸っぱい味が口の中に広がる。その美味さと甘みに笑みを浮かべ、今度は弘の口に西瓜のかき氷を入れてやると美味そうに頬を押さえる。

 

「あー」

 

「わたしもー!」

 

「ああ、そうだな。皆で食べさせあいっこするか」

 

皆違う味を食べているのだから、皆で別々の味を食べようと声を掛け、それぞれの口元に匙を向けて、自分のかき氷を交換しながら俺達は笑いながらかき氷を味わうのだった。

 

 

 

 

 

ほんのり果肉の残ったメロンのシロップが掛かったかき氷を口に運び、小さく溜め息を吐いた。かき氷の冷たさが身体の中の熱を外に追い出してくれる――そんな感覚だ。

 

「これを食べてこそ、夏と言う感じだな」

 

匙でしゃくしゃくと氷を崩し、メロンのシロップと絡めて口に運ぶ。メロンの甘い香りと甘み……それは一気に食べたいと言う気持ちにさせるが、それをするとさっきみたいに頭を痛める事になるので、我慢して溶けないように気をつけながら口に運ぶ。

 

「おい、どーま。喰え!」

 

「いやあ、嬉しいなあ。むぐっ! むぐうっ!? まっむぐうッ!! んあああーー!!」

 

「美味いだろ! 喰え!」

 

「ま、待って……いたたた」

 

童磨の口にかき氷を詰め込んでいる伊之助を見て、いいぞもっとやれと笑う。あの馬鹿のせいで無限城の区画を一部捨てる事になったのだから、その事に対する罪を受けてもらわなければならない。

 

「……氷菓子」

 

「美味しいですよ?」

 

「あ、ああ、いただく」

 

カワサキ達が拾ってきた女忍者もおっかなびっくりと言う感じでかき氷を見つめ、珠世に促されてかき氷を口にしている。

 

「んふふふ、美味いですなあ」

 

「んんッ!!!! か、かき氷は恐ろしい……」

 

あちこちから聞こえる美味いと言う声と、かき氷を食べる事で頭に走る痛みに呻く声。

 

「おかわり欲しい」

 

「あんまり食べるとお腹痛くなるよ?」

 

「う……うー」

 

「うむ、しょうがないな。では少しだけにしよう、皆で少しずつ分けて食べれば腹も痛くなるまい」

 

響凱と零余子が面倒を見ている子供達も最初はわずらわしいとさえも思ったこともあるが、今ではそれなりに愛おしいくらいには思っている。

 

「仲間や友達が増えるのは嬉しいもんだろ」

 

「……ふん。別に私は寂しい訳ではない」

 

子供達に最後のかき氷を作り、私の隣に腰掛けると同時にからかうように言うので寂しい訳ではないと言うとカワサキはくっくっと喉を鳴らした。

 

「1人で飯を食っても美味くないだろ? 皆でこうやって楽しく食べるのが良いのさ」

 

「……それはまぁそうだが……」

 

最初は私とカワサキ、次に黒死牟と縁壱――どんどん人が増えて行き、そして今ではこれだけの大人数になった。騒がしく、日々賑やかだ……。

 

「そうだな。悪くはない」

 

「悪くはないって事はいいって事だな」

 

「……そうなのかもな」

 

孤独で日々を過ごすよりも、こうして賑やかに、そして幸せに日々を過ごしている方が心を穏やかに過ごす事が出来る。確かに、カワサキの言う通り悪くないのかもしれない。

 

「さぁ、兄上」

 

「おい、馬鹿止めろ。なんだ匙が赤くなっているぞ」

 

「大丈夫です」

 

「何が大丈夫なんだ、私にはそれが危険にしか見えない」

 

自分のかき氷を黒死牟に与えようとして、鉄の匙を真紅に変化させている縁壱を見て、私はメロンのかき氷を口に運んだ後に溜め息を吐いた。

 

「縁壱は失敗だったと思う」

 

「……確かに」

 

黒死牟を鬼にしたと私とカワサキを追い回し、殺される一歩手前で説得に成功した。あの時は命が掛かっているから必死だったが、この戦国狂人は決して仲間に入れるべき人材ではなかったと私とカワサキは改めて後悔するのだった……。

 

 

 

 

 

無限城 ひそひそ噂話

 

かき氷を食べた後、時透家の双子と不死川の兄妹は無限城にとどまり、一晩泊まる事になった。カワサキの作る、見慣れない食事に驚きながらも舌鼓を打った夜。実弥と有一郎は巌勝に連れられ、無限城の森の中にいた。

 

「でけえ、すげえカブトムシだ!」

 

「これは良いな。でかくて強そうだ」

 

無限城で育てられている樹木は大きく、そして上質な樹液があるのでカブトムシやクワガタムシが集まり、実弥と有一郎は巨大なカブトムシとクワガタを見つけて、はしゃぎまわり、無限城とは言えど子供だけで夜出歩くのは危ないと付き添いをしていた巌勝も子供達の楽しそうな声を聞いて、穏やかな顔をしていたのだが、樹木の影を蠢く黒い巨大な影を見つけ警戒しながらそちらに足を向けた。

 

「……お前何をしている」

 

「私はカブトムシです」

 

虚無顔でカブトムシの格好をしている縁壱を見て、ドン引きをしている巌勝だが、縁壱は粘着質な音が出そうな笑みを浮かべた。

 

「つまり私は兄上に見つかったので私は兄上の物という事にッ!」

 

「う、うおわあああああああーーーーッ!!!」

 

頬を赤く染めた縁壱に飛び掛られ、巌勝の悲鳴に驚いた実弥と有一郎は慌てて無限城に引き返し、巌勝が縁壱に襲われたと助けを求めに走ったのだった……。

 

「……」

 

「大丈夫か?」

 

「暫く部屋から出たくない」

 

即座に救出隊が編成され、助け出された巌勝だったが、その姿は樹液でドロドロに加えて、涎でべとべとであり、精神的に深く傷つき、それから数日の間部屋から出て来ることはなく、縁壱は出口の無い部屋に1週間幽閉される事となるのだった……。

 

 

 

メニュー29 秋刀魚と栗ご飯へ続く

 

 




次回は少し時間を戻して、巌勝・無惨・カワサキが3人だった時の話を書いて行こうと思います。未知の味と遭遇した巌勝さんとかを書いて行きたいと思います。それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

メニュー29 秋刀魚と栗ご飯

メニュー29 秋刀魚と栗ご飯

 

「うーさむ……やっぱ冷えるなあ」

 

海辺の街特有の香りと潮風を浴びながら、俺は早足で港で開かれている市場に足を向けた。活気に溢れた人の営みに笑みを浮かべ買うべき品の品定めを行なう。

 

(……うーん。判っていた事だけどなあ……)

 

魚の品数は多いが、いかんせん鮮度が今一だ。やはり戦国時代――保存技術とかはまだまだかと心の中で呟いた。

 

「いらっしゃいいらっしゃい! 安いよ! お兄さんどうだい?」

 

「こっちのが安いよ!」

 

あちこちから掛けられる声に愛想笑いと手を上げて市場の中を進む。今俺が探しているのは安くて、そして量が買える食材だ。今までは無惨と俺の2人だったが1人連れが増えたので資金繰りをある程度考えないといけなくなったからだ。

 

「お、おやっさん。その魚くれよ」

 

魚屋の店頭の外の木箱に詰められている魚を見つめて、店主にそれをくれと頼む。

 

「あん? 別にいいけどよ。お前さん、珍しいな。こんな物を欲しいなんてよ?」

 

「旅のもんでね。金があんまり無いのさ」

 

「戦だらけの時代に良く旅なんてするねえ、よっしゃ、どうせ売り物にはならない下魚だ。値段はあんたの払える額でいいぜ」

 

太っ腹な店主の言葉に甘えて9匹を殆どただ同然の値段で売って貰い、俺は感謝しながら市場を後にする。

 

「えーっと、あったあった」

 

無惨達の所に戻る前に落ちていた栗を靴で踏んで中身をいくつか拾って、滝の近くの洞穴に足を向ける。

 

「戻ったか」

 

「おう。そっちはどうだ?」

 

「ふん、流石侍と言うところか、もう大分鬼の細胞には馴染んでいる」

 

洞穴の一番奥、日の光が届かない場所で座禅を組んでいる男――継国巌勝が閉じていた6つ目を開いた。

 

「気分はどうだ?」

 

「……悪くない。だが、この身体を引き裂くような飢餓感だけはどうも慣れん」

 

「数日もすれば馴染む。カワサキ、早く飯を作れ」

 

「了解了解。今準備するから無惨は巌勝を見てやっていてくれ」

 

飢餓感で暴走して外に行かれたら目も当てられない。無惨に面倒を見ていてやってくれと頼んで俺は1度洞穴を出て、朝食の準備を始める事にした。

 

「良い秋刀魚だ。昔は全然価値がなかったって言うのは本当だったんだな」

 

丸々と肥えた秋刀魚――今日はこれを炭焼きにして、戻ってくるまでの間に拾った栗で栗ご飯にしよう。アイテムボックスから、包丁と七輪、そして飯盒等を取り出し、腕捲りをして栗から調理を始める。ぬるま湯の中に栗を入れて15分ほど放置。その間に米ともち米を洗って飯盒の中に入れて水を吸わせておき、その間にぬるま湯で皮が柔らかくなった栗の処理を行なう。

 

「よっと」

 

栗のおしり近くを包丁で切り落とし、鬼皮を手で剥いたら包丁で栗を削らないように気をつけて渋皮を剥く。栗はどうしても下処理がめんどくさいが、秋の味覚と思えばこの手間も美味しく食べる為の準備と思って我慢出来る。栗の皮を全部剥いたら飯盒の中に塩を入れて、そしてその上に栗を並べる。

 

「上手に炊けますように」

 

飯盒で栗ご飯なんて作った事が無いので、上手に炊けますようにと手を合わせて、今度は秋刀魚の下処理を始めたのだが……。

 

「……あー、駄目か」

 

秋刀魚は内臓を取ると形崩れするので出来れば内臓は取りたくないのだが、既に臭いがしているので包丁の先でお腹の辺りの穴を基準にして、頭側に1cmほどの切れ込みを入れ、頭の少し下から包丁を入れて骨に当たるまで切れ込みを入れる。

 

「よっと」

 

頭を掴んでゆっくりと引っ張ると内臓が全て綺麗に抜け出る。そしたら中程から半分に切り、水洗いをして内臓の残りと血、そして鱗を洗い流す。

 

「これは脂が乗ってていい秋刀魚だな。本当に惜しい」

 

これだけ脂が乗っていれば、鮮度さえ良ければワタも美味しく食べられたんだが……残念だなと思いながら、さらしで水気をふき取ってバツの字に切れ込みを入れて塩を振る。塩が馴染むまでの間に炭に火をつけて七輪の準備をする、秋刀魚は遠火で焼くのが基本なので七輪の上に上置きを置いて、2枚合わせの魚焼き網を加熱する。十分に温まった所で酢を塗って網に秋刀魚がくっつかない様に準備をする。

 

「おっと忘れる所だった。」

 

昨晩の野菜の水炊きで使った野菜屑を七輪の中に入れる。これで炭に秋刀魚の脂が炭に落ちないようにして、俺は魚焼き網に秋刀魚を挟んで七輪の上に乗せるのだった……。

 

 

 

 

 

目の前で座禅を組んでいる巌勝に心に乱れは無く、酷く落ち着いている。初めて鬼の眷属を増やしたが、医者の鬼とはこうも違うか……と正直驚いている。

 

(あんな知性も何も無い獣にならずに済んでよかったな)

 

正直そこまで人間に興味は無いが、縁壱が城を出るまでは継国の城で世話になっていたので、ある程度の情はある。しかし、巌勝も悪運の強い男よ。

 

「……何か?」

 

「いや、良い仲間が増えたとな思っていた所だ」

 

私の視線に気付いたのか6つに増えた目を向けてくる巌勝にそう返事を返す。鬼殺隊なる物が出来、そして私の名を語る天津のせいで追われる身だ。鬼殺隊の基本的な情報を得られるというだけでも、巌勝を救った甲斐があると言うものだ。

 

「そう言っていただければ幸いです」

 

「ふん、私もカワサキも命を賭けたのだ。それに相応しい働きくらいはしてもらうぞ」

 

「御意」

 

天津本人と鬼8匹の間に割り込んで巌勝を救うのは文字通り命懸けだった。それだけの危険を冒したのだから、ちゃんと役立てと言うと巌勝は深く頭を下げる。この忠義心悪くないな――医者の鬼がかなり増えているので、カワサキと相談して鬼を増やすことも検討しなければならないだろう。

 

「おーい飯出来たぞー!」

 

カワサキの呼び声が聞こえたのでカワサキから預かっていた人化の腕輪を巌勝に投げ渡す。

 

「これは?」

 

「それをつければ人間と変わらなくなる」

 

「なるほど――これで鬼殺隊に見つからず移動していたのですね」

 

「そう言う事だ。朝食を食べたらまた移動する、天津が向かうと言ってた村が気になるからな」

 

あのクソ医者は絶対殺す、その為には危険を承知で天津を追う必要がある。巌勝が増えた事で以前よりも少しは楽になるだろうと期待し、人化の腕輪をつけて洞穴を出る。

 

「今日の朝餉は?」

 

「秋刀魚の塩焼きと栗ご飯」

 

紙の皿に乗せられた魚と黄色の木の実が乗せられた飯を見て、カワサキの隣に腰掛ける。

 

「秋刀魚ですか……」

 

「まぁ路銀がないからなあ。でもこれは美味いぜ、醤油と大根おろしで食べてくれ。じゃあ、いただきます」

 

手を合わせてさっさと食べ始めるカワサキ。私も箸を手に取りいただきますと口にして栗ご飯を口にする。

 

「ほう。なるほどなるほど」

 

ほくほくとした栗はほのかに甘い、少し塩っぽい味付けなので余計にその甘さが際立つ。

 

「美味いだろ?」

 

「ああ、悪くないな」

 

芋を混ぜた雑炊や、かさましに芋を入れた米は何度か食べているが、これはそれとはまた違う味わいがある。

 

「これはもち米か?」

 

「そ、白米ともち米を混ぜているんだ」

 

「なるほど、このもっちりとした食感はそれか」

 

白米だけではなく、口の中で纏わりつくような独特の食感が余計に栗の味わいを良くしているのかと納得した。

 

「んんー美味い、良い味だ」

 

「脂が乗っているな。悪くない」

 

秋刀魚とか言う細長い魚は下魚と言われていたが、なるほどなるほど脂がたっぷりと乗っていて飯の共としては丁度いい。

 

「……美味い、下魚と聞いていたのですが……いや驚きです」

 

「下魚とか言うのは勝手に人間が言い出しただけだ。どんな食材もしっかりと下処理をして、調理すれば美味くなるものさ」

 

香ばしく焼かれた皮と肉厚な身、どこをどう見ても、そして食べても高級な魚に引けを取らない。

 

「なるほど、見た目ではないと言うことか」

 

「そういうこと、あ、お代わりの人は」

 

私と巌勝が同時に椀を差し出し、カワサキはそれを苦笑しながら受け取る。普段2人での食事も、1人増えるだけで随分と賑やかで楽しい物になるのだなと思いながらお代わりが盛られた茶碗を受け取るのだった。

 

 

 

 

 

そして時は流れ、無限城の食堂で秋刀魚と栗ご飯、そして味噌汁と漬物を口にしている私の向かい側には縁壱が輝く笑顔でいた。

 

「なるほど、それで兄上は秋刀魚がお好きなのですね」

 

「うむ、物の見方が変わったな」

 

こげ目が付くまで丁寧に焼かれた秋刀魚の皮を箸で剥がし、脂が乗った秋刀魚の身を口にする。

 

「うむ、美味い」

 

秋刀魚の脂に負けぬ様に適度に振られた塩は塩辛さは余り感じさせず、秋刀魚の旨みを十分に味わわせてくれる。そして秋の味覚である栗が使われた栗ご飯もほのかな甘みの効いた味わいは、秋刀魚を際立たせてくれる。

 

(しかし、本当に見方が変わったな)

 

私達は勝手に下魚と呼んでいるだけで秋刀魚自体はそんな事は全く持って考えていないだろう。そして下魚と言われる秋刀魚の美味さに舌鼓を打って、カワサキの言葉に如何に自分の視野が狭くなっていたのか思い知らされた気分だった。

 

(しかし私も愚かな男だ)

 

カワサキ達が継国の城を出て、縁壱が城を出た。そして私が城主となり、そして縁壱と再会した。そして届かぬ太陽に手を伸ばし続け、その身を焼かれながら鬼殺隊に入り、必死に修錬を積んで月の呼吸を作り上げた。

 

「?」

 

不思議そうにしている縁壱になりたい等と何故思ったのか、それは簡単な話だった。思考誘導――あの時代のお館様の主治医。それが鬼の真の首魁天津だったのだ。鬼の気配を殺す薬を飲み、そして力を渇望する者を言葉巧みに引き抜いた。非常に濃い稀血の隊士に天津が我を失わなければ、いつまでも鬼殺隊の内部情報は天津に奪われ続けていただろう。そして私もまた、天津の術中に嵌りあの男の配下になる所だったと思うと無惨様とカワサキに助けられたことには感謝しかない。

 

「しかし、美味い」

 

大根おろしを乗せて大根の苦味と辛味と共に秋刀魚を食べると栗ご飯を食べる手が止まらない。

 

「なるほど、兄上はそんなにも秋刀魚が好きなのですね?」

 

「うん? ああ、好きだが?」

 

秋刀魚は私の価値観を変えてくれたきっかけの1つ。好きか嫌いかで言うと好きな部類だと言うと縁壱は秋刀魚をキッと睨んだ。

 

「沢山獲ってきます。そしたら褒めてください」

 

「ん、ああ……?」

 

すたすたと早足で歩き出し、玉壷の頭を背後から鷲づかみにして引き摺って行く縁壱。その姿を呆然と見送り、味噌汁を口にして小さく溜め息を吐いた。

 

「秋刀魚なんてどうやって獲るつもりだ? というかあいつは秋刀魚に嫉妬したのか?」

 

まさか神の子だと思っていた縁壱が私に病的とも言える恋慕の情を抱いているなんて夢にも思うわけがない。

 

そして自分の願いを叶える姿に変える道具で女になるなんて思ってなかった。

 

そして何よりも隙あらば私を押し倒しに来るなんてキチガイになるなんて想像もしていなかった。

 

「私の目は曇り切っていたのだろうな」

 

縁壱の中に隠れていた狂気を私は気付けなかった、いや見ようともしなかったんだろうな……。

 

「うん、縁壱になりたいなんて気の迷いだったな」

 

少なくともあんなにも自分の欲望に忠実な縁壱を神の子なんて思っていたのは私の人生の中で1番の恥だなと思いながら、久しぶりの栗ご飯と秋刀魚に私は舌鼓を打つのだった……。

 

 

 

 

 

無限城ひそひそ噂話

 

「撲滅してやる、この海からッ!!」

 

「……なんで私まで」

 

縁壱からすれば自分以外に巌勝の興味が行く事は基本的に許されない。これが、実弥や有一郎達ならば良い。人間だし、話せば反応がある。しかし食材如きが巌勝から好きと言われるのは許されないのだ。

 

「魚に嫉妬するとか普通ではありませんな」

 

鬼気迫る表情で釣り糸を垂れている縁壱の横で玉壷はひょいひょい秋刀魚を釣り上げている。

 

「……何故私は釣れない?」

 

「殺気が駄々漏れだからじゃないですかな? ひょ、また来だあああああああーーー!?」

 

玉壷が秋刀魚を釣り上げた瞬間に縁壱のアイアンクローが炸裂し、玉壷が涙と鼻水、そして涎を流しながら叫ぶ。

 

「私に釣り方を教えろ、さもなくばお前の頭は潰す」

 

「判りましたぁ! 判りましたからぁッ!!」

 

暴走特急縁壱に目を付けられたのが玉壷の不運。教えてくれと頼んでいる態度には見えない傲岸不遜の縁壱に何故私がこんな目にと玉壷は涙を流しながら自分の釣り竿を片付けて縁壱への魚釣りの指導を始めたのだが……。

 

「釣ったら褒めて貰える、釣ったら褒めて貰える」

 

「聞いております?」

 

秋刀魚を釣って巌勝に献上することで褒めて貰えると頭の中がピンク色の縁壱は玉壷の話を禄に聞いておらず、とても魚が釣れる様子ではなく、仮に魚が食いついても力任せに引いて糸を切るなど酷い有様で玉壷は心の中で子どもたちよりもへたくそだと思いながらも頭を握りつぶされる訳には行かないと必死に縁壱への釣りの指導を続ける。

 

「兄上も私が魚を釣り上げればきっと褒めてくださるに違いない、そして私の釣り上げた魚が兄上の血肉を作るのだ。」

 

「ですがその場合喜ばれるのは魚を調理してくれるカワサキ様への感謝等ではないですかね?」

 

今気付いたと言わんばかりに顔を歪める縁壱。不気味な動きで振り返りながら玉壷に視線を向ける。

 

「さ、魚を焼くくらいなら私にでも出来るだろう?」

 

「それで以前火柱を上げたのはどなたでしたかねえ?」

 

剣術以外の才能はまるで無く、そして巌勝が関わると途端にポンコツ、もしくは異常者になると言われている縁壱は玉壷の悪意のない、100%善意の指摘を前に潰れた風船のようにその場に崩れ落ちるのだった……。

 

 

 

メニュー30 冷たいうどんへ続く

 

 




秋刀魚が昔下魚と言われてた時代、私は秋刀魚が大好きなのでこの話には結構驚きました。次回は黒狼@紅蓮団様のリクエストで「冷たいうどん」を行きたいと思います。少し時期は外れてしまいましたが、作中の時間軸の流については深く突っ込まないで貰えると嬉しいです。それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

メニュー30 冷たいうどん

メニュー30 冷たいうどん

 

無限城は童磨を初めとした氷系の血鬼術の使い手と鳴女による空気の流れの操作によって、1年中過ごしやすい温度になっているが、それでも夏は暑い物というカワサキの意見によってほのかに汗をかく程度の温度に調整されている。そうなると一部の鬼――無惨がその筆頭なのだが、夏バテを起すのだ。

 

「やれやれ、クーラーはこの時代には早すぎたな」

 

快適に過ごす為とは言え、クーラーとヒーターという概念は大正時代には早すぎたと苦笑し、俺は鍋の中身を掬って1口味見をする。

 

「良し、OKOK」

 

少し濃い目のめんつゆを作っておくと料理を教える時に便利だし、夏場でぐったりしている無惨達はうどんとか素麺を寄越せと騒ぐのでめんつゆを用意するようにしている。鰹節と昆布でしっかりと出汁を取っているので、煮物や丼物を教える時は割りと重宝する。まぁ大半は麺類が好きな鳴女の胃袋の中に消えるのだが……まぁあると便利という事で時間があるときにはめんつゆを準備する事にしている。

 

「卵黄、塩、酢っと」

 

めんつゆの準備が出来たら他の汁の準備も始める。いつも同じでは飽きが来る、飽きが来ないように色んな味を準備しておく。基本はめんつゆでそれをアレンジすれば色々味が出来るからそういう点ではうどんや素麺、蕎麦は便利ではある。その分栄養などを考えないといけないので、夜はもっとしっかり作る必要があるが、夜になれば気温も下がってくるので皆食欲が出てくるはずだ。

 

「これでよしっと」

 

卵黄、塩、酢を混ぜ合わせ、もったりした所で油を少しずつ加えて白っぽくなるまで混ぜた自家製マヨネーズ。それに白ゴマと摩り下ろした白ゴマ、隠し味の砂糖と香り付け程度にラー油を加えて、めんつゆを少量加えて混ぜ合わせれば、胡麻の香りが香る特製胡麻ダレの完成だ。

 

「つーすっぱッ!!、うんうん。今回も良い具合に漬かってるな」

 

毎年作っている梅干を1つ味見して、その漬かり具合を確認したら壷の中から取り出し、包丁で叩いて潰す。刻んだ大葉とネギを薬味として用意し、しょうが、砂糖、醤油、ごま油と梅肉を混ぜ合わせめんつゆの中に入れて混ぜ合わせれば梅ダレの完成だ。

 

「あんまり無い方が良いかな」

 

ちょっと少ないかもしれないと思う量だが、残ると処理が難しいので梅ダレは少量だけにする。その代り、一番人気と言うか鳴女が凄く好む味噌ダレは多めに作る事にする。鍋の中に味噌、砂糖、酢、潰したにんにくと生姜すりおろしを入れたら、作り置きしているコンソメスープを加えて調味料を弱火で煮詰める。

 

「……これうどんじゃなくて、ラーメンじゃね?」

 

煮詰めてる途中でこれうどんじゃないわ、ラーメン作ってるって思ったが……まぁうどんを入れれば大丈夫だろとかなり無理やりに納得する事にする。

 

「後は肉味噌でも乗っけるかな」

 

うどんの上に肉味噌を乗せて、温泉卵を乗せて濃い目のめんつゆを掛けて、混ぜうどんにするのも良いなと思い。俺は今度は野菜や、うどんの上に乗せる具材の準備を始めるのだった……。

 

 

 

ちりんちりんと風鈴の鳴る音を聞きながら、縁側に腰掛け氷の浮いた桶の中に足を突っ込んで、首から手ぬぐいを下げて団扇で扇ぎながら、心から思う。

 

「何故涼しく過ごせるのに汗をかけと言うのだ」

 

童磨達に負担を掛けるが、その分カワサキへの食事の希望を言っても良いと言っているのだ。負担はあったとしてもそれ以上の返りがあるのだから無限城を涼しくさせても良い筈だ。

 

「またそれを言ってるのか」

 

「何回でも言うぞ。私は」

 

人化で太陽を克服出来ても、夏の日差しだけはどうしても好きになれない。

 

「仕事で外に出る時に夏バテしてたら話にならないだろうが」

 

「……それはそうだが」

 

貿易商として仕事に出る事は数多ある。それを考えれば夏バテで会食が出来ないとかでは相手に舐められて不利な条件を飲まされかねない。

 

「しかたない、我慢してやる」

 

「毎年それ言ってるけどな」

 

「やかましいッ!」

 

カワサキの突っ込みに五月蝿いと怒鳴り、手にしていた団扇を脇に置いた。

 

「暑い時はこれだな」

 

「喜んでくれるなら良いけどな、ちょっと詰めろ」

 

カワサキが私と自分の間に氷水の中にうどんを入れた桶をおいて詰めろと言うので、脇にずれるとカワサキも縁側に腰掛け氷水の浮いた桶の中に足を入れる。

 

「ほい、つゆ」

 

「うむ」

 

カワサキが調整しためんつゆを受け取り箸を手にする。

 

「「いただきます」」

 

2人でそう呟いて、氷水の中に浮かんでいるうどんを掬ってつゆにつけて啜る。良く冷えた手打ちうどんの歯応えのある喉越しと鰹節と昆布の風味が豊かなめんつゆの組み合わせは本当は良い。

 

「夏って感じがする」

 

「だなあ」

 

時々吹く風に揺られ風鈴が音を立てる音。何処から迷い込んできた蝉の一見五月蝿いとも取れる鳴き声も夏らしさと思うとそう悪い気はしない。

 

「ちょっと濃い口なのが良いな」

 

「食べてるうちに薄まってくるからな。ネギいるか?」

 

「もらおう」

 

めんつゆの中にネギを浮かべ、うどんと共にネギを啜る。ネギの食感と香りが加わり、鼻の中を良い香りが抜けていく……。

 

「美味い」

 

「喜んで貰えて何よりだ」

 

2人で並んで縁側に座り、時々揺れる風鈴の音を聞きながら冷やしたうどんを食べる。特別でもなんでもない、ありきたりな夏の一幕なのだが、これが何よりも得がたい日々のような気がする。

 

「夜は花火でもやるか」

 

「じゃあ昼飯を食ったら花火を買いに行くかあ」

 

のんびりとそんな話をしながら私とカワサキは冷やしたうどんを啜るのだった……。

 

 

 

 

 

まよねーずとか言うちょっと酸っぱい汁と和えられたうどんを梅と一緒に啜る。

 

「んー美味しい♪ ね、お兄ちゃん」

 

「おお、うめえなあ」

 

まよねーずって言うのはパンとかに良くカワサキさんが使うのは知っていたが、うどんにも合うっていうのは初めて知った。

 

「野菜も沢山食べれるしね」

 

「おう、好き嫌いしねえで食うのは良い事だぜぇ」

 

梅は好き嫌いがかなり激しいが、まよねーずが気に入ったのか文句も言わずうどんを口に運んでいる。

 

(やっぱみょうがうめえな)

 

うどんの歯応えの中のしゃきしゃきとしたみょうがの食感が加わると一気にうどんの食感が変化する。みょうが自体はあんまり美味い物ではないのだが、うどんとまよねーずとあわさるととんでもなく美味く感じるから不思議だ。

 

「ああ……やっちゃった」

 

「ったくしょうがねえなあ」

 

まよねーずを使っているうどんなのでそんなに汁が飛ばない筈なのに、服に跳ねさせてしまっている梅にしょうがないと言いつつ、濡らした手拭でしみにならないように汚れを拭ってやる。

 

「ありがとう、お兄ちゃん」

 

「おう。今度はゆっくりと気をつけて食えよぉ?」

 

はーいと元気良く返事を返す梅。子供みたいな性格は変わりそうに無いが、俺にとっては可愛い可愛い妹だ。元気に明るく過ごしてくれればそれでいい。

 

「同席してもいいかの?」

 

「朱紗丸ッ! 良いわよ。ね、お兄ちゃんも良いわよね?」

 

「おう、いいぜ」

 

俺にべったりで人見知りだった梅も最近は友達が増えているみたいだし、そのうち兄離れするのかねえと思うと少し寂しいような気持ちになる。

 

「朱紗丸の何それ?」

 

「梅のじゃ、酸っぱいぞ?」

 

「なんで酸っぱいの態々食べるの?」

 

「身体にいいからと聞いたからじゃな」

 

梅肉入りのうどんを啜る朱紗丸に興味津々と言う様子の梅を見て、俺は1度席を立って布巾を取りに行くことにした。俺の予想が正しければ、布巾が必要になるからだ。

 

「すっぱーいッ!!!!」

 

「だから言うておろう。酸っぱいとな」

 

朱紗丸の食べていたうどんを食べたのだろう。吐き出す音と酸っぱいと騒ぐ梅の声を聞いて、俺は肩を竦めながら布巾を手に席へと引き返していった。どうもまだまだ梅の面倒は見てやらないといけないようだ……。

 

 

 

 

 

酸っぱいと叫んでいる梅に相変わらず騒がしい奴だと思いながら、玉壷とうどんを口にする。

 

「んーんー、この酸味が良い」

 

「確かにのう……」

 

まよねーずや、味噌の汁はどうもワシらの口には合わん。普通のめんつゆかこの梅肉合えが夏場の時期のワシと玉壷の昼食になることが多い。

 

「しかし、おぬしも大変じゃなあ?」

 

「何がですかな?」

 

「魚釣りじゃ」

 

玉壷は基本的に魚を釣りに行っており、無限城にいる時は竿を作ったり、工芸品を作ったりとワシらの中では1番多忙な鬼だと思う。

 

「大変と思った事は1度もないですよ。私は楽しんでおりますからな」

 

手で裂かれたささみと和えられた梅肉を口にしながら玉壷は本当に楽しそうに笑っていた。

 

「何故だ?」

 

「皆が喜んでくれるからですな。それを思え……すぱぁッ!? なんかやけに酸っぱいッ!?」

 

「しまらんのう……」

 

凄く良い事を言いかけていたのに梅の酸味に悶える玉壷。良い所で失敗するとは、本当にしまらない男だ。

 

「なーじいちゃん。まだ食べてるのか?」

 

「あそぼーよ」

 

「ええい、少し待て、今食べておる所だ」

 

子供達が着物の裾を引っ張ってくるのでワシは慌ててうどんを口にする。

 

「すまんが片付けおいてくれ」

 

「はやくー!」

 

「虫取りしよー♪」

 

子供達に手を引かれワシは食堂を後にするのだった。全く食べたばかりだと言うのに……困った連中だ。

 

「半天狗殿も似たような物ですが、気付いておらんのでしょうなあ」

 

子供に振り回される日々も悪くないと思っている半天狗は自分が振り回されているのに気付いていない。玉壷は引き摺られるように歩いていく半天狗を見て苦笑しながらうどんを再び口にして……。

 

「すっぱあ!? これ絶対おかしい!?」

 

尋常じゃない酸味の梅肉に悶絶し、慌てて水を口にするのだった……。

 

 

 

 

 

鳴女さんと何時も通り昼食に来たのですが……机の上を見て私は絶句した。

 

「どうかしましたか?」

 

「い、いえ、なんでもないですよ?」

 

本当は凄くいいたい事はあります。ありますけど……凄く幸せそうなので、私は何も言えなかった。

 

「冷やしうどん、ブタヤサイマシマシ♪」

 

(……絶対違う)

 

鳴女さんの姿が隠れるほどの山盛りのうどん――それにごま油で和えたもやしのナムルに、薄切りの豚ばら肉がこれでもかと乗せられている。これは絶対うどんじゃないと思いながら、私はめんつゆの中に冷やしうどんを入れた。

 

「これはうどんですけど、中華麺で食べても美味しいですね」

 

「そ、そうですね?(もう半分もッ!?)」

 

私が半分食べるよりも先に山盛りのうどんが半分になっている事に驚いた。普段の食事だともそもそと美味しいのか、不味いのか良く判らない食べ方をしてますけど、うどんの時は凄く幸せそうに食べていますね。

 

「少し使って見ますか?」

 

「ありがとうございます」

 

味噌ダレを差し出されて、断るのもなんだなと思いそれを受け取ってうどんを浸して口にした。

 

「美味しいですね」

 

「はい、凄く美味しいです」

 

味噌を鶏の出汁で溶かしているからか味噌の香りに加えて、濃厚な鶏の旨みが口の中一杯に広がる。

 

(それにこれはしょうがとにんにくですね)

 

食欲を促進させるにんにくには血行促進、冷えを改善などの様々な効果が期待できる。しょうがも血行促進に冷えの改善、それに胃腸を整える効果もある。

 

「珠世さんもどうですか?」

 

「……食べます」

 

少し食べたら美味しくて、食べたいと思ってしまった。鳴女さんに誘われるまま私は席を立った。

 

「いただきます」

 

「美味しいですよ」

 

うどんを味噌タレの中につけて、口へ運ぶ。毎朝カワサキさんが手打ちしているうどんは歯応えが良く、喉越しも抜群にいい。そしてそのうどんに絡む味噌タレも最高に美味しかった。

 

「また食べ過ぎてしまいます……」

 

「元々の食が細すぎるんです」

 

鳴女さんと食事をするようになってから体重が増えていて、少し節制しようと思っていたのにまた食べてしまっている。

 

(ううう……これもカワサキさんの料理が美味しいのがいけないんです)

 

豚バラは塩茹でしているだけかと思ったら出汁でしっかりと下味がついていて、味噌タレに抜群に合う。それにもやしをごま油で合えたナムルもうどんに合わないと思ったらこれが驚くほどにあっていて……また食べ過ぎてしまうと思っても私の箸が止まる事は無く、鳴女さんに薦められるまま更にうどんをお代わりしてしまっているのだった……。

 

 

 

 

暑くて食欲が出ない等という泣き言は俺達には許されない。今この時代を生きる全ての人間に害を与える医者の鬼――それらと戦う為に常に身体は最善の状態で保つ必要がある。

 

「美味しいですね。狛治さん」

 

「ええ、美味しいです。恋雪さん」

 

恋雪さんが口にしているうどんとは異なり、たっぷりの挽肉とレタス、キュウリ、トマト、温泉卵を乗せたうどんを啜る。

 

(辛い、だがこれが美味い)

 

ピリリと辛い肉味噌の味、これが食欲を倍増させる。そして野菜と共に食べる事で栄養もしっかりと取る。夏場でバテていて医者の鬼を取り逃がしたなんて事はあってはならない。だからこそ、暑い時期でもしっかりと食事は取らなければならないのだ。

 

「ふふ、これはカワサキさんに教わって作ったんですよ」

 

「本当ですか、態々ありがとうございます」

 

「沢山作ったので頑張って食べてくださいね?」

 

それが鳴女の食べているうどんの倍近い量であっても俺は食べきらなければならないのだ(絶望)。

 

「狛治さんが沢山食べてくれるので、私も頑張って作っているんですよ」

 

「ありがとうざいます、恋雪さん。とても嬉しいです」

 

恋雪さんは最近料理の腕がメキメキ上がっているので食べること自体は苦ではない。問題なのは、日に日に量が増えている事だ。

 

(伝えるべきなのだろうか……)

 

もう少し少しでも大丈夫ですよ? というべきなのか、しかし恋雪さんが用意してくれている物にけちをつけるのはどうなのかと葛藤する日々だ。

 

「美味しいですか?」

 

「はい、とても美味しいです」

 

恋雪さんがとても嬉しそうなので言うべきではないと俺は判断した。頑張って食べればいい、それに味が良いから食べる事に何の問題も無い。そう、食べた後はしっかりと鍛錬を積んで、食べた分を全て己の血肉にすれば良いのだ。

 

「やぁ、猗窩座殿も肉味噌うどんかい? これ美味しいよねえ」

 

童磨が嬉しそうに声を掛けてくるが、そのうどんは紅い、もうそれこそ血のように紅い。その皿から漂ってくる香りには痛みさえ伴っている気がする。

 

「うっ」

 

「大丈夫ですか!? 恋雪さん」

 

そのうどんから漂ってくる香りで顔を顰める恋雪さんの背中を撫でながら童磨を睨む。なんて物を持ってきてくれたのだと、本気で俺は童磨を睨んだ。

 

「恋雪さんが苦しんでいる。離れろ」

 

「ええー酷くない?」

 

「酷くない、別の机に行け」

 

そんなに睨まなくてもいいのにとぼやいて歩いて行く童磨。擦れ違う者

 

「大丈夫でしたか?」

 

「は、はい、でも童磨さんの辛い物好きにも困りましたね」

 

匂いだけで痛い物を良く食べれると俺も正直そう思う。ピリ辛くらいなら美味しく食べられる、だが食べただけで汗が噴出し、全身と喉に痛みの走るあれは絶対に駄目だ。あれは毒と同意義だと思う、というかあれを普通に食べているカワサキ様が実はどこかおかしいと正直偶に思っている。

 

「かっらあああああああああああーーーーッ!!!」

 

食堂中に響くような大声で苦しみ悶え、また溶けている童磨を見て改めて童磨は異常者だと俺は思うのだった……。

 

 

 

 

無限城 ひそひそ噂話

 

「兄上、どうぞ。頑張って作りました」

 

ずいっと差し出されたうどんの皿を見て巌勝はその顔を歪めた。

 

「……まさかお前が作ったのか?」

 

「はい!」

 

「食わんぞ」

 

剣の才能以外を捨ててきた縁壱が起してきた様々な悲劇を巌勝は知っている。だから食べないとどれだけ見目が良くてもお断りだと拒否する。

 

「大丈夫です。ただ乗せてタレを掛けただけです。失敗などするわけが無いッ!」

 

だから大丈夫ですと念を押す縁壱に巌勝の方が結局折れてしまい、縁壱が差し出してきたうどんを口にした。

 

「美味い……だと!?」

 

「やったあああああああーーーーッ!!」

 

今まで作る料理全てがダークマターもしくは危険物質だった縁壱だが、大正時代に入って他の者が事前に材料の計量を全て済ませたうえで火を使わない、味付けしない、乗せるだけ、混ぜるだけならば調理可能という事実が明らかになったのだった……。

 

 

メニュー31 初めましてのおかきへ続く

 

 




今回は色々な視点で書いてみました。好みの味や、ほのぼのした感じで書く事が出来たと思います。次回は黒狼@紅蓮団様様のリクエストで「おかき」という事でまた鬼の過去話、妓夫太郎と梅ちゃんの話を書いて見たいと思います。それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

メニュー31 初めましてのおかき その1

メニュー31 初めましてのおかき その1

 

忙しい昼食時を終えて、緑茶を啜ってのんびりとしていると妓夫太郎と梅が珍しく揃って俺を訪ねてきた。

 

「どうかしたか?」

 

「いやよぉ……ちっとカワサキさんに頼みたい事があってなぁ……」

 

頬を掻きながら言う妓夫太郎になんだ? と尋ね返すと、2人は小さな巾着袋を俺に差し出してきた。

 

「おかきを作って欲しいの! 前みたいにッ!」

 

「駄目かあ?」

 

「そんなに時間が掛かるものじゃないから良いぞ。これで作ればいいのか?」

 

2人が差し出してきた巾着袋には今年の正月に作った餅が入っていた。おかきを作って欲しくて、それをカビ無いようにしていたのだと判り、苦笑しながら尋ねる。

 

「うん! それで作って欲しいの! 私のはね、お兄ちゃんので、お兄ちゃんのは私のなんだ」

 

「判った判った。混ざらないように作るよ、出来たら持って行くな」

 

ありがとうと笑顔で言う梅と申し訳なさそうにしているが、それでも嬉しそうにしている妓夫太郎を見送り、受け取った角餅をまな板の上に乗せる。

 

「本当性格が出てるよなあ」

 

梅は四角ではなく、ちょっと楕円形っぽい中途半端な四角だが、妓夫太郎はまるで定規で測ったようにきっちりとした四角になっている。こういう所でも性格が出るよなと苦笑し包丁を手に取る。おかきを作るのはそう難しいものではない。むしろ片手間で作れるような物なので、あんなに気にしなくてもいいのになと思いながら、餅を1cm角の賽の目状に切り分ける。

 

「塩と青海苔と……後はガーリックパウダーと山椒で良いか」

 

めんつゆとかを使って濡れ煎餅風にするのも美味いが、シンプルに塩と青海苔を小さじ1ずつ混ぜた物と、ガーリックパウダーにパセリと岩塩を混ぜた物、そして醤油と山椒の3種類もあれば2人も満足だろう。

 

「しかし、おかきか……そう思うと妓夫太郎達とも長い付き合いになるよなあ」

 

付き合いの長さで言えば巌勝の次くらいに妓夫太郎達との付き合いって長いんだよな。俺は180度くらいにまで暖めた油の中に切った餅を入れながら妓夫太郎と梅に初めて会った時の事を思い返していた。あれはちょうど秋の中頃、少しずつ寒くなり始める時の事だった……。

 

「お前は本当にいいのか?」

 

「遊郭なんて場所に足を踏み入れるのは御免こうむる。巌勝と行ってくれ、俺はこの辺りをふらふらしてる」

 

「……危険だぞ?」

 

「自分の身くらいは守れる。さっさと行け」

 

別に遊郭が不潔とかそういうんじゃない。別に俺だって男だし、正常な恋愛感情だって持っている。それでもだ、遊郭なんて場所は恐ろしくてしょうがない。こう云う所って拗らせた相手とか多いんだろ? あのお嬢様の同類みたいなのがいたらと思うと俺はとてもではないが遊郭で交渉に行くと言う無惨に付き添うという選択は無かった。

 

「カワサキとて、腕は立つ。そう心配する事はないと思うが、気をつけろよ」

 

「おう。そっちも気をつけろよ」

 

医者の鬼はもう俺達だけで倒すには数が増えすぎた。しかも鬼殺隊が無惨を追っているとなれば下手をすれば挟み撃ちになる。それを避けるためにも、無惨や巌勝が助けた相手を取り入れて、経済的に、そして社会的な地位を築かなければそろそろ自由に動くのも難しくなってきた。今日はその第一歩なのだが、交渉場所が遊郭ってどうなんだろうな? 普通料亭とかじゃないのだろうか? と思いながら散歩を始める。

 

(まぁこんなもんか……)

 

遊郭がある通りは華やかなもんだが、一歩裏路地に入ればそこはスラム街のようになっている。これはリアルでも同じだった、富を持つ者とそうではないもの……コインの裏と表のように、遊郭街は富裕層と貧民層がいるように完全に分かれた世界を現していた。

 

「お兄さんよ、金くれよ。命が……「命が惜しかったら何だ?」ひっ、い、いやあ、すんません」

 

短刀を向けてきた男の言葉を遮って裏拳で刀身を砕くと、顔を引き攣らせて逃げていく。俺から金を巻き上げようとしていた連中も拳1つでドスを砕かれたのを見て慌てて逃げていく姿が見える。

 

「これで少しは歩きやすいか」

 

川沿いの紅葉を見つめながらのんびりと歩いていると小柄な影が2つ。手から血が滲んでいるにも拘らず、必死に地面を掘っていた。

 

(こいつはひでえ)

 

骨が浮くほどに痩せ衰えた兄は梅毒だろうか、酷い形相だ。それに対して妹はモデルやアイドルと言ってもいいほどの美少女だが、頬が痩せこけ、兄と同じで必死の形相で地面を掘っている。その姿を見て、俺は思わず声をかけていた。

 

「おい、腹減ってんのか? これ食うか?」

 

ちょいと摘む程度に作っていたおかきの入った巾着袋を2人に差し出しながら、そう尋ねるのだった。

 

 

 

 

食うものが無く、木の根を掘り起こして食おうと思い梅と必死に地面を掘っていると突然背後から声を掛けられた。

 

「おい、腹減ってんのか? これ食うか?」

 

と尋ねてきた声に振り返るとそこには小奇麗な着物に身を包んだ。いかつい顔の男が巾着を差し出していた。

 

「良いの? あり……お兄ちゃん?」

 

巾着袋に手を伸ばそうとした梅の手を掴んで止める。どう見てもこの男は堅気じゃねえ、ほんの少しの食い物と引き換えに梅を売るなんて真似は出来ない。

 

「施しは受けねえ……どうせ梅を寄越せって言うんだろ? 俺から梅を取りあげようなんざ許さねえッ!」

 

着物の帯の鎌に手を伸ばそうとした時。男はうーんと唸り、手をぽんと叩いた。

 

「俺はここに来るのが初めてでな、案内してくれよ。そしたらこれやるかるさ」

 

「……俺と梅に案内しろってか?」

 

「駄目か?」

 

なんだこいつ……こんな大人見た事が無い。蹴られるか、殴られるか、石をぶつけられるか、俺の扱いなんてそんなもんだ。俺から梅を、妹を取り上げようとする奴は大勢見てきたが、案内してくれなんて言って来た奴は初めてだった。

 

(まぁ良い。もしも梅を取り上げようとすれば、人通りの無い所で殺せば良い)

 

俺はそう思い、案内してくれという男の頼みを引き受けた。それが俺とカワサキさんが出会った時の事だった。

 

「案内って言ってもよ。羅生門彼岸にろくなもんはねえぞ?」

 

「別に良いだろ? 俺が見たいんだよ」

 

「ヘンな奴、遊郭に行かないでこんな所を見てえなんてよ」

 

遊郭に行くならまだしも、病気や足抜けをしようとして流刑された花魁がいるような羅生門彼岸を見て歩きたいなんざ、変人、奇人の類にしか見えなかった。

 

「なんでこんな所を見たいって言うの?」

 

「そうだな……俺もこういう所にいたからだ、嬢ちゃん。努力して、苦労して、這い上がって……それでも俺のルーツって言うのはこういう所にあるんだよ」

 

「「る?」」

 

聞き覚えの無い言葉に尋ね返そうとしたが、その言葉は出てこなかった。一体どういう言葉なのかと思っていると男は小さく笑った。

 

「原点、始まりって言う意味だ。まぁ、大した意味何ざねえさ」

 

そう笑い。俺と梅に案内されるまま羅生門彼岸を歩く男――何の疑いも、迷いも無く付いてくる男にこいつに危機感って物はないのかと正直呆れた。

 

「お前、危ない所に連れて行かれるとか思わないのか?」

 

「お前はそう言う事しないだろ? 対価を払ったなら、お前はちゃんと俺を案内してくれる。そうだろ?」

 

逆にそう尋ねられ、俺は言葉に詰まった。奪われる前に奪え、取り立てろ。それが俺の生き方であり、口癖だった。先に与えられたのなら、奪ってはいけないのではないか? そして俺はそれを無意識に実行してたと言う事に言われて気づいたのだ。

 

「それにだ。自分の家族を必死で守っているお前は、好感が持てる。兄貴として頑張ってるな、お前」

 

「そう! 私のお兄ちゃんはいつも私を守ってくれるのよ!」

 

「そっかあ、良い兄貴だな」

 

「うん!」

 

なんだよ……こんな大人……俺はしらねえ。騙されているのかと思うのが当たり前なのに、何の確証もないのにこの男は信用出来る。そんな風に俺は思ってしまうのだった……。

 

 

 

 

お兄ちゃんと私に道案内を頼んだ変な男――最初はそう思っていたけど、お兄ちゃんにも優しいし、私にも案内をしてくれたという理由でお菓子をくれた。

 

「悪いなあ。今はこんなもんしか無くてな、勘弁してくれよ」

 

差し出されたのは1口で食べれるような白い塊。見た事が無いそれに、お兄ちゃんと顔を見合わせる。

 

「これあられか?」

 

「え? 嘘、これあられなの!?」

 

こんなに綺麗なあられを見たのは初めてだった。私の知っているあられって言うのはもっと黒いものなんだけど、これは白かった。

 

「これは塩と青海苔、これは山椒、ちょっとピリリとしてる、んでこれはにんにくの粉を使ってる」

 

あられなのに複数の味があると言うのに驚いた。

 

「お前料理人か?」

 

「そうだぞ? ちょっと付き添いでこっちまで来たんだ」

 

「料理人! 凄いね! いただきまーす!」

 

料理人が作った物なら間違いないと思い、あられを摘んで頬張った。かりっと言う強い歯応えと鼻に抜ける香りが口一杯に広がった。

 

「おいしー! お兄ちゃんも食べて食べて! 凄く美味しいよ!」

 

「お、おう。そうか」

 

お兄ちゃんもあられを頬張って、目を見開いている。

 

「うめえ……なんだこりゃあ……初めて食う味だ」

 

「はは、喜んでもらえて何よりだ。ほれ、遠慮しないで食え食え」

 

食べろ食べろと差し出され、今度はにんにくの粉? って奴がついているやつを口の中に入れた。

 

「んんー♪ これも美味しい!」

 

「ほんとだ、うめぇ……」

 

強い塩の味に負けないくらい濃い香りと味が口の中に広がった。小気味良い音を立てるあられが美味しくて、少し辛いと言われたそれも勢いで口の中に入れた。

 

「っつう!?」

 

「むうッ!」

 

「はは、刺激が強すぎたか。悪いな」

 

辛いというよりは痛いと感じた口の中に針が刺さったように感じたんだけど、でもそれでも美味しかった。

 

「ううん! 美味しい!」

 

「ちっと痛いけど、美味いぜ」

 

「そうかそうか。良かった」

 

にこにこと笑う男は私達の知らない大人だった。私をお兄ちゃんから引き離そうとする大人とも、お兄ちゃんを罵倒する大人とも違う。こんな大人を私もお兄ちゃんも初めて見た。

 

「あ……もう無くなっちゃった」

 

「……そだな」

 

話をしながら頬張っていたから味もじっくり味わわずに食べてしまった。これだけ美味しいんだからもっとゆっくり食べれば良かったと肩を思わず落とした。

 

「しょうがねえ、俺の昼飯だけど食って良いぞ」

 

そう言って差し出されたのは白い米のおにぎりだった。こんな高級品見た事が無かった……思わずごくりと喉を鳴らした。

 

「俺達になんでそこまでするんだ?」

 

「あん? 別に悪巧みしているとかはないぞ? 腹が減ったら怒りっぽくなる、世の中全部が敵に見えてくる。誰だってそうさ、この世で1番の敵は空腹だ。生きる為に飯は必要だ、食わなきゃ人は死ぬ、動物だって死ぬ。だからこの世で1番の敵は空腹さ、だから腹が減ってるなら飯を食え」

 

遠慮しないで食えと言って差し出された白い米のおにぎりをお兄ちゃんと1つずつ手に持った。ずっしりと重いそれに目を輝かせて、齧りついた。

 

「美味しい!」

 

塩握りだけどお米の甘い香りと味が口の中一杯に広がる。こんなに美味しい物。私もお兄ちゃんも食べた事が無かった。

 

「そうかそうか、良かった良かった」

 

ゆっくりと噛み締めるようにおにぎりを食べる。こんなの絶対2度と食べれないと思ったからだ、ゆっくりゆっくり噛み締めるようにおにぎりを口にする。

 

「美味しかったよ。ありがとう!」

 

「あんがとよ」

 

「案内してくれたお礼だよ、気にするな。さてとッ! 俺ももう行くかな」

 

膝をパンと叩いて男はゆっくりと立ち上がった。その姿を見て、思わずもう行っちゃうの? と尋ねた。

 

「連れが待ってるんでな。でも暫くはこの遊郭に来るだろうし、また会いに来るよ。じゃあな」

 

手を振って歩いていく男――この時は私は名前を知らなかった、だけど、優しい人がこの世界にはいるんだと私もお兄ちゃんも思った。そして約束通り、明日も尋ねてきてくれた時に初めて私は男の名前がカワサキと言うのだと知るのだった……。

 

そしてそれが私とお兄ちゃんの人生を大きく変える転機になるとはこの時の私もお兄ちゃんも思っていなかった。だけど、この出会いが間違いなく、私達を救ってくれた最初の出会いなのだった……。

 

「良し、出来た」

 

油の中で泳がせて綺麗に膨らんだあられを穴あき御玉で掬って油を綺麗にきって、それぞれの味付けのバットの中に入れて味を馴染ませる。

 

「ほっと」

 

山椒のやつだけは、醤油を回し掛けてして、全体を軽く馴染ませて山椒を上から振る。

 

「さてと行くかなあ」

 

出来上がったあられを手にしてカワサキは厨房を出て、妓夫太郎と梅の部屋に向かって歩き出した時に気づいた。

 

「そっか、もうこんな時期なんだよな」

 

カワサキが初めて妓夫太郎と梅にであった季節であるという事は、2人が鬼になった日も近いと言う事だ。その事に気付いたカワサキは小さく溜め息を吐いた。

 

「世の中はままならん事ばかりだ」

 

カワサキと出会った事で2人は鬼となり、命を取り留めた。それが幸か不幸か……カワサキにはその判断が付かず、間に合っていればなと小さく呟いてその場を後にするのだった……。

 

 

 

 

 

 

メニュー32 初めましてのおかき その2 へ続く

 

 

 




今回はシリアス形式なので、ひそひそはお休みです。鬼になるルートが童磨ではなく、カワサキさんが理由だったというルートになります。問題児の扱いには割りと慣れているので、カワサキさんは妓夫太郎と梅と友好的な邂逅が出来たのだと思います。それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

メニュー32 初めましてのおかき その2

メニュー32 初めましてのおかき その2

 

俺達がカワサキと名乗る料理人に出会ってから遊郭の中である噂が流れ始めた。月の無い夜に「鬼」が出るという話を良く聞くようになった。だけど正直俺はそれを気にすることは無かった……だってそうだろう? 鬼なんてどこにでもいる。借金のかたに娘を遊郭に売る親、足抜けさせてその遊女を殺す侍。そして俺と梅の親――鬼なんて言う者は俺のすぐ側に何人もいる。

 

「あー、うん。そっか」

 

「んだよ? 俺が変なことでも言ったかぁ?」

 

カワサキに出会って何年か……んなもんは忘れたが、梅が花魁となり吉原1の遊女と呼ばれ、俺がてめえの名前にもなっている妓夫の仕事を始めた頃合だから少なくとも7~8年は経っていると思う。時折尋ねてきては珍しい菓子を俺と梅に渡し、世間話をして帰っていくカワサキの鬼を知っているか? の言葉に俺はそう返事を返したのだが、カワサキは何とも言えない顔をしていた。

 

「あんただって知ってるだろうが、人は醜いんだぜ?」

 

「それは否定できねえなあ……」

 

俺の痩せた身体と違う大きく力強い身体――本当なら妬ましいと思う所だが、何度も飯をくれたし、それに梅が病気の時だって医者を連れてきてくれた。そう思うと妬ましいと思うよりも、頼れる相手と言う印象がどうしても強かった。それに俺が癇癪を起こした時だって、大丈夫だと言って殴られても蹴られても反撃しようともしなかった……何の見返りも、そして何も求めないカワサキは俺が梅の他に唯一信用出来る相手と言っても良いだろう。

 

(それにカワサキの言う通りにしていたら、少しはましになったしな)

 

取り立てるにしてもまず殴るんじゃない、蹴るんじゃない。言葉による問いかけを行なえとカワサキは俺に何度も言った。腕っ節が強いのはわかるが、暴力はより強い暴力に押し潰されるとカワサキは言った。そしてカワサキは俺を片手一本で押さえ込んで見せた……これだけ人のいいカワサキでも俺よりも強いと言う事実は俺に少し考えるさせるきっかけになった。確実に取り立てると言って重宝されたが、それが俺ではなく梅の身を危険に晒すかもしれないと諭されては、俺も少しは考えるって事を覚えた。そうなると前みたいに何をしでかすか判らない気狂いと言う俺の評判は少しずつだけど変わって来た。これもカワサキに言われるまでは考えようとも思わなかった事だ。

 

「ほれ、お守り袋を貸しな」

 

カワサキに言われて首から下げていたお守り袋を渡す。藤の香りのする匂い袋――正直少し臭いと思う時もあるが、カワサキがくれる物だからずっと首から下げている。

 

「じゃあこれ新しいのな。梅にもちゃんと渡すんだぞ」

 

「おう。判ってる」

 

「良し。じゃあこれな、今回の土産。大福餅、焦って食うなよ。喉に詰まるからな」

 

10個ほどの餅と俺と梅の分のお守りを渡すとカワサキは立ち上がって、腰に手を当てて背を伸ばした。

 

「梅には会って行かないのか?」

 

「花魁に1見の俺が会える訳無いだろ? 今度は梅の休みの時でも来るかねえ」

 

そう笑って歩いていくカワサキを見送り、渡された土産を手にして梅の勤めている遊郭に足を向ける。

 

(……最近多いなあ)

 

滅と書かれた着物を着ている侍を良く見る。どこかの組織の制服なのか……それとも今の流行なのか――もし流行だとしたら随分と趣味が悪いと思いながら歩いていると雪が降り始めていた。

 

「雪かよ……早く帰らないと餅が固くなっちまう」

 

折角のカワサキの土産が固くなってしまっては梅がまた癇癪を起こしかねない。俺はそう思って早足で雪の降り始めた吉原を歩き始めるのだった。

 

 

 

 

 

妓夫太郎に大福と藤の花の香りがするお守りを渡し、無惨の元に向かっていると滅の文字が染め抜きされた黒い着物の侍と何回も擦れ違った。

 

(鬼殺隊か……)

 

巌勝が言うには最近この遊郭で足抜けが多くなっているとの事だが、その影に医者の鬼がいる可能性が高いと言う事だ。俺達で何とか尻尾を掴もうとして来たが、鬼殺隊が出張って来てはそろそろ動きにくくなって来たな。

 

「戻ったか、遊郭を見たか?」

 

「おお。凄い人数だな、どうするよ?」

 

人化している上に人を食っていない無惨には鬼特有の音も匂いもしないとの事。巌勝の話では、匂いと音で鬼を特定する特殊体質の隊士もいると聞く、しかもクソ医者が無惨を名乗っている上にその配下の鬼は無惨様と騒ぎ立てるので、本当に鬱陶しい上に厄介な事をしてくれる。

 

「……無惨様。そろそろ手を引くべきかと……」

 

「そうだな。もう少し様子を見ていたかったが……そうも言ってられんな。出来る限りの事はした、後は鬼殺隊に任せるとしよう」

 

貿易商として、そして身だしなみを整えるという名目で藤の花の香水や匂い袋を売っていた無惨だが、こうも鬼殺隊が流れ込んできていると医者の鬼と遭遇して無惨と呼ばれて追われる身になり兼ねない。もうそろそろ引き際なのは間違いない。

 

「そう悲しそうな顔をするな。お前が面倒を見ている兄妹か、あやつらにも匂い袋は預けてあるのだろう? それにこれが今生の別れになる訳でもない」

 

「判ってるって、いつもの事だからな」

 

少しずつ無惨も勢力を伸ばしてきているが、鬼殺隊にも、医者の鬼にもその数は大きく劣っている。更に言えば、鬼にされた母親や子供が大半だ。そうなると戦力的に大きく無惨は劣っている。第三勢力として動く事も出来ないのならば、適当な所で手を引くのは当然だ。

 

(まぁ大丈夫だろう)

 

並みの鬼ならば匂い袋に負けて妓夫太郎と梅に近づく事も出来ない。だから心配することはないと思い、無惨と巌勝の言う通り鬼殺隊が本格的に動く前に撤退しようと思っていたのだが……。

 

「目鬼、顔鬼を確認しました!」

 

偵察専門の鬼からの目鬼、顔鬼の確認報告、それは医者の鬼の中でも指折りに強い鬼がいる。しかも顔鬼は美しい女を狙う巨漢の醜い鬼――それを聞いた時俺は弾かれるように無惨達の宿泊している宿から飛び出していた。

 

「くそがあ! てめえええええッ!!!!」

 

雪の降る中に響いた妓夫太郎の怒声に最悪の展開になったことを悟り、俺は無惨達の静止の声も振り切って声の元へと走るのだった……。

 

「無惨様は急ぎ退却を……」

 

走っていくカワサキを見て人化を解除した巌勝が無惨に無限屋敷に帰るように促すが、無惨は人化の腕輪を外し、本来の姿にその姿を変えていた。

 

「ちいっ! 黒死牟ッ! 私も行くッ!」

 

「しかし!」

 

「最悪の状況になっている場合。カワサキが正体を現したほうが危ないだろうがッ!」

 

鬼である無惨達よりも、黄色でもにっとしたカワサキの正体が露になることの方が危険だと無惨は言って、黒死牟と共に雪の中に飛び出して行ったのだった……。

 

そしてそこで鬼殺隊に鬼同士が争って所を目撃され、鬼の中でも派閥があるのでは? と言う者と人を庇っている鬼も目撃され、産屋敷がかつての当主の残した日記を調べる事に繋がり、無惨が鬼の首魁ではないと言う一文が発見される事となるのだった……。

 

 

 

 

 

私は冬が嫌いだけど、好きだ。冬は私やお兄ちゃんが苦しんだ季節、そしてそれと同時に救われた季節でもある。

 

「んー、美味しい」

 

「おう、うめえな」

 

お正月に作った御餅をかびないようにして、綺麗に乾かした物をおかきにして貰うのが私とお兄ちゃんの楽しみである。

 

「ほら、カワサキも食べて」

 

「おいおい、俺も食えってか?」

 

「そうよ! 一緒に食べましょう?」

 

鬼になって長いから色々カワサキに食べさせて貰った。世の中に沢山美味しい物があるのを知ったけれど、私が1番好きなのはやっぱりこのおかきだ。決して派手ではない、そして甘い訳でもない。それでも私はお菓子の中でおかきが1番好きだ。

 

「お茶を入れたぜぇ」

 

「はいはい、最初から俺とお茶をするつもりだった訳な」

 

「そうよ! でもおかきは作れないからカワサキに作って貰うしかないじゃない」

 

最初から私とお兄ちゃんはカワサキと一緒におかきを食べながら、こうしてお茶を飲んでのんびりするつもりだったのだ。

 

「無惨が来たらどうするんだよ」

 

「そしたら無惨様も一緒にお茶をすればいいわ」

 

大体何時も何時もカワサキを独り占めしている無惨様って凄くずるいと思うのよね。皆カワサキが大好きなのだから独り占めするのは良くないと思う。

 

「はいはい、じゃあ今日の休憩は2人と過ごすかねえ」

 

カワサキも諦めて腰を下ろして、お兄ちゃんの用意した緑茶を啜りながらおかきを頬張る。私とお兄ちゃんの部屋には無惨様がカワサキを探しに来るまでの間3人のおかきを齧る音と会話する声だけがひびいているのだった……。

 

 

 

 

~無限城ひそひそ噂話~

 

妓夫太郎と梅が無限城入りするまでは約8年ほどの時間があったが、その間は当然無惨は時の権力者への根回しをする為に遊郭へと足を運んでいた。内密な話をする場合遊郭ほど適した場所はないと言う事で会合の場所として利用していたのだが……当然それを面白く思わないものもいる……そう、兄である巌勝に歪んだ愛情を持ち、自分の性別さえもカワサキのアイテムを使って変えてしまった縁壱だ。

 

「遊郭に行くなら私がいるでしょうッ!」

 

「……待て、お前は勘違いをしている。あそこには話し合いに行っているだけだ」

 

「いいえ、兄上のような人が行けば遊女などは簡単に魅了されてしまうのですよ。私には判るッ!!」

 

実際の所カワサキも無惨も巌勝も遊女から多くの熱視線を向けられていたが、当然そんなものに誘惑されるわけも無く、あくまで話し合いの場として遊郭を利用としただけであり、足抜けや買われる事を望んだ遊女の多くが肩を落とした。

 

「もう良い、もう良いですよ兄上。そういう言い訳をするのならば私にも考えがある」

 

「……寄るな、寄れば切るぞ」

 

「兄上の兄上で切っていただければ満足なんですがね。むしろ突く?」

 

「……何故お前はそうなのだッ!!」

 

変態が突き抜けている縁壱に巌勝は恐怖する、普段とは違う……なぜならば完全に目が据わっていたからだ。

 

「兄上が抱かないというのならば私が抱くまでと言う事に気付いたのですよ」

 

「……気付くな、そんなことにッ!!!」

 

「兄上も満足させれるという自信が私にはあります」

 

「……捨ててしまえ、そんな自信ッ! 何故誰もいないッ!?」

 

そして巌勝は気付いた、自分が肉食獣とたった1人で向き合っていると言う現実に……。

 

「皆も好きにしていいと言っているのですよ、兄上。大丈夫です、優しくしますから」

 

「……私に近寄るなあアアアアッ!!」

 

うっとりとした視線で近寄ってくる縁壱と巌勝の魂からの絶叫が遊郭に行くたびに無限城へと響き渡るのだった……。

 

なおそれは回数が重なるごとに激しくなり、最終的には

 

「抱けッ! 私をッ! 獣のように貪り抱けッ!!!」

 

言葉をかわすつもりもないクレイジーサキュバスになっていたが……巌勝は褌までは奪われたが、最後の防壁だけは守り通したのだった……。

 

 

メニュー33 冷汁に続く

 

 




私に文才は無かった……おかきというテーマは難しかったよ。これはもっと勉強しないといけないと反省することになりましたね。これは今度また絶対リベンジしたいと思います。次回はイメクト様のリクエストで「冷汁」を書いて行きたいと思います。それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

クリスマス 無限城

クリスマス 無限城

 

無限城の地下深く――子供鬼が入れない区画で何かを削るような音が響き続ける。薄暗いその部屋の中には巌勝と縁壱、そして玉壷の3人を主力にしてただ只管に木を加工していた。

 

「……良し、良い仕上がりだ」

 

「では巌勝殿。こちらへ」

 

「……ああ、頼むぞ」

 

巌勝が削り上げた物――それは木製の子供用のバットだった。それを受け取った玉壷は持ち手に包帯を巻いて、木目に沿って塗装を施していく……。

 

「玉壷。この形で切り抜いたが次はどうする?」

 

「では次はこれを」

 

縁壱が自分の分は終わったと声を掛けると玉壷は別の設計図を縁壱に手渡し、完成した木の人形を受け取る。

 

「良い仕上がりですな、では狛治殿。ばらして組み上げてみてくださいますかな?」

 

「……分かった。そこにおいておいてくれ」

 

狛治が死んだ顔で立体的な動物のパズルをばらして、それを組み上げるがその隣で童磨が鼻歌交じりで人形を組み上げる。

 

「玉壷殿、俺が変わりにやるよ。狛治殿は不器用だからね」

 

「……童磨ぁッ!」

 

「え、なんで怒るのさ」

 

自然体で煽る童磨は何故狛治が怒るのか判らず困惑するという地獄絵図が発生する。

 

「うるさいぞ、作業に集中しろ、時間が無いのだからな」

 

口に筆を加えながら丁寧に立体パズルに着色する無惨が注意すると再び静かな空気の中玩具作りが再開される。クリスマスに子供鬼達にプレゼントする玩具は無惨達による100%手作りの物なのだ。

 

「お疲れー、昼飯持って来たぞー」

 

「良し、では全員1度休憩の後に上に上がるぞ。子供達が探し出すからな」

 

玩具作りは簡単な作業ではない上に子供鬼達がいないと探し始める可能性もあり、長時間の作業が難しいがそれでも無惨は数百年に渡りこの作業を続けていた。

 

「子供は笑顔でいるべきだ」

 

口は悪く、毒舌家ではあるが無惨は無惨なりに保護している子供鬼達も、竈門家、不死川家の子供達にも愛情を持って接している。

それ故にカワサキから聞いたクリスマスには大変な興味を抱いた。良い子にしている子供にプレゼントを渡すサンタに、ご馳走を食べる日。これは良いと考えた無惨によって無限城でのクリスマスは何百年も前から定番イベントとなっていた。

 

「私の親は私を死ねと思っているクソだったが、ここにいる限りは無限城の子供は私の子供と言っても良い、ならば親として贈り物をするのは当然の事だ」

 

「……無惨様、私も協力しましょう」

 

実父がクソを通り越して外道だった巌勝もその考えに同意し、徐々に人数が増えていき無限城の地下は玩具製造工場の様になっていた。

 

「ううーお兄ちゃん、上手く行かないッ!!」

 

「落ち着いてゆっくりやりゃあ出来るさあ、ほら、こうやって皮を縫い合わせるんだ」

 

「うん……頑張ってみる」

 

「ふう、これで4つですね」

 

「鬼の力でも牛の皮を縫い合わせるのは大変ですね。少し疲れました」

 

そして上の階層では無限城の子供鬼達の間で流行っている野球の為のグローブ作りが急ピッチで行なわれ、クリスマスに備えてのプレゼント作りに無限城の鬼達は一丸となってプレゼント作りを行なっていたのだった……。

 

 

 

子供達への玩具を作る……言葉にするのは簡単だがそれを実行するのは恐ろしいほどに難しい作業だ。毎年違う物を作り、楽しんでもらえるように数多の工夫を行い、そして鬼の力でも壊れないようにカワサキが術を掛けて仕上げる……これほど手間隙をかけても子供達が遊ばない事さえある……それでも無限城から出ることが出来ない子供達の為にという無惨様の考えは非常に良く分かる……だが付け髭と鬘、そしてあの赤い衣装は毎年見ていても本当に違和感しかない。

 

「良し、揃ったな。では今年も贈り物を寝ている子供達の枕元へと配置する」

 

「……質問があります」

 

「なんだ、黒死牟」

 

「……何故寝ている子供の枕元に置く事に拘るのですか?」

 

玩具をそのまま渡すというのは駄目なのか? と恐らくこの場にいる全員が考えていることを今年は尋ねて見た。

 

「当たり前だ。子供の夢を壊してどうする。起きた時に枕元においてある贈り物はさんたが渡した物なのだ」

 

……どうやらそれは変えるつもりはないようだ。しかし寝ているとは言え子供鬼の神経はかなり鋭い、今年もかなり厳しい事になりそうだ。

 

「流石に私は力になれませんからね」

 

「小生もだ。申し訳ない」

 

転移術の使い手である鳴女と響凱だが、その術の性質上音が発生する。音が響けば起してしまうので転移して部屋に行くと言う事は出来ないのだ。

 

「では手分けをして朝までに配り終えるぞ。全員着替えを忘れるな、付け髭と鬘もだぞ」

 

着替えを忘れるなと言って贈り物を入れた袋を肩に担いで歩き出す無惨様を私達は何とも言えない表情で見送るのだった……。

 

「……」

 

眠っている子供鬼をサンタの衣装に身を包んだ巌勝がジッと見つめる。しかし巌勝が見ているのは眠っている子供ではなく、その子供の意識、そして筋肉の動きだった。

 

「……見切った」

 

襖を開けほんの僅か踏み込んだ巌勝は子供鬼が寝返りを打った一瞬でプレゼントをおいて音も立てずに襖を再び閉める……透き通る世界を無駄に使用した無駄に卓越した動きでプレゼントを置き終えた巌勝は同じ様にプレゼントを置き終えた縁壱と合流する。

 

「兄上、終わりましたか」

 

「……ああ。次だ」

 

「ええ、急ぎましょうか」

 

普段はバーサーカーな縁壱だが、子供鬼にプレゼントをするとなれば戦国クレイジーブラコンサキュバスもまともになる。何を考えているのか分からない虚無顔でプレゼントの入った袋を肩から下げて縁壱も子供鬼の部屋から出てきて、継国兄妹は足音も立てず無限城の板張りの廊下を駆け抜けていく……。

 

「お兄ちゃん、もうちょっと高く」

 

「こうかぁ?」

 

「うん、そうそう良い感じ良い感じ」

 

梅を妓夫太郎が肩車し、梅の血鬼術でプレゼントを帯の中に入れる。その帯をゆっくりと操作し、寝ている子供の枕元へ近づける。

 

「いけそうかぁ?」

 

「余裕よ! よいしょっと」

 

その言葉の通り梅は自身の血鬼術を完璧に操り、子供を起す事無くプレゼントを置いた。

 

「良し、お兄ちゃん。次のところにいこ」

 

「おう、でもその前になぁ」

 

「どうしたの?」

 

ごそごそと着物の中をまさぐる妓夫太郎は小さな小箱を梅に差し出す。

 

「お前にもぷれぜんとだぁ、簪買って来たぞぉ」

 

「お兄ちゃん、ありがとう!」

 

子供鬼へのプレゼントを贈りながらもしっかりと妹の梅の為にプレゼントを用意している出来る兄妓夫太郎であった……。

 

「……術式展開」

 

そしてここにも血鬼術を無駄に使う男が1人……狛治である。雪の結晶を模した陣を展開し、子供鬼の気配を感じ取る。

 

「ここだッ!!」

 

透き通る世界を使っている継国兄妹同様――寝返りを打ったタイミングで踏み込み枕元にプレゼントを置いた。クリスマス……それは無限城の鬼が1年の間で1番無駄に血鬼術を使う日であった。

 

「む……これは」

 

「いやいやまさかまさか」

 

「……なんともまぁ……」

 

そして手分けをし無限城の子供全てにプレゼントを届け終えた巌勝達の元にも無惨がおいたであろうプレゼントが置かれていた。

 

「はいよ、お疲れさん」

 

プレゼントを渡した事をばれたくない無惨は無限城の屋根の上に態々座布団とちゃぶ台を置いて、白い息を吐きながら雪を見つめていて、そんな無惨の後にグラスと料理を運んで来たカワサキが姿を見せて声を掛ける。

 

「全くだ。部下を労うのも上司の勤めと言うが全く持って疲れた」

 

ぶつぶつと文句を言う無残だがその姿はサンタ姿のままでカワサキが差し出した酒のグラスを受け取って呷り深く息を吐いた。

 

「時間の流れに逆らって生きているんだから何か時間を認識させる催しが欲しいって言ったのはお前だろ?」

 

「まぁそうだが……ふん」

 

素直になれない無惨にカワサキは苦笑しながら、自分と無惨の間のちゃぶ台に料理を盛りつけた皿を置いて自分のグラスに酒を注いだ。

 

「乾杯」

 

「ん、乾杯」

 

カチンとグラスをぶつけ合う音が無限城の屋根の上に響き、カワサキと無惨は手にしたグラスを呷る。

 

「ん?」

 

「お、雪だ」

 

ちらちらと降り始める雪に無惨は嫌そうな顔をするが、カワサキは楽しそうに笑みを浮かべる。

 

「何故喜ぶ、寒いだろうが」

 

「雪見酒にかまくらで1杯でやるのも悪くないだろ?」

 

「む、それもそうか、いやだがやはり寒いのは嫌だな」

 

「我侭の多い奴だな」

 

くっくっくと笑うカワサキと馬鹿にするなと小さく声を荒げる無惨だが、その表情は柔らかく無惨も無惨なりに降る雪を見て楽しみながら酒を口にしているのだった……。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

メニュー33 冷汁

メニュー33 冷汁

 

カワサキが玉壷達と釣りに行っている時に保護したくのいち――幽玄は珠世達の手厚い看護で元気を取り戻し、バランスの取れた食事とリハビリで衰えていた筋力なども十分に取り戻し、今では魘夢と共に情報収集の要として活躍してくれていた。

 

「お前達が拾ってきたくのいち。悪くないな」

 

「拾ってきたって言うな、保護したと言え」

 

拾ってきただと捨て犬か何かを連想させるので駄目だとカワサキに注意されながら、カワサキが差し出し味噌汁の椀を受け取り口をつけようとした時に私室の襖が勢い良く開いた。

 

「何だ? 鬼殺隊に補足でもされたか?」

 

緊急時以外は私室を許可無く踏み入れることは許していない。私が緊急時と認めているのは大きく分けて4つ――1つ鬼殺隊に万世極楽教が私達の協力者であると知られた場合、1つ鬼殺隊に補足された場合、1つ医者の鬼を見つけた場合、1つ医者本人を見つけた場合――この4つ以外は食事の際に許可無く私室にやって来ることは禁じている。襖を開けた人間を見て、私は眉を細めた。開いた襖の下で深く頭を下げて……いや土下座していると言っても良い幽玄にそう尋ねた。

 

「このような事を頼める身分ではないのは承知です。ですがお2人に頼みがあります、医者の鬼の予備に選ばれた私の弟をお助けください。なんでもしますゆえ、なにとぞお願い申し上げます」

 

医者の鬼は何度倒しても天津が生きている限り同じ能力を持った鬼が作り出される。同じ能力の鬼が複数体同時に出現すると言う事は無いが、倒しても復活し、そしてより強力な能力を有していると言うのは何度も見ている。

 

「無惨」

 

「言われなくても判っている」

 

幽玄の身体能力は非常に高い、全集中の呼吸を使えなくても鬼になったばかりの相手なら圧倒出来るだけの能力を有している。それの弟となれば幽玄に匹敵する能力を持っていると言っても良いだろう……最近討伐に成功した医者の鬼は確か、炎を扱う能力者と飛び道具の使い手だったはず――そのどちらも忍者という下地を持つ相手なら極めて相性が良い筈だ。より厄介な能力に開眼することも考えられる……私は手にしていた味噌汁の椀を机の上に戻して立ちあがった。

 

「鳴女。黒死牟と縁壱、それと猗窩座を呼べ、私も出る」

 

状況が状況だ。医者の鬼の予備に選ばれた事を考えると天津自身がいる場合もある――危険は承知だが、私も動かざるを得ないだろう。

 

「気をつけてな」

 

「判っている。幽玄案内しろ、時間はないぞ」

 

「は、はい! ありがとうございます!」

 

畳みに頭をこすり付けて感謝の言葉を口にする幽玄。しかし感謝の言葉を聞いている時間は私達には残されていない、月が頂点に差し掛かろうしている。

 

「急ぐぞ、時間が無い」

 

琵琶の音が鳴り響き、どこかへと落ちていく感覚を感じながら残された時間、そして救出出来る確率を頭の中で計算する。

 

(最大戦力での強行突破――それしかないな)

 

天津の血鬼術は1000年近く戦っているが依然その全容を掴めていない。回復・防御・攻撃・認識阻害――例を挙げるのが馬鹿らしくなるほどに天津の術は効果の範囲が広い。そして複数の血鬼術を同時に使うという馬鹿げた事もやってのける……それでも僅かに掴めている事がある。それは月の満ち欠けによって術の範囲、そして威力が大きく左右されるということだ。

 

(良い機会だ。確かめてみるのも良かろう……)

 

強力な1つの能力に特化した医者の鬼――再生能力、血鬼術の種類。そして圧倒的な身体能力。倒しても別の個体として復活するその不死性――総合的な能力を見ると医者の鬼は私達よりも遥かに強い。倒れた個体が復活する所を私達はただの1度も見たことが無い、しかし今回はそれを見届ける事が出来るかもしれない。幽玄には悪いが、助けれるならば助ける。だが無理ならば、天津がどうやって同じ能力を持った鬼を増やしているのか、それを知る為に見捨てる事になる可能性もあるだろうと考えながら、着地と同時に腰に指した刀を抜き放ち振るった。

 

「不死殺しとやらの威力を存分に味わえ」

 

カワサキが持っている不可思議な道具の1つ。回復を阻害する刀(HP最大値ダウン・リジェネ無効・蘇生無効のパッシブ付き、対アンデッド・吸血鬼特攻装備)によって切り裂かれた鬼達が崩れ落ちると同時に私達は幽玄の案内で、厳重な警護が敷かれた日本家屋の中に突入して行くのだった……。

 

 

 

 

昨晩の戦いは明朝まで続いた。何でも鬼殺隊も天津を疑っていたらしく、途中で無惨一派VS鬼殺隊VS天津の3つの陣営が入り乱れとんでもない大騒動になったらしい、乱戦の中で幽玄の弟は救出出来たが、本命の天津の討伐は失敗した上に、鬼殺隊の1人――巌勝が言うには鬼殺隊の最高戦力である柱もしくは1つ下の階級の甲の男が幽玄の弟の変わりに新しく医者の鬼にされたとの事……同じ能力を持った鬼を増やす方法も判らず、やっとの思いで炎を操る鬼を倒したと思ったら鬼殺隊の型を習得している炎の剣を操る医者の鬼が生まれた……総合的に見ると天津の1人勝ち――それに加えて鬼殺隊に無惨達が目撃されたと踏んだりけったりの結末になってしまった。

 

「運が悪かったな」

 

開いた鯵を焼きながら思わずそう呟いた。無惨の話では幽玄の弟を救出した段階で無惨達と鬼殺隊は天津に押されていて、即座に撤退を選んだ無惨達と鬼は殺すっと叫んで突撃した鬼殺隊のせいで逃亡に1度失敗し、天津と鬼殺隊の挟撃に追い込まれたらしい。鳴女がいなければあの段階で全滅していたかもしれないと無惨は言っていた。そしてそれと同時に戦況と状況を見極める事すら出来ない鬼殺隊は異常者だと憤っていた。なんせ囚われていた人達を救助して回っていた狛治にさえ刃を向けたというのだから救いようが無いと言うのはこの事だろう……。

 

「何とも言えんな本当に」

 

家族を、大切な相手を殺害されたから鬼を憎むのは判る。だが人助けをし、自分を助けてくれた筈の巌勝達にさえ刃を向けるとなればそれは鬼という存在を盲目的に憎み、物の本質を見ることが出来ていないと言う事だ。鬼殺隊との協力は俺が進言したことだが……余計なお世話だったかも知れない。そんなことを考えながら焼きあがった鯵の開きをまな板の上に乗せ、頭と中骨を取り除き、皮も綺麗に剥がす。

 

「どうすればいいんだろうなあ……」

 

憎む事は当然。だがそれに目を曇らせ、手を取り合える相手にも刃を向けるのでは鬼殺隊と名乗っておきながら鬼と大差が無い。すり鉢の中に白ゴマ、身だけにした鯵を加えて磨り潰しそぼろ状になったら麦味噌を加えて混ぜ合わせ、冷やしておいた出汁を加えて伸ばしながら混ぜ合わせる。良く混ざったら塩もみしたキュウリ、そして水気を切った木綿豆腐を手で握り潰しながら加えて全体をざっと混ぜ合わせる。

 

「さてと、持って行くか」

 

保護した幽玄の弟――虎郎はかなり衰弱しているので食べやすく、栄養価も高い冷汁にした。本当なら衰弱している相手に冷たい食事はご法度なのだが、炎の鬼の力を継承する儀式に途中までとは言え参加させられていた虎朗の体温は異常に高く、氷水でさえも数分でお湯に変えてしまうほどの異様な体温が続いている。珠世の診察結果では血鬼術の影響に加えて、鬼の能力の継承の儀式の影響であり、仮に持ち直しても何らかの異能に加えて、鬼に変化する可能性もある。そして何よりも持ち直す確率は3割も無いとの事だ……冷たい食事で少しでも手助けになればと思い作った冷汁を手に、童磨が常に血鬼術で冷凍庫並に温度を冷やしている虎朗の部屋に足を向けるのだった……。

 

 

 

熱い……それだけが俺が認識出来る全てだった。ひたすらに熱い、そして息も出来ないほどに苦しい。それなのに眠ることも、気絶することも出来ない地獄――これが父上の命令で宇随の名を再び広める為に暗殺などを続けた末路となれば、その業は受け入れなければならない。

 

「大丈夫。虎朗は悪くないわ」

 

「あ、姉上……もう結構……です」

 

唇が青く、震えている死んだ筈の姉上が俺を必死に看病してくれているが、自分でわかっている。最早俺は助からないと……父上が鬼に大枚で俺を売り払い、長い時間を掛けて何かの儀式に使われた俺は死ぬに違いない。

 

「駄目よ。死んだら駄目」

 

「……で、ですが」

 

「弱気な事は聞きません」

 

自分も辛いだろうにそれなのに凜とした態度を崩さない姉上に心から感謝した。このまま死ぬとしても、もう会えないと思っていた姉上にもう1度会えた。それだけで何よりも幸福な気がしていた……誰にも看取られる事のなかった姉や、弟の事を思うと自分がとても恵まれている気がした。

 

「失礼するぞ」

 

「これは、カワサキ様。このような姿ですみません」

 

「気にしなくて良いさ。さてと、初めましてだな。俺には大した権力も力も無いが、無惨と一緒にこの城を仕切ってるカワサキっつうもんだ」

 

無惨……それは俺を助けてくれた赤目で黒髪の男の名前――この黄色い謎の生き物がとんでもない権力を持った相手だと判り、身体を起こそうとすると姉上が手をかしてくれた。

 

「う、うず……い……虎朗……です。この……」

 

「良い良い。無理すんな、元気になってから聞くよ。これ、飯作ってきたから虎朗にやってくれ。汁を飯にかけて食べると食べやすいだろう。幽玄の分は食堂で用意しておくから、後で珠世が来たら1回交代しろよ」

 

「はい、判りました。ありがとうございます」

 

姉上が頭を下げるとカワサキ様は部屋を後にした。

 

「これはなんだろうか」

 

胡瓜が浮かんだ茶色い汁……味噌汁だろうか? 米の上に掛けろと言っていたが……お茶漬けのような物なのだろうか? 姉上が汁を白米の上に掛けて匙で掬う。

 

「じ、自分で……」

 

「こういう時くらいは甘えなさい」

 

向けられた匙に恥ずかしいと思いながら口を開くと、姉上が匙の中身を俺の口の中に入れた。

 

「……」

 

「どうですか?」

 

「お、美味しい……です」

 

口に入れたところから熱く火照っていた身体が冷えていくのを感じた。麦味噌と白ゴマの良い香りが鼻へと抜けると思わずほうっと溜め息を吐いた。

 

「はい、どうぞ」

 

しゃきしゃきとした食感の胡瓜。塩味と歯応えが良く、ひやりと冷たい飯の冷たさが実に心地良い。

 

「魚も入って……いるんですね」

 

「そのようですね。良く海に釣りに行かれているようですから」

 

海の魚――山の中で隠れて暮らしているので滅多に口にすることの無い高級品だ。姉上もそれに気付いて、魚の身を掬って口の中に入れてくれた。

 

「……美味い」

 

「良かった。カワサキ様には感謝しかありませんね」

 

脂の乗った濃厚な旨み――岩魚や山女にはない強い味。こんな味は初めてだ、それに食べていると判るが、この魚の出汁が汁の中に溶けているのか。汁自体も濃厚な旨みがある、それこそこの汁一杯で丼飯を食べれるほどの味だ。

 

「どうする、お代わりあるけど……先に汁だけ飲む?」

 

「お願いしようかな」

 

食事なんか食べられれば良いって思っていたのだが、これは全然違う。1口ごとに身体に活力が満ちてくるのが判る……その証拠にさっきまでは喋るのすら辛かったし、食欲なんか無かったのに、今は食欲を感じる。きっと、あの姿同様不思議な力を持っているのは間違いないだろう。

 

「カワサキ様は凄く良い人よ、それに料理も上手。だから早く身体を治して、いっぱい食べられるようになるのよ」

 

「そう……だね。でもそれだと俺が食い意地張ってる見たいになると思うんだけど……」

 

「カワサキ様が言うには食べる事は生きる事。食い意地じゃなくて、生きようとしているの。それは悪いことじゃないわ」

 

食べる事は生きること……か、確かにその通りかもしれない。死んでも良いと思っていたのに、まだ死にたくない。もっと食べたいと思っている。自分でも単純だと思うが、本当にその通りだと思う。

 

「もう一杯。今度はご飯を多めで」

 

俺の頼みに笑顔で返事を返してくれる姉上。姉上だけではなく、カワサキ様にもちゃんと感謝を言わなければと思いながら、俺は3杯目の米を姉上に口に運んで貰うのだった……。

 

 

メニュー34 トンカツへ続く

 

 




無限城ひそひそ、今回もお休みです! 申し訳無い! この感じでクレイジー縁壱は書けませんでした。すいません、次回はひそひそはいれますが、鬼殺隊サイドのシリアスな感じになるので、本編のほうでクレイジー縁壱を書こうと思います。それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

メニュー34 トンカツ

メニュー34 トンカツ

 

朝食が終わり少し一息つけるかなと言う所で恋雪が俺を訪ねてきた。それ自体はそう珍しい事ではない、恋雪は狛治のために常に新しい料理と狛治の好物を作る為に色々と尋ねて来ている。もう100年近く経つが、それでもこの幸せ一杯の新婚夫婦という感じの2人を見れば、恋雪がまた狛治の為に料理を教わりに来たという事を察するのは簡単な話だった。

 

「トンカツ? それは前も作り方を教えてやっただろ?」

 

しかし今回はトンカツの作り方を教えて欲しいと尋ねて来たので、思わずそう尋ね返した。トンカツとカツ丼は狛治が大好物なので1番最初に教えた料理だ。それを改めて教えて欲しいと言う恋雪にそう尋ねかえると、恋雪は着物をきゅっと握り締めた。

 

「そのお父さんと狛治さんが良く食べていたって言うトンカツを知りたくて」

 

「そう言うことか、OK。判ったよ」

 

俺が恋雪に教えたのは一般的なトンカツだ。だが恋雪には父であり、そして狛治には師である慶蔵が好んだトンカツは恋雪に教えた物とは全くの別物なのだ。とにかくでかいのが食べたい! と言う慶蔵のリクエストに答えた品で、通常はとても作らないトンカツになる。

 

「少し仕込みに時間が掛かる。半時ほどしたら来て欲しい」

 

「判りました……それと、その……」

 

「判ってる。ちゃんとお供え物に出来るようにするよ」

 

ぱぁっと華の咲いたような顔で笑い頷いた恋雪を見送り、豚ロースを塊で冷蔵庫から取り出して常温に戻しながら腕を組んだ。

 

「忘れてたな……ったく、どうしようもないな。俺は……」

 

常連で、良く話をして友人だったのは間違いない。それなのにそれを忘れていたという事、そしてそれを疑問に感じなかった事……自分の知らない所で自分が削れている……そんな気がして、俺は深く溜め息を吐くのだった……。

 

 

 

 

お父さんと狛治さんが大好きだったと言う巨大なトンカツ……それをお父さんの命日に供えたいと思ったのと、そして狛治さんにも食べて欲しいと言う思いでカワサキさんにその作り方を教えてくださいとお願いしたのですが……。

 

「んん、ふうっ!!」

 

「大丈夫か?」

 

「だ、大丈夫です! んッ!!!」

 

豚ロース肉を肉きり包丁で4cmほどの厚さで2枚切り出しただけで私は息切れを起していた。

 

「やっぱり俺が切った方が良かったんじゃないか?」

 

「だ、大丈夫です……ふう」

 

肩で呼吸を繰り返して呼吸を整えてからまな板の上を見る。普段作るトンカツの倍近い厚さの豚肉に正直驚いたのと、これがお父さん達が好きだったトンカツなのかと思わず考え深い物を感じていた。

 

「筋切りは判るな? 普段よりも丁寧に筋切りをして、表面に軽く隠し包丁を入れるんだ」

 

「はい」

 

包丁の先で脂身と肉の間に切れ込みを普段より細かい感覚で切れ込みを入れて、言われた通り表面にも軽く隠し包丁を入れる。カツが分厚いので噛み切りやすくするための工夫だろう。

 

「んで肉叩きで思いっきり叩く」

 

「はい」

 

肉叩きを受け取り叩いてみたんですけど、カワサキさんがなんとも言えない顔で私の手から肉叩きを取り上げた。

 

「これは俺がやろう」

 

「……はい」

 

どうも私では力が足りなかったようだ。カワサキさんがだんだんと肉叩きで豚肉をリズムカルに叩く姿を見ているとカワサキさんがふと私のほうを見た。

 

「墓参りの時俺も行って良いか?」

 

「はい、お父さんも喜ぶと思います」

 

一緒に墓参りに来てくれるというカワサキさんに私はすぐに返事を返した。良く道場に顔を見せていてくれたこともあるし、きっとお父さんも喜ぶと思う。

 

「そうか、ありがとな。肉を叩き終わったら形を整える。目安としたら叩く前の形くらいの気持ちで良い」

 

「判りました」

 

叩いて伸ばされた事で少し薄くなった豚肉を寄せて形を整える。こうやって元の形に戻すと、このトンカツが凄まじく巨大なのが良く判る。

 

「両面に塩胡椒。大きいから手ですり込んだ方が良いな」

 

言われた通り表面に塩胡椒を振って手で丁寧にすり込んで、引っくり返して裏面も同じ様に塩胡椒をすりこんだ。

 

「よし、これで豚肉の下拵えは終わり。次は油を用意するんだが、油は160度の低温と200度の高温の2つを用意する」

 

「何故2つ用意するんですか?」

 

「低温のほうに冷たい状態で揚げてじっくりと火を通して肉汁を閉じ込める。次に高温の油で一気に揚げる事でサクサクの食感になるんだ。特に今回は豚肉が大きいから1回揚げるだけじゃ足りないんだ」

 

豚肉だからしっかりと火を通さないとなというカワサキさんに頷き、大き目のフライパン2つに油を注いだ物と、加熱して暖めた物を準備する。

 

「油を温めている間に衣の準備。卵にサラダ油を入れて軽く混ぜる。ここは判るな?」

 

「はい、大丈夫です」

 

ここからは私も判るので、カワサキさんに後から見て貰いながら揚げる準備を整える。薄力粉を塗して、サラダ油を混ぜた卵に休ませておいた豚肉を潜らせる。

 

「パン粉は普段と違って押し付ける感じで良い。でかいから落ちやすいからな」

 

「はい」

 

普段と違う工程の所はカワサキさんがどうすればいいか教えてくれるので安心して調理を進めることが出来る。

 

「両面軽く焼き色が付くくらいで良い、じっくり揚げる感じで良いぞ」

 

「判りました。よいしょ」

 

両手でゆっくりとフライパンの中に入れる。普段より弱い音を立ててフライパンの中でトンカツが揚げられる、片面が狐色になった所で引っくり返そうとするとカワサキさんにトングを差し出された。

 

「菜箸じゃ引っくり返せないからな。トングで挟んで引っくり返すんだ」

 

「なるほど、判りました」

 

トングでしっかりと豚肉を挟み引っくり返して反対側もしっかりと狐色になるまで揚げる。

 

「よし、そこで油から出してバットの上にからげて少し休ませる。これで中にもしっかり火が通る、最後に200度の油で両面しっかり揚げたら完成だ」

 

油の中で揚げられているトンカツをジッと見つめる。狛治さんが喜んでくれるかな? 私はそればかりを考えて、早く揚げ終わらないかなとそわそわしながら見つめているのだった……。

 

 

 

 

 

恋雪さんが今日は特別な昼食を準備するので楽しみにしていてくれと言っていたが……前の小山のようなカツ丼ではなかろうか? と内心恐怖していると満面の笑みを浮かべた恋雪さんが俺と恋雪さんの部屋にお盆を持ってやってきた。

 

「……こ、これは……」

 

普段のトンカツよりも巨大で、そして厚みのあるそれを見て思わず声が震えるのを感じた。

 

「はい、お父さんと狛治さんが大好きだったと言う、カワサキさんの特製トンカツです。教えてもらって頑張って作ったんです」

 

お父さんの命日も近いですしと小さく呟く恋雪さんは俺を見て笑った。

 

「狛治さんなら勝てると私は信じてます。だからそんなに悲しそうな顔をしないで」

 

「……はい。ありがとうございます」

 

憎き師の仇――前に遭遇した時は取り逃がしたが、今度見つけたら必ずこの手で殺す。その誓いを新たにするのに、このトンカツは何よりも相応しい料理だと思った。

 

「ご飯もお味噌汁も沢山用意してますからね。お代わり沢山してくださいね」

 

「ありがとうございます。では」

 

「「いただきます」」

 

2人で手を合わせてそう告げてから箸を手に取る。まずはソースなどにつけず、トンカツだけで頬張る。ザクリっと言う香ばしい衣の食感と音、そして分厚いが噛み切りやすい豚肉――しっかりと下味がついているのでこのままでも十分に上手いそれをじっくりと噛み締める。

 

『狛治! 上手い飯屋があるんだ。お前が俺の弟子になった祝いだ。喰いに行くぞッ!』

 

初めてこのトンカツを食べた時の事が脳裏に浮かんだ。

 

「ど、どうですか?」

 

「とても、とても美味しいです。恋雪さん」

 

カワサキ様は俺達に会ったのは瀕死の時だったと思っているが、それよりも前に出会っている。その事を無惨様に尋ねると無惨様は沈鬱そうな顔をして教えてくれた。

 

【誰にも言うなよ。カワサキの記憶は常に削れている、別れた期間が長くなるとな……思い出せなくなるんだ】

 

無限城と言うのはある意味カワサキ様が記憶を失わないようにする為の城であり揺りかごなのだ。常に同じ者と会うことで記憶を安定させているのだと……だから俺と慶蔵さんの事をうっすらとしか覚えていなかったのだと知った。

 

(カワサキ様の為にも、恋雪さんの為にも早く天津を殺さなければ)

 

カワサキ様の気質からすれば無限城で閉じ篭っているよりも、外の世界の方が良いだろう。だがカワサキ様の料理を食べれば鬼が強くなると言う事で天津にも狙われている――カワサキ様が穏やかに過ごせるように天津、そしてその鬼を早く討伐する必要があるだろう。そんなことを考えながらソースにトンカツをつけて頬張る。そのまま食べても美味かったがソースをつけるとまた別物だ。甘みと酸味のあるソースがトンカツの衣にしみこんで、その味わいを何倍も良い物にしてくれている。

 

「おかわりを」

 

「はい!」

 

空になったお椀を恋雪さんに差出し、戻ってくるまでの間味噌汁を口にする。具材はネギだけのシンプルな味噌汁……ネギの香りが鼻を抜ける感じが食欲を刺激する。

 

「はい、お待たせしました」

 

「ありがとうございます」

 

ずしりと思いお椀をしっかりと持ち、千切りキャベツにソースをたっぷりと掛けてトンカツの上に乗せて口に運ぶ。

 

「うん、美味い。最高です」

 

「本当ですか! 良かったです」

 

トンカツだけだとやや重いがしゃきしゃきとした千切りキャベツがあると脂に負けなくなる。その甘みと食感が余計に食欲を増させてくれる。

 

「今度のお父さんの命日にはカワサキさんも一緒に来てくれると」

 

「そうですか、きっと喜んでくれますね」

 

今思うと慶蔵さんはカワサキ様の異変に気付いていた節がある。俺は成長したから判らないのか? 位に思っていたが、そうではないと知った時は世を呪いたくなった。何故あんなにも優しい人が苦しまなければならないのかと思ったのだ。

 

「支えになれればいいですね」

 

「ええ。本当にそう思います」

 

誰よりも優しいが、忘却と言う呪いを背負うカワサキ様に助けられた分。今度は俺達が支えになりたいと……心からそう思うのだった。

 

「すいません、お代わりを」

 

「はい♪」

 

だがそれとは別に恋雪さんの作ってくれた食事を堪能したいと言う気持ちが今は強く、食べ終わったら無惨様に相談してみようと思いトンカツを噛み締めるのだった……。

 

 

 

 

 

無限城 ひそひそ噂話

 

恋雪が狛治の部屋で編み物をしていると凄まじい勢いで襖が開き、恋雪は器用に正座したまま垂直に跳んだ。

 

「うおおおおんッ! 恋雪ぃ!!」

 

畳を粉砕しながら自分の名前を叫んで突っ込んでくる女をすっと避けた恋雪はきっと悪くない。

 

「避けるのは酷いと思う」

 

「私が受け止められると思いますか?」

 

畳を破壊し、頭から突っ込んだ人影――それは無限城のトラブルメイカー縁壱だった。キリっとした顔をしているが、人の部屋を破壊しておいてなんでこんなにも堂々としているのかと恋雪は首を傾げた。

 

「恋を成就させた、恋雪に聞きたい。どうすれば意中の男性と懇ろになれるのかを」

 

「巌勝さんですか?」

 

「そうだ」

 

「おかえりください」

 

「何故だ!?」

 

恋雪の知っているのは通常の恋愛であり、血をわけた肉親へ異常な執着を向ける縁壱の相談には乗れないと判断したのだ。

 

「そこを何とか」

 

「おかえりください」

 

「お願いします」

 

「嫌です」

 

そもそも狛治から関わりあうなと言われているし、異常な行動をしている縁壱は恋雪も苦手な部類だったので、対応は冷たい物だったのだが……。

 

「兄上に褒めて欲しいだけなのに」

 

「……」

 

「せめて贈り物くらい……」

 

「……」

 

「練習すれば……」

 

「判りました。判りましたから」

 

しかし結局の所の優しい人間である恋雪は縁壱の同情を誘う発言に負け、縁壱の頼みを聞きうけてしまうのだった……だがそれがとんでもない事になると言う事を、今の恋雪は知る良しも無いのだった……。

 

 

 

メニュー35 激辛麻婆豆腐へ続く

 

 




次回は童磨に麻婆豆腐をお見舞いして行こうと思います。オーバーロード版で守護者の性格チェンジを引き起こした例のあれですね。
これで縁壱をより面白おかしくして行こうと思います。それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

メニュー35 激辛麻婆豆腐

メニュー35 激辛麻婆豆腐

 

鍋の中に油とにんにくの微塵切りを加え、中火で香りが出てくるまで丁寧に炒める。香りが出てきたら挽肉としょうがを加え、豚肉の色が変わりほぐれてきたら刻んだネギを加えて全体が良く馴染むまで炒める。

 

「よっと」

 

ここで本来ならば豆板醤や刻んだ鷹の爪を加えて激辛に仕上げるのだが、今回は甘口で仕上げるつもりなので甜麺醤と砂糖を鶏がら出汁で伸ばした物に香り付けの醤油と酒を加えて混ぜ合わせた甘めの調味料を加える。

 

「良し、こんなもんだな」

 

スープが軽く煮立ってきたら1口大に切った豆腐を加えて、豆腐を崩さないように全体を軽く混ぜ合わせたら、水溶き片栗粉でトロミをつけたら完成だ。

 

「うーん……今一」

 

不味くはない、不味くはないけど辛い料理を好む俺には正直いまいちな味だ。

 

「ま、無惨達にはこれで良いだろう。本番は次だ」

 

夏には辛い物、そして寒くなる時期も辛い物。辛い物で汗をかいて、身体を中から暖める。これはやっぱり大事な事だ。

 

「無限城で食えるの童磨だけだからなあ」

 

麻婆豆腐は辛さを楽しむ物なのに、甘口って正直なぁって思いながら改めてしょうがとにんにく、そしてネギを微塵切りにする。

 

「よっと」

 

鉄鍋に油を大さじ3杯加えて、しっかりと強火で加熱したら甘口の方と異なり、先に豚挽き肉を加える。十分に加熱された鍋に入れられたことでバチバチと大きな音を立てる。おたまで良くかき混ぜ豚肉が油で揚げ焼きされ狐色になった所でにんにくの微塵切り、そして一味唐辛子、豆板醤、甜麺醤を全て大さじで1杯ずつ加える。

 

「ほっ、よっと」

 

鍋全体を揺すりながら調味料と挽肉を良く混ぜ合わせる

甘口の方と違って辛い調味料をたっぷり使っているので、全体を良く混ぜ合わせないと均等な辛さにならないので鍋を揺すり、御玉で肉を動かし調味料と良く混ぜ合わせる。それを暫く続けていると挽肉全体が赤黒くなり、調味料の良い香りが広がってきた。

 

「うし、今」

 

御玉で鍋の中から鶏がらスープを掬ってフライパンの中に入れる。加熱されていた鍋の中に鶏がらスープが入った事で大きな音が響き、水蒸気を上げる。更に追加で1杯の鶏がらスープを加えて汁気を加える。

 

「げほ」

 

辛い香りが厨房全体に広がり、思わず咳き込みながら強火から中火に変えて、全体を軽く混ぜ合わせたら、今度は豆腐を加えて2分ほど煮詰める。白い豆腐が赤く染まって来た所で無惨が貿易で持ち帰ってきた瓶を手に取る。

 

「流石本場だな」

 

紹興酒の独特な強い甘みを帯びた香り、それは強い酒精を伴っていてかなり人を選ぶが、これを飲むのではなく調味料として使う。鍋の中に紹興酒と醤油を加えて、豆腐を崩さないように軽くざっと混ぜ合わせる。

 

「仕上げっと」

 

少量の胡椒とたっぷりの山椒、そして隠し味の「ドラゴンを殺す香辛料」……これを……。

 

「あっ」

 

久しぶりに蓋を開けたのでドバっと鍋の中に入ってしまった。赤黒い麻婆豆腐がなんかマグマみたいに赤く泡立ってきたけど……。

 

「まぁ、大丈夫だろ。童磨だから」

 

いつも辛い料理を食べて痙攣しながら溶けてる童磨だから大丈夫だろう。刻んだネギを加えて、だまにならないように水溶き片栗粉を加えて全体を軽く混ぜたら最後の仕上げ。油を麻婆豆腐の中に直接入れるのではなく、鍋の縁から加えて鍋を振るい馴染ませたら完成だ。

 

「どれ」

 

味見で1口頬張る。1口で汗が噴出した、口の中を焼く香辛料の香りと刺激――だがただ辛いだけではなく、複数の香辛料と調味料が織り成す複雑な香りと旨みがしっかり麻婆豆腐の中にある。

 

「完璧」

 

汗を拭い完璧な仕上がりだと1人納得して、隣の部屋で1人で待っている童磨の元に麻婆豆腐を運んだのだが、この麻婆豆腐がとんでもない騒動を引き起こすことを今の俺は知る由も無いのだった……。

 

 

 

 

 

 

食堂ではなく、カワサキ様が辛い料理を食べる時の隔離された部屋で俺はまだかな、まだかなと身体を揺すりながら料理が到着するのを待っていた。

 

「あんなに美味しいのに、なんで皆は嫌がるんだろうなあ」

 

痛いけど凄く美味しい料理だ。偶に身体が崩れるけど、まぁそれはご愛敬。それに食べていると何か新しい世界が見える気がして、凄く気分が良い。

 

「童磨待たせたな」

 

「待ってましたッ!!!」

 

カワサキ様が持ってきてくれたのは平らな皿――という事は今日はカレーかな? 麻婆豆腐かな? と楽しみにし、机の上に置かれた物を覗き込んで目が痛くなった。

 

「わぁ! 凄い! 今日のは更に辛そうだね!」

 

目と鼻が強烈に痛い。それでも、この料理が美味しそうだと思う気持ちは変わらなかった。

 

「スペシャル麻婆豆腐だ。これは美味いぞ、その分辛いけどな! じゃ、ゆっくり食べていてくれ、俺は無惨達用の甘口麻婆豆腐を配膳してくるから」

 

「はいはーい」

 

カワサキ様を見送り、目と鼻の痛みに耐えながらレンゲを手にして麻婆豆腐を掬う。

 

「うわあ。凄い!」

 

鬼でも目と鼻の痛みが全然回復しない、これ食べたらどうなるんだろう? と思いながら大きく口をあけて麻婆豆腐を頬張った。

 

「ごばぁッ! げふっ!」

 

口に入れた瞬間。何かが口の中で爆発した、その痛みと熱さに思わず喉を押さえて椅子から転がり落ちた。

 

(ああ。やっべ♪)

 

目の前がちかちかと光る。そして身体がしびれて動けない。身体が熱で溶かされる……もう死ぬんじゃないか? っていう痛みが数分続き、次の瞬間には身体が再生する。

 

「うっまーいッ!!!」

 

再生すると同時にレンゲを手にして麻婆豆腐を口に運んだ。

 

「あふっ、あふっ!」

 

熱いし、痛いし、辛いッ! でもこれは凄く美味しいッ!!!

 

「凄い! こんなに凄い食べ物があるんだッ!」

 

でもその痛さと熱さと辛さの中に確かな美味しさがある。しかも複雑に折り重なっていて、普通に食べているのでは判らない。そんな複雑な旨み――。

 

「んんーーッ!」

 

片手で服のボタンを外して、片手でレンゲを口に運び続ける。汗と共に身体の中に蓄積している悪い物が全部身体の外に出て行っているような気がする。

 

「ふはあ……はは、面白ッ!!!」

 

大きく息を吐くと白い息が目の前一杯に広がった。氷の血鬼術を使う俺の体温はかなり低い、それが暖かい麻婆豆腐を食べた事で温まったのか白く息が出るのが面白い。

 

「あははッ! 凄い凄いッ!!」

 

身体の中から熱くなる。そしてその熱さがもっと欲しくて麻婆豆腐を口に運ぶ手は止まる事を知らない。

 

「んー」

 

滴り落ちる汗を拭い、ひたすら麻婆豆腐を口に運び、最後の1口を口に運んで大きく息を吐いた。

 

「あ……れ?」

 

その瞬間に目の前が白く明るく染まり――体の中で何かが嵌るような感覚がして、俺は意識を失うのだった……。

 

 

 

 

麻婆豆腐の皿に匙を入れてどろりとしたそれを持ち上げて口に運んだ。

 

「なるほど、美味い」

 

これは辛い料理と記憶していたが、これは甘い。少しだけ辛味があるが甘さが強く非常に食べやすい。

 

(豚肉なんだが、悪くはないな)

 

豚肉は余り好きでは無いが、こうやって食べるとそう悪い物には思えない。肉として食べるのではなく、ちょっとした味の変化を齎す物と思うからだろう。

 

「うわあ。美味しい!」

 

「甘い」

 

「慌てて食うな、ほれ、こっち向け」

 

カワサキが拾ってきた子供達の声は些か五月蝿いが、美味い物を食べていれば気分が良いのでそれに目くじらを立てることもない。

 

「うむ、悪くない」

 

飯を共に食べれば丼としても食べれる。麻婆豆腐単体では酒の摘みとして丁度良い、辛い物は嫌だがこれならば楽しんで食べることが出来るな。そんなことを考えながら、麻婆豆腐を食べていると食堂に童磨が入って来たのだが……。

 

「凄い、なんか見ている世界が変わったみたいだ!」

 

……なんだあれは。童磨の目がやたら光り輝いている。それに作り笑いではなく、心からの笑みを浮かべているのが判った。

 

「カワサキ。お前何をした?」

 

「いや、辛い麻婆豆腐を作ってやっただけなんだが」

 

配膳をしていたカワサキは不思議そうに首を傾げている。だが絶対それだけではないだろうと私は思った。

 

「カワサキ――劇物を作るのはあれほど控えろと言ったではないか」

 

「気味は悪いが、普段の気持ち悪さはないので良いのでは?」

 

童磨と言えば作り笑いや変な言動が多く、更に人の神経を逆撫ですることも多い。だから非常に嫌われているのだが、その辛い料理……。

 

「カワサキ、その辛い麻婆豆腐を持ってきてくれ」

 

「「無惨様ッ!?」」

 

黒死牟達が驚いているが、私は小さな希望に賭けてみたかったのだ。

 

「食べれるならいいけど、残すなよ?」

 

私達に残すなよ? と念を押して厨房に向かっていくカワサキ。

 

「無惨様、私達は食べませんよ」

 

「死んでしまいます」

 

「まぁ、待て話を聞け黒死牟。あの童磨が変わったのだぞ? 縁壱に食わせれば少し落ち着くのではないか?」

 

あの人の神経を逆撫でする事しか出来ない童磨の変化――いつもいつもトラブルばかりを引き起こしてくれる縁壱には正直私も飽き飽きしていた。

 

「なるほど……試してみる価値はあるッ!」

 

あの童磨が変わったのだから縁壱も変わる可能性はある。

 

「兄上、呼びましたか?」

 

「少しそこに座って待て、目を閉じてな」

 

「……はい?」

 

不思議そうにしつつも黒死牟のいう事を聞いて、椅子の上に座り目を閉じる縁壱。

 

(上手く行くでしょうか?)

 

(行く事を祈れ、お前も恋雪とのんびりしている時に邪魔されるのは嫌だろう)

 

私の言葉に黙り込む猗窩座。最近縁壱が恋雪の部屋に邪魔しているのは知っている。縁壱がいれば猗窩座は恋雪とのんびり過ごす事が出来ない。そう考えれば縁壱は猗窩座にとっても邪魔者だ。

 

「持ってきたぞ? 何してるんだ? お前らは?」

 

不思議そうに赤黒い麻婆豆腐を持ってきたカワサキ。香りだけで目と鼻に致命的なダメージを与えてくれるその香りを嗅いで、これがこの戦国気狂いの縁壱を弱体化させる鍵だと私達は感じた。黒死牟に目配せし、着物の裾で口と鼻を押さえながら匙で麻婆豆腐を掬った。

 

「ほら、縁壱。口を開けろ、飯を食わせてやろう」

 

「はい♪」

 

……こいつ揺れんな。この香りでやばいものが近づいていると判っているのに、黒死牟が口に運んでくれると言うだけで満面の笑みを浮かべているぞ……そして私達の見守る中赤黒い麻婆豆腐が縁壱の口の中に消えた。

 

「……」

 

「縁壱?」

 

咳き込む事も、吐き出すことも無く縁壱は満面の笑みを浮かべたまま。机の上に突っ伏して動かなくなった……私達はぴくりとも動かない縁壱を見て、顔を持ち上げて口元に手を当てたり、手首を握り脈拍を測ったりして、生きていると言う事が判明したので、抱えあげて珠世の部屋に運び込むことにするのだった。

 

「おはようございます。兄上、無惨様」

 

「「「誰だこれ」」」

 

そして翌日華の咲くような笑みを浮かべて、私達に頭を下げる縁壱を見て全員が誰だと口にするのだった……。

 

 

メニュー36 桜餅 その1へ続く

 

 

 




激辛マーボーで性格チェンジをした縁壱。どんな風に変化したかは次回の更新で詳しく書いて行こうと思います。あとちょっと後半はシリアス風味ですね。それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

メニュー36 桜餅 その1

メニュー36 桜餅 その1

 

先日童磨の為にカワサキが作った激辛麻婆豆腐――その今までのカワサキが作った料理の中でもっとも辛く、そして最も危険なその麻婆豆腐は普段胡散臭く、目に光が無い童磨の目を輝かせた。それはカワサキのそばにいて、徐々に人間性を得始めていた童磨に劇的な変化を与えた。それを無限城の問題児に与えればどうなるのか? と考えた無惨によって麻婆豆腐を口にした縁壱はとんでもない変化を起させた。

 

「兄上、おはようございます」

 

「よ、縁壱!?」

 

例えば食堂に向う途中で縁壱と鉢合わせ、両腕を八の字に構え身構えた巌勝。今までならば朝鉢合わせる=押し倒されかけ、力比べになると言うのがある意味縁壱と巌勝のやり取りだった。

 

「ふふ、どうしたんですか? そんな風に構えを取ってもうすぐ朝食ですから、鍛錬も程ほどにしてくださいね」

 

「!?」

 

いつものように襲ってくると思いきや、柔らかく微笑みそのまま頭を下げて、食堂に歩いて行った。良く見ると縁壱は水の入ったバケツと雑巾、そして腰に叩きを指していた。

 

「あ、巌勝さん」

 

「珠世か。縁壱は……あれはどうした?」

 

「はい、朝早くから掃除をしていて、どこか壊すんじゃないかと思って心配していたんですけど……私から見ても完璧に掃除をしていて」

 

「馬鹿な……信じられん」

 

雑巾掛けをすれば廊下を粉砕する。箒を振るえば斬撃を飛ばす、そしてはたきを振るえば壁を粉砕する。それが縁壱だ……そんな縁壱が完璧な掃除をしたと聞いて巌勝はその目を大きく見開いた。

 

「でも事実です。それに、巌勝さんにも襲い掛かりませんでしたよね?」

 

「う、うむ。確かに……」

 

周りに静止する者がいなければ……いや、仮にいても襲ってくるのが縁壱だ。だがそれもしなかった……それ所か完璧な大和撫子という感じで微笑んでも見せた。暫く巌勝と珠世は黙り込み、2人の口から出た言葉は全く同じ言葉だった。

 

「「誰だ。あれは」」

 

痣や首の太さ等から縁壱と判っているが、それでも変質した縁壱を珠世と巌勝は縁壱と認める事が出来ないのだった……。

 

「……え?」

 

「ああ。狛治さん、お疲れ様です」

 

そしてまた別の日では恋雪と並んで編み物をしている縁壱を見て、狛治が停止した。恋雪が何度も教えてもどこか背徳的な奇妙な物体を練成していた縁壱が普通にマフラーを作っている光景は狛治の理解を完全に超えていた。

 

「狛治さんが戻って来たので、今日はもう帰りますね」

 

「ゆっくりしてくれてもいいんですよ?」

 

「いえいえ、邪魔者は去ることにします、では恋雪さん。また明日」

 

恋仲である狛治の邪魔はしないと言って穏やかに微笑んで帰っていく縁壱に狛治は驚いた目をしていた。

 

「……なんか変わりましたね」

 

「そうですね。最初は驚きましたけど、今の縁壱さんは落ち着いていていいのではないでしょうか?」

 

確かに巌勝への被害は減り、そして問題行動も減った……しかしその代りに戦闘能力は恋雪と同程度――つまり普通の街娘と同程度の力しかなく、そして勿論日の呼吸も使えなかった。そうなると問題行動が減ったと喜ぶべきか、それとも戦力の低下を嘆くべきなのかが非常に悩ましい所だった。

 

「何か問題でも?」

 

「いえ、ないですね!」

 

恋雪YESマンの狛治はその事を言えず、落ち着いていて良いですねと笑うのだった。

 

「カワサキ、縁壱をあの性格で固定した上で、戦力を回復させる料理を作れ」

 

「出来るかアホォ」

 

そして無惨の無茶振りにカワサキが頭を抱えた。激辛麻婆豆腐による性格改変は色んな所に問題を起していたのだった……

 

 

 

 

麻婆豆腐で縁壱の性格が変わったのは俺にとっても計算外だったが、意図してやった物ではないので、当然性格をそのままに戦力を戻せとか言うのは出来る訳が無かった。そもそもああなること自体が俺にとっての計算外だったのだ、それを微調整なんて出来る訳が無い。

 

「そうなのか……なら諦めるしかないな」

 

「そうしてくれ」

 

ギャンブル系のバフ・デバフの料理はあるが、勿論それも完全ランダムなので危険性が高く使えれるものではない。性格を大人しくさせて戦力を失うかは無惨の選択に任せたいと想う。

 

「それよりもだ。準備はしてくれているか?」

 

「おう、今日の夜には準備できる」

 

無惨が尋ねて来たのは麻婆豆腐の事もあるが、本命は別の方である。俺の準備が出来ていると聞くと無惨は小さく笑い、楽しみにしていると告げて、厨房を出て行った。

 

「あいつも色々複雑なんだろうな……」

 

人の過去にずけずけと踏み込んで行くつもりは無いが、それでも無惨の心情の複雑さは察してあまりある。

 

「心を込めて作らせて貰うか」

 

何時も心を込めて丁寧に作っている。少しでも無惨の心が軽くなるようにと願いを込めて鍋の中に少量の水を加えて、食紅を入れる。

 

「量に気をつけないとな」

 

入れすぎると赤くなる――そうなってしまっては台無しだ。食紅の量を気をつけ、ピンク色に近い色になったら火をかけて沸騰させる。

 

「良し、こんなもんだな」

 

沸騰したら道明寺粉――もち米を水に浸し、その後に蒸して乾燥させて砕いた昔の保存食のような物だ。それを鍋の中に加え、食紅の溶けた水と混ぜ合わせ、水気がなくなってきたら砂糖を加えヘラで練るように混ぜ合わせる。

 

「よっと」

 

布巾を入れた蒸し器の中に入れて蒸し上げる。その間に生地に包む黄金の餡子を小さく丸めて球体にし、塩漬けしてある桜の葉を綺麗に洗って笊の上に広げて乾かす。

 

「あちち」

 

餡子と桜の葉の準備を終えた所で生地が蒸し上がったので蓋を開けて生地を取り出して、餡子の玉の数……つまり30個分生地を切り分ける。

 

「良し、仕上げていくか」

 

ボウルの中に砂糖水をつくり、砂糖水で濡らした手の上に生地を乗せて、餡子を包んで綺麗に形を整え、桜の葉の葉脈側を外側にして綺麗に包んで保存を掛け、箱の中に綺麗に詰めて蓋を閉める。そしたら今度は白玉粉をボウルの中に入れ、水で溶かしながら混ぜ合わせる。良く混ざったら薄力粉と砂糖を加えて全体が滑らかになるまで混ぜ合わせる。

 

「良し、こんなもんだな」

 

生地が滑らかになったら食紅を少しずつ加えながら混ぜ合わせ、生地がピンク色になったら混ぜる手を1度止める。

 

「……ったく、菓子作りは得意じゃないんだけどな」

 

無惨に言われて毎年作っている間に上手くなったなと苦笑しながら出来た生地を熱した鉄板の上に少しずつ入れて薄く焼き始める。

 

「……命日……か」

 

今日は無惨の両親の命日――最後まで無惨が戻ると信じ、医者に殺された無惨の両親の命日が今日だった。そして無限城の窓から見える月はまるで血を流し込んだように真紅に輝いているのだった……。

 

 

 

 

紅い月に照らされた夜道を1人で歩く――医者の鬼や鬼殺隊に出くわすとしても、この日だけは私は護衛も付けず動く。これは一種の禊、そして故人を思う1つの儀式だった。

 

「……なんだ。まだ綺麗なのか」

 

どうせなら壊れてしまってくれていれば良かった、いや、それは嫌なのか……相反する2つの感情が胸の中に渦巻いた。

 

「……お前もしぶといな」

 

森の中にある開けた小さな土地。かつて鬼舞辻の屋敷があったところは何も無い廃墟となっていた……唯一残っているのはカワサキと何度か見た桜の木が1本だけ……それ以外にここに鬼舞辻の屋敷があったという痕跡は何も無い。

 

「未練か、迷いか……」

 

カワサキに連れられ広い世界を見ているのはとても楽しかった。ある日なんの気紛れか屋敷に戻った私達を出迎えたのは医者と血に満ちた生家だった。今思えば、あれは虫の知らせという奴だったのかもしれない。

 

「私は何をしたかったんだろうな」

 

親と和解したかったのか、それとも私を見捨てた親の報復したかったのか……今となっては答えは出ない。

 

「……まぁ良い」

 

カワサキに持たされた包みを開けて桜餅を食べようとした時。背後の茂みが音を立てた、摘み上げた桜餅を元に戻し振り返る。

 

「やっぱりだね。今日ここにくれば会えるような気がしていた」

 

そこに居たのは顔の上半分が焼け爛れたような柔和な笑みを浮かべた男と羽織を着た見事な赤い髪の男だった。

 

「まさか……この男が鬼舞辻無惨だと言うのですか!? お館様ッ! 俺の前に立った鬼舞辻無惨と名乗る男とは似ても似つかないこの男がッ!?」

 

「そうだよ、槇寿朗。彼が本当の鬼舞辻無惨――私の先祖だ」

 

「……なるほど、お前が産屋敷」

 

鬼殺隊の首領――私と天津を間違え、ずっと私を追い続けていた愚か者達の長。隣のやたら声の大きい男は柱とか言う奴か……。

 

「なんだ。私の首でも取りに来たか? 生憎だったな。私を殺しても鬼は増え続けるだけぞ」

 

「まさか、そんなつもりはないよ。私はずっと貴方と話をしたかった」

 

「私にそんなつもりはない」

 

月見をしながら桜餅を食べようかと思っていたが、そんな気分では無くなった。鳴女の名を呼んで無限城に引き返す事を考えた……その時だった産屋敷はその手にしている酒瓶を私に掲げた。

 

「今日はいい月だ。一献お付き合い願えないかな? 鬼としてではない、そして私もまた鬼殺隊の長ではない。ただ偶然ここで出会った者として」

 

「こんな所で偶然で会うものか……だがまぁ……そうだな。そこの男、そいつが刀を捨てれば考えなくもない」

 

話をしていて急に首を切られでもしたら笑い話にもならない。無論その程度では私は死なないが、それでも気分は良くない。

 

「槇寿朗」

 

「……御意」

 

腰から下げていた刀をその場に落とし、羽織も脱ぎ捨て武器を何も持っていないと両手を広げる男。これで刀を捨てなければ、それを理由に帰れたのだが、むこうが誠意を見せた以上ある程度の妥協は必要かと思い、産屋敷の提案を受け入れることにした。

 

「良いだろう。こっちに来い、生憎酒に合う物等は無いが、特別だ。お前らにも恵んでやろう」

 

1人で桜餅を食べて帰るつもりだったのに何て日だと思いながら私は桜餅の入った弁当箱の蓋を再び開けるのだった……。

 

 

 

 

メニュー37 桜餅 その2へ続く

 

 

 




ここでやっと鬼殺隊と遭遇。しかもお館様です、お館様が山まで来れたのは呪いではなく、医者の毒物で弱っているので原作よりも元気だからと思ってください。それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

メニュー37 桜餅 その2

メニュー37 桜餅 その2

 

私は本当の鬼というのは人の弱い所を巧みに見破り、そこを執拗に突く存在だと思う。思うように動かぬ身体……一部の隊士は私が鬼舞辻無惨に呪われていると思っている事だろう。だが事実は違う……全ての諸悪の根源は神にならんとした「天津」という1人の医者だった。

 

【産屋敷と鬼舞辻は同じ血筋である。だから産屋敷の人間は代々短命なのですが、我が薬を飲めば短命を克服する事が出来るでしょう】

 

20を越えずに死ぬことを恐れた当代の当主は天津の甘言に乗り、そして薬を飲んだ。その薬は産屋敷の血に色濃く残り、どれだけ代を重ねても薄れることは無く、その薬の毒は800年近く産屋敷を蝕んだ。

 

【辛かろう、痛かろう。その痛みから解放されたくば、この私鬼舞辻無惨を殺すが良い。さすればその痛みと苦しみからお前達は解放される! はははッ! はははははッ!!!】

 

消えぬ薬毒を与え、消え去った医者……その男が鬼舞辻無惨を名乗ったから、産屋敷は鬼舞辻無惨を怨敵とした。だがそれが間違いだと判ったのは、呪われてから数代後の迎え入れた神社の娘。その娘の家に伝わっていた文献からだった。

 

『その者達人なざる身なれど、その魂、その心は人。闇の中に潜みて悪鬼を滅さん。その名は鬼舞辻、護国の鬼である』

 

これに当代の産屋敷とその回りの人間は困惑した。全ての悪夢の始まりは鬼舞辻ではないのか? 何故鬼舞辻が鬼と戦っているのか? 数多の謎が浮かび、そして古い文献を調べ、判ったのが天津という医者が診察していた若い貴族の男の名が鬼舞辻無惨。しかし、その姿は何時の間にか消え、そしてある晩の夜に鬼に鬼舞辻の家は滅ぼされたとあるが、その中で唯一の生き残りが産屋敷の先祖。燃え盛る屋敷の中から先祖を救い出したものが……行方不明だった無惨だったとの事。そこからだ、鬼舞辻無惨を名乗る鬼と、そして名前も名乗らず消える不死の男……そのどちらかが本物の鬼舞辻無惨であり、もう片方が天津ではないのか? と言う事が判ったのは江戸時代初期ごろだった。

 

(これでやっと判る)

 

江戸時代初期ごろに何度も鬼同士の戦いが目撃され、仲間割れだと最初は思われていた。だがそれが天津を止めようとする無惨だとしたら? そう考えれば全ての辻褄は合う。それから古い文献を調べ続け、やっと見つけた鬼舞辻の屋敷の跡地……そこで私はやっと本物の鬼舞辻無惨と出会う事が出来ていた。

 

「食え、言っておくが全部食うなよ。これは本来私の物なのだからな」

 

重箱の蓋を開けて中身を取り出して頬張る無惨を見つめながら、私と槇寿朗も重箱の中を見て驚いた。

 

「これは桜餅……?」

 

「どこからどう見てもそうだろう? なんだ。お前達は桜餅も知らんのか?」

 

「いや、俺だって桜餅は知っている。何故餡子が金色に輝いているのだ」

 

闇の中でも金色に輝く餡子――こんな物を私達は知らない、一体これは何なのかという困惑が強かった。

 

「そんな物は私は知らん。文句があるなら食うな」

 

あっという間に1つ食べ終え、2個目に手を伸ばしている無惨を見て私も重箱に手を伸ばそうとする。すると槇寿朗がその手を掴んだ。

 

「お館様。先に私が」

 

「毒など混ぜてないぞ」

 

「念の為という物だ」

 

槇寿朗はきっぱりとそう言うと桜餅を摘み上げて頬張った。そして目を開いて硬直し動かなくなった……美味しいとか不味いとかそういう反応も無く、どうしたのかな? と尋ねる。

 

「……は、い、いや、これほどの物を食べたのは初めてです。言葉に出来ないほどに……美味い」

 

「じゃあ私も1ついただこうかな。ああ、無惨。酒は好きに飲んでくれて良いよ」

 

枡を瓶を差し出すと無惨は無言で封を切り、枡の中に酒を注いで口をつけている。その姿を見て、私も桜餅の入っている重箱に視線を向けた。

 

(これはなんなのだろうか?)

