PS極振りが友達と最強ギルドを作りたいと思います。 (五月時雨)
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コロナに負けるな!ステイホームの特別ss
真白の鬼娘vs白銀の戦乙女


 GWの間、ステイホームを心掛けた皆様に、特別ssをお贈りします。
 題して、
『コロナに負けるな!ステイホームの特別ss』

 敢えてGW最終日ギリッギリに投稿したぞ。
 『PS特化と今後の予定』の後書きで次話は9日って言ったじゃんって?ははっ、『次話は』ですよ。つまり、『話の続きは』ですよ。だから問題ない!ちゃんと9日も投稿するからね!

 同じ原作で、複数の作品を投稿してる投稿者が一度はやりたいことをやってみた。

 この世界線は、『PS特化』でも『速度特化』でもない、第三、あるいは第四の世界線です。
 時間軸は第一回イベント。
 ツキヨちゃんとハクヨウちゃんの二人共いるやばいバトルロイヤルです。
 イベントでの二人の動き、結果等は、それぞれの作品には一切関係ありません。



 ――さぁ、一人クロスオーバーの始まりだ!
 
 


 

「はぁ……も、疲れ、た……」

 

 白熱した第一回イベントの翌日、当初の予想に反し一位になってしまったハクヨウは、ジロジロとした無数の目線に耐えかねて隠れ喫茶にて項垂れていた。

 

「なんで、あんなに注目される、のぉ……」

 

 ただクロムと協力して森一つ潰して、

 カスミと協力して渓谷で1000人斬りして、

 平原でペインをサポートして二人で3000人くらい倒して、

 メイプルの為に状態異常で足止めして、

 ミィに【炎蛇】でサポートして草原を焼け野原にしてもらって、

 マルクスのトラップにかかった人を【首狩り】して、

 シンと二人で魔法使いを更なる遠距離から殲滅して、

 状態異常を入れた所をミザリーに大規模破壊してもらって、

 最後にドレッドを倒しただけなのに。

 

「いやそれ『だけ』なんて言えるような事じゃないからね!?」

「あ、あともう一つ」

「まだあるの!?」

「う、ん」

 

 横でようやく初ログインしたサリーが、ハクヨウのイベント話を聞いて呆れ返る。

 メイプルは今は居ないので、サリーが横で彼女の頭を撫でていた。

 それで気力を持ち直し、話そうとすると。

 

「えっと「見つけたぁぁぁぁぁああああ!!」」

「「え?」」

「ハクヨウちゃぁぁぁぁあんっ!!」

「ぅ、わっ」

「ハクヨウ!?」

 

 突然、喫茶店のドアが勢いよく開かれ、ハクヨウにルパ○ダイブを決めるピーチブロンドの髪をした、眼鏡の少女。

 店の席に座っていたこと、サリーが咄嗟に支えてくれたことで事なきを得たが、場合によっては、そのまま崩れていた。

 

「大丈夫、ハクヨウ?」

「あ、ぅ……大丈、夫。……だれ?」

 

 少なくとも、知り合いではない相手だ。初心者装備だし、初対面のはずである。

 

「やや。私ったらようやくハクヨウちゃんとお話できると思ったら、ついテンションが上がっちゃって、とんだご無礼をば」

 

 可愛らしく『ペロ』と下を出して詫びる眼鏡をかけた彼女は、ハクヨウから離れると、そのまま名を名乗る。

 

「はじめましてハクヨウちゃん!私、カガミっていいます。ハクヨウちゃんのだ〜いファンだよ!」

「ファ、ファン……?なん、で?」

「またまたぁ。とぼけちゃってこのこのぉ〜。これだよこれ」

 

 そう言って青いパネルを出したカガミが見せてくれたのは、先日の第一回イベントを収めた動画だった。

 

「へぇ、こんなの出てたんだ」

「なに、これ……」

 

 映っているのは、多くのプレイヤーの戦う姿。そして、先程ハクヨウが呟いた場面もほとんど収録されている。

 

「ふふっ、ハクヨウちゃんが手伝った人、軒並み上位に名前を連ねてるからね〜。まぁ元から有名な人たちばっかりだけど」

 

 運営が宣伝のために制作したらしい動画に映っているのは、中々に恥ずかしかったので、ハクヨウはフードで顔を隠してしまう。

 

「それで、カガミさん。さっき『見つけた』って言ってましたけど、ハクヨウに何か用ですか?」

 

 ついでにサリーの後ろに隠れてしまったので、宥めつつサリーが代わりに問う。

 

「そうだったそうだった。本題を言ってなかったね。実は私、【NWO新聞部】っていうグループに入っていてね。定期的に新聞を出すつもりなんだよ」

「掲示板じゃ、駄目なんですか?」

「新聞の方が味があるでしょ?……で、その第一号の記事を、第一回イベント一位のハクヨウちゃんに飾ってほしいんだ!見出しは……そうだなー。『最速の鬼娘!速度対決を制して最強へ!』ってな感じで」

「ふむふむ……だってさ、どうする、ハクヨウ?」

「ぜったい、いや」

 

 普通に恥ずかしいので。

 

「というわけで、残念ですが、お引き取りを―」

「あぁぁっお願い!お願いします!二位じゃ駄目なの!第一号を第一回イベントで、一位の人で飾りたいのぉ〜!」

「ぅ……どうし、よ。サリー……」

 

 『1繋がりが良いの』とハクヨウに縋り付く。

 

「下手に付き纏われても困るし、少しの時間なら良いんじゃない?メイプルもまだ来ないし、メイプルが来るまで、とかさ」

 

 メイプルは少し遅れるそうで、あと10分くらいで来るとの連絡があった。だから、そのくらいなら良いかもしれない。面倒だが、この調子では数日は張り付かれそうな予感がする。

 

「そう、だね……じゃ、あ。

 メイプルが、来るまで、なら」

「ありがとうハクヨウちゃん!ささ、座って座って!早速始めたいから!」

「もう座って、る」

「そうでした!」

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

「ではでは、よろしくお願いしまーす!」

「よろし、く」

 

 とりあえず一枚!とインベントリから取り出したカメラでパシャパシャするカガミ。一枚とは。

 

「ほらほら元気ないよー?」

「これ、が、普通だか、ら」

「そうなの?なら良いや!それではハクヨウちゃん、元気に自己紹介お願いします!」

「ん……え、と。ハクヨウ、です。片手剣使い、のAGI特化、で。え、とあと、は……」

「おぉ……良いよいいよその恥じらう感じ、かぁいいよハクヨウちゃんっ!!」

「ぁ、う……」

「お引き取りを」

「冗談です真面目にやらせて頂きますからぁぁぁっ!!」

 

 ハクヨウが恥ずかしがる程に、カガミのテンションは爆上がりしていく。

 それに合わせ、サリーがカガミを引き剥がそうとする。もはやボディーガードのそれ。

 

「えっと、じゃあ確か、イベントだと色んな人のサポートとかもやってたよね。その人達との関係は?」

「クロムは、始めた、頃からのコンビ。で、カスミ、は、ただの、刀好き。他、は……知り合い、です」

「噂だと、ハクヨウちゃんは『みんなの妹』とか言われたり、良くこの人たちに頭撫で撫でされたりしてるとか?ていうか、私も撫でたい」

「ぜったい、いや」

「…………残念です」

 

 撫でようとハクヨウの頭に手を伸ばすと、ハクヨウが遠ざかり、間にサリーが割り込んで睨みを聞かせる。シスコンお姉ちゃん。

 

「それじゃあ、今私に睨みを効かせてる彼女とは、どんな関係で?」

「友達……現実の方、で。メイプルと」

「一位と三位の人が現実でも友達って……じゃ、じゃあ、初心者ちゃんなこの子も強いのかな?」

「私の方、が、『ゲーム』の初心、者。サリーの、方が上手だと思、う」

「ハ、ハクヨウ!やめてってば。NWOはハクヨウの方が断然詳しいって!」

「ほうほう……サリーちゃんも今後頭角を現しそうですね……その時には取材するね!」

「お断りです!」

「私に、は、受ければ、って、言ったの、に」

「うっ……はぁ。内容に依りますからね」

「当然!最強のジャーナリストは、記事にするまで情報は漏らしませんしね!」

 

 いつかはメイプルにも取材したいというカガミ。この三人はネタに事欠かなそうだなーと、失礼な事を考えていたりする。

 それから、他にも質問があった。

 鬼の見た目のこと。ステータスのこと。高すぎるAGIをどうやってコントロールしているかってこと。他にもたくさん。

 それ全てに、吃りながらも丁寧に答えていくハクヨウにはカガミも好感が持てた。

 

 その後ろで睨みを効かせつつ短剣をトントンしてる少女さえ、視界に入れなければ。

 

「じゃ、じゃあそろそろ本題に入ろうかな」

「ここまで、前座……?」

「第一回イベント、第一位、おめでとうございます。ハクヨウちゃん」

「ありが、と」

「では、その第一回イベントにて、一番印象に残っているのはズバリ、【神速】と謳われたドレッドさんとの戦いでしょうか?」

 

 ドレッドさんは、確かに強かった。そう、ハクヨウも迷わず頷ける。

 しかし、一番印象に残ったか否かと問われると

 

「違、う」

「ほへ?」

 

 強かった。苦戦したし、何度も攻撃を防がれた。だけど、いたのだ。

 戦った時間は、ドレッドとの半分にも満たない。けれど、ドレッドにも使わなかった【韋駄天】を使わされ、1本であり、99本の苦無たる【九十九】を使い切ってなお、殆どダメージを与えられなかった、怪物が。

 

「【炎帝ノ国】の、サブリーダー。五位、【比翼】の、ツキヨさん、です」

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 それは、第一回イベント開始から、一時間が経過した時。

 

 ハクヨウがミィとの焼け野原作戦を終えて別れた後の出来事。

 廃墟が建ち並ぶ大通りの方に沢山の人が集まって行っているのが見えた。

 

(なんだろ?)

 

 何人もの人が、たった一つの方向に集まりつつある。バトルロイヤルのイベントなのに、何十人という人が協力して進んでいる。

 その事に不思議に思い、【2000】を超える驚異のAGIを活かして大回りし、廃墟の中から先頭を覗けば。

 

「追われて、る?」

 

 白銀の軽鎧に白いマントを付けた女性が、時折近づくプレイヤーを倒しつつも逃げていた。

 少なくとも、ハクヨウはそう思った。

 

(逃げてる、なら、ポイントは貰ってもいい、かな?)

 

 とは言え、知らない人だ。自分だって、このイベントでは上位に行きたい。だから

 

「あの人、含め……全員倒、すっ!【跳躍】!」

 

 イベントに参加している時点で、負けるのは覚悟しているはず。ならば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「【忍法・白夜結界】!」

『っ、……霧?』

 

 【鬼神の牙刀】に付与している【忍法】の一つ。広範囲に迷いの濃霧を作り出し、視界を奪う。

 

 これは、ハクヨウだけは全てがハッキリと見える。濃霧も見えているが、背景が真っ白になっただけで、全て浮き出て見える。

 少しだけ申し訳なく思いながらも、気付かれる前に片付けるべきだろう。

 

「ふっ」

「ぎゃっ!」

「うわ!?」

「何が起こ……ぐあっ!」

「……本当にごめんなさい」

 

 一塊になっていた三人を、一撃で仕留める。

 武器を持っていない左手を上げて、僅かに黙祷する。本当に死んだわけではないが不意打ち、奇襲、暗殺したことへの謝罪だ。

 

「や、ぁっ」

 

 それからも、一先ず追いかけられていた女性を除き、追いかけていたプレイヤー全員を片付ける。大人数で追っていたにも関わらず、ずっと逃げ切っていたのだ。実力は相当なものだと分かる。だから、不意打ち気味に仕留めるべき。

 

 そう判断したハクヨウは、一分ほどかけて数十人を殲滅した後、タイミングを見計らい、最短距離を最速で、彼女に見える首の線を狙い穿つ――

 

「っ、はぁっ!」

「!?」

(う、そ……)

 

 ―――はずだった。

 濃霧で視界は最悪。

 一寸先も白い世界でありながら、女性は凌いだ。未だ、誰一人防いだことの無い、ハクヨウの最速攻撃を。

 

「す、ごい……」

「あなたが……?」

 

 立っていたのは、長い銀髪に赤目の双剣使い。

 遠目だったため判断は付かなかったが、なるほど。これは強いはずだと、納得した。

 

「今、の。防がれたの、初め、て」

 

 【炎帝ノ国】のサブリーダー。

 ミィの友達で、近接最強と自分の事のように嬉しそうに語った、戦乙女。ツキヨ。

 

「霧は、あなたが?」

「そ、う。人、固まってたから。全員倒した、よ」

「そう……」

 

 霧を作り出したのも、プレイヤーを殲滅したのも、ハクヨウだと理解したツキヨは、冷酷さを滲ませた視線を向けてくる。

 

「つまり、私の獲物を横取りした、というわけね?」

「ふぇ……?逃げてたから、倒して良いと、思った、だけ」

「誘き出していたのよ」

 

 もしかして、倒しちゃ駄目だったの……と、ハクヨウは『あ、これ……やっちゃった?』と若干青い顔になった。

 

「舐めてくれるわね」

「え、と……ごめんなさ、い?」

「謝罪はいらない。いるのは……」

 

 途端、懐に、ツキヨが現れる。

 

(うそ!?)

