「バカじゃないの!?このクズ司令官!私達が出撃したら誰がここを守るのよ!?」
「お前達の帰る場所は俺が守ってみせるさ。だから行ってきてくれ。」
アイツはらしくないカッコイイことを言って。らしくないキリッとした顔で笑ってみせた。
自分がどうなるのかは分かっていたはずだ。臆病なアイツの事だから、震えていたかもしれない。もう少し私が冷静だったなら気が付けたのかな。
――――――――――
アイツの夢を見るのは何回目だろうか。
堪らなく辛い思い出。でも私が唯一アイツと会える機会。だからこれは悪い夢じゃない。
どうか、このまま覚めないで。
「起きなさい、霞。そろそろ起床時間よ。」
声がする。現実に引きずり出される。
夢の世界に戻れば、アイツに会える気がして。何も聞かなかった事にしてぎゅっと目を瞑る。
「もう。先に行ってるからね。顔をちゃんと洗ってからおいて。」
そんなどこか寂しげな声と同時に、ドアが閉まる音がした。
「なにをやっているんだか...」
姉に対する罪悪感と、そんな自分に自己嫌悪。
私が司令官を失ってからどれだけ経ったのだろう。
未だに喪失感を埋めることはできない。
いつも通り食堂は艦娘で混みあっていた。私は自分の食事を受け取り、適当に席を探す。
「霞!こっちこっち!」
声のする方に行くと、2人の姉が席に座っていた。
「おはよう、朝潮姉、大潮姉。」
「おはよう!霞!」
「おはよう。」
2人の食器は空になっている。私を待ってくれていたのかもしれない。
「満潮姉は?」
「西村艦隊で出撃があるみたいで、山城達の所に行ったよ!あの子ってば本当に山城大好きだよね!そうそう聞いてよー、昨日の遠征の帰りにさ―」
大潮姉はとてもおしゃべりだ。相槌をうつと、ずっと話し続けてくれる。少しだけ朝潮姉と話すのが気まずい今はそれがとてもありがたい。
「それでね、それを聞いた司令官がね」
「ごめん大潮、先に行っててもらっていい?ちょっと霞と二人で話したいことがあるの。」
私の肩がビクッと跳ねる。
「えー...ここからがこの話の面白いところなのに...」
「また夕食の時に聞いてあげるから。だから、ね」
「はぁい、絶対だよ!」
少し不満そうな顔をしながらも食器を持って大潮姉が席を立った。
「貴方がここに来てからそろそろ1ヶ月になるわね。どう、ここには慣れた?」
「おかげさまでね。提督さんも艦娘もいい人ばかりで有難いわ。」
「それは良かったわ。ねぇ、霞。」
「何?」
「私は口が上手じゃないから、言いたいことをそのまま言うわね。」
「姉妹艦とはいえ、まだ知り合ってまもない私たちに完全に心を開くのは難しいのはよく分かるわ。でも、私はあなたのことを大事な妹だと思っているの。泣いているあなたを見るのがとても辛い。嫌じゃない範囲でいいから、あなたの辛い思い出を私にも背負わせてくれないかな。」
私の目を真っ直ぐに見て言った。相当な決意をした表情に見える。この事を切り出すかどうか相当に迷ったのだろう。朝潮姉は優しい人だ。ここに来た当初の私を見兼ねたのか、私と相部屋になってくれて。私が泣いているのにも何も言わないでくれて。今私が出撃せずに居られるのも、朝潮姉が提督に直談判してくれたからだと聞いた。でも、私は―
「ごめんなさい、朝潮姉...。誰にも話す気はないの。」
本当に自分が嫌になる。話をすれば少し楽になるのはわかってる。でも辛ければ辛いほどにアイツを忘れないでいられるから。だからこれは私のエゴだ。
「そう...。わかった。もし気が変わったらいつでも言ってね。」
そう言って朝潮姉は席を立った。
1人になった私は冷めて少し固くなったパンを牛乳で流し込んで。少し急ぎめに食器を片付けて、提督室へ向かう。
「マルハチマルマル、駆逐艦霞、秘書官の業務を始めさせて頂きます。」
今日も一日が始まる。アイツではない人の秘書官をして。アイツがいない日々を過ごしていく。沈んでもアイツには会えなかった。私には天国も地獄も存在しなかった。ただ別の場所に行かされただけだった。
