Sisterhood(version51) (弱い男)
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#10/26

シリアスさん「これは、ありえたかもしれない未来……」

読者の皆さん「つまり……?」

シリアスさん「本編には関係ありません (・ω<) 」

読者の皆さん「(#^ω^)イラッ☆」



一度削除する前に書いた友希那ちゃん誕生日会です。
削除前と全く変えておりません。ご了承ください。



「「「「友希那(さん)誕生日おめでとう!!」」」」

 

 みんなの声と同時にクラッカーの音が部屋に響く。驚いたわ。今日はこの時間から練習と聞いていたのだけれど、まさか誕生日を祝ってもらえるだなんて思ってもいなかったわ。

 

「友希那、ごめんごめん。本当の練習時間より早めに来てもらったんだ」

 

「ご、ご迷惑だった……でしょうか?」

 

と、申し訳なさそうに聞いてくる燐子。大丈夫よ燐子。迷惑じゃないわ。思ってもいなかったサプライズに驚いただけよ。みんな、ありがとう。そう伝えると、紗夜が少し疲れたような表情を浮かべて

 

「『友希那さんの誕生日会をしよう!』と言い出したのは宇田川さんと今井さんですよ」

 

 そうなのね。私の為にここまでしてくれるなんて思ってもいなかったわ。準備大変だったでしょ?

 

「そんなことないですよ!友希那さんの誕生日ですよ!?私達Roseliaで祝わなかったら誰が祝うんですか!」

 

「それこそ、ご家族の方がいるじゃない。ですよね、友希那さん?」

 

 と、はしゃぐあこに冷静に言葉を返した紗夜に振られて私は内心動揺する。本当なら()()()()()()()()()()()()()()はずなのに――やめましょう。今は祝ってくれているみんなに心配かけないほうがいいわ。それに、これは私とあの子の問題だから。……()()()()()()()()()

 

「ええ……そうね。でもRoseliaのみんなから祝ってもらえて本当にうれしいのよ?」

 

「ですよね!ですよね!!よかったー!リサ姉企画して大正解だったね!!」

 

「そうだねー☆じゃ、誕生会やろっか」

 

 と、ハイタッチするあことリサの二人。それを見て私は小さく笑う。相変わらずこの二人は仲が良いわね。

 

「その前に……友希那さん……誕生日プレゼント……です」

 

 と、燐子が私に渡してくれたのは猫のぬいぐるみだった。もしかして……手作り?

 

「そう……です。頑張って……つくりました」

 

「ありがとう。大切にするわね」

 

 できる限りの笑みを浮かべてみんなに改めて伝える。それを見たあこがテーブルに突っ伏して満足気に

 

「あこ、友希那さんの誕生日祝えただけで、今日はもう満足です」

 

「そうですか……なら、宇田川さんの今日の練習は、いつもの五倍ぐらい厳しくやってもいいですね?やる気が出てくるまで厳しく指導するので、そのつもりでいるように」

 

「そ、そんな紗夜さん!?」

 

 「ガーン」と効果音がつきそうな絶望した表情のあこ。それを見てあこ以外のみんなが笑う。本当に、良いメンバーになった。色々な事を経験してきて、本当の意味でお互いを信頼し合えるようになるにはまだ時間は必要だけれど、こうやって一つ一つが積み重なってバンドとして成長していくのだろう。だから、速く追いついて頂戴。私は……いいえ、私達は待たないわよ――華那。

 

 

 

 私の誕生日会も終わり、今日の練習をやっていく。みんな集中力が高く、いつも以上にいい練習ができたと思う。もちろん直す点は指摘しあっていく。私が気付いたことがあればそれを指摘し、今度はあこ達から「ここをこうしたい」という意見が出てくる。

一度やってみて、想像と違ったら戻す。そういう練習方法を最近取り入れてみたのだけれど、思っていた以上に成果が上がってきていた。

 

これは華那が私に提案してくれたやりかた。とある人たちのレコーディング風景をやっていたテレビの再放送を見て、「姉さん達もこういうやり方、取り入れたら?」と言ってくれたのが最初だった。本当に、華那は私達の事を考えてくれている。でも、()()()()()()()()()()()()()

 

「時間ね。今さっき指摘した個所は全員把握して、次回の練習でまた合わせるわよ」

 

「はーい!……つ、疲れたぁ」

 

「あこちゃん、誕生日会から……はしゃいで、そのまま……ドラムだもんね。はいお水」

 

「宇田川さん、節度というものを学びなさい。節度というのを。今日は誕生日会も重要ですが、私達にとっては練習が――」

 

 と、燐子は床に座り込むあこに笑みを浮かべて飲み物を渡していると、その横で腕を組んであこを叱るというより、呆れた表情で注意する紗夜。前までなら紗夜は本気で怒っていただろうけれど変わったわね。

 

「ゆーきな!」

 

 と、突然後ろからリサに抱き着かれた。華那なら「むきゅ!?」とか言ってつぶれているかもしれないけれど、私はそう簡単に倒れないわよ?それでリサ、急にどうしたの?

 

「いやーちょっと、友希那の表情が暗いように見えてさー」

 

「……そうかしら?」

 

 内心ドキリとする。リサはよく人を見ているなと感心することが多くあるけれど、今はあまり聞いてほしくなかったわね。だから私は嘘をついた。ごめんなさい、リサ。心の中で謝るも、リサはニコニコと笑いながら

 

「嘘だよね~?華那となにかあった?」

 

「……な、なんで華那が出てくるのよ」

 

 しまった。どもってしまった。これじゃあ何かあったと言っているようなものじゃない。リサは笑顔だったのが一瞬にして真剣な表情に変わり

 

「友希那。本当になにかあったの?」

 

「……友希那さん。華那さんと喧嘩でもしたのですか?」

 

 と、さっきまであこを注意していた紗夜まで話に入ってきた。はあ……こうなったら仕方ないわね。話すしかないわ。覚悟を決めなさい私。ただ、紗夜。喧嘩はしていないわよ。だからそんな意外そうな表情を浮かべないでくれるかしら?

 

「す、すみません。あの『友希那さん大好きっ()』な華那さんが喧嘩するとは思えなかったので……つい」

 

「確かに……そうですね……華那ちゃん。友希那さんの事……本当に大好きですもんね」

 

「うんうん。華那さん。いっつも友希那さんの話ばっかりしてるよ!」

 

 いつの間にか全員会話に入ってきている。馴れ合いはいらないと言っていたのが懐かしく思えてくるわね。

 

「それで……何があったの友希那?」

 

 と、場所を移して現実を逃避していた私に聞いてくるリサ。CiRCLEに隣接されているカフェ。全員飲み物と軽くつまめるものを頼んだ。私はカフェオレを頼んだわ。華那が美味しいから飲んでみて!って言っていたのを思い出したのよ。それを一口飲んでから私は口を開く。

 

「……リサは知っていると思うのだけれど、華那は毎年私の誕生日には誰よりも早く『姉さん、誕生日おめでとう!』って言ってくれるのよ」

 

「……本当に友希那さんの事好きなんですね。華那さん」

 

「です……ね。羨ましい……です」

 

 呆れた表情の紗夜に、目を輝かせながら羨ましがる燐子。その話を聞いてリサが右手の人差し指を顎に当てながら

 

「ん?今この話と華那と友希那の間に何かあったかというのが関係してるの?」

 

「あ、そうだよリサ姉!華那さん、毎年誰よりも早く友希那さんに『おめでとう!』って言ってるなら問題ないはずだよ!」

 

 あこ。いいところに気付くわね。練習でも……いいえ今はやめておきましょう。今は私の事を心配してくれているのだから、こちらに集中しないといけないわ。

 

「友希那さん。という事は……今年はそれが」

 

「無かったのよ……」

 

 紗夜の問いに私は自然と俯く。正直、あの子が忘れるような性格な子じゃないのは私が一番わかっている。それに昨日まで普通に話していたのに、今日は朝から一度も姿を見ないまま。いったいどうしたのだろうかと不安になる。

 気づかないうちに私が華那を怒らせるようなことをしてしまったのか、そんな不安が脳裏をよぎる。

 

「華那さんが友希那さんに対して、怒るというのが想像できませんね……」

 

「確かに。いっつも『姉さん、姉さん』って子猫のようについて行く姿しか想像できないよ」

 

「うんうん!」

 

「そう……ですね。華那ちゃん……友希那さんの事……大好きですから」

 

 みんな華那の事をよくわかっているようで、私は少しホッとした。でも、だからこそ今年の華那の行動は謎なのよね。紗夜。どう思うかしら?

 

「たまたまという訳ではないでしょうし……今井さん。何か聞いてませんか?」

 

「アタシなにも聞いてないなぁ……Roseliaで誕生日会するって話しもしなかったぐらいだし……」

 

「うーん……きっとタイミングが合わなかっただけですよ!帰ったら言ってくれますよ!友希那さん!」

 

「私も……あこちゃんの意見と……同じです。タイミング……だと思います……」

 

「そう……よね。ごめんなさいね。こんな話に付き合ってもらって」

 

 みんなに謝る。これは私と華那の問題。Roseliaで話し合うような会話じゃないのは確かだ。頂点、そして夢舞台を目指すには音楽の話しをしていくのが本来の姿なのに……。

 

「大丈夫だよ友希那!こういう話しもバンドじゃなくて、幼馴染や友達として重要なんだよ?友希那が話してくれたことがアタシは嬉しいよ」

 

「ふふっ……リサはいつも大袈裟ね」

 

「えー。アタシはいっつも真面目に答えてるよ」

 

「こういう会話ができるのもバンドとして成長していくのに必要なのだと私は思います。なので、友希那さんも、一人で抱えないでください。私が言えた義理じゃありませんが……」

 

 リサが頬を膨らませて抗議の声を上げた後、紗夜が最後は暗い表情を浮かべて言った。日菜とのことを思い出してしまったのだろうけれど、今は以前より話せているようなのだから前を向いてほしいものね。紗夜本人には伝えないけれどね。

 

 結局、全員で話し合っても結論は出なかったけれど、「華那なら絶対言ってくれるよ」と背中を押されて、私達は各々の自宅へと帰宅したのだった。

 自宅に帰ってきたのは十八時を過ぎてしまっていた。もうこの季節になれば周囲は暗くなってしまっている。思った以上にみんなと話をしていたのだと思いながら家に入る。今日は母さんと父さんは仕事でいない。何でも手の離せない仕事が入ってしまったそう。なので今日は華那と二人っきりだ。

 

というのにリビングの電気はついていなかった。家の鍵もかかったままだったし、どうやら華那はまだ帰ってきていないみたいね。スマホを確認するも連絡は来ていない。どうしたのかしら?そう思いながら自室へ行く。小さく息を吐いて扉を開けて明かりをつけると――

 

「姉さん誕生日おめでとう!!!!」

 

 と、クラッカーを鳴らす華那の姿があった。突然の事に呆然とする私。いや、だって考えて頂戴。妹が知らないうちに私の部屋に侵入していて、誕生日の飾りつけをして暗闇の中待っていただなんて想像できる?できないわよね?

 

「あれ?ね、姉さん大丈夫?」

 

「華那!」

 

「わぷっ!?」

 

 あまりの事に私は華那を抱きしめていた。だって、毎年誰よりも早く誕生日を祝ってくれる妹が一番最後に祝ってくれたのだ。これが嬉しくない姉がいるなら教えてほしいぐらいよ。でも、どうして今年は遅かったのかしら?

 

「あはは……ごめんね、姉さん。ちょっと誕生日プレゼントが今日できるってなっちゃって、誰よりも早くお祝いしたかったんだけど……」

 

 申し訳なさそうに私の腕の中で話す華那。抱きしめたまま私は構わないと伝え

 

「華那に嫌われたのかと思ったわ。でも、こうして祝ってくれたことが嬉しくて」

 

「本当にごめんね。で、プレゼント渡したいんだけどいい?」

 

「ええ」と私は華那から離れる。華那の温もりが感じられなくなるのは寂しいけれど、華那からプレゼントがあるというのが嬉しい。毎年、何かしらプレゼントを用意してくれる華那。私も華那の誕生日にはあげているわよ。

 

「今年はこれ!」

 

 と言って華那が取り出したのは、銀色のロザリオネックレスだった。これ結構高い物じゃないかしら?いいの?もらって?

 

「逆に、もらってくれなきゃヤダ。姉さん用にオーダーメイドしたやつなんだからね!ほら、ロザリオの裏側に『Y.MINATO』って入ってるんだから」

 

 と頬を膨らませながらロザリオの裏側を見せる華那。確かに名前が入っているわね。話しを聞けば、アクセサリーショップのオーナーさんに事情を話したら、「姉想いのいい子じゃないか!!」と言い出したそうだ。で、名前を入れるのは本当ならかなり金額がかかるそうなのだけれど、無料にしてくれたとの事らしい。

でも、悪いからとオーナーの奥さんにきちんと満額渡してきたそうだ。本当なら先週出来上がる予定が、諸事情により今日になってしまったらしく、朝一でお祝いできなかった理由の一つらしい。そういう理由なら納得ね。それで華那。お願いがあるのだけれど……。

 

「なに?」

 

「つけてもらえるかしら?」

 

 ネックレスを華那に渡してつけてもらえるように頼む。華那は驚いた表情を浮かべて

 

「え、私が!?」

 

「ええ。最初は華那につけてもらいたいのよ。駄目かしら?」

 

「ね、姉さんがそれでいいなら……」

 

 私に後ろ向いてと言ってから繋がっているチェーンを外し、ネックレスをつけてくれる華那。その手が小さく震えていたのは見なかったことにしておきましょう。正直、私も心臓バクバク言ってるのよね。血のつながった妹なのに、どうしてこんなに緊張するのかしらね?

 

「……はい!つけたよ!」

 

「どう……かしら?」

 

「大丈夫似合ってるよ、姉さん」

 

 と、満面の笑みで答えてくれる華那。胸元で輝くロザリオをそっと右手で大切に持ち上げて、大切にすることを誓う。その後、華那が私の誕生日祝いで用意した料理を食べたのだけれど、最後に私の顔のケーキが出てくるとは思わなかったわ。

 

「つぐみちゃんのお父さんにお願いしたら、作り方指導してくれたんだ。今度お礼言わなきゃ」

 

 と華那。つまり、このケーキは手作りだという事だ。ここまでしてくれる妹がいる私は幸せ者ね。

 

「華那……本当にありがとう。私のためにここまでしてくれて」

 

「姉さんの喜ぶ顔見たかったから、ここまでした甲斐あったよ」

 

 と、一緒に後片付けをしながら話す。Roseliaのメンバーにも祝われた事。実はリサと紗夜の二人が、華那が誰よりも早く誕生日を祝わなかった理由を知っていた事。華那がケーキを作っている最中に美竹さんと青葉さんが様子見に来た事。いろんな話しをした。そしてもう寝なきゃいけない時間になり、私は最後に我が儘を華那に言う。

 

「華那。最後に我が儘言ってもいいかしら?」

 

「できる事ならいいよ」

 

 でも、姉さんが我が儘って珍しいね?と呟く華那に一緒に寝ましょうと伝える。

 

「え……」

 

「き、今日ぐらい私が甘えてもいいじゃない」

 

 は、恥ずかしい。妹に一緒に寝てという姉はどうなのかしら?そう思ったけれど、もう言ってしまったのだから後悔しても遅い。でも華那はそんな事を気にした素振りも見せずに満面の笑みを浮かべ

 

「うん!」

 

 と言ってくれたのだった。Roseliaのみんなから誕生日を祝われ、最愛の妹からも祝われた。こんな最高の日はないわね。ベッドの中で華那の手を握りながら華那の名を呼ぶ。

 

「なに?」

 

「今日は本当にありがとう。大好きよ」

 

「!……私も好きだよ、姉さん」

 

 と、こつんと二人して額を合わせて笑いあう。ああ、本当に今日は最高の日ね。華那の誕生日は盛大にしてあげよう。そう心に決めながら、私は華那と眠るまでベッドの中で話をするのだった。

 



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#1

 帰りのショートホームルームが終わり、私――湊華那(かな)――が一伸びしていると隣にいる髪の毛の一部を赤メッシュにしているのが特徴な、目つきが悪い事をよくクラスメイト達に茶化される美竹蘭ちゃんに声をかけられた。

 

「華那。今日はバイトか何かあるの?」

 

「んー?特に用事もバイト無いからこのまま帰ろうかなって思っていたところだよ。蘭ちゃん達は、アフグロの練習でしょ?」

 

 アフグロ――正式名Afterglow――は蘭ちゃんがボーカル&ギターを務める、幼馴染五人で結成されたガールズバンドだ。本格的なロックサウンドを中心に、バラエティに富んだ楽曲もやっていて、結構ファンもいるみたいで、時々、隣クラスの子に話しかけられているのを見た事がある。

 

「うん。これから練習。その……華那がバイトなら、行く場所は同じだから皆で一緒に行こうかって……」

 

 と、少し恥ずかしそうに言う蘭ちゃん。あー……なんかごめんね、蘭ちゃん。今度埋め合わせするからと言うと

 

「べ、別に華那と帰れないからって落ち込んでなんか無いし!」

 

 顔を赤くして明後日の方向を向く蘭ちゃん。見事なまでのツンデレのテンプレ的な回答。というか、誰も落ち込んでいるの?って聞いてないよね!?そんな事を私が思っていたら、蘭ちゃんは逃げるように教室から出て行ってしまった。

 あー……これは明日、御機嫌取りでクッキーでも用意しておいた方がいいかもしれないね。って、そこ。明日茶化そうとか言ってないでいいから!あとで被害受けるの私なんだからね!?

 

 などと言いながら教室に残っていたクラスメイトと別れて校門へと一人向かう。今日は個人的な用も無いし、ポピパ――正式名Poppin'Party――のメンバーからも連絡無いから家にまっすぐ帰ってギターでも練習しようかなと思った瞬間だった。

 

「かーなっ!」

 

「わっ!?ってリサ姉さん!」

 

 私が羽丘女子学園の敷地から歩道に出た瞬間、左側から誰かが抱きついてきた。抱きついてきたのは、私より八センチぐらい身長の高い、見た目がまんま、ザ・ギャルって感じの今井リサ姉さんだった。私と姉さん――湊友希那――にとってリサ姉さんは大切な幼馴染。家が隣ってこともあって、小さい頃はよく三人で遊んでいた。

 

 一時期、私と姉さんがFWFを目指すようになってから、姉さんとリサ姉さんは疎遠になった時期もあった。でも、その期間でも私とは話しはしていたけれど、どこか遠慮している印象を私は受けていた。

 

 で、最近になって、姉さんとリサ姉さんはRoseliaというガールズバンドを結成した。姉さんはボーカルとして。リサ姉さんはベースとして日々練習を重ねている。結成するまで色々あった。……あったんだよ!その時、姉さんのサポートをしていた私は、メンバー集めに奔走していたからね。少し前のことを思い出しながら、私はリサ姉さんの腕の中で首を傾げつつリサ姉さんに問う。

 

「リサ姉さん。どうしたの急に抱きついてきて?」

 

「いやー。最近、華那と会ってなかったからさー。華那成分補給しようと思って☆」

 

「リサ姉さん、意味わかんないよ……」

 

 と、お茶目にウインクしながら舌を出すリサ姉さんに呆れた表情を浮かべるしかなかった。確かに、ここ最近リサ姉さんとは会っていなかった。それもそうだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。姉さんがバンドを結成してからは、姉さん以外のRoseliaのメンバーとは最低限の付き合いをするようにしていた。もちろん理由はあるよ?あるんだよ?嘘じゃないよ?本当だよ?

 

「まあいいじゃん。減るもんじゃないしー」

 

 ニンマリと笑うリサ姉さんに私は軽い頭痛を覚えるも「いつもの事か」とさらりと流すことにして、リサ姉さんから離れて、最近の練習はどうかと聞いてみる。どうやら練習はいい雰囲気でやれているみたいで、私の一個下の宇田川あこちゃんのドラムの精度もかなり上がってきているとの事。

 

「あこちゃん凄いなぁ。中学生なのによくRoseliaの激しい楽曲叩けるね」

 

「だよねぇ。無理してなければいいんだけどさぁ。アタシ心配だよー」

 

「確かに……」

 

 まだ体ができていないあこちゃんのことを心配しつつリサ姉さんと話しを続ける。高校生活には慣れた?から部活何かやる?おすすめはダンス部だよー☆あと、数学の先生厳しいからきちんと予習したほうがいいよー。あと風紀担当の先生に目を付けられると大変だよ!等々――

 

 最後の部活については聞き流しておいたけどね。私、ダンス無理だって!踊れないのにダンス部とか、他の人に迷惑だよ!尚、私の体育の評価は五段階評価の二だ。あ、五が最も優れている方だよ。つまり下から数えたほうが早い。でも、走ることぐらいならできるから、陸上競技系か文系の部活かなぁ。今のところ部活に入ろうと思わないけど。

 

 そんな他愛のない話をしていると、突然背後から声をかけられた。振り向くと、そこには私と同じ銀色の長い髪を優しい風で靡かせた姉さんがいた。

 

「姉さん!」

 

「華那、リサ。ここにいたのね。少し探したわよ」

 

 と、少し疲れたような表情を浮かべる姉さん。探すならスマホで連絡してくれればよかったのに――と思ったけれど口には出さないでおいた。

 

「ごめんごめん。ちょっと華那と話してたんだー。最近会えなかったからさー」

 

 謝るリサ姉さんに姉さんは「そう」とだけ言うと、私とリサ姉さんの間に立って

 

「二人とも帰るわよ」

 

「うん」

 

「オッケー。あ、そうだ。ねえ友希那、華那。今日練習無いから、ちょっと寄り道しない?」

 

 と、リサ姉さんからの突然の申し出に私は困惑する。Roseliaの練習が無いこともそうだけど、寄り道をするという提案に私はすぐに賛同できなかった。今日は帰ってギターの練習をしようかと思っていたから。

 

 今から二年前――当時、姉さんと一緒に歌っていた私は喉を痛めてしまい、歌えなくなってしまった。一応歌えるんだけど一曲もたない。下手すれば一番のサビ部分で声が掠れてしまう状態になってしまった。日常生活には問題ないんだけどね。あ、中学のクラス対抗合唱コンクールの時はピアノを(何とか)弾けたから、伴奏者として出て難を逃れた。

 で、喉を痛めてからは、私は歌うことを止めてギターを始めた。姉さんの隣に立てる日が来ることを夢見て。でも、その夢は叶わなかった。二年。そう二年しかギターを弾いていないというのは、姉さんや私自身が求めるレベルに到達するには短すぎた。

 

 だから私は夢を諦めて、姉さんのサポートをしていた。その時、何度か姉さんの隣に立ってライブハウスで演奏したこともある。あの時は楽しかったなあ。一緒にステージに立っている――それだけで満足しちゃっていたしなあ……。なんて現実逃避もいい加減にして、リサ姉さんに答えないと。

 

「どこにいくつもり、リサ?」

 

 と、姉さんがリサ姉さんに問いかける。腕を組んで少し不機嫌そうな姉さん。あ、これはあれだ。リサ姉さんの回答によっては行かないって言いだす。間違いない。そうなったら私も右に倣えで姉さんと一緒に帰ろう。そうしよう。リサ姉さんには悪いけど……。

 

「ふふふ……友希那も、華那も好きな場所だよー♪」

 

「「?」」

 

 リサ姉さんの言葉に私と姉さんはお互い見合って首を傾げる。私と姉さんが好きな場所ってどんなところだろ?ライブハウスとか、図書館とかかな?でもライブハウスなら、姉さんとリサ姉さんはいつも行っているから無いか。考えているとリサ姉さんは右手を招き猫がしているポーズのように手首を曲げて

 

「ふふーん。猫カフェだよ!」

 

 その言葉を聞いた瞬間、私と姉さんの回答は瞬時に決まった。私と姉さんはアイコンタクトをとって頷き合い

 

「……行くわよ華那、リサ」

 

「うん、姉さん。ほらリサ姉さん、案内はやく!」

 

「二人とも反応速すぎでしょ!?」

 

 と、私と姉さんはリサ姉さんを置いて歩きだす。私と姉さんが共通して好きなものの一つ――それは猫。そう愛玩動物の猫ちゃん様だ。昔は飼っていたのだけど今はいない。でも私達姉妹が猫を好きなのは変わるわけがなく、姉さんと私は時々猫カフェや公園の猫と戯れたりしている。

 

 その時撮った猫の写真は、スマホからパソコンにバックアップしてある。スマホでもパソコンでも見られるから、姉さんが時々私のパソコンを占領することがある。特に作詞作曲に行き詰った時にパソコンで猫の映像を見てるのはリサ姉さんですら知らない……はず。

 

 ベッドの上で死んだかのように天井を見上げ、作詞を考えるのが姉さんのスタイルになっている。最初見た時は驚きのあまり、ベッドに駆け寄って姉さんに必死に声をかけた。何か病気じゃないかと心配してしまったから。その後、誤解だと説明を受けて姉さんに謝った。姉さんは小さく笑って許してくれた。

 で、次の日から私に心配かけないように配慮してくれたのか、気分転換にって猫の画像を見に来るようになった。私としては姉さんと一緒にいられるのは嬉しいけど、二時間以上パソコン占領はどうかと思うよ?

 

「姉さん」

 

 横を歩く姉さんに声をかける。姉さんは前を向いたまま「何?」と聞いてきた。私はできるだけの笑みを浮かべて

 

「猫カフェ楽しみだね」

 

「……そうね」

 

 少し柔らかな笑みを浮かべて私を見る姉さん。ああ、こんな日がずっと続けばいいのに――

 

「友希那、華那!!猫カフェの道、こっちだよ!!」

 

「「え?」」

 

 後ろから慌てた様子で私達を止めるリサ姉さんに、私と姉さんはほぼ同時に振り返る。両手を腰に当てて、苦笑いを浮かべているリサ姉さんに私と姉さんは謝る。その後、私達は無事に猫カフェへ行ったのだった――

 




お久しぶりの方はお久しぶりです。
初めましての方は初めまして。
弱い男です。

一度削除した作品ではありますが、また読んで頂ければ幸いです。
ただ、更新は前みたいに一ヵ月に一回ではなく完全不定期なので、あまり期待しないでいただければと思います。ハイ。
今回の#1は少し加筆してお送りしました。内容は変わっておりません。次回からは加筆は(ほぼ)ない予定です。

ではまた。


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#2

 私、湊友希那には一つ年下の妹がいる。私より身長が低くて、私より感情表現が豊かで、可愛らしい自慢の妹だ。ただ……体の一部分が私よりもあるので、そこは素直に羨ましいと思ってしまう。それについては話す機会は一生無いわね。……その妹――華那(かな)というのだけれど――の透き通るぐらい()()()()()()()()()()()。そう――()()()()()のよ。

 華那の綺麗な歌声を奪ったのは……姉である私だ。

 

 それは今から二年前。私と華那はとあるフェスで父さんの音楽を全否定した人達を見返す為、日々ライブハウスでライブをやり、厳しい練習をしていた。二人で高音パートと低音パートに分かれてハモったり、一番と二番で歌うパートを変えたりして――だ。

 基本的にはメインパートが私で、華那が低音パートとコーラスを担当していた。二人で歌っている時は、本当に音楽に集中する事ができた。純粋に楽しいと感じていた部分もあった。ただ、歌を歌っている時の私の感情は、父さん達の音楽を否定した人達を見返す――というのが大半を占めていたのも事実よ。

 

 

 華那が歌えなくなったあの日――

 

 

 その日もライブで二人でステージに立って、全力で歌ってきた。華那の調子が絶好調だった事もあって、私も負けないわよと思い、マイクを持つ手に力が入った。私達が歌い終えると同時に、盛大な拍手と歓声が巻き起こった。それは今まで二人で歌ってきた中でも一番の拍手と歓声だったのを今でも覚えているわ。

 異変が起きたのは、ライブが終わってからすぐだった。華那が左手で喉を押えながら私の服を右手で引っ張ってきた。

 

「どうしたの華那?」

 

「ねぇさ……こ……でな……」

 

「か、華那!?」

 

 涙を流しながら訴えかけてくる華那。その時点で声は掠れていて、うまく言葉になっていなかった。私は華那を落ち着かせようと、華那の両肩に手を置いて深呼吸するように伝える。頭の中は混乱していたけれど、一番混乱しているのは華那だ。さっきまで歌えていたのに、急に声が出なくなれば混乱するに決まっているわ。華那の姉として、私がしっかりしないと――

 

 私達の異変に気付いたライブハウスのスタッフさんが気を利かせて、急いで喉にいい飲み物を紙コップ入れて持ってきてくれた。声の出ない華那の代わりに私が感謝を伝えて、華那に飲み物が入った紙コップを手渡す。

 

 華那がある程度落ち着くまで待ち、私は華那に病院に行く事を伝えると、涙を流している華那は小さく頷く。私は携帯(当時はまだスマホじゃなかった)で母さん達に連絡を取って、病院へと向かった。

 

「……」

 

「……」

 

 病院の待合室で名前が呼ばれるまで、私と華那は黙ったまま椅子に座っていた。華那は声が出ないからだけれども、私はなんて声をかけていいか分からなかった。あの時――私がFWFに出るためにバンドを組むために動く事を決めた。

 そんな私に「姉さんと一緒にその夢を叶えたい」と言ってくれた華那。生半可な覚悟じゃ置いてくわと言ったけど、華那は私の求めるレベルについてきてくれた。お互い切磋琢磨しあって様々なライブハウスでライブを歌ってきた。

 

 でも――今回、改めて痛感した。私は華那に無理をさせていた事に。じゃなければ、華那が声を出ないなんて事にならなかったはず。私は下を向いて膝の上に置いていた両手を握りしめる。私のせいだ。華那がこんな苦しい想いをしないといけなくなった原因は――

 

 そんな時、誰かの両手が私の右手を優しく包み込むように添えてきた。顔を上げれば涙目の華那が私を見て首を横に振っていた。自分を責めないで――そう言いたいのだろう。

 

「華那……ごめんなさい。私のせいで……」

 

「っ!……!」

 

 私の言葉を聞いた華那は、左手を私の手に添えたまま右手を離して、携帯を取り出して何か入力し始めた。入力が終わったと思ったら、画面を私に見せてきた。

 

「……『姉さんのせいじゃないよ。私の方こそごめんね。姉さんに迷惑かけちゃった』……迷惑だなんて思ってないわよ。私が……私が華那の状態をしっかり把握していれば――痛っ」

 

 突然叩かれた私は右手で叩かれた箇所を抑える。と言ってもそんなに強く叩かれたわけじゃなかったのだけれども、痛かった。

 

『大丈夫だよ、姉さん。もう二度と声が出ないって、まだ決まった訳じゃないから。また歌える日が来るまで、姉さん支えてくれるかな?』

 

「っ……。あ、当たり前じゃない。華那。あなたは私の大切な妹よ。いやだと言っても支えるわよ!」

 

『ありがとう姉さん。大好きだよ!』

 

 携帯画面を私に見せてからニコリと笑みを浮かべる華那。その後、看護師さんに呼ばれて一緒に行く際、華那の手を私は握っていた。華那の震える手から伝わる不安が少しでも和らぐようにと願いを込めて。

 結論から言えば、喉の声帯を酷使しすぎた事による声帯の炎症だった。二週間は声を出す事を禁止させられた華那の表情は、まるでこの世の終わりでも来たのではないかと思うぐらいだった。でも、その時の私は安心した。炎症なら治る。また華那と歌えると信じていいのだと。

 

 でも……その期待は見事に裏切られる事になった――

 

 

 

 二週間。華那は部屋の中でもマスクをして、声を出さないようにかなり努力をしていた。くしゃみやあくびをする時ですら声を出さないようにしていた。私自身、華那を驚かさないようにと、細心の注意を払った。そして華那の努力の結果、日常生活で普通に話すまでには回復した。――そう、()()()()()()()()()()()――

 

「~♪っ……ごめん。姉さんもう一回やらせ「ダメよ」……姉さんっ!」

 

 華那の喉が治ってからとあるスタジオで練習していた私達。華那は曲の一番サビ終わり部分で声が掠れてしまう状態を何度も繰り返していた。まだ練習をしようとしていたので、私は華那をストップさせる。これ以上続けたら華那が本当に壊れてしまうと思ったから。

 

「華那。これ以上やっても、また喉を痛めるだけよ。お願いだから自分の体を大切にして頂戴……」

 

「姉さん……ごめんね。……本当にごめんなさい」

 

 ポタリポタリと涙を流す華那。私は突然の事で驚きを隠せなかったけれど、あの子が泣く理由は分かっているつもりだ。私と一緒に歌えないという現実と、私達の夢を叶えられないという不安。そして――私に迷惑をかけてしまっていると思っているのだろう。迷惑なんかじゃない。華那のあの綺麗な歌声を奪ったのは私だ。私があの時、一緒にやりましょうって言わなければ――

 

「華那、謝らなくていいわ。悪いのは私よ。あなたの大切な歌声を奪ってしまった……私の方こそごめんなさい。華那」

 

 私は涙を流して体を震わせている華那を優しく抱きしめながら、私は華那に謝る。

 

「そんなっ!姉さんが悪いわけじゃない!!私が、もっとしっかりしてれば……」

 

「いいえ、私のせいよ。私の練習量やスケジュール管理不足も影響しているもの。だから、そんなに自分を責めないで華那」

 

「姉さん……ごめんね。ごめん……」

 

 私の腕の中で泣きじゃくる華那を抱きしめて頭を撫でながら私は華那の分まで歌う事を心の中で誓った。華那のような綺麗な声は出せない。でも、華那の想いを私が背負って歌う事はできる。覚悟は決まった。この想いは華那への贖罪かもしれない。それでも私は前に進む。それによって華那が笑ってくれるなら――

 

 

 

 その後、華那は歌う事を止めて、代わりにギターを始めた。ある日、ギターを始めた理由を聞いたら

 

「姉さんの隣で歌うのはできないけど、楽器弾ければ隣に立てるでしょ?」

 

 と、少し恥ずかしそうな笑みを浮かべて答えてくれた。その際、私が華那を抱きしめたのは悪くない。だって、これだけ私の事を想ってくれている妹よ。抱きしめたくなるじゃない。

 

 それから二年間、華那はギターを練習して、見る見るうちに上達していった。元々ギターの才能があったのではないかと思うぐらいだった。本人は「まだまだ下手だよ」と謙遜しているけれど、そう簡単に華那の大好きなギタリストの楽曲を弾けるようになるわけがない。

 あの長寿音楽番組のテーマ曲のバラード版とか、どれだけ練習すればあのトーンを出せるのだろうかと思うぐらいだ。……姉だから甘く見ているって事はないわ。ないわよ。他にもそのギタリストの激しいロック曲や、好きな女性声優アーティストの楽曲も弾けるようになってきている。これは姉としてうかうかしていられないわね。

 

 そして、今年。私はRoseliaというバンドを結成した。ギターは華那が見つけてきてくれた紗夜。ドラムは華那が私に内緒でスコアを渡した中学生ドラマーあこ。あの子は私が気付いていないと思っているだろうけど、そこは()よ。華那の動きに気付かないわけがない。そのあこの友人、燐子もキーボードとして加入してくれた。

 そして……私と華那にとって大切な幼馴染であるリサ。ベースを弾くのを復帰したリサを説得したのも華那だって事も知っているわ。あの子のおかげでバンドを組むという最初の関門はクリアできた。私一人だったら無理だったわ。

 

「姉さん」

 

 そんな、つい先月のRoselia結成の事を思い出していた学校帰り。私と華那は、リサに誘われて猫カフェに向かっていた。その途中で華那が話しかけてきた。どうかしたの、華那?

 

「猫カフェ楽しみだね!」

 

 と、満面の笑みを浮かべてくる華那に私は笑みを浮かべて同意するのだった。ああ、やっぱり華那は笑顔が似合うわ。この子をもう二度と泣かせたくない――

 

「友希那、華那!!道こっちだよ!!」

 

 ……リサより先に歩いていたため道を間違えたみたいね。リサを見れば呆れた表情を浮かべていた。私達姉妹はリサに謝りながら猫カフェへと向かった。猫カフェで華那が猫と遊んでいる中で浮かべた笑顔を何枚も写真に収めたのは華那には内緒よ。

 



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#3

 土曜日のある日。私――氷川紗夜――はライブハウスCiRCLEのスタジオで個別練習をしていた。左手でギターの弦を押え、右手に持ったピックで音を奏でる。今日練習しているのは新曲陽だまりロードナイト。これは今井さんが練習に来れなかった日があった。いえ、今のは語弊があるわね。練習が終わった後に今井さんは来たのだけれど――その際、スタジオの中はかなりの混乱を招いていた。

 

 それを見た今井さんが、各自に的確な指示を出して、あっという間に問題は解決した。今井さんがRoseliaの精神的支柱になっている事にその時改めて認識した私達。そしてその体験から、湊さんが今井さんへの感謝の想いを歌にしたのが、この陽だまりロードナイトだった。

 

 その曲を今度のライブで演奏する――それが決まったのが昨日。さっそく私は家に帰って練習をしていた。ある程度弾ける事は弾けるけれど、完成度に納得できずに今日、飛び込みでスタジオを借りたという訳だ。

 

「一度休憩しましょう。確か……あら?飲み物忘れてきた?」

 

 鞄の中を探すも、朝、私がライブでも使っているマグボトルが無い。これは困った事態ね。仕方ない。CiRCLEの外にカフェがあったから、そこで飲み物を買ってきたほうがいいわね。脱水症状を起こしたらRoselia脱退もあり得るわ。それに日菜に笑われ――いえ心配されてしまう。それだけは避けなくては――

 

「ん?あれは……湊さん?」

 

 と、カフェに向かっていると、私と同じようにカフェへと歩いていく見慣れた後ろ姿があった。ただいつもと違うのは、背中まで伸ばした髪を一つに縛っている事と、ギターケースを背負っている事ね。となると、あの子は――私はカフェへと急ぎ足で向かい、その子に声をかける。私の声に反応してその子は振り返り

 

「あ、()()()()こんにちは。どうしたんですか?今日は練習お休みじゃ?」

 

 と、私より身長の低い湊さんが一日でさらに低くなっていた。という冗談はさて置き、目の前で小さくお辞儀をしてから可愛らしく首をかしげているのは、湊さんの妹である華那さんだった。私に湊さんのバンドに参加してくれないか――とお願いしに来たのが華那さんとの出会いだった。最初は何を言いだすのだろうかと思っていたけれど、今となってはその華那さんとの出会いに感謝している。

 湊さん――華那さんの姉である友希那さんの方ですが――と華那さんと呼び方を変えているのは、華那さんからそう呼んでほしいと要望があったからです。ほかに他意はありません。湊さんもそう呼んでと言うのならそう呼びますが……。二人とも“湊”なわけですから。

 

「こんにちは、華那さん。ええ。練習は休みですが個人練習をしているんですよ」

 

「あ、そうなんですね!流石氷川さんです!それだけ練習しているから、私が追いつけないんですね……」

 

 と、すごく嬉しそうな表情をしたかと思ったら、少し寂しそうな表情を浮かべる華那さん。いつ会っても喜怒哀楽の忙しい子だ。でも、華那さん。貴女もかなり練習しているじゃないですか。でなければあの日本でも屈指のギタリスト、松本孝弘さんの名曲を弾けるわけがないでしょうに。それを言うと

 

「いえ、私が言いたのは……あの自分の色って言うんですか?自分の音というか……そういうのが私にはまだなくて……氷川さんなら、クールな音と正確なギターが特徴じゃないですか?私はただのカバー止まりなんです。だから最近上手くならなくて……」

 

「クールな音と正確なギターが私の特徴?」

 

 と、しょんぼりとする華那さん。私は思っていなかった言葉に困惑していた。けれど、彼女の言う自分の色がないというのは間違っていると思う。華那さんのギターは何度か聞いた事があるけれど、確かに酷い言い方かもしれないが、華那さんの演奏技術は凄い速弾きができる訳でも、個性的な弾き方ができる訳でもない。

 

 でも――哀愁ある音色と本当に楽しそうに、それでいて音楽が本当に(いと)おしいというのが見ている人間がわかるほどのギタープレイ。それが彼女の特徴だと私は思っている。本当にギターが鳴いている――いえ、歌っているかと思うぐらいだ。それを伝えると

 

「あ、あはは。そんな事言われたの初めてなので照れますね」

 

 と、右手で頭を掻く華那さん。そんな彼女を見て私はある事を提案してみる事にした。

 

「華那さん。この後用事ありますか?ギター持っているみたいですから、セッションでもどうですか?」

 

「え!?私が氷川さんとですか!?」

 

 「無理無理、無理ですって!」と言い出す華那さん。湊さんの妹だけれど、ここまで感情表現が豊かだと面白いわね。まるで私と日菜のように正反対ね。……今は日菜の事を考えるのはやめておきましょう。

 「あうあう」と混乱している様子を見てクスリと笑う。結局、華那さんは私と一緒にカフェに行って、飲み物を購入して練習スタジオへと来てくれた。そういえば、あの時――初めて会った時――華那さんは私のギターを今日のように褒めてくれたわね。

 

「それで……氷川さん。何を弾きますか?」

 

「そうね……」

 

 スタジオに入り、ギターのチューニングをしながら私に聞いてくる華那さん。ギターを持った瞬間から、いつものほんわかした雰囲気が消えてなくなり、周囲の空気がピシッとするような錯覚すら覚える。そう。まるで職人が自分の仕事用具を持った瞬間のような、そんなイメージ。

 さて、セッションする楽曲を決めないといけないわね。華那さんはジャズも弾くと言っていたからこの曲を弾けるかもしれないわね。

 

「room335なんてどうでしょうか?」

 

「ラリーさんの名曲ですね!やっと通して弾けるようになった曲なんで、是非!」

 

 と、ノリノリの華那さん。よかった。弾けるようになった曲ならちょうどよかった。しかし……湊さんも時々練習後の会話で笑みを浮かべるけれど、本当に似てるわね。姉妹だから当然と言えば当然なのだけれど。

 華那さんとの話し合いの結果、私がメインを担当して華那さんがハモりやバッキング・カッティング等のする事になった。

 

「それでは……ワン・ツー・ツリー」

 

 まずは私が一人で弾く。スタジオにギターの音が響く。華那さんが私の音に合わせるように入ってくる。私は立ちながら、華那さんは椅子に座りながらお互いの音を意識しながら弾く。途中、お互いミスを連発するも、弾いていて楽しいと思えるセッションになった。

 room335という曲を弾くにはジャズとブルースを理解していないと無理なわけで、かなりの難易度の高い楽曲だと私は個人的に思っている。私自身、ロック色の強い楽曲中心に弾いてきたからミスがかなりあった。今度はこういう曲も練習していこうと終わってから心に決めた。

 

「……あー楽しかったです!」

 

「そうね……お互いかなり間違っていたりしたけれど、私も華那さんと弾いていて楽しかったわ」

 

 弾き終えた華那さんが満面の笑みを浮かべて言うので、私も自然と笑みがこぼれる。弾いている最中に、お互いが声を出さなくても次はこう弾くというのが分かっていたから、やりやすかったというのもある。けれど、それ以上に、華那さんが楽しそうに弾いている姿が見えて、それが音にも表れていた。私もそれに引っ張られるように、終わる頃には珍しく楽しくギターを弾いている自分がいた。

 もし、叶うなら是非Roseliaで華那さんと一緒にギターをやってみたい。今のメンバーも素晴らしい演奏だけれど、それをさらに良くするには華那さんが入ってくれたら心強い。

 

「ミスしたところはまた練習するとして……氷川さんからみて私のプレイどうでした?」

 

 期待に満ちた目で私に問いかけてくる華那さん。そういうところはどこか宇田川さんと似ているような気がするわね。私は少し考えた後

 

「そうね……百点満点でいえば……四十五点かしらね」

 

「そのぐらいですよね……もっと練習しないと!」

 

 と、しょんぼりとしたかと思ったら右手を握り締めてやる気を出す華那さん。その様子が可愛らしくて、私は小さく微笑んでしまった。宇田川さんとはまた違った可愛らしさ。これを湊さんがやったらみんな心配するだろうと思いつつ、私は華那さんと一緒にセッションを続ける。

 バラードからロック、そしてジャズ。様々なジャンルを演奏していったけれど、華那さんはその度に違うギタリストとしての顔を出してきた。本当にこの子の演奏幅はどうなっているのかと思った瞬間でもあり、負けられないという感情が芽生えた瞬間でもあった。いえ、本当に演奏技術ではまだ私の方が上ですが、様々な楽曲が演奏できるという力は華那さんの方が上かもしれません。

 

 

 

「氷川さん、今日はありがとうございました。飲み物まで奢ってもらっちゃって……」

 

 時間になり、片づけをしてCiRCLEを出ると華那さんがそう言って頭を下げてきた。本当に礼儀正しい子だと思いつつ

 

「いえ、気にしなくていいんですよ。私が誘ったんですから。逆に迷惑じゃなかったですか?」

 

「迷惑だなんて!氷川さんのようなギタリストとセッションさせて頂いて光栄に思う事があっても、迷惑に思う事なんてないですよ!」

 

「そ、そうですか。ならいいのですが」

 

 目を輝かせながら話す華那さんに、私は少し引いてしまった。まさかそこまで私の事を評価してくれているとは思っていなかった。自分自身ではまだまだだと思っている。それに……いえ止めておきましょう。今は華那さんの目の前です。心配かけるのも悪いですから。

 

「氷川さんには“氷川さんの音”があるから、一緒に弾いていて新しい発見があったから楽しかったです。本当にありがとうございました」

 

「ふふっ。私もいろいろと勉強になりました。また機会がありましたら、セッションしましょう」

 

「はい!お願いします!」

 

 笑みを浮かべて答えてくれる華那さん。今日は帰ったらまた練習しようと思いながら彼女に挨拶をして別れようとしたとき、華那さんが口を開いた。

 

「氷川さん」

 

「なんでしょうか?」

 

 少し言い辛そうな華那さん。どうかしましたか?

 

「……あの、Roseliaで姉さんの事お願いします。私、力になれないから……」

 

 寂しそうな表情を浮かべながら、頭を下げて頼んでくる華那さん。……全く。この子は――私は小さくため息を吐いてから華那さんの頭に右手を置いて撫でる。

 

「え、ひ、氷川さん?」

 

「そんなに心配しなくても大丈夫です。華那さんが力になれてないなんて事はないですよ」

 

 華那さんがいなければRoseliaに私は入っていなかった。宇田川さんも今井さんもだ。そして宇田川さんがいなければ白金さんもいなかった。間違いなくこの子がいなければ、Roseliaというバンドは結成する事なんてなかった。

 だから自信を持ってください。それに湊さんを本当に身近で支えられるのは貴女しかいないのですから。

 

「あっ……はい!」

 

 私の言葉に満面の笑みを浮かべる。本当に笑顔の似合う子だなと思いながら、私は華那さんと別れた。あの子が妹だから、湊さんは目標へ突き進めるのだろうと改めて思った。……今日は少しだけでも日菜に優しくしてみるのもいいかもしれない。湊さんたちのようにうまくいかなくても、少しずつ昔みたいに――

 

「全く。華那さんは自分に力ないと言いますけど、私達に様々な影響与えてくれますね……いい意味でですが」

 

 小さく笑いながら私は呟く。今日は少し気分で日菜と話せそうだ。そう思いながら家へと帰る。ちなみにその日の夜。少し優しくしたら、日菜にべったりくっつかれて疲弊したのはまた別のお話し。



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#4

 昼休み。私は高校に入学してから仲良くなった、隣クラスの幼馴染のみんなで結成したというバンド、Afterglowのメンバーに誘われて屋上へと向かっていた。ただ、ある人物に対して私は知らん顔をしていた。というか、顔すら合わせないようにしていた。

 他のメンバーから話しかけられれば普通に会話しているけれど、その会話の中も、どこか緊張感が漂っている雰囲気。そんなに緊張する必要ないと思うんだけどなぁ……。

 

 さて、私が話しをしないという人物。それは、同じクラスの黒い髪の一部に赤いメッシュを入れた不良娘こと美竹蘭。Afterglowのボーカルギターをやっている。実家はちょっとした名家らしいけど、“迷家”の間違いじゃないかと最近思ってる。口には出さないけど。

 

「なあ、モカ?」

 

「なーに?トモちん」

 

と不機嫌ですオーラ全開の私の後ろで、巴ちゃんとモカちゃんがヒソヒソ声で話しているけど気にしない。というか、聞こえてるからね?二人とも?

 

「なんで華那の奴、あんなに不機嫌なんだ?蘭の奴はどこか落ち込んでるし」

 

「あー……それはあれだよー。羽沢珈琲店(括弧)カナちんの人格(括弧閉じ)殺人事件の影響ですな」

 

 と、推理ドラマの探偵役がやるように、腕を組んで右手人差し指を立てながらモカちゃんが話していた。ってか、括弧って読むものなんだ!?

 

「モカちゃん、勝手に(うち)で殺人事件起こさないで!?」

 

「ツグ、ツッコみそこなんだ!?括弧じゃないんだ!?」

 

 モカちゃんの言葉につぐちゃんが反応して、それにひまりちゃんがツッコむ。何この混沌(カオス)。この混沌どう収集させるの?誰か知恵の泉持ってる人いるー?あ、いないか……。ならニャル子さん呼んできて。え、休暇取ってベガスに行ってるの?(ツッコミ要員の)銀さんもついて行った?……なら仕方ないね。現実逃避しよう。そうしよう。

 

「冗談はともかく、なにがあったんだ、華那?」

 

 と、現実逃避しかけていた私に声をかけてくる巴ちゃん。あ、巴ちゃんは姉さんのバンドRoseliaでドラムやってるあこちゃんのお姉さんだよ。巴ちゃんは私に、姉に対して妹が何考えているか相談しにやってくる時があるので、Afterglowのメンバーの中でもかなり私と仲がいい子だ。そんな巴ちゃんに、私はわざとらしく両手で目を覆って

 

「私……もうお嫁にいけなくされたの」

 

「「はあ!!??」」

 

 私の発言に巴ちゃんとひまりちゃんが同時に声を上げる。あれは、公衆の場でやるような事じゃない。しかも姉さんも絡んでいるから尚更質が悪い。

 あ、姉さんともここ三日ほど口きいてないよ。家では目に見えて落ち込んでるけど、ここは心を鬼にして対応しないと。二度とあの悲劇を起こしてたまるものですか。ものですか……!

 

「悲劇って……おおげ「何か言った不良娘?」……ナンデモナイ」

 

 何か言いかけた不良娘に満面の笑みを向ける。そしたらどうしたのかな?冷や汗流して視線外されちゃった。あれれぇーおかしいなぁー。他のみんなも引き攣った笑み浮かべてるし。私何かしたかなぁー?と思いつつ首を傾げる。

 

「(ら、蘭。さっき嫁にいけないとか華那のやつ言ってたけど、お前何やったんだよ!?)」

 

「(誤解だよ!誤解!)」

 

「(五回!?おまっ、華那とナニやってんだよ!?)」

 

「なっ、ち、ちがうし!!と、巴、勘違いしすぎだし!!」

 

 と、屋上についてから二人だけで話し合ってる巴ちゃんと不良娘。あー……二人とも小さな声で言い争っていたけど、会話が私達に全部筒抜けだからね?しかもお約束的なボケを巴ちゃんがして、最後は不良娘が顔真っ赤にして怒鳴ってるしね……。さ、みんなあの二人置いてご飯食べよ?

 

「ねねね、華那ちゃん。実際、なにあったの?」

 

 と、おにぎり(中身鮭)を取り出した私に聞いてくるひまりちゃん。私は食べようとしていたおにぎりを右手に持ったまま左手を眉間にあてて、この間の日曜日にあった出来事を話し始めた。

 

 

 

 その日の午後、私と姉さんは羽沢珈琲店で待ち合わせをしていた。姉さんはRoseliaの練習が午前中だったので、終わったらここで一緒に軽食でもしよう――という話になったのが昨日の夜。で、姉さんと一緒にカフェするのが楽しみのあまり、ちょっと早めに来てしまった私は本を読んで待っていた。

 

 入口の扉が開く音がする度に視線を向けているのは仕方ないよね。だって姉さんと一緒にカフェなんてここ最近なかったから。その行為を何度も繰り返していると、姉さんがやってきた。私は立ち上がって右手を上げながら

 

「姉さんこっちこっち」

 

 と、周囲に迷惑にならない程度の声で姉さんを呼ぶ。姉さんは私に気付いてくれて一直線に席に向かって来てくれた。

 

「ごめんなさい、華那。待たせてしまったわね」

 

 と、座りながら謝る姉さん。そんなに待ってないから大丈夫だよ、姉さん。と笑みを浮かべて答える。

 

「そう……ならいいのだけれど」

 

 と、どこかホッとした様子の姉さん。少し姉さん疲れているのかな?と思い、私は姉さんに疲れてないか聞く。

 

「私は大丈夫よ。それより、注文しましょう。羽沢さんに迷惑かけないようにしないと……」

 

 と言ってメニューを手に取る姉さん。無理してるように見えるけど、大丈夫だって言うなら大丈夫なのかなと不安に思っていると、つぐちゃんが水の入ったコップを持ってきてくれて、姉さんの前に置きながら

 

「友希那先輩。華那ちゃん。三十分ぐらいソワソワして待っていたんですよ?」

 

「ちょっとつぐちゃん!言わないでよ!」

 

 まさかのつぐちゃんの暴露に私は慌てる。あれだけ念を押して言わないでって言ったのに!つぐちゃんは私を見て小さく舌を出して「ごめんね」って言ってきたので、私は何も言えなくなった。つぐちゃんにそんな事されたら誰だって許しちゃうよね!……多分。

 

「ふふっ。華那ったら、私の事かなり待っていたのね」

 

「うう……」

 

 と、小さく笑う姉さんに私は恥ずかしさのあまりメニューで顔を隠す。でも、何か注文しないといけない事を思い出し、顔を赤くしたまま私は姉さんに何飲むかを聞こうとした時、つぐちゃんが慌ててやってきた。どうしたの?

 

「あの、友希那先輩、華那ちゃん。本当に申し訳ないんですけど、相席になっても大丈夫ですか?」

 

 時間的に混んできたみたいで、もう席がないみたい。で、私と姉さんの席は運がいい事に四人座れるテーブル席。相席って事は二人来るって事なのだろうと思っていると

 

「私は別に気にしないわ。華那は?」

 

 と、平静に答える姉さんが聞いてきたので、私も大丈夫だよと答える。つぐちゃんが本当に申し訳なさそうに何度も謝ってくるけど、気にしなくていいよと姉さんと一緒に伝える。

 

「つぐみ。無理言ってゴメン」

 

「つぐ~ありがと~」

 

 つぐちゃんがカウンターへ行ったと思ったら慣れた声の二人が私と姉さんの隣に座る。あれ?蘭ちゃんにモカちゃん?

 

「あ……華那。それに湊さん。こんにちは」

 

「おー華那ちんだ。おハロー」

 

 と、座って気付いた様子の蘭ちゃんとモカちゃん。モカちゃんは右手を振って私に緩い挨拶をしてくる。私も二人に挨拶を返す。ってか、おハローって、おはようとハロー合体させちゃったよモカちゃん。というか、それ、どこかのゲームキャラが言っていたような……。

 

「美竹さん、青葉さん。こんにちは。珍しいわね、二人とこんなところで会うなんて」

 

「そうですね。意外ですね。アタシも湊さんがつぐみの家に来てるだなんて思いもしませんでした」

 

 なんか、不穏な空気が流れ始めてるような気がするのは私だけかな?そう思い、姉さんの隣に座ってるモカちゃんに視線を送る。けど、モカちゃんはお手上げするだけだった。

 その為、私はハラハラしながら二人の様子を見守る。というか、話しに入れないよ!怖くて。

 

「そういえば、美竹さんは華那と一緒のクラスだったわね。いつも華那が世話になってるみたいね。ありがとう」

 

「っ……べ、別に世話なんかしてないですよ。こっちこそ……迷惑かけてすみません」

 

 え、なんで私の話しになってるの!?しかも姉さんが蘭ちゃんに感謝してるし!?ってか、姉さんは私のお母さんじゃないよね!?そこまでしなくてもいいよ。は、恥ずかしい。

 蘭ちゃんも蘭ちゃんで、なんで顔赤くして迷惑かけてすみませんとか言ってるの!?蘭ちゃんが私に迷惑かけた事ないじゃん!

 

「ふふっ……クラスで華那は大丈夫かしら?姉としては、うまくクラスに馴染んでるか不安なのよ。聞かせてくれないかしら?」

 

 その言葉、そっくりそのまま姉さんに返したい。姉さんの態度は知らない人から見れば冷たいとか、変わってると思われても仕方ないから。妹としては姉さんの学校生活が不安です。

 

「そうですね……アタシから見たらクラスに馴染んでると思いますよ。クラスのマスコット的存在で、クラスのみんなに好かれてますし」

 

「ほへ?」

 

 私は蘭ちゃんの言葉に素っ頓狂な声上げてしまった。なにそれ?マスコット?私マスコットみたいな存在!?

 

「う~ん……モカちゃん的には想像が容易すぎて、欠伸が出てきた~」

 

「モカちゃん!?」

 

 私が軽いショックを受けているというのに、姉さんは平静を保っている。いや、そこは姉として否定してほしいんだけど!?

 

「そう。でも、華那の可愛らしさを一番知っているのは姉の私ね」

 

「はっ?華那の可愛いところなんてアタシでも知ってますよ」

 

 と、なぜか誇らし気の姉さんと喧嘩口調の蘭ちゃん。二人の視線が混じり合い、火花が飛ぶ――いや、そんな事で張り合おうとしないで!お願いだから!

 

「家に帰ってギターを弾いていたのに、眠気に負けてベッドでギター抱いたまま眠ってる姿とか本当に可愛らしいのよ?」

 

「なにそれ。見たい」

 

 と、なぜかどや顔の姉さんと、悔しそうな蘭ちゃん。やめて姉さん!姉さんしか知らない私の姿を蘭ちゃんに言わないで!ってか、なんで姉さんが私の可愛いところ言い出すの!?恥ずかしいんだけど!?

 

「でも、そのぐらいじゃまだまだですね」

 

 と、なんでか張り合おうとする蘭ちゃん。いや、意味わかんない!モカちゃんは眠っちゃってるし。起きてー!モカちゃん起きてー!(ウルトラ)起きてー!!

 

「なんですって?」

 

「授業中に眠気が襲ってきて、必死に眠気に耐えているけどコックリコックリ、船漕いでる姿は本当に可愛いですよ」

 

「……今度、授業見に行こうかしら」

 

 真剣に腕を組んで考える姉さん。いや、姉さん。真面目に授業受けようよ!?

 

「でも甘いわ、美竹さん。華那が猫と戯れてる時の慈愛に満ちた笑顔は見た事ないはずよ」

 

「え、なにそれ。本気で見たいんだけど」

 

「ね、姉さん!なんでそんなに私の事でドヤ顔かましてるの!?」

 

 と、スマホをいじって美竹さんになにか見せる姉さん。ちょっと、まさか……

 

「え……か、可愛い」

 

「でしょう?さすがは私の妹ってところよ」

 

「姉さん、いつ撮ったの!?」

 

 と、蘭ちゃんの隣から見ると、私が猫を抱いて満面の笑みを浮かべている写真が表示されていた。蘭ちゃんは悔しそうな表情をしていたけれど、すぐさま口を開いた。あの、これ何の言い争い?しかも声がだんだん大きくなってるんだけど!?

 

「昼休みに疲れていたからか、眠っていたから授業前に起こしたら『うにゅ?』とかかわいい声だして起きたんですよ?」

 

「……可愛いわね」

 

「でしょ?」

 

 二人して真剣に頷きあってるけど、私としては本当に穴を掘って埋まってしまいたい気分だ。は、恥ずかしいよ!

 

「そうね……寝起きなら、部屋で寝てて、私が起こしに行った時に目を擦りながら『おはよーお姉ちゃん』って言ってくれるのよ?」

 

「うわっ。マジ可愛いんだけど……でも、湊さん。体育の時に、バスケットボールの試合中にコケてみんなを心配させた後に、スリーポイントシュートを決めてみんなに胴上げされたなんて知らないですよね?」

 

「……詳しく聞こうかしら、美竹さん」

 

 と、真剣な表情でコーヒー(砂糖とミルクたっぷり入り)を飲む姉さん。二人とも、もうやめて!私のライフ(メンタル)はもうゼロよ!!私だって球技で唯一得意のバスケでシュート決めるぐらいできるんだよ!?

 しかもコケたのは、相手チームの子の足が引っかかっただけだよ!?私が何もないところでコケたような言い方しないでよ!?

 

「そうそう。眠れない時に、申し訳なさそうに私の部屋の扉をノックして、枕抱えて『一緒に寝てもいい?』って聞いてくる姿も可愛いのよ?」

 

「湊さん……今度、泊まり行ってもいいですか?」

 

「いや、蘭ちゃんそれはおかしいからね!?」

 

 二人して結構大きな声で話すもんだから、ほかのお客さんの温かい目が私に注がれている事に気付かない二人。私は、顔が真っ赤になっていると自覚するぐらい体温が高まっているのを感じつつ、恥ずかしさのあまり下を向く。

 尚、二人の知っている私の可愛さ自慢は三十分にも及んだ。終わりを告げた理由はリサ姉さんがやってきて、惨状を見て私を連れだしてくれたから。その後、リサ姉さんの腕の中で泣いたのは内緒。

 

 

 

 

「――という事があったの」

 

「「蘭が悪い!」」

 

「なっ。巴にひまり、速攻すぎっ!?」

 

「おー蘭が叱られてる~」

 

 私の話しを聞いて瞬時に蘭ちゃんに詰め寄る巴ちゃんとひまりちゃん。よかった。常識人がまだAfterglowにはいたみたい。二人から叱られている不良娘は、固いコンクリートの上に正座してひまりちゃんと巴ちゃんに説教受けている。

 巴ちゃんは妹がどんだけ恥ずかしいか考えろと言っていた。いや、姉の立場でもの言っちゃダメでしょ。それ言うなら、うちの姉さんに言ってやってよ……。

 

「で、蘭。華那ちゃんに謝ったの!?」

 

「あ……」

 

 かなり真剣に怒ってるひまりちゃんに私は若干恐怖を覚えつつ、一口おにぎりを頬張る。うんおいしい。

 

「ほら、蘭。早く謝りなさい!」

 

「ひまり。なんかお母さんみた――「なに?」ナンデモナイデス」

 

 と、怒るひまりちゃんに何か言おうとして睨まれた不良娘は途中から棒読みになってた。うん。あの睨みは私なら泣いてる自信があるよ。

 

「その……あの……華那……?」

 

「……なに」

 

「恥ずかしい思いさせて……ごめん」

 

 と、頭を下げて謝る()()()()。はあ。それ(謝罪)が無かったから怒っていたわけなんだけどね……。姉さんもそうだし。

 

「反省してるならいいよ。蘭ちゃん」

 

「あ……本当にごめん。華那」

 

 私は笑みを浮かべて蘭ちゃんにそう言うと、ホッとしたような表情を浮かべながらも謝ってくる蘭ちゃんだった。その後はいつも通り色々と話しながらお昼休みを終えた私達。

 

 

 その日の夜。自室でギターを弾いていたら、姉さんがやってきて昼間の蘭ちゃんと同じように謝ってきた。どうやらリサ姉さんと氷川さんに叱られたらしい。可愛いのは分かるけれど、さっさと謝ってきなさい――と。って、可愛いってつける必要性!?

 

 今度、二人としっかり“お話し”しないといけないなと思いつつ、姉さんに「大衆の前で大きな声で言わないでくれるならいいよ」と言って謝罪を受け入れた。やっぱり、直接言われるのもそうだけれど、知らない人にまで聞こえるように言われるのは恥ずかしい。

 

「そう......ね。ごめんなさい、華那」

 

「姉さん、反省しているならいいよ。もうやらないでよね?」

 

「ええ、気を付けるわ」

 

 と言って、頭を撫でてくれる姉さん。あれ?反省しているよね?だいじょぶだよね?そう思いつつも、姉さんに撫でられるのは嫌いじゃないから、そのまま私は撫でられる続けるのであった。



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#5

「カ・ナ・ちー!!」

 

「え、日菜せんぱ……むっきゅ!!??」

 

 昼休み。花曇り、校舎の輪郭も――という季節はとうに過ぎているけれど、今日は姉さん達と昼食をとるために私は移動中。だったのだけれど、突然背後から氷川さんの双子の妹である日菜先輩から声をかけられた。

 

 そして、その声に反応した私が振り返った瞬間だった。日菜先輩が私に飛びついてきた。その勢いで私は日菜先輩に潰された。飛びついてきた瞬間に見た日菜先輩の顔は、本当にキラキラしていて、なんだか悪戯(いたずら)が成功した子供のようだった――。

 

「華那ちー?あれ?華那ちー大丈夫ー?」

 

「キュウ……」

 

 尚、私は日菜先輩に潰されて意識を失う事になった――

 

 

 

 

 

「……あれ?ここ……どこ?」

 

 目を開けると、視界に入ってきたのは見知らぬ天井だった――うん。この間、読んだ小説の一節にあったような文章だけど気にしない。起きたばかりの頭で考える。えっと、日菜先輩に飛びつかれて――

 

「華那、起きたのね?」

 

「あ、姉さん」

 

 私を覗き込むような形で姉さんが現れた。ここ何処と聞くと「保健室よ」と答えてくれた。そっか。私、日菜先輩に飛びつかれた拍子に潰されて気絶したんだっけ。

 

「心配したわよ。リサが血相変えて私のクラスに来たと思ったら『友希那、大変!華那の意識がないの!』って言うから私も慌ててきたのよ」

 

「……ごめん、姉さん。心配かけて」

 

「華那。貴女が謝らなくていいのよ。貴女は悪い事していないのだから」

 

 と言いながら私を撫でる姉さん。気持ちよくて眠気が襲ってきそうだけど、今何時なんだろう?姉さんがいるって事はもしかしたら放課後かもしれない。となると、姉さん達――Roseliaのバンド練習時間が迫っているかもしれないから。

 

「姉さん、今何時?」

 

「今の時間?……もう四時よ」

 

 え、四時って。放課後になってから結構時間経っているよね!?ね、姉さん。私、起きたから練習に行って!私一人で帰れるから!と、私が慌てて起き上がりながら姉さんに言うと、姉さんは不思議そうに首を傾げていた。いや、なんでそんなにゆっくりできるの!?

 

「?……ああ、今日は練習無い日よ。だからそんなに慌てなくて大丈夫よ、華那」

 

 と、苦笑しながら私の頭を撫でる姉さん。あう。まさか練習が無い日とは思っていなかった。は、恥ずかしい。勝手に早とちりして起き上がって慌てた姿を姉さんに見られた事が。

 

「それで華那。どこか痛む場所はないかしら?」

 

「うーん……だいじょぶだと思うんだけど……痛っ!」

 

「華那!?」

 

 ベッドから降りようとした時に右足に痛みが走った。姉さんが慌ててしゃがみこんで私の右足を確認する。右足首を姉さんが少し触ると痛みが走る。これは捻挫だろうなあ。何もしなければ痛くないから、骨が折れているって事はない――と思いたい。

 

「日菜に抱き着かれた時に捻挫したみたいね……ちょっと待ってなさい」

 

「うん……」

 

 歩けないぐらい痛い事で姉さんに迷惑かけてしまっている事に私は落ち込む。日菜先輩が抱き着いてきた理由は不明だけれど、私がうまく対応していれば捻挫しないですんだはず。

 

「靴下脱がすわよ?」

 

 私が落ち込んでいると、姉さんが湿布と包帯を持ってきて私に確認をとってきたので私は頷く。私が驚くぐらいの見事な手際で右足首を包帯で固定させる姉さん。いつそんな処置の仕方習ったの?

 

「ライブ前に足首にテーピングするのは当たり前でしょ?」

 

「でも、前までこんなに正確なテーピングできなかったよね?」

 

「それは慣れよ、慣れ。で、どうかしら、華那。立てそう?」

 

 確認してくる姉さんに、私は一度立ち上がって何歩か歩いてみる。痛みはあるけれど、これなら家まで帰れそう。そう伝えると、姉さんは右手を顎に当てて何か考えて

 

「確か保健室に松葉杖あったはずよ。もうじき保健室の大崎先生帰ってくるから、使用許可をもらいましょう」

 

「え、松葉杖ってまた大袈裟だよ、姉さん。私だいじょ「なわけないでしょ。歩くのもやっとなのに」……あう」

 

 と、姉さんに怒られながら額にデコピンをもらってしまった。そして姉さんは「しばらくベッドに座ってなさい」と私に言って自分も椅子に座った。

 

「そういえば華那」

 

 椅子に座るなり、姉さんが名前を呼んできたのでどうしたのと聞くと

 

「貴女、きちんとご飯食べているわよね?あまりにも軽かったからビックリしたのだけれど……」

 

「はいぃ?」

 

 いきなりうちの姉様は何を言い出すのでしょうか?まるで私を抱きかかえたかのような言い方なんだけど!?

 

「?私が華那を抱っこしてここまで連れてきたのよ。姉として当然じゃないかしら」

 

 と、小さく首をかしげながら言う姉様。うちの姉様がこんなに可愛い訳あるわよ!……ってボケてないでいいか。で、実際問題本当に姉さんが運んだの?

 

「ええ、そうよ」

 

「……明日辺りクラスで弄られそう……」

 

 ガックシと項垂れる私。そうでなくても数日前に私がクラスのマスコット的な存在という事が発覚した――と言っても、自覚は若干あった――ので、明日クラスメイトに囲まれて“お姫様抱っこされていたけど、どうだった!?”って聞かれるだろうなあと諦めの境地に入る私。

 回答は既に決まっているよ。「意識無いから覚えてないよ!」って。

 

「でも実際私より軽いように思えたわ。お昼食べているわよね?」

 

「食べてるよ。姉さんだって知ってるでしょ?時々だけれど、私が姉さんの分もお昼ご飯作ってる事ぐらい」

 

 そう、学食が豪華なうちの高校なのだけれど、週に一回から二回程度の割合で、姉さんとリサ姉さんと私で屋上や中庭で昼食をとる。その為にお弁当を私が作っている。え?姉さん?……ソンナコトキイチャダメダヨー?

 

「ええ……。でも華那の事が心配なのよ」

 

 と、頭を撫でてくる姉さん。もう。気を抜いたらすぐ頭撫でてくるんだから。これでも姉さんと同じ高校生なんだけどなあ。と思っていると保健室の扉が開いた。どうやら大崎先生がもどってきたみたいで、姉さんが「しばらく待ってなさい」とだけ私に言って立ち上がって行ってしまった。

 

 しばらくすると話し声が聞こえてきて、捻挫のようで一日だけ松葉杖貸してもらえないかと姉さんが確認をとると、大崎先生がなぜかノリノリで「いいよー。二日でも三日でも貸してあげるよー」と使用許可が下りた。いや、先生軽すぎませんか!?

 

「華那。松葉杖よ」

 

 姉さんが、松葉杖を持ってきて私に渡してきたので、私は手に持った松葉杖を見て

 

「……使わなきゃダメ?」

 

「ダメよ。悪化させないためにも、家に帰るまでは松葉杖使いなさい」

 

 母さんか父さんに迎えに来てもらえばいいんじゃないかな?って言おうと思ったけど、二人とも仕事中なので無理だという事を思い出した私は、渋々松葉杖を使う事にした。

 

 

 

 帰宅する為に松葉杖を使いながらゆっくりと歩き、下駄箱から靴を取り出し、大丈夫な足だけ靴を履いて、姉さんに履いていない靴を渡す。持てるって言ったのだけれど、それすら許してもらえなかった。()せません!

 

「あ、友希那に華那!って松葉杖!?」

 

 外に出た時にタオルで額を拭いていたリサ姉さんが私に気付いてやってきて驚いていた。どうやらダンス部の練習をしていたみたい。

 

「あ、華那さーん!だいじょーぶですかー?」

 

 と、リサ姉さんと一緒にやってきたのは私の一個下で、Roseliaのドラム担当の宇田川あこちゃん。ちょっと中二病入っているけど、とっても元気な中学生。あー……とりあえず、姉さんが大袈裟に松葉杖借りたんだー。って言おうと思ったけど、姉さんに怒られそうなので

 

「捻挫したみたいだけど、念のため松葉杖使って帰るとこ」

 

「そっかー……華那、無理しちゃだめだぞ?」

 

「そうそう。華那さん、結構無理するから、あこも心配なんだよ?」

 

「ア、 ハイ。無理はしないよ?ホントだよ?」

 

 なぜか年下のあこちゃんにすら心配される私。そこまで信頼無いかなぁ。と考えていると隣にいた姉さんが

 

「華那。貴女、去年の夏に倒れた事、忘れているのかしら?」

 

「アハハー。ヤダナーネエサン。ワスレルワケナイジャナイ」

 

 冷や汗を大量に流しつつ答える私。そうだった。去年、内部昇格組とはいっても一応受験はあるわけで、勉強の時間増やしてギターの練習して、隣県のライブハウスに行ってバンドメンバー候補探しに行ってたら、夏の暑さにやられて倒れたんだった。忘れてた。

 

「まったく……それで日菜はどうなったのかしら?」

 

 姉さんがリサ姉さんに確認をとってる。いや、私が気絶してからなにやったの!?

 

「だいじょーぶだよ!正座させて昼休み中説教しただけだし☆彡」

 

 と、満面の笑みを浮かべて私にウインクしてくるリサ姉さん。いやいやいや!それだいじょぶじゃないよね!?リサ姉さん!?ってか、説教?説教なんで!?

 

「いやーちょっとね?」

 

「リサ姉……やりすぎてないよね?あこ心配になってきたんだけど?」

 

 あこちゃんの言葉に私は頷く。昼休み中って事はお昼食べないで説教したって事だと思うんですけど?って、考えていたら校門のところに花咲川女子学園の制服を着た人が一人こちらに向かってくるのが見えた。あれ?あの姿は――

 

「湊さん。今井さん。華那さん。宇田川さん。こんにちは」

 

 と、私達の前で立ち止まって小さくお辞儀をして挨拶をする紗夜さん。え、紗夜さんがなんで羽丘(ここ)に?と、困惑しているとあこちゃんが

 

「あ、紗夜さん。こんにちは!どうしたんですか?」

 

「うちの日菜が華那さんに抱き着いて意識無くさせたと連絡がきたので、それの謝罪に来ました」

 

 真面目だと思ってましたけど、そこまでしなくてもいいんじゃないかなと内心焦りながら

 

「さ、紗夜さん。そ、そこまでしてもらわなくてもだいじょぶですよ!私、無事ですし」

 

「そうですか?松葉杖ついているところを見ると大丈夫のように見えませんが?」

 

「あう」

 

 私の両脇にある松葉杖を見ながら、紗夜さんがそう言ってきたので私は言葉に詰まる。いや、確かに足首捻挫しましたけど、ただ姉さんが大袈裟なだけであって――

 

「湊さん、華那さん。本当に、うちの日菜が迷惑をおかけして申し訳ございません」

 

 と、頭を下げる紗夜さん。いや、だからだいじょぶですって!そこまでしなくてもだいじょぶですって!私がワタワタ慌てていると

 

「紗ー夜。華那が困ってるからそこまでにしてあげなって。そこまで大きな怪我じゃないしさー。ね、友希那?」

 

「ええ。日菜には説教したから、紗夜が謝る必要はないわ。あとは華那の判断ね」

 

 と、結局私に振る姉さん。いや、だから最初から私は謝らなくてもいいって言ってるじゃない!?と思いつつ

 

「さ、紗夜さん。本当に気にしなくてだいじょぶなんで、それ以上謝らないでください!」

 

「そうですか……華那さんが言うのなら、これ以上は私も言いません。ですが、また日菜で困る事があったら言ってください。私からも注意しますので」

 

「は、はい」

 

 学校は違うけど、やっぱり姉妹だから心配なんだと思いつつ頷く私。姉さんもリサ姉さんもそれ以上何も言う事なく、ここで解散となるかなと思ったら――

 

「あ、そうだ。みんなでファミレス行きません?」

 

 とあこちゃんが提案してきた。どうやら何か話したい事があるみたい。わたしはだいじょぶだけど、姉さんたちは?

 

「あまり華那を無理させたくないけど、華那が良いと言うのなら私も行くわ」

 

「あたしも大丈夫だよ☆」

 

「そうですね……今日は練習もありませんし、お互いを知るのもバンドとして必要ですし……私も行きましょう」

 

「おねーちゃんが行くならあたしもいくー!るんってきたー!」

 

「「「「「えっ!?」」」」」

 

 突然の声に全員が驚きの声を上げる。と、そこには昼休み私に抱き着いてきた日菜先輩がいた。全員の視線が日菜先輩に向かう。それに首を傾げて「どうしたのー?」と聞いてくる日菜先輩にリサ姉さんが

 

「えっと、日菜?いつからいたの?」

 

「おねーちゃんが謝ってたところからー」

 

「日菜!あれほど人に迷惑を――」

 

 と、いつの間にか日菜先輩の目の前に行って怒り始める紗夜先輩、なんか日菜先輩のお母さんみたいだなぁと思いつつ、結局日菜先輩も含めた六人でファミレスに行く事になったのだった。

 尚、昼休み、日菜先輩が私に抱き着いてきた理由は「抱き着けばるんってなるかなぁって思ったんだぁ」との事らしい。それを聞いて紗夜さんが頭を抱えていたので、私は黙って紗夜さんにフライドポテトを差し出すのだった。



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#6

思ったより早く書き上げられたので投稿。
書き下ろし。


 んー……私と華那が出会ったのは、中学の頃だったね。あの時はまだCHiSPAでドラムしていた頃で、どこのライブハウスだったかは忘れちゃったけど……あの時、CHiSPAのみんなで見に行っていた時に、ライブをしていた華那を見たのが最初だね。友希那先輩と一緒にステージに立って、歌っているのを見た時に私より見た目、年齢低いのに凄い上手い子がいるな――って、思ったのが最初かな。

 

 あの時の華那ってね、今よりもう少し小さかったんだよ?ホントホント。今も百五十あるかないかだと思うけど、百四十ギリギリだったと思うよ。だから、見ていて本当にお人形さんが歌っている――そんな感じに見えたんだよね。

 

 で、友希那先輩とコーラスでやっていて本当に惹き込まれるっていうかな……歌声が好きになって、CHiSPAのみんなで、ライブが終わって話しかけようとしたんだ。でも、二人で真剣にダメだったところと、良かったところを話し合っていて、話しかけるどころじゃなかったんだ。

 注意されていたのは……確か、ほんの少しだけ華那のコーラスが遅れた事と、ブレスがマイクに入った事だったかな。タイミングは、ほんの少しだけだよ?でも、それを悪かったところだと言える二人が目指している場所が、私達が思っている以上に遠い所にあるんだなって、思った瞬間だったね。

 

 それだけでも十分衝撃的だったんだけど、翌週だったと思うんだけど……私たちが出演したライブにも二人が出演していて、その時はソロで一曲ずつ歌っていたんだよね。その時の華那の歌い方が本当に衝撃的だったんだ。

 

「解き放てすべてを 信じる未来(ゆめ)があるなら~♪」

 

 って、歌いながら自分と同じぐらいの高さのマイクスタンドを、プロのヴォーカリストがやるように左手でクルクル回転させたりしていたんだよ?それ見て衝撃受けないわけないよね。それと、目つきだね。いつもはほんわか笑顔が似合ってるんだけど、その一人で歌っている時の華那って、本当真剣で鋭い目つきで歌っていたんだよね。

 んー……そうそう。友希那先輩のようなクールなイメージでいいと思うよ。正直、そんなパフォーマンスしなくても、歌声だけで十分人を惹きつけられると思うのに、そんなパフォーマンスするもんだから観客の方はどよめきと歓声半々だったかな。私達も驚いたもん。

 

「その微笑みは離さない……Exterminate!!」

 

 って、最後はステージの前に置いてある台に片足だけ乗せてシャウトしたんだよ?あの小さい体からどれだけの力あるんだろうって、その曲だけで何度も衝撃受けた事を今でも覚えてるよ。

 

 ライブが終わった後、私達も前回二人がやっていた反省会をするようにしてみたんだ。良かった点と悪かった点をあげて、次の練習で直すようにしようって話し合ったんだ。それが終わって帰ろうかと思ったら、入口で話しながら歩いている華那と友希那先輩がいた。

 ライブの話しではなく何か違う話しをしているようだったみたいで、華那が笑顔で友希那先輩と喋っていたんだ。その笑顔が本当可愛くて見惚れて、声をかけるのも忘れたんだ。

 

「?……あ、姉さん先行っていてもらっていい?ちょっと気になるバンドの子に話しかけてきたいから」

 

「……?ああ……CHiSPAだったかしら?ええ。私はあっちで待っているから、話してきなさい。ただ、華那……」

 

 私たちの視線に気付いたのか、華那が私たちの方を見ながら友希那先輩に何か喋っている。友希那先輩は腕を組んで

 

「分かっているよ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()は。ほんの少しだけだから、心配しないで姉さん。ね?」

 

 と、友希那先輩に何か笑顔で答えてから、華那が私たちの方へ向かって歩いてきた。その時私がどうしたのかって?うーん……動かなかったのは確かなんだよね。ううん。動けなかった……って言うのが正しいかな?華那に目を奪われていたんだと思う。

 

「こんにちは。確かCHiSPAの皆さんであってますか?あ、私。湊華那って言います」

 

「え、あ、うん。私達CHiSPAであってます。えっと、私がドラムの山吹沙綾で、こっちが――」

 

 って、華那は満面の笑みを浮かべて挨拶してきたんだ。本当その笑顔が可愛くて、なんで自分たちに挨拶してきたんだろうって思っちゃったから、一瞬返事を返すのが遅れちゃったんだけど、私から順々にメンバーを紹介したんだ。で、その時同い年って事を知って、お互い驚いたんだよ。だって、こんなに小さい子が同い年って思わなかったから。

 

「同い年なんだ!演奏上手いから年上だと思ってたよ」

 

「華那だって、歌上手いじゃん!あのマイクスタンドのパフォーマンス何!?プロかと思ったよ?」

 

「そうそう。小さくて、年下なのに歌声凄いなって思っていたんだから」

 

「ちっちゃい言わないで!気にしているんだから!!」

 

 と、皆で話して笑いあって、最後は友希那先輩に呼ばれた華那が、連絡先を交換しようって言って、連絡先を交換したのが私と華那の付き合いの始まりだね。

 

 

 その後、ライブハウスで会わない時は、メールでやり取りしたり電話したりして話していたんだ。で、ちょくちょく山吹ベーカリー(うち)にも華那が来るようになって、弟の純と妹の紗南とも仲良くなって、面倒を私と一緒に見てくれたんだよね。

 純は最初、華那が小さいから反発っていうか、華那に対してあんまり懐かなかったんだけど、紗南はもうベッタリくっついてね。華那お姉ちゃんって言って甘えてね。それも純は気に入らなかったみたい。まあ、異性ってのもあったと思うんだよね。何回か会っていく中で、だんだんと純も華那に打ち解けて、最後は華那姉って呼ぶようになったんだ。初めて言った時は、純はね顔真っ赤にしながら言ったんだよ?笑えるでしょ?

 

 

 友希那先輩と音楽活動をしながら、華那は同い年でバンド活動している私と仲良くなっていって、私はずっとこういう日々が続くと信じていたんだ。華那が喉を痛めるまでは――

 

 

「声が……だせ……ない?」

 

 ある日の夜。華那からメールが来てなんだろうと思って携帯を見れば、喉を痛めた事の報告だった。声が出ない状態で診てもらった結果、喉の炎症との診断を受けた事。それと、二週間程度、声帯を極力使わないようにするように言われた事が書かれていて、しばらく(うち)に行けないという内容が書かれていた。

 私の方は気にしないでいいから、華那大丈夫なんだよね?って送ったら、「だいじょぶ!二週間後にはレベルアップして帰ってくるから、期待していてね!」って返ってきたのをはっきりと覚えているよ。今でもその文章、前の携帯に残ってるはずだよ。

 私も、CHiSPAの皆も心配していたんだけど、華那の言葉を信じて待っていたんだ。でも……二度と華那の歌声を聴く事はできなかったんだ。

 

 華那から喉を痛めた三週間経ったある日。山吹ベーカリーに華那がやってきたんだ。華那の姿を見て私は笑顔で迎えようとして気付いちゃったんだ。華那の様子がおかしい事に。母さんもそれに気付いて、私と華那を二人だけで話しておいでって言ってくれて、私は華那を自分の部屋に招いて、華那が口を開くの待った。

 

「沙綾……私……歌えなくなっちゃた……」

 

 ポロポロと涙を流しながら、曲の一番途中で声が掠れる状態になってしまって、歌えなくなった事を話してくれた。どんなに練習しても、どんなに喉を負担のかからないように気をつけながら歌っても、歌声が掠れる――って。私は、話しながら泣き続ける華那を抱きしめて、華那が泣き止むまで頭を撫で続けた。

 華那の夢。友希那先輩と一緒にスタジアム級の会場でライブする――という夢を華那から聞いていたから、その夢が叶わなくなってしまった事への悲しみは理解できるつもりだったし、その夢を話している時の華那の本当に楽しそうな笑顔が消えちゃうんじゃないかっていう不安が私の中にあった。だから、華那を抱きしめて、華那の体温を確かに感じながらその不安を消し去りたかったんだ。

 

 しばらく私の腕の中で泣いていた華那だったけれど、落ち着いてから純と紗南と遊んでくれて、それからいつも通りの笑顔で帰ったんだ。それからしばらくしてから、ギター始めた事を報告してくれて、「音楽は止めないよ」って笑顔を見せてくれた。

 

 

 

 それからしばらく経ってから、私の母さんが倒れて、今度は私がCHiSPAを辞めたんだ。それでも華那は今まで通りに私に接してくれた。CHiSPAの皆に私からは何も説明しないで、一方的に辞めたのに、華那はその事を何も聞かずにだよ?華那は、ギターの練習や、友希那先輩のバンドメンバー探しの合間を縫っては来てくれて、純達の相手や店の手伝いをしてくれたんだ。

 

 それで、高校に入ってから香澄達に会って、バンドに誘われて……。本当はバンド……私、ドラム叩きたかったんだ。でも、母さん達に迷惑かけちゃいけないって考えていたし、長女の私が我慢しなきゃいけない――って思って、その想いは封印していたんだ。

 そんな私に、香澄は諦めずに声をかけてくれた。その声に、想いに心動かされたけれど、一歩踏み出すのが怖かった。だって、それでまた母さんが倒れたら――今度は父さんかもしれない――って考えたら踏み出せなかった。

 文化祭の前に、母さんが倒れて、やっぱり私はバンドやらない方がいいんだって思っていた時に、華那が背中押してくれたんだ。

 病院で母さんから「本当にやりたい事をやりなさい」って言われたんだけど、どうしても行くのが怖くてね……。私の決断のせいで母さん達に迷惑かけたら……何も説明しなかったCHiSPAの皆がどう思うか――って、考えている時だったんだ。

 

「沙綾!今、行かなかったら絶対後悔するよ!!」

 

「華那!?どうしてここに!?」

 

 病院を出てすぐのところで、華那が息を切らせながら私を待っていたんだ。華那は両手を膝に当てていて、足は小さく震えていたのをハッキリと覚えてる。私は華那に駆け寄った。華那は、足がふらついていて、ここまで全力で走ってきたって事が一目で分かった。

 

「私の事はいい……から!沙綾は、私と違って()()()()()()()んだよ。絶対、今、行かなかったら沙綾は一生後悔する!それに……私にもう一度見せてよ。沙綾がバンドを組んでドラム叩いてるところを!」

 

「華那……私……」

 

 その言葉に躊躇った。手伝いをしてくれていた華那はね、私の家の事情は知っていた。だから、私を支えてくれていたんだ。私が再びドラムを叩く日が来る事を信じて。でも、私は一歩踏み出すのが怖かった。でも、次の言葉を聞いて私は――

 

「CHiSPAの皆も会場で待っているんだよ!!沙綾が来るのを!!」

 

「!?」

 

 華那が私の両肩を掴んで、怒気を込めて捲し立てた。その言葉に驚きを隠せない私を見上げるように見ながら

 

「沙綾には黙っていたけれど、CHiSPAの皆には沙綾がどうしてバンド辞めたかは説明させてもらった!それで、沙綾から事情を話すまで待ってあげてってお願いしたの!!」

 

「どう……して……」

 

 華那の言葉に自然と私の口は震えた。どうして華那は他人である私の為に、そこまでしてくれたのか分からなかった。華那は涙を浮かべながら

 

「私と沙綾は友達でしょ?それなのに、私は何もできないって思っていたけれど、沙綾がいつか戻る場所を用意してあげる事はできるって思ってね。CHiSPAのみんなも怒ってはいない……ううん。沙綾が事情を説明しなかった事には怒ってはいるけれど、ドラムを叩いてほしいって思っている!みんな沙綾が帰ってくる事……またドラムをする事を願っているんだよ!」

 

「!」

 

 私の知らないところで、CHiSPAの皆と話していた華那の行動に驚きと、自分の思っていた事と違う事実に衝撃を受けた。みんな怒っていないの?って――

 

「だから……沙綾の事を待っている香澄ちゃん達の所に行ってよ、沙綾!私に、CHiSPAのみんなに沙綾がドラム叩いているところを……もう一度見せてよ!!」

 

 最後は涙を流しながら私の胸を叩く華那。ここまでしてくれている華那の想い、それに背中を押してくれた母さん。私にバンドやろうよって手を差し伸べてくれた香澄達……。ねえ、私……本当に少しだけ我が儘になっていいと思う?……華那?

 

「いいんだよ。沙綾のお母さんだってそう言っていたでしょ?」

 

「うん……」

 

「なら、沙綾が今、やりたい事。やらなきゃ……沙綾を待ってる人がいるんだから……!」

 

 涙声で答えてくれた華那。決意は固まった。なら、私がやる事は――

 

「沙綾。純君達の事は任せて、きちんと面倒見ておくから、行ってきて……ね?」

 

「ありがとう華那。じゃあ……行ってきます!」

 

と笑顔で華那に言ってから、私は駆け出した――

 

 

 

「それからは、皆も知っている通りだよ。これが華那と私の関係だね」

 

「ほへぇー……華那って、結構行動力あるね。ね、有咲」

 

「だな……あいつの行動力、どこから出てくるんだよ……私より小さいのに」

 

 と、ポピパの皆でお泊り会をすることになったある日の夜。香澄が私と華那の付き合いについて知りたい!!って言い出したのが事の始まり。まあ、ポピパの皆より付き合いが長い華那と私の仲が良いのは当たり前だし、大切な友達だからね。それに……私を救ってくれた恩人。

 

「だからさ、今度。華那が困った状態になったら、私は華那を助けてあげたいんだ」

 

「なら、その時はポピパの皆で助けようよ!ね、有咲。りみりん、おたえ!」

 

「うん!私も手伝うよ、香澄ちゃん」

 

「だね」

 

 私の言葉に香澄がそんな事を提案してきたけれど、りみもおたえもその提案に好意的な意見。みんな……ありがとう。……ん?有咲?

 

「香澄……私まで巻き込むな!!……ま、まあ。手伝ってやるぐらいなら私はいいけどな」

 

「ありしゃー!!」

 

「だぁぁ!!香澄!お前、すぐ私にひっつくなぁぁぁぁぁ!!」

 

 と、いつものツンデレ(華那から教えてもらった)を発動させる有咲に、抱き着く香澄を見て、皆笑いあう。一人だけ真面目に助けてと言っているけれど、それはそれって事で。

でも……今度は私の番。華那が助けを求めた時に、手を差し伸べてあげられるようにしておきたい。あの時、決めたんだ。

 

「そうだ!今度、華那もお泊り会に誘おうよ!!」

 

 有咲に引っ付いていた香澄が、閃いたと言わんばかりに提案してくる。あ、いいね、それ。華那呼ぼうよ。

 

「……おい、バ香澄。そのお泊り会の場所はどこでやるつもりだ?」

 

「あ、有咲ちゃん……顔が引き攣ってるよ?」

 

 りみが有咲の表情を見て、あわあわしながら宥めようとしているけれど、あまり効果が無いみたい。香澄はきょとんとした表情を浮かべながら

 

有咲の家(ここ)だよ?」

 

「やっぱしかぁぁぁぁ!!」

 

と、当然じゃないと言いたげに答える香澄に、頭を抱えて布団の上をゴロゴロと転がりまわる有咲。それを見て私とりみは小さく笑ってしまった。有咲には悪いけれど、いいよね。華那も来たら楽しそうだよね。ね、おたえ?

 

「そうだね。華那が来たら一緒にギター弾けるし、おっちゃん達の可愛い所を言ってもらわないといけないしね」

 

「ギターはともかく、ウサギの可愛い所かよ!?」

 

 おたえの発言にツッコミを入れる有咲。それを見た私と香澄、りみは笑いあう。きっと華那が来てくれたら本当に楽しいだろうな。そう思いながら、私はみんなとお喋りを続けるのだった。

 



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#7

 ?――ああ、貴女でしたか。珍しいですね、一人でいるなんて。今日ですか?自主練習ですよ。貴女の方は?ああ、これからですか。?……一時間ぐらい時間あるのですか?自主練習でもするつもりで?……え?私と華那さんとの出会いを教えてほしい?

 貴女には関係ないのでは?――どうしても気になる?……はあ。話すのはいいですが、少し長くなりますよ?それでもいいのなら――いいのですね。分かりました。

 

その前に少し飲み物を用意させて――あ、ありがとうございます。気の利く方なのですね。貴女は。では、ご厚意に甘えさせていただきます。

 それで――私と華那さんとの出会いでしたね?初めて会ったのは、前まで所属していたバンドのライブが終わった後でしたね――

 

 

……

………

 

 

 

 その頃の私というのは、自分の世界だけでしかギターを弾いていなかった。分かりやすく言えばバンドメンバーの音をまともに聞かずに、ただ正確でより高度な演奏技術を求めて演奏する事にしか集中していなかった。

 

 だから、徐々に当時のバンドメンバーと軋轢が生じていた。私は()()喧嘩別れする事になるだろうと頭の中で理解していた。でも、どうする事もできなかった。その時だ。華那さんに出会ったのは。

 

「あ、あの!」

 

「?なんでしょうか?」

 

 ライブが終わってから帰ろうとした時だった。突然、声をかけられた私は振り返ると、そこには私より十センチほど小さい少女がギターケースを背負って息を切らせていた。どうやら、走ってきたようだけれど、私になんのようですか?

 

「は、初めまして。私、湊華那と言います。気軽に華那とでも呼んでください」

 

 と、息を整えてから自己紹介する湊華那さん。また律儀な子ですね。こういう子は好きですよ。礼儀正しい子は。では、私も名乗らなければいけませんね。

 

「初めまして湊さん。私は氷川紗夜と言います。……それで何か用でしょうか?」

 

 冷たい口調になってしまったが、仕方のない事。今から自宅に帰って今日の反省をして練習しようとしているのに、見知らぬ人に声をかけられて不機嫌にならない人間がいるでしょうか。と言っても、湊さんは私より年下に見える。少し大人げなかったかもしれない。そう思っていた私に湊さんは笑みを浮かべて

 

「氷川さん、先ほどのライブ見させてもらいました。本当に素晴らしい演奏でした!聞き惚れちゃいました」

 

「え……あ、ありがとうございます」

 

 突然の褒め言葉に私は困惑するしかなかった。いい演奏だと褒めてくれるのは正直に言えば嬉しい。でも、まだまだ。今日のライブではコードチェンジが遅れたのと、半音だけ弦を抑える箇所を間違えてしまった。その個所をもう一度練習しなければいけませんね。と、私が思っていると湊さんは何か考えているようでしたが、意を決したようで私に

 

「あの……迷惑じゃなければ、私の姉さんとバンド組んでもらえませんか!」

 

「……はい?」

 

 突然の申し出に、私が素っ頓狂な声を上げたのは悪くないはず。そんな私を見て、彼女は慌てて説明し始めた。どうやら彼女の姉は、とあるフェスに出て優勝する事が目標となっているらしく、そのフェスに出る為には、バンドである事が最低条件であり、そのメンバーにはある程度の実力者が必要との事らしい。

 

 そして、その実力者を探す手伝いを湊さんがしているという事。姉想いのいい妹さんですね。少し――いえ、私にとって羨ましい関係です。でも、どうして私なのですか?他にもいいギタリストはいるはずです。と湊さんに言うと、彼女は首を横に振り

 

「いえ、いませんでした。隣県のライブハウスにも何度も足を運んだんですけど、氷川さんみたいに向上心に溢れた素晴らしい演奏する人はいませんでした……。それに姉さんの声に合うギターは氷川さんしかいません!」

 

「なっ……隣県ですって!?」

 

 そんな。彼女はまだ見たところ中学生になったばかりにしか見えない。それなのに、姉の為に……隣県のライブハウスにまでギタリストを探しに行ったというの!?私が驚きを隠せず

言葉を失ってしまった。

 

「お願いします!一度だけでも姉さんの歌声聴いてください!それから判断してくださって構いません!この通りです!」

 

 と、すごい勢いで頭を下げてくる湊さん。その彼女を見て、私はどうしてそこまで真剣になって、姉の為に動けるのだろうかと疑問に思い聞いてみた。

 

「どうして、そこまでするのですか?確かに湊さんにとって、お姉さんは大切な人かもしれません。でも、姉のためだからと言って……そこまで湊さんがする必要があるように思えないのですが?」

 

 そう。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。この子の年齢なら、自分のやりたい事だってあるはず。なのにこの子はその時間すら削って、姉の為にギタリストを探しているというの?

 

「……ここじゃなんですから、ちょっと座ってお話ししませんか?結構長くなっちゃうんで……」

 

 私の問いに、寂しそうな表情を浮かべた湊さんがそう提案してきた。私はどうするか悩む事なく、彼女の意見に同意して場所を移した。あんな寂しそうな表情をされたら、気になってしまう。それに日菜――妹のいる私にとって、彼女の原動力を知りたいと思ってしまった。

 

 やってきたのは近くのファミレス。お互いドリンクバーと、軽くつまめるフライドポテトを注文した。互いに飲み物を入れてから席に座る。しばらく沈黙が続いたけれど、先に口を開いたのは湊さんだった。

 

「……姉さんの為にどうしてここまでするかって話でしたよね?……二年前まで、私と姉さんは一緒にダブルボーカルでライブやっていたんです。でも、私が喉痛めて、歌えなくなっちゃって……。姉さんと私の夢が、私のせいで諦めざるを得なくなって……。なら、姉さんが目標とする舞台に立てるようにサポートしたい。そう思って、まずバンドメンバー探しをしているんです」

 

「夢?」

 

 湊さんの夢という単語に、何なのか気になってしまい、つい言葉として口から出てしまった。

 

「はい。私と姉さんの夢。二人で同じステージでライブをする事。ただのライブハウスとかじゃない。武道館なんて当たり前で、それこそ五万人とか六万人収容するようなスタジアム級のライブ。それが私と姉さんの()()()()()だったんです」

 

 と、悲しそうな表情を浮かべて話す湊さん。喉を痛めた――と、彼女は話していたので詳しく聞けば、歌っている途中でかすれ声になってしまい、最後まで歌えないとの事。それ以来ギターを練習してきたけれど、姉の求めるレベルにまで辿り着けず、こうやってギタリストを探しているらしい。

 

 でも探しているのはギタリストだけではなく、バンドメンバーになってくれる人だった。しかもある程度の実力がある人でなければ駄目。その実力の持ち主が私だったらしい。

 

「……それについては分かりました。では二つ目の夢というのは?一つ目の夢があったという事は二つ目があるのですよね?」

 

 私の問いに湊さんはしばらく黙っていましたが、覚悟を決めたようで口を開いた。

 

「……FWFというフェスはご存知ですか?」

 

「FWFですって!?あのプロですら簡単に落とされるというフェスですか!?」

 

「はい……。そのフェスに出て優勝する。それが私達姉妹の二つ目の夢です」

 

 そう言って下を向いて、その夢も叶わない。そんな絶望的な状況です――と付け加える湊さん。優勝する以前に、参加するには三人以上のバンドである事――それがネックとなっているとの事らしい。

 そういう発言から考えるに――バンドメンバーは集まっていないみたいね。

 

「……優勝するだけの自信があっての事なのですか?」

 

「はい。もし、姉さんだけでも参加できるなら……あの歌声なら間違いなく優勝できると信じています」

 

 あ、姉妹だからとか、そういう目では見てないですよ!と、慌てたように右手をパタパタと動かして否定する湊さん。その様子が可愛らしくて、つい私は小さく笑ってしまった。

 

「あう……」

 

 と、顔を赤くして恥ずかしがる湊さん。年相応の表情なのだけれど、可愛らしくて撫でたくなった。けれど、さすがに今日出会ったばかりの人間に撫でられるのはどうなのだろうかと自制する。

 

 少し脱線したけれど、話しを聞く限りだと、湊さんのお姉さんはかなりの歌声の持ち主なのだろう。FWFに一人で出て、優勝できると信じられているのだから、一度聴くだけでもありかと考える。――けれど、今は自分のバンドで精いっぱいやらなければいけない。たとえ最終的に喧嘩別れするとしても――

 

「ごめんなさい……せっかく話してくださったのですが、ご存知だと思いますが私もバンドに所属しているので、湊さんの希望には答えられません」

 

 申し訳なさそうに湊さんに伝える。そう。これでいい。今は自分のバンドが優先。今日出会ったばかりの子のお願いを聞くわけにはいかない。そう自分に言い聞かせる。

 

「そう……ですよね。こちらこそごめんなさい。急な話しだったのに、お話しを聞いてくださってありがとうございます」

 

 と、頭を下げて謝ってくる湊さん。その様子を見て心が痛む。湊さんは一息ついてアイスコーヒーを口にしてから

 

「あの、姉さんのバンドとは関係ないのですが……」

 

「……なんでしょうか?」

 

 真っすぐ私を見つめる瞳に、私は内心身構える。つい今し方、誘いを断った人間に対して何を求めるというの?

 

「ご迷惑じゃなければギター教えてください!」

 

「……はい?」

 

 すごい勢いで頭を下げてお願いしてくる湊さん。えっと……誰が誰にギターを教えるのでしょうか?

 

「氷川さんが、私にです」

 

 満面の笑みを浮かべる湊さん。笑顔も似合う子ね……って違う違う。そうじゃないわよ氷川紗夜。今はそれについては頭の片隅に置いておきなさい。

 

「……あのねぇ。私もまだ未熟なギタリストよ?それなのに人に教えるなんてできないわ」

 

 と、自然と冷たい口調になる。けれど彼女――湊さんは引き下がらなかった。

 

「お願いします!教えて頂いた時間の分の授業料も払います。だから……お願いします」

 

 再び頭を下げる湊さん。その時勢い余ってテーブルに額がぶつかっていたけれど……だ、大丈夫?

 

「だ、だいじょぶです……痛い……

 

 と、頭を上げながら大丈夫と言い張る湊さん。額が少し赤くなっていて、小さく痛いと呟いていたけれど、聞こえなかったフリをするのがいいのでしょうね。でも、ギターを教えると言っても彼女のレベルが分からない。

 仕方ないけれど、一度彼女の演奏を聴いてから判断する事にしよう。……本当なら断るべきなのだけれど、その時の私は彼女の熱意に負けた。いいえ。これ以上、湊さんに悲しそうな表情を浮かべさせるのは申し訳ないと思った――のだとその時、気付かないうちに考えてしまっていた。それだけ、彼女――湊さんは悲しそうな表情より、笑顔の方が似合っているから――

 

「分かりました」

 

「!」

 

「一度だけ貴女の演奏を聴かせてください。それから、ギターを教えるかの判断をさせてください」

 

「は、はい!お願いします!」

 

 再び頭を下げる湊さん。そして頭を上げた時。満面の笑みを浮かべて「よかった」と小さく呟いていた。純粋な子だなというのが話していて私が抱いた湊さんの印象だ。お互いフライドポテトを食べ終わってから、湊さんがよく使うという練習場所へと向かった。

 

 スタジオに入ってすぐ湊さんがギターのセッティングを始めた。ワウペダルやボリュームペダル等を用意して、アンプに電源を入れてギターのチューニングがあっているか確認している。

 

 それを見ていた私は、彼女の準備をする手際の良さに感心していた。慣れというのもあるのだろうけれど、それだけでここまで短時間で準備ができるわけがない。私も手伝おうかと思ったけれど、逆に邪魔になりそうだったので、湊さんの準備を黙って見ていた。そして準備が終わり、湊さんが口を開いた。

 

「えっと……演奏する曲はどうしましょうか?」

 

「そうですね……湊さんが得意とする曲でいいです。演奏を見て、聴けばどのぐらいのレベルかわかるはずですので」

 

「わかりました!なら私の大好きな曲やります」

 

 と言って、スピーカーにコードで接続させたスマホをいじって音楽を再生させて演奏を始める湊さん。ピアノ旋律がスタジオに流れる。しばらくしてから優しい音色でギターを弾き始める湊さん。申し訳ないけれど、私はこの曲を当時知らなかった。

 

 でも聞いていてとても和をイメージさせるような曲構成だなという印象を受けた。それと同時に、湊さんの演奏技術を見て思った事がある。基礎がまだ固まっていないけれど、楽しそうに、それでいてこの曲が本当に愛おしいというのが見て聴いていて私に伝わってきた。

 

 演奏を聴いていて華が舞い落ちるようなイメージが私の中に生まれた。はっきり言って、演奏レベルは私より下手だった。でも、表現――ギターの音色だけで、ここまで表現できるかと言われたら私はできない。

 曲も終わり、ボリュームペダルで音が鳴らないようにしてから湊さんは私の方を見る。

 

「すごい……」

 

 演奏が終わってから私は自然に拍手をしていた。彼女の奏でる音楽の世界観に引き込まれた事。未熟ながら、ギターが、音楽が好きだという事がこちらに伝わる感情の籠ったギタープレイ。それに対しての拍手です。

 

「え……あ、あの、氷川さん?」

 

 それに戸惑う湊さんを見て私は冷静さを取り戻し、拍手を止めてコホンと一度咳払いをしてから

 

「素晴らしい演奏でした。貴女の世界観に引き込まれてしまいました」

 

「あ、ありがとうございます」

 

 私の言葉に戸惑いながら礼を言う湊さん。ただ、気になる点がいくつかあったのも事実なので、そこを指摘していく。

 

「――以上の点ですね。それと基礎的な事ですが左手の小指がうまく使えていません。小指で弦を(はじ)くというのは、ギターを弾くうえでかなり重要です。湊さん、小指だけ曲げられますか?」

 

「小指だけ……できません」

 

 私の指摘にやってみる湊さん。薬指が少し連動しているのを見ると、まだ練習が足りないようだったので、私が小指だけ動かすのをやって見せると驚いた表情を浮かべる湊さん。いえ、この程度で驚かれても困るのですが……。それを指摘すると湊さんは右手で首を掻きながら困った様子で

 

「すみません。本当に独学でやってきたので、人から教えてもらいながら基礎を学ぶ機会が少なくて……」

 

「なるほど……しばらくは基礎練習中心でいった方が湊さんの為になりそうですね」

 

「え……」

 

 私の言葉に驚く湊さん。なんですか。教えてくれと言ったのは湊さんじゃないですか。基礎がなっていないのにあれほどの演奏を聴かせてもらったのです。さらに上を目指せるようにある程度教えてあげます。

 

「あ、ありがとうございます!よろしくお願いいたします、氷川さん!」

 

 と、私の言葉を聞いてパァッと笑顔を浮かべたかと思うと勢いよく頭を下げる湊さん。喜怒哀楽の激しい子だなと思いながら私はこの子にどう教えようかと考える。それに基礎を教えながら、もう一度私自身基礎を固めよう。

 その日は、みっちりと基礎練習をし、湊さんと携帯の番号とメールアドレスを交換して別れた。次に練習できる日はお互い空いている日を連絡しあって決めていった。それが続いて、湊さんのお姉さん――友希那さん――の歌声を聞くのはすぐでしたね。

 

 

 

 

「――それが華那さんと私の出会いです。これでよろしいですか?山吹さん」

 

 私は目の前に座るPoppin'Partyのドラマーである山吹沙綾さんに聞く。満足そうな表情を浮かべた山吹さんは頭を下げて

 

「ありがとうございます、氷川先輩。華那、氷川先輩のギタープレイについて語るんですよ?それに、氷川先輩との練習は、いつも楽しいとも言っていましたよ」

 

「あの子は……困ったものですね。今度の練習は楽しいと言えないほど厳しくしてみましょうか?」

 

「あ、アハハ……話し変わるんですけど、華那は先輩の前で何を弾いたんですか?」

 

 練習が楽しいと言っている華那さんの姿を想像して、今度は厳しくしようかと呟いたら苦笑を浮かべた山吹さんがそう聞いてきたので、私は右手を顎に当てて曲名を思い出す。確か――

 

「その後、曲名を聞いたら『華』という曲だと教えてくれましたよ。尊敬するギタリストの楽曲だとも言って、CDも貸してくれましたよ」

 

 あのアルバムを聞いて衝撃的だったのは、ギターが歌うようにメロディーを奏でている事だった。そのギタリストのソロは聴いた事がなかったけれど、華那さんから借りたCDを聴いて以来、レンタルや中古CDショップに足を運んでそのギタリストのCDを全部集めたのはいい記憶ね。

 

「華那が大好きな曲の一つですね」

 

「そうみたいですね。ギターもそのギタリストが持っているギターに似た物を使うぐらいですからね。それぐらい尊敬しているのでしょうね」

 

「ですね。氷川先輩。今日はありがとうございました。貴重なお話聞けてよかったです」

 

 と、頭を下げる山吹さん。いえ、こちらこそ飲み物ご馳走様ですと伝える。彼女は笑みを浮かべて「そろそろみんな来る頃なので」との旨を伝えてきたので、私も帰る準備をする。

 

「あ、ちなみに私と華那ちゃん。中学校からの知り合いなんですよ?」

 

「そうなのですか?」

 

 山吹さんの突然の発言に私は驚く。華那さんと山吹さんの通っていた中学校は違うはずなのにどうやって知り合ったのだろうか。そう疑問に思っていると山吹さんが

 

「はい。SPACEってライブハウスで知り合ったんですよ。だから、氷川先輩とどうやって知り合ったのか気になっちゃいまして」

 

 と、本当にごめんなさいと言ってきたので、私は気にしないように伝える。こちらとしても理由を聞けたので十分ですよ。確かに、どこで知り合ったか友人として気になりますからね。私はギターを背負いながら立ち上がり、山吹さんに

 

「それでは山吹さん。また」

 

「はい。氷川先輩。本当に今日はありがとうございました」

 

 礼を言う彼女に、私はただ話しただけですよ。と、苦笑を浮かべCiRCLEを後にする。敢えて言いませんでしたが、華那さんと練習をしていく中で、前まで所属していたバンドメンバーとの確執はなくなったのですが、それはまた別の機会にでも話したほうがいいのでしょうか?

 

 まあ……あちらから聞かれれば答えればいいですね。ただ、言える事は――華那さんがいたから私は今Roseliaのギタリストとしている。それだけですね――

 



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#8

 今日はバイトのある日なのだけれど、私は姉さんとリサ姉さんと一緒に目的地へと向かっていた。方向が一緒というより、()()()()()()なのだから当たり前かな。

 

「華那、大丈夫かしら?」

 

 と、私の横を歩く姉さんが心配そうに声をかけてくる。ん?だいじょぶだよ?日菜先輩によって挫いた足も治ったし、何が心配なの?

 

「いえ、華那がしっかりとアルバイトしている姿が、どうしても想像できないのよ……」

 

 と、右手を口に当てて不安そうな表情で言う姉さん。姉さん、そこは妹を信じようよ!?というかその言葉、そのままそっくり姉さんに返すよ!?私、姉さんがしっかりと学校生活送れているか、いっつも不安なんだよ!?

 

「アハハッ!確かに、華那の場合、オロオロして涙目になってるイメージしかないなぁ」

 

「り、リサ姉さんまで!?」

 

 まさかの裏切り(?)に私は絶望すら覚える。いや、だって、確かにドジな面があるのは自覚しているけれど、そこまでじゃないよ!……多分。

 と、自分自身ですら不安になりながら、私や姉さん達、Roseliaがよく練習で使っているライブハウスCiRCLEにやってきた。入口から入り、受付にいる月島まりなさんに声をかける。

 

「まりなさんおはようございます。今日もよろしくお願いします」

 

「あ!華那ちゃん来たね!こっちこそよろしくだよ!……で、二人は保護者か何かかな?」

 

 と、挨拶を返してくれたまりなさんは、姉さんとリサ姉さんの姿を見て笑みを浮かべていた。いえ、違いますから!姉さんたちはお客さんとして来てますよ!はあ……姉さんほら、ここにサインして、鍵まりなさんからもらって、ね?

 

「ええ。華那、無理はしないようにね」

 

「分かってるって、姉さん。えっと、まりなさん。時間早いですけど、準備しますねー」

 

「はーい。あ、タイムカードきちんと出勤で押すんだよー」

 

 「分かりました」と伝えながらまりなさんの後ろを通ってバックヤードに入り、鞄を用意されていたロッカーに入れて着替えを済ませる。と言っても、指定された服装がジーンズに黒のTシャツというラフな格好なんだけどね。

 

 ここ、CiRCLEで私がバイトする事になったのは先週の事。アルバイトの子が、転校する事になって辞める事になったそうで、急遽のアルバイトの募集かけたそう。でも、昨今のアルバイトやパートの募集状況を考えると、新しいアルバイトが来てくれるか不透明な状況。

 

 そこでまりなさんが打った手が、ここを利用しているお客さんの知り合いにアルバイトしたがっている子がいないか聞く――という作戦だった。いや、確かにそれなら来てくれるかもしれないけれど、来ない確率の方が高いわけで――と、姉さんから話しを聞いたとき私は思ってしまった。

 

 で、月々のお小遣いだけじゃ欲しいギター(ギブソンレスポールのDC(ダブルカッタウェイ)アクアブルーってやつ)が買えないので、バイトを始めようかと思っていた私は、とりあえず面接だけでも受けてみる事にした。部活もやってないしね!尚、アルバイト始めたら、お小遣いは無くなる事が確定しました。……なんでよ。

 

 あ、ギターはね、中古で出ていれば五十万以上するやつなのだけれど、音がいいのは間違いない。一番欲しい理由は、ギターのカラーが好きなの。アクアブルーなんだよね。それまでのギブソンが出してきた青系のギターとはまた違った色合いで、凄く私好みなんだよね。

 その次に欲しいのが、トラ柄というかヒョウ柄というか……茶色が基調となっているんだけど、黒の模様が入ったギターなんだよね。確かあの人が2004年頃に使用してたギターだったかな。ただ問題は二つとも中古でも価格が高い事。それとギター本体が重い事かな?

 

 って、話しが脱線したけれど、面接を受けたのだけれど、最初に姉さんと間違えられたのはいつもの事。そんなに似てるかなぁ。身長は私の方が低いからわかりやすいと思うんだけど……。

 で、履歴書を渡して面接を開始した直後に聞かれたのが――

 

 

……

………

 

 

「ギター弾けるんだよね?って事は、機材系もいじれるかな?」

 

「あ、はい。用意ぐらいならできますけど、修理になるとさすがに無理ですよ?」

 

「あ、修理は担当者いるからだいじょーぶだよ!あと、料理できるかな?って言ってもカフェのコーヒー淹れたり、オーダー取ってもらうぐらいなんだけどね」

 

 そのぐらいならできるはず。オーダー取るのは難しそうだけど、レジ打ちが無ければだいじょぶ……なはず。

 

「うん、それならいいかな!受け答えもいい感じだったし。何よりも友希那ちゃんの妹だから、信頼できるしね!じゃ、来週から来てもらっていいかな?」

 

「……え?面接これだけですか!?」

 

 と、驚いた私は悪くないはず。いや、確かに料理できるけど、もっと何か質問するとか、疑ってかかってきたり、圧迫面接とかあるんじゃないですか!?ってか、そういうものだと思って、身構えてきたんですけど!?

 

「あははー。まあ、正社員に登用する場合なら結構硬めになるけど、今回の華那ちゃんはアルバイトだしね。楽しくやろうよ!って思ってね」

 

 ダメだったかな?と首を傾げて聞いてくる。いや、そう言われましても、そんな簡単に決めてだいじょぶなんでしょうか?

 

「だいじょーぶだよ!華那ちゃんとは前から知り合ってるわけだし、信頼関係もあるしね!」

 

「しんら……い?」

 

 今度は私が首を傾げる番になってしまった。いや、確かに私も何度かここで練習させてもらったり、氷川さんとセッションした時も一人分の料金でいいって言ってくれて、学生の身分の私達にはありがたい事だった。――けど

 

「急にスタッフの方が来れなくなったからって、バイトでもない私を六時間ほど店番させて、挙句はお駄賃という名の五百円を私に渡しただけという、ブラックバイトも真っ青な事をしたまりなさんと私に信頼関係はありますか?」

 

 そう。忘れもしない。姉さんがRoseliaを組んで間もない頃。一日練習だと言って練習に行ったはいいけど、私がみんなで食べて――と、作ったお弁当を忘れていってしまった姉さん。私が食べるには流石に量が多すぎるので、届ける為にCiRCLEを目指して家を出た。受付にいたまりなさんに姉さん達が練習している場所を聞いて、お弁当を無事に届け終わり家に帰ろうとした時だった。

 

 まりなさんが慌ただしく作業をしているのを見て、私は声をかけたのだった。話しを聞けば、昼から来る予定だった正社員のスタッフが風邪でダウンして急遽休みになってしまったそうだ。それは仕方ない。風邪なのだから休ませないといけないよね?とまりなさんは話していたのだけれど、一つ問題があった。今日、まりなさんが少しの間外回りをしに行かないといけない日だった。

 

 アルバイトの子達も出てきてもらってはいるけれど、カフェとスタジオの整備でアップアップの状態で、受付が誰もいなくなってしまう。そこで私に白羽の矢が飛んできた。まりなさんが帰ってくるまでの間、臨時で受付をして欲しいと頼まれた。私は、いつも姉さん共々ここでお世話になっているので、その話しを受ける事にした。

 どういう事をすればいいかを簡潔に説明を受けた私は受付で予約をしたバンドの方々が来るのを待った。

 

 そこまではよかった。そこまでは。で、まりなさんが戻ってくる時間は、予定では四時間もあれば帰ってくるとの事だったのだけれど、四時間過ぎても戻ってこない。黙って帰るわけにはいかないと思い、まりなさんが帰ってくるまでは受付の仕事をしようと決める私。

 途中、私が受付にいる事に驚いた姉さん達。心配して私に声をかけてきたので、詳細を説明すると姉さん達が差し入れとして、隣接されているカフェでサンドイッチとコーヒーを買ってきてくれた。

 

 姉さん達に感謝しながらそれを受け取った私は受付で食べて、まりなさんの帰りを待っていた。あ、きちんと受付の仕事はしていたよ?

 途中、AfterglowとPoppin'Partyのみんながやってきて、私を見て驚いたので姉さん達にした説明を三度する事になった。解せぬ。

 尚、二つのバンドともなぜか差し入れをくれた。特にモカちゃん。パン十個って、そんなに食べられないんだけど……。

 

 そして臨時の仕事を始めて六時間経過。姉さん達が練習終えた頃にまりなさんが戻ってきた。いや、まりなさんもお仕事だから長くなるのは仕方ないけど、連絡は欲しいよね?そう思った私は間違ってないよね?

 で、長くいてもらったお駄賃として五百円をまりなさんが私に渡してきた。……えっ?となった私は悪くない。悪くないよね?六時間で五百円……単純計算一時間で八十三.三円……最低賃金以下すぎて何も言えねぇ……ってなりましたよ。ええ。

 

「あハハ……ゴメンナサイ。ほらきちんと華那ちゃんとアルバイト契約してなかったからさ、その時あった私のお金を出すしかなかったんだ」

 

「……手持ち五百円って、まりなさん(いろんな意味で)だいじょぶですか?」

 

「だいじょーぶ!そのあと急いでATMに行ってお金下してきたから!」

 

 それはだいじょぶと言うのでしょうか?もう少し余裕をもっておいた方がいいのではと言いたくなった私は悪くないよね?そんな話しをしながら、最終的に私はCiRCLEでバイトする事になった。尚、臨時で働いた六時間分は最初のバイト代に入れてくれるとの事になった。

 もともと、きちんと支払う予定だったらしいけれど、なかなか私と会う機会がなくてまりなさんは困っていたそうだ。姉さん達経由だと姉さんが怒りそうだからと思って、言えなかったそうだ。

 

 確かに、姉さんが知ったら間違いなく怒る案件だなと思いながら、私はまりなさんに週何回入れるかを伝えて、アルバイト登録の書類に必要な事を記入していったのだった。

 

 

………

……

 

 

 というのがあったのが先週。そして今現在、私は絶賛仕事のレクチャーを受けている最中。あ、今回は二回目なのだけど、一回目は受付業務と、ライブ開催時のチケットのもぎりのやり方。後は練習スタジオの整備について教わって、実践していました。で、今回はカフェの注文や商品の運び方についてレクチャーを受けている最中。

 

「――って感じで、オーダー受けたらこの端末に入力してデータを飛ばせば、厨房のスタッフが見て作ってくれるって流れ。大丈夫かな?」

 

「はい。分かりました」

 

 と、まりなさんの説明をしっかりとメモを取りながら答える。メモ取らなくてもだいじょぶな気がしたけれど、分からなくなった時に見直せるようにしたいからメモは重要だよね。

 メモ取らなくてもだいじょぶな人もいるけど、よくそれでできるなと感心するよ。特に日菜先輩。あの人は一度聞いたり見たりしただけでできるんだから、氷川さんの心中は穏やかじゃないだろうなと思う。

 

 前に氷川さんが私に質問してきた事がある。『妹というのは総じて姉の事を追いかけるものなのでしょうか?』って。どう回答すればいいか困ったけれど、身近に尊敬できる存在だから姉を追うんですよ――って私は答えた。

 それを聞いた氷川さんは考えこんでしまった。結局、結論は出せなかったようだけれど、その時は私に感謝を言って帰ってしまった。結局、氷川さん答え出せたのかな?

 

 

閑話休題(話し戻して)――

 

 

 そうこう説明を受けて、さっそくオーダーだけでもやってみる事になった私は、先輩アルバイトの人達から、色々アドバイスをもらいながら仕事をこなしていく。途中、姉さんが心配そうにCiRCLEの出入口から私を見ている姿が片隅に見えたけれど、仕事に集中しなくちゃと気持ちを入れなおして、私は接客を続けた。

 練習中だよね姉さん……。ってか、あこちゃんに氷川さんもリサ姉さんも見てたし。あ、燐子さんも後ろの方でこっそり見てる。……なんでRoseliaフルメンバーで様子見てるんですか!?Roseliaに全部賭けてよ!そういう話ししたって姉さん言ってたじゃん!?

 

「――で御注文はよろしいでしょうか?――――はい。御持ちいたしますので、しばらくお待ちください」

 

 慣れない接客用語を使いながらオーダーをとっていく。若い女性が多く、なぜか私の顔を見て驚く人が続出したけれど、きっと姉さんと勘違いしているのだろうと勝手に思っておく。姉さんはRoseliaとしてCiRCLEでライブやってるから、ここに来る人達には結構知られているからね。

 

「華那ちゃん、お疲れ様!時間だよ!」

 

 と、厨房前に戻ったらまりなさんが笑顔で迎えてくれた。って、もう時間?腕時計を見れば、確かに説明を受けてから働き始めて早三時間が過ぎていた。まったく気づかなかったなと思いながら、ほかのスタッフさんにお疲れ様ですと伝えてバックヤードに向かう。

 ロッカーを開けて素早く上着だけ着替えて、受付にいるまりなさんに声をかける。

 

「まりなさん。シフト表ってもらえます?」

 

「あ……ごめーん!今月のシフトまだ未完成なんだ!」

 

 と、慌てた様子のまりなさん。……なん……ですと?次の仕事が決まってないなんて事があっていいの?と思っていると、まりなさんはパソコンを素早く操作して、画面を見ながら

 

「えっと……次は火曜日の夕方から来てもらおうかな。ちょうどそこなら人数もいて、今日やった仕事以外の事も教えられるから。で、その時までに正式なシフト表作っておくから!お願いね、華那ちゃん!」

 

「火曜日ですね。分かりました!お先失礼します。まりなさん、お疲れ様でした」

 

 スケジュール帳を取り出して、翌火曜日の欄にバイトと記載する。夕方という事は五時から九時までのシフトになる。家に帰ったら母さんたちに伝えないとなあ。遅くなって怒られるのだけは避けないと。

 

「華那」

 

「あ、姉さん。待ってたの?先に帰ってもよかったのに……」

 

 そう考えながらCiRCLEを出ると、カフェでコーヒーを飲んでいた姉さんが声をかけてきた。私は急ぎ足で姉さんのいるテーブルに向かうと、そこにはRoseliaメンバーが揃っていた。いや、何やってるの姉さん達?

 

「華那のバイトが終わるまで私が待つと言ったら、なぜか全員で待つ事になったのよ」

 

「あははー。華那お疲れー。二回目のバイトどうだったー?」

 

 と、若干困惑気味に答えてくれる姉さん。その後にリサ姉さんが笑いながら聞いてきたので私は姉さんの隣の席に座りながら

 

「ちょっと疲れたかな。慣れない事やったから」

 

「だと思います。それでも、華那さんは初めてにしては動き回れていたように思えますが?」

 

 と、目の前でフライドポテトを食べながら氷川さんが聞いてきた。あ、やっぱりフライドポテト食べていたんですね?と視線で問うと冷めた視線で「口に出したら、今度の練習、厳しくいきますので、そのつもりで」と返ってきた。……はず。

 あ、前に日菜先輩に抱き着かれて意識無くした後に氷川さんに謝られた時は、慌てすぎてつい「紗夜さん」って言っちゃったんだけど、気付かれてないよね?多分……。

 氷川さんがよければ、紗夜さんって呼びたいなと思ってる。日菜先輩が名前呼びで氷川さんだけ苗字呼びってのも不公平だしね!

 

 で、初日なのに動けていたって話しでしたよね?そうかな?自分ではいっぱいいっぱいだったんだけど……。

 

「あこも見てたけど、他のスタッフさんと同じように、スムーズにこう……パパッと!って感じで動けてたように思えたよ?」

 

「私も……少しだけですけど……見ていて疑問に思いました……。華那ちゃん、何かしてた……?」

 

 と、いつもの擬音満載の口調のあこちゃんと、おっとりというか気弱というか、途切れ途切れに話す白金燐子さん。燐子さんに私は今日がバイト初めてですよと答える。だって、今年の三月まで中学生だったのだから、バイトなんてできる訳ないからね?

 

「それでも、テキパキと動いていて驚きました。初めてであそこまでしっかり接客できていれば大丈夫かと」

 

「だねぇ。あたしもコンビニで接客してるけどさぁ、華那みたいに最初からあんなに動けなかったよー」

 

「うーん。ほかのスタッフの方の教え方が上手だからじゃないかな?私自身、内心冷や汗流しながら仕事してたから」

 

 これは本当。姉さんが働いていると勘違いされていたのもあるけれど、言葉遣いがおかしくないか、オーダーミスがないか本当に冷や冷やだった。

 それでもミスなく終われたのはほかのスタッフの方がよく教えてくれたのと、結構気を使って話しかけてくれたおかげだと思う。

 

「で、姉さん達は練習どうだったの?」

 

「そうね……全員揃っているからちょうどいいわね。さっき時間が無くてできなかった反省会するわよ」

 

「そうですね。きちんと直すべきところを指摘しておかないと、上のレベルに行けませんからね」

 

「だねぇ……。やってこっか☆」

 

「はーい」

 

「私も……賛成です……」

 

「(あれ?私いていいの?)」

 

 と、姉さんに聞くと、今日の反省会を始めるRoseliaメンバー。私いる必要ないよなあ……。と、私は思いながら注文したカフェオレを飲むのだった。



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#9

 ある金曜日。今日はバイトが無いので、学校が終わってから私は家に直帰(ちょっき)してギターを練習していた。姉さんはRoseliaの練習でリサ姉さんと一緒に行ったし、両親は仕事でいないので音を鳴らし放題――と言っても、ご近所迷惑にならない程度の音だけれども。

 

 で、練習しているのは姉さん達の楽曲、BLACK SHOUT。「楽譜見せて!」と姉さんにお願いしたら、「良いわよ」と快く楽譜を貸してくれた。それを見ながら練習をする。気になるじゃない?姉さん達がどんな楽曲を演奏しているかって。

 今度、ライブをするそうだから、絶対に見に行くと姉さんと約束した。私達の夢――スタジアムでライブをするという夢と、その先にある、他人に話したら夢物語だと鼻で笑われるだろう夢へ向かっている姉さんを応援したいから。

 

 人に笑われるぐらいの夢――私の()()()()()()()()()()()()をいつか姉さんと一緒に取る――そんな子供の頃に抱いた夢物語。歌えなくなった私の分まで歌うと宣言した姉さんが、最終目標にしている賞。そんな姉さんを支えたい。そう思った私は行動してバンドメンバーを探した。

 ……そのメンバーの中に私が入れる余地はまだあるのかなと淡い期待をしていたのも事実。歌えないけれど、ギタリストとしてなら――

 

「あっ……」

 

 そんな事を考えていたら、ド派手にミスを犯してしまった。苦笑いを浮かべギターを抱えたままベッドに倒れこむ。分かってる。分かってるって。リズムが速かったり、ヘタクソだったりする私の技量じゃRoseliaのメンバーになんてなれない事ぐらい。だから氷川さんにお願いして、ギタリストとしてRoseliaに入ってもらったんだから。

 

「はあ……」

 

 暗い気分になった私は盛大に溜息を吐く。倒れこんだままの体勢で部屋の時計に目をやる。気付けば、帰ってきてから一時間以上練習していた。一度休憩しよう。このままじゃ練習しても意味がない。

 そう思い体を起こそうとした時、私のスマホが音楽を鳴らした。着信?誰だろうと思いながらスマホを手に取り、画面に表示されている文字を見る。おや?珍しい子からだ――

 

「もしもし、香澄ちゃん?」

 

『あ、華那!!今日、有咲の家でお泊り会するんだけど、今から来れる!!??』

 

「むっきゅう!?」

 

 電話に出た瞬間、元気で大きな声が私の耳を襲った。変な声を出してしまった私は悪くないよね!?ってか、間違ってスピーカーのボタン押しちゃったよ!?

 

『バ香澄!!そんな大声出したら、華那が気絶するだろ!!』

 

 と、向こう側で有咲ちゃんが怒っている声が聞こえてきた。その後ろでは沙綾の笑い声も聞こえてきた。あ、りみちゃんの困惑した声が聞こえてきた。おたえちゃんは……またウサギのおっちゃんと話してる。って、有咲ちゃんの家にウサギ連れ込んだんかい……あの()は。

 

「あはは……相変わらずPoppin’Partyのみんなは元気だね。で、有咲ちゃん。私行っても問題ないの?迷惑じゃない?」

 

 お泊り会に行くのはいいのだけれど、今から有咲ちゃんの家に向かえば十八時は過ぎるね。夕食は……コンビニで買って食べていく方向でいいかな。姉さんに知られたら正座して説教コースだけれど。

 

『華那、お前は私の事を“ちゃん”付けすんなって言ってんだろ!まあ……来たきゃ来たっていいんだぞ?こっちはどっちでも構わねぇし……来た方が華那も楽しんじゃねぇかって思うけどな?あと、来るんなら、華那の分の夕食も用意できるから食べて()んなよ?』

 

 と、“ちゃん”をつけた事に怒る有咲ちゃん。そこまではいつも通りなのでスルーするけれど……まさかついに生で有咲ちゃんのデレる声が聴けるなんて……!

 

『あ、有咲がデレた!』

 

『デレてねぇよ!!って、沙綾!?おまっ、なに写真撮ってるんだよ!?』

 

『いやぁー。有咲が顔真っ赤にして否定してるから、その様子を皆に送ろうかなって思って』

 

『送るんじゃねぇーーーーーー!!!』

 

『あ、有咲ちゃん。顔真っ赤だよ?』

 

『え、なに?華那来るの?』

 

 と、有咲ちゃんが怒鳴り散らしている今頃になって、会話に入ってくるおたえちゃん。本当に賑やかなバンド仲間だなぁと内心羨ましく思いながら、りみちゃんに親に泊まり行って良いか確認してから折り返し連絡するねと伝える。

 いや……だって、他のメンバー有咲ちゃんいじって楽しんでるんだもの。おたえちゃんに伝言頼んだら「あ、言うの忘れてた」とか言い出すのが目に見えているからね。おたえちゃん、天然娘だから仕方ないね。うん。え?完全に諦め入っているよ?

 

 一度電話を切り、スマホを操作して母さんにメールを送る。急に友達からお泊り会に誘われたんだけど、行って来てもいい?よし、送信。返信くる前に一泊分の着替えを用意しなきゃ。

 と、服を用意しようとした時にスマホの通話アプリの着信音が鳴った。誰だろう?と思いながら確認すると、沙綾からだった。

 

沙綾【華那、泊りに来れるなら、ギターも持ってきてね!】

 

 ほへ?なんでだろうと思いながら、了解だよって返信する。ギター持って行っても、私弾く事はないと思うんだけどなぁ。と思っていると今度は母さんから連絡が来た。速いよ!?仕事中だよね!?

 で、きたばかりのメールを読めば、鍵をかけておいてくれればいいとの事で、外泊許可がアッサリと出た。文章の最後に「彼氏じゃないのは分かってるから、明日の夕方までには帰ってきなさい。」と書かれていた。

 

 ……いや、確かに彼氏じゃないけどさ!もう少し娘の事、心配しようよ母さん!?頭痛を覚える私は母さんに返信する。有咲ちゃんの家に泊まり行くからねっと。あ、そうだ姉さんにも送らないと……。練習後に帰って私いないと心配しそうだし。

 えっと、姉さんはアプリの方でいいかな?友達にお泊り会に誘われたので行ってきます。母さんには連絡済みだから心配しないでね♪っと。ついでに猫のスタンプも送っておこう。靴下の中に入ってよろしくお願いしますって言ってるやつ選んで送信っと。

 

 着替えやらギターを準備して、香澄ちゃんにアプリで行ける事を報告して家を出る。あ、有咲ちゃんのお祖母ちゃんにお土産用意したほうがいいよね。みんなにもお菓子ぐらいは必要かな?なら、お菓子屋よって行かないといけないね。お饅頭とかでいいかな?そう考えながら私はお菓子屋に向かった。

 

 

 

 

 

「一度休憩しましょう。ずっとやってるから集中力切れてきているわ」

 

 と言って私はマグボトルを手に取る。

 

「あこ、クタクタだよぉー」

 

「あこちゃん……ずっと頑張ってたもんね……はい飲み物」

 

「あ、りんりんありがとー!!」

 

 今日の練習もかなりいい感じで入れた。だが、一時間も経てばどこかしら集中力が低下する。特にまだ中学生のあこの集中力低下が目立った。かなり激しい曲を続けていたのだから、疲れが出てくるのは当然。練習で無理をして体を壊す事になってしまえば、あこの将来にも、そしてRoseliaとしても問題となりうる。

 そう判断した私は一度休憩時間を作った。休憩時間となった今。みんなそれぞれ思い思いの事をしていた。あこと燐子は二人でまたゲームの話しをしているようだし、紗夜はギターの手入れをしていたけれど、リサがなにか話しかけていた。

 

「あら?…………リサちょっといいかしら」

 

 そんな風景を見ながらマグボトルに入った喉に優しいハーブティー(華那が私にプレゼントしてくれた)を飲んでいた私は、スマホが震えたのでメールか何かかなと思いながら、内容を確認してリサを呼ぶ。「友希那。どうしたの~」と不思議そうにこっちに来るリサに私は不安を表に出さないように心掛けながら

 

「リサ、華那の交友関係ってどうなっているか知っているかしら?」

 

「は?……華那の?」

 

「華那さんがどうかしたのですか、湊さん」

 

 と、リサに聞いたら紗夜も気になったのか、話しに入ってきた。紗夜も華那とはギターの練習に付き合ってもらっているから、華那の交友関係を知っているかもしれないわね。そう思い、私はスマホの画面を二人に見せながら

 

「ちょっと華那から通話アプリで連絡が来たのよ。……友人宅へ泊り会に誘われたから行ってくると来たのだけれど……」

 

 この友人が男じゃないかと不安を覚える。いえ、華那の事だからそういった関係になる人はそうそういないとは思うのだけれど、何か悪い男に引っかかって騙されているんじゃないかと思うと不安になるわ。

 

「あー……確かに、華那なら『お菓子あげるよ~』とか言われたら、ついて行っちゃいけないって言われててもついていくタイプだしなぁ……」

 

「今井さん。華那さんもそこまで子供じゃないかと思うのですが?」

 

「ええ。紗夜の言う通りよ。いくら華那でも……無いわ。さすがに」

 

 リサの発言を私と紗夜の二人で否定する。ただ、不安は消えない。お泊り会という事は複数人で泊まる事になる。その複数人に誰がいるのか、そもそもお泊り会は嘘で、学校でいじめにあっているのではないかと不安を覚えた。

 でも、いじめにあっていれば同じクラスの美竹さんが教えてくれるはずね。美竹さんも華那の事は気にかけてくれているようだから。そう考えるといじめの線は無いわね。

 

「その友人宅が私の知っている人間なら安心できるのだけれど……」

 

「本人に聞くのは躊躇われる……そういう感じですね?湊さん」

 

 紗夜の言葉に私は頷く。あまり私のせいで華那の生活を縛り付けたくはない。でも心配なのよ。あの子が危険な目に合っていないかどうかって。でも深く聞いて華那を困らせたくない。あの子にだって話したくない事の一つや二つはあるはずだから。

 

「その気持ちよくわかりますよ、湊さん。(日菜)がいる私もよく抱える感情ですから……」

 

「そう……紗夜でもそうなのね。で、リサはどうおも……リサ?」

 

「うーん。モカに聞いたけど、Afterglowのメンバーじゃないのは確定みたいだよー?」

 

 と、スマホをいじりながら報告してくるリサ。それを聞いた私は内心動揺した。学校で華那と仲が良いグループと言えばAfterglowのメンバーぐらいしか思い浮かばなかったから。という事は、他の友人関係となると――

 

「リサ。青葉さんは何か知っている様子は?」

 

「モカも分からないって……ただ。クラスメイトの家じゃないのは確定っぽいよ?」

 

 リサの言葉に私に衝撃が再び走る。学校のクラスメイトじゃない=部外者。という図式が出来上がるからだ。となると――

 

「――やっぱり男かしら?」

 

「……その可能性は否定できませんね」

 

「いや、友希那に紗夜?その考えは短絡的すぎじゃないかなぁ?」

 

 腕を組んで真剣に悩む私と紗夜に、苦笑いを浮かべたリサがそう言ってくるけれども、まだ可能性は否定できない。もし男だとしたら、一度会わせてもらう事も考えないといけないわね。

 

「そもそもさぁ、友希那。華那が誰と付き合おうと華那の自由じゃん?そこまで心配しなくてもいいんじゃないかなぁ?」

 

 と、私が真剣に考えていると少し呆れた表情でリサが言ってきた。確かにそうね。華那がどんな人間と付き合おうと、華那の自由だ。でも――

 

「リサ。私は……華那には幸せになってもらいたいのよ……」

 

「友希那……」

 

「湊さん……」

 

 私のせいで歌えなくなった華那。あの子は大切な夢を諦めざる得なくなった。だからこそ、華那には本当の意味で幸せになってもらいたい。そう願うのは姉として駄目なのだろうか。それに――

 

「華那を悲しませるような男は姉として許せないのよ。あの子には涙は似合わないわ」

 

 そう。華那は笑顔が一番似合う。それは華那を知っている人間なら誰もがそう言うに決まっているわ。誰より一番身近で華那の笑顔を見てきた私が言うのだから間違いないわ。

 

「そうですね……華那さんを悲しませるような男だった場合、即座に呼び出してその男の根性叩き直しますね。華那さんを泣かせるのは許せませんから」

 

「確かに。華那泣かせたらアタシでも許せないね。うん。……でも、まだ男って決まった訳じゃないから、様子見る感じでいいんじゃない?」

 

 と、私の言葉に同意してくれる二人。姉としても許せないけれど、二人とも華那の事を大切な妹分と思ってくれているようね。私も二人がいるなら心強いわ。

 

「そうね。帰ってきたら、華那に聞いてみるわ」

 

「その方がいいでしょうね。華那さんなら、嘘偽りなくお泊り会の様子を話してくれるはずですから」

 

 と、華那の性格を冷静に分析する紗夜。リサはもう少し知り合いに聞いておくね☆と言ってくれたので、華那の話しはそこで終わりにし、私達は練習を再開した。

 

 尚、次の日帰ってきた華那に、どこに泊まり行っていたのか聞いたらPoppin’Partyのお泊り会だった事が判明し、私は胸を撫で下ろした。もし、男だった場合……リサと紗夜、それと山吹さんを呼んで、即座に華那を問い詰めなくてはいけなくなるところだったわね。

 そう考えた時に、山吹さんに聞けばよかった事に、私が気付いたのはその日の夜だった――

 



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#10

 Poppin’Partyのお泊り会に誘われた日。有咲の家に着いたのが十八時過ぎ。チャイムを鳴らしたら、有咲のお祖母ちゃんが出てきてくれた。すでに有咲から話が行っていたみたいで、有咲たちは蔵で練習していると言われた。その際、お祖母ちゃんに一晩お世話になるのでこれを――と、途中で買ったお菓子の詰合せを渡した。

 「あらあら。別に気にしなくてもいいんだよ?」と言われたけれど、お世話になる人間なので、せめてこのぐらいは――と無理を言って受け取ってもらった。その後に蔵の地下へ向かう。そこがPoppin’Partyの練習場所となっているからね。

 

「失礼……します」

 

 恐る恐る扉を開ける。すぐに飛んできたのはドラムとベースの重低音。そして、楽しそうに歌う香澄ちゃん達の声だった。ああ。やっぱりバンドっていいなあと思いながら、香澄ちゃん達の歌を静かに聴いた。

 

「~♪……あ、華那だ!!」

 

 と、歌が終わった後にギターを持ったまま、私に向かって走り出してきたのは香澄ちゃんだった。ってやばっ!?このままだとギターごと香澄ちゃんに抱き着かれて、日菜先輩抱き着き事件の再来になる!?

 目を瞑り私は身構えるも、いくら待っても香澄ちゃんによる抱き着かれる衝撃はやってこなかった。恐る恐る目を開けると、有咲ちゃんが香澄ちゃんの首根っこを猫を捕まえるかのように捕まえていた。あら可愛い。

 

「バ香澄!おまっ、ギター持ったまま突撃するやつがいるか!?」

 

「そこにいるよー」

 

「おたえは黙ってろ!」

 

 うわーい。まるでコントのようなやり取りに私は笑うしかないよ。りみちゃんも笑っていたけど、沙綾は苦笑いを浮かべていた。まあ、いつも通りのやり取りじゃないかなぁと思いつつ、背負ってたギターを下して

 

「みんな、Poppin’Partyのメンバーじゃないのに今日は誘ってくれてありがとう。……で、呼ばれた理由って何かな?」

 

 まずは、Poppin’Partyのみんなにありがとうと言ってから今日呼ばれた理由を聞く。

 

「うん!華那にちょっとライブアレンジで相談したくって!」

 

「アレンジ?」

 

 と、元気よく答えてくれたのは香澄ちゃん。アレンジときましたか。しかもライブ用。……報酬を聞こう。(某ゴ〇ゴ13さん風に)

 

「いや、華那。お前、私達と同世代なんだから、そのネタ分かる人間そうそういないんじゃねぇか?」

 

「有咲ちゃんが分かってくれれば、私は満足だよ!」

 

「“ちゃん”付けすんじゃねぇ!!」

 

 何故か私が有咲ちゃんを“ちゃん”付けして呼ぶと有咲ちゃんが怒りだすんだよね。確かに有咲ちゃんより二~三センチ身長低いけどさ!だからって、私だけ“ちゃん”付け禁止は納得できないんですけど!と、言いたいところだったんだけど、香澄ちゃん達(主に香澄ちゃんとおたえちゃん)へのツッコミ(対応)に忙しそうだ。

 

「……私いらないんじゃ?」

 

「いやいや、いるから」

 

 と、いつの間にか右隣に立っていた沙綾が呆れた表情を浮かべながら話してきた。いやだって、アレンジャーとして来てもらったと言われても、私、そんなにアレンジ得意じゃないからね?

 

「そう言うけどさ、華那。いろんな楽曲聴いたり弾いたりしているから、『こういう感じでいいんじゃない?』ってアドバイスぐらい出せるでしょ?」

 

「まあ……そのぐらいなら……できなくもないかな?」

 

「そうそう。華那には私と一緒におっちゃんの可愛いところ挙げてもらわないと」

 

「へっ!?」

 

 さっきまで、有咲をいじって遊んでいたはずのおたえちゃんが、いつの間にか左隣に立っていた。腕にはうさぎのおっちゃんが可愛らしく私を見ていた。ジッ――と、見られていたのでつい、おっちゃんを撫でてしまった。

 いつも思うのだけど、発音間違えると「おっ(↑)ちゃん」になるよね?知らない人が聞いたら勘違いしそうだよね。おっちゃんを飼っているって。あれ?おたえちゃんが危ない女子高生になっちゃう?

 

「大丈夫だよ華那。駅前でギターの語り弾きやって、知らないサラリーマンと仲良くなって、その人の家に住み込まないから」

 

「おたえちゃん、お願いだからそんな事しようとしないでよ!?」

 

「お、おたえちゃん、そんな事してたの!?」

 

 私とりみちゃんがおたえちゃんの発言に反応する。

 

「おたえ……華那とりみにそんな冗談通じないからやめなさい」

 

 いや、沙綾。冗談なのは分かってるよ!?でもおたえちゃんならやりそうじゃない。ご飯くれるなら一緒に住むーとか言って。しかもなんかちょっと精神的に病んだ感じで――

 

「華那……この話しやめない?」

 

「そう……だね」

 

 りみちゃんと私、沙綾の三人で小さくため息を吐いてから本題に入る。なんでも今度のライブは姉さん達、Roseliaと合同らしく、最初にPoppin’Partyがライブして、その後にRoseliaの番となるとの事。

 で、セットリスト(ライブの演奏順の事で略すとセトリ)決めたはいいけれど、どれもこれもアップテンポの曲ばかりで、来てくれた人達が疲れちゃうんじゃないかと不安になったそうで、なにかいいアレンジがあればと案を出し合うも、これといったものが出てこなかったそうで……。そこで頼ったのが私という事らしい。

 

「そうなんだ。で、セトリ見せて。見てからじゃないと何とも言えないから」

 

「と言うと思って……はい、これ」

 

 と、沙綾が渡してきたのは一枚の用紙。いつもながら用意がいいね、沙綾。さてさて、どんな曲順だろうかと期待しながら用紙を見る。

 

「一曲目にTime Lapseね。入りとしてはアリだね。で二曲目が――」

 

 ふむふむ。あ、ティアドロップスもやるんだ。あ、ホシノコドウもか。アップテンポが多いって言っていたけれど、確かに多い。いや、多すぎるような気がする。八曲やるのに全部アップテンポ系の曲だ。

 カバーの「千本桜」に「光るなら」もアップテンポ系だし、途中でバラード系挟んだほうがいいね。

 

「あー……華那もそう思う?」

 

「“も”って事はみんな理解していたんだね?」

 

 沙綾の言葉に反応して問うと、りみちゃんがコクコクと頷く。結構まじめなやり取りをしている間も、有咲と香澄ちゃんはじゃれあっていた。あ、おたえちゃんも混じった。まあ、こうなるのは目に見えていたので気にしない。

 さて、今やる曲の中から一曲外してバラード調の曲をただ入れればいいって問題じゃない。曲ごとのバランスを取らないといけないからね。この曲を外すならこの曲は二番に持って行って、二番目にやる曲は最後――みたいにして動かさないといけない。

 曲の流れは見たところ今のPoppin’Partyを表現するには良いと思う。ってなると、この曲をアレンジすればいいかな?そう思い、私はある曲の部分を指さしながら皆に提案する。

 

「……前から思っていたんだけれど、この曲をアコースティック風バージョンにしてみたら?」

 

「「「「アコースティック風バージョン?」」」」

 

「華那ー。レタス持ってない?」

 

「持ってないから……」

 

 じゃれあっていた香澄達を呼んで、セトリのある曲を指さして提案したら、何故かレタスを持ってないかと聞かれた。イミワカンナイ!

 

「はいはい、おたえ。華那はまじめに考えてくれているんだから、きちんと聞こう。ね?」

 

 と、沙綾が苦笑交じりにおたえちゃんに注意してくれる。こういう存在はこういう時ありがたいものだね。でも、おたえちゃんは首を傾げて

 

「うん。きちんと聞いてるよ?ウサギの種類の話しでしょ?」

 

「……ぜってぇ聞いてなかったろ?」

 

 絞り出すような声で有咲ちゃんがおたえちゃんにツッコミを入れる。ダメだこの子。早くどうにかしないと……。医者に来てもらう?それとも病院に来てもらう?

 

「華那。それ、ほぼ同じ意味だろ!?」

 

「ねえねえ、有咲ー。病院が来るってどんな感じになると思うー?」

 

「だあああ!そこを深く掘り下げるんじゃねええええ!!」

 

「ねえ、華那ちゃん。病院に来てもらうって、有咲ちゃんの家を病院にするって事でいいの?」

 

「りみちゃん……冗談だから真面目に聞かないで。ね?」

 

 もう、このカオス空間どうしようかと悩むけれど、いっその事、強制的に話しを元に戻す方向で進めればいいや。となった私は沙綾に耳打ちであるお願いをして、椅子に座ってギターを用意する。まさか、本当に必要になるとは思ってもいなかった。けどやるか。原因の一端は私にあるし。

 

「ワン・ツー……ワン・ツースリー・フォー」

 

「果てしなく―――」

 

 私がカウントをとってから、私のギターと同時に沙綾が「走り始めたばかりのキミに」を歌う。テンポは普段よりもかなりゆったりな形。一番サビ終わりまで歌ってもらって、一度演奏を止める。

 

「凄い凄い凄い!!!!こんなアレンジできるんだ!!」

 

 と、ピョンピョン飛んで、目を輝かせながら香澄ちゃんが騒ぐ。それを有咲が抑えようとしかけるも、すぐさま諦めた表情を浮かべ頭を左右に振っていた。諦めるの早いよ!?

 

「華那。ギターは一人でやる感じ?」

 

「え?……うーん二人でもいいと思うんだけど、香澄ちゃんの演奏レベルが分からないから、何とも言えないかな……」

 

 ギターを始めて一年も経っていない香澄ちゃん。バンド練習と個別でギター練習をしているという話は聞いているけれど、どのぐらいのレベルかはわからないのが現状。そもそも私自身、人に教えるレベルに達していないのだけれどね。

 

「香澄がコード進行のみで、私がメインやれば行ける?」

 

「そのコードを覚えているかどうか怪しんだけど?でもその方向性でいいと思うよ」

 

「ちなみに華那。私はどうすればいいと思う?」

 

 おたえちゃんとギターの方のアレンジを話し合っていたのだけれど、沙綾が話に入ってきた。あードラムだもんね。でも、アコースティック風だから、力強くやると他の音が聞こえなくなるから注意だよ。あ、ただ叩く力を弱くしすぎるとリズム崩れるからね。と伝えると、沙綾はかなり難しい表情を浮かべて

 

「難しい注文するね、華那。……練習しかないね」

 

「だね。大丈夫。沙綾ならできるよ」

 

 まあ、いざとなったらタンバリンかカスタネットでもいいんじゃないかな?と、提案したのだけれど、やっぱりドラムでやりたいみたいで、細かいアレンジの仕方を演奏しながら相談しあう。

 ベース担当りみちゃんも合流してリズム隊だけでアレンジをどうするかを、あーでもないこーでもないと言い合いながらやっていく。その間に、おたえちゃんに、香澄ちゃんと有咲の三人でさっきのテンポでアレンジをするように指示を出す。

 

 音楽の事になれば真剣になるおたえちゃんなので、あんまり心配はしていない。ただアレンジから脱線したら香澄ちゃんだけでは戻ってこない気がしたので、有咲ちゃんには犠牲になってもらおう。これはコラテラルダメージってやつだね。うん。

 

「だから“ちゃん”付けすんじゃねぇ!!!あと、勝手に私を『やむを得ない犠牲』にすんじゃねぇ!!!」

 

「有咲、真面目にやるよ」

 

「誰のせいだ!誰の!!」

 

 賑やかな事でいい事だ。あ、りみちゃん。そこの音はもうちょっと一音づつ伸ばす感じでやってもらっていい?そうそう。そんな感じで。沙綾はそのままでいいかな。あ、シンバル叩くのはちょっと弱めかな?強すぎる感じがするから。

 と、やっている間に夕食の時間となり、今日の練習はここまでとなった。ある程度形は見えたので、明日全員で合わせてみて、細かいところを修正していく事になった。尚、私もそれに参加させられる事になりました。マル。

 

 

 

 夜、お風呂上がりに部屋に戻ったら顔に枕が飛んできて酷い目にあったけれど、Poppin’Partyのみんなと楽しくお喋りやゲームをしあって眠った――

 のだけれど、夜中。午前二時に目が覚めちゃって縁側にやってきて独り空を見上げていた。みんなと話していた時に香澄ちゃんに聞かれた事を思い出していた。

 

『華那はバンド組まないの?』

 

 なんでそんな話になったか。香澄ちゃんが喉痛める前の私の歌っている映像が見たいと言い出して、何故かスマホに保存していた沙綾がみんなに映像を見せたのが発端だった。その時流れた映像で歌っていたのは「ロストシンフォニー」と「FEARLESS HERO」って曲。「ロストシンフォニー」の時はマイクスタンドを持って歌っていて、沙綾以外のみんなが驚いていたっけ。

 今より身長低いのに、マイクスタンドを持ち上げたり、片足を台に乗せたりして完全にロックを歌うボーカルの歌い方していたから。有咲が「ギャップ半端ねえって!」と叫んでた。

 

 その後、姉さんと私のコーラスワークで歌った「One Light」を見て香澄ちゃんが興奮していた。こんなコーラスワークあるんだ!って。でも「One Light」は三人で歌った方が迫力の出る曲なんだよね。中音と低音担当した身としては大変な曲だったなぁ。

 

「バンド……か」

 

 小さく呟く。私の夢は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だった。この二年。発声練習は欠かさずやっているけれど、歌を本格的に歌う事はやってきていない。もし、途中で声がかすれたら―――そう考えてしまい、私はマイクを持つという事をしてこなかった。

 バンドを組むにしても、姉さんに必ず追いつく――って今までは思っていた。でも、今年、姉さんがRoseliaを組んで、何回か練習を見に行った時、私がどんなに練習したってRoseliaには追いつけないって思い知らされた。それもそうだよね。たかが二年しかギター弾いていないんだから。

 

 だから――諦めたわけじゃないけれど、姉さんやRoseliaのみんなが良い演奏できるようにサポートだけはしようと決めて、ある程度Roseliaとは距離を置いてきたつもりだ。ギターはうまくなりたいから練習しているけれど、最近は行き詰っていた。これが私の限界なのかも、なんて考えが頭をよぎっていた。

 

「……そう考えると香澄ちゃんは凄いよなぁ」

 

「どうした、華那?急に呟いて」

 

「……有咲」

 

 声がしたので振り向けば有咲が眠そうに目を擦りながら立っていた。どうやら起こしちゃったみたいだ。ごめんね。

 

「気にすんな。私も急に目が覚めて、ちょっと水でもって思ったら華那の姿なかったからな」

 

「心配してくれたんだ?」

 

「ばっ!そんなんじゃねーし!」

 

 慌てる有咲の様子に私はクスクスと笑う。顔を少し赤くしながら有咲は私の隣に座って

 

「で、香澄がどうしたって?」

 

「……どんな逆境でも、それを跳ね除けて前に進める力持ってるじゃない?」

 

「あー……そのせいで私に迷惑かかってるけどな」

 

 と、うんざりした様子の有咲。でも、本当に嫌ならバンドに入っていないだろうし、香澄ちゃんの世話なんてしない。だから、有咲も香澄ちゃんの事を嫌いになれない――というか大切な仲間として認めているんだろうと思う。口には出さないけど。

 

「あはは……有咲達のような仲間がいるってのもそうだけどさ、香澄ちゃんは――なんだろう……その逆境すら楽しもうとするし、何よりも目的に向かって頑張るって事ができる子だと思うんだよね。もちろん、苦しい時もあると思うけど、それをあんまり表に出さないじゃない?いつも元気いっぱい。そういうのが凄いなって思って」

 

「確かにな。でも、華那。お前だって頑張ってるじゃねーか」

 

「え?」

 

 同意してくれていた有咲の突然の言葉に私は戸惑う。私が頑張ってる?何を?という形で有咲を見れば、夜空を見上げながら

 

「友希那先輩の為にさ、隣の県まで足運んでバンドしてくれそうな人探しに行ったり、ライブハウスで友希那先輩のサポート役でギターやったりさ、自分のできる事を最大限にやってるじゃねぇか。普通ならそんなのできないぞ」

 

 「私なら自室に籠ってゲームしてるな」と付け加えてくる。そんな事ないよ。姉さんの足手まといにならないようにって必死だっただけだから。それに、他の人ならもっとはやくバンドメンバー集められたはずだし……。そう言うと

 

「だー!華那!お前、この際言っちまうけどな!自分の評価低すぎんだよ!お前が『ギター下手だ』って言いだしたら香澄のやつどうすんだよ!?いまだにコードをしっかり覚えてないし、よく押さえる弦間違えたりするし、テンポずれたりするし……言い出したらキリねえぞ!」

 

「えっと……有咲?」

 

 と、怒り始める有咲。なんで怒られているのか分からない私は困惑するしかなかった。しかも、堂々と香澄ちゃんの悪口を言い出す有咲。いや、それはそれでどうなのよ?と思っている私を放置して有咲は続ける。

 

「それにな、今日だって急に呼び出したのに曲のアドバイスきちんとできてたじゃねぇか。私達だけじゃ、あんなアレンジできねぇよ」

 

「そんな事――」

 

「あるんだよ馬鹿!ちょっとは自分の事、評価してもいんじゃねぇか?私はお前のギターの音色好きだし」

 

「えっ?」

 

 有咲の言葉に私は驚きの声を上げた。え、えと。有咲?言葉が出てこなかった私は驚いた表情のまま有咲を見る。有咲は「あっ」といった後、顔を赤く染めて

 

「わ、私はもう寝る!か、華那!ここにいて風邪ひいたってしらねぇからな!」

 

 と捲し立てて部屋へと戻って行ってしまった。一人残された私はポカンと有咲の後姿を見送って、その姿が見えなくなってから小さく呟いた。

 

「ありがとう……有咲」

 

 明日きちんと有咲に伝えよう。そう決めて見上げた夜空には綺麗な星々が輝いていた。

 



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#11

 その日。私は文房具やら日用品を買いにショッピングモールに一人で向かっていた。姉さん達はRoseliaの練習。Poppin’Partyのみんなも同じ理由。Afterglowのみんなはそれぞれ用事があるみたい。特にRoseliaとPoppin’Partyのみんなは、来週の土曜日の夕方から合同ライブが行われる事になっているから、かなり気合入っているみたい。

 その日のバイトは午前中だけにして、姉さん達の雄姿を見に行ける態勢は整えてある。あるんだよ!……まりなさんが急にシフト入れなければだいじょぶなはず。うん。

 

 でも、正直な話し、姉さん達の演奏を見に行くのは怖い。この間、練習を見に行った時に、私じゃ到底追いつけないと思わせるぐらいの技量を見せてくれたから。ただ、まとまりというかバンドとしての信頼関係が薄い事が私としては気になっていた。でも、それは姉さん達も気付いているだろうから、敢えて言わなかった。

 ただ完璧に楽曲をあのメンバーで演奏するだけとしか考えていないなら――Roseliaの未来はない。でも、だいじょぶ。私が指摘しなくても、傍にいなくても姉さん達なら頂点へ向かって走っていける。そう信じてるから。それにあのメンバーなら必ずひとつになれると私は確信している。

 

 まあ、その確信について聞かれるとキチンと答えられないけどね。でも、信じるぐらいいいじゃない。私が姉さんの為に集めたメンバーだもん。そうそう喧嘩別れなんてことはありえないと信じてる。

 

 目標、目的、通過点――色々な言い方をすると思うけれど、姉さん達は間違いなくあの舞台――FWF――に向けて走っている。じゃあ、私は?と考えた時に何もしていないことに気付く。ううん。気付いていた。この二年間、目標――姉さんとバンドを組む――があったけれど、もうそれは叶わない。()()()()()()()()あのメンバー(Roselia)だからこそ奏でられる音楽があって、異物()が入ることによって壊す事になってしまう。それだけはしてはいけない。じゃあ……

 

 

 

――私は今後何を目標にしていけばいいのだろう?

 

 

 

「はぁ」

 

 歩きながら思考の迷路に迷い込んでしまった私は立ち止まり、小さくため息を吐いた。そして空を見上げる。その空はいつもと同じ眩しいブルーだった。私の心とは真逆な風景に小さく笑う。そんな時だった。聞き覚えのある困惑した声が聞こえてきたのは。

 

「ふえぇぇぇぇぇ。ここどこ……」

 

 ……また、()()()が迷子になっているみたいなんだけど。この間もCiRCLEに行く途中に、迷子になっているのを救出したばかりなんですけど?地図アプリあってもダメみたいなんだよね。本当に私の一個上なんだよね?信じられないけど……。

 

「松原さん?」

 

「あっ!華那ちゃん!!」

 

 私は涙を浮かべている松原花音さんに声をかける。松原さんは、私を見て安堵の表情を浮かべていた。いえ、そこは安堵の表情浮かべないでください。私、毎回助けに来なきゃダメなんでしょうか?って言いたくなったけれど、今日は暇だから良いか――と、頭の中で考えて口に出すのをグッと耐えた。それで、松原さんどうかしましたか?

 

「あ、あのね。友達と最近人気の猫カフェで待ち合わせしようってなったんだけど……」

 

「道に迷ったと?」

 

「う、うん」

 

 私の問いに、頷きながらしょんぼりとする松原さん。あ、可愛い。じゃなくて……松原さんとはね、ハロー、ハッピーワールド!ってバンドに松原さんが所属していて、バンドの練習をしにCiRCLEに来てくれている。つまり、従業員とお客さんとしての関係なんだよね。あと、カフェにもよく来てくれるクラゲ好きの常連さん。

 って、ちょっと待って。今カフェはカフェでも()()()()()()()()()()()()()

 

「え……あ、うん。猫カフェに「さあ、松原さん行きましょう!案内は私に任せてください!」ふぇ!?いいの!?」

 

 猫カフェ。愛しの猫ちゃん達が自由気ままに寝たり歩き回ったりしている姿を楽しみながらカフェを楽しむ店――それが猫カフェ!おやつあげたり、遊んであげたりすることも可能だけれどね!基本は猫ちゃんが嫌がることは絶対しちゃ駄目!無理に抱っことかしようだなんてしないでね!猫にとってそれがストレスだから!絶対、猫にストレスを与えない事。私との約束だよ!

 

「で、松原さん。猫カフェって言ってもいくつかあるんですけど……どの店か分かります?」

 

「う、うん!これなんだけど……」

 

 と言って私にスマホを見せてくる松原さん。いや、スマホの地図アプリ使用しながら迷子になるって、なんて高難易度テクニックを披露してくれちゃっているんですか!?そんな松原さんに対して私は心の中で動揺しながらスマホを確認する。あら近い。

 

「ここなら、歩いて数分もしないうちに着きますよ」

 

「え!本当?よかったー。千聖ちゃんそんなに待たせなくていいんだ」

 

 私の言葉にホッとしている松原さん。集合時間が何時か分からないけど、その“ちさと”さんなる友人を長く待たせるわけにはいかないからね。それで絶交とかなったら案内した私も嫌な想いしちゃうし。……あっ。でも、松原さんの友達なんだから、迷子になって遅刻する事ぐらい想定済みだろうなあ。

 

 そんな事を考えつつ、松原さんの左手を取って猫カフェまで一緒に行く。いや、手を繋がないとこの人、気付いた時には忽然と姿消している。つい三秒前まで隣を歩いていたはずなのに、消えるとか超能力者!?と最初は思いました。でも違った時にはしょんぼりとした記憶がある。

 

「ね、ねえ、華那ちゃん。今日はCiRCLEのバイトはお休みなの?」

 

「え、あ、はい。今日はバイト休みなんですよ」

 

 と、突然話しかけてくる松原さんに対し、私は少し噛んでしまったけれど笑顔で答える。

 

「そうなんだ。ごめんね。案内してもらっちゃって……」

 

 しょんぼりとする松原さん。いえいえ、お気になさらずに。ただ単に文具買いに出かけただけなので。と伝えると、また謝ってくる松原さんに苦笑を浮かべながら、私は他愛のない話しをする。

 学校の話しから、雑貨屋で見つけた疲労を回復する煙の話し。いや、待ってください松原さん。何その滅茶苦茶怪しい煙。本当に雑貨屋に置いてあったんですか?……え?一緒に行った人も見た?……その雑貨屋だいじょぶな店なんですかね?ちょっと怖いです。

 

「っと、ここですよ。松原さん」

 

「ありがとう華那ちゃん!」

 

 と言って中に入ろうとした松原さんが一度立ち止まる。どうかしました?

 

「華那ちゃんも一緒にどう……かな?」

 

 と、突然の申し出に私は困惑する。いや、確かに猫カフェと聞いてテンションが上がったのは否定しませんよ?でも、そこまで案内するだけで十分に満足してしまった。だって、猫ちゃん達が日の当たる窓側でノンビリくつろいでいるんだもの。あ、今黒猫が欠伸した。か、可愛い。

 

「ダメかな?」

 

 と若干屈み上目遣いで聞いてくる松原さん。いや、そういうのは異性にやった方が効果的ですよ?と思いつつどうしようか悩む。そんな時だった。突然さっきまで欠伸していたであろう黒猫が店の入り口から勢いよく出てきて、私の足を上ってきた。え、ちょっと!?と、私が困惑している間に私の左肩にちょこんと座って鳴く黒猫。か、可愛い。黒猫が落ちないようにスマホを松原さんに差し出しながら

 

「……松原さん。撮ってもらえます?」

 

「撮るの!?」

 

 いや、だって、こんなチャンスというか、こんな事例絶対無いですもん!この写真を姉さんに見せて自慢できる→絶対悔しがる→「猫カフェに行くわよ華那」→わかったよー。ってなる!これで姉さんと猫カフェ来る理由ができる!やったね、私!あ、頬スリスリしてきた。本当に可愛いなぁ。でも、初対面だよね、キミ?

 

「本当にお姉ちゃんのこと好きだよね、華那ちゃん」

 

「はい。大切な姉さんですから!……で、撮れました?」

 

 バッチリだよ!と言ってスマホの画面を見せてくれる松原さん。黒猫ちゃんもカメラ目線だし、完璧ですね!ありがとうございます、松原さん。で、この猫どうしましょう。

 

「店の猫だと思うから返せばいいんじゃないかな?」

 

「ですよね。持って帰っちゃダメですよね」

 

「ダメだよ!?」

 

 しょんぼりとする私。いや、ここまで懐いているなら家猫で行けるかなぁって思ったんですけど……。というやり取りをしていると、慌てた様子の女性スタッフが今頃になって店から出てきた。で、私の肩に乗っている黒猫を見て

 

「また脱走したなぁ、クロ助」

 

「ミャ!」

 

「元気よく返事してもダメだからね!ほら中はいるよ!あ、迷惑かけてごめんね。うちの子、元気良すぎて結構脱走するの」

 

「いえいえ、お気になさらずに。今から中に入ろうとしていたところなので。ね、松原さん?」

 

「え、あ、うん」

 

 大きな声で言うスタッフさんに二人して驚いたけれど、声色は怒っているというより、呆れ半分、いてくれたことに安心半分という感じで、本気で怒ってはいないみたい。私の肩から黒猫を抱き上げる時も、猫に手を見えるようにして優しく抱き上げていた。

 結構知らない人が多いのだけど、猫を抱き上げる際は手を猫に見えるようにしてあげるとすんなりと抱き上げることができる。でも、猫の性格によっては逃走しようとするので注意が必要だよ。

 

「この子捕まえてくれたから、コーヒーか紅茶一杯無料にするよー」

 

「え……わるいで「いいのいいの。この子が外に出て怪我する前に捕まえてくれたお礼だと思ってくれれば」……なら、お言葉に甘えさせてもらいます」

 

 断ろうとしたらそう言われてしまったので、断るに断れなくなってしまった。あんな笑顔で言われたら断れないよ。ねえ松原さん?私も断れないって?ですよね。しかも片手で猫抱いて、空いている片手で私の手を引っ張って店内に案内するとかズルい。

 席に案内されている途中、松原さんが待ち合わせの人間がいることを伝えて、その席に案内された。その席にはテレビでよく見かけたことのある人が座っていた。

 

「花音。無事に来られたのね」

 

「遅れてごめんね、千聖ちゃん」

 

 ホッとした表情を浮かべる女性の前に、謝りながら松原さんが座る。……どうして猫カフェに女優でPastel*Palettesのベーシスト白鷺千聖さんがいらっしゃるのでしょうか?他の人、気付いていないみたいだけど……なんでさ。ん?松原さん、友人ってまさか――

 

「花音。そちらの方は?」

 

「あ、ご、ごめんね千聖ちゃん!隣にいるのは湊華那ちゃん。CiRCLEでアルバイトしている子なんだけど、今、道に迷ってたら案内してくれたんだ」

 

「み、湊華那です。は、初めまして」

 

 緊張しすぎて口がうまく動かない。そんな私に白鷺さんは優しく微笑んで

 

「初めまして湊さん。気付いているようだけれど、白鷺千聖よ。今日は花音を連れてきてくれてありがとう。あと、そんなに緊張しなくてもいいのよ?今日はプライベートだから、普通に接してくれると嬉しいわ」

 

「あ、ごめん華那ちゃん!説明してなかったよね!?」

 

 と、白鷺さんの言葉に状況を把握した松原さんが慌ててフォローに入る。あ、だいじょぶです。なんとか緊張収まってきたので……。芸能人とはいえ、今日オフなら一般人ですもんね。なら普通に接しさせてもらいますよ?ところで、お二人は同じ学校なんですか?と私が聞くと

 

「そうよ。花音は私の大切な友人なの」

 

「千聖ちゃんと私、一緒にカフェ巡りしてるんだよ」

 

 そうなんですね。だから仲が良いのですね。話し方からかなり信頼し合っているのだというのが初めて白鷺さんに会う私でも分かるぐらいですから。でも、二人でカフェ巡りしているのに私一緒にいたら迷惑じゃ……。そう聞くと

 

「そんなことないわよ。花音を連れてきてくれたお礼もしたいし、それにCiRCLEのカフェで働いている姿を見た事あるから、一度話してみたかったのよ」

 

「え?私とですか?」

 

 どうして白鷺さんみたいな方が私と話してみたいという事になったんだろう?と疑問を抱いた私に白鷺さんは紅茶を一口飲んでから

 

「ええ。湊さんは知らないと思うけれど、『中学生が接客してる』って噂になっていたのよ?」

 

「なん…ですと…?」

 

 いや、確かに今年の三月までは中学生でしたけど、そこまで小さく見えます?いや、確かに自称百五十センチって言っているけど、実際は百四十九.二センチで四捨五入して誤魔化している。いいじゃん!百五十センチって言っても!

 って、白鷺さん。中学生働かせるのは労基法違反ですよね!?どうしてそんな噂になっちゃったんですか!?

 

「あら?湊さんは知らないのかしら。『軽易で健康と福祉に有害でない仕事』は中学生でも、映画や演劇に関しては小学生でも仕事してもいいのよ?」

 

「へえ。だから千聖ちゃん子役でドラマとかに出てたんだねー」

 

 と、法律について簡単に説明してくださる白鷺さん。し、知らなかった。原則中学生は働いちゃいけない(新聞配達はいい)という認識でいたから、勉強になりました。はい。

 

「ええ。それで、ちょっと気になってはいたのよ。どんな子なのだろうって。一生懸命に働いているし、可愛らしいのに接客態度はしっかりしていたから。花音と彩ちゃんは湊さんと話した事あって、『良い子だよ』って二人して言っていたのよ」

 

「?彩さんって、あのまん丸お山の?」

 

 アイドルバンドPastel*Palettesのボーカルを務めている丸山彩さん。変装もしないで何度かCiRCLEに隣接しているカフェに来ているのだけれど、彩さんに気付いたのが私だけという現状に何度愚痴を聞いた事か……。あ、サインくださいって言ったら喜んでくれたよ!いい人だよね、彩さん。たまに一緒にお茶する仲になったしね。

 

「ええ。その彩ちゃんで間違ってないわよ。……ちなみに彩ちゃん甘いの食べたりしてたかしら?」

 

 と、笑っているのに何かとてつもない重圧(プレッシャー)を受けている感覚に陥る私。これは正直に話したら彩さんの命が危ない――

 

「い、いえ。私が見た時はカフェラテだけ頼まれていましたよ?『甘いのは厳禁なんだよぉ~』って言っていましたよ」

 

「そう……彩ちゃんも、やっとアイドルとしての自覚を持ち始めてくれたみたいね」

 

 と、安堵のため息を吐く白鷺さん。ごめんなさい白鷺さん。本当はショートケーキとチーズケーキ食べてました。はい。しかも追加でマカロンも食べてました。その後、必死に運動していたので許してあげてください――と心の中で呟いていると、先ほど私の肩に乗ったクロ助ちゃんが今度は私の膝に乗ってきた。

 

「うん?クロ助ちゃん。キミは甘えん坊さんだねぇ」

 

 と言いながら優しく撫でてあげると気持ちよさそうな鳴き声上げるクロ助ちゃん。そんな私と猫を見て白鷺さんが微笑みながら

 

「あらあら。猫カフェって初めて来たのだけれど、こういうカフェもありね。花音はどう思う?」

 

「うん。わたしも初めてきたけど、猫ちゃん達がノンビリくつろいでて、見てて飽きないよね!」

 

 と、二人とも猫カフェの魅力に気付いてくれたようだ。その後、猫談議に花を咲かせつつ、三人で猫におやつをあげてみたり、猫とおもちゃで遊んでみたり、写真を撮り合ったりして楽しんだ。

 あ、最終的に白鷺さんから千聖さんと呼んでほしいと言われたので、千聖さんと呼ぶようにしました。代わりに、私の事も華那と呼んでもらえることになりました。後、サインと何故か連絡先もらえました。

 なんでも芸能人としてじゃなくて、白鷺千聖として見てくれることが嬉しかったらしく、また今度一緒にお茶しましょうと誘われた。やっぱり小さい頃から芸能界にいると普通の生活に憧れるのかなぁ……なんて思ってみたりしたけれど、声には出さないでおいた。きっと、姉さんの隣に立ちたいと思っている私の気持ちと似た感情なのだろうと自分完結させる。

 

 尚、帰宅後。姉さんにクロ助ちゃんが私の肩に乗っている写真を見せたら、速攻でデータを姉さんのスマホに送るように指示され、今度バンドの練習が無い日に、二人で今日行った猫カフェに行くことが決定したのはまた別の話し。

 



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#12

 姉さんのバンドメンバーを探しをしていた中、私の後輩である宇田川あこちゃんが姉さんと一緒にバンドをさせてほしいと頼んでいる姿を見た。それを見た私は正直に言って羨ましいと思ってしまった。

 姉さんと一緒にバンドをしたいと言えるあこちゃんの行動力に――だ。でも、どうやら姉さんと氷川さんは、あこちゃんの実力を見ることなく断ったようだ。それはあんまりじゃないか。それじゃあ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()じゃない――

 

 そう思った私は、落ち込んでいたあこちゃんに声をかけて、姉さん達が演奏する楽曲のスコアのコピーを渡した。日程が合えば練習に付き合う事も約束して――だ。あこちゃんの実力は分からない。でも、あそこまで熱意があって姉さんと一緒にやりたいと本当に思っているというのなら――

 

 

 私はあこちゃんを応援する――

 

 

「――のシンバル叩くところ若干遅れていたよ、あこちゃん。それと――――かな?ってだいじょぶ、あこちゃん?」

 

「はい!だいじょーぶです!」

 

 という事で、お互いの日程が合った木曜日。私とあこちゃんは、姉さん達が練習しているスタジオとは別のスタジオで練習をしていた。いや、だって。そこで鉢合わせして、何をやっているのかしら、華那?ってなったら困る。非常に困る。良い言い訳が思い浮かばないもん!