「あなたの命。【蛇咬】!」

 

 あまりに、踏み込みが早すぎる。恐らく自分と同じ、【跳躍】を使った擬似的な無拍子によって、タイミングを悟られないようにしたのだ。

 だが、そんな事は関係ない。そんなものよりも尚届かない、超高速の世界にハクヨウは立っているのだから。

 

「びっくり、した……速い、ね」

「……へぇ」

 

 だから、懐に入られたのが分かった瞬間、ハクヨウは咄嗟に飛び退いた。AGIをフルに使って、なりふり構わず。

 そして、自分の首があった場所に、四つの斬撃が同時に通ったのを見た瞬間、恐怖から思わず首をなぞってしまう。ここを斬られれば、自分は即死耐性も働かず死んでしまうから。

 しかし、悪い事をしてしまった。横取りはマナー違反だと、以前から理沙に聞いていたハクヨウは、そう反省する。

 しかし、これはバトルロイヤル。

 横取りも漁夫の利もされて当然。さっさと倒さない向こうにだって非はあるのだから。

 

「横取りしたのは、ごめん、なさい。けど、そっちが、その気、なら」

「鬼……そう、あなたが」

 

 だから、剣を握る。勢い任せに避けたから、フードは外れ、顔を晒してしまったが仕方ない。

 それよりも、この人は倒した方がいい。

 総判断した。

 

「いく、よっ」

 

 一歩を踏み出し、()()()()()()()()

 驚異的なAGIを持つハクヨウだからこその、瞬間移動もかくやという超速機動を以って、

 

 

「うそでしょ……」

 

 そう呟いたのは、目を見開き、驚きを顕にしたツキヨ。だが、そう言いたいのはハクヨウも同じだった。

 

「わ。これも、防い、だ」

「冗談キツイわね……」

 

 一度のみならず、二度も防いだ。一度目の後に時間切れで霧は消えてしまったが、ハクヨウの速度はただでさえ視認不可能。にも関わらず、彼女はいきている。

 

「ゲーム内最速の名は、伊達ではないみたいね。【白影】」

「う、ん?」

 

 ツキヨほどのプレイヤーに知られているとは、少しだけ驚いた。

 向こうは正真正銘のトッププレイヤー。ペインにも勝るとも劣らぬ実力を持つとか、プレイヤースキルだけでトッププレイヤーの一角に数えられるとか言うリアルチート。

 リアル不自由なハクヨウとは対極な存在。

 

「凄、い。何、で?見えてる、の?」

「影も形も見えなかったわ。事実、こうして僅かにダメージを受けている」

「でも、途中で弾かれ、た」

 

 見えていないのに弾くとか、やはりリアルチートなのだろう。頭がおかしいとしか思えない。

 けど、だからこそ。

 

(負けたくない)

 

 たった二回。されど、二回。ユニークシリーズを手にしてから、一度もまともに防がれたことのない自分の攻撃から、ツキヨは二回生き残っている。傲慢なつもりはないが、それなりの実力はあると思っていたのに。

 だから。

 

「もう、少し。上げ、るっ【韋駄天】!」

 

 ここは、全力をもって相対するべきだと思った。

 空中で【瞬光】も発動し、緩やかになった世界で【鬼神の牙刀】を仕舞い、両手に【九十九】を四本ずつ挟み込む

 

(状態異常より、威力重視……)

 

「【刺電】」

 

「―――」

 

 周囲を飛び回りながら、背後に回り、隙をついて、大量に、絶え間なく。

 苦無は途切れることなく、全方位からツキヨを襲う。

 なのに。

 

「なん、で……」

 

 その全てに反応され、かなりの速度で飛来する苦無を正確に叩き落とされる。何故。彼女の動きは、酷くゆっくりなはずだ。

 なのに。

 

「他の人、より……なんであんなに速い、のっ?」

 

 彼女の速度は、他の人よりも格段に速いのだ。それは、AGIが、と言うわけではない。モノクロームでゆったりとした時間の流れの中で、彼女は。

 正確には、()()()()()()()()()、その速度が遅くならない。

 十倍に加速された処理速度で見つめてもなお、彼女の双剣は、一瞬のうちに四本の斬撃を刻む。

 苦無を、冷静に処理される。

 絶え間なく投げ続けたせいで、既に【九十九】は数が少ない。なのに、ツキヨは未だに余裕が見えた。

 

(本当に、あれ、人間……?)

 

 実は、人の形をしただけの怪物だったりしないだろうか。いや、見た目怪物(おに)ハクヨウ(じぶん)が言えたことでは無いのだが、と苦笑いが溢れる。

 あれはまるで、普段から【瞬光】すら追いつけない世界に住んでいるようではないか。

 

「―――……―――」

 

 しかも、なにやらスキルを使ったのか、唐突にツキヨの頭上に水球が現れ、それを躊躇なく自ら被ったツキヨに唖然としたのも束の間。

 

(ずる、いぃ……っ)

 

 最初の一撃で、ほんの少しだけ削ることができたHPが、回復した。しかも、しばらくの間回復し続ける効果もあるのか、時折淡青色の燐光が散っている。

 【九十九】も打ち止め。

 向こうは余力を残し、双剣を翼のように両側に開いて仁王立ち。

 

「―――――――――――――」

 

 散らばる苦無の量に呆れ返る。全て打ち尽くしてなお、その全てを叩き落とされた。

 

『どうして、そんなに強いの?』

 

 全方位を飛び回りながら、思わず問いかけてしまう。それが、【瞬光】のデメリットで届かないものだと分かっていても、向こうの声が聞き取れないのも、自分の声が相手に聞き取れないと分かっていても、問いかけずにはいられなかった。

 

「―――……――――――――――」

 

 でも、それでも、彼女の強い意志を宿した瞳は、諦めないと。勝利を求めると物語っていたから。

 

(良いな、この人……)

 

 クロムやカスミ、そして今のミィにある、自分が憧れた強さを感じた。

 

 

 

「近接最強の、戦乙女、さん

 

 速さの頂き、見せてあげ、るっ!」

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

「どうしたのー?ハクヨウちゃん!早くどんな戦いだったのか教えてくださいよー!?」

 

 あの時、どちらが勝っても可笑しくなかった瞬間。自分が勝てたのは運が良かったからだと、心から思う。

 ドレッドさんには、実力で勝てた。

 けれど、彼女には。

 

 【比翼】ツキヨには。

 

 最後まで、彼女に有効打を与えることはできなかった。

 反応すらできず自分は片手を持っていかれ、やぶれかぶれで振るった剣が、偶然にも彼女の首を捉えた。

 ただ、それだけ。

 

 次戦えば、どうなるか分からない。

 けれど、次こそは。

 

「やっほー!遅れちゃってごめん、ね……?」

「あ、メイプル」

「やっほー、むしろナイスタイミング。と言うわけで、メイプル来たから話は終わりで」

 

 詳細は、心の中に留めておくだけで良い。

 ぎりぎりの戦いだったのもそうだけど、次こそは私が完璧に勝利したいから。

 

「待ってぇぇ!?まだ詳しく聞いてない!ドレッドさんとの戦いも聞いてない〜っ!」

 

 カガミさんはゴネてるけど、サリーがグイグイとお店の外に追いやってくれてるから問題ない。

 

 

「ふふっ……次は、負けな、いっ」

「あぁぁぁっ!なんか意味深なこと言った!イベント死亡回数0なのに負けたっぽいこと言ったぁぁ!ハクヨウちゃん教えてぇぇぇっ!?」

「お引き取りを〜」

「いぃぃぃぃやぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 次はお互い出し惜しみもしないで。

 

 全力でやろうね、ツキヨさん。




 
 クロスオーバーだから思い切って、こちらではハクヨウちゃん側の三人称。
 ツキヨ側の三人称を見たいなら、もうわかるな?同時投稿したぞ?
 あと、前書きで言った通り、これは第三、あるいは第四の世界線です。なんで『あるいは』なのかって?それはもう片方を読んでよ。
 ついでに本編も読んで良いのよw

 これをやった狙いは3つ
 一つは、単に一人クロスがやりたかった。
 第二に、読んでるのが『速度特化』だけ。あるいは『PS特化』だけって人に、もう一方の主人公を知ってもらいたかった。
 最後に、GW中は草案を練ってたら完全にステイホームしてたから、削除は勿体なかった。
 スーパーに買い物行く以外、ずっとステイホームしてたし。

 どうせならどちらも気に入って貰いたいし。
 ステイホームを心掛けた皆様に贈るとか言って、多分私が誰よりもステイホームしてます。
 『ステイホームの特別ss』の部分が表してるの、GW中家で草案練ってた私のことだね。

 今回はハクヨウちゃんが勝ちましたが、偶然の勝利です。お互いにまだイベント時間が残っているので手札も殆ど切らなかったし、どちらも余力を残したままの決着だからこそ、『次は全力で』ってコメントしていますね。

 あとは、本作を最新話まで読んだ人なら分かるでしょうが、作中に【首狩り】【速度狂い】が出ましたよね。
 あれ、今回のssの準備というか、世界線が混ざるっていう分かりにくすぎる伏線でした。後書きで書いた理由もありますけど、一人クロスはずっとやりたかったので。
 『速度特化』でもやりたかったんですが、ツキヨちゃんが持ってるスキルは色物すぎですて、ハクヨウちゃんじゃ取れないのばっかりだし、仕方なく諦めました。

 GW中は草案だけ練ってて、数時間で急ピッチで仕上げたんで、誤字有りそうで怖いです。
 2話合計13000字を4〜5時間は疲れました。


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キャラ紹介
PS特化のキャラ紹介


 
 祝!防振りが検索原作名の欄に追加!
 少しずつ防振り二次小説が増えていて嬉しい限りです!

 ネタバレ、裏設定、作中に書いてない主人公の性格設定等々を大量に含みやがります!
 ただし、作中で今後語られる設定は敢えて隠してあります。
 もう一つの作品の交互投稿中。
 詳しくは最新話後書き


 

※注意

 裏設定、キャラ性格等作中で紹介しないものも多分に含んでいます。

 ただし、ここに書かれているのは『最新話時点で既に語られている事』と『作中で語られる予定のない裏設定』に限定してあるため、『今後作中で語られること』は書いてません。

 ご安心を。

 後半はスキル一覧なので、ネタバレが嫌な人は見ずにスキップ。

 随時更新していきます。

 

赤羽(あかば) 月夜(つくよ)

 黒髪黒目 高校2年

 身長166センチメートル

 スリーサイズ、体重は黙秘

 ただしスタイルは良い

 

好き 美依(ミィ) 紅茶 ゲーム 戦闘 スイーツ

   可愛いモノ 料理

嫌い 悪質プレイヤー 美依に迷惑をかける人

 

 小学校から美依の親友で、美依の為にと無駄に考え、張り切って頑張る子。

 綺麗系であり、学校ではとある小柄な可愛い系の少女と人気論争があるとかないとか……。

 生まれながらに常人離れした反射速度《神速反射(マージナルカウンター)》を持ち、そのせいで昔は一日一回は気絶していた。

 今では多少のコントロールが効き、連続6時間、断続なら10時間まで十全にその反射速度を活かすことができる。

 ゲームでは双剣を使う。

 理由は以前のゲームでも扱ったことがあること。また現実でも過去に様々な剣の流派を参考に、使い方を考察したことがあるから。

 よく美依の頬をプニったりツンツンしたりするため、美依からは『やめてぇー…』と言われ絶望している。

 かつて《神速反射》の副作用で辛い経験をし、美依に救われた。それ以来、潜在的に美依至上主義な一面を持つ。全ては美依の為にと仮想世界だろうと頑張っている。

 

『ツキヨ』

 苦労人。

 ゲーム内での月夜のアバター。

 銀髪赤目で純白の装備を身に着ける。

 ミィに合わせ、『できる女』あるいは『高圧的な大人の女性』をイメージした演技を余儀なくされた。しかし、結構楽しんでいる。

 《神速反射》の恩恵(せい)で身体操作技術がずば抜けており、プレイヤースキルのみでトッププレイヤーの一角に入る。

 【最速】取得後は、完全に近接戦闘で最強の実力を持つ。

 【炎帝ノ国】のサブリーダーを務め、象徴たるミィを裏方として過保護レベルで支えている。

 我流剣術【蛇咬】【八岐大蛇】は瞬間的に2〜8斬撃を叩き込む剣撃で、【薄明・霹靂】では刺突八連撃をも可能とする。

 この我流剣術は瞬間四斬撃までは現実でも使用可能で、それ以上は身体スペックが足りない。

 また、他にも現実にある流派の剣技をゲームで模倣しようとしているとかいないとか……。

 第二回イベント直前で一層にある隠れ喫茶で紅茶の茶葉を買えると知り、現実と同じものが大量にあったため購入しようとしたが、【料理】スキル無しでは淹れられないと知って取得した結果、普通に料理好きになった。

 

 

ここからは最新話でもまだ公開していないステータスを含みます。ご注意ください。

 ツキヨちゃんが最新話で発揮しているステータスですが、こちらは『実数値』で表記したいと思います。

 

ツキヨ

 Lv 50 HP35/35 MP221/221〈+90〉

 

【STR 15】 【VIT 0】

【AGI 70〈+265〉】【DEX 100〈+740〉】

【INT 60〈+30〉】

 

装備

 頭 【舞騎士のマント】体【比翼ナス戦乙女】

 右手【白翼の双刃】 左手【白翼の双刃】

 足 【比翼のロングブーツ】

 靴 【比翼のロングブーツ】

 装備品【赤いバンダナ】

    【毒竜の指輪】

    【絆の架け橋】

 