 

丸い筒状の生地に包まれている桜餅がある。桜の葉が巻かれているのだから桜餅だと思うけれど……見た事の無い菓子に興味が惹かれ、私はそれを摘み上げて頬張った。

 

「……」

 

桃色の生地はふんわりと柔らかい、その食感はどら焼きに似ているが、それよりももっと柔らかく、唇で簡単に噛みきれるほどに柔らかかった。そして生地の中から顔を出した金色の餡子の柔らかい甘みが口の中にふんわりと広がっていく……身体の中に染み渡るような優しい甘さ……食べる相手の事を心から思い、そして作られている。作り手の想いがこの桜餅から伝わってくるようだった。

 

「美味いだろう?」

 

「……うん、とても美味しい。しかし参ったな、私の知っている中では最高の酒を持ってきたつもりだったんだけど……」

 

この桜餅と比べてしまうと私の持ってきた酒が水にも劣るような気がしてきた。

 

「まぁ口直しくらいにはなる。良い物を食べていないな、産屋敷」

 

無惨のふふんっと言う勝ち誇った顔に私も槇寿朗も何も言う事が出来なかった。事実私達の食べている物よりも、無惨の食べている物が質も味も上というのは覆しようの無い事実だったからだ。

 

 

 

 

 

桜餅は何度も食べているし、煉獄家の長子と言う事で名店と言われる店の菓子だって何度も食べてきた。

 

(別格だ。これは一体なんなんだ)

 

今まで自分が食べてきて美味いと思ってきた物が実は違っていたという事を思い知らされたような気分だ。酒を少し口にし、次の桜餅に手を伸ばしたとき、その手を無惨に掴まれた。

 

「程ほどにしておけ」

 

「あ、いや、すまない。食べすぎだったな」

 

「違う、そう言う訳ではない」

 

1人で6個は食べてしまっていた。その事に気付き謝罪すると無惨は食べ過ぎていることを怒っているのではないと言った。

 

「これは特別な桜餅だ。人間には些か強い」

 

「強い? 強いとはどういう意味だい?」

 

「別に毒とかそう言う訳ではない。ただそうだな……お前、刀を振るえ」

 

「何?」

 

突如俺を指差して刀を振るえという無惨に思わず何故だと尋ね返す。

 

「良いから振るえ、ああ、間違えても私達と桜に向けて振るうなよ。あの山に向かって振るえ」

 

「槇寿朗。頼めるかい?」

 

お館様にも言われれば仕方ない。日輪刀を拾い上げ鞘から抜こうとした時、また無惨に声を掛けられた。

 

「普段より慎重に振るえよ、後悔するからな」

 

後悔する? 一体何を言っているのかと鼻を鳴らす。柱として鍛錬を積み、己の技を磨き上げてきた俺に何を言っているのだと思った。慣れ親しんだ炎の呼吸の音――意識を高め、最も得意としている不知火を繰り出した。己が侮った者がどんな相手なのか見せつけてやると気合を入れて振るい、目の前の光景に俺は言葉を失った。

 

「言っただろう? 後悔するとな」

 

くっくっくと喉を鳴らす無惨。俺は目の前の惨状を見て声を完全に失った……まるで風の呼吸の広範囲に広がるように不知火の太刀筋は振るわれ木々を薙ぎ払い、小山さえも砕いていた。

 

「……血鬼術?」

 

「違う。この料理を作った者は鬼ではない、だが特殊な力を持つ者だ。人の生命力などを強め、病気等を治す事も出来る。そんな不思議な能力を持つ者でな。身体能力とかを強化する……「その者を俺に紹介してくれまいか!! この通りだッ!」

 

無惨の言葉を遮り、頭を地面に擦りつけ桜餅を作った者を紹介してくれと無惨に頼む。

 

「……お断りだ。あいつは天津にも狙われている。そんなあいつを1人で出歩かせる訳がない、諦めろ」

 

「頼む。この通りだッ!」

 

鬼の首魁かもしれない、そんなことは今の俺にはどうでも良かった。病を治す料理を作れる……それだけが俺を突き動かしていた。

 

「槇寿朗の妻は病気でね。子を産み落とすと同時に死ぬかもしれないと言う状況なんだ」

 

「だからなんだと言うのだ。我々と天津の鬼との区別もつかず追いまわした相手に施しをしろと? 冗談ではない」

 

「この通りだッ! 頼むッ!!!」

 

無惨の言う事が正しいと言うのは判っている。それでもどんな医者でも無理だと匙を投げた……日に日にやつれていく妻を見て、俺は何をしても瑠火を救うと動いてきたが、もう俺に出来る全てはした。鬼に頼むのは危険だと判っていた、それでも一縷の希望に縋りたかった。

 

「……ちっ、おい、お前らは鳥でやり取りをしていただろう。それを私に1匹寄越せ」

 

「紹介してくれるのかい?」

 

「私は説明するだけだ。それを引き受けるかどうかは私は知らん」

 

「すまない! 恩に着る」

 

「ふん、恩に着るというのならば、我々を追うのはやめるのだな」

 

無惨はそう鼻を鳴らすとお館様が呼んだ鎹鴉を一羽肩の上に乗せる。

 

『あわわわ』

 

「取って食うわけではない。お前は私の文を運べばいい、良いと言うまで目を開くな。良いな?」

 

『はひい』

 

死ぬほど怯えている鎹鴉を肩に乗せたまま、無惨は空中に浮かんだ障子の中に空になった重箱を手に歩き出し、思い出したように足を止めた。

 

「2度とこの日にこの場に来るな。次は許さん」

 

「覚えておくよ。今度はもう少しゆっくり話をしたいな」

 

お館様の言葉に無惨はお断りだと吐き捨て、その場を後にした。そして無惨に預けた鎹鴉が文を持って、戻って来たのはそれから3日後の事なのだった……。

 

 

 

メニュー38 病人食(鬼滅版)へと続く

 

 




鬼ルートでも瑠火さんを救うのはやっぱり確定。その為の桜餅の話でした、無惨とお館様に接点とカワサキさんと槇寿朗を会わせる。というのを同時に出来るイベントですからね、これはやらざるを得ません。それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

メニュー38 病人食(鬼滅版)その1

メニュー38 病人食(鬼滅版)その1

 

鎹鴉が持ってきた文を見た槇寿朗はその文を握りしめ、着物の上に羽織を羽織ってどたどたと足音を立てて玄関へと向かう。

 

「父上、どちらへ、もしや任務なのでしょうか」

 

槇寿朗と瓜二つの子供が不安そうな顔をし、槇寿朗を呼び止めた。

 

「杏寿朗……すぐに戻る。待っていてくれ」

 

「はい……お気をつけて」

 

まだ幼い杏寿朗でさえも瑠火の体調不良を感じていた。その不安を隠しきれないでいる息子の頭を撫でて大丈夫だと笑い、槇寿朗は地面を蹴り走り出すのだった。

 

「はぁ……はぁ……」

 

冷静であろうと思っていても、最愛の妻の命が懸かっているとなればやはり槇寿朗も調子を崩す。炎柱と呼ばれていても、人間なのだ。僅かに呼吸の精度が乱れながらも息を切らし、手紙に書かれていた待ち合わせ場所に辿り着いた。

 

「おいおい、あんた。大丈夫か?」

 

息を切らして駆けて来た槇寿朗を見て、黒髪を短く切りそろえた青年が心配そうに駆け寄る。

 

「大丈夫だ。貴方が……月彦殿が紹介してくれたカワサキ殿でよろしいか?」

 

「おう、月彦に言われてきた。俺がカワサキだ」

 

月彦……無惨がいくつももつ偽名の1つ。手紙に書かれていたその偽名が合い言葉だった、良かったと思いながら槇寿朗は頭を下げた。

 

「今回は無理な頼みを聞いてくださり、感謝しかありませぬ」

 

「いや、待ってくれ。確かに俺は人を癒したりする事も出来る……だけど絶対じゃない。そこは判ってくれ」

 

「はい、判っております。ですが、もはや私には貴方を頼る事しか出来ない……どうか、よろしくお願い申し上げる」

 

深く、それこそ土下座しかねない勢いの槇寿朗にまいったねとカワサキは頭を掻いた。

 

「全力は尽くす。行こうか」

 

「はい、ではおぶさってください」

 

「……すまない、今なんと?」

 

「おぶさってください、私の屋敷はここから山を2つ越えます」

 

「待ち合わせの場所おかしくないか?」

 

さぁ、おぶさってくださいともう1度言う槇寿朗に何も言えず、カワサキは言われるがままその背中に乗り運ばれていくのだった……。

 

「瑠火、こちらの方はつい先日会った料理によって病を治すというお医者様だ。1度見て貰って欲しい」

 

「……槇寿朗様。態々ありがとうございます、このようなお姿で申し訳ありません、煉獄瑠火と申します」

 

「これはどうもご丁寧に、カワサキと申します。此度は全身全霊を込めて腕を振るわせていただきます。では槇寿朗殿、参りましょう」

 

一礼し、瑠火の部屋を出たカワサキは眉を潜め、憤怒の表情を浮かべた。

 

「それほどまでに、瑠火の容態は……」

 

その顔を見て手遅れだったかと恐怖する槇寿朗にカワサキは違うと断言した。

 

「天津……奴が関わってる」

 

「なっ」

 

それは無惨を名乗り、悪逆を尽くしている最も忌むべき鬼の名前。それが妻に関わっていると知り、槇寿朗もその顔色を変えた。

 

「し、しかしあの医者は昼間に……」

 

「相手は鬼を作り出した医者だぜ? 短時間なら日に耐える薬くらい作れるさ……それよりもだ。あの病気は治せる、というか病気じゃない。あれは毒だ、それも弱い毒、何年も摂取する事で牙を剥く……そんな毒だ。次、瑠火さんを診ている医者は来る?」

 

「4日後だ」

 

「なら、戦力を整えておきな。こっちも戦力を呼ぶ、ここで天津を切っておかないと何度やってもいたちごっこだ。まさかこんな所で奴の尻尾を掴めるとはな……情けは人の為ならずとはこの事だ」

 

「カワサキ殿」

 

「心配しないでいい、料理はちゃんとやる。俺に任せてくれ、それで厨はどこだ?」

 

天津の手掛かりを見つけた事で帰ってしまうのではないか? と不安そうにしている槇寿朗に大丈夫だと笑い。槇寿朗に厨にへと案内されるのだった。

 

 

 

 

 

病気としか聞いていなかったが、まさかこんな所で天津の手掛かりを得れるとは思っても見なかった。無惨の気紛れが俺達にとって良い流れを持ってきたといっても過言ではないだろう……ただ不安要素がないわけではない。

 

(縁壱がな……)

 

問題児ではあるが無限城の最大戦力――縁壱がおしとやかな乙女になっていて、戦力として数えられないのが不安な所か……。

 

(後は鬼殺隊の対応しだいか)

 

天津を倒した後に無惨達を殺すと出てくるか……最悪の場合に備えてスクロールとかを持って備えておくべきだな。

 

「さてと、やるか」

 

怪しいことや不安はあるが、それはそれ、これはこれと言う事で料理を始める。天津の毒に侵されてはいるがまだ最悪の段階ではない、あの状態ならば十分に俺の料理で回復させる事が出来るだろう。

 

「やっぱり俺の判断は間違いじゃなかったな」

 

病人ということでうどんでも作ろうと思っていたが、やはりうどんで大正解だった。無限城で作ってきた鰹節と昆布の出汁を鍋の中に入れて温める。

 

「よっと、これとこれと、それとこれ」

 

ただの病ではなく、天津の毒と判明しているので長い間天津の毒を解析してくれた珠世が作ってくれた解毒剤も出汁の中に入れて溶かす。

 

「……なるほど、不味い」

 

良薬口苦しと言うがガチで不味い。本当にこれは俺の作った出汁か? と思うレベルで不味い。

 

「……調整だ」

 

このままではとても出せた物ではないので、かなり稀少になっているがユグドラシルの調味料を使い味を調え、スキルも惜しげもなく使う。

 

「……良し」

 

これなら何とか食べられるレベルだと安堵し、調理を進める。無限城で打って来たうどんを鍋の中に入れて、煮ている間にネギを斜め切りにして、水溶き片栗粉を準備する。

 

「……」

 

厨の中に誰もいない事を確認してから黄金の卵を2つ取り出して御椀の中で解き解して鍋の中に入れる準備をする。完全に煮きられる前にネギを加えて軽く火を通す。

 

「よっと」

 

うどんを丼の中にいれるのだが、ここでうどんとネギだけを移し汁はそのままにする。

 

「ここで水溶き片栗粉」

 

うどんつゆの中に水溶き片栗粉をいれ、とろみが出てきたら黄金の卵を加えて、円を描くようにかき混ぜ卵をふんわりと仕上げたらそれを丁寧に丼の中に注ぎいれ蓋を閉める。

 

「あ」

 

「おっとすまんね、坊主」

 

瑠火さんの元に運ぼうとすると槇寿朗に瓜二つの坊主に鉢合わせる。しかしなんだ、そっくりにも程があるなと思わず苦笑した。

 

「す、すいません、あの良い匂いがしたもので」

 

「そうかそうか、瑠火さんに料理を持っていったらお前にも作ってやろう」

 

坊主にそう笑いかけ、俺は瑠火さんの部屋の前で腕を組んで待っていた槇寿朗に声を掛けた。

 

「出来たぞ」

 

「……手間をかけさせてすまない」

 

「なに気にするな、料理人は料理をするのが仕事だ。ほら、持っていってやれ」

 

「良いのか?」

 

「良いも何も見知らぬ男が持って来たんじゃ、瑠火さんも落ち着いて食えないだろ?」

 

俺がそう笑うと槇寿朗はお盆を受け取ってくれた。

 

「本当に重ね重ね申し訳無い」

 

「気にするなよ、俺が好きでやってることだからよ」

 

瑠火さんの部屋に入って行く槇寿朗を見送り、厨に戻るとさっきの坊主が椅子に腰掛けて待っていた。

 

「待たせたな、今作るからな」

 

「はいッ! よろしくお願いします」

 

満面の笑みを浮かべる坊主の為にうどんを作り始めたのだが、この坊主が底なしの胃袋の持ち主で鳴女レベルに飯を食うことを今の俺は知る由も無いのだった……。

 

 

 

 

槇寿朗様が知り合ったと言う料理で人を癒す料理人と言うのは正直本当だろうかと思っていた。そもそもお医者様ではないのに、何故料理で病を治せるのかが不思議で、槇寿朗様が騙されているのではと心配にもなった。だがそれは目の前の料理を見て吹き飛んだ。

 

「これは……なんとも綺麗な料理ですね」

 

「そうだな、まさかうどんがこんなにも美味そうと思ったのは始めてかもしれん」

 

ほんのりと輝く解き卵に蓋をされたうどん。卵だから黄色とかそういうものではなく、まるで金のように輝いている卵に私も槇寿朗様も言葉を失った。

 

「取り分けよう、食べられる分だけで良いからな」

 

「すいません」

 

私の布団の横に腰を下ろした槇寿朗様が小さな椀にうどんを取り分け、匙で汁と卵を取り分けてくれた。それを受け取るとうどんの温かさとは別のもっと暖かいぬくもりを感じた。

 

「いただきます」

 

箸を手にしてうどんを持ち上げて口に運び、私は驚きに目を見開いた。

 

「どうした? 口に合わないか?」

 

「いえ、そのこんなに美味しいうどんは初めてだと……そう思いまして」

 

コシが強いうどんなのだが、軽く噛むだけで噛み切れ、喉越しも凄く良い。うどんのほうから口の中に飛び込んでくるような……上手く言えないのだが、そんな感じがする。それにとろみが付いている汁がうどんに良く絡んでいて、うどんを食べるだけで汁も同時に楽しむことが出来た。私の身体が弱っていることを察し、様々な工夫が施されているうどんを見て、少しでも疑っていた自分が恥ずかしくなった。

 

「美味しい」

 

「そうかそうか! 良かったッ!」

 

食欲が無く、重湯を飲むのもやっとだったのにこのうどんはとても食べやすい。今まで物を食べていなかった分、身体が食べ物を欲しているのが良く判る。

 

「ほう……」

 

「どうだ?」

 

「とても、とても美味しいです。こんな卵は食べたことがないです」

 

丁寧に出汁を取られているうどんの汁。それを口にした時に身体の中に入ってきたとろみがついた卵……それを口にした時、身体がカッと熱くなって、冷えていた手足に熱が戻り、身体にも活力が戻って来た気がする。

 

「槇寿朗様、もう少しいただいてもよろしいでしょうか?」

 

「あ、ああ! 勿論だ。どんどん食べてくれッ!!」

 

今まで全然物を食べることが出来なかった私がもっと食べたいと言った事に槇寿朗様は驚きながらも、嬉しそうな笑みを浮かべて空になった椀に再びうどんと汁を取り分けてくれた。

 

(生きないと……)

 

きっと今身篭っている我が子を産み落とし、その子の命と引き換えに私は死ぬと思っていた。もしくはその子が大人になるまでは生きることが出来ないと思っていた。だけど今は違う、いきたいという願いが私の中に生まれた。

 

「槇寿朗様」

 

「なんだ瑠火?」

 

「ありがとうございます」

 

「い、いや。俺ではなくカワサキ殿に礼を言うべきだろう」

 

俺には何も出来ないと槇寿朗様は仰られますが、槇寿朗様がいなければ私はカワサキさんに会うことも無く、日に日に弱っていく身体に気持ちまで弱り、そして死を受け入れていたと思う。

 

「そうですね、カワサキさんにも感謝しないといけないですね」

 

「その通りだ。カワサキ殿を呼んでこよう。貴方のお蔭で希望が見えたと」

 

死を受けれている時と生きたいと願っている時では気持ちが違う。今ならば、この病も克服できるかもしれない……私はそう思いながら布団に身を横たえる。身体の中から暖かい、まるで日の下にいるような……そんな心地よさを感じながら私は目を閉じるのだった……。

 

 

 

 

無限城 ひそひそ噂話

 

「何? あの暑苦しい男の屋敷で天津の痕跡があっただと?」

 

「間違いない、あいつが良く使う毒が使われていた」

 

「そうか……今度あいつの妻を見ている医者が来るのは?」

 

「4日後、巌勝と狛治を連れて行こうと思う」

 

カワサキの言葉に無惨は眉を細めた。普段は突発的な遭遇戦であり、戦力を整える機会など無い。だが今回は待ち伏せして戦えるというのに、その好機を生かせない事に無惨は苛立ちを感じていたのだ。

 

「縁壱が戦えればな」

 

「今は無理だな。それもしょうがないだろう、だがここで天津を動けなくすれば……鬼が増えるペースを減らせる上に、特別な鬼を作ることも封じれる」

 

「そうだな。それだけでも好機を手にする事は出来ると……思うべきだな。しかしそうなると鬼殺隊と共同か……」

 

「リスクはある、最悪の場合鳴女に頼んで離脱することになるな」

 

鬼殺隊の柱の屋敷――そこに天津が来るとなれば鬼殺隊とも必然的に共同戦線になる。

 

「人化を最初は使っておけ、後は変装させて、相手が油断した所を一気に叩く」

 

「そうだな、それが一番確実か」

 

天津はその能力ゆえに基本的に何もかもを見下しているし、傲慢な性格をしている。巌勝と狛治と思わせない姿……鬼殺隊の制服を着させて髪形を変えれば天津に認識されない可能性もある。

 

「ここで天津の動きを封じる。珠世にも毒を用意させよう」

 

「全ては4日後だな」

 

1000年にも及ぶ天津と無惨達との戦い、それを終結に向かわせる最初の戦いが煉獄槇寿朗の屋敷で行なわれようとしているのだった……。

 

 

 

メニュー39 病人食(鬼滅版)その2へ続く

 

 




次回の無限城ひそひそも今回と同じでシリアス気味でお送りします。鬼殺隊との協力体制に入るかどうかの最初の分岐点が、この煉獄家での戦いになります。次回も身体が弱っている時に食べたい優しい料理を書いて行こうと思いますので、次回の更新もどうかよろしくお願いします。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

メニュー39 病人食(鬼滅版)その2

メニュー39 病人食(鬼滅版)その2

 

「お前……日の呼吸の使い手かッ!?」

 

少しだけ顔色が良くなった瑠火。次の日もカワサキ殿は尋ねてきたのだが、共にいる額に痣のある男を見て、俺は思わずそう叫んでいた。最強の技……日の呼吸の使い手は額に痣のある男だと炎柱の書にあった。その容姿に合致する男に俺は敵意を見せたのだが、男の方は感心したように俺を見て頷いていた。

 

「日の呼吸……いや、私は月の呼吸だ。日の呼吸は私の弟になる」

 

「……月の呼吸?」

 

「……知られてはいないか、あの当時の月の呼吸は未完成だったからな」

 

少しだけ寂しそうに目を伏せた男はカワサキ殿に視線を向けた。

 

「私はこの男と話がある」

 

「あいあい、槇寿朗。厨借りるぜ」

 

俺もその後を追おうとしたのだが、目の前の男に肩を掴まれた。

 

「その羽織、炎柱の物だな。少し手合わせ願おうか、お前達を戦力として数えて良いのか、それを見極める為にな」

 

「良いだろう! この俺の力をお前に見せてやる!」

 

その視線に見下している色が混じっているのを感じ、俺は売り言葉に買い言葉でそう返事を返し、この男と共に煉獄家の道場に足を向けるのだった。

 

 

「はぁ……はぁ……」

 

「良い太刀筋だ。流石は煉獄家の男と言った所か」

 

炎の呼吸の全ての型を防がれ、受け流され、俺の攻撃はただの一度も目の前の男に届くことは無かった。木刀を手に、膝をついて呼吸を必死に整えようとするが、肺を狙われた事と攻撃を空回りさせられたことによる疲労感は凄まじく、立ち上がることさえも難しかった。

 

「屈辱……技を使うまでも無いと言いたいのか!」

 

しかし何よりも悔しかったのは、男がただの1つも呼吸を用いた型を使わなかった事だ。見下されている、日の呼吸の使い手の兄というのならば、それよりも更に傲慢で残酷な男だと思った。

 

「仕方なかろう、私の型は1対多数用の鬼狩に特化している。1人を相手に使うには隙が多く、何よりも意味が無い。故に型は使わなかったが、私は全力だった。型の隙を突かれるのは判り切っていたからな、煉獄家の男を相手に手抜きをするなどありえんよ」

 

「は……?」

 

大多数を相手に戦う呼吸だからこそ、1対1に特化している炎の呼吸とは相性が悪いと賞賛され、思わず毒気が抜けた。

 

「馬鹿にしてたのではないのか?」

 

「剣を通じて、お前の修錬が、その研磨が伝わってきたぞ。そんな相手に手抜きをすること等あり得んよ、私は継国巌勝。お前の名は?」

 

「槇寿朗。煉獄、槇寿朗だ」

 

その目に俺を見下す色など無く、素直に俺を賞賛しているとわかり、俺は目の前の男。巌勝に自分の名前を名乗り返した。

 

「そうか、槇寿朗。日の呼吸に拘るのは止めるが良かろう、あれは縁壱にしか使えぬ」

 

「……それは最強の呼吸だからか?」

 

「いや違う、確かに日の呼吸は強力だがそうではない。あれは縁壱の身体能力前提の物で、常人が真似れば死に至る」

 

死に至る呼吸と言われ、息を呑んだ。

 

「なッ……だが、最強の呼吸と……」

 

「違う、あれは最強等ではない。あれは命を削り、鬼を倒す為だけの物だ」

 

日の呼吸に抱いてた幻想が目の前で崩されていく、だがそれでもだ。俺は巌勝の言葉を信じる訳には行かなかった。

 

「痣者は強者の証なのだろう!? そんな者に」

 

「痣もまた命を削る、齢25を引き換えに死ぬ。そんな呪われた力がお前は欲しいのか? 私は鬼となり、その制約を越えたが痣者は皆25で死ぬ。25を越え発現すればその瞬間に死に至る」

 

25で死ぬと言われ、俺は何を言われているのか判らなかった。痣者は強者の証ではないのか……命が削られていく、証何だという話は信じられなかった。

 

「それにだ。お前の技の冴えは素晴らしい、これほどの使い手はそうはおらん。故に、私が1つ……お前に技を伝授しよう」

 

巌勝はそう言うと腰に挿していた日輪刀を抜いた。

 

「痣者が最強と言われたのではない、そして日の呼吸が最強などではない。あの時代の者は少数だが、ある特別な技法を使えたからこそ、最強だった。それが……これだ」

 

巌勝が呼吸を使いながら日輪刀の柄を握り締める。手の甲に血管が浮かび、呼吸が深くなると同時に黒の日輪刀が徐々に根元から紅い赫刀へと変化を遂げた。

 

「それは……」

 

「赫刀……鬼の再生能力を封じる鬼殺しの切り札と言ってもいい。これは痣者は発現させやすいが、痣者で無くとも開眼出来る」

 

痣が無くとも開眼出来る鬼殺しの切り札……目の前で見たそれは俺の脳裏に深く刻まれる事となるのだった……。

 

 

 

 

 

瑠火さんへ振舞う2回目の料理はお粥にした、しかしだ。勿論ただのおかゆではない、栄養価などをバッチリ考えた自慢の一品だ。

 

「ふんふーん」

 

炭十郎の所と焔の所で採って来て灰汁抜きした細竹やワラビを食べやすい大きさに切り、なめこときくらげは水洗いをしてお湯でサッと下茹でをする。

 

「よっと」

 

えのきは石突を取って、手で解し。里芋は皮を剥いて食べやすい大きさに切り分ける。

 

「これも使わせてもらうか、あちち」

 

炊き立てご飯をざるに入れ、流水で洗いぬめりを取って水を切る。下湯でしていたなめこときくらげを鍋の中から取り出して、代わりにうずら卵を3個鍋の中に入れて茹でる。栄養価の高い食材や山菜、茸、そして里芋をたっぷり使った五目雑炊……。

 

「いや、七目か?」

 

なめこ、きくらげ、細竹、わらび、えのき、里芋、うずら卵……指折り数えて7種類だなと苦笑して調理を再開する。

 

「今日はこれで行くか」

 

稀少ではあるがユグドラシル産のなんか訳のわからない魚の鰹節と刻んで具材にもする予定の昆布で取った出汁を鍋の中に入れ、里芋、なめこといった下茹でをしていない具材を入れて弱火で煮詰める。

 

「良し、OK」

 

里芋等を茹でている間にゆで卵になったうずらの卵の殻を剥いてすぐに鍋の中に入れれる準備をしたら、半ば火が通った具材の中に味噌を溶かしいれる。

 

「……うん。ばっちり」

 

少し濃い目の味噌汁みたいな感じになっているのが、これで丁度良い。味の確認をしてから下湯でして置いた山菜とうずらの卵を加えて中火で煮る。火が通るのを待っている間にネギを刻み、焼き海苔を細かく千切る。

 

「OK、良い感じだ」

 

里芋が柔らかくなったのを確認したら、米ときくらげ、そしてえのきを加えて、香り付けの醤油を少しだけ加えて1煮たちさせれば完成だ。

 

「まだ訓練しているのか、どうしたもんか」

 

勝手に人様の奥さんの部屋にはいる訳には行かないので、どうした物かと思っていると憑き物が落ちたような顔をしている槇寿朗が厨にやってきた。

 

「もう出来ただろうか?」

 

「丁度できた所だ、持って行ってくれるか?」

 

「ああ、すまない。手間をかけさせる」

 

「良いさ良いさ、俺が好きでやっていることだ」

 

申し訳無いと何度も頭を下げる槇寿朗に土鍋を渡し、俺は借りていた厨の掃除を始めるのだった……。

 

 

 

布団に伏せていた時間の方が長かったのに、今日は布団から上半身を起こして座ることが出来ていた。槇寿朗様に手を引かれ、庭を散歩することは多いけれど、今ならば1人でも庭を歩けそうな気がする。

 

「瑠火、またカワサキ殿が食事を作ってくれたぞ」

 

槇寿朗様が妙に晴れやかな顔をし、土鍋を手に部屋の中に入ってきた。その憑き物が落ちたような顔を見て、何か良いことがあったのだと一目で判った。

 

「カワサキさんにありがとうと伝えておいてくれますか?」

 

「勿論だ。さ、昼食を食べて、また身体を休めるんだ。元気が出てきたからと無茶をしてはいかんぞ」

 

槇寿朗様はそう言うと土鍋の蓋を開ける。その瞬間部屋の中に柔らかな出汁と味噌の香りが広がった、どうも今回は雑炊のようですが具材が沢山入っているのに、どこか田舎の母が作ってくれたような素朴な雰囲気のある1品だった。

 

「わらびに竹の子、はは、これは随分と豪勢だな。さ、熱いから気をつけてな」

 

「ありがとうございます」

 

槇寿朗様が盛り付けてくれた雑炊を受け取り、匙を手にする。

 

「いただきます」

 

作ってくれたカワサキさんへの感謝を口にし、雑炊を口に運んだ。

 

「どうだ?」

 

「とても、とても美味しいです」

 

香りから判っていたが、とても丁寧に作られた出汁の香りと味噌の懐かしい味が口の中いっぱいに広がる。なめこや里芋と言ったとろみの強い食材が沢山使われているので、汁にも粘り気があるのですが本当に丁度良い。

 

「ふーふー」

 

息を吹きかけて雑炊を口に運ぶ、丁寧に煮られている米は柔らかくたっぷりと出汁を吸っている。私の食欲が無いのを知っていて、米よりも具材が多く入れられている。本当に良く食べる人の事を考えてくれている人だ。

 

「山菜……また採りに行きたいですね」

 

「行きたいですねではない、共に行こう。そうだな、杏寿朗と今度生まれる子供連れて4人で」

 

思わず弱気な事を言ってしまい槇寿朗様に叱られてしまった。

 

「そうですね。行きましょう」

 

また1つ楽しみが出来た。そう思うと絶対に死にたくないと言う思いが強くなる……気持ちで負けず、絶対に病を克服すると言う決意が胸の中に生まれた。

 

「……これなんですかね?」

 

「海苔ではないな?」

 

この黒い塊はなんだろうか? 初めて見ますけど……少し怖いと思いながらそれを口に運ぶとコリコリっとした強い歯応えがした。

 

「これは茸の仲間みたいですね」

 

「そうか、こうやって料理に入れていると言うことは身体にいい物なのだろうな!」

 

味はあんまり無いですが、身体にいい食材と思って米と汁と一緒に食べればその味の無さはそんなに気にならない。

 

「里芋入りの雑炊なんて久しぶりに見るな」

 

「ふふ、私の母に挨拶に来た時以来ではないですか?」

 

私の母に挨拶に来た槇寿朗様に母が出したのが里芋の雑炊だった。あれはすりおろした里芋に出汁を加えて伸ばした汁に米を入れて雑炊にしていたけど、それが食欲が無い時も食べやすくて好きだった。

 

「今度会いに行こう」

 

「ええ、そうですね」

 

今は藤の家で手伝いをしてくれている母に会いに行こうと約束がまた増えた。

 

「ふふ、槇寿朗様。私に約束ばかりさせますね?」

 

意図的に……そう、私に未練を覚えさせるように槇寿朗様は私にどこへ行こう、何をしようとばかり言う。

 

「そうだ。約束だ、来年も、再来年も楽しい事を、家族の思い出を増やすんだ」

 

「そうですね。海にも行きたいですね」

 

「海か、そうだな。もう冬が近いから無理だが……来年の夏は海へ行こう」

 

数日前まではこんな話もしなかった。それほどまでに私は物事を諦めていた……でも今は違う。生きたいと、可愛い子供が成長するのを近くで見て、そして槇寿朗様ともっと一緒にいたい……そんな欲が生まれてしまった。と槇寿朗様に言うと、槇寿朗様は私の肩を掴んで首を左右に振った。

 

「それは欲ではない、願いだ。もっと、もっとお前の願いを聞かせてくれ。生きたいと、死にたくないと俺に言ってくれ」

 

「……槇寿朗様……はい」

 

槇寿朗様の背中に腕を回し、厚い胸板に顔を預ける。死にたくない、生きたい、成長する杏寿朗を、まだ生まれていない我が子を見守りたい。思いつく限り、子供染みた願いを私は疲れて眠りに落ちるまでずっと槇寿朗様に言い続けるのだった……。

 

 

 

 

無限城 ひそひそ噂話

 

4日後――天津が煉獄家を訪れる時に無惨、そして狛治は煉獄家にやってきた。そして槇寿朗を見て、その顔に笑みを浮かべた。

 

「良い面構えだ。鬼殺隊……いいや、煉獄槇寿朗」

 

「お館様より許可はいただいた。鬼殺隊からは俺1人、瑠火も、杏寿朗も避難させた。この屋敷を更地にしてくれてかまわない、全ての悲劇の元凶を、この日に必ず打ち果たす所存だ」

 

瑠火の願いを聞き、天津の非道を知り、槇寿朗の魂は熱く、激しく燃え盛っていた。

 

「無惨様、今の槇寿朗は強い。必ず役に立つ筈です」

 

「顔を見れば判る。おい、槇寿朗。こいつをくれてやる」

 

無惨が槇寿朗に投げ渡した竹刀袋――槇寿朗は中身を取り出して息を呑んだ。

 

「これは日輪刀かッ! 何故お前がこれを……」

 

「私の仲間の中には天津に危険視され、鬼にされた鍛冶師もいる。お前の為に、初代炎柱の刀を打った鍛治師が打った刀だ、大事に使え」

 

初代炎柱だけではない、巌勝、縁壱の刀を打った鍛治師はその腕を天津に危険視され、鬼にされた。そして鬼殺隊に討伐される前に、無惨が救出し仲間に迎え入れたのだ。

 

「……なんと素晴らしい刀だ」

 

「煉獄は大太刀を好んだ。それよりは短いが、お前に丁度いい刀だろう」

 

今まで槇寿朗が使っていた刀よりも長く、そして初代炎柱が使ったものよりは短いがそれでも長大な刀が真紅に染まる。

 

「私が煉獄瑠火に化ける。天津を捕えたら、速攻で決めろ。良いな」

 

無惨が瑠火に化け、人化の術を施された鬼達が給仕達に化けて煉獄家が普通に動いているように見せる。

 

「ふー……」

 

「気を落ち着けろ、大丈夫だ」

 

天津が部屋の中に入り、布団に手をかけた瞬間。触手が天津の胴を貫き、畳が弾け飛び、床下に隠れていた狛治が固く握り締めた拳を突きだし、天津の顔面を穿った。

 

「破壊殺……滅式ッ!!!」

 

「ぐ、ごはあッ!?」

 

苦悶の声をあげ、天津が庭の外に弾き出されたと同時に襖が弾け飛び、巌勝と槇寿朗が同時に飛び出す。

 

「き、貴様ら!? な、何故ッ!」

 

何故鬼殺隊の屋敷に無惨がいるのか、そして自分が誘い込まれたという答えに辿り着かず、混乱している天津に向かって弾丸のような勢いで巌勝と槇寿朗が迫る。

 

「「今日この日、全ての悲劇の鎖を断ち切るッ!!!」」

 

渾身の力を込められた炎の呼吸 玖ノ型 煉獄、そして赫刀と化した巌勝の日輪刀が同時に天津の首に向かって振るわれたのだった……。

 

 

 

メニュー40 累のお料理チャレンジに続く。

 

 

 




天津戦はどうなったかは不明、出も手傷を負わせたという感じで終わりです。次回は黒い狼様のリクエストで久しぶりに無限城視点で累君が色々と頑張ってみる話を書いてみたいと思います。それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

メニュー40 累のお料理チャレンジ

メニュー40 累のお料理チャレンジ

 

昼食時の大騒動も終わり、厨房の掃除を始めようかとした所で厨房の扉が叩かれた。

 

「はいはーい。誰……なんだ、累か。どうかしたか? もしかしてお昼足りなかったか?」

 

梅が今日のおやつは何か聞きに来たか、無惨が夕食のリクエストに来たか、愈史郎が珠世の昼飯を受け取りに来たかのいずれかだと思っていたのだが、厨房の外にいたのは累でお昼が足りなくて何か欲しくなったのかと尋ねる。

 

「あの違くて」

 

「うん? じゃあおやつか? 今日はパンケーキにするつもりだけど」

 

「おやつでもなくて……」

 

お昼が足りない訳でもなくて、おやつでもなくて……累が尋ねてきた理由が本当に判らなくなった。

 

「あの…僕も何か作ってみたい」

 

「作るって…料理か?」

 

俺がそう尋ねると累はこくこくと頷いた。そっか、累も料理に興味を持つ頃合か……なんか感慨深い物があるな。

 

「ちなみに何か作ってみたいのとかあるのか?」

 

「肉じゃが。無惨様が好きだって言ってたから」

 

肉じゃがか……まぁあれは簡単だし、作りやすい料理でもあるな。それに煮物系だから、味付けさえ間違えなければ失敗もしないし……初心者でもそんなに難しくもない。味付けをちょっとすき焼き風にすれば夕食にも丁度良いか。後は漬物と味噌汁……一人用の鍋で出しても丁度良いな。

 

「よっしゃ判った。教えてやろうか」

 

「本当?」

 

「本当本当。ほれ、入って来い」

 

「うん!」

 

元気よく厨房に入ってくる累に使わせるエプロンと包丁を用意しながら、累にも作れる肉じゃがのレシピを考え始めるのだった。

 

 

 

カワサキさんに料理を作りたいと言ったら怒られると思っていたんだけど、カワサキさんは2つ返事で了承してくれた。

 

「じゃあ今回は、簡単で美味しい肉じゃがを作ります」

 

「はい!」

 

肉じゃがと言えば晩御飯とかで出てきて、甘辛くて美味しくて、野菜もお肉も食べれる。食欲が無い時は汁を掛けるだけでもご飯を食べれるので、僕がかなり好きな料理でもある。

 

「まずはこの中に出汁を入れます。はい、お玉」

 

カワサキさんに差し出されたお玉を受け取り、カワサキさんと一緒に器の中に鍋の中の澄んだ汁を器の中に入れる。

 

「カワサキさん、これは?」

 

「昆布と鰹節で作った出汁、料理の基本だな。出汁さえ上手に出来ていたら基本的に失敗はない。今度出汁を作る時は累にも作り方を教えよう」

 

料理の基本がこれなんだ……絶対に覚えないといけない物というのが良く判った。

 

「ここに醤油とみりんをこの線の入っている湯呑みのここまで入れる」

 

カワサキさんがやっているのを真似して、4つ線が入っている所の2つめまで醤油を入れて、出汁を入れた器の中に醤油を入れて、今度はみりんを同じ様に入れて器の中に入れる。

 

「今度は1つ目の所まで酒を入れる」

 

「お酒も使ってるの?」

 

料理の中にお酒を入れるって言うのは少し驚いた。でもカワサキさんが言うのならこれで間違いではないのだと思う。カワサキさんが差し出した酒瓶を受け取って入れすぎないように気をつけてお酒を注いで、器の中に入れてお玉でかき混ぜる。

 

「最後に砂糖をこの匙で4杯」

 

こんなにお砂糖を使っているんだと驚きながら、調味料を混ぜた器の中にお砂糖を入れて、またかき混ぜる。

 

「これ、舐めても大丈夫?」

 

「大丈夫だけど、あんまり美味しくないぞ?」

 

この段階ではあんまり美味しくないと言われ、味見しようとした指を引っ込める。

 

「これで調味料の準備は終わったから、次だ。材料を切り分ける。はいこれ」

 

「……これ、切れるの?」

 

「切れるよ、子供用の包丁だ。手はこうやって猫の手にする」

 

「こう?」

 

「そうそう。今回は俺が下拵えしてる野菜を使うけど、今度は下拵えからやろうな」

 

カワサキさんの言葉に頷いて、猫の手猫の手と呟きながら皮が剥かれている人参を押さえて、子供用の包丁でカワサキさんの真似をして人参を切る。

 

「そうそう、上手上手。でも、もう少し大きいほうが良いな」

 

「これくらい?」

 

「バッチリだ。じゃあ次はじゃがいもも同じ感じで切る」

 

差し出されたじゃがいもを受け取って、さっきと同じ感覚でじゃがいもを切り分ける。

 

「今度は玉葱だけど、これは目が痛くなるからな。涙が出て来たら1回休憩するといい」

 

「判りました」

 

カワサキさんの注意を聞いてから玉葱を切り始めたんだけど、カワサキさんの言う通り涙がボロボロ零れてきた。

 

「か、カワサキさんはなんで平気なんですか?」

 

「慣れだ」

 

慣れるだけでこんなに目が痛いのも平気になるのか……カワサキさんって凄いと改めて感じた。

 

「次は牛肉を炒める。フライパンの中に油を入れて、鍋を温めたら牛肉をいれて炒める」

 

「ふあっ!?」

 

「大丈夫大丈夫。そんなに怖がらなくても大丈夫だよ」

 

凄い音がして思わず仰け反ったけど、カワサキさんは大丈夫だよと笑って、しゃもじを僕の手に握らせる。

 

「これで混ぜながら炒める」

 

「は、はい」

 

お肉の焼ける音を聞きながら、時折跳ねる脂に怖いと思いながらしゃもじを動かして牛肉を炒める。

 

「い、色が変わりました」

 

「よし、そしたら最初に作った割り下を入れる。でも全部入れるんじゃないぞ? 牛肉が少し隠れるくらいが目安だ」

 

カワサキさんは僕の炒めている鍋よりも数倍大きい鍋を使っているので、全部流し入れた。だけど僕には同じ量を入れては駄目だと言うので、お玉で少しずつ割り下を掬って鍋の中に入れる。

 

「おおッ!」

 

じゅわっという音がして煙が出る。それだけ熱くなっているんだと驚きながら牛肉が隠れるまで割り下を注ぎいれた。

 

「牛肉の色が変わったら野菜を全部入れて、崩さないように気をつけながら割り下と絡めながら炒める」

 

「は、はい! よいしょっ!」

 

野菜が入った事で一気に混ぜにくくなった。野菜を崩さないように気をつけて、割り下と絡めながら野菜を炒めていると野菜が茶色く色が変わってくる。

 

「野菜の色が変わったら、割り下をお玉で2杯足して、野菜の半分くらいが浸るように水を継ぎ足す」

 

「お水を入れるんですか?」

 

「煮詰めた事で味が濃くなりすぎるからな、でも水を入れると味が薄くなるから少しだけだ」

 

濃くなりすぎても駄目、薄くなりすぎても駄目。料理って難しいんだなあと思いながらカワサキさんに言われた通りに水を入れる。

 

「最後に落し蓋を落として強火で煮込めば完成だ。後は夕食まで寝かせて、味を染みこませれば美味しい肉じゃがになるぞ」

 

「楽しみです!」

 

僕が初めて作った料理がどんな感じになるのか、楽しみに思いながらカワサキさんの隣でぐつぐつと煮られる鍋をじっと見つめるのだった。

 

 

 

 

米と味噌汁と漬物といつもの夕食の組み合わせに加えて、今回は2つの平皿が置かれている。1つはカワサキ、1つは累の物だそうだ。

 

「ふむ」

 

人参を持ち上げて口に運んで噛み締める。皮は……綺麗にとってあるが、断面が均一ではないな。味は……カワサキが教えたので間違いなく良いが、普段より些か甘めだ。もう1つ人参をつまみ上げ頬張り噛み締める…切断面が均一、そして味も甘さを際立たせながら塩辛さもある。

 

「こっちがカワサキ、こっちが累」

 

驚いた顔をするカワサキと累を見れば私の指摘が間違いでは無かったと言うのは明らかだ。累の平皿からじゃがいもを取り口に運び、米を口に運ぶ。牛肉の出汁が染みこんでいる野菜だけでも十分に美味いが、累の方は味付けがしっかりと染みこんでいないな。

 

「お前は判らないと思ってた」

 

「私をなんだと思ってる?」

 

「食事に五月蝿い1000歳児。あと好き嫌いが多い」

 

……余りに無礼な言い分だが、否定できないので無言で牛肉を口に運んで逃げる。

 

「……固いな」

 

「え、あ。す、すみません」

 

容易には噛み切れたが普段と違う食感に思わずそう呟くと、累が平伏し謝罪の言葉を口にした。

 

「別に怒っている訳ではない。そうだな、梅や恋雪の初めての料理よりかはマシだな」

 

梅の料理はよく言って独創的、事実を口にすれば賭け事だ。気分屋なので味が一定ではない、辛いと思えば甘く、甘いと思えば辛い1品の中で味付けがころころ変わり、一定ではない。恋雪の料理はとにかくでかく、量が多い。味は悪くは無いが、それとこれとは話は別だ。

 

「カワサキに教わりながらより精進せよ」

 

「は、はい! 頑張ります!」

 

満面の笑みを浮かべて出て行く累を見送り、漬物を口に運んだ。

 

「悪くない、悪くは無いがまだ甘い」

 

「ま、初めてだからあんなもんじゃないか?」

 

これからに期待という所だな。カワサキ1人で無限城の全ての住人に料理を提供するのは難しい、もう1人か2人は料理を作れる人間が必要だと思っていた。

 

「志津と葵枝が動けるようになればまた変わるか」

 

私の呟きにカワサキの肩が動き、カワサキは深く溜め息を吐いた。

 

「炭治郎になんて説明すれば」

 

「良いではないか、お前の母は鬼として蘇ったとでも言ってやれ」

 

カワサキの持つ人を生き返らせる杖で竈門家の人間は生き返ったが、母の葵枝だけが鬼と化していた。ここは志津と同じで、天津の性格の悪さが滲み出ている。気に入った女を鬼にして夫と子供を食い殺させて心をへし折り、自分の物にする。天津の常套手段だ、あの女好きの外道は絶対になんとしても殺す。弱体化している今が好機なのだ、どこに隠れているのかなんとしても見つけださなければ……。

 

「それよりだ、カワサキ。これを持っておけ」

 

「黒い日輪? なんだこれ」

 

「槇寿朗の所で天津と戦っただろう? 業腹ではなるが、鬼殺隊と協力する事となるだろう。話し合って人を食わぬ鬼の証のような物だ」

 

黒く染め抜きされた太陽、それが私達が人を食わぬ証であり、そして鬼殺隊が我々を害成さんという盟約の物だ。

 

「……悪い事考えてるだろ?」

 

「悪いか? ふん、鬼殺隊が正義ではないからな、善や悪ほどつまらない物はない」

 

鬼にも悪人がいるが、人にも悪人はいる。それなのに鬼は悪党だと言い切り、狩るように追い回す鬼殺隊もいる。罠を張る者もいる、中には街その物を焼き払うなんて暴挙に出る者さえもいる。

 

「鬼で無くとも悪はいる」

 

「昔誰かが言ってたなあ。この世に悪があるとすれば、それは人の心だ。そしてこの世で最も恐れ、そして打ち勝たねばならぬ物は己の心ってな」

 

心こそが善か悪を見極めるのだ。鬼であれ、心に正しさがあれば人だ。人であっても、心に悪があればそれは鬼だ。姿形は問題ではない、すべては心が、平和を願う心が全てを決めるのだ。

 

「と言う訳で、お代わりだ」

 

「凄い良い感じだったのにそれか?」

 

呆れたように言いながらも茶碗を受け取り、お代わりを盛ってくれているカワサキを見ながら味噌汁を啜る。1000年続く天津との戦い……この今代が一斉一隅の好機なのかもしれない。この好機を手放さない為には今まで以上に慎重な立ち回りが必要なのだと私は思うのだった……。

 

 

 

 

 

無限城 ひそひそ噂話

 

 

風の噂で風の呼吸を扱う、鬼になった母を連れている隊士が居ると言う話を聞いた。最初は何を馬鹿なと思ったのだが、お館様の許可を得ていると言うこと、そして明確な意思を持ち血鬼術で手当てをしてくれたという隊士の話もあり、その隊士は特例として鬼になった母と共に鬼狩りをしていると聞いた事があった。正直俺は人を食わぬ鬼がいるなんて信じていなかったし、血鬼術で操られていることも疑っていた……あの月の晩までは……

 

「うっ……う」

 

鬼の奇襲を受けた俺は義勇と真菰とはぐれ、1人だけ谷底に落ちた。落下の衝撃は型で相殺した物の、全てを殺しきれる訳が無く全身に走った酷い痛みと落水した衝撃で意識を失った。

 

「こ……こ……は?」

 

「あ」

 

うっすらと目を明けると瞳孔が割れた子供……いや鬼が俺を覗き込んでいて、反射的にその手を払っていた。

 

「うぐっ」

 

「だ、駄目だよ動いたら。酷い怪我をしているんだから」

 

「鬼が何を言うか!」

 

俺の一喝に子供の鬼はびくんと肩を竦め、悲しそうに目を伏せた。その時だった、俺の額から濡れた布巾が滑り落ちたのは……それを見てハッとなった。流血していた足は包帯が巻かれ、皮が剥けた掌は薬草をすり潰した物が塗られ、包帯が巻かれていた。

 

「お前が手当てをしてくれたのか?」

 

「えっと、手当てをしたのは僕じゃなくて、えっとえっと」

 

「名前は名乗ったらいけない。そういう決まりだよ」

 

おろおろしている少年の鬼の後から白髪で顔に赤い斑点のある鬼が現れる。すると俺の側にいた鬼はその鬼の後ろに隠れた。どういうことか判らずにいると、2人が黒い日輪が描かれた服を着ているのに気付いた。確か黒い日輪は人を食わぬ鬼だと柱や、お館様が言っていた。

 

「怒鳴ってすまない。俺が悪かった」

 

「まぁ気が立っていたらしょうがないさ。手当てはしているけど、無理に動かないほうが良い」

 

「い、いや、仲間が待っている。立ち止まっている時間は……」

 

横の岩に立てかけられていた日輪刀を支えにして立とうとしたが、立ち上がれず姿勢を崩すと俺の手当てをしてくれていた鬼が俺の手を握った。倒れかけた筈の俺の足はしっかりと地面を踏みしめて立つことが出来ていた……。

 

「これは……血鬼術?」

 

「そうだよ。その子の血鬼術」

 

「帰ろう? お兄さんの帰りたい所へ」

 

そう声を掛けられると俺の足は俺の意思に反して歩き出す、俺を手を繋いでいる子供は鼻歌を歌っている。

 

(これは鬼なのか?)

 

どう見ても無邪気な子供にしか見えない。こんな鬼を俺は見たことが無く、完全に混乱していた。

 

「かーえーろ♪ かーえーろー♪」

 

岩も川もなにもかもを乗り越えて、俺の足は動き続け俺が転落した崖下まで来ていた。

 

「はい、とーちゃーく♪」

 

「ここからは僕が連れて行ってあげよう」

 

もう1人の鬼が俺の手を掴み、右手を掲げると糸が伸びて崖の上の太い樹木に巻きついて、俺と鬼を同時に持ち上げる。

 

「はい、ここまで来たら帰れるだろ? 近くにほかの人間の気配もするし」

 

「待て、何故助けた?」

 

崖下に飛び降りようとする鬼にそう声を掛けると鬼はゆっくりと振り返った。

 

「助けたいって思ったらそれで良いんじゃない? 別に鬼が人を助けたらいけないって決まりはないでしょ? ああ、そうだ。これも上げるよ」

 

投げ渡されたのは竹の葉に包まれた握り飯だった。鬼が食べ物を何故と更に混乱が強くなる……まるで夢か何かを見ているようだ。

 

「お前達はなんなんだ?」

 

「鬼だよ。だけど君達が殺している鬼じゃないってだけさ」

 

「だが鬼は悪だ」

 

「違うね。鬼が悪なんじゃない、この世に悪があるとすれば……それは人の心ってあの人は言ってたよ。だから僕は、僕達は身体は鬼でも心は人間だよ」

 

そう言うと鬼の少年は崖から飛び降り、空中に浮かんでいた障子の中に飛び込んで消えていった。

 

「……心」

 

鬼が心を説く……ほかの隊士ならば何を馬鹿なと言ってその首を斬ろうとしただろう。だがなぜか、俺は隙だらけなのにその首に刃を振るおうとは思えなかった。

 

「……悪は人の心か……」

 

心次第という言葉はやけに重く、そして素直に俺の胸に響いた。森の奥から俺を呼ぶ義勇と真菰が姿を現し、足を引き摺りながらそちらに足を向けると白髪の強面の箱を背負った隊士が何故か2人と一緒にいた。

 

「いたあ! 実弥! お願い」

 

「頼む」

 

「ああ、そんなに騒ぐな。お袋、頼むぜ」

 

箱が開くと真紅の目を光らせる女性が姿を現した。その姿は月の光を浴びているからか余計に美しく、神秘的な物に見えた。

 

人を食わぬ鬼3人とそして鬼連れの隊士「不死川実弥」との出会いが俺の考え方を変え始める事となるのだった……。

 

 

メニュー41 むかご料理へ続く

 

 




鬼殺隊のメインキャラもそろそろ出てきます。そして炭治郎の前に君を連れて進めをしている実弥さんですね。今は鬼つれの隊士ですが、そのうち鬼連れの柱にランクアップすることでしょう。次回は「化蛇」様のリクエストで零余子の為のむかご料理を書いて行こうと思います。それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

メニュー41 むかご料理

メニュー41 むかご料理

 

無限城の一角にある山は竹の子や山菜、茸などの山の幸が多く栽培されており無限城の貴重な食料の確保に加えて、子供達の遊び場を兼ねている重要な場所の1つだった。

 

「よいしょ、よいしょ!」

 

「あった♪」

 

「おりゃおりゃおりゃッ!!!」

 

そして今日は子供達が茸狩りや山菜取り等、レクリエーションを兼ねての手伝いにやってきた。

 

「ぷぎ、ぷぎい!」

 

「おお、母ちゃんすげえッ!!」

 

山の斜面から巨大な山芋を掘り出す母ちゃんを見て、俺もと一生懸命に地面を掘る。

 

「伊之助、余り力を込めるな。折れてしまう、丁寧にやるのだ」

 

「おう! 判ったぜ!」

 

俺や累達の面倒を見てくれている響凱に言われ、手にしている三角のなんかよく判らんけど、素手で地面を掘るより楽な道具を丁寧に動かして地面を掘り進める。

 

「この茸食べれるのかな?」

 

「判らない茸には手を出すなあ」

 

「判りやすい物だけにすると良いよ」

 

実弥や玄弥、それに有一郎が他の連中の面倒を見ている声を聞きながら、母ちゃんの背中の上に乗って山の中に入る。

 

「伊之助、余り危ないことをするなよ!」

 

「大丈夫だ! 母ちゃんが一緒だからな!」

 

響凱にそう返事を返し、母ちゃんと一緒に山の中を登り、山菜や茸をどんどん収穫する。

 

「おお、ぴかぴかどんぐりだ。これも拾ってこ」

 

子分共にこの大きくてぴかぴかのどんぐりを見せてやろうと思い、脚絆の中にどんどんどんぐりを詰め込む。

 

「ん? お、こいつは良いじゃあねえか!」

 

灰色の丸い粒を見つけた。これはあんまり俺が物を食えない時に母ちゃんが持ってきてくれた奴だ。この下には山芋とかもあって、目印になる。

 

「母ちゃん。俺これ採る」

 

「ふごお」

 

「うん、母ちゃんは下の芋な!」

 

2人で泥だらけになりながら地面を掘り、俺はむかごと芋を沢山収穫し来た時と同じ様に母ちゃんの上に座って山を下るのだった。

 

「なぁなぁ! カワサキ、これでむかと響凱に料理をしてくれよ!」

 

カワサキに怒られないように風呂に入ってから、こっそり収穫していたむかごをカワサキに見せながらそう頼む。俺達とかの面倒を見てくれて、疲れているのは知っている。だからこれを食べれば元気になると思ってたのだ。

 

「むかごか、確かにこいつは栄養価は凄いな」

 

「だろだろ!」

 

さすがはカワサキだ。これが何なのかを知っていた。カワサキなら美味しい料理にしてくれると思っていると、カワサキに頭を撫でられた。

 

「流石は伊之助だ。お前は本当に優しい良い子だ」

 

わしゃわしゃと頭をなでられてほわほわとした気持ちになった。恥ずかしいけれど、何か誇らしい気持ちになった。

 

「良いか伊之助、強いって事は喧嘩が強いだけじゃねえ。困ってる人にも優しく出来るのも強さなんだ。その優しさを忘れるなよ」

 

「おう! 判ってるぜ!」

 

強いって言うのは沢山あるって事はカワサキに教えて貰ったからな! と返事を返し、俺はカワサキに向かって手を振りながら皆の所に帰った。

 

「見ろ子分共! このきらきらピカピカのどんぐりを!」

 

「「「おおー親分すげーッ!!」」」

 

「そうだろうそうだろう。子分共に1つずつやろうな」

 

「「「やったー♪」」」

 

ぴょんぴょんと跳ね回る子分共を見ていると俺までも楽しい気持ちになった。これもきっと強さの1つの形だと俺は思うのだった……。

 

 

 

 

むかごは山芋の蔓になる肉芽で、葉の付け根などに沢山出来る食べ物だ。地下の山芋同様、非常に栄養価が豊富で身体にも良い、山芋を収穫する時に集めることはあったが山盛り1杯のむかごを見るのは俺も初めてだった。

 

「よく集めたなあ」

 

しかしこれだけ集める事が出来るのは伊之助達だからだろうなあと思いながら、むかごの下拵えを始める。山菜等と違って特別な下拵えをしなくても食べやすいのだが、皮の部分の独特な香りが苦手と言う者も多い。

 

「よっと」

 

軽く水洗いをして、乾いたざるの上に並べて掌で押す様に転がすと固い皮の部分がぽろぽろと剥がれ落ちる。こうすることで土臭さとかが無くなって凄く食べやすくなる。

 

「そのままでも食べれないことはないんだけどな」

 

だけどその一手間がより物を美味しく食べれるようにするコツなので手抜きはしない。鍋にむかごがひたひたになるくらいの水を入れて、塩を入れて火に掛ける。

 

「うし、これで沸騰して更に5分だな」

 

沸騰してから5分ほど更に煮れば丁度よくなるので、その間に次の準備をする。しょうがを千切りにし、米をしっかりと水洗いする。そしたら釜の中に水、醤油、酒、塩、千切りにしたしょうがを加えて少し考え込む。

 

「うーん……」

 

油揚げや人参を加えて炊き込みご飯風にするのも美味しいんだが……少し考え、首を左右に振って昆布とむかごを入れて蓋を閉めた。

 

「折角の初物だしな」

 

旬の物を食べる時は余計な手を加えずにそのままの味を楽しんでもらおうと思い、そのまま火に掛けてむかごご飯を炊き始める。その頃合にはむかごの塩茹でも終わっているので、ざるにからげて水をよく切る。それでもまだむかごは残っているので、また水から茹で始め塩茹でむかごの準備をしながらフライパンを手に取る。

 

「バターとにんにくっと」

 

むかごと言うのはそれ単体では芋その物の味だ。芋の種類によってむかごの味は左右されるが、土臭さこそあれど全体的に山菜のような癖も無く食べやすい。どれに似ていると言われると口で説明するのは難しいのだが、自然薯の味に似ていたり、さつまいもほど甘くは無いがほんのりとした甘みもある。そして塩茹でをすれば里芋の味にも似ていると非常に味のバリエーションは豊富で食べた人間によってその感じ方は変わる。しかし共通している点とすれば和風、洋風、中華風、はてはオリーブオイルを使うイタリアンの手法まで使っても大丈夫とそのバリエーションの豊富さと味付けの自由さにある。

 

「よし、こんなもんだな」

 

バターが溶けてにんにくの香りがバターに移り始めた所でむかごを入れて、にんにくバターと絡めながら炒める。火加減は弱火でじっくりと丁寧に炒めるイメージで、むかごのしっかりと火が通ったら皿に出して、仕上げに岩塩をぱらぱらと降る。これでむかごのガーリックバターの完成だ。

 

「ん、美味い」

 

1つ味見をすれば淡白な味のむかごにガツンと来るガーリックバターの風味……飯のおかずにも、酒のアテにもバッチリだ。

 

「ほいっと」

 

油を入れてむかごをカリっとなるまで炒めたら、そこに醤油とみりんを加えて水気が無くなるまで絡めながら炒める。

 

「砂糖も入れるか」

 

ちょいと塩辛いと感じたので砂糖を加えて甘みを加えれば甘辛炒めの完成だ。ちょうどそれくらいの按配で釜戸が音を立て始める。

 

「後は味噌汁とむかごの掻き揚げ……それに魚の塩焼きでも加えるかねえ」

 

むかごご飯にガーリックバターと甘辛炒め、それに里芋の味噌汁に鮭の塩焼きに掻き揚げ、完璧な秋の食卓だなと思いながら、俺は掻き揚げに使う玉葱やにんじんの下拵えを始めるのだった……。

 

 

 

 

 

累達を初めとした子供達の晩御飯を食べさせてからやっと私と響凱の晩御飯の時間になる。別にご飯の時間が遅いから不満と言う訳ではないし、自分の食事よりも子供の方を優先しなければならないと言うのも判っている。

 

「なんか、皆だんだん大きくなるよね」

 

「人間だからな」

 

カワサキさんの人化の術で人間に成れたとしてもそれは一時的な物である。人間のように成長する事は難しく、また元の体格から大きく外れて変化する事も難しいらしい。

 

「寂しいのか?」

 

「んーどうなんだろ」

 

ちっちゃくて可愛かった実弥や玄弥、それに無一郎や有一郎が大きくなってくるのを見ると上手く説明出来ないのだけど……こう胸に穴があいたような……そんな感覚がする。

 

「伊之助もどんどん饒舌になるし」

 

「子供だからな。物覚えがいい時期だ」

 

口調こそ粗暴だけど、伊之助は優しくて良い子だ。人を思いやるという事を忘れないでくれている……強さと優しさを兼ね備えた伊之助は誇らしく、自慢出来る子だ。勿論私だけが育てたわけではない、猪さんや琴葉さんも、皆が伊之助を育てたと言っても良いだろう。

 

「はい、お待たせ。零余子、響凱。夕飯だ」

 

響凱と話をしているとカワサキさんが私達の夕食を持ってきてくれた。んだけど……ちょっと今日の夕食は珍しい物だった。

 

「むかごって、カワサキさん、私の名前も零余子じゃないですか」

 

「旬の物だからな、でもそういうのは気にしないだろ?」

 

そりゃ食材と一緒の名前だからってへそを曲げたりしないけど、ちょっとこのむかご尽くしには苦笑を隠せなかった。

 

「栄養価が高くて、身体にも良いからだろう。カワサキさん、いただきます」

 

響凱が我先に食べ始めてしまったので、私も手を合わせていただきますと言って箸を手に取った。しかし、むかごご飯にむかごと野菜の掻き揚げ、香ばしい香りをただ寄せるにんにく炒め、見るだけで甘辛いと判る炒め煮、そして申し訳ない程度の里芋の味噌汁と川魚の塩焼き――ほんとに見事にむかごで固められている。その中でもにんにく炒めの香りが強く、最初に私達はそれに箸を伸ばした。

 

「んー♪ 美味しいッ!」

 

「確かにこれは美味い」

 

むかごをにんにくで炒めた物はかなり香りが強く、その上味も濃かった。これは牛酪の香りと味だ、塩辛く、そしてにんにくの香りが食欲を誘う。

 

「うん。美味い、完璧だ」

 

「はー美味しい」

 

むかごご飯は少し味が薄いが、これだけしっかりと味がしているにんにく牛酪炒めがあるのなら、米まで味が濃いとくどくなってしまう。ほんのりと香る昆布と醤油の香り――炊き込みご飯と言うには少し味が薄いが、それくらいで丁度いい。

 

「ん、これも美味しいわね、甘辛くて」

 

「いや、これは甘辛いだけではないぞ?」

 

醤油と砂糖で煮られているむかごはそれだけではないと言われて、よく味わっていると響凱が何を言いたいのかが判った。

 

「判った。表面がカリカリしてる」

 

「ああ、多分油で焼いてあるんだろうな。表面と中の食感が違っていて面白い」

 

確かにそう言われると……言われると……。

 

「美味しいで良いんじゃない?」

 

「……まぁそうなんだがな。もっとこう無いのか?」

 

「無い」

 

美味しければそれで良いと思う。この甘辛い味とかご飯のお供には最高だと思うし、響凱が呆れたような顔をしているのを見て、味噌汁を口にする。白味噌の柔らかい味のする味噌汁は凄くほっとする味だ。そして凄くほっとしたからこそ、響凱に言いたい事がある。

 

「私だってそれなりに料理は出来るわよ? でもねえ……判るでしょう?」

 

「すまん、小生が悪かった」

 

「分かればいいのよ」

 

私だって女だから一通り料理は出来る。だけどそれはあくまで田舎娘の料理であって、カワサキさんの料理とは根底から異なっている。食べれれば良い、それが美味しければ尚良いみたいな考えの料理を作っていたのだ。そこまでしっかりとした料理なんて作ろうなんて思ったことも無い。

 

「でもこういうのだったら作れそうな気がするわよね」

 

「確かにな」

 

野菜を千切りにして、むかごと一緒に揚げた掻き揚げ。さくさくとした野菜の食感とほくほくしたむかごの食感が相まって本当にご飯に良く合う。こういう料理なら私でも作れそうな気がする……そんな話をしているとカワサキさんが私達と同じ献立を載せたお盆を手にして、私達の前に腰掛ける。

 

「美味いか? ちょっとむかご尽くし過ぎるかなあとか正直悩んでいたんだけど」

 

「凄く美味しいです。それに私達の事を考えてくれているので、感謝しかないです」

 

「本当ですよ、これで明日も元気です」

 

これだけむかご料理と山芋とかを食べれば明日も元気だと言うとカワサキさんは小さく笑った。

 

「じゃあ伊之助にありがとうって言っておくと良いな」

 

「「伊之助?」」

 

なんでここで伊之助の名前が出てくるのか判らず、思わずそう尋ね返すとカワサキさんはむかごのにんにく牛酪炒めを頬張り美味いなと笑いながら伊之助の名前を出した理由を教えてくれた。

 

「それ伊之助が2人が元気になるようにって言ってとってきたむかご」

 

さらりとカワサキさんに告げられた言葉にぶわっと涙が溢れた。カワサキさんが慌てているけど、その一言は私達の胸を貫いた。

 

「くう……伊之助が良いこすぎる……」

 

「うわぁぁああんッ! 伊之助ぇッ!」

 

「「おひゃほあわりッ!!」」

 

「うん、判った。判ったけどとりあえず泣き止もうか、2人とも」

 

私達の事を考えてくれた伊之助が余りにも尊すぎる。私と響凱の涙腺は完全に崩壊してしまうのだった……。

 

 

 

 

~無限城ひそひそ噂話~

 

※ かまぼこ隊初遭遇時の時間軸。

 

鬼殺隊になり、良い鬼もいるのだと証明する為に旅立った伊之助。先に旅立った実弥、そして家に戻っている頃に鬼殺隊に保護されてしまった無一郎と有一郎の2人に続き伊之助も旅立ったのだが……。

 

「玄弥どこ行きやがったぁ!? 逸れたなあの馬鹿ッ!(伊之助が暴走し玄弥と逸れた)」

 

一緒にいたはずの玄弥とはぐれふらふらと鬼の気配を見つけては切り倒す、見つけては切り倒すをしながら転々としていた。

 

「なんだ、夢か」

 

「やぁ、伊之助。元気そうだねえ、あれ? 玄弥は?」

 

「逸れた」

 

「なにやってるんだい? はぁ、鳴女に頼んで探しておくよ」

 

「頼んだぜ夢ッ!」

 

時折無惨一派の鬼と出会い、医者の鬼を倒し人助けをしながらとある山に足を踏み入れた伊之助。

 

「山は良いな! 元気が出るぜ! お、芋発見ッ! この気配はッ!」

 

非常食を集めながら山を登っていた伊之助だが、鬼の気配を感じ山を高速で駆け上がる。山の中の洋館の2階の窓から血塗れの着物の青年が飛び出してくるのを見て、地面を蹴り空中で受け止める。

 

「おい! 大丈夫か!? しっかりしろ、今手当てをしてやる!」

 

珠世から預かった薬を使い、てきぱきと応急処置を始める伊之助を見て、子供2人を背中に庇っていた炭治郎と善逸が驚きの声を上げた。

 

「え、え!? 猪ッ!?」

 

「ぎゃあああーーッ!? なにあの化け物おッ!!」

 

「うるせえ! 騒いでるなら手当てを手伝いやがれぇ!! おい、馬鹿! 寝るな! 死ぬぞッ!!」

 

「あ、ありがとう、でも私は」

 

「馬鹿野郎! 諦めるんじゃねえ! 死にたくねえって言え! この弱虫があッ! 死んで逃げるな! 生きて戦えッ!!! 死ぬんじゃねえ!!」

 

猪の頭部を模した兜を被っているが、必死に人を助けようとしている伊之助を見て、炭治郎と善逸も手当ての手伝いを始める、これがIFの世界のかまぼこ隊のファーストエンカウントなのだった……。

 

 

 

 

メニュー42 煮卵丼 に続く

 

 

 




次回は平均的ケイデンス様のリクエストで「煮卵」をテーマに色々やって見たいと思います。ラーメンに入れるのが定石ですが、丼にするのも案外乙な物なんですよね。そして伊之助の尊さに2名KOされてますが、優しくて強い伊之助にパワーアップするとこうなる事でしょう。それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

メニュー42 煮卵丼 

メニュー42 煮卵丼 

 

 

鬼になったお袋を元に戻す為に俺は鬼と戦う力を求めた。鬼と言ってもお師匠や無惨さんのような鬼ではない、私利私欲、己の欲望の為に暴れまわるくそったれの鬼共を殺す為、そして俺達のような悲しみを背負う者を減らす為にその力を欲した。

 

「……実弥。私が教えられるのは此処までだ。ここからはお前自身の型を見出すが良い」

 

「……ありがとうございました」

 

お師匠――巌勝さんが教えてくれたのは全集中の呼吸の基礎の基礎、そして刀の握り方や足捌きと言った徹底的に基礎だけを文字通り叩き込んでくれた。そして狛治さんは俺に無手の格闘技を俺に伝授してくれた。

 

「実弥、設定は覚えたな?」

 

「大丈夫です。鬼殺隊を引退した関係者の血縁と言うことですね?」

 

無惨さんの問いかけに俺はそう返事を返した。鬼殺隊は引退する者が多く、俺のような稀血の持ち主に護身としてある程度の技術を教える事はそう珍しい事ではないらしい。無惨さんはそれを利用すると言って、俺にある程度の過去の経歴を準備した。

 

(少し、雑な気もするが……まぁんなもんだろう)

 

余りに詳しい設定があれば怪しまれる。それゆえに雑な部分があり、それは自分で考えろと言われていた。

 

「お前が最終選別を抜ければ私としても行動しやすくなる。まずはお人よしの隊士を探せ、そして正規の育手に弟子入りしろ。それが出来なければ、お前は戻って来い」

 

「はい」

 

俺のこれからは今まで以上に難しい事になるだろう。稀血という事を利用し、鬼を倒していた一般人。それを鬼殺隊に目撃させ、そこから育手の元まで辿り着く、完全な全集中の呼吸は使ってはいけないという誓約等も様々な物が俺を縛り付ける。だがこれを跳ね返す事が出来なければ、俺は鬼殺隊に入る資格はないという事だ。

 

「良いか、天津の手の者に気をつけろ。あいつの人心掌握術は魔性だ。鬼殺隊の中にも敵がいると知れ、お前が望む通りになれば、お前は人の憎悪を向けられる。覚悟は出来ているな?」

 

「はい」

 

俺は鬼殺隊に入ったら鬼になったお袋と共に任務につくつもりだ。鬼の中にも、人に協力出来る鬼がいる。それを知らしめ、本当の倒すべき鬼と言うのを考えさせるつもりだ。

 

「判っているのなら良い。後数日、良く考えて過ごせ」

 

「ありがとうございます」

 

何か手掛かりを見つけるまでは俺は無限城には戻れない。それは覚悟している、そして玄弥達を守る為にも俺は無限城を旅立つ覚悟を既に決めている。今更何を言われても俺の決意は変わらない。

 

「今までご指導ありがとうございました」

 

鬼であれ、この人達は俺達の為に色々としてくれた。例え人で無くとも、その心は人だ。ならば俺は家族を守る為に……鬼殺の刃を振ると心に誓ったのだ。

 

 

 

 

実弥が無限城から旅立つ日が近づいている。それは無限城の全員の元に伝えられており、餞別やおまもりがどんどん実弥の元に届けられている。この思いやりが、優しさが身体は人で無くとも心が人間と言う証のように俺には思えた。

 

「憎しみは目を曇らせるか」

 

鬼と言うだけで殺しに来る隊士もいる。だからこそ俺は思うのだ、この世にある悪とは人の心だ。憎しみや恨みでその瞳を曇らせれば、見るべき真実すら見えなくなる。

 

「頃合か」

 

鍋の中の水が沸騰し、周りがふつふつとしてきた所で常温に戻しておいた卵を先日玉壷に作らせた装置にセットする。

 

「あいつって本当に漁師だったのかな」

 

無限城に住む鬼に料理を提供する為には流石に俺1人では手が足りない。その為には1度の作業で大量に調理を進めれるような調理器具などが必要になる。今回玉壷に作らせたのは1本の鉄棒を芯にして5cm幅ごとに窪みのある円盤が溶接されている道具だ。1つの円盤に卵を10個セットすることが出来、それが5つで50個のゆで卵を作れる装置だ。

 

「……変態が技術を持つとこうなるのか、それとも俺が無茶振りしすぎたか」

 

無惨と鳴女が尽力してくれているが、俺の要望が大正時代には早すぎたのだろうか? そんなことをふと考えながら大鍋の中に醤油、ざらめ、酒、みりんを入れて火に掛ける。

 

「本当なら豚肉も食べて欲しい所なんだがなあ、実弥達はあんまり好きじゃないし」

 

動物性たんぱく質は必須なのだが、やはり年代ということもあるのか余り、肉と言うのは実弥達に反応が良くない。これがトンカツとか、親子丼にすると喜ぶのだが、チャーシューは脂っぽいのが気になるのかあんまり食べてくれない。煮汁を1度煮立たせ、アルコールが飛んだところで火を止めて、タコ糸の準備をする。

 

「難しい所だよな」

 

無惨達はチャーシュー丼とか言い出すと思うので豚肉をタコ糸で縛り、数枚だけでも食べさせるかと思いながら煮る準備を整える。

 

「よっと」

 

7分ほど茹でた所でゆで卵を取り出して、冷水で冷やしながら手早く殻を剥いたら煮汁の中に、これをずっと繰り返し煮卵は冷蔵庫に、チャーシューは煮汁で弱火で暫く煮詰めて豚肉に火が通ったら火を止めて味を馴染ませる。

 

 

~5時間後~

 

「お、よしよし」

 

累達とかの遊びに混じったり、収穫の手伝いをしたりして味が馴染むまで待った煮卵を半分に割る。黄身は半熟で卵にしっかり色が付いている。我ながら完璧な仕上がりだと頷いていると珠世が駆け込んできた。

 

「すみません、カワサキさん! 何か食べる物をッ!」

 

「まさか誰か起きたのか!?」

 

保護している鬼になった誰かが起きたのは明らかだった。人を食う前に、人以外の物を食べさせなければ完全に人食いになってしまう。珠世の慌てっぷりからそれが一目で判った!

 

「それ貰いますね!」

 

「それ煮卵ぉッ!!!!」

 

肉以外の物を食べさせたこと無いんだが……煮卵を抱えて猛ダッシュする珠世の後を追って、俺も医務室に駆け込んだ。

 

「もぐもぐ(ぱぁぁああああ)」

 

「大丈夫そうですね、肉じゃなくても大丈夫かもしれません」

 

「マジか……」

 

小柄な女性が煮卵を食べて穏やかに笑うことにも驚いたが、その女性を見て驚いた。鬼になって眠っている中で1番起きると思っていなかった人物だったからだ。

 

「母の執念かね……」

 

煮卵を食べて笑う女性……実弥達の実母である不死川志津がこのタイミングで起きたのは何かの運命のように俺には思えたのだった……。

 

 

 

 

明日無限城を出ると言う兄ちゃん。正直言って、行って欲しくなんかなかった。勿論それは俺だけじゃない、寿美、貞子、こと、就也、弘も同じだった。

 

「大丈夫だ。兄ちゃんは絶対に死なないし、ちゃんと帰ってくる」

 

何度も何度も話し合った。無理に兄ちゃんが鬼と戦うことはないと何度も言った。だけど兄ちゃんはお世話になった巌勝さん達の為にも鬼殺達に入ると言う意見を曲げてくれなかった。

 

「玄弥。皆を頼むぞ、お前なら大丈夫だ」

 

「……兄ちゃん」

 

寿美達を守ってやってくれと言われれば、嫌だと言える訳が無く俺は頷いてしまった。

 

「今日は煮卵丼だ、どんどんおかわりしてくれよ」

 

カワサキさんが作ってくれた丼をおぼんに乗せて兄ちゃん達の元へ向かう。

 

「実弥兄ちゃん。これ」

 

「おお、ありがとな、大事にするぜ」

 

「わたしはこれ」

 

「ありがとよ。貞子」

 

「けがしないでね」

 

「約束だ。ちゃんと元気で無事に帰ってくるぜ」

 

「兄ちゃんは強いから! 絶対負けないって信じてる」

 

「おうさ! お前達の兄ちゃんは最強なんだ! 絶対に負けないさ」

 

「……気をつけてね、ちゃんと帰ってきてね?」

 

「約束だ。絶対に帰ってくるさ」

 

寿美達と別れの言葉と餞別を受け取っている兄ちゃんは今日の深夜に無限城を出る。それを見送れるのは俺だけだから、ぐっと涙を堪えて机の上に丼を並べる。

 

「ほら、ご飯だ。しっかり食べような!」

 

「悪いな、玄弥」

 

「良いって、兄ちゃんもしっかり食べてくれよ」

 

ご飯の上に刻まれた海苔とネギ、そしてその上薄く切られた煮卵と白いまよねーずとか言う酸っぱいけど、美味しいタレがたっぷりを掛けられて、煮卵の汁が掛けられた煮卵丼は俺たちも大好きな献立の1つだ。

 

「手を合わせて、いただきます」

 

「「「「「「いただきます」」」」」」

 

兄ちゃんの合図で手を合わせて、ご飯を作ってくれたカワサキさんに感謝しながらいただきますと口にして丼を持ち上げる。

 

「うん、やっぱり美味いな、これは最高だ」

 

「おいしー♪」

 

「私もこれ大好きッ!」

 

甘辛く食欲をそそる味だ。これは俺を含めてみんな大好きな味だ。

 

(このまよねーずが美味いんだよなぁ)

 

最初は正直大丈夫か? と不安に思った。だけどこの酸っぱくて、深みのある味は何か癖になる。

 

「あむう♪」

 

「んんー♪」

 

半熟卵の黄身とマヨネーズを混ぜて食べたことと弘が凄く幸せそうな顔で笑う。だけどこれが本当に良く合うんだ。

 

「1人2枚な、あんまり好きじゃないと思うけど肉も食っとけ」

 

カワサキさんが差し出してきたのは薄く切られた豚肉を煮た物だった。俺は結構これが好きなんだけど、兄ちゃん達は少し渋い顔をしている。だから率先して皿から取って頬張る。

 

「んーとろとろで美味いぞ! 食わないなら俺が全部食っちゃうぞ?」

 

俺がそう言うと寿美達も薄く切られた豚肉を箸で取って頬張った。

 

「わ、美味しい」

 

「前と全然違う」

 

「これなら私もすきー♪」

 

前はもっとこう脂っぽくて思いっきり肉って感じだった。でもこれはほろほろと崩れて、肉を食っているのに変なたとえだと思うけど、魚の煮つけみたいな感じで凄く食べやすい味だった。それに箸で少し突くだけで崩れるのでご飯と混ぜ込んで食べても美味かった。

 

「こういうのなら食いやすくて良いな」

 

「うん、凄く美味しい」

 

肉も良く考えて食べないと身体に良くないと言われても、やっぱり食べにくい肉って言うのはある。こう硬くて、ゴリゴリしている肉もあって、そういう肉はやっぱり俺でもあんまり好きではない。だけどこの肉は美味い、少しだけある脂身の部分は口の中で蕩けるようで、甘辛いタレとまよねーずと一緒に食べるとその旨みがぐっと強くなる感じがする。

 

「おかわり食べても良い?」

 

「ああ。良いぞ、カワサキさんに少しだけ用意して貰おうか」

 

「うん♪」

 

好きな煮卵丼という事で皆食欲旺盛だ。不安そうにおかわりしていい? と言う貞子の頭を撫でて立ち上がる。

 

「俺が行こうか?」

 

「良いって、それより兄ちゃんも食べるだろ? 丼くれよ」

 

「おう」

 

兄ちゃんの丼を預かり、カワサキさんの所に向かう。

 

「えっと俺と兄ちゃんはさっきと同じ位で寿美達の分はさっきの半分くらいで」

 

「おう、了解了解」

 

俺の話を聞いて、手早く丼の用意をしてくれたカワサキさんにお礼を言って兄ちゃんの所に戻ろうとすると、カワサキさんが小さく俺に向かって呟いた。

 

「玄弥。今日の夜、実弥の見送りに来るだろう? その時ちょっと覚悟をしておいてくれ」

 

覚悟? その言葉の意味はその時の俺には判らなかった。兄ちゃんが戻って来ないかもしれないという事だと思った。だけど、それは全く別物だった。

 

「……」

 

そこで待っていたのは黒い着物を着た、真紅の瞳をし、口に手ぬぐいを巻いた小柄な女性だった。それが誰かなんて、俺達には一目で判った。

 

「お袋」

 

「母ちゃん」

 

兄ちゃんの出立の時にカワサキさんと珠世さんが連れて来たのは間違いなく母ちゃんだった。

 

「まだ喋れるほど回復しておりませんが、目を覚ましました。ですが……本当の鬼になっていないかと言う確証はありません」

 

本当の鬼、巌勝さん達とは違う人間の血肉を喰らう悪鬼ということは明らかだった。

 

「最悪の場合は取り押さえる。それだけは覚悟してくれ」

 

俺達の母ちゃんなのか、それとも鬼なのか……確かにこれは寿美達に同席させる訳には行かないと言うのも納得だった。俺も兄ちゃんも緊張していると母ちゃんはゆっくりと歩いてきて、俺と兄ちゃんを抱き締めて涙を流した。その力は弱く、本当に母ちゃんだというのが判った。その小さな背中の腕を回して、兄ちゃんと俺で母ちゃんを抱き締める。

 

「お袋、行ってくる。お袋を元に戻す為に、俺は戦ってくるぜ」

 

「……」

 

涙を流しながら無言で頷く母ちゃんは兄ちゃんの頭を撫でて、その目から流れる涙をその指で拭った。暫くそのまま抱き締めあっていると、兄ちゃんが名残惜しそうに母ちゃんの背中に回していた手を放し、ゆっくりと俺達の前から離れた。

 

「大丈夫だ。もう泣かない、玄弥。お袋と皆を頼むぜ」

 

「う、うん! 大丈夫ッ! 兄ちゃんも気をつけて」

 

「無理するなよ、実弥」

 

「気をつけて、皆貴方を待ってます」

 

兄ちゃんは俺達の激励の言葉に頷き、拳を高く上げると振り返らずに走って行った。

 

「……」

 

「大丈夫。俺達の兄ちゃんは強いから、絶対に大丈夫さ」

 

心配そうに俺の手を握る母ちゃんの手を握り返し、溢れる涙を拭って兄ちゃんの姿が見えなくなるまでその場を動かず、兄ちゃんの背中を見つめ続けるのだった……。

 

 

 

メニュー43 コロッケへ続く

 





今回はシリアスな話だったのでひそひそは無しです。前回と合わせると、過去の話になりますね。炭治郎より前に鬼連れ隊士ルートの風柱です。そのうち鬼殺隊とかの話もすこしずつ増やして行きたいですね。それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします。

それと諸事情によりアンケートを実地しておりますのでよろしければご意見宜しくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

メニュー43 コロッケ

メニュー43 コロッケ

 

藤の家と万世極楽教――鬼の被害が出た場所には大概ある建物だ。藤の家は鬼殺隊の隊士を優先し、万世極楽教は怪我人やその集落に住む者を優先する……正直その村に住んでいる者からすれば藤の花の家紋を掲げた豪華な屋敷に住み、滅多に顔を見せない連中よりも、相談に乗ってくれ、力仕事を協力してくれる万世極楽教の支部の方が信頼度が高いのは判る。でもだからと言って屋敷ぶっ壊すことはねえだろうよぉ……俺は藤の家の家紋の残骸が僅かに残った廃墟を前にして頭を抱えた。

 

「ははははッ! 困ったな! 宇髄ッ!」

 

「笑ってる場合じゃねえよ、煉獄!」

 

俺様音柱宇髄天元と炎柱煉獄杏寿郎の鬼殺隊の最大戦力である柱を2人を投入しなければならない程の強力な鬼の目撃情報があるって言うのに、安全に休める拠点もないとか洒落にならない。

 

「何、この集落には万世極楽教の支部がある。そこで宿を借りるとしよう!」

 

「おいおい、マジで言ってるのか? つうか泊めてくれるのか?」

 

「俺は結構泊まっているぞ!」

 

手当てを受けた経験は俺もあるが、まさか宿まで借りているとは思ってもみなかった。歩いて行ってしまう煉獄と廃墟同然の藤の家の跡地を交互に見て、俺は頭を掻いて煉獄の後を追って歩き出した。

 

「申し訳ない! 宿を貸してくれまいかッ!!」

 

「うるせえよ! 扉を叩け扉をッ!」

 

扉の外から大声で叫ぶからあちこちから村人が顔を見せている。俺達の格好を見てひそひそ話をしているので幾ら俺様でも気まずいなんて物じゃない。そんな大声じゃなく、扉を叩いて……。

 

「はい、どちら……天元?」

 

扉を開けて顔を見せた女を見て俺は目を見開いた。以前任務に出た時まきを達が見たと言う死んだ筈の姉――それが目の前に現れ、流石の俺様も何も言えず目を見開いて硬直した。

 

「なんだ宇髄。知り合いか?」

 

「あ、いや、その……」

 

他人の空似なのか、だが目の前の女は――幽幻姉さんは天元と俺の名を呼んだ。俺が混乱しきっていると幽玄姉さんは小さく溜め息を吐いた。

 

「天元の姉の幽玄と申します。とりあえず、話は中で窺いましょう」

 

目立つから万世極楽教の中に入れと言う幽玄姉さんに頷き、俺と煉獄が万世極楽教の中に足を踏み入れるのだった……。

 

 

 

 

よもやよもや、藤の家が破壊されていたので万世極楽教に宿を借りに来ればまさか宇髄の姉がいるとは驚きだ。

 

「しかし、姉がいるのなら教えてくれれば良かったではないか、それならばもっと楽に宿を借りれたぞ!」

 

かなりの重鎮のように見えたので、最初から教えてくれればよかったと言うと宇髄は搾り出すように口を開いた。

 

「幽玄姉さんは何年も前に死んでる筈なんだよ」

 

死んだ筈の人間と聞いて眉を動かしかけ首を振った。

 

「太陽の光を浴びていたではないか、鬼ではないぞ?」

 

「ああ。それは俺も見た……他人の空似とも思ったが、姉と名乗ったし、素振りも同じ。幽玄姉さんなのは間違いないと思うんだが……」

 

「確証が得られないと」

 

鬼なのか、血鬼術で姉の記憶と姿を持たされた別人なのか……その判断が付かないと言うことだろう。

 

「失礼します」

 

襖の外から声を掛けられ、返事を返すと幽玄と言う女が姿を見せる。普段冷静な宇髄の目が泳いでいるのを見て、それを背中で庇いながら前に出る。

 

「本日は宿を貸していただき感謝する!」

 

「いえいえ、お気になさらず。カワサキさんから聞いておりますので」

 

幽玄の口から出たカワサキ殿の名前に俺は目を見開いた。その言葉が何を意味するか、そして万世極楽教が何なんのかその一言で判ってしまった。

 

「そうかそうか! カワサキ殿はお元気ですか?」

 

「ええ、とても元気ですよ。かってにあっちをふらふら、こっちをふらふらとして食材や珍しい料理を調べたり、落ち着きがないお方です」

 

母上の病を治してくれた鬼の仲間――しかし俺達が戦う鬼とは違う、お館様の言う黒い月を背負った鬼達の1人。カワサキ殿の名前が出た段階で、恐らく黒月の鬼達の根城がこの万世極楽教なのだと俺は悟った。

 

「なんだ。煉獄、お前も万世極楽教に知り合いでもいるのか?」

 

「ああ! 万世極楽教で食事療法をやられている人だ! 俺の母上の病を治してくれた人でな! 数ヶ月に1回ほどだが父上を尋ねてくる人だ!」

 

もしもここに黒月の鬼がいるとすれば強力な鬼がいると言うのも真実味を帯びてくる。これは一層気を引き締めなければならないな……。

 

「幽玄姉さんもか?」

 

「ええ。毒を打たれ、川に捨てられた所を拾われまして、万世極楽教で治療を受けていました。元気そうでなによりです、天元」

 

俺の口から医者の類と聞いた宇髄は自身の姉もカワサキ殿に救われたのだと判り、肩に入っていた力が抜けた様子だった。

 

「生きてるなら教えてくれよ……。ほかにも誰かいるのか?」

 

「虎朗が別の支部にいますよ」

 

どうやらまだほかの家族も生きているようで、宇髄の顔が明るくなった。

 

「では俺は風呂に入って来よう! ゆっくり話をしていると良い!」

 

家族の再会を邪魔するほど俺は野暮ではないつもりなので手ぬぐいと着替えを手に部屋を出る。風呂の場所は適当に誰かに聞けば良いだろうと思い歩いていると、予想外の人物に遭遇した。

 

「杏寿郎? 何故ここにいる?」

 

カワサキ殿の護衛としてついて来る事の多い狛治にばったりと鉢合わせた。

 

「藤の家が破壊されていてな! 宿を借りているのだ! 狛治がいるという事は……」

 

「いるぞ、桁違いの鬼がな。気をつけろよ」

 

「うむ! 助言感謝する。それと悪いんだが風呂はどこだ!」

 

俺の肩を叩いて通り過ぎようとした狛治の肩を背後から掴んで止めてそう尋ねる。

 

「……こっちだ」

 

「すまない!」

 

呆れた顔をしながらも俺を風呂に案内してくれた狛治に感謝しながら、俺は湯船にどっぷりと浸かった。暖かく心地よい温度の筈なのに手が震えた。武者震いと言えたら良かったのだが、恐らくこれは恐怖による物だろう。

 

「心を燃やせッ! 煉獄杏寿郎!」

 

父上から譲り受けた羽織と炎柱の名、そして父上の日輪刀を溶かして作った俺の日輪刀――姿は無くとも父上はずっと俺と共にいる。恐れも恐怖も抱く必要はない、心を燃やし、魂を燃やせば何も恐れることはないのだから……。

 

 

 

 

幽玄姉さんと虎朗が生きていると判っただけでも俺は嬉しかった。しかもクソ親父の呪縛もないとなれば、今度こそ家族で暮らすというのも夢ではないと思いはしたが、俺は鬼殺隊の柱、そして幽玄姉さんと虎朗は万世極楽教とカワサキと言う男に恩があるのでそれを返すまで俺の提案を受け入れる事はないだろう。

 

(ならまず俺がやるべき事は1つだな!)

 

今まで犯してきた罪を償い、大手を振って日の下を歩く……その為に鬼殺隊にいたが、新しい目標が俺にも出来た。きっとまきを達も幽玄姉さんが万世極楽教で生きていたと聞けば喜ぶこと間違いなしだ。だからまずは鬼を倒すための腹ごしらえと思っていたのだが……

 

「……なんだこれ」

 

「コロッケとコーンスープとサラダとムニエル」

 

用意された夕食は全部洋食だった。なんか、こう想像してたのと違いすぎる。なんでレストランで出て来そうな高級料理をぽんぽんと出してくるのかと驚いた。

 

「カワサキさんが料理人って言ったでしょう? 海外の料理にも詳しいのよ」

 

そうだったとしてもこの場にいないなら、それを教えているわけでカワサキ本人はどれだけ料理が上手いんだと正直困惑した。

 

「美味いッ!」

 

迷う事無く口に運んでいる煉獄の図太さにも少し驚いたが、柱もおいそれと食えない料理だ。俺も味わってみるとするかと思い匙を手に取り平皿に盛られている汁を掬って口にする。

 

「派手にうめえ……なんだこれッ!?」

 

甘い……俺の知る餡子や果物の甘さではない、とうもろこしの甘さだけを凝縮したような甘みと旨みが1つになった汁に目を見開いた。金色と言う色も俺好みの派手さだ。だが口にすれば繊細で複雑な旨みが口の中いっぱいに広がった。なら次はとムニエルと言う魚を焼いたものを口にしてまた驚いた。

 

「牛酪かッ!」

 

「そうよ。小麦粉をつけて、牛酪で焼いた料理よ」

 

牛酪をかなり使わないとこの濃厚な旨みは出ないだろう。しかも秋鮭の濃厚な旨みと牛酪の濃い味が食欲を刺激する。山盛りの白米が盛られた丼を抱えて、米を勢いよく掻きこむ。

 

「おかわりを!」

 

「はい、判りました」

 

「俺も!」

 

煉獄に続いて、俺もおかわりを頼む。飯が盛られる間に主菜であろう平らな物を箸で切ってみる、湯気が上がってふわりとした香りが鼻をくすぐる。

 

(芋か?)

 

見たい感じは潰した芋に混ぜ物をした感じだ。黒いタレに漬けて口に運んだ。

 

「美味い!」

 

「なんだなんだ地味な見た目の割にうめえじゃねえかッ!」

 

サクリとした香ばしい衣に、潰した事で舐めらかな食感になった芋、そして潰した芋の中に混ざられた挽肉と野菜の甘みが酸味を帯びたタレのお蔭でめちゃくちゃ美味くなっている。

 

「おかわりですよ」

 

幽玄姉さんの差し出してくれた丼を受け取り、コロッケとムニエルを交互に口に運び米を食う。時々コーンスープの甘い味を楽しめば食欲がどんどん増してくる。

 

「コーンスープとコロッケおかわりしますか?」

 

幽玄姉さんの問いかけに勿論と返事を返し、満腹になるまで食事を楽しんだ。

 

「……宇髄」

 

「ああ」

 

そして日付が変わる頃に凄まじい轟音と鬼の音が周囲に響いたのを感じ取り、俺も煉獄も跳ね起きて隊服に身を包み日輪刀を握り締める。

 

「煉獄殿、天元。気をつけて」

 

誰にも言わずに出立しようとしたのだが、幽玄姉さんがどこから現れ切り火をしてくれる。

 

「ありがとう、行ってくる!」

 

「行ってくるぜ幽玄姉さん!」

 

何も言わなかったが幽玄姉さんは俺達が戦いに出るのを知っていたのだろう。そうでなければ、切り火なんかしてくれるわけが無いからだ。それに武器を手にしているのだってきっと屋敷に入る前に知っていただろう。

 

「近いぞ、しかもなんだもう誰か戦ってる?」

 

戦闘音が聞こえる、一体誰が……鬼殺隊ではない筈だが……となると。

 

「まさか黒月の鬼か? 本当にいたのか?」

 

黒い月を背負う鬼は人食い鬼を殺す鬼と言う話は聞いた。だがまさか本当に存在するなんて思ってなかった。

 

「黒月の鬼はいるぞ。俺は何回か見たことがある」

 

「なっ!? お館様は知ってるのか!?」

 

「勿論知っているし、報告もしている! それよりも行くぞッ! 相当な大物だ!」

 

地面を蹴り駆けて行く煉獄、幽玄姉さんは生きてるし、黒月の鬼もいる。

 

「ったく今日はずいぶんと派手な一日だッ!!」

 

背中に背負った2本の日輪刀を抜き、俺も戦いの中に身を投じるのだった……。

 

この日の戦いの後、炎柱、音柱の連名によって黒月の鬼の存在が証明され、人の味方となる鬼がいると言う事が正式に鬼殺隊に伝達される事となるのだった……。

 

 

 

メニュー44 ユッケビビンバ丼へ続く

 

 




今回は短めの話となりましたが、鬼殺隊を絡めるとこんな感じかなあと思います。次回は無限城で玉壷が鬼になる回ですね。それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

メニュー44 ユッケビビンバ丼

メニュー44 ユッケビビンバ丼

 

これは夢だ……眠っているのに私はそう確信していた。鬼になる前、田舎ではあるが決して貧しくはない漁村――それが私の生まれ故郷であった。村はずれの小さな漁師小屋――と呼ぶにもみすぼらしいボロボロの小屋。その中心に座り込む着物姿の壮年の男性は一心不乱に泥を捏ね、轆轤を回し続けていた。

 

「……まずまず」

 

作り上げた平皿を乾燥させる為に立ち上がった所で小屋の外から投げ入れられた石が当たり皿が潰れる。

 

「いい加減に出て行け! このうつけ!」

 

「馬鹿が! 気味が悪いんだよッ!!」

 

「やかましいッ!!!」

 

外から響く罵倒に額に青筋を浮かべ、鉈を手にして飛び出すと石を投げ込んでいた漁師達が慌てて駆けて行き、その姿を見て着物の男性――人間時代の玉壺は小さく溜め息を吐き、小屋の内側に置かれていた篭を背負い冷たい北風の吹く浜辺へと足を向ける。

 

「……むごいことをする」

 

田舎の小さな漁村ではあるが決して貧しくはない。一年を通して漁業で生計を立てる事が出来ていたが、その反面売れない魚に対する扱いは酷く、食べもしない、売りもしないのに魚を取る者もいる。そうして打ち上げられた、あるいは捨てられた魚を籠の中に拾っては入れ、拾っては入れと繰り返し、岬へと歩いていく。

 

「水神様よ、どうか罪深き村人をお許しくだされ」

 

乾き、腐り異臭を放つ魚を魚塚に埋葬し、漁師の安全を守ってくれる水神様への捧げ物と祈りを欠かさない。

 

「■■■よ。最早、この岬にお祈りに来るのはお前だけになってしまったな」

 

「村長……ええ、そうですな」

 

人間の時の名前を呼ばれたが、その名前は私には届かなかった。見ているだけ、そこに私はおらず過去の巻き戻しを見ているだけに等しい。

 

「村は変わった。すまぬな」

 

「何、私も悪いのですよ。この歳になるまで妻をとる事はありませんでしたからな!」

 

はっはっはと笑う人間の時の私、本当にその通りだ。婚姻の話はあれど、それを受け入れなかったのは私自身の責任。自分の血筋がここで途絶えることを良しとしたのだ。先祖、そして父と母には申し訳ないが、これがきっと何よりも正しい選択だったのだ。

 

「本当にすまぬ」

 

「はっはっは、構いませんよ。私はこれで丁度良いのです」

 

豊かさは村人から信心を奪い去り、神社を廃れさせ、水神様を敬う私を追い出そうとした。これもまた時代の移り変わりとして受け入れるしかなかった。

 

「私が死ぬまで神社が残ってくださればいいのですがね」

 

「……罰当たり者どもだけで、ワシは辛い」

 

どれだけ手を加え、直しても壊される神社。それでも直し続けていたが、それも限界が来る。水神様などいない、自分達だけで生きていける……そう考える若者がいるのも仕方のないことなのかもしれない。

 

「……嵐が来そうですな」

 

「うむ。そうじゃな、■■■よ。お主も早いうちに帰ると良いぞ」

 

村長の言葉を聞きながら人間の時の私は水神様の社の修理を続け……そして日が落ちて、夜の帳に辺りが包まれた頃合、地響きと雷、そして凄まじい豪雨……海から顔を見せた巨大な蛇……。

 

「水神様!?」

 

それが鬼であり、医者の鬼の中でも強力な1体であると言う事は当然知らないし、村人を狩る鎧武者にも驚いた。それが全て水神様の怒りを買った結果だとその時は思った……。水神様に謝り、鎧武者に許しを請い、そして嘲笑われ切り裂かれ冷たい海へと飛び込んで逃げおせた……。

 

「痛いですなあ……」

 

目を覚まし無意識に足を撫でる。斬られた痛みも、壊死しかけた痛みも覚えている。ゆっくりと立ち上がり作務衣へ袖を通し食堂に足を向ける。

 

「カワサキ様、朝からで申し訳ない。魚のユッケを作ってくださらんか?」

 

「……OK、判った。でも少し時間が掛かるぞ?」

 

「待っておりますので大丈夫です」

 

私が無限城に拾われた時、魚で作ってくださったユッケ丼。あの夢を見ると、どうしてもこれが食べたくなる……皆が朝食を食べ終え、食堂を出て行く姿を見ながら、私はお茶を時々啜りながら料理が出来るのを待つのだった……。

 

 

 

 

ボウルの中に醤油、砂糖、すりおろしたにんにく、コチジャンを加えて酒を加えタレを伸ばす。一通り混ざったらすり胡麻を加え、タレを2つに分ける。その後に冷蔵庫からマグロの柵を取り出し、まな板の上に乗せる。

 

「半分くらいで十分だろう」

 

半分は刺身にしてツケダレの中に入れて揉みこんで冷蔵庫へ入れる。残りの半分は細切りにしてタレの中に入れ、同じ様に冷蔵庫の中に入れる。

 

「うし、次っと」

 

ほうれん草は4cm幅で切って、もやしと共に沸騰したお湯の中に入れて茹で上げる。もやしとほうれん草をゆでている間に大根と人参を千切りにし、ぎゅっと握り締めて水気を切ったら塩を振り、しんなりするまで放置。その間に茹で上がったほうれん草ともやしも粗熱が取れるまで冷ましておいて、冷えるまでの間にご飯を盛り付けることにする。

 

「丼はっと……」

 

少し大きめの丼を用意し、炊き立てのご飯を盛り付ける。平たく、広くするイメージで広げる。ご飯の用意が出来たらもやし、ほうれん草、大根、人参を1つのボウルの中に入れて、ごま油と塩で和えてご飯の上に盛り付ける。

 

「よしよし」

 

彩りを与える事を忘れずに、もやしの両隣に人参とほうれん草、もやしの真向かいに大根の千切りを並べる。そしてその上にタレに付け込んでおいたマグロの刺身を乗せる。丼の縁から中心に行くように並べ、真ん中を空けておく。

 

「仕上げっと」

 

開いている部分に細切りにしたマグロ、そしてその上に鶉の卵の黄身と刻んだ海苔を散し、味噌汁と漬物と共に玉壺の元へ持っていく。

 

「お待たせ」

 

「申し訳ない、ありがとうございます」

 

普段と比べて元気のない玉壺に今度時間があったら釣りに行こうと声を掛け、俺は厨房へと引き返すのだった。

 

 

 

マグロのユッケビビンバ丼……田舎漁師が初めて食べて感動した最初の料理である。たまに、特に悪夢を見た時はこれが食べたくてしょうがなくなる。

 

「いただきます」

 

箸を手に取りいただきますと口にしてからお盆の上のタレが入っている小瓶を手に取り、それを丼の上に回し掛ける。赤いこのタレはピリっと辛いのだが、辛いだけではなく旨みも強く癖になる味だ。

 

「……美味い」

 

米を食べる前にマグロの刺身を1枚口に運び美味いと呟く、熟成された事で旨みが強くなり、マグロの独特な風味を打ち消してくれる薬味と辛味によってマグロがとても食べやすくなっている。次は大根の千切りを頬張る、しゃきしゃきとした歯応えとごま油の風味が食欲を誘う。

 

「おっと、駄目だ駄目だ」

 

丼を持ち上げて食べたくなるが、ここはぐっと我慢しマグロの刺身とごま油で和えられた野菜で炊き立ての米を少しずつ削りながら、口に運んだ。

 

「しかし、本当に美味い」

 

ピリッと辛くほんのりと甘みもあり、白ゴマの風味も効いていて食欲が出てくる。ゆっくりと食べていても野菜が米と具材の間に挟まれているので米の熱が刺身に伝わらず、刺身が焼ける事もない。

 

(よし、そろそろだな)

 

マグロの細切りの上に乗せられていた黄身を崩し、タレと混ぜ合わせる。よく絡んだのを確認してからぐっと我慢していた丼を持ち上げる。

 

「美味い! 本当に辛い!」

 

脂の乗っているマグロ、甘辛いタレに卵の黄身が絡みより味わい深くなる。細切りのマグロはねっとりとしていて、納豆とは違うが刺身とまた違った旨みと味わいを楽しませてくれる。

 

「ズズウ」

 

1度味噌汁を啜り、口の中をさっぱりとさせ丼の縁に口をつけて、丼の中を口の中に掻き込む。

 

(これだ、これが今の私には必要なんだ)

 

平和と穏やかな時間は決して嫌いではない、だがその平和な時間に飲まれすぎても私は駄目なのだ。

 

(忘れるな)

 

忘れてはならない、あの惨劇を、あの悲劇を決して忘れてはいけないのだ。記憶は磨耗し、心を守る為に辛い記憶は忘れたほうが幸せだ。忘却は時に救いになる、だが……その救いを求めぬ人種もいる。

 

「……もぐ」

 

炊きたての米によって辛さとマグロの旨みが際立つ。その味を楽しみながら私は思う、魚とは言え喰いもしない、売りもしないでただ獲り、砂浜に捨てるような扱いを繰り返していた村の住人も悪い。天罰と言えば、それはきっと天罰なのだ。捕えるのならば、捕獲するのならば命を貰うという行いに対しての感謝を忘れてはいけないのだ。

 

「……ご馳走様でした」

 

食べ終えてお盆を手にして立ち上がる。食べれること、食事が出来る事に感謝し、自分の糧になってくれたものに心からの感謝を……だが、だからこそ私は思うのだ。

 

「いい面構えをしているな、玉壺」

 

「無惨様。暫くは物づくりの程を休ませていただきたいのです」

 

「良いぞ、許可する」

 

「ありがとうございます」

 

喰い散らかすだけ喰い散らかし、遊び半分で亡骸を弄ぶ鬼を私は許さない。無惨様の許可を得、そして過去の夢を見たことで私の闘志ははち切れんばかりに高ぶっていた。

 

「ええ……なにあれ?」

 

「なんだ見たことないのか? 玉壺は切れると凄いぞ」

 

「いや、凄いって言うか上半身の服千切れてるんだけど」

 

「それはあれだ。うん、謎だ」

 

玉壺激怒モードを初めて見た鬼達は玉壺は絶対に怒らせないようにしようとその心に誓う。そしてその姿をしる巌勝達は暫くの間鬼退治が楽になるなと思い、パトロールの順路の変更や鬼の目撃情報が多発している地区の詳細を鳴女に聞きに行く為にその場を後にするのだった……。

 

 

メニュー45 フライドチキンへ続く

 

 

 




玉壷が戦闘モードオンこうなると暫くデストロイヤーモードです。やばいって一目で判る感じですね、次回は下弦の誰かを出していこうと思います。それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

鬼殺隊
メニュー0


森の中に倒れこんでいるコックスーツ姿の黄色の異形は口に入っている葉っぱを吐き出しながら立ち上がる。

 

「どこだ……いや、もう0時は過ぎてるよな?なんでまだゲームの中なんだ?」

 

DMMOーRPG「ユグドラシル」をプレイしたはずの男……ゲームの中でもっとも不憫と言われるジョブ「クックマン」でプレイしていた「川崎雄二」。ゲームの終了日にギルドマスター会いに訪れた筈なのに、気が付いたら森の中にいた。

 

「ぺっぺ……苦い……苦い?」

 

ゲームなのに味がする。その事に驚きながらゆっくりと立ち上がり、手足を確認すればゲームの中の己の身体。そして空を見上げれば、澄んだ星空……。

 

「新しいゲームって訳じゃないな……ううーむ」

 

何で自分が森の中にいるのか、そしてここがどこなのかも判らない。だから情報を集める為に、カワサキは薄暗い森の中を歩き出した。

 

「色々判ったなあ」

 

夜間を通し森の中を歩き回ったカワサキが得たのは、まるで時代劇のような古い家屋、そして着物姿の住人。新しいゲーム……なんて事はカワサキは考えていなかったが、自分がどうなっているのかはまるで理解出来ていなかった。

 

「タイムスリップ、世界線を超えた……訳わかんね」

 

とりあえずどうなっているのかなんてことはまるで判らず、そしてクックマンの姿で歩き回れば化け物として扱われると判断したカワサキは人化の指輪を装備し、人の姿となって森の中でキャンプの準備をしていた。

 

「アイテムボックスは使える、スキルも健在。ますます訳がわからない」

 

ゲームの中で出来た事が全て出来るが、ログアウトも出来ない。そしてGMコールも使えない、それはカワサキをますます混乱させていた。

 

「まぁとりあえずは飯だな。飯、人間飯を食ってれば何とかなるさ」

 

生きたければ飯を食え。何が起きているのか判らなくても、どうすればいいのかと困惑していても飯を食べていれば何とかなる。カワサキはそう呟きながら夕食の支度を始めるのだった……。

 

 

 

 

滅の羽織を着た鮮やかな金髪をした男が森の中を駆ける。男の名は「煉獄槇寿郎」、人を貪り喰らう鬼を倒す組織「鬼滅隊」の最高戦力である柱。その中で炎柱と呼ばれたその男は森の中を駆け続け、そして力尽きたように膝を突いた。

 

「はっ……はっ……ぐっ……」

 

膝を突いた槇寿郎の着物は己から流れ出る血で真紅に染まっていた。

 

「ふ、不覚……」

 

鬼が出ると噂の山に来た槇寿郎は確かに鬼を切った。だがその鬼は異能の鬼と呼ばれ、人を何人も食い殺し特殊な力に目覚めた鬼だった。頸を切られた鬼は信じられない事に眼球だけを打ち出し、血の匂いに誘われた熊へと寄生し槇寿郎へと襲い掛かった。頸を切られている事もあり、鬼に操られた熊は鬼もろとも死んだが、熊の爪に引き裂かれた槇寿郎は重症を負っていた。

 

「藤の家……まで持たぬか……」

 

人間が鬼と戦うための術、呼吸法で止血してここまで駆けて来たが山の麓まではまだ遠い、薄れ行く意識の中死を覚悟した槇寿郎の前の茂みが揺れる。鬼かと震える手で刀を抜こうとした槇寿郎だが……

 

「こっちから声が……おい!?あんた大丈夫かッ!?」

 

茂みから現れたのは動物でも、鬼でもなく白い服を身に纏った人間の姿。鬼ではなかったと言う事に緊張の糸が切れ、槇寿郎の意識は闇に沈んだ。

 

「うっ……くっ」

 

目を覚ました槇寿郎は自分が手当てされている事に気づき、顔を歪めながら上半身を起こした。

 

「お、起きたのか、良かった良かった」

 

「お前が助けてくれたのか、感謝する」

 

「なーに、困っている時はお互い様だ」

 

焚き火の前に腰掛けていた男が鍋をかき回しながら気分はどうだ?と尋ねてくる。

 

「身体中が痛い、それと腹が減った……」

 

「腹が減ったって言えるなら大丈夫だな。飯を食える間は死なねえよ」

 

男は立ち上がり俺に何かを差し出してきた、白く濁った汁だった。

 

「これは?豆腐か?」

 

「いやいや、違う違う。シチューだ、あーっと……洋食だ」

 

洋食……洋食を作れる料理人が何故こんな山の中へと言う疑問はあった。だが差し出された椀から香る匂いに我慢出来ずその椀を受け取る。

 

「かたじけない」

 

「なーに気にするな、飯は1人で食うより2人の方が美味い」

 

そう笑い俺の隣に座った男は匙でシチューと言う汁を掬って飲む、俺もそれから遅れて汁を口に運んだ。

 

「美味い!あっつつつ……」

 

そんな大声を出すからだと苦笑する男だが、思わず声が出てしまったのだ。具沢山と言う事で豚汁に似ているのだが、それよりも味に深みがあってそしてまろやかな味がする。

 

「野菜も良く煮られている、柔らかくて美味だ」

 

「喜んで貰えて何よりだ」

 

洋食は早々食べる事が出来ない。俺も数度口にしただけだが、これほどの味を口にしたことは無い。

 

「美味い、本当に美味い」

 

「お代わりあるぞ?食べるか?」

 

その言葉に申し訳ないと頭を下げ、俺はあっという間に空になった椀を男に差し出すのだった……

 

「重ね重ね申し訳ない」

 

俺1人で鍋を全て食べてしまった事が申し訳なくてならない。だが男は気にするなと笑い、視線を上に上げる。

 

「夜明けだ、これで山も下れるな。ああ、自己紹介が遅れたな、俺はカワサキ。料理人をしている、今は店を持つ為に旅をしている」

 

店を持つ為に旅……旅をしながら己の料理の腕を鍛え上げているのだと解釈し、俺も姿勢を正す。

 

「俺は鬼殺隊炎柱煉獄槇寿郎と申す、今回はまこと助かりました」

 

あのままでは俺は妻も子供も残して逝く所だった、カワサキ殿に会えた事が俺の命を繋いだのだ。

 

「鬼殺?なんだいそれは?」

 

「人を食う化生と戦う者が集まる場所です。俺も鬼と戦い負傷したのだ」

 

カワサキに簡単に鬼の事、そして鬼殺隊の事を説明してから本題を俺を切り出した。

 

「もし店を探しておられるのならば、是非俺と共に来てはくれまいか?」

 

鬼殺隊には専属の料理人と言うものはいない、鬼殺隊の妻や家族、そして鬼に家族を殺された者が善意で料理をしてくれるが料理を専門にすると言う者はいない。店を持つ為に旅をしていると言うのならば、鬼殺隊の事情を知る料理人として店を持って貰えば良い。

 

「店を持たせてくれるのか?」

 

「御館様にカワサキ殿を紹介しよう、きっと御館様ならば御力になってくれるはずだ」

 

「頼る宛も無いし、会って見るのもいいか。うっし!槇寿郎と一緒に行くぜ」

 

「おお、それは良かった。では行き……うっ」

 

「無理するなよ、ほら。肩を貸すぜ」

 

「すまない」

 

「気にするなよ、旅は道連れ、世は情け。行こうぜ」

 

こうして俺はカワサキ殿に肩を借りて、山を下った。槇寿郎がカワサキに出会った事、そして鬼殺隊へと誘った事。それが鬼殺隊の命運を分ける事となることを今の槇寿郎は知るよしも無いのだった。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

メニュー1 西洋風朝食

メニュー1 西洋風朝食

 

 

日のもとの国――日本には夜を支配する怪異がいる。その名も「鬼舞辻無惨」。平安の世から生きる人なざる怪異「鬼」の首魁であり、全ての悲劇の元凶。

 

鬼舞辻無惨の血を体内に入れられた者は鬼となり、人を喰らう化生となる。

 

その鬼と戦い、人知れず人の世を守る者達を……「鬼殺隊」と呼んだ。鬼に家族を殺された者、家族が鬼になってしまった者。

 

鬼を憎み、無惨を憎む者達。太陽の光が届かぬ闇の世界で人知れず鬼と戦い、人々を守る者達。

 

そんな鬼殺隊には「飯柱」と呼ばれる1人の男がいた。

 

いつから鬼殺隊にいるのかは判らないが、愛想が良く、老いる事も無くいつでもその顔に笑みを浮かべ生死を賭けた戦いから戻った者達におかえりと迎え入れてくれる男。

 

その男は色代わりの刀「日輪刀」も使えず、そして鬼と戦う為の呼吸も使えない。

 

それでも「飯柱」と呼ばれ、慕われていた。

 

……ちなみにその男の正式な役職名は「産屋敷専属料理人」ではあるが、本人がとにかく神出鬼没。そして鬼殺隊の頭領である「産屋敷耀哉」の頼みもあってあちこちの育手の所に顔を出したり、最終選別の後に料理を振舞ったりととんでもなく顔が広い、そして専属料理人でありながらも自分の店を持ち、そこで隊士や隠の為に料理を振舞い続ける。それが産屋敷専属料理人「カワサキ」と言う男だった……。

 

 

 

飯柱?ああ、カワサキ殿の事か、あのお方は良い人だぞ。とにかく明るく、そして飯が美味い。西洋の料理にも精通しておられてな、見たことも、聞いたことも無い美食を何時でも提供してくれる。

 

んん?何故そんなに親しげなのか……か?

 

うむ、御館様の専属の料理人になる前に煉獄家に居候しておられてな。

 

父上のご友人でもあるからか、俺にとっては親戚のような人なのだ。

 

……まぁ、最初の出会いはさほどいい物ではなかったが……

 

よもや!その話を聞きたいと……ううーむ、まぁ良かろう。

 

カワサキ殿の人となりを知るには丁度いいかもしれんしな、俺がカワサキ殿に出会ったのは煉獄千寿郎が生まれる少し前……俺が7つの時だった……。

 

 

 

 

その日は自然と早く目が覚めた。父上が鬼狩りに向かったまま戻っていないこともあり、父の事が心配で早く目覚めたのだと思う。

 

「母上?」

 

台所から聞こえてくる音に母上が料理をしていると思った。母上が料理をしているとなれば父上に戻っているのかもしれない、そう思い台所に向かったのだが……。

 

「だ、誰だ!?」

 

「んお?」

 

そこにいたのは父上でも母上でもない、見たこともない短く刈り込まれた黒髪の大男で思わず声を荒げてしまった。

 

「何を騒いでいる?杏寿郎」

 

「ち、父上!台所に見慣れぬ男が!」

 

「男?ああ、カワサキ殿か、俺が負傷したときに手当てをしてくれた御仁だ」

 

「よもや!大丈夫なのですか!?」

 

「ああ、カワサキ殿の手当てが良かったからな」

 

炎柱である父上が怪我をした、そのことが信じられず声を荒げると台所からカワサキ殿が顔を見せた。

 

「やっぱり槇寿郎の息子か、始めまして、カワサキだ」

 

「杏寿郎です、先ほどはご無礼を……」

 

「ははははッ!そりゃあ家に見慣れない男がいれば怖くもなるわなッ!何、気にするな、俺は気にしていない」

 

大声で上機嫌で笑うカワサキ殿は俺の頭を撫でながらしゃがみこむ。

 

「今日は俺が西洋風の朝食を作ってやるという話になっている。槇寿郎と瑠火さんと待っていると良い」

 

西洋風の朝食と驚き、父上を見ると父上は顎を摩りながら笑われた。

 

「うむ、カワサキ殿は料理人でな。今まで外つ国にいたそうだ、食材を探し山に入ったが日暮れ前に下山できず、山の中にいた所で俺とであったのだ」

 

夜は鬼が出るというのに……なんと豪胆な人物か……。いや、もしかすると鬼殺隊の関係者で呼吸を使えるのかもしれないと思った。

 

「もしや鬼殺隊の?」

 

「いや、彼は普通の旅の料理人だ。行く宛も無く、店を開ける場所を探していると言うのでな。怪我の手当ての礼も兼ねてついてきて貰ったのだ」

 

鬼殺隊の関係者と思ったがそうではないようだ。もう少し話を聞きたいと思ったのだが、父上に邪魔をしてはいけないと言われ、手を引かれて台所を後にする。

 

(んん?)