 それはともかく。私の指摘に元気よく答えてはいるものの、あこちゃんの表情には疲れが見えてきている。一度休憩しよう、あこちゃん。最初の頃に比べてかなり良くなってきているから、安心していいよ。

 

「ホントーですか!!よかったぁ。これでダメだって言われたらどうしようかと思ってました……」

 

 スティックを置いて床に座り込むあこちゃん。練習している楽曲はロック調が多く、ツーバスを使いながらのテクニカルな楽曲揃いだ。でも、あこちゃんはその楽曲を私がいない時でも、しっかり練習してきてくれているのでかなり形になってきた。あこちゃんには基礎も大事だからね?と伝えたけど、基礎練習は疎かにしてはいないから安心安心。後は――

 

「リズム隊のドラムはあこちゃんでだいじょぶだから、後はベースだね……」

 

「あー……確かにそうですよねぇ?こう……ドラムでダダダダダンッ!!ってきてるけど、ベースのデーンデデデーンが無いとやっぱり曲として纏まらないですよねぇ」

 

 と、私の言葉に同意してくれるあこちゃん。うん。あこちゃん、擬音で表現するのもいいけど、しっかりと言葉にしよっか?そう伝えると驚きの表情を浮かべたあこちゃんが

 

「えー!!??華那さん理解できないですかー!?」

 

「いや、(悲しいけど)理解できたけど、他の人ができるかと言われるとできないんじゃないかなぁ……」

 

 主に氷川さんと姉さんだけど……。氷川さんはどちらかというと理論的に、ロジカル的に説明しないといけないと思う。というか生真面目な性格だし、姉さんは姉さんでそういう擬音系な説明より、ハッキリと言語化してあげないと理解できない人だから。

 ……あれ?あこちゃんこの二人の中に入ってだいじょぶかな?私、不安になってきたよ。その呟きが聞こえたのか、あこちゃんは満面の笑みを浮かべながら

 

「ふっふっふっ。安心するがいい華那。我が体に眠る闇の力が……闇の力が……えっと……闇の……うう、助けて華那さーん!」

 

「はいはい。そこは『我は放つは光の白〇』か『光に覆われし漆黒よ。夜を纏いし爆炎よ。(中略)エクス〇ロージョン!』って言っておけばいいんじゃないかな?」

 

「それダメなやつですよね!?」

 

「なら、あれいっとく?『黄昏より暗き「それもダメな奴です!!」ダメかー」

 

 とそんなふざけた事を言いながら休憩した後、真面目に練習を再開する。あこちゃんの集中力と体力と相談しながらだったけれど、充実した内容で今日の練習を終えた。あこちゃんは本当に上手い。今まで色んな場所で色々なバンドを見てきたけれど、その中でもトップクラスの技術の持ち主だ。後はムラッ気がなくなればだいじょぶだ。姉さんの望むレベルに到達できる。ただ、問題は――

 

「ベース……だよね」

 

 あこちゃんを家に送り届けた帰り道。一人呟く。バンドのリズム隊はドラムだけじゃ成り立たない。ベースがあってこそ楽曲として、バンドとして成立すると私は考えている。もちろんギターやキーボードもいなければダメだけどね。でもバンドの礎となると言ってもいい楽器がベースとドラムだ。ドラムはあこちゃんで解決するからいいでしょ。

 ベースの弾けるレベルも重要視しないといけない。でも今、私が不安視しているのは、あこちゃんのような元気なドラマーと、某防人さんと並ぶくらいのクール系女子最先端を行っちゃっている氷川さんと姉さんを上手く纏められる人物。そんな人がそう身近にいる訳が――

 

「……いる。けど……」

 

 歩く足を止めて空を見上げて呟く。そうだ。今、私が望む人物が一人いるじゃない。でも、あの人は二年前に私と姉さんについていけなくなって、時々一緒にセッションしていたベースを辞めてしまった。それでも、一緒に話したり、姉さんと私の事を気にかけてくれている。

 私が姉さんの傍にいれれば良かったのだけれど、氷川さんという素晴らしいギタリストがいる。私の入る場所(スペース)はもう無い。でも、あの人なら、まだ入れる場所はある。確かにブランクはあるけれど、基礎練習をしているのは知っているし、何よりリサ姉さんが奏でるベース音は姉さんの歌声にマッチしていた。

 

 ただ、リサ姉さんが姉さんの事を心配していて、FWFを諦めさせようとしているのも分かってる。リサ姉さんが心配しているのは、姉さんが音楽をやる理由が父さん達の音楽を否定した人達への復讐なんじゃないかって事。でも、私がそうじゃないって否定してもきちんと理解してもらえるかどうか……。姉さんの口から説明したほうが間違いなく良いと思う。

 

 それはそれで今は置いておこう。それ以前の問題として、リサ姉さんにもやりたい事があるはずなんだ。音楽を辞めた理由はもしかしたらそれが理由かもしれない。……結局これは私の自己満足なんだろうな。姉さんがステージで輝く姿を見たい。それだけなのかもしれない。

 リサ姉さんにベースをしてくれとお願いするとしても、リサ姉さんの前で音楽の話をする時に見せる苦しそうで、複雑そうな表情を私は見たくない。でも……もうリサ姉さんぐらいしか頼める人がいない。それに、私自身、もう一度リサ姉さんが満面の笑みを浮かべてベースを弾いている姿が見たい。だから……

 

 

 

 私が姉さんの代わりに泥を全部被ればいい――

 

 

 

 

「それでお姉さんに話しってなにかなぁ?」

 

 と言いながら、アタシの部屋で正座して若干俯き加減の華那に明るい声で話しかける。テーブルには紅茶が入ったカップが二つと今朝作ったクッキーが置かれている。週末の金曜日だった昨日の夜。ベッドに座って遊び半分でベースを弾いていたら華那から通話アプリで連絡が来た。

 

『リサ姉さん。相談があるんだけど……明日って空いてる?』

 

「?華那が相談って珍しいなぁ……明日はバイトも部活も無いからいつでも大丈夫だよ☆っと」

 

 と送って、華那から朝十時ぐらいに(うち)に来ると返信が来た。んー……アタシの家に来るって事は、友希那には聞かれたくない話しなのかな~と思いつつ、『りょーかい!待ってるぞ☆彡』と返信を送る。

 ちょっとお菓子でも作ろっかな?食べやすいクッキーがいいよね!となって、朝作った訳だけれど……どうやらそんな雰囲気じゃあないみたいだねぇ。

 

「リサ姉さん。あこちゃん知ってるよね?」

 

「あこ?うん。同じダンス部の後輩だから知ってるも何も結構話しするよ。あこがどうしたの?」

 

 重々しく口を開いた華那の意図が読めない質問にアタシは首を傾げながら答える。あこはいつも元気一杯で、周りも元気にさせてくれる子だ。華那の後輩にもなるから、話した事はあるみたいだけど、どうしてあこの名前出てきたんだろう?

 

「……あこちゃん。姉さんのバンドに入りたくて、今必死にドラムの練習してるんだ」

 

「え……?」

 

 華那の言葉にアタシは思考が停止した。あこが友希那のバンドに入りたがってる?どうして?しかも今ドラム練習しているってなんで華那が知っているの?そんなアタシの疑問に答えるように華那は俯いたまま話しを続けた。

 

「日程が合えば、あこちゃんの練習に私行ってアドバイスしてるんだ」

 

「そ……っか」

 

 驚きを隠せないアタシはそれだけしか言えなかった。華那の話しにアタシは胸騒ぎがしていた。これ以上聞いちゃダメ――と頭の奥底から警告が響く。でもそれと同時に、華那の話しを聞かなかったらずっと後悔する事になる――って、なんとなくだけれど……思ってしまって、アタシは華那の言葉を待つしかできなかった。

 

「で、あこちゃん。本当に真剣に、それでいて憧れだっていう姉さんと一緒にバンドやりたいって」

 

「憧れ……」

 

 あこが時々ライブハウスにライブ見に行っているのは知っていた。だって、見に行ったライブの話しは必ずと言っていいほど友希那のライブの事だったから。その隣でギター弾いている華那の事も話していた。

 あこの話しを聞いていたアタシは、また友希那と華那が遠くに行ってしまったかのような錯覚を覚えていたんだ。あの時――友希那と華那のお父さんが音楽を止めるきっかけになったフェス、FWFの後。二人がバンド組んで「必ず父さん達の音楽を認めさせるんだ!」って言ってかなり厳しい練習始めた。

 

 その頃からアタシは二人についていけなくなって、次第に三人で楽しくやっていたセッションがだんだん辛いものになってきて、アタシは次第に音楽から距離を置くようになった。華那は最初の頃は、またセッションやろうよと声をかけてくれたけれど、アタシは用事あるって嘘をついて「時間あったらね」と誤魔化して逃げた。

 友希那は、きっと――ううん。間違いなくアタシの気持ちに気付いていたから何も言わずに普段通りに接してくれた。華那も友希那に言われたかは分からないけれど、アタシの前で音楽の話しをしなくなった。それだったのに今日、どうして音楽の話をするのだろうか。しかもすごく苦しそうな表情を浮かべながら――

 

「アタシ、あこがさ、友希那や華那のライブ見に行ってるのは知っていたんだ。でも、ちょっと話し見えてこないんだよねぇー。華那、ハッキリ言ってごらん?そんな苦しそうな表情じゃ、せっかくの美人さんがもったいないぞー」

 

 って、笑いながら言ってあげる。少しでも華那が緊張しないで済むように、それで……華那がそんな苦しそうな表情を浮かべる時間が減るようにと願いを込めて。だって、華那は血は繋がってないけれどアタシの可愛い妹分だもの。妹の苦しい姿なんて見たいと思う?友希那もききっと……ううん。絶対「見たくはないわ」って答えてくれるはず。

 

「リサ姉さん……今日私が来たのは……リサ姉さんにもう一度ベースやってもらえるようにお願いしに来たの」

 

「……アタシに?」

 

 顔をあげて、アタシをまっすぐ見ながら華那は、やっぱり苦しそうな表情を浮かべながら言った。アタシはすぐにその言葉を理解できなかった。ううん。したくなかったんだ。だって、アタシは一度、友希那と華那から逃げたんだよ?どうしてアタシなのだろう――と、いう疑問がアタシの心の中に渦巻いていた。

 

「いろんなライブハウス行って、多くのベーシストやギタリストの人達見てきたけれど、姉さんの歌声に合うベーシストはリサ姉さんしかいないの……。それに……リサ姉さんがベース時々弾いてるの知ってるんだよ?」

 

「……あちゃー。聞こえてた?」

 

 アタシは右手で頬を掻いた。時々だけれど、ピックでお遊び程度にベースを弾いてはいた。家が隣だから聞こえちゃうかもしれないなって思っていたけれど、やっぱりベースを完全に辞める事がアタシにはできなかった。

今この時間、部屋の飾りとして机の隣に鎮座している赤色のベース。友希那と華那がよくアタシに合ってると褒めてくれたベース。それをチラリと見る。

 

「私は()()()()()()()()()()()()。だから……だからリサ姉さん。お願い。もう一度、姉さんと一緒に音楽をして……!」

 

 と、言って頭を下げる華那。その際、アタシの目にはハッキリと見えた。華那の目元に涙が浮かんでいるのを……。今日、アタシにお願いしていいかどうか、華那なりにかなり考えたんだと思う。じゃないと、ここまで必死に、それでいて苦しそうな表情でお願いする訳がない。

 もう幼い頃から友希那も入れて、三人一緒に育った仲なんだからそのぐらい分かるよ。でも、アタシは怖い。いくら基礎練習はしてきたとはいえ、二年のブランクは大きすぎる。その間、友希那は色々な場所でライブや練習をして経験を積んでいる訳だし、一度離れたアタシが友希那の隣に立つ資格なんてないんだよ。だから私は――

 

「ゴメン……華那からそう言われるのは嬉しいんだけど……アタシには無理だよ……」

 

 いつものトーンでなんて言えるわけがなく、震える口を動かして何とか声を絞り出した。華那がどれだけアタシの事を信頼してくれているかは分かってるつもり。じゃなきゃ、ブランクがある人間に頼み込んでくるわけがないし、覚悟を持って今日来たはずなんだ。でもアタシは……その期待には答えられない……。

 

「そ……そうだよね!ご、ごめんなさい、リサ姉さん。いきなりこんな話しして。リサ姉さんにもやりたい事があるからね!…………あ、も、もうこんな時間だ。り、リサ姉さん、紅茶御馳走様!」

 

 と無理やり作った笑顔を浮かべたかと思うと、慌てて立ち上がる華那。突然の事で呆然とその姿を見るしかできなかった。数秒遅れで状況が飲み込めたアタシは振り返る。華那が部屋を出る前に立ち止まって

 

「リサ姉さん。一つだけ私からお願い……日常生活でさ、姉さんの事お願い」

 

 と、振り返って笑みを浮かべる華那。その目からは涙が零れ落ちていて、アタシはただただそれを見る事しかできず、華那の言葉に対して何も言えなかった。華那はそう言ってから部屋から出て行った。しばらくして遠くから玄関の扉が閉まる音が聞こえた。

 アタシはそれを聞くまで動けなかった。華那が見せたあの泣き顔とあの言葉。まるで自分じゃ友希那を支えられないと言っているかのような発言。アタシはベッドに背を預けて右腕を目に当てて

 

「華那、アタシよりシッカリ友希那の事支えられているよ。なのになんで……そんなこと言うの……」

 

 答えなんて返ってこない。アタシの事を姉と慕ってくれている華那に、あんな表情をさせるだなんてアタシは最悪な“姉”だ。でも……どうすればよかった?アタシは真紅のベースを見たけれど、ベースは当たり前だけれど何も答えてはくれなかった。

 

 

 

 

「……はぁはぁ」

 

 リサ姉さんの家を出てから私は走って近くの公園まで来ていた。息を整えてベンチに腰かける。流れる涙を右手で拭う。きっとこうなるって分かってた。分かっていたつもり。でも、実際にこうなると自分のした事はリサ姉さんにとって、精神的な負担になってしまったんじゃないかって……。

 だから断られた時、逃げるようにしてリサ姉さんの家から出てきたんだ。リサ姉さんにどんな表情をして話していいか分からなくなって。

 

「ほんと……馬鹿で最低な人間だ……私」

 

 そうだ。自己満足の為に幼馴染であるリサ姉さんを巻き込もうとした。自己嫌悪に陥っていた私の頬に雨粒が一つ二つと降り注いできた。さっきまで晴れていたのに……。濡れるから帰らなきゃと頭の中で思っているのに体は動いてくれない。だんだん強くなる雨脚。

 体の温度がだんだんと下がっていくのが分かっていながら動けない状態が続いた。降り始めてから何分……いや十分以上は経ったのかな?もう時間の感覚すらない。動かなきゃだめだよね。風邪ひいたら姉さんに心配させちゃうし、あこちゃんの練習見てあげられなくなる。そう考えていた時だった。

 

「華那!?何してるの!?」

 

 と、慌てた声を上げて私に近づいてくる人がいた。誰だろうと顔をあげれば、そこには傘をさして右手には袋一杯に野菜とか入ったスーパーバッグを持った中学時代からの友人である沙綾だった。私の手を握って

 

「体すごく冷えてる……何かあったの、華那?」

 

「沙綾……私……私……」

 

「うん……大丈夫だから。泣かなくていいよ。華那」

 

 と抱きしめて頭を撫でてくれる沙綾。結局その時何も言えずに、雨で濡れて冷えた体を温めるため沙綾の家に行く事になった。

 

 

 

「ええ……ええ。分かったわ」

 

 紗夜とスタジオで練習をしてから、昼過ぎに家に帰ってきたと同時に私のスマホが鳴った。相手は華那の友人である山吹さんだった。どうしたのかと聞けば、公園で雨に打たれながら泣いている華那を見つけて、今山吹さんの家(確かパン屋だったわね)で保護しているとの事らしい。何があったかはまだ聞けてない状態。華那……いったい何があったの?でも、ごめんなさいね、山吹さん。うちの華那が迷惑をかけて……。

 

『いえ気にしないでください。友希那先輩。ただ……』

 

 私の言葉に、明るく答えてくれる山吹さんが言葉を濁した。どうかしたのかしら?

 

『あの……華那に今日の事、華那が自分から話すまで待ってあげてもらえませんか?』

 

 泣いていたという事実が、華那の精神的なダメージが大きいという判断から山吹さんは私にお願いしてきたのだと思うわ。そうね。今は聞かない方が華那の為ね。そう私は判断し、

 

「ええ。分かったわ。代わりにお願いを一つしてもいいかしら、山吹さん?」

 

『あ、はい』

 

 私が「お願い」と言うと緊張した声が電話越しに聞こえてきた。そこまで緊張しなくてもいいのだけれど……。

 

「華那の事、お願い」

 

『!……分かりました。家に帰るまでにはいつもの華那に戻してみせます』

 

 短く、それでいて簡潔に山吹さんに伝える。それだけで理解してくれたようで、山吹さんは明るくそう言ってまた連絡すると言って電話を切った。ふう……。私がいない間、華那に何があったかは分からない。雨の中泣いていたなんて異常事態だわ。本当なら今すぐにでも華那のところに行って抱きしめてあげたいところだけれど……逆効果になるかもしれない。

 華那が凄く悩んでいるということに私は気付いていた。ここ数日の華那の様子を見ればすぐ分かったわ。あの子は考え事をしている時は椅子の上で体育座りする癖があって、一昨日の夜に華那に用があって部屋に行った時にその恰好をしていたのを覚えている。

 

「何があったの……華那」

 

 いつも明るくて、私に元気をくれる華那が泣いていたという事実は、姉として見過ごせなった。でも、山吹さんと約束したのだから私が直接華那に聞くわけにはいかない。もどかしい気持ちが私の中で渦巻く。駄目ね。一度飲み物でも飲んで落ち着きましょう。

 と、ちょうどその時、スマホが鳴った。今度は何かしら?そう思い画面を見ればそこには、通話アプリでリサからトークが届いている通知が表示されていた――

 



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#13

 沙綾の家でシャワーを浴びている間も、私の目からは涙が止まらなかった。自分の行動でリサ姉さんをどれだけ傷つけてしまったか。それと覚悟を決めてお願いしに行ったくせに、涙するような覚悟しかできていなかった自分の情けなさに泣いていた。

 

「ひっぐ……えっぐ……」

 

 きっと、姉さんならもっと上手く立ち回れていたと思う。姉さんとリサ姉さんの仲の良さは私が入り込めない時があるから。きっと……ううん。間違いなくリサ姉さんに嫌われた。私の事を本当の妹のように接してくれていたリサ姉さんを傷つけたはずだから……。

 明日からリサ姉さんとどう接していいか分からない。それ以前にどんな表情を浮かべて合えばいいの?もう分からない。

 

「華那?着替え置いとくね。ちょっと大きいかもしれないけど、華那の服が乾くまで我慢してね?」

 

 シャワーを浴びていた私に脱衣所から扉越しに声をかけてきたのは、公園で雨の中泣いていた私を自分の家に連れてきてくれた沙綾だった。あの時、沙綾が声かけてくれなかったら私はずっとあの場所で座ったままだったかもしれない。

 

「……ありがと。それとごめんね、沙綾。迷惑かけて……」

 

「大丈夫だよ。迷惑なんてかかってないから。上がったら私の部屋来てね。飲み物用意しておくから!」

 

 と、沙綾は明るく答えて脱衣所から出て行ってしまった。その後、しばらくしてからシャワーを止めて脱衣所で体を拭いて服を着たのだけれど……。ぶかぶかだね。確かに私より沙綾の方が身長高いけれど、まさか手が服の中に隠れるとは思わなかったなぁ。あ、足も隠れちゃうから気をつけて歩かないとコケるね……。

 結局、足はズボンの裾を捲って転ばないようにして歩くことにした。ジーンズ系じゃなくて動きやすいジャージでよかった。そう思いながら沙綾の部屋へ向かう。扉を二回ノックする

 

「いいよー華那。入って」

 

「失礼……します」

 

 明るい声で返事を返してくれた沙綾に対し、私は恐る恐るといったような形で部屋に入る。いや、だってもうこの時点ですっごく迷惑かけているんだよ?これ以上、迷惑にならないようにしないといけないから……。部屋に入ると沙綾は中央にテーブルを置いて飲み物を用意して待っていてくれていた。私が来ている服が大きいのを見て苦笑を浮かべて

 

「あら。ちょっと服大きすぎたかな?ごめんね、華那」

 

「ううん!だいじょぶだよ!こっちこそゴメンね服借りちゃって……」

 

 私は立ったまま謝る。沙綾が座りなよって促してくれたので、沙綾に対してテーブル越しに正面に座る。「はいっ」と沙綾が私の目の前に置いたのはホットミルクが入ったマグカップだった。

 

「体の中からも温まろう。ね?」

 

「ありがと……沙綾」

 

 と、私を元気づけようとしてくれている笑顔の沙綾。私もできる限りの笑顔を浮かべてカップを手に取る。左手をカップに添えて一口飲む。あつっ。

 

「あはは。華那もしかして猫舌だった?」

 

「うーん……そういう訳じゃないんだけどなぁ」

 

 私の様子を見て笑う沙綾にそう答えつつもう一口飲む。うん。美味しい。ん……なんだか蜂蜜の風味が少しするんだけど……少し入れた?

 

「お、流石華那。そうなんです。蜂蜜を少しだけ入れてみました」

 

 なんでも美容にいいらしいよ、と言いながら沙綾もホットミルクを口にした。しばらく黙ったままホットミルクを飲む音と雨の音だけが聞こえてくる。私があの場所にいた理由を聞いてこないのは沙綾の優しさなんだろうな。それに甘えちゃっている自分に気付いて、情けなくなる。

 だって、今回の事は自分勝手に動いたせいなのに、関係のない沙綾に心配かけてシャワーと服まで借りている。本当にダメな人間だなと思ってカップを持ったまま俯いていると、突然額にデコピンされた。

 

「!?!?!?」

 

 突然の事で、私は言葉にならない困惑の声を上げた。右手で額を抑えるも困惑しかない。ってか、なんでデコピン!?

 

「華ー那。せっかく笑顔になったと思ったのに、そんな暗い表情してたら、『心配してください』って言ってるようなものだよ?私と華那の仲でしょ?悩み……聞かせてくれないかな?」

 

 と、私にデコピンをしてきた沙綾は、少し怒った表情を浮かべていたけれど、最後は柔らかい笑顔を浮かべて、子供を諭すように話しかけてきた。私は額を抑えていた右手を下して、ホットミルクに口をつける。沙綾は話を聞かせてほしいと言っているけれど、こんな話し聞いたら、沙綾にも嫌われるかもしれない。そう思うと、話すのを躊躇ってしまう。

 

 でも、沙綾がそんな人間じゃないって私はよく知っている。それにここまで心配かけて話さないってのも、友達としてどうなんだろうか。様々な葛藤が私の中で生まれては消えていったけれど、最終的には沙綾に話してみようと覚悟を決める。その覚悟を決めるまで沙綾は黙って待っていてくれた。

 本当にごめん。そう沙綾に謝りながら、私は姉さんのバンドの為にリサ姉さんにベースをもう一度やってほしいとお願いした事を話し始めた。本人の想いを考える事をしなかったことを――

 

 

 

 

「珍しい……いえ、何年振りかしらね。リサが(うち)に来るだなんて」

 

「あははー。迷惑だった?」

 

 「大丈夫よ」と答えながら私はリサにお茶を出す。山吹さんから華那の事で連絡があったほぼ直後。リサから「聞きたいことがあるから、友希那の家に来てもいい?」と連絡が来た。リサが聞きたいことがあるというのだから断る理由はない。華那の事は山吹さんにお願いしてあるけれど、山吹さんに華那を迎えに行くから後で連絡もらえるようにお願いしておいた。

 それでどうかしたの、リサ。すこし表情が暗いけれど。

 

「えーそうかなー?アタシはいつも通り元気だよ?」

 

 と笑うリサ。でもその笑顔はどこか無理しているように私には見えた。少し目が赤いのも気になるところだけれど、本人がいつも通りだというのだから無理に聞く訳にはいかないわね。

 

「そういえば、友希那。華那は?」

 

 首を傾げながらリサが華那はどうしているか聞いてきた。どうやら家にいると思っていたようだけれど、本当の事を言ったら心配しそうね。本当なら言うべきなのかもしれないけれど、状況が状況だからリサには悪いけれど――

 

「……華那なら、友人の家に行っているわ。雨で帰れなくなったってさっき連絡が来たわ」

 

「そっかー……。さっきまで晴れていたもんねー。傘持って行かなかったなぁー」

 

 と、本当の事を少し混ぜつつ私はリサに嘘を言う。少し動揺しているリサ。本人はうまく隠せたと思っているようだけれど。まったく……もう、何年付き合っていると思っているのかしら。今の間といい、少し目が泳いでいるじゃない。動揺を隠すならもっとうまくやりなさい。そう思いつつも、声には出さずに私はお茶を飲んでリサに問う。

 

「それで、私に聞きたい事って何かしら?」

 

「あー……」

 

 リサは少しバツが悪そうに、お茶を飲むのをやめて天井を見上げる。どうやら私に聞き辛い質問のようね。リサの心の準備ができるまで気長に待つわ。というか、急かすような真似をしてしまったわね。ごめんなさい、リサ。

 

「いやいや、友希那が謝る事じゃないよ!アタシがきちんと“覚悟して来れば”よかっただけの話しなんだしさ!」

 

 慌てて私が悪くないと言ってくるリサ。覚悟という言葉に何か引っかかるような感覚。気のせいかしら?と思いつつリサの言葉を待つ。屋根に雨が当たる音が静かな部屋に響く。私は再びお茶に口をつける。

 

「友希那はさ……FWFに出るのはやっぱ“復讐”なの?」

 

 長い沈黙の後、リサが紡いだ言葉は私にとって意外なものだった。私がFWF――正式名称『FUTURE WORLD FES.』に出るのは、自分たちの目指す音楽を否定されて、事務所が求めた音楽ですべてを否定された父さんの無念を晴らすため。()()()()()()()。もちろんそこで私の目指す音楽が評価されれば、父さん達の音楽が間違っていなかった事に繋がる。

 

 でも……万が一、FWFで否定されたとしても、私は()()()()()()()()()()()()()()()()()。それが華那と私の夢である()()()だ。世界で最も権威のある音楽賞の一つであるあの賞で評価されれば、今まで否定してきた人達も評価を改めるに違いない。その為には、頂点を目指すメンバーが必要。だから、華那が紗夜を見つけてきた時は、本当にいいギタリストを連れてきてくれたと喜んだ。

 

 紗夜のように向上心溢れて、努力を惜しまないギタリストはそうそういないわ。最終目標は()()()なのだから、向上心が無い人間では駄目だから。そう考えれば、私にとってFWFはあくまで通過点でしかないわ。でも、FWFで認められるのも目標の一つなのは変わらないから、リサにはそれが“復讐”に見えたのかもしれないわね。

 

「……それもあるのは否定しないわ」

 

「そっか……」

 

 私の言葉を聞いて落ち込んだ様子のリサは俯き呟くようにそう言った。「でも」と私は続ける。それに反応して顔を上げるリサ。

 

「私にとってあくまでFWFは通過点よ。確かにそこで評価されればとう……父の音楽を認められるという想いもあるのは否定できないもの」

 

「え……通過点?」

 

 驚いた表情を浮かべるリサ。そういえばリサにすら言った事なかったわね。私と華那の最終目標の事を。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という夢。

 ――いいえ。華那は間違いなく()()()()()()()()()()。その時、一緒にあの舞台に立つ。私はそう信じているわ。だから、私は立ち止まるわけにはいかない。華那と共に立つためにも。

 

「ええ。通過点よ。最終目標はもっと先――私は“頂点”を目指しているのよ」

 

「頂点……」

 

 リサの問いかけに私は淡々と、それでいて嘘偽りなく答える。私の言葉を聞いてリサは驚いた表情のまま固まっていた。どうやら、私がFWFに固執しているものだと思い込んでいたようね。時々、華那のいない時に「まだバンド組むの諦めていないの?」と聞いてくることがあった。あれはリサなりに私の事を心配してくれていたのだと思っていた。

 

 

 父さんと同じ末路を辿ってしまうのではないか――と

 

 

 私一人だったら、そうなっていたかもしれない。でも、私には華那という最高のサポーターで、最愛の妹がいるのよ?そう簡単に同じ末路を辿る事は無いわ。それに――

 

「それに?」

 

 私の言葉にリサは首を傾げる。私は小さく笑みを作り

 

「私達にはリサがいるもの。リサがいるから私達は音楽へ突き進める。リサがいるから“日常”に戻ってこれる。もしリサがいなかったら……私達は間違った道を進むかもしれないわね」

 

 そう。リサが心配してくれているから、陰で背中を押してくれているから私と華那は前へ進める。音楽だけに集中できるのもリサが心配してくれて、どこかでストップをかけてくれるから。

 

「だから、私達は頂点へ目指せる。それとリサ。これは私の我が儘なのだけれど……時々でいいからまたセッションしましょう。それこそ練習とかじゃなくて、ただ楽しむだけのセッションを」

 

「!……まいったなぁ。友希那から誘われたら断れないじゃん」

 

 と、右手で頬を掻きながら薄っすらと目に涙を浮かべるリサ。リサも気付いているとは思うけれど、リサがベースを辞めた理由を私は理解しているつもり。あの時――私達姉妹が頂点を目指す事を約束した時――今までただ音を奏でて楽しんでいたセッションから、それこそプロを目指すセッション、練習へと変化していった。リサも音楽に対しては情熱はあった。でも、その情熱の温度差が私達姉妹とリサの(あいだ)にあった。

 リサは私達と音楽を楽しみたかった。でも、私達は楽しく音楽する時間はない。そんな状況が続けば、リサがベースを辞めて違う事を始めるのは時間の問題だった。華那はよくリサを誘っていた。「またセッションしようよ」と。私は華那に「リサを無理に誘うのはやめなさい」と注意した。リサにはリサの理由があるのだからと付け加えて。

 

「そっかー。友希那はアタシと音楽したかったんだー」

 

 とさっきまで涙を浮かべていたのにちょっと意地悪そうな笑みを浮かべるリサ。う……だって仕方ないじゃない。リサが楽しそうにベースを弾いているのを見るのが好きで、一緒に音楽をするのはもっと好きなのよ。

 

「え?」

 

「あっ……」

 

 し、しまったわ。リサに伝えてこなかった事をつい口走ってしまったわ。は、恥ずかしい。一気に体中の体温が上がるのが自分でも分かる。目を逸らして窓から外を見る。まだ外は雨が降っていて、時折窓に雨粒がぶつかっている。

 

「友希那……さっきの言葉はさ……嘘じゃないんだよね?」

 

「っ……む、蒸し返さないで頂戴、リサ。結構恥ずかしいのよ」

 

 聞き間違いじゃないかと思ったのか、改めて確認してくるリサに私は恥ずかしさのあまりそういうのが精一杯だった。何とも言えない沈黙が私達の間に流れたけれど、嫌な雰囲気ではないわね。ただ、お互いちょっと恥ずかしいだけ。

 しばらくお互い沈黙。チラリとリサを見れば何か決意したそんな表情を浮かべて息を吐いて

 

「……友希那。友希那の目指す場所()、分かったよ。()()()()()()()()()()()()()()()()!」

 

 と笑顔で言った。私は何のことかはわからなかったけれど、できるだけ優しい笑顔を浮かべて

 

「そう。リサ、お互い頑張りましょう」

 

「うん。それとゴメンね。急にこんな話しして」

 

 と言いながら立ち上がるリサ。気にしなくてもいいのにと言いながら私も立ち上がる。リサを見送りに出るついでに、華那を迎えに行く準備をする。そろそろ華那も落ち着いた頃だと思うから。

 

「あれ?友希那、出掛けるの?」

 

 靴を履いて扉を開ける前に私の様子に気付いたリサが不思議そうに聞いてきた。傘を持っていかなかった華那を迎えに行くのよ。いくら友人宅にいるとはいえ、長時間居れば迷惑になるわ。それに、たまには華那と一緒に降りやまない雨の中を散歩するのも悪くないわ。

 

「そっか……。友希那。()()()()()()()()

 

「?……ええ。きちんと迎えにいくわよ」

 

 何か含みのある言い方だったけれど、私はリサの言葉に頷きながら答えてリサと一緒に家を出て別れた。リサは自分の家へ、私は山吹さんの家へと向かったのだった。

 

 

 

 

「――という事があったの……」

 

 沙綾に事のあらましを話した私は残っているホットミルクを飲み干したけれど、既にホットと呼べる代物じゃなくなっていた。結構長い時間話していた事を嫌というほど思い知らされる。それなのに沙綾は時折相槌を打つ程度で、黙って話しを聞いてくれた。

 沙綾もドラムをやっていたけれど、沙綾のお母さんが体を壊して、家族を支えるためにドラムを辞めた。そんな沙綾に誰かがドラムしてほしいとお願いしたら……沙綾はどうするのだろう?

 

「……沙綾は」

 

「うん?」

 

「沙綾はさ、誰かにドラムしてってお願いされたらどうする?」

 

 状況が似ているから、参考になればと聞いてみる。沙綾はしばらく考えてから

 

「間違いなく断るね」

 

「……だよね」

 

 沙綾の言葉に私は俯く。でも――と沙綾が続ける。

 

「本当にその人に熱意があって、何回も来るようなら――心揺さぶられるかもしれないね」

 

 と、最後は笑顔で答えた沙綾の言葉に私は衝撃を受けた。熱意。リサ姉さんがベースしたくなるような熱意が私にはあっただろうか。ううん。無かった。縮こまって、リサ姉さんの表情を伺いながらお願いした。

 それじゃあ私の想いなんて伝わらない。ならやるべき事は何か――分かった気がする。それが間違いかもしれない。でも、リサ姉さんとの関係を悪化させたままにしたくはない。ならやるべきことは?

 

「沙綾、ありがとう。答え見えた気がする」

 

「……よかった。やっぱり華那は悲しい表情より今みたいに笑っている表情の方が似合ってる」

 

「え、沙綾!?何言ってるの!?」

 

「アハハ!」

 

 急にそんな事言われると恥ずかしいんですけど!?そう思っていたら下の階から沙綾のお父さんが沙綾を呼ぶ声が聞こえた。沙綾が私に断りを入れて部屋から出ていく。どうしたんだろう。パン屋の方忙しくなったのかな?しばらくしてから沙綾が誰かと話しながら上がってくる声が聞こえてきた。ん?お客さんかな?そう私は部屋の扉が開いた瞬間、そこに立っていたのは腕を組んで仁王立ちに近い体勢の姉さんだった。

 

「ね、姉さん……?」

 

「華那……ふっ……服がブカブカじゃない……ふふふっ」

 

 と、怒ったというより私の服装を見て笑い出す姉さん。いや、確かにこの服、沙綾の服だから大きいけど、そこまで笑う!?と少しショックを受けている私をしり目に、沙綾も姉さんの後ろで笑ってるし……。なんでよ!?

 

「いや、だって。改めて見ると今の華那はさ、小さい子が大人の服着ているような感じなんだよ?」

 

「子供!?沙綾と私、同い年だよ!?」

 

「アハハっ!そうだったね」

 

「フフッ。それだけ元気なら風邪の心配はなさそう、華那」

 

 と言って私に近づいて頭を撫でてきた姉さん。うう、姉さんにこんな格好見られるだなんて思ってもいなかったから恥ずかしい。でも姉さんがなんで沙綾の家に?

 

「あ、私連絡したの。そろそろ迎え来てもらえますかって」

 

 沙綾が姉さんに連絡とったのか。まったく気付かなかったよ。でも姉さんは午前中氷川さんと練習だったはず。疲れているのに……。

 

「大丈夫よ。それに華那の珍しい姿見れたわ。あ、山吹さん。写真のデータ後で送ってもらえるかしら?」

 

「はい!あとで必ず!」

 

「ちょっと姉さんに沙綾!?なにやってるの!?」

 

 と目の前で私の今の服装の写真を送る段取りをつける二人。ちょっと待って!?いつの間に取ったの沙綾!?私全く気付かなかったんだけど!?その後、乾燥機で乾かしていた私の服も無事に乾き、姉さんと一緒の傘で帰る事になった。

 帰宅途中、姉さんは今日あった事を聞いてはこなかった。間違いなく沙綾からどういう状況だったかは連絡行っているはずなのに――だ。きっと姉さんなりの気遣いなのだろうと思って、姉さんと音楽や猫の話しをして家に帰ったのだった。

 

 

 翌日。私はあこちゃんの練習を見るためにスタジオにやってきていた。リサ姉さんとは結局話す事はできなかった。でも、練習終わったら家に行ってみよう。それでもう一度謝って、いつも通りに接してもらえるようにお願いしてみよう。

 そう決めてスタジオの扉を開ける。すると、そこにはあこちゃんと一緒に音楽を奏でる真紅のベースを持ったリサ姉さんの姿があった。え、え?ど、どうしてリサ姉さんがいるの?困惑している私に気付いたリサ姉さんは、演奏を止めて悪戯が成功した子供のような笑顔を浮かべて

 

「こら、華那ー。遅刻するだなんて悪い先生だぞー?」

 

「な、なんで……?だって昨日……」

 

 そう。昨日、ベースはできないって私に言ったのに、次の日に目の前でベース弾いてる姿なんて想像できるわけがない。

 

「あー……アタシもさ、()()()()()()()。もう一度やってみようって」

 

「り、リサ姉さん!!」

 

「わっ!?」

 

 恥ずかしそうに言うリサ姉さんに感極まって私は抱き着いた。リサ姉さんは驚きはしたようだけれど、嫌な顔せずに私を受け止めてくれて、頭を撫でながら

 

「結果はどうなるか分からないけどさ、アタシもあこと一緒にテスト受けてみるから。だから、華那。応援してよ?」

 

「うん……うん!」

 

 と私は涙を拭いながらリサ姉さんの言葉に頷く。

 

「よーし!リサ姉も華那さんも揃ったから、ズバババーンって練習するよ!」

 

「クスッ……そうだね、あこちゃん。厳しくいくからそのつもりで!」

 

「えー!?今まで以上に厳しくされたらあこ、腕ちぎれちゃうよー!」

 

「ふふっ!さあ……やろっか!」

 

 そうして私達は練習を始めた。必ず姉さん達のバンドのメンバーになると想いを一つにしながら――

 



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#14

 学校が終わり、姉さんと一緒にスタジオへ向かいながら会話をする。今日はメンバー集めで注目しているバンドのライブは無いので、姉さん達の練習を見学してもいい?と聞いたら姉さんは快く許可をくれた。氷川さんには私の方から通話アプリで連絡を入れておいた。そしたらすぐ返信が来た。

 

『湊さんが許可しているのなら、私も構いません。練習の時に、何がおかしいか指摘していただければ助かります』

 

 と、氷川さんの中では練習を見た私がダメ出しする事になっているみたいで、私は内心慌てた。私より上手い人に対してダメ出しとかできませんって!!そう返したけれど氷川さんは

 

『期待しておりますので』

 

 としか返してこなかった。こ、これは相当な重圧(プレッシャー)だよね!?変な指摘したら困惑させそうだし、姉さんから逆に指摘されそうだし――というのがつい十数分前の事。姉さんにどうすればいい?と聞けば

 

「そんなに緊張しなくていいわ。華那の感じた事、思った事を素直に言えばいいわ」

 

 と、優しく言ってくれたので、ありがとうと姉さんにお礼を言った。もし姉さんにまで「厳しい意見出して欲しいわね」と言われたらスタジオに着くまでずっと緊張したままだったはずだから。

 

「そういえば華那。前言っていた欲しいギターってどんな色なのかしら?」

 

 スタジオへ向かって歩いていると姉さんが唐突に聞いてきた。先日、姉さんにパソコンを占有していた時に、私がスマホでとあるギタリストが演奏している動画を見て欲しいなあと呟いていたのを覚えていて聞いてきたみたい。

 

「んー、キャナリーイエローって色なんだけど、なんでも海外の車メーカーが使用している色らしいよ?」

 

「……華那。その色だけは止めておきなさい」

 

「え?でも「今もっている黒が凄く似合っているし、青とか赤系が華那には似合うと私は思うわ」!……わかったよ。姉さんが言うならその色で探してみるね!」

 

 と、何故か私の両肩に手を置いて、キャナリーイエローは似合わないと言ってくる姉さん。本当はその色が欲しかったけど、姉さんが私に合う色を考えてくれたのが嬉しかったので、私は姉さんの意見を参考にしようと思う。ならDC(ダブルカッタウェイ)のアクアブルーにしようかなぁ。あれなら青系だし、姉さんお勧めの色になるもんね!あと赤なら、あれかなぁ。チェリーレッドってやつかな。

 

 そんな会話をしていたらスタジオに到着した。その入口にあこちゃんが待っていた。実はここまでは打ち合わせ通り。ただ、ここからが正念場。だって、姉さんを説得しないといけないのだから。だから、私がついてきたのだけれどね!

 今日が最初で最後のチャンス。リサ姉さんとあこちゃんにはそう伝えてある。この間までの練習であこちゃんの技術は上がってるし、リサ姉さんも二年のブランクを感じさせないほどに技術も戻ってきている。基礎練習はしていたから、後は慣れるだけだったから、指導や指摘する私としては楽だった。

 

 でも、姉さんが納得いくレベルかどうかは私には分からない。でも、二人とも向上心はある。私はそういうところを見てほしいし、姉さんの歌声にあこちゃんのドラムもリサ姉さんのベースも合う。そう信じている。

 

「友希那さん、こんにちは!今日もお願いに来ました!!あこをバンドに入れてください!!」

 

 あこちゃんが元気よく挨拶をして、何度も断られているのに姉さんにバンドに入れてもらえるようにお願いする。実は、こうやって姉さんの隣で、あこちゃんがお願いする姿を見るのは初めてなので、私の方が緊張してしまう。

 

「諦めてなかったのね……」

 

「はい!いっぱい練習しました!友希那さんの歌う曲全部叩けるようにしてきました!だから……一回だけテストしてください!!それでダメならもう言いませんから!!お願いします!」

 

 呆れた口調の姉さんに対し、勢いよく頭を下げるあこちゃん。左手にはボロボロになったスコアを持ってだ。姉さんは溜息を吐いて、どう断ろうかしら――、といった感じの表情をしている。今です――と幻聴が聞こえてきた気がするけれど、それは無視して私は姉さんに

 

「姉さん。一度だけって言ってるんだから、テストしてあげたら?」

 

「華那……分かっているでしょ?私達にはそんな時間が――」

 

「あこちゃんの熱意は本物だよ。私の後輩だから知ってるんだ。やる時はやる子だよ。だから、私からもお願い。あこちゃんの熱意、無駄にさせたくない。一曲だけでもいいからテストしてあげて」

 

 私も姉さんに向かって頭を下げる。姉さんは驚いた表情を浮かべたけれど、すぐに平静を取り戻して数秒黙って考えていた。お願い。姉さん――

 

「分かったわ。一回だけ。一曲だけセッションして判断するわ。それでいいかしら?」

 

「!は、はい!ありがとうございます!!友希那さん!!華那さん!!」

 

「よかったねあこちゃん!でも、ここからが勝負だよ?」

 

 と、頭を下げるあこちゃんの頭を撫でながら私は小さな声であこちゃんに注意する。そう。やっとスタートラインに立てただけ。私が立てないスタートラインに……。あこちゃんなら大丈夫と信じているからね。練習してきた事、全部ぶつけてきて。

 

「……行くわよ二人とも。紗夜が待ってるわ」

 

 と言って、スタジオの中に入ろうとする姉さんだったけれど、ある人物がそれを引き留める。

 

「友希那!そのテスト……アタシも受けていいかな?」

 

「!……リサ……」

 

 そう。それはベースの入ったケースを背負ったリサ姉さんだった。制服を着ている事から、一度家に帰ってベースを取りに行ってそのまま来たのだと思う。ってか、タイミング合わせたでしょリサ姉さん……。本当はあこちゃんと一緒にお願いする手はずだったはずなのにぃ……。

 

「リサ……貴女……」

 

 複雑そうな表情の姉さん。色々と思うところがあるみたいなのは当たり前……か。一度音楽から離れていったリサ姉さんが、再び音楽をするという決意をして、尚且つ姉さんと一緒にバンドをしようとしているのだから。

 

「そんな心配そうな表情しないでよ友希那。アタシもさ、覚悟してきたんだ。やっぱりアタシ、友希那と一緒に音楽やりたくて、友希那を支えたいんだ」

 

 その言葉に私は胸が痛むような錯覚を覚えた。姉さんを支える事。一緒に音楽をする事。どれも私が目指してきた事だ。でも今はもう叶わない。私にはリサ姉さんとあこちゃんの想いが姉さんに届く事だけを祈るしかできない。でも、私にはこの結果を見届ける義務がある。だって、リサ姉さんがもう一度ベースをする決意に至った原因は私になるのだから。姉さんは目を瞑って黙っていたけれど

 

「……はあ。分かったわ。あこ、リサ。一曲だけテストするわ。それで判断させてもらう。それでいいかしら?」

 

 小さく息を吐いて、仕方ないといった風に言って、私達に背を向けてスタジオの中に入っていった。

 

「はい!」

 

「オッケー!」

 

 と、リサ姉さんとあこちゃんは顔を見合わせて笑顔を見せる。ここまでは順調。後は二人が全力を持ってやるだけ。私にできるのはここまでだ。

 

「リサ姉さん。あこちゃん。頑張って!」

 

 私から二人に言えるのはこの言葉だけだった。二人は私の言葉に力強く頷いてくれた。私たち三人は姉さんの後を追ってスタジオへ入る。部屋に入れば、氷川さんがすでにギターの準備をしていた。まだ練習開始時間には余裕があるけれど、流石は氷川さん。そういうところ見習わないといけないなあ。

 

「湊さん、華那さん。こんにちは。……後ろの二人は?」

 

「こんにちは、氷川さん。この二人はバンドメンバー候補です」

 

「候補ですって?湊さん。いったい……」

 

 私の言葉に動揺する氷川さん。急に連れてきた人間が候補だというのだから驚くのも無理ないよね。姉さんは小さく息を吐いて

 

「どうしてもって言うから、一曲だけ合わせてみて判断する事にしたのよ。それに……目は本気よ。遊びじゃないわ」

 

 腕を組んで真剣な表情で氷川さんと会話する姉さん。その間にあこちゃんとリサ姉さんは、自分たちの楽器の準備を始める。私は近くにあった椅子を手に取り、姉さんが歌う位置の正面になるように置いて、氷川さんと姉さんのやり取りを見守る。

 

「……みたいですね。分かりました。華那さんの推薦もあるみたいですし、一曲だけなら私も文句はありません」

 

「そう……二人とも準備できたら言って頂戴」

 

 氷川さんの言葉に私はホッと胸をなでおろした。姉さんは発声練習をして準備をしている。相変わらず綺麗で力強い声だなぁ。そう思っていると二人の準備が終わったみたいで、姉さんもそれを確認してから

 

「やるわよ。一曲だけのテストを――」

 

 そう言ってから、姉さんは演奏する曲を二人に伝える。曲は姉さんがライブでやっているカバー曲で、「ETERNAL BLAZE」。うん。だいじょぶ。私も入れて三人で何回も練習した曲だから、大きなミスさえなければいい線いけると思う。二人とも頑張って。

 

「華那。終わった後、意見を聞かせて頂戴」

 

「うん。分かったよ、姉さん」

 

 姉さんも自分と氷川さんの判断じゃなくて、演奏していない私の意見を聞いて判断するつもりのようだ。私は頷きながらそう言って椅子に座る。本当は立っていた方がいいかもしれないけれど、座っていた方が無駄に緊張しないでいいと思ったから。

 

「あこ、リサ、紗夜。カウント三つで始めるわよ。あこカウントお願い」

 

「はい!スリー、ツー、ワン」

 

 あこちゃんの元気なカウントから演奏が始まる。その瞬間、私は一気に四人が奏でる音に引き込まれた。今までいろんなライブハウスで見て聴いてきたバンドよりも完成度は低い。それでも、四人の奏でる音楽は私の心に響いていた。リサ姉さんとあこちゃんは本当に楽しそうに音楽を奏でている。氷川さんはそれに引っ張られないようにしながらも、この瞬間を楽しんでいるように見えた。姉さんも歌う事に集中しているけれど、いつも以上に感情が歌に込められていた。

 想像以上。できる事なら、私もギターを持ってその演奏の輪の中に入りたい。それができればどれだけ楽しいだろう。でも――それはやってはいけない。望んではいけない事。だって。この音は、()()()()()()()()()()()()()()()なのだから――

 

 演奏はあっという間に終わってしまった。私は自然と拍手をしていた。気になるミスもあった。でも、そのミスを帳消しにするぐらいに、四人の奏でた音楽は素晴らしくて、心に響くものがあった。

 

「……」

 

「……」

 

 演奏が終わってから全員沈黙。私も拍手を止めて様子を見守る。今は私が口を出していい場面じゃない。そう判断したから。しばらく静寂がスタジオを支配していたけれど、あこちゃんが申し訳なさそうに声を上げた。

 

「あの……黙ってますけど、あこ……不合格ですか?」

 

「っ……そう……だったわね。ごめんなさい。小さいミスはあったけれど、二人とも合格よ。紗夜は?」

 

 動揺を隠せていない姉さんだったけれど、合格と言ってから氷川さんに確認をとる。氷川さんも何か考えていたようだけれど頷きながら

 

「私も同意見です。ただ……」

 

 何か言い辛そうな氷川さんだったけれど、氷川さんの言葉を聞いた瞬間、あこちゃんが喜びを爆発させた。

 

「い……やったー!!!!華那さん!!!リサ姉!!やったよ!!」

 

「そうだねあこ!いやーきちんと合わせられるか不安だったけど、体が勝手に動いた感じでさぁー。初めて四人で合わせたと思えなかったよー」

 

 と、飛びついてきたあこちゃんを抱きしめながらリサ姉さんが肩の力を抜いてそう言う。確かに初めてとは思えないほど四人の音はシンクロしていた。音をただ合わせるだけなら誰でもできる。でも、今奏でられた音はただ合わせただけじゃない。

 バンドの醍醐味ともいえる人を惹きつけるサウンド。それが今奏でられた正体?間違いなく姉さん達も今の音を感じていたのだと思う。だから戸惑っているのかな?私もただ体感しただけだから、言葉にするのが難しい。

 

「……華那の意見は?」

 

「……今のはこの四人でしか奏でられない音楽だと思う。聴いていた私がサウンドに引き込まれるような感覚だったもん。姉さん。私はこの四人でやっていくべきだと思うよ」

 

 姉さんに問いかけられた私は正直に答えた。ただ、内心は複雑だった。だって、今まで何回か姉さんと一緒にライブに出た事あるけれど、こんな体験した事、無かったから。一緒に歌っている時は今感じたものに近い感覚はあったけれど、ギターとして隣でサポートメンバーで出てからは一回も無かった。だからこれは嫉妬。これはきっと羨望なんだ。この四人でしか奏でられない音に対しての。

 

「そう……決定ね。あこ、リサ。確認なのだけれど、ついてこれないと判断したら辞めてもらうけれど、それも覚悟の上よね?」

 

「はい!」

 

「うん。勿論だよ」

 

 姉さんの問いかけに力強く頷く二人。だいじょぶ。このメンバーなら上に行けるし、支え合えるはず。

 

「そう……なら今から練習するわよ」

 

 と言ってさっそく練習に入ろうとする姉さん。きっと今の感覚をもっと磨きたいのだろう。私は出て行った方がいいかなと思ったけれど、氷川さんが近づいてきて

 

「華那さん。指摘お願いしますね」

 

「え……あ、はい」

 

 氷川さんから期待に満ちた表情で言われたら、私は断るに断れなかった。まあ、少しでも姉さん達の役に立てるならそれもいいかと思いつつ、姉さん達の練習を見守るのだった。

 

 

 

 

 

「という事があってから、あこちゃん経由で白金さんがメンバーとしてRoseliaに入った訳です」

 

「そう……なんだね……」

 

「二人を陰でサポートしていたのは華那さんだったのですね。それならあのテスト時点で、二人の楽曲への理解度が高かったのも頷けますね」

 

 Roseliaの練習が午前中だったある日の午後。私は白金燐子さん、氷川さんの三人で喫茶店でお茶をしながら、Roseliaの結成裏話をしていた。実は白金さん加入について私はノータッチで、加入した日もキーボード演奏者がいないか探していた。探している途中、リサ姉さんから連絡来て、メンバー見つかったと聞いた時に、素っ頓狂な声を上げたのは私は悪くない。悪くないよね!?

 

 で、白金さんとは話すようになったのは加入後だった。自己紹介した時に、姉さんの妹って事で驚いていたっけ。年下だから可愛がってくれているのは素直に嬉しいのですけど、いつもクッキーやらアメやらくれるのはどうしてですかね?そこまで子供じゃないですよ?

 

「でも……どうして……その話しを私達に?」

 

 疑問に思った正面に座る白金さんがそう聞いてきた。白金さんの隣に座る氷川さんも疑問を抱いていると思う。確かに昨日のうちに連絡していたとはいえ、喫茶店でこんな話しするとは思っていなかったと思う。

 

「確かに。白金さんや私にする話しには思えなかったのですが、意図があるのですよね?」

 

「ええ、勿論あります。どうしてあの二人がバンドに入ろうと思ったのか。どんな経緯だったかを知っておけば、お互い活動していく中で円滑に事が進められると思ったからです。特に後で加入した白金さんと他のメンバーの温度差を無くす――と言うのが重要だと思ったので」

 

 そう。Roseliaはバンドとしてはまだ産声を上げたばかりで、まとまりなんてまだみえてきていない。でも、いつかこの話しをした事が生きてくる時が来る。そう思ったから。それに――

 

「あまり……考えたくはないのですけど、私の身に万が一の事があって、姉さんを支えられなくなった時。姉さんを近くで支えてくれるのはリサ姉さんがいる。でも、バンド仲間として支えられるのは氷川さんと白金さんだと思ったからです。ただ、あこちゃんにはまだ難しい話しかなって……」

 

「万が……一……?」

 

 そう。人間なんて何時どうなるかなんて本人すらわからない。神様がいるなら、神様が決めた時に、命を落とすのだろう。それが結果として事故や病死、老衰などの形をもって。そうなった時。姉さんが一人になってしまったら、きっと私の為にと無茶をする。そういう時、バンドメンバーとして支えてもらいたい。

 

「華那さん……あまりそういう事は言わないでほしいのですが?」

 

「ごめんなさい、氷川さん。でも……バンド内での事は私何もできないし、もう知っていると思うのですけど、姉さん口下手だから心配で……」

 

 鋭い視線で話してくる氷川さんに私は視線を下に落として謝りながらそう伝える。人付き合いが苦手な部分がある姉さんだから、何か行き詰ったりすると、自分を何とか貫こうとして失敗しそうな気がして……。

 

「確かに、失礼な言い方かもしれませんが、湊さんはあまり口数の多い方ではありません。でも、だからと言って華那さんがそこまでする必要――……ありましたね」

 

「氷川さん……?」

 

 言っている途中でなにかに気付いた氷川さんは小さく息を吐いた。その様子に若干困惑する白金さん。そう。氷川さんには初めて会った時に話した事。五万人とか六万人収容するようなスタジアム級のライブをする事。そのステージに一緒に立っている事。それが私達の夢だった。でも今は叶わない。姉さんはRoseliaのボーカル。私はどのバンドにも所属していないただのギター好きのどこにでもいる人なのだから。

 

「五……六万人……?」

 

 一気に青ざめる白金さん。あ、白金さん人込み苦手なのを忘れていた。その光景を想像しちゃったのかな?ご、ごめんなさい。だいじょぶですか?

 

「あ……うん。大丈夫……だよ?……でも……素敵な夢……だね」

 

 と、若干震えながらも笑みを浮かべて言ってくれる白金さん。

 

「はい。……氷川さん、白金さん。迷惑なのは承知の上でお願いします。どうか、姉さんの事。最後まで見捨てないでいてください」

 

 頭を下げてお願いする。やっと、やっと上を目指せるメンバーが揃った。後はメンバー同士の努力次第。私にできるのはここまで。

 

「……まったく、華那さん。顔をあげてください」

 

「え、あ、は…い……みゅ!?」

 

 氷川さんに言われて顔をあげた瞬間、いつの間にか隣に座っていた氷川さんが私の頭を胸に引き寄せて頭を撫でてきた。え、え?ど、どういう事!?

 

「華那さん。貴女が何もできないって事はないって前にも言いました。覚えてますか?」

 

 優しい口調で私の頭を撫でながら氷川さんが言う。確かに前も言ってくれた。「本当に身近で支えられるのは華那さんだけ」だって。でも――

 

「……どんどん姉さんが遠くに行ってしまう気がして……。私なんかじゃ支えられないんじゃないかって……」

 

 ポロポロと一つ二つと涙が零れ落ちる。どんどん遠くなる背中。私も必死に追いつこうと頑張っているけれど、上手くならない。なら、私がいなくても大丈夫なように立ち振る舞うしかないと思った。だから二人に貴重な時間をもらってまで話をしたわけで――

 

「大丈夫……だよ。華那ちゃん……一生懸命やってるの伝わってるから……」

 

「そうです。だからそんなに自虐的に……悲観的にならないでください。それに私達、約束しなくても湊さんを見捨てる事はありません」

 

 と私を抱きしめる腕に力が入る氷川さん。ありがとうございます……それとごめんなさい。迷惑ばかりかけて……。

 

「いいんですよ。華那さんが一生懸命で、Roseliaの将来の事を考えて行動しているのは伝わりました。だからこの程度迷惑じゃないですよ」

 

「そうだよ……華那ちゃん。大丈夫だから……ね?」

 

「グスッ……ありがとう……ございます」

 

 二人の優しさに私はただただ感謝の言葉を伝える事しかできなかった。その後、泣き止んだ私に名前で呼ぶようにと少し恥ずかしそうに言ってきた氷川さん。でも――と言うと

 

「もう私達は他人じゃないでしょう?大切な友人同士なのだから名前で呼んでもいいと思うのですが?」

 

「そうだよ。私の事も……名前で呼んで……ほしいかな」

 

「え……友……人?」

 

 驚きを隠せなかった。だって、氷川さんはギターの先生で、身近で尊敬している人だったから、そう言われるだなんて思ってもいなかった。白金さんは誘ってくれたゲームを一緒にする仲だけど、学校違って先輩だからそう呼んでいたんだけど……。ただ、自分で言っていて恥ずかしかったのか、顔真っ赤ですよ?()()()()

 

「!……ほ、ほっといてください!」

 

「あ、それと燐子さん。NFOでレベリングしたいんで手伝ってもらっていいですか?」

 

「うん!……お安い御用……だよ」

 

 と、名前呼びになっても関係が大きく変わった訳じゃないけれど、どこかつながりが太くなった。そんな気がする。その後は他愛のない話しをしばらくしてから私達は笑顔で別れた。本当にいい人達が姉さんの周りに集まってくれた。それが嬉しかった。いつか……R()o()s()e()l()i()a()()()()()()()()()()()()()()。そんな事を思いながら家路へと向かう私の足は軽やかだった。

 



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#15

 あたしと華那が出会ったのは……高校入学してからだ。クラス分けの表を見て、あたしは「ああ、またか」って、諦めにも似た感情を抱いている時に、ぶつかってしまった相手。それが華那だった。

 その時は、お互い謝ってその場を後にしたんだけど、同じクラスで、隣の席になった。確か自己紹介受けた気がしたけれど、あたしにとっては隣の席にいるクラスメイトっていう認識でしかなかった。あの時までは――

 

 

「……ってなると、ここはいらないか……」

 

 授業中なのに、あたしはサボって屋上に来ていた。家の方でまた色々と言われて、イライラしていたってのもあったけど、今は楽曲作りに集中したかった。あたし達のバンド、Afterglowの新曲の歌詞を考えていた。

 

「ってなると……いや違う」

 

 ノートに今まで書いた文字に二重線を引いて、後ろに倒れ込むような感じで寝っ転がって、あたしは空を見上げた。ここ最近、家に帰れば華道の話しで父さんとぶつかり合っている。それにイライラして、幼馴染のバンドメンバーである皆に怒りをぶつけてしまう事が多くなっていた。

 そしてここ数日、それらが重なった影響からか、新しく作ろうとしている曲の歌詞で行き詰ってしまっていた。はあ……あたしどうすればいいんだろ……。

 綺麗に澄んだ青空を見たからって、考えなんて出てくるはずが無く、ただ静かに時間は流れた。たまにはボーっとしながら、眠気が襲ってきたら寝ればいいか――と、思った時だった。突然、見覚えがあるようでないような、銀髪の女子が覗き込んできた。

 

「美竹・()()()()()()・蘭さん。こんなとこにいたんだね?」

 

「……はぁ!?っ!!??いったぁ……」

 

「ふみゃん!!??」

 

 あたしの名前を呼んだ女子の言葉を聞いて、素っ頓狂な声を上げて体を勢いよく起こした為、あたしの頭と女子の頭が勢いよくぶつかった。ゴチンって凄い音がした。痛い……痛い!お互い頭を押さえて声にならない声を上げる事、数分。

 

「……その……大丈夫?」

 

 何とか話せるようになったあたしは、未だに座り込みながら頭を押さえている女子に近寄って声をかけた。長い銀色の髪が地面につきそうだけど、いいのかな。女子はゆっくりと顔をあげて

 

「だい……じょぶ」

 

 と、目元に涙を浮かべながら言った。そこであたしは、この子が隣の席の子だと気付いた。よく山ちゃんとか、めぐちーとかいう子達と話しているのをあたしはよく横目で見てた。まあ、クラスメイトの皆から小動物みたいって可愛がられているみたい。え?……あたし、ボッチじゃないし。

 

「それで………………ごめん、名前なんだっけ?」

 

 どうしてここに来たのかと聞こうと思って、名前を思い出そうとしたけれど、よくよく考えたら知らない事に気付いた。だからボッチ言うな。

 

「ほぇ?……って、()()()()()()()()()()()さん、私の名前覚えてくれてなかったの!?」

 

「ちょっと待って!あたし、そんな名前じゃないし!!」

 

 と、あたしの言葉にキョトンとした表情を浮かべた後に、驚愕の表情を浮かべる女子一名の発言に、あたしは速攻で否定する。ってか、アカメッシュってなに!?

 

「え?隣のクラスの青葉さんが『蘭はね~、ミドルネーム持ってるんだよぉ~。でも、ミドルネーム入れると長いから、美竹蘭で通してるんだよ~。で、そのミドルネームに合わせて、赤メッシュを髪の毛に入れてるんだ~』って、教えてくれたんだけど……」

 

「モォーカァー!!??」

 

「ぴっ!?」

 

 やっぱり犯人はモカか!どうして、全く知らない人に、そうやってウソを教えるの!?はぁ……。どうしてあたしがモカの嘘を訂正しなきゃいけないの?……?……なんで、アンタそんなに震えてるの?

 

「だ、だって……めっちゃくちゃ怖い表情しているよ?美竹さん」

 

「え、マジで?」

 

 自分では全く気付いてなかった。確かに瞬間的には怒ったけど、まさか今も怖い表情しているだなんて思ってもいなかった。……誰?何時も怖い表情してるって言ったヤツ?

 

「本気と書いてマジと読むぐらいには……」

 

 と、壊れた機械のようにコクコクと頷く女子。また、涙目になってるし……。とりあえず、あたしは女子の前に座って、騙されている事を教えてあげる。というか、ミドルネームがアカメッシュってなに?モカは後で怒るの決定。って、その前にお互いの自己紹介をしておかないと……。

 

「モカ……アンタにあたしの名前を教えた青葉から聞いてると思うけど、あたしの名前は美竹蘭。アカメッシュとか、ミドルネームなんてないから」

 

「う、うん。本当ゴメン。私の名前は湊華那。あ、二年に姉さんがいるから、華那って気軽に呼んでくれていいよ。混合しちゃうから」

 

「分かったよ、華那」

 

 あたしの言葉を聞いて一度謝ってから、笑みを浮かべて自己紹介をしてくれる華那。姉……ね。確かにどこかで見た事あるような顔だけど、気のせいだと思いたい。華那、お願いだから今度はアカメッシュとか言わないでよ?

 

「うん。本当に気を付けるね。そっか……。だから教えてもらった時に、青葉さんの後ろにいた宇田川さんと、上原さんが笑い堪えてて、羽沢さんがオロオロしていたんだね?」

 

「……そこまで気付いているなら、嘘だと気付いてよ……」

 

「本当そうだよね……返す言葉もありません……」

 

 その光景を右手で額を抑えるあたしに、土下座でもするかの勢いで正座をして頭を下げる華那。いやいや、そこまで謝る必要ないから。悪いのはモカだから。こっちこそ、幼馴染が……その、ごめん。

 

「いやいや、美竹さんは悪くないよ……あっ。私、先生に言われて美竹さん呼びに来たんだった!!」

 

 と、両手を左右に振って慌てながら、私に言ったかと思ったら、華那は慌てて立ち上がって私の手を引っ張る。痛い痛い痛い!!え、ちょっと待って。華那、思ったより力ある!?

 

「美竹さん、もう授業終わっちゃうよ!!急いで!」

 

「わ、分かったから。そんなに引っ張らないで!」

 

 完全にサボる予定が、まさかの華那が呼びに来て事によって、授業に途中から出る事になってしまった。はあ。本当に嫌な事って続くんだな――と、思ったあたしは盛大に溜息を吐いた。

 

 一日の授業が終わり、放課後。速攻でモカの所に行って、あたしはモカの机を叩いた。

 

「モカァ?」

 

「おお、愛しの蘭じゃないですか~。その様子だと……華那ちんと話したね~?」

 

「お、蘭!まだホームルーム終わったばっかなのに、今日は早かったな」

 

「あ、蘭。どったの?そんなに怒って?」

 

 と、あたしの様子に気付いて、つぐみ以外のいつものメンバーが集まってきた。つぐみは生徒会の用事が終わり次第、あたし達と合流するらしい。って、それより先に、モカ。アンタ変な事、吹き込まないで。

 

「え……華那ちん。本当に蘭の事『アカメッシュ』って呼んじゃった感じ~?」

 

「マジか、蘭?」

 

 驚きの表情を浮かべる二人に、あたしは小さく頷くしかなかった。それを見たひまりが少し怒った様子で

 

「ほら!モカ!私が言った通りになったじゃない!『華那はそういう嘘には弱そうだよ』って!」

 

「いや、ひまり……確かにそうひまりは言ったけどさ……信じるだなんて普通、思わないだろ?」

 

 と、腕を組んで呆れた表情の巴。いや、二人とも同罪だからね?華那から、二人とも笑うの堪えていたって聞いてるから。そう言った瞬間二人ともあたしから目を逸らした。モカを見れば「はんせい、はんせい~」っていって笑ってるし。はあ……怒ったあたしがバカみたい。

 

 その後、つぐみがやってきて、全員で帰ろうかと話になった時にギターの音が聞こえてきた。あたしは知らないメロディだったけれど、ギターをやっているモカは知っていたようで

 

「?あ、これは、JAZZY BULLETSのメロだ~」

 

 と、言って音のする方へと行ってしまった。

 

「あ、モカちゃん!……ど、どうしよう蘭ちゃん」

 

 つぐみがオロオロとしているけれど、帰るだけだし、少しぐらい寄り道してもいいかと思い、モカの後について行く事にして、全員でモカの後を追った。モカの後をついて行ったあたし達がついた場所は、音楽室だった。

 

「部活かな?」

 

「さあ?でも、音楽室なら、合唱部とか使ってそうなイメージだよなぁ」

 

「だよねぇ。誰だろ?」

 

「入ってみよっか?」

 

 つぐみの提案に全員賛成して、静かにあたし達は音楽室に入った。そこでは持ち運びに便利なミニアンプにケーブルを挿して、黒いエレキギターで演奏している、クラスメイトの華那の姿があった。あたし達には全く気付いていない様子で、演奏している華那。さっきまで引いていた楽曲ではなく、あたしですら知っている楽曲のメロディラインを演奏していた。確かタイトルは――

 

「LOVE PHANTOM――」

 

 誰かが呟いた声は、華那の奏でるギターの音でかき消された。華那の表情は真剣そのもの。さっき見た、ほんわかしたような、小動物チックな可愛らしい表情はどこへ消えたのかあたしが知りたいぐらいの表情だった。

 それ以上にあたしとモカのギター組は、華那のギターテクニックに驚いていた。あたし達もまだまだとはいえ、同い年でここまで正確に弾けるだろうかと言うぐらいに上手かった。それと、どこかギター演奏で人を惹きつける何かが、華那の演奏にあった。

 

「……凄い」

 

 演奏が終わって、あたしはそう呟いた。華那がその言葉に気付いて、こちらを見て驚いた表情を浮かべた。完全に演奏に集中していたみたいだ。凄い集中力。ってか、華那ギター弾けたんだ。

 

「え、美竹さんに青葉さん。宇田川さん、上原さん、羽沢さん!?え、え、ど、どうして!?」

 

 と、混乱している様子の華那。あたし達は華那に音が聞こえたから、興味本位でここに来た事を伝えると

 

「そ、そうなんだ……音楽の先生に今日だけ使わせてもらっているんだけど……外まで聞こえちゃっていたんだ……」

 

 と、恥ずかしそうに呟く華那。いや、そこまで恥ずかしい演奏じゃなったと思うんだけど?と言うと、自分はまだまだだから――と、言って苦笑いを浮かべる華那。華那の目標ってどこなのか気になったけれど、そこまで弾けるのならバンドをやっているのかと思って聞いてみたら

 

「ううん。私、バンド組んでないよ」

 

「えーもったいない!!華那ちゃんなら、良い演奏できると思うよ!」

 

 と、ひまりが華那の両手を取って上下に振りながら言っているけれど、華那が凄く困惑した表情を浮かべて、あたし達に助けを求めるように視線を送ってきた。あー……ひまり、少し落ち着きなって。華那が困惑してるから。

 

「あ、ごめん。……でも、本当もったいないなぁ。良い演奏なのに」

 

「そうだよ!華那ちゃん!絶対、華那ちゃんならいいギタリストになれるよ!」

 

 と、今度はつぐみが勢い良く華那に話しかけてる。ってか、皆、いつの間にそこまで仲良くなったんだ?

 

「仲良くってか、華那の場合、なんか妹が増えた感じがしてさ……」

 

「宇田川さん。妹って、あこちゃんと同レベルって事!?」

 

 腕を組んで、少しだけ首を傾げながら言う巴に、ショックを受けた感じでツッコミを入れる華那。喜怒哀楽が激しいね、華那は……。ん?華那。巴の妹、あこの事知ってるの?

 

「うん、知ってるよ。すっごく元気な子だよね」

 

「ああ。あこは元気だし、可愛い妹だぜ!……って、華那。アタシ達が名前で呼んでるんだし、華那もアタシたちの事名前呼びでいいんだぞ?」

 

「そうだよ!私も、華那ちゃんに名前で呼んでもらいたいよ!」

 

「モカちゃん的にも~、名前で呼んでくれた方がいいかな~」

 

「私も……華那ちゃんに名前で呼んでもらいたいかな?」

 

「え?ええ??」

 

 と、あたしを除いた四人が、華那に名前で呼ぶように迫っていた。どことなく、名字で呼ばれると他人行儀な感じがしてもどかしい。まあ、あたしはそこまで仲が良い感じじゃないから、別にどっちでもいいんだけど……。

 

「それに、蘭と同じクラスだし、蘭の事任せたいから!」

 

「ちょっと、ひまり!なんであたしの事が出てくるの!?しかも任せたいって、ひまりはあたしの母さんか何か!?」

 

「ひまりちゃん、良いアイディアだと思ってるだろうけど、蘭ちゃんに失礼だよ!?」

 

 と、華那の両手をまた握って、あたしの事を頼むひまりに、あたしはツッコミを入れるしかなかった。いや、そこまであたしボッチじゃない!と思って反論しようとした時に、巴が右手をあたしの左肩に置いて

 

「いや、蘭……高校始まって、クラスメイトと談笑してる姿を、アタシ見た事ないぞ?」

 

「巴、お願いだから言わないで。自覚は一応しているから……」

 

 呆れた表情の巴に、あたしはそう返すしかなかった。実際、高校始まって以来、いつものメンバー以外でまともに話したのが華那ぐらいなのは自覚してるつもり。でも、まだこれからだし……!

 

「そう言って、中学時代あっという間に終わったよな?」

 

「……」

 

 巴の言葉に、あたしは黙って横を見るしかできなかった。確かにそれは事実だけれど、今言わなくたっていいじゃん。と思っていると、華那との話しはとんとん拍子で進んだみたいで、名前で呼ぶ事になったようだ。というか、皆なんでそんなにすぐに仲良くなれるの?華那が可愛いから?あたしには関係ないと思っていると、華那があたしを見ていた。何?

 

「えっと……美竹さんの事も、名前で呼んでいいのかなって……」

 

「……」

 

 チョコンと首を傾げる華那。その仕草がとても可愛らしく、その場にいたあたし以外の全員が華那に悶絶していた。あたし自身も、その仕草があまりにも可愛らしくて、口を押えて悶絶しそうになったけれど、なんとか堪えていつも通りふるまう。というか、無意識でやってるだと思うんだけど、本当に可愛らしくてヤバい。

 

「勝手にすれば」

 

 どう答えればいいか分からなくなって、横を向いてぶっきらぼうに答えてしまった。嫌われたかなと思って、横目で華那を見れば嬉しそうに微笑んでいた。本当、感情が表情によく出る子だな思いつつ、みんなの会話に参加する。

 今日はもうギターを弾くのをやめて、華那も帰るようだから、皆で帰る事になった。その帰り道で、華那のお姉さんもバンド活動しているって話しになって、今度そのバンドを見る約束をした。

 

 でも、まさか湊さんが華那のお姉さんだなんて思わなかった。いや、名字同じだし、よく見れば姉妹そっくりなのだけれど、どうしても湊さんと華那がイコールにならなかった。湊さんは冷たくて口数が少ない印象で、華那はその正反対の性格だから、あたし達は驚きの方が大きかった。

 で、その時もあたしと湊さんの間で、言い争いみたいな事が起きたのだけれど、華那が一喝してその場は収まった。いや、華那が怒ると怖いってよくわかった。普段、怒らない人が怒ると怖いって本当だったんだと、Afterglowの皆で話して、華那を怒らせないようにしようと話し合ったのだった。

 

 次の日。クラスで名前で呼び合って、音楽の話しをしていたら山ちゃんなる子と、めぐちーなる子達が乱入してきて、賑やかな朝になった挙句、休み時間でもあたしにも話しかけるようになってきたのはまた別の話し。あたし……ボッチじゃないし!

 




\美竹・アカメッシュ・蘭/


美竹蘭ファンの皆様、本当ゴメンナサイ。
あと、私より先に思いついていた方いらっしゃいましたらごめんなさい……


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#16

 放課後。担任の上条先生から言われたお手伝いを終えた私は、廊下を歩いていた――のだけれど、とある先輩に声をかけられて、困惑していた。その人は初めて会う先輩(同級生で見た事ない人だから多分先輩)で、中性的な面持ちをしていた。あ、あとね。どこか芝居がかった言動が特徴の人。で、なんで私が困惑しているかと言うと――

 

「あれ?華那じゃーん!どしたー?」

 

「華那?何か困った事でも?」

 

「あ、姉さん。リサ姉さん」

 

 と、目の前で右手を額に当てて、先輩の後方から姉さんとリサ姉さんがやってきた。どうやらこれからRoseliaの練習に行くみたいで、リサ姉さんは右肩にベースの入ったケースを背負っていた。で、私の目の前にいる先輩らしき人物も後ろを振り返り

 

「おや、友希那にリサじゃないか。もしやこの子猫ちゃんと知り合いかい?友希那によく似ていると思っていたのだが……」

 

「……瀬田さん。質問を質問で返すようで申し訳ないのだけれど……私の妹になにかしたのかしら?」

 

 と、腕を組んで自分より身長の高い瀬田さんと呼ばれた先輩を睨む姉さん。な、なんか姉さんの後ろに、長剣を持ったウェーブがかった長い髪が特徴的な、どっかのハーフっぽい甲冑姿の女性が見えたんだけど!?

 り、リサ姉さん。と、助けを求めようと視線を動かせば、何故かリサ姉さんも笑顔なのに怖い雰囲気(オーラ)を醸し出していて、話しかけるだなんて私には無理!リサ姉さんの後ろにも、なんかショートカットのアイドル風の女の子が怒っている表情で立っているように見える!?

 み、見間違えだよね?と思って、何度か目を閉じてから姉さん達を見たら、そんな人物はいなかった。つ、疲れてるのかなぁ?

 

「い、いや。実は友希那だと思って彼女に声をかけたんだ。『やあ、麗しき子猫ちゃん。今日も元気かね?』ってね」

 

「にゃんちゃん……いない」

 

 二人の気迫に後ずさる瀬田先輩の、「子猫」と言う単語に私は反応して周囲を見渡すけれど、校内ににゃんちゃんがいる訳がなく落ち込む。その様子を見た姉さん達は黙って私と瀬田先輩を交互に見る。沈黙が私達の間に訪れたけれど、最初にその沈黙を破ったのはリサ姉さんの笑い声だった。

 

「アハハハっ!!華那、薫に『子猫ちゃん』って言われて、学校にいると思ったんだ?」

 

「うん」

 

 リサ姉さんの問いかけに私は素直に頷く。だって、にゃんちゃんいると思ったんだもん。話しかけられた時も、左右前後見渡してにゃんちゃん探したんだもん。それが子猫って言うなら保護しないと怪我とかしたら大変だと思って。

 

「華那……冷静になって考えれば、校内に子猫がいたら既に大騒ぎになっているわよ?」

 

「そう……だね、姉さん」

 

 呆れた表情の姉さんだったけれど、どこか笑うのを耐えているようにも見えた。言われてみればそうなんだけど、知らない人に話しかけられたのもあって、私は冷静になれていなかったのかな?えと……瀬田先輩?ごめんなさい。

 

「ああ、謝らなくてもいいさ。私が君の事を知っていればこのような事態にはならなかったのだから。ああ、出会いというのは本当に儚いものだ」

 

「?……先輩。演劇部か何かに入っているんですか?」

 

 あまりにも演技がかった口調に私は違和感を覚え、質問をしてみる事にした。「おや?」と先輩は少し驚いたような表情を浮かべた後

 

「ああ。演技部に所属している。まさか部活を当てられるとは……流石は友希那の妹と言ったところかな?ああ、きちんと名乗っていなかったね。瀬田薫だ。よろしく頼むよ、子猫ちゃん?」

 

「だから、瀬田さん。華那の事を『子猫ちゃん』と呼ばないでもらえるかしら?」

 

「アハハ。友希那。もう華那も猫が校内にいるとはさすがに思わないよ。ね、華那?」

 

「う、うん」

 

 と、自己紹介してくる瀬田先輩に対し、ジト目で注意をする姉さん。それを笑いながら宥めるリサ姉さんというように、なんだかカオスな空間になりかけているのは気のせいだよね?だよね?そう思いつつ私も自己紹介をする。

 

「湊友希那の妹の湊華那です。よろしくお願いします。瀬田先輩」

 

「ああ、こちらこそよろしく頼むよ」

 

 と言ってお互い笑顔を浮かべる。よかった。悪い人じゃなさそうだ。身長高いし、中性的な顔しているから、役柄によっては王子様とかに合いそうだなと勝手に思っていると

 

「そういえば、薫。今日から吹奏楽部との合同練習じゃないの?」

 

「ああ!そうだった!華那との出会いですっかり忘れてしまったよ」

 

「忘れては駄目な事よね……」

 

 リサ姉さんの問いかけに大袈裟に答える瀬田先輩に、小さな声でツッコミを入れる姉さん。うん。私も合同練習は重要な事だと思うよ?でも演劇部と吹奏楽部の合同練習ってあんまりイメージが湧かないなぁ。そもそもなんでその二つの部が合同練習するんだろう?

 と、私が不思議に思い首を傾げていると、その様子に気付いたリサ姉さんが

 

「あ、華那は知らないか。実はうちの学校の吹奏楽部、オーケストラ編成もできるんだぞー」

 

「えっ!?高校の部活でオーケストラ編成!?」

 

 リサ姉さんの説明に私は驚きを隠せなかった。だって、オーケストラと吹奏楽は似ているようで編成がかなり違う。って事は、弦楽器パートができる生徒がいるって事!?しかも楽器を高校で所持してるの!?ってか、人数どんだけいるの!?

 

「なんでも、OGに結構大きいオーケストラの演奏団に所属している人がいるみたいで、数年前に寄付してくれたそうよ。で、吹奏楽編成じゃなくて、基本的にはオーケストラ編成で練習しているそうよ。あと、吹奏楽部としての実力は全国でもトップレベルらしいわよ」

 

 と、補足説明をしてくれる姉さん。ほへぇー……うちの学校の吹奏楽部って凄いんだね。きっとオーケストラやりたくて入学する子もいるんだろうなあ。でもなんでオーケストラ編成できる吹奏楽部と演劇部が合同練習するの?

 

「ああ、それはうちの部長と吹奏楽部の部長は仲が良くてね。今度の劇の音楽を全部生演奏しよう!という話しになったのさ。で、演目はロミオとジュリエット。劇中に映画で使用されたテーマ曲を演奏してもらうのさ」

 

「ロミオとジュリエットのテーマ曲……」

 

 映画のテーマ曲と聞いてすぐに思い浮かべたのが、憧れのギタリストも演奏した事のある楽曲。でも、それじゃないよねと思いながら話しを聞く。

 なんでも一九六〇年代の映画のテーマ曲を流しながら、ロミオとジュリエットが密会するシーンを演じるとかなんとか。で、瀬田先輩は吹奏楽部の音だけでは何か物足りていない様子。

 

「なにか……そう、儚さが足りていないように感じてしまってね」

 

「儚さ……ですか」

 

 そう語る瀬田先輩の言葉に私は首を傾げる。儚さっていったいどういうものなのだろうか――と。うんうんと悩んでいる私の左肩に姉さんが手を置いて

 

「……華那。瀬田さんの言葉を素直に受け止めたらきりがないわよ」

 

 と、首を左右に振りながら助言してくれた。姉さんが疲れた表情を浮かべているのだから、そうなのだろうと思いながら私は素直に頷いた。一方、リサ姉さんは瀬田さんの言葉を聞いて笑いながら

 

「うーん。今の吹奏楽部の演奏が儚いかどうかは分からないけど、全国レベルの吹奏楽部の演奏で物足りないなら、もうプロの演奏者呼ぶしかないんじゃないかなぁー?」

 

「それはそれでおもしろそうだ。こころがいたら頼めたのだがね。ままならないものだよ」

 

 リサ姉さんの言葉に大袈裟に肩をすくめる瀬田先輩。“こころ”なる人物は一体どんな御人なのだろうかと疑問を抱く。いや、だってプロ演奏者呼べるってどんだけ実力者(権力者)なのよ!?

 姉さんを見れば「会話に入るのは止めておきなさい」と言いたそうに小さく首を振った。私は小さく頷いてからふと疑問に思った事を聞いてみる。

 

「ところで姉さん達、練習の時間だいじょぶなの?」

 

 そう。姉さん達、結構のんびりとしているけれど、練習があるなら、急がないと時間に間に合わないかもしれない――と、心配して聞いてみたら

 

「今日は紗夜と燐子達の予定が合わなくて、練習はないのよ」

 

「そうなんだよねー。あ、華那。アタシがベース持ってるのはこの後、楽器屋でメンテしてもらう予定だからだよー☆」

 

「そうなんだ。なら一緒に帰れるね」

 

 私の疑問に答えてくれる二人に、私は笑みを浮かべた。私の方もバイトは今日無いから、後は姉さん達と帰るだけ。といっても、リサ姉さんについて行って、楽器を見に行ってもいいんだよね。弦もそろそろ買わないといけないし。

 

「ふむ。三人ともまだ時間があるなら少しだけ見学していくかい?」

 

「おお!見学してもいいのー!?アタシはいいけど……」

 

 と、まさかの提案をしてきた瀬田先輩にノリノリのリサ姉さんだったけれど、姉さんをチラリと見る。あ、リサ姉さん、あれだ。姉さんが「行かないわ」と言ったら行かないパターンだ。あれ?これこの前、猫カフェに三人で行った時と同じパターン?

 

「吹奏楽部の演奏がRoseliaになにかしらプラスになるなら、見てみるのもありかもしれないわね」

 

 右手を口元に当てて思案する姉さん。オーケストラの要素をRoseliaに入れるとなると、私の好きな声優アーティストの楽曲、「Orchestral Fantasia」っぽい曲になるのかなと勝手に想像した。……うん。紗夜さんがアコギ持っている姿が想像できないから却下で。そもそもだけど、ギター一人じゃ無理な曲だよね。あれ。

 

「他の芸術に触れて想像力を刺激するというのはしばしばある事さ。シェイクスピアも言っている。『まったく想像力でいっぱいなのだ。狂人と、詩人と、恋をしている者は』とね」

 

 と、シェイクスピアの格言を用いる瀬田先輩。シェイクスピアの事が本当に好きなんだろうなと思いつつも、姉さんは狂人じゃないと心の中で反発しておく。でも、どうやら私の感情は顔に出ていたようで、姉さんとリサ姉さんが私の頭を撫でながら

 

「華那。喩えよ。そんなに怒らなくて大丈夫だから」

 

「そうそう。華那が怒ってる理由は分かるけどさ、そこまで目くじら立てていると可愛い顔が台無しになっちゃうぞー」

 

 と、最終的には後ろから抱きしめてくるリサ姉さん。あう。学校でそんな事するとは思っていなかったので恥ずかしくて俯く。その間も姉さんは私の頭を撫でてくれていた。

 その後、瀬田先輩の厚意に甘えさせてもらって、三人で演劇部と吹奏楽部の合同練習を見学する事になった。なんでも今日は体育館で練習しているらしく、体育館に着いた時には吹奏楽部が演奏する音楽が流れていた。あ、やっぱりこの曲なんだ。

 

「?……華那。この曲のアレンジは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 と、姉さんも気付いたようで私に聞いてきた。私はその言葉に頷いた。確かにあの人のアレンジに近い。だからだろう。ギターの音が無いから物足りないと感じるのは――

 

「あ、やっと来たっスね薫さん!練習始まってますよ!」

 

「やあ麻弥。すまないね。子猫ちゃん達に捕まってしまってね」

 

 と眼鏡をかけた女性が薫さんに気付いて、少し怒り気味に話しかた。私はそれを横目で見ながら吹奏楽部の隊列を見て感動を覚えていた。

 だって、本物の弦楽器が錚々(そうそう)たる顔ぶれで並んでいるんだよ!うわっ、重低音とかの響きやっぱりいいなぁ。あの中でギター弾けたら本当に楽しそうだなぁ。()()()も表情には出てなかったけど、楽しく弾いていたのかな?

 

「華那。感動するのはいいけれど、練習の邪魔にならないように隅に行くわよ」

 

「あ……ご、ゴメン。姉さん」

 

 と、姉さんに引っ張られながら体育館の隅に行く。静かに舞台稽古を三人で見学する。今日は衣装の着替え時間等の含めた『衣装付き通し稽古』ではなく、ただの通し稽古みたい。演劇部の皆さん体操着でやっているからね。多分そうだと思う。あ、通し稽古と衣装付き稽古ってのは別物なんだよ。

 なんで知っているかというと、ラジオで座長公演を何回かした事がある、大好きな声優さんが説明してくれていたから。演出とかも含めてやるのをゲネプロとか言ったりするんだけど、それはまた別の機会でいいかな、リサ姉さん?

 

「いいよー。でも、華那は物知りだねー。アタシ全然知らなかったよー。友希那は知ってた?」

 

「いいえ。私でも知らないわ。さすがは私の自慢の妹ね」

 

 と、微笑みながら私を見る姉さん。ち、ちょっと姉さん。それ不意打ちすぎ!いきなり自慢の――とか言わないで!は、恥ずかしい。かなり恥ずかしくて両手を頬に当てて下を向く。きっと顔真っ赤になってるよ、これ。うー……。

 

「ふふふ……あら?どうかしたのかしら?何か部長同士が話し合っているみたいだけれど?」

 

「あ、みたいだねー。指揮者と演劇部部長さん話し合ってるね。でも、怒鳴り合ってる感じじゃないから、大丈夫じゃないかなー?」

 

 顔をあげて見れば、姉さんのように背中まで伸ばした髪の人が、ステージの上でしゃがんでいるショートヘアの人と真剣に話していた。二人ともどこか困ったような表情にも見える。えっと、姉さん。あの人達は?

 

「……確か演劇部の方――今しゃがんでいる方は、佐々倉美里先輩だったわね。で、指揮棒もって腕組んでる方が植松ミカさん――で、あってるわよねリサ?」

 

「アタシに確認するの!?でも、確かそうだったと思うよ?」

 

「そ、そうなんだ。ありがとう姉さん。リサ姉さん」

 

 と、究極の無茶ぶりに見事に対応するリサ姉さんに心の中で称賛しつつ、その佐々倉さんと植松さんのやり取りを見る。佐々倉さんが何か腕を使いながら、こうして欲しいとアピールしているように見えるけれど、植松さんは難しい顔で返答に困っている様子。

 なんだろうなあ。私……気になります……。駄目だ。今稽古していた部分の音楽の事を考えてみよう。二人の事は放置だ。私には関係ないからね!

 

「さっきのロミオとジュリエットが内緒で会うシーンで流れた曲。いいアレンジなんだけど、メロディが物足りない気がするけど、姉さんはどう思う?」

 

「そう……ね。……華那の言う通り、弦楽器隊やストリングス隊の音は素晴らしかったわ。でも、主旋律が物足りない気がしたわね」

 

 と、私の質問に腕を組んで思案してから、姉さんがそう答えてくれた。あまり大きな声で話したつもりはなかったのだけれど、その会話が聞こえてしまったのか。植松さんと佐々倉さんがこちらを見ていた。バッチリと二人と目が合ってしまったから、きっと聞こえちゃったんだろうなあ。気のせいならいいんだけど……。

 

「あれ?なんか二人、こっちに来てるけど……友希那何かした?」

 

「リサ……私が何かしたって前提で話しかけるのはどうかと思うのだけれど?」

 

「湊さんと今井さん。ちょっとお話し聞いてもいい?」

 

 と、植松ミカさんが左手で髪をかき上げながら聞いてきた。姉さん達の事を知っているみたいだし、一個上の先輩かな?雰囲気的には、見た目がまじめなリサ姉さんって感じかな?ほら、リサ姉さんって見た目がザ・ギャルって感じでしょ?

 リサ姉さんを清楚にした感じをイメージしたらいいと思う。でも、リサ姉さんが清楚になったら、リサ姉さんじゃない気がするのは私だけじゃないはず……。

 

「植松さん、なにかしら?」

 

「湊さん、相変わらずかったいなー。同じクラスなんだし、もう少しフランクに話しかけていいんだよー?って、今はそれは置いといて……。バンドやってたよね?ちょっと今の演奏の事でアドバイスしてほしいんだけど……ダメかな?」

 

 すごいフランクな感じで姉さんに話しかける植松さん。というか姉さんと同じクラスなんだ。って事は、二年生なのに部長さんやってるって事だよね?ほへぇ……人望と実力あるんだなぁ。姉さんは少し考えてから確認するように

 

「オーケストラについては素人よ?それでいいのなら、一つだけ言えるわ」

 

「いいよー!って、一つあるの!?教えて!今すぐプリーズ!プリーズプリーズ!!」

 

 姉さんの言葉に驚きを隠す事をせず、姉さんの両手を握って教えて教えてと迫る植松さん。その様子に姉さんが少し狼狽えてる。まさかここまで反応がいい人とは思っていなかったんだろうなぁ。私も思ってなかったもん。本当に明るく元気な人だなと思いつつリサ姉さんに視線で「助けてあげてー」と訴える。それに気づいてくれたリサ姉さんはアハハと笑いながら

 

「ほらほら、ミカ?友希那が困ってるじゃん。聞きたいのは分かったけど、ちょっとおちつこっか?」

 

「あ……ご、ゴメンね!湊さん!」

 

 と慌てて手を離す植松さんは、右手で頭を掻きながら姉さんに謝る。姉さんは気にした様子を見せる事なく、さっき感じていた事を伝えた。

 

「主旋律かー……確かに物足りないかもと思いながらアレンジしたんだよね。演劇用だからあまり音楽が目立っちゃいけないなって思っていたんだけど、それが欠点かー……」

 

 それを聞いて腕を組んで悩む植松さん。姉さんは私の方を見たけれど、すぐに

 

「リサ、華那。そろそろ行きましょう。植松さん、見学させてくれてありがとう。瀬田さんにも伝えてもらえるかしら?」

 

「あ、わかったよー。瀬田さんに必ず伝えとくよ!あとアドバイスありがとうね。湊さん!」

 

 そう言って植松さんは戻っていった。主旋律をどうするのか気になるけれど、今日は姉さん達と一緒に帰れる日なのだから、そっちを優先しよう。そう思って姉さん達と一緒に体育館を後にする。

 気になると言えば、植松さんに主旋律が弱いと伝えた後の姉さんの視線。どうして私を見る必要があったのだろうか?疑問に思ったけれど、きっと偶々だろうなと思いながら姉さんとリサ姉さんの会話に入る。その時の私は知らなかった。まさか吹奏楽部と私が一緒に演奏する日が来るだなんて事を――

 

 尚、その後に楽器屋に行った私達。その際、偶々私が猫の絵が描かれたピックを見つけて、それを見た姉さんが

 

「華那、見せなさい。いえ、買いなさい。半分は出すから」

 

「友希那!?自分で全額出そうよ!?」

 

 というやりとりをしたのだった。あ、あと。今日あった事を千聖さんに報告したら、『今度、瀬田先輩の事を「かおちゃん先輩」って呼んでみなさい。きっと面白い事になるから』と送られてきたのだけど……瀬田先輩と千聖さん、知り合いなのかな?と疑問に思いつつ、今度試してみますと返信するのだった。

 



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#17

「そういえば、花咲(そっち)の中間テストっていつなの?」

 

 学校もバイトも休みの土曜日。私はポピパのみんなに誘われて蔵練を見に来ており、休憩時に私と学校が違うみんなに聞いてみた。羽丘()の方は来週からだけど、常時予習と復習をしている私に死角はないんだよ。ないんだよ!これでも中学校時代は学年二十位以内には入るぐらいの学力あったんだよ?ホントだよ?

 あ、姉さんはね、なんだかんだ言って学年十位以内に入っているんだよね。「興味ない」って言いながらそれだけの成績残せるって凄いよね。

 

「……あれ?何時(いつ)だっけ、有咲?」

 

「香澄、お前なぁ……。中間テストなら来週からだぞ?本当なら練習している場合じゃねえんだぞ?」

 

「香澄ちゃん。まさか忘れてた?」

 

 いつもの調子で有咲ちゃんに確認をする香澄ちゃん。それを見てりみちゃんが苦笑いを浮かべながら聞いたけど、香澄ちゃんは固まっていた。あれ?どうしたの香澄ちゃん?

 

「香澄?どうしたの?」

 

「ど、ど……」

 

「「「「「ど?」」」」」

 

「どうしよー!!!!勉強全くしてないよー!!!!!!」

 

「むっきゅ!?」

 

 突然の大声に私は耳を塞いだのだけれど、数秒遅かったため変な声が出てしまった。み、耳痛い。私の様子を見た沙綾が私を後ろから支えてくれたので、倒れる事はなかった。ありがとう沙綾。

 

「どういたしまして。でも、香澄らしいね。勉強してあるから今日練習するって言ったと思っていたからね」

 

「だよねー……。おたえちゃんは勉強してるー?」

 

「ぼちぼちとしてるよー。ねえ、沙綾。生物の範囲ってウサギの生態についてだよね?」

 

「おたえ。違うから……」

 

 平常運転のおたえちゃんに、呆れた様子でツッコミを入れる沙綾。もし、テストにウサギの生態について出たら、間違いなくおたえちゃんなら満点取れるね。私は満点を取るのは無理かなあと思いながら香澄ちゃんを見れば、有咲ちゃんに引っ付いてどうしようと泣きついていた。

 

「だああああ!!私に引っ付いたって、どうしようもねえだろう!!自己責任だ!じ・こ・せ・き・に・ん!!」

 

「そう言わずに、助けて有咲ー!!!!」

 

「アハハ……いつも通りだね、香澄ちゃんは」

 

「だねぇ……そういう華那は大丈夫なの?」

 

 有咲の腰に手をやって、しっかりとホールドしている香澄ちゃんを見て、私は苦笑いを浮かべるしかなかった。それだけ元気があれば勉強に使えばいいと思うんだけど、香澄ちゃんの事だから勉強よりバンドの方に力入っちゃうんだろうなあ。そう考えながら私は沙綾に、予習復習しているからだいじょぶだと伝える。

 

「それに、この後、カフェに行って勉強しようと思って、勉強道具も持ってきているんだ」

 

「ほう、しっかりしてますねー」

 

「!華那ー!勉強教えてー!!というか、みんなで勉強会しよう!!」

 

「わぷっ!?」

 

 と、私と沙綾のやり取りが聞こえたのか、今度は私をターゲットにした香澄ちゃんが勢い良く私に飛びついてきた。いつもなら倒れているところだけれど、さすがに香澄ちゃんも手加減(?)してくれたおかげなのか、倒れずにすんだ。

 

「香澄……お前どこでやるつもりだ?」

 

 右頬が引き攣っている有咲が、恐る恐る私に抱きついている香澄ちゃんに問う。確かに場所の問題あるよね。このメンバーでカフェに行って勉強なんてしたら、(主に香澄ちゃんが)うるさくて迷惑だろうし……。

 

ここ(有咲の家)!」

 

「だと思ったよ!!」

 

 あっけらかんと答える香澄ちゃんに吠える有咲。私と沙綾は苦笑いを浮かべるしかなかった。その後、有咲が香澄ちゃんの提案に予定通りに折れて、勉強会を開催する事になった。りみちゃんとおたえちゃんは勉強道具を取りに一度家に戻った。

 沙綾は勉強するつもりだったみたいで、私と一緒で家から勉強道具を持ってきていた。香澄ちゃんはというと……

 

「香澄おまっ!?なんで私の家に勉強道具が置いてあるんだよ!?」

 

「だって、持って帰るの面倒だったんだもんー」

 

「面倒だからって……うちはお前の荷物置場じゃねー!!」

 

「……勉強しよっか、沙綾」

 

「……だね」

 

 騒がしい二人を置いといて、折り畳み式テーブルを組み立てた私と沙綾は勉強を始めた。それを見て香澄ちゃんが慌てて勉強道具を用意して私の隣に座って

 

「華那ー。教えてー」

 

「早っ!自分で考えろよ、香澄!!」

 

 と、沙綾の隣に座りながらツッコミを入れる有咲。私と沙綾は苦笑いを浮かべるしかなかった。で、何が分からないのかなと聞くと

 

「テスト範囲!」

 

「……知らんがな」

 

「こ、こ、こ……このバ香澄ー!!!!!!」

 

「アハハっ!!香澄らしいねっ!!」

 

 香澄ちゃん達と学校が違うので、テスト範囲が分からない私がそういうのも無理はないよね!?有咲に至っては真面目に香澄ちゃんを怒り、沙綾はお腹抱えて笑っていた。あ、香澄ちゃん正座させられて、真面目に説教受けている。

 

「いいか、香澄。お前、高校生の本業って何か分かっているか!?」

 

「え、えと……!部活と遊び!「ちげーよ!!」あう」

 

 いや、香澄ちゃん。なんで悩む必要あった!?学業が本業でしょうが!と心の中でツッコミを入れながら私は頭を抱えるのだった。沙綾が「気にしたら負けだよ」と言いながら私の肩に手を置いて悟ったかのように話してくれた。こういうのが毎日あるのなら、退屈しないだろうなあと思いながら、勉強を再開するのだった。

 

「あ、華那。ちょっとここの解き方教えてもらってもいい?」

 

「ん?えと、ここは――――ってやれば解けるよ。花咲(そっち)羽丘(うち)と同じぐらいの範囲なんだね」

 

 と、沙綾がさしてきた数学の問題を見て、今さっきまで私が解いていた問題と似ていたので、そういう感想を漏らした。まあ、まだ一学期の中間だからそんなに大差ないのかなと思いながら問題を解いていく。

 

「ありさー。ここ教えて~?」

 

「ああ゛?……おい、香澄。冗談だよな?」

 

 有咲が香澄ちゃんから問題を見せてもらって固まって、絞り出すような声で聞き返していたので私は顔を上げて

 

「どうしたの有咲?」

 

「……華那。お前この問題見てどう思う?」

 

「?」

 

 有咲が私に香澄ちゃんが聞いている問題を渡してきたので確認する。え、ちょっ……はぁ?え?ちょ、ちょ?ちょっ、待てよ?

 

「か……香澄ちゃん。真面目に質問しているんだよね?」

 

「うん!」

 

 私の声は震えていたと(のち)に沙綾は語ってくれた。いや、これ震えるってどころか、卒倒するレベルの質問だったのだから仕方ないよ。ってかね、知ってなきゃダメな問題だよね!?

 

「えっと……『鎌倉幕府を開いた人物を次の四人の中から選びなさい。一.源頼朝。二.チンギスハン。三.織田信長。四.伊藤博文』……ちなみに香澄ちゃんは誰だと思っているの?」

 

「えっとねー、信長!」

 

「んなわけねぇーだろぉー!!!!」

 

 若者の歴史離れ――ってわけじゃないだろうけれど、まさかここまで酷いとは思ってもいなかった。いや、まさか鎌倉時代にノッブ……違った。織田信長ねぇ……。そんな時代に信長いて、鉄砲伝来していたら時代変わっただろうなあ。多分グダグダになると思うけど。

 

『是非もないヨネ!』

 

『ノッブは黙っていましょうね!?』

 

『はぁ~、お酒美味しい……』

 

 って、脳内で黒髪を背中まで伸ばした赤服の少女と、着物の姿の薄い桃色の髪をした少女と、その二人と同い年に見える銀髪の少女が、お酒飲んでる姿が脳内に浮かんだ。貴女方どちらさまで!?

 

「沙綾……」

 

「華那言わなくていいよ……私も頭痛いから……」

 

 と、私と沙綾は二人して頭を抱えたのだった。有咲はまだ香澄ちゃんに説教をしていた。そんなカオスな状態な所に、りみちゃんとおたえちゃんが戻ってきた。そして、この惨状を見たおたえちゃんがどうしたのと聞いてきたので説明をすると、おたえちゃんが盛大に爆弾を落としてくれたのだった。

 

「違うよ香澄。チンギスハンだよ」

 

「「おたえちゃん!?」」

 

「ちょ、おたえも!?」

 

 りみと私、沙綾が驚きの声を上げる。問題児がまさか二人に増えるだなんて……。これはちょっとまずいかもしれない。私、今日帰れるかなぁ……。盛大に溜息を吐いてから、私は荷物の中から歴史の教科書を取り出して、香澄ちゃんとおたえちゃんに勉強を教える。

 

「はいはい、おたえちゃんと香澄ちゃん、歴史教えるからこっち来なさい」

 

「はーい!」

 

「ん、わかったよ」

 

 他の三人から二人を隔離して歴史を教える。ま、まあ私が教えればだいじょぶだろうなと、始めた時は思っていました。ええ、思っていましたよ!人物と出来事を簡単に説明してから、ある出来事について二人に質問してみた。

 

「鎌倉幕府ができる前に大きな戦いがあったのだけれど……何の戦いか知ってる?」

 

「関ヶ原の戦い?戊辰戦争?ん?川中島の戦いだっけ?」

 

「違うよ香澄。長篠の戦いだよ。あ、違った。オルレアン包囲戦だった」

 

 こ……これは想像以上に手ごわい相手を引いてしまったような気がする。しかも、歴史がかなり改変されてるよ!?明治時代の戦争が起きた事になってるし、国外の戦いが日本で発生した事になっちゃってる!?ジャンヌ・ダルクは日本に来た事無いからね!?

 わ、私、負けない!壇ノ浦の戦いぐらいは一般常識として知ってなきゃダメなはず……!という訳で歴史の教科書を二人に見せながら

 

「いい?関ヶ原も桶狭間もこの時代の後だよ。オルレアン包囲戦にいたっては国外だからね!?……鎌倉時代と戦国時代はかなり年代が違うから、そこで間違っているようだと赤点確実だよ。このままだとバンド練習どころじゃなくなるねー……。夏休み補習祭りかなぁ?」

 

「そ、それはダメ!」

 

「うん。補習するぐらいならギターの練習したいよね。あとおっちゃん達可愛がりたい」

 

 私の言葉に反応して勢いよく立ち上がる香澄ちゃんと、さらっとウサギの話題を出すおたえちゃん。よし、言質は取った!なら、やる事は一つなのは分かっているよね、二人とも?

 

「歴史苦手~」

 

「私も……かな?」

 

「歴史は基本的に暗記だからね、何度も教科書読み直しに、授業中に取ったノートを確認するといいよ。後は語呂合わせで年代と幕府の関わり覚えたりするのも手かな」

 

 と、香澄ちゃんとおたえちゃんが簡単にできる対策を私は教える。歴史は好き嫌い激しいからねぇ。特に江戸時代の徳川歴代将軍が羅列されると、そこで訳分からなくなるからね。でも、(なに)と関わっているかを覚えれば簡単なのだけどね。

 

「例えば、壇ノ浦の戦いと、その戦いで勝ったのが源氏って覚えれば楽になると思うんだよね」

 

「それができたら苦労しないよ~……」

 

「ウサギの種類なら覚えられるんだけどね」

 

 あ、アハハ……どうしよう。この二人どうやったら歴史で赤点逃れできるかなあ。もうこうなったらあれか。中学受験とかで言われている方法しかないなあ。

 

「二人とも、ストーリー作りながら覚えればいいんじゃないかな?」

 

「「ストーリー?」」

 

 私の提案に二人して首を傾げてしまった。うん、分かっているよ。自分でもこれは最終手段な事で、きちんとした歴史を覚えてくれるかどうか、わからない事ぐらい。だから、そんな冷めた目で私を見ないで、有咲!

 とにかく、平氏と源氏が権力争いしていて、お互いかなり戦力消耗しながら戦い続けて、お互い持てる力全部出した最終決戦が壇ノ浦。で、その勝者が源氏で、鎌倉幕府開いた……って(イメージ)で覚えていけば、まだ覚えられるんじゃない?

 

「おおー!そういう事!!さっすが華那!結構覚えやすい!!」

 

「確かに、そういう覚え方なら楽しみながら覚えられそう」

 

 二人とも納得してくれたみたいで、香澄ちゃんは両手を叩いてはしゃいでいる。その香澄ちゃんに対して、五月蠅いと言わんばかりの鋭い視線を送る有咲。有咲……見てないで助けて。この二人私じゃ手に負えないよー……。

 

「しゃーねぇな……。そこまで言うなら香澄の面倒は私が見てやるよ」

 

「有咲、ありがとう……おたえちゃんは私が担当するから、よろしくね」

 

「あいよー……ほら香澄、やんぞ、こら」

 

「はーい!」

 

「よろしく、華那」

 

 と、マンツーマン指導で教えていく私と有咲。途中、りみちゃんと沙綾も入り、教え合いながら勉強会は夕方まで続いた。数学を教えている時、有咲が凄く頭抱えていた。香澄ちゃん。方程式の使い方が分からないならまだしも、足し算と引き算、掛け算と割り算が混ざった時の計算する順序が残念な事になっていたからね。

 一方、おたえちゃんは数学はバッチリだった。英語はやや不安な点あったけど、問題は歴史だけだったので教えていても楽だった。途中、有咲からヘルプ飛んできて助けに行ったけれど、基礎から教える羽目になるとは思わなんだ……。

 勉強会が終わっても元気だったのは香澄ちゃん。私と有咲はダウン寸前まで追いやられていた。(主に精神が)

 

 その後は夕食の時間が近い事もあって解散となり、私は帰宅したのだけれど……

 

「華那。この時間までどこに行っていたのかしら?」

 

 と、玄関で待ち構えていたのは、両腕を組んで仁王立ちの姉さんだった。ここ家じゃなかったら私逃げ出している自信あるよ!だって、姉さんの背後に、なんか迷子になって、泣いちゃいそうな元プロレスラーな女性見えるんだもん!

 

「あ、有咲の家で勉強会をしていました」

 

「……ならいいわ。中間テスト間近なのに遊び歩いているかと思ったわ」

 

 テスト前に遊ばないよ!と言いながら靴を脱いで家に入る。あ、ちょうどよかった。ねえ、姉さん。

 

「?なにかしら」

 

「ちょっと、英語で分からない部分あるから教えてもらってもいいかな?」

 

 ある程度できているのだけれど、日本語訳の部分でちょっと躓いている部分があった。有咲からやり方を教えてもらったけれど、イマイチ自分の中で消化できなかったのもある。うーん、理解力低いのかなぁ。

 

「ええ。いいわよ。食事前にすませるわよ、華那」

 

「ありがとう、姉さん!」

 

「私の部屋でいいかしら?」

 

 いいよと返事をして、二人で部屋に向かって勉強をする。姉さんの教え方は親切なんだよね。分かるまで根気よく教えてくれるから、質問する側としては本当に助かる。夕食後も少しだけ姉さんから問題の解き方について教えてもらった。これで、明日も復習すれば中間テストは乗り切れるかな。

 

「姉さん、ありがとう。分からなかった部分、分かるようになったよ」

 

「そう。良かったわ」

 

 と、微笑む姉さん。やっぱり姉さんは頼りになるなあ。でもいつ勉強しているか分からないのは、中学時代からの謎。だって、最近だと作詞作曲して、ボイストレーニングして、猫の動画や写真見て癒されている。勉強する時間ある?ないよね?

 まあ、気にしても仕方ないよね。私だってバイトして、ギター弾いて、勉強しているのだから、姉さんだって勉強する時間作れるはず。多分。そう考えながら、姉さんにもう一度ありがとうと言って部屋を出ようとした時、姉さんに呼び止められた。どうしたの?

 

「華那、今日はもう勉強しないのよね?」

 

 と、真剣な表情で聞いてくる姉さん。どうしてそんな事を聞くのだろうか?と、不思議に思った私は首を傾げながら「しないよ」と答えると

 

「そう……もし、華那がよければ、少しギター弾いてくれないかしら?少し練習しておきたいのよ」

 

「!ち……ちょっと待ってて!すぐ持ってくるから!!」

 

 姉さんが右手人差し指を顎に当てて、少し首を傾げて提案してきた。私は嬉しくて姉さんに早口で伝えると、自分の部屋へギターを取りに急いだ。練習の付き合いでも、姉さんと一緒に歌を奏でられるのが嬉しいから。

 その後、ギターを持って戻ってきた私は、何曲か姉さんと合わせるのだった。途中で、私達の音に気付いたリサ姉さんが家に乱入してきて、三人でセッションする事になり、楽しい時間を過ごしたのだった。

 

 あ、中間テストは無事に乗り越えられて、私は学年十五位で、姉さんは学年七位という成績。リサ姉さんも八位という成績だった。リサ姉さんについては、見た目とのギャップ凄いとアフグロのみんなが話していたけれど、幼馴染の私にとってはいつも通りの成績なので驚きはなかった。

 あと、ポピパのみんなの成績は、有咲は学年トップ。りみちゃんと沙綾は上位に。おたえちゃんは中位。かすみちゃんは赤点回避だったと付け加えておく。今度は一週間前から勉強会した方がいいね……。そう有咲と沙綾と話し合う私だった。

 



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#18

「は、離してください!!」

 

 その日、私は窮地に陥っていて、大きな声で拒絶していた。今現在、私は知らない男の人に引っ張られていて、それに抵抗している状態。周りの人は助けてくれる様子はない。

 

事の発端は数分前。今日は紗夜さんと一緒に楽器店巡りをする約束をしていて、私はリサ姉さんコーディネートの服装を身に纏い、待ち合わせの時間より少し早めにきた。先輩である紗夜さんを待たせるのは悪いよね――と、思って早めに来たのだけれど、それが悪い方向に出てしまった。

 

「ねえ、そこの子ー。暇なら俺と遊ばない?」

 

「……待ち合わせしているので、結構です」

 

 と、どこからどう見てもチャラチャラしている男の人(見た目からして大学生ぐらい?)が、笑みを浮かべて私に声をかけてきた。でも、待ち合わせしているのは事実なのでお断りした。なのに、笑みを浮かべて私の手を取って

 

「そんなこと言ってないでさー。楽しいことしようぜー」

 

 と、私を引っ張る手に力が入る男の人。男性と女性の力差はかなりあるので、引きずられていくような形で、ズルズルと男の行こうとする方向へ連れていかれている。大きな声で離してと訴える。周囲の人は何だろうと見ているだけで助けてくれない。

 こ、怖い。どこに連れていかれるの?私何されるの?そんな恐怖が私を支配する。助けて。姉さん――

 

「私の連れに何をしているのですか?」

 

「!さ、紗夜さん!!」

 

 もうダメかと思った時、私の後ろから紗夜さんの声がした。振り返れば、冷めた視線で男の人を睨みつけている、私服姿の紗夜さんが立っていた。紗夜さんが来てくれた事にホッとした私の目には涙が浮かぶ。

 

「ああ?……なんだそこの子も可愛いねぇ。二人とも俺と遊ぶ?」

 

「……」

 

 と、男の人が紗夜さんを見て笑みを浮かべて話しかけていた。紗夜さんは黙って男の人を見ている。さ、紗夜さん?

 

「なんだぁ?急に怖気づいちゃったかぁ?まあいいや。一緒に楽しもうさっ!」

 

 と、紗夜さんにまで魔の手を伸ばそうとする男の人。ダメ!!紗夜さんまで巻き込みたくな――

 

「はい、そこまで」

 

「ああ゛!?なんだ……よ?」

 

 と、私の背後から声が聞こえて、私の手を握ったまま男の人と私が振り向けば、そこには満面の笑みを浮かべた男性の警察官が立っていた。も、もしかして紗夜さん。警察の人が男の人の後ろに来るの待っていたんですか?

 

「ドーモ、ナンパシ=サン。ケイサツです」

 

「ドーモ、ケイサツ=サン。ナンパシです?」

 

 と、男性の警察官が私を連れていこうとした男の人の左手をとって、

 

「交番が近いってのに、嫌がる女の子を無理矢理連れていこうとするだなんて……大した度胸だな」

 

「え゛……」

 

 呆れた表情の警察官の言葉に、絶句する男の人。私も驚いて周囲を見れば、道の反対側に交番があった。男の人から私の手を開放してくれた警察官は、男の人の首根っこを捕まえながら連行していった。それを見た私はホッとしたあまり、その場にへたり込んでしまった。

 

「華那さん!」

 

「あ……紗夜さん」

 

 駆け寄ってきた紗夜さんが私を抱きしめてきた。紗夜さんは私を抱きしめたまま

 

「大丈夫ですか!?なにもされていませんか!?」

 

「……かった……」

 

「華那さん?」

 

「こわ……かった……です……」

 

 紗夜さんに抱きしめられ、ホッとした私は泣いてしまった。だって、本当にもう二度と戻って来られなくなるんじゃないかって不安になったから。どうなるか不安だった。もしもの事を考えたら、恐怖で体の震えが止まらない。そんな私を優しく撫でてくれる紗夜さんは、優しい声色で

 

「華那さん、もう大丈夫です。大丈夫ですから」

 

「グスッ……紗夜さん……」

 

 と、紗夜さんの腕の中で泣く私。そんな状況下で女性警官の方が声をかけてきた。

 

「二人とも大丈夫かな?ちょっとお話し聞きたいんだけど……いい?」

 

「グスッ……だいじょぶ……です」

 

 紗夜さんに抱きしめられながらそう答えた私は、紗夜さんにもうだいじょぶと伝えて立ち上がる。なんでも、一応調書作成するとの事で、被害者である私の話しを聞きたいとの事らしい。

 

「まあ、犯罪行為手前だから、警告で終わるんだよねぇ……一回刑務所に入れて根性叩き直したほうがいいと思うんだけどねえ」

 

「あ、アハハ……」

 

 と、警察官なのにかなり物騒な発言をする女性警察官の方。交番内では私を連れていこうとした男の人が説教受けているので、外で調書を取る事になった。紗夜さんは歩いて交番に向かう際、私の肩を抱き寄せて、私を安心させるように一緒に来てくれた。

 

 調書の作成には結構時間かかってしまった。時間にして一時間半ぐらいかな?途中、あのナンパ師さん(女性警察官の方からそう言うように説得させられた)の彼女らしき人物が来て、修羅場になっていたみたいだけれど、紗夜さんから「華那さんの精神衛生上(メンタル)に悪いので、見ないほうがいいわ」と言われ、警察の方からも同じような事を言われたので、三人でその場から少し離れて調書を取った。

 

 調書終了後は、紗夜さんが気を使って家に帰る事を進めてくれたのだけれど、Roseliaの活動に、学校の風紀委員等、忙しい紗夜さんの大切な時間を無駄にする訳にはいかないから、私はそれを断って当初の予定通りに楽器店に向かいましょうと駄々をこねた。

それを聞いた紗夜さんは少し困った表情で考えていたけれど、私の想いを理解してくれたのか「無理は禁物ですよ」と注意を私にして、楽器店へと向かう事を許してくれた。

 

「紗夜さん、ごめんなさい。私のせいで時間無駄になって……」

 

 当初の予定よりかなり遅くなったけれど、私と紗夜さんは楽器店へ向かっていた道中に私は紗夜さんに謝る。本当ならもう楽器店で紗夜さんから色々と話を聞きながら、ギター用品を買う予定だったから。

 

「華那さんが謝る必要はないですよ。私が早く来ていれば……」

 

 と、歩く足を止め、俯く紗夜さん。それを見た私は慌てて

 

「い、いや紗夜さんは悪くないです!私が勝手に早く来たのが悪いんです!」

 

「ですが……やはり遅れた私が悪いです。華那さんを怖い目に合わせてしまったので……」

 

 自分のせいと言い張る紗夜さんと、紗夜さんのせいじゃないと言い張る私。しばらく沈黙の後、二人して顔を見合わせて笑いあう。

 

「フフッ……なら二人とも悪いでいいですか?」

 

「はいっ!」

 

 笑みを浮かべてそう答えた私は、紗夜さんと音楽の話しをしながら一件目の江戸川楽器店へ向かうと、店の前になぜか姉さんが息を切らせて立っていた。私はどうして姉さんがここにいるのか不思議に思いながら声をかけた。

 

「あれ?姉さん」

 

「!……華那!」

 

「わぷっ!?」

 

 と、私の姿を見て抱きしめてくる姉さん。え、ええ?なにがどうなってるの!?

 

「変な事されていない?怪我はないかしら?」

 

 と、私の頭を撫でながら聞いてくる姉さん。え、え、ええ?な、なんで姉さんがさっきの事知っているの!?どこかで見ていたの?

 

「あ、私が連絡しておきました」

 

「紗夜さんー!?」

 

 と、あっけらかんと答える紗夜さんに、私は悲鳴にも似た声を上げるしかなかった。姉さんに心配かけたくなかったんですけどー!?そう心の中で叫びつつ、姉さんにだいじょぶだよと伝えるけれど、姉さんは一向に私を放そうとしてくれない。逆に、私を抱きしめる力が強くなった。

 

「紗夜から連絡来て、華那が怖がっていたと聞いたら、いてもたってもいられなくなったのよ……」

 

「……ごめんね。心配かけて」

 

 私は姉さんの腕の中で謝る。心配かけたのは謝るから、そろそろ放してくれると嬉しいのだけれど!?なんか通行人の方々からも暖かい目で見られている気がするんだけど!?それに、紗夜さんを待たせるのも悪いよ!?

 

「湊さん。そろそろ華那さんを放してあげたほうが良いかと」

 

「……そうね。華那、辛かったら言うのよ?」

 

 と、紗夜さんが助け舟を出してくれた。た、助かった。そう思った私に、心配そうな表情を浮かべながら見る姉さん。私は頷きながらきちんと伝えることを約束する。姉さん、私いなくなったら本当にだいじょぶかな……。妹としては心配してくれるのは嬉しいのだけれど、過保護なのもちょっと心配です……。

 

「湊さんも合流しましたし、三人で入りましょう」

 

「そうね……ところで紗夜」

 

「はい?」

 

 店に入ろうと提案する紗夜さんに同意した姉さんだったけれど、何か不満でもあるみたいで、腕を組んで紗夜さんを呼び止めた。どうしたのだろうかと思いながら二人を見る。あ、紗夜さん困惑顔だ。

 

「華那だけ名前呼びで、私を名前で呼ばないのは何故かしら?」

 

「え……」

 

「あ……」

 

 首を傾げる姉さんの言葉に私は驚きの声を。紗夜さんはそう言えばといったような声を上げた。確かに。私達姉妹はどっちも“湊”なわけで、姉さんだけ湊と呼ぶのは不自然というか、不公平な感じをうけなくもないよね。というか、外で「湊さん」と呼ばれたら、二人して返事しちゃうよね。

 

「それとも、紗夜にとって私はその程度の相手という事かしら?」

 

「そ、そんなわけありません!湊さんは私にとって大切なバンドメンバーです!」

 

 と、二人して一部だけ聞いたら勘違いしそうな会話をしているのだけれど……妹としては姉さん達の会話力が心配です。

 

「そう。……なら、私の事も名前で呼べるわよね?」

 

「はい……今後は友希那さんと呼ばせてもらいます」

 

「ええ。それでいいわ」

 

 少し困惑した表情で言う紗夜さんに満足気に微笑む姉さん。なんで今この瞬間にこのやり取りする必要あったのだろうかと疑問に思う私だったけれど、いつまでも店の前にいる訳にはいかないので、二人に催促して店に入った。

 店に入り、私はさっそく紗夜さんとギター用品の前でこうでもないああでもないと話す。姉さんは後ろで機材を見ながらそれを聞いていた。

 

「紗夜さん。このエフェクターなんですけど……」

 

「これですか……これは華那さんの目指しているギタリストが使用しているのは……確かディストーションタイプでしたね。これはフランジャーと言ってうねりを強くするサウンドなので、これは使わないと思いますよ」

 

「なるほど」

 

 結構専門性の高い会話をしていく私と紗夜さん。エフェクターの種類も色々あって、私の求める音に近いのはどれか――やら、複数のエフェクターをつなげるにはどうすればいいかなど、話し合っていく。姉さんは後ろで黙ってその会話を聞いているのだけれど、退屈じゃないのかなと思い聞いてみると

 

「退屈ではないわよ。紗夜と華那がここまでしっかりギターについて学んでいる事を知る事ができて、Roseliaのメンバーとして、姉として誇らしいわ」

 

「みな……友希那さん」

 

「姉さん……恥ずかしいよ」

 

 『湊さん』と言いかけた紗夜さんが慌てながらも、姉さんの名前を口にしながら照れていた。私も顔真っ赤にして照れてしまった。姉さんって、たまに無自覚でこう……私が照れるような事をサラリと言ってしまうのだからズルい。

 

 そんな会話をしながら店内を回る。この江戸川楽器店はギターの種類も多く、私使っているエピフォンの黒いギター(中古品)もここで買ったんだよね。中古品だったけれど、きちんと整備されていて、いい音をしているからお気に入り。

 時々持ってきては、整備してもらっているのだけれど、最近は姉さんと一緒にライブする事が無くなったから、部屋で使う程度なので整備は自分で終わらせているのが現状なんだよね。

 そんな事を考えながら紗夜さんと姉さんと一度分かれて、店内に飾られているギターを見て回る。ギブソンにヤマハに、ESP、フェンダー、シャーベル……本当、国内外の有名どころから一般認知度の低いメーカーまで揃っているのが凄いよね。

 そんな時だった。ふと上に飾られているギターを見るために視線を上にした時だった。透明ケースに入れられて、そう簡単に盗まれない位置に置かれて、厳重に管理されている()()()()()()が飾られていた。

 

「え……嘘……」

 

 そのギターを見て私は()()()()使()()()()()()()()()()()()だとすぐに気づいた。だって、ギターにあの人の名前がきちんと入っているから。ま、まさかこんなところでシグネチャー・モデルを見る事ができるなんて……!

 このギター……弾きたい。ううん。持ってみたい。弾けなくていい。触らせてもらえるだけでもいいから、店員さんに相談してみようかな。

 

「このギター……私のギターとはまた違う青色ですね」

 

 と、いつの間にか私の隣にいた紗夜さんが腕を組んで私が見ていたギターを見ていた。あ、あれ?い、いつの間に隣にいたんですか?

 

「何度も声をかけたのですが、そのギターを真剣に見ていたので隣に立って気付くのを待っていただけです」

 

「ご、ごめんなさい」

 

「謝らなくていいですよ。ですが、このギターは?」

 

 謝る私に優しく微笑んでから聞いてくる紗夜さん。えっと……このギターは私の尊敬しているギタリストのシグネチャー・モデル――そのギタリストの名前を冠したギターなんです。しかもこれ、私が欲しいDC(ダブルカッタウェイ)のアクアブルーってやつなんです。

 

「!あの人のギターという事ですか!?」

 

「シグネチャー・モデルなので、あの人のギターと同じ型という表現の方が合っているかもしれませんが……」

 

 と、私の説明に驚く紗夜さんにきちんと注意を入れてから私はカウンターへ向かう。そこに女性店員さんがいたので、あのギターについて尋ねてみると

 

「あー、あのギターはね、店長の趣味なんだよねぇ。ちょっと待ってて。どうせ暇してる店長呼んでくるから」

 

 と、裏に行ってしまった。しばらくすると店長らしき男性が出てきた。あれ?この人、何度かライブハウスで見た事がある気がするのだけど気のせいだよね?

 

「あー、君かな?あのシグネチャー・モデルのギターについて聞きたいって子は?」

 

「はい!持たせて頂く事ってできるかな……と思いまして」

 

「え?弾かないの?」

 

 私の言葉に驚く店長さん。いや、だって、人のギターですし、何より本物のシグネチャー・モデルなら、大切にしないといけないですから。いや、ギターは弾いてこそなのは分かっていますよ?でも、恐れ多くて弾けないです。と伝えると店長さんは笑い出した。

 

「ハハッ!君みたいな子は初めてだよ!うん、いいよ。持つだけならいくらでも構わないよ!ちょっと待ってな。今取るから」

 

「あ……ありがとうございます!!」

 

「いいよ、気にしなくて」

 

 頭を下げる私に店長さんは笑顔でそう言うと、一度裏に戻って脚立を持って戻ってきた。「ついてきなよ」と言われて、店長さんの後ろを歩いてついていく。紗夜さんと姉さんも合流してギターが展示してあるコーナーへ戻る。

 店長さんは慣れた様子で脚立を組み立てて、シグネチャー・モデルのギターを保護している透明ケースを外して、ギターを持って降りてきた。近くで見るとギターが輝いているような錯覚すら覚えたけれど、きっと光の反射だよね。というか私の思い込みかな?

 

「はい、これがレスポールDC、アクアブルーだよ」

 

 私に渡しながら説明してくれる店長さん。なんでも、たまたま知り合いの楽器を扱っている業者さんから購入したものだそうで、ナンバリングが入っていて、数百本限定販売の貴重なギターだそうだ。

 え、そこまで知らなかったんだけど……。というか、そんなギターを私持ってよかったんですか!?

 

「いいよいいよ。君の隣にいるRoseliaのボーカル、湊友希那ちゃんの妹さんの湊華那ちゃんだろ?何回かお姉さんと一緒にライブで演奏してたよね?」

 

「あ、はい。姉さんボーカルで、私がギターやっていました」

 

 と、答える。どうやら店長さん、私と姉さんがライブしていた時に何度か来てくれていたみたいで、Roseliaのライブも見てくれたそうで、Roseliaならメジャー行けると褒めてくれていた。結構ライブに足を運んでいるみたいで、今の若い子がどんな音楽するか楽しみにしているそうだ。

 

「Roselia結成する前に二人でやってたライブ見た時に、ギタープレイがあのギタリストを意識したプレイだったのと、自分の色を前面に出しているのに驚いたからね。今後も頑張ってくれよー。おっちゃん期待してるしさ!」

 

「あ、ありがとうございます」

 

 店長さんと会話をしながらギターのボディを見る。うわっ、波のさざめきを想像させるようなカラーリング。あ、ピックアップって、こうなっているんだ。ああ、名前が、あの人の名前が入っているよ!!ほら、姉さんも見て、見て!!

 

「華那……興奮するのはいいのだけれど、少し冷静になりなさい」

 

「友希那さん……多分無理だと思いますよ……」

 

 と、呆れた様子の姉さんと紗夜さん。あ、ご、ごめんなさい。でも、あの人が使っているギターと同じ型のギターで、しかも数量限定販売されたギターだよ!?興奮しちゃダメって言う方が無茶な話しだと思わない!?

 

「そうね。華那が喜んでいるのならそれ以上は言わないわ」

 

「そうですね。しかし、このギターもし買うとなるといくら位するものなのでしょう?」

 

 そう言いながら微笑みを浮かべる姉さんと、腕を組んで首を傾げる紗夜さん。確かに。数量限定となるとかなりの高額になりそうな気が……

 

「そうだねー……オークションに出したら三桁行くかもねー。ナンバー一桁台だし」

 

「「「三桁!!??」」」

 

 店長があっけらかんとした様子で答えてくれたのだけれど、想像以上の金額に三人して驚く。ギターを落とさなかったけれど、持っている手が震える。三桁三桁三桁……今しているバイト代、何年分だろう。

 

「本当に弾かなくていいのかい?」

 

「はい!店長さんの貴重なギターに、傷つけたくないですから。あ……最後に一つだけいいですか?」

 

 しばらく会話しながらギターを持っていた私は、最後にお願いをしてみようと思って店長さんに聞いてみる。店長さんが「なんだい?」と聞いてきたのでお願いしてみる。

 

「ギター持っているところ写真に撮ってもいいですか?」

 

「……ふふっ。アハハっ!!!!いいよいいよ!そのぐらい気軽に撮りなよ!!」

 

 私のお願いに驚いた様子の店長さんだったけれど、盛大に笑いながら許可をくれた。どうやら、もっと違う事をお願いされるのだろうかと思っていたみたいだけれど、なんだろうね?

 

「あ、ありがとうございます!」

 

 お礼を言った後、姉さんにお願いしてスマホで何枚か写真を撮ってもらった。一枚一枚ポーズを変えて――。店長さんにお礼を言いながらギターを返した際に

 

「また、持ちたくなったら気軽に声かけてくれていいよ。華那ちゃんなら、忙しくてもすぐに用意してあげるよ!」

 

「あ……ありがとうございます!!」

 

「良かったわね、華那」

 

「良かったですね、華那さん」

 

「うん!」

 

 まさかまさかの店長さんの言葉に、私は一瞬理解できなかった。理解した瞬間すぐに頭を下げてお礼を言う。店長さんはそんな私を見て笑っていた。その後、私と紗夜さんはギター用品を買って店を出た。

 

 江戸川楽器店を出た後、私達はちょうど昼食の時間だったので、近くのファストフード店に入ったのだけれど、紗夜さんがいつも通りポテト山盛りに注文しているのを見て、姉さんと私はヒソヒソ声で

 

「流石は紗夜さんだね」

 

「そうね」

 

 というやり取りをするのだった。尚、紗夜さんがポテトのお替りをしに行ったので、二人して驚いたのは日菜先輩には言わないどこう。紗夜さんの名誉のためにも……。

 



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#19

 月曜日――それは学生や社会人(月曜日から開始の企業に勤めている方々)にとって憂鬱な日なのは間違いないと私は思う。朝六時に起きて、私より早く起きていた母さんと一緒に朝食の準備をする。

 

 姉さんはまだ部屋で寝ているようだけれど、いつも通りならあと三十分後にはリビングに下りてくるのが日常。あ、そうそう。姉さんには料理させられないんだよ。一度、ホットケーキを作ろうとしたのはいいけど、ホットケーキを天ぷらのように揚げようとして、危うく家が燃えるところだったから。あの時は焦ったなあ。消火器どこだっけ!?とか言って大騒ぎしたなあ。

 

「おはよう、母さん。華那」

 

「おはよう姉さん!」

 

「おはよう友希那」

 

 そんな事を思い出していたら、姉さんが降りてきていた。少し眠そうだけれど、歌詞でも考えていたの?

 

「いえ、今度するライブのセットリストを考えていたのよ……父さん達の楽曲をするかどうか……」

 

 私の問いかけに右手で目を擦りながら答える姉さん。でも、最後の方、声が小さすぎて聞き取れなかったんだよね。何言ったんだろう?うーん……聞くに聞けないよね。

 

「そうなんだ。あまり無理しないでね?学校もあるんだから」

 

「ええ。学業を疎かにするつもりはないわ」

 

 と、真剣な表情で答える姉さん。そういうところが姉さんらしくていいのだけれど、無理だけはしないでほしいな。という会話をしながらも私は料理をしているわけで、姉さんも食器をテーブルの上に並べていた。

 

 食事も終わって、食器洗いを姉さんと一緒にやってから家を出る。すると見計らったように隣の家に住むリサ姉さんがやってきて、三人で学校に向かう。その際、リサ姉さんに二日前のナンパ事件について心配された。

 ちらりと姉さんの方を見れば、私と目を合わせないように明後日の方向を向いていたので、リサ姉さんに話したのは姉さんだという事を私は確信した。もう!リサ姉さんにも心配させたくなかったのにぃ……。あ、元々は私が早く行ったのが悪いのか……。

 そんなことを考えつつ、リサ姉さんにだいじょぶと伝えるも、抱きしめられて

 

「無茶しちゃだめだからね!」

 

 と撫でられる私。いや、無茶はしてないよ?ホントだよ?そう答えるも簡単には私を放そうとしないリサ姉さん。まずいって!遅刻しちゃうってリサ姉さん!姉さん助けて!!

 

「リサ、華那。じゃれてないで行くわよ。遅刻してしまうわ」

 

「オッケー、友希那」

 

「はーい……」

 

 呆れた口調の姉さんが催促してくれたおかげで、何とか解放された私は朝なのにもうすでに疲れた。それでも学校を休むわけにはいかないので、姉さん達と話しながら学校へ向かう。

 って、今気付いたけどさ、私がじゃれていたわけじゃないよね!?リサ姉さんが一方的にじゃれていたよね!!??そんなことを心の中で思いながら、私は姉さん達と登校する。学校に着いた私は、生徒玄関で姉さん達と別れて自分のクラスへ向かう。

 

「おはよう」

 

「あ、華那ちゃん!おはよう!!」

 

「おはよー!華那ちゃん、大丈夫!?一昨日連れ去り未遂事件に巻き込まれたって聞いたけど!?」

 

 クラスに入り、すでに教室で話していたみんなに挨拶したら、あっという間に数人に囲まれてしまった。みんなして一昨日の件は大丈夫かって聞いてきたので、私は驚いた。な、なんでみんな知っているの!?困惑しながら「だいじょぶだから」と言うも、みんな怒っている様子で

 

「華那ちゃんがいくら可愛いからって、無理やり連れ去ろうとするなんてサイテーだよね!」

 

「そうだよ!華那ちゃんは()()()()()()なんだから!」

 

「「「そーだ!そーだ!」」」

 

「ちょっと待って!私、“物”なの!?」

 

 まさかの発言に困惑するしかない私。ちょっとこれどうすればいいの!?ってか、情報源どこから!?それを聞くとみんな素直に答えてくれた。

 

「わたしは山ちゃんから。山ちゃんは?」

 

「私はめぐから。めぐは?」

 

「私?お姉ちゃんから」

 

「「「お姉ちゃん(さん)から!?」」」

 

 と、めぐちゃん以外の人間が息を揃えて驚く。いや、めぐちゃんのお姉さんがなんで私の事を知ってるんですかー!!??

 

「その……華那ちゃんをナンパした人と付き合っていたのが……うちのお姉ちゃんなの……」

 

「「「な、なんだってー!!??」」」

 

 みんなして驚きの声を上げる。いや、まさかそんな事ってありえるの?というかどんな確率なんだろう?せ、世間って狭いんだね。そうポツリと漏らした私にみんな頷きながら

 

「そだねー」

 

「せやなー」

 

「ちょっと、山ちゃん。あんた関西圏出身じゃないのに、なんで関西弁で答えるのよ」

 

「いやぁ……なんとなくー?」

 

 そんなやり取りをして笑いあう。しかし、改めて思うけれど、世間は本当に狭いんだねぇ……。苦笑いを浮かべるしかない私だったけれど、めぐちゃんが申し訳なさそうにしているのに気付いて「どうしたの?」と聞くと

 

「いや、お姉ちゃんから伝言で『うちの元カレがゴメンね』って……。あと『もうそいつとはその日に別れたんだけど、しっかりと落とし前(制裁)しといたから安心してね♪』って……」

 

「いやいや!めぐちゃんのお姉さんが悪いわけじゃないから!って、制裁!!!??」

 

 めぐちゃんのお姉さんの発言に驚きを隠せない私。なんだか、今日は驚いてばっかりだなあと思いつつも、制裁ってどんな制裁をしたのだろうかと不安になる。

 

「私も詳しくは聞けなかったんだけど……笑顔で『二度と男として歩けなくしただけよ』としか答えてくれなくて」

 

 訳が分からないよねと苦笑を浮かべるめぐちゃん。私を含む他の人は恐怖で震え上がる。いや、男として歩けなくしたってどんな制裁なんですか!?というかお姉さん強すぎませんか!?え?隣町のレディースを一人で壊滅させた?嘘……でしょ……?しかも隣町って……え?理由が騒音で眠れなかったから?……。

 

「……山ちゃん。めぐちゃん泣かせたら、めぐちゃんのお姉さんに鉄槌もらうって思った方がいいよ?」

 

「なんで私なの華那ちゃん!?」

 

「いやだって、山ちゃんだし?」

 

「ヒドイ!!」

 

 再び笑いあう私達。そんなやり取りをしていたら蘭ちゃんがやってきた。私を見るなり心配そうな表情を浮かべて輪の中に入ってきた。おはよう蘭ちゃん。

 

「おはよう……華那、大丈夫?」

 

「え?あ、うん。だいじょぶだよ?」

 

「そっか。ならいい」

 

 と、どこから情報を仕入れたのか、それだけ聞いて自分の席に座ってしまった。と言っても私の隣なんだけどね。その後は先生が入ってくるまで、みんなと色々な話しをして楽しんだ。

 

 授業が始まり、真面目に授業を聞いて先生が黒板に書いたことをノートに写す。チラリと横を見れば蘭ちゃんが眠っていた。あちゃー……まあ、入学したばかりの時は屋上に行ってサボッていたので、授業に出るだけでも進歩したと思う。うん。毎回、先生にお願いされて、屋上に行って蘭ちゃんを教室に連れてくるの大変だったからね。

 「やだ」「出たくない」「勝手に教室に帰ればいいじゃん」とか我が儘を言い放題だったからね、蘭ちゃん。まあ、家でゴタゴタしていたみたいだし、愚痴をよく聞かされたんだよね。蘭ちゃんのお父さんが頑固すぎるって。っと、次蘭ちゃんに当たるね。起こしてあげないと。蘭ちゃん起きてー。

 

「う……ん?」

 

「次当たるよ。ここから」

 

 と、先生にバレないように蘭ちゃんを起こしてあげて、教科書を広げて蘭ちゃんが当たる箇所を指さす。

 

「ありがと……」

 

 蘭ちゃんは眠そうな表情をしながら起きた直後。先生に当てられ、無事にその部分を読みあげた。よく漫画とかである教科書逆さに持って変な日本語読み上げるとかはなかったよ!残念な事に……。

 

 

 その後の授業は特に問題なく進み、昼休み――

 

 

「華那ちゃんー!!!!大丈夫!!??」

 

「むっきゅ!?」

 

 今日は蘭ちゃん達アフグロのメンバーと一緒にご飯食べる日だったので、蘭ちゃんと屋上に行った――のだけど、屋上に出た瞬間、ひまりちゃんに抱きしめられた。

 

「華那ちゃん、大変だったって聞いたけど!!怪我無い!?大丈夫!?」

 

「か~なちん。大丈夫~?」

 

「華那!聞いたぞ!今度アタシ連れていけよな!速攻でナンパしてきたやつ撃退してやるから!」

 

「み、みんな落ち着いてぇぇぇ!!??」

 

「いや、華那。あんたが一番落ち着きなよ」

 

 と、つぐちゃん、モカちゃん。そして巴ちゃんが立て続けに私に言ってきたので、私はみんなに落ち着くように説得を試みた。のだけれど、蘭ちゃんが少し笑いながらツッコミを入れてきた。というかね、なんでアフグロのみんなが知っているのさ!?

 朝、蘭ちゃんなんてクールに聴いただけで終わったのに、どうしてひまりちゃんに抱きしめられながら皆に囲まれなきゃいけないのよ!?あ、ひまりちゃん、ちょっと苦しい。その……ひまりちゃんのたわわなお胸さんで……い、息が……。

 

「あー!ごめん華那!!大丈夫!?」

 

「コフッコフッ……うん、息できるからだいじょぶ」

 

 と、私を抱きしめる力を弱めてくれたひまりちゃんだけれど、抱きしめたままなんだね。うん、もう抱きしめられるのは慣れたけど、私もひまりちゃん達と同い年なんだけどなぁ……。こう……すぐに抱きしめられると、子供や何かと勘違いされているのではないかと思ってしまう。で、私はひまりちゃんに後ろから抱きしめられる格好のまま、日陰になっている場所に輪になって座る。座ってすぐに私はみんなに疑問をぶつけた。誰から一昨日の話しを聞いたの?

 

「アタシは紗夜さんから連絡受けたあこから」

 

「わたしは巴ちゃんと紗夜さんから」

 

「私はつぐから」

 

「モカちゃんはねー、ひーちゃんから」

 

「あたしはモカから」

 

「……情報社会って怖いね」

 

 みんなの分かりやすい説明に、ひまりちゃんの腕の中で私はガックリと項垂れる。こんな時、授業の内容全く使えないんですけど、先生!?こ、これが噂の女の連帯感ってやつですか!?

 

「華那……違うから」

 

「蘭ちゃん、サラリと心読むのやめて!?」

 

 呆れ顔でツッコミを入れてくる蘭ちゃん。なんで人の心まで読んじゃうの!?と思いながらご飯を食べようとするも、ひまりちゃんにがっちりと抱きしめられている状態じゃご飯が食べられない。

 どうしようかと悩んでいると、目の前にパンが差し出された。しかもパンはパンでもチョココルネだ。りみちゃん好きなパンだなと思って顔を上げれば

 

「ふっふっふー。モカちゃんが朝、山吹ベーカリーで買ってきたチョココルネだよー。食べる?」

 

「いいの?」

 

「いいよー。華那にはいつも蘭がお世話になってるからー」

 

「ちょっとモカ!確かにお世話になってるのは事実だけど、モカがする必要「いいじゃーん、蘭。あたしが勝手にやってるだけだしー」……むっ」

 

 と、蘭ちゃんが不機嫌そうにモカちゃんに言ったのだけれど、のんびりした口調のモカちゃんはそれを気にした素振(そぶ)りを見せずに、私にチョココルネを差し出した。私はそれを受け取ろうとしたのだけれど、横から手が伸びてきて、私がチョココルネを受け取る事はなかった。あ、あれ?

 

「はい華那。口開けて」

 

「え――」

 

 恥ずかしいのか、顔が赤い蘭ちゃん。しかもそっぽ向いた状態で私にチョココルネを差し出している。えーっと……つぐちゃんこの場合、私どうすればいいと思う?

 

「た、食べたほうがいいと思うよ」

 

「デスヨネー」

 

 アフグロ、最後の良心であるつぐちゃんに助けを求めたのに、突き放された私は観念して食べようとして思った私。あ、これ……恋愛系の漫画とかでよくある「あーん」って女の子が言って、彼氏にご飯食べさせるやつじゃない!?

 そう気付いた私も恥ずかしくなってきた。でも、蘭ちゃんの方がもっと恥ずかしいと思う。というかそんな性格じゃないもんね。蘭ちゃんも恥ずかしいなら……私は意を決してパンを口にする。

 

「……どう?」

 

「もぐもぐ……美味しいよ」

 

「そっか」

 

 恥ずかしそうに聞いてくる蘭ちゃんに、そう答えたけれど……正直に言って味は分からなかった。だって恥ずかしさの方が上回ったんだから仕方ないでしょ!?

 

「おおー、相変わらず仲が良いですなぁ~二人とも」

 

「……モカちゃん。楽しんでないで止めてよ」

 

「二人とも大胆だねー」

 

「あわわわわ……」

 

「華那に蘭……恥ずかしいならやるなよー」

 

「巴、うっさい!まさか華那が乗るとは思ってなかっただけだし!」

 

 と、みんなが反応した後に、私達は笑いあう。蘭ちゃんがまさか、あんな行動をとるとは思っていなかったけれど、こういうのも時としてはアリだよね。そんな事を考えながら皆と話しているとスマホが震えた。何だろうと思って画面を見れば、ある人物から電話だと表示されていた。

 

「みんなゴメン。ちょっと電話出るね。という訳でひまりちゃん」

 

「はーい。華那ちゃん抱き心地良いからつい抱きしめちゃうんだよね」

 

「分かる。華那、ちょうどいい大きさだから」

 

 と、ひまりちゃんと蘭ちゃんが失礼な事を言っているような気がするのだけれど、それより電話の方が優先。ひまりちゃんの腕の中から出て、スマホンの画面をいじる。もしもし?

 

『華那!?一昨日の件、大丈夫!?』

 

「きゅにゅ!?」

 

 出た瞬間、沙綾の焦った大きな声が私の耳を襲った。なんで!?なんで沙綾知ってるの!?

 

『ついさっき友希那先輩からアプリで、氷川先輩から口頭で聞いたから』

 

「姉さん、紗夜さん、なにやってるのぉぉぉぉ!!!!!?????」

 

 沙綾の発言に私は大声を上げてしまった。いや、だってねえ?リサ姉さんまでならわかるけど、なんで沙綾に連絡しちゃうかなぁ!?家帰ったら姉さん説教だね!絶対説教してみせる!!するんだ……できるかな?できるよね?できればいいなぁ……。紗夜さん?(説教なんて)無理だよ?

 

「沙綾、だいじょぶだから!心配しないで!」

 

『そう言っても……心配したんだからね?華那が無理やり連れて行かれそうになったって聞いたから』

 

「ご、ごめん。でも、本当にだいじょぶだから!」

 

『お前の「だいじょぶ」は全然大丈夫じゃねぇーんだよ!!』

 

「わっきゅ!?」

 

 と、沙綾と話していたと思ったら有咲の大きな声が私に攻撃してきた。ちょっと待って!?まさかポピパのメンバー全員いるの!?

 

『いるよー!華那一緒にご飯食べよーよ!!』

 

『華那。早くこっちに転校しなよ。それでおっちゃんの可愛いところ聞かせて』

 

『か、華那ちゃん大丈夫?』

 

 と、香澄ちゃんにおたえちゃん。りみちゃん達が反応する。これスピーカーで会話しているよね?うわーい。みんなフリーダムすぎてどう反応すればいいか分かんないよー。そう言ったら有咲が

 

『笑えばいいじゃね?』

 

「有咲、それはあかんやつや!!」

 

『華那ちゃん。なんで関西弁やの?』

 

『りみ。りみも関西弁出てるから』

 

 と、有咲のボケにツッコミを入れてしまった私だったけれど、なんでか分からないけれど関西弁になってしまった。なんでや……。あ、今もなっちゃった。

 

『はあ……心配して損した』

 

 私達のやり取りに呆れたのか、疲れたのか、小さな声で呟いた有咲。残念な事に最近のスマホの集音性は高性能なのだよ。しっかりとその声は私に届いていた。へえ、有咲。心配してくれたんだ?

 

『ばっ!そ、そんあんじゃねーよ!』

 

『あ、有咲!噛んだ!』

 

『噛んだね』

 

『有咲、動揺しすぎだって』

 

『有咲ちゃん。顔真っ赤だよ?』

 

『だー!!うっせぇぇぇぇ!!!!』

 

 と、耳をスマホから離しているというのにしっかりと有咲の怒鳴りに近い声がしっかりと耳に届いた。ああ……有咲が顔真っ赤にして、肩震わせながら皆に怒鳴っている光景が目に浮かぶ。本当にポピパのみんなは仲いいなぁ。そんな事を思いながら沙綾に「そろそろ昼休み終わる時間になるから、またね今度ね」と伝えて通話を終わらせようとしたのだけれど、有咲と香澄ちゃんがじゃれている声が聞こえてきて笑ってしまった。

 

「華那、誰から?」

 

「ポピパの皆から。なんか、姉さんと紗夜さんから一昨日の件に聞いたらしくて……」

 

「あっ……大変だね、華那」

 

「うん……」

 

 電話を終えてアフグロの皆の輪に戻ってきたと同時に蘭ちゃんが聞いてきたので、私は簡潔に説明する。その説明ですべてを察してくれた蘭ちゃんが(いた)わってくれた。本当、なんで私の情報があっちこっち飛んでいくのだろう?と思いながら、アフグロの皆と話しながら思った。

 

 尚、学校終了後に千聖さんからアプリの方に連絡が来て、今度何かあったら事務所の力も使う事も視野に入れるから。と、どういう経路で千聖さんの方に情報行ったか分からないけど、そこまでしないでだいじょぶですよと返しておいた。

 千聖さん。それ、間違いなく相手を社会的にに抹消する方向ですよね!?アイドルとしてやっちゃダメでしょ!?あ、頭痛くなってきた。

 

 その後に同じパスパレの彩さんから電話来て、泣きながら話す彩さんを宥めるのが大変だった。なんか今日一日、心配されてばかりだったなぁ。気を付けて行動しなきゃと改めて思いながら、Roseliaの練習に行っている姉さんの帰りを待つ。

 どうして沙綾とかに連絡したのか、どうやって問い詰めようか考えるのだった。尚、姉さんに言いくるめられてしまったのは別の話し。

 




#19読んで頂きありがとうございます。
感想を返信していると思うのですが、もう少しフランクな感じでもいいのでしょうか?
かなりガッチガチに硬い文章で返しているので、もう少し柔らかくしてもいいのかなって思いまして……。

さて、個人的な話しではありますが、コロナ騒動で転職活動もままならない状況になってしまっており、このままでは某ヒキニートで有名なオッキールートまっしぐらな状況ですが、私は生きてます()

今すぐコロナ騒動が鎮静化するのは無理でしょうから、しばらくはイベントもライブもない生活は確定ですね。

とりあえず、悲観論で備えて、楽観論で行動しとけばなんとかなりますかね?と、言っても、どこか遊び行くわけでなく、家籠りしますが……。

皆様、どうかご自身のお体ご自愛下さい。


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#20

今回は書き下ろし
待望の(?)ハロハピ全員登場

※なお、作者の力が尽きたのでいつもよりやや短め(千~二千文字ほど少なめ)でお送りいたします。


「あら。友希那じゃない!何をしているのかしら?」

 

「え?……あのどちらさまで?」

 

 バイトが終わり、帰ろうとしていたら、知らない金髪の少女に声をかけられた――って、なんでそんな他人事のような言葉が頭に浮かんだのだろう?って、それより今はこの子の事!

 全く知らない人だから、こちらとしてはどう反応していいものか……。それ以前に姉さんの事は知っているみたいだから、下手な行動できないなあと思いつつ、困惑した表情を私は浮かべていたのだろう。目の前の少女が首を傾げながら

 

「?あなた、友希那よね?」

 

「いえ、私は「こころ~ん!どうしたの~?」

 

 と、否定しようとした私の声を遮るように活発そうな少女が現れた。ちょっと待って!これ以上増えないで!?というか、今絶好の否定するタイミングだったのに、どうして増えるの!?ねえ、どうして!?と、内心動揺していたら、その少女の後ろからまた一人、息を切らせた保護者的立場に見える人が現れた。

 

「こ、こころにはぐみ……き、急に走らないで」

 

 あ、ダメだこれ。失礼かもしれないけれど、この人、間違いなくこの二人に振り回されている立場の人だ。って、事はこの状況から私が解放される可能性は、かなり低いって事だよね!?ってか、この人達どちらさまで!?

 困惑している私を放っておいて、元気いっぱいの二人はなんか違う話で盛り上がっていて、私の事は放置。えっと……コッソリ帰っていいのかな?なんて思っていると、

 

「?……もしかしてリサさんが言ってた、湊さんの妹さん?」

 

 と、被っていた帽子を右手に持って、左手で汗を(ぬぐ)う仕草をしながら、私に問いかけてきた後から来た保護者的な人。私は、リサ姉さんと姉さんの名前が出て驚いたけれど、何とか冷静に答えようと口を開く。

 

「あ……そうです。湊友希那の妹の湊華那です。姉と混合してしまうので、私の事、華那と呼んで頂ければ……えっと……」

 

「あー……ごめん。あたしの名前は奥沢美咲。こっちで自由奔放に喋ってる二人は、髪が長い方が弦巻こころで、ショートヘアの方が北沢はぐみ」

 

 と、私がなんて呼べばいいか戸惑っていると、自己紹介をしてくれた奥沢さん。でも、どこか気怠そうな感じなのは、そういう口調なのかな?二人を紹介している時に、二人の様子を見て呆れているというか、『またか』と言いたげな表情を浮かべていた。本当、大変そうなのが、少し話しただけでも分かってしまった。

それはともかく、ご丁寧にありがとうございます。それで姉の友希那とはどんな関係で?

 

「あー……あたし達、ハロー、ハッピーワールド!っていうバンドやってるんだ。それのメンバー三人。あと二人いるんだけど、またどこかで花音さんが迷子になってるみたいなんだけど……そのバンド関係で知り合った感じ……かな」

 

「そうなんですね……って、松原さん。また迷子ですか……」

 

 と、説明してくれた奥沢さん。今までハロー、ハッピーワールド!の皆さんには会った事なかったけれど、松原さんからバンド名は聞いていたので、驚きはなかったけれど、また迷子ですか……。あの人、本当にナビあっても迷子になる特殊能力持ってるからなぁ……。あ、特殊能力じゃない?本当に?

 

「あれ?花音さんの事、知ってるんだ?」

 

 と、不思議そうに首を傾げながら奥沢さんが聞いてきたので、私は頷きながら一緒にお茶へ行った事もありますよ?と答えると

 

「なんで疑問形なの……」

 

 と、苦笑いを浮かべる奥沢さんだったけれど、そう言えば――と、松原さんが私の事について話していたという事を教えてくれた。いや、松原さん。いったいどんな話したんですか!?

 

「大丈夫だよ。『華那ちゃんはね、お人形さんのように可愛い女の子で、よく迷子になってると助けてくれるんだよ』って言っていただけだから」

 

「それ、私の話しっていうより、迷子の所にツッコミ入れたくなるやつじゃないですか!?」

 

「ねえねえ、二人して何話してるの~?」

 

「そうよ!二人で楽しそうな事を話しているんでしょ!あたし達も中に入れてちょうだい!」

 

「わひゃっ!?」

 

 突然、話しに入ってくるのはいいけど、二人とも近い近い近い!!なんで額と額くっつけるぐらい近づく必要あるの!?

 

「はいはい。こころもはぐみも落ち着こうか。湊華那さん怯えちゃってるから」

 

 と、私を二人から離して、私を護る様に前に立ってくれる奥沢さん。奥沢さぁん。もうこの二人と話すには奥沢さんの助けが必要なんです。助けてください。

 

「ほらほら、泣かない泣かない。って、いうかさ……こころもはぐみも自己紹介してないんだから、しっかりしときなよ……」

 

 と、私の頭を撫でながら二人に自己紹介をするように促してくれた。こっちとしては見ず知らずの人とはいえ、あそこまで勢いよく――というより距離感が近い人(ナンパ師さん除く)は初めてだったから、恐怖に近いものがあった。

 本当、人との距離感というか、線引き(ボーダーライン)が皆無と言っていいほどだよね。もう少し、初対面の人には緊張してもいいんじゃないかな?なんて思ったけれど、多分、この二人には一生通じない話しなのだろうと思ってしまった。

 

「そうだったわね!あたしは弦巻こころよ!貴女は?」

 

 と、両手を合わせて手を叩いたかと思ったら、満面の笑みを浮かべて自己紹介をしてくる弦巻さん。元気があるのはいい事だけれど、ちょっと苦手なタイプかもしれないなぁ。悪い子じゃないのは何となく伝わってくるのだけどね……。

 

「わた「はぐみはねー!はぐみだよ-!よろしくね!」あ、うん。よろしく……?」

 

 まさかの自己紹介ぶった切りに、私と奥沢さんは苦笑いを浮かべるしかなかった。

 

「でも、不思議なものね!貴女、友希那にソックリなのだもの!」

 

 と、私をマジマジと見ながら首を傾げて言う弦巻さん。あー……もうこういう状況になったら自己紹介いるかな?いる?あ、そうですか……。

 

「湊友希那は私、湊華那の姉なので、似ているのは当然って言うとおかしいけど、どこかしら似ていても不思議じゃないと思いますよ?」

 

「そうなのね!妹なら納得ね!姉妹だけど、性格は全く違うのね!」

 

「ちょ、こころ!失礼だよ!」

 

 弦巻さんの言葉に慌てる奥沢さんに、私は笑いながらよく言われているからだいじょぶと伝える。

 

「ん~……カーナは何年生なの?」

 

北沢さん、カーナってもしかしなくても私の事?あ、そう……。これはモカちゃんみたいな名付けセンスと考えたほうがいいかもしれないね。って、質問に答えないとね。高校一年だけど……それがどうかしたの?

 と、私が高校一年である事を言った瞬間、三人の動きが止まった。いや、なんでさ……。と困惑していたら、奥沢さんが私の両肩に手を置きながら真剣な眼差しで

 

「華那……悪い事は言わないから、本当の事、お姉さんに言ってごらん。今なら冗談ですむから。ね?」

 

「奥沢さん!?冗談じゃないよ!?」

 

 と、言うもんだから声を荒げた私は悪くない!悪くないよね?

 

「華那の冗談は素敵ね!どう見ても華那、あたしより年下に見えるもの!」

 

「はぐみより小さいから、年下だよね?」

 

 と、両手を広げて大袈裟に……いや、本人にとっては大袈裟じゃないのかもしれない。それはともかく、笑いながら冗談だと断言する弦巻さん。そして慎重で判断する北沢さん。いや、お願いだから身長で判断するのやめてくれないかな!?

 

 三人の言いたい事はよぉく分かったているよ!確かに身長だと、弦巻さんや北沢さんに比べたら5cmほど小さいけど!小さいけども!!これでも立派に高校一年になっているんですよ!?という訳で――って、どういう訳かは分からないけれども――カバンに入れていた生徒手帳を取り出して三人に見せる。

 

「あら、本当ね!」

 

「偽装……「じゃないよ!」ですよねー……」

 

「はぐみより小さいのに、同い年なんだ……」

 

「驚くとこかな、そこ!?」

 

 と、三人の反応に軽いショックを受ける私。確かに身長低いから、何度か迷子や家出少女と間違えられそうになった事もあるけれども、ここまで否定されるような事はなかったよ!?ってか、偽装ってなに、偽装って!?犯罪だよね!?

 

「アハハ……湊さんと性格全く違うんだね」

 

 と、私のツッコミに苦笑を浮かべながら、奥沢さんが姉さんと私の性格に違いに驚いていた。それもよく言われます。双子でも全く違う性格になるのですから、一年違ったら性格違うのは当たり前じゃないですか。まったく一緒だったら逆に怖いですよ?そもそも、姉さんとは一歳違うんですから。

 

「確かに……あれ?華那って一月生まれなんだ?」

 

「え?……ああ、そうですよ。一月二十一日の早生まれなんですよ」

 

 私の学生手帳を見て、気付いた奥沢さんの問いに私は頷いて答えた。姉さんは十月二十六日だから、学年も一つ下ですんでいるわけだけど、家庭の経済的負担は大きいだろうなと子供ながら思う今日この頃です。はい。というか、お父さんがどんな仕事をしているか、イマイチ理解できていないのですよ……。音楽辞める前はミュージシャンって分類で会っていると思うんだけどね……。

 

 と、私の事で盛り上がりつつ、奥沢さんに「『奥沢さん』じゃなくて美咲でいいよ。あたしと華那、同い年だし」と言われ、連絡先を交換する事になった。弦巻さんと北沢さんは何も言ってこなかったけれど、美咲さん曰く、私と同い年らしい。……本気(マジ)

 

「マジマジ」

 

「ごめん、美咲さん。正直に言って、私達より年下――」

 

「言わないであげて華那。言いたい事はよぉぉぉく分かるから」

 

 と、私の言いたい事を察してくれた美咲さんが、首を横に振りながら私の発言を遮った。た、確かに。本人たちの前で言うべき事じゃないよね。ごめんね、美咲さん。

なんてやりとりをしていたら、迷子になっていたという松原さんと、それを迎えに行っていたという「やあやあ子猫ちゃん」って、人の事を猫扱いする演劇部の先輩こと、瀬田先輩がやってきた。

 相変わらず演技がかった口調の瀬田先輩。あ、そう言えば()()()に「かおちゃん先輩って呼んでみるといいわよ」ってアドバイス貰っていたんだっけ。なかなか言う機会無かったから、言ってみよう。

 

「松原さん、()()()()()()()、こんにちは」

 

「あ、華那ちゃんこんにちは。今日はもうバイト終わり?」

 

「か……かおち……か、華那ちゃん?だ、誰から、そ、その呼び方教えてもらったか、き、聞いてもい、いいかい?」

 

 と、狼狽えた様子で震えた声で問いかけてくるかおちゃん先輩。それを見て笑うのを堪えている美咲さんと松原さん。弦巻さんと北沢さんは何が起きたか理解できていない様子で、二人して首を傾げていた。

 

「千聖さんからです」

 

「やっぱり、千聖かぁ……」

 

 と言って、両手で頭を抱えてしゃがみ込む、かおちゃん先輩。あの、だいじょぶですか、かおちゃん先輩。と、私が声をかけると、かおちゃん先輩は立ち上がり

 

「頼む……頼むからそう呼ばないでくれ、華那」

 

「え、でもちさ「千聖には私から言っておくから、頼むから普通に呼んでおくれ」……アッハイ」

 

 と、先ほどの美咲さんのように、私の両肩に手を置いて、鬼気迫る表情で説得してきたか……瀬田先輩の勢いに、私は何度も頷くしかなかった。でも、あそこまで狼狽えた瀬田先輩見た事無かったから、新鮮と言うか、意外だった。

 冷静に「そんな名で呼ばないでもらえないかな、子猫ちゃん?」って返してくると思っていた。確かに面白いというか、意外な一面が見られましたよ、千聖さん。後でメッセージ送っておこう。

 

 その後、ハロハピの皆さんはCiRCLEのスタジオで練習するとの事らしく、なぜか私も連行されかけた。いや、待って。私なんで行かなきゃいけないんですか!?と聞いたら

 

「だってその方が楽しいじゃない!」

 

「(わけがわからないよ)」

 

 と、某白い使い魔的なマスコットキャラも首を傾げたくなるような弦巻さんの発言だったので、美咲さんと松原さんに助けを求めて難を逃れた。もし助けられなかったら「バイトした後だから家に帰してぇぇぇぇ」って、叫ぶことになる所だった。危なかった……。

 で、解放された後に帰ろうと思った私なのですが……

 

「華那、良い所にいたわね。今から練習なのだけれど、たまには、Roseliaの演奏を見てくれないかしら?」

 

「華ー那っ!来てくれるよね?」

 

 と、姉さんとリサ姉さんに捕まってしまい、断るに断れず両手を二人に捕まれてズルズルと引きずられるようにしてCiRCLEのスタジオへと連行されるのでした。

 尚、スタジオについた途端、紗夜さんが私を引きずるようにして連行してきた姉さんとリサ姉さんを見て、呆れた様子で注意しはじめた。

 

「あ、あの紗夜さん……二人も悪気あった訳じゃないんで……」

 

「ですが、華那さんの意見もまともに聞かずに連れてくるのは、姉とはいえやりすぎです。ですので、ここで注意しておかないと、友希那さんと今井さんの為になりません」

 

「ソ、ソウデスネー」

 

 と、練習開始まで紗夜さんに叱られる姉さんとリサ姉さんなのであった。

 



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#21

 ここ二、三日。姉さんの様子がおかしい。ずっと考え事をしていて、私が話しかけても上の空な状態が続いている。リビングから部屋に戻ろうとして閉まっている扉にぶつかったり、水を飲もうとしてコップに水を入れるのはいいけれど、コップから水が溢れていても蛇口を止めない――などなど。姉さんの様子がおかしい個所を上げ始めたらキリがない。

 

 リサ姉さんなら何か知っているかも――と、思った私はアプリでリサ姉さんに連絡を取ってみた。なんでも、あこちゃんが二週間後に行われるライブで新曲をやりたいと言ったのが一昨日の事。紗夜さんは練習時間が限られている事から、最初から反対派。姉さんはとりあえず新曲も含めてセットリストを考えてみる事にしたらしい。

 

 それだけなら姉さんの様子がおかしくなる理由がない。セットリストを考えるだけでそこまで悩む必要があるのかな?何か別の事で悩んでいる――そんな気がしてならない。私が聞いて何とかなるのなら、姉さんに聞くところなのだけれど……。それができないでいた。

 聞いてもはぐらかされて終わるだろうし、なによりもRoseliaのメンバーじゃない私がどこまで関わっていいのか分からなかったから。

 

 今日も、練習が終わって夕飯を食べてからは、風呂以外じゃ部屋にこもりっきり。扉をノックしても返事が無いから、なんらかの作業に集中しているのだと思うのだけれど……姉さん一体何を悩んでいるの?

 

「無理してなければいいんだけど……」

 

 私は小さくそう呟いて自分の部屋に戻る。姉さんの悩みがなんなのか分からないまま……。

 

 

 

 

「お父さんは……いったいこの曲をどんな思いを込めて歌ったの?」

 

 イヤホンを外し、ベッドに身を投げて天井を見上げる。先日、たまたま見つけたインディーズ時代のお父さん達の曲。それをRoseliaの皆に聞いてもらったはいいけれど、私にはこの曲を歌えない。だって、この曲を歌っているお父さんのように、純粋な感情で私は歌っていないのだから。

 

そう。私の音楽は全て私情から始まっている。華那がメンバーを揃えてくれたのもあるけれど、その延長線上でRoseliaを結成した。そんな私じゃ純粋にこの曲を歌いきれない。

 

 純粋な思いというのもそうだけれども、華那の歌声を奪った私がこの曲を歌っていいのか……。華那がこのお父さん達の楽曲を歌っている姿を想像してしまった私は、この歌は私にはふさわしくない。今の私のレベルでは歌いきれないという判断を下した。だから、私はあこ達がこの曲を演奏したいと言ってくれた時に難色を示してしまった。今の私の状態でこの曲を歌う資格なんてない――と言って。

 

「はあ……」

 

 小さくため息を吐く。頭の中がごちゃごちゃしてしまっているわね。一度落ち着くために紅茶でも飲もうかしら。そう考えた私は行動に移す。部屋を出て、一階に降りて台所へマグカップを取りに行く。幸いな事に、台所には誰もいなかった。今の状態で話しかけられても、正直まともに答えられるか分からない。

 

 紅茶のティーバッグを用意してカップにお湯を入れる。ここ数日はお父さんたちの楽曲の事を考えすぎて、華那に心配をかけてしまっているので、注意しないといけないわね。特に今、お湯を入れている時に零したとなったら、大変な事になってしまうわ。

 

 カップを持ってリビングのソファーに座ってカップに口をつけようとして気付いた。ティーバッグを外していなかったわ。危うくそのまま飲むところだった。小さくため息をついてから私は再び台所に行ってティーバッグを捨てて戻る。

 

 再びソファーに座って、もう一度あの曲について考える。インディーズ時代のものとはいえお父さんの音楽に対する純粋な想いがぶつけられた楽曲。それをRoseliaで演奏したらどんな楽曲になるか。期待も確かにある。今のメンバーなら、今のメンバーなりの色を出せるはず。

 

「『私の結論を尊重する』……リサはそう言っていたわね」

 

 皆にあの楽曲を聞いてもらった日の帰り。リサにはあの楽曲がお父さん達の楽曲であることは伝えた。それと私の迷いも。そこで言われたのは、私が純粋にその曲について考えている事。そして、私が「どんな結論に至ったとしても尊重するよ!」といつもの優しい笑みを浮かべて言ってくれたリサ。

リサは気付けばいつも傍にいてくれて支えてくれる。しばらく疎遠になった期間もあったけれど、こうやって再び話すのもそうだけれど、音楽をする事ができるのは、華那のおかげね。

 

「あれ?姉さん起きてたの?」

 

 そう思っていると、ふと華那の声が聞こえたので顔をあげれば、寝間着姿で眠たげに目を擦りながら自分の部屋から降りてきた華那がいた。もうそんな時間かと思い、時計を見れば十一時三十分を過ぎていた。……もうこんな時間だったのね。通りでお母さんもお父さんもいないはずね。

 

「ええ、考え事をしていたのよ」

 

「そっか……無理しないでね?」

 

「ええ」

 

 心配そうな華那に私はそう答えて紅茶を飲み干す。華那も何か飲み物を欲していたようで、台所に行って冷蔵庫からペットボトルの飲料を取り出して戻ってきた。華那は私の隣に座ってペットボトルのふたを開けて口をつけた。ペットボトルのラベルからただのお茶ね。

 

「……ふう。ねえ、姉さん」

 

「なにかしら?」

 

「何か悩み事でもあるの?」

 

 と、お茶を一口飲んでから私に聞いてきた華那。やっぱり華那は気付いていたようね。確かに部屋に籠りっきりとなれば、何かあったかと気付くわよね。大丈夫よ。次のライブのセットリストを考えていただけよ――と本当の事を隠して答える。

 

「そっか……あまり無理しないでね?姉さん倒れたらライブどころじゃなくなるから。それに……本当に私、心配だから……」

 

「華那……ありがとう。大丈夫よ。無理はしていないから」

 

 と、隣に座る華那の頭を撫でる。気持ちよさそうに華那は目を細めて私に撫でられる。その様子がとても可愛らしくて私は小さく笑う。まるで撫でられている猫みたいな表情ね。しばらく撫でていると寝息が聞こえてきた。あら?と思って華那を見れば、私に寄り掛かって気持ちよさそうに眠ってしまっていた。

 

「ふふっ……仕方のない子ね」

 

 起こさないように静かにソファーに寝かせて、華那の飲んでいたペットボトルの蓋を閉め、自分のカップを持って台所へ向かう。ペットボトルを冷蔵庫に入れ、カップを洗ってからリビングに戻る。

 

「気持ちよさそうに寝ているわね……」

 

 ツンツンと華那の頬をつついてみるけれど、起きる気配はない。小さく笑ってから華那を抱きあげて、華那の部屋へ向かう。相変わらず軽いわね。私より軽いかもしれない。華那の軽さを心配しながら華那の部屋に入り、起こさないように華那をベッドに寝かせる。そして毛布をかけて、華那の頭を一度撫でる。

 

「……華那。華那があの曲を聞いたら、私が歌ってもいいって言ってくれるのかしら……」

 

 眠っている華那に小さく呟く。私は卑怯者ね。直接聞くのが怖くて、返ってくる答えが怖くて、こうやって答えられない時にしか聞けないのだから。自分の覚悟のなさに呆れて、私は小さく息を吐いた。その後、立ち上がろうとして気付いた。

 

「まったく……華那は甘えん坊さんなのだから……」

 

 華那の右手には私の服の裾が握られていた。無理やり引き離す事もできたけれど、華那を起こしてしまう恐れがあったので、私は華那を起こさないように一緒に寝る事にした。

 

「おやすみなさい、華那」

 

 華那の頭を撫でてから私も目を閉じる。明日、もう一度あの曲を聴いてから考えよう。そう決めて眠りについた。

 

 

 

 華那と一緒に寝た翌日の日曜日。今日は練習が無く、家で発声練習と新曲の作成をしていこうと考えるも、やはりあの曲が気になってしまっている私は、再びその曲を聴くことにした。昨日はイヤホンで聴いたから、今日はスピーカーで聴いてみましょう。すこし感じ方が変わるかもしれない。

 そう思った私は椅子に座りテープを再生させる。激しいドラムとギターのイントロから始まるこの楽曲。Roseliaのメンバーなら間違いなくこの楽曲を演奏しきれるわ。でも……ボーカルは……。私はこれを歌っているお父さんのような純粋な想いを込めて歌えない。やっぱり、私にはこの歌を歌う覚悟が――

 

「すごい……この歌声ってお父さんだよね?」

 

「華那!?……入るときはノックをしてほしいのだけど?」

 

 振り返れば、床にちょこんと正座した状態の華那がいた。華那の表情はかなり真剣な表情で、今の曲について色々と考えているようだった。だが、私の言葉に慌てた様子で

 

「ご、ごめんなさい!ノックしても返事なかったから心配で入ったら……」

 

「今の曲が流れていた……という事ね?」

 

「う、うん」

 

 溜息を吐く私にごめんなさいと頭を下げる華那。あやまらないで、華那。別に私は怒っていないわ。ただ、私も集中しすぎていたわ。ノックの音に気付かなかったのだから。私の方こそごめんなさい、華那。

 

「ううん!姉さんが謝る必要ないよ!……それで今の曲は……?」

 

 華那の問いかけに誤魔化せないと判断した私は、素直にお父さん達の楽曲だと伝える。その言葉に華那はしばらく何か考えているようで、正座から体育座りに姿勢を変えた。椅子に座らなくても、何か考え事をするときはその姿勢なのね。と、私が思っていると華那が口を開いた。

 

「姉さんは……この楽曲やりたいの?」

 

「……私にはできないわ」

 

 華那の直球(ストレート)な質問に私はそう答える。どうしてと聞いてくる華那に、私はどう言っていいのか悩むが、思っていることを言ってみる事にした。勿論、華那の事を考えているのは隠して――だ。

 

「このお父さんの歌声は、純粋に音楽を楽しんでいるのが凄く伝わってくる。今の私にはこれだけ純粋に歌えるかと言われれば無理よ。私の音楽に対する動機は不純なものが混ざりすぎている……。それは華那。貴女も理解しているでしょう?」

 

 そう。始まりは復讐。お父さん達の音楽を全否定した人達を見返すために私はこの道を選んだ。そして、その後に華那と私の夢を叶えるという後付けの理由がついた。それが私達の始まり。それは華那も十分に分かっているはず。

 

「……確かに私達の始まりは不純な動機だったかもしれない。それでも……それでも姉さん。私は()()()()()()()()()()()()()()()()だと思うよ」

 

「私だからこそ……?」

 

 真剣な視線を私に向けた華那の言葉に私は戸惑う。不純な動機なのは華那も認めているのにどうして?

 

「だって、そこまで真剣に悩むって事は、それだけ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だよ」

 

「大切……に思ってる。私が?」

 

 華那は笑みを浮かべて話しているけれど、私はその言葉に驚きを隠せなかった。この曲を最初聴いた時、魂が揺さぶられるような錯覚が体を走ったのは事実。けれど、大切に思っていたかと言われると分からない。

 

「姉さんは自分で気付いてないだけだよ。それだけ音楽と真剣に向き合っている。そんな姉さんだからこそ、この曲を、今できる最大の想いを込めて歌うべきだよ」

 

「想いを……込める……」

 

 華那の言葉に私は顔を上げる。想い。どんな想いでも構わないというの?歌い始めた動機が不純なものでもいいというの?私が答えられずに躊躇(ためら)っていると第三者が声をかけてきた。

 

「何を躊躇っているんだい、友希那?」

 

「!?……お、お父さん!?」

 

「お父さん!?いたの!?」

 

「ああ。扉が開いていたからな。そしたら、もう十年以上前の懐かしい曲が流れていたからな。しかし、よく見つけたな、その曲」

 

 突然お父さんの声がしたので部屋の扉を見れば、扉に背を預け、腕を組んで立っているお父さんの姿があった。私と華那を優しい目で見ているお父さんに私は答えた。

 

「お父さんがこの曲に込めた純粋な情熱。音楽への想い。それら全てを私の歌声で表現する事……いえ、歌声にのせて歌える自信がないの」

 

 下を向いて自分の思いを吐露する。そうだ。今の私は音楽に対して純粋な気持ちで向き合う事が出来ていない。華那の歌声を奪った事。お父さん達の音楽を認めさせる事。色々な想いと迷いがこの曲を歌う事を躊躇わせている。

 

「そうか……友希那。それなら、今友希那が想っているもの、すべて込めて歌えばいい」

 

 しばらく無言だったお父さんが優しく微笑んでそう言った。私は驚いた。だって。私の迷いや不純な気持ちを全てのせて歌えって言ったのだから。そんなのでいいの?