スキル

 【連撃剣Ⅹ】【体術Ⅹ】【水魔法Ⅹ】

 【挑発】【連撃強化大】【器用強化大】

 【MP強化大】【MPカット大】

 【MP回復速度強化大】【採取速度強化中】

 【双剣の心得Ⅹ】【魔法の心得Ⅹ】

 【双剣の極意Ⅲ】【魔法の極意Ⅲ】

 【武器防御Ⅹ】【状態異常攻撃Ⅸ】

 【気配察知Ⅸ】【気配遮断Ⅸ】【気配識別】

 【遠見】【魔視】【耐久値上昇中】【跳躍Ⅹ】

 【釣り】【水泳Ⅹ】【潜水Ⅹ】

 【精密機械】【血塗レノ舞踏】【水君】

 【切断】【ウィークネス】【剣ノ舞】

 【刺突剣Ⅹ】【曲剣の心得十】

 【曲剣の極意Ⅱ】【属魔の極者】【空蝉】

 【殺刃】【最速】【殺戮衝動】

 【精緻ノ極】【速度狂い(スピードホリック)

 【首狩り】【比翼連理】

 

最大火力計算係

 条件は

1 【精緻の極】(パッシブスキル)

2 【血塗レノ舞踏】【剣ノ舞】最大強化状態

3 弱点攻撃時 の三点。

 【白翼の双刃】

 初期値【840】

 条件1で【1680】

 条件2で【3390】

 条件3で【精密機械】が働くため【STR6780】

 

 

 【薄明・霹靂】には【刃性強化】という通常攻撃の威力を1.5倍にするスキルが付いているため、相当なダメージ量を叩き出すことができますが、【白翼】のステータスが高すぎることもあり、使い所がなくなりつつある。

 

 

装備スキルの説明

【聖水】―【比翼の戦乙女】

 水魔法に聖属性を加える。

 悪魔、悪霊(レイス)、ゾンビ、グール、不死者(アンデッド)に特効

 発動中はいくつかの【水魔法】の名前が代わり、追加効果が付く。

 

名称、効果の判明している【聖水】によって変化した水系魔法一覧

【聖命の水】―【ウォーターボール】

 特効対象以外の敵に使用してもダメージが発生しなくなる。

 味方のHPを回復し、加えて一定時間HPを回復し続ける。

【聖なる水盾】―【ウォーターウォール】

 盾としての効果が上がる。

 少しの間、味方の防御力(VIT)を上げる。

【聖浄水域】―【水陣】

 味方の攻撃に聖水属性を付与

 範囲内にいる味方に5分間、毒や麻痺などの状態異常耐性【中】程度を付与する。

【アクアエウロギア】―【アクアヴェール】

 元は水のヴェールを纏わせて、物理攻撃の威力を半減させる魔法。

 味方に一時的な水中呼吸を付与する。

【聖流絶渦】―【渦潮】

 攻勢魔法だったが、自分を守る全方位型の防御魔法になった。大量に水があるとその水すら巻き込んで、スキルが続く限り威力と範囲を増大させる。

 

 

【飛翼刃】―【白翼の双刃】

 【白翼の双刃】専用スキル。

 スキル発動中に一振りにつき毎秒MP1を消費し、重量を変えずに刀身を【DEX】×2メートルまで伸長、収縮し、自在に操ることができる。

 長く伸ばすほど耐久値の減りが早くなる。

 【破壊成長】を繰り返すことで、倍率が向上する。

 現在は平常時の最大は200メートル

 【血塗レノ舞踏】により400メートルまで伸長

 

【刃性強化大】―【薄明・霹靂】

 【斬撃耐性大】までの【斬撃耐性】を相殺し、【斬撃無効】を【斬撃耐性中】まで下げる。

 武器スキルに依らない攻撃時にダメージ1.5倍。

 弱点攻撃時に耐久値が減らない。

 

 

 

レアスキル解説

 (比較的早く取得するスキルのみ)

 

【精密機械】

 弱点攻撃時、このスキル所有者の【STR】を(STR+DEX)×2とする。

 弱点以外を攻撃時、(DEX−STR)÷2を【STR】とする。

取得条件

 一定時間内に一定数の敵を倒すこと。またその間全ての攻撃を弱点に当てること。

 

【血塗レノ舞踏】

 スキル無しに武器で攻撃する度にDEX+1%

 最高で+100%

 武器での攻撃を外すか【解除】を宣言することで上昇値は消える。

取得条件

 一定時間敵を倒す以外の行動を取らないこと。また全ての攻撃を外さないこと。

 

【水君】

 水魔法による攻撃力を二倍にする。

 水を司る君主たる力を持つ。

取得条件

 【水魔法耐性大】を持つボスモンスターに水魔法を一定数使用すること。

 【水魔法Ⅵ】を取得していること。

 

【切断】

 武器による弱点攻撃時、相手の防御力を無視してダメージを与える。

 このスキル効果は武器系統の【無効】スキルを無視する。

取得条件

 【斬撃耐性大】を持つボスモンスターに斬撃系の攻撃を一定数使用すること。

 【斬撃強化Ⅵ】を取得していること。

 

【剣ノ舞】

 攻撃を躱す度にSTR1%上昇。

 最大100%

 ダメージを受けると上昇値は消える。

取得条件

 レベル25までダメージを受けないこと。

 

【ウィークネス】

 五分間、敵対している対象の弱点が見える。

 使用可能回数五回。

 使用可能回数は二時間毎に回復する。

取得条件

 レベル25まで武器による攻撃を弱点から外さないこと。

 

【刺突剣】

 刺突に特化した武器攻撃スキル

取得条件

 スキルを使わず刺突攻撃で一定数敵を倒す。

 

【曲剣の心得Ⅰ】

 特殊な剣を扱い易くなる。

取得条件

 通常の武器にはない特性を利用して敵を一定数倒すこと。

 

【属魔の極者】

 唯一取得している属性魔法とその上位スキルに限り、与ダメージを二倍にする。

取得条件

 規定時間内にダンジョンをクリア。

 属性系魔法スキルを一つだけ取得し、レベルⅩであること。また上位スキルを取得していること。

 

【空蝉】

 一日に一度致死ダメージを無効化する。

 一分間【AGI】50%上昇。

取得条件

 レベル35到達までダメージを一度も受けないこと。

 

【殺刃】

 一日に一度だけ相手を即死させる一撃を放つ。

 使用後12時間、全ステータスが半減する。

 このスキルはあらゆる耐性系、無効系スキルを貫通する。

 

取得条件

 レベル35到達までに規定数、武器による攻撃を弱点に当てること。

 またレベル25まで武器による攻撃を弱点から外さないこと。

 

【最速】

 スキル取得者が戦闘可能フィールドにいる間、あらゆる行動から加速を無くす。

 一分間、AGIを75%上昇させる。三十分後、再使用可。




 
 月夜ちゃんはたぶん、相○の一日の摂取カフェイン量を決めている紅茶の方と友達になれる。
 ちなみに月夜ちゃん曰く、アッサムはストレートじゃ苦味が強すぎるんだとか。
 コーヒーとも違う苦味で苦手らしい。ロイヤルミルクティーだととても良いそうです。
 ブランドよりも、それなりの種類が手頃に楽しめる方が好みらしい。


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原作1巻 【炎帝ノ国】
PS特化と初ログイン


 

 友人の火神(かがみ)美依(みい)に、押し付けられたゲームパッケージを見て、赤羽(あかば)月夜(つくよ)は溜息をついた。

 

「美依、いつも私にゲーム勧めてきて……」

 

 剣や杖を持った男女が数人描かれたパッケージには『New World Online』と鮮やかな文字で書かれているのが見て取れる。

 最近になって急激に売上を伸ばしているVRMMOというジャンルで、月夜もそのハードは持っている。もっとも、ゲーム好きな美依に誘われて買って以降、ほとんど使っていないのだが。

 

「ゲームは好きだけど、私、全然分かんないんだよね……」

 

 美依はゲームに疎い月夜に、このゲームを始めるにあたってやることが書かれたメモを渡してきた。その時のキラキラとした目が忘れられず、無理とも言えず受け取ってしまったのだ。

 

「あの目は……完全に私が始めるの信じて疑わないんだもんなぁ……今更断りづらいしー」

 

 これで明日、『やっぱりやらない』なんて言ったものなら美依のことだ、隠れて泣く。

 

「仕方ないから、設定しますか!」

 

 月夜はハードを取り出し、電源を入れる。

 別にゲームが嫌いなわけじゃない。

 少しくらい付き合ってもいいだろう。

 というか美依に『仮想世界(むこう)で今日一日ずっと待ってる』などと言われた時点で、断ることはできないのだ。

 

 そんな言い訳を頭に浮かべながら、月夜は初期設定を開始した。

 

 

 

 

 月夜は『New World Online』の初期設定を、メモを片手に終えていく。メモのお陰で設定はスイスイと進んだ。

 

「よっし、初期設定はこれでいいかな」

 

 いよいよ電脳世界へとダイブすることになる。月夜にとっては久々の感覚。目を閉じて、次に目を開けた時には、もうゲームの世界だ。といっても、まだ月夜がゲーム内で操る分身、いわゆるPC(プレイヤーキャラクター)の設定が残っているので、いきなり街の中というわけではない。

 

「まずは……名前かぁ。私の名前って珍しいし、そのまんまツクヨでも大丈夫とは思うけど……」

 

 月夜はしばらく悩み、読み方を変えたツキヨと名前を入れて決定ボタンを押した。

 空中パネルの内容が変わり、映し出されたのは初期装備について。

 

「へぇ。結構たくさんあるんだ。美依とパーティ組むことになると思うしなあ。どうしよ」

 

 そんなふうに悩みながらスクロールしていくと、気になる項目を見つけた。

 

「双剣、か……。確か、前にも美依に誘われたゲームでやったなぁ…」

 

 両手で別々の剣を操るとかかっこいい!との理由で現実でも動きを考察したこともあった。ステータスを上げれば、ゲーム的なアシストも加わるので操れない訳ではないが、盾持ちのような防御力もなく、大剣使いに劣る攻撃力に短剣使いに劣る敏捷の中間職のような装備。

 逆を言えば大剣使いより速く、短剣使いより高い火力を持っているのだが、パーティの配置に困る武器だったと思い出した。

 

「……でもまぁ、ソロやコンビなら使いやすい部類だったっけ?それに一応、普通の片手剣も扱えるのか」

 

 そんなわけで、月夜は前にも少し扱ったことがあるという理由から双剣を選択した。

 ゲームにおいて、普通の片手剣は両刃(ダブルエッジ)が主流であり、片刃(ハーフエッジ)は刀以外では数少ない。しかし刀は両手武器のカテゴリーな上、月夜は剣道の経験などない。

 月夜が好むのはそんな片手用片刃直剣だった。そして、片刃直剣は双剣でのみ選択が可能である。

 

「つぎは、ステータスポイントか」

 

 ステータスポイントは最初に100ポイント与えられていて、今後もレベルが上がると貰えるものだ。

 

「魔法は使うか分かんないし、とりあえずINTとMPには振らないで良いよねSTR(攻撃)が高い方が良いんだろうけど、それじゃ大剣の劣化だよね…。AGI(敏捷)を高くしても短剣の劣化。なら……DEX(器用)かな?短剣程じゃないけど敏捷も高くして、急所狙いの一撃離脱ならダメージも稼げるし。VIT(防御)は振らなくていいよね、私なら全部躱せるし」

 

 ちなみに、首や関節、目といった弱点を攻撃した際はダメージが増加するのだが、DEXを上げても攻撃が当たりやすくなるように少し補正がかかる程度であり、動き回る敵の弱点を突くのは容易ではない。そのため弱点を狙うより、確実に攻撃力を上げた方が良いという結論が出ていたりする。

 

「あー……身長は(いじ)れないんだ。ざんねーん……」

 

 月夜の身長は同年代の平均より高く、本人としてはコンプレックスになっているのだが、実はそれなりにスタイルが良く、クールな印象で人気が高いことを知らない。

 

「あ、でもリアルバレ防止に髪の色とかは結構変えられるんだ……なら」

 

 月夜は、納得がいくまで髪や目の色を弄りまくる。そうして十分ほど経ち、ようやく満足のいくデザインになった月夜は、フフンと自慢げに一息ついた。

 

「うん、完成ー!よし、じゃあ行こう!」

 

 月夜の体が光に包まれる。

 次に目を開けた時、そこは活気あふれる城下町の広場だった。




 
 最初は短め。
 一話の終わりは1万字か区切りの良いところまで続くので、今後文字数の変動が激しいです。
 とりあえず第一回イベントまでは頑張り……たいなぁ。


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PS特化と街中

取り敢えずストックはあるから投稿。
まだ戦闘には出ませんよ


 

 月夜(つくよ)がツキヨになってこのゲームで初めて見た町並み。広場には噴水があり、ベンチなども設置されている。広場は大通りに繋がっていて、レンガ造りの建物が両側に並ぶ石畳の道を、多くのプレイヤーが歩いていた。

 

「へぇ……所詮ゲームって思ってたけど、すっごいリアル!」

 

 一目見て、納得した。この景色は現実でも見たことがない。幻想と現実が両立した中世に紛れ込んだかの様な独特の雰囲気がある。

 

「おっと…。とりあえず、ステータス!」

 

 ヴォンという音と共にツキヨの前に半透明な青いパネルが浮かび上がる。

 

―――

 

ツキヨ

 

Lv1 HP35/35 MP21/21

 

【STR 15】 【VIT 0】

【AGI 40〈+10〉】 【DEX 45〈+25〉】

【INT 0】

 

装備

 頭  【空欄】     体 【空欄】

 右手 【初心者の双剣】左手【初心者の双剣】

 足  【空欄】    靴【初心者の魔法靴】

 装備品【空欄】

    【空欄】

    【空欄】

 

スキル

 なし

 

 

―――

 