 

一瞬目を背けたとき、虚空からカワサキ殿が金色の卵を取り出したように見えたが……

 

「父上卵は金色でしたか?」

 

「うん?卵と言えば白か茶色だろう?」

 

「ですよね……」

 

金色の卵なんてあるわけが無い、きっと見間違いだと思い父上に連れられ洗顔にへと向かう。そして広間で待っているとカワサキ殿が膳を運んで来てくれた。

 

「大変お待たせしました。一宿の礼として心ばかりですが、お食事を作らせていただきました。どうぞ、ご賞味を」

 

そう言って俺と父上、母上の前に置かれた膳を見て、思わず歓声の声が出た。

 

「おお、これが西洋風の朝食なのですか?」

 

透き通るような茶色のスープと野菜の盛り合わせ、それと珍しいパンが2つと薄い肉と黄色い円状の何か。見たことも無い料理に思わず大きな声が出てしまった。

 

「スープはたっぷりの野菜で出汁を取ったコンソメスープと、トマトとレタス、それとキュウリのサラダ。そしてオムレツとベーコンになります」

 

「……カワサキ殿。このような食材は家にはなかったと思うのだが?」

 

「大丈夫だよ、俺の持ち物ですからな。槇寿郎も見ただろう?」

 

「あの馬鹿でかい背負い袋か?」

 

「アレに大量に持ち運んでいたんだ、まだまだ食材は沢山あるから気にしないでくれ。それよりも温かい内に食べてくれ。口に合うと良いんだが」

 

そう笑い部屋を出て行こうとするカワサキ殿に母上が声を掛けた。

 

「カワサキさんはお食事は?」

 

「親子の団欒を邪魔するつもりはないので台所で食べるつもりですが?」

 

「まぁ、この時期に台所で食べるのは寒いわ。槇寿郎さん」

 

「ああ、気にしなくていいからカワサキ殿も一緒に食事にしよう。杏寿郎も構わないな?」

 

「はい!カワサキ殿もご一緒に」

 

父上達に言われたカワサキ殿は少し困ったような顔をなされたが、少し待っていて欲しいと言って部屋を出てすぐに戻って来てくれた。

 

「では頂きます」

 

「「「頂きます」」」

 

父上の言葉に続いていただきますと口にして、匙を手にしてオムレツとか言う料理を食べようとして……。

 

(どうやって食べるんだ?)

 

形を崩していい物なのか?どうやって食べればいいのか悩んでいるとカワサキ殿が匙で掬っているのを見て、それと同じ様に掬って口に運んでみた。

 

「美味い!」

 

「うむ、確かにこれは美味」

 

中がとろとろしていて、半熟の卵は危ないと聞いていたが、それでも美味しいと思ってしまった。

 

「半熟で大丈夫なのか?」

 

「西洋は料理の技術が発達しているからな。卵を半分生で食べても大丈夫な調理法がある」

 

なるほど、これは半熟で食べても大丈夫な卵なのかと思いもう1度口に運ぶ、滑らかな食感と卵だけではない豊かな風味が口一杯に広がる。

 

「このすーぷ?でしたか?これもとても美味しいですね」

 

「ありがとうございます。野菜の旨みを生かしたスープですが、お味は如何ですか?」

 

「はい、澄まし汁のような物かと思いましたが全然違うのですね。とても美味しいです」

 

カワサキ殿と母上が話をしているのを聞きながら丸いパンに手を伸ばすと、指先がパンの中に吸い込まれたかと思うほどに柔らかい。

 

「んー!このパンも非常に美味しいです」

 

軽く焼いているだけなのにとんでもなく美味しいと思う。スープと一緒に食べるとなお美味だ。

 

「ふふ、喜んでもらえて何より、だけど、このパンはこうやってベーコンの脂をつけて食べると更に美味しい」

 

カワサキ殿がパンを千切ってベーコン?とか言う肉の脂をつけて食べているので、それを真似して食べてみる。

 

「美味い美味いッ!」

 

「美味いッ!」

 

「あらまぁ、私が作るよりも美味しそうね?」

 

母上の言葉に父上と揃って反応に困ってしまった。母上の料理は確かに美味しいけれど……、カワサキ殿とは違う感じで……。

 

「ふふ、冗談よ。でも本当に美味しいわね。カワサキさん、今度私にも教えてくれるかしら?」

 

「ええ、大丈夫ですよ」

 

自分の技術を惜しむでもない、値をつける訳でもないまるで何でもない事のように母上に教えてくれると笑うカワサキ殿は本当に仏様のように優しい御仁なのだと思った。

 

「いや、美味かった。ご馳走様」

 

「ご馳走様でした」

 

西洋風の朝食と言うのは少し違和感があったが、確かに美味だった。あれほど大きな手でよく、ここまで繊細な味を作ると感心した。

 

「御館様に今回の事を報告してくる。ついでにカワサキ殿の話もしてこよう、すぐに謁見出来るとは言わんが炎柱として尽力しよう」

 

「いや、そこまでしてもらって感謝しかないよ。ありがとう」

 

「何、手当てをしてもらわなければあの場で力尽きていただろう。そうでなければ妻と息子の元へと帰れなんだ。俺こそお前に感謝しているよ」

 

そう笑ってお館様の元へ向かう父上を見送る。これが俺煉獄杏寿郎とカワサキ殿の初めての出会いの日だった。

 

 

 

 

「カワサキ殿ー!カツ丼、煉獄盛でッ!」

 

「あいよー、ちゃんと聞いてるから座って待ってろ」

 

「うむ!いやあ、腹ペコだから普段より多目で大丈夫だからな!」

 

「煉獄盛の段階で半端じゃねえよ、更に増やせってか?」

 

「それで頼む!」

 

そして父上の後を継いで炎柱になった後も俺とカワサキ殿の交流は続いている。

 

この人は戦う人ではない、だがそれでも尊敬している。

 

強さとは戦う事、そして強き力だけではないと言う事をカワサキ殿は教えてくれたからだ。

 

「はいよ、おまたせえッ!!」

 

山のような大盛りの飯にたっぷりと乗せられた揚げた肉と甘しょっぱい卵のタレ。周りの隊士達が驚いているのが判るが、鬼に勝ち、戦いに勝つ、勝つ丼と言うのはやはり出立前に食べなければな!

 

「カワサキ殿。カツ丼、煉獄盛で1つ頼む」

 

「……いや、同じタイミングで来るなよ……」

 

「む?杏寿郎が来ていたか、それは悪いな、だが俺も煉獄盛だ」

 

「少し待っててくれよ。すぐ準備するけど時間が掛かる」

 

「構わない」

 

カワサキ殿と話をしている父上に席を立ち声を掛けると、父上が応と返事を返し、俺の座っている席に腰かける。

 

「おお!父上!父上もこれから任務ですか!」

 

「杏寿郎か、ああ、炎柱の地位はお前に譲ったが、まだまだお前には負けんさ」

 

そして父上と母上も救ってくれた。だから俺は一生カワサキ殿には頭が上がらぬのさ……。

 

 

メニュー2 薬膳料理へ続く

 

 




と言う訳でサイド鬼殺隊は「煉獄」家居候スタートです。救済系になるのかな?あんまりシナリオとかは考えないで、時系列とかは無しで

料理と鬼殺隊の隊士や隠の話と感想と言う形式になると思います。消えてしまった本編の飯を食えを更新する気力が戻るまでは飯を食えは
「サイド鬼」か「サイド鬼殺」のどちらかを更新して行こうと思います。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

メニュー2 薬膳料理

メニュー2 薬膳料理

 

カワサキさんの事を聞きたいですか……?

 

ふふ、面白いですね。いいですよ、この煉獄瑠火で良ければお話しましょう。

 

そうですね、カワサキさんは凄く不思議な方です、ですが決して悪人ではありません。

 

槇寿郎さんのように燃えるような情熱があるわけでもない。

 

杏寿郎のように強き者でもない。

 

あの人は誰かを救う人なのです、それは強さとはまた違う強さなのでしょうね。

 

何でもない事のように誰かを救い、それを誇るでもなく、自慢する訳でもない。

 

あの人にとってはそれが当たり前で、何も特別なことではないと思っているのでしょう。

 

私も、そして煉獄家もカワサキさんに救われました。

 

今ではこの通り健康体ですが、昔は身体が弱かったのですよ。

 

きっとカワサキさんがいなければ、私は死んでいたと思います。

 

だからカワサキさんは煉獄家にとって、とても大事な命の恩人なのですよ。

 

 

 

 

煉獄家の近くの市場に足を向けたが、思った以上に品揃いが良い。

 

「これください」

 

「お、兄ちゃん、良い目利きしてるねえ」

 

「はは、どうも」

 

スキルなんですけどねと心の中で思いながら、買出しに行くと言っていた瑠火さんから預かった財布を取り出して……取り出して。

 

「すいません、俺は海外にいて日本の通貨があまり判りません」

 

「そうなのか、その紋は煉獄家のだね。あの方達の屋敷にお世話になってるのかい?」

 

「はい、居候させてもらっています。それで申し訳無いですが、ここから代金をとってくれますか?」

 

盗まれるリスクはあると思ったが、通貨のレートを知らなかったのは俺のミスだ。屋敷に戻ったら聞いておこうと思う。

 

「はいはい、ここら辺の奴は皆煉獄様がお好きだからね、ちゃんと代金だけ貰うよ」

 

「すいません、ご迷惑を掛けます」

 

「良いさ良いさ、それに兄ちゃんの手……料理人の手だね。お袋さんと同じだ」

 

「海外の料理を覚える為に旅をしていたんですよ」

 

「なるほどねえ、よっしゃ、良い店を知ってるから紹介文を書いてやろう」

 

大正時代の人間優しい、リアルだと絶対ありえないと思いながら案内された店を回り必要な食材をかき集め、俺は煉獄の屋敷へと戻っていくのだった。

 

「あら。カワサキさん、何をしているのですか?」

 

「ええ、ちょっとやりたいことがあったんですよ」

 

釜戸の扱いは難しいが、それでも使えないことは無い。細心の注意を払い黒豆を炒って、外の皮が割れたら取り出して少し値が張ったが乾燥なつめと共にすり鉢に入れて丁寧にすり潰す。

 

「お茶かしら?」

 

「ええ、とても身体に良いんですよ」

 

すり潰した黒豆となつめを急須の中に入れて、沸騰したお湯を入れてお茶を煮出す。

 

「どうぞ、昼食までの間これでも飲んでゆっくりしていてください」

 

「良いのかしら?」

 

「ええ、居候させてもらってますからね。家事は俺がやりますから」

 

だからゆっくりしていてくださいと言って瑠火さんを台所から追い出してほっと一息ついた。

 

(いや、あの人すげえな……)

 

クックマンの鑑定スキルがあるから判るが、あの人の身体の中身はボロボロだ。あっちこっちに痛みが見える、これは病気の予兆だろう。多分自分でもある程度自覚していると思うが、それをおくびにも見せない。なんて強い人なんだろうかと驚くのと同時に、このままでは死んでしまうが、最悪の段階になる前に俺がここに来た。それは彼女を治せるチャンスがあると言うことだ。

 

(死なせる訳には行かんからな)

 

俺の事を恩人と言っていたが、俺からすれば槇寿郎の方が恩人だ。そんな男の妻を死なせる訳には行かない。

 

「まだ間に合う、間に合わせてみせる」

 

生憎スキルは自由に使えず、アイテムボックスも時間制限がある上に人化している今の状態では、ユグドラシルの食材を引っ張り出すことすら難しい。それでも俺は今出来る最善を尽くしてみせる、治療系のスキルで少しでもあの人の病状を抑える事を誓い、かぼちゃを持ち上げる。

 

「ぬっくう……」

 

かぼちゃを切り分け、種と綿を取り出して皮も剥いて、半分は3cm角の角切りにして、残りの半分はすり鉢でマッシュ状にする。

 

「後はこれをっと」

 

砥いだ米の中にマッシュ状にしたかぼちゃを加えると水の中にかぼちゃが溶けるので、そこに具としてのかぼちゃを加え、塩を加えたら後は炊き上げるだけだ。

 

「……うまく行くといいけど」

 

かぼちゃの粥になってくれることを目標にしているが、最悪かぼちゃご飯になる。こればっかりは運だ、釜戸と御釜の習得レベルが低いのが原因だが、どっちになっても大丈夫なように料理の下拵えをしておこう。

 

「……やっちまったZE☆」

 

お粥の筈が、米粒まで黄色く染まったおいしそうなかぼちゃご飯に……違うそうじゃない、かぼちゃ粥を作るつもりだったんだ。

 

「……美味い、いや、美味いんだけどさあ……」

 

駄目だな、釜戸の使い方を早く習得する必要がありそうだ。今後の課題と言うことにしておこう。

 

「焼き魚と野菜とか卵を使うつもりだったんだけどなあ……」

 

仕方ない、かぼちゃご飯になってしまったので魚は夜に回そうと思い、次の料理の準備を始める。

 

「修正の範囲内だ。誤差だよな、水、酒に……」

 

誰も見ていないことを確認してアイテムボックスから鶏がらスープの素を入れて鍋の中でかき混ぜて、基本的な下味を作る。

 

「にんにくを潰して、白ネギは青い部分を使うっと」

 

大正時代の人間はあんまり栄養素とかを知っているわけがないので、とりあえず出来る範囲で大きく体質を改善して、そこからこまめな食事で身体を作れる食事に切り替えて、瑠火さんは弱っている身体を回復させる方向で考よう。

 

「しょうがを薄切りにして、木の実は洗ってっと」

 

しょうがに松の実、クコの実、甘栗、なつめ、八角と薬膳食材を大量に鍋の中に入れて中火で煮詰める。煮立てている間に白菜をざく切りにして、ネギの白い部分を斜め切りして、えのきは石突を切ってっとこれで基本的な下拵えは終わりだな。

 

「……うん、良い具合だ」

 

浮いてきた灰汁を取り除いたら、白菜などの具材を鍋の中に入れて火を通す。煉獄の家族は皆仲良しなので、この大きな鍋で十分だろう。

 

「あとはっと豚肉を盛りつければOKだな」

 

かぼちゃご飯はお櫃に移したし、後は槇寿郎が戻るのを……。

 

「今戻ったッ!」

 

玄関から聞こえてきた槇寿郎の声にナイスタイミングだと思い、俺は口元に浮かんだ笑みを隠す事が出来ないのだった。

 

 

 

 

ぐつぐつと煮える鍋。その下には見たことの無い箱……これは一体?

 

「西洋の物ですから、馴染みがないと思いますが危険はないですよ」

 

西洋の……大きな鞄を背負っていましたが、その中身なのだと少し納得出来ない部分があった物の、それで無理やり納得することにした。

 

「野菜が沢山ですね」

 

「うむ、それに米が黄色い。かぼちゃご飯か?」

 

米が黄色で中に入っているのがかぼちゃなので、かぼちゃご飯と言うのが判る。だけど大鍋1つに生の豚肉が置かれていて、何をするつもりなのか判らなかった。

 

「医食同源と言う言葉があります、食事は医療と同じであり、食事の中で病を治す。身体を強くするという考えなのですが、今回はその料理を作らせてもらいました」

 

医食同源……食事で病を治すなんて言う考えが在るとは思わなかった。日本よりも外の国の方がそう言う考えが発達しているのだとわかり、少し驚いた。

 

「この豚肉をこうして、この出汁の中に潜らせて色が変わったら食べごろだ」

 

「……それだけで大丈夫なのか?」

 

「はい、大丈夫だよ。食べてみれば判る」

 

薄い豚肉だがそれだけで大丈夫なのかと不安に私達が見る中、槇寿郎さんが豚肉を潜らせて野菜と共に口に運んだ。

 

「む、美味い。色んな味がするな」

 

「たっぷりの野菜を使ってるからな」

 

槇寿郎さんが大丈夫と頷いたので、カワサキさんのやったように煮える出汁の中に豚肉を潜らせて、杏寿郎の椀の中に入れる。

 

「美味しいでふッ!!」

 

喜色満面という様子の杏寿郎に笑みを零しながら、私も肉を出汁の中に潜らせてポン酢の中に浸して口に運ぶ。

 

「……本当美味しいです」

 

「喜んで貰えて何よりだ」

 

にこにこと笑うカワサキさん。その顔に邪気や邪な色は無く、美味しいといって食べている私達を見て本当に嬉しそうにしていた。

 

「このかぼちゃご飯もあまくて美味しいです」

 

「かぼちゃは体の中を整える効果があるから身体に良いんだぞ、沢山食べるといい」

 

「はい!でも私はさつまいもご飯が好きです!」

 

杏寿郎の言葉にカワサキさんは目を丸くした後に、楽しそうに笑い出した。

 

「そうか、そうか、杏寿郎はさつまいもが好きか!」

 

「はい!食べると頭の中を神輿が通るのです」

 

「神輿か、ははは、そうかそうか、よしよし、今度はさつまいもで何かを作ろうな」

 

「はい!約束ですよ!」

 

カワサキさんは大柄で目付きも怖いが、杏寿郎は随分と慣れているようだ。

 

「むう……」

 

「ふう……」

 

「父上、母上どうかしました?」

 

食べているうちに身体が温かくなってきた。額の汗を槇寿郎さんと殆ど同時に拭った。杏寿郎は特に何も変化がないようですね。

 

「身体を温める食材を多数使っているからな、汗が出ているのは効いている証拠だ」

 

そう笑うカワサキさんの額にも汗が浮かんでいる。鍋を食べていて汗が出るのは当然だが、それとは違う汗。だが不快感は余り無いのが不思議だった。

 

「ご馳走様でした」

 

「はい、お粗末さまでした」

 

具材を食べ終えた後は汁も最後まで飲み干し、昼食にしては豪華すぎる食事は終わった。

 

「ああ、カワサキ。明日の昼間、お館様が謁見してくれるそうだ。明日は俺と一緒に来てくれ」

 

「判った。どんな人なんだ?」

 

「それは見てからのほうが良く判るだろう、だが俺もお館様は尊敬しているよ」

 

槇寿郎さんの言葉に楽しみにしているよとカワサキさんは笑い、食器を片付けながら私達に視線を向けた。

 

「食べた後は少し寝るといい。身体が温まっているからよく寝れると思う」

 

食べてすぐ寝る。そんな事はしたことないけれど、それも身体を作る事だと言われ、開いた障子から爽やかな風が吹き込むのを感じながら、杏寿郎を真ん中に寝かせ、川の字で眠りに落ちるのだった……。

 

 

 

 

「こんにちわ」

 

「カワサキ、邪魔するぞ!」

 

「いらっしゃい、槇寿郎、それに瑠火さんと千寿郎」

 

「はい、こんにちわ!もう少ししたら兄上も来ますよ」

 

「ははは、杏寿郎も来るならもう少し準備をしないといけないな」

 

わしゃわしゃと千寿郎の頭を撫で回すカワサキさんは楽しそうに笑い、おどけて見せてくれる。

 

「本日はよく来てくれました炎柱様、夕食の準備は既に出来ております。どうぞこちらへ」

 

「似合わんな」

 

「やかましい、んなこたあ判ってる」

 

くっくっくと笑い合う槇寿郎さんとカワサキさんを見ていると、扉が勢いよく開いた。

 

「申し訳ありません!父上、母上!遅れました!」

 

息を切らして杏寿郎がカワサキさんの店の中に入ってくる。今日はいつも羽織っている羽織は着ておらず、滅の文字が刻まれた黒い詰襟姿だ。

 

「遅れたことは気にするな、今日は祝いの席だ」

 

「はい、ありがとうございます」

 

「硬いですよ。杏寿郎、今日は貴方の炎柱就任の祝いの席、貴方が主役なのですよ」

 

「母上……はい、しかし俺はまだ未熟者で」

 

「ふん、そんなことは当たり前だ。これからもっと精進し、心を燃やせ、独りよがりの炎ではない、様々な者に助けられ、想いを受け取り、戦えぬ者の想いを背負い、その心を炎と燃やすのだ」

 

「はい!父上!判っております!」

 

「うむ、それに炎柱はお前に譲るが、俺はまだ鬼殺隊を辞めん。親の七光りなど言われぬように精進せよ」

 

槇寿郎さんの言葉に元気よく返事を返す杏寿郎を見て私は本当に嬉しかった。こうして大事な息子が炎柱の名を継ぐ事が出来る場に愛する槇寿郎さんと共に居られるのが本当に嬉しかった。そしてその機会を与えてくれたカワサキさんに感謝した。

 

「どうぞ、準備が出来ましたよ。洋風の祝いですから、少し違和感があるかもしれないですけどね」

 

こうして人の良い笑みを浮かべるカワサキさんはきっと福の神なのだと私は思う。

 

私は心からカワサキさんと出会えた事に感謝するのだった。

 

 

メニュー3 アイスクリームへ続く

 

 




煉獄家救済は続きます、カワサキさんの料理バフ+薬膳料理で体質改善をしておりますが、それだけではないので瑠火さんのイベントはまだ続きます。次回はアイスクリームと言う事で料理描写は少ないですが、次回の更新もどうかよろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

メニュー3 アイスクリーム

メニュー3 アイスクリーム

 

本当にカワサキを飯柱にしないのかって?

 

そうだね、私は彼に本当に飯柱になって欲しいと思っているよ。

 

彼以上に鬼殺隊に貢献してくれた人はいないし、剣士(こども)達も彼を慕っている。

 

だけどね、私が何度言っても彼はうんとは言ってくれないんだよ。

 

自分は料理人だからと、呼吸も使えないし、鬼も倒せないからと……。

 

でも彼が認めなくても、彼は柱なんだよ。

 

戦う事は出来なくても、鬼殺隊を支えてくれる強い、強い柱なんだ。

 

 

 

 

 

 

父上が連れてきた外つ国で料理修行をしていたと言うカワサキ殿。身体が大きくて、とても力強いのに優しく、そして見たこともない料理を作ってくれる。そして何よりも優しい、その人を俺は慕っていた。

 

「カワサキ殿。何を作っておられるのですか?」

 

鍋に牛の乳を入れて、そこに何かを加えて混ぜている牛の乳を温めているのを見て、興味がわいて、父上が道場で待っているので水を運ぶという名目で台所に足を踏み入れた。

 

「ん?杏寿郎か、んー、お前はアイスクリームを知っているか?」

 

「よもや!カワサキ殿はアイスクリンを作れるのですか!?」

 

ホテルやレストランで稀に出される冷たくて甘い菓子、俺も1度だけ口にした事があるが何ともいえない幸福感に満たされたのを覚えている。非常に高価なそれを作れると聞いて目が落ちるんじゃないかと思うほどに驚いた。

 

「はは、アイスクリームなんてそう難しい物じゃないさ。まぁ冷やす設備がないと難しいが、氷室があるからな」

 

「はい、父上が冬の間に切り出した氷を保管しておりますから」

 

煉獄家の庭に置かれた氷室。そこに痛みやすい肉などを保管している、それがあるからアイスクリンが作れるのだとカワサキ殿は笑った。

 

「とりあえずこれはお館様への手土産だが……今日の夕餉の後には杏寿郎にもやろう。だから、俺の出発時間までしっかりと稽古に励むといい」

 

「はいッ! 楽しみにしております!」

 

よもやよもや、まさか夕餉にアイスクリンを食べれるとは……夕餉も楽しみだが、更に楽しみが出来たと父上の分の水も抱えて道場に戻る。

 

「父上、水を持ってまいりました」

 

「ああ、ありがとう」

 

俺は首からタオルを下げているが、父上には汗1つない。俺が目指すべき高みの凄まじさが本当によく判る。

 

「カワサキ殿がアイスクリンを作っておりました」

 

「……アイスクリンを? 本当に芸達者と言うか、凄まじい男だな」

 

「はい、洋食だけではなく、中つ国の料理も作れましたね」

 

昨晩作ってくれたほ、ほ……ほなんとか! 味噌と野菜と肉の炒め物は絶品だった。

 

「俺もカワサキも運が良かったという事か、良し、杏寿郎。俺はカワサキと共にお館様の元へ向かう」

 

「判りました、山への走りこみですね。父上が戻る前に3往復済ませておきます」

 

俺の言葉に頷き励めよと笑う父上がカワサキ殿を迎えに行くのを見届けると、ゆっくりと身体を動かし、煉獄家の裏にある山へと足を向ける。

 

「ふうう……よっしッ!!」

 

煉獄家に伝わる炎の呼吸を覚えるには、俺にはまだ体力も肺の鍛え方も足りない、心肺を鍛える為の修練として石を中に入れた籠を背負い、俺は頂上を目指して走り出すのだった……。

 

 

 

 

 

顔に布をつけた黒尽くめに運ばれてきた立派な屋敷。玉砂利が敷き詰められた庭に槇寿郎と他の2人と並んで座ってます。

 

(すげえ、個性が爆発してるぜ)

 

槇寿郎も本当日本人?と言う金と赤の髪をしているが、他の2人も負けず劣らずだ。天狗の面をした水色の羽織をした男性と、いかつい顔付きの左頬に傷のある三角模様が描かれた黄色い羽織の男……。

 

(育手と言われてもわかんねえよ……)

 

大体は判るよ? 多分炎柱と言われる槇寿郎と同じく役職か何かだと思うんだけどなぁ……。育手と言う事は師匠か何かなのだろうか?

 

「そんなに困惑するか?」

 

「……いや、まぁ、そりゃあ……ねえ? 俺ただの料理人ですし?」

 

「お前の天狗の面に困惑しているんだろう? 左近次」

 

「うるさい、慈悟郎」

 

本当その通りなんですけどね。天狗の面って何故? 顔に怪我でもしているのだろうか?

 

「顔が優しいと鬼に馬鹿にされるから、面をしているんだ」

 

「慈悟郎、お前死にたいのか?」

 

「事実だろ?」

 

「……鱗滝殿、慈吾郎殿。少し気を落ち着けられよ」

 

……なんとなく関係性が判った気がする。声の感じからして槇寿郎より年上なのだろう、それか鬼殺隊に入って長い先輩と見た。

 

「お館様のおなりです」

 

そんな言葉と同時に現れたのは黒い着物の上に白い羽織を着た、長い黒髪をした若い男性だった。槇寿郎達よりも一回りは若いだろう、まだ20を越えてないように見える。だが俺が何よりも驚いたのはそこではない、鑑定の効果でこの目に映るお館様とやらの状態を見て絶句した。

 

(……この人瀕死だ)

 

何時死んでもおかしくない、呪いや毒、考えられる限りのありとあらゆる基本的な生命力を削るデバフが襲い掛かっている。それなのに穏やかな態度を崩さない、常人ならば倒れていてもおかしくない状態の筈なのにだ。

 

「今日はいい天気だね。槇寿郎、左近次、慈吾郎。よく来てくれた」

 

「お館様におかれましても御壮健で何よりです 益々のご多幸を切にお祈り申し上げます」

 

他の2人が頭を下げる前で槇寿郎が両手を付いて頭を下げる。少し遅れたが、俺も頭を下げる。

 

「今日は槇寿郎が紹介したい人がいると聞いて、こうして来て貰った訳だが……貴方がカワサキかな? 外つ国で料理の修業をしていたと聞いているよ」

 

「はい、料理の道を究めるのが私の望み、様々な国に赴き料理を学びました。それに付きまして、手土産を1つ持参しました。宜しければ

ご賞味ください、アイスクリンです」

 

「……アイスクリンか。それはとても高級品の筈だけれど……買ってきたのかい?」

 

「まさか、アイスクリンは外つ国では一般的な食後の口直しであります。作るのも冷やす設備さえあれば、さほど難しい物ではありませぬ。しかし何よりも……身体が弱っている方に必要なエネル……うんん、栄養素等を持っておりますし、何よりも……貴方は熱を出しているとお見受けします」

 

槇寿郎達が驚いた様子を見せる。唇が乾き、目が僅かに潤んでいる。発熱しているのは明らかだ、だがこの人はそれを隠し通す術に長けている。

 

「……ふふ、まさか見破られるとは思わなかったよ。あまね、彼から受け取ってきてくれるかい?」

 

「はい、判りました」

 

奥さんらしき女性が降りてきたのでアイスクリームの入れ物を2つ手渡す。

 

「冷たいのですね」

 

「アイスクリンですから、もしかして疑ってました?」

 

「高級品ですので、作れると聞いて正直驚いております」

 

……そうかなあ、そんなに難しい物じゃない筈なんだけど、レシピの独占とかしてるのかな?

 

「槇寿郎達もどうぞ、10個くらい作ってきてるから」

 

「む、忝い。左近次殿、慈吾郎殿もどうぞ」

 

「……いただこう」

 

「これはまた……奇怪だなあ」

 

驚いた様子ながら受け取ってくれた事に安堵し、残りの5つは氷室にでも保管してくださいと黒尽くめの男に手渡すのだった。

 

 

 

 

 

怪我をした槇寿郎を手当てしたと言う料理人カワサキは非常に大柄で目付きの鋭い若い男だった。だが粗暴と言うわけではない、その外見からは想像出来ない知性に溢れていた。

 

(アイスクリンか……凄いね)

 

あまねと共にレストランで口にした事はあるがどれだけ少なくとも円は越えていた。だが、カワサキの土産は量が多く、雪のような白さと冷たさが火照った身体に染み渡るようだ。

 

「……うん、とても美味しいよ。ありがとう」

 

「いえ、私に出来るのはこれくらいの物ですから。お口に合ったのならば幸いです」

 

レストランで食べた物よりも濃厚な牛乳の味、そして鼻に抜ける甘い香りはレストランで食べた物よりも強く感じる。

 

「甘い」

 

「冷たい菓子と聞いたが、水ようかんより甘いなあ」

 

「……アイスクリンを食べた事は?」

 

「「ない」」

 

アイスクリンを食べた事がない2人が目を白黒させている。そんな2人の仕草もまた、面白い。

 

「……君はとても腕のいい料理人なのだろうね」

 

「いえ、まだ道半ば。修行中の身です」

 

槇寿郎がとても親しくしている理由はこの己に厳しい姿勢だろう。槇寿郎にとても良く似ている、半分ほど食べた所で机の上にアイスクリンを置いた。

 

「槇寿郎から君が店を持ちたいと願っていると言う事を聞いた。それに関して私は君を援助しよう、その代り、私の剣士達(こどもたち)にもその腕を振るって欲しい」

 

「勿論です。私の信条は生きる為に飯を食えですから、食べたくないと言っても食べさせます」

 

生きる為には飯を食えか……なるほど、正にその通り。現に熱が出ていて、食欲が無かったから汁物で過ごしていたが、身体が弱っているのは実感していた。だがアイスクリンを食べると少し元気が出てきたと思う。

 

「うん、ありがとう。店に関しては近い内に用意しよう、さてと、ここからは鬼殺隊に関する重要な話になる。カワサキを炎柱屋敷に連れて帰ってくれるかい?」

 

「はい、判りました。お館様、カワサキ殿。どうぞ」

 

「俺重いけど大丈夫?」

 

「大丈夫ですよ、どうぞ」

 

隠に背負われて去っていくカワサキ。彼が鬼殺隊の命運を分ける……産屋敷の人間が持つ直感でそれを感じていた。彼を鬼殺隊に留めておく事がとても大事な事に思えた。

 

「さてと、今回槇寿郎を呼んだのは、八丈島付近で行方不明が多数発生している件について調べて欲しいんだ。かなりの年数の間生きている鬼がいるかもしれないからね……柱である槇寿郎達に島に向かって欲しいと思っている」

 

柱を動かすほどの事案になる可能性もある。鬼舞辻無惨の配下の十二鬼月がいるかもしれない、その可能性を捨て切れない以上慎重になる必要がある。

 

「判りました。その任、この炎柱煉獄槇寿郎が当たらせていただきます」

 

槇寿郎の言葉に頷き、その後ろの2人に視線を向けた。

 

「育手になって貰ったけれど、調子はどうかな?」

 

40近い2人が引退し育手になったのは、槇寿郎が甲の階級だった時だ。そんな槇寿郎が炎柱に至った時の事を懐かしく思いながらそう問いかける。

 

「は、水の呼吸では筋の良い弟子を多く迎える事ができました。近く行われる最終選別に向かわせたいと思っております」

 

「雷の呼吸は申し訳ありません。中々素質ある弟子と見受ける事が出来ず、最終選別は見送らせていただきたいと申し上げます」

 

雷の呼吸は特殊な呼吸だ。柔軟性があり、適性を持つ者が多い水の呼吸と違い才能が物を言う。

 

「そうか、慈吾郎。焦らなくても良いよ。自分の技術を教えるのは難しい事だからね」

 

弟子を育てると一言で言ってもそれはとても難しい事だ。そして技術不足で剣士(こども)達が死ぬのは悲しい事だ。焦らずじっくりと育てて欲しいと願っている。

 

「態々来てもらってすまないね、槇寿郎、隠からの情報を集める時間もあるから、左近次と慈吾郎の話も聞いて数日の間には出立して貰いたい」

 

「判りました。ではお館様、これにて私共失礼仕ります」

 

深く頭を下げた槇寿郎達を見送り、少し溶けてきたアイスクリンを口にする。冷たく甘いそれが全身に染み渡っていくのを感じる、そしてそれと同時に身体に活力が満ちてくるのを感じた。

 

「耀哉様、カワサキさんを鬼殺隊に迎え入れるのですか?」

 

「いや、彼はきっと戦う者ではないよ。例え力があったとしても彼は戦わない、彼はそう言う人間だ」

 

本質から救う人間なのだ、自衛の為、守る為に拳を振るったとしても、彼は決して己から戦う者ではない。

 

「強要すれば不信感を抱かせるからね、彼はきっと、鬼殺隊の頼もしい味方になってくれるよ」

 

彼が居れば、鬼殺隊の刃は我が一族唯一の汚点「鬼舞辻無惨」に届く、そんな確信が私にはあった。そしてそれが間違いではないという事は、この初めての出会いからそう遠くない内に明らかになるのだった……。

 

 

 

 

隠や隊士、そして柱が思い思いに食事をする中、扉の開く音と同時にあちこちから噴出す音が響いた。それもその筈、鬼殺隊の当主「産屋敷耀哉」が妻である「産屋敷あまね」と2人の子供達である「産屋敷輝利哉」「産屋敷ひなき」「産屋敷にちか」「産屋敷かなた」「産屋敷くいな」の5人を引き連れてきたのだ。噴出さないわけがない……だがそれを見ても耀哉は柔らかな笑みを浮かべたままだ。

 

「気にしなくてもいいんだよ、私達も食事に来ただけだからね」

 

気にしなくて良いなんて無理に決まっていると全員が思う中、カワサキは愛想の良い笑みを浮かべて産屋敷の一族を出迎える。

 

「いらっしゃい」

 

「やぁ、カワサキ。また来たよ、頼んでいた物は出来ているかな?」

 

「勿論、どうぞおかけください」

 

「ありがとう、子供達。今日はカワサキが雲を食べさせてくれるよ、甘くて美味しい、そして冷たい雲をね……」

 

にこにこと笑う耀哉。産屋敷の一族が来た時のメニューは決まっている、何も言わずにカワサキは準備を進める。

 

「お待たせしました、チョコレートパフェになります」

 

「ああ、今回もとても美味しそうだね。ありがとう、カワサキ」

 

甘くて冷たいデザート、逃れられぬ業の炎に焼かれ続ける産屋敷の人間にとって、その冷たいデザートは何よりも産屋敷の一族を癒す唯一の食べ物なのだ。

 

 

 

 

メニュー4 牡丹鍋へ続く

 

 




アイスクリームはお館様でした。弱ってるって印象なので、普通の料理は無理なので、デザート系ならいけるだろってなりました。
次回は牡丹鍋と言う事で炎・水・鳴柱の3人でお送りしたいと思います。それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

メニュー4 牡丹鍋

メニュー4 牡丹鍋

 

カワサキ殿か?そうだな、初めて見たときは掴みどころの無い男だと思った。

 

全身から食材の匂いを滲ませているので、肝心のカワサキ殿の匂いはよく判らなかった。

 

カワサキ殿の匂いは常に誰かを思う、それこそ男に言うにはおかしいが、母のような温もりに満ちている。

 

戦えぬのに、呼吸も使えぬのにと陰口を叩かれる事もあったと聞く。

 

だがそんな相手でさえもカワサキ殿は笑顔で料理を提供し、そして無事に戻れるようにと祈る。

 

戦えないから、自分に出来る最善を何としても貫きたいと笑われる。

 

高潔な、そして誰よりも優しい男だ。

 

戻れなかった隊士に人知れず涙し、戻れた隊士を笑顔で出迎えそして温かい食事を与える。

 

紛れも無く、鬼殺隊隊士にとって、隠にとってカワサキ殿の店は帰るべき場所なのだ。

 

そしてそれは育手になったワシも変わらぬ、たまには姿を見せろと文を送ってくる。

 

お館様とは違うがまたカワサキ殿も紛れも無く鬼殺隊に関わる全ての父なのだ。

 

 

 

 

隠と言う黒尽くめに槇寿郎の屋敷まで連れてきて貰って夕食の準備をしていると、窓枠に黒い鳥……鴉が留まったのだが……

 

「カァーッ! 育手鱗滝左近次、桑島慈吾郎と槇寿郎帰るー。夕食の準備、準備いいぃッ!!!」

 

「キャアアアアアッ!!!シャァベッタァァァァァァァッ!?!?」

 

鴉が喋ったことに驚愕し、自分の物とは思えない甲高い声が出た。

 

「か、カワサキ殿!? どうかなさいましたか?」

 

「か、鴉が喋ったッ!?」

 

「ああ、鎹鴉ですね。父上からの伝言か?」

 

「育手鱗滝左近次と桑島慈吾郎と戻るぅ、酒に合う。夕食を頼むうう……かぁーかぁーッ!!!」

 

鳴きながら飛んで行く鎹鴉とやら、それを見て驚いていると杏寿郎が小さく笑っていた。

 

「鎹鴉は鬼殺隊に関わるとよく見ることになりますよ。偶に雀とか、梟も居ますが……」

 

「そ、そうか、覚えておくよ。ありがとう」

 

鳥が喋るのは驚くと思う、どうせなら先に教えておいて欲しかったなと思う。

 

「とりあえずお酒に合う夕食を用意しておいておけば良いと思います」

 

「そ、そうだな。驚かせてすまん」

 

喋るのを見れば驚きますよと笑う杏寿郎を見送り、煉獄家に昔世話になったと言う猟師がもって来た猪の肉に視線を向ける。

 

「……良し、決めた」

 

杏寿郎には猪肉のしょうが焼きと味噌汁と卵焼き。槇寿郎達には牡丹鍋にすることに決め、包丁を手に取る。

 

(……確か……猪肉の下拵えは……)

 

獣肉なので臭みはあるが、その臭みの大半は脂の部分だ。猪肉……部位的にはロースだな、この脂の乗り方と形を見れば間違いない。ロース肉の脂を2mmほど残して包丁の切っ先で削ぎ落とし、杏寿郎に食べさせる3枚分は厚めに切り、残りの肉は火が通りやすいように1-2mm位の薄切りにする。

 

「水の中に大さじ1の塩っと」

 

水の中に塩を入れて猪肉を水洗いする。すると水が肉から出た血で紅く染まる。そしたら水を捨てて、この工程を2~3回ほど繰り返す。塩による下味をつける効果もあり、臭み消しにもなる。

 

「うし、こんな感じだな」

 

水が紅く染まらなくなったのを確認してから鍋の中にスライスを1枚だけ入れて焼いてみる。

 

「……ん、豚肉よりさっぱりしてるな。それと塩はこんなもんか、うん、まずまず」

 

塩水で揉み洗いしたが、思ったよりも塩味は付いていない。これなら味付けに何の問題もないと判断した。

 

「猪肉は身体に良いからなあ」

 

まず猪の肉だが、猪の肉は豚に比べてもカロリーが低くコラーゲンが豊富。さらに言うと血液をサラサラにする不飽和脂肪酸やビタミンB群も豊富だ。非常に健康的な食材で女性にも勧めやすい、とても素晴らしい食材だ。

 

「ふっふっふ……少し違う牡丹鍋を堪能して貰うとしよう」

 

杏寿郎のしょうが焼きによる夕食とアイスクリームを食べさせた後。俺は槇寿郎達の夕食……牡丹鍋の準備を始めた。牡丹鍋と言えば味噌味。味噌の強い味と香りで獣肉の風味を消すという手法が一般的だ。猟師もそうすると良いと言っていたが、一般的な調理と言うことは食べ慣れているに違いない。ならば普段と違う味を楽しんで貰うことにしよう。

 

「ごぼう、大根、えのき、しめじっと」

 

旨みの強い茸類。特に味のいいしめじが良いだろう、大根やごぼうと言った根菜にネギやしょうがと言った香味野菜も臭み消しに使う。

 

「ふんふーん♪」

 

朝から作っておいた昆布出汁、煉獄家に居て一番最初に俺が手掛けたのはまず出汁作りだ。水出しが基本で、とにかく量を使うので大量に作る。氷室があるからそこで保管して置けるし、冷蔵庫がないのは不便だが、冷蔵施設があるのは助かる。保存で鮮度を維持できるが、あんまり多用するのを見られるのは余り良くない筈だからな。

 

「どれくらい食うのかな……」

 

槇寿郎と同じ位食うのかな? 下拵え多いほうがいいかなと考えながらごぼうはささがき、大根はいちょう切り、ネギは長めに3cm角で切り分けて、えのき、しめじは石突を取って水洗い、白菜、水菜は食べやすい大きさに切り分ける。

 

「よっと……む、重い」

 

台所にあった巨大な土鍋を持ち上げて釜戸の上に乗せる。そこに最初に切り落とした脂を入れて、猪の脂でごぼうを炒める。火が通り、ごぼうの香りが出てきたらネギを並べ入れて、暫く手を入れず軽く焦げ目が付くまで焼いたらひっくり返し、ごぼうとネギを鍋の縁に寄せる。

 

「灰で火加減調整をするんだよな」

 

薪が燃えて出来た灰を掛けて火を少し弱くしたら、猪の肩ロース肉を1枚ずつ並べて入れて焼くのだが、臭み消しと肉を柔らかくする為に日本酒を振り掛けたら、作っておいた昆布出汁をひたひたになるまで注ぎ、薪を継ぎ足して火を強くする。

 

「……うん、良い匂いだ」

 

湯気が出てくる頃合には猪肉から出た灰汁が浮いてくるのでそれを掬っては捨てるを繰り返す。灰汁が出てこなくなったら白菜や水菜に茸類を入れて少しの間蓋をして煮詰める。

 

「今戻ったぞッ!!」

 

槇寿郎の大声が台所まで響いてきた頃合で鍋が噴いてきたので、蓋を開けて醤油を回し掛け味を調えたら完成だ。

 

「さてと、後は運ぶだけだな」

 

コックスーツの袖を伸ばし、土鍋の取っ手を掴み俺は台所を後にするのだった。

 

 

 

 

ぐつぐつと音を立てて煮られる鍋。その下にあるのは囲炉裏ではなく、黒く奇妙な箱。

 

「なんでも西洋の道具らしいですよ、囲炉裏がない所でも食べられるので便利です」

 

「確かに便利だな」

 

余っているなら欲しいと思う。しかし後輩の家に転がり込んでただ飯を食うと言うのもなんなので、道中で買った日本酒の瓶の封を切る。

 

「あの、鱗滝さん?」

 

「左近次で構わない、それは牡丹鍋のように思えるが……色が随分と澄んでいるように見える」

 

「醤油味ですから、左近次さんは料理がお得意で?」

 

「ああ、それなりには嗜む」

 

嘘だな、自分の弟子に料理を振舞うことで人気のある左近次だ。それなりではなく、下手な料理人よりその料理の腕は秀でている。

 

「おい、あまり迷惑を掛けるなよ。味が気になるなら食べれば良いだろう?」

 

「……そうだな。邪魔をした」

 

「いえいえ、珍しい味付けが気になるのは料理人として当然ですから」

 

にっこりと笑ったカワサキは椀に3人分の牡丹鍋を盛り付けて、俺達の前に並べてくれた。

 

「ほう、確かに澄んでいるな」

 

「味噌味ではない牡丹鍋など初めてかもしれん」

 

牡丹鍋と言えば味噌味と決まっている、醤油味とはどれほどの味かと思い椀を手に取り、汁を啜る。

 

「「美味い」」

 

「うむ、やはりカワサキの飯は美味い」

 

槇寿郎だけは当然と言う感じで具材をバクバクと口に運び、日本酒を口に運んでいるが、俺と左近次は驚きが強かった。

 

「……臭みが殆どない」

 

「猪の肉はもう少し臭いんだがな」

 

味噌を使っていないのに猪の肉特有の臭みがまるでない。しかし、猪肉特有の旨みは一切損なわれていない。

 

「これはどのように味付けを?」

 

「酒と醤油ですよ。その前に臭み消しで塩水で猪肉を揉み洗いしています」

 

揉み洗い……そんな調理をするのは初めて聞いた。しかし塩水で洗えば臭みが消えるのか……驚いたな。

 

(しかし美味い)

 

酒に合う料理と頼んだが、これは本当に酒に合う。甘口の日本酒と醤油の味が利いた鍋は本当に合う。

 

「カワサキ、飯をくれ飯をッ!」

 

「はいはい、左近次さんと桑島さんは?」

 

「俺はもう少し後でいい、それと慈吾郎で構わんぞ」

 

「ワシももう少し後でいい、米を食うと舌が濁る」

 

酒も飲まず汁を啜り味を調べている左近次に苦笑し、たっぷりと出汁を吸い込んでいる大根を口に運ぶ。

 

「はふはふっ、いや! 美味いッ! 本当に良い腕をしている」

 

「お口に合ったのならば何よりです」

 

「ははははッ! これほどの味では行きつけの店の料理が美味いと思えなくなるかも知れんなッ!!」

 

味付けもそうだが、野菜の切り分け方も雑そうに見えて食べやすいように整えられている。見掛けは粗暴だが、実に丁寧な仕事をしていると感心する。

 

「槇寿郎、山盛りでよかったな」

 

「おう! これほどの味。飯が無ければ酒も進まんッ!」

 

山盛りの飯を受け取り、牡丹鍋をおかずにがつがつと掻きこむ槇寿郎。性質がさっぱりした気持ちのよい、男らしさに満ちた快男児よ、常に柱を輩出している煉獄家の家長と言うプレッシャーにも負けず実に良く頑張っている。

 

「猪肉も美味いな! はははッ!! 良いぞ良いぞ、これは気持ちよく酒も飯も食えると言うものだッ!!」

 

料理人などさほど腕の差はないと思っていたが、本当に腕の良い料理人と言うのはこうも味が違う物かと驚いた。猪肉は薄いが、それが野菜等を巻いて食べるには丁度良い厚さだ。酒を飲み、鍋を突きお代わりを繰り返しているとカワサキは鍋の中を覗きこみながら尋ねて来る。

 

「少し厚い肉も用意しておりますが、野菜と一緒に追加しますか?」

 

「「「是非頼む」」」

 

鬼退治は体力勝負だ、だから全員が大食漢だ。だが不味い飯を腹一杯食うほど辛いことはない、だが美味い飯ならば幾らでも入る。そしてカワサキの飯は極上だ、俺と槇寿郎は具材の追加を迷う事無くカワサキに頼むのだった。

 

 

 

 

 

醤油味の牡丹鍋など食べたことが無かった。だが、その味わいは絶品だ、そして猪肉の臭みもない。

 

(……なるほど)

 

猪肉から煮始め、灰汁が出たら毎度丁寧に掬い取る。そして根菜類をいれ、脂を根菜類に移し、次に葉野菜と茸類でさらに余分の脂を野菜に移すのか……。

 

(くどく無いのも納得だ)

 

味噌味の牡丹鍋も悪くないが、猪肉の旨みが損なわれる。味噌の味が強すぎるからだ、だが醤油味の牡丹鍋ならば猪の味を生かしつつ、味もいい。

 

「良い腕をしている。鬼殺隊の料理番になると言うのも納得だ」

 

「いえいえ、まだまだ修行中の身ですよ」

 

慢心しないその性格も好感が持てる、大柄ゆえに隊士も勤められると思うが……カワサキが剣を持ち戦う姿は想像出来ない。

 

「……薄切りは火の通りを良くするためか?」

 

「はい、それと脂をこそぎ落として食べやすくしています」

 

「そこだ、そこが判らない。脂を削ぎ落としているのに、何故ここまで猪の風味が生きている?」

 

猪の脂は臭みがあるが、味の決め手にもなる。だがこれは脂がないのに何故……?

 

「ああ。それでしたら、削ぎ落とした脂をみじん切りにして、具材を炒める時に使っているんです」

 

「ほう……なるほど」

 

やはり専門的に調理を学んだ男とは技術が違うなと感心する。

 

「さてと、では次はこれでどうぞ」

 

「生卵?」

 

「ええ、生卵です。これにつけてお召し上がりください」

 

生卵に具材をつける……まるで牛鍋みたいだなと思いながらも言われた通りにする。

 

「……美味い、醤油味の鍋と良く合う」

 

「あむもがもが、カワサキお代わり!」

 

「おっと俺もだ! いやあ、飯が進む!」

 

酒を飲む時は醤油そのまま、そして飯を食う時は卵で味の変化を……。このような調理法と味わい方は初めてだ。

 

「美味い食事は活力になる。お前が料理番となる事をワシは歓迎しよう」

 

猪肉の味を十分生かし、そして野菜もたっぷりと食べることが出来、肉で体を作る。ワシ達はすでに身体は仕上がっているが、若い隊士にはこの上質な食事は必要な物となるだろう。

 

「そうだな、カワサキが料理番なら死んでも戻ろうと思うぞ!」

 

「食い意地が張ってる訳じゃないがなッ!」

 

「ははは、いや、そこまで大層な男じゃないですけどね」

 

槇寿郎がお館様に紹介しようと思ったのも当然。これほどの腕の男だ、きっとホテルでも料理長を務める事が出来るだろう、これほどの逸材を手放してしまうのは惜しい。

 

「左近次さんもご飯どうですか?」

 

「いただこう、大盛りで構わないぞ」

 

「判りました」

 

穏やかな顔で笑い椀に飯を盛り付けるカワサキ。鬼殺隊と言うのは殺伐とした場所だが、それでもほんの少しの休息の時は心静かに過ごしたい。きっとカワサキとカワサキの作る食事は隊士の休む場所になる。ワシはそれを確信するのだった……。

 

 

 

 

 

山奥の小屋の中でもくもくと調理を続ける天狗の面の男性。囲炉裏の上に鉄鍋をつるし、牡丹鍋を鮮やかな手並みで仕上げていく。

 

「鱗滝さん! 今戻りました」

 

「戻りました」

 

「錆兎、義勇大分早く山下りが出来るようになったな。そろそろ次の修行に入るか」

 

「「はいッ!!」」

 

宍色の髪に口元に傷のある少年と黒髪の少年が嬉々として返事を返す、カワサキとの出会いから10年。鱗滝左近次は隊を引退し、水の呼吸の育手となっていた。

 

「今日は牡丹鍋ですか?」

 

「ああ、そうだ。肉と野菜を食い、米を喰らい体を作る。食べることも修練だ」

 

山盛りによそわれた白米と牡丹鍋を見て錆兎と義勇の2人は元気よく返事を返す。

 

「鱗滝さんの料理はとても美味しいので沢山食べられます」

 

「……ます」

 

「はははッ! そうか、だがな、ワシの料理は鬼殺隊の料理番カワサキ殿に教わった物だ。2人が最終選別に向かう時には会う事もあろう」

 

最終選別のやり方に異を唱え、それを強引に押し通したカワサキの姿を思い浮かべ鱗滝は豪胆に笑う。

 

「最終選別の前にお会いするのですか?」

 

「そうだ。カワサキ殿は最終選別の前の腹ごしらえとして料理を振舞ってくれる。そしておにぎりを2つだけ持たせてくれる、だが忘れるな。めいっぱい食っては鬼に殺される、動けなくなるほどに飯を食うんじゃないぞ」

 

最終選別に挑む者に食事を振る舞い、7日間の食料としては余りに心もとないが、2つのおにぎり、そして……選別を断念する為の特別な文。それら全てはカワサキ殿の意見で採用された物だ、料理番として入ったカワサキは、今ではお館様の料理番。

 

(時の流れは速い)

 

「明日も早い、食べたら身体を休めるといい」

 

「「はいッ!」」

 

元気よく返事を返す2人に天狗の面の下で笑みを浮かべる鱗滝。錆兎と義勇が最終選別に旅立つのはまだ先の事だが、己の元からただの1人も隊士が生まれていない事、そして最終選別から戻った子供が1度も己に会いに来ないこと……何かが最終選別の行われる藤襲山で起きている事を直感で鱗滝は感じていた。

 

(どうか無理をしないでくれ)

 

自分に育手の才がないのかと悩んだ事もある。それでも己は育手を止められぬ、錆兎と義勇の2人はきっと隊士になってくれる。そんな期待を抱きながら、お代わりと満面の笑みを浮かべる2人の椀に牡丹鍋のお代わりを鱗滝は注ぎいれるのだった……。

 

 

 

 

メニュー5 スイートポテトへと続く

 

 




ちょっと時系列がよく判っておりませんが、槇寿郎の先輩に鱗滝さんと桑島さんがいたと言う設定で行こうと思います。次回はわっしょいをやりたいかなっと思いますね。それかどこかで時間軸飛ばしてもいいかなとか、色々考えて見たいと思います。それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

メニュー5 スイートポテト

メニュー5 スイートポテト

 

左近次殿と慈吾郎殿が俺の屋敷に泊まった次の日の朝。カワサキが朝食の席で口にした言葉に俺達は目を見開き、カワサキの言葉を復唱していた。

 

「「「超……回復?」」」

 

「西洋の方では一般的なんだが、鍛錬をしていると腕とか足とか痛くなるだろ?これが筋肉痛って言うんだけど、その状態で鍛錬しても効果はあんまり出ない訳だ。そもそも筋肉が付くのは筋肉痛の後になるらしいから、筋肉痛のときに訓練をすると悪い癖が付いたりするわけだ」

 

味噌汁を啜りながら言うカワサキの言葉は目から鱗だった。西洋で学んでいたカワサキの知識は俺達の理解を超えていると言う事を改めて実感した。

 

「その状態で鍛錬をするとどんな悪影響がある?」

 

「そうだな、簡単に言うと筋肉の痛みを我慢する為に腕や足に負荷を掛けない動きが癖になる。後は、腕や足の動きも悪い癖が付き易いな」

 

……3人とも黙り込む。確かに、全集中の呼吸をしていると身体の中まである程度は把握できるが、確かに鍛錬に励みすぎた次の日は動きが鈍かった。

 

「ではその筋肉痛とやらの時はどうすればいい?」

 

「日によって鍛錬で掛かる負荷の場所を変えたり、軽いストレッチ……んんっ!柔軟や座学とかで軽めの運動にする。そして上質な蛋白質、肉や魚をたっぷりと取って1日休みを入れる事で筋肉が回復しやすい状態を作る事でより良い筋肉がつけられる。それとあんまり幼い内に過度に筋肉に負担を掛けると背が伸びなくなる」

 

「……何?」

 

「杏寿郎は頑張ってるみたいだけど、たまには休みを入れる事も大事だと思う。背が伸びなくなると不味いんじゃないか?」

 

背が伸びなくなる……それは鬼殺隊になろうとする者にとっては致命的だ。鬼と戦うにはある程度の上背が必要だし、筋力や体力は勿論、身体が小さいという事は全集中の呼吸の力も十分に引き出せないと言う事につながりかねない。

 

「助言感謝しよう。少し鍛錬を見直してみるか……」

 

「偶に休みがあれば励みにもなると思うぞ?」

 

休み等と考えた事は無かったが、必要な事となればそれを知る必要があるだろう。後で詳しく聞いておこうと思う。

 

「カワサキ殿、ワシも詳しく聞きたい」

 

「うむ。育手としてワシも左近次も手探りの状態だ。それで何かが変わるとなればワシも聞きたい所だ」

 

弟子を育てるという事は難しいと言う事を改めて思い知らされた気分だな。

 

「じゃあ、朝食が終わったら俺の知っている限りの事を説明するよ」

 

お館様の言っていた通り、カワサキは鬼殺隊を変える。その事を俺だけではない、左近次殿と慈吾郎殿達も改めて実感した瞬間だった。

 

 

 

 

 

槇寿郎の杏寿郎へのトレーニングが過酷に見えて言った事だが、やはり大正時代は身体に対する理解も、食事に対する理解も足りていないと言う事を改めて知った気分だ。

 

(まぁ、これで何とかなれば良いが……)

 

適切なトレーニングと食事を取る事で身体はより強い物になるだろう。鬼を間近で見た事はないが、死亡率が高いと言うことはユグドラシルの異形種と人間の身体能力の差と同じ位の差はあるに違いない。少しでも手助けして、死人が減れば良いが……と思うのはきっと傲慢なんだろうな。だが、それでも知人に死んで欲しくないと思うのは「人」として当然だと思う。

 

(人じゃない、俺が何を考えているんだろうな)

 

何処まで行こうと俺はクックマンが正体である。老いる事はない、だが人としての「川崎雄二」は削れて行くだろう。まだ正常な思考が出来る内にやれる事は全部やっておきたいと思う。

 

「……っと、いかんいかん」

 

時間を計っていたタイマーの鳴り響く音で思考の海から引き上げられた。蒸かしていたさつまいもがいい塩梅になっているな。

 

「あっちち…」

 

さつまいもの皮を剥いて、ボウルの中に次々放り込んでいく。杏寿郎もよく食うが、槇寿郎も実によく食べる。杏寿郎だけに渡す訳にはいかないので、槇寿郎と瑠火さんの分も作ろうと思う。

 

「でも、半端無く高いなあ……」

 

牛酪……つまりバターが尋常じゃなく高かった。勿論蜂蜜もだが……リアルより物価高いんじゃないかと心から思う。芋が温かい内に潰して、牛乳、バター、蜂蜜、卵黄を加えたら、砂糖と隠し味の塩も加えて滑らかになるまで混ぜ合わせる。

 

「ちょい、牛乳が足りないな」

 

芋が大きかったからかぱさぱさしていたため、牛乳を継ぎ足して、更に混ぜ合わせる。牛乳を少し増やした事で滑らかになったので、それを匙で形を整えてバターを引いた鉄鍋の中に丁寧に並べて焼いていく。

 

「オーブン……欲しいなあ」

 

この時代には初期型のオーブンとか、冷蔵庫とか、ガス台とかあるはず。そう言うの何とかならないかな……と心から思う、竈オンリーではやはり調理の幅が狭まるんだよなあ……。

 

「よっと」

 

まぁ、出来ないことはないんだが…俺の理想とするスイートポテトと比べるとやっぱり不恰好だよなと思いながらひっくり返し、もう片方の面を焼き始める。

 

(あとは、うーん……駄目だな、必要な物が多すぎる)

 

1度あれが欲しい、これが欲しいと思うと必要な物がどんどん思い浮かぶな……ちょっと考えないようにしよう。

 

「良し、最後にっと」

 

両面しっかりと焼けたら、表面になる部分に溶かした卵黄を刷毛で塗りもう一度ひっくり返して少しだけ焼く。卵黄がこげて焼き色が付いたら完成だ。

 

「後はホットミルクでも作るかな」

 

スイートポテトは口の中がぱさつく、しかしお茶と言うのも洋菓子には余り合わないし、紅茶もコーヒーもあることにはあるが受け入れられるか不安があるので牛乳を温めて蜂蜜を中に溶かし込むことにするのだった……。

 

 

 

 

 

今日の鍛錬は休みと言われ、道場の縁側に父上と母上と共に座るのだが……お、落ち着かない。

 

「父上、急に鍛錬を辞めろとはどういうことなのですか?」

 

「……うむ、カワサキに聞いたのだが、鍛錬を続けて身体が痛い時に鍛錬を行うと悪い癖が付くそうなのだ」

 

「よもやッ!真なのですか!?」

 

カワサキ殿が嘘を言うとは思えないが、今までずっとそうしてきたのでそれが悪い事と言うのは初めて知った。

 

「それと、過度な鍛錬は背が伸びなくなると……」

 

「……え?わ、私はもう背が伸びないのですか?」

 

「いやいや、そう言うことでは無い……無いと思う」

 

自信なさげな父上の姿に私もおろおろしていると、母上がくすくすと笑う。

 

「大丈夫よ、そうならないように教えてくれたのです。杏寿郎の背はまだ伸びますよ」

 

「そ、そうですよね!大丈夫ですよね!」

 

手遅れならカワサキ殿は黙り込むに違いない、だからきっと大丈夫……大丈夫だと思いたい。

 

「効率的な鍛錬の方法としてカワサキに色々聞いた、それを踏まえてもう1度鍛錬の内容を見直してみようと思う。おれ自身にも必要な事だと思うからな」

 

長く現役で居たいのならばと言われれば、それに従うしかあるまいと父上は苦笑いを浮かべた。

 

「はい、お待たせ。約束していたさつまいもの菓子を作ってきたぞ」

 

カワサキ殿が盆の上に山盛りのお菓子を持ってきてくれたので思わず縁側から立ち上がった。

 

「芋金団ですか?」

 

「いや、これはスイートポテトって言うんだが……確かに芋金団だな。うん、西洋風の芋金団だ」

 

外つ国にも芋金団があるとは驚きだ。しかし……何と鮮やかな色か。それにこの甘い香りが鼻をくすぐる。

 

「お前は本当に器用だな」

 

「菓子は専門じゃないけどな。それなりには作れる。それなりにだけどな」

 

カワサキ殿の腕前でそれなりでは、きっとこの近辺の料理人等は料理人と名乗る事すら難しいだろう。

 

(俺もカワサキ殿のような男になりたいものだ)

 

自分の腕を鼻に掛けるのではなく、常に謙虚だ。しかし、それでいて誰かの為に行動出来るカワサキ殿は尊敬に値する人物だ。

 

「どうぞ、口に合えばいいんだけどな」

 

温めた牛乳を湯呑みに淹れているカワサキ殿に頂きますと言って、西洋風芋金団を口に運ぶ。

 

「うまい!うまい!わっしょいッ!わっしょいッ!!」

 

芋金団よりも舌触りが良く、食べる前から感じていた香りも実際に口に含むと数段よく感じる。

 

「うむ、確かに美味い」

 

「ですね、とても上品な味がしますね」

 

「はは、そんなに大層な物ではないんだがな」

 

大層な物ではないと言うが、この芋の甘さが口一杯に広がる。しかし芋だけでは出ない味までする。頭の中をさっきから神輿が行ったり来たりしているのが良く判る。

 

「わっしょいッ!わっしょい!!美味い!美味い!」

 

手が止まらないという事はこの事だろう。蒸かし芋、焼き芋、天ぷら、味噌汁。今まで食べた薩摩芋料理の中でこれは一番美味しいかもしれない。

 

「芋金団なのにとても滑らかですね」

 

「牛乳と牛酪、それと蜂蜜と卵黄を潰した薩摩芋に混ぜ込んでますからね、とても舌触りがいいでしょう」

 

「……牛酪まで使っているのか」

 

「西洋の菓子では牛酪は必須だよ。風味と味が良くなる」

 

アイスクリンも高級品だが、牛酪まで使って作っているこの西洋風芋金団もとんでもない高級品なのでは……。殆ど無くなった西洋風芋金団を見てとんでもない事をしてしまったのではと今更ながらに思った。

 

「ん?どうした?もっと作ろうか?種はあるからまた作れるぞ?」

 

「ああ、いえ、その……「子供は沢山食べて、遊んで、寝て、でっかくなるのが仕事だ。遠慮するな、まだ作ろうか?」……はい!お願いします!」

 

こんなに美味しいのだからもっと食べたい。そう思ってしまったらもう止まらない。温かい牛乳を飲みながらカワサキ殿が戻ってくるのを縁側に座って待つ。

 

「適度な休みも大事と言う、今度釣りにでも行くか」

 

「はい!行きます!」

 

カワサキ殿が来てから我が家が良い方向に回っているように思える。

 

「けほ、こほ」

 

「風邪か?大丈夫か瑠火」

 

「大丈夫ですか?」

 

軽く咳き込んだ母上に父上と共に大丈夫ですか?と尋ねる。母上は柔らかく微笑みながら、温かい牛乳を口にする。

 

「大丈夫ですよ。母は元気です」

 

そう笑う母上に私も父上も安堵したが……その小さな咳が後々、煉獄家を根底から崩しかねないことになる事を今の俺も父上も想像すらしないのだった。

 

 

 

メニュー6 手まり寿司へ続く

 

 




煉獄家の穏やかな日常に翳りの兆しですね。次回は伊黒さんを出そうかなとか思いますね、カワサキメンタルケア第一患者になってもらおうと思います。伊黒さんは煉獄さんの幼馴染でいいでしょう、うん。大丈夫な筈……多分きっとメイビー。カワサキメンタルクリニックも開業です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

メニュー6 手まり寿司

メニュー6 手まり寿司

 

何?カワサキさんの事を教えて欲しいだと?

 

貴様本当に鬼殺隊か?鬼殺隊にいてカワサキさんに世話になっていないものなどいない、まさか排除しようと騒いでた馬鹿者共の生き残りか。

 

何?今年入隊したばかり、通りで線は細い、筋力も無いわけだ。

 

まぁ良い、カワサキさんはとても穏やかな人だ。それに話も良く聞いてくれる、俺も世話になっている。

 

だがそれに甘えて下らない話をしにいこうなんて真似をするなよ。

 

あの人は何時休んでいるかも判らないほどに働き詰めだ。無駄話や下らない話であの人の時間を使わせるな、良いな?判ったな?

 

判ったのなら良い、カワサキさんは鬼殺隊に必要な人だ。下らない嫉妬やいらぬ疑惑で害なそうとするんじゃないぞ、良いな?

 

ただでさえ今はカワサキさんの場所を休憩所か何かと思って入り浸っている連中が多いからな。

 

まぁ迷惑を掛けなければいいとは思うがな……。

 

カワサキさんは本当に良い人だ、俺にも本当に良くしてくれた。

 

それに本当に不思議な力を持っている。だが勘違いするなよ、あれは鬼共とは違うからな?

 

人を救える人、どこまでも優しいあの人を鬼だと排除しようした馬鹿共と同じ様な真似をするなよ。

 

まぁ、そんな事をすれば柱が総動員になるがな、それに一応護衛もどきもいることだしな、2度とあんな事にはなるまい。

 

俺もあの人に迷惑をかけた口だが……それでもあの人は優しく出迎えてくれる。

 

帰る場所がある。迎え入れてくれるという事は鬼殺隊ならばそのありがたみはよく判る筈だからな……。

 

 

 

 

厨の片づけをしていると杏寿郎が肩を落として返ってきた。その手に載っている盆には手が付けられた痕跡も無いおじやが冷めた状態であった。

 

「今日も駄目でした……」

 

「そっかあ。すまないな、杏寿郎。いやな事をさせてしまった」

 

「い、いえ、私も伊黒と友達になりたいと思い、不躾に踏み込んでしまったのかもしれません」

 

1週間ほど屋敷を出ていた槇寿郎が連れて帰って来たのは、左目が青緑、右目が黄と珍しいオッドアイの少年だった。鬼の生贄として育てられたと聞いて色々と気遣ってみたのだが、その全てが悉く裏目に出ている。

 

「1回槇寿郎に詳しく話を聞いてみる事にする。明日も早いから、今日はもう寝なさい」

 

「はい……」

 

肩を落として厨を出て行く杏寿郎。その姿を見送り、冷えたおじやを口にする。

 

「……美味いけどなあ、味が合わないのか……」

 

鶏出汁が良く利いた美味しいおじやだ。冷えているけど、十分に美味いし、何よりも食べ物を粗末に出来ないので残ったおじやを食べ終えてから槇寿郎の部屋へ向かう。

 

「槇寿郎、ちょっと良いか?」

 

「……しばし待て」

 

うん?槇寿郎の声も暗いな……元が快活だから落ち込んでいるすぐ声に出るんだよなと思い。呼ばれるまで落ち込んでいる理由を考えてみる。

 

(瑠火さんか?……でもあれはおめでただったし……)

 

食事に回復魔法を付与してるから前よりかは元気になっている筈だし……おめでたで落ち込むとかありえないと思うんだけどな……うーん、そうなると鬼の事かな?

 

(でもなあ、俺鬼殺隊の事判らんし……しかも聞けねえ)

 

あくまで料理人なのでそこまで踏み込むのもなぁと思っていると入ってきてくれと言う声が聞こえたので部屋の中に入る。

 

「すまないな、少し調べ物をしていた」

 

古い和綴じの本を大事そうに漆塗りの箱にしまう槇寿郎にこっちこそすまないと声を掛けてから、槇寿郎が連れてきた少年……「伊黒小芭内」について尋ねてみた。

 

「食事を口にしないのか……」

 

「ああ、汁物はとりあえず飲んでくれるから胃が弱ってるのかと思って、粥やおじやを試したが……こっちはまるっきり手をつけなくてなぁ……何か心当たりが無いかと思ってな」

 

人間生きるのには飯を食う必要がある。だが小芭内は食べる事を拒否し、自ら死に向かおうとしているように見える。これは何か理由がある筈だ、そうでなければあんな幼い少年が空腹に耐え、ほぼ1週間も絶食に近い状態に耐えれる訳が無い。

 

「……あの子は鬼に支配された一族の2人だけの生き残りだ。300年ほど鬼に旅人を食わせ、その持ち物を売り払い、そして自分が産んだ子供を鬼の捧げ物にし、働きもせずしかし鬼が殺した旅人の持ち物を売る事で豊かな暮らしをしていた伊黒の家の370年ぶりの男子だった」

 

「その一族糞じゃねえか……」

 

頭痛がした。自分達が楽をして生きる為に人を殺し、しかも自分が産んだ子供まで犠牲にするとか糞にも程がある。リアルでもいないぞ……そこまでの外道は……あの荒廃した世界よりも豊かな癖にどうなってるんだよ、大正時代。

 

「……あの子が口に包帯を巻いていただろう?」

 

「怪我をしてるんじゃないのか?」

 

「違う、鬼に自分と同じ口になるように口を裂かれたので、それを隠すために包帯を巻いているんだ。それに、生き残った従姉弟にはお前のせいで、五十人死んだと、あの子が殺した。だから大人しく喰われていれば良かったなんて酷い言葉を投げかけられた。俺は……間違えた、血族だからと……会わせてやるべきだと思ったんだ。まさかそんな事を言うなんて思ってもみなかった……」

 

槇寿郎は小芭内の姿に杏寿郎の姿を見たのだろう。家族が恋しい筈だと、そして従姉弟も生き残った家族との再会を喜ぶと思ったのだろう。

 

「お前のせいじゃない、槇寿郎は間違った事はしなかった」

 

「……それでもだ。俺はあの子を深く傷付けてしまった……もっと早く、あの鬼を退治していれば……やはり……」

 

「やはり何だ?どうした?」

 

槇寿郎の様子がおかしい……何か、何かある。

 

「……いや、すまない。大丈夫だ、まだ俺は心を燃やせる。まだ……大丈夫だ」

 

これ以上は深く踏み込めないか……何か、槇寿郎も何かその心に闇を抱えている。それを聞き出すには、まだ俺の信用が足りないか……。

 

「すまない、あの子を頼む。カワサキ」

 

「……ああ、任せてくれ」

 

本当はお前も助けたいんだけどなと思いながら、今の俺にはそこまで踏み込む、いや踏み込めるだけの信頼がない……か。槇寿郎に背を向けて、俺はその場を後にする事しか出来なかった。

 

「……誰ですか?」

 

「よう、邪魔するぜ」

 

そのままの足で小芭内の部屋へと向かう。今は少なくとも、槇寿郎の後悔の種となっている小芭内を何とかしない事には槇寿郎と話をする事も出来ない。

 

「……煉獄家の方でしょうか?」

 

「うんや、俺もお前と同じ居候。料理人をしているカワサキと言うもんだ」

 

俺の言葉にはっとした表情の小芭内は深く頭を下げた。

 

「申し訳ありません、いつもお食事を残してしまい「ああ、違う違う。怒りに来た訳じゃねえ、話に来たんだよ」……話ですか?」

 

きょとんとした顔をしている小芭内。自分が食事をしないのでそれを怒りに来たとでも思ったんだと思うと、思わず笑ってしまう。

 

「話がしたい。ただそれだけなんだよ、ちょっと菓子も持ってきたから食べれるなら食べな」

 

スイートポテトの残りを見せると、小芭内は一瞬手を伸ばしかけたが、それを引っ込めた。

 

「すいません、食べたくありません……ごめんなさい」

 

首に巻いている蛇が心配そうに顔を寄せ、小芭内がその頭を撫でると蛇は俺に視線を向ける。それは言葉ではなかったが、俺に何かを訴えかけているように見えた。

 

(判ってる、判ってるさ)

 

食事をしていないので明らかに身体に力が入っていない。それに顔色も悪い、それにしてもこの蛇は随分と賢いな、言葉も理解しているんじゃなかろうか。

 

「いや、無理に食えとは言わないさ。机の上においておくから気が向いたら食べてくれ」

 

俺は気にしていないからと頭を撫でようとすると、小芭内は凄まじい勢いで後ずさった。

 

「触らないで……きた……ごめんなさい、ごめんなさい」

 

「ああ、すまんな。俺も気遣いが足りなかった。また来るよ」

 

そう言って小芭内の部屋を出る、厨に向かいながら俺は1つの事を確信していた。

 

(PTSD……か)

 

かなり重度のPTSDを発症していると確信した。汚いと言おうとしたのは俺にではない、自分の事だろう。小芭内の家がしていたことを知り、その血が流れていること、そして罵倒されたとしても自分もその一族だからとその業を背負おうとしている。

 

「なんとまぁ……難儀なもんだ」

 

リアルでも色んな家を見てきたし、色んな闇を背負っている者を見てきたが、大正時代でもリアルよりも酷い事があるんだなと俺は驚いた。

 

「……でもまぁ、いらないおせっかいを焼かせてもらうかね」

 

こうして関わった以上、見て見ぬ振りをするつもりもない、それに10歳前後の子供がそこまでの業を背負うこともない。

 

「子供は笑って食って遊んで寝てこそだよな」

 

まだ甘えられるうちは甘えていればいい、無理に大人になる必要はないのだ。

 

「やれるだけやってみるかあ」

 

既に傷が塞がっているのでどれくらい治癒のバフが効果を発揮するか判らないが、それでも少しでも小芭内の背負っている業が軽くなればと思い、俺は厨に足を向けたのだった。

 

 

 

カワサキと名乗る大柄な男性が訪れ、私と話をしてから朝昼晩と汁物が置かれていた。

 

(……これなら)

 

口元の包帯を解いて、耳元まで裂けている口をあらわにして匙で汁を口に運ぶ。

 

(……温かい)

 

汁物の熱が全身に染み渡っていく、槇寿郎殿に何かを聞いたのか固形物は一切運ばれなくなった。この口では固形物を食べたら口からどんどん零れ落ちてしまう、だからこそ食事を拒否した。丁寧に作られていて、自分の事を思ってくれる料理も口に出来ない、零してしまう。それがとても申し訳なかった。

 

(この穢れた血は1度死ななければ……)

 

業の深い伊黒の血を引いている……この家の人は皆優しい、だからこそこんな穢れた私がいて良い場所ではない。

 

「シャー」

 

「鏑丸。大丈夫だよ、お前は食べな」

 

鏑丸用の生肉まで用意してくれていることに感謝し、汁を啜っているとカッと身体が熱くなる。

 

「うっ……まただ」

 

温かい汁物を飲んでいるから、なんて理由ではないそれは別の熱が身体を覆うのが良く判る。これは何なのだろうか……汁を飲み終え、引きっぱなしの布団に横たわる。そんな毎日を過ごしているある日の夜……

 

ぽきゅぽきゅぽきゅ

 

と言う奇妙な足音を聞いた。その音に伊黒の家にいた蛇の鬼を思い出し恐怖で身体を強張らせた。

 

「※■▲※?☆」

 

なんか訳の判らない言葉を呟き、ぽんぽんっと布団の上から身体を叩いてその何かはまた奇妙な足音を立てて消えていった。そして次の日の朝……

 

「な、なんで……」

 

いつものように包帯を口元に巻こうとした時、鏡を見て目を見開いた。耳元まで裂けていた傷が頬の中ほどまでだが塞がっていた、都合のいい夢を見ているのかと思い指で何度もなぞるがとても耳元まで裂けていたとは思えない。まだ傷跡は残っているが、それでも口は少しだけだが人間に近づいていた。

 

ぽきゅぽきゅぽきゅ

 

と言う足音は夜の度に響き、そして朝になると少しずつ少しずつだが傷跡が塞がっていた。

 

「……夜中に奇妙な足音を聞いて、朝起きると傷が少しずつ小さくなっているんです。槇寿郎殿」

 

足音が聞こえなくなってから口の跡は小さくなっていた。今では僅かな傷が残るだけとなっている。

 

「……座敷童ではなかろうか?」

 

「そうでしょうか……」

 

座敷童と言う妖怪の存在は知っているが……なんでと言う気持ちがないわけではない。だが傷跡の消えた口元を見ると少しだけ許されたような……そんな気持ちになる。

 

「きっとお前が背負う必要はないと持って行ってくれたのだ。幸せに生きろということなのではなかろうか?」

 

「そんな……この穢れた私がですか」

 

「穢れたなどと言うな。幸せに生きろ、俺も瑠火もそう願っている」

 

本当にこの人達は優しすぎる……その優しさがいつか害をなすんじゃないかと心配になる。

 

「それかきっと、お前の優しさを知ったおせっかいな神が治してくれたのかもしれないな」

 

とにかくそれでカワサキの食事が食べれるじゃないかと笑う槇寿郎殿に頭を下げて、与えられた部屋に戻る。

 

「いいのだろうか……許されたのか……」

 

この身体に流れる罪深い血が許されたのか、本当に毎夜現れるあの奇妙な足跡の主は神なのかと答えの出ないことを考えていると襖が開いた。

 

「槇寿郎から聞いてきた、なんでも食欲が出てきたらしいな」

 

「え、あ、いや……」

 

しどろもどろに返事をしている間にてきぱきと御膳を用意されてしまった。

 

「食べられるだけで良い、無理だったら残してくれていいから食べてくれよな。食べないと死んでしまうからな、食べる事は生きる事だ。俺も、槇寿郎達も小芭内に生きて欲しいと願ってる」

 

そう笑って部屋を出て行ったカワサキ殿。御膳の上を見ると小さく丸められた米の上に魚の切り身が乗せられていた、それに澄んだ汁物も一緒だ。

 

「……シャー?」

 

生肉を食べている鏑丸が食べないのか?と言っている気がして、1つだけと思い小さく丸められたそれを口に入れた。

 

「……」

 

涙が出た。口から食べた物が零れないことに泣いた訳ではない、1つ1つに込められた思いみたいな物を感じ取ってしまったのだ。

 

「……美味しい」

 

「シャー」

 

鏑丸が良かったと言っている。1口サイズの寿司は食べやすく、そして醤油が塗ってあるのかそのまま食べても美味しい。

 

「……卵」

 

卵に包まれた寿司は卵の風味と寿司酢の酸味が口の中に広がっていく。

 

(食べてもいいのだろうか)

 

食べることは余り好きじゃない、穢れた身体が大きくなることは好きではないから……だけど手が止まらない。

 

「……美味しい」

 

海老が丸められて、2匹乗せられたそれはぷりぷりとしてて、食感が実に楽しい。

 

「……ひっく……」

 

食べる事は生きる事、生きていて良いのだろうか……この呪われた自分が生きていていいのか、幸せになっていいのか。1つ食べるごとにそんな考えが脳裏に浮かんでは消えていく……

 

「……美味しい、優しい味がする」

 

座敷牢での食事はただ量が多いだけだった。だけど、この料理は凄く優しい味がした。

 

「全部食べられたみたいだな、良かった良かった」

 

「ご、ご馳走様でした」

 

「よしよし、子供は腹一杯食って、寝て遊べ。急いで大人になる必要も、何かを我慢する必要もない。何かあったら声を掛けてくれよ」

 

「……はい」

 

父と言う存在は知らないが、もしいれば……こんな感じなのかもしれないと御膳を片付けて、部屋を出て行くカワサキ殿の背中を見て思ったものだった。

 

 

 

 

「カワサキさん、少し頼みがあるんだが」

 

「座れ座れ、立ち話もおかしな物だろ?」

 

休憩時間に顔を見せた小芭内にカワサキは笑顔で座るように促し、お茶とお茶請けに大福を差し出す。

 

「その、無理な頼みだというのは判っている。来週……甘露寺とその花見に行く、その……」

 

迷惑を掛けるなと隊士に言っておきながら柱である自分が迷惑をかけているという自覚があるのか、しどろもどろになる小芭内。だがカワサキはそんな小芭内を見て笑う、その笑顔は微笑ましい物を見ているといわんばかりの柔らかい笑みだった。

 

「お弁当だな、判った。作っておくよ」

 

「……良いのか?」

 

「ああ。良いとも、早朝に取りにおいで、用意しておくから」

 

「……ありがとう」

 

「今から任務か?ちょっと待て」

 

カワサキはそう言うと火打石を持ってきて小芭内の後ろで切り火をする。

 

「気をつけて、ま、柱に言う事じゃねえわなあ」

 

「いや、ありがとう。行ってきます」

 

「おう、行ってらっしゃい」

 

カワサキに見送られ、カワサキの姿が見える間はゆっくりと歩いていたが、その姿が見えなくなると呼吸を使い凄まじい勢いで山の中に消えていく小芭内。

 

「シャー」

 

「ああ、判ってる。任務が終わったら市場に寄ろう、お土産くらい持って行かないとな」

 

「シャー♪」

 

鏑丸の楽しそうな鳴き声に小芭内も笑みを浮かべる。何時だってお帰りと行ってらっしゃいを言ってくれるカワサキの所はやはり、隊士にとって帰るべき場所なのである、それは柱であろうと下級隊士であろうとも変わらないただ1つの事なのだった。

 

 

メニュー7 炊き込みご飯へ続く

 





ここの所は煉獄家の話が続いていましたが、次回はちょっと時間を飛ばして、煉獄家と関係のない話をかいてみようと思います。と言っても、メニューのタイトルで誰か判ると思いますけどね、あ、後関係ないですが、混沌の魔法使いは「おばみつ」を推しております。それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

メニュー7 炊き込みご飯 その1

メニュー7 炊き込みご飯 その1

 

カワサキさんがどんな人物か……か、とても穏やかでそして心優しい人物だ。

 

南無阿弥陀仏、あの人がいなければ私は今岩柱として鬼殺隊にいる事はないだろう……。

 

確かに私に鬼殺の道を示してくれたのは先代炎柱である煉獄槇寿郎様だ。

 

そして私の子らを保護してくれたのも煉獄槇寿郎様だ。

 

だが、断ち切れ掛けた家族の絆を繋いでくれたのはカワサキさんだ。

 

あの人がいなければ、きっと私は多くの事を間違えただろう……。

 

南無阿弥陀仏……忘れるな、カワサキさんは全ての柱に慕われている。

 

そして育手達にもだ、確かにあの人は隊士ではない、だが鬼殺隊に必要な方なのだ。

 

何故と思うかもしれないが、それが判る時が何れ来るだろう……。

 

 

 

 

 

山奥の寺の前に2人の男の姿があった。1人は短く刈り込まれた黒髪の大男ともう1人は金と赤と言う非常に派手な髪をした男だった。

 

「……だーれ?」

 

「すまないな、ここの責任……うーん。一番大人の人を呼んでくれるかな?」

 

「ぎょうめいさん?うん、判ったー」

 

黒髪の男……カワサキに言われた幼い少女はにぱっと笑い寺の中へと駆けて行く。そんな姿を見ながら俺は寺の奥に広がる山を見据えた。

 

「カワサキ……時間はさほどないぞ」

 

「判ってるさ。この近辺の藤の家の人に紹介してもらったんだ、拠点はここしかない」

 

古びた廃寺と言っても過言ではないボロボロの寺を見て溜め息を吐く、いや寺を見て溜め息を吐いたのではない、屋敷に残してきた杏寿郎と瑠火が心配でしょうがない。

 

「時間はある……まぁ俺のせいだからそこまで言えることではないが……」

 

「いや、お前のせいであるまい。早く見つけて屋敷に戻ろう」

 

「ああ、そうだな」

 

身重の瑠火だが、産婆だけでなく病の医者にも掛かっている。このままでは息子と引き換えに瑠火が死ぬ事になると聞いた俺は腕のいい医者を探そうとお館様に頼もうとした。だがそれにカワサキが待ったを掛けた。

 

『助ける方法はある、その為に俺達が初めてあった山に落とした俺の鞄が必要だ』

 

カワサキは料理人でこそあれ、医者ではない。だが俺は怒りを覚えるよりも先に、もしやと思ったのだ。

 

「小芭内の口を治したのはお前だな?お前は何だ?鬼ではないが……人間でもないな?」

 

判っていた。カワサキは普通ではないという事は…それでもこの気のいい男は、まるで10年来の友人のように思えていた。

 

「……まぁ人間じゃないなあ、うーん……座敷童的な……いや違うな、鶴の恩返しのような……」

 

「妖怪か?」

 

「正直俺も良く判らん。ただそうだな……人に害をなすことは無い、信用するしないはお前次第だが、俺は瑠火さんを助けたい。そこに嘘偽りは無い」

 

その真摯な言葉と瞳を俺は信じた。人間では無いとしてもカワサキを信じたいと思ったのだ。

 

「なら時間が無い、医者と護衛が着き次第出立しよう」

 

カワサキの荷物を見つけることが出来れば瑠火を救う事が出来る……それを信じて俺とカワサキはこの山に訪れていた。

 

「鬼の伝承が色濃く残る土地だ。夜の捜索は鬼が出るだろう」

 

「それでもだ。やるしかない」

 

「ああ、判っている。俺は柱だ、そこいらの雑魚鬼に遅れは取らん」

 

仮に胸に灯る炎が弱くなっているとしても……それでも妻とまだ見ぬ息子を死なせる訳には行かない。親として、父として、夫として俺は成すべきことを成す……今はそれだけを考える。余計な事を考えると再び心に灯る炎が弱くなってしまう気がするから……。

 

「お待たせいたしました。この寺の責任者の悲鳴嶼行冥と申します」

 

少女に手を引かれてきたのは上背こそあるが痩せ細った盲目のまだ少年と呼べる年頃の青年だった。

 

「ぎょうめいさん、お客さんはこっちだよ?」

 

「ああ、そうでしたか……申し訳ありません」

 

手を引いている少女に促され、行冥の視線が俺達に向けられる。

 

「それで何の御用でしょうか? ここは子供しかおりませぬが……」

 

盲目ではあるがこの寺を護っているのは紛れも無くこの男だ。子供に手を引かれているのは一種の擬態だな、油断無く構えているのを見れば俺達が子供達に害を成すと判断すればこの細腕で抗う覚悟が既に出来ている。

 

「山下の村の藤堂殿に言われてきた。この山の中に探し物がある。数日の間泊めていただきたい、無論只とは言わん。宿泊する期間は金を払う、それに」

 

隣のカワサキの背を押して前に出す、行冥は少し驚いた様子だが顔を上に上げた。

 

「料理人をしているカワサキと言う、滞在する間腕を振るわせて貰おうと思う。食材はこっちで持込だ」

 

「……このようなボロ寺で宜しいのですか?」

 

「ああ、ここじゃないと駄目なんだ。探し物はこの先の山でな……腰を据えて探したい」

 

カワサキの荷物があると思われる場所の近くまでは来た…だが、ここからが問題なのだ。カワサキ自身がどこで落としたかも判らないとなればこの広い山を虱潰しに探すしかない…だが、毎回山を登って来ては体力を消耗する一方だ。ならばこの古寺に泊まるのが最適なのだ。

 

「……判りました。あまり大したおもてなしも出来ませんが……どうぞ御緩りと……沙代、寺の中を案内し子供達に紹介してやっておくれ」

 

「はーい、おじちゃん達、こっちだよ!」

 

俺とカワサキを呼ぶ少女の後を歩き、寺の中に足を踏み入れる。あちこちから感じる観察するような視線はこの寺に住む子供の物だろう……伺うような、警戒するような視線を感じながらも俺を前を見る。

 

(待っていてくれ、瑠火……)

 

なんとしてもお前を救う手段を手にしてみせる。日に至る事の出来ぬ、間違い続きの男だが……愛する妻を救うため、このちっぽけな炎を燃やす事を胸に誓うのだった……。

 

 

 

 

古くはあるが、決して使われていないわけではない竈と茶釜。最初こそは料理を作るのに難儀したが、大分竈の扱いにも慣れて来たと思う。

 

「やれやれ、またか」

 

広間から聞こえてきた少年の怒声に腰を上げる。食事時のいつものお決まりの声だ、子供同士と思いあんまり介入しなかったが……こうも毎日続くと黙ってはいられない。

 

「だからなあ!てめえは意地汚いって言うんだ!」

 

「んだとおっ!」

 

黒髪に首元に勾玉付きの現代で言うチョーカーをつけた少年が自分よりも背丈の大きい子供に怒鳴りつけている。

 

「はいはい、喧嘩しない」

 

ぱんぱんと手を叩きながら広間に入るとここ数日で仲良くなった子供達から俺の名を呼ぶ声がする。

 

「何を喧嘩してるんだ?ん?」

 

「行冥さんがあんまり食欲がないからくれるって言うのを貰ったんだ、そしたら獪岳が……」

 

僕は悪くないという感じの子供。俺は溜め息を吐いた、槇寿郎が財布を渡してくれているので食材も豊富だし、子供全員が腹を満たすくらいの量は作ってある。

 

「お代わりは用意してあるから行冥のは取らない、行冥も強請られたら厨房に行くように言う事ッ!獪岳は悪くないぞ、むしろ悪いのはお前たち2人ッ!」

 

「は、はい……判りました」

 

「ご、ごめんなさい」

 

元々、食事を子供に譲るという習慣のある行冥と親元を捨てられたという理由で、無条件の愛を信用出来ない子供……か。

 

(俺も行くって言ってるのに……)

 

今も1人で俺の鞄を探している槇寿郎の事を思いながら、俺は厨に今日のおかずの川魚のソテーを取りに戻るのだった。

 

「……あんた変わってるな」

 

「ん? まぁある程度は自覚してる」

 

痩せているがしっかりとにんじんの形をしているそれを薄切りにしながら獪岳に返事を返す。

 

「別に怒らないから、荷物は戻しておいてくれよ」

 

「……怒らないのか?」

 

後ろ手に持っている予備の包丁と調味料の入った鞄の予備を机の上に置きながらそう尋ねて来る獪岳。

 

「怒って欲しいのか?」

 

逆にそう尋ねると黙り込む獪岳。口は悪いが、そう悪い子ではないだろう。俺からすれば十分いい子だと思う。ただ、口が致命的に悪いだけで、行冥のことを心配した結果があれでは口が悪いってレベルじゃないけどなと苦笑する。

 

「本気で盗む気なら怒るけどな。そうじゃないだろ」

 

初日に財布に手を出そうとしていたが、あまりにあからさま過ぎて怒られたいのかと思いめちゃくちゃ叱ったが、それから妙に獪岳に懐かれた気がする。

 

「……あんたお人よし過ぎるだろ?」

 

「よく言われるよ。でも俺はそれで良い」

 

騙される事に慣れているとは言わない。だけど色んな人を見てきたからこそ培った観察眼と言うものが俺にはある。獪岳は口は悪くても悪い子供ではない、それはここに来た初日で判っていた。

 

「行冥の事を心配してたんだろ? 憎まれ役も大変だ」

 

「……そんなんじゃない」

 

「ははは、素直になれよ、このツンデレ」

 

ツンデレ?っと怪訝そうな返事を返す獪岳。大正にはツンデレって概念は無いな……と改めて苦笑し、油抜きをした油揚げと1口サイズに切り分ける。

 

「あんたともう1人のおっさん、何を探しに来たんだ?」

 

「俺の鞄。これっくらいの奴なんだけど。知らないか?」

 

「知らない。行冥さんにあんまり山に入るなって言われてるし」

 

もしかしたら知ってるかなと思ったが、やっぱり山奥だから知らないか……と肩を落とし、よく洗った米を御釜の中に入れて水ではなく、鰹出汁を注ぎいれ具材のにんじんと油揚げ、それとまいたけを入れてざっとかき回す。

 

「……料理上手なんだな」

 

「これくらいしか特技が無い男なんでね」

 

料理くらいしか俺が自慢できる物なんてないさと笑い、醤油と酒で味付けして竈の上に御釜を置いた。

 

「それで昨日からずっと見てるけど、何かあるのか?」

 

「……いや、別に」

 

そっぽを向いて出て行く獪岳。その後姿を見ながら俺は左手で包丁を手に取り味噌汁の準備を始めるのだった……。

 

 

 

 

カワサキさんと煉獄殿が寺にいてくれるようになってから、寺の雰囲気は格段に良くなった。

 

「ぎょうめいさま、きょうはカワサキさんといっしょにやさいをうえたの」

 

「そうか、沙代は良くがんばったな」

 

えへへっと笑う沙代の頭を撫でながら思う、カワサキさんは何か探し物にここにきたのだが、私達の酷い食生活を見て痩せ細ったこの大地でも育てる事が出来る野菜を植えてくれた。

 

「じゃがいもはどんな場所でも育つ、水だけは忘れるなよ。それとあんまり水をやりすぎても駄目だからな」

 

「「「はい!」」」

 

最初は警戒していた子供達も美味い食事と面倒見の良いカワサキさんに良く懐いている様子だ。

 

「行冥さん、今日は風が強い」

 

「ああ、そうだな。獪岳、雨樋を見てきてくれるか?」

 

はいと返事を返し、寺の見回りに向かう獪岳。口は悪いが皆の事を良く見てくれている。子供に気を使わせている私自身が不甲斐無いと思うのと同時にどうしても甘くなってしまう私には獪岳のように、皆を叱ってくれる相手が必要だった。

 

「もうすぐ夕食だ。今日は早めに寝る準備をしたほうが良い」

 

「そうですね。そうしましょうか」

 

嵐が来ているわけでもない、それなのに妙に胸騒ぎがする。今日は早い所で寝る支度をしたほうが良いかもしれないと思った。

 

「はい、ぎょうめいさま」

 

「ああ。ありがとう」

 

沙代に手を引かれ自分の席に腰掛ける。するとふわりと良い香りが鼻をくすぐった。

 

「今日は炊き込みご飯と卵焼き、それと味噌汁にしたんだ」

 

卵……そんな高級な物を……子供達と私に栄養のある物を食べさせてくれようとするカワサキさんの好意に涙した。

 

「おまえ泣きすぎじゃないか?」

 

「すいません。これは性分なので……」

 

沙代から差し出された手ぬぐいを受け取り涙を拭ってから頂きますと子供達と手を合わせて夕食にする。

 

「ふわふわー♪」

 

「卵おいひい」

 

「茶色いご飯も味がするー」

 

子供達の楽しそうな声を聞いていると私まで楽しくなってくる。たった数日でここまで明るくなる物かと私自身も驚いている。

 

「……美味しいです」

 

「そいつは良かったな」

 

米に甘しょっぱい味が付いている。醤油と砂糖だと思うがそれが酷く優しい味になっている。それに鰹節の出汁で炊いたのか米に鰹節の味と香りが移っている。

 

(私の事も考慮してくれている)

 

仏門の物なので肉や魚は托鉢でもなければ口に出来ない。そこを考慮してにんじんと油揚げ、そして茸で味を調えてくれているのは本当にありがたい。

 

「おいしいですね」

 

「ああ、とても美味しいな」

 

ふんわりと焼き上げられた卵焼きはほんのりと甘く、醤油味の炊き込みご飯と非常に良く合う。

 

「カワサキさん、お代わりを」

 

「はいはい、沢山食べろよ」

 

獪岳がカワサキさんに率先してお代わりを頼むと、それに続くように普段私の食事を強請る子供達もお代わりと言い始める。

 

「並んでな、大丈夫だからな」

 

目が見えないからその顔を見ることは出来ないが、きっと優しい顔をしているだろう。そうでなければ子供達があんなにも懐くとは思えない、親が死んだ、親に売られた、そんな複雑な経緯を持つ子供は無条件に大人を信じる事が出来ない。けんかをしたり、物を隠したりするのは酷い事をしても大丈夫なんだという安心感が欲しいのだろう。血の繋がった親子ならば、どれだけ酷い事しても、怒られれば元の場所に戻る事が出来る。子供達の我がままは私の愛を試しているとさえ思える。

 

「カワサキさん、私もお願い出来ますか?」

 

「ああ、食え。上背があるのに痩せ細っているのは飯を食わないからだ。この子達の親なら飯を食え、身体をでっかくして子供を守ってやれ」

 

ずしりと重い茶碗に苦笑する。思えば、こんなに食事を口にしたのは何時振りだろうかと思う。子供の事を思い、自分の食事を少なくしてからやせ衰えた身体は実感している、だがカワサキさんの言う通りならば、こんな腕では子供達を守る事も出来ない。

 

「ぎょうめいさん、美味しい?」

 

「ああ、美味しいよ」

 

子供達を守る為には身体を大きくしなければならない、その為には食事をするしかない。カワサキさんの言う通り私は親なのだ、何をしてもこの子供達を守りたいと願っているのだから……。

 

真夜中に大きな音が響いた。その事に飛び起きた私は夜寝ている間に焚いている藤の花の香炉の匂いが途絶えている事に気づいた。

 

「行冥!行冥ッ!!子供を連れて逃げろッ!!」

 

「邪魔だアアッ!!」

 

「うっせえぼけえッ!!!」

 

激しい破壊の音とカワサキさんの怒声に何が起こっているのか理解した。夜盗か何かが寺に来たのだと……そしてそれに気付いたカワサキさんが応戦しているものだと思った。

 

「だ、駄目だ。行冥さん、ば、化け物がッ!」

 

「化け物?……鬼かッ!?」

 

この付近には鬼の伝承が多く残っている。まさか真実だったとは、しかしそうなればカワサキさんが危ないと立ち上がる。

 

「うわああああん……か、かいがく、かいがくがあ……」

 

「えぐ……えぐっ、うわああんッ!!」

 

子供の泣き声と短い呼吸を繰り返している音が聞こえ、顔から血の気が引いた。

 

「獪岳……獪岳はッ!」

 

「い、一番最初に化け物に気付いて……えぐっひぐっ……」

 

「藤の香を投げつけて、逃げろって……」

 

虫の息に近い呼吸音が獪岳の物だと気づいた時、私は強く拳を握り締めていた。

 

「誰でもいい、獪岳の傷口に布を、それと縛れるのなら縛ってくれ頼んだぞッ!」

 

静止する子供の声を振り切って寝室を飛び出す、音だけで鬼の位置を予測して全力で拳を振り抜いた。

 

「ぎゃあっ!?」

 

「行冥、悪い……くそったれ、鬼っつうのはこんな化けもんか……よ。いちち……」

 

「だ、大丈夫ですか?」

 

「おう、男は黙ってやせ我慢だッ!!」

 

声を張り上げるカワサキさんだが、その声に元気が無い、間違いなく大怪我をしている。ここは自分が何とかしなければ、そう思った時燃えるような音が響いた。

 

「弐ノ型 昇り炎天ッ!!」

 

「あ……」

 

煉獄様の声と同時に聞こえた力ない化け物の声。

 

「カワサキ!行冥!大丈夫か!」

 

寺中に響くような大声で安否を尋ねて来る煉獄様の声に安堵しかけて、すぐに気を引き締めた。

 

「獪岳が!獪岳が怪我を!」

 

目が見えないので獪岳の怪我の具合がわからない、命に関わる怪我なのか、ほんの少しの怪我なのかそれすらも私には判らない。

 

「大丈夫、獪岳の血は殆ど俺のだ。獪岳が気絶してるのは、血を見た事によるショック性のもんだ。殆ど怪我はしてないはず……」

 

「他人の心配をしている場合か!」

 

「大丈夫……俺はそう簡単に死ぬような体質じゃない。俺よりも子供を見てやってくれ」

 

「しかし、「大丈夫だ」……っ判った!行冥も来い!」

 

殆ど強引に寺の中に連れ込まれ、煉獄様に手助けされながら私は子供達の手当をするのだった……。そしてこの夜が私「悲鳴嶼行冥」の人生の転機になると言う事を私はまだ知らないのだった……。

 

 

 

 

 

席について注文した料理が来るのを待つ大柄の盲目の男性。だがその大柄な身体がそわそわと動いていて、その体格に見合わない愛らしさが見え隠れしていた。

 

「行冥様、もうすぐですからね?」

 

「む、判っている。まさか、また揺れていたか?」

 

「はい、それは凄く」

 

「……南無阿弥陀仏」

 

「もう、それで誤魔化さないでくださいよ。それにこんなに泣いて」

 

沙代に顔を拭かれている岩柱悲鳴嶼行冥。普段厳格な行冥の素がカワサキの店では良く見られる。

 

「今日は私が作りましたから、きっと美味しいです。……多分」

 

「ふふふ、ではお前の修行の成果を楽しみに賞味するとしよう」

 

行冥と沙代がそんな話をしていると扉が開く音がする。黒い三角模様が刻まれた羽織を着た獪岳がその手に買い物篭を持って帰ってきたのだ。

 

「あ、お帰り獪岳兄さん」

 

「兄さん言うんじゃねえ……「獪岳」……行冥さん……沙代、お前行冥さんがいるから兄さん言いやがったな?」

 

「へへー♪あ、そろそろかなー」

 

逃げるように厨房に向かう沙代に獪岳は肩を落とした。

 

「随分と疲れているようだな」

 

「……カワサキさん専属は疲れますよ、あの人突拍子もないことしますからね。聞きました?花柱の件」

 

「聞いたぞ、上弦の弐の顔に飛び膝蹴りしてそのまま口に香辛料を突っ込んで、酒を飲ませて香辛料を無理やり飲み込ませたとか」

 

「……一緒にいた俺は死ぬかと思いましたよ……」

 

幸せの箱の穴は埋まったが、変わりに胃に穴が空いてる疑惑がある獪岳は肩を落として店の奥へと消えていく。行冥は温かいほうじ茶を飲みながら自分が頼んだ炊き込みご飯が来るのを微妙にそわそわしながら待っていた。

 

「はい、お待たせしましたー。秋刀魚の炊き込みご飯です」

 

「秋刀魚か」

 

「美味しい時期だから秋刀魚で炊き込みご飯にしたんです」

 

秋刀魚を丸々1匹使った炊き込みご飯に行冥は頬を緩め、沙代がよそってくれた茶碗を受け取る。

 

「うむ……美味い」

 

秋刀魚の脂が米に染みこみ、少し辛口のそれに行冥は舌鼓を打った。そして沙代はその言葉に満面の笑みを浮かべた。

 

「本当ですか!最近はカワサキさんに褒められる事も多いんですよ!」

 

Vっとピースサインをする沙代に隊士や隠からほうっと言う溜め息が零れる。だが、行冥の義娘の悲鳴嶼沙代に告白する勇気のある者はいない。鬼殺隊最強の一角と言われる行冥と、口ではなんだかんだ言っても沙代に甘い獪岳も通常の階級ではなく、カワサキ専属の護衛と言う事で甲に順ずる階級扱いである。そんな2人に喧嘩を売る勇者はおらず、今日もこうしてころころと表情の変わる沙代はカワサキの店の看板娘としてその顔に笑みを浮かべ仕事をしているのだった……

 

 

 

 

悲鳴嶼行冥

 

鬼襲撃時に鞄を探しに来ていたカワサキと槇寿郎によって寺の子供を1人も失う事なく、悪夢の夜を終えた。その後子供を守る為に、そして自分の桁外れた膂力を知り槇寿郎の紹介で岩の呼吸の育手の元を訪れ、呼吸を習得した後、カワサキブートキャンプの近代的トレーニングで筋肉と体格の大幅なバンプアップを行われた結果、原作よりも早く柱へと到達した。なお、岩柱屋敷は鬼の襲撃によって孤児になった子供達の一時預かり所となり、行冥のことを兄や父のように慕う子供と猫に囲まれて暮らしている。

 

 

 

悲鳴嶼沙代

 

行冥の義娘になった沙代ちゃん。鬼ショックを回避した為、表情豊かの笑顔良しの美少女に進化した。

現在はカワサキの店の給仕兼料理人見習いとして過ごしている。

 

 

 

 

桑島獪岳

 

原作では金を盗んで寺の子供に追放されてから転落人生だったが、カワサキがいたことで叱る相手がカワサキになったため寺で子供達と寝ている間に鬼に襲われた。一番最初に気付き鬼に応戦したが、殴り飛ばされ一時意識不明になったが後に持ち直し、行冥と同じく鬼殺隊に入る事になった。

カワサキ専属護衛と言う事でカワサキの店と屋敷を行ったり来たりしているが、割と後先考えないカワサキに振りまわされがち、瀕死になった経験多数だがカワサキは嫌いになれない複雑な年頃。メンタルケアを施された結果、口は悪いが根は好青年のややひねくれ者となった。善逸とは仲が良いとは言えないが、悪くも無い微妙な距離感を持つことになった。

 

なお最近死んだと思ったのは上弦の弐に飛び膝蹴りを敢行したカワサキを見た瞬間だとか……。

 

 

 

 




メニュー8 田舎風お弁当へ続く

ここら辺はご都合展開にしました、次回はまさかのゲストを出しての話にして行こうと思います。そして今回の話は「村人(LvMAX)」様よりのリクエストでした。その1の通り、また別の視点で炊き込みご飯は行おうと思います。それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

メニュー8 田舎風お弁当

メニュー8 田舎風お弁当

 

悪夢のような一晩を終えた翌日、私は煉獄様、そしてカワサキさんから何があったのか、そのことの顛末を知ることが出来た。

 

「鬼は実在したのですか……」

 

「ああ、俺は鬼を狩る鬼殺隊の煉獄槇寿郎。柱と呼ばれる地位にいる者だ」

 

「……ではカワサキさんも?」

 

「俺?俺はただの料理人、ちと訳ありで今回は同行してるだけだ」

 

昨晩は鬼から子供を庇いながら私に指示を飛ばしていたのでこの方も鬼殺隊かと思われたのだが違ったようだ。

 

「では貴方達はこの山の鬼退治に?」

 

「……いや違う、俺がお前達を助けられたのはただの偶然に過ぎない。俺の妻が病気でな……それを治す為にカワサキの荷物を探しに来た。そして運よくお前達を助けられた……それだけだ」

 

運が良かった……確かに助けられたのは事実。私は畳に手を付いて深く頭を下げた。

 

「や、止めないか。俺はそんな大層な……「いいえ、私達は貴方様に助けられました。本当にありがとうございます」

 

もしも煉獄様が居なければ、私もそして私の子供達も鬼に殺されていたかもしれない。確かに子供達を守らなければと鬼に殴りかかったが、あの嫌な感触は今も両拳に残っている。

 

「それでだ。いま、お館様と連絡を取っている。近いうちに隠と呼ばれる鬼殺隊の者が訪れるだろう、その者にも説明されると思うが……お前達がこれから出来る事は3つ」

 

1つ 鬼の事を忘れ、そして鬼の事、鬼殺隊の事を口外しない

 

1つ 鬼殺隊に入り、鬼と戦う事

 

1つ 藤の家紋を掲げ、鬼殺隊の休養場所、治療場所としての場所を提供する事

 

のいずれかだと煉獄様は口にした。すぐに答えは要らないと仰られ、カワサキさんと煉獄様は今日も荷物を探して山へと足を向けた。

 

「私は……」

 

道は示された、そして選ぶのは私、強制はされていない。己で考え、己が何をなしたいのか……それを私は考える必要があった。

 

「ぎょうめいさま?」

 

「行冥様どうしたの?」

 

「怖い顔してる」

 

煉獄様とカワサキさんのおかげで生き延びた子供達の声がする。獪岳も血濡れではあったが、それはカワサキさんが獪岳を庇い、カワサキさんの血液を浴びた事、そして鬼の攻撃を喰らいそうだったからカワサキさんに投げ飛ばされそのショックで気絶しただけで、命に関わる怪我をしているわけではない。

 

「……」

 

山を見つめ何かを考え込んでいる獪岳。鬼を見て、そして死に掛けた事で何か思う事があるのだろう。

 

そしてこの話から3日後。鞄を見つけたので帰ると言う煉獄様達へ私は己の答えを告げたのだった……。

 

 

 

 

行冥達の寺を出て、俺達は槇寿郎の屋敷への道を急いで戻っていた。

 

「瑠火は大丈夫だろうか」

 

「問題ない筈だ。最悪の状況になる前に動いている、絶対に助かる」

 

クックマンの鑑定で病気が表に出る前に俺達は動き出した。鞄を見つけるのに相当時間を掛けてしまったが、まだ全然大丈夫な筈だ。

 

「ちっ、くそ」

 

「山の天気は変わりやすいって本当だな」

 

ぽつぽつと降ってきた雨があっという間に本降りになるまで、そう時間はかからず。俺と槇寿郎は昔の馬車の停留所跡地に慌てて駆け込んだ。

 

「……ふう、本降りになる前でよかったな」

 

行きは呼吸を使う槇寿郎に背負って来てもらった、だが俺が山の中で落とした鞄は全部で4つ。この時間に俺が来た時に収納していた物が墜落のショックであちこちにばら撒かれてしまっていた。それらの数は多く、そして重量もある。鞄を全部槇寿郎に持たせ、その上で俺を背負うのは幾らなんでも無理があった。

 

「かなりの量だな」

 

「色々入ってるからな。仕方ない」

 

着の身着のままで槇寿郎と山を降りた。だから俺が装備していた鞄などは山のあちこちに散乱していたが、ゲーム中の設定もあったからか奪われる事無くそのまま落ちていたのは本当に良かった。

 

(スキルだけじゃ補えないからな)

 

スキルの効果は約半分ほど、それにアイテムボックスも展開できる時間が限られているとなれば、鞄に収納している食材などを引っ張り出さなければ瑠火さんの治療は間に合わない。だからこうして態々山の中にまで出向いてきたのだ。

 

「ほれ、弁当」

 

「……すまん」

 

行冥の寺を出る前に準備した弁当を渡す、中身は金平ごぼう、ひじき、卵焼き、しいたけを甘辛く炊いたものと、山女の塩焼き、そしてごま塩おにぎりが5つ。決して派手ではなく、むしろ地味な部類だが山歩きの事を考えてミネラルや糖分などの補給を考えたメニューだ。

 

「行冥達の選択は俺にとって予想外だった」

 

「仏門の人間だからな、藤の家だっけ?それになると思っていたよ」

 

行冥の選択は鬼殺隊になる事だった。自分の子供達を守る為の力が欲しいと、そして鬼に殺される者を助けたいと言うのが行冥、そして獪岳の選択だった。

 

「隠に言付けは残してきた、だから大丈夫だとは思うがな」

 

「少し不安はあるな」

 

行冥は盲目だ、だがその代りに聴覚や肌の感覚で周りを完全に把握している。それは日常生活には問題は無いが、鬼と戦うとなるとどれだけのハンデになるか……それでも行冥と幼い獪岳は鬼殺隊を志した。残りの子供達は藤の家紋の家に預けられ、養子になるか、それとも鬼殺隊になるか、隠等になる道を示してきた。

 

「あむ。懐かしい味だ。母の味に似ている」

 

「そうか?それならいいけどな」

 

甘辛い分厚いしいたけを噛み締めると椎茸に染みこんだ出汁と甘めの味付けが口一杯に広がり、やや塩辛いおにぎりと非常に良く合う。

 

「俺は藤の家紋を掲げて欲しいと思った。鬼殺隊は何時死ぬかも判らん」

 

「だが、その道を選んだのは行冥達だ。そこに俺達が言えることは何も無い、今は瑠火さんの事を考えてやれ」

 

考えて迷って、そしてその上で行冥達が出した選択を俺達は否定することも出来ない。面倒見がいい性格だから行冥達のことも心配だと思うが、今は自分の嫁さんの事を考えてやれと言うと槇寿郎は小さく頷いた。

 

「……そうだな」

 

「おいおい、そんな勢いで喰ったら……「ご馳走様。近くに藤の家紋の家がある、呼吸が使える隠もいる。荷物を運ぶのに呼んでくる!」

 

止める間もなく駆けて行ってしまった槇寿郎。落ち込んでいたと思ったらあれかと苦笑し、おにぎりを口にしていると1人の男が屋根の中に入ってきた。

 

「失礼します、私も雨宿りしても宜しいですか?」

 

「ああ、どうぞどうぞ」

 

この時代では珍しい洋装に少しテンパ気味の若い青年だった。少し肩が濡れていたので鞄からタオルを取り出して渡す。

 

「ああ、すみません。ありがとうございます」

 

「いやいや、困ったときはお互い様さ」

 

柔らかく微笑む青年の顔を見て誰かに似ているなと思いはしたものの、誰かと言うのが思い出せず、リアルで来た客に似てるのがいたかなと思う事にした。

 

「あ、良かったらどうぞ」

 

「これは?」

 

「弁当だけど、腹空いてないか?」

 

槇寿郎だけで4つは食べると思っていたのだが、1つを食べて出て行ってしまったので全然残ってしまっている。良かったらどうぞと言って差し出すと青年は少し驚いた顔をしたが、ありがとうと笑って受け取ってくれた。

 

「これ、お茶な」

 

「ご丁寧にどうも、貴方はどうしてここに?」

 

「ちょっと山に探し物にな、料理人だからさ。茸とか山菜を探しに来たんだ」

 

「なるほどなるほど」

 

なんか観察するような視線を感じるけど、俺からするとこの兄ちゃんもおかしいよな。この山の中でスーツとか違和感しかない。

 

「そう言うあんたは?」

 

「貿易商をしておりまして、少し取引で足を伸ばしたのですよ。しかしこの急な雨には驚きました」

 

「山の天気は変わりやすいって言うからな「カワサキーッ!」っと迎えが来たみたいだ、じゃあな。またどこかで」

 

4つの鞄を背負って少し小降りになったのを見て俺は槇寿郎の呼び声の元へ走るのだった……。

 

 

 

 

 

鞄を背負って走っていくカワサキを見つめていた青年……その瞳孔が縦に割れ、その色が真紅に染まる。

 

「ふん、運の良い奴だ」

 

カワサキが誰かに似ていると感じたのは間違いではない、青年……いや、鬼の始祖「鬼舞辻無惨」と鬼殺隊の頭領「産屋敷耀哉」の顔は双子のように酷似していた。カワサキが1度しか産屋敷耀哉に会っていなかったことが幸いして、誰かに似ているなと思いながらも、誰に似ていると口にしなかった事がカワサキと無惨の戦いに発展しなかった理由である。

 

「弁当か……ふん、くだらない」

 

鬼である私は人間の食べ物など口にしない、投げ捨てようとした時弁当の蓋が開いた。

 

「なに?」

 

ごくりと喉が鳴った。弁当の開いた蓋から零れる香りに腹が鳴った……。

 

「馬鹿な、そんな事はありえん」

 

鬼は人間しか食べない、人間の食事に空腹を覚える筈が無い。そう思いながらも弁当の蓋を開ける、質素な煮物と煮付け、そして野菜と魚とそして主食は握り飯と言う余りにも質素な弁当。それなのにやけに輝いて見えた……人間の食事に食欲を感じたことなどこの1000年1度もなかったというのにッ!