司令官に会いたい。会いたいよ。
初投稿です。
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第2話
「おはよう、霞。今日もよろしく頼む」
この人が今の提督。強面で口数がすくなく、仕事がとても早い。秘書官なんて居なくても彼一人でほとんどの仕事をこなしてしまうだろう。実際私が来る前は1人で行っていたらしい。そんな彼の秘書官をしているのは、艦娘としての役割を果たせないから。今の私には、これしかできないから。
提督室にペンと紙をめくる音だけがする時間が流れる。平穏な時間だ。提督はアイツと違って真面目に書類を捌いていく。アイツは少し目を離すとすぐにサボって。その度に私が声をかけてやらないといけなかった。アイツは私に怒られる事を楽しんでいたような―。
「霞。手が止まっているぞ。」
―いけない。少し呆けてしまっていたようだ。
「すみません、提督。」
「構わない。もうすぐ昼時だな、間宮の所から昼食を持ってきてもらえるか。」
「申し訳ありません、承知しました。」
そう言って私は机を離れる。今日はいつにも増してアイツのことを思い出してしまう。夢を見ること自体はいつも通りなのだから、少し不思議だ。朝潮姉に言われて少し意識しているのだろうか。気を入れ直そう。アイツのことを思い出すのは1人の時だけだ。
食堂で間宮さんから食事を二人分受け取って提督室に戻ると、第一艦隊旗艦の金剛さんが報告をしていた。
「ということで、今回も無事完全勝利したのデース!あなたの金剛がMVPだったのネ!」
「あぁ、流石だな金剛。よくやった。」
「もっと褒めて欲しいネー!」
金剛さんは提督に恋愛感情を持っている。《金剛》という艦娘が提督に好意を持ちやすいというのは有名だが、ここの金剛さんもその例に漏れない。
「失礼します。」
私は邪魔をしないよう、そっと横から提督に食事を渡して自分の席に付く。彼女が出撃でMVPを取ってきた時は、しばらくここで提督と話し続ける。それが彼女にとって何よりの報酬であり、私の存在が邪魔してしまっているようで申し訳ない。
お昼ご飯はサンドイッチ。提督が仕事をしながら食事ができるようにと、間宮さんが毎日準備している。秘書官になってからは私も毎日サンドイッチだ。毎日食べても飽きないよう、間宮さんが四苦八苦してくれている。普通の食事を用意するよりも大変なのではないだろうか。今日も美味しい。
「そうそうカスミー?」
「なんでしょうか。」
「もうすぐさっき邂逅した響がここに来るの。面倒を見てあげて欲しいのネ!」
「なんで私が...?出撃できる子にてとりあしとり面倒を見てもらった方が良いのでは?」
「その子、どうやら貴女の時と同じみたいなのヨー。」
私と同じ
「なるほど、そういうことなら。」
「お願いするのデース!それじゃあ私もご飯食べてくるネー!」
それにしても《響》か...《響》は引き継ぎやすいとは聞いていたけど、まさか同じ鎮守府に来るとは。
「霞。解っていると思うが―。」
「
「そうか。それならいい。」
私みたいな存在は大本営からしたら都合が悪い。戦争初期の事は、大本営からしたら汚点以外の何物でもないのだ。今回来る響がどの時代のどこで沈んだ響かは分からないが、余計な事は話させないし、私も知る必要が無い。
コンコン、と控えめなノックの音がする。
「失礼します。」
そこに現れたのは、真っ白な髪に白と紺のセーラー服、白い帽子に白銀の艦装を付けた少女。信頼をその名に与えられた駆逐艦、Верныйだった。
タイトルのゴロが悪かったので少し変更しました。
1話あたりの文字数、もう少し多い方が良いですかね...?
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