「うーん…双剣は両手の武器装備欄埋まっちゃうし、防御力に振ってないし…失敗だったかなー?」

 

 よくわからないので、ツキヨは装備品の項目をタップしてみた。すると、再びヴォンという音と共に、別のウインドウに切り替わる。

 

―――

 

『初心者の双剣』

 【DEX +25】

 

『初心者の魔法靴』

 【AGI +10】

 

―――

 

「んー……まぁ、AGI高めに振ったし、攻撃は避ければいいよね。弱点のダメージ増加狙いなのは変わらないし」

 

 とりあえず、今知りたいことの確認を終えたツキヨは、恐らく既に来ている友人を探すことにした。

 

「さてと。私は見た目にこだわって時間かかっちゃったけど、美依のことだから、もう始めてると思うんだよねー」

 

 そんな訳で、ログインして最初に目についたもの。青空から降り注ぐ光により、雫がキラキラと輝く噴水の方へと足を向ける。美依が分かりづらい場所にいるはずがないという信頼からだったのだが、予想通り、現実と同じ赤毛の少女。

 

「わーぉ。ツキヨさん、予想通りすぎてちょっとビックリだよ」

 

 周囲をキョロキョロキョロキョロと不安そうに見渡している姿は庇護欲すら湧きそうで、もし近くに悪質プレイヤーでもいれば声をかけられそうな様子である。

 早いところ声をかけよう。そう決めて、ふと、なんと声をかければいいのか分からなくなった。

 

「ネットマナーとして、ゲーム内で本名呼んじゃいけないよね……プレイヤーネームくらい聞いとくべきだったなぁ…」

 

 悩んでいても無駄に時間がすぎるだけなので、ツキヨはよしっ、と軽く気合を入れると、美依の元に近づいていく。

 

 

 

 …………後ろから。

 んんっと喉の調子を確かめて、少しだけ声音をキザったらしく。

 

 

「やぁ、そこのお嬢さん?」

「ふうぇうはぁ!?」

 

 

―――

 

 

「ぷっ、くくくっ!さいっこう!ふうぇうはぁ!?だって!ふうぇうはぁ!?あっははは!」

「つ、月夜なの!?お、驚かすのはやめてよ!」

「ぷっくく……はぁ、はぁ。ごめんごめん。なんて声かければ良いのか分かんなくてさ。ゲーム内で本名は呼んじゃいけないから。私はツキヨね。本名と似てるから、今のは聞き間違いってことにしといてあげる」

 

 一頻り笑いを収めてから、ツキヨは驚かした理由を話す。名前を知らなかったから、今のは不可抗力だ、と。

 

「だったら真正面から来てよ、全く…。わざわざ無駄にカッコいい声出さなくていいよ。それと、私はミィだからね」

「ミィが可愛いから仕方ない」

「理由にならないからねそれっ!」

 

 胸を張って堂々と宣言するツキヨに毒気を抜かれたミィは、友人の現実とは違いすぎる特徴にようやく気付いた。

 

「ていうかツキヨ。その髪とその目!どうしたの?」

「ふふん。ミィは見落としたみたいだけど、リアルバレ防止に髪や目の配色を変えられたんだよ。だから少しこだわってみました」

 

 今のツキヨは、きれいな黒髪が銀髪に変わり、瞳は血を思わせる紅色になっていた。

 設定時に色々と配色で遊んでみたものの、結局しっくりせず、ツキヨが一番好きな色で合わせてみたのである。

 そんなこだわりの見えるツキヨの姿に、ミィは悔しそうな表情を浮かべた。

 

「むぅ……私も変えるべきだったかなぁ…。今からでも変えられる?」

「一回決定したら、変えるのは少し手間みたいだよ?それか、そういうアイテムが出るのを待つしかないね」

「うぅー…。仕方ない、このままやろ。そういえば、ツキヨは武器何にしたの?私は杖にしたよ」

 

 切り替えが早い。もう見た目については諦めたらしく、武器紹介のコーナーが始まった。

 お互いに初心者装備を何にしたか気になるらしく、ミィは自らの杖を掲げた。

 

「おぉ、なら双剣の私とバランス取れたね」

「双剣か……。確かに二人ならバランスいいね」

「でしょ?それに、下手にやったことのない武器選ぶより、前にもやったことのある武器の方が良かったからね」

「なるほどね。なら私が後衛でツキヨが前衛か」

「そうなるね。ホントは片手剣でも良かったんだけどさ。ほら…ね?」

「たしか、双剣の時だけ片刃直剣を選べたんだっけ?ツキヨは両刃より片刃の方が好きだもんね」

「刀身が大きくなるから、両刃だと重さで振り回されるんだよねー」

 

 しばらく雑談しお互いに何を選んだのか、戦闘スタイルの確認を終えた二人は、まず何をやるべきか話し合うことにした。

 

「とりあえず、ミィは魔法が必要だね?」

「うん。スキルショップ見ていい?」

「うん。だからまずは、スキルショップに行ってめぼしい魔法スキル探してもいい?」

「いいよ!あ、私も何か良いスキルあれば買おうかな?」

「そう言って、いつも無駄なものまで買うのは誰だっけ?」

「うぐっ……」

「あはは!じゃあ行こ!」

 

 

―――

 

 

「と、言うわけで、やってきましたスキルショップ!」

「わーわー」

 

 街の中がどうなっているのか確認するため、ショップを探しつつもぶらぶらしていた二人だったのだが、人の出入りが激しく、またその殆どが初期装備な店を発見した。二人してあそこだ!と当たりをつけて突撃したのは正解だったらしい。

 

「ミィはどの魔法を使うのか決めた?」

 

 何気なしに聞いたツキヨだったのだが、ミィの口から出たのは迷いだった。

 

「うーんと、さ…。その、ツキヨ」

「なにー?」

「本当はやらない方がいいって思うんだけどね、その……。一属性だけ極めてもいい、かな?」

 

 魔法使いを選択したプレイヤーの多くは、少なくともニ属性を取得している。その理由としては、モンスターによって一属性だけでは対応しきれない場合があるためだ。火に耐性のあるモンスターや水につよいモンスターなど様々いる。パーティの中に魔法使いが複数いれば、一属性だけという選択肢もある。だが今のところ、ツキヨとミィはコンビだ。だからこそ、ミィは迷っていた。

 しかし、そんなミィの迷いも虚しく。

 

「へ?いいんじゃない?」

 

 ツキヨ、あっけらかんと答えた。

 

「その内にパーティメンバーも増えるかもしれないし、ギルドやクランでも実装されるかもしれない。ならむしろ、一つに特化した方が強いかもよ!」

「た、確かに…」

「それにミィなら、耐性も打ち抜く火力を出せそうだし」

 

 根拠もなく、冗談のような言い方で笑うツキヨに、ミィも笑う。そして結局、ミィは『火魔法』と『魔法の心得』というスキルを。ツキヨは『双剣の心得』『連撃剣』というスキルを購入し、早速フィールドに向かうことにした。




 
 次回辺り、ちゃんと戦闘出来たらいいなぁ……
 ミィはちゃんと原作のミィです。

 個人的にミィは苦労性と思ってる。
 祀り上げられたのに頑張って組織まとめて引っ張って大ギルドにするとかゲームなのにミィ楽しんでる?過労死しない?

 オリ設定にモンスターやプレイヤー、破壊可能オブジェクトには弱点を搭載。
 そこに当たるとダメージが増加します。


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PS特化と初戦闘

 ハッピーバレンタイン!
 バレンタインだけどバレンタインの話じゃありません!続きです。
 現実じゃチョコタルト作ったけど。
 材料4つ、分量比単純だからよく作るお気に入りだけど。

 今回だけで前2話よりも文字数多いというね。
 まぁ文字数は毎回少なかったり多かったりするから今回は少し長く楽しんでください。


 

 街の外にも、街の中程ではないが人がいた。

 

「人が多いとモンスターすぐ狩られちゃうし、少し遠くに行こっか?」

「だね。ミィの魔法を試すなら、森よりも開けた場所の方がいいから、向こうの平原に行こっか」

 

 二人はそのまま同じようにてくてくと歩いて、森に近い平原までやって来た。

 

「この辺なら人も少ないし、モンスターもそこそこいるね」

 

 言いながら、ツキヨは鞘に収めていた双剣を抜く。ミィは既に杖を持って臨戦態勢だ。

 

「魔法で挑発して、こっちに呼ぼうか」

「おっけー!」

 

 十メートルほど先には、尖った角を持った白兎がいる。可愛いしモンスターでなければもふりたいところではあるのだが、二人はぐっと我慢する。

 

「いくよ!……【ファイアーボール】!」

 

 ミィが魔法名を叫ぶと、目の前にバレーボールほどの大きさはある火球が出現。真っ直ぐに白兎に向かうが、兎さんは当たる直前に熱気で気付いたか、身を捩ってぎりぎりで躱した。

 

「躱された!………来るよっ!」

「前は任せてっと!」

 

 火球による攻撃を作戦どおり挑発と受け取ったのか、兎さんは一直線にミィに突撃する。そこへ、進路を遮るようにツキヨが割り込んだ。

 

(見る…よく見ろ。白兎の敏捷(あし)は早いけど、真っ直ぐに、単純にこっちに向かってきてる。なら、タイミングを合わせるだけでいい!)

 

 兎さんは邪魔だぁぁ!とでも言わんばかりに角による突撃を繰り出すが、ツキヨは至って冷静に。

 

()()()………()()()()

 

 独角による突進にタイミングを合わせ、半歩だけズレることで打点から抜ける。同時に、もと居た場所に剣を()()。ただ、それだけ。

 

 それだけで。

 

「キュ、キュゥ……」

 

 角兎さんの角は根本から絶たれ、ただの白兎さんになると共にHPが全損した。

 あとに残るのは、四散した兎のポリゴンだったものと、ツキヨが断ち切った角だけだった。

 いわゆる、部位破壊。モンスターの体の一部を破壊することで、その部分をドロップ品として入手したのだ。

 

 

「相変わらず、見えてるのに何してるか分かんないんだけど」

 

 ミィがそう評すのは、ツキヨの先程の動き。

 何をしたのかは分かった。ただ避けて、斬った。それだけ。だがたったそれだけの動作でありながら、ツキヨのそれは練度が違う。次元が、違う。

 

「あはは、私は目がいいからね」

 

 ツキヨは苦笑気味に笑うと、どんどん行こー!とドロップ品をストレージに仕舞い、新しいモンスターを探しに行く。

 

 

――――――

 

 最初に白兎を倒してから、私とミィはずっと戦い続けた。

 草原に出るのは殆どが動物系のモンスターで、主攻撃は全部突進。攻撃が当てやすく、攻撃を躱しやすいためミィの魔法の練習にも、私の接近戦の勘を取り戻すのにも最適だった。

 

「あ………ツキヨごめん、MP切れた!」

「自然回復量より使用量の方が断然多いから、仕方ないね!っと」

 

 MPは時間と共にゆっくり回復するが、戦い始めてからずっと見的必殺(サーチ&デストロイ)していればMPも枯れる。

 

「じゃあ、今向かってきてる敵を倒したら、一度街に……ってちょ、何体いるのこれ!?」

 

 そこで、気付いた。今私達は、森と草原の境界線にいるのだ。草原で広範囲を狩場にしたら他の人の迷惑になるため、慣れてきた頃に少しずつ森の方へ移動していたのが仇となった。

 森から兎に猪、人サイズの百足、狼などなど。

 少なくとも三十は超えるだろうモンスター。

 そしてモンスターの脇から逃げるように飛び出す複数のプレイヤーの影。

 

やばい……()()()()()()()

 

 モンスタートレイン

 大量のモンスターのタゲを取ってしまった挙げ句、対処ができなくなってしまった初心者によく見られる光景。

 自分たちが逃げるために仕方ないと思ったのかもしれないが、そんな状況にもなるまで気付かないとかあり得ない!

 その人たちが私達に気付いたのか、申し訳なさそうに片手を上げて……" た の ん だ "……?

 

「は……はははっ…」

 

 何が頼んだ、だ?ふざけるな。こっちだって主攻撃の魔法使いがMP切れてるのに。MPKされたと運営に報告してやろうか。デスペナルティーの経験値ロストが惜しかったとか理由にならない。こっちなんてレベルは上がってるけど連戦だったからステータスも振ってないレベル1状態なのに!