 

「……!」

 

ありえない、そんな事はありえてはいけない。何かの気の迷いだと思い、握り飯を頬張る。拒否反応で吐き出すと言うのは何度も経験していた……だが私の身体はその米を食べ物として受け入れた。

 

「美味い」

 

やや塩が強いがゴマの香りと米の甘みが実に良く生きている。それに冷えているのにとてもふんわりとしている……。スーツのポケットに手を入れて、商談相手から貰ったチョコレイトを口に入れる。

 

「げほっ!!」

 

甘いはずのそれは酷い味で、苛立ち隠しで足を振り上げて踏み潰す。

 

「……これは食べられる、何故だ」

 

脂の乗ってる魚の塩焼きはぱりぱりに焼かれていた皮と相まって非常に美味だ。おにぎりにも自然と手が伸びる。

 

「……美味い」

 

甘辛く炊かれた肉厚の茸、それは人肉とは違うのに驚くほどに私に満足感を与えた。

 

「……辛い」

 

ごぼうの金平はやや辛いが、それが食欲をそそり、その辛味が口の中をさっぱりとさせる。

 

「……なんだこれは?」

 

黒い何かはこりこりとした何か独特の食感をしているが、悪くない。むしろ美味いぞ、米が食べたくなる味とはこれの事だろう。

 

「美味いッ!」

 

そして薄く焼いた卵を何層にも重ねたもの。卵の風味と甘みが生きているそれを口にした時。弁当箱をベンチの上において外に飛び出していた。あの男を何としても連れて帰ると思いその姿を探したのだが、私の視線に入ってきたのは忌々しい物だった。

 

「鬼殺隊ッ!」

 

カワサキを背負い駆けて行く金髪の男。その羽織は紛れも無く鬼殺隊……。しくじった、あの男は鬼殺隊の関係者だったのか……いやしかし、鬼殺隊独特の雰囲気は無かったな。

 

「なるほど、料理人として雇ったという事か、ちっ。惜しい事をした」

 

鬼でも食べられる食事を作れる料理人……私は変化を嫌うが、こんな変化ならば悪くは無い。

 

「……まぁ良い」

 

自分で食材を探しに来るのに鬼殺隊を護衛に使うような男だ。一箇所に留まっているような男ではないだろう、ならばまたどこかで会うこともあるだろう。

 

「その時は貴様を鬼にしてやろう」

 

鬼にして傍に置くのも悪くない、私は凄まじい速度で去っていくカワサキの背中を見ながら、鳴女の名を呼んでその場を後にするのだった……。

 

 

 

メニュー9 コンソメスープ「前編」へ続く

 

 




今回は短めで、無惨様にロックオンされてしまったカワサキさんと言う話になりました。次回のコンソメスープは前後編と言う事でお送りします。それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

メニュー9 コンソメスープ「前編」

メニュー9 コンソメスープ「前編」

 

薄暗い山の中に鋭い斬撃音と鬼の断末魔が木霊する。刀をふるっていた男……「煉獄槇寿郎」は日輪刀を杖のようにしながら崩れ落ちそうになる身体を必死に支えていた。

 

「ああああ……良い匂いだぁ」

 

「まれち、まれちいいいいッ!!」

 

だが休んでいられる時間は殆どなく、また鬼が複数体涎を垂らしながら姿を見せる。だがその瞳は正気の色ではなく、何かに引き寄せられるように集まってきていた。

 

「はっ……はっ……ふー。ここは通さんぞ」

 

真紅の日輪刀を構え直し鬼を睨む槇寿郎の背後には、大正時代には似つかわしくない建物の姿があった。

 

「これは我が妻への薬、貴様らのような鬼が触れていい物ではないッ!」

 

建物――グリーンセーフハウスの中ではカワサキが料理を続けている。3日3晩に及ぶ調理、そして特別な調理の為鬼を引き寄せるその料理は煉獄の屋敷で行う訳には行かず、煉獄家から離れた山の中で行われていた。

 

「せいッ!!」

 

「あ、あああああーーーッ!!」

 

鬼の頸が飛び灰となり消え去る。だが息をつく暇も無い、再び集まってくる鬼の気配。深い山だからこそ、朝も昼も夜もお構いなしに、それこそ太陽に炙られながらもカワサキのいる建物の中に侵入しようとする鬼。

 

「この先に行きたくば、炎柱煉獄槇寿郎を越えていけッ!!」

 

調理中は一切足を踏み入れてはいけない、もし扉が開けばその瞬間に失敗し、そして次を作るには2ヶ月掛かる。それでは瑠火に住まう病魔を倒したとしても間に合わない、今カワサキが作っているこれが最初で最後の瑠火を救う機会。これを失う訳には行かないと奮闘する槇寿郎だが、最終選別の藤襲山の7日間でさえ、日の出ている間は休む事が出来た。だが今は違う、まだ2日目と言うのに槇寿郎の体力は限界を迎えようとしていた。水を飲む時間も、念のために渡されていた保存食も口にする余裕も無い、柱とは言えもう数えるのも馬鹿らしくなるほどに鬼を切り捨てていれば体力も精神力も限界を迎える。そして経った1日で鬼が3桁も死ねば無惨も動いた。

 

「へえ、随分と弱ってるけど柱だよ」

 

「いいな。こいつを倒せばもっと血が頂ける」

 

「下弦の鬼ッ!」

 

十二鬼月……下弦の参と陸の2人が現れた事に槇寿郎の顔も険しくなる。万全ならまだしも、ここまで疲弊した状態で2体の下弦と戦うのは余りにも厳しい物だった。

 

「良い香りだ。雑魚はこれに引き寄せられたのかな」

 

「馬鹿だなあと思ったけど、これは良いねえ。僕も欲しいなあ」

 

鬼を引き付ける魔性の料理。だが、逆を言えば冥府に囚われかけている瑠火を救うにはそれだけの物が必要なのだと、命に変えてもここを守りとおす。そう決意を固め強く日輪刀を握り締める。

 

「ここは通さないッ!この俺の命に代えてもッ!!」

 

下弦に向かって駆け出そうとした時……鋭い2つの呼吸の音が山の中に鳴り響いた。

 

「壱ノ型 水面斬りッ!」

 

「参ノ型 聚蚊成雷ッ!」

 

飛び込むようにふるわれた一閃が参の首を断ち切り、擦れ違い様に振るわれた回転切りが陸の身体をバラバラに引き裂いた。

 

「さ、左近次殿!?慈吾郎殿!?何故……」

 

「お館様に言われて来た。既に引退した身であるが、並みの隊士よりは強いつもりだ。少し休め、槇寿郎」

 

「なんでもかんでも背負い込むな馬鹿者。一言助けてと言わんかッ!!」

 

槇寿郎を助けに現れたのは既に引退し、育手に転向した鱗滝左近次、そして桑島慈吾郎の姿なのだった……。

 

 

 

 

 

 

 

ワシと左近次の2人は先日お館様の鎹鴉に呼ばれ、お館様の屋敷に訪れていた。

 

「すまないね、左近次、慈吾郎。態々来てもらって」

 

「いえ。お館様のお呼び出しとなれば、断る理由はありませぬ」

 

「して、何用ですか?」

 

まさか十分な剣士を育てる事が出来ていないと叱責されるのかと内心びくびくしながら用件を尋ねた。

 

「槇寿郎の妻、瑠火を助ける為にカワサキが特別な料理を作っている。だが、それは西洋の呪いを使うもので鬼を引き寄せるという、そしてその調理には3日3晩掛かるらしい」

 

瑠火が病気になったという話は初耳だった。身重であると言うことは聞いていたから実に目出度いと思っていたのに、それでは子を引き換えに瑠火が死んでしまうではないか。

 

「槇寿郎は柱も応援も必要無いと言っていたが、私は心配でね。助けに行っては貰えまいか」

 

3日3晩それは最終選別と比べればと思うかもしれないが、藤の牢獄に閉じ込められ弱体化した鬼ではなく、血鬼術も使える鬼や異能の鬼が現れるかもしれない。いや、下手をすれば十二鬼月だって出現するかもしれない。そんな絶望的な戦いに1人で臨んでいる後輩がいると聞いてワシも左近次も黙っていられる訳が無かった。

 

「鱗滝左近次。拝命いたします」

 

「桑島慈吾郎。拝命いたしました」

 

「2人ならそう言ってくれると思っていたよ。隊服と日輪刀は用意した。場所は槇寿郎の鎹鴉に聞いて欲しい。それと最後に1つ……カワサキ殿は人間ではないが、鬼でもない。西洋の座敷童の一種だそうだ。体は人間ではないが、心は人間だ。彼を助けてあげて欲しい」

 

用意された隊服と日輪刀を手に槇寿郎の元へ走る。

 

「足は大丈夫か」

 

「問題ないわい、義足には義足なりの戦い方がある」

 

得意とした霹靂一閃こそ義足のためうまく使えないが、それでも並の隊士。それこそ、甲の階級にだって負けないという自負がある。鍛え続けた肉体と技はまだ衰えてはいないのだから。

 

「カワサキが人間ではないか」

 

「だが鬼でもない、それにあいつは気持ちの良い男だ。人間では無いとしても、ワシは信用出来る」

 

少ないやり取りだったが、決してその人格は邪悪ではない、人間では無いとしても……カワサキは信用出来る。だからワシ達は槇寿郎もカワサキも助けると決意し、山の中を駆けていた。

 

「ここは通さないッ!俺の命に代えてもッ!!」

 

山の中に響く槇寿郎の雄叫びを聞くと同時にワシも左近次も同時に地面を蹴っていた。

 

「壱ノ型 水面斬りッ!」

 

「参ノ型 聚蚊成雷ッ!」

 

槇寿郎の前に立つ2体の鬼。明らかに別格の気配を持つそれは間違いなく十二鬼月。だが上弦ではなく、下弦だ。上弦ならまだしも、下弦にワシも左近次も遅れなど取りはしない、背後からの一閃で相手の首を断ち切る。

 

「さ、左近次殿!?慈吾郎殿!?何故…」

 

日輪刀を支えにしてやっと立っている様子の槇寿郎を背中に庇いながら日輪刀を構える。

 

「お館様に言われて来た。既に引退した身であるが、並みの隊士よりは強いつもりだ。少し休め、槇寿郎」

 

「なんでもかんでも背負い込むな馬鹿者。一言助けてと言わんかッ!!」

 

ボロボロの有様をみてそう一喝する。ここに来るまで鬼を倒してきたが、その数は尋常ではなかった。中には下弦に匹敵するほどに人間を喰っている鬼もいた。そんな鬼と3日3晩戦い続ける……それは柱であったとしても生き残るのは不可能な戦い。先の叫びは己を鼓舞する物ではない、覚悟を決めた槇寿郎の叫びだった。自分の命と引き換えにまだ見ぬ子と妻を救う……そんな覚悟を槇寿郎は既にしていたのだ。

 

「瑠火を泣かせるつもりだったのか」

 

「それは違いますッ!」

 

「なら生きろッ!自分の事を省みない者は強者ではない!強者ならば、他人を守れ、そして己も死ぬなッ!」

 

強者であろうと、誰かを守ろうとする槇寿郎のあり方は知っている。だが、己の命を度外視するのは決して強者ではないのだ。

 

「……ッ!申し訳ありません。しばし、この場をお頼みしますッ!」

 

頭を下げる槇寿郎が扉の前に下がり、袋の中から竹の水筒と握り飯を取り出し口に運ぶ。

 

「懐かしいなあ。お前はどうじゃ」

 

「そうだな。懐かしい、前もこんな事が会ったな」

 

最終選別からの同期である左近次。あちこちから感じる鬼の音、左近次は鬼の匂いを感じているだろう。

 

「足を引っ張るなよ」

 

「こっちの台詞だ、あの時はお前がワシに護られていただろう」

 

「そんな事は忘れたッ!」

 

「薄情者めッ!」

 

背後から襲ってきた鬼を互いに交差しながらその首を断ち切る。

 

「元鳴柱桑島慈吾郎」

 

「元水柱鱗滝左近次」

 

「「ここから先は黄泉路への道と知れッ!!!」」

 

青と黄色の日輪刀の切っ先を鬼の群れに向け、ワシと左近次は同時に地面を蹴るのだった。

 

 

 

 

「「「これで最後だぁッ!!!」」」

 

「ギギャァアアアア……ッ」

 

3日目の夜、最後に現れた巨大な異能の鬼を3人で跳躍しその首を断ち切ると同時に、俺達は3人ともその場に崩れ落ちた。

 

「ありがとうございます……助かりました」

 

「はぁ……はぁ……助けになれたのならば幸いだ」

 

「……ふう。引退した身には些かきつかったな……だが良かった」

 

3日3晩の戦い……それは決して甘い物ではなかった。1人で切り抜ける事が出来るほど甘い物ではなく、何度も死を覚悟した。左近次殿達がいなければ俺は死んでいただろう……。

 

「ふう……終わった」

 

扉を開けて姿を見せたカワサキは人間の姿ではなく、黄色いまるっこい姿をしていた。疲労困憊という様子で崩れ落ちたカワサキを見て笑う。

 

「なんだ、思ったより愛くるしい姿だな」

 

「子供が好きそうだな」

 

「……声はおっさんだぞ」

 

その言葉に思わず噴出した。人間ではないと聞いていたが、おぞましい鬼ではなく愛嬌のある姿だった。まぁ確かに声はおっさんだがな。

 

「それで料理の方は?」

 

「完成した、もう蓋も閉めて保存してるから運ぶだけだ。これは瑠火さんだけじゃなくて、産屋敷さんの呪いにも効くかも知れないな。そう言う特別な料理だ。善人には救済を、悪人には裁きを、そう言うものなんだよ」

 

どっこいしょっと言って立ち上がったカワサキの姿がブレ、人間の姿に戻る。

 

「面妖だな。それは誰かの姿を真似してるのか?」

 

「いや、生前だな。死んで生まれ変わってああなったとでも思ってくれて構わない」

 

死んで生まれ変わった……か。何故あんな姿になったのかと尋ねるとカワサキは背伸びをして笑った。

 

「料理で笑顔を、そして道を究めたかった。それだけだよ、だから俺はカワサキなんだ。人間の名は死んだ時に捨てた」

 

カワサキとしか名乗らなかった理由も全てが判った。だが、やはりカワサキは鬼と違うと俺は思った。

 

「特別な料理と言ったが、どんな事が出来るんじゃ?」

 

「呪いとか、病気の回復は勿論。身体能力とかの強化も出来るかな……まぁこっちの姿だと半分くらいしか効果ないと思うけど」

 

食べるだけで強くなる、もしも全集中の呼吸と併用出来れば、俺達の刃は鬼舞辻無惨にも届くかもしれないな。

 

「ま、話は後だ。瑠火さんの元へ行こう」

 

建物の中から大きな鍋を持ってきたカワサキが家に触れると、家は跡形も無く消え去った。血鬼術のような現象に俺達は大きく目を見開いた。だがカワサキは楽しそうに笑うだけだった。

 

「な、なんじゃ!?」

 

「まぁ、これも妖怪の力とでも思ってくれればいい」

 

カワサキはそう言うと鍋の蓋を開けて、少しだけ中身を掬う。

 

「飲んでくれ、元気になる」

 

眩いまでの黄金色に輝く澄んだ汁にごくりと喉が鳴った。

 

「お2人から先にどうぞ」

 

「いや、お前が先だ。早く瑠火に元気な姿を見せてやれ」

 

「うむ、ワシらはお館様に報告もせねばならないしな」

 

2人に言われ、カワサキの差し出している小皿を受け取る。

 

「ゆっくり飲んでくれ。多分効果が出すぎる」

 

「判った」

 

1口だけ口に含んだ時。身体の中が爆発したのかと思った…口に含んだ熱が全身に駆け巡っていく…疲労困憊で立ち上がるのもやっとだった筈なのに身体に活力が満ちている。

 

「……なんだこれは」

 

「コンソメスープ。ただし、特別なコンソメスープだけどな」

 

拳を握り締める…万全な時よりも身体に力が満ちている。今からでも上弦と戦える……そんな気がしてならない。

 

「どうぞ」

 

「うむ。いただく」

 

「どんな味かのう」

 

汁を口にした左近次殿達も目を大きく見開き完全に硬直していた。

 

「これは本当に汁物か?」

 

「ぅまあッ!いや、これは鬼でも狙うぞ、美味過ぎる!」

 

汁物なのに空腹だった腹が満腹になっているし、眠気も疲れも吹き飛んだ気分だ。

 

「これが俺が料理に付与できる能力って感じだ、これは回復に重点を置いているから身体強化はそこまでではないけどな」

 

「これほどまでか……」

 

全集中に匹敵する効果が出るとは驚きだ。カワサキが居れば、夢でもなく、現実として鬼舞辻無惨に届く気がする。

 

「うっし、じゃあ、行こう」

 

「「「待て、その鞄は何だ」」」

 

巨大な鍋が背負い鞄の中に消えた。思わず言ってしまったが、左近次殿達も同じならば俺は異常ではない。

 

「無限の背負い袋っていうかなり物が入る便利な鞄だ」

 

「……それは沢山あるのか?」

 

「7個くらいかな、俺が5個くらい使っているし」

 

……行冥の山の時は何で普通の鞄だったのかと思ったが、あの建物の中にあったから運び出せなかったのかもしれないと思う事にした。

 

「じゃあまた頼めるか?」

 

「ああ。行こう」

 

カワサキを背中に背負い山を駆け下りる。あの汁さえあれば瑠火は救われる、最初は少しだけ疑っていた。だけどあの汁を飲んだ今だから判る、カワサキがいれば瑠火は救われると……。

 

「少し急ぐぞ」

 

「構わない、早いほどいいからな」

 

カワサキに声を掛けて地面を蹴る勢いを増させる。愛しい妻を救うため、まだ見ぬ子をこの腕に抱くため俺は屋敷までの道を走り続けるのだった……。

 

 

メニュー10 コンソメスープ「後編」

 

 

 




今回は作るカワサキを護る槇寿郎達と言う話でした。次回は食べる回にしようと思います、その次位からは時間を飛ばして、原作キャラの話を書いて行こうと思います。それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

メニュー10 コンソメスープ「後編」

メニュー10 コンソメスープ「後編」

 

父上とカワサキ殿が母上の病を治す薬を作る為に旅立って10日過ぎた。まだ2人が帰ってくる気配は無い…毎日毎日、小芭内と共に門の外で待ち続けている。

 

「まだ帰って来ないか」

 

「そうだな。瑠火さんの所に行こう、不安に思ってると思う」

 

「……もう少し待ちたい」

 

夕暮れが近い、鬼が出るかもしれないがもう少し、もう少しだけこの場で待ちたい。そう言うと小芭内は俺の隣に座って一緒に待ってくれた。

 

「杏寿郎ッ!あれは……僕にはぼんやりとしか見えない」

 

小芭内の指差した方向を見ると金色の影が駆けて来るのが見えた。

 

「父上ぇッ!!!」

 

小芭内は目が弱いらしく、遠くはあまり見えない。だが俺がその姿を見間違える訳がない、カワサキ殿を背負った父上だ。

 

「杏寿郎ッ!今戻ったッ!!!」

 

「待たせたなッ!!」

 

「はい、はいッ!!!」

 

父上の背中から降りたカワサキ殿が厨に走り、父上はその場に尻餅を付くように倒れこんだ。

 

「だ、大丈夫ですか!?」

 

「……この10日で鬼を150体ほど切った……はぁ……はぁ……左近次殿と慈吾郎殿が居なければ……危ない所だった」

 

10日で150体……その途方も無い数に俺は絶句するしかなかった。

 

「杏寿郎……俺の鎹鴉に手紙を渡してくれ、あて先は刀鍛治の里……日輪刀がこの様だ」

 

「……これは酷い」

 

刃毀れし、切っ先が折れている。柱である父上が日輪刀の扱いを知らぬ訳が無い、10日鬼を切り続けた証がしっかりと日輪刀に刻まれていた。

 

「そ、それよりも手当ての方を」

 

「……傷は問題ない、すまないが……水をくれ」

 

「「はいッ!!」」

 

小芭内と同時に返事を返し、井戸の水を汲んでいると厨から凄まじい香りが漂ってきた。

 

「うわ……」

 

「うぷっ……なんだこれは」

 

口から涎が溢れ出てくる。自分の体なのに、自分の身体が言う事を聞かない……そんな初めての感覚だ。それでも汲んだ井戸水を父上の元へと運ぶ、父上は桶を両手で掴み隊服を水で濡らしながら中身を飲み干す。

 

「はぁ……はぁ……藤の香を焚けッ!来るぞッ!」

 

父上の視線の先を見ると夕暮れによってうまれた影の中に鬼が集まっていく姿が見えていた。

 

「鬼!?何故!?」

 

「瑠火の薬だ。あれは凄まじく効果がある……鬼を引き寄せる効果があるらしい、恐らく藤の香でもそこまでの効果は無いだろう」

 

刃毀れした日輪刀を手に立ち上がる父上をみて、そんな刀ではと止めるが父上は大丈夫だと俺達の頭を撫でた。

 

「お館様が応援を寄越してくれる。それが来るまでは俺がお前達を守る、判ったら香を焚いてくれ」

 

父上に言われた通り屋敷に走り香を焚く、外から聞こえてくる断末魔の叫びと炎が燃え盛るような音……父上が外で戦っている。

 

「不甲斐無し……」

 

「杏寿郎……」

 

俺にはまだ父と共に肩を並べて戦うだけの力が無い、煉獄家の長男として余りにも情けない。握り拳を作る俺を小芭内が慰めてくれるが、それでも情け無いと言う気持ちは消えなかった。

 

「炎柱様ッ!急げッ!!炎柱様をお助けするぞッ!」

 

「な、なんだこの鬼の数はッ!!」

 

「走れ走れぇッ!!!」

 

「……なんだこの匂い……この匂いが鬼を引き寄せているのか……」

 

「出立前に聞いているだろう!奥方の病を治す薬を調合する過程で鬼を引き寄せるとッ!」

 

屋敷の外から聞こえてくる隊士達の声、それと入れ代わりで父上が門の中に入ってきた。

 

「後は……隊士達に任せる。杏寿郎、小芭内。おいで」

 

俺達を連れて屋敷の奥……母上の部屋に向かう父上。その道中で厨から出てきたカワサキ殿の手の中を見て驚いた。

 

「黄金?」

 

「そうだな、黄金のスープと言えるな。不安だっただろう、だけどもう大丈夫。瑠火さんは助かるよ」

 

歯を出して笑うカワサキ殿の笑顔に力が抜けた、ずっと不安だった。母上が死ぬかもしれないと不安だった、だけどその笑顔を見るともう大丈夫なんだと心の底から思えた。

 

「槇寿郎さん……」

 

「瑠火、待たせたな。薬を持ってきた」

 

「……そんなに怪我をして」

 

「気にする事は無い、俺にはお前のほうが大切だ。カワサキ」

 

カワサキ殿から汁のお椀を受け取り、匙で掬った父上は息を吹きかけて汁を冷ます。

 

「飲んでくれ」

 

「……はい」

 

まるで死人のように青白い顔をした母上が汁を口にする。ゆっくりと母上が匙の中身を飲み干すとその顔に赤味が差して来る。

 

「凄く……美味しいです」

 

「ああ、良かった。さ、まだあるぞ」

 

父上が母上に汁を飲ませるごとに母上の顔色が良くなっていく、母上の身体に纏わり付いていた闇が払拭されるかのように……そして何度目か汁を口にした時母上が急に咳き込んだ。

 

「母上!」

 

「瑠火!」

 

そのあまりに激しい咳き込みように俺達は動揺したが、何度目かの咳で母上の口から闇その物としか言い様の無い黒い何かが吐き出され、カワサキ殿が素早くそれを瓶の中に押し込めた。

 

「カワサキ……それは血鬼術か……?」

 

「……いや、違うな。こいつは……呪の類だな。ちょっと悪いな」

 

父上の手にしている椀を受け取り、中身を瓶の中に注ぐと閉じ込められた黒い何かは声も無く暴れ周り、溶けるように姿を消した。

 

「面妖な……」

 

「それは何ですか?」

 

俺と小芭内の問いかけにカワサキ殿は瓶の中身……黒い何かから現れた紙と何かの欠片を透かして見せてくれた。

 

『煉獄瑠火 死すべし』

 

血文字で描かれたそれに息を呑んだ。父上もその顔を驚愕に歪めているのがよく判る。

 

「病気じゃない、呪だったんだろうな。おかしい筈だ、病気なら日々の食事で改善できる。それが改善出来ないってことは病気じゃないって思ってた」

 

「……カワサキ、それをくれないか?」

 

「触れないほうが良い、見るだけにしておけ。お前まで呪われる」

 

カワサキ殿が手にしている瓶を覗き込んだ父上の顔が般若のように歪められた。

 

「父上、どうしたのですか?」

 

「……昔……俺と炎柱の地位を争った男がいた。だが、あいつは人を囮に鬼を狩ることを咎められ除名された……そいつの字に良く似ている」

 

「なるほど、読めたぜ。逆恨みか、それともそう言う素質があったか……なんにせよ、そいつを何とかしないと、煉獄家全体が危ないな」

 

「……杏寿郎、小芭内、瑠火を頼む。どうやらまだ俺は動かなければならないようだ、同行してくれるか?」

 

「判ってる、終わったら美味い物を沢山作るからな。良い子で待っててくれ」

 

俺と小芭内の頭を撫で、カワサキ殿と父上は再び出かけて行った。そして翌日、母上の様子を見に来た医者は目を見開いて驚いた。

 

「驚いた、完治してます!奇跡だ、きっと神仏が助けてくれたのですね」

 

奇跡だと医者は言ったが、俺達は知っている。それが奇跡でもなんでもなくて、カワサキ殿が助けてくれたと言う事実を俺達だけが知っている。

 

 

 

 

槇寿郎と共にかつて炎柱の地位を争ったと言う育手の元へ向かったが、そこは廃墟と言っても過言ではない有様で半狂乱の骸骨のような男がそこに居た、既に正気ではなかったため、槇寿郎が意識を刈り取り縛り上げたが、その最後の瞬間まで煉獄家に災いあれと叫んでいた。

 

「あの男は下劣な男だった…柱になれば金が入る、それだけを目的に炎柱を目指した。鬼殺隊には少なからずそう言う輩がいる」

 

そう言う槇寿郎の顔はとても寂しげだった。だがそれは俺からすれば当たり前の話だ、リアルの荒廃した世界を知るからこそ人の醜さも美しさも俺は知っている。

 

「お館様、今回は申し訳ありませんでした」

 

「いや、良いよ。瑠火さんが無事で良かった」

 

俺と槇寿郎はお館様……つまり産屋敷の屋敷に訪れていた。瑠火さんを蝕んだ呪を解呪したのだ、親方様の呪も解除出来るのでは?と残りで悪いが特製コンソメスープを運んできたのだ。

 

「……カワサキどうかしたかな?」

 

「……いやあ、そのどっかでみたなあ……と」

 

2回目の謁見だが、耀哉をどこかで見たような気がしてる。失礼だけど、じっとその顔を見つめていると唐突にその何かが嵌った。

 

「ああ、そうだ。山であった青年に似てるんだ」

 

俺の言葉に耀哉の目が細まった。笑顔を浮かべているけど、威圧感が漏れている。

 

「その青年の名は?」

 

「名前は別にお互いに名乗りませんでしたけど……ああ、弁当はあげましたよ?」

 

弁当を渡したと言うと耀哉はそれなら違うかと呟いて、またにこやかな笑みを浮かべた。

 

「あの汁はとても役立つそうだね。ありがとう、感謝するよ」

 

煉獄屋敷攻防戦の火種となった特製コンソメスープの事を言われて、俺は何とも言えない気持ちになった。

 

「外は大丈夫なんですか?」

 

「大丈夫だよ、カワサキは何も気にしなくて良い」

 

屋敷の中で温めているコンソメスープの匂いに昼間なのに鬼が活性化していて、甲の隊士が奮闘しているのを本当に気にしなくていいのかと俺は心の中で思った。

 

「煉獄の奥方を救った汁か」

 

「西洋の呪いと聞くが……いや、凄いな」

 

「……お腹空くわね」

 

匂いだけで食欲が沸いてくるって凄いよな…我ながらよくそんなのを作ったと感心する。

 

「出来ました」

 

「ありがとう、あまね」

 

あまねさんが温め終えたコンソメスープを耀哉が口にする……が、俺の目には見えていた。

 

(まだ足りないのか)

 

瑠火さんは1回で大丈夫だったが、耀哉には足りていなかったようだ。確かに効果は出ているが、まだ完全に解呪するには足りないようだ。

 

「身体が軽い……それに気分も良い。少しだけ歩いてもいいかな?」

 

「あんまり無理をしないでくださいね」

 

耀哉はゆっくりと立ち上がり庭を歩き出す、おっかなびっくりと言う感じだが、ゆっくりとしっかりと大地を踏みしめる。

 

「お館様が歩いておられる」

 

「おお……」

 

耀哉が歩いているだけで柱達が笑みを浮かべる。ゆっくりと歩いていた耀哉の足取りが徐々に速くなり、見ていた槇寿郎達の雰囲気がおかしくなってきた。そして塀の所まで歩いた耀哉は引き返すのではなく、跳躍し塀の縁を掴んで腕力で身体を屋根の上に持ち上げた。

 

「「「お館様ぁッ!?」」」

 

「今なら何でも出来る気がするッ!!」

 

そう叫んで塀の向こう側に飛び降り、槇寿郎達が慌てて耀哉の後を追いかけ庭を駆け出して行った。

 

「こりゃ、効果が出すぎたかな?」

 

「いえいえ、あんなにも耀哉が楽しそうなのは初めて見ました。ありがとうございます」

 

塀の外から聞こえてくる槇寿郎達の慌てた声。

 

「はやッ!?なんであんなに速いの!?」

 

「お館様ッ!!お館様ぁッ!!!」

 

「ああッ!なんて楽しいんだ!!私はいま風になってるッ!!!」

 

大惨事になってる気配しかない……たおやかに微笑むあまねさんに視線を向ける。

 

「良いんですか?」

 

「ええ、とても楽しんでいますから。また定期的にあの汁を作っていただけますか?」

 

にこにこと笑っているが、これは断れない。そんな凄まじい威圧感があり、俺は判りましたと返事を返すのだった。

なお、この日から1ヶ月に1度黄金コンソメスープを作ることになるのだが、作る間は鬼が集まってくるので甲・乙・丙の高い階級の隊士が鬼の討伐と、その戦いで継子になるに相応しい人材を見出す試験として使われる事となった。

 

「死ぬうッ!」

 

「気合入れろぉッ!!」

 

「これを乗り越えたら俺達も継子だぁッ!!」

 

柱の直属の弟子である継子になれると奮起する隊士は非常に多く、1ヶ月に1回の3日の間の試練は上を目指す隊士が挙って参加する事になっていた。

 

「うん、美味しい。また元気になった気がするよ」

 

「駆け出したりしないでくれよ? また皆に迷惑を掛けるからな」

 

「ははは。そうだね、気をつけるよ」

 

コンソメスープを口にする毎に耀哉の身体は健康になり、作成中の鬼の討伐に参加した隊士もそのコンソメスープを口にし、徐々に身体能力が向上し、鬼殺隊全体の戦力UPが図られることになり、カワサキが鬼殺隊の料理番として認められる大きなイベントになるのだった……。

 

 

メニュー11 カツオのしぐれ煮に続く

 

 




次回は黒狼@紅蓮団様のリクエストで胡蝶姉妹で鰹のしぐれ煮でお送りしようと思います。次回からは鬼殺隊のネームドのキャラをメインに話を書いて行こうと思います。それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします。


そしてこれは全く関係の無い私の独り言になりますが、鬼滅とオバロ版を平行して書いていると、鬼滅なのにオバロのキャラ的な口調、そしてオバロ版なのに鬼滅キャラの雰囲気になっている事に気付き、どうするかあっと悩んでいたりします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

メニュー11 カツオのしぐれ煮

メニュー11 カツオのしぐれ煮

 

カワサキさんの事ですか?珍しい事を聞きますね?カワサキさんの事なら鬼殺隊士なら全員知っていると思うんですが……?

 

ああ、なるほど最終選別の時にカワサキさんが居なかったんですね?それなら判ります。

 

良いですよ、お答えしましょう。あの人はとても優しい人で私と姉さんの恩人でもあります。

 

鬼の頸を切れないと焦っていた私に焦ることは無いと言ってくれた人で、そして……

 

上弦の弐に襲われていた姉さんを助けてくれた人ですからね。

 

私はとっても感謝しています。それにここ蝶屋敷の食事メニューなども考えてくれているのでカワサキさんが鬼殺隊士にとって重要な人と言うのは判りますね?

 

え?……姉さんに聞いた?

 

……もう、姉さんったら……はぁ……。

 

そうですね。私は最初あの人は苦手と言うか、少し嫌っていました。

 

恵まれた体格なのに鬼殺隊士にならず、それなのに飯柱と呼ばれているなんてと思いました。

 

だけど2ヶ月のカワサキさんの所での訓練で判りました。

 

確かにカワサキさんは戦う人ではありません。

 

だけど誰よりも戦ってくれているんです。

 

帰ってこれるかも判らない隊士を見送り、いつも帰ってくる場所を守ってくれている。

 

帰りたいと思わせてくれる……。

 

直接戦う事だけが鬼殺ではないと言う事を教えてくれました。

 

怪我をして引退せざるを得ない隊士にも親身に相談に乗ってくれて……。

 

ああ、やっぱり恥ずかしいですね。私も最初はあんなに優しい人を誤解していたなんて……。

 

でも話をしなければ判らない、自分の目で見なければ信じられない。

 

貴方が隊士や隠、柱に話を聞いていると言う噂は私も聞いています。

 

本当にカワサキさんを知りたいのならば話を聞いてみるといいですよ。

 

そうすればきっと判りますからね。

 

 

 

 

「しのぶ、朝ご飯を食べたら荷物を纏めてね」

 

任務を終えた次の日の朝食の後、姉さんの言葉に私はもう次の任務?と思わず尋ねてしまった。荷物を纏める必要があるって事は遠出なの?とそう尋ねると姉さんはにこにこと笑いながら違うと言った。

 

「私、甲の階級に昇格したでしょう?それでお館様から特別な訓練に参加するようにって言われたの、そこでお館様と交渉してしのぶも同行させてもらえるようにして貰ったの」

 

 

「……姉さん。何してるの?」

 

甲の階級の隊士がやるような訓練にまだ下から数えたほうが早い私を同行させようとするなんて……でも正直伸び悩んでいた部分もあるし、これで何か切っ掛けをつかめるかもしれない。

 

(……私は諦めない)

 

父さんと母さんを殺した鬼を、人を食い殺す鬼を私は絶対に許さない。鬼の頸が切れないから隠への転向を勧められたけど……私は絶対に諦めない。

 

「なんでも柱候補の人だけが受けられる訓練らしくてね、行冥様も昔その訓練に参加していたとか」

 

「え!?本当なの!?」

 

「うん、間違いないって、だからしのぶも早く準備してね」

 

私達を助けてくれた行冥様も参加していたと言うのならば、その訓練は間違いない。どれだけ厳しくても、その訓練を耐え抜いて見せると思い、私は着替えなどの準備を始めるのだった。

 

「えっと、こっちみたいね」

 

「……随分と奥まで行くのね」

 

私と姉さんは荷物を背負い、深い山の中を歩いていた。こんな山の中に居ると言うことは、特別な育手の訓練場なのだろうかと考えていると茂みが揺れた。姉さんと揃って身構えていると羽織を着た金髪の男性が姿を見せた。

 

「炎柱様…こんにちわ」

 

「ん?ああ、胡蝶か。それと……お前の妹もか」

 

「こんにちわ」

 

ぺこりと頭を下げると炎柱様はああっと返事を返し、来た道を指差す。

 

「ここから先は茂みで隠されている。その地図に印が付いているだろう?それを確認しながら樹を確認して進め」

 

「はい、ありがとうございます」

 

「なに、気にするな。初めて来る人間は大概迷う、カワサキによろしくな」

 

そう笑って山を下っていく炎柱様の背中を見送り、炎柱様の口にした名前に首を傾げた。

 

「カワサキさんって……飯柱って言われてるあの?」

 

「そうみたいね。最終選別の時にお会いしたわね」

 

屈強な大男で最終選別の前と後におにぎりと豚汁を振舞ってくれたのを覚えている。だけど……あの人は料理人だと聞いているけど……。

 

「とりあえず行ってみましょう」

 

「そうね」

 

会って話をしない事には何も判らない、そう思い山の中を進んでいると突然視界が開け整えられた道と屋敷が姿を見せた。

 

「こんにちはー」

 

「おーう、誰だー?」

 

姉さんの言葉に屋敷からカワサキさんが姿を見せた。最終選別の時も見たけど、やっぱり身体の大きい人だと思った。

 

「……誰だ?」

 

「胡蝶カナエと申します。お館様から話を聞いていませんか?」

 

「ああ、お前さん達か、すまないな。名前を聞いていても顔を知らないもんでな」

 

頭をかきながら笑うカワサキさんの姿に少しだけ不信感を覚えた。他に人が住んでいる気配も無い、料理人のところで一体何の訓練をするのかと……

 

(まさか勝手に転向を?)

 

隊士から裏方への転向命令が出ていたのかと思い顔を顰める。

 

「ほら、しのぶ笑って笑って。姉さん、しのぶの笑った顔が好きだなあ」

 

「……姉さん」

 

「はっはっはッ!仲が良いようで何より。んじゃまあ、まずこの屋敷での訓練の話をするから上がってきてくれ」

 

おいでおいでと手招きするカワサキさんの後を着いて屋敷の中に足を踏み入れる。

 

「さてと、じゃあ改めて、カワサキだ。鬼殺隊の料理番みたいなものをしている」

 

「胡蝶カナエです。今回はよろしくお願いします」

 

「……胡蝶しのぶです。よろしくお願いします」

 

軽く自己紹介を交すが、屋敷の中に人の気配は無い。カワサキさん1人がここに住んでいるのだろうか?

 

「ああ。別に俺はここに住んでいる訳じゃないよ。訓練の時だけ、ここにいるんだ。槇寿郎に会っただろ?あいつに連れて来て貰ったのさ」

 

炎柱様を呼び捨てにする…その事に驚いた。本当にこの人は何者なのだろうか……。

 

「んじゃあまず最初に言うが、俺は呼吸を使えないから呼吸に関してはそっちに任せる。俺がやれるのは食事による体質改善と海外の鍛錬方法の指導だけだ」

 

「……呼吸を使えない?」

 

「おう、才能無いからな俺。呼吸も使えないし、刀も振るえない」

 

……私は眉が寄るのを感じた。呼吸も刀も振るえない相手に何を教われば良いのだと怒りを覚えた。

 

「まぁそうだわな、不信感を覚えるだろう。だけど、行冥も杏寿郎もここで訓練をしたのも事実だ。不安だと思うが、まずは俺を信じて言う事を聞いて欲しい」

 

「判りました。お館様にも聞いておりますので、全てお任せします」

 

姉さんが深く頭を下げるので、それに続いて私も頭を下げる。

 

「はは、そんなに畏まらなくても良いさ。さてと、この屋敷にいる間、絶対に守って貰う事は2つ。1つは鍛錬は1日おき、鍛錬をした次の日は呼吸や型の復習などの座学などを重点的にして貰う。鍛錬の内容は俺が決めるので基本的に自分で考えて行動しない事」

 

 

1日おきに鍛錬!?そんなことに何の意味があるのかとますます頭に血が上る。

 

「次に俺の出す食事は基本的に全て食べて貰う、もし苦手な物、アレルギーなどがあれば事前に伝える事。この2つさえ守ってくれれば基本的に何をしてくれてもいい」

 

「何をしても、とは?」

 

「買い物に行こうが、遊びに行こうが基本的には俺は咎めない。ただし、外泊などは駄目だからな?」

 

……本当にこれは訓練なのだろうか?どう考えても訓練とは思えない。

 

「んじゃあ、カナエからな。ちょいと身体を触らせて貰うぜ?」

 

「何をするつもりですか!」

 

姉さんに何をするつもりかと怒鳴ると、カワサキさんは肩を竦めた。

 

「別に助兵衛なことをしようって訳じゃねえよ。ちょっと筋肉を確認したいだけだ」

 

他に人もいないし……カワサキさんは大男だ、組み伏せられるのではと思いながら姉さんの身体を触っているカワサキさんを睨む。

 

「んー…筋肉のバランスは良しっと、ただちょいと過度に鍛錬しすぎだな。腕と腰、痛くないか?」

 

「……ちょっと」

 

「だろうなあ。あんまり過度な鍛錬をしないように、ここにいる間に適切な鍛錬を教えるからそれを守るように、んじゃしのぶの番だ」

 

「……よろしくお願いします」

 

厭らしい事をすれば殴り倒してやると思いながらカワサキさんの前に立つ。

 

「ん、んー……」

 

腕や肩周り、脹脛などを触られる。だけど危惧した嫌らしい感じは無く、按摩か何かのように思えた。尻や胸を触られなかった事もあったのもそう思わせる要因だと思った。

 

「……お前さんは随分酷いな…過度な訓練のしすぎだ。カナエと同じ訓練をしてるだろう?」

 

「は、はい…しのぶは確かに私と同じ訓練をしてますが……酷いのですか?」

 

「酷いな…筋肉が付きすぎだ。これだと背が伸びなくなるぞ?」

 

「え?」

 

「だから、筋肉を付けすぎると背が伸びなくなるんだよ。成長期に過度な訓練は駄目なんだよ……まぁまだ何とかなると思うが……」

 

背が伸びなくなるの言葉に頭の中が真っ白になった。姉さんは女性にしては上背があるから鬼の頸を切れるけど、私が切れないのは小柄で筋力が足りないからと言われた。だから鍛錬を続けてきたのに、それで背が伸びなくなると聞いて私は驚いた。

 

「とりあえず、今日は寝泊りする所と風呂と厠の場所とかを教えるぜ。鍛錬は明日からだから身体をしっかり休めるように」

 

そう言って部屋に案内されたけど、背が伸びなくなるとの言葉に私は最初にどんな訓練でもやって見せると息巻いていたのに、いきなり出鼻を挫かれ大きく気落ちしてしまうのだった……。

 

 

 

 

 

胡蝶カナエとしのぶという2人の女性隊士の訓練を引き受けたが、正直男の俺に女を預けるなよと内心は思っていた。それにカナエはともかく、しのぶは最初は俺に敵意剥き出しだったしな。

 

「はぁ……はぁ……ふう」

 

「……ふう……ふう……」

 

行冥とかはウェイトトレーニングを重点にしたが、胡蝶姉妹に俺は有酸素トレーニングを重点的に組み上げた。山の中のランニングや、大正時代にはない縄跳びや反復横飛びなどをメインに組み、筋力トレーニングは4日に1回と言う頻度にすることにした。

 

「全集中の呼吸禁止だから辛いだろうな。ほれ、水」

 

「「あ、ありがとうございます…」」

 

水の入った竹の水筒を渡す。俺の屋敷にいる間の訓練は全面的に全集中の呼吸は禁止だ。呼吸による身体能力強化をした状態での訓練は必然的にきついものになる。それでは肺に負担を掛けて本来想定している訓練の成果を得られない。だから全集中の呼吸は禁止している。

 

「身体を解して、汗が酷かったら汗を流してからおいで、昼食の準備をしておくからな」

 

「「……は、はい」」

 

座り込んで呼吸を整えている2人に背を向けて厨で昼食の準備を始める。今日の昼食は市場で買って来た鰹だ、鉄分が多く女性には優しい食材だ。これを1~2cm角に切り分けて、しょうが千切りにする。

 

「生でもいいんだけどな」

 

買ってすぐ保存したので鮮度は問題ないが、トレーニングの後で血生臭いのは厳しいだろうと思い時雨煮にしようと思う。

 

「あとは焦らないで言う事を聞いてくれるかだなあ」

 

女性はどう足掻いても筋力的には優れない。ならば女性特有の武器を磨くべきだ。瞬発力と素早さ、力で頸を切れないのならば技で切れば良い。例えば魚を切るように関節に刃を立てて関節の所で切り捨てれば良いと考えていた。

 

「醤油、酒、みりん、砂糖」

 

調味料を鍋の中にいれ、切り分けた鰹の切り身としょうがを加えて強火で煮る。1度沸騰したら弱火にして、汁気が無くなるまで煮詰めれば完成だ。

 

「あとは漬物と味噌汁で良いか」

 

汗をかいているので、塩分の強い大根の漬物と油揚げと豆腐の味噌汁。これで昼食としてはバランスが良いだろうと思い、ときどき時雨煮を作っている鍋を揺すり、焦げ付かないように気をつけながら味噌汁の準備を始めるのだった。

 

 

 

 

食事の時間……正直私は訓練の時間よりもこの時間が嫌だった。

 

「今日は鰹の時雨煮と豆腐と油揚げの味噌汁と大根の漬物な。ご飯は少し厳しいと思うけど、2杯は食べてくれ」

 

食べる事も訓練と普通に食べる量よりも少し多い量を常に用意される。それがなによりも辛かった。これも訓練と言うけど、食事が訓練と言うのは中々理解できないでいた。

 

「「いただきます」」

 

御櫃の前で待機しているカワサキさんに頭を下げて箸を手にする。

 

(鰹かぁ……)

 

血生臭い鰹はあんまり得意じゃないんだけど……先に甘辛く煮られたしょうがをご飯の上に乗せて頬張る。甘辛く、しょうがの風味がいい。それだけでも十分食事が出来そうだ。

 

「ん、カワサキさん。これ凄く美味しいです」

 

「酒としょうがで煮ているからな、あんまり鰹臭さも無いから食べやすいと思う。それと鰹は鉄分が豊富で女性に優しい食材だ。ちょっと癖があるけど、調理の仕方によっては食べやすくなるよ」

 

……本当かな……姉さんは鰹の時雨煮を箸で小さく切り分けて、甘辛いそれをご飯の上に乗せて美味しそうに頬張っている。

 

(……お肉よりかはマシかな……)

 

肉は苦手だけど魚ならと思い鰹を口に運び、私は驚いて思わず呆然とした。想像していた味でも香りでも無かったからだ。

 

「……美味しい」

 

「良かった良かった。口に合ったようなら何よりだ」

 

鰹の血生臭さは無くて、煮られているからか歯応えが良くなっている。そこにしょうがの香りと甘辛い味付けで本当に食べやすい。炊き立ての熱いご飯に息を吹きかけて冷ましながら口に運び、少し口の中が重くなったら味噌汁を啜る。

 

(全然違う)

 

毎日味噌汁は出されているけど、今日の味噌汁の味は全然違う。なんだろうか、味噌を毎日違うのに変えているのだろうか?

 

「あむ」

 

味噌汁と漬物だけでもご飯が食べられる。山の中の走りこみで汗をかいているので塩分を補給できるようにと出されたやや辛めの大根の漬物と油揚げの油が染み出ている味噌汁。これだけでも十分なのに、鰹の時雨煮の甘辛い味で更に箸が進む。

 

「あの……お代わりを」

 

手元を見ると手にしていた茶碗の中は既に空だった。夢中で食べていた事に恥ずかしいと思いながら空の茶碗をカワサキさんに差し出しながらお代わりをお願いする。

 

「あら、あらあら、良かったわぁ」

 

姉さんよりも先に1杯目を食べ終えたのは初めてかもしれない。良かったと笑う姉さんに恥ずかしいと思いながら空の茶碗を差し出す。

 

「はい、お代わりな。味噌汁は?」

 

くすくす笑っているカワサキさん。私の手前を見ると味噌汁の椀も完全に空になっていた……私は恥ずかしいと思いながら空っぽのお椀を差し出す。

 

「……いただきます」

 

味噌汁のお代わりも貰い、椀の中の時雨煮の汁をご飯の上に掛けて漬物と鰹の煮付けを口に運ぶ。

 

「凄く美味しいです」

 

「喜んで貰えて何よりだ。よく食べて、よく身体を動かして、焦らずに訓練を再開してくれれば良い」

 

にこにこと笑うカワサキさん。この屋敷で訓練を始めて5日…最初に感じていた嫌悪感はもうあんまり感じていなかった。

 

(優しい人なんだ)

 

身体を休める時は男がいればゆっくりできないと言って姿を見せないのも、朝早い鍛錬の時も嫌な顔せずに朝食を準備してくれている。

 

「カワサキさんって良い人ね」

 

「うん。あとはカワサキさんの鍛錬の成果が出れば言う事ないんだけど……」

 

育手の元で訓練した物とは余りにも違う内容…しかも1日おきの鍛錬で本当に成果が出るのかと言う不安がある。2ヶ月と言う鍛錬の期間でも1日おきでは実質は1ヶ月……そんな短時間で劇的な変化があるのだろうかと疑問を抱くのだが、その成果が出た時。私も姉さんも驚きを隠す事が出来なくなるのだが……そんな事を今の私達はそれを知る良しも無く、成果が出るのは何時なのだろうかと毎日疑問を抱きながらカワサキさんの訓練内容に頭を悩ませるのだった……。

 

 

 

 

「こんにちは」

 

「いらっしゃい、しのぶ。今日は蝶屋敷の皆も一緒か」

 

「はい、急に来てすみませんでした」

 

「にこにこ」

 

「ご飯食べにきましたー」

 

「しのぶ様の大好物だって聞いてます」

 

「よろしくお願いしますねー」

 

きゃっきゃっと楽しそうな蝶屋敷の面子を見てカワサキは楽しそうに笑い、用意していた鰹の時雨煮と味噌汁と漬物を用意する。

 

「はい。みんな、お昼ご飯よ」

 

「ありがとう姉さん」

 

「ありがとうございます、カナエ様」

 

「良いのよ~私は今はカワサキさんの店の給仕だからね」

 

上弦の弐との戦いで肺を損傷し、それは命に関わる怪我ではなかったが、隊士としての道は断たれたため、こうして今は沙代と共にカワサキの店の給仕をしていた。

 

「姉さんが楽しそうだと私も嬉しいです」

 

「ふふ、ありがとうしのぶ」

 

隊士としての道は断たれたが、それでもカナエは楽しそうだった。

 

「これ……」

 

「うふふ。ありがとう」

 

エプロンのポケットにこっそりと薬瓶を入れ、カナエは嬉しそうに笑う。

 

(頑張ってね、姉さん)

 

(うん、頑張るわ)

 

カワサキに助けられ、リハビリにも協力してもらったカナエはカワサキに好意を抱いていたが、その好意は若干歪み、薬を盛ってでもカワサキを手にすると言う暗黒の意思と言うべき物に目覚めてしまっていた。

 

「あ、これ、しのぶの好きな生姜の佃煮」

 

「ありがとうございます。またお願いしますね」

 

「いやいや、こっちこそ。蝶屋敷の梅干は美味しいからなあ」

 

そしてカワサキとアオイはそんなカナエとしのぶの様子に気付かず、それぞれで作った食材をにこにこ顔で交換しているのだった……。

 

 

 

メニュー12 炒飯に続く

 

 




カナエさんは生存していますが、暗黒の意思に覚醒。薬を盛ってでもカワサキを手に入れると考え、しのぶさんはそんなカナエさんを応援している。つまり胡蝶姉妹はやべーいってことですね。次回は「tzk7600」様のリクエストで炒飯でお送りしたいと思います、次回も鬼殺隊のメンバーを出して行こうと思いますので、誰が出てくるのか楽しみにしていてください。それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

メニュー12 炒飯

メニュー12 炒飯

 

 

あァ?てめえ、それ誰から聞いたァ?

 

玄弥から……ちっ、余計な事をよぉ……。

 

ああ。そうだよ、俺は鬼殺隊に入る前からカワサキさんの事を知ってる。

 

俺も、玄弥も匡近もあの人に世話になった時期がある。

 

呼吸を使えねえ、玄弥の為に色々考えて貰った。

 

死に掛けていた匡近を助けてくれたのもあの人だ。

 

それに何よりお袋達も助けてくれた。

 

俺にとっちゃあ大事な恩人なんだよ。

 

そりゃあ面は悪いが……あぁ?似たようなもの……?

 

てめえ殴るぞぉッ!!

 

人を外見で判断するじゃねえッ!!

 

あーもうあっち行けぇ、俺はてめえに話すことなんかねえ。

 

カワサキさんの事を知りたければ他の奴にでも聞きに行くんだなぁ。

 

 

 

その日鬼殺隊の隠は勿論、隊士、柱も総動員でカワサキを探していた。その理由は1つ……カワサキが姿を消したのだ。

 

【良さそうな食材を探してきます カワサキ】

 

「「「「また居なくなったぁぁッ!!!!!」」」

 

メモ書きを残して姿を消したカワサキが原因だ。カワサキは料理人だがとにかくアグレッシブだ、珍しい食材、料理の話を聞けば誰にも何も言わずメモだけを残して姿を消す事が非常に多かった。

 

「誰だぁ! カワサキに何か料理か食材の話をした奴だ! 特定しろ!!」

 

「探せ探せ!! あの人、鬼に狙われてるんだよ!!」

 

「やっぱりカワサキさんの付き人って必要じゃないですか!?」

 

そう最近鬼がカワサキと言う料理人を探していると言うことは鬼殺隊で把握していたが、カワサキには教えていなかった。その擦れ違いによる悲劇がカワサキ単独での食材探しの旅だった。鬼殺隊がてんやわんやになっている頃……カワサキはと言うと……。

 

「あれえ? お前さん、前に山の馬車の所であったよなあ! 元気にしてたか?」

 

「ええ、元気ですよ。貴方もお元気そうで何よりです」

 

鬼殺隊の宿敵「鬼舞辻無惨」と夕暮れの山中でばったり出くわしていたりするのだった……。

 

「食材探しですか?」

 

「そうそう、世話になってる所がさ、色々融通してくれるんだけどさ。目利きが全然なんだわ」

 

鳴女にあの時の料理人を見つけたと報告を受け、私自ら動いたが、この男は私の事を人間だと思っているのか警戒する素振りも何も見せない。

 

(だがこれは好都合)

 

異常者が近くにいない今、この男を攫うには良い機会だ。

 

「あ、そうそう、俺カワサキって言うんだ。あんたは?」

 

「私ですか? 月彦と言います。貿易商ですね」

 

「へえ、貿易商かあ! それなら海外の調味料とかも手に入るんだろうなあ」

 

にこにこと楽しそうに笑うカワサキと山道を歩く、もう少しすれば日が完全に落ちる。そうすれば鳴女の血鬼術で無限城に連れて帰ればいいとほくそ笑んでいると脇道から姿を見せた女が声を掛けてきた。

 

「もし、どちらへ行かれるのですか?」

 

「ああ、この先で宿とかがないかなあっと」

 

「そうですか、ですがこの先の集落には宿は無いですよ?」

 

えっとカワサキが驚いた様子を見せるが、私は声を掛けてきた女に纏わり付いている香りに驚いていた。

 

(稀血……しかも極上の……)

 

まさかこんな所でこれほど上質な稀血に出会うとは……私はついている。

 

「お困りでしたら、狭い家で申し訳ありませんが、寝床をお貸ししましょうか?」

 

「いやあ、助かります。良かったなあ、月彦」

 

何故か私まで泊まることになったが……まぁ焦る事はあるまい。時間はたっぷりあるのだからな……。

 

「お世話になります」

 

「いえいえ、困った時はお互い様ですよ」

 

それに濃い稀血の香りをさせているが、この女自身は稀血ではない、夫か子供か……はたまたその両方か……それを見極めるにもついて行くのも良いだろうと思い、私はその女の後を追って歩き出したのだった。

 

「おじさん、凄いねえ。なにその服」

 

「これはね、洋装って言うんだよ」

 

「へえーおしゃれー」

 

……だが私は来てすぐ後悔した。あの女の子供は7人も居た……きゃっきゃっと騒ぎ回る餓鬼はうるさくて仕方ない。それに母親よりも背丈の大きい2人の子供が凄い目で睨んでいるのも腹立たしい、本当ならば私を不快にさせたという事で皆殺しなのだが厨から漂ってくる香りに私は怒りを飲み込んだ。今カワサキが料理をしている、ここで暴れて食べられないのは嫌だし、なによりも本当に鬼が食事を出来るのかそれを確かめる為に餓鬼共が鬱陶しいと思いながらも笑って対応するのだった。

 

 

 

 

俺達に泊まる所を貸してくれると言った女性……「不死川志津」さんは子沢山で7人の子供がいたが、夫はいなかった。多分居たんだが、凄い顔で俺を睨んでいる白髪の少年とその少年と良く似た顔つきの少年の目を見れば判る。

 

(DVか……)

 

酒乱か何かで夫から逃げてきたと言う所だろう。そんな所に俺や月彦が来れば警戒するのは当然だ。だから俺はその目に怒りを覚えるでも、苛立つ訳でもなく、泊めてくれるお礼と言う事で料理を振舞わせてもらう事にした。

 

「お米と野菜くらいしかないんですけど……」

 

「大丈夫ですよ、俺は料理人ですからね。それに買出しの帰りでしたから、泊めてもらうお礼に色々と振舞わせてもらいます」

 

すみませんすみませんと謝る志津さんだが、泊めて貰うのだ。これ位しなければ、バチが当たるという物だ。

 

(竈か……ま、行けるだろ)

 

薪をガンガン入れて火を強くし、鉄鍋を加熱する。その間に青ネギの青い部分をみじん切りにし、鞄から取り出す振りをして、アイテムボックスから調味料を取り出す。

 

(ごま油、鶏がらの素っと)

 

ごま油と鶏がらの素と混ぜ合わせ、摩り下ろしにんにくとネギも入れて味付けの準備も終えたら、豚バラを取り出す。

 

「お肉なんてとんでも」

 

「良いから良いから、気にしないでください」

 

この時代で7人の子供を育てるのは並大抵の事ではない、しかも女手1つとなればなおの事。だから気にしないでくださいと言って豚バラを1口サイズに切り分けて、溶き卵を作った所で豚バラを加熱した鉄鍋の中に入れる。火が通ったら混ぜ合わせた調味料を全て入れる。

 

「良いにおーい」

 

「お腹すいたぁ」

 

「おじさんまだぁ」

 

月彦にじゃれ付いていた子供達がまだまだと騒ぎ始める。

 

「こら、迷惑を掛けたらだめだろ」

 

「座って待ってればすぐに食べられるさ」

 

俺を睨んでいた2人が笑顔で言うと幼い子供達ははーいっと元気よく返事を返す。やっぱり子供は素直で元気が一番だな、ネギとごま油の香りが出てきたら白米と溶き卵を加えて勢い良くかき混ぜる。米がぱらぱらになってきたら鉄鍋の持ち手を掴んで持ち上げる。

 

「よっ、ほっとっ!!」

 

「「「おおおーッ!!」」」

 

鉄鍋を振るい米を躍らせると子供達が目を輝かせる。うんうん、良いリアクションだ。4~5回それをやって見せたら塩胡椒で味を調えたらまた鍋を振るいお玉の上に炒飯を乗せ、それを数回繰り返してドームを大きくしたら皿の上に盛り付ける。

 

「まんまるー」

 

「すごいすごい!」

 

「おじさんすごーい♪」

 

「ははははッ! そうだろー? おじさんは凄いんだぞぉ」

 

半球型に炒飯を盛り付け机の上に並べて、匙を差す。

 

「はい、どうぞ、召し上がれ」

 

「本当にありがとうございます」

 

「いえいえ、感謝するのはこっちですよ、ささ、どうぞ。遠慮しないで食べてください」

 

エプロンを外して、俺もボロボロの畳の上に座りながらそう声を掛けるのだった……。

 

 

 

お袋が泊まる所がないから連れてきた2人組みに俺も玄弥も警戒していた、だけど下の妹弟の寿美・貞子・弘・こと・就也たちは見たことのない洋装の2人に興味津々って感じで俺は頭を悩ませていた。

 

「おいしい」

 

「はむはむー」

 

「おじさん凄いねー」

 

「おいしいー♪」

 

「むぐむぐ」

 

だがそれも黒髪の目付きの悪い男「カワサキ」の作ってくれた料理が机の上に並べられるまでだった。米と卵と肉を一緒に炒めると言う料理を振舞ってくれたのだが、それが凄く美味かったのだ。

 

(なんでこんなに美味いんだ)

 

米と具材を一緒に炒めただけなのに、こんなにも美味い。それが不思議でしょうがなかった、匙で持ち上げるとパラパラと米が1粒1粒零れ落ちる。それを口に運べば卵の柔らかい味と豚肉の脂が染み渡った米の味がしておかずなんかないのに、口にどんどん運んでしまう。

 

「美味しいですね、これはどこの国の料理ですか?」

 

「清だな、炒飯って言うんだけど簡単に作れて美味いだろう?」

 

中国……海の向こうの国の料理を知っているなんて、この男は実は本当は凄い料理人じゃないのだろうか。

 

「これ凄く美味しいですね」

 

お袋も満面の笑みを浮かべている。糞親父が死んで、険しい表情をしている事が多かったお袋が笑っているのが凄く嬉しかった。

 

「もぐもぐ、兄ちゃん。美味しいね」

 

「ああ、美味い」

 

米を噛んでいるとその中カリカリに焼かれた豚肉が出てきて、さらに匙で炒飯を掬う。また食べると豚肉が出てきて、また炒飯を掬うという繰り返し、美味しくてただただ無言だった。

 

「やさいも食べれるよ」

 

「そっかー、偉いなあ」

 

ネギの青い部分の香りは臭いと思っていたのに、これは臭くない。むしろその香りが更に食欲を進ませる。

 

(味付けは塩だけなのに)

 

肉と卵こそ使っているが味付けは塩だけのはず、それなのになんでこんなにも香りも味もいいのだろうか。

 

「「「あ」」」

 

俺と玄弥、そして月彦の3人の悲しそうな声が重なった。夢中で食べ進めていて空になっていることに今気付いた、だけどまだ全然物足りなくて……思わずカワサキを見てしまった。

 

「よっしゃよっしゃ、また作ろうか」

 

しかしカワサキは嫌そうな顔をせず、また炒飯を作る為に厨に向かった。最初あんなに睨んでいた俺達を怒るでもなく、嫌そうな顔をするでもない。またお代わりを作ってくれるというカワサキに俺は思わずすいませんと謝った。

 

「謝る事はねえよ、子供は飯食って、遊んで寝て、そんでいい。無理に大人になる必要も無い、さーまだ食べたいのはいるかー……なんでお前まで……」

 

「いや、美味いから……」

 

「はは、貿易商の金持ちの舌にも合ったのなら俺の腕も捨てたもんじゃないな」

 

そう笑い上機嫌で料理を始めるカワサキを見ていると月彦は席を立った。

 

「おじさん食べないの?」

 

「いや、勿論いただくよ。ちょっと月でも見てこようかとね、すぐ戻るよ」

 

そう笑うと月彦は家を出て行き、俺達はカワサキが鍋を振るうたびに具材が宙を舞うのを見て歓声を上げるのだった。

 

「な、なんで貴方がここにいい」

 

「うるさい、目障りだ。消えうせろ」

 

席を立った月彦は稀血に引かれてやって来た鬼を粛清し、腕を振るって血液を飛ばした。

 

「ふん、良い気分だったのに、鳴女。黒死牟を呼べ、近づく鬼を排除させる」

 

べんっと言う音と共に姿を見せた黒死牟に無惨は不機嫌そうに笑う。

 

「近づく鬼は私の楽しみを邪魔した、発見次第殺せ」

 

「御意……」

 

カワサキの食事は今食べても美味かった、つまり鬼でも食べられる料理を作れる男。その男が不死川家の人間を気にしている中、あの一家が死んだとなれば、もしかすると鬼が食べられる食事を作れなくなるかもしれない。そのリスクを無惨は避ける事にした。

 

「おーい、そろそろ出来るぞー」

 

「ああ、今行く」

 

家のほうから聞こえてきたカワサキの声。その声が聞こえたときには既に冷酷な鬼の首魁「鬼舞辻無惨」の姿は無く、貿易商「月彦」の姿があるのだった……。

 

 

 

 

「いらっしゃいませー」

 

「おう、カワサキさん。玄弥達は?」

 

「もう来てるよ、遅れたな」

 

「ちっと任務がよ、梃子摺ってな」

 

「ははは、天下の風柱も梃子摺るか、これは面白い」

 

上機嫌に笑うカワサキにむっとした表情の実弥だが、頭をがりがりとかきむしりながら個室に足を向ける。

 

「唐揚げ、餃子、後スープと炒飯の特盛」

 

「あいよ、要はいつも通りだろ?」

 

カワサキの言葉に実弥はああっと返事を返し、今度こそ個室の中に入って行った。

 

「遅いぞー、実弥」

 

「兄ちゃん、遅かったな」

 

「ああ、すまねえなあ。ちっと面倒な鬼でよ」

 

親友の匡近と弟の玄弥に迎えられて、普段怒り顔の実弥もその表情を和らげる。

 

「お袋から手紙だとよ」

 

「え? 本当! 後で見る」

 

「おう、俺も見てねえから後で一緒に見るか」

 

カワサキとの縁で藤の家紋の家へ就職が決まった志津と、そんな志津の手伝いをしている年の離れた5人の弟と妹。

 

「ったく、俺を追いかけてお前まで鬼殺隊に来ちまってよぉ……」

 

「そ、その話はもういいだろ!?」

 

「どうせならお袋の手伝いとかをしてくれてたら俺も心配しねえんだけどなあ」

 

「はは、大丈夫さ。玄弥は強いよ」

 

「……まぁ、それは俺も認めるけどよ……あんまり無理すんなよ」

 

「うん、判ってる」

 

普段見ることのない和やかな雰囲気の実弥達がそのまま水を飲んで話をしていると、個室の扉が開いた。

 

「はーい、お待たせー。唐揚げと餃子から持って来たわよー」

 

「すぐに匡近さんのうどんとかも持って来ますねー」

 

思春期真っ只中の玄弥がカナエと沙代の姿に硬直するのを見て、実弥と匡近は楽しそうに笑う。そこに風柱「不死川実弥」としての姿は無く、気の良い兄としての不死川実弥の姿があるのだった……。

 

 

 

メニュー13 パエリアへ続く

 

 




不死川家生存ルートです、無惨様が頭無惨様だったので、稀血とカワサキさんの料理を秤に掛けて、カワサキさんの料理を優先。満腹になって満足げに無限城に帰りカワサキの事を連れ帰るのを忘れていて、そのころには鬼殺隊と合流していたカワサキさんに無限城でうなだれている無惨様とかになっております。1000年ぶりの食欲に勝てなかった無惨様ですね、それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

メニュー13 パエリア

メニュー13 パエリア

 

カワサキについて? ああ、お前か、カワサキについて聞いて回ってる隊士って言うのは。

 

随分と地味な野郎だなあ……あ?女?……いや、悪いけどよ。お前女に見えないぞ?

 

髪はぼさぼさ、胸も出てねえなぁ……。

 

あ?馬鹿にするな?悪いな、俺に取っちゃあカワサキの事をこそこそ聞いて回ってるお前はあんまり面白くないんだよ。

 

他の柱はどうだかな、俺はお前に話すことなんてねえよ。

 

そんなに知りたければ自分で会いに行くんだな。

 

だが、害をなせばどうなるか判ってるだろうな?

 

俺だけじゃねえぞ、他の柱も全員動くからな。

 

今の柱にカワサキに世話になってない奴はいない。

 

隠や、隊士だって同じだ。

 

あの人は人を差別しねえ、色眼鏡で見ない。本当に良い人なんだよ。

 

こそこそ聞いて回るくらいなら自分で尋ねに行け、良いな。

 

 

 

 

巨大な荷車を引いて歩く黒髪の男……カワサキが店の前を通るたびに店主が顔を見せる。

 

「カワサキさんよ! 今日は良い野菜が入ってるぜ!」

 

「茸もよ、ちょっと見て行きなさいよ」

 

鬼殺隊に協力しだして数年。最初は煉獄家の居候から始まり、そして次は育手に栄養バランスの優れた食事のレシピを伝授、その次は最終選別前と後に料理を振る舞い、お館様の料理人として紹介された。その次に鬼殺隊の料理番兼西洋のトレーニングと適切な栄養で柱候補の育成に携わるなど、ここ数年でカワサキは鬼殺隊でも重要な立ち位置になりつつあった。

 

「さてと、後は海鮮だなあ」

 

今柱候補として預かっている大男の事を考えながら荷車を引いて歩いていくカワサキの耳に女性の声が響いた。

 

「ちょっとちょっと! 値段がおかしくないッ!?」

 

「私達は味噌と醤油を買っただけですよ?」

 

「そ、それなのにこの値段はお、おかしいです」

 

「おかしくねえよ、俺の店はこの値段だ。金が払えねえなら、その身体「おいおいおい、お前よぉ。本当に懲りねえなあ?」ひっ!?」

 

女性3人の間にカワサキが割り込むと店主は顔を青褪めさせて、がたがた震え始める。

 

「てめえは1回地獄に叩きこまねえとわからねえかあ? 爺さんがボケてるからってなあ! あいて見て商売すんなッ!!」

 

「ひっ、ごめんなさいごめんなさいッ!!」

 

「ったく雇われの店長風情が、味噌と醤油なら5銭だな。おら、金を置いとくぞ、あんたらも来な」

 

3人に来るように言ってカワサキは女性達が買った醤油と味噌の壷を担いで店を後にする。

 

「すみません。その助けてくれたみたいで」

 

「ああ、何気にすんな。あの店は最近爺さんがボケてなぁ。雇われが好き勝手やり始めてるんだよ、味噌とかを買うならこっちの店が良い」

 

「態々すみません」

 

「なに気にしなさんな。困ったときはお互い様ってな」

 

警戒するような視線の気の強そうな女性に肩を竦め、カワサキは再び荷車を押し始める。

 

「さーて、天元に言われたもんを探しに行くかねえ」

 

「「「天元様を知ってるんですかッ!?」」」

 

「うおっ!?」

 

小さな呟きだったが女性達はその言葉を聞いてカワサキに詰め寄る。さすがのカワサキも凄い剣幕の女性3人に詰め寄られれば息を呑む。

 

「天元の知り合い……ああ、嫁さんか。えっと須磨とまきをと雛鶴か?」

 

いま自分が面倒を見ている隊士「宇髄天元」は3人の嫁がいると昨晩聞いていたカワサキはこの3人が天元の嫁だと今気付いた様子だ。

 

「天元様がどこにいるのか知ってるのかッ!?」

 

「も、もしそうなら連れて行ってくれませんか!」

 

「須磨、まきをッ! すいません、でももしご存知ならば教えていただけますか?」

 

「ああ、良いさ、良いさ。一緒においで、今天元は俺の所で修行してる。会いたければついておいで」

 

荷車を引いて歩き出すカワサキに3人は目を見開いた。今天元は柱候補だけが受けられる特別な訓練を受けていると聞いていた。そしてその訓練を引き受けているのは鬼殺隊の料理番であり、お館様の料理人だと聞いていた。

 

「「「そ、その失礼しました!!」」」

 

「良いって良いって、俺はそういうの気にしないから。それに天元良く食うからなあ、買い物手伝ってくれよ」

 

にこにこと笑うカワサキは天元の妻3人を連れてのんびりと荷車を引いて歩き出しているのだった……。

 

 

 

 

いつの間にか飯屋敷等と呼ばれるようになった屋敷の庭で大の字で横たわる白髪に左目に化粧をし、大正時代では非常に大柄の青年……「宇髄天元」はぜーぜーっと荒い呼吸を必死に整えていた。

 

『休憩終わり終わりッ!!』

 

「だーっ!! も少し休ませろやぁッ!!」

 

『走れ走れッ!!』

 

「あー判った! 走れば良いんだろうがッ!!」

 

カワサキが食材の買出しに行っている間。このカラクリの言う通りに訓練をしていろと言われたが、カラクリだからこいつには人の心がねえッ!!

 

「おおおおおーーーッ!!!」

 

全力でカラクリから休憩の声が掛かるまで走り続ける。背中に背負った重りとしての役割の2本の刀が体に食い込んでくるような気がする。

 

『休憩! 休憩ッ!!』

 

休憩の声に立ち止まり、膝の上に手をおいて息を整え、腰に下げた竹筒に口をつけて水分を僅かに口に含んだ所でまた次の指示が飛ぶ。

 

『型の確認! 素振り200本ッ!!』

 

普段ならなんとも無い訓練だが、呼吸禁止、しかも持てるかどうかギリギリの重り付きでは流石に疲労も蓄積してくる。

 

「ぜっ、ぜっ……」

 

指示通りの訓練を終えると同時に背中から倒れこむ、忍びの界隈では名を馳せた俺様だが流石にしんどい。

 

(西洋式っていうけどなぁ……)

 

柱候補しか受けられない特別な訓練と言う事で4日。世話になっているが、生憎実感なんて物はまるで無い。ただ炎柱の息子の杏寿郎や花柱の胡蝶カナエと実績があるから逆らわないでいるが、呼吸も何も使えない相手に師事して本当に強くなれるのかと言う不安はある。

 

「「「天元さまあッ!!」」」

 

「あがあッ!?」

 

ぼんやりと考え事をしているとここには居ないはずの嫁達の声が聞こえ、腹に重みを感じて俺は呻き声を上げた。

 

「須磨、雛鶴、まきを……なんでここに」

 

「買出しの時に厄介な奴に絡まれてな、お前に会いたいって言うから連れてきた」

 

「カワサキ……さん」

 

「さん付けしにくかったら別に良いぞ? 俺はただの料理人だしな」

 

かっかっかと楽しそうに笑うカワサキの背中を見つめながら4日ぶりに会う嫁を両腕でしっかりと抱き締める。

 

「天元様、大丈夫ですか?」

 

「その凄く疲れているように見えますけど……」

 

「お、お水を飲みますか!?」

 

心配そうにしている須磨達に大丈夫だと笑い、震える足に拳を入れて立ち上がる。

 

「流石に疲れたか?」

 

「何が? 全然余裕だッ!!」

 

嫁の前で情けない姿を見せられないので気合で立ち上がったが、完全に足は震えている。

 

「はははッ! やっと筋肉痛が来たか、なら今日は軽く身体を解して風呂でも入って休んで良いぞ」

 

「あ? 訓練はどうなるんだ?」

 

「筋肉痛の時は訓練をしないのが鉄則だ。普通なら2日に1度しか訓練をしないんだがな、お前全然筋肉痛にならないからぶっ続けで訓練してただけだ。ま、ゆっくり休むんだな」

 

「あの地味すぎる訓練は!?」

 

ひたすら立ってしゃがんでとか、重りを背負って走り続けるとかの地味すぎる訓練は何なんだと叫んだ。

 

「それも後で詳しく説明してやるよ、雛鶴さん達は悪いけど天元を連れて行ってやってくれ、多分軽く突くだけで倒れるぜ」

 

くっくっくっと笑い荷車を引いていくカワサキの背中を見つめているとつんと押されて、背中からひっくり返った。

 

「須磨!? あんた何してるの!?」

 

「て、天元様ッ!?」

 

「い、いえ、その天元様が突いただけで倒れるなんて夢にも思ってなくてですね」

 

「うごごお……」

 

嫁達が言い争いをしているのを聞きながら、俺は全身に走る鈍い痛みに耐え切れず呻き声を上げるのだった……。

 

 

 

 

 

天元は初めて会った時から既に身体が仕上がっていた。だからとりあえず限界値を見てみようと思ったんだが、4日ぶっ続けで訓練させてやっと筋肉痛になるとは俺も想定していなかった。

 

「あそこまで筋肉がついているとなると、んーどうするかなあ」

 

筋肉のパンプアップと後は……適切な食事での底上げ、後は簡単な白兵戦の訓練くらいかなと思いながら、玉葱を微塵切りにして、ピーマン、パプリカのヘタと種を取り除き縦に8等分に切り分ける。

 

「鳥腿、海老、アサリっと」

 

アサリは既に砂抜きされている物を市場で買ってきた。海老はおがくずの中で生きているのが売っていたので水洗いしてから頭だけを残して殻を剥いて、背綿も取り除いた。烏賊は内臓を取り除いて、胴体は輪切り、足は今回使わず夜に揚げて酒の摘みにしようと思い冷蔵庫に戻す事にした。

 

「これなら満足するだろう」

 

派手な物が良いと言っていたので今日は派手にパエリアを作ろうと思う。ただサフランはやっぱりと言うか入手出来なかったので、トマト……大正で言う赤茄子を使おうと思う、トマトは皮を剥いて、4等分に切り分ける。そして鳥腿肉は大きめの1口大に切り分けて下拵えは完了だ。

 

「よっと」

 

槇寿郎や杏寿郎達に料理を出す用の特注のフライパンを釜戸の上に乗せて加熱する。

 

「オリーブオイル買い足さないとなぁ……」

 

入手が難しい調味料を何とかしたいなと思いながらフライパンでオリーブオイルで潰したにんにくを炒め、にんにくの香りが出てきたら海老の殻を炒める。にんにくの香りに海老の香りが混じってきたら殻を取り除いて、海老、烏賊、アサリを加えて白ワインを注ぎ蓋をする。

 

「うん、良い匂いだな」

 

暫く蓋をしたまま蒸し焼きにしてアサリの口が開いたら蓋を開けて、炒めた具材を取り出し海鮮の出汁がたっぷりと出た煮汁の中に微塵切りにした玉葱、鳥腿肉を加えて色が変わるまで煮詰めたらトマトと潰したにんにくを加えてトマトを潰すようにしてかき混ぜる。

 

「ん、まずまず」

 

トマトスープになったら、そこに生米を加えて混ぜ合わせたら蓋を閉めて薪を足して強火で一気に炊き上げる。

 

「皿はこんなもんで良いか」

 

お椀で入れるのもおかしいので平皿を4枚用意し、スプーンとフォーク、それと箸も用意する。

 

「とっと、あちち」

 

沸騰した所で弱火で用意していた釜戸の上に移し変えて、海鮮とパプリカとピーマンを彩りを考えながら添えて再び蓋をして弱火でじっくりと炊き上げれば完成だ。

 

「さてさて、どんな反応が貰えるかねえ」

 

今の日本に西洋系の料理は馴染みが無い、今回はどんな反応が貰えるか楽しみだと俺は小さく呟くのだった。

 

 

 

 

須磨達に風呂に運び込まれ、そのまま4人で風呂に入り新しい着物に着替えて広間で待っているとカワサキが巨大な鉄鍋を持って姿を見せた。

 

「はいよ、お待たせ。特製パエリアだ」

 

「「「「ぱえりあ?」」」」

 

聞き馴染みの無い料理名に拙い言葉で尋ね返すとカワサキはそうそうパエリアと笑い、机の真ん中に鍋敷きをおいてその上鉄鍋を置いた。

 

「これが派手な料理なのか?」

 

「そうだよ。ま、見てみれば判るさ」

 

カワサキが勿体つけるように蓋を開ける。その瞬間今まで嗅いだ事が無い香りが部屋中に広がった。

 

「うわあ……美味しそうですね」

 

「これは凄いね……こんなの見た事が無いよ」

 

「ええ、確かにこれは凄い」

 

須磨達が驚いた声を上げる中、俺は鍋の中に目を奪われていた。

 

「確かにこいつは派手だッ! そらもう派手派手だッ!!」

 

「だろ?」

 

にかっとカワサキが笑う。確かにこれは派手な料理だ。アサリや海老がたっぷりと鉄鍋全体に並べられ、時折赤や緑の野菜が彩りを添えるように並べられている。

 

(これは鶏肉か……いや、すげえなあ)

 

烏賊や鶏肉、様々な具材が鍋の中に所狭しと並んでいる。

 

「だが派手なのは、この下なのさ」

 

カワサキが箸で具材を少し動かして、その下を見て俺は目を見開いた。

 

「赤い……米?」

 

「赤茄子の汁で煮た米だ。これが美味いんだよ」

 

平皿に赤い米を盛り付け、その上に具材を彩りはそのままで飾りつけ俺達の前に差し出す。

 

「お代わりは自分達でな。まだ何か足りなかったら呼んでくれ」

 

ひらひらと手を振り広間を出て行くカワサキ。夫婦水入らずってことで席を外したのだろうと思い、心の中でカワサキに感謝を呟いた。

 

「うっし、じゃあ食おうや。いただきます」

 

「「「いただきます」」」

 

手を合わせて匙を手に取る。机の上に箸や奇妙な鉄の道具も置かれてるので、これで食べろという事だろう。

 

「この赤い米……本当に美味しいのかしら」

 

「ちょ、ちょっと怖いですよね」

 

「……確かに」

 

赤い米となるとどうしても血を連想させてしまうのか、雛鶴達が匙を持って固まっているので俺が率先して赤い米を口に運んだ。

 

「派手にうめえッ!!!」

 

少し怖いという事もあり少しだけ掬ったのだが、想像以上に美味くてすぐにもう1口分掬って頬張った。海鮮の出汁で炊かれているので味が良いのが判っていたが、赤茄子の甘みと酸味。それにこいつはにんにくか、にんにくの香りも口の中一杯に広がり食欲が沸いてくる。

 

「ん、確かに美味しいです」

 

「赤茄子で米を炊くとこんなに美味しいんだ」

 

「お、美味しいです!」

 

これは米だけでも十分ご馳走だと思える味だ。少し固めに炊かれているのだが、その硬さが却って食欲を誘う。

 

「海老も美味いなあ。いや、これは本当に派手にうめえッ!」

 

素手で海老を持ち上げ、頭を千切って味噌を啜り空の皿の中に入れて海老に齧りついた。海老が大降りなこともあり食いでもあるし、米に染みこんでいる出汁が海老の中にも染みていてめちゃくちゃ美味い。布巾で手を拭うのももどかしく、べたべたの手で匙を掴んで頬張る。

 

「美味いッ! 本当に美味いなッ!!」

 

4日間世話になっている間に出された料理はどれも美味かったが地味だった。だから派手に美味い物をッ! と頼んだが、これは想像以上に派手で美味い!

 

「全く、これだけ派手で美味い物を作れるのならもっと早くだせってんだ」

 

美味さと派手さを兼ね備えている料理が作れるなら最初から作れと言いたい。

 

「わあ、鶏肉の塊まで入ってますよ」

 

「柔らかく煮られてるわね。うん、美味しい」

 

「……これ教えてくれって言ったら教えてくれるかしら」

 

カワサキの料理に興味津々と言う感じの雛鶴達を見て俺は笑みを浮かべた。特別な訓練の間は会えないと思っていたが、連れてきたと言う事はカワサキ自身はあんまり思う事が無いのだろう。

 

「良いんじゃねえの? カワサキに聞いてみたらどうだ?」

 

ん、このアサリも美味いな。大振りだし、何よりも赤茄子の汁に良く合っていると思う。と言うか、赤茄子って酸っぱい物だと思っていたが、こんな風に色々工夫が利くのだと初めて知って驚いた。

 

「教えてくれると思いますか?」

 

「教えてくれるんじゃねえか? カワサキの奴料理出来る奴少ないって言ってたしよ」

 

そのうち隊士と隠が気軽に入れる店みたいのを持ちたいって言っていたから教えてくれと言うと教えてくれるんじゃなかろうか?

 

「相談してみようか?」

 

「そうですね、天元様の稽古が終わるまでやること無いですしね……」

 

「あ、天元様。お代わり入れますよ?」

 

「おう。頼んだ須磨」

 

いや。しかしこれ本当に美味いな……2ヶ月の訓練の間。こんな派手で美味い飯を食いながら、嫁とも過ごせるなら悪くない。

 

「……って思ったんだけどなあッ!」

 

「はいはい、休まない休まない。脇甘いッ!」

 

「ぬおっ!? なあ、あんた呼吸覚えたほうが良いと思うぜ?」

 

「あ? 料理人が刃物を持つのは料理するときだけで良いんだよ」

 

奇妙な手袋みたいな物を嵌めて、俺に殴らせるというこれまた奇妙な訓練なのだが、時々振るってくる拳の拳圧で前髪が空を舞うのを見て、これで呼吸を使う才能が無くて、日輪刀も振るえないって言うのは余りにも不憫すぎる。

 

「呼吸使えれば楽に柱だろ?」

 

「どうだろうなあ。そいッ!」

 

「お、おおお……ッ!?」

 

「顎のここを打つと脳が揺れて動けなくなる。覚えておいて損は無い」

 

損は無いと思うが、それを俺の身体で教えることは無いだろう? 俺はそう思いながらその場に膝を付くのだった……。

 

 

 

 

 

「うーす、カワサキ。来たぜー」

 

「「「お邪魔しまーす」」」

 

天元とその嫁達が無遠慮にカワサキの屋敷の中に足を踏み入れる。

 

「いらっしゃい、ま、好きに座っててくれよ」

 

庭の一角に作られている石造りの窯の前で何かをしているカワサキに言われ、4人は縁側に腰掛ける。

 

「それで今日はどんな派手で美味い物の試食をさせてくれるんだ?」

 

「ピザって言う料理だ。お前の好きな、赤茄子の料理だよ」

 

「そいつは派手で良いなッ!!」

 

天元は派手好きで好奇心旺盛なので柱や隠は勿論、お館様に出す前の試食係に天元達は良くカワサキに呼び出される。

 

「ほれ焼き上がりだ」

 

「ほほお……こいつはまた派手だな! 良いぜ良いぜ、美味そうだ」

 

「これチーズですね?」

 

「そう、トマトソースを塗った生地に具材を並べてチーズを乗せた物だ」

 

手早く切り分けて持ち上げるとトローリとチーズが伸びる。

 

「ははッ! 美味そうだ。早速貰うぜ、うーん。これも美味いなッ!」

 

チーズを伸ばしながらピザを美味しそうに頬張る天元に続いて雛鶴達もピザを口にする。

 

「ん、んー!?」

 

「須磨食べるのヘタすぎ」

 

「ん、でもこれ少し食べるの難しいですね」

 

生地からソースと具材を落としてしまい、食べるのが難しいと雛鶴達が笑う中。天元は指についたピザソースをぺろりと舐め、2枚目に手を伸ばす。

 

「また何時でも呼んでくれよ。こんな美味い物の試食係なら大歓迎だ」

 

「おう、また頼むぜ」

 

こうして天元達の試食の結果。カワサキの店にピザが追加される事と相成ったのだった……。

 

 

 

 

 




メニュー14 煉獄家IN甘露寺 その1へ続く

カワサキさんと天元は相性が結構良いとおもうんです。お互いにさばさばしている性格ですしね。そして好奇心旺盛なので、洋食などの試食係として結構カワサキの所に尋ねてきていると言う感じです。そして次回は皆待っていると思う甘露寺さんのターンです。あの人は大食いなので、2話くらいで書いて行こうと思います。それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

メニュー14 甘露寺IN煉獄家 その1

メニュー14 甘露寺IN煉獄家 その1

 

え?カワサキさんの事を知りたいの?

 

キャーッ!良いわよ、私の知ってることなら何でも教えてあげるわ。

 

えっとねえ、カワサキさんは優しくてね。そう、お兄さん!お兄さんみたいな感じなのよ。

 

前にお父さんって誰かに言われて俺そんな歳?って落ち込んでいたけど、その時のしょんぼりした感じが可愛くてキュンってしちゃったわ!

 

それとね、カワサキさんといると伊黒さんも柔らかい顔をしてるわ。

 

だからきっとカワサキさんは皆のお兄さんなのね!

 

それと料理も上手だわ!

 

ああッ!やだ、お館様の料理人なんだから料理が上手なのは当たり前よねッ!?

 

洋食も作ってくれるし、カツ丼の煉獄盛りも美味しいわぁ。

 

それとね、前にパンケーキを作ってくれたんだけど、あれも甘くて美味しかったわ!

 

それにそれに……そう!お弁当も用意してくれるし、非番の時や任務の帰りにカワサキさんのご飯を食べるのが楽しみなの!

 

カワサキさんも美味しそうに沢山食べてくれるのは嬉しいって言って色々作ってくれるから私も嬉しいわ!

 

前に食べたカツカレー美味しかったなあ……。

 

あ、その前のか、かるぼ?かるぼ……なんとかって言うのも美味しかった……。

 

ぐぐう……

 

や、やだ、お腹鳴っちゃった。

 

ちょっと早いけど、カワサキさんの所に行こうかなあ……。

 

あ、そうだ!貴方も一緒に行きましょう!

 

あ、あれ!?いない!?

 

お腹空いてなかったのかなあ……まぁ良いや、カワサキさんの所に行こうっと♪

 

 

 

 

「こ、ここで良いのよね」

 

「かあーカーそうだぁ、ここが炎柱の屋敷ぃッ!!」

 

鎹鴉の案内でやってきたけど……本当に大きな屋敷だわ。

 

「ここで今日から暮らすのかあ……頑張ろうッ!」

 

継子にならないかと声を掛けられなりますと言ったけど……いざここに来ると緊張するわ。でも頑張ろうと自分に気合を入れて門を叩こうとしたその時。

 

「あ、甘露寺様でしょうか?」

 

「ふあいッ!?」

 

気合を入れていると背後から声を掛けられ変な声が出てしまった……は、恥ずかしい。

 

「えっと……師範?」

 

「あ、いえいえ、私は違います。私は煉獄千寿郎と申します、杏寿郎の弟です。兄上と父上から話は聞いております。どうぞこちらへ」

 

「ありがとうございます」

 

1人で入るより案内して貰ったほうが安心出来る。千寿郎君に案内して貰いながら屋敷の中を歩く。

 

「兄上、甘露寺様がお見えになられました」

 

「そうかそうか! 入って貰ってくれ」

 

部屋の中から師範の声がする。千寿郎君は私に向かって振り返り、にこりと笑った。

 

「ではどうぞ。私はお茶の用意でもしてきます」

 

厨に向かっていく千寿郎君を見送り部屋の中に足を踏み入れる。

 

「うむ、良く来てくれたな! 甘露寺」

 

「なるほど、杏寿郎が継子にすると言っていたが……素質はありそうだな」

 

「よ、よろしくお願いします」

 

「杏寿郎も槇寿郎様もそんなに女子を不躾に見るものではないですよ。さ、甘露寺さんも座ってください」

 

着流し姿の師範と大師範の姿に緊張しながらも、奥様に促されたので座布団に座る。それから千寿郎君が持って来てくれたお茶を飲みながら、この屋敷で住む上での注意などの話を聞くことになった。

 

「今日からこの屋敷で住み込みで修行をしてもらうが、まず大前提だ。カワサキさんに何か言われた場合は基本的にその指示には従ってもらいたい」

 

「……カワサキさんですか? えっと、最終選別の時の?」

 

最終選別の時に料理を振舞ってくれた人が確かカワサキさんだったと思う。

 

「そうだ。お館様の料理番にして、育手にも様々な指導をしている。それに俺がまだ現役でいられるのもカワサキのお陰と言っても良いだろう。必ずやカワサキは君の助けになってくれるはずだ」

 

「は、はい! 判りましたッ!」

 

親子2代の炎柱。今は師範に炎柱の称号を譲ったそうだが、大師範はまだ鬼殺隊最強と言われる人物だ。その人の支援をしてくれている人ならその指導に間違いは無いと大きく返事を返す。

 

「良い返事だな! 良い事だッ! では母上。甘露寺の事をお願い出来ますか?」

 

「ええ、構いませんよ。甘露寺さん、どうぞ、こちらです」

 

「は、はいッ!」

 

奥方様に案内され屋敷の奥へと足を向ける。広い屋敷の中を歩いているだけで緊張してくるのがわかる。

 

「あ、あの態々ありがとうございます」

 

「いえ、構いませんよ。継子とは言え、女子は女子同士の方が気が楽でしょう。さ、この部屋ですよ」

 

内弟子とは言え、こんなに良い部屋を使っていいと言われると本当に萎縮してしまう。

 

「今日からここで暮らすのですから、そんなに緊張しなくても良いですよ。さ、荷物を置いたら着替えてくださいね」

 

「早速修行ですね!」

 

「いえ、違いますけど?」

 

「違うんですか?」

 

修行じゃなければ何に着替えれば良いのかと首を傾げていると奥方様はにこにこと笑われる。

 

「修行は2日に1度にするようにとカワサキさんが言っているので修行自体の頻度はそんなに多くありません。その代り、1回の訓練の密度が強くなります」

 

2日に1度……そんな頻度なんだ。もっとこう、きつい訓練が毎日あると思ってた。

 

「とりあえず今日は移動して来た疲れもあるでしょうから、身体を休めて明日からの訓練に備えてください。まずは昼食からですね」

 

昼食と聞いて顔を上げたが、大丈夫かなと不安になった。

 

「そ、その私は……」

 

「聞いていますので大丈夫ですよ。杏寿郎も槇寿郎様も良くお食べになるので、貴方もお腹一杯食べてくださいね」

 

着替え終わったらさっきの部屋で待ってますのでと言われて、持ってきた荷物から着物を出して、それに着替えながらも、私の頭の中はお昼ご飯って何かなあっと先ほどまで感じていた不安はどこかへと消えてしまっているのだった……。

 

 

 

 

槇寿郎が新しく大工に作らせた特注の部屋で俺は料理の準備をしていた。と言ってもそう凝った料理をするわけではない。

 

「よいしょ、よいしょ」

 

「ゆっくりで良いぞ、焦らなくてな」

 

「は、はい!」

 

千寿郎が釜からお櫃に米を移し変えているのを見ながら、俺も野菜を切り分けたり、肉や、調味料の準備を行う。

 

(しかし本当にやるかね)

 

鉄板で肉を焼くこともあるといったら鉄板を注文して、食事の為だけに1室作るとか……あのやさぐれていた時の槇寿郎からは想像も出来ないが、今はこうして元気でやってくれているようなので安心した。

 

「後はどうすれば良いですか?」

 

「後は、千寿郎も食べる準備をしてくれれば良い。後は俺がやるよ」

 

「カワサキさん……大丈夫ですか?」

 

「全然大丈夫だよ。手伝ってくれただけで十分だ」

 

これだけ手伝ってもらえば後は1人でも大丈夫と笑う。すると千寿郎は槇寿郎達を呼んでくるといって部屋を出て行く、その背中を見送り準備した食材の確認と味噌汁や漬物も量が足りているのかを確認する。

 

「うし、これなら大丈夫だろう」

 

甘露寺蜜璃と言う少女が継子になると聞いていたが、最終選別での食べっぷりを覚えているので少し多めに準備しているから全然大丈夫だろう。

 

(しかし……髪染めてるのかな……)

 

頭の頭頂部から肩口まではピンク色、そしてそこから先は黄緑色と奇抜すぎる髪色だが……この時代にはそんな髪染めもないだろうし……ハーフ……って言うのでもない。

 

(人類の神秘?)

 

不思議な人間がいるってくらいの認識で良いのかなと思いながら鉄板を温めていると槇寿郎達がやってくる。俺はその姿を見て、腕に巻いていたバンダナを解いて、頭に巻き腕まくりをして、気合を入れて料理の準備を始めるのだった。

 

 

 

 

 

私達の後ろにはお櫃がそれぞれ2つずつ。それにお茶碗ではなく、丼が用意されていた。大きな鉄板が部屋の真ん中に置かれていて、その鉄板を中心に扇状に座っているけど、これからどんな料理が出てくるのか楽しみだ。

 

「甘露寺、今からカワサキさんが用意してくれる。それまでは漬物と味噌汁で飯を食べてもかまわんぞ!」

 

お櫃を開けて山盛りにご飯を盛りながら、漬物と味噌汁でご飯をかきこみながら師範がそう言う。

 

「そう焦る事は無い。すぐにカワサキが一品目を用意してくれる」

 

「一品目と言うと沢山作ってくれるんですか?」

 

「ん?そうだなあ、4つくらいは作るぞ! だから程ほどに食べないとメインが食えないかもな!」

 

大師範とカワサキさんがかっかっかと楽しそうに笑う。4品も……お櫃のご飯を軽く丼によそい、お腹は空いているけど味噌汁と漬物で食べるのを我慢する。

 

(この味噌汁だけでも美味しそう……)

 

具沢山の豚汁……豚肉と豆腐と大根。最終選別の時にも出された味噌汁だ……あれ美味しかったんだよなあ。

 

「さてと、じゃあ早速始めるぜ」

 

カワサキさんはそういうと分厚い豚肉を4枚と薄い豚肉が鉄板の上に置かれた。肉の焼ける音と香りが部屋の中に広がる。

 

「おお……」

 

「なんでもな、料理を作る所からご馳走にする手法があるらしいぞ?」

 

「ああ……でもこれは美味しそうです……」

 

見ているだけでも美味しいって判る。口の中に唾が沸いてきて、少し恥ずかしい気持ちになる。

 

「焼き色が付いたら、こうだ」

 

醤油の入った入れ物の中に両面が香ばしく焼かれた豚肉を両面しっかりと浸して、再び鉄板の上に戻す。

 

「ふおおお……」

 

「うむ! 今日もまた美味そうだなあ!!」

 

はしたないと判っていても思わず腰を浮かせてしまった。この香ばしい香りと目の前で料理をされていると言うことがここまで食欲を誘うなんて私は今まで知りもしなかった。

 

「はい、お待ちどう。豚肉のしょうが焼きだ! まずはこれで軽く行くか」

 

お皿の上に千切りキャベツを盛り付け、その上に切り分けられたしょうが焼きが乗せられた。それを受け取って今すぐにも食べたいと思うのを我慢して、手を合わせていただきますと頭を下げてから丼を持ってしょうが焼きを1枚頬張る。

 

「んんーーー美味しいッ♪」

 

「はは、喜んで貰えて何よりだ」

 

食べ応えのある分厚い豚肉には甘辛いタレがたっぷりと染みこんでいる。その甘辛いタレだけでもご馳走だと思う。

 

「うん、やはりこれだな。しょうが焼き、これは体力が付く」

 

「美味い美味いッ!!!んぐうッ!?」

 

「もう兄上ったら、お水をどうぞ」

 

「んぐんぐうッ! はっはははッ!! いかんいかん、慌ててかっ込みすぎた!!」

 

「杏寿朗、誰も取る事は無いのですからゆっくりお食べなさい」

 

「判っております! 判っておりますが! 箸が止まりませぬッ!!!」

 

師範の言う通りだ。目の前で焼かれるのを見ているだけでも唾が止まらなかったのに、実際に食べてしまったら更に手が止まらなくなってしまうのは当然だ。

 

「あむあむ。んぐ、カワサキさん凄く美味しいです!」

 

「良かった良かった。しょうが焼きは飯に良く合うからなあ」

 

豚肉が厚くて食べ応えはあるし、それになによりもしょうがのピリリとした辛味と甘辛いタレが本当に良く合う。

 

「あ……お肉のおかわりってありますか?」

 

「別に食べたいなら焼いてやるが……次があるぞ?」

 

次……そうだわ、これで終わりじゃないんだ。ならお肉のおかわりは我慢して、次のを待つのが良いのかもしれない。

 

「キャベツなら一杯あるぞ」

 

「あ、それだけ貰います」

 

キャベツのおかわりを貰う、このしゃきしゃきとした食感と甘辛いタレが本当に良く合う。

 

「甘露寺よ、このようにして食べるのだ」

 

大師範がキャベツをタレに絡めて、ご飯の上へと乗せる。そしてその上に豚肉のしょうが焼きを乗せて丼にする。豚肉を齧り、キャベツとご飯を凄い勢いで頬張り、時々味噌汁と漬物を啜る。

 

「カワサキさん! タレ! タレはありますか!?」

 

「あるよ、ほら」

 

「ありがとうございます!」

 

師範がタレを受け取り、ご飯の上に掛けるが肉が無いのでキャベツだけでもごもごと食べているが、それだけでも十分美味しいと言うことなのだろう。私はまだ肉が2きれ残っているので大師範の真似をしてご飯の上にキャベツと豚肉を乗せて、その上にタレを掛ける。

 

「んんー美味しいッ!!」

 

ご飯にしっかりとタレが絡んでいて、豚肉の甘さとしょうがのピリリとした辛味。そしてキャベツのしゃきしゃきとした食感が1つになっていて本当に美味しい。

 

「さーてそろそろ次の品だ。蜜璃はホルモンとか大丈夫か?」

 

「ほるもんって何ですか?」

 

聞いたことの無いを聞き返すとカワサキさんはあーっと頷き、わからないかと笑った。

 

「簡単に言うと内臓系だ。少し癖はあるが、身体には良いし、スタミナ食にもなる」

 

「な、内臓ですか……」

 

嫌いな物は無いと思うけど、内臓系と聞くと少し怖いと思ってしまう。

 

「大丈夫よ。甘露寺さん、あんまり臭くないし、食べやすいわ。私も良く食べてるから大丈夫よ」

 

「カワサキさんの料理だから大丈夫だ、それにもし食べてみて駄目なら俺が食べるから心配ない!」

 

「私も少し苦手でしたが、食べてみるとすっごく美味しいですよ」

 

煉獄家の皆さんに大丈夫だよ。美味しいよと言われ、私は食べてみますと返事を返した。

 

「了解了解、俺の特製タレは美味しいから心配ないさ」

 

茶色の味噌のような物が絡んでいるちょっと不気味な肉が鉄板の上に置かれて、香ばしい匂いを放つ。

 

「ふふふ、内臓と聞くと怖いと思うかも知れんが、味は格段に良いのだぞ」

 

「まぁ癖があるのは判るし、女の子だからな。でも本当に身体に良いんだぜ?」

 

キャベツと玉葱を加えて、味噌と絡めながら手早く焼かれた内臓が皿に移される。

 

「ほい、どうぞ」

 

「い、いただきます」

 

少し怖いと思いながらホルモンを口に運んだ。そして驚いた、まずは臭くない。それに味噌の焦げた香ばしい香りと甘辛い味が口一杯に広がる。

 

「美味しいです!」

 

「だろ? 身体にも良いからしっかり食べてくれよ?」

 

「はいッ!」

 

くにゅくにゅとした独特の食感は確かに癖があるが、凄く美味しい。そこにしゃきしゃきとしたキャベツと玉葱の甘さ。

 

「私えっと、このほるもんですか? 好きになりそうです!」

 

「それは良かった。内臓料理は癖が強いから出しにくい、だけど栄養がたっぷりだから食べると身体に良いんだ」

 

「ああ、確かに内臓料理を食べる前と比べると全集中の呼吸の精度が上がった気がする」

 

「俺もです!」

 

そんな効果まであるんだ。それなら沢山食べないとッ! 美味しいから幾らでも食べられそうな気がするけど、鬼と戦うのに必要な全集中の呼吸まで強くなるなら頑張って食べないとと思い、私はホルモン野菜炒めに箸を伸ばすのだった……。

 

 

 

メニュー15 甘露寺IN煉獄家 その2へ続く

 

 




今回は少し料理描写はあっさり目、次回は更に食が進む2つの肉料理を出して行こうと思います。それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

メニュー15 甘露寺IN煉獄家 その2

メニュー15 甘露寺IN煉獄家 その2

 

鉄板の前で楽しそうに鼻歌を歌いながら調理しているカワサキさんは色々と噂の多い人だ。

 

曰く、お館様の料理番にして相談役。

 

曰く、並みの柱よりも高い権力を持つ。

 

曰く、最終選別のやり方に異議を唱えた。

 

曰く、死に掛けている時にカワサキさんの料理を食べたら持ち直した。

 

曰く、柱でもカワサキさんには頭が上がらない。

 

曰く、老いない、ずっと鬼殺隊に貢献している。

 

曰く、日輪刀も呼吸も使えないが、上弦の弐と殴り合い無事に生存した。

 

曰く、柱最強と言われる煉獄槇寿郎の妻の命の恩人である。

 

 

眉唾物から、そうかもと言う話を色々と聞いているけど、私の中ではカワサキさんは優しくて、良い人である。

 

「この後はどんなものが食べられるんですか?」

 

「んー? 鶏の照り焼きと、牛ステーキかな」

 

鶏の照り焼きなんて間違いなく高級品だ。でもビフテキはそんなにと思わず思ってしまう。

 

「ははは、心配ないぞ。甘露寺、カワサキさんが焼いてくれる牛肉は凄く美味いッ!」

 

「うむ、確かに並みのレストランよりも遥かにうまい、安い肉の筈なのにな」

 

「そこは腕さ、高級な物だけがいいとは限らないって事よ。と言う訳で、楽しみに待っていてくれよ」

 

「は、はいッ!」

 

鶏肉よりも美味しい牛肉ってどんな物なのだろうと期待していたのだが、私の思考は一瞬で鶏肉に奪われた。

 

「うわあ……美味しそう」

 

「ふふん。自信作なんだぜ」

 

粉を塗した鶏腿肉が皮の面から鉄板の上に置かれ、食欲をそそる音が部屋の中に広がる。

 

「うむ、今の内だな」

 

「そうですね。父上!」

 

大師範と師範がぺたぺたと丼にご飯を山盛りにしているのを見て、私も少しはしたないと思いながらもご飯を盛り付ける。

 

「よっと」

 

「あれ。脂を取っちゃうんですか?」

 

「んー、そうだよ、あんまり脂が多いと味が馴染まないからな」

 

畳んだ清潔な布で鶏肉の周りの脂を吸い取る。そんな調理法があるんだと思っていると、鶏肉がまず1枚だけずらされ、タレを掛けられる。鉄板の焦げる音と香ばしい香りに涎が沸いてくる。だけど、仕上げられているのは1枚だけ……。

 

(そっか、大師範からなんだ)

 

やはり家主からだ。私は何番目かなあと思いながらカワサキさんの手元をジッと見つめる。

 

「ほい、焼き上がり。まずは槇寿郎からな」

 

「うむ、待っていた」

 

切り分けられた鶏腿肉と刻んだキャベツを盛り付けられた皿を受け取り、食事を始める大師範が羨ましいと思いながら、早く私の分が焼けないかなとそわそわしながら待つのだった……。

 

 

 

 

甘露寺と杏寿郎には悪いと思うが、カワサキは基本的に俺を立ててくる。家主であり一家の大黒柱なのでそれは当然だが……。

 

(まだまだ子供か……)

 

ジッと俺の手元の照り焼きを見ている杏寿郎に苦笑しながら、照り焼きを摘み上げる。皮目はパリッと焼かれ、醤油ベースのタレで焼かれたそれは照り焼きの名の通り見事な光沢がある。

 

「うむ」

 

口の中に入れて噛み締めると真っ先に感じるのはその甘辛い味わいだ。これが実に飯に良く合う、その次に香ばしく焼かれた鶏皮の食感、そして最後鶏肉の肉汁がたっぷりと口の中一杯に広がる。

 

「槇寿郎様、おかわりをどうぞ」

 

「む、すまないな。瑠火」

 

あっという間に空になった丼を見て、即座にお代わりを差し出してくれる瑠火にありがとうと口にし、ずしりと重い丼を持ち上げる。

 

「はい、お待たせ」

 

「うむ! 待ちました。美味いッ!!!」

 

杏寿郎が中心の身の厚い部分を食べて美味いっと叫んでいるが、いつも最後の縁ばかり残って悲しそうにしているのを覚えていないのだろうか?

 

(まずは縁、身の厚い中心は残す)

 

そうすれば最後には分厚い部分が残っていると言う大変嬉しい状況になるのだ。

 

「はい、随分と待たせたな。蜜璃もどうぞ」

 

「は、はい! いただきまーす♪」

 

幸せそうに飯を食う甘露寺を見て正直少し感心する。飯を食い、身体を作るのは鬼殺隊の基本だ。それなのに俺達の食欲についてこれる隊士はそうはいない。

 

(天元と行冥くらいか……実弥も頑張っているがな……)

 

この食事形式はカワサキの訓練。食事をどこまで食べられるかと言う形式のものだ、無論身体を壊すほどではないが食べ切れない者はやはり多い。しかしこれだけの量を幸せそうに食べているのを見るとなるほど、杏寿郎が継子に選んだのも納得である。

 

「甘い、これ凄く甘いですね。砂糖ですか?」

 

「砂糖と酒と醤油と巣蜜だ」

 

「巣蜜!? そんな高級なものまで使っているんですか!?」

 

「おうよ、良い味だろ。それと後1つ隠し味があるんだが……判るかなあ?」

 

くっくっくっと笑うカワサキに苦笑する。ちょっといたずらめいていると言うか……カワサキにはこういう部分があるんだよと肩を竦め、中心部分の身を寝かせ、その上にからしを少しだけ乗せて飯と共に頬張る。

 

「うむ、美味い」

 

「はい、本当に美味しいですね! 父上!」

 

鶏肉の脂を打消しはしないが、そのピリリとした味わいが口の中を引き締めてくれる。

 

「……む、むうう……千寿郎」

 

「駄目ですよ」

 

「そこを何とか……」

 

「幾ら兄上でも嫌です」

 

「どうしてもか?」

 

「どうしてもです」

 

やっぱり縁の部分だけを残してしまい、身の厚い部分が欲しいと千寿郎に強請る杏寿郎。

 

「弟から飯をたかるな、馬鹿者」

 

「むむ、すみません、そしてありがとうございますッ!!」

 

俺の分を渡すと嬉しそうに笑う、杏寿郎に俺も甘いなと苦笑しながら、飯の上に鶏肉を乗せ丼のようにして飯をかき込むのだった……。

 

 

 

 

鉄板の上で香ばしく焼かれた大きな牛肉の塊。それは見ているだけでも美味しそうなのだが……どうしても箸が伸びない。

 

「む? どうした。甘露寺、牛肉は苦手か?」

 

「い、いえそう言う訳ではないんですけど……」

 

嫌いなものなんて殆ど無い、どんな物も美味しく食べれると私は思っていた。だけど……どうしても手が止まってしまう。

 

「あのお……これ中赤いんですけど……」

 

そう、そこなのだ。外側は香ばしく焼かれているのに中がうっすらとピンク色。生焼けで大丈夫なのかと言う不安でどうしても手が止まってしまうのだ。

 

(師範達は平気そうなんだけど……どうして?)

 

生焼けのお肉なんて食べたらお腹を壊してしまう、師範達の分は違うのかとそちらに視線を向けるけど、大師範も師範も瑠火さんも、千寿郎君も中が赤い肉を食べている。

 

(ど、どうしよう……これ大丈夫なのかしら)

 

1人だけおろおろしているとわさび醤油が目の前に置かれた。

 

「これはレアステーキって言うもんで、中が赤いが、しっかりと火が通ってる。だから食べても大丈夫だよ、それでも不安だったらわさび醤油をつけるといい」

 

海外では普通の料理法らしい……ちょっと怖いけど、箸で摘んでわさび醤油を付けて頬張る。

 

「……」

 

「どうだ? 美味しいだろ?」

 

「はいッ! すっごく美味しいです!!」

 

外はカリッとしていて、でも中は柔らかい。しかしそれでいて生肉と言う食感ではなく、しっかりと火が通っているのが判る。

 

「あむっ! んーー美味しいですッ!!」

 

「はは、そうかそうか。喜んでもらえると嬉しいよ」

 

お米の甘さと塩と胡椒が利いたお肉は肉汁がたっぷりで美味しい。しかもわさび醤油につけると牛肉の筈なのに、刺身のような味がして凄く美味しい。

 

「あむあむッ! んぐんぐッ!! 牛肉にわさびって合うんですね!」

 

「ああ、合うんだぞ! 俺も最初は驚いた! だが今ではわさび醤油は牛肉には外せないと思っている!」

 

美味い、美味しいと言う声が師範と重なる。最初は中に火が通ってるかどうか怖いと思っていたのが信じられないほどに、箸が進む。

 

「しかし、やはり最初は驚くものだな」

 

「槇寿郎様も驚いてましたものね」

 

「うむ。生肉っと思ったものだ」

 

あ、やっぱり最初は驚くんだ。でも食べてしまえばその驚きは、美味しさへの驚きに変わる。

 

「カワサキ殿! もう1枚食べたいッ!」

 

「わ、私もです!」

 

師範がお代わりと言うので私もお代わりと言うとカワサキさんは優しく笑う。

 

「はいはい、じゃあもう一枚焼こうかねえ」

 

「俺もくれ」

 

「あ、あの私も出来たら」

 

大師範や千寿郎君もお代わりと言うとカワサキさんは本当に楽しそうに笑った。その姿は本当に優しくて、故郷のお父さんとお母さんを私に思い出させるのだった……。

 

 

 

カワサキの店の扉が勢い良く開き、蜜璃と小芭内が揃って入店する。

 

「こんにちわー!」

 

「……今大丈夫だろうか?」

 

「大丈夫だよ。座りな」

 

カワサキを気遣って人の少ない時間にやってきた2人にカワサキは笑みを浮かべる。

 

「何にする?」

 

「今日はえっとちらし寿司と手巻き寿司にしたいの、勿論伊黒さんも」

 

蜜璃の注文を聞いて、カワサキが目を細める、その顔を見て伊黒は耳まで真っ赤にする。

 

「それだと、ここより奥の部屋がいいな」

 

「良いのかしら!?」

 

「良い良い、店主が良いって言ってるんだ。良いに決まってるだろ?」

 

「伊黒さん、行きましょう!」

 

「あ、ああ……行こう」

 

蜜璃にぐいぐい引かれていく伊黒を見送り、カワサキは本当に楽しそうに笑う。

 

「なるほどなるほど、良い傾向だな」

 

小芭内は最初蜜璃から逃げる傾向があったが、こうして2人で来るようになったのを見て、カワサキは楽しそうに笑いながらちらし寿司と手巻き寿司の準備をする。

 

「はーい。お待たせー」

 

「わー! やっぱりカワサキさんの散らし寿司が一番綺麗ね!」

 

「あ、ああ。流石カワサキさんだ」

 

「褒めてもハマグリの吸い物とお菓子くらいしか出ないぜ?」

 

「それは十分に出ていると思う」

 

小芭内の突っ込みに楽しそうに笑いながら、カワサキはごゆっくりと口にして個室の扉を閉める。

 

「じゃあ、私が伊黒さんの分を作るね」

 

「そんなに大きくなくても大丈夫だぞ?」

 

「判ってるわ! うふふ、こういうの楽しいですね」

 

「……そうだな」

 

柱2人が個室で食事をしている、それを目撃したとある隠と隊士が言いふらし後に鬼の形相をした小芭内に追い回されるのだが、その隠達が流した噂……それは小芭内と蜜璃が恋仲と言う物だった……。

 

「か、カワサキさん、私と伊黒さんがお付き合いしてるって噂を聞きました?」

 

「聞いたけど?」

 

「あうあう……そ、その、カワサキさんは伊黒さんが私の事をどう思っているかとか聞いたことありますか?」

 

「すまないな、生憎そう言う話は聞いたことが無い」

 

「そ、そうですか……じゃ。じゃあ相談には乗ってくれますか?」

 

「ああ、いいとも、お茶と茶菓子でも出そうか」

 

「は、はい。ありがとうございます」

 

ぱあっと華の咲くような顔で笑う甘露寺に大福と緑茶を出し、夕方の休憩時間までカワサキは甘露寺の話に耳を傾けた。

 

「カワサキさん、俺と甘露寺が付き合っていると言う噂を聞いたか?」

 

「聞いたけど?」

 

「……あいつら……殺す」

 

「おいおい、そんな物騒なことを言うなよ。小芭内、用件はそうじゃないんだろ?」

 

「……あ、ああ……その、カワサキさんは甘露寺が俺の事をなんて言っていたか知ってるか?」

 

「すまないなあ、生憎そう言う話は聞いた事が無い」

 

「そ、そうか……そ、それじゃあ話でも聞いてくれるか? 迷惑でなければだが……」

 

「勿論良いさ。どうせ休憩時間だしな、あんころもちとお茶で良いか?」

 

「あ、ああ。それで構わない、休憩時間なのにすまないな」

 

「良いさ良いさ、どうせ休憩っていってもやること無いしな、弟分の話くらいいくらでも聞くさ」

 

全く違う日に、同じ様な内容を相談する2人。カワサキはそれを口にせず、お茶と茶菓子を出しながら2人の相談に耳を傾けるのだった……。

 

 

 

メニュー16 寄せ鍋へ続く

 

 




次回は「野良犬ジョー」様のリクエストで「寄せ鍋」で行こうと思います。この寄せ鍋の後はかまぼこ隊なども徐々に出して行こうと思います。それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

メニュー16 寄せ鍋

メニュー16 寄せ鍋

 

瑠火の病気も治り、杏寿郎の弟の千寿郎も生まれ順風満帆な生活を送っている槇寿郎……と言いたかったが、実際にはそうではなかった。

 

杏寿郎が炎の呼吸を修め、最終選別とやらが近づけば近づくほどに槇寿郎の様子はおかしくなった。

 

「と、俺は感じてるんだけど瑠火さんはどう思う?」

 

「私もですね。とは言えど、私は鬼殺隊の任務に付いて口出しできる訳ではありませんし」

 

瑠火さんも槇寿郎の様子がおかしい事に気付いていたが、妻として支える事が出来たとしても踏み込めない場所はある。

 

「今戻った。風呂に入ってくる」

 

「お疲れ様でした。ご夕食の準備もしますね」

 

「ああ。頼む」

 

表面上は元の快活な槇寿郎だが、明らかに顔に元気が無い。そしてその顔は俺には見覚えがあった……。

 

(たつみ……か)

 

リアルでは警察官であり、ゲーム中ではたっち・みーとして活躍していた俺の友人。あいつも現実と理想の前に打ちのめされて折れかけた時が合った。その時の顔に良く似ているのだ……。

 

「瑠火さん、ちっと、俺出掛けて来るぜ。暫く戻らないかも知れんけど、心配しないでくれ」

 

「……はい、判りました。槇寿郎様の事をよろしくお願いします」

 

無言で手を上げて槇寿郎の屋敷を後にするのだった……。隠の話や、藤の家を回り、途中で隠が護衛に付いたが特に問題なく、俺の求めている情報を手にする事は出来たと思う。

 

「……耀哉さんよ。ちょいと頼みがあるんだけど……良いか?」

 

「構わないよ。カワサキには色々と助けて貰っているしね、それで何の話だい?」

 

黄金コンソメスープの効果か、大分呪いも弱くなっている耀哉の元を訪ねた。ここ数日歩き回り、俺なりに槇寿郎を観察した結果……今の槇寿郎に必要な物が何なのかを考えたつもりだ。

 

「かなり無理な話になる。隠や隊士にもある程度の負担を掛けてしまう」

 

「……それほどまでかい?」

 

「ああ、だけど……その代わりに槇寿郎を元に戻せるかもしれない」

 

「……なるほど、それは確かに必要な事だね。良いよ、無理な話でも何とかしよう。それで私は何をすれば良いんだい?」

 

「……槇寿郎が助けた全ての人を集めて欲しい」

 

「……それはかなり大変だね、それでも……やらなければならないことなのだね?」

 

「はい。今の槇寿郎に必要な事です、このままでは槇寿郎は折れてしまう、俺はそんな男を何人も見てきた。だからそうならないようにしたいのです」

 

理想と現実……快活な、そして自分に誇りを持つ男だからこそ現実と言う名の世界に打ちのめされてしまう。このままでは心が折れて槇寿郎は立ち上がれなくなるだろう……だが今ならまだ間に合うと俺は考えていた。

 

「良いよ、大変だけど集めてみよう。それと……ほかに何か必要な物は?」

 

「1つだけ……自分の一番好きな食べ物を持って来て貰いたいのです」

 

「それは魚でも野菜でもかい?」

 

「はい、なんでも構いません。よろしくお願いします」

 

大正時代だからこそ出来る力技だ。これがリアルだったら絶対出来ないなと苦笑しながら俺は耀哉に頼み事をし産屋敷の館を後にした。

それから数日後、集まったよと言う手紙が来て俺は手紙に同封されていた地図の元へ向かった。

 

「……やばいな、想像以上過ぎる」

 

多くて40人くらいと思ったんだけど、200人くらいいる……いや、だがこれはそれだけ槇寿郎が頑張った証なのだろう。

 

「今日は集まってくれてありがとうございます。炎柱煉獄槇寿郎の為に皆様、お力を貸してください」

 

「「「「おーッ!!」」」」

 

俺の言葉に元気良く返事を返す老若男女達に笑みを浮かべ、炊き出し用の大鍋を広場の中央に置いて俺達は調理を始めるのだった……。

 

 

 

 

 

千寿郎が生まれ、杏寿郎の最終選別が迫っている。本来ならば、俺は杏寿郎が無事に最終選別を通過出来るように指導する立場だ。それなのに、俺はそれが出来ないでいた。

 

「……くっ……俺の呼吸の限界はここなのか……」

 

炎の呼吸の限界を感じ、どうしても困った時に見よと言われていた歴代炎柱の書……それを見たのが俺の不調の始まりだと思う。

 

『炎・岩・雷・風・水の呼吸は全て日の呼吸から生まれた呼吸である』

 

自分の呼吸に……いや、煉獄家が代々受け継いできた呼吸に俺は誇りを持っていた……。

 

炎柱となり、今まで以上に人を救うことが……。

 

鬼を切る事が出来ると俺は思っていた……。

 

だが現実では俺はいつも間に合わない、どれほど急いでも、どれほど懸命に人を護ろうとしても……

 

どうしてもこの手から命が零れ落ちてしまう……。

 

怖いのだ……大事な者が俺の手から零れ落ちるのが怖い。

 

瑠火が死に掛けた時に、自分が弱いのだと知った。

 

千寿郎が生まれた時に、自分が死ぬのが怖いと感じた。

 

杏寿郎が最終選別に行くと言った時に杏寿郎が死ぬのに恐怖した。

 

それと同時にもし自分が修めていた呼吸が炎の呼吸ではなく、最強の呼吸「日の呼吸」ならばと思った。

 

調べれば調べるほどに日の呼吸の強さを知った……。

 

惨めだった、炎の呼吸も所詮は日の呼吸の劣化……。

 

決して最強には至れないのだと知った。

 

日の呼吸であれば何も取りこぼす事が無かった、そしてこれからも取りこぼす事が無いのだろう。

 

「花札の耳飾……そして痣者……」

 

鬼殺隊として古い歴史を持つ煉獄家には痣者と呼ばれる者の記録があった。

 

痣者は呼吸を極めた者が辿り着く1つの境地。

 

日の呼吸の使い手は痣者であり、選ばれた者であった。

 

痣者は戦国時代……始まりの剣士がいた時代には無数に居たらしく、煉獄家の当主はその全てが痣を発現させていたらしい……。

 

だが俺はどうだ?痣は生まれない……俺は煉獄家の人間として……当主として……きっと相応しくないのだ。

 

「こんなものッ!」

 

こんなものが無ければこんなにも己の無力さを思い知らされる事は無かった。怒りに身を任せ、歴代炎柱の書を引き裂こうとした時。書斎の扉が叩かれた。

 

「父上! 少し付いて来てください!」

 

「ちちうえー!」

 

「お、おい! なんだ、急にどうした!」

 

杏寿郎と千寿郎が有無を言わさず俺の手を引く、子供の力だ。簡単に振りほどけるのに、必死に俺をどこかに連れて行こうとする2人に俺はなにも言えなかった。そして手を引かれ移動していると良い香りが漂っている事に気付いた。

 

「なんだ、何をしている?」

 

「良いから来てください! 早く」

 

「みんなまっています!」

 

自分の息子達が自分を何処に連れて行こうとしているのか……それが判らず、ただ俺は引かれるままに歩き続けた。

 

「お、主役が来たぞー!」

 

煉獄家の領地だった広場に巨大な鍋とどこにこれだけの人数がいたのかと言うほどの人の数に俺は目を見開いた。

 

「父上、判りますか? ここにいる人達が何者なのか」

 

杏寿郎に言われ広場にいる人を見て、俺の顔から血の気が引いた。誰も、かれも……俺が遅れたから、家族を鬼に奪われた者達だった。

ただただ恐ろしかった……どうしてここにいるのか、それが判らなかった。屋敷に逃げ帰りたかった……自分の罪を見せ付けられている気がした。

 

「槇寿郎様。落ち着いて、大丈夫ですから」

 

「瑠火?」

 

何時の間にか背後にいた瑠火に大丈夫ですからと背後から手を握られた。

 

「炎柱様。いつもお守り頂きありがとうございます」

 

「ありがとうございます、貴方のお陰で息子は死なずに済みました」

 

「お姉ちゃんを助けてくれてありがとー」

 

「炎柱様。我が孫の仇を取っていただき感謝します……」

 

口々に告げられる感謝の言葉の数々に俺は目を見開いた。責められると思っていたから……感謝などされると思っていなかったから……。

 

「皆、お前の為に集まってくれたんだよ」

 

「俺の為に……?」

 

「そう、大変だったんだぜ? 左近次とか、慈吾郎とか、隠や、下級隊士にも話を聞いてなぁ、耀哉にも骨を折ってもらった」

 

お館様にまで協力を頼んだと言うカワサキの言葉に顔から血の気が引いた。一体、カワサキが何をしたかったのか、俺には何も判らなかった。

 

「よーっく見ろ。これがお前の護ってきた者だ。確かに失った者……零れ落ちた者もあるだろう。だがお前の戦いは決して無駄ではなかったッ!!」

 

「そ……それは……」

 

「俺は戦えない、呼吸も使えない。だから偉そうな事言うと思う、だけどな。失った者ばかりを見てどうなる! 自分の護った者を見ろッ! お前を激励する為に集まってくれた人達を見ろッ! 失って来たばかりかッ!? 護れたものは確かにある! そうだろう!」

 

広場にいる者を見る……この中に誰も俺を責めている者は居ない。皆が優しい目で俺を見ている……それに気付いて、俺は天を仰いだ。そうでもしないと涙が零れ落ちそうだった。自分の戦いは決して無駄ではなかったのだと……確かに意味があったのだと……今初めて判った。

 

「父上、どうぞお召し上がりください」

 

「ちちうえ、どうぞ」

 

杏寿郎と千寿郎が持ってきたのは具沢山の汁の入ったお椀だった。

 

「こ……れは?」

 

「集まった皆の好きな食材を入れて作った寄せ鍋さ、お前の為に皆で作ったんだ」

 

海の幸も、山の幸も、ありとあらゆる食材が入ったお椀を震える手で受け取る。

 

「ささ、どうぞ。私も頑張りましたよ、切るだけでしたけど……」

 

「どうぞ、お召し上がりください。昨日から何もお口にしておられないでしょう?」

 

瑠火達に言われ、汁を啜った。口の中一杯に広がる様々なや食材の旨み……心を暖めるような暖かさ……。

 

「美味い……こんな美味い物……生まれて初めてだ」

 

「そうだろうな、さーって! 皆も食べてくれ!」

 

俺が食べたの確認してから、カワサキが皆に寄せ鍋を配り始める。杏寿郎と千寿郎が器を貰いに行く姿を見つめていると目の前が涙で滲んだ。

 

「槇寿郎様。大丈夫ですか?」

 

「……あ。ああ……大丈夫だ」

 

俺は何を見ていたのかと己を恥じた。自分だけに悲劇が降り注いでいるように思っていた……だが実際は違っていたのだと初めて知った。

 

「ありがとう」

 

「お礼は私ではなく、カワサキさんに、本当にあの人が色々と骨を折ってくれたんですよ?」

 

穏やかに笑う瑠火、その視線の先には笑顔で料理を配るカワサキの姿がある。あの時、カワサキに出会えた……それがきっと俺の運命を変えた……俺は心からそう思うのだった。

 

 

 

 

寄せ鍋を器によそって配りながら槇寿郎に視線を向ける。憑き物が落ちたような表情をしているのを見て、もう大丈夫だなと安堵した。

 

(いや、しかし本当に良くやったよな。俺)

 

山菜に始まり、木の実、茸ありとあらゆる山の幸。

 

熊肉、猪肉、雉肉……ありとあらゆるジビエ。

 

牛肉、豚肉、鶏肉と言うありとあらゆる肉。

 

魚や蟹、貝や海老ありとあらゆる海の幸。

 

そして芋や白菜と言った無数の野菜たち……。

 

よくこれだけバラバラの食材を1つに纏めることができたと自分で自分を褒めてやりたい気分だ。

 

「美味い!美味い!わっしょいわっしょいっ!」

 

「わっしょいわっしょい!」

 

……ちぃっと五月蝿いけど、美味しいって喜んでいるみたいだし……あの2人はあのままで良いかな。

 

「呼んで頂きありがとうございます」

 

「いえ、お力添えに感謝します」

 

藤の家の主人達がいなければここまで豪勢な鍋は出来なかったと思う。

 

「貴方もどうぞ、少し変わりましょう」

 

「いや、すいませんね」

 

盛り付けを変わってくれるという女性にお玉を渡して、俺も地面に座り込んで寄せ鍋を口にする。

 

「はふっはふっ! うーん、こりゃ美味い」

 

自分で作っておいてなんだが、これほど美味い鍋は初めてかもしれない……。

 

(熊肉美味いな……うん)

 

ジビエ系の肉がいい味をしている、豚肉や鶏肉とは違う野生的な味が鍋に良いアクセントを加えている。

 

「御代わり戴けるか!」

 

「はい、どうぞ」

 

杏寿郎がお代わりを貰い、俺の隣にどかっと腰掛ける。

 

「カワサキ殿には感謝しかない! ありがとう!」

 

「はは、俺は大した事はしてないさ」

 

ただ料理をするだけだよと笑うと杏寿郎は違うと言って笑い出した。

 

「きっとカワサキ殿は福の神なのだと俺は思う!」

 

「こんな悪人面の福の神がいるかよ」

 

「いいや! 絶対カワサキ殿は福の神だ! 小芭内もそう思うだろう?」

 

「……突然お前は何を言っている。杏寿郎……」

 

呆れた様子の小芭内も俺の隣に腰掛ける。

 

「元気そうだな、小芭内、鏑丸」

 

鬼殺隊になると言って煉獄の屋敷を出た小芭内にあうのは久しぶりだ。水の呼吸の師範の元へ向かったと聞いていたが、こうして会うのは1年ぶりだと思う。

 

「俺は元気ですよ。カワサキさんも元気そうで何よりです」

 

「シャー♪」

 

小芭内も鏑丸も元気そうでなによりと思いながら、素手で海老の頭を外して味噌を口にする。

 

「カワサキ殿、何故鍋なのに海老の殻を剥かなかったのですか?」

 

「出汁が出るからだな。甲殻類の出汁は良い味になるんだよ」

 

鑑定で甲殻類アレルギー持ちがいなかったからこそ出来たんだけどなとカワサキは笑い。空になった器にお代わりを注いで貰うが……鍋の中身を見て作りすぎたかなと若干後悔しているのだった……

 

そしてその後悔は的中し、全員が満腹になっても僅かに汁が残ってしまったのだ。

 

「あちゃあ……明日の朝にでもお粥にするかなあ」

 

「いいや、その必要は無い」

 

槇寿郎が俺の肩を掴んで脇にどけ、大鍋を両手で掴む。

 

「おいおい、少しって言っても飲むには多いぞ?」

 

「いいや飲む。これは絶対に残さない」

 

小さく息を吐いて槇寿郎は鍋に口を付けて中身をゆっくりと確実に飲み干していく。その光景を全員が見ていた、もう満腹は越えているだろう。だがそれでも槇寿郎は寄せ鍋の汁を最後まで飲み干し、鍋を脇に置くとその場に土下座した。

 

「此度は態々私の為に集まって頂き感謝しかありませんッ! 前を見ず、後ろだけを見つめ! 嘆き、悲しみ、諦めかけた情けなく、みっともなき男ではありますがッ! この炎柱煉獄槇寿郎! 不肖の柱なれど、皆様の思いを、願いを背負いッ! この魂を燃やし、必ずや鬼舞辻無惨にこの刃を振るう事を誓います! どうか、これからもこの情けなく、みっともなき男に皆様のお力添えを願いますッ!」

 

槇寿朗の叫びから少し遅れて広場に爆発したような歓声が響いた。

 

「炎柱様は情け無くなんか無いよ! 強い人さ!」

 

「私達に出来る事なんて殆ど無いけど、それでも貴方を応援させてください!」

 

その歓声は槇寿郎が慕われていると言う証であると同時に1人では無いと言う証明だった。

 

(これなら大丈夫だな)

 

1人で出来る事なんてたかが知れている、だが協力しあえばその力は何倍にもなる。完全に憑き物が落ちた顔をしている槇寿郎を見て、俺は今回の事が大成功だなと確信するのだった。

 

「え? 定期的に?」

 

「何とかならないかな?」

 

「い、いや……そりゃまあ出来ない事は無いですけど……」

 

「それじゃあお願いしようかな?」

 

「……ちょいと考えさせてくれないですかね?」

 

だがまさかそれが、柱や隊士の士気を上げる為に定期的に開催して欲しいと言う事を耀哉に言われた時は流石の俺も口ごもるのだった……。

 

 

 

メニュー17 雷の呼吸一門のポトフ へ続く

 

 




今回は料理描写よりも、話の内容に力を入れてみました。このイベントの後人の願いを思いを背負い、魂を燃やす。「真・炎柱 煉獄槇寿朗」となり、強化モードに入ります。己1人では火だが、人の思いを願いを背負い、火は炎となる最強モードの槇寿朗の誕生ですね。次回は雷一門、善逸とかも出して行こうと思います。それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

メニュー17 雷の呼吸一門のポトフ

メニュー17 雷の呼吸一門のポトフ

 

え、カワサキさんの事を知りたい?

 

いやいや、そんなこと俺も全然知らないって!

 

え……兄……獪岳が護衛をしてるって……。

 

いやまぁそうなんだけどさあ……本当カワサキさんの事は俺全然知らないから!

 

そう言うの知りたかったら炭治郎とか、獪岳に直接聞けば良いじゃん!

 

……へ? 主観で知りたい……?

 

ん、んーんー。いやさ、逆に聞くけどさ、なんでカワサキさんの事を知りたいのさ。

 

最終選別でも会うでしょ?

 

とにかく俺に言えるのはカワサキさんは良い人って事くらいだよ。

 

優しいし、面倒見もいいし……。

 

もうこれで女の人なら言う事ないんだけどねえ……。

 

はっ、いやまぁ。とりあえず俺に言えるのはそれだけだから!じゃッ!!