 

「お父さん?」

 

「この曲、音楽に対する今のお前の想いなんだろ?それなら、それを精一杯込めて歌いなさい。どんな感情でも構わない。それを音楽にぶつけろ」

 

 最後は真剣な表情で私に語り掛けるお父さん。華那は驚いた様子でお父さんを見ているけれど、黙って私とお父さんのやり取りを見守っていた。

 ……どんな感情でも構わないから、それを全部音楽にぶつける。でも、そんな想いや感情を込めた未完成な歌でもいいの?

 

「友希那。よく聞きなさい。完成された音楽じゃないと演奏できない音楽なんて存在しない。そして、今お前がそこまで悩んで悩んで、悩みぬいているのは、音楽に対して純粋な心をもって接しているという事。だから自信を持ちなさい。お前の想いは純粋で、誰にも真似できないものだという事を」

 

 優しく諭すように話すお父さんに言葉一つ一つを心の中で繰り返す。そうだ。リサも同じ事を言っていたじゃない。華那を歌えなくした原因は私にある。なら、その分の想いを込めればいいという事。きっと、想いを込めれば届く。華那なら気付いてくれる。なら私がやる事は――

 

「華那。お前にも言える事だぞ?」

 

「え、わ、私!?」

 

 と、私が決意を固めている間に、お父さんが今度は華那に話しかけていた。華那は突然、話しを振られた事に驚いていた。でも、華那にも言える事っていったい何かしら?疑問に思った私は二人の会話を真剣に聞く。

 

「まだギターが正確に弾けないと思っているようだが、もっと自分は弾けるって自信を持ちなさい。お前のギターの技量は同世代の中ならトップレベルに近い。カッティング技術もそうだが、哀愁のあるトーンはお前にしかできない音だ。だから、悲観的になるな。それが音楽に悪影響を及ぼすからな」

 

「う、うん」

 

 褒められた事に照れながら、きちんと話を聞いていた華那は頷いた。それを見たお父さんは言いたい事を全部言ったからか、「後はお前達次第だ」と言って私の部屋から出て行った。

 沈黙が部屋に訪れる。でも、その沈黙は嫌な沈黙ではなかった。そして私はふと気付いてしまい、小さく声を出してしまった。

 

「どうしたの、姉さん?」

 

「お父さんに『ありがとう』と言えなかったわね」

 

 そう。せっかく背中を押してくれたというのに、私達はお父さんに感謝の言葉を伝えられなかった。どうしたものかしら。

 

「そう……だね。後で一緒に言いに行こう?」

 

「ええ、そうしましょう」

 

 華那の提案に私は乗る事にした。華那はしばらく考えていた様子を見せたけれど、私に笑顔を浮かべて「部屋に戻るね」と言って部屋から出て行ってしまった。私だけ残された自室で、先程のやり取りを思い返しながらスマホの通話アプリを起動させる。

 Roseliaの全員が入っているトーク部屋を選択して、次の練習日――明日だけれども――にセットリストについて大切な話をすると連絡する。これだけで全員に伝わるはず。そこであの曲について話す。

 

それと同時に私の想いも。理解されなかったらどうしようとかその時は考えなかった。さてと、編曲を考えないといけないわね。特に燐子のパートと紗夜のパート。二人の意見も必要だけれど、ある程度基礎(ベース)を作っていった方が変更しやすい。さっそく私はその作業に取り掛かるのだった。

 

 そして、翌日。私の想いと楽曲が誰のかをメンバーに伝えたのだけれど、みんな理解してくれて、さっそく練習をする事になったのは別の話しね。本当に、良いメンバーに巡り合えたわね。華那に感謝ね。さあ、ライブに向けて練習に集中。華那もお父さんも見に来てもらえるようにお願いするのだから、無様な姿は見せられないわ――

 



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#22

「今日はここまでにしましょう」

 

 私の提案と同時にメンバー全員が息を吐いた。三時間しっかりと、それでいて中身の濃い練習をしていたのだから、疲労が出るのも理解できる。私自身、喉に痰が絡んだような感覚があった。私もまだまだね。目指すレベルは遥か遠い。

 

「つ、疲れたー」

 

 と、床に座り込むあこ。今日の楽曲も激しい曲ばかりだったから、まだ中学生のあこの疲労は私達よりも多いわね。そのあこを見て燐子が慌てたように水を差しだしていた。相変わらず仲が良いわね。そう思いつつ、私もハーブティーが入ったマグボトルに手を伸ばし、喉を潤して息を吐く。演奏としてはまとまりが出てきたと思えるわ。

 でも、まだ物足りないのも事実。その理由が分からない。演奏技術は最初に比べて格段と向上しているのに……。

 

「友ー希那っ!片付けするよー!」

 

 何が足りないのかを考えていたら、リサに声をかけられた。周囲を見れば先ほどまで床に座っていたはずのあこも片付けの手伝いをしていた。私はマグボトルの蓋を閉じてリサと共にケーブル類の片付けを始めた。

 

「今日もいい練習ができたね!ねっ、りんりん!」

 

「そう……だね……あこちゃんのドラム……いい音……出していたからね」

 

 スタジオを出て帰宅途中の私達。先ほどまで疲れた表情を見せていたあこが、明るく燐子に話しかけていた。どうしたらそこまで元気になれるのかしら?不思議ね。

 

「宇田川さん。そこまで元気が残っているのなら、次回からもっと厳しくしても大丈夫ですね?」

 

 と、呆れた表情を浮かべた紗夜がそう言うと、あこは肉食動物に目をつけられた小動物のように震えだして

 

「ご、ごめんなさい紗夜さん。はしゃがないから、こ、これ以上厳しくしないでください!」

 

 と勢いよく頭を下げた。……本当に元気ね。リサもそう思うでしょう?

 

「アハハ。あこから元気奪ったら、あこがあこじゃなくなるからねぇー」

 

 と、笑いながら答えるリサに頭痛を覚える。まったく。Roseliaに馴れ合いなんて必要ないと思うのは私だけなのかしら。……でも、それも今は少しだけだけれども、バンドとしてまとまりが出てくるのなら必要な事なのかもしれないと思えてきた。

 ただ、やはり頂点を目指すには厳しくしないといけないわね。簡単に言えば飴と鞭ね。締めるところは締めていかないとダラダラしてしまう。華那が私の為に集めたメンバーなのだから、そうならないように私がしっかりしないといけないわね。

 

 そう思いながら、他の皆の会話を聞きながら今日の反省点をまとめつつ帰宅する。帰宅して自分の部屋に入る前に、華那の部屋からギターの音が聞こえてきた。気になって華那の部屋の扉の前に立つと、華那の好きなアーティストの楽曲を弾いている音が聞こえた。

 確かこの曲は……「恋歌(こいうた)」だったわね。また一段と上手くなっているわね。これでも下手だなんて思っているのなら、紗夜に一度叱ってもらうのも手かもしれないわね。

 

「……本当に、この二年近くで上手くなったわね」

 

 私は小さく呟いて、華那の演奏を扉越しに聴く。この恋歌という曲は、音の強弱が難しいと個人的に思っている楽曲。ギターによるインストゥルメンタル楽曲なので、声で強弱をつけられない。ギターの音色で強弱をつけなければならない。ボリュームペダルや音色変更など、ギター演奏以外の部分でも忙しい楽曲でもある。

 それを所々でミスはあるけれども、原曲と遜色ないぐらいのギターでの哀愁ある表現。あれはカバーのレベルを超えていると思うわ。聴く人間の心を動かす。そのぐらいの演奏。

 

 だから、自信をもって演奏をしてほしい。そして、私達に追いついてほしい。そう願うのは私の傲慢かしら?そう思いつつ自分の部屋へと足を向ける。今は華那の練習の邪魔をするわけにはいかないわ。後で練習とは別で聞かせてもらうとして、FWFへ向けてのアレンジを考えましょう。できる事ならば、華那と共に出られる事になれば――いえ、今はまだ。まだその時ではないわね。そう考えつつアレンジを考えるのだった。

 

 

 次の日の昼過ぎ。華那と一緒に昼食をとってから私はスタジオで個人練習をしていた。FWF予選会のエントリーが間もなく開始になる。それと同時にバンドとしての完成度を高めていかないといけない。エントリー登録期間が終われば、すぐに予選会が開始される。全国各地で様々なバンドが本線へ向けて全力を尽くす事になる。そう考えると時間はあまり残されていない。

 Roseliaに全てをかける――その思いに嘘偽りはない。本当なら学校に行かないで練習をしていたいところだけれども、流石の私でも高校ぐらいは卒業しておくべきなのは分かっているわ。

 練習を始めて二時間。少し休憩したほうがいいわね。喉も酷使しすぎてはいけないから。そう思い私は一度スタジオを出て、飲み物を買いに自販機へと向かおうとした時だった。

 

「すみません。湊友希那さんですよね?」

 

 と、突然私に話しかけてくる一人のスーツ姿の女性。……なにか嫌な予感しかしないのだけれど……。そう思いつつそうよと答える。言外で「貴女は何者かしら?」と言うように腕を組む。若干睨むような視線になったのは仕方ないわ。知らない相手なのだから警戒するのは当然よ。

 

「あ、ごめんなさい。私、こういう者です」

 

 と言って、名刺入れから名刺を一枚取り出して私に渡してくる女性。その名刺を両手で受け取った私は文字を読む。そこに書かれていたのは

 

「【〇▲レコードズ プロデュース部門担当 澤野彩矢】?」

 

 レコード会社の人間というのは分かったわ。でもプロデュース部門担当者がどうして私に声をかけたというのかしら?

 

「ええ。簡単に説明させてもらうと、新人発掘をしてデビューさせています。それで、少しだけお話しいいですか?」

 

「……わかったわ。」

 

 その時の私はR()o()s()e()l()i()a()()()()()()()()()()()と思っていた。でも実際は違うという事に気付くのはすぐだったけれど、その時は思いもしなかった。この判断が誤っていたという事に――

 

「それで話しというのは?」

 

 スタジオの練習を打ち切り、近くのファミレスで話しを聞くことになった私は、席に座ってカフェオレを頼んでから澤野さんにさっそく本題を聞く。本当なら練習をしているはずだったのだから、このぐらいは許されるわよね?

 

「ええ。()()()には是非、私達の会社に所属してほしくて」

 

「それは……スカウトという事でいいのかしら?」

 

 こちらを安心させようとしているのか、笑みを浮かべながら話す澤野さん。でも、私はその笑みを見て警戒心を一段上げた。スカウトが来るというのは、それだけの実力がついてきたという事。でも、気になるのはR()o()s()e()l()i()a()()()()()()()()()()のではなく()()()()()()()()()()と言った点。

 私個人をスカウトしにきたというのなら、話しは終わりね。そもそも、私達はまだどの事務所にも所属するつもりはないの。そう言って立ち上がろうとする私を慌てて引き留める澤野さん。小さくため息を吐いてから、手短にとだけ言って座りなおす。

 

 その私を見てホッとしのか、息をつく澤野さん。どうやら真剣に私をスカウトしに来たようだけれど、どうして私なのかしら?

 

「湊さんがFWFに出場したがっているのは知っています。しかも、本選に出て入賞するという事が目標なのも。ですが、()()()()()()()()()R()o()s()e()l()i()a()()()()ではそれは叶わない。それは湊さん。貴女が一番理解しているはずです」

 

 確かに私はFWFに出場することを目標にしているわ。それをどこで耳にしたかなんて今は聞かないでおく。そんなの聞き出したとしても無意味だから。でも……私を侮辱するのはまだいい。華那が私の為に必死になって集めてくれたメンバーを侮辱するのは許せない。

 確かに、今のRoseliaはまだ発展途上のバンドなのは否定しないわ。でも、だからと言って本選に出られないという事には繋がらないわ。それに、貴女達……事務所が用意したメンバーで本選に出たとしても、入賞できるわけがないわ。

 

「そんなことありません!湊さんを活かせる最高のメンバーを揃えましたし、作曲陣も業界内では評価の高いメンバーを「それじゃ本選なんて無理ね」!っ……そこまで言うのは、怖いんですか?失敗するのが?」

 

 私の言葉に反応して鋭い視線を向け、敵意丸出しにそう聞いてくる澤野さん。失敗が怖い?誰が?私が?……はあ。怒りを通り越して溜息しか出てこないわね。最高の作曲陣?最高のメンバー?そんな用意されたレールの上を歩くだけの音楽なんて私がやる必要なんてない。他の人でも代りはきく。

 私はRoseliaの、父さんの、華那の想いを全て込めて奏でる。そして、必ず頂点に立つ。その為にはあのメンバーでなければできない音楽を追求する。それが私の目指している音楽。澤野さんが目指す音楽に想いはあるのかしら?私のような想いが――

 

「失敗するのが怖くない人間っているのかしら?」

 

「は?」

 

 私の問いかけに素っ頓狂な声を上げる澤野さん。まさかそんな発言が私から出るとは思っていなかったようね。私だって人間よ。時々、失敗したんじゃないかしら?って思う瞬間はあるわ。でも、まず一番にイメージするのは最高の演奏、最高の状態で歌う姿。失敗するイメージなんてする訳ないじゃない。

 

「それはそうですが……なら、なにが気に入らないというんですか!?」

 

「……私は貴女方の為に動く道具じゃないわ。湊友希那という人間よ。そこに齟齬があるのだから、私が貴女方の話にいい返事すると思って?」

 

 私は澤野さんにそう言ってから、コーヒー代をテーブルに置いて立ち上がる。もう話しは終わり。これ以上時間を無駄にする必要はないわ。私は澤野さんに対して去り際に

 

「貴女の言ったレベルの低い()()R()o()s()e()l()i()a()は貴女達が揃えた最高のバンドを倒すわ。覚悟しておきなさい」

 

 と言ってファミレスを後にした。まったく。無駄な時間を消費してしまったわね。これから練習しようにも、もうスタジオは予約でいっぱいだと聞いている。今日は素直に帰るしかないわね。そう思いながら帰宅する私は知らなかった。澤野さんと話し合う姿をメンバーに見られていた事に。そして、翌日。澤野さんと華那が出会う事を――

 

 

 

 

「つ、つかれたー」

 

 そう言いながら私はベッドに倒れこむ。今日はCiRCLEに隣接しているカフェで午後からバイトだったのだけど、今日は日曜日というのもあってお客さんが多く来店。で、そういうときに限って一人風邪で急遽休みになってしまったものだから、フロアで注文や商品持って奔走する事になってしまった。

 

 さ、さすがに息つく暇なく六時間ぶっ続けで走り回るのはきつかったなぁ。最後の方は、カフェの惨状を見たまりなさんが援軍としてやってきてくれたから、なんとかなったけど……。まりなさんもライブハウスの方が忙しいのに、テキパキ動いていたもんなあ。見習わないといけないね。

 今日の事を振り返りながら、体を起こして部屋着に着替えようとした時だった。スマホが着信を知らせた。誰だろうと思いながら画面を見れば、あこちゃんからだった。珍しいなと思いながら画面を操作して電話に出る。もしもし、あこちゃんどったの?

 

『か、華那さん大変なんだよ!!!!R()o()s()e()l()i()a()()()()()()()()かもしれない!!』

 

「むっきゅ!!??」

 

 出た瞬間、大声で話してくるあこちゃんの声量に驚きのあまり変な声を出してしまった。それでも頭の中は冷静だった。あこちゃんが電話に出た瞬間に私に伝えた言葉。R()o()s()e()l()i()a()()()()()()という単語。普通なら慌てるところなのだろうけれど、なぜかこの時の私は冷静にその言葉を受け止めてしまっていた。多分、疲れからか、それとも()()()()()()()()()()()()()からか――どちらかなんてわからない。とにかく、話しを聞きださないと。

 

 あこちゃんにどういう事か説明をしてもらう。なんでも今日は練習が無く、燐子さんとあこちゃんは一緒に出掛ける約束をしており、私達がやってるゲームとコラボしているカフェで待ち合わせしていたそうだ。そしたら姉さんとスーツを着た女性が道挟んで反対側のファミレスに入るのが見えたそうで、こっそりと後をつけてみたそうだ。

 で、バレないように近くの席に座って話しを盗み聞きしてみれば、姉さんを引き抜く話しをしていたそうだ。でも、あまり詳しい話は聞き取れなかったようで、どうしようと混乱している様子のあこちゃん。遠くで燐子さんが落ち着くように宥めている声が聞こえる。

 

 Roseliaとしてじゃなくて姉さんをスカウトにしに来たという事。そして姉さんがなんて答えたかは分からないという現状。私は考える。まだ、姉さんが答えを出してない可能があるよね。でも、もしRoseliaに見切りをつけてスカウトの話を受けていたら?……姉さんが選んだ道だから、それでいいのかもしれない。でも……Roseliaはどうするの?私にできる事ってあるのか――と考えた時、私にできる事があるのに気付いた。でも、それは()()()()()()()()()()()()()()()()かもしれない……。

 

 

 その覚悟が私にあるのか?

 

 

「あこちゃん。明日の夕方ってRoseliaの練習ってある?」

 

『え?……れ、練習はないです。華那さん、どうするの?』

 

 そっか、練習無いのか。なら、明日姉さん以外のメンバーと私でまずは話し合おう。それで次の練習の時に、私も参加して全員で姉さんと話しをしよう。そうしないとRoseliaとして前に進めないと思うから。それに……

 

『それに?』

 

「……私が姉さんに対して、今後どう接していいか分からなくなっちゃいそうだから」

 

『華那さん……』

 

 今の私はどんな表情しているのだろう。正直、今こうやって最悪の事態を考えているだけでも胸が締め付けられるような感覚が私を襲ってくる。それをできる限り電話越しのあこちゃんに悟られないように明るく振舞う。

 

「だいじょぶ!姉さんの事だから『Roseliaとしてスカウトしに来たんじゃないなら、貴女と話しても無駄よ』……って言うと思うし!」

 

『え、えええ!!??か、華那さん!友希那さんに滅茶苦茶似てたよ!?』

 

 姉さんの声真似をしながら言うと驚くあこちゃん。そりゃそうでしょう。姉妹だもん。このぐらいはできて当然だよ。「普通出来ないよ!?」と騒ぐあこちゃんを燐子さんが宥める声が聞こえる。あはは。相変わらず二人とも仲良いなあ。

 じゃあ、あこちゃん。明日の放課後、姉さん以外のRoselia全員集合する段取りするから、また後で連絡するね。

 

『はい、華那さん!』

 

『分かった……よ、華那ちゃん』

 

 元気よく返事をしてくれるあこちゃんと、いつも通りの口調の燐子さんの声を聞いた私は、少しだけ元気が出てきた。電話を切って速攻で紗夜さんとリサ姉さんに連絡を取る。二人とも返信が早く、明日の放課後CiRCLEのカフェで話し合う事が決定した。

 だいじょぶ。姉さんはRoseliaを捨てたりなんかしない。無理やりそう思い込む私は知らない。みんなと話し合う前に姉さんと話していたとスカウトの人と会う事を――

 



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#23

 放課後。私はリサ姉さんから遅れる形で学校を後にした。その理由は先生に捕まったから。ちょっと手伝ってほしい事があると言われて、断るに断れず手伝う羽目になった。と言っても、本当に書類を一緒に運ぶ程度だったので、すぐに終わったのが救いかな。

 学校を出る前に、紗夜さんとリサ姉さん。あこちゃんと燐子さんに連絡を入れておく。【若干遅れます】っと。スマホを鞄に入れて急ぎ足で集合場所のCiRCLEのカフェへと急ぐ。あと少しでカフェだというところで、知らない女性に呼び止められた。

 

「湊さん!」

 

「はいぃ?」

 

 振り返れば私より身長の高いスーツ姿の女性が笑みを浮かべて立っていた。うわっ。凄く、胡散臭(うさんくさ)い笑みです。無視してカフェに向かえばよかったと後悔しつつ、私は「どなたですか?」と問う。

 

「じ、冗談ですよね?昨日スカウトの話したじゃないですか」

 

「……何のことかしら?」

 

 私の言葉に右頬を引き攣らせながら冷静に言ってくる女性。この人が昨日あこちゃんと燐子さんが見たスカウトの女性のようだ。姉さんと勘違いしているようなので、情報を聞き出すため、私はわざと姉さんの口調を真似して知らないフリをする。

 正直、そんな真似したくはなかったけれど、姉さんと妹である私の区別もつかない人に姉さんを任せたくない。そんな事を思っている私を見て両手を合わせて

 

「ああ!妹の華那ちゃんだったかな?ごめんね、お姉さんとよく似てたからすぐには分からなかったの。私こういうものなんだけど……お姉さんから何か聞いてないかな?」

 

 と、妹である事に気付いたようで、名刺を差し出してくる女性。名前は澤野さんと言うらしい。それで、姉さんに何の用ですか?私は何も聞いていないので、と答えると少し困った様子で

 

「ごめんね。昨日、ちょっと事務所に所属しないかって話をさせてもらったのだけれど……いい返事もらえなかったから、今日もお話させてもらおうかなって思って」

 

「……それはRoseliaとしてですか?それとも姉さんだけ引き抜く形ですか?」

 

 家族として知っておきたいという気持ちと、Roseliaの今後の事を考えれば、いくら情報が有ってもいいだろうという判断から、私は直球勝負(ストレート)に聞いてみた。澤野さんは笑みを浮かべたまま

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。私達の事務所にくれば最高のバンドメンバーを揃えて、FWFでもテレビでも何でも出れるようにしてあげられる。友希那さんはこんなところで燻っているような歌手じゃない事を証明してあげるわ。妹としても嬉しいでしょ?姉が有名になるの――」

 

 コノヒトハナニヲイッテイルノダロウ?今モ何カ話シテイルケレド声ガ聞コエナイ。ダレガモッタイナイ?Roseliaガオ遊ビバンド?

 フザケルナフザケルナフザケルナフザケルナフザケルナフザケルナフザケルナフザケルナフザケルナフザケルナフザケルナ――ふざけないで!!」

 

 突然の私の大きな声に饒舌に話していた澤野さんは驚きの表情を浮かべる。そんな表情浮かべたって許されない。さっきの発言は真剣に音楽をやっているRoseliaの皆への……バンド活動をやっている全ての人間に対する侮辱だ。

 

「貴女が今、発した言葉は、本気でやっているRoseliaの皆への……全てのバンドの人達に対する侮辱です!確かに……貴女から見ればレベルが低いかもしれない。でも……それでもRoseliaは間違いなく貴女の言う最高のバンドメンバーなんかには負けない!!」

 

 目に涙が浮かぶ。紗夜さん、リサ姉さん、燐子さん、あこちゃん、そして……姉さん。私は大切な人達を目の前で侮辱されて、黙っていられるような人間じゃない。睨むように澤野さんを見て

 

「それに、姉さんをただの()()()()()()()()()()人にお願いするだなんて、まっぴらごめんです!!」

 

 力を込めて言い切る。私が侮辱されるのは一向に構わない。けれど、姉さんを道具として扱うような人間に、姉さんの将来を任せていいわけがないし、間違いなく姉さんがズタボロにされてしまう。そんな事、絶対にさせない。私の言葉を聞いた澤野さんからは、先ほどまでの笑みが消えて、忌々しそうな表情で私を見下しながら舌打ちをした。これがこの人の本性かな?と頭の中で冷静に考える。

 

「黙っていれば好き放題言ってくれるわね……。まあいいわ。全ては友希那さんが決める事だもの。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()よ。せいぜい指でも咥えて見ていなさい。結果を……ね」

 

 この人……私が喉を痛めたことを知っている。まあ、そうだよね。私が姉さんの妹である事も調査しているぐらいだもの。そのぐらいで驚く必要はない。でも、ギターに逃げたって表現は違う。私は逃げてなんかいない。この人の言葉は絶対に許しちゃいけない。Roseliaの皆の為にも。私自身の為にも。私は涙を拭って宣言する

 

「ええ。たとえどんな結果になろうと、()()()()R()o()s()e()l()i()a()()、貴女なんかに負けませんから!」

 

 そう言って私は自分より背の高い澤野さんを再び睨む。向こうも見下すように私を睨んでくる。お互いの視線がぶつかり合う。絶対に負けない。ここで負けたら、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()R()o()s()e()l()i()a()()()()全て否定されてしまう事になると思うから。

 だから私は目に力を込めて睨み返し続ける。貴女のやっている事は音楽をする事じゃない。ただ売上を作る道具を揃えたいだけという想いを込めて。

 

「……ちっ。こんな子供に時間取ってる場合じゃないわね。じゃあね。生意気な妹さん」

 

 と、舌打ちをした後にそう言って去っていく澤野さん。私は黙って両手を握りしめて後ろ姿を見送るしかできなかった。何か言ってやろうと思ったけれど、言葉が出てこなかった。右手で涙を拭う。悔しい。悔しいよ。

 Roseliaは何度もライブやってきて、そのライブを見に来た人達が「またRoseliaのライブ来ようね」って言って、CiRCLEから出ていくところを見てきた。それにRoseliaの皆が真剣に練習に練習を重ねて、自分達の音楽を追求してきている姿を見ている私からすれば、あの言葉は自分を侮辱されたのと変わらない。

 悔しくて涙が止まらない。あんな人にRoseliaの皆が侮辱された事が悔しくて。何度も涙を拭うけれど止まる気配はない。悔しい、悔しいよ……!

 

「華那さん!」

 

「華那!」

 

 私を呼ぶ声が聞こえたので、振り返るとそこにはリサ姉さんと紗夜さんが立っていた。二人とも私が涙を流しているのを見て駆け寄ってきた。私はもう一度右腕で涙を拭うと、その私の右手をリサ姉さんがとって慌てた様子で

 

「華那、血出てる!ちょっと、右手開いて!」

 

「え?」

 

 言われるままに右手を見れば赤い雫が手の指の隙間から一滴一滴落ちていた。あれ?どこで怪我したのかな?なんて思っていると、リサ姉さんがテキパキとポーチからハンカチと消毒液を取り出して私の手のひらに消毒液を塗ったハンカチで処置をしてくれていた。

 

「り、リサ姉さん。自分でできるよ!?」

 

「いいから!」

 

「でも……」

 

「華那さん。いいから大人しく治療を受けなさい。それとほら、涙、まだ流れているわ」

 

 自分でできるのに、二人ともいいから治療を受けろと言ってきた。しかも紗夜さんに至っては紗夜さん自身もハンカチを取り出して、私の頬を流れる涙を拭いてくれている。何この状況。わけがわからないよ?

 

「今は何も言わなくていいです。だから……」

 

 と言って私を抱きしめる紗夜さんは頭を撫でてくれて、私を落ち着かせようとしてくれた。リサ姉さんはなんで持っていたかは知りたくないけれど、ガーゼと包帯を取り出して右手に巻いていく。「はい、完成」と言って私の頭を一撫でするリサ姉さん。いや、私子猫かなにかじゃないからね?

 

「アハハ。……ごめん華那。さっきのあたし達、見てたんだ……」

 

「今井さん!まだ言わない方が――」

 

 乾いた笑い声をあげてから真剣な声で私に謝るリサ姉さん。紗夜さんは動揺しながらリサ姉さんにどうしてこのタイミングで言ったのかと問い詰めている。でも、なんとなくだけれど、私はそうじゃないかなって思っていた。だから気にしないでくださいと紗夜さんに伝えた後に、私とさっきの女性――澤野さんの事だ――と何を話していたかを説明するから、あこちゃんと燐子さんと合流しようと提案した。

 

「そう……ですね。華那さんに二回も同じ話をさせたくはないですからね」

 

「オッケー!じゃ行こっか!」

 

 と、無理やり明るく振舞うリサ姉さんに呆れた表情で注意をする紗夜さん。私はそのやり取りを小さく笑いながら、カフェへと三人で向かった。カフェに着くと、既にあこちゃんと燐子さんが席を確保して待っていた。私達は二人に謝りながらあこちゃん達が座っている反対側の席に座る。

 

 通路の奥側から紗夜さん、私、リサ姉さんの順に座って、飲み物とさりげなくフライドポテトを私が大盛で二皿注文しておく。何かつまみながら話したい気分だったのもそうだけれど、紗夜さんがメニューを見ている時に、目がフライドポテトの絵に行っているのに気付いたから。

 

 紗夜さんは何か言いたげだったけれど、私が「食べながら話しましょう」と、紗夜さんに言われる前に言ったので黙っていた。けれど、だからと言って私のわき腹を誰にも見えないようにつまむのはやめてください!変な声出そうになりましたから!と、とりあえず飲み物が来たので私が口を開く。

 

「昨日の夜、皆さんに連絡した通り、今日はうちの姉さん……友希那のスカウト問題についてなんですけど……進展というか、スカウトした人間から声かけられました」

 

「えっ!?」

 

「か……華那ちゃん?」

 

 私の発言に驚く二人。リサ姉さんと紗夜さんは驚く事なく、次の言葉を待っているように見えた。一度自分の心を落ち着かせるように息を吐いて、私はあの人とのやり取りを詳細に話す。その途中で注文していたポテトを店員さんが持ってきたので、話しを中断する事があったけれど、全員真剣に私の話しを聞いていた。

 

「あの人は、Roseliaの皆の事を『()()()()()()()()()』の言葉で片付けて……私、それが……すごく悔しくて……悔しくて」

 

 途中から私は泣きながら話していた。リサ姉さんが私の肩を引き寄せて私の頭を無言で撫でてきた。紗夜さんも私の背中を優しくさすってくれた。

 

「私の事を侮辱するのは構わないんです……でも……でも!頂点目指して、一生懸命……やってる……Roseliaの皆を……侮辱するのが許せなかった……!!」

 

「華那……ありがとね。私達の為に怒ってくれて」

 

 声も体も震える。それでも必死に皆に澤野さんとのやり取りを伝える。澤野さんのあの見下した笑みが目に浮かぶ。あんな人に姉さんがついて行くというなら私は――そんな私にリサ姉さんは優しく声をかけてくれた。

 

「友希那さん……なんて答えたんだろう」

 

 全部話し終えた後、ポツリとあこちゃんが呟く。そう。私達は姉さんが澤野さんになんて答えたか現時点で知らないのが現状。昨日は姉さん、食事とお風呂以外は部屋に籠っていたなと、涙を流している私はリサ姉さんに頭を撫でられ続けられながら思い出していた。

 

「分からないわ……でも、華那さんを友希那さんと間違えたとはいえ、二日続けて接触したのは、勝算があるからでしょうね……」

 

「そ……そんな……」

 

 あこちゃんの言葉を聞いて冷静に分析する紗夜さん。それに対し言葉を失う燐子さん。その後は全員沈黙するしかなかった。聞こえてくるのは私が泣いている声と、カフェに流れる静かなBGMぐらいだった。その沈黙を破ったのはリサ姉さんが呟いた言葉だった。

 

「友希那いなくなったら……Roselia……解散するしかないのかな……」

 

 その後ろ向きの言葉にすぐさま反応したのはあこちゃんだった。テーブルを叩いて立ち上がり

 

「やだっ!あこ、まだみんなで!Roseliaの皆とバンドやりたい!!」

 

「私も……私も……あこちゃんと……同じです!……みんなとRoseliaとして……音楽したいです……!」

 

「私も同じです。……友希那さんがどう考えているか、今は分かりませんが……Roseliaで音楽を続けたいです」

 

 と、燐子さんと紗夜さんがそれぞれ本音を口に出す。それを聞いて私は昨日の夜にした覚悟を口に出す。

 

「……させない」

 

「華那……」

 

 自分でも驚くぐらい小さく呟いたぐらいの声。でもリサ姉さんは聞き取っていたみたいで、私を抱きしめる力が強くなった。私は顔をあげて決意を口にする。

 

「Roseliaを解散なんてさせない!!」

 

「華那さん……」

 

「華那ちゃん……」

 

「華那さん!」

 

 紗夜さんと燐子さんは驚いた表情で私を見て、あこちゃんは目を輝かせながら見ていた。私は左手で涙を拭ってから

 

「姉さんがRoseliaを見捨てるって言うなら、私が姉さんの代わりに歌います!」

 

「ち、ちょっと華那!!自分が言っている意味わかってるの!?もしかしたら二度と声出なくなるかもしれないんだよ!?」

 

 私のまさかの発言にリサ姉さんが慌てて話してくる。だいじょぶ。十分に理解したうえで発言しているよ、リサ姉さん。

 

「え……?」

 

「華那さん……どうゆうこと?」

 

 私が歌えない事情を知らないあこちゃんと燐子さんは驚いた表情で私を見ている。紗夜さんは一度、そのことを話しているから慌てた様子は見せずに黙って私を見ていた。私は喉を一度痛めた事があって、歌うと途中で声が掠れる事を二人に伝えた後

 

「それでも……二度と歌えなくなったとしても……!姉さんが目を覚ますなら……!私は……私は二度と声が出なくなってもいい……!それで……それでRoseliaが解散しないですむなら……!!私は歌います……!!」

 

 涙で視界がぼやける。姉さんの想いはまだ分からない。本当にあの人のスカウトを受けたというのなら、私は姉さんの敵となる覚悟はある。でも、姉さん以外のRoseliaの皆はその覚悟があるのかなと不安になる。

 

「……はあ。そこまで言い切られたらアタシからは何も言えないよ。よし!そんな華那の想いにおねーさんも応えようじゃない!」

 

「わぷっ!リサ姉さん……」

 

「ええ……そこまで言うのなら、その時はしっかりと歌ってもらいますよ、華那さん?」

 

 私の頭を乱雑に撫でながら笑顔を浮かべるリサ姉さん。紗夜さんも仕方ないといったような口調で発言してくれた。あこちゃんと燐子さんは二人して目を合わせて小さく頷いてから

 

「あこも!もし、友希那さんが騙されてそのスカウトの人のとこ行くって言うなら、華那さんの力になります!それでRoseliaを取り戻しましょう!!」

 

「私も……頑張るよ……華那ちゃん」

 

「皆……ありがとう……ございます……!!」

 

「あーまた泣く。華那は泣き虫だなぁ……もう」

 

 と、笑いながらリサ姉が私を抱きしめて頭を撫でる。だって、拒否されたらどうしようって頭の片隅で思っていたから……。でも、まだ姉さんがなんて答えたか分からないから、Roseliaはまだ解散とかボーカル入れ替えとか……そんな事態にはなっていない。それを考えて、全員で話し合う。この後、どうやって姉さんを引き留めるのかと、何を話したかを聞き出すかを。

 そして決まったのは、次の練習日に私も行って私から姉さんに問う形。家で聞いてもいいけれど、全員の前で答えてもらった方が気持ち的にも違うんじゃないかなって思って、私が提案したのがそのまま通った形。

 

「華那さん……本当に大丈夫ですか?」

 

 それが決まった時に、紗夜さんが心配そうに聞いてきたのでだいじょぶと答える。だって、妹である私が言った方が姉さんの心に届くはずだから。その後に、Roseliaの皆が言えば効果あるはずだから。

 

「次の……練習日は明日……ですね」

 

「決戦ですね!」

 

「華那……本当に大丈夫だよね?」

 

「だいじょぶ!みんながいるから!」

 

「そう……ね。あまり無理はしない事ですよ、華那さん」

 

 と、優しく頭を撫でる紗夜さん。あう。今日は本当にリサ姉さんと紗夜さんに迷惑かけてばっかりだなぁ。そう思いつつも、みんなで最終確認をしてその日は解散となった。帰りにリサ姉さんと話しながらふと閃いた。そうだ……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 でも、忙しい人だし、迷惑かな……。そう思いつつも私は家に帰ってすぐにスマホのアプリで連絡を取る。すぐさま返信が来たのには驚いたけれど、詳しく説明したら快く承諾してくれた。名刺を撮ってメールで送る。それと「お仕事でお忙しいのに、私情でお願いしてごめんなさい」と送る。数分もしないうちに返信が帰ってきた。

 

『大丈夫よ。華那ちゃんのお姉さんのためだもの。私も手伝わせてもらうわ。だから、気にしないで頂戴』

 

 本当……私いい人達に恵まれたな。そう思うと自然と涙が浮かぶ。本当にありがとうございますと送り、スマホを机に置いて小さく息を吐く。姉さんは部屋に籠っている。ねえ、姉さん。Roseliaの皆は姉さんを必要としているんだよ?だから……姉さん。Roseliaを捨てないで……。そう願いながら私は涙を拭うのだった。

 



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#24

 スカウトの澤野さんに宣戦布告をした三日後。今日はRoseliaとしての練習日。私はこの二日間、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。あの澤野さんに言われた事、R()o()s()e()l()i()a()()()()()()()()という一言に、正直に言えば私は苛立ちを隠せなかった。

 Roseliaのレベルが低いというのなら、私自身もレベルが低い事になる。だというのに、あの澤野さんは私だけを引き抜こうとした。つまり、()()()()()()()()()()()()()()()という事をあの人は言いたかったのだろう。

 

 巫山戯ないで欲しいものね。私達は、頂点を目指してやっているバンドよ。全員のレベルが低いというのなら、全員のレベルを上げて行けば良いだけの話し。それに、最高の作曲陣に、最高のバンドメンバー?それはあの人にとっての話し。ただ、その最高だと思っているバンドメンバーに私という欠片(ピース)を当て嵌めただけじゃない。華那が聞いたら怒りそうな話しね。

 

 それに――あのメンバーは華那が私の為に……いえ、()()()()()()()()()()()()()()。それを私から壊す事なんてできる訳がない。それこそ、華那がどれだけ傷つく事か、容易に想像できる。だからこそ、私はその場で澤野さんの誘いを即座に断った。

 勿論、それだけが理由じゃないわ。あのメンバーが揃って演奏した瞬間に私達が共有した感覚。あの感覚をさらに向上させたいという想いが強い。あの感覚を突き詰めていければ――

 そう考えながら、私は()()()()()()()()()()()()を持ち直す。今日はRoseliaの練習日。澤野さんの言葉に苛立ちを覚えた私は、今のRoseliaでさらに上を目指す事を改めて心の中で誓い、この二日で楽曲を作った。

 

 タイトルは「Re:birth day」。Roseliaとして、もう一度産声を上げた日という意味を込めた。今回のように、レベルが低いと言われて悔しい思いをする事は、今後もあると思うわ。それを乗り越えられるぐらいのバンドに生まれなおす……。二日で作り上げた曲だけれども、完成度は高いと自負しているわ。

 みんなに今回の事を話してから、この曲を聴いてもらったら、どんな反応するか……いまから楽しみね。そう思いながら私はスタジオへ向かう。ただ、この時私は知らなかった。スタジオに華那がいる事を。

 

 だから、スタジオに入って華那が腕を組んで私を待っている姿を見て、驚いたのは仕方のない事だと思うわ。それに、私以外のメンバーも揃っていた。全員が全員、真剣な表情で私を見ている。なにかあったかしら?と思いながら、華那にどうしているのか問う。

 

「姉さん……スカウトされたって本当?」

 

「!……ええ。本当よ」

 

 どうして華那が知っているのか分からなかったけれど、嘘をつく必要もないので平静を装って答える。でも、どうして華那が聞いてくるの?そう思っていた私に華那は

 

「姉さん。Roseliaとしてじゃなくて、姉さんだけのスカウトだったんだよね?……昨日、澤野さんが私を姉さんと間違えて声かけてきたの」

 

「なんですって?」

 

 華那の言葉に私は驚くと同時に怒りが湧いてくる。まさか二日続けてスカウトの話をしに来るとは思っていなかった自分に対してと、私と華那を間違える程度の実力しか持っていない澤野さんに対してだ。

 その程度の実力しかないのに私を勧誘しに来た?巫山戯ないでもらいたいわ。いったい華那は澤野さんとどんな話をしたのか。それを聞く前に華那が続ける。

 

「その際、Roseliaの事を『あんなお遊びバンド』って私に言ってきた……。ねえ、姉さん。姉さんはなんて答えたの?」

 

「華那……?」

 

 俯いて私に問いかけてくる華那の声は震えていた。……よく見れば体も震えている。私の為に華那が集めてくれたメンバーをそのような言葉で片付けられてしまったのだから、華那が悲しむのは理解できるわ。でも……どうしてここで問う必要が――

 

「そんな言葉を言う人に……姉さんがついて行くって言うなら……」

 

 震える声を振り絞る華那が、顔をあげて私を睨むようにして視線を向ける。その両目からは涙が零れていて、私の胸に痛みが走る。私の行動で華那を悲しませたという事実が重くのしかかる。そんな私に華那は言葉を続ける。

 

「私が姉さんの代わりに……姉さんの代わりにRoseliaのボーカルをやる!」

 

「華那!?」

 

 予想外の華那の言葉に私は驚く事しかできなかった。あの子が歌う――それは一歩間違えれば二度と声が出なくなるかもしれないという事。それだけの覚悟を華那はしてきたというの?……誤解しているという事を伝えなければと頭の中では理解しているつもりなのに、言葉として出てこなかった。それだけ、華那がしてきた覚悟に私は衝撃を受けていた。

 

「それで……それで姉さんが目を覚ますって言うなら……私は……私は!二度と声が出なくなったって構わない!!」

 

「っ!?」

 

 華那の発言に私は言葉を失った。そこまで……そこまでするだけの覚悟を、華那は短い期間でしてきた。私の軽率な行動が華那をここまで苦しめてしまった。そう考えると私は何も言えなかった。いえ、そうなるとまでは考えていなかったから言葉が出てこなかった。

 誰かが私とあのスカウトの人が会う場面を見ていて、華那に伝えたのだろうという所までは何とか頭の中で考えていた。

 華那は言いたい事を言ったからか、黙って私を見ているけれど、その目からは涙が零れ落ちている。沈黙が支配する。唯一聞こえてくるのは華那が泣いている声だけ。誰もが声を出せない状況。私が否定すればいいだけの話しなのだけれど、華那の姿を、華那の悲壮な決意を前に言葉が出なくなってしまっていた。

 

「……あこ。まだRoseliaで……友希那さんがボーカルのRoseliaでバンドやりたいです!だから!だから、お願いです友希那さん!Roseliaに残ってください!」

 

「私も……あこちゃんと……同じです……。このメンバーで……このRoseliaで……音楽をやりたいです……!」

 

 華那の後にあこと燐子が続けて私に懇願してきた。あこはまだ分かるけれど、燐子がここまでハッキリと自分の意思を口に出すだなんて思ってもいなかったので驚いた。本当に……華那はいいメンバーを集めてくれたわ。そう思いながら華那に近づく。

 

 それを見て紗夜が動こうとしていたけれど、リサがそれを制していた。きっとリサは私が今からする事を理解してくれているのだろう。幼馴染だから、分かるわよね?そう思いながら私は華那の前に立つ。華那は先ほどからずっと泣いていて、何度も何度も右手でその涙を拭っていた。その華那の右手を見れば、昨日の夜と同様、包帯がまかれていた。きっと、澤野さんの言葉に右手を強く握りしめて血を流したのね。

 それだけ私達……Roseliaの事を真剣に、本気で応援してくれているという事。それと……私達の事を好きでいてくれているという事。その華那に私は悲痛な決意をさせてしまった。

 

「華那……」

 

 私は華那の前に立ち、小さく名を呼んだ。華那は俯いていたけれど、顔をあげて私を見ようとした。それと同時に私は華那を優しく抱きしめる。華那が驚いて息を飲む音が聞こえた。私はそのまま華那に聞こえるように優しい声で

 

「華那……落ち着いて聞いて頂戴。あの人……澤野さんの誘いはその場で断ったの。私がRoseliaを捨てるだなんてする事は無いわ」

 

「え……」

 

 驚きの声を上げる華那の体から力が抜けて、華那が私の腕を抜けるように地面に座り込んだ。突然の事に私は反応できず、驚きの声を上げるしかなかった。か、華那!?

 

「華那さん!?」

 

「ちょ、華那!?」

 

「華那ちゃん!?」

 

「え、か、華那さん!?」

 

 やりとりを見守っていたみんなも驚きの声を上げながら華那に駆け寄る。私は座り込んだ華那を再度抱きしめながら大丈夫かと問うと、華那は小さく頷いてから泣き声で

 

「ひっぐ……ぐすっ……よか……た……よかった……」

 

 と、安心したのか、私の腕の中で泣く華那。本当……大切な華那()を傷つけてしまった私は姉失格ね。

 

「ごめんなさい、華那。大切な妹にそんな覚悟をさせた()を許して頂戴……」

 

「姉さん……姉さん……!」

 

 私の背中に手を回し、私の名を呼ぶ華那。私はそんな華那を優しく、壊れ物を扱うように撫でる。本当にごめんなさい、華那。私は華那が泣き止むまで華那を抱きしめながら撫でた。

 

 

 

「――という訳よ。だから、皆も安心して頂戴。私だけが誘いに応じるという事は無いわ」

 

 あの後、華那が落ち着いたところで、私はメンバー全員に先日スカウトされた経緯と、澤野さんとのやり取りを話す。全員黙って聞いてくれていて、話し終わった後に全員ホッとした表情を浮かべていた。

 で、誰が私と澤野さんが会ったところを見たのかしら?それを聞くとあこと燐子が偶然、私と澤野さんがファミレスに入る姿を見たと答えてくれた。はあ。今回は確かに私の軽率な判断から起きた事だから強くは言えないわね。今後は注意するわ。

 

「ええ……その方がよろしいかと。しかし……みな……友希那さんから直接話しを聞いて思ったのですが、私達を否定されるのはやはり腹が立ちますね」

 

「そうですよ!でもその澤野さんでしたっけ?RoseliaはこのメンバーだからRoseliaなのに、そんな否定しなくたっていいじゃないですか!」

 

「あ、あこちゃん……落ち着いて」

 

 私に注意しながら怒りを隠さない紗夜。紗夜が怒る姿を見たのは二度目かしらね。ただ、静かに怒るというのは紗夜らしいけれど。あこはあこでかなり憤りを感じているようだけれど、それを必死に燐子が宥めていた。

 その様子を微笑ましそうに見守るリサ。リサ、見守るのはいいけれどあの人の言葉は貴女の想いを否定しているのと同じなのよ?そんな余裕あるのかしら?

 

「いや、アタシだって腹立ってるよ?でもさ、こうやってみんなが一つになるような感じって言うの?アタシは好きだな~って思ってさ」

 

 と笑みを浮かべながらリサはそう言いながら華那の頭を撫でる。華那は突然頭を撫でられたので「わぷっ」と声を上げていた。はあ。私達Roseliaには馴れ合いは不要だと思うわ。そう思いながらも、私もこの感じは嫌ではなかった。

 本当、いいメンバーが揃ったわ。さて、今日話そうと思っていた事から脱線してしまったけれど、新曲についても話さないといけないわね。皆一ついいかしら?と聞くとみんな真剣な表情を浮かべて私を見る。私は小さく息を吐いてから

 

「私達、Roseliaの目標はFWFで頂点に立つこと――だけれども、それはあくまで通過点よ」

 

「え……FWFが通過点なんですか!?」

 

「友希那?」

 

「姉さん……」

 

 驚きの声を上げるあこと、どういうことかと聞いてくるリサ。華那は心配そうに私を見ているけれど大丈夫だと目で訴えてから

 

「私達、RoseliaはFWFだけで終わるようなバンドじゃないわ。その先、もっと高みを目指せると私は思っているわ。あの澤野って人には私達のバンドは“お遊び”と言われてしまったけれど、今日改めてRoseliaとして生まれ直すつもりで私はいるわ。その覚悟……貴女達にある?」

 

 私の問いかけに全員黙る。でも、私は全員の表情を見て確信した。このバンドは間違いなく先を目指せるバンドだと――

 

「あります!あこは友希那さんと……Roseliaで頂点に立つって決めたんですから!!」

 

「私も……みんなで……もっとバンド活動……したいです」

 

「ええ、私もこのバンドで更に技術を高めたいという気持ちでいます。なにより……その為に友希那さんの誘いに応じたのですから」

 

「あたしも、友希那の為に、Roseliaの為に頑張るよ」

 

 と、全員がそれぞれの想いを伝えてくれた。私は小さく頷いてから華那を見て

 

「華那。これで安心できたかしら?私達Roseliaはあの人の言う“最高の音楽”には負けないわ」

 

「!……うん!」

 

 私の言葉に目に涙を浮かべながら笑みを浮かべる華那。全く。すぐ泣く癖はどうにかしなさい、華那。そう思いながら、私は新曲を書いた楽譜を鞄から取り出して全員に見せる。

 

「スカウトの話の後に、Roseliaとしてもう一度生まれなおすという意味を込めて作った楽曲よ。どうかしら?」

 

「……すごい。この楽曲を二日足らずで作ったのですか?」

 

 と、楽譜を見て驚く紗夜に私はそうよと答えながら全員に感想を求めると、全員さっそく練習したいと意思表示してきてくれた。かなり遅くなったけれど、練習開始ね。ああ、華那。

 

「何、姉さん?」

 

「今日は練習を見て頂戴。それでダメな所があった指摘して頂戴。私達だけだと視野が狭くなってしまうから」

 

「分かったよ!」

 

 と、笑顔を浮かべて了承してくれる華那。ああ、やっぱり華那には笑顔が似合うわ。この笑顔が消えないように前に進まないといけないわね。そう考えてからすぐに練習に集中する。間奏のギターは紗夜が一度フィーリングでやってみたけれど、納得いくメロディーじゃなかったようで、何度もやり直して納得のいくメロディーを探していく。

 途中で華那もギターメロディーに関して案を出してくれて、いい形で初めてやる楽曲としてはまとまりがあって、全員の楽曲への理解度が浸透したと思う。開始は遅れてしまったけれど、かなり濃い練習内容になったわね。

 

 練習後、時間も時間だったので今日は解散する事になったのだけれど、その際に燐子からある提案があった。

 

 

 

衣装を作ろうと思うんです――

 

 

 

 なんでも、この間CiRCLE雑誌の特集を受けた後、その雑誌を見た時にバンドとしての統一感が無いと思ったらしく、ならお揃いの衣装を着れば少しは違うんじゃないかと思ったらしい。演奏の邪魔にならない衣装ならいいわよと私は了承する。紗夜も同意見だった。

 

「ありがとう……ございます。華那ちゃんにも……作ってあげるからね」

 

「え!?わ、私のはいいですよ!?衣装作るの大変じゃないですか!」

 

「大丈夫……一人分増えるぐらい……変わらないから……今度寸法……させてね?」

 

「あう……でも……」

 

 と、もう華那の分も作る気満々の燐子。それをどう断ろうかと困惑している華那。最終的には華那が言いくるめられて、燐子にお願いしていた。ただ、作ってもらうだけじゃ悪いので、材料費だけは全員で出す事になった。

 

 そして解散した帰り道。リサと華那と一緒に歩いていたら華那のスマホが鳴った。華那が首を傾げてスマホを取り出して画面を見て固まっていた。華那?

 

「あ、ごめん姉さん。あの、澤野さんについて調べてもらったんだけど……」

 

「調べてもらった?」

 

 私とリサは顔を見合わせて首を傾げる。華那の交友関係がどうなっているか不安になってきたのだけれど……大丈夫よね?

 

「だいじょぶだよ!それで……ここ最近、企業として結果出してないから、ここで大きな成果を出したがっているみたい。特に上層部からの圧力が凄いみたいなんだけど、どんどんアーティストが会社から離れてるみたい」

 

「そう……そういう事なら、尚更負けるわけにはいかないわね。私達にはそんな裏事情なんて関係ないわ」

 

 どこから情報を手に入れたか不安を覚えたけれど、あちらの状況は私達に関係ないのは事実。私達は私達の音楽をやる。それだけよ。そうでしょ、リサ?

 

「そうだね!FWFまでには『Re:birth day』を完璧に演奏できるようにしなきゃね!」

 

 と、やる気満々のリサ。そうね。あの楽曲は今の私達にとって重要な楽曲ね。このメンバーなら必ず予選は勝ち抜ける。その為にはさらに練習が必要ね。華那が支えてくれているのよ。必ず私達は頂点へ駆け抜けるわ。

 翌日もかなりハードな練習を重ねる私達。FWF予選会は目の前に迫っていた――

 



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#25

 ついにやってきたFWF予選会。Roseliaの皆の応援の為に私もその会場に足を運んでいた。緊張で足が震えるけれど、姉さん達はもっと緊張しているのだから……しっかりしなきゃと足に力を込めて会場内へと向かう。うう……緊張する。

 

「華那。緊張しすぎ」

 

 と、私の横を歩く沙綾が苦笑いを浮かべながら話してきて、私の両肩に手を置いて緊張をほぐそうと揉んできた。突然の事だったので変な声が出そうになったけれど、場所が場所だったので我慢して、ジト目で沙綾を見る。沙綾は笑いながら私の背中を叩いて

 

「大丈夫だって!友希那先輩達なら絶対予選突破できるって!」

 

「……うん!そうだよね!」

 

 笑顔で励ましてくれる沙綾に、私も笑みを返す。そうだよね。あれだけ練習してきたんだ。姉さん達なら必ずこの予選会を突破してくれる。そう信じよう。会場に入って、沙綾と私はスタッフの人に「Roseliaの関係者です」と姉さんから渡されたチケットを見せながら伝えると、Roseliaの皆が座る席の隣に案内してくれた。二人ぐらいなら関係者として席を用意してくれると聞いたけど、本当なんだなと思いながらついてく。

 

 実は、これ。千聖さんが教えてくれた事。「二人までなら席用意してくれるわよ」って。本当、千聖さんには色々と迷惑かけてばかりだから、今度お礼に何かお手伝いできる事があればいいのだけど……何かできるかな?

 そう思いながら私は、カバンを椅子の下に置いている沙綾の隣に座る。沙綾、何持ってきたんだろう?水とかかな?結構一般の方も見に来ているみたいだし、熱気が凄いもんね。

 実は今日の予選会。本当は私一人で来るつもりだったのだけれど、沙綾にもうじきFWFの予選会なんだよねって連絡してみたら

 

『私も行ってもいいかな?』

 

 と、返信が来た事から沙綾も一緒に来る事になった。沙綾も姉さん達の事を応援してくれている。それに、幼馴染のリサ姉さんを除くと、私達姉妹との付き合いが長いのは沙綾なんだよね。ポピパのみんな(特に香澄ちゃん)も来たがっていたけれど、予選会なので入れる人数が限られているので(なんとか)断念してもらった。

 

 最後は有咲に香澄ちゃんを宥めるのをお願いしてしまったけれど、あの時の香澄ちゃんの駄々っ子さは私と沙綾じゃどうにもできないものだった。うん。今思い出しても頭痛くなるね。

 

「そういえばさ」

 

「?」

 

 席に座るなり沙綾が()()()()()()()()()()()()。あれ?どこか変なところあったかな?と思いながら首を傾げると

 

「今日の華那の服装って、友希那先輩達の衣装と同じなんだよね?」

 

 今日、私が着ている服。これは先日、燐子さんが作るって言っていた衣装。紫を基調としたゴシック風ライブ衣装。本当は着てくるつもりはなかったのだけど、姉さん達に着て来なさいって言われたの。あれは今思い返しても怖かった。

 着て来て欲しいという燐子さんの言葉に困惑する私。その様子を見たRoseliaのメンバーが

 

「華那、当日はそれを着て来なさい。これは姉としての命令よ」

 

「かーなっ。着てこなかったら……分かってるよね?」

 

「華那さん。せっかく白金さんが作ってくれた衣装ですよ?当日着ないで何時着るのですか?」

 

「えー華那さん着てこないんですかー?あこ、華那さんが着てるところ見たーい」

 

「華那ちゃん……着て来て……欲しいな……」

 

 と、一気に攻めてきて、私の退路は断たれてしまったの……。姉さんは淡々と言うし、リサ姉さんは笑顔なのに怖かったし、紗夜さんは「今でしょ!」って言いたくなるし……。あこちゃんはいつも通りだし、最後に燐子さんがトドメと言わんばかりに落ち込み気味に話してこられたら、私断れないし、着てくるしかないじゃん!

 と、いう事がありまして……と沙綾に説明をする私。本当、なんであんなに皆して着て来いって言うかな?そう私が疑問に思っていると沙綾が

 

「凄く似合ってるよ!あー、華那は本当に可愛いなあ、もう!!」

 

「わぷっ!?さ、沙綾!?」

 

 満面の笑みを浮かべ、私を抱きしめてきた。私は突然の事だったので、変な声を上げてしまった。というか、沙綾!私を妹と勘違いしているでしょ!?そう抗議の声を上げようとした時、沙綾の後ろに立っている女性と目が合って、無意識的に沙綾を守るように前に出る。

 沙綾が何か言おうとしたのだろうけど、息を飲む声が私にハッキリと聞こえた。多分、沙綾からは見えていたのだと思う。私の表情が怒りに満ちていたのが……。それもそのはず。沙綾の背後に立って()()()()()()()()()()()のは()()()()()()だったのだから――

 

「来ていたのね。生意気な妹さん」

 

「それはこっちのセリフです。事務所の力使って本戦から登場じゃないんですか?」

 

 嫌味ったらしく言ってくる澤野さんに対して、私も嫌味を返す。沙綾が驚いているだろうけれど、ゴメン沙綾。今は沙綾の事まで気を使ってあげられそうもない。だって、これは言わば前哨戦なのだから。

 

「ええ、本当ならそうするつもりだったのだけど……気が変わったの。Roseliaと同じ予選に出て、完膚なきまでに叩き潰す。そう決めたの」

 

「ふふっ……そう簡単に叩き潰せるだなんて、頭の中お花畑なだけありますね」

 

 自信満々に話す澤野さんに、私は鼻で笑ってしまった。Roseliaを叩き潰す?何を言っているの?このおばさん。って、感じで。自分でも、ここまで挑発できるだなんて思ってなかった部分もあるけれど、姉さん達を侮辱するような人間に対して……私は容赦なんてしたくない!

 私の分かりやすい挑発に澤野さんの雰囲気が変わる。って、どれだけ短気なんですか貴女……。と内心呆れる私。

 

「なんですって?」

 

「あれ?聞こえませんでしたか?まさか、そこまで頭の中がお花畑だとは思いませんでした」

 

 怒りに満ちた表情の澤野さんを更に(あお)る。ハッキリ言って、この人のやっている事は好きになれない。千聖さんからあの後、色々と教えてもらった。ヒット出した作曲家を他所の事務所から金で引き抜いたり、手が後ろに回るギリギリのゾーンを攻めたりして無理やり曲を作らせたりしているらしい。

 で、そちらのバンドはボーカル見つかったんですか?姉さん引き抜けなかったのに、よく間に合いましたね?

 

「っ……ええ。友希……いいえ。()()()()()()()より、もっとレベルの高いボーカルを見つけたわよ。あんなボーカル程度、全国探せばいくらでもいるもの」

 

「なっ……ふざけ「沙綾!」……華那!!」

 

 澤野さんの言葉に温厚な沙綾が反応して、言い返そうとしたのを私が右手で制する。どうしてと言いたげに私の名を口にする沙綾を見て小さく頷いて、私はRoseliaが貴女の集めたバンドに負ける訳がないと言って睨む。

 

「そう。あんな低俗なバンドにそうそう負けるわけないわ。結果が楽しみね」

 

「ええ、そうですね。貴女の言う最高のバンドが負ける瞬間、楽しみにしてます」

 

 私も負けずに言い返す。しばらく睨み合いが続いたけれど、去っていく澤野さん。はあ……始まる前から精神的に疲れた。椅子に座り直した私は、持ってきていたマグボトルに口をつける。冷たいお茶が喉を潤してくれた。それから小さく息を吐く。気怠さがあるけれど、私の心の中では怒りが渦巻いていた。だって姉さん達の事を「あんな低俗なバンド」呼ばわりしたんだよ?後で泣いて謝ってきたとしても絶対許したくない。顔も見たくない。そのぐらい、私は怒っていた。

 

「華那……大丈夫だよ」

 

 そんな私の手にそっと両手を乗せてきた沙綾が、優しく声をかけて来てくれた。沙綾?

 

「大丈夫。友希那先輩達、Roseliaの皆は絶対あの人には負けないよ。だから、一緒に応援しよ?ね?」

 

「うん」

 

 目の前であんなやり取りをしたのに、沙綾は気さくに話しかけてくれた。それだけでも私の心は落ち着いた。沙綾の言葉に頷く私を優しく抱きしめてきた沙綾。もう。本当に沙綾?私の事を年下だと思っているでしょ?確かに身長低いけど、同い年だよ!もう!

 

「アハハ!ごめんごめん。華那って本当に抱き心地良くてさ!」

 

「抱き心地良いって、私は人形か何かかな!?ってか他の人にも言われたんだけど、それ!?」

 

 笑う沙綾に私はツッコミを入れつつ、心の中で沙綾に感謝していた。もし一人だったら、澤野さんと対峙した時点で暴力に走っていたかもしれないから。それに、澤野さんの言葉に沙綾が怒ってくれた事。それだけでも私は嬉しかった。沙綾もポピパで一生懸命にバンド活動しているから、あの言葉には思うところがあったのだと思う。

 だからありがとう、沙綾。そう言葉にして伝えると、沙綾は笑みを浮かべながら再び私を抱きしめたのだった。予選まであと少し。姉さん達……頑張って――

 

 

 

 FWF予選会場の控室に私達Roseliaは待機していた。みんな緊張している様子だけれど、大丈夫だと信じている私は一人本番に向けて喉を温めていた。温めると言っても、物理的に温めるのではなく、発声練習をしている。

 私達Roseliaの出番はくじ引きの結果、最後となった。それまでは待機している時間が長いので、さっきまでは他のバンドを見に行ったりしていた。だけれど、あまり印象に残るようなバンドはいなかった。いいえ、違うわね。()()()()()()()()()()()()。情けない事に私も緊張しているようね。

 

 小さくため息を吐いてから、他のメンバーの様子を見る。リサは紗夜からスプレー借りながら、何か言われているけれど、表情が明るいから大丈夫そうね。燐子は……あこがうまく緊張ほぐしているわね。……色々とあったけれど、やっとスタート地点に立てた。

 それに華那が応援に来てくれている。それなのにダメな姿を見せる訳にはいかない。緊張している場合じゃないわね。そろそろ出番が来る頃ね。私は全員に声をかける。

 

「そろそろ準備するわよ」

 

「オッケー、友希那」

 

「はい、友希那さん」

 

「はーい!りんりん、頑張ろうね!!」

 

「うん……頑張ろう……あこちゃん」

 

 全員緊張しすぎてはいないようね。自然と私達は円を作る。いつもライブ前にやっている掛け声がある。最初は何もせずにライブに入っていたのだけれど、それを見た華那が「やった方がいいんじゃない?」とアドバイスをもらってから、私達で考えて掛け声をやるようになったのよ。

 全員中心に右手を差し出して重ね合う。私は全員の顔を見ながら

 

「今日、みんな緊張しているかもしれないけれど、Roseliaとして恥のない演奏をするわよ。……行くわよ!Roselia!」

 

「「「「「ファイティーン!!」」」」」

 

 重ねていた右手を上げる。リサが中心となってメンバー一人一人とハイタッチしていく。私にもしようとしてきたので、躊躇いつつもハイタッチをする。いつもの事だけれどハイタッチは恥ずかしいわ、リサ。でも意外なのは、紗夜も無表情だけれどハイタッチしている事ね。紗夜もこれは嫌ではなさそうね。耳が赤くなっているわよ。

 それは言わないでおこうと決めながら、私達はスタッフの方に促されて移動する。既に前のバンドの演奏は終わったようで、まばらな拍手が聞こえてきた。改めてみんなを見る。みんな私の視線に気付いて小さく頷いてくれた。全員の想いは一つだと私は信じている。このメンバーで行くわよ。頂点へ――

 

「Roseliaの皆さんお願いします!」

 

「はい」

 

 私が代表して返事をして舞台へ向かう。まだスポットライトも照明もついていないステージは暗い。各々、自分の楽器の位置や細かい調整を行う。準備ができたのを確認してから私がマイクを持って挨拶をする。

 

「Roseliaです。さっそく聴いてください。BLACK SHOUT」

 

 

 

 

 姉さん達、Roseliaの演奏が始まった。私は胸の位置で両手を握りしめて祈るように姉さん達の演奏を見ていた。今回の予選会で各バンドに割り当てられた曲数は三曲。一曲目は今演奏しているRoseliaの代表曲と言える「BLACK SHOUT」。二曲目は今回のライブの為に書き下ろした新曲「Re:birth day」。三曲目は父さんの楽曲だった「LOUDER」。

 「BLACK SHOUT」のイントロでスローテンポと思わせてからの、あこちゃんの激しいドラムと、紗夜さんの見事なまでのギターテクで、一気に会場の一般で見に来た人達をRoseliaの世界観へ惹き込んでいた。

 凄い。私自身、姉さん達の演奏が更にバンドサウンドとして、まとまりのあるものになっていた事に驚きを隠せなかった。今までは技術面で他のバンドを圧倒していたけれど、それにプラスして心に残るバンドサウンドになっている。

 

 姉さんがいつも以上に感情的にメロディを口ずさみ、紗夜さんが感情に訴えるようなギターサウンド。それを支えるようなリサ姉さんのベース。全体の音を意識して奏でられる燐子さんのキーボード旋律。そして、そのRoseliaの勢いをつけるあこちゃんの全力のドラム。全部がうまく融合して会場がRoseliaの単独ライブ会場と化していた。

 「BLACK SHOUT」の演奏が終わった瞬間、割れんばかりの歓声と拍手。私も沙綾も拍手をしていた。そしてRoseliaは一曲目の勢いのまま「Re:birth day」へ。「BLACK SHOUT」に比べれば激しいサウンドではない楽曲だけど、会場の雰囲気はよかった。姉さん達も楽しそうに演奏している。あ、リサ姉さんが私にウインクしてきた。お願いだから演奏に集中して!

 

「……いいなぁ」

 

「華那?」

 

 姉さん達が楽しそうに演奏している姿を見て、私が自然に呟いた声が沙綾に聞こえていたみたいで、私の名を呼ぶ沙綾。私はステージで演奏する姉さん達を見ながら素直に自分の想いを沙綾に伝えた。

 

「あれだけ、楽しそうに姉さん達が演奏しているでしょ?それが羨ましくなって」

 

「……そうだね。私も羨ましいかな。こんな舞台であれだけ楽しそうに演奏できるって凄いよね」

 

 私なら緊張でガチガチになってるね、ってお茶目に笑いながら言う沙綾。そうかな。沙綾なら、ポピパの皆と楽しそうに演奏できると思うけどなと伝えながら、姉さん達の演奏を見守る。

 あっという間に最後である「LOUDER」に入った瞬間、会場のボルテージがまた一段と上がった。今までのバンドも技術がよかったり、楽曲が良かったりしたバンドはあったけれど、私としてはなにか一つ物足りないという感じのバンドばかりだった。もちろん姉さん達のバンドだからという贔屓目で見ている部分も否定はしないけれど、ここまで盛り上がったバンドはいなかったはず。

 

「私がいたんだ~♪」

 

 歌詞に合わせて右手をオーディエンスの方へと向ける姉さんと目が合った。その目から姉さんが私に問いかけているように思えた。『私達の音楽はどうかしら?』って。私は大きく頷いて「最高だよ」と口を動かす。それを見た姉さんが一瞬だけ微笑みを浮かべたように見えた。

 

 その微笑みを見て、私の中には今まで色々とあったなと改めて思った。父さん達の音楽を否定した人達への復讐から始まった私と姉さんの音楽活動。途中、リサ姉さんが離れて、私も喉痛めちゃって……。姉さんと一緒に歩む事ができなくなって、それならバンドメンバー探そうと決めて今までやってきた。

 それが形になって、今こうやってその姉さん達のバンドサウンドを聞いて、間違ってなかったんだなって思っていた。だって、姉さん達の音楽がこれだけ多くの人達の心に届いているんだよ?始まりは不純な動機だったけれど、今は違うってハッキリ言えるよね?だから、そのまま……頂点へバンド名の由来となったBLUE ROSE(青バラ)のように咲き誇って――

 

 

「Roseliaでした。ありがとうございました」

 

 演奏が終わり、盛大な拍手と歓声が上がる中、姉さんが冷静にそう言って深々と頭を下げる。一部の人から「アンコール」の合唱が起きて、会場中に響き渡るぐらいにその声が大きくなっていった。いや、予選会でアンコールとかないでしょ!?と思っていると

 

「アハハ。流石だね友希那先輩達!予選会場を自分たちのライブ会場にしちゃったね」

 

 と、沙綾が本当に嬉しそうに私に話しかけてきた。私も笑顔を浮かべて頷いて「そうだね」って答える。ステージを見れば姉さん達がスタッフの方に誘導されて下がっていた。それを見た観客の人たちが残念そうな声を上げていたけれど、予選会場だかね。仕方ないよね。

 

「後は……結果発表だね」

 

「うん……」

 

 スタッフさんから結果発表まで時間がかかるから、しばらく待つようにとのアナウンスがあって、私と沙綾は緊張していた。あれだけ歓声が上がったのだからきっと審査員の人にもいいイメージがあるはずだと思うのだけれど、不安の方が大きかった。結局、音楽の評価というのは、聴き手側の好みが大きく左右する。だから、姉さん達がいくらいい音楽を奏でたとしても、それが好きじゃない人が聴いたら評価しない事もあり得る。クラシック聴く人にロックを聴いてもらえるかって言えばそうじゃないってのと同じかな?

 不安のせいで、自分でもよくわからない理論を頭の中で考えてしまい、沙綾が優しく頭を撫でているのに気付くのが遅れた。いや、沙綾。なんで撫でているの?

 

「華那がすごく難しそうな表情していたからさ。大丈夫だって。友希那先輩達Roseliaなら、必ず突破できるって!」

 

「そう……だよね」

 

 私を元気づけようと明るく振舞ってくれる沙綾。沙綾の心遣いに感謝しながら、そう言って姉さん達が来るのを待つのだった。

 



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#26

 姉さん達が戻ってくるまでの間。私と沙綾は姉さん達が来るまで、色々なバンドの演奏を聴いた感想を言い合っていた。

 曲調がよかったけど、まとまりが全くなかったバンドが一つあって、それがもしかしたら澤野さんの集めたメンバーかも。と、沙綾と私の共通見解になった時に姉さん達がやってきた。

 

「姉さん!」

 

「華那に山吹さん。今日は来てくれてありがとう。……どうだったかしら?」

 

「華ー那っ!ウインクしたの気付いてたでしょー!」

 

「わぷっ!?」

 

 と、聞いてくる姉さんに応える前に勢いよく抱き着いてくるリサ姉さん。いや、ちょっと!?テンション高いのはいいけど、いきなり抱き着いてこないでよ!?と、言う前にリサ姉さんの頭に拳骨を落とす紗夜さん。と言っても、そこまで強いわけじゃなかったのだけど……。

 

「今井さん。演奏終わってテンション高くなっているのは分かりますが、華那さんが怪我でもしたらどうするつもりですか」

 

「あ、アハハ……ゴメンナサイ」

 

 と、紗夜さんに叱られて、すぐさま謝るリサ姉さん。そうなるんだから、最初からやらなければいいのに……と思いながら姉さん達に今回の演奏の感想を素直に伝える。楽しそうに演奏した事も伝えると、姉さんは難しい表情を浮かべながら

 

「そう見えたのね……私達自身も、最初に集まって音合わせした時以上の感覚だったわ……でも、まだ高みを目指せる。そう思っているわ」

 

 腕を組んで納得した様子で頷く姉さん。そうだよね。まだ道の途中だもんね。

 

「はい!あこもそう思いました!ね!りんりんもそう思ったでしょ?」

 

「うん……私も……もっと上手く……演奏したい……って思ったよ」

 

 満面の笑みを浮かべるあこちゃんと、微笑む燐子さん。本当いいバンドメンバーだなあと思いながら結果を待つ私達。しばらくして、審査員の代表者がステージに立ったのが見えた瞬間、騒がしかった会場が静まり返る。

 

『今回参加したバンドの皆さん。素晴らしい演奏、本当にありがとうございました。我々審査員もかなり悩みました。本当なら全バンドを本戦に推薦したいところですが、枠が決まっているのは皆さんもご存じの通りです』

 

 と、前置きの話しをする審査員の方。少し遠いから分からないけれど、どこかで会った事のあるような気がするのは気のせいかな?見た事のあるシルエットで、声も聞き覚えのある声なのだけど確信できないなあ。

 

『さて、前置きはこの程度にして……今回の予選突破バンドの名前を呼び上げます。突破バンド数は三です。まずは――』

 

 私は目を瞑って両手を握りしめて祈る。出たバンド数に対して突破できるバンドは三つという狭き門。名前を呼ばれたバンドの人達が歓声を上げるのが耳に届く。続けて二つ目のバンドが呼ばれて歓喜の声を上げている。あっという間に最後の枠の発表。

 Roseliaならだいじょぶ。絶対通る。そう信じて呼ばれる瞬間を待つ。でも……私の祈りが届く事は無かった。

 

『――です。以上のバンドが今回の予選突破となります。おめでとうございます』

 

「え……」

 

 呼ばれたのはRoseliaじゃなかった。頭が真っ白になった私は、その場に座り込んでしまった。沙綾が慌てた様子で私に声をかけてくれたようだけど、その声すら聞こえなかった。涙で視界が歪む。なんで?なんでRoseliaが選ばれなかったの?

 

「華那!」

 

「なんで……なんでRoseliaが……姉さん達が……突破できないの……?あれだけ……いい……演奏したのに……」

 

「……華那」

 

 泣きながらそう呟く私を優しく抱きしめてくる沙綾。沙綾の腕の中で私は静かに泣き続けた。悔しい。なんであれだけ会場を盛り上げて、アンコールの声まで上がったRoseliaが落ちなきゃいけないの?どうして?どうしてよ?

 

 しばらく私達の周りだけ静まり返る。聴いていた人たちの声が少しだけ耳に届いたけれど、やっぱり他の人も納得している様子ではないみたい。沙綾に支えられるようにして私は立ち上がる。沙綾ごめんね。

 

「ううん。大丈夫だよ。でも……私もショックだよ。Roseliaは、すごくいい演奏していたのに……」

 

「うん……」

 

 沙綾の言葉に再び涙を流す私。リサ姉さんもやってきて私を慰めるように頭を撫でてくれた。本当なら姉さんやリサ姉さん達が泣きたいはずなのに……。ごめん、姉さん達。その想いを私は泣いていたので言葉にする事ができなかった。沈黙が私達の間に流れる。

 

「……総評を聞くわよ」

 

 しばらく沈黙していた姉さんが、短く、それでいてしっかりとした口調で全員に伝えてきた。総評……確か、今回の参加バンドに対して詳しい評価を出してくれる機会があるって言っていたっけ。それを聞いてから判断するつもりなんだ。

 姉さんだって、本当なら泣きたいはずなのに、どうしてそうやって平静を保っていられるのだろう?私が弱すぎるだけなの?確かに私すぐ泣いちゃうから、精神的に弱いのかもしれない。姉さんの事を見習わなくっちゃいけないと思った時に気付いた。姉さんの体が小さく震えている事に。私は沙綾に断りを入れてから、姉さんに近づいて姉さんの左手を握る。突然の行動に驚いた姉さんが私を不思議そうに見てきた。

 

「華那?」

 

「姉さん……こうさせて?」

 

 姉さんの手は小さく震えていた。どうして――という想いと総評を聞く不安が姉さんの中に渦巻いているのだと思う。でも、それを表に出さないのはRoseliaのリーダーとして、妹の私がこの場にいるから。弱い所を見せたくない。その想いが強いから。だから、せめて少しでもその不安が和らぐように心の中で祈りながら、私は姉さんと手を繋ぐ事しかできなかった。

 

 総評の時間がやってきた。聞きに来たのは私達と、澤野さんが連れてきたバンドの二つだけだった。澤野さんのバンドのボーカルの女の子。その子の歌声を聴いた私が抱いた印象は、今回の曲調には合わない声質だなというのが第一印象。声量はあったけれど、きっとバンドじゃなくて、コーラスかオペラ出身の子かなと勝手に思い込んでいた。

 それに……待っている間もどこか落ち着かない様子で周りを見ていた。どこか親近感がわく子だなって思った。

 

 そういえば、さっき沙綾と話していた、曲調は良かったけどバンドとしてまとまりがなかったバンド。やっぱり澤野さんの集めたバンドだという事がこの場で分かった。あ、審査員の方が……え?出てきた初老の女性を見て私は驚きを隠せなかった。だって、あの人は――

 

「おばあちゃん?」

 

「「「「「「おばあちゃん!!??」」」」」」

 

 私の発言に驚くRoseliaメンバーと沙綾。あ、説明してない事に今気付いた。勘違いしちゃうよね。本当のお祖母ちゃんは音楽業界関係者じゃないからね。

 

「おや、華那じゃないかい。数か月ぶりだねぇ。そうかい……集められたんだね?」

 

 優しく、微笑むように私に問いかけてくる窪浦(くぼうら)ヒカルさんに私は頷く。本当のお祖母ちゃんじゃなくて、私が昨年、バンドメンバーを探しに隣県に行った時に出会ったライブハウスのオーナーさん。

 ギターを持って行っていたのだけど、若くてチャラチャラした男性にしつこく話しかけられて困っている時に

 

「うちの孫に何、手を出してるんだい?」

 

 と、助けてくれた事からそのライブハウスでは、私が本当の孫娘だと思われるという状況を作り出した人でもある。そういう経緯を皆に説明する私は疑問に思っていた。どうしておばあちゃんが?と、思っていると、スタッフの方から審査委員長との紹介があって、私は驚きの声を上げた。

 

「さて、つまらない前置きは抜きに、Roseliaからいこうかね。バンドとしてはここ数か月の活動しかないようだけれども……今回の参加者の中では群を抜いた実力があったのは認めます」

 

「なら……なんで!」

 

 それを聞いた私が声を上げてしまった。実力があるなら選んでくれたっていいじゃないか――そんな想いが先行してしまった。姉さんが私に肩に手を置いて「華那、話しは終わってないわ」と言ってきた。けど、姉さん!と私が姉さんに言おうとするも、おばあちゃんが話しをつづけた。

 

「華那が言いたい気持ちも分かる。結成して短いからこそ、Roseliaには本戦で最優秀バンドになれるぐらいの実力をつけてから突破してほしい。今の実力でも予選は勝ち抜けます。ですが、その先……本戦に行けば、今のままでは埋もれてしまう。せっかくバンドの目指す方向性がハッキリしていて、そして将来性があるRoseliaをそんなところで終わらせたくない。そう審査員全員で判断したわけです」

 

「そう……ですか」

 

 不服。褒められてはいるけれど、本戦でどういう評価をされるかはやってみなければわからない部分が大きい。でも……おばあちゃんが言うならそうなのだろうと無理やり思い込む。

 

「ハッキリ言ってしまえば、Roseliaは経験不足だね。演奏技術、バンドとしてのまとまりは、結成して数か月とは思えないものだった。だからこそ、経験が圧倒的に足りていないのが目立った。来年……成長した姿を見せてくれる事を私達は期待しようじゃないか……という結論に至った訳だけれども、何か言いたい事あるかい?」

 

「……分かりました。Roseliaの音楽を認めてくださっている事が分かれば、私からは何も……。みんなは?」

 

 姉さんが代表して答えてから、皆に意見を聞く。他の皆も同じようで言う事は無いようだ。演奏技術、音楽は認められた。後は経験……か。来年まで時間はあるようでない。特にあこちゃんを除いたメンバーは大学受験や進路を考えないといけないから……。それまでにできるだけライブをこなしていくしかないよね。……私にできる事あればいいけど。

 

「それと……これは私個人の感想というよりは願望だけれども……」

 

 と、私をジッと見ながらおばあちゃんが口を開いた。なんで私を見ているのだろう?そんな疑問を抱いている私に、おばあちゃんは優しい笑みを浮かべて

 

「華那。貴女も来年は参加者として、ここに来てくれる事を信じて待っているから、しっかりやるんだよ」

 

「!……うん!!」

 

 おばあちゃんのライブハウスで、何度か時間をつぶしてほしいとお願いされて、演奏した事があったんだけど……それを覚えていてくれたんだ……。来年はバンドで来なさいって私に伝えたんだ……。おばあちゃんの優しさに涙ぐむ私の頭を優しく抱いてくる姉さん。小さな声で「良かったわね、華那」と言ってきたので、私は姉さんの腕の中で小さく頷いた。

 

「次は……アンタかね、澤野嬢。こりないねぇ……」

 

「うっさい耄碌婆さん。どうして、私の集めたバンドが予選落ちなのか、きちんと説明しなさい」

 

 審査委員長に対して高圧的な態度の澤野さん。おばあちゃんは呆れた様子だった。私達は黙ってそれを見ていた。

 

「……まず演奏技術は評価できる。曲全体もいい楽曲だ。……でもバンドとしてのまとまりは全くないね。ただ演奏しに来ているだけ。それだったら誰でもできる。はっきり言えば張りぼてのバンドだね」

 

 Roseliaの時と違って、すごい辛辣な評価を下すおばあちゃん。それを聞いていた澤野さんの表情が凄い事になっていて、あちらのバンドのボーカルの子が凄く怯えていた。

 

「それに……ボーカルの子の歌。とても綺麗だったけれど、やりたくないって感情が込められていたのが気になったね……ボーカルの子。本当はやりたくなかったんじゃないかい?」

 

「え?」

 

 突然話しを振られたボーカルの女の子は困惑した表情を浮かべていた。おばあちゃんが「素直に話していいんだよ」と優しく声を変えると、ボーカルの子はしばらく黙っていたけれど、両手を握りしめて俯いたまま

 

「……私、コーラスワークがやりたかったんです。それで仲の良かった幼馴染の二人と私の三人で、ライブハウスとかで色々な楽曲やっていたんです……」

 

 泣きながら話す女の子。聞いていれば、突然勧誘にやってきて、今日の予選と同じ日に自分のバンドのライブがあったのに、無理やりこっちに連れてこられたそうだ。それを聞いて私はありえないと憤りを覚え、澤野さんに近づこうとして沙綾と姉さん達に止められた。いくらなんでも無茶苦茶だ。あの子がやりたかった事を無茶苦茶にしてまで、自分の評価や売上、Roseliaを潰したいと考えていたの!?だから、離して。姉さん、沙綾!

 

「華那!落ち着いて!!」

 

「華那、暴力はダメよ。お願いだから落ち着いて頂戴」

 

 姉さんと沙綾に引きずられるようにして澤野さんから離されていく私。向こうの女の子が驚いた表情していたけれど関係ない。どうして!?文句の一つぐらい言わせてくれたっていいじゃない!!そんな私の様子を見たおばあちゃんが呆れた口調で

 

「華那が怒るのも納得だね……。澤野嬢。あんたのやっている事は間違ってるよ。……音楽ってのは“音で楽しむから音楽だ”ってのは昔の人が残した言葉でね……。あんたのやっている音楽ってのは、演奏する側が楽しめているのかい?」

 

「はぁ……?音楽なんてビジネスよ?何言ってるの、この老害は」

 

 呆れた口調で返す澤野さんに、流石の私も怒りを隠せずに澤野さんに「ふざけるな」と言おうとしたけど、姉さんに口を塞がれた。なんで!?なんで発言すらさせてくれないの姉さん!!

 

「黙って聞いていなさい。大丈夫よ、あの人なら華那の想いもきちんと言ってくれるわ」

 

 そう言って落ち着くように私に言ってくる姉さん。でも!と反論しようとした時、おばあちゃんの静かに諭すような声が聞こえてきた。

 

「あんたの仕事は確かに楽曲を売る事がメインだ。でもね……このフェスは音楽を売る事を目的としている訳じゃない。音楽を本当に楽しむバンドを探し出す、音楽で人の心を動かすバンドを探し出す……それが目的で始まったフェスだ。それを知らないで参加している澤野嬢……何度挑戦しても、審査員が私じゃなくても予選突破することはないよ」

 

「音楽を……」

 

「楽しむ……」

 

「人の心を動かす……」

 

 私と姉さん、沙綾がその言葉に反応した。確かに、今回の予選突破したバンドの音楽を思い出せば、すごく楽しそうにバンドメンバーが演奏していたっけ。姉さん達も楽しそうだったけれどね……。

 

「それに売れる音楽ってのは、今言った、人の心を動かしているからこそ売れるわけだ。まあ、近年はそうじゃないのもあるがね……もう一度、原点を見つめ直してから挑戦するんだね。それができないうちは、あんたの音楽じゃ、人の心を動かすことはできないよ」

 

「っち。こんなくだらないフェス、もう二度と挑戦なんてしないわよ!今度会うとすればライブハウス借りてやる時ぐらいじゃない!?帰るわ!」

 

 と、なんか負け犬の遠吠えっぽい言葉を残して去っていく澤野さん。残されたバンドメンバーは困惑した表情を浮かべているけれど、ボーカルの子を残して澤野さんと一緒に帰ってしまった。

私は沙綾を見て、アイコンタクトをとってから二人で残された子に近づいて声をかけた。

 

「大丈夫?あ、私、湊華那って言うんだけど……貴女は?」

 

「織田由紀って言います……」

 

 と、泣いている織田さんは答えてくれた。沙綾がハンカチを差し出すと、困惑した表情を浮かべながらそれを受け取った。コーラスワークやっているって事はあのグループと、あの作曲家の曲をやっているの?と聞いてみる。すると少し明るい表情「そうです」と答える織田さん。

 好きな音楽の話しをしている時の織田さんの表情は、さっきまでの思い詰めたようで、暗い表情とは離れたものだった。話していて音楽が好きだって事が伝わってきた。私と沙綾の三人で話していると、入口から二人の女子が走ってやってきた。

 

「由紀!!無事!?」

 

「由紀ちゃんー無事ー?」

 

「香織ちゃん!若菜ちゃん!」

 

 と、織田さんに抱き着く二人。という無事って何。無事って。と一瞬思ってしまったけれど、誘拐まがいの事をされたのだから、心配になるのも仕方ない事かなと思いながら今来た二人に声をかける。

 

「あ、ごめんなさい。アタシは正井香織(まさいかおり)。で、こっちの能天気そうなのが」

 

窪田若菜(くぼたわかな)だよー。よろしくー」

 

 と、自己紹介してくる二人。これはご丁寧にと言ってから私と沙綾も名乗って、状況を説明する。姉さん達もやってきて、何が起きているか不安そうに見守っていたので、話しに入ってきてもらった。

 

 三人でやる予定だったライブは、知り合いのバンドにお願いして急遽出てもらったそうで、急いでこの会場に来たそう。理由は織田さんの奪還との事。奪還は大袈裟な気がしたけれど、姉さんが澤野さんにスカウトされた時、私達が抱いた思いもそれに似た物だったかなと思いつつ話しを進める。

 話していて分かったのは、三人とも本当に仲が良い事。今回の件で壊れるような友人関係じゃないことが分かり、それを聞いた私と沙綾は胸を撫で下ろした。三人ともまた練習してライブしようと話し合っているから安心だね。

 

 それと話していると、織田さん達が私と沙綾と同い年って事が分かった。連絡先を交換し合って、今度時間作って会おうと約束をして別れる。私達もおばあちゃんから「予選会は終わったんだから帰りな」と言われたので帰る支度をする。

R()o()s()e()l()i()a()()()()()()()は控室に行って私服に着替える。尚、私の私服は、何故か姉さんが沙綾に預けていたらしく、私も着替える事になった。姉さんに、なんで沙綾に服持たせたのかを聞くと

 

「その衣装のまま帰ろうとしたら、間違いなくナンパされそうだったからよ」

 

 という、答えが返ってきた。……ぜ、前例があるから否定できない。沙綾もニコニコしているけど、無言のプレッシャーを私に向けるのはやめてくれない!?「着替えなかったらどうなるかわかってるよね?」ってのが凄く伝わってくるから!

 と、とにかく着替えた私達は会場を出る。おばあちゃんは審査委員長で忙しいから、もういなかったけど、今度の休みにでも会いにライブハウスに行こうと心に決める。

 

 

 帰り。地元に戻ってきた私達は、全員でよく利用するファミレスへ足を運んだ。理由は反省会をするためだけど、夜の七時を回っていたので、お腹がすいたとあこちゃんが騒いだのが理由だ。

 結局、反省会という反省会ではなく、おばあちゃんの言った予選落ちの理由への愚痴の言い合いと、Roselia(自分達)の音楽の良さを再確認して、来年の予選までにさらに高みを目指すという話しをして解散となった。途中、私と沙綾がいる必要があるのかなと疑問に思ったけれど、改めて今回の予選会の感想と反省点をあげて欲しいと姉さんに言われて、沙綾と私は改めて感想を伝えたのだった。

 

 

 帰宅後。自室に戻った私はベッドにうつぶせに倒れこむ。みんなの前で泣いたのは、発表された瞬間だけだったけれど、本当はずっと泣きたかった。おばあちゃん……窪浦さんの言った事も理解しているつもり。でも、それでも、私の中の悔しさは消えなかった。涙で枕を濡らしながら、静かに嗚咽を漏らす。

 なんで、あれだけいい演奏した姉さん達が落ちなきゃいけないの?どうして?一年後もきちんと評価してくれる保証なんてないのに……。色々な考えが私の中で生まれては消えていく。そんな時、部屋の扉を叩く音が聞こえた。

 

「華那?入るわよ?」

 

「え……ね、姉さん!?」

 

 え、今入ってこられたら困る。姉さんに心配かける!慌てて入ってこないでと言おうと体を起こすも、既に姉さんが部屋に入ってくるところだった。姉さんは泣いている私を見て、やっぱりといった表情を浮かべていた。ゆっくりと私に近づいて、姉さんは私を抱きしめてきた。

 最初は、私が泣いていたから、姉さんに心配かけてしまったのだろうと思った。だけど、少し姉さんの様子が違ったので、私は困惑しながらも姉さんの名を呼んだ。しばらく黙って私を抱きしめていた姉さんは静かに話してきた。

 

「ごめんなさい。せっかく華那がメンバーを集めてくれて、応援してくれていたのに……あんな結果になってしまって……」

 

 申し訳なさそうに話す姉さんに、私は慌ててそんな事ないと伝える。

 

「そんな……事ないよ……!姉さん達は……ヒッグ……最高の……演奏したもん……」

 

「ありがとう、華那。でも、本当にごめんなさい……」

 

 泣きながら話す私の頭を、あやすように優しく撫でる姉さん。姉さんの顔は見えないけれど、姉さんの優しさに私はただ小さく首を横に振るだけしかできなかった。しばらく姉さんの腕の中で泣く私。しばらくしてから、姉さんが口を開いた。

 

「華那。今年はこんな結果になってしまったけれど……来年は必ず本戦に出て認めさせてみせるわ。だから……」

 

 

 華那には近くで見ていて欲しいの。Roseliaが頂点に立つところを――

 

 

 それを聞いた私は、頷きながらさらに涙を流した。姉さんの想いが伝わったから。姉さんは優しく私を撫で続けてくれた。しばらくして、落ち着いた私は姉さんから少しだけ離れて

 

「姉さん……来年、また頑張ろう。私もできる事やるから」

 

「ええ……お願いね、華那」

 

 と、二人で笑顔を浮かべる。今は姉さんと一緒に頂点を目指す事だけを考えて前に進もう。それが私のできる最大限の事だから。だから、今日の事で泣くのはもう終わり。明日からは、もっと上手くなるように、少しでもRoseliaに近づけるように頑張らないと。そう決意した私は、姉さんと一緒に、Roseliaの新曲について遅くまで話し合うのだった。

 

 ただ、この時の私と姉さんは知らなかった。来年のFWFの本戦を私が見れないという事を――

 



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#27

「お、お邪魔します」

 

 靴を脱いで、できるだけ静かに紗夜さんの自宅に上がる私。今日は紗夜さんに誘われて、ギターの講習会などをするという事になったのだけど……。

 

「華那さん。そこまで緊張しなくてもいいのですよ?」

 

 緊張で体がカチコチになっている私を見て、紗夜さんが苦笑いを浮かべていた。いや、だって。今日、私が氷川家に足を踏み込む事になった理由は、ギターの講習会が主な理由なのだけど、もう一つ理由があったのだ。それは――

 

「あらあら!貴女が湊華那ちゃんね!紗夜と日菜が言っていた通り、お人形さんみたいで可愛らしいわね!!」

 

「あぷっ!?」

 

 リビングに入ると、紗夜さんをほんわかにしたような大人の女性がいきなり私を抱きしめてきた。その瞬間、私は理解した。あ、これ、私、玩具(おもちゃ)になる運命だ――と。

いや、もうね、アフグロのメンバーからも抱きつかれる事が多くなってきているし、燐子さんからはなぜか毎回お菓子貰っているし、リサ姉さんも気を抜くと抱きしめてくるし……。あたしゃぁ人形じゃないよ!と、いつも心の中で叫んでいます。はい。尚、姉さんからはよく撫でられています。……私、姉さんにとっては猫なのかな?

 

「お、お母さん!!いきなり抱きしめるから、華那さんが困惑してるでしょ!」

 

「あ、そうね。ごめんなさいねぇ、華那ちゃん。もう、見た瞬間、可愛らしくて可愛らしくて……つい」

 

「お母さん……ついじゃないわよ。華那さん大丈夫ですか?」

 

 と、私を抱きしめている女性こと、紗夜さんのお母さんから私を引き離してくれた紗夜さん。あ、だいじょぶです。慣れたくはないですけど、抱きしめられるのには高校に入ってから慣れましたから。そう伝えると、凄く複雑そうな表情を浮かべて

 

「華那さんも苦労しているのね……」

 

 と、哀れんでくれた。哀れむならお金をください。あ、違った。同情するならだった。この間、そのセリフが出てくるドラマが再放送していて、凄く印象に残ったセリフで、つい思ってしまった。

 今日、紗夜さんの自宅に来たもう一つの理由ってのが、今し方、猛烈な歓迎をしてくれた紗夜さんと日菜先輩のお母さんが原因だった。というのも、紗夜さんがお母さんに「後輩にギター教えているみたいだけどどうなの?」と聞いてきたそうで、紗夜さんが私の事を説明したら

 

「是非、その華那ちゃんに会ってみたいわぁ」

 

 と、言い出したそうで……本当に申し訳なさそうな形で紗夜さんが私を自宅に招くという事態になったのだ。その際、姉さんは右手を額に当てながら話しを聞いていた。最終的には仕方ないといった様子で、私に「紗夜を助けると思って行ってきなさい」と助言をしてくれた。

 まあ、最初から断る理由も無かったので、行くつもりでいたのだけれどね。紗夜さんのお母さんだから、そんな大事(おおごと)にはならないと踏んでいたのだけど……なんだか雲行きが怪しいなあ。リビングに案内されている最中、そんな事を想いながら紗夜さんの後をついて行く。

 

「それで、華那ちゃんは紗夜と日菜の一個下なんですって?」

 

「あ、はい」

 

 リビングのソファーに座ると同時に、紗夜さんのお母さんが聞いてきたので素直に答える。なんでそんな事を聞いてくるのだろうかと、首を傾げながら出されたコーヒーを飲む私を見て

 

「本当可愛いわねぇ。どうかしら。うちの子にならない?」

 

「コフッ!?」

 

「お、お母さん。何、言っているの!?」

 

 突然の発言に、私は飲んでいたコーヒーを少しだけ吹き出してしまった。紗夜さんが慌てて私にティッシュを渡してくれたので、大惨事にはならなかった。コフコフッ。こ、コーヒーが気管入ったみたい。何度か咳き込む私。その背中を優しく撫でてくれる紗夜さん。ありがとうございます。それとごめんなさい。紗夜さん。咳が収まってからそう伝えると

 

「いえ、今のは私の母が悪かったので、華那さんは悪くありません」

 

 と、微笑んでくれる紗夜さんだったのだけれど、すぐさま紗夜さんのお母さんに

 

「なんでそういう発想になるんですか?お母さん?」

 

 と、紗夜さんが呆れた様子で聞いた。確かに、どうして私が氷川家の義理とはいえ、娘にならなきゃいけないのかな?姉さん置いて出ていくつもりなんてないよ。本当にないんだからね!

 

「だって、こんな可愛い子だとは思っていなかったのだもの。欲しくなっちゃって」

 

「『欲しくなっちゃって』じゃありません!そもそも、私と日菜がいるでしょ!」

 

「二人とはまた違った可愛さじゃない。ほら、紗夜も可愛がってる事だし?我が家に住んでもいいのよ?」

 

「華那さんはペットか何かですか!?」

 

 と、だんだんヒートアップしていく氷川親子に、私はワタワタとその様子を見守る事しかできなかった。

 

「あの……その……」

 

「でも、紗夜だって、華那ちゃんがいたら可愛がるでしょう?」

 

「それは……そうだけど……って違う!そういう問題じゃありません!」

 

 何とか会話に入ろうとするも、二人の勢いに負ける私。紗夜さん。お願いですからそこはすぐさま否定してください。私、愛玩動物になった覚えはありません。ええ。猫は大好きですよ?でもね、私自身が愛玩動物になっても仕方ないかと……!!

 と、言いたいのを我慢して私は出されたコーヒーを優雅に飲む。うん。こういう時は「余裕をもって優雅たれ」って言うしね。心に余裕を持とう。私は愛玩動物じゃない。私は愛玩動物じゃない。よし!

 

「そもそも!華那さんは()()()なの!どうしてお母さんがそうやって独占しようとするの!」

 

「ぶっ!?」

 

 と、余裕をもって優雅たれを実践していた私だったのだけど、紗夜さんのまさかの発言に、私は再びコーヒーを吹き出しそうになった。いや、ちょっと、待って!?私、物なの!?紗夜さん!?詳しい説明求めますよ!?いや、「しまったわ」って顔したって駄目ですからね!?

 

「あらあら。華那ちゃんって、可愛いだけじゃなくて、ツッコミも上手なのねぇ」

 

 と、どこかズレた感性の持ち主の紗夜さんのお母さん。これ、ツッコミ役(有咲)も連れてくればよかったと頭を抱えた私は悪くない。絶対悪くないよね?有咲助けてー。え?香澄ちゃんと一緒に蔵で遊んでる?ふざけないで。呼び出すよ?

 そんなこんなあったけれど、話している途中で紗夜さんが少しだけ席を外す事になって、紗夜さんのお母さんと二人っきりになってしまった。何を話せばいいのかなと考えていたら紗夜さんのお母さんから声をかけられて、慌てて返事を返す。ど、どうしました?

 

「ふふふ……そんなに緊張しなくてもいいのよ?華那ちゃんにはお礼を言いたくて」

 

「お礼……ですか?」

 

 紗夜さんのお母さんの言葉に、私は首を傾げてしまった。何かお礼を言われるような事をした覚えが無い。逆に迷惑ばかりかけている記憶しかないのですけど……。そんな私を見ながら、紗夜さんのお母さんは少し遠い目で

 

「最近、紗夜の雰囲気が柔らくなったのよ。前まで、私がいくら『紗夜と日菜は違うのよ?だから、紗夜は紗夜らしくやってくれればいいのよ』って言っても、周りが日菜と比べてしまっていた。そのせいで紗夜が追い詰められていた。日菜との関係も……どんどん悪化していく一方だった。紗夜の親なのに、私じゃ紗夜を守れなったの」

 

 と、自分では紗夜さんの心を守れなかった事を懺悔し始めた。私は黙ってそれを聞くしかできなかった。

 

「でも、ある日を境に、あの子に笑顔が戻ってきた。日菜との関係も徐々にだけど、昔みたいに姉妹らしくなってきた。それが……華那さん。貴女に会ってからなの。だから、ありがとう。紗夜を救ってくれて」

 

 と、頭を下げる紗夜さんのお母さん。あ、頭上げてください!私何もしてませんから!!というか、紗夜さんに迷惑ばかりかけてるので……。と、言ったのだけど

 

「いいえ、華那ちゃんと会ってから、間違いなく紗夜は変わったわ。今までなら喧嘩別ればかりしていたバンド活動も、しっかり話し合って、他のメンバーと自分の目標が違うって事を伝えあってから脱退して、今のRoselia……で合っているわよね?で、ギタリストとして頑張っている。それができる要因になってくれたは華那ちゃん。貴女よ。だから素直に感謝の気持ちを受け取ってくれるとおばさん嬉しいわ」

 

 と、優しい微笑みを浮かべる紗夜さんのお母さん。私、特別何かをした覚えないのだけど、そう言われたら私は素直に受け取るしかなかった。

 

「それに……紗夜が家に帰ってきて、華那ちゃんの話しするようになってから、日菜との会話も増えたのも事実なのよ。一時、大喧嘩したみたいだけど、今は紗夜も日菜も、二人共きちんと向き合えてる。ああ、そうそう。華那ちゃんにギターを教えている時の事を、話してくれている時の紗夜なのだけど、本当に楽しそうに話すのよ」

 

 今までなら、聞いても話してくれなかったのよ、と教えてくださる紗夜さんのお母さん。全く想像できないな――というのが私の印象だった。私と紗夜さんが初めて会った時、凄く必死だったから、ギターだけでも教えてもらえるようにお願いできた時は、本当に嬉しかったし、紗夜さんの事まで気にしている状態じゃなかったってのが本音。

 

 でも、私の話しを家でしている紗夜さん……。いったいどんな話をしているのでしょうか!?すっごく不安しか覚えないのですけど!?

 

「フフフ……大丈夫よ、華那ちゃん。可愛くて、いい子だって紗夜と日菜から聞いているから。そんないい子なら会って話してみたいわねえ……って、私が言ったから、今日来てもらう事になったのよ」

 

「そ、そうですか……」

 

 可愛くて、いい子?正面からそんな事言われたら、恥ずかしくなってしまうじゃないですか!!うう、絶対顔赤くなっているよ。顔の周り凄く熱くなってきたから、そうに違いない。

 

「ただいまー。おかーさん。だれか来てるのー?」

 

 と玄関の扉が開いて閉じる音が聞こえたかと思ったら、相も変わらず元気な声の日菜先輩がリビングに突撃してきた。そして、私を見るなり飛びついてきた。って、飛びついてきた!?

 

「華那ちんだー!!」

 

「ミャう!?」

 

「あらあら」

 

 抱きつかれてソファーに倒れこむ私。それを見て楽しそうに笑う紗夜さんのお母さん。いや、ちょ、ちょっと、笑ってる場合じゃないですよね!?そう思いながら日菜先輩に抗議の声を上げようとして気付いた。私を押し倒し、胸辺りで猫みたいに頬を擦り付けてくる日菜先輩の背後で、腕を組んで威圧感満載の冷めた視線で日菜先輩を見下ろしている紗夜さんがいる事に――

 

「日菜」

 

「!…………っ!!」

 

 低い声で日菜先輩の名を呼ぶ紗夜さん。それを聞いた日菜先輩が勢いよく体を起こし、背後を振りかえって息を飲む様子がハッキリ見えた。私もゆっくりと体を起こして紗夜さんを見ようとして体が震えた。だって、紗夜さんの背後によく漫画であるような「ゴゴゴゴゴゴゴ」って効果音が出ているぐらいの冷めた表情していたんだもん!

 

「日菜……正座」

 

「い、いや。お姉ちゃん。これはちょっとしたスキンシ「正座」は、はい!」

 

 言い訳をしようとした日菜先輩だったけれど、紗夜さんの「正座」という一言ですぐさまカーペットの上で正座をした。その様子を見てくすくす笑っている紗夜さんのお母さん。こんな状況でも楽しんでいるというのは、母親としてどうなのでしょうか!?

 ハラハラしながら、二人の様子を見ながら、紗夜さんと日菜さんも仲のいい姉妹だなって場違いなことを思ってしまった。だって、仲悪かったら、ここまで真剣に紗夜さんが日菜先輩の為に説教なんてする訳ないもん。

 

 そんな事を思っていると、紗夜さんのお母さんが私を手招きしているのが見えたので、静かに移動する。どうしました?

 

「さっきの話しじゃないけど、前だったらこんな風景無かったのよ。本当にありがとう、華那ちゃん」

 

「……はい」

 

 私の両手を握って、小さな声で感謝を伝えてこられる紗夜さんのお母さん。私は少し迷ったけど、さっき言われた通り、その感謝の言葉を素直に受け取った。私の言葉を聞いた紗夜さんのお母さんは、笑みを浮かべた。やっぱり紗夜さん達と親子なんだなって、その笑みを見て私は強く思った。だって、紗夜さんが浮かべる笑みと、日菜先輩の笑みにソックリだったから。

 

「日菜、聞いているの!」

 

「う、うん!聞いてるよ、おねーちゃん」

 

 と、そんな私がやり取りをしている間もまだ説教は続いていた。何時になったら終わるかなぁって思いながら、私はその光景を見守るしかできなかった。尚、終わったのは三十分後で、終わった直後に紗夜さんが日菜さんの行動を謝罪してきた。当の本人は正座していたので、足が痺れて動けない状況になっていた。

 あ、後。私が家に帰ったら、姉さんに何を話してきたのか、根掘り葉掘り聞かれたのはまた別のお話し

 



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#28

 今日はCiRCLEのカフェでバイト――の予定だったのだけれど、練習スタジオのアンプから音が出ないというトラブルが発生した影響で、ある程度機材を構った事のある私にありえないところから白羽の矢が飛んできた。なんでも、機材関係のメンテに強い男性社員が、()()()()()()()()したそう。

 で、流石にこう……短期間で何回も倒れられては、CiRCLEが巷で話題の「ブラック企業と化しちゃうなー」とまりなさんが頭を抱えながら看病に向かってしまったので、もう一人の女性社員さんが、私にどういう状況か見て、直せそうなら直しちゃってと言ってきたのが発端だった。

 

 あの、私、そういう分野のスペシャリストじゃないですよ!?と言いながら、故障した機材を分解していく。うーん。目立った損傷はないんだけどなぁ……。あ、これ、もしかしたら分解して、再度組み立てしたら直っているとかいうパターンかも!私がそう判断して組み直そうとした時だった。

 

「ちょっと待つッス!今そこで組み立てても、直ってる事はないですよ!」

 

「わにゃ!?」

 

 突然背後から声をかけられて、私はビックリして小さく飛び上がった。恐る恐る振り返ると、そこには眼鏡をかけ、ショートカットの羽丘女子高の制服を着た女性がしゃがみこんで私が分解した機材を見ていた。

 で、制服から二年生だというのに気付いた私。でも、この先輩、どこかで見た事のあるような女性だなぁと思いながら、私はその女性にどう声をかけていいのか悩みつつ口を開いた。

 

「え、えと。先輩は?」

 

「あ、ごめんなさいッス!ジブン大和麻弥って言います!えと……」

 

「あ、私、湊華那って言います。姉がいるので、華那とでも気軽に呼んでください」

 

 私の名前を知らない大和さんが困惑していたので、私は素早く名乗る。湊さんだと、姉さんも反応しちゃうからね。で、大和先輩?どうして、直っているって事が無いって分かったのでしょうか?

 

「あ、それについてなんですが……華那さん、ここっス」

 

 と、私の隣に座ってある個所を指さす大和先輩。その指さされた場所を見ると、配線が並んでいた。配線はきちんと基盤に半田で固定されているように見えたので、問題はなさそうなのだけど……。それを大和先輩に伝えると

 

「着眼点はいいですね!でも、まだまだです。そこじゃなくて、配線自体を見て欲しいんです」

 

 そう言われた私は、目で配線を一本一本丁寧に追っていく。そして気付いた。赤い色の配線が途中で断線していた。これじゃあ、音が出ないわけだよね。それにしても、よく見ていましたね、大和先輩。

 

「フヘヘヘ。こういう機械弄りは大好きなんですよ。デビューする前は、よく機材の準備とかで、分解して修理もしていたので慣れているんですよ!」

 

 デビュー?と首を傾げそうになりつつも、機材について詳しいとなれば、今回の件については心強いなと思った私は、大和先輩に頭を下げて一緒に修理をして頂けないかとお願いしたら、速攻でOKもらえたのには驚いた。

 そういう事があって、二人でさっそく機材の修理に入ったのだけれど……

 

「なるほど、なるほど。このメーカーは、ここはこういう風に半田で固定しているんですねぇ。面白いです。フヘヘヘ……」

 

「……あ、アハハ」

 

 トリップしているというか、完全に故障している機材がどうなっているか調べる方向に動いている大和先輩を見て、私は渇いた笑い声をあげるしかできなかった。頼みの大和先輩がこの状態だと……これ、本当に直せるかなぁ。不安になってきた。

 

 でも、その私の不安は杞憂に終わった。大和先輩は、他の部分が故障していないか確認しながら、断線している線を素早く外して、その線を断線している箇所から先が短い方をハサミで切った。

それで、長い方の切った先を、これまたハサミでコーティングの部分だけ上手い具合に外して、中の銅線みたいなのを取り出した。ここまでの作業時間は、五分とかかってない。プロの犯行か何かかな?

 

「あ、華那さん。ちょっとマイナスドライバー取ってもらっていいですか?」

 

「あ、はい」

 

 私の足下にあったマイナスドライバーを大和先輩に渡し、作業の様子を見守る。というか、どこをいじっているかを真剣に見て覚えようとしているのだけど、手際良すぎて理解できないよぉ……。「ふぇぇぇぇ」と、松原さんの真似を心の中で呟きながら、理解できないなりに大和先輩の動きを見る。

 

「……あ、あの華那さん?そこまで真剣に見られると、ジブン緊張しちゃいます」

 

「あ……ご、ごめんなさい!」

 

 と、私を見て苦笑を浮かべる大和先輩。やってしまった。真剣に見ていたので、周りがきちんと見えてなかった。そうだよね。隣でずっと見ていられたら、緊張しちゃうよね。しょんぼりしながら大和先輩との距離を置いて、作業を見守る。

 しばらく大和先輩がドライバーでネジを回す音や、組み立てる音などが静かな部屋に響く。組み立てる時は流石に二人がかりで作業をしたのだけど、今思うと、よく私一人で分解したなぁ。

 

「これでオッケーだと思います。華那さん、ちょっとテストしてみてください」

 

「は、はい!」

 

 大和先輩に言われて慌ててギターを準備する私。ギターはCiRCLEの貸し出し用の安物ギター。音の確認にはうってつけってやつだね。と、誰に説明しているんだかと心の中で呟きながら、素早くアンプとギターをコードで繋ぐ。ギターの方のボリュームを調整して、アルペジオ奏法で音を奏でていく。アンプからはギターの軽い音が聞こえてきた。

 

「す、すごい!な、直りましたよ大和先輩!!」

 

「ふう……よかった。これで練習できますね」

 

 と、私が直った事に歓喜の声を上げながら大和先輩を見る。きちんと直っているか不安だったのか、大和先輩は小さく息をついてから笑みを浮かべそう答えてくれた。私は近寄って、大和先輩の手を取って感謝を伝える。大和先輩は慌てて空いている方の手を左右に振りながら

 

「ジ、ジブン。ただ趣味で知っていただけで口出しただけですから、そこまで感謝されるような事じゃないッスよ?」

 

 謙遜する大和先輩。でも、私が助かったのは事実なんです。(と言っても本当の意味で助かったのはCiRCLEだけど)

 

「そうね、華那ちゃん。でも麻弥ちゃん……時間は確認しなきゃダメよ?お説教が必要かしらね」

 

「「!!??」」

 

 ここにはいないはずの人の声が背後から聞こえたので、二人して振り返った。そこには某防人さんと、毘沙門天の化身の女性が、裸足で泣きながら逃げ出すんじゃないか――というぐらいの笑みを浮かべた千聖さんがいた。ナンデ!?ナンデチサトサンガココニ!?

 

「あら?華那ちゃん。気付いていなかったのかしら。華那ちゃんの隣にいる麻弥ちゃん。パスパレでドラムをしているあのアイドルの麻弥ちゃんよ?」

 

「ほへ?…………えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!??」

 

 右手を顎に当て、首を傾げながら私に大和先輩がどういう人物か説明してくれた千聖さん。私は一瞬、その意味を理解できず、気の抜けた声を上げてから、驚きの声を上げてしまったけれど、私は悪くない!!……よね?

いや、確かに同姓同名だったのには気付いていたけれど、眼鏡していたし、メイクだってテレビ出る時のメイクじゃなくて、普段用(?)のメイクだったし……と心の中で言い訳をしながら大和先輩を見ると、右頬を掻きながら

 

「いやぁ……ジブン。よくアイドルらしくないって言われるんすよねー」

 

 と、苦笑いを浮かべていた。いや、だって、パスパレで活動している時の大和先輩と今の大和先輩のギャップが凄すぎるんですって!!と、伝えようとしたら、私の前に千聖さんが立って

 

「で、麻弥ちゃん。正座」

 

「え……千聖さ「正座……できるわよね?」!は、はい!!」

 

 二度目の正座と言われた瞬間、大和先輩が目にも見えぬ速さで床に正座した。というか、こういう光景前もどこかで見た記憶があるのですけど、最近流行っているのでしょうか?そんな事を頭の片隅で思いつつも、目の間で繰り広げられるお説教劇に、私は恐怖から震えるしかなかった。

 

「アイドルという自覚もそうだけれども、社会人という自覚をもって行動しなきゃ――」

 

「……はい。申し訳ないです……」

 

 両手を腰に当てながら正座している大和先輩に説教を続ける千聖さん。それを聞きながら、項垂れた状態で謝る大和先輩。うーん、やっぱりアイドルの“大和麻弥”さんとは似ているけど、私の中でイコールとして繋がらないな。

 

「マヤさーん!チサトさーん!どこですかー!あ、ここですね!?」

 

 と、突然部屋に入ってきた外国人の、雪のような白色に近い髪を持った女の子――って、若宮イブさん!?え??なんでCiRCLEにパスパレのメンバー五人中三人が集結しちゃっているんですか!?

 

「?……あなたはどちら様ですか?」

 

 と、左側に首を傾けて私に聞いてくる若宮さん。本当にそういう仕草が似合う人だなぁって思った私は悪くない。というか、テレビや雑誌で見るよりすごく可愛い人なんですけど!?あ、千聖さんも同じぐらい綺麗ですよ。

 

「あ、私、湊華那って言います。CiRCLEのカフェでアルバイトしています」

 

 と、緊張しながら若宮さんに挨拶をする。

 

「私は若宮イヴって言います!そちらにいるチサトさんとマヤさんと一緒にパスパレでばんどしてます!よろしくお願いします、カナさん!」

 

「わぷっ!?」

 

 言うや否や、私を抱きしめてくる若宮さん。え?ええええ!?ど、どういうじょうきょう!?頭の中が若干パニックに陥る私を見た千聖さんが小さく笑いながら

 

「イヴちゃん。この間、話した私のお友達の華那ちゃんってのが、いまハグしてる華那ちゃんよ」

 

「そうなんですね!本当に、可愛らしいです!まるでお人形さんのようです!!」

 

 と、抱きしめる力が強くなる若宮さん。千聖さん!それ助け舟にもなってないですよ!?というか、何話したのか聞きたいのですが!あ、ちょっと!?若宮さん苦しい!!息できなっ……!?

 

「あ、イヴちゃん!ハグはそこまで!華那ちゃん息できてないわ!」

 

「え?あっ!カナさん大丈夫ですか!?」

 

「むきゅぅ……」

 

 結果、私はいつぞやの日菜先輩抱き着き事件のように、目を回して意識を失うのだった。

 

 

 

 

「という事があってね……」

 

「アハハハッ!華那、大変だったねぇ」

 

「華那……どうして、そう……いつも気絶するぐらい抱きしめられるのかしら?」

 

「みな……友希那さん。それだけ華那さんが可愛らしいという事じゃないでしょうか?」

 

 若宮さんのハグハグ事件(命名者:私)()。私が目を覚ますと、そこはCiRCLEのラウンジのソファーで、覗き込むようにして姉さんとリサ姉さん、そして紗夜さんがいた。なんでも三人で自主練習していたら、千聖さんから姉さんに連絡があって駆け付けたそう。

また姉さん達に迷惑かけちゃったという負い目を抱えつつ、まだ起きたばかりだからという事で、少しラウンジで休憩しつつ、何があったかを私は姉さん達に説明していた。バイトの方は、若宮さんと千聖さん達が社員さんに説明してくれたらしく、起きたら大事(だいじ)をとって帰るようにとの事らしい。って、紗夜さん。まだ癖抜けないんですね……。

 

「し、仕方ないでしょう!華那さんと友希那さん以外は苗字呼びなのですから!」

 

 と、顔を真っ赤にして明後日の方向を向きながら、早口でまくし立てた紗夜さん。そんな怒らなくてもいいじゃないですか……。としょんぼりしていたらリサ姉さんが更なる火種を投下した。

 

「そういえばそうだねぇ……ねえ紗夜ー?アタシの事も名前で呼んでみてよ」

 

「い、今井さんまで弄りますか!?」

 

 と、紗夜さんに近寄って催促するリサ姉さん。あちゃ、リサ姉さん標的(ターゲット)にされた紗夜さん。ごめんなさい。こうなったリサ姉さんは、私も姉さんも止められないので、助けを求める目でこちらを見ないでください。そう心の中で謝罪しつつ、紗夜さんから目を逸らす。

 姉さんをチラリと見れば、右手を額に当てて盛大に溜息を吐いていた。きっと、姉さんも紗夜さんの頑固さと、リサ姉さんの行動に頭を悩ませているのだろうと勝手に推測しながら、リサ姉さんと紗夜さんのやり取りを見守る。

 

「えー。なんで華那と友希那だけよくて、アタシはダメなの?」

 

「なんでと言われましても……今井さんは今井さんじゃないですか!姉か妹がいれば、混乱しないように変えますが……今井さんにはいないじゃないですか!」

 

 上目遣いで紗夜さんに言い寄るリサ姉さん。いや、そういうのは紗夜さんに効果ないんじゃないかなぁなんて思いつつ、私は姉さんに帰る準備してくると言ってバックヤードへ向かった。

 

「あ、カナさーん!!」

 

「ほぇ?」

 

 素早く着替えて、バックヤードから出てきたら若宮さんが駆け寄ってきた。え?え?ええ?なんでまだいるのですか?お仕事とかは?と困惑していると私の両手をとって

 

「先ほどはすみませんでした!カナさんがあまりに可愛らしくて、暴走してしまいました!本当にすみませんでした!」

 

 と言って頭を下げてくる若宮さん。い、いや、そ、そんな謝らないでください!それに可愛らしいって……若宮さんの方が可愛いじゃないですか!!

 

「そんなことありません!カナさんはじゅーぶん!可愛いらしいです!」

 

「あう……」

 

 若宮さんの真っ直ぐ(ストレート)な言葉に私は言葉が詰まってしまった。というか、絶対顔赤くなっているよ。こんなに純粋な感情で言ってこられると、どう反応していいか困るよぉ!!誰か助けて――と思っていたら千聖さんがやってきて

 

「イヴちゃん。華那ちゃんが困っているわ。とりあえず、手を離しましょう?」

 

「あ、はい!」

 

 と、手を離してくれた若宮さん。まだ困惑が抜けない頭を働かせて気にしてない旨を伝えるも、若宮さんは

 

「いいえ、そう言っても、ワタシのブシドーが、カナさんを気絶させたという事実を許せません!」

 

「なぜそこで、ブシドー!?」

 

 謎の発言に私はついツッコミを入れてしまった。それと同時に頭の中でどういうわけか、白い仮面をつけた男性が「まさに愛だ!」とか叫んでくれたものだから、困惑している思考がさらにカオスな状態になったのは言わずもがな。というか、頭の中で出てきた男性誰!?

 

「華那ちゃん……気にしたら負けよ」

 

「千聖さん!?」

 

 私の様子を見てそう諦めの入った口調で言ってくる千聖さんに、つい大きな声を上げてしまった私は悪くないよ!悪くないって言ったら悪くないの!!

で、落ち着いたところで話を聞けば、若宮さんは私に正式にお詫びがしたいそうだ。でも、そこまでして頂く必要はないと思っている私。何か妥協案を考えないと……という事で――

 

「一緒に写真撮ってもらっていいですか?」

 

「それでいいんですか?」

 

「はい!」

 

 色々考えたけれど、これが一番手っ取り早いし、若宮さんや千聖さん達に迷惑がかかるような事じゃないからだいじょぶなはず!そこまで考えた私だったのだけれど、最終的には大和先輩と千聖さんも入って四人で写真を撮る事になった。私ただの一般人なのに、パスパレのメンバーと写真撮ってもらっていいのかなと思ったのでした。

 四人一緒の写真を撮った後に、何故かツーショット写真も撮る事になったのは本当に謎。そして、その数日後。私がアルバイトしている最中に、彩さんと日菜さんがCiRCLEのカフェに突撃してきて、二人とも写真を撮る事になる事をこの時の私は知らない。

 



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#29

「全員揃ったわね……それじゃあMKMの第七次集会を始めるわ」

 

 と、CiRCLEのラウンジを貸し切りにした湊さんが音頭を取って、テーブルを囲むようにして座っているメンバーを見渡しながら言った。って、ちょっと待って。何、集会って!?

 

「ちょ、ちょっと待ってください。アタシ、モカに連れられてきただけなんですけど……?そもそもMKMってなんですか」

 

 集会と言うので、一応手をあげて発言をするアタシ。そんなアタシを見た湊さんが、モカに視線を向けて小さくため息を吐いて

 

「青葉さん……今度から新たにメンバーを連れてくる場合は、きちんとこの集会の趣旨を説明しておいて頂戴」

 

「わかりましたー」

 

 と、呑気に返事をするモカにアタシは頭が痛くなる。アタシはその間に今日集まっているメンバーを見る。モカ、つぐ、巴にひまりのアフグロの全員。紗夜さんにリサさん。彩さんに白鷺さん。それとポピパの……確か山吹さんだったっけ。それに市ヶ谷さん(だったと思う)に香澄。そしてアタシという関係性があるようでないメンバーだ。だって、どうみてもバンド関係なさそうだし。

 湊さんの右隣りにリサさん。その反対側に山吹さんが座っているけれど、この座り方には何かあるのかとアタシが思っていると

 

「MKMの正式名は【湊華那を見守る会】よ」

 

「はっ?」

 

 堂々と会の名称を言う湊さんに、「何を言ってるんだこの人は」という目で湊さんを見たアタシは悪くない。いや、華那を見守り隊とか意味わかんないし……。

 

「まあまあ、蘭。一応話し聞いてから……ね?」

 

 湊さんの隣に座るリサさんに宥められるアタシは、頷いてから湊さんに謝罪してから先を促した。湊さんは小さく頷いてから

 

「初めての人もいるから、もう一度、説明するけれど……私の妹である華那が、以前誘拐未遂事件に巻き込まれたのは知っているわね?」

 

 私を見ながら確認するように問う湊さんに私は頷く。その事件の事を聞いた時はアタシも焦った。華那が怪我してないかとか、トラウマになってないかとか色々と考えてしまったけれど、学校でクラスの皆に囲まれて普通に話している姿を見て、安心したのを今も覚えている。

 本当に、華那はうちのクラスのマスコット的存在だから、いないとクラスの雰囲気が暗くなるし、アタシも……華那がいなくなる事を想像したくない。

 

「なら話しは早いわね。その事件があってから数日後に、一回目の集会を行ったのよ。その時のメンバーは紗夜とリサ。それに山吹さんと市ヶ谷さん。そして私だけだったのだけれど」

 

 湊さんの説明をまとめると、華那が事件や学校内でいじめにあってないか、何か変わった事がないかを報告し合う機会を作った方がいいのではないか?という提案が、紗夜さんとリサさんからあったそうだ。確かに……いじめを受けていたとしても華那なら、誰にも言わないで我慢しそう。

 それで隊の意義に賛同したメンバーを集めて何回かやっていくうちに、徐々にメンバーが増えていったそうだ。で、今回はアタシが参加させられた訳か。というか、巴とつぐみは二回目から参加してたんだ……。

 

「おうよ。華那をいじめるやつがいたらアタシが速攻でぶっ潰す予定だからな!」

 

「私も、華那ちゃんに何かあったら生徒会に協力してもらう予定だよ!」

 

「……二人とも、ちょっとやりすぎ……だと思うんだけど!?」

 

 頭を抱えながらアタシは二人に対して呟くように発言する。確かに、華那がいじめられていたら、アタシも華那を守る方向で動くと思う。でも、暴力とか権力を使うのはちょっと違うような気がするのはアタシだけ?

 

「それで、姉である私がこの会の会長を、私と華那の幼馴染であるリサと、中学時代からの付き合いがある山吹さんが副会長を務める事になったのよ。ここまでで何か質問あるかしら?」

 

 会の進行を仕切る理由を説明する湊さん。なるほど。確かに湊さんなら姉だし、家でも華那と一緒だから理に適って……いる?って違う違う!何、感化させられているのアタシ!?ってか、本人(華那)がこの会の事知ったら間違いなく怒る。絶対怒るに決まってる。その事についてアタシが問うと

 

「大丈夫よ美竹さん。華那には分からないように、きちんと日時調整しているわ。それにアプリのグループも別にしてあるわよ」

 

「グループ!?グループ作ったんですか!!??」

 

 驚愕の発言にアタシは声を荒げてしまった。いや、だって、華那を見守るって言って、わざわざグループ作る必要ある?アタシが頭を抱えたのは仕方のない事……だと思う。

 隣に座るモカが、アタシの肩に手を置いて小さな声で「気にしたら負けだよーランー」って言ってきたけれど、そういう問題じゃない。そもそも守る会と言ってますけど、実際は何をしているんですか?ストーカーしているなら、即座に警察に突き出しますよ。

 

「ストーカーだなんて心外ね。あくまでも、華那と一緒にいた時の報告会のようなものよ。だから、隠れて華那の様子を見るだなんて事は……してないわよね、紗夜?」

 

「ゴフッゴフッ!?な、なんで私に聞くんですか、友希那さん!?」

 

 ちょうど水を飲もうとしていた紗夜さんに、真顔で聞く湊さん。皆の視線が紗夜さんに向かう。動揺が激しかったからだと思うけれど、紗夜さんがそこまでするとはアタシは思えな――

 

「日菜に何か異常はないかは調べさせてはいますが、流石に後をつけるような真似はしていませんよ」

 

「調べさせてるだけでも十分かと!!」

 

 紗夜さんの発言に、机を叩いて立ち上がってしまったアタシは悪くない!というか、なんで日菜さんに調べさせてるんですか!?調べる必要ないですよね!?

 という私の発言にウンウンと頷いてくれていたのは市ヶ谷さんだけだった。おかしい。アタシの感覚は間違ってないはずなのに、ここにいるとアタシの方が間違っているのじゃないかって思えてくる。でも、市ヶ谷さんが同意してくれているなら――

 

「リサさん達は華那と学年が違うから、時間が合う合わないあると思うので……同じ学年の人達の方が調べさせた方がいいと思いますよ」

 

「そっち!?」

 

 まさかの市ヶ谷さんの発言にアタシは頭を抱え込んでしまった。この集会に参加している時点であっち(湊さん達)側だというのは薄々勘付いてはいたけど、まさかここまでだなんて思っていなかった。うわっ……そう考えると、まともなのアタシだけ……?

 

「蘭……みんな華那の事が心配なんだ。それだけは分かってくれ」

 

「巴……それは分かってるんだけど……だけど……」

 

 アタシの肩に手を置いて宥めてくる巴にアタシは右手を額に当てながら答える。皆が華那のことを想っているのはアタシだって理解している。でも、その方向性が間違っているんじゃないかって思う訳であって――

 

「そうですね。ですが、上級生からのいじめも考慮しなければいけませんので、日菜や今井さん。そして姉である友希那さん達からの情報も必要かと」

 

「そうです……ね。華那。我慢しちゃうからなぁ……そう思わない、有咲?」

 

「だな。華那のやつ、もう少し他の人を頼ってもいいと思うんだけどな……」

 

「そうね。この間の、連れ去り未遂事件の話し聞いた瞬間。私、実行犯の男を社会的に抹消しようかと本気で考えちゃったぐらいだもの……。華那ちゃんにもお説教した方がよかったかしら?」

 

「ち、千聖ちゃん。お、落ち着いて。ね、ね?」

 

 と、コップを持つ手が震えている白鷺さんを宥める彩さん。華那と白鷺さんが知り合いだった事にアタシは驚きを隠せなかった。というか、有名な子役だった女優と華那がどこでどう会ったら、こんな仲のいい関係になるのだろう。

 

「白鷺さん。澤野さんの件は、色々と迷惑をかけたわね。私からも謝らせてもらうわ」

 

「いえいえ。私としても、あの事務所の方には嫌な事されていたから、華那ちゃんや友希那ちゃん達の役に立ててよかったわ」

 

 と、頭を下げる湊さんに、笑みを浮かべながら答える白鷺さん。この二人もなんか仲いいんだけど……やっぱ華那関係で親交深めてるみたいだ。でも、湊さんの言った「澤野さんの件」ってのがアタシの中で気になってしまった。そもそも澤野さんってダレ?

 

 その後も、集会は続いていったのだけど、ツッコミ役が不在という事態にアタシは頭を悩ませる場面ばかりだった。

 

「それで華那が転倒して――」

 

「そんな事があったのですね。だから、この間、華那さんと一緒に練習した時に足を気にしていたのですね」

 

「その練習時の華那について詳しく聞いてもいいですか!」

 

「バ香澄!声デカすぎ!!……あ、私も詳しく聞きたいです」

 

 と、(ツッコミ担当の)頼みの綱(市ケ谷さん)ですらこれである。ツッコミ役がアタシだけじゃ、もう間に合わない。というかアタシもう帰ってもいいかな……。そんな事をアタシが考えていたら、湊さんがアタシに話しを振ってきた。

 

「美竹さん。美竹さんは華那と同じクラスだから、授業中とかの様子を見ているわよね?どんな様子か教えてもらってもいいかしら?」

 

「え……」

 

 まさかの話題を提供しろと言う湊さんの発言にアタシは固まる。いや、確かに学校の中でなら、一緒にいる時間は長いかもしれないけど、そんな面白い話しは――あった。そうだ。この間、体育でサッカーする事になった時の話しをすればいいんだ。

 

「お、ランー。あの話しちゃうー?」

 

 と、モカが何を話すか気付いたようで、ニヤニヤと笑みを浮かべながら聞いてきたのでアタシは頷いて

 

「つい先日、隣の組――B組と合同で体育の授業があって、クラス対抗でサッカーする事になったんです。その際、クラスの皆で話し合った結果、華那がゴールキーパーやったんですけど……途中までいい動きしてて、無失点に抑えていたんですよ」

 

 そう。誰かがゴールキーパーをやらないといけないのだけど、誰もやりたがらない。それもそうだ。やっぱりサッカーは攻めて、シュートしてゴール決めるのが醍醐味だし。っと言っても、体育の授業内での話しだけど。

 

「おおー。あの華那がゴールキーパーやってるイメージないなぁ。ねっ友希那」

 

「そうね。やったとしても、オロオロしてそうな感じなのだけれども……」

 

「アハハ……確かに、華那ならボール取りに行こうとしてコケてるようなイメージしかないですね」

 

 と、トップ三人衆がそれぞれのイメージを語る。まあ、アタシもやるまではそうなるだろうなって思っていたから、人の事を言えない。それで試合も終わるってところで、巴がシュートしたら……

 

「その……あまりのボールの速さに反応しきれなくて……華那の顔面にボール当たって、華那が倒れるって事件が発生しまして……」

 

「顔面!?巴さん。狙ったわけじゃありませんよね?」

 

「さ、ささささ紗夜さん!?あ、アタシがそんな事する人間に見えますか!?」

 

 部屋の温度が、一気にマイナスになったかと錯覚するぐらいの冷めた視線を巴に向ける紗夜さん。まさかの問いかけに動揺を隠せない巴。巴、動揺しすぎだし……。

 

「華那、そんな事、言っていなかったのだけれど……美竹さん。その後、どうなったのかしら?」

 

「あっ、はい。顔面にシュート受けた華那は倒れちゃって、みんな集まって様子見に行ったんですけど……気絶しちゃってて……。先生も慌てて授業終了させて、皆で華那を保健室に運ぶ事になったんです」

 

「気絶って……華那の奴、大丈夫だったんだよな……?」

 

「昨日、蔵練に来てくれてたから大丈夫じゃないかな?あっ、有咲。心配してるんだ?」

 

「ば、バッカ!心配するに決まってんだろ!!顔面って事は頭だぞ!頭!後遺症とか残ったら大変じゃねぇか!!このバ香澄!!」

 

 と、夫婦漫才をする二人は置いといて、アタシはその後の話しをする。保健室に運んで、大崎先生に見てもらい、病院に行くまでに事じゃないとの診断結果を聞いてみんな安心していると、華那が無事に目を覚ました。

 

「その際、巴がもう泣くんじゃないかってぐらいの勢いで華那に謝っていたんですよ」

 

「ちょっ!?蘭!それ言う必要ないだろ!?」

 

 その時の様子を思い出して、アタシは小さく笑いながら話す。すると、巴が慌てた様子でアタシにツッコミを入れてきた。いやだって、あの時の巴、今思い出しても凄い必死だったから。嫌われるんじゃないかって、勝手に思い込んでいたみたいだし。

 

「いやだってさ……授業中の事故とは言え、顔面だぞ?顔面。いくら温厚な華那でも怒ってるって思っちゃってさ……」

 

 右手で頭を掻きながら、バツが悪そうに言い訳をする巴。それを見てみんなが笑う。巴心配しすぎ。華那がその程度で怒るわけないよ。それを巴に言うと、山吹さんがウンウンと頷いて、笑みを浮かべながら

 

「そうそう。華那が怒るとしたら、華那の大切な人達が馬鹿にされた時だよ。だから巴。安心しなよ」

 

「沙綾……。そう……だよな……。あの時のアタシ。気が動転しててさ……」

 

「まあ、そうなるでしょうね。ですが、華那さんの顔にボールを当てた事実に関してはきちんと()()()をしないといけませんね……巴さん。分かっていますよね?」

 

 と、机に両肘をついて威圧感を放つ紗夜さん。いや、ちょっと待って。なんか「お話し」の部分がちょっとニュアンスが違うような気がするのはアタシだけ!?

 いったい何が行われるのか不安を覚えたけれど、それを止めたのは湊さんだった。

 

「紗夜。そこまでにしておきなさい。華那が許しているのだから、私達がああだこうだ言う必要はないわ」

 

「ですが……いえ。分かりました。巴さん、威嚇するような真似をし、申し訳ありませんでした」

 

「いえいえ!アタシの方こそ、次から気をつけますから!」

 

 湊さんに注意された紗夜さんが巴に謝る。というかそこまでしなくてもと思いながら、アタシはまだ続く集会に身を委ねるのだった。華那の周辺に異常はないのを確認して、何かあったらすぐに通話アプリで報告するというのを確認して解散となった。

 解散してからアタシはつぐみに問いかけた。

 

「ねえ、つぐみ」

 

「なに蘭ちゃん?」

 

「『湊華那を見守る会』って言うより、『湊華那の可愛さを語り合う会』の方がシックリこない?」

 

「……蘭ちゃん。それは言わないお約束だよ」

 

「お約束なの!?」

 

 と、いうやり取りがあった。でも、みんなで華那の可愛いところ言い合ってるだけだったし……と思うアタシが悪い……?そんな事を考えつつ、アタシ達は帰路につくのだった。

尚、第八次集会の日程は来週との事らしいので、参加できるように日程調整しないと……。って、アタシ毒されてる!?と、アタシが気付いたのは、自室に入ってからだったのはまた別の話し。

 



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#30

「どう考えても、私の出番無さすぎじゃないと思わない!?華那ちゃん!!」

 

 CiRCLE隣接のカフェのテーブルを叩いて私にそう捲し立てたのは、現在話題沸騰中のアイドルグループ「Pastel*Palettes」(通称パスパレ)のボーカルである、まん丸お山のピンク担当、丸山彩さん。この間、日菜先輩と私の三人で、何故か写真撮影をして以来の来店なのだけれど、それにしてもこの荒れよう……どうしたんですか?

 

「だってだってだって!日菜ちゃんとかイヴちゃん、千聖ちゃんに麻弥ちゃんはセリフあったのに、私だけ会話した事になっていて、全く本文(物語)に関係ない所でセリフ一行あっただけ!最終的には、合計文字数が五十文字行くか行かないかって酷過ぎると思わない!?」

 

「彩さん、今日本当どうしたんですか!?何言っているか私、理解できないんですけど!?」

 

 と、テーブルをバンバン叩きながらメタ発言(抗議の声)を上げる彩さん。何言っているのか理解できない私は、そうツッコむしかなかった。というか、今日の彩さん荒れてるなぁ……。きっと撮影現場かどこかでストレス……溜ま……って……ガクガクブルブル。

 

「?どうかしたの華那ちゃん?顔色真っ青だよ?それに体震えてるよ?」

 

 自分の背後に立っている人物に気付いていない彩さんが、私の様子を見て首を傾げる。さて、ここで唐突ではありますが問題です。彩さんの目の前にはショートケーキとマカロン。そしてコーヒーの三品が並んでいます。これを見て彩さんに対して怒る人と言えば?はい、速かった松原さん。

 

「えっと……私の隣にいる千聖ちゃんかなぁ……」

 

「え!?……ド、ドーモコンニチハ、チサト=チャン」

 

 私と松原さんのやり取りを聞いて、まるで油が切れた人形のように振り向く彩さんは、真っ青な顔で、満面の笑みを浮かべて立っている千聖さんに挨拶をしたのだった。

 

「ドーモ、アヤチャン。チサト=デス。どうやら、お説教が必要みたいね?」

 

「ひぃっ!?」

 

 まるで肉食動物に追い詰められた小動物のように震えあがる彩さん。じ、自業自得だよね?そうだよね?と思いつつ、テーブルを挟んで彩さんの反対側に座った松原さんに注文を確認する。

 

「うーん……カフェラテとタルトにしようかな」

 

「カフェラテとタルトですね。千聖さん……は後で聞きに来ますね」

 

 千聖さんと彩さんを見て、私と松原さんは苦笑いを浮かべるしかなかった、いや。だって、まだ説教しているんだもの。アイドルとしての自覚が足りてないから、店員を困らせるような真似をしていた彩さんの言動、そして一般常識についてまで、様々な事を説教していた。

 あの、千聖さん。私はだいじょぶなので、そこま……いえ、何でもありません。じ、じゃあ、私。仕事に戻りますね。戻ろうとした時に、彩さんから「助けて」と視線を受けた気がしたけれど、気のせいって事にして、厨房へ戻った。ごめんなさい、彩さん。ああなった千聖さんは私じゃ止められません!

 

 手を一度消毒してから、カフェラテの準備をして、タルトは厨房の中にいる先輩の料理スタッフから声がかかるまで待機。しばらくして「華那ちゃん、準備できたよー」と、陽気な声で先輩スタッフさんからお呼びがかかったので、返事をしてタルトの乗ったお皿を受け取り、お盆にカフェラテとタルトをのせて松原さん達の席へ戻る。あれ?松原さん、彩さんの隣に移ってる?

 

「本当に分かっているのかしら、彩ちゃん?」

 

「ごめんなさい……ごめんなさい……」

 

 そのままUターンしたくなった私は悪くないと思うんですよ。って、彩さんが壊れたテープみたいに、下向いて同じセリフ繰り返しているんですけど!?も、戻りたい。で、でも、仕事(バイト)だから、そうもいかないのは理解しているので、小さく震えながら席へ向かい、松原さんの目の前に頼まれた商品を置く。

 

「お、お待たせしました。ご注文の商品です」

 

「あ、華那ちゃん。ありがとう」

 

 そんな状況下なのにマイペースなのか、満面の笑みで私に声をかけてくれる松原さん。いや、マイペースじゃない。慣れなんだろうな。ちょっと、遠い目になっているし……。そんな私に気付いた千聖さんが、柔らかな笑みを浮かべて

 

「華那ちゃん。私も注文いいかしら?」

 

「あ、は、はい!」

 

 慌ててオーダーを受ける私。そんな慌てた様子の私を見て、小さく笑いながら「慌てなくていいわよ」と、言ってくださる千聖さん。いや、さっきまでの説教していたのを見ていたから、私の方にまで説教が来るのではないかって思っていたから、身構えたというか慌ててしまった訳で……。いや、そんな事、本人に言える訳ないですけどね?

 注文を受けて、再び厨房へと戻ってオーダーを伝える。商品はコーヒーと松原さんと同じタルト。準備して持っていこうとした時に先輩スタッフさんに声をかけられた。

 

「華那ちゃん!今暇だから、お友達来てるんでしょ?ちょっと休憩してきていいよー」

 

「え……でも……」

 

「大丈夫大丈夫。忙しい時間過ぎたから、ちょっとぐらいならいいよ。怒られるの私だし!」

 

 満面の笑みを浮かべて右手の親指を立てる先輩スタッフさん。それだいじょぶじゃないですよね!?

 

「いいからいいから!少し休んできてねー!」

 

 持ち場に戻る先輩。どうしようとも思ったけれど、先輩のせっかくのご厚意だし、甘えておこう。というか、甘えておかないと「仕事しすぎ!」と怒られる事が以前あったからね。あくまで私バイトで、下っ端という事をよく理解しておかないといけないからね。

 

「はい、お待たせしました。コーヒーとタルトです」

 

「ありがとう、華那ちゃん」

 

 と、柔らかい笑みを浮かべてくださる千聖さん。本当、女優って表情を使い分けられるのだと改めて思った瞬間だった。視界の片隅で、小さくなっている彩さんの事は気にしない。気にしたら、火の粉が私の方に降り注ぎそうだから。

 

「あれ?華那ちゃん、エプロン脱いでるけど、どうしたの?」

 

 先ほどまで着ていたエプロンが無い事に気付いた松原さんがそう問いかけてきたので、先輩スタッフさんから、ちょっと休憩してきていいよと言われた事を伝えると

 

「そうなのね。なら、私の隣に座ったらどうかしら。華那ちゃん?」

 

「え……と……」

 

 千聖さんの誘いにどう反応していいか悩んでしまう私。だって、千聖さんも彩さんも、プライベートで来てるわけだから、友達である松原さんと親交深めた方がいいと思ってしまったから。その為、助けを求めるように松原さんを見れば、笑みを浮かべて

 

「うん。その方が席のバランス取れるもんね」

 

「……お邪魔します」

 

 もう座る事前提で話しが進んでいたので、私は会釈をしながら千聖さんの隣に座る。優雅にコーヒーを飲む千聖さんと、ニコニコ満面笑みの松原さんの会話に入りながら、未だに会話にすら復帰できていない彩さんを心配する。

 

「そうそう、華那ちゃん。ここにあるマカロン食べていいそうよ」

 

 そう、微笑みを浮かべながら、マカロンが五個ほど盛り付けられているお皿を私の前に置く千聖さん。えと、これって彩さんが注文されたものだと思うのですけど……

 

「彩ちゃん、ちょっと食べきれないって言っていたのよ。ね、花音?」

 

「う、うん。そ、そう言ってたよ」

 

 松原さん……無理に話し合わせなくても……いえ、その気持ち十分理解できちゃうんで気にしないでください。なら、もらいますね?……彩さんにはあとで代金渡しとこう……。

 

「そういえば、華那ちゃん。私、気になっていたのだけれど、彩ちゃんとはいつ知り合ったのかしら?」

 

 食べている途中に、千聖さんからの突然の問いかけに私は食べていたマカロンを飲み込んで、しばし考えてから

 

「あー……彩さんと知り合ったのは、バイト始めて数日後経ってからですよ」

 

「聞いてもいいかしら?」

 

「あ、私も聞きたいかな。ダメかな?」

 

 千聖さんは両肘をテーブルにつけて、手を組んで違和感が滲み出てしまっている笑みを浮かべ、松原さんは本当に興味津々な感じの自然な笑み――と、いう対照的な笑みを見せて私に言ってきた。これは話すしかないなと、私は素直に話す事にした。彩さんにこれ以上被害いかないように心掛けながら――

 

 

 

「すみませーん」

 

「はい!只今伺います!!」

 

 昼のピークが終わって、先輩スタッフの人達と談笑していた時に、注文の声が聞こえたので即座に反応してそのテーブルへと向かう。手を挙げていてくれて、どのテーブルのお客さんかが分かった。気遣いできる人だなぁって思いながら接客をしようとして気付いた。あ、この人――

 

「お待たせいたしました。ご注文お伺いいたします」

 

「えっと……アイスコーヒーと、このイチゴのショートケーキと、マカロンを各一皿ずつお願いします」

 

 注文をスラスラ言うピンク色の髪の女性。テレビでよく見た事のある人だったので、驚いてしまったけれど、今は仕事中なので気付いてないフリしとかないと……。それにこれってプライベートだから声かけちゃいけないだろうし……。

 私が接客対応していたお客さんは、今注目のアイドルバンド、Pastel*Palettesのボーカル担当の丸山彩さんだった。あくまで表面上は冷静に対応しながら、心の中では「うわー、本物だー。パスパレの丸山彩さんだー」って、ミーハー丸出しな言葉を呟いていた。先輩スタッフの方々に言うわけにいかないし、プライベートで来ているなら、ファン対応するのも嫌だろうしね。

 よし、通常の接客で行こう!と、心の中で決めて、商品を持っていったら、丸山さん若干落ち込んでいた。何かあったのかな?と思いながら、

 

「お待たせいたしました。アイスコーヒーとショートケーキとマカロンです」

 

「あ、ありがとうございます!」

 

 さっきと同じような笑みを浮かべてくれた丸山さん。んー……どうしたんだろう?何か嫌な事でもあったのかな?そんな事を思いつつ一礼してから席を離れた。その際、小さな声で

 

「やっぱ気付かれないかぁ……」

 

 って、聞こえた。うーん……これは声かけてあげた方が本人喜ぶのかなぁ?ファンかと言われれば、ミーハー寄りのファン。デビュー当時から支えている人に比べたら詳しくはないけれど、丸山彩さんってアイドルの事は好きかと聞かれれば、好きなアイドルだと答える。

 まあ、心の奥底からファンだ!って言えるのはあの三人だけなのだけれど……。だから、声をかけるのはおこがましいというか、本当のファンの人に失礼だと思うし、丸山彩さん本人にも失礼だと思うんだよね。うん。だから、私が話しかけないのは間違ってない。そう、自分に言い聞かせながら仕事を続けて、終わりの時間を迎えた。

 

「お疲れ様でしたー」

 

「はーい。華那ちゃん今日もお疲れー!!」

 

 帰り際、会う先輩スタッフの皆さんにお疲れさまでしたと言いながら、帰ろうとする私。あ、先輩!さりげなく撫でるのやめてください!!私、そこまで子供じゃないですよ!!と、抗議の声を上げるも、笑って誤魔化されてしまった。むー……確かに大人から見れば、高校生も子供って部類ですけど、私にしている事が幼稚園と小学生に対する行動ですよね。もう……。

 そう思いながら帰り道を歩いていると、道の端にしゃがみ込んで猫と戯れている丸山彩さんを見つけてしまった。えと……こんなところで猫と戯れていて、だいじょぶなんですかね?パパラッチとか、週刊誌の皆さんとかいないんですか?あ、これもしかして番組の撮影!?

 

「猫ちゃん……私そんなに芸能人オーラないかなぁ……」

 

「みゃおん?」

 

 猫を撫でながら呟く丸山さん。あー……これは聞かなかった事にしてあげた方がいいと思うのは私だけでしょうか。そう思いつつ、どうしようかと考えていたら、丸山さんと目が合ってしまった。あー……これは逃げ道無くなったよね!?

 

「猫、可愛いですね」

 

「え……あ、うん。猫可愛いよね」

 

 丸山さんの隣にしゃがみ込み、猫の話題で話しかけた。丸山さんが撫でていた猫は、時々CiRCLEの入り口でコロコロ転がっている黒猫ちゃんだった。ああ、君だったのね。と、黒猫ちゃんを一撫でしてから、

 

「それで、パスパレの丸山彩さん……であってますか?」

 

「え……あ、うん!丸山彩だよ!って、気付いてくれたの!?」

 

 と、突然手を握ってくる丸山さん。わっ!?そ、そこまで驚く事ですかね!?

 

「だってだってぇ……誰にも気づかれなかったんだもん……」

 

 ちょっと涙目の丸山さん。あー……確かに芸能人なのに誰にも気付かれないって寂しいかもしれませんけど、とある有名Rockユニットのヴォーカルさん*1なんて、眼鏡かけて都会のど真ん中に行っても誰も気づかなかったという伝説ありますからね?

 

「そうなの!?でも……やっぱり気付かれたいなって、思うんだよね……」

 

 私が知っている有名人物のエピソード話しを聞いて驚く丸山さん。気持ちは分からなくもないけれど、やっぱり芸能人だから、気付かれた時のリスクを考える、気付かれない方がいいんじゃないかなって伝える。丸山さんが怪我とかしたら、それこそファンの人が悲しむから。

 

「……そこまで考えてなかった」

 

 目に見えて落ち込む丸山さん。まずい!これじゃあ、一般人の私が説教したような感じだよ!?あ、あくまで、私の考えですから、気にしないでください!

 

「ううん。自分の視野の狭さに気付けたよ!ありがとう!……えっと?」

 

「あっ……私、湊華那です。先ほどまでいらっしゃったCiRCLEのカフェでアルバイトしていた高校生です」

 

「あっ!さっきの店員さんだったんだ!って、高校生!?」

 

 私をマジマジと見て、気付いた丸山さんは、私が高校生という事に驚いていた。いや、分からなくはないんですけど、やっぱり……その、傷つくというか、ちっちゃいからかなぁ……。と、若干落ち込んでいると、丸山さんが慌てた様子で

 

「ご、ごめん!その、悪気があって言った訳じゃなくて――」

 

「あ、だいじょぶですよ。言われ慣れていますから……」

 

「大丈夫じゃない!?」

 

 黄昏れながら猫を撫でる私を見て、そんな反応をしてくださった、丸山さん。その後、私が丸山さんの事は知っているけれど、本当の意味で、ずっと応援しているようなファンではない事を伝えたのだけれど

 

「それでも、私の名前知っていてくれた事と、応援してくれているなら、私のファンだよ!」

 

 そう言って、写真を一緒にとって、サインまでくれたのでした。申し訳ない気持ちでいっぱいだったのに、今度一緒にお茶しようね!と言って、連絡先まで教えてくれたのだけれど、ちょっとプライベート緩すぎませんかね!?と、ツッコんだら

 

「え?だって、華那ちゃんと私、友達でしょ?」

 

「ちょっと、何言ってるか分かりません」

 

 多分、そう言った時の私の表情は、素の表情になっていたと思う。だって、出会ったばかりなのにもう友人とはこれいかに!?

 

「うーん。なんて言うか、私のプライベートの事まで考えて、黙っていてくれていたんでしょ?そこまで考えてくれる一個下の子となら、友達になりたいなーって……ダメ?」

 

「……分かりました。丸山さんがそれでいいなら」

 

「やった!よろしくね、華那ちゃん!」

 

 と、私の両手を取って喜ぶ丸山さん。それが、私と丸山さん――この後、すぐに彩さんと呼ぶ事になった――の出会いでした。本当、丸山さんのファンが見たら襲われそうな不安が未だにある訳ですが、千聖さんどう思います?

 

「大丈夫よ。そうならないように、私の方で事務所にお願いしてあるから」

 

「え……事務所って、どういう事ですか!?」

 

 まさかの発言に驚きを隠せない私は、そう言って頭を抱えた。いや、だっておかしいでしょ!?私一般人。千聖さん、彩さん、芸能人。おかしいと思うよね!?

 

「アハハ……華那ちゃん……諦めも肝心だよ?」

 

「松原さん!?」

 

 と、苦笑を浮かべた松原さんが諭すように言ってきたけれど、私にとってはまさかの裏切りですよ!?

 

「千聖ちゃん、いざという時は事務所の芸能科に所属してる扱いって聞いたけど?」

 

「ちょっと彩さん!?初耳なんですけど!?」

 

「うふふ。最初は、そういう話しだったのだけれど、ご家族の方から『うちの華那はアイドルにはさせない』って否定されちゃったのよね」

 

「……どうして、私の知らないところで話しが進むんですかねぇ!?」

 

 千聖さんの発言に私は頭を抱えるしかなかった。ってか、うちの家族でそんな事を発言するの、姉さんぐらいしか思い浮かばないのですけど!?

 

「あ、ちなみにさっきの発言者は華那ちゃんのお父様よ」

 

「お父さん、何に言っているの!?」

 

 そう言ってテーブルに突っ伏す私。そもそも、私。今のところアイドルとかになろうとは思ってないないですからね!?

 

「えー……華那ちゃんなら、凄いアイドルになれると思うんだけどなぁ」

 

「そうね。性格は真面目だから、スキャンダルの恐れはない。可愛らしさでも十分芸能界で通用するわね」

 

「華那ちゃんならできると思うよ?」

 

 と、まさかの三人から、お墨付きを頂くという緊急事態。いや、私なる気全くないですよ!?そう話していると、休んでいていいよと言ってくださった先輩スタッフさんから声がかかったので、私は仕事へ戻ったのだった。あ、仕事終わってから、彩さんにマカロン代をきちんと払うのは忘れなかったよ!

 尚、帰ってから、今回千聖さんから聞いた件で、たまたま家にいたお父さんと大いに揉めたのだけれど、姉さんに一喝されて終わった。「華那の言い分は分かるけれど、家族として心配だったのだからそれでいいでしょ?」と言われたらそれまでです。はい……。

私、大学進学とか、将来決める時、家族だけでなく、色々な人と揉めそうだなと思った出来事なのでした……。なんでよ……。

 

*1
ニューアルバム発売時に、AR限定予約購入特典キャンペーンを行い、実際その場所(都会のど真ん中)に行ったのに、誰にも気付かれなかった



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#31

 水曜日の朝。その日、湊友希那はいつも通りの朝を迎えていた。朝六時に起床し、まだ眠気が残る頭で自室の扉を開け、いつも通り階段を降りてリビングへ向かい、母親に挨拶しようとして思い出した。昨日から、両親は出張で夕食後から家を空けている事に。

 でも、いつもの朝なら友希那が溺愛している妹の華那が朝食の準備をしているはず。なのに今日は華那の姿が見えない。華那が寝坊というのは珍しいと思うと同時に、胸騒ぎがする友希那。なにか嫌な事が現在進行形で起きている。そんな胸騒ぎが――

 

 その後の友希那の行動は素早かった。まだ起きてきていない華那の部屋へ足を向けて、扉の前に立ち、控えめに扉を二回叩いてから華那の名を呼んだ。しばらく待つも返事は無く、時間だけが過ぎていった。もう一度扉を叩き、華那に「入るわよ」と断りを入れて部屋に入る友希那。

 部屋に入った友希那は、まず華那が寝ているはずのベッドに目を向ける。ベッドは部屋に入って左側に設置されており、ベッドには華那が眠っている姿があった。

 

 華那の姿を見た友希那は、華那がいる事にホッとするも、遠目から見ても華那の様子がおかしい事にすぐに気付き、華那を起こさないように近づく。眠っている華那が少し荒い呼吸をしており、かなり苦しそうな表情を浮かべていた。

 

「華那……触るわよ?」

 

 と、眠っている華那に断りを入れ、自分の右手で華那の額に触れる友希那。異常な熱を感じ、慌てた様子で華那の名を呼ぶ。荒い息をして眠っていた華那がゆっくりと目を開けるが、目の焦点は定まる事はなく、ゆらゆらと揺れており、体調が悪いのは一目瞭然だった。

 

「おねー……ちゃん……?あ、ごめん……今……起きるね」

 

 熱がある状態だというのに起き上がろうとする華那を、止める友希那。だれがどう見ても動くだけでも辛そうなのは明白だった。

 

「大丈夫……なわけないわね。今、体温計持ってくるから、そのまま寝ていなさい。いいわね?」

 

「うん……」

 

 華那は諭すような口調の友希那の言葉に、小さく力なく頷いて目を閉じる。かなり体調が悪いのは自覚しているようで、横になって起きているのも辛いように友希那には見えた。傍にいたいという気持ちを抑え、急いでリビングに戻ってきた友希那は体温計を棚から取り出してから、冷蔵庫のあるキッチンへ向かう。ただの風邪にしては症状が重いように見える華那の状態。病院に連れて行くのは確定にしても、今は水分補給のできる物を持っていくのが先決だという判断を友希那は下していた。

 冷蔵庫を開けて、すぐさま友希那の目に飛び込んできたのは、スポーツドリンクの入ったペットボトルだった。それを取り出して、冷蔵庫を閉めて急いで華那の部屋へ戻る。戻ってすぐに体温計を華那に渡そうとするも、華那の様子を見た友希那は、自分でやった方がいいと判断して動く。

 

「華那、痛かったら言うのよ?」

 

「う……ん」

 

 と、力なく頷く華那に危機感が生まれる友希那。普通の風邪ならここまで酷い状態になるだろうかと。華那が風邪をひく事は、小さい頃から多くあった。幼い頃は、その度に母親と一緒に病院に言った記憶がある友希那。だが、ここまで酷かった記憶はない。

 病院に連れて行くとしても、公共交通機関かタクシーを呼ぶの二択しかない。ただ、できる限り華那に無理させるのだけは避けるべきだと考え、タクシーを呼ぶしかないと友希那が考えていると体温計が「計測、終わったぞ。さっさと結果を見ろー」と催促するように甲高い電子音で友希那を急かす。

 友希那は華那に断りを入れてから、体温計を華那の腋から取り出す。

 

「……39.1℃!?華那、今すぐ病院に行くわよ」

 

「うん……()()()……()()()

 

 と、無理をしたような笑み――いや、実際問題。無理をしているのだが――を浮かべて()()()()()()()()()()つもりの華那。小さくため息を吐いた友希那は、右手を額に当ててどうしたものかと考える。

 とにかく無理矢理にでも華那を病院に連れて行き、診察してもらうのは友希那の中では確定事項だった。ただ、華那がそれを良しとするかどうかと、タクシーを呼ぶにしても、自分一人だけで病人である華那を連れて行けるか、不安になる友希那。

 

 その時、玄関に設置されているチャイムが鳴る音が聞こえた。こんな朝早くから誰だろうかと疑問を抱きながら、友希那は華那に寝ているように伝え、玄関へと急いで向かう。どちら様かと友希那が玄関の扉越しに問うと、聞き慣れた声が聞こえてきた。

 

「ゆっきなー。おっはよー!アタシだよー」

 

 隣の家に住む今井リサの声に友希那は安堵するも、状況が状況なので、玄関を開ける。そこには制服姿のリサが右手を振って立っていた。リサが朝早くから湊家に来た理由――それは、先日の夕方に友希那たちの母親から朝食と夕食についてお願いされていたからなのだが、それを知らない友希那はリサを家に上げる。リビングまで来た時にリサが不思議そうに口を開いた。

 

「あれ?友希那。華那は?」

 

 友希那はその問いに一瞬戸惑う。本当のことを言うべきか、それとも誤魔化すべきか。ただ、リサに対して誤魔化しは有効な手段ではない事を嫌というほど知っている友希那。考えるのもそこそこに、本当の事を淡々と、それでいて簡潔に伝える事にした。

 

「……風邪でダウンしているわ」

 

「風邪!?大丈夫なんだよね?」

 

 それを聞いたリサは慌てた様子で友希那に問う。リサにとって、血は繋がってはいないが、華那は大切な妹分。その妹が風邪をひいたとなれば心配しないわけがない。

 

「それが……」

 

 友希那にしては珍しく、リサに頼ろうとしていた。いや――華那の事が心配で周りが見えなくなりつつあるのか。友希那の心情は正確には分からない。友希那は、リサに華那を病院に連れて行きたいが、タクシーにしても負担がかかるのではないかという不安を伝える。

 

「友希那。ちょっと待ってて!うちの母さん休みだし、車出してもらえるか頼んでくる!!」

 

「え、あ、ちょっとリサ!?……もう」

 

 友希那が止める前に湊家から出ていくリサ。リサにとって、華那という存在は大切な妹分。その妹分が苦しんでいる。なら何かしないと――と、冷静に考える前にリサは動いてしまったのだった。

 友希那はそのリサの行動の速さに呆然と立っていたが、すぐに再起動し、華那の部屋へと急いで戻る。扉を開けた友希那の視界に入ってきたのは、制服に着替えようとしている華那の姿だった。

 

「華那!?」

 

「あ……おねーちゃん……だいじょぶ……だよ?おねーちゃん……マスクしたほうが……いいよ?」

 

「いいから寝てなさい!」

 

 華那の両肩に手を置いて、ベッドに誘導する友希那。まさか自分がリサと会話している間に起き上って、制服に着替えようとするだなんて、誰が想像するだろうか。そもそもな話し、39.1℃の熱があった華那。立ち上がるだけでもかなり辛いはずだ。それなのに立ち上がって着替えていたのは、姉の友希那に心配をかけたくなかったからか。それとも――

 

「おねーちゃん……ごめんね……」

 

 ベッドに横にしてもらった華那が謝罪の言葉を口にする。やはり熱で意識が朦朧(もうろう)としているのか。いつもは「姉さん」と呼ぶ華那が、小学校頃の呼び方に戻っていた。友希那は華那が安心するように、右手で華那の頭を撫でながら

 

「気にしないでいいわ、華那。だから、今はゆっくり休みなさい」

 

「う……ん」

 

 着替えようとしただけで疲れてしまったのか。華那はゆっくりと目を閉じて眠ってしまった。華那が眠った事に少しだけ安心する友希那。正直、起きているだけでも辛いはずで、体力の消耗を考えたら、横になっていてくれた方が友希那としても安心できるからだ。

 

「でも……どうしたものかしら……」

 

 病院に連れて行くにしても、友希那が華那をおんぶして連れて行くわけにいかない。それでは病院につくまでに時間がかかりすぎる。やはりタクシーか。そう考えていた時に、盛大な音を立てて華那の部屋の扉が開いた。

 

「友希那!母さんオッケーくれたよ!!」

 

「り、リサ!静かに」

 

「え?……あ、ご、ごめん……友希那」

 

 元気よく入ってきたリサに慌てて注意する友希那。リサは最初、状況を把握できなかったが、華那が眠っているのを見て友希那に謝った。いくら慌てていたとは言えど、病人(華那)が眠っている事ぐらい頭に入れておけばよかったと反省するリサ。

リサは友希那に状態を確認して、学校に休む事を連絡しておいた方がいいと伝えつつ、自分自身も病院について行くつもりのリサ。やはり華那の事が心配で、今も眠ってはいるるけれど、苦しそうな表情を浮かべているのを見てしまうと、自分もついて行ってあげたいという気持ちが、リサの中で強くなっていた。

 だが、そんなリサの気持ちを知っていてか、それとも知らずにか友希那はリサに学校に行くように話しを進める。

 

「今日も通常授業よ。なら、クラス違うと言っても、リサには授業内容を取っておいて欲しいのだけれど」

 

「うう……わかったよ。でも、連絡はしてよ?アタシも、華那の事、心配なんだから」

 

「ええ、分かっているわ。それと()()()()()()()()()()のだけれど」

 

 右手人差し指を顎に当て、若干首を傾げるような仕草を見せる友希那。リサも同じように首を傾げる。友希那からお願い事をされるとは思っていもいなかったからだ。身構えるまでとはいかないが、内心で何をお願いされてもいいように心を落ち着かせるリサ。そんなリサの内心を知らない友希那は、淡々とした口調で

 

M()K()M()()()()()()()()()()()()()()()()()()に止めて欲しいの」

 

「あー……分かったよ。友希那。紗夜と協力して、食い止めて見せるね!」

 

 友希那に言われて、すぐさま湊家に突撃してきそうなメンバーがすぐに思い浮かんでしまったリサ。特にポピパの二人と、アフグロの二名が危険人物としてすぐさま頭をよぎってしまった。それ以外は比較的まだ大人しいかなぁ?と思いつつどう食い止めるか作戦を考える。

 

「ええ、お願いねリサ」

 

 と、真剣な眼差しの友希那。それだけ華那の事が心配なのだろう。見舞いに来てくれたと知れば、華那の事だ。無理をしてでも会おうとするだろう。というのが友希那の考えだった。だから、できる限り見舞いはお断りする方向に持っていきたかったのだった。

 

 その後、リサが作ってくれた朝食を口にしてから、学校に華那が体調不良で休む事、両親が出張中の為、友希那が病院に付き添いで行くので自分も休む事。それらを既に学校に出勤していた自分の担任に伝える友希那。

 授業中の態度(よく歌詞を書いている為)はともかく、学校行事やクラス会等の参加は積極的ではないとはいえ、きちんと参加しているので、担任もすぐ信用してくれたようで、逆に車を出そうかと提案を受けたぐらいだった。

 

 隣の家の今井家母が出してくれる事を伝えると、華那の様子を見てでいいから、明日も休んでも構わないと言って、華那の担任にもきちんと伝えておくと言って、友希那の担任は電話を切った。

 

 八時過ぎ。リサの母の運転する車に眠ったままの華那を乗せるも、ぐったりとして目を閉じて荒い呼吸をしている華那。友希那はその華那の隣に座り、華那の左手を優しく握る。リサの母に「お願いします」と伝えて、病院に向かってもらう友希那。病院に着くまで華那の手を握り続けた。

 

 

 

 友希那と華那がリサの母が運転する車で病院に向かっている同時刻。学校では、いつもならすでに教室にいるはずの華那がいない事に、華那の所属クラス内では大騒ぎになっていた。

 

「ちょっと、山ちゃん。華那ちゃん来てないけど知らない!?」

 

「私も知らないよー!?めぐちーは!?」

 

「めぐちー言うなぁ!!私も知らないよ!美竹さんは!?」

 

「い、いやあたしも知らないし……」

 

 すさまじい勢いで聞いてくる山ちゃん(本名山梨(やまなし)紗耶香(さやか))達に、二歩三歩と後退りしながら答える美竹蘭。蘭も先ほどからスマホのアプリで華那に連絡を入れてはいるが、既読も返信も電話も無く困惑していた。バイトしている時を除いて、華那なら数分内に既読や返事をしてくるからだ。

 だが、いくら待ってもそれが無いという事は何かあったのか――と、不安を覚える蘭のスマホが震える。華那からかと思って画面を見れば、MKMのグループメッセージが届いた通知だった。送った人間が誰かを確認すればリサからで、華那が高熱でダウンしたので、学校を休んで姉の友希那が連れ添って病院に行く――との事が書かれていた。それを読んだ直後に新たなメッセージをリサが送ってきて、華那の容体が安定するまでは見舞いしないようにとの事だった。

 尚、破った場合はMKMからの強制脱退を示唆する内容だったのだが、そこまでするか――と蘭が思ってしまうのは仕方ない事だろう。

 

「蘭ちゃんどしたー?」

 

「……華那、風邪で病院行くみたいで学校休むって」

 

 スマホを見て、眉間にしわを寄せていた蘭の様子を見ていたクラスメイトの山ちゃんが呑気な声で聞いてきた。蘭はリサのメッセージに頭痛を覚えつつも、山ちゃん達に華那が風邪ひいて病院に行くから、今日来ない事を伝えると教室内に悲鳴にも似た声が響き渡った。

 蘭は手で耳を塞ぐも、若干塞ぐのが遅れてしまい、響き割った教室内の声で頭痛がひどくなった。

 

「華那ちゃん休み!?しかも風邪で病院!?みんな見舞いに行くよ!」

 

「ちょっ、めぐちー!全員で行ったら迷惑でしょ!」

 

「私、代表で行ってくる!」

 

「あ、山ちゃん抜け駆け使用だなんてズルい!!」

 

 と、あっという間に教室内が混沌(カオス)に包まれた。誰が見舞いに行くのか、果物とかかってきた方がいいか、それ以前に病院に突撃すべきじゃない?と、過激な発言まで飛び出しており、この混沌を止められる人間はいないのではないかと蘭が思った時だった。

 

「はーい、騒がしいのはいいけどホームルーム始めるからねー。自分の席に戻りなさーい!」

 

 と、クラスの担任教師である上条教員が入ってきた事によって、この混沌は急速に収束する事となった。全員が各々(おのおの)の席に座ったことを確認し、出席を取り始める上条教員。出席を取り終えてから、華那が病気の為欠席する事を全員に伝え

 

「ただの風邪みたいだけど、無理すると悪化する恐れもあるので、今日はお見舞いに行こうとか考えないように。明日以降なら連絡があったら許可出すからね。いい、わかった?もし破ったら、大量の課題出すからね!」

 

「かみやん、横暴だぁ!!」

 

「かみやん、それはないよぉ!!」

 

 と、上条教員の大量の課題についてブーイングが起きる。が、それ以外の上条教員が言っている事は全員納得していた為、すぐさまブーイングは収まった。そのやり取りを見ながら蘭は、病院へ行っているであろう華那の事を心配しつつ、今日は真面目に授業を受けて、華那の分もノート取っておかないと――と心に決めていた。

 後に、青葉モカは語る。「その日のらんはねー。気が立っていたーってわけじゃないんだけどー……かなり集中してたみたいだよー」と……。

 

 

 その頃、病院へ向かった友希那と華那は――

 

「それじゃあ、華那ちゃん。点滴するからねー。ちょっとチクッとするけど我慢ね?」

 

「はい……」

 

 ベッドに寝かされた華那の左手に点滴用の針が刺さり、薬が華那の体へ徐々に入っていく。点滴をする前に、華那が診断を受けた結果。ただの疲れからくる発熱との診断だったが、熱が高い事から点滴をする事となり今に至る。

 華那が寝かされているベッドの横に椅子に座り、心配そうに見守る友希那。リサの母は「点滴が終わる頃に迎えに来るからね」と言って、一度自宅へ戻っていった。仕事もしているのに申し訳なく思い、謝罪する友希那だったが、リサの母は「気にしなくていいわよぉ。お隣さんなんだし、華那ちゃんも友希那ちゃんも私にとっては娘みたいなものなのよ。本当、友希那ちゃんは気にしないでいいからね」と言って去っていった。本当に申し訳ない気持ちになる友希那。

 

「華那……」

 

「おねぇーちゃん?……ごめんね?」

 

 まだしんどい様子の華那だが、朝の状態からすれば少しまともになったようで、目の焦点が定まらないという事はなく、しっかりと友希那を視界に捉えて華那は謝る。自分のせいで学校に行けない、バンド活動に影響が出ると考えたからだろう。友希那はそんな華那の言葉に小さく首を横に振って

 

「華那、気にしなくていいわ。私がしたいからしているのだから」

 

「でも……」

 

「妹が熱出してるのに、心配しない姉なんていないわ。だから……今はゆっくり休みなさい」

 

 と、優しく声をかけながら華那の頭を撫でる友希那。撫でられるのが気持ちいのか、それとも熱で体が休めと訴えているからか、眠気が華那を襲ったかと思えば、数秒後には目を瞑って寝息が聞こえてきた。

 それを見て、安心して息を小さく吐く友希那。それと同時に昔の事を思い出していた。小さい頃の華那は、体が弱く、母親も仕事で一時的にいない時にこうやって一緒の部屋で手を握ってあげていた事を。少しでも早く華那の容態が良くなるよう祈っていた事を。

 

 昨年の疲労で倒れたといっても、高熱を出したわけでも病院騒ぎになった訳でもないし、女性特有の日もカウントしないにしても、ここ数年は病院に来る事はなかった。それに、ここ二年から三年はお互い、目標に向けて音楽活動をしていたので、華那が元々病弱だった事を失念していた友希那。

 

 きっと、今回はRoselia結成の為に駆け抜けて来て、新しい環境の高校生活に、慣れないバイトの疲れ――それらが一気に華那の体を襲ったのだろうというのが友希那個人の見解だった。もっと早く華那の容態に気付いてあげられていれば――自分がもう少し華那に無理をさせないようにしてあげられていれば――と、考えてふと友希那は気付く。華那のバイト先であるCiRCLEの月島まりなにしばらくバイトを休む事を連絡しなければいけない事に。

 華那がこんな状態なので、代わりに連絡をしようと立ち上がろうとしするが、華那の事が心配な友希那はどうしたものかと考える。点滴が終わるのは二時間後。今の時間は十時前。まだ、CiRCLEの方も開店準備で忙しいだろうから、点滴終わってから連絡したほうがいいと判断した友希那は椅子に座り直す。

 点滴が終わるまでの二時間。友希那は色々と考える。今作っている楽曲の事。Roseliaの事。華那を無理させない事。そして自分と華那の夢の事……。様々な考えが浮かんでは消えていく。

 

 その状態で二時間。長いようであっという間に時間は過ぎ、点滴は無事に終わった。華那の容態が唐突に良くなるという事はないが、それでも病院に来る前に比べれば、いくらかよくなったように見受けられた事に、安堵する友希那。

 治療費やら診察料の精算を終え、迎えに来てくれたリサの母の運転する車に乗り込んで自宅へ向かう友希那と華那。少し容体がよくなった華那がリサの母に感謝の言葉と謝罪の言葉を伝えていた。リサの母は笑いながら気にしなくていいと伝え、前を向いて運転していた。

 

「姉さんもゴメンね……学校あるのに」

 

「気にしなくていいわ、華那。お医者様にも言われたけれど、今はしっかりと休養する事。それだけ考えてなさい」

 

「……うん。分かった」

 

 渋々と言ったような感じで友希那の言葉に頷く華那の様子に小さく笑う友希那。正直、疲れからくる発熱でよかったと、診察を受けた時に友希那は思っていた。ただこの時、きちんとした検査を華那にさせなかった事。それを後悔する事になるだなんて、この時友希那は思いもしなかった――

 



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#32

 高熱の風邪をひいた――と、姉さんから聞かされたのは当日の夕方だった。というか、それ以前の記憶が全くなくて困っているんですけど!?あ、体温計が鳴った。何度だろうと腋から取り出そうとしたら、姉さんは私が動く前に動いて、体温計に表示されている数字を読み上げた。

 

「37.0℃……ね。平熱に近くなってきているけれど、まだ無理はしてはダメよ」

 

「え……でも夕食の準備ぐらいなら「ダメに決まっているでしょ」あう」

 

 私がベッドから降りようとすると、姉さんに両肩を掴まれて、強制的に寝かされてしまった。母さんも父さんもまだ出張中だから、こうなると必然的に姉さんが料理をするしかないのだけど――

 

 

姉さんの料理は壊滅的――

 

 

 という現実が待ち受けていて、私の病状が悪化する未来しか見えない。あ、でも、学校の家庭科で料理する時間あるから、そこで基礎を学んでいれば――ごめん。そんな簡単に基礎覚えられていれば、ホットケーキを天ぷらみたいに揚げないよね。姉さん、音楽に(基本は)全振りだからなぁ。英語と国語は、歌詞書く時に必要だから勉強しているみたい……。

 

「あの……姉さん。そしたら誰が夕食作るの?」

 

 恐る恐る姉さんに聞いてみる。姉さんは私の問いに首を傾げる。どうしてそんな事を聞くのと言いたげ……そう。

 

「ああ、そうだったわね。華那、今日スマホ見ていなかったわね。安心しなさい。今、山吹さんとリサが準備してくれているわ」

 

「え?沙綾とリサ姉さんが?」

 

 思い出したかのように言う姉さんに、私は首を傾げるしかなかった。隣のリサ姉さんだけならまだしも、沙綾がなんでいるのだろう?

 

「山吹さんはKえ……Poppin’Partyの戸山さんと市ケ谷さん達が来るのを止めてくれたのよ。あの二人が見舞いに来たら、見舞いが見舞いじゃなくなるからって」

 

「あー……確かに」

 

 姉さんが何か言い直していたけど、あの二人が来たら夫婦漫才が始まっちゃうからね。仕方ないよね。うん。納得していると、部屋の扉を叩く音と沙綾の声が聞こえてきた。

 

「入って良いわよ」

 

「ちょっと、姉さん!?なんで姉さん答えるの!?」

 

「アハハ!さっきまで寝ていたから、心配したけど、その様子ならもう大丈夫だね、華那」

 

 と、私と姉さんのやり取りを見ながら入ってきた沙綾は、笑いながらそう言って近づいてき、自分のおでこを私のおでこに当てる。

 

「うん。熱少しあるぐらいだけど、顔色見るともう大丈夫そうだね」

 

「ええ。今さっき測ったら37.0℃だったわ。でも、明日も大事を取って休ませるつもりよ」

 

「その方がいいですね」

 

「えぇ!?だいじょぶだ「「じゃないわ(でしょ!)」」あふん」

 

 と、姉さんと沙綾の息の合った言葉に私は変な声を出すしかなかった。うう。明日は学校行くつもりだったのに……。それは一旦置いといて、沙綾にこんな時間に私の家にいてだいじょぶかと問うと

 

「大丈夫だよ。後でお父さんが迎えに来てくれる予定だから」

 

「そうなんだ。用意周到だね沙綾……」

 

 と、満面の笑みで答える沙綾に私はそう返すしかなかった。沙綾みたいな可愛い女の子が、夜遅くに一人で歩いていて何かあったら問題だし、私のせいで沙綾を危険な目に合わせることになっちゃうし……と、考えたけれど、沙綾のお父さんが迎えに来るなら問題ないね。……ないのかな?