 

「ミィ、あの人たちに押し付けられたけど、今はそんなこと言ってられないよ!」

「で、でももうMP無いんだけど!?」

「ミィは後退して自然回復を待って!」

「あああもう!さっきの人たち燃やす!絶対燃やす!」

 

 仕方ない。ミィが参戦できない以上、ここで私が逃げれば他の人に押し付けることになるし、それじゃあの押し付けた人と同じだ。

 そんなのは絶対に嫌だ。

 

 だから……

 

「こっちを見なさい!」

 

 モンスターの気を引く。

 ミィが下がったのを確認して、自らに注目を集め、タゲを取る。

 モンスターたちが私を見て、狙い通りターゲットに定めたようだ。

 もう割り切ろう。一時間ちょっと戦ったけど、完全に勘を思い出せたのか確認できる良い機会だ。

 

 目を閉じる。

 息を吸い、吐く。

 この緊張を鎮め、集中力を高めるように。

 

「ツ、ツキヨ!来ちゃう来ちゃう!」

 

 次に目を開けたとき、世界はゆっくりと流れていた。まるで、()()()()()()()()()()

 

「さぁ……いくよ?」

 

 ひどくゆっくりと流れていく世界で、私だけが(はや)く (はや)く (はや)く。

 

 

――――――

 

 

 久しぶりに見たツキヨの本気は圧巻だった。

 

 兎が飛び掛かれば、その瞬間に首と胴が分かたれ、猪はツキヨが避けた途端にポリゴンの塵となる。百足はどうやったのか全身の節で何十等分にも分割され、狼は猪と同じ末路を辿る。

 訳がわからない。霞むような速さとは、これを言うのだろうか。

 私は、自分のMPが回復したとしても、この戦闘に入ることができないと思う。

 

「今頃、私の声も聞こえてないよね…」

 

 ツキヨは小学校の頃に言っていた。『皆遅いね』と。別に、ツキヨの足が特別速いとか、そんなんじゃない。

 ツキヨの反射速度は常人を遥かに上回るのだ。

 反射速度とは、知覚し、理解し、対応する。この工程の処理の速さを反射速度といい、私達常人は0.3秒程度。これをどんなに鍛えても、0.1秒を切ることはできない。

 

 ………ただ一人。ツキヨを除いて。

 

「ツキヨの反射速度は0.05秒を切るん、だっけ」

 

 ツキヨは、現実でも今と似たようなことができる。というより、初めてツキヨの本気を見たのが現実でなのだ。

また、常人より反射速度が早いとは、脳の処理データ量も比例して増えていくことになる。そして、ツキヨはこれに長時間対応できない。昔コントロールできなかった頃は、一日一回は気絶していたように思う。

 だから必死にコントロールを覚えた。どうやったのかは不明だが、今ではオンオフが可能になったらしい。目を閉じて深呼吸することで切り替わり、一日最大で連続六時間。断続なら合計十時間まで本気を出せる。

 ただ、現実でこれをやるには身体が付いてこない。数分なら良いが、早すぎる挙動に筋肉が断裂する。だが、仮想世界なら話は別だ。脳が思った通りに動く身体(アバター)は、ツキヨのこの技能を十全に発揮できる。

 現実での身体能力を反映して作られるアバターは、ツキヨのこの技能にも対応している。とどのつまりツキヨは、他の人が一つの行動をする間に、三つか四つの行動を起こせるのだ。常人が相手なら、平均して十の行動を取れるというのだから反則である。

 

 ものの十分、いや十分も経っていないとは思う。そんな短時間で、三十を超えるモンスター群は全滅した。もちろん、ツキヨは一切のダメージを受けていない。

 ツキヨにとっては全てスローモーションで見えていただろうし、剣で弾くも躱すも自由自在だっただろう。

 

「はぁーつっかれたぁー!ねぇミィ?MP回復したなら援護してよ」

「本気状態のツキヨを援護とか無理だよ…。むしろ妨害しちゃうって」

 

 無茶言うな!と声を大にして言いたいし、全く持って危なげなく対処してるように見えた。

 そんなツキヨは、もう一度目を閉じて深呼吸をしている。あれで、もうオフになったのだろう。

 

「それに、まだ微妙に回復しきってないし」

「あれ?三十分近く戦ってた気がしたんだけど」

「十分経ってないからねー?ツキヨ、自力時間加速とかやめてよ?」

 

 昔から分かっていたことだが、この友人には常識というものが通用しない。もっとも、この常識破りな本気のツキヨを見たくて、ゲームに誘ってしまうのだが、それは黙っておこう。

 

 

――――――

 

 

 あぁ…疲れた。

 ミィにはオンオフを切り替えてるって言ってるけど、本当はそんな都合の良いものじゃないからすっごい疲れる……。まったくさっきのプレイヤー、顔覚えたからねー?いつか倍以上にして返してやる…。

 

「とりあえずお疲れ様。ダメージ受けたようには見えないけど、ポーションいる?」

「ポーションはいらないけど、休憩したいかな。なんか今のでスキル取れたし、確認したい」

 

 戦闘が終わったら、スキル取得通知が届いたのだが、疲れててどんなスキルが取れたのか確認していない。休憩ついでに確認しようと思う。

 

「どんなスキル取れたの?」

「んーと……『挑発』と『精密機械』……?」

 

―――

 

【挑発】

 モンスターの注意を一点に引き寄せる。三分後再使用可能。

取得条件

 十体以上のモンスターの注意を一度に奪うこと。アイテム使用可

 

【精密機械】

 弱点攻撃時、このスキル所有者の【STR】を(STR+DEX)×2とする。

 弱点以外を攻撃時、(DEX−STR)÷2を【STR】とする。

取得条件

 一定時間内に一定数の敵を倒すこと。またその間全ての攻撃を弱点に当てること。

 

 

―――

 

 『挑発』は最初にタゲ取ったからか…。

 

「弱点を攻撃した時だけ【STR 170】として計算されるってこと?これ、かなり凄いスキル?」

「【STR 170】って相当強いよね!?」

「うん。でも弱点を外すと…確か小数点以下切り捨てだから【STR 27】になるみたい」

「うわ…」

 

 言ってて思うけど落差がひどい。……でも、マイナス分の【STR】をこのままに、【DEX】を上げ続ければ、それほど気にならない攻撃力を保てるかな?

 

「まぁ、これからも【DEX】を上げ続ければ、問題なし!それに元々、弱点攻撃の一撃離脱を戦闘スタイルにする予定だし、なんとかなるでしょ」

「………確かに、ツキヨが弱点外すとか考えられないかも」

 

 あれ?ミィがなんか遠い目をしてる。

 

「さてと。初日だし、そろそろ街に戻ってログアウトする?」

「そう…だね。でもその前に、レベルアップ分のステータスポイントだけ振ってもいい?次こそはMP切れにならないようにしたい!」

「じゃあ、私も振ろうかな」

 

 初日に数時間だけ戦って、レベルは11まで上がった。ステータスポイントは二の倍数のときに5ずつ、10の桁が増えた時だけ10ポイント貰えるため、使えるポイントは30ある。ちなみにミィは最後のトレインに参加していないためレベル9だ。

 さてどのステータスに振り分けるかだけど、外すつもりは無いけど、攻撃が弱点から外れた時にマイナスが大きくならないように、【STR】は振らない。【DEX】に多めに入れて、本気を出した感じ、【AGI】がもっとあったら、現実じゃできなかった『アレ』ができそうだけど…

 

「ねぇミィ」

「ん?どうしたの?」

「私も魔法、取っていい?遠距離攻撃の手段が欲しい」

「サブに取ってる人は多いもんね」

「うん。ミィが火だし、私は『水魔法』にしようかな?」

 

 【AGI】はあとからでも十分上げられるし、ここは【INT】を優先しよう。

 

 

―――

 

ツキヨ

Lv11 HP35/35 MP21/21

 

【STR 15】 【VIT 0】

【AGI 40〈+10〉】 【DEX 60〈+25〉】

【INT 15】

 

装備

 頭  【空欄】     体 【空欄】

 右手 【初心者の双剣】左手【初心者の双剣】

 足  【空欄】    靴【初心者の魔法靴】

 装備品【空欄】

    【空欄】

    【空欄】

 

スキル

 【双剣の心得Ⅰ】【連撃剣Ⅰ】【挑発】【精密機械】

 

 

――――――

 

 ツキヨは最後にステータスを確認すると、満足気に頷いた。

 

「終わった?」

「終わったよ。ポイント全部【MP】と【INT】に振っちゃった。これで今日の失態はしないよー?」

「なら、明日以降は期待してるね」

 

 初日でトレインと戦うといったトラブルもあったものの、二人は一頻り笑い、街に戻ってからログアウトした。

 

 その頃ネットのとある掲示板では。

 

―――――――――

 

【NWO】凄い双剣使い見つけた

 

1名前:名無しの大剣使い

 なにあれすげえ

 

2名前:名無しの槍使い

 kwsk

 

3名前:名無しの弓使い

 どうすごいの?

 

4名前:名無しの大剣使い

 何か西の森の入り口で30体くらいのモンスター殲滅してた

 

5名前:名無しの魔法使い

 レベル高ければ誰でもできるだろ

 

6名前:名無しの大剣使い

 いや見た感じは初期装備だった

 近くに初期装備の魔法使いもいたけどMP切れたんか佇んでた

 

7名前:名無しの槍使い

 初心者装備でそれは自殺行為

 

8名前:名無しの大盾使い

 それ俺も見たわ

 別の初心者パーティがトレインしたやつを押し付けられてた

 助けようと思ったんだが殲滅しだしたから様子見した

 

9名前:名無しの双剣使い

 は?なにそれ押し付けた奴らゴミじゃん

 ちなみに俺がそいつと同じ状況だったら一瞬で逃げますはい

 

10名前:名無しの魔法使い

 実際30体のモンスターって初心者装備で殲滅できるんか?

 

11名前:名無しの双剣使い

 まず無理

 双剣はそれなりに高い攻撃と敏捷が基本だがそれだけ多いと押し切られる

 

12名前:名無しの大剣使い

 双剣使いの美少女ほぼ全部一撃だったぞ

 

13名前:名無しの槍使い

 やっぱ極振りか?って言うか女かそれも美少女か

 

14名前:名無しの大盾使い

 いやめっちゃ速かったぞ

 多分【AGI】40はある

 魔法使いの方も美少女だったぞ

 

15名前:名無しの弓使い

 なら隠しスキルでも見つけたとかかもしれん

 

16名前:名無しの大剣使い

 んーまた追々情報集めるしか無いか

 トッププレイヤーになるのなら自然と名前も上がってくるだろ

 

17名前:名無しの双剣使い

 同じ双剣使いとして今度何か見かけたら書き込むわ

 

18名前:名無しの魔法使い

 情報提供感謝します!(敬礼)

 

―――――――――

 

 こうして、二人の知らない所で少しだけ話題になったツキヨとミィだった。




 
ツキヨちゃんの反射速度は反則です……本当に。
『落第騎士の英雄譚』のキャラクターの能力?をクロスしてます。こんな力持ってるの一人しかいないから分かりやすいかな。

ついでにツキヨちゃんのゲーム内の見た目イメージは、同じく『落第騎士の英雄譚』より。エーデルワイスさんを少し幼くして目を紅くしたらokです。それでツキヨちゃんです。


ついでにバレンタインだしチョコタルトのこと書いとこー!
分量比
①ビターチョコ:生クリーム=1︰1
②クッキー︰バター=2:1
 ①︰②=お好み!

 砕いたクッキーと溶かしたバターを混ぜて型に敷き詰めて冷蔵庫へ30分以上(タルト部分終わり!)
 チョコと生クリームを一緒に湯煎して乳化するまで混ぜる(終わり!)
 型に流し込んで冷蔵庫で3から5時間で完成(常温でも固まります)

 型は100円ショップにも売ってる底の抜けるケーキ型なら楽。クッキングシートを合わせて切って敷けば型から外すのがもっと楽。

 材料のグラムはお好み(型によって変わるし)
 チョコと生クリーム、クッキーとバターそれぞれの比率を覚えるだけの簡単なタルト。
 タルト部分多めだとザクザク感が、チョコ部分多めだとしっとり感が強くなります。
 ギリギリまでバレンタインチョコを悩んでる奇特な人は簡単なのでどーぞ。美味しいしね。

 ちなみに個人的に一番好きな比率は
チョコ4︰生クリーム4︰クッキー2︰バター1
グラム換算なら左から100g︰100g︰50g︰25gの倍率。分かりやすいでしょう?しっとりとザクザクが丁度いい(自分ではね)。

 いつかツキヨちゃんが作る話でも書こうかな


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PS特化がいない炎帝

筆が乗ってるので連日投稿

主人公のいない時の拙作ミィをお楽しみください

うちの主人公、ステータスは器用特化だけど、実際プレイヤースキル特化かもしれん。
 そのうちに題名を『PS(プレイヤースキル)特化と〇〇』に変更するかも


 

 初ログインから数日。

 初日のようなトラブルもなく、ツキヨとミィはレベリングや資金集めに励んでいた。

 しかし、今日はツキヨが用事でログインできず、ミィは一人でログインしていた。

 

「さて、今日はツキヨがいないけど、草原のモンスターなら、もう手こずらずに倒せるんだよね…」

 

 連日のレベリングの甲斐もあり、既に【火魔法Ⅴ】【魔法の心得Ⅴ】の他、【MP強化小】や【MPカット小】、【MP回復速度強化中】【INT強化小】【火属性強化中】などの魔法強化スキルを大量に取得していた。

 

「結構強くなれたけど、まだ殆ど初期装備……。魔法の靴とかでなんとかステータスは上げてるけど。もっとこう……統一感が欲しいよね」

 

 そうなると、やはり新しい装備が欲しくなるものである。

 

「全身を赤で統一感出して、全てを燃やし尽くす炎の魔法使いとか!」

 

 くぅー…カッコいい!と一人夢想するミィ。

 しかし現実はそう甘くはない。レベリングで手に入った物を売却してそれなりに資金集めをしているが、生産職のプレイヤーに装備一式を頼むには数百万Gはかかる。

 

「レベリングと装備資金集めのために、今日は強めのモンスターがいるところまで行ってみようかな」

 

 NWOの掲示板には、魔法使いのレベリングにおすすめな場所も掲載されている。しかし、レベル17まで上げたミィにとってそこは、既に遊び場。むしろ散歩コースレベルになる。むしろなぜ、そのレベルまで初期装備なのか。

 

「さて、アイテムも十分だし、行きますか!」

 

 目指すは西の森奥地。ゴブリンの巣!と意気揚々と街から出たミィは、早速魔法で移動する。

 

「【フレアアクセル】!」

 

 ミィは足裏から爆炎を上げて猛加速。

 周囲にはそれなりに人がいたが、すべて無視して数秒で平原を走破し、森の奥まで突入する。

 そうしてどんどんと奥に進んでいくと、小さな体躯のモンスター。ゴブリンの姿を捉えた。

 