 

 

 

 

 

「善逸よ。今日は昼からの訓練は無しじゃ」

 

三角があちこちにあしらわれた着物を着、顔に傷のある老人……「桑島慈吾郎」の言葉に黒髪の少年「我妻善逸」はその顔を綻ばせた。

 

「え。本当じいちゃん!?」

 

「先生って呼べ。この馬鹿」

 

「あいだ!?」

 

慈吾郎をじいちゃんと呼んだ瞬間。不機嫌そうな声と共に尻を蹴られひっくり返る善逸にワシは溜め息を吐いた。

 

「獪岳よ、もう少し優しくしてやってもよいぞ?」

 

「調子に乗るだけですよ。先生」

 

槇寿郎が瑠火の病を治す食材を探している間寝泊りしていた寺の孤児の1人「獪岳」はふんっと鼻を鳴らした。獪岳は鬼殺隊になる事を熱望していたので、ワシが預かることになったんじゃが、獪岳は努力家で才能に溢れていた……残念な事に壱の型「霹靂一閃」こそ習得できなかったが、どこに送り出しても恥ずかしくない弟子と言える。

 

「いきなり蹴ることないだろ!? お前には人の心がないのか!」

 

「何回も言ってるのに学習しないからだ。それと訓練は無いが、やる事は山ほどある」

 

えっと驚く顔をする善逸だが、獪岳の言う通りである。

 

「今日はワシの古い友人が尋ねて来る。屋敷の掃除と食材の買出し、やる事は沢山あるぞ」

 

「休みじゃないの!?」

 

「休みな訳あるか! おら、行くぞ!」

 

善逸を引っ張って歩いていく獪岳。口は悪いが、それなりに善逸の事を心配してくれているようだと安心する……だからこそ思う。

 

「何か良い助言でもカワサキから貰えれば良いが……」

 

獪岳の最終選別が間近に迫っている。今は最終選別の制度が多少変わってきており、ワシの時代よりも生存する候補生は多くなっている。それでも、それでも死んでしまう者は決して少なくは無い。出発前に獪岳の不安を取り除いてやりたいが、ワシにはどうすれば良いのか皆目見当が付かん。

 

「どうしたものかの……」

 

壱の型しか使えん善逸

 

壱の型が使えない獪岳

 

そのどちらもワシが面倒を見てきた中で天元を除けば、最も優れた逸材だ。雷の呼吸の後継者として、あの2人以上の逸材は今後現れないとワシは確信していた。だからこそ、壱の型が使えないと焦る獪岳と、壱の型しか使えない善逸のことについて相談に乗って貰おうと思い、最終選別の前で忙しいのを承知でカワサキを呼んで貰ったのだ。

 

「……やれやれ。ワシもそろそろ育手として限界かの……」

 

何人もの門下生を送り出したが、鳴柱になった者はいない。逸材だった天元も自分の呼吸を見出してしまったし、善逸と獪岳は紛れも無く逸材だが、ワシにはそれを育てきれるだけの器量が無い。そのことに気付き、ワシは溜め息を吐きながら屋敷の中へと引き返していくのだった……。

 

 

 

 

 

獪岳に半分引きずられるように街に来て、買い物をしているんだけど……その量が半端じゃなかった。

 

「おら。持ってろ」

 

「ええ!? まだ買うの!?」

 

じゃがいも、大根などの野菜を大量に持たされ、もう既に大量の荷物を持っているので腕がプルプルしてきた。

 

「そんなに大人数なの? じいちゃんの友達って」

 

「師範って言え。はぁ……尋ねてくるのはカワサキさんだ」

 

「……だれそれ?」

 

「お館様の料理番だ。つまりとんでもなく偉い人だ」

 

「本当に?」

 

なんでそんな偉い人がたずねて来るのは理解出来なかった。いや、じいちゃんが元柱だからおかしくないのかな。

 

「俺の最終選別が近いから、その前に色々と面倒を見てくれるように師範が頼んでくれたんだ。俺も行冥さんもカワサキさんに助けられた事があるしな」

 

「……あの行冥さんって柱の?」

 

「ああ、岩柱の悲鳴嶼行冥さんだ。俺が師範の所に来る前に世話になった人だ」

 

獪岳が元孤児で寺で暮らしていたと言う話は聞いていた。その寺の責任者が行冥さんという盲目の男性で俺も何回か会った事があった。凄く穏やかな音のする人だなと思っていた。

 

「もしかして元柱とか?」

 

「いや、カワサキさんは鬼殺隊とは関係ない、料理をして旅をしていたらしい」

 

助けられたというから鬼殺隊と思ったんだけど、どうやら違うらしい。

 

(でも凄く穏やかな音だ)

 

カワサキさんの話をしている時獪岳の音は凄く穏やかで優しい。

 

「美人なの?」

 

「はぁ? 美人? 何言ってる。カワサキさんは男だ」

 

「え?」

 

ええ……こんな音をしてるから凄い美人で獪岳が想いを寄せていると思ったんだけど違うのかよ。

 

「まぁでも……兄貴みたいに良い人だよ。顔はめっちゃ怖いけどな」

 

「会うの怖いんだけど」

 

「嫌でも会うから我慢しろ。さっさと買い物を終えて帰るぞ」

 

ぶっきらぼうに言うが、それでも半分荷物を持ってくれた獪岳に俺は言動で損をするんだよなと思いながら、買い物を終えてじいちゃんの屋敷に戻っていたのだが……。

 

「ん、良い匂いだ……これあれ? 初めて俺が来た時に作ってくれたポトフって奴?」

 

じいちゃんと獪岳が作ってくれた汁。それと同じ匂いがして獪岳にそう尋ねると獪岳は俺の荷物を更に持って走り出す。

 

「もう尋ねてきてる! 急ぐぞ!」

 

「え、ま、待ってよ!?」

 

急に走り出した獪岳の後を追って必死に走る。門の所に腰掛けてじいちゃんが待っていた。

 

「カワサキが来てるぞ。昼食も準備完了だ」

 

「すみません。遅くなって」

 

「かかか。お前達が悪いんじゃないわ、お前達が出立してすぐ来たからな」

 

入れ違いって事か、出発のタイミングが悪かったんだと思いながら背負っていた荷物を降ろしていると厨から1人の男が姿を見せた。

 

「ぎゃあああああーーーッ!」

 

「うおっ!? うるさッ!?」

 

ちょっと怖いとかそう言う感じじゃないんですけど!? 完全にヤクザなんですけど!?

 

「馬鹿野郎! 失礼な事をするな!」

 

「いたいッ!?」

 

獪岳に拳骨を頭に落とされ、頭を抱えて涙目で蹲る。

 

「なんか随分と個性的な弟弟子だな」

 

「すみません、馬鹿が失礼を」

 

「良いって、顔が怖いのは自覚してるからな」

 

楽しそうに笑う男性……恐らくカワサキと言う人物は穏やかに笑っている。聞こえてくる音はとても穏やかで……そして包み込むような柔らかい音だった。

 

「カワサキって言うんだ。お前さんは?」

 

「あ、我妻善逸です。そのさっきはすみませんでした」

 

「良いって、気にしてないからな。それより昼飯が出来てるぞ、早速飯にしよう」

 

カワサキさんがそう言って歩いていくが、迷わず進むのを見てこの屋敷にも来慣れているんだなと思った。

 

「全く……すぐ叫ぶ癖を何とかしろ」

 

「ごめんなさい」

 

「はぁ……」

 

じいちゃんと獪岳に揃って注意され、俺は深く肩を落として広間に足を向けるのだった……。

 

 

 

 

 

広間には皿とパンが置かれていた。勿論皿の中身はポトフと言う西洋風のおでんだった。

 

「土産に塩漬け豚肉を持って来てたからな、ポトフにしたけど良いか?」

 

作ってくれた食事に文句など言う訳が無い、大丈夫ですと返事を返し座布団の上に座る。

 

「ほほう……これは美味そうだな」

 

「塩抜きした豚肉のステーキだ。美味いぞぉ!」

 

厚切りの豚肉もあり、昼にしては豪華すぎる食事だ。

 

「ではいただきます」

 

「「「いただきます」」」

 

師範がいただきますと口にしてから匙を手に取り汁を口に運ぶ。

 

「美味い、作り方を教えて貰ったんですけど、中々この味にはならないんですよ」

 

「んー感覚の物もあるしな、なに、作っているうちに慣れるさ」

 

色々と料理の作り方を教えてもらっているのに、この味に中々ならない。自分の作り方と何が違うのだろうかと不思議に思う。

 

「善逸? どうしたんじゃ?」

 

「……あ、いや、その……美味しくて吃驚した」

 

その目が意外だと言っているのに気付いて小突こうとしたが、カワサキさんは上機嫌に笑いだした。

 

「それは良かった。美味いって言うのは良い事だからな、そうだな。これを試してみるか?」

 

カワサキさんが差し出したのは黒い粒と黄色の何か……正直どっちも初見である。

 

「おお、貰うぞ」

 

師範は黄色のほうを受け取り、厚切りの豚肉に塗りつけて頬張る。

 

「んんーーッ! 効くなあ。美味い!!」

 

その反応から薬味の一種なのだと思うが、何なのだろうか? これは……。

 

「マスタード。西洋からしだな、ちょっぴり酸味があるがポトフに良く合う。そっちは黒胡椒、ピリリっと辛いが、こっちも良く合う」

 

なるほど、やはり薬味だったかと思いながらマスタードをポトフの中に少しだけ入れて口にする、

 

「! 美味いッ! 味が全然違う!」

 

「だろ? 味が良くしまるんだ」

 

ポトフ自身は優しい味なのだが、マスタードのお陰で味がしっかりとした物に変わっていた。じゃがいもやにんじんに少し付けて食べると本当に一風変わったおでんと言う感じがする。

 

「辛ッ!? でも美味しいッ!」

 

善逸は黒胡椒を入れたのか辛い辛いと騒いでいるが、匙を一瞬たりとも止めない。それは美味しいという何よりの証拠だった。

 

(どうすればこんなに柔らかくなるんだ)

 

野菜も匙で押すだけで簡単につぶれる。俺が作ると硬いんだが……煮込み時間が足りないのだろうか。

 

「このパンも柔らかいの」

 

「屋敷で焼いてきたからな、こうやって、豚ステーキを挟んで食べても美味い」

 

カワサキさんが豚肉を挟んでいるのを見て、俺も善逸もすぐにパンを切り開いて、ステーキを挟んだ。

 

「うわ! 美味いッ!!」

 

「パンに豚の脂がしみこんでて美味いなあ……」

 

豚肉の甘い脂がパンに染み込んでいる。しかしそれでいて塩漬け豚なので塩辛い味が食欲を刺激する。

 

「はー、美味い。カワサキさん、料理上手なんですね」

 

「これでもお館様の料理番だからな! 味は保証する」

 

善逸の言葉に失礼な事をと俺も師範も少し焦った。ちゃんと事前に説明していたのに、なんでそれを忘れるのかと問い詰めたかった。だけどカワサキさんが笑っているので、それも言えずにぐっと喉元まで出てきた怒声を飲み込んだ。

 

「味付けは塩だけなのになぁ……なんでこんなに美味いんじゃ?」

 

「簡単だ。野菜の切り方、煮る時間で味は変わる。全ての具材の一番美味しい時間を引き出すことが美味さのコツだ」

 

「……訳が判らんがとりあえずは、経験って事かの?」

 

「ま。一言で言えばそれだな」

 

師範と笑う合うカワサキさん。だけど、ここにきたのは2ヶ月後に控えている最終選別に不安を抱いている俺の為であることは明らかだった。

 

「……獪岳。パンいる?」

 

「あ、ああ……」

 

ふと声を掛けられ、「左手」でパンを受け取り千切って汁に付けて頬張る。野菜と豚肉の甘さが溶け出た汁を飲めば本当は気分が落ち着くはずなのに、今日は何故かどうしても心を落ち着けることが出来ないのだった……。

 

「……」

 

そしてそんな獪岳の様子をカワサキはジッと見つめ、何かを確信するように頷くのだった。

 

「慈吾郎。ちょいと、試してみたいことがあるんだけど良いか?」

 

「何をじゃ?」

 

「いやさ……獪岳が霹靂一閃を使えない理由……ちょっと思い当たる節があるんだわ」

 

「……本当か?」

 

「おう。こう言う事で嘘は言わねえ、と言う訳で、明日ちょっと協力して欲しい」

 

「良いぞ、弟子の成長の為じゃ、1つでも2つでも協力しよう」

 

その日の夜。カワサキは慈吾郎にそう持ちかけ、獪岳への特別な訓練をすることを決めるのだった……。

 

 

 

 

森の中で焚き火をする金髪の青年……それはカワサキとの出会いから数年後。最終選別を切り抜け、隊士となった善逸の姿だった。

 

「善逸。山菜を取ってきたぞ!」

 

「俺は言われた通り芋を探してきたぜ!」

 

茂みを掻き分け、背中に木箱を背負った青年「竈門炭治郎」が山菜を抱えて姿を見せ。それに続いて、猪の被り物をした上半身裸の青年「嘴平伊之助」が姿を見せる。

 

「ありがとな、これで作れるよ」

 

焚き火の上に薬缶を乗せ、そこに水を入れたら炭治郎と伊之助が持ってきた野菜を受け取り、荒く大雑把に刻んで薬缶の中に入れる。

 

「しかし意外だな、善逸が料理を出来るなんて」

 

「じいちゃん達に仕込まれてさ、でも俺ってこれしか覚えられなかったんだよね」

 

へへっと笑う善逸は自分の鞄から塩漬けの豚バラ肉を取り出し、短刀で食べやすい大きさに切り薬缶の中に入れて蓋をする。

 

「それで何を作ってるんだ? 俺は腹が減ったぞ!」

 

「判ってるって、具材に火が通ったら食べれるから少し待てよ」

 

焚き火の周りで3人で座り。くつくつと音を立てる薬缶、時折菜箸でかき回し、塩を加え味を調える善逸。

 

「良し、出来た」

 

それぞれが持つ御椀を受け取り、薬缶から具材を取り出し椀の中に入れ、最後に薬缶の中の汁を注ぎ入れる。

 

「出来た! これが雷一門特製のポトフだ!」

 

「ぽ、ポトフ?」

 

「なんじゃそりゃあ!美味いのか?」

 

「美味いよ、ほらほら食べた食べた。あ、でも熱いから、舌を火傷しない様に気をつけてくれよ」

 

初めて見る料理におっかなびっくりと言う感じで口を付ける炭治郎と伊之助だが、1口口にすれば、その顔に笑みが浮かぶ。

 

「美味いなぁ。身体の中から温まるよ」

 

「うめええ!やるじゃねえか!」

 

「へへ、ありがとな、2人とも。でもじいちゃんと兄貴のほうがもっと上手なんだよなあ」

 

「いや、それでも美味いよ。これから長い夜を過ごさないといけないんだ、身体が温まるのはありがたいよ」

 

「おう! その通りだぜ。お前、飯作ったから最初に休んで良いぜ!」

 

本当は日暮れ前に藤の家にたどり着く予定だったが、曇っていたこと、そして曇り空だったのが不幸を呼び鬼の襲撃を受けた3人は山の中で一晩を過ごす事になってしまったのだ。

 

「良いの?」

 

「良いとも! でも順番で寝たいから後で起こすけどな!」

 

「それが嫌なら早く食べて寝るんだな!」

 

美味いと舌鼓を打ちながらも自分のことを心配してくれている2人に善逸はその浮かびかけた笑みを隠すように汁を啜った。

 

「あっつう!」

 

「はは、何をやってるんだ善逸。火傷しない様にって言ったのはお前じゃないか!」

 

「全く紋逸は馬鹿だよな!」

 

鬼が蔓延る夜でも善逸は怖くなかった。自分のことを心配してくれる仲間がいる……そのことが何よりも頼もしく、そして何よりも幸せだったから……。そして仲間を笑顔に出来る料理を教えてくれた大事な師と兄貴分の事を思い、お椀でにやけ顔を隠しながら嬉しそうな顔を浮かべているのだった……。

 

 

 

メニュー18 雷の呼吸一門のスタミナ丼へ続く

 

 




次回も雷一門の話を書いて行こうと思います。霹靂一閃については独自解釈と設定を入れて行こうと思いますので、温かい目で見ていただけると幸いです。それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

メニュー18 雷の呼吸一門のスタミナ丼

メニュー18 雷の呼吸一門のスタミナ丼

 

その日の訓練はとても珍しい物だったのを俺は良く覚えている。普段の走りこみや素振りではなく、手に包帯を巻いての組稽古。

 

「あの…カワサキさんは全集中の呼吸を使えるんですか?」

 

「使えないけど心配ない。ほい、来い来い」

 

手招きするカワサキさんに大丈夫なのとじいちゃんを見ると、じいちゃんは小さく頷いた。

 

「心配ない。思いっきり行け、善逸」

 

「いや、そう言うことじゃないんだけどッ!?なんで組み稽古!?」

 

「大丈夫だ、勉強と思っていけ」

 

だから何の勉強なの!?と思いながらも行けと言われ、呼吸も使えない相手に大丈夫かなと思いながら踏み込んだ瞬間。

 

「いっつ!?」

 

乾いた音を立てて俺の突進は止められていた…目の前を見るとカワサキさんは握り拳をふらふらと振っている。

 

「どうした?」

 

ちょいちょいとまた手招きされる…今度はしっかりとカワサキさんを見ながら前に出る。

 

「つっ!」

 

「お、今度は踏み止まったか」

 

握り拳が大きくなったと思った瞬間、俺はまた顔に走る痛みを感じていた。

 

「西洋式拳闘……まぁ、ボクシングっていう奴さ。鬼になったばかりは身体能力で押し潰しにくるんだろ?そうなると組み手に慣れておいた方がいい」

 

「ワシも同意じゃ。鬼になったばかりは再生能力に物を言わせて掴み掛かってくる。殴られたという事は掴まれたと言うことじゃ。殴られないように、カワサキの懐に潜り込んで見ろ」

 

「いや、むちゃくちゃ早いんだけど!?」

 

急に拳が大きくなったようにしか見えないんだけど!なにこれ…呼吸とかなしでこんな事が出来る物なのかと驚いた。

 

「良く見ろ。いや、お前の場合良く聞けか?まぁ来い」

 

「う、うううーッ!」

 

そこまで痛くないので、歯を食いしばり前に出る。確かに早いけど、それだけで痛みはさほど無い。それに……一定の間隔で間合いを計っているのが判り、その音を聞いて、その音を頼りに前に出る。

 

「お、やるな」

 

紙一重で拳をかわしながら前に出て、もうすぐ手が届くという所で間合いを取る音の感覚が変わった。

 

「うっ!?」

 

それに困惑してるうちに、1回殴られてカワサキさんは下がってしまう。だけど1回懐までもぐりこめたんだからっともう1回前に出るが、今度は最初から異音を感じて足が止まる。そしてジッとカワサキさんを見つめてその理由が判った。

 

「ひ、左!?」

 

カワサキさんは左と右、両手を交互に前に出していた。異音が混じったと感じたのは左手が前に出たからだと判った。

 

「そ、左だ。悪いが俺は海外での生活が長いから、左手を使う事に躊躇いも嫌悪感も無い。それにだ、右利き相手はやりなれているが、左利きと組み稽古なんてした事無いだろ」

 

「そ、それはまぁ……」

 

左利きは良くないって言われてるしと思っているとカワサキさんにでこピンされた。

 

「右利きだろうが左利きだろうが人間だ、そこに差は無い。それにだ、右で攻撃されると思って左で攻撃されたら驚くだろ?」

 

「そ、そりゃまあ、驚きますけど!でも左手は……」

 

「じゃあ、右手を鬼に折られたから、抵抗せずに食われて死ぬか?」

 

「ッ!」

 

それは考えても見ないことだった。鬼と戦っている最中に利き腕を負傷する……それはありえない話ではない。生き残る為に、そして鬼に襲われている人を護らなければならないのに、利き腕を負傷したから諦めると言うのは自分で考えてもおかしい話だと思った。

 

「右も左も使えて損は無いってこった。それにだ、人間には利き足って言うのがあってだな。右利きの善逸は左足を前に構えているだろ?」

 

「あ、本当だ」

 

そう言われてみると自然に左足を前にして構えていた。これがずっと普通だったからおかしいと思わなかったけど……利き足って物があるってことを初めて知った。

 

「当然左利きは右足が利き足になる。利き足って言うのは大事だぞ? 何せ地面を蹴る勢いとかに大きく左右されるからな。利き腕、利き足は大事って事さ。ほれ、獪岳交代だ」

 

「え…あ、はいッ!」

 

獪岳と組み稽古の相手を交代し、じいちゃんのほうに足を向ける。

 

「ワシもカワサキに言われてその通りだと思っての、慣れてないと思うが、今日は左を上にして素振りじゃ」

 

まさか左で剣を振るう事になるなんて思ってもなかったことだ。振ってみるが姿勢は崩れるし、速度も遅い。散々な物だった……。

 

「これ、変な癖付くんじゃ?」

 

「変な癖が付いたら矯正すればええ。さ、そのまま100回じゃッ!」

 

生き残る為の術だと言われれば、俺も一生懸命左手で木刀を振るう。その中でちらりと獪岳に視線を向けると、獪岳は左手で器用にカワサキさんの攻撃を防いでいた。それを凄いなと思いながらじいちゃんに指摘されながら左での素振りに続けるのだった……。

 

 

 

 

慈吾郎に頼んだのは左手を使う有効性を善逸と獪岳へ伝えるという物だった。大正時代では左利きは忌むべき物と言っていたが、インドから来た仏教の影響と聞いたことがある。インドでは左手は不浄の手とされるから左利きが駄目といわれていたと言う話は聞いたが、左利きの子を右利きに矯正する労力や、感覚の問題の事を考えれば別に無理に右利きに強制する必要は無いって言うのが俺の考えだ。と言うか、俺自身は左利きだが、右手も使えるようにした。どちらかに拘るのではなく、両利きの方が便利だと俺は個人的に考えている。

 

「後は獪岳次第だな」

 

俺の見立てでは獪岳は左利きだ。正直、利き腕ではない腕で良くあそこまで器用に立ち回ると感心すると同時に、利き腕ならば、使えないという霹靂一閃を使えるのでは?と言うのが俺の考えである。

 

「さてと……ちゃっちゃと準備するか」

 

今も訓練している2人の為にスタミナの付く丼を用意しようと思う。

 

「玉葱とキャベツっと」

 

玉葱は薄切り、キャベツは千切りにしたら、鍋に猪の脂の部分を入れて軽く炒めて脂が溶け出してきたら玉葱を入れる。

 

「簡単で美味くて、ボリューム満点。これぞって感じがあるよな」

 

玉葱がしんなりしてきたら、猪肉の細切れを入れて色が変わるまで炒める。

 

「醤油、酒、みりん、潰したにんにく」

 

調味料とにんにくを加えて猪肉と玉葱に絡めるようにして炒める。猪の肉に照りが出てきたら火の上から鍋をどける。

 

「山盛りご飯の上に千切りキャベツ、その上にたっぷりと豚肉をのせてっと」

 

タレをたっぷりと猪肉に絡めて、キャベツの上に乗せたら小口きりにしたネギを散らして、最後に卵黄を丼の真ん中に落とす。

 

「完璧、スタミナ丼って言えばこれだよな」

 

カツ丼や牛丼、丼は山ほどあるが、これほど簡単に作れて、しかしそれでいて手抜きに見えないのはスタミナ丼の売りだよな。4人分の丼をお盆の上に乗せて、俺は厨を後にするのだった……。

 

 

 

 

利き足か……カワサキの話は正直、疑い半分だった。だが獪岳が左手で剣を構えた時、その動きは今までにないほどに生き生きした物になった。それを見れば、どんな馬鹿でも獪岳が左利きと言うのは明らかだった。

 

(見抜けぬとは情けない)

 

弟子の利き腕すら見抜けぬとは……情けない限りだ。だが、獪岳の右利きへの矯正は完璧だったと言うのもある。まさか、あれほどまでに器用に型を使いこなしておいて、実は左利きなんて誰が思うだろうか?

 

「疲れたぁ……」

 

ぐったりしている善逸とその隣で握り拳を作り、開くを繰り返している獪岳。何か思うことがあるのじゃろう……正直ワシの知る中では左利きの隊士と言うものは殆どおらんかった。むしろ左利きと言う事で隊士としての道を断たれ、隠となった者も多くいた。

 

(茨の道か……)

 

この先獪岳が進むのは茨の道だ。だが、それでも獪岳の才能を埋もれさすのは惜しい。修練し、そして高め上げる事で十二鬼月を倒す事が出来れば左利きであろうと認められる。ワシは、獪岳が認められる為ならばどんなことでもするつもりである。

 

「お待たせー!昼飯出来たぞー!」

 

「待ってましたぁ!お昼ごはんは何?」

 

「五月蝿いぞ!善逸!」

 

「ひっ、ごめん獪岳」

 

大声を出した善逸を叱る獪岳、にカワサキがそんなに怒る事ないさと笑い、ワシ達の前に丼を並べて行った。

 

「ほほう、これはまた美味そうだ」

 

「うわあ、めちゃくちゃ美味しそう!」

 

「美味しそうじゃなくて美味いんだよ、馬鹿が」

 

「ははは、そこまで手が込んだ物じゃないけどな。さ、食べてくれ」

 

「「「「いただきます」」」」

 

カワサキも座ったのを確認してから箸を手に取り、丼を持ち上げる。ずっしりと重いそれに気合入れすぎだなと苦笑しながら豚肉を頬張る。

 

「んー!美味しいッ!甘いのに辛くて美味しい!」

 

「甘辛いって言うのは不思議な味だな」

 

獪岳と善逸が凄い勢いで丼を掻きこんでいく。こういう所は若さだなと思い苦笑する。

 

(猪肉が香ばしく焼かれているな)

 

にんにくの香ばしい香りと歯応えのいい甘辛い猪肉、猪の脂とその肉の歯応えは食を進めさせる。米と一緒に食べると、その甘辛い味が口一杯に広がり、猪肉が食べたくなり、そして米を食べたくなる。

 

「カワサキ、これの味付けは?」

 

「醤油と砂糖とみりん、それと潰したにんにくだな」

 

にんにくの香りが食欲をそそり、甘辛い味付けの豚肉が食欲を倍増させる。

 

「千切りが美味いです」

 

「そうそう、これが良く合うんだよ。ある程度食べたら卵を崩してっと」

 

「ふわあッ!こんなの美味しいに決まってるよッ!!!」

 

生卵が絡んだ飯に甘辛いタレが染みこむ。これは善逸の言う通りに美味いに決まっている!生卵で食べやすくなったそれを勢い良く掻き込む。

 

「かあー!ワシの現役の時にカワサキがいたら、あと10年は闘えた!」

 

「大袈裟だな」

 

「いやいや、本当にそう思うぞ。鱗滝の奴もきっとそう言うに決まっている」

 

槇寿郎が今や鬼殺隊の最年長だが、まだまだ現役と言う感じだった。それはカワサキの適切な食事によって身体を維持しているからだと思っていた。

 

「すいません、カワサキさん。お代わりください!」

 

「俺も貰えますか?」

 

「ちゃんと用意してあるよ、慈吾郎はどうする?」

 

空の丼を見つめ、ワシは少し考えてから空の丼をカワサキに向ける。

 

「少なめで頼むぞ。その代わり、キャベツは増やしてくれ」

 

了解と笑うカワサキを見送りながら本当に思う。あと10年……いや、8年早く出会えていればワシも足を失うことが無かったのかもしれない。

 

(それならば、より一層、霹靂一閃を教えてやれたのに)

 

この足では霹靂一閃は使えない。雷鳴とまで謡われた霹靂一閃を愛しい弟子に直接見せて、指導してやれない事を思うと、酷く口惜しい物を感じるのだった……。

 

 

 

 

静まり返った夜、俺は誰も起こさないように道場に向かい、左手に木刀を握った。

 

(左なら出来る……のか?)

 

今まで何度もやって出来なかった霹靂一閃……それを左手なら出来るのかと思ったら、試さずにはいられなかった。だが、師範とカワサキさんが何と言おうと、左利きは駄目だといわれる。それでも、渇望して届かなかった光に手が届くかもしれない……そう思うと試さずにはいられなかった。

 

「シィィ……ッ」

 

左手に木刀を持ち、いつものと逆、右足を前に出し、左足を後にして前傾姿勢になる。力強く道場の床を蹴った瞬間…今まで感じた事も無い速度を感じ、上手く踏み止まれずそのまま道場の床に横たわる。

 

「は……はは……出来た、出来たぞ……」

 

失敗してしまったが、今のは間違いなく霹靂一閃の手応えだった。まさか左で木刀を握るだけで出来るようになるとは思ってなかった。ゆっくりと立ち上がり、もう1度と思った時に道場に拍手の音が響いた。

 

「誰……ッ。カワサキさん……」

 

道場の出入り口に背中を預けているカワサキさんは手を叩いて楽しそうに笑っていた。

 

「見てたんですか?」

 

「偶然目を覚ましてな、それでどうだ?」

 

「どうだとは?」

 

「自分の利き手で剣を振るう感覚は?」

 

カワサキさんの言葉に一瞬息を呑んだが、俺は木刀を握り締めたまま笑みを浮かべた。

 

「ありがとうございます。俺はまだ前に進めそうです」

 

「そいつは良かったな」

 

にっと笑い、俺の頭を撫でるカワサキさん。

 

「誰が何と言おうと、生きていれば勝ちなんだ。泥水啜ろうが、無様に逃げようが、生きていれば次がある。左利きであーだこーだ言われても気にするな。そんな物は雑音だ、好きに言わせておけば良い。そんな雑音に心を惑わせるな」

 

カワサキさんの言葉には不思議な説得力があった。それは年若いのに、日本を出て海外で料理修行をしていたカワサキさんだから持つ、圧倒的劣勢でも自分の意志をしっかり持って周りの意見を押し潰すというのが伝わってきた。

 

「カワサキさんもそうだったんですか?」

 

「当たり前だ。外人の中で日本人1人だぞ? それと比べれば、左利きだのどうだの気にする事でもねえ。だから獪岳も何を言われてもくじけるなよ、自分の中に光る1つがあれば、迷う事も不安に思うこともない。己に自信を持て獪岳」

 

手を振り出て行くカワサキさんを見送り、俺は左で木刀を持ち、素振りを始める。

 

「俺は負けない…何を言われても揺るがない!」

 

周りが何を言おうが俺は負けない。何をされても俺は迷わない。俺が辿り着く場所は判っている。なら、そこを目指して突き進めば良い。迷う事も不安に思うこともないのだから……。

 

そして後に、左右で変幻自在の雷の呼吸を使う隊士として獪岳はその名を馳せる事となる。そして隊服の上には、かつて雷神と謡われた桑島慈吾郎が羽織っていたのと同じ黒い羽織が自信に満ちた獪岳の背中から揺れていたのだった……。

 

 

メニュー19 汁なし坦々麺へ続く

 

 




獪岳左利き説を使いたいと思います。これは私も以前は空手や合い気を学んでいたので判るんですが、利き腕と利き足って凄い大事なんですよね。だから獪岳が霹靂一閃を使えないのは左利きなのに、右で使おうとしていたからと言う説を使いたいと思います。次回は真・炎柱になる前、寄せ鍋を食べる前の槇寿朗さんの話にしようと思います。それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

メニュー19 汁なし坦々麺

メニュー19 汁なし坦々麺

 

煉獄家の庭に打ち水をしながら俺は額の汗を拭い、空を見上げた。リアルでは見れなかった太陽が今日も輝いている――それは最初は良い物だと思いもしたが、慣れてくると夏の陽射しと言うのは想像以上に辛い。

 

「あっちぃなぁ」

 

打ち水を終えて厨に入り、手を洗ってから捏ね鉢を作業台の上に乗せる。

 

「カワサキ殿。今日は蕎麦でも作られるのか!」

 

「杏寿郎。もう少し声を小さくするべきだろう? カワサキさんに迷惑だ」

 

訓練を終えたのか、水を取りに来た杏寿郎と小芭内に冷やしておいた水を渡しながら笑う。

 

「蕎麦でもうどんでもないな、だがこの暑い時期にぴったりの料理にするから楽しみにしていてくれ」

 

俺がそう言うと嬉しそうに笑い2人で厨を出て行く。最近小芭内も明るくなったと爺さんみたいなことを考えながら水の中に塩、卵、かんすいを入れて良く混ぜ合わせる。

 

「強力粉、薄力粉っと」

 

2種類の粉を捏ね鉢の中に入れてざっと混ぜ合わせたら中央をへこませて、塩、卵、かんすいを水に混ぜ合わせた物を凹みの中に注ぎいれ、手を粉の下に入れて掬い上げるように混ぜ合わせる。最初はぱさぱさとしているが、根気良く混ぜ合わせていると粉に水がしみこんで徐々に固まってくる。

 

「よっよっとッ!!」

 

粉が固まってくると相当な固さになるので体重を掛け、力をこめて混ぜ合わせながら球体に形を纏める。

 

「うっし、気合入れていくか」

 

当然大正時代にナイロン袋なんて言う便利な品はないので清潔な手ぬぐいに打ち粉をして生地を包み、更に手ぬぐいを2重、3重と巻いて踏んで生地を伸ばし、ある程度伸びたら手ぬぐいを解いて、折りたたんでまた踏みつける。

 

「……今度ナイロン袋を出そう」

 

手ぬぐいでやるには面倒すぎる。今度は見られていないうちに踏み終えてしまえば良いと思い、アイテムボックスからナイロン袋を出すことを俺は心に誓った。

 

「良し、次の準備をするか」

 

捏ね鉢に生地を戻して、濡らした手ぬぐいを良く絞り捏ね鉢の上に被せて寝かせている間に次の準備をすることにする。

 

「暑い時は辛い物だよな」

 

鉄鍋に油を引いて豚挽き肉を炒める。色が変わってきたら、それを2つに分ける。

 

「2種類作っておかないとな」

 

坦々麺と言えば辛口だが、辛いのが食べれなかったりすると可哀想なので2種類の肉味噌を作る。

 

「しょうが、にんにく」

 

挽肉にしょうがのすりおろしと潰したにんにくを加えて弱火で炒めながら良く混ぜ合わせたら、少量の鶏がら出汁を加えて、砂糖、酒、甜麺醤を加えて丁寧に混ぜ合わせながら煮詰める。

 

「……うし、OK」

 

甘口の肉味噌を器に入れ、分けておいたもう1つのなべを手に取る。こちらもしょうがのすりおろしと潰したにんにくを加えて炒めたら鶏がら出汁、山椒、豆板醤、コチュジャンを加えて焦げ付かないようにしながら丁寧に炒めながら混ぜ合わせる。

 

「これだな」

 

一口食べるだけで汗が噴出してくるこの感じ……これこそ坦々麺って言う感じだな。

 

「さてと、そろそろ良いかな」

 

寝かせておいた生地を取り出しある程度の大きさに切り分ける。切り分けたらまな板の上に片栗粉を打って、麺棒で伸ばすのだが……。

 

「良いコシだ。これなら完璧だな」

 

伸ばしているだけで汗が吹き出てくる。自分で作っておいてなんだが、これは中々の自信作だな。伸ばした生地を3つ折にして、2mm幅で切り分ける。

 

「最後にっと」

 

片栗粉を手に塗して手で揉みながらほぐせば縮れ麺の出来上がりだ。これを人数分作ってたっぷりのお湯で茹でて水で〆れば美味しい中華めんの出来上がりだ。

 

「後はネギと……時間もあるし温泉卵とかかな」

 

まだ鍛錬が終わるまで時間がある。その間に坦々麺に盛り付けるトッピングの準備を始めながら、はたして大正時代の人間に汁なし坦々麺は受け入れられるのか? と言う事を俺はぼんやりと考えているのだった……。

 

 

 

 

肩で息をしている杏寿郎と小芭内を見ながら今日の訓練は終わりだと声を掛ける。

 

「もうすぐカワサキが昼食を持ってくる。汗を流してくるといい」

 

「「……はい」」

 

井戸水を汲みに行く2人を見送り、縁側に腰掛けている瑠火とその腕の中で眠る千寿朗を見る。

 

「お疲れ様でした。どうぞ」

 

「ああ、すまないな」

 

手ぬぐいで少しだけ滲んでいる汗を拭い杏寿郎と小芭内の事を思う。全集中の呼吸の鍛錬を始めているが、杏寿郎は煉獄家の人間だけあって炎の呼吸の適正が高いが、小芭内は細身の身体と言うこともあり、どうやっても炎の呼吸の習得が出来ない。覚える事ができたとしても、その力を十全に引き出すことは出来ないだろう。俺の見立てでは、小芭内は水の呼吸に適しているような気がする。

 

(左近次殿に文を送るか)

 

俺としては鬼殺隊に関わって欲しくないのだが、小芭内の鬼殺隊になると言う意思は予想以上に強くそして固い。それならば適していない呼吸を覚えるよりかは、適している可能性のある呼吸を学んでくれた方が良いだろう。

 

「おーい、昼飯だぞー」

 

カワサキが盆を持って歩いてきた所で、考え事を中断し今日の昼飯に視線を向ける。

 

「うん? 素麺か?」

 

「いや違う、これは今から仕上げるんだが……槇寿郎はこれ大丈夫か?」

 

匙を向けられるので、手の甲で匙の中身を受け取り舐める。

 

「辛いな……だが、美味い」

 

「うし、じゃあ槇寿郎は辛いの大丈夫だな」

 

「カワサキ殿! お昼ですか!」

 

「ああ、すぐ準備するからな」

 

縁側に腰掛けたカワサキはお椀の中の麺に先ほど俺に味見させた。味噌を入れて混ぜ合わせると、その上にまた味噌を乗せ、ネギと温泉卵を載せて箸を共に差し出してくる。

 

「ほい、完成だ」

 

「汁は無いのか?」

 

「これは汁なし坦々麺だからな、スープは無いよ。でも美味いから食べてみてくれ」

 

汁のない麺料理とはこれまた初めてだな。受け取った椀を手で持ち、味噌の下の麺を摘み上げる。色は黄色っぽく、縮れている。こんな麺を見るのは初めてだな、うどんや蕎麦の仲間と思ったが全然違う種類なのかもしれない。

 

「瑠火さんはもう少し待ってくれますか?」

 

「ええ、大丈夫ですよ。もう少しで千寿郎が寝そうですからね」

 

瑠火は千寿郎を寝かしつける為に、抱きかかえたまま席を立つ。杏寿郎が食べれば美味いと叫ぶから、それでは寝かしつけると言う問題では無くなるか。

 

「いただきます」

 

そう口にしてから麺を口に運ぶ。さっき味見したとおり、ピリリと辛い、その味が麺全体に絡んでいるからか、汁が無くても味噌の味をしっかりと楽しむ事が出来る。それに麺の縮れは味噌を麺に絡めるための工夫でもあるようだ。

 

「む、これは……」

 

「父上、どうですか!? 美味しいですか!?」

 

興味津々という感じの杏寿郎に返事を返さず、もう1口啜ってみる。うどんや蕎麦とは違う独特のコシ、そしてつるりとした喉越し……そしてピリリと辛い肉味噌の味……。

 

「これは美味い。あまり食べなれた味では無いが……なるほど、これは絶品だ」

 

それに身体を動かした時とはまた違う、体の中から熱くなるような辛味によって浮かんでくる汗も悪い気はしない。

 

「カワサキ殿、私も是非!」

 

「はいはい、今作るから焦らない焦らない」

 

杏寿郎と小芭内に作っている姿を見ながら麺を啜る。肉の味とピリッと辛い味噌の味が食欲をそそるが、食べれば食べるほど汗が吹き出てくる。それを着物の裾で拭い、冷たい井戸水を飲むと辛味が一気に強くなるのだが、その感覚ですら面白い。

 

「ん、これも美味いな」

 

半熟卵を崩して麺に絡めて食べると若干辛味が押さえられ、少しだけ物足りない感覚がするが、卵のまろやかな風味が麺に加わり、また違う味を楽しむ事が出来る。

 

「カワサキさん、私もいただいて宜しいですか?」

 

「了解今作りますよ」

 

千寿郎を寝かしつけた瑠火がカワサキにそう声を掛けるのを聞きながら、俺は滝の様な汗を流しながら汁なし坦々麺を夢中で啜るのだった。

 

 

 

 

杏寿郎と並んで縁側に座り、カワサキさんが作ってくれた汁なし坦々麺とやらを見る。汁の無い麺と言うのは初めてだな……。

 

「鏑丸は生肉な」

 

「シャー♪」

 

ちゃんと鏑丸にも食事を用意してくれているカワサキさんに感謝してから、手を合わせる。

 

「いただき「いただきますッ!!!」……ます」

 

俺の声を遮る杏寿郎の大声に顔を顰めながら箸で麺を摘みあげる。うどんや蕎麦は真っ直ぐだが、この麺は縮れていて、縮れている部分に味噌が絡んでいるのが分かる。

 

「美味いッ! うむ! 美味いッ!!!!」

 

勢い良く麺を啜った杏寿郎。その勢いで味噌が少し庭に飛ぶのを見て苦笑しながら、俺も麺を啜る。

 

「ん、美味しいです」

 

少しだけ辛いが、甘い味噌の味が強くその辛味はあんまり気にならない。どちらかと言うと食欲をそそる辛味だ、辛いというのは大人の味覚と言う気がしていたが、こうして子供でも楽しめる辛味があると言うのは驚かされた。

 

「カワサキ殿、この味噌がもっと欲しいです!」

 

「はいはい、ほれ」

 

「ありがとうございますッ! 美味いッ!」

 

「馬鹿馬鹿、味噌だけを食べてどうする」

 

カワサキさんに味噌を追加してもらったのに味噌だけを食べて美味いっ! と叫んでいる杏寿朗を注意するとしまったという顔をしている。完全に無意識だったようだ……こいつは何を考えているのかと少しばかり呆れてしまった。俺はしっかりと麺に絡めて麺を啜る。

 

「これも美味しいです」

 

「良かった良かった、汁なしって言うのが受け入れられるか不安だったんだ」

 

確かに麺料理で汁が無いと言うのは違和感があるが、食べてみればそんな違和感なんてどうでも良いと思える。麺に挽肉がくっついて来ると豚肉の歯応えが麺に追加されて、麺単体で食べるのとまた違った旨味がある。半分ほど食べたところで半熟卵を箸の先で崩して、麺に絡めて見る。黄身の鮮やかな黄色が麺と味噌に絡むのを見るとまた美味そうだ。

 

「美味そうだな! 小芭内、俺にも1口くれまいか!」

 

「自分の卵はどうした?」

 

「もう食べた!」

 

ふんすっと胸を張る杏寿郎に呆れているとカワサキさんが杏寿郎のお椀に半熟卵を落とす。

 

「おお! ありがとうございます!」

 

「いいよ、沢山作ってあるからな」

 

そう笑うカワサキさんだが、食べている間に混ぜ合わせるとか言うのは杏寿郎に向いていないのだろうかと呟いたのを俺は聞き逃さなかった。

 

「おお! 卵を絡めるともっと美味いッ!」

 

だがまぁ……本人が幸せそうだから良いのだろうかと思いながら俺も卵を絡めた坦々麺を啜る。味噌の風味が少し弱くなったが、卵の風味とまろやかな味が加わり、さっきよりも美味しいと感じる。

 

「辛ッ! 水ッ!!!」

 

「父上!? どうしましたか!?」

 

「大丈夫ですか!?」

 

突如辛いと叫んで、井戸に走る槇寿朗殿に驚いていると、急に目と鼻が痛くなった。

 

「もう、槇寿郎様ったら大袈裟なのですから」

 

「そこまでこれ辛くないと思うけどなぁ……」

 

((え、赤……?))

 

俺と杏寿郎が食べている汁なし坦々麺は茶色の味噌だったが、瑠火さんとカワサキさんの食べている坦々麺は赤かった……もうこれ以上無いって程に赤かった。

 

「とても美味しいですよ」

 

「俺個人的にはもう少し辛くてもいいかなあって思うんだけどねえ」

 

「あ、私もそう思います」

 

……いや、待ってくれ赤い、赤いんだぞ? え、大丈夫なのか? 香りだけで目とか痛いんだが……なんであんな物を平然と口に出来るのか……水を汲んでは着物を濡らしながら水を飲んでいる槇寿郎殿を見て、カワサキさんと瑠火さんが基準の辛い物は危険だと俺も杏寿郎も悟るのだった……。

 

 

 

 

「夏場のカワサキさんのお勧めの料理があるんだが、一緒に行かないか? 甘露寺」

 

「良いの! 伊黒さんから誘ってくれるなんて嬉しいわ!」

 

花の咲くような顔で微笑む甘露寺とそんな甘露寺を見て顔を赤らめる小芭内。飛びッきりの勇気を振り絞って声を掛けた。小芭内は了承の返事を聞いて、顔を隠している布の下で大きく安堵の溜め息を吐いた。

 

「カワサキさんのお勧めの料理って何かしら?」

 

「珍しい汁の無い麺料理なんだ。なんでも中国の料理らしい」

 

「汁の無い麺料理なんて私初めて! どんなのか楽しみだわ」

 

弾ける笑顔の甘露寺と共にカワサキの店に着いた小芭内だが、普段と店の雰囲気が違う事に気づいた。その段階で猛烈な嫌な予感がしていた……

 

「うむむう……は、母上……こ、これはやはり私には些か辛い」

 

「うぐぐ……水ぅ」

 

「駄目ですよ、杏寿郎、槇寿郎様」

 

店の扉を開くと笑顔の鬼神と杏寿郎と槇寿郎が滝のような汗を流していた。小芭内は考えるよりも早く店の扉を閉めていた。

 

「伊黒さん。どうかしたの?」

 

「い、いや、なんでもない。行こう」

 

本当は回り右をしたいと思った小芭内だが、自分で誘っておいてと思い勇気を振り絞り店の中に足を踏み入れる。

 

「あら、小芭内に蜜璃さん。お久しぶりですね」

 

「はい。瑠火さんもお元気そうで何よりです」

 

「あの大師範と師範はどうしたんですか?」

 

机でぐったりしている2人を見て甘露寺が尋ねると瑠火はにっこりと微笑んだ。

 

「2人とも、自分の命と引き換えに鬼を倒そうとしていたと岩柱様にお聞きしまして、お仕置き中です」

 

「「あ、はい」」

 

これ以上触れてはいけない甘露寺も小芭内もそれを感じ取り、厨房で苦笑いしているカワサキに甘口の汁なし坦々麺を頼み、助けてと目が訴えている杏寿郎と槇寿郎から背を向けて、個室に足を向けたのだが……その背中に瑠火の言葉が投げかけられる。

 

「誰かを守る事は確かに素晴らしい事ですが、己の命を捨てて良いと言うことではないと言う事を覚えておいてくださいね?」

 

「「はいいッ!!!」」

 

慈愛に満ちた笑みから発せられる凄まじい威圧感を持った声に甘露寺と小芭内、直立姿勢で返事を返し、今度こそ逃げるように個室に向かうのだった……。

 

 

メニュー20 豚汁へ続く

 

 

 




次回は時間を少し飛ばして、最終選別時の話を書いて行こうと思います。錆兎と義勇とエンカウントさせたい所ですね、そして病気から回復すれば煉獄家最強は瑠火さんです、カワサキスペシャルも口に出来る最強のお人です(違う)それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

メニュー20 豚汁

メニュー20 豚汁

 

……行け。

 

待て、義勇。それだけでは何を言われているか理解など出来んぞ?カワサキさんの事が知りたいのなら会いに行けば良いと義勇は言っている。

 

……俺は最初からそう言っている。

 

もう少し主語を入れろと何時も言っているだろう?

 

……真菰も炭治郎も錆兎も判る。

 

それは付き合いが長いからだ。初見の人間がお前が言いたい事を理解できるものか……。

 

……先に行く

 

ああ、カワサキさんの所で待っていてくれ。

 

すまないな、義勇は悪い奴ではないんだが口下手でな。お詫びと言っては何だが、少しはお前の質問に答えよう。

 

俺がカワサキさんを嫌っている……それは誰から……ああ、いや、言わなくても判る真菰だな?

 

確かに俺は昔はカワサキさんが嫌いだった。

 

男なのに戦えるだけの身体を持つのに戦わないカワサキさんが嫌いだった。

 

だがそれは俺の偏見であって、カワサキさんはカワサキさんに出来る戦いをしていた。

 

それを知れば、嫌ってなどいられないさ……。

 

それに俺がこうして2柱の水柱として義勇と共に行動できているのもカワサキさんの言葉のお陰だ。

 

だから今では尊敬しているよ。

 

直接戦場に立ち刃を振るうのではない、だがカワサキさんは何時も俺達と一緒に戦ってくれているのだからな……。

 

 

 

 

 

俺はカワサキと言う男が嫌いだった。初めて会ったのは姉弟子の真菰の最終選別の数日前の事で、まだ朝靄で周囲の確認がしにくい時に現れた。

 

「よーす、左近次」

 

「……カワサキ? お前、何をしている。こんな所で」

 

短く刈りそろえられた黒髪の若い男。それが鱗滝さんを呼び捨てにしているのに、俺達は内心ムッとしていた。

 

「今度の最終選別から試験方法が変わる。と言うか……俺が変えさせたんだが……一応育手の意見も聞いててな。左近次の意見も聞きに来た」

 

「……良いだろう。話を聞こう」

 

「悪いな。最終選別が近いって時になってよ」

 

小屋の中に鱗滝さんと一緒に入っていく男。その姿が見えなくなってから義勇が不安そうに口を開いた。

 

「あの人……初めて見るけど……真菰は知ってる人?」

 

「ううん。私も初めて見るかな……」

 

姉弟子の真菰も初めて見ると聞いて、一体あの男が何者なのか3人とも気になってしょうがなかった。

 

「真菰、錆兎、義勇。小屋の中へ」

 

太陽が山の上に来る頃に鱗滝さんに呼ばれて小屋の中で男が料理を作っていた。

 

「こちらカワサキと言う、お館様の料理番をしている、それなりに重職の男なのだが……偶にこうしてあちこちにふらりと出掛けて来る」

 

「それだと俺が流浪癖あるみたいじゃないか?」

 

「柱まで動員されて捜索されてる男が何を言う? もうすぐ迎えが来るぞ」

 

お館様と言えば鬼殺隊の頭領。そして柱は鬼殺隊の最大戦力の9人……そんな人が迎えに来ると言う事はそれなり所ではない、かなりの重職の男のようだ。

 

「……ちっ! この後食材を探して市場に行こうと思っていたのに」

 

「柱を付き添いにして行け、岩柱と風柱が来る」

 

「ええー超堅物2人じゃないか……槇寿郎だとやりやすいのに……」

 

「あいつだとお前に甘いからな。最終選別の変更点を伝えに来るって言う名目で屋敷を抜け出すな、大騒動だぞ」

 

鱗滝さんの言葉に苦笑しながらカワサキは鍋に蓋をして俺達の方に視線を向けた。

 

「さてと左近次からも聞くと思うが、今度の最終選別から見張りの隊士が監視につく、もしも無理だと思ったら笛を吹け、そうすれば迎えに来て安全に下山出来る」

 

「もし笛を吹いたらどうなるの?」

 

「隊士としては失格、隠、花屋敷の医療班、隊服の裁縫係など、裏方への試験へと切り替えられる」

 

それを聞いて俺は眉を顰めた。俺は悪鬼を倒す為にこうして鱗滝さんの元で厳しい訓練を積んでいるのだ、最初からお前には無理だと言われているような気がして腹が立った。

 

「まぁ、待て、仮に下山しても、また次の最終餞別を受けなおすという事も可能だ。ただし、それは1回だけだ。そして見張り番が無理だと判断した場合も試験は中断させられる」

 

 

「……何故そのような形になったのですか?」

 

「俺の提案だ。無論、反対意見なども多数あったが押し通した。鬼殺隊と言う組織は基本的に人不足だ、そして裏方は隊士よりも多くの人数がいる。しかしだ、最終選別では隊士ではなく、隠になりたい、医療班になりたいと言う者も一まとめで試験を行う。これでは人数が減るばかりだ、適材適所と言う言葉があるように向き不向きがある。それを見極めるべきだと進言しただけだ」

 

「だが男なら逃げるべきではない!」

 

俺の言葉にカワサキは笑った。そして俺の頭を掴んで座らせた。

 

「男なら引き際を見誤るな。男ならばと言うのなら……恥を掻いても、泥を啜っても生きろ。生きていれば次がある、死ねばそこで終わりだ」

 

その迫力に俺も義勇も真菰も息を呑んだ。全身から溢れる怒気とでも言うべき物に俺達は完全に飲まれていた。

 

「それにだ、男だと言うのなら心を熱く、頭は冷ややかにだ。鬼って言うのは元は人間だ、俺の言葉なんかで激昂していたら足元を掬われるぜ?」

 

「カワサキ殿。迎えに参りました」

 

「あーあ、もう来ちまったか。んじゃな、今度は最終選別の時にでも会おうや」

 

カワサキはそう笑い、玄関に迎えに来ていた柱に連れられて帰って行った。

 

「さてとでは、昼食にしよう」

 

「カワサキさんが作ってくれたんですよね? 美味しいんですか?」

 

「勿論だ。カワサキは西洋や中つ国の料理にも精通している、とても美味だ」

 

豚汁の椀を受け取ると確かに良い香りがした。具材もたっぷりと入っているし……。

 

「美味しい。鱗滝さんの味噌汁に似ている」

 

「ははは、ワシのに似ているのではない、ワシのがカワサキに似ておるのだ」

 

「え、じゃあもしかして……」

 

「そうだ。育手は皆カワサキから色々と料理を教わっている。ワシも色々と聞いたものだ」

 

「……すいません。鱗滝さん、カワサキさんは一体何歳なんですか?」

 

「さて、もう10年ほど前から容姿は全く変わっておらんな」

 

さらりと告げられた言葉に俺達は皆絶句したが、若作りと言うか、容姿が変わりにくい人と言うのはいるものだ。

 

「さ、カワサキが何歳とかは気にせず食事だ。食事が済めば昼寝、夕暮れ前に走り込みだ!」

 

「「「はい!!」」」

 

鱗滝さんに言われて豚汁の椀を傾ける。たっぷりの豚肉の脂と野菜の旨み……これしかおかずが無いが、これだけで十分にご馳走だ。

 

「「「お代わりお願いします!!」」」

 

「ああ、たっぷりと食べろ。食べて寝て、身体を鍛えるのだ」

 

穏やかな声の鱗滝さんが差し出してくれた御椀を受け取り、俺達は普段よりも多く食事を口にし、昼寝をするのだった……

これが俺とカワサキさんが初めて会った日の事だった……、この時は隊士でもない男の言葉と甘く思っていた――だがそれが変わったのは最終選別から真菰が戻って来て、そして自分が最終選別に向かった時の事だった……。

 

 

 

 

全身に走る痛みに顔を歪めながら目を開いた……ぼんやりとする意識の中、目を覚ましたと声があちこちから聞こえてきた。

 

「わ、私は……?」

 

「最終選別時に現れた異形の鬼に追い詰められている所を見張りの隊士によって保護されたのです」

 

私の手当てをしてくれている女性の言葉を聞いて、何があったのか思い出し涙が溢れた。

 

「良く生きて戻りました。あれほどの鬼と対峙してよく生き残りました」

 

慰めの言葉だと判っていた。それでも良く戻って来た、良く生き残ったという言葉が嬉しいと思ってしまった。

 

「い、今は……?」

 

「最終選別終了から1週間と言う所です。真菰さんは、鱗滝左近次様のお弟子さんですね、連絡を取っておきます」

 

待ってという間もなく、私の手当てをしてくれていた女性は部屋を出て行ってしまった。1週間も寝ていて重い体を必死で起こす。

 

(駄目だった……届かなかった)

 

私達よりの前の鱗滝さんの弟子を食ったという異形の鬼……手を無数に持つその鬼――「手鬼」に私の刃は届かなかった。

厄除の面を目印にしている、食っていると言う手鬼……今まで鱗滝さんの弟子を食い殺した鬼の言葉を思い出すと、その事を鱗滝さんにはとてもじゃないが言えなかった。

 

「言える訳が無いよ……」

 

枕元にあった半分に割れた厄除の面を抱き寄せる。私達の事を思って作ってくれたこれが鬼が目印にしているなんてとてもじゃないが言えない。だけどこれを言わないと、錆兎や義勇が危ない。でもこの事を鱗滝さんには教えたくない……そんな葛藤を抱えていると障子が開いた。

 

「よう、真菰」

 

「……カワサキさん、どうして……?」

 

「んー? 負傷者の手当てとか食事を作るのは俺の仕事だからな。ほれ、お粥持ってきたぞ」

 

どかりと私の横に座ったカワサキさんはてきぱきとお盆などの準備を行う。

 

「……私の事を助けてくれた人は?」

 

「あいつも重傷だな。今は柱や甲が捜索をしているらしいが……見つかるかどうか……ほれ、食べれそうか?」

 

「ありがとうございます」

 

小さな椀に入れられたお粥を受け取り、匙で口に運ぶ。殆ど重湯に近いそれなのだが、それは不思議と美味しかった。

 

「何かあったか?」

 

「……あの鬼、鱗滝さんに藤襲山に入れられたって、復讐だから厄除の面を目印に鱗滝さんの弟子を殺してるって」

 

「そっか、そんな事を言われたら辛いな」

 

慕っている人の悪口をいわれて、私は冷静でいられなかった。呼吸が乱れ、日輪刀も折れた。本当に殺される一歩手前だったのを思い出し、身体が震えた。

 

「厄除の面は私達のお守りだから、これで殺されてたなんて鱗滝さんに言いたくないんです」

 

「じゃあ、言わなきゃ良い。それでも錆兎と義勇には教えてやればいい。その手鬼とやらを倒せば、それは本当の意味で厄除の面になるだろ」

 

「でも錆兎達でも勝てないかもしれない」

 

あの鬼は強かった。錆兎と義勇も殺されてしまうかも知れ無いと言う不安がどうしても首を持ち上げる。

 

「それなら逃げれば良い、逃げろって姉弟子として言ってやれ、生きてれば次がある。死ねばそこで終わりだからな」

 

初めて言われた時と同じ言葉を言われた。カワサキさんはゆっくりと立ち上がり、良く頑張ったと言って部屋を出て行こうとする。

 

「私はまだ隊士に挑戦する事が出来ますか?」

 

「出来るよ。でも怪我をしてるし……錆兎達の最終選別に一緒にって言うのは無理だろうな」

 

私の考えている事を当てられ、硬直している間にカワサキさんは鱗滝さんが迎えに来るまで待っていろと言って部屋を出て行った。

 

「……絶対、あの鬼の首は水の呼吸一門で獲る」

 

鱗滝さんを悲しませたあの鬼を許さないと私は決意を新たにしたが、襲ってきた眠気には勝てずもう1度布団に横たわり眠りに落ちるのだった……。

 

 

 

 

頭を負傷してぼんやりとした意識の中。俺は最終選別の開始の時の事を思い出していた……。

 

『美味しい……』

 

『それは良かったな。さて、最終選別が始まれば食事をしている余裕なんて無いぞ! 遠慮してないでお代わりが欲しかったら声を掛けてくれよー』

 

『……美味いな。錆兎』

 

『ああ、美味い。これは活力になる』

 

温かい味噌汁とおにぎり、そして漬物。最終選別に赴く前の食事として振舞われたそれを錆兎と一緒に食べる……これから最終選別で、死ぬかもしれないのに、自然と頬が緩むのが判った。

 

『……なんとしても手鬼を斬る』

 

『……うん』

 

鱗滝さんを悲しませ、姉弟子である真菰を傷つけた手鬼と言う鬼を倒す為に、俺と錆兎は決意を固めていた。

 

『……お代わり食べる』

 

『そうだな、もう一杯だけ貰うか』

 

カワサキさんの元へ行き豚汁のお代わりを貰う。猪の肉と大根、そしてじゃがいもがたっぷりと入ったその汁の味は鱗滝さんの作ってくれる汁の味に良く似ていた。

 

『まぁ、真菰から聞いてるから俺は余計な事は言わない。だけど、1つだけ言わせて貰うぜ? 逃げるのが嫌だったら……こう思えば良いのさ』

 

カワサキさんの言葉を思い出していると、時にふっと意識が浮上した。

 

「起きたぁ! お前大丈夫か!?」

 

「……さ、さび……錆兎は?」

 

妙に頭がさらさらした自分と同じくらいの年頃の少年に尋ねる。

 

「止めたのに、さっき駆けて行って。俺は笛を吹こうか悩んで、「吹いて! 今すぐにッ!」お、おう!」

 

俺の剣幕に怯えながら少年が笛を吹こうとした時。茂みが揺れ、そこから面が半分砕けた錆兎が出て来た。

 

「錆兎!」

 

「義勇、良かった目が覚めたのか。すまないな、手当てを頼んで」

 

「い、いや、それはいいんだけどあの馬鹿でかい鬼「待てええッ!!」……逃げてきたのか!?」

 

「逃げた? 違う! 俺は後ろに向かって全力で前進してきただけだッ! 義勇走れるか?」

 

「……な、何とか……」

 

「良し! ではお前も後ろに向かって全力で進め!! 死ぬぞッ!!」

 

「待てえええええ!!!」

 

「ぎゃあああーーッ! お前馬鹿かッ! 馬鹿なのかッ!」

 

「罵っている暇があれば走れッ!!!」

 

俺を背負って走っている錆兎の顔が凄く晴れ晴れとしていて、今まで悩んでいた事が解決したのだと思うと安心した。

 

「逃げるなあぁ!」

 

「逃げてるんじゃない! 俺達は後ろに向かって前進しているだけだッ!」

 

「それ逃げてるって言うんだよ!?」

 

「違う! これは前進だッ!! 覚えていろ手鬼ッ! お前の首は必ず、この水の呼吸一門が必ず獲るッ!」

 

坂を駆け下り、茂みを飛び越えながら手鬼へ向かって錆兎が叫ぶ。だから俺も錆兎の背中から首だけを手鬼へ向けて叫んだ。

 

「俺達水の呼吸が絶対にお前を倒すッ!」

 

「3人とも殺してやるうううーー!?」

 

「俺ッ!? 嘘だろッ! 俺まで!?」

 

「ははははッ!!! こうなれば一蓮托生! 息が切れるまで走り続けろ!」

 

「くそくそッ! お前らなんか大っ嫌いだーーーッ!」

 

「……気持ち悪い、手ばっかり!」

 

「挑発するの止めてくれませんかッ!?」

 

「貴様らあああああーー!!!」

 

「ぎいいやああああーー! 馬鹿馬鹿馬鹿ーーーッ!!!」

 

悲鳴を上げる少年――村田と吹っ切れた様子の錆兎とそんな錆兎の背中から稚拙な挑発する義勇。3人の少年はそのまま山を駆け下り、藤の花が近くに咲いている所まで逃げ込んでいた。

 

「へえ、これは逸材じゃない?」

 

「ああ、あれだけ叫びながら走り続けるとは正直驚きだ」

 

「いやいや、鱗滝さんの弟子なら納得だよ。後は……」

 

「「「あいつを狩るか」」」

 

最終選別の時しか現れない手鬼を狩る為に最終選別の見張りの3人が手鬼の前に立つと、今まで追いまわしていたのを一転させ、逃走に転じる手鬼。

 

「ちいっ! またか!」

 

「この危機察知能力があの鬼の厄介な所だ!」

 

「喋っている暇があったら追え! 今度こそ首を切る!!」

 

追う者と追われる者が変わり、それに気付かない錆兎達は藤の花の近くに座り、乱れに乱れた呼吸を必死に整えていたのだった。

 

 

 

 

「げ」

 

「げっとはなんだ、げっとは」

 

「俺はお前たちとはあんまり関わりたく「……村田」はいはい! 判りました! 判りましたよッ!!」

 

カワサキの店に訪れた村田(庚)は義勇、錆兎(水柱)に捕まり、一緒の机で昼食をとる事になったのだが……。

 

「やっぱり村田って水柱2人と仲良いよな」

 

「だよな、同期って言うけど、村田って……」

 

「「「「地味だよな」」」」

 

「うるせえーーッ!」

 

地味といわれて怒鳴る村田。平均的な能力しか持たない、村田は確かに錆兎達と比べれば劣るが、それでも安定感のある戦闘技術を持ち、決して弱いわけではない。ただ、比べる対象が悪すぎるのだ。

 

「……鮭大根、豚汁、ご飯、漬物」

 

「豚汁と卵焼き、後山盛りで白米を頼む」

 

「えっと豚汁と鯵の開き、後漬物とご飯で」

 

「あいよー。すぐ準備するからなー」

 

カワサキに注文を終え、料理が出てくるまでの間3人は他愛も無い話をする。

 

「……早くもっと上に」

 

「成れるか!?」

 

「義勇はお前と一緒に任務を受けたいらしい」

 

「死ぬよ? ねえ、俺死ぬよ?」

 

「大丈夫だ、俺と義勇で今度の継子試験にお前を推薦しておいた。そこで強くなる隊士は山ほどいる、村田も数段強くなれるだろう」

 

「……頑張れ、村田」

 

義勇と錆兎の言葉に村田の顔から血の気が引いた。

 

「……継子試験ってあれ……3日3晩鬼と戦い続けるあれ?」

 

「「そうだ」」

 

「死ぬわボケえ!! 勝手に人を推薦するなあ!!」

 

「聞いたぞ、村田。今度の試験に来るんだってな。楽しみにしてるからな」

 

「カワサキさん……俺じゃ無理ですよ! さくって死にますよ!?」

 

「大丈夫さ、村田なら出来る。きっと、多分、メイビー」

 

「何が!? 俺死ぬよ!」

 

「大丈夫だ。お前なら出来る」

 

「……村田なら出来る。めいびー」

 

「カワサキさんの真似すんな、ぎゆうーーーーッ!!!」

 

今日もカワサキの店に村田の突っ込みが響き渡る。同期の村田、義勇、錆兎のやり取りは常にこう、義勇と錆兎の過度な期待を受けて絶叫する村田と言うのが一種の名物となっているのだった……。

 

 

メニュー21 みたらし団子へ続く

 

 




村田さんが好きなんですけど、なんか善逸感……何故なんだろう? でもなんか個人的にはありだと思うので、これで行こうと思います。
次回は時間軸を飛ばして、刀を折ってしまった炭治朗がカワサキに助けを求めると言う感じの話にしたいと思います。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

お正月特別短編 年越し蕎麦

お正月特別短編 年越し蕎麦

 

 

年末年始と言えど鬼殺隊に休みはない、むしろ初詣や除夜の鐘等で夜遅くまで出かけている者が多く、鬼の犠牲者が増える為柱のパトロールの範囲の拡大、下級隊士と上級隊士の組み合わせによる広範囲の巡回など年末年始は鬼殺隊が最も忙しくなる時期である。順番で対応しているが、鬼の強さによっては休みなども関係なく救援要請が来る事もある。つまり休みなど無いし、年越し蕎麦なんて食べられる訳がないのだが……それをカワサキが許す訳がなかった。縁起を重視し、任務先でも食べられるようにカワサキは試行錯誤を当然行なった。

 

「カワサキさん、何してるんですか?」

 

「即席麺を作ってるんだよ。危ないから離れてろ」

 

カワサキさんが突然何か見たことない料理をするのは良く見るけど……あんなに高温にした油で揚げ物をして大丈夫なのだろうか? と正直心配になる。

 

「獪岳兄さんどう思う?」

 

「兄さん言うなよ……いやまぁ、カワサキさんのやる事だから大丈夫じゃないか?」

 

「蕎麦に醤油入れてたのに?」

 

そう、そうなのだ。カワサキさんは蕎麦を打っている時に乾燥させた昆布や鰹節の粉末をいれ、更に醤油も入れて練っていた。余りにも見たことがない特殊な蕎麦の打ち方。しかも打ちあがった蕎麦を今は揚げている……。

 

「なんか不安になって来た」

 

「うん、私も」

 

なんで麺を揚げているんだろう? 獪岳兄さんとカワサキさんが何をするつもりなのかと思いながら、店に来る事が出来る人達用の蕎麦を獪岳兄さんと並んで切り始めるのだった……。

 

「良し、出来た」

 

「カワサキさん、それ失敗なんじゃ?」

 

揚げられた黒い塊を見て、失敗なんじゃ? と獪岳兄さんが不安そうに尋ねる。

 

「俺もそう思う」

 

カワサキさんも失敗って思っているのって正直駄目なんじゃ? と全員で黙り込む。

 

「カワサキさん、お湯の準備できましたけど?」

 

「すまんな。カナエ……これで上手く行ってくれれば良いんだが……」

 

カナエ様から受け取った薬缶を片手に、黒い塊を丼の中に入れてカワサキさんがその上にお湯を注いだ。そして暫くジッと見つめているので私達も丼の中を覗きこむ。当然お湯の中に黒い塊が沈んでいると言う異様な光景がそこにはある。

 

「カワサキさん、これなんですか?」

 

「即席麺って言う、お湯で戻す持ち運び出来る麺のつもりなんだが……」

 

あ、だから麺に出汁の粉末と醤油を混ぜていたのかと納得する。だけどカワサキさんが作ろうとしているのは相当難しい物なのだと思う。

 

「お湯だけで出来るとか本当ですか?」

 

「……理論上は可能なはず。これで上手く行けば見回りの隊士の夜食に丁度良いだろ?」

 

「まぁそうだと思いますけど……」

 

年末年始の巡回の予定は非常に厳しい物になっている。鎹鴉が弁当を届けることもあるけど、それでも間に合わない。隊士が持ち運び出来る蕎麦となればお湯を沸かすだけで出来るので鬼殺隊の歴史を変える大発明になる筈だ。

 

「「「「おおッ!」」」」

 

お湯が少しずつ色を変え、そして固まりになっていた蕎麦が広がり始める。その姿を見て思わず歓声が重なる。暫くそうしていると徐々に蕎麦が元に戻り、少し薄色の汁と蕎麦が完成した。

 

「とりあえず取り分けてみるか」

 

お椀の中に4つに取り分けられた蕎麦を受け取って、匂いを嗅いでみる。この段階では完全に蕎麦だと思う、問題は味だ。

 

「「「「いただきます」」」」

 

箸を手に取り、蕎麦を啜る。箸で摘んで啜って食べる音だけが厨房に響いた……。

 

「うーん、ちょっと辛くないですか?」

 

「確かに……」

 

「粉末の出汁は別入れにするほうが良いんじゃないですか?」

 

「あ、私もそう思う」

 

蕎麦自体に醤油を練りこんでいるので少し辛いが、任務の後と考えると塩辛いものが欲しくなるのでそれで丁度良いと思う。だけどそれとは別に粉末だしが強すぎて、かなり味がくどい。

 

「粉末は分量を量って、1食分にしてみるか」

 

「それが良いと思いますよ。蕎麦自体は完璧ですし」

 

「ええ、これは良い。お湯を沸かすだけで食べれるっていうのは凄く良いと思いますよ」

 

「また鬼殺隊に役立つものが出来ましたね!」

 

「……うん。そうだな」

 

ただカワサキからするとこれは第二次世界大戦のあとに生まれる「チキンラーメン」を模した物であり、これを絶対に一般流通させてはならないと言う思いがあった事をカナエ達は知る由も無く、即席麺の誕生を喜んでいるのだった……。

 

 

 

 

新年に変わる頃合にお参りに行く者は予想していた通り相当数おり、有名な神社仏閣の周辺には鬼殺隊の隊士が多数配置されていた。

 

「シッ!!!」

 

「ギャア……」

 

除夜の鐘が響く音を聞きながら実弥は鬼がお参りを終えて帰る途中の男女を襲う前に首を切る事が出来た事に安堵の溜め息を吐いた。

 

「周辺に鬼はいねぇか?」

 

「いない、いない! それでさいご!」

 

鎹鴉の言葉を聞いて刀を振るい血糊を飛ばしてから鞘に刀を納める。

 

「鬼を見つけたら教えてくれ、少し休む」

 

「りょーかい、りょーかいッ!」

 

柱とは言えどすぐ近くにお参りに来ている人間が多くいる中で、目撃されないように鬼を倒すのは精神的にも肉体的にも厳しい物があった。普段なら7体くらいの鬼を倒すくらいで疲れを感じることはねえが……流石に少し疲れた。

 

「兄ちゃんお疲れ。大丈夫?」

 

「おお。俺は大丈夫だ玄弥。お前は?」

 

集合場所にしていた大木の下に既に来ていた玄弥に怪我はないか? と尋ねる。

 

「俺は全然平気、やっぱりカワサキさんが掛け合って作ってくれたこれ便利だよ」

 

玄弥が笑いながら俺に差し出したのは日輪刀の材料である猩々緋砂鉄と猩々緋鉱石を使って作った銃弾だ。勿論これも作るのにかなり騒動になったが、殉職した隊士の刀の中で打ち直すのが不可能な程に破損した物で作られる事が決まった物だ。

 

「隠もこれで支援がしやすくなるとなると、鬼殺の安定度も上がるな」

 

「匡近ぁ、お前も終わったか、そっちはどうだった?」

 

俺と玄弥の話の中に入って来た匡近も笑いながら焚き火の周りに腰掛ける。

 

「こっちも周辺の鬼はもういないみたいだよ」

 

「そうかぁ。じゃあ今の内に腹ごしらえを済ませておくかぁ」

 

夕方から日付が変わるまで戦っていたから、流石に何か食っておかないといざって言う時に力が出ない。出発前にカワサキさんが渡してくれた即席麺とやらを荷物から取り出して椀の中に入れる。

 

「これにお湯を入れるんだったかぁ?」

 

「違うよ、兄ちゃん。粉末の出汁を入れてからお湯を入れるんだよ」

 

「そうだったかあ……」

 

荷物の中を探って粉末だしの袋を取り出して、黒い塊の中に入れて玄弥が準備しておいてくれたお湯をお椀の中に注ぐ。

 

「これで蕎麦になるって聞いてるけど……」

 

「どうなんだろう……」

 

「カワサキさんが言うなら間違いじゃないと思うんだがなあ」

 

お湯を入れるだけで作れる蕎麦ってマジか? と思いながらお椀の中を見つめているとお湯に色がついて、そこから塊状の蕎麦が広がり始める。

 

「「「おおッ!」」」

 

これはすげえな、お湯を入れるだけって言うのが良いな。箸を手にしてかき混ぜると食欲を誘う出汁の香りが周囲に広がる、空腹にこの匂いは犯罪的だな。

 

「「「いただきます」」」

 

麺がしっかりとほぐれたのを確認し、いただきますと口にしてからお椀に口をつける。

 

「温まるなあ」

 

「ちょっと薄いけど美味いなあ……」

 

「持ち運べるって考えたら文句はいえねえよ」

 

出汁もしっかり効いている、味は少し薄かろうがお湯を入れるだけでこれを食えるってだけで十分だ。

 

「ふーふー」

 

「ずずう……うん、美味い」

 

蕎麦も少しぼそぼそしているが、喉越しもしっかりと蕎麦の味だ。

 

「これは良いぜ、任務の時に持って行けるだけで十分だぁ」

 

「うん。これは美味しいし、便利だよ」

 

「カワサキさんは本当に凄いよなあ」

 

お湯を入れるだけで作れる蕎麦を作るとか、カワサキさんの知識は本当に凄いと感心すると同時に呆れる。一体どれだけ頭が良ければこんなものが思いつくんだろうな。蕎麦を半分ほど食べた所で背後の茂みが音を立てる、脇に置いておいた日輪刀を掴み茂みから飛び出してきた鬼の首を両断する。

 

「鬼を誘き寄せるのも役立つなァ」

 

「兄ちゃん。それ絶対カワサキさん、微妙な顔をすると思う」

 

玄弥の言う通りだが、鬼もこの匂いに反応して寄って来るのならば腹を満たすだけではなく、鬼を誘き寄せる効果もある。これは鬼殺隊の歴史を変える発明品だと思いながら残った蕎麦を汁と共に啜りこみ立ち上がる。

 

「ゆっくり食ってろぉ、俺が鬼共をぶっ殺してるからよぉ」

 

「す、すぐ食べ。あち!?」

 

すぐ食べると言う玄弥が舌を火傷したのか熱いと叫ぶ声を聞きながら、焦るんじゃねえと告げ、再び飛び掛ってきた鬼に向かって日輪刀をふるうのだった……。

 

 

 

俺と宇随の見回りの箇所が重なる所で厄介な異能の鬼とかち合った、地面の中に潜り、取り込んだ鬼を武器として扱う……鬼としてもおぞましい化け物だった。

 

「煉獄ぅ! 炙りだすから一気に決めろッ! 音の呼吸壱ノ型 轟ッ!」

 

俺が苦戦しているのに気付いたのか宇随が救援に来てくれ、背中に背負った2本の日輪刀を地面に叩きつける。その爆発によって地面に隠れていた鬼が飛び出してくる。

 

「炎の呼吸弐ノ型 昇り炎天ッ!」

 

「「ギャアアアア……ッ!」」

 

鬼の胴の下から首に向かって斜めに日輪刀を振るい鬼を両断する。消滅していく鬼を見つめながら小さく息を吐いた。

 

「助かったぞ! 宇随ッ!」

 

「1人でも大丈夫だったろ? 俺様が割り込んだだけだから気にするな」

 

「助けられた事に感謝するのは当然だ! 助かった!」

 

姿を隠す鬼を相手にするには炎の呼吸では些か分が悪い、倒せない事はなかったが……それでも一撃で炙りだしてくれた宇随には感謝している。

 

「そうだ! お前も少し休憩にしたらどうだ! カワサキ殿がもたせてくれた即席蕎麦とやらを食ってみよう!」

 

「おう、あれか! そうだな。鬼の気配もないから試してみるか!」

 

火を起こして焚き火を焚いてその周りに腰掛けて冷えた身体を温める。

 

「これを椀の中に入れて粉末出汁を入れるのか! 簡単で良いな!」

 

「おう、確かにな」

 

俺と宇随は良く食べるので3個渡してくれた蕎麦を大きめのお椀の中に入れ、粉末出汁を麺の中に入れてお湯を注ぐ。

 

「しかしカワサキの奴は本当に派手な野郎だな」

 

「確かにな! こんな発想は俺達にはないからな!」

 

麺が解けるまでの間にカワサキ殿がどうやってこんな便利な品を作ったのかと宇随と話し合っていると、同時に腹の音がなった。

 

「そろそろ出来たんじゃねえか?」

 

「うむ! そのようだ!」

 

塊が蕎麦に戻り、お湯にしっかりと色がついたところで箸を手に取り、丼を片手で持ち上げる。

 

「「いただきます」」

 

湯気を立てる丼から漂う出汁の香りに口の中に溢れてくる唾を飲み込み、蕎麦を持ち上げて啜りこむ。

 

「美味い美味い!」

 

「うるせえよッ! でもまぁ確かに美味いけどな」

 

作りたての蕎麦には確かに劣る! だが十分に蕎麦と言える! 蕎麦は少し味気ないが、それでもだ。蕎麦の香りがしっかりと口の中に広がり、出汁の香りも食欲を掻き立てる。

 

「美味いッ!!!」

 

「だからうるせえっつうのッ!!!」

 

ずぞぞぞおおおッ!! っと音を立てて蕎麦を啜りこむ。冷えた身体に熱が伝わり、かじかんでいた手に力が戻ってくる。腹の中から闘志と燃え上がるような熱が全身に広がるのが判る。

 

「お代わりを探さなければッ!」

 

「おい、まだ食うのか?」

 

「足りんッ!!」

 

予備に5つほどくれていた筈だと言うと宇随は小さく頷いた。

 

「俺様にも2個くれ、お湯を沸かしておくからよ」

 

「判った! よし! まずはひとつだッ!!」

 

出発前に食べたおにぎりの包みを掻き分け即席麺を1つ見つけ、残り4個と粉末出汁を探して、俺は粉末出汁の袋と蕎麦を壊さないように気をつけて次の蕎麦と粉末出汁を探し始めるのだった……。

 

 

 

 

カワサキの店の近くの広場に炭治郎と禰豆子の2人は焚き火を作り、お湯を沸かしていた。

 

「もう少しで作れるからな禰豆子」

 

「むんッ!」

 

禰豆子と共にカワサキさんの店で年越し蕎麦を食べる事は出来ないので、即席麺を貰い俺は外で年越し蕎麦の準備をしていた。

 

「えっと、これをお椀の中に入れて……「おーい、炭治郎! 禰豆子ちゃーん!!」「やっと見つけたぜ!!」ぜ、善逸!? それに伊之助もなんでッ!?」

 

「はぁはぁ……一緒に蕎麦を食べようと思ってさ」

 

「カワサキのところから天ぷらも貰って来たぜ!」

 

「いや、寒いだろ!?」

 

震えるほどに寒いのにどうしてと言うと善逸と伊之助は笑った。

 

「仲間じゃないか、一緒に食べようよ!」

 

「親分と子分は一緒に飯を食うもんだ!」

 

2人の言葉が嬉しくて泣きそうになったが、それをぐっと堪える。

 

「じゃあ、お湯が足りないから水を汲んでくるよ「いや、それなら俺が汲んで来た」さ、錆兎!? 義勇さんに真菰さんに村田さんもッ!?」

 

善逸だけではなく、錆兎達も来てくれて俺は本当に驚いた。

 

「外で食っていると聞いてな。それならと俺達も外に来た」

 

「そうだ」

 

「水の呼吸の結束は固いんだよ!」

 

「こんなに冷えて、もう座ってろよ! 焚き火は俺が面倒見るから!」

 

禰豆子と一緒に食べる為に外に出て来た俺を追いかけてきてくれた皆の存在が嬉しくてしょうがなかった。確かに北風は冷たかったが、皆で集まっているだけでとても暖かく、この冷たい北風も全然気にならなかった。

 

「あ、炭治郎。そろそろ蕎麦出来るんじゃない?」

 

「うっしゃあ、天ぷら入れるぞー!」

 

「良し、ほら。禰豆子、お前の分だ」

 

「むー♪」

 

「炭治郎の分もだ」

 

「あ、ありがとうございます!」

 

完成した即席蕎麦を手に取り、焚き火を皆で囲む。皆の優しさで心まで温かくなるそんな気分だ。

 

「「「「いただきます!」」」」

 

「むうー♪」

 

声を揃えていただきますと口にして蕎麦を口に運ぶ、風は冷たいけれど何よりも暖かく、そして幸せな味がするのだった……。

 




年末年始の更新はゲッターロボ、GSがメインになりますので飯を食えは残念ながら鬼、鬼殺それぞれ1つずつになりますが、オバロ版はゲッターロボとGSと共に連続更新をやろうと思います。鬼滅に関してはこれはストックがないとか、そういう感じの理由なのでお許しください。それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

メニュー21 みたらし団子

メニュー21 みたらし団子

 

カワサキさんの事ですか?

 

あの人は凄く良い人ですよ、優しいですし、困っていると相談にも乗ってくれる。

 

善逸とか伊之助も兄貴みたいって言うんですから、きっとカワサキさんは長男なんですね(むんッ!)

 

それにカワサキさんの料理は禰豆子も食べれるのでとてもありがたいです!

 

え、聞きたいのはそう言うことじゃない?

 

じゃあどういうことなんですか?

 

うーん。何を聞きたいのかは判りませんが、俺にとってカワサキさんは優しくて頼りになる人です。

 

俺はあの人の悪口なんていいませんし……え、匂いですか?

 

凄く優しい匂いがしますよ。でもそうですね……偶に凄く寂しそうな匂いをしているときもありますね……。

 

あ、もしかしてそれを心配してくれていたんですか!?

 

あ、あれ!? い、いない!? 何処に行っちゃったんだろ……。

 

コンコン

 

ああ、そうだな。禰豆子もお腹空いたよな……兄ちゃんもペコペコだ。カワサキさんの所に行こうか

 

カリカリコンコンッ!

 

はいはい、判ってるよ。カワサキさんの所に行こうな。

 

 

 

 

 

那田蜘蛛山での下弦の伍との死闘で重傷を負った俺が、蟲柱である「胡蝶しのぶ」さんとそのお姉さんである「胡蝶カナエ」さんがいる蝶屋敷での機能回復訓練をしている頃、思い出したようにカナエさんが俺に声を掛けてきたのだ。

 

「炭治郎君の担当って鋼鐵塚さんだったわよね?」

 

「は、はい……そ、そうですけどッ!?」

 

逆立ちして腕立て伏せをしている時だったので、返事を返すのがやっとだ。足で錘を持ち上げているので、顔を上げるのは勿論返事をするのも凄く辛かった。

 

「刀折っちゃったのよね……うーん、それだと少し不味いかもしれないわね」

 

「ま、不味い……って何が……ですか?」

 

「はい、炭治郎君。姿勢が崩れたから後30回、頑張ってね」

 

「は、はいいい……しのぶさんッ!!」

 

話をしている間も俺の動きを見ていたしのぶさんに回数の追加を告げられ、絶望しかけたが、俺は長男だから耐えられた。

 

「姉さん、カワサキさんにお願いするの?」

 

「ええ、このままだと……炭治郎君が殺されちゃうわ……鋼鐵塚さんに」

 

えっ!? 俺殺されるの!? 鋼鐵塚さんにッ!? 冗談かと思ったのだが、凄く神妙な顔をしているので、事実なのだと判り汗が吹き出ているのに、血の気が引いた。

 

「鋼鐵塚さんは自分の刀を凄く大事にしてるから、折られると物凄く怒るの。それで私の知る限りでは10人近くの隊士を再起不能寸前まで追い込んでるわ」

 

「……鋼鐵塚さんって……刀鍛治でしたよねッ!?」

 

なんで隊士を再起不能に追い込めるのか俺には判らなかった……。でも刀を折っているので、俺もそうなる可能性が極めて高い……。

 

「鋼鐵塚さんはみたらし団子が凄くお好きなので、それを捧げ物と用意しておけば話は聞いてくれるわ」

 

「特にカワサキさんのみたらし団子が大好きだから、カワサキさんに手紙を書いてあげるから訓練の後に行ってみるといいわよ」

 

「あ、ありがとうございますッ!!」

 

凄く助かる情報を教えてくれたけど、出来ればこの鍛錬をしているときに教えないで欲しいと俺は心からそう思った。

 

「ん? よー炭治郎!」

 

「カワサキさん、こんにちわ!」

 

店の外で水を撒いていたカワサキさんに手を振りながら駆け寄る。

 

「あの時は本当にどうもありがとうございました」

 

カワサキさんは俺の家族が生きている時に何度か炭を買いに来てくれたし、鱗滝さんの所で修行している時にも何度か顔を見せてくれた。それに最終選別の時も激励してくれたし、そして何よりも柱合会議の時に俺達を庇ってくれた。本当に俺はカワサキさんには感謝しても仕切れない。

 

「あの時って?」

 

「柱合会議の時ですよ。俺本当に嬉しかったです」

 

禰豆子が風柱に刺されそうになったときも止めてくれたし、柱が全員俺達を殺せと言う時に義勇さんと一緒に庇ってくれた。俺にとっては本当にカワサキさんは命の恩人だ。

 

「大袈裟だよ。大袈裟」

 

「そんなこと無いですよ。カワサキさんのおかげで皆生きてます」

 

禰豆子は鬼にされたが、偶然炭を買いに来ていたカワサキさんを見て無惨が逃げたので皆生きている。

 

「植物状態じゃあ、俺は間に合わなかったよ」

 

「いえ、いつか目を覚ますって俺も禰豆子も信じてます!」

 

だけど血を流しすぎたのか、皆は蝶屋敷でずっと眠っているけど……俺はいつか皆が目を覚ましてくれると信じている。

 

「そうか、炭治郎は強いな……それで今日はどうした? 飯か?」

 

「いえ、その俺の刀の担当が鋼鐵塚さんで」

 

「OK、察した」

 

「桶?」

 

「ああ、西洋の言葉でわかったって意味さ。おーけーって言うんだよ、じゃあみたらし団子を拵えようかね」

 

「いえ、待ってください! 俺が作りたいんです!」

 

俺が折ってしまったのに、カワサキさんに作ってもらうのでは筋が通らない。だから俺が作って鋼鐵塚に渡すんですというと、カワサキさんは楽しそうに笑い、準備中の看板を立てて俺を店の中に招き入れてくれるのだった。

 

「カナエから手紙を持たせるって聞いてたんだけど?」

 

「……あ」

 

手紙を渡す前に全部自分で言ってしまったと気付き、俺は思わず小さくすいませんと謝るのだった……。

 

 

 

 

「これでいいですか?」

 

「良し良し。良いぞ」

 

炭治郎にエプロンと三角頭巾を渡し、良く手を洗わせてから厨房の中に招き入れる。

 

「みたらし団子なんてそう難しい物じゃない、材料はこれだ」

 

「……あの、これ豆腐なんですけど?」

 

「そうだが?」

 

「え? みたらし団子に使うんですか? 豆腐?」

 

「うん。使うぞ? ふっくらするし、冷めてもおいしい」

 

信じられないのか目を見開いている炭治郎。まぁ確かに、みたらしに豆腐が入っていると聞いたら驚くかもしれないなと苦笑する。

 

「まず見本を作ろうか?」

 

「いえ、練習なので、後ろから作り方を教えてください!」

 

むんっと胸を張る炭治朗に判ったと返事を返し、炭治郎の後ろに立つ。

 

「まず、その計りに印がついてるだろ? 餅粉をその印まで入れる」

 

「はいッ!」

 

「料理中は唾が飛ぶから、声は小さく」

 

「……はい」

 

料理中のエチケットは徹底させる。計りで餅粉を200g量ったら、蕎麦やうどんを打つ捏ねばちに餅粉を入れさせる。

 

「その中に豆腐を入れて、豆腐を握りつぶすように餅粉と混ぜる。だけど全部入れるなよ、まずは8割くらいで良い」

 

「こんな風ですか?」

 

「もっと思いっきり、握りつぶす感じでいい」

 

水の変わりに豆腐で纏めるのでしっかりと潰すように言うと、豆腐を握りつぶし、手の平で押すように混ぜる。

 

「うどんとか何か作ってたか?」

 

「は、はい、たまにですけど」

 

「なるほど、良い具合に混ざられてるぜ」

 

うどんを打っていたのなら上手に混ぜれるのも納得だな。

 

「全体が纏まってくるまでは良く混ぜる、残った豆腐は少しずつ加えて耳たぶくらいの硬さになるまで混ぜ合わせるんだ」

 

「はい、判りました」

 

うどんを打ったことがあるならある程度は感覚で判るだろう。俺はそう思い、竈に薪を入れて鍋に水を入れて沸かし始める。

 

「これくらいの固さですか?」

 

確認に尋ねて来る炭治郎に1度手を洗い生地を触る。

 

「少し固いな、もう少し豆腐を入れても大丈夫だ」

 

「判りました」

 

少しずつ豆腐を加えて固さを調整している炭治郎にストップと声を掛ける。

 

「それくらいの固さが、鋼鐵塚の好みの固さだ。手の感覚で覚えておけ」

 

「はい、でも鋼鐵塚さんは良くカワサキさんのお店に来るんですか?」

 

「担当を外された時とかは良く来るぞ? そう悪い奴じゃないんだけどな」

 

1つのものにあれだけ熱中出来ると言うのは正直感心するし、俺にも似た部分があるので割りと共感できる。

 

「まぁ、良く話せば良い奴だ。ただ俺の包丁を持ち逃げしたのは許してないけどな!」

 

あの野郎今度来たら絶対包丁を持ってくるように言ってやる。別にユグドラシルのアイテムでは無いが、大正時代で一番手に馴染んだ包丁なのでぜひとも取り返したいものだ。

 

「は、はは……そうですか。それで次はどうすれば?」

 

「それを食べやすい大きさに丸めて、この沸騰している鍋の中に入れる。団子が浮いてきたら掬って氷水の中で冷やして串に刺す」

 

「結構簡単なんですね?」

 

「簡単だけど奥深いぞ? 極めようと思えば何処までもいけるからな」

 

単純に見える料理ほど難しいんだよと笑い、俺は炭治郎が真剣な表情で団子を丸めているのをジッと見つめているのだった……。

 

 

 

 

カワサキの店に向かって歩く2人の男性。だがその顔は2人ともひょっとこの面をかぶり、少しばかり不気味な雰囲気だった。周りの人間がそさくさと道を譲る中。「鋼鐵塚蛍」と「鉄穴森鋼蔵」の2人は打ち直したばかりの日輪刀を背負い、日輪刀の受け渡し場所であるカワサキの店に向かっていた。

 

「殺してやる、殺してやる」

 

隣でぶつぶつと呟いている風鈴つきの傘を被って歩いている友人を見て溜め息を吐いた。

 

「鋼鐵塚さん、相手は十二鬼月だったと言うではないですか? 良く命があったと思ってあげましょうよ?」

 

「いいや、鉄穴森。俺の刀は十二鬼月にも通用する。折ったのはあいつが未熟だからだ!」

 

里を出てからずっとこの調子ですね……やれやれ、これでまた鋼鐵塚さんは担当の隊士無しになってしまうんでしょうかね……鋼鐵塚さんは腕は確かなのだが、里一の偏屈者でもある。こんな性格でなければ、長の弟子なのだから皆にも尊敬される鍛治師になっていたのでしょうから、勿体無いと思う。

 

「お前だって初めての刀だろ? それを折られたらどうする?」

 

「それは勿論怒りますが……十二鬼月相手ではまず生き残った事を喜んであげたいですよ」

 

独自の呼吸を作り出したと言う2刀流の隊士のために打った刀がどんな色に染まるのか楽しみだが、会えるのが夕方と聞いているのでまずは鋼鐵塚さんの担当している隊士とカワサキさんに落ち合うことになっている。

 

「よう、お疲れさん。2人とも元気そうだな」

 

店の前の掃除をしていたカワサキさんに頭を下げる。

 

「はい、カワサキさんもお元気そうで」

 

「料理を作るしか脳が無いんだ。体調くらいは維持するさ、ま、良いか。入ってくれ」

 

カワサキさんの店を刀の受け渡し場所に指定する鍛冶師は多い。なぜならば、里から歩いてくるので無償で食事を振舞ってくれるからだ。

 

「鉄穴森は今日はどうする?」

 

「そうですね……煮込み豚カツと、蜆の味噌汁。それと……たくあんで」

 

「あいよ」

 

「なんで俺には聞かない?」

 

「お前はみたらし団子しかくわねえだろうが」

 

かかかっと笑うカワサキさんはすぐに鋼鐵塚さんの前にみたらし団子を置いた。

 

「これだこれ、いただきます」

 

嬉々とした声で面をずらしてみたらし団子を食べる鋼鐵塚さん。僅かに見えている口元は非常に嬉しそうだ。

 

「はい、お待たせ」

 

「おお、すみません。いただきます」

 

手を合わせて煮込み豚カツに視線を向ける。甘辛いタレと卵で煮込まれたこれは本当に絶品なのですよね……甘いタレがたっぷりと染みこんだ豚カツを頬張り、炊きたての米を頬張る。

 

「美味しいです」

 

「それは良かった。お代わりは遠慮なく声を掛けてくれよ」

 

お代わり自由で里に帰るまでのお弁当も用意してくれる。本当にカワサキさんが鬼殺隊の料理番になってくれて良かったですね、そんなことを考えながら白米を頬張っていると鋼鐵塚さんがその手を止めた。

 

「む?」

 

「どうした?」

 

「いや、普段と少し何かが違うような……?」

 

みたらし団子を勢い良くぱくついていた鋼鐵塚さんが首を傾げる。するとカワサキさんは楽しそうに笑い出した。

 

「そうだ、今回は俺が作ってない」

 

カワサキさんが作ってないと聞いて私は驚いた。鋼鐵塚さんはみたらし団子に五月蝿い、そんな鋼鐵塚さんが文句を言わなかったという事は相当な腕前と見て間違いない。

 

「そのみたらし団子は俺が作りました!」

 

店の奥から姿を現したのは、額に炎に似た痣がある矍鑠の子供……その容姿を見て、鋼鐵塚さんの担当の隊士だと気付いた。確か名前は……竈門炭治郎だった筈。

 

「お前がこれを?」

 

「はい、刀を折ってしまいすみませんでした! でも俺はまだ鋼鐵塚さんの刀を使いたいんですッ! だから今回は許してくれませんか!」

 

自分が折ったことを謝り、また刀を作って欲しいと頼み込んだ隊士なんて初めてだ。隊士は隠や刀鍛治を馬鹿にしているのが多い、でも彼からは強い尊敬を感じる。

 

「柔らかくて普段よりも美味くない」

 

「うっ……だ、大分練習したんですけど、今の俺にはこれが限界で」

 

「焼いてあるけど、焦げてる」

 

「……すみません」

 

「タレも絡んでない」

 

「……」

 

何も言えなくなった炭治郎君が可哀想と思ったが、次の言葉で曇っていた顔が晴れた。

 

「しょうがないから、またお前のみたらし団子を食いに来てやる。刀を持ってな」

 

「は、鋼鐵塚さんありがとうございます!」

 

「だが俺の刀を折った事は許さない」

 

懐から出刃包丁を出した鋼鐵塚さんを見て炭治郎君の顔が引き攣った。

 

「殺してやるううううーーッ!!」

 

「ぎゃあああーーー!? た、食べに来てくれるんじゃなかったんですか!?」

 

「それとこれは別だああ!!」

 

逃げる炭治郎君を追い回す鋼鐵塚さんだけど、私は知っている。あれは、鋼鐵塚さんなりの照れ隠しだ。今までだったら、本当に刺していただろうけど、今は脅すように包丁を振り回しているだけだ。

 

「嬉しかったんだろうな」

 

「でしょうねえ……今までのことを考えればね」

 

鋼鐵塚さんの腕は確かに優れている。だけど、その性格で自分と組んでくれる隊士がおらず、ずっと1人で刀を打ち続けていた。それが自分の好物まで用意して、これからもお願いしますと言われたのはきっと何よりも嬉しい事なのだろう。

 

「ご馳走様でした」

 

「はい、お粗末」

 

だけど何時までも追いかけられているのは病み上がりの炭治郎君には辛いだろうと思い、腹ごなしを兼ねて鋼鐵塚さんを止める為に悲鳴の方向に足を向けるのだった……。

 

「全くしょうがないんですから」

 

だけど私はまだ知らなかった。まさか、私の担当隊士が渡した直後に刀を刃毀れさせるなんて……。

 

「私……炭治郎君の担当が良かった」

 

「……やらんぞ」

 

「まぁ飲め、今日は泊まって行け。な?」

 

「ううう……ありがとうございます!!!」

 

なんでも聞けば問題児の隊士と言う事で、私は自分の引き運の悪さに絶望してしまうのだった……。

 

 

 

 

メニュー22 探せ、冨岡義勇の好物

 

 

 




刀鍛治とは基本的に仲がいいカワサキさん。大事に包丁を使っているので、それを見た刀鍛治は良い人だと判断しているって感じですね。
次回は義勇さんメインでギャグテイストの話にしようと思います。それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

メニュー22 探せ、富岡義勇の好物

メニュー22 探せ、富岡義勇の好物

 

 

嵐のような昼食時の混雑と任務に出る隊士の弁当を渡し終え、一息いれているカワサキ。沙代とカナエに先に昼飯を食べるように言って座敷の奥に強引に行かせ、時間が遅れた隊士がやってくるかもしれないと自分だけが残り、緑茶を啜っていると店の扉が音を立てて開いた。

 

「いら……なんだ、錆兎と真菰か、どうした?」

 

真っ先に昼食に来ていた2人が訪ねてきた。昼飯を食いそびれたわけでは無い、弁当もちゃんと渡している。そんな2人が訪ねて来た事にカワサキは首を傾げる。

 

「実はカワサキさんにお願いがあって来たの」

 

「ああ、かなり深刻な問題でな」

 

神妙な顔をしている2人にカワサキは飲んでいた湯呑みを机の上に置いた。

 

「まぁ出来る限りなら話を聞くけど、どうした?」

 

「義勇が、鮭大根しか食べないんだ……」

 

「栄養が偏ると危ないんだよね? カワサキさん」

 

「……もしかして全然改善されてない?」

 

カワサキの問いかけにこっくりと頷く錆兎と真菰にカワサキは深く溜め息を吐いた。冨岡義勇は鮭大根が好物で、来るたびに鮭大根を注文していた。それだと栄養が偏ると味噌汁や漬物、そして鶏肉の塩焼きなど色々とカワサキは栄養バランスに気をつけていたのだが、カワサキの店に来ない時は鮭大根と白米しか食べてないと聞いてカワサキは深く溜め息を吐いた。

 

「義勇ってほかに好物とか……ああ、そうか、ないのか。察した」

 

好物がないのかと尋ねて2人が渋い顔をしているので付き合いの長い2人でさえも、義勇の鮭大根以外の好物を知らないほどに義勇は偏食に偏っていた。

 

「まぁ魚の偏食だから、そうは気にはならないんだが……」

 

これがリアルで言う菓子や、大して栄養にもならない物ならばカワサキも憤怒するが鮭はDHAも豊富で、そこまで身体に悪いわけでは無い。

 

「三食ずっと鮭大根は見ていてこっちも来る物がある」

 

「悪意無く薦めてくるから困るの」

 

「OK、OKOK、なんか色々試してみるよ。弁当って形でいいよな?」

 

酷くげんなりした表情の2人を見てカワサキはまずは弁当って言う形で義勇の他の好物を探す事を約束すると2人はよろしくお願いしますと頭を下げて店を出て行った。

 

「……まぁ色々試してみるかねえ」

 

他の柱が好む弁当から様子を見てみるかと呟き、カワサキは席を立ち弁当の仕込みを始めるのだった……。

 

 

 

 

day 1 不死川兄弟+α

 

 

鬼殺隊は無惨を倒すという1つの目的の為に協力し合う組織ではある。だが、やはり人間……どうしても馬の合わない人間と言うものはいる。

 

「……不死川達では時間が掛かったな」

 

「てめぇ冨岡ぁッ! 俺達が足を引っ張ってるって言いてぇのかッ!? てめぇこらあ! 無視すんなあ!!」

 

「兄ちゃん、落ち着いて!」

 

「落ち着け実弥、冨岡は口足らずって聞いてるじゃないか」

 

怒り狂う実弥と義勇の相性は最悪で、十二鬼月の目撃情報で柱2人が動いたが、不幸な事に空振り。そしてその上雑魚鬼に囲まれて今討伐が終わった所だが、案の定口足らずの義勇の言葉で怒り狂う実弥を玄弥と匡近の2人掛かりで止めに入ってやっと止めれた。

 

「……別に足手纏いと言ったわけじゃない」

 

「んじゃあ時間が掛かったってなんだぁッ!」

 

「……俺ではなく錆兎ならばもっと早く鬼を倒せただろう、俺と組んでしまって不死川達には迷惑を掛けた。やはり俺では時間が掛かったなと……」

 

「全然伝わってねえよッ! この呆けぇッ!!!」

 

言葉足らずと言うレベルじゃないと言う実弥の怒鳴り声に玄弥と匡近は額に手を当てて、天を仰ぐのだった。

 

「まぁまぁ落ち着けよ実弥。とりあえず鬼の気配もない、夜食にしよう。カワサキさんが弁当を用意してくれただろ?」

 

「……おう」

 

「じゃあ俺は火を起こすよ」

 

とりあえず飯を食わせて、落ち着かせれば良いだろうと匡近が声を掛け、てきぱきと玄弥が薪を集め火を起こして薬缶でお湯を沸かす。その間に実弥達は川でタオルを絞り、返り血などを拭い怪我の応急処置を済ませるのだが……。

 

「わぷッ!? な、何ですか?」

 

「……濡れてる」

 

タオルを顔に投げつけられ困惑する玄弥と、義勇の余りに失礼な態度に額に青筋を浮かべている実弥……呼吸同士の相性は良いのだが、実弥と義勇の相性は最悪を通り越して、最低だった。実際玄弥達がいなければ、間違いなく喧嘩になっていただろう。

 

「わぁ、今日は兄ちゃんの好きな牛時雨弁当だよ」

 

「おう、そいつは良いなッ!」

 

玄弥のアシストで話をすり替え、沸かしたお湯を味噌玉の入った椀の中にいれ、焚き火の回りに腰掛け夜食にしようと言う所でまた空気の読めない男義勇が爆弾を投下する。

 

「……お前はこんな物が好きなのか?」

 

「あぁッ!? こんな物だとぉッ! カワサキさんに失礼だろうが、冨岡ぁッ!!!」

 

「「どうどうどうどうッ!!」」

 

実弥の地雷は非常に多い、1つは藤の家で働いている家族に触れられる事を嫌う、2つ、呼吸が使えない隊士ではあるが、そしてカワサキと行冥に鍛えられ、呼吸を使えないというハンデを超えて戦っている玄弥の事を指摘する。3つ、恩人であるカワサキへの悪口である。

 

「……こんなに味が濃いのが好きで大丈夫なのかと聞いたつもりなのだが?」

 

「よし、冨岡。お前は少し黙ろうか、な? 食事時に喧嘩はしたくないだろ?」

 

匡近が静止に入り何とか収まったが本当に爆発寸前だった。

 

「「「いただきます」」」

 

「……いただきます」

 

焚き火の周りに座り牛時雨弁当を口にする実弥達。

 

「うめえッ! この甘辛い味付けが本当にうめえなッ!」

 

牛細切れ肉といり卵が飯の上にたっぷりと盛り付けられたそれは実弥の大好物である。家族の誕生日にだけ、実弥は家族に会うのだが、その時は当然カワサキの店で食事を取る。その時の牛鍋が好物であり、それと似た味の牛時雨煮は特別な日以外で牛鍋を食べようとしない、実弥への弁当としてカワサキが良く選ぶメニューなのだ。

 

「このしょうがの香りが食欲を誘うんだよなあ」

 

「本当ですよね。これ弁当で食べても美味しいんですけど、出来立てもまた美味しいんですよね」

 

醤油と酒とみりん、そして醤油と砂糖と言う甘辛いタレで牛肉を汁気が無くなるまで煮詰めたそれは非常に味が濃く、動き回る隊士にとっては人気の弁当の1つである。強い塩気と好物と言う事で一気に機嫌を直し牛時雨弁当をかき込む実弥に玄弥達がほっとした表情を浮かべたのも束の間。

 

「……普通、味が濃いな。俺は苦手だな……よくこんな物が食べれる」

 

「冨岡ぁッ!!!!!!」

 

自分の大好物である牛時雨弁当、そしてカワサキの料理を馬鹿にしたと実弥が判断し、凄まじい怒鳴り声が山の中に響き渡るのだった……。

 

 

 

 

 

day 2 蛇柱と隠

 

 

……誰か助けてください。それがきっと今この場にいる全員が思っていたことだと思う……。鎹鴉が運んできた稲荷寿司の弁当、その甘さが疲れた身体に染み渡り、隠や下級隊士達が満面の笑みを浮かべる中。それが一気に殺伐とした空気になったのは水柱冨岡義勇のせいだった。

 

「……これは不味い」

 

「冨岡お前……カワサキさんの料理を不味いと言ったか、そうかそうか……殺すぞ」

 

蛇柱伊黒小芭内と水柱冨岡義勇の合同任務――それは鬼が群れていると言う今までに無い情報を得ての行動だったが、ご存知の通り小芭内と義勇の相性もまた最悪を通り越して最低だった。任務中は私情を挟む事は無いが、それが終わり下級隊士と隠による後始末が始まった段階で義勇がぽつりと呟いたのだ。

 

「これの何処が不味い、甘辛く炊かれた油揚げと酸味の効いた寿司飯、そして白ゴマの香りが食欲を誘う。完璧な稲荷寿司の何処が不味いのか俺に説明しろ、ああ、良い。貴様は殺す」

 

「……不味い物は不味いんだ」

 

小芭内が目を見開き、額に青筋が浮かぶのを見て隠達と下級隊士は顔を青褪めさせた。

 

炎柱 煉獄杏寿郎

 

蛇柱 伊黒小芭内

 

の両名はカワサキが計画した特別な訓練を受けたカワサキの弟子とも言うべき柱だ。特に杏寿郎と小芭内は幼い時からカワサキの元で食事をし、そして丁寧に西洋の鍛錬術を学び、困った事があればカワサキに相談に行く。

 

「カワサキ殿か! あの人は俺にとっては兄に等しいなッ!」

 

「……カワサキさんは俺にとっては兄と言っても過言では無い」

 

そして本人達もカワサキを兄と公言しているのは鬼殺隊でも有名で、カワサキを陥れようとすればそいつは2度と日の目を浴びる事は無いと言われるのも有名な話だ。

 

「……忘れていた」

 

「それが遺言か、ならば「……兄姉弟子の墓参りを忘れていたこれは不味い……」……は?」

 

義勇は顔を青褪めさせて立ち上がるとおろおろしだした。

 

「あ、あの水柱様。不味いというのは稲荷寿司の事では無いのですか?」

 

「……カワサキさんの料理が不味い訳無いだろう? お前は何を言ってる?」

 

何を言っているはお前だと全員が思った。言葉足らず、天然で人を挑発すると聞いていたが余りにも酷い、下級隊士も隠も心からそう思った。

 

「伊黒すまない。俺は墓参りに向かう、報告書と現地の指揮を頼む。戻ったら食事をおごる、だから頼んだ」

 

「待て」

 

「……すまない、時間がない」

 

小芭内の返事も聞かず姿を消した義勇。残された小芭内は抜いていた日輪刀を鞘に納め、不機嫌そうに岩に腰掛ける。

 

「何を見ている、俺を見ている暇があったら作業をしろ、お前達は周囲の警戒を怠るな。良いな、半刻で撤収できるように動け、良いな?

 異論は認めない、急げ」

 

「「「「は、はいいいいい――ッ!!」」」」

 

ギロリと睨まれ、この作戦に参加した隊士と隠は2度と蛇柱と水柱の合同任務に配属されたくないと心から祈るのだった……。

 

 

 

 

 

 

 

義勇の好物を探すと言う目的で柱同士の合同任務で色々食べさせると言う事を計画したのだが……結果は凄まじく酷かった。

 

「鮭大根しかいわねえ」

 

「カワサキさんの料理を食べているときに不味いとか言い出した」

 

「あのカワサキさん、あの馬鹿殴ってもいいですかね?」

 

 

 

 

義勇のコミュ能力のあまりの低さに俺は泣いた。特に沸点の低い、実弥、小芭内、しのぶの怒りように俺は泣いた。

 

「肉団子を美味そうに食ってたぜ? ありゃあああいうの好きだな、俺様の見立てでは」

 

「揚げ物、唐揚げとかエビフライを美味しそうに食べてましたよ」

 

「……卵が好きと言っていたな」

 

「量は少なくてもいいから、色々おかずを食べたいと言っていたので、俺が米を貰い、おかずを色々と渡しましたよ!」

 

そして寛容さが高い、蜜璃、行冥、天元、杏寿郎に感謝で泣いた。無一郎? 無一郎は……。

 

「兄さんと鍋が食べたい」

 

「……水柱を完全無視でした、すいません」

 

……うん、これはしょうがない、成長期だからな。他人を観察するよりも自分の食事となるのは当然だ。俺は杏寿郎達が集めた情報を元にある一品の料理を作った。

 

「はい、お待たせ。お子様定食だよ」

 

「……キラキラ」

 

……マジかよ、お子様ランチで目を輝かせてるとかマジかよ……。

 

「……これはとても美味しそうだ。ありがとう」

 

「喜んでくれるなら俺としても嬉しいよ」

 

オムライス、ハンバーグ、エビフライ、唐揚げ、ナポリタンと「鬼殺」と書いた旗を冗談でオムライスの上に差したんだが、それすらも気に入っている様子に俺は驚愕した。

 

「……赤茄子は好きなんだ、それに肉って言う感じの肉は少し苦手なんだが、このはんばーぐ? というのは食べやすくていい」

 

「そうか、義勇よ」

 

「……むぐむぐ」

 

「飲み込んでからでいいぞ?」

 

喋るか食べるか悩んでいる様子の義勇を見て、子供かと思った。

 

「……なんだ?」

 

「もう少し言いたい事は喋る方が良いんじゃないかな? 今日みたいな感じで喋ってくれれば、俺も色々作りやすいし、錆兎達にも心配をかけないで済むぞ?」

 

「……判った。今度からそうする……エビフライがもう少し欲しい」

 

「……ああ、うん。判った、すぐ準備するよ」

 

とりあえず、義勇に対して怒っている面子には20歳を過ぎていると思わないで、子供と思って対処するべきだと助言しよう。

 

「……もぐもぐ」

 

スプーンを口にくわえてもごもご口を動かしている義勇の姿に幼児の姿を俺は見た。きっと義勇と付き合うには、母親並の寛容さが無ければ駄目なんだと俺は理解するのだった……。

 

 

 

メニュー23 柱合会議の後 飲み会 その1

 

 




冨岡・幼女・義勇はお子様舌。お子様ランチみたいに色々食べれると目を輝かせます、後割りとカワサキさん相手だと喋りますし、言う事を聞きます。次回は飲み会と言う事で、カワサキさんと柱全員を絡めて行こうと思います。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

メニュー23 柱合会議の後 飲み会 その1

メニュー23 柱合会議の後 飲み会 その1

 

 

鬼殺隊の最高位の位である「柱」が集まる柱合同会議の後は、鬼殺隊にとっての重要役職にいる者達が楽しみにしているカワサキの手料理による飲み会が開催される。20歳を越えなければそれに参加できないという鉄の掟があったのだが、その前に殉職するかもしれないと言う言葉にカワサキが折れて18歳から参加出来るようになり、しのぶが初めてで蜜璃が2回目の参加となった。

 

「わあああ……どれもこれも美味しそう」

 

「うむッ! カワサキ殿が夜の為に朝から仕込んでくれているからな!! どれもこれも絶品だッ!」

 

2回目の参加だが、前回は初めて飲む酒に目を回し速攻でダウンした蜜璃は今日はお酒を飲まないで料理を食べると意気込んでいる。

 

「しのぶは初めてだからお酒は控えめにね?」

 

「姉さん、私は元々飲むつもりは無いわ」

 

「あらそうなの?」

 

「……酔い潰れた姉さんを連れて帰るのに、自分が酔い潰れる訳にはいかないわ」

 

最愛の妹からのカウンターパンチにあちゃーっと言う顔をするカナエだが、事実何度も迎えに来ている訳でカナエは何とも言えない顔をする。

 

「じゃ、僕はこれで。兄さんが待ってるから」

 

「おう、気をつけて帰れよ。時透」

 

「ん、じゃ、また」

 

14歳の無一郎は当然参加は出来ないので、カワサキの手作りの5段重ねの特製弁当を抱えるんるん気分で帰宅していく。

 

「なんだ、まだ始めてなかったのか」

 

「はい、父上が来るのをお待ちしておりました」

 

「そんな事を気にしなくても良いんだがな」

 

柱の地位は引退し、甲階級に戻った槇寿朗だが、その発言力は柱の時と変わらず、むしろ修錬担当を始めた事もあり前よりも遥かに発言力は増している。

 

「余り飲みすぎるなよ。義勇、お前は酔うと皆に迷惑をかける」

 

「……気をつける」

 

「鱗滝、迷惑をかけるのは冨岡だけではないから気にするな、俺達は飲み会の後の悪夢には慣れている」

 

「……すまねぇ」

 

泣き上戸の実弥と絡み酒の義勇。飲み会の最中に起きる地獄もある意味1つの名物であり、いつも後始末に借り出されている小芭内の言葉に実弥は頬をかきながらすまねえと謝罪する、これもいつものやり取りなので気にするものはいないが、いつも殺伐とした時を過ごしているだけにこうして僅かな時間でも気を緩めることが出来る時間と言うのは貴重だ。

 

「それじゃあ皆揃ったみたいだし、始めようか」

 

産屋敷耀哉の合図で柱達による飲み会が今日も始まるのだった……。

 

 

 

 

 

産屋敷の屋敷を2部屋使った宴会場は机が3つくっつけられていて大量の料理が置かれている。

 

「あーこれ癖になるんだよなあ……」

 

「判る。これは日本酒に合うんだよなあ」

 

「すげえ地味なのになッ!!」

 

料理は大きく分けて2種類、酒の摘みになるものとガッツリと腹に溜まる料理だ。その中でも俺と鱗滝が口にしている塩もみキャベツは取り分け地味なもんだが、これがまた酒に合う。キャベツを口にして、その塩味を楽しみ甘めの日本酒で口の中を洗い流すって言うのはまた乙なもんだ。

 

「かーっうめえッ! しかし、本当に塩だけなのになんでこんなに美味いのかねえ」

 

「何かコツがあるんだろう、俺も何度か試したが、この味にはならなかった」

 

「そうなんだよなあ……これマジでどうなってるんだろうな」

 

まきを達に何度か頼んでみたんだが、酒のつまみとしては悪くないんだが、どうしてもカワサキの味には程遠い。

 

「うむ、美味い」

 

悲鳴嶼さんは刺身を口にして日本酒を口にしているのを見て、俺も刺身に視線を向ける。

 

「お、鮪があるじゃねえか、貰っとくか!」

 

普段は鮭や烏賊、蛸と言う品揃えだが今日は鮪がある。これは早めに確保しておかないと食いそびれると取り皿に鮪の刺身を確保する。

 

「お館様もどうぞ」

 

「やあ、悪いね、天元」

 

カワサキが1ヶ月に1回作る黄金の汁――ド派手でそして具材もないのに美味いそれを口にしているお館様は歳を重ねるごとに健康になっているように思う、カワサキの料理には不思議な効果があるのは知っているが、ここまで変わるのを見ていると正直驚きが隠せない。

 

「師範、大師範、ご飯大盛りでいいですか?」

 

「「ああ、それで頼む!!」」

 

「はいッ!!」

 

……煉獄親子はいつも通りだが、甘露寺の奴はあれは盛りすぎじゃないか? 寿司飯を山盛り盛り付けて、醤油につけて刺身をどんどん盛り付けている3人……普段は2人なんだが、3人になるとまた見た目が凄いな。

 

「ふっふっ、うん。美味い」

 

「なんだ、なんだ、伊黒。そんな地味な物を食ってないで、もっと美味い物を食えよ」

 

「地味だと? 宇髄貴様は馬鹿か? カワサキさんが自分で釣って来た最高級の鰹に北海道の昆布で作った出汁の湯豆腐は絶品なんだぞ。これを作るのにどれだけの手間が掛かっているのかお前は判っていない」

 

「ああ、悪かった悪かった。俺がぜーんぶ悪いッ! だから酒呑みの場で説教はやめてくれ」

 

カワサキを馬鹿にするとムキになる伊黒に悪かったと謝っていると胡蝶姉妹が口元に手を当ててくすくすと笑う。

 

「天元君が悪いわよ、これすっごく美味しいんだから。地味って言ってないで食べてみたら?」

 

「ポン酢で食べると美味しいですよ」

 

胡蝶姉妹に進められ、普段は口にしないが湯豆腐を初めて口に運んだ。

 

「うお、うめえッ! 地味なのに美味いな」

 

カワサキの料理が美味いのは判っているが、こんな地味な料理でも他の店とは一線を画している。本当にカワサキは素晴らしい料理人だと思う、だが俺達はカワサキの事を知らないのでは? と逆に思う。今日は酒の場だから酔った振りをしてカワサキの話を聞いて見たいと思う。鬼殺隊に来るまでにカワサキがどんな日々を過ごしていたのか、それを聞き出すことを想像し、俺は小さく微笑むのだった。

 

 

 

 

柱合会議の後の飲み会に俺は何度も呼ばれていたが、水柱は義勇なので断り続けていたが前々回から参加するようになった。それは義勇は酒癖が悪く、酔い潰れるとめんどくさいから止めに入るようにと言われたからだ。

 

「義勇、鮭ばかりを食うな」

 

「……ん、判っている」

 

表情はいつものように無表情だが、俺には判る。皆でわいわいと食事をするのを楽しんでいると……こういう時ほど羽目を外しかねないので、良く見ておかなければならない。

 

「おい、冨岡。檸檬くれ」

 

「……ああ」

 

檸檬を受け取り唐揚げに……そこまで見たところで俺は不死川の腕を掴んでいた。

 

「んだよ、鱗滝」

 

「唐揚げ全てにレモンの絞り汁をかけるな」

 

「ああ? 檸檬の汁をかけりゃあさっぱりと食えるだろうが」

 

「……余計なお世話だ。自分の食べる分だけにしろ」

 

「てめえ、俺の気遣いを無碍にするのか?」

 

「それは気遣いでは無い、迷惑だ」

 

唐揚げの醤油とにんにくの強い味に檸檬の絞り汁をかけるのは愚の骨頂! もしも檸檬を掛けたいのならば自分だけにしろと不死川の腕を掴みながら言う。

 

「不死川よ、人それぞれ好みは違う。そう、私が塩で食べるように」

 

「「塩ッ!?」」

 

悲鳴嶼さんが唐揚げに塩をつけて食べているのを見て、俺達は思わず悲鳴嶼さんを見てしまった。確かに、し、塩をつけている。た、確かに人それぞれ好みは違う。

 

「杏寿郎、しょうがを取ってくれ」

 

「よもや!? 父上、海鮮丼にしょうがを使うのですか!?」

 

「合うぞ。京都の藤の家で頂いたのだが、このように厚切りの刺身にはしょうが醤油も良く合う」

 

「よもやよもや……」

 

「……ちょっと試してみようかしら……」

 

食に対してうるさい煉獄様が仰るのならばしょうが醤油もきっと刺身に合うのだろう。

 

「え、しのぶ……それ大丈夫なのかしら?」

 

「凄く美味しいわよ、姉さん。姉さんも食べる?」

 

「わ、私は、え、遠慮しておこうかなあ……」

 

胡蝶妹が赤い汁に肉をつけて食べているが、あれは赤茄子とかそういうものじゃない。カワサキさんが好んで作るが、誰も食べることの無かった辛い汁ッ!? ま、まさかあれを食べる人間が居るとは……。

 

「錆兎、不死川……」

 

「冨岡……いや、悪いな。ありがとよ」

 

「すまん」

 

かつて些細な事で不死川ともめた時に食べた赤いうどんの事を思い出し、喉を押さえていると義勇が酒を入れて差し出してきた。それを受け取り甘めの日本酒を口にすることであの時の痛みを忘れる事ができた。

 

「すまん、言い過ぎた」

 

「いや、俺の余計な気遣いだった」

 

不死川と謝罪しあっているとカワサキさんが大皿を手に広間の中に入ってきた。外から漂っていた香ばしい香りと焼ける匂い……これを来るのを全員が待っていたのだ。

 

「やぁ、カワサキ。今日は随分と時間が掛かったね」

 

「人数が人数だからな。お待たせ、焼き鳥だぞー」

 

あのお館様ですらそわそわと待っていたのだ。焼き鳥を皆がどれだけ楽しみに待っていたのかが良く判る。

 

「おお、待ってたぜカワサキさんッ! やっぱり飲み会の時はそれだよなあッ!!」

 

「うむ、酒は飲まなくてもそれを食べなければ柱合同会議が終わったと言う気にならないのだッ!!」

 

「わぁッ! 前は全然食べれなかったから楽しみにしてたのー」

 

「本当ですね。飲み会に出る前はこれの丼が楽しみだったんですよね。甘露寺さん」

 

「俺も酒を飲める歳になる前はこれが楽しみだったんだ」

 

高級な若鶏をたっぷりと使った焼き鳥を前に流石に皆も興奮した面持ちだ。

 

「ああ、これを待っていた甲斐がある」

 

「酒は焼き鳥と共にするのが一番だ!」

 

悲鳴嶼さんと煉獄様が食べていた皿を片付け、自分達で持ち込んだ日本酒を机の上に置くのを見れば、この為だけに高級な酒を用意したのが良く判る。

 

「鱗滝、手伝え。置き場所を作るぞ」

 

「刺身に唐揚げ、鍋も美味かったが、やっぱり焼き鳥だよな」

 

「おい、冨岡、いつまでも食ってるんじゃねえ。少し整理するぞ」

 

「……ごくん、判った」

 

机の上で皆で片付けながら焼き鳥を置く準備を始めるのを見て、俺もそれの手伝いを始める。

 

(唐揚げも水炊きも美味かったが……やっぱりこれだな)

 

飲み会の時に出てくる甘辛いタレの焼き鳥……それを待っていたとあちこちから歓声が上がるのだった……だが俺達は何も知らなかったのだ、宇髄がこの飲み会でカワサキさんがどんな風に過ごしていたのかを尋ね、その中にとんでもない地雷が潜んでいると言う事を俺達は知らなかったのだった……。

 

 

 

メニュー24 柱合会議の後 飲み会 その2へ続く

 

 




今回は食事回と言うよりも会話回なのでやや短めの話になりましたが、次回はカワサキさんも含めてもっと話のボリュームを増やして行こうと思います。それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

メニュー24 柱合会議の後 飲み会 その2

メニュー24 柱合会議の後 飲み会 その2

 

 

大皿に盛り付けられている焼き鳥――鶏肉が牛肉よりも高級だった大正時代の事を考えれば、これは柱であろうと、心待ちにするご馳走である。更に鬼殺の任務の後に立ち寄った街や村で買って来た地酒と共に楽しむ事が出来るとなれば、いつ死ぬかもしれない鬼殺の任務の中での束の間の休息として心待ちにするのは当然だ。しかし、しかしだ。9人の柱に、お館様、槇寿郎、錆兎と10人を越える健啖家揃い、そしてその中には異次元の食欲を誇る、杏寿郎、槇寿郎、蜜璃の3人がいるのだ。カワサキが宴会に参加してしまえば、追加で料理を作ることは出来ない。では10人を越える健啖家達の食欲を満たす為にどうするのか? と言うと隠の出番である。

 

「ほい、これ上がりだぜ」

 

「はーい、運んで来ますねー」

 

「けほっ、これ慣れるまでしんどいですね」

 

「なれるまでとか言ってると次から出来ないぜー? これ隠の大人気の任務だからな」

 

大量の七輪を前に10人ほどの隠が次から次に焼き鳥を焼き続けている。新米の隠はこれが人気の任務? と首を傾げる中で先輩隠が隠の衣装の顔布を外して焼き鳥を頬張る。

 

「い、良いんですか!? そんな事をして」

 

「良いんだよ、焼いてるだけじゃ辛いだろってカワサキさんが俺達の分も用意してくれてるんだよ」

 

「あー早く柱の分を焼き終えて食べたい!」

 

「俺なんか半年振りだぜ? あー早く焼けないかなー」

 

柱の分を焼いたら自分の分と言って楽しそうに焼き鳥を焼いている隠達。驚いた様子の新米隠に先輩隊士が串を差し出す。

 

「ほれ、お前初めてだろ。食っとけよ」

 

「い、いただきます!!」

 

タレの焼ける匂いで食べたいなあと思っていた若い隊士は差し出された焼き鳥を受け取り、それを美味しそうに頬張る。

 

「うーし、次は塩だ。良いか、内臓系は後回し、まずは腿、胸肉から焼いて行くぞー」

 

「「「おーうッ!!!」」」

 

柱達が宴会をしている裏で隠達も働きながら、和気藹々と焼き鳥を焼き続けているのだった……。

 

 

 

 

 

 

海鮮丼や唐揚げも美味かったが、やはり焼き鳥! これを食べなければ柱合会議に来たと言う感じがしない。串を片手に持ち、反対の手にはやや辛めの地酒を注いだグラスを手にしてから大きく口を開けて腿に齧り付いた。程よい弾力で歯を跳ね返す、この絶妙な固さと焼き加減は本当に絶品だ。

 

「んんー美味いッ!!! やはり焼き鳥は最高だな! そう思うだろう、甘露寺ッ!」

 

「はい、師範! 美味しいですッ!!!」

 

「うむ、美味いッ!!」

 

「「美味い美味いッ!!」」

 

俺と甘露寺が美味いと叫んでいると冨岡達が少し眉を顰める。だが俺と甘露寺は逆に胸を張った。

 

「カワサキ殿が言ったのだ。美味いと叫んだ方が良いそうなのだ」

 

「身体全体が美味しいって感じるそうなんですよ」

 

嘘だろとカワサキ殿を全員が見るがカワサキ殿は焼き鳥を口にし、穏やかな顔で笑った。

 

「やるぞおって叫んだ方が気合が入るだろ? まぁ、そんな所だ。後は作ってくれた人間に対する感謝と食材に対する感謝って所だな」

 

カワサキ殿の言葉を聞いて小芭内達も美味い、とか美味しいとか口にし始める。

 

「美味い美味いッ!!!」

 

不味い物を美味いと言って食べるほど辛い事は無いが、本当に美味い物を美味いと言って食べるのは至極当たり前の事だ。

 

「なるほど、それは確かに道理だな。うめえッ!!」

 

「……美味い」

 

「うん。美味い、この甘辛いタレが本当に美味い」

 

「確かに、みたらしのそれに少しに似ていると思うが、甘さと辛さの兼ね合いが抜群にいい。それに鶏の脂が染み出しているからか、タレ

自体も最高に美味い。やはりカワサキさんの料理が最高に美味いって事だな」

小芭内はカワサキ殿と甘露寺に対しては饒舌だな。いや、その気持ちは俺も判るがなッ!