 

「華那。後でいいからスマホ見ておきなさい。さっきから通知が凄い事になっていたわよ」

 

「あー……友希那先輩。やっぱりですか?」

 

「ほへ?」

 

 と、少し呆れた表情の姉さんと、予想通りだと言わんばかりに苦笑いを浮かべている沙綾。なんでスマホの通知が凄い事になっているんだろうかと、私は疑問に思いながら枕元に置いておいたスマホを見て驚いた。

 

「え?つ、つつ通知が二百六十二件!?」

 

 メッセージアプリの件数がインストールして以来、見た事もない件数に達していて、私は素っ頓狂な声を上げて驚くしかできなかった。あ、また増えた!?しかも十件も!?慌てて操作をしてメッセージを確認する。

 えっと、まず多いのがクラスのグループで、次が……蘭ちゃん!?一体全体、何送って……って、また増えた!?とりあえず、速攻で『今、熱測ったら平熱まで下がったから無事だよ!』と蘭ちゃんに送った。するとすぐさま

 

『ん。分かった』

 

 とだけ返ってきた。うーん蘭ちゃんらしいっちゃらしいけど、女の子としてはその返答はどうなんだろう。と、とりあえず、次はクラスのグループに返さなきゃ。

 

「華那、メッセージを返すのもいいけれど、夕飯の時間よ」

 

 と、呆れた表情を浮かべている姉さん。いや、だって、今こうしている間も通知が増えているんですけど!?というか、沙綾以外のポピパメンバーからもきているし、紗夜さんからもきているし……あ、今度は千聖さんから来た!?え?お説教が必要かしら?って、ナンデ!?ナンデ説教!?

 

「あ、アハハ……華那。とりあえず、平熱に下がったから大丈夫ですって送っておいたらどうかな?」

 

「そうする……」

 

 苦笑いを浮かべる沙綾の言葉に頷いた後、ガックシと項垂れる私。絶対、千聖さんに今度会ったら説教コースだよ……。しかも正座させられるんでしょ?逃げ場?そんなのあるわけがないよ……。そんなことを思いつつ話していたら、リサ姉さんがトレーにお椀を乗せて部屋にやってきた。

やってきたはいいけど、夕食用に作った卵おかゆだよと私に食べさせようとしてきた。いや、自分で食べられるから――と言おうと思ったら、姉さんと沙綾がリサ姉さんに同調するように、皆で食べさせようとしてきたので

 

「皆と一緒に食べたいなぁ……」

 

 と、呟いたら、今ここで食べると私が皆が食べている時に独りになるという事実に気付いてくれたようで、速攻で私はリビングに連行されていきまして、そこでよく漫画とか小説である、「あーん」って食べさせてもらうシーンをリアルでやる事になってしまいました。

 

「ほら華那、あーん?」

 

「あ、あ、あーん?」

 

 姉さん、なんでそんな無表情で食べさせてくるんですか。もう少し、緊張とか、恥ずかしそうな表情してもいいと思うのは私だけ?って、沙綾は沙綾で、ノリノリで食べさせようとしないで!

 

「でもさー、華那がここまで体調崩すのって小学校以来?」

 

 と、塩鮭(リサ姉さんが焼いたそうです)を食べながら聞いてくるリサ姉さん。麩とワカメの味噌汁(こちらは沙綾とリサ姉さんの合作との事)を飲んだ後に姉さんが

 

「そう……ね。去年も体調崩したけど、ここまで酷くはなかったわね」

 

 と、去年の体調不良を引き合いに出す我が姉様。それを聞いた沙綾が怒った表情を浮かべて私を見る。「私聞いてないんだけど?」って言いたげなのはすぐ分かった。いや、去年の夏は、暑さが原因だからね?今回は疲れ?って先生言っていたらしいし、今後気を付けるから。ね、ね?だから、そんな怒らないで沙綾!

 

「今度から華那のスケジュール管理したほうがよさそうね」

 

「そうですね。華那すぐ無理するから。こっちが心配になるよ」

 

「そうそう。バイトでもいつも一生懸命働いてるって聞いたぞー?」

 

 私が入る隙間もなく三人して会話を進めていっているけど、沙綾。沙綾に言われたくないよ!?沙綾だってすぐ無理しているよね!?と心の中でツッコミを入れつつ、今日病院からもらった薬を飲む私。苦い……。

 食事の後、お風呂に入りたかった私だったのだけれど、沙綾・姉さん・リサ姉さんの三人を論破する事はできなかったよ……。お風呂には入れなかったけど、体を拭くぐらいなら――という許可は得た私は、三人が襲ってくる(言い間違えに非ず)前に、自分で体を拭いたのだった。

 

 

 

 

「……暇だなぁ」

 

 次の日。結局、姉さんとリサ姉さん。そしてわざわざ電話までして、念を押してきた沙綾によって、私は今日一日ベッドの上でゴロゴロしている事となってしまった。いやだってさ、もう平熱なんだよ?なのに、

 

「また悪化するかもしれないわ。だから大人しくしておきなさい」

 

 と姉さん。

 

「華那ー?大人しくしてないと紗夜に言いつけるよー?」

 

 とはリサ姉さん。というか紗夜さんに言わないで!間違いなく怒られるパターンだもん!

 

『華那?無理したら本気で怒るからね?』

 

 と、すっごく低い声で言い放つ沙綾。背筋が凍るぐらいの低さで、本当に沙綾だよね?と確認したくなるぐらいだった。そういう事があったので、大人しくしているのだけれど……時間を見れば、まだ十時過ぎ。授業と授業の間にある短い休憩時間に、姉さんやリサ姉さん。クラスの皆やアフグロにポピパの皆などなど、多数の人から通知が送られてきて返信するだけでも大変だった。

 ま、まあ。昨日よりはマシかな?まさか千聖さんと紗夜さんから文章上で説教受けるだなんて思わなかったし、燐子さんは超速&長文顔文字付き文章で心配してくれていたし、クラスの皆は個性全開の中、「早く復帰して癒してー」とか書いてあったし……。

 

 って、私は癒し動物か何かか!?とツッコミを入れたら山ちゃんとめぐちーが「え?違うの?」とか書くもんだから、グループ内が笑っているスタンプでごった返して、えらい事になっていた。

 

 そんな事を思い出しながら、暇つぶしに溜まりに溜まっていた小説を読み進める。去年は受験だったし、今年入ってからはバンドメンバー探しで奔走していたからね。なかなか落ち着いて本を読むという事も出来なかったから、ちょうどいい機会だと自分に言い聞かせる。でも、圧倒的暇な現実は変わらない。

 

 小説もこんな状態だと、集中して読む事ができなくて、五十ページ読んだら休んでスマホ構って、また読んで休んでの繰り返しを三回ほど行う。うーん。ここまで集中力無かったかなぁ……と自分の集中力の無さに落ち込みながら時計を見る。あ、まだ十二時になってない。嘘でしょ!?

 

「ひーまー」

 

 読んでいた小説に栞を挟んで、ベッドの上で両足をバタバタさせる私。それで暇が解消するかと言えばそうじゃないのは理解しているし、体調崩した私が悪いから仕方ない事なのだけど……暇っ!!

 そんな時、スマホに何か届いた事を知らせる音が鳴る。なんだろうと思って見たら、クラスのグループ内に通知が一件。なんだろうと思って開いたら

 

「……もう。みんなして休み時間に何やっているの……たかが風邪だよ!」

 

 と、私は言いつつも、自分の頬が緩むのが分かった。だってそこにはクラスの皆が映った写真が一枚写っていて、「華那ちゃん早く学校に来てね!」って書いた大きな紙(横断幕的なやつ)を持った集合写真になっていたんだもん。

 私はデフォルメされた猫が爪とぎをしていて、その横に「準備中」って書いてあるスタンプを選択して送る。その直後、皆が可愛いスタンプ送付合戦になったので、通知がすさまじい事になってけど、私のせいじゃない!って現実逃避をしながらリビングへ向かう。ちょっと、喉が渇いたので水分を取りに。無理はしてないからだいじょぶだよね!?

 

 冷蔵庫の中にあったスポーツドリンクを取り出して飲む。その時も通知が鳴りやまない状況だったけれど、そろそろ授業再開だと思うから後で見ればいいかと思いながら、ちょっと早めの昼食を食べることにした。リサ姉さんが「消化にいいものにしておくねー☆彡」って言っていたけどなんだろうと思いつつステンレスの鍋の蓋を開ける。これは……具は入っているけど麺のないうどん?ん?蓋の裏面に紙が貼ってある?

 

『うどんは冷蔵庫の中に入ってるから、温める時にいれるように!byリサ』

 

 なるほど。麺が伸びるのと、麺が汁を吸い込んで、汁が無くなるのを防止するための処置だね。でも、蓋の裏に紙貼っとく意味あった!?と疑問に思いつつ、その紙を剥がして麺を具材の中に投入して火を入れて、しっかりと温まったのを確認して器に盛りつけてリビングで独り食べる。

 

 うーん。やっぱりこう、一人、家でポツンと食べるのは寂しいものがあるなぁ。そう思いながらテレビをつければ、国会中継がやっていたので、内容も確認しないまま速攻でテレビの電源を落として、静かにうどんを食べる。

 

 食べ終えてからスマホを確認したら、スタンプ合戦から何故か大喜利合戦に移行していて、何があったんだと私は頭を抱えた。というか、授業はどうしたの皆!?というツッコミを入れようかと思ったら、蘭ちゃんから個別に通知が来ていてそれを見ると

 

『先生の身内に不幸が合ったらしくて、急遽自習時間になったんだけど……これどうすればいい?』

 

 ときていた。私は再び頭を抱えながら蘭ちゃんに「鬱陶しいようなら通知切っておけばいいと思うよ」と返事を送ると「ん。わかった」とだけ送ってくる蘭ちゃん。まあ、蘭ちゃんまで大喜利に参加していたら、それはそれでアフグロ緊急ミーティング事案だよね。

 

 食器と鍋を洗い終えた私は部屋に戻って、ギターを昨日はまったく構ってないから、練習しようと決めて、ギターをアンプにつないで軽く練習を始める。まずはコード進行と指の準備体操。

 一日置いたからって上手くなっている訳がなく、逆に感覚が鈍っているような気がしてしまう。よし、こうなったら徹底的に基礎練習からやろう!ってなって練習を開始する。指の動きから、弦を押さえる指の感触を確かめるようにしながら反復練習。

 一時間ぐらいやった後、私が尊敬するギタリストの「華」「GO FURTHER」「#1090」を練習する。久々に「GO FURTHER」弾いたけど、ある程度弾けているかな?そう思いつつ一度休憩しようと思い一度ボリュームをゼロにして、アンプからコードを抜く。ギターで遊びながら時間を見れば二時過ぎていた。あれ?そんなに練習してたっけ?と思いながらスマホを確認する。……あ、姉さんからメッセージきてた。

 

『きちんとお昼食べたかしら?』

 

 姉さん……保護者か何かかな!?あ、でも姉だから保護……者……なのかな?うん?違うような気がするんだけどなぁ……。それはともかく、きちんと食べたよ!と返信しておく。その後も、何人かから来ていたのを返信しているうちに眠気が襲ってきて、気付いた時には私は夢の世界へと旅立っていた。

 

 で、私が眠っていたことに気付いた時。そこには両腕を組んで見下ろしている姉さんが無言で立っていた。眠っていたせいで上手く働いていない頭でどうしたのと問うと

 

「華那……無理はしないようにって言ったのに、なんでギター抱いて眠っていたのかしら?」

 

「むにゅ……?ぎたー?」

 

 目を擦りながら首を傾げる私は、ベッドを見る。……あれれー?おかしいぞー?一気に目が覚めて冷や汗が背中を伝う。姉さんがどうして両腕組んで立っていたのかを理解した私。まずい。これは非常にまずい状況。これはどう言い訳しても逃げられる未来は私に残ってない――

 

「華那、説教を受ける覚悟はできているかしら?」

 

 と、すっごく冷めた表情なのに、「私怒っているわよ?」と案に伝わる姉さんの口調。いや、そこまで怒る理由は分かるけど、もしかしたら、もしかしたら寝ぼけてだいた可能性だってあるよね!?多分……。と考え、苦笑いを浮かべながら

 

「……ね、寝ぼけてギター持ったんじゃないかなぁ……アハハ「そんなわけあるわけないでしょう」……デスヨネー」

 

 と、バッサリと否定して、そのまま説教モードに入る姉さんに、私は項垂れるしかなかった。結局、そのまま一時間正座して、姉さんから説教を受ける事になり、今回の件がリサ姉さんや紗夜さん。そして、沙綾にまで連絡が行ったようで、リサ姉さんと沙綾は勢いよく部屋に突撃してくるし、紗夜さんは電話越しの説教行うし……。いや、確かに病人なのにギターの練習したのは私だけどさ、そこまでする必要ないよね!?と思いながら黙って説教を受け続ける私。

 

 だって、あの姉さん達、怖いんだもん……。なんでか千聖さんからもお説教の長文送られてくるし……。本当、体調治りかけの時は無理をしない。そう心の中で私は決めたのでした。

 

 尚、翌日。クラスに行ったら、皆の玩具になったのはまた別のお話し――

 



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#33

 午前中バイトだった土曜日の午後。私はCiRCLEのスタジオにてギターの練習をしていた。家でやってもよかったのだけど、やっぱりこういうスタジオで練習する時の音の響きが違うってのがあるし、映像に撮りやすいってのが一番の理由かな。

 今、練習しているのは、クラプトンが所属していたデレク・アンド・ザ・ドミノスの「LAYLA」。日本語訳の表題だと「愛しのレイラ」だったかな?お父さんから借りたCDの中に入っていて、有名な楽曲だったからサビは聴いた事あったけど、全部通して聴くのは初めてで、前半と後半のテンポががらりと変わって、前半の激しいギターサウンドから、後半のイントロのピアノの旋律。

 ここまで一曲で印象を変えてくる楽曲だったんだ――と、衝撃を受けたのを今でも覚えている。今は前半部分のギターサウンドの部分を弾いている。スピーカーから流れるCD音源に合わせてギターを弾く。歌いたくなる衝動を抑えつつ、ギターの演奏に集中する。

 

 演奏を終えた後、すぐさま違う曲を弾こうと曲を選ぶ。次は……「HOT BLOOD」でもやろうかな。尊敬するギタリストの楽曲じゃなくて、女性アーティストとして尊敬している人の和ロックと言える楽曲。この人の事も尊敬しているのは、みんなには内緒ですよ?内緒ですよ?

 って、誰に言っているのだろう私……。頭痛を覚えながら再生ボタンを押してギターを構える。イントロが流れ、すぐギターをかき鳴らす。メインの方のギターパートを弾いていく。ギターソロに入ろうかという所で、闖入者(ちんにゅうしゃ)が勢いよく扉を開けて登場してくれやがりました。ちょままちょまま!?なに!?暴動!?

 

「華那さーん!!」

 

 と、演奏をストップさせて扉の方を見れば、あこちゃんが満面の笑みを浮かべて私の方へ駆けてきているではないですか。その後ろには微笑ましそうに見つめている燐子さん。私はギターを置いてあこちゃんを受け止める準備をしたのだけども――

 

「にゃふっ!?」

 

 鳩尾にあこちゃんの頭がヒット――

 

 だぁれがそんな状況を想像するでしょうか?いいえ誰もしません。ってかする訳ないよね!?(うずくま)り、鳩尾を抑えながら呻く私。

 

あこちゃんのこうげき!かなのみぞおちにクリティカルヒット!九千九百九十九のダメージ!!華那は息絶えてしまった!

 

 って、誰が息絶えたですって!?と頭の中でセルフツッコミを入れるも、やはり痛みが強く普通に立ち上がる事ができない。ぐうう……あ、あこちゃんって結構、頭頑丈なのね……。そんなどうでもいいような事を考えるも、ちょっと息がしにくくて、呼吸が整わない。

 

「あれ?か、華那さんどしたのー?」

 

「あ、あこちゃん……!あこちゃんの頭が……華那ちゃんの……鳩尾に!」

 

 と、私がうずくまったまま、立ち上がらない事に不思議そうなあこちゃんと、慌てた様子で私に駆け寄ってくれる燐子さん。私の背中をさすりながら大丈夫?って聞いてきた燐子さんに、だいじょぶと何とか返事をするも、まだお腹のあたりが重い。

 しばらく私が座って休んでいる間、燐子さんがあこちゃんを叱っているという……非常に珍しい光景を見ることができた。というか、やっぱり説教される側は正座なんだ。私の周りで流行しているのかなぁ?

 そんなことを思っている間に何とか痛みとか重い感じは消え去ったので、立ち上がって燐子さんに説教されているあこちゃんを撫でながら

 

「あこちゃん。元気なのはいい事だけど、相手が怪我したら元も子もないから、そこの所だけは注意してね?」

 

「はーい……華那さん。ごめんなさい……」

 

 と、下を向いて落ち込んだ様子で謝るあこちゃん。そう言えば前、犬が怒られて落ち込んでいるような動画があったのをあこちゃんを見て思い出してしまった。とりあえずその動画の事は頭から切り離して、どうしてスタジオ(ここ)に来たのかを二人に聞くと――

 

「あのね……私達練習したかったんだけど……」

 

「他のスタジオ、ぜーんぶ埋まってるって、まりなさんから聞いて、一人で使ってるのが華那さんだって聞いたから……」

 

「一緒に……できないかなって……あこちゃんが……」

 

「あー……なるほど。理解しました」

 

 二人の説明を聞いて、私は納得した。確かに、一人でスタジオを使っているのが顔見知りの私で、練習したがっている二人なら譲ってあげたほうがいいだろうな。だって、私バンド組んでいるわけじゃないし。ただの趣味で練習しているだけだからね。うん。

 そう思い、あこちゃんと燐子さんにスタジオを譲る為にケーブルとかワウとかを片付けようとしたら、燐子さんに止められた。解せぬ……じゃなくてなんですか?

 

「その……華那ちゃんと……一緒に演奏したいなって……」

 

「そうですよー!紗夜さんと一緒に練習してるって、あこ達聞いたんですよ!ズルいですよぉ!!あこも華那さんと一緒に練習したいです!!」

 

 と、私の肩に両手を置いて、逃げられないように確保してくる燐子さんと、プンプンという擬音が似合うぐらいに怒っているあこちゃん。いや、一緒に練習って言うか、基礎とかギターテクニックについて教えてもらっている訳で……あ、それを練習というのか……。

 しかし、一緒に練習したいって言ってくれるのは嬉しいのだけれど……私、下手だよ?それにバンド組んでないから、あこちゃんや燐子さんの練習相手にはならないと思うんだけどなぁ……。それを言うと

 

「ううん……そんな事ないよ……。氷川さんが……華那ちゃんのギター……凄く……褒めてたから」

 

「そうそう!『あれだけ哀愁あるギターを弾ける子ですね。近いうちに私を追い抜いて行く気がします。が……そう簡単には追い抜かせないですよ』って、紗夜さんが言ってましたよ!!」

 

 と、全力で否定してくる二人。ってか紗夜さん、何言ってくれているんですか!?私が紗夜さんを追い抜くだなんて、何十年かかっても無理ですって!!頭痛とめまいを覚えながらも、二人の熱心な説得に折れた私は、二人の練習に付き合う事になった。ってか、あこちゃんの涙目&上目遣いは卑怯。あれやられて拒否したら、私が悪い人みたいじゃん!!

 ギターを構えて、チューニングが合っているかを確認してから私はあこちゃんに、何の楽曲をやるのかを確認する。知らない曲いきなりやろう!って言われてもできないからね?それ分かってるよね?だいじょぶだよね?私不安だよ?

 

「うんとね……とりあえず、BLACK SHOUTとLOUDER、あと……陽だまりロードナイトにRe:birth dayとDetermination Symphonyに「ほとんど全部じゃん!!」あははー。華那さんナイスツッコミ!!」

 

 と、あこちゃんの発言に、私が驚いてツッコミを入れるけれど、本人はしてやったりというような感じで笑っている。燐子さんはそれを微笑ましそうに見ながら小さく笑っていた。いや、燐子さん。()めてくださいよ……。合わせる方の身としては、Roseliaの曲は結構難しいんですからね?

 そう心の中で思いつつも、どこまでできるようになったか自分で確認するいい機会だと言い聞かせ、ギターを構える。それと同時にあこちゃんのカウントが始まってBLACK SHOUTのイントロが入る。イントロのメロディラインとハモるような形で、ギターでメロディラインを奏でる。燐子さんが驚きの表情を浮かべつつも、演奏を続けている。

 打ち合わせほとんどなかったけど、今回のギターは紗夜さんじゃない。華那()なのだから、私の色を出させて頂く――って、勝手に決めて弾いたけどまずかったかな?

 

 その後は、イントロ以外はある程度、紗夜さんが弾くメロディラインをなぞるように奏でる。でもそれもここからは違う――ギターソロ入った瞬間のワウを使う場所を、ワウを踏まずに、知ってる楽曲のギターソロを自分なりにアレンジしたのを演奏する。そして燐子さんパートの時はバッキング、最後は燐子さんとユニゾンするようにフルピッキング奏法を駆使して、ソロパートを終わらせる。

 

 演奏を終わってから一息つく。それと同時にミスなく終われた事に安堵する。いや、前からコッソリとRoseliaの楽曲は練習しているけど、ミス多発エリア多くて泣きそうだし、心折れそうだし、目も当てられない惨劇なミスするし……あ、思い出したら頭痛くなってきた。

 

「……すっごいです、華那さん!!あのギターソロどうやったんですか!!??」

 

 と、ついこの間のミスの事を思い出し、頭痛を覚えていた私に飛び込んできそうな勢いで立ち上がったあこちゃんが聞いてきた。燐子さんも驚きを隠せない様子で「どう……やったの?」と聞いてきたので、簡潔に「フィーリングです」とだけ答える。ってか、演奏してて、「あ、ここでDIVEのソロみたいにワウ使わなくてもいけそう」ってなったんだよね。

 で、BLACK SHOUTに合うようにと頭の中でイメージしつつ演奏したから、もう一回やれって言われてもすぐにはできないかも……。映像取ってるから、それを見てコード譜作成すればいけるかな?

 

 そう思いつつ、あこちゃんと燐子さんの質問攻めに回答して、次の練習へと意識を集中させる。次はLOUDERか。うう。難しい曲続くよぉ……。でも、二人の練習の為だからミスしてでも、やり遂げないと……。そう思いつつギターをかき鳴らす。

 

 で、あっという間に時間は過ぎて、Roseliaの楽曲全曲やって、尚且つ何回か練習した後、終了の時間となった訳で……。

 

「華那さん、今日はありがとうございました!」

 

「華那ちゃん……今日は……ありがとうね」

 

 今はCiRCLE隣接のカフェにてお茶をしているところだった。今日は忙しそうもないからだいじょぶそうだね。そうでなくても人員いなくて、アップアップしているからね……。

 

「いえいえ、こちらこそありがとうございました。おかげでいい練習できましたし」

 

 嘘偽りなく本心を伝える。実際、二人のレベルは高く、途中途中ついて行くので必死になっていた。でも、なんだろう。弾いていてすごく一体感があるというか、「次は二人がこう来るから――こう弾こう」って感覚があった。ああいう感覚は初めてで、正直戸惑いを覚えて演奏を止めそうになった。

 あこちゃんとは、Roselia結成前の練習時に一緒に練習していた事もあったけど、燐子さんとは今日が初めてだったから、ここまで息ピッタリに演奏できるだなんて思ってもいなかった。

 

「それにしても、驚きましたよー!華那さんと演奏してたらすっごく楽しくて、あそこまで感覚が研ぎ澄まされるって言うか……そのスバババーンってできたんですもん!!」

 

「私も……驚いた……かな。あの感覚は……みんなで演奏している時……ぐらいだけ……だったから」

 

「ほへ?」

 

 ミルクティーを飲みながら二人の会話を聞いていたけど、二人も私と同じような感覚を持っていたらしく、その言葉に私は驚いてしまった。燐子さんの言葉が本当だとすれば……それはきっと、私がリサ姉さんとあこちゃんがRoselia加入試験の時に聴き手で感じた感覚に似た物なんじゃ――

 

「ねえねえ、華那さん!また今度、一緒に練習しましょうよ!」

 

「っ……うん。都合が合えば一緒にやろうね、あこちゃん」

 

 その感覚について深く考えてしまっていた私だったけれど、あこちゃんの声で現実に引き戻されて、そう笑顔で答える。あの感覚については忘れよう。そうじゃないと()()()()()()()()()()()()()()()()()から。今はただ、趣味でギター弾いているだけ。そう趣味で弾いているだけなんだから。そう自分に言い聞かせて、あの感覚については忘れるようとする私。

 

「そういえば……華那ちゃん。最近……NFOやってるの……?」

 

「あ、はい。やっていますよ。最近はバイトも忙しかったので、三十分ぐらい素材集めしているだけですけど……。まだ上位武器作れなくて……」

 

 と、燐子さんが上手く話題を変えてくれたので、私はそれに乗っかるようにして答える。あこちゃんと燐子さんがやっているNFOっていうオンラインゲーム。二人に誘われるようにして私もやっているのだけど、バイトもあるから、なかなかやる時間が取れなくて、装備もまともに強化できなくて困っているのが現状。

 

「そっか……華那ちゃんは……アーチャーだったよね?」

 

「あれ?華那さんアーチャーだったんですか!?前、双剣使ってましたよね!?」

 

 燐子さんの発言に驚くあこちゃん。そうなんです。私、ゲーム内での職業はアーチャー……弓を使う職業なのに、武器は双剣と「ふざけんな!」と、某弓兵さんファンと、NFOガチ勢の皆さんに怒られそうな事をやっている。

 尚、これには理由がありまして……。主に原因は、モンスター退治をする時に、ソロプレイ中、弓矢で攻撃していると時間かかりすぎて……。それでなんか近戦武器装備できないかなぁ……って、調べたらアーチャーの職業は、サブ武器としてナイフと双剣を装備できるという事が分かった。

 で、実際初期装備より強めの双剣はすぐに作れたから、さっそくそれを装備して狩りに行ったら効率が上がる上がる。欲しかった素材集めも、遠くから弓で倒してから、素材拾いに行く必要無くなったというのが大きいかな。でも、弓の方が私の性格上、合っているんだけどね。

 

 それ以来、ソロプレイ時は双剣。グループプレイ時は弓矢と分けていたんだけど、あこちゃんと燐子さんとプレイする際、あこちゃんはネクロマンサーだし、燐子さんはウィザードだから、全員後衛系プレイやーになってしまった。物理攻撃の前衛がいないというアンバランスな状況。その為、私が双剣でプレイしていた訳。

 それを説明すると、あこちゃんは納得してくれたようで、「なるほど~」って感心してくれていた。どうやら、弓兵が双剣やナイフを装備できるのは知っている人は多いけど、実際に使う人はほとんどいないとの事らしい。なんでも、双剣の武器スキルのレベルが上がりにくいとか何とか……。そ、そうだったんだ。知らなかった。

 

「双剣の装備はこの間、あこちゃんと燐子さんのおかげで上位武器に変わったんだけど、問題はメイン武器の弓なんだよね……」

 

「あれ?弓の上位武器用の素材って、必須レベル高かったよね、りんりん?」

 

「うん……華那ちゃんのレベルだと……難しいね……。華那ちゃんのレベルより五十は上必須だったと思うよ?」

 

 右手人差し指を顎に当てながら、あこちゃんが燐子さんに聞いた弓の上位武具の事について私は衝撃を隠せなかった。おうふ。まさかの私のレベルが低い問題。いや、確かに二人に比べればかなりレベル低いけどね……まさか、メイン武器の素材必須レベルに到達してないだなんて……。これはまた狩りに行かないといけない。

 って、五十も上だと、かなり無茶しないと短期間で作る事は不可能だよね。やっぱりゲームって奥が深いなぁって現実逃避にも似た感情を抱いた私。

 

「華那さん。今日、レベルアップ作戦やりましょう!!」

 

「あー……ごめん。今日はポピパの皆に呼び出しされているんだー」

 

 そんな私を見て、勢いよく提案してくるあこちゃん。せっかくの提案だったのだけれども、私はその提案を断る。そう。明日は日曜日で休みなので、香澄ちゃんと沙綾から「土曜日の夜、有咲の家でお泊り会するからきてね」って通話アプリで連絡が来たのが一昨日。私に拒否権はないようで、既に姉さんにも連絡が行っていたのには驚いた。

 しかも、二人に許可を出したのも姉さんという事実。なに?私に人権なんてないの!?ってか、なんで姉さんが私に予定を決めちゃうのかな!?って、問い詰めたら

 

『華那……この間、自分で予定をきちんとコントロールできなくて、風邪ひいたのはどこの誰かしら?』

 

 と、言われてしまっては、私は反論する事も出来ずに黙っているしかなかった。というか、まさかそこから説教が始まるだなんて思いもしませんでした。い、一時間も説教受けるだなんて……でも、自分の予定ぐらいは自分で決めたいなというのが本音です。

 

「そう……なんだ。……なら……明日は……どうかな?」

 

 と、私が姉さんから説教受けていた時の事を思い出していると、燐子さんが明日はどうかと聞いてこられたので、明日の夜ならだいじょぶだと伝える。それを聞いた瞬間、あこちゃんが満面の笑みになったので、燐子さんと私は顔を見合わせて小さく笑った。

 燐子さん、チャット上だとタイピング滅茶苦茶速いから、読んでいる間に次の文章飛んできて「あ!流れないで!!」って言ってしまう時がある。だって、かなり重要な情報とか、これからどうすればいいかって教えてくれるから、燐子さんの文章は私にとって重要なんだもん。

 

 しばらく二人とゲーム(NFO)の話しで盛り上がったところで、今日は解散となって私はまっすぐ帰宅。お泊り会の用意を済ませて、姉さんに「いってくるから」と声をかけてから家を出て、有咲の家に向かう。尚、着いた途端。香澄ちゃんが私に突撃して、私が悶絶する事になって、香澄ちゃんが有咲に説教受けて、私は沙綾とりみちゃんとおたえちゃんから心配されるのであった。

 



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#34

※注意事項

超絶シリアス(捏造設定)回、はっじまるよー





「姉さんが……泣いてた?」

 

 夏休みに入って一週間もしない夕方の事だった。突然の電話。相手は香澄ちゃんだった。バイトから帰ってきて、さあギターの練習をしようとした時にかかってきて、どうしたのかなと思いながら出たら、内容は衝撃が走るものだった。

 なんでも、有咲ちゃんと買い物に行った帰りに、駅前で泣いている姉さんを見つけたというのだ。詳しい話は聞けなかったそうだけれども、バンド内で何かしらの問題が発生したと思うとは香澄ちゃんの話し。それで私にも話した方がいいだろうと有咲ちゃんと香澄ちゃんが話し合って、電話をしてきたというのだ。

 

『急いで華那に連絡したほうがいいと思って、迷惑……だったかな……?』

 

 申し訳なさそうに話す香澄ちゃん。だいじょぶ。姉さんに様子が最近おかしいとは思っていたところだから。でも、私が出しゃばる訳にはいかないと思ってはいたけれど……事が事だね。一度、姉さんと話してみるよ。

 

「だから気にしないで、ありがとうね。香澄ちゃん、有咲ちゃん」

 

『ううん!こっちこそ、急にごめんね!』

 

『気にすんな……ってか、「ちゃん」づけすんじゃねぇ!!』

 

 と、いつもの明るい声で謝る香澄ちゃんと、私の「ちゃん」づけ発言に怒る有咲。ふふっ。相変わらずな二人に私は小さく笑った。何か分かったら連絡するね、と言って通話を切る。

……何か分かったら……か。正直、今の姉さんと話しても話してくれそうもない。最近の姉さんを見ていると、あの頃――私と二人で父さんの音楽を認めてもらうんだと、活動を始めた頃の姉さんに戻ってしまったかのような……。いや、戻ったと言うべきだと思う。

 ほんの少しのミスも許さない、会話も私からしても一方通行で終わる。まるで機械のごとく正確を求める。……そんなの、人の歌じゃないって今なら言える。当時は、姉さんが全部正しいと思っていたところがあったから、否定はしないでミスした自分が悪いんだって思っていた。

 

 でも……歌えなくなって、色々な人と出会い、私自身ギターを始めてから分かった。正確に歌うだけが音楽じゃない。人を楽しませる事もそうだけれど、一番は自分が楽しむ事――それが音楽なんだ。それを教えてくれたのは、尊敬するギタリストと声優アーティストさんのインタビュー記事やライブ動画。楽しそうに弾いている姿や、笑顔で歌っている姿。そうか。そうだったんだって、私は気付かされた。

 それに身近なバンド……ポピパの演奏する姿を見て、音楽をやるうえで一番必要な事を、私は忘れていたんだと痛感した。

 

 今回の件は、私が出しゃばる必要はないはずなんだ。だって、リサ姉さんや紗夜さん。あこちゃんと燐子さんがいるから。Roseliaというバンドは、あの五人で成り立っているって、全員が分かっているはずだから。今もそう思っている。だから、ここ最近はRoseliaの練習を見に行く事も、ライブを見に行く事も止めていた。あの五人ならだいじょぶだと信じていたから。

 でも……今の姉さんを近くで見ていると、姉さんの心が壊れてしまうんじゃないかという不安と、バンドとして手遅れになってしまうんじゃないかという不安が私の中で渦巻いていた。

 

「……一度きちんと話さないといけない……か」

 

 私が小さく呟いた声は、部屋の空気に溶けて消えた。

 

 

 

 

 家に帰ってきて、自室で盛大に溜息を吐く。紗夜から言われた言葉というのは私自身、無くしたくない物。そういう想いもあった。でも、ならどうすればよかったのよ。そう、言って紗夜と、その場にいたリサから逃げた。

 SMSでのオーディエンスの反応、そしてスタッフからの言葉……「今までと何か違う」という言葉。それまでのRoseliaはどんな音を出していたのか。私達が思っていた音と何が違うのか……。それが分からなければRoseliaとして、これからどう進めばいいのか……。

それ以前に、今の状況をどうやったら解決できるのか……。この全員がバラバラになってしまった状況を……。

 

「華那がRoseliaにいてくれたら……」

 

 小さく呟いた言葉。自分にでも、ありえない事は理解している。でも、華那がいてくれたら少しは違う形になっていたかもしれない。そんな現実逃避な考えをしていたら、誰かが扉をノックする音が聞こえ

 

「姉さん、いまだいじょぶ?」

 

 と、華那の声が聞こえてきた。何か用かしら?できれば今は放っておいて欲しいと思ったけれど、何か急用かもしれないと思い、大丈夫だと伝えると、華那が部屋に入ってきた。その表情は若干暗いように見えたのは気のせいじゃない。

 

「姉さん……Roseliaが今、ゴタゴタしているって本当?」

 

「……誰から聞いたの?」

 

 華那の問いかけに、私はすぐに答える事が出来ず、きつい口調で逆に問いかけてしまう。それなのに、華那は顔色を一つ変えずに

 

「知り合いから聞いた。……姉さん。何があったか聞いても?」

 

 知り合い……間違いなく戸山さん達ね。どうして華那に話す必要があったのかと、少しだけイラっとしてしまい、私は自分でも想像つかないほどの、酷い言葉を華那に浴びせた。その時の私は冷静になれていなかった。

 

「もし、Roseliaがゴタゴタしていたとして……華那。今、()()()()()()()かしら?」

 

「っ!……そう……だね。()()()()()だよ。でもね……姉さんの事を心配するのは家族として当たり前でしょ!」

 

 と、最後は怒気を込めた口調になった華那。華那がここまで怒った口調を私に言ってくるのは、小学校に行っていた頃以来かもしれない。そこまで、心配してくれていたというのに私は――

 

「家族でも、私の交友関係は華那には関係ないでしょ」

 

「姉さん、なんでそんな言い方するの!!私は姉さんが心配だから言ってるんだよ!?」

 

 何故かしら。今、華那の言葉が私の心に届かず、私の中ではその声が不愉快――いえ、怒りという感情に近いものが生まれていた。

 

「放っておいて頂戴」

 

「姉さん!私の話しを――」

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()!!」

 

 華那の怒声に近い声を遮るように、私も怒鳴り返した。その言葉は華那に入ってはいけない言葉だった。言ってしまった直後、それに気付いたけれど、もう言葉として出た時点で遅かった。華那は二歩ほど後ろに下がり

 

「……そうだよね。()()()()()()()()()()()()()……そんなの私自身がよく分かっているよ!!でも……でも、そんな言い方ないじゃない!!」

 

「華那っ。……」

 

 私が止める間もなく、華那は部屋から出て行ってしまった。しばらくして、玄関の扉が開いて、閉じる音が遠くから聞こえた。そうだというのに、私は華那を追いかける事が出来なかった。その場に座り込み右手で額を抑えて

 

「私……どうすればよかったのよ……」

 

 そう呟くも、答えはどこからも返ってくることはなかった。そして、その日を境に、私と華那は、家で話す機会と会う機会がしばらくの間、無くなる事になったのだった。

 

 

 

 

 

 

「……はあ」

 

 姉さんから私に放たれた言葉が今もまだ重く私にのしかかっていた。『歌えない貴女に――』その言葉がずっと頭の中で繰り返し再生されて、自分がどれだけ無力なのか、嫌というほど思い知らされる。

 実際、私は姉さんの言ったように歌えないし、バンドをまともに組んだ事もない。そんな人間がしゃしゃり出て、何とかしようとしたのがそもそもの間違いだったのかもしれない。

 

「どうすればよかったんだろうね……って、答えなんかないか」

 

 空を見上げながら小さく呟く。リサ姉さんにベースをやって欲しいとお願いして、断られた時以来になるこの公園にやってきて、ベンチに座っている訳ですけど、家に帰りにくいし、どうしようかな……。このままネットカフェにでも行って今日一日は寝泊まりすればいいかなぁ……なんて思っていたら

 

「あれ、華那?どうしたの?」

 

「ん?……沙綾」

 

 視線を戻せば、これまた、あの時と同じように買い物袋を両手に抱えた沙綾が立っていた。本当の事を言う訳にもいかず、ちょっと気分転換に散歩していただけだよと答えるも、沙綾には見透かされていたようで

 

「華那……」

 

「むぎゅ!?」

 

 持っていた荷物を私の横に置いて、両手で私の頬を引っ張る沙綾。ち、ちょっと!?私の頬これ以上伸びないよ!?

 

「あ、華那の頬。もっちりしてるだけじゃなくて、スベスベしてて気持ちいいね」

 

ほんなことひってないでひひから(そんな事言ってないでいいから)はなひへさはや(離して沙綾)!!」

 

 抗議の声を上げるも、沙綾はニコニコしたまま上下左右に私の頬を引っ張る。しばらくして十分堪能したからか、両手を離して私の横に座った。

 

「何があったの?」

 

「……姉さんとちょっとケンカした」

 

 心配してくれている沙綾に、嘘はつきたくなかったから、私は何があったかを説明する。姉さんが泣いていたらしいという話しもした時、かなり驚いていたけれど、その後に姉さんが私に言った言葉にかなり怒ってしまい

 

「今から友希那先輩と話してくる!だからその手を離して、華那!!」

 

「待って沙綾!今、姉さんと話しても、同じ事の繰り返しになるから!!ちょっと落ち着いてから話さないと意味無いって!!ねっ!?」

 

 と、引き留めるのに必死になりました。いや、怒ってくれたのは嬉しいけどね、今すぐ行っても逆効果だから!!お願い、ちょっと落ち着いてー!?そんなやり取りを十五分ぐらいして、お互いに肩で息をするぐらい疲労困憊という状態になってしまった。

 

「それ……で、沙綾……」

 

「なに……華那?」

 

 息を切らせた状態のまま、私は沙綾に相談するために口を開いた。沙綾も、ベンチに座って疲れた表情を見せていたけれど、返事をしてくれたので、私は思っていたことを口に出した。

 

「姉さん……きっと、今の状態のままだと……私が何言っても……届かないと思うんだよね……」

 

「それは……」

 

「だから、何か手はないかなぁ……」

 

 沙綾は言い淀んでしまったけれど、間違いなく今の状態でどんな言葉をかけたとしても、姉さんの心に届く事はない。だから、何か手を考えなきゃいけないのだけれど、それが思い浮かばないのが現状。

 

「……よし!()で考えよう!!」

 

 突然、沙綾がそう言って、私の両手を握ってきた。え?みんなって?と、目を点にしている私に沙綾は微笑んで

 

()()()()()()!」

 

 

「はぁ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

「――と、言う訳で!第一回「華那の気持ちを友希那先輩にどう伝えるか」作戦会議、はっじめるよー!」

 

「香澄、うっせぇ!!うちでそんな大声出すんじゃねぇって、いつも言ってんだろ!!」

 

「えっと……なんかごめん。りみちゃん、おたえちゃん」

 

 と、夫婦漫才している二人を置いておいて、私はりみちゃんとおたえちゃんに頭を下げる。それもそのはず。既に月は東に日は西にという時刻は過ぎている。沙綾から香澄ちゃんへ連絡が行き、ポピパ緊急集合となって、あれよあれよという間に有咲の家にみんな集合した訳でして……。

 

 その際、私は有咲の家が集合場所となったから、有咲から怒鳴り声が飛び出すんじゃないかと思ったのだけれど、すんなりと許可が出たのは驚いた。それと同時に、沙綾のお母さんから、うちのお母さんに連絡が行って、しばらく山吹家で私を預かるって話しになってしまった……。

 なんで!?と、思っている間に私の着替えとか、ギターまで持ってきた沙綾と、沙綾のお母さんの行動力には、しばらく開いた口が塞がらなかった……。というか、うちのお母さん、いつの間に沙綾のお母さんと仲良くなってたの!?

 

「気にしないで華那ちゃん。私も華那ちゃんの力になりたいから」

 

「そうそう。華那には、たくさんおっちゃんの可愛い所言ってもらったから、それの恩返しだよ」

 

「でも……みゃぐん!?」

 

 二人は笑ってそう答えてくれたけれど、素直に受け取る事が出来なかった私を見た沙綾が、私の両頬を昼間みたいに引っ張って

 

「かぁーな?りみりんもおたえも、気にしてないって言ってるんだから、素直に受け取りなさい」

 

いひゃいひゃい(痛い痛い)さはやいひゃい(沙綾痛い)!!」

 

 じたばたと暴れるけれど、沙綾に負ける私。りみちゃん助けてー!!おたえちゃんも笑ってないで、助けてよー!!

 

「おい、沙綾も華那もバカやってないでいいから、真面目に考えるぞ」

 

「有咲、ごめんごめん。華那のほっぺ伸ばすのがすっごく気持ちよくて」

 

「えー本当!?私もやるー!!」

 

「みゃふん!?」

 

「ちょ、香澄!?」

 

 有咲が呆れた口調で注意してくれたので、沙綾の手から解放されたと思ったら、今度は香澄ちゃんが突撃してきた。有咲が驚いたような声を上げていたけれど、こっちからは見えなかったのと、香澄ちゃんにも頬を引っ張られるという事態に陥ってしまったので、そっちの事に気をつかっている場合じゃなくなってしまった。

 

 

 

 

十分後――

 

 

 

 

「……で、()()()。反省は」

 

「ごめんなさい……」

 

「ごめん……」

 

 そこには正座させられて、有咲から説教を受ける香澄ちゃんとおたえちゃんの姿があったとさ。私はりみちゃんが慌てて用意してくれた濡れたタオルを両頬に当てていた。ああ、濡れたタオルが気持ちい。いやぁ……本当に酷い目にあった。あの後、おたえちゃんも参戦してきて、カオスな状況になったのだった。それに怒った有咲が、二人を説教中という訳である。

 

「で、だ。状況としては、私達が電話した後に、友希那先輩と話してケンカしたって事でいいんだよな?」

 

「うん……」

 

 二人の説教が終わった有咲が、こっちに戻ってきて私に確認してきたので小さく頷きながら答えた。気持ちが沈むのが自分でも分かった。やっぱりあの言葉は私には重いものだった。

 それでも、前を向かなきゃと思うけれど、どうやって姉さんに言葉を届ければいいだろう。その案が全く思い浮かばない。

 

「手紙ってのはどうかな?」

 

「うーん……香澄ちゃん、口で言ってダメなら、文章でも似たような感じになっちゃうんじゃないかな?」

 

「そう……だよねぇ……うーん……」

 

 手紙か……今の状況で手紙ってのも何か違うような気がする……。りみちゃんの言う通り、今は言葉が届かない。その言葉をどうやって届かせるかってので悩んでいる訳だからね……。どうしよう……手詰まり?

 

「華那と友希那先輩の問題も解決しなきゃだし、今度のライブのセトリも考えなきゃいけないし……やること多いな」

 

「だねぇ……でも、華那の問題は放っておけないからさ」

 

「わぁってるよ。ただ、どうすっかだな……」

 

 有咲が腕を組んでため息を吐いた。それに同意するように沙綾が申し訳なさそうに言ったので、私も改めてみんなに謝る。

 

「本当、ごめんね。みんな巻き込んで」

 

「あー……そういう意味で言ったんじゃねぇから、気にすんな華那」

 

「大丈夫!みんなで考えて、友希那先輩に気持ち届けよう!ね、みんな!」

 

「うん!そうだよ、華那ちゃん。うちも頑張って考えるから、安心してな?」

 

「りみりん、関西弁出てる出てる」

 

「え!?ホンマ!?」

 

 元気よく答えてくれた香澄ちゃんに、私の手を握って真剣な表情で言ってくれた、りみちゃん。でも、モロ関西弁出ているのに気付いていない様子だったので、沙綾がツッコミを入れていた。ありがとうね、香澄ちゃん、りみちゃん。

 それから、みんなで色々と考えるもなかなかいいアイディアが出てこない。ただただ時間だけが過ぎ去っていって、もうそろそろみんな風呂の時間を考えないといけないという時だった。

 

「言葉がダメなら音楽ならどうかな?」

 

「音楽……それだぁ!!おたえナーイスアイディア!!」

 

 おたえちゃんのアイディアに香澄ちゃんが立ち上がる。ただ、私は見逃さなかった。沙綾が不安そうな表情を浮かべていたのを……。でも、音楽はいいアイディアだと思った私の行動は早かった。

 

「香澄ちゃん、今度のライブのオープニングアクトって誰やるか決まってる?」

 

「まだだよ?」

 

 と、首を傾げながら答えてくれた香澄ちゃん。そっか。それならやるチャンスはあるんだね。……覚悟は決まった。後は練習だけ。

 

「ちょっと華那……もしかして」

 

 私の覚悟を察してしまった沙綾が私を止めようとしたけれど、私は微笑んでだいじょぶと伝えてから

 

「よければ私にやらせてもらえないかな?」

 

「華那!」

 

 沙綾が大きな声で私の名を呼んだ。その表情は不安に満ちていた。沙綾、だいじょぶだって。()()()()()()()()()()って。そう言ったら、沙綾が私の肩に両手置いて、頭を左右に振りながら

 

「大丈夫じゃないよ!分かってるでしょ?華那は一度、喉痛めてるんだよ!?あの時、私がどれだけ心配したか分かってないでしょ!?それに今度痛めて、本当に声出なくなったらどうするの!?」

 

「沙綾……」

 

「沙綾ちゃん……」

 

「沙綾……」

 

「……」

 

 怒った口調で私に問いかけてくる沙綾。その勢いにみんな黙り込んだ。今にも泣きそうな沙綾の表情を見ながら、私は笑みを浮かべながら、沙綾を抱きしめて

 

「本当にだいじょぶ。心配してくれてありがとう沙綾。もし、声出なくなっても沙綾はさ、友達でいてくれるよね?」

 

 と、背中を優しくさすりながら沙綾に聞くと、小さく頷くのが見えた。本当、沙綾と友達になれてよかったな。もし、なれていなかったら……私一人で悩んでいたから。ううん。それ以前に、どこかで心が折れてしまっていたと思うから。それを伝えたら、弱くだけど沙綾に胸を一度叩かれ

 

「華那のバカ……」

 

「自分でも分かってるよ、沙綾。でも、私バカだから……音楽で伝える事しかできないから」

 

 私の腕の中で、小さく呟いた沙綾にそう答えながら沙綾の頭を撫でる。沙綾が泣いているのは言わない方がいいと思っていたけれど、沙綾の体が小さく震えているから、みんな分かっていると思う。しばらくしてから、沙綾が私から離れて

 

「ドラム私やるから。それ条件。良いよね、華那?」

 

 と、悪戯を思いついた子供のような笑みを浮かべた沙綾が爆弾を落っことしてきた。へ?ドラム?沙綾やるって?え?

 

「あ、沙綾ズルい!!私もギターやるぅ!!」

 

「う、うちもベースやるよ!」

 

「私も、ギターやりたいかな。華那と一度ユニゾンしてみたかったし」

 

「お、お前ら!もう夜だぞ!騒ぐんじゃねぇ!!あと、私もキーボードやるからな!」

 

 と、混乱している私そっちのけで、みんなして私と演奏したいと言い出したのだけど、これどう収拾させればいいかな!?ってか、みんなのライブだよね!?私の演奏曲を練習する暇ないでしょうが!!と、言ったのだけども聞き入れられず、結局ポピパと私の合同……合同って言うのかな、これ!?で、バンドを組む事になり、明日から練習をする事になったのだった――

 

 



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#35

「セットリストはこれでいいけど、三曲増えて本当にだいじょぶ?」

 

 緊急集合、第一回「華那の気持ちを友希那先輩にどう伝えるか」作戦会議(命名者:香澄ちゃん)から一晩経ち、私達はポピパの練習拠点である蔵に集まっていた。そこで、オープニングアクト用のセットリストを書き出して、ポピパ用のセトリが書き出してある用紙の隣に貼りながら、改めて私はポピパの皆に聞いた。

 

「私は大丈夫だよ」

 

「私も大丈夫だよ、華那ちゃん」

 

「こっちも」

 

「私も大丈夫だぞ」

 

「うう……私は大丈夫じゃないよ、華那ぁー」

 

 と、泣きながら(フリ?)私に抱き着いてきたのは香澄ちゃん。昨日の夜、私が演奏したい曲は三曲あって、それを伝えてからギターをどうするかの問題が出てきた。私が一曲目と三曲目がメインギターで演奏して、二曲目は()()のでおたえちゃんがメインギターになる事になったのだけれど……。

 

『あれ?私は?』

 

『……ごめん、香澄ちゃん』

 

 香澄ちゃんが、自分に割り振りされなかった事に気付き、すっごい純粋な目で私に聞いてきたので、私は頭を下げるしかなかった。

 

『うっそだろ、お前……』

 

 それを見た有咲が、絶句するしかなかったのは仕方のない事だと思う。実際、()()()の楽曲は結構ギター音を重ね撮りしてCD音源化しているのだけれど、近年のライブだとギター二人体制なんだよね。昔なんて一人でやっていたぐらいだし。だからそれを意識して、今回はギター二人だけでやってみたい。

その気持ちを伝えたのだけれど、香澄ちゃんはあまり納得してくれなかった様子で、今先ほどの行動に繋がった訳なのです。という事で……りみちゃん、沙綾助けてー。

 

「アハハ……香澄、今回はすぐ出番あるから、歌えるように待機って事で……ね?」

 

「香澄ちゃん。今回は我慢しよう?」

 

「そもそもだけど、ギター三人体制って、ライブハウスの準備が大変だと思うのは私だけ?」

 

「うー……分かった。華那!次の機会、絶対私も演奏させて!約束だよ!」

 

 と、りみちゃんと沙綾だけでなく、おたえちゃんも救いの手を差し出してくれたので、なんとか香澄ちゃんを説得でき、練習へと入る事になった。

 

「まずは一曲目なんだけど、『#1090~Million Dreams~』のバージョンで行こうと思うんだけど、最後のスローテンポはカットするよ」

 

「って事は……最後はどう終わらせるの?」

 

 おたえちゃんがギターの調律をしながら聞いてきた。おたえちゃん良い質問だね。最後はジャーンって伸ばして、ジャッジャッジャーンって、みんなで合わせて終わらせるの。まあ、よくあるライブアレンジで行こうかなって思っています。

 そう言ってから、実際にギターとアンプを繋いで実演してみせると、みんな納得いったようでそれぞれ音を出して確認をしてから合わせてみたら、最初にしてはいい感じになった。

 

「それじゃあ……一回通してみよっか。あ、#1090ね」

 

「華那。カウントいる?」

 

 私の発言に全員頷いてから、沙綾がそう聞いてきたので、早めの(フォー)カウントでギターだけ入って、ドラムがダンッてやったらイントロって流れを全員で確認してから

 

「んじゃ、いきますか。ワンツースリーフォー」

 

 カウント後のイントロは私だけの演奏。二回メロディを繰り返してからドラムが入って、全員での演奏が始まる。カッティング演奏からのメロディラインへ。その時に、おたえちゃんが私の主メロディとハモるように演奏する為、私と呼吸を合わせて弾いてくれた。最後に近い所でブレイクがあるのだけど、そこは有咲のソロコーナー出番。途中からおたえちゃんがバッキングで入って、それに合わせるようにベースのりみちゃんが入る。そして、最後は全員で!途中、私がライブであの人がやったようなアドリブの速弾きをする。おたえちゃんもそれに合わせてくれたので、不協和音になる事はなかったと思う。

 

「……どうだった?」

 

 演奏を終えてから、聴いていた香澄ちゃんに感想を問う。私としては最初をカウントじゃない方がいいかもしれないと、アレンジの方を考えていた。

 

「すっごい良かったよ!!初めて演奏したと思えないぐらいだったよ!」

 

 大はしゃぎで答えてくれた香澄ちゃんなのだけれど、今はそういうのじゃなくておかしい所を言って欲しいと思ったのは、私だけじゃないよね?

 

「確かに、最初にしてはかなりまとまってた印象だな。ただ、練習はまだ必要だけどな」

 

「そうだね。入りがカウントってのもなんか違う気がするんだよねぇ……」

 

「確かに……でも、他にいい入り方ってあるかな?」

 

 と、有咲と沙綾、りみちゃんが話し合っている声が聞こえた。案は一つあるけど、どうしようかと考えていたら、おたえちゃんに声をかけられた。どったの?

 

「華那。さっきのアドリブの箇所なんだけど……」

 

「あ、まずかった?」

 

「ううん。逆。あの速弾きでいいと思うよ。そのアドリブの時、私どう演奏すればいい?」

 

 あ、ごめん。言ってなかったね。その前のおたえちゃんが弾いていたメロディのままで行ってくれればいいよ。それと、イントロの時なんだけど……。と、おたえちゃんに耳を貸してと手招きして、耳元で私が考えていた案を伝える。

 

「それ、面白い。良いと思うよ華那」

 

「本当?」

 

「おーい。ギター組。なぁに、こそこそ話してんだー」

 

「そうだよ。華那。みんなで考えなきゃいけないでしょ」

 

 不満そうな声の有咲と沙綾が、私達に話しかけてきたので、私は慌ててごめんと言いながら、おたえちゃんに言った案を全員に伝える。今回のライブは、ポピパの皆がメイン。でも、オープニングアクトもポピパの皆が演奏するから、何か驚きみたいなものが必要な訳で……。

 

「なるほど……なら、私はペダルで一定のリズムやって、観客煽ればいいね?」

 

「華那の身長なら……確かにできそうだな」

 

「有咲、気にしてる事、言わないでよぉ!!」

 

 と、真剣に考えてくれているのだろうけれど、私の伸長を出してきた有咲に私は泣きつくような真似をする。尚、泣きつく真似の参考文献は香澄ちゃんである。

 

「だぁぁぁ!!ひっつくんじゃねぇ!!香澄だけで十分だっての!!」

 

「と、言いながら嬉しそうな有咲なのでした」

 

「嬉しかねぇぇぇぇぇ!!」

 

 と、大きな声で否定する有咲だけれど、無理やり離さないのはやっぱり嬉しいのでは?と思いながら、引っ付いたままではいられないので離れる。その後、もう一曲だけ最後に演奏するインストゥルメンタル(楽器だけの曲の事)を通してみたけれど、みんな楽曲への理解度が高すぎる。なんで?

 

「うーん。私は華那といつか演奏できるように練習してたから」

 

「私は沙綾が音楽に合わせて叩いてたから、気になってどんな曲って聞いて練習したたから」

 

「私もおたえちゃんと同じだよ」

 

「私は……華那が聴いてるって聞いたから、気になって……って、おい!何、私に言わせるんだ!!しかも、そんな暖かい目で(こっち)を見るんじゃねぇ!!」

 

 最後に有咲が大暴れしそうになっていたけれど、香澄ちゃんと沙綾に宥められていた。さて、元凶が分かったところで、“本命”の練習に入らないとね。勿論、インストゥルメンタル楽曲をやる事にも理由はあるのだけれど、この曲は歌詞も今の私と姉さんに相応しいと思っている。その意味が伝わるかどうかは別問題だけど……。

 

「じゃあ、みんな一度楽器下してもらっていい?今から私、CD音源に合わせて()()から」

 

「華那……大丈夫なんだよね?」

 

 私の言葉に不安そうな沙綾。だいじょぶだって。軽く流す程度だし、それに私が歌った方が、みんなも楽曲への理解度増すと思うし、アレンジの相談もしやすくなると思うから。

 

「そうだけど……」

 

「沙綾、諦めろ。昨日の時点で、華那の覚悟は梃子でも動かねえよ……」

 

「華那の歌声楽しみだね!ね、りみりん、おたえ」

 

「うん。映像で聴いた事あるけど、目の前で歌声聴いた事なかったもんね」

 

「どんな感じの曲かな?」

 

 沙綾の肩に手を置いて左右に首を振る有咲。凄い不満そうな沙綾に心の中で謝りつつ、香澄ちゃん達の落差にちょっと笑みが零れてしまった。まあ、沙綾は私が歌えなくなった原因というか要因を知っているから、凄い心配するのは分かる。でも、今回は()()()()()()()()()()()()から。

 

「じゃあ、歌います……」

 

 スマホで音源を再生させる。イントロはギターから入り、ドラムのフィルとシンセが後を追うように入って曲が始まった。香澄ちゃん達の様子を見れば、一音も聴き逃さないってぐらい集中しているのが分かる。自然と歌う私の体に力が入る。一音一音、感情を込めて、丁寧に、それでいて想いを伝えるように、時に力強いシャウトを入れながら歌い上げる。

 

「……って感じだね」

 

 音楽が終わったのでスマホを操作して再生を停止させる。最後まで歌いきれた。しかも、()()()()()()()()()。あまり表情には出さないように心掛けながらも、内心では「歌えた!!」とバンザイでもするぐらいの勢いで喜んだ。これならいける。

 

「……」

 

「あ、あれ?みんな?」

 

 と、思っていたのですが、みんなの反応が無い事に不安を覚えた。一言ぐらいほしいのですけど!?なんて思っていたら、沙綾に抱きしめられた。ナンデ!?と混乱していたら

 

「良かった。良かったよ……華那の歌声また聞けて……」

 

 と、私の頭を撫でながら、沙綾が震えた声で私に話しかけてくれた。沙綾……本当ごめんね。でも、だいじょぶだったでしょ?

 

「うん……」

 

 沙綾の背中に手を回して優しくさすってあげる。本当に心配だったんだ。私が練習とはいえ、声が出なくなるかもしれないって事に。本当にごめんね、沙綾。

 

「すっごい……華那の迫力に圧倒されちゃった」

 

「う、うん。うちも凄すぎて、なんて言っていいか分からへん」

 

「歌に華那の感情が込められていたよ。まるで自分の歌みたいな、そんなイメージ?」

 

「歌声、すげぇ綺麗だった……それに気持ちが歌に乗ってぶつかってくるってのはこういう事を言うんだな……」

 

 と、香澄ちゃんから順々に感想を述べてくれたのはいいけれど、褒めても何も出ないからね!?というか、歌声を誉められるのは慣れてないってのが本音。姉さんとやっている時は、本当にひたすら上だけを見てやってきたから、直さなきゃいけない所ばっかり言われてきたからね。

 

「さて、みんな曲のイメージは、今ので少しは理解できたと思うから、今からアレンジの話し合いしよう」

 

「そうだね……ごめんね、華那。急に抱きついちゃって」

 

 と、私から離れて謝ってくる沙綾。沙綾、気にしてないし、逆にありがとうと笑みを浮かべて伝えてから、みんなでアレンジについて話し合う。ある程度の方向性がまとまったら、今日は合わせないで、後日通して合わせる事に。

 その後は、何回かインストゥルメンタル楽曲の方を練習してから、ポピパの練習に入った。私はそれを聴いて、ここをこうした方がいいとアドバイス出す役になったのだけど……ポピパの楽曲を聴いて、本当に楽しそうに演奏しているなぁって改めて思いながら、真剣にアドバイスを出す為にみんなの演奏に集中したのだった。

 

 で、午前中の練習が終わり、昼食をみんなで食べた後の休憩中におたえちゃんが

 

「そういえば華那。バンド名どうするの?」

 

「ほへ?」

 

「『ほへ?』じゃねぇだろ。華那のバンドなんだから、名前決めなきゃだろ?」

 

 と、ハーブティーを飲んでいた私が変な声を上げたのは悪くないと思ったのだけれど、有咲が呆れた表情を浮かべていた。え?でも、オープニングアクトって言っても、まんまポピパだから、ポピパwith華那でよくない?

 

「いやぁ……それはどうかと思うよ?華那」

 

「華那ちゃん……さすがに、それはない……よ?」

 

 と、沙綾とりみちゃんに否定されてしまった。しかも、完全に呆れられた!そんな!?私としてはそれでいいと思ったのに!?

 

「おい、香澄。華那の奴、本気で言っているみたいだから何とかしろ」

 

「えー、有咲も一緒に考えようよー!華那だけじゃなくて、みんなのバンド名なんだからー」

 

「だぁぁぁぁ!!香澄、おまっ、毎回毎回ひっつくんじゃねぇぇぇぇぇ!!」

 

 と、毎度の事が発生しておりますが、真面目にどうしようか……。バンド名については全く考えていなかった。有咲、ちょっとそこに置いてある英和辞書借りるよ?あ、今忙しいから別に構わない?じゃあ、遠慮なく借ります。さて……英和辞典広げたはいいけど、何かいい案あげないとね……。曲名から持ってくるのもありかな?

 

「STARDUST TRAINってのはどう思う?」

 

 と、パッと閃いた楽曲がそれだったので言ってみるけれど、反応はよろしくない。

 

「星屑列車……なんか、華那のイメージと違う……?」

 

 と、腕を組んで首を傾げながら言ったのはおたえちゃん。まあ、そうだよねぇ……あの人達の楽曲から持ってきただけだから意味はないし。これは結構難航しそうだと思った矢先に、おたえちゃんが

 

「華那のバンド……華那……グループ……!KMGってどうかな?」

 

「KMG?」

 

「おたえ、何の略?」

 

 おたえちゃんに全員の視線が集中する。おたえちゃんは右手を顎に当てて

 

「KanaMinatoGroupの略称」

 

「まんまだねぇ……」

 

「おたえちゃんらしいね」

 

 と、沙綾とりみちゃんが苦笑を浮かべていたけれど、私はどこかその名称に引っかかっていてなんだろうと考え込む。どこだっけ……、どこで聞いたんだろう、その略称のようなグループいたはず。後で沙綾に聞いた話によると、その時考えこんでいた私の姿は、まるで某特命係の刑事さんが考え込んでいるような感じだったとの事。どういう事!?

 それはともかく、必死に考える事五分弱。やっとの事でたどり着いた答えが――

 

「MSG*1とTMGと同じだ!」

 

 答えを得た私はテーブルを叩いて立ち上がってしまったので、有咲からありがたいお説教を受ける事になってしまった。行儀が悪いというのと、人の家の物を壊す気かと。ごめんなさい。でも、よく思い浮かんだねおたえちゃん。

 

「ん?そっちのグループ名からヒントは得てないよ?」

 

「すげぇ偶然だな……」

 

「さっすがおたえ!!」

 

 あっけらかんと言ってのけるおたえちゃんに、呆れた口調の有咲。何がどう流石なのかと香澄ちゃんに突っ込みたくなったけれど、バンド名はこれで行こうという事を皆に伝える。私自身、尊敬する()()()のソロ活動時のバンドと似たような名前はいいと思ったから。

 

「華那がそれでいいなら、私は問題ないかな」

 

「私はいいグループ名だと思うよ、華那ちゃん」

 

「まあ、華那がそれでいいならいいんじゃねぇか」

 

「決定だね、華那!!」

 

 と、みんなそれぞれ反応を示してくれた。よし!グループ名も決まったし、午後も練習頑張ろうね、みんな!

 

「「「「「おー!」」」」」

 

「人ん()で大きな声出すんじゃねぇ!!」

 

 と、有咲ちゃんが怒ったのだけれど、表情は笑っていた。午後の練習を始める前に、私はある人物に連絡を入れる。きっと、私が歌うってなったら、姉さんは止めに来ると思うから、そうならない為に助っ人が必要だからね。ただ、問題は助っ人が天邪鬼なところあるからなぁ……。そうなったら、()()()()()()()()しかないか、と思いながら電話をしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 自室で盛大に溜息を吐く。華那と喧嘩して数日が経った。今、華那は家にはいない。母さんから「しばらく、顔合わせない方がいいでしょ?」と、山吹さんの家にしばらく泊まるという話しになった――と、喧嘩した当日の夜に聞かされた。

 山吹さんに迷惑かけてしまった事に罪悪感を覚え、電話をしたのだけれど

 

『私は迷惑じゃないです。友希那先輩……謝る相手が違いますよね?』

 

 と、叱責されてしまった。山吹さんにも「しばらく会わない方がいいです。今、華那に何言っても届かないと思いますから」とまで言われてしまった。華那の歌声を奪っておきながら、華那をさらに傷つけただなんて……最低な姉ね。

 Roseliaがバラバラになって、自分自身どうすればいいか分からなくなって、八つ当たりに近い……いえ、八つ当たりね。本当……どうすればいいのよ。

 

「今週末……ライブって言っていたわね」

 

 机の上にはPoppin’Partyの戸山さんからもらった一枚のチケットが置いてある。出口の見えないこの状況……何かしらヒントになるものがあれば……。

 

「そう都合よく、答えなんて見つかる訳が無いじゃない」

 

 自分の頭の中に浮かんだ言葉を、自嘲気味に否定する。そう簡単に見るかれば、Roseliaはバラバラになんてならなかっただろうし、私が八つ当たりで華那に酷い言葉をぶつけたりなんてしなかっただろう。

 そう……今となっては「たら、れば」でしかない。これからどうするべきか……自分で答えを出さない限り、Roseliaも、私が姉として進む事が出来ない。考えるしかない。できる限り早く。そう考えるも、答えがすぐ出る事はなく、ライブ当日になってしまうのだった――

 

*1
注:某(スネーク)さんゲームではないです




天邪鬼な助っ人……いったいなに竹蘭なんだ……


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#36

注意事項
※今回一万文字越えで長いです。時間のある時にお読みください
※また、今回歌詞出てきますが、きちんと使用楽曲登録してあります


 その日、私は見事なまでに緊張していた。人前で歌うのは実に三年ぶりぐらい?というのもあるし、ギターをバンド形式で演奏するのが実質初めてだから。いや、バックバンド無しで、音源に合わせて弾くってのは何度も経験してきたけれど、やっぱりバンド形式でやるってなると独特の緊張感がある訳でありまして……。

 

「華那」

 

「華那ちーん、きたよー」

 

 と、控室で、ギターの調律をしていたら、蘭ちゃんとモカちゃんがやってきてくれた。この間、助っ人でお願いしたのだけれど、本当に来てくれたんだ。ありがとう二人とも。

 

「なんであたしなの……」

 

「こらこら~、蘭。そんな事言わない言わない。本当は楽しみにしてたのは、モカちゃん知っているんだぞ~」

 

「なっ!?モカ!!」

 

 と、顔を真っ赤にしてモカちゃんに詰め寄る蘭ちゃん。その光景に小さく笑ってしまった。

 

「あ、蘭ちゃんと、モカちゃんだー!!やっほー!!」

 

「あ、蘭とモカ。来てくれたんだ」

 

 と、元気よく控室に入るなり挨拶したのは香澄ちゃん。その後に続くように入ってきた沙綾も二人に挨拶をして入ってきた。あ、ポピパのリハ終わったんだ?そう。今の今までポピパの皆は、今回のライブのリハを行っていた。私?私のバンドKMG(華那湊グループ)(命名者:おたえちゃん)は既に終わらせて、待機中。発声練習もしておかないとね。

 と、言っても、本番までまだ時間がある。だから、蘭ちゃんとモカちゃんが控室にやって来られた訳。なんだけど、ポピパの皆もやってきたから、みんなで色々な話題で盛り上がっているので、私は会話に参加しないでおこうとしたら

 

「華那、大丈夫?」

 

「ん?だいじょぶだよ、蘭ちゃん。心配してくれてありがとう」

 

 と、ギターのチューニングを終わらせて、軽く弾いていたら蘭ちゃんが心配そうな表情で声をかけてきたので、私は笑顔を浮かべて答えて、すぐに蘭ちゃんに謝った。ごめんね。今日、嫌な()()()()()()()

 

「べ、別に嫌じゃない。ただ、面倒なだけだし」

 

「と、言いながらも、あの時、華那ちんから電話きて、その話しを聞いた後に、笑み浮かべてたのはどこの蘭ちゃんだったっけ~?」

 

「モカ!!」

 

 まさかのモカちゃん乱入で、顔を真っ赤にしてモカちゃんを追いかけまわす蘭ちゃん。笑顔浮かべていたってどういう事だろうかと首を傾げていたら

 

「きっと、華那に頼られて嬉しかったんじゃないかな」

 

「そうなのかな?」

 

 沙綾が私の様子を見て、そう話しかけてきた。まあ、蘭ちゃんは天邪鬼なところあるからね。それはクラスの皆が知っている事だから、仕方ないね。そんな事を思っていたら

 

「そう……いえば……。華那……衣装は……Roseliaの……衣装……なんだね」

 

 と、息も絶え絶えに話しかけてくる蘭ちゃん。いや、もう少し落ち着いてからでもいいんだよ?え?モカちゃん。これがいつも通り?……大変だね、蘭ちゃん。それはそうと、私の衣装は燐子さんが作ってくれたRoseliaの皆とお揃いの衣装。

 他の衣装というか私服で――と、考えたのだけれど、ポピパの皆、特に沙綾からこの衣装で演奏してと、半分強制に近いお願いをされたのでこうなりました。

 

「Roseliaと同じ衣装なのに、華那が着るとゴスロリにしか見えないね」

 

「あ、蘭。それ分かる。Roseliaのメンバーが着ると、大人びた感じに見えるのに、華那が着ると完全にゴスロリだよね」

 

「わかる。華那、可愛いから、そう見える」

 

「ちょっと、沙綾におたえちゃん!?」

 

 沙綾とおたえちゃんが会話に入ってきたはいいけれど、私が着るとゴスロリって!?そしたらあこちゃんどうなるの!?って聞いたら

 

「いや、あこちんは……ゴスロリじゃなくて、黒魔術師的な?」

 

「私知ってる。あこのような子、中二病って言うんだよね?」

 

 モカちゃんが人差し指を顎に当てながらあこちゃんのイメージを言ったと思ったら、おたえちゃんが爆弾落としてきた。苦笑を浮かべながらりみちゃんが「本人に言わない方がいいよ」と話していたけれど、おたえちゃん理解してくれるかなぁ……。まあ、頑張れあこちゃん。高校生になったら中二病もやってられなくなるよ――と心の中で呟いていたら

 

「緊張ほぐれた、華那?」

 

「え……蘭ちゃん?」

 

 そう語りかけてきた蘭ちゃんを見れば、少し安堵したようなそんな表情を浮かべていた。もしかして、蘭ちゃん緊張しているの分かっていてワザと――

 

「ほら、モカ。そろそろ行くよ」

 

「はーい。みんな頑張ってねー。モカちゃん、楽しみにしてるよぉ~」

 

 私が問いかける前に、モカちゃんに声をかけて控室から出て行った蘭ちゃん。後でお礼言わなきゃ。その後、しばらくみんなで話しながら、最後の調整やら発声練習をしていたら、そろそろ準備しなきゃいけない時間になった。もうじき……うう、若干緊張してきた。

 

「あ、そうだ!円陣組もうよ!!」

 

「……また始まりやがった」

 

 と、私がギターを持とうとした時に、香澄ちゃんが唐突にそんな提案をしてきた。それを聞いてすぐさま反応したのは有咲。流石有咲。ツッコミの反応速度はポピパ(いち)だね。口には出さないでおくけど。でも、円陣って唐突だね。

 

「だって!華那の、KMGの初ライブなんだよ?なら、みんなで一体感高めないと!」

 

「香澄、メンバーは華那以外ポピパだからな!?」

 

「アハハ。香澄らしいね。私は賛成だよ」

 

「ちょ、沙綾!?」

 

 と、まさかの沙綾の発言に驚く有咲だったけれど、正直私もやってもいいかなって思ったので、賛成側なのです。おたえちゃんもりみちゃんも賛成したので、多数決により有咲も渋々といった感じでやる事になったのだけれど、顔ニヤついてますよ有咲さんや。

 

「華那、うっせえ!!」

 

「じゃあ、華那!声出しよろしくー!」

 

 有咲のツッコミとほぼ同時に、香澄ちゃんが私に振ってきた。ほへ?私が声出しするの?え?私の名前のバンドなんだから当たり前?あの、みんなそれで……いいのね……分かったよ。円を作って、みんなで手を重ね合ってから、

 

「えっと……今日のライブ。私の我が儘で、準備段階でみんなにすっごく迷惑かけたと思う」

 

 私の言葉に「そんな事ないよ」とりみちゃんと沙綾が言ってくれた。ありがとうと答えてから続ける。

 

「今日の演奏、楽しくやって、私の想いを歌に乗せるから、みんなでライブ、最高に楽しもう!」

 

「「「「「おー!」」」」」

 

「じゃあ……」

 

 と、大好きな声優さんがライブ前にやる掛け声に、少しだけ掛け声をプラスしたのをやると伝えてから大きな声で音頭を取る。

 

「せーの!」

 

「「「「「「一・二・三・四・五・六・七、アクション!!」」」」」」

 

 最後のアクションの時に重ねていた、手を天に向けて上げる。その後、みんなでグータッチして、ステージ裏へと移動する。久々のライブ……想いを伝えるというのも重要だけれど、楽しもう。それが私にできる最大の事だから――

 

 

 

 

 結局、答えの出ないまま、今日を迎えてしまった。正直、こんな状態でライブを見に来ても何も得られないじゃないかという想いも若干あった。でも、私はライブハウス(ここ)にいる。歌う側じゃなく、見る側として……。

 

「あ、湊さん」

 

 腕を組み、会場の一番後ろで、色々考えていたら見知った顔に声をかけられた。声のした方を見れば、華那と同じクラスの美竹さんと、隣クラスの青葉さんが立っていた。

 

「……あら、美竹さんに青葉さん。珍しいわね」

 

「ええ……たまには他のバンドの演奏を観るのも勉強になりますから……」

 

「どうもー。いつもうち蘭が華那ちんにお世話になってまーす」

 

「モカ!」

 

 私に右隣りに立ってそう答えた美竹さんと、その奥で頭を下げながら、何故か保護者気取りの青葉さん。顔を真っ赤にしながら、青葉さんに言い寄る美竹さん。相変わらず仲が良いのね。

 

「ええ、モカちゃんと蘭は、相思相愛の中ですから」

 

「モカ、次、余計な事言ったら殴るから」

 

「ひー怖い怖い」

 

 睨む美竹さんにおどけた表情の青葉さん。盛大に溜息を吐いた美竹さんが「そういえば」と私に話しかけてきた。

 

「湊さんは、今日、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()知ってました?」

 

「……ええ。さっき知ったわ。確かKMGだったかしら?」

 

 そう。会場に入る前にパンフレットをもらったのだけれど、そこにはオープニングアクトにKMGと書いてあった。バンドメンバーの紹介も無く、ただ、名前だけ。まるで記載する時間が無かったようにも思えた。

 

「ポピパがお願いするバンドって、どんなバンドなんですかねぇ?」

 

「さあ……聞いた事もないバンドだから、実力は分からないわね」

 

 青葉さんに聞かれたが、私はそう答えるしかなかった。今まで、Roseliaとして様々なライブハウスでやってきたけれど、KMGなるバンドなんて聞いた事が無い。いったいどんな演奏をするのか、技術は?どんなジャンルの楽曲を演奏するのか分からない。美竹さんにも聞いてみたが知らないとの事だ。

 

「あ、始まりますよ」

 

 と、会場の照明が暗くなり、バンドメンバー出てくるシルエットは見えた。?おかしいわね。山吹さんや市ヶ谷さんっぽく見えるのだけれども……。首を傾げながらステージを見ていたら、ステージ中央にスポットライトを浴びて姿を現したのは青いギターを持った花園さんだった。

 スポットライトの漏れる光から、ドラムが山吹さんだというのが分かったけれど、ポピパ?と疑問に思っていたら、ドラムの山吹さんがドラムのペダルで一定のリズムを刻んで会場を煽り始めた。花園さんもそれに合わせて手拍子をしていて、会場全体が手拍子に包まれ、ギターの音が鳴り響いた。しかもメロディは「#1090」!?

 

 その時点でどよめきが発生した。それもそのはず。ギターを持っている花園さんは()()()()()()()()()()なのだから。なら誰が――

 

「!?」

 

 ギターだけのイントロが終わり、全員で演奏となる少し前に、花園さんが私達から見て右へ移動する。そこに現れたのは、髪を後ろで一つにまとめ、私達Roseliaとお揃いの衣装に身を纏い、黒いエピフォンのギターで演奏している、妹の華那だった。

 どういう事?と混乱している間にも、演奏は続いていく。イントロが終わり、カッティングの時に、華那は笑みを浮かべていた。その後メインメロディの箇所になったのだけれど、その時は花園さんと目を合わせ、ギターメロディのハモリを演奏していた。

 

「綺麗……」

 

 誰かがそう呟いた声が聞こえた。確かに楽曲としてのテンポは速いのに、メロディがハモったギター音はとても綺麗だった。そして、最後に近くなり市ヶ谷さんのソロコーナーが入り、一気に演奏は終わりへと向かって加速していく。途中。華那がアドリブだろうか、速弾きを披露した時に、凄い歓声が上がった。あの小さな体で、ここまでパワフルで繊細な演奏をするだなんて誰も思いもしないだろう。それに――

 

「なんて、楽しそうなのかしら……」

 

 そう。華那の演奏は、音楽を心から楽しんでいる。そう思える演奏だった。それと、このアレンジは「Tour2016"The Voyage"」で披露したのを意識しているわね。あの子が買ったライブ映像を何度も見ていたから、間違いない。

 最後は華那が全員の顔を見ながら、バラード調に入らずに全員で音を合わせて演奏を終わらせた。一曲目が終わった後、一瞬だけ静寂が訪れたかと思ったけれど、すぐさま盛大に拍手と歓声が会場を包み込んだ。

 

「すごっ……」

 

「華那ちん、あんなにギター弾けたんだ……」

 

 美竹さんも青葉さんも驚きを隠せない様子で、拍手をしながらそう呟いていたのが聞こえた。正直、私も華那がここまで“気持ち”を込めて演奏してくるとは思っていなかった。でも、どうして華那が?

 

『皆さんこんにちは!KMGです!』

 

 ステージが明るくなり、中央にギターを外してギタースタンドに置いた華那が挨拶をしていた。ギターを外した?どうして?

 

『えー……ギターを担当させて頂いた華那です。今回、ご覧いただいている通り、メンバーの九割はPoppin’Partyのみなさんで構成されています。今回は、私の我が儘を聞いてくれて、ポピパのボーカル、香澄ちゃんと私が交代するような形でバンドを組んで、カバー曲を三曲演奏させて頂きます』

 

『交代って言うか、私達が華那と演奏したかったからなんだけどね』

 

『こらこら、おたえ。華那が話しているんだから、横やり入れない』

 

『お、おたえちゃん」

 

 華那が申し訳なさそうに話していたら、花園さんがあっけらかんと言ったので、それを注意する山吹さんに、おろおろする牛込さん。そのやりとりに会場が笑いに包まれた。キーボードの市ヶ谷さんは呆れた表情を浮かべて、何か言いたげだったけれど我慢したみたいね。

 

『アハハ……そういう訳であと二曲。KMGとして演奏させて頂きます。精一杯、心込めて、楽しく、やらせて頂きたいなと思います……で』

 

 と、言って頭を下げた華那。それと同時に拍手が起きた。でも話しは続くみたいね。

 

『次の曲なのですけど、きっと知らない人の方がい多いと思うのでタイトルを……『ロストシンフォニー』って曲なのですけど、この曲は私がどうしても()()()()()()で、メンバーの皆と、少ない時間の中でたくさん練習してきました』

 

 ……今、華那はなんて言った?華那の言葉に私は思考が停止しかけた。練習した?歌う?だれが?華那が?混乱している私なんて気付いていない華那は続ける。

 

『この歌の歌詞が、今の私にすごくピッタリだと思っていて、今回KMGとして最初のライブなのですけど、ボーカル華那としては今日が最初で最後です』

 

 その言葉にどよめきが起きる。華那はそのどよめきの中で、自分が何年か前に喉を痛めた事がある事を話し

 

『もしかしたら、声が出なくなるかもしれない。そんな恐怖はあります。でも、魂込めて全力全開で歌います』

 

「っ!」

 

「湊さん!」

 

 華那の言葉を聞いて私が止めに行こうと、走りだそうとした時、美竹さんが私の手を取って、私を止めた。離して!華那を止めないと!

 

「離しません。華那に頼まれたので」

 

 どうして?どうしてあの子は、二度と声が出なくなるかもしれないのに?それに頼まれたってどういう事?

 

「華那は湊さんを思って歌おうとしているんです。今Roseliaで何があったかは、あたしは知りません。でも、華那の想い。聴いてあげてください、湊さん!」

 

 美竹さんの私の手を握る手が強くなった。顔を見れば、今にも泣きそうな、そんな様子にも見えた。華那の覚悟……美竹さんは聞いていたのね。でも、あの子の声は――

 

『では、聴いてください。ロストシンフォニー』

 

 私達がそうこうしている間に、演奏が始まってしまった。花園さんのギターから入り、キーボードの音が入ったと思った瞬間、ドラムが入って曲が始まった。この曲は……華那が歌えていた頃に、ソロで歌った事のある曲――

 

『I said soキミを悲しませるのはボクだけだとそう想ってたんだ』

 

 華那の綺麗な歌声がマイクに乗って会場に流れる。華那は歌詞の言葉、一つ一つに想いを込めながら歌っていた。サビ前の部分は牛込さんと市ヶ谷さんがコーラスで入る。

 

『『I will always be』』

 

『溶ける鼓動』

 

『『in your bravery heart』』

 

『シンクロして永久に通じるリズムを』

 

 「リズムを」の所を力強く歌い上げサビに入った。その時に華那が、マイクスタンドからマイクを外して、ステージの先端に設置されている台に右足を乗せ――

 

『足りない旋律君と奏でたあのシンフォニー書き直せない』

 

 歓声が一段と大きく上がった。あの小さな体なのに、こんな力強い歌声を披露して、尚且つプロがやるようなパフォーマンスを見せれば、歓声は上がるわ。でも、今、私にはそのパフォーマンスより、華那の歌声に込められた想いが伝わってきていた。

 

『忘れない二度とは失くさないと願う一瞬を音に繋いでいけばいい』

 

 足りない旋律とシンフォニーというのは、華那と私が奏でていた頃の事だ。それは華那が喉を痛めたから書き直せなく(歌い直せなく)なった。

 そして、忘れないというのは私が華那の想いを、二度とは失くさない願いというのは……Roseliaの事。その願う一瞬を音楽で表現して――まるでそう華那が言っているかのように聞こえた。

 

 一番が終わり、歓声が上がる。そのまま二番に入った瞬間だった。()()()()()()()()()()()()()――

 

『止めてみたんだjust for this time』

 

 最後の部分、痰が絡んだかのように、ガラガラ声に近い声が出ていた。やっぱり、あの子、無理を!?それなのに演奏を止めずに、歌い続ける華那。

 

『全部自分のせいそんな被害妄想それは偽善の理想論』

 

『『気付かず涙を見せる自分を愛して』』

 

『それじゃねキミをね愛せなくて』

 

 そんな状態でも華那は力いっぱい、体を使って歌う。途中髪をまとめていたヘアバンドが切れたのか、髪が広がったというのに、華那はそれを気にせず頭を左右に振りながら

 

『心に刻まれ続ける永久に響くメロディを!!』

 

 魂が震えるというのはこういう事を言うのか――鬼気迫るものに近い歌い方、パフォーマンスに会場は飲み込まれていた。一部の人が「頑張れ!!」と声を上げていたけれど、その声も歓声――いえ、華那の歌、KMGの演奏でかき消された。

 

『一瞬を音に繋いでいけばいい!!』

 

 と、ガラガラ声になりながらも歌いきり、最後はシャウトまでしてみせた華那。お願い……お願いだから……これ以上、歌わないで華那。これ以上歌ったら、貴女の声が本当に……壊れてしまう……。私の瞳から、涙が床に零れ落ちた――

 

 

 

 

 華那の異変に気付いたのは二番に入ってからだった。一番の最後までは綺麗な歌声だったのに、突然歌声が掠れるというより、ガラガラ声に近いものになっていた。ステージの脇から心配で見ていたけれど、華那は苦しい姿を見せる事無く、歌いあげようと必死に、気持ちを込めて歌っていた。

 

「……華那」

 

 お願いです神様。もしいるなら、この時だけでいいです。華那に、最後まで歌わせてあげてください。そうじゃないと、華那の気持ち友希那先輩に届かないんです。気付かないうちに私は祈るように両手を握っていた。二番サビに入ったけれど、華那の声はどんどん酷くなる一方で、歌いきれるかわからない。

何か私にできないの?そう思って、左右を見る。目に入ってきたのは、華那が持ってきた水の入ったペットボトル。歌い終わったら飲むって言っていたやつだ。これだ!と、思った時には私は行動に出ていた。

 

「華那っ!!」

 

 演奏中だけれど声出して華那を呼ぶ。華那はこっちに気付いた時に、持っていたペットボトルを下から華那に届くように投げた。私が投げたペットボトルは放物線を描いて、華那が伸ばした左手に見事に収まった。

 私がペットボトルを投げた瞬間、華那が驚いた表情を浮かべていたけれど、受け取ってから「ありがとう!」って言っているような口の動きに見えた。蓋を開けてステージ上で飲む華那。あと少し、頑張って!!

 

 

 

 正直、間奏に入った瞬間、香澄ちゃんがペットボトルを投げてきたのには驚いた。でも、助かった。ありがとうと伝えたけれど、伝わったかな?右手を左右にぶんぶん振っていたから、きっと伝わったと思いたい。

 間奏はアレンジして、少しだけギターソロを長くしておいたから今のうちに水を飲む。一呼吸して、左手にペットボトルを持ったままCメロへ入る。

 

『サヨナラ。振り返ることはもうしないよ。』

 

 歌いだしたら、ガラガラだった声が戻った。会場が一段と盛り上がった気がしたけれど、今は歌に集中。ねえ……姉さん。私、もう歌えなくなった事、あの頃の事、思い返すの止めるよ。

 

『止まった時を今、動かせるから。』

 

 だから、姉さんもこれから新しく踏み出そうよ。Roseliaで何があったかなんて私、分からない。でも、姉さんも私も、止まっていたら動けなくなっちゃう。それはダメだよ。姉さんにはRoseliaがあるんだよ。

 

『新しい旋律に“ボク”はいないけれど。』

 

 新しい旋律……本当はここ、“君”なんだけど、敢えて“ボク”と私は歌う。だって、新しい旋律(Roselia)には私はいないんだもの。でも……だからこそ、私は――

 

『ありがとう。この歌を、奏でられるよ。』

 

 そう。だからこそ、今この歌を奏でられるんだ!!歌い切り、ペットボトルに残っていた水を一気に飲み干し、沙綾のドラムフィルに合わせ私はステージ前方へ!ラストのサビに入る直前に空になったペットボトルを観客へと放り投げた――

 

『音に繋いでいけばいい……Yeah!!』

 

 最後のシャウトまで歌い切り、演奏が終わった瞬間だった。今までに感じた事の無い、盛大な歓声と拍手に会場が包まれた。ところどころから「よく最後までやった!」とか「かこよかったよー!!」という声が聞こえてきて、泣きそうになったけれどまだライブは終わってない。気持ちを切り替えて、ギターを持った時に、沙綾と目が合った。

 すごい心配そうな表情浮かべていたから、だいじょぶって伝えてピースサインと笑顔を浮かべてマイクスタンドの立っている場所に戻ろうとしたら、なぜか沙綾が立ち上がって私の所にやってきた。なんで――と、思っていたら、沙綾がしていた右手のリストバンドを外して、私の髪を一つにまとめてくれた。あ……そっか。歌っている途中に切れちゃったんだっけ。

 

「ほら、華那、動かないの。縛れないでしょ?」

 

「このぐらい自分でできるよ?」

 

「いいから」

 

私に拒否権はないのかな沙綾。って、何故か会場が盛り上がっているのだけどなんで?え?姉妹みたいで可愛い?あの……それってどういう意味ですかね!?と、沙綾が終わったよと言って、定位置に戻っていった。もう……。

 

『ありがとうございます。えっと、途中、ガラガラ声になってお聴きにくい、歌声でごめんなさい。でも、皆さんの声援のおかげで最後まで歌えました。本当、奇跡ですよね。皆さんの声援が私に力をくれたんです』

 

 本当なら、曲紹介をしてすぐ行く予定だったけれどちょっと変更して、挨拶を入れる。大丈夫だよとか、最高だったよとか好意的な声が聞こえてきた。ありがとうございます。と、改めて一礼してから

 

『最後、ちょっと感情高まってペットボトル投げちゃったんですけど、怪我無いですか?だいじょぶ?後で回収……え?持って帰る?ゴミだよ!?』

 

 ペットボトルを拾った人と、そんなやり取りをしたら会場が笑いに包まれる。ポピパの皆も笑っていた。小さく深呼吸してから

 

『次でKMGとして最後の楽曲です。最後は日本語で「もっと遠くへ」「もっと先へ」という意味を持った曲です。今日、最高のライブをさせて頂きましたが、もっと先を目指して、ギタリストとし腕を上げて、いつかまたライブ会場で会える日が来る事を願ってます。では聴いてください……「GO FURTHER」』

 

 会場が暗くなり、私のギターから曲が始まり、すぐ有咲が旋律を奏でる。最初はゆっくりな曲だけれど、すぐに激しい曲へと転調する。おたえちゃんとのユニゾン的なギターメロディで駆け抜けていく。

 途中、転調があるのだけれど、その部分がまるで曇っていた空が割れて、青空と光が差す――まるで空が開かれたかのようなイメージで私は演奏する。最後はまたゆっくりな曲調に戻って、静かに演奏を終わらせたら、再び盛大な拍手と歓声が会場を包みこんだ。

 

『本当にありがとうございました!KMGでした。このまま引き続きポピパの皆さんおねがいします。では、香澄ちゃん!!』

 

「はーい!!」

 

 と、元気よく出てきたのは、相棒のランダムスターを持った香澄ちゃん。ステージ上でハイタッチをして、今度はポピパにバトンを渡す。一緒に演奏してくれたみんなに頭を下げて、最後に会場に頭を下げて両手を振ってステージ脇へ。

 

「お疲れ様です、華那さん」

 

「ふみゅ!?」

 

 と、ステージから戻ってきた瞬間、顔にタオルを当てられたけれど、今の声は――

 

「紗夜さん!?」

 

「はい、氷川紗夜です。お疲れ様でした。素晴らしい演奏でしたよ」

 

 と、労いの言葉をかけてくれる紗夜さん。ありがとうございます。演奏はうまくできたと思います。でも……

 

「歌え……ません……でした」

 

「華那さん……」

 

 あれだけ練習したのに、練習の時はならなかったのに、どうして本番の時だけ喉がガラガラ声になってしまったのだろう。これじゃあ、姉さんに私の気持ちは届く訳―――

 

「大丈夫です。華那さんの歌声には気持ちがこもっていましたから、友希那さんには必ず届いているはずです」

 

 と、私を抱きしめて優しく頭を撫でてくれる紗夜さん。本当はステージ上で泣きたかったけれど、我慢していた。涙が私の頬を伝い落ちる。

 

『聴いてください!Poppin’Partyで「前へススメ!」』

 

 香澄ちゃんの声と共に歓声が聞こえてきた。私は涙を流しながら、ポピパの演奏を紗夜さんと見守る。途中、紗夜さんがいる事に疑問を抱いてしまい聞いてみた。

 

「あの……紗夜さん。今頃で申し訳ないのですけど、なんで、ここにいたんですか?」

 

「ああ、それは山吹さん達から連絡があったので。『華那さんの演奏終わったら、一緒にいてあげてください』と」

 

 なるほど。……って、それは沙綾は私が泣く事を前提でお願いしたって事かな!?後で聞かなきゃね……。そう思いながら、ポピパの演奏を見ていたけれど、本当に皆楽しそうに演奏している。いつか……いつかまた本当に、今度は歌わないとしても、ポピパの皆と演奏できる日が来るといいな――

 




もう少しだけ、バンドストーリー2章続きます。


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#37

 今日の予定されていた演奏が終わったライブハウスの会場。私は控室に向かう前に、Poppin’Partyの戸山さん達と話をしていた。演奏をしている時にどんな気持ちで演奏していたのかという事を――

 そこで得た話は、今日、華那が歌っていた時に私に伝わってきた気持ちや、華那やPoppin’Partyが演奏していた時に感じた気持ちに通じるものだった。そうね、そうだったわね。Roseliaが好きだから……いえ、あのメンバーでやる音楽が好きだから。その事をいつしか忘れてしまっていたのね。

 

「Roseliaの誇りを取り戻す……それは身近にあったのね」

 

 そう呟いて、私は控室へ向かう。理由は華那がまだいるからと戸山さんに聞いたから。私が戸山さんに話しを聞いた時は、花園さんと牛込さん、そして市ヶ谷さんしかいなかった。山吹さんと華那の姿が見えず、どうしたのかと聞けば

 

「華那と沙綾はまだ控室で帰る準備していますよ」

 

「分かったわ……今日はありがとう、戸山さん」

 

 という事があったのだけれど、どう話しかければいいか悩んでしまう部分があった。あれだけ酷い事を言ったのだ。私がどう声をかけても、華那に届かないかもしれないという不安があった。でも……それでも華那と向き合わない限り、Roseliaと向き合う事は私にはできない。華那のお陰で、やっと気付けたのだから。どうすればいいのかに――だから、私は今日、華那と話さなければいけない。

 

「友希那先輩」

 

「……山吹さん」

 

 控室の扉の前に山吹さんが立っていた。私を……待っていたようね。まるで対峙するように、私と山吹さんは向かい合う。距離にして二メートルほどの距離かしらね。お互い、視線をぶつけ合い、沈黙がその場を支配する。

もしかしたら数十秒だったかもしれないけれど、私にとってその時間は数十分にも感じられた。そんな空気の中、先に口を開いたのは山吹さんだった。

 

「友希那先輩……華那から今回の話しは聞いています。だから、華那の友達とはいえ私は、貴女を許したくありません」

 

「……でしょうね」

 

 華那に酷い事を言ったのは事実なのだから、許される道理はない。特に、山吹さんはPoppin’Party結成前から、私と華那が中学生の頃からの付き合い。華那とは親友とも言える存在なのだから、姉である私が華那に言った言葉というのは、到底、許せるものではないのは間違いない。だから、私は山吹さんの言葉に同意する事しかできなかった。そんな私に「ですが」と山吹さんは続けた。

 

「華那が許すと言うのなら、私も許します。だって、華那が許したのなら問題は解決している訳ですから」

 

 と、笑みを浮かべる山吹さんに、私は呆然とするしかなかった。華那が許したら自分も許すってどんな理論なのよ。あれだけ怒っていたはずなのに、山吹さんは笑みを浮かべていた。あ、貴女はそれで本当にいいの?だって、姉としてあるまじき発言をしたのよ?それを……そう簡単に許せるものかしら。私だったら許せないと思う。それを問うと、

 

「大丈夫です。華那が許したのなら、私も文句は言いません。ただ……有り得ないと思いますけど、華那が『絶対に許さない』って、言った場合……私は友希那先輩に対して、もっとキツイ言葉を言いますから」

 

 笑顔で山吹さんは私に言う。……この子は、本当に華那の事が大切なのだ。姉の私以上かもしれない。だけれど、姉としてそこは譲りたくない。華那の事は私も大切なのだから。華那は私にとって、唯一の妹であり、大切な家族なのだから。

でも……ありがとう。それと、ごめんなさいね。私達姉妹の喧嘩に巻き込んで。そう伝えたのだけれど、山吹さんは大丈夫ですよと言って

 

「後は……お願いしますね。友希那先輩」

 

「ええ……」

 

 扉の前から離れ、道を開けてくれた山吹さんは、そのままバンドメンバーが待っている会場の方へ向かって歩いて行った。私はそれを見送ってから、覚悟を決めて扉を開けた。静かに扉を開けると、椅子に座って下を向いている華那の姿があった。

その表情は、少し暗いようにも見えた。もしかしたら、私に想いが届いていないのではないかという不安に(さいな)まれているのかもしれない。大丈夫よ、華那。貴女の想い。間違いなく届いていたわ。それを私は言葉にして伝えなければいけない。私は扉を閉めて、華那の隣に座りながら声をかけた。

 

「華那……ライブ、お疲れ様」

 

「姉さん……」

 

 右手で頭を撫でる。一週間程だろうか。私が華那に酷い事を言って、山吹さんの家に華那が行く事になったのは。まだ一週間しか経っていないというのに、なんだか数か月ぶりに合うぐらいの感覚に陥る。私が自分勝手な感情で華那を傷つけた挙句、喉を痛めた事があるのに歌わせた……それは事実だ。だから――

 

「ごめんなさい、華那」

 

「え……」

 

 華那と向き合い、私は謝りながら頭を下げた。華那が驚いたような声を上げていたけれど、私は頭を下げたまま続ける。

 

「私は、華那の姉で、声を痛めた原因なのに、あの時……あんな言い方をしてしまってごめんなさい。華那がどれだけ辛い思いをしてきたか身近で知っていたはずなのに、自分の事しか考えられなかった……」

 

 そう。私がもっと華那の体調に気をつかっていれば、華那は喉を痛める事も、歌えなくなる事も無かったはず。それに――

 

「華那、貴女が自分の時間を削って、必死になって集めてくれたバンドRoseliaも、私が原因でバラバラになってしまった……謝って許されるような事ではないわ……」

 

 そう。今回の原因であるRoselia内部の不和は、私が引き起こしたと言っていい。

 

「姉さん……だいじょぶ……ううん。私は気にしてないって言ったら嘘だけど、姉さんが本当に悩んでいて、余計な事したんだと思ってた」

 

 悲しそうな表情を浮かべる華那。そんな事無いと伝えようと顔を上げたら、華那に抱きしめられた。

 

「だからね……今日、思い込めて歌った事も無意味になるんじゃないかって、さっきまで不安だった」

 

「……」

 

「でも……姉さんはこうやって私の所に来てくれた。それって私の想い伝わったって事だよね?だから、もう謝らないで、姉さん。私、もう怒っていないから。ただ……あの時の姉さんに、言葉じゃ届かないと思ったから……ポピパの皆と相談し合って、歌に乗せて届けようって思ったの」

 

 そう……だったのね。それでも、私は――

 

「だいじょぶ。まだRoseliaは解散した訳じゃないよ。そっちで起きた事は、私……聞かないでおくね。だって、私が聞いて、何かアドバイスしてしまったら、それは姉さんの意思とかけ離れているかもしれないから」

 

「華那……」

 

「姉さん。もう『()()()()()()()()()()()()。姉さんは私の大切な姉であるけれど、今はR()o()s()e()l()i()a()()()()()()でもあるんだよ」

 

 抱きしめられたままだから、顔が見えないけれど、震えた声から華那は涙を流しているはず。その華那の言葉は、私の心の中に自然と入ってきた。そうか……そうだったのね。華那達のライブと戸山さんの言葉で、全員がRoseliaの事が好きかどうかが、Roseliaの誇りを取り戻す手がかりだとは思っていたのだけれど、何かが足りない――そう思っていた。でも、今の華那の言葉で理解した。

 

「そうだったのね……ありがとう華那。それと、本当にごめんなさい。ダメな姉で……」

 

「そんな事無い!!姉さんは……姉さんは私にとって、どんな事があったとしても大切な家族で、尊敬できる姉さんなんだよ!」

 

 抱きしめていた手を私の両肩に置いて、真っ直ぐ私を見る華那。その目は赤くなっていて、さっきまで涙を流していたことが分かった。

 

「だから、そんな言葉で自分を卑下しないで。だいじょぶ。どんな失敗しても、私は姉さんの事、信じているから。それに……Roseliaの皆も待っているはずだよ。姉さんの言葉を」

 

「私の……言葉……」

 

 うん。と、笑顔を浮かべながら頷く華那。ライブで感じた事。Roseliaの皆の事をどう思っているか……それを言葉にすればいいのね?でも、本当に届くかしら……。

 

「純情に、ストレートな感情をぶつければだいじょぶ!絶対、姉さんの気持ちはRoselia(みんな)に届くから!」

 

「華那……ありがとう」

 

 華那を抱きしめて、感謝の言葉を伝える。華那がいなかったら、本当に私は道を間違っていたかもしれない。華那が必死になって引き留めて、それで様々なバンドと出会わせてくれた。それがなければ、間違いなく私は――

 

「そういえば、華那」

 

「何、姉さん?」

 

 抱きしめていた手を緩め、華那と改めて対面するように座り直して、気になっていた事を聞く為に声をかけた。……喉は大丈夫なのよね?

 

「……うん。もう大丈夫。歌っている途中だけ、ガラガラ声になったけれど、水飲んだら普通に歌えたんだ」

 

 不思議だよね。と苦笑いを浮かべる華那に、私は何も言えなかった。本当なら「そう、良かったわ」と言うべきなのかもしれない。でも、それは違うとその時は思ってしまった。確かに普通に話せる事は喜ぶべきなのだろう。でも……本当なら、華那は――

 

「もう、だいじょぶ!姉さんに私の気持ち届けられたし、私も踏ん切り付いたんだ。今日をもって、ボーカル華那は引退するって」

 

 空元気(からげんき)――という訳ではなさそうね。本当に清々しい笑みを浮かべているように思える。

 

「これからは、本当の意味でギタリスト華那として、練習頑張ろうと思うんだ。今までは、やっぱり『いつかボーカルやるんだ』って思っていたから」

 

「華那……」

 

「だいじょぶ、だいじょぶ!そんな顔しないで姉さん。いつか、Roseliaに追いついて、『あっ!』って言わせるから、覚悟しておいてよ?」

 

 心配する私とは対照的に、悪戯な笑みを浮かべる華那。分かりやすい挑発だったけれども、流石にそれは姉として、(いち)ボーカリストとして看過できないわね。

 

「覚悟?華那、貴女こそRoseliaに並ぶ覚悟はできているのかしら?」

 

「いつになるか分からないけれど……必ず、姉さんの隣に立つから!それまで、しっかり歩き続けてよね?」

 

 私の言葉に、真剣な表情で答える華那。その意気ならもう大丈夫そうね。私ももう大丈夫だから。心配かけてごめんなさい――と、改めて心の中で華那に謝りつつ

 

「ええ。待っているわ。R()o()s()e()l()i()a()()()()()()()()()()()()としてね」

 

 そう言ってから、二人で笑い合う。もう私は、道を間違えない。華那と約束したのだから。いつか……いつの日かRoseliaと華那が、わたしたし姉妹が夢見た「あの舞台」に一緒に立つ日が来る事を心の中で願った。でも……その願いは()()()()()()()()()だなんて、この時の私と華那は知らなかった。

 

 

 

 

 一世一代とまではいかないけれど、私が覚悟を持って臨んだライブが終わってから数日後。リサ姉さんと紗夜さんから聞いた話しによれば、無事にRoseliaは一つにまとまる事が出来たとの事。姉さんが皆に謝り、Roseliaへの想いをぶつけてきたとの事。ああ……安心した……。なんて呟いていたら、テーブルを挟んで私の正面に座るリサ姉さんが

 

「か~な~?無理したんだって?紗夜から聞いたよ」

 

「……あの紗夜さん?」

 

 ちょっとお怒りモードのリサ姉を見て、恐る恐る紗夜さんを見るけれども、優雅にアイスコーヒーを飲んでいた。なんで余裕をもって優雅に飲んでいらっしゃるんですか!?

 

「華那さん。貴女は少し……いえ。かなり自分を過小評価しすぎです。ですので、今井さんとも話して、この機会にきちんとその考えを修正すべきという方向で一致したのです」

 

 それ、紗夜さんもですよね!?とは言えなかった。だって、二人とも笑っているのにすっごい怒っていますってのが、すっごく私に伝わってくるのだもの。正直に言います。今すぐこの場から逃げ出したいです。でも、それも叶いません。その理由というのが――

 

「ええ、そうね。私も紗夜ちゃんから聞いて、お説教が必要だと判断したわ」

 

 そう。私の隣には何故か千聖さんがいらっしゃるのです。アイエエエ!チサトサン!?チサトサンナンデ!?って、バカやってないで……。あの……なんでいらっしゃるんですか?なんて気軽に聞ける状況ではないです。だってこの前、彩さんがCiRCLE隣接カフェ(ここ)で暴走していた時に、説教する前にしていた笑みと一緒なのですもの。

 ごめん、姉さん。私、今日ここでこの世とサヨナラするみたい……。と、心の中で姉さんに謝っていると

 

「きちんと聞いてる?華那?」

 

「華那さん?真面目な話しをしているんですよ?」

 

「もう少し厳しいお説教が必要みたいね」

 

「ききき、聞いています!!聞いていますから!これ以上は許してください!!」

 

 私が涙目になりながら言うも、三人による説教は、たまたまやってきた沙綾によって止められるまで続いたのでした。沙綾ー。怖かったよぉー。と、沙綾の腕の中で頭を撫でられながら私は、本当に無理しないようにしよう。そう心の中で固く誓う私なのでした。

 あ、それと何故か、今回のライブの模様が完全収録されていたらしく、アフグロのメンバーからも後日、お説教を受ける羽目になり、彩さんには泣きながら抱きつかれるわ、日菜先輩とかおちゃん先輩こと瀬田先輩にいじられる羽目になりました。

 なんで私の周りこんなに過保護なの!?と、有咲に聞いたら

 

「自業自得だ、ばーろー」

 

 と言われました。まる。私に味方はいないのか!?と、嘆いた夏のある日でした……。

 



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#38

沙綾誕生日回……になっていればいいのだけれど……


 今日は沙綾の誕生。なのだけれど、私は今日もバイトの為、沙綾に会う事が出来なくって、ちょっと落ち込んでいた。沙綾に会ってから、二人してお互いの誕生日は必ず祝ってきたから、今回も私、誕生日プレゼント用意しておいたんだけどね……。

 

「華那ちゃん?大丈夫?」

 

「ほへ?あ、はい!まりなさん、だいじょぶです!」

 

 今日は緊急で、受付業務のお手伝いをしていた私の隣にいたまりなさんが、私の様子がおかしい事に気付いたようで、心配した様子で声をかけてきてくださった。私は慌ててだいじょぶと伝えてから、今日は強い雨だから、バンドの皆も練習に来ませんねとまりなさんと会話をする。

 

「そうだねぇ……やっぱり雨の中、ギターとベース持って移動するって大変だから、仕方ないよ」

 

「そうですよね。私も、雨の日は出来ればギター持って移動したくないです」

 

 中学時代、姉さんの隣でギターを演奏していた頃、雨の日は憂鬱だった。大切なギターをどうやって持っていこうかと悩んだ。いや、ギターケースに入れるんですけど、その頃は布製だったから、どうしても濡れちゃうんですよ。

 

「あー分かる分かる。しっかりしたケースって高いから、なかなか買えないからねぇ」

 

「そうなんですよ。やっと最近、バイトしながら貯めたお金で、一番安いケース買えたんで、もう安心なんですけど……当時は、大きなビニールで布ギター入れを覆って持っていました」

 

 当時の事を思い返しながら、暇なのでまりなさんと談笑する。こう、雨が降っていてはカフェも暇すぎるという事で、私がこっちにいる訳なのです。でも、暇すぎますから、なにか機器の整備でもやってきましょうか?と、提案してみるけれど

 

「あ、大丈夫だよ華那ちゃん!今日は前、風邪で倒れた社員の男の人もいるから、気にしなくていいよ!ありがとうね」

 

 と、笑みを浮かべて言って下さるまりなさん。そうなんですねと、答えつつ内心ではこれは困ったな、と思っていた。正直暇すぎて、どうしよう。アルバイトだから気にしなくてもいいのだろうけれども、なんだか、ただ立っているだけでお給料もらうのって罪悪感で凄い事になるのだね。あっ、これが社畜化ってやつですか!?

 

「華那ちゃん、どこでそんな言葉覚えたのかなぁ?お姉さんに言ってごらん?」

 

「え……あの、まりなさん……?」

 

 と、ジリジリと私に詰め寄るまりなさん。いや、その言葉って結構有名じゃないですか!?よくワイドショーとかでも取り上げられて――ないですね。はい。あの、クラスメイトと談笑している時に話題に出たのです。ええ、それで知った訳で――

 

「華那ちゃん。華那ちゃんはそうなっちゃダメだからね?いい、約束だよ」

 

「アッ、ハイ」

 

 両肩に手を置かれ、すさまじいほどのプレッシャーを感じた私は、素直に頷く事しかできなかった。なんで私の周りこんなに過保護の方々ばっかりなのですか!?私気になります!あっ……気になって、調べたら恐ろしい事が起きそうだから、気になる程度にしておこう。何かすさまじいほどの寒気が、今、一瞬したから。ま、まあ。今日雨降っていて、ちょっと涼しいからね。きっとそのせいだ。うん。

 

 と、思い込みながら、まりなさんから学校はどう?最近、どんな曲練習しているの?と、いう質問が矢継ぎ早に飛んできたので、それを何とか一個一個、丁寧に答えていく。と言うか、質問自体が、あまり家にいない父親のような質問なのですが……。

 

 そんな話しをまりなさんとしていたら、入口の扉が開く音がしたので、慌てて営業モードに入って扉の方を見て、さらに慌てた。だって、香澄ちゃんと有咲、そして沙綾が濡れた状態で入ってきたのだもの。

 

「ちょ、三人とも!?」

 

「あっ、華那!!雨宿りさせてー!!」

 

 と、体を濡れた猫のようにプルプル震わせながら、元気よく香澄ちゃんが話しかけてきたけれど、それどころじゃないよね!?私とまりなさんは慌てて全員分のタオルを持ってきて、三人をラウンジへと案内する。

 

「で……なんで皆、濡れているの?」

 

 三人には予備のCiRCLEのTシャツに着替えてもらい、暖かいココアを人数分用意して、テーブルに置きながら皆に問いかける。まりなさんから、三人の相手をしていていいよ!と、言われたのがあるのだけれど、いくら暇でもそれはいいのですか?

 

「私は傘忘れちゃった!」

 

「私は折り畳みを持っていたんだけど、香澄が途中で風にあおられた影響で壊れた」

 

 香澄ちゃんが可愛らしく舌を出して答え、呆れた表情を浮かべ、壊れた傘を指さしつつココアを飲みながら有咲が答える。「えー私のせい!?」って、不満そうな香澄ちゃんに、ハイハイと流す有咲。相変わらず仲が良い事で……。で、沙綾は?

 

「私は、傘間違えて持っていかれたみたいで、置いといた場所に無かったんだよね」

 

「それは災難だったね……」

 

 でも、各自の家とは違う場所であるCiRCLEに来たのかと問うと

 

「本当は、ポピパで練習しようってなっていたんだけど、おたえとりみりんの都合がつかなくなって、三人だけでもやろうってなったんだけど……」

 

「雨に濡れたって訳だ……なんで、あそこで風吹かれて傘壊れるんだよ……」

 

 疲れ切った様子の有咲。まあ、気持ちは分からなくはないけれど、練習は止めといたほうがいいと思うよ?だって、それだけ濡れて体力奪われているし、風邪ひいたら大変だもの。今日は帰る事をお勧めするよ?

 

「えー!?せっかく来たのにー」

 

「香澄……お前、ギター濡れたままでやるつもりか?このまま帰ってすぐ、整備しないと壊れるぞ?」

 

「それはダメ!!」

 

 と、先ほどまで濡れていたギターケースを抱きかかえる香澄ちゃん。本当にギター大切なんだなぁと思いながら、そう言う訳だから、私の傘貸すから、落ち着いたら帰ろうね。ね?

 

「むー……わかった……」

 

 と、トレードマークの猫耳(本人曰く星形だけど)がションボリしたように見える香澄ちゃん。あらやだ、可愛い。って、違う違う。私はもう一本傘あるから、有咲と香澄ちゃんはそれで帰る方向でいい?

 

「まあ、私は構わんぞ。でも、華那。お前はどうするんだ?」

 

 渋々といった様子の有咲が、私はどうするかと聞いてきたので、沙綾を送っていくついにで、明日の朝用のパン買ってこないといけないからと言うと

 

「確かに、華那が沙綾ん()に行った方が効率はいいか……」

 

「華那。私大丈夫だよ。このぐらいなら少し濡れる程度で――」

 

「それで沙綾が風邪ひいたら、私が一日付きっ切りでいいんだね?沙綾。学校休んででも、看病するから、そのつもりでいて」

 

「……一緒に帰る方向でお願いします」

 

 なんて、私が満面の笑みを浮かべて言ったのだけれど、沙綾はあっさりと陥落してしまった。あれれ?と心の中で呟いていたのだけれど、有咲が後で「お前、顔笑っていたのに、滅茶苦茶怖かったぞ?」なんて伝えてきた。失礼だよ!私は、沙綾が心配だから言っただけなのに!心外だよ!!

 

「華那ちゃーん。あ、いたいた。カフェの方、早めに閉めるから、今日はもう上がっていいよ~」

 

「ほへ?……って、まりなさん!?」

 

 その後、皆で談笑していたら、まりなさんがやってきて、そんな発言するから私は驚きのあまり声を荒げてしまったけれど、仕方ないよね!?だって、まだアルバイトして一時間ぐらいしか経ってないんだよ!?いくらなんでもこんな緩々でだいじょぶなんですか!?

 

「大丈夫大丈夫!華那ちゃん、頑張ってくれているから、スタッフ全員の総意だから心配しなくていいよ~」

 

「スタッフ全員の総意ってどういう事ですか!?」

 

 そんなやり取りをしていたら、香澄ちゃんと沙綾が笑っていた。でも有咲は頭が痛くなったようで、両手で頭抱えていた。だいじょぶ?頭痛に効く薬飲む?なんて言ったら

 

「お前のせいだろうが!」

 

「そんな!?私、ツッコミ入れただけなのに!?」

 

 テーブルを叩いて勢いよく立ち上がりながら言った有咲の言葉に私はショックを受けた。口論にはならなかったけれど、私だってもう少し仕事してでもよかったのに……。そう思ったのだけれども、責任者であるまりなさんからの指示では帰らないといけない。あ、Tシャツは後日洗って返すようにとの事らしいので、今日はこのままTシャツ姿で三人は帰る事になった。

 私は帰る準備をして、ロッカーに入れてあった傘を二つ取り出して有咲達に渡す。今度、返してくれればいいからと伝えると

 

「分かった。サンキュー華那」

 

「ありがとう!華那!!」

 

「むきゅ!?」

 

「あ、おいこら!香澄!!」

 

「アハハ……香澄らしいね」

 

 香澄ちゃんが勢いよく抱き着いてきたので私は押しつぶされる事になった。沙綾呆れてないでいいから助けてよ!?というやり取りをしてから、有咲と香澄ちゃんと別れ、傘を差して沙綾の家に向かう。

 

「華那ごめんね。遠回りになっちゃった」

 

「んーだいじょぶだよ、沙綾。今日のバイト元々短い日だったから、帰りにパン買って来てって、母さんに頼まれていたのは本当だから」

 

 申し訳なさそうに話してくる沙綾に、できるだけ明るく伝える。でも、沙綾の傘どこ行ったんだろうね。結構お気に入りだったよね?確か、中学時代から使っていたはずだよね?

 

「うん。よく覚えているね、華那は。また今度買いに行くよ」

 

「なら、その時、私も一緒に行こうか?最近二人で買い物行ってないし」

 

「あ、それいいね。なら都合、合わせて行こっか」

 

 なんて会話をしているうちに、沙綾の家についた。沙綾が先に入って、私は傘を閉じて、入口に設置されている傘立てに置いてから、中に入る。

 

「ただいま、母さん」

 

「お邪魔します」

 

「お帰り沙綾。あら、華那ちゃん。今日は沙綾と一緒なのね」

 

 と、レジにいた沙綾のお母さんが私達に声をかけてきた。私は挨拶をしてから、パンを買いに来た事を伝えて、手を消毒してから食パンを取りに行って、すぐにレジで会計を済ませる。

 

「いつもありがとうね、華那ちゃん」

 

「いえいえ。こちらこそ、美味しいパンありがとうございます。うちの家族全員、山吹ベーカリーのパンが一番だって言っていますよ」

 

「あらやだ。お世辞にしても嬉しいわ」

 

 と、ニコニコ顔の沙綾のお母さん。お世辞じゃなく本当なんです。バイト帰りに商店街寄って買って来てねと言われても、大体バイト終わるのが閉店している時間だよ、母さん……。あ、そういえば沙綾は?

 

「あ、今着替えているわよ。時間かかるかもしれないけれど……」

 

「あ、だいじょぶです。逆に、ここで待たせて頂いていいですか?迷惑じゃありませんか?」

 

「大丈夫よ。華那ちゃんのような子なら、いくらでも待ってくれていいわよ」

 

「母さんお待たせ。って、華那?どうしたの?」

 

 そんな会話をしていたら、私服に着替えてエプロンをつけながら沙綾がやってきた。私の姿を見て、不思議そうに首を傾げていたけれど、用事あったから待っていたんだよと伝えて、私はカバンからラッピングされたプレゼントを取り出して、沙綾に渡す。

 

「誕生日おめでとう、沙綾。これ、私からのプレゼント」

 

「わあ!ありがとう華那!……開けても?」

 

 沙綾は笑顔で私からのプレゼントを受け取って聞いてきたので、私も笑顔を浮かべて頷く。気に入ってくれるといいんだけど……。そんな不安が無い訳なく、正直に言うと心臓いバクバクしていた。沙綾は丁寧にラッピングを外して、中に入っていたプレゼントを取り出した。

 

「あ、これ……ミサンガ?」

 

 と、意外なものだったかもしれない。でも、ただのミサンガじゃないんだよね。糸がポピパの皆を意識した色糸を使ってもらって作ってもらったんだ。それと、沙綾のイメージカラーだと思っている黄色と白色のミサンガの二種類を両手ようにと、合計四つ。でも黄色と白のミサンガは――

 

「うん。黄色と白のミサンガはね……じゃん!」

 

 そう言いながら、私は右手首を沙綾に見せる。沙綾は驚いた様子で

 

「あっ、華那とお揃い!?」

 

 そうなのです。誕生日プレゼントでお揃いにした事無かったのだけれど、今年はお揃いになるようにしてみました。嫌だった?

 

「ううん。ありがとう、華那!大切にするね!」

 

 満面の笑みを浮かべる沙綾。よかった。今年も無事に渡せた。沙綾も私とお揃いのミサンガを右手につけて、嬉しそうに見ていた。喜んでもらえてよかった。その後は、沙綾と私でお揃いでって事で、スマホに写真を撮ったのだけれど、その写真がなぜか多くの人に流れたらしく、後日。蘭ちゃんや巴ちゃん。あこちゃんと千聖さん。日菜先輩にも誕生日になったら、私とお揃いがいい!とねだられる羽目になったのだった。

 どこからどう写真が流れたのか説明願えますかね!?って聞いても誰も答えてくれなかったので、私が沙綾の腕の中で泣いたのはまた別のお話し。

 



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#39

注意事項
※今回はアフグロイベントストーリーの華那視点(オリジナル)


「姉さん、ごめんね。夜も遅いのに」

 

「このぐらい大丈夫よ。華那が帰りに怪我でもしたら、大変だもの」

 

 と、夜道を姉さんと歩いている私。実は、学校に忘れ物をしてしまい、担任の上条先生に連絡をしたところ、学校の鍵を開けてくれるというので、学校へ向かっている訳なのです。でも、一人で行こうとしたら、姉さんに捕まり

 

『華那、こんな時間にどこ行くつもり?』

 

『あ、学校に忘れ物したから、上条先生に連絡したら、鍵開けてくれるって言うから、行ってくるね』

 

『私も行くわ』

 

『ふへ?』

 

 うちの(あね)様なんて言いました?一緒に行く?誰と?私と?

 

『なんで!?』

 

 私がそう言ったのは悪くないと思うんですよ。だって、私一人で行く予定だったし、姉さん猫の動画見てくつろいでいたじゃない!?と、心の中で思っていたら、姉さんは「暗くなっているのに、一人で行かせて何かあったらどうするの」と正論を言われてしまい、私は拒否する事は出来なかった。

 

 という訳で、私は姉さん同伴の元、学校へと来たわけなのですが……。あれ?生徒用玄関の鍵かかっている?上条先生、鍵開けてくれるって言っていたんだけどなぁ……。そう思っていると、校舎の中で何かが動くのが見えて、驚きのあまり姉さんにしがみついてしまった。

 

「華那!?」

 

「こ、校舎の中で何か動いた……!」

 

 私達以外いないはずだし、鍵はかかっていたのに誰かがいた。しかも()()も。姉さんの腕にしがみついて震える私。いや、だって。夏だし、怪談話しだし、学校には七不思議あるし!?

 

「華那落ち着きなさい。もしかしたら、先生達か、警備員の人かもしれないわ。上条先生に連絡してみましょう」

 

「う、うん」

 

 姉さんに頭を撫でられながら、私は持ってきていたスマホで上条先生に連絡を取る。何回かコール音がした後、上条先生が出てくれたのだけれど、生徒用玄関じゃなくて、裏の教職員用の入り口にいるとの事らしい。待っているから、ゆっくりでいいよと言われ、私と姉さんは教職員用入口へ移動する。

 教職員用の入り口前には、白のスポーツカーが止まっていて、上条先生がその車に寄り掛かりながら待っていてくれた。夜遅くにすみませんと言うと

 

「毎年、一人か二人はいるから気にしなくていいわよ。でも、しっかり者の湊さんが忘れ物するとは思ってはいなかったけどね」

 

「華那が……しっかり……者?」

 

「姉さん!そこで首傾げないで!!」

 

「ハハッ。仲良いな、湊姉妹は」

 

 という、やり取りをしてから、上条先生も何か問題あったら大変だからと一緒に来ることになった。大人がいれば確かに問題起きても、だいじょぶだという安心感は生まれた。上条先生がわざわざ用意してくれていた懐中電灯を私達は受け取って、教室へ向かいながら先ほど六人ぐらいの集団が校舎内を動いている姿を見たと伝えると

 

「……もしかしたら、悪戯か泥棒か……警戒はした方がいいわね」

 

「……でも、生徒用玄関は鍵が掛かっていましたよ?」

 

「警備員の人が鍵かける前に入ったのかもしれないわ。三人分の懐中電灯用意しといてよかったわ。まあ、幽霊なら三人いて、懐中電灯あれば近寄ってこないでしょ」

 

 先生の言葉に、姉さんの腕にしがみつく。私、心霊現象は苦手なんです。姉さんは平気そうな顔しているけれど、私は昔からその手の話しはダメ。先生が私の様子を見て

 

「あー……湊……姉もいるから、華那さんでいいわね。華那さんは苦手なのね。ごめんごめん」

 

 笑いながら謝ってくる先生。うう、恥ずかしい。こんな年になっても、幽霊が怖いだなんて子供っぽいから。実は私、小さい頃に病気して、入院した事が何回かあったのです。その際、夜中の病院内に響いた呻き声とか、病院内で起こりえない音とか聞いた事あって、それ以来、そういう心霊現象は苦手になってしまったのです。

 あ、入院した理由は……確かおたふく風邪が両頬にできたからだったはず。最初に右頬発症したのに、二日後に治っていないのに左頬にも発症して、結構熱出たんだよね。それで緊急入院する事になった訳ですよ。うっすらとしか覚えてないけど、確かそうだったはず。

 

「それで、華那さん。何を忘れたんだっけ?」

 

「え……あ、ノートです。クラスメイトが宿題のコツ教えてってお願いされたので、持ってきたのですけど……」

 

「持ち帰るのを忘れた……と」

 

「はい……」

 

 先生が、宿題のコツはいいけれど、全部見せちゃダメよと注意を受ける。先生もう手遅れです。もう見せちゃいました――と、心の中で思っていたら、姉さんが前を指さしながら

 

「先生、前に何か灯り見えません?」

 

「ん?……確かにうっすらと見えるわね……」

 

「ぴにゃ!?」

 

「華那!?驚かさないでちょうだ……無理な話しだったわね……」

 

 そんな会話を聞いてしまった私は、声を上げて姉さんの腕にしがみついて震える。姉さんが何か言っているようだけれど、怖い怖い怖い怖い!!もう帰りたい。ノート無くて課題終わらなくてもいいから、帰らせてぇ。

 

「華那、落ち着きなさい。大丈夫よ。私がいるわ」

 

「ね、姉さん……」

 

 見上げるようにして見た姉さんの表情は、柔らかい笑みを浮かべていて、とても綺麗だった。ちょっと怖さが無くなったけれど、やっぱり不安はある。と、思っていたら、姉さんが手を繋いでくれた。

 

「こうすれば怖くないでしょう?」

 

「うん……ごめんなさい、姉さん」

 

「気にしないで、華那」

 

 ギュっと私は姉さんの手を握る。あの時、私が忘れてなければ、姉さんに迷惑かけなかったのにと後悔の念に苛まれていると

 

「湊姉妹、そろそろ行くわよー。ずっと同じ所にいたら、霊に食べられるわよ~」

 

 先生の言葉に、背筋に寒気が走った。食べ……食べられる……。想像しただけで夏なのに体の震えが止まらなくなってしまった。姉さんが、私の背中に手を回して撫でてくれているけれど、本当に震えが止まらない。

 

「先生……お願いですから、華那を怖がらせないでください」

 

「ハハハ……なんかスマン……」

 

 と、私の様子を見て笑っていた先生だけれども、姉さんからの抗議の声に、素直に謝るのだった。うう……幽霊よりまだ泥棒の方がいいよぉ……。なんて心の中で呟きつつ、姉さんにしがみつきながら教室へと向かった。

 

「教室ついたわよ、華那」

 

「う、うん」

 

 今もまだ姉さんにしがみついたままの私。流石に姉さんも呆れているよね……。と思いつつも、どうしても手を離すのは怖くてできないのだけれど……。

 

「大丈夫よ華那。何があっても、この手は離したりしないわ」

 

「姉さん……」

 

 安心させようと声をかけてくる姉さんに感謝しながら自分の机へと向かってノートを取る。その際、どこからか悲鳴に似た声が聞こえたので、私は小さい悲鳴をあげて座り込んでしまった。

 

「ふぎゃ!?」

 

「華那!」

 

「おいおい……本当に誰かいるのか?」

 

 姉さんが座り込んだ私の背中に手を回して、大丈夫、大丈夫だからと声をかけてくれていたけれど、私はかなりパニックになっていた。だって、夜の学校でこんな声するだなんて誰が思う!?先生は先生で冷静に行動して、廊下の方で声が聞こえた方を確認していたのが見えたけれど、もう帰りたいぃ。

 

「……湊姉妹。申し訳ないけど、少し付き合ってもらっていい?車で家まで送るし、途中でコンビニ寄ってアイスでも何でも奢ってあげるから……ね?」

 

「……先生、華那の状態を見て言っていますか?」

 

 姉さんに手を貸してもらいながら立ち上がった私だったけれども、先生の発言を聞いて再び崩れ落ちそうになった。まさか……先生、声のした場所に向かうって言いませんよね?確か、声のした方向は音楽室があったと思うのですけど……。音楽室って七不思議の一つがある場所だって、山ちゃん(本名:山梨(やまなし)紗耶香(さやか)ちゃん)から聞いた覚えある。

 

「湊姉の言いたい事も分かる。けどな……一応、私もここの教師として、見過ごせない事態かもしれない。それにお前達だけで帰らせようにも、もし相手が泥棒で、鉢合わせしたら……後は分かるな?」

 

「……分かりました。華那。そういう訳だから、絶対にこの手を離さないで頂戴」

 

「う、うん」

 

 先生の言い分に渋々と納得した姉さん。私も先生の言い分は分かる。分散した時のリスクを考えれば、一緒に行動するのがいいと思う。頭じゃ分かっているけれど、怖いものは怖い。私は姉さんの左手を握り、先生を先頭にして夜の校舎を進む。

 階段の数が変わるとかの話しがあった事を思い出してしまった私。それを姉さん達に伝えると、段数を数えなければ怖くないと言われ、先生や私達が聴く音楽の話しをしながら階段を上る。あ、先生って、結構音楽好きなんですね?最近の音楽も知っていらっしゃるし、ジャンル幅広い。

 

「ええ。好きよ。まあ、演奏とかは出来ないけれどね。聴いて楽しむぐらいよ。って、二人ともボーカルとギターやっているって話しだったわね。凄いわねぇ」

 

「そんな事無いです。私達なんてまだまだですから」

 

 なんだか、姉さんが先生と話している時に使う敬語ってのが、あまり聞き慣れていないせいか、新鮮な感じがしてしまった。近場の年上だとまりなさんがいるのだけれど、まりなさんには砕けた感じの敬語で話している印象(イメージ)だからかな?

 話しながら校舎内を進んでいくけれども、特にこれといった問題は発生せず。正直に言います。このまま、何も起きずに終わってください。それと、一秒でも早く帰してください。本当怖くて怖くて……。姉さんが手を握ってくれているから、まだ正気を保てているけれど、もし一人だったら気絶している自信しかない。

 

 階段を上がったり下ったりしつつ、誰もいないことを確認していって、私達が最後の確認地点としてやってきたのは体育館だった。灯りが無いので真っ暗ではあるけれども、窓から入り込む月明かりのお陰で、うっすらと体育館の中が見えた。

 

「さて……体育館にまで来たけれど、なんだか風が入り込んでいる感じがするわね?」

 

「……どこか扉でも開いているのかしら?」

 

「……?先生、姉さん。あそこの扉開いていない?何人かが走っていく姿が、外で見えたんだけど……」

 

 と、私は持っていた懐中電灯でその扉を照らしながら姉さん達に伝えた。ちょっと遠くからだったから、見間違えかもしれないけれど、人だったのは間違いないと思いたい。

 そう言ったら、先生が走って扉まで行ってしまい、私達も後を追うように走る。先生が扉の外に出て、周囲を確認していたので、私達も確認すると校門の方へ走っていく()()姿()()()()の影が見えた。

 

「……どうやら、肝試しでもしてて怖くなって逃げたみたいね」

 

 先生が呆れた口調で呟いて、盛大に溜息を吐いていた。何人か、見覚えのあるようなシルエットに見えたけれど、気のせいだという事にしよう。うん。あ、先生、さっきの悲鳴みたいなのはもしかしてあの()()

 

「だと思うわ……。しかし、高校生にもなって()()で肝試しだなんて、もう少し大人になってもらわないと困るわね……。はあ。今度の会議で議題に上げるしかないか……」

 

「大変ね……先生も」

 

 右手を額に当てて、盛大に溜息を吐く先生に、同情の声をかける姉さんだったのだけれども

 

「そう思うなら、湊姉も、もう少し態度よく過ごしてくれないか?他の教員からクレーム結構来ているんだぞ?」

 

「……善処するわ」

 

 と、言われて明後日の方向を見るしかできなかったのでした。先生は笑いながら「善処でもなんでもいいわ」と言いながら、体育館の扉を閉めて鍵をかけた。その後、私達は教職員用の玄関に戻り、玄関の鍵を閉めた。で、先生が約束通り、私達を車で自宅まで送って行ってくれる事になり、途中でコンビニによって飲料とお菓子を先生の奢りで買ってもらった。

 

「先生、本当にありがとうございました」

 

「ありがとうございました」

 

 と、車から降りて、改めて先生にお礼を言う。先生がいなかったら、本当に大変な事になっていたかもしれない。そういう意味では、先生に連絡してよかったと心の底からそう思った。

 

「気にしなくていいわ。逆に、私の方こそゴメンね。怖い思いしてるのに巡回に付き合ってもらっちゃったから」

 

「いえいえ!そんなの気にしてないです!ほんと、だいじょぶなんで!」

 

 申し訳なさそうに言ってくる先生に慌てて、そんな事無いと言ったのだけれど、姉さんが凄く冷たい目で私を見ていたのには気付いた。けれど、気付いてないフリをしつつ先生に何度もお礼を言って、先生を見送ってから家の中に入る。

 帰ってきて一息ついてから、お風呂に入ったりして、寝る時間になったのだけれど……。

 

「寝れない……」

 

 そう。眠れない。ベッドでゴロゴロしながら眠くなるのを待ったのだけれど、怖くて眠れない。三十分ほどゴロゴロしてみたけれど、ダメだったので、一度落ち着こうと水を飲みにリビングへ降りた。

 

「はあ……」

 

 水を飲んで、盛大に溜息を吐く。ここ最近はそういう事(心霊現象)については考えないようにしていたのだけれど、今日は本当怖かった。人だと分かったけど怖いものは怖い。静かに階段を上がって自分の部屋に入ろうとしたら、姉さんの部屋の扉が合いた。

 

「あら、華那。起きていたのね?」

 

 と、眠そうに目を擦りながら姉さんが声をかけてきたので、ちょっと水欲しくなったの。だいじょぶ、今から寝るよと伝えると。

 

「……華那、今日は一緒に寝ましょう」

 

「え?……いいの?」

 

「いいもなにも、怖いのでしょ?なら一緒に寝れば怖くないわ」

 

 姉さんには全部、見透かされていました。もう高校生になったのに、姉さんに甘えてばかりじゃダメだなと思いつつも、姉さんの言葉に甘える私なのでした。姉さんに抱かれて目を閉じたら、安心したのか、すぐに眠りにつく事が出来たのだった。

 

 

 翌日、つぐみちゃんの家にやってきた私。ちょうどアフグロのメンバー全員揃っていて、会話に参加する事になり、昨日の話しをしたのだけれど――

 

「でね、皆に似た五人と、知らない子が一人ね、体育館の外で走っていくのが見えたんだよね」

 

「「「「「……え?」」」」」

 

 私以外の皆が固まった。え?私何か言っちゃいけない事言った?首を傾げようとしたら、蘭ちゃんが猛烈な勢いで私の両肩に手を置いて

 

「華那っ!それ以上はもう話さなくていいから!」

 

「え……でも」

 

「でも、でもなんでもいいから!」

 

「アッ……ハイ」

 

 と、蘭ちゃんの勢いに負ける私なのでした。いったい何があったんだろう?首を傾げる私に対し、アフグロの皆はどこかぎこちない様子だった。結局、真相は闇の中に葬り去られる事になったのでした。本当に何があったんだろう?

 



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#40

「暑いー~……」

 

「おー…華那ちんが、暑さで溶けてる~」

 

「モカ、華那は溶けないから……」

 

 夏休み。暑さの中、羽沢珈琲店まで歩いてきたのですけど、汗ビッショリで到着する事になるとは……。テーブルに突っ伏した私は、つぐみちゃんに頼んだアイスコーヒーを待っていたのだけれど、相席となった蘭ちゃんとモカちゃんに呆れた表情で見られていた。

 あ、呆れた様子なのは蘭ちゃんだけか。でも、そんな表情されたって、暑かったものは暑かったのだもの……仕方ないじゃない。人間だし。

 

「華那、それ以上はいけない」

 

「アッ、ハイ」

 

 本気(がち)トーンの蘭ちゃんに、私は背筋をピンと伸ばして返事をするしかなかった。それにしても、ここは涼しくて生き返るね。

 

「外が暑いの分かっているのに、よくうちに来ようと思ったね?」

 

 と、つぐみちゃんが頼んでいたアイスコーヒーと、私用にとタオルを持ってきてくれた。あー……それがね、本当なら家にいてもよかったのだけれど、姉さん達が合宿に行っちゃってて、課題も終わっているから暇だったの。

 

「え……華那ちゃん、もう課題終わったの?」

 

「え、華那、マジ?」

 

 私の発言に驚くつぐみちゃんと蘭ちゃん。失敬な。私が嘘つくと思う?ねえ、もかちゃ……何でもないよモカちゃん。だから、山吹ベーカリーのパン食べていていいよ。うん。

 でも、実際問題、終わっているのだから仕方ない。もちろん予習復習はしているけれど、やっぱり夏は遊びたい!でも暑い!

 

「で、買い物に行こうと出かけたはいいけれど、買い物に行く場所に辿り着く前につぐみちゃんの家(ここ)でダウンしてるって訳なのです」

 

「華那ちゃん。脱水症と熱中症には注意だよ!今、塩水用意するね!」

 

「つぐみちゃん、そう思ったから休んでいるんだよ!?それと塩水!?」

 

「モカ……なんか、つぐみがつぐりそうだけど?」

 

「これは既につぐってますなぁ」

 

 なんか、唐突につぐみちゃんが暴走始めたんだけど!?つぐみちゃんも暑さでやられたみたいだと思いたかったのだけれど、蘭ちゃんとモカちゃんが何か不穏な事を話しているのが聞こえてきた。やめて!もう私のツッコミライフはゼロよ!?

 なんてやっていたら、私のスマホが着信を知らせてきた。おわふっ!?こんなタイミングで誰!?慌てながらスマホの画面を見て、私はまた巻き込まれるのかな――と、諦めにも似た感情を抱いたのは悪くない……はず。

 

「もしもし、香澄ちゃんどったのー?」

 

『華那!!海行こう!!』

 

「みゃうん!?」

 

 そう。電話をかけてきたのは香澄ちゃんだった。なんか、香澄ちゃんから電話来る度に、私変な声を上げているような気がする。うん。気のせいじゃないはず。で、なんで急に海!?

 

『もしもし、華那?実は――』

 

 香澄ちゃんのスマホなのに、沙綾が説明するために代わったみたいで、私に詳細を話してくれた。なんでも課題に行き詰ったらしく、気分転換に一日遊びに行こうという話しになったらしい。

 そこで、どこに行くか――という話しになった時に沙綾が海に行きたいと提案。有咲以外――「私は拒否してねぇ!!」――との事らしいけれど、今日は行けないから、明日行くのだけれど、一緒にどう?という事らしい。明日か……ちょっと待ってと沙綾に言ってから、スケジュール帳を取り出して、バイトのシフトを確認する。あら、今日から三日間は休みだ。

 

「明日、明後日ならスケジュール開いているから、だいじょぶだよ」

 

『本当!?良かったー。みんな、華那も連れて行きたいって言っていたから』

 

 それはどういう事でしょうか、沙綾さん。前々から薄っすらと思っていたのだけれど……。私の周りの人達って、過保護する人かマスコット的な扱いするような人しかいないと思うのだけれど、私の勘違いかな?

 

『…………多分、勘違いだと思うよ?』

 

「今の間は何かなぁ!?沙綾!?」

 

 電話の向こうで目を逸らしている沙綾の姿を思い浮かべてしまった私は悪くないよね!?ねえ、蘭ちゃ……裏切り者はここにもいたのか!?蘭ちゃん(ブルータス)あなた(お前)もか!?

 

「う、裏切ってないし!ブルータスじゃないし!!」

 

「なら、私の顔見て言ってよ!」

 

「それは……その……」

 

「ほらほら、蘭~?華那ちん怒ってるよ~?」

 

「モカちゃんもだよ!!目を逸らして言っても説得力ないよ!!」

 

 というか、オボン持ったまま目を逸らすつぐみちゃんも同罪だからね!?ってか、みんな私の事、そういう風に思っていたんだね!?ショックだよ!?はあ……ツッコミというかちょっと大きな声出し過ぎて疲れちゃったよ……。

 その後、詳しい日程については後でメールないし、通話アプリの方に送るという話しになった。全く……今度、みんなに説教しなきゃいけないね。よし……千聖さんに説教の仕方教わっておこう。そうしよう。

 

「そういえば、華那。水着持ってるの?」

 

 電話が終わってから、蘭ちゃんが唐突に聞いてきた。私は右手を顎に当てて、しばし考えこむ。言われてみればきちんとした水着なるものを私は持っていない。あっ!そうだ。スクール水着なら持って――

 

「買い行くよ、華那」

 

 有無を言わさずに立ち上がる蘭ちゃん。なんで!?と、声を上げる前にモカちゃんとつぐみちゃんに捕まえられた。ほわっ!?何時の間に!?

 

「さすがのモカちゃんでも、海でスク水はないですなー」

 

「そうだよ、華那ちゃん!華那ちゃんのスタイルで、海でスク水とか危険だよ!」

 

 えと、どう危険なのでしょうかつぐみちゃんさん。そう聞こうにも、ズルズルと引きずられていく私の声は三人には届かないのでした。って、店出る前に、アイスコーヒー全部飲ませて!あとお代だけ払わせてぇ!!

 え?つぐみちゃんは家の手伝いあるから、店の外まで?あと、お代は後でいい?そうはいかないでしょ!?払って行くよ!?なんて、ひと騒動あってから、私は蘭ちゃんとモカちゃんに連行されるように店を出たのでした。

 

 

 

……

………

…………

 

 

 

 そういう訳で――どういう訳か分からないし、分かりたくもないけれど――やってきましたのは、よく利用しているショッピングモール。来る途中、沙綾にも連絡していた蘭ちゃん。ここで合流する事になっているようなのだけれども……いた。

 

「あ、いたいた」

 

「沙綾、ごめん。急に呼び出して」

 

「さーや、到着早いねぇ」

 

 蘭ちゃんとモカちゃんに引きずられた状態の私をなるべく見ないようにしながら、沙綾は笑顔を浮かべながら話していた。って、沙綾だけなんだね。

 

「うん。香澄達は香澄達で準備あるみたいだから。と言っても、有咲が香澄の課題が終わるまでは買い物行くの禁止って言って、手伝ってあげているんだけどね」

 

「有咲らしいね……」

 

 こんな時に有咲がいれば、間違いなく連行されるような形の私を見てツッコミを入れて助けてくれるはずなのに……有咲恨むよ。なんて、筋違いな事を思っている私に沙綾は

 

「華那……スク水で海行こうって考えていたって本当?」

 

「わきゅん!?」

 

 二人から解放されて、やっと自分の足で歩けると思ったら、沙綾に両頬を引っ張られてしまった。沙綾の表情、笑っているのに怒っている!?

 

「そんな子はちょっとお仕置きが必要だよね」

 

いひゃいいひゃい(痛い痛い)!!さはあやいたい(沙綾痛い)!!」

 

 そう言いながら、私の頬を上下左右に引っ張る沙綾。なんか、前もこれやられたんだけど!?って、痛いんだけど!五分ぐらい引っ張られた私だったけれど、何とか解放された。うう、痛い。両頬をさすりながら、皆と一緒に水着コーナーへと向かった。

 

「それで……華那が似合いそうな水着ってどれだと思う?」

 

「ちょっとフリルついてた方がいいって蘭が前、言ってましたー」

 

「ちょっ!?モカ!?」

 

 はいはい。追いかけっこ追いかけっこ。と、相変わらずの二人に呆れながら、沙綾に私は意見出しちゃダメなのかを確認すると

 

「スク水で行こうとした華那が、発言できると思う?」

 

「その節は、誠に申し訳ございませんでした」

 

 そう言われてしまっては、私は頭を全力で下げるしかなかった。でも、海とかプールとかはプライベートでは行った事無いもん。去年は、バンドメンバー集めであっちこっちのライブハウス行っていたから。

 

「そっか、なら尚更、誘ってよかった。少しは気分転換も必要だからね」

 

 私の言葉に笑みを浮かべる沙綾。沙綾と談笑しつつ、蘭ちゃんとモカちゃんが落ち着くまで待つ。

 

「はあ……はあ……モカ……後で覚えて……て……」

 

「モカちゃん、もう忘れたー」

 

 追いかけっこしていたけれど、落ち着いたのか、肩で息をしている蘭ちゃんと、涼しい顔のモカちゃん。これ、落ち着いたというよりは蘭ちゃん諦めたパターンだよね!?なんて心の中で思いつつも、蘭ちゃんの背中をさする。沙綾は蘭ちゃん達の様子を見て飲料を買いに行って戻ってきた。

 ペットボトルのスポーツドリンクを受け取った蘭ちゃんは、半分ぐらいを一気飲みして、盛大に息を吐いていた。本当、二人とも仲いいね。流石は幼馴染ってやつかな?

 

「それで……華那に似合いそうな水着だっけ?」

 

「そうだよー。蘭~?本題忘れてたの~?」

 

「モカのせいでしょ!?」

 

「はいはい。二人ともストップストップ。本題行けなくなるから」

 

 と、二人の間に入って仲裁する沙綾。流石、山吹家長女。姉妹喧嘩の仲裁はお手の物だね。……それ言ったら、絶対に場が収まらなくなりそうだから黙っておくけど。さてと……今なら逃げても――

 

「ほら、華那。水着を選びに行くよ」

 

「ふみゅ!?」

 

 と、沙綾に首根っこを捕まえられた私は、来るとき同様に引きずられるようにして、水着売り場へと連行されるのでした。解せぬ。

 

「これなんてどうかな?」

 

「沙綾。それはちょっと地味じゃない?華那なら明るい色合いそう」

 

「モカちゃん的には、これなんてどうかなって思うんだけどー?」

 

「そ、それは華那っぽくないから、却下で」

 

 と、三人で私の水着はどれが似合うか盛り上がっているのだけれど、私の意見は全く聞こうとしないのね……。いや、流石にここまで来て、スクール水着で行くなんて言わないよ。本当だよ?だから、せめて色ぐらいは……あ、それもダメ?もういじけとこ……。

 

「赤……って感じじゃないね」

 

「あたしも同意見」

 

「うーん……赤系より青とか白系な感じー?あ、黒も似合いそうだとモカちゃんは思うのですよ」

 

 と、商品を取っては戻す三人。結局三人でそれぞれ一つ選んで、私が着てみる事になったのだった。時間にして、三人が話し合いを始めてから、三十分ぐらいしてからの事でした。発言権の無い私はそれを黙って聞いていたのですけど、後で沙綾が言うには目が死んでいたとの事らしいです。いや、だってねぇ……。

 

 そんな状態だったけれど、三人とも最終的に真面目に考えてくれたので、その中から選ぶ事になったのだけれど、私が試着する事になってしまった。あ、でも、私が使うのだから試着するのが当たり前か。

 で、モカちゃんが用意した黒色の水着は即座に却下となりました。理由?ちょっと刺激的すぎるとの事らしいです。で、次に着たのは、蘭ちゃんが持ってきた、赤と白が交互に入ったやつ。持ってきた時に思った。あれ?赤は似合わないって言ってなかったっけ?――と。

 で、結局それも却下。理由は無理して大人ぶってる感じがするとの事らしいです。訳が分からないよ!?で、最終的に残ったのは沙綾が持ってきた濃い青色の水着でした。試着してみたら、これが案外いい感じだったのですよ。

 

「うん。青、似合ってるよ、華那」

 

「青……合うじゃん」

 

「ほぉー、華那ちん、いつも私服だと黒系と白系着てたけど、青も似合いますなぁ」

 

 と、三人とも納得した様子。私も、これならだいじょぶかなと思い、これにする事を伝えて、着替え直してカウンターへ支払いをしに向かったのだった。

 その後は、四人でお昼を食べに行って、課題の状況や夏休み何やっているかの話しをした後、モールで少し買い物していこうという事になり、みんなで本屋や小物売っているお店に行って楽しんだ。でも、結局最後は楽器屋に行った事に、皆で笑ったのでした。

 帰る途中で、香澄ちゃんから連絡がきて、無事に課題終わったとの事らしく、明日にでも海行こうという話しになったのだった。

 その時の私は、姉さん達Roseliaと海で会う事になって、ビーチバレーで対決する事になるだなんて知らなかった――

 




※海回には続かないです。一期のOVA編と同じなので


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#41

リリカルなのはとシンフォギアXDのコラボでなんとか全員お迎えできた作者です。(尚、レベルは54止まり)

いや、フェイトちゃんと翼さん、中の人同じやん!?って発表あった時思いました。
つまりは
奈々さん(フェイトちゃん)×奈々さん(翼さん)×奈々さん(主題歌)ってわけですもん。
ETERNAL BLAZE流れた時は、ヤバかったです(語彙力ぇ


あ、本編始まります(唐突


 あれ?どうしたの?まだ予約の時間じゃ――え?華那ちゃんについて聞きたい?どうしたの急に……あー……確かにね。前、無理して体調崩したから、私もシフトには気を付けているんだけどね……華那ちゃん気付かれないように無理するからね。

 うんうん。そうだねぇ……最近はポピパの皆と海に行ったとか言ってったよ。え?会った?そうなんだ!じゃあ、みんなで楽しんだんじゃ――あー……うん。華那ちゃん運悪いね。ビーチバレーで顔面にボール当たるとか、そうそうないよ?大丈夫だったの?……そっか。その場に倒れたけど、意識あったなら安心だね。

 

 それで、こっちでの華那ちゃんだっけ?そうだねぇ……あ、あの話しでもしようかな。あれはね、夏休み入ってすぐの事だったかな――

 

 

 

「華那ちゃーん!いったん休憩していいよー!!」

 

「あ、まりなさん。分かりました!」

 

 今日はカフェの仕事をしてくれている華那ちゃんに、休憩に入るように私は伝えに来ていた。実はこの前――と言っても一か月ぐらい前――華那ちゃんが体調不良で病院に行ったという事で、スタッフ全員が大騒ぎになった事件があった。

 言い方は悪いけれど、アルバイト一人が欠けたところで仕事が回らなくなるという訳ではないのだけれど、スタッフ全員が華那ちゃんの働きぶりを見ていて、一生懸命働いている事を知っていた。尚且つ、華那ちゃんがいるだけで、スタッフ全員が癒されていたという。まあ、私もその一人なんだけどね。で、スタッフの中から、華那ちゃんが体調を崩したのは仕事をさせ過ぎたのではないか――という意見が出てきた。

 

 で、華那ちゃんを除くスタッフ全員で緊急会議を行った結果、全員が華那ちゃんに無理させていたという事が発覚。なんでも、頼んだらすぐに仕事に取り掛かってくれるのと、愛想がよかったからつい甘えてしまっていたとの事らしい。

 

 で、結論から言えばシフト決定権を持つ私が、責任もってシフト管理するのと、スタッフ全員で働かせすぎに注意する――という方針が決定された訳。勿論、本人は知らないけどね。

 

「わぷ!?」

 

 ん?今華那ちゃんの声が聞こえたけど、何かあったかな?と、声がした方を見れば、ピンクのクマっぽい着ぐるみ――あれはミッシェルだね――にぶつかったようで尻もちついている華那ちゃんの姿があった。大丈夫!?

 

「ご、ごめんなさい!だいじょぶですか?」

 

 慌てて立ち上がって華那ちゃんが、頭を下げて謝ってる姿が見えたので、怪我はないようだ。ホッと胸を撫でおろしていると、ミッシェルが華那ちゃんの頭をナデナデしていた。こっちは大丈夫だよと言っているようにも見える。と言っても、中に入ってる美咲ちゃんなんだけどね。

 

「ミッシェルー!!練習再開するわよ!」

 

「!……」

 

 と、ミッシェル(美咲ちゃん)後ろから、突然抱き着いてきたのはハロハピのボーカル、弦巻こころちゃん。珍しくCiRCLE(ここ)で練習してくれるのはいいけれど、怪我だけには注意してね?

 と、二人の様子を目の前で見ていた華那ちゃんが、不思議そうに首を傾げて爆弾を落とした。

 

「え?ミッシェルて……美咲さ……もがっ!?」

 

 と、華那ちゃんの背後から花音ちゃんが、慌てながら華那ちゃんの口を押えて

 

「か、か、華那ちゃーん。ちょっと、こっち来てもらっていい?」

 

「ふもっふっ!?」

 

 笑み――といってもかなり引き攣った笑みだろうな――を浮かべているのが容易に想像できた。そんな花音ちゃんは、華那ちゃんを引きずるようにCiRCLE内へと連れて行った。

 

「花音と華那。どうしたのかしら?」

 

「……」

 

「そうよね!きっと、華那と楽しいことしているに決まっているわ!そうとなれば、私達も行くわよ、ミッシェル!」

 

「!……!!」

 

 と、ミッシェル(美咲ちゃん)を引っ張って二人を追いかけるこころちゃん。あー……美咲ちゃんご愁傷様――と心の中で私は呟きつつ、四人の後を追うように、カウンターへと戻ったのだけれど、カウンター内でしゃがみ込んで、()()()()()()()が真剣に話している姿があった。私は、小さく笑いながら声をかける。

 

「華那ちゃんと花音ちゃん。なんでカウンター内でお話ししてるのかな?おねーさんも混ぜてよ」

 

「あ、まりなさん。す、すみません!ちょっと華那ちゃんに、美咲ちゃんの事で注意しておかなきゃいけなかったんで」

 

「まりなさん、ごめんなさい」

 

 あれ?これ、私怒ってると思われてる?いやいやいやいや!二人とも怒ってないからね!?私、笑顔で言ったじゃない!?

 

「か、勝手に入っちゃたから、まりなさん怒ってると思いこんじゃって……」

 

「まりなさん、だいじょぶですよ。怒ってないの分かってましたよ?」

 

「華那ちゃん、そこなんで疑問形なのかなぁ!?」

 

 ちょっと、花音ちゃんはいいとしても、華那ちゃん。その言い方、お姉さん傷ついたよ!?そんなやり取りをしてから、落ち着いたところでもう一度何を話していたのかを聞いてみると

 

「華那ちゃんが、美咲ちゃん=ミッシェルって言おうとしてたから、それ止めて、美咲ちゃんの事を知っているのはハロハピ内だと、私だけって教えてあげてたんです」

 

「そうなんだ……あの三人、まだ気付いてないんだ?」

 

 花音ちゃんの発言に私は頭痛を覚えたのは悪くないはず。声で分かるよね!?

 

「あの三人って、ワザとやってるように見えないから、本当に素で理解できてないみたいですね……ソウデスヨネ、マツバラサン?」

 

「うん。そうなんだ……」

 

 最後はカタコトになってる華那ちゃんに、どこか遠い所に視線を向ける花音ちゃん。二人とも、そこまで美咲ちゃんの事、心配してあげているんだね……。本当いい子達じゃない。と、内心感動しつつ、そろそろ花音ちゃん迎えに来るかもしれないから、練習に復帰したほうがいいよと伝える。

 

「あっ!い、急がなきゃ!華那ちゃん、まりなさん。また後で!」

 

「はーい。あとでね、花音ちゃん」

 

「あっ!松原さん!方向、逆です!!そっち出口です!!」

 

 慌てて、花音ちゃんの後を追って、ハロハピが練習している部屋に案内する華那ちゃん。あ、華那ちゃん!休憩時間無くなるよ!!……行っちゃったよ。これは後で他のスタッフに話して、今日は早めに上がってもらうように取り計らないといけないね。本当……いい子なんだから。

 

 

 

 

って、事があったんだよ。あ、その日は早めに上げたよ。そうだねぇ……華那ちゃんにハロハピ全員は、かなり荷が重いというかなんと言うか……。そうだね、方向性が違うって言えばいいのかな?

 ああ、一番はこころちゃんとはぐみちゃんに、あっちだこっちだと引っ張り廻されて目を回している姿が思い浮かぶからかな?え?やっぱりそう思う?だよねぇ……でも、華那ちゃんの良い所でもあると思うんだよね。

 

 え?だって、人に好かれるって、それだけでもいい所だと私は思うんだ。華那ちゃんみたいに、本当多くのバンドメンバーやスタッフ――あ、勿論、私も入れてだよ?――から好かれる人ってそうそういないよ。十人十色って言葉があるぐらいだしね。五バンドいれば、誰かしら華那ちゃんの事嫌いだって言ってもおかしくないのに、不思議と華那ちゃんが中心にいるような――そんな感じだとお姉さんは思うんだよね。

 まあ、中心にいるって言っても、マスコットとかペットとかそんな感じの扱いに見えるから、お姉さんとしては心配してるんだよね。え?なんで?そりゃあ、華那ちゃんはマスコットでもペットでもない人間だからだよ。

 そう。人間だからこそ、そういう扱いされていれば精神的に疲れる事もあると思うよ?だから、家庭では姉と妹として接してあげてね。友希那ちゃん?

 

「ええ……肝に銘じておくわ」

 

 と、真剣な眼差しで頷く華那ちゃんの実姉である友希那ちゃん。うんうん。お姉ちゃんとしてしっかりしている友希那ちゃんなら、大丈夫でしょう。それに沙綾ちゃんも、中学校時代からの友人だって言っていたから、華那ちゃんに対してペットとかマスコットのような扱いはしてないしね!

 

「それでまりなさん。華那の仕事ぶりはどうかしら?他の人に迷惑になっていないかしら?」

 

 唐突に友希那ちゃんがそう聞いてきた。これはあれだね。姉として、妹が何か失敗していたらフォローしてあげようって事だね?大丈夫だよ、友希那ちゃん!華那ちゃんはしっかり、仕事しているし、他のスタッフからもいつも助かっているって話し聞いてるよ。

 

「そう……ならいいのだけれど……」

 

 私の言葉に、安堵した表情を浮かべる友希那ちゃん。まあ、心配するのは当然だと思うけれど、ちょっと心配しすぎじゃないかな!?と、思いつつも、私はそれを()()()()()()()()()()。だって――

 

「あれ?姉さん何やってるの?」

 

「華那?」

 

 やってきたのは話しの中心となっていた華那ちゃんだったから。あ、もうそんな時間になった?時計を見れば、華那ちゃんがお仕事(バイト)時間だった。ん?でも様子がおかしいよね?()()()()()()()()()()()()()()()()()()()が――

 

「にゃんちゃん!?」

 

「あ、姉さん!ちょっと待って!!」

 

「友希那ちゃん!?」

 

 華那ちゃんの腕の中にいる動物を見た瞬間、友希那ちゃんの様子が豹変した。いや、コッソリとだけど、華那ちゃんとリサちゃんから猫好きだって話しは聞いていたけれど、ここまでなの!?

 

「にゃーんちゃん」

 

「あー……(ダメだ完全にこれ、周り見えてないパターンだ)」

 

 華那ちゃんの腕の中にいる子猫を頭を優しく撫でる友希那ちゃんに、困惑した様子の華那ちゃん。完全にトリップしちゃってるねぇ……。それで、その子どうしたの?

 

「あの、その……CiRCLE入口で入りたがっていて……親猫いないかなって周り見たんですけど、いなくて……」

 

 と、俯きながら華那ちゃんが話してくれた。怒られると思っているのだろうけど甘いよ!パンケーキに蜂蜜かけて、砂糖ふりかけたぐらいに甘いよ!お姉さんは大人だし、何よりも小さい命を救おうとした行動に対して、怒る訳ないよ!

 

「CiRCLEで一時保護しよっか」

 

「え?」

 

「できるの?まりなさん」

 

 意外そうな声を上げる華那ちゃんと、トリップから戻ってきた友希那ちゃん。少し恥ずかしそうにしているけれど、あえて触れないようにしてあげるのも大人の務めだね!

 

「あくまで一時保護だよ。ずっとは無理だから、その間に里親や引き取ってもられる団体を探す方向だね。あ、オーナーに連絡しなきゃね!」

 

 と言って、すぐさまスマホを取り出して、オーナーに電話をかける。オーナーも小さな命を救うのは吝かじゃないとか言っていたけれど、実際は猫見たいだけですよね?だって、後で写真送れって、普通言いませんもん。という訳で、ラウンジで一時保護決定しました!

 あ、夜は私の家に連れて帰る事になったけど、子猫も誰かと一緒じゃなきゃ不安だろうからという事。オーナー……やっぱり猫好きなだけですよね?

 

「よかった……」

 

 猫を抱えたままその場に座り込む華那ちゃん。そこまで心配してたんだ……。本当いい子に育っているね、友希那ちゃん。

 

「ええ……私の自慢の妹よ」

 

 と、小さく笑みを浮かべる友希那ちゃん。その後、子猫を入れておくためのゲージとトイレ、自動の給水機、子猫用エサを正社員の子にお願いして買って来てもらい、その中に子猫を入れる。大人しい子で、人間に対しても怖がる様子はないのはいいね。後は躾だね。あ、名前は黒猫だからクロになりました。私と華那ちゃんと友希那ちゃん、三人一致した意見です。

 

「しばらくは、ここで保護する感じになると思うから、時間があったら会いに来ていいよ」

 

「はい!まりなさん、本当にありがとうございます」

 

「まりなさん、ごめんなさいね。無理させてしまって」

 

 いやいや、大丈夫だよ!ただ、後で「子猫います」って、張り紙しておかないとね!猫アレルギーの子もいるかもしれないからね。

 

「クロ、また来るからね」

 

「ニャー!」

 

 ゲージ越しだったけれど、華那ちゃんがクロに語りかけると、意味を理解したのか、嬉しそうに返事するクロだった。……友希那ちゃん。触りたければ触ってもいいんだよ?

 ちょっとトラブルと言えるかは分からないけれど、ドタバタしたけど、今日もCiRCLEは平和だなぁと思いつつ、クロを私の家に連れて帰るのでした。尚、私の家でも、クロは大人しい子でした。

 




後半は勢いで書きました。
あと一回、ネタ回予定です。
最近読んでる「かぐや様は~」のお陰でネタが一つ思い浮かんだので……
早坂愛ちゃん可愛いよね(唐突


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#42

予定変更して、先に最後のストック分を上げさせていただきます。




「ねっねっねっ華那!今日行くところってどんなところ?」

 

「バ香澄!声でけぇんだよ!」

 

 電車に揺られる私の隣に座る香澄ちゃんが、いてもたってもいられないといった様子で私に聞いてくる。それを小さな声で諫める有咲。それを見た私の反対側に座っている沙綾が苦笑いを浮かべていた。

 今日の私は、ポピパの皆と一緒に隣の県にある、おばあちゃん――こと窪浦ヒカルさんが運営しているライブハウスへ向かっていた。本当は夏休み入ってから行こうと思っていたのだけれども、そうもいかない理由ができたの。その理由というのが――

 

「由紀ちゃん達のライブ楽しみだねぇ」

 

 と、私が香澄ちゃんに今日行く場所がどんな所か説明を終えると、それを見計らったように沙綾が私に笑みを浮かべて言ってきた。そうなんです。今日は姉さん達Roseliaが参加したFWFの予選会(コンテスト)で、出会った由紀ちゃん、香織ちゃんと若菜ちゃん達のグループのライブが行われるというので、お誘いを受けてポピパのメンバーも行くという事になったのだ。

 その誘いを受けたというのが、ちょうどポピパの皆に誘われて、有咲の家でお泊り会をしていた夜という事もあって、その文章を横で見ていた香澄ちゃんが駄々をこね始めたのが主な原因だ。

 

『行きたい行きたい行きたい行きたい!!私もライブ見に行きたい!!』

 

『だぁぁぁぁぁ!!うるせぇ!バ香澄!!!!』

 

『アハハ……』

 

『あ、有咲ちゃん。有咲ちゃんの声の方が大きいよ?』

 

『ん?何かあったの、有咲?』

 

 と、早口でまくし立てる香澄ちゃん、有咲ちゃん、苦笑する沙綾。オロオロするりみちゃん。そしてギターを構っていて、話しの輪に入っていなかったおたえちゃん。何このカオス。私にはどうする事も……できるわ。とにかく、香澄ちゃんには悪いけど、隣の県まで行く余裕も都合もつかないでしょ?と、気楽に考えつつ予定着くのかと聞いてみる。

 

『ちなみにいつ?』

 

『隣で勝手に文章読んでいたんじゃないの!?』

 

 驚きのあまり大きな声を出してしまい、香澄ちゃんと一緒に有咲から説教を受ける事になってしまった。なんでよ……と思いつつも、きちんと説教を受けたのだった。

 で、友人五人連れてってもいい?と、由紀ちゃん達に確認すると、すぐ返信が届いて「いいよ!」との事だったので、私とポピパのメンバー全員で行く事になったのだった。

 ってか、全員の日程合わせるって、ポピパの団結力(あなど)っていた。こういう時、女の子の連帯感って怖いよね。先生?え?違う。そうですか……。

 

 で、今回は私()()()()()()()()()()()()()のでギターを持ってきている。なぜか香澄ちゃんとおたえちゃん、りみちゃんも各自の楽器を持ってきているのだけれど……なんでさ?

 

「あ、私もドラムスティック持ってきてるよ」

 

「あたしも、楽曲のデータはUSBで一応持ってきているぞ、華那」

 

「二人とも用意いいね!?あと、人の心読むの止めてくれないカナ!?」

 

 と、口調がどこかの誰か(教授)っぽくなってしまったけれど、是非も無い事だと割り切ります!……いやだって、割り切らないと私の精神が持たない。間違いなく持たない。というか、私……心読まれすぎ!?

 

「馬鹿やってないでいいから、なんで華那はギター持ってきたんだ?あたしは、どうせバ香澄が『私達も演奏したい!!』って言い出すだろうと読んだから用意したんだけどさ」

 

「さすが、ありしゃー!!わかってるぅー!!」

 

「だぁぁぁ!!列車の中でひっつくんじゃねぇぇぇ!!」

 

 と、会話が聞こえていたのか、有咲に抱き着く香澄ちゃん。

 

「あ、アハハは……はぁ。沙綾……」

 

「無理」

 

 苦笑いを浮かべて沙綾にこの状況をどうにかしてほしいと助けを求めるも、沙綾は即答で首を左右に振った。諦め早いよ!?って、りみちゃん!チョココロネまた食べてるの!?それで列車に乗ってから三つ目だよね!?って、おたえちゃん!列車の中でギター出して引こうとしないで!!他の人の迷惑になるから!!

 

「あ、有咲……たすけ「あたしの方は香澄(コイツ)の相手でいっぱいだ!!」……デスヨネー」

 

 もうカオスすぎてツッコミも追いつかない。取り敢えず、周りの人と車掌さんに怒られないように注意しながら、おたえちゃんを落ち着かせる。この車両には、運の良い事に私達以外誰もいないけど、マナー違反だと言って何とかギターをしまわせる。

 それだけで三十分かかるとは思わなかった。ま、まあ。おかげさまで時間つぶしになったと思えば……うん。そう思う事にしよう。と、列車から降りて、騒動を振り返って疲れ果てた私が少し遠い目をしていたら沙綾が、私の頬に冷たいペットボトルを当ててきた。

 

「ふにゅ!?」

 

「アハハ!華那驚きすぎだって!」

 

 と、悪戯が成功した事に笑う沙綾。もう怒る気力もない私はそのペットボトルを受け取る。中身は濃いお茶。沙綾にいいのと確認すると、笑みを浮かべて「華那の分だから飲んだ、飲んだ!」って言われたので、素直に受け取って飲んでおく。

 

 目的のライブハウスは、駅からかなり近い所にあって、立地条件良すぎだけどだいじょぶなのっておばあちゃんに聞いたら

 

『子供はそんな心配するんじゃないよ。まあ、プロもここでライブするぐらいだから、そうそう潰れたりはしないから安心しなさい』

 

 と、怒られた記憶がある。そういえば、去年だったかに、私の尊敬しているギタリストのグループが全国のライブハウスで未発表のライブ音源流すイベントやったとか何とかで、それにおばあちゃんの運営しているライブハウスも参加していたとの事らしいから、だいじょぶみたいかな。

 そんなことを思いつつ、皆と話しながら大通りを歩いてライブハウスへ向かう。徒歩で十分ほど駅から直進した場所という、とってもわかりやすい場所にあるライブハウスにたどり着いた私達を待っていたのは、なんとおばあちゃんだった。私はおばあちゃんの姿を見るなり、すぐさま走っておばあちゃんの元へ急いだ。

 

「おばあちゃん!」

 

「おお、華那!聞いていた通り来てくれたんだね」

 

「うん!」

 

 と、私を抱きしめて撫でてくれるおばあちゃん。予選会の会場では、やっぱり役員って事もあったから、そうそう話す事が出来なかった。でも、こういう時は優しい笑みを浮かべて私を撫でてくれるから、おばあちゃんの事は好きだ。

 

「な、なあ、沙綾。本当にあの二人、血の繋がりが全くない、赤の他人なんだよな?あれ、本当の孫とお祖母ちゃんにしか見えねぇぞ?」

 

「そうだよ。まあ……華那はさ、人懐っこい所あるから、そう見えるんじゃないかなぁ?」

 

「あー……まあ、香澄(こいつ)よりマシだけどな」

 

「えー、有咲酷い!」

 

「えっと……香澄ちゃんどんまい?」

 

「華那はウサギか犬だよね。華那自身は猫好きだけど」

 

「何の話しだ!?おたえ!?」

 

 なんか、おばあちゃんと話しているだけなのに、ポピパメンバーがいつも通り過ぎてそのまま無視しようかと思ったけれど、おばあちゃんに私の友人達で、バンド組んでいるんだよと説明すると、おばあちゃんの目つきが変わった。あ、これ、オーナーモード入りましたー。

 

「華那の友達って事だけれど、どれだけ技量があるか見てみたいものだねぇ」

 

「それってつまり、ライブできるって事ですか!?」

 

「ちょ、香澄!?」

 

「か、香澄ちゃん。突然大きな声出したら、迷惑だよ」

 

「アハハ……香澄らしいね」

 

「演奏していいなら準備しないとね」

 

 と、勢いよくおばあちゃんに駆け寄って大きな声で反応する香澄ちゃん。それを見て、各々(おのおの)違った反応を見せるポピパメンバー。いつもの事だという感じで笑う沙綾と、その場でギターをカバーから取り出して準備し始めるおたえちゃんに言いたい。そんなに演奏したいのか!?って。

 

「もし、今日の出演者達がトラブルで演奏できなくなった場合は、みんなに演奏してもらうかもしれないから、そのつもりでいるんだよ」

 

「はーい!!」

 

 と、孫を見守るような笑みを浮かべながら、おばあちゃんは香澄ちゃん達を見ながら言うのだった。それに元気な声で返事をする満面の笑みの香澄ちゃん。あ、これ。間違いなく演奏できるって思っているパターンだ。それでできなくて、猫耳型の髪(本人曰く星らしいけど)が某黄色のネズミっぽい電撃キャラみたいにションボリして歩いている未来が見えた。

 

 

 

「あ、華那ちゃん!!」

 

「おー華那ちゃんだー」

 

「華那!来てくれたのね!」

 

 と、由紀、香織と若菜達がいる控室に入るなり三人に抱きしめられた華那。それを見た私は心がモヤモヤする感覚が生まれていた。今日、華那がギターを持ってきた理由を私は知っている。と言っても、華那から相談されたからなのだけれど。

 

「さーや。怖い顔してる」

 

「え?おたえ、本当?」

 

 おたえに指摘されて、私は慌てて確認するように両手を頬にあてる。まったく自覚してなかった。うーん。さっきのモヤモヤする感覚のせいかな。なんて思いつつ華那を見ると、三人に囲まれながら談笑している華那。

 

「ねえ、華那ちゃん。このまま私達のグループに入ってギターやらない?」

 

「そうそう。華那なら、私達大歓迎よ」

 

「華那ちゃんならーわたしもーあんしんかなー」

 

「い、いやあの……ちょっと話しが急すぎない!?」

 

 と、話しがどうしてか華那を勧誘する方向になったようで、華那が困惑の声を上げていた。流石にその話しを私は黙って聞いていられなくなって、華那達の輪の方へ歩く。

 

「沙綾……どうし……沙綾?」

 

 有咲が声をかけてきたような気がしたけれど、今は華那の事。華那の左腕を掴み、華那を三人の輪から引き抜いて抱きしめる。不満そうな表情をしていたって、あとで香澄達に言われたけれど、この時はそんな事考えてもいなかった。

 

「ごめん。華那は()()()()()()()だから」

 

「さ、沙綾?」

 

 私は笑みを浮かべてそう三人に伝える。華那が戸惑った声を上げながら私の名を呼んでいたけれど、頭を撫でるだけでその声に返事をする事はしなかった。

 

「……ごめんね沙綾ちゃん。ちょっと、私達はしゃぎすぎちゃったみたい。ね、若菜」

 

「だねー。若菜達反省反省ー」

 

「ちょっと、若菜。反省してないでしょ!?」

 

 と、由紀が最初に謝ってきて、若菜も反省した様子を見せていたけれど、なんだかふざけているように見えたのか、香織が注意していた。それを見てみんなして笑いあう。まあ、本気じゃなかったんだろうけれど、華那が困っていたからね。私の行動は間違ってない。うん。

 

 その後、お互いに自己紹介をした後に、談笑をしていた私達。そろそろ由紀達の出番が近づいてきたようで、準備を始める三人と華那。それを見て香澄とりみが首を傾げながら

 

「あれ?なんで華那まで準備してるの?」

 

「そうだよね。華那ちゃんは見に来ただけだよね?」

 

「あ、言ってなかったっけ?今回、私来たのはサポートギターで参加するためなんだ」

 

 と、二人の様子に気付いた華那が服を着替えながら答える。今、華那が着ようとしている衣装は、この間の予選会で着ていた、Roseliaの皆さんとお揃いの衣装。最初は作ってもらうの遠慮していたようだけれど、本人も着るのが楽しみのようだね。でも、華那がその衣装着ると、ゴスロリ服にしか見えなくなるのは不思議だね。

 

「え?ズルいズルいズルい!!!!華那ちゃんだけ演奏できるだなんてズルい!!」

 

「いや、サポートギターだからね!?私がソロで弾くわけじゃないからね!?」

 

「香澄……お前……本気で演奏したかったのかよ……」

 

 と、華那の発言を聞いた香澄が駄々をこねだした。着替え終えてからギターの調整していた華那が慌ててソロじゃない事を伝えていた。頭を抱えながら有咲が、何とか喉から声を絞り出していた。見慣れた光景に私は安心しつつ華那に、三人と合わせてないけど大丈夫なのかを聞く。

 

「だいじょぶだよ!ギター以外はパソコンで再生するらしいから。それに、演奏する楽曲はしっかり練習してきたから」

 

 と、ギターの調整が終わって、指の運動をする華那。ただ、笑顔で話す華那の指は小さく震えているようにも見えた。サポートとはいえ、失敗は許されないわけだから緊張はするはず。だから私は華那の背中をちょっと強めに一回だけ叩いて

 

「しっかり演奏してきてね!楽しみにしてるから!」

 

「ったー……沙綾もうちょっと手加減してよ!!」

 

「ごめんごめん」

 

 と、涙目で怒る華那に両手を合わせて謝る私。プンプンと擬音がつきそうな感じで怒っていた華那だけど、出番が来たようで由紀達に呼ばれたので「あとでね!」と華那は私に言ってステージへと向かっていった。じゃあ、私達も見に行こっか。

 

「さんせーい!華那の演奏早くみたい!!ね、有咲?」

 

「ま、まあな。あいつがミスんねぇか心配だしな……」

 

「そう言いながら、楽しみで仕方ない有咲なのです」

 

「おーたーえー!!楽しみじゃねぇぇぇぇ!!!!」

 

 両手をあげておたえを追いかけまわす有咲。どこに行ってもこのメンバーは本当に退屈にならないなあ!と、私が思っていたら華那のおばあちゃんこと、窪浦さんが私達を呼び止めた。どうしたんだろうかと、皆で顔を見合わせるも、私達は窪浦さんのお願いを承諾するのだった。

 

 

 

 

「皆さんこんにちは!Kolor’s(カラーズ)です!」

 

 ステージに立つ香織ちゃんが挨拶をしている。私はギターを持ってそれを聞いていた。グループ名の由来は、三人共通の大好きだったコーラスグループのKと、Colorの単語のCを入れ替えて、無理やりカラーって読ませたそうな。発案者は若菜ちゃん。何となくだけど、そうだろうなあと思っていた節はある。

 

「今日は特別にギターを、私たちの友人が隣の県から来てくれたので、紹介させてもらいます!」

 

 歓声二割、どよめき八割ってところかな。というか、会場が満員だなんて誰が思うでしょうか。私と姉さんが一緒に歌っていた時ですら七割ぐらいだったよ!?