「確か、ゴブリン100体を狩ると上位種が出てくるんだったな」

 

 出現する上位種はプレイヤーの戦い方で変化し、ミィは自分ならゴブリン・メイジあたりが出てくるだろうとあたりをつける。

 

「さぁ……とっとと倒させてもらう!【ファイアーボール】!」

 

 

―――

 

 

「ふぅ……これで100体。攻撃力もだいぶ上がったし、一時間かからなかったなー」

 

 ミィは宣言通り、一時間もかからずに100体ものゴブリンを殲滅した。

 どうせゴブリンは前座なのだと出し惜しみせず、むしろ時間こそが惜しいために最大火力で押せ押せなノリで倒した。

 ポーションとMPポーションで回復しつつ、上位種が出るのを休憩しつつ待つ。

 

 しかし、五分ほど経っても現れる様子がない。

 

「えぇ…モンスターなんで出ないのぉ……」

 

 半泣きである。せっかく資金集めとレベリングにここまで来たのに、倒したのは弱いゴブリンだけ。

 これでは攻撃力の上がっているミィは満足しないし、レベルも1しか上がってない。下位ゴブリンの素材なんて換金してもおいしくない。

 ないない尽くしでつまらない。

 

「もういい。もっと深い所まで行けば、何かしらモンスター出るかもしれないし、明日は休みだし」

 

 多少の夜ふかしは目を瞑ってくださいと心の中で母に合掌。心は届いたと言い聞かせ、とことこと。むしろ若干気落ちしてトボトボとした足取りで奥へと進んでいった。

 

 

 

 変化は、十分と経たずに現れた。

 

 

「いったた……もー…なんでこんなことに…」

 

 しばらく奥地へと歩いていたミィは、突然の浮遊感に襲われた。

 それは、地面に突如空いた穴。

 特定の条件を満たしたプレイヤーにしか開かないトラップ。

 

「こんな場所の情報、攻略掲示板に載ってなかったのにぃ…もぅいやぁ……」

 

 高所からの落下ダメージを半泣きで回復しつつ、周囲の様子を伺う。

 

「隠しダンジョン、だよね…はぁ。なんでこんな日にツキヨいないのぉ……」

 

 頼りになる常識破りは今日はいない。

 落下した場所を見上げるが、高さ6〜7メートルほどはあり、【フレアアクセル】込みでジャンプしても届きそうにない。

 となれば…。

 

「あぅぅ……ダンジョンボス倒さなきゃ出られないじゃん…」

 

 理解してしまえば、ミィの意思は固まった。

 死に戻りすれば出られるだろう。でも、本当にそれで良いのか?未発見のダンジョン攻略を、序盤に諦めてしまって本当に良いのか?

 そんなプレイヤー魂燃えるミィは、もう誰にも止められない。

 

「よし…大丈夫大丈夫!ツキヨが居なくてもなんとかなる、なんとかする!」

 

 その決意を待っていたかのように、先程大量に倒した醜悪な小人。ゴブリンが襲いかかってきた。

 

「甘い!【ファイアーウォール】【フレアアクセル】!」

 

 防御魔法でありながら、触れると火属性ダメージを発生させる壁を展開すると、【フレアアクセル】の加速力を以って接近するゴブリンを迂回するように進み、背後を取った。

 

「【バーストフレア】ぁ!」

 

 部屋全体を巻き込む炎の爆発は、密集するゴブリンを一体残らず吹き飛ばす。

 

「下級ゴブリンが、私の邪魔をするな!」

 

 そんな大破壊をしたミィはなんかもう………ハイだった。

 

 度重なる不運。レベルは上がらず資金集めも捗らず、上位ゴブリンは出ずに今も下級。

 極めつけはツキヨが一緒にいないことが、虚しさやら寂しさやら話し相手がいない悲しさやらでテンションが天元突破してしまった。貯まりまくった鬱憤を、これから現れるボスモンスターにぶつけるために。

 

「私の炎に燃やし尽くされる覚悟はあるか、ゴブリン共!」

 

 どこか演技がかった口調は、怒りからくる謎テンション。これが、後にミィを黒歴史の闇に落とすことになるとは、ミィも予想だにしなかった。

 

 

――――――

 

 

 それから、信じられないほど絶好調でダンジョンを攻略し続けたミィは、遂に最奥の扉に着いた。

 

「ここが、ボス部屋だな」

 

 もはや面影がないほどに凛々しい口調になったミィは、五メートルほどもある巨大な扉に手をかけた。道中は時折枝分かれしたが、扉はここが初めてだ。ちなみに道中は、全て炎の渦に叩き落としてきたミィ。なんの躊躇もなく、扉を開く。

 

 中は広く、薄暗い。

 天井は十メートル近くある。ミィが落ちた場所より、現在地は深いのだろう。横幅も同じくらい。

 しかし、奥行きが倍以上はある。

 

「ふっ。まるで玉座の間だな。こんな地下深く、日の光も届かぬ暗闇に潜むとは、随分と肝が小さいのだなぁ?醜悪なる王よ」

 

 声をかけるのは、最奥の玉座に座す存在。

 地上と、この地下ダンジョンを徘徊するゴブリン達の親玉。

 体長はミィの倍以上はあり、睥睨する瞳は殺気すら籠もっている。

 しかし、ミィは自然体で、むしろ覇気すら纏っていた。

 

「はっ。どうした?その程度の殺気、そよ風の親戚か?心地良いくらいだぞ」

 

 語りかけながらも、決して歩を止めず。

 背後に【遅延】スキルで発動を遅らせていた、無数の【ファイアーボール】を展開し。

 

 

 

 ゴブリン王の凄まじい咆哮を皮切りに。

 

「ははっ!我が炎で焼き尽くしてくれる!」

 

 火球が、流星のごとく殺到した。

 

 【ファイアーボール】は、【火魔法】で一番最初に使える魔法であり、威力も決して高くない。一発では、下級のゴブリンを倒せれば良い程度であり、ゴブリンの王にとってはそれこそそよ風の親戚だろう。

 

 しかし今回はその数が異様。否、異常だった。

 【遅延】スキルは魔法発動後、しばらくの間発射せずにその場に留めておくだけのスキルだ。だが、だからこそ、【ファイアーボール】のように連射のできる魔法を【遅延】させれば、それこそ弾幕が可能になる。

 

 ミィは、初手に【ファイアーボール】の弾幕で目くらましをすると、【フレアアクセル】で王の懐に潜り込み、至近距離で【バーストフレア】を叩き込み、再び【フレアアクセル】で離脱し、【遅延】【ファイアーボール】を少しずつ貯めるという、情け?容赦?何それ美味しいの?を地で行く作戦を敢行。

 僅か数分で王のHPを3割削った。

 

「はっ。王と言う割に、大したことないのだなぁ?なんだ?王は王でも愚王か?誇れるのはその冠だけか?」

 

 ちゃっかり挑発も忘れない。凛々しく、気高く、カリスマ性溢れる今のミィは、例えボスモンスターでも止められない。

 流石にこの挑発を看過できないゴブリン王。

 グオォォォォオオオ!と再びの咆哮を上げると、全身から独特な赤い燐光を散らす。と同時に、王のHPは半分まで減った。

 

「ふははっ!自ら死に急ぐとは正しく愚王!」

 

 ちなみにゴブリン王のこれは本来、HPが半分を切ったら起こる、パワーアップ現象である。

 それが何故3割しか削っていないのに起こるのか。三度目の咆哮にはきっと、"いい加減にしろワレェェエエエエ!!"という怒気が籠められているに違いない。

 ゲームモンスターすら怒らせるミィの挑発。

 

「お?少しだけ敏捷(あし)が速くなったな?」

 

 赤い燐光を散らす王は、怒りを力にステータスを上げて襲いかかる。

 

「だが、()()()()()!!」

 

 それは、いつもツキヨを見てるから。あの常識を母親のお腹の中に置いてきた存在を親友にしているミィにとって、この程度のパワーアップじゃ物足りない。むしろ"え?その程度のパワーアップとか何かのギャグ?"とでも言うかのごとく。

 【遅延】させてきた最大数の【ファイアーボール】を王に直撃させていく。

 その数、驚異の100個。

 だが、それでも王の速度は衰えない。HPは削れ、残り一割と少し。ミィの火力ならば、高位の魔法一つで吹き飛ぶほど儚い残量。

 でも、だからこそミィは全力を尽くす!

 

「【フレアアクセル】!」

 

 一直線に最初とは比べ物にならない速度で迫る王に対し、ミィはタイミングを見計らい突貫。

 ミィを叩き潰すために振り上げられた、巨大な両腕を加速しながら潜り込んで躱し、懐に。

 それは、戦いの開幕を焼き増ししたかのような光景。

 

「楽しかったぞ、ゴブリン達の王よ!

………【華焔】!!」

 

 ゴブリンの王を種とした炎の華が咲き乱れた。

 

 

 

 

「あぁぁぁあ……勝ったぁ……」

 

 勝利の余韻に浸りたかったミィだが、それは通知によって遮られた。

 

『【火魔法Ⅵ】になりました』

『スキル【炎帝】を取得しました』

『レベルが20に上がりました』

 

「え?えっえ、えぇ?なになになに!?」

 

 レベルアップ通知は分かる。これまで何度も聞いてきた。しかし、その前のスキル取得通知は、なんと言った?

 

 ミィは逸る気持ちを抑えられず、疲れて倒れ込みたいのをギリギリで堪え、スキルを確認する。

 

―――

 

【炎帝】

 【火魔法】によるダメージが二倍になる。

 炎を司る帝に足りうる力を得る。

取得条件

 MP消費スキルを【火魔法】のみ取得し、スキルレベルⅥであること。

 ボスモンスターを【火魔法】のみで倒すこと。

 

―――

 

「ふ、ふふふ……あははっ!」

 

 笑った。ミィは今、心の底から歓喜した。

 欲しかったものが、遂に手に入ったから。

 全てを燃やし尽くす炎の魔法使いという、街で言った事がもう叶ったから。

 

「どうやら【火魔法】の様に、いくつかのスキルを内包してるみたいだな……って、なんかさっきまでのテンションが抜けない…」

 

 そんな事を言いながらも、顔がニヤけるのを止められない。しかもなんか、目の前に宝箱まである。これ以上貰っていいの?え?なんか請求されない?とソワソワしちゃう。

 が、これがきっと討伐報酬だろうと判断し、意を決して開ける。

 

「お、おぉ…おぉぉぉぉおおおお!!」

 

 ミィはその中身を見て、今日の不運全部を帳消しにした。




今後ミィも少しずつ強化していきたいと思うけど、原作でミィが持ってるスキル分かんない

持ってるだろうなーってスキル込みで考えてますが、ミィのステータスは今後も出す予定なし



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PS特化と遭遇

毎日投稿ができて嬉しいこの頃

やっぱメイプルがクロムと出会ったように、ツキヨも誰かしら出会わないとね


 

「おぉ!私が昨日一日ログインできなかっただけで、随分とかっこよくなったねぇミィさんや?」

「えへへ……良いでしょ、これ!」

 

 一日開けた土曜日。ツキヨが朝からログインすると、ミィの姿は見違えるほど変わっていた。

 黒いファーの着いた真紅のマントに、それに合わせたような赤を基調とした衣服。白いショートブーツに白と赤のアームカバー。更にルビーのような宝石がついた短杖(ワンド)

 見事に赤で統一された、炎の魔法使いだった。

 

「しかもねぇー、ツキヨには教えてあげる!」

 

 それから始まったのは、昨日どんなことがあって、どんな経緯で、どんなスキルを手に入れたのか。

 まるで新しい玩具を買ってもらった子どものように、ニコニコとウキウキとしながら話すミィ。

 そんなミィを眺め、ツキヨはといえば

 

(うちの子が可愛い……)

 

 なんか、目覚めかけていた。

 ミィが可愛いのだ。今までで一番笑顔で、ずっと楽しそうなミィが可愛いのだ。ゴブリン王との戦いではっちゃけたミィとか見てみたいとか。愛でたいとか可愛いとか撫でたいとか可愛いとかとかとか。

 

「ちょっ、いきなり何ツキヨ?」

「ハッ!ミィが可愛くて、つい」

 

 つい、で本当に撫でてしまった。

 が、それで一度話が途切れると、今度は装備そのものの話になった。

 

「私の装備、ユニークシリーズって言うんだって。なんでも、1ダンジョンに一つだけ。初挑戦でソロ討伐した時の特別報酬で、プレイヤーにあったステータス、スキルが手に入ることがあるみたい。しかも他人には譲渡できないから、PKされても装備は落ちない」

「へぇ?」

「しかもね、ツキヨ。ちょーっと顔を近づけて」

「?良いけど…まだあるの?」

 

 そういうや、街中なため周囲にはバレないように、ミィは自身の装備のスキル欄を見せてきた。

 

―――

 

『火焔のマント』

【INT +20】【VIT +8】【破壊不可】

 

―――

 

「ちょっ、これ…!」

「うん、ユニークシリーズは絶対に壊れない」

「プレイヤーメイドの装備とか要らなくなるね」

 

 耐久値を気にしての戦闘をしなくて良くなるのは、ユニークシリーズならではだろう。

 どんな装備でも、その殆どが耐久値が設定してある。表に出回っている情報の中で耐久値の設定が無いと分かっているのは、初期装備だけだ。

 そんな中でユニークシリーズは異彩を放つ。ツキヨのような前衛なら、武器の損耗、大盾などの壁役(タンカー)は防具の耐久値。それらは戦闘を重ねる度に重くなり、耐久値が下がっている状態でボスと戦えば、最悪武器を失うことになる。そうなれば、攻撃力あるいは防御力を大幅に下げることになり、生存率はかなり下がるだろう。むしろその状態で生き残るのは人を辞めている。