 

「美味いッ! 鶏皮、これが本当に美味いなッ!」

 

「喜んで貰えて何よりだよ、杏寿郎」

 

「美味いですッ!!」

 

鶏皮を綺麗に折りたたんで串に刺してある鶏皮。皮と皮の隙間にタレが溜まっていて、串から外すと口いっぱいにタレの味が滲み出るのが本当に美味いッ!

 

「……カワサキさんよ、玄弥に少し持って帰ってもいいか?」

 

「あ、それだったら私も蝶屋敷の皆に持って帰ってもいいかしら」

 

胡蝶姉と不死川が弟や継子に焼き鳥を持って帰りたいと言うのを聞いて、俺も手にしている焼き鳥を1度皿の上に戻した。

 

「父上! 千寿郎と母上に土産として俺も持って帰りたいです!!」

 

自分達だけが美味い物を食べていると言うのは千寿郎にも母上にも申し訳無い。だから持って帰りたいと口にすると悲鳴嶼さんと焼き鳥を少しずつ口にしていたお館様が口を開いた。

 

「大丈夫だよ、カワサキにお土産として焼き鳥も、巻き寿司も用意して貰っているよ。だから安心して食べなさい」

 

「いつも私も土産に持ち帰っている。カワサキはそう言う気遣いを忘れる事は無い」

 

「ああ、不死川もカナエも心配することは無い。安心して食べるといい」

 

そう言われると確かに父上が会議から戻られた時は土産を持ち帰って来てくれていた。前は酒を楽しみすぎて酔い潰れて父上に背負って帰られて恥ずかしい思いをしたので記憶があやふやだったが、確か前も土産はあったと思う。

 

「では大丈夫ですね! 美味いッ!!」

 

「美味しいですッ!!」

 

焼き鳥を酒で楽しむのも悪くは無いが、串から外して丼の上に乗せて食べるのも悪くない。甘露寺と共に手製の焼き鳥丼を作り声を揃えて美味いと叫ぶのだった。やはり美味いと叫びながら食べた方が美味いし、楽しいと俺は再認識するのだった……。

 

 

 

 

柱合会議の後の飲み会となるとやっぱり普段自分を戒めて生活している事もあり、少し羽目を外してしまう事になる。やれ誰と誰が逢瀬をしていたとか、あそこの藤の家の女主人と良い感じになっているとか、そう言う色恋の話になるのは更で、甘露寺さんが良くそういう話のターゲットにされるのだが、今日は違っていた。

 

「カワサキさんよ、俺はあんたに聞きたい事があったッ!」

 

宇髄君がカワサキさんを指差す。大体酔っている時に話を振るのは宇髄君だ、それを見て私達がしょうがないなあと肩を竦めたのだが、次の言葉に思わず身を乗り出した。

 

「カワサキさんみてえな伊達男となれば、1つや2つ派手に面白い話があるだろう! いつも聞いてるだけじゃなくて、偶にはカワサキさんの話を聞かせてくれよ!」

 

カワサキさんの色恋の話と聞いて、身を乗り出した私をしのぶが押しとめて座るように促す。確かに意中の男性の話だとしても、あんまりがっつきすぎるのは良くないわね。反省反省っと……。

 

「俺の話だぁ? んなもん、面白い話なんて何もないぜ?」

 

「それを決めるのは俺達だ! 皆も聞きたいだろう!」

 

宇髄君の問いかけ。それはカワサキさんが乗り気では無いから皆でカワサキさんの話を聞きたいといおうぜと目が物語っている。

 

「カワサキさんの話かぁ……確かに俺も興味があるなぁ」

 

「……聞きたい」

 

「俺もだな! カワサキさんは俺達の話を聞いてくれるが、カワサキさんが自分の話をする事は殆ど無いしなッ!」

 

「わ、私も聞きたいと思います!」

 

宇髄君の意見に不死川君と煉獄君、そして冨岡君と甘露寺さんが目を輝かせる。

 

「いや、待て、誰にだって人に話したくないことはあるだろう。無理に聞かせて欲しいとねだるものでは無い」

 

「良い男には秘密が付きものだと言う。俺は無理に聞くべきでは無いと思う」

 

「そうですね、私もそうだと思いますよ。ね、姉さん」

 

「……ソウダネー」

 

しのぶに同意を求められたけど、思いっきり目を逸らして聞きたいと遠回しに言うとしのぶに思いっきり溜め息を吐かれた。

 

「俺は無理に聞くべきでは無いと思う。行冥は?」

 

「……南無阿弥陀仏。私も同意見です」

 

槇寿郎様と行冥さんが駄目だと言ったので、この話は終わりだと私は思って、凄く残念に思った。

 

「うーん、でも私も聞きたいかなあ」

 

お館様も聞きたいと口にしたことで、駄目と言う感じの流れが消えた。私達が期待を込めた視線で見つめているとカワサキさんが深く溜め息を吐いた。

 

「判った判った、言えば良いんだろう言えば……それで天元は何がいいんだ?」

 

「そりゃもうド派手にカワサキさんの恋の話が聞きたいに決まってるッ!!」

 

宇髄君がカワサキさんにそう告げ、カワサキさんは深い溜め息と共に口を開いた。だがカワサキさんから語られる言葉は完全に想定を超えていたのだった……。

 

 

 

 

カワサキさんの昔の話が聞けると俺様は楽しみにしていたのだが、まさかその話がド派手に闇に塗れた話だとは俺様も想定外だった。

 

「まずだが、俺は婚約者とか、そういうのがいたって言うのは一切ない」

 

「「「え?」」」

 

「だーかーら、料理の修業とかでそう言う浮いた話とかは全然なかった」

 

マジか……カワサキさんみたいな伊達男だから面白い話を聞けると思ったのに、そういう話がないって言うのは驚いた。

 

「だけど、結婚してくれと言った女はいた」

 

「なんだ! あるじゃねえか! それはどんな女だったんだよ!」

 

婚約者とかがいないと聞いて浮いた話は無いと思ったのに、ちゃんとそういう話があったじゃないかと心が浮き立つのを感じた。

 

「カワサキ殿を見初めるとは良い眼をしている女子だな!」

 

「……ああ。カワサキさんは、顔は怖いが良い人だからな」

 

煉獄よ、それはいいんだがカナエの目から光が消えかけているのを少し気にして欲しいぜ……。

 

「その時俺は海外の店で修行していてな。その女は偶然俺が修行していた店にやってきた良い所のお嬢様だった」

 

「なるほど、カワサキのお嫁さんは海外にいるんだね。呼び寄せてくれてもいいんだよ?」

 

お館様がそう言うとカワサキさんは焼き鳥を食べていた手を止めて、日本酒を凄い勢いで煽った。

 

「だから、嫁とかそう言うのじゃねぇ……第一俺はあのお嬢様の名前も知らないし、2度と会いたいとも思わない」

 

「……添い遂げてくれと言ってきた女の名前も知らないのか?」

 

「知らん。と言うかだ……思い出すのも正直嫌なんだよ」

 

この時初めて気付いたが、いつも飄々としていると言うか、シャンとしているカワサキさんの腕が震えていて、顔が青褪めているのに気付いた。そしてなんかやばくね? と思ったが、もう賽は振られていて止まりようが無い。

 

「最初は良家の普通のお嬢様って感じだったさ。そうだな、海外の人だから髪は金色、目は蒼とそれはそれは美しい人とは聞いていた。修行中の身だが、オーナーに1品料理を作らせて貰って、若いが有望な料理人だと紹介して貰ったんだが……多分それが不幸の始まりだったな」

 

ぐいーっと日本酒を呷り、ふーっと息を吐いたカワサキさん。完全に目が据わっていて、酔っていると言うのが良く判った。

 

「カワサキさん、思い出したくないのなら。無理に話さなくてもいいんですよ」

 

「ああ。そうだぁ、人間誰しも嫌な事はあると思うしなぁ!」

 

「いいや、聞いとけ。女っつうのは怖いもんだ、蜜璃やカナエやしのぶは違うが、世の中にはやべえ女って言うのはいるんだよ」

 

話すのを止めようとした伊黒達を座らせてカワサキさんはグラスに日本酒を注いだ。

 

「翌日店に行くと首にされた」

 

「「「は?」」」

 

「オーナー…ああ、店主が脅されてな、俺は店にいられなくなった。その後は何処に行っても、門前払い。お嬢様とその父親が手回ししていてな、どこの店も俺を雇ってくれる所はなかった」

 

……おかしい、俺が聞きたかったのは面白話でこんなに闇の深い話ではない。

 

「そこからはおっかないぞぉ? 家に帰ったらさ、お嬢様が透き通るような、綺麗な顔で笑うんだよ。これで「私と一緒にいてくれますか?」ってさぁ笑うんだよ。曇りの無い、すっげえ透き通った綺麗な目で俺を見てさ……あの時ほどおっかねえって思ったことは無いぞ? 想像してみろ。家に帰ったら1回か2回あっただけのお嬢様が家にいるんだぜ? 怖くないか?」

 

カワサキさんに言われて想像してみたら肝がきゅっとなった。恐ろしいとかそういう問題じゃない、鬼と戦うよりおっかないぞ……。

 

「「「「ひえっ!?」」」」

 

止めろ、俺が、俺が悪かったッ!! そんな俺が悪いって言う目で俺を見ないでくれッ! 冨岡なんか想像したのか、がくがく震えて鱗滝にしがみ付いているじゃないかよ……。

 

「……それでカワサキはどうしたんだい?」

 

多分この場にいる全員がお館様ぁッ! と心の中で叫んだ。

 

「しょうがないから別の国に行こうかと思って荷物を纏めていたら、後からスタンガンでバチンってやられてな」

 

「「「すたんがん?」」」

 

聞き覚えの無い西洋言葉に思わず尋ね返すとカワサキさんは砂肝を齧りながら、首筋に手を当てる。も、もしかして、そこに攻撃を喰らったって事なのか?

 

「エレキ……電気を使う女性用の武器で電気で相手を気絶させる訳なんだが……目覚めたら手足を縛られて、斧を手にしてお嬢様が笑ってるんだよ」

 

「「「おの?」」」

 

「そう、斧。斧を抱えたまま、すっごい幸せそうに笑うんだよ。手足を切り落とせば、ずっと私と一緒ですよねってさぁ……」

 

「……お前その時どうした?」

 

「めっちゃ気合で逃げた。そこからは川に飛び込んで海まで行って逃げたな……」

 

カワサキさんの過去が重すぎる……もう2度と、興味本位なんかでカワサキさんの過去を聞くまいと俺は心に誓った。

 

「カワサキさん、もしも鬼殺隊にそういう女がいたらどうする?」

 

悲鳴嶼さんの問いかけに、俺達は思わずカナエを見た。最近噂でカワサキさんに随分と執着していると聞くカナエ……なるほどとか呟いていたのを見ると恐ろしさしか感じない。

 

「そりゃ逃げるよ。恥も外聞も無く泣き叫んで逃げるよ、そうなったら探さないでくれよ。頼むからさ」

 

そう笑うカワサキさんは冗談だよ、冗談と笑った。だがこの宴会に参加していた俺達は何れカワサキさんの恐れる展開になるのではと思うことになった。

 

「宇髄。2度とカワサキ殿の過去を聞くな」

 

「その方が良い……俺は心底怖かった」

 

「……俺もだ。女は怖い」

 

「カナエは気をつけといたほうがいいよなあ……」

 

「ああ……偶に目から光が消えてカワサキさんを見つめているしな……聞くんじゃなかった……」

 

「判ってる! もう2度とカワサキさんの過去はきかねえ! 絶対にだッ!!」

 

俺は今日この時ほど、好奇心は猫を殺すの言葉の意味を思い知った日は無いのだった……。

 

「カワサキさんって怖い女の人に好かれていたのね、私はそうならないように気をつけよう」

 

ふんっと握り拳を作る甘露寺の後でしのぶとカナエはひそひそと会話を交わす。

 

「ちょっと姉さん、やり方を変えたほうがいいかもしれないわね」

 

「そうね、カワサキさんに嫌われたらどうにもならないし……もっとゆっくり時間を掛けて、作戦を考えようと思うわ」

 

「しのぶちゃん、カナエさん。何か言った?」

 

「「ううん。なんでもないわよ」」

 

「そう? 私の気のせいね!」

 

天真爛漫な甘露寺の後で暗黒の意志に目覚めている胡蝶姉妹は楽しそうに、そして邪悪な笑みを浮かべるのだった……。

 

カワサキが鬼殺隊から逃げ出す日も……きっとそう遠くないのかもしれない……。

 

 

 

 

 

メニュー25 チョコレートへ続く

 

 




カワサキの過去話を聞いてひえっとなった男性陣と暗黒の意志開眼済みの女性陣2人とエンジェル蜜璃さんと言う話でした。
好奇心は猫を殺すと言う事で、カワサキさんの過去は興味本位では聞いてはいけないというのが鉄の掟になりましたね。
次回は「シオン・フレイザード」様のリクエストで大正時代では貴重品のチョコレートの話を書いて見たいと思います。それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

メニュー25 チョコレート

メニュー25 チョコレート

 

黄金のコンソメスープを飲み終えた所で耀哉が思い出したように懐から何かを取り出した。

 

「カワサキ、随分と珍しいものを手に入れたんだけど、これが何か判るかな?」

 

少し赤味を帯びた豆を見て、思わず俺はへえっと呟いていた。

 

「その反応だと判るみたいだね」

 

「勿論だ。カカオ豆か、珍しいな」

 

チョコレートの原材料になるカカオポットから出されたカカオ豆。大正時代では何年ごろからチョコレートが作られ始めたのかは詳しくは知らないが、今はまだ日本では本格的なチョコレートの製造はされていない筈だ。よく、こんな珍しいものを手に入れたなあと正直感心した。

 

「チヨコレイトは疲労回復に良いみたいだね。お願い出来るかな?」

 

「まぁ……ちょっと難しいが、なんとかしてみよう」

 

冷蔵庫とかが無いから冷やすのが難しいから、牛乳と混ぜて飲み物にするとか……まぁ、なんとでもやりようはあると思って返事を返すと耀哉はとても嬉しそうに笑った。

 

「それは良かった。子供達に渡るように沢山用意したんだ、チヨコレイトより安かったからね」

 

「……すまんが、今度から食材を大量に用意するときは事前に声を掛けてくれないか?」

 

荷台に山盛り積まれているカカオ豆を見て俺はがっくりと肩を落としながら、カカオ豆の入った荷車を引いて店へと引き返すのだった。

 

「あれ? カワサキさんは?」

 

「どこか病気なのか?」

 

「いえ、そうじゃなくてチヨコレイトを作るので、暫くは店の方には顔を見せないと」

 

「かなり大変な作業だから手伝ってくれるならカワサキさんの屋敷に行ってね」

 

店の方は沙世とカナエに任せ、俺はずっとチヨコレイト作りに勤しんでいた。チヨコレイトが食べれると聞いて、若い隊士や隠、それに杏寿朗達が手伝いに来てくれることは来てくれるのだが……。

 

「あちいっ……」

 

「ははははッ!! これは大変だな!!!」

 

「……辛い」

 

「義勇さん、煉獄さん! 薪を入れすぎですよ!? これじゃあこげちゃいますッ!」

 

オーブンなんてないので、竈で様子を見ながらローストする。この最初の工程でもかなりの脱落者が出た、なんせとにかく熱い。しかも豆の様子を見ながら焦げないように引っくり返したりするのだ、かなりの熱さを伴う苦行だ。それでも手伝わないとチョコレートが食べられないと思うと、大量のカカオ豆をローストするのを手伝ってくれる者はたくさんいた。

 

「あ……」

 

「大丈夫ですよ、カナヲ……大丈夫……ですよね?」

 

「何これ!? 嘘でしょ!? こんなことまでしないといけないのッ!?」

 

ローストしたカカオ豆の皮を剥く段階であちこちから悲鳴が上がり始める。なんせ、この皮を剥く作業が地味にめんどくさく、そしてひたすらにしんどいのだ。

 

「……くそがァ……こんなんじゃあ母ちゃん達に土産を持っていけねぇじゃねえか」

 

「兄ちゃん、胚芽残ってる」

 

「……くそおッ……」

 

「だああああーーーッ!! なんだ、なんだよ!? この地味な作業はよぉッ!!!」

 

殻を剥いたカカオ豆の胚芽を剥く作業で発狂する者が出てくるが、これは想定内だ。俺でも発狂寸前になるのだからこれは当然と言える――しかも量が量だ。今日は実弥達が手伝いに来てくれたが、昨日の連中なんて30分くらいで土下座しそうな勢いで謝罪して帰っていったからな。

 

「行冥さん、伊之助君、行くわよ!」

 

「南無」

 

「うおおおおーーッ! 猪突ぅッ!! 猛進ッ!!!」

 

そしてカカオバターなんて物は無いので、カカオバターまで生成しなければならない。力自慢の蜜璃達にカカオから油分だけを抽出させて固める。

 

「おい、サボるな」

 

「でも、伊黒さん。僕もう腕が……」

 

「手伝うといったのは無一郎だろう。我慢しろ」

 

延々と豆を磨り潰している無一郎達も目が死にはじめているが、手伝いがいない時は俺1人で作業しているんだ。チョコレートが高価な理由はこの作業がめんどくさいという事だと理解して欲しい。

 

「皆お疲れ、今日はもう良いから」

 

「「「「……はい……ごめんなさい」」」」

 

呼吸を使っていても辛いチョコレート作りの作業。皆に疲労の色が出てきた所で屋敷から帰らせてひたすらすり鉢でカカオ豆を磨り潰し続ける。

 

「……大体機械で30時間ほど……生身だったらどれくらいだ?」

 

もう修行僧か何かになった気持ちでひたすらカカオ豆を磨り潰す。もう気の遠くなる時間磨り潰し続け、カカオバターと粉砂糖を加えて再び混ぜ続ける。

 

「俺は2度とチョコレートを作らん。絶対にだッ!!」

 

リング・オヴ・サステナンスが無ければ、俺も絶対発狂していた。なんせチョコレートを作り続けて70時間はゆうに越えた……俺が生身なら確実に発狂していると言う嫌な確信が俺の中にはあるのだった……。

 

 

 

 

 

 

カワサキさんのお店でチヨコレイトを作るのを手伝ってから数日後。「チヨコレイトあります」の看板がカワサキさんの店の前にあって、店の中に入るとカワサキさんの姿があって、思わず安堵した。カワサキさんの姿が店にあるかどうかで、なんと言うか安心感が全然違うから不思議だ。

 

「カワサキさん。チヨコレイト作り終わったんですね。お疲れ様でした!」

 

「おう、本当に疲れたぜ炭治郎。俺は絶対に、2度と、カカオ豆から作らんぞ。絶対にだッ!!」

 

いつもにこにこ笑っているカワサキさんが声を荒げているが、俺も手伝って地獄のような作業だったのでその気持ちは良く判った。

 

「カワサキさん、チョコレイト食べられるんですよね! 貰って良いですか!」

 

「俺様も手伝ったんだ、ち、ち……とにかく、あの大変だったのをくれッ!!」

 

「こら、善逸、伊之助ッ! カワサキさんは疲れてるんだぞッ!」

 

「いや、良いよ炭治郎。料理の方はカナエ達に任せてるし、チョコレートの準備をする為にここにいるようなもんだしな」

 

カワサキさんはそう言うとガラスで出来たグラスに茶色い液体を入れて、その上に牛乳を注いだ。

 

「え、カワサキさん、これ……チヨコレイトじゃ」

 

「これもチョコレートだよ。チョコレートって言うのはな、元々飲み物なんだよ。それが加工されて、固形になったんだ。まずはミルクチョコレートを飲んでみてくれ」

 

高級品のチヨコレイト……噂には聞いていたけど、一体どんな味なのかと興味が尽きない。

 

「あのカワサキさん」

 

「昼飯を食いに来た時に個室で出すよ。今じゃ、出せないだろ?」

 

「……すいません、ありがとうございます」

 

朝食を食べた後、任務に出る前だったのでさすがに個室を使えないので禰豆子にチヨコレイトをあげれないと思ったけど、後で準備してくれるといってくれたカワサキさんには感謝しかない。

 

「ほい、どうぞ。冷たくて美味いぞ」

 

「「「いただきますッ!!」」」

 

差し出されたグラスを受けとって3人で同時に口をつけた。

 

「あっまーいッ!!! 美味ーいッ!!!」

 

「うめえッ!? なんだこの泥水ッ!? めっちゃくちゃうめえッ!!!」

 

伊之助と善逸が喜ぶのも判る。甘くて、良く冷やされた牛乳の冷たさが身体の中に染みこんでいるそんな気がする。

 

「凄く美味しいです!」

 

「そうかそうか。それは良かった、だけどまた食べたいとか言うなよ? 良いな? 判ったな?」

 

「「「はい……」」」

 

カワサキさんの目が完全に据わっていたのを見て反射的に頷いた。やっぱりチヨコレイトを作るのは大変だったんだと改めて実感した。

 

「まぁ1年分くらいはあるけど、無くなったからまたつくるっていうのは簡単には出来ないからな」

 

あの苦労を考えるとカワサキさんの気持ちも判るので俺達は小さく頷いた。

 

「これな、チョコレート。氷と一緒に入れてるから溶けることは無いから、任務の後に食べるといい」

 

「「「ありがとうございます! 行ってきますッ!!」」」

 

「気をつけて行っておいで」

 

任務の後に食べるチヨコレイトを持たせてもらい、俺達は久しぶりに任務の前に行っておいでと見送ってくれるカワサキさんに手を振り返し、任務へと向かって行くのだった……。

 

 

 

 

 

カワサキが作ったチョコレートは柱、隊士、隠など階級や役職に関係なく等しく配られた。実弥達は休暇と言うこともあり、チョコレートを土産に1軒の藤の家に向かっていた。

 

「実弥、玄弥、また無事で帰って来てくれたわね。おかえりなさい……匡近君も我が家だと思ってゆっくりして行ってね」

 

「「「ただいま」」」

 

玄関で出迎えてくれた志津にただいまと口にして、実弥達と一緒に匡近も藤の家の門を潜る。

 

「兄ちゃん! おかえり!」

 

「お兄ちゃんおかえりなさいッ!!」

 

「おかえり!!」

 

わーっと元気良く出てくる弟と妹を実弥と玄弥の2人が抱き上げる。

 

「玄弥兄、背伸びたね」

 

「実弥お兄ちゃんより、背大きいッ!」

 

「はは、そうなんだよ、何時の間にか兄ちゃんを追い越しちゃってなあ」

 

「言ってろぉ、俺もまだまだ背なんか伸びるからな。ほれ、土産だ。カワサキさんがチヨコレイトを作ってくれてなあ」

 

「チヨコレイト!?」

 

「すっごーいッ!」

 

「カワサキさんにありがとうって言ってね!」

 

チョコレートが土産だと聞いて実弥達の周りを楽しそうに飛び跳ねる就也と弘とことを見つめる匡近の隊服の裾を引っ張る寿美と貞子の2人。

 

「どうかしたかい?」

 

「匡近お兄ちゃんもおかえりなさい!」

 

「怪我してない? 大丈夫?」

 

心配そうに見つめる2人の頭を撫でて匡近はむんっと力瘤を作る。

 

「勿論、元気いっぱいだし怪我なんてしてないよ。心配してくれてありがとう」

 

母親と大喧嘩をして、無理に鬼殺隊に入った匡近はどうしても家に帰りづらく、帰省の際は実弥達と共に志津が管理する藤の家に帰ってきていた。顔見知りの匡近も兄と呼ぶ不死川家の皆に匡近も柔らかい笑みを浮かべる。

 

「さ、皆。実弥達もここまで来るのに疲れてるわ。お話しするのは後にしましょうね」

 

「「「「はーい」」」」

 

志津の言葉に元気よく返事を返し、実弥達の荷物を預かって部屋の中に運んでいく子供達。

 

「さ、3人はお風呂に入ってらっしゃい。お昼ご飯の準備をしておくから」

 

にこりと微笑む志津に頷き実弥達も屋敷の中に足を踏み入れる。2日ほどの短い休暇だが、この短い休暇が鬼殺隊と言ういつ自分が死ぬかもしれないという恐怖と戦う実弥達にとってなによりも心休まる時間なのだった……。

 

そしてそれは岩柱悲鳴嶼行冥であっても変わりは無い。

 

「ただいま」

 

「「「「おかりなさいッ! 行冥様ッ!!!」」」」

 

子供達の元気な声、それを聞いて行冥は柔らかく微笑む。

 

「今日はお土産がある。チヨコレイトだ」

 

チヨコレイトとの言葉に子供達の歓声が行冥の耳を打つ。目が見えない分聴覚が鋭い行冥にとってはその声は辛い物だが、それでも子供達の笑顔が見えない行冥にはその声が子供達が喜んでいると言う証だった。

 

「行冥様。こっちですよ」

 

「ああ。すまないな」

 

「着物を預かりますねー」

 

「ああ、ありがとう」

 

「行冥様、お風呂を用意しておきますねー」

 

「じゃあ、後で皆でお風呂だな」

 

「「「はいっ!!!」」」

 

行冥が管理する寺に子供の楽しそうな声が響き続ける。その声こそが、行冥が戦い続けられる力の源であった。

 

「さきにチヨコレイトを食べるか。溶けてしまうそうだからな」

 

子供達に手を引かれ、大広間に辿り着いた行冥は抱えていた風呂敷を机の上に乗せる。

 

「皆2個ずつだからな。他の人の分をとったりしてはいけないと約束すること、良いな?」

 

「「「「はい、行冥様!!」」」」

 

子供達の声を聞いて風呂敷を解いた行冥。そこから先は子供達が蓋を開けて、皆に2個ずつチヨコレイトを配る。

 

「はい、行冥様の分ですよ」

 

「ああ、貰おうか」

 

手の上に乗せられる小さな塊、苦労した割にはこんな物なのだなと思いながらいただきますと口にしてチヨコレイトを頬張る。

 

「甘い」

 

「おいしーい!」

 

「きゃらめるより美味しい!」

 

「んー♪」

 

口々に聞こえる幸せそうな声、行冥には甘すぎるチヨコレイトだったが……脳裏に浮かぶ幸せそうな子供達の笑顔を想像し、行冥は小さく微笑むのだった……。

 

「頼むぞ。鱗滝さんに届けてくれ」

 

「父さんと母さんに届けてね」

 

「「「カアーカーア!!」」

 

任務で帰れない義勇と無一郎は手紙と共にチヨコレイトを藤の家にいる両親と狭霧山の鱗滝の下へそれぞれチヨコレイトを送り届ける。

 

「無一郎、お前は帰省しても良かったのだぞ?」

 

「ううん。大丈夫だよ、錆兎さん。任務が出てるのに休暇なんて取らないよ、兄さんにも怒られるしね」

 

「……子供なのに」

 

「あー義勇が言いたいのは」

 

「大丈夫だよわかってる。子供なんだから無理をせずに親に甘えてくれば良いのにでしょ? 大丈夫。僕は柱だから」

 

驚いた顔をする義勇と錆兎に笑いかけ、無一郎は日輪刀を携えて歩き出す。

 

「……驚いた」

 

「ああ、俺もだ」

 

鱗滝の元で修行をしていないのに、初めて義勇の言葉を完全に理解していた無一郎に義勇達は驚きを隠せないでいた。

 

「今度はちゃんと帰省させてやろうな」

 

「ああ……そうしよう」

 

今もどこかで鬼に苦しめられている者が居る。それを救う為に歩き出す錆兎と義勇の口元にはチヨコレイトの欠片が咥えられていた、

 

「カナエ姉さん、しのぶ姉さん」

 

2人が研究している部屋にとんとんっと叩く音がして、紅茶のポットを手にしたカナヲが入ってくる。

 

「ああ、お茶を持ってきてくれたんですね。ありがとう、カナヲ」

 

「ふふ、ありがとう。カナヲ」

 

2人の前にソーサーとカップをおいて、カナヲはポットを傾ける。

 

「あらあら、これチヨコレイト?」

 

「カワサキさんが教えてくれた……ほっとチヨコレイトって」

 

「もう、カワサキさんったら、私達の知らない所でカナヲを甘やかしているんだから」

 

甘い香りを放つカップに2人が苦笑しているとアオイ達がお盆を手に研究室を覗き込む。

 

「カナエ様、しのぶ様。おやつの準備が出来ましたよ」

 

「私達も頑張りました!」

 

「チヨコレイトに果物をつけて冷やしたんですよ!」

 

「休憩にしましょう!」

 

口々に休憩と言うアオイ達にしのぶとカナエは微笑みながら机の上を片付ける。

 

「そうですね、では今日はここでお茶会にしましょうか」

 

「そうね! さ、皆いらっしゃい」

 

「「「「「はいッ!!」」」」」

 

蝶屋敷では少女達の楽しそうな笑い声が響き、束の間の幸せな時間を心から楽しんでいた。

 

「見てください、父上、母上! さつまいものチヨコレイトですよ!」

 

「……それは美味いのか?」

 

「あらあら、カワサキさんったら杏寿朗がさつまいもを好きだからって……」

 

「美味しそうですね、兄上」

 

「うむ! さっそく……美味い! 美味い!! わっしょいわっしょいッ!!」

 

「わあ! 本当に美味しいですよ、父上、母上」

 

「む、そうなのか? では俺も……これは美味いな」

 

「ふふ、さつまいもを塩で味付けしてるんですね。チヨコレイトの甘さが際立ちますね」

 

さつまいもを拍子木切りにし、油で揚げて塩で味付け、全体の半分にチョコをコーティングした芋ポッキーに煉獄一家は舌鼓を打ち、楽しそうに笑い合う。

 

「んー♪ 伊黒さん。美味しいわね」

 

「あ、ああ。パンケーキにチヨコレイトは合うのだな」

 

「カワサキさんが教えてくれたのよ! チヨコレイトのソースで食べると美味しいって!」

 

巣蜜とたっぷりのバターのパンケーキを向かい合って食べる小芭内と蜜璃。

 

「ふふ。美味しいわね」

 

「ああ、甘露寺の作ってくれた……「ううん。私が美味しいって言ったのは伊黒さんの淹れてくれたお茶の方よ」

 

「そ、そうか、喜んでくれたのなら俺も嬉しい」

 

甘酸っぱい青春をしている小芭内と蜜璃の間にははにかんだ笑みが常に浮かび続けていた。

 

「あー甘くてうめぇ。チヨコレイトなんか初めて食べたぜ」

 

「そうかそうか、ま、そんなに毎日は作れないけど、偶には作れるぞ、獪岳」

 

「そっか、じゃあ偶に……ちょっと待ってくれ、カワサキさん。チヨコレイトを作ってる時って休んでたか?」

 

「あん? 4日ぐらい徹夜だったけど」

 

「休めッ! この馬鹿ッ!!!!!」

 

4日徹夜していたと聞いて獪岳は半ば引き摺るようにカワサキを寝室に叩き込み、4日間カワサキが休みますと言う立て看板をカワサキの店の前に慌てて打ち込みに走るのだった……。

 

 

 

メニュー26 カワサキ・ブートキャンプ(行冥) その1 へ続く

 

 




今回は小話と言う感じで皆が幸せに過ごしていると言う感じの話にして見ました。偶にはこういう感じの話も良いかな? なんて思っております。次回は少し時間を巻き戻して、行冥さんがカワサキさんの所で肉体改造をしている時の話を書いて見たいと思います。有酸素運動や、自重トレーニングなどで科学的に体を鍛え、高蛋白の食事で体を大きくすると言う感じの話しにしたいと思います。なので次回はねぶた様のリクエストから鶏の竜田揚げを書いて行こうと思います。それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

メニュー26 カワサキ・ブートキャンプ(行冥) その1

メニュー26 カワサキ・ブートキャンプ(行冥) その1

 

鬼殺隊の歴史は1つの時期から大きく変わる事になる。それは槇寿朗が自分が助けた人達の激励によって、その魂をより激しく、より熱く燃やし始めた頃だと育手や引退した甲の隊士達は口々に言う。しかし、それに槇寿朗が関係しているかというとそうではなく……カワサキが鬼殺隊の方針に口だしし始めた頃が鬼殺隊の大きな転換期となっている。

 

「邪魔するぞ」

 

柱合会議の場に突然現れ、ずかずかと耀哉に近づくカワサキに槇寿朗を初め、柱は当初全く動く事ができなかった。

 

「料理人の分際で! 柱合会議に割り込む「黙れ」ッ!」

 

血の気の多い当代の風柱がカワサキに掴みかかったが、黙れ。その一言で黙り込み、その場にへたり込んだ。その姿を見て、槇寿朗はある事に気付いた。

 

(怒っている?)

 

普段笑顔を絶やさないカワサキが怒っている。それを感じ取り、何かあったのだと悟り浮かしかけた腰を再び戻す。止めるにしろ、何にしろ、まずカワサキの話を聞かなければならないと判断したのだ。

 

「カワサキ。どうかしたのかい?」

 

「どうかしたも何もねえよ。なぁ、耀哉よ……俺はあんたにスープを作って、身体の体質の改善をしてるよな?」

 

「うん。そうだね、カワサキのお陰で最近は軽く走れるようになってとても嬉しいよ」

 

確認と言いたげに尋ねるカワサキに耀哉もその通りだと認め返事を返した。

 

「そうだ。食事って言うのは身体を作る為に必要不可欠な事だ。だがな、育手によって絶食させられてふらふらになっている子供がいるって言うのはどういうことなんだ?」

 

「……それはどういう事かな?」

 

「市場に買いに行ったら子供が窃盗をしてたんだよ。それが大人が何人も捕まえようとしても捕まえきれないほどに、すばしっこくて、そして力も強かった。杏寿朗は全集中の呼吸だと言って、追いかけて取り押さえてくれた。そしたらよ、泣きながら言うんだよ。もう4日も何も食べてないと、未熟なお前に飯を食う資格はないって育手が飯を食わせてくれないって泣いていうんだよ。こいつは、どういうことだ? なぁ? 俺に教えてくれよ」

 

完全に目が据わっているカワサキ。なにを怒っているのか……それが判ったのだ。産屋敷は育手に十分な金を渡している、子供達を隊士に育て上げる為だ。だがその中には給金を着服する育手も少なからず存在する――カワサキが見たのはその類なのだろう。

 

「その子供は?」

 

「槇寿朗の家につれて帰って休ませてる。あんなに身体が衰弱していたら飯も食わせられない」

 

その子供を保護していると聞いて耀哉は安堵の溜め息を吐いた。

 

「申し訳ない。私の監視不行き届きだ。育手に関しては1度査察を行う事にしよう」

 

「お、お館様、何を料理人如きに頭を下げているのですか!? 飯など1食、2食食わなくても問題などあるわけありません。私は現に弟子と継子にそのようにして指導をしております!」

 

「おう、言ったな。てめえ、どれだけ食事が身体を作る上で大きな要因になってるか、1から10まで全部説明してやろうか? ああッ!」

 

「大体料理人如きがこの場にいるのがおかしいッ! これは槇寿朗の責任「彼は私が頼んで、鬼殺隊に留まってくれている人だ。それ以上は止めてもらおうかな?」

 

槇寿朗の責任だと声を高らかに言おうとした岩柱が息を呑んだ。それほどまでに、耀哉の声には強い力が込められていた。

 

「良いだろう料理がどれだけ大事か、お前に教えてやる。2ヶ月……2ヶ月で俺はお前に匹敵する隊士を育てる。もしもその隊士がお前に勝ったら、俺に謝れ、自分が浅はかな考えをしていたと、そして弟子と継子に謝れ」

 

「なら俺が勝ったらお前はどうする? 謝る程度では許さん……「この指、全部切り落としてやる。俺自身の包丁で」良いだろう、乗った」

 

包丁を畳みに突きたて料理人としての命を賭けるというカワサキには流石の槇寿朗も声を荒げた。

 

「カワサキ、お前は何を!」

 

「前から思っていた。根性論も良いだろう、努力すれば結果が出るというのも良いだろう。だがな、適切な鍛錬と食事で俺はそれを全て凌駕してやる。俺は食事で鬼殺隊を変えてやるさ」

 

耀哉と槇寿朗の静止が入っても、カワサキと岩柱の間での勝負が成立してしまい、カワサキが隊士を1人選び、その1人の隊士をカワサキの言う食事と効率的なトレーニングで1ヵ月鍛え、他の隊士の予定などの調整でさらに1ヵ月、特訓のと合わせて今から2ヵ月後に岩柱と戦う事になった。岩柱が敗れれば、カワサキの考え方を認め岩柱が謝罪し、もしカワサキが敗れれば、指を全て切り落とすと言う条件での勝負が決まってしまった。食事と効率的なトレーニングによる肉体改造でどれだけ人が変わるかと言うのを1人の隊士によって証明する事となり、その1人の隊士としてカワサキが選んだのは、岩柱と同じ岩の呼吸を扱う、盲目の隊士……「悲鳴嶼行冥」なのだった……。

 

 

 

 

 

カワサキ殿が岩柱とある勝負をすると宣言し、私を指名したと聞いて3日を掛けて隠によってカワサキ殿の屋敷にへと連れて来られていた。

 

「すまないな、行冥。俺のプライドのせいで、お前に迷惑をかける」

 

「いえ、それに私も話を聞いて許せないと思いましたので、私もご協力します」

 

子供に正座させ、その前で食事を見せ付けるように食べていた等の話を聞けば、私も許せる物ではない。盲目で非力な身であれど、カワサキ殿に協力する事を決めたのだ。

 

「しかし、2ヶ月で柱に匹敵するほどに強くなることなど可能なのでしょうか?」

 

「出来る。だけど、それは凄まじく辛い。お前に相談もしないで決めて、本当に申し訳ない」

 

「いえ、どんな事でも私はやり遂げましょう。まず、私は何をすれば良いのでしょうか?」

 

どんなに過酷な鍛錬でもやり遂げる。そう決意をして尋ねるとカワサキ殿は信じられない言葉を私に向かって口にした。

 

「1日6食食べてもらう、そして有酸素トレーニングと、筋肉トレーニング。呼吸に関しては槇寿朗が見てくれる手筈になっている」

 

6食食べろと言う信じられない言葉、そして私は知ることになる。この世で1番辛いのは鍛錬などではない、生きる為に必要な食事が辛いと思う信じられない体験をする事となるのだった……。

 

「今日は来てくれたばかりだから、効率よく身体を鍛える方法を説明する。まずは大きな筋肉を効率的に鍛える事だ」

 

「大きな……筋肉ですか?」

 

「そうだ。と言っても、行冥は目が見えないから身体に触れながら説明する」

 

カワサキ殿はそう言うと着物ごしに私の身体に触れた。

 

「まずは大腿四頭筋――足の筋肉になる、腿と脹脛がとかだな。次に大胸筋、これは胸の筋肉だ。そして広背筋――背中の筋肉、次に上腕二頭筋、その名の通り腕の筋肉。尻の筋肉、最後に腹筋は判るな?」

 

「そ、そんなにも種類があるのですか?」

 

「細かく言うともっと分類があるが、武器を振るう事を前提に考えるとそこら辺の筋肉が必要になる。これらを効率的に鍛えながら、有酸素運動を行い、肺活量を鍛えながら体力をつける。何か今の段階で質問は?」

 

「い、いえ、特にはありません……と言うか……判りません、全てカワサキ殿にお任せします」

 

余りにも専門的な話しすぎて私には何がなんだか判らない。全てカワサキ殿にお任せしますと言うと、カワサキ殿が苦笑いする声が聞こえた。

 

「そっか、すまなかったな。最後に俺が気になっているんだが……行冥、お前、肉とか魚大丈夫か?」

 

「……鬼殺隊に入ると決めた時。私は僧侶である事と決別しました」

 

「ん、判った。肉や魚を食べて身体をでっかくするぞ――1ヶ月。1ヶ月で身体の基本の筋肉を鍛えて、身体をでかくする。2ヶ月でお前は柱になれる」

 

柱……鬼殺隊の最高の位。盲目の私がそこに至れるとは思えない、だがカワサキ殿がここまで言ってくれるのと、恩人の指を失わせない為に私は努力する事を決めた。

 

「よろしくお願いします」

 

「ああ、こちらこそよろしくな」

 

カワサキ殿が手を差し出してくる気配を感じ、その手を握り返す。この日から鬼殺隊での西洋式鍛錬を取り入れた初めての隊士としての私の訓練が幕を開けるのだった……。

 

 

 

 

朝――まだ鶏が鳴き始める前に起きて、大釜で白米を大量に炊き始める。行冥の訓練を始めて1週間……乾いた土地に水が染みこむように行冥は俺のトレーニングの知識を吸収し、俺の想定よりも早く身体が大きくなり始めていた。今まで子供達に譲り、質素な食事をしていたが、元から行冥には身体が大きくなる才能があったようだ。

 

「よっ、ほっ、とっと」

 

炊き上がると同時にかき混ぜて、熱々の飯で塩握りを作る。その数約10個、しかし決して小さい訳ではない。それ1つ1つが子供の顔と同じくらいの巨大な握り飯だ。それを作り終え、竹の葉で包んでいると行冥が起きてくる。

 

「おはようございます」

 

「はい、おはよう。ん、これ握り飯、時間もセットするぞ?」

 

竹の葉で包んだ握り飯を渡し、1時間30分にタイマーをセットして、行冥の隊服のポケットの中に入れる。

 

「では行って来ます」

 

「おう、帰って来たら朝飯だ。走り出す前に握り飯1個食っとけよ」

 

判りましたと返事を返す行冥を見送り、俺はそのまま朝食と昼食の仕込みを始める。

 

「今日は鮭の塩焼きと味噌汁とゆで卵とサラダ、昼は竜田揚げにするか」

 

あの握り飯は朝飯ではなく、訓練の前の軽いエネルギー補給だ。重り付きのリストバンドとレッグバンド、そして自身の獲物である斧を2振り背負って行冥は15キロ山の中を走りこむ。酸素が薄く、重りもあると言う非常に過酷な有酸素だ。だがそれで終わりではなく、山頂付近で全集集の呼吸なしで肺に強い負荷を掛けながら型の復習を行い、また走って戻ってくる。これが行冥の鍛錬だ、10キロマラソンの成人男性の平均的なタイムが1時間と考えるとこれは相当なタイムだ。

 

「……驚かされるよ、本当に」

 

最初の2日は4時間、3日目には3時間、4日目には2時間……そして5日目には1時間30分。無理しなくていいと言ったら行冥はしれっとした顔でこの山の構造は覚えたのでもっと早く出来ると言ったのだ。最初に時間が掛かったのは山の樹木の位置などを覚えていたからで、もう今は全力で走っても木に当たる事無く走りきれると自信に満ちた顔で言われたのは流石に驚いた。

 

「金メダルも夢じゃないな」

 

行冥の身体能力は呼吸無しでも規格外の数値だ。それこそ、オリンピックに出ても金メダルを余裕で取れるほどの圧倒的な身体能力がある。

 

「もっとカロリーを上げても良いかもな」

 

今は3000キロカロリーで調整しているが、3500キロ……いや、4000まで上げても行冥なら平気かもしれない。そんなことを考えながら3羽の鶏腿肉を切り分けて、醤油、みりん、料理酒、しょうがの絞り汁を混ぜたタレに漬け込んでアイテムボックスから取り出した冷蔵庫の中で冷やしておく。行冥は目が見えないからユグドラシルのアイテムを使いまくってるけど……実際は大丈夫かな? と不安はある。目が見えない分行冥の勘は鋭く、多分俺が人間ではないことも直感的に感じ取ってそうなんだよな……。

 

「今戻りました」

 

「お帰り。井戸水で汗を流して来い、その間に朝食の準備をしておくから」

 

「はい、ありがとうございます」

 

滝の様な汗を流しながらも息は切れていない。昨日は息が切れていたが……それすらも無くなっていると思うと俺は背中に寒い物を感じた。1週間でこれ……2ヵ月後にはどれほど行冥が鍛え上げられているかが俺には全く想像がつかないのだった。

 

「はい、テンポが速い。もっとゆっくり」

 

「っは……いっ!」

 

朝食の後はダンベルを用いたウェイトトレーニング。瞬発的に筋肉を使うのではなく、ゆっくりと5秒ほど時間を掛けて両手に持った20キロのバーベルを上げて、降ろさせる。流石の行冥も辛そうだが、それでもダンベルを落とす気配は微塵もない。

 

「終わり、次だ」

 

「……ふっふっ……はいッ!」

 

ダンベルを地面において、横になった行冥が両腕を頭の後で組んで上半身を起す。

 

「辛くてもゆっくりだ、勢い良くやるな」

 

「っはいッ!」

 

シットアップで腹筋周りを鍛える。これも時間を掛けて、ゆっくりと行なわせる。

 

「……98……99……100」

 

「よし、次だ」

 

上半身を上げたままの行冥の腹に5キロほどのメディスンボールを投げつける。これは筋力は関係ないが、痛みを受けた瞬間に瞬間的に筋肉を固くして、敵の攻撃に備える訓練だ。

 

「むっ! ぐっ!」

 

「後20回だ。我慢しろよ」

 

「はいッ!」

 

庭に重い音が響く、目が見えない行冥は俺がボールを振りかぶっている姿など見えず、当たった瞬間に筋肉を締め上げている。瞬間的な防御力と致命傷になりえる腹を守る癖をつけるのは重要な事だ。

 

「うし、休憩」

 

「はい、はっ……はっ……ふー」

 

息を整えている行冥を見ながら豆乳の中にきなこを入れてかき混ぜる。本当はプロティンがいいんだけど……流石に大正時代でプロテインはやりすぎだろうという事で、豆乳に黒砂糖ときな粉を混ぜた物を準備した。

 

「ほい、黒砂糖きな粉豆乳」

 

「あ、ありがとうございます。最初は少し苦手でしたが、馴れてくるとこれも美味いものですね」

 

「味に癖はあるが、豆乳は高タンパクで低カロリーだから筋肉を作るのに最適だし、きな粉は鉄分やカルシウムが豊富でこれもまた身体にいい、黒砂糖は当然糖分だが、それに加えてビタミンB1とナイアシンが含まれているので疲労回復効果もある」

 

「は、はっは……何を言っておられるのか私にはさっぱりと判りません」

 

「まぁあれだ、凄く身体に良いってことだ」

 

大正時代の人間には判らないかと苦笑し座り込んで喉を鳴らしながら黒砂糖きな粉豆乳を飲み干す行冥に苦笑いを浮かべる。ハードなトレーニングだから水分を失い過ぎないように様子を見る事と身体に必要な栄養素を取り入れる事が何よりも大切だ。

 

「そろそろ昼食の時間だな。軽く座禅でもして、息を整えておけ」

 

「……ふー、はいッ!」

 

行冥の気合の入った返事を聞きながら厨に足を向けて昼食の準備をする。朝漬け込んでおいた鶏肉を取り出して片栗粉を塗す。あんまり多いと粉っぽいくなるので余分な片栗粉を払い、少なめの高温の油で揚げる。表面がからっとして来たら鍋から上げて、キャベツの上に盛り付ける。

 

「味噌汁と漬物で行くか」

 

カロリーで言えば竜田揚げで十分すぎるほどだ。後は余分な物を出さず、竜田揚げを盛り付けた大皿と丼に入れた野菜たっぷりの味噌汁。そして御櫃を準備して広間に足を向けるのだった。

 

 

 

カワサキ殿の訓練は地味だが非常に厳しい、西洋式の鍛錬と聞いたが全身が悲鳴を上げるほどの鍛錬だ。だがその鍛錬が己を強くし、恩人を救い、そして子供達を守る力となるのならば、その鍛錬も全く苦しくなどはない。

 

「お待たせ、今日は鶏肉の竜田揚げだ。こことここにおくぞ」

 

机の上に料理が置かれる音と皿を叩く音がする。盲目の私が料理の位置を把握出来るようにと言うカワサキ殿の気遣いである。

 

「いただきます」

 

「召し上がれ」

 

箸を手に取り、丼を持ち上げる。ずっしりと重いそれは最初は驚いたが、もうこの重さにもなれたものだ。

 

「……」

 

右手におかず、左手に味噌汁、これもいつもの位置なので箸でおかずの皿を探し……竜田揚げとやらをつまみ上げる。

 

(重い。かなりの大きさだ)

 

鶏肉は貴重品だが、箸から伝わってくる重さでその大きさが判る。口を開けて竜田揚げに齧りついた、サクリッと言う小気味いい音と共に鶏肉を噛み切り、噛み締めると口の中に上質な脂が口の中一杯に広がる。

 

「美味しいです」

 

「それは良かった」

 

歯を跳ね返す強い弾力、だがそれは決して固い訳ではなく、程よい弾力がある。味付けは醤油と酒、それとしょうがなのだろう。鼻に抜けるしょうがと醤油の香りが食欲をそそる。

 

「あむっ、あむっ」

 

竜田揚げを1口齧り、米は大きく取って口の中に入れる。炊きたての米の甘さと熱さ……それによって竜田揚げの味をよりはっきりと私に味合わせてくれる。

 

「んぐんぐ、がっがっ!!!」

 

食べ始めれば身体の中に熱が生まれ、その熱に突き動かされるように箸の動き、そして下品ではあるが食べる音が激しくなる。竜田揚げの味はしっかりと腿肉全体に染みており、その味が箸を休ませてくれない。

 

「行冥。丼」

 

「あ……すいません」

 

飯を取ろうとしてない事に気付き、カワサキ殿の声を聞いて空の丼を渡す。

 

「気に入ったか?」

 

「はい、とても、とても美味しいです」

 

食事の回数が多いのは辛い、だが食べて食べて身体を大きくする。そして大きくなった身体で守りたいと願う者すべてを守り……そして鬼舞辻無惨を倒す。その熱意がより強くなる、しかし今は何よりも恩人であるカワサキ殿を救う為に柱を倒す事が私の目標である。

 

「ふーふーずずう」

 

飯がよそわれている間に味噌汁を啜り、口の中をさっぱりとさせる。白味噌の柔らかい味と野菜の旨みが溶け出した味噌汁は実に絶品だ、具材もたっぷりでこれだけで飯を食うことも可能だろう。

 

(出来ればそれはしたくないがな)

 

美味いおかずがあるのに、味噌汁で飯を食うなんて真似はしたくないので豆腐や人参、ネギと言う具材を食べながら飯を待つ。

 

「はい、お待たせ」

 

「ありがとうございます」

 

先程よりもずしりと重い丼――だが、この竜田揚げがあれば何杯でも飯を食えそうだ。

 

「御櫃、もう一個追加するか?」

 

「いえ、流石にそこまでは……」

 

幾らでも食えると思ったのがカワサキ殿に伝わったのからかうように言うカワサキ殿に肩を竦める。御櫃1つでも目一杯なのに、2つめは流石に無理だと笑い、私は竜田揚げを頬張り炊き立ての白米を口に運ぶのだった……。

 

 

 

メニュー27 カワサキ・ブートキャンプ(行冥) その2へ続く

 

 




筋肉を鍛え、飯を食い行冥さん超進化中。どこまで進化するのかを楽しみにしていてください、次回はコンビニ弁当様のリクエストでジャンバラヤで行こうと思います。それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

メニュー27 カワサキ・ブートキャンプ(行冥) その2

メニュー27 カワサキ・ブートキャンプ(行冥) その2

 

カワサキと岩柱の勝負。行冥が岩柱に勝てなければ指を愛用の包丁で切り落とすとまで啖呵を切ったカワサキには正直、正気かと思っていた。確かに岩柱の言動は決して褒められた物ではない、お館様だけではなく俺や他の柱も継子に対する対応が悪いと再三注意していたが、それでも一切改善しようとしなかった。

 

(お館様も苦しかろう……)

 

岩柱は正確にはお館様が任命した柱ではない。お館様が先代から産屋敷の仕事の引継ぎをしている間に育手達で集まり会議で任命されたと聞く、これはある意味謀反、反逆の兆しと言っても良いだろう。鬼殺隊にとってお館様――すなわち産屋敷の名は絶対ではあるが、それでもお館様を軽視する者は少なからずいる。

 

(左近次殿、慈吾郎殿からの文もある。最悪の場合は俺達で阻止するしかあるまい)

 

カワサキが指を落とすなんて事は許す訳には行かない。仮に行冥が敗れても、カワサキの指は落とさせないという決意を持って行冥が訓練している屋敷に向かったのだが……そこで俺を出迎えたのは筋骨隆々の俺よりも背の高い巌のような男だった。

 

「ぎょ、行冥か?」

 

この屋敷にはカワサキと行冥しかいない。カワサキを良く思っていない隊士や育手の妨害を避けるために場所は秘匿されているからカワサキと行冥以外の人間がいないのでカワサキでなければ行冥になるのだが、あの細身の行冥が1ヶ月でここまで変貌したという事に俺は心底驚愕した。

 

「その声は、槇寿朗様ですね? お久しぶりです」

 

「あ、ああ。久しぶりだな、行冥」

 

1ケ月……カワサキの所で訓練しただけで行冥がこんなに大きくなるのかと、西洋式の鍛錬の凄まじさに驚いた。

 

「よう! 槇寿朗! 悪いな、態々来て貰って」

 

「いや、構わん。呼吸や戦闘技術の鍛錬はお前では無理だろうしな……しかし、行冥がここまで大きくなるとは……」

 

「頭とかをぶつけて大変です」

 

そらそうだろう……1ヶ月前より頭1つと半分、肩周りなんて別人みたいになってるぞ……。

 

「槇寿朗が来てくれたから、特別な昼食を作るからな。じゃ、行冥。いつも通りにな」

 

「はい、判りました」

 

カワサキの歓迎と言えばやはり料理だ。挨拶もそこそこだが、長い挨拶をするよりも昼飯で歓迎された方が嬉しいので行冥の後を追って、行冥の訓練を見学する事にしたのだが……。

 

「ふっ! ふっ!! ふっ!!!!」

 

巨大な重しをつけた棒を肩で担ぎ、しゃがんでは立つ、しゃがんでは立つを繰り返す行冥。額から滴る汗と、その苦しそうな表情から相当な重さなのが判る。下手に声を掛けると、危険だと思い行冥が動きを止めるのを待つ。

 

「ふー……」

 

「凄まじい物だな、それは何貫だ?」

 

「確か約40貫(150キログラム)と聞いております」

 

40貫もの重さを背負ってあの動きをしていたと聞いて、驚きに目を見開いた。

 

「それは呼吸は?」

 

「使っておりません。身体能力強化と聞いておりますので」

 

なるほど、1ヶ月であそこまでの身体になるのも納得だな。

 

「俺もやってみて良いか?」

 

興味が沸いてやってみて良いか? と尋ねると行冥は首を左右に振った。

 

「私も1人でこれを出来るようになったのはつい10日ほど前、それまでは怪我をしたら危ないとカワサキ殿がついていてくれました。しかもこれは正しい動きでなければ怪我をするとの事なので、槇寿朗様はこちらがよろしいでしょう」

 

行冥が肩に担いでいた物よりも小さいが、見ているだけで重さが伝わってくる道具を行冥が運んできた。

 

「これは?」

 

「だんべると言う西洋の鍛錬用の道具だそうです。これでも重さは20貫あります、これをこのように両手に持って、ゆっくりと胸の高さまで上げさげをします」

 

俺に説明をしながら実際にやって見せてくれる行冥だが、傍から見ても筋肉が盛り上がっている。滴る汗も尋常じゃないのを見て、俺は羽織を脱いで畳み、隊服の上着を脱いで上半身裸になる。

 

「どうぞ、槇寿朗様。良い運動になりますよ」

 

「ああ、やらせてもらうとしよう」

 

両手にだんべるとやらを持ち、力を入れる。その小ささからは想像も出来ない重さが伝わってくる。

 

(なるほど、本気で岩柱に勝たせるつもりか)

 

呼吸なしでこの重さを使い日常的に鍛錬していることを考えれば、俺も稽古とは言え気を抜いてやれば大怪我をしかねないなと苦笑し、行冥がそこまででいいでしょうと言うまで錘を上げ下げを繰り返した。

 

「ふう、良いな。これは」

 

「ええ、とてもいい鍛錬になります。では、槇寿朗様。そろそろお願い出来ますか?」

 

「ああ。その為に来たのだからな」

 

行冥が差し出した木刀を受け取り、大きく息を吐く。屋敷の庭に響く燃え盛る炎のような呼吸の音と、静かだが力強さに満ちた轟々と言う呼吸が屋敷の庭に響いた。

 

(……呼吸を使うと更に威圧感が増すな)

 

常中にはまだ行冥は辿り着いていないが、あの身体ではすぐに常中にも辿り着くだろう。

 

「参ります」

 

「ああ、来いッ!!」

 

地面を蹴り猪のような勢いで切り込んできた行冥の太刀を受け止める。

 

「ぬっぐうッ!!」

 

足が地面にめり込んだかと思う凄まじい重さと威力――この威力は間違いなく、岩柱よりも上だ。

 

「ぬんッ!!」

 

力を込めて行冥を弾き飛ばし、木刀を見ると亀裂が入っていて使い物になりそうない。

 

「どうぞ、槇寿朗様」

 

「ああ、ありがとう」

 

投げ渡された木刀を再び構える。一太刀で互いの木刀がお釈迦になるのは初めてだな……訓練として胸を貸すつもりだったが、俺も訓練として最適かもしれない。

 

「そこの壁際に木刀がありますので、互いに折れたら交換すると言うのはどうでしょうか?」

 

「ああ、それで行こう。次は型を混ぜるぞ?」

 

「……望む所です」

 

互いに木刀を構え、大きく息を吸う。

 

「炎の呼吸ッ! 壱ノ型 不知火ッ!!」

 

「岩の呼吸ッ! 壱ノ型 蛇紋岩ッ!!!」

 

踏み込んだ俺の袈裟切りを回転を加えた一撃で受け止める行冥。音を立てて、中ほどから砕け弾け飛ぶ木刀に即座に後方に飛んで木刀を構えなおす。

 

「分銅は良いのか?」

 

岩の呼吸は鎖で繋いだ分銅と日輪刀を組み合わせた独自の技の形式を持つ、分銅がなくて良いのか? と問いかけると行冥は困ったように笑った。

 

「前に使っていたものは私の力に耐え切れないようでして、今刀鍛治の里にお願いしている所なのです」

 

「なるほど、そう言う訳か。悪かったな」

 

「いえ、こうして柱と手合わせ出来る事が光栄の極み。続けてまいりましょうか!」

 

「おうッ!!」

 

木刀だけでこれ、これで行冥が自分の力を発揮できる武器を手にすれば岩柱なんて目ではない。これは俺にとっても、有意義な訓練だと思い笑みを浮かべて俺は再び木刀を手に取り行冥に向かって駆け出すのだった……。

 

 

 

 

 

庭から聞こえてくる盛大に木刀を折る音を聞きながら、俺は料理の下拵えを始める。

 

「玉葱、椎茸っと」

 

本当はマッシュルームがいいんだが、マッシュルームがないので椎茸で代用する。細かく微塵切りにして皿の上に乗せておいて、安く買えた牛肩ロースは牛サフランライスに混ぜる用の細切りを用意する。

 

「……大丈夫だよな。多分、うん。大丈夫だろ」

 

お湯の中にサフランを入れて、そのまま米を洗い始める。

 

「槇寿朗もいるから、かなり多めにしておくか」

 

物足りないでは作る側として余りにもみっともないので、ちょっと多いかなと思う量の米を洗い、誰も見ていないのを利用してアイテムボックスから巨大な鉄鍋を取り出す。

 

「♪~♪~」

 

鼻歌を歌いながら鉄鍋にオリーブオイルを入れて、微塵切りにした玉葱と椎茸、細切りにした牛肩ロースを加えて炒める。

 

「塩、胡椒」

 

玉葱が透明になってきたら、塩胡椒で味付けをして洗った米とサフランを入れたお湯を入れて蓋をして竈で米を炊く。

 

「野菜も忘れずにっとな」

 

紫玉葱を薄くスライスし、トマトはざく切りにしてボウルの中に入れて白ワインビネガー、塩・胡椒、オリーブオイルと混ぜ合わせてサラダにする。

 

「にんにくをスライスしてっと」

 

米をたいている間にステーキの準備もする。鍋にオリーブオイルとにんにくのスライスを加えて、匂いが出てきたら塩胡椒をすり込んだ牛肩ロースを焼き始める。

 

「焼き加減は当然レア。後は、シブレットとレモンで仕上げだな」

 

山盛りのビーフサフランライスに、厚切りの肩ロース肉のレアステーキとサラダ。炭水化物に肉に野菜、完璧な配分だろう。

 

「後はコンソメスープでもつけるかね」

 

米とサラダとスープ、これで完璧な昼食だなと呟きながら、鍋から絶妙な焼き具合の肩ロースステーキを取り出して、厚くスライスして1枚頬張った。

 

「うん、完璧完璧っと」

 

食べる用の肉ではないのでやや硬いが上質な赤身肉。大正時代の常識を考えれば、これは最高級の質と言えるだろう。

 

「んー良い匂いだ。完璧な仕上がりだな」

 

そしてサフランライスも炊けたので竈の上から退かして、再び蓋をして蒸らしながら御玉を鍋の蓋を持って厨房を出る。

 

「昼飯だぞーッ!!! 汗を流して、広間に集合ーッ!!!」

 

「「おうッ!!」」

 

蓋とお玉をぶつけながら行冥と槇寿朗に声を掛け、最後の仕上げを始める。平皿にサフランライスを装い、手前に来るほうに牛肩ロースステーキをたっぷりと盛り付け、その後にお手製のサラダを乗せる。このために通常のドレッシングではなく、少量のワインビネガーで絡めるようにしたので牛サフランライスに必要以上に酸味を与えず、べちゃっとしないための一手間をしたのだ。

 

「OKOK」

 

作り置きしているコンソメスープをお椀に装い、俺は広間に足を向けるのだった。

 

 

 

 

槇寿朗様との組み手は私にとってとても良い経験となった。柱と呼ばれる人間の強さ、そして自分の未熟さを見つめなおす良い勉強になった。

 

「良い稽古だった。また今度やろう」

 

「はい、よろしくお願いします」

 

後1ヶ月で柱を打倒するだけの力をつけなければならないのだ。槇寿朗様と時間の許す限り組稽古をして戦闘の勘を掴みたいと思っていると嗅ぎなれない匂いが鼻腔をくすぐった。

 

「お待たせ、今日はカワサキ特製ジャンバラヤだ」

 

「じゃ、じゃん? なんだって?」

 

「じゃばばば?」

 

カワサキ殿が料理名を教えてくれたが、上手く聞き取れず尋ね返すとカワサキ殿はすまんすまんと笑いながらいつもの様に私の前に料理の皿を置いて、槇寿朗様の前にも料理を置いて、自分の分も机の上に置いてそれからやっと座った。

 

「ジャンバラヤ、海外風の炊き込みご飯っていう感じだ。行冥、手前に肉の塊が乗ってるからな。上手く食べてくれよ、それじゃいただきます」

 

「「いただきます」」

 

作ってくれたカワサキ殿に感謝の意味も込めてそう告げて匙を手にする。

 

(これか……大きいな)

 

匙で皿の上の料理を撫でる様に動かす、肉と野菜、それと米の位置を確認してから匙で米を掬って頬張った。

 

「ん、んー? 変わった味だ」

 

「独特な香りですね。いえ、不味い訳ではないんですが」

 

少しピリっとした刺激があり、気にならない程度の苦味がある。後は少し独特な風味が口の中に残るが、決して不味いと言う訳ではない。強いて言えば馴染みがないというのが素直な感想だ。

 

「具材と食べるとそんなに気にならないぞ。米単体じゃなくて、これはおかずと一緒に食べるんだ」

 

具材と一緒にと言われ、匙で具材を探して、それと米を一緒に掬って頬張る。

 

「ん、美味い! 米単体とでは全然違うなッ!」

 

「はい、確かに」

 

米単体では独特な香りと苦味が気になるが、具材と共に食べるとそれがあんまり気にならない。

 

「この野菜も悪くないな、すこし酸味があるが」

 

「ああ、ワインビネガーを使ってるんだ。少し癖があるがどうだ?」

 

「美味しいですよ。この果物の甘みが少しあるのが良いですね」

 

酸味だけではなく、果物の甘みを伴った酸味は意外な事に米と良くあった。しゃきしゃきとした野菜の食感も加わり食欲が増してくるのが判る。

 

(これは椎茸……それと牛肉か。うん、美味い)

 

肉厚な椎茸から溢れる出汁と、牛肉のやや硬い食感は食欲さらに掻き立てる。

 

「か、カワサキ。肉が赤いんだが大丈夫なのか?」

 

「レアステーキと言う調理法だ。心配ない、中に火はちゃんと通っている」

 

米の上の肉は生に見えるのか……少し怯えた様子の槇寿朗様の声を聞きながら少し怖いと思いながら牛肉を頬張った。

 

「これは……なんとも言えない……ただただ……美味い」

 

表面は噛み応えが良く、中はしっとりとしているが血生臭さはない。米をがっつきたくなる味だ、にんにくの強い香りが余計にそうさせるのだろう。

 

「美味いッ! これは本当に美味いな!」

 

「喜んでもらえて何より。だが、槇寿朗。先に言っておくぞ、これは調理が難しいから決して真似をするなよ? 当たっても知らないぞ」

 

私には見えないが、きっと見た目は生に近いのだろう。それでも、それは生に見えるだけで私たちでは理解出来ない高度な調理技術によって作られているのだろう。

 

「この固さが良いですね」

 

「赤身肉は良質な筋肉を作る。行冥、おかわりは?」

 

「いただきます」

 

「俺も貰おう」

 

西洋風の炊き込みご飯と言うのは中々癖があるが、その癖が逆に癖になりそうだ。カワサキ殿がおかわりを用意するために席を立ち、その間私と槇寿朗様は汁を口にしていた。

 

「槇寿朗様、私は岩柱に勝てるでしょうか?」

 

「慢心せずに鍛錬を積めば、届くだろう。今までの訓練で厳しいと思った事はなんだ?」

 

「6食食べるのが辛かったです」

 

訓練は勿論厳しいが、1番辛いのが日に6食食べる事だ。身体を大きくするためとは言え、身体を動かし、栄養に変えなければ太るだけ。身体を鍛え続けるのが1番辛い。

 

「6食……まぁ俺は平気だが、元々小食のお前には辛いだろうな」

 

「はい。でも頑張ります」

 

恩人であるカワサキ殿の為に、そして子供を追詰める岩柱を懲らしめるためにも後1ヶ月で私は岩柱に勝てるようになると心に誓う。

 

 

「では御前試合を始める、双方準備はいいね?」

 

「「はい!」」

 

そして2ヶ月目の柱合同会議の日。私と岩柱は刃を交える事となるのだった……。

 

 

 

 

 

「それで悲鳴嶼さん、岩柱との勝負はどうなったんですか?」

 

「玉ジャリジャリ親父! どうなったのか教えてくれよ!」

 

「っぎゃあああーーッ! なんで伊之助はそういう事を言うかなあッ!? すいませんすいません」

 

「いや、気にする事はない」

 

カワサキの店で行冥と炭治朗、伊之助、善逸、禰豆子の5人が個室の大机に腰掛けていた。ジャンバラヤを頼んだ行冥だが、1人分では作りにくいという事で、行冥が声を掛けた結果炭治朗達が行冥と食事を共にすると手を上げたのだ。

 

「むー♪」

 

「ああ、ありがとう。君は良い子だな、禰豆子」

 

目の見えない行冥の手元に匙やコップを並べる禰豆子に行冥は感謝の言葉を告げる。

 

「ありがとうございます。禰豆子も一緒で良いと言ってくれて」

 

「なに、鬼だとしても、彼女の心はとても静かで穏やかだ。私は鬼だと言っても人を喰わぬのならば倒す必要はないと考えている」

 

恩人であるカワサキが人間ではないと知っている行冥は鬼に対しても、人を食い殺していないのならばと殺す必要はないと考えている、穏健派の柱の1人である。

 

「それで玉ジャリジャリ親父! 勝負はどうなったんだ?」

 

「うむ、一太刀だった」

 

「え? 悲鳴嶼さんが負けちゃったんですか?」

 

「いや、当時の岩柱がだ。私の一太刀を受け止めて、そのまま耐え切れず手と肩の骨が砕けてな……私の勝ちとなった。驚いたのを良く覚えている」

 

驚いたと言う行冥だが、その筋肉じゃ一撃でしょうよ! っと善逸は心の中で叫んでいた。

 

「くううー! カワサキの特訓を受ければ2ヶ月で柱に勝てるようになるのか!! 俺もやるぞーーー!」

 

「そうだな、カワサキさんが良いと言ってくれたら受けてみたいなあ」

 

「なんでそんなに前向きなのッ!? めちゃくちゃしんどいって言ってたよね!?」

 

2ヶ月で柱に勝てるという特別な訓練に興味津々な炭治朗と伊之助に善逸がそう突っ込みを入れた。

 

「ははは、止めておいたほうが良いな。カワサキ殿の訓練を完遂出来たのは私と槇寿朗様、そして杏寿朗と、柱でない者では1人しかいない」

 

たった4人しかカワサキの特別な訓練をやり遂げた者はいないと聞いて、炭治朗達は驚いた顔をする。

 

「義勇さんや錆兎さんもやったと聞きましたが」

 

「ああ、それは柱や継子になる者がやる訓練だ。私達がやったのは短期間で身体を作り変える訓練だ、継子や柱の訓練とは比べ物にならないほどに厳しいぞ」

 

「そ、それじゃ、柱じゃないのにその訓練を突破したって言うのは?」

 

「玄弥だ。呼吸が扱えないあいつは、それこそ血反吐を吐きながらカワサキ殿の訓練をやり遂げた。呼吸を使えないが、それでも玄弥は強い。あの地獄の訓練を耐えたという自信があいつを支えている。それにカワサキ殿も色々と手を貸しているしな」

 

呼吸が使えない代わりにカワサキ殿の持つ不思議な道具を装備している。それでもやっと呼吸が使える隊士よりも少し弱いくらいだ、それでも若手最強と言われるのは玄弥の努力の賜物だと行冥は笑う。

 

「うおおー! やっぱり俺様もやりたいぜッ!!」

 

「無理だとしても、興味あるなあ」

 

行冥の話を聞いてそれでもやっぱりカワサキの特別な訓練に興味を抱く炭治朗に行冥はうむと言って頷いた。

 

「近いうちに、カワサキ殿の特別な訓練がある。柱も隊士も、隠も関係なしに参加する。それに参加して、最後まで続けれればカワサキ殿の訓練にも耐えられるだろう」

 

行冥の言葉にカワサキの特別な訓練を心待ちにする炭治朗達だが、その訓練が行冥、槇寿朗、杏寿朗、蜜璃の4人しかいつも最後まで続行できない特別な食事会である事を知るのはその当日の事なのだった……。

 

 

メニュー28 餃子 へ続く

 

 




次回はナオカビ様のリクエストで餃子を書いて行こうと思います。蝶屋敷の娘さん達とかも出してわいわいと賑やかな感じで書いて行こうと思います。それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

メニュー28 餃子

メニュー28 餃子

 

 

基本的に俺の店って言うのは隊士や、柱、そして隠の都合で朝早くから、夜遅くまでだ。俺自身は維持する指輪【リング・オブ・サステナンス】を装備しているので基本的に不眠不休だし、食事を取らなくても平気だ。事実、槇寿朗が柱の時代はぽっと出の俺が気に食わないって言うんで、朝早くから深夜までひっきり無しにやってくる隊士とか柱もいた。だが俺があんまり平気そうなんで、それこそ毎日になったが、維持する指輪【リング・オブ・サステナンス】がある俺と普通の人間では、どっちに軍配が上がるのなんか明らかだし、更に言えば槇寿朗や、左近次によって情けない真似をするなと言う一喝もあり、そんな子供染みた嫌がらせも無くなっていた。そして次の世代――つまり行冥達の時代となると、今度は俺を労わる人間も出てきて、休憩時間なんて物も設けられたし、早朝すぎるのと、深夜になる場合は事前の連絡が必要と色々と俺の都合も考えた決まりも自然と増えてきた。それだけ鬼殺隊に馴染んだのかなとか思いながら、立ち上がり店の扉を開ける。

 

「「「あ……、こ、こんにちわ」」」

 

「おう、カナヲにえーっと……きよ、すみ、なほだったよな? どうかしたか?」

 

店の外で話し声がするからどうかしたかと思いながら扉を開けると蝶屋敷3人娘としのぶの継子のカナヲがいた。あわあわしている4人にとりあえず、中に入れよと声を掛け店の中に招き入れた。

 

「ほい、麦茶」

 

「す、すいません」

 

「その休憩中だったのに……」

 

「ごめんなさい……」

 

俺が休憩中だったと知っていたのか申し訳なさそうにしているきよ達に気にする事はないさと笑い、俺も麦茶を口にした。

 

「それで何か用か? お弁当とかそういうのか?」

 

蝶屋敷にお弁当や、バランスの取れた食事を運ぶのは実際に良くあるし、今回もその口だと思っているとコインを弾いたカナヲがそれを空中で掴み、表か裏を確認した後ににっこりと笑った。

 

「師範に、少しでもお肉を食べて貰える料理を作りたい」

 

「そ、そうなんです! しのぶ様があんまり食事を食べてくれなくてですね!」

 

「か、カワサキさんの所だとちゃんと食べてくれるんですけど」

 

「蝶屋敷だと本当に少しで……心配で心配で、それでお肉なら少量でも力になるってあったので!」

 

「「「「だから料理を教えてください」」」」

 

声を揃えて言う4人に一瞬驚いたタイミングで店の扉が開いた。

 

「す、すいません! 遅れました!」

 

「話は聞いたよ。アオイもまずは水を飲んで落ち着きな」

 

「す、すみません……」

 

アオイも飛び込んできたが、その内容はわかっている。つまりカナエがいないと不摂生をするし、食事も少量のしのぶを心配して、少量でもエネルギーになる料理を教わりに来たとそう言う事の様だ。

 

「よし、判った。良い料理を知っているから、今日の夕食の献立はこれで固定だ。悪いけど、教えてやるけど作るのも手伝ってもらうぞ」

 

俺含めて5人もいるんだ。普段は面倒だから、やらないけど頭数を利用して大量生産しようと思いカナヲ達にそう声を掛けるのだった。

 

 

 

 

しのぶ様の事が心配になって、カワサキさんの所に押しかけてしまったけど、正直カワサキさんの都合とかを全然考えていなかったことに今更ながらに気付いて申し訳無い気持ちで一杯になったのだが、カワサキさんは笑顔で私達を迎え入れてくれた。

 

「エプロン、手洗い、三角巾はOKだな。じゃあ、早速始めるか」

 

「「「「「はい!」」」」」

 

蝶屋敷で働いているので、私達は当然料理の前に必要な準備や手を洗うことの大事さを知っている。カワサキさんは一応私達の恰好を確認してからOKっと笑い。アオイさんとカナヲさんと比べて背の低い私達の為に踏み台を用意してから調理を始めてくれた。

 

「今回作るのは餃子って言う中国の料理だ。ボウルに強力粉、薄力粉を200gずつ、そこに小さじ4分の2の塩を入れて菜箸で混ぜ合わせる」

 

カワサキさんの教えてくれた分量を計り、私達の前に1つずつおかれたボウルに強力粉、薄力粉、塩を加えて言われた通り混ぜ合わせる。

 

「これで何人前くらいなんですか?」

 

「料理自体は1人前は大体6個だ。それで今の分量で1人頭大体50個くらい作れるから、単純計算で250個くらいだから、41人前くらいだな」

 

「……全然足りない?」

 

「そうだ。全然足りない。だからたくさん作るぞ」

 

41人前なんて量では隊士の皆にも、柱にも、隠の皆の分にも届かない、判っていた事だけど、カワサキさんが普段全員分の料理を注文を受けてから作っていることの凄さが判る。

 

「良く混ぜ合わせたら、少しずつボウルの中に熱湯を入れて混ぜる。一気に入れるなよ? こういう風に少しずつ加えるんだ」

 

カワサキさんのボウルを見ると、ぽろぽろの玉の形になっていた。同じ様になるように少しずつ、少しずつボウルの中にお湯を加えて、ゆっくりゆっくり混ぜ合わせる。

 

「こ、こんな感じかな?」

 

「もう少し少しで良いんじゃないかな?」

 

「にこにこ」

 

「良し、出来た」

 

皆でわいわいしながら生地を練り上げているとカワサキさんからストップの声が掛かった。

 

「ある程度だまになったら、こうやって捏ねて一纏めにする。ボウルの中の粉を全部取ったら、台の上でこうやって滑らかになるまでこねる」

 

ぐっぐっと力を入れているカワサキさんの真似をして、生地を練り上げる。

 

「こんな感じですか?」

 

「もう少し滑らかになるまで、アオイの奴くらいになるまでだな」

 

アオイさんのが上手に出来ていると言われ、それを見本にして生地を練り上げる。

 

「よし、そんな感じだな。そしたら今度は半分にして、細長く丸める。んで、トレイの中にいれて濡れ布巾をかぶせて四半刻生地を休ませる」

 

綺麗に丸くしてから、半分に切って細長く丸める。そしてその上で生地を休ませる――1個の料理でこれだけの手間が掛かっているんだと驚いた。

 

「寝かせている間に種を準備するぞ。キャベツとニラを粗みじん切りにする、あんまり細かくすると食感が悪くなるから本当に荒く、こんな感じでいいぞ」

 

生地を作り終えたらすぐに次の工程に入る。カワサキさんが貸してくれた包丁を受け取り、山のような材料を切り始める。

 

「いつもこんなに?」

 

「今日はそんなにじゃないぞ? カレーとかを作る時は大鍋で3つくらいだからもっと沢山だし、食材も多い。今日はキャベツとニラだから少ない方だな」

 

「これで?」

 

「これで。まぁ、鬼殺隊の食事を全部任されている訳だからな。下拵えだけでも大変さ」

 

そう笑うカワサキさんだが、その顔に嫌そうな雰囲気はまるで無く、むしろ楽しんでいるような雰囲気さえあった。

 

(カワサキさんって凄い……)

 

何時どんな時も笑顔で迎え入れてくれて、食べたい料理を作ってくれる。カワサキさんの凄さと言うのが一緒に料理していると本当に良く判る。

 

「刻み終わったら、豚挽き肉をボウルの中に入れて塩・胡椒を入れて、醤油、みりん、調理酒、おろしにんにくとしょうがを入れて捏ねる。まだへばるなよー種を作れば、後は少し落ち着くからな」

 

「「「「「……はい」」」」」

 

私達に最初の元気は無く、疲れ始めているがカワサキさんは平気そうに料理を続ける。カワサキさんの説明と手元を見ながら、必死についていく。

 

「粘りってこんな感じですか?」

 

「そうそう、粘りが出てきたらここに刻んだキャベツとニラを加えて良く混ぜる」

 

挽肉の冷たい感触が少し気持ち悪いと思いながらこねて、粘りが出てきたらさきほど一生懸命刻んだ野菜を加えて混ぜ合わせる。

 

「野菜がたくさんなんですね」

 

「粗みじん切りにすることで食感と焼いた時に水が出るから、肉汁が多くなったように感じられて美味い。それとあんまり肉料理って感じがしなくて食べやすいんだよ」

 

食べてしまえば一瞬で無くなってしまう料理にも凄い工夫があるんだなと思い、私は一生懸命種を混ぜ合わせるのだった。

 

 

 

 

か、かなり大変な作業でしたね……でもこうやって1回作った分だけでは当然足りないので、カワサキさんの凄さと言うのを改めて感じる。

 

「生地をこれくらいの大きさで切って、麺棒で伸ばす」

 

「「「「「え?」」」」」

 

小さい生地が一瞬で皮になって私達が驚いているとカワサキさんは悪い悪いと笑った。

 

「悪い、いつもの癖でな。こうやって、まず縦に伸ばす。今度は生地を回転させてまた伸ばす、するとこうやって綺麗な丸になる」

 

なるほど……ああいう風にすると綺麗に丸に出来るんですね。カワサキさんの真似をして、小さな麺棒で生地を丸く伸ばす。

 

「伸ばし終わったら打ち粉をする。そうすればくっつかなくなるからな」

 

「「「「「はーい」」」」」

 

カワサキさんの言葉に返事を返し、麺棒で生地をどんどん伸ばして皮にする。打ち粉をして、くっつかないようにして台の上に並べる。

 

「まだ生地は残ってるけど、次の工程を説明しよう。生地をこうやって手の上に乗せて、匙でさっき作った種を乗せる、少し少なめにするのがコツだ」

 

生地をある程度作ったところでカワサキさんが生地を作る作業を1度止め、私達の目の前で生地を手の上に乗せて、匙で少しだけ種を乗せる。

 

「そんな少しで良いんですか?」

 

「多いと破けてしまうから少し少ないくらいの方が作りやすいんだ」

 

「そうなんですか」

 

「面白いですねー」

 

たくさん作った種だけど、使う量はあんまり多くないんだと思いながら匙でカワサキさんの真似をして、少しだけ生地の上に種を乗せる。

 

「種を乗せたら、指先に水を付けて、生地の縁を濡らす。生地を半分に折ったら、こうやってひだを作る」

 

カワサキさんの大きな手がその大きさからは信じられないほど繊細な動きをして形を作った。

 

「……」

 

「凄い……」

 

「あれ? あれ?」

 

「う、うーん?」

 

カワサキさんの作り方を見ていたはずなのに、上手く作ることが出来ず、きよ達と一緒に唸っているとじっと見つめていたカナヲだけが、カワサキさんと遜色ない餃子を作って見せてくれた。

 

「すごい! カナヲさん、1回で出来たんですね!」

 

「よーし、私も頑張るぞー!」

 

「頑張ります!」

 

カナヲが出来たんだから、私達も出来ると気合を入れて皆でわいわいと試行錯誤しながら餃子作りを続ける。

 

「……あの? まだですか?」

 

「まだまだ」

 

「た、大変なんですねえ」

 

「つ、疲れました」

 

昼少し過ぎに来たんだけど、夕暮れ時になってもまだ終わらない。山のような餃子を見て、そろそろ終わりかなあ? と思い始める。こういう時無言でもくもくと作り続けるカナヲが凄いなあと思いながら餃子を作る。そしてそれから半刻後、カワサキさんから終わりの声が掛かった。

 

「よし、じゃあ、最後に焼き方を教えるな? 鉄鍋にごま油を入れて、その中に餃子をこうやって丸になるように並べる。これを強火で焼く」

 

「「「「「うんうん」」」」」

 

ごま油の香りでお腹が空くなあと思いながらもカワサキさんの手先に視線を集中させる。

 

「焼き色がついたら、水を入れて蓋をして蒸し焼きにする。水気が無くなってきたら、皿を鉄鍋に被せて引っくり返す!」

 

「「「「「おおーーッ!!」」」」」

 

こんがり焼き色のついた餃子に思わず歓声が上がった。カワサキさんはそんな私達を見て、柔らかく笑った。

 

「味見してみるか?」

 

「い、良いんですか?」

 

「良いさ、頑張って作ったんだからな。ちょっと待てよ、すぐ酢醤油を用意するから」

 

言うが早く用意された5人分の小皿に酢醤油と焼きたての餃子を見て、思わずごくりと唾を飲み込んだ。

 

「「「「「い、いただきます」」」」」

 

「はい、召し上がれ」

 

箸を手にして、自分達で作った餃子を口に運んだ。ぱりっと言う香ばしい食感と生地の中から溢れだす肉汁――。

 

「「「「「美味しいです!」」」」」

 

「それは良かった。後でしのぶとカナエに作ってやれよ」

 

「「「「「はい!」」」」」

 

焼いてない餃子を7人前風呂敷に包んでもらい、私達は早足で蝶屋敷へと引き返して行くのだった。

 

「たまにはこういうのも悪くねえなあ」

 

そして残されたカワサキはアオイ達とわいわいと楽しく料理をしたのも悪くないと笑い、手早く中華スープと中華サラダの準備をする。

 

「カワサキ殿! 今帰りました! 夕食を!」

 

「おかえり、杏寿朗。今日は餃子と中華スープだ、ご飯は炒飯か白米だ」

 

「山盛りの炒飯でお願いします!!」

 

元気の良い杏寿朗の声に返事を返し、カワサキは炒飯の準備を始めるのだった。

 

 

 

 

 

カナヲたちの姿がないなあと思っていたら、まさかカワサキさんの所に料理を教わりに行っているなんて夢にも思っていなかった。

 

「これだけ皆に心配をかけてるのよ? もう少しちゃんと食事をするのよ?」

 

「は、はい。姉さん……それに皆、ごめんなさい」

 

私が食欲が無いのに気付いて、行動に出たアオイ達にありがたいと思うのと同じくらい申し訳無い気持ちで一杯になった。

 

「ちゃんとご飯を食べてくださいねー」

 

「無理をしないでくださいね」

 

「頑張って作りました」

 

「私達も食べましたけど、美味しかったですよ」

 

「にこにこ」

 

こんがりと焼かれた餃子と吸い物と漬物が並んだ御前を前に皆で手を合わせていただきますと言って、箸を手にする。

 

「ん、美味しい。皆頑張ったのね」

 

「カワサキさんが色々教えてくれたんですよ」

 

「凄く美味しいです!」

 

見た目も綺麗だし、食欲をそそる黄金色。姉さんが美味しいと言っているのを見ながら私も餃子を口に運んだ。焼きたてなので熱いが、その熱さが心地よく、噛み締めるとパキッと言う香ばしい音が響いた。

 

「美味しい。皆頑張ってくれたんですね」

 

「「「「「はい!」」」」」

 

野菜のしゃきしゃきとした食感と挽肉の脂。それが口の中で一杯になるが、決して脂っぽい訳ではなく、肉料理と言うよりかは野菜を使った料理と言う感じがする。酢醤油の酸味と醤油の味が丁度良く、肉の脂をさっぱりと食べさせてくれる、そして米が自然と食べたくなり、口の中が重くなったら、漬物で口の中をさっぱりとさせる。

 

「美味しいですか?」

 

「頑張ったんです、しのぶ様が美味しく食べれるようにって」

 

「大変だったけど、しのぶ様に喜んでもらえるように頑張ったんですよ」

 

美味しいですか? と口々に尋ねてくるきよ達に私は心からの笑みを浮かべた。

 

「うん。凄く美味しいです、本当に皆ありがとうございます」

 

皆が作ってくれたという事にお腹だけではなく、心まで満たされる。本当に幸せな楽しい食事の時間を過ごす事が出来た事もあり、普段よりも少し多めに食事を口にしてしまったが……こんなにも楽しくて幸せな食事ならば、私も皆と同じ量が食べれそうだとおもうのだった……。

 

 

メニュー29 鬼特攻秘密兵器作成計画 へ続く

 

 




蝶屋敷組みの少女達のきゃっきゃうふふを目標にしましたが、こんな感じでいいんですかね? ちょっと不安ですが、かなり頑張ってみました。次回は少しギャグテイストの飯を食えを書こうと思いますので、どんな話になるのか楽しみにしていてください。それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

メニュー29 鬼特攻秘密兵器作成計画

メニュー29 鬼特攻秘密兵器作成計画

 

 

おーし、今回の任務に参加する隠は全員揃ったな。今から黍団子と煎り豆を配るぞー

 

あん? おやつ? 違うわボケえッ!! これはな、俺達隠の生存率を飛躍的に高めてくれるお守りだ。

 

聞いたことあるだろ? カワサキさんが西洋の呪いに長けているって。それで、俺達の脚力とかを高めてくれる呪いをかけてくれたのがこれだ。

 

呪いの料理を食べて大丈夫かって? ……んなもんは知らん。呪われようが、鬼に殺されるか、喰われるよりかはましだよな、皆。

 

おおおーーッ!

 

つう訳だ。それに、俺達はこれを何回も食べているが、これと言った……んん? おい、お前隠じゃねえなッ! お前隊士だろ! 隠の服を着て何やってるッ!? 馬鹿かッ!?

 

あ? 隠の出立時に配られる料理を知りたかった? 馬鹿か!? いや、馬鹿だな! てめッ! 帰れー! これは人数分しかないんだよッ!

 

ああッじゃねえッ! これはな、鬼に食わせれば毒として効果があるんだ。文字通り俺達隠の生命線なんだよ! 判ったかッ!!

 

隊士だからってなぁ! 我侭が…こら!逃げんなあッ! 後で絶対炎柱様に報告するからなぁッ! 

 

覚えてろッ! このクソアマーーーーッ!!!

 

 

 

 

 

お館様に提出した書類――それがめくられる音を聞きながら、私は正座しお館様の返答を待ち続けた。カワサキさんが作ってくれる料理には不思議な効果がある。これを上手く使えればと思っての嘆願書――お館様の了承さえ得られればと思い、お館様の返事を待つ。

 

「しのぶ…これは多分無理だね」

 

「……何故でしょうか?」

 

「カワサキの料理に関する矜持は凄く強い。毒入りの料理を作って欲しいなんて言うと、前みたいなことになってしまう」

 

「前とは?」

 

 

「うん、以前カワサキの料理に毒物を混入しようとした隊士がいてね。カワサキが激怒したんだ……柱を何人投入しても止めれなくてね。本当に大変だったんだ。

だから毒の料理というのは許可できない。だけど、隠に不思議な効果のある料理を作って貰うように頼むのは良いと思うよ。そっちに関しては許可をしよう」

 

本命である毒の料理は駄目だったけど、隠に食べさせる料理についての許可を頂けた事に頭を下げ、私はお館様の屋敷を後にし、カワサキさんの店に足を向けるのだった。

 

「黍団子と煎り豆に足が速くなるとかの効果を?」

 

「出来ますか?」

 

「そりゃまあ、出来ない事はないぜ? でも良いのか? 俺が鬼だ、血鬼術を使っていると言う話を再発させる事になると思うけど…」

 

カワサキさんの料理によって齎された不思議な効果を鬼だ、血鬼術だと言ってカワサキさんを排除しようとした柱や隊士、育手の件は非常に有名だ。だけど、呼吸を十全に使えない隊士や隠にとって、カワサキさんの料理は救いとなる。

 

「今はそんなことを言う人はいませんし、槇寿朗様や、煉獄さん、伊黒さん、それに行冥様もいらっしゃいますから」

 

「まぁ……そうだわな。ん、判った。黍団子と煎り豆だな、今度色々と作っておくよ」

 

「すいません、ご迷惑をおかけします」

 

童謡で出てくる黍団子と煎り豆――これならばもしかすると毒として作ろうとしなくても、鬼にとっては猛毒…いや、致命的な弱点になるかもしれない。そう思いカワサキさんに黍団子と煎り豆で隠の為の料理を頼み、その日は帰る事になった。カワサキさんから試作品が出来たと言うのは私が頼んでから5日後の事で、任務の後にカワサキさんの店に立ち寄って驚いた。

 

「こんなに用意してくれたんですか?」

 

「いやさ…黍団子があんまり美味くなくてなあ…色々試してみたんだ。味見してくれると助かる」

 

黍団子だけで何種類もあり、忙しい最中にこんなにも色々用意してくれたカワサキさんに申し訳無いと思い、試食なら幾らでも協力しますと告げて椅子に腰を下ろすのだった。

 

 

 

 

黍団子の作成を頼まれた俺はすぐにレシピや黍団子に付いて調べた。童謡等では聞いたことがあるが、黍団子なんて作った事が無かったのだ。そして調べた結果判ったのが、黍団子の原材料は餅黍と言う雑穀で黄色いのが特徴であると言うこと、アワやヒエより少し大きめだが、もち米よりは少し小さいという種類の雑穀らしい。そして黍団子のレシピも色々あり、それらを全て試してみる事にしたのだ。

 

「うーん……同じ原材料でも大分変わるな」

 

黍団子の作り方としては大きく分けて3種類あることが判った。スタートは水洗いし、水を十分に吸わせるというのはもち米と共通だが、そこから作り方が分岐していくのだ。

 

1つは黍粉を作り、良く乾燥させてから上新粉と混ぜ合わせる方法。

 

1つは黍粉を作るのは一緒だが、水挽きして適度な水分を残した物に砂糖を加えながら練り上げる方法。

 

1つは餅黍を炊いて、粘りが出るまで潰し、上新粉で作った蒸した団子の周りにコーティングする方法だ。

 

三者三様の作り方で、ぱっと調べた段階でもかなり味や食感に変化が出ると思われる。

 

「隠が食べるとなると、やっぱり食べやすいほうがいいのかねえ」

 

任務の中で食べるとなると、一般的な方法であるきな粉を塗すという方法は余り適していない。粉物なので喉に張り付くし、下手をすれば咳き込む可能性がある。黍自体に味を付けるか、中に少量の小豆を包み込む方法が食べやすい筈だ。

 

「さてと。まずは……うん、良い具合に乾いてるな」

 

昨日の夜に挽いて乾かしておいた黍粉を手に取り、上新粉と混ぜ合わせる。ここで砂糖と、隠し味程度の少量の塩を加え、水を少しずつ加えながらヘラで練り合わせる。

 

「餡子を入れて蒸してみるのと、茹でて見るのと、電子レンジを使うか」

 

この時間帯なら誰も店に来ないので、アイテムボックスから電子レンジを取り出して、水を多めにした物をその中に入れて加熱する。

 

「ん、んー…こんなもんか」

 

何回か加熱して混ぜ合わせるを繰り返し、打ち粉をした作業台の上に出して、細長く形を丸め、餡子を入れて蒸す物と、電子レンジで加熱し、餡子を中に包んだ物の3種類をまず作ってみる。

 

「……ん、んんー…食べる分には――うん、問題はないか」

 

蒸した方が若干ぱさついているが、蒸し団子と考えれば十分な物だ。一口で食べる分には食べやすい、少しばかり喉が渇くが…まぁ、これは十分に妥協範囲だろう。

 

「こっちは駄目だなあ……味はいいんだけどなぁ」

 

電子レンジで作ったほうはモチモチとしていて、餅として十分に美味い。だがモチモチしている分喉に絡みやすく、若干の食べにくさがある。

 

「……味気ねえ……」

 

そして中に餡子をいれずに砂糖と餡子の代わりに水飴を混ぜ込んだ方はやや固く、餡子も入ってないので味も素っ気も無い。こう、良いも悪いも非常食という感じの味だ。

 

「1回しのぶに味見して貰うとして……黍粉と上新粉を混ぜた方は蒸した方が良いかもな」

 

とりあえず保存を掛けておいて、出来たての状態で保存する。そして次に混ぜ物無しの黍粉だけの物を作ってみる。

 

「んんッ! こんなもんだな」

 

水挽きした餅引きをさらしで包んで水気を絞る。ここで完全に絞りきると固まらないそうなので、水気をほどほどに残して砂糖を加えた物と砂糖と水飴を加えた物の2種類を作る。

 

「えっと…これは円盤状にするのか」

 

10円玉の大きさくらい細長く丸めたら切り分けて沸騰したお湯の中に入れて茹でる。浮き上がってくるまでの間に氷水を用意して、浮かび上がってきた物を掬い氷水の中で〆て水気を切る。

 

「……ん、こっちは思ったより食べやすいな。甘さも十分っと」

 

思ったよりモチモチしているのと餅黍本来の甘さが砂糖で際立っている。それに薄く丸めているから持ち運びもしやすいし、1口サイズのも良いだろう。

 

「あまぁ……失敗だなあ」

 

砂糖と水飴の組み合わせは甘すぎだ。強烈に喉が渇いたので水をがぶ飲みして失敗の文字を書いた紙を貼り付けておいた。

 

「好きな奴は好きかもしれんが、俺には駄目だな」

 

甘党には喜ばれる可能性はあるが、とりあえず俺の口には合わないので失敗扱いとする。

 

「最後だな」

 

最後に餅黍を炊いていた物を取り出してすりこぎ棒で潰す、粘りが出てきたら潰すのをやめて、上新粉に少しずつお湯を加えて練り上げる。

 

「良し、こんなもんだな」

 

ある程度纏まった所で1口大に千切って、蒸し器の中に入れて蒸し上げる。

 

「あちちち」

 

蒸し上がったら熱いまま餅黍の中に入れてすりこぎ棒で突きながら混ぜ合わせ、餅黍と上新粉の団子を1つに纏めたら1口サイズに千切って中に餡子を入れて丸める。

 

「よし、こんなもんだな」

 

1口サイズの食べやすい団子を幾つも作り、生地が無くなった所で1つ摘んで頬張る。

 

「……俺的にはこれだな」

 

弾力、餅黍の甘さと食感。食べる上と持ち運ぶ上でこれが1番食べやすいと思うが、現場の人間に食べて貰わない事には判らないのでしのぶに任務の後に尋ねてくれるように手紙を届けてくれと鎹鴉に頼んで、大きく背伸びをする。

 

「カワサキさーん! カツ丼、煉獄盛りでお願いしまーす!」

 

「カワサキ殿! カツ丼、煉獄盛り!」

 

「あいよー、今準備するぜー」

 

杏寿朗と蜜璃の声にそう返事を返し、黍団子を作る前に準備していた牛・豚・鶏のカツを揚げる準備を始めるのだった……。

 

 

 

 

カワサキさんが用意してくれた大量の黍団子。それを1つずつ口にして素直な感想を口にする。

 

「これはちょっと厳しいですね」

 

「やっぱりか?」

 

「ええ、美味しいんですけど……んんっ、喉に絡みます」

 

最初に食べた黍団子はモチモチとしていて美味しかったけど、まるでつき立てのお餅の様に弾力と粘りがあって、任務中や緊急時に食べるとなると、残念ながら不適格と言わざるを得ない。緑茶を啜って、ふうっと小さく息を吐いた。

 

「お店の品としては凄く良いと思いますけどね」

 

「じゃあ、メニューに追加するかあ。出発前の縁起物って事で」

 

任務に出て戻らない事は多々ある。故に出発前に縁起物の料理を頼む人は非常に多い、煉獄さん達は鬼に勝つでカツ丼を好み、冨岡さん達は無事に帰ってくるという事で「鮭」の料理など、縁起や験担ぎの品を頼む人は非常に多い。

 

「ん、んんー? あんまり味がしませんね、これ」

 

「おう、すげえ味気ないよな。非常食として良いと思うんだけど、どうだ?」

 

「まぁ、それで考えれば美味しいかもしれないですけど……ちょっとこれは微妙です」

 

餡子が入っていないのと蒸しているので随分とぱさぱさとした味なのが凄く気になる。

 

「汁とかの中に入れたら美味しいかもしれないですね」

 

「砂糖を減らして、塩を入れてみるか? そうすれば野営中の食事にいいかもしれない」

 

携帯食としておにぎりや干し肉はありますけど、この味気ない黍団子はそういう携帯食には丁度いいかもしれないです。

 

「うん、これは美味しいですね。硬さも食べやすさも丁度いいです」

 

餡子を入れて蒸してある黍団子は若干ぱさついていますが、それでも十分に食べやすく粉や手もべたつかないと非常に食べやすい。

 

「餅黍と上新粉を混ぜた奴だと、それが1番美味い。次は餅黍だけのやつだ」

 

今度差し出されたのは小さいお煎餅のような1口サイズの黍団子だった。

 

「これは?」

 

「水挽きして、水気を切った黍粉に砂糖を加えた奴と、砂糖と水飴を加えた奴。言っとくけど、こっちはめちゃくちゃ甘いからな」

 

俺は駄目だと眉を顰めるカワサキさんに苦笑し、砂糖だけを加えた奴を摘んで頬張る。混ぜた物と比べるとやや固いという食感ですけど、固さが丁度良く口の中の水分もあんまり取られないので食べやすい。

 

「あれ? しのぶ? カワサキさんと何を食べてるの? 私も貰っていい?」

 

「「あ」」

 

止める間もなく姉さんがカワサキさんがめちゃくちゃ甘いと言っていた黍団子を口にする。

 

「ん、んー♪ これ甘くて美味しいわねえ。新しいお料理の味見ですか?」

 

「いや、そういうわけじゃなくて…隠の生存率を上げるお呪い付きの黍団子かな?」

 

「ああ、桃太郎ですね。験を担ぐのに丁度良いんじゃないでしょうか?」

 

姉さんとカワサキさんが話をしているのを見ながら、私も甘いと言われていた黍団子を口にする。口いっぱいに広がる濃厚な甘み――下手な甘味屋の料理よりも美味しいだろう。

 

「だけど、これは駄目ですね」

 

「んー、食べる分には美味しいんだけどねえ」

 

これも任務中に食べるには些か甘すぎる。凄く喉が渇いてしまうので、これはカワサキさんには悪いが持ち運ぶには適していないと言わざるを得ないだろう。

 

「だよなあ、俺もそう思ってる」

 

「じゃあなんで出したんですか?」

 

「味見してもらおうかと」

 

……本当ぶれない人ですね……まぁ、美味しかったんですけどね。持ち運ぶには適していないってだけで不味い訳ではなかった。

 

「俺としては、これが1番自信作なんだ」

 

差し出されたのは小さく丸められた団子だった。今まで見た中では1番小さいかもしれない、でもカワサキさんの自信作というのだからきっと間違いではなく1番美味しいだろうと思い姉さんと一緒に口にする。

 

「「美味しいッ!」」

 

「あ、やっぱり?」

 

1番もっちりしているし、黍の味も楽しめる。これが1番美味しいし、それに甘さも丁度良かった。

 

「これで隠の皆に作ってくれますか?」

 

「了解。任せておいてくれよ」

 

にっこりと笑うカワサキさんによろしくお願いしますと頭を下げるのだった。そして1週間後から隠にお守りとして黍団子、そして煎り豆の携帯が義務付けられた、

 

「え? 鬼が食べたら苦しんで動かなくなった?」

 

「らしい」

 

なんでも隠が団子を食べて動きが良くなるのを見て、鬼がそれを取り上げて口にしたら泡を吹いて痙攣して動かなくなったとの事。

 

「毒じゃないですよね?」

 

「んなもん入れるか…だが動かなくなったのは確かでな。謎過ぎる……というか、俺としては返却された黍団子をどうするかで頭の中が一杯だよ」

 

普通に作っただけの黍団子なのだが、鬼が食べて動かなくなった事から人間が食べても大丈夫か? という疑惑が出てきて、返却された黍団子にカワサキさんが頭を抱えていたが、お館様の鬼退治には黍団子、鬼には有毒でも人間には無毒の鶴の一声で再び黍団子が持って行かれ、山積みの黍団子が消えてカワサキさんが心底安堵した表情をしていたのがやけに面白くて、私は声を出して笑ってしまうのだった。

 

 

 

メニュー30 焼肉の日 その1へ続く

 

 




鬼殺隊の秘密兵器「黍団子」と「煎り豆」の登場で鬼退治の成功率、隠の帰還率が大幅にアップ! カワサキさん効果の凄まじさですね。次回は焼肉の日と言う事で、「kurogane様」のリクエストの話になります。かまぼこ隊や柱もオールメンバーでわいわいと書いて行きたいと思います。それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

メニュー30 焼肉の日 その1

メニュー30 焼肉の日 その1

 

その日カワサキの手紙を足に括りつけた鎹鴉達が柱、隠、甲から癸までの全ての隊士の元へと飛んだ。

 

「ほう! よもやよもや、もうこんな時期かッ!!」

 

「きゃーッ! 待ってましたぁッ!」

 

「1ヶ月に1回と言わずにもっとやれば良いのによッ!」

 

「南無阿弥陀仏……また無事に1ヶ月過ごす事が出来たか」

 

「……美味しいけど、食べ切れないからこっち」

 

「残念だが、こっちだな」

 

「何時も通りで良いか?」

 

「……ああ。楽しみだ」

 

「ちょっと今回は頑張って見ましょうか」

 

「カワサキさんによろしくなぁ」

 

柱達はその手紙を読んで○をつけて、鎹鴉の足に手紙を括りつけ返事を送り返す。

 

「お前今回はどうする?」

 

「無理無理」

 

「これが出来れば継子、柱確定って言われるけどなあ」

 

「俺達には無理だよなあ……」

 

「よっしゃあ! 待ってたぜ!」

 

「これがあるから頑張れるんだよなあ」

 

「意地でも死んで堪るかって気合が入るんだよなあ」

 

隊士と隠達も手紙に○をつけるが、柱達とは違う方に丸をつけて鎹鴉の足へと括りつける。

 

「かぁーかぁー! カワサキから手紙ー、手紙ー」

 

「ちゅんちゅん!」

 

そしてその手紙は炭治郎達の元にも届けられたが、炭治郎達はその手紙を受け取るのは初めての事だった。

 

「なんだろうこれ? 肉の日?」

 

【肉の日 特別昼食・夕食のご案内 

××ー□□ー○○までお越しください。

貴方は昼の部なのでお時間を間違えないように。】

 

と言うカワサキの店への丁寧な地図付きの手紙だったのだが、炭治郎達が首を傾げたのはその下だった。特別献立希望者の文字と参加する・参加しないの2択と別の場所の地図が添付されていたのだ。

 

「「「特別献立希望って何?」」」

 

良く考えて○をつけるように記されているそれを見て炭治郎達は訳が判らず、その手紙を持ってカワサキの店へと足を向けた。

 

「え? カワサキさん、いないんですか? カナエさん」

 

「肉の日が近いからね、私と沙代ちゃんしかいないわよ? カワサキさんに何か用事?」

 

しかしカワサキの店に捜しているカワサキの姿は無く、困った炭治郎達は手紙をカナエに差し出した。

 

「ああ、そっか。炭治郎君達は初めてなのね。これはね、継子や柱が身体を大きくする為の特別な食事をしますかどうかって言う話なのよ」

 

「もしかして悲鳴嶼さんが言ってた2ヶ月で柱になれるっていう……」

 

「ううん、そうじゃないわ。その特別な訓練を受ける為の下地作りって所ね。私やしのぶ、今の柱は皆1度は受けているんじゃないかしら?」

 

「じゃああれか!? これに参加すれば俺も柱になれるのか!?」

 

「う、うーん。そう言う訳じゃなくて、継子とか、柱候補になれる訓練に参加出来る資格がもらえるって所ね」

 

「これって失敗したら除籍とかなんですか?」

 

「違うわよ? 1ヵ月ごとに参加する人もいるくらいだし、お腹に自信があるなら参加してみたらどうかしら?」

 

「「「お腹?」」」

 

「そ、お腹。柱と継子になる訓練は凄く厳しい鍛錬が中心だけど、1番大変なのはね? 6食食べる事なのよ」

 

にこにこと笑うカナエに量を食べるくらいなら大丈夫じゃないか? と判断した炭治朗と伊之助は特別な献立を望むと丸をつけたが、これが新米隊士が陥る最初の落とし穴なのだが、カナエはあえてそれを口にする事は無く、何か嫌な予感がした善逸は普通の献立希望に丸を付けて、カナエに感謝を告げてカワサキの店を後にしたのだった……。

 

 

 

 

 

炭治郎と伊之助が特別献立の方に行ってしまったので、1人でカワサキさんの店に来たんだけど……目の前の光景を見て絶句した。

 

「兄貴ッ!? なにやってるのさ!?」

 

「あん? なんだ愚図か。何って飯作ってるんだよ。ドアホ」

 

「辛辣すぎるッ!!」

 

流れるように罵倒2つにエプロンをして鉄板の前に立っているのが兄貴だと確信した。

 

「もう、弟君に意地悪しちゃ駄目よ」

 

「カナエさん。すいません」

 

「カナエさんじゃなくて俺に謝ろうよ!?」

 

「「「やかましいッ!!」」」

 

「ごめんなさいッ!!」

 

目の前にいる俺じゃなくてなんでカナエさんに謝るのさと突っ込みを入れているとあちこちからやかましいと怒鳴られ、俺は腰を90度にして謝罪の言葉を叫ぶのだった。

 

「はい、善逸君。ご飯と味噌汁ね」

 

「あ、ありがとうございます」

 

先輩隊士や隠の皆に怒られたので人気の少ない、少し暑いけど鉄板の近くの机に座る事になった。

 

「あのこれだけですか?」

 

「まさか、これからよ。獪岳君、沙代ちゃんそろそろ次のお肉焼きましょうか」

 

「何にします?」

 

「んー牛肩のスライスで行きましょうか」

 

カナエさんの言葉にあちこちからおおーって言う歓声が上がり、兄貴と沙代ちゃんが鉄板の上に肉をぶちまける。

 

「ええッ!? なにこれ!?」

 

「肉の日だからお肉を沢山料理するのよ。こうやって鉄板で一気に焼いて、自分が食べたいお肉の時に取りに行くの」

 

自分で食べたい肉を取りに行く、普段運ばれてくる料理を受け取るのが普通なのに自分で取りに行くなんて珍しいと思った。

 

「はい、焼けたよー」

 

「「「沙代ちゃん、お願いしまーす!」」」

 

「はーい」

 

「おら、沙代の所ばっか並んでるんじゃねえ」

 

「「「……はい」」」

 

兄貴と沙代ちゃんが肉を配っているのを見て、俺も空の皿を手にとって列に並んだ。

 

「あ……」

 

「あ、とは何だ貴様。大体なんださっきの大声は周りの人間に迷惑だとは思わないのか? ああ、思わないから叫んだのか、この馬鹿は」

 

「すいませんしたあッ!」

 

蛇柱 伊黒小芭内様が普通に並んでいて、謝罪の言葉を叫ぶ。なんで柱がここにいるんだよ!?

 

「うるさいなあ? 何を騒いでいるのさ?」

 

「無一郎。口にタレをつけたまま行くな、柱としての尊厳を保て」

 

「良いよ、兄さんが拭いてくれるから」

 

なんで霞柱の時透無一郎様とその兄貴までいるかなあッ!? ショックが大きすぎて叫びそうになるのを堪えるので必死だった。二人が受け取って列を抜けるまで、びくびくとして過ごし、2人がいなくなってから俺もやっと鉄板の前に立つ事が出来た。

 

「はい、どうぞ」

 

「ありがとう! 沙代ちゃん!」

 

運よく沙代ちゃんから料理を受け取ることが出来たので皿を手にして机の方に戻る。

 

「いただきまーす」

 

手を合わせてそう言ってから焼肉を箸で掴んで頬張る。

 

「んんー♪ 美味しいッ!」

 

牛肉だから少し固いけど、その歯応えがちょうどいい。それに味噌を使ったタレが良く絡んでいて、食欲をそそる味がする。

 

「これだけで飯何杯も食べれそうッ!」

 

あんまり脂っぽくなくて赤味肉で食べやすい、肉一切れだけで白米を半分くらいかっ込んでしまった。

 

「肉の日って良いなあッ!」

 

いつも美味しい食事を食べさせてくれるけど、こうやって外でわいわいと食べると余計に美味く感じる。机の上に置かれている御櫃にお代わりをよそいに行こうとすると隠が1人近づいてきた。

 

「お代わりするのはいいけどよ。1品だけでいいのか?」

 

「え?」

 

「あーお前肉の日は初めてか、カナエさんの話を聞いてなかったのか? まずは牛肩肉って」

 

た、確かにそう言っていたのを思い出した。そして白米を食べたそうにしているのに、肉だけを食べている隊士達の姿を見て、漸く俺は何を言われているのか理解した。

 

「ま、まさかまだ全然料理が出てくるの?」

 

「当たり前だ。今は牛って言ってたから、次は鶏肉だな」

 

「嘘ッ!? 鶏肉もあるの!?」

 

「豚肉もあるぞ? ま、とにかく食べる順番とかは良く考えるといいぜ。ご馳走様、また肉の日に来ます」

 

カナエさんに頭を下げて帰っていく隠。俺はご飯をお椀によそい席に戻る。

 

「次は鶏腿肉のみそ焼きを焼くからねー、言っておくけど残すのは駄目だからちゃんと食べきれる量を食べてねー」

 

カナエさんはにこにこと笑っているが、残すのは許さないという凄みを感じた。

 

「と、とりあえずまだ食べられるから、先に鶏肉を取りに行こう」

 

俺はまだ来たばかりで全然食べれるから残す事はない。だから鶏肉の味噌焼きを受け取りに並んだのだが、この後も帆立や魚のソテーなどと続いて、どれもこれも食べたいと思ってしまい、肉の日は食べる順番と自分の胃袋の許容量を知ることが大事なのだと悟るのだった。

 

 

 

 

机の上に少量だが、いろんな種類の肉を集め、少しずつタレ等を変えながら味や食感を楽しむ。

 

「伊黒さんはあんまりあっちのほうに行かないよね?」

 

「食いきれないからな」

 

杏寿郎達が食べている方が肉も料理の種類も多いが、あれは身体を作るという目的で食べているので少量しか食べれない俺が行くのはお門違いだ。

 

「僕も全然食べられないんですよね」

 

「柱になるって言う時は頑張って食べてたんですけどね」

 

「判る。俺もそうだった」

 

2ヶ月で柱になれるというカワサキさんの鍛錬で1番苦しかったのは6食食べる事だった。良質な肉と米を食べ、食べた分全てを消費するほどにきつい鍛錬を行なう。柱になると言う熱意があって耐えられたが、それが無くなると無理に食べると言うのはどうしても無理になってしまった。

 

「美味しいんですけどね」

 

「めちゃくちゃ美味いけど、やっぱり適量ってあると思うんです」

 

「ああ。俺もそう思う」

 

美味いが食べられる量というのはやはり限界がある。少量でも食べる量を良く考えて、適切な量を食べれば身体は強くなると言うのだから俺や無一郎達はそういう方が向いているのだろう。

 

「塩焼きの鶏肉は焼き鳥のときとは全然違いますよね」

 

「ああ、ぱりぱりでもっと美味いな」

 

肉を焼く、ただそれだけでも奥が驚くほどに深い。流石にカワサキさんほどでは無いが、カナエ達もかなり料理の腕前が上がっている。

 

(しかし美味い。驚きだな)

 

同じ肉でも塩味、味噌味などで焼き加減が異なる。豚肉もしっかりと焼かれ脂が抜け落ちている物とタレを絡めて脂を残しながら焼き上げられた物では味も食感も異なるから本当に不思議だ。

 

「こら、もっと綺麗に食べろ」

 

「おいひい」

 

……有一郎が甘やかすから無一郎が馬鹿な事をするんじゃないだろうか? 俺が言うのもなんだが、無一郎は有一郎に酷く執着している。それがこの甘えた行動に繋がっているのだろう。

 

(この兄弟は大丈夫か?)

 

有一郎は普通に弟の世話をしているが、弟の無一郎のほうにはその瞳に情欲の炎が宿っている気がする。俺はそんな事を考えながら野菜に肉を包んで頬張る。

 

「うむ、食べやすい」

 

肉単体で食べるよりも野菜の水分が肉をさっぱりと食べさせてくれる。俺としてはタレを付けて、こうやって野菜と一緒に食べるほうが好ましい。そんな風に豚バラ、牛肩ロース、鶏腿肉のみそ焼きや塩焼きなどを少量だが、色々と食べているとカナエが小さな鉄板を運んで来てくれた。

 

「はい、伊黒君はこれでおしまいよね」

 

「ありがとうございます」

 

もやしと玉葱をピリ辛のタレで合えて、白米と共にこんがりと焦げ目がつくまで炒めたそれは焼肉の最後に食べるのが好ましい。

 

「うえー、僕それ辛いから嫌い」

 

「こら人が食べている物にうえーとか言うんじゃない」

 

有一郎に頭を叩かれているのに、それを嬉しそうにしている無一郎は本当に危ない奴のように思える。だがこれを指摘しても、有一郎はそれを信じないだろう。兄弟の絆という物はとても強い、だがそれは下手をすれば憎み合う関係にもなりかねないし、無一郎のように性別などお構いなしに己の愛を押し付けようとするだろう。

 

(結局の所は人の心は御せ無いということか)

 

俺も甘露寺を愛してしまった。自分が罪人である事、穢れた存在であると言うことは判っている。それでも愛してしまえば、この人と共にありたいと思えば、そんな事は些細なことになってしまう。

 

(だから無一郎と有一郎はこれでいいんだろう。うん)

 

下手に突っ込むと己の命が危ない。絶対に触れてはいけない物というものがある、柱として活動しているから判る。無一郎に下手に触れてはいけないのだと、それは以前カワサキさんが言っていた危険な良家のお嬢様に通ずる物があると思う。

 

「兄さんも食べなよ。美味しいよ?」

 

「ああ、貰おう」

 

自分の食べかけを当然のように有一郎に差し出すのを見て、俺はそれを心から悟るのと同時に、俺が甘露寺に向けている感情はまだ健全なのでは? と思った。

 

(どうだろうか……甘露寺は俺の事をどう思ってくれているのだろうか?)