 

「ギター華那ー!!」

 

 香織ちゃんが私の名前をコールしたので、それと同時に意を決してステージへと向かう。それと同時に歓声が上がった。なんで!?って、内心動揺しつつも観客席に向かってお辞儀をする。

 

「今日はギターだけではありますけど、スペシャルなギター演奏と、私達のコーラスワークを楽しんでいってください!……では華那!」

 

 香織ちゃんが私を見て小さく頷いてきたので、私も小さく頷いてギターをかき鳴らす。途中、スタッフさんが私の演奏に合わせて再生してくれた他の楽器の音が流れる。一曲目は「destination unknown」って曲。由紀ちゃん達がメインでカバーしているグループのアルバムに収録されているロック曲。由紀ちゃんの歌声で三人のコーラスワークが始まる。

 

 高音を香織ちゃん。中音を由紀ちゃん。そして若菜ちゃんが低音というパート分けされている。勿論、全員メインパートを務められるだけの実力を持っている。三人のコーラスワークを聴きながら、演奏に集中する。ギターソロに入った瞬間、スポットライトが私に向けられる。緊張するけれど私なりに全力の演奏をする。

 ワウも使うギターソロで、最後の方は伸ばして終わるのだけれど、ここは私なりにアレンジしてブレイクに入って、由紀ちゃんの歌声の途中から再びギターの音を入れる。これは三人と連絡しながらライブ用にアレンジを考えている時に、こうして欲しいという事で取り入れたアレンジ。

 そして一曲目が終わった時点で、凄い歓声が上がって私はびっくりした。結構こういう所だと反応ない場合が多いから、それだけ三人の歌唱力が凄いんだと思いながら次の楽曲へ意識を向ける。

 

 次はアニメ映画用に作られた楽曲である「sprinter」。こちらもアップテンポの楽曲で、三人のコーラスワークが重要な曲。ギターソロはないけれど、歌声にギターの音をハモらせる場面もあるので、三人と息を合わせるように私はギターを奏でる。

 その後も、バラードありのポップありの、バラエティに富んだ楽曲が続いて行って、会場のボルテージがどんどん上がっていくのが演奏していて分かった。本当、歌だけでここまで盛り上げられる三人のハーモニーが凄い。

 最後はピアノの旋律から始まり、三人のハモリが入る「to the beginning」。本当はバイオリンの旋律が流れる部分をギターアレンジで奏でていく。そしてKolor’sのコーラスがすべて終わった瞬間、盛大な拍手が会場を包み込んだ。

 

「改めて、今日……私たちのお願いを聞いて、隣の県からやってきてくれたギタリスト華那に盛大な拍手を!!」

 

 と、私に振る由紀ちゃん。ち、ちょっと!?私。今日はただのサポートだよ!?と言う前に、拍手が巻き起こった。どうして――と困惑する前に三人に背中を押されながらステージの真ん中に立たされる。え、え??ちょっと!?

 

「ほら華那ちゃん。拍手に応えなきゃ!」

 

「そーだよー。ほらほらー」

 

 香織ちゃんと若菜ちゃんが私に聞こえる声で急かしてくる。あーもうこうなりゃやけだ!って感じで右手を上げてからお辞儀をする。そしたら一段と拍手が大きくなったのでびっくりだよ!?

 

「本当にありがとうございました!Kolor’sとギタリスト華那でした!」

 

「ありがとー」

 

「ありがとうございました!」

 

 先に私がステージから去って行って、三人がそれぞれ挨拶をしてから舞台裏へやってきた。私はギターを置いて三人に今日はお疲れ様って伝えると

 

「華那ちゃん、今日は本当にありがとう!今までここまで反応してもらった事ないよ!!」

 

「そうそうー。やっぱりギターの音が生音だと迫力も違うんだねぇー」

 

「華那ちゃん。短時間でここまでやってくれるなんて……本当ありがとう」

 

 と、三人にお礼を言われた。え?嘘でしょ?私演奏しながらだったけど、三人のコーラスワーク凄く綺麗だったよ。だからそれが拍手に繋がったんだと思うよと伝えると同時に、なんかスタッフの人達が慌ただしく動いているのに気付いた。どうしたんだろう?

 

「おい、まだ次のバンド来てないのか!?」

 

「なんかボーカルが季節外れのインフルで病院行ってるとかで、演奏無理って連絡あったそうです!」

 

「はぁぁぁぁぁぁ!?連絡こっちまで来てないッスよ、先輩!?」

 

 と、いう怒号にも似たやり取りが行われていて、切羽詰まった状況である事を瞬時に理解した。仕方ないか。もう一戦行って――

 

「あんたたち落ち着くんだよ!」

 

「あ、オーナー!」

 

 私が直談判しに行こうとしたおばあちゃん登場に、スタッフが静まり返る。あれ?なんでおばあちゃんの後ろにポピパの皆が――

 

「空いた枠ならこの子らが埋めてくれる。急いで準備すんだよ!」

 

「「「は、はい!!」」」

 

 と、指示を出されて動き出すスタッフの皆さん。相変わらず指示出す時の威厳ある感じは健在なんですね……。そう思いつつ沙綾達と合流して

 

「準備、だいじょぶなの?」

 

「大丈夫だよ。セトリも決めてあるし、後は精一杯演奏してくるから、華那はちゃんと見ててよね?」

 

 と、ウインクして見せる沙綾。他のメンバーも大丈夫だよって言ってくれたので、私は頑張ってとしか言えなかった。まあ、ポピパの皆も演奏したくてウズウズしていたみたいだから、良かったと言えば良かったのかな?

 

「Poppin'Party。あんた達の音楽しっかり聴かせてもらおうじゃないかい」

 

「「「「「はい!!」」」」」

 

 おばあちゃんがポピパの皆に檄を飛ばす。それにこたえるように息を揃えて返事をする皆。その後、輪を作っていつもの掛け声しようとしている時。香澄ちゃんが私を手招きして

 

「華那も入って!!」

 

「……はぁ!?」

 

 と、私が驚きの声を上げたのは悪くない!と思っている間にりみちゃんとおたえちゃんに背中を押されて、輪の中に入る。私の左側には沙綾がいて、右には有咲がいる。えっと?

 

「諦めろ、華那。一度言い出したら意地でも貫き通すやつだぞ?」

 

「華那も、今日はポピパのメンバーって事で」

 

 と、呆れた様子の有咲と嬉しそうな様子の沙綾が交互に言ってきたので、私は小さく息を吐いてから円陣を組む。

 

「じゃあいっくよー!ポピパ!」

 

「「「「「ピポパ!ポピパパ!ピポパー!」」」」」

 

 香澄ちゃんの声の後に全員で合わせるように掛け声をかけて全員でハイタッチをする。私もそれをしてから手を振って

 

「行ってらっしゃい」

 

 と見送る。皆それぞれの反応を見せてステージへと向かっていった。観客席から困惑した声が上がる中、香澄ちゃんが元気よく挨拶をして、本来するバンドが急病で来れなくなったという事情と自分達ポピパの事を話して、ギターを構えて

 

「じゃあさっそく一曲目行きます!聴いてください『STAR BEAT! ~ホシノコドウ~』」

 

 そう言うと同時に照明が暗転し、淡い青い色の光がついてポピパの演奏が始まった。いつも通りの明るくて、元気で、それでいて繊細な演奏。一曲目の途中からアウェーであるにも関わらず、会場全体を完全にホームと化したポピパの演奏は最後まで盛り上がり、見事に代役を果たしたのだった。

 

 で、終わってから香澄ちゃんがなぜか私に突撃してきて、その勢いに私が圧し潰され、それを見た有咲と沙綾に香澄ちゃんが説教受けていた。それを微笑ましそうに見守っていたおばあちゃんから代役のお礼って事で、ポピパの皆がお駄賃を貰っていた。最初は断る方向で話していたけれど、おばあちゃんの話術に見事に言いくるめられて、ポピパの皆はお駄賃を受け取っていた。

 で、話し合いの結果、そのお駄賃で由紀ちゃん達と交友を深めようってなり、みんなで食事をしに行く事になったのだけれど、それはまたの機会にでも――

 




一応Twitterやっておりまして、もしTwitterで読了ツイートして頂けたら、作者がいいねしに行くかもしれません……。
気付いたらですけど……。

あ、後。次回は作者(ネタ的で)暴走回(予定)です。


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#43

今回は作者暴走回です。
学校のクラスメイトのイメージ崩壊につきましては責任を負いかねます(ぉ

では本編どうぞ


「ねえ、蘭ちゃん。恋ってどんな感じなのかな?」

 

「ぶっ!?」

 

 華那の突然の問いかけにあたしは、飲んでいたお茶を吹き出しそうになった。それと同時に、華那の発言にクラス全員の動きが止まった。それもそうだ。失礼だけど、恋愛とはすっごく遠い所にいるであろう華那が突然そんな事を言い出せば――

 

「「「「「「か、か、華那ちゃんに春が来たぁぁぁぁぁ!!??」」」」」」

 

「誰!?誰なの!?華那ちゃんの心を盗んだ奴は!?」

 

「そ、そんな……華那ちゃんは絶対、こっち(百合)だ。嘘……嘘だっ……!!」

 

「(相手を)殺さなきゃ……殺さなきゃ……」

 

「待て、まだ慌てるような時間じゃじゃじゃじゃじゃっじゃ!!??」

 

「あんたが一番慌ててるじゃない!?」

 

「ウソウソウソウソウソウソウソウソウソ……カナチャンハ、ワタシノモノナノニ……」

 

「華那が恋愛しないと言ったな……あれは嘘だ」

 

「うわぁぁぁぁぁぁぁ」

 

「キ、キマシ?キマシ?」

 

「まだそう(百合)と決まってないでしょ、バーロー!!」

 

「こ、これは、禁断の姉妹愛!?」

 

「ステイ、ステイ。まだだっ。まだっ、まだだだがだがだがだが」

 

「あんたが一番ステイしてなさい!」

 

「あー!?誰か保健の先生呼んで!!椿ちゃんの意識がないの!!」

 

「まったく……たかが華那の恋愛ぐらいで騒ぐでない。あ、沖の字。お茶お代わり」

 

「ノッブはちょっとは動揺しましょうね!?はい、温かいお茶どうぞ」

 

「温かいお茶ドーモじゃ」

 

 と、まあこうなる(カオス)になる訳で……。ってか、なに?キマシとか百合って……。しかも物騒な言葉飛び交ってるんだけど!?あと、最後の二人組、なんか見た事ないんだけど、このクラスにいたっけ!?はあ……でも……今が昼休みでよかった。じゃなければ、収拾がつかないまま授業に入っていた可能性が高い。で、どうしてそんなこと聞いたの、華那?

 

「えっと……ちょっと気になっちゃって。私はした事ないけど、他の人がどんな感じなのかなって」

 

 恥ずかしそうに聞く華那だけれど、その仕草は間違いなく誤解を招くと思う。というか、質問した時点で既に誤解を与えている訳だけれど……いや、実際問題誰が好きなの、華那?

 

「ほへ?……!い、いや。そ、そういう訳じゃないよ!?」

 

「その言い方が誤解与えるって!!」

 

 あたしは机を叩いて立ち上がる。そうでなくてもこんな状況(カオス)なクラスに、さらに爆弾落とすようなマネはしないで!肩で息をしつつ椅子に座り直して、目の前の華那の様子を改めて見る。

 頬は少し赤くなっていて、恥ずかしいというのが伝わってくる。やっぱり男?なら誰?身近に男と言うと――

 

「CiRCLEの正社員のあの人?」

 

「ほへ?」

 

 あたしが呟いた言葉に、純粋な眼差しの華那は首を傾げた。なんで今その人の名前が出てきたのと言いたげだったから、これは違うって事。なら誰がいる?もしかして、あたしや湊さん(姉)ら、皆が知らない所で会っている人とか?そう判断したあたしは、スマホを取り出してある人物に連絡を取ろうとする。

 

「あの……蘭ちゃん?」

 

「え……あ、ごめん。それで、恋についてだっけ?」

 

 不安そうな眼差しであたしの名前を呼んだ華那に、反応が遅れてしまった。どうして華那がそんな事を聞いてきたのかが理解できない。華那から見えないように、机の下でスマホを操作しながら確認のために華那に聞いた。

 

「うん。ちょっと……気になっちゃって」

 

「……泳ぐんじゃない?」

 

「そっちの鯉じゃないよ!?」

 

 とりあえずお約束的にボケてみるけれど、やっぱり違ったみたいだ。うん……これは放課後、CiRCLEのラウンジに集合して緊急ミーティングを開いた方がいいかもしれない。華那に魔の手(男の気配)が近づいているって。

 

「それで……蘭ちゃんはそういう恋のようなものした事あるかなって……」

 

「あたし、した事ないし、余裕ないし」

 

 そう。実際問題、美竹家の場合、華道を継ぐ事も視野に小さい頃から厳しい指導を受けてきたから、そんな事(恋愛)をしている余裕もなかったのは事実。それに、誰かから告白まがいの事を受ける事も無かった。……目つきが悪いからとか言うな!

 

「そっか……」

 

 極端に落ち込んでいるように見える華那。あたしはそれを見て罪悪感にも似た感情を覚えてしまう。ちょっとは言い方を考えればよかったかなと思っていたら、

 

「そういえば、蘭ちゃんの家って名家なんだよね?なんで従者(メイド)さんとかいないの?」

 

「はぁ……華那?」

 

 純粋な質問なのだろうけれど、なんであたしにメイドみたいな人間つかれなきゃいけないの。そんなのいたら、バンド活動も出来ないし、スケジュールやプライベートを束縛されるから、いない方がいいし。そう言ったのだけれど、華那は不思議そうに首を傾げながら

 

「だって、よくよく考えたら、蘭ちゃんって美竹家の長女って事は、跡取りでしょ?」

 

「あー……うん、一応」

 

「だから、蘭ちゃんのお父さんならやりかねないかなぁって……」

 

「人の父親にどんなイメージ持ってるの……いや、確かにやりかねないけど……」

 

「ね?同い年ぐらいの女の子をメイドにしそうじゃない?」

 

 頭痛と眩暈を覚えつつも、父さん(あれ)ならやりかねないという想いも確かにあった。女子高だから同い年の女子がメイド……。ちょっといいかも……。じゃないじゃない。なんで恋からこんな話しに飛んだの?いや、まあ、あたしが悪いんだろうけどさ。

 

「でも、蘭ちゃんにお付きのメイドさんいたら、()()()()()()かなり苦労しそうだよね」

 

「ちょっと、華那。それはどういう意味」

 

「ふにゃん!?」

 

 ニヘラと笑う華那の両頬をつまみ上げて、上下左右に引っ張る。あ、沙綾が言っていた通り、スベスベしてるし、モチモチしてて気持ちいい。

 

らんひゃんいひゃい(蘭ちゃん痛い)いひゃい(痛い)!!」

 

「まったく……で、なんでメイドさんが苦労する事になるの?」

 

 十分堪能してから、あたしは華那の頬から手を離して右手で頬杖をつきながら問う。そもそも、あたしがメイドさんにそこまで迷惑かける訳が――

 

「だって、蘭ちゃんの場合、アフグロの皆とバンドするからとか、遊び行くからとか言って、予定全部ひっくり返しちゃいそうじゃない?」

 

「くっ……否定できない」

 

 両頬をさすりながら、話す華那の言葉に否定できなかった。家に縛られるって言うか、勝手にスケジュール組まれた挙句、自分の意見を言えないだなんてアタシは嫌だ。……そう考えると華那の言ってる事は正しい……?そんな考えがよぎったあたしは頭を左右に振って

 

「実際いないからメイドさん(それ)はいいとして、なんでそんな事を聞くの?」

 

「え?昼休みの話しのネタ?」

 

「なんで疑問形!?」

 

 再び机を叩いて立ち上がるあたしは悪くない!それより……気にしないようにしていたけれど、クラス内が地獄絵図と化してるのだけれど……。うん、野戦病院と言った方が正しいかもしれない。

 とりあえず、あたしはパックの牛乳を飲んでいる華那に改めて問いかける。今日、なんでこんな話しばっかなの?誰か好きな人でもいるの?その人の家にメイドいるとか?

 

「え?私が好きな人?いないよ。付き合っても無いし、メイドは本当にただの話しのネタだよ」

 

「だよね」

 

 その言葉を引き出したあたしは褒められていいと思う。だって、クラスの地獄絵図化&野戦病院化の悪化を防いだのだから。クラスの皆の様子をチラリと見ると

 

「はーい。みんな解散、解散ー」

 

「なんだ、ビックリしたー……」

 

「まだ華那ちゃんが百合(こっち)の可能性はある……ゴクリ」

 

「椿ちゃん目覚ましてー!誤報だったよー!」

 

「私の生涯に……一片の悔い……ある……」

 

「あるの!?」

 

「ツマリ、カナチャンハワタシノモノ?」

 

「どうやったら合法的に華那ちゃんをメイドさんにできるかな?」

 

「その考えをする時点でアウトだと気付いて、山ちゃん」

 

「なんじゃ、つまらぬ」

 

「絶対遊ぶ気満々でしたね、ノッブ?」

 

 なんかまだ一部が地獄絵図化しているような気がするけれど、気にしない気にしない。で、なんでそんな(恋の)話しをしようって思ったの?

 

「えとね、流行の曲の歌詞とかで結構恋愛の事を書いてある楽曲多いじゃない?」

 

「あー……確かに」

 

「だから、どんな感じなんだろうって思ったのが理由だよ」

 

 華那の言いたい事は分かった。確かに、流行の楽曲や有名曲は恋愛の歌詞が多い。それを書こうとしたら、確かに恋愛した事が無ければ、感覚で書くしかない。となると現実とのギャップが大きくなってしまう。だから、歌詞を書くあたしに聞いてみたのだろう。納得納得。

 実際、華那が練習している曲にも失恋した曲や、元カノを偶然街で見かけて、今の彼氏と腕組んで街の中を歩いてたって曲もあるらしい。それで、どんな気持ちなのだろうと思ったから、あたしに聞いたという事らしい。

 

 ただ、一つ問題があるとすれば――あたしが既に()()()()()()()()()という事。華那。その……ごめん。そう心の中で謝りつつ、昼休みの間、華那と他愛のない話しを続けた。

 

 

 

 放課後。CiRCLE内にある、ラウンジにてあたしと沙綾。そして湊さんが集まって話しをしていた。

 

「それで美竹さん……昼間のあれについては何かわかったかしら?」

 

「はい……先に結論から言えば、華那に彼氏はいませんでした」

 

「そう……」

 

 一安心と息を吐き出す湊さん。沙綾もホッとした表情を浮かべていたけれど、どこかぎこちないのは気のせいと思いたい。というか、ビックリしましたよ。昼休みに前置きも無く恋について聞いてきたんですよ?

 

「ごめんなさいね……美竹さん」

 

 ()()()()()()()()()()()に気にしてないと伝えつつ、教室内がかなり混乱した状況に陥った事も伝えておく。いや、あれは本当、カオスと言っていいと思う。そのぐらいの惨状だったし。

 

「蘭。その惨状ってどんな状況?」

 

 興味本位なのだろうけれど、沙綾がその時の状況について聞いてきた。頭痛と眩暈がしたあの光景を思い出しながら説明をする。そういえば、あの二人組後で見たら、ちゃっかり授業受けてたから、あたしが覚えてなかっただけみたいだ。

 

「す、すごい状況だったんだね」

 

 顔が引き攣った状況の沙綾が、何とか絞り出した言葉はそれだけだった。湊さんも呆れた表情を浮かべてて、盛大に溜息を吐いていた。帰ったら華那に変な発言するなと注意しておくと言って、今日は解散することになった。尚、今日の会話の最中。ずっと湊さんの膝の上には、ついこの前、華那が保護したという黒猫のクロが眠っていた。

 

「でも、いつか、華那が恋愛するってなった時。大変な事になりそうだね」

 

「確かに……今日の話しのネタだけだったのに大騒ぎだった訳だけど、本当に告白したとか、付き合ったとかの話しが出てきたら、今日以上の地獄が繰り広げられるって訳だよね……」

 

 沙綾が苦笑しながら話しかけてきたので、あたしも同意しつつ、あれ以上の地獄は見たくないと思ったのは悪くないはず。というか、まず付き合う時点で湊さんの同意を得られるかどうかだと思うのだけど

 

「あら、華那が本当に好きであるなら、私は認めるわよ」

 

「え゛」

 

 小さく呟いた私の言葉を拾った湊さんが、意外な事に認める発言をしたもんだから、あたしが変な声を出したのは悪くない。悪くないって言ったら悪くない!

 

「それこそ、華那の身が危なくなるような男なら、どんな手を使ってでも別れさせるわ。でも……華那の事を大切にしてくれる人なら、私は認めるわ。それが姉としての務めじゃないかしら?」

 

「湊さん……」

 

「友希那先輩……」

 

 湊さんが今まで見せた事の無い、柔らかな笑みを浮かべて言うものだから、あたしと沙綾は何も言えなくなってしまった。いや、そこまで考えているのなら問題ないと思いますけど、それって結婚前提なんじゃ――と、いうツッコミをあたしは入れる事が出来ずに、今日は解散となるのだった。

 あれ?今回、被害者ってクラスメイトもそうだけど、一番はあたしじゃない?そうあたしが気付くのは、寝る直前の事だった――

 

 

 

 

 その夜――とある二人の電話でのやりとり――

 

「華那……私の貸した本の影響受けすぎじゃない?」

 

『ほへ?……あー蘭ちゃんから聞いたの?』

 

「うん。確かに蘭の家は名家だけど、あの漫画本に出てくるヒロインのようなポンコツじゃないでしょ」

 

『確かに……でも、メイドとかいてもおかしくないと思ったんだもん!』

 

「まあ……あんな子みたいなメイドさんいたら、仲良くしたいよねぇ」

 

『でしょでしょ!?』

 

「それはそれとして、今後は注意するように。分かった、華那?」

 

『はーい……』

 




ネタに走りすぎた結果がこれだよ!
色々とすみません……


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#44

今回から、Sisterhood最終章一歩手前の話しに入ります。
つまり簡単に言えば、オリジナルストーリー回を

「全速前進DA!」

って感じで、バンドリ本編に掠らなくなります。
ご了承ください。


では、本編ドゾー


「ゆっきなちゃーん!!」

 

 昼休み。リサと一緒に学食へ向かっている最中だった私は、突然廊下で声をかけられた。後ろを見れば、だいぶ前に演劇部と吹奏楽部の合同練習を見に行った時に、アドバイスを求めてきた吹奏楽部の部長であるうえ……うえ……なんだったかしら。リサ覚えているかしら?

 

「友希那、植松ミカだよ。同じクラスなんだから覚えてあげなよー……」

 

 私の問いに苦笑いを浮かべながら答えてくれるリサ。確かにそうね。でも、接点がほとんどないのだから仕方ないじゃない。それで植松さん。何か用かしら?そう問いかけた私に、植松さんはとんでもない発言をしたのだった――

 

()()()()()()()()()()(貸して)()()()()()!!」

 

 私がその場で怒らなかったのは、褒められるべきだと思うの。でも、後でリサが教えてくれたのだけれど、目で人が殺せそうな、そんな鋭い目つきをしていた――と。失礼ね。私は人を殺した事なんてないわよ。……まだ。

 

 

 

 

 

「で……先ほどの発言はどういう事かしら?」

 

 あんな発言を廊下でしたものだから、かなりの大騒ぎになってしまった。私達は場所を移して、学食にやってきていた。テーブル越しに植松さんを睨む私。その横でリサが苦笑いを浮かべながら、私を宥めているけれども、流石に姉として先ほどの発言は聞き逃せるようなものではなかったわ。

 植松さんは小さくなった状態で右手をおずおずと小さく上げて「発言よろしいでしょうか?」と聞いてきた。発言していいから、さっさと先ほどの真意を言いなさい。

 

「あのですね……毎年、吹奏楽部はオーケストラ編成で文化祭前に、単独で市のホール借り切って演奏会をやっているんですよ」

 

「そうなの?」

 

 去年の事なんて全く覚えていないわ。それに、吹奏楽部に興味も無かったのも一因ね。リサは知っていたの?

 

「え?あー……見には行っていないけど、ポスターなら見たよ。チケットも用意して、かなり本格的な演奏会みたいだよ?」

 

「そうなの。本格的な演奏会なんだけど……毎年、ただ演奏するんじゃなくて色々と工夫してやっているの」

 

 ここ数年は演劇部とコラボしてやっていたんだと、植松さんは説明してくれた。なら、今年も演劇部とコラボすればいいじゃない。そう聞くと

 

「それが……今年、夏休みに演劇部とコラボしちゃったから、流石に連続ってなると……」

 

「あー……ロミオとジュリエットだっけ?確か、好評だったって薫が言っていたっけ」

 

 それを聞いたリサが右手人差し指を顎に当てつつ、瀬田さんの事を思い出しているようだ。そうだったのね。今は心に余裕があるから、次があるのなら見に行ってもいいわね。でも、そういう事なら、また演劇部とコラボすれば――そう言いかけて気付いた。短い間隔で同じような事をしてしまえば――

 

「マンネリ化してしまうって訳ね……」

 

「そうなの」

 

私の言葉に同意するように頷く植松さん。それは分かったわ。それで、どうして華那を「ちょうだい」という発言に繋がるのかしら?

 

「あの……その発言は本当ゴメンナサイ」

 

「あら?私は怒ってはいないわよ?どうして、そのような発言になったのか知りたいだけよ」

 

「あー……(これは、完全に怒ってるよね。友希那?)」

 

 なぜか隣に座っているリサが、呆れたような声を上げていたけれど、後で追及する事にするわ。

 

「あのですね……夏休みの時に、ライブハウスでKMGのギターとして演奏してたじゃない?」

 

 本当に申し訳なさそうで、言いにくそうに話し始める植松さん。そのライブの事は、私はしっかりと覚えている。あの時、Roseliaは私の独りよがりのせいでバラバラになってしまって、あのままだったら本当に解散していてもおかしくはなかった。

 でも、そうならなかったのは華那のお陰である。華那が身を削ってまで歌い上げ、その後を引き継いだポピパの演奏。それらがあったからこそ、私は大切な事に気付けた。だからと言って、二度と華那に歌わせたくはないわ。

 

「あ、大丈夫、大丈夫。華那ちゃんには絶対、歌わせないから。それは約束する」

 

「そう……なら、なにをさせるつもり?」

 

 歌わせないと言うのなら、華那に何をさせるつもりなのだろうか。ギター以外の楽器となると……華那が弾いていたり、吹いていたりする姿が全く想像できないのだけれど。

 

「ふっふっふっ……甘いよ。甘すぎるよ湊さん!それこそ、アイスクリームに蜂蜜かけて、さらに練乳かけるぐらい甘いよ!」

 

「聞いてるだけで胃もたれしそうだねぇ……」

 

「そうねリサ……」

 

 そんなのアイスクリームじゃないわ。それに食べ物で遊ばない方がいいわよ。

 

「例えだよ!?」

 

 テーブルを叩く植松さん。食べ終わっていたから料理が落ちるとか、コップが倒れて水が零れるという事はなかったのだけれど、反応が大袈裟ね。本当に演奏中に冷静に指揮できているのかしら?

 

「うわぁぁん!リサちゃん。友希那ちゃんがいじめるぅ!!」

 

「あーはいはい。落ち着こうねーミカ」

 

 と、リサに抱き着いて泣くふりをする植松さん。私は盛大に溜息を吐いて、脱線してしまった話を聞く事は出来ないだろうと諦めようとした。流石に植松さんもそこは分かっていたのか、しばらくしてからリサから離れて、対面に座り直し、咳払いをしてから

 

「それで……真面目な話しなんだけど――」

 

 真剣な表情の植松さんが話した内容は、私が勝手に「いいわ」と言えるような代物ではなかった。本人の意思を確認しなければいけないものだった。どうして私に聞いたの?本人に直接言えばいいじゃない。そう問うと

 

「それは分かっていたんだけど……華那ちゃんの使用は、姉である友希那ちゃんの許可得ないといけないって話しを聞いたから……」

 

「使用許可って……誰よ。そんなありもしない噂流した人間は……」

 

 いや、華那は確かに大切な妹よ?でも、私がいちいち使用許可出すとかありえないと思わないのかしら?ねえ、リサ。……?リサ?

 

「え、あ、な、なに友希那?」

 

リサ……話し聞いてた?私がいちいち華那の使用許可出さなきゃいけないという噂についてよ。どうかしたの、リサ?ちょっと汗かいているけれど……。

 

「な、ナンデモナイヨー。ちょっと熱くなってきたからじゃないかな?もう九月なのに暑いよねぇ~」

 

「そうね……体調崩さないように気をつけないといけないわね」

 

「そ、そうだねぇ~(あ、あぶなっ!アタシが冗談で言った事が広まっただなんて、友希那に言えないよぉ)」

 

 少しぎこちない様子のリサだけれど、本当に大丈夫なのかしら。それはともかく。そういう話しなら本人に言ってもらえるかしら。その方が、本人の意思を確認できるはずよ。

 

「そうする……で、それと合わせて実は()()()()()()()にお願いがあるの!」

 

「私……」

 

「達……に?」

 

 両手を顔の前で合わせて頼み込んでくる植松さんに対し、私達は顔を見合わせるしかできなかった――

 

 

 

 

「――という訳で、華那ちゃんお願い!!」

 

「何がどういう訳なんでしょうか!?」

 

 放課後。吹奏楽部の部長さんでいらっしゃる植田先輩「植松だよ!?」失礼。噛みました。

 

「嘘だぁ」

 

「かみましゅた」

 

「マジだったの!?」

 

 私の発言に驚く植松先輩。いやあ、わざと噛むって難しいなとちょっと遠くを見ながら思う私。だって、放課後に一年生の教室に突然やってきて、説明もなくお願いだけされたら、誰だって遠くを見て溜息ぐらい吐くと思うんですよ。どう思う、蘭ちゃん?

 

「あたしに話し振らないで」

 

「冷たい……蘭ちゃんが冷たい……」

 

 項垂れる私。すかさずクラスメイトから「蘭ちゃん(美竹さん)が華那ちゃんいじめてるー!!」という声が上がった。勿論本気ではなく、冗談というのは分かっているのだけれど、蘭ちゃんは顔を赤くして否定していた。……蘭ちゃん、皆に遊ばれているだけだからね?まあ、蘭ちゃんは放置しておいて……植松先輩。本当に用件は何なのでしょうか?

 

「それなんだけど……ちょっと、場所変えない?あまり多くの子達の前で話す内容じゃないから」

 

「は、はあ……?」

 

 え?他の人に話せない内容って何!?も、もしかして、私が知らないだけで、実は植松先輩がこの学校の番長的な人で、さっきの私の名前間違えに気を悪くした?え?これもしかしてよく漫画とかである「校舎裏連行」ってやつですか!?

 やだ、やだぁ……私まだやり残した事ばっかりなのにぃ。もう泣きそうな感じなんですけど、平静を装う私。で、やってきたのは校舎裏ではなく音楽室だった。あ、ここが私の最後の場所になるんだ……なんて思っていたら

 

「華那ちゃんのギターの腕前を見込んで、吹奏楽部とコラボ演奏してほしいの!」

 

「……ふへ?」

 

 と、勢いよく目の前で頭を下げた植松先輩。え、え?一体全体何が起きているのか理解できない私は、困惑するしかなった。そもそも、吹奏楽部とコラボ?どういう事ですか?

 

「あっ、そこから説明しなきゃだよね。ごめんごめん。実は――」

 

 混乱している頭を落ち着かせるように努めながら、植松先輩の話しを頭の中でまとめる。例年、文化祭前に吹奏楽部でコンサートを行っている事。そのコンサートが、去年まで三年連続ぐらいで演劇部とコラボしていた事。でも、今年は夏休みにそのコラボをやってしまったので、流石に連続となると飽きられてしまうという懸念がある事。

 そこで、白羽の矢が立ったのが私だという事らしい。いや、なんでそこで私なんですか?ギターだってそこまで上手じゃないですよ。もっと上手な人紹介しましょうか?

 

「ううん。華那ちゃんじゃなきゃ出来ないの。これ覚えてる?」

 

 そう言って、植松先輩が私に見せたのは空のペットボトルだった。しかも、パッケージが外された状態の物。あの……これってゴミですよね?

 

「そうそう。これだけなら、ただのゴミだよ。でも……はい。華那ちゃん、ここ見てみて」

 

「?……あっ!え?嘘!?」

 

「ふっふーん。そういう事~。だから華那ちゃんにお願いしに来たの」

 

 得意げに話す植松先輩の顔とペットボトルを交互に見ていた私。植松先輩が手で見えないようにしていたペットボトルの横には「湊華那」とマジックペンで書かれていた。これは、この間のKMGのライブで飲んだ水を入れたペットボトルで間違いない。って、事は……あの時、持って帰るって言った観客は――

 

「私だよ♪」

 

「やっぱりぃぃぃぃ!!??」

 

 私は驚きの声を上げる事しかできなかった。あの時のライブ見に来ていたんですか!?というか、なんでペットボトルまだ持っているんですか!?もう、ツッコみたい所ばっかりですよ!?

 

「あははー。華那ちゃん可愛いのに面白い子だねぇ!」

 

「みょん!?」

 

 突然抱きしめられたので、変な声を出すのはいつもの事。って、なんで抱きしめられた挙句頭撫でられなきゃいけないんですか!?私、マスコットとかお人形さんじゃなくて人間ですよ!?

 

「あーもう。そうやってじたばたしてる仕草も全部可愛ぃ。お持ち帰りしたい!」

 

「アホな事やってないでいいから、話し進めなさい。この馬鹿部長」

 

「おごっ!?」

 

 と、突然現れて、植松先輩の頭をぶん殴ったのは年上であろう、目つきが鋭く、赤に若干の茶色が混ざった色の髪をショートヘアにした女子でした。え……えと……どちら様ですか?

 

「ああ……ごめん。わたし、明石ゆかり。そこで悶絶してる馬鹿の幼馴染で、吹奏楽部の副部長よ。よろしく……えっと?」

 

「あ、私、湊友希那の妹の華那です。こちらこそよろしくお願いします」

 

 先輩という事が分かったので、礼儀正しく頭を下げる。明石先輩がなぜか「ほう」と言ったのだけれどどうしたのだろう。そう思いつつ頭を上げた時に分かった。明石先輩の表情は、若干の驚きの色を浮かべていたから。

 

()()()()()だっていうから、どんな奴かと思えば……かなり礼儀正しいじゃん」

 

「う、うちの姉が失礼な事をしたようで申し訳ございません!!」

 

 勢いよく頭を下げて謝罪を伝える。というか、姉さんなにやったの!?

 

『知らないわよ。そもそも話した事も(ろく)にないわ』

 

 そんな幻聴が聞こえてきたのだけれど、帰ったら千聖さん直伝お説教のお時間だからね。覚悟しておいてよね。この間、千聖さんから習ったんだから!

 

「ククッ……本当、湊とは性格全く違うんだな。気に入ったよ」

 

「え?あの先輩?」

 

 優しく私の頭を撫でる明石先輩。なんで撫でられているか分からないのですけど……。そんな困惑をしていると、殴られた痛みから復活した植松先輩が

 

「あー、ゆかりん!ずっるい!!」

 

「五月蠅い」

 

「ゆかりんの私の扱い酷っ!?しかもうるさいを漢字で言ったよね!?」

 

「話し進まないでしょ」

 

「ぎゃん!?」

 

 目の前で行われるコントにも似たやりとりに、私は苦笑いを浮かべるしかなかった。うん。すごい鈍い音したけれどだいじょぶかな?え、明石先輩?殺しても死なないからだいじょぶ?そ、そんなわけないですよね!?

 そんな状況だったので私が植松先輩を介抱して、回復した植松先輩と明石先輩の二人から、改めて今回の件について詳しい話を聞く事になった。

 

「で、どこまで話したんだっけ?」

 

「毎年、吹奏楽部が文化祭前に単独で演奏会やっているって所。十分も経っていないのに忘れるとか、知能低下が進んでるんじゃない?」

 

「あんたが殴ったからでしょ!!……コホン。で、今年は華那ちゃんのギターと吹奏楽部の演奏をしようと思ったんだ。華那ちゃんにお願いしてる理由は勿論あるよ。あのライブで演奏した『#1090』……日本武道館で行われた『Tour2016"The Voyage"』バージョンだったでしょ?」

 

「え……」

 

 確かに、あの時のライブで演奏した「#1090~Million Dreams~」は植松先輩の言う通り、実際のライブアレンジを意識したのは事実だ。でも、それを気付くだなんて……。正直、私の世代ではそんなに好きだという人がいないから寂しかったけど……もしかして先輩達は――

 

「私たち二人とも()()()()の大ファンなんだよね」

 

「うん。クールだよね」

 

 私の視線で気付いたのか、二人とも優しい笑みを浮かべて同意してくれた。そうなんだ……でも、私なんかギタリストとしてはまだまだですけど、本当にだいじょぶですか?

 

「そんな事ないよ!それに()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と思ったんだ」

 

「やりたい事?」

 

 植松先輩の言葉に首を傾げてしまう。私じゃなきゃ理解できないってどういう意味なのだろうか。ギターとオーケストラ……。うーん、思い浮かばない。

 

「クスッ……。二〇〇四年、東京都のとあるオーケストラ団と私達が好きなアーティストが何をしたでしょうか?」

 

「ミカ。それヒントどころか完全に答え」

 

「うっさいよ!」

 

 満面の笑みで私にヒント――と、いうか明石先輩の言う通り答えですよね。オーケストラと共演したあのライブですよね?……え。あ、ま、まさか……それを!?

 

「ふっふーん。その通り!私達、吹奏楽部のオーケストラ編成と華那ちゃんのギターサウンドで、それをやろうって決めたの!!」

 

 植松先輩が両手を広げて、大袈裟に言ったのだけれど、私は呆然とするしかなかった。いつか、“あの人”のようなオーケストラと共演するようなライブできたらいいなと思っていたのに、それが今叶いそうになっている。でも……不安しかない。

 

「華那。不安はあると思う。でも……私も、華那の演奏を映像だけど、見て思ったの。『この子とならやりたい』って」

 

「……!」

 

 真剣な表情で、私をまっすぐ見つめながら明石先輩がそう言ってくださった。その言葉は嬉しかった。でも……怖い。私のギタースキルで、本当にできるのだろうか……。だから私は――

 

「返事……来週まで待っていただけますか」

 

「……分かったよ。急な話しだもんね。華那ちゃんの気持ち固まったら、私に連絡して。これ、私の電話番号」

 

 結局、結論を先延ばしにするしかできなかった。それなのに、植松先輩は、笑みを浮かべながら私に連絡先が書いてある用紙を渡してきた。私はそれを受け取りながら謝罪する。そしたら、植松先輩が私の頭を撫でながら

 

「いいんだよ。私達の方こそゴメンね。急にこんな話しして、華那ちゃん困惑させちゃったから」

 

「どっちかというか、ミカの言動のせいだと思う」

 

「ゆかりん!?」

 

 ボソリと呟くようにツッコミを入れる明石先輩。そのやり取りを見て、私は小さく笑ってしまったのだった。そんな私の様子を見た明石先輩が私の両肩に手を置いて、私と視線を合わせて

 

「華那。どんな結論選んでもいい。私達は怒らないから。だから、しっかり考えて。後悔の無いように」

 

「……はい。ありがとうございます」

 

 急かす訳じゃなく、私が後悔しないようにと気をつかってくださった。私は頷いて感謝の言葉を伝える事しかできなかった。今も、心の中ではやりたい気持ちと、断る気持ちが揺れ動いていたから。その後、明石先輩が植松先輩を引き摺るようにして帰ってしまったので、私一人音楽室に取り残されてしまった。

 

「どうしよう……」

 

 答え……本当に出るのかな。そんな不安すら覚えながら私は音楽室を後にした。自分が本当にやりたいのかどうかを考えながら――

 




二〇〇四年のソロライブ……いったい、どこの都響とコラボレーションしたライブなんだ……()


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#45

 ここ二日ほど、華那の様子がおかしい。何があったか聞いても、はぐらかして答えてくれない。食事の最中もボーっとする事が増えたし、家庭生活や部屋でギターを弾いていても些細なミスが増えたように思える。いったい何があったの華那……。

 自分の部屋の椅子に座り、この二日間何があったかを思い返す。家では特に問題はなかったはずよ。なら、学校かアルバイト先のCiRCLEか……それともそれ以外の場所での問題なのか……。でも、アルバイト先での問題なら、まりなさんから私に連絡が来るようになっている。……なら何が――

 

「二日前……二日前なにがあった?」

 

 腕を組んで真剣に考える。家を出て、学校に行く時はいつも通りだった。帰ってきてから様子がおかしくなった。ならその間。昼休み……放課後?待って。昼休み、私とリサはある人物と話をしているわ。となれば――

 

「放課後、植松さんと話した後?」

 

 昼休みに、植松さんと話したのだけれど、華那本人と話した方がいいと言ったのは私だ。でも、それで華那の様子がおかしくなるような話しではないはず。……これは、植松さんに確認した方がいいわね。明日にでも――明日学校休みだったわ。どうしたものかしらね……これは。

 本来なら、本人に聞くというのが一番なのだろうけれど、それが出来れば苦労はしないわね。……リサに相談してみようかしら。そう思いってスマホを取ると、タイミングよくリサから電話がかかってきた。相変わらずいいタイミングね、リサ。そう思いつつ、私は通話ボタンをタップしリサからの電話に出た。

 

「もしもし、どうかしたのリサ?」

 

『あ、友希那。ごめんね、遅くに』

 

 別に大丈夫よ。まだそこまで遅い時間ではないから。それで急にどうしたの?

 

『ちょっと華那の様子がおかしい件について話をしようと思ってさ……ここ数日、どこか上の空じゃん?』

 

「ええ……それについては、私もリサに相談しようとしていた所よ」

 

『あー……やっぱり友希那も気付いてたんだ?でも、今の言葉だと何かあったか分かってないって感じ?』

 

 リサの言葉にそうよと伝えつつ、椅子からベッドに移動する。リサも気付いているぐらいだから、他の人ですら気付いているでしょうね。でも、華那は弱音を誰かに言う事はなかなかしない。だから、こうやってリサと相談して、何とかその弱音を聞き出そうとしているわけ。

 

『なにか、不自然というか、気になってる事って、友希那の方である?』

 

「ええ……一つだけあるわ」

 

『だよねー……な……い?……えっ!?あるの!?』

 

 私の発言に驚きの声を上げるリサ。その声は、私がスマホから耳を放しても聞こえるぐらいだったから、電話の向こうで遠くからリサのお母さんが「リサーうるさいわよー」と言っている声が聞こえた。

 

『母さん、ごめーん!……で、友希那。その気になってる事、教えてもらえるかな?』

 

「ええ……そうしたいのだけれど、電話だと隣の部屋の華那に聞かれる可能性があるわ。明日、練習後に話し合いましょう」

 

 そう。夜も遅いという理由もあるけれど、華那にこの会話を聞かれる恐れがある。となると、華那の性格上、私達に迷惑かけないようにとして動くから――

 

『あー……確かに。華那に聞かれたら、逆に問題解決しなくなるもんね……。分かったよ。明日の練習後ね、友希那』

 

「ええ」

 

 華那の事は心配。でも、本人に直接聞くと、絶対に「だいじょぶ!」って言うに決まっているわ。今までがそうだったから。本当……私の妹は手のかかる子ね。って、リサ?なんでそこで笑うのかしら。

 

『だって、友希那が華那の事、言える立場なのかなって、思ったらちょっと……ね?』

 

 笑いながら言うリサに、私はどういう事か問い詰める。結局、リサにはぐらかされてしまい、理由は分からずじまいだった。もう……リサったら。盛大に溜息を吐いてから、また明日と言って通話を終わらせた。

 

 

 華那……何を悩んでいるというの――

 

 

 

 

「……」

 

 私はベッドに腰かけ、ギタースタンドに立たせてある愛用のエピフォンの黒色ギターを見ていた。ここ最近、練習していてもミスの連発で、自分自身でも集中できていない事は理解していた。

 その理由――吹奏楽部のコンサートでギターを弾いて欲しいという、吹奏楽部の部長である植松先輩からのお誘い。やってみたいという気持ちは少なからずある。でも、その気持ちを上回っているものがある。それは――

 

「私にできるのかな……」

 

 小さく呟く。ギターはいっぱい練習してきた。でも、バンド活動をしているみんなと比べてしまうと、自分は劣っているって感じていた。だから、私より上手い人がいるなら、その方が植松先輩達に迷惑が掛からないと思うし、きっとそっちの方が吹奏楽部の評判はよくなるはずだから。

 それこそ、同じ学校の日菜先輩から、瀬田先輩にモカちゃん。学校違うけど紗夜さんにおたえちゃん。そして香澄ちゃん……と、挙げれば私より上手い人は大勢いる。確かに()()()()の音楽は好きだし、理解度は他の人より比べたら高いかもしれない。でも技術は?

 

「はあ……」

 

 ベッドに倒れ込む私。夏のライブは、正直そこまで深く考えていなかった。だって、姉さんにどうやって気持ち伝えるかだけを考えてライブした訳だし……。その気持ちをポピパの皆が理解してくれて、サポートしてくれたから上手くいった訳だ。なら、今回は?

 難しい……。ここまで悩むだなんて思ってもいなかった。どうしたらいいんだろう。やっぱり断るのがいいよね。途中で「やっぱり無理です」って言って投げ出すのは一番迷惑だから。そうだ。そうしよう。明後日、学校で言おう。そう決めて、私は部屋の明かりを消して目を閉じた。

 

 

 

 

「それで、友希那さん。今井さんと二人で、何を話そうとしていたのですか?」

 

 Roseliaの練習後。CiRCLE隣接のカフェでリサと話をしようとしていたのだけれど、紗夜がついてきた。私とリサが知らない所で悩んでいる可能性もあったから、紗夜の参加について私は特に何も言わなかった。リサも私と同じようで、「紗夜も意見言ってねー」と笑みを浮かべながら言っていた。私の隣にリサが座り、テーブルを挟んで紗夜が正面に座ったのを確認してから、私は口を開いた。

 

「ここ数日、華那の様子がおかしいのだけれど、紗夜は何か知っているかしら?」

 

 こういう時は、変に探りを入れずに直接聞いた方がいいと判断し、私は紗夜に問う。私の言葉を聞いた紗夜は、腕を組んで思案顔を浮かべていた。しばらく経ってから首を左右に振って

 

「いいえ。特に私の方では問題という問題はなかったと記憶してます。が……昨日の個人練習時に、ミスが多かったのは気になりました。今まであんな小さいミスをした事があまりなかったので……」

 

「そう……やっぱりそんな状況だったのね」

 

「やっぱり?……という事は、自宅でも?」

 

「ええ」

 

 コーヒーを飲みながら答えた私は、ここ数日、華那が家でボーっとする事が増えた事。自宅で練習していても些細なミスが増えた事を伝える。それを聞いて紗夜がどういう所でミスしたのかと聞いてきたので、今までだったらした事の無い、弦を抑えるのをミスったり、弾く弦を間違えたりしていると伝える。

 

「そう……ですか。昨日の練習も、友希那さんが言った通り、そういうミスばっかりだったので、ちょっと長めに休憩したんです」

 

「これは……重症だねぇ……」

 

 私たちの会話を聞いたリサが溜息交じりにそう呟いた。ここまで重症だった事は、私の記憶の中にも無い。確かに何かに悩んでいる時はあったけれども、そういう時は誰かしらに相談していた。それこそ、私だったりリサだったり。山吹さんもそうね。あとは、当時の教師にも相談していたわね。だからこそ、華那が何に悩んでいるか分からない。

 

「そういえば昨日の夜、友希那は原因が何か、分かっているって言っていたよね?」

 

「そうなんですか?」

 

 右人差し指を顎に当て、リサが昨日の夜の電話のやり取りを思い出しながら言ってきた。

 

「分かっているとは断言していないわ。ただ、要因になったのではないかって、私が勝手に思っているだけよ」

 

「友希那さん。それを聞いてもいいですか?」

 

 真剣な眼差しで私に聞いてくる紗夜。小さく息を吐いてから、まず紗夜に二日前に学校で、吹奏楽部の部長からコンサートをするから華那を貸して欲しいとの依頼があった事を話す。

 

「その時は、華那本人の意思を確認して頂戴と言ったのよ」

 

「そうでしょうね……。私も日菜を貸して欲しいと言われても、日菜の意思がありますから、そのような状況になれば、友希那さんと同じ事を言うと思います。ですが、華那さんの不調とそれが何か問題が?」

 

 同じ妹を持つ(双子だけど)紗夜が理解を示してくれた。でも、私の話しを聞いた紗夜が疑問を持つのは当たり前だ。ただ、そこだけを見れば問題なんてないように見えるのだから。私は一つだけ問題視すべき点を二人に話す。

 

「その話しがあって、その日の放課後に華那と吹奏楽部部長の植松さんが会っているはずなのよ。そして、華那の様子がおかしくなったのはその日の夜。つまり――」

 

「その間に、何かあったと考えるべき――そう、友希那さんは言いたいのですね?」

 

「ええ。その通りよ」

 

 紗夜の言葉に頷く。それでなのだけれど……どう思うかしら二人は?

 

「どう……とは、今の友希那さんの考えについてでいいのですか?」

 

「ええ」

 

「そうだねぇ……確かに、時系列的に考えればそこが怪しい所だよね」

 

 リサも時系列を頭の中で考えているようで、右手を額に当てていた。ただ、そうじゃない可能性があるのも否定できないのよね。例えばクラス内だったり、帰り道での事だったりすると、私達では分からないわね。

 

「そう……ですね」

 

「うーん……クラスの方は蘭に聞いてみる?」

 

悩む私と紗夜だったけれども、リサがクラスの方は美竹さんに聞こうかと提案してくれたので、私は即座にそうしてもらえるように頼んだ。

 

「オッケー!」

 

 私の頼みに即座にスマホを取り出して、メッセージを打ち込むリサ。は、速い。そこまで早く撃ち込まなくてもいいのよ、リサ?と思っていると

 

「あれ?友希那ちゃんに、リサじゃん。なしたなした?こんなところで?」

 

「馬鹿。もっときちんとした挨拶して。湊さん、リサ。こんにちは」

 

「植松さんに……明石さんだったかしら?こんにちは」

 

「あっ、ミカにゆかりじゃん。そっちこそどうしたの、こんなところで?」

 

 現れたのは同じクラスで、今話題に上がっていた植松さんだった。それと明石さん?だったと思うのだけれども、どうして二人がここに?

 

「って、Roseliaのギター氷川さんじゃん!?うわっ!本物だー!!あ、私、植松ミカって言うんだ!よろしく!」

 

「え、あ、は、はい。よ、よろしくお願いします?」

 

「きちんと挨拶しろ、馬鹿ミカ」

 

「ギャフン!?」

 

 紗夜の両手を取って、騒ぐ植松さんだったけれども、明石さんに拳骨喰らって頭を押さえてその場に蹲った。大丈夫なのかしら?え?これがいつも行われている?……大変ね、明石さんも。

 

「本当……なんでこんな奴と幼馴染なんだか……」

 

 盛大に溜息を吐きながら、同席してもいいかと聞いてきたので、紗夜とリサの二人から同意を得てから、いいわよと伝える。紗夜の隣に明石さん。その隣に拳骨の痛みから復帰した植松さんが座った。

 

「んでんで、Roseliaのメンバー三人が集まって何話してたの!?」

 

「ミカは()()()()()()()

 

「ゆかりん、意味ふぎゃん!?」

 

 植松さんは、目を輝かせながら聞いてきたはいいけれども、再び明石さんから拳骨を喰らって悶絶していた。……話し進めていいかしら?

 

「ごめんなさい、湊さん。この馬鹿は後で()()()()説教しておくから、進めて頂戴」

 

 そ、そう。なら、話しをさせてもらうわ。ちょうどいいタイミングで来てくれたわ。あなた達に聞きたい事があるのよ。

 

「私達に?……うちの馬鹿が何か問題でも起こした?」

 

「あ、あははー。ゆかり?馬鹿馬鹿言っちゃ、ミカが可哀想だよ?」

 

「私もそう思います。いくら発言や言動が馬鹿っぽいかもしれませんが、あまりそういう発言はしない方がいいかと……」

 

 苦笑のリサに、盛大に溜息を吐きながら注意する紗夜。リサと紗夜の言いたい事は分かるのだけれども、話しを進めたいのだけれど……。それに、紗夜。それは追い打ちよ。気をつけなさい。

 

「す、すみません。友希那さん」

 

「ごめんごめん。だから不貞腐れないでよ、友希那ー」

 

 少し顔を赤くしながら謝ってくる紗夜に、笑いながら私の頬をつついてくるリサ。こら、リサ。話しが進まないじゃない。ワザと咳ばらいをして、話しを進めるわよと伝えてから、二人にも妹の華那の様子がここ数日おかしい事を伝えて

 

「二人は何か知っている事あるかしら?」

 

 二人とも顔を見合わせ、その後、各自悩む様子を見せる。

 

「うーん……私はないよ!」

 

「ごめん、湊さん。この馬鹿後で拷問かけておく……。でも、あるとすれば、私達が原因かもしれない」

 

「ご、拷問!?ちょっとゆかぎゃん!?」

 

 騒ぐ植松さんを物理で黙らせる明石さん。……本当、その関係でよく今までやってこれたわね。声には出さないけれども、目がそう言っていたのか、明石さんは右手を額に当てて

 

「私だって、なんでこれで生まれてからずっと一緒にいられたか分からない……」

 

「あの……その……大変でしたね……」

 

 明石さんの隣に座る紗夜が明石さんを慰める。そ、それで、二人が原因というのはどういう事か聞いても?

 

「ええ。多分、三人が予測している通り、私達は華那に今度の吹奏楽部の単独公演でギターとして参加してほしいと依頼したわ」

 

 明石さんが淡々と説明する。その時の華那は驚いていたけれども、同じアーティストのファンという事で話しは盛り上がったとの事。そこまではよくある話しのように思えるのだけれど、何があったのかしら?

 

「それで、華那が返事を来週まで待ってくれって言った訳なんだけど、その時の表情……不安、恐怖の(たぐい)だと私は思うわ」

 

「えー?ゆかりんちょっと大げ……いえ何でもありません」

 

 真剣に話していた明石さんだったけれども、植松さんが何か言おうとした為、明石さんが冷めた表情で横にいる植松さんを見たら、植松さんが黙った。……少しは学習してほしいものね。そう思いながら私は考える。

 華那の表情は不安、恐怖の類だと明石さんは言った。そして、その日の夜から華那の様子がおかしくなった。やっぱり、これが華那にとって大きな問題になっているようね。まったくあの子は……本当に、自分の評価が低い。困ったものね。

 

「あの……友希那?勝手に納得しているところ悪いんだけどさ、説明してもらってもいい?アタシはまだしも、紗夜とミカは理解してないようだしさ」

 

 隣にいるリサが、少し呆れた様子で私に言ってきたので、そこで紗夜と植松さんが私を見ていることに気付いた。私が考えていた事が、少し口に出ていたようだ。これは……恥ずかしいわね。

 

「そ、そうね。華那の自己評価が低いのは……紗夜。知っているわよね?」

 

「はい。それについては、よく注意しているのですが……」

 

 なかなか治らないとボヤく紗夜。姉の私ですら治せないのだから、紗夜が治せたら姉である私の立場が無いわね。で、話しを戻すわよ。はっきり言ってしまえば、このままだと華那は貴女達、吹奏楽部の誘いを断るわ。ほぼ間違いなく。

 

「そんな!」

 

「……だと思う」

 

 テーブルに手を置いて前のめりに反応する植松さんと、腕を組んで冷静に反応する明石さん。本当全く別々の反応するのね。そう思いつつ私は話しを続ける。

 

「そもそも、華那がどうして断るかなのだけれども……あの子の周りには、ギタリストが多いわ。ここにいる紗夜、Afterglowの美竹さんに青葉さん。Poppin’Partyの戸山さんに花園さん。Pastel*Palettesの紗夜の妹でもある日菜。あとは……ああ、ハロー、ハッピーワールド!の瀬田さんもそうね。他にもCiRCLEにはたくさんのギタリストがいるわ」

 

「そう考えると、うちの学校。知り合いのバンド多いね、友希那」

 

 私が挙げただけでも、数人は羽丘内のギタリストだ。そして華那。で、二人に聞くわ。そのメンバーにあって、華那にない物って何か分かるかしら?

 

「え?……可愛さは華那ちゃんあるし……なんだろう?ゆかりん分かる?」

 

「…………経験?」

 

 しばし沈黙していた明石さんが何とか聞き取れるぐらいの声で呟いた。そう。華那にない物。それはバンドとしてライブをした経験。確かに、私のサポートをやっている時にギタリストとして何度かステージに立った事はある。でも、生音であるバンドとして合わせた事があるのは()()()()なのよ。

 

「友希那さん。それって……」

 

「ええ。先月のライブだけよ」

 

 そう。華那は今までバンドを組むという事した事が無い。ギタリストとしては、練習やセッション。そしてステージ上でCD音源に合わせて弾いただけ。それに、華那の場合、他のギタリストより自分が劣っていると思い込んでいるわ。

 だから、華那は断った時に違う人を推薦するのではないかと思っている。あの子はそういう子よ。たとえ、どんなに貴女達が華那とやりたいと思っていても、あの子の意思は梃子でも動かないわ。

 

「そんな……」

 

「……湊さん。何か手は?」

 

 下を向いて、力なく座り直す植松さん。それだけ、華那のギターに惚れ込んでいたのだと思うし、一緒にやってみたかったのだろう。でも、このまま引き下がれないと明石さんは私に聞いてきた。……あの子の意思を変えるのは難しいわ。姉である私ですら。

 

「そう……ですか」

 

「……やだっ!やだやだやだやだ!!私は華那ちゃんと一緒に演奏したいの!!」

 

 落ち着いた様子の明石さんの隣で、少し涙目になりながら、駄々をこねる子供のようにテーブルを何度か叩く植松さん。……リサ。

 

「アハハ……アタシでもどうにもできないよ……」

 

「友希那さん。だからと言って、私に振らないでください」

 

 左右に頭を振るリサを見てから、無言で紗夜を見たのだけれど、先手を打たれてしまったわね。明石さんが植松さんを宥めているけれども、完全に植松さんは泣いてしまっているわね。小さくため息を吐いてから、私は二人に疑問に思っていた事をぶつけてみた。

 

「貴女達……どうして華那と演奏したいの――」

 

 

 



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#46

 月曜日の放課後。私は植松先輩に会うために、二年生の教室がある階に来ていた。よく漫画や小説などである一年生がいるんだ――という奇妙な目ではなく……

 

「あっ!華那ちゃん!!今日はどしたの?お姉ちゃん迎えに来た?」

 

「あ、先輩。こんにちは。いえ、今日は姉ではなくて――」

 

「湊妹だー!!なになに?お姉さん(先輩)達に甘えに来たって感じ?」

 

「え?湊さんの妹さん来てるの!?どこどこ!?」

 

「華那ちゃん聞いて聞いて!!近くの猫ちゃんがねー」

 

 と、まあ……あっという間に諸先輩方に囲まれてしまった訳ですよ。なんでこんな騒ぎになるんですかね!?あ、先輩。その猫ちゃんの話し詳しく。先輩方の反応に対応しながら今日は別件で来た事を話していると

 

「貴女達……なにやっているかしら?」

 

「あ、姉さん」

 

 呆れた表情の姉さんと、その横に苦笑いを浮かべたリサ姉さんがいた。時々、姉さんやリサ姉さんに用事あって二年生の教室に来た時に、今日みたいに囲まれるという事態が多発。

 で、毎回、姉さんやリサ姉さんに助けられるまでがセットとなっているのだけど、なんでかなぁ……。

 

「はいはーい。みんな、華那が困っているから解散して、ね?」

 

「「「「「はーい……」」」」」

 

 リサ姉さんが丸く収めてくれたのだけれど、諸先輩方。なんでそんな落ち込んでいるのですか!?もう疑問が尽きないよ!?あ、先輩。猫……聞けなかった。

 

「それで、華那。今日は一緒に帰れないと朝、言ったのを忘れているのかしら?」

 

 と、内心落ち込んでいると、姉さんがそう言ってきた。そう。今日は姉さん達、Roseliaで練習があるので、一緒に帰れないと朝言われた。それは忘れていないし、今日は姉さん達じゃなくて植松先輩に用事があって探していた事を伝える。

 

「植松さん?確か、もう部活動の方へ行ったはずよ」

 

「あ、そうなんだ?ありがとう姉さん。ちょっと行ってくるね」

 

 姉さんに礼を言ってから、部活動をしているであろう場所へ向かおうとしたら、姉さんが私を呼び止めた。なに、姉さん?と、聞こうとしたけれど、姉さんの表情を見て私は口を開ける事が出来なかった。

 

「華那……後悔しない決断をしなさい」

 

 真剣な眼差しで、力強いという訳ではないのだけれど、その言葉は私にとってかなり重く伝わった。きっと、姉さんは気付いているんだ。ここ数日、私の様子がおかしかった理由を――

 

「それと……もう一つだけ言っておくわ、華那」

 

 私が返事をする前に、姉さんはそう言って私を抱きしめて

 

「どんな結論を出そうとも、私が華那の事を嫌いになる事はないわ。その事だけは忘れないで頂戴」

 

「姉さん……うん。ありがとう」

 

 本当、姉さんには敵わない。私が何に悩んでいるのかも分かっているかもしれない。でも、自分の意見を押し付けずに、私の決断を尊重してくれると言ってくれた。本当にありがとう、姉さん。

 

「あー……友希那に華那……申し訳ないんだけどさ……周り見た方がいいよ?」

 

「え?」

 

「どういう事、リサ?」

 

 リサ姉さんに言われて、私達が周りを見ると顔を赤くして私達を見ている人や、優しく見守っているもいる……。って、全部見られてた!?は、恥ずかしい!そう思った私は、姉さんから離れて

 

「ね、ね、ね、姉さん!私、ちょっと行ってくるね!!」

 

「あ、華那……全く……」

 

 そう言って、その場から逃げ出すように走る。後ろで姉さんが何か言っているけれど、家に帰ったら聞くからと言って走る。途中、風紀委員の方に捕まって、注意を受けた私でした。うう……。もう少し周り見ておけばよかった……。

 

 

 

 

 一方その頃――

 

「み、湊さん!今の妹さんだよね!?」

 

「なになに?なにを話してたの!?」

 

「友希那ちゃん!妹ちゃん私に頂戴!!」

 

「友希那ちゃん、もしかして禁断の姉妹愛ってやつ!?」

 

「これはキマシタワー!?」

 

「……貴女達……」

 

「アハハ……」

 

 と、先ほどの湊姉妹のやり取りを見ていた同級生らに囲まれてしまった友希那とリサ。その彼女らの勢いに頭痛を覚え、右手で額を抑える友希那と、その横で苦笑いを浮かべるリサの姿があった。

 尚、バンド練習開始時間にはきちんと間に合わせたのは、流石の一言に尽きるだろう――

 

 

 

 

「失礼……します……」

 

 音楽室の閉まっていた扉を私一人通れるぐらいに開けて、演奏の邪魔にならないような声で入る。すると、すぐさまオーケストラの音の圧が私を襲う――という表現は大袈裟かもしれないけれど、音楽室の外に漏れていた音から、まだ全体練習じゃないだろうと思っていたから、意表を突かれたとでも言えばいいのかな……。

 

「この楽曲は――」

 

 扉を静かに閉じて、演奏に耳を傾ける。吹奏楽部の皆さんが演奏していた楽曲は「LOVE PHANTOM」という、あの人達の代表する楽曲の一つだ。それのメイン旋律が無いオーケストラバージョン。ソロアルバム「House Of Strings」に収録された、オーケストラとギターだけのインストゥルメンタルバージョン。

 聴いていて、すぐに気が付いたのはCD音源よりテンポが速い事。アルバムに収録されているバージョンだと、原曲より少し遅くなっていたりするのだけれど、今、吹奏楽部の皆さんが演奏している速度は、ほぼあの二人がライブで演奏しているテンポと同じだと思う。

 

「すごい……」

 

 完成度、楽曲への理解度。色々な言い方をすると思うのだけれど、その時の私は吹奏楽部の演奏に感動を覚えていた。忠実に原曲を再現するだけでなく、自分達の色を出すという事が出来ていたと思う。正直に言って、オーケストラについて私は管轄外というか、全くのド素人だから偉そうな事は言えない。

 でも、音楽(ギター)をしている身からすれば、この演奏の中に入れたらどれだけ凄くて、一緒に演奏出来たらどんな音楽が生まれるのだろうという想いが生まれた。でも、私は――

 

「あ、華那ちゃん!!来てくれたんだ!!」

 

 と、先ほどまで真剣な表情で指揮棒を振っていた植松先輩が私に気付いて、急いで私の所にやってきた。あ、あの、こんにちは。植松先輩。と、頓珍漢(とんちんかん)というか、変な挨拶になってしまったような気がする。それでも、植松先輩は笑みを浮かべたままで、私に話しかけてくれた。

 

「それで、今日はどうしたの?()()()()なら、電話でもよかったんだよ?」

 

「いえ、流石に会わないでお話しするのはどうかと思いまして……」

 

 言い(にく)い。植松先輩はここに私が来た時点で、承諾するって思っているだろう。私が植松先輩の立場だったら、そう思うし、そこで断られるってなれば、どれだけ気持ちが落ち込む事か……。でも……自分で決めたんだ。きちんとお断りしないと。

 緊張するのは当たり前。ただ、どれだけ酷い事を言われる事になるか、想像もつかない。呼吸が出来なくなりそうになる。息を吸い込んで深く吐き出してから、植松先輩の目を見ながら私は口を開いた。

 

「植松先輩。申し訳ないのですが、せっかくのお誘い頂いたのですけど、お断りさせて頂きます」

 

 そう言って頭を下げる。私の発言に沈黙が部屋を支配した。頭を上げると、植松先輩は悲しそうな表情を浮かべていた。それを見て、胸に痛みが走るような錯覚が私の中にあった。

 

「華那ちゃん……理由聞いてもいいかな?」

 

 絞り出すように、私に聞いてくる植松先輩。その横にはバイオリンを持った明石先輩がいた。い、いつの間に。小さく動揺しながらも私は理由を話す。

 

「今の演奏を聞いてもそうなのですけど、私のギターの技術(テクニック)では、皆さんの演奏についていけません。それに……吹奏楽部の演奏は全国でも通用しているって聞きました。その演奏に、私みたいな下手なギタリストが入っても、せっかく吹奏楽部の皆さんがいい演奏しているのに、私のギターでは不協和音になってしまうだけです。ですから、私より上手いギタリストにお願いしてください。だから私は……弾けません」

 

「そんな事っ!!」

 

「分かった……華那の言いたい事は」

 

「ゆかりん!!」

 

 私はもう一度頭を下げる。植松先輩が私の言葉を否定しようとしたみたいだけれど、明石先輩が右手で植松先輩を制して、私の言葉に理解を示してくれた。それを見て内心ホッとしてしまった自分がいた。言葉にして伝えるってのは本当に難しいから、ここで二人に否定されたら、私はどう言葉を絞り出せばいいか分からなくなってしまう。

 

「ミカ。私達も、気軽に考えてた部分はあるでしょ。華那がここまで思いつめた表情してまで、断ってる時点で、()()()()()なんて無理よ」

 

 私に近づいて頭を撫でながらそう言う明石先輩。その言葉に私は何か引っかかるものがあった。でも、その違和感とも言える物はすぐに消えてしまった。なんだったんだろう。今の言葉に引っかかるような事があったのだろうか、と心の中で疑問に思っていると

 

「……分かったよ」

 

 渋々と頷きながら植松先輩がそう言ってくれた。よかった。これでよかった。そう安堵している私を見て、植松先輩は

 

「ただ……華那ちゃん。これだけは忘れないで欲しいの。私は、華那ちゃんと一緒に音楽を作りたい。一緒に演奏をしたいって、本気で思っていたって事。これだけは私の譲れない想いだから。だから、華那ちゃんの言うような、別のギタリストってのは考えていないから」

 

 真剣な表情で、それでいて私をしっかりと見ながら伝えてくる植松先輩。……それだけ、私と演奏したいという想いをぶつけられた私は、どう反応していいか分からず、固まるしかできなかった。

 

「ミカ!それ、華那に迷惑だってわからない!?」

 

 植松先輩の方に向き直って、怒った口調で話す明石先輩。あ、あの先輩。私迷惑じゃないですよ。ただ、驚いただけですから……って、聞こえてないし!?あ、あの吹奏楽部の皆さん?と、助けを求めるように、私達の様子を見守っていた、他の部員さん達に視線を送る私。え?いつもの事?ええぇ……。

 

「でもでも!私は華那ちゃんと一緒にやりたかったってのは本音だもん!」

 

「だからって、それを今伝えるべき事じゃないだろって言ってるの!」

 

「あの先輩方……あの……」

 

 他の部員さん方が「まぁた始まったよ」という感じで見守っていて、困惑している私をよそに、どんどんヒートアップしていくお二人。ど、どうすればいいんですかこれ!?

 

「それに、ゆかりんだって、華那ちゃんの演奏見て、一緒にやってみたいって言ったじゃん!!」

 

「確かに言ったけど、それはそれ!本人のやりたいって意思がないのに、強制でやらせたって、いい音楽できないのはミカだって理解しているでしょ!」

 

「分かってるよそんな事!!」

 

「だったら、今回は諦めなさいって言ってるの!!」

 

 二人の会話。私、置いてきぼりすぎて泣きそう。そんな時だった。植松先輩と明石先輩の間に入った人物がいた。あれ?あの人は――

 

「はいはい、二人ともそこまで。部活中って事忘れてないよなぁ?」

 

「げっ、かみちゃん!?」

 

「教師を()()()()()()()()()馬鹿者」

 

「暴力はんたぎゃん!」

 

 そう。二人の間に入ったのは私の担任でもある上条先生だった。しかも、あだ名で呼ばれた瞬間、植松先輩に拳骨落とした。に、鈍い音したけれどだいじょぶですか?え?これもいつもの事?……あの、吹奏楽部って本当にだいじょぶな部活なんですか?

 

「毎回すみません……上条先生」

 

「まったくだ。お前たち二人は、部長と副部長なんだから、言い争いとかはやめてくれよ。そうでなくても他の部員に示しつかなくなるんだから」

 

「もう慣れましたー!」

 

 と、他の部員からそんな声が上がって、音楽室が笑い声に包まれる。なんか明るいですね……。あまりの落差に、私は苦笑いを浮かべるしかできなかった。

 

「だ、そうです」

 

「『だ、そうです』じゃないだろうが……。まあ、いい。あ、そうそう。華那。お前がなんでいるかは知らんが、用終わったのなら出てってもらっていいか?今度のコンクールに向けた大切な話しがあるんでな」

 

 と、私がいる事に気付いていたようで、上条先生が伝えてきた。コンクールの話しなら、部外者の私は出ていかなきゃね。先生に分かりましたと伝えてから、私は植松先輩と明石先輩に

 

「あの、植松先輩、明石先輩。本当にすみませんでした」

 

「謝らなくていいのに……」

 

「……華那ちゃん。気持ち変わったらいつでもきていいから!待ってるから!」

 

 複雑そうな表情の明石先輩と、フラフラと立ち上がりながら、笑みを浮かべて伝えてきた植松先輩に、私は頭を下げて音楽室から出た。出てしばらく歩いてから、私は小さく息を吐いた。

 断るってのは勇気が必要なのだと、改めて思い知った。先輩方に伝えた想いは、本心からの言葉だったけれど、きちんと伝わったよね?終わってから不安になる。終わってから、ふと過る明石先輩の言葉。

 

『断ってる時点で、()()()()()なんて無理よ』

 

 あの人達は、あれだけの演奏ができるのに、楽しく演奏する事を追求しようとしていた。その言葉が、今も頭を(よぎ)る。楽しさだけで弾ければ、演奏できればどれだけいいだろう。でも、そのためには技術が必要だ。それは色々なバンドを見てきた私の考え。

 

「……帰ろう」

 

 色々と考えが思い浮かぶけれど、これでよかったと自分に言い聞かせるように呟いてから、下駄箱へ向かう。その足取りはいつもに比べると重く感じた――

 



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#47

水樹奈々さん、結婚おめでとうございます!


そんなテンションで書き上げました。



「うーん……」

 

 植松先輩のお誘いを断ってから三日後の朝。学校に来ても胸の辺りの違和感が無くならない事に、右手を胸に当てて首を傾げている私を見て、蘭ちゃんが声をかけてきた。

 

「どうしたの、華那?」

 

「あ、蘭ちゃんおはよう。ちょっと昨日から、胸の辺りに()()()みたいなのがあるような感覚があって……」

 

 一昨日はそんな事無かったのだけれど、昨日の夜。お風呂上がった時に、あれ?っと思ったのが最初。で、寝れば治るかなと思って寝たのだけれど、治っていなかった訳で……。まあ、普通に過ごしている分には何にも影響ないからだいじょぶなんだけどね。

 

「華那、ギター練習しすぎなんじゃない?ギターストラップして演奏しているなら、肩の疲れの感覚かもしれない」

 

「あー……確かに、立ちながら練習しているからそれかも。しばらくは座って弾いてみるね。ありがとう蘭ちゃん」

 

「べ、別に……」

 

 感謝したら、顔を赤くしてそっぽを向いてしまう蘭ちゃん。相変わらずのツンデレさんですなあ。と思いつつ、その蘭ちゃんの頬を突っつこうとした時だった。

 

「かーなーちゃん!!」

 

「みゅにゃ!?」

 

「……誰?」

 

 突然、教室の扉が勢いよく開いたかと思ったら、大きな声で私を呼びながら現れたのは植松先輩でした。蘭ちゃんがすっごい表情で植松先輩の方向睨んでいるんですけど!?他の人が見たら、裸足になって逃げだすレベルだよ。なんでそんな表情を!?と思っている間に、植松先輩が私の所にやってきて、私の両手を取ると

 

「一緒に演奏しなくてもいいからアドバイス頂戴!!」

 

「あ、あのどういう事ですか!?」

 

 突然の発言にそんな言葉しか私は出せなかった。というかアドバイスってなんですか!?困惑している私に隣にいる蘭ちゃんが、あまりの展開についていけなくなったようで、何とか絞り出すような声で

 

「……華那、この人誰?」

 

「蘭ちゃん、こうみえても先輩だよ!?失礼だよ!?」

 

「アハハっ!『こう見えても』って落ち込むわぁ……」

 

「テンションの落差激しいですね!?」

 

 私の発言にいじけるように床に“の”の字を書き始める植松先輩。さっきまでの勢いどこ行ったんですか!?ど、どうしたらいいんだろう――と、蘭ちゃんと顔を見合わせて途方に暮れていると

 

「この馬鹿ミカ。朝から後輩達に迷惑かけてるんじゃないよ」

 

「ふぇ?あ、ゆっか、ぎゃん!?」

 

 背後から鋭い拳骨が植松先輩を襲ったのでした。あ、私、知ってるこれ。お約束って言うんだよね?ね、蘭ちゃん?

 

「アタシに振らないで……」

 

 疲れのあまりゲッソリした様子の蘭ちゃん。あ、朝から結構テンポ速すぎてついていけないよね。私も正直ついて行けてない。で、予想通り植松先輩に鉄拳制裁をしたのは、明石先輩でした。

 

「ごめんなさいね、華那。この馬鹿は責任もって回収していくから」

 

「あ、は、はい」

 

 私に謝ってきた明石先輩に私はそう返すしかできなかった。明石先輩は植松先輩の首根っこを右手で掴むと、植松先輩を引き摺るようにして教室から出て行った。嵐のように現れて、嵐のように去っていったので、教室内は困惑する私たちだけが取り残される格好となったのでした。本当、なんだったんだろう?

 

 

 

 

「急に集まってもらってごめんなさいね」

 

 私は小さく頭を下げる。学校が終わり、放課後のCiRCLE内にあるラウンジにて私と美竹さん。山吹さんに戸山さん、そして市ヶ谷さんの五人が緊急集合していた。

 

「大丈夫です!友希那先輩のお願いならすぐに集まりますよ!」

 

「ばっ香澄!声の大きさ考えろ!!あ、私も大丈夫ですよ。気にしなくていいですよ」

 

「いえ……今日は暇でしたし」

 

「大丈夫ですよ。友希那先輩。それで話しってのはなんでしょうか?」

 

 若干不貞腐れた様子の美竹さんを見て、苦笑いを浮かべている山吹さんが今日集まった理由を聞いてきた。今日集まってもらったのは華那の事よ。そう伝えると、部屋の空気が一変した。さっきまでの緩い空気から、一気に部屋の温度が五度以上下がったのではないかと錯覚するぐらいだった。その空気の中、私は華那が三日前に吹奏楽部の部長から、吹奏楽部と一緒に演奏してほしいと依頼された事を話す。

 

「華那はその依頼を断った訳なのよ」

 

「……もしかして、今朝の件と繋がってる?」

 

「今朝?どういう事、蘭?」

 

 全員の視線が美竹さんに集中した。美竹さんは「やばっ」と小さな声で言ったようだけれども、私にはしっかりと聞こえていたわよ。それで……今朝何があったか話してもらえるかしら?私の問いに悩んだ様子の美竹さんだったけれども、小さく息を吐いてから話し始めた。

 

「繋がっているか分かりませんけど……今朝。その植松先輩って方が、突然教室にやってきて、華那に『一緒に演奏しなくてもいいからアドバイス頂戴』ってお願いしてきたんですよ」

 

 その後、来た先輩に殴られて退場したんですけどね、と付け加える美竹さん。その時の様子が手に取るように分かってしまった私。なんで、そんな行動をとったのかしら。明日、リサと一緒に注意しておく必要があるわね。

 

「でも、なんで華那の奴、断ったんですか?華那なら、演奏できると思うんですけど……」

 

「だよね有咲。華那がオーケストラと一緒に演奏するってかっこいいと思うし、できると思うんだけどなぁ……」

 

 市ケ谷さんと戸山さん達が不思議そうに聞いてきた。それは貴女達にあって、華那にないものが影響しているわ。そう私が言うと、戸山さんと市ヶ谷さんは顔を見合わせて首を傾げ、美竹さんは腕を組んで思案し始めた。まあ、言い方が悪かったわね。それは――

 

「バンド経験ですよね。友希那先輩」

 

「え、沙綾?どゆこと?」

 

 この中で、華那や私と付き合いの長い山吹さんが、華那に無い物を言ってくれた。その通りよ。華那は今までバンドを組んだ事が無いのよ。あるとすれば、この前Poppin’Partyのみんなと一緒にやった三曲だけよ。それ以外は、音源に合わせて演奏したという経験だけ。

 

「でも、ライブ経験はありますよね!?なら!!」

 

「確かに、単独や私の横でギター演奏はしていたわ。でも、バンド経験……人と音を合わせる経験は皆無なのよ。この前のは、よく泊りにも行っていて、信頼している貴女達だから合わせる事ができたのよ。確かに、オーケストラの演奏にただ合わせるだけって考えたら華那ならできるでしょうけれど……華那はそう考えなかったのよ」

 

 そう。ただ合わせるだけなら、華那ならどんな音源にでも合わせる事が出来るだろう。でも、華那はそう考える事をしなかった。あの子の事だ。自分の演奏だと吹奏楽部の評価が落ちるとか、自分の演奏では吹奏楽部の演奏を壊すとか、そう考えて断ったのだと思うわ。

 でも、華那にそうじゃないと私が言って、やるように言ってしまえば、それは『命令』になってしまうのよ。

 

「だから、貴女達にお願いしたいの。このままだと、華那はずっと後悔する事になる。『あの時、一緒に演奏しておけば……』って。そんな後悔を姉としてさせたくないのよ」

 

「湊さん……」

 

「友希那先輩……」

 

 私は頭を下げながら、四人にお願いする。これは私のエゴだ。それは分かっている。でも、華那がこの後ずっと後悔するような事になるのは避けたい。それに、華那が教えてくれた。音楽は楽しむ事だという事を。なら、今度は私の番だ。華那の姉として、支えるだけじゃなく、今度は華那を助ける番なの。だから――

 

「分かりました。演奏させられるかは約束できませんけど、やってみます。私も、華那に救われて、まだその恩を返せてないですし」

 

「沙綾!!私も、私も手伝うよ!!」

 

「……私もやる。あいつ、いっつもいっつも自分で抱え込んで終わらせるしさ、もう見てらんねえ……って、なんで笑う必要あんだよ、沙綾に香澄!」

 

 真剣な表情で、私のお願いを受けてくれた山吹さん。それを聞いて嬉しそうに山吹さんに抱き着く戸山さん。それを横目で見て、呆れた表情を浮かべていたけれど、やってくれると言ってくれた市ヶ谷さんだった。けれど、最後の方は笑みを浮かべていたので、それを見た戸山さんと山吹さんが笑った。

 相変わらず仲が良いわね。そう思いつつ、何も言わない美竹さんを見る。真剣に悩んでいる様子で、下を向いて考えていた。

 

「……無理やりやらせるって訳じゃないんですよね?」

 

「ええ。それは華那の意思に背く行為よ。私がお願いしたいのは、やらないで後悔するより、やって後悔しなさいって事を伝えて欲しいのよ」

 

 それを私が言ったら、華那の中で「姉さんが言うなら」ってなってしまって、華那の意思ではなく、()()()()の割合が半数以上占めてしまう。それでは、華那の意思で演奏するって事にならない。だからこそ、貴女達にお願いしている訳よ。

 

「分かりました。アタシもできる限りの事はしてみます」

 

「ありがとう、美竹さん」

 

「べ、べつに湊さんにお願いされたからやるって訳じゃないです。華那の為です」

 

 と、顔を赤くして明後日の方向を向きながら早口で言う美竹さん。赤面する理由が分からないけれども、本当にありがとう。

 

「でも、どうして吹奏楽部の部長さんは華那と演奏したいって言い出したんですか?」

 

「確かに……ギターなら羽丘にはモカもいるし、瀬田さんもいるし」

 

 華那がお願いされた事に疑問を抱く戸山さんと美竹さん。ああ、それは植松さん(本人)から聞いたわ。華那が断る前に、カフェで二人から理由を聞いたのよ。その時の事を思い出しながら私は、四人にどうして彼女らが華那に依頼したかを話す。

 

 

 

 

「貴女達……どうして華那と演奏したいの――」

 

「友希那?」

 

「友希那さん?」

 

 私の問いに驚いた様子を見せるリサと紗夜。私がそんな問いをするとは思ってもいなかったのだろう。でも、よく考えてみて欲しい。別にギターが華那じゃなくても、演奏できるはずよ。なのに、華那にこだわった様子を見せる植松さん。それが気にならないというのは嘘になってしまう。だから、私は植松さん達に問う。

 

「それは、華那ちゃんの演奏で、私がファンになったから」

 

「……華那の演奏を聴いて?」

 

 涙を浮かべたまま頷く植松さん。その背中を優しくさすっている明石さん。ぐずってはいるけれど話せるようなので、植松さんにそのまま続けるように促す。

 

「えとね。この前、ポピパと一緒にライブやった時あったでしょ?私もその会場にいたんだけど、華那ちゃんのギターを聴いて、華那ちゃんの演奏に引き込まれたの。あれだけ自分の感情を音に乗せられるギタリストってそうそういない。あ、勿論紗夜ちゃんも凄いギタリストだよ?」

 

「あ、ありがとうございます?」

 

 紗夜を褒める事を忘れない植松さんだけれど、その言い方はちょっとどうなのかしらね……。それは後にして、それで?

 

「それで、ライブハウスの方にお願いして、映像入手して、ゆかりんにも聴いてもらって、この子とならやりたい!って二人でなったからお願いしたんだ」

 

 そうなのね。でも、それだけで華那にする理由にしては弱いわ。そう思って口を開こうとしたけれど、植松さんには理由がまだあるようで、恥ずかしそうに右手で頬を掻いてから

 

「それに……その……華那ちゃんのようなギタリストがいるんだよ!ってみんなに知らしめたいって言うか……教えてあげたいんだよね。これだけのギタリストがうちの学校にいるんだ!バンド組んでないけど、凄いんだよ――って」

 

 それを聞いた私達は黙り込んだ。本当に華那のギターサウンドのファンになったのだろうという事が伝わってきた。そう。それなら大丈夫そうね。分かったわ。

 

「ただ、さっきも言ったけれど、華那が“やりたい”って言わない限り、姉としても無理やりやらせようとするなら……分かっているわよね?」

 

「う、うん。わ、分かってるって。嫌だな友希那ちゃん。アハハー」

 

「ごめん湊さん。後でしっかり調教しておくから、今は耐えて頂戴」

 

「ゆ、ゆかり?調教って――」

 

「今井さん……気にしたら負けだと思います……多分ですが……」

 

 目を逸らしながら言う植松さんに対し、その横にいる明石さんがとんでもない発言をしたものだから、私たち三人は困惑するしかなかった。いや、貴女達二人の関係性にとやかく言うつもりはないのだけれども、本当に大丈夫なのよね?

 

「そこは大丈夫。私がキチンとミカの事を監視するから、心配しないで欲しい」

 

「え、ゆかりんそれってどういう意味!?」

 

「それだけアンタが信頼されていないって事。いい加減気付きなさい」

 

「ミギャ!!」

 

 立ち上がって不満を言おうとした植松さんを鉄拳制裁で黙らせる明石さん。……本当に大丈夫なのよね?

 

「あ、アハハ……はぁ」

 

「い、今井さん諦めないでください!!」

 

「紗夜……流石に私も諦めてるわよ?」

 

「友希那さんですら!?」

 

 珍しい物を見たかのような表情を浮かべる紗夜。失礼ね。私だってそういう時はあるわ。流石に音楽の時はないわよ。安心しなさい。

 

「あ、いえ。友希那さんもそういう時ありますよね。ええ……」

 

 少し困惑した表情の紗夜だけれども、言葉にして納得しようと努めているようなので、私は何も言わずにコーヒーが入ったカップに手を伸ばしたのだった。

 

 

 

 

「――という事だったのよ。だから、他のギタリストと演奏するつもりはないとも言っていたわ」

 

「そうなんですね……ん?それ、本人に伝えればよかったんじゃ……」

 

 美竹さんが気付いたようで、そう提案してきたけれども、私は首を左右に振る。確かに本人たちからそう言った方が伝わる可能性はあるだろう。でも、今の華那ではきちんと真意が届く事はないはずよ。

 華那は、自分がやりたいじゃなくて、吹奏楽部に迷惑になるからという視点でしか考えていないのよ。その視点を変えなくてはいけないのよ。分かってもらえるかしら?

 

「分かりました。すみません。余計な事言って」

 

「美竹さん、そんな事無いわ。そういう視点も重要だから、気にしなくていいわ」

 

 一番の問題点は華那がそういう所で頑固な面があるという事。さっきも言ったけれども、私が言っては意味が無い。改めて聞くけれどお願いできるかしら?

 

「友希那先輩、任せてください!」

 

「突然大きな声出すんじゃねぇ、バ香澄!あ、私も大丈夫です」

 

「やってみます」

 

 元気よく答えてくれる戸山さんに怒りながらも、やってくれると市ヶ谷さんが答えてくれた。美竹さんも真剣な表情で意思表明をしてくれたので、私は安堵の息を吐こうとして気付いた。山吹さんが何も言っていない事に。山吹さん、何か問題でもあるのかしら?あるのなら言って欲しいのだけれども。

 

「あっ、すみません。考えごとしてました」

 

 私の声に慌てて反応する山吹さん。華那との付き合いは長い山吹さんだから、すぐに了承を得れると思ったのだけれども、なにかあるというのかしら。もしあるのなら、無理しなくてもいいわよ。そう伝えようとした私より先に、山吹さんが口を開いた――

 

「……友希那先輩、みんな。この件。私に任せてもらえませんか――」

 




選ばれたのは……沙綾でした。


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#48

 それは金曜日の夜八時。CiRCLEでバイトをしてして帰る途中だった。CiRCLEを出てすぐに私はある人物に捕まった。

 

「華那!」

 

「あれ、沙綾?」

 

 タイミングよく沙綾が私に声をかけてきた。確か今日、ポピパは練習無いんじゃなかったっけ?なぜか、ポピパのグループトークに私も入れられていて、香澄ちゃんが課題提出ギリギリだからという事で、有咲と一緒に放課後やる事になったと連絡が来たのが昨日の夜の事。だから、沙綾が今この時間にいる事に驚きを隠せなかった。

 その私の様子を見て察したのか、沙綾は小さく笑って

 

「ちょっと、用事があってね。そしたら華那の姿見えたから」

 

 あ、なるほど。それなら納得だね。でも、暗いのによく分かったね。私じゃなかったらどうするつもりだったの?

 

「私が華那の姿を見間違える事は絶対無いよ。だって、もう何年友人として付き合いしてると思ってるの」

 

 と、頬を膨らませて私に抗議する沙綾。ごめんごめん。怒らないでよ。それで、沙綾も今から帰るの?それとも今から用事?あ、今から帰りなんだ。なら、一緒に帰ろう。途中までだけど。

 

「そのつもりで声かけたの!全く華那と来たら……その口?私を怒らせる悪い口はー」

 

「ちょっ!?しゃああや(沙綾)いひゃい(痛い)いひゃい(痛い)!!」

 

 と、私の両頬をつねり上下左右に腕を動かす沙綾。お願いだから引っ張らないで!!痛いから!痛いから!そう言うのだけれども、上手く言葉になっていないので沙綾に

 

「ん~?何言ってるか分からないよ、華那?」

 

 と、弄られてしばらく沙綾の玩具になったのでした。五分ぐらい経ってからやっと解放された私は、両手で頬をさする。ひ、酷い目にあった。なんか、毎回沙綾と会うとこんな事されているような記憶しかないのだけれど気のせいだよね?

 

「気のせいだよ」

 

 と満面の笑みを浮かべて言ってくださる沙綾。あ、これ気のせいじゃないパターンだ。そう思ったけれど、口には出さずに私は話題を変えた。沙綾の用事って何だったの?そう聞いた途端、私たち二人の間を流れる空気が変わったような――そんな錯覚。気のせいだと思って沙綾の顔見れば、それが気のせいではないと知らされた。だって、沙綾の表情は――

 

「華那、明日学校休みだし、私の家に来れないかな?」

 

「……分かったよ。その前に、家に連絡させて」

 

 あまりにも真剣な表情の沙綾に、私は断るという選択は出来なかった。その時点で、沙綾の用事というのは私である事を理解していたから。沙綾があれだけ真剣な表情をする……何があったんだろう。きっと、相談事だとその時の私は考えていた。

 スマホを操作してお母さんに連絡を取ると、既に沙綾のお母さんから連絡が行っていたようで、すんなりと許可が下りた。根回しが凄すぎない!?というか、本当仲いいよね、うちのお母さんと沙綾のお母さん。あ、姉さんにも連絡を入れておこう。……これでヨシ、と。

 

「じゃ、行こっか」

 

「うん。そういえば――」

 

 と、家に行くまでは別の明るい話題で沙綾と歩く。だって、沙綾とはできるだけ笑い合いたいから。内心ではどんな相談受けるのだろうかと色々とイメージしながら。もしかして好きな人が出来たとか?……それはないか。だって、沙綾も私と同じで女子高だし。出会う機会はないはずだしね。

 そんなことを思いつつ沙綾と話しているうちに、あっという間に沙綾の家についた。お邪魔しますと言うと、沙綾のお母さんが出てきた。私を見ると、満面の笑みを浮かべて

 

「いらっしゃい華那ちゃん」

 

「こんばんは、千紘さん。急に来てすみません」

 

 本当、急な話しだったから頭を下げて謝る私。先月といい、今回といい、山吹家には迷惑かけていると本当に思う。前回だって急で、一週間近くお泊りしていた訳だし。紗南ちゃんと純くんは喜んでくれていたみたいだけど……。あ、純くんは、喜んでいたというか照れていたというか……そんな感じだったね。

 

「あ、華那おねーちゃん!!」

 

「あ、紗南ちゃん。元気そうだね」

 

「うん、元気!!」

 

 私はしゃがんで紗南ちゃんと視線を合わせて、頭を撫でる。本当、可愛い。紗南ちゃんみたいな子が妹にいたら、毎日可愛がってあげるのになあ。そう思いつつ、紗南ちゃんを一通り撫でてから、沙綾の家に上がる。

 

「紗南。今から華那お姉ちゃん、私とお話しあるから、遊ぶのは明日まで我慢して」

 

「はーい」

 

 上がってすぐに、沙綾が紗南ちゃんに今日は私と遊べない事を伝えていた。す、素早い行動だね。確かに今日は、沙綾の悩み……だと思うんだけど、それで来てるわけだからね。紗南ちゃんとは明日、また来てキチンと遊んであげよう。うん。そう心に決めつつ、紗南ちゃんと別れて沙綾の部屋に向かう私達。その二人の間に会話はなく、階段を上がる音と、紗南ちゃんと千紘さん達の声が遠くから聞こえてきた。

 

 部屋に入っても、しばらくの間は二人とも沈黙。張りつめた空気が部屋を支配していた。どちらから話しかけていいか分からない――という訳じゃないのに、私は沙綾に声をかけるという事ができなかった。

 時間だけが経過していって、それが十分なのか、三十分なのか分からないほど、沈黙と張りつめた空気の中に私達はいた。どれだけ重い話なのだろうかと頭の中で色々と考える。私だけにしかできない相談ってなると……バンド止めるとか、引っ越しする事になった?……冷静に考えて引っ越しは無いかな。なら――

 

「華那……羽丘(そっち)の吹奏楽部からコンサートの誘い断ったんだって?」

 

 色々と考えていた私に、沙綾が吹奏楽部の事を聞いてきた。なんで学校の違う沙綾が知っているの。そんな疑問が私の中に渦巻いてはいたけれど、私は苦笑いを浮かべて頷きながら

 

「あはは……情報網広いね、沙綾は。うん、そう。断ったんだ」

 

「……理由聞いてもいい?」

 

 沙綾の表情を見れば、笑いながら言う私とは対照的に真剣そのもの。これは冗談を言うような状況じゃない事ぐらい、私でも分かるし、沙綾がそれだけ私の事を心配しているという事。小さく息を吐いてから

 

「私には出来ないって思ったのが一番の理由なんだ。だって、うちの吹奏楽部って全国で最優秀賞争うようなハイレベルなんだよ?そんな中で、私みたいな素人より少しまともぐらいな技術を持ったギタリストが入ったら不協和音起こすだけ。それこそ、吹奏楽部の皆に迷惑かけちゃう」

 

 そう。どんなに素晴らしいオーケストラの演奏だったとしても、私がその音を壊すようなことはしたくなかった。それが理由。

 

「華那……本音は?」

 

 私が説明した後、黙っていた沙綾がそう聞いてきた。本音?今のが本音だよ。それ以上何があるって言うの、沙綾。私、沙綾に隠し事なんてしたくないから、本当の事言ったよ?

 

「華那、自分で気付いてないだけ……ううん。気付かないようにしているだけって言えばいいかな。本音じゃない」

 

 沙綾は私の目をしっかりと見つめながらそう言った。まるで私の想いなんて全部見透かしているかのように――

 

「っ!沙綾に何が分かるの!!」

 

 沙綾の家という事もあって、私は大きな声を出さないように心掛けたつもりだったけれど、荒っぽい口調になってしまった。私の考え知らないのに、そんな言い方するのか私には理解できなかったし、何よりも自分が悩んで出した結論を否定されているような気がして―――

 

「分からないよ!!でも、本音じゃない事だけは分かるの。だから教えて欲しいの!華那の本音を!!」

 

 目元に涙を浮かべながら、沙綾が怒鳴り声に近い口調で私に言った。本音って……今言ったのが本音なのに、他に何を言えばいいのよ!!

 

「吹奏楽部の演奏聴いたんでしょ?その時どう思ったのか教えてよ」

 

 さっきとは打って変わった優しい声で、私に語り掛ける沙綾。どうしてそこまで知っているの――という疑問は浮かんだけれども、どうせ姉さんの差し金だろうと判断する。どうして、勝手な事するかな……そんな想いが私の中に生まれたけれど、自分も人の事を言えない。

 あの時――Roseliaがバラバラになった時――に私が勝手に行動して、ポピパの皆に協力してもらって歌ったライブだって、違う視点から見れば余計な事だったから。そう考えれば、姉さんが今回やってくれた事ってのは、私を気遣っての事。私は小さく息を吐いて、吹奏楽部の演奏を聴いた時の想いを言葉に出した。

 

「あの時……吹奏楽部の部長さん、植松さんって言うんだけどね。に、断りに行った時。演奏していた楽曲が『LOVE PHANTOM』だったの。主旋律はギターが演奏するようにアレンジされていて無かったんだけ、楽曲への理解度高くて、それでいて全部の楽器の音がまとまっていて……そんな中でできたらすごい楽しいだろうなって……」

 

「うん……」

 

「でも……私……それを聴いて怖くなった。もし、自分が入ったとして、その中で本当に演奏できるかどうか、分からなかったから」

 

 そう。吹奏楽部のすごい演奏を聴いてしまった私の中に生まれた物。それは不安。本当に自分がこの中で演奏できるのか。失敗したらどうしよう。そんな想いが強くなった。それと、断る前から思っていた事だけれど……やっぱり自分みたいなギタリストより、もっと上手いギタリストにお願いしたほうがいいと強く思った。

 

「だから、断ったんだ……これが私の本音」

 

 盛大に息を吐いてから沙綾を見た。沙綾の表情はなんて言いていいのかな……怒っているような、悲しんでいるような……その二つの感情が入り乱れているように見えた。それと、また目元に涙浮かべていた。

 

「華那……酷い事言うよ」

 

「え?」

 

 沙綾が小さく呟いた声。その声は小さかったはずなのに、私にはハッキリと聞こえた。何を言うの――

 

「華那、それは逃げてるだけだよ」

 

「え……」

 

 真剣な表情で私に言ってきた沙綾の言葉に、私は固まるしかなかった。逃げているって、なにから逃げて――

 

「『失敗したらどうしよう』『迷惑になったらどうしよう』だなんて、やってみなきゃわからない事だよ。それに……それに、華那と一緒にやりたいって言ってくれた先輩達は、そんな事、絶対に考えていないよ。ただ華那と一緒に演奏したい――それだけだと思うよ」

 

「そんな事――」

 

「あるよ。だって、私があの時そうだったから」

 

 私が否定しようとした言葉を遮って、笑みを浮かべながら言う沙綾。あの時って……夏休みのライブの事?そう聞くと、沙綾は頷いて

 

「そう。あの時だけじゃないんだ。華那とはいつか一緒にライブがしたい。演奏したいってずっと思っていたし、あの時はずっと恩返ししたかった華那の力になりたいって思ってたのもあるかな。その時、失敗するとか、迷惑になったらだなんて考えてなかったよ。だって、華那と一緒にできるっていう嬉しさの方が強かったから」

 

「うれし……さ」

 

 

 沙綾はその時を思い出しながらだからだと思うけれど、嬉しそうに笑みを浮かべて話してくれた。私も、あの時、姉さんに音楽で届けたいという想いが強かった。けれど……心のどこかで沙綾やポピパのみんなと一緒に演奏できる事が楽しみになっていた所もあった。

 確かに、あの時は失敗したらどうしようとか考えた事無かった。失敗しても、想いを込めて――

 

「やりたいなら、やってみればいいと思うよ。それこそ、『この人達の楽曲の好きなのは誰にも譲れない』って気持ちを込めれば、聴いている人達には伝わるから」

 

「あっ……」

 

 沙綾に言われて気付いた。私はみんなに比べたら技術的には下手だ。でも、そうだ。あの人達の音楽に対しての想いは誰にも負けないって自負は――

 

「だから、華那が本当にやりたい事をやればいいと思うよ。自分の気持ちにさ、嘘つかないで……ね?」

 

 優しく私を抱きしめて、私の頭を撫でる沙綾。あの、子供じゃないんだけど……と、思いつつも、沙綾に感謝を伝える。沙綾は、私が吹奏楽部と一緒に演奏しないで、将来後悔するって、そこまで考えて今日行動に移してくれたんだ。中学時代から、学校は違うけれど、友人として隣を歩いてきた沙綾だから分かったんだと思う。

 ありがとう沙綾。私……やってみるね。やらないで後悔するより、やって後悔の方がまだ前に進めるもんね。

 

「うん。それ、私に教えてくれたの華那なんだからね?」

 

「私?」

 

 そんな事言った記憶が無い私は首を傾げる。いや、本当にいつ言った?まったく記憶ないんだけど?そう思いつつ、真剣に考える私を見た沙綾が小さく笑いながら

 

「私がポピパに加入する直前だよ。病院の前で言ってくれたじゃない。『行かなきゃ後悔する』って」

 

「あ……」

 

 言われて思い出した。確かに言ったね。でも、あの時は必死だったから。沙綾のお母さん倒れたって連絡来て、走って病院に向かった訳で、息も絶え絶えに沙綾に想いぶつけた訳だから。言われなきゃ何言ったか忘れていたというか、それだけ必死だったから何を言ったかしっかり覚えてないってのが正しいかな。

 

「なにそれ。もう、華那ったら」

 

 と、笑う沙綾に釣られて私も笑う。沙綾のお陰で、ここ数日モヤモヤしていた気持ちは消えた。本当ありがとうね沙綾。沙綾が話してくれなかったら、私、後悔の海を漂う事になっていたはずだから。本当、私はいい友達をもったなと改めて思った。

 その後、少しだけ雑談をしてから、私が帰ろうとしたら何故か山吹家に泊まる事になっていたらしく、あれよあれよという間に泊まる準備が終わっていた。あの……私の意思は?……あ、紗南ちゃん!泣きそうな顔しないで!嫌いじゃないから!泊まるから!!と、一騒動あったのだった……。や、山吹家とうちの関係、どうなっているの!?

 あ、私が泊まると決まった瞬間、紗南ちゃんがベッタリくっついてきて可愛かったです。まる。

 

 

 

 次の週の月曜日、朝。私はいつもより早めに学校に来て二年生の階にやってきていた。理由は――

 

「おっ、華那ちゃん!どったの?お姉ちゃんに用?」

 

「あっ、植松先輩。おはようございます」

 

 探していた人物に声を掛けられたけれども、きちんと挨拶は忘れない。えと、先輩。今お時間宜しいですか?

 

「ん?どったどった?」

 

「あの、一度はお断りしたんですけど……ご迷惑でなければ、吹奏楽部の皆さんと一緒に演奏させて下さい!!」

 

 そう言って私は勢いよく頭を下げる。静寂。他の人も来ていて、廊下だから騒がしいはずなのに、私が頭を下げた瞬間に静かになったと言うべきかもしれない。植松先輩の言葉を、私は頭を下げたまま待つ。短い時間だっと思うのだけれど、私にはその時間が凄く長く感じられた。

 

「……ありがとう華那ちゃん!!!!」

 

「わにゃ!?」

 

 唐突に抱きしめられた私は困惑の声を上げるしかできなかった。あ、あの植松先輩!?

 

「あーもう。そうやって困惑する表情も可愛いんだからぁ。お持ち帰りしたいぃ!」

 

「お持ち帰りってどこにですか!?」

 

 頬をスリスリさせながら言う植松先輩に、私はツッコミを入れる事しかできなかった。いや、私人形とかそんなんじゃないですからね!?と、言っていたら、植松先輩の背後に立つ影が――あ……。

 

「んー?どったの華那ちゃん?」

 

「『どったの?』じゃねぇよ……この馬鹿ミカぁ!!」

 

「ふべらっ!?」

 

 と、今まで見た事の無い威力の拳骨が植松先輩を襲った。あ、あの……植松先輩、生きてます?あ、呼吸はしているからだいじょぶ……なはず。

 

「まったく……それで華那。なにもされてない?大丈夫?なんなら姉呼んでくる?」

 

「だだだだ、だいじょぶです!姉さん呼ぶ前に、植松先輩を保健室に――」

 

「運ばなくて大丈夫だから」

 

 と、私が植松先輩を心配するのをよそに、満面の笑みで連れて行かなくていいと仰られるのは、植松先輩に鉄拳制裁をした明石先輩だった。

 

「え、でも……」

 

「大丈夫だから」

 

「アッハイ」

 

 満面の笑みを浮かべて、私の両肩に手を置く明石先輩。それに対して頷く以外方法が無いと威圧された私は、壊れた動く人形のように頷くしかできなかった。それで何があったと聞かれたので、明石先輩にも、一度断って、やらせてくださいって言うのも迷惑だと思いますけど、一緒に演奏させてくださいと頭を下げる。

 

「……よく決断したね。()()()()()()

 

「え……」

 

 頭を上げると、先ほどの笑みとは違い、慈愛に満ちた表情で私の頭を撫でる明石先輩。あの、先輩?その待っていたってどういう事ですか?

 

「ああ。一週間前までなら華那を待とうと、部員とも話し合っていてな。もし心変わりしなかったら、バイオリンの私が主旋律やるという話しになっていたんだ」

 

「そういう事ー!!だから、迷惑だなんて思ってもいないし、私達は全然ウェルカムだよ、華那ちゃん!!」

 

 いつの間にか復活した植松先輩に抱き着かれる私。先輩達の言葉に目頭が熱くなる。一度断ったのに、待っていただなんてどれだけバカなんですか……。本当ありがとうございます。それと、宜しくお願いします。

 

「うん!こちらこそよろしくだよ!」

 

「よろしく、華那」

 

 三人で笑みを浮かべ合う。沙綾……私、頑張るね。好きな人達の楽曲を演奏する事は譲れないって所、見せるから!そう心の中で決心した私だったのだけれど、すぐにギターで大きな問題に直面する事になるだなんて、その時は知りもしなかった――

 




正直、最後の「全然ウェルカム~」の「全然」の使い方は、古い人間なので認めたくないのですが、高校生だと使っていると思い、この使い方にしました。
全然は……否定形だろ……!


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#49

「そういえば、華那ちゃん。ギター一本だけなの?」

 

「え?」

 

 吹奏楽部の皆と一緒に演奏会に向けた練習の休憩時間。その植松先輩の言葉が、私の頭痛のタネになるだなんて、その時は思いもしなかった。植松先輩の言葉に私は頷いて

 

「そうですね。私が今持っているギターは、このエピフォンのギターだけですね」

 

 と、答えつつ、私は次に練習する楽曲に合わせるためにチューニングを継続する。演奏する楽曲が多く、半音下げチューニングだったり、全く違うチューニングにしなきゃいけないから結構忙しかったりする。植松先輩は腕を組んで、その様子を見ていたけれどポツリと呟くように

 

「そうなると演奏会の時、チューニングの時間も取らないといけなくなるかな……」

 

「あ……」

 

 その言葉に私はチューニングしていた手を止めてしまった。そうだ。演奏会の時にいちいちチューニングしているような時間取っていたら演奏する時間もそうだけれど、観客の皆さんが冷めてしまう。それは避けなきゃいけないし、よくよく考えたら、プロのライブでも、私が尊敬するあの人も、ライブの時は演奏する楽曲数にもよるけれど、予備も含めたら二十本近くのギターを用意している。

 そう考えると、ギター一本だけで今回の演奏会をするのは至難の業――というより無茶だ。無理だ。いや、「ムリ」「疲れた」「面倒くさい」とか言うんじゃないってツッコまないで!?物理的に無理なんだからね!?

 

「ギター……用意するって言っても、中古ギターでも高いし、華那ちゃんが使いやすいってギターがあるか分からないもんね……」

 

 いつもふざけた様子の植松先輩が、ここまで真剣に悩んでいるのは珍しい――と、後で吹奏楽部に所属する同級生に聞いた話し。なんでも指揮をする時ぐらいしか真剣に見えないとか……それはそれで酷い言われようだよね!?

 

「でも、明日辺りにでもギター見に行ってみますね。私も、いちいちチューニングするのは時間かかりますから」

 

 チューニングを再開させながら、笑みを浮かべて植松先輩に伝える。いざとなったら、理由をまりなさんに言って、ギターを借りられないかお願いしてみよう。私もCiRCLEの予備ギターを時々だけど整備しているからね。何本あるか把握しているから、余裕だと思うし。

 

「無理だったらすぐに言ってね。華那ちゃんだけに負担はかけたくないから」

 

 私の言葉に心配そうにそう返してくださる植松先輩。感謝の言葉を伝えつつ、無理はしないことを約束する。さて、そろそろ練習再開しましょう。次は……メドレーでしたよね?

 

「そうだね……そそ。メドレー。動画サイトを見たら、ギターでやっているの見たのと、有名アニメの楽曲だから、知ってる人多いと思ってね」

 

「ですね。有名アニメなのは間違いないですし、内容も泥棒と探偵ものですから、盛り上がるのは間違いないですよね」

 

 何曲かメドレーをやる予定なのだけれど、誰もが知っているであろうアニメのメインテーマメドレーもやる予定。あと、私がやりたいと言った楽曲も数曲入る事になって、現在オーケストラの演奏用にアレンジ中の最中。それらの楽曲については、その人のオーケストラライブブルーレイを持っていたので、貸し出して対応してもらっている。

 声優なのに紅白にも出た事のある方の楽曲だから、知っている人も少しはいると信じたい。それを含めると、演奏予定楽曲数は二十曲近く。もうプロのライブだよね、これ。だからこそ、トラブルがあってもいいよう、予備のギターやチューニングの違うギターを用意しておく必要がある。完全に頭から抜けていたけど……。

 

「じゃあ、はじめよっか!!」

 

 全員に休憩時間終わりと告げる植松先輩に返事を返す部員の皆さん。勿論私も返事を返して、演奏に集中する。植松先輩が指揮棒を振り、私がタイミングを合わせて、吹奏楽部の演奏をバックにギターを演奏する。今回は私が練習で使うミニアンプで音を出しているけど、本番は既にまりなさんが用意してくれる手筈になっている。

 その日の練習はある程度まとまっていたと思うけれど、まだアレンジの所で詰めていかなきゃいけないかなという感じ。それに演奏の順番もまだ正式に決まっていないから、そこも話し合わないといけない。でも、まだ一ヵ月程時間はあるから、練習をきちんとすればだいじょぶ。

 

 

唯一の問題は、ギターどうしよう――

 

 

 

 

 

 ギターの問題が発覚した翌日の放課後。今日は吹奏楽部だけの練習という事で、私は一人、江戸川楽器店にやってきていた。もちろんギターを見にだ。うん、やっぱり高いなぁ。バイトしているって言っても、そう簡単に高校生が手を出せるような価格帯じゃないよね。それと、やっぱり音を重視したい。中音域の音が太いというか分厚いギターサウンドにしたいから――

 

「ん?あれ、華那だー!!」

 

「うわっぷ!?」

 

 突然、横から大きな声を出して横から私に抱き着いてきたのは、香澄ちゃんだった。倒れる瞬間、香澄ちゃんが来た方向を見れば、有咲と弦巻さん。そして美咲さんがいた。どういう組み合わせ?と、倒れつつ思った私だったけれど、床に背中から倒れたからか、少しだけ背中に痛みが走った。

 

「痛っ!」

 

「え……華那?」

 

「バッ香澄!!怪我したらどうすんだ!!大丈夫か華那?」

 

 つい、痛みに声を上げてしまった私。その私の様子にキョトンとした香澄ちゃん。慌てた様子で有咲がやってきて私を介抱してくれた。どこが痛いとか聞いてきてくれたのだけど、一瞬だけ痛み走っただけだから安心して。

 

「なら、いいんだけどさ……香澄。謝れよ」

 

「ごめん華那ぁ」

 

 と言って、今度は縋り付くように謝ってくる香澄ちゃん。ああ、もう!気にしなくていいから!そう伝えたのだけど、なかなか離れてくれない。有咲、助けて!!

 

「ほら、香澄。いい加減離れろ。一応、華那も大丈夫みたいだし、今後注意しろよ?」

 

「はぁい……本当ゴメンね、華那」

 

「香澄ちゃん、本当に私、気にしてないからね。それで……どうしたの四人して」

 

 と、合流した弦巻さんと美咲さんを見ながら問うと

 

「私達、学校の帰りにたまたま一緒になったの!で、香澄達が江戸川楽器店(ここ)に行くって言うから、ついてきたのよ」

 

「で、あたしは巻き込まれた……と」

 

「美咲さん……その……どんまいです」

 

 説明を受けた私は美咲さんにそう言うしかできなかった。天真爛漫な弦巻さん相手に、何言っても無駄なのは理解しているつもり。だから、美咲さんがついていっている事、フォローしてあげている事が凄いなと思っている。

 

「それで、華那はなにをしていたのかしら?」

 

 と、興味津々といった感じで、オメメを輝かせながら私に聞いてくる弦巻さん。とりあえず、ここ店内だから声の大きさ考えようね。そう言ってから、ギターを見に来た事を伝える。

 

「おいおい。いつものギター壊れたのか?」

 

 私の説明を聴いて心配そうに聞いてくる有咲。ああ、違うよ違うよ。今度、吹奏楽部と一緒に演奏会するんだけど、ギターのチューニングをいちいち変える時間が無いから、もう一本用意しておく必要がある事を伝える。

 

「演奏会ですって美咲!なら、あたしも協力して、完全映像化してあげるわ!」

 

「こころ、やめてあげて!学校違うから、迷惑になるから!!」

 

 と、暴走し始めた弦巻さんを抑えようと必死に辞めるよう説得する美咲さん。心遣いはありがたいけど、美咲さんも言ったけど、学校違うからやめておいた方がいいと思うよ?

 

「なるほど……でも、買えるのか?」

 

「まあ、音色とかギターの好みに拘らなければ……」

 

 そんなやり取りをして、弦巻さんが落ち着いた時に、有咲がギターを見ながら聞いてきた。そう。安いやつなら買える価格帯も置いてある。それこそ、ギター初心者用の物から、中古品まで。でも、その中古品でも高いのは、希少価値の高い物が混ざっているから、きちんと価格見ないと後で大変な事になる。

 

「わたしの、ランダムスター貸そっか?」

 

「あー……慣れてないギターもそうだけど、他の人のギターは出来る限り使いたくないかな。壊したら大変だし……」

 

 CiRCLEのギターならいいのかって話しになるかもしれないけれど、香澄ちゃんやおたえちゃんのギターをもし借りて壊したってなったら、二人に迷惑がかかってしまうし、ポピパの音が変わってしまう恐れがある。そんな怖い事、私出来ません。

 

「うーん……そうなると難しいな……」

 

「なら、あたしがきょうりょ――」

 

「こころ、ちょっとあっち行こっかー。あたし、気になる楽器あるんだよねぇ」

 

「そうなのね!三人ともごめんなさい。ちょっと、美咲と一緒に見に行ってくるわね!」

 

 目で「こころを離しておくから、ゆっくり見てて」と訴えてくる、美咲さん。私は弦巻さんに見えないようにごめんと手を合わせる。美咲さんは笑いながら右手を左右に振って、弦巻さんと一緒に私達から離れていった。

 なんか、嵐のような人だったし、なんかここのギター全部買うわ!!って言いそうな勢いだったのは気のせいかな?ねえ、有咲?

 

「善意で、本気でやりそうだな……」

 

 と、右頬を引き攣らせながら有咲が言ったので、どうしたのだろうと考えて、弦巻さんが本物のお嬢様である事を思い出し、私は頭を抱えたのだった。ここにあるギターどころか、あの人が使っていたギター買ってきて「使っていいわよ!」とか言い出しそうで怖い。うん。身の丈にあったギターを探そう。そうしよう。

 

「でも、本気でどうするんだ?安いのって言ってもピンキリだろ?」

 

「そうなんだよねぇ……それに、今回は私の尊敬するアーティストさんの楽曲を演奏するから、尚更悩んじゃって」

 

デビューした当初はヤマハのMG-Mっていうモデルを使っていたんだけど、その後ギブソンのレスポール主体になっていった訳で、そう考えるとレスポールに近いやつ……ってなると、ギブソン傘下のエピフォンから出てるモデルなら安いのもあるしから、それに近いギターがあればいいんだけど。

 そう呟きつつ、ギターを見る。色々なメーカーのギターが置いてあるけれど、どうも「これだ!」ってギターに巡り合えない。結局は私の好みなんだよね。そう苦笑いしながら有咲達に言うと

 

「まあ、演奏するのは華那だからな。自分の弾きやすいやつとか、そういう目線は必要なんじゃねぇの?」

 

「えー?カッコイイ形とか、必要だと思うよ有咲?」

 

「お前は特殊なんだよ!!」

 

 と、お約束が始まったので、私は何も言わずにギターを見る。今使っているのが黒だから、次は明るい色とかがいいかなぁなんて思いつつ、自分の好きな形をまず見ていく。うん。やっぱり高い。気に入った形のギターについている値札を見て、私は項垂れる。これいいなって思ったギターの最低値が二十万ってなんですか……。

 

「おっ、華那じゃないか。どうした、項垂れて」

 

「あ、店長さん。こんにちは」

 

 と、ギターの前で項垂れていたら、このまえ、あの人モデルのギターを持たせてくださった店長さんが声をかけてくださった。私は挨拶をしてから、今度、学校の吹奏楽部と一緒に演奏する為に、ギターが必要になった事を話した。

 

「なるほどなぁ……なら、“あれ”使うかい?」

 

「あれ?」

 

 店長さんの言葉に私は首を傾げる。店長さんは右手で上を指さしたので、私達がその先を見ると――

 

「い……いやいやいやいや!!あれは店長さんの大切なギターじゃないですか!!しかも、ナンバリングついてる貴重なギターですよ!?」

 

 私は慌てて両手を左右に振る。――そう。店長さんが指さしたギターというのは、前、紗夜さんと姉さんの三人で来た時に、持たせてもらったレスポール、シグネチャー・モデルのDC(ダブルカッタウェイ)アクアブルーのギターだったのだ。

 あれは私みたいなギタリストがそう簡単に持っていい物じゃないし、買うお金なんて無い。この前、店長さんが三桁行くとか言っていたじゃないですか!!

 

「三桁!?」

 

「うっそだろ……」

 

 香澄ちゃんと有咲も目を丸くして驚く。そりゃそうだよね。そんなギターがこの店にあって、飾られているんだから。あ、ちなみに厳重に保管されているので、盗まれる心配はないそうです。

 

「大切って言ってもなぁ……ギターにとっては使われなきゃ、意味が無いと俺は思うんだよな。だから、使ってもらえるなら使ってもらった方がいいんだが」

 

「それでもです!高校生が、そんな高価なギター持てませんよ!お気持ちだけもらっておきます」

 

 別に気にしてないのにという風な店長に、私はそう言って断った。そもそも、持って帰る前に盗まれたらどうするんですか。本当、店長さん。もう少し考えてください。そう心の中で呟く。でも、まだ時間はあると言っても、今週中には用意しないと、本格的な練習――通しリハの際に迷惑をかけてしまう。それだけは避けないと。

 

「……ならあいつに……しておくか」

 

「?……店長さん何か言いました?」

 

「いやいや、ちょっと倉庫行って、華那が使っているギターと同じ種類あるか確認してくるわ。三人とも、ゆっくり見て行ってくれ」

 

 と、右手を挙げてバックヤードに向かう店長さん。ありがとうございます。と伝えたのだけど、何言ったんだろう?

 

「ねえねえ、華那!これカッコいいよ!!」

 

 と、いつの間にか奥の方のギターを見に行っていた香澄ちゃんに呼ばれる。

 

「あいつ……華那いくぞ……暴走止めるぞ」

 

「そうだね」

 

 疲れた表情を浮かべる有咲に同意しながら、私達はその後もギターを見て回るのだった。でも結局は、その日、いいギターに巡り合えず、手ぶらで帰るのだった。

 

 

 

 

「ただいま……」

 

「ああ、お帰り。華那」

 

 ギターを見に行った二日後。バイトから帰ってくると、リビングに珍しくお父さんがいた。しかも何故かソファーの横にギターケースが置いてあった。仕事関係のかなと思いつつ、自分の部屋に行こうとしたら呼び止められた。なに、お父さん?

 

「今度、吹奏楽部の演奏会に出ると聞いてな。これを使え」

 

「え?」

 

 と、私にギターケースを渡してくるお父さん。誰から聞いたの?と答える前にお父さんは「楽しみにしているからな」と言って自分の部屋に戻って行ってしまった。もう……素直じゃないんだからと呟きつつ、自分の部屋に行ってギターケースを下して、どんなギターが入っているんだろうとワクワクしながらケースを開け……開け……は?

 

「はいぃぃぃぃ!!??」

 

 そこに入っていたギターを見て、私は素っ頓狂な声を上げるしかできなかった。隣の部屋にいた姉さんが音を立ててやってきて、勢いよく扉を開けて私の部屋に入ってきた。

 

「どうしたの華那!?」

 

 慌てた様子の姉さんの声。私は振り返ってギターを指さし、震える声で

 

「ね、姉さん、ぎ、ギターが。ギターが……」

 

「?ギターがどうかしたの?……え?」

 

 私の様子があまりにおかしいので首を傾げつつも、私の横に座ってギターケースを見ると、私と同様に固まってしまった。そうだよね。そうなるよねと、どこか冷静になりつつも、どうしてこのギターをお父さんが持っていたのかという疑問が渦巻いていた。

 

「か、華那……これってまさか……」

 

「う、うん……レスポールの……シグネチャー・モデルのDCアクアブルー……だよ」

 

 私も姉さんも、二人とも驚きのあまり声が震えてしまい、ギターに触れられないでいた。あ、ギターケースの内側に用紙入ってたんだ……なんだろう。え、証明書!?やっぱりこれ正規品!?

 

「ねねねねね、姉ささささささん!!」

 

「お、落ち着きなさい華那」

 

 証明書を両手で持っているけれど、手が震えている私の肩に手を置いて落ち着くように言う姉さん。その姉さんの表情も困惑の色が強く見えた。それもそうだよね。だって、お父さんから使えって言われて渡されたギターがこんな高級なギターなら驚くしかない。というか、返してこなきゃ。そう考えて、ギターケースを閉じて、丁寧に持ってからお父さんの部屋に行く。

 姉さんも、気になるのかついてきてくれた。お父さんの部屋の扉を叩いて入って良いか聞く。中から入っていいとの返事が来たので扉を開けて入る。

 

「どうした?」

 

 こっちの気も知らないお父さんは椅子に座って、持っていた本を閉じて、優雅にコーヒーを飲んでいた。どうした?じゃないよ!こんな高級なギター受け取れないよ!!という事を伝えて、返すと言うと

 

「そのギター。知り合いから譲り受けた物でな。そいつギターあまり弾かないのに、たまたま買ったらしくて、誰か買うやつを探していたらしい。そこで華那に……と、話しがあってな」

 

「……だからって、私。まだ高校生だよ?」

 

「だからこそ、だ。このギターの価値も分かっていて、しっかりと技術を身につけようとする人間……つまり華那なら相応しいと言われてな。断るに断れなかったんだ。だから、使ってやってくれ」

 

 と、お父さんも少し困った表情をしながら説明してくれた。どうやら相手からかなり無理やり押し付けられたようだ。何となくだけどそんな光景が目に浮かんだ。本当に……このギター私が使っていいの?

 

「ああ。その方がギターも喜ぶだろう。使われないで飾られるよりは……な」

 

「華那。このギター……貴女が使うべきよ」

 

 横で黙っていた姉さんが口を開いた。どうしてと姉さんを見れば、いつものように腕を組み、真剣な表情で

 

「今、父さんが言ったけれど、そのギターの価値を理解していて、そのギターで弾くという重圧を理解している貴女だからこそこのギターで演奏すべきよ。私はそう思うわ。ただ……この、最後に決めるのは華那。貴女自身よ。貴女が弾けないというのなら、返すのも手よ」

 

 姉さん……。ありがとう。突然の事で驚いたけど、ありがとうお父さん。怖いけど……このギターでやってみるね。笑みを浮かべてそう伝える。お父さんは安堵した息を吐いて、一度コーヒーを飲んでから

 

「ああ。そうしなさい。お礼はこっちからも言っておくが、華那も知っている人だから、直接伝えておきなさい」

 

「え?私が知ってる人?」

 

 お父さんの発言に私と姉さんは首を傾げた。誰だろう?私が知っている人って誰だろ――

 

「江戸川楽器店の店長だ」

 

「え……ええぇぇぇぇぇぇ!!??」

 

「……頭痛くなってきたわ」

 

 お父さんの発言に、私はまた素っ頓狂な声を上げるしかできなかった。どういう関係なの!?と疑問にも思っている私達にお父さんが説明してくれた。なんでも、昔バンドやっていた頃からの付き合いで、今でも連絡を取り合う仲だとか何とか。それで、急に連絡がきて、店に行ってみればギターケースを押し付けられたそう。

 

「『お前の娘さん、華那に渡してやってくれ』と言われてな。断ろうとしたら、それで弾く姿が見たいから、絶対渡せと脅されてな……」

 

「あ、アハハ……」

 

 疲れ切った表情を浮かべるお父さんに、私は苦笑いを浮かべるしかできなかった。店長さんにお礼言わなきゃ。それと、今後もあの楽器店利用しなきゃ。あとは、そうだね。バイト代貯めて少しでもギター代払わなきゃ……。そう心に決めた私は、お父さんに改めてお礼を言って部屋から出て、自分の部屋に戻ってから、もらったギターにコードを挿して、アンプにつないでの音色を確認して、音色に感動するのだった。

 

 尚、後日。店長さんにお礼言って、少しづつギター代を払うと言ったら、もう既にお父さんが払っていったとの事。お父さん!?何やってくれてるの!?

 それをどこから聞いたのか、お母さんの耳に入ったらしく、緊急家族会議が行われる事になりまして……。結論から言えば、姉さんも私と同じ金額の物をお父さんから買ってもらえる事になった。けど、姉さんは今のところ無いらしく、何か欲しい物が思い浮かんだ時に――と、いう事にまとまりました。

 それとおまけで、お父さんのお小遣いが数ヵ月間無しになったのでした。あの……その、ごめんなさい、お父さん。決まった後の、お父さんの寂しそうな背中を見て、そう心の中で謝罪する私なのでした。

 




高校生で、楽器素人なのにレスポールのギター買った子もいるから……その……多少の事は許してください(土下座

後、投稿ペースがかなり落ちると思います。
転職決まり、また社畜生活が始まるので……
(´・ω・`)


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#50

「一度休憩するよー!」

 

「はーい」

 

「はい」

 

 本番の会場で一回目のリハーサル(今回の場合、ゲネプロに近いかな)をしていた私達。吹奏楽部の部長である植松先輩の声と共に、吹奏楽部の皆さんが元気よく返事をしている。すごいな。今までぶっ続けで二十曲以上演奏していたとは思えないほど元気だ。かく言う私も、きちんと返事をしたよ。嘘じゃないよ、ホントだよ?

 って、誰に言っているの私は。そんな事を思いつつギターをスタンドに置く。今置いたのはお父さんが無理やり買わされた(語弊に(あら)ず)あのレスポールのアクアブルーのギターだ。メインギターをこれにして、今まで使っていたエピフォンの黒色ギターも使う。二つのギターは全く違うチューニングになっているので、本番で間違えないようにする為に、心強い助っ人を植松先輩達は用意してくれていた。それが――

 

「華那さんお疲れ様です!いやぁ、レスポールの音は色々な場所で聴いてきましたけど、やっぱり物が違うと、ここまで中音域の伸びが変わるもんなんですねぇ」

 

 私に声をかけて来てくれたのは、あのPastel*Palettesのドラマー大和麻弥先輩。どういう裏技を使ったかは聞けなかったけれど、事務所にもスケジュールを抑えてもらって、今回裏方として参加という――アイドルがする仕事じゃないワケダ!?と、私がツッコミを入れたのだけれど、私は悪くない。悪くないと言ったら、悪くないの!

 

「それで、どうですか?弾き心地?」

 

「やっぱりプロモデルなだけあって、凄いです。一音一音、私のイメージ通りって言うのも変ですけど、想像通りの音を出してくれるので、すごく弾きやすいです」

 

 やっぱりプロモデルのギターは素材から違うのだと、改めて思い知らされる。あ、でも、そのギターをまりなさんに使うって言った際に、かなり調整してもらった。なんでも「初期設定でもいいけど、調整しておくね」と、調整が入りました。そんな、みんなが一生懸命になって準備してくれたギターで私が演奏するのだから、ギターに恥じないように頑張らないといけない。そう思いつつ、水分補給をしていると植松先輩が私に声をかけてきた。どうなさいました?

 

「うん。ちょっと相談。アンプどうしよっか?」

 

「あー……そうですよね。私の後ろに置いといたら、吹奏楽部の皆さんの音が聞こえなくなりますもんね……」

 

 今はまだミニアンプで音合わせしているから、まだそこまで弊害は出ていないけれど、本番はライブで使う大きなアンプを使用する予定だから、音の問題を忘れていた。

 困った。どうしたものか――と悩んですぐに、()()()はある方法で演奏していた事を思い出した。その方法というのが――

 

「なら、アンプは私の後ろに置いておきますけど、実際の音は別の部屋で流して、集音マイクで音拾って、会場のスピーカーで音を出すってどうですか?」

 

 そう。設置しているアンプはあくまで見せるアンプにして、きちんとオーケストラの音が自分に聞こえるようにしていたはずだったから、そうするしかない。

 

「だねぇ。それが最善か……。ってなると、長いコードとアンプがもう一台いるって事だね。それは私の方(こっち)で手配するね!」

 

 とは、まりなさん。なんで、まりなさんがここにいるかというと……。今回、演奏会でアンプを借りられないかと思って、まりなさんに相談したところ

 

『そうだねぇー……あ!CiRCLEが後援って訳じゃないけど、サポートで入るってのはどうかな?オーナーに頼んだら、すぐオッケー出ると思うよ!』

 

 という事で、サブギター数本に、ギターの音響などなど、ギターについてのメカニック班はまりなさんとCiRCLEの方々数名がやってくださる事になった。その中に、大和先輩が入っている訳なのです。プロに混じる大和先輩すげぇー……って思っていたのだけど、よくよく考えるとアイドルのプロだもんね。……アイドルってなんだっけ?

 

「音出すアンプは……別室だから、そのミニアンプで行く?」

 

「いやいや、そこも用意させてもらうよ!アンプ一つでも音は変わるからね!」

 

「そうですよ!たかがアンプと舐めると痛い目にあいますよ!」

 

 と、植松先輩にアンプとは――と、講釈を始めるまりなさんと大和先輩。アハハ……。こうなったら止める人いないぞー……。でも、気になっていた事があるから、まりなさんに聞かないといけない。

 

「あの、まりなさん。その話しはリハ終わった後でも……。それで聞きたい事が……」

 

「なになに?」

 

 私が質問してきたことが嬉しいのか、満面の笑みを浮かべてまりなさんが私の方を向いてくれた。後ろの方で私に手を合わせている植松先輩の姿が見えた。あ、やっぱりきつかったんだ……。それはともかく、質問しなきゃ。

 

「あの、なんで、カメラマンさんいるんですか!?」

 

 そう。ステージ下に、何人かカメラマンさんと思わしき人達がいて、遠くの方にもカメラを台に乗せて撮っている人もいるし……あ、ワイヤーカメラって言うのかな?それもある!?なんで――と、私が疑問に思っているとまりなさんは、かなり疲れた様子で

 

「あのね……こころちゃんが……」

 

「あっ……まりなさん。もういいです。本当お疲れ様です……」

 

 申し訳なさそうに話し始めたまりなさんに、私は頭を下げてお疲れ様としか言えなくなってしまった。いや、あの子何やってくれてるのぉ!?あとで保護者(美咲さん)に連絡して止めてもらわなきゃ!そんな事を考えていたらスマホが震えたので、一度席を外してスマホの通知を確認する。姉さんかな?と思っていたら、噂の美咲さんだった。なになに?

 

『ごめん、こころを止められなかった……』

 

 あ……。出だしから謝られたら、私は何も言えなくなってしまった。きっと、美咲さんも、美咲さんなりに止めようと必死になってくれたのだろう。でも、それを上回る弦巻さんの暴走があったのだろう……。心中お察し致します……。

 で、今回、リハの様子も完全に撮っているそうで、関係者各位に映像化したディスクを無償で配る予定らしい。そこまでするか!?と、私がツッコミを入れたのは悪くないはず。間違いなく、二枚組くらいになるはず。いや、三枚組?そんな事を持っているとカメラを持ったスタッフの方が私に近づいてきた。

 

「緊張します?」

 

 私の大好きな声優さんのライブ映像の特典に、ついているドキュメンタリーみたいに聞いてくるカメラマンさん。いや、貴方、絶対プロですよね?そんな事を思いつつ、私は小さく頷いて

 

「これだけすごいオーケストラの演奏の中で、演奏できるのは凄い光栄ですけど、それ以上に緊張はしますね。失敗したらどうしようと考えちゃいますね」

 

 かなり固い口調になってしまったのはご愛敬ってやつでお願いしたいです!そんな事をこころの中で思いつつ、でも楽しみます!とカメラマンさんに言って練習が再開しそうなので、自分の定位置に戻った。

 

「じゃあ、一回通したから、次は音のバランスが気になる曲やって行くよー!まずはOrchestral Fantasiaで。前も言ったけど、今誰が歌うかは調整中なんだけど……ここボーカルをゲスト参加予定だから、華那ちゃんもそのつもりで演奏お願いね」

 

 分かりました――と、伝えてからギターを構える。でも、私エレキだけど、この曲の最初はアコギなんだけど……どうするんだろう。そんな疑問を抱きつつも、言われた通りギターで演奏する。イントロのアコギもエレキで誤魔化しながら――だ。そんなこんなで、お昼休憩も入れつつ、夕方四時までみっちり練習を続けたのだった。

 

 

 

 

 

「疲れたー……」

 

 家に帰ってきて私は、自室の床にギターケース二つを置いて、私はベッドに倒れ込む。一日中の練習。何度も音合わせしながら、最適なアレンジを作り出していくという作業は本当大変なものだ。しかも、慣れないカメラさんとのやり取りも結構あったから尚更。練習が終わってから、三十分ぐらいインタビューに応えなきゃいけないって何!?私の様子見て、まりなさんはニコニコ笑っているし、大和先輩は機材弄って楽しんでいた。あと、植松先輩と明石先輩はスマホで、私のインタビューの様子を動画撮って拡散していたようだし……本当どうかしているよ……皆。

 どんな編集されるか分からないのが不安だけれど、演奏時はしっかり撮ってくれるだろうから、そこに不安はない……と思いたいなぁ……。

 

「あ、そういえば……姉さんに聞かなきゃ」

 

 ふと、思い出して、少し疲労で重い体を起こして、姉さんの部屋へと向かう。十月最初の土曜日に演奏会となったのだけれど、観に来てくれるよね?そう、楽観的な考えをしながら姉さんの部屋の扉を叩く。中から返事が聞こえたので、私だけど用事あると伝えると、入っていいとの許可が出た。

 

「ごめんね、姉さん。急に」

 

「大丈夫よ。今は何もしていなかったから。それで、何か用かしら?」

 

 と、椅子に座りながら、私に微笑む姉さん。ああ、姉さんの微笑み見るだけで癒される……。って、そんな事をしに来た訳じゃないでしょ。姉さんに今度、吹奏楽部の方々と演奏会する事を覚えているか確認する。

 

「ええ、覚えているわよ。それがどうかしたのかしら?」

 

 首を傾げ、何でそんな事を聞いてきたのか思案する姉さん。私はちょっと躊躇ってしまった。姉さんに断られたらどうしようって考えてしまったから。でも、勇気を出してい言おう。言わなきゃ分からないから。

 

「そのね……。当日、十月の最初の土曜日なんだけど……観に来られる?」

 

「十月最初の土曜……ちょっと待ちなさい。今、確認するわ」

 

「あ、うん」

 

 手帳を取り出して確認をする姉さん。しばらく沈黙が部屋を支配する。私は、変に緊張して、肩に力が入った。一分にも満たない時間だったと思う。でも、凄まじいほどの緊張が私を襲っていた。手帳を開いたまま、姉さんは右手を顎に当てて

 

「十月最初よね?」

 

「え……あ、うん」

 

 確認してきた姉さんの表情はあまりよろしくないように見えた。あ、これは――

 

「ごめんなさい。Roseliaのライブ予定が入っているわ」

 

 手帳を閉じて、私に謝ってくる姉さん。そっか……なら仕方ないね。Roseliaのライブ私観に行けないけど、しっかりやってきてね。それで、後でどんな演奏したか教えてね、と私は笑顔で言って、姉さんと会話を続ける。

 

「それで今日の練習は本番想定の練習だったのよね?」

 

「うん。そうだったんだけど、弦巻さんがカメラマン用意してその様子完璧に収録して、関係者全員に映像配るとか何とか……。で、インタビューみたいな感じで私が答える事もあって……」

 

「それは……大変だったわね」

 

 その時の様子をイメージしてくれた姉さんは、苦笑いをしながら私を労わってくれた。まあ、そういう反応になるよね――そう思いつつ、しばらく姉さんと今日あった事や、音楽談義で花を咲かせたのだった。心の中で、姉さんが観に来られない事に落胆していたけれども、姉さんが来られないからって、手を抜くわけにはいかないと、自分に言い聞かせながら――

 

 

 

 

 華那が私の部屋から出て行ってから、しばらく私はそのまま扉を見ていた。華那に私は()()()()()()()。その事に心を痛めていたけれども、これは()()()()()なのよ。R()o()s()e()l()i()a()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「そう思っても……やっぱり(つら)いわね……」

 

 そう呟きながら、椅子の背もたれに体を預けて天井を見上げる。華那の成長の為とは言われたけれども、本当にこんなことで華那が成長できるのだろうかと疑問を抱かずにはいられない。でも……私は私でライブの準備を進めなければいけないのは変わらない。

 溜息を吐いて、作詞と作曲の作業へ入ろうと思ったけれども、どうしても華那のあの悲しそうだけれども、無理やりな笑みを浮かべた表情が頭にこびりついて離れなかった。

 




お久し振りです。
転職の影響で引っ越しをし、ネット環境がスマホしかなく、更新が遅くなりました。
今後も、仕事上で覚えることが多いので、なかなか書く時間確保が難しく、小説の更新が遅れますが、お付き合い頂ければ幸いです。

いや、マジで兼業作家さんすげぇわ……


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#51

 会場の入口には、私と吹奏楽部の合成写真で作られたポスターが大量に張られていた。いつの間に作られたのかという疑問は生まれたけれど、きっと弦巻さんだろうな――と、どこか諦めにも似た感情が私の中に生まれていた。

 あの子ならやるだろう。しかも、植松先輩もノリノリでそれに乗っかったとみた。盛大に溜息を吐いてから、改めてポスターを見る。プロに作ってもらったものという話しなのは聞いていたけれど、ここまでするかな……。そう思いつつポスターを眺めれば、文章も添えられていた。それを読んでから、私は控室へ向かう。そのポスターに書かれていた言葉を何度も頭の中で反芻させながら。

 

 

『知らない曲もあるでしょうけれど、一緒に音を楽しみましょう――』

 

 

 

 私は控室に入ってから、ついにこの日がやってきたのだと改めて実感した。しかも場所は、プロのアーティストもライブでやってくる市民会館大ホール。収容人数は約三千人らしい。私は、姉さん達(Roselia)とお揃いの衣装に身を纏い、右後ろポケットには、尊敬するあの人がライブで出しているように、青いバンダナをセットする。

 両手を組んでストレッチをしながら、開演時間に向けて準備している私。この後はギターの練習。というか、今日演奏する楽曲の確認をしながらの指の運動。

 

 今日の演奏会には、クラスの皆が駆けつけてくれるという話しだったのには驚いたけれど、アフグロやポピパ、ハロハピの皆まで見に来ることになるだなんて思いもしなかった。ちなみにパスパレの皆さんは、ギターテックに入っている大和先輩を除いて個々に仕事だそうで、彩さんと千聖さん、そして日菜先輩達は、演奏会に来られない事に、凄く悔しそうだったそう。……そこまで悔しがらなくても、と思ったのは私だけでしょうか。

 

 しばらく練習して、ふと時間を確認したらそろそろ開演時間に近くなっていた。小さく息を吐いて、覚悟を決めてギターを持って舞台袖へと移動する。舞台袖には、吹奏楽部の皆さんが揃っていた。遅れたかなと、内心不安に思った私だったけれど、植松先輩が近づいてきて

 

「華那ちゃん、今日は楽しもうね!」

 

「はい!」

 

 満面の笑みでそう言ってくださった。幾分か、緊張もほぐれた……と思いたい。「行くよ」と植松先輩の声が聞こえた。吹奏楽部の皆さんが先に舞台へ向かっていく。私は全員座って、準備ができてから最後に舞台へ一人向かう。

 盛大な拍手の中、舞台を歩いて自分の位置に来た時に客席を見る。客席は満員で、皆の視線が舞台(こっち)に集まっているのが分かる。小さく息を吐いてから、私は頭を下げてギターを構えて、私から見て左側の指揮台に立っている植松先輩に視線を送り、お互いに頷き合う。いつでもいいですよ――

 

「――」

 

 植松先輩が息を吸って、指揮棒を振るう。それとともにオーケストラの演奏が始まる。徐々に盛り上がるような形で音が大きくなっていき、約十秒後に私がボリュームペダルを踏み込む。最初に演奏する楽曲は、とある音楽番組を見た事のある人なら一度は聞いた事のあると思われる「#1090」。

 あの人のソロ楽曲の代表曲でもある「#1090」緊張して手が震えるけれど、丁寧に一音一音奏でていく。途中、ワウペダルを踏むところもあるけれど、そこもスムーズに音を出す事が出来た。

 

 そして演奏が終わった瞬間、盛大な拍手がホールに響き渡る。私は一礼してから、ギターを構え直す。静寂が訪れ、植松先輩が振るう指揮棒に合わせて演奏が始まる。次の曲は「イチブトゼンブ」。この流れにするまで大変だった。

 勢いがいい楽曲を押した植松先輩と、有名曲で観客の心を引き寄せたい明石先輩。そして、どっちでもいいから自分達が演奏したい楽曲を言い始める部員の皆さん。私?私は明石先輩と同意見。やっぱり初っ端から飛ばし過ぎるのもどうかと思ったからね。

 

 オーケストラ演奏に合わせて演奏していくと、イントロ途中から手拍子が始まった。これは、今回の演奏会の特徴の一つと言えると思う。オーケストラのライブってのは、普通は静かに聴くものなのだけれど、今回はどちらかというとコール&レスポンスありのライブ形式に近い物になっている。

 これは、私が大好きな声優アーティストさんのオーケストラ・ライブを参考に、今回の形にしようと植松先輩と、明石先輩が提案してくださった。なので、こういうアップテンポの曲になれば自然発生的に手拍子が起こるって訳なのです。

 

 この曲自体はもう十年近く前の楽曲だけれど、ドラマで使われた楽曲だから知っている人多いのは間違いない……と思いたいな。手拍子している人もいれば、演奏に合わせて歌ってくれている人もいるみたいで、歌声が聞こえてくる。演奏している身としては、私達の演奏に合わせてそこまで盛り上げってくれているのは嬉しい限り。

 ギターソロはあの人達のライブアレンジを参考に、そこはアドリブで演奏する。これについては植松先輩達とも話し合って決めた事だから問題ない。ギターソロ後のCメロ部分の主旋律はギターではなく、オーケストラの音。歌詞で言えば「それも本当の事」からギターが主旋律に戻る形。ギターソロの最後を伸ばすから、私の演奏が間に合わないという判断から、皆で話し合って決めたのがうまくいった。

 

 演奏後。先ほどと同じぐらいの拍手が起きた。一度ここでギターチェンジなので、私はボリュームペダルをオフにして、ギター本体のボリュームもオフにしてから、エピフォンの黒いギターを持ってきてくださった大和先輩にギターを渡して、次の準備をする。

 

「みなさん、こんにちは」

 

 マイクを持った、植松先輩が指揮台から降りて客席の方を向いて挨拶をしていた。あちこちから「こんにちは」と元気な声が返ってきた。特に巴ちゃん……「華那ー!!かっこよかったぞー!!」って、大きな声出さないで!ほら、隣にいる蘭ちゃんが顔真っ赤にしているじゃない。という、アフグロとポピパ、なんで見えやすい中央に陣取っているかな……。香澄ちゃん、こっちに大きく手を振っているし……。隣にいる有咲ー!呆れてないで止めて止めてー!

 

「今二曲演奏しましたけれど、その中でも最高のギター演奏をしてくれた子を紹介させてください!……私達、羽丘学園内最高の妹、湊華那!!」

 

 私の紹介をしてくださった植松さんに呼応するように、私は右手を上げて深々と頭を下げた。学園内最高の妹って、誰が言いだしたんですか!?そしたら、また盛大に拍手が起きるわ、私の名前を呼ぶ子は出てくるわ……あの……ただ、お辞儀しただけですよね?って、巴ちゃん!恥ずかしいから大きな声出すの止めて!!ひまりちゃーんとめ……られないよね……。あ、蘭ちゃん諦めた!?

 

「ライブハウスで演奏していた湊華那ちゃんの姿に惚れて、一緒にやりたい!!と、私の我が儘で始まった今回の演奏会の準備だったのですけれど、最高の準備ができたと私達、吹奏楽部の部員も、湊華那ちゃんも思っている……よね?」

 

 と、唐突に私に話しを振る植松さん。私は慌てて何度も頷く。その時点で会場から笑いが起きた。お願いですから、急に話しを振るのは止めてください!後ろに用意しておいた水飲もうとしてたところなんですから!

 

「この後も、皆さんが知っている曲や、知らない曲もあると思いますが、一つの音楽として楽しんで頂ければ幸いです。では……次の曲に行きたいと思います」

 

 そう言って、一度頭を下げてマイクを台に置いて、指揮台へ上がる植松先輩。そのタイミングで左足をボリュームペダルに乗せる。それと同時に指揮棒を振る植松先輩。

 次の楽曲は、発売後からずっとヒットしていると言っても過言ではない名曲、紅蓮華。メインメロディはギターでやるので、最初はピアノとギターの共演。この曲は有名アニメのオープニング楽曲。楽曲のイメージを壊さないようにしながら、丁寧に弾きあげる。

 消せない夢があった。それはもう叶わない。でも、悲しみを乗り越えて、弱さを知ったからこそ今の私――ギタリストとしての私がいるんだ――頭の中で歌詞を思い浮かべながら弾いていく。

 

 そして、その後は赤繋がりという事で、とあるプロ野球選手*1のウォーキングソング*2となったRED!!天井から幕がステージの左右に一枚ずつ降りてきて、観客の皆さんの周りにはCiRCLE有志の方々と、何故か弦巻さんを護衛する黒服さん達が同じ服を着て旗を持って登場。勿論、観客の皆さんから私達が見えるように心掛けての配置だから、そこは心配していない。

 

 

 唯一の心配は、この曲を知っている人がいるかどうか――

 

 

 

 

 その楽曲のイントロが流れた瞬間だった。ステージ上から旗というか、幕?が二枚降りてきた。なぜかそこにはの上り龍が描かれていた。それと同時に、会場の壁側に幕に描かれた龍の旗を持った人達が、一定の間隔をあけて立っていた。

 

「なんか……プロのライブみたい」

 

「だよなぁ。華那の奴、あんな中でよく冷静に演奏できるよな……」

 

 あたしに同意する巴も、演奏もそうだけれど、演出の凄さに度肝を抜かれているような様子だった。というかこの曲、結構知っている人いるんだ。あたしは作曲の参考に――と、華那から教えてもらったから知っているけれど、この曲をオーケストラアレンジしてくるとは思ってもいなかった。

 一番に入る前に、全員で歌えるようなところがあるのだけれど、会場のあちこちから歌っている人の声が聞こえてきたから。オーケストラの演奏会というよりは、完全にライブだよね。そう思っているあたしに、隣にいた巴が

 

「この曲はアタシでも知ってるから、歌うか!」

 

「巴……ヤメテ」

 

 と、イントロの途中から歌おうとする巴に、あたしはカタコトで止めるしかできなかった。

 

「えー蘭も歌おうよー」

 

「らーん?歌わないの?」

 

「あ、アハハ……」

 

 つぐみ以外が煽ってくるけれど、あたしは華那の演奏を聴きに来たの!と答えてから、華那の方を見ようとして前の席にいる香澄達がノリノリで歌っている姿を見て、頭を抱えるのだった。

 何度か頭を左右に振ってから、改めて華那を見れば、真剣な表情でギター演奏していた。気付けばすでに楽曲はギターソロに入っていて、左足でワウペダルを踏みながら音を紡いでいた。きちんと、オーケストラの演奏に合わせるために、何度か指揮者の方を見ながら――だ。

 

 華那の演奏を観るのは、この夏に頼まれた時と、音楽室で練習していた時を入れて三回だけ。だから、こうやって観客席に座って、しっかりと聴く・観るというのは初めてだった。まだ四曲ぐらいしかしていないけれど、既にあたしは華那とオーケストラが紡ぐ演奏の虜になっていた。それと同時に、こうも思っていた。

 

 

 いつかあたし達も――

 

 

 

 REDが終わってから立て続けにMETANOIAを演奏し終え、次は植松先輩が動画サイトで見てオーケストラでやりたい!と提案してきた怪盗三世のテーマから小学生名探偵のテーマのメドレー。

 イントロが演奏した瞬間、観客から凄い歓声が上がった。まあ、イントロ聴けばあの怪盗三世のテーマだと分かるような楽曲だもんね。ギターは原曲ならコーラスが入る部分から。タイミングを合わせてギターをかき鳴らす。

 そして、途中でいったんブレイクが入り、オーケストラだけの演奏になり、終わりと見せかけ再びギターが入る。フルピッキングでメロディを奏でながら、今度は小学生探偵のテーマを奏でる。

 

 怪盗を追う名探偵のようなメドレーに、会場からは驚きの声が上がっていた。このテーマ曲は、私が尊敬する人も劇場版のテーマで演奏した事がある。そのアレンジにしようかと思ったけれど、植松先輩達と相談して、私の色を前面に出す方向でアレンジをしたので、速弾きの箇所が多くなった。

 そして、そのテーマが終わったと思わせてすぐに怪盗のテーマに戻ってオーケストラに合わせて楽曲を終わらせた。演奏が終わってから私と植松先輩は、会場に向かって頭を一度下げる。盛大な拍手が起きた。その光景を見た私は凄い充実感に包まれていた。

 

 まだ、ライブも序盤なのに、ここまで盛り上がっている。ねえ、姉さん。私、凄く充実していて楽しんでいるよ。姉さんに、この光景見せられないのは寂しいけれど、帰ったら、自慢するからね――

 

 

 

 メドレーが終わり、華那と指揮者の人が会場に頭を下げた。私はそれを見て拍手をした。だって、これだけすごい演奏を魅せて、聴かせてくれた華那と羽丘学園の吹奏楽部の演奏力に拍手しないだなんて、失礼だと思ったから。

 

「すげぇな……華那の奴、あんなに楽しそうに弾いていやがる……」

 

「だよね、有咲!!華那、すっごくキラキラしてるもん!!私もいつかオーケストラと共演してみたい!!」

 

 と、私の隣にいる有咲がそう呟くと、香澄が目を輝かせながらはしゃいでいた。りみりんも同意するように、「うちもオーケストラと共演したいわぁ」と、素の口調で言っていた。それだけ、華那達の演奏が凄いという事だと思う。で、おたえはどう?

 

「華那、技術もそうなんだけど、音に感情が凄いこもってる」

 

「あ、おたえ、分かる!演奏してて楽しいって感情が、私達にも伝わってくるよね!」

 

 おたえの言葉に反応する香澄。みんなで、今までの演奏について話していたら、次の演奏についての説明が入った。

 

『次の楽曲は、アニソンの中でも有名曲の一つだと思う「魂のルフラン」という曲です。この曲をオーケストラアレンジにするのは本当に難しく、部員と華那ちゃん。そして顧問の先生と何度も話し合って、作り上げた楽曲です。最初のギターにも注目してください』

 

 そう言った指揮者の方が頭を下げて、指揮台へ向かう。華那を見れば、かなり緊張した表情を浮かべていたけれど、私と目が合って、小さく笑った。「だいじょぶだよ、沙綾」と言っているように思えた。私は頑張れと小さく右手を胸のあたりで拳を作る。華那から見えるか不安だったけれど、小さく華那が頷いたから見えていたのだと思う。

 華那が指揮者の振るう指揮棒に合わせて、演奏を始めた。ギターだけの音が会場に鳴り響く。目を閉じて、メロディを奏でる華那。この曲は、Roseliaがカバーした事のある曲でもあるから、華那はかなり緊張しているのでは?と、思ったけれど、演奏をしている華那を見て、本当に心の奥底から楽しんでいるみたい。本当……華那の演奏は心がこもっていて好きだな。

 

 魂のルフランが終わると、すぐさま私達もカバーした事のある楽曲である千本桜の演奏に入った。かなり速いテンポの曲だから、ギターでメインメロディを奏でるのは難しいと私が思っていると、やはり華那ですら難しいのか、楽曲の途中でかなり険しい表情を浮かべながらもメロディを奏でていく華那。

 頑張れ。頑張って華那。と、心の中で応援しながら華那の演奏を見守る。最終的には無事に弾き終えた華那。演奏が終わった瞬間、ホッとしたのか、盛大に息を吐いていた。見ているこっちも自然と力入ったよ。

 一息ついてからすぐさま、次の楽曲が始まった。怒涛の演奏の流れに華那の体力が持つのは不安になった。本人を見れば、笑みを浮かべて演奏していたから、大丈夫だと信じたい。

 

「華那……頑張れ……」

 

 その私の呟きは、華那達の演奏によってかき消されるのだった――

 

*1
既に引退済

*2
登板する際に流れる曲の事



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#52

今更ですが、作中に出てくる楽曲は、作者の趣味です。


 盛り上がっている会場の中、私は大和先輩が持ってきてくださった、レスポールのシグネチャーモデル、アクアブルーにギター交換をしていた。

 

「凄いっスよ、華那さん!!この調子で後半戦も頑張るッス!」

 

「ありがとございます、大和先輩。頑張ります。頼りにしていますよ」

 

「任せてください!」

 

 と、興奮気味の大和先輩に、小さく微笑みながら私は大和先輩にギターを預けた。定位置に戻り、植松先輩に目で合図を送る。植松先輩は小さく頷いて指揮棒を振るった――

 

 

 

 次の曲のイントロを聴いた瞬間、後ろにいた巴が驚いた声を上げていた。

 

「ウルトラマンのイントロだ?」

 

「いや、巴。なんで疑問形なの……」

 

 呆れた口調の蘭。そう。今オーケストラが演奏したのは、誰もが一度は聴いた事のあるウルトラマンのテーマ曲。オーケストラの演奏がしばらく続いたと思ったら、華那のギターが入ってきて、凄い重厚な演奏が始まった。しかもテンポが速い楽曲。

 オーケストラもよくこの速度で演奏できるなと思うと同時に、華那の演奏技術の凄さに私は驚きを隠せなかった。途中アドリブだと思うのだけど、速弾きはするわ、ワウペダルで音歪ませるわ、華那が持っている技術全部出した演奏だった。

 

「すげぇ……凄すぎる……」

 

「う、うん。華那の気迫というか全力を見た気がする……」

 

「華那ちゃん、凄く真剣な表情してた……うち、華那ちゃんの気迫に押しやられそうになった感じやわ……」

 

「華那凄い……あれだけの技術いつの間に?」

 

 華那の今の演奏に、みんな驚いている様子だった。ギター組は特に思う所があるみたい。中学時代からの付き合いである私ですら、驚いたのだから、後ろにいるアフグロの皆はもっと驚いたんじゃないかな?そう思ってちらりと見れば

 

「おーこれは、モカちゃんも負けてられませんな~」

 

「……だね。あたしも、負けてられない」

 

「おっ、蘭の奴、火がついちまったみてぇだな。ならアタシも負けてられねぇな!」

 

 と、静かに闘志を燃やすギター組と、巴が張り切っていた。うん。良い事だと思うんだけど、巴。もうちょっと声のトーン小さくしようね?そう心の中で呟いていると、次の楽曲が始まった。

 次の楽曲もオーケストラから始まる楽曲だったけれども、その同じメロディを途中から華那がユニゾンするように奏でて、一度演奏が止まった。次の瞬間メロディが変わって、ギターが主旋律になった。この曲は、華那が尊敬するギタリストのソロ楽曲である「SACRED FIELD」である事に私は気付いた。

 この曲は、喉を痛めて歌えなくなった中学時代から華那が必死になって、何度も何度も練習を重ねてきた楽曲の一つ。それが今、こうやってオーケストラとの共演で演奏できている事に、私は自然と涙が流れた。よかった。華那の努力は報われたんだ――

 

 右手で涙を拭い、演奏に集中しようとしたら、また楽曲が変わっていた。メドレーみたいだ。少しゆったりめの楽曲だったから、なんの楽曲だろうかと首を傾げている間にまた楽曲が変わった。今度はギターとオーケストラのユニゾン。このリフは、夏休みの時に、演奏した「GO FURTHER」!?

 

「これって、皆で演奏した楽曲じゃない!?あ、私、演奏してないや……」

 

「だ、だよな!オーケストラアレンジになるとこんな楽曲になるのか!?」

 

「華那ちゃん、凄い……」

 

「オーケストラもよく、あのテンポで弾けるね」

 

 華那の演奏技術もそうだけれど、原曲とほぼ同じテンポを演奏しきる吹奏楽部の演奏技術にみんな驚きを隠せないでいた。演奏は最後に入っていて、スローテンポの部分で、華那は、しっかりと音を伸ばしながら一音一音弾いていた。最後はオーケストラと合わせるようにギターを弾いて楽曲を終わらせた。

 既に、十曲以上演奏している華那。疲労の色は若干見える。そもそもだけど、私達は全部で何十曲演奏するのか知らないから、華那の体力が最後まで持つのか不安になってきた。

 

『ありがとございます』

 

 再び、指揮者の方が指揮台から降りて、マイクを持って挨拶をする。その間に、華那が用意していた水を飲んで、タオルで顔や腕を拭いていた。一度天井を見上げて、盛大に息を吐いて会場を見る華那。大丈夫だよね?不安が私を襲う。

 

『次に演奏する三曲は、私も華那ちゃんも好きなアーティストの有名楽曲です。歌える人は歌って、歌えない人は隣の人の口に合わせて、口パクや、手拍子などして盛り上がっていただければ幸いです』

 

 頭を下げる指揮者の方。それと同時に拍手が自然と起きて、静かになった瞬間、ギターのアルペジオっぽい演奏が流れた瞬間、どの曲か分かった。「今夜月の見える丘に」だ。それと同時に悲鳴にも似た歓声が上がった。それもそうだと思う。この曲は、二〇〇〇年代の名曲の一つだと私は思っているし、今もまだテレビとかでも流れたりしている楽曲だもんね。

 でも、この曲やるだなんて思ってもいなかった。というか、指揮者の方も華那と一緒のアーティスト好きなんだ……。そんな事を思いつつ華那の演奏を観る事に集中する。激しいギターソロが終わってすぐにラストサビに入った際に、華那が険しい表情を一瞬浮かべたけれど、すぐに笑みを浮かべていたから、そんな大した問題じゃないみたい。

 

 演奏が終わって、今までで一番大きいんじゃないかってぐらいの拍手が起きたけれど、すぐさま演奏が始まった途端、再び黄色い悲鳴が発生した。それもそのはず。次に華那達が演奏したのは「愛のままにわがままに僕は君だけを傷つけない」だったのだから。

 この曲は、華那が好きなアーティストの最大ヒットソング。華那はそれをしっとりと、弾いているのだけれど、この曲。本当は結構ポップな感じの曲調だったはずなのに、原曲よりゆっくりとした曲調にしているからか、どこか悲しそうな雰囲気の曲になってしまっている気がした。

 華那もそれを意識しているのか、ギターの弾き方や佇まいもどこか哀愁あるように見えた。あれ?他の曲みたいに全コーラスやる訳じゃないんだ?あっという間に楽曲が終わった。

 

「なんだか、華那。寂しそうに見えたね……」

 

「ああ……ギターの音色にも華那の感情が乗っているような感じだったしな……」

 

「うっうっ……」

 

「あ、りみりん泣いてる」

 

 おたえの言葉に反応してりみりんを見れば、本当に泣いていた。いや、そこまで感動したの!?心の中で驚きながら、私はハンカチを取り出してりみりんの頬を流れる涙を拭ってあげながら、りみりんの頭を撫でる。落ち着いた?

 

「うん、ありがとね、沙綾ちゃん」

 

 いいよ。凄かったもんね、華那達の演奏。そう言ったら、次の楽曲が始まった。「LOVE PHANTOM」のイントロが流れた瞬間、今までと比べ物にならないぐらいの黄色い悲鳴と歓声が上がった。スタッフの人が華那の前にマイクスタンド用意していたけど、なんだろう?何か嫌な予感しかしないんだけど……。

 そう思っている私の気持ちを知らない華那が、イントロの途中からギターを弾き始めた。オーケストラとユニゾンするような形で壮大なイントロを演奏していく。そして、ピアノの旋律が流れ、最初のサビ部分から全力の華那のギタープレイが始まった。まるでオーケストラと対決しているかのような錯覚。

 

 さっき見せた華那の全力を上回るぐらいの演奏。そう表現しても過言ではないと思う。だって、額から汗を流しながら演奏に集中する華那の姿に、私は見惚れていたのだから。

 一番サビが終わって二番に入るまでの間奏部分の時だった。華那がギターを弾きながら

 

『君がいないと生きられない

  熱い抱擁なしじゃ意味がない

   ねえ、 2人でひとつでしょ yin & yan』

 

 と、ラップ部分をやり始めたから、もう何度目か分からないけれど会場から黄色い悲鳴が上がった。って、華那、喉大丈夫なの!?私の心配をよそに華那は続ける。

 

『君が僕を支えてくれる

  君が僕を自由にしてくれる

   月の光がそうするように

    君の背中にすべりおちよう

      そして私はつぶされる』

 

 

 この前のライブの時のような事にはならずに、華那は歌い切った。いや、歌うというか語り切ったというべきかもしれない。その勢いのまま演奏を続ける華那。二番に入ってもオーケストラとの対決は終わらない。ギターソロ最後の方はライブアレンジを意識した感じのアレンジで、オーケストラと一緒に音符の階段を駆け下りるような演奏をして、Cメロに入って、最後のサビへと盛り上がっていった。

 アウトロ部分も華那はアドリブで演奏していた。安定した速弾き、そして哀愁たっぷりの音色。まるで、歌詞にある「君」を失った主人公の悲しみを表現するかのような、そんな印象を私に与えてくれた。

 演奏が終わり、華那と指揮者の方が同時にお辞儀をする。それと同時に拍手と歓声が起きる。凄いよ華那。これだけの人を感動させられる演奏できたんだよ。後で、どういう光景がそっちから見えたか教えてね――

 

 

 

 

 植松先輩とほぼ同時に頭を下げた瞬間、凄い拍手が起きた。「今夜月の見える丘に」の、ギターソロからラスサビ移行する際、少しタイミング遅れたかと思ったけれど、上手くカバーできたみたい。

 

『ここで……次の楽曲に移る前に、シークレットゲストをお呼びしたいと思います!!』

 

 私が水分補給している際、植松先輩がそう言うと、会場からざわめきが起きだした。それもそうだと思う。ゲストが誰か()()()()()()のだから。私の日程と、相手の日程が合わずに、本番を迎えてしまった。

 それでも……それでも次の二曲は、できれば姉さんとやりたかったなと思ってしまう自分がいた。一曲は、姉さん達(Roselia)がカバーした事のある曲だし、もう一曲はオーケストラの中心で、姉さんと一緒に演奏したかった。

 

 でも、私の願いなんて叶う訳がない。姉さんはここにはいないし、知らない誰かと演奏する事になっても、私は全力を尽くす――だけなんだ。そう。全力で演奏すればいい。それだけ……。そう考えるのだけれど、自然と視線は下を向いてしまった。そんな時だった。

 

「何を俯いているの、華那。本番中よ、集中しなさい」

 

「え?」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()私は慌てて顔を上げた。そこには()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。え、なんで?今日ライブだって言って――

 

「華那、かっこよかったぞー!今から、あたし達も参加するから楽しもう!」

 

「わぷ!?り、リサ姉さん!?」

 

 私の頭を撫でるリサ姉さん。え、どういうこと?混乱している私にさらに追い打ちをかけるように、アコースティックギターを持った紗夜さんが

 

「華那さん。素晴らしい演奏でしたよ。私達も負けてられませんね」

 

「さ、紗夜さんまで!?」

 

「かっなっさーん!!あこもいますよー!!」

 

「華那ちゃん……私も……いるからね?」

 

 と、スタッフの方々が推してきた大きい台車?っぽい物の上に置かれたドラムとキーボードへ向かうあこちゃんと燐子さん。ロ、Roselia全員集合しているんだけど、どういう事!?ね、姉さんライブじゃなかったの?

 

「ええ、ライブよ。私の大切な華那のライブゲストとしてのね」

 

 私の問いに小さく微笑みながら、私の頭を撫でる姉さん。その際に、会場からもう何度目か分からない黄色い悲鳴が上がったけど、今の私にそれを気にしているだけの余裕はなかった。

 

『では、改めて紹介させてください!今、話題のガールズバンド!Roseliaの皆さんです!!』

 

 植松先輩がそう言うと、姉さん達が一斉に会場にお辞儀をした。今もまだ、現状を理解できていない私は、その様子をどこか遠い所の光景のようにしか思えていなかった。それに気付いたのか、姉さんがやってきて。私に耳打ちしてきた。

 

「華那。Roselia(私達)についてこれるかしら?」

 

「……姉さんこそ、私についてきてよね!」

 

 姉さんの言葉に、私はやっとこれが現実なのだと受け入れる事が出来た。だから、姉さんにそう返すと、姉さんは小さく笑って私の頭を一撫でしてから、ステージの中央に立ちマイクを持って挨拶を始めた。

 

『改めて、Roseliaです。今回、吹奏楽部の植松さんから、お話しがあり、私達がゲストとして演奏させて頂きます。今回ギターを演奏している、妹の華那と共演するのは、Roseliaとしては初めてですが、私達の全てを賭けて演奏します。……聴いてください。Orchestral Fantasia』

 

 姉さんがそう言って一礼する。拍手が起きて静かになった瞬間、紗夜さんがアコースティックギターを奏でる。私はタイミングを合わせてボリュームペダルを踏んでエレキギターをかき鳴らす。

 あこちゃんがドラムで疾走感あるリズムを叩いて、一気にイントロが盛り上がっていく。

 

『粉雪が舞う夜なら 涙も隠しやすくて』

 

 イントロが終わり、姉さんの歌声が響き渡る。本当に、姉さん達と一緒に演奏しているんだ。そう思ったら涙出てきそうになったけど、演奏に集中しなきゃ。ギターを演奏しながら姉さんの後姿を見る。真剣な表情で、しっかりと力強く歌い上げる姉さん。

 その歌声を聴きながら、植松先輩の指揮を見て、オーケストラの演奏に合わせる。二番になった時に、リサ姉さんがやってきて私と背中合わせで演奏する形になって、二人で視線を交わして笑みを浮かべる。リサ姉さん……ううん。Roseliaの皆とこうやってライブするのは初めてだったから、どうなるかと思ったけど、そこはやっぱりRoselia。私以上に経験を積んでいる訳で、きちんと合わせてきている。

 ついて行くだけで必死になりそうになるけれど、私も負けてられない。ギターソロの時に、今持っている技術全部引っ張り出して、燐子さんのピアノ旋律に合わせるように速弾きをしていく。

 

『この幻想曲(ファンタジア)に終わりをくれませんか?絶望の樹の下で願う』

 

 最後のサビの『嗚呼苦しいほど』の部分で姉さんが、しゃがみ込むように歌ったから、一瞬何があったのかと思ったけれど、ただ感情を込めて歌っていただけのようで、その後も綺麗な歌声を披露していた。ビックリして演奏止めそうになった。心臓に悪いことしないで欲しいと思う。けど、姉さんがここまで感情を込めて歌うのも珍しいよね?

 演奏が終わり、すぐさま燐子さんのピアノソロから楽曲が入って、あこちゃんが力強くドラムを叩く。それからオーケストラと私達の音が重なり合う。次の楽曲は「深愛」。さきほどのシンフォニックロックテイストな楽曲と違い、切ないバラードの楽曲。

 

『突然走り出した 行く先の違う二人 もう止まらない』

 

 この歌詞の部分。私と姉さんの事のように思ってしまう。姉さんはRoseliaのヴォーカリストとして、私はただのギタリストとして別々の道を歩き始めた。そして、今日……姉さん達と、オーケストラの中心でライブができるだなんて……思いもしなかった。

 本当、吹奏楽部の皆さんには感謝しかない。最初断ったのに、私の事を待っていてくれて、そしてこんなサプライズをくれたのだから。本当ありがとうございます。その気持ちを込めて演奏を続ける。

 

『さて、続いての曲なのですが、友希那ちゃん。お願いしていい?』

 

『まったく……きちんとそう言うのは先に言っておいて頂戴』

 

『アハハ……ごめんなさい』

 

 深愛の演奏が終わった後。植松先輩が次の楽曲の説明を姉さんに投げ、会場が笑いに包まれた。紗夜さんが自分のギターに持ち替えて私の隣にやってきて、準備をしているけど、何をするつもりなんだろう?

 

『次の楽曲は、私達Roseliaの楽曲……「BLACK SHOUT」です。知らな人の方が多いと思います。ですが……私達Roseliaは全力で演奏します。聴いてください。「BLACK SHOUT」』

 

 姉さんがそう言ってから私を見る。その目は「華那、弾けるわよね?」と私に伝えているように思った。だから私は力強く頷いた。演奏が始まり、イントロ部分で私はアドリブで、前あこちゃんと燐子さんと一緒に練習した際にやったアレンジを奏でる。

 

『不条理を壊し 私は此処に今 生きているから 【SHOUT!】』

 

 紗夜さんと私は同じメロディラインを弾いていく。オーケストラがいるから、いつもの演奏と比べても音の分厚さが違うし、何よりもアレンジが違うから弾いている方も曲の印象が変わる。

 

 間奏部分は紗夜さんと私のギターバトルに発展した。最初は紗夜さんがワウペダルでいつも通りの演奏をしていたのだけれど、途中で入れ替わるように私が本当は燐子さんのピアノ部分と重なるように、フルピッキングで音を奏でていく。

 

『覚悟で踏み出し 叶えたい夢 勝ち取れ今すぐに!【SHOUT!】』

 

 あこちゃんのドラムの後に、全員で小さくジャンプしながら音を合わせて演奏を終えた。このライブで一番充実した三曲だったかもしれない。そう思っていると姉さんが会場を見渡しながら

 

『Roseliaでした。ありがとうございました』

 

 と挨拶をして頭を下げていた。それに倣うようにRoseliaの皆も頭を下げて退場する準備に取り掛かっていた。あ、ここまで……なんだ。と、落ち込みそうになっている私に姉さんが近づいてきて

 

「華那。後は、あなたのステージよ。思い切ってやってきなさい。……私もすぐそこで見ているわ」

 

「姉さん……うん!頑張るね!」

 

 私の右肩に手を置いて、微笑みかけてくれた姉さん。私は出来る限り笑みを作って答えたのだけれど、自然に笑えていたかな?ちょっと自信ないけれど、次の楽曲は私がやりたいと言った二曲だから集中しなきゃ。

 

『次の楽曲についてなのですが……華那ちゃん。紹介してもらってもいい?』

 

 と、いきなり話しを振ってくる植松先輩。あ、明石先輩が体振るわせて怒りに耐えている姿が見えた。これは、演奏会終わった後が怖いやつだ。ま、まあ明石先輩が怒る理由も分かる。さっきから曲紹介について、打ち合わせに無いアドリブで進行している植松先輩。それに対して明石先輩が怒らない訳がない。小さく息を吐いてからマイクを右手に持ち

 

『改めまして湊華那です。皆さん、ここまでお付き合いありがとうございます』

 

 そう言って、一度お辞儀をすると拍手が起きた。頭を上げて

 

『次の曲なのですが、私の名前の一部にもなっている漢字で読みが違う「華」という曲です。この曲は、私が尊敬するギタリストの楽曲のひとつでして、どうしても今回、演奏したい楽曲でした。なので植松先輩達にお願いをして、演奏させて頂ける事になった曲です。……聴いてください「華」』

 

 再び頭を下げて、マイクをマイクスタンドに戻して演奏する態勢に入る。植松先輩の腕の動きに合わせてオーケストラの演奏が始まる。小さく息を吐いてから、タイミングを合わせてギターを弾く。この曲は、分厚い音よりも少しクリーンというか儚さを意識した音で演奏する。

 それと同時に、私の中で日本の四季折々の華が舞っているのをイメージしながら演奏する。四季が変わっていく様子って言えばいいのかな?それをかなり意識した楽曲だと個人的には思っている。春に始まって、夏秋冬と季節が変わって、最後はまた春に戻ってきて桜の花びらが空を舞っている――そんなイメージをしながら最後まで演奏していった。

 

 演奏を終えると、最初は静まり返っていた会場が拍手に包まれた。その様子を見て、少し安堵の息を吐く。あまり有名な曲じゃないから、不安はあったけれどこの反応は、演奏してよかったと思える反応だった。そのまま「恋歌」へと演奏は続いて行ったけれど、それも、演奏後の反応は上々。私の全部を込めて――ってのは大袈裟かもしれないけれど、気持ちを込めて演奏したのは間違いない。

 

『ありがとうございました!』

 

 植松先輩と私はほぼ同時に会場の皆さんへお辞儀をしてから、一度退場する。この後アンコールの声が起きれば、アンコールを二曲する予定だから。起きなければそのまま演奏会は終了――となるはずなのだけれど、会場からは「アンコール」と「もう一回」という声が上がっていた。

 

「みんな!もう二曲行ける!?」

 

「いけまーす」

 

「やれまーす」

 

「たぶんできますー」

 

「やだー……」

 

「たぶんってなんだたぶんって!?あとだれだ!やだ言ったやつ!?」

 

 と、笑いが起きる。吹奏楽部の体力って凄いなと改めて思いながら、私もまだ行ける事を植松先輩に伝えた……のだけれど、明石先輩が私に近づいてきて両肩をもみ始めた。

 

「みゅ!?」

 

「あ、ごめん。ちょっと疲れた様子だったから、マッサージしてあげようかと」

 

 急に肩を揉まれ、変な声が出た私に、謝ってくる明石先輩。あ、いえ、だいじょぶです。はい。お気遣いありがとうございます。と言ってから、ギターを持つ。あと二曲。全力で行きます。

 公演開始時と同じように、まずは吹奏楽部の皆さんからステージに入っていき、私が最後に入る形になった。全員入っていったところで、スタッフさんに合図をもらってからアクアブルーのギターを持ってステージへ向かう。

 ステージに入った瞬間、歓声が上がった。緊張もしているけれど、どこか心の中で楽しもう――って、思っている自分がいた。ギターの準備をして、植松先輩に視線を送る。植松先輩は小さく頷いて指揮に集中する。それに合わせるように私がギターの演奏に入る。

 

 アンコール一曲目は「ETERNAL BLAZE」!この曲をアンコール一曲目にするって話しはスムーズに決まった。この曲は私の好きな声優アーティストさんの代表曲のひとつで、激しい楽曲かつ熱い曲だ。そんな楽曲をアンコール一曲目に持ってきて、会場に来てくださっている方がついてこられるか不安はあったけど、皆盛り上がっているから問題ないみたい。

 というか、お願いだから巴ちゃん、そんな大きな声で歌わないで!!こっちまできちんと届いているから!!