 

「これは…装備ステータスはなるべく隠蔽しないとね……?」

「分かってるよ。ネットゲーマーの嫉妬は怖いからねー」

 

 あっけらかんと宣うミィに、ちょっとした意地悪をしたくなったツキヨ。

 

「ちなみに今、私も先を越されたことに嫉妬してるって言ったら?」

「えー?ツキヨもどこかダンジョンをアタックすればいいと思うよ?ツキヨが本気を出せば多分今の私でも勝てないし、大抵のことはなんとかなるでしょ」

「流石に全体攻撃は避けきれないかな…」

 

 これである。

 ツキヨの生まれ持っての才能は、彼女の回避能力、攻撃能力に大きく影響している。この才能がなければ、『全ての攻撃を弱点に当てる』なんて芸当は不可能だろう。

 

「私もミィみたいに、未発見のダンジョンとか踏破したいなー」

「欲張りめ」

「「………あはは!」」

 

 そんなこんなあって、現状を説明したミィは、まだスキルの確認をしていないことを告げる。

 

「私まだ【炎帝】の確認してないんだ」

「あれ?そうなんだ?」

「その…さ、最初はツキヨとやりたかったの!悪い!?」

「うちの子が可愛くて辛い」

 

 頬を薄っすらと赤くしながら、恥ずかしそうにツンデレるミィに、ツキヨが壊れた。

 

「うぅ…ほら!早く行くよ!」

 

 しまいにはツキヨの手を引き、強引に街の外に向かっていくミィだった。

 

(ミィ、相当嬉しかったんだろうなぁ……)

 

 ログインしてから終始笑顔のミィに、ツキヨはそんなことを思いつつ。

 

「ひ、引っ張らなくてもちゃんと歩くから!というかミィの方が【AGI】低いんだからねぇ!?」

 

 

――――――

 

 

 ミィめ…いきなり引っ張るからバランス崩しそうになったよ全く。まぁ私の反射速度のお陰で立て直したけどさ。

 

「レアスキルだから、人のいない森の奥の方がいいんじゃない?」

「だね。じゃあ競争しようよ競争!どっちが先に着くかさ」

 

 ミィは【AGI】が低めになっている。それは、機動力は【フレアアクセル】で十分にカバーできるからなのだが。

 

「ミィさ、【フレアアクセル】を使った上で、この前私に負けたよね?」

「ふふん!一昨日までの私とは一味違うのを見せてあげる」

 

 あぁ…なるほど。【炎帝】なんてスキルなだけあって、【火魔法】の強化も含んでるのかな?

 

「じゃあミィがどれだけ強くなったか見せてもらうよ?」

 

 言いながら、足元の小石を拾う。よくあるスタートの合図だ。

 真上に軽く石を投げ、重力に従って落下する。

 ………今日は、ミィに合わせるか。

 私が石が地面についたと認識した時、ミィは()()()()()()。私とミィの反射速度には、埋められない差が存在するのだから当然だ。

 だから石ではなく、ミィに合わせる。

 ミィの口が開き、【フレアアクセル】の魔法を発現させる瞬間、私も地を蹴った。

 

「【フレアアクセル】!」

「ふっ!」

 

 瞬間。

 ズシャァァァアアア………とでも効果音が付きそうなヘッドスライディングを決めた友人。

 

「…………は?」

 

 いや訳が分からない。ミィ、なに【フレアアクセル】を初めて使った時みたいなアホ可愛い挙動してるわけ。あの時も初めてはヘッドスライディングしたよね?何、焼き増し?……あ、でも移動距離が倍以上に伸びてる。ってことは加速力が相当上がってるんだ。

 なんて考えてたら、ミィが恥ずかしさでプルプルしだした。可愛い。

 

「うぅ…どぅしてこんなことにぃ……」

 

 顔を赤くして半泣きになってる。可愛い。

 

「ミ、ミィ……?」

「…今のは失敗じゃなくて…【炎帝】の効果が高すぎて今までの制御ができなかっただけだからね」

「ほらほら泣きやんでー?大丈夫大丈夫」

「………うぇぇぇええ…ツキヨぉぉ……」

 

 あぁ、ついにガチ泣き……可愛い。

 結構人いるもんね?変なものを見る目向けてきたけど、大丈夫。顔覚えたから通知にあった第一回イベントで報復しよう?

 

「ほーら、一ヶ月後の第一回イベントで周りの人焼き尽くして報復しよう?そうすれば大丈夫」

「すん……ひうっ……ツキヨがさらっと怖い。……けど、そうする…」

 

 あ、周りの人が思いっきり顔逸らした。良かったね、レア装備見られないように店売りのフーデットケープかぶってて。顔見られてないから一方的な報復ができるよ。

 

「そろそろ泣きやんで、森に行こ?」

 

 街中とは逆に、今度は私が手を引いて。

 見た目は強くて凛々しいのにとっても可愛い親友を慰めながら、森に向かって歩き出した。

 

 

――――――

 

 

 一ヶ月後に第一回イベントが開催されるという通知が来た。詳しい内容は時期が迫ったら追って通知されるそうだが、対モンスター戦(P v E)ではなく、対プレイヤー戦(P v P)らしい。それもあって、残り一ヶ月を使ってレベリングに装備、スキルを万全にする必要がある。

 その点で言えば、ミィはレベリングに専念すればいいと思えるレアスキルにレア装備を手に入れた。

 森の中でツキヨに見せながら確認したそれは、元々高かった火力を更に押し上げ、現実なら自然破壊というか森林火災レベルの攻撃だった。

 ミィとパーティを組んでいるツキヨに直接的なダメージはないが、森林火災が起きれば間接的にダメージを受ける。流石に避けきれないのでミィに自重してもらった。

 

(ミィ、強いなぁ……)

 

 NWO内でおそらくトップクラスになるだろう殲滅力。それを目の当たりにして、ツキヨも強くなりたいと願う。

 

「ミィはなんかもう、トッププレイヤーの一角って感じだね」

「えへへ…。あとはできるだけレベルを上げて、イベントに備えるつもり」

「そっか。これは私も負けてらんないなー!」

「いやツキヨには今でも勝てる気がしないよ…」

 

 ツキヨとしては、生まれつきの反射速度はどうしようもないものである。しかし、それでも躱しきれない広範囲の殲滅力をミィは持っている。

 だから、ツキヨも本気でイベントまで取り組むことにした。

 

「装備とスキル、それにレベル。私は足りないものだらけだからね」

「………装備資金集め、手伝おうか?私はレベリングしかしないし」

 

 ツキヨがこれからやることに、ミィは検討が付いたのだろう。装備資金を集め、レベルを上げ、レアスキルを取ってミィに追いつく。どれも一筋縄ではいかないことだらけ。それを感じ取って、ミィは手伝うと言ったのだが、それはツキヨのプライドが許さない。

 

「いーや、ミィは一人で見つけたんだから、私も一人でやってみたいな。パーティ組んでるけど、ソロ攻略っていうのも楽しみたい」

 

 ログイン初日からパーティを組んでるので、たまには別々にやるのも良いだろうとツキヨは言う。

 

「それに、完成した装備を見せて、ミィを驚かせたいからねっ?」

「そういうことなら、分かった。………でーも!あんまり遅いと勝手に手伝っちゃうからね?」

 

 ツキヨの意思を汲んで、ミィはしばらくソロでやることに了承した。が、時間がかかるなら勝手に手伝うと約束を取り付ける。

 

「あはは!なら、急いで強くならなきゃ」

 

 

――――――

 

 

 ミィと別れた後、一度街に戻った私は、先程までいた西の森と逆方向。東の樹海を中心にレベル上げをしていた。

 

「今のレベルが20。ゲーム内最高レベルは、確か42か…」

 

 第一回イベントまでには、最高レベルは50近くまで上がると思う。最低でもレベル40は欲しい。

 

「まだしばらくポイントは振らなくて良いかな」

 

 レベル12になった時の5ポイントだけMPに全振りし、今のステータスをキープしている。

 

―――

 

ツキヨ

 Lv20 HP35/35 MP121/121〈+10〉

 

【STR 15】 【VIT 0】

【AGI 40〈+10〉】 【DEX 60〈+25〉】

【INT 15】

 

装備

 頭  【空欄】     体 【空欄】

 右手 【初心者の双剣】左手【初心者の双剣】

 足  【空欄】     靴 【魔法の靴】

 装備品【空欄】

    【空欄】

    【空欄】

 

ステータスポイント 25

 

スキル

 【スラッシュ】【ダブルスラッシュ】【疾風斬り】

 【ダウンブレイド】【パワースラッシュ】【スイッチアタック】

 【ウォーターボール】【ウォーターウォール】【ウォーターブレイド】【鉄砲水】

【パリィ】【クロスガード】【リフレクトパリィ】【パーフェクションパリィ】

 【状態異常攻撃Ⅲ】【連撃強化小】【精密性強化中】【体術Ⅲ】【MPカット小】【MP強化小】【MP回復速度強化Ⅲ】【双剣の心得Ⅳ】【連撃剣Ⅲ】【挑発】【精密機械】【魔法の心得Ⅲ】【水魔法Ⅳ】【跳躍Ⅱ】【武器防御Ⅳ】【耐久値上昇小】

 

 

―――

 

「スキルもそれなりに揃ったし……というかスキルの技多すぎてわけ分かんなくなるわね……」

 

 こんなに多くても、実際に使うのなんて極一部なのに…。【武器防御】なんて殆ど【パーフェクションパリィ】で十分だ。【クロスガード】なんて使ったこともない。

 

「さて、スキルの確認はこのくらいにして、戦いますか」

 

 今いる樹海は、適正レベル30の私にとっては格上しかいないエリア。でも今の適正レベルのエリアでは物足りないので、こちらに来た。

 

 目を閉じて、深呼吸をする。

 いつもの意識を切り替えるルーティーン。

 

 別に、オンオフできるようになった訳じゃない。取り入れてしまう情報量を()()()()()()()

 だから意識を向ける対象にはいつも通りの反射速度を持っていると言えるし、意識の外側に追いやった対象に対しては、酷く鈍感になってしまった。

 このルーティーンは、その意識を戻すもの。

 捉える情報の全てを処理し、総てを解し、すべてに対応する。

 

「………来たわね」

 

 飛び出してくるのは、西の森にもいた狼。ただし体格は二周りも大きく、力強く、速い。

 

 ()()()()()()

 

 噛みつきに来る牙の一本一本も、視線も。

 私を捕らえんとする爪のタイミングも。

 

 右で【パリィ】、魔法でトドメを刺すかな。

 

 そんなことを考える余裕もある。

 なのに

 

「危ない!」

 

 ちょっ、私今攻撃弾こうとしてたんだけど!?

 【パリィ】はもう発動してる。むしろ私に背を向けてるこの人を斬ってしまうだろう。

 

 ()()()()

 

 即座に【パリィ】をキャンセル。普通ならキャンセルすら間に合わず、この双剣使いの男の人を斬ってしまう。私の反射速度だからこそキャンセルが間に合う。

 

「邪魔よ」

 

 割り込まれたのは釈然としないので、思わず口に出してしまった暴言。しかし撤回はしなくても良いだろう。事実、高い【AGI】を活かして男性のすぐ右をターンして前に出る。

 狼との距離はほぼゼロ。

 ()()()()攻撃も防御も間に合わず吹き飛ばされる。でも私の反射速度は、その刹那でこそ真価を発揮する。

 

「【ダブルブレイド】」

 

 狙うのは喉と突き出される右前足の関節。

 スキルであるが故に多少動きに制限はかかるが、狙ってやれないことはない。

 

 双剣は狙い違わずに狼の喉と関節を斬り裂き、ダメージエフェクトを散らしながら吹き飛ばす。

 

 これら全てが、常人の反射速度を置き去りにした刹那の時間で行われた。

 

「え?……は!いや、今のは……はぁ!?」

「邪魔なんで、下がってもらって良いですか?」

「あ……は、はい」

 

 数分後、狼はポリゴンとなって散っていった。

 




というわけでミィもユニークです。
 とはいえデザインは原作ミィと同じです。
 てかずっと装備変わらない人って皆ユニークなんじゃない?って思う。ペインもドレッドもフレデリカも変わんないし。

 クロムですらトッププレイヤーって言われてるのに途中で装備変わるんだから、変えないのって壊れなくて優良装備だからじゃないかな?