 

カワサキさんは脈ありと言っていたが、どうなんだろうか? 甘露寺は俺の事をよく食事に誘ってくれるし、休暇の時は一緒に出かけようと声を掛けてくれる。

 

(好かれていない訳ではないと思うのだが……)

 

甘露寺は誰にも等しく、優しく声を掛けてくれる。俺の勘違いだったらきっと俺は立ち直れなくなると思う……無一郎のように自分の思いを貫き通す信念があれば大丈夫なのだろうか? やはり今度カワサキさんに相談しようと思い、俺は有一郎にべたべたとくっついている無一郎を見ないようにしながらビビンバを口にするのだった……。

 

 

 

メニュー31 焼肉の日 その2へ続く

 

 




今回の話は短め、次回の柱サイドが焼肉の話のメインになります。なので今回は少しさっぱりとした描写となってしまいましたね。その分次回はもっと肉の描写とかをカワサキさんがいるので気合を入れて書いて行こうと思います。それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

メニュー31 焼肉の日 その2

メニュー31 焼肉の日 その2

 

1ヶ月に1回の肉の日。この日に向けて牛、豚、鶏と肉を大量に仕入れ、タレに漬け込んだり食べやすいように仕込みをしたりと忙しかったが、焼きあがった肉を美味そうに食べている杏寿朗達を見ていると、そんな苦労もどこかに飛んでいってしまう。

 

(つくづく俺は料理人なんだろうなぁ)

 

問屋との交渉や、朝早くから夜遅くまでの仕込み作業。最近はカナエや沙代が手伝ってくれるから1人の時より忙しくないが、それでも決して楽な作業ではない。

 

「美味い! 美味い美味いッ!!」

 

「ん~本当に肉の日って嬉しいわ」

 

「いやあ、美味いッ! こうやって目の前で焼かれているのも良いよなあ、派手派手だッ!」

 

美味いと言って食べてくれる人と周りに笑顔が満ちていればそれで疲れが吹っ飛んでしまうのだから、自分でも単純な男だと思わず苦笑する。

 

「……美味い」

 

「ああ、美味いな。この肉1枚で飯を何杯でも食えそうなくらいに美味いな! 義勇」

 

「……おい、鱗滝ぃ、本当に冨岡はそんな事いってんのかぁ?」

 

言葉足らずと言うか、主語とかが全部すっぱり抜け落ちている義勇の言葉を理解出来るのは左近次の所の弟子だけなんだよなあ。俺も正直そこまで言ってるのか? と思う時は多々ある。

 

「……言ってるぞ?」

 

「なんでてめえはそこで心外だって言う顔をするんだ?」

 

「お前は美味くないのか?」

 

実弥の言葉に不思議そうにしている義勇を見て、実弥の額に青筋が浮かんだのを見て焼きあがった牛カルビを実弥達の方に押し出す。

 

「食え食え、義勇はあれだ。うん、多分考えてることを言葉にしにくいだけなんだよ」

 

「……美味い」

 

「おう、そうかそうか。食え食え、沢山食え」

 

「……うん」

 

既に成人しているが子供と思えば義勇とは上手くやれるんじゃないかな? というと実弥は凄く嫌そうな顔をする。本当に実弥と義勇は相性が悪いなと苦笑しながら鉄板の上の焦げをヘラで綺麗にして、今度は豚カルビを鉄板の上に乗せる。

 

「そう言えば炭治朗に聞いたんですけど、あいつこっちに参加するって本当ですか?」

 

米櫃から白米をよそりながら玄弥が思い出したように尋ねてくる。

 

「あん? あいつ、こっちに参加するって身の程知らずか?」

 

「ははははッ! どうせ2ヶ月で柱になれると聞いたからだろう! うむ、良い事だッ! 例え無理だとしても挑戦しようとするその気概は良しッ!!」

 

こっちの方は普通じゃ食いきれないから参加者が少ない訳なんだが……しかし炭治朗と伊之助がこっちに参加するって言うのは正直俺も驚いている。カナエに事情は聞いているはずだから、それでも挑戦しようとするのは正直俺も買う。

 

「ちっ、なんであいつまで……っていうかよ。カワサキさん、何もあんたまであの馬鹿の妹の為に命を賭ける必要はないんじゃねえのか?」

 

「はは、俺が気に入ったのさ。あの真っ直ぐな目がな」

 

禰豆子が鬼になったのも、その家族が意識不明の植物人間状態なのも俺が間に合わなかったからだ。鬼を連れているってことで炭治朗の立ち位置が悪いのも十分承知している。鬼を連れている隊士が鬼殺隊でどう思われるかなんて考えれば簡単に判ることだ、それならば間に合わなかった俺が悪い。炭治朗が普通に活動出来るように俺も命を賭ける事であいつの手伝いが出来るなら安い物だ。

 

「実弥、気持ちは判るがカワサキさんはこういう人だろ?」

 

匡近にそう言われても面白くなそうな顔を実弥がしていると炭治朗と伊之助がやってきた。

 

「カワサキさん、今日はよろしくお願いします!」

 

「俺様もこれを食いきって柱になる訓練をやってやるぜえッ!」

 

気合に満ち溢れている炭治朗と伊之助。その気合は買うが、2ヶ月で柱になれると聞いてこっちに参加する隊士は多いが、その大半が途中でリタイアする。果たして2人は最後まで食べ切れるのか俺はそんな事を考えながら追加の焼肉の準備を始めるのだった。

 

 

 

 

特別な食事と聞いて錆兎や義勇さんの他の柱にも会う事は判っていたけど、やっぱりその瞳には疑いの色が強く浮かんでいるし、俺を罵倒した柱からは明確な敵意の臭いがする。それでもその視線に負けずに胸を張って鉄板の前に腰を降ろした。

 

「よう、炭治郎に伊之助、こっちに参加するって聞いて俺は正直驚いたぜ」

 

「カナエさんにも言われましたけど、最短で柱になれるって聞いたので、いえ、その柱になりたいとかそういうのじゃないんですけど……少しでも強くなれるならって」

 

正直柱になれるとは思っていないが、柱が皆やる訓練の基礎と聞けば挑戦したいという気持ちが強かった。

 

「そんな生半可な気持ちで参加するって言ったのか、おめえは」

 

ギロリと俺を睨んでくる風柱を睨み返していると、錆兎が俺と風柱の間に割り込んだ。

 

「そう睨んでやるな。炭治郎の覚悟は本物だ、こうやって強くなろうと努力しているじゃないか」

 

「鱗滝ぃ、てめえは弟弟子だからって甘いこと言ってるんじゃねえよ。鬼を連れてるなんて正気じゃねえ」

 

禰豆子の事を言う風柱に腰を浮かそうとするとパンっと凄まじい音が響いた。

 

「その件はお館様とカワサキさん預かりとなっている。蒸し返すな不死川」

 

「お前の血に耐えたんだ、そう邪険にしてやるなよ。実弥」

 

悲鳴嶼さんと匡近さんが仲裁に入ってくれた事で一時俺への追及は止まったが、それでも敵意の視線は全く緩む気配が無い。

 

「悲鳴嶼さんと匡近の言うことも判るが、竈門の妹が人を食えばカワサキは死ぬ。そういう約束だ、カワサキが死んだら俺達は負ける。それほどまでにカワサキは重要な存在だ」

 

言われなくてもそれは判っている。隠や、隊士の先輩達に散々言われているからだ。

 

「おいおい、そこまで苛めてやるなよ」

 

「いいや、カワサキ。これは俺達の問題さ、鬼殺の隊士としてのな。そこでだ、お前とそこの猪頭。お前らに見込みがあるかどうか俺様が確かめてやろう」

 

宇髄さんがそう笑うと御櫃を指差した。そこには3種類の御櫃が置かれていて、義勇さん達の後ろにそれぞれ1つずつ置かれている御櫃と同じ物だった。

 

「初めてのやつはこの小さい御櫃を全部食いきれるかどうかだ。だがお前は無惨の首を切るとあの場で言い切った、そんな奴ならこれを食いきれて当然。ならこれだ、煉獄達や俺様が食う奴よりも1個小さいこれ。これを食いきって見せたら、俺様は見込みがあるってことでほんの少しはお前の見方を変えてやっても良い。ちなみにだ、初めてでこれを食いきった奴はいねえ。最初の米櫃だって初めてで食いきった奴はいない。どうだ、やるか?」

 

1人で食べる量を遥かに越える量が入っているであろう御櫃――軽く見ても5人、いや10人前はあるだろう。ここにいる全員が手にしているのは茶碗ではなく丼――とんでもない量の米がそこの中に入っているのは一目で判る。

 

「無理しなくてもいいぞ? 天元、あんまり苛めてやるなよ」

 

「いいや、俺様や煉獄は初めてでもこれを2つ食いきった。勿論冨岡達もな、出来ない訳じゃない」

 

「やりますッ!」

 

俺がそう返事を返すと宇髄さんはにやりと笑い、俺と伊之助の後に1つずつ御櫃を置き、丼をその上に置いた。

 

「吐いたりするんじゃねえぞ、米一粒も残す事は許されないからな」

 

「はははッ!! 頑張れよ! 俺は初めてでも楽に食べられたぞ!」

 

「私も、美味しくて沢山食べられちゃうから大丈夫よ」

 

「カワサキさんよ、この馬鹿2人に最初に肉を回してやってくれや」

 

「了解、もうすぐ焼きあがるからな。米をよそって準備しててくれ」

 

「はいッ!」

 

カワサキさんの言葉に返事を返し、御櫃の蓋を開ける。湯気と炊き立てのお米の甘い香りが周囲に広がるが、その量は凄まじい。

 

(こ、こんなに)

 

「はっはあーッ! 俺様は楽勝だぜッ!」

 

御櫃の天辺まで来ている白米の量に驚き、それでも食べると言い切ったのだからと丼の中に米をよそう。肉が焼かれる香りでお腹の虫はさっきから鳴きっぱなしだ。きっと、この量でも食べきれる。

 

「はい、お待たせ。豚塩カルビだ、このネギ塩を乗せて食べてくれ」

 

皿の上に乗せられたこんがりと焼き色が付いた肉と刻んだネギが浮かんでいるタレを受け取り、言われた通りネギ塩を肉の上に掛けていただきますと言って焼肉を頬張った。

 

「美味しいッ!」

 

「こりゃうめえッ! これなら御櫃を全部食うなんて楽勝だなッ!!」

 

柔らかく、しかし肉らしい歯応えを残している豚肉にネギの食感と塩の味、そのタレだけでも米を食べれる。俺と伊之助は揃って丼を抱え込んで、豚塩カルビで勢い良く米を頬張るのだった……。

 

 

 

 

 

炭治朗と伊之助が豚塩カルビを食べ、凄い勢いで米を食べている姿を見て俺は無理だと一目で悟った。

 

(その食べ方じゃ駄目だ)

 

焼肉は肉を優先してしまいがちになるが、野菜や味噌汁を口にしなければ脂が回って、手が止まってしまう。それに兄ちゃん達が食べていたから最初から食べるには重い豚塩カルビからになってしまった。

 

「んー♪ 美味しいッ!」

 

「はははッ! 美味い美味いッ!」

 

煉獄さんと甘露寺さんが凄い勢いで食べているので、その勢いに吊られて食べてしまったらその手は完全に止まってしまう。あの2人は1番大きい御櫃を3つは食べるのだ、あの2人の勢いに合わせて食べていたら半分も食べないうちにその手は止まってしまうだろう。

 

「カワサキさん。牛肩をお願いします」

 

「……牛腿」

 

俺だけじゃなく水柱の2人もそれに気づいたのか脂が回りにくい、赤身肉を頼んでいる。

 

「おお、良い食いっぷりだな。この牛カルビも美味いぞ、食え食え」

 

しかし宇髄さんがにやりと笑い脂の多い肉を2人に回している。

 

「美味しいです!」

 

「うめえ! どんどん食えるぜ」

 

「そうかそうか、ならどんどん食え」

 

初めてで2番目に大きい御櫃を食べ切ることは無謀に近い。俺も最初は小さい御櫃でさえひーひー言いながら食べ切ったのだ。あの勢いで食べていたら確実にその腕は止まる。

 

「炭治郎、伊之助。肉ばかりを食うと脂が回り飯が食えなくなる。肉よりも米を優先しろ、野菜や味噌汁も口にして適度に脂を洗い流せ」

 

悲鳴嶼さんの助言でハッとした表情になる炭治郎と伊之助、勧められるままに肉を食い、脂が回っている事に気付いたのだろう。そこでやっと立ち上がり、漬物と味噌汁を取りに行った。それでも全部食べきれるかどうかはかなり難しい所だと思うけど、頑張ってせめて半分くらいは食べ切ってほしいなと思いながら俺は焼きあがった牛肩肉をタレにつけて頬張り、米を口に運ぶのだった……。

 

 

 

 

 

1ヶ月に1回の肉の日の日は俺も心待ちにしている日だ。1ヶ月また無事に生き残れた、そしてまたカワサキ殿の料理を食べるために死なずに戻ってくると決意を新たにする日だからだ。

 

「師範どうしたんですか? 今日はちょっと食が進んでいないように思えますけど?」

 

「む? ははははッ! 何ちょっと考え事をなッ!!」

 

柱合会議で見た時から感じていたが、鬼を連れた隊士……冨岡と鱗滝の弟弟子の弟弟子の……駄目だ、名前が思い出せん。その少年の耳に揺れている花札模様の耳飾……最初は気のせいかと思ったが、こうして見ると煉獄家に伝わっている炎柱の書にあった始まりの剣士がしていたと言う耳飾に実に良く似ている。

 

(しかしあの少年は水の呼吸と聞いているが……)

 

あの耳飾をしていると言う事は日の呼吸の後継者なのだろうか? それとも呼吸を隠しているのか、それとも遺品として身に付けているだけなのか……全く判断が付かんなッ!!

 

「うむ! 美味いッ!!」

 

考えても判らないのならば、考えないほうがいい。折角の肉の日なのに考え事をしていては肉の美味さも半減してしまうからなッ!

 

「美味い! 美味い! カワサキ殿! ロースのお代わりを!」

 

「あいよー」

 

目の前で肉が置かれ音を立てて焼かれる。薄切りなので直ぐに火が通り食べることが出来ると判っていても、そわそわとしてしまう。

 

「はい、お待たせ」

 

「ありがとうございます! 美味いッ!!!!」

 

細かくサシが入り、赤味の味も十分の楽しめるロースはとても美味い。塩胡椒でさっぱりと焼かれ、肉本来の味を楽しむことも出来るが、カワサキ殿お手製の味噌と醤油のタレにつけても美味い。タレにしっかりとつけて白米の上に乗せる。タレと肉の脂が米に染み込むまでの僅かな時間――それを待つだけと判っているのに身体が小刻みに揺れてしまうな。

 

「美味いッ!!!!」

 

「美味しいッ!!」

 

米にたっぷりとタレが染みこんだタイミングで肉で米を包んで頬張る。醤油と味噌を混ぜたかなり強い味とにんにくの香りが米にしみこみ、肉の脂を吸った米は肉一切れで丼飯の半分を食べる事が出来るほどだ。

 

「カワサキ殿。野菜をたっぷりと使ったホルモン炒めをそろそろ食べたいのですが……」

 

「おう、そうだな。ホルモン炒めを作るけど、少し焼肉を止めても大丈夫か?」

 

カワサキ殿の問いかけに大丈夫ですと返事を返す。肉を食べ続けても美味いが、そろそろ少し別の味がほしい所だった。漬物を齧り、味噌汁で口の中の脂を洗い流しながら少年2人に視線を向ける。

 

(ほう、中々頑張っているではないか)

 

悲鳴嶼さんの助言で野菜そして味噌汁を口にし、口の中の脂を洗い流せば肉も米もぐっと食べやすくなる。

 

(豚塩カルビ、牛カルビ、ロース、肩肉、腿肉……そして御櫃は半分か! うむ、関心関心ッ!)

 

鬼殺隊にとって食べる事とは生きること、身体を大きくし、心肺を強化し、鬼へと立ち向かう為に肉も米も大量に食べる必要がある。勿論食べたぶんだけ身体を動かさなければ太るだけだが、任務に当たっていれば太ることも無い。鍛錬と実戦、そして心を燃やせば負ける事はない。

 

「私ホルモンって大好きなんですよ」

 

「うむ! 美味いからな!」

 

最初は動物の内臓と言う事で些か苦手としていたが、慣れて来ればその独特な食感は癖になる。

 

「甘藍と玉葱ともやしたっぷりな!」

 

「判ってる判ってる」

 

ホルモンの脂を吸った野菜はしんなりとしていて、それだけでも飯が食えるほどに美味い。勿論それはカワサキ殿が作る美味いタレあっての物だが、それでも野菜と肉を同じ位食べれるのは凄い料理だと思う。

 

「ホルモンってなんですか?」

 

「動物のモツだ。少々癖はあるが、身体に良い。好き嫌いせずに食べると良いぞ炭治朗」

 

「んなもん食って大丈夫なのか?」

 

内臓を食べるときいて怪訝そうな顔をしているが、1度食べれば好きになることは間違いないな。

 

(ああ。早く焼けないか……)

 

野菜と共に炒められているホルモンにタレがかけられ、香ばしい香りと焼ける音が響き、食欲が掻き立てられる。その音と香りを楽しみながら早く焼けないかとそわそわと待ち続けるのだった……。

 

 

メニュー32 焼肉の日 その3

 

 

 




今回はやや会話多めでした、次回はもっと食事のシーンに力を入れて行こうと思います。それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

メニュー32 焼肉の日 その3

メニュー32 焼肉の日 その3

 

 

鉄板の上で音を立てて焼かれている野菜と肉――それは休む事無く俺は勿論、伊之助や義勇さん、錆兎、煉獄さん達の手元の皿に盛られ続けている。

 

「美味いッ!! この甘くて辛い味噌は最高だッ!」

 

「本当ですね師範ッ! カワサキさん、今日のも凄く美味しいですッ!」

 

美味しい、確かに美味しいのだ。普通の味噌とは違う、円やかな甘さを伴った味噌はそれだけで食欲を誘う。

 

「ふぅぅううう――後3杯ッ!!」

 

伊之助が大きく息を吐いて、空の丼にまた白米を盛り付ける。

 

「へえ、やるじゃねえか。猪頭、もう少しだぜ? ほれ、頑張れ頑張れ」

 

「……うっせ、ちっと休憩だ。この味には飽きた……」

 

「んじゃ、伊之助はストップだな。ホルモン焼きが欲しいのはもういないか? いないなら次の料理の準備に入るけど」

 

カワサキさんの問いかけにホルモン焼きを食べたいと言う声が上がらず。ホルモン焼きはこれで終わりになったが、俺の皿にはまだ全然ホルモン焼きが残っている。

 

「ふー」

 

ここは1回米を食べるのを止めてホルモン焼きだけを食べる事にした。ホルモン焼きは味が濃くて、米が食べたくなるが今は完全に逆効果になると思ったからだ。

 

(……美味しい。凄く美味しいのは間違いないんだ)

 

満腹に近いのにまだ箸は動いていた。それはこの料理が美味しいからだと思う、確かに中途半端な覚悟でカワサキさんの訓練に参加するなと言われ半ば意地で御櫃の米を全部食べてみせると言った。カナエさんの言う通りならば柱になる為の訓練は6食食べる事が要求される筈だ、この程度で止まっていては駄目だと判ってはいる。少しずつでもいい、口を動かし続けろ。

 

(大丈夫、まだ大丈夫だ)

 

腹帯を片手で緩めて、少しずつ少しずつだが口を動かし続ける。弾力があって噛み切れないホルモンは飲み込むしかないのでお腹に溜まるのを感じるが、それでも少しずつ少しずつ飲み込んでいく。

 

「……炭治郎。漬物だ」

 

「その調子で良い、ゆっくりで良い。口を動かし続けるんだ。食べるのを止めるともう入らなくなるぞ」

 

義勇さんと錆兎の助言に返事を返せず、小さく頷いて口を動かし続ける。やっとホルモンを食べ終え、残っている野菜と漬物に箸を伸ばす。

 

「わぁ、次はハラミなんですね。私これ好きなんです!」

 

「そうかそうか、すぐに焼けるからな。もう少し待っててくれよ」

 

「はーい!」

 

甘露寺さん凄いなあ……俺より倍以上食べているのに凄く笑顔で美味しそうに食べている。

 

「ハラミか! うむうむ! 甘露寺タレをくれ」

 

「はい!」

 

煉獄さんと甘露寺さんが喜色満面という様子で取り皿にタレを入れる。そしてそれとほぼ同じタイミングで2人の皿の中に焼き上げられた肉が入れられ、順番に肉が取り分けられていく。

 

「うお、これも美味そうだな!」

 

伊之助の言う通り肉厚な肉に美味しそうだと素直に思う。これはホルモンよりも食べやすいかもしれない、そう思いながらタレにつけて肉を口にした。

 

(こ、これは……重い、今この状況でこの肉は重過ぎるッ!)

 

見た目は脂なんてなさそうな食べやすそうな肉に見えた。だが口に運んだ瞬間に判った、これはとんでもない強敵だと……肉は柔らかく、簡単に噛み切れるのだが、思ったよりも弾力があって食べにくいそしてそれに加えて脂もたっぷりだ。これは肉単体では食べられないと悟り、俺は丼を手にし米と野菜を駆使しながら、少しずつハラミという肉を飲み込んでいくのだった……。

 

 

 

 

 

不死川が炭治郎を嫌っているのは判っている。なんせ母親と家族の恩人であるカワサキさんが禰豆子が人を食ったら、責任を取って死ぬとまで言っているのだ。仮に俺が同じ立場だとしたら炭治郎を良い目で見ることは出来ないだろう……。だが俺は義勇と共に禰豆子は普通の鬼と違うと信じた。鬼になり空腹状態なのに炭治郎を庇った禰豆子ならば――そして雪山を駆け下りてきて、炭治郎達を庇ったカワサキさんを見て、義勇が兆しと感じたとおり、俺も炭治朗が今までの鬼殺隊を変えると感じた。

 

(無理だと思うが、ここまで食べればあっぱれだ)

 

宇髄は俺達が始めてでも炭治郎と伊之助が挑んでいる御櫃を食べ切ったと言ったが、その前に俺達はカワサキさんの元で継子になる訓練を積んでいた。つまり俺達には食べ切る下地が合ったのだ、完全に初見でここまで食べ切ったのは本当に初めての事だと思う。

 

「しゃあおらあッ!!!」

 

「んぐ、ふうふう……美味しいですッ!!」

 

ハラミという肉は肉に見えるが実は内臓系の肉でかなり癖が強い。カワサキさんの醤油とにんにくを使ったさっぱりと食べられるタレが無ければ食べきるのが難しい部位だ。

 

「はっはっ!! 良いぜ良いぜ。良い食いっぷりだ!!」

 

「うむ! この調子なら食べきれるのではないか!」

 

タレにつけたハラミを飯の上に乗せて、丼にして掻きこんでいる宇髄と煉獄が声を上げて笑う。確かに鬼連れの隊士と言う事で炭治朗の立ち位置は決していい物ではない。しかも、鬼殺隊の恩人であるカワサキさんの命が懸かっているとなれば、柱は勿論、隊士や隠からもいらないやっかみを受けるだろう。

 

「ご馳走様」

 

「お? もう良いのか? 実弥」

 

「米櫃のは全部食ったぜ。カワサキさん、ご馳走様。玄弥はもう少しゆっくり食ってな」

 

「おい、実弥。もー、悪いな。実弥も色々複雑なんだよ」

 

羽織を翻し歩いていく不死川を見て匡近が炭治朗に向かって手を合わせ、その後を追ってその場を後にした。

 

「やっぱり不死川さんは竈門君が嫌いなのかな?」

 

「いいや、そうではない。己の不始末を思うのだろう……実弥は不器用な男だからな、炭治朗、伊之助。あいつを許してやって欲しい、そう悪い男ではないのだ」

 

悲鳴嶼さんが2つ目の御櫃を空にし、3つ目の御櫃に手を伸ばしながら実弥を許してやって欲しいと口にする。

 

「あいつが帰ったのはお前の頑張りを見たからだ。もう食えないなら無理をしなくてもいいぞ? 初めてでそこまで食えばあっぱれだ」

 

最初に中途半端な覚悟で参加するなと言った以上。不死川の性格なら絶対に最後まで見届けていただろう……だけど炭治朗を見ていて考えを改めた……いや、もう少し様子を見ることにしたのだろう。しかし言いだしっぺの以上止めて良いとは言えず、帰って行ったのだ。相変わらず不器用すぎると思わず苦笑した。

 

「い、いえ、全部食べます。やりきります! それに凄く美味しいですから!」

 

宇髄が無理なら良いぞと言うが炭治郎は全部食べると口にして、笑みを浮かべて米を口に運んだ。

 

「ご馳走さまあッ! あーもう食えねえッ! もうはいらねえぞッ!!!」

 

伊之助が先に御櫃を空にし、仰向けになってもう食えねえと叫んだ。空になった御櫃は伊之助の隣に転がっていて、米一粒も残されておらず、綺麗に食べ切られていた。

 

「カワサキ殿。そろそろ例の物をお願い出来るだろうか?」

 

「私もお願いしまーす。これを楽しみにしているんですよ」

 

「OK。じゃあそろそろ最後の料理にするか」

 

まだ続くと知って炭治朗が絶望したような表情になる。だけどこの料理まで耐えられれば、まず間違いなく御櫃は食べきれたも同然だ。

 

「……これを食べれば食欲が出る。一気に御櫃の中身を食べ切れるぞ」

 

「え? ほ、本当ですか?」

 

義勇が珍しく饒舌なのに炭治郎が驚いているが、その通りだ。俺達もまだ御櫃が半分くらい残っているが、それはこれを食べる為に腹に余裕を持たしていたのだ。カワサキさんが最後に取り出した牛肉の塊を見て、不死川が自分の好物を食べないで帰ったのは炭治郎に嫌味を言った己を戒めての事だろう。

 

「カワサキさん……不死川」

 

「ああ、判ってるよ。義勇、ただな。お前もう少し喋ろうぜ?」

 

ビフテキが大好物の不死川に土産で持って行きたいとカワサキさんに頼んでいる義勇なのだが、カワサキさんの言う通り主語が抜け落ちている義勇。カワサキさんに何を頼んだのか判らない様子の煉獄達を見て、どうすればもう少し義勇が喋ってくれる様になるのかと俺は頭を抱えるのだった……。

 

 

 

 

実弥とは結構長い付き合いになるが、粗暴な言動からは想像出来ないほどに責任感が強く、思いやりのある男だ。鬼連れの炭治郎を嫌悪するような素振りを見せているが、それが不器用な実弥なりの炭治郎の守り方の1つだった。柱である自分が警戒する事で下級隊士の暴走を防ぐと言う事もある。実際実弥と炭治郎は良く似ている境遇だ、稀血の家族という事で鬼に狙われる確率は極めて高い。俺がその前に保護したが、そうでなければ鬼に狙われて一家皆殺しになっていた可能性は捨て切れない。実弥は炭治郎を通して、自分達が歩んだかもしれない1つの結末を想像したのだろう。

 

「カワサキさん。兄貴にも」

 

「大丈夫。玄弥、義勇が先に頼んでる」

 

え? っと言う顔をしている玄弥と俺はちゃんと頼んだと言わんばかりにドヤ顔をしている義勇。どうしてこいつはこう言葉足らずなんだろうなと思いながら牛腿肉を鉄板の上に乗せて、塩胡椒を振る。

 

「相変わらずこいつは派手だなあ。これだけの塊の肉を焼く所なんてそう見られたもんじゃねえ!」

 

「まだ焼けないですか!?」

 

肉の塊が焼かれていて派手だと喜ぶ天元とまだ焼けないかとそわそわしながら尋ねてくる杏寿朗。口にはしていないが、まだかなという顔をしている蜜璃に苦笑する。本当ならば身体を大きくする事を考えると炭水化物を制限する必要があるが、全集中の呼吸を修めている杏寿朗達の消化スピードは尋常ではなく、更に言えば食べた分全てを栄養に変えている。炭水化物制限をしなくとも、身体を引き締める事が出来る……だと思う多分。ある程度は食事療法は修めているが呼吸は俺の理解を超えているので、炭水化物制限が必要無いという風に俺は受け止めている。

 

「ほっと」

 

「うおっ!? 火、火だ!?」

 

「ええ!? こ、これ大丈夫なんですか!?」

 

「はっはは! やっぱり外国の料理は派手だな、いやもう派手派手だ!」

 

「うむ、余興としても楽しめるからな!」

 

ワインを鉄板の上に振りかけてフランベする。巻き上がった火柱にフランベを初めて見る伊之助と炭治朗が驚き、天元が派手だなと喜ぶ声を聞きながらバター醤油を上から掛け蓋をして少し蒸らす。

 

「はい、お待たせ牛腿肉のステーキだ」

 

スライスしたステーキを各々の皿の上に乗せる。

 

「伊之助はどうする? 肉少しだけ食べるか?」

 

「……食べる」

 

食べると言う伊之助のために少し小さめ――サイコロステーキくらいに切り分けて皿の中にいれてやる。

 

「うめぇ! これ美味いなあ! 今度はもう少し飯を食える時に食いたいな!」

 

「ほんとだ。おいしい……中が赤いのにちゃんと火が通っているんですね!」

 

レアステーキは馴染みが無い炭治郎が驚いているが、肉の日だけではなく結構な頻度でステーキを頼んでいる杏寿朗達は躊躇いもせずステーキを頬張る。

 

「美味い! 美味い! やはり肉の日の最後はこれだな!」

 

「んー美味しい! お肉を自分でも偶に焼くんですけど……やっぱりこの味にはならないんですよね」

 

「そうなんだよなあ、肉を焼くだけと思ったんだけどなあ……」

 

「そう簡単な物じゃ無いんだよ。ステーキっていう物はな」

 

鉄板の上を掃除しながら本当にそう思う。シンプルな料理ほど誤魔化しが効かない、ぺペロンチーノしかり、ステーキしかり、簡単な料理ほど料理人の腕が確かめられる物はないのだ。

 

「ほい、玄弥。実弥と匡近の分だ、ちゃんと届けてやってくれよ」

 

「はい! ありがとうございます!」

 

「流石に持ち帰りだからレアには出来て無いから、ちゃんと火を通してあるからな。レアを食べたかったらまた来るように言っておいてくれ」

 

保存を掛ければレアでも持ち帰りは出来るが、流石にそこまでやるのは違うからな。ウェルダンに焼き上げたステーキをスライスして、飯の上に乗せたステーキ弁当を玄弥に預ける。普段より少なめに食べて帰ったから、ぜったい物足りなさを感じている筈だ。玄弥もそれが判っているのか、ステーキを飯の上に乗せてステーキ丼にするとそれをかき込んで立ち上がる。

 

「じゃあ、カワサキさん。ご馳走様でした!」

 

「おう、満足してくれたなら何よりだ」

 

ご馳走様でしたといって満面の笑みを浮かべて走っていく玄弥を見送り、美味い美味いと喜んで食べている杏寿朗達を見ていると何日も前から準備していた物が3時間も経たずに無くなってしまっても全然苦ではない。料理人にとって用意した物を美味しいと喜んで食べて貰えるのは何にも勝る報酬なのだと思う。

 

「ご馳走様……でしたぁッ!」

 

「はいよ、お粗末。良く食いきったな、炭治朗」

 

俺は絶対食べきれないと思っていたのだが、御櫃の中身を全て食べきり、仰向けに倒れ込んだ炭治郎を見て初めてで良く食べきったなあと正直感心した。

 

「宇髄。これで炭治郎の見かたを少しは変えてくれるんだろ?」

 

「おう、中々根性があるじゃねえか。感心したぜ」

 

食べきったことによる安心感と満腹が影響しているのか、寝入ってしまっている2人を前にして天元達が言葉をかわす。

 

「うむ。食べきった事は正直賞賛する。後は隊士としての力量があるかどうかだな!」

 

「でも師範、今は力が足りなくても食べきれたんだから、これから訓練を頑張れば良いと思うわ」

 

「出来る」

 

「ああ。そうだな、炭治郎ならカワサキさんの訓練も出来るだろう」

 

「そしたらその後はあれだな。黄金の汁を作る時の3日3晩の鬼退治、これができりゃあ誰の継子だって務まるぜ」

 

最初では絶対に食べきれないとされる特別メニューを食べきった炭治郎の話をして盛り上がる煉獄達。実際ここ数年で初挑戦で肉の日の食事を食べきったのは炭治郎と伊之助が初であり、この後に俺の訓練に挑戦して身体を鍛えて、黄金のコンソメスープを作る時の鬼の討伐に挑戦してやりきれば継子として認められる。そしてそうなれば鬼連れの隊士という悪評よりも、最速で継子になり行冥の打ち立てた2ヶ月で柱になった上で、しかも柱に勝利したと言う記録を樹立出来るかもしれない。確かに鬼を連れていると言う悪評は消える事はない、だがもしかするとと言う期待が生まれる事になるだろう。しかしそれ以上に炭治郎には数多くの試練が圧し掛かることになる――それを炭治郎が乗り越える事が出来る事を祈り、そして炭治郎が助けを求めてきた時に力になってやろうと改めて心に誓うのだった……。

 

 

メニュー33 お食事パンケーキ へ続く

 

 




うーん。焼肉って何回もやってるせいか、どうもどれも似た感じになってしまい。上手く書くことが出来ませんでした。すいません!!
もっと精進しなければならないなというのを痛感します。次回はパンドン様のリクエストで甘露寺さんにホットケーキや、それらを使ったおかずパンを書いて見たいと思います。ここで上手く書けなかった分そちらで挽回したいと思いますので次回の更新もどうかよろしくお願いします。


PS クリスマスに向けて番外編を準備中

飯を食え カーニバルファンタズム
飯を食え オバロ
飯を食え 鬼滅版

通常更新に加えて上記を準備中です。
私の執筆はとまらねぇからよ……クリスマスに間に合うことを期待して待っててくださいよ……。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

クリスマス番外編 鬼殺隊編

クリスマス番外編 鬼殺隊編

 

獪岳にいつものように荷車を引いて貰いながら俺は市場にやって来ていた。

 

「カワサキさん、頼まれてるの用意出来てるよ!!」

 

「おばちゃん、悪いな!手間掛けさせちまって」

 

「いいよいいよ、カワサキさんは上客だからね!!ほらッ!さっさと台車に運ぶんだよッ!!お待たせするんじゃない」

 

「「「はい!女将さんッ!!」」」

 

女将さんの合図で若い衆が籠に入った大量の卵を荷車に積み込んでくれる。

 

「ほら、あんたもお茶でも飲んで休憩しなよ」

 

「……すいません、ご馳走になります」

 

獪岳と並んで女将さんが淹れてくれた温かい緑茶を口にする。

 

「卵は用意できたけど、流石のあたしでも若鶏は無理だったよ。悪いねぇ」

 

「いやあ、無理な頼みをしたのは俺だから良いよ。卵だけでも十分さ、ありがとう」

 

クリスマスが近いのでクリスマス用の食材を集めようとしたが、やはり大正時代では丸鳥を仕入れるのはやはり難しかったようだ。まぁ、それとは別に卵を入手出来ただけでも十分だ。

 

「その代りと言っちゃあ何だけど知り合いの所に牛肉を頼んでおいたから顔を出しておくれよ。あたしの名前を出せばすぐに渡してくれるはずさ」

 

「助かります。じゃあまた」

 

「またおいで、カワサキさんなら少しの無茶なら聞いてあげるさ」

 

店の外まで見送りに来てくれた女将さんに手を振り、紹介して貰った店へ向かう。

 

「いらっしゃい、女将さんに聞いてるよ。何にするんだい?」

 

ちょっとぶっきらぼうという感じの老年の男性が顔を出すなり何がいるのか?と尋ねてくる。

 

「牛腿肉が欲しい。出来れば大量に」

 

「……そんなもんが欲しいなんて随分変わってるな。まあ良いさ、すぐに準備をするよ」

 

大正時代で牛肉が欲しいって言うのはやっぱり珍しいんだよなと思いながら獪岳と待っていると、店の奥から牛肉が運び込まれてくる。

 

「こいつは凄い……上物だな」

 

「判るんですか?」

 

「ああ、こいつは良い物だ」

 

赤身の色が濃く、塊にされている牛腿肉はしっかりとその目的の為に作られた代物だ。普段買うような年老いた老牛の物ではない、しっかりと食べるように育てられた牛の肉だと一目で判る上質な物だった。

 

「ほいよ。じゃあまた来ておくれよ」

 

世間話もせずに帰ってくれといわんばかりの態度の店主に感謝の言葉を告げて俺は店の岐路へ付く。

 

「性格の悪い店主でしたね」

 

「良いさ良いさ、目利きは確かだ。多少の性格の悪さは許容範囲だよ」

 

「そういうもんですかね?」

 

「その内判るようになるさ。さ、早く帰ろうか。準備に時間が掛かるからな」

 

「じゃあ乗ってください、俺が引っ張ってた方が早いんで」

 

そういう獪岳に促され荷車に乗って荷物を押さえると雷の呼吸独特の呼吸音が響き、車もかくやというスピードで走り出した獪岳。荷台に伝わってくる衝撃に顔を歪め俺はあることを考えていた。

 

(サスペンション付きの荷車とか作れないか?)

 

ダイレクトに襲ってくる振動に冗談抜きで尻が割れると思い、サスペンション付きの荷車を作れないだろうかと真剣に検討するのだった……。

 

「カワサキさん、この不思議な鉄の紙は何かしら?」

 

「アルミホイルと言う、海外でも珍しい物でな。中々手に入らないものだ」

 

「……それを使い捨てるんですか?」

 

「まぁ、それはしょうがない。だから普段は使わないんだよ、カナエ」

 

アルミホイルが何時出来たかは俺は知らないが、少なくとも市場とかでは見なかったのでこの時代の日本にはないのだろう、もしかすると海外にもないかもしれないが、海外の珍しい物だということでゴリ押しする事にする。

 

「カワサキさん、これ本当に良いんですか?」

 

「いいぞ、焼き上げた奴をどんどんアルミホイルで包んでくれ」

 

「は、はい、分かりました」

 

沙代が良いのかなあ?と尋ねてくるので大丈夫だと笑いながらも俺の手は動いており、焼き上げた牛腿肉をアルミホイルの上に乗せてカナエと沙代の2人にどんどん包んでもらう。

 

「えっと……こんな感じですか?」

 

「上手い上手い、良い具合だ」

 

今回は獪岳にも調理をさせている。ローストビーフは塩胡椒で下味をしっかりつけて各面にしっかりと焼き色をつけるだけなのでそう難しいものではないからこそ手伝わせている。

 

「これ全部ですか?」

 

「仕込みをした分は全部やるぞ」

 

「……本気ですか?」

 

「残りはまた明日、休みの隊士の分だけ準備する」

 

仕入れた牛腿肉全部をローストビーフにするわけではない、鬼殺隊に属している以上はクリスマスだったとしてもはしゃいでいる時間はない。それでもだ、何とか休みのスケジュールを組み、ちょっとしたご馳走とケーキで労を労う位はやってやりたいと思うじゃないか。勿論、通常の営業とあわせれば地獄のような苦行だが……それでも俺に出来るのはこれくらいだ。

 

 

「うっし、腿肉は終わりだ。次だ、ケーキを焼くぞ」

 

「はいッ!じゃあまずは卵を割ればいいですか?」

 

「おう、頼むぞ。俺はその間に他の準備をするから、獪岳は少し休んでいいぞ」

 

「……うっす」

 

「大丈夫お兄ちゃん」

 

「……お兄ちゃん……言うな……」

 

ぐったりしている獪岳。流石に初心者に3時間近くぶっ続けで肉を焼かせるのは酷だったかと反省し、休んでいていいぞと声を掛け、カナエと次の料理の準備――クリスマスに必需品であるケーキの準備を始めるのだった……。

 

 

 

 

「兄上、父上、本当によろしいのでしょうか?」

 

「気にする事はないぞ!千寿朗ッ!カワサキ殿から家族で来るようにと言われたのだからなッ!!!父上も聞いておられるから心配はないッ!!」

 

隊服ではなく私服の着物でカワサキ殿の店に向かいながら父上に視線を向ける。

 

「ああ、だがお館様に直談判して俺とお前を同時に休みにさせるのは正直どうかと思うが……」

 

「貴方も杏寿郎も働きすぎです!」

 

母上にそう言われては父上も小さく唸るしか出来ず、家族水入らずでカワサキ殿の店での夕食と相成ったのだ。

 

「いらっしゃい!悪いけど個室の方に行ってくれ!名前を張り紙してあるからその個室だ!!カツ丼上がり!カナエ、沙代、頼んだッ!!」

 

「「はーい」」

 

出立前の時間なのでカワサキ殿の店は活気に満ちている。隠や隊士達が食事している脇を通り煉獄家と書かれた張り紙が張られた個室で待つことにする。

 

「いや、すまないな。ちょいと立て込んでててな」

 

暫く待っているとカワサキ殿が大皿を手に個室に入ってくる。今日は特別なご馳走を食べさせてくれると言っていたが……どんな料理だろうかと期待しながら机の上に置かれた大皿を覗き込んだ。

 

「馬刺しか?」

 

「違う違う。ローストビーフと言う西洋の宴会で出される牛肉を使った料理だ」

 

れあすてーきよりも更に赤い牛肉が刺身のように切られて野菜と共に盛り付けられている。

 

「ほう、そんな料理があるのですね!」

 

「米にも良く合う料理だぞ、杏寿郎。とりあえず御櫃も用意してあるし、揚がり次第唐揚げとトンカツも持ってくるから、まずはローストビーフで食べていてくれ。山葵醤油とポン酢、それと特製のタレを準備してあるから好きなタレで食べてくれ」

 

カワサキ殿も忙しいのか手早く説明し個室を出ようとし、思い出したように足を止めた。

 

「今日は食後にケーキを用意してあるから、少し腹に余裕を持たせておいてくれよ?」

 

食後のお菓子があると言って笑い、今度こそ個室を後にするカワサキ殿の背中を見送り、机の上に並べられたろーすとびーふとやらに視線を向ける。

 

(確かに馬刺しのように見えるな)

 

れあすてーきよりも赤身の部分が広いから父上の言った通り馬刺しのようにも見える。

 

「兄上、どうぞ」

 

「おお!すまないな、千寿朗!」

 

「貴方もどうぞ」

 

「すまない、瑠火」

 

母上と千寿朗が丼に米を盛って俺と父上に差し出してくれるので考え事を中断し、食事を楽しむ事にする。

 

「「「「いただきます」」」」

 

手を合わせていただきますと口にし、1人一皿盛り付けられているろーすとびーふに箸を向ける。

 

(見た目はまるで刺身のようだな)

 

薄く切られており刺身のようにも見えるなと思いながら、まずは山葵醤油につけて頬張る。肉の脂のせいか余り山葵が効いていると言う感じは無いが、山葵の鼻に抜ける刺激が確かにある。それに肉も薄く切られているが、決して食い応えが無い訳ではない。鮪のように見えなくもないがやはりそこは肉、しっかりとした歯応えがあり、噛み締めると口の中に肉汁があふれ出してくる。

 

「美味いッ!!!」

 

「確かにこれは美味い」

 

普段肉と言うのは暖かい状態で食べているが、こうして冷たい牛肉というのも乙な物だった。冷たいからか口の中の温度で肉の脂が溶け、旨みが口の中いっぱいに広がるのを感じる。

 

「刺身のようで食べやすいですね。こういう肉ならば私も食べやすいです」

 

「わ、私もです」

 

普段カワサキ殿が焼いてくれる厚切りのすてーきも美味いが、厚いだけにかなり弾力が強く、母上と千寿朗は少し苦手にしていた。だが、こうして薄く切られた牛肉ならば食べやすいと笑みを浮かべているのを見て俺も父上も安堵し、次の一切れを持ち上げ、ポン酢につけてから頬張り、その旨みに驚き熱々の炊き立ての米を頬張った。

 

「美味いッ!!!!!」

 

余りの美味さに声も自然と大きくなってしまう。ポン酢の酸味が牛肉の味をぎゅっと引き締め、肉の旨みをより味わい深い物にしている。そして適度な酸味は食欲を大きく刺激してくれる。

 

「うむ、うむ……」

 

父上も美味いのか俺のように派手に美味いという事は無いが、その旨みを存分に楽しんでいるようだ。

 

「父上、兄上、カワサキさんの特性のタレも美味しいですよ」

 

千寿朗が特製のタレも美味いというので匙で掬ってろーすとびーふに掛けてみる。かなりトロミが強く、まるで餡かけのような粘度だ。まぁカワサキ殿の料理が不味いわけがないので恐れる事無く頬張る。

 

「おお……これは美味い、美味いが……」

 

「米を食おうとは思わない美味さですね」

 

肉の味を最大に引き出す味付けだ。肉の脂も染みこんでいて、かなり味が濃く、そしてにんにくの香りもして食欲を刺激するのだが……米を食おうとは思わず酒に手を伸ばしていた。

 

「上品な味わいですね。私は好きな味です」

 

「私もです。野菜ととても合いますね」

 

野菜と共に食べると美味いと母上と千寿朗は笑うが、俺と父上は苦笑を浮かべてしまった。別に野菜が嫌いなわけでは無いが……まずは肉と米を楽しみたいのでこのタレは止めておくことにしよう。しかし、ろーすとびーふは美味いが、枚数が少ない…米を食いたいがこれだけでは足りないと葛藤していると個室の扉が叩かれた後に開かれた。

 

「はーい、唐揚げにトンカツ、それに味噌汁お待たせしました~」

 

「おおッ!!カナエ殿!それを待っていたッ!!」

 

確かにろーすとびーふは美味いが、それだけでは米を存分に楽しめない。カナエ殿が持ってきてくれた唐揚げとトンカツを受け取り机の上に並べる。

 

「そうがっつくな、杏寿郎」

 

「いいではありませんか、普段は任務の為に急いで飯を食う癖があるのです。こうしてゆっくり食事出来るのは久しぶりなのですからそう目くじらを立てることも無いでしょう?」

 

「む、それもそうか……千寿朗。そーすをとってくれ」

 

「はい、父上」

 

俺を注意こそした父上だが、父上自身もそわそわしているのは皆分かっている。鬼殺の隊士であり、柱である俺と父上は何時死んでもおかしくない身だ。だからこそ、この何気ない日常が何よりも尊い物だと心から思うのだ。

 

「母上、お代わりをッ!!」

 

だからまずは美味い食事を腹一杯食べる事だと思い、俺は空になった丼を母上に差し出してお代わりを頼むのだった……。

 

 

 

 

カワサキから受け取ったくりすます用の料理と街によって買った酒瓶などを荷台に乗せて俺の屋敷へと足を向ける。

 

「おい、良いのか?俺達まで行ってよ」

 

「かまわねえよ、どうせこの雪だ。お前らの家族がいる藤の家まで行くのは危険すぎるだろうが」

 

不死川の奴が迷惑じゃないのか?と言ってくるが、宴は派手な方が楽しい。それに、この雪の中不死川の母や弟達がいる藤の家に行くのは自殺行為なので、俺の屋敷で一晩身体を休めてから向かえば良いだろ?と、明日と明後日が休みになっている不死川と玄弥、匡近の3人を連れて屋敷の門を潜る。

 

「天元様、おかえりなさい。お風呂の準備が出来てますよ」

 

「おう、悪いな。それと客が3人だ、布団と着替えの準備を頼む」

 

「分かりました。すぐに準備をしますね」

 

本当ならば嫁3人と一緒に入っても構わないのだが、純情な奴が多いので男連中だけで風呂に入る事にする。雪道で冷えた身体をしっかりと暖め、少し身体に残っている鬼の血の匂いもしっかりと洗い落とす。

 

「おら、玄弥。ちょっとこっち来い」

 

「え、いや、俺はいいですよ。香料は」

 

「血の匂いが抜けてねえんだよ。不死川達も香料を使っとけ、飯の時に血の匂いなんかしたら飯が不味くなる」

 

香料を使い慣れていない玄弥には俺様が自ら香料を振ってやり、何回か俺の屋敷に泊まっている不死川達は慣れた手付きで香料を振る。

 

「お前、こんな匂いをさせて平気か?」

 

「南蛮の良い香料だぞ?少しは男の色気ってもんを持つってことを考えろよ。じゃなきゃ良い嫁さんなんてもらえないぞ、俺様みたいなッ!!」

 

まきを、雛鶴、須磨の3人は俺様の自慢の嫁だ。不死川もそろそろ良い歳なんだから、嫁を貰う事を考えろというと、露骨に嫌そうな顔をする。

 

「俺達は何時死ぬかも分からないのに嫁なんか貰えるか」

 

「馬鹿だな、嫁がいるから死んでたまるかって思えるんだよ」

 

大切な者は多ければ多いほうが良い。確かにそれは迷いを産むかもしれないが、それと同時に負けてたまるかと言う闘志を燃やす事にも繋がるのだから。

 

「それに、カワサキだって香料を使うときあるんだぜ?」

 

「それこそ嘘だろ?カワサキさんがそういうのを使うとは思えねえなあ」

 

「俺もそう思うけど」

 

身嗜みを常に整えているカワサキが香料を使うなんて想像出来ないかもしれないが、何度か休みの時に飲みに誘ったが、その時は普段の地味な姿からは考えられない派手派手な姿をしていた。

 

「仕事と休みはしっかり分ける男だからな。今度、カワサキを休みの時に飲みに誘うから信じられないなら付いて来いよ。別人そのものだぞ」

 

髪を上げ香料を振り、西洋衣装に身を包んだカワサキはその目付きの鋭さも相まって危険な色気を持っていた。カナエとかが顔を真っ赤にしてあうあう言っていたのを思い出し、含み笑いをしながら雛鶴達が準備をしてくれているであろう宴会場へと歩き出した。

 

「ほっほーう!こいつは派手だな。いや派手派手だッ!!!」

 

「……これがけーきかぁ……」

 

「なんか凄いね、兄ちゃん」

 

「本当カワサキさんって何でも出来るんだなあ」

 

机の中心に置かれているケーキは俺様達も見た事がない西洋の菓子であり、その周りにあるご馳走も普段カワサキの店で出ないような料理ばかりだ。正直、西洋の偉い人間の誕生日だかなんだか分からんくりすますだが、これだけのご馳走が食えるのなら悪くないと思い、俺は座布団に腰を下ろすのだった。

 

 

「……生肉?」

 

「いや、義勇。違うぞ、これはこれで火が通っているそうだ」

 

「生っぽいけど大丈夫だよ。刺身みたいで美味しいよ」

 

「……大丈夫なのか?」

 

「カワサキが食べれない物を出すわけがない、大丈夫だ。義勇、それは食べれる」

 

狭霧山の水の呼吸一門も仲睦まじく食事を楽しんでいたのだが……。

 

「あの…なんで俺までここにいるんですか?」

 

「「「?」」」

 

「気にする事はない、お前の育手はワシの同僚だからな」

 

「やだ、この人達話通じない」

 

水の呼吸の使い手だが、鱗滝の弟子ではない村田は水柱2人に拉致されて狭霧山に来ていた。

 

「今度、継子試験に参加するんですよ」

 

「ほう…そうかそうか。あの試験は大変だが頑張ると良い」

 

完全に逃げ道を断たれたと悟った村田は何故自分がこんな目にあうのだと内心涙しながらも、心から頑張れと激励してくれている鱗滝を前に喚く事も出来ず頑張りますと小さな声で呟くのだった……。

 

 

 

パティシエのスキルはあっても、実際に作った経験は殆どないケーキだったが…思った以上に好評だった。

 

「……カワサキ殿」

 

「言うな、分かっている行冥」

 

分かっていた事だが甘い……元々修行僧の行冥とおっさん手前の俺にはケーキは甘すぎた。少し甘さ控えめのチョコケーキでもこれか…と揃って小さく呻いてワインをグラスに注ぐ。

 

「行冥」

 

「ありがとうございます」

 

ワインの酸味で少しましになったが、やはり俺達にはケーキは些か口に合わないようだ。

 

「私は苦手ですが、皆喜んでいるのは嬉しいですね」

 

「まあ、確かにな」

 

行冥が面倒を見ている孤児達に、カナエがいるからと俺の店に来たしのぶ達。それに有一郎と無一郎もケーキに笑みを浮かべている。

 

「美味しい……大福よりずっと美味しい……」

 

「でも、大福も美味しいよ?」

 

「行冥さんが良く買ってきてくれるじゃないか」

 

「う……うん、でもほら、これは珍しくて美味しいよ?」

 

食べなれない初めての味に興奮している者と行冥が任務の帰りに買ってくるお土産とどっちが美味しいかな?と、話をしている子供達は輝くような笑みを浮かべている。

 

「あんぱんは喜ばれるでしょうか?」

 

「作ってみるか?今度」

 

「……私でも出来るでしょうか?」

 

「教えてやるさ」

 

子供の為ならばなんでもする行冥だ。ハンディを背負っていても、それをやろうとする行冥を俺は心から応援するし、協力だって惜しまない。

 

「……美味しい」

 

「確かに美味い」

 

「これ美味しいね、兄さん」

 

「馴染みはない味だけどな」

 

スポンジケーキに生クリーム、そして新鮮な果物とこの時代では馴染みのない味だろう。美味い事は美味いのだが反応に困っている様子の有一郎だが、その頬に生クリームが付いていてそれなりにケーキを楽しんでくれているようで良かった。

 

「もー、カワサキさんも行冥さんも、なにを離れた所にいるんですか」

 

「行冥様もこっちにきてくださいよ」

 

カナエと沙代が、俺と行冥が折角のパーティなのにどうして離れた場所にいるのかと怒った様子で声を掛けてくる。

 

「誕生日に喜ばれる料理は何かって話をしていたのさ。行冥でも作れそうなのをな」

 

「あ、ああ。私も何か作れる物はないかと思ってカワサキ殿に相談していたのだ」

 

俺に口裏を合わせてくれた行冥だったが、沙代とカナエは驚きの表情を浮かべる。

 

「行冥さん。目が見えないのに料理をするのは流石に危ないんじゃ?」

 

「行冥さん、無理はしないで良いんですよ」

 

ちょっとフォローの方向を間違えたかもしれない、凄く心配そうな反応をされてしまった。

 

「まぁすぐにやるって話じゃないさ、行こうぜ行冥」

 

「はい」

 

とりあえず、パーティの輪の中に入らないと問い詰められそうだと行冥と共に楽しそうに笑っている子供達の輪の中に入る。

 

「あら、カワサキさんもやっと混ざってくれましたね」

 

「その言い方だと俺が逃げてたみたいだから止めてくれ」

 

ジト目のしのぶはくすくすと笑いながらケーキを頬張り笑みを浮かべる。

 

「自分で作った料理なんですから、ちゃんと食べてくださいよ」

 

「……正論過ぎてぐうの音もでねえわ」

 

「でしょう?」

 

絶対あれだな、食育であれやこれやと注意したの根に持ってるなと思うが、しのぶの言うのも間違いなく正論だ。

 

「カワサキさん、好き嫌いしたら駄目なんだよー」

 

「いつも言ってるのにねー」

 

「好き嫌い駄目」

 

「カワサキさんも嫌いな食べ物あるの?」

 

俺に嫌いな食べ物があるのかと一気に騒がしくなる。俺は苦笑しながら取り皿にローストビーフとから揚げを取る。

 

「嫌いという訳では無いが…苦手な物はある」

 

「それ言葉遊びですよね?嫌いなんですよね?」

 

……なんか今日凄いしのぶが突っかかってくるな?もしかして酔ってるのか?ワインは馴染みがないから悪酔いしてるかもしれないな。とりあえず反論すると倍以上の言葉が返ってきそうだから下手に反論しないようにしよう。

 

「甘いのは少しだけ苦手だな。だからケーキはチョコレートにする」

 

「あ、じゃあ私が切り分けますねー」

 

「おう、ありが……と?」

 

今気のせいか? カナエが何か白い粉をケーキに振りかけたような……気のせいか?いや気のせいだよな?うん、きっとそう。

 

(何かスキルが反応してるけど多分気のせい)

 

毒物耐性のスキルが発動しているけど気のせいだと思う事にし、カナエが差し出してくれたケーキを口にするのだが妙な苦味を感じて気のせいじゃなかった?と、小さく首を傾げるのだった。

 

「効果がないみたいね」

 

「大分強い薬だったんですけど……ごめんなさい姉さん」

 

「大丈夫、まだ機会は幾らでもあるわ」

 

やっぱり気のせいでないかもしれない……ちょっとこれから毒物耐性を解除するのは良くないかもしれないと思いながら俺はワインを口にするのだった……。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

メニュー33 お食事パンケーキ

メニュー33 お食事パンケーキ

 

蜜璃が杏寿朗の継子になり、槇寿朗・杏寿朗の2人の炎の呼吸の使い手に指導を受け、メキメキと実力をつけている頃。俺の元には1通の手紙が届いていた。

 

「ほう、そうかそうか」

 

手紙の送り主は小芭内。水の呼吸の修錬を続けていたが、やはりどこか合わず悩んでいる途中に自分の呼吸を見出したとの事。そしてその呼吸には通常の刀では合わないらしく、槇寿朗の方から刀鍛治の里に頼んでくれるように頼みに行きますと言う物だった。ここで俺に頼んでくれとか、手紙で頼まない辺りが小芭内の真面目な性格を現しているなと思いながら読み終えた手紙を畳んで引き出しの中にしまい立ち上がる。自分の屋敷を持ちはしたが、1人で暮らすのは危ないという槇寿朗の忠告でまだ俺は煉獄家に居候していた。その理由はやはり新たに岩柱になった行冥、そして育手の育成方針への口出し、そして最終選別の方法の見直しと今までの鬼殺隊の常識を変え続けてきたのが大きいだろう。

 

「見得や伝統じゃないだろうに」

 

ボウルの中にふるいを掛けた薄力粉、ベーキングパウダー、そして通常よりも少し少なめの砂糖と、少しだけ多い塩を入れて混ぜ合わせる。流石に年頃の乙女相手に何時も山盛りの丼飯と揚げ物や魚という物では流石にあれだと思った。まぁ、食べる量は槇寿朗達に匹敵するので、乙女というには流石にすこーし問題があるが、それでもうら若い乙女である事は変わりない。となれば少しお洒落な食事を作ってやりたいと思うのは当然の事だろう。

 

「牛乳、卵っと」

 

今回はホットケーキを作ろうと思う。なんでも砂糖を少なめにしてサンドイッチのパンの代わりにしたり、ピタパンのようにしたりするというのを昔見たことがあるのでそれを作ってみようと思う。パンはちょっと仕込んでいる時間が無い上に窯がないのでパンを焼く設備が無い。だから鉄鍋さえあれば作れるパンケーキを作ることにしたのだ。

 

「作っている燻製肉と野菜と……後は、そうだな。蕎麦をソースで味付けして焼きそばっぽくしてみても面白いかもしれないな」

 

まだ訓練は始まったばかり、色々仕込んでみるのも面白いと思い。鉄鍋でゆっくりとパンケーキを焼き始めるのだった……。

 

 

 

 

 

杏寿朗が見出してきただけあり、甘露寺の才能はここ最近の炎の呼吸を使う剣士よりも遥かに秀でている。

 

「良い踏み込みだ!だが、もっと力強く踏み込んだ方が良いなッ!」

 

「はいッ!師範ッ!!」

 

少女でありながら、その膂力は全集中の呼吸だけの物ではない、生まれ持った素質だ。これだけ才覚に秀でている内弟子には流石の俺も笑みが零れたが、それと同時に少し落胆していた。

 

「む?甘露寺、妙な癖が出ているぞ?」

 

「え?そうですか?」

 

「うむ。不知火にそのような足運びは無いなッ!」

 

不知火は相手に向かって踏み込み、そのままの勢いで袈裟切りをする。基本にして炎の呼吸の型の基本にして奥義と言える。それゆえに不知火を極められないと他の型を習得するのに些か問題が出て来る。だが俺はこれはある意味当たり前だと思っていた。

 

「杏寿朗!相手は女性だぞ。男と同じ踏み込みが出来ると思うな、だが良い踏み込みだ。自信を持て!」

 

「は、はい!」

 

「なるほど! 私は女性に技を教えたことはありませんでしたから、そこまでは考えておりませんでした!」

 

「甘露寺に教える事で、自分自身ももう1度見直すのだ。杏寿朗」

 

圧倒的な膂力を持ち合わせているが甘露寺はやはり女なのだ。男とは骨格が違う、そしてカワサキの言葉を借りるのならば筋肉の稼動域が違う。筋力などでは男に匹敵していても、やはり適した身体の動きは男とは違うのだ。

 

(……うーむ)

 

こうして見ていると判るのだが、甘露寺はずいぶんと胸が大きい。さらしで押さえているが揺れる度に重心がずれているのが良く判る。炎の呼吸のようにどっしりと構え、相手を一撃で両断するというのは筋力に秀でている甘露寺には確かに良く合うだろう。だが、甘露寺が炎の呼吸を極めるのは難しいと言わざるを得ない。

 

(修錬の間に独自の呼吸を見出すか、別の呼吸を紹介するべきか……)

 

初めて杏寿朗が見出してきた継子だ。出来る事ならば最後まで面倒を見てやりたいが……炎の呼吸への適正は甘露寺は決して高いとは言えんな。

 

(足捌きは……水の呼吸、体捌きは雷の呼吸に劣るが早い)

 

水の呼吸の様に縦横無尽に足場を変えるが、水の呼吸の滑らかさにはやや遠い。

 

雷の呼吸の様に鋭い踏み込みと、速度を生かした体術を見せるが、雷の呼吸の速さには遠い。

 

そして炎の呼吸の力強さに良く似ているが、燃え盛る炎ではなく揺らめく炎の儚さを感じる。

 

(既存の呼吸にはどれも合わないな……)

 

カワサキの助力を得て、日の呼吸の再現を試みた時に判った呼吸の適正の重要性――甘露寺は炎の呼吸の適性はあるが、極める事が出来ないと言うのはすぐに判った。

 

(後はいつそれを言うかだな)

 

甘露寺と言う初めての継子に気合を入れて指導をしている杏寿朗。そして初めての杏寿朗の継子と言う事で気合を入れて学んでいる甘露寺――その2人に本当の事を言うのは憚られるが、何時かは2人も気づく時が来る。それをどうやって杏寿朗と甘露寺が乗り越えるのかと考えると、早い内に言うべきなのだろうかと頭を悩ませていると厨からカワサキが姿を見せた。

 

「随分と訓練に励んでいるな!感心感心。だけど昼飯の時間はもう過ぎてるぞ!」

 

カワサキにそう言われて気付いたが、確かに昼飯の時間は過ぎていた。

 

「すまない。少し訓練に熱が入っていたようだ」

 

「申し訳ありません!カワサキ殿!して、今日の昼食はなんですか!」

 

「何時も美味しいご飯ありがとうございます!」

 

なんにせよ、まずは昼飯だ。杏寿朗と甘露寺の事は今度機会を見て伝えることにしようと思い、カワサキの用意した昼食に視線を向けたのだが……。

 

「なんだこれは?」

 

丸いドラ焼きの生地みたいなのが山積みになっていて、野菜とカワサキが作っている燻製肉。そして蕎麦か? 随分と色の濃い蕎麦と卵焼きとカワサキが何をしたいのか判らない料理が多数並んでいた。

 

「おお、焼き蕎麦ですか!いただきます」

 

「あ、馬鹿!待てッ!」

 

カワサキが制止するが、それよりも先に蕎麦を口に運んだ杏寿朗の顔が歪んだ。

 

「か、カワサキ殿……これは随分と辛い、いや濃いですな」

 

「だから待てって言ったろうが……ちょっと待て。悪い、槇寿朗。先に杏寿朗の分を用意する」

 

「ああ、構わん。どうも待ちきれないようだからな」

 

「申し訳ありませぬ……」

 

しょんぼりとする杏寿朗に柱になってもまだ子供かと苦笑し、カワサキが手早く準備するのを見ながらカワサキがよく作る甘みと酸味のある特製の水を口にするのだった……。

 

 

 

 

蕎麦を炒めた物――焼きそばは良く食べるので思わず箸を伸ばしたが、想像以上に味が濃かった。普段の倍くらい濃かったので思わず吐き出しかけたが、それをするとカワサキ殿に叱られるので気合で飲み込んだ。だがカワサキ殿の料理で飲みこむのが辛いと思ったのはきっと後にも先にもこの濃い焼きそばだけだと思う。

 

「本当はパンに挟むんだが、生憎パンを焼く設備がないからな。パンケーキを作った」

 

「え?カワサキさんは窯があればパンを焼けるんですか!?」

 

「焼けるぞー?あんぱんでも食パンでも何でもござれだ」

 

なんと……カワサキ殿はパンまで焼けるのか、前にお館様が用意してくれたアンパン――あれは実に美味かったが、カワサキ殿がパンまで焼けるとは驚きだ。

 

「今度は窯か。庭がまた賑やかになるな」

 

「作るのは確定かよ……それなら材料だけでいいぞ? 俺が使いやすくないと困るからな」

 

カワサキ殿の料理の腕を生かすために鉄板を配置した部屋なども準備したが、今度は窯か!どんな料理が出来るのか楽しみだ。

 

「ほい、出来たぞ」

 

俺がさっき食べられないと思った濃い味の焼きそばをぱ、ぱんけーき?とやらに挟んでカワサキ殿が差し出してくる。見た目はドラ焼きのようだが……。

 

(いやいや、問題ない)

 

カワサキ殿の料理で不味い物はない!きっとさっきの濃い味は俺が急いで食べ過ぎたからだと思い、差し出されたドラ焼きのような物を口に運んだ。

 

「美味いッ!!!」

 

「そうかい、それは良かった」

 

「こんなに面白い美味いは初めてですッ!!!」

 

ぱんけーきはほんのりと甘く、そしてとてもふんわりとしていて柔らかい。その味は菓子に近く、これでは腹が膨れないと思ったときに顔を出す焼き蕎麦の濃い味――さっきは辛いと思ったその味がぱんけーきで甘い口の中に広がると甘さは感じず、また焼き蕎麦の辛さも感じない。カワサキ殿が手打ちしている弾力の強く歯応えの良い蕎麦と柔らかいぱんけーき……甘い物と辛いもの、この相反する味がまさかこうまで口の中で1つになるとは驚きだ!

 

「うん!美味いッ!!!!」

 

具材は無く、少し寂しいか?と思ったのだがそんな事はない。焼き蕎麦の弾力と濃い味、そして柔らかいぱんけーきの甘さだけで十分に満足出来る味だ。

 

「ほう?俺のは杏寿朗のとは違うのだな?」

 

「燻製肉と赤茄子とレタスを挟んでる。厚切りの燻製肉が良い味をすると思うぞ」

 

カワサキ殿の燻製肉が厚切り!? 普段は薄く切られているのが厚切りにされていると言うだけで涎が出てくるのが判る。

 

「飲み込んでからな。ちゃんと準備してあるから」

 

「んぐ、はいッ!!」

 

ぱんけーきというのは思ったより大きい上にたっぷりと焼き蕎麦が挟まれている。

 

「む、これは何とも言えんな。美味い、美味いのは間違いないんだが……こんな味は初めてだ」

 

「は、初めての味ですね、甘いのにしょっぱいなんて面白いです!」

 

「甘いのと辛い味は良く合うのさ。案外美味いだろ?」

 

父上と甘露寺が食べているのを見て、残り少しの焼き蕎麦を挟んだ物を大きく口を開けて頬張る。

 

「カワサキ殿!私にも是非!」

 

「はいはい、今作るよ」

 

カワサキ殿がぱんけーきを手の上に乗せて、白い……マヨネーズというカワサキ殿が良く作る調味料を塗って、その上にレタス、赤茄子、そして厚切りにした燻製肉が乗せられてぱんけーきで挟まれる。

 

「はいよ」

 

「いただきます!」

 

零れ落ちそうになる具材を両手でしっかりと掴んで、大きく口を開けて齧りついた。

 

「美味い!!!美味いッ!!!」

 

柔らかくて甘いぱんけーきを噛み千切ろうとすると燻製肉に歯が当たる。その厚切りにされた燻製肉にこんな贅沢が許されるのかと思いながら挟まれている野菜と共にぱんけーきを齧りきる。噛み締めるたびに溢れ出る脂、そして塩味の強い燻製肉を包み込むぱんけーきの甘さ――。

 

「これは美味いです!お代わりを!!」

 

焼き蕎麦も美味かったが、普段少ししか食べれない燻製肉を厚切りで食べれるというのが気に入り、もう1度同じ物をカワサキ殿に頼み、残り半分のぱんけーきを頬張るのだった……。

 

 

 

 

何時もカワサキさんは凄く美味しいご飯を作ってくれるけど、こんなに面白いご飯は初めてかもしれない。

 

「んんー♪美味しいです!」

 

「良かったよ。これはあんまり日本じゃ馴染みがないだろうからなあ」

 

お菓子をご飯にすると言うのは確かに日本では全然見ないと思う。だけど、これは面白くて凄く美味しいから凄く気に入ってしまった。

 

「卵がふわふわ~♪」

 

「ふふん、自信作さ」

 

普段の卵焼きの数倍はふんわりとして柔らかい、それと柔らかくて甘いぱんけーきは凄く合う。卵が甘いからお菓子みたいな感じがするんだけど、しっかりとお腹に溜まる感じがする。

 

「ん。んー?美味いのですが」

 

「俺達にはあんまり合わないな」

 

「だから言っただろ。卵は蜜璃用だと、勿論美味い事は美味いが2人には合わないだろう」

 

私の為に用意してくれた卵焼きは師範と大師範にはあんまり合わなかったようだ。美味しいことは美味しいんだけど、どうも口に合わないという様子だ。

 

「焼き蕎麦で作ってくれ」

 

「私もお願いします!」

 

口の中が甘いのか口直しで焼き蕎麦を挟んでくれと師範と大師範が言う。私には焼き蕎麦の味は少し濃すぎて苦手だけど、やっぱり大師範と師範には合うんだなあと思いながらふんわり卵の挟まれたぱんけーきを口に運んでふと気づいた。

 

「カワサキさん。これってもしかして凄く甘く出来るんですか?」

 

甘くしてないと言っていたけど、甘くしてないって事は甘く出来るって事だ。それに気付いてカワサキさんに尋ねるとカワサキさんは凄く優しい顔で笑った。

 

「勿論出来るさ。明日のおやつに準備するからな」

 

「はい!楽しみにしてます!」

 

「甘いのもたまにはいいですね!さつまいもは使えますか?」

 

師範も甘いおやつに使って欲しい食材をカワサキさんにお願いしている。

 

「勿論出来るぞ。ちゃんと準備しておくから2人とも楽しみにしていてくれ」

 

「「はい!」」

 

この塩味の効いたぱんけーきも美味しいけど、甘く作ってくれたぱんけーきがどれだけ美味しいのかという楽しみが出来た事に笑みを浮かべながら、卵の挟まれたぱんけーきを頬張った。

 

「んー!やっぱり凄く美味しいです!」

 

「そこまで喜んでくれるとこっちも嬉しいよ」

 

「カワサキ殿!焼き蕎麦のを1つ!」

 

「カワサキ、俺は卵と燻製肉を」

 

「なんと!?そんな事を頼んでも良いのですか!?」

 

「残っても困るからな、こうやって食べたいって言うのがあったら教えてくれよ」

 

「「燻製肉と卵でお願いします!」」

 

好きな組み合わせでも作ってくれると聞いて私も師範も大師範と同じ卵と燻製肉を使って欲しいと声を揃えてカワサキさんにお願いするのだった……。

 

 

メニュー34 ふわふわパンケーキへ続く

 

 




パンケーキでサンドイッチにするって言うのは調べてみると結構あって、自分で作ってみても案外美味しかったです。厚切りベーコンをどーんって挟むのが個人的に凄く良かったですね。次回は小芭内と蜜璃の初エンカウントを書いて見たいと思います。それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

メニュー34 ふわふわパンケーキ

メニュー34 ふわふわパンケーキ

 

大師範と師範の家でお世話になって嬉しいことが沢山あった。まずは、やっぱり修練の事。正直、師範の継子に見出される前は女だからと言う事で馬鹿にされることも多かったし、私が添い遂げる殿方を探していると聞いた先輩隊士から夜伽をしろとか言われることもあった…勿論そう言うのは鎹鴉や藤の家の人達が監視してくれていた事ですぐに処罰が下ったけど、正直かなり怖かったのを覚えている。その時の事を考えれば瑠火さんは優しいし、相談にも乗ってくれる。それに大師範と師範も女だからと馬鹿にしないで熱心に稽古を付けてくれる。

 

次はやっぱりカワサキさんの食事だ。最終選別の時に食べた時もすっごく美味しかったけど、私のために特別な献立を作ってくれるし、色んな国の料理も作ってくれる。それにこう……上手く言えないけど、お兄ちゃんみたいな感じがして凄く相談しやすいのだ。

 

「判る!カワサキ殿は俺にとっても兄のような人だ!」

 

「ですよね!カワサキさんってお兄さんって感じがしますよね」

 

「うむ!色々と相談にも乗ってくれる上に、海外の鍛錬を色々と教えてくれてな!俺が柱に成れたのは父上とカワサキ殿の存在が大きいなッ!!」

 

師範もカワサキさんを兄のように思っていると言って快活に笑った。

 

「勿論それは俺だけではなく、小芭内も同じだろうがな」

 

「お、小芭内さん?兄弟弟子さんとかですか?」

 

いま大師範の家にいる弟子は私しかいない筈だから、小芭内という人物が師範の兄弟弟子と言うのは明らかだった。だからそう尋ねると師範は大きな声で笑った。

 

「俺の幼馴染だ!俺と共に父上に炎の呼吸を習ったのだが、炎の呼吸の適性が低くてなあ。水の呼吸と霞の呼吸の育手の所を渡り歩いているそうだ!」

 

呼吸の適性……それはとても繊細な問題だ。炎の呼吸の師範に習っても炎の呼吸を扱いきれないと言う隊士は多いし、毎年水の呼吸の使い手を選出している家でも、水の呼吸の適性が低い子供がいると言う話は実際良く聞く。

 

「し、師範」

 

「気にするな!大丈夫だ。お前がどんな道を選ぼうとも、俺も父上もお前の師。良く考え、そして学び、己の技を磨けばいい。それに、修錬を積んでいる間に炎の呼吸の適性も上がるやもしれん!」

 

 

「は、はい!頑張ります!」

 

「その意気だ!今日はカワサキ殿が特製のおやつを作ってくれるはず!気合を入れて鍛錬だ!」

 

「はい!」

 

休憩は終わり、再び私は師範の指導を受けながら炎の呼吸への理解を深めようと努力をした。だけど……どうしても拭いきれない違和感が消える事はやはりないのだった。

 

 

 

 

 

 

小さな鍋の中で茹でている皮を剥いて、小さく切ったさつまいもに串を刺す。スッと串が入り、ぐずぐずとまでは言わないが、かなり柔らかくなっているのを確認してお湯を捨てて、弱火で更に水気を飛ばし時折鍋を揺すり焦げ付かないようにし、水気を十分に飛ばしたらマッシャーで芋を丁寧に押し潰す。

 

「砂糖と牛乳っと」

 

いい具合にさつまいもが潰れたら牛乳と砂糖を加えて弱火で練り上げるような感じでさつまいもを伸ばす。ふわふわのパンケーキを作る約束をしたが、そこで杏寿朗が欲しいと言ったさつまいものクリームの準備だ。本当は生クリームの方が滑らかな仕上がりになるのだが、ふわふわのパンケーキに使うなら味が濃くなりすぎるので牛乳にした。

 

「良し。こんな物だな」

 

程よく芋の感触を残したクリームになった所で火からどけて、香り付けにブランデーを数滴垂らしてざっと混ぜ、氷室の中に運んで冷やしておく。これで鍛錬が一区切り付いた頃に良く冷えてちょうど良い頃合になる筈だ。

 

「うし、やるか」

 

鍋に少量の水を入れて沸かしている間に生地の準備を始める。ボウルの中にふるった薄力粉、砂糖、卵黄、牛乳、サラダ油を加えてよく混ぜ合わせる。全体が良く混ざったら今度は別のボウルを用意して卵白を入れて泡たて器で卵白の塊を綺麗にほぐす。良くほぐれた所で全力で泡たて器で卵白をかき混ぜる。

 

「んんッ!」

 

それこそ泡たて器を叩きつける要領でかき混ぜ、卵白が泡立って来たら砂糖を少しずつ加えてまたかき混ぜる。

 

「うしっ!OK」

 

泡たて器を持ち上げたときにメレンゲが持ち上がりついてきたら完成だ。これを最初に作った生地に混ぜて、メレンゲを潰さないようにサックリとかき混ぜれば生地は完成だ。

 

「頼むから上手く行ってくれよ……」

 

鉄板を竃の上に乗せサラダ油を敷いて温まってきたらおたまでゆっくりと生地を鉄板の上に乗せる。これを数回にわけて高さを作る感じで生地を盛り上げて、鉄板の上に4つ生地を置いたら、生地に掛からないように注意してお湯を入れたら、蓋をする。暫くそのまま様子を見て、小さく深呼吸をしてから蓋を開けた。

 

「……良し良し……」

 

鉄板でお湯が蒸発し、蓋で蒸気を逃がさないように蒸し焼きにしたことでふんわりと膨らんでいる。潰さないように気をつけて引っくり返すと綺麗な狐色になっている。

 

「もうちょっとだな」

 

また鉄板の上にお湯を入れて蓋をして蒸し焼きにする。10分ほど焼いた所で蓋を開ける。

 

「完璧」

 

ふわっと膨らんだパンケーキを見て俺は思わず笑い、潰れてしまわないように保存を掛けて丁寧に鉄板の上から皿の上に移し、次の生地を鉄板の上に丁寧に流し込み、次のパンケーキを焼き始めるのだった……。

 

 

 

 

 

カワサキ殿が用意してくれたおやつ用のパンケーキは中に燻製肉や焼き蕎麦を挟んだ物と違い、非常に柔らかそうな物だった。

 

「さつまいものクリームと巣蜜、それと溶かしたバターを用意してるから好きな物をかけて食べてくれ」

 

カワサキ殿はそう言うとどんどん焼いてくるからと言って厨へと戻って行かれた。俺達は皿の上に置かれた柔らかそうなぱんけーきを1つずつ、それぞれの皿の上に乗せる。

 

「兄上、さつまいものクリームですよ」

 

「うむ!ありがとう」

 

千寿朗から受け取ったさつまいものクリームをパンケーキの上に乗せようとしてふと思った。これだけ柔らかいぱんけーきに乗せたらつぶれてしまうのではないか? と思い皿の上にクリームを乗せる。

 

「じゃあ私は巣蜜を」

 

「ではばたーを」

 

甘露寺は巣蜜、千寿朗はバターをぱんけーきの上に乗せて、それぞれ匙を手にした。

 

「おおッ!これは凄い!」

 

「や、やわらかーい……」

 

匙が吸い込まれるようにぱんけーきの中に消えた。ゆっくりと匙を動かしてぱんけーきを掬ってみると中までふんわりとしているのが良く判る。

 

「どれ、どんな味だろうな」

 

「カワサキさんの料理だからきっと美味しいですよ」

 

「どんな味か楽しみだなあ」

 

3人でこのぱんけーきがどんな味なのかを想像し、口をあけて頬張った。そして俺達はその味わったことのない食感に3人とも声を失った。

 

(こ、これは凄い)

 

口の中で溶けるように消えた。雲を食べればこんな感じなのかと思うほどに不可思議な食感だった。

 

「お、美味しいー♪こんなの初めて食べるわッ!」

 

「本当ですね!これすっごく美味しいですッ!」

 

「うむ!これは美味いッ!!」

 

甘露寺が美味しいと言った瞬間。俺も千寿朗も口々に美味いと叫んだ。この不可思議な食感と味に驚いて声が出なかったのだが、甘露寺のお陰で美味いと言う事が出来た。

 

「口の中で溶けて消えますねー♪」

 

「本当です!カワサキさんがアイスクリンとかを作ってくれますけど……それとはまた違う感じで」

 

「美味いッ!!!」

 

俺には色々と飾ったことを言えないので美味いとだけ叫んだ。それだけでカワサキ殿のいる厨にまで俺の声はきっと届いた筈だ。今度はさつまいものクリームを掬ってぱんけーきと共に頬張った。

 

「美味い美味い!わっしょいわっしょいッ!!!!」

 

口の中に少しだけ残るさつまいものほくほくとした食感! そしてさつまいもの甘み!!それが口の中で1つになって美味い以外の言葉が出てこない。

 

「ほわあ……おいひい……」

 

「幸せの味ってこんな感じなんですかねえ……」

 

カワサキ殿は今まで俺達の知らない味を幾つも作ってくれたが、これほど感動的な味は初めてだった。

 

「なんだ、何を騒いでいる?杏寿郎」

 

「おお!小芭内か!カワサキ殿が珍しい菓子を作ってくれてな!お前もどうだ?」

 

何時の間にやってきたのか小芭内が俺達が騒いでいるのを見て、怪訝そうな顔をしてこっちにやってきた。

 

「菓子?カワサキさんのか……それなら俺も」

 

そう言いながらやってきた小芭内が甘露寺に気付いて足を止めた。その目は大きく開かれ、甘露寺を凝視している。

 

「えっと小芭内さんですか?師範の幼馴染の……?」

 

「あ、ああ。伊黒、伊黒小芭内だ。杏寿郎は幼馴染になる」

 

「そうですか!あの、私は甘露寺蜜璃って言います。よろしくお願いします」

 

小さく頭を下げる甘露寺をじっと見つめている小芭内。無表情の小芭内だから少し判りにくいが、甘露寺を見て頬を赤らめているのが俺には判った。

 

「伊黒さんもどうですか?」

 

「あ。いや、俺は」

 

「遠慮するな!さぁ、座れ!!」

 

逃げようとした小芭内の肩を掴んで強引に甘露寺の目の前に座らせる。驚いた様子で俺を見る小芭内だが、俺はそれを知らない振りをした。自分を必要以上に律し、罰している小芭内が俺の勘違いでなければ好意を見せたのだ。これは珍しいことだ、これを切っ掛けにして、もっと小芭内が社交的になれば良いと思ったのだ。

 

(お、お前の弟子ではないのか?)

 

(弟子ではある!だが恋仲ではない!)

 

目に見えてうろたえる小芭内。長い付き合いだが、小芭内のこんな反応を見たのは初めてだ。それと同時にカワサキ殿が小芭内が変わるには愛する相手でも見つけないと駄目かと言っていたのを思い出し、ここは余計なお世話をしてやろうと思ったのだ。

 

「はい、伊黒さんもどうぞ。とても美味しいんですよ?」

 

「あ、ああ。も、貰おうか」

 

声は若干うわずっているが、それでも甘露寺からぱんけーきを受け取ったと言うのが良い傾向だと思った。

 

「お!小芭内も来たのか。よっし、よし、じゃあもっと沢山焼いてくるかなあ」

 

「すいません。カワサキさん……ご迷惑を掛けます」

 

「良いって良いって、そんなの気にしなくていいからさ。一杯食べてくれよ」

 

笑顔で言うカワサキ殿はぱんけーきを置いてすぐに厨に引き返していく。だがその姿は楽しそうで本当に料理をしているのが楽しそうに見える。

 

「このさつまいものクリームが美味いぞ」

 

「巣蜜も美味しいですよ。伊黒さん」

 

「あ、ああ。そうか……ではまず巣蜜から貰おうか」

 

俺と甘露寺に同時に声を掛けられて、少し困っている様子だが決して嫌そうにしていない。

 

「はい。伊黒さん、お茶をどうぞ」

 

「すまない。ありがとう、千寿郎」

 

穏やかな昼下がり、俺達はカワサキさんの作ってくれたぱんけーきを食べながら、穏やかな時間を過ごすのだった……。

 

 

 

メニュー35 とろろ蕎麦ととろろご飯へ続く

 

 




次回は食事描写よりもシナリオを重視して書いて見たいと思います。具体的には「日の呼吸」の再現実験みたいな感じでやってみたいなと思います。それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

メニュー35 とろろ蕎麦ととろろご飯

メニュー35 とろろ蕎麦ととろろご飯

 

任務もない麗らかな昼下がり。食後の緑茶を飲みながら一息ついている所にカワサキが爆弾を投げ込んできた。

 

「は? すまない、もう1度言ってくれないか?」

 

どうか俺の聞き違いであってくれと思いながらカワサキに言うとカワサキはにこりと笑った。

 

「日の呼吸だっけ? お前がやさぐれた奴、再現してみねえ?」

 

「止めろ、その言葉は俺の胸に突き刺さる」

 

日の呼吸に拘り、自分が駄目な人間だと思いこんでいたのはつい1ヶ月前の事だ。その時の事は己の恥と思っているので、出来ればその事に触れて欲しくなかった。

 

「それは判っているが、それでもだ。完全に未練を断つ必要があると俺は思うんだが……どうだ?」

 

「む、それは……確かに」

 

己の呼吸を卑下する事は無くなったが、それでも日の呼吸に対する好奇心という物は確かに残っている。本当に日の呼吸が最強だったのか? それならば何故鬼殺隊に日の呼吸が伝わっていないのか? 俺は確かにそれを知りたいと思った。

 

「出来るのか?」

 

「炎・岩・水・風・雷は日の呼吸から派生したんだろ? それならその5つの呼吸に絶対に共通する点があるはず。それを調べれば出来るはずだ」

 

「調べるといってもどうやって?」

 

話は判る。だがその方法で調べようとした隊士は今まで何人もいたが、それが成し遂げられた事は1度もない。それをどうやって調べるのか? と尋ねるとカワサキは細長い奇妙な道具を机の上に置いた。

 

「それは?」

 

「西洋にある音を録音する機械だ。これに各呼吸の音を録音してだな、それを組み合わせて全ての音が1つになる所を導き出す」

 

「つまり音が全て重なれば!」

 

「そう、それが日の呼吸の呼吸法って事じゃないか? どうだ? 試してみる価値はあるだろう?」

 

確かにカワサキの言う通りだ。それで再現できると言うことでは無いが、試してみる価値は十分にある。

 

「岩の呼吸は行冥で良いな、水は左近次殿、雷は慈吾郎殿、風の呼吸は左近次殿達と同じく育手になられた元柱がいる。彼女を呼んでみよう!」

 

長きに渡り謎であった日の呼吸――その正体を掴めるかも知れないと思うと年甲斐も無くはしゃぎたくなり、俺はすぐに筆と墨を用意して文を書く準備を始めた。

 

「おいおい、そんなにはしゃぐなよ」

 

「そう言われてもだな! 俺としても興味は隠しきれんッ! 本当に日の呼吸が最強だったのか、それを知れるかもしれないこの好機、逃す訳にはいかん!」

 

丁度育手の報告会も近い。その時に合わせて来て貰えば良いだろう、長年の謎が解けるかも知れない。その事に胸を躍らせながら俺は筆を手にするのだった。

 

「ほー、西洋にはこのようなからくりがあるのか」

 

「面白いな。どれ、もう1度やってみよう」

 

カワサキが用意してくれた音を録音するという機械に声を投げかけるとその音が戻ってくる。それが面白いのか左近次殿達も何回も音を録音して、それを聞くという事を繰り返していた。

 

「槇寿朗様。最近は調子が良いとお聞きします。私も大変喜ばしく思っております」

 

「下手な考え休むに似たりって言うだろ? もっと気楽にやりな。馬鹿」

 

行冥と風香殿のきつい言葉に俺は苦笑するしか出来ず。今回集まってくれたことに感謝の言葉を口にし、カワサキに言われた通り録音機の説明をして、日の呼吸の再現実験の話を始めるのだった……。

 

 

 

 

 

 

日の呼吸の再現実験というのは俺なりに考えた槇寿朗の日の呼吸への未練を断ち切る為の物だった。これをする事で日の呼吸に対する幻想は完全に無くなると俺は考えていた。

 

「伝わらなかった理由か……まぁ大体予想が付くがな」

 

日の呼吸が最強――と言う訳ではないのだろう。恐らくだが、最初に全集中の呼吸を生み出した人間が使っていたから最強と言われたのだろう。だがそれは、きっと荒削りで呼吸としての精度は決して高くない物だったと俺は考えている。だがその荒削りの部分がより強く、そして全集中の呼吸を使えない相手から見れば最強に見えたのだろう。全集中の呼吸があって鬼と互角に戦える、全集中の呼吸が伝わる前の事を考えれば最初の全集中の呼吸の使い手は希望の兆しであっただろう。

 

「鬼を倒せる手段が増えた。そう考えれば、最初の呼吸である日の呼吸が最強というのはある意味間違いではないのだろうな」

 

全集中の呼吸が広がる前は何十人も犠牲にしてやっと鬼を倒せたという。それも、夜明けまで粘っての物で決して己の実力ではない。そんな中で鬼と真っ向から戦うための技術である日の呼吸は最強に見えた事は間違いない。人間が鬼に勝つ手段の希望となったことを想像するのは容易なことだ。しかしだ、そんな希望も技術が磨かれ、様々な技が作り出されたことで旧式の技となったのではないか? そう考えれば今鬼殺隊に伝わっていないのは荒削りで反動や負担の大きい、日の呼吸を伝える必要はなかった。だから日の呼吸は鬼殺隊に伝わらなかったと俺は考えた。だから日の呼吸に対する過度な希望を断ち切る為に、ラジカセを用意し、呼吸の音を録音し、その音が重なる所を調べ、日の呼吸を再現することを考えたのだ。

 

「まぁ、もう1つ考えられる事はあるが……な」

 

未熟で荒削りだから鬼殺隊に伝わらなかったと俺は考察したが、もう1つ――考えられる可能性はある。それは日の呼吸の使い手の身体能力が高すぎて他の人間が真似できなかった……と言う事だが俺は小さく笑った。

 

「まさかそんなに化け物みたいな人間はいないだろう。うん」

 

他の人間が真似できないほどの身体能力を持つそんな化け物みたいな人間はいないだろうと笑い、鍋の中に視線を向ける。

 

「良し良し、いい具合っと」

 

鰹と昆布で取った出汁を2つに分けて、1つの鍋には醤油、みりん、砂糖を加えてそばつゆにし、もう1つはそのままにしておく。

 

「いやこれはマジで良い蕎麦だなあ」

 

左近次が土産で持ってきてくれた蕎麦は俺から見ても最高の品、そして慈吾郎が持ってきた自然薯も長い上に太く、最高の品というのはすぐ判り、今日の昼飯はとろろご飯ととろろ蕎麦に決めたのだ。

 

「よっと」

 

自然薯はまず流水で綺麗に砂を洗い流して、布巾で綺麗に水気を拭う。そしたら今度は火の上に軽く翳して根っこの部分を焼く、これによってすり鉢ですっても細かくなりにくい根っこを綺麗に除去する事が出来る。

 

「これは間違いなく最高だなあ」

 

おろし金で1回丁寧に自然薯を摩り下ろし、最初に作っておいた出汁と醤油を加えて軽く混ぜ合わせてから大きなすり鉢を準備する。

 

「よいしょっと」

 

まずはとろろの半分をすり鉢の中に加え、割っておいた10個の卵の半分と少量の出汁を加えてすりこぎで更にすり潰す。おろし金だけでは大きな塊も残ってしまうので、こうしてすり鉢を使う事で更にふんわりとした仕上がりになる。

 

「良し、良い具合だな」

 

最初に出汁を加えすぎると上手く混ざらないので暫くすり潰して調味料が良く混ざった所で、残りの卵と出汁を加えやわらかくなり過ぎないように良く混ぜたらとろろの完成だ。

 

「うっし行くかあ」

 

麦飯も炊けたし、蕎麦も良い具合に茹で上がった。1度休憩を兼ねて昼食にする事にし、俺は道場に足を向けた。

 

「こことここが重なったな。後は」

 

「やはり水と炎は古い呼吸だからな、すぐに合致点が見出せたか。次は雷と風と岩か」

 

「あいわかった。ではもう1度」

 

「では私も」

 

「音が重なってくると楽しいじゃないか」

 

なんか子供みたいにキラキラした目で、庭で型の動きと合わせて呼吸の音を録音している槇寿朗達を見て、俺は手を叩いた。

 

「熱心なのはいいけど、少し休憩だ。昼飯の時間だ」

 

俺がそう言うと槇寿朗達は1度録音作業を止めて、昼飯はなんだと良いながら道場の中に上がってくるのだった。

 

 

 

 

 

最近鬼殺隊でも名前の知れてきた男。カワサキが作る昼飯というので正直私は期待していたのだが、用意されていたのはとろろ飯ととろろ蕎麦だった。

 

(なんだい、つまらないね)

 

西洋や中国の面白い食事を作ると聞いていたのに正直少し落胆した。

 

「とろろ蕎麦ととろろご飯を用意してる。好きな方を言ってくれ」

 

「とろろ蕎麦ととろろご飯。大盛りでな!」

 

「ワシはとろろ蕎麦。左近次は?」

 

「とろろご飯にする」

 

槇寿朗達は文句も言わず食べたい物を告げて、カワサキから料理を受け取っている。

 

「えっと風香さんでしたね、なんにします? まあとろろ蕎麦とご飯しかないんですけど」

 

「とろろご飯にするよ。食べられそうだったら蕎麦も貰う」

 

注文すると炊き立ての麦飯の上にたっぷりととろろを掛けて、刻んだネギと海苔がたっぷりとかけられた丼が差し出される。

 

「ありがとよ」

 

それを受け取り、道場の床にどっかりと座り箸を手にする。

 

「いただきます」

 

粗末な食事でも作ってくれたものに対する感謝は忘れない。手を合わせていただきますと口にして、丼を持ち上げる。

 

「美味い! なんだ、ずいぶんとまろやかだな!」

 

「確かにな!」

 

何時になっても槇寿朗はやかましいと思いながら麦飯ととろろを流し込むように口にした。

 

「……なんだこれは」

 

とろろ飯とは思えなかった。滑らかなとろろの食感と歯応えのいい麦飯の食感が実に丁度良い。

 

(それにこれは卵か……出汁の風味も凄いじゃないか)

 

卵の風味と濃い黄身の味…それととろろの味を1つに繋げている出汁の香り――この出汁も丁寧に引かれているのか鰹と昆布の香りがふわりと鼻をくすぐる。

 

「なるほど…良い腕をしている」

 

単純な料理だからこそ判る。最初はただのとろろご飯と思いきや、滑らかになるほど丁寧にすりおろして卵と出汁を丁寧に丁寧に混ぜ合わせている。滑らかなとろろと共に麦飯を飲み込むように食べ終え、空の丼を手にカワサキの元へ向かう

 

「とろろ蕎麦も貰えるか?」

 

「すぐ準備するな」

 

平皿に蕎麦をいれて、その上にとろろとかけつゆ、仕上げにネギと海苔が散らされたとろろ蕎麦を受けとる。

 

「日の呼吸の再現は少し時間が掛かる。今度はもう少し馴染みの無い珍しい物を食わせてくれ」

 

驚いた顔をするカワサキだったが、判ったと返事を返してくれた。

 

「これも美味いな。なるほど」

 

蕎麦は鱗滝が持って来たものだから間違いが無いのは判っている。だがそれを更に良い味にしているのはカワサキの一手間である事は間違いない。とろろと蕎麦をたっぷりと絡めて啜る。

 

「美味い」

 

決して派手では無いがじんわりと美味い。食べているだけでホッとする……そんな味だ。いまの私は良い弟子が居らず、最終餞別のやり方が変わったことや、カワサキが料理を振舞っているという事を人伝で聞いていただけだったが、食べてみて納得した。

 

(落ち着くな、業腹だが)

 

親が作ってくれた料理を思わせる優しい味――そして活力にもなる。これを食べていれば、死にたくないと思うのと同時に、絶対に生きて帰るんだという活力にもなる。

 

(お館様の判断は間違いでは無かったか)

 

流しの料理人を抱え込んだと聞いた時は正気か? と思った。しかもそいつが鬼殺隊の料理番になると聞いて、お館様も耄碌したか? とさえ思った。だがそれは料理人とカワサキを一緒に考えていた

 

「どうだ? カワサキの飯は美味いだろう?」

 

「ああ、美味いな。まさかこれほどまでとは思わなかった」

 

飯なんてものはただ食べることが出来ればいいと思っていた。味が良ければなお良いが、不味くても良い程度に考えていた。だけどその考えも改めないといけないかもしれない。

 

「変わったな、時代が」

 

ちりんっと揺れる風鈴の音を聞きながら、私は心からそう思った。それと同時に今回の試みの本当の理由にも見当が付いていた。

 

(古い物は古い物と割り切ることか)

 

今の隊士はどうだが知らんが、名家と言われている鬼殺の隊士の家には日の呼吸に対する記述もある。それを神聖視し過ぎて修める事の出来ない技術と思い悩む事ほど愚かなことはない。カワサキは科学的な観点から既に日の呼吸は古い物としたいのだろう。いま自分たちの目の前にある物を、受け継いできた物を大切にしろと言いたいのだろう。

 

「変わるね、鬼殺隊は」

 

変な話だが、鬼殺隊は古い考えに凝り固まっている。便利だというのなら銃を使えば良い、刀で戦えないのなら槍を使えばいい、自分に合わせ、新しい形に変わっていく必要がある。私はそう考えていた、だが明確にどうすればいいのか? と訴えるのは難しい。これは鬼殺隊だからこそ、何故新しいことに拘る? と言う事に繋がるからだ。だがカワサキは違う、自分の考えでそして鬼殺隊に関係する者ならば思いつかない方法で新しいことを提案する。これは鬼殺隊に無かった風を吹き込むことになる……私はそう思い、小さく笑うのだった。今まで名家名家で、自分達の意見を強引に通していた連中が慌てふためく姿が脳裏に浮かんだからだ。

 

「ざまあみやがれ」

 

私も女だからと随分と軽視された。それでも柱になり実力で黙らせてきたが、若い女の隊士なども酷い扱いをされていることもあるだろう。そういう悪しき習慣が一掃される風にカワサキがなってくれることを私は心から祈るのだった……。

 

 

 

メニュー36 石焼ビビンバ へ続く

 

 




とろろ蕎麦ととろろご飯と言う事で今回は短めの話となりました。日の呼吸に関しては原作などは関係無しで、カワサキさんなりに考えた結果となるので原作とは違うと言うのはご了承ください。次回は猫の宅急便様のリクエストで「石焼ビビンパ」になります。それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

メニュー36 石焼ビビンバ

メニュー36 石焼ビビンバ

 

カワサキ殿が用意してくれた音を録音するという西洋のカラクリ――5つ並んだそれから炎・水・雷・風・岩の呼吸の音が響く、最初は雑音ともとれる音でそれが徐々に1つになっていき、最後の方には1つの呼吸の音になった。

 

「これか……これが日の呼吸か」

 

「……なんとも穏やかで、そして力強い音か」

 

「本当に1つになるもんだねえ」

 

5つの呼吸の音はその全てが異なる。それが1つになったその音はまるで包み込むような暖かさを持ち、寄り添うような奇妙な音を立てていた。

 

「しかしじゃ、これは……無理じゃろう?」

 

「ああ、これは使えない…使う事を考える事ですら厳しいぞ」

 

全ての呼吸の型を使う際の最大の呼吸の音――それらを1つに重ねるというのは不可能に私に思えた。

 

「もしこの中で使えるとしたら、行冥と槇寿朗か。駄目元でやってみるか?」

 

「では私が」

 

この中で1番若い私が挙手し、左近次殿達から簡単に呼吸の指導を受けてから呼吸を始める。

 

「最初は水だ、どんな形にも変わる水から入る」

 

ヒュウウウウ……とまるで風が逆巻くような呼吸音が私の口から零れ、それと同時に大きく吸い込んだ空気が肺を大きく膨らませる。

 

「吐きながら鋭く呼吸を変えるんじゃ」

 

慈吾郎殿の助言を聞きながら徐々に呼吸の音を変えながら、息を吐くヒュウウウウ……という音が少しずつシィィイイっと言う鋭さを帯びた音へと変わる。

 

「そのままだ。そのまま、嵐のように大きく息を吐ききれ」

 

額から汗を流しながら風香殿の言葉に従い呼吸の音を更に意識して変えるシィィイイという音がシイアアアアに変わり始めた時。呼吸の音が変わった5つの音が重なった穏やかだが、厳しさを兼ね備えた音へと変わり始め、岩の呼吸に入ろうとしたその時だった。穏やかだったそれが私に牙を剥いた、まるでお前にはその資格がないと言わんばかりに、龍の逆鱗に触れたかのように私の中で空気が暴れ出した。

 

「げほっ! ごほっ! ごぼあっ!!」

 

身体が中から破裂すると思うほどの激痛に私は激しく咳き込み、その場に膝を突いた。

 

「ぎょ、行冥! 大丈夫か!?」

 

「げほっ……うぷ……だ、大丈夫です……」

 

槇寿朗様に大丈夫と返事を返しながらも私は立ち上がれなかった。

 

「やはりか……どうもカワサキの推測は正しかったようだな」

 

「ああ。日の呼吸は最強ではなく……未完成の物だったということか」

 

カワサキ殿の推測――それは当時の環境ではないか? と言う物だった。日の呼吸が最強ではなく、初めて鬼と有利に戦える術だったから最強と思われたのではないか? 不完全で、そして最初の全集中の呼吸の使い手のみが扱えたそれを、皆に使えるように、そして安定性を高める為に5つの流派に分けたのではないか? というのがカワサキ殿の考えだった。

 

「……俺もやってみよう」

 

「し、槇寿朗様……危険」

 

「いや、やって見ねば、納得が出来ん。初代炎柱が何故、日の呼吸を最強としたのか、俺はそれを知りたい」

 

私と同じ様に水、雷、風、岩と呼吸を繋げていく槇寿朗様。額から大粒の汗が流れ、そして最後の炎の呼吸に入った瞬間。全ての呼吸が1つになった音が零れ……。

 

「げほっ! ぐふう……な、なるほど……これは……きついな」

 

「槇寿朗! 大丈夫か!?」

 

「水、水だ! 風香、水を!」

 

「言われなくても判ってる!」

 

槇寿朗様も膝を着いて大きく咳き込んだ。音でしか私は判断できないが、左近次殿達の慌てようから不味い状況なのは良く判った。

 

「ははっ! いやいや、なるほどなあ」

 

槇寿朗様の楽しそうな声が響いた。しかし、その声には底冷えするような殺意のような物が混じっていた。

 

「カワサキが言っていた。太陽に近づきすぎれば地に落ちる……なるほど、その通りだ。だがしかして……諦める事叶わず」

 

「おいばか! 止めろッ!」

 

「ここで隊士としての命を終えるつもりか!?」

 

再び呼吸を使う槇寿朗様を止める左近次殿達だったが、風香殿は違っていた。

 

「やらせてやりなよ。この石頭は自分の限界を知らない限りは諦めないさ。初代炎柱が最強と謳った日の呼吸がどんな物か知りたい、その上で隊士として終わっても本望って言うならとめられない。そうだろ?」

 

 

「ふっ、流石良く俺を判ってらっしゃる」

 

「うるせえ馬鹿。その餓鬼みてえな石頭をもう少し緩めな」

 

「出来たら、こんな不器用な男には育っておりません」

 

誰が言っても槇寿朗様は止まらないのだろう。それならば見届けるしかない……左近次殿達の離れる気配がし、道場に槇寿朗様の呼吸の音だけが響き続けるのだった……。

 

 

 

 

 

風香さんに言われた少し手の込んだ料理と色々考えたが、まずは仕込み時間の問題で煮込み料理とかは無理。中途半端なビーフシチューなんて物は俺のプライドが許さない。かといっておかずを多数作るのもなんか違う……何か思いつかないかなあと思って戸棚とかを開け鍋とかの確認をしているとある物が視界に入り込んだ。

 

「……決まりだけど、あれが出来てるか確認しないとな」

 

何故か大量に買い込まれていた土鍋。しかもご丁寧に大きさまで異なるそれを見て、何を作るかを決めた。そうと決まれば、別の戸棚から壷を取り出して蓋を開ける。

 

「……うし、OK」

 

綺麗に漬け込まれた白菜のキムチ。辛さだけではない、たっぷりと旨みが出ているそれを味見して、作ろうとしている料理が出来ると確信し、早速調理に取り掛かる。

 

「もやし、ほうれん草、それと……お、あったあった」

 

灰汁抜きされているゼンマイを見つけ、これも使う事を決める。

 

「せいや」

 

バラバラの鍋でもやし、ほうれん草、ゼンマイを放り込み、茹でている間に手早く調味料の準備を始める。

 

「えーっと……確か」

 

アイテムボックスを開き、調味料を探す。目的の物はすぐに見つかった、ダシダと言う韓国の出汁の元みたいなそれを取り出す。

 

「ごま油、塩、ダシダ」

 

ボウルの中に完全で目分量で調味料を入れて混ぜ合わせる。感じとしてはごま油とダシダが同じ量で、塩は気持ち少なめ程度でいい。

 

「ほっと」

 

作った調味料を3つに分けて、1つは追加で醤油、もう1つはおろしにんにくとしょうがを加えて混ぜ合わせて漬けダレを手早く3種類仕上げる。丁度そのタイミングで茹で上がったので、もやし、ほうれん草、ゼンマイの水気をしっかりと切って、もやしはごま油と塩、そしてダシダのボウルの中に加えて軽く和える。ほうれん草は3等分にして荒熱が取れてから醤油を加えたもので和える。そして最後のゼンマイは3cmくらいで切り分けておろしにんにくを加えたタレと和えてサッと炒めて香りを立てる。

 

「うん、良い感じ」

 

手早く作れるのにナムルって韓国って感じがする料理だよなと思いながら仕上げた3色ナムルに蓋をする。

 

「えーっと……」

 

牛肉と豚肉の切り落としがあったので、これを鍋の中に入れて軽く湯通しする。そのままでも良いのだが、1回茹でて脂を落としておくと味がつけやすくなる。下茹でした牛肉と豚肉の切り落としを流水で洗ってザルに上げて、白菜のキムチと人参を千切りにする。

 

「ほいっと」

 

鍋の中に油を入れて人参の千切りを塩胡椒でサッと炒めて皿の上へ移し、今度は卵を割ってよく温めた鍋の中に流し込み薄焼き卵を作る。

 

「よし、次っと」

 

薄焼き卵の荒熱が取れるまでの間に下湯でした牛肉と豚肉を食べやすい大きさに切ってから鍋の中に入れ、醤油、酒、みりん、コチュジャンを大さじ1砂糖を小さじ1加え、おろしにんにくとしょうがを加えて水気が飛んで肉に良く絡むまで炒めたら、火の上から退かす。

 

「槇寿朗と行冥は大盛りで良いよな。後は普通で良いか」

 

準備さえ出来ていればすぐに作れるから絶対大盛りの2人以外は小さめの土鍋で仕上げる事にする。

 

「油を塗ってっと」

 

土鍋の中に刷毛でごま油を丁寧に塗りつけたら火に掛けて、土鍋が熱々になるまで暖める。これを5つ同時に行う、こういう時竃って案外便利だよな。

 

「準備完了」

 

良く温まったら1度火を止めて、ご飯を均等になるように土鍋の中に入れる。しゃもじで均等に広げたらご飯を少し土鍋に押し付けて、焦げ目を軽くつける。そしたら土鍋の縁の方から刻んだ錦糸卵、3色ナムル、人参、そして牛肉と豚肉を彩を考えて盛り付けご飯を綺麗に覆い隠し。真ん中の空いている部分に刻んだ白菜キムチを盛り付けて強火で3~4分加熱したら火を止める。後は余熱で美味しいおこげが出来ている筈だ。

 

「カワサキ特製土鍋ビビンバって所だな。良し、持ってくか」

 

温かい内に食べてもらおうと思い。蓋をした5つの土鍋を配膳台の上に乗せて道場に足を向けるのだった。

 

 

 

日の呼吸の再現は現状では不可能という結論が出た辺りで昼前だったのでカワサキが料理を持ってきてくれるのを待ちながら、何故失敗したのか? という事を全員で話し合っていた。

 

「根本的な肺活量が弱いのではないでしょうか?」

 

「後は体格かもしれんな」

 

カワサキの訓練で並みの隊士、いや柱よりも強い肺活量を持つ行冥と槇寿朗でも無理となるとやはりそこが問題だと思う。

 

「後はあれだね。やっぱり不完全な呼吸って線があると思うよ」

 

「しかし手記では……最強の御技とありましたが」

 

「そこなんじゃが、型じゃないのか? 呼吸は不完全だとしても型の完成度が高かったのではないか?」

 

不完全な型でありながら、いや、むしろその不完全な呼吸を生かすために卓越した剣術があったのではないか? とワシが言うと左近次もそれに同意した。

 

「ワシも慈吾郎の意見に賛成だ。呼吸ではなく、剣術が最強だったのだろう」

 

「最初の呼吸となると精度も甘いだろうしねえ……戦国時代で考えれば剣術って線は濃いね」

 

納得して無い雰囲気の槇寿朗だが、あれだけ繰り返し、そしてまともに動けないとなると体格や骨格が第1、次に剣術が強かったという線がかなり濃いと思う。

 

「うーい、お待たせー昼飯だぞぉ」

 

カワサキが台車の上に土鍋を乗せて入ってきた。……ん? 土鍋?

 

「土鍋? 鍋料理でも作ったのか?」

 

「ふふふ、それは開けてからのお楽しみだ」

 

カワサキはそう言うと鍋敷きを机の上に乗せて、その上に土鍋を1つずつ乗せる。

 

「縁はここな、どうだ、大丈夫そうか?」

 

「はい、大丈夫です」

 

行冥の為に鍋の周りを叩いて鍋の大きさを教えるカワサキ。行冥は目が見えない分聴力が鋭く、あれだけで感覚や間合いが判ると言うのは正直に凄いと感心する。

 

「珍しい料理って言ってたけど、炊き込みご飯かい? ん、これは」

 

「韓国の料理で石焼ビビンバという料理になる。匙で下から引っくり返して混ぜながら食べてくれ」

 

土鍋という事で鍋料理かと思えば肉や野菜がたっぷりとのせられた飯料理だった。言われた通りに匙を手にして、釜のご飯を混ぜるような感じで下から引っくり返す。

 

「「「おおッ!」」」

 

綺麗なおこげがついたご飯が姿を見せる。ごま油の香ばしい香りとおこげを見ればその美味しさが伝わってくるようだ。

 

「「「「「いただきます」」」」」

 

作ってくれたカワサキへの感謝の言葉を口にして匙で米を持ち上げると具材が共に持ち上がってくる。

 

「見た目はちょっとあれかもしれないが、味はいいぞ」

 

最初の見た目からすれば下から混ぜ合わせたことで見た目は悪くなったが、それも仕方ないだろうと思い米と野菜を口に運んだ。

 

「美味い! なんだこれは、面白いな」

 

「確かに……これは美味い、そして面白い」

 

色んな野菜を混ぜ込んだ事で食べていると色んな味が姿を見せる。しかも味付けが異なっているので、口の中で味が変わるのが面白い。

 

「ふっふー……辛ッ!?」

 

「ああ、キムチは辛いぞ?」

 

しれっと言うカワサキ。だが辛い物を普通に混ぜないで欲しいのだが……と考えながら混ぜて匙を持ち上げる。

 

(これか!?)

 

赤い白菜の漬物……見た目からして辛そうだ、しかもその上に酸味のある独特な香りがする。

 

「いや、美味いじゃないか。うん、これくらいの辛さなら気にならないね」

 

風香は普通に食っているな……それを見てワシも口に運んだ。最初に感じたのはやはり辛味だ、舌を刺すような辛さ。しかしかみ締めていると白菜のしゃきしゃきした食感と香ばしい米の味でその辛さはあんまり気にならなくなる。

 

「美味い! なんだ、槇寿朗はこんなのが辛いというのか?」

 

「まだまだだな」

 

「むう……苦手な物は苦手なんです」

 

辛い物は苦手だと言って匙を持ち上げて大口を開けて頬張る槇寿朗。少しいじけているようなその素振りにいい年をした大人が何をしていると苦笑する。

 

「これは……美味い。カワサキ殿、この肉は一体?」

 

「豚と牛肉、それを甘辛く炊いたもんだな。ピリ辛で美味いだろう?」

 

「はい、とても美味しいです」

 

肉? ああ、そういえば最初に見たなと思い匙を動かし、肉と米を持ち上げる。

 

「時雨煮か」

 

「これは良いな。飯に良く合う」

 

濃い茶色になるまでしっかりと煮られた牛肉と豚肉、これは確かに美味そうだ。米と一緒に口にすると醤油と砂糖の甘辛い味が口一杯に広がり、ほんの少しの辛味が味に締りを加えている。

 

「美味い。これはこのまま飯の上に乗せても美味そうだ」

 

「そうだな。食欲のない時にも良いだろう」

 

甘辛い味に加えて肉なのに、思ったよりも脂っぽくない非常に食べやすい味付けをしている。これは握り飯とかに入れても美味いかもしれない。

 

「カワサキ! お代わりだ。今度はキムチはいらんぞ!」

 

「私もお代わりを」

 

あれだけ食べてお代わりかと思いはしたが、この甘辛く、様々な味がするビビンバは確かに美味い……。

 

「ワシも少なめで貰おうか」

 

「ああ、これは美味い」

 

少し食べすぎかと思いはした物のもう少し食べたいと思い、ワシと左近次もお代わりをカワサキに頼むのだった……。

 

 

 

 

 

 

夕暮れに照らされた煉獄家の道場――その中で座禅を組んでいる槇寿朗。その仕草自身は呼吸の鍛錬をしているように見えていたが、槇寿朗の口から零れる音は煉獄家に代々伝わる炎の呼吸の物ではなかった。もっと強烈に、そして激しく燃え盛る炎を連想させる呼吸の音――それが夕暮れの道場の中に響き続ける。息が止まり、もう1度と槇寿朗が息を吸い込もうとした時道場の扉が開かれた。

 

「父上! そろそろ夕食の時間ですよ!」

 

呼吸を更に深めようとした時、杏寿朗が道場の中に入ってきて、槇寿朗は閉じていた目を開いた。

 

「そうか、もうそんな時間か。すまないな」

 

「いえ! しかし父上、今の呼吸は一体?」

 

「聞いていたのか?」

 

「お邪魔しては申し訳無いかと思ったので、申し訳ありません」

 

「いや、別に怒っている訳では無い。興味を持つのは当然だ、あれはそうだな……新しい呼吸とでも言っておくか」

 

「なんと! 新しい呼吸ですか!? なんと言う呼吸なのですか!?」

 

「今だ完成とは言えぬ、未完成な物だ。何れ完成した時にはお前にも見せてやろう」

 

「はい! 楽しみにしております!!」

 

太陽には届かぬ、しかしてまだなお伸ばす事を諦める事が出来ぬ。人の思いを願いを背負い燃える炎ははるか頂を目指す事を未だまだ諦めず……。

 

 

メニュー37 クリームシチュー  へ続く

 

 




次回はオリジナル回になります。桃先輩が死んだと思ったカワサキさんVS童磨をやっと書いて見たいと思います。カナエさんの生存とかのイベントにも関わる話なのでややシナリオメインになりますが、次回の更新もどうかよろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

メニュー37 クリームシチュー

メニュー37 クリームシチュー

 

太陽が完全に落ち、暗闇に満ちた街を黒い三角が描かれた羽織を羽織った青年と、荷物を抱えた男性が並んで早足で歩いてた。歩きながら青年が自分達を照らしている月を見て舌打ちをした。

 

「ちっ、もっと早く帰れる予定だったのに……すいません。カワサキさん」

 

「良いよ、気にする事はねえ。今回の事は想定出来ていたことだからな」

 

鬼殺隊を運用するには莫大な資金が必要だ。政府非公認と言う事にはなっているが、完全に政府との繋がりがないわけではない。非公認という部分は鬼を認めるわけには行かないと言うだけで、政府自体も鬼の事は把握している。しかしそれらの繋がりがあり、公にならない程度の支援を受けていてもやはりあれだけの組織を運用するには金が足りない。耀哉が色々と手を打ってもそれでも足りない所がある、そうなったら俺の出番だ。

 

「別に作り方を売らなくても」

 

「何、そう気にするわけでもないさ」

 

俺がイタリア等に料理修行に行っていたと言う事にし、名店と言われる店にレシピと作り方を教える。そしてオーナーから金を貰う、実質的な元手が無しで資金が増えるのだから俺としては申し分がない。

 

「でもあいつらの態度が」

 

「慣れだよ慣れ、料理人って言うのは基本的に自尊心の塊だからな」

 

自分の料理の腕が相手よりも劣っている訳がない、自分の方が美味い料理を作れる。そういう負けん気がなければ料理人なんて物は務まらない、常に最高を考え、今作った品よりもより良い物を作りたいと思うのは当然の事だ。それがオーナーの知り合いと言う事で流れをしている料理人から料理を教われと言われて、はいそうですかと納得出来ないのは当然の事だ。

 

「反発、反抗大いに結構。俺を越えるという負けん気の良さを俺は買うよ」

 

「そういうものですか?」

 

「そういうもんだ。それに実際今日の店の料理人は良い腕してたよ。長崎にいたって言うのも納得だ」

 

中途半端ではあるが、カレーを再現していた。スパイスのブレンドはまだまだだったが、十分に美味しいと言うレベルだった。

 

「すぐに俺の作り方なんて覚えちまうよ。いや、次行く時が楽しみだ」

 

俺のカレーの作り方を見て、味見をして自分が負けていることを悟り、それに悔しさを顔を滲ませながらも美味いと笑って見せた。ああいう奴は伸びる、今度行く時はもっと美味いカレーを食べれそうだ。

 

「カワサキさんの方が料理が上手いでしょう? それなのになんで他の料理人の料理を食べようなんて思うんですか?」

 

「学ぶ為だ。1杯の味噌汁でさえも、料理人の様々な工夫がある。俺はそれを知りたいのさ」

 

「カワサキさんでも?」

 

「俺なんかたいした事はない。俺より腕の良い料理人なんてどこにでもいるさ」

 

俺はただ少しインチキをしているだけ……そう言おうとした瞬間俺は抱えていた荷物を強引に獪岳に押し付けた。

 

「カワサキさん!? 駄目」

 

制止の声を上げる獪岳を無視して、扇子を持っている優男――そしてその前で血反吐を吐いている女の隊士――「胡蝶カナエ」を助ける為に全力で走り、そしてそのままの勢いで扇子を持っている優男の顔面目掛けて飛び膝蹴りを叩き込むのだった。

 

 

 

 

 

突然の横からの衝撃に俺は思わずたたらを踏んだ。可愛い女の子を救おうとするのに集中しすぎて、回りに全然気がついてなかった。

 

「か……かわ……ごぷ……」

 

「喋んな、カナエ。獪岳ッ! カナエを連れてけッ!」

 

「いや違うだろ!? 逃げるのはあんたの「獪岳ッ!」っ! あーくそッ! 失礼しますよ、花柱様ッ!!!」

 

よろめいている間に子供が俺が救おうとした女の子を連れて行こうとするので、手にした扇子を振るったのだが……。

 

「おっと待った。優男、てめえの相手は俺だ」

 

「へえ?」

 

振り切る前に腕を掴まれた。ミシミシと軋む腕に正直驚き、そして笑った。

 

「君。鬼殺隊じゃないよね? 普通の人間が俺に勝てるとでも?」

 

「……逆に聞いてやるよ。俺が普通の人間にてめえは見えるのか?」

 

目を覗き込まれて逆に背筋が冷えた……なんだ、鬼じゃない。鬼じゃないけど……人間でも……そこまで思った瞬間。横殴りの拳が俺の頬に叩きこまれたが、後退したのは男の方だった。

 

「大丈夫? 手の骨――砕けたんじゃない? ぐっ!?」

 

血鬼術で作った氷を殴りつけた男の腕は確実に砕けた。その音を俺は聞いている、だが俺が見ている間に男の砕けた骨は元通りになり、俺の作った氷の壁ごと俺の顔面を殴りぬいた。

 

「ぺっぺ……ちょっと、ちょっと君何者?」

 

殴り飛ばされて切った口の中の血を吐き出しながら問いかける。すると俺の目の前に振り上げられた靴の爪先が広がった。

 

「俺か? 俺は料理人だッ!!」

 

「……ッ! いやいや、君みたいな料理人いないでしょ?」

 

辛うじて顔を後に逸らして直撃は避けたけど、風圧で髪の毛が切れたんだけどッ!?

 

「なんだ知らないのか? 護身術は料理人の嗜みだぞ?」

 

「え。嘘、本当?」

 

「当たり前だろ? 香辛料とかめちゃくちゃ高いんだぞ?」

 

そう言われるとそうかも知れないッ!?そんなことを考えている間に連続で拳を振るわれ、思わず身をかがめて逃げる。

 

「あのさ。話してる途中に普通殴る?」

 

「聞いてる振りして周りに変なもんばら撒いてる奴に言われたくはねえな」

 

俺の血鬼術にも気付いている。だけど、全然効果が出ているようには見えない……。

 

「鬼じゃなかったら、君は何? 人間でもないんでしょ?」

 

「料理人っつっただろ?」

 

「だからさあ! 君みたいな料理人はいないでしょッ!」

 

扇子を振り上げ、頭から両断しようとした瞬間手首を掴まれ、引き寄せられたと思った瞬間背中での打撃を喰らい大きく弾き飛ばされた。

 

「あいたたた……」

 

「嘘付け、自分から飛びやがって」

 

「あれ? ばれちゃった?」

 

素手で攻撃してくる相手は猗窩座殿で慣れている。命中の瞬間を見極めればその威力は半減させる事だって簡単だ。

 

「素手の相手はなれてるってか」

 

「そういうこと!」

 

扇子を振るい蓮葉氷を飛ばすが、素手で砕かれた。

 

「あのさ? それ普通の人間なら手が凍るんだけど?」

 

「んなもん知るか」

 

人間じゃなくて、でも鬼でもなくて……なんなんだろう? この男は……? 可愛い女の子にしか興味はないけど、この男には少しだけ興味が沸いた。

 

「料理人って言うなら、何か料理でも作って欲しいなッ!!」

 

飛び掛りながらそう言うと、腕を掴まれ地面に叩きつけられた。

 

「OK。ご馳走してやるよ。でも今は食材がなくてなあ」

 

「あ、やっぱりいらないかも?」

 

そのにやあっとした顔を見てこれは不味いと思ったんだが、時既に遅し、腹を踏みつけられて動けなくなっていた。

 

「遠慮するなよ。香辛料はそのままでも美味いんだぜ?」

 

「待って、待って、違う違う。それはやばいって」

 

「大丈夫だ。問題ない」

 

「いや、問題しかごぼっ!!!」

 

口の中に赤い瓶を押し込まれ、その中身が全部口の中にぶちまけられる。痛い痛い、それに熱い!何これ!? なんで鬼なのに味が判るのさ!? 激しく咳き込んでいると両手に男が瓶を持っていた。

 

「お代わりあるぞ」

 

「え、い、いら「召し上がれ」~~~~~ッ!!!」

 

俺の言葉を無視して男は瓶をどんどん俺の口の中に突っ込んでいく、痛いし、辛いし、熱いし訳が判らない痛みがずっと俺を襲う。最初は動いていた手足もだんだん動かなくなってきた。

 

「最後に酒でも飲んどけ、な?」

 

「……」

 

動けない俺の口の中に酒瓶を突っ込み、口の中に残っている香辛料を無理やり飲ませ、俺の頭を掴んでぶんぶん振った男は痙攣している俺を無視して、先に逃げて行った2人の後を追って走り出した。

 

(……ああ、なんだろこれ……凄く気持ち良い)

 

痛いし、熱いし、辛いし、なんか訳がわからないんだけど、目の前が光っているし、凄く気分が良い……走り去っていく男の背中を見つめながら、人間でも鬼でもないなら人間よりもこっちにいた方がいい。今度はこっちにおいでと誘ってみよう……俺は心からそう思い、地面に開いた琵琶の君の血鬼術の中へと落ちていくのだった……。

 

 

 

 

 

「こ……こ……は?」

 

身体に走る痛みに顔を歪めながら、私は目を開いた。目の前に広がったのは慣れ親しんだ蝶屋敷の天井……。

 

「姉さん! 姉さんッ!!」

 

「し、しの……しのぶ」

 

泣きながら横になっている私にしがみ付いてくるしのぶ。涙で真っ赤になっているしのぶの目を見て、どれだけ泣かせてしまったのかと思い、申し訳無い気持ちで一杯だった。

 

「か、カワ……サキ……さん……は?」

 

喋るのも辛い。だけど、カワサキさんがどうなったのかとしのぶに尋ねる。

 

「上弦の弐から無事に逃げて来てくれたわ。少し怪我をしてるけど、姉さんよりずっと軽症よ」

 

「……よか……良かった……」

 

私を助けてカワサキさんが死んでしまっていたら何もかもが終わってしまう――カワサキさんが生きていて、無事だったと聞いて安堵の溜め息を吐いた。

 

「ちょっと待ってて、カワサキさんが何か作ってくれてるから、すぐに来るから!」

 

そう言うとしのぶは病室を飛び出していった。その後姿を見て小さく笑い、痛んだ胸に手を当てた。

 

(命があるだけ良いわよね……)

 

上弦の弐の血鬼術は氷だった。呼吸を扱う全ての鬼殺隊の天敵とも言えるのが上弦の弐だ。そんな鬼と対峙して生きているだけでも御の字、息苦しいのはきっと肺が1つ潰れてしまったからだろう。

 

「お待たせ! えっと良く判らないんだけど……しちーとか言う、西洋の料理らしいわ」

 

白く濁った粘り気のある汁が平皿に入っていた。匙に手を伸ばそうとするとしのぶにその手を掴まれた。

 

「駄目。あんまり無理をしないで、はい」

 

「……あ、ありが……とう」

 

しのぶが冷ましてくれた汁を口にする。暖かく、身体の中に熱が染み渡っていく……色んな具材の味と、優しい包み込むような味がする。

 

「……おい……しい……わ」

 

「良かった。ゆっくり、焦らないでね」

 

しのぶが冷ましてくれた汁を1口、1口と飲むたびに身体が中から温まって行くのが判る。

 

「はい。これでおしまい、姉さん。後で薬を持って来るわね」

 

「……ご馳走様。ありがとうしのぶ……あの私は……」

 

飲み終わる頃には息苦しさも大分収まり、普通に喋る事が出来るようになっていた。お皿を片付けようとしているしのぶに私は隊士として復帰出来るのか……そう尋ねようとするとしのぶは逃げるように病室を後にした。

 

「そうよね……判ってる」

 

自分が1番判っている。私はもう隊士には復帰出来ない……それをしのぶに言わせようなんて、私はきっと悪い姉だ。しのぶに自分の未練を断ち切って欲しいなんて……。

 

「……うう……ッ」

 

零れ落ちた涙が手の甲に落ちた。布団を濡らす涙は止まる事がないのだった……。

 

 

 

 

 

「美味しいですよ、カワサキさん」

 

「喜んでもらえて嬉しいんだけどよ、なんで具材も何も無いシチューを食べたいなんて言うんだ?」

 

「ふふ、良いじゃないですか」

 

料理人としては具材の無いシチューを食べたいとか複雑なんだよなあと言いながらも、私の為に具材の無いシチューを用意してくれるカワサキさんには感謝しかない。

 

「まぁ良いけどなあ、そこまで偏食って訳じゃないし」

 

「カワサキさんが作ってくれる物なら私なんでも好きですよ?」

 

カワサキさんは少し驚いた顔をして、机の上に肘を立てて、掌に顎を乗せる。

 

「俺の店を手伝ってくれるのは嬉しいんだが、もうちょっと年頃の娘みたいにおしゃれとかしたらどうよ?」

 

「沙代ちゃんとお買い物には良く行きますよ? それにカワサキさんのお手伝いをするって凄く楽しいんですよ」

 

「いやな、こんな人だか、化けもんだが良く判らんやつに付き纏ってどうするよ?」

 

シチューを食べていた手が一瞬止まった。カワサキさんが人間ではないという事を私は知っている……ううん、私だけではない、今の柱は皆それを知っている。それでもカワサキさんは私達鬼殺隊に必要な存在なのだ、だから、誰もそれを口にしない。

 

「罪の意識なんて感じなくても良いんだぜ?」

 

「そういう訳じゃないです」

 

カワサキさんが私を助けた時に隠れていた隊士が上弦の弐がカワサキさんの事を人でも、鬼でもないと言っていたのを聞いていて、それが原因でカワサキさんは酷い目に合った。私を助けなければそんな事にはならなかった……そう思うと、どうしても後悔というのは私の中から消えることはない。

 

「俺は俺の好きにしてる。必要とされてる間は協力するさ、だけど俺が必要にならなくなる時は何れ来る。もっと広い視野を持った方がいい」

 

必要とされなくなったらどこへ行くんですか? という言葉は私の口から発せられる事は無かった。カワサキさんの目の中に何もかも、諦めきった……いや、割り切った感情を見て取ってしまったから……。

 

「明日は獪岳と沙代が手伝ってくれるからカナエもしのぶと何処かに出かけて来ると良い」

 

そう笑って空になった食器を片付ける為に厨房に向かうカワサキさん。その背中はいつもと同じで大きくて広いのに、それが私にはとても小さい背中に見えた。

 

(……鬼がいなくなったら……)

 

鬼殺隊の悲願――鬼舞辻無惨を倒した後の事なんて考えた事が無かった。だけどカワサキさんがふと呟いたカワサキさんが必要では無くなった時……その時が来たらカワサキさんがいなくなってしまうかもしれない、それがとても恐ろしい事に思えた。

 

「……世界が貴方を必要ないと言っても、私には貴方が必要です」

 

「なんか言ったか?」

 

「い、いえ! ご馳走様でした」

 

世界中の全てが貴方を悪だと言っても……私は貴方しか信じない。どんよりとした光の無い瞳を洗い物をしているカワサキに向けるカナエは両手を頬に当て、恍惚とした表情でその背中を見つめ続けているのだった……。

 

 

 

 

メニュー38 カレーライス へ続く

 

 




童磨にロックオン、病んでるカナエさんにロックオン。カワサキさんは人気者ですねえ(白目)やばい人に好かれることに定評のあるカワサキさん。ナイスボートにならないといいですね、次回はカレーライスと言う事でかまぼこ隊を再登場させて行こうと思います、それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

メニュー38 カレーライス

メニュー38 カレーライス

 

その香りに気付いたのは善逸と伊之助と共に任務を終えて、カワサキさんの店に向かっている途中だった。

 

(なんだろう、この匂い……今までこんな匂いは嗅いだ事が無い)

 

少し刺激的で、色んな野菜の香りが何かに溶け込んでいて、物凄く複雑で、でも香りだけで美味しいと判る。

 

「炭治郎。どうかした?」

 

「あ、いや。すまない、カワサキさんの店の方から凄く良い香りがしたんだ」

 

「ならカワサキがうめえもんを用意してくれてるって事だな! 行くぜぇッ!!」

 

俺の言葉を聞いて駆け出して行く伊之助の後を追って、カワサキさんの店に向かって走る。

 

「わ、本当だ。凄い良い匂いッ! なにこれッ!?」

 

「本当だよな。なんだろう、この匂い……」

 

俺の知っている料理の中でこんな匂いの食べ物はなかった。一体何をカワサキさんは作っているのだろうか……そんな事を考えながら走っているとカワサキさんの店が見えてきた。

 

「でかッ!? なにあの鍋ッ!?」

 

善逸が驚きの声を上げるが、俺も正直驚いた。カワサキさんの店の前に巨大な鍋が置かれていて、俺や善逸が座っていたら頭まですっぽり入ってしまいそうなそんな大きな鍋だ。

 

「な、ななな、カワサキッ! お前なんて物を煮て、こいつは……う「はい、それ以上言ったら駄目ですよ。伊之助君」ふぐうっ!?」

 

全然動きが見えなかった……しのぶさんの手刀が伊之助の被っている猪の頭を貫いた。ぴくぴくと痙攣している伊之助を見て、俺と善逸は慌てて駆け寄った。

 

「貴方が想像した物は違いますからね? 分かりましたか? 食事中に言って良い事と悪いことは判りますよね?」

 

「ハイ……ゴメンナサイ」

 

しのぶさんがめちゃくちゃ怒っている――その事に恐怖しながらカワサキさんの店の前の広場に行くと、煉獄さんや義勇さんといった柱の人達と村田さん達といった一般の隊士に後藤さん達といった隠の皆の姿もあった。

 

「よーう、炭治郎。おかえり、今日も無事で何よりだな」

 

「カワサキさん、はい! ありがとうございますッ!」

 

「カワサキさぁぁあんッ! 今回も怖かったんだよぉぉおおおッ!「うるせえぞ、カス。鍋の中に鼻水が入るだろうが」げふっ!?」

 

カワサキさんに駆け寄った善逸が獪岳の蹴りで吹っ飛んだ。

 

「やりすぎだと思いますッ!」

 

「鍋の中に涙や鼻水が入ったら食えなくなるだろうが、あのままだったら絶対入っていた。だから俺は悪くねえ」

 

……確かにそう言われるとその通りかもしれない。だから俺は獪岳にこれ以上文句を言えず、カワサキさんに視線を向けた。

 

「これは味噌汁ですか?」

 

いや、でも味噌汁の割には味噌の香りがしないんだけど……。

 

「ははははッ! 竈門少年はこれは初めてかッ! これはな、ライスカレーという洋食だッ! カワサキ殿! おかわりをッ!!!」

 

「あいよー、どんどん食えよ」

 

平皿にご飯をたっぷりとよそい、その上にとろみのついた汁が掛けられた。

 

「ら、らいすかれー? ってなんですか?」

 

「嘘ぉッ! らいすかれーッ!? あのめちゃくちゃ高級な……ッ!」

 

ライスカレーと聞いて善逸が飛び起きて、興奮した面持ちでカワサキさんに尋ねる。

 

「まぁ確かに高級っちゃあ高級だが、作れる人間にはそんなに難しいもんじゃないさ。ほれほれ、手を洗って来い。そしたらカレーを盛り付けてやるからな。しのぶも伊之助への説教はそれくらいにな?」

 

「……カワサキさん……はい、判りました。これで最後にします、分かりましたか? 人がいる時は言う言葉をもう少し考えるんですよ?」

 

「……ハイ、ワカリマシタ」

 

「それなら良いです。さ、伊之助君も手を洗ってご飯を食べる準備をしましょうね?」

 

「……ウン、ゴメンネ」

 

しのぶさんに怒られてとぼとぼと歩いてきた伊之助も手を洗う。

 

「それで善逸、ライスカレーって言うのはそんなに高級品なのか?」

 

「そらもう! 円を越えてるよ」

 

「なッ!? そんなにッ!?」

 

うどんが大体5~10銭くらいだから、ライスカレーの値段はその10倍はする。

 

「はー、どんなのか楽しみだなあッ!」

 

にこにこと笑いながら手を洗う善逸、その姿を見て禰豆子にもと思っていると、カナエさんが俺達に声をかけてくれた。

 

「禰豆子ちゃんにも食べさせてあげたいでしょ? カワサキさんに許可を貰ったからお店の中に入ってくれていいわよ?」

 

「あ、ありがとうございますッ!」

 

俺達だけではなく、禰豆子の事も考えてくれているカナエさんとカワサキさんに心から感謝した。

 

「ふふ、良いのよ。その代わりカナヲも一緒でいいかしら? あの子、少し人見知りするから、ね?」

 

「はい! 全然大丈夫です! ありがとうございます!」

 

カナヲも一緒か…同期が4人揃って食事が出来ると思うと何か楽しくなってくるな。俺はそんな事を考えながら鼻歌交じりで手を洗うのだった……。

 

 

 

 

カワサキ殿の基本的な考えに階級等は関係なく、皆等しく取り扱ってくれる。それが不満だと言う隊士もいるが、俺としては下級隊士の中で継子試験に挑めそうな人材を探す良い機会だと思っている。

 

(しかし、やはり逸材というのはそうはいないなッ!)