 

 巴ちゃんの暴走は蘭ちゃんとつぐみちゃんに任せて、演奏に集中しなきゃね。ギターでこの歌詞を表現していく。これはアニメの主題歌だったのだけれど、この歌詞は個人的には主人公の女の子を守りたいと、もう一人の主人公格の女の子――この主題歌の前の作品だとライバルだった位置にいた子なんだけど、その子の想いだと勝手に思っている。

 声優アーティストさんが書いた歌詞だから、きちんと調べたら違うかもしれないけれど、今はそんな気持ちを抱いて演奏を続ける。勿論、オーケストラとの演奏を楽しむのは忘れない。

 ギターソロは完全にアレンジして、アドリブに近い形で演奏してしまったけれど、そこはご愛敬でお願いしたい。演奏を終えると、本編終えた時よりも更に一段と大きい拍手の音が会場を包み込んだ。

 

 凄い。凄く綺麗。この光景をずっと見ていたい。みんなが私達の演奏で盛り上がってくれていて、それで私の名前を呼んでくれて、応援してくれている。

 そんな光景が綺麗なのは当たり前だよね?姉さん達はこの光景を何度も見ていたのだと思うと、羨ましいなと思う反面、今この瞬間のこの光景は、私達だけのものなんだ。

 

『アンコールありがとうございます!』

 

 植松先輩の声で私はハッとして、ギターを構え直す。感動している場面じゃない。まだもう一曲残っているのだから。もう一曲が凄い難しい曲だし、演出もド派手だから、しっかりしなきゃ!

 

『本当に、楽しい時間というのはあっという間で、次の曲で最後となります』

 

 植松先輩がそう言った瞬間、会場から「えー」や「まだやってー」などの声が上がった。本当……演奏してよかったって思え瞬間だよね。植松先輩が会場の人達を宥めつつ続ける。

 

『今回の演奏会は、本当に色々と学ぶ事が多かった演奏会でした。ですが、ゴールはここじゃありません。私達吹奏楽部は全国大会を目指していますし、華那ちゃんも、もっと先を目指して……るよね?』

 

『は、はい!』

 

 だから、急に話しを振らないでください!!と、言いたい私は植松先輩に抗議の視線を送る。会場からは笑いが起きていた。もう!頬を膨らませようかと思ったけれど、そうしたらまた何かされそうだから耐える。

 

『では、次の目的地目指して、私達は走り続けたいと思います。最後の曲。歌える人は思いっきり歌っちゃってください。「(つわもの)、走る」!!』

 

 歓声が上がる。この曲はラグビーの代表応援ソングとしてCMで流れている曲。植松先輩が私を見ながら、指揮棒を振るう。最初は私のギターだけで始まるから、私はそれに合わせて演奏を始める。ギターだけのイントロが終わり、一瞬の静寂の後にオーケストラとギターが同時に入る。

 

「エイエイエイオーエイエイオー」

 

 歌ってくれている人の声が聞こえる。その声を聞きながら演奏に集中していく。ギターを弾くのが楽しい。二十曲以上やってきて、疲れはある。でも、この中で演奏できる事の楽しさの方が上回っていた。そして、()()()()()が一番サビの部分で起きる。

 

『ゴールはここじゃない まだ終わりじゃない』

 

 その部分を私が弾いた瞬間。ステージ下から会場に向けて、桜の花びらを意識した紙吹雪が舞いだした。歓声が上がる。私も演奏しながら自分の上を舞う紙吹雪を見て笑う。綺麗な光景。ずっとこの場所にいたい。そう思ってしまうほどの景色。

 これを考えてやれるように調整してくださった、まりなさん達CiRCLEの皆さんには感謝しかない。

 

『今日を生きるため

  明日を迎えるため

   誇り高きスピードでTRY』

 

 最後の歌詞の部分で、会場全体で「TRY」の声が響き渡る。最後の「エイエイエイオーエイエイオー」は演奏しながら、私もマイクに声が拾われるように歌う。これは予定に無かった事だけれど、そのぐらいは許してもらおう。会場全体で盛り上がっていき、最後はオーケストラの皆さんと一緒に音を合わせて終わらせた。その際、私だけジャンプして演奏を終わらせたから、少し恥ずかしくなってしまった。つい、勢いで……。

 

『本当にありがとうございます!改めて紹介させてください!!最高のギターを弾いてくれたギタリスト……湊華那!!』

 

 植松先輩の言葉に合わせて、右手を上げて深々とお辞儀をする。巴ちゃんの声が最初に聞こえて、その後に香澄ちゃん達の声が聞こえた。いや、本当、最後まで聞いてくれてありがとうね。途中恥ずかしかったけど……。

 え?植松先輩なんです……一言?また急ですね!?私と植松先輩のやりとりで会場が笑いに包まれる中、私はマイクを持って

 

『最後までお付き合いいただきありがとうございました!本当に今この空間、この瞬間、この景色を見ていて、本当凄い綺麗だなって思っています』

 

 私の言葉を誰もが一言一句聞き逃すまいと聞き入っていた――と、言うのは大袈裟かな?でも、皆静かに私の言葉を聞いてくれている。

 

『ずっと、この景色を見ていた気持ちもありますけれど、今演奏した「兵、走る」の歌詞でもあり、植松先輩が仰られていた「ゴールはここじゃない」。その言葉を忘れずに、これからも一生懸命練習して、またいつか、皆さんの前で演奏できる日が来ることを楽しみにしています!今日は、本当にありがとうございました!!』

 

 最後にもう一度、深々と頭を下げる。拍手が自然と起きて、私の名前を呼ぶ人の声が聞こえる。……本当やってよかった。演奏中も楽しかったし、なによりも凄く貴重な経験が出来た。

 吹奏楽部の皆さんも立ち上がって、植松先輩の合図とともに会場に来てくださった皆さんへ頭を下げて、退場していく。私は、植松先輩に向かって歩いていき、舞台の中央で植松先輩と向き合って、右手を差し出した。植松先輩も意図を理解してくれて、私と握手してくださった。

 

「植松先輩、ありがとうございました」

 

「こっちこそ、ありがとう。楽しかったよ、華那ちゃん」

 

 二人して笑顔で、言って手を離す。本当いい演奏会だった。最後に、植松先輩と二人でもう一度、会場へ頭を下げてからステージから退場した。退場してすぐに明石先輩から渡されたのは、大きな花束。なんでも、今回の主役だから受け取って欲しいとの事らしい。いや、私おまけじゃ……そう言いかけたけれど、せっかくのご厚意だから受け取っておこう。

 

「吹奏楽部の皆さん、本当にありがとうございました。楽しい、楽しい時間を過ごせました!それと、スタッフの皆さん。本当に支えてくださり、ありがとうございました。皆さんがいなければ、ここまでいい演奏できなかったと思います。本当にありがとうございました!」

 

 と言って頭を下げると、なぜか吹奏楽部の皆さんにもみくちゃにされたのでした。最終的には胴上げされたし。いや、優勝とかしてないヨネ!?って、リサ姉さんとあこちゃんまで何混ざってるの!?

 本当、酷い目にあった。最終的には姉さんと紗夜さんが十回目辺りで止めてくれたから何とかなった。いや、本当はもう少し早めに止めて欲しかったです……はい。

 え、さっきの花束持った状態で、みんなで写真撮る!?え、ちょ、待てよ!?そんな事を言っている間に、植松先輩と明石先輩に挟まれるように中央に陣取る形で、写真撮影となった。あの、姉さん?なんでスマホ構え……いやもういいです。ハイハイ笑顔笑顔……。

 

 演奏後に色々とあったけれど、最高の演奏会だったのは間違いない。この後も、いっぱい練習して色々な場所に立ちたいな。

 

――でも、私はこの時思いもしなかった。これが私の――――になるだなんて――

 




セットリスト
1.#1090
2.イチブトゼンブ
3.紅蓮華
4.RED
5.METANOIA
6.ルパン三世のテーマ~コナンのテーマ~ルパン三世のテーマ
7.魂のルフラン
8.千本桜
9.BRIGHT STREAM
10.Theme from ULTRAMAN
11.SACRED FIELD~RED SUN~GO FURTHER
12.今夜月の見える丘に
13.愛のままにわがままに僕は君だけを傷つけない
14.LOVE PHANTOM
15.Orchestral Fantasia(Roselia登場)
16.深愛
17.BLACK SHOUT(Roseliaここで退場)
18.華
19.恋歌
~アンコール~
20.ETERNAL BLAZE
21.兵、走る



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#53

日常は少しづつ崩れていく



 吹奏楽部の皆さんとの演奏会が無事に終わってからの最初の登校日。いつも通り、姉さんとリサ姉さんと一緒に登校したはいいのだけれど、なぜか視線を感じた私。姉さんとリサ姉さんは気付いていないようだけれど、すっごい見られているんだけどなんでだろう。

 疑問に思いつつ、生徒玄関で姉さん達と別れてクラスへ向かう。その際も、見られている感覚があって、なんか心地が悪い。なんでこんなに注目されているのか疑問に思いつつ、クラスの扉を開ける。おはよう。と、言った瞬間だった。

 

「華那ちゃん!!この前の演奏会、すっごいよかったよ!」

 

「華那ちゃん、あのギターカッコ良かったよ!!あの青いギター!!」

 

「華那ちゃん!これにサインして!!」

 

「わきゃにゃん!?」

 

 と、あっという間に既に来ていたクラスメイトに囲まれる私。なんで私こんなに囲まれるんですか!?しかもサインって何!あの、ちょっと……荷物だけでも置かせてぇー!!お目目ぐるぐるにしながら、皆に囲まれた状態で何とか抜け出そうとするけど、どんどん人が増えていて抜け出せない!?

 

「華那、なにやってるの……」

 

 そんな窮地に陥っている私に、救いの神(蘭ちゃん)が!蘭ちゃん助けてー……。と言ったところ、私の右手を取ってその輪の中から救い出してくれた蘭ちゃん。蘭ちゃん怖かったよー。と、蘭ちゃんにしがみつく。

 

「ほら、皆。華那が怖がってるでしょ。少し考えてあげなよ」

 

「はーい……」

 

「うら……けしか……羨ましい」

 

「サイン……」

 

「蘭ちゃん、そこどいて!そいつ(華那ちゃん)とお話しできない!」

 

「そいつ呼ばわりするんじゃないわよ!!叩くわよ!」

 

「既に叩いてるんですが……それは……」

 

 と、何故か殺気立っているみんな。怖くて蘭ちゃんの背中に隠れる。それを見た皆が何か声を上げていたけれど、私は蘭ちゃんの後ろに隠れていたので表情とか分からなかったけれど。

 

「本人怖がらせちゃ意味ないでしょ……ほらほら、解散解散」

 

「はーい……」

 

「(´・ω・`)」

 

「返事じゃなくて顔文字!?」

 

「ほら、山ちゃん。私達の席に行くよ」

 

「あ、こら!首根っこ引っ張らないで!!私は猫じゃ……にゃー!!??」

 

「猫じゃねぇか……」

 

 と、相変わらずカオスな状況。なんでこうなった……。そう頭を抱えた私は悪くない。悪くないよね?よね?

 

「いや、そこで不安にならなくても……」

 

 呆れ顔の蘭ちゃん。いや、だって……何故かわからないけど、急に皆に囲まれるし、登校中も視線は感じるし……。ストーカーでもいるのかなって不安になっちゃって。そんな話しをしたら、またみんなが集まった。なんで!?

 

「ストーカーですって奥様!!」

 

「これは由々しき事態ね。華那ちゃん見守り隊は何をしていたの!?」

 

「隊長!!通学路には、特に異常はありませんでした!!」

 

「校内でも異常は見られません!」

 

「(`・ω・´)シャキーン(きちんと警備してましたという表情)」

 

「だから喋りなさいって!!」

 

「あんた達、学校内でなにやってるの!?」

 

 蘭ちゃんが大きな声で言いたくなる気持ちも分かる。というか、通学路から視線感じたのはみんなのせいだったの?そう問うと、違うみたい。なら、誰が――と、皆で話し合っていると、原因が一つ浮かび上がってきた。

 その原因というのが、この間の演奏会。なんでも、チケットが取れなった人の為にと、体育館でパブリックビューイングが行われていたそうで……。いや、その話し私知らないんですけど!?後で植松先輩達に聞いてみよう……。

 でも、そこまでやるほど吹奏楽部の演奏ってすごいんだなぁと、小さく呟いたら蘭ちゃんが凄い勢いで私の両肩に手を置いて

 

「華那。吹奏楽部の演奏以上に、華那の演奏に惹かれた人多いって自覚して」

 

「ほえ?」

 

 蘭ちゃんの言葉に私は首を傾げるしかなかった。私の演奏に惹かれる人がいた?ないない。絶対ないよ。笑いながら私がそう言ったら、皆が凄い勢いで私の言葉を否定し始めた

 

「いやいやいや!?華那ちゃん自分に自信もって!!あれだけ凄い演奏したんだよ!?」

 

「ちょっと、誰か華那ちゃんも凄いって事、キチンと説明してあげて!!」

 

「これはちょっと重症すぎやしませんか……」

 

「(ヾノ・∀・`)(それは)ナイナイ」

 

「だから、あんたはきちんと喋りなさい!!めんどくさがってるんじゃないわよ!!」

 

「これは、友希那お姉様に説教してもらった方が速いのでは?」

 

「それだ!!至急呼んできて!!」

 

「おい、バカ止めろ!!もうすぐ先生く――逝っちゃった……」

 

「山ちゃん、漢字が違いすぎませんか!?」

 

 と、まあ……すっごくカオスな状況に陥った我がクラス。私のせいじゃないし――なんて現実逃避をしていたら先生がやってきた。これにて、騒動は鎮圧(言い間違えに非ず)される事となった。

 尚、姉さんを呼びに行った子は、無事に風紀委員顧問の丸田先生に捕まって、反省文千五百文字書く事となったと休み時間に嘆いていた。時間考えて行動しようね……。

 

 

 

「で、やってきました!!文化祭の出し物について考えるよー!!」

 

「待ってました!!」

 

「これはみんなで考えるしかないね!」

 

「華那ちゃんを前面に出して収益を……グヘヘ……」

 

「憲兵!!そいつを捕まえて牢屋に閉じ込めておけ!!」

 

「いや、憲兵っていつの時代だよ!?」

 

「いや、某艦隊娘ゲームじゃ?」

 

「(どうでもいいから早く帰らせてくれないかな……つぐの家に行くんだけど……)」

 

 と、放課後のホ-ムルームで盛り上がっている議題。それは間もなく迎える文化祭のクラスの出し物についてだった。というか既に朝同様、カオスになっている気がするのは私だけでしょうか。蘭ちゃんに至っては帰りたいオーラ全開だし。いや、私も帰りたいよ……。こんなところにいられるか!私は家に帰る!!……え?帰らせない?そんな……帰らせてー。

 

「で、まずは案を出していこう!!」

 

 と、司会進行役のクラス委員長の新井さんが教卓を叩きながら進行していた。というかノリノリだね……。私、とりあえず地味なやつがいいなぁ……。なんて考えていたら、皆挙手し始めて、一気に案を出し始めた。

 

「もんじゃ焼き!」

 

「もんじゃがなんじゃ!お好み焼きは広島焼きじゃ!!」

 

「はい!メイド喫茶!!」

 

「幽霊屋敷!」

 

「どっかの大学の人が出しているネタをパクって、脱出ゲームなんてどう?」

 

「水〇どうでしょうバリにスクーターで旅に出るとか!」

 

「免許どうすんのよ!?」

 

「そこは捏造するんだよ!!」

 

「アカン!!捏造はアカン!!」

 

「演劇なんてどう?うちのクラス、演劇部の子もいるしさ」

 

「ダーツとか輪投げとかで、商品あげる系!」

 

「華那ちゃんと蘭ちゃんによる演奏会!!え?あとの子?……遊ぶ?」

 

「なにもしない!!」

 

「華那ちゃんのサイン会!!一枚五百円から!」

 

「ならこっちは『華那ちゃんの、華那ちゃんによる、華那ちゃんファンの為の、華那ちゃん握手会』を提案するわ。一回千円から!!」

 

「ちょっと、最後の三つ!?」

 

 両手で机を叩いてツッコミを入れた私は悪くない。というか、握手会で一回千円とかボッタくりじゃない!?え?どっかのアイドルグループはCDに握手券付けて販売している?……それはそれ。これはこれ。

 でも、私の握手会とか、絶対に、実行委員会と先生の許可下りないと思うよ。だって、有名人でも何でもないんだから。そう言うと、黒板に既に書いていた新井さんが静かにその案を削除してくれた。うんうん。それがいいと思う。後で、全員怒られるよりはいいと思う。

 

「あー!!せっかくの労働しないで、簡単収益化がぁー!!」

 

「働けニート!!」

 

「(まだ)ニートじゃないもん!!」

 

 と、提案した子が消された瞬間悲鳴にも似た声を上げる。すぐさま横にいる子が働けと注意しているけれど……もうグダグダじゃなこれ。ねえ、ノッブちゃん?

 

「そこでわしに振るか華那の字。まあ……沖の字がおれば、新選組の演劇を提案したじゃろうがな」

 

 私の後ろにいるノッブちゃんこと、尾田乃撫奈(のぶな)ちゃんに声をかけた。急に話を振ったから機嫌悪い声で返してきたけれど、今日は家庭の事情でお休みの沖野(おきの)奏恵(そうえ)ちゃんがいたらどんな提案をしたかを思い浮かべていた。でもさ、ノッブちゃん……

 

「そういうノッブちゃんだって、さりげなく幸若舞(こうわかまい)の敦盛を提案していたじゃない……」

 

「ほう、よく幸若舞を知っておるな華那の字よ!そうよ!!さりげなく提案する。それがわしの真骨頂よ!」

 

 小さく笑いながら威張るノッブちゃん。いや、威張れるような事じゃないような……まあ、本人が満足しているならそれでいっか。間違いなく選ばれないし。それは声に出さないでおいて、私は愛想笑いを浮かべるしかなかった。

 

 で、かなり熱い議論が巻き起こっている。本当、皆イベント事好きだよね。私も好きだけど、そこまで熱くなれないからなぁ……。え?もっと熱くなれよ?それは、気温を操れる有名人に任せておきますねー。

 結局、この日は時間が足りずに明日に持ち越しとなった。尚、ノッブちゃんの出した敦盛は速攻で除外されたのでした。ノッブちゃんが悲しそうな表情を浮かべていたけれど、仕方ないよね。うん。

 

「と、いう訳なんだけど、そっちのクラスは何か決まった?」

 

「私達も今日話し合ったんだけど、なかなか決まらなくて……」

 

 と、私は蘭ちゃん達と一緒に、つぐみちゃんの家でお茶会をしていた。今日はバイトも無いし、姉さんは練習。となると、家に帰ってもギターの練習と勉強をするぐらいしかない。いや、ゲームもありなんだけど、あこちゃんと燐子さんいないとNFOやる気にならなくて……。

 

「モカちゃんは、お昼寝コーナーとかいいと思うんだよねぇ~」

 

「ただ、モカが寝たいだけじゃん……」

 

「もう、モカ!真面目に考えてよね!」

 

「……ラーメンはダメって言われちまったしなぁ……」

 

 と、各々案は出したみたいだけれど、なかなかうまくいかなかった模様。まあ、ラーメンは難しいよね。麺はどこから作るのか。出汁だって鶏がらに豚、魚類などなど色々とあるみたいだもんね。どっかのタレントグループさんが一杯二千円越えるラーメンを一から(麺作る為に小麦から)作ったのを見た事があるけど、本当ラーメンは奥が深い。

 

「だろ!?華那、今から食べに――」

 

「丁重にお断りさせて頂きます」

 

 ウッキウキの巴ちゃんのお誘いをお断りさせて頂いた。そうでなくても、最近食欲ないんだから、脂っこい物を食べる元気ないよ……。

 

「え、華那ちゃん大丈夫なの!?」

 

「華那ちゃん、ダイエット中なの?なら私と一緒だね!」

 

「ひまり……真面目な話しっぽいから冗談は無し」

 

「華那ちん大丈夫?」

 

「おいおい、食欲ないって重症だぞ?」

 

 私が食欲ないと言った瞬間、みんなが心配そうな表情を浮かべて聴いてきたので一つ一つ答えていく。だいじょぶだから、そんなに心配しないで。多分、この間の演奏会終わるまでずっと緊張した状態だったから、それが影響していると思うんだ。今日はまだ食欲あるから。ただ、最近だと食べ物が飲み込みにくかったりするんだよね。きちんと噛んでいるんだけどね。あと、ここ最近体重減ってきている。きちんと食べているのになんでだろ?

 

「華那、それ本当大丈夫なの?」

 

「緊張がストレスになっていたのかもしれないから、そんなに不安視しなくていいと思うよ、蘭ちゃん」

 

 演奏会までは練習していても、家に帰ってもずっと緊張状態だったから、それが影響していると思う。だって、胸も硬くなったり、腋が痛かったりしたから。昨日はその痛みも消えたし、問題ない問題ない。

 

「華那ちゃんがそう言うならいいんだけど……」

 

「本当、無理すんなよ華那。お前、すぐ無理するからな」

 

「そんなお疲れな華那ちんに、山吹ベーカリーのパンを進呈しよう~」

 

「いつの間に買って来たの!?」

 

 どこか腑に落ちないというか、納得できない様子のつぐみちゃんだったけれど、渋々といった感じで引き下がってくれた。巴ちゃんは両手で抱えきれないほどのパンをテーブルに置くモカちゃん。つぐみちゃんの家に来るまでみんな一緒だったし、入って話している間もモカちゃんはいたから、本当いつ買ったの!?

 

「ふっふっふ……このモカちゃんを侮らないで欲しいのですよ~。本気になればいつでも買いに行けるのです~」

 

 と、ドヤ顔で言うモカちゃん。いや、流石にそれはないでしょ。ライブ中に食べたくなったから、買いに行くとか言い出したら流石の私でも呆れるよ?

 

「で、本当は?」

 

「今朝買ったやつ~」

 

 ジト目で蘭ちゃんがモカちゃんに問うと、あっけらかんとした様子で答えるモカちゃん。やっぱりそうだよね。いや、皆で話していたのにいつの間に抜け出したのかと本気で考えちゃったよ。

 その後、私が純粋な事を心配するひまりちゃんに、同意するつぐみちゃん達の話しから、何故か説教に発展してしまった。しかも、今朝話題になった私の演奏に多くの人が惹かれたという話題を否定した事を蘭ちゃんが言い出したら、さらに説教が長くなってしまった。なんでさ……と私が小さく呟いたのは悪くないはず。

 

 そろそろお開きにしようかとした時に姉さん達がやってきて、何故か喧嘩腰の口調の蘭ちゃんと、困った様子の姉さんのやりとりから、トラブルに発展して、私が仲裁するという事件が発生したけれど、いつもの事なので割愛させてもらう。

 本当、姉さんも蘭ちゃんももう少し言葉を考えて伝えなさい!二人とも言葉足らずすぎるよ!本当、フォローする人間の身にもなりなさいという事を伝えて今日は解散となった。本当、姉さんと蘭ちゃんって似た者同士だから、すぐ喧嘩するんだよね……。頭痛い。

 

 ただ、そんな日常が好きな自分がいる。姉さんも最近だと、色々な人と関わり持っていて、それをどう音楽に生かそうかって試行錯誤しているからいい傾向だと思う。前までは、他人なんて知らない――ってぐらいの雰囲気だったからね。

 

 本当こういう日常がいつまでも続いて欲しいな……なんてね。でも、本当、いつまでもみんなと一緒って訳じゃないけど、絆って言うか、友達として繋がっていられる日が続けばいいな――

 

 




作者「次回、最終章、どシリアス展開はっじまるよー(愉悦顔)」

読者の皆さん「おい、作者。やめろ、ばか」

作者「お断りします(だって、#2から暖めていたネタなんよ……)」


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#54

シリアスはっじまっるよー


「華那さんをRoseliaに入れる?」

 

「ええ」

 

 練習の間にとった短い休憩時間。私は紗夜と話していた。突然の私の提案に困惑した表情を浮かべる紗夜に、今すぐではないという事を付け加えてからその理由を話す。

 

「紗夜が感じたかどうかはわからないけれど、私はこないだの演奏会でゲスト出演して三曲演奏した時、華那の音と一緒になる……そんな感覚があったのよ。まるでRoseliaを正式に組む前の感覚……それに似ていたわ」

 

「それは……」

 

 どこか言い淀む紗夜。ええ、分かっているわ。これは私だけの感覚かもしれないわ。だから、今すぐという訳じゃないと言ったのよ。そう。私と華那は姉妹だ。だからこそ、他の人が感じなくても、私が華那と共鳴――とでも表現しようかしら。そういう感覚になってもおかしくはないわ。

 だから、紗夜。貴女の意見を聞きたくて話したのよ。華那にギターの基礎を叩きこんでいる貴女だから、依怙贔屓せずにきちんとした評価を下せるはずよ。紗夜は私の言葉を着て右手を顎に当てて考える素振を見せた。しばらく黙っていた紗夜だけれども、小さく息を吐いて頷きながら

 

「……ええ。私もあの時――Roselia結成前の演奏の時と同じような感覚がありました」

 

「そう……でも、正直に言ってオーケストラという第三者がいたという可能性もあるのよね」

 

 私のその言葉に頷く紗夜。そう。あの時は、吹奏楽部のオーケストラ演奏があったからこそ、また違う感覚だった可能性は否定できない。

 

「ですから、『今すぐではない』という訳ですか」

 

「ええ。勿論、華那を入れるのが前提でもないわ」

 

 そう、私は華那をどうしてもRoseliaに入れたいという訳ではない事を伝えておく。あくまでRoseliaが更に先へ進むために、一度一緒に演奏してみるのはどうかと提案してみただけなのよ。それは分かってもらえるかしら?

 

「それは分かっています。ただ……それだと華那さんが……」

 

 複雑そうな表情を浮かべる紗夜。紗夜の言いたい事は理解しているわ。もし、私達の感覚がオーケストラによるものだとしたら、華那をいたずらに傷つけるだけの行動にしかならない。それは重々理解しているわ。

 

「……ええ。分かっているわ。だから、練習の手伝いで来てもらって、二曲ぐらい練習で合わせてみるというのはどうかしら?あくまで、ライブに向けた練習前のウォーミングアップ的なセッションなら、華那を傷つけないですむはずよ」

 

「それなら……ええ。大丈夫かと。しかし……もし、華那さんがRoseliaに入ったら、ギターが分厚くなりますね」

 

 小さく笑みを浮かべる紗夜。そうね。今までの楽曲も、ツインギターでも大丈夫な楽曲ばかりだから、編曲はすぐにできるわね。というより、ライブでも同期させてギター音源流しているぐらいだから、逆に生音になるからいいと思うのだけれど……。紗夜はその点についてはどう思う?

 

「ええ。私もそれについてはいい方向に影響が出ると思っています。勿論、華那さんには負けるつもりはありませんので」

 

「ふふ……それでこそ紗夜よ。さて……そろそろ練習再開しましょう」

 

 私は、リサとあこ、燐子に声をかけて練習を再開する事を伝える。三人で何を話していたのかしら。練習が終わったら聞いてみようかしらね。今は練習に集中よ。練習が終わり、今日は羽沢さんの所で反省会をする事となったのだけれど、ちょうどそこにいた美竹さんと口論になってしまった。私としては普通に言ったつもりだったのだけれど……。

 そして、そこにいた華那に二人して説教を受けたのだった。いえ、華那?私なにか――いえ、なんでもないわ。続けて頂戴……。

 

 

 

 その時の私は翌日、事態が大きく動くだなんて知りもしなかった――

 

 

 

 

 その日の朝。起きてすぐに自覚できるぐらいの体調不良に私は襲われていた。最初は予定よりも早く女性特有の日が来たのだと思って、学校へ行く準備をしながら、それに対応できる準備をした。でも、それとは違う不調だというのに学校に来てから気付いた。お腹と胸が痛い。と言っても我慢できる範囲だったから、学校に来て普通に授業を受けていた。

 

「華那ちゃん大丈夫ー?」

 

「華那さん、大丈夫ですか?え?私?いやだなぁ、この沖野奏恵がそう簡単に吐血なんて……こふっ!?」

 

「吐血したぁぁぁ!!??」

 

「あー……いつもの事じゃ。放っておけ。で、華那の字。顔色が青を通り越して土色になっておるぞ?」

 

(そう)ちゃんだいじょぶなの!?あ、私はだいじょぶだいじょぶ!って、土色ってどういうこと!?」

 

 授業の合間合間に、皆が心配して声をかけてくれたけれど、私はだいじょぶと伝える。というかノッブちゃん。土色ってかなりまずい状況なんじゃ……。でも、このぐらいの痛みは特有の日でもよくある痛みだから、我慢できる範囲。だいじょぶだいじょぶ。そう自分に言い聞かせながら授業を受ける。尚、奏ちゃんは保健室に搬送されていきました。

 

 昼休み。ちょっと食欲が無かったので、学食でサンドイッチをもらって保健室に行って、大崎先生に事情を説明してベッドで横になって、昼休みの時間だけ休ませてもらった。午後も授業は受けるつもりだ。

 あ、寝る前に姉さんに一応連絡しておかないと。今日は一緒に食べる予定だったから、探しているかもしれないし。そう思い、スマホを操作して姉さんに「保健室でちょっと休むから」と入れる。念のため休むだけだから心配しないでとも付け加えておく。

 

 でも、それが急激に変わったのが体育の授業中の事。今日はバレーボールという事で、チームを組んで試合をしていた最中だった。体調不良という事で、見学しながらクラスメイトを応援していた私だったのだけれど、うちのクラスのチームの子が、相手のサーブを拾おうとした時、お腹が急激に痛くなって、立ってた私は立っていられなくなり、その場に蹲るように倒れ込んだ。

 

「華那!?」

 

「華那ちゃん!?」

 

 突然倒れた私に驚く蘭ちゃん達。試合を中断して、みんなが集まっているのは分かっていたのだけれど、あまりの痛さに返事をする余裕もなく、皆の声が遠くに聞こえた。どんどん痛みが増してきて、最終的に私は意識を手放した――

 

 

 

「華那しっかりして!!」

 

 お腹を押さえて苦しんでいる華那に声をかけるけれど、返事すらできないのか、華那は呻き声を上げるしかできていなかった。しかも凄い汗をかいてる。お腹とはいえ、体を激しく揺さぶる訳にはいかず、あたし達は必死に華那の名を呼んでいた。クラスの子の中には泣きだしてしまっている子もいた。

 そんな中、体育の先生が他の子に急いで保健室の大崎先生を呼んでくるように冷静に指示を出した。それを聞いた私は、何故か湊先輩を呼ばなきゃと考えてしまい、先生に

 

「先生。あたし、湊先輩呼んできます!!」

 

「あ、おい!美竹!!」

 

「あ、蘭!!」

 

 先生と巴があたしを呼び止める声を無視して、あたしは体育館から全力で二年生の教室へと向かう。急げ。急げ、あたし――

 

 

 

 

「――――で、あるからして、ここの公式は――」

 

 授業を受けつつ、私は華那大丈夫かしらと心配でいた。朝から調子が悪いのは誰がどう見ても明らかだった。でも、華那が言うには“あの日”が早く来ただけだとの事らしい。私とリサから見てもその“あの日”としては重そうに思えた。だから、何か違う病気なのではないかと心配になっていた。

 昼休みも、スマホに「保健室で休むね」と連絡が来たのには焦った。家に帰らせた方がいいのではないかと思ったけれど、休んでよくなったとの連絡が来た。それを信じて、私は授業を受けていた。そう……()()()()()()()()()()――

 

「失礼します!!湊先輩はいらっしゃいますか!?」

 

 勢いよく教壇側の扉が開いたかと思えば、息を切らせた体操着姿の美竹さんがいた。しかも私がいるかと確認してきた。私は立ち上がりどうかしたのかと聞こうとしたのだけれど、先に美竹さんの言葉を聞いて、思考が停止した。

 

()()()()()()()()()!!急いできてもらっていいですか!!」

 

 その言葉にざわつく教室。そのざわめきで何とか復帰した私は、先生に「妹の所へ行きます」とだけ言って、美竹さんに目で「行くわよ」と伝えて走って華那の所へと向かう。

 全力で走りながらどういう状況かを、息絶え絶えに美竹さんに問う。美竹さんも息を乱しながらも、突然お腹を押さえて倒れ込んで、声かけても返事がない事を説明してくれた。そして、保健室の大崎先生を呼んでいる最中とも。

 

「はあはあ……それで華那の……はあ……意識は?」

 

 全力で走りながら会話しているから、息が上がっているのは仕方ない事だと思う。美竹さんも同じ状況でありながらきちんと答えてくれた。

 

「ハッキリ……言って……あるか……ないか……分かりません……!」

 

「そう……急ぐ……わよ……!」

 

「はい……!」

 

 あまり運動神経はよくないと自覚はしているけれども、この時だけは全力で最短距離を最速で走る。体育館に着くと、華那の級友たちが輪を作って心配そうな表情を浮かべているのが見えた。一部では泣いている子を宥めている子もいた。私は息を整える事もせずにその輪へと向かう。

 

「あ……友希那先輩」

 

「え?」

 

「ほ、ほら皆。道開けて!!」

 

 と、まるでモーゼの十戒に出てくる海割りのように道を開けてくれた、華那のクラスメイト達。私はありがとうと伝えて、華那を診断している大崎先生に声をかける。

 

「先生……華那の……妹の容態は……!?」

 

「湊姉か……。今救急車呼んでもらったところだから、あんたもついてきなさい。正直に言って、この状況では私は何もできない」

 

「そんな……」

 

 保健室の大崎先生が対応できない。つまりそれだけ重症という事なのではないかと私に緊張が走る。大崎先生の隣に座り、私は華那の手を優しく握る。お願い。お願いだから、華那の痛みが和らいで――そう、私は願うしかできなかった。

 しばらくして、救急車がやってくる音が聞こえてきて、救急隊の方々がストレッチャー(担架)をもってきて、状況を確認しながら華那を優しく乗せて救急車へと向かう。

 

「誰か、ついてこられる方いっしゃいますか?出来ればご家族の方が――」

 

「私が行きます。その子の姉です」

 

 救急車に乗せた隊員の方が言い終わる前に私が名乗り出る。それと大崎先生も一緒にいく事が決まり、私と大崎先生は華那と一緒に病院へと向かう。乗っている間、隊員の方に許可を得て、私は華那の左手をずっと握っていた。そうじゃないと、華那がどこか行ってしまいそうな気がしてしまって……。お願いだから、華那。無事でいて。

 

 病院に着いてすぐ、華那の検査が行われた。その結果が出るまでは、私と大崎先生は待つ事しかできなかった。検査している途中、お母さんとお父さんが息を切らせてやってきてくれた。

 

「友希那……!」

 

「父さん!母さん!」

 

 椅子に座っていた私は立ち上がる。お母さんが私を抱きしめてくれたけれど、そこまで子供じゃないわ。そう言おうと思ったけれど、母さんの泣きそうな表情を見て、それを言うのも躊躇われた。

 

「湊華那さんのご両親ですね?私、羽丘学園の保健医を務めさせて頂いている大崎と申します。緊急とはいえ、来ていただいてありがとうございます」

 

「娘がいつもお世話になっています。いえ、こちらこそ連絡ありがとうございます。それで娘は?」

 

「ええ――でして――」

 

 父さんと大崎先生が、お父さんに華那が倒れた時の状況を説明していた。私も救急車に乗った際に、救急隊の方に説明していたのを横で聞いていた。体調不良は朝から訴えていた。やっぱり、昼の時点で帰らせておけば――

 

「湊華那さんのご家族の方いらっしゃいますか」

 

 私が後悔の念に駆られていると、看護師の方が私達を呼んだ。大崎先生はここで待っている事になり、私たち家族だけで呼ばれた診断室に入る。診断室に入ると、看護師の方が一名と、医師だと思う白衣を着た女性の方が一名、険しい表情を浮かべて何かを見ていた。

 華那は別室にいるようで、その場にはいなかった。華那に会いたいと、私は思ったけれど、今は華那の状態を知る事が必要よ。我慢しなさい、私。

 

「湊華那さんのご家族の方ですね。どうぞ、椅子にお座りください」

 

「……先生、華那の……娘の容態は?」

 

 先生に椅子に座ってすぐに父さんが切り出した。先生は目を瞑って、言い淀んでいるように私には見えた。それが意味する事……。華那の容態が想像以上に重いというのは、容易に想像できてしまった。

 

「……非常に言いにくいのですが……」

 

 絞り出すように、先生は私達を見る。その言葉を聞いて私は身構える。ただ、心の中で、軽い病気であって欲しいと願う自分がいる。でなければ、あの子の、私達の夢は――

 

「――――分かりやすく言うと――――です」

 

 しばらく黙り、とても言い難そうにしていた先生が、非常に申し訳なさそうな口調で私達に華那の病状を宣告してきた。その宣告を聞いた私たち家族は言葉を失うのだった。

 




そう言えば、皆さんが持ってるSisterhoodのイメージソングってなんですかね?
私い、気になります。


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#55

シリアスさん「全力前進DA!!」
読者の皆さん「出てくんな!」


そんな感じではじまります


 小さい頃、私はよく病院に入院していた。体が弱かったと言われればそうだったと思う。入院する(たび)にお母さんやお父さんに迷惑かけていたっけな。それと……今にも泣きそうな表情の姉さんが、私の手を握って声をかけてくれたっけ。

 

「華那……しなないよね?」

 

「おねーちゃん……だいじょぶ。わたし、しなないから、なかないで?」

 

 私が思い出せる古い記憶。病室で荒い息をしている私に、泣いている姉さんが私が死ぬんじゃないかって心配している姿。きっとこれは、私が小学校に行くか行かないかの時のはず。結局その時は一週間ぐらい入院したはず。家に帰ってきてから姉さんに抱き着かれて、泣かれたのは覚えている。それが私に残っている、一番古い病院の記憶。

 

 そんな過去の夢を見ていた私は目を開けると、そこは見慣れた天井ではなく――

 

「知らない天井だ……」

 

 なんてボケをかましてみる。左手にぬくもりを感じたので、左手の方を見れば、姉さんが両手で私の左手を握っていた。その光景を見て、私は体育の授業で倒れた事を思い出した。そっか……また、姉さんに心配かけちゃったんだ……私。

 

「華那……目が覚めたのね」

 

「う……ん」

 

 姉さんの言葉に答えつつ、起き上がろうとしたけれど、姉さんに止められた。姉さんは今にも泣きそうな表情を浮かべていたけれど、お母さんとお父さんを呼んでくると言って、病室……だよね、ここ。顔だけ動かして部屋を確認する私。今いる場所が個室だということぐらいかな。あと、右手に点滴が刺さっている事ぐら……点滴……?

 

「……やめとこ。考えるのは先生の話しを聞いてからにしよ」

 

 いやな予感が頭を(よぎ)ったけれど、正確ではないと思うから、姉さん達を待つとしよう。しばらくして、お母さんとお父さん、そして姉さんと白衣を着た女性――医師の方だと思う――がやってきた。私は、姉さんにお願いして、私の上半身だけ起こしてもらうのを手伝ってもらった。

 

「湊華那さんだね?私は担当医師の石田よ。よろしくね」

 

「あ、よろしくお願いします」

 

 笑みを浮かべて自己紹介してくださる石田先生。私もいつもの癖で挨拶を返す。でも、今“担当医師”って言ったよね?どういう事――

 

「華那さん。心して聞いて欲しいんだけど……華那さんが運ばれてきて、検査した結果……()()()()()()()()()()()

 

「え……」

 

 私の左手を優しく包み込むように握った石田先生は、私に宣告するのが辛そうな表情を浮かべていたけれど、私の体に癌が見つかったと宣告してきた。その宣告に私は言葉を失うしかなかった。

 

「でも、安心してほしいの。初期だから手術しないで投薬治療だけですむの。でも、薬の副作用とかあって、華那さん辛い事がたくさん起きると思うの……」

 

 私を安心させようと、続けてくださる先生。でも、やっぱり副作用とかあるみたいで、辛い病気との戦いになるみたい。正直に言って実感がわかない。なぜか自分自身の話しではなく、他人の話しのような気がしてしまっている。

 

「でも、華那さんがね、辛くならないように私も看護師の皆も全力でサポートするから……」

 

「だいじょぶです。初期なんですよね?なら、私、どんな治療でも我慢しますし、諦めません」

 

 先生の言葉を遮って、自分に言い聞かせるように言葉にする。初期なんでしょ?治るって言うか、薬でどうにかできるのなら、私は諦めてたまるもんか――そんな気持ちで言ったのだけれど、皆の顔が暗い。もう。初期癌ならまだだいじょぶだって!

 

「……そう。分かったわ。治療については明日以降、もう一度詳しく検査してからになるから、今日はしっかり休んで。私も、全力で治療にあたるから、頑張ろうね」

 

 優しく私の手を握る石田先生の目には涙がうっすらと浮かんでいるように見えたけれど、それについては気のせいと自分に言い聞かせながら頷く。お母さん達は一度家に帰って、私が入院するための下着やら小物を用意してくれるらしい。それなら、ついでにと思い、私は姉さんにあるお願いをした。

 

「姉さん、私の部屋に置いてある音楽プレーヤーとイヤホン持ってきてもらっていい?病室に一人だと暇だから」

 

「……分かったわ」

 

 頷く姉さんだったけれど、どこか上の空――というより、私が癌だという事にショックを隠せていない様子。姉さん。私もショックだけれど、()()()()()()()()()そんな暗い表情しないでよ。()()()()()()()()()()()()。そう、あの頃と同じ言葉を姉さんにかける。姉さんが覚えているかどうかは分からないけれどね。

 

「!……今日中に用意してくるから、待ってて華那」

 

「うん。お願いね、姉さん」

 

 そう言って、姉さん達を見送ってから、ふと気付いた。あれ?もし長期入院になったら、私もう一度高校一年生やり直しになるんじゃない――

 

 

 

 

 

 お父さんが運転する車に乗って、病院から帰ってくる間、私達家族に会話はなかった。それもそうだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 家に到着後、お母さんと一緒に華那の部屋に行き、衣類や華那からお願いされた音楽プレーヤーとイヤホンを用意する。音楽プレーヤーは衣類を入れた袋の一番上に置く。それと……スマホも一応持って行かないと――と、考えた時に、華那のスマホなどは学校に置いてある事を思いだした。

 明日届けるべきね――と、考えた時に玄関のチャイムが鳴った。こんな忙しい時に誰よ。今は出る事は出来な――って、お父さん出てくれたみたいね。しばらく誰かと話している声が聞こえた。すぐにお父さんが私を呼んだ。何か用かしら。お母さんに断ってから、一度下へ降りて、玄関へ向かう。そこには目を真っ赤にした山吹さんと美竹さん。そして、リサがいた。

 

「友希那。リサちゃんと、華那の友人が華那の荷物持ってきてくれたそうだ」

 

「……そう。ありがとう。美竹さん、山吹さん。リサ」

 

「友希那先輩!華那は、華那は!!」

 

 少し取り乱した様子の山吹さんを抑える美竹さん。ただ、目で私に訴えかけて来ていた。『華那は無事なんですよね?』と――リサも不安そうな表情を浮かべていた。

 

「友希那。病院には俺と母さんが行くから、きちんと話しておきなさい」

 

 父さんがそう提案してきた。突然の提案だったので私は言い淀む。確かにいつかは話しをしなければいけない。でも、今話すべきなの?

 

「リサちゃんもそうだけど、華那の友人なのだろ?なら、()()()()()()()()()()()()()()()()。それは分かるな?」

 

「……ええ」

 

 お父さんの言葉に私は頷くしかできなかった。三人を家に上げて居間に通す。お父さんとお母さんはタイミングよく、準備ができたようで私を置いて病院へ向かった。

 お茶を出し、座るように促す。私も三人と対面するように座るのだけれど、誰も口を開かなった。四人もいる居間だというのに、誰も発言をしないから重い空気が部屋を支配していた。私自身、どう説明したらいいのか分からない。()()()()を言っていいのか、それとも――

 

「それで……友希那先輩。華那の状態は……どうなんですか?」

 

 今にも泣きそうな表情の山吹さんがやっとの事で言葉を紡ぎだした。

 

「今は、意識も取り戻して安静にしているわ……今は」

 

 嘘ではない。確かに華那は意識を取り戻して、安静にしている。でも、三人はそういう話しを聞きたいわけではないのは理解しているつもり。美竹さんがすぐに退院して学校に戻ってこられるかどうか聞いてきた。私はどう答えるべきか悩んだけれど、最終的にこの三人に嘘を言う訳にはいかないと判断して

 

「……悪性腫瘍が見つかったわ」

 

「え」

 

「それって」

 

「友希那……嘘だよね?」

 

 三者三様の反応。信じたくない。嘘だと言って欲しいと誰もが願っていると思う。でも――

 

()()()()()……()()()の疑いがあると医師が言っていたわ……」

 

 そう。華那に初期癌と言ったのは、私達家族と医師の石田先生と話し合って決めた事。あの時――

 

 

 

 

 

「ステージⅣの癌……分かりやすく言うと末期癌です」

 

 どう伝えていいか悩んで悩んで、言葉にした先生。その宣告は、私達家族にとってあまりにも唐突で、絶望に叩き落す宣告だった。お母さんが震えた声で嘘ですよねと、藁にも縋る思いで先生に改めて確認をする。

 私も信じたくはなかった。華那が末期癌?そんな馬鹿な話しが――

 

「嘘ではありません。こちらの画像をご覧下さい。これは華那さんの体をスキャンした画像なのですが――」

 

 先生が張り出してあった、体の内部を映した白黒画像を指さしながら私達に説明をし始めた。最初は胸。その部分に大きい白い影が映っていた。その後、胃と腸。そして最後は食道。全部の画像の一部に白い影が映っていた。

 

「正直、ここまで転移しているというのに、今まで異常が無かったのが不思議なぐらいです。ここまで転移してしまうと、どんな名医でも手術は……できません……華那さんの体に凄い負担がかかってしまいます」

 

「そんな……」

 

 崩れ落ちそうになったかお母さんを支えるお父さん。私もお母さんと一緒で、信じたくなかった。このまま、華那が弱っていくのを見ていくしかできないというの?

 

「……正直に言います。たとえ投薬治療をしたとしても……もって三ヵ月です」

 

「さ、三ヵ月……」

 

 さらに追い打ちをかけるような先生の発言に、私達は絶句するしかなかった。ただ、薬で治療しなかったら、もっと短くなる恐れがあるとの事らしい。それと、本人にはまだ伝えない方がいいという事になった。

 『痾も気から』という言葉があるように、華那が生きる事を諦めてしまっては意味がない。だから、華那には初期癌という事で話しをするという事になった。華那に嘘をつくのは躊躇われたけれど、これも必要な事だと自分に言い聞かせた。

 

 

 

 

 

「末期……癌?」

 

「湊先輩……嘘じゃないんですよね?」

 

「嘘でしょ……友希那」

 

 家族の私達ですら言葉を失った。華那との付き合いが長い山吹さん。クラスメイトで仲の良い美竹さん。そして華那の事を本当の妹のように接していたリサ。その三人が受けたショックというのは私と同等のはず。

 私だって。私だって……

 

「私だって信じたくないわよ!!余命三ヵ月!?あれだけ元気だった華那が!?突然言われたって、誰が信じられるって言うのよ!!」

 

 私は涙を流しながら声を荒げた。いつも元気に私と話して、音楽談義に花を咲かせ、アルバイトで疲れ切っているはずなのに、帰ってくれば私に笑顔を見せてくれる……そんな華那が三ヵ月の命?誰が信じ切れるというのよ!?

 

「その事、本人に――」

 

 美竹さんの言葉に、私は立ち上がり

 

「言える訳ないでしょ!?『あなたは、あと三ヵ月しか生きれないの』って、私や家族があの子に言えると思う!?」

 

「友希那!落ち着いて!」

 

 リサが私の隣にきて、背中を撫でながら座るように促す。息を荒げたまま、私はリサと一緒にソファーに座る。まだ涙が零れ落ちる私の頬に、リサがハンカチを当ててくれている。リサも涙が浮かんでいるというのに――だ。

 

「友希那先輩……華那の病状について他の人にはまだ言ってませんよね?」

 

 ショックを隠し切れていない山吹さんが、震えた声で聞いてきた。私は頷きながら

 

「皆には悪いと思うのだけれど……華那と同じ説明をさせてもらうわ」

 

「なんで……なんでそんな事を!」

 

「誰か一人でも華那につい言ってしまうリスクを考えたのよ!私だって……私だって、華那に対しても、バンドメンバーに対しも嘘なんてつきたくはないわよ!でも……みんなが知ってしまって、本当の状態を黙ったまま華那と接する事が、自分の日常を送る事が出来ると思う!?」

 

 怒った表情の美竹さんがその理由を聞いてきた。どうしてその事を理解してくれないの!?私だって心苦しいに決まっているじゃない!

 

「友希那……大丈夫。少し落ち着こう、ね?」

 

 私の頭を抱き寄せるようにして、自分の頭と合わせるようにするリサ。どうして、どうして華那だけがこんな辛い目に合わなきゃいけないのよ。喉を痛めて歌えなくなって、夢を奪われ、やっとギタリストとして一歩踏み出せた演奏会を成功させたばかりだというのに――

 

「分かりました……」

 

「沙綾!?どういう意味か分かって……」

 

 覚悟を決めたような表情の山吹さんの発言に、美竹さんが問い詰めようとしたけれど、その言葉が最後まで出てくる事はなかった。私と同じように山吹さんの表情を見たからだ。

 

「華那の場合ですけど……本当の事を言ったら『みんなに迷惑かけるから』と言いだして、治療を受けない可能性は否定できないです。それと……他の人に本当の事を言って、動揺しないかと言われたら……動揺するとしか言えません。特にポピパの皆は、華那と仲良かったから尚更……」

 

 淡々と話しを続ける山吹さん。ただ、まだショックを隠し切れていないからか、目が彷徨っているように私は見えた。それでも、私の意見に同意してくれたのはありがたい。本当に辛い思いさせてごめんなさい、山吹さん。そう私が言うと、小さく首を振って「謝らないでください」とだけ言って口を閉じた。

 それを聞いても、まだ納得していない様子の美竹さん。美竹さんの言いたい事も気持ちも分かるつもりよ。でも、本当の事を言えば、()()()()()()()()()()()()()の二極化が出来上がってしまう。それは避けたいのよ。

 

「……皆が華那の事を大切にしてくれているのは私も知っているわ。……だからこそ、華那の事で皆の精神や日常を不安定にさせたくはないのよ。理解してとは言わないけれど、協力してもらえないかしら、美竹さん……かなり負担のかかるお願いだというのは分かっているわ。でも、お願い」

 

 少し落ち着いてきた私はそう言って、美竹さんに協力を求めて頭を下げる。驚きの声が聞こえた気がしたけれど、なりふり構っていられるような状況じゃない。沈黙が部屋を支配した。美竹さんも考えているのか、何も言わずにただ時間だけが過ぎていく。その間も、私は頭を下げたままでいた。

 

「頭……上げてください。湊さん」

 

 小さく紡がれた声に、私は顔を上げて美竹さんを見る。その表情は苦渋に満ちた表情に見えた。

 

「正直、あたしがどこまで()()()()()に振舞えるかは分かりませんが、湊さんの気持ち理解しましたから……」

 

「そう……ありがとう、美竹さん」

 

 下を向きながら話す美竹さん。苦しい気持ちなのは手に取るように分かる。私自身がそうだから。もう一度頭を下げて感謝の言葉を伝える。それと三人ともごめんなさいね。巻き込んでしまって……。

 

「ううん、気にしないで友希那。私が友希那と同じ立場なら、間違いなく同じ事やっていたから、謝らないで」

 

「私も……紗南達が同じ状況になったら、そうしていたと思います。だから……友希那先輩が謝る必要はないですよ」

 

「あたしは……分かりません……きっと、一人で悩んで悩んで悩んで……答え出せないまま時間だけが過ぎていくと思います。だから、謝らないでください」

 

 三人がそれぞれ、私と同じ立場なら――という仮定の話しをして、私に謝らないでと言って来てくれた。本当ありがとう……。

 その後は、このメンバーで時々集まって話し合いをする事を決めて、その日は解散となったのだけれど、三人とも、私を独りにしておけないという事で、お父さんとお母さんが病院から帰ってくるまでうちにいたのだった。

 美竹さんと山吹さんはうちのお父さんが、車に乗せて家まで送っていった。リサは、自分の家から着替えとか持ってきて、私の家に泊まる事になった。どれだけ心配性なのよ……。でも、ありがとう、リサ。

 明日から、私達家族の……いえ、華那の闘病生活が始まる……。不安しかない。でも、華那なら……三ヵ月という余命宣告を乗り越えてくれると、自分に無理矢理信じ込ませながら、リサの手を握り眠りにつく。

 

 

 華那……お願いだから、私を置いていかないで――

 

 

 

 




読者の皆さん「これ以上書かせるなぁぁ!!」
作者「いいや、限界だね!俺は書くぜ!」

あ、ダメ?
( ´・ω・`)ソンナー


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#56

シリアスさん「この小説がほんわかと言ったな」

読者の皆さん「そ、そうだ。シリアスさん」

シリアスさん「あれは……嘘だ」

読者の皆さん「うわぁぁぁぁぁぁ」


 午前中の検査を終え、病室に戻ってきた私は音楽を聴こうとして、昨日からスマホを見ていなかったことに気付いた。慌ててスマホの電源を入れる。すると、なんてことでしょう。通話アプリの通知がとんでもない数字になっているではありませんか――

 

「……見なかった事に――できないよね……うん」

 

 盛大に溜息を吐いてから、私は恐る恐る通話アプリを開いた。クラスのグループトークの数字がダントツで、次がポピパのグループトーク。後は個別トークだね。とりあえず、クラスの方は心配かけてごめん。ついさっきまで検査していたと送る。

 

「って、既読つくの速すぎ!?」

 

 送った瞬間、「あっ」という間にクラス全員の既読数が表示され、怒涛のトークが送られてきた。全員で一斉に送らないで!?ただ、ほとんどが「大丈夫なの?」やら「しばらく入院するって聞いたけど、本当!?」という重複内容ばかりだった。……うん。とりあえず落ち着こう、皆?

 

 正直、どこまで言え伝えればいいかと考える。みんなに心配かけたくないし、今検査したばかりだから、まだ病気の事分かってないと伝えればいいかな。そこまで考えてから文章を入力していく。

 

『昨日も検査したのだけど、今日改めて精密に検査したばかりだから、まだどういう状態か分からないんだ。ただ、心配しないで。必ず皆の前に元気な姿見せるから!』

 

 これでよし!後でバレたら蘭ちゃん辺りから怒られそうだけれど、今だけはこれで許してもらおう。後の事は将来の私に任せた!そう思っていると、既読はつくけれど、返事がない。あれ?皆、どした?

 どうしたのだろうと疑問に思いつつも、他のグループや個別トークの方にも返していかないといけないから、そっちをやろう。きっと後で通知合戦になるだろうし。クラスのトーク画面から一度離れて、他のグループと個別宛に同じ内容を返していく。

 

 ただ、この時の私は知らなかった。既に、皆が私の状態を知っている事を――

 

 

 

 

 華那からトークアプリで返事が来た瞬間、全員授業そっちのけでスマホを先生から見えないようにして即座に返事を返していた。あたしも華那から言葉を読んで、安堵すると共に、複雑な感情が心の中で渦巻いていた。昨日、湊先輩から聞いた()()()()()()()()の事が頭を過ったからだ。

 本人は初期の癌と聞いているけれど、本当は手遅れな状態。薬で誤魔化したとしても、()()()()()()()()。もちろん多少伸びる見込みもあるだろうと、あたしは家に帰ってからスマホで調べて知った。

 ただ、逆もまたある。そう。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だ。その可能性を読んだ瞬間、あたしはスマホを落としかけた。華那がいなくなる……そんなの考えたくないのに、考えてしまう自分がいる事に嫌気を覚える。

 

 それに、華那の病気については、華那にした説明と同じように「初期の癌」である事を今朝のSHRで、湊先輩から説明をクラスの皆で受けた。クラスメイトという事と、皆の目の間で倒れた事を考慮しての説明だった。その時の湊先輩の表情を見て、あたしは何も言えなくなってしまった。

 憔悴しきった――とまではいかないかもしれないけれど、ショックを隠し切れていない表情だった。それに昨日はあまり眠れていないのか、目の下にクマができていた。

 華那の姉である湊先輩からの説明を受けて、クラスの皆は黙り込んだ。そこまで大きい病気とは思っていなかったのもあるだろうし、皆、華那の事を大切なクラスメイトだと思っていたから。

 

「ねえ……蘭ちゃん。華那ちゃん……皆に心配かけないようにって、嘘送ってきたのかな?」

 

 授業が終わり、周りから山ちゃんと呼ばれている山梨(やまなし)紗耶香(さやか)さんが聞いてきた。あたしは頷いて

 

「華那、皆が湊先輩から説明受けた事を知らないと思う」

 

「そっか……そうだよね……」

 

 いつもは騒がしいはずのクラス内も、今日は水を打ったかのように静まり返っていた。ただ、皆は初期の癌という事しか知らない。

 後で知ったのだけれど、担任の上条先生にも本当の状態を話したそうだ。流石に、担任の先生に伝えないでおくのはどうかという判断らしい。……確かにそうだ。上条先生ならそう簡単に言わないだろうという安心感がある。

 問題があるとすれば、あたしだろう。あたしが黙っていれば、そう簡単に本当の容態を知られる事はないだろう。ただ、あたしがいつボロを出してしまうか……不安しかない――

 

 

 

 

 放課後のCiRCLEにあるラウンジは、私達Roseliaをはじめとした五バンドとまりなさんが集まっていた。パスパレの全員も仕事がある中、緊急呼び出しに集まってくれたのには頭が下がるわ。

 流石に二十六人も集まれば、いつもは広いラウンジも今日だけは狭く感じられるわね。それと、保護猫のクロが何故か私の膝上に座って眠ってしまっている。か、可愛いからいいのだけれど……。さて……と。全員集まったようだから始めるわね。

 

「急な招集なのに、全員来てくれた事に感謝するわ。早速だけれど、集まってもらった理由なのだけれど……私の妹、華那の事よ」

 

 次に発せられるであろう私の言葉を、全員固唾を呑んで待っていた。昨日、華那が病院に運ばれた事を全員が知っているかどうか確認する。

 

「リサちーから聞いたよ……」

 

「ワタシとアヤサン、チサトサンとマヤサンはグループトークで知りました」

 

「私は薫さんから聞いて……」

 

「あたしとはぐみと美咲は、薫から聞いた花音からよ」

 

「私達、ポピパはリサさんからです」

 

 それぞれ、誰から聞いたかを話す。Roseliaもリサから連絡が行っているし、Afterglowについては、全員同じ体育の授業中だったから知っている。私は小さく頷いてから

 

「昨日の検査した結果なのだけれど……()()()()が見つかったわ」

 

 私が言った瞬間、部屋の温度が一気に下がった。誰もが信じたくないと言ったような表情を浮かべていた。

 

「友希那さん……それは……本当なんですか?」

 

「そんな……華那ちゃん……」

 

「嘘や……嘘や……華那ちゃんが癌なわけあらへんやん……!」

 

「りみ……」

 

 動揺を隠しきれない紗夜と丸山さん。取り乱して関西弁で話す牛込さんを宥める花園さん。()()()()()()()()()()()リサと山吹さん、そして美竹さんは視線を下に落としていた。私はどんな表情を浮かべればいいか分からず、淡々と話しを続けるしかできなかった。

 

「そこまで悲観的にならないで欲しいわ。初期の癌……つまり、治療すれば治る可能性が高いの。もちろん、全員ショックを受けていると思うけれど、一番ショックを受けているのは華那自身なのよ。でも、華那は病気と闘うという意思を見せているわ。だから……貴女達が出来る範囲でいいから、支えて欲しいの……華那を」

 

「友希那さん……」

 

「友希那先輩……」

 

「友希那ちゃんは……大丈夫なの?」

 

 紗夜と戸山さん、白鷲さんが私の表情を見て大丈夫かと聞いてきた。私?私は大丈夫よ。それより、今日集まってもらったのは、華那の状態と、全員で病院に押しかけないようにという注意をする為よ。

 

「なんで、病院に行っちゃダメなんですか!?」

 

「香澄、落ち着けって!!」

 

「え……華那ちゃんに会いに行っちゃダメなの?え、ええ?」

 

「彩ちゃんも落ち着きましょうね?」

 

 私の言葉で、一気に騒々しくなってしまった。言い方間違えたかしらと、私が頭を痛めていると

 

「はいはい。皆静かに。友希那ちゃんは『行くな』とは言っていないから、とりあえず友希那ちゃんの話しを聞いてからでも遅くないよ……だよね、友希那ちゃん?」

 

 と、まりなさんが両手を三度叩いてから、そう言って全員を静かにさせる。流石、まりなさんね。ライブ時に大勢のスタッフに指示を出しているだけの事はあるわ。それとありがとう。

 

「いえいえ、どういたしまして。で、友希那ちゃんはどういう意図であの発言をしたのかな?」

 

「……華那が今いるのは病院よ。私達だけじゃなく、多くの入院患者の方や家族の方が出入りしているわ。それを考えれば、全員で一気に押しかけたら、他の入院されている方々の家族。そこで働いている看護師さんや医者の皆さんに迷惑をかけてしまうのは明白で、下手すれば緊急の治療が遅れる可能性だってある。そうなってからでは遅いわ。その事を全員、考えて欲しいの」

 

 私の言葉に全員黙り込む。そう。華那だけが入院しているのならば、全員で言っても問題はない。でも、私達とは無関係の患者さんだって入院や通院しているのが病院。この人数がいきなり「華那の見舞いです」と言って、押し掛けてしまえば病院内で騒動が起きるのは明白。

 特にパスパレのような芸能人が突然病院にやってきたとなれば、一騒動どころか二騒動三騒動あるのは火を見るよりも明らか。それに、華那も治療が始まれば、体調を崩す事もあり得る。弱っている姿を華那は見られたくないはずだから。それも含めてお願いしたいのよ。

 私の発言を聞いた皆は、それぞれ理解してくれたようだ。ただ一部を除いて――

 

「華那だけじゃないのなら、華那専用の病院を――」

 

「あー、こころ。ちょっと喉渇いたし、一緒に飲み物買ってこない?」

 

「そうね!」

 

 目で「とりあえず一度席外します」と伝えてくる奥沢さんに、私は小さく頷いた。正直、弦巻さんならやりかねないから、上手く話題を変えてくれて助かったわ。二人が出ていくのを見ながら、私からは以上よと伝える。

 

「あの友希那先輩……大人数で押し掛けなければ、お見舞いに行ってもいいって事ですよね?」

 

 と、不安そうに聞いてくる戸山さん。私は頷きながらそうよと伝える。ただ、華那の体調が優れないように見えたら、滞在時間は短くしてもらえると助かるわとも伝える。

 

「わかりました……有咲、明日辺り行ってみない?」

 

「そうだな……心配だしな」

 

 と、話している声が聞こえたけれど、少人数なら問題はないわね。それと、まりなさん。

 

「何かな、友希那ちゃん?」

 

「華那のバイトですけど……華那と話してからなのだけれど、辞める方向で調整してもらえないかしら」

 

「……そうだね。体調が回復してから――って考えると、年単位になっちゃうもんね……」

 

「ええ……」

 

 癌の治療が上手くいったとしても、五年は再発の恐れがある。そもそもだけれど、学校に行きながらバイトをする体力がすぐに戻る訳がない。ただ、華那の意思を聞かないといけない。

 とりあえず、今日の集会についてはこれで解散となったのだけれど、私とRoseliaのメンバーだけはその場に残ってもらった。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()からだ。

 

「残ってもらってごめんなさいね……今後の練習スケジュールの確認をしておこうと思ったのよ」

 

「友希那さん……大丈夫……なんですか?」

 

「友希那さん……無理してません?」

 

 燐子とあこが心配して声をかけてきたけれど大丈夫よと言って、今後の練習について話す。学校の後に行う練習は、華那の様子を見に行ってからにしたいと伝えると、皆そうなるだろうと思っていたのか、それでいいとなった。

 次に、土日については各々のスケジュールを確認しながら、練習日を決めていく事で話しはついた。あっさりと話がついてよかったと思う反面、気をつかわせてしまった事に申し訳なく思う。

 

「友希那さん……無理はなさらずに。友希那さんが倒れたら、華那さんが悲しみますよ」

 

「ええ……肝に銘じておくわ」

 

 紗夜からもクギを刺された私は、そんなにひどい表情をしているのかと心の中で自問自答したのだった。帰る途中にリサに聞くと、皆に心配されるぐらい酷い表情だと伝えらえた。そう……だったのね。だから今日、クラスの皆も優しくしてくれたのね。気をつかわせてしまったわね……。

 

「正直、私は信じられません。あれだけ元気だった華那さんが……」

 

「紗夜……」

 

 ポツリと呟くような紗夜の言葉に、私はなんて声をかけていいか分からなかった。家族である私がショックを受けているのと同じぐらいに、華那が病気になった事に全員ショックを隠せていない。

 伝えるべきじゃなかったかもしれないと思ったけれども、伝えなかったら伝えなかったで、後で何を言われるか分かったものではないわね。……正直、本当の病状を黙っているのだから、後で何を言われても仕方ないのだけれど。

 

「友希那……大丈夫だよ。大丈夫だから」

 

「リサ?」

 

 私が何を考えているのか理解したようで、私の手を取って元気づけようとしてくれるリサ。でも、リサ。貴女も泣きそうな表情浮かべているの気付いているかしら?

 その後、話し合いを終えた私とリサは病院へと向かった。華那の様子が気になったからだ。昨日の今日だけれど、本人もショックを受けているはずだし、なによりも不安があるだろうから。

 病室の前に立ち、入ろうとするのだけれど、どんな表情で入ればいいのか分からなくなってしまい、私は立ち止まってしまった。

 

「友希那?」

 

「っ……ええ。今入るわ」

 

 リサが心配そうに声をかけてきた。大丈夫よ。少し考え事をしていただけよと、伝えてからノックをして病室へと入る。

 

「はーい……って、姉さんとリサ姉さん!」

 

 と、入院患者用の服を着た華那が、ベッドで腰掛けて足をプラプラさせていたけれど、私達に気付いて満面の笑みを浮かべた。それを見た私は胸が痛むような感覚に襲われた。でも、それを表に出さないように心掛けつつ

 

「華那、体はどう?」

 

 華那の隣に座り、優しく頭を撫でながら私は問いかけた。華那は気持ちよさそうで、目を細めながら

 

「午前中は検査につぐ検査だったから、結構忙しかったかな?でも、午後は特にこれといって何もなくて、暇だったからお母さん達が持ってきてくれた小説読んでいたよ」

 

 午後の退屈を思い出したのか、頬を少し膨らませる華那。そのいつもと変わらない姿に私とリサはホッとした。華那には初期だとは言ったけれど、ショックを受けているはずだと思っていたから。……いえ、もしかしたら無理して普段通りを演じているだけかもしれない。

 

「そっかー。なんなら今度、アタシが読んでる漫画本とか持ってこよっか?」

 

「いいの!?リサ姉さんありがとう!」

 

 リサが気を利かせて、華那に今度漫画本を貸す約束をする。その会話が終わってから、私は華那に今日の検査について聞く。先生はなんて言っていた?

 

「やっぱり()()()()()()()()()()()って言っていたよ。薬の準備とかもあるから来週から本格的に治療始めるって言っていたよ」

 

 ちょっと、残念そうな表情を浮かべる華那。その発言を聞いて、昨日の検査結果が間違いではなかった事を突き付けられた私。でも、今はそれを表情に出すわけにはいかないわ。だって、華那の前なのよ?気付かれたら――

 

「……そう、なのね。分かったわ。その事、母さんと父さんにも伝えておくわ」

 

「うん、お願いね。あ、お願いついでにもう一つお願いしていい、姉さん?」

 

 何とか絞り出すように出した声だったけれど、華那は気にした様子を見せずにお願いがあると言ってきた。なにかしら?

 

「うんとね、いつでもいいから、ギター持ってきてほしいんだ。やっぱりギター弾いてないと落ち着かなくって……。あ、どっちでもいいよ。姉さんが持ってきやすい方で」

 

 と、苦笑いを浮かべながら話す華那を、私は見ていられなくなった。神様がいるというのならば、なんで……なんで華那の全てを奪うの?そんな考えが私の中に生まれた。でも、華那に気付かれるわけにはいかない。

 

「ええ、分かったわ。明日にでも持ってくるわ」

 

「ありがとう、姉さん!」

 

 平常心で答えたつもりだったけれど、大丈夫だったかしら。そろそろ時間という事もあって、私とリサが帰ると伝えると、一瞬だけ寂しそうな表情を浮かべた華那。でも、すぐに笑みを浮かべて

 

「気をつけて帰ってね。また明日ね!」

 

「っ……ええ。華那。また明日」

 

 そう言って、私とリサは病室を出て、病院の入口まで二人黙って歩く。病院から出る前。会計の待合所で、私は我慢していた感情が爆発してしまい、その場にしゃがみ込んで涙を流した。

 

「友希那……いいよ。泣こう。私も泣くから……」

 

 しゃがみ込んで泣く私を支え背中を優しくさすりながら、リサがそう声をかけてきてくれた。会計の待合所の椅子に座り、二人で抱き合うように泣く。華那が私達に一瞬見せた寂しそうな表情。あれは、夜という長い時間、独りで過ごす事への不安。そして、病気への不安が入り混じっていたに違いない。そんな華那を置いて帰るしかできない自分が情けない。

 どうして華那がこんなつらい目に合わなきゃいけないの?その答えを知る人は誰もいない――

 




正直に言います。
ここまで、読者の皆さんに華那が愛されるとは思っていませんでした……


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#57

作者「前書きのネタ無くなった……」

シリアスさん「ウッソだろ……」

と言うわけで、本編ドゾー


 入院してから初めての週末の土曜日の午前。今のところ体調は良好で、私は病院の中庭でギターを弾いていた。ギター持ってきてほしいと頼んだ翌日、姉さんとリサ姉さんが両方持ってきたのには驚いた。

 本当はその日のうちに――と思っていたらしいのだけれど、流石に家に帰ってから冷静になり、面会時間を考えて断念したそうだ。ただし、どっちも持って行くという判断を二人がしたので、病室(個室)に高額ギターが置かれる事になった。それはいいのだけれど、当たり前の話しではあると思うけど、看護師さん達がギターの価値を理解している人がいる訳がなく

 

「青いギターカッコいいわね。華那ちゃんにピッタリじゃない」

 

「あら、華那ちゃんって、ギター弾けるのね」

 

「どんな曲弾けるの?今度聴かせてね!」

 

 で、会話終了。その……このギターの価値を知ったら、皆さんどんな反応されるのでしょうか?そう思いつつ、私はベンチに腰掛けて、ギブソンレスポールのDCアクアブルーを膝で固定するように置いて、#1090を演奏する。個室でやると、隣の病室の方々に迷惑になるから、こうやって天気のいい日は中庭でやるようにしている。

 ただ……今後、練習できなくなるだろうなって覚悟はしている。抗がん剤による治療は副作用があるという説明を受けた。強い抗がん剤だと髪の毛が抜けたり、体調を崩したり、最悪の場合、食べた物を戻したりする事もあるとの事。

 そんな状態になってしまったら、歩く事もままならないと思う。横になっているだけでも辛いはず。……だから、今日か明日が私のギターを弾ける最後の日になってしまうかもしれない。

 

「……」

 

 演奏を止めて、空を見上げる。十月になったばかりなのに、まだ暑さが残っていて、こうやってベンチに座っているだけでも、額にうっすらと汗が滲み出てきた。小さく息を吐いた。最悪の事を考えるのは止めよう。『(やまい)も気から』っていう言葉がある。まだ治療が始まっていないのに、弱気になっていたら、治るものも治らなくなってしまう。

 ギターだって、治ってからまた一から練習すればいいんだ。今まで積み重ねてきたもの全部忘れるわけじゃない……じゃないよね?だから、治療、頑張ろう。

 

「華那!ここにいたんだね」

 

「え……あ、沙綾!」

 

 突然、声をかけられた私が左側を見れば、そこには私服姿の沙綾と香澄ちゃん。そして呆れた表情の有咲と、それを宥めているりみちゃん。キョロキョロと視線があっちこっちに行っているおたえちゃん。あら、ポピパのみんな大集合。

 

「何やっているんだよ、華那……」

 

 私の前に立って、怒った表情というより呆れた表情の有咲。えと、ギター弾いていました?と、答えたら、両手で頭を抱えて沙綾に助けを求めるように視線を送っていた。沙綾は苦笑いを浮かべつつ

 

「外出て、大丈夫なの?」

 

「そうそう!入院しているのは病気の治療の為でしょ!?」

 

「お願いだから華那ちゃん、無茶な事せえへんで……」

 

「華那。ここにウサギいた?」

 

 あー……一気に話されてもどれから答えればいいか私分からないよ。苦笑いを浮かべつつ、一つ一つ答えていく事にしよう。えとね――

 

「本格的な治療は、来週からなんだ。それで、先生から体動かせるなら外に出た方がいいって言われたんだ。だから無茶な事はしてないから安心して。ね、りみちゃん。あ、あと、ウサギは流石に病院内にはいなかったよ」

 

 私の右隣に座った、りみちゃんの背中を優しく撫でながら説明する。左隣には沙綾が座って、その様子を見守っていてくれていた。で、皆、お見舞いに来てくれたんでしょ?ありがとうね。

 

「ああ……正直、お前が倒れたって聞いた瞬間、驚いたぞ。香澄と沙綾なんてすぐ病院行こうとしてさ……」

 

「あー!そういう有咲だって一緒に行こうとしてたじゃん!」

 

「ば、バ香澄!言わなくていいんだよ!」

 

 と、夫婦漫才が目の前で行われている私達は、一瞬呆けてしまったけれど、すぐに笑い合う。相変わらずなやり取りに私は内心でホッとした。私のせいで、みんなが暗い表情になるのは嫌だ。正直、入院してから、姉さんやお父さん、お母さんの表情が暗いのは気付いていた。

 

 家族だからと言われればそれまでだけれど、できれば私の事を忘れて――って訳じゃないけれど、暗い表情は無しで生活してほしいな。これは私の我が儘なんだけどね……。そう簡単に割り切れる訳ないのは分かっているよ。でも、家族の……姉さんの暗い表情は見たくないんだ。

 

「それで今日は、練習は午後から?」

 

 出来る限り明るい声で皆に聞くと、香澄ちゃんが午後から有咲の家で練習と新曲づくりとげ、元気よく答えてくれた。ん?新曲?いきなりどうしたの?と、聞くと

 

「実は、商店街に流れる曲を作るって話しになって」

 

「その作詞と作曲のイメージ作りをする予定なんだけど……香澄ちゃんイメージ何かある?」

 

「私も、りみりんに楽曲のイメージ聞こうと思っていた所なんだ……ほら、歌詞あっても、メロディに合わない時もあるから」

 

 作詞作曲の難しさを目の前で話されるってのは、結構新鮮かもしれない。前は、できた楽曲のアレンジについてアドバイス欲しいって言われて、泊まったっけ。……また、皆と泊まって色々話したいな……。

 

「そっか……りみちゃんも香澄ちゃんも、程よく休憩とるんだよ?無理してもいい曲は作れないから」

 

「はーい……」

 

「うん、気を付けるね、華那ちゃん」

 

 少し元気なさそうに返事をする香澄ちゃんに、真剣に何度も頷くりみちゃん。本当大丈夫かな。不安になるけど、私じゃどうにもできない事だから、こう言っておこう。

 

「楽曲、楽しみにしているね」

 

 笑みを浮かべてそう伝える。それを伝えてすぐにおたえちゃんが

 

「そうだ。商店街で流れる事になったら、華那を連れて行けばいいんだ」

 

「ちょっと、おたえ!?」

 

「おたえナイスアイディア!!」

 

「おいおい……誰か止めてくれ……」

 

「アハハ……おたえちゃんらしい発想だね」

 

 突然の提案に驚く沙綾に、おたえちゃんのアイディアに乗る香澄ちゃん。そしてもう止める事を諦めた有咲に、苦笑いを浮かべるりみちゃん。何このカオス。だれかー灰色狼さん連れてきてー。え?アメリカに行っているって?そんなー……。

 でも、楽曲ができて、商店街に流れる頃には退院したいなぁ。じゃないともう一年、一年生をやり直しになるかもしれないし。いや、現状なら出席日数足りているのだけれど、四か月も休んだら、留年は確定でしょ?

 

 そんな事を思い浮かべながら、皆と他愛のない話しを続ける。ただ、気になったのは沙綾の口数の少なさと、表情の暗さ。いつもの皆を見守る母親のような、そんな明るい表情ではなかった。ただ、他の皆は気付いていない。だって、沙綾。上手く誤魔化しているのだもの。

 

「じゃあ、華那、また来るね!」

 

「ああ、また来るから無理すんなよ」

 

「華那ちゃん、無理しちゃダメだよ?」

 

「今度お見舞い来る時、おっちゃん連れてくるね」

 

「いや、おたえ……おっちゃん連れてくるのはダメだからね?」

 

 おたえちゃんの発言に、腕を組んであきれた表情を浮かべる沙綾。うん。流石に私もそれはどうかと思うんだ。だって、病院に連れてくるのは衛生面で問題が色々とあるからね本当なら、CiRCLEで保護してもらっている子猫のクロちゃん連れて来て欲しいぐらいなんだから。

 で、ポピパのみんなが帰る前に沙綾だけ残ってもらう為に、ちょっとだけ沙綾と話させてと皆にお願いすると、快く承諾してくれた。沙綾だけ不満というか不安そうな表情を浮かべていた。でも、残ってくれるのは、沙綾のいい所(優しさ)

 

「なに、華那?」

 

 私と沙綾だけになって、しばらく二人とも黙っていたけれど、沙綾の方から口を開いた。私は沙綾の頭を抱きしめて

 

「私はだいじょぶだから。必ず、元気になって戻るから、そんな暗い表情しないで」

 

「……あはは……気付かれちゃったか……これでも、うまく誤魔化せてると思ったんだけどなぁ」

 

 私の腕の中でそう呟く沙綾の声は震えているように聞こえた。もう。私と沙綾の付き合いは、ポピパのメンバーより長いんだから、気付くに決まってるじゃない。ごめんね、沙綾を不安にさせるような事になっちゃったから……。

 

「ううん……。華那が悪い訳じゃない……私が……」

 

「こーら。沙綾の悪い癖出てるよ。『自分が』って思いこんじゃう所。私の事を思ってくれるのは嬉しいよ。でもね……沙綾には沙綾で、ポピパの皆がいるんだよ?だからね、ポピパの皆の事も大切にしなきゃ。私の事だけ考えるのは無しだよ」

 

「っ…………華那の……バカぁ……バカなんだから……」

 

 私の腕の中で泣く沙綾。私はごめんねと言いながら、沙綾の頭を撫でる。本当、沙綾達にかかる負担を考えると、申し訳なく思う。だって、私が病気になったせいで、皆を不安にさせてしまっているのだから。でも、だいじょぶ。もし、()()()()()()()()()()()()私は――最後の瞬間はわかないけれど――その時まで諦めないで闘う。その気持ちは絶対変わらない。だって、また沙綾や姉さん達と一緒にステージに立って演奏したいから。

 しばらく私の腕の中で泣いていた紗綾だったけれど、落ち着いたようで、私の腕から抜け出して涙を拭って

 

「ごめん……華那」

 

「ううん。だいじょぶだよ。今度、私が不安になったら沙綾支えてくれればいいから」

 

 小さく呟くような声の沙綾に、私は笑みを浮かべながら首を左右に振ってからそう言った。沙綾は泣いた後の残る顔で笑みを浮かべて

 

「分かったよ。辛かったらしっかり言ってよ?」

 

 と、今度は私の頭を撫でる沙綾。うん。その時はキチンと聞いてもらうからね?そう言って二人で約束する。その後、そろそろ沙綾が来ない事を、香澄ちゃん辺りが不審に思っている頃だろうからそろそろ行った方がいいという話しになって、沙綾は何度か私の方を振り返りながら香澄ちゃん達の所へ向かっていった。

 私は沙綾を最後まで見送ってから、ギターを見る。だいじょぶ。せっかくお父さんが買ってくれたギターなんだ。一回だけお披露目して、終わりになんてさせてたまるものですか。そう決意を新たに、昼食の時間まで中庭でギターを練習するのだった。

 

 

 午後。流石にずっと中庭でギターの練習するのもどうかと思い、病室で音楽を聴きながら小説を読んでいた。聴いている音楽は勿論私の好きなアーティストの音楽。しばらく小説を読んでいたら、突然イヤホンを外された。え、誰?と思って顔を上げるとそこには

 

「ノックしたのに、返事無いから入って来てみれば……相変わらずだね、華那」

 

「やっほーかなちーん。元気そうで、モカちゃん安心た~」

 

「華那!大丈夫なのか!?」

 

「華那ちゃん!大丈夫?何か欲しい物とかある!?」

 

「華那ちゃん、無理してない?本当に大丈夫なの?」

 

 ええい。落ち着きたまえ君達。と、今読んでいた小説のヒロインが言いそうな言葉を投げかけようと思ったけれど、私には無理でした。というか、午後はアフグロ全員集合ですか。そうですか。私は今のところだいじょぶだよ。

 

「今の所って……」

 

「おー、よゆーですなぁーかなちん」

 

「華那、嘘は言ってないよな?」

 

「華那ちゃん。正直に言って」

 

「えと……私もそうだけど、皆ここ病室だからね……」

 

 呆れた表情を浮かべる蘭ちゃんに、笑みを浮かべて茶化すモカちゃん。そして、疑いの眼差しを向ける巴ちゃんにひまりちゃん。そして、やっと病室という事に気付いてくれたアフグロのまとめ役で、よくつぐっちゃう(モカちゃん語)つぐみちゃんが皆を宥めていた。

 というか、一学期の頃につぐみちゃんが病院に運ばれた時に、大騒ぎして看護師長?さんに怒られた五人がまた騒ぐって……これ出入り禁止になるんじゃないかな。なんて呟いたら、皆の動きが止まった。あ、流石にそこまで考えていなかったんだ。

 

「みんな……ちょっと静かにしよう」

 

「さんせー」

 

「だな……」

 

「うん……」

 

「あ、あはは……はぁ……」

 

 つぐみちゃん、本当お疲れ様。それで、みんな見舞いに来てくれて本当ありがとうね。正直、そこまで大騒ぎするような病状じゃないから安心して。

 

「華那の言葉を信じられないから、みんな心配してきてるって自覚して」

 

「蘭ちゃん、なんで!?」

 

 おかしいぞ!?私は先生が言った通りの事を伝えただけなのに、信じられないってどういう事ですか!?

 

「倒れる前日になんて言っていたか覚えてる?」

 

「……その節は大変申し訳ございませんでした」

 

 腕を組んで、ジト目で私を見ながら言う蘭ちゃんの言葉に、私は反論する事が出来ず、ただ頭を下げて謝るのだった。その後は、クラスメイト達の状況を聞いた私は頭を抱えるしかなかった。

 だって、全員でお見舞いに行こうとして、上条先生と丸田先生に止めらるという事態に発展しているだなんて誰が思う?いや、それだけ心配してくれるのはありがたい事なんだけど、もう少し皆冷静になろうよ……。

 そもそも、全員で押し掛けた場合、看護師長さん(黒瀬さん)に止められるのは目に見えている。というか、看護師長さんとも仲良くなってしまった私。というか、小児科病棟(高校生でも小児科になるんだって!)の看護師さん達全員と仲良くなってしまった。

 なんで、そんなに甘やかしにかかるんですかね……。暇だからって、私に愚痴言いに来るの止めましょうね?黒瀬看護師長が口悪いとか、もう少し言い方あるよねとか、私が伝えないとは限らないでしょうに……。

 

「蘭ちゃん……無理を承知でお願いが……」

 

「無理」

 

「断るの早っ!?」

 

 私のお願いを聞く前に拒絶の意思を伝えてくる蘭ちゃん。そ、そんな。蘭ちゃんに頼めないとなると、誰に頼めばいいの……。他にクラスで、頼めるのって言ったら……。委員長の新井さんしかいないけど、あの子も暴走するからなぁ……。

 結局、蘭ちゃんでも止められる事はできないという事になった。いや、本当に全員で押し掛けてきたらどうしよう。色々と手を考えたけれど、最終的には看護師長の黒瀬さんに任せようという事になった。見事なまでの丸投げである。

 

「じゃあ華那。そろそろあたし達帰るから」

 

 その後は、他愛のない会話を皆でしていたけれど、もう蘭ちゃん達が帰る時間になったようだ。そっか。もう帰らないといけないんだね。

 

「うん。また来てね。あ、ただし、大きな声で騒ぐの無しだよ!」

 

「そういう華那ちゃんの方が大きな声出してるじゃん!」

 

「ひまり……お前も大概だぞ?」

 

 腕を組んであきれた表情の巴ちゃん。まあまあ。ひまりちゃんらしくていいじゃない。そう宥めてから、皆を見送る。先ほどまで騒がしいとまで行かないけれど、私以外の人の声が響いていた部屋が静まり返る。

 入院してから数日経ったけれど、やはりこういう静寂はまだ慣れない。だから、私は音楽を聴いてその静寂を誤魔化している。あ、今は「BRIGHT STREAM」が流れている。本当明るい曲調なのと、ピアのイントロからのオーケストラ。そして結構ロック調なのがお気に入り。

 今日は姉さん来ないみたいだね。仕方ないよね。姉さんもバンド活動の方もあるからね。それに……学校の授業だってあるのだから、しっかり予習復習しなきゃね。あ、今度、教科書とか持ってきてもらおう。授業に遅れるのは仕方ないにしても、ある程度予習はできるはずだから。

 

「華那」

 

「あ、姉さん」

 

 また、イヤホンをしていたので、姉さんがきていた事に気付かなかった。むう。イヤホンしない方がいいのかな。そんな事を考えつつ姉さんの表情を見て、私は姉さんの手を握る。

 

「華那?」

 

「姉さん……私の事が心配なのは分かる。分かるんだけど……お願いだから自分の体大切にして」

 

 今にも泣きそうな声で私は姉さんに訴えかける。だって、姉さんの顔はあまりにも憔悴しきっていて、今にも崩れ落ちてしまうのでは――って、不安になるぐらいだったのだから。

 

「……上手く誤魔化したつもりだったけれど、ダメな姉ね……私は」

 

「そんな事ないよ……私の方こそごめん。姉さんを心配させるような事になっちゃったから……」

 

 姉さんの手を握ったまま私は俯く。そうだ。私が倒れなければ、姉さんはこんな状態まで自分を追い込む――いや、違う。精神的に参る事は無かったはずなのだから……。

 

「華那……」

 

 姉さんが優しく私の頭を撫でてくれる。しばらくその状況が続いたけれど、私は顔を上げて、姉さんに抱き着いて

 

「姉さん。本当ごめんなさい……。姉さんが心配してくれるのは嬉しい。でも……私は姉さんが倒れるのは嫌だ。だから……だから……」

 

 そこから先、言葉にできなかった。姉さんが壊れていく姿や、憔悴しきった表情なんて見たくない。これは私の我が儘だ。分かってはいる。でもね、いつも凛々しくて、私が話しかけると、柔らかい笑みを浮かべてくれる姉さんでいて欲しい。分かっている。分かってはいるんだ。それが凄い我が儘だって事は。

 それに、姉さんに私のイメージを押し付けているって事も。それでも……私は姉さんに無理はしてほしくは無い。姉さんにはRoseliaがある。Roseliaに姉さんがいなければ、R()o()s()e()l()i()a()()()()()()()()()()()()()

 

「華那……ええ。気を付けるわ。だから、泣かないで」

 

「姉……さん……」

 

 姉さんが優しく私の背中をさすりながら、気を付けると言った。私は顔を上げて姉さんの表情を見る。その表情は今まで何回も見てきて、私が好きだと思う優しい笑みだった。ここ数日、無理に笑った表情だったから、不安だった。でも、ほんとうにだいじょぶなんだよね?

 

「ええ……大丈夫よ。ごめんなさい。華那にそんな事言わせてしまったわ……」

 

「ううん……姉さんは悪くない。悪くないから……私の我が儘が一番悪いの……姉さんの枷になるの分かっているのに……」

 

「華那……」

 

 姉さんの腕の中で泣きながら懺悔する。私のせいで姉さんが辛いのは分かっているのに、私は――

 

「いいのよ、華那。妹なのだから、姉に我が儘ぐらい言ったっていいのよ」

 

「姉さん……ごめんなさい。本当に……ごめんなさい」

 

 姉さんの腕の中で何度も謝る。その私を優しく受け入れてくれる姉さん。しばらくそのような状態でいたけれど、落ち着いた私は、姉さんから離れて右手で涙を拭ってから、姉さんと普通に会話をした。姉さんは今日、Roseliaでどんな練習したのかや、学校の状況を話してくれた。私は午前中にポピパの皆が来た事。そして、さっきまでアフグロの皆がいた事を話した。

 その後、姉さんが凄く心配していたけれど、私はだいじょぶだと言って、姉さんを家に帰らせたのだった。いや、下手すれば姉さん。泊まるとか言い出しかねなかったからね……。仕方ないよね。そう自分に言い聞かせつつ、三度(みたび)イヤホンをして、目を閉じるのだった。

 

 




病院で騒ぐのは絶対に止めましょう


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#58

シリアスさん「HOT SERIOUS~配給過多~」

読者の皆様の一部「B'〇じゃねーか!!」

シリアスさん「(・ω<)」

読者の皆様「(#^ω^)」


では本編どうぞ


 治療を始めてから、私は癌治療への認識を改めていた。癌治療を甘く見ていた――

 

 ここまで辛いだなんて、想像以上。食べた物を全部戻しても、吐き気が襲ってくる。胃の中が空っぽだというのに――だ。それと同時に手足のしびれが若干ある。これも抗がん剤治療の副作用との事らしい。

 戻したせいからか、今の私はとてつもない疲労感に襲われていた。ベッドの上で横になるにしても、楽な姿勢を見つけるまでに、かなりの時間がかかった。正直、姉さんや沙綾達がいなくてよかったと、本気で思っていた。いたら、大騒ぎになっていたのは間違いないから。

 頭だけ動かして、窓から見える空を見る。清々しいほどまでの青空が広がっていて、私の状態と真逆な風景。それを見た私は、自虐的に笑うしかできなかった。

 

 治ると信じてはいるけれど、心のどこかで治らないかもしれないって思っている自分がいる。正直、「これだけやれば必ず治る」という病気じゃないのは、私だって理解しているつもり。下手すれば、手術を行う事だってあるのだから。

 

「……しんどい……」

 

 誰もいないから小さく呟く。誰かがいたらきっと呟かなかった言葉。体が弱っているからか、気持ちもそれに引きずられるように弱気になっていった。ダメよ、華那。気持ちだけでも強く持っていなきゃ。そう自分に言い聞かせるけれど、正直に言って、逃げ出したい。

 気持ちを紛らわせようとイヤホンをして聴いていた音楽。そんな私の気持ちを表したかのような歌詞が出てきた。

 

『逃げ出したくなるような夜に 抱きしめていてくれるのは誰』

 

 この曲、本当は別れた彼女との思い出や後悔を歌った物だと私は思っている。なのに、今この瞬間。その部分だけ聞いてしまうと、弱い気持ちの自分を表現したかのような錯覚をしてしまう。

 

「華那ちゃーん、起きてる?」

 

「はい……」

 

 看護師さんが私の様子を見に来た。イヤホンを外して、返事をするけれど、今まで見たいな元気な声が出せなかった。体全体が重くて、声帯すら上手く動かせないような感覚。本当、この状態でだいじょぶなんだろうかと不安になる。

 

「かなり辛そうだね……お昼ご飯、食べられなそう?」

 

 心配してくださる看護師さん。もうお昼の時間だったらしい。正直、今食べてもすぐに戻すのは確定しているから、私は小さく頷く。

 

「そっか……本当は、栄養取らなきゃいけないんだけど……ちょっと、先生と相談してくるね」

 

「は……い」

 

 そう言って、病室から出ていく看護師さん。この時の私は気付いていなかった。看護師さんが、私の状態を見て、今にも泣きそうな辛そうな表情をしていただなんて――

 

 

 

 華那の治療が始まって約二週間が過ぎた。たった二週間だというのに、華那の体は痩せたように見えた。実際、石田先生に聞いたところ、すでに五キロ以上体重が減っているとの事らしい。本人もそれには気付いてはいるらしいのだけれど、やはり薬の副作用であまり食事をとれていないそうだ。

 本人は私達にきちんと食事していると話していたけれど、そんな嘘をついてまで私達に心配かけないようにとしているののは明白だった。誰が見ても、頬が少しやつれ、疲労の色が濃い表情で言われて、誰が信じられるというの。

 

 華那だって治療していて、精神的にも肉体的にも辛いはず。私が見舞いに行った際。目の前で吐いた事が何度もある。それだけ肉体的に過酷な副作用が華那を襲っているという事。

 最初、その場に居合わせた私は、何もできず、ただ茫然とその様子を見ている事しかできなかった。石田先生からは聞いていたけれど、何もできない自分が情けなかった。

 

「あ、姉さん」

 

 学校が終わり、見舞いに来た私の姿を見て、辛いはずなのに笑みを浮かべて、上半身を起こそうとする華那。私はそれを制止して、寝ていていいと言って、椅子に座る。

 

「体調はどう?」

 

「うーん……良くもなく悪くもなくってところかな?」

 

 苦笑いを浮かべてそう言ってくる華那。これは嘘ね。かなり悪いに決まっている。どちらつかずの状態なら、体を簡単に起こせたはず。でも、私の言葉に甘えて、体を起こさないで横になっているという事は、かなり悪い状態だという事。どうして華那がこんな辛い目に合わなきゃいけないの?

 

「……そう。無理はしちゃダメよ?」

 

「分かっているって……心配性だね……姉さん」

 

 小さく笑う華那。私は優しく華那の手を取って握る。華那も握り返してくれたけれど、その力は今まで色々な場面で手を握ってきた華那の物とは思えないほど弱々しかった。

 

「姉さん……」

 

「なに?」

 

 私の名を呼ぶ華那。その目は不安の色に染まっていたけれど、華那の口から出た言葉は真逆の物だった。

 

「私はだいじょぶだから、そんなに心配しないで。ね?」

 

「華那……」

 

 華那の言葉に泣きそうになる。辛いはずなのに、不安なはずなのに華那は、私の心配をしてくれている。私の目に涙が溜まっているのは、気付いていた。でも、泣く訳にはいかない。だって、一番つらいのは華那なのだから。

 

「だからね……ときには泣いたっていいんだよ?」

 

 辛いはずなのに体を起こして、握っている手とは逆の手で優しく私の頭を撫でる華那。その言葉で私は我慢の限界だった。華那に優しく抱きしめられるように、私は華那の腕の中で泣く。

 

「ごめん、華那……貴女が辛い時に何も……してあげられない……姉で」

 

 華那が辛い時に何もできない自分が情けなくて……今、辛い本人の腕の中で泣いてしまっている事への懺悔。華那は優しく私の背中をさすりながら

 

「そんな事……無いよ。姉さんやみんながいるから、私頑張れるんだから」

 

「華那……ごめんなさい。ごめんなさい……」

 

 何に対しての謝罪なのか、自分でも分からなくなってしまったけれど、私は謝罪の言葉を何度も繰り返したのだった。

 

「姉さん。私の事が心配なの分かるけど、きちんと学校もRoseliaの活動もしなきゃ怒るからね?」

 

 落ち着きを取り戻した私は、華那にもう大丈夫だと伝えて、華那から離れて、椅子に座り直す。それと同時に弱々しい笑みを浮かべながら、私にそう伝えてきた華那。でも――と、言おうとしたら、華那が私の口に右人差し指を当てて

 

「姉さん。今、私は一旦お休みしているだけ。だからその間も、姉さんやRoseliaは頂点に向けて練習して、私が復帰した時に『私達はここにいるわ。早く追いつきなさい』って、私のずっと前で立っていて欲しいの」

 

「華那……」

 

 華那には言っていない本当の状態の事。それを知らないから言える華那。でも私は――

 

「それにね、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「っ……華那。貴女……」

 

 華那の言葉に、私は言葉の詰まってしまった。華那自身、()()()を覚悟している。それなのに私は――

 

「分かったわ……私も頑張るわ……だから、華那……」

 

「うん。私も頑張る」

 

 笑みを浮かべて、私を優しく抱きしめる華那。その体は小さく震えていた。私も華那の体を優しく抱きしめ返す。お願い。私達から華那を奪わないで。どうか……どうか、華那がまたRoselia(私達)と一緒に演奏する機会が訪れますように。そう願わずにはいられなかった。

その後、二人して落ち着いて、他愛のない話しをして私は帰宅しようと、帰る途中に山吹さんと街中で出会った。どうやら山吹さんは練習の帰りのようで、私と同じで学校の制服姿だった。

 

「友希那先輩……こんにちは」

 

「山吹さん、こんにちは……練習の帰りかしら?」

 

 私に気付いた山吹さんが、笑みを浮かべて挨拶してきたので、私もあいさつを返して問う。私の問いに頷きながらそうですと答える山吹さん。その表情はやや暗い。

 

「少し……時間あるかしら?少し話しをしましょう」

 

 その表情を見た私は、自然とそう提案した。正直に言って、山吹さんの様子から見て、練習もうまくいっていないわね。きっとポピパ全員が落ち込んでいて、まともな演奏は出来ていないはず。山吹さんは、少し驚いた様子だったけれども、私の提案を呑んでくれて、山吹さんの家で少しだけ話す事になった。

 山吹さんの家に来るのは……華那がびしょ濡れで泣いていた時だから、Roselia結成直前ね。あれから五か月近くが経っているのね。本当、この五か月。本当に濃い日々を過ごしていたわね。

 

「それで、山吹さん。練習……あまりうまく言ってないようね」

 

「はい……友希那先輩よく分かりましたね?」

 

 山吹さんの言葉にやっぱりと、心の中で頷く。山吹さん、自分では気を付けていたかもしれないけれど、表情に出ていたわよ。……正直、私も今の状況なら、まともに歌えるかは分からないわ。でも、華那と約束してしまった。()()()()()()()()()()と。

 ああ、強要するつもりはみじんもないわ。ただ、今どういう気持ちか誰かに話すだけでも少しは楽になるんじゃないかしら?それに……

 

「それに?」

 

「山吹さんと私も、華那と同じで付き合いは長いわ。なら、話しやすいと思ったのよ」

 

 そう。華那のお陰で山吹さんとは何度もライブハウスで会っていたし、一時期ドラムを辞めていた時期も、華那に連れられてパンを買いに来た事もあった。他のバンドメンバーに比べれば、私達姉妹と、山吹さんの付き合いは長い部類に入るだろう。

 それに、華那の本当の状況を知っていて、負担は多くのしかかっている。なら、頼んだ私ができる事と言えば、その負担を緩和できるように、話しを聞いてあげたりする事だと思った。……今までの私なら考えもしなかった事ね。

 

「……正直、華那がいなくなったらって、考えたら不安で……」

 

「……」

 

 ぽつりぽつりと話し始めた山吹さん。寝ても、途中で目が覚めて、華那の安否を知りたくなる日もあるとの事らしい。それが影響してか、ここ数日は、学校生活でも些細なミスをする事が増え、練習でもうまくドラムが叩けない状況との事。それに引っ張られるように、Poppin'Partyの演奏事態がガタガタになってしまっているそう。

 山吹さんが華那とは本当に仲が良いのは私も知っている。だから、山吹さんを襲っている不安は私と同等だと思う。ええ、最悪を想像するのは分かるわ。私もそうだから。

 

「そう……ですよね。友希那先輩は、家族だから尚更……」

 

 母親が入院して、バンドを辞めた事のある山吹さん。そのぐらい大切に思っていてくれているのだろう。それは本当にありがたいと思う。でも

 

「華那は今、辛い思いをしながらも闘っているわ。私も、さっき、華那の前で泣いてしまったのだけれど、今は華那が少しでも生きる希望……とでも言えばいいかしら。私達が、前へ進む姿を見せなければいけないわ」

 

「前に進む……」

 

 ええ。そうよ。と、答えてから、私は今日華那から言われた事を山吹さんにも話した。山吹さんも辛いのは百も承知よ。でも……それでも――

 

「華那に、そんな表情見せるつもり?」

 

「それは……」

 

 私の言葉に戸惑う山吹さん。そんな表情を見せたら、間違いなく今日の私の二の舞になる。それは他の人にも言える事なのだけれど、今は華那の親友とも呼べる貴女だから言っておきたいのよ。

 

「……華那は、私達が学校やバンド活動している間も、独り病室にいるわ。その孤独は私達には到底理解できないものよ。なら……私達が会いに行った時ぐらい、華那が笑顔でいられるようにする――それが私達が今できる最大限の事じゃないかしら?」

 

「華那が笑顔でいられる……ようにする……」

 

 今日、華那と話していて私は、華那の不安は独りで病室にいるのも影響しているのだと気付いた。私と話していた最後の方で、華那は笑っていたのだから。本当に、辛いのは分かっているわ。でも……私達が前に進まなければ、華那は自分のせいだって思ってしまうわ。それは……山吹さんも避けたいでしょう?

 

「はい……でも……私にできるか……分かりません」

 

 俯いて、力なく呟くような声で話す山吹さん。それはそうよ。私だって、今こうして話しているけれど、明日になったらうまく立ち回れていないかもしれないわ。私達は感情がある人間よ。そう簡単に割り切れる訳が無いわ。でも――

 

「私は……いえ、私達は華那が追い付くと信じて進むしかないの」

 

「友希那先輩……」

 

 華那の言葉を思い出す。先に進んでいて――その言葉を信じるしかない。華那に嘘をついているのは、確かに後ろめたい気持ちもあるし、罪悪感もあるわ。でも……頑張っている華那が心配だからって、私達が歩みを止めるのは違うと思うのよ。

 

「強制はしないわ。でも、出来る事なら、山吹さんも……Poppin’Partyの皆も、一歩とは言わないわ。半歩でもいいから前に進めるように、歩みを止めないで欲しいのよ」

 

「……そうですね。……分かりました。友希那先輩……ありがとうございます。話し聞いてくださって」

 

 頭を下げる山吹さん。やめて頂戴。私は、貴女に重い枷を与えた人間なのよ?そう簡単に頭を下げるべきじゃないわ。

 

「いえ、友希那先輩と話しをしなかったら、私はまたあの頃と同じ事を繰り返したはずですから。本当にありがとうございます」

 

「そう……」

 

 再び頭を下げる山吹さんを見て、私はなんとも言えない感情が芽生えていた。ただ、山吹さんの方は覚悟を決めたのか、あった時よりもいい表情を浮かべていた。これなら大丈夫そうね。

 その後は、他の人達の様子や、羽丘の方の華那の知り合いの様子など情報交換して、山吹さんの家を後にした。華那に心配かけない……今の私に何ができるかを考えて――

 

 

 

 その翌日。CiRCLEの練習後に会ったAfterglowの美竹さんと宇田川さんと言い争いのような形になってしまい、対バンする事になったのだった。どうしてこうなるのかしらね?本当……。

 



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#59

丸田先生大暴れ

ん?丸田?聖女?鉄拳?
うっ、頭が……


本編ドゾー


 文化祭が明日に迫った金曜日の夜。文化祭の準備も最終段階になり、私も最後まで手伝いをする羽目になってしまった。時間も時間だから、病院に行くのは明日の朝一ね。正直に言って、華那に寂しい思いさせているのだから、心苦しいわね……。

 

「ただいま……」

 

「姉さんお帰り!」

 

 玄関の扉を開けると、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。ついに幻まで見るぐらい自分が追い詰められたのかと思い、その光景を見て固まったわ。幻の華那は首を傾げ

 

「姉さん?姉さーん?」

 

「華那、どうして!?」

 

 私の顔の前で右手を左右に振る華那。その華那に対して、私はなんとか振り絞って出した言葉がそれだった。まさか本当の病状を知って、治療を止めたんじゃ――

 

「えへへ。ここ数日、体調良かったから、()()()()()()()()()()()()()()、明日の文化祭は無理しないなら行って良いって言われたんだ」

 

 と、悪戯が成功して笑みを浮かべる子供のような表情をしている華那を優しく抱きしめる私。良かったわ。でも、華那……今、普通に歩けるのかしら?私はそれが不安だった。治療を始めてから、まともに歩けるような状態じゃなかった華那を心配するのは当たり前。

 華那は私にそれを問われて、右手で頬を掻きながら

 

「先生の指示で、松葉杖と車椅子の両方持ってきたよ」

 

「だと思ったわ……」

 

 なら、明日の文化祭。私は華那と一緒に回らないといけないわね。となると、クラスメイト達には悪いけれども――と考えていると

 

「あ、明日はね、沙綾が一緒に回ってくれるって言うから、姉さんは姉さんで、きちんと自分の役割やらなきゃダメだよ?私の『付き添いだー』って言って、クラスの出し物とかやらないは無しだよ。きちんとやらなきゃダメだよ?」

 

「……分かっているわ」

 

「ホントー?」

 

 笑いながら言う華那だけれども、疲れた様子に見えたので、私は華那の右手を取って自分の肩に回す。華那は驚いた様子を見せたけれど、すぐに俯いて

 

「あはは……姉さんには敵わないなぁ……いつから気付いていたの?」

 

 弱々しい声で私に問いかけてきた。本当なら抱っこしたい所だったけれども、私も荷物を持っているので、肩を貸すぐらいしかできない。でも、すぐにソファーで休ませないといけないわね。

 

「最初は分からなかったわ。でも、松葉杖と車椅子を両方持ってきたと言った時ね。上手く表情を誤魔化したつもりだったようだけれども、疲れが出ていたわよ」

 

「あはは……姉さんよく見ているね」

 

 ゆっくり、無理をさせない程度にリビングに向かい、華那を座らせる。華那はしばらく天井を見上げていた。そして、天井を見上げたまま

 

「本当なら……文化祭行くのは一度反対されたの」

 

 ポツリと呟くように私に話す華那。私はやはりという気持ちの方が強く、何も言えなかった。ついこの前まで、横になるのすらつらい状況だったのに、たった二日三日、体調が良くなった程度で、一時帰宅を許してもらえるほど状況はよくないはずだもの。

 

「でも、無理しないって約束したのはほんとだよ?しかも明日の夕方までって時間も決めて、文化祭に出てもいいって許可は出たんだよ」

 

「ええ。分かっているわ。無断で病院抜け出していたら、今頃大騒ぎよ」

 

 「そうだよね」と、苦笑いを浮かべる華那。間違いなくKMKのメンバーが大騒ぎしていたはずよ。……流石にKMKの存在については華那には言わないわ。何を言われたものか分かったものじゃないわ。それで、華那。明日は山吹さんに頼んだわけね?

 

「頼んだというか……その場で聞かれちゃったというか……」

 

「分かったわ。たまたま、見舞いに来ていた山吹さんが、先生との会話を聞いてしまった訳ね?」

 

 口ごもる華那だったけれども、私の言葉に素直に頷く。それで山吹さんが無理させないように監視を兼ねて、一緒に行動するという訳ね。え、なんですって?Poppin’Party全員が華那と一緒に行動するですって?……不安しかないわね。

 

「あはは……正直、私も不安しかないよ」

 

 苦笑いの華那に、私は右手を額に当てて、盛大に溜息を吐いたのだった。お願いだから、無理はさせないで頂戴。特に戸山さんと市ヶ谷さん――

 

 

 

 ――その頃――

 

「へっくし!」

 

「おいおい、香澄。風邪か?」

 

「うーん……体調は万全だから、誰か噂してるんじゃないかな?」

 

「バッカ。お前の噂するやつなんている訳ないだろ」

 

「あ、有咲ひっどーい!!」

 

「だぁぁぁ引っ付くんじゃねぇぇぇぇ!!」

 

 ――今日も、市ヶ谷家は平常運転です――

 

 

 

 

 

 一時帰宅をした翌日。姉さんは準備があるそうで、何度も私に無理をしないようにと念を押してから学校に向かった。それからしばらくしてから、玄関に設置されているチャイムが鳴ったのはいいのだけれど、既に家の中にまで香澄ちゃんと有咲ちゃん、おたえちゃんの声が聞こえてきていて、誰が来たのかすぐにわかって、私は小さく笑ってしまった。

 

「おはよう。みんな」

 

「おはよう華那!体調はどう!?」

 

「ばっ香澄!!お前、朝からうるせぇんだよ!!」

 

「という、有咲も十分に五月蠅いのでした」

 

「おたえは黙って……って、今『うるさい』って漢字で言っただろ!?」

 

「あ、有咲ちゃん。近所迷惑になるよ?」

 

「華那……無理はダメだからね?」

 

 と、凄まじい勢いで会話が続いていて、私が入る余地が無い。相変わらずだね、ポピパの皆は。それと、沙綾。もちろん分かっているし、沙綾が止めてくれるでしょ?と、笑みを浮かべながら言うと、どこか呆れた表情になる沙綾。むう。呆れなくてもいいじゃない。そんな会話をしつつ、私は車椅子に乗せられて、学校へ向かう。いや、最初は松葉杖で行こうと思ったんですよ?でも――

 

「はいはい。華那さっさと座った座った」

 

「ねえねえ有咲。車椅子、押すのは順番でいい?」

 

「それでいいんじゃねぇか?」

 

「私の次はおっちゃんだね」

 

「おたえちゃん、さすがにうさぎのおっちゃんは運転できないと思うよ?」

 

 という流れで、あっという間に私は車椅子に乗せられたのでした。松葉杖はおたえちゃんがしっかり持ってきてくれているので、車椅子が使えない所は松葉杖の出番だね。と言っても、階段で使うのは不安しかないけれど、松葉杖を使うしかない。そう思いつつ、皆と会話しながら学校へ向かう。

 途中途中で、車椅子に乗っているせいからか、奇異の目で見られているように思えたけれど、皆がいてくれたおかげで、それを気にする事なく会話をする事が出来た。でもね沙綾……、そういう目で見た人を睨むのは止めてね?可愛い顔が台無しだよ?あの、りみりんもだからね?睨むというか、私、怒っていますって表情で見ていたでしょ……。

 

「だって、華那ちゃんの事を見世物のように見ていたから……」

 

「りみちゃん。車椅子に乗って、これだけワイワイやっていたら注目もされるって」

 

 苦笑いを浮かべながら、怒っているりみちゃんを宥める。で、沙綾。反省は?

 

「してないよ?」

 

「そこは嘘でもいいから『反省している』って言って欲しかったなぁ!?」

 

 あっけらかんと言ってのける沙綾に、私がツッコミを入れたのは悪くない。悪くないよね?有咲?

 

「そこであたしに話しを振るんじゃねぇ!!」

 

 最後の締めは有咲にやってもらいました。それで笑いが起きて、さっきまでの凄い重い雰囲気はどこか飛んでいった。うんうん。やっぱり笑っているのが、ポピパの皆らしくていいとおもう。とくに、私のせいで暗い表情とかさせたくない。

 その後も、皆で私が入院している間の事を面白おかしく話してくれたので、会話が止まる事は無かった。そして、学校に到着した時に少し問題が起きた。

 

「うわ、凄い人ー」

 

「うげっ……この中、入るのかよ……」

 

 歓声にも似た声を上げる香澄ちゃんに対し、うんざりした様子の有咲。うん。これは私も予想外。これだと、車椅子で移動するのは迷惑になりそうだね。どうしたものか――と、ポピパの皆と話し合っていると、私の担任である上条先生の姿が見えた。あれ?こっちに向かって来ている?どしたんだろ?

 

「上条先生、おはようございます」

 

「おはよう。湊妹、()()()()()()()

 

 車椅子に乗ったままだったけれど、きちんと上条先生に挨拶する。先生も右手で頭を掻きながら挨拶を返してくれたけれど、どこか複雑そうな表情を浮かべているようにも見えたけれど、すぐにいつも通りの気怠そうな表情になると

 

「湊姉から来るという話しは聞いているわ。車椅子(そのまま)でいいから校舎に入るわよ」

 

「あ、はい」

 

「あの!私達もいいですか!」

 

「おい、香澄!」

 

 私と先生の会話のタイミングを見計らって、香澄ちゃんが右手を挙げて先生に質問する形で聞いた。それを咎めるような声を上げる有咲。有咲、香澄ちゃんだからそこは諦めなよ……。

 

「ああ、話しは聞いているわ。今日一日、湊妹の事をお願いね」

 

「はい!!」

 

 先生からの許可を得て、凄く嬉しそうな表情を浮かべているであろう香澄ちゃん。いや、元気なのはいいのだけれども……。いえ、もう何も言いません。先生が先導してくれたお陰で、スムーズに学校内に入る事が出来た。

 既に、各クラスの催しは始まっていて、教室前で呼び込みしている子達や、パンフレットを配っている子達もいた。で、我がクラスは――と、見て全員で固まった。い、いや。私がいない間に、どこをどうしたらそういう結論に至ったのだろう?

 

「な、なあ……あれって……メイド……だよな?」

 

「どこをどう見てもメイドだね」

 

「う、うん……メイドさんだよね」

 

「すっごい!羽丘ってこんなにクオリティ高いんだ!」

 

「凄いねぇ……あれ、華那?どうしたの、頭抱えて」

 

 メイドさんの着ている服のクオリティに、驚きをみせるポピパのメンツ。車椅子に乗った状態で頭を抱えていた私に気付いた沙綾が声をかけてきた。あのね……あそこ、うちのクラスなんだ。

 

「……華那。その……なんだ。ドンマイ?」

 

「あ、華那ちゃんだ!!って、車椅子!?」

 

 私の肩に手を置いて、慰める(?)有咲。その直後。教室の前でお客さんを呼び込んでいたクラスメイトが私に気付いた。その言葉と共に、教室から一斉にクラスメイトが出てきて、あっという間に私は囲まれて――

 

「華那ちゃん、大丈夫なの!?」

 

「ちょっと、入院してるんじゃないの!?しかも車椅子って!?」

 

「華那さん!大丈夫でしたか!え、私?ええ、もうそりゃもう万全ですよ!今日なんて絶好調でコフッ!?」

 

「あぁ!?また沖野さんが吐血したぁぁぁぁ!?」

 

「あー……沖の字はほうっておけ。で、華那の字。本当に大丈夫なのか?」

 

 と、凄い勢いで話しかけてくるもんだから、応えようにも応えられない状況。というか、沖野ちゃんまた吐血しているし……。これで健康体って言うのだから……嘘でしょ?

 ポピパの皆も凄まじい勢いにポカンとしているし。どれから応えようかと思った時に、教室から蘭ちゃんが出てきた。もちろん蘭ちゃんもメイドふ――

 

「皆、何やってるの。接客して……それに来てくれた華那も困惑してるじゃん」

 

「蘭ちゃん、ごめーん。今戻るー」

 

「はーい」

 

「やだ!華那ちゃんは私の物――キャン!?」

 

「馬鹿言ってんじゃないわよ。殴るわよ?」

 

「いや、それもう殴ってる……」

 

「ほら、仕事するよニート」

 

「まだニートじゃにゃぁぁぁぁぁ」

 

「あれ、猫じゃね?」

 

「ほれ、沖の字。仕事するぞい」

 

「いなくなってしまった……沖野……奏恵の事……忘れないでくだ……コフッ……」

 

「とりあえず、口に沢庵でも詰めておくかの」

 

 蘭ちゃんの言葉で続々と教室に戻っていく。引き摺られていく子もいたけれど、見なかった事にしよう。そうしよう。

 

「華那のクラスって……面白い子ばっかだね」

 

 少し疲れた表情の沙綾。私も怒涛の勢いに疲れた表情を浮かべながら同意する。

 

「凄い勢いだったね!私も負けないようにしないと!」

 

「お前は今でも十分だ……」

 

「香澄ちゃん元気だね」

 

「で、なんで蘭は着物?」

 

 香澄ちゃんがやる気出しているみたいだけれど、それは置いといて……。おたえちゃんが蘭ちゃんだけが着物姿な事を聞いていた。というか、この場にいる全員どうして着物?って思っているから、代表として聞いてくれるのはありがたい。

 

「あたし……華道やってるじゃん。それで『蘭ちゃん!ちょっと普通のメイド喫茶との違い見せるために着物で!!』って、新井さん達が言いだして……」

 

「それは……なんて言っていいのやら……」

 

 どこか遠い目をしながら話す蘭ちゃん。きっと、蘭ちゃんもメイド服着たかったんだろうとね。みんなと一緒じゃないから不安なんだろうと思う。蘭ちゃんの案内で私達が教室に入ると、なぜか私だけ連行されてあっという間にメイド服に着せ替えられたのでした。って、なんで私の寸法知っているの!?

 

「え、お姉さんに聞いたら教えてくれたよ?」

 

「姉さん、何やってるの!?」

 

 私の疑問は簡単に解決したのだけれども、後で姉さん説教しなきゃね。そう心に決めた瞬間だった。

 

 

 

 正直、今日の華那の様子は少しおかしいと私は思っていた。だって、一つ一つの事を大切にしたい――そんな風に見えた。ただ、香澄達はそう見えてないようで、体調良くてよかったねと話している。きっと、華那との付き合いが長いから分かったのだと思う。

 でも、どうしてそんな風に振る舞うの、華那?そんな疑問を抱いていたのだけれど、華那がメイド服に着せ替えられて、車椅子に乗ったままレジ打ち入る。私達も何か手伝おうかと蘭に伝えたのだけれど

 

「華那が無理しないか見ていてくれるだけでいいよ」

 

 と、言われてしまい、レジで待機している華那の所へ行ったら、知らない男性に何か言われていて、華那が困惑した表情――というか、今にも泣きそうなんだけど、何かあった、華那!?

 

「なんでお前だけ車椅子なんだ!そんなんだから最近の若いやつは根性が――」

 

 華那の状態を知らない、男性が華那に対して凄い怒声にも似た声で、華那に絡んでいる。流石に私も怒りを覚えてしまい、反論しようとした時だった。

 

「ねえ、そこの人。ちょっとこっち来てもらっていいかしら?」

 

「あ!?今俺はコイツに――」

 

 男性の肩を叩いたのは、何故か修道服を着た女性。しかも顔は怒ってる。その表情を見て、さっきまで怒っていた男性の表情が一瞬で青ざめた。

 

「ま、丸田先生」

 

 先生!?え、先生がこんなふくそうしてみて回っているの!?と、私達全員が驚きの声を上げたのは必然だと思う。

 

「湊。よく泣かなかったわね。いくら、状況を知らないとは言えど、言っていい事と言っちゃいけない事あるぐらい……大人なんだから分かるわよね?……本当、こんな奴が入ってくるから、私の仕事が多くなるのよ。主も嘆いているわ」

 

 と、言いながら喚く男性の首根っこを捕まえて、引き摺って行く丸田先生と呼ばれた女性。いや腕力凄い!?その後、廊下の奥の方から「悔い改めろっての!」やら「鉄拳聖裁!」などの声が聞こえてきた気がしたけれど、気のせいと思いたい。うん。

 

「……丸田先生、怒ると怖いんだよね……流石、風紀委員会の顧問教師だよね」

 

「あ、あはは……気を付けよ……」

 

「いや、華那。それで済む話しじゃないよな!?暴力振るってるよな、あれ!?」

 

「有咲……深く考えちゃダメだよ?」

 

「華那ちゃん、諦めてない?」

 

「そうだよね。ウサギは可愛い」

 

「いや、おたえ……ウサギ関係ないから」

 

 後はいつも通りの流れになったけれど、本当に羽丘の先生達もこういう行事ごとにノリノリなのにはびっくりした。え?丸田先生ぐらいなの?そんな話しをしつつ、華那と一緒にレジ打ちをしていく。

 途中、友希那先輩のクラスの出し物を見に行きたいと言っていた華那。それを蘭に伝えたら、クラスの全員が華那はもう仕事終了という事にしてくれて、後はゆっくり文化祭回っていいという話しになった。本当、皆から愛されてるね、華那。

 

「うーん……愛されているのか、オモチャにされているのか……ちょっと複雑なところでもあるかな?」

 

 と、メイド服のまま、車椅子に乗って移動している華那は複雑そうな表情を浮かべていた。でも、みんな心配しているのは間違いないよ。そう私が言うと、どこか儚げな笑みを浮かべたのだった。どうしてそんな笑みを?そう聞きたかったけれど、すぐに楽しそうな表情を浮かべていたから、問う事は出来なかった。

 

「あ、華那ちゃんだ!って、車椅子!?ギャピ!?」

 

「ミカ五月蠅い!で、華那。大丈夫なの?話しはこっちも聞いてるよ」

 

 友希那先輩のクラスへ行く途中、この前の演奏会で、華那と一緒に演奏した吹奏楽部の植松さんと明石さんに出会った。のだけれど、植松さんが明石さんに鉄拳制裁されていて、私達は固まるしかなかった。

 

「あ、アハハ。だいじょぶです。ここ数日は体調良いんです」

 

「そっか……無理は禁物だからね。いい?」

 

 と、優しく華那の頭を撫でる明石さん。その横でフラフラと立ち上がる植松さん。凄い鈍い音してたけれど、この二人にとってこのやり取りはいつもの事らしい。あー……つまり、香澄と有咲のやり取りみたいなものかと勝手に納得していると

 

「あ!そうだ。華那ちゃんちょっと待ってて!」

 

「え?あ、はい?」

 

 何か思い出したのか、両手を合わせて、どこかに走って行ってしまった植松さん。しばらく、明石さんと皆で話していると、CDケースを持ってきた。なんだろう?そう思っている私の前で、植松さんが華那にそのケースを渡した。

 

「はい、これ!この間の演奏会の映像!」

 

「え?……あ、ありがとうございます!」

 

 受け取った華那は、一瞬驚いた表情を浮かべていたけれど、すぐに満面の笑みで感謝を伝えていた。いいなぁ。それ私も欲しいな……無理だと思うけれど。チラリと表紙を見たら、きちんと表紙まで作られていた。ギターを演奏している華那と、指揮棒を振るっている植松さんが中央に写っていて、その背後にステージ全体の写真が写っている構図。

 裏も見せてもらったら、演奏曲もきちんと表記されていたのもそうだけれど、演奏していた時の、ステージ風景がいくつもあって、これプロのライブ映像ディスクじゃない?ってぐらいの出来だった。え?中には華那と吹奏楽部、一人一人きちんとプロフィール書かれてる?売り物ですよね?

 

 そんな話題で盛り上がっていると、友希那先輩とリサさんも合流して、皆で話しながら色んなクラスの出し物を見て回ったのだった。ただ、友希那先輩もリサさんも、華那のメイド服姿を見て驚いていた。どうしてそうなったのかを説明したら、納得していた。あのクラスなら仕方ないわね――って。

 

 最後に、華那のクラスに戻ると、写真を撮るという話しになって、私達も一緒にと言われるがまま、車椅子に乗った華那と、着物姿の蘭、そして私達を中心にして集合写真を撮ったのだった。

 

 

 文化祭も無事に終わって、私と華那は病院に来ていた。本当は皆で――と、言いたい所だったのだけれど、病院に迷惑になるとの判断で私になった。病院に着くまでの間も、華那と会話をする。今日楽しかった事、驚いた事とか色々と話していた。でも、なんでだろう。華那の目がどこか遠い所を見ているような……そんな気がする。

 病室に戻ってきて、華那がベッドに座って

 

「ねえ、沙綾……お願いがあるんだ」

 

 突然の言葉に、私は嫌な予感しかしなかった。今日一日の華那の様子が気になっていたから。華那は病室に備え付けてある、テレビのある棚から()()()()()()()()()()()

 

「これ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「華那、ふざけないで!」

 

 笑みを浮かべながら言う華那に、私は怒鳴ってしまった。そんな事、華那の口からは聞きたくなかったし、どうして今、それを私に預けようとするの!?華那は小さく微笑んで

 

「ごめん……でも、()()()()()()()()()()()()()()いけないから」

 

「なんで……なんで……諦めちゃダメだよ華那。だって初期なんだか――」

 

 華那の行動に、私は理解できなかった。だって、諦めないって言った言葉は嘘だったの?それに、()()()()()()()()()()()()。本当の病状を――涙を浮かべながら華那を説得しようとする私に、華那は本当に申し訳なさそうに私に伝えてきたのだった。

 

「ごめんね、沙綾。私ね……本当は()()()()()……もって三ヵ月の命。だから……あと二か月と少しなんだ――」

 

 

 




シリアスさん「え?シリアス無いと思った?残念あるんです」

読者の皆様「ヤメレ」

シリアスさん「大臣!?」


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#60

華那「最後かもしれないだろ……だから、文化祭に行っておきたいんだ」

読者の皆様「それ、ティーダぁぁぁぁぁ!!」

華那「だいじょぶ……だいじょぶだから」

コレット「それ、私のセリフだよ?」



正直、テイルズオブシンフォギアになるだなんて誰が思うだろうか……。いや思わない。
でも、コレット可愛かったです(おい

本編、はじまります


「今……なんて……?」

 

 私は震える声で、ベッドに座る華那に問う。華那は知らないはず。なのに……今、華那は間違いなく――困惑、驚き、悲しみ、様々な感情が入り組んでいる私から、視線を外して、華那は窓の外を見ながら

 

「ステージⅣ……末期癌って言われる段階。だから、文化祭だけでも、行かせてほしいって、先生にお願いした……って言うか、我が儘言ったの」

 

 華那は目を細めて、窓から見える夕日でオレンジ色に染まる空を見ていた。なんで、そんな落ち着いた声で、淡々と言えるの?華那の今、考えている事が私には分からなかった。だって、自分が死ぬかもしれないというのに、なんでそんなに冷静でいられるの?どうして私にその話をしたの?色々と言いたい言葉が浮かんでは私の中で消えていく。

 正直、華那が何も考えないでそんな事を言い出す訳がないのは分かっているよ。でも……でも、華那の口から聞きたくはなかった。そもそも、誰が本当の事を華那に言ったの?友希那先輩やリサさん達が言う訳がない。なら誰が――

 

「実はね……ここ数日調子よくて、夜お手洗いに行った時に看護師さん達が話しをしているの……聞いちゃったんだ」

 

「え?」

 

 私が疑問に思っていた事を説明してくれた華那。夜、看護師さんたちの会話?ど、どういう事なの?

 

「んとね……あれは、三日前かな?」

 

 右手の人差し指を顎に当て、少し首を傾げながら話す華那。三日前?そんな……だって、一昨日も昨日も私は見舞いに来てたんだよ?それなのに、普段通りに振舞っていたというの?

 

 

 

 

 

 投薬治療も、ずっとしていると逆に体に悪いという事で、ここ三日ほどお休みだったので、治療中に比べればかなり体が軽くて、食欲も回復してきた。と言っても、病気になる前みたいに食べられるかといえばそうじゃない。三食おかゆと、胃に優しいおかず数品とお茶か牛乳。あと、ヨーグルトもついてたっけ。そんな事を思い出しながら、夜の病院の廊下を歩く。喉が渇いたから、デイルーム*1って呼ばれている、見舞いに来てくれた人や、入院している人達が談話できる大きい部屋があるのだけれど、そこに自販機があるので、そこへ向かっている時だった。

 

「ねえ――の湊華那ちゃんって、――なの?」

 

「?」

 

 ナースステーションの前を通る前。静まり返っている病棟だったからか、看護師さん達の話し声が聞こえてきた。普通なら、無視して飲み物買いに行くのだけれど、私の名前が聞こえてきたから、私は静かにナースステーションに近づいて、看護師さん達から見えないようにしゃがみ込んだ。なんか、潜入ゲームの主人公みたいな事やっている。

 

「そうよ……あれだけ若いのにね……」

 

「手術とかも無理な感じ?」

 

「ええ。先生が言うには癌細胞が転移していて、手術しようにも……華那ちゃんの体が持たないって」

 

 え……。看護師さんたちの会話を聞いた私は驚きのあまり声を出しそうになって、慌てて両手で口を塞いだ。どういう事?だって、先生は()()()()()()()()()()()()()()()()()って言っていたのに――

 

「ねえ、投薬治療も本当は……」

 

「ええ……貴女が考えている通りよ。……()()()()()()()()()()()()()()()()()……だから()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()――」

 

 混乱する私をよそに、看護師さん達は会話を続ける。そして、私にとってあまりにも衝撃的な内容だった。誰があと三ヵ月しかもたないって?正直に言って、簡単に受け入れられるような内容じゃなかった。なら、今投薬治療やっている意味って何なの?あれだけ苦しい思いしても、三ヵ月しか残っていない?そんなの信じられる訳――

 その後も、看護師さん達が話しているようだったけれど、私にその後の記憶はなかった。気付いたら個室に戻っていて、床に座り込んで泣いていた。

 

「いや……だ……やだよぉ……みんなと……わかれ……たく……ないよぉ……」

 

 両目から零れ落ちる涙を両手で拭うけれど、涙は止まる事なく零れ落ちる。なんで、どうしてという想いと、姉さんや両親、沙綾達の顔が頭に過った。その後は、今までの辛い思い出や、楽しかった思い出が流れてきた。

 

「やだ……やだ……まだ……まだ……生きて……いたい……」

 

 私はただ駄々っ子のように、静かに泣きじゃくる。今思えば、夜だから静かにしなきゃ――って、どこか頭の中で冷静に考えていたんだと思う。今思い返せばだよ?ただ、その時の精神状態は最悪だった。もう、思考がしっちゃかめっちゃかで、どうしたらいいのか分からなかった。

 しばらくして、ゆっくりと立ち上がって――正直、その場に誰かいたら、まるで幽霊のような雰囲気だったかもしれない――ベッドに体を投げるように倒れ込んだ。何も考えないようにしようとするけれど、看護師さん達が話していた言葉が脳裏にこびりついて離れない。

 

「いやだ……まだ……夢……諦めたく……ない……」

 

 枕に顔をうずめて左右に振ってみても、息をしばらく止めてみても、何度も頭の中でリピート再生してしまう。泣きそう――いや、既に私は泣いていた。枕も涙で濡れている。なんで、こんなことになっちゃったんだろう……。でも……一つだけ言える事がある。

 

「絶対……諦めない……」

 

 体を起こして、涙を拭いながら決意を口にする。そうじゃないと、その決意が鈍りそうな気がしたから。(やまい)も気から。今、私が弱気になったら、信じて待っている皆を裏切る事になる。それに……私だって、まだまだ皆と色んな事や、色んな景色が見たい。

 だから、三ヵ月とかいう限界(リミット)を超えて、十年、二十年生きるぐらいの気持ちもたなきゃ。でも……()()()()()()()()()()()

 

「手紙……が一番……かな?」

 

 まだ流れる涙を拭いながら思考する。気付けば、空が明るくなってきていた。どのぐらい泣いていたのか自分でも分からない。でも、今できる事。やっておかなきゃいけない事はある。

 

「とりあえず……寝よう……」

 

 眠気なんてあるはずがない。でも……寝なきゃ。ショックは隠せないけれど、寝なきゃ体が本当に悲鳴を上げてしまう。そうならない為にも、無理やりにでも寝なきゃいけない。そう考えて布団に潜り込んで目を瞑る。

 

「せめて……夢の中だけでも――」

 

 そう呟いたのは覚えているけれど、その後、いつ眠りについたのかすら覚えていない。それだけ、精神的に疲れてしまっていたのだと思う。

そして次の日。私は問診の時に石田先生に、昨日の夜に聞いた事が事実か確認する為に口を開いた。

 

「先生」

 

「どうしたの、華那ちゃん?」

 

 いつもなら、問診が終われば笑顔で会話をするのに、今日に限って、私が真剣な眼差しで先生と呼んだからか、先生が少し身構えたように見えた。

 

「私の本当の病状……末期癌って本当ですか」

 

「っ……華那ちゃん。突然どうしたの?」

 

「先生……私の事を思って、伝えないって判断したと思うのですが……昨日の夜、聞いちゃったんです。看護師さん達が話しているのを……私が末期癌で、あと三ヵ月……二か月と少しの命だって事を」

 

 思い出しても体が震えそうになる。だいじょぶ。だいじょぶだから、お願い。震えよ、止まっていて。私の言葉に先生は俯いていたけれど、盛大に息を吐いてから、私の目を見て

 

「昨日の夜勤は……満園さんと徳永さんだったわね……。今度注意しないといけないわね……。華那ちゃんの質問に答えるわ……それは事実よ」

 

「先生!?」

 

「あ、黒瀬さん。いいんです。本当の事を言ってもらった方が、私も覚悟できますから」

 

 先生に付き添って来ていた看護師長の黒瀬さんが、先生を非難するような声を上げたので、私は出来るだけ笑みを浮かべてそう言った。だって、先生の表情を見たら、誰だってそうしたくなるよ。その時、先生は……悲痛な表情を浮かべていたのだから。

 今日までの事が夢だったら、どれだけ幸せな事だろう。病気になってなくて、いつも通りにギター弾いて、バイト行って、姉さんと話して、学校行って……。本当、今までの生活に戻りたい。だから――

 

「先生。私、『もう治療しないでいいです』なんて言いません。だって、諦めたくないんです。もう一度日常に……あの舞台に、今度は皆と一緒に演奏をしたいから」

 

 あの時の光景を思い出す。会場にいた全員の視線が私に向けられて、私と吹奏楽部の演奏で盛り上がってくれた。あの音楽を、ギターを演奏するのが心の底から楽しいと思えた瞬間。それはあの頃――幼い頃――公園で姉さんとリサ姉さんと私の中で交わした約束への一歩だとあの時は思った。

 ……きっと、姉さん達は忘れてしまっていると思う。だって、幼い頃の約束だなんて、

多くの人は忘れるからね。私が覚えているだけでもいい。シロツメクサの事は――

 

「華那ちゃん……」

 

 私の言葉に悲痛な表情を見せる石田先生。ダメですよ。石田先生。医者はそんなに表情に出しちゃダメですよ。あ、なら、一つ我が儘言わせてもらおう。

 

「先生。黙っていた事に対しての、お詫びって訳じゃないんですけど……一つお願いがあるんです」

 

「なにかな?」

 

 困ったかのような笑みを浮かべる先生。ちょうど今週、学校生活の大イベントの一つがあるのを思い出した私は、頭を下げながら

 

「今度の金曜日に一時帰宅させてください。翌日に文化祭に行きたいんです」

 

「それは……許可できないわ」

 

 私のお願いに先生は言葉を詰まらせたけれど、首を横に振りながらダメだと言ってきた。だと思った。それぐらい私の体が酷い状況で、病院にいなきゃいけない。でも――

 

「今の状態で一時帰宅するのは無茶なのは分かっています。でも……文化祭に出るのは()()()()()()()()()()()()。だから……皆と一緒に文化祭を楽しんでおきたいんです。後悔しない為にも……だから、先生。お願いします。文化祭……行かせてください」

 

 頭を下げてお願いする。静まり返る病室。先生も悩んでいると思う。でも、文化祭に行けなければ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。無茶なお願いだって自覚しているけれど……せめて、そのぐらいは許して欲しい。

 私だって、諦めてはいない。でも……もし、本当に二か月とちょっとの命だったら……そう考えると……治療もしなきゃいけないけど、やり残した事の無いようにしなきゃ。都築のおばあちゃんにもよく言われたからね。「やりきったかい」って。最後の瞬間に、やりきったって想えるようにしておきたい。だから――

 

「……わかったわ。一時帰宅、認めます」

 

「本当ですか!?」

 

 渋々――ううん。苦渋の決断といった方がいいかもしれない。顔を上げて見た先生の表情は、苦虫を何匹も嚙み潰したような、そんな表情をしていた。本当は帰したくないのだと思う。もし、体調を崩したら、進行が早まる可能性もあるのだろう。それを考慮すれば、病院にいて欲しいと先生が思うのは当然だと思う。

 その後は、帰るにしても、文化祭に行くにしても、体調が少しでもおかしいと感じたら、すぐに病院に戻ってくることを約束して、一時帰宅が正式に決定したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「その時にね。家帰ったら、手紙を書いておこうって決めてたの」

 

「華那……私……私……」

 

 私は黙っていた事に対する罪悪感と、華那が本当の事を知った瞬間の華那の心情を思って涙を零していた。上手く言葉が出てこない。そんな私を華那は優しく抱きしめて

 

「沙綾は悪くないよ……私が逆の立場だったら、同じ事していたもん。それに……姉さんに頼まれたんでしょ?黙っていてくれ――って」

 

「かぁ……な……」

 

 華那の腕の中で涙を零す私は、名前を呼ぶだけしかできなかった。そこまで理解していて、どうして……どうしてそんな穏やかな表情を浮かべていられるの!?

 

「さっきも言ったけどさ……私、最後まで諦めないから。だから……沙綾。そんなに思い詰めないで。ね?」

 

「華那……っ!……」

 

 私の背中を撫でながら、華那が優しく語り掛けるように宥めてくれたのだけれど、私は気付いてしまった。華那の体が震えている事に。華那は平然と振る舞っているけれど、華那だって不安なんだ。それに気付いた私は、華那を抱きしめていた。

 

「さ、沙綾?」

 

 華那の困惑の声が私の腕の中から聞こえた。でも、これだけは伝えないといけない。

 

「華那……弱気吐いたっていいんだよ。ずっと、平気な振りするのは、華那の心に凄い負担かかるよ。私がそうだったんだから……泣いてもいいんだよ」

 

 涙を流しながら、私は華那にそう伝える。バンドを辞めて、家の事を中心に生活していた私。部屋で一人になると、突然、無力感というか脱力感に襲われてしまい、しばらく立ち上がる事も、何か行動を起こそうとする事も出来なかった時がある。今思えば、心に凄い負担がかかっていたのだと思う。

 そんな時、華那が会いに来てくれて、学校であった事の愚痴を言い合ったり、買い物に一緒に出掛けたりしたお陰で、何とか心を保つ事が出来た時期があった。華那がいなかったら、私はまたバンドを……ポピパにいなかった。だから、今度は私の番。

 

「こわい……こわいよ……さあや……」

 

 涙声で、私の腕の中で懺悔するかのように声に出す華那。私は黙って華那の頭を撫でながら、華那の言葉を聞く。

 

「みんなと……いっしょに……いたい……。また、ステージで見た……あの景色を……今度は皆と……一緒にみたい……。なのに……なんで……なんで……!」

 

「……華那」

 

 華那の心の叫びにも似た感情の吐露に対して、私は黙って華那の頭を撫でながら聞く事しかできなかった。華那がいなくなるという恐怖。それは私や、友希那先輩達も持っている。今まで、華那が普段通りに振舞っていたからこそ気付けなかった。華那が抱えている感情に。

 

「ごめんね……ごめんね、華那……」

 

 涙を流しながら謝る私。力になれない事に対して、黙っていた事に対しての謝罪。謝って許されるような事じゃないのは理解しているのだけれど、私は華那に謝る事しかできなかった。

 その後、落ち着いた華那から私は手紙を受け取った。でも、私は信じたい。この手紙が不要になる事を。華那が……また前みたいに(うち)にきて、笑い合える日が来ることを。

 しばらく二人して抱き合うようにして泣いていたけれど、二人とも落ち着いた時に華那が口を開いた。

 

「……ごめんね、沙綾。沙綾ばっかりに負担かけて……」

 

「大丈夫だよ。このぐらいしか力になれないから、逆に頼ってくれて嬉しいよ」

 

 まだ、泣いた影響で目が真っ赤な華那が謝ってきたけれど、私はそう言って気にしないように伝えた。大丈夫。大丈夫だから。そう自分に言い聞かせる。その後、華那が本当の病状を知っている事を誰にも伝えない事を約束して私は病院を後にした。

 結構長い時間話していたからか、日が沈みかけようとしていた。あの夕日のように華那が消えてしまうのではないか。そんな不安が頭を(よぎ)ったけれど、それを否定するように頭を左右に振って、私は家に帰った。華那から受け取った手紙を大切に持って――

 

*1
病院によって名称が違います




華那が本当の病状を知って、病室で泣いているシーンで、作者が感情移入して泣いていた事をここで正直に言っておきます。(どうでもいい


あと、今後の更新についてですが、ここ最近やってきていた毎週更新ではなく、再び不定期更新に戻ります。
ご了承ください。


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#61

シリアスさん「(約二十日間)待たせたな!!(滅茶苦茶渋い声で」

作者「あ、今回(シリアスさんの)出番少なめですよー(無いとは言っていない)」

シリアスさん「なん・・・だと・・・」


 


「……は……この……うーん……違う?」

 

 土曜日の午前中。天気も良く、体調も良かったので、病院の中庭で私は用紙に詩を書いていた。ギターを弾こうと思ったのだけれど、入院生活し始めてから全く弾けてなかったのと、運動らしい運動もしてないから、ギターを持つだけで精一杯だった。

 まあ、投薬治療で食事取れない時も多々あるから、体力も筋力も落ちるのは明白だよね。本当なら作曲に挑戦してみたかったのだけれど、それは病気に勝ってからのお楽しみって事で。まあ、スマホアプリとか駆使すれば、出来なくもないだろうけれど、やっぱり実際にメロディをギター弾いて作曲したいと思うが強いし、正直に言って楽器を持たずに作曲するのは私には無理。

 

 そう考えるとプロの作曲家の方や、ネットに楽曲投稿している方々のセンスって凄いな。私には到底たどり着けない領域だよ。そんなことを思いながら、詩を考える。思い浮かんだ言葉をただ羅列しているだけのような気がするけれどね。

 

「あら?華那じゃない!なにをしているのかしら!」

 

「こころちょっと待ってー……って、華那じゃん。こんなところにいて大丈夫?」

 

 と、聞き覚えのある元気な声と、その人物を追いかけてきたであろう少し疲れの色が声に乗っている声が聞こえた。

 

「あらあら、弦巻さんと美咲さん。こんにちは。たまには外に出ないと、逆に体に悪いって先生に言われているんですよ」

 

 と、答えながら、弦巻さんの格好を二度見した。到底、病院に合わないハロハピのライブ衣装だったから。視線で美咲さんに問うと、すっごい疲れた表情を浮かべていたので全てを察してしまった。いや、本当にお疲れ様です。

 それで、今日は病院でなにかやるのですか?と、弦巻さんに問うと、満面の笑顔を浮かべた弦巻さんはライブをやるという。なんでも、入院している人達が少しでも笑顔になってもらいたいという事で、定期的にライブをやっているそうだ。凄い行動力……。黒服さん達も大変だぁ……。

 

 でも、入院している私より小さい子達は喜ぶと思う。ずっと、病室や私のようなちょっと年の離れた人と話すぐらいしか入院中できない。それに……治療中はみんな辛い思いしているから。昨日まで元気だった子が、翌日亡くなったって聞いた時は、この世の残酷な現実を突きつけられたような……そんな錯覚すらした。

 特に私がいる病棟は小児がんの子達が集まっている。私の場合、小児がんの分類に入らないのかな?詳しい分類はよく分からないや。ただ、白血病、脳腫瘍、リンパ腫が小児がんの六割近くを占めているらしい。何故か仲良くなってしまった黒瀬看護師長からの話しだから、間違いない……はず。うん。

 

 

閑話休題(それはともかく)

 

 

「なら、準備しないといけないのでは?」

 

「あ!そうね!美咲行きましょう!」

 

「はいはい。じゃ、華那。暇だったら見に来てね」

 

 クルッと体を回転させて、来た道を戻っていく弦巻さん。それを見て呆れた表情を浮かべる美咲さん。でも、その表情はどこか嬉しそうだったのは本人の為にも言わないでおこう。

 さて、私も見に行こうかなって立ち上がろうとしたら、今度は千聖さんがやってきた。しかもサングラス着用して。いや、病院にサングラスしてきたら逆に目立つのでは?そんな疑問を抱いているだなんて知らない千聖さんは、私の所まで優雅に歩いてきて

 

「華那ちゃん……なんで病室にいないのかしら?」

 

 と、来て早々、私、怒ってますオーラ全開の千聖さん。ナンデ!?ナンデ、チサトサンオコッテイルノ!?

 

「……ふふっ。冗談はさておき、今日は調子がいいみたいね。安心したわ」

 

「え……千聖さん?」

 

 怒ったオーラはどこへやら。右手で口を隠して笑う千里さんに困惑するしかない私。恐る恐る千聖さんに問うと、「ちょっと遊んでみたかっただけよ」との回答が返ってきた。いや、あの、本当に心臓に悪いんで、辞めて欲しいなぁ……なんて思ってみたりしちゃったりして……。というか、流石は女優。千聖さんの演技に完全に騙されました。それで、今日はどうしたんですか?お仕事は?

 

「今日は午後から撮影の仕事があるだけよ。だから午前中は華那ちゃんの様子を見に来たって訳」

 

 隣、座るわよと言って、私の隣に座る千聖さんは、私が持っていた用紙を見ながら

 

「華那ちゃん。何をしていたの?」

 

「ちょっと詩を書いていました」

 

 千聖さんが不思議そうに聞いてきたので、私は隠す事なく答える。だって、隠し事したら、すぐさまお説教コースに行くわけだから、それだけは避けないといけない。で、私が詩を書いている理由。本を読んだり勉強したり、治療したり……そういう入院生活だけじゃなくて、何か挑戦してみようと考えた。

 本当なら、作曲をしようと考えたのだけれど、ギターを弾きながら音を確かめつつ作曲をしたい私。でも、病室でやるには他の入院中の方々に迷惑になってしまう。かといってスマホのアプリでちまちまやるのは性に合わないあ。ギターを中庭に持ってこようにも、体力も筋力も落ちているのは自覚しているので却下。というか、途中でダウンする姿が簡単に想像できるのは泣けてくる。

 

「――と、言う訳で、なんとなくなんですけど、作詞やってみようと思った訳です」

 

「なんというか……華那ちゃんらしいわね」

 

 そう言いながら小さく笑う千聖さん。むう。そんなにおかしな事ですかね?これでも、一応(似非)ギタリストですよ?少し頬を膨らませて抗議の声を上げる。

 

「はいはい、そんな表情しても華那ちゃんの場合、ただ可愛いだけだからね」

 

「ひゃにゅ!?」

 

 千聖さんに膨らませた頬を両手で引っ張られた。しかもその感触を楽しむように千聖さんは上下左右に引っ張る。痛い!痛いですって!

 

「あら、華那ちゃん。きちんとケアしているように見えないのに、肌スベスベね。嫉妬しちゃうわね」

 

ほうゆうことでひゅか(どういうことですか)!?」

 

「フフフ、なにを言っているか分からないわよ、華那ちゃん」

 

 と、楽しそうな千聖さんは、そのまま十分ぐらい私の頬で他遊んだのでした。うう。頬痛い。でも、よく考えると、こういうやり取りは入院してからしばらくしてなかったなと思った。まあ、ベッドに横になっていた時間も長かったから仕方ないよね。うん。

 

「そうそう。今日、華那ちゃんにプレゼント持ってきたのよ」

 

 と、唐突に思い出した千聖さんは、持っていたカバンから何かを探して取り出して、私に渡してきた。千聖さんが私に渡したのは一枚の色紙。私に表が見えないようにしていたけれど……なんだろう?首を傾げつつ、表面にして私は驚いた。え、え?嘘……嘘ですよね?

 

「ふふ……華那ちゃんがファンだって聞いていたから、この間、音楽番組の収録でご一緒させて頂いた時に事情説明したら、サインしてくれたのよ」

 

 と、驚きを隠せず、視線を何度も千聖さんと色紙の間を往復させていると、悪戯が成功した子供のような笑みを浮かべながら千聖さんが説明してくれた。

 色紙に書かれていたのは、私が好きなアーティストさんのサイン。しかも、私宛へと「いつか会場で、ギタリスト華那ちゃんと会える日を楽しみしています!」って言葉と本人の写真つき。あの……千聖さん。

 

「なに、華那ちゃん?」

 

「ありがとう……ございます……」

 

 色紙を抱きしめるように持って、千聖さんに頭を下げて言う。本当に感謝してもしきれない。きっと、私のために無茶をしてくれたのだと思う。本当にありがとうございます。

 

「華那ちゃん……いいのよ。私が好きでやった事だから。それに……華那ちゃんの喜ぶ姿が見たかったの」

 

 と、言いながら私を抱きしめて頭を撫でてくれる千聖さん。しばらくその姿勢でいたけれど、千聖さんが仕事の時間が近づいてきたみたいで、そろそろ現場に行く時間との事らしい。本当に、忙しい中、ありがとうございます。もう一度頭を下げる。

 

「いいのよ。華那ちゃんの笑みが見れればそれで十分」

 

「千聖さん……」

 

「あ、それと。その色紙の人にもこの前の演奏会の映像渡してから書いてもらったのよ。『いつか会ってみたい!』って言っていたわよ」

 

「千聖さん!?」

 

 なんで、千聖さんが演奏会の映像を持っていたんですか!?そう問い詰めるも、千聖さんは「また来るわ」と言って逃げるように行ってしまった。千聖さんを見送ってから、私はもう一度、色紙に目を落とす。

 いつか会場で――ってのは、きっと私と一緒にステージに立ちたいって事……だよね?嬉しくもあるけれど、不安もある。私に残された時間は少ない。きっと、この願いは叶わない。そんな気がする。でも……でも、私は諦めない。

 

「願いよかなえ いつの日か

 そうなるように生きてゆけ

 僕は僕に 君は君に

 拝みたおして 笑えりゃいい」

 

 小さな声で歌う。不安を無理やり消し去るように。それと、この色紙にサインを書いてくれたアーティストさんの隣で、ギターを弾ける日が来るのを願って……。

 

「華那。ここにいたのね」

 

「あ、姉さん」

 

 しばらく歌っていたら、今度は姉さんがやってきた。練習は無いの?って、私の隣に座る姉さんに問うと、今日は午後かららしい。

 

「で、華那。どうして歌っていたのかしら?」

 

 と、今にも怒鳴り散らす五秒前ってぐらいの表情の姉さん。いや、私。喉痛めてから全く歌っていなかったわけじゃないヨネ!?鼻歌交じりに歌っていた事はあるじゃない!?そんな事を思いつつ、姉さんに今し方、千聖さんが見舞いに来てくれて、あの人からのサインと言葉が書かれた色紙をもらった事を話す。

 あ、勿論、()()()って言うと、姉さんは()()()()()さんの方を思い浮かべると思ったから、違うアーティストさんである事は伝えたよ。で、その人から、いつか会場で――って書かれていたから、願いを込めて歌っていただけだと説明する。って、なんでこんなに必死になって説明しているんだろう、私……。

 

「そうなのね……今度、白鷲さんに私の方からもお礼言っておくわ」

 

「うん。お願い、姉さん」

 

 と、私の髪を撫でるように触る姉さん。久々に、姉さんに撫でられているような気がする。そんな事を思っていたら、姉さんが急にスマホとイヤホンを取り出して、私に渡してきた。どしたの?

 

「この間、美竹さんと言い合いになって、今度対バンするのだけれど、その時に演奏する新曲を聴いて欲しいのよ」

 

 なるほど……って、なんで言い争いから対バンに発展するんですかねぇ!?疑問を抱きつつ、私はイヤホンをして姉さんに曲を流すようにお願いする。イントロが流れた瞬間、鳥肌が立った。今までのRoseliaにない曲調。シンセとピアノ、ドラムのバスから入る曲。そしてギターのバッキング。徐々に盛り上がってきて、コーラスが入る。すごい。一気に曲に引き込まれる。

 え、二番はラップから!?しかも、メンバー全員っぽいし!?な、なにこれ!?今までのRoseliaから、さらに進化してる。……姉さん、約束守ってくれているんだ。私が癌治療を終えた時に、先に行って「ついてきなさい」って、道標(みちしるべ)になるように――

 

 イヤホンを外して、息を吐く。姉さんは黙って私の様子を見ていたけれど、少し不安そうだった。だいじょぶだよ。そんな不安な表情しないで。

 

「うん。凄い良い曲。Roseliaらしくもあり、新しいRoseliaを表現していると私は思うよ。というか、聴いた瞬間、鳥肌立ったぐらいだもん」

 

「そう……なら、この曲を対バンで演奏するわ」

 

 姉さんは少し安心したような口調で私にそう言う。Roseliaの中では最高の仕上がりだと思っていたのだろう。でも、客観的に聴いた感想も欲しかった……そんなところかな?きっと、私があまりよくないって言ったら、どこが悪かったか聞きたかったのだと思う。

 本当……姉さん達は自分達の足で行動(Action)を起こしている。もし……私がいなくなってもだいじょぶだよね……?万が一の事が頭を過った。でも、それを表に出さないように努めて、姉さんと話しを続ける。

 

「でも、二番をラップ調にするって思い切ったアレンジにしたね」

 

「そうかしら?華那の好きなアーティストだって、そういう曲あるじゃない」

 

「え……あ、ZEROにザ・ルーズ。煌めく人とFOREVER MINE!」

      

 あと全英歌詞ラップの曲B・U・Mと、初期の方にもう一曲あったと思うけど、タイトル思い出せない!LOVING……なんだっけ?

 

「相変わらず、スラスラ出てくるわね……」

 

 と、私がタイトルを思い出そうとしている横で、少し呆れた様子の姉さん。いやいや、呆れないでよ。姉さんだって、ロックならイントロで何の曲か分かるじゃない。それと一緒だよ。そう言うと、姉さんも納得してくれた様子で

 

「まあ、そう言う訳よ。今まで通りだと、私達は頂点に立てない。新しい何かを取り入れていく必要もあるわ。もちろん、今まで積み重ねてきた事も継続して――よ」

 

真剣な表情で、空を見上げながら私に説明してくれる姉さん。新しい事を取り入れつつ、今までの積み重ねか……。ふふ……姉さん、変わったね。そう私は笑いながら姉さんに言う

 

「そうかしら?」

 

「そうだよ。もちろん、良い意味で――だよ」

 

 私の言葉に首を傾げる姉さん。だって、前までなら()()()()()()()()()()()()はずだもの。きっと、前までなら私にこうやって曲を聴かせて感想聴くだなんてしなかったはずだもの。そう言うと、姉さんは黙ってしまった。あれ?怒らせちゃったかな?

 

「いえ……確かにそうね。前までなら、華那に聴いてもらおうだなんて考えもしなかったわね。今まで曲が出来上がった時に、自分が納得しているかしていないかが重要だった。でも今は違う」

 

「うん。それは姉さんが本当の意味でR()o()s()e()l()i()a()()()()()()()()()()からだよ」

 

「そうならいいのだけれど……それはそうとして、そろそろ病室に戻るわよ、華那」

 

 そう言って立ち上がる姉さん。え、もうそんな時間?と、スマホを取り出して時間を確認すれば、そろそろお昼ごはんの時間が迫ってきていた。もうそんな時間なんだ。私も立ち上がろうとしたら、姉さんが右手を差し出してくれていた。もう。だいじょぶだって。心配性なんだから。そう言いつつ、姉さんの手を取って握る。

 

「華那。貴女、自分が無茶しすぎるって自覚はしているかしら?」

 

「……コメントは差し控えさせて頂きます」

 

 と、どこぞの政治家のような台詞を言って、目を逸らす。数秒後には二人して小さく笑う。姉さんと手を繋いで病室へ向かう時に、今度のライブの映像撮って、私に見せてくれるとの事らしい。そこまで気をつかわなくてもいいよと言ったのだけれど、どうやらまりなさんからの提案らしい。全く……公私混同もいいところだよ。と言いながらも、私の顔がにやけている自覚はあった。

 本当、多くの人に支えられているなと、入院してから強く思う。だから、最後まで(あらが)わないといけない。支えてくれている皆と、少しでも多く一緒に過ごしたい。

 

 でも、自覚はしている。私にはわずかな時間しか残ってないと――

 




某箇所、きっとセーフ……?いやセウト?
グレーだよなぁ……是非も無いヨネー

おや?シリアスさんの様子が?


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#62

今回、紗夜さんファンが怒りそうなシーンがあります。
先に謝罪しておきます。
誠に申し訳ございません。

でも、どうしてもこのシーン書きたかったので、ご理解していただければ……。

シリアスさん「尚、話しはどんどん重くなっていきますぜ、旦那!」

お前は出てくんな!




「先生。やっぱり……状況は……悪いですか?」

 

 十一月も終わり十二月に突入した翌日の月曜日。あっという間に冬の足音が近づいてきている。投薬治療をしては休んでの繰り返しを続け、昨日から再び投薬治療を開始した。その影響で、ベッドに横になった状態の私は、問診を終えたばかりの石田先生に問いかける。自分自身でも、悪化の一途(いっと)を辿っているのは自覚している。昨日、体重を量ってみれば、この二か月ちょっとで十キロ近くも落ちているのだから、病状は現状維持か、悪化のどちらかしかないだろうなと気付く。

 姉さんや沙綾。リサ姉と蘭ちゃんは私がかなり痩せた事には触れないでいてくれた。きっと、この四人は()()()()()()()()()()()()()()()()()()。なんとなくだけれど、そう思う。

 

「そう……ね。昨日検査した結果は、今日中には出るけれど、悪い状況には変わりないわ」

 

「です……よね」

 

 苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべる石田先生。きっと、現状の医学で、今の私の状態から快方に向ける方法はないのだろう。投薬治療に、最近は放射線治療もしているけれど、あまり効果はないみたい。投薬治療や手術に、放射線治療を組み合わせて行うのを集学的治療って呼ぶって、黒瀬看護師長が教えてくれた。いや、なんで私にそんな専門用語教えるんですか……。

 それと、最近は薬の強さを一段上げたとの事らしく、髪の毛が抜ける副作用が起きている。枕に結構な量の髪の毛があった時は驚いた。髪の毛……切った方がいいかも。そんな事を考えつつ、次の患者さんのもとへ行く石田先生を見送った。

 

「……ちょっと……名残惜しいな……」

 

 点滴を打っていない右手で髪の毛に触る。入院してからはケアなんてまともにできていないから、結構バサバサな感覚が手に残る。うん。名残惜しいとか言ってる場合じゃないよね。治ったら、また伸ばせばいいんだ。

 ただ、今日は点滴中だし、体動かしたくないほどの倦怠感に襲われているから、今度体調が良くなった日にでも、誰かに切ってもらうか、車椅子を押してもらって、一階にあるっていう美容室にでも行ってみようかな?

 今日も平日。学校はいつも通りある。だから、放課後までは独り。苦しい。寂しい。切ない。どうして私が――なんて言葉が頭の中でグルグルグルグル回る。何度も自問自答して、答えなんて出ない事は、分かり切っているのに……。

 

「早く……放課後に……ならないかなぁ……」

 

 そんな事を呟いて、私は目を閉じた。眠っていれば、少しは苦しさから逃げられるから。でも、その時の私は思いもしなかった。それが本当の意味で私の終わりが近づいている事に――

 

 

 目が覚めて、少しだけ体を起こして時間を見れば、まだ十一時を少し過ぎたところだった。先生の問診があったのが九時前だから、二時間ぐらいしか寝てない。時間が過ぎるのが遅く感じられる。どうしようかと思った矢先だった。喉が焼けるようなそんな感覚に襲われて、私は右手で口を隠すようにして、何度か咳き込んだ。そして、右手に生暖かい感覚が――

 

「え……?」

 

 その感触に、見ちゃいけない気がした。きっと見れば、私は――恐る恐る手のひらを見れば、そこにはベッタリと()()()が――

 それを見たと同時に、突然体から力が抜けた。息もしにくくて苦しい。だ、だれか……だれかよばないと。ひっしに右てをのばして、なーすこーるに手をのばす。しかいがぼやけて、うまくとれない。いしきをうしなちょくぜん。うまくおせたかわからないけれど。とおくからこえがきこえたきがした――

 

 

 

 

「友希那ちゃん。華那ちゃん元気?」

 

 授業と授業の合間の休憩時間の教室。次の授業の準備をしていた私は、誰が話しかけてきたのかと顔を上げる。そこには、少し落ち込んでいるように見える植松さんだった。華那が倒れたのが自分たちの演奏会のせいと思っているようだけれど、それは違うと何度も言っているのだけれど……。

 

「ええ、元気よ。ただ、まだ時間かかるわ」

 

 嘘は言っていない。数日前からまた投薬治療を始めた華那。入院してから体重がかなり落ちていて、やつれたように見えるのに、本人は『元気だよ』と言うのだから、信じるしかない。

 

「そっか……。華那ちゃんに、今度演奏会の映像の感想聞きに行こうと思うんだけど、大丈夫かな?」

 

 そういえば、映像貰ったと言っていたわね。まだ観ていないようだから、明日辺りにでも持ち運び用のDVDプレイヤー持っていこうかしらね。私も観たいわね。華那がどんな表情で演奏していたかを観た――

 

「湊いるか!」

 

 突然、慌てた様子で教室に入ってきたのは華那のクラス担任である上条先生だった。立ち上がって返事をする。上条先生の様子を見る限り、何か嫌な予感がする。上条先生は何か言いかけて、周囲を見て一度口を閉ざして、

 

「ちょっと来てもらっていいか。確認したい事がある」

 

「?……分かりました」

 

 上条先生の様子に疑問を抱きながら、私は上条先生の後応用に教室を出る。しばらく無言で歩く上条先生。そして授業開始のチャイムが鳴った。そのチャイムの音が鳴り終わったと同時に、上条先生が口を開いた。

 

「湊。今すぐ病院に行く。荷物は後で届ける」

 

「え?」

 

 突然の事に私は瞬時に理解はできなかった。ただ、病院に行くという事は――

 

「今先ほどお前の保護者から連絡があった。……華那が集中治療室(ICU)に運ばれた。意識が無いとの事だ」

 

「えっ……華那……が?」

 

 突然の事に、私は言葉を失った。昨日まで私と会話していた華那の意識が無い?しかも集中治療室にいる?どういう事――

 

「湊!?」

 

「……え?」

 

 上条先生の声に気付いた時には、私は床に座り込んでいた。自分でも気付かないほどショックを受けていたようで、立ち上がろうとするけれど、上手く足に力が入らない。それを見た上条先生が、手を差し出してくれて、それを握って何とか立ち上がらせてもらう。

 

「ごめんなさい」

 

「謝る必要はないわ。……正直、私も信じられていないから」

 

 と、下唇を噛みしめながら言う上条先生。私もなんて言っていいか分からず、ただ茫然とする事しかできなかった。その後、上条先生と話していたはずなのに、何を話したのか全く覚えていなかった。ただ、病院へと向かう車の中、私は両手を握って華那の無事を祈る事しかできなかった。

 

 病院について、先生と一緒に急いで集中治療室に向かう。集中治療室の前には石田先生と父さんと母さんが話しをしていた。父さんが私と上条先生に気付いて、私の名前を呼んだ。

 

「友希那……」

 

「父さん、母さん!華那は……華那は!?」

 

 状況を知りたい私は、父さんにしがみつくように華那の容態を問う。父さんは、少しの間、考えるように目を瞑っていたけれど、静かに口を開いた。

 

「いつ目を覚ますか分からない。どう転ぶか分からない危ない状況だ……」

 

「そん……な………華那……華那っ!!」

 

 集中治療室のガラス越しに華那の名前を呼ぶ。人工呼吸器をつけて、苦しそうに呼吸をしている華那の姿が見えた。どうして……どうして華那がこんなに苦しまなくちゃいけないのよ……どうして……どうして……。私の頬を涙が伝い落ちる。

 

「友希那……」

 

 私を後ろから抱きしめてくれる母さん。母さんも泣いているのが声だけで分かった。きっと、父さんだって、表に出さないだけで本当なら泣きたい気持ちだと思う。だって、家族だから。

 

「湊さん。私達医師も看護師達も最善を尽くします」

 

「先生……華那を……娘をよろしくお願いします」

 

 父さんが石田先生に頭を下げる。その後は、華那が意識を失った時の状況説明を受けた。血を吐いていて、意識を失う前にナースコールを押したようだとの事。苦しかったはずなのに……どうして私は、その時傍にいてあげられなかったのだろう。

 状況説明を受けた後、私達家族は集中治療室の前で華那が目を覚ますのを祈る事しかできなかった。

 

 

 学校も終わった頃の時間になり、私は父さんと母さんに「少し休みなさい」と言われて、華那の病室にきていた。華那が倒れたベッドに腰かけて、華那の温もりを求めるように、左手でシーツを優しく撫でるように触る。そこに華那はいないというのに……ね。

 

「友希那さん……」

 

 突然、名を呼ばれ、顔を上げれば、そこには紗夜とリサ。そして山吹さんがいた。紗夜は私に近づいてきたかと思うと、いきなり胸ぐらを掴み

 

「どういう事ですか、友希那さん!!」

 

 と、突然声を荒げる紗夜。リサと山吹さんが驚いた表情を浮かべているのが視界の端に見えた。……分かっている。分かっているわ。紗夜が怒っている理由は。華那の本当の病状を伝えなかった私への怒り。本当の事を黙っていた私が、紗夜に何か言う事は出来ない。いえ、そんな資格はない。私は紗夜の表情を見る事が出来なかった。

 

「さ、紗夜!?」

 

 リサが紗夜を落ち着かせようとしていたけれど、紗夜は私の胸ぐらを掴んだまま

 

「華那さんの『病状は初期』だと言いましたよね?なら、なんで華那さんが集中治療室に運ばれているんですか!!」

 

「紗夜先輩、落ち着いてください!!」

 

 山吹さんとリサが落ち着くように言いながら、紗夜と私を離そうとしている。紗夜が何か言いかけていたようだけれど、私は紗夜の手を掴み

 

「なら……どう言えばよかったのよ……」

 

 静かに紗夜に問いかける。

 

「友希那?」

 

「友希那先輩?」

 

 私の言葉に部屋が静まり返る。顔を上げて紗夜を見ながら、私は想いをぶつけた。

 

「言えるわけないじゃない!華那が末期癌で、三ヵ月の命だなんて!それを言う覚悟が私には出来なかったのよ!!」

 

「え……ゆ、友希那さん……末期って……どう……」

 

 私の言葉に狼狽える紗夜。その紗夜を見つめながら

 

「私だって、全員に言うべきか悩んだわ……でも、皆が華那の事を大切にしていたのを知っていたからこそ、私は本当の事を言えなかった……!全員が平静にいられる訳がない。華那に隠しておく事が出来ないと思ったのよ!!」

 

「では……華那さんにも隠している――」

 

「私達家族が華那に『後三ヵ月しか生きれない』なんて言えると思うの、紗夜!?」

 

 逆に紗夜の胸ぐらを掴み、問いただす。もし、日菜が同じ立場になったら、紗夜は言える訳がない。同じ妹を持つ私達だからこそ分かってくれるはず。その時はそう考えていた。紗夜も、私の言葉に何も言い返す事が出来ず、動揺した表情を浮かべながら私を見ていた。

 

「ゆ、友希那!落ち着いて!紗夜も、一旦落ち着こう。ね、ね?」

 

  私と紗夜を離して落ち着くように必死になるリサ。私は下を向いて、何度も深呼吸をする。私の目には涙が浮かんでいて零れ落ちる前に何度も拭う。さっきも泣いたのに、まだ私の涙は枯れる事が無いみたいね……。こうしている間も、華那は苦しんでいるのに……。

 

「紗夜……言わなかった事に対しては謝るわ。ごめんなさい。でも……私は言えなかった。それだけは分かって頂戴……」

 

「いえ……私こそすみませんでした……。あまりにも突然の事だったので……頭に血が上っていました……」

 

 私が紗夜に謝ると、紗夜は自分の行動を冷静に捉えて、紗夜も謝罪の言葉を伝えてきた。華那が運ばれたという事実に、冷静でいられなくなってしまったのだろうと思う。正直、私だって未だに信じたく無い。確かに、薬の影響で横たわっている時間が増えたとはいえ、昨日まで私と話していた華那が突然、集中治療室に運ばれる事態になるだなんて……。

 

「友希那先輩……華那の状況は……?」

 

 しばらく沈黙が部屋を支配していたけれど、弱々しい声で聞いてきた。もう、ここにいる人間は華那の本当の状態を知っている。もう……隠す事はできない。いえ、隠す必要がない。間違いなく、明日以降にでも、全員に本当の病状を伝えなければいけなくなるのだから――

 

「どう転ぶか……分からない状態よ」

 

「そんな……」

 

「華那……」

 

「華那さん……」

 

 私の説明に全員言葉を失った。私だって信じたくない。華那がいなくなるだなんて。でも、今の私は何もできない。華那が目を覚ます事を祈る事しか……。

 その後も、会話という会話のないまま時間だけが過ぎていった。結局、誰もまともに話す事なく、その日は私以外の三人は家へと帰って行った。ただ、その足取りは重かったように見えたのは、私のみ間違いじゃないはず。

 

「華那……」

 

 私はまた集中治療室に足を運んでいた。石田先生も私の気持ちを汲んでくれたのか、看護師さん達は何も言わず、案内をしてくれた。華那の表情は、私が来た時に見た苦しそうな表情ではなくなってはいた。……いたけれど、目を覚ます事は無く、静かに呼吸を繰り返していた。

 

「お願い……お願いだから、また声を聞かせて……」

 

 その私の小さな願いが叶うかどうか分からないまま、一週間という時間が過ぎるのだった――

 




最初、胸ぐら掴むシーンは蘭にやらせようと考えていました。
でも、華那と同じクラスで、荷物持ってくる役にしてしまったので、話し的におかしくなってしまう。という事で、華那のギターの師である紗夜さんにその役割をしてもらう事にしました。
本当に紗夜さんファンの皆さん申し訳ない……。

あと、作者は医学的な知識は全くありません。なので、おかしいと思われるシーンだったと思いますが、小説内の出来事だという事で一つ……お願いしたいなぁ……と思います。はい。


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#63

シリアスさん「作者は作品すっぽかして」

読者の皆さん「マジで!?(関西弁のイントネーションで)」

シリアスさん「とんずらこいてもうたらしいわ」

読者の皆さん「それ、あかんやん。」


と、言う訳ですので初投稿です()
あ、それと、某箇所で有名なセリフ使ってます。許してください。なんでもしませんから(ぉ


 懐かしい夢を見ていた。私が歌を始めるきっかけとなった時の夢を――

 

「おねーちゃん、じょうずー!!」

 

「ゆきなちゃん。おうたが上手だね!」

 

 幼い頃。私は姉さんについて行って、近くの公園でリサ姉さんと私達姉妹の三人でよく遊んでいた。その時、よく姉さんに歌を聴かせてって言った事を覚えている。あ、姉さんがリサ姉さんに、父さんはもっと上手だって自慢していた。

 この頃は、本当に私達は純粋に音楽を楽しんでいた。次に公園で遊んだ時、父さんも巻き込んで、四人で小さなバンドごっこをオモチャの楽器でやっていたんだっけ……。その時、私は――ううん。今も私は歌が好きだ。喉を痛めて歌えなくなったとはいえ、ギターで音を奏でるのは楽しい。練習している最中、ギターは毎回違う音の表情を見せてくれる。

 

 景色が少し変わったけれど、場所は同じ公園。違うのは父さんがいて、リサ姉さんと私がオモチャの楽器を持っている事。父さんも、ここ最近見せる事の無い、柔らかい笑みを浮かべながら私達と一緒に演奏ごっこをしていた。

 演奏が終わり、上手くできたと子供ながら話している私とリサ姉さん。姉さんも笑みを浮かべながら頷いていた。そんな時だった。

 

「友希那は、歌が好きかい?」

 

「うん!だいすき!」

 

「わたしもすきー!おねーちゃんといっしょにうたうのはもっとすきー!」

 

 小さい頃の姉さんが、ここ最近見せた事の無い、無垢な笑みを浮かべながら父さんの質問に答えていた。その横で、姉さんより小さい私が両手を挙げている。ああ、そうだ。これが私の原点だ。姉さんやリサ姉さんと一緒に音楽をしたい。そう単純に思っていた事が、今は叶わない。

 この頃、確かリサ姉さんがシロツメクサで王冠を作ってくれたんだっけ。それで、三人でバンドしようって約束したんだ。そう。幼い頃の約束……もう叶う事の無い、私以外の二人は忘れてしまったであろう約束。

 

 突然、幼かった私達の姿と風景が消えて、真っ暗な世界に私一人だけがいた。終わりは、きっと……この真っ暗な世界のように寂しいのだろうか。ふと、そんな考えが頭を(よぎ)る。

 

「いや……だ」

 

 小さく呟いたはずの声が暗闇の中で響く。まだ、姉さんの傍にいたい。皆と一緒に色んな景色が見たい。だから、まだ私は……

 

「まだあの世(そっち)には行かない」

 

 一歩踏み出す。闇が深くてどこが出口かも分からない。でも、進まなきゃ。だって、立ち止まってしまったら、すべてが終わってしまうような気がしたから。重い足を動かして、前に進む。こっちの方向で合っているかなんて分からないし、知る訳がない。これが夢ならば、一刻も早く醒めて欲しいぐらいだもの。

 

「?……小さく光が見える?」

 

 なんとなくだけど、前方に小さく白い光りが見える気がした。夢だから何でもありなのね。と、自分の夢を冷静に判断しながらも、少しご都合主義すぎる事に呆れる。まあ、夢だからね。多少は仕方ないかな。そんな事を考えつつ、光の方へ歩いていくと、光の正体はその場に咲いていたシロツメクサ――

 シロツメクサを手に取ろうとしゃがんで手をのばした時、視界がぼやけた。何が起きているか理解できなかった。その後、私の意識も暗転したのだった。

 

 

「う……ん……」

 

 目を開けようとしたけれど、上手く目を開ける事が出来ず、しばらく薄目で天井を見ながら瞬きをする。次第に目が慣れてきた。今、何時だろうかと思って体を起こそうとしたけれど、体が動かなかった。息がしにくいなと思って、口の方を見れば何か透明なものうっすらとだけど見えた。

 

「こき……き?」

 

 声を出したつもりだったのだけれど、あまりに弱々しい声に、自分の声じゃないように聞こえて驚いた。何がどうなっているのか分からない。何が起きたの?混乱する私の耳に、誰かの声が聞こえた気がした。視線をその方向に向ければ、涙を流しながら姉さんが透明なガラス?みたいなのに両手を当てて、何か言っている。

 

「か……目を……!」

 

 今にも泣き崩れそうな姉さん。ああ、また私は姉さんに心配かけてしまったのか。声が出せないから、点滴の射さっていない左手を挙げて、目を覚ましたよ。私はだいじょぶとアピールしてみる。ただ、その私が込めた意味を、姉さんが理解してくれたかどうかは分からないけど……。

 姉さんは、何度も頷いて何か言って、急いでどこかへ行ってしまった。どこに行ったのだろうと、不安を覚えたけれど、すぐに戻ってきてくれるはずだと信じる。少し体を動かそうとするけれど、手を挙げた反動からか、凄い疲れが私の体を襲っていた。

 

 なんで私、人工呼吸器つけているのだろう――と疑問を抱いたと同時に、ああ、吐血して意識失ったんだっけ――と、まだぼんやりしている頭を回転させながら思い出した。それと同時に、私は残されている時間が少ないって事を嫌でも理解した。

 外から廊下を駆けてくるような足音がしてきたかと思ったら、石田先生を連れた姉さんが息を切らせてやってきた。そんなに急がなくてもよかったのに……。

 

「華那ちゃん、私の声聞こえている?」

 

「は……い」

 

 先生が部屋に入ってきたと同時に、そう聞いてきたので私は声を出して返事をした。のだけれど、やっぱり声が上手く出なかった。先生が、今の私の状況を説明してくれたのだけれど、一週間も意識が無かった――だ、なんて私は信じられなかった。

 しかも、結構危険な状態だったらしい。昔の夢を見ていたような気がするけれど、それだけ時間が経っているとは思わなかったな。今目が覚めたばかりだからという事で、もう二、三日は集中治療室で容態が安定するのを待つと石田先生が言っていた。まだ呼吸もうまくできてないようだから、人工呼吸器も外さないとの事らしい。

 

 先生の話しが終わり、ガラス越しに姉さんを見れば、まだ泣いていた。だから、私は小さく手を振ってだいじょぶだとアピールする。姉さんは何度も頷いていた。でも、涙が止まる事は無くて、私はどうすればいいのだろうと悩んでしまった。

 しばらくして、お父さんとお母さんもやってきて、安堵の表情を浮かべていた。危険な状態だったからか、石田先生から体を動かさないようにと注意された。二、三日は退屈な日になりそう――そんな場違いなことを思う私だった。

 

 

 

 

 夕方の六時近くの病院。私は会計待合所の椅子に座っていた。華那が目を覚ました。それは喜ぶべき事。でも……石田先生から()()()()()()()()()()()()()()()()、体の震えが止まらなくなる。

 信じたくないし、そうなってほしくない。現実を受け入れたくない。だから、私は家に帰らずにここで座っている。父さんと母さんは職場の方へ戻ってしまった。華那の事を心配していたけれど、私が行ってきてと言った。華那はきっと、自分のせいで家族が壊れるのは望んでいないはず。そう考えて――

 

 ふと、華那の本当の容態を伝えた時の事が頭を過った。最初、本当の事を隠していたから色々と言われた。ただ、白鷲さんや奥沢さん。そしてアフグロの面々はやっぱりといった様子を見せていて、その面々がその場を抑えてくれた。私の気持ちを汲んで――だ。だからそんなに紛糾することなく、その場は収まった。きっと全員、最悪の事態を覚悟してくれた――と、私は思っている。

 

「友希那先輩……」

 

「来たわね……山吹さん」

 

 私は、華那が目を覚ました事を全員にスマホのメッセージで伝えた。しばらくは安静にしなくてはいけない事も書いて――だ。ただ、山吹さんだけは来るだろうと私は思っていた。

 他のメンバーとはまた違った繋がり……いえ、絆と言うべきかしらね。華那は歌えなくなり、ギターへ。山吹さんは一度音楽を離れた。その間も、交友していた二人。だからこそ、山吹さんは華那の事が心配になってやってきた。そうでしょう?

 

「はい……会えないと分かっていましたけど……友希那先輩に話しは聞けると思ってました」

 

「だと思ったわ。待っていて良かったわ」

 

 私は山吹さんに、私の隣に座るように促す。山吹さんは小さく頷いてから私の隣に座った。どこから話せばいいか……少し考えてしまう。華那が目を覚ましたことは伝えてある。だけれど、どう説明すればいいのかしら……。

 沈黙が私達の間に流れる。山吹さんも何を聞けばいいのか躊躇っているように見えた。どうしたものかしらね……。そう考えていた矢先に口を開いたのは山吹さんだった。

 

「友希那先輩……華那の容態は……」

 

 不安そうな表情を浮かべて私に聞いてくる山吹さん。やっぱりそう聞いてくるわよね……。そう心の中で呟きながら、私は天井を見上げて、先ほど石田先生から聞いた事を山吹さんに伝える。

 

「今度……意識を失うような事があれば……()()()()()()()()()()()と先生に言われたわ」

 

「それって……」

 

 私の言葉に絶句する山吹さん。私も最初聞いた時山吹さんと同じように言葉を失った。覚悟しておいて――つまり、華那が死ぬ――という事を石田先生は私達家族に伝えてきたのだった。

 華那の病状はかなり危険な状態で、正直に言って、目を覚ましたこと自体が奇跡に近いとまで言われた。だからこそ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()との事らしい。先生が本当に悔しそうな表情で話していたのが、私の脳裏に焼き付いている。それだけ、先生も華那の治療に全力を尽くしてくれているという事なのだと思う。

 

「今……華那は……?」

 

 なんとか絞り出すようにして出してきた声で、私に問いかけてきた山吹さん。その声が震えていたのは、気付かないフリをしておく。私は小さく息を吐いてから

 

「今目を覚ましたばかりだからか、状況を理解できてないみたいだったわ。『なんで私、人工呼吸器つけているの?』と思っているようにも見えたわ。しばらくは、容態が安定するまでは、面会はできないわ……」

 

「そう……ですか……」

 

 暗い表情を浮かべる山吹さん。正直、今すぐにでも華那が目を覚ましたのを、その目で確認したいのだろう。華那に残された時間はもう……少ない。それは、山吹さんも理解したようで、体を震わせて涙を流していた。

 

「なんで……なんで……華那が……こんな事に……」

 

「山吹さん……」

 

 私は、その光景を見る事しかできなかった。正直に言って、私も山吹さんと同じ気持ちだったから。抱きしめてあげればよかったのかもしれない。でも……華那の姉である私が、山吹さんを抱きしめて何が言えるというのだろうか。大丈夫?何が大丈夫というのか。華那は今、私達がこうしている間も苦しんでいるのに、大丈夫と言うのは違う。

 なら、ありがとう?それも違う。確かに、華那のことを思ってくれている事への感謝はある。でも、それを今伝えるべき時じゃない。なら、私はなんて声をかければいいのかしら――

 

「すみません……取り乱しちゃって……」

 

「いえ……私もさっきまで泣いていたから、気にしなくていいわ」

 

 気の利いた言葉をかけられない自分が嫌になる。その後も私達の会話は続かなくて、途切れ途切れでしか続かなかった。華那の事や、バンドの事。今後、私達に何ができるかという話しにもなったけれど、ただ、私達にできるのは華那を見守る事。それだけだと思うという結論しか出せなかった。

 

「本当……嫌になるわね。妹が苦しんでいるのに、何もできない自分()でいるのは……」

 

 私はそう自虐的に言うしかできなかった。本心であるし、変われるのならば、華那の苦しみを私に――そこまで考えてしまった。山吹さんもそう考えていたようで

 

「私も……親友だって華那が……言ってくれていたのに……何もできない……」

 

 その後、黙り込む山吹さんと私。いったい、華那に私達は何ができるというのだろうか。それを考えても答えが出る事は無く、私と山吹さんは重い足取りで家路についた。そして、華那との面談が許可されたのは四日後の事だった。

 

「あ……沙綾。来て……くれたんだ」

 

「華那、寝ていていいよ」

 

 ノックをしてから病室に入る。華那が私の姿を見て、体を起こそうとするけれど、私はそれを制止して、ベッドの横に置いてあった丸椅子に座る。意識が戻ってから、華那の姿は本当に弱々しくなってしまった。このまま、本当に消えてしまうのではないかと思うぐらいに……。

 

「体調はどう?」

 

「う……ん。悪くはないかな?アハハ……」

 

 と、苦笑いを浮かべる華那。そう言うって事は、あまり良くないって事。なんで……なんで華那がこんな苦しい思いしなきゃいけないの?

 

「沙綾、そんな顔しないで……私はまだ諦めてないよ?」

 

 弱々しくニコリと笑みを浮かべ、華那は左手で私の頬を触りながら言った。でも……このままじゃ……奇跡でも起きない限り……。そう私が小さく呟いた声を聞いた華那は小さく首を振って

 

「あのね……沙綾。奇跡はね……起きないから奇跡って言うんだよ。現実に起きている事は全部……必然。決められた事なんだと……私は思っているの」

 

 弱々しくあったけれど、諦めた様子ではない華那。私はうっすらと涙を浮かべながら「でも」と言いかけて、華那に止められた。

 

「だからね、これは私が乗り越えなきゃいけない……試練なの。またギターを弾けるようになって……今度こそ……皆と一緒にあのステージに立つ為の……」

 

「華那……」

 

 華那の言葉に、私は何も言えなくなってしまった。涙が零れ落ちて、華那の顔がしっかり見えない。そんな私を見た華那が左手をのばして、私の頭を抱きしめるようにして

 

「だからね……沙綾。そんな思い詰めないで……。いつも通りって訳にはいかないと思うけど……沙綾は沙綾で……ポピパとして……音楽を……いつもの……日常を過ごして……。ね?」

 

「華那……華那っ!」

 

「ごめんねぇ……沙綾……本当、ごめん……」

 

 涙を流す私をあやすように、頭を優しく撫でてくれる華那は、何度も私に謝罪の言葉を伝えてきたのだった。華那は悪くない。そう伝えたけれど、華那は「心配かけているから」って言うだけで、頭を撫で続けてくれるのだった。

 しばらくして、落ち着いた私は、華那に一度だけ取り乱した事を謝ってから、華那にできるだけ日常を過ごす事を約束して、華那に無理をさせない為に、病院を後にした。

 

 帰り道、空を見上げて願う。神様。いるのならお願いです。私の大切な親友を奪わないでください。また元気に、私達と一緒に日常を送れるようにしてください、って――

 もうすぐ冬が来る。この冬を越せれば……きっと華那は――。そんな安直な想いを抱きながら、私は家路についたのだった。

 




前書きのネタは「SHOWCASE 2020 -5 ERAS 8820- Day2」の一幕から。
分かる人いないだろうなぁ……。
まっ、前書き読んでる人といないからいいか(白目

後、一応ですが前書きで替え歌やったので楽曲使用入力してあります。ご了承ください。


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#64

シリアスさん「じゃあさ、(シリアス)ゼンブやっちゃいます?」

読者の皆さん「いや、イチブでいいよ(ほんわか返せ)」

シリアスさん「あ、ちょっとやめてもらえます?(カメラマンに今後の展開が書かれた紙を突き出す)」


前書きのネタが無いんや……


 十二月に入って、日に日に弱くなっていく華那を見て、あたしは何か出来ないか考えていた。華那は「いつも通りに過ごして欲しい」って言っていたけれど、その“いつも”に華那がいなければ、あたし達にとってのいつも通りじゃない。

 華那には黙っていたけれど、こころに頼んで、日本国内で癌治療の経験が豊富で、治療した患者の生存率が高い医師に、華那の診断書を見てもらった。結果は……華那の担当医師の石田先生と同じ事を言われた。

 

 

 

 この状態では、現在の医療では手術は無理だ――

 

 

 

 

 それを聞いた私達は呆然とするしかなかった。このまま華那が弱っていく(さま)を見るしかできないの?あたしは……あたし達は……。

 

「蘭ちゃん……どしたの?」

 

「あ、ううん。何でもない。ボーとしてた。……ごめん華那」

 

 見舞いに来たはずなのに、華那に心配されてしまうこの体たらく。本当、なにやってるんだろ、あたし。意識不明になる前は、華那は体を動かす事も出来ていた。なのに……今は上半身を起こすだけで精一杯な状態だった。

 

「そういえば……もうじきクリスマスだね……」

 

「だね……」

 

「蘭ちゃん。私に気を使わなくていいから……楽しんでね?」

 

 笑みを浮かべながら、そう私に伝えてくる華那。それを聞いて「はい、分かりました」だなんて、あたしが言えるわけない……。華那は……華那は華那で独りこの病室で病気と闘っているのに、あたし達が華那を置いて楽しめる訳がない……。

 

「アハハ……私ね……()()()()()()()()()()()()()()……」

 

「華那?」

 

 突然の、華那の独白にあたしは困惑するしかなかった。足枷って……どういう意味?そう問いかけようとしたけれど、あたしは華那の表情を見て口を閉じた。窓から見える夕焼けで赤く染まった空を見ている華那の表情を見てしまったら、誰も何も言えなくなると思う。だって、華那の表情は――

 

「私も、皆と楽しめればいいと思う。でも……今は外に出る事は……できないし……病室で騒ぐだなんて……許されない。だからって……皆が私に気をつかって……自粛するのも……違うって思うの」

 

「……」

 

 儚げな笑みを浮かべて、ゆっくりとした口調で私に話す華那。私は黙って華那の次の言葉を待つ。

 

「今は……私は動けないけど……必ず……必ず……また皆と一緒に出掛けたり……遊んだり……演奏したり……それが実現できるように……今は休んでるだけだから……」

 

「華那……」

 

 視線を窓から見える赤い空から私に戻して、笑みを浮かべる華那。その表情に私は名前を呼ぶ事しかできなかった。なんで……なんで、一番辛いはずの華那が、あたし達の心配をするの?あたし達が“いつも通り”に過ごせるようにって、気遣いが出来るの?

 華那が無理しないで、あたし達と楽しめる……そんな都合の良い案なんて――

 

 結局、その後も、あたしがいい案を思い浮かべる訳がなく、華那と少し会話をして病院を後にするしかできなかった。家に帰る途中、華那の「気を使わなくていいよ」という言葉があたしの頭の中で何度もリピートされていた。

 

「華那の体調がもっと良ければ……」

 

「華那がどうしたの。蘭?」

 

 突然、背後から声をかけられて、あたしは内心驚いた。それを表に出さなかったあたしは褒めらえていいと思う。うん。だって、声をかけてきた相手を見た瞬間、体中に寒気が走ったのだから。いや、笑っているのに、どこか黒いオーラというか、何故か分からないけど……怒っているというか、そんな印象を受けたのだから――

 

「さ、沙綾。こんばんは……かな?」

 

「蘭、こんばんは。……それで、改めて聞くけど、華那がどうかしたの?」

 

 笑みを浮かべながら、私から見て左側に首を傾げるようにして問いかけてくる沙綾。あの、その……沙綾。華那の体調が悪かったとか、そんな訳じゃなくて……と、あたしは沙綾に言い訳をするかのように説明をする。

 華那があたし達に“いつも通り”に過ごして欲しいと願っている事。あたしは、華那もその“いつも通り”に入れたい事。沙綾の家に向かいながら、あたしが華那の見舞いに行って抱えた問題を話した。

 

「そっか……華那は『足枷になりたくない』って言ったんだ……」

 

「……あたし、何も言えなかった。華那が苦しんで戦っているのに……でも、あたし達だけ楽しむってのは……なんか違う気がする」

 

「蘭……気持ちは分かるけど……私も、華那の意見に賛成だね」

 

 と、思ってもいなかった事にあたしは歩みを止めてしまった。今、沙綾はなんて言った?華那の意見に賛成?なんで?

 

「……逆に、あたし達が気を使えば使うほど、華那が追い詰められていく……そんな気がするんだ」

 

「追い詰められる?なんで?」

 

沙綾は頷きながら、華那ならどう考えるか教えてくれた。

 

「華那はね……本当に優しいんだ。だから、自分が苦しくて、辛くて、逃げ出したくなったとしても、そのせいで周りの人が辛そうな表情するの見たくない……そう考えるの」

 

「それ……最終的に自分を責める……って事?」

 

 沙綾にあたしが問うと、沙綾は小さく頷く。確かに、華那ならそう考えるかもしれない。というか、あたしと話している時に、自分の事より他人の事を考えていたっけ……。じゃあ、あたし達に何ができる?

 あたしと沙綾の二人で、考えるけれど、誰もが満足いくような答えが出てくる訳がなく、沙綾の家についたので、あたしと沙綾は別れたのだった。その後も、スマホで連絡を取り合って考えるけれど、なかなかいい案が出てこなかった。そして数日後。あたしは華那の覚悟を目の当たりにする。

 

 

 

 

「あ……沙綾」

 

「寝てていいよ、華那」

 

「だいじょぶ……今日は調子……いいんだ」

 

 私がノックをしてから病室に入ると、華那は私の顔を見て笑みを浮かべ、体を起こそうとした。慌てて止めたけれど、華那は笑みを浮かべてそう言って上半身だけ起こしたのだった。

 それを見た私は、改めて華那の体が弱くなっていると認識させられた。数日前なら、起き上がる時に両手使わなくても、ベッドの手すりに片方の手を掴んで起き上がる事が出来たのに、今日は両手で掴んでいた。昨日会った友希那先輩は、気丈に振る舞っていたけれど、かなり精神的に参っているのは誰が見ても明らかだった。

 

 病室に用意されている、見舞いに来た人用の椅子に座って、華那と談笑をする。その談笑のペースも華那に合わせている。華那が集中治療室(ICU)に行った前までなら、会話のペースを合わせなくても大丈夫だった。でも、今は華那に合わせないと、華那の会話にかぶさってしまうようになってしまった。

 それだけ、華那が話すという力も衰えているという事。それを理解した時、私の背筋が寒くなるような……そんな感覚に襲われていた。

 

 それに……今日の華那はいつもと違う。なにか、私に言いたそうにしていて、タイミングを見計らっているように見える。ここで、私が聞くのも手かなと思ったけれど、華那のペースがあるはずだから――と、私は気付いていないフリをした。しばらくして、華那が小さく息を吐いてから、私に

 

「ねえ……沙綾。お願いが……あるの」

 

「お願い?」

 

 聞き返した私に頷く華那。なんだろう、お願いって。首を傾げる私を見た華那は、右手で自分の髪の毛を触りながら

 

「髪の毛……切ってもらえないかな?」

 

「え……」

 

 突然の事に私は声を失った。どうして今ここにきて、急に髪の毛を切るだなんて言いだしたのか……。私には理解できなかった。だって、中学時代から、華那はお姉さんである友希那先輩のように、髪の毛を伸ばしてきたのに……なんで……なんでなの華那?

 

「あのね……最近、また一段とね……薬強くしたんだ……。その副作用で……髪の毛……抜けるようになっちゃったんだ……」

 

 苦笑いを浮かべながら、私に説明してくれる華那。でも、それでも切るだなんてっ……。目に涙を浮かべながら華那に言うけれど、華那は力なく首を横に振って

 

「朝起きてね……枕に大量の髪の毛あると……結構……大変なんだよ?」

 

「か……な……」

 

 華那の言葉に、私は華那の名前しか言えなかった。私の想像を遥かに超える状態なのに、華那は明るく振る舞おうと、笑顔を浮かべている。

 

「あ……、みんな呼んで……断髪式みたいに……やろ?みんなで……ワイワイ騒ぎながら……や――」

 

「だめっ!」

 

 華那の言葉を遮って、私は拒絶する。なんで、ダメと言ったのか……後で考えても答えは出なかった。その時の私は、色々と混乱していたんだと思う。そんな私の言葉に、華那は一瞬だけ驚いた表情を浮かべたけれど、微笑んで優しい声色で私に

 

「沙綾……お願いしていい?」

 

「……うん」

 

 その言葉に私は小さく頷いたのだった。

 

 

 

 

 

「華那……本当に大丈夫?」

 

「うん……座っているだけ……なら、だいじょぶ……」

 

 椅子に座る華那を心配する私。途中で倒れないか心配になる。本人は大丈夫だって言っているけれど……ダメそうだったらすぐに止めるからと言って、看護師さんにお願いして用意してもらった髪切り用のハサミを右手に持つ。

 華那の背中って、こんなに小さかったっけ?そう思えるほど、華那の体はこの一、二ヵ月で弱まってしまった。あの時――Roseliaがバラバラになったと聞いた時に、一緒に演奏した#1090やロストシンフォニー、そしてGO FURTHER……。その時、背後から見ていた姿とは全くの別人に思えてしまった。

 

「……」

 

 それと、同時に私の目からは涙が零れ落ちそうになっていて、視界がぼやけてしまっていた。手も震える。なんで……なんで華那がこんな目に合わなきゃいけないの?華那はただ、音楽を……ギターを演奏していたいだけなのに……。神様……華那の歌声を奪っておいて、今度は華那の命まで奪うって言うんですか?信じる者すら救わないって言うのなら私は――

 

「沙綾?」

 

 なかなか切らない私の様子がおかしい事に気付いた華那が、私の名前を呼んだ。そこで、私は何を考えていたのか気付いた。なんて考えしていたんだろう、私。左腕で涙を拭ってから、華那に謝って息を吐いて、震える手で持ったハサミで華那の髪を慎重に切っていく。

 その(かん)、私と華那の(あいだ)に会話はなく、病室には髪の毛を切るハサミの音だけが響いていた。看護師さんに、病室で切ると言ったら渋い顔されたけれど、最終的には切っていいという話しになった。なんでも、一階にある美容室に華那を連れて行けないとの判断らしい。そこまで……そこまでの状態なのに……なんでなの……華那?

 

「……終わったよ、華那」

 

「うん……ありがとう、沙綾」

 

 左手で短くなった髪の毛を触りながら、華那は私にそうお礼の言葉を伝えてきた。なんで……なんで華那……

 

「なんで私にお願いしたの?」

 

「沙綾?」

 

 気付けば、私は疑問を口に出していた。でも実際、私じゃなくてもよかったはず。それこそ友希那先輩でも、リサさんでも……頼めばやってくれる人は華那の周りには沢山いる。なんで私に頼んだのだろう。その疑問に華那は

 

「……本当は自分で……切ろうって……思っていたんだ……けどね……。できなくて……誰かに切って……もらうって、なった時に……真っ先に思い浮かんだのが……沙綾の顔だったの……」

 

「華那……」

 

「ごめんね……沙綾。……迷惑だったよね?」

 

 私に向き合い、頭を下げて謝罪の言葉を口にする華那。やめて、華那。迷惑じゃないから……迷惑じゃないから!そう言いながら、私は華那を優しく抱きしめた。そして気付いてしまった。華那の体が、本当に細く、弱くなってしまった事に。

 

「ごめんね……沙綾。本当……ごめん……」

 

 私の腕の中で泣きながら謝る華那。私は優しく、短くなってしまった華那の髪の毛を優しく撫でる。お願いです、神様。いるのなら、私の大切な親友を奪わないでください。私は……私にとって華那は本当に大切な親友なんです。まだ、華那と一緒に色々な景色を見たいんです。音楽がやりたいんです。だから……だから――

 

「華那……大丈夫。華那の我が儘はさ、中学時代から聞いてきたから、このぐらい迷惑じゃないよ」

 

 心の中で、いるかどうかも分からない神様に祈りつつ、明るい声で華那に伝える。華那は顔を上げて、笑みを浮かべている私を見て

 

「私……そんなに……我が儘言ってないし……」

 

 と、頬を膨らませて抗議の声を上げたのだった。その姿は、入院する前の華那と変わっていなかった。ああ、そっか……。根本的な事を私は忘れていたんだ。確かに入院してから、華那は弱くなったけど、華那の本質は変わっていなかったんだ。それに気付けなかった。どんどん弱まっていく華那の姿を見ていたから……。

 

 切った髪の毛は、下に敷くように置いといた新聞紙の上に全部落ちていたから、片づけは簡単だった。片づけを終えた私は、華那を強制的にベッドに寝かせた。体力落ちているのだから、無理は禁物だから。その後は、学校で何があったとか、香澄と有咲はいつも通りだよとか、そんな会話を華那としていた。

 

「華那、入るわよ……あら、山吹さんも来ていたのね」

 

「あ、姉さん」

 

「友希那先輩、こんにちは。お邪魔しています」

 

 ノックをして入ってきた友希那先輩に、私は立ち上がって頭を下げて挨拶をする。友希那先輩は「そこまでしなくていいわよ」と、少し複雑そうな表情を浮かべていたけれど、どうしたのだろう。と思ったけれど、友希那先輩が華那の髪を見てショックを受けた様子で

 

「か……な……どうしたの、その……髪は?」

 

「あ……うん……切って……もらったんだ……似合っている?」

 

 と、友希那先輩の問いかけに、場違いな笑みを浮かべる華那。いや、華那……友希那先輩は、そういう事を聞きたいんじゃないと思うよ。と、私が伝えるけれど、華那は首を傾げてなんでと言いたげ。いや、あのね……

 

「いえ……山吹さん。説明はいいわ……だいたい予測は……できているわ」

 

 と、いまだショックから立ち直れていない様子の友希那先輩。でも、理由は分かっているとの事なので、しばらくすれば立ち直ってくれると信じるしかないかな……。正直、ロングヘアーだった華那が、突然ショートカットにすれば、誰だって驚くよね。その後、私の予想通り、立ち直った友希那先輩を交えて会話をしたのだった。

 

 尚、後日。切った華那の髪の一部を、お守り用の袋に入れたのは内緒。





沙綾、ヤンデレ待ったなし?




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#65

シリアスさん「セフィ〇スですら空気読む時代なのか……よし!」

読者の皆さん「(おっ。ついに空気読むつもりだな!勝った!第三部完!!)」

シリアスさん「もっとシリアス度高めよう!!」

読者の皆さん「なんでやねん!!」


前書きのネタが尽きた
_(:3」∠)_


 華那が髪を切った――その情報は、華那が髪の毛を切ったその日のうちに5つのバンドメンバー全員に伝わった。驚く人が大半を占めていたと思う。正直、あたしは髪の毛を切ったぐらいで驚く事かな?って、思ってしまった。

 まあ、あたし自身が華那とそんなに深いつながりが無いってのも影響していると思う。華那とハロハピって、どうしてもタイミングが合わなくて、なかなか話す機会がなかった。正直、あたしはあんまり他人と関わりたくないっていうのはあったけど、華那は少し話しただけなのに、少し関わってもいいかなって思える存在だった。でも、タイミングがなかなか無かった。

 

 花音さんは、時々迷子になっているところ助けてもらっていたらしいから、結構仲が良いらしいけど。あと、薫さんは同じ学校という事で、結構話していたらしい。あれ?あまり関わってないのって、あたしとこころ。はぐみだけなんじゃ?

 

「あ……美咲さん……こんにちは」

 

 そんな事を考えつつ、あたしが単独で病室に見舞いに行くと、華那は上半身を起こして本を読んでいた。どうやら、今日は体調がいいらしい。

 

「こんにちは、華那。……今日は体調いいみたいだね」

 

「ええ……今日は……いいんです」

 

 あたしの問いかけに、笑みを浮かべながら答えてくれる華那。でも、CiRCLEで少し話した時や、入院したばっかりの時と比べて、かなり痩せて――ううん、やつれているし、声にも力が無い。……それだけ厳しい状況なんだと、あたしは思ってしまった。

 華那は知らないけど、こころ――弦巻家の伝手(つて)で、癌治療で有名なお医者さんに、診断書を見てもらった結果は変わらなかったらしい。らしいってのは、あたしは花音さん達から聞いただけだから、どういう状況で、こころの伝手を使ったか分からないし、誰がその時、聞いていたかも知る由が無いから。

 

「――でさ、またこころがさ――」

 

「あはは……弦巻さんは……相変わらずだね」

 

 見舞いに来たのに、愚痴を華那に零すあたし。いや、華那に最近何があったかって聞かれたから、最近こころの突拍子もない案から、あたしや花音さんが大変な目にあった事を話しただけ。なんだけど、途中から愚痴っぽくなってしまったのは否定できない。そんな話しだというのに、華那はころころと笑いながら、話しを聞いてくれている。ずっと、病室にいるってのはやっぱり退屈なのかもしれない。

 

「そういえば……美咲さんが……見舞いにきてくれるの……初めてじゃない?」

 

 と、会話が途切れた時に華那が突然聞いてきた。うん。正直、聞かれると思ってた。だって、あたしと華那は他の人に比べれば、そんなに深い関係じゃないから。でもさ……あたしは

 

「友達なんだから当たり前でしょうが」

 

「ほえ?」

 

 へんてこな声を上げて首を傾げる華那。あ、ちょっとショックかも。あたしは友達だと思っていたけど、華那は思っていなかったんだね。よよよ……。

 

「い、いや……そういうわけじゃ……ないよ?ほんと……だよ?」

 

「いや、なんでそこで疑問形」

 

 慌てた様子の華那の様子がおかしくて、私は笑いながらそう言った。華那も、一瞬ポカンとしていたけれど、すぐに小さく笑っていた。でも、本当にあたしは華那とは友達だと思ってる。それだけは本当だから。

 

「うん……ありがとう……美咲ちゃん」

 

 あ、さりげなく「さん」から「ちゃん」に呼び方変わった。華那なりの線引きなんだろうと思いながら、その後も華那の負担にならない程度に会話をして部屋を後にした。……のだけど、華那の部屋を出てすぐに、六十代ぐらいの女性が華那のいる病室へと向かっていて、あたしとすれ違ったのだった。華那の親戚?そんな疑問を思いつつ、あたしは病院を後にするのだった。

 

 

 

 

「……ふう」

 

 今先ほどまで、美咲ちゃんと話しをしていた私は小さく息をついた。話しただけなのに、疲労感が強いのは、それだけ体力が落ちているという証拠なのだろう。話す時も、どうしてもゆっくりとした口調になってしまう。今までみたいに、大きな声も出せない。

 

「本当……しんどいね……」

 

「なら諦めるのかい?」

 

「え……」

 

 突然、聞き覚えのある声がしたので、顔を上げて入口の方に視線を向ければ、そこには――

 

「都築……おばあちゃん?」

 

 まさかの人の登場に私は驚くしかなかった。ライブハウスSPACEでお世話になったオーナーさん。隣の県でライブの時にお世話になった窪浦のお婆ちゃんとも知り合いで、仲が良い。でも……ライブハウス畳んでから、連絡取っていなかったのにどうして?

 

「まりなから聞いたよ。華那……あんたが入院しているってね」

 

「え……おばあちゃん……まりなさんと……知り合いだったの?」

 

 驚く私に、少し呆れた表情を浮かべながらおばあちゃんは

 

「知り合いも何も、あいつは私の弟子だよ。ライブハウスの運営や、バンドへの対応を一から教えたんだからな」

 

 そう……だったんだ。私、SPACE畳んだ後も、何回か都築おばあちゃんに会いにSPACEに行ったんだよ?でも、中は真っ暗で、管理地って看板立っていて入れなかったし……。連絡先も分からなかったし……。

 

「それはすまなかったね。でも、その時の悩みは解決したんだろ?華那」

 

「うん……皆が……いてくれたから」

 

 姉さんと喧嘩した時、どうすればいいかなって思って足を運んだ。もう会えないと思っていた。そういう意味では、こうやって会えたのは嬉しい。

 

「華那……あんた……やりきったかい?」

 

 真剣な表情で私に問いかけてくる都築おばあちゃん。私はゆっくりと、左右に首を振って

 

「まだ……やりきって……ない……。私……まだ……夢……諦めてない……から」

 

 確かに今の状況は辛いけれど、まだ……まだ私は完全に諦めたわけじゃない。いつか、必ず、姉さん達と一緒にステージに立つ……。

 

「……そうかい。華那、あんたは強い子だね」

 

「わふっ……そんな事……ないよ?」

 

 突然、頭を撫でられて、私は変な声を上げる事しかできなかった。でも、以前のような撫で方ではなくて、凄く優しい撫で方だったのは、病気の私に対するおばあちゃんなりの気遣いなんだろうなと勝手に思った。

 

「で……だ」

 

「?」

 

 都築おばあちゃんは、何か取り出して、私に渡してきた。これは……手紙?誰からだろうと思って裏返してみると、そこには「|窪浦ヒカル」と書かれていた。え……おばあちゃんから?と、私が動揺していると

 

「今日は来れなかったけれど、必ず見舞いに来るとさ。それと……『来年のFWFには間に合わせな』だと言っていたよ」

 

「あはは……おばあちゃん……らしいな……」

 

 呆れた口調でおばあちゃんからの言葉を伝える都築おばあちゃん。そうだよね。来年のFWF予選会で、必ずRoseliaの良さ、Roseliaの音楽を認めてもらわなくっちゃいけない。その為には、私も間に合わせないと……。だって、約束したのだもの。来年は参加者として――

 

「華那ちゃん!!」

 

「華那ちゃーん。元気ー?」

 

「ちょっと、若菜。声大きいわよ」

 

 と、都築おばあちゃんと話していたら、乱入者というか、お見舞いにKolor’s(カラーズ)の三人がやってきたのだった。Kolor’sの三人は、都築おばあちゃんとは初めて会ったのだけれど、元SPACEのオーナーと聞いて、すっごく緊張した様子を見せていた。

 なんでも、三人は隣の県だけれど、SPACEの噂は聞いていたらしく、いつか自分達もSPACEのステージに立ちたいと思っていたらしい。というか、隣の県にすら名が届いていたんだ……。都築のおばあちゃんはその三人の様子を見て、小さく笑った後に、また来ると言って帰ってしまった。もう少し……話したかったな。と思ったけれど、おばあちゃんも忙しいから仕方ないよね。

 

「ねえ……華那ちゃん、大丈夫なの?」

 

「そうそうー。私達も心配だったんだよー?」

 

「若菜……ちょっと場を読みなさい」

 

「あ、アハハ……」

 

 三人の怒涛の勢いに私は苦笑いを浮かべる事しかできなかった。こういう時に姉さんか沙綾がいれば、少し楽なんだけどね。この場にいない人の事を出すのはやめておこう。うん。三人は誰からの情報?

 

「ポピパの皆が教えてくれたんだ。やっと期末テストも終わったし、三人で行こうってなったんだ」

 

「うんうん。若菜本当心配だったんだよ~?」

 

「本当なら、すぐにでも行きたかったんだけどね……。やっぱり隣の県から来るってなると、三人の都合が合わなくて……ごめんね」

 

「だいじょぶ……隣の県からはやっぱり……遠いよね……ありがとう……三人とも」

 

 隣の県からやってきてくれただけでも嬉しいし、無理だけはしないでほしいかな。とも伝える。三人ともすごく複雑そうな表情を浮かべていたけれど、きっと、私が無理をしていると思っているのかな?無理はしてないよ、ホントだよ?

 

「若菜……沙綾ちゃんに連絡!」

 

「あいあいさー」

 

「ちょ、待ってよ二人とも!?」

 

 香織ちゃんが若菜ちゃんに指示を出して、若菜ちゃんがすぐさまスマホを取り出して連絡を取ろうとしていた。それを見た由紀ちゃんが慌てて二人を止めようとしていて、本当仲が良いんだなぁって場違いな事を思う私でした。でも、なんで沙綾?とも思った。

 その後、少しだけ談笑して、三人は帰って行った。なんかついでにCiRCLEに行って、ライブやっていたら見ていくそう。勉強熱心だなぁと思いながら、楽しんでいってねと伝えて、三人を送り出した。

 

 Kolor’sの三人が帰ってから、私は少し疲れたのでベッドに横になって小さく呟いた。

 

「そっか……もう期末テスト……終わった……のか……」

 

 そう。二学期の期末テストが終わったという事は、もうじき冬休み。諦めてはいないけれど……皆と一緒に卒業ってのは難しいかもしれない。今の状態だと、まだ治療には時間がかかるから、出席日数やらテスト受けてないって事で、留年って扱いになるのかな?

 

「そっか……このままだと……皆の……一個下に……なっちゃうのか」

 

 天井を見ながら呟く。ただ、いつどうなるか分からない状態なのは、自分自身がよく分かっている。先生はそうならないって言ったけれど、次に意識を無くすほどの事があればきっと――

 そう考えた時、背筋が寒くなる錯覚が私を襲った。ゆっくりと体を起こして首を振って、その考えを否定する。まだ。まだ私は諦めてない。それに、この病棟には、私より小さい子も小児がんと闘っているんだ。年上の私がそう簡単に諦めてどうするの。

 そう、自分に言い聞かせながら窓から見える夕焼けを見る。もうじき、寒さと共に雪が舞い、冬が本格的に訪れる。その季節が過ぎるまで時間はあるけれど、また桜が咲く春がやってくる。

 

 本当にあっという間に季節は巡る。ついこの間、高校に入学したばっかりだと思ったんだけどなぁ。春はバンドメンバー集めで必死に動き回っていたっけ。夏は……FWFの予選会に行って、姉さん達の演奏見て……。秋は吹奏楽部の皆さんと演奏会……。と、そこまで考えてから、私は気付いた。

 

「まだ……演奏会……の動画見てない……」

 

 そう。植松さんから頂いたDVDをまだ私は観ていない。自分がどんな演奏していたのか。どんな表情をしていたのか。会場の皆はどんな表情をしていたのか。今度、姉さんに持ち運びの再生機とDVD持ってきてもらおう。それで一緒に観よう。

 

「それと……ちょっと……やってみようかな?」

 

 私は、ある事を考えていた。これなら、クラスの皆が病室に来なくても、メッセージは送れるし、私が元気だって姿見せられるよね?そうと決まれば、姉さんに頼んでみよう。と、いう事で、姉さんにスマホでメッセージを送る。

 しばらくしてから、姉さんから返事が来た。スマホの画面には「分かったわ。明日、出来るように用意するわ」との文章が表示されていた。私は小さく笑みを浮かべて、姉さんに「ありがとう」と返した。

 さてと、クラスの皆に伝えるメッセージを考えないといけないね。ノートをとって、手当たり次第に、今伝えたい事と、思い浮かぶ単語を書き出していく。それをつなぎ合わせてまともな文章にしていく。ただ、ペンを持つ手に力があまり入らないから、書く時間はかなりゆっくりになってしまったけれど、静かにその様子を見ていた看護師さん達が言うには、とても楽しそうな表情を浮かべていたとの事。覗いていたんですか!?って、こころの中でツッコミを入れた私は悪くない。うん。

 

 

 

 

 もうじき二学期の終業式が近づいてきていたある日。帰りのショートホームルームで、上条先生が何故かプロジェクターとノートパソコンを持ってきた。それを見たあたし達のクラスのほとんどは何事かって思った。あたし自身、なにを見せられるのかと、疑問を抱いていた。今日は華那の見舞いに行きたいのに、なんでそういう時に限って……。そうあたしが思っていると

 

「実は、今日。入院中の湊から、全員宛にメッセージが届いてな。それを見てもらおうと思う」

 

「え……」

 

 先生の言葉に、教室がざわめく。あたしも素っ頓狂な声を上げたと思う。華那からのメッセージ?なんで急にそんなものが?突然の事に困惑するあたし達をよそに、先生はパソコンとプロジェクターとコードで繋いで準備していた。

 しばらくして、窓側の子にカーテンを閉めるように指示を出して、全員に静かにするようにと言ってから、先生がマウスを動かした。その直後に、黒板に華那の病室が映し出され、ベッドの上で上半身だけ起こしている華那の姿が映った。

 

『姉さん。もう始まっているの?』

 

『ええ。もう始まってるわよ』

 

 どうやら動画を撮っているのは湊先輩のようで、そんなやり取りが入っていた。その時点で、普段ならみんな笑うのだろうけれど、今回はみんな笑えなかった。

 あたしは華那の見舞いによく行っていたから、華那の状態を理解はしていたけれど、大勢で行くのはダメだって事で何人か代表者を決めて、クラスとしてお見舞いに行っただけだったから、華那があれだけ痩せている姿を見れば、誰だって言葉を失うと思う。

 

『えと……みんな……元気にしてるかな?山ちゃんと……めぐちゃん。ノッブちゃん達……が代表で……お見舞いに来てくれて……ホント嬉しかったよ。でね……そろそろ……学校も……終業式だから……今回こうやって……動画で皆に……近況報告しておこうって……思って』

 

 と、そこまで言って、一息つく動画の華那。あたしは華那が普通に話す事すらかなり体力を使う事を知っていたけれど、他の子達はかなりショックを受けているように見えた。動画の華那は笑みを浮かべて続けた。

 

『……姉さんと上条先生に……お願いして……撮っている……訳なんだけど……アハハ……ごめんね……ちょっと……話すの……ゆっくりで……聞きにくいかも』

 

 「そんな事ないよ」と誰かが泣きながら言った。あれだけ元気だった華那がここまで弱々しくなっているだなんて誰が思うだろうか。クラスの人間のほとんどが泣いていた。ただ、尾田さんと沖野さんの二人は見舞いに行っていたからか、尾田さんは目を瞑り腕を組んで、沖野さんは背筋を伸ばして、黙って動画を見ていた。

 

『もう……十二月……中旬で……みんな……期末テスト……どうだったかな?……私はね……病室にいるけど……こうやって元気……だよ』

 

 と、笑みを浮かべている華那。正直、みんなそんな訳あるかと言いたいはずだけれど、黙って動画を見ていた。

 

『うんとね……ちょっと……治療が……長引いていて……三学期……戻れるか……分からないんだ……だから、皆と……一緒に進級は……難しいかも……』

 

 その言葉にあたしはハッとした。そうだ。華那は今入院していて、学校にまったく登校できてない。という事は、出席日数が必然的に足りなくなるし、期末テストだって受けてないから、評価もされない……。

 

『でもね……学年変わったとしても……皆とは……クラスメイトだと……思っているから……もし、新学期に……私が登校して会ったら……今までと同じように……接してほしいな……なんてね』

 

 そう言いながら笑う華那。その後も、自分自身じゃなくて、あたし達クラスの事を心配した発言が出てきて、全員、静かに華那の言葉を聞いていた。クラスの半数は泣いていた。

 

『だいじょぶ……心配しないで……。私、必ず……戻るから……だから皆……学校生活……楽しんでね……湊華那でした』

 

 と、最後にそう言って右手を弱々しく左右に振る華那。その手はかなり細くなっていた事に、何人気付いただろう。動画が終わっても、クラスの雰囲気はお通夜状態だった。それを見た先生が教壇を一回叩いて、あたし達の視線を自分に向けさせた。

 

「湊の状態に気落ちする気持ちも分かる。だがな……湊は前を向いて病気と闘っている。その湊が今のお前たちを見たら心配するだろうな……。お前達、病人に心配させるつもりか?」

 

 厳しい言葉が飛んできた。でも、確かに先生の言う通りでもある。華那は病気と闘っているのに、あたし達、クラスメイトに動画を送って、心配するなって言っていたじゃん。その華那に心配させちゃダメだよね。

 

「まあ、すぐに気持ちを切り替えるなんてできないと思う。だが、湊が前を向いているんだ。お前達も一歩……いや、半歩でもいい。前を向いて踏み出そう。湊が戻ってきた時に、心配されないように――な」

 

 先生の言葉に、それぞれが返事をする。涙声の子もいれば、力強く返事をした子。本当それぞれだった。でも、皆思う所があったようだ。あたし自身も、先生の言葉と華那の動画に思う所はあった。だから、華那。戻ってきた時に、あたしの姿キチンと見てよね。一歩と言わず、何歩か先に行くから。そう心に誓ったのだった。

 

 

 ただ、唯一の不安要素があるとすれば……医師の診断通りなら……華那の余命が残り一ヵ月ちょっとしかないという事――

 



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#66

シリアスさん「どうも、パスパレのデスボ担当のシリアスです」

読者の皆さん「いや、それ。一生出番無いやつ!?ってか、それ某動画のパクリ!?」

シリアスさん「その動画、知っているのかよ!?」


もう(前書き)どうにでもなれ(投げやり


 十二月二十四日。クリスマス・イブという、宗教的な意味では、現代日本で多くの人が行っているパーティーとは全く違う意味合いを持つ日。そんな堅苦しい事を少し考えた私だったけれども、今は病室で妹の華那と一緒にノートパソコンのネット機能を使って、()()()()()()()()()とビデオ通話?というものをしていた。

 

「まりなさん……声届いて……ます?」

 

『うん、大丈夫だよ!バッチリ届いてるよ』

 

『華那っ!私の声、姿見えてるぅ!?』

 

『だぁぁ!!耳元で大きな声出すんじゃねぇ!!バ香澄!!』

 

 と、いつも通りのやり取りをする戸山さんと市ヶ谷さん。ほかのメンバーもかわるがわる画面に向かって手を振り、華那に声をかけていた。パスパレの数名は仕事で集まれなかったらしいけれども、今日は五バンドが集まっているので、画面越しでもラウンジが賑やかで、狭く見えた。

 と、ちょうどその時、ラウンジに設置しているカメラ――パソコンの前に黒い物体が突然現れて、何も見えなくなってしまった。故障かしら?と思っていたら

 

「あ……クロちゃん……」

 

『みゃうん?』

 

 華那がその物体が何かに気付いて、その子の名前を呼ぶと、呼ばれ本人が可愛らしい鳴き声を上げた。ああ……にゃんちゃんだったのね。まだ、まりなさん達が保護しているので、クロはラウンジでのびのび過ごしている。

 まりなさんが言うには、かなりお利口らしく、ゲージから出てもラウンジ内をうろつくだけで、トイレなどのしつけも全くしなかったのに、しっかりトイレに行くとの事らしい。でも、保護した時は子猫だったけれど、結構大きくなったわね。今、まりなさんに抱かれて、私達に見えるように抱かれている。

 

「げんき……そうだね……」

 

「ええ。保護した時に比べて、かなり大きくなったわよ」

 

『にゃ!』

 

 と、まりなさんの腕の中で前足を出して暴れるというより、じゃれるクロ。まりなさんも慣れた様子で、クロをあやしている。な、慣れたものね……。いつか私もあのぐらいにゃんちゃんに……。

 

『そっちも準備大丈夫なようだから、()()()()()()()()!』

 

「……ええ。お願い、まりなさん」

 

 始まるまでに、結構時間かかったけれども、まりなさんが進行してくれたおかげで、()()()()()()()()()()()。今日、全員が集まったのはクリスマスパーティーだから――というわけでなく、十月に華那が吹奏楽部と一緒にやった演奏会の映像を見るため。

 文化祭の時に映像を華那は、部長の植松さんからもらったのだけれども、体調面や治療や検査などで、なかなか見るタイミングが無く、今日になった。本当なら、病室でひっそり見る予定だったのだけれども、誰から聞いたのか、弦巻さんが

 

「みんなで見ましょう!!間違いなく楽しいものになるわ!!」

 

 弦巻さんがそう言い出したので、ネットを使っての配信ライブ的なものになったのだった。そう簡単に準備ができるわけがない――と、始めに思った私に奥沢さんが「こころなら、やりますから」と、疲れ切った表情で言っていたのだけれど、その時の私は首を傾げる事しかできなかった。

 奥沢さんの言葉の意味を理解したのは翌日だった。華那の見舞いに来た私が目にしたのは、黒いスーツ姿の人達が、華那にノートパソコンでネット会議システムを使って、演奏会を他の人と同時に見る方法を教えていたのだから。

 

「あ……姉さん……あのね……」

 

 と、笑顔を浮かべて私に説明してくれる華那。スーツ姿の方々も華那の説明に捕捉を入れるようにして、説明は華那主体にしてくれていた。本当……弦巻さんの行動力には驚かされたわね。

 今回は、見る時に弦巻さんの護衛兼補佐役のスーツの方々が配信をサポートしてくれるとの事らしい。……確か、演奏会の時も会場の収容人数の関係でチケット購入できなかった人達のために、配信という形をとっていなかったかしら?

 

「――という事なので、後は華那さんのタイミングで演奏会の映像が流れるようにしますので」

 

「ありがとう……ございます……それと……」

 

 説明を受けていた華那は笑顔を浮かべていたけれど、すぐさま少し暗い表情になって、言いにくそうにしていた。どうかしたのかしら?でも、すぐに意を決したのか、スーツ姿の方々に頭を下げて

 

「ごめんなさい……ご迷惑を……おかけ……して」

 

「え……あの、華那さん。あ、頭を上げてください。我々も華那さんが喜んでくれるのが一番なので……」

 

 と、まさかの事態だったのだろう。華那の隣で親切に説明していた女性がオドオドといった形で華那に頭を上げるようにお願いしていた。まったく……華那は。そう思いながら、私は華那に声をかける。

 

「華那。華那が迷惑かけているわけじゃないわ。今回は、華那と一緒に皆で見たいという思いからやるのだから、素直に『ありがとう』でいいわ」

 

「姉……さん……うん。その……ありがとう……ございます」

 

 と、改めて頭を下げて礼を言う華那。黒服の方々はそれを聞いて、安堵の笑みを浮かべていたのだった。本当……華那の自己評価の低さはどうにかしないといけないわね。

 

「それじゃあ……はじめて……ください」

 

 その華那の言葉に、私は現実に引き戻される。どうやら、向こうの準備が整ったようだ。それと同時に、画面が暗くなった。右下に小さく正方形の枠があり、そこにラウンジの様子が見える仕組みになっていた。

 本当、テレビでよく見るワイプ?だったかしらね。その仕組みまで使うのだから、かなりお金がかかっていそうなのだけれど……気にしたら負けね。多分……。

 

 最初に文字が浮かんできた。指揮者植松ミカさんから始まって、次はギターの華那の名前。そして次が各オーケストラ編成のメンバーときた。その表記が何故か英語表記だったのはプロの映像作品を意識しての事だと思う。その後に出てきたのはステージ裏の映像。全員で円陣を組んでいる場面だった。

 

『それじゃあ、今日の演奏。楽しんでいきましょう!!羽丘吹奏楽部!!』

 

『ファイト!!』

 

 全員で掛け声を出している姿。その中に一人、私達Roseliaと同じ衣装に身を包んで、緊張した表情を浮かべた華那が植松さんの隣にいた。植松さんが何か言いながら華那の肩を揉んで、緊張をほぐそうとしていた。まったく……。

 

「……植松先輩……のお陰で……緊張少し……ほぐれたんだ……」

 

「そうだったのね……」

 

 華那が懐かしそうに、解説をしてくれた。そして映像はステージを正面から撮っているカメラからの映像になって、吹奏楽部の部員が順番にステージに出てきた。植松さんが吹奏楽部の最後に入場し、そして最後にギターを持った華那が入場し、自分の位置に立って会場へ一礼した。

 映像の中の華那が持っているギターは、あのレスポールのアクアブルーだった。このギター、今回が初めてのお披露目だったのよね。植松さんが指揮棒を振り、演奏が始まった。始まってすぐに、私は華那達の演奏に引き込まれた。

 

 最初に演奏したのは#1090。華那の演奏は丁寧に、一音一音大切に。触れて壊れてしまわないような丁寧さ――で、だ。その時の私は、華那たちの演奏を見る事はしないで自分の出番に備えて、裏で発声練習や、最後の打ち合わせなどしていたから、ここまでの演奏をしていたのかと驚きを隠せなかった。

 

 イチブトゼンブのオーケストラアレンジ。そしてMC入ってからの紅蓮華、REDの流れ。どう考えても赤繋がりよね?それを聞いたら、華那は苦笑いを浮かべていた。ええ、言わなくてもわかるわ。どうせ、植松さんの提案でしょうね……。

 

 ただ、まだ四曲だけしか見ていないけれども、華那の演奏技術。夏の頃に比べても格段と上がっているのが分かった。人の心に届くというのかしらね。こう……音色で訴えかけてくる。そんな感覚に私は陥っていた。それに……華那は本当に楽しそうに演奏していた。

 本当……なんでこうなってしまったの?そんな思いが私の中に生まれた。でも、今は華那にそれに気付かれるわけにはいかない。華那も、ラウンジにいるみんなも楽しみにしていたのだから、私一人の感情で台無しにするわけにはいかない。

 

 その後も、演奏は続いていき、Roselia(私達)が登場する場面になった。あの時、歌ったOrchestral Fantasiaでは、かなり感情を込めて歌った影響で、予定していた動きじゃない動きを私がしたので、カメラがついてきていなかった。

 

「久々……だよね。……感情……ここまで込めて……歌ったの」

 

 華那が目を細めて、そう呟いた。言われてみれば、華那と一緒に演奏した時に、ここまで感情を込めていたかと言われれば、込めていなかったと言わざるを得ない。あの時は、ただひたすら正確に歌おうとしていて、歌い方として何が正解かだなんて知らずにいたのだから。

 

「そうね……久々に、華那と演奏できたから、自然と力が入ったのかもしれないわね」

 

「それは……違うよ……姉さん……」

 

 私の言葉を否定する華那。その言葉に、私は首を傾げながら、華那の方を見る。華那は映像を見ながら、まるで子供の成長を遠くから喜んでいる親の微笑みのような……そんな慈愛の表情を浮かべながら

 

「Roseliaを……組んでから……姉さんは……良い意味で……変わったよ。音楽と……向き合うのも……一つの視点……じゃなくて……多くの視点から……音楽と……向き合える……ように……なったんだよ」

 

「……そう……ね。これも、華那のお陰よ。ありがとう」

 

 そうね。確かにRoseliaを結成してから、本当に多くの事を経験してきた。辛い事も、嬉しかった事もあった。でも、リサや紗夜。燐子にあこ。誰か一人でも欠けてしまっていたら、Roseliaはここまで続かなかったでしょうね。だから、これも全部、華那のお陰よ。そう言いながら、私は華那を撫でる。

 華那は、少しくすぐったいようで、目を細めながら映像を見ていた。そうしているうちに、最後の楽曲になった。最後楽曲は華那の尊敬するギタリストのグループの楽曲「兵、走る」だ。

 

「桜吹雪……本当……この景色……綺麗……だったんだよ」

 

「ええ」

 

 桜吹雪を意識した、桜の花びらの型をとった紙吹雪。その中で演奏している華那は笑っていた。本当に演奏が、この景色を見られている事に……そして、この空間にいられることが嬉しそうに。

 

「だから……また……この景色……見るために……あきらめない」

 

「華那……」

 

 まだ、二ヵ月前の事なのに、どこか懐かしそうに話す華那。それと同時に、まだ諦めていないと。でも、華那も気付いているはず。もう、残された時間が――

 それなのに、まだ諦めてないと、病気に打ち勝とうとしている。それがどれだけ苦しくて、険しい道だと理解しているはずなのに。私はその言葉を聞いて、目が熱くなった。華那の前で泣く訳にはいかない。今日のこの上映会。華那は楽しみにしていたのだから、心配かける訳にはいかない。

 

「姉さん……だから……姉さんも……前に進んでね?」

 

「ええ……約束するわ」

 

 笑みを浮かべて、私を見る華那。それに応えるよう、できるだけ笑みを浮かべる。きちんと笑みを浮かべる事ができたのだろうか。そう不安に思ったけれども、華那が笑みを浮かべていたので、私もうまく笑みを浮かべる事が出来たのだろう。

 演奏が終わり、エンドロールが始まった。その時流れていた楽曲は、演奏会で演奏しなかった楽曲だった。これは……

 

「光芒?」

 

「いつ……録音して……たんだろ?」

 

 華那も驚いていた。なんでも、何回か練習していて、アレンジも出来てはいた。だけど、この楽曲がアルバム楽曲という事もあり、知名度の問題から演奏を断念したそうだ。完成度は高い。それに、この楽曲の歌詞は――

 

「だい……じょぶ……。まだ光は……見えている……よ」

 

 華那はそう言って笑う。この曲をエンドロールに使ったのは偶然なのだろう。でも、今の華那への、強いメッセージとも捉える事ができる――そんな楽曲選択だった。

 

 

 

 

「華那、本当楽しそうに演奏してるよね!!」

 

「ええ!笑っているもの!」

 

 吹奏楽部の演奏会の上映を見ていた、香澄と華那の演奏をこころが自分の事のように話していた。最後、エンドロールに未演奏曲が使用されていて、あまり知られていない楽曲だから、皆の反応は乏しかった。でも、私と紗夜先輩はあのアーティストの楽曲だと気付いていた。

 

「山吹さん、気付きましたか?」

 

「はい……。光芒ですね……」

 

 華那が好きなアーティストの楽曲。二〇〇七年に発売されたアルバム楽曲の一つ。ファンの中では評価が高い楽曲らしいけれど、一般認知度は低い。でも、私と紗夜先輩は華那から教えてもらって知っていた。その歌詞の意味も……。

 

「偶然なのでしょうけれど……華那さんもきっと、吹奏楽部からのメッセージとして受け取っている事でしょうね」

 

「はい……」

 

 光芒の歌詞を思い出しながら、私は紗夜先輩の言葉に頷く。光芒の最後の大サビの部分の歌詞が、病気と闘っている華那へのメッセージと思えた。エンドロールも最後に入り、ギターソロ入った途端、黒い背景にスタッフ名の文字だけだったのが、華那達の練習風景が映し出されて、華那が演奏するギターソロシーンが映し出された。

 

『光を求め 歩きつづける

君の情熱がいつの日か

誰かにとっての 光となるでしょう

誰かにとっての 兆しとなるでしょう』

 

 

 最後の大サビのメロディを華那が薄目にしているのだろうけれど、目を瞑って演奏していく。そのメロディと華那の演奏風景は切なく、それでいて力強いものだった。その演奏を見ていた皆、華那の演奏に引き込まれるように真剣に見ていた。何人かは泣いているようで、すすり泣く音が聞こえてきた。

 華那……華那の演奏、誰かを元気づけて、感動させられるぐらいすごいんだよ?だから……だから、諦めないで。また、あのステージに立てる日が来るから――

 

 その後は、華那と友希那先輩とオンライン上で今回の演奏会についての感想を言い合ったり、雑談をしたりしたのだった。途中で、華那と友希那先輩が騒ぎすぎだと、看護師さんに注意されていて、ラウンジにいた皆で笑ってしまった。そんなに騒いでいるようには見えなかったけれど、病院内って事で、注意的なものだったのだと思う。

 こんな穏やかな日が続いて、華那が元気になって退院できる――そんな日が来るようにと、私は心から願わずにはいられなかった。でも、神様って本当に不平等で、クリスマスが終わって、年末。そして新年になって数日後。華那の体はどんどん弱まっていくのだった――

 

 



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#67

シリアスさん「あ、あけましておめでとうございます(震え声
       今年もよろしくお願いします。」

読者の皆さん「もう24日だし、寒中見舞いなのでは?」

シリアスさん「うっせぇわ!」

読者の皆さん「流行に乗ろうとしてるけど、かなり間違ってる!?」


と、言う訳で初投稿です(違う
尚、今回滅茶苦茶長いです。ご注意ください


 年が明けてから、華那ちーの体調はどんどん悪化していた。仕事と学校の合間を見て、おねーちゃんとお見舞いに行った時、あたしもおねーちゃんも気付いた――と言うより、ショックを受けた。

 年明け前、最後に会ったのはクリスマスの翌日だったかな?その時は、上半身だけだけど、華那ちーは起き上がる事が出来ていた。でも――

 

「あ……紗夜さん……日菜先輩……」

 

 弱々しく起き上がろうとする華那ちーを見て、あたしは言葉が出なかった。だって、つい数日前まではまだ……まだ起き上がれていたし、声も今みたいに弱々しくなかったから。それに、咳だってしていなかったのに、何度も咳をしていた。

 

「無理しなくていいですよ、華那さん。そのままでいいですよ」

 

「あはは……お言葉に……甘えま……すね?」

 

 と、起き上がる事を断念して、横になったままの華那ちー。おねーちゃんは平静を保っていたけれど、小さく体が震えていた。あたしは正直、まだ現実を受け入れる事が出来なくて、どう声をかけていいか分からなかった。

 そんなあたしを置いて、おねーちゃんと華那ちーは会話をしていた。なんで……なんで、そんな冷静に話しができるの、おねーちゃん?

 

「最近、寒いですが……無理はしてないですか?」

 

「はい……看護師さん……達が……部屋の温度……調整して……くれるので……」

 

 それって……自分じゃリモコンで調整すら出来ないって事なんじゃ……。あたしはあまりの華那ちーの病状の進行にショックを受けた。でも、今ここであたしが泣いたら、華那ちーおねーちゃんにも迷惑がかかる。華那ちーは、今こうやってあたし達と話している時だって……病気と戦っているんだから。

 

「最近……Roselia……はだいじょぶ……ですか?」

 

「……ええ。大丈夫ですよ。全員、今度こそという意気込みで練習に励んでいますから」

 

「そう……ですか……。安心……しました」

 

 と、おねーちゃんの言葉に笑みを浮かべる華那ちー。その笑みが本当に儚げに見えて、今にも華那ちーが消えてしまうんじゃないかって、あたしは思ってしまった。

 その後、あたしも何とか話しに加わって、学校であった事や、パスパレであった事を華那ちーに話した。でも……正直言って、あたしが平静を保てていたかなんてわからない。華那ちーの状態から、あたしは最悪な結末しか想像できなかった。

 

「あの……紗夜さん」

 

「なんですか、華那さん?」

 

 そろそろ帰ろうかという時間になった時だった。華那ちーが、おねーちゃんをしっかりと見ながら口を開いた。おねーちゃんとあたしは華那ちーの言葉を待った。華那ちーの口から出た言葉は、あたし達が思ってもいなかった事だった。

 それを聞いたあたしは、泣きそうになったけれど、我慢しておねーちゃんの答えを待つ。おねーちゃんは目を瞑って、考えていたけれど小さく息を吐いて

 

「分かりました……()()()()()()()()()しっかり練習してきましょう。それで()()()()()()()()()()()()()。それでいいですね?」

 

「ありがとう……ございます。それと……ごめん……なさい……わがまま……言って……」

 

 華那ちーは、申し訳なさそうにそう言った。おねーちゃんは穏やかな笑みを浮かべて

 

「大丈夫ですよ。華那さん。しっかり()()()()()()()

 

「はい……おねがい……します」

 

 そう二人は約束して、あたしとおねーちゃんは病室を後にした。家に帰ってから、おねーちゃんは部屋に籠ってギターを弾いていた。少し漏れ聞こえてきたけれど、あたしの知らない曲。

 

「おねーちゃん……今……入ってもいい?」

 

 ノックをしながら部屋の中にいるおねーちゃんに問う。ギターの音が止まり、おねーちゃんが入っていいと返ってきたので、あたしは部屋に入る。おねーちゃんはギターを持っていたけれど、ギタースタンドに置いてどうしたのかと聞いてきた。

 

「華那ちーの事なんだけど……」

 

「日菜?」

 

「大丈夫……だよね?華那ちー死なないよね?」

 

「それは――」

 

 突然のあたしの問いかけに、おねーちゃんは言葉を濁した。人間はいつか死ぬ。それはあたしだって十分理解しているつもり。でも……でも華那ちーは……華那ちはー……

 

「なんで辛いはずなのに……笑っていられるのか、あたしには分からないよ……だってこのままじゃ華那ちー……」

 

「日菜……」

 

 わかんない。分かんないよ、華那ちー……。あたし、華那ちーと同じ状況だったら――あたしの目からは涙が流れ落ちて、おねーちゃんをしっかり見て話す事も出来なかった。そんなあたしをおねーちゃんは優しく抱きしめて

 

「日菜……貴女が言いたい事は理解しているつもりよ。でも……華那さんはまだ諦めていない。まだ、病気と戦おうという意思を持っている。だから……私達は信じて待つしかできないの。……華那さんが病気に負けない事を」

 

「おねー……ちゃん……」

 

 おねーちゃんに抱きしめられたまま、あたしは落ち着くまで、おねーちゃんの腕の中で泣くのだった。その頃、華那ちーが無茶をしている事を知る事もなく――

 

 

 

 

 

「華那!?」

 

 あのレスポール・アクアブルーを持って練習していた私は、突然、病室に沙綾の驚いた声が響いた事に驚いた。あれ?沙綾?今日は来ない日じゃなかったっけ?そう問うと、慌てた様子で私に近づいてきて、私からギターを取り上げて、私の背中を支えながら横に座ってから

 

「本当ならポピパの練習だったんだけど……それより、無理しないで!!」

 

 と、私を寝かせようとする沙綾の手を取って、首を横に振る。沙綾が私の名前を呼んで怒っているけれど、お願い。練習させて。ね?

 

「どういう事……なの?」

 

私の隣に座って震えた声で聞いてくる沙綾。ああ……私はまた沙綾を泣かせてしまったのかと、罪悪感に苛まれたけれど、今回の件は私は譲るつもりはない。だって、これがもしかしたら――

 

「ずっと……病院にいるから……演奏……出来てない……でしょ?」

 

「それは……」

 

 沙綾に支えられたまま、私は病気になる前のような、皆と同じペースで話す事が出来ず、途切れ途切れ。それも息を何度も吐いて話す。本当、体が弱くなったのだと改めて思わされる。思考は今までと同じなのに、声を出すという作業がここまで辛くなるだなんて、本当思わなかったな……。

 

「だから……紗夜さんに……お願いして……今度の……土曜日……に演奏……したいって……」

 

 そう。紗夜さんにお願いしたのは、演奏したいから、私の背後からサポートして、一曲だけ演奏するというわがまま。石田先生にも許可は得ている。ただ、呆れた表情を浮かべていたけれど……私のわがままが()()()()()()()頷いたのは……きっと、()()()()()()()()()()()()()()を先生も理解していたからだと思う。

 

「華那……お願い……お願いだから無茶しないで……」

 

「沙綾……ごめん……でも……演奏……したい……んだ」

 

 涙声の沙綾を優しく抱きしめて、私の意思をしっかりと伝える。紗夜さんにお願いしたのは演奏のサポートだけじゃない。()()()()()()()()()()()()()。紗夜さんならうまい具合に理由をつけて連れてきてくれる。そう信じている。ううん。きっと紗夜さんにお願いしなくても、いつも来てくれているのだから、その日も来てくれるはずなんだ。

 でも……確実に来てもらって、紗夜さんのサポートを受けながら演奏する為には必要だったんだ。そう自分に言い聞かせる。

 

「でも……それで体調を崩したら」

 

「だい……じょぶ……この……ぐらいで……崩す……ぐらいなら……もう……前の……段階で……崩れて――」

 

「華那、冗談でもやめて!!」

 

 軽口を叩こうとしたら怒られてしまった。でも、沙綾の表情を見たら何も言えなくなってしまった。今にも泣きそうな表情――ううん。既に泣いていた。だから、私は沙綾の頭を優しく撫でながら

 

「ごめん……ちょっと……軽率……だった……ね」

 

「本当だよ……華那……もっと自分の体大切にしてよ……」

 

 泣きながら私に対して注意する沙綾。本当、沙綾には心配かけてばっかりだな。沙綾だって自分事や、家の事で大変なのに……本当ごめんね。

 しばらくしてから、沙綾も落ち着いたのか、涙声じゃなくて私をしっかりと見つめながら、どうして急に演奏しようと思ったのかと聞いてきた。うん……そうだよね。やっぱり気になるよね。

 

「最近……姉さん……が……元気ない……んだ……」

 

「友希那先輩が?」

 

 私は小さく頷く。そう。クリスマスが過ぎた頃から、私の体調がどんどん悪化していって、咳をするようになって、起き上がる事もままならない状態になった。それを見た姉さんの表情から、笑みが消えたように思う。あくまで私が思うだけだから、何とも言えないんだけれど――と、沙綾に伝える。でも、沙綾も気付いていたようで

 

「最近の友希那先輩……余裕が無いように見えたのは気のせいじゃないんだ……」

 

 と、自分の勘違いと思いたかったのか、そう小さく呟いた。やっぱり姉さん無理しているんだ……。その原因が私なんだ。私が病気になって、どんどん弱々しくなっていく姿を近くで見ているのは――家族である姉さんだ。

 きっと、普段は気丈に振る舞っているだろうけれど、家で独りになればきっと――

 

「だからね……姉さんに……元気……出して……もらえる……ようにって、……ちょっと……チャレンジ……」

 

「でも……分かったよ。でも、私もその演奏に参加するから。それが条件」

 

「え……」

 

 不満そうな沙綾だったけれど、何か閃いたかと思ったらそう言ってきた。唐突な提案というか、条件に私はなんて答えていいか、わらなくなってしまった。だって、私と紗夜さん、そして――だけの本当に小さい小さいセッション。そのつもりだったから。

 

「ど、ドラム……どう……するの?」

 

「ふふふ……無茶しようとしている華那には絶対に教えない」

 

「えー……」

 

 と、悪戯な笑みを浮かべる沙綾でした。本当……どうやって持ってくるんだろう?それ以前に、看護師長の黒瀬さんに許可取っておかなきゃ……。その後、やる楽曲について説明をする。きっと、今の姉さんや私に必要な楽曲だと思うから。

 テンポの事も話しあった私達。最後に沙綾が

 

「もう二人、援軍呼ぶから楽しみにしててね!!」

 

「あの……沙綾?」

 

 すっごく楽しみにしている沙綾だけれど、あの……無理やり連れてくるのは無しだよ?そんな私の不安をよそに、沙綾は「大丈夫大丈夫。華那は心配しなくていいからね」と言って、病室から出て行ってしまった。あの……ほんとにだいじょぶなんでしょうか?

 私の不安をよそに、ちゃくちゃくと準備は進んでいった。私の体調は崩れるどころか、今年に入ってから一番いい状態と言ってもいいぐらい調子が良かった。ただ、それが回復に向かっているかと言われれば違う。これは……蠟燭の灯が最後に輝きを放つように、私の最後が近づいているという事なんだ――そう、私は理解していた。

 

 

 そして、約束の土曜日――

 

 

 

 その日も、練習前に華那の見舞いへ行こうとした私は、家を出てすぐに紗夜とリサと会った。二人とも自分の楽器を持っていた。

 

「おはようございます。友希那さん」

 

「おはよう、友希那。今から華那の所行くんだよね?私達も一緒に行っていいかな?」

 

「おはよう、リサ。ええ、構わないわ」

 

 なんでそんな事を聞いてくるのか疑問に思ったけれど、大勢で行って病院に迷惑にならないかという事を言いたかったのかしらね。でも三人ぐらいなら、問題ないと思うわ。これにあこや戸山さん達がいたら話しは変わってきていたと思うけれど。

 でも、紗夜がいるとは思っていなかったわ。この時間に私の家の前にいるって事は、かなり早く起きてきたわけよね?歩きながら聞くと

 

「準備の時間がありましたが、いつも通りの時間で間に合いましたよ」

 

「紗夜……いつも何時に起きてるの?」

 

 苦笑いを浮かべつつリサが紗夜に聞いていた。紗夜の事だから、六時前には起きていそうな気がするわね。そんな雑談をしながら病院へ向かう私達。その中で、私は二人に……いえ、()()()()()()()()()()()()()()()()()に内心安堵していた。

 ここ最近、自分自身でも無理をしていつも通りを振舞っているのは自覚している。家に帰れば、両親は仕事か病院に言っているから、私以外誰もいない。華那が入院する前は、華那がいたから、まだ話し相手はいた。でも、今、華那は病気と戦っている。だから、私が弱気になってはいけない。そう心を奮い立たせて日常を過ごしていた。

 

「あ、そうだ。友希那。病室行く前に、ちょっと中庭寄ってかない?」

 

「?リサ……どうして?」

 

 突然のリサの提案に、私は首を傾げるしかなかった。まだ、時間的に病室に行くには早いとの事らしい。確かに言われてみれば、土曜日にしては早い時間に家を出たわ。となると、もしかしたらまだ朝食が終わってない可能性もあるわね。……いえ、流石にそれは無いわね。

 

「分かったわ。少し遠回りしていきましょう」

 

「そうですね。他の病室の方々に迷惑になってはいけませんからね」

 

 私と紗夜はリサの提案に賛同し、病院の入口をくぐり中庭へと向かった。そして、中庭に着いた時、私は信じられない光景を目にしたのだった。

 

「友希那先輩、リサさん、紗夜先輩。おはようございます」

 

「おはようございます」

 

 と、中庭にいたのはドラムをいつでも叩けるような状態の山吹さんと、キーボードの音を確認していた市ヶ谷さん。そして、それを見守るように残りのポピパの三人とAfterglowのメンバー。そしてあこと燐子がいた。なんで貴女達が?

 と、問う前に椅子に座り、ギターを構えて、指を動かしている華那の姿を見て私は慌てた。

 

「華那!?」

 

「おはよう……姉さん……待ってたよ」

 

 と、私の動揺に気付いているはずなのに、笑みを浮かべる華那。どういう事、リサ!?

 

「ごめん、友希那。華那からのお願いは断れなかったんだ」

 

 と、言いながらベースをケースから取り出して準備を始めるリサ。何が起きて――いえ、何をしようとしているの?

 

「姉さん……演奏……するから……歌って」

 

「華那……」

 

 動揺している私に、華那がアクアブルーのギターを愛おしそうに撫でながら、そう伝えてきた。演奏するって……華那、貴女自分がどういう状況か分かっているの?まともにギター持てる訳が――

 

「だいじょぶ……それに……姉さん達に音で……伝えたいんだ。私は……だいじょぶ……だって」

 

 華那は笑みを浮かべたままそう言って、私の言葉を待っていた。演奏するであろう、山吹さん、リサと市ヶ谷さん。華那の後ろに座り、サポートをするのだろう。紗夜も黙って待っていた。でも……もしこれで華那が体調を崩したら……それこそ取り返しのつかない事になる。

 私はどうすればいいの……。色々な考えが浮かんでは消える。そんな私を見かねたのか、美竹さんが近づいてきた。

 

「友希那さん……あたしからもお願いします。華那のお願い聞いてあげてください」

 

 と、美竹さんが頭を下げて私にお願いしてきた。その行動に驚いた私は、思考が停止するぐらいの衝撃を受けていた。あの美竹さんが、頭を下げた?華那の為に?動揺している私に、次々と集まっていた戸山さんや羽沢さん達が頭を下げてきた。

 異様とも言える光景に、私は黙っていたけれど、華那の想いと、私に頭を下げてお願いしてきた皆の想いを受けて、小さく息を吐いてから

 

「華那。私は何を歌えばいいのかしら?」

 

「!……Brotherhood……なんだけど、ちょっと……演奏……速度、遅いから……気を付けて……」

 

 私の言葉に一瞬だけ驚いた表情を浮かべた華那だったけれど、すぐさま笑みを浮かべてそう言ってきた。大丈夫よ。演奏速度が速かろうが遅かろうが、私は最高の歌声を披露する。そうでしょ、華那?

 

「うん……ごめんね……それと……ありがとう……姉さん」

 

「大丈夫よ。華那の我が儘には慣れているわ」

 

「私……姉さんに……そんなに……わがまま……言ってない……もん」

 

 と、頬を膨らませて抗議してくる華那。それを見て、その場にいた全員が笑う。しばらく各自準備をしていたけれど、出来たようだ。というか、スピーカーとかアンプもあるのだけれど、これ本当に歌って大丈夫なのだろうかと思っていたら、看護師の方と医師の方が十数人集まっていた。さすがに許可は……得ているみたいね。

 

 発声練習をしていた私も、バンドの中央に立つ。今回はステージなんてない。だから、いつもなら背中を向けて歌うけれど、今回はバンドメンバーを見るように歌おう。マイクスタンドに手をかけて、いつでも行けると華那に視線を向ける。華那は小さく頷いて、小さく息を吸ってから演奏を始めた。

 弦を抑える手は、紗夜がサポートしていて、原曲よりかなりゆっくりだけれどもしっかりと奏でられていた。イントロのギターコード進行の途中でドラムが入るはずなのに、入らなかった。という事は――

 

 イントロが終わり、華那が私を見る。私は華那と頷きあってから歌い始めた。

 

『朝帰りで疲れ果てた体を』

 

 華那と紗夜の二人で演奏するギターと私の歌声だけが響く。

 

『BROTHER 生きていくだけだよ

 ためらうことなど何もないよ 今更

 どうか教えてほしいんだ

 苦しい時は苦しいって言ってくれていいんだよ』

 

 この曲の意味を嚙みしめるように、私は丁寧に、力強く歌い上げる。一番は華那と紗夜、そして私だけ。このアレンジはライブアレンジだとすぐに気付いた。一番が終わり、二番に入る前に山吹さんがドラムを叩いて二番へ入る。

 

『baby, We'll be alright

 We'll be alright

 We'll be alright』

 

 

 ギターソロ前のCメロに入る前に、私は既に泣きそうだった。でも、華那が必死に弾いていて、他のメンバーだって涙をこらえて演奏している姿を見て、ここで私が泣くわけにはいかないじゃない。

 

『味方がいないと叫んでいる

 みんな生まれも育ちも違ってるし

 ベッタリくっつくのは好きじゃない

 いざという時手をさしのべられるかどうかなんだ

 だからなんとかここまでやってこれたんだ

 You know what I mean』

 

 涙が零れ落ちる。でも、歌声だけはしっかりと。原曲よりかなりテンポが遅いけれど、ドラムの山吹さん、ベースのリサがしっかりと支えてくれているから、市ヶ谷さんも演奏出来ているし、私も歌えている。

 華那……大丈夫よ。そのままでいいわ。紗夜……最後まで頼むわよ。そう思いながら、私は華那が演奏するギターソロを聴いていた。原曲に忠実にいて、華那の演奏が楽しいという想いが込められた切ないギターソロ。

 

『走れなきゃ 歩けばいいんだよ

道は違っても ひとりきりじゃないんだ』

 

 最後のサビを歌い、この歌の大切なコーラスへ入る。市ヶ谷さんとリサ、私で「We'll be alright」と何度も歌う。そして、最後に演奏を一度止めて私が一人でその言葉をシャウトする。

 この英語の意味――私達なら大丈夫――日本語で表現するとこうなる。きっと、華那は私に伝えたかったんだろう。どんな事になっても、私達なら大丈夫だよ――って。

 

演奏が終わり、静まり返る中庭。ぽつぽつと拍手の音が聞こえてきたと思ったら、聴いていた人達全員が盛大な拍手をしてくれた。

 

「華那!」

 

 私はすぐさま華那のもとへ急ぐ。大丈夫かと問うと、華那は笑みを浮かべて

 

「だいじょぶ……すっごい……楽しかった……姉さんは?」

 

「ええ……久々に、華那と演奏出来て楽しかったわ」

 

 華那を優しく抱きしめ、頭を撫でながらきちんと伝える。華那、ありがとう。それとごめんなさい。心配かけて。

 

「ううん……姉さんは……悪く……ないよ。でも……姉さんと……皆と……一緒に……演奏できて……よかった」

 

「ええ……ええ……」

 

 自然と涙が零れる。華那の体は震えていて、無理をした事がすぐ分かったから。紗夜……ありがとう。華那を支えてくれて。

 

「いえ……」

 

 紗夜も言葉少なかったけれど、涙を拭う仕草が見えた。他メンバーも泣いていた。華那が、この楽曲を選んだ意味を理解したからだと私は思う。聴いていた看護師さん達も泣いている人がいた。華那……貴女の演奏はこれだけ人の心を動かす力があるのよ。だから……胸を張りなさい。自分はギターが上手いって。

 

「姉さん……それはちょっと……」

 

 と、恥ずかしそうに頬を赤らめる華那。全くこの子は……。その後は、山吹さんが華那に抱き着いて、泣いてしまって、皆で宥めるのが大変だったり、看護師長の黒瀬さんにもう少し音を小さくしなさいと、全員で怒られたりしたのだった。

 華那……確かに貴女の想い、私に届いたわ。大丈夫よ。何があっても、私は……いえ、私達は頂点()へ向かって行くわ。私はそう心の中で決心したのだった。

 

 

 でも、現実はあまりにも非情だという事を私達が思い知るのはすぐだった。華那の誕生日である一月二十一日が近づいてきた十九日。華那が意識を無くしたと学校に連絡が入ったのだった――




最終回まで(読者置き去りで)ぶっちぎる


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#68

シリアスさん「唯我独尊。我が道を征く。終わりの始まり。始まりの終わり(?)と、言う訳でドシリアスだよー」

読者の皆さん「いい加減にして!?」

シリアスさん「思いっきり楽しんでいってください(某ヴォーカリスト風に)」

読者の皆さん「無理言うな!?」




 その日、いつも通り――と言っても、入院してからの日常になるけれど――起床して、看護師さん達と会話して、未完成だった詩を書き上げる。先週の土曜日に、姉さんと紗夜さん。リサ姉さんと有咲。そして私と沙綾でBrotherhoodという楽曲を演奏してから、上手くまとまらなかった分が思い浮かんで、次の日から体調と相談しながら書き上げていた。

 書き上げた詩を何度も読み返す。うん。これなら()()()()()()。後は楽曲だけ。さあ作曲だ――と、ならないのが現状。

 

「ゴホッゴホッ」

 

 痰が絡んだ咳を何度もする私。先週の土曜以降、咳の頻度が多くなった。体はまだ動くからだいじょぶと思うけれど、もう……近いかもしれない。でも、まだ完全に治る確率が無くなった訳じゃない。ここで私が諦めてしまったら、支えてくれている姉さんや沙綾達に合わせる顔が無くなってしまう。

 

「だから……まだ……頑張ら……なきゃ」

 

 窓の外の景色を見ながらそう呟く。あ、雪が舞っていたんだ。全く気付かなかったな。なら、ニュースで大騒ぎしているかも。関東、主に都心かな?そこで雪が舞っただけで騒ぐのだから、雪国の人達の暮らしは本当に大変なのだろうと、雪を見て思う私だった。

 今日は土曜日だけれど、羽丘(姉さん達)花咲(沙綾達)も学校行事があるらしくて、午前中は誰も来ない事が確定している。もうちょっと詩を考えてみようかと思ったけれど……今の私にはこれ以上の詩を書ける自信が無かった。

 

 ううん。違う。自信じゃない。気力が無いんだ――

 

「分かって……いる……つもり……だった……んだけど……な」

 

 自虐的な笑みを浮かべながら、そう私は呟いて外を舞っている雪を見ていた。午前中はこの雪を見て、時間をつぶそう――そう考えた時だった。

 

「っ!?ゴホッゴホッゴホッゴホッ!!」

 

 突然喉が熱くなったかと思ったら、咳が止まらない。口を押えた手の隙間から血が流れ落ちる。これは――あの時と――

 

「華那ちゃん!?」

 

 たまたまなのだろうけれど、私の病室の前を通りかかった看護師さんが、私の容態に気付いてくれたようで、血相を変えて私の名を呼びながら入ってきたところまでは覚えているのだけれど、そこでプツリと私の意識は途絶えた。それが――という事を知る事もなく――

 

 

 

 

 

 私達は土曜日だというのに、今日は学校に来ていた。なんでも、学校創立何周年記念行事の為に、OGを呼んだとか何とかで、講演会が行われるそうだ。そうだというのも、私は正直に言ってまともにその講演会について聞いていなかった。というのも、華那の誕生日が近づいてきているという事で、ポピパのメンバーと私達Roselia、そしてアフグロのメンバーを中心に、盛大に誕生日会をしようという話しになっていた。

 

 病人なのだから、盛大に祝うのは無理でしょう?と、私が呆れながら言ったら

 

「でもでも!病院にずっといる華那を元気づけたいんです!!」

 

「華那を元気づけたいんです。友希那先輩……お願いします」

 

「あたしも……華那の笑顔が見れるなら……やったほうがいいと思います」

 

 と、戸山さんに山吹さん。そしてアフグロを代表して美竹さんにまで言われてしまえば、私も承諾するしかなかった。というか、リサや紗夜達は準備に取り掛かっていたらしく、当日に私を呼びだすつもりだったらしい。なんで、私を呼びだすつもりだったのかと聞けば、

 

「サプライズになるじゃん?」

 

「ええ、サプライズですね」

 

「……」

 

 リサと紗夜の言葉を聞いて頭を抱えた私は悪くないはずよ。紗夜も華那の事になると突拍子もない事を行うようになってしまったので、注意しなければいけないわね。やりすぎ……だと。

 

『――で、羽丘学園の三年間が今の私を――』

 

 何かの分野で有名になったOGが講演をしているのだけれども、私の頭には全くと言っていいほど話しが入ってこなかった。本当なら、華那の見舞いに今すぐにでも行きたい。あの子が少しでも寂しい思いをしないですむようにしてあげたい。そう思っていたから。

 

「湊……湊……」

 

「?上条先生?」

 

 講演の途中だったのだけれど、華那の担任である上条先生が私を手招きしながら、小さな声で呼んできた。その時点で私は嫌な予感がした。上条先生が私を呼ぶ――華那の身にに何かあったのではないか?そんな嫌な予感――

 

「こっち来てくれ。説明はするから」

 

「……分かりました」

 

 指示に従い、前を横切る事になった子に「ごめんなさい。通るわ」と小さく言って、私と上条先生は講演が行われていた体育館から出る。上条先生の歩く速度は、夏休みに華那と一緒に忘れ物を取りに行った時のように、ゆっくりではなく、何か焦っているような――かなりの速足だった。しばらくして、生徒玄関まで来ると上条先生は歩みを止め、私を見て

 

「今、病院から連絡があって……湊妹が危篤*1状態……との事だ」

 

「え……」

 

 危篤?誰が?昨日まで、私に話しかけて来てくれていた華那が危篤?その言葉を聞いて私は頭の中が真っ白になってしまった。その後の事は、よく覚えていない。上条先生が運転する車に乗ったのだと思う。その前に、何か上条先生と話したと思うのだけれど、私が気付いた時には華那が運ばれた集中治療室の前に立っていた。

 

「華那……」

 

 看護師さんや医師の石田先生が行ったり来たりして、何とか華那を救おうと動いてくれていた。華那の呼吸は不規則で、それでいて弱々しく、今にも消えてしまうのではないのかと思うぐらいの呼吸だった。

 人工呼吸器もつけられ、ベッドの横には心電図モニターと呼ばれるものが設置されていて、一定のリズムで機械音が鳴っていた。その機械音が華那が(かろ)うじて生きていると、教えてくれていた。

 

「あ……先生」

 

「友希那ちゃん……。ご両親はまだ……だよね?」

 

 集中治療室から出てきた石田先生が、私にそう聞いてきたので、小さく頷きながら「まだです」と返す。石田先生は眉間に皺を寄せて「そう……よね」と、呟いてから

 

「全力を尽くすから、友希那ちゃんは……華那ちゃんの事……信じであげて」

 

「先生……分かりました……」

 

 本当の事を伝えるか悩んでいる様子の石田先生。だって、その表情が今にも泣きそうな、そんな表情に見えたのだから。その表情で、華那の容態はかなり危険なのだと、医療に詳しくない私ですら理解してしまった。それと同時に、私にできる事が全くない事にも。

 

 華那が眠る、集中治療室の前に設置された椅子に座り、祈るように――いいえ、実際に私は祈っていた。華那がもう一度目を覚まして、何事もなかったように「おはよう、姉さん」と、言ってくれる事を。

 それに……私と華那、そしてリサと()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()が……。華那とリサは忘れてしまっているかもしれない。でも、()()()()()()()()()()()()。あの()()()()()()()()()を――

 

 

 

 

「華那が……危篤!?」

 

 学校の創立記念行事が終わってすぐ、友希那先輩から緊急招集がかかった私達はCiRCLEのラウンジに集まっていた。招集がかかったのは、私達ポピパにアフグロ、パスパレにRoselia。そしてハロハピと、いつものメンバー全員が揃っていた。

 でも、招集をかけた本人でもある友希那先輩がいない事に、全員不審に思っていた。全員が集まったのをまりなさんが確認してから、重い口を開いた。それが、華那が意識を失って危篤である事――

 

「友希那ちゃんは今病院で華那ちゃんの所にいるから、説明できない事……責めないであげてね?」

 

「まりなさん……華那が危篤って冗談じゃないんですよね?」

 

蘭が震えた声で、確認していた。私も信じたくなかった。りみは泣いていて、おたえが宥めていた。香澄は呆然としていて、有咲は唇を噛んで下を向いていた。だって、昨日まで話しをしていたのに……なんで今日になって急に――

 皆で、華那を元気づけようって、誕生日パーティーの準備だってしていたのに……どうして、どうして――

 

「正直、皆ショックだと思う。でも……皆、華那ちゃんの事、信じてあげて」

 

「まりなさん?」

 

 下を向いていた皆が、まりなさんを見る。まりなさんも今にも泣きそうな表情で、目に涙を浮かべていたけれど、それを必死に耐えながら

 

「華那ちゃん……今も必死になって……生きようって戦っているんだよ。わたし達は願う事しかできないけれど……華那ちゃんを待ってあげよう。ね?」

 

 無理やり笑みを浮かべて、私達にそう語りかけるまりなさん。いつも笑顔で、私達が練習やライブしやすいようにと、色々サポートしてくれているまりなさんが見せた涙。それを見て誰も何も言えなくなってしまった。

 

「そう……よ!華那が目を覚ました時に、笑顔でいられるようにしましょう!!」

 

「こころ、今そういう――」

 

 突然の提案に美咲が強い口調でこころを止めようとしたけれど、こころは

 

「だって、華那が目を覚ました時に笑顔でいられなきゃ、華那を心配させてしまうわ!なら、今からでも笑顔でいられるようにした方がいいじゃない!」

 

 両手を広げてそう断言した。確かにそう……だけれど……私は、華那が目を覚ましたら泣くと自分で分かっていた。笑顔を浮かべるだなんて出来る訳が――

 

「出来ないって思っても、泣きながら笑えばいいのよ!だって、華那が目を覚まして、皆が泣いていたら、逆に心配してしまうもの!」

 

 と、私はそこで気付いた。こころの目にも涙が浮かんでいるという事に。あのいつも笑顔でいるこころが涙を見せた事。そして、それを悟られないようにしようと必死になっているという事に――

 

「笑顔……」

 

「確かにそうだよな。華那だって、まだ生きようって必死に抗っているんだ。アタシ達が暗い顔してたら、華那だって心配しちまうよな」

 

「そう……だね、巴ちゃん。うん。華那ちゃん目覚ました時、皆で笑い合おう!」

 

「おー……つぐがまたつぐってますなぁ」

 

「モカ!そんな事言ってる場合じゃないでしょ!」

 

 と、アフグロのメンバーが話している声が聞こえた。そうだよね……華那だってまだ諦めずに戦っているんだ。私にできる事は……祈って待つだけ。なら、笑顔……には遠いかもしれないけれど、華那が目を覚ました時に心配かけないようにしないといけないよね。

 

「華那……大丈夫だよね?」

 

「こればっかりは分かんねぇよ……ただ、信じて待つしかできねぇよ」

 

「ひっぐ、かな……ちゃん……」

 

「りみ……」

 

「りみりん……信じよう。華那が目を覚ましてくれるって」

 

 りみを抱きしめて、私はそう言ってりみを宥める。私の腕の中で泣きながら、りみは小さく頷いた。紗夜先輩が日菜さんを宥めていたり、あこが燐子先輩に抱き着いて泣いていて大変だったりしたけれど、皆なんとか落ち着いて、今は華那を信じて待つという事になった。

 ただ……嫌な予感というか、華那がいなくなってしまう……そんな不安が心の中に残っていた。結局、その日。華那が目を覚ます事は無かった。病院にずっといる友希那先輩からの連絡では、一進一退の状態が続いているとの事らしい。

 ただ、危険な状態には変わりなくて、信じて待っていて欲しいとグループトーク内に文章に書いていた。友希那先輩だって辛いはず。しかも、まだ家に帰っていないらしい。時間を確認すれば、もう既に夜の十時を回っていた。

 

「友希那先輩……」

 

 目を覚ますまでずっと華那のそばにいるつもりかもしれない。明日……様子を見に行こう。そう決めて、私は友希那先輩に差し入れを持っていくために準備をするのだった。

 

 その翌日。私とリサさん。紗夜先輩の三人で様子を見に行った。友希那先輩は華那のいた病室にいるとの事で、私たち三人は病室に向かった。そして、病室にいた友希那先輩を見て言葉を失いかけた。だって、あの友希那先輩がここまで疲労困憊で、今にも倒れそうなぐらいだなんて思いもしなかったから。

 

「ゆ、友希那!?」

 

 慌ててリサさんが友希那先輩の体を支える。今すぐにでも倒れそうな……そんな状態だった。たった一晩。そう。一晩だけだけど、今までの心労が友希那先輩を襲っていると思えば、よく、今まで平静を保っていられたと私は思う。私だったら――

 

「大丈夫よ……まだ、華那が目を覚ましていないのに、私が倒れる訳にいかないでしょう?」

 

 と、支えられながら、無理に微笑む友希那先輩。その表情が華那が無理している時に見せた微笑みとダブってしまった。姉妹揃って同じように無理しすぎです。

 

「だからって、ほとんど寝てないんでしょ!?寝なきゃダメだよ!」

 

「そうです。友希那さん。そんな状態で目を覚ましたばかりの華那さんに心配かけるつもりですか?」

 

「でも――」

 

「でもじゃないですよ、友希那先輩。お願いですから、少し休んでください」

 

 フラフラな状態でも休もうとしない友希那先輩に私達は懇願する。お願いですから、友希那先輩。友希那先輩が倒れたなんて華那が知ったら、自分のせいだって思い込んでしまいますから。だから、少し休んでください。

 

「そう……ね。なら……言葉に甘え……る……わ」

 

「わわっ!友希那!?」

 

「友希那さん!?」

 

「友希那先輩!?」

 

 友希那を支えていたリサさんにもたれかかるように目を閉じた友希那先輩。突然の事に慌てる私達だったけれど、友希那先輩の規則正しい寝息が聞こえてきたので、安堵の息を吐いたのだった。

 三人で一度、華那がつかっていたベッドに友希那先輩を横にして、看護師長の黒瀬さんに事情を説明すると

 

「やっと……休んでくれたのね。ありがとう貴女達。正直、今にも倒れそうだったから私達もヒヤヒヤしていたのよ。……姉として心配なのは痛いぐらい分かるけれど……休むのも必要だったから。本当にありがとう」

 

 と、頭を下げられたのだった。危篤と知らせが入って、病院に来てからずっと友希那先輩は何も食べずに、ずっと集中治療室の前で華那を見ていたそうだ。友希那先輩と華那の両親もやってきて、休むように諭したそうなのだけれど、首を横に振っていたそうだ。

 

「しばらく病室使っていていいから、友希那さんの傍にいてあげてもらえるかしら?」

 

「はい」

 

 黒瀬さんからのお願いに、私達は頷いた。病室で眠る友希那先輩をリサさんは優しく撫でながら

 

「無茶しすぎだよ……友希那……」

 

 眠っている友希那先輩に話しかけるように呟いていた。紗夜さんも思う所があるみたいだけれど、腕を組んで目を瞑って黙っていた。友希那先輩が倒れるように眠るだなんて想像できなかった。それだけ、心労がかなり溜まっていたのだと思う。その後、友希那先輩は五時間眠ったままだった。

 

 友希那先輩が起きてから、すぐさま四人で食事をとった。昨日から何も食べていない友希那先輩の体を心配しての事だ。看護師長の黒瀬さんも強い口調で「食べてきなさい」と仰ってくれたので、かなり渋々といった表情を友希那先輩は浮かべていたけれど、しっかりと食事をとってくれたので、三人で胸を撫で下ろしたのだった。

 

 結局、その日も、華那が目を覚ます事が無く、華那の誕生日を迎えたのだった――

 

*1
死が近づいており、回復する見込みが薄い状態の事。ただ、回復する事もまれにある





危篤って上記の事でしたよね?(震え声
あと、何回か書いておりますが、私に正式な医療知識はありませんので、そこの描写が怪しいのはご容赦願います。


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#69

シリアスさん「最終話なんだ……だから……投稿しておくんだ」

読者の皆さん「いや、中途半端すぎんだろ!?」

シリアスさん「バンドリガイドライン『6. 本コンテンツ以外の第三者のアニメーション作品、ゲーム、人物、キャラクター、音楽、音声等を利用するもの』」

読者の皆さん「あっ……」

シリアスさん「だから……終わり」

読者の皆さん「で、でも!楽曲を使わなければ――」

シリアスさん「ダメなんだよ!楽曲ありきで作ってきたから、今更……変更なんて……出来る訳ない……」

読者の皆さん「そ、そんな……」

シリアスさん「ハーメルンの運営さんがジャスラックさんと契約しているから法的には大丈夫だと思ってたけど……公式が却下しているんだ……」

読者の皆さん「……」

シリアスさん「もう……バンドリ二次書けないよ……」



と、言う訳で(中途半端な)最終回です。


 月曜日。週の始まりだけど、あたしのクラスは重い空気が漂っていた。それもそのはず。華那が危篤状態という情報は、あたし達CiRCLEを利用しているバンドだけじゃなくて、クラスメイトにも入っていた。

 土曜日の記念行事中に友希那さんが呼び出された時点で、何人かは察していたようだ。のっぶと呼ばれている尾田乃撫奈(のぶな)さんと沖野(おきの)奏恵(そうえ)さんの二人がいち早く察していたらしい。でも、周りには黙っていたそうだ。

 

『なに。余計な混乱を起こすのは華那の字も望んでいないじゃろうて』

 

『ですね……それに、憶測でものを言うのはどうかと思った次第です』

 

 との事らしい。でも、昨日の時点でクラスのグループトーク内で情報が流れていた。いったい誰が……。いまはそれについては置いておこう。正直そこまでしている余裕なんてあたしに無い。華那……大丈夫だよね?目を覚ましてくれるよね?

 

「――たけ――みた――美竹ー!」

 

「あ、は、はい!!」

 

 先生に呼ばれている事に気付いて、慌てて返事をして立ち上がる。先生は困ったような表情を浮かべながら

 

「あー……すまん。今日、このクラス全員の気持ちは分かる……だがな……一応、授業に集中してくれると……先生、助かるんだわ……無理だと思うけどな……」

 

「す、すみません……」

 

 謝る私に、先生は右手で頭を掻きながら、私に座るように言ってから授業を進める。今日の先生達は本当に授業をしにくい状況だとは思う。これだけ暗い雰囲気の中で、まともに授業が出来る訳がない。というか、果たして何人が授業をまともに聞いているだろう。

 それだけ、クラスの皆が華那の事を心配しているって事なんだ。だから、華那……目を覚まして。きっと――ううん。今日、クラスにいる全員がそう願っているに違いない。

 

「――で、あるからして……はあ……よし。今から自習だ!」

 

 突然、先生が教科書を閉じたかと思ったら、そう言って教室から出て行ってしまった。あまりに唐突な出来事に、あたし達は反応できなくて固まるしかなかった。

 

「ああ、そうだ。チャイムなるまでは教室から出るなよー。あと、大きな声で話すの禁止ナー」

 

 と、一度出て行った先生が戻ってきて、そう言いながら右手をヒラヒラさせて、再び教室から出て行った。え……本気(マジ)な感じなの?困惑するあたしに尾田さんと沖野さんが、何故かやってきて

 

「やれやれ……教師に気を使わせてしまったようじゃな」

 

「ですね……私が至らぬばかりに……」

 

「あの二人とも?」

 

 尾田さんはあたしの机に腰かけて、腕組みをして目を瞑っていた。沖野さんは沖野さんで床に体育座りして、“の”の字書きながら同意しているし……。あの、なんであたしの机に座ってるの?

 

「ん?なんとなくじゃが?」

 

「なんとなくで人の机に座るんじゃない!」

 

 と、怒ったところで尾田さんは笑って誤魔化すのだった。本当……華那がこの二人と仲良かったとか嘘でしょ?そう思っていたあたしは、二人と少しだけ会話をした後、スマホを確認する。今の所、友希那さんから連絡は来ていないから、状況に変わりはないようだ。それに少しだけ安堵する。

 

 その時のあたしは知らなかった。今日の午後に、大きく事態が動く事になるだなんて――

 

 

 

 昼休みも終わりに近づき、アタシは友希那と華那の事を考えていた。大丈夫かな……。友希那、昨日アタシ達が病院に行った時は倒れるように眠ったから、無茶してなければいいんだけど……。

 

「リサちー……」

 

「うん?日菜、どうしたの?」

 

 いつもの明るさが鳴りを潜め、暗い表情の日菜が話しかけてきた。紗夜と何かあったのかなと思っていると

 

「華那ちー……まだ目を覚ましてないよね?」

 

「……うん。まだ……」

 

 スマホで友希那からの連絡を確認するけれど、一向に連絡が入らない事から、状態は変わらないのだと思いたい。

 

「大丈夫だよね?華那ちー……目を覚ますよね?」

 

「それは――」

 

 日菜の問いかけにアタシは答える事が出来なかった。アタシも調べてみたけれど、危篤の状態から回復する事がまれにあるとしか書いてなくて、華那の場合どうなるか分からなかった。

 最悪の事態がアタシの頭を過ったけれど、それを表に出さないようにして、日菜を元気づけようとした時だった。あたしと日菜のスマホが震えたのは。日菜はあたしと目を合わせる。このタイミング。そして、アタシ達二人のスマホが同時に鳴った。その事から考えられるのは――

 

「嘘……でしょ……」

 

「華那ちー!?」

 

 スマホの画面に映し出されていた文字を読んで、アタシはその場に崩れ落ちた。日菜の悲痛とも言える叫びが聞こえた。だって、友希那から届いた文章は、本当に最悪な事態が書かれていたのだから。

 

『華那の心肺が一時(いちじ)、止まったわ。……今はなんとか持ちこたえたけれど……覚悟はしておいて頂戴』

 

 

 

 

「ダメです!心肺蘇生しても心臓、動きません!!」

 

「AEDまだ!?」

 

 目の前の集中治療室で行われている、必死の治療を私は祈るように両手を組んで、見守る事しかできなかった。華那の容態が急変したのは数分前。弱々しくだったけれど、呼吸をしていた。

 それは本当に突然だった。華那が咳き込んだかと思ったら、ピクリとも動かなくなってしまった。心音の表示も0を示していた。それの意味は――華那の心臓が止まった――という事。それを目の当たりにした私は、足元が崩れ落ちる――そんな錯覚に襲われた。

 

「友希那!」

 

 そんな私を抱きしめるように、支えてくれたのはお母さんだった。自分でも気づいていなかったけれど、私は倒れそうになったようね。ごめんなさい。心配かけて。

 

「友希那……無理しなくていいのよ」

 

「私は……大丈夫……」

 

 涙を浮かべているお母さんの顔を見ながらそう答える。今も必死に華那は生きようと頑張っていた。だけど……だけどもう、華那が苦しんでいる姿を見たくない。AEDの衝撃で華那の体がはねた。現実とは思えない状況に、私の頭は認識するのを拒否しようとしていた。その一方で、華那の事を信じて最後まで見守るべきとも思っていたからか、しっかりと目に焼き付けようとする意識もあった。

 そんな状態の私の目の前で、華那の心音表示が動いて、一定のリズムを刻み始めた。ただ、その動きは急変前に比べればかなり弱々しい物だというのは、医療に詳しくない私でも分かった。

 

「よ、容体安定しました!」

 

「とりにかく、その状態キープさせて!!」

 

 まだ集中治療室内にいる看護師さん達が慌ただしく動いていた。室内で華那の心肺マッサージやAED装着などをしていた石田先生が出てきたかと思ったら、私達家族全員、先生に呼ばれた。

 華那の事が気になってはいたけれど、重要な話しだと察していたから何も言わずに、別室で石田先生の話しを聞く事になった。椅子に座り、先生の私達家族は何も言わずに言葉を待つ。

 

「華那さんなのですが……」

 

 石田先生は眉間に皺を寄せて、何か書類を見ていたけれど、息を吐いてから私達の方を向いてそう切り出した。

 

「正直に言って、()()()()()()()()()()……分かりません」

 

「え……」

 

「先生……それって……」

 

 先生の言葉に絶句する私。その隣にいるお母さんがお父さんに支えられながら、石田先生に問うと

 

「手は……尽くしました……でも……今晩もつかどうか……。ごめんなさい。医師なのに、これ以上何もできなくて……!」

 

 石田先生が涙を浮かべながら、頭を下げて謝罪してきた。医師として何とかしようとしてくれていたのを私達は知っている。その石田先生が頭を下げるだなんて誰が思う?先生ほど、患者やその家族と向き合ってくれる先生を私は知らない。

 

「先生……頭を上げてください」

 

 と、それまで黙って聞いていたお父さんが口を開いた。

 

「ですが……」

 

「今……こうしている間も、華那は生きているんです。最後まで……華那の事、お願いできませんか……」

 

 と、お父さんが弱々しくそう言ってから頭を下げた。石田先生は右手で目を覆って、しばらく黙っていたけれど、小さく息を吐いてから

 

「私に……できる最大限の事……させて頂きます……」

 

 目を覆っていた手で、涙を拭うように動かしてから、石田先生はそう言った。石田先生の頬に一筋の涙が伝うのが見えたのは、私の見間違いじゃないはず。その後、石田先生と話し合いを続ける。と言っても、覚悟だけはしておいてくださいという話しだった。

 そして話しが終わってから、私は一つだけ先生にお願いをするために口を開いた。

 

「先生……一つお願いがあるんです」

 

「私にできる事なら」

 

「華那の……妹の手を握らせてください――」

 

 

 

 放課後。みんなそれぞれ予定があったはずなのに、五バンド全員――友希那ちゃんは病院にいるけれど――がラウンジに集合していた。私も仕事の合間を見ては、ラウンジにきて、状況に変わりないと報告しているけれど……やっぱりみんなの表情は暗い。

 何か動きがあれば、友希那ちゃんから私に連絡が来るようにした。最悪の事態を想定しての事。私は皆のお姉さんだからね。こういう時は、大人らしく振る舞わないといけないし、そんな重要な事を彼女たちに言わせるわけにいかないからね。

 

「……華那ちゃん。お願いだから……目を覚ましてね……」

 

 仕事をしながら呟く。でも、その願いは叶う事は無いと、知るのはすぐだった――

 

 

 

 

 光ひとつない場所に私は立っていた。ああ、また来ちゃったんだ。そんな感情と、こんどこそ――なのだという感情が私の中で渦巻いていた。一人、誰かに話すように口を開く。もし、もし――がいるというのなら、少しぐらい我が儘言ったっていいよね?

 

「最後に―――――――させてください。お願いします」

 

 その言葉が届いたかどうかは分からないけれど、一筋の光が前方に見えた。この道を行けって事なのだと信じて、暗闇の中に生まれた一筋の光の先を目指して私は足を動かす。どのぐらい()()()()()()()()()()()()()()()()()()、伝えたい事があるから――

 一筋の光。その先に姉さんがいると信じて歩く。そして、光に包まれた私の意識は――

 

 

 

「お願い……華那……目を覚まして頂戴……」

 

「……ねえ……さん?」

 

 目を開けると、そこには、私の左手を握りしめて、祈るように呟いている姉さんがいた。

 

「華那っ!」

 

 私の声に、涙声で私の名を呼ぶ姉さん。あれ?姉さんこんなに近いのに、顔がはっきりと見えない。……ああ、そっか。もう限界なんだ。ほんの少しだけでも、話しができる。それだけでも、感謝しないといけないよね?

 

「ねえさん……あのね……」

 

「なに?」

 

 私の声があまりにも小さすぎて、姉さんは手を握ったまま、私の口元に耳を近づける。しっかりと伝えなきゃ。私の存在が姉さんの足枷にならないようにする為にも……。

 

「わたし……のために……うたうの……だけはやめて……」

 

「華那?」

 

「ねえさん……は……ろぜ……りあ……のボーカル……なん……だから……わたしの……ために……わたし……との……やくそく……のために……うたう……のは……わたし……のぞんで……ない」

 

 そう。姉さんに伝えたい事。間違いなく、姉さんは私がいなくなったら、私の為に――って言い出しかねない。他のメンバーも……同調しちゃうかも……。そうなったら、Roseliaの良さが消えてしまう恐れがあるから。

 

「うたうの……やめる……っていうの……なら……みんな……と……きちんと……はなしあって……から……ね?いっとき……のかんじょう……で……やめる……のだけは……だめだよ?」

 

「ええ、ええ。約束するから……だから……!」

 

 私の頬に暖かい何かが落ちてきた。きっと、姉さんの涙なんだろうな。ああ、もう。きちんと姉さんの顔も見えないし、感覚もないのが悔しいな……。

 

「ねえ……さん。……だいじょぶ……わたし、しあわせ……だったよ」

 

「まだ、まだよ!諦めちゃ――」

 

「ごめんね……もう……ねえさん……のかおも……みえない……んだ」

 

「華那!!」

 

 姉さんが私の名前を呼んだのは聞こえた。でも、もうそれ以上は何も聞こえなくなってしまった。これ以上はもう限界なんだと。意識が遠のいてきた。

 

「みんなに……ありが……とうって……つたえて……ね。あと……ねえ……さん……だい……すき……だった……よ」

 

「―――――!!」

 

 閉じたくないのに、目が、視界が狭まる。姉さん……みんな……ごめんね……ありがとう。その想いが届く事を願っている間に、視界は閉ざされ、私の短い一生はここで終わりを告げたのだった――

 

 

 

「か……な……?」

 

 華那の手の力が抜けたのが分かった。目を閉じた華那の頬には一筋の涙が伝い落ちていた。呼吸も止まっていて、何度も華那の手を握るけれど、握り返してくる事は無かった。華那を救おうとしてくれていた看護師さん達がすすり泣いている声が聞こえてきて、これが現実だと思い知らされた。

 

「嘘よね……華那。目を覚ましてくれるわよね?ねえ……嘘だと言って……華那ぁぁぁ!!」

 

 華那の胸に倒れ込むように私は声を上げて泣いた。二度と華那の声も、笑顔も、温もりも……何もかも感じられない、見られなくなったという事に。私があの子に何もしてあげられなかった事に……私は泣いた。

 お母さんとお父さん達に支えられるように、私は華那から離された。分かっている。もう、華那は目を覚まさないって事は。でも……いつものように華那が

 

『姉さん』

 

 って、目を覚まして呼んでくれるんじゃないかって思っていた。石田先生とお父さんが何か話していたけれど、私には何も入ってこなかった。ただ、その状況を見ていただけで、ずっと泣いていた。

 

 でも、いつまでも泣いている訳にはいかなくて、まりなさんと約束した華那の状況を伝えにスマホを操作する。正直なんて言っていいか分からない。でも、華那の事を心配してくれていた皆に伝えなきゃいけないし、これは私がやるべき事なのだと沈んでいる気持ちを奮い立たせる。それがハリボテなのは理解している。

 

『友希那ちゃん!待ってたよ』

 

 電話をかけてすぐにまりなさんが出た。慌てた様子だったのは仕事中だったからかもしれない。上手く言葉にできない。でも、言わなきゃ。言わなきゃダメよ湊友希那――

 

「まりなさん……華那が……旅立ちました……」

 

『っ!……そっか……分かったよ。皆に伝えておくね。友希那ちゃん。無理しちゃダメだよ?』

 

 と、涙声のまりなさんは気丈に振る舞いながら、私の心配をしてくれていた。私は小さく返事をして、華那からの伝言をみんなに伝えてもらうようにお願いしてから電話を切る。その後、お母さんとお父さんと一緒に、今後について石田先生と話し合いが行われるというので、別室に案内されるらしい。妹が亡くなったのに、落ち込んでいる暇すら私達にはないのね……。そう思いつつ、霊安室へ運ばれるため、準備をされている華那の亡骸を見ながら私は思ったのだった。

 

 

 

「連絡……ないね……」

 

「そう……だな」

 

 香澄と有咲がポツリと呟いた。テーブルの上で華那が保護してから、ラウンジに連れてこられるようになった保護猫のクロが、おたえの動かす猫のオモチャと戯れていた。放課後になってから既に三時間近くが経過していて、集まった皆の口数も時間とともに減っていた。

 

「華那ちゃん……大丈夫だよね……」

 

「今は信じるしかないわ……彩ちゃん」

 

 そんな時だった。突然、おたえに遊んでもらっていたクロが遠くを見たかと思ったら、何度も遠吠えをしたのだった。本当に、突然の事で皆が何事かとクロを見ていた。その中で、私はクロが遠吠えしているのは華那の身に何かがあったのだと理解した。本当に、ただの予感とか、感覚――そんな次元だった。

 

「沙綾!!」

 

「沙綾ちゃん!?」

 

「山吹さん!?」

 

 その場に崩れ落ちた私を心配して皆が集まってきてくれたのだけれど、私は涙が止まらなかった。だって、華那が……華那が……

 

「クロ、どうしたの。落ち着こう?」

 

 香澄が、クロを抱きしめてクロを撫でていたけれど、クロの遠吠えは止まらなかった。その時、ラウンジの入口の扉が開いた。皆の視線が入口へ集中する。涙を流しつつ、私もそっちを見ると、まりなさんが暗い表情を浮かべて立っていた。

 

「まりなさん!!」

 

「まりなさん!華那ちゃんは!?」

 

 皆が、まりなさんに華那の容態を聞いていた。まりなさんは小さく深呼吸してから皆を見る。それと同時に、皆が黙る。だって、まりなさんの頬には涙が伝い落ちていたのだから――

 

「今……友希那ちゃんから連絡あって……華那ちゃん……今、旅立ったって……」

 

「そん……な……」

 

「嘘だろ……」

 

「華那が……亡くなった……?」

 

 信じられないと絶句する人と、抱き合って涙を流す人。下を向いて悲しみに耐えている人。色々な人がいる中、私は涙を流し呆然と座り込んでいた。華那がいなくなった。その事実を受け入れる事が出来なくて。

 つい、この間まで一緒に話して、笑って、演奏していたのに、どうして……どうして華那が死ななきゃいけなかったの?

 

「みんな……華那ちゃんから、最後の伝言があるんだ」

 

 その言葉に、みんな顔を上げてまりなさんを見る。伝言って……華那……最後まで、他人(ひと)の事、心配しすぎだよ……。

 

「『みんな、ありがとう』……それだけだけど、皆には華那ちゃんの気持ち……届いたよね?」

 

 華那の最後の言葉と、まりなさんの言葉で皆が泣いた。あのこころですら、美咲に抱きついて腕の中で泣いていた。華那とよく話していた人もいれば、そうじゃない人もいるのに、今こうして華那がいなくなった事に泣いていた。

 間違いなく華那の人柄によるものだと思う。だって、私の信頼できる、大切な友人だったんだから……。だから、華那……今は泣いていいよね?

 

「華那……華那ッ……」

 

 ポピパの皆と抱き合うように泣いた。皆、しばらく泣いていたけれど、ある程度落ち着いて――ううん。落ち着いてなんかいない。上辺だけ取り繕っただけで、皆が皆という訳じゃないかもしれないけれど、喪失感を持ったまま各々、帰宅したのだった。帰宅してから、私は母さんと父さん達に、華那が亡くなった事を伝えた。

 

 紗南と純にも華那の事を伝えた。紗南は私の腕の中で泣いてしまった。華那が体調悪いのは知っていたけれど、ショックだったと思う。本当の妹のように華那は紗南に接してくれていたから……。純は、言葉短めに「そっか」とだけ言って部屋に籠ってしまった。純もショックなんだろうけど、男の子だからかな。皆に泣いている姿見られたくなかったんだと思う。

 次の日、学校が休みだったのだけれど、ポピパの練習は急遽お休みとなった。昨日今日だ。華那の死は、私達にとってあまりにも大きい出来事だった。ただ、私は、華那から預かった手紙の準備をしていた。明日以降、順々に渡していけるように……。それが私にできる、華那との最後の約束だから――

 

 

 そんな時だった。華那の葬儀は、明後日行われると友希那先輩から連絡きたのは――

 




と、言う訳で、あまりにも急で、中途半端ではありますが、今回で最終回です。
ご存知の方はご存知だと思いますが、バンドリの公式より二次創作についてのガイドラインが発表されました。
それによると、前書きでも書きましたが「6. 本コンテンツ以外の第三者のアニメーション作品、ゲーム、人物、キャラクター、音楽、音声等を利用するもの」がこの作品ではモロに抵触してしまうのです。
ただ、この「楽曲・音声」が「歌詞の利用」や「タイトルの使用」で抵触するかは、いまいちわかりかねる所ではあります。特に、ハーメルン様のご厚意で、ジャスラック様に許可を頂き、歌詞を使用しているので、法的には問題はないはずなのですが……。
勿論、二次創作と言うのは、元々グレーゾーンの物だったので、こうして公式がガイドラインを発表する事によって、ルールの範囲で二次創作してもよいというのは、本当にありがたい事だと思います。

正直、バンドリ外の楽曲使用ありき――特に、一章で華那が歌った「ロストシンフォニー」と、演奏した「GO FURTHER」。そして、今後使用する予定だった楽曲で内容を考えていた、この#69以降の話し。
それを書き上げる事が出来ないのは、今まで読んでくださった方々に対して、非常に心苦しい所ではありますが、二次創作に身を置いている人間として、きちんとしておくべきだと思い、今回が最終話(予定)と決断した次第です。

長々と書いておりますが、正直に言います。後書きなんぞ、読んでいる人いないだろ(笑)と思いながら書いております。
一度消してたけれど、また投稿し始めたこの小説を読んでくださった多くの皆様には、本当に感謝しかありません。
ここまでオリキャラである華那が好かれるとは思っていなかったですし、私の文章で感想や評価がつくだなんて思っていませんでした。
それだけ、バンドリというコンテンツが偉大だという事だと思っております。
今後の公式やハーメルン様の動きを見て、続きを書き始めるかもしれません。その時は、容赦ない感想を頂ければ……と、思っております。
最後になりますが、今までありがとうございました。
 2021年2月6日 弱い男(シス)


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#70

シリアスさん「この作品が未完だと言ったな」

読者の皆さん「ああ、そうだシリアスさん……だから俺達は――」

シリアスさん「あれは――嘘だ」

読者の皆さん「やったぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

シリアスさん「え!?そこで喜ぶの!?」


あれだけ、偉そうな事言っておいて更新するこのダメ作者……。
でも、今回の話しはガイドラインには抵触しない内容だから、セーフのはず……。
私、本当にどう言えばいいかわからないんだけど……たぶんあなた達に謝罪をしないといけないと思う。


 部屋には制服を着た私と、布団の中で眠ったように横になっている華那だけ。今日は華那の通夜だ。改めて華那の表情を見れば、入院前に比べてかなり痩せこけてはいるけれども、穏やかな表情を浮かべていた。

 華那の頬を撫でる。冷たい感触が私の手に残る。ああ、穏やかに眠っているように見えていたけれど、やっぱり華那は――

 

「友希那!!」

 

「友希那先輩……」

 

 と、改めて現実を受け入れるしかないと思っていた時だった。部屋にリサと山吹さんが入ってきた。立ち上がって、振り向いた瞬間、リサが私を抱きしめてきた。ちょっと、リサ。苦しいわ。

 

「友希那ぁ……大丈夫?本当に大丈夫?」

 

「ええ……大丈夫よ。だから、少し力緩めて頂戴、リサ」

 

「うん……」

 

 と、私と見つめ合うような形になるリサの目には涙が浮かんでいた。私の事を心配してくれていたのだろうけれど、華那の前よ。少しは落ち着いて頂戴。

 

「ごめん……華那もごめんね。騒いじゃって」

 

 と、私の横に立って華那に謝るリサ。山吹さんもそれを見てリサの隣に立って、静かに眠るように横になっている華那を見て

 

「華那……今にも目を覚ましそうな感じですね……」

 

 そうポツリと呟いた。ええ。本当にね……。私はそうとしか言えなかった。実際問題、今にも目を覚まして「おはよう、姉さん」って、言い出しそうなぐらい、穏やかな表情なのだもの。

 

「華那……本当にお疲れ様……向こうで、アタシ達の事……見守……って……いてよね……」

 

「リサ……」

 

 気丈に振る舞っていたリサだったけれど、最後は我慢できずに涙を零しながら、目を覚ます事の無い華那に語り掛けていた。リサ、無理しないでいいのよ。華那も、無理してまで、明るく振る舞って欲しいだなんて思っていないはずよ。

 

「うん……うん……」

 

 私の言葉に泣きながら頷くリサを抱きしめて背中を撫でる。山吹さんは泣く事は無かったけれども、涙を堪えているように見えた。山吹さんと声をかけると、私の方を見て、小さく笑みを浮かべると

 

「友希那先輩。華那……本当、穏やかな表情で安心しました。きっと……いえ。絶対、私達の事見守ってくれますよ。華那、心配性だから」

 

「……そうね。あの子、自分の心配より(他人)の心配ばっかりしていたから、向こうでもしていそうね」

 

 山吹さんの言葉に、私はそう答えた。最後の瞬間まで、私の心配をしていたぐらいの妹よ。きっと――存在しているか分からないけれど、天国で私達の事を心配して見守っていてくれているわね。

 

「友希那さん」

 

「友希那先輩」

 

 そんな話しをしていたら、今度は紗夜と美竹さんがやってきた。華那に会いに来てくれたのね。代わりにお礼を言うわ。ありがとう。それと……ごめんなさいね。皆に辛い思いさせて。

 

「いえ……友希那さんが謝る事ではないですよ。……華那さんも、そう思っているはずです」

 

「そう……ですよ。華那なら、絶対にそう思っているはずです」

 

 二人とも、沈痛な表情を浮かべながら、私にそう言ってくれた。そうね。今までなら、華那がすぐ「姉さん、謝らないでよ!」って、声を上げてみんなで笑い合えていた。でも、そんな光景は二度と起きえない。本当……傍にいなくなったのね……華那。

 私が黙ったからか、四人とも下を向いて黙ってしまっていた。ああ、ごめんなさい。少し、華那のことを想っていたのよ。と、言ってから会話をする。ここ数日、学校を休んでいる私。リサが植松さんと明石さんにお願いして、授業の内容をノートにとって貰っているらしい。

 

「ただ……ミカのノートについては期待しない方がいいよ……」

 

「……でしょうね」

 

 リサが言い難そうにそう言ってきたけれども、正直に言って失礼かもしれないけど、植松さんがきちんとノートを取っている姿が想像できないわね。それで、美竹さん。クラスの方は……そう。やっぱり皆、落ち込んでいるのね。簡単に切り替えられたらどれだけ楽だったからしね。

 

「今日の通夜……クラス全員来る事になってます……」

 

「全員?美竹さん、本気ですか?」

 

「え、蘭?」

 

 申し訳なさそうに話す美竹さんに、驚きを隠せない紗夜と山吹さん。私も驚いているけれど、それだけ華那が……あの短い期間でクラスに溶け込めていたという証拠。本当……愛されているわね、華那。

 そんな話しをしているうちに、そろそろ会場で最後の準備をしないといけない時間になった。四人とも華那との別れを惜しむように、会場で――と、私に言ってから部屋を出て行った。静かになった部屋で、私は華那の頬をもう一度撫でて

 

「華那……貴女の姉でいられたこと……誇りに思うわ。だから、ゆっくりと休みなさい。私はまだ頑張るから」

 

 そう言って、父さんと母さんがいる会場へと向かう。会場の入口には、華那が生前使っていた、黒のエピフォンのギターと、あのレスポール・アクアブルーのギターが飾られていて、その二つのギターに挟まれるように大型のモニターが置かれていた。

 流れている映像は、華那の最初で最後のオーケストラとのライブとなったライブ映像が流れていた。他にも、病院の中庭で演奏した「Brotherhood」の映像に、夏休みのライブハウスの演奏。中学時代の私と一緒にライブをしていた映像などが流れている。

 これは、まりなさん達が必死になって集めてくれた映像を編集したものらしい。華那が生きていた証を多くの人に見てもらいたい――と、まりなさんは涙を浮かべながら話してくれた。その想いを無碍にする訳にいかないし、何よりも……私自身。多くの人に華那の演奏を観てもらいたかったから、会場の担当者さんにお願いして設置してもらった。

 

 会場に入ってすぐに目に入ってくるのは、壇の上に飾られた満面の笑みを浮かべた華那の写真。その両脇には多くの花輪。華那のクラス一同から、羽丘学園吹奏楽部一同、羽丘学園有志一同、CiRCLE、パスパレ――そして華那が生前、好きだと公言していた声優アーティスの名前すらあった。最初それを見た時は何かの悪戯かと私達家族は思った。でも、ご本人からの手紙までついていたのだから、本物だろう。

 他にも華那がお世話になった、隣県のライブハウスオーナー窪浦ヒカルさん。そして「FWF実行委員会」からもきていたのだから、驚きを隠せなかった。

 

「本当……皆に愛されていたのね……華那……」

 

 写真の中で笑う華那を見上げながら呟く。もうじき通夜が始まる。別れの時は……もう、目の前に迫ってきていた――

 

 

 

 

 通夜が始まってから、参加者のほとんどが泣いていた。父さんが今日来てくれた皆に、生前かなと関わってくれた事への感謝の言葉を伝えていた。その光景をどこか遠い国で行われているスピーチに見えたけれど、華那はもういないのだと自分に言い聞かせる。じゃないと、心のどこかで、視界のどこかで華那を探してしまいそうだから。

 父さんの話しが終わり、式も最後のお別れの時間となった。希望者が棺に入っている華那を見て、何か一言二言話しては涙していた。その光景を見て、改めて華那の人望の厚さと言うべきかしら。人間関係の良好さを目の当たりにしていた。本人がもし見ていたら、苦笑いを浮かべているところかもしれない。

 

『私。そこまで、大した人間じゃないよ』

 

 って、言いそうね。……ダメね。華那がいたら――と、つい考えてしまう。本当に、華那に知らず知らず支えられていたのね……私は――

 

「華那、約束したよね!今度は私も一緒にギターやるって!!」

 

「おい、香澄!落ち着けって」

 

 そんな感傷に浸かっている私の耳に、聞き覚えのある声が聞こえてきた。ただ、その声も涙声が混じっていた。声のした方は――棺の方ね。そちらを見れば、市ヶ谷さん達に宥められている、泣きじゃくる戸山さんの姿があった。

 そうよね……そう簡単に気持ちを切り替えられる訳がない。私だって戸山さんのように華那の名前を叫びたい。華那がいない事を嘆きたい。でも……私は、華那の姉。華那を心配させるような真似はしたくない。

 

 だからと言って、戸山さんの気持ちを否定する訳じゃない。ああやって、気持ちを前面に出せるというのは羨ましいと思う自分がいた。目元に浮かんだ涙を拭い、戸山さんの所へ歩み寄る。

 

「戸山さん」

 

「友希那先輩……」

 

 頬を伝い落ちる涙を隠す事をせずに、戸山さんは私を見る。私は戸山さんを抱きしめ

 

「ありがとう……華那の為に泣いてくれて」

 

「ゆき……な……せん……ぱい……わたし……わたし……!!」

 

 私の腕の中で泣く戸山さんに、私は何も言わなくていいわと伝えて、背中を優しく撫でる。貴女の気持ち、華那にも届いているわ。

 

「は……い。はい……!」

 

 大勢の人に見られていたけれど、気にせず、私は戸山さんが落ち着くまで彼女の背中を撫でた。ふと顔を上げれば、私達の周りにはいつものバンドメンバーが集まっていた。全員が涙を浮かべ、抱き合うように泣いている子もいた。華那……貴女の為にこれだけ心を痛めて、涙を流してくれている人がいるのよ。

 

「華那……貴女の姉でいられて本当に……良かったわ」

 

 

 

 

 

 葬儀も終わり、家に帰ってきた私は華那の部屋にいた。父さんも母さんも、しばらくは華那の部屋はそのままにしておくと言ってくれた。いつか、整理しないといけない時が来るだろうけれど、今は――

 

「華那……」

 

 華那が使っていた机を触る。つい数か月前まで、この部屋で華那と音楽の話題で話しをしていた事が昨日のように思い出される。心配させる事も、迷惑かけた事も、喧嘩もたくさんしてきた。

Roseliaだって、華那がいなければ結成できなかった。私達の夢の為に、華那が奔走してくれた。それなのに、私は華那に何も返す事が出来ないままだった。

 

「あら?これは――」

 

 ふと、机の引き出しが少し開いていたのが気になり、開けてみると、そこには一枚の手紙が丁寧に置かれていた。表紙には何も書いていない。裏を見ると――

 

「……あの子は……本当……いつこんなの書いたのよ……」

 

 涙が一つ零れ落ちた。だって、仕方ないじゃない。裏に「姉さんへ」って、書いてあったのよ。私宛なのに、裏側に書いたのはどうしてか聞きたい所だったけれど、手紙の封を開ける。綺麗に三つ折りに畳まれた便箋が()()出てきた。私は最初の一通を慎重に広げて、手紙を読み始めた。

 

 

 

 大好きな姉さんへ

 

 この手紙を見つけたって事は、私が病気に負けたって事だと思う。まさか、小説や漫画とかで、よくある手紙の文章を書く事になるだなんて思わなかったよ。

 姉さん。先に言わせて。ごめんね。姉さんとの約束守れなかった事。必ずスタジアム級のライブやって、あの賞を取るんだって……。それで父さん達の音楽を否定した人達を見返すんだ――って、約束したのにね。それを私が破る形になっちゃった。本当ごめん。

 

 私はいなくなっちゃったけど、どんな形でも姉さんは音楽続けてね。約束なんて果たそうだなんて考えないで。Roseliaだったら、Roseliaとして。ソロでやって行くって言うのなら、姉さんの考えで音楽をしてほしいんだ。私との約束に囚われて、視野が狭くなるのだけはやめて欲しいんだ。

 姉さん、集中しすぎると視野が狭くなる悪い癖あるから、心配だよ。もし、自分の行く道で悩んだのなら、父さんと母さん。Roseliaの皆や、他のバンド、まりなさん達に相談してよね?一人で抱え込まないで。

 

 姉さん。今だから正直に書くけど……。私、Roseliaの事、ずっと羨ましかったんだ。必死になってバンドメンバー集めに奔走したけど、私はそのRoseliaのメンバーじゃない。部外者だったから。

 Roseliaの演奏する音楽の中に私も入りたい。そう思った事は何度もあるんだ。尊敬するギタリストのように才能がある訳じゃないし、私の音はRoseliaには合わないのは理解していたよ?でも、ライブで輝く姉さん達の姿を見る度に、私もあの中に入りたい――って、強く思っていたんだ。

 

 でも、それも、もう叶う事は無い。だからね、姉さん。私、向こうでずっと見守っているから。姉さん達がR()o()s()e()l()i()a()()()()()()()へ辿り着けるように。今は、その頂点への道はずっと先で、ゴールが見えない状態だと思う。

 どのタイミングでこの手紙読んでいるかなんて分からないけれど、私が最後に姉さんに伝えたいのは、私の為に悲しんでくれるのは嬉しい。でも、いつまでも下を向いていちゃダメ。顔を上げて、前を向いて、自分の足で、自分の為に未来へと歩いていって。

 

 タイミングによっては、キツイ言葉かもしれない。でも、姉さんならできる。私はそう願っているし、信じている。繰り返しになるけれど、私の為に。私との約束の為に音楽をしないでね。姉さんの音楽は私の為にじゃないんだよ。多くの人に聴いてもらう為。自分の為に音楽をしてね。

 だいじょぶ……私。本当に幸せだったよ。最後に一つだけ伝えたい言葉があるんだ。姉さん。姉さんはね、私にとって世界一の歌姫だよ――

 

 

 

 

「華那……華那……ああぁぁぁ……」

 

 私は手紙を胸に抱いて、声を上げて泣いた。バカよ、華那。病気と闘っていた時に、自分の心配じゃなくて、私の心配をするだなんて……本当、大バカよ。それに、自分の評価低すぎるわ。私は……伝えられなかったけれど、貴女をRoseliaの一員として迎えようとしていたのだから――

 

「貴女にとって……私が世界一の歌姫だというのなら……私にとって……華那、貴女は世界一のギタリストよ……」

 

 涙を流しながら、華那に届く事の無い言葉を紡ぐ。私のせいで歌えなくなったのに、私を恨むことなく、逆に支えてくれた華那。ありがとう。でも、これからも一緒よ。私達の夢。Roseliaで叶えて見せるわ。もちろん、無理強いはしないし、囚われないわ。だから、貴女も一緒に頂点に立つわよ。

 

 そう、涙しながら心の中で決意を固めた私は、その手紙を持って自分の部屋へと戻った。華那への想いを形にする為に――

 

 

 

 その私の華那への想いが形になったのは、葬儀が終わってから一週間後の事だった――

 




その……なんだ……

未完のままのほうがよかったかな?なんて思っちゃったりしちゃったりして?

まあ、GWだしね、一部で緊急事態宣言出るしね?一話ぐらい更新しても大丈夫だよね?……多分。うん。
あ、あとアンケートやってみます。お答えいただければ幸いです。


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#71

シリアスさん「見て、小説書かなくなった作者がゲームして楽しんでるよ。」

読者の皆さん「可愛くねぇ―よ」

シリアスさん「皆が続き続き言うから、仕事終わっても険しい表情でPCと睨めっこしているよ。お前らのせいだよ。あーあ」

読者皆さん「よっしゃぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」

作者「あの……そんな表情してないですよ?」

シリアスさん「え?」

作者「え?」

読者の皆様「そんなのいいから!いいから続きだ!!続きを出せ!!(作者の財布を漁りながら)」

作者「小銭しかないよ!?」




 アタシにとって、本当の妹のような存在だった華那の葬儀が終わってから一週間が経った。華那がいなくなった事に慣れない自分がいるのに、それでも世界はいつも通りに回っていて、華那なんて最初からいなかったんじゃないかって不安になる。

 そんな不安な心情を紗夜に吐露したら、紗夜も同じような心情だったらしくて、同じ感覚を持っている人がいる事に、アタシは安心した。

 

 そんなアタシに……ううん。アタシ達Roseliaにとって、不安な事が一つあった。それは――

 

「今日も友希那さん……学校来てませんでしたね……」

 

「うん……連絡してはいるんだけど……気付いてないのか、未読なんだよね……」

 

「……あれだけ仲の良かった姉妹でしたから……友希那さんが塞ぎ込むのも仕方ないかと……」

 

「そう……ですよね……華那ちゃん……いつも、友希那さんの事……大好きって……言ってましたから……友希那さんも……私達以上に……辛い……はずですよね」

 

 今日もCiRCLEで、友希那抜きで練習をしていたアタシ達。誰が練習を使用って、言った訳でもないけど、友希那の居場所を守るように、華那が必死になってアタシ達をまとめてくれたRoseliaを守るように、自然と集まって四人で練習をしていた。いつ、友希那がやってきてもいいように。

 

「友希那さん……大丈夫かなぁ……あれ?リサ姉。スマホ光ってるよ?」

 

「え、本当?ありがとう、あこ」

 

 小休憩の時、あこがアタシのスマホが光っているのに気付いて教えてくれたので、お礼を言ってからスマホを手に取って画面を見た。そして、その画面通知に表示されている文字を見て、アタシは固まった。

 

「今井さん?どうかしたのですか?」

 

 アタシの挙動がおかしい事に気付いた紗夜が声をかけてきた。あ、ご、ごめん。今、友希那から連絡あってさ……これからCiRCLEに集まれないかってきたんだ。

 

「はい……?」

 

「え……?」

 

「友希那さんから!?」

 

 三者三様の反応ありがとう。いやぁ……まさか、話題にしていた人物から連絡が来るだなんて、思ってもいなかったよ。ほんと、凄い偶然だよねー。あははー……。

 

「い、今井さん!落ち着いてください!偶然だろうが何だろうが、友希那さんがくるんですよね!?」

 

「さ、紗夜さん落ち着いて!?」

 

「きゅ……急すぎ……ません!?」

 

 紗夜がアタシの両肩に手を置いて、アタシの体を揺さぶる。アタシ自身、まさか友希那が急に集まれないかって言い出すとは思ってもいなかったから、これが現実かどうか分かりかねていたんだよね。

 全員が、思ってもいなかった事態に混乱をしていたけれど、アタシは友希那にもう集まっているとメッセージを送った。皆も、それには同意してくれた。ただ、友希那がどういう意図を持って、集まれないかと言い出したのかが分からなくて、アタシ達は友希那が来るまで身構えていた。

 

 刻一刻と、友希那が到着する時刻が近づいてきていた。この一週間。友希那に会いに何度も家に行ったけれど、どんなに声をかけても反応無くて、結局会えなかったから、友希那が塞ぎ込んでいないか不安で仕方なかった。

 間違いなく、友希那の姿を見たら、アタシは泣く。華那がいなくなって、友希那もいなくなったらと考えてしまった時もあって、正直に言って、自分を保てるか分からない。

 

 友希那が来る予定の時間が近づくにつれて、アタシ達の会話は無くなった。ライブ開始する前以上の緊張感が部屋の中に漂っていた。そしてその時はやってきた。

 

「皆……久しぶりね……って、どうかしたのかしら。皆、凄い緊張した顔しているわ――」

 

「友希那ぁぁぁぁ!!」

 

 友希那が部屋に入ってきて、アタシ達を見て、驚いた表情を浮かべながらそう言っていたけれど、アタシは我慢できなくて、友希那に抱きついてしまった。友希那が耳元で驚いた声を上げていたけれど、アタシは何度も友希那の名前を呼ぶ事しかできなかった。

 

「リサ……ごめんなさいね。心配かけたわね」

 

「友希那ぁ……」

 

 優しくアタシを抱きしめて、背中を撫でながら宥めてくれる友希那。友希那の顔を見れば、少しやつれたように見えた。きちんと食事取ってた?本当に大丈夫なの?

 

「もう……リサ、きちんと食べていたわよ。そこまで心配しなくても大丈夫よ」

 

「だってぇぇぇ……」

 

「友希那さん……本当に大丈夫なのですね?」

 

 紗夜が心配そうに友希那に聞いたけれど、友希那は頷いて大丈夫だと伝えたけれど

 

「ただ……」

 

「友希那?」

 

「友希那さん?」

 

 言い淀む友希那に、皆が心配そうな表情を浮かべて次の言葉を待っていた。何を言うのか。Roseliaの今後についてなのか、それとも――

 

「やっぱり、華那のいない日常には慣れないわね……どこか……華那が私に声をかけてくるんじゃないかって……思ってしまうの」

 

「っ……」

 

「それは……」

 

「友希那さん……」

 

「そう……ですよね……」

 

 友希那の言葉にアタシ達は言葉が出せず、静まり返った。どう友希那に声をかければいいのか、アタシ達は悩んでしまったから。一番辛いのは家族である友希那。でも、アタシ達も華那のことを想うと辛い。

 

「ああ……ごめんなさい。暗い話をしてしまったわね。……今日、集まってもらったというか、私が来たのには理由があるわ」

 

 友希那は、アタシ達を見ながら謝り、話題を変えた。皆も、それについては疑問に思っていた。一週間。沈黙を保っていた友希那が、唐突に集まって欲しいって何があったのだろうか――って。

 

「これを見て欲しいの」

 

 と、友希那が取り出したのは楽譜。なんでこんな時に楽譜?そんな想いを抱きながら、アタシ達全員、楽譜を中心にして円になるように座って、友希那が持ってきた楽譜に目を通す。これは――

 

「華那への想いを全部込めて作り上げた新曲よ。……一週間もかかってしまったわ」

 

 友希那は黙って楽譜を見ていたアタシ達に、この楽曲について説明をしてくれた。

 

「タイトルは決まっているわ。『軌跡』よ」

 

「凄い……この楽曲を一週間で?」

 

「一番は……ピアノと……友希那さん……だけなんですね……」

 

「ロックバラードですよね?あこはいいと思います!」

 

「……」

 

 友希那の説明にアタシは驚いた。一週間で、ここまで楽曲を作り上げてきた友希那。きっと、アタシが家に行った時も、楽譜に音を落とし込んでいる作業をしていたのだと思う。友希那、集中しすぎると周り見えなくなるから……。

 

「それで、来月の月命日に……華那の追悼ライブをやろうと思うのだけれど……どうかしら?」

 

「追悼……」

 

「ライブ?」

 

 友希那が提案してきたのは、一か月後にライブハウスか会場を借り切って、華那と縁のあったバンドに声をかけて、ライブをするというものだった。できれば、羽丘学園の吹奏楽部にも声をかけたいところだけれど、オーケストラ編成の入る会場となると限られてくるから難しい。

 

「追悼ライブかぁ……あたしも賛成だよ。華那に、アタシ達は大丈夫だよって気持ち込めて演奏しよう!」

 

「はい!あこも全力で、華那さんに気持ち届けられるようにドラム叩きます!」

 

「わ、私も……いいと思います」

 

「ありがとうさ、三人とも。……紗夜は反対……かしら?」

 

 アタシ達の賛成の声に、小さく微笑む友希那だったけれど、唯一、黙って楽譜を見ていた紗夜。紗夜は友希那の声に気付いたようで、慌てて

 

「い、いえ。追悼ライブは賛成です。ただ――そのライブだけでもいいので、この個所からギターソロ入れたいのですが――」

 

「ギターソロ?」

 

 ある個所を指さしながら提案する紗夜に、首を傾げながら友希那はその個所を見る。その個所というのが、二番のサビが終わりの部分だった。でも、ギターソロを入れたいって珍しいね、紗夜。

 

「ええ……この楽曲なら、()()()()()()()()()()()()()()()()()を奏でられそうですから……」

 

「あの楽曲?」

 

「紗夜さん、それ。どの楽曲ですか?」

 

 全員が紗夜の言葉に首を傾げる中、紗夜はギターを用意して、演奏して見せるというので、全員それを聞いて判断する事になった。

 

「では、演奏します――」

 

 そう言ってから、紗夜が奏で始めたメロディは、とても激しくて、それでいて切ないメロディ。ただ、そのメロディはまるで華那が演奏しているような――そんな錯覚すら覚えるメロディ……。

 

「ROOTSのギターソロね……」

 

 演奏が終わってから、友希那が小さく呟いた。もしかして……華那が尊敬していたギタリストが組んでいるグループの楽曲?アタシが友希那に聞くと、小さく頷いて

 

「それを合わせるのなら、二番サビの後に歌う『伝えたい』をもう少し伸ばした方が良さそうね。あと、ギターソロ最後の音、もう少し伸ばしてもらっていいかしら?」

 

「そうですね……ギターソロ最後の音は伸ばすのですか?……なるほど、それで一度無音になってから『ありがとう』に入るのですね?」

 

「ええ。その方が、楽曲としてROOTSに近くできるはずよ」

 

 アタシ達三人を置いて、友希那と紗夜の二人は曲の編曲について話し合いを始めてしまった。あちゃー……こうなると、二人とも周り見えなくなるからなぁ……。なら、アタシ達はライブの会場リサーチと、参加してくれそうなバンドに声かけてこよっか?

 

「あ……そうね。リサ、あこ、燐子。頼んでいいかしら?」

 

「まっかせてくださーい!!あこ、色んなバンドに声かけてきますね!!」

 

「あ、あこちゃん……ちょっと待って……私も……一緒に――」

 

「じゃあ、あたし達は、まず、まりなさんに相談してくるねー☆」

 

 そう言って、アタシ達三人も行動へと移した。追悼ライブの会場をどうするか、考えなきゃいけない。なにより、お客さんを呼ぶのだからチケットの問題もあるしね。こういう時は、まりなさんに相談するしかない。

 楽曲については、後で打ち込みだけど、音源を全員に渡すって友希那言っていたから、そこから少しずつアレンジを加えていく方向。「軌跡」かぁ……。歌詞を見させてもらったけれど、友希那の華那への想いが詰まったものになっていたなぁ。一週間でこれだけの楽曲を作れるなんて、やっぱり友希那は凄いよ。だからこそ、しっかりアタシ達で支えなきゃ。

 

 悲しいのはみんな一緒。でも……今までは華那が隣で友希那を支えていた。その代わりって訳じゃないけれど、アタシも華那ぐらい友希那を支えないと。あ……ダメだ。華那の事想うと涙出てきそうになる。辛いのはアタシだけじゃない。我慢我慢。

 

「まりなさーん!!」

 

「あ……あこちゃん……待って」

 

「あははー。あこは元気だねぇ!」

 

 ちょっと涙が浮かんでいたアタシだったけれど、あこが勢いよくまりなさんに突撃していくのを見て、自然と笑えた。華那……絶対、ライブ成功させるからきちんと見ていてね。そう、こころの中で呟きながらあこと燐子と一緒に、まりなさんに来月の月命日に近い日で華那の追悼ライブをしたい事を伝える。

 

「追悼ライブか……いいね。私もCiRCLE内で何かできないかなって、スタッフの皆と話していた所だったんだ。なら、いつものバンドに声かける感じかな?後、誰呼ぶ予定かな?」

 

「友希那も言っていたんだけど、羽丘学園(うち)の学校の吹奏楽部を呼びたいって思っているんだけど……」

 

 アタシの言葉を聞いてまりなさんは右手を顎に当てて、悩む素振を見せる。オーケストラ編成を思い浮かべていると思うけど、CiRCLEのライブ会場だと入りきらないよねぇ。

 

「よし!CiRCLE主催にして、市民会館大ホール借りちゃおう!」

 

「「「ええええええ!!??」」」

 

 まさかの提案に驚くアタシ達。いや、この追悼ライブどうなっちゃうの――

 

 

 

 一方、その頃

 

「そういえば友希那さん」

 

「何かしら、紗夜?」

 

「今井さんが心配していましたけど、家に行って声をかけても返事が無かったと」

 

「それは……リサに悪い事をしたわね」

 

「……なにをしていたのですか?」

 

「イヤホンして、音を確かめつつ作曲していたのよ」

 

「……あまり、心配かけないでください」

 

「善処するわ……」

 




更新は
忘れた頃に
やってくる

作者心の句もどき


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#72

シリアスさん「へへ……評価なんかいらねぇ、感想もいらねぇ」

読者の皆さん「?」

シリアスさん「読了ツイートもいらねぇ……推薦もいらねぇ……誰が公式なんか、削除なんかこわくねぇ!」

読者の皆さん「唐突にどうした!?」

シリアスさん「やろぉぉぉぉぉ、ぶっ投稿してやらぁぁぁぁ!!」

読者の皆さん「投稿は嬉しいけど、ネタに走るのはヤメレ!?」

作者「(訴えられたら負ける戦なんだよなぁ……)」

シリアスさん「あ、でも、感想とか全部やってくれると嬉しいな」

読者の皆さん&作者「あれだけ騒いでて、求めるのかよ!?」


 華那の葬儀から一週間と数日が経った、ある日の午後。ポピパとして久々に練習をしようという話しになって、CiRCLEにやってきていた。この一週間。集まる事は集まってはいたけれど、まともな練習をする事なく、ただ、皆で集まって勉強会だったり、お喋り会を有咲の家でしていただけだった。まるで、皆で音楽の話題を避けるかのように――

 

 ただ、このままじゃいけないと、私は華那から預かった手紙を持って、皆で読む事にした。その内容は、今の私達を動かすには十分な内容だったんだ――

 

 

 

 ポピパの皆へ

 

 この手紙が、皆に届いているって事は、私がいなくなったって事だと思う。自分の事なんだけど、どこか他人事のように思えるのはなんでだろうね。きっと、書いてる時点では生きていたからだとは思うんだけれどね。

 この手紙は、沙綾に預けたけれど……ポピパの皆に宛てた手紙。どのタイミングで皆が読んでいるか分からないけれど、私の気持ちを全部込めて、書き上げるから、しっかりと受け止めて欲しいかな。

 

 皆とは、短い期間だったけれど、本当に仲良くしてもらって、まるでポピパのメンバーの一人ように思えたんだ。夏にオープニングアクトで一緒に演奏したKMGは、本当に楽しかったし、本当に嬉しかったんだ。私の我が儘に、皆が応えてくれた事。一緒になってどうアレンジにしようかって話し合えた事。練習をした事。

 お泊り会とか、海に行った時も本当に楽しかった。オーケストラライブの時も、皆が見に来てくれたのは本当に嬉しかった。入院して、病気と闘っている時も見舞いに何度も来てくれた事、本当にありがとう。

 

 本当、皆ともっともっと色々な事をしたかった。でも、それはもう叶わない。皆、私に対していろんな感情を抱いてくれていると思う。でも、私はもう過去なんだよ。今、皆は未来に向かって走らなきゃいけない。走るのが辛いって言うのなら、歩かなきゃいけない。

 キツイ言葉だとは自覚してる。でもね、私自身、ずっと悲しまれるより、皆が自分達の道を進んで行く事の方が大切だと思うんだ。私を忘れて――と、言うのは、ちょっと大袈裟かもしれないし、皆が怒りそうだけれど、皆は今この瞬間も生きていて、世界はクールに回ってる。

 

 だから、ずっと悲しんで行動しないでいたら、私、皆の夢の中で怒るからね。いつまでもクヨクヨしてないでよ!って。

 

 だからね、皆。楽しんでいいんだよ。やりたい事やっていいんだよ。私の事を想って、何かしようにも躊躇うのだけはやめて。私はね、皆の足枷にはなりたくはないの。

 これは友人としての最後の我が儘で、お願い。いつか、皆の旅路が終わった時に、私にたくさんの事を話して欲しいんだ。楽しかった事、嬉しかった事、悲しかった事、それまで見た景色……全部聞かせて欲しいな。

 

 皆。これからまだ長い旅路が続いていくけれど、たくさん楽しんで、笑い合って。私が向こうで羨ましがるぐらい、沢山の笑顔を見せて。それが私の最後の我が儘。だいじょぶ。私ね、本当に皆に会えて幸せだったよ。

 

最後に……また、ライブ一緒にやろうって約束、守れなくてごめんね。

 

 

 

 

 皆、泣きながら、何度も何度も華那からの手紙を読み直す。華那の想い、願いは私達に確かに伝わった。本当、バカだよ華那……自分が本当は辛くて逃げ出したくて、泣きたいはずだったのに、私達の事を心配して手紙残すだなんて……。本当、華那のバカ。

 

 その手紙を読んだ後から、私達は楽曲作りを始めた。今度のライブで披露する。そう決めて。色々な案を出し合って、ある程度の形になって、今日。CiRCLEで一度合わせてみる事になった。

 まりなさんに会うのもなんだか久しぶりな気がするけれど、まだ一週間しか経っていないんだよね……。CiRCLEのスタッフの皆さんも、どこか元気が無さそうに見えた。

 

「お、ポピパの皆来たね!」

 

「こんにちは、まりなさん!!」

 

「こん……ちは……まり……なさん」

 

 元気よく挨拶する香澄に、息を切らせながら挨拶をする有咲。来る途中、走りだしそうな香澄を何とか止めていたからね。まあ、香澄の気持ちは分からなくもないよ。新しい楽曲……華那との思い出を込めた楽曲を合わせるんだから、気持ちが(はや)っても仕方ないかな。

 

「ポピパの皆に、ちょっとお願いがあるんだ」

 

 部屋を借りる手続き時をしている最中、まりなさんがそう切り出してきた。全員で顔を見合わせて、何だろうと首を傾げる。まりなさんは、そんな私達の様子を見て小さく笑いながら

 

「来月、CiRCLE主催で、華那ちゃんの追悼ライブやるんだけど、参加しない?」

 

 

 

 華那が亡くなってから、一週間。その間、あたし達の“いつも通り”は少し――ううん。完全に崩れてしまっていた。あたしのクラスも、今までのように誰かがバカな事を言って笑い合っているような、そんな風景を見る事は出来なくなってしまっていた。

 

「全く。こんな状況を華那の字が見たら、心配になって夢に出てきてしまうじゃろうが……」

 

「そういう、ノッブも落ち込んでる一人じゃないですかー。やーだー……」

 

「あんたらは、あんまり変わらないね……」

 

 あたしの目の前で行われている、尾田さんと沖野さんのやり取りに、呆れた口調であたしは呟いた。沖野さんは少し困ったような表情で浮かべつつ

 

「まあ……悲しんだ所で、華那さんが戻ってくる訳じゃないです……華那さんの事は忘れませんが、私達は前を向くしかできないんですよ」

 

「そういう事じゃ。っと、言ってもな……誰も悲しむなとは言っておらん。悲しんで悲しんで……それで、また立ち上がって、一歩ずつ前に向かって歩くしかないんじゃよ」

 

 何故か竹刀の先端を床につけ、両手を竹刀の持つ柄*1?に置く尾田さん。いや、なんでそんなポーズ取るの……。そんな事を思いつつ、ここ数日で、静まり返ってしまっているクラスの中、あたしはショートホームルームが始まるのを待った。

 

「……全員座っているな。今日は、お前達に大切な手紙預かってきた」

 

 上条先生が教室に入ってきて、全員席に座っているのを確認してから、そう切り出してきた。その言葉に、教室がざわつく。手紙と聞いて、あたしもこのタイミングで誰が送ってきたか分かってしまった。……華那だ。間違いなく華那が生前書き残した手紙に違いない――そんな予感がしていた。

 

「送り主は……湊華那だ。お前達の事を心配して、書き残していたらしい」

 

「華那ちゃんが!?」

 

「嘘……」

 

「なんで今になって?」

 

 上条先生の言葉に、様々な声が上がる。確かに、今になって手紙が届いたことには疑問はある。そんな騒がしくなったクラスを静かにさせる為に、教壇を何回かノックでもするかのように叩いて、視線を注目させる上条先生。

 

「この手紙……湊が生前、親友に預けたものだ。その親友もこの手紙を届けるまで、かなり落ち込んでいて、渡すのが遅れたとの事だ。そのぐらい許してやれ」

 

 そうだったんだ……。預かったのは誰だろうかとあたしが考えた時に、すぐ思い浮かんだのは沙綾だった。沙綾と華那は中学時代からの親友って聞いた事がある。あたし達にはない絆のようなもので繋がっていたから、華那が沙綾に託した可能性は高い。

 

「本当なら、一人一人にコピーでもして渡そうかと考えたが、そうするとホームルームの時間が無くなってしまうので、私が読むぞ」

 

 有無を言わせない雰囲気で上条先生がそう言って、手紙を広げて読み始めた。

 

 

 

 

クラスの皆へ

 

 みんな元気にやっている?湊華那です。書き出しに悩んだけれど、ありきたりの「この手紙を読んでる頃~」って、書くのもワンパターンすぎると思って、こういう書き出しになりました。

 最初に、皆が応援してくれて、支えてくれたのに、元気な姿を見せる事が出来なくなってしまって、ごめんね。本当なら、皆と一緒に学校生活で、色んな事に挑戦したかった。皆と一緒に色んな景色を観たかった。

 でもね、もう私は今という時間を生きていない。もう過去になってしまった。だからね、皆。これから色んな事を経験すると思う。出会いがあって、別れが必ずあるように、楽しい事、悲しい事、困難な事とか様々だと思う。

 それはね、皆にしか経験できない事。私がいくら望んでももう叶わない事なんだ。だから、その一つ一つを大切にして、これからの長い旅路を歩んで欲しいんだ。

 

 どのタイミングで、この手紙が皆に届いているか分からないけれど、もし、今私の為に悲しんでいるなら、ありがとう。皆の気持ちは嬉しいよ。でも……皆の旅路はこれからなんだ。ずっと悲しんでいるのは無しだよ。

 高校生活は三年間しかないんだから、その三年間。充実したものにして欲しい。私に遠慮とかしないでいいからね。皆が楽しんでいるなら、それで私は十分幸せなんだ。だから、いつまでもクヨクヨしない!ずっと、クヨクヨしていたら、皆の夢に出て怒るからね。

 

 最後に、短い期間だったけれど、皆と同じクラスでいられた事……本当に幸せだったよ。だから、さよならは言わないよ。また会いましょう。バイバイ。

 

 

 

 

 

 上条先生が手紙を読み終えた後、クラスの全員が涙を流していた。あたしも……華那の手紙の内容に我慢できずに泣いていた。これ書いたのは、入院してまだ元気だった頃のはず。自分の事でいっぱいいっぱいだったはずなのに、どうしてあたし達の心配していたの、華那。

 しばらく、教室には皆のすすり泣く音だけがしていたけれど、上条先生が口を開いた。

 

「ここ一週間ぐらいか……お前達の様子見守っていたが……『いい加減、前を向け!』と今日言うつもりだった。そんな時に、湊の友人からこの手紙を託された。全く……湊の奴に教師としての仕事取られてしまったな。……で、お前達は、湊の想いを無視して、そうやってずっと下を向いているつもりか?湊はそれを望んでいると思うか?」

 

 上条先生はそう全員に語りかけた。華那が望んでいるか……そんなの決まってる。望んでなんかいない。間違いなく、華那なら、私達が笑顔でいてくれる方が、いつも通りの日常を過ごしてくれている方が、嬉しいに決まっている。でも――

 

「だからって、湊を忘れろとは言わん。同じ場所、時間を過ごしたお前達なら、湊の想いを抱いて前を向いて歩めるはずだ」

 

 上条先生の言葉は確かに私達の心の奥に届いた。涙を流しながら華那と親しかった何人かが声を上げて

 

「そうだよ!華那ちゃんはいないけれど、私達の心の中で、ずっと、一緒にいるんだよ!なら、皆で……華那ちゃんと一緒に歩もう!!」

 

「そうだね。これからも華那ちゃんも一緒だよ!」

 

 今までの暗い雰囲気が嘘のよう――華那がいた頃にはまだほど遠いけれど――明るい雰囲気で、皆の声が教室に響いた。ただ、抱き合って泣いている子もいたのも事実。でもその子達も前に歩けるようになるだろう。

 だって、華那から背中を押されたんだから、歩けなかったら本当に、華那が怒りに来るかもしれない。……華那。あたしも()()()()()の景色の中にいていいんだよね?

 

『当たり前だよ。蘭ちゃんも、アフグロの皆も、いつも通りを大切にしてね――』

 

 ふと、華那の声でそんな言葉が聞こえた気がした。あたしは誰にも分からないように小さく笑う。本当、華那の心配性には困ったものだ。もう少し自分の事を大切にしなよ。そう心の中で思いながら、あたしも前へ進む決意をしたのだった。

 

 放課後。巴達と合流して、華那からの手紙があった事を伝えると

 

「その手紙、アタシ達宛にも来てるぞ、蘭」

 

「……華那、本当、もう少し自分の心配しなよ……」

 

 巴の言葉にアタシは右手を額に当てて、盛大に溜息を吐きながらそう呟いたのだった。それについては皆も同意見だった。この手紙、どこで読もうかと話し合った結果、今日CiRCLEで練習する日だったので、そこで読もうという事になり、移動するあたし達。

 CiRCLEに着いた時、まりなさんとポピパの皆が何か話していた。何を話しているんだろう?と、言っても、あたし達も練習しに来たから、手続きしないと――

 

「まりなさん」

 

 あたしはポピパと真剣に話している、まりなさんに声をかける。それがあたし達――いや、華那とかかわりのあったバンドを巻き込む、大きなイベントが行われる事になるだなんて、その時のあたし達は想像もしなかった。

 

「あ、アフグロの皆もちょうどいい所に。来月、華那ちゃんの追悼ライブやるんだけど、参加してほしんだ――」

 

*1
沖野「柄頭(つかがしら)の事ですね。剣先とは逆の柄の先端部分の名称ですよ!コフッ!?」




作者「つれ(シリアスさん)を起こさないでくれ。死ぬほど疲れている」

読者の皆さん「ここにきて、シリアスさんが死んだ……だと!?」

シリアスさん「いや、勝手に殺すな!?あ、アンケート更新しましたので、答えていただけたら嬉しいです」

読者の皆さん「それ、作者のセリフだぞ!?」


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#73

シリアスさん「投稿しない・しないと言っていて、投稿する詐欺師作者がいるらしい」

読者の皆さん「そんな奴いるのかよ(笑)」

シリアスさん「うちのツレ(作者)なんだけどさ……」

読者の皆さん「あっ……(察し」

???「作者、許されません」

???「はい、そう(詐欺だという)いった声もあると思いますけれど、これは仕方がないでしょうねー」

シリアスさん&読者の皆さん「どちらさまで!?」




作者「あっ、やっぱり許されないんですか!?」



 あたし達Afterglowは、CiRCLEで練習するために集まった。でも、その前に、まりなさんから、来月行う予定である華那の追悼ライブに参加しないかという提案を受けた。

 正直に言うと、あたし個人としては参加したい。ただ、他の皆がどういう判断をしているのか分からなくて、保留という形になった。ただ、聞いたところ、ライブの提案をしてきたのはRoseliaとの事で、ポピパは既に参加するらしい。

 

「じゃあ……練習前に、華那からの最後の手紙読むか?」

 

「だね……ただ、読んだら練習できない気もしないでもないけど……」

 

 巴の提案に、あたしは頷きながら苦笑いを浮かべて答えた。実際問題。あたし自身、華那の手紙を読んで、涙を我慢できるかなんて分からなかった。それでも、一秒でも早く華那からの手紙を読みたいという思いもあった。

 

「モカちゃんも、先に読みたいかなぁ……」

 

「私も先で!」

 

「わ、わたしも!」

 

 と、全会一致で、練習前に読む事が決まった。今日の練習は諦めた方がいいかもしれない。手紙を取り出した巴は、手紙を一度だけ見てから

 

「じゃあ……蘭任せた」

 

「……はぁ!?」

 

 と、あたしに手紙を渡してきた。なんでそうなるの!?アタシに読めって言うの?そう問うと、巴は大きく頷いて

 

「華那と仲良かったじゃん」

 

「いや、あたしだけじゃないじゃん!!」

 

「でもでも~、同じクラスで、色々お世話になったのは蘭だよね~」

 

「そうだよ蘭!」

 

「わたしも蘭ちゃんに読んで欲しいかな。きっと、華那ちゃんも蘭ちゃんが読むなら安心すると思うから」

 

 と、何故かあたしに丸投げって訳じゃないけど、読ませようとする皆。いや、皆で順々に読めばいいじゃん……。それに――

 

「それに?」

 

 あたしの言葉に巴が首を傾げながら、その先を促してきた。あたしは言うべきかどうか悩んだけれど、黙っていると、ただ読みたくないだけじゃないかって思われてしまうかもしれない。……そんな事は、皆ならないんだろうけれど、自分の気持ちを伝えないといけない。そうだよね?華那――

 

「……読んでる途中で、泣くの我慢できる自信無いし」

 

「……」

 

「あ……」

 

「蘭……」

 

「蘭ちゃん……」

 

 あたしの発言に、部屋が静まり返る。そうなるのは分かっていたけれど、でも、正直に言って、華那の残した手紙を読んで、泣かないでいられる自信が全くなかった。クラスの皆に宛てた手紙の時だって、他の子達みたいに抱き合って泣くような事は無かったけれど、涙が零れ落ちていたから。

 

「そうだよ……な。じゃあ……順々に読んで行こうぜ」

 

「さんせーい」

 

「だね」

 

「うん。そうしよう。順番はどうしよっか」

 

 皆、あたしの発言に納得してくれて、順番の話しにスムーズに移行できた。順番は今、手紙を持っている巴から時計回りに読みまわしていけばいいとなって、あたしが読むのは最後になった。

 皆で輪を作るように座って、華那からの手紙を読んでいく。最初に読んだ巴が、途中から涙流して、左腕でその涙を拭いながら読んでいた。その後のモカに渡って、平静な表情をしていたモカだったけど、読んでいる最中、手が震えていて、最後の方は巴と同じように涙を流していた。

 

 ひまりも、つぐも読みだしたら泣きだしてしまって、二人ともまともに読めたかどうか……。で、ついにあたしの番になった。読むのは怖い。なんて書いてあるのか……。意を決して、つぐから手紙を受け取って、手紙に目をやる――

 

 

 

Afterglowのみんなへ

 

 手紙。無事に届いたかな?いつ、この手紙を読んでいるかは分からないけれど、これを読んでいるって事は、無事に届いたって事だと信じてます。

 で、なんだけど……。偉そうに「諦めない」「だいじょぶ」って、言っていたのに、皆と一緒に過ごす事が出来なくなってごめん。きっと、優しい皆の事だから、私の事を想って悲しんでくれていると思うんだ。

 でもね……皆は“今を生きている”。まだ、Afterglowっていうバンドの“いつもどおり”は壊れていないんだよ?友達として、外から皆の事見ていたけれど、本当に仲の良い幼馴染って、高校からの付き合いの私でも分かるぐらい、大切な繋がりがみんな持っていた。

 そういう繋がりって、本当に大切だし、そう簡単にできる物じゃないんだよ。私も仲良くしてもらっていたけれど、やっぱり皆の持っている繋がりの中に入る事は出来なかった。だって、その繋がりって、皆……五人だけのものなんだもん。

 だからね……その五人だからこそ出来る“いつもどおり”を大切にしてね。その“いつも通り”が、Afterglowの強みだから。時にはぶつかり合う事や、乗り越えられるのかな?って、不安になるような困難にぶつかる事もあると思う。

 でもね……五人ならその困難も絶対に乗り越えられる。私は信じてるよ。だからね、ずっと、私の事を想って悲しんでいたら怒るからね!「いつまでもクヨクヨしてんじゃないよ!」って。

 さっきも書いたけれど、、皆は“今を生きている”んだよ。私は、もう過去になっちゃったけれど、皆の旅路はこれからなんだよ。だから、辛いかもしれないし、悲しんでいるかもしれないけれど、一歩……ううん。半歩でも前に進んで。楽しい事、悲しい事、嬉しい事……たくさん経験して、皆で最後は笑い合って欲しい。

 それで、全部終わった時に、私に皆の旅路で起きた事聞かせてくれると嬉しいな。だからね、さよならは言わないよ。みんな、また会おうね。

 

 

 

「……バカだよ……華那。辛かった……はずなのに……あたし達の……心配してさ……」

 

 あたしは読んでいる途中から泣いていたけれど、読み終えてからそう震える声で、ここにはいない華那へと言葉を紡ぐ。どれだけ苦しかっただろうか。生きたかっただろうか。今となってはあたし達が知る事は出来ない……。でも、華那の気持ちは確かにあたし達に届いた。

 

「……皆……華那に届けよう。あたし達の音を」

 

「ああ……そうだな……届けようぜ、アタシ達の音をさ!!」

 

「そう……だね……モカちゃんも全力で届けちゃうよ」

 

「……うん、うん!!」

 

「やろう……華那ちゃんに、わたし達、大丈夫だよって、音楽で届けよう!」

 

 あたしの発言に皆、賛同してくれた。華那……あたし……華那に出会えてよかったって本当に思っているよ。もし、出会えていなかったら、きっと、中学時代と同じようにクラスでひとりぼっちだったと思うし、なにより……皆とぶつかって孤独になっていたかもしれない。だから――

 

「よーし!!皆の気持ち一つになったところでいつものやっとこう!エイエイエオー!!……って、私だけ!?」

 

「ひまり、お前、早過ぎんだよ。アタシたちが合わせるタイミングなくやるなよな」

 

「そうそう。一息入れてくれないと合わせられないよー?」

 

「あ、あははは……」

 

 ひまりがいつも通り、一人で盛り上がって、皆で笑い合う。いつも通りのあたし達の姿だ。華那……見ていてね。あたし達の音楽、必ず届けるから。

 

『もう……蘭ちゃん、だいじょぶだよ。十分……気持ち届いてるよ』

 

 ふと、そんな声が聞こえた気がした。いや、きっとこれは、あたしがそうであって欲しいという願望が生み出した幻聴だと思う。でも、華那ならそう言いそうだ。小さく笑みを浮かべてから、あたしは皆にある提案をする。

 

「今度のライブ。カバーしたい楽曲があるんだけど……」

 

「おっ、珍しいな、蘭がカバーしたい楽曲言い出すだなんて」

 

「これは……事件ですなぁ……明日は吹雪かもー」

 

「モカっ!」

 

 茶化すモカを追いかけるあたし。それを見てみんなが笑う。ほんっとうにモカはいつも通り過ぎてっ、腹が立つ。でも、悪い気はしない。モカとの追いかけっこを中断し、いったん呼吸を整えてから、改めて楽曲について話す。

 

「次のライブ……『MEMORIA』か『ARIGATO』を演奏したい――」

 

 

 

 

 華那ちーがいなくなってから、もう一週間が過ぎた。おねーちゃんは、数日は落ち込んでいたように見えたけれど、ここ二日は前と同じようにRoseliaで練習をして、いつも通りに振舞っていた。なんで、いつも通り振る舞えるの?華那ちんと仲良くなかったの?そう、思ってしまう。

 確かに、あたしもそんなに華那ちーとすっごく仲が良かったのかって聞かれたら、そうじゃなかったかもしれない。でも……それでも、華那ちーの事、あたしは好きだった。なのに……皆、華那ちーの事忘れたいの?って、暗い感情があたしの中で渦巻いていた。

 みんな……あれだけ仲良かったのに……なんでなの?その答えが出ないまま、あたしは事務所に来ていた。でも、いつも通りに振舞えるわけがなく、口数も少なくて、今も休憩中に一人膝を抱えて座り込んでいた。

 

「日菜ちゃん……大丈夫?」

 

「千聖ちゃん……あたし……どうしたらいいか分かんない……なんで、皆、普段通りに過ごせるの?華那ちーと仲良くなかったって事なの?」

 

「それは――」

 

 膝に顔を埋め、静かに涙を流す。ずっと悲しんでちゃいけないのは分かってる。でも、あたしは皆みたいにすぐに気持ち切り替えられないよ……。

 

「日菜ちゃん……。日菜ちゃんの気持ちは分かる――だ、なんて言えないわ。だって、私は日菜ちゃんじゃないから」

 

「千聖ちゃん……」

 

 あたしの背中を優しく撫でてながら、優しい口調で千聖ちゃんがそう言ってきた。そんな千聖ちゃんは一通の手紙を取り出して

 

「これ、日菜ちゃんに。私達はもう読んだから」

 

「これは……?」

 

 そう、寂しそうな笑みを浮かべて、あたしにその手紙を渡してきた。みんな読んだって……誰からの手紙――そう聞こうとしたら、千聖ちゃんは顔を上げて、遠い目をして答えてくれた。あたしが想像もしなかった送り主の名前を――

 

「華那ちゃんから、私達、パスパレに宛てた最後の手紙よ」

 

「華那ちー……から?」

 

 千聖ちゃんの言葉にあたしは思考が止まりかけた。だって、華那ちー、あれだけ苦しかったはずなのに、手紙残すなんて無理だったはず。なのに、あたしの手の中にある手紙は華那ちーからだと言う。皆の顔を見る。皆、あたしの中にある手紙をじっと見ていた。彩ちゃんと麻弥ちゃんは泣いていて、イブちゃんは泣くのを我慢していた。

 

「……」

 

 あたしは皆の様子を見て、この手紙が華那ちーからであると信じて、震える手で綺麗に折りたたまれていた手紙を広げて読み始めた。

 

 

 

パスパレの皆さんへ

 

 この手紙が届いている頃、皆さんは次のイベントか収録に向けて練習中だと思います。

 それと同時に、私、湊華那がいなくなっている頃かと思います。

 入院中、色々と励ましてくださり、ありがとうございました。しかも、私の大好きな声優アーティストさんのサイン色紙まで貰って来ていただいたのに、このような結果になってしまいごめんなさい。

 優しい皆さんの事だから、怒ってはいないと思います。その代わり、私がいなくなった事に悲しんでくれていると思います。パスパレのファンの人がその事を知ったら、怒りそうな気がします。そんな事は無いと思いますけど――ね。

 過去になってしまった私の事で悲しんでくれるのは、正直に言って嬉しいです。でも、パスパレの皆さんは、アイドルなんです。今を生きているんです。

 ステージに立てば、会場にいる人達を――女優としてドラマや映画に出るなら、画面の向こうにいる人達を――機材サポートなら、それを使う人達を笑顔にするのが、パスパレの皆さんがやらなくちゃいけない事なんです。いえ、パスパレの皆さんにしかできない事なんです。

 私みたいな一般人に言われなくても分かっていると思います。だから、パスパレの皆さんなら、きっと、この手紙を読んでいる頃には、前を向いて、ステージに立てば笑顔を浮かべて、会場にいる人達を笑顔にしていると信じています。

 最後になりますが、皆さんに出会えて本当に幸せでした。いつか、こっちに来た時に、皆さんのお話し聞かせてくださいね?その日まで私、向こうで皆さんの活躍を願ってます。また会う日まで……。

 

 

 

「ひっく……ぐすっ……か……なちー……かなちー……!」

 

 読み終えた私は、涙を流して華那ちーの名前を何度も呟く。なんで、なんで華那ちーはそこまで強くいられたの?あたし……あたし、華那ちーが思っているような強い人間じゃないよ。でも……華那ちー……あたし……頑張るよ。華那ちーが向こうで安心できるように。笑顔でいられるように――

 

「日菜ちゃん……華那ちゃんの想い……伝わったかしら?」

 

「うん……うん!」

 

 優しく抱きしめてくれた千聖ちゃんの言葉に、あたしは何度も頷く。辛かったはずなのに、苦しかったはずなのに、他人(あたし達)の心配をしてくれた華那ちー。その想いを無駄にはしたくない。正直、華那ちーがどうして、そこまでして他人を心配できたかなんて分からない。でも……華那ちーの言葉で、あたしは前へ一歩踏み出す。

 

「日菜ちゃんにも、華那ちゃんの想いが伝わったところで、まずは来月の、華那ちゃんの追悼ライブについて話し合いをしましょうか」

 

 と、立ち上がった千聖ちゃんが、唐突にそんな事を言い出したから、あたし達は驚きの声を上げる事しかできなかった。

 

「え?」

 

「追悼ライブッスか!?」

 

「どういう……ことですか?」

 

「え、え?ち、千聖ちゃん。なにそれ?初めて聞いたんだけど!?」

 

 あたし達の様子に、悪戯が成功した子供のように小さく笑う千聖ちゃん。なんでも、今日。CiRCLEのまりなさんから連絡があったそうで、既にマネージャーとスタッフなどの関係者には参加する方向で調整するように話し合いが終わっているそう。

 それを聞いて、彩ちゃんとイブちゃんはやる気満々で、すぐに練習をしようと言い出した。あたしも、区切りって言ったらおかしいかもしれないけれど、前を向くために、華那ちーともう一度お別れする為に、そのライブ全力で楽しまなくっちゃ。うん、その方がルンッってするしね♪

 麻弥ちゃんも「ジブンもやる気満々っすよ!」って言っていたから、大丈夫。華那ちー……見ていてね。必ず、あたし達の笑顔そっちで見えるように頑張るよ――

 



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#74

シリアスさん「もう、ゴールしてもいいよね?」

読者の皆さん「あかん!まだ、(本編の後が)始まったばかりやないか!やっと(リ)スタートきれたんやないか!うちら(読者)の幸せは始まったばかりやないか!」

シリアスさん「もう全部した。十分なくらい――だから、もう……ゴールするね?」

読者の皆さん「あかん、シリアスさん!ゴールしたら、アカン!」




変な劇を目の前で見せられて――
作者「なぁにこれ(困惑)」



 私達、Roseliaの華那追悼ライブへの練習は順調に進んでいた。新曲「軌跡」のアレンジも順調と言えるわね。今回だけ、紗夜のギターソロを追加してのアレンジも固まっているから、後は個々人の楽曲への理解度と、バンドとしての練度上げね。そう思いつつ、私はマグボトルに手をやる。

 

「ねえ、友希那。ライブの楽曲なんだけど……」

 

「リサ?何か問題でもあったかしら?」

 

 一旦休憩という事で、ギターの手入れや水分補給にお喋りと、各々好き勝手――と、言う言い方もどうかと思うけれども――やっていた時に、リサが申し訳なさそうに私にそう話しかけてきたのだった。何か問題でもあったかしら。あれだけ、話し合いをして決めた曲順よ。そうそう問題なんて――

 

「えっとさ、実はまりなさんや、他のバンドからの要望ってか、お願いがきてさ。アタシ達ってか、華那の姉である友希那がいるからって事で、ライブの持ち時間……二曲分増えちゃった」

 

 と、申し訳なさそうに言い出したリサ。……ちょっと待ちなさい。いきなり二曲増やされる私達の身にもなりなさい。だから、申し訳なさそうな表情をしていたのね、リサ……。というか、そういう話しは練習前に言って頂戴。話し合う時間が必要になるじゃない。

 

「あはは……ごめん。言い出しづらくて」

 

 と、右手を頭の後ろに当てて目をあさっての方向に向けながら謝るリサ。まあ……リサの気持ちも分からなくもないわ。でも、急に増えた二曲分どうしたものかしらね……。三人も聴いていたわよね?