 

カワサキ殿の近代的な訓練のおかげで底上げは出来ているが、その分俺達が求める力量も上がっている。父上も以前なら継子に申し分ないと思った人材も今では普通だと思うと仰っておられていたし……。

 

「やはり冨岡と鱗滝は良い継子候補を見つけたと思うぞッ!」

 

ライスカレーが美味いッ! あまり辛くなく、食べやすい辛さと言うのが実に良い。もっと辛い物もあるが、俺にはやはり、この甘口が丁度良い。

 

「あの、継子候補って俺ですか?」

 

「「「お前だが?」」」

 

村田と言う鱗滝と冨岡の同期の「庚」の階級の隊士と聞くが、常に生き残っていることからその能力は決して低くないだろう。俺達の声が重なり、村田は絶望したと言う顔をしているな。

 

「しかし、美味いッ! 牛肉の塊がいいな!」

 

「ああ、食いでがある」

 

「……もぐ」

 

にんじん、じゃがいも、玉葱は柔らかく煮られていて、殆ど溶けていると言っても良いのだが、ちゃんと食感と味を残してくれている。しかもこれは1度すり潰した物を使い、その上から新しく野菜を入れているので恐ろしいほどの手間が掛かっている。

 

「前にレストランのカレーを食べたが、カワサキ殿のカレーの方が美味かったなッ! 勿体無い事をしてしまった!」

 

1円と55銭も払ったのにカワサキ殿のカレーの方が遥かに美味かった。しかも量が全く足りなかったと言うと鱗滝はうんうんと頷いた。

 

「確かにな、前に高級ライスカレーと謳っている店の物を食べたが、なんというかあれは……」

 

「臭かった」

 

言いよどんでいると富岡が真っ直ぐに臭かったと呟いた。

 

「臭い? それはカレーの香りと違ったのか?」

 

牛乳と果実の絞り汁とヨーグルトと言う物を混ぜた白くてドロリとしているラッシーという甘酸っぱい飲み物を口にし、口の中をさっぱりさせながら具体的にどんな物だったのかを尋ねる。

 

「烏賊と貝と海老……不味い」

 

「カワサキさんが言うには下処理が出来てないんだなと、罰げえむか何かだなと言っていたよ」

 

「確かに臭い海鮮ほど辛い物はないなッ!」

 

きっと痛んでいる物を煮込む事で誤魔化そうとしたのだろうが、なんとも酷い店だ。そんな事を考えながら牛肉とルーと米を同時に掬い、大きく口を開けて頬張る。何種類もの香辛料が使われているからかその味わいはとても複雑で言葉にするのは難しい……しかし確実に美味い!

 

(うむ、これだ)

 

白米ではなく麦飯――このプチプチとした食感は実にカレーと良く合う。そこに煮られていても固い牛肉の食感が加わると匙を動かす手がどんどん早くなっていく。

 

「なんだなんだ、煉獄はまだ甘口か?」

 

「はっはっは! 自分の美味いと思うものを食べるのが良いだろう!」

 

辛口の大盛りのライスカレーを手にしている宇髄がどかりと俺達が座っている机に腰掛ける。

 

「へー、それが…ほー…」

 

「あの音柱様、なんでしょうか?」

 

「なに、鱗滝と冨岡が継子試験に推薦したって言うやつを見に来たんだが、地味だな!」

 

「いや、村田はやる男だ。きっとあの試験も潜り抜けてくれるだろう」

 

「村田なら余裕だ!」

 

「お願いだから無茶振りするのやめてくれませんかねえ!?」

 

冨岡達の激励を聞いて村田がもう耐えられないと言う感じで叫び声を上げる。それを聞いて宇髄は楽しそうに笑った。

 

「はは、面白いなお前ッ!」

 

「どーもありがとうございます!」

 

完全に自棄になっているように見えるが、あの2人が推薦するのだから試験を間違いなく合格することだろう。

 

(俺も次の継子を見つけなくてはなッ!)

 

竈門少年達なんかは見所があって良いと思う。鬼の妹を連れているというのは並みの覚悟ではないだろうし、しかもカワサキ殿が命を賭けているというのもある。柱としては厳しく接しなければならないが、俺個人としてはかなり好感が持てる。しかし、今のままではいらないやっかみを受ける可能性もある、早い段階で誰かの継子として抱え込んでしまった方が良い。

 

「冨岡、鱗滝。竈門少年についてだが、俺の継子の候補にしても良いだろうか?」

 

カワサキ殿の食事会に初参加し、最後まで食べたと言うのは俺も聞いて驚いた。その段階ではカワサキ殿の訓練に耐えるだけの下地はあると思うし、何よりも肝が据わっている。冨岡と鱗滝の2人が継子にするつもりが無いのならば、俺の継子にしたいと思っていた。

 

「……構わない」

 

「炭治郎がお前を師事すると言うのならば、俺も義勇も止めないさ。兄弟子とは言えど、そこまで踏み入る訳にもいかんしな」

 

2人の育手と同じく竈門少年は左近次殿の弟子だ。通例で考えれば2人の継子となる筈だが、2人にその気が無いのならば何の問題も無いだろう。

 

「うむ! ならば今度1度誘ってみる事にしよう!」

 

「お、それなら俺様も一枚かませてくれや。あの善逸とかいう奴、髪が金色で派手派手で俺も少し気になっている」

 

「そうか! では俺と宇髄の2人で声を掛けてみることにしよう!」

 

2人の許可を得たのならば声を掛けても問題はないだろう。それに竈門少年と隊を組んでいる2人も実に興味深い人材ではある。まぁ本音を言うとカワサキ殿の事もあるが、あの竈門炭治郎という少年には個人的に気になっている事もある。

 

(あの耳飾――歴代炎柱の書の通りならば……)

 

日の呼吸の使い手は花札を模した耳飾をしていたと言う……それと同じ物が竈門少年の耳にあった事がどうしても気になっていた。父上も1度話を聞いてみたいと仰っていたし、那田蜘蛛山で下弦とは言え十二鬼月と出会い、それを生き残ったというのが実力なのか、それとも運なのか……それを見極める良い機会だと俺は思うのだった……。

 

 

 

 

 

カナエ姉さんのお蔭で炭治郎達とお昼ご飯を食べる事が出来た。私では絶対に誘えなかったので、善逸と伊之助がいても炭治郎と一緒というだけで私は嬉しかった。

 

「……美味しい。こんな美味しいの初めてだ」

 

「うっまぁぁああいッ! 何これッ!? ライスカレーってこんなに美味しいのッ!?」

 

「うまッ! うめえじゃねえかッ!!」

 

初めてライスカレーを食べる炭治郎達はその味に大興奮という感じで、3人が3人ともとても嬉しそうだ。

 

「……ぱぁぁあああ」

 

「そうか、禰豆子も美味しいか! そうかそうか、良かった」

 

「こくこくこく」

 

カワサキさんの作る料理は禰豆子ちゃんも食べる事が出来る。普段炭治郎は自分だけが美味しい物を食べるなんてと言ってあんまり物を食べてくれないけど、禰豆子ちゃんも食べれると判ると本当に嬉しそうに笑って料理を食べてくれる。

 

(……良かった)

 

鬼殺隊は身体が資本だ。食が細い炭治郎を心配していたけど、この様子なら大丈夫そうだと私は安心し、カレーを口に運んだ。

 

(美味しい)

 

作るのを手伝っていたから判るけど、物凄く沢山の香辛料を使っている。カナエ姉さんが言うには、薬になる物も使っているので、食べているだけで健康になると言っていた。

 

「ふーふー」

 

「んー汗が出てくるけど、美味しいから手が止まらない!」

 

「あちい……」

 

カレーに息を吹きかけて冷まして食べて、それでも身体が暖かくなる。ライスカレーに使われている香辛料の効果らしい。鍛錬や運動するのとは違う心地よい汗を感じながらライスカレーを口に運ぶ。

 

「……こくこく」

 

「眠くなったのか、おやすみ。禰豆子」

 

満腹になったのか舟を漕いでいる禰豆子ちゃんを抱き上げて箱の中に入れてあげる炭治郎。その顔はとても優しくて、見ているだけでとても穏やかな気持ちになる。

 

「カナヲ、このライスカレーって言うのは凄く美味しいな」

 

「う、うん。美味しい……」

 

その笑顔が自分に向けられて、思わずドキリとした。炭治郎が私を励ましてくれたから、私は変わりたいと思った。

 

「炭治郎。お代わり行こうぜ! もっと食べたいし」

 

「ああ、そうだな! 伊之助は?」

 

「行くに決まってるだろ! 俺様に続け、子分共ッ!!」

 

私が半分も食べ終わってない中、炭治郎達はライスカレーを食べ終えて、お代わりを貰いに行くその後姿を見つめながらライスカレーを口に運んだ。

 

「……」

 

さっきはとても美味しいと思っていた。ううん、きっとこのカレーは今も美味しいんだと思う。だけど、なんだろう……。

 

「あんまり美味しくない……」

 

凄く美味しい筈なのに、何故か美味しいと思えなかった。炭治郎達がいた時は、凄く美味しくて満ち足りた気持ちになれたのに……何故か美味しいとは思えなかった。

 

「なんでだろう……」

 

カワサキさんの料理が美味しくないなんて思うことは無い筈なのに……なんでこんなに美味しくないと思うのかが私には判らなかった。

 

「今度は卵を乗っけて貰ったんだ!」

 

「へへ、俺様は海老だ! これ美味いんだよな!」

 

「カナヲはそのままでいいのか?」

 

「……私も食べ終わったら、色々乗せてもらおうと思うよ?」

 

「そっか、カワサキさんの料理はどれも美味しいからどれを乗せてもらっても美味しいよな!」

 

ぱあっと太陽のように笑う炭治郎を見ながらカレーを口に運んだ。その味はさっきのものよりも美味しく感じて……カナエ姉さんの言葉が脳裏を過ぎった。

 

【好きな人と一緒にご飯を食べると凄く美味しいのよ?】

 

お腹だけではなく、気持ちも満たされる。とても幸せな事なのだとカナエ姉さんは私に言っていた……。

 

「馬鹿馬鹿! なんで黄身を崩さないんだよぉ」

 

「え、黄身を崩すのか?」

 

「そりゃそうだろうよお! 全部食べきっちゃう前に黄身をちゃんと崩して食べなよ。炭治郎」

 

「そうか、じゃあ俺もそうすることにするよ」

 

「おお、このかれーってのが海老についても美味いんだな!」

 

騒がしく、それでも凄く楽しそうに食べている炭治郎と善逸と伊之助を見ていると……いや多分違う。楽しそうに食べている炭治郎を見ているからきっと美味しくて、幸せな気持ちになるのだと思う。

 

(……)

 

息が苦しくなるくらい胸が早鐘を打っているのが判る……だけどその息苦しさは決して嫌じゃなくて、思わず口元に笑みを浮かべながらカレーを口に運ぶのだった……。

 

 

 

メニュー39 カツ丼に続く

 

 




今回は食事描写よりも、食べている鬼滅キャラの会話に力を入れてみました。いつも同じパターンだと飽きが来るかなあと思いこういう風にして見ましたが、反響がよければこういう感じの話も度々入れてみようと思います。次回は杏寿朗さんの初陣という感じの話で書いて行こうと思います。それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

メニュー39 カツ丼

メニュー39 カツ丼

 

杏寿朗が最終選別から無事に戻り2日後……杏寿朗の最初の任務が迫ると、当然の事だが瑠火さんや槇寿朗は不安の色をその顔に浮かべ始めていた。なんせ、最初の任務で殉職する可能性は約7割――鬼を見た恐怖で足が竦んだり、鬼が想像以上に強くて返り討ちにあうと言うことは珍しい事ではないらしい……それを知っているからこそ、槇寿朗は杏寿朗なら大丈夫と思っていても不安を隠しきれず、瑠火さんもそわそわとしている……その気持ちは俺にだって判る。自分の子供が自分よりも先に死ぬ……それは何よりも辛いことだ。それでも杏寿朗は槇寿朗のように鬼狩りになる道を選び、そして己を真っ直ぐに鍛えてきた。もうここまで来たら、俺達に出来る事は杏寿朗が無事に戻ってくる事を祈り待つだけだ。

 

「……とは言っても、ジッとしてはいられんのだなぁ」

 

頭の中で判っていても、何もしないと言う訳ではない。俺には俺に出来る方法で杏寿朗の任務の成功と、杏寿朗が無事に帰って来る事を祈り1品料理を作らせて貰おうと思う。現にこうして色々考えている間も俺は料理の準備を続けていて、やっと良い具合になったそれを見て小さく笑みを浮かべた。

 

「良し、OKOK」

 

鉄鍋の中で揚げていたトンカツを取り出し、包丁で食べやすい大きさに手早く切り分ける。少し中が赤いが、今回はこれで良いのだ。かなり厚めに切り出しているので1回で揚げ切れるとは思っていない。

 

「カツ丼にするから問題なしっと」

 

カツ丼は勝つだ。それに卵と米で栄養価もバッチリだ。くだらない験担ぎと言われても、俺に出来るのはこれくらいだ。

 

(流石にユグドラシルのアイテムを持ち出すわけには行かないしな)

 

鬼に回収されたり、ユグドラシルのアイテムの明らかに人智を超えた効果が発揮され、杏寿朗が鬼と通じていると言う噂が立っても困る。だから俺に今出来るのは、こうやって料理を作って無事に戻ってきてくれと祈る事だけだ。

 

「醤油、みりん、砂糖、酒っと」

 

片手鍋の中に調味料を入れ、1度煮たたせてアルコールを飛ばし、丼タレを作る。普段だったら出汁の中に調味料を入れて作るが、今回は普段よりも少し丁寧に作る。

 

「合わせ出汁に丼タレを入れて、1度煮立たせて……うん、よしよし」

 

鰹節と昆布でそれぞれ取った出汁を混ぜた合わせ出汁、丼タレを入れて煮た立たせ味見をする。普段作る物よりも甘みが強いが、今回はこれくらいで丁度良いだろう。玉葱は2mm幅で薄切りにし、出汁の中に入れて煮詰める。

 

「……どうだろうか、普段より緊張しているかもしれないしな……こっちにしておくか」

 

普段杏寿朗が使っている丼よりもワンサイズ小さい丼に飯を盛る。足りないと言ってきたらカツはまだあるし、お代わりを作ることも出来るし、お代わりする食欲が無ければ槇寿朗か千寿朗の夕飯にすればいいので、何の問題もない。

 

「良し、OK」

 

玉葱がしんなりしてきたらカツを入れて、スプーンで出汁を掬ってトンカツの上に掛けながら煮詰める。衣が十分にタレを吸い込んだら頃合だ。

 

「軽くまぜてっと……」

 

卵2個を割り軽く混ぜたら、カツの周りに回し入れる。カツの上に直接掛けないのがポイントだ、卵が半熟になったら蓋をして少し蒸らしたら米の上に滑らせるように乗せて蓋をする。

 

「漬物、味噌汁、良し。行くか」

 

今頃自室で精神集中をしているだろう杏寿朗の元に夕食を届ける為、俺は厨を後にするのだった……。

 

 

 

父上の日輪刀よりも赤みが薄い己の日輪刀を前にし禅を組む。普段と同じ何時も通りの精神修養……頭の中で炎の呼吸の型の動きを復習していると、伍ノ型炎虎の所で動きが止まった。

 

「よもやよもや……初陣というだけでここまで気が乱れるか……」

 

最終選別の時とは違う、人を喰らい己の力を高めている鬼と戦うというだけで、柄にも無く緊張している。

 

「……ふーっ」

 

深く、普段よりも深く息を吐き、全集中の呼吸の精度を高めていると襖が叩かれた。

 

「杏寿朗。今大丈夫か? 夕飯を持ってきた」

 

「これはカワサキ殿、かたじけない。今開けます」

 

襖を開け、カワサキ殿を招き入れる。盆の上には漬物と味噌汁、それと蓋がされた丼が1つ。

 

「任務の前で緊張してるかもって思って小さめにしておいた」

 

「お気遣い感謝します」

 

今日は普段と同じ量は食べられないと思っていたので小さめな丼で丁度良かったとさえ思った。

 

「今日は何を作ってくれたのですか?」

 

「験担ぎでカツ丼にしてきた。鬼に勝つでな」

 

丼の蓋を開けるとふわりと甘い香りが鼻をくすぐった。そして丼の上には分厚いトンカツと黄色と白の色の兼ね合いが美しい半熟卵……食欲があんまりないと思っていたのに口の中に唾が湧いてくるのが判った。

 

「いただきますッ!」

 

作ってくれたカワサキ殿に感謝して丼を持ち上げる。ずしりと重い丼の重さを感じながら箸でトンカツを持ち上げる。分厚く、たっぷりと出汁を吸い込んだトンカツを大きく口を開けて頬張る。衣にたっぷりと出汁が染みこんでいて、甘辛い食欲を誘う味が口いっぱいに広がる。トンカツの弾力も素晴らしく、分厚いのに簡単に噛み切る事が出来た。

 

「美味いッ!」

 

「良かった良かった。トンカツはよく作ったが、カツ丼は今日が初めてだろ?」

 

「はい! 親子丼や牛丼は良く食べましたが、カツ丼は初めてですね!」

 

カワサキ殿はいろんな物を食べさせてくれたがカツ丼はこれが初めてだと思う。トンカツを頬張り飯をかき込む。

 

「美味い美味いッ!!!」

 

さっきまでの不安は何時の間にか消えていた。カワサキ殿は験担ぎと言っていたが、それでもそれが俺の不安を消してくれていた。

 

「おお! トンカツを食わなくても美味い!」

 

ふんわりとした卵と出汁を吸い込んだ玉葱。これだけでも味が抜群に良く米をどんどん口の中に頬張り、トンカツを口の中に入れる。歯応えのいい豚肉の食感と脂身の兼ね合いが丁度良く、どんどん米を口の中にかっこむ。

 

「おいおい、そんなに急いで食うと喉詰まるぞ?」

 

「大丈夫です!」

 

トンカツはさくりとした衣が美味いと思っていたが、こうして出汁を吸い込んだ物も絶品なのだと判った。分厚いのに簡単に噛み切れる、だが歯を跳ね返す弾力があり、その弾力を楽しんでいると米がまた食べたくなる。

 

「おっとと、いかんいかん」

 

このまま米ばかりを食べていては、トンカツが残ってしまう。1度箸を休め、味噌汁を口に運んだ瞬間思わず叫んでいた。

 

「わっしょい! わっしょい!! これはさつまいもの味噌汁ではないですか!」

 

「おう、お前の大好物だ」

 

赤味噌の濃い味の味噌汁の中に沈んでいるさつまいもは適度な甘さを持っており、カツ丼で重くなった口の中には実に丁度良い。

 

「うん、美味い! わっしょい! 美味い! わっしょいッ!!!」

 

トンカツと味噌汁を交互に食べる度に美味いとわっしょいの言葉が交互に口から飛び出し、知らずの内に笑みを浮かべていた。

 

「あぐッ!! うん! うんうんッ!」

 

丁寧に作られた出汁に甘めの味付けは俺の舌に良くあった。半熟卵が絡んだ米を食べ、甘く煮られた玉葱と漬物を箸休みにし、甘辛く煮られているトンカツを頬張る。丼を持つ手は徐々に上に上がり、今は口に殆どつけた状態でカツ丼を頬張っていた。

 

「ふーッ! 美味かったッ!!!」

 

少し物足りなさを感じたが、空の丼を机の上に戻し蓋を閉める。

 

「お代わりは? 用意してあるけど?」

 

お代わり……その言葉に一瞬眉が動いたが首を左右に振った。

 

「いや、やめておきます! 無事に戻って来たらその時に食べます!」

 

食い意地が張っていると思われるかもしれないが、無事に帰ってきて何の心配も不安も無く腹一杯カツ丼を食べたい。

 

「判った。沢山準備しておくよ、少し寝て夜に備えておけよ?」

 

「はいッ!」

 

父上と母上とは既に話をしてある。満腹には遠いが十分に膨れている腹を撫でながら目を閉じる……任務まで眠れないと思っていたが、程よい腹の膨れ具合と暖かさを感じながら俺は目を閉じ眠りに落ちた。

 

 

「杏寿朗、無事に帰って来い。お前なら並の鬼に遅れを取る事はないと思うが、慢心せず警戒を緩めるな」

 

「はいッ!」

 

父上からの激励の言葉を聞きながら羽織を羽織って、腰に日輪刀を下げる。

 

「兄上……お気をつけて」

 

「ああ、案ずるな! 俺は無事に戻る! 絶対にだ!」

 

今の俺の心は熱く燃えている。不安も恐怖も胸の中に燃え盛る炎で焼き尽くされている。だから怯える事も恐怖する事も無く、日輪刀を振るう事が出来る。

 

「杏寿朗、気をつけて。待ってますからね」

 

「ありがとうございます! 母上!」

 

母上が作ってくれたおにぎりの包みを受け取り荷物の中に入れる。これは鬼を退治し、戻る道中に口にしようと思う。

 

「気をつけてな。杏寿朗」

 

カワサキ殿がそう言って拳を突き出してくる。何を意味するのか判らず首を傾げていると、カワサキ殿が苦笑した。

 

「手出せ」

 

「こうですか?」

 

カワサキ殿と同じ様に拳を突き出すと、カワサキ殿と俺の拳がぶつかり合う音が響いた。

 

「フィスト・バンプっつう海外の挨拶の1種だ。鬼殺隊として戦うお前を尊敬してるぜ、槇寿朗と同じでな。ちゃんと無事に帰って来いよ、杏寿朗」

 

尊敬……それを言うのならば俺の方だ。何時だって俺も父上も、そして母上もカワサキ殿に助けられている。

 

「すいません、カワサキ殿。また手を」

 

「ん? おう」

 

カワサキ殿に手を突き出してくれるように頼み、今度は俺から拳を打ちつけた。

 

「俺も貴方を尊敬しています。もっと別の強さをカワサキ殿は俺に教えてくれた」

 

俺は父上から炎の呼吸を学び、鬼と戦う強さを学んだ。

 

俺は母上から優しさと人を思いやる心を学んだ

 

俺はカワサキ殿から己の信念を貫き、そして己ではない誰かの為に振るわれる強さを知った。

 

「行って来ます!」

 

火打石の音色を聞きながら俺は煉獄家の門を潜った。今日から俺は鬼殺隊の隊士だ、人を守り、悪鬼を切る父上のような強い隊士になるのだと決意を秘め俺は夕暮れの中を走り出すのだった……。

 

「煉獄杏寿朗! 今より助太刀するッ!!」

 

「ま、待て! 煉獄! あいつの血鬼術はッ!!」

 

「駄目! 無闇に立向かってはッ!」

 

最終選別で共に戦った男女の同期。そして影の犬のような物から子供を庇っている先輩隊士の横を駆け抜け、横笛を携えた老翁の姿をした鬼へと飛びかかる。

 

「ワシの笛の音は神経を狂わせる……「おおおおおーーーッ!!!」 なっ!? 糞っ!! 糞っ!! 儂はこれから十二鬼……」

 

鬼が何かを言って笛を吹いていたが、何がしたかったのか判らないな! 恐らく血鬼術だっただろうが……。俺には何の効果も無かったなッ!! 笛ごと鬼の首を断ち切り、日輪刀を鞘に納めた。

 

「良しッ! 無事か皆ッ!!!」

 

あんぐりと口を開けている同期と、信じられない物を見ている目をしている先輩を見て、俺は思わず首を傾げるのだった。

 

杏寿朗は勿論、カワサキ本人も知る良しも無いが、10年近くカワサキの料理を食べ続けていた杏寿朗は、強い精神・毒耐性を有しており、十二鬼月になることを夢見た、笛鬼のような血鬼術に頼りきりの鬼の天敵となっているのだった……。

 

 

 

 

そして現在のカワサキの店では、笛鬼との戦いに杏寿朗が割り込んだ事で生存し、順調に力をつけていた同期の男女から杏寿朗の初陣の話を炭治郎達が聞いていて、信じられないと言う顔をしていた。

 

「と言う事があったんだ」

 

「煉獄ってなんか判らないけど、血鬼術効果薄いのよ」

 

「はっは! 褒められると恥ずかしいな! 俺にも理由は全然判らんからな! ただ血鬼術は俺には効きにくいのだ!」

 

ええっという顔をしている善逸と、凄いという顔をしている炭治郎、そして飯はまだかなと話半分の伊之助の三者三様の反応を見て、同期は溜め息を吐いた。

 

「お前も変わらんな」

 

「そうだろうそうだろう」

 

「褒めてないからね?」

 

「ん? そうなのか?」

 

炎柱となった煉獄杏寿朗、そして同期の2人は甲であり、鬼を50体倒した事で柱の条件は満たしているが、柱程の実力はないと今もまだ甲で鬼殺隊に貢献している。

 

「さてと、じゃ俺はそろそろ行くわ」

 

「私も、じゃね」

 

「うむ! 2人とも気をつけてな。夫婦剣(めおとけん)ッ!!」

 

「「夫婦剣言うなあ!!」」

 

杏寿朗にそう怒鳴り、同期の2人は逃げるように店を後にした。

 

「夫婦? あの2人夫婦なんですか?」

 

「強固な守りの岩田……男のほうだな。それと雷の呼吸の三山の鋭い攻撃で2人で行動している事から、いつからか、夫婦剣と揶揄されるようになったのだッ! ちなみに、結納は済ませてるそうだ」

 

「ガチの夫婦じゃねえか!?」

 

揶揄ではなく本物の夫婦と知り、善逸が声を上げた。その声を聞いて杏寿朗は、はっはっはと楽しそうに笑った。

 

「無惨を倒せば祝言を上げるそうだ。2人には死なずに無事に戦い抜いて欲しい物だな!」

 

楽しそうに笑う杏寿朗だったが、ぐううっと言う大きな腹の音が響いた。

 

「俺様も腹が減ったぞ! ぎょろめ! 早く鬼殺隊にとって最高に美味いものってやつを食わせてくれよ!」

 

「わーわー!? 馬鹿馬鹿ッ!」

 

「す、すみません! 煉獄さん!」

 

炎柱である煉獄に失礼な事を言った伊之助に善逸と炭治郎が慌てて謝る。すると伊之助の物よりも大きな腹の音が響いた。

 

「俺も腹が減ったから気にするな! 今日は鍛錬で腹が空いてるだろう。カワサキ殿に頼んで特別な物を用意してもらったからな! もう少し待て」

 

杏寿朗がそう言うとカワサキとカナエと沙代が巨大な盆と丼を持ってきた。

 

「はい、お待たせカツ丼煉獄盛り」

 

「はい、炭治郎君達は3人で1つの煉獄盛りよね」

 

「漬物と味噌汁は欲しかったら声を掛けてね」

 

向かい側に座っている杏寿朗の姿を完全に隠しているカツ丼煉獄盛り、それよりも少ないが十分に山盛りのカツ丼煉獄盛りを前に炭治郎達は完全に思考が停止した。

 

「いただきます!」

 

そしてその反対側で嬉しそうな杏寿朗のいただきますと言う声が響いたのだった。

 

 

メニュー40 カツ丼 煉獄盛り へ続く

 

 




第一話で出たパワーワード。カツ丼煉獄盛りがついに登場です、次回はかまぼこ隊がカツ丼煉獄盛りと戦います! それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

メニュー40 カツ丼 煉獄盛り

メニュー40 カツ丼 煉獄盛り

 

カツ丼煉獄盛り――大盛りとか特盛りを超越したデカ盛りメニューと言っても良い。丼ではなく、すり鉢を使い。米はたっぷりと7合を使い、その上に鶏・牛・豚と3種類のカツと半熟卵をたっぷりと掛けたカワサキ特製のカツ丼だ。煉獄盛りと呼ばれるのは槇寿朗、杏寿朗の2人が10杯近くカツ丼をお代わりするから、最初から10杯分で作ったほうが早いという事で作られ、最初はその2人だけが注文していたのだが、後に蜜璃や天元も頼むようになった特別メニューだ。事前にカワサキに連絡しておく必要があるが、連絡さえしておけば到着と同時に提供される。しかも味噌汁と漬物はお代わり自由だ。煉獄盛りを注文する際は出発前か、鎹鴉で要予約というメニューだ。

 

「……無理じゃない? これ人間が食べられる量なの?」

 

「おお、美味そうじゃねえか!」

 

「凄い……ッ」

 

初めて煉獄盛りを目の当たりにした炭治郎達は驚きを隠し切れないでいたが、杏寿朗からすれば定期的に頼んでいる品に過ぎず。いただきますと大きな声をあげ、美味い美味いと叫びながら食べ始めるのを見て、炭治郎達はしゃもじとお玉を使い、取り分けてからカツ丼煉獄盛りに挑み始めるのだった……。

 

 

 

 

カツ丼は勝つで鬼殺隊にとってはとても縁起の良い物だ。出立前にカツ丼を頼む者も多い、かくいう俺も初陣の時はカツ丼を食べて出立したので俺自身もかなり思い入れの強い料理だ。しかし、しかしだ……普通の丼では全く足りないッ!!! これは父上も同じ意見で色々と試した結果俺と父上しか頼まないと言う理由で「煉獄盛り」と言う品が追加された。すり鉢に米を盛り、3種類の肉を使ったカツをこれでもかと使い、半熟卵がたっぷりと掛けられたそれは出立前ではなくとも食べたくなるほどの逸品だ。ただ、作るのに時間が掛かるので、最低でも一刻前に連絡しないと随分と待たされる事になる。

 

「いただきますッ!!!」

 

厨房のカワサキ殿に聞こえるように叫んで箸を手に取る。

 

(さて……どこから攻めるか……)

 

使っているのは3種類の肉、しかし作り方は複数の工夫が施されており、中に大葉やちーずを挟んだ物もある……つまり何が言いたいかと言うと、どこを食べても美味いと言う事だッ! 

 

「美味いッ! うむうむッ!!」

 

最初に手に取ったカツは牛カツだった。歯を跳ね返す強い弾力と、噛み締めると口の中に溢れる肉汁ッ! そして甘辛いタレと卵が絡まっている牛カツは絶品だ。カツを持ち上げた事で見えた米を掬い口に運ぶ。

 

「美味いッ! 美味いッ!!!」

 

炊き立てほやほやの銀シャリは甘みもあって実に美味い! この卵とタレに絡まった米と一緒に食べるのは実に美味い。すり鉢を持ち上げて掻き込みたいという欲求が生まれるが、今持ち上げるとカツが崩れ落ちてしまうので、最初はぐっとそれを我慢してカツを楽しんで食べる。

 

(いやはや、カワサキ殿に叱られたからな)

 

最初は煉獄盛りでもすり鉢を持ち上げて食べていたら俺も父上も叱られた、量が多いから喉に詰まりやすいし、余り一気に食べると良くないとこんこんと説教され、ある程度減るまで持ち上げて食べる事が出来ないように盛り付けられるようになったのだ。

 

「やはりカツ丼は豚肉だな!」

 

脂身と肉の部分の兼ね合いが良い、この食欲を誘う味は本当に最高だ。匙に持ち替えれば米も食べやすくなるが、それではカツが食べにくい。ままならないものだが、これもまた面白い。

 

「うんうん!!」

 

今度は鶏肉だ。皮が取り除かれさっぱりと食べれるチキンカツは牛と豚で重くなった口を1度休ませるのに丁度良い。味噌汁と漬物を追加で口に運び、米を口に運ぶ。どこを食べても美味い、何時まででも食べ続けられる味だ。

 

(さて竈門少年達は食べられるかな?)

 

食べて身体を作るのは新米隊士の基本。特に竈門少年と嘴平少年は柱の食事会に初めて参加して食べきった事もある、食べて力を蓄えて鍛錬を行うことで筋肉を付ける。正直煉獄盛りは3人で食べるのも厳しいが、食べきれるかな? と観察しながらトンカツを頬張り美味い! と叫ぶのだった。

 

 

 

 

 

カツ丼が鬼殺隊の中で人気の品って言うのは知ってたよ。うん、俺も食べたいって思っていたけど……。

 

「いや無理」

 

「食べる前に諦めるな善逸! 大丈夫! 美味しいから食べられるぞ!」

 

「うっめええええッ! おい、炭治郎。お代わりだ!」

 

「判った!」

 

なんで炭治郎と伊之助はこんなに前向きなの? 俺この山盛りの米とカツを見るだけでお腹一杯だよ。食べ切れなかったらカワサキさん怒るかなあと不安を抱きながらカツを持ち上げる。

 

(もっとこう適量……なら)

 

カツレツ、コロッケ、カレーと言えば3大洋食でどれも食べてみたいなあと思っていたけどさ……量がやばいんだって、俺お代わり出来ないで終わるよ……ごめんね、炭治郎、伊之助。心の中でそう呟いて半熟卵とタレが絡んだカツレツを頬張った。

 

「うっまぁぁいッ!」

 

「五月蝿いぞ! 屑ッ!!」

 

「ごめんなさいねえッ!!!」

 

獪岳から即座にお叱りの言葉が飛んだが、いや、何これッ!? 本当に美味いんだけどッ!

 

「ほわあ……なにこれ、めちゃくちゃ美味しいんだけど」

 

カツレツの衣にタレが染みこんでいて噛み締めると肉汁と共に口の中に溢れる。この甘辛い味と肉の味だけでいくらでも食べられそうだ。

 

(鶏肉だぁ)

 

柔らかく、そして肉汁がたっぷりある鶏肉は本当に美味しい。

 

「鶏肉だけじゃねえぞ、善逸。牛も豚もある」

 

「え、嘘!? どれ?」

 

「知らん! 適当に食え!」

 

このカツ丼の中に3種類もお肉が入っているなんて、なんて贅沢なんだ。

 

「善逸、はい、しゃもじ」

 

「あ、ありがと、炭治郎」

 

手にしている丼は何時の間にか空で、炭治郎から受け取ったしゃもじですり鉢の中からご飯を丼に移して、カツをその上に乗せて食べる。

 

「あれ!? これ違う奴だ!」

 

「だからもっと静かに飯を食え!」

 

獪岳の怒声にごめんねえと謝り、半分だけかじったカツレツに視線を向けた。

 

(うわあ、凄いよこれ)

 

薄いバラ肉を積み重ねて揚げてある、作るだけでも手間だというのが良く判る。しかもこれ、中に大葉が挟んである。

 

(食べやすい!)

 

バラ肉なので脂が多いのだが、大葉などの薬味が挟んであるので見た目よりもさっぱりと食べれる。それにこれは大葉だけじゃない、ほかの物も挟まれていた。

 

(チーズだぁ……)

 

チーズなんて高級品とカツレツの組み合わせなんて美味しいに決まっている。噛み締めるととろとろに溶けたチーズが口の中に広がる。

 

「美味しいなぁ……」

 

こんなに美味しかったら、全然食べられる! 最初の食べきれないで残すかもしれない。残して怒られるかもしれないという不安は何時の間にか消えて、俺も伊之助と競い合うようにカツ丼を食べ始めるのだった……。

 

 

 

 

俺の好きな衣のついてる奴とは違うが、このカツ丼って奴も美味いな! 汁が染みこんでるから衣が柔らかくてうめぇッ!

 

「あぐっ! 美味い! 美味いッ!!」

 

肉も色々使われていて、食感が違ってどれもこれも美味い。ただなんか薄いのが沢山重なっている奴あれはあんまり美味くねえ、柔らかすぎて俺は好きじゃない。

 

「あー! 馬鹿馬鹿、齧った奴を戻すな!」

 

「あんまり好きじゃねえんだよ!」

 

「それでも戻すな! 食べたら最後まで食べる! カワサキさんに怒られるぞ!」

 

カワサキに怒られるぞと善逸に言われ、柔らかくてあんまり食べたくない肉が重ねられた奴も我慢して食べる。

 

(……むう)

 

不味いと言う訳ではないのだ。ただ柔らかすぎて、食べている気がしない。もっとこう固くて、ガッツリしているのが良い。

 

「伊之助、固いのが良いならこれはどうだろうか?」

 

炭治郎がそう言ってしゃもじでカツを持ち上げると、そこにはタレも卵も絡んでいないカツが並んでいた。

 

「良いじゃねえかッ!」

 

汁がしみこんでいるのも美味いけど、少し物足りなさを感じていた。この汁が掛かってないカツを自分の丼に入れて齧り付いた。

 

「美味いッ!」

 

ザクリと言う音が耳に響く、それに歯応えもあるッ! 汁が染みこんでる奴よりも美味いッ!!

 

「ええ、カツは汁が染みこんでる方が美味しくない?」

 

「うるせえぞ! 紋逸! 俺はこのざくざくの方が好きなんだ!」

 

半熟のとろとろした卵が絡んでいる米を掻きこみ、歯応えの強い衣のカツを齧る。

 

「おお、これなら重なってるほうもうめえ!」

 

さっきは柔らかすぎて美味くないと感じたが、衣がざくざくとしていれば重なっているカツもめちゃくちゃ美味い。

 

「駄目だぞ、伊之助。野菜もちゃんと食べないと」

 

「そだな! カワサキに怒られちまうぜ!」

 

カワサキが作ってくれる料理は食べるだけでほわほわして、とても幸せな気持ちになる。だけど栄養? ばらんす? とかよく判らないが、野菜もちゃんと食べないと怒られるので汁を吸って色が変わっている玉葱だけで飯を食う。

 

「おお、これだけでも美味いぞ!」

 

「いやいや、カツ温存しなくて良いから! もっとカツ食べて!?」

 

善逸がカツを食えと言うが、汁が染みこんでいる玉葱が美味い。卵が絡んでいる米と口に運び、味噌汁と漬物を食い、カツを少し齧る。

 

「がはははッ! 美味い! 美味いぞッ!!!」

 

肉だけを食べているのとは違う、野菜で口の中がさっぱりしてどんどん食べられる。米を自分の丼の中に移し、カツを齧り米を食う。俺の手は止まることを知らず、カツ丼を食べ続けるのだった……。

 

 

 

 

3種類の肉と衣が柔らかくなるまで煮られていたカツ、さくさくのカツ、肉を重ねたカツと更に3種類――それは飽きさせない工夫というのは俺にも判った。だけど、飽きさせないと言う事と腹具合は全くの別問題だった。

 

「うぷ、ごめん。たんじろー、俺もう食えない」

 

「げふ……俺様もだ」

 

「ふ、2人とも……ありがとう。後は俺が頑張るよ!」

 

後ほんの少し――大盛りのカツ丼の1人前くらいが残ってるだけだ。後は俺が頑張って食べるしかないだろう。

 

「カワサキ殿! カツ丼の大盛りを1つ! それと味噌汁と漬物もお願いします!」

 

「あいよー。すぐ作るからな」

 

煉獄さんが凄すぎる。煉獄盛りを食べた後で追加でカツ丼を頼んでいるとか、俺から見たら凄まじいの一言に尽きる。

 

「ふーふー」

 

すり鉢を持ち上げて、息を吹きかけてご飯を冷ましてカツを頬張る。

 

(美味しい、凄くおいしいんだけど……きつい)

 

満腹寸前で脂が乗っているトンカツと豚バラを重ねたカツは重過ぎる。

 

「カナエさん。お漬物をください」

 

「はいはーい、すぐ持って来るわねえ」

 

漬物と味噌汁が無かったら俺も食えなくなる。カナエさんに漬物をお願いして、味噌汁を口にして口の中をさっぱりさせてからカツを頬張り、勢いで米を口の中に運ぶ。

 

「うっ」

 

まだ少しはいりそうなんだけど、口を止めると辛い。

 

「竈門少年。口は少しずつでもいい、動かし続けろ。動きを止めると食えなくなるぞ」

 

「れ、煉獄さん。はい」

 

カツ丼が来るまで暇なのか煉獄さんがこうやって食べると良いと助言をしてくれる。

 

「それとだ、一気に掻き込むと空気まで口の中に入り余計に苦しくなる。それを気をつけると良い」

 

「は、はい! ありがとうございます!」

 

「杏寿朗、カツ丼出来たぞー?」

 

「今行きます!」

 

カワサキさんに返事を返して、カツ丼を抱えている煉獄さんを見ると確かに大きく口を開けているけど……静かに食べているように見える。

 

(こうかな?)

 

米を口に運んで、小さく息を吹いて噛み締めて飲み込む。するとさっきまでの圧迫感が少し楽になった……気がする。

 

「はい、炭治郎君。お漬物」

 

「ありがとうございます!」

 

大根の漬物を口にして、カツを齧ってすり鉢に口をつけて米を頬張る。食べる勢いは確かに少し弱くなったけど、すり鉢に残った米はカツで綺麗に集めて、最後の牛カツを口に運んでゆっくりと噛み締める。

 

(うっぷ)

 

吐きそうになるのを必死に堪えて、口を押さえて最後までしっかり噛み締めて飲み込んだ。

 

「ご馳走様でした!!」

 

空になったすり鉢を見ながらそう口にし、俺はそのまま仰向けに横になった。

 

「駄目だ。動けない」

 

「んがあああ、んごおおお……」

 

「ふああ……すー」

 

満腹で眠ってしまっている伊之助と善逸を見ていると、俺も眠くなってきた。

 

「少し眠ればいい。カワサキ殿に許可を取っている」

 

「す、すみません」

 

「なに気にするな、ああ、それと竈門少年」

 

「な、なんですか?」

 

満腹で会話するのも苦しいし、今にも眠ってしまいそうなんだけど……。

 

「今度父上が君に話を聞きたいと言っていた。時間を見て俺の家に招待するので覚えておいてくれ」

 

「あ、はい。判りました」

 

「ではおやすみ! よく食い、よく鍛錬する事が強くなる第一歩だからな!」

 

快活に笑っているだろう煉獄さんの事を考えながら、俺は満腹によって押し寄せてきた睡魔に勝てず、その場で眠りに落ちてしまうのだった……。

 

 

メニュー41 カワサキブートキャンプ(玄弥編) その1へ続く

 

 




次回はカワサキブートキャンプその2で、玄弥編です。本作では鬼喰いをしなくても実弥達と鬼狩りをしている玄弥ですが、当然カワサキさんのてこ入れがあります。そこを書いて行こうと思います、トレーニングと食事ですね。どんな料理が出てくるかは今回は秘密で次回そこを書いて見たいと思います。それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

メニュー41 カワサキブートキャンプ(玄弥編) その1

メニュー41 カワサキブートキャンプ(玄弥編) その1

 

カワサキさんについて?

 

ああ、兄ちゃんが言ってたカワサキさんの事を聞きまわってるって言うのはお前か

 

ああッ? 睨むなだとッ!

 

カワサキさんの事をこそこそ聞きまわってお前は何がしたいんだッ!!

 

あの人をどうにかしようって言うなら俺が、いや俺だけじゃねえッ! 皆がお前をゆるさねえぞッ!

 

知りたいだけ? それなら自分で聞きに行けよ。

 

なんか疚しい事があるから会いに行けねえんだろうがッ。

 

とにかく俺はお前に言う事は何も無い、殴られないうちに消えろ。

 

 

 

 

行冥が岩柱として活躍していると言う話を聞いたり、杏寿朗が50体の鬼の討伐が近いという話を聞いたり、最終選別のやり方の変更によって医療班や、隠、偵察隊が増え鬼殺隊の活動がより安定度を増した頃。即ちカワサキの重要度が鬼殺隊にも認知され始めた頃の出来事だ……

 

「カワサキさんよぉ! あんたからもこの馬鹿に言ってくれ! お前に鬼は倒せねえって!」

 

俺かお袋が何を言っても玄弥は意見を曲げなかった。いやいや、紹介した俺の育手は玄弥に呼吸の才能はないと断言してくれた。これで鬼殺隊を諦めると思ったが、玄弥は折れなかった。歴代最短で柱になった行冥さんの所に行って、呼吸を使えなくても隊士になりたいと居座っていると聞いて、俺は玄弥を迎えにすっとんでいった。どれほど話をしても、どれほど無理だと言っても玄弥は折れなかった。もうこうなったらカワサキさんしか玄弥を説得できる人間はいない、無理に玄弥を担ぎ上げて、カワサキさんに説得を頼みに来た俺は我が耳を疑った。

 

「別に呼吸が使えなくても鬼とは戦えるわなあ、俺は現に上弦っつうのと殴り合っている訳だし」

 

「ちょっ!? カワサキさん!?」

 

諦めさせたかったのに玄弥を助けるような事を言うカワサキさんに思わず声を荒げた。

 

「だけどだ。それは俺が海外にいる時に色々な格闘技を学んだから出来る事で、鬼を退ける事が出来ても鬼は倒せねえ。鬼を倒す事と鬼と戦う事は別物なんだよ。呼吸が使えないなら素直に諦めた方が良い。実弥や、おふくろさんに兄弟達を悲しませる事はない。悪い事は言わない、諦めな」

 

呼吸を使わなくとも鬼と戦う術があると言った上でカワサキさんは無理だと言った。戦う術と倒す術は別物だから諦めろと玄弥を説得してくれた。

 

「や、やだ……兄ちゃんがどっかで怪我してるかもって思ったら俺は怖い! そんなの嫌なんだ」

 

「馬鹿野郎、兄ちゃんがそう簡単に負けるわけはないだろうが、藤の家でお袋達と待っててくれよ」

 

俺の事を心配してくれるのは嬉しい。だが玄弥が怪我をするのを俺が耐えられない。お袋達と一緒に待っててくれと言っても玄弥は嫌だと首を左右に振る。

 

「ふー、しゃーねえ。実弥1週間だ…1週間、俺に玄弥を預けちゃくれないか?」

 

「カワサキさんッ! それはッ!」

 

「安心しろ。俺も玄弥が鬼殺隊に入るのは反対だ。だけどだ、玄弥もやるだけやって無理だって判らないと諦めもつかないだろう」

 

一方的に駄目だ、無理だと言われても納得できる物ではないと言うのは俺も判る。それでも俺の顔は苦虫を噛み潰したような顔をしていたと思う。

 

「カワサキさん、それじゃあッ!」

 

それに対して玄弥の顔は俺が見ても嬉しそうだった。どうして兄ちゃんがお前の事を心配しているって言うのをこいつは判ってくれないんだ……。

 

「1週間だけ面倒を見てやるよ玄弥。だけど1週間経ってもお前が何も覚えられなければ諦めるんだ、それが条件だ」

 

1週間――それは呼吸を覚えるにしても余りにも短い時間だ。それでも玄弥はカワサキさんの言葉に頷いた。

 

「念書を書いてくれ。1週間で成果が無ければ諦める、その後は俺の手伝いをする。それで良いな?」

 

「はいッ!」

 

カワサキさんの所で料理を覚えてくれれば、鬼殺隊になるなんて馬鹿げた事を言わなくなるし、お袋の手伝いも出来るようになる。カワサキさんの提案を聞いて、俺も良い考えだと思った。

 

「んじゃあまあ、実弥思いッきり殴ってきてくれ」

 

「は?」

 

「だから玄弥に教える技だよ。見たほうが判りやすいだろ? 呼吸を使って思いっきり打ち込んで来い」

 

両手を広げどーんと来いと言うカワサキさん。その姿を見て渋っているとカワサキさんが俺に告げた。

 

「これを見て玄弥が無理だと思えば、それで終わりなんだ。大丈夫、全力で来い」

 

そう言われては俺も嫌だとは言えず、全集中の呼吸を使い力強く踏み込んでカワサキさんに向かって拳を突き出した。その瞬間凄まじい衝撃を感じ、俺は走り出した勢いのまま後方に吹っ飛ばされるのを感じ、意識を失うのだった。

 

「はっ!?」

 

顔に水をぶっ掛けられて俺は目を覚ました。地面に横たわり、俺は青空を見つめていた。何が起きたのか判らず困惑していると、顔に凄まじい鈍痛が走り、殴られたと言うのが判ったが、余りの凄まじい痛みに顔を押さえて苦悶の声を上げた。

 

「いってええッ!!」

 

痛い、ひたすらに痛い。何があったのか、自分が何を喰らったのかも判らない。もっと言えば、鬼に殴られた時よりも痛かった。これでもしカワサキさんが呼吸を使えていたら頭が吹っ飛んでいたんじゃないかと思うほどの衝撃と痛みだった。正直、一瞬で意識を刈り取られたのは初めてだった

 

「これを1週間で覚えてもらう。だけどこれは口で聞いても、理解出来る物じゃない。お前も実弥見たいに殴られて、その中で覚えるんだ」

 

「げ、玄弥やめとけぇ……めちゃくちゃいてえぞ……」

 

こんな事が出来れば素手で鬼と戦える理由も判る。だけど、その威力は凄まじい。下手をすれば骨折をするかもしれない……そう思って玄弥に諦めろと言ったのだが、玄弥はお願いしますとカワサキさんに頼んでしまい。俺は凄まじい痛みを放つ頬に手を当てながら早まった真似をしやがってと心の中で呟いた。でもこれで玄弥が俺の後をついてくるのを諦めてくれるなら、この痛みだって悪くない……俺はそう思うのだった。

 

 

 

 

鬼殺隊になった兄ちゃんの怪我が増えているのを見て、いても立ってもいられず、兄ちゃんの助けになりたいと思った俺に待っていたのは、呼吸の才能が無いという絶望的な現実だった……それでも諦めきれず、色々な所に迷惑を掛け、最終的に1週間だけカワサキさんが面倒を見てくれ、それで俺が何も覚える事が出来なければ諦めろという約束になった。

 

「はっ!? うぐう……」

 

水をぶっ掛けられ目を覚ます。水の冷たさと殴られた痛みに思わず呻く、殴られる瞬間までは覚えている。突然拳が大きくなったと思ったら吹き飛ばされる、何度殴り飛ばされてもすぐに立ち上がりカワサキさんに向かった。だけどそれも4発が限界だった――5発目のこぶしで俺は意識を失ったようだ。

 

「玄弥。お前かなりタフだな、正直4発も耐えると思わなかったぜ」

 

「ど、どうも」

 

水を飲めと投げられた竹筒を受け取り、それを口にする。火照った身体に染み渡る冷たい水が心地よいが、思い出したように襲ってくる痛みに頬を押さえる。

 

「ほれ。冷やしとけ」

 

「ありがとうございます」

 

冷やされた手ぬぐいを頬に当てて、殴られた痕を冷やす。

 

「なんか判ったか?」

 

「急に手がでかくなったってくらいですかね?」

 

普通に拳を構えているだけなのに、急にそれが大きくなったと思った瞬間の凄まじい激痛と衝撃――それが俺に判った事だった。

 

「いい着眼点だ。それからもう少し踏み込んで考えられれば、答えは出るぞ」

 

「え?」

 

「良く考えろよ。じゃあ俺は昼飯の準備をしてくるから、最初に教えただろ? 柔軟。それをやって身体を柔らかくしとけ」

 

カワサキさんが俺に教えてくれた身体を柔らかくする運動をやりながらカワサキさんの言葉の意味を考える。

 

「手が大きくなるのがなんか意味があるのか?」

 

普通に考えて鬼じゃないんだから手が大きくなる訳が無いんだ。殴られる痛みと恐怖に耐えながら、自分が見たものを必死に思い出す。

 

「俺が見たのは間違いじゃない訳で……」

 

足を伸ばしたまま座り、つま先に触れるように身体を倒す。足の裏がぴりぴりとするが、これが重要だと言っていたので無理しない範囲で身体をゆっくりと前に倒す。

 

「……うーん?」

 

拳が大きくなるっていうのは自分の顔に近づいて来たからだよな? でもそれが余りにも速いから急に大きくなったように見えるのか?

 

「でも、早いって事はあんまり痛くない筈だよな?」

 

力を込めて殴るのと、早さを出して殴るのではまるで感覚が違う筈だ。そう思い、立ち上がって木に向かって拳を繰り出す。

 

「おらあッ!」

 

力を込め、思いっきり踏み込みながら拳を繰り出す。拳に衝撃が来て、それが肩までやってくる。

 

「いつつつ……今度は」

 

軽く力を込めずに拳を繰り出す。今度は速い風斬り音がして木にあたるが、それだけだ。肩までやってくる衝撃は殆ど無い。

 

「だよなあ?」

 

早く殴ろうとすれば力を抜く必要がある。でも、強く殴ろうとすれば力を込める必要があり速度が落ちる。

 

「外の国の格闘技なんだよな?」

 

カワサキさんは海外で学んだ技術だと言っていた。つまりは格闘技とか剣術、強いて言えば呼吸の型――と同じなのではないか? つまりそう考えればあの突然大きくなる拳は何らかの技術、そして体術なのだ。そして1週間と言う時間はカワサキさんがそれを習得するまでに必要な時間と言うことなのだろう。

 

「んー? こう? いやこうか? 違うな……」

 

丁寧で優しいカワサキさんが殴る事で教えようとする。それはきっと自分の身体で覚えなければ意味が無いと言うことなのだろう、もしくは身体で覚える必要のある技術で言葉では教えられない物なのかもしれない。

 

「思い出せ、思い出すんだ」

 

こんな所で俺は止まっていられない。思い出せ、思い出せと繰り返し呟きながら俺は拳を何度も突き出す。するとからくりが音を立てる音が響き、その音で我に帰る。

 

「とっ、いけねえな」

 

からくりを止めて座り込んで用意されていた握り飯を口に運び、漬物を頬張る。音が鳴ったら握り飯を食えと言われていたのをすっかり忘れていた。

 

「1日4回も5回も飯を食えってなんか意味あるのかなあ?」

 

柔らかく握られている握り飯の中には梅干が入れられていて、その酸味に顔をきゅっとさせるが、その酸味が食欲を誘う。大きめの握り飯を1つ食べ終え、竹筒の水も飲み干す。

 

「うっし、1・2、1・2」

 

体をゆっくりと動かし、大きく息を吸ってゆっくり吐いていると身体が熱くなって来るのが判る。僅かに教えられた物を思い返し、確実に己の物にしていく、絶対に俺は諦めない。そう誓ったのだ、俺と兄ちゃんで皆を守る。この誓いは絶対に違えたくないから……。

 

 

 

 

 

正直に言えば、俺は実弥が鬼殺隊に入るのも反対だった。しかし、何時の間にか鬼殺隊に入り、階級を順調に上げていると聞いては今から横槍を入れることは難しい。そして玄弥も本気と言うのも判る。しかしだ、俺は呼吸を使えない。呼吸を使えなくては呼吸を教えることなんて出来ない。俺が仮に教えられる事があるとすれば、それは空手や合気道、そしてボクシングを応用したカウンターくらいしかない。

 

「出来ない事は無いんだよな」

 

玉葱を微塵切りにし、石突を取ったしめじを手で解し、生椎茸も石突を切り落としてから薄切りにする。実際のところ、呼吸を使った実弥をカウンターで吹っ飛ばして一撃で気絶させる事が出来るほどの威力はある。相手の力を利用するのだ、相手が強ければ強いほどその威力は増す。

 

「だけど、それが鬼に通用するかは判らない」

 

実際問題、俺が上弦の弐から逃げ果せたのは、奇襲と香辛料の破壊力があったからだ。勿論相手の力も利用したが、ユグドラシルの装備もしていたと言うのもあるだろう。技術を教えた所で玄弥が同じ威力を出せるかも判らない、それに加えて相手の行動に即座に反応する反射神経も必要となるのだ。だから俺は敢えて何も教えない。教えるとしてもカウンターと言う概念を自分で掴んでからだ。

 

「止まれないんだよなあ」

 

バターを入れたフライパンに玉葱としめじ、椎茸を入れて炒めながら小さく呟いた。誰に言われても止まらない、止められない。それが今の玄弥だ。1週間と言う区切りをつけたのは諦めさせる方便に等しいが、まず間違いなく玄弥はコツを掴むだろう。初見で拳が大きくなったというだけの度胸がある。自分の兄が殴り飛ばされる光景を見ても恐怖せず、自分が殴り飛ばされる瞬間の最後の最後まで歯を食いしばって、目を見開いて俺の行動を見ていたのだ。その度胸は正直感心するし、俺としても好感が持てる。

 

「伸びるぜ、奴は」

 

玉葱が半透明になった所で生米を入れて、少しだけ残っていた黄金のコンソメスープをフライパンの中に入れる。蒸気と共に厨に広がる豊潤な香り、匂いだけで美味いって判るパターンだな。塩で軽く味を整えて蓋をして蒸し上げている間に次の準備を始める。

 

「まずはカロリーだ」

 

短時間で身体を大きくするにはやはりカロリーだ。大正時代の質素な食生活では筋肉を増やすだけのタンパク質とカロリーが圧倒的に不足している。骨付きの鶏腿肉に骨にそって包丁をいれ、噛み切りやすいようにし、フォークで皮目に穴を開けて塩胡椒をふって揉む。味が馴染むまでの間に牛乳と卵を混ぜた特製の卵液を作る。

 

「次っと」

 

大鍋が沸騰したのでパスタを入れて茹で始め、それと同時に鍋の中に油を入れてフライドチキンをあげる準備もする。

 

「ガーリックパウダー、ハーブソルト、シナモン、クローブ、ナツメグ」

 

片栗粉と薄力粉を混ぜた物にたっぷりのスパイスを入れて混ぜ込んで特製の衣を作る。本当はチリペッパーもありなんだが、玄弥には辛いのはまだ早いと思うのでチリペッパーは入れていない。

 

「よしっと」

 

ピラフが炊き上がったので鍋敷きの上に移して蒸らしながら、別のフライパンにオリーブオイルとスライスしたにんにくを加えて弱火で過熱、鍋が温まるまでの間に卵液、衣、卵液、衣と鶏腿肉につけて160℃まで加熱した鍋の中に入れて揚げる。

 

「ほっと」

 

鶏肉を揚げている間ににんにくの香りが移ったオリーブオイルにパスタの茹汁を加えて、乳化させパスタを入れて手早く炒め味を馴染ませたら皿の上に盛り付ける。

 

「よし、いい具合だ」

 

1度揚げた鶏腿肉を取り出して160℃から180℃に再加熱させて鶏腿肉を2度揚げする。

 

「玄弥ぁ! もうすぐ昼飯だから戻って来ーいッ!」

 

厨から声を掛けると玄弥からの返事が返ってくる。その声を聞きながら、キャベツ、胡瓜、貝割れ菜、ミニトマトを使ったサラダを用意する。

 

「うし、OK」

 

茸ピラフと骨付き腿肉のフライドチキン、山盛りのぺペロンチーノにサラダ。カロリーとタンパク質、そして栄養素。これが今の玄弥に摂取出来るぎりぎりの量だ。

 

「昼飯だ、しっかり食えよ。お代わりもあるから遠慮するなよ」

 

「……多いんですけど、もしかしてカワサキさんの分もあります?」

 

「ない、それでお前の1人前」

 

嘘だぁ……と言う顔をしている玄弥。だが、身体を短時間で作り変えようとなるとやはりどうしてもこうなってしまう。

 

「行冥も最初はそんな顔をしていたが、大丈夫だ。食べきれる限界の量にしてある」

 

「……判りました、いただきますッ!」

 

最短での柱に至った行冥もこの量を食べていたと聞いて、いただきますと叫ぶように口にしてフライドチキンをその手に取った。

 

「美味いッ! なんですかこれ! こんなの食べたこと無いッ!」

 

「香辛料を使っているんだ。醤油とか味噌とかと全然味が違うだろ?」

 

スパイスをたっぷりと使い、その香りと味を楽しめるようにシンプルな塩味。そして2度揚げによるパリパリとした衣はその食感と音で食欲を掻き立てるだろう。

 

「これも美味しい、これ炒飯ですよね?」

 

「違う違う、それはピラフ。スープで煮込んだものだ」

 

炒飯とピラフの違いは余りにも難しいか。説明を聞いても良く判らないと言う顔をしていた玄弥だが、箸でピラフを口に運んで美味いと笑い。片手でフライドチキンを齧り、ピラフを口に運ぶ。

 

「すげえ美味しいです! いくらでも食べれそうな、そんな感じです!」

 

「ならお代わりもあるぞ?」

 

「い、いや、それはちょっと、言葉の綾って言いますか」

 

「判ってる判ってる、冗談だよ。遠慮しないで食え、勿論食べれそうだったら遠慮なんかしなくていいんだからな?」

 

「はいッ!」

 

俺も茸のピラフを食べ、骨付き肉では無いが鶏腿肉のフライドチキンを口に運ぶ。

 

「この蕎麦美味いッ! にんにくの味がする」

 

「それは蕎麦じゃなくてパスタ。海外の蕎麦とかうどんに近いものではあるが、蕎麦ではないな」

 

「そうなんですか! でもこれ、凄い美味いですッ!」

 

最初はこんなに食べれないと不安そうな顔をしていた玄弥だが食べ始めれば食欲が湧いてくるのか、どんどん空き皿を積み重ねる。

 

「あの、そのこの鶏肉とご飯もうちょっと欲しいです」

 

「おお、食え食え、どんどん食え。んで食ったら寝て、買い物の手伝いを兼ねて走り込みだ」

 

「はいッ!」

 

元気よく返事を返す玄弥の皿を持って厨に戻ったのだが、思った以上に食べ終わるまで早かったし、それに黄金のコンソメスープの効果が普通よりも強く出ているっぽい。

 

「玄弥にも何か秘密があるのかもな」

 

実弥のように鬼を酔わせる稀血――それと似た様な何かがあるのかもしれない、俺はそんなことを考えながら広間に足を向けるのだった。

 

 

 

メニュー42 カワサキブートキャンプ(玄弥編) その2へ続く

 

 




玄弥君の鬼喰いがユグドラシルの食材にも適合されパワーアップ中。この1週間でどれだけパワーアップするのか、そしてカウンターを身に付けられるのかを楽しみにしていてください、それと今回のフライドチキンなどはまた今度、しっかりと話を書くのでサラっとした描写になっておりますが、ご安心ください。それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

メニュー42 カワサキブートキャンプ(玄弥編) その2

メニュー42 カワサキブートキャンプ(玄弥編) その2

 

 

カワサキ殿が呼吸の才能の無い子供の面倒を見ていると聞いて、私の寺の前に何日も座り込んでいた子供の事を思い出し、休暇の時に様子を見に来た。

 

(あの子供は鬼気迫る様子だったからな)

 

カワサキ殿に無礼を働いていないかと見に来たのだが、それは全くの杞憂だった。

 

「いいか、お前が気付いたのがカウンターの理論だ。日本語で言うと反撃っていう意味なんだが、本来は相手の動きを待ってそれに合わせる。だけど俺がやったのは、あえて誘い込んで、相手の勢いを利用してのカウンターだ。タイミングはシビアだが、お前が食らったとおり凄まじい破壊力がある」

 

「じ、じびゅんがまひゃにでやるから、い、いぎゃいんでひゅね?」

 

「そう言うことだ。とりあえず、少し休むか?」

 

「ひゃい」

 

声の感じと濁音の混じった声、そして何かが流れる音を聞く限りでは恐らく鼻血を流しているのだろう。しかも相当な量だ、それだけの痛みに耐えながらもカワサキ殿の訓練に耐えるとは……私は少しばかりあの少年の評価を改めた。

 

「カワサキ殿」

 

「お? 行冥か。どうした?」

 

「いえ、カワサキ殿が呼吸の才能の無い子供の面倒を見ていると聞いたので」

 

私がそう言うとカワサキ殿は合点が行ったのか手を叩いた。

 

「そうか、行冥の所に居座ってたって言ってたっけ」

 

「ええ。その負けん気は買いましたが、私にはまだ誰かを教え導く事はとてもではありませんが出来ないので」

 

「謙遜しすぎだよ。案外お前はいい師匠になるんじゃないか?」

 

手ぬぐいを絞る音と、少年の呻く声。どうもカワサキ殿が手当てをしているようだ。

 

「どれ、私が運びましょう」

 

「悪いね。折角きたんだ、昼飯と夕飯食ってけ」

 

カワサキ殿の言葉に是非と返事を返し、気絶している少年を小脇に担いでカワサキ殿の屋敷へと足を向けて歩き出す。

 

「実弥の弟と聞いてますがどうですか?」

 

「悪くない、筋はいいぞ。まさか2日でカウンターの要領を見切るとは思わなかった」

 

カワサキ殿としても想像外だったが、かなり筋がいいらしい。かと言う私もかうんたぁは岩柱との決闘時に教えられていたので基本的なことは覚えている。

 

「私は目が見えぬぶん、恐れることはないですが」

 

「そうそう、何度も気絶してるし、吹っ飛んでるのに全然折れないんだわ。1週間で諦めさせるつもりだったんだが……」

 

「無理そうと言う事ですか」

 

「多分な、1週間で成果が出なかったらあきらめるって言う約束だから、それこそ死に物狂いで覚えようとしてる」

 

追詰められれば、追詰められるほどに伸びる性格と言う事か、そう考えればカワサキ殿の厳しい鍛錬とはある意味相性がいい。

 

「カワサキ殿の鍛錬は実に厳しいですからね」

 

「ギリギリを見極めているだけさ。まぁ良いや、せっかくの休暇にここまで来てくれたんだ。ゆっくりして行ってくれ」

 

カワサキ殿の歩いていく音を聞いていると、思ったよりも早く少年――玄弥が目を覚ました。まだ状況を把握してないようだが、一刻も経たずに目を覚ますとは相当に頑丈だ。カワサキ殿の拳の威力を、かうんたぁの理論を知るからこそそう思う。

 

「起きたか」

 

「あ、えっと、あんときはすみません。俺凄く焦っていて、本当にすいません」

 

目を覚ますなり謝罪をしてくる辺り実に礼儀正しい、あの傍若無人な振る舞いは焦りから来る物だったとして、今回は許してやろう。

 

「カワサキ殿に鍛錬を受けているのだろう。昼餉まで少し時間がある、同じ人を師と仰いだのだ。少し見てやろう」

 

カワサキ殿が筋があると言った玄弥の腕前を見てみるのも悪くない、そう思いながら言うと玄弥はよろしくお願いしますと元気よく言った。残りは4日――カワサキ殿の性格、実弥の性格を考えれば最後の試験に出てくるのは間違いなく実弥――口調は悪いが、面倒見が良く懐の深い男だ。自分の弟が鬼殺隊に入ろうとするのを力付くで止める為に何でもするだろう、それこそ骨を折ることも考えられる。それに耐えるだけの精神力があるかどうか見極める為に庭に出る。

 

「私もカワサキ殿にかうんたぁは教わった。恐らく次は拳ではなく木刀だ。手加減はしてやろう、お前が覚えようとしている妙技――その身体を以て覚えろ」

 

「うっすッ!!」

 

木刀を構え近づいてくる気配を感じ取り、振るわれる瞬間までその場に止まり、振り上げられた音を聴いた瞬間に木刀を振り下ろす。

 

「がぁッ!?」

 

玄弥の苦悶の声に地面に叩きつけられる音。そして咳き込み、嘔吐する音を聞きながら私は立てと言う。

 

「実戦はこれよりももっと痛い。これで折れるなら諦めるが良い」

 

「……ま、まだまだぁ……」

 

木刀を地面に当て立ち上がる音を聞いて、前に踏み込み拳を振るう。再び玄弥の悲鳴と吹っ飛ぶ音を聞き、玄弥の手から落ちた木刀を拾って投げつける。

 

「悠長にたってどうする。死にたいのか、すぐに立て。這い蹲ってでも刀を振るえ」

 

「おげえ……うっ、おおおおッ!!!」

 

普通だったらこれで心が折れている。それでも吼え、立向かうのはカワサキ殿から見て筋が良いと言うのもよく判る。

 

「踏み込みが甘い、そんな握りで鬼を切れるかッ!」

 

「がっ!?」

 

だが呼吸を使えないと言うのは鬼殺の隊士にとっては致命的だ。筋が良いだけで、見込みが無いのならば諦めさせるのもまた慈悲。

 

「南無阿弥陀仏。若輩の身なれど、私は柱である。遠慮も何も要らない、全力で来い」

 

「うあああああーーーッ!!」

 

「気持ちだけでは届かん」

 

「ぐうっ!?」

 

決して越えることの出来ぬ壁として立ち塞がる。それで心折れるか、それとも奮起するか……膝をつき、咳き込んでいる玄弥が再び立ち上がるか、見えぬ瞳で見つめ続けるのだった……。

 

 

 

 

 

 

庭から聞こえて来る玄弥の雄叫びと行冥の声を聞いて思わず調理の手を止めた。正直行冥と俺では圧倒的に行冥の方が厳しいだろう、だがカウンターの理論も知っているし、現にカウンターを鬼殺に利用しているのは行冥だ。俺の机上の空論よりも、遥かに行冥の方が理解度がある。

 

「これで諦めるのも1つか」

 

行冥もカウンターを極めている訳では無いが、既に実用段階にしている。これを見て、諦めるか、それとも完成形を見て奮起するか……1週間と短時間での詰め込みだからこそ、完成形を見て自分には無理だと思って諦めるのも1つの道だと思う。

 

「よし、野菜はこんなもんでいいか」

 

たっぷりのキャベツの千切りを鍋の中に入れて、軽く湯通ししたらすぐにザルにあげておく。

 

「次はおろし金と」

 

おろし金を手にしてしょうがとにんにくをすりおろす。潰しても良いのだが、今回はツケダレにしたいので、丁寧にすりおろすことにする。今日作るのは山賊焼きと呼ばれる料理だが一口に山賊焼きと言っても、実は2種類ある。1つは長野県を由来とする料理で、すりおろしたしょうがやにんにくを漬け込んだタレに鶏腿肉を漬け込んで片栗粉を塗してあげた物、山賊焼きと言っておきながら、揚げているのに焼きとは何ぞや? と言う謎はあるのだが、とにかくこれは山賊焼きと言う料理だ。後はもう1つ山口県の物で骨付き腿肉をにんにく醤油ダレに漬け込んで炭火焼かオーブンで焼いた物もこれも山賊焼きと言う。フライドチキンを出したばかりで揚げ物を連続で? と思うかもしれないが、まずはとにかく身体を大きくする為にカロリーを摂取する為に油物、そして肉料理だ。成長期に加えて、何故かバフの効果がかなり強く出るので、筋力UPなどの効果を持つ調味料等も惜しげもなく使う。しょうがとにんにくをすりおろした物に、醤油、蜂蜜を加えてツケダレを作ったら、フォークで穴を開けた鶏腿肉に塩胡椒を振って、よく揉んで味を馴染ませたらタレの中に入れる。行冥もいるので少し多めに下拵えする。残ったら残ったで槇寿朗とか杏寿朗にサンドイッチにして渡せばいいので、多少多めに準備して良いだろう。

 

「味噌汁も用意するかな」

 

タレを馴染ませている間に玉葱とワカメと豆腐の味噌汁を準備し、完成した頃合にはタレがよく肉に染みている頃合だ。

 

「よしよし」

 

キッチンペーパーで余分なタレを拭って、片栗粉を塗して少なめの油で揚げ焼きにする。少なめの油でカリっとするまで丁寧に低温でじっくりと焼き上げ、表面がカリっと仕上がったら鍋から取り出して食べやすい大きさに切り分けて、キャベツと一緒に盛り付ける。

 

「よーし、そろそろ呼びに行くか」

 

庭で鍛錬をしている行冥と玄弥を呼びに行こうと思い厨房を出る。

 

「ぬあああああッ!!!」

 

「ッ!」

 

ガツンっと大きな音を立てて木刀がぶつかり合い、玄弥の木刀が中ほどから折れてこっちに飛んで来る。それを片手で掴んで止め、肩を竦めた。

 

「そろそろ昼飯だ。玄弥、顔を洗って来い」

 

「あ、す、すみません! 大丈夫でしたか!?」

 

「大丈夫だ。ほれ、早く汗を流して来い。腹減っただろ?」

 

ぐぐうっと大きな音を立てる腹に顔を赤くし、顔を洗ってきますと言って駆けて行く玄弥。その姿を見送り、折れた木刀を縁側において庭に下りる。

 

「どうだった?」

 

現役の鬼殺隊、そして柱の行冥に玄弥をどう見えた? と尋ねる。

 

「筋がいいと言うのも納得です、数度で未熟とは言え私のかうんたぁを真似して見せました」

 

「やっぱりかあ。あいつも中々天才肌だよなあ」

 

呼吸は使えない。だが目、そして身体に受けた痛みを反芻して、己の物にする天才。理論や、頭で覚えるのではない。文字通り身体に刻付けて、そして己の物に落とし込ませるだけだ。

 

「実弥と良い勝負をすると思うんだがどうだろうか?」

 

「間違いなく。4日後、私も見に来ます」

 

「おう、見に来てやってくれ。さ、お前も顔を洗って、飯の準備をしてくるといい」

 

返事を返し歩いていく行冥の背中を見送り俺は頭を掻いた。絶対玄弥もなんか特殊能力的なものを持ってると確信したからだ。

 

「うーむ。眠ってる子を起こしたかなあ」

 

このままだと実弥に恨まれそうだなと肩を竦め、俺も昼食をとる為に広間に足を向けるのだった……。

 

 

 

 

カワサキさんと行冥さんにボコボコに殴られて、本当は泣きそうなくらい怖かったし、痛かった。だけどそのお蔭で少し掴めてきた気がする。

 

(相手に判らないくらいで……)

 

誘い込んで、相手の攻撃方向を制限して、自ら飛び込んで――いや駄目だな。それだと呼吸が使えない俺では対応が一挙動遅れる……。

 

(うーん)

 

こう何か相手の方から俺の方に近づいてくるような何かがあれば……。いや、今は兄ちゃんに俺が鬼殺隊に入るのを認めさせるのが最優先で、他の事を考えている場合じゃない。カワサキさんがくれた湿布を腫れている部分に張って、俺は広間に足を向けた。

 

「すいません、おまたせしました」

 

「気にしなくて良いさ、ほら座れ座れ」

 

カワサキさんに言われて自分の席に腰掛ける。目の前の行冥さんの丼が凄い――まるで山のようだ。それに野菜や味噌汁の量も俺よりも遥かに多い。

 

「いただきます」

 

「「いただきます」」

 

手を合わせて会釈してから箸を手に取る。今日の献立は鶏肉をこれは揚げてるのかな? とにかく鶏肉だ。それと野菜と豆腐、わかめ、玉葱の味噌汁、漬物と言う感じだ。

 

「美味いッ! カワサキさん、これ凄く美味しいですッ!」

 

見た目は前に食べたフライドチキンに良く似ている。だけど、それよりも衣が固くて、味がかなり濃い。丼を持ち上げて米を口に運ぶ、1口鶏肉を齧っただけなのに、米をどんどん食べたくなる。

 

「久しぶりのカワサキ殿の食事なので余計に美味く思いますね」

 

涙を凄まじい勢いで流しながら食べている行冥さんに何か言うべきなのか悩んだが、カワサキさんが平然としているのでこれが普通だと思い。俺は口を閉じた、だけど凄い勢いで泣いてるけど大丈夫なんだろうか……?

 

「世事は良いさ、どんどん食ってくれ」

 

行冥さんも大きく口を開けて鶏肉を一口で食べて、凄い勢いで米を口に運んでいる。食べている量も勢いも凄まじいのに全く下品ではない、その姿を見て口周りとかに米がついているのがかなり恥ずかしくなった。

 

「恥じることはない、まず子供は腹一杯食い、眠り、そして遊ぶ事だ。つまり玄弥、お前のするべき事はカワサキ殿に感謝し、食事をすることにある」

 

「子供に飯を与えすぎて、ガリガリだった行冥が言えることじゃないぞ?」

 

「……南無」

 

ガリガリ? え、この人が? 岩や大木のように大きい行冥さんが痩せていたという事を聞いて俺はかなり驚いた。

 

「まぁあれだ。カワサキ殿の食事をすれば短時間で身体は変わる。後はそれの恩恵をどれだけ使いこなせるかだ」

 

「はい!」

 

行冥さんの助言を聞いて再び鶏肉に箸を伸ばし、少し悩んだが真ん中の身が厚い部分を持ち上げる。

 

(良い香りだ)

 

にんにくとしょうがの食欲を誘う香り、そして香ばしく焼かれてる? 揚げられている? そのどちらか判らないがその強い香りを嗅いでいると唾が口の中に湧いてくるのが判る。大きく口を開けて鶏肉に齧りついた。

 

「うめえッ!!」

 

香ばしくカリッとした衣ごと肉を噛み千切る。その瞬間に口の中にあふれ出す肉汁とかなり濃い目の味――そのままだとやはり濃い。だがこの辛さが米を食べるのには丁度良い。

 

「ふーふーッ! あふっ! あふっ!」

 

炊き立てご飯を冷ますが、完全に冷えるまで我慢出来ず米を口に運び、その熱さに悶絶しているとカワサキさんの笑い声が響いた。

 

「米の上に少し野菜を乗せろ、それで食べやすくなるぞ」

 

「ひゃいッ!」

 

口の中の米を飲み込んでから米の上に野菜を少し乗せて、鶏肉を頬張って、その濃い味と強いにんにくとしょうがの香りに米が食べたくなり、野菜の下から米を持ち上げて頬張る。野菜の水気で米があんまり熱く感じない上に、しゃきしゃきとした野菜の食感と野菜その物が持つ甘みで更に食が進む。

 

「肉を食う時は野菜は必須だ」

 

そういうカワサキさんは丼の上に野菜を乗せて、その上に鶏肉を乗せて丼のようにして食べている。確かにそうすると野菜の旨みも味わえるし、肉の脂で米も食べやすくなる。

 

「カワサキ殿、おかわりを」

 

「あいよ」

 

行冥さんがあっという間に丼飯を食べ終え、カワサキさんにおかわりを頼む。米が盛られている間に味噌汁を啜り、漬物を口に運ぶ。味噌汁と漬物の塩辛さは口の中が重くなったときにちょうどよくて、俺も味噌汁と漬物で口の中をさっぱりとさせて、今度は少し我慢をして端の方で米の残りを食べる。

 

「カワサキさん、俺もおかわりお願いします」

 

「よーし、どんどん食え、後2杯は食えよ」

 

「はいッ!」

 

今は食べて、カワサキさんが教えてくれることを全部覚えて……兄ちゃんに俺が鬼殺隊に入る事を認めて貰うのが1番大事なことだ。

 

「お待たせ」

 

「ありがとうございます!」

 

丼飯の上に野菜を乗せて、その上に鶏肉を乗せて自分で作った丼にして、鶏肉、野菜、米とどんどん頬張る。止まったら食べれなくなる、今は自分の夢を、目標を叶える為にがむしゃらに前に進むだけなのだから……。

 

 

メニュー43 カワサキブートキャンプ(玄弥編) その3へ続く

 

 

 




山賊焼きは2種類ありますが、今回は揚げ焼きのほうで行きました。焼くのも美味しいんですけど、ちょっと脂がおちすぎかなあと思ったのであげ焼きにしてカロリーの暴力で責めます。次回は1週間後、実弥もだして行こうと思います。それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

メニュー43 カワサキブートキャンプ(玄弥編) その3

メニュー43 カワサキブートキャンプ(玄弥編) その3

 

 

カワサキさんが玄弥の面倒を見ると言って約束した一週間後……おれはカワサキさんの屋敷に続く山道を登っていた。

 

(1週間で玄弥の奴は諦めただろう)

 

カワサキさんの鍛錬は厳しいと噂だ。数ヶ月で柱になれるほどだと有名ではあるが、それを突破したのは鬼殺隊最強にして最高齢の煉獄槇寿郎さん、それと行冥さんの2人だけだ。希望者は多いが、甲の階級でも途中で諦める・断念する者が多く、更に継子の為の鍛錬は柱の物より優しいとは言え、その鍛錬の厳しさに継子となるのを諦める者もいると聞く……この鍛錬で玄弥が鬼殺隊に入るのを諦めてくれれば、俺も安心出来る。

 

「来たか、実弥」

 

「行冥さん……なんで」

 

柱であるはずの行冥さんが何故此処にと尋ねる。すると行冥さんは手を合わせて念仏を唱える。

 

「玄弥はカワサキ殿の技術を覚えたぞ」

 

「なッ!? カワサキさんは諦めさせてくれたんじゃないのか!?」

 

カワサキさんだって反対していたのにと何故と思わず声を荒げると行冥さんは違うと首を振った。

 

「何度も何度も気絶し、何度も何度もそれこそ血反吐を吐いて、その身体と頭に覚えこませた。私とて呼吸を使えない玄弥を隊士にするのは反対ではある。だが、その執念を折るのは難しいぞ」

 

行冥さんとカワサキさんの予想に反して、意地でカワサキさんの技を盗み、見て覚えたとしてもだ。俺は玄弥が隊士になるのを許すわけには行かない。

 

「なら俺があきらめさせるまでだぁ」

 

兄として、玄弥が茨の道に踏み込もうとしているのは止めない訳には行かない。お袋だって同じ意見だ……カワサキさんの元で料理の修業をしてくれたほうが良いって皆思ってる。ここで諦めさせてやると拳を鳴らしながら俺はカワサキさんの屋敷の中に足を踏み入れた。

 

「実弥……来たか。まずはスマン、予想以上に玄弥は物覚えが良かった。覚えさせるつもりはなかったんだが……」

 

「いや、カワサキさんは悪くねえよ。悪いのはこの石頭のド馬鹿だぁ」

 

1週間で信じられない事に玄弥の身長は頭半分ほど伸びていた。それに体も随分とがっしりとしているように見えた。

 

「兄ちゃん……俺はやっぱり兄ちゃんだけを鬼殺隊にしたくないんだ」

 

「呼吸も使えないのに生意気言ってんじゃねえ! 鬼殺隊なんか諦めろ! 安全な所で待っててくれれば良いんだ!」

 

「俺はそれが嫌なんだよッ! それじゃあ兄ちゃんばっかり怪我をするじゃないか!」

 

「うるせえッ! 俺は大丈夫なんだ。兄貴だからなッ! お前には鬼殺隊が無理だって教えてやるぜッ!」

 

最早言葉で済む段階は済んでしまった。行冥さんもカワサキさんも関係がない。

 

「兄ちゃんのわからずやッ!!」

 

「玄弥の判らずやがぁッ!!!」

 

互いの意志と意地を通す為の兄弟喧嘩しか俺も玄弥も互いの意見を曲げることはないと判っていた。だがそれでもだ、兄として弟を殴るというのはどうしても耐えがたい苦痛だった。だからせめて一発で諦めさせてやると思いっきり踏み込み拳を突き出した瞬間に凄まじい衝撃と共に俺は大きく後方に弾き飛ばされていた。

 

「がっぐうっ!?」

 

「俺だって呼吸が使えなくても色々出来るように覚えたんだッ! そう簡単には諦めないッ!」

 

全然見えなかった所か、足に来ている。それは紛れも無く1週間前にカワサキさんから食らった技だった……それがどれだけ難しいか、それこそ呼吸を覚えるより難しいかもしれない技術を覚えた。玄弥の本気具合が伝わってくる……だがそれでも、それでもだ!

 

「玄弥ぁッ! てめえに鬼殺隊は務まらねえッ! 諦めろぉッ!」

 

「ぐうっ……嫌だッ!!」

 

玄弥を殴った嫌な拳の感触に顔を顰める間もなく、玄弥の頭突きが胸に入った。

 

「駄々を捏ねるんじゃねえ! この馬鹿があッ!」

 

「う、うわああッ!? いっつうッ!?」

 

胴に腕を回し、玄弥を後方に向かって投げ飛ばす。受身を取れずに地面に叩きつけられて痛いと呻く玄弥。その姿に俺の胸が痛んだが、それでもだ。玄弥を鬼殺隊に入らせないために、俺は玄弥に嫌われても良い、ここで諦めさせるんだと歯を食いしばり、その頭をつかんで地面に叩きつけた。

 

「いっ! ぐっ、っくないッ!」

 

「こんなんで痛いなんて思ってたら鬼となんか戦えるかぁッ! 諦めろ玄弥ぁッ!!」

 

大きく振りかぶった右拳が玄弥の顔面に当たり、玄弥が苦痛に顔を歪めるのを見て拳も心も張り裂けそうに痛んだ。だがそれでも、俺は玄弥を鬼殺隊にする訳には行かないという決意を持って玄弥の前に立ち塞がるのだった。

 

 

 

 

実弥が鬼の形相……いや、涙を必死に堪えている。その光景を見て俺も胸が痛んだ、正直玄弥に何も教えないという道もあった。だがその場合だと玄弥は諦めなかっただろう。実弥の為に呼吸の才能がないと判っても鬼殺隊になることを諦めず、自分で動き回るほどの行動力もある玄弥だ。いい加減な事を教えればそれに反発するのは目に見えていた、だから基本的な事は教えた。だが口で教える事は無く、痛みによって諦めさせようとした。だが玄弥は諦めず、カウンターをしっかりと覚え殴られても、蹴られても諦める事無く立ち上がり続けている。

 

「俺はぁ! 兄ちゃんに怪我をして欲しくないんだよッ!」

 

「兄ちゃんは大丈夫だって言ってるだろうがぁッ!!」

 

互いに胸の内を吐き出して、それでその先にしか実弥と玄弥は話し合うという事を出来ないだろう。

 

「行冥。俺は間違っていると思うか?」

 

「いえ、これが出来る最善だったと思います」

 

呼吸を使える実弥と使えない玄弥では喧嘩と言う舞台に立つ事も出来ない。最低限喧嘩になる土壌を作り、呼吸に抗えるだけの力を俺は玄弥に持たせたつもりだ。だがそれはあくまで呼吸に対抗出来るかもしれない程度の可能性で、今後甲にあがり柱になろうとしている実弥を相手にするには余りにも力不足のものだ。

 

「俺は鬼殺隊になるッ! 兄ちゃんのためにもッ!」

 

「俺を思うなら後を追ってくるなッ! お前の所には俺が鬼なんか行かせねえッ!」

 

玄弥はもう一杯一杯で攻撃を出すのがやっとだ。それでも食らい付いてくる、それが実弥を1人にさせない為に、自分の知らない所で兄が怪我をするのを耐えられないから……。

 

「それだったら兄ちゃんはどうなるんだよッ! 俺は、いや俺だけじゃない! 皆兄ちゃんを心配してるんだッ!!」

 

「っっ! ぐうっ!」

 

玄弥のアッパー気味のパンチが良い角度で入ったな、実弥の足が揺れ膝をつきかける。だが実弥はそこで踏み止まり、地面を蹴り砕く勢いで踏みしめて玄弥に向かって飛んだ。

 

「ッ!」

 

一歩前に出て実弥を迎えに行った玄弥を見て、俺は目を伏せて溜め息を吐いた。

 

「ごほおっ!?」

 

響いたのは玄弥の悲鳴で、地面に倒れこむ音が響いた。倒れているのは玄弥、立っているのは実弥。勝者は立っている実弥……ではなかった。

 

「……ッ」

 

苦渋に満ちた顔で立ちすくむ実弥。実弥が飛び掛った瞬間に玄弥は実弥を迎えに行った、あのまま拳を繰り出していれば倒れていたのは実弥だろう。だが玄弥は拳を振り切れなかった、カウンターは相手の力を利用する術――実弥の力が全部跳ね返ればと思った瞬間に玄弥は拳を振れなかった。

 

「カワサキさん、玄弥の奴をここまで強くしなくても良かっただろうに……」

 

「自分でそこまで登り詰めたんだ。1週間って言う時間でな」

 

握りこんだ拳は豆だらけ、足の皮はずる剥けている。それだけ玄弥が自分で考え、鍛錬をした証拠だ。

 

「カワサキさん、俺はどうすれば良いんだ」

 

「……実弥。お前はもうじき甲に上がれる、柱になり継子として玄弥を迎えると言う道もあるぞ」

 

行冥の言葉に実弥は考え込む素振りを見せ、気絶している玄弥を抱き上げる。

 

「部屋を借りても良いですか?」

 

「ああ、布団を用意しよう。こっちだ」

 

玄弥と実弥が殴りあう理由になったのは俺だ。看病の道具や布団を用意し、玄弥と実弥だけにする。

 

「行冥。どうなると思う?」

 

「実弥が折れるでしょうね。誰でもない実弥が判っているでしょうから」

 

かなりの荒療治になったが、これで実弥と玄弥のわだかまりがなくなれば良いんだけどなと思いながら玄弥が寝ている部屋の前から俺と行冥は移動するのだった……。

 

 

 

 

目を覚ました時俺が感じたのは全身に走る凄まじい痛みだった。その痛みに顔を歪めながら身体を起こそうとすると肩に手を置かれ布団に戻された。

 

「寝てろぉ、玄弥」

 

「……兄ちゃん」

 

近くに兄ちゃんが座っているのにも気付かないほどに俺は疲労していた様だ。額からずり落ちた手ぬぐいを見て、兄ちゃんが俺を看病してくれていたのがすぐに判った。

 

「……俺は玄弥、お前だけじゃあねえ、寿美、貞子、弘、こと、就也……お前達がどこかで所帯を持って家族をたくさん作って爺や婆になるまで生きてくれりゃあそれで良かったんだぁ……そこには俺が鬼なんか絶対に近寄らせねえから……なのになんで、俺を追いかけてきちまうんだ……馬鹿野郎」

 

「……だってそこに兄ちゃんがいないじゃないか、兄ちゃんがいなかったら……俺達は絶対幸せになんかなれないんだ」

 

兄ちゃんがどこかで俺達を守ってくれている、どこかで戦っていると思うだけで胸が張り裂けそうなくらいに痛んだ。どこかで死んでしまうんじゃないかと思うと手が震えるほどに怖かった。

 

「俺の事は良いんだぁ、お前達が幸せなら」

 

「だから兄ちゃんがいないと俺達は幸せじゃないんだよッ!」

 

兄ちゃんが誰よりも優しくて強いのを俺達は知ってる。だけどその優しさと強さで誰かを庇ったりして、死んでしまうんじゃないかと言うのが怖くて怖くてしかたなかった。

 

「鬼殺隊になったら兄貴と弟じゃねえ、それでも良いのか?」

 

「良いよ、兄ちゃんが1人でどっかで怪我をするくらいなら、それで良い」

 

きっと兄ちゃんは柱になるだろう、それはカワサキさんと行冥さんが言っていた。俺が鬼と戦えるだけの力を身につける頃には、きっと兄ちゃんは柱になっている。柱になっていれば、一隊士にそこまで気を割くことも出来ない。兄と弟の関係ではなくなると言われても、どこかで兄ちゃんが怪我をするかもしれないのなら、部下でも何でも良い……俺は兄ちゃんの側にいたかった。俺の返答を聞いた兄ちゃんは額に手を当てて、深く深く溜め息を吐いてから顔を上げた。

 

「……玄弥。俺は柱になる……柱になって、文句を言う奴を全部黙らせて……玄弥を迎えに行く。お袋にも話をする……それまで待てるか?」

 

「待つよ、俺もっと強くなって待つよ、ううん、追いかけれるだけ強くなるよ」

 

「……俺の負けだぁ……玄弥、約束だ。俺は絶対に迎えに行くからな」

 

鬼殺隊の事は口にしなかった。だけど兄ちゃんは俺の意志を尊重し、そして鬼殺隊に入る事を認めてくれた。俺はそれが嬉しくて、でも嬉しいだけでは駄目だ。久しぶりの兄ちゃんとの会話をしながら、もっともっと強くなろうと心に誓うのだった……。

 

 

 

メニュー44 西瓜料理 へ続く

 

 




今回は料理描写なしで実弥さんと玄弥のやり取りと見ていたカワサキと行冥さんの話でした。そして次回はパンドン様のリクエストでまだまだ実弥、玄弥押しで行こうと思います。今回は短い話でしたので、次回はもっとボリュームを増やして行こうと思います。それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします。


PS カワサキさんがオラリオにいるのはのアンケートについて

アンケートは1ヶ月くらいで考えておりますが、期間が終わる前に1度読み切りを投稿したいと思っていますのでそれも判断材料にしてもらえるととてもありがたいです。
来週までには準備したいと思っていますので、もう少しお待ちください。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

メニュー44 西瓜料理

メニュー44 西瓜料理

 

五月蝿いくらいの蝉の鳴き声を聞きながら、額に汗を浮かべ山をゆっくりと登る。いや、ゆっくりとしか俺は登れなかった……。

 

「ふーふーッ」

 

「んぐうっ!」

 

「この程度で根を上げるな、これも鍛錬だ」

 

カワサキさんの所で玄弥が世話になってそろそろ半年経つ、まだ柱には成れていないが玄弥の訓練具合を見るためにカワサキさんの屋敷に向かうと炎柱槇寿郎様とその息子で甲の階級の杏寿郎に会い、どうせ会ったのならと鍛錬をしながらカワサキさんの屋敷に向かっているのだが、背中に篭を背負い、一定時間ごとに重りを増やしながら山を登るのは流石にきつい。

 

「重石を増やすぞ、しっかりと足を地面につけ、確実に地面を蹴りこむつもりで登るのだ」

 

「「うっ」」

 

俺達の倍近い重りを背負い汗1つ無い槇寿郎様の手で篭の中に石を入れられる。その重さにひっくり返りかけるがしっかりと体重移動をして踏み止まる。

 

「呼吸をしっかりと整えるのだ。身体の、足の、指の先までしっかりと意識し、己の支配下におくのだ」

 

「「は、はい……」」

 

滴り落ちる汗と呼吸を使ってはいけないと言う条件が身体を軋ませる――それでもカワサキさんの屋敷はあと少し、俺は気合を入れて一歩一歩ゆっくりと山を登る。カワサキさんの屋敷が視界に入ると何かを叩く音が響いてくる、一体何をしているのかと思いながら屋敷の門を潜ると大木に皮袋を吊るし、玄弥がそれに拳を打ちつけていた。

 

「うっ」

 

「踏み込みが甘い上に力を入れすぎだ。疲れてもしっかり腰を入れて、地面をしっかりと蹴りこんで体重移動を確実にだ」

 

「は、はいッ!! シッ!」

 

強烈な打撃音を響かせて皮袋が跳ね上がる。見たところ、かなりの重量だ……一貫はあるかもしれない、それを呼吸もなしにあれだけ跳ね上げる光景を見て、どれだけ玄弥が努力したのかが一目で判る。

 

「カワサキ。来たぞ」

 

「ん? おう、いらっしゃい。お、槇寿郎だけじゃなくて杏寿郎と実弥も一緒か。お疲れ様」

 

カワサキさんが俺の名前を呼ぶと一心不乱に皮袋に打撃をしていた玄弥もその手を止めてこちらに顔を向ける。

 

「槇寿朗様、杏寿郎さん、兄ちゃん。いらっしゃい」

 

カワサキさんの所で修行を始めてから玄弥の奴随分と背が伸びたな、それにかなり身体が絞まっているのが一目でわかる。それだけ厳しくカワサキさんに訓練を受けているという事だろう。

 

「カワサキ殿、今日はお呼びして貰いありがとうございます!」

 

「なーに、西瓜がかなり出来たからな、今日は美味いおやつを食わせてやるから楽しみにしてろよ」

 

「はいッ!」

 

おやつ? 俺は玄弥の様子を見に来たのでそれは知らなかったが、来てしまったのは迷惑だったかもしれない。

 

「迷惑とか思わなくて良いぞ、実弥。準備はちゃんとしてあるからな、じゃあ俺は準備をしてくる。槇寿郎は訓練とかしたかったら、道具は好きに使ってくれて構わないぞ」

 

「ああ、元よりそのつもりだ。すこし騒がしくなるが良いか?」

 

「んなもん気にしないぜ。好きに使ってくれ」

 

そう笑って手を振りカワサキさんは厨に向かって歩いていき、俺達は色んな道具が置かれている庭に残された。

 

(……なんだありゃあ……)

 

皮袋だけではなく、麻縄に持ち手をつけたものや、骨のような物の両脇に重石がつけられている物、本当にいろいろな道具が置かれている。

 

「玄弥君。そのさんどばっぐだったか? 俺も使っても構わないか?」

 

「あ、はい! どうぞッ! あ、手に包帯を巻きますか?」

 

「いや、良い。その程度で皮が剥けるほど柔な鍛錬はしていない、杏寿郎、実弥。俺の次はお前達だ、よく見ておけ」

 

着物の上を肌蹴させ、皮袋の前に立った槇寿郎様が握り拳を作る。そして鋭く踏み込んだと思った瞬間、皮袋が真上に跳ね上げられた。玄弥は後ろだったが、真上に跳ね上げるのにどれだけの筋力と瞬発力がいるのかと俺も煉獄も驚きを隠せなかった。

 

「あ、兄ちゃん。手出してくれる? 包帯巻かないと手の皮が剥けて痛いから、最初は巻いておいたほうが良いと思う」

 

「お、おう。すまねえな」

 

玄弥に手に包帯を巻かれながらも、俺と煉獄の目は皮袋に拳を繰り出している槇寿朗様に向けられていた。1発1発の音が重いのに、その手はまるで見えない。速さと重さの両立――鬼殺隊だから剣術だけを修めればいいという者は多いが、俺はそうではないと思っているし、行冥様も体術の訓練をしている。剣術だけではなく、体術も必要不可欠の技量の1つだ。

 

「ふんッ!!」

 

まるで大砲が撃たれたような音が響き、皮袋が大きく揺れる。額だけではなく、全身から汗を流している槇寿朗様が手ぬぐいで汗を拭いこちらを見る。

 

「杏寿郎来い」

 

「はいッ!」

 

「これは皮が固く、そして重い。力任せに打ち込めば、その重さと硬さで己を痛める事になる。打撃を当てる場所をしっかりと見極めるのだ」

 

「はいッ!!」

 

杏寿郎が気合を入れた様子で拳を突き出すが皮袋は殆ど動かず、痛みに顔を歪めているのが分かる。

 

「鬼を殴っていると思うと良い。鬼の身体はこれよりも尚硬いぞ」

 

「っ……はいッ!!」

 

玄弥の様子を見に来ただけのつもりだったが、こうして槇寿郎様に鍛錬を見てもらえるとはついている。俺はそんなことを考えながら、ジッと煉獄の鍛錬の様子に目を向けるのだった……。

 

 

 

氷室から取り出した瓶の蓋を開け、その中に並々と注がれているシロップを1口舐める。

 

「うし、完璧」

 

夏真っ盛りになり、西瓜も出来たという事で俺はある料理を作る事を決めていた。玄弥から実弥が西瓜とおはぎが好きだって聞いたからその段階で8分決まっていた。

 

「フルーツ漬けは完璧だな」

 

メロンと林檎とキウイとパイナップルに苺に葡萄を水と砂糖、そしてレモン汁で作ったシロップに漬け込んで3日――果物本来の甘みと酸味にシロップの甘さが加えられたこれは間違いなく大正時代では高級品と言えるだろう。

 

「さーてやるか」

 

ボウルの中に白玉粉を入れ、水を少しずつ加えながら耳たぶくらいの固さになるように混ぜる。丁度良い固さになったら砂糖を加えて全体を良く混ぜ合わせ、1口大の大きさに白玉を丸める。皆かなり物を食べるので大目に作る事にする、残ったら白玉ぜんざいとかにしてカナエ達の所に差し入れすれば良いし、作り過ぎても何の問題も無い。

 

「よっと」

 

白玉団子が出来たら沸騰した湯の中に入れて茹でる。浮き上がってきたら、それから更に1~2分茹でたらおたまで掬い冷水の中に入れて冷やす。

 

「元気良いなあ」

 

庭から聞こえて来る威勢の良い掛け声を聞きながらアイテムボックスから取り出したナタデココをボウルの中に移す。ユグドラシル時代にお目当ての調理器具や食材が出るまでガチャしまくったのがこんな所で役に立つとか、人生何があるか判らないものだとつくづくそう思う。

 

「じゃあ取ってくるか」

 

井戸水で冷やしておいた小玉西瓜を取りに行く、冷たい井戸水で冷やしてあるので皮に触れただけでも冷たいのがよく判る。鍛錬で汗をかいた後に食べれば、汗も引くし、身体も冷える。おやつに最適だよなと心からそう思う。

 

「よっとッ!」

 

小玉西瓜を半分に切り、包丁からぺティナイフに持ち替えて西瓜の周りをギザギザに飾り包丁を入れる。

 

「まぁ本職じゃないしなぁ」

 

出来ると極めているでは余りにも完成度が違うが……まぁ俺に出来るのはこれくらいという事で許して貰うとしよう。ぺティナイフを置いて今度は軽量スプーンを手に取り、ぐっと果肉に突き入れて丸く円を描くように回転させると西瓜の果肉が真ん丸になる。

 

「完璧」

 

この調子でどんどん西瓜の中身を切り抜き、器を作ったらフルーツのシロップ漬け、西瓜の果肉、白玉、ナタデココをその中に盛り付ける。全員分完成したら1度魔法で氷過ぎない温度に冷やして、サイダーと共にお盆の上に乗せて縁側に出る。

 

「おーい、おやつが出来たぞー。1回汗を流して休憩だー」

 

庭で鍛錬している槇寿朗達にそう声を掛けると、井戸水を汲んで手ぬぐいで汗を拭い、槇寿朗達は縁側に向かってゆっくりと歩いてくるのだった。

 

 

 

カワサキさんが今日は珍しいおやつを作ると言っていたけど、縁側に用意されている物を見て思わず声を上げた。

 

「これは西瓜、はは、西瓜を入れ物にするとは流石はカワサキ殿だな!」

 

「器用な物だな」

 

カワサキさんの手伝いをして屋敷の裏の畑で育てていた西瓜、その中身をくり貫いて入れ物にするってその発想に驚いた。

 

「へえ。こいつぁ美味そうだなぁ……この西瓜はお前が育てた奴か?」

 

「うん! カワサキさんの手伝いをしただけだけどね」

 

草むしりとか、水をあげるくらいだったから育てたって言われると正直不安なんだけど、手伝いをしたと言うのは間違いない。

 

「ではカワサキ殿! いただきます!」

 

「待て待て。これはまだ完成じゃないんだ」

 

完成じゃない? 俺達が首を傾げているとカワサキさんは透明な水がはいっているような瓶を取り出した。そしてそれが器の中に入れられるとしゅわーっと言う音を立てて泡が広がる。

 

「炭酸水か、珍しいな」

 

「そうだろ? よーっく冷やしてあるから美味いぞ。さ、食べてくれ」

 

炭酸水なんて珍しい物をこんな風に使うなんて思ってもみなかった。西洋ではこういうおやつが一般的なのだろうかと思いながら匙を手にして、いただきますと言って匙を器の中に入れる。

 

「美味い! うむ! これは美味いッ!!」

 

杏寿郎さんが美味いと叫ぶ声にびっくりしながら、1番最初に目に付いたメロンを掬って口に運ぶ。

 

「んッ」

 

「ははぁ、この味はおもしれえ」

 

炭酸水の刺激と果物の甘さが口の中で弾ける様だ。餡子を使ったドラ焼きや饅頭とは違う甘さだけど、その甘さと冷たさが火照った身体に実に心地いい。

 

「カワサキ、これはなんだ? こんにゃくか?」

 

「いや違う、ナタデココって言う物だ。ココナッツって言う南国のほうの木の実の果汁を発酵させて作るもんだ」

 

木の実の果汁がこんな風に固まるのかと驚き、どんな味なのか興味を隠し切れず口に運ぶ。

 

「ん、んん?」

 

汁と炭酸水の甘みが中に染みこんでいるが、味はあんまりしない。それなのに美味しいと思う……凄く不思議な味だ。

 

「味がしないのに美味い! なんだこれは!」

 

「面白いな、この歯ごたえが癖になる」

 

「……うめえ」

 

味が無いのに美味いと思うという未知の味に俺達全員が驚いているとカワサキさんはカカカっと楽しそうに笑う。

 

「食感も美味いと思うのに重要な要素って事だ。果物も美味いだろ?」

 

「美味いです。それに丸くて、面白いですね。これ」

 

兄ちゃんが敬語でカワサキさんに言うとカワサキさんはまた楽しそうに笑いながら無理に敬語じゃなくて良いぞと笑う。

 

「どうやって丸くしているのですか? これは千寿朗も喜びそうなので作り方を是非!」

 

「そう難しいもんじゃないさ。匙を果肉の中に突っ込んで丸くくり貫くだけだからな、あと千寿朗と瑠火さんの分は氷を入れた入れ物に用意してあるから」

 

「む、すまないな。カワサキ、迷惑を掛ける」

 

「気にするな。実弥も匡近の分を用意してるから、ちゃんと帰りに持って帰ってくれるか?」

 

「ありがとうございます」

 

俺達が食べる分だけでは無く、土産も用意してくれているとか本当にカワサキさんは優しくて気が利く人だと思う。

 

「冷たい白玉も美味しいですね」

 

「暑いからさ。暑い時に良く冷えた果物ほど美味い物はない」

 

蝉の鳴き声を聞きながら縁側に座って冷たい果物を使ったおやつを食べる……確かに寒い時に食べてもこれほど美味いとは思わないだろうなあと思いながら黄色い果物を口に運ぶ……甘酸っぱいその独特な味は少し苦手な味と言っても良いのだが、炭酸水のほのかな甘みと口の中ではじける食感が合わさると物凄く美味く感じる。

 

「こんなに美味くて贅沢な物を食えるとは思ってなかったなあ」

 

「美味いッ!!!」

 

これだけの果物と炭酸水、丸のままの西瓜――確かにこれを食べようと思うと凄い高いのではないだろうか? そんな不安を感じて口に運んでいた手が止まる。

 

「馬鹿、んなもん気にしないで食えば良いんだよ。お代わりの分だってまだあるんだからな」

 

「ではおかわりを!」

 

おかわりの分があると聞くと即座におかわりを頼む杏寿郎さん。俺と兄ちゃんは揃って空の西瓜の入れ物の中を見て、少し悩んだ後に口を開いた。

 

「もう一杯貰っても良いですか?」

 

「少なめで良いので……お願いします」

 

俺達の言葉にカワサキさんは柔らかく微笑み、次の分の準備を始めてくれるのだった……。カワサキの作ったフルーツポンチは夏場の鬼殺隊の風物詩の1つとなった。

 

「おら、しっかり畑を耕すんだ」

 

「分かってるって、ふー……」

 

「よいしょおッ!!」

 

まだ呼吸の扱いが未熟な若い隊士、隠等が一丸となり畑を耕し種を植える。そこに隊士や隠、階級といった違いはなく、みな等しく泥に紛れ、腕捲りをして畑作業に集中する。

 

「うむ! みな頑張っているようだな! 感心感心!」

 

「地味な仕事だが、この祭りの神も手伝うとするか!」

 

「南無阿弥陀仏」

 

「はーい、皆さん頑張ってくださいねー」

 

柱達も混じり行なわれるこの畑仕事は、自分は呼吸が使えるから隠よりも偉いんだと思い違いをしている若い、それこそ入隊したばかりの隊士の勘違いを矯正する為の物であり、鬼を倒すという願いと思いの前に階級の差などはなく、ましてや差別などはしてはならないという事を教える為の物だ。なんで俺達が畑仕事なんてと言っていた若い隊士達は柱達が作業している姿に驚き、睨まれてその身体をびくりと竦める。

 

「おいてめぇら何をさぼってやがるんだぁ?」

 

「鬼をまともに倒してもいないくせに自分達は隠とは違うとでも驕っているのか? 隠がいて俺達が鬼殺を出来るという事さえも判らないのか貴様らは」

 

「……早くやれ」

 

「自分達が助けられている事すらも分からないのか! そんな驕りは捨ててしまえ!」

 

「「「は、はいッ!!!」」」

 

何も言わず当然のように畑仕事を手伝っている有一郎、無一郎に加えて柱が全員揃って手伝っていると言う光景を見て、作業をさぼっていた隊士達も慌てて畑仕事の手伝いを始める。

 

「♪~」

 

そんな光景を前にカワサキは手伝ってくれた隊士に振舞う為の料理の準備を続け、みなが一丸になって畑仕事をしているのを見てお館様が畑に突撃しようとするのをあまね達が止めたりと、鬼殺の合間の穏やかな時間がゆっくりと流れているのだった……。

 

 

 

メニュー45 蝶屋敷への差し入れ へと続く

 

 




柱も隠も隊士も関係なく畑仕事をすれば、みな一丸になる(暴論)。隠を見下すとか駄目絶対ってことですね、近代式トレーニングで風柱の大胸筋が更に大変な事になってるかもしれませんが、うん、きっと大丈夫ですね。次回は蝶屋敷の面子を出して、また穏やかな感じで話を進めて行こうと思います。それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

メニュー45 蝶屋敷への差し入れ

メニュー45 蝶屋敷への差し入れ

 

1ヶ月の間にカワサキが店に立たない日は決まっている。耀哉の為に黄金のコンソメスープを作る3日間、これは絶対にカワサキが他の料理をしない日だ。カナエや、沙代に基本的な料理を教えカワサキが大丈夫と判断するまではその3日間は休みの日となっていた時期もある。

 

次にワーカーホリックの気があるカワサキを心配して獪岳が強制的に休ませる場合これも1~2日程度だ。

 

そして極々稀にカワサキ自身が息抜きに魚釣りに向かう場合。

 

この10日間にも満たない日数がカワサキの基本的な休みの予定である。しかしだ、お手伝いなどが増えてくると休めと言う者も多くなるし、何よりも実力行使をしてくるしのぶとかしのぶとか、良心に訴えかけてくる千寿朗とか、怪しげな薬を手にしているしのぶとか、悪意無く1000%の善意で休んだらどうですか? という炭治郎とか、休めえッ! と怒鳴る実弥とか、なんか変な色をした液体の入った瓶を手にしてるしのぶとか周りに余りに心配を掛けすぎていると言う事で休みを増やしたカワサキなのだが……。

 

「ふーん。こういう風に作るのかあ……」

 

その休みの過ごし方の大半は今まで見てなかった料理のレシピ本を見たり、屋敷の庭にピザ用の竃を作ったり、料理の試作品を作っていたりと、料理に関する何かを常にしていてたまーに様子を見に来た人物に怒られるまでがワンセットだったりする。そして今日も見ている間に作ってみたいという熱が生まれ、カワサキは料理の為に動き出してしまうのだった……。

 

 

 

休めと言われても俺にとっては料理は殆ど趣味に等しく、仕事と思う事ではない。色々と作り、そしてそれを食べて美味しいと喜んでくれる相手がいればそれで満足なのだが、労働基準法がない時代でも俺が働きすぎに見えるのか休め! と10人近くに言われれば判ったというしかなく。でもこうして寝転んでいても暇で、レシピを調べていると作りたくなるのが料理人の性という物。

 

「ちょっとこれ作ってみるか」

 

それほど難しくなく、そして何よりも蝶屋敷で働いているアオイ達の差し入れにぴったりだと思い。俺は勢いよく立ち上がり、厨房に足を向けた。

 

「えーっとまずはアーモンドパウダーと粉砂糖を振るうのか」

 

食材や調味料に関してはカンスト寸前までアイテムボックスに突っ込んであるので今回もアーモンドパウダーと粉砂糖を取り出して使う事にする。レシピ本を立て掛けながらアレンジなどをせずにレシピ通りに分量を計り、しっかりと作る。

 

「次はメレンゲか」

 

ボウルの中に卵白を入れて泡たて器で混ぜる。泡立ってきたらグラニュー糖を加えてまた混ぜる、グラニュー糖も1回で全部入れるのではなく2回から3回に分けてゆっくりと混ぜ合わせる。

 

「良し、OK」

 

泡たて器を持ち上げた時についてきてしっかりと固いメレンゲになっている事を確認し、粉砂糖とアーモンドパウダーをボウルを少しずつ中に入れて切るように混ぜ合わせる。

 

「なるほどなるほど」

 

ボウルを回転させてメレンゲを潰さないように気をつけて満遍なく混ぜ合わせる。

 

「ヘラを押し付ける? 変わった作り方だな」

 

ヘラで生地表面の泡を押し潰すイメージでボウルを回転させながら泡を潰す。

 

「……こんな感じか?」

 

生地が柔らかくなって来たと感じたらヘラを持ち上げる。その時に生地がリボン状に垂れ、見つめていると自然に消えていく頃合になれば生地が艶やかに光沢を持つのでこれを目安にして絞り袋の中に入れる。

 

「とっと」

 

生地は繊細で壊れやすいので余り袋を触らずに、丁寧に絞り袋の中にいれる。そしたらクッキングシートを敷いた天板の上に丸く絞り出すのだが……。

 

「あちゃあ。案外難しいな」

 

初めて作るので均一な大きさにはならなかったがまぁ、初めてならこんな物だろう。これをこの後自然乾燥させるので、大体1時間くらい見積もっていれば良いだろう。

 

「良し次だ」

 

抹茶とか、ココアとか色んな味があるがまずは基本のバタークリームを作ってみようと思う。これが上手く行ったら他の味に挑戦したいとは思うが基本の味が出来なければ応用編の味なんて到底無理なので、これをしっかり作ってステップアップしたいと思う。

 

「えーっと常温に戻したバターね」

 

ボウルの中に常温に戻したバターをいれ、そこに卵黄を加えてクリーム状になるまで混ぜる。

 

「シロップ? シロップを作るのか、珍しいな」

 

小鍋を手にして少量の水とグラニュー糖を加えて加熱する。すぐにドロッとしたシロップが出来るので、これを熱い内に少量ずつ卵黄の中に入れて混ぜ合わせる。

 

「一気に入れると固まる訳か」

 

シロップの熱で一気に入れてしまうとクリームが固くなってしまうようだ。ゆっくりと少量ずつ混ぜ合わせクリームがもったりとするまで混ぜ合わせて。

 

「ここに更にバターを入れるのか……すげえな」

 

バターでクリームを作ってるのに、そこに更にバターを入れるとかカロリーの暴力だなと思いつつ、常温に戻したバターを少しいれ、クリームと混ぜ合わせる。これを何度も繰り返しクリームが滑らかになったら絞り袋に入れる訳か、クリームを絞り袋に入れた後に乾燥させておいた生地を確認する。

 

「良し良し、良い感じだな」

 

指で触れてもくっつかないくらいに乾燥した生地をオーブンの中に入れ、その前に椅子を持ってきて座り込む。

 

「マカロン、上手く行くかねえ……」

 

マカロンと言えば女の子に喜ばれそうなイメージがあるんだが……蝶屋敷の皆は喜んでくれるかなあと思いながら俺はのんびりと焼き上がりを待つのだった。

 

 

 

蝶屋敷の仕事は朝から晩まで休む間もなく忙しい、朝は怪我をした隊士の手当てや食事の準備、昼は戦線復帰する為の機能回復訓練、そして夜は任務で怪我をした隊士の受け入れ準備と、本当に休んでいる暇がない。だけど、隊士として働けなかった私に出来る事はこれくらいなので、隊士として戦えない分も頑張ろうと思う。

 

「よ、アオイ」

 

パタパタと動き回っていると頭の上に手を置かれ、声を掛けられた。

 

「わっと、カワサキさん? 今日はお休みの筈では?」

 

「休みだぜ? だからこうして散歩ついでに顔を見せに来た」

 

私達と同じく鬼殺隊の裏方として働いているカワサキさん。だがその権力は実質柱と大差なく、西洋や中国と言った海外の知識を鬼殺隊に齎し、鬼殺隊のあり方を大きく変えた人だ。

 

「あ、カワサキさん! こんにちわー」

 

「また何か持ってきてくれたんですか?」

 

「カワサキさんだー♪」

 

「おう、すみ、きよ、なほ元気そうだな」

 

私がカワサキさんと話をしているのに気付いたのか、すみ達が満面の笑みを浮かべて廊下の奥から駆けてくる。

 

「アオイ、ほれ。おやつに食え」

 

「……しのぶ様とカナエ様に怒られますよ?」

 

差し出された袋を見ればカワサキさんの手作りだと判り、ジト目で言うとカワサキさんは楽しそうに笑った。

 

「ばれなきゃ大丈夫」

 

うん、その通りだと思うんだけど……すみ、きよ、なほがあちゃーっと言う顔をしているのに気付き、カワサキさんはじゃ帰るからと呟いたんだけど……。

 

「カワサキさん? 今日は料理をしない約束ですよね? 何をしているんですか?」

 

「……ダッ!!」

 

しのぶ様の底冷えするような声が廊下に響くと同時にカワサキさんは無言で走り出す。

 

「カワサキさん! 今日という今日は許しませんよ! 休みの日は大人しくしていてくださいってあれだけ言ってるじゃないですか!」

 

「だが断るッ!」

 

「何が断るですかッ! ちゃんと休まないと駄目なんですよッ!」

 

全集中の呼吸を使えないカワサキさんをしのぶ様が凄まじい速度で追いかけていく。

 

「カワサキさん、本当に呼吸を使えないのかな?」

 

「しのぶ様も追いつけないのに……」

 

「本当は引退した隊士なんじゃないのかな?」

 

「どうなんでしょうね? とりあえずこれは今日のおやつの時に食べるとしましょうか」

 

しのぶ様の怒号と共に伸ばされる手をひらりひらりと回避し、蝶屋敷の壁を跳躍して飛び越えて逃走するカワサキさん。その後を追って壁を乗り越えようとするしのぶ様に向かって声を掛ける。

 

「明日お店に行った方が良いと思いますよー!」

 

「……そうですね。そうしましょうか……」

 

カワサキさんが本気で逃げるとそれこそ柱が3人から5人必要になる。そもそも鬼殺隊の重要人物なのにふらりとどこかに行ってしまうので、かなりの頻度で逃亡劇が目撃されるが複数の柱がいてやっと、しのぶ様も1人では無理だと悟り屋根の上から降りてくる。

 

「とりあえずおやつにしましょうか。おやつに罪はありませんから」

 

「「「はーい♪」」」

 

休みの日にカワサキさんが料理をしていた事は許せない様子だけど、私達の労いの為に作ってくれたと思うとカワサキさんは悪くないし、おやつも悪くないと言うしのぶ様の言葉に頷き休憩の準備を私達は始める。カワサキさんが持ってきてくれた茶葉をいれ、教えて貰ったとおりに紅茶を淹れる。

 

「アオイさん、見てください! 綺麗ですよ!」

 

「わ、本当ね」

 

ドラ焼きとも違う小さな丸い1口くらいの大きさの菓子――和菓子ではない事から恐らくカステラ等の洋菓子の仲間なのだと判る。

 

「白くて綺麗ですね。じゃあカワサキさんに感謝しながら食べるとしましょう」

 

しのぶ様の言葉に頷いて私達はその小さくて丸いお菓子を手に取る。

 

「……」

 

カナヲもそのお菓子を手に取り、興味深そうにまじまじと見つめる。料理も見たことのない美味しい料理を作ってくれるけど、お菓子でも本当に珍しい料理を作ってくれると思いながらそのお菓子を口にする。

 

「ん、これは……なんと言えば良いんですかね……」

 

「面白い味と言えば良いのかな……」

 

「美味しいです!」

 

最初はサクリとした軽い食感で食べていると少しねっとりとした独特な食感に変わり、そして最後は口の中で溶けて消える。そんな不思議な食感だ。

 

「溶けました!」

 

「凄い、このお菓子面白いですね!」

 

食べている間に食感がころころと変る、生地の中に挟まれているのもしっとりとしていて、前にカワサキさんが作ってくれたしゅーくりーむと言うお菓子の中身に入っていた餡のような、でもそれよりももっと風味の良い餡が挟まれている。

 

「もぐもぐ」

 

カナヲも気に入ったのか普段と同じ無表情だけど、心なしか嬉しそうに食べているので気に入ってくれたようで何よりだ。

 

「でもやっぱり休みの日は大人しくしていて欲しいわね」

 

「カワサキさんも無理をする人ですからね」

 

蝶屋敷の私達以上にカワサキさんは疲れていると思う、早朝から深夜まで何時休んでいるんだろうと思った事は1度や2度ではない。どうしたらカワサキさんにゆっくりと休んで貰えるのだろうか? お菓子を食べながら話をしているとしのぶ様が怪しく笑いだした。

 

「姉さんに薬を飲み物に混ぜてもらおうと思うのだけどどう思う?」

 

何の迷いもためらいもない透き通った瞳で言うしのぶ様を見て、今度カワサキさんが来たらカナエ様が何かを用意してくれたら注意するように警告しようと思う。あの目は完全に捕食者の目をしていたのでカワサキさんの身が危ないと……心からそう思うのだった……。

 

 

メニュー46 岩魚のお柿揚げ~タラの芽を添えて~へ続く

 

 

 




マカロンと言う事で今回はここまでお菓子を作るのは難しいですね。あと話を書くのも難しいです、これも1つ良い勉強になりましたね。
次回は大筒木朱菜様のリクエストの岩魚のお柿揚げ~タラの芽を添えて~に挑戦してみたいと思います。これは元ネタがソーマらしいので上手く出来るか判りませんが、可能な限り調べて挑戦してみたいと思います。それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。