 

「はい。……練習前から、今井さんの様子が少しおかしいと思っていたら、そういう事だったのですね」

 

「ごめんってばー……」

 

 腕を組み、ジト目でリサを見ながら言う紗夜にリサは謝っていた。あこと燐子も話しを聞いていたようだけれども、どうしたものかしらね。新曲は「軌跡」でいっぱいいっぱいになると思うわ。

 

「そうですよね……そう簡単に新曲作れるわけないですもんね……」

 

「そう……だね……あこちゃんも……新曲で……大変だしね……」

 

 二曲分増えたという事で、新曲を作る事を少し期待していた様子のあこだったけれども、時間が無いのを自覚してくれたのは成長ね。さて、本当にどうしたものかしら――と、考えて、一度私が提案しようとしたけれど、演奏時間を考えて辞めたカバー楽曲を提案してみましょうか。

 

「カバーやるってのはどうかしら?」

 

「もしくは、私達のセットリスト外の楽曲ですね」

 

「だねぇ……それしかないよねぇ」

 

 私の案に、紗夜が右手を口に当て、左手にはセットリストが書かれた用紙を持って思案しながらそう言ってきた。その隣で、紗夜の持つセットリストを見るリサ。そうね。私達の楽曲なら、すぐに対応はできるわね。でも――

 

「華那の追悼ライブなら……ある楽曲を私は歌いたいわ」

 

「友希那?」

 

「友希那さん?」

 

 私の言葉に、少し驚くリサと紗夜。私がすぐに楽曲について案を出すとは思っていなかった様子ね。演奏時間が増えなければ、言わなかったわよ。私はそう言って、自分のスマホを取り出して操作する。入れてあったはずよ。華那が好きだったあのアーティストの楽曲――。あった。一度、聴いてみてもらってもいいかしら?そう、私は全員に問うと、全員真剣な表情で頷いてくれた。

 

「じゃあ、流すわよ。タイトルは『TINY DROPS』よ」

 

 そう言ってから、スマホを操作して音楽を流す。ピアノの旋律から入るバラード楽曲。華那が私以外の子達に残した最後の手紙にあったという「旅路」という単語。それにリンクする形でもあるし、何よりも……今の私にピッタリな楽曲だと思う。歌詞も、曲調も。一つ問題があるとすれば……Roselia(私達)らしくない楽曲ではある。

 軌跡と似たようなピアノからの入りというのも問題がある気がするけれども、皆の反応を見ていると……大丈夫そうね。

 

「歌詞……まるで、華那へ歌っているかのような感じだね……」

 

「アコースティックの音は白金さんのシンセで同期させるとして、ギターのクリーントーンをもう少し突き詰めないといけませんね」

 

「ピアノも……結構難しいですね……」

 

「ドラムも強すぎると、楽曲壊しちゃう……」

 

 四人とも、それぞれの感想を話す。その後、息を合わせるように

 

「「「「この楽曲やりましょう(やろう)」」」」

 

 と、ほぼ同時に言ったのだった。言い出したのは私だけれども、四人が同じ言葉を言い出すとは思ってもいなかった私は、一瞬だけ呆気にとられてしまったけれど、すぐに頷いて

 

「なら、一曲はこれで。セットリストも考え直さないといけないわね……」

 

「なら、『軌跡』の前でいいのでは?似たような曲調の楽曲ではありますが、一旦落としてから、上げるという意味ではありかと」

 

「おお。紗夜が珍しく落とすって言った!?」

 

「紗夜さん、何か悪い物でも食べました!?」

 

「ぽ、ポテトフライ……買って……きましょうか?」

 

「貴女達……私に対してどういうイメージを持っているのですか!?」

 

 と、騒ぎ始める四人。前までなら考えられない光景に、私は小さく笑う。ねえ、華那。見えているかしら。貴女の集めたバンドメンバーは私にとってかけがえのない存在になってくれているわ。だから、これからも華那……貴女もRoseliaの一員よ。

 

「そうだ!華那さんが好きだったアーティストの楽曲でもう一曲カバーやりましょうよ!『深愛』とか!!」

 

 紗夜に怒られながらも、元気良く提案してくるあこ。紗夜は紗夜で、話しを聞いているのですか!?と、あこを注意していた。深愛……確かに今回のライブテーマにはいいかもしれないわね。でも――

 

「バラード系のカバーばっかりね」

 

「だねぇ……って、言ってもさ友希那。演奏楽曲増えているから、問題無いんじゃないかな?」

 

 と、私の横に立って、セットリストの書いた用紙を持ってそう言ってきたのはリサだった。リサの持っている用紙に目を落としながら、演奏楽曲について考える。LOUDERで始まって、二曲目はDetermination Symphony――

 

「そうね……中間辺りで『TINY DROPS』『軌跡』『深愛』の順にやっても問題は無さそうね」

 

 曲の流れを想定して、行けると判断してそう言葉にした。それを聞いたリサが満面の笑みを浮かべて

 

「でしょ?あこも燐子もそれでいいよね?紗夜は……はいはい。あとでポテトフライ奢るから、そんなに怒らない」

 

「なっ!?い、今井さん!私は、そんなポテトフライに釣られるような女じゃ――」

 

 と、他のメンバーに同意を求めつつ、紗夜を宥めていた。リサ……いくら紗夜でも、ポテトフライと演奏楽曲については天秤にかけない……はずよ。多分。そう思いつつ、私はもう一つ、皆に提案するために口を開いた。

 

「みんな聞いて頂戴」

 

 その言葉で、全員の視線が私に向けられる。先ほどまでの大騒ぎはどこに行ったのかしらね。そんな疑問を抱きつつも、華那がいなくなってから、ずっと考えていた事を伝える。

 

「これからのライブで、華那のギターをステージに置いておきたいのだけれど――」

 

 

 

 

「できたぁぁぁ!!」

 

「うん、これなら大丈夫だよ、香澄ちゃん!!」

 

 と、今し方まで、有咲の家()で作詞作業をしていた香澄とりみが大きな声を上げる。華那追悼ライブへ向けた新曲作りは、私達ポピパも参加すると言ってから、急ピッチで作業が始まった。華那への想いと、私達の感情を入れた楽曲にするんだ!って、香澄が意気込んで、りみもそれに呼応するように、楽曲作りを頑張っていた。

 

「タイトルは……『切ないSandglass』!!」

 

「砂時計ときたか……」

 

「うん、良いタイトルだと思うよ」

 

「それで、どんな曲調か、楽譜見せてもらってもいいかな?」

 

 香澄とりみりんを中心として、皆で集まって譜面を見る。切ないメロディだけれど、テンポは結構速め。バラードでくるかなって勝手に思っていたから、意外だった。でも……いいと思う。今の私達らしくて。

 

「ああ……これやるの楽しみになってきた」

 

「と、言っている有咲は、ライブ中に泣くのでした」

 

「おたえ、泣かねぇし!!」

 

 間髪入れずに有咲がツッコミを入れたので、皆で笑い合う。いつものやり取りが戻ってきた。華那。私達、華那の分も――って、出来るか分からないけれど、シッカリと前に進むから、きちんと見守っていてね。

 

「そういや……沙綾。スペシャルバンドの件どうするんだ?」

 

「うーん……今の所、紗夜先輩とモカが参加するって言ってくれているんだけれど、ベースがね……」

 

 有咲の問いに、私は少し歯切れ悪く答えるしかなかった。そう。ライブの中間辺りでスペシャルバンドとして、華那が演奏した楽曲や、華那への想いを込めた楽曲を演奏しよう――と、いう事になった。紗夜さんは「#1090」と「恋歌」を演奏したいと伝えていて、モカは「GO FURTHER」を。そして私は――

 

「沙綾は()()()()()()なんだっけ?」

 

 そう。私はその時、一曲だけ歌わせてほしいとお願いしている。その楽曲というのは、華那が中学時代。まだ、喉を痛める前に歌っていた、あまり知られていない楽曲。

 

「『もう君だけを離したりはしない』って楽曲。前、スマホに撮った映像を見せた時に歌ってた曲だよ」

 

「あー!あれ!ロック調の切ない楽曲だよね」

 

 そう。香澄の言った通り、楽曲はロック調なのだけれど、切なさがある曲。それは歌詞がそうさせている部分もあると思う。それをカバーしたくて、紗夜先輩とモカにお願いしたら、その場でOKが貰えたのは驚いた。

 

「その時のドラムは巴がやってくれるからいいんだけど……キーボードとベースが決まってないんだ」

 

「べ、ベースなら私にやらせて、沙綾ちゃん」

 

 と、私がどうしたものかと呟こうとした時に、りみりんが突然、立候補してきた。え、りみりん?驚きつつりみりんを見れば、真剣な表情だったから、本気で演奏するつもりだという事は十分に伝わった。

 

「りみりん、楽曲増えるけど大丈夫?」

 

「大丈夫だよ、おたえちゃん」

 

「なら、キーボードは私がやらせてもらうぞ。夏の時にやった楽曲もあるから、理解度なら他のバンドメンバーよりあるしな」

 

 有咲が右手で頭を掻きつつそう言って、自分がキーボードをするんだと言い出した。いや、確かに楽曲理解度は高いかもしれないけど、大変じゃない?そう言ったら

 

「沙綾の方が大変じゃねぇか。ドラムやって、歌うんだろ?しかも、歌った事もない楽曲なんだから、それに比べりゃ私達は楽勝よ。な、りみ?」

 

「うん!」

 

 と、珍しく楽観的な有咲の言葉に、力強く頷くりみりん。ただ、私は気付いていた。有咲なりに私を安心させようって思っての発言だってことを――

 

「ねえ、さあや。なんでリサさん弾かないの?華那と幼馴染だったのに……」

 

 と、不思議そうというか、不満そうな感じの雰囲気を醸し出しつつ私に聞いてきたのは香澄。香澄の思う気持ちも分からない訳でもない。ただ、リサさんが弾かない――というか、弾けないのには理由がある。それはモカだ。リサさんの名誉の為にも、香澄の勘違いで、香澄とリサさんが仲違いした姿を、向こうで見守ってくれている華那に見せたくない。その為に、私は香澄に説明をするために口を開いた。

 

「モカとリサさん同じバイト先なのは知っているよね?それで、モカが練習する時間を取るから、代わりにリサさんがバイト出るって事になっちゃってね。リサさんも弾きたがってたけど、Roseliaの方の練習もあるからって断念したんだ。バイト先の店長さんから泣きつかれたとか言ってたよ」

 

「そうなんだ……それは仕方ないよね……私もスペシャルバンド参加したかったなぁ……」

 

 私の説明に納得して、しょんぼりする香澄。流石に新曲もやるからって事で、香澄には断念してもらった。私も大変だけれど、香澄の方がもっと大変だからね。

 

「さすがにギター四人は多いしね」

 

「おたえ……お前もか……」

 

 腕を組んで残念そうな表情を浮かべながら言うおたえ。それにすかさず呆れた表情でツッコミを入れる有咲。いや、私も有咲と同意見だよ。おたえも参加するつもりだったの?おたえはあっけらかんと「そのつもりだったよ?」って言ったのだった。

 

「おたえちゃんらしいね」

 

「だねぇ……それにしても……」

 

 私の言葉に皆の視線が集中する。いや、そんな重要な発言するつもりじゃないから、そんなに真剣な表情で私を見ないでくれるかな?そう苦笑いを浮かべて伝えつつ、私はさっきの言葉の後に話すつもりだった言葉を紡ぐ。

 

「ここまで盛大なライブになるだなんて思ってもいなかった……って、思ってさ」

 

「あー……確かにな。あのKolor’s(カラーズ)もくるんだっけ?」

 

 そう。夏休みに行った隣町で華那がギターを担当した三人組のコーラスユニット、Kolor’sも参加する事になっている。見に来る?って通話アプリで送ったら、歌いたいって返ってきた時は驚いたなぁ。まりなさんに相談したら、速攻でオッケーだったのも驚いたけどね。

 

「で、羽丘の吹奏楽部がオーケストラ編成で参加するんだろ?……なんか、一大フェスみたいな感じだな」

 

「華那フェス……それもありかもね」

 

 苦笑いを浮かべながら呟いた有咲の言葉に、何度も頷きながら「華那フェス」と言い出したのには、笑うしかなかった。華那フェスって……もう、おたえなんでそんな事言い出すかなぁ。

 そんな話しをしつつも、改めて練習をしようと動き出す私達。もう、ライブへの時間は少なくなってきている。焦りはない。今できる最大限の演奏をして、華那を安心させようそれが、ポピパ全員がもっている共通の想いだった。

 

「そういえば、カバーどうしよっか?」

 

「Roseliaは間違いなく、華那に関係する楽曲やるよなぁ……」

 

「私も、華那が聴いていた楽曲やりたいな」

 

「私、華那ちゃんが尊敬していたアーティストさんの楽曲をカバーしたいな」

 

「みんな……思う事は一緒だね」

 

 そう言って笑い合う私達はどうしようかと話し合う。

 

「沙綾。何か案ある?」

 

「うーん……『ピルグリム』に『永遠の翼』。『冬の灯』と『(ほむら)』……ごめん。ちょっとバラード楽曲しか今思い浮かばないや」

 

 と、泣きそうになった私は、無理やり笑みを浮かべてそう伝える。やっぱりいなくなってから、寂しい楽曲ばっかりがすぐに思い浮かぶようになってる。本当、情けないなぁ……。

 

「そのうちの二曲……やろう」

 

「香澄?」

 

 香澄が呟くように言ったので、私は驚いて顔を上げた。そして私の視界に入ってきた香澄の表情は、やる気満々だったけれど、目にはうっすらと涙が――

 

「だな。沙綾がせっかく案を出してくれたんだし、私はそれでいいぞ」

 

「うん。私も問題ないよ」

 

「私も!沙綾ちゃんが出した楽曲、しっかり聞いて覚えなきゃ!」

 

 と、皆やる気十分。……もう。新曲にカバー二曲だよ?大変だけど、本当に大丈夫?私がそう聞くと

 

「大丈夫!私達ならやれるよ!」

 

「お前のその楽観的な思考は時々羨ましくなるわ……まあ、やるしかねぇよ。うちの暴走ヴォーカリストがやるって言ってるしな」

 

「そう言いつつも、有咲もやる気満々なのでした」

 

「余計な事言うな、おたえ!!」

 

「あはは。有咲ちゃん、顔真っ赤だよ?」

 

「もう……私、本気で心配してるのに……ま、いっか。やろう、皆!」

 

 皆のやり取りに先ほどまでの、悲しい感情は吹っ飛んだ。演奏してる時に泣くかもしれないけれど、きちんと思いを込めて演奏するからね、しっかり見ていてよ?華那――

 




作者「ゴールはここじゃない!(キリッ」


シリアスさん「いや、ゴールさせろよ(憤怒)」

読者の皆さん「華那生存ルートがあると信じてる」

作者「ごめん、それは本気で無い」

読者の皆さん「 」

シリアスさん「あ、ちなみに『冬の灯』は、Tak Matsum〇t〇」で検索するといいかもよ?」

作者&読者の皆さん「隠せてねぇぇぇぇ!!??」


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#75

シリアスさん「いいか、貴様らに足りないものそれは!」

読者の皆さん「それは!?」

シリアスさん「情熱、思想、理念、頭脳、気品、優雅さ、勤勉さ、選挙への意欲、小説への感想と評価!そして何よりも ―― 速 さ が 足 り な い !!」(ここまで二秒)

読者の皆さん「イチブどころかゼンブにツッコみたいけど、速さは、作者の投稿ペースなんじゃ……」

シリアスさん「……」

読者の皆さん「……」

シリアスさん「それは秘密です(右人差し指を口に当てて左右に振りながら)」

読者の皆さん「キャラ変わった!?」






作者「(投票意欲と感想、評価以外)全部足りてないのはわかっとる……(´Д⊂グスン」


 華那の追悼ライブまで一週間を切った日曜日。今日は全体を通してのリハ――華那風に言えばゲネプロね――が行われていた。私達、Roseliaはトリを務める事になっているので、今は他のバンドの様子を見ていた。コーラスワークで会場を盛り上げるKolor’sが今、歌っている。歌っている曲は確か――

 

「『neverending』……」

 

 切ないバラード楽曲。決して終わらないという意味のタイトルの歌。だけれども、どこか悲しみや遠い日の思い出を歌ったような、そんな歌に聞こえた。その次に歌ったのは……『sprinter』ね。改めて、バンド形式ではなく、コーラスワークでやっている三人の実力を、私は認めていた。偉そうに言っているけれども、それだけ素晴らしい歌声を披露していた。

 

「流石、華那が仲良くなるだけのユニットね」

 

 小さく呟きつつ、三人のコーラスワークを聴き続ける。先ほどまで、ハロー、ハッピーワールド!が演奏をしていた。ハロー、ハッピーワールド!にも、華那からの手紙が届いていたらしく、私に感謝しに来たのには困惑したわね。私が書いた訳じゃないのに、私に言われてもね……。

 ハロー、ハッピーワールド!は、明るい楽曲で攻めてきたわね。前を向きましょう!――と、弦巻さんを中心としたハロー、ハッピーワールド!の想いをぶつけるかのように。

 

「それも……一つの華那への想いの伝え方ね」

 

「だねぇ……しかし、まさかアフグロもカバーしてくるとは思わなかったけどねぇ」

 

 と、私の隣でColor’sのコーラスワークを聴いていたリサが、私の呟きに頷きながら、今回の追悼ライブでトップバッターを務める事になったAfterglowの演奏について口を開いた。

 リサの言う通り、Afterglowですら、華那が聴いていたアーティストの楽曲をカバーしてきたのだ。誰も強制なんてしていない。ただ、皆が皆、それぞれのバンドで、華那への想いを表現してきただけよ。そう言えばリサ、聞かなかったのだけれども――

 

「リサ……スペシャルバンドに出たかったんじゃないかしら?」

 

「……うん。そういう友希那だって出たかったんでしょ?」

 

 私の問いに、少し黙っていたリサだったけれども、参加できないという事実に、悔しさを隠さずに伝えてきた。ええ……できるなら、参加したかったわよ。でも――

 

「個人の前に、私はRoseliaのボーカリストよ。Roseliaとして、最高のパフォーマンスを見せたいのよ」

 

 華那が私の為に、色々な場所に行って引き合わせて結成したRoselia。そのRoseliaとして、華那が「大丈夫だね」って言える演奏をする。それが、今の私にできる事だから。

 

「そっか……なら、アタシも最高の演奏をしてみせるよ、友希那」

 

「ええ……期待しているわ」

 

 私の言葉に、笑みを浮かべて答えてくれたリサ。私はその言葉に頷きながらそう答えて、今も行われているゲネプロの様子に集中するのだった。私達にとって、華那との本当の別れになる時は、もう――目の前に迫ってきていた。

 

 

 

「よぉし!これで、今日のリハは終了だね!」

 

 と、私達の演奏を終え、しばらくしてから、まりなさんが両手を何回か叩いて笑顔を浮かべて、今日の全体リハの終了を告げた。その後も、私達に「お疲れ。皆しっかり休むんだよ」と、優しい言葉を一人一人にかけて、スタッフと入念な打ち合わせを行っていた。

 

「まりなさん……目、赤かったね……」

 

「ええ……それと少し腫れているようにも見えたわ」

 

 リサがベースを片付け終えてから、私の隣に立ってそう声をかけてきた。そう――まりなさんの目は、リサの言う通り少し赤くなっていて、先ほどまで泣いていたのではないか――と、誰もが気付くぐらいだった。ただ、気持ちは分からなくもない。

 今回のゲネプロで各バンドが、それぞれのバンドの音で、華那への想いをぶつけてきた。その音をリハだから、観客席で見ていたまりなさんが、その各バンドの想いで泣くのも仕方ない事ね……。

 

 そういえば、紗夜……?

 

「なんでしょうか?」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()紗夜は私の言葉に返事をしてくれた。リハで使った()()()()()()()使()()()()()どうかしら?その私の問いに、紗夜の動きは止まる。多分だけれども、何か思う所があった――という事かしらね?

 

「さ~よ?どうしたの?」

 

「あ、今井さん。いえ、私が()()()()()()()()()()()()()()()()()()と思っていたので……」

 

 と、バツの悪そうな表情を浮かべてそう答える紗夜。そう。今回のライブだけ、紗夜には()()()使()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()使()()()()()()()()()と、私がお願いした。

 私の我が儘なのは分かっているし、ギターが変わるだけで、音が変わる。それはつまり……R()o()s()e()l()i()a()()()()()()()()()()()()()()()()だった。だから、紗夜もすぐには返事をしてくれる事は無かった。

私も、すぐに返事をしてくれるだなんて思っていなかったし、逆に断られるだろうと思っていたぐらいだ。最終的に、今回だけという約束で、紗夜は華那の黒いギターでライブに立つ事を決意してくれた。

 

 華那の追悼ライブ。これは私達にとって、ある意味で区切りとなるライブだ。陰でRoseliaを支えてくれた華那への感謝。そして、これからの未来へ向けて決別ではなく、()()()()()R()o()s()e()l()i()a()()()()だというライブ。その想いを形だけでなく、()()()()届けたい。その私の我が儘に全員が答えようとしてくれている。本当に感謝しかない。だから紗夜――

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。他の誰でもない。貴女だからこそ、私もお願いしたのよ」

 

「友希那さん……」

 

「友希那……」

 

 紗夜とりリサの二人は、私の言葉にどこか思う所があったのか、真剣な表情で何か考えているように見えた。でも、そうやって真剣に考えてくれているって事は大丈夫そうね。紗夜。そこまで難しく考えなくていいわ。貴女らしく、華那への想いを演奏でぶつけてくれればいいわ。それだけで、十分なはずよ。

 

「……そう……ですね。私自身どこまで音に込められるか分かりませんが、必ず想いを届けましょう」

 

「だねぇ。アタシも今までの想い、全部出し切るよ」

 

「ふふ……その調子なら大丈夫そうね」

 

 やる気に満ちた目をしている紗夜の言葉に触発されるように、リサも右手を握りしめて何度も頷きながらそう力強く宣言していた。華那……向こうで驚くかもしれないわね。でも、貴女を想っている人達がこれだけ多くいるって事。それだけ、貴女が紡いできた絆はそう簡単に崩れ去るような物じゃなかったのよ。それだけでも、私にとって貴女は自慢の妹よ。

 

『だからって、やりすぎだよ。姉さん』

 

 もし華那が隣にいたら、そう苦笑いを浮かべながら言っていそうね。……大丈夫よ。私も前を見て、未来へ向けて歩んでいくわ。だから、今度のライブで……貴女への想い全部ぶつけるわ。

 

「ゆきなさーん!!一旦出ましょうよー!!今日の反省会しましょー!」

 

「ええ、分かっているわ。今向かうわ」

 

 と、疲れているはずなのに元気よく手を左右に振りながら、あこがそう提案してきた。あれだけリハで叩いていたのに、どこにそれだけの体力が残っているのかしらね?不思議に思いつつ、私達はステージを後にするのだった。

 

 

 

 

「ねえ、みんな」

 

 昨日のリハが終わって、次の日。朝の教室で、あたしは恐る恐る、クラスメイトに話しかけていた。華那のお陰で、少しは仲良くなれたけれども、いまはもう……あたしとクラスメイトを繋いでくれていた華那はいない。だから、あたしから話しかけるというのには勇気が必要だった。……ボッチ言うな。

 

「なになに?どったの蘭ちゃん?」

 

「山ちゃん、親し気に話してるけど、美竹さんとそんなに深い仲(意味深)じゃないでしょ!」

 

「あげしっ!?」

 

 と、目の前で唐突に行われるコントに、あたしはどう反応していいか困ってしまった。そんなあたしをしり目に、どんどん人が集まってきた。いや、なんでこんなに集まってきたの?

 

「いやいや、美竹さんや。美竹さんから話しかけてきたのって、実は初めてなのじゃぞ?」

 

「あんたはなんちゅう口調になってるのよ!?」

 

「だから、みんな何事かって興味深々なわけです。と、三坂は忠告しておきます」

 

「あんた……三坂って名前じゃなかったよね?」

 

「さッ」

 

「口で目を逸らす音を言うんじゃないわよ!?」

 

「なんじゃ、なんじゃ?何事じゃ。朝からこの人だかりは」

 

 と、カオスな状況になりつつある我がクラスに、呆れた表情を浮かべた尾田さんと、その尾田さんに首根っこを掴まれて、引き摺られるようにしてやってきた沖野さん。あ、また吐血したんだ……。

 

 

「ああ、そうなんじゃよ。全く。こいつがこれで病弱じゃないとか嘘じゃろ……」

 

 あたしの呟きに、尾田さんが疲れた表情を浮かべながら答えつつ、あたしに結局、何が起きているのか説明を求めてきた。あ……そうだった。

 

「今度、ライブやるんだ……月命日過ぎちゃうんだけど、華那の追悼ライブって事で――」

 

「行く!!美竹さん!チケットまだある!?」

 

「あ、めぐちゃんズルい!!私も行く!!」

 

「ほう……追悼ライブか……いつやるのじゃ。わしも同行しよう」

 

「尾田院……って、何言わせるんですか!?ってか、ノッブ!エジプトにでも行くつもりですか!?」

 

「勝手に言ったのは、お主じゃろうて。沖の字よ」

 

「かんら、から、から!らいぶとは、また思い切った事を考えた物だ!僕も行くとしよう!」

 

「あんた、さっきまで三坂とか言ってなかった!?」

 

「こいつ、キャラがぶれてやがるー!!??」

 

 と、まあ……相も変わらず元気いっぱいの我がクラスって感じだね。華那からの手紙以降。今まで通りって訳にはなかなかいかないけれど、こうやって少しずつ、笑いが増えてきた。皆、華那に心配かけないようにって、上辺だけでも頑張ってる。裏では泣いている子もいるのは、あたしですら知っている。

 

「一応、クラス全員分のチケット用意できてるんだけど……ただ、買ってもらう形になるんだけど……」

 

「はい!全員!委員長命令です。デートとか、部活とか、その他諸々の用事を全部キャンセルして、その日は全員で追悼ライブに行くよ!!」

 

 あたしが全員分用意できているという発言に、すぐ反応してきたのはクラス委員長の新井さん(確か)だった。お、横暴すぎやしない?そんなあたしの言葉に対し

 

「いや、これは彼氏ほったらかしにしてでも行く必要があるんだよ、美竹さん!」

 

「おい、彼氏とデートだったやつ。彼氏もつれて来い!美竹さん達のチケット売上に貢献するんだ!!」

 

「いやいや……。そもそも論だけど……女子高で彼氏持ちとかいるの?」

 

「ここにおるぞ!」

 

「げぇー!?魏延!?」

 

「魏延ちゃう。馬岱や……」

 

「あれ?馬超じゃなかったっけ?」

 

「いいえ、それは趙雲です」

 

「え、郭嘉様?」

 

「程普とか地味だけど、渋いよねぇ」

 

「公孫瓚のことも……時々思い出してあげてください……」

 

「ええい!なぜ急に三国志談議に入ったのじゃ!?お主ら、日本人なら戦国時代の話しをせい!!特に信長中心でな!!」

 

「いえいえ、そこは幕末ですよ。新選組の話しをですね――」

 

「そこは古代ローマに決まっておろう!!そう、麗しのネロ・クラウディウスの時代のローマ!余が活躍した時代の!!余の独壇場のな!」

 

「おーい、またキャラぶれってんぞー(棒)」

 

「戯け、話すのであるならば王である我のことであろう、雑種どもが!」

 

「慢心王様は帰って、どうぞ!?ってか、声真似うまいな、おい!?」

 

 あー……なんか変な方向に火がついた。しかし、本当に彼氏がいる子なんている――え、何人かいる?その分のチケットも用意できないか?……まりなさんに聞いてみるけど、チケット代用意できる?あ、できる?ならいいんだけど……。

 

「ちなみに、美竹さん。クラス全員入るって、ライブ会場そんなに大きいの?」

 

 と、山ちゃんこと、山梨紗耶香さん……だったよね?が、会場について聞いてきた。確かに、他の人達の事も考えれば、クラス全員――三十五人近くが入って、まだ他の観客も入る会場ってなると、色々と問題が起きる可能性があるからね。

 でも、会場に問題はない。だって――

 

「市民会館の大ホールをCiRCLE主催で借り切ったから、クラス全員入ってもまだ、余裕はあるよ」

 

「市民会館!?」

 

「み、美竹さん。本当に大丈夫なの?会場、埋まる?」

 

「埋まる?じゃないんだよ。私達で人を埋めるんだよ!!」

 

「その言い方だと、ちょっと事件の匂いが……」

 

「事件なら、京都のサイバー捜査班の主任さん呼ぶ?」

 

「いや、そこは探偵呼べ!?」

 

「最新ドラマから呼ぼうとすんな!?」

 

「そこはやっぱり特命係でしょ!」

 

「会場関係なくなってきたの……」

 

「デスネー……」

 

 と、会場で大騒ぎのあたしのクラス。……華那。いつもこの勢い相手してたんだね。本当、大変だったと思う。うん。今はゆっくり休んで。

 あたしが遠い目をしていると、先生が教室に入ってきたので、一旦この話題は打ち切りとなった。会場全部埋まるだなんて、演奏側のあたし達ですら思ってもいなかった。だって、華那の追悼ライブだけれど、華那が有名人とかすごい偉人だった訳じゃない。ただ、あたし達が、華那への想いをぶつけたいだけのステージ……。簡単に言ってしまえば、自己満足のステージなのだから。

 

 

 でも、あたし達は当日まで思いもしなかった。会場が全部埋まる事になるだなんて――

 




三章のストーリー読んで改めて思ったんですよ……

ああ、友希那達も成長したなぁ――って……

それと同時に「あれ?華那いらなくね?」って――


※そこで改めて注意勧告です※
 公式世界線とこの「Sisterhood」の世界線は別です
 皆様、ご注意ください


シリアスさん「今更すぎんだろ!?」

読者の皆さん「作者に言われんでもわかっとる!!」


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#76

シリアスさん「(速いペースで)続きを読みたかったら、俺達に協力(感想・評価)しろ。Okay?」

読者の皆さん「Okay!!(ズドン)」

シリアスさん「うわぁー!?」

作者「シリアスさんが死んだ!」

読者の皆さん「この人でなし!!」

釣り帰りにたまたま近くを通った、某槍ニキ「ノリいいな、おい!?」

とある妖精の国の女王「これが……汎人類史のボケとツッコミですか……毎回命を懸けるとは……かなり過激ですね」

槍ニキ「んな訳あるかぁ!!」

シリアスさん「三連休……更新無いと思ったか?」

読者の皆さん「なにっ!?シリアス、死んだはずじゃ……!?」

シリアスさん「残念だったな、トリックだよ」

作者「誰か10万ドル“ポンッ”ってくれねぇかなぁ……」

槍ニキ「お前ら、その作品のネタ、いい加減にしろ!?」

とある妖精の国の女王「作者……貴方は今すぐ、私が主役で救われる小説を書きなさい。これは命令です」

槍ニキ「お前もさりげなく脅すんじゃねぇよ!!」




もう、(前書きの長さとか)どうにでもなれ
( ˙꒳˙ )


 開演が迫ってきている市民会館。千五百席あると聞いた大ホールは、()()()()()()()()()()。チケットが完売したという時点でも驚きだったのだけれども、当日のこの光景をステージ脇から見ると……本当に驚きしかないわね。

 

「すっご……まさか本当に全席埋まるなんて思ってもなかったよ」

 

「ですね……まさか私達の高校でも『チケット買いたい』という生徒がいるとは、思ってもいませんでしたよ……」

 

「うわっ!すっごい人!有咲、有咲!!ほら見てよ!!花咲(私達)の学校の子もいるよ!!」

 

「だぁぁぁぁぁ!!耳元で大きな声出すんじゃねぇぇぇぇ!!」

 

「と、言う有咲も大きな声を出しているのでした。マル」

 

「おたえちゃん。マルはいらないんじゃないかなぁ?」

 

「アハハ……皆、緊張の欠片もないね!」

 

 私の呟きに、いつの間にか隣に立っていたリサと紗夜が応えたかと思えば、ポピパの全員が和気あいあいと話し合っていた。この子達には緊張ってのは無いのかしらね?そんなこと思いつつ、ステージ脇から楽屋の方へと向かう。

 楽屋と言っても、人数が多いから一バンドで一部屋となっている。羽丘吹奏楽部の部員については部屋に入りきらないという事で、外にプレハブ小屋(暖房付き)を用意したとの事らしい。これは、ハロハピの弦巻さんの提案だ。

 

『人数が多くて、楽屋に入らない?なら、外に特設楽屋を作ればいいのよ!』

 

 との事らしい。きちんと会場の様子も見えるようにと、テレビまで用意する徹底ぶりに、私達は恐れおののいていた。あの時――吹奏楽部都のオーケストラライブをしていた華那の気持ちが少しわかった気がするわ……。やりすぎ……よ。

 

「しっかし、くじ運とはいえ、友希那は持ってるよねぇ。Roseliaが最後の演奏(トリ)になるんだもん」

 

「持っているのかしら?」

 

 リサの言葉に私は首を傾げた。確かに華那の姉である私がいるバンドではあるけれども、別に最初でも、中盤辺りでもよかった。だって、想いを込めて歌うのには変わりないもの。そう思いつつ、楽屋へと向かう途中。舞台袖の待機スペースに、今日の演奏メンバー全員が揃っていた。なにかあったのかしら?

 

「あ、友希那さん。実は――」

 

「今日の出演者全員で円陣組みましょ!その方が絶対楽しいわ!!」

 

「……って事でして……」

 

 美竹さんが説明しようとした途端、割り込むように元気よく発言をしてきたのは弦巻さんだった。今回のライブも収録するらしく、カメラが何台も設置されていた。……本当、弦巻さんの行動力というか、財力?には驚かされるわね……。

 

「吹奏楽部は人数多すぎるから、私と副部長のゆかりの二人だけの参加でよろしく!」

 

「ミカ、あんたはもうちょっと、お(しと)やかにして」

 

「みぎゃ!?」

 

 と、遠目から見ていた私でも分かように、植松さんの隣に立っていた明石さんが植松さんの頭を殴っていた。それを見た皆が笑い声を上げていた。……追悼ライブとはいえ、悲しんでいたら華那も心配でこっちに来てしまうわね。そういう意味では、良い状況……と言えるのかしら?

 

「それで……掛け声は?」

 

「あ!それなら、去年の夏に華那と一緒に円陣組んだ時にやったやつあります!!」

 

 と、挙手をして声を上げたのは戸山さんだった。その隣にいた市ヶ谷さんが頭を抱えていたのは、CiRCLEを利用している私達にとっては見慣れた光景ね。市ケ谷さんの気苦労は今後も絶えなさそうね……。

 

「――――って、感じです!!」

 

「華那らしいね」

 

「とってもすてきだわ!」

 

「アクション……。行動をしようって華那ちゃん言い聞かせてたのかな」

 

「かもね……私達も頑張ろう。若菜、香織!」

 

「うん!」

 

 戸山さんの説明に、それぞれが反応を示していたけれど、どれも好意的な感情だった。そういう私も、華那らしくて小さく笑っていた。本当、あの子は……。あの時、私の為に歌った。間違いなく、自分自身に言い聞かせるように最後につけたのだろう。

 華那が最後に付け加えた言葉。アクション……確かに、あの時。華那は行動を示したわ。私に想いを届ける為に、自分の喉がどうなってもいい――と、決死の覚悟で行動をした。なら次は、私の番だ。いなくなってしまった華那への想い。このライブで全部ぶつけて見せるわ。

 

「じゃあ、友希那先輩!音頭お願いしまーす!!」

 

そんな私の想いを知らない戸山さんが、元気よく私に話しを振ってきた。戸山さん……もう少し話し合うような形で……ああ、もう分かったわ。全員、真剣な表情で私を見ないで頂戴。やるわ。やればいいのよね?

 

「「ゆ、友希那先輩(さん)がノリツッコミを……!?」」

 

「蘭、あこ……驚くとこそこか?」

 

「ともちん……モカちゃんも驚きを隠せないのですよ?」

 

 私の発言に驚く美竹さんとあこの二人。あこ……後で説教。

 

「なぜそこで説教なんですかー!!??」

 

 私の発言に、本気で泣きそうな勢いのあこを見て、みんなが笑ったところで円陣を組む。私は小さく息を吐いてから

 

「今日のライブ……皆が想っている事。その全てを出して頂戴。それが、私達が出来る唯一の事だから……行くわよ……せーの!」

 

「「「「「「「「一・二・三・四・五・六・七、アクション!!」」」」」」」」

 

 全員が手を重ねる事は出来なかったので、肩を組んで声を出すだけ。それでもみんなの想いは一つになっていると信じている。ふと、耳に会場からの声が聞こえてきた。?……なにやら盛り上がっているようだけれど、なにかあったのかしら?

 

「あー……なんか、アタシ達の円陣の声……聞こえてたみたいだねぇ……」

 

「みたい……です……ね……。まだ……開演時間じゃ……ないですけど……凄い盛り上がり……です」

 

そ……うなのね。私自身、そこまで声を出したつもりはなかったのだけれど、この人数となれば、大きな声にまとまる――のかしら?ねえ、紗夜?

 

「そこで、私に話を振らないでください、友希那さん」

 

 と、右手を額に当て、どこか疲れた様子の紗夜。……確かに、今のは私が悪かったわね。ごめんなさい。紗夜。無茶な事を言ったわね。

 

「いえ……でも、安心しました。そんなに気負ってはいないようですね。友希那さん」

 

「そう……ね。自然体に近いかもしれないわね」

 

 紗夜の言葉に私は少し考えてから、そう答えた。ある程度の緊張はしている。それでも、今日のライブは私達、Roseliaの――いえ。華那と関わりのあったバンドが、それぞれの想いをぶつけるためのライブ。なら、私達がするのは一つでしょ?

 

「ええ、そうですね」

 

「ですね!あこも、全力で想いぶつけます!」

 

「わ、私も……全力で演奏します」

 

「うん。友希那……やろう」

 

 全員がそれぞれ思うところがあったのだと思う。私の問いに答えたみんなの表情が真剣だった。貴女達……ええ。それでこそRoseliaよ。ただ――

 

「そういう言い方すると、いつもは全力ではないように聞こえるわね……」

 

 と、ポツリと呟いた私の言葉に、私以外のメンバー全員が慌てて否定するのだった。分かっているわよ。全員、本気で演奏している事ぐらい。だから安心しなさい。そう言いながら楽屋へ戻る。

 

 まもなく追悼ライブが開演する――

 

 

 

 

 

 

 華那追悼ライブがついに開演した。トップバッターとして、あたし達アフグロはステージに立っていた。ステージ上にはあたしたちの楽器と、華那が使っていた青色のギターがギタースタンドに置かれていて、その横には、華那が着ていたRoseliaとお揃いの衣装も飾られていた。

 ステージの前には幕が下りていて、一曲目のモカのギター演奏と、つぐのキーボード演奏に合わせて、幕が上がるという演出になっている。

 

「……行くよ。みんな」

 

 私の小さな声に、皆がそれぞれ反応を示して、楽器を手に持つ。少し緊張はしている。でも、いつものライブに比べると、すごい緊張――というほどではなかった。きっと、あたし自身、華那への想いをぶつけるために歌うって、決めているからだと思う。

 

 そんなことを考えつつ、一度目を閉じて息を吐く。華那……向こうで苦笑いしてるかもしれない。これだけの大きなライブになってるから。でも……これがあたし達の、皆の華那への想いなんだ。だから……今日は絶対に、そっちに届けるよ。あたし達の想い()を――

 

 会場が暗くなる。それと同時にモカとつぐの演奏が始まる。今日の一曲目は、華那が尊敬していたアーティストの楽曲「ARIGATO」だ。一曲目としては、全体的に激しくはない楽曲ではあるけれど、大サビの部分は激しくなる楽曲。

 モカとつぐだけの演奏が終わり、モカのギターの音色だけになり、巴のツーカウントから演奏が始まる。それと同時に幕が上がり、歓声が上がった。大丈夫。あたし達はあたし達の演奏をするだけ。

 華那の事を想うと、心が痛くて切なくなる時がある。でも――今、あたし達は、ぐっと足に力込めて、前に進むしかないんだ。きっと、それを続けていけば、今のあたし達には想像もできない光景が待ってるはずだから。

 ただ、今、この時間。想うのは華那の事だけ。それだけ。何度も何度も、華那へ「ありがとう」と歌詞に想いを込める。たとえたどり着いた終わりに、誰もいなくて、星々が消え去ったとしても――

 

 歌い終え、一瞬の静寂。そのあとすぐに歓声が上がる。一度、礼をしてから、アタシ達は次の楽曲へ入る。次の楽曲はアタシ達の楽曲を連続で演奏していく。そして、あっという間に最後の楽曲となった。最後の楽曲の前に、今回のライブで初めてMCを入れた。

 

「こんにちは。Afterglowです。一曲目から今まで一気に駆けてきましたが、アタシ達なりの、華那への想いを込めて演奏させてもらった……もらいました。……次が最後の曲です。華那が最後にアタシ達に『いつも通りを大切に』と残してくれた言葉が、想いが詰まった曲です。聴いてください。『Scarlet Sky』。」

 

 私の短いMCに対して、歓声と拍手が上がる。その後に、巴のカウントから演奏が始まる。アタシ達の「いつも通り」を表した大切な楽曲。華那は空に溶けてしまった。いつか、アタシ達も華那のいる空に行く時が来る。

 

「繋がるからこの空で

 離れてもいつでも

 あたしたちの居場所で――」

 

 そう。離れていてもアタシ達と華那は繋がっているんだ。華那がアタシ達を見守ってくれている。なら、アタシ達はアタシ達で「いつも通り」を大切にしなきゃいけない。たとえ、色んな事が起きて変化していったとしても――

 歌っている途中。涙が出そうになる。でも、今泣いたら、華那が心配してしまう。大丈夫だよ、華那。ただ、感情が抑えられないだけだから。そっちで、きちんとあたしたちの音聴いていて――

 

「叫ぶ想いは赤い夕焼けに――」

 

 全てを込めて、最後は本当に叫ぶように歌い上げた。ちらりとモカ達を見れば、目元に涙が浮かんでいるように見えた。皆……我慢してたんだ。泣きそうになったのがアタシだけでない事に安堵すると同時に、華那への想いも一緒だった事が嬉しく思った。

短い期間の付き合いだったけれど、皆がアタシと同じ思いだった事に――

 

「ありがとうございました。Afterglowでした」

 

 演奏を終えて、アタシ達は一礼をしてステージから退場する。その際、今までのライブで聞いた事も、見た事もないぐらいの拍手と歓声が起きていた。よかった。アタシ達の音、きちんと伝わったんだと思えた瞬間だった。

 

「ひっぐ……巴ぇぇぇ」

 

「ひ、ひまり、気持ちはわかるが落ち着け!?」

 

「ひっぐ……華那ちゃん……」

 

「あらら……つぐちんもだぁ……ともちん後ヨロシクー」

 

「あ、こら、モカ!あたしに丸投げすんな!?」

 

 と、ステージ脇に隠れた瞬間。演奏中に隠していた感情が爆発したのか、ひまりとつぐが泣き出してしまった。巴がおたおたしている姿を見て、アタシは小さく笑ってしまった。ただ、モカ。

 

「なぁに、らん~?」

 

「モカも泣いたっていいんだよ」

 

 そう言って、モカの頭をアタシの胸にうずめさせる。いつものモカなら冗談を言いつつ、アタシから離れるだろうけれど、今日は体を震わせて小さく泣いていた。うん。頑張ったよ、モカ。でも、モカはまだ出番あるんだから、まだ華那への想いきちんと伝えなきゃね。

 

「う……ん」

 

 弱々しい声だったけれど、きちんと頷くモカ。大丈夫そうだと、アタシは判断して、それ以上の言葉はかけることはせずに、モカが落ち着くまでその体勢でいたのだった。それを見た日菜先輩や吹奏楽部の先輩たちに揶揄(からか)われるのを知らずに――

 

 

 

 

 アフグロの演奏……凄い。凄すぎる。まだ演奏は続いているけれど、正直に言ってしまえば圧倒された。二番手が私達のようなコーラスワークユニットでいいのかって、舞台袖で不安になった。その不安が若菜ちゃんと香織ちゃんにも伝わってしまっているのか、二人とも私に話しかけてくる気配はなかった。

 そんな私達、Kolor’s(カラーズ)の中で不安が流れている時だった。ある人が声をかけてきたのは――

 

「織田さん、正井さん、窪田さん。今いいかしら」

 

「あ……華那ちゃんのお姉さん……」

 

「ゆ、友希那さん!?」

 

「友希那先輩!?」

 

 そう。急に声をかけてきたのは、華那ちゃんのお姉さんである湊友希那さん。こう見ると……本当姉妹だったんだなぁって思うぐらい似ていた。そ、それでどうかしました?

 

「ええ。ちょっと気になる事があって声をかけたの」

 

「気になる事……ですか?」

 

 友希那さんの言葉に私達三人は顔を見合わせて首を傾げる。その様子を見ていた友希那さんは、腕を組んで私達三人を順々に見る。その視線が鋭いって事は無く、どこか心配している――そんな慈愛に満ちたって言い方が正しいか分からないけど、そんな優し気な目だった。

 

「Afterglowの迫力ある演奏に委縮(いしゅく)しているように見えたわ。……貴女達、そんな姿を華那に見せるつもり?」

 

「あ……」

 

「それは……」

 

「……」

 

 友希那さんの言葉に、私はそうだったと気付かされた。香織ちゃんは何か言おうとしたけれど、うまく言葉が出てこないみたい。若菜ちゃんは何か思うところがあったのか、黙っている。

 

 そうだ。今の姿を華那ちゃんが見たら、心配しちゃうに決まってる。あの時……無理やりFWFのステージに立たせられて、歌わされた見ず知らずの私の事を思って怒って、プロデュースしていた、あの女性――名前忘れたけど――に対して、あの小さな体で向かっていこうとしてくれた。

 

 沙綾ちゃんと友希那さんに止められていたけれど、あの時、私は本当に嬉しかったんだ。だって、いきなり連れてこられて、予選通過出来なかったのはお前のせいだ――って、言われていたから。

 本当なら歌いたくなかったのに、無理矢理つれてきたのはそっちでしょって、言いたかった。だから、華那ちゃんの行動は本当に嬉しかったんだ。見ず知らずの人の為に怒ってくれている事に……。

 

 その華那ちゃんに対して、私は何も返せないままだ。だから、沙綾ちゃん達の話しがあった時。すぐに私達も歌わせてほしいってお願いしたんだ。華那ちゃんへの感謝を込めて歌うために――

 

「不安になるのは分かるわ。確かにAfterglowの演奏は素晴らしいものよ。それは私も思っているわ。でも、AfterglowはAfterglow。貴女達は他の誰でもない、Kolor’sよ。貴女達三人にしかできないコーラスワークの素晴らしさ……思いっきり見せて頂戴」

 

 と、最後は儚げな笑みを浮かべて私達を鼓舞してくれた友希那さん。私は二人を見ると、二人もさっきまでの不安気な表情ではなく、やる気に満ちた表情になっていた。私達三人はお互いに頷きあって

 

「友希那さん……ありがとうございます。私達なりの全力……出してきます!」

 

「ええ。期待しているわ」

 

 私の決意に友希那さんは、柔らかい笑みを浮かべてそう言うと去って行ってしまった。ありがとうございます。友希那さん。妹の華那ちゃんを亡くして、自分が辛い時期なのに、私たちを励ましてくださって……。

 

「よし!若菜ちゃん、香織ちゃん!最高のコーラスしよう!!」

 

「おー由紀ちゃんが本気だー。なら若菜も本気でやっちゃうよー」

 

「うん、頑張ろう!!」

 

 三人で手を重ね合い、いつもの掛け声をしてAfterglowと交代するようにステージへと向かう。華那ちゃん見ていて。華那ちゃんへの感謝の想いを込めて、私たち歌うから――

 

 Afterglowの演奏の興奮が冷めやらぬ会場。私達三人はいつも通りのポジションについて、スタッフさんに合図を送る。それと同時に歌い始める。一曲目は「blaze」だ。テンポの速い曲で、三人のコーラスワークが試される楽曲のひとつ。

 大丈夫。三人でたくさん練習したんだもん。どんな歌声になろうと、必死に、正確に、それに想いを込めれば――ほら。Afterglowには及ばないかもしれないけど、歌い終えた後の歓声は、華那ちゃんと一緒にやったライブの時と同等ぐらいの物だった。

 

 その勢いのまま、私達は歌声と想いを重ね合わせる。私達の記憶の中にいる華那ちゃんは……いつでも笑ってる。いつか……ううん。もう数ヵ月でもしたら、華那ちゃんの事を思い出すのすら「懐かしい」って感情になってしまうんだろうな。

 

 本当に、私達Kolor’sと華那ちゃんの付き合いは他のバンドと比べれば、圧倒的に短いよ。でも、想いは……一緒だよ。優しくて、人の事を心配してくれる華那ちゃんの事を想うこの気持ちは……誰にも負けない――

 

 途中MCを入れて、私達三人の紹介をさせてもらったけれど、観客の皆さんの反応は凄い物だった。バンドばっかりの中に、バンド形式じゃない私達がいるのに、温かく受け入れてくれた。本当……華那ちゃんの周りは優しい人達ばっかりだね。

 

「次が私達、最後の楽曲です。聴いてください『アレルヤ』」

 

 そう言って、私はお辞儀をする。それと同時に拍手が起きる。こんなの、華那ちゃんといっしょにライブした時以来。驚きと感動が私の心の中で入り混じる中、しっかりと歌い上げる。

 この楽曲をラストにしたのには理由がある。楽曲の中に出てくる歌詞で「笑っていく」「未来へいく」というのがあるのだけれど、いつか会うだろう華那ちゃんが心配しないようにと、言い聞かせるように。それでいて、華那ちゃんに「私達、やりきったよ」って胸を張れるように。そんな想いを込めて、私達は歌い上げた。

 

 歌が終わった瞬間、さっきまでの歓声とは比べ物にならないほどの、歓声と拍手が私達を包み込んだ。華那ちゃん。見ててくれたかな?そんな想いが、ふと私の頭を過った。

 

「ありがとうございました!Kolor’sでした!」

 

 最後に挨拶をして、三人で礼をして次のバンドと入れ替えの為に舞台袖へと移動している時に

 

「また来てね!」

 

「よかったよー!!」

 

「今度はこっちから、見に行くからねー!!」

 

 って、多くの観客の声が聞こえた。本当……私達のようなカバー(コピー?)楽曲のコーラスでも、想いが伝わったんだ。そう思えた瞬間だった。歌い終えて、裏に入った瞬間、我慢してきた感情が出てしまって、三人で抱き合うようにして泣いた。

 近くにいた女性のスタッフさん達も、私達の想いが分かるからか、タオルと飲み物を用意してくれて、私達が落ち着くまで背中をさすってくれた。

 

「華那ちゃんに……想い届いたかな?」

 

「届いたよ……絶対」

 

「私も……そう思う。届いてなかったら、怒り行くんだからー」

 

 と、最後はいつものおちゃらけた口調で言う若菜。さっきまで泣いていたのに……本当、気遣いするの上手なんだから。しばらくして、落ち着いたところで、つきっきりで私達が落ち着くのを待っていてくれたスタッフさんにお礼を言ってから、私達は邪魔にならない所で、ライブを見る。

 

 まだ、華那ちゃんの追悼ライブは始まったばかり。皆、それぞれの想いを、音と一緒に奏でていた――

 




セットリスト

アフグロ
1.ARIGATO(from B'z)
2.MEMORIA(from 藍井エイル)
3.True color
4.That Is How I Roll!
5.Scarlet Sky

Kolor's
1.blaze(from kalafina 以下同じの為、省略)
2.neverending
3.sprinter
4.輝く空の静寂には
5.アレルヤ


ちなみにですが、バンドリ外の楽曲はアンケート結果を基に、こういう形に致しました。
ただ、今後になるのですが……一曲だけ、一曲だけ、やらせてください。いいじゃないですか。ねえ!?(某ロックユニットのボーカル風に

また、歌詞は出て来てませんが、ARIGATOとアレルヤも歌詞使用楽曲情報に入力してあります。
ご了承願います。


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#77

シリアスさん「主人公がいなくなって、もう五話以上経過した作品があるらしい」

読者の皆さん「知ってる」

シリアスさん「でも、まだ続くんじゃ」

読者の皆さん「いや、LIVEパートでいくつ使うん!?あと、ほんわか返せよ!?」

シリアスさん「ほんわかさんなら、まだ有給休暇でベガス逝ってる」

読者の皆さん「言い方ぁ!!」




作者「(そういや、そうだったなぁ……主人公出てねぇや)」




 Kolor’sのコーラスの後はハロハピの出番だ。あたし達は舞台袖で、スタッフの方の邪魔にならない所で、ライブの様子を見ていた。会場の熱は冷める事を知らず、凄い盛り上がりを見せていた。

 これが追悼ライブって事を忘れるぐらいの盛り上がり。でも、あたし達の想いは歌に全部込めてきた。それに、華那は絶対にみんな悲しんでいるようなライブは望んでいない。だから、盛り上がっているのは、華那へ「大丈夫だよ」って、伝えられているって事と信じたい。

 

「ハロハピ、楽しい曲ばっかりだね!」

 

「だね!こっちまで楽しくなってきちゃうね」

 

 と、さっきまで泣いていた、つぐとひまりが本当に楽しそうにライブを見ていた。それを見て、あたしは気付かれないように安堵の息を吐いた。

 

「あ、ミッシェルがこころ抱えて飛んだ」

 

「すごっ……あれ?ミッシェルに天井からの吊り下げる紐?ついてないよね?」

 

「なんか背負ってるロケット的なやつで飛んでるらしいぞ。モカ、蘭」

 

 と、演出に驚いているモカとあたしに説明してくれる巴。ロケットって……奥沢さんも大変だね……。間違いなく、こころの思いつきだろうし、体にかかる負担は大きいと思う。

 

「今度、モカも飛びながら演奏するってどうだ?」

 

「えー……さすがに無理でしょー」

 

「それやったら、あたし達じゃなくなりそうだね……」

 

 巴が笑いながら言ったけれど、モカは本気でいやそうな表情を浮かべていた。まあ、モカ自信は、飛ぶのには興味あるみたいだけれど、演奏しながらってのがネックだったようだ。

 それにしても、観客席の上を飛んでいるけど、安全……なんだよね?落ちたりしないよね?そんな不安が頭を過ったけれど、奥沢さんはこころを抱えたまま、無事にステージに戻ってきて、演奏を終えていた。……DJってなんだっけ?

 

「見てる側も楽しくなるのが、ハロハピのライブだよね!!」

 

「だね!本当、楽曲も楽しい楽曲ばっかりだから、自然と笑顔になれるよね」

 

 と、あたしが素朴(?)な疑問を抱いているのを知らないひまりとつぐが、ライブの話しで盛り上がっていた。会場を巻き込んでの演出に、こころを中心とした音楽を楽しんでいる姿。その音楽が楽しいっていう感情は会場全体に広がりを見せていた。

 あたし達とはまた違った音楽。否定する訳じゃないけれど、取り入れたいとは思わない。だって、あたし達のやっている音楽の方向性と、全く違う方向性だから。そもそもDJうちのバンドにいないし……。

 

 なんて考えているうちに、ハロハピの演奏は終わってしまった。ただ、終わっても会場の盛り上がりは凄かった。きっと、ハロハピの事を知らない人もいただろうけれど、間違いなくファンになった人もいるだろうね。……まあ、瀬田さんのファンも多いだろうから、そんなに変動しないかもだけど。

 

「この後って……パスパレだっけ?」

 

「だな。スケジュールの都合、よくついたな」

 

「だね……でも、パスパレも来てくれて、華那も喜んでるんじゃないかな」

 

 そんな事を話しつつ、あたし達はステージ脇からライブを見続けるのだった。

 

 

 

 

「皆さんこんにちは!Pastel*Palettesです!!」

 

 彩ちゃんが挨拶すると同時に、会場からどよめきと歓声が混じった声の波紋が発生していた。どうやら、私達Pastel*Palettesが、今回の華那ちゃんの追悼ライブに参加するだなんて、多くの人は思っていなかったようだ。

 

「今回……この、華那ちゃんの追悼ライブに私達も参加させて頂きました。華那ちゃんとは、私達全員、プライベートで付き合いがあって、最後まで信じていました。また……CiRCLEのカフェで笑顔を見せてくれるって」

 

 彩ちゃんの言葉に、先ほどまでのどよめきと歓声が嘘のように静まり返る。私も、そう信じていた。華那ちゃんが好きだった、サインをもらいに行った声優アーティストさんも、凄く悲しんでくれていた。一度も会った事もない華那ちゃん(他人)なのに。

 それだけ、華那ちゃんの演奏を観て何か感じるものがあったみたいだったけれど、私はそれを聞く事は出来なかった。その時は、私も華那ちゃんがいなくなった事に悲しくて、そこまで踏み込んで聞く余裕が無かった。

 

「正直に言って……華那ちゃんがいなくなった事は、今も悲しいし、辛いし、信じられません。明日になったら、『何かありました?』って、CiRCLEにいそうで……。そんなの……ありえないって、分かってます。だから……だから、私達は前を向かなきゃいけない。でも……前を向くって?私達が出来る事はなんだろう?どうすればいんだろう?なにをすればいいんだろう?」

 

 左手を胸に当てながら、華那ちゃんとの出来事を思い出すように話す彩ちゃん。きっと、目を閉じながら話している。私自身、華那ちゃんにレオンを会わせられなかった事を、後悔していた。きっと、華那ちゃんレオンの事、気に入ると思っていたのに……ね。もっと、華那ちゃんと色々な話しや、一緒にお出かけしてみたかった。そんな想いがこみ上げてきて、泣きそうになる。涙を隠すように、私は下を向いて目を閉じる。

 

「そうだ。歌おう。歌って、華那ちゃんが安心するように……今日、この場に集まってくれた、皆に笑顔を作ってもらえるような……そんなライブをして行こう。今しかないっていう時に……精一杯歌おう。想いを込めて歌おう。そんな想いと込めて歌うなんて機会、二度とこない。この機会、会場の皆も逃したくないよね?」

 

 会場に問いかける彩ちゃん。それに呼応するように歓声が上がる。それを聞いた私は、閉じていた目を開けて、外していたイヤモニを付けて、演奏に入る準備をする。

 

「皆、この機会。絶対逃さないで!私達も、華那ちゃんへの想いを込めて、みんなが笑顔になれるような、そんな最高の演奏してみせるから!」

 

 最後は、涙声になっていた彩ちゃん。それでも、しっかりと前を向いていた。彩ちゃんが私達全員を見る。演奏開始の合図ね。その直後にイブちゃんのキーボードを演奏し始めた。

 最初の楽曲はカバーである「Overfly」。パスパレとして初めてカバーする楽曲で、短い期間で何度も何度もクオリティを上げる為に、ああでもない、こうでもない――って、話し合って形になった楽曲。

 

 この楽曲は、元々アニメのエンディング用楽曲で、歌詞も出てくるキャラクターの心情を歌にしたものだと聞いている。でも、今の私達が華那ちゃんへの想いに近い物だったから、満場一致で演奏する事になった。

 

 きっと、今私達が想っているこの気持ちは、立ち止まったり、悩んだりした時に形を変えていく。その度に、きっと私達は涙を零して、自問自答を繰り返す。これでいいのかな?別の何かがあるのかな――って。そうやって悩みながら、私達は前に進まなきゃいけない。全部――終わりも始まりも自分次第なのだから。

 

 華那ちゃん。届いているかしら?私達の想い。どんなに手をのばしても、もう二度と届かない場所に行ってしまった華那ちゃん。華那ちゃんと話している時。私ね……妹が出来たような感覚で、素顔の私でいられたのよ。

 それだけ、私にとって――いえ。皆にとって、華那ちゃんは特別な存在だったのよ。華那ちゃん自身はそんな自覚なかったかもしれないけれどね。

 

 大丈夫よ、華那ちゃん。もう情熱を失って、道を間違えたりはしない。華那ちゃんが見守ってくれている、優しい光に向かって、私達、何度でも手をのばして、飛んでいくから――

 

 無事に「Overfly」を演奏し終えた私達を迎えてくれたのは、盛大な拍手と歓声だった。よかった。観客席の皆さんには私達の想いは届いたようね。なら、残り四曲も、全力で想いを込めて演奏するだけね。ただ……彩ちゃんがトチらないか不安ね――

 

「ありがとうございました!!」

 

 そんな、私の不安は杞憂に終わって、無事に五曲演奏しきる事が出来た。歓声と拍手に包まれながら、私達はこの後に演奏する羽丘学園吹奏楽部の皆さんと交代する。ただ、オーケストラなだけあって、準備する時間が必要となるので、一度休憩を挟む事がアナウンスされていた。

 

「華那ちーに……届いたかなぁ」

 

 と、舞台袖を通ってきて、楽屋へ向かう際に日菜ちゃんがポツリと呟いた。なにが――だなんて、誰も言う事は無かった。だって、なにが届いたかだなんて聞かなくても、分かっているから。私は小さく頷きながら

 

「ええ、間違いなく届いているわよ。日菜ちゃんの楽しい――って、るんって気持ちは、絶対届いているわよ」

 

「そうです!!間違いなく私達の気持ちは華那さんに届いてます!!」

 

「ジブンもそう思います!!」

 

「だよね!というか、届いてなかったら怒るんだから」

 

 と、みんなそれぞれの言葉にしたけれど、彩ちゃん。彩ちゃんが怒るって、想像つかないわね。それ以前に、華那ちゃんを説教するだなんて……彩ちゃん、覚悟はいいかしら?

 

「ち、千聖ちゃん?なんか、お、怒ってない?」

 

 と、私を見て、顔を青くして小さく震えてみせる彩ちゃん。失礼しちゃうわね。私は怒ってはいないわよ。ただ――

 

「彩ちゃん。自分が華那ちゃんを怒れる立場にいないって理解していないようだから、説教してあげようかと考えていただけよ?」

 

「やっぱり怒ってるよね、千聖ちゃん!?」

 

 と、涙目になる彩ちゃんを見て、彩ちゃん以外の皆で笑い合う。大丈夫。これからも辛い事は沢山あるわ。でも、このメンバーとなら――

 

 

 

 吹奏楽部の演奏が始まった。一曲目は「華」だった。演奏が始まる前、照明は落ちていた。明るくなった――と、思えば、その灯りはいつの間にか設置された液晶パネル――正式にはLEDビジョンって言うらしいけれど――それに映し出されたのは、昨年十月に吹奏楽部と一緒に演奏した時の華那の姿。

 歓声とどよめきが一部で起きたけれど、すぐに静まり返った。だって、あの時の華那の演奏に合わせるように吹奏楽部のオーケストラが演奏をしているのだから。

 

 あの時は、観客席から見ていたけれど……華那の演奏する姿。本当に楽しそうに、この瞬間が愛おしい。そんな風に見えていたんだ。でも、今この瞬間、演奏しているステージに、華那の姿はない。分かりきっていたはず。理解していたはずなんだ。もう二度と、華那の演奏を、声を、怒った顔も、笑った顔も見る事ができない事――

 

「さあや?……大丈夫?」

 

「ん?大丈夫だよ。香澄」

 

 心配して、私の左手を握る香澄。その顔は今にも泣きそうだったから、優しく頭をなでてあげる。それを見ていた有咲が何か言いたげだったので、私は有咲に向かって手招きする。

 

「んだよ」

 

 ちょっと、不満げな有咲の声に小さく笑いつつ

 

「香澄の事、お願い。ちょっと忘れ物してきちゃったから」

 

「わかった……あんま無理すんなよ。沙綾」

 

 香澄の手を優しく離して、香澄の事を有咲に任せて、忘れ物を取りに行こうとする。その時、オーケストラの演奏は「BRIGHT STREAM」だった。副部長の明石先輩が華那の演奏に合わせるように、まるで音と音でバトルするかのように、バイオリンで主旋律を弾いていた。ちょうどサビの部分だったので、私の頭の中で白い羽を背中から生やして、ギターを構えて、満面の笑みを浮かべている華那の姿が浮かんだ。

 それと同時に、小さく笑った。だって、その姿を想像しただけなのに、どこかコスプレしているようにしか思えなかったんだもの。

 

「華那……次は私が想い……届けるから」

 

 そう小さく呟いて、私は準備をする為に楽屋へと向かった。

 

 

 

 

 今回のオーケストラでの演奏。一番にやりたいと言ったのは、部長のミカじゃなくて、副部長のわたし……明石ゆかりだった。華那とは、何度も何度もアレンジについて話し合いをしていた。その前の段階だと、華那が参加しないという事を想定して、わたしが主旋律の練習していた。

 その話し合いや練習の合間に見せる人間性に、わたしは気づけば惹かれていた。それに……音楽へのアプローチの仕方。真剣に、それでいて、カバー(演奏)する全ての音楽を愛している――そんな印象をわたしは受けていた。

 

 はじめて華那と合わせた時。華那のギター演奏にわたしは驚かされた。一音一音。華那が演奏する全ての音に、華那の想いが込められているように感じたから。わたしの席からだと、華那の背中しか視界に入ってこなかったけれど、作曲しているアーティストの音楽を心から愛しているというのが、伝わってくる演奏だった。

 

 だからかな……今回の話しを聞いて、すぐにやりたいって言えたのは。それだけ、華那の演奏のとりこ……いや、華那って人間のファンになっていたんだ。もちろん、今日のライブに参加している、華那と繋がりのあったバンドメンバーに比べれば、わたしの想いなんて紙っぺら同然。今にも風で飛んでいきそうなぐらいの薄さだ。それでも、それでもわたしも……届けたかったんだ。華那への感謝と想いを――

 

 今演奏している最後の曲。「兵、走る」の歌詞に出てくる「ゴールはここじゃない」ってのは、今のわたし達……いえ。自分に向けたメッセージ。ここで終わったら、年上として情けないし、華那がどんな表情するか……。それに、音楽は、音を楽しむから音楽なんだ。華那が演奏していた姿を思い出しながら、音楽を楽しもう。そう思いながらギターソロの激しいメロディをバイオリンで奏でるのだった。

 

 演奏後。ミカ達に「今日の演奏、すっごく楽しそうに演奏してたよ。……いつも鬼気迫る雰囲気か、無表情なのに」って、言われるのだった。華那風に言わせてもらおう。解せぬ……って。

 

 

 

 オーケストラの演奏が終わって、次は私達――今回だけのスペシャルバンドによる演奏になった。バンドメンバーはドラムに山吹さん。ベースに牛込さん。キーボードは市ヶ谷さん。ギターは私と青葉さんという構成。衣装もバラバラですが、華那さんへの想い……このギターの音色と共に届けてみせます。

 

『続いて、今回限りのスペシャルバンド……Strings Of My Soulの皆さんによる演奏です』

 

 アナウンスがありましたね。行きますよ、皆さん。このバンドメンバーの中では、私が年長者ですから、自然とまとめ役になってしまいますね。ふと、そんなことを思いつつ、ステージへと向かう。

 最初に演奏するのは「#1090 千夢一夜」。音楽番組のオープニングではなく、エンディングに使用されている、バラード調にアレンジされた楽曲。華那さんが、去年の夏。友希那さんの為に、自分を犠牲にしてまで歌おうとした時に演奏した楽曲のアレンジ版――

 

 演奏が始まり、華那さんが使っていた黒いエピフォンのギターで、真剣に、想いを込めて演奏をする。想いを込める――というのは、私らしくない。そう思いましたが、今日は正確性より、想いを重視したいんです。華那さんのギターの師として、胸を張って演奏しましたよ――って、言えるように……。

 

 青葉さんとのギターでのハモリも意識しつつ、原曲のイメージを壊さないように丁寧に演奏していく。このギターで演奏し、最後にワウペダル*1を駆使して演奏を終える。

 拍手と歓声が聞こえてきましたが、このまま次の演奏へ。次のメインギターは青葉さん。次の楽曲も、華那さんが夏に演奏した、「更に先へ」という意味が込められた「GO FURTHER」。

 

 いつものマイペースな雰囲気とは打って変わって、真剣に――それでいて、想いを込めた全力の演奏をする青葉さん。私はバッキングやハモリを意識しつつ、何度か青葉さんと目を合わせて、小さく笑いました。だって、演奏がここまで楽しくなるだなんて、私達は思っていなかったのですから。

 

 正直に言って、今回のスペシャルバンドは、全員が華那さんへの想いを伝えよう伝えよう――と、そういう思いが強いメンバーが集まったように思っていたので、途中でメンバーの誰かが泣くんじゃないかって、勝手に想像していたのですから。

 

 でも、全員で音を合わせるうちに楽しくなっていたのです。きっと、華那さんも去年演奏した時に見せた笑顔は、こういう事だったのでしょうね。Roseliaで体験した事のないような、そんな感覚。ただ、やはりと言いましょうか、Roselia以上の演奏とまではいきませんでしたね。練習期間も少なかったのですから、当たり前といえば当たり前ですね。

 

「ありがとうございます。Strings Of My Soulです」

 

 演奏が終わって、私がMCを務める。本当なら青葉さんや他の方に任せようかと思いましたが、他のメンバーが私にやってほしいという事で、やることになりました。どうしてこうなったのかしらね……。バンドメンバーをしつつ、そんな事を考えた。まあ、仕方ありませんね。やるからには徹底的にやりあげてみせます。

 

「さて、バンド名となった『Strings Of My Soul』は、華那さんが生前ファンだったギタリストの楽曲名とアルバムタイトルでもあり、今演奏した二曲もそのギタリストの楽曲です。私が今、持っているこのギター……実は華那さんのギターです」

 

 その言葉に会場がざわめく。それもそうよね。まさか、私が使うだなんて誰も思ってもいなかったでしょうね。ただ、華那さんの想い……友希那さんの隣に立つという想いはこうでもしないと、もう……叶えられない。だから、友希那さんからの提案に悩みましたけれど、私はこのギターで演奏すると決めたのです。その事を話してから、次の楽曲の紹介をする。

 

「話しはここまでにして……次の楽曲は、華那さんが中学時代に歌っていた楽曲の一つです。ここでドラムにAfterglowの宇田川巴さんに来ていただき、ドラムをしていた山吹さんがボーカルを務めます。宇田川さん、山吹さん。お願いします」

 

 私は二人を紹介して演奏に備える。ただ、ここで山吹さんが少しだけ話す予定になっているので、まだですがね。山吹さんも……華那さんとは親友の関係でしたからね。思う所はたくさんあるのは分かっていました。だから、一曲歌いたいといった時も、私たちはすぐに了承したのですから……。

 

「皆さんこんにちは。先程までドラムをしていた山吹沙綾です。次の楽曲は、私が華那と出会って、知り合いになってから……何度もライブ会場で華那の歌声で聞いた楽曲です。色んな想いを込めて歌います。聴いてください。『もう君だけを離したりはしない』――」

 

 そう言って一度礼をする山吹さん。それと同時にステージ照明が暗転し、私と青葉さんがギターを奏でる。パワーコード系の進行で進むイントロ。イントロが終わり歌に入ると、打って変わって、落ち着いたアルペジオ奏法。になる楽曲。

 会いたいのに、会えない夜。そんな時は君を思うよ――その歌詞に込められた山吹さんの想い……。演奏しながらでも、歌声と共に届いてくる。立ち止まった時に抱きしめて欲しいと願っていても、もう叶わない事は分かっている。だから、思い出の中だけでも、もう(華那さん)だけを離したりはしない。

 

 そんな思いが込められているように、私は思えた。きっと、山吹さんも表には出さないだけで、華那さんがいなくなってから、涙して眠れない夜があったのだろう。だからこそ、涙はYesterday(昨日)に置いていく――そう、山吹さんの決意にも思えた――

 

 

 

 この曲を選んだ理由。この曲の二番目にある「憧れが出会いに変わった日」というのが、私と華那の出会いのように思えたからってのもあったけれど、長くて暗い夜(ドラムをやめていた時期)に、私の傍で支えてくれて、眩しいぐらいの嫌いだった朝(ポピパって居場所)をくれた華那。本当、私と華那の事のように思えたから。

 それと……華那が歌っていたってのも大きかった。華那の歌っていた曲を、私が歌って、訣別ってわけじゃないけど、ここで一区切り。でも、絶対に忘れない。心は離れない。離さない。なんか重い女でごめんね、華那。

 

『本当……沙綾らしいよ。でも、きちんと幸せになってよね?』

 

 そんな声が間奏の時に聞こえてきた気がした。幻聴なのは分かりきってる。()()()()()()()()()って、私が願っているって事。でも……華那なら言いそうだなって。演奏中だっていうのに、思ってしまった。

 

小さくジャンプしながらサビを歌う。途中で涙が出てきたけれど、我慢。それに、会場のみんなも「Yesterday」って歌うところで大合唱してくれているんだ。最後まで笑顔で歌いきるよ、華那。

 心配しないで、華那。今日だけ。今日だけは、みんながそれぞれ抱えている想いを音に乗せてそっちに届けるから、きちんと受け取ってよね?後で、ポピパ全員の想いも伝えるんだから――

 

 そう、歌に思いを込めながら私は最後まで歌いきった。歌い終えた瞬間、拍手と歓声が起きた。スペシャルバンド……Strings Of My Soulの演奏はこれで終わり。三曲だけ何とかお願いした実現できた。もちろん一緒にやってくれた氷川先輩をはじめとしたバンドメンバーには感謝しかない。

 私たちは全員で観客席へと頭を下げてステージを後にする。この後は十分休憩をはさんだ後に、ポピパの演奏。その後は、この追悼ライブ最後のバンド……Roseliaの順番。

 

「沙綾!良かったよ!!」

 

「りみも、有咲もお疲れさま」

 

 と、出番の無かった香澄とおたえが飲料とタオルを持って迎えてくれた。この後、すぐに演奏だけど、有咲もりみりんも大丈夫?って、聞いたら、すぐに大丈夫だよって、返ってきた。本当……頼もしいバンドメンバーだよ。華那。だからきちんと見ててよね――

 

*1
ギターの音の周波数を変化させるエフェクターの事




ハロハピ
1.えがおのオーケストラっ!
2.ハピネスっ!ハピィーマジカルっ♪
3.はれやか すこやか ぴかりんりん♪
4.シュガーソングとビターステップ(from UNISON SQUARE GARDEN)
5.ゴーカ!ごーかい?ファントムシーフ!

パスパレ
1.Overfly(from Luna Haruna)
2.はなまる◎アンダンテ
3.ゆら・ゆらRing・Dong-Damce
4.DISCOTHEQUE(from Nana Mizuki)
5.もういちど ルミナウス


羽丘学園吹奏楽部オーケストラ
1.華(from TAK MATSUMOTO)
2.恋歌(from TAK MATSUMOTO)
3.ETERNAL BLAZE(from Nana Mizuki)
4.BRIGHT STREAM(from Nana Mizuki)
5.兵、走る(from B'z)

スペシャルバンド「Strings Of My Soul」
1.#1090 千夢一夜(from TAK MATSUMOTO)
2.GO FURTHER(from TAK MATSUMOTO)
3.もう君だけを離したりはしない(from Aya Kamiki)


今度からこの表記にしようと思います。


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#78

シリアスさん「最終回近くなったら、連絡をよこせ」

読者の皆さん「どうしてそれが分かる?」

シリアスさん「作者が速い間隔で投稿して、ドンパチ賑やかになったらだ」

読者の皆さん「ドンパチ賑やかって、どっかに乗り込む気満々じゃねぇか!?」

シリアスさん「残っているのは(作者の)シタイだけです」

読者の皆さん「モロ、ドンパチやってるじゃねぇか!?」

作者「いや、真面目に最終回近くなってきましたよ、旦那、奥様方」

読者の皆さん「まだ未婚じゃ、こらぁぁぁ!!!」

シリアスさん「あ、怒るとこ、そこなんだ」





 私と、華那が出会ったのは、沙綾の家にパンを買いに行った時だったか?もうかなり前の気がしていたけれど、まだ一年も経ってねぇんだな……。ふと、そんな事を待っている間に思った。

 この一年。本当に濃い一年だったと思う。いや、まだ一年過ぎてねぇんだけどさ。中学時代まで引き籠ってた私が、バンドをしているだなんて、想像もできなかった。しかも多くの友人や、違うバンドの人とも繋がりを持つ事になってさ。

 

 去年の春には想像もできなかった。そのバンドの繋がり、友人がもう二度と会えなくなるって……。まあ、誰もそんな想像した事ないと思う。だから、皆……あの時――華那が亡くなったあの日――ラウンジで皆、泣いたんだ。悲しくて、辛くて、寂しくてさ……。

 

「次は私たちの番だね!!」

 

「はいはい。元気なのはいいけど、ミスんなよぉ?香澄」

 

 相変わらず、元気いっぱいな声ではしゃぐ香澄に釘を刺す。そのやり取りを見て、りみと沙綾が笑っていた。相変わらずなやり取り。正直、ここまで戻れたのは、華那の手紙のお陰だ。あれがなかったら、私達は前を向く事はできなった。ずっと、悲しんでいたと思う。時間が経てば、解決してくれたかもしれないけどな。でも、ここまで短期間で立ち直る事はできなかったはず。

 

 だからさ、私達の想い。華那に届くかはわからないけどさ……全力で演奏するから、見ていてくれよ。華那。一度点を見上げるように、私は目を瞑って上を向く。私なりに区切りつけるけどさ……どんなに時間が過ぎたって、華那。お前とは友達だからな。

 

「よぉし。いっちょ、やったるかぁ!」

 

「おお!有咲が珍しくやる気だ」

 

「有咲、何か悪いものでも食べた?……はっ!まさか、おっちゃん達の餌を――」

 

「珍しくは余計だ、香澄!あと、おたえ!誰が喰うか!!」

 

 人が気持ちを切り替えようって時に、どうしてこいつらはいつもこうなんだ!なあ、そう思うだろ?沙綾……って、沙綾。なんでそんな驚いた表情しているんだよ?まさかお前まで……。

 

「ごめん、有咲。あの有咲が声に出してまで言うって思ってなかったから……」

 

「沙綾……お前もか」

 

 と、膝から崩れ落ちる私。まさか、声に出したぐらいで驚かれるって、他の連中にどんな風に見られていたんだ、私?そんな疑問を抱いた私だったが、私達の番が近いので、聞くに聞けないまま、準備を進める。色々と思うところはあるが、気持ちを切り替えて演奏に集中だ。

 

「Poppin’Partyの皆さん、準備お願いします!」

 

 スタッフの人が私達を呼んだ。全員で顔を見合わせて、小さく頷き合う。もうここから先は言葉はいらない。全力で演奏するだけだ――

 

 

 

 おたえのギターソロ後の一瞬の静寂。その後に私は大きく息を吸って、ピックの持っている右手を会場へ向けて

 

「この手を離さない!!」

 

 その私の言葉と共に歓声が上がる。歌っている途中で、歌詞に出てくる少女が華那と友希那先輩と重なった。夢が破れた――友希那先輩と一緒にスタジアムでライブするって夢の事。新しい夢――きっと、友希那先輩ならもう先を見ているのだと思ったから。

 じゃなければ、こうやって追悼ライブするって、覚悟を決められなかったと思う。やっぱり、友希那先輩は強いなぁ……。そう思いつつ、私なりに華那への想いを歌に乗せる。

 

 華那がいなければ、沙綾はまたドラムを叩く事は無かっただろうし、私達が沙綾の苦しみを知る事はできなかった。その後も、色んな事をしたよね?一緒にお泊り会だったり、ライブだったり、海行ったり――

 

 まだ色んな事を、ポピパの皆と華那とでしたかった。でも、華那はもう空に行ってしまって、きっと――ううん。また、走り始めたばかりだと思う。あっちで、新しい目標を立てているはずなんだ。でも、華那の事だから、間違いなく私たちの事を心配してくれているはず。だから、私は走り始めたばかりの(華那)に歌うんだ。私達なら大丈夫--って。

 

 ただね、華那……。ずっと、華那を含めた皆で楽しむ日常が続くって、信じてたんだ。でも、華那はもういないし、今までと同じような日常にはならないんだ。だって、華那がいないから……。だから、何度も叫ぶように言うよ。ありがとうとさよならを――

 

 華那が残した手紙に書いてあった言葉……「皆は未来に向かって走らなきゃいけない」。きっと、この先も、何かある度に華那の事、思い出す。でもね……私、華那との約束、守るから。だからね、今の音、きちんと聴いていて。ポピパの想いをぶつけているから!

 

「ありがとうございます。Poppin’Partyです!!」

 

 一曲目から三曲目まで立て続けに演奏してきた私達。三曲目は「(ほむら)」だったからか、ちらほらと泣いている人も見えた。

 

「今回のライブ。皆が色んな想いを抱いて参加してくれています。もちろん、来てくれている皆もそうだと思います。だから、その中で私達なりに精一杯、全力で、想いを込めて演奏します!それが、今の私達にできる精いっぱいの事だと思うんです」

 

 前を向いて歩くってのは、なんだか華那の事を忘れそうで怖かった。でも、どんなに想っても、祈っても、空に手を伸ばしても、華那が戻ってくる訳じゃない。そんなの分かりきった事。だから、悲しむのは終わり。今日は楽しく!でも、華那への想いを込めて歌うって決めたんだ!!

 

「今日のライブに向けて、私達なりに楽曲を作ってきました。聴いてください!『切ないSandglass』!!」

 

 色んな人の想いを想像して作り上げた楽曲。瞬く間に季節は巡り巡って、次の季節がやってくる。華那と出会ったのは春だったよね。その春に、ポピパを組んだ後に涙した。色んな声で一時、私は歌えなくなった。怖くて……。でも、その涙を、恐怖を越えて歌えるようになった。

夏に友希那先輩――Roseliaの事を思って歌ったあのライブ。秋に、オーケストライブで華那の演奏力の凄さに改めて触れて、冬にまた元気になって――って、願った。

 でも、それは叶わなくて、私達の願いは、まるで砂時計の砂のように零れ落ちていった。その輝きはいつまでもキラキラしている。だって、華那の想いや行動してきた事は、私達の心の中に残っているんだもん。ずーっと、ずーっと煌めいているんだよ。

 

 でもね……切ないよ。苦しいよ、華那。だからね、眩しいぐらい輝いている未来に向けて私たちは走るけれど……いつか華那のいる場所に辿り着いたら……いっぱいお話ししようね。

 

「ありがとうございます。次で、私達の演奏は最後です」

 

 そう、私が言うと、残念そうな声が上がる。その反応が嬉しくて、小さく笑う。会場に来てくれた皆は、悲しんでいるってわけじゃない。ライブを、音楽を楽しんでくれているんだ!

 

「次の楽曲は、華那が大好きだったアーティストの楽曲です。全力で演奏します!聞いてください。『ピルグリム』」

 

 私の言葉の後に、沙綾がカウントを三回とってからドラムを叩いて、イントロに入る。おたえと私のギターをハモらせるように演奏していく。

 ピルグリムの意味は巡礼者。巡礼するかのように、私達はこれから何度も季節を迎える。もうすぐ春がやってきて、幾千の花びらが風で舞い踊る季節になる。それと同時にこのライブも、戻ってこない時になる。それで、また巡り巡って、ポピパの皆や華那。他のバンドの皆と出会った季節になる。

 

 それで、あっという間に色々なものが過ぎ去って行く。それで、巡り巡って、華那()が消えた季節がやってくる。その時、私はどんな言葉を皆に伝えられるだろう?傷つけるような言葉を吐き出してしまうかもしれない。

 

 そんな時を繰り返して、また季節は巡る。ポピパの皆でライブをするってのは、本当に楽しい。今も、こんな悲しい歌詞を歌っているのに、歌えている事が、演奏できている事が、音楽が楽しいって思えているんだ!だから、皆で作り上げてきたものを絶対に(こわ)したくない――

 

「……ありがとうございました!!Poppin’Partyでした!!」

 

 最後の演奏も終えた私達は、全員でお辞儀をしてステージを後にする。ステージから舞台袖に入った瞬間。色んな感情が溢れてきて、私は涙を零した。それを見た、有咲が慌てた様子で、私の両肩に手を置いて

 

「お、おい!?香澄どうしたんだよ!?」

 

「ごめ……ん。我慢……できなく……て……」

 

 そう謝るので私はいっぱいいっぱいだった。演奏中も、何度も泣きそうになった。でも、楽しいって感情が上回っていて、笑顔で歌えていたと思う。そんなことを思っていたら、有咲がタオルを私の顔に当てて、抱きしめるように、顔を胸にうずめさせてくれた。

 

「大丈夫だ……香澄。お前の……私たちの想いは間違いなく、華那に届いてるから」

 

「うん……うん……!」

 

 有咲の腕の中で頷く。まだ、涙が流れているけれど、すぐに友希那先輩達、Roseliaの演奏が始まる。友希那先輩達がどんな演奏をするか見たい。有咲にもう大丈夫と言って、タオルで涙を(ぬぐ)う。りみりんも沙綾も、おたえも涙を浮かべていた。でも、みんなどこかやりきった、って感じに見えた。華那……私達、前に進むから、これからも見守っていてね――

 

 

 

 

 私達の後はRoseliaの演奏。一曲目から激しい楽曲である「LOUDER」からだった。一曲目に持ってくるとは思っていなかった。でも、友希那先輩達が「LOUDER」を一曲目に選んだ理由は、なんとなくだけれど……予想はできる。

 

「LOUDER」はもともと、友希那先輩と華那のお父さんの楽曲だったのは、華那が教えてくれた。その時の華那は本当に嬉しそうに、誇らしげに話してくれたっけ。でも、すぐに「自分は演奏できないんだけどね」って、寂しそうに笑っていたっけ……。

 

 歌詞は友希那先輩と華那のお父さんの事を歌っているらしいけれど、今はまるで華那に宛てた歌詞のように思えた。そう思うぐらい、友希那先輩の歌声には想いがこもっていた。それは今までの友希那先輩の歌い方とは、また違うように思った。そうだ……魂の底から()()()いるんだ。楽曲名の通りに――

 

「やっぱり、Roseliaの演奏凄いね」

 

「うん……今までも凄かったけれど、今日の演奏は今まで以上に凄い演奏になってる……」

 

 香澄がまだタオルで涙を拭いながら呟いたのに、同意するように私は頷きながらそう言った。今日の演奏。Roseliaのメンバー全員が、それぞれ想いを込めて、それでいて一つの方向に合わせているのだから、今まで以上の演奏になっているんだと思う。

 ねえ、華那。見えている?聴こえている?華那が必死になって、友希那先輩の為にって集めたRoselia……凄い演奏しているよ。華那が望んでいる演奏かどうかは分からないけどさ……今までのバンドが作った会場の雰囲気を、全部吹き飛ばすぐらいの演奏だよ。

 

「もっと……私も上手くならないといけないなぁ」

 

「だね。もっとギター練習しなきゃ」

 

「私もベース頑張らなきゃ」

 

「だな……私もキーボード頑張らねぇとな……」

 

「うんうん!みんなやる気あっていいね!!私ももっと上手くなりたい!」

 

 私が小さく呟いた程度の言葉に、皆がそれぞれの言葉で同意してくれた。あはは。聴こえない程度に呟いたつもりだったんだけどな。まあ、いっか。皆やる気と元気になってくれたから。

 私達がやる気になった間も、Roseliaの演奏は続いていて、今は「Determination Symphony」がちょうど終わったところだった。Roseliaは、華那が深く関わっていたって事もあって、演奏する楽曲はほかのバンドより二曲多い。ここからどんな楽曲をやるんだろう――

 




Poppin’Party
1.ティアドロップス
2.走り始めたばかりのキミに
3.炎(from LiSA)
4.切ないSandglass
5.ピルグリム(from B'z)



あまりにも、#78が長くなりすぎたので、ポピパとRoseliaパートで二分割しました。(十七分割ではない。シエル先輩……)ご了承ください。


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#79

シリアスさん「正直、ここまでライブパートが長くなるとは思っていなかった」

読者の皆さん「こっちもだよ!!」

シリアスさん「いや、そこまで怒らないでくださいよ。毒見の皆さん」

読者の皆さん「読者だよ!!」

シリアスさん「あ、ごめんなさい。土管の皆さん」

読者の皆さん「読者だよ!!」



作者「児〇だよじゃねカ……」


「ありがとう。Roseliaです」

 

 二曲目が終わり、MCを入れる。次の楽曲についての前に、今回のライブに参加してくれたバンドへの感謝。また、スタッフの皆さん。そして……こうやって集まってくれた会場の皆へと感謝を述べる。

 その間に、あこと燐子が水分補給を。リサは私のMCを、目を瞑って聞いていた。紗夜は自分のギターをスタッフに預けて、スペシャルバンドでも使用した華那のギターに交換していた。

 

「私の提案から始まったこのライブ企画。まさか、こんな大きな会場でやる事になるだなんて、思いもしなかったわ」

 

「だねぇ……。CiRCLEの会場を使うってイメージだったからね」

 

「ですね」

 

 と、私の言葉に同意するように、MCに入ってくるリサと紗夜。ここまでは一応、打ち合わせ通り。今回は、少しだけMCを入れていこう――と、全員で話し合ったから。あまり喋りたくはないのだけれどね。ライブなのだから、音楽で勝負しないと……。でも、今日は想いを届ける日。言葉にしなくちゃいけない。じゃないと届かないから――

 

「今日、参加したバンド。集まってくれた皆……それぞれが想う所があって来てくれたのだと思う。私達も、演奏するからには、情けないところを見せるわけにはいかない。安心していなさい――と、想いを込めて演奏しているわ。ただ……」

 

 一度、そこで私が話しを区切ると、会場が小さくざわついた。「ただ」何なのか――そんな疑問を抱いた人達の声だ。小さく息を吸って吐いてから、私は言葉を紡ぐ。

 

「今日で、華那の事については一区切りするけれども……これからも、華那は“六人目のRoselia”として、私達、Roseliaの中で生き続ける。Roselia(私達)が今あるのは、華那が必死になってバンドメンバーを探して、私達を出会わせてくれた。それが今に繋がっているわ。その事を、私達は忘れずに、前に進もうと思うわ」

 

 歌声を失って、ギターで私の隣に立とうと努力して、なんとかしようとしたけれど、今の状況じゃ無理と判断した華那。受験とか、将来の事を考える大変な時期だったのに、私の為に自分の時間を潰してまで、バンドメンバーを集めるのに奔走してくれた。

 もう……もう二度と一緒に音楽を奏でる事はできないし、一緒に歩く事はできないけれど――

 

「心から華那へ感謝を。それと……これからも、私達は一緒だという想いを込めて歌うわ。『TINY DROPS』」

 

 私が次に歌う楽曲のタイトルを言うと、会場から拍手が起きた。その数秒後に燐子がピアノを奏でる。この曲は、一番サビまではピアノとヴォーカルだけの演奏。静まり返る会場の中に、私の歌声と燐子の演奏するメロディだけが響く。

 

「空中に 舞いあがる 波しぶき きらめいて」

 

 華那と一緒にいた時の景色が思い浮かぶ。オーケストラの中心で、一緒にライブをした時の景色。私が、華那にきつい言葉を投げてしまった時の景色。私の為に、声が出なくなってもいいという覚悟でポピパの皆とライブをしている景色――

 

「海に溶けてゆくしずく あなたは今どこ」

 

 華那……貴女は今、空でどんな景色を見ているのかしら?華那がいない景色……まだ慣れないわ。朝起きたら、料理を作っていそうな……そんな気がしてしまうわ。

 

「会えないのは つらいけれど

 それは変えられないこと」

 

 でも、もう変えられない。華那がいなくなったという現実は……。だから、私は貴女にこの言葉を届けたい。

 

「かけがえのない あなたに言いたい

 心から ありがとう」

 

 私の隣にいてくれて、私の事をいつも心配してくれて、私を愛してくれて……なによりも、私を信じてくれてありがとう。だから、華那……旅を終えて生まれ落ちる前の場所に戻った華那(貴女)に、大丈夫よと何度でも手を振るし歌うわ。私達なりに精一杯に――

 

 何時(いつ)になるかなんて誰にも分らないけれど、必ず皆で華那のいるところに行くから、その日までお別れ。大丈夫よ。華那にとっては、そんな長い時間じゃないはずよ。私達にとっては長い時間に感じると思うけれど。

 

 でも、華那の事よ。向こうにいる、大勢の伝説と言われるようなアーティストと一緒に音楽をしているはずよ。それこそ、孫が来たって形で、大勢の人から頭を撫でてもらいながら――

 

「たゆたう海へ……」

 

 演奏が終わっても、拍手も歓声も起きなかった。静寂。その言葉が、会場を包み込んでいた。ええ、大丈夫。これは()()()()()()()よ。だから、このまま演奏を続けるわよ。と、燐子に視線を向ける。燐子は頷いて演奏を始める。イントロが始まると同時に、私は次の楽曲について、本当に短く説明する。

 

「新曲です……聴いてください『軌跡』」

 

 目を瞑り、小さく息を吐いて、燐子の奏でる旋律にタイミングを合わせて歌い始める。

 

「靴紐が解ければ

 結び直すように」

 

 別れはいずれやってくる。それは変えられない。その中で、私達は自分の道を歩んで、前に進む。

 

「哀しみで 胸の中溺れそうならば

 瞼閉じ迎えよう いつも変わらず

  笑う貴方の瞳が ほらね…ただ綺麗で」

 

 目を閉じれば、すぐ貴女(華那)の笑顔が思い出される。人は、最初に声を忘れていくと、何かで聞いた事がある。確か……華那が私に教えてくれたのだったかしらね?忘れたくない。華那の声。笑顔……その全てを……。でも、今は華那――

 

「"ありがとう"

 廻る地球 貴方と私は進む

  握る手離れても

   終わらない絆がある」

 

 感謝。それを伝えたい。華那と一緒にいた日々。華那が私達にいつか追いついて、一緒にステージに立つ――一緒に立てる日が来る事を疑わずにいた。でも、それは保証がない日々という事を、今回の件で痛感した。大切な人がいなくなる……誰かと別れるという現実。

 

「ふと甦る あの姿

 心はさざめき出す

  辛くないのは 嘘だけど

   きっと覚束ない言葉でも伝えたい…」

 

 最初に作り上げたデモの時より数拍、伸ばして紗夜のギターソロに入った。今回のギターソロは、華那の尊敬するアーティストの楽曲、「ROOTS」のギターソロを私達なりにアレンジしたものになっている。切なくて、それでいて、力強いメロディ。紗夜の想いが、魂全てが込められた、今、演奏している紗夜の感情全てが込められたギターソロ。

 涙が目に浮かぶ。華那にしてあげたかった事。華那が私にしてくれた事に対して、そのほとんどを返し切れていない事。色んな想いが込み上げてくる。でも、まだ泣かない。今は私達Roseliaのライブの途中なのだから――

 

 ギターソロが終わり、一瞬だけ静寂が包まれる。マイクに息の音が入らないように気を付けながら私は歌う。大丈夫よ、華那。私達Roselia……いいえ。華那と関わった全ての人達と華那には、終わらない絆があるわ。()()()まで、精一杯生きるわ――

 

 演奏が終わり、先程はなかった拍手と歓声が起きた。正直に言って驚いた。今、演奏した二曲の歌詞や曲調を考えると、ここでも静かになるんじゃないかって想定していたわ。この会場には、華那と知り合いは勿論、一方的に華那の事を知っているだけの人もいるだろう。

 それでも、想いを重ねてライブを楽しむ……華那の事を想ってくれている。本当……貴女は私にとって、誇りよ。立派な妹だったわよ。

 

「ありがとう。新曲『軌跡』でした。次も華那が好きだったアーティストのカバーをさせてもらうわ。『深愛』」

 

 短いMCではあるけれども、次の楽曲に入る。ピアノから入る楽曲三曲続いているけれども、次の楽曲は少しロックテイストにしてあるから、問題はない……はずよ。

 歌っている途中で、華那とした約束を思い出す。「スタジアムでライブをする。いつか、あの賞を取る」という、聞いた人間が笑うだろう私達姉妹の夢物語。

 

 約束したのに、私と華那は……本当に突然、行き先が違う道を行く事になった。私は……貴女(華那)の姉でいられたかしら?姉らしい事を、私はできていたかしら?貴女の歌声を奪って、貴女に甘えて、きつい言葉を吐き出したこの私が、姉でいられたかしら?

 胸を張って、良い姉だった――なんて言えないわ。ごめんなさい。今になってこの言葉を貴女に伝えたくなる。だから声に出して、言葉にするわ。想いだけじゃ届かないもの。

 

貴女を想う気持ちは、ずっと持ち続けるわ。この気持ちに終わりが来ない事を信じているわ……。

 

 演奏が終わり、後二曲だけ演奏する事を伝えると、残念そうな声が上がる。多くのバンドが演奏して、それを聞いてくれている観客の皆にも疲労はあるはずなのに、まだライブを、音楽を聴いていたいと言ってくれるのは嬉しいものね。

 

「このRoseliaは、華那がこのメンバーと私を引き合わせてくれた事から始まったわ。今までのRoseliaも大切にしつつ、華那に新しい姿を見せられるよう頂点を目指すわ。『Neo-Aspect』!!」

 

 華那が安心して、向こうで音楽ができるように……私達は新たな姿を見せなくてはいけない。頂点へ向けて、バンド全員が一つになって――

 この先、悔しい事や悲しい出来事が、また私達を襲ってくる。その時、前を向けるように。バラバラになったとしても、また集まれるように扉を開けていられるように――

 

「音粒を一つずつ 抱きしめるように歌うの

 存在 Stay alive…Stay alive…

  瞬間 Stay alive…Stay alive…

   強く感じたいよ 貴方たちを」

 

 音楽を愛した華那へ歌うように。そして、Roseliaのメンバーを想いながら歌う。この曲は華那が夏に、自分の身を燃やすように、「ロストシンフォニー」歌ってくれなかったらできなかった曲。華那がいたから、華那は私達の中で生きていると歌う。

 

「Sing away!Sing away! 歌え!

 Wo wo wow…

  More!Sing away!Sing away!

   魅せよう 新たな姿を」

 

 これから先、いろいろな姿を見せるわ。その先にある頂点へ向けて――

 「Neo-Aspect」を歌い終えて、すぐさま次の歌に入る。『PASSIONATE ANTHEM』だ。この曲は、華那が入院している時にできた楽曲で、一度もライブで聴かせる事が出来ずに終わった曲。最後に、華那に聴かせようと、ラストに持ってくるのにバンドメンバー全員の意見が一致した。

 

 今後、曲を作っていけばいくほど、華那に聞かせる事ができない曲が増えていくわ。だからこそ、私達は華那に届くように、歌い続けるわ。新たな挑戦を重ねて、約束したあのステージへ立てるように。妥協はしない。譲る事もしないわ。

 貴女から授かったこの「Roselia(青薔薇)」を、そっちに見えるように、()()で育て上げるわ。それまでは、この命の「ANTHEM」を鳴らして、歌い続けるわ。その旅路の中でも……離れていても、心はずっと一緒よ、華那――

 

「今日は本当に集まってくれて、ありがとう。間違いなく、皆の想いは華那に届いているわ……本当に、華那の為にありがとう。Roseliaでした」

 

 演奏が終わり、私なりに感謝の言葉を紡いだ。大きな拍手が会場を包み込む。これで、追悼ライブも終わりね……。いろいろな感情がライブ中に生まれて、それを歌に乗せたけれど……。届いているわよね?華那――

 

「お疲れ!友希那!はい、飲料」

 

「リサも、お疲れさま。もう……飲料ぐらい自分で取れるわよ」

 

 リサが、目元に涙をうっすらと浮かべながら、私にペットボトルを渡してきた。本当なら、泣きたいはずなのに無理して……。紗夜、あこ、燐子もお疲れ様。いい演奏だったわよ。

 

「友希那さんもお疲れ様です。ええ……華那さんのギターのお陰ですね。改めて思いましたけど……ここまで弾きやすい、ギターの音が昔から私達の音のように聴こえるとは思っていませんでした」

 

「あこ、全力で……叩きました。……華那さんが……華那さんが、あこをRoseliaの一員になれるように……フォローしてくれたから……」

 

「あこちゃん……」

 

 紗夜は華那の使っていた、エピフォンの黒いギターを大切に整備しながらそう言い、あこは泣きながら想いを言葉にしていた。そのあこを優しく抱きしめている燐子の目にも、うっすらと涙が浮かんでいた。

 本当……皆に愛されていたわね、華那。私は貴女のような人間にはなれないわね。きっと、貴女なら「ならなくていいよ!?」って、慌てた様子で言うでしょうね。その様子が、目に浮かぶわ。

 

 そんな事を私が思っていると、会場の方が騒がしい声が聞こえてきた。なにかあったのかしら?そう思いながら、会場の方へと目を向けると、来てくれた人たち全員が残っていて、アンコールの大合唱が起きていた。

 

「……凄いわね」

 

「ですね……まさかアンコールの大合唱とは……思いもしませんでしたね」

 

「だねぇ……でも、どうする、友希那。アンコールって言われても、これだけバンド多いと――」

 

「そこはRoseliaの皆さんが行くべきです!!」

 

 リサと紗夜と話し合っていたら、突然、戸山さんが話に入り込んできた。でも、貴女達だって今回のライブの参加バンドなのよ?それなのに、私達だけってのはどうなのか――

 

「あたしも……香澄の意見に賛成です。湊さん、演奏してください」

 

「私も賛成よ!!友希那達が行くべきよ!」

 

「私も、賛成だよ。友希那ちゃん達、Roseliaがアンコールにこたえるべきだよ」

 

 戸山さんの言葉に呼応するかのように、美竹さんと弦巻さん、丸山さんが、私達、Roseliaがアンコールに行くべきだと言ってくれた。どうして――って、考える必要もないわね。()()()()からだ。華那の姉である……私が……。そうでなくても、二曲多く演奏させてもらっているのに、本当にいいのね?

 

「はいはーあべしっ!?」

 

「ミカは黙ってろなさい」

 

 元気よく、当たり前のように出てこようとした植松さんだったけれど、すぐさま明石さんに鉄拳制裁を喰らって、地面に潰されたカエルのように倒れた。相変わらず、凄い音させながら殴るのね……明石さん。

 

「あ、あの……今スゴイ音したんですけど!?」

 

 と、丸山さんが顔を蒼くして、植松さんに駆け寄って、他のスタッフさんと一緒に介護をしていたけれど、明石さんは「いつもの事だからほっといていいです」と、言ってから、私達Roseliaに視線を向けて

 

「吹奏楽部もRoseliaがアンコールする事に、異議はない。逆にRoseliaだからこそやってほしいって意見も出てる。……それだけ、Roseliaの音に“想い”が込められていたって事。胸を張って、私達全員の代表として演奏してきて」

 

「そう……わかったわ。まりなさん。そういう訳だから、一曲だけRoseliaが演奏するわ」

 

 と、話しには入ってこなかったけれど、ずっと話し合いの様子を見守ってくれていたまりなさんに、私はそう伝える。まりなさんは、満面の笑みを浮かべて

 

「オッケー!セットはそのままにしてあるから、五分後に演奏できるように他のスタッフに指示出すね!あ、演奏曲はどうするのかな?」

 

 そうだ。一曲だけのアンコール……。何を演奏するかを話し合わないと。私としては、Roseliaとして初めての楽曲である()()()を演奏したのだけれど……

 

「あこ、ブラシャがいいです!」

 

「だねぇ。今回のライブで演奏してないし、アタシ達の大切な楽曲だし、良いと思うよ」

 

「ですね……わたしも……BLACK SHOUTが……いいです。大切な……楽曲の一つ……ですから……」

 

「ええ。私も賛成です」

 

 あこの言葉に私以外の全員が賛同する。考える事は、皆一緒ね。小さく笑ってから、真剣な表情を全員に向け

 

「疲れていると思うけれど、アンコールだからって手を抜かないわ。全力で行くわよ」

 

 私の言葉に、力強く全員が頷いて見せる。Roseliaだけでもう一度円陣を組み、いつもの声出しをしてステージへと向かう。華那、見ていなさい。貴女の集めたメンバーで……私達は必ず、約束の場所へ……頂点へ駆けあがって見せるわ――

 

 

 

「お疲れ様。友希那ちゃん」

 

 ライブが終わって、観客がいなくなった会場。その観客席に一人でいたら、まりなさんがペットボトル片手に声をかけてくれた。いえ、まりなさんの方こそ、運営お疲れ様。

 

「ありがとう。友希那ちゃん達Roseliaは勿論だけど、参加してくれたバンド、吹奏楽部の皆の演奏、とっても良かったよ。華那ちゃんにきちんと、想いは届いたはずだよ」

 

「ええ……そうであって欲しいわ」

 

 観客のいない会場。私とまりなさんは、さっきまで熱い演奏が行われていたステージを見ながら話す。まりなさんが気になった様子で「あれ?今日の反省会は?」と、聞いてきた。そうよね。いつもなら、ライブが終わればすぐに反省会をするのがRoseliaだ。でも今日は――

 

「私が我儘を言って、少し余韻を味わおうと思って……」

 

「――そっか。そういうのも、時として大切だよ。友希那ちゃん」

 

「ええ……」

 

 にこにこと擬音が付きそうな笑みを浮かべるまりなさん。その言葉に、私は短くそう答えて、今も片付けが続いているステージを見ていた。しばらく沈黙が私とまりなさんの間に流れる。ただ、その沈黙は嫌なものではなく、ただ、お互いに何か思う事があって黙っていた。

 

「そういえば……華那ちゃんが保護して、CiRCLEで一時保護の形をとってるクロちゃんなんだけどね」

 

「にゃ……クロがどうかしたのかしら?」

 

 唐突に口を開いたまりなさん。その言葉に危うく、にゃんちゃんと言いかけてしまったけれど、気付かれていない……わよね?まりなさんはステージを見ながら

 

「CiRCLEで飼うって事になったんだ。ただし、クロの住まいはラウンジ限定だけどね」

 

「そう……。CiRCLEなら安心ね。華那もホッとしているわね」

 

 いざとなったら私が飼うと言おうかと思ったけれど、CiRCLEなら安心してクロも寝たり遊んだりする事ができるわね。でも、アレルギー持ちの子も出入りする可能性があるのに、よく決断できたわね。それをまりなさんに聞くと

 

「オーナーが『華那ちゃんが保護した猫なんだ。私達の手で育てていこう』って、泣きながら言い出しちゃって……。アレルギーの子対策として、ラウンジ限定にしたの。お休みの時や夜は、私かオーナーの家に連れていく、今の形を取る予定だよ」

 

 そう。そんな事があったのね。クロも幸せ者ね。今度、チュールを持って行ってあげようかしらね。そんな話詩をした後。私とまりなさんは今日のライブについて話し合ったのだった。

 

 今回のライブで、確かに一つの区切りはついたわ。でも……約束は果たされていないわ。FWF本戦に出場して、自分達――Roseliaの音楽を認めてもらう――という約束が――

 

 




Roselia
1.LOUDER
2.Determination Symphony
3.TINY DROPS(from B'z)
4.軌跡
5.深愛(from Nana Mizuki)
6.Neo-Aspect
7.PASSIONATE ANTHEM
アンコール
1.BLACK SHOUT



最終回じゃないんじゃ。
まだもうちょっと続くんじゃ。


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#80

シリアスさん「あと五話以内かな?」

読者の皆さん「なにがだい?」

シリアスさん「この作品」

読者の皆さん「え゛?」

シリアスさん「だから、この作品あと五話以内に決着つけるって事」

読者の皆さん「嘘だろ!?」

作者「嘘みたいな顔しているだろ?でも、本当なんだぜ?」

読者の皆さん「どっかで聞いたようなセリフ改変すんな!?」



 華那の追悼ライブから月日が経ったある日の事。その日は雨が降っていたけれども、私は傘をさして華那が眠る場所にやってきていた。それはとある報告をする為……。

 華那の墓の前に立ち、落ち葉やごみ。クモの巣などを片付ける。片手でやっているから、どうしても遅くなるわね。でも、きちんと綺麗にしておかないと、華那も落ち着いて眠れないと思うわ。

 

 雨音と私が墓を掃除する音だけが、静かな墓地の中に響く。他の方々、ごめんなさい。でも、私にとって、大切な妹が眠る場所なの。今日ぐらい許して頂戴。と、心の中で謝罪しつつ、掃除を続ける。

 

「これでいいかしら?」

 

 しばらく時間をかけて、ある程度綺麗にした私はロウソクと線香を立てて、火をつける。ロウソクの火が雨で消えないように傘で守りながら、私はしゃがんで両手を合わせて目を閉じる。

 華那。先週、FWFの予選会があったのよ。ええ……無事にトップで通過する事が出来たわ。ただ、その前に、私がハッキリと言葉にしなかったから、リサが今年出ないんじゃないかって、不安になっていたけれど。

 

 改めて、自分の言葉下手というか、言葉数の少なさを痛感したわ。もっと、言葉にしないといけないわね。

 

 紗夜は紗夜で、私を信じていてくれていたようで、出るものだと思っていたそうよ。そうそう。華那……貴女のギターだけれど、エピフォンの黒いギターも、レスポールのアクアブルーのギターも使わない――と言うより、使えないわ。貴女だからこそ、奏でられた音があるの。使わないのはもったいないって、貴女なら思うかもしれないわね。

 でも、私達(Roselia)全員で決めた事なの。貴女がそっちで怒っていようが、呆れていようがこれだけは譲らないわよ。ただ……ライブの時は、華那もRoseliaの一員として……同じ景色が見えるようにステージに置いているのよ?私達が見ている景色……見えているかしら?

 

 ああ……。忘れていたわ。窪浦さんから伝言よ。「私との約束を破ってんじゃない。……勝手に私より先に逝くんじゃない。ただ……お疲れ様。今はゆっくり休みなさい」だそうよ。窪浦さんの目元には、うっすらとだけれど涙が浮かんでいたわよ。

 本当……いなくなってから、華那がどれだけ多くの人に愛されていたかって、気づく場面が多いわ。学校でもそうだし、商店街を歩いている時や、CiRCLEのスタッフの皆さん……色々な人に声をかけられたわよ。

 

「華那ちゃんのお姉ちゃん、元気かい?ああ、そうだこれ持ってきな。ああ代金はいいから、持って行った!持って行った!」

 

「あらぁ。華那ちゃんのお姉ちゃんじゃない。ああ、そうだこれ家で食べて頂戴。お代?いいのいいの。余り物だから」

 

 って、毎回、商品やらなんやら持たされるのよ?大体の人が友希那()じゃなくて、華那の姉としての認識しているのよ?それで聞けば、いつも私の自慢話をしていたって言うじゃない。本当……勝手にわたしの事を話さないで頂戴。知らない人にすら心配されるって、こっちが申し訳なく思うじゃない。

 でも……嬉しくもあるのよ?きちんと“姉”としていられたんだ――と、思える瞬間でもあるから。……最悪な自己満足ね。もっと、貴女と音楽だけじゃなくて、いろいろな話題を話しておけばよかったわ。今更後悔しても遅いのだけれどね……。

 

「でも……安心して頂戴。私は……もう道を間違えない。もし悩んだとしても、Roseliaの皆やほかのバンドの皆がいるから……」

 

 目を開けて、そう言葉にする。静かな墓地の中、雨音だけが響く。その中で私は、しばらく黙って、華那の墓を見ていた。四十九日もあっという間に過ぎて、また夏がやってきて、いつの間にか秋が過ぎて、冬がやってくる。

 

 そうやって季節が巡っていって、一年が過ぎていく。今年の冬はFWFの本大会がやってくる。華那……その時は、見に来てくれるかしら?……いえ、来られるわけがないわね。分かっているわよ、そのぐらい。でも、貴女には来てほしいのよ。私達が成長した姿を見に……。

 

「ああ……そう言えば華那……。貴女は覚えているかしら?幼い頃に、私とリサ……そして華那の三人で約束した事の日を――」

 

 そう。あれは忘れもしない。小さい頃、公園でよく父さんや母さん、そして私達三人で遊びに行った時の事だ。公園で私が歌っている。それを聴いていたリサが褒めてくれた。あの時の私は、純粋に歌が好きだと言えた。その時、三人で約束したのよね。いつか、父さん達みたいに三人でバンドを組む――って。

 

 私も、リサも忘れていないわ。あの時の景色。シロツメクサの約束の事を……。貴女もきっと……いいえ、絶対に忘れていないわね。この前、シロツメクサを題材にした楽曲ができたのよ?タイトルは「約束」。……ええ。そのままよ。それで十分伝わるでしょう?

小さい頃にした、私達の約束はもう叶わないけれど……。Roseliaの一員として、見守っていて頂戴。華那――

 

「また……来るわね。今度来る時は、晴れていればいいのだけれど……」

 

 立ち上がり、そう華那に伝える。FWF出場の報告もしたし、近況報告って訳ではないけれど、私達は元気という事も伝えた。あのライブで華那の事は一区切りすると言っておきながら、こうやって来てるのは……どう思うかしらね?

 

「情けないかもしれないけれど……家族なのだから仕方ないでしょ……」

 

 そう呟く私。華那は呆れた表情を浮かべているかもしれないわね。山吹さんも時々来ているって言っていたわね。最近あった出来事とか、元気でやっていると報告しに……。他の子達も来ている話しは聞くから、寂しい思いはしていないはずよね?ただ……

 

「周りの方々は、騒がしくて迷惑かもしれないわね……」

 

 特に戸山さんや弦巻さん達が来た時の光景を想像して、私は苦笑いを浮かべる。さて、そろそろ帰るわね。華那。周りの方々もごめんなさいね。騒がしくなってしまったかもしれないわね。

 ロウソクの火を消して華那の墓をもう一度見てから、私は来た道を戻る。雨音と、私が歩く音だけが響く。こんな雨の日に墓参りに来る人間なんて、そうそういるはずも――

 

「湊友希那さん?」

 

「?……貴女は……」

 

 突然、声をかけられた私は、傘を少しだけ上の方に上げる。そこには黒いスーツ姿の、去年のFWF予選会の前に私に声をかけてきた、スカウトの……スカウトの……

 

「佐井田さん……だったかしら?」

 

「澤野よ……サしかあってないじゃない……」

 

 首を傾げつつ、名前を言ったのだけれども、どうやら間違ってしまったらしい。どういう教育受けているのよ。という、澤野さんの呟きも聞こえてきたけれども、仕方ないじゃない。二度ぐらいしか会ってない人間の名前を、一年以上経つのに覚えている必要があって?

 

「……確かにそうね。ところで、これから時間いいかしら?少しだけ、お話しさせてほしいの」

 

「スカウトだったらお断りよ?」

 

「違うわよ。今日は、純粋に貴女……湊さんとお話がしたいだけよ」

 

 そう言って、私の隣に立つ澤野さんだったけれど、傘をさしていない手で花を持っていた。お参りにでもきたのかしら?そう疑問に思っていたら

 

「ちなみに、貴女の妹さんのお墓はどこ?お参りぐらいは許してくれるわよね?」

 

「……驚いたわ。あれだけ、私達に敵対していた澤野さんが、華那の墓参りに来るだなんて……」

 

 驚きのあまり、私は数秒固まってしまい、あろうことか、本心をつい口に出してしまった。でも、仕方ないじゃない。あれだけ、私達を見下したような発言をして、「最後は悪役が逃げるようなセリフを投げ捨てて」――ああ、これは華那が言っていたセリフよ――会場を後にした澤野さんが、華那のお参りに?お礼参りの間違いじゃなくて?

 

「貴女……一体どこでそんな言葉覚えたのよ……」

 

「そんなの決まっているじゃない。華那からよ」

 

「胸を張って言うんじゃないわよ……」

 

 冗談で答えたら、なぜか疲れた様子の澤野さん。どうかしたのかしら?私は冗談で言っただけだというのに。気を取り直して、こっちよ。そう言って、澤野さんを案内する。と言っても、本当にすぐそこだったから、案内する必要もなかったのだけれど。

 

 澤野さんは、持ってきた花を丁寧に花瓶に入れて、ロウソクと線香に火をつけ、手を合わせ、目を瞑って華那を弔っていた。私が驚いたのだから、華那も驚いているでしょうね。何か悪い物でも食べました――って、言ってそうよね。

 

「……この後、友希那さん時間ある?」

 

 弔いを終え、改めて私に聞いてきた澤野さん。最後に会った時の嫌な雰囲気からかけ離れていて、少し考えたけれども、どうしても“なにか”を私と話したいのだろうと判断して、承諾するのだった。

 その際、トークアプリでRoselia(バンド)のメンバーに報告を入れておく。スカウトだったら断る旨をきちんと書いておく。あの時みたいに、二度と勘違いから皆を悲しませるわけにはいかないわ。ただ、リサと紗夜が速攻で

 

『友希那、今から行くから!!』

 

『友希那さん。今どこでしょうか?私も行きます。あの時の“お礼”をしたいところだったので……』

 

 と、送ってきたので、二人とも落ち着くように返信をし、華那の墓参りに来た事を伝える。そして、少しだけ話しをするだけよ。と、いっても落ち着かないと思うわね。あの二人は目の前で、華那が侮辱された姿を見ていたから。特に紗夜。本当にお礼参りするつもりなのかしらね?

 でも、私を信じて頂戴。何かあったらすぐ連絡するわ。と書いて、アプリを閉じて、車を運転する澤野さんを見る。

 

「バンドメンバーに連絡?」

 

「……ええ。私には前科があるから、心配かけないようにする為よ」

 

 「前科って」と、苦笑いを浮かべながら、運転を続ける澤野さん。しばらく沈黙が続いたけれど、近くにあった全国チェーンの喫茶店の駐車場に車を停めて、私と澤野さんは店内へと入っていった。

 

「好きに頼んでいいわよ。こっちが誘ったから、そのぐらいはさせて頂戴」

 

「……本当に、あの澤野さんかしら?」

 

「……自覚はしているわ。でも、あまり言葉に出さないでもらえない?」

 

 右手を額にあてつつ、左手でメニューを渡してくる澤野さん。ごめんなさい。つい、本音を言ってしまったわ。ただ好意に甘えすぎるのはどうか?と、思いつつも、ぎゃくに甘えなければ、かえって失礼に当たるかもしれないわね。そう考えつつ、メニューに目をやる。

 

「カフェラテ……で」

 

「あら、何か食べ物は?本当に、気を使わなくていいわよ」

 

 と、私からメニューを受け取りつつ澤野さんが言ってくれたのだけれど、今は食べるような気分じゃないのよ。そう答えて窓の向こうを見る。雨は先程より激しくなっていて、まるで誰かの心が泣いている――そんな風にも見えた。きっと、気のせいだと思うけれど――

 

「早速だけれど……本題に入るわね」

 

「……ええ」

 

 本題――そう聞いた瞬間、身構えてしまう。また、前みたいにスカウトだったら本気でカフェラテが来る前に帰るつもりよ。そんな事を考えていたら、いきなり澤野さんが頭を下げて

 

「ごめんなさい。今更謝って許されるとは思ってはいないけれど、謝らせて。侮辱するような発言をして、妹さんを泣かせて……ごめんなさい」

 

 あまりにも突然の事で、私は何が起きたのか理解できなかった。だってそうでしょう?あの時見せた、窪浦さんや私達への暴言の数々。そして、去年のFWF予選会前に華那に投げつけた言葉……。あの時の私だったら、謝られたとしても許しはしなかったと思う。

 だって、そうでしょう?大切な妹を侮辱したのよ?しかも、その妹を泣かせた罪は重いわ。でも、今は――

 

「ええ……素直に受け取っておくわ。その謝罪……華那にも届いているはずだから……」

 

 そう言ってから、窓越しに外を見る。ああ、さっき誰かの涙だなんて呟いたけれど、きっとこれは私の――

 

「……妹さん、亡くなられたって聞いた時は驚いたわ」

 

 澤野さんはポツリと呟いた。ええ……誰から聞いたかは知らないけれど、今年の冬。あの子の誕生日に生まれた場所に帰っていったわ(眠りについたわ)。最後まで、自分の事じゃなくて、残される私達の心配をして……ね。

 

「そうだったのね。……妹さんに、直接会って謝ろうと思った時に、亡くなっているって聞いた時は何も言えなかったわ。ただ、ただ後悔の念でいっぱいだった」

 

「そう……その事を誰から聞いたのか、教えてもらっても?」

 

 澤野さんの懺悔にも似た話しに、疑問を抱いた私はそう聞いた。だって、知らない人がそんな事を言っていたとしたら、いなくなったとはいえ、華那のプライバシーが侵害されているかもしれないじゃない。それだけは許してはいけないわ。あの子がゆっくりと、静かに眠っていられるようにしてあげる。それが私にできる事よ。

 

「……白鷲千聖って知っているわよね?」

 

「?……ええ。華那がお世話になっていたから、知っているわ。と、言うか、私もライブ会場や練習している場所で会っているわ」

 

 どうしてここで白鷲さんの名前が?心の中で首を傾げつつ、先を促そうとした際。ちょうど頼んでいた私のカフェラテと澤野さんのコーヒーが届いた。テーブルに置かれて、店員さんがいなくなってから、お互い飲み物に口をつけた。

 その間も考えていたけれども、白鷲さん経由というのは謎ね。そう考えている私に澤野さんが話を始めた。

 

 なんでも、あの後――FWFの予選会が終わった後ね――に、会社から呼ばれて解雇を通告されたらしい。まあ、解雇された事について、私は自業自得ね……という感想しか出てこなかった。あれだけ、会場で主催者側を罵倒していたのだから、会社のイメージを落とす原因になったのだから……ね。

 

「その後、どうしようかと途方に暮れていたのよ。業界内じゃ、悪い噂ばっかりになっていて、もうどこも私に声をかけようだなんてしない状況だったのよ。……自業自得よね。アーティストや演奏者達を使い捨てにしてきたのだからね。次は自分の番になっただけ」

 

「……」

 

 澤野さんの言葉に、私は使い捨てられたアーティストがお父さんのバンドと被った。お父さんたちのバンドも使い捨てにされたようなもの……。そのアーティスト達の想いを考えると、そうなって当然という風に考える自分がいた。……駄目ね。今は自分達が頂点に立つことだけを考えなくてはいけないのに……。

 

「そんな時だったのよ。ある事務所から連絡がきたのは」

 

「……その事務所が白鷲さんの所だったのね?」

 

 私の言葉に頷く澤野さん。話しの流れからして、そうだろうと思ったのだけれど……白鷲さん。まさかとは思うけれど、貴女が手を出したの――

 

『ふふふ……それは内緒よ』

 

 と、いないはずの白鷲さんの声が聞こえた気がしたけれど、幻聴と言い聞かせて話しの続きを聞く。

 

「藁にも縋る思いで、逆に頭を下げてお願いして入社したわ。そこで見たのは、芸能界っていう、薄汚い場所で輝こうとしている少女達……。最初は後で苦しい思いするの分かりそうなのに、なんでそんなに明るい未来や、輝きたいって想うのだろうって思っていたわ」

 

 そこまで言って、一度コーヒーに口をつけ、目を閉じて盛大に息を吐いた。その時の光景を思い出していたのだろうと思うけれども、話しが見えてこなくて困るわね。でも、口を挟むような真似はしないわ。黙っていると、澤野さんが話しを続けた。

 

「私が見ていた時。ある子が、練習で何度も失敗ばっかりで、トレーナーにすっごい怒られて、泣きそうな表情になっても、立ち上がってできるまで練習していたのよ。なんで、諦めないのか気になって、話しをしてみたのよ。なんて返ってきたと思う?」

 

「……分からないわ」

 

 突然の問いかけに、私はしばらく考えてみたけれども、アイドルではないから理由が想像できなかった。

 

「そうよね。分からないわよね。私も分からなかったわよ。それでその子が言ったのが『アイドルって、人を笑顔にする力があるんです。それに……どんな人でも、努力すれば夢は叶うって事を伝えたいんです』……って、真剣な眼差しで言われたのよ」

 

 笑みを浮かべながら話す澤野さん。私にはそのセリフに覚えがあった。確か、丸山さんが言っていたセリフだ。ああ……なんとなくだけれども、白鷲さんの狙いが分かったような気がする。

 真面目で、努力家の丸山さんの姿を見せて、何か思うところがあれば、それでよし。なければ切る。そんな腹黒い……いえ、それは言い過ぎね。打算が見え隠れしているような気がするわね。

 

「それで、気付いたのよ。こういう子達を輝かせる、そういう舞台を用意してあげる……そういうのが私のようなスカウトやプロデューサー業をしている人間の仕事――だって。大人の事情で、夢を潰すのが私達大人のする仕事じゃないって。綺麗事だけれど、それを叶えようとする努力をしなくちゃいけない。確かに、汚い事をすることだってあるわよ。でも、それは私の仕事で……今度は道を間違えないように――って、覚悟を決めたのよ」

 

 と、真剣な表情で話す澤野さん。丸山さん……貴女の想い。人を変える力になっているわよ。今度、感謝を伝えないといけないわね。私が黙ってカフェラテを飲んでいると、澤野さんは暗い表情を浮かべ

 

「それで、貴女達、特に妹の華那さんに謝罪をしようと考えたの。そしたら、白鷲さん達から亡くなっていた事を聞いたのよ」

 

「そうだったのね……」

 

 やっと話が繋がったけれども、そうやって動こうとしただけも華那は許してくれるはずよ。そう伝えると、複雑そうな表情を浮かべつつも、澤野さんは頷き

 

「ええ……そうであって欲しいわね」

 

「ただ……そうね。今後のやり方を空から見ているはずだから、間違った道を進もうとしていたら、枕元に出るかもしれないわね」

 

 と、私が冗談半分に言うと、驚いたような表情を浮かべながら私を見る澤野さん。どうかしたのかしら?と、問うと

 

「いえ……湊さんもそんな冗談が言えたのだと思ったのよ。前は本当に音楽の事だけしか考えていない――そんな風な印象を持っていたから」

 

 澤野さんに言われて、確かにそうねと答えてカフェラテを飲み切る。きっと、性格が変わった――と、言うのは大袈裟かもしれないけれども、これは華那のお陰でもあるし、バンドメンバーのお陰よ。

 

「ええ。だと思うわ。あの時、バラバラにならなくて良かったわ。湊さんを見ていて、本当にそう思うわ。Roselia……本当にいいバンドよ。FWF本大会でも、素晴らしい演奏を楽しみにしているわ」

 

 一瞬、私は固まりかけたけれども、澤野さんの様子を見て本心からそう思っていることが伝わったので感謝の言葉と、Roseliaらしい恥ずかしくない演奏をして見せる事を伝えたのだった。

 

 その後は、色々な音楽の会話をして、店を出た後に澤野さんは私の家まで送ってくれたのだった。

そして家に帰るなり、リサが突撃してくるわ、紗夜が電話越しに暴走しかけるわで、本当に大変だったわ。なんとなくだけれども、華那の気持ちが少し分かったような気がするわね。貴女達、少し過保護すぎよ。……え?私に言われたくない?……自覚はしていたわよ?本当よ?そんな話しをしつつ今日の事を伝えるのだった。

 

 そんな事があったのだけれど、あっという間にFWF本大会の日がやってきたのだった――

 



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#81

シリアスさん「実はこの話し……コロナワクチン二度目を打った後に書いたやつなんだ」

読者の皆さん「いや、安静にしろよ!?」

シリアスさん「最高で39℃あったらしいよ?」

読者の皆さん「作者、寝ろぉ!?」

作者「あの……文章おかしかったらごめんなさい」


 ついにやってきたFWF本選。私達Roseliaは、メイン会場と比べれば小さい会場で演奏する事になった。それでも、今まで演奏してきた会場に比べれば、どこよりも大きい会場だ。

 今日のFWFには、Poppin’PartyとAfterglowが見に来てくれている。紗夜は日菜を呼んだと言っていたわね。

 

「ついに来たわね……」

 

「だねぇ……緊張すると思っていたけど……思い描いていた場所に立つ前って、落ち着いているもんなんだ」

 

「今井さんもですか」

 

 私の呟くような声に、リサと紗夜がそう答えた。さすがに、今日という日を迎えられた事。私達の悲願であり、夢への一歩目を踏み出す場所とも言えるこのFWF。前から目指していたステージに立つというのに、リサが言ったように、私も緊張という緊張はしていなかった。これからなのだと、期待感。そんな感情の方が強い。

 小さく息を吐いて、まだ観客の入っていない会場をステージ脇から見る。ここに、大勢の観客が入るのね。……大丈夫よ。前みたいな事(SMSの時みたい)にはならないわ。

 

 リハーサルを終えてから控室に戻る私達。その通路の最中に考える。今日のステージはお父さんが立ちたかったステージでもあり、華那が辿り着けなくなってしまったステージ……。いえ、違うわ。ここは私達(Roselia)が立つ場所。

 それは、過去との決別――いえ、過去に囚われずに進まなくちゃいけない。今日ここで、私達は新たなる一歩を踏み出す。そう……だからこそ――

 

「皆聞いて頂戴」

 

「どうしたの友希那?」

 

「友希那さん?」

 

「?」

 

「なにか……ありましたか……?」

 

 私の真剣な表情にそれぞれが、それぞれの反応を示してくれた。演奏前だけれども、皆、冷静でいるみたいで安心したわ。私は皆の顔を見ながら口を開いた。

 

「今日、ここで、私達は新たなる一歩を踏み出す事になるわ。これから先の道は、私たち自身で道を切り拓いて歩いて行かないといけないわ。その道は……普通じゃ考えられないほど困難な道になるわ。それは確かなはずよ」

 

 私の言葉に、全員が真剣に聞いてくれている。本当、メンバーに恵まれたわ。だから華那。これから先の事は、私達で歩いていくわ。貴女が作ってくれたRoseliaという土台を大切にしつつ……。

 

「……私達は『未来』へ歩いていく。そして()()()()()()を築いてくれた楽曲である『LOUDER』を……今日のライブで演奏をするのを最後にするわ」

 

「えっ!?ゆ、友希那さん!でも、『LOUDER』は友希那さんにとって――ううん。あこ達にとって大切な楽曲ですよ!?」

 

 私の言葉に驚きを隠せないあこ。紗夜もリサも驚いた表情を浮かべていた。そうよね。急にこんなことを言い出せばだれだって驚くわ。でも、確かにあこの言う通りね。だからこそ、このライブで最後にするのよ。あこ。

 

「……大切だから……これから先を歩むのに……『これまで』を歌っている……『LOUDER』を歌い続ける……必要はないって事ですか?」

 

 燐子が私の真意を汲み取ってくれた。ただ、必要ないって言い方は間違いよ。

 

「きっと……これから先、何年か十数年かは分からないけれど、『LOUDER』を歌いたいと思える時がやってくると思うわ。ただ、それまでに私達が……いえ、私が歩んできた『これまで』に真摯に向き合って、『今なら、あの時よりもっと想いを込めて歌えるわ』となれば……『LOUDER』を歌うわ」

 

「……友希那。ひとついいかな?」

 

 私の説明に黙り込む皆だったけれど、リサだけは真剣な表情で私にそう聞いてきたので、いいわよと応えると

 

「華那の事……忘れるって訳じゃないんだよね?」

 

 リサの言葉に、あこと燐子が息を吞むのがはっきりと見えた。リサの言いたい事は分かるわ。『これまで』という言葉の中に、華那の事が含まれていると思われても仕方ないわ。でもね……

 

「リサ……確かに『LOUDER』をRoseliaで演奏するかしないか悩んでいた時。父さんと華那が私の背中を押してくれたわ。今日をもって『LOUDER』を演奏しない事は、燐子が言った通り『これまで』を歌っているから。だからと言って、華那の事を忘れるなんて事はないわ。華那だってRoseliaの一員なのよ?今までも、これからも……。それを忘れては嫌よ、リサ」

 

「あ……そ、そうだよね!よかったぁ……。急に『LOUDER』今日で演奏しないって言いだすもんだから、華那の事も忘れて前に進むんじゃないかって思っちゃったよ」

 

 私の言葉に、安堵の息を吐くリサ。まったく。華那は私達Roseliaのメンバーなのよ?ギターだってステージに置いているのだから、忘れるわけないじゃない。大切な妹の事を忘れる姉がどこにいるのよ。ねえ、紗夜?

 

「そこで私に振りますか?友希那さん?……まあ、妹の日菜の事は()()()()()()忘れる事は無いですよ……」

 

「ふふ……それでこそ紗夜よ。私とは違う選択をしただけあるわ」

 

「違う……選択ですか?」

 

「?……どーゆーことですか?」

 

 小さく笑いながら言った私の言葉に、首を傾げる燐子とあこ。まあ、分からなくても仕方ないわね。これは、私と紗夜にしか分からない事なのだから。

 簡単に言えば、紗夜は「日菜を拒絶した過去と共に未来へ歩く」で、私は「過去の事は置いて、前を向いて歩く」よ。それが私と紗夜が違う選択をしたという話に繋がるのよ。

 

「ええ……友希那さんの言う通りです。よく分かりましたね」

 

 驚きを隠せない紗夜に、私は周りが見えるようになった事を伝える。これも、貴女達のお陰よとも伝えると、なぜか全員が驚いた表情を浮かべて固まってしまった。なんでよ。

 

「い、いえ……その……友希那さんがそんな事を口に出すとは思ってもいなかったので……」

 

「うんうん。どうしたの友希那。あっ、なにか悪いものでも食べた!?」

 

「リサ……それはちょっとどういう意味かしら?」

 

 私の両肩に手を置いて、真面目に心配している様子のリサに、私は呆れた口調でそう言うのだった。そんないつもと変わらない雰囲気だったけれど、刻一刻と本番の時間は迫って来ていた――

 

 

 

「Roseliaの皆さん。準備お願いします!」

 

「はい……行くわよ皆」

 

「はい!」

 

「うん、行こう友希那」

 

 ついに私達の番がやってきた。ここにきて緊張感が私の中で生まれてきたけれども、それを表に出すことはしない。これはきっといい意味での緊張感だから。ステージ脇へと移動して、前のバンドの演奏が聴こえたけれども、今は自分達に集中ね。

 

「ここから、私達の頂点を目指す旅が始まるわ……。覚悟はいい?」

 

 円陣を作り、全員の右手を重ね合った後。私はそう全員に問う。今更だけれども、再確認ね。

 

「本当今更だなぁ、友希那は。うん。覚悟はできてるよ」

 

「ええ、私もできていますよ」

 

「あこもです!」

 

「私も……できて……ます……!」

 

 全員がお互いを見て頷き合う。大丈夫ね。そう呟いてから、いつもの掛け声をやってからステージへと向かう。暗転しているステージ。全員が自分の立ち位置で準備を始める。私はマイクスタンドの前に立ち、静かにその時を待つ。ただ、思っていた以上に緊張している自分がいた。

 きちんと歌えるだろうか?想い……歌が楽しいという感情を乗せて歌えるだろうか?この歌声、演奏が華那に届くだろうか?色んな想いが緊張となって私の中で冷静になろうとする感情とせめぎ合っていた。情けないわね……ここまで来たって言うのに。

 

 そんな時だった。ふと、背中に誰かが私に寄りかかっているような感覚に襲われたのは。振り返ろうと私がしたら

 

『ダメ。姉さん、演奏が始まるまで前を向いていて。もうすぐ始まるんだから、私の方を向いちゃダメだよ』

 

「か……な?」

 

 そう。華那の声が私に聞こえた。振り返りたいけれど、華那にそう言われてしまえば、振り向きたくても振り向けない。前を向いたまま華那にどうしてと問う。

 

『アハハ……ちょっと我が儘言って、この瞬間。このライブだけ来させてもらったんだ。向こうで仲良くなった人達も背中押してくれて……ね。姉さん達と最初で、最後の「Roselia」として演奏しに来たんだ』

 

 迷惑だった?と、逆に聞いてくる華那に、そんな事ないわと応える。だって……もう二度と華那と一緒に演奏できる日が来る事は無いと思っていたのよ?こんな奇跡……信じられないかもしれないし、もしかしたら……私の願望が聞かせている幻聴かもしれないじゃない。

 

『むう……幻なんかじゃないよ。演奏始まったら、姉さんの隣でギター弾きまくってあげるんだから!きちんとみていてよね!姉さん……歌えそう?』

 

 頬を膨らませて抗議している姿が思い浮かび、笑いかけたけれど、華那の真剣な声に私は小さく頷いた。もう大丈夫よ。妹が心配してきてくれたのだから、情けない姿は見せられないわ。それに……

 

『それに?』

 

華那と演奏できるのが嬉しいわ。華那の方こそ、私達についてこられるかしら?

 

『!……任せて。姉さん達に負けない演奏して見せるから!』

 

 顔を見る事はできないけれど、きっと満面の笑みを浮かべているのは容易に想像できた。華那……本当に貴女って妹は……。私の事を心配して来てくれた。それだけでも嬉しいのに、一緒に演奏できるだなんて夢のようよ。だから……行くわよ。

 

『うん!最高の演奏をしよっ!姉さん!』

 

 私は一度下を向いて笑みを浮かべる。もう大丈夫。先程まであった不安や緊張感は全部どこかに消えたわ。想いを込めて……私達の音を……純粋な気持ちで、華那と一緒に最高の演奏をしてみせるわ――

 

 

 

 ついにRoseliaのFWFでの演奏が始まった。最初は「LOUDER」から。楽曲的に、いきなり飛ばしていくんだなって思った矢先だった。私は友希那先輩の後ろに、()()()()()()()()()()()()()()()姿()()()()、両手で口を押えた。それと同時に目から涙が零れ落ちた。

 

「沙綾?どうした?」

 

 隣にいた有咲が私の異変に気付いたようで、声をかけてきた。私は涙を流しながら、友希那先輩達と同じ衣装を身にまとい、ギターを弾いている姿が見えるステージを指さしつつ

 

「華那……華那がステージに……立ってる……!」

 

「は……?そんな訳――」

 

「あっ!本当だ!華那だ!!」

 

「華那ちゃん!?」

 

「あ、本当だ。華那だ」

 

「……マジかよ……」

 

 私の言葉に、皆がステージで友希那先輩の隣に立って、満面の笑みで演奏している華那の姿が見えていた。来たんだ……六人目のRoseliaとして。最初で最後のステージに……。

 一緒に来ていた蘭達も、華那の姿が見えているようで、大きく騒ぐような真似はしていなかったけれど、驚いている様子だった。

 ただ、蘭が「か、華那の幽霊!?」と怖がっていた声が聞こえたのは、本人の名誉のためにも黙っていよう。本人に言ったら、顔を赤くして否定しそうだしね。

 

 演奏が始まると同時に、華那は友希那先輩の隣に立って、あのレスポールの青いギターでRoseliaと一緒に演奏をしていた。

 

「華那……思いっきり……楽しんで……」

 

 涙を流しながら、本当に楽しそうに演奏する華那の姿を見て、私はそう呟いたのだった――

 

 

 

 それ――違和感――に気付いたの、演奏直前でした。中央に位置する友希那さんの背中が見えていたのですが、気づいた時には、友希那さんと背中合わせで立つ、あの青いギターを肩にかけた華那さんの姿があったのですから――

 

 慌てて、ドラムの前に立てているギターを確認する。黒と青の二本のギターは静かに鎮座していたから、あれは――その、ありえない光景に声が出そうになったのですが、華那さんが自分の右手の人差し指を口に当てて、静かにと私達に合図をしてきたので、名前を呼ぶのをぐっと堪えました。きっと――いいえ。間違いなく私達と一緒に演奏する為に来たのですね。なら……きちんとついてきてくださいね。練習してない楽曲だなんて言い訳は聞きたくありませんから。

 

 私はそんな想いを込めて華那さんを見る。華那さんは最初驚いたような表情をしていましたけれど、満面の笑みを浮かべていました。まったく……貴女って子は……。普通なら、信じられない光景ですし、他の人に話したら、きっと私がおかしくなったのだろうと思われてしまうかもしれませんね。ですが……そうなってもいいです。だって、Roselia(私達)は華那さんも含めて六人でRoselia(私達)なのですから、こうやって()()()()()()()()()()()()()()()()のですから――

 

 

 

 私達の演奏が始まった。華那は私の隣に立って、ギターを弾いている。その音は、私達の演奏に綺麗に合わさっているように思えた。私自身も歌っていて楽しいと思えていた。いつ以来かしらね……。ここまで音楽を……歌を歌うのが好きと思えているのは。

 

『姉さん楽しんでる?』

 

 LOUDERを終えた後、華那がそう聞いてきた。ええ。もちろんよ。華那は?

 

『私もだよ!さ、どんどん行こう、姉さん!』

 

 子供がはしゃぐような感じで華那は次の楽曲へと意識を向けていた。本当……こんな瞬間が訪れるだなんて思ってもいなかった。これが幻だろうと奇跡だろうと、なんだっていい。感謝しかない。本当……ありがとう。華那と演奏できる時間を与えてくれて――

 

 演奏中、華那は紗夜と背中合わせで演奏し、リサと向かい合って笑顔を浮かべて演奏して、燐子とあこに声をかけながら演奏していた。あこも燐子も最初は驚いた様子だったけれども、華那と演奏できるのが楽しいのか。満面の笑みを浮かべて演奏をしていた。

 そんな楽しいと思える瞬間もあっという間に過ぎて、最後の三曲目。この曲は今回のFWFのために作った楽曲。華那……演奏できるの?

 

『だいじょぶ!しっかり練習してきたから、皆の足を引っ張らないように演奏するよ!』

 

 ふふっ。何を言っているの。足を引っ張るような演奏してないじゃない。逆に、私達の音楽を更に上の段階に引き上げてくれているって自覚しなさい。まったく。相変わらず自分の評価が低いのはどうしようもないのかしらね?

 

『あ、アハハ……善処します……』

 

 あの頃と変わらないやり取りに、小さく笑う私達。さあ行きわよ。華那。

 

『うん!』

 

 先程と変わらない笑みを浮かべて、ギターを構える華那。ずっと、ずっとこの瞬間が続けばいいのにと、叶う事の無い事を思ってしまったのは、仕方のない事よね。

 

「導き続けてくれたもの達へ贈ろう

 感謝と そして想いを…

  私達が在る為の未来まで

   振り返らず、迷わず、信じて

    Shout to the top!」

 

 華那。気付いているわよね?私達、Roseliaを導き続けてくれた人達の中に、華那だって入っていて、私達の未来……頂点へたどり着くその瞬間までずっと一緒よ。だからずっと貴女に届くように、叫ぶように、歌い続けるわ。

 

「強く、熱く、届けよ 果てまで

 Louder!!!!! Louder!!!!!」

 

 シャウトするように歌い終え、静寂が会場を支配したと思った直後、盛大な歓声と拍手が私達を包み込んだ。すごい。今までも色々な会場で拍手や歓声に包まれたことはあったけれども、見た事もない景色……。

 本当、楽しい瞬間で、歌っている時に今までにないぐらい、純粋な気持ちで歌えた。今なら歌が好きだと心から言える。それに、バンドとしても、今までで最高の演奏ができたわ。本当に皆には感謝しかないわ。……ねえ、華那。

 

『なに、姉さん?』

 

「これからも……私は音楽を楽しんでいいのかしら?」

 

 小さな声で問う。華那の歌声を奪って、それで何もできずに華那を見送る事しかできなかった私が、楽しいって感情で歌い続けてもいいのか不安だった。

 

『……もう、姉さん。前を見て』

 

「?」

 

 華那に言われて、会場の方を見る。いまだ私達の演奏に対する会場の歓声と拍手は鳴りやんでいなかった。これは……

 

『姉さんが、「楽しい」って感情で歌った結果だよ。だからね……いいんだよ。私の事なんて気にしちゃダメだって。楽しい事は沢山していいんだから!』

 

「……ええ。そうね……ありがとう華那」

 

 うっすらと涙を浮かべながら、笑み作って華那に伝える。その後、皆で挨拶をしてステージ脇へと移動して、皆と今の演奏が楽しかった事、やり切った事、歌う事がこれほど単純で、簡単だった事に気付けた事に感謝を伝えた。

 長かった。ここまで来るのに本当に長かった。でも、リサが言ったようにこれからがもっと長いわ。だからこれから、もっといい演奏ができるようにやってきましょう。

 その後、お父さんがやってきて、前より進化したいい演奏だったと褒めてくれた。それに私はこう返した。

 

「私は音楽が好き。世界中の誰よりも」

 

 って。それを聞いたお父さんが、安心したかのような笑みを浮かべていたけれど、すぐにいつもの表情に戻って、その場から立ち去った。ただ小さく「華那も来てくれていたんだな」って、呟いていたのを私は聞き逃さなかった。

 さて、そろそろ戻りましょう。皆、来てくれている子達と話したいでしょう?

 

「そうだね!……あれ?華那は?」

 

 と、急にリサが、華那がいない事に気付いて周囲を見渡す。え、今さっきまで私の隣に――いないですって……?

 

「今さっきまでいたはずですよね?」

 

「今さっきまで……話し……聞いてて……笑みを浮かべて……いましたよ……!?」

 

「華那さん……まさか!?」

 

 まさかあの子……最後の挨拶もせずに行くつもり!?焦りが出る。会場は広いし、華那がどこに行ったかだなんて――

 

「探すわよ!」

 

「ちょっと、友希那!?」

 

 急に走り出した私に、慌てた様子のリサが何か言っていたようだけれど、今はその言葉で止まっている場合じゃない。せめて……せめて、最後の別れぐらいさせてくれたっていいじゃない!?

 焦る私。でも、どうしてかしらね。華那が行きそうな場所って、()()()()()()()と、思っていて、その場所へ私は一直線に向かっていた。余り走るのは得意じゃないのだけれど、急がないと。その場所へ通じる最後の扉の前に立ち、肩で息をしながら、私は扉を開いた。

 

「……」

 

 冷たい風が吹いて、一人、立ち止まる。私がやってきたのは会場に隣接しいる、ビルの屋上。誰もいないはずで、本来なら扉に鍵がかかっているはずなのに、開いていた。偶然?いえ……これは――

 

「華那……」

 

 そこには落下防止のフェンスの上に腰をかけて、私と同じ衣装で座っている華那がいた。空を見上げていた華那だったけれど、私に気付くと、小さく笑みを浮かべ

 

『よく分かったね、姉さん……それに、皆も来てくれたんだ』

 

「え?」

 

 華那の言葉に振り返れば、そこには私のように息を切らせた、Roseliaの皆に、Poppin’Party、Afterglowのメンバー、そして日菜の全員が揃っていた。

 

『もう……黙って帰る予定だったのに……』

 

「華那!!」

 

 その中から、山吹さんが私の隣に立って華那を見上げる。華那は微笑んだまま

 

『ごめんね、沙綾。辛いお願いしちゃって』

 

「ううん……ううん!大丈夫だよ。華那の……我儘……慣れてるから……!」

 

 泣きながらそう華那に伝える山吹さん。華那は一瞬だけ困ったような表情を浮かべたけれど、すぐに笑みを浮かべて、フェンスの上から鳥が飛ぶように降りてきて、泣いている山吹さんを抱きしめた。

 

『ごめん……本当ごめんね……まだ色々と一緒にしたかったんだけど……』

 

「ううん……それ以上言わないで華那……。お別れが……本当に辛くなっちゃうから……私達のお別れは……笑顔でいよう?ね?」

 

 そう言って、山吹さんは華那と額を合わせて、涙を流しながらも笑みを浮かべていた。その姿を見て、華那も笑顔を浮かべて、山吹さんと手を繋いでいた。本当……この二人は私と華那の間にある、姉妹の絆とはまた違う絆があるわね。それも今日で――

 

『姉さん……ごめんね。約束果たせなくて』

 

 山吹さんから離れて、今度は私に近寄る華那。ええ……大丈夫よ。そっちこそ、気にしすぎて、向こうで膝抱えているのはなしよ?

 

『う゛……わ、分かっているよ。姉さん』

 

「本当かしら……あ、あと、華那」

 

『?』

 

 苦笑いを浮かべながら言う華那に、私は少し呆れたような口調になってしまった。それと、私が華那に伝えようとしている事があった。華那は覚えているかしらね……。

 

「私も、リサも……シロツメクサの約束は忘れていないわよ」

 

『!……もう……こんな時に言わないでよ……もう少し一緒に喋っていたくなるじゃない』

 

 私の言葉に驚いた表情を浮かべた華那だったけれど、右手で目元を拭っていた。私だって一緒にいたいわよ。でも……もう時間なんでしょ?

 

『……うん。……やっぱり姉さんには敵わないなぁ……。さっきから「時間だ」って急かされているんだ。ただ、他の人達が何とか宥めてくれているから、もう少しだけあるかな?』

 

 俯いて話す華那。なんとなくだけれど、あっちの光景がイメージできた。あっちでも愛されキャラね……本当に。

 

「華那!」

 

『Roseliaのみんな。ポピパのみんな……アフグロのみんな。日菜先輩。今までありがとうございました。追悼ライブのみんなの想い……届いていました。だから……これからは――』

 

「ああ、こっちも元気でやるから!華那も元気でな!蘭の事はあたし達に任せろ!」

 

「ちょ、巴!?アタシの事、なんだと思ってるの!?華那……そんな泣きそうな表情で言わないで。こっちが不安になる」

 

「おー……蘭のデレが出たー」

 

「華那さん……向こうでも楽しくギターを弾くんですよ……貴女ともう弾けないのは寂しいわ……」

 

「華那さん!!あこを……あこをRoseliaのドラマーとして選んでくれて……本当にありがとうございました!!」

 

 それぞれが涙を流しながら、それでも笑顔で華那に思いの丈を伝えていた。本当……愛されていたのよ。華那。自信を持ちなさい。

 

『うん!……あと、姉さん……』

 

 華那の姿がどんどん薄くなっていく。ああ、もう時間がないのね。それで何かしら。

 

『私……姉さんの事、()()()()()()()――』

 

 そう涙を流しながら、満面の笑み浮かべて華那は言って消えてしまった。……バカ。過去形だなんて卑怯よ。私だって……私だって……

 

「今だって、大好きよ……華那――」

 

 地面に膝をついて涙を流す私を、リサが後ろから抱きしめてくれた。これが本当に、華那とは最後のお別れ。急にやってきて、すぐ居なくなるだなんて……本当、ズルいわよ、華那。

 その後、しばらく落ち着くまで、私達は屋上で泣き続けたのだった。ただ幸運にも、屋上に侵入した事は他の誰に知られる事は無く、こうして私達のFWFは閉幕したのだった――

 




これで、本編は終わりです。
あとは、後日譚(エピローグ)になります。

しばらく、お待ちください。
ワクチン接種の副反応でぶっ倒れているので……


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#Sisterhood

シリアスさん「今まで黙っていたんだが……」

読者の皆さん「?」

シリアスさん「俺が……俺がほんわかさんなんだ……」

読者の皆さん「なん……だと……!?」

シリアス(ほんわか)さん「ほんわかやっていて、ちやほやされたから、シリアルでも行けるって思って……」

読者の皆さん「シリアルじゃなくて、シリアスー!!」

シリアル(?)さん「え?」

読者の皆さん「表記まで変えやがった!?」

作者「Sisterhood~Epilogue~……始まります」

読者の皆さん「魔砲少女が始まりそうなんだが!?」




 FWF出場から一年近く経った。FWF直後、Roselia(私達)には多くの事務所からオファーが来た。でも、全部断った。それからしばらくして、高校三年生だった私やリサ、紗夜と燐子は無事に高校を卒業し、自分たちの技術を更に伸ばすために音楽大学へ進学した。それからしばらくして、凄い熱意を持ったスカウトの人がやってきた。

 

 名前は晴海さんという方――しかも、かなり大きな芸能事務所の人――が声をかけてきた。本契約まで色々と葛藤があったけれども、私達の意思を尊重してくれる事務所(人達)に出会えた。

 

 その年の夏にメジャーデビューを果たし、テレビにラジオ。音楽フェスにも参加した。本当忙しいという状況だったけれども、学業を疎かにする事は無く、何とか一年を乗り切れるかと思っていた頃だった。

 去年の十二月上旬。美竹さんから来年三月の卒業式に来てくれないか――と、連絡が入った。どういう事かしらと疑問に思いつつも、私はRoselia専属マネージャーになってくれている晴海さんにお願いをして、その日はオフにしてもらったのだった。

 

 

 

 

 そうしてやってきた三月。一年前に卒業した時と同じように晴れていて、同じ道を通っていたのよね。……ただ、()()()()()()()()()()()()()()()()()。たらればを言い出したらキリがないわね。

 きっと、向こうで多くの人達と一緒にライブや花見をしている事でしょうね。その光景が目に浮かぶわ。あ、私がイメージする華那。そこでコケなくてもいいのよ?石も何もなかったでしょう。そんな事を想っていたら、あっという間に学校についてしまった。

 

 校門の前に立っていた、守衛さんに事情を説明すると、話しを聞いていたらしく、書類に名前と連絡先の記入。そして入場許可証の首から下げるタイプのカードを渡された。お礼を言ってから学校の敷地へと入る。

 一年しか経っていないのに、懐かしく思えるわね。三年間……本当色んな事があったわね。校舎に入り、生徒用の下駄箱の前に立つ。私が使っていた場所は、当たり前だけれども、今いる生徒の名字が書かれたシールが貼られていた。

 

 さて……美竹さん達はどこかしら?来客用のスリッパに履き替え、どこへ向えばいいのかを聞くのを忘れていた事に気付く。ただ、学校に来てくれって言われただけだったわね。

 腕を組んでどうしたものかと悩み始めた時だった。突然放送を知らせるチャイムが鳴ったのは――

 

『湊華那さんのお姉さん、湊友希那さん。湊華那さんのお姉さん、湊友希那さん。至急体育館までお越しください。繰り返します。湊華那さんの――』

 

「……どういう事よ……」

 

 右手人差し指を額に当てる。頭痛がし始めた。間違いなく、守衛さんから連絡を受けてのこの放送なのだろうけれども……せめて迎えぐらいは寄こしなさい。美竹さん達……せめて、迎えぐらいは……。

 ここで考えても仕方ないわね。盛大にため息を吐いてから、私は放送にあった通りに、体育館へと向かったのだった。体育館の扉は人、一人分開いており、中の様子ははっきりとは見えなった。

 

「……本当に、せめて迎えぐらい寄こしなさいよ……」

 

 本日二度目となる盛大なため息を吐いてから、私は意を決して体育館へと入る。その瞬間、体育館中に拍手が響き渡った。何事かと思い、前を見れば、そこには卒業式を行ったであろう三年生全員の姿があった。

 

『私達、卒業生の最後の一人……湊華那さんのお姉さん、湊友希那さんの入場です』

 

 マイクスタンドの前に立つ、司会進行役の生徒がそうアナウンスをした。これは前に行くしかないわね。ゆっくりとした歩調で前に進む。二手に分かれた三年生の中央を私は歩く。

 そして、一番前にいた美竹さんが壇上に上がるように促してくれた。その際、小さな声で「せめて、迎えぐらい寄こして欲しかったわ」と言うと、「アタシも言ったんですけど、却下されたんです……」と、疲れた表情で言われてしまっては、それ以上何も言えなかった。

 

 壇上に上がると、去年。私に卒業証書を渡した校長先生が笑顔で立っていた。いったい何が始まるというの?そんな疑問を抱きつつ、校長先生の前に立つ。校長先生の隣には、華那の担任だった上条先生が何か用紙を持っていた。その用紙を丁重に校長先生に渡して

 

「卒業証書。()()()さん」

 

「え……」

 

 どういう事かと、問いたくても、校長先生は笑顔を浮かべたまま証書の内容を読み上げていた。

 

「貴女は、一年生の冬に病に倒れ、この世を去りました。その悲しみは、今でも三年生全員の心に残っています。もちろん私達、教職員全員、何もできずに悲しい思いをしました。それでも、クラスの皆さんや、同級生や教職員と共に、この三年間を歩んできた事をここに証明します。湊華那さん……卒業おめでとう。そして、受け取ってもらえる?友希那さん」

 

「ええ……ありがとうございます。妹も、喜んでいると思います」

 

 校長先生から差し出された証書を両手で受け取り、一歩下がって頭を下げる。振り向いて華那の同級生達にも頭を下げてから

 

「ありがとう……華那の事を忘れないでいてくれて」

 

「あ、当たり前じゃないですか!!華那ちゃんは……華那ちゃんは……どんな時も、私達と……一緒だったんですから……!!」

 

「デスデス!!私達、クラス変わっても、華那ちゃんはずっと一緒にいたんデース!忘れるわけがないのデース!!」

 

「おまっ、最後の最後までキャラブレすぎてんだろ!?」

 

「壁とでも話してろよ……」

 

「それ、一番言っちゃいけないやつー!!」

 

 と、私の言葉に反論――というか、様々な反応をぶつけてくる子達。まさかの状況に、どうしたものかと考えていると、数人の生徒が出てきた。あれは――

 

「やれやれじゃな……そんな熱くなっては、華那の(あね)さんも困っておるじゃろうが。儂らは困らせるために呼んだ訳ではないじゃろうが」

 

「そうですよ!皆さんお気持ちは分かりましたから、一度落ち着きま――コフッ!?」

 

「……とりあえず、皆落ち着こう。アタシたちの想いは間違いなく華那に届いているから……」

 

 と、口調が独特な生徒と、最後は吐血した生徒。そしてアフグロのメンバーが騒ぐ生徒たちを宥めてくれていた。

 しばらくして、落ち着いたところで私を中心にして、全員で写真を撮る事になった。いや、三年生全員って、どういう事よ。そんな困惑している私に美竹さんが

 

「湊さん……今日だけは諦めてください。華那の事になると……止められないんです」

 

「そう……苦労していたのね……美竹さん達……」

 

 美竹さんの右肩に手を置いて、三年間の苦労を労わった。その後、私を中心に、本当に三年生全員で写真を撮る事となった。その際、華那の写真を私が持つ事になった。本当……準備がいいわね。そんな事を想いつつ、できる限りの笑みを浮かべて、写真撮影をしたのだった。

 私――いいえ。皆にとって最高の記念写真となった。後で、この事を知ったリサ達に、一緒に撮りたかったと文句を言われたのは別の話し。

 

 

 そして十九年後――

 

 

 

 その日、私達、Roseliaはアメリカにいた。それは……長年の夢だった、あの賞にノミネートされたのが理由だ。今回のアルバムは、()()()()()()()()()()()()を表題曲として入れた。その楽曲を中心としたアルバム構成が、海外でも高い評価を得た。

 

「うう。さすがに緊張しますね」

 

「だね……。でも……楽しみ……な部分も……あるかな」

 

「燐子も成長したねぇ。アタシなんてずっと緊張しっぱなしだよ」

 

「貴女達……もう始まっているのですから、静かにしなさい」

 

 見慣れたやり取りに、私は小さく笑う。でも、この二十年。この五人……いいえ。()()で様々な景色を見てきたわね。最初は環境の変化に戸惑いもあった。この長い道のりの途中で、私達じゃどうしようもない世界を巻き込んだ混乱が起きて、二年間ライブができない状況に陥った。でも、皆でそれを乗り越えて、ファンの皆が支えてきてくれた。

 だから、メジャーデビュー二十周年の今年。この賞を受賞できるのなら……支えてきてくれた多くの人に、少しでも恩返しができると思う。

 

『続いては、最優秀アルバムの発表です』

 

「き、きましたよ!!」

 

「あ、あこちゃん……落ち着いて……!」

 

「……お願い……神様……」

 

「大丈夫ですよ、今井さん。私達の最高傑作なんですから」

 

「そういう、紗夜も緊張しているように見えるわ」

 

「ゆ、友希那さん。言わないでください」

 

 小さな声で話しつつ、司会の男性の発表を待つ。わざと焦らすように間を開けるのはどうかと思うのだけれども、演出上仕方ない事と思っておくわ。

 

『……今年の最優秀アルバムは……日本のロックバンド。Roselia。「Sisterhood」です!』

 

 一瞬、聞き間違えかと思ったけれども、スポットライトが私達を照らして、会場の人達が私達を見て拍手をしてくれているのを見て、私達が受賞したのだと実感した。

 

「いっやったぁぁぁぁぁぁぁ!!やりましたよ!!友希那さん!!紗夜さん!!リサ姉!りんりん!!」

 

「やったね……あこちゃん……!!」

 

 あこと燐子が抱き合って喜んでいる姿が目に入ったと思ったら、リサが私に抱き着てきた。

 

「友希那ー!!やったよ、やったよ!!」

 

 ……もう。リサ。級に抱き着いてこないで頂戴。……ええ。やったわね。ここまでたどり着けたのね。嬉しくて泣いているリサの背中を撫でる。紗夜も右手で目から零れ落ちる涙を拭いながら

 

「そうですね……時間はかかりましたけれど、頂点にまた一歩近づけましたね」

 

「ええ……行くわよ」

 

 スタッフに誘導されながら壇上へと向かう私達。壇上に上がって、まず司会の方と握手をする。その後、トロフィーが渡され、スピーチをする事になっていた。スタッフに促されて、バンドの代表者として私がマイクの前に立つ。

 

「今回。この素晴らしい賞をいただけた事、私達Roseliaを支えてくれた多くの関係者、応援してくれたファンの皆に感謝しているわ。誰にも言えなかった……私が子供の頃の夢だったこの賞。今、トロフィーを持っているのが夢じゃないかって今思っているわ。しばらくは、この夢のような時間を感じながら、また新たな楽曲を届けていくわ。本当にありがとう」

 

 思いの丈を言葉にして、一礼する。会場から大きな拍手と歓声が聞こえてきた。華那……見えている?長年の夢……叶えたわよ。まだ、実感が湧かないけれど。これは華那……貴女も受賞したのよ。だから、そっちで胸張って、自慢しなさい。私達が今回受賞したんです――って。

 

 その後、様々なメディアからのインタビューや、記念写真など色々とあって、終わった後は、全員疲れ果てたけれど、それを超える充実感と達成感があった。

 ただ、受賞した次の日。全員で次のツアー中に発表予定の楽曲制作をしていたら、アメリカで活動していて、仲が良いアーティストから「あんたらクレイジーだよ」って、言われたわ。私達にとっては、いつも通りに活動しているだけなのだけれども……。

 

 

 再び月日は流れ、受賞から数か月後のメジャーデビュー二十周年記念ツアー最終日――

 

 

 横浜の通常なら球技の競技場で、最終日を迎えていた私達。途中、雨が降って、濡れてしまったけれども、天からの祝福の雨という事にしておくわ。

 

「ありがとう」

 

 二十曲以上演奏してきた私達。今回のライブでは、アンコール楽曲の前にMCを入れようと話し合い、珍しく長く話す事を決めていた。だからか、会場が少しざわついているように見えた。

 

「今年。私達、Roseliaはありがたい事に、メジャーデビュー二十周年を迎える事ができたわ。これも、支えてくれているスタッフ。そして応援してくれたみんなのお陰よ。本当にありがとう」

 

 そう言ってから、全員で頭を下げる。それと同時に歓声と拍手が起きたけれども、すぐに静かになる。

 

「今年。アメリカの賞を受賞したわ。これも、応援してくれたみんなのお陰よ。この賞は、言った事が無かったけれども、私にとって子供の頃からの夢で、きっと声に出していったら笑われるような、途方もない夢だったわ。それが叶った……これもメンバーの皆、スタッフ。応援してくれているみんなのお陰よ。改めて感謝しているわ。本当にありがとう」

 

 私の言葉を静かに聞いてくれている、会場の皆。今日は、映画館でも同時上映をしているらしく、カメラの数が凄い事になっているわね。そんな事を想いつつ、言葉を紡ぐ。

 

「それで、今回。受賞したアルバムの表題曲となっている『Sisterhood』なのだけれども、気付いている人もいると思うけれど……作詞が湊華那になっているわ。これはネット上で騒がれていたような誤植ではないわ」

 

 そう。発売当初。名前が間違っていると大騒ぎになった。もしくは私の子供が作詞したとか、結構な話題になったみたい。私自身、そのネットでの状況を見てないから、何とも言えないのだけれども。少しざわつく会場を無視して、私は話しを続ける。

 

「この楽曲は、私達……Roselia結成に尽力してくれた、私の大切な妹が生前書いた詩を、二十年かけて作曲したもの……。その妹の華那は私達がメジャーデビューどころか、FWF本選に出場する前に病気で倒れて、二十二年前になるかしらね……十六歳でこの世を去ったわ。……その華那が、最後の瞬間まで書いていた詩があの『Sisterhood』だったの。それをメンバー全員で大切に、どんな楽曲にしようかと話し合って、時間はかかってしまったけれども、作り上げる事ができたわ」

 

 静まり返る会場。まさかあの楽曲の裏にこんな事情があるだなんて誰が思うだろう。でも、まだ()()()()()()()()()()()()()って決めてきたのよ。

 

「それと、今までファンの皆が不思議に思っていたであろう、デビューしてからずっと、あこのドラムセットの前に二本のギターと、一着の衣装がライブ毎に置いてあるけれども……これは、『Sisterhood』の作詞をした、華那が生前使っていたギターよ。私達、Roseliaは五人でステージに立っているけれども、本当なら六人目に私の妹……華那が入る予定だった。……でも、それは叶わぬ夢となってしまった」

 

 目を瞑る。それと同時にあの時の悲しみが、私の古傷がうずく。無力だった。目の前で弱っていく華那を見るしかできない自分。最後まで、私の事を心配して逝った華那。大丈夫よ。これでも、もう二十年走ってきたのだから。

 

「だから、この特等席ともいえる場所に、ギターと衣装を立てて、華那に私達の演奏が見えるようにしていたの。ごめんなさい。私達の我儘を、隠していて。でも……私達は悲劇のバンドとして紹介されたくなかった。できる限る、自分達の音楽を認めてもらいたかった。だからこそ、デビューから支えてくれているマネージャーや、事務所にお願いして、黙っていたの。ファンの皆……こんな私達の我儘許してくれるかしら?」

 

 聞くのが怖かった。大丈夫と信じたい。顔を上げて会場を見る。再び歓声と拍手が起きた。それと同時に、あちらこちらから「大丈夫だよ!」や「ついていくぞー!」の声が聞こえてきた。

 私は右手で目を拭い、ありがとうと言って頭を下げる。頭を上げてから、メンバー全員を見る。少しうるんだ目をしていたけれども、演奏には支障がないと、力強く頷いてくれた。私は再び前を向き

 

「今まで、私達を支えてくれた多くの人に改めて感謝を。そして、今まで紡いできたこの力強い絆……。それは本当に家族や姉妹のように私達は感じているわ。そんな、私達の力強い繋がりを歌った楽曲を歌おうと思うわ。聴いて頂戴。『Sisterhood』――」

 

 歓声が上がる。それと同時に演奏が始まった。大丈夫よ。私達はまだこれからも走り続けていくわ――

 




前話の裏話し的な事件


華那「姉さん達のライブ行きたいなぁ………行っちゃダメですか?」

偉い人「だめに決まっておろう。ワシらは死者じゃぞ?」

華那「ですよね……わかり……ました……(グスン)」

偉い人「(あ、ヤバイ)」

モブA「おい、華那の嬢ちゃんがまた泣いてるぞ!」


モブB「なにぃ!?総員、準備!!」

どっかの戦争好きな人「よろしい。ならば戦争(クリーク)だ」

黄巾の皆さん「蒼天既に死す。黄巾今、華那のお嬢の為に立つべし!!」

赤ちゃま「なにぃ!?華那が泣いておっただと!?余の出番だな!!この麗しきローマが誇る、余の!!余の独壇場としようではないか!」

黒聖女もとい復讐者「はぁ!?華那が泣いていたですって?いいわ。この機会に、あいつ()燃やしてやるわ」

某相楽左之助が所属していた部隊「赤報隊続けぇ!!」

某土方さん「ここが、俺が、新撰組だぁぁぁぁ!!」

ちびノブ「ノブブー!!」

兎に角速い人「速さが足りない!!」

偉い人「だぁぁぁぁ!!!???」

止めに来た赤い正義のオカン「参加しているのが、戦いで負けたやつらばかりではないか………(頭抱え)」

妖精国の女王「これが、我が妻のカリスマですか……流石ですね」

正義のオカン「たわけ、そんな訳があってたまるか……(疲労度&心労MAX」

金ぴかの人「フハハハハッ!!流石雑種だ。我をこうも楽しませるとはな!!」

とあるWingsの片割れ「ハハッ!あたしは嫌いじゃないぜ」。このバカ騒ぎ!……翼もいればもっと楽しいんだけどな」

華那「あ、あの……皆……落ち着いて!?(オロオロ」

ほんわか(シリアス)さん「と、いうことがあったとかなんとか……」

読者の皆さん「なにからツッコんでいいかわからねぇ!?」

ほんわか(シリアス)さん「あ、あと一話だけあります。ご了承ください?」

読者の皆さん「なんで疑問形なんだよ!?」


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#Last Episode

 あれから、私達は色んな場所でライブをやってきた。その景色は、毎回違う景色で、やっている私達の想像を超えるものを何度も見てきた。

 辛い事も沢山あった。それでも、ここまで来られたのは、支えてくれた大勢のファン。スタッフ……そして、リサ、紗夜、燐子、あこ達がいたから。もちろん、高校時代からの繋がりのあるバンドもよ。

 皆がいたから、私達は古希と言われる年齢を越えてまで、Roseliaとして演奏を続ける事ができたのもね……。

 

 そんな私も結婚して、娘ができて、孫が誕生して……あっという間に月日が経ったと改めて感じているわ。あの賞を初めて受賞してからも、私達は精力的に活動を続けてきた。そのお陰もあって、何度も受賞する事ができたわ。

 

 そんな事を、ベッドに横になりながら、今までの人生を思い返す。私は恵まれたわね。娘と孫に愛されて、こうやって、看取られながら人生を終えることができるのだから。

 ……ええ。もう時間は少ない事ぐらいは、自分でも理解しているわ。それでも、生涯現役でいられたのは誇るべきかしらね。こんな年齢になっても、音楽に携われた事。娘達をしっかりと育てる事ができた事。そして……愛する人ができた事……。順番は違うけれども、どれもあの頃の私では想像できなかったわ。

 

 本当に、多くの人と出会い、様々な経験をしてきたからこそ、今の私がある。本当幸せな人生だったわ。だからね……もう、そろそろ……貴女に会いたいと思ってもいいわよね?華那。そろそろお迎えに来てくれてもいいはずよ?まさか、百歳近くまで生きろとか言わないでしょうね?

 

 華那なら言いそうで怖いわ。それに、最近美竹さん達ですら、まだ元気でいて欲しいって言いだしているのよ?貴女達、私と同世代でしょう?そんなに長生きさせないで頂戴。

 

 ねえ、華那。私、本当に音楽を楽しめていたわ。貴女がいたから、Roseliaという居場所ができて、そこでRoseliaのヴォーカリスト、湊友希那としていられたのよ。本当にありがとう。だから、今までの旅路……そろそろ話しに行くわ。

 

「おばあちゃん。おねむー?」

 

 まだ幼い曾孫が、眠気が襲ってきた私に話しかける。そう……ね。眠くなってきたわ。そう、曾孫の頭を撫でながら笑顔で答える。

 

「お母さん……うん。ゆっくり休んで」

 

 娘が泣きそうな表情でそう語りかけてきた。まったく。誰に似たのやら、本当に優しい子に育ってくれたわね。ええ……そうさせてもらうわ。

 

「うん……叔母さんによろしく伝えてね」

 

「ええ……ありがとう――」

 

 私は最後にそう言って目を閉じた。こうして、私の十分幸せだった人生は幕を閉じたのだった――

 

 

 

 

 目を開けると、そこは草原ともいえる場所だった。さっきまで病院のベットの上にいたはずなのに、どうして――?あら……手が皺くちゃじゃないわね。もしかして若返っている?

 

「それにこの服は……懐かしいわね。羽丘学園の制服じゃない」

 

 懐かしい制服に身を包んだ私。懐かしい思い出が蘇ってくる。Roseliaを結成した事。ぶつかり合って、改案の危機が訪れた事。華那のお陰で、Roseliaという絆が繋ぎ止められた事。

華那が倒れた時の事。華那の病状を聞いた時の事。華那と死別した時の事。追悼ライブの事。FWFの出た時に、華那が来た事――

 

「姉さん」

 

「……華那」

 

 懐かしい声に話しかけられた私は、ゆっくりと振り向く。そこに高校時代(あの頃)のままの華那が笑みを浮かべて立っていた。

 

「今までお疲れさま……それと、久しぶりだね」

 

「華那っ!!」

 

 満面の笑みを浮かべて、私を労わってくれる華那を、私は抱きしめた。自然と涙が零れ落ちる。会いたかったわ。ずっと、ずっと、会いたかった。華那の温もりも、声も、すべて失ってしまったから……。私だって、華那の事、()()()()()()()()のだから。

 

「もう……姉さん。そんな事、言っていると旦那さん拗ねるよ?」

 

「拗ねさておけばいいわ。私にとって華那は、大切な妹なのだから」

 

 そう言って、華那の頭を撫でる。何十年ぶりとなる再会。こうして会えただけでも嬉しいのに、こうやって話し合えるのは奇跡よね。一度、しばらく抱き合っていたけれども、さすがにこのままでいる訳にはいかないので、手を離して、その場に腰かける。

 そこで、私と華那は今まであった事を話し合う。華那も見守っているという約束をずっと守っていてくれたらしく、FWF以降の私達の事を知っていた。でも、何を話しているかは分からなかったらしい。

 簡単に言えば、音声がない動画を見ていた感じ――だそうよ。それでも、ライブの時の歌は聴かせてくれていたらしい。誰が――とは、言わなくても私でも分かるわ。

 

 それでも、まずは私の話しを真剣に、それでいて、笑みを浮かべながら聞く華那。驚いたり、涙浮かべたりと、喜怒哀楽が変わらず激しかったけれども、ずっと私の旅路の話しを聞いてくれていた。

 

「で……私もリサも驚いたのだけれど……山吹さんは本当大家族になっていたのよ」

 

「うんうん。あれには私もビックリした。子供七人だっけ?すごいよね。しっかり育てたんだから」

 

 そうなのよね。私も子供を育てたから分かるけれども、一人育てるだけでも凄い大変なのに、七人だものね……。しかもバンド活動をしながらだから、尚更凄い体力よね。

 他のPoppin’Partyのメンバーも子供に恵まれているという話しになった。他のバンドについても色々と話した。美竹さんは家業とバンドを両立させながら活動していた事。大学卒業と同時にアイドルバンドを解散して、それぞれの道を歩む事を決意したパスパレ。

 

 これまた大学卒業と共に、団体を立ち上げて世界中の人達を笑顔にする為に、演奏しに飛び回ったハロハピ。それぞれが、自分たちの道を歩んでいったけれど、数年に一度はCiRCLEに集まって、小さいライブをする――誰が決めた訳でもないのだけれども、私達の約束になっていた。

 

 そんな話しを、長い時間していたはず。だって、ずっと華那と話していたから、時間を気にするのを忘れていたわ。

 

「本当、皆色々な道を歩んでいたんだね。あー……姉さんの娘抱きたかったなぁ」

 

「それは……」

 

 華那の呟きに、私は何も言えなくなった。だって、それは私も思っていた事だ。華那に私の娘を抱きしめてあげて欲しかった。でも、それは叶わなかった。私が言葉に悩んでいるのを見た華那が小さく笑いながら

 

「気にしなくていいんだよ、姉さん。ただ、ふと思っただけだよ。私……姉さんが幸せだったなら、それで十分なんだ」

 

「華那……ええ。十分幸せだったわよ」

 

「良かった」

 

 そう言って、華那が立ち上がる。どうしたの?そう問うと、華那は悪戯な笑みを浮かべて

 

「そろそろ戻らないと、“皆”待っているんだ。私にとって『最高のヴォーカリストで、大切な姉さんが来る』って、聞いたら、ライブの準備始めちゃって」

 

「……意味が分からないわよ、華那……」

 

 困惑する私を見て、笑いながら右手を差し出す華那。私はその手を取って立ち上がる。

 

「気にしても始まらないよ。……でも、私と姉さんの二人の演奏で皆に、最高の音楽届けたくない?」

 

「……はあ。そう言われたら、断れないわ。いいわ。歌うわ。でも華那」

 

「?」

 

 華那の右手を握ったまま私はある言葉を伝える。

 

()()()()()()()()()()()()()

 

「!……ふふっ。もちろんだよ、姉さん!!」

 

 私の言葉に驚いた表情を浮かべた華那だったけれども、満面の笑みを浮かべて喜ぶのだった。ええ。すべてが終わった後に、こうやって華那と再会できた。それだけでも嬉しいのに、こうやってまた演奏ができるというのだから、感謝しかないわね。

 

「行こう、姉さん!!」

 

「ええ、行きましょう」

 

 笑みを浮かべ、華那と手を繋いだまま歩く。もう二度と、この手を離すものか――そう、心の中で誓いながら――

 

 




あとがき作者の言い訳

作者です。
読者の皆様、この度はSisterhoodを最後までお読み頂き、ありがとうございました。
一度、削除したり、ガイドライン上の問題から完結――と言って、中途半端な完結をさせたりと、安定しない作品ではありましたが、なんとか完結までたどり着く事が出来ました。

一度目の削除の言い訳といたしましては、前職で精神的に参っていた時期で、休みもままならず、帰宅二時間以内には寝るという生活。こんな状況じゃ書けないから消す――という、今考えれば何やってんだよ自分……と、言いたくなるぐらい追い詰められていた状況でした。
で、復活させたのは、転職活動中に「完結させたい」という想いが蘇ってきて、再投稿をした次第です。そして、転職後は、安定した休みと労働時間のお陰で、製作時間が取れたのが大きかったです。
ここで、改めて謝罪を。削除前から読んでいてくれた方々、楽しみにしてくださっていた方々、本当に申し訳ございませんでした。

さて、今回のSisterhoodという作品ですが、最初は「とにかく自分の好きなように書こう。楽曲も自分の好きなように(とあるアーティストさんの楽曲ばっかりで)やろう!」と、見切り発車で二話ぐらいまで書いて、すぐに主人公――華那が病没するというストーリーを思いつきました。

これは、お気付きの方もいらっしゃるとは思いますが、ゲームメーカーkey様の作品をモロに影響受けております。大学時代に、友人よりやってみてと渡された作品。名前は出しませんが、それの影響を受けているのは自覚しております。あ、飛行機雲、消えちゃいましたね……(隠す気ZERO)
また、それとは別で影響を受けているのが、既に解散してしまいましたが、ゲームメーカーminori様の作品です。アニメ化もされたあの作品の影響というか、パクリというかなんと言いましょうか……。特に華那がFWF最後に言ったセリフ。気付いた方がいたら嬉しいな……と、小さく思っております。

ちなみにLast Episode内のバンドリキャラ達の未来は、あくまで私のイメージなので、「こうじゃない!」と言われても変える気はありません。あくまで、これも一つの可能性で、他の可能性だって沢山あるのですから。
もし、そのイメージがあるのなら、是非書いて頂き、読ませて頂きたいです。私、楽しみにしてます!(某千〇田える風に)

今、完結して改めて思ったのは、オリジナルキャラである華那が私の予想を超えて、凄い読者の皆さんに愛されていた事です。
もちろん、作者自身、愛着のあるキャラです。ただ、ここまで愛されキャラにする予定ではなかったのですが……どうしてこうなった。

多くの方に読んで頂けた事、評価や感想をして頂けた事。本当に感謝しかありません。ただ、それもこれも、バンドリという作品が魅力的で、出てくるキャラ達に対する皆さんの愛情があって、この作品が読まれたのだと思うのです。
私自身の実力なんて、作品の評価としては、多分二割にも満たないと思います。だって、バンドリという作品、キャラ達がいなければ、この作品は生まれなかったのですから、当然です。
シリアス、ほんわか、様々なシーンをこの作品で書かせて頂きました。他の素晴らしい作品を書かれていらっしゃる作者様と比べれば、数段落ちるかもしれません。でも、完結できたという自信だけは負けない……といいなぁ。

長々と書きましたが、これにてSisterhoodは本当に完結です。この後、華那と友希那の下に、仲間たちがやってきて、ずっとライブをしていくのでしょう。満面の笑みを浮かべて――
様々な批評はあるのは重々承知しております。ただ、これが私の全力全開(全壊?)で書いた「自己満足小説」です。
そんなSisterhoodという作品でも、最後まで読んで、そして愛してくださった多くの方々に、改めて感謝を。
皆様がいなければ、完結までたどり着く事はできなかったでしょう。本当に心から感謝してます。本当にありがとうございました。
長くなってしまいましたが、これにて終わりにさせて頂きたいと思います。

本当に長い期間、お付き合い頂きありがとうございました。

2021年10月10日 作者より


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