 ヴィトさんはオリキャラ。
 双剣使いでそれなりの実力者だったりします。メイプルにとってのクロム的立ち位置を目指す。

 感想、評価が貰えるとモチベーションに繋がって毎日投稿が継続できそう。

 明日も投稿を予定してますが、明日から投稿時間を0時から1時に変更します。


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PS特化と装備

 何でか毎日投稿できる

 ミィの装備とダンジョン補足を忘れてたのでここでします。
 4話のミィは防振りうぉーず!のキャラクターストーリー『炎帝』を参考に構成し、装備がユニークなのは原作情報が少ないためオリジナル設定になります

 あと前回の後書きは、単なる独自解釈の一部なので、タグに独自解釈を入れさせて頂きました。今後もそれに則った展開があるかもなのでご了承ください。



 

「助けようとしてくれてありがとうございます」

「い、いや。むしろ迷惑をかけてしまったようで、悪かったな」

 

 どうやらこの人、初期装備の私を心配して少し前から見ていたらしい。私の動きからレベルはギリギリ大丈夫と思ったようで、樹海の浅い所なら手を出す必要はないと思っていたらしい。

 実際、私も浅い所ならルーティーンする前でも普通に戦えた。この深い所まで来ると少し厳しかったので、本気を出しただけのことである。

 そして、あの狼は初心者殺しと呼ばれるほどに強いらしく、レベルだけ上がり装備はおざなりになっている初心者が尽く負けているらしい。

 なるほど、だから割り込んだのか。

 

「それにしても、初期装備とはいえ強いなぁ。失礼だが、レベルはいくつなんだよ。あぁいや、無理に答えなくて良いんだが」

 

 きっと、いい人なんだろうなぁ。こうして樹海の中で話してる間、必要以上に警戒してくれてるし。すごい気不味そうに聞いてくるし。

 

「レベルは20…いや。さっきの狼で21になりましたね」

「はぁ!?レベル20であの狼倒したのか?適正レベル35だぞ!?」

「適正レベル帯では物足りないので。というかあの狼、そんなに強かったんですね」

「そんな狼を軽く倒すお嬢ちゃんがおかしいんだが…それも初期装備で」

 

 というかこの人の双剣格好いいな…。私もいつかそういう双剣が欲しい。その為の資金稼ぎだ。

 

「初期装備で悪かったですね……。私もそういう双剣が欲しいので、こうして格上でレベリングと資金稼ぎをしてるんですー」

 

 不機嫌なオーラを隠さずに告げると、両腰に凪いだ双剣を見せてくれた。

 

「そういう双剣って、これのことか?」

 

 見せてくれたのは、青銀色の刀身をした片刃直剣。ふむ。私の好みと近い。話が合いそう。

 

「それですそれ。シンプルでありながら凝った造形。綺麗な刀身。こういう剣を手に入れたい…」

「これは生産職のプレイヤーに頼んで作ってもらったんだ」

 

 生産職のプレイヤーか…。露店を出してる低レベルの生産職なら見たことあるけど、この剣ほどの業物を作る人は会ったことがない。

 それを小声ながら愚痴ってしまったのだが、この人には聞こえていたらしい。

 

「あー…その。迷惑かけちゃったようだし、紹介してあげようか?」

「ホントですか!?」

「うお!さっき見てて思ったけど、反射神経いいな。……ああ謝罪代わりにと、同じ双剣装備のよしみでね」

「ぜひお願いします!」

 

 結構強い人なのか、私の反射速度に気付いた?いや、別に隠してる訳でも無いから構わないか。でも、こんな樹海の奥にいるんだし、どうせなら今日はレベリングに注ぎ込みたい…。

 

「あ、でも、今日はこのままレベリングしたいんですけど、いいですか?」

「あー、それでも良いが、どうせなら生産職のプレイヤーに装備作成に必要な素材を聞いたらどうだ?素材持ち込みなら、多少はお金も抑えられるし、レベリングもできる」

「なるほど…」

 

 ミィのようなユニークシリーズも欲しいが、装備の充実も大事かな…。

 

「じゃあ、それでお願いします」

「分かった。それじゃあ街に戻るか。途中のモンスターはどうする?」

「レベリングに狩ります」

「分かった」

 

 この人がもし詐欺だったとしても、私の反射速度に対応できてないし、戦いになっても有利になれる。それ以前に良い人そうだし、その心配もないだろうけど。

 

 

「マジか……こんな強いとは……後で掲示板に書こう」

 

 

――――――

 

 

 街に戻ってからしばらく歩いていき、二人は一軒の店に入る。

 中には青い髪の女の人が一人カウンター越しに作業をしていた。女性は誰かが入ってきたことで手を止める。そしてそれが見知った顔であることに気づき声をかけた。

 

「あら、いらっしゃいヴィト。どうしたの?また双剣のメンテ?」

「いや、メンテはしばらく大丈夫だ。ちょっと双剣装備の新入りを見つけてな。………俺の不手際のお詫びに衝動的に連れてきた」

 

 そう言ったヴィトの後ろから、ツキヨが姿を見せる。

 

「あら可愛い子ね………ヴィト。不手際って何したの?通報した方がいいかしら?」

 

 そう言って、店主の女性が青いパネルを空中に浮かべる。

 

「ちょっと待て待て!これは、何ていうか事情があってだな!」

「ふーん?あなたはこの人に何をされたの?」

大切なモノ(強い獲物)を取られかけました」

 

 ツキヨは、女性の顔を見て真剣に答えた。

 

「やっぱり通報するわね?」

「だから待てって!お嬢ちゃんも冗談はやめてくれ。狼を横取りしそうになったのは、本当に悪かったって!」

「ふふっ……冗談です。店主さん。実は私が適正レベルを超えるモンスターと戦おうとしたのを、彼が助けようとしたんですよ」

「なるほどねぇ………無茶なレベリングはしちゃ駄目よ?」

「それがイズ。お嬢ちゃんは初心者殺しを余裕をもって倒したんだよ」

「初心者殺しを初期装備で?なるほど、だから連れてきたのね」

「ああ。プレイヤースキルはすげえ高い分、装備が残念だからな」

 

 大人二人に酷い言われようをされ、ツキヨがむくれた。

 

「ふふっ、ごめんなさいね?私の名前はイズ。見ての通り生産職で、その中でも鍛冶を専門にしてるわ。調合とかもできるけどね」

「へぇー…自前のお店を持てるって凄いですよね。私はツキヨっていいます。今日は装備に必要な素材なんかを聞きに来ました」

 

 ミィ以外での初めての交流だったが、ツキヨは冷静に自己紹介を終えた。

 

「ツキヨちゃんね。双剣を選んだのは何でかしら?」

「他のゲームで扱ったことがあることと、一緒にやる友人が魔法使いだから、ですかね」

「そういや、その魔法使いのお嬢ちゃんは今日はいないのか?」

「今は別行動ですね」

 

 何気ない会話だったのだが、そこにある違和感に、ツキヨが気づいた。

 

「ヴィトさん、私友人が女の子って言ってません。通報した方が良いですか?」

「あらヴィト?ストーカーは犯罪よ?」

「違う違う!……その、何日か前に掲示板で話題になったんだよ、凄い双剣使いの初心者がいるって。ツキヨちゃんだろ?何日か前に西の森の辺りで、大量のモンスターを殲滅したのってさ」

「あぁ…モンスタートレインを押し付けられた時のですか。初日にあんなことがあってビックリしましたよ」

「あれ初日だったのかよ……」

「はい。ずっと連戦でステータスポイントも振る前だったから、流石に本気で対応しました」

「しかもステータスはレベル1相当?……ははっ、何の冗談だ?」

「事実ですが。さっきの狼もレベル12からステータスポイント振ってませんし」

 

 そこまで言うと、ヴィトとイズが頭を抱えた。

 そして、ツキヨに聞こえない程度に顔を付き合わせ、小声で話し出す。

 

「ばけもんすぎるだろ…」

「ええ……無茶苦茶にも程があるわ。でも、これで納得も行くわね。ツキヨちゃん。まだ始めて数日だから装備の資金足りないのよ。初期装備も当然だわ」

「なるほどな」

「あのー……何を話してるんです?」

「え、あ……いや、ツキヨちゃんが思った以上に強いって話だ」

「……ありがとうございます?」

 

 ツキヨの異常性をヴィトとイズが認識したことで、ようやく装備の話に戻った。

 

「それでツキヨちゃんは、今予算はどれくらい持ってるの?」

 

 ツキヨは予算を確認する。ダメージは受けてないので、ポーションが必要ないため、素材換金から消費したのはスキルの巻物だけなので、それなりに貯まっている。

 

「今、90万程ですかね」

「け、結構貯めたのね…数日なのに」

「スキルの巻物くらいしか買うものがなかったので。買ったスキルも高くて1000Gのばっかりですから、いつの間にか」

「そう……それで、初心者殺しの素材は?」

「まだ持ってます。来る途中で狩ったモンスター素材も」

「………なら足りそうね。あの狼は換金額が良くて、20万Gくらいはもらえるわ」

「なら!」

 

 それはつまり、プレイヤーメイド。それもかなり凄い人から、装備を作ってもらえると言うこと。

 

「ええ。……いらっしゃいツキヨちゃん。どんな装備がお望みかしら?」

 

 朗らかに笑うイズ。対するツキヨの返答が突拍子もないことだったことを含め、ヴィトは苦笑いを隠せなかった。

 それからツキヨはヴィトとイズにフレンド登録をしてもらい、いつでも連絡が取れるようになり、その日はログアウトした。

 

 

―――――――――

 

175名前:名無しの双剣使い

 この前の双剣の少女に遭遇したというかフレンド登録したw

 

176名前:名無しの大剣使い

 は?何があったらそうなる

 

178名前:名無しの双剣使い

 初期装備で初心者殺しに挑もうとした所を助けようとして

 

179名前:名無しの弓使い

 モンスタートレインの次は初心者殺しに挑むとかやべーなおい

 

180名前:名無しの大盾使い

 んでその後は?

 

181名前:名無しの双剣使い

 助けるどころかレベルも低いのに初心者殺しを余裕でブチのめしてた

 しかも全部弱点斬ってたな

 

182名前:名無しの魔法使い

 双剣ニキ役立たずで草w

 

183名前:名無しの大剣使い

 草に草生やすなと…

 てか初心者装備であの狼倒すとか頭おかしい

 

184名前:名無しの双剣使い

 確かに役立たずだったが…

 初心者装備で挑むとこ見たら誰でも助けようとするだろ

 んで邪魔しちゃって悪かったからお詫びに生産職の人紹介するって言ったらついてきた

 

185名前:名無しの弓使い

 正面戦闘を避ける俺でも助けるなそれは

 

186名前:名無しの大盾使い

 んで実際に見た感じどうよ?

 

187名前:名無しの双剣使い

 ちょっと待て今まとめる

 いくぞ

 

 銀髪赤目で身長170ないくらいの美少女

 スタイルめっちゃ良かったが幼い感じもあるから少女でいくぞ

 パーティはこの前の魔法使いの子と組んでたが今は別行動中らしい

 双剣を選んだ理由は別ゲームでも扱ったからとのこと

 あとこの前の西の森トレイン殲滅が初ログインだったらしい

 クールだけど人をからかってくる素直少女

 

 総評

 やべぇファンになる

 

 あー見守ってあげてー

 

188名前:名無しの大剣使い

 クールでからかい上手な素直とか属性盛りすぎだろw

 てかモンスター殲滅が初日とかバケモンかよ

 

189名前:名無しの双剣使い

 お前らとは情報を交換していきたいと思ってるから俺の情報晒すわ

 取り敢えず俺はヴィトって名前だ

 お前らとはフレンド登録したいから明日これる奴は二十一時頃に広場の噴水前に来てくれると嬉しい

 

190名前:名無しの槍使い

 情報サンクスっていうかお前ヴィトかよ!

 かなりのトッププレイヤーじゃねーか!

 

191名前:名無しの魔法使い

 有名人過ぎてビビったわw

 

192名前:名無しの弓使い

 よっしゃその時間行けるわw

 

193名前:名無しの大剣使い

 じゃあこれからも暖かく見守っていく方向でいいかなー?

 

194名前:名無しの槍使い

 いいともー!

 

195名前:名無しの大盾使い

 いいともー!

 

196名前:名無しの魔法使い

 いいともー!

 

197名前:名無しの弓使い

 いいともー!

 

198名前:名無しの双剣使い

 いいともー!

 

 

―――――――――

 

 この掲示板のことを眺める二つの赤い目があることを、話している彼らが知ることはなかった。




 
 イズさんの儲けを知りたいこの頃。生産でどの位稼いでるんだろー


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PS特化と素材集め

 ちょっとずつUAが増えてくれて嬉しい


 

 翌日、早速ログインしたツキヨは、狼戦でスキルを取得したことを思い出した。

 

「そういえば、あの狼を倒した時、なんかスキル取得したっけ」

 

 ツキヨからしてもあまり梃子摺らなかった相手ではあるが、スキル取得通知がしたことを思い出して確認する。

 

―――

 

大物喰らい(ジャイアントキリング)

 HP、MP以外のステータスのうち四つ以上が戦闘相手よりも低い値の時にHP、MP以外のステータスが二倍になる。

取得条件

 HP、MP以外のステータスのうち、四つ以上が戦闘相手であるモンスターの半分以下のプレイヤーが、単独で対象のモンスターを討伐すること

 

―――

 

「あー……【AGI】が変動するのは痛いなぁ…」

 

 相手によって【AGI】が上がったり下がったりするのはきつい。ツキヨの反射速度であれば、すぐにでもその速度差をアジャストできるかもしれないが、本気を出している時に余計な事に思考を割きたくはない。

 

「んー…これは【廃棄】かなぁ」

 

 【廃棄】すると、取得し直す時に五十万G払わないといけないが、ツキヨに後悔はなかった。

 

「それにしても、やけに人多いけど…まぁ日曜だしログインも増えるよね」

 

 まだ朝の九時だというのに、噴水広場には普段の倍以上の人がログインし、思い思いに話していたが、日曜日だからと割り切って素材のために意識を切り替える。

 

「さて。私の双剣のためにもー素材集めに行きますかー!」

 

 イズと話しを詰めていた装備内容。

 イズが百万Gで全身揃えることもできたが、それでは装備のステータスがあまり高くならないと言ったことで、ツキヨは百万G全て双剣の作成に当てることにした。

 

(敵の攻撃は躱せばいいんだから、防御力よりも先に攻撃性能を上げたいよねー)

 

 イズに頼んだ武器は、刀身が青系か白銀の片刃直剣。

 ヴィトの双剣に感化された訳ではなく、単純に自分の好みとミィとの対比を考えた結果である。また、水魔法を使うというのも理由だ。

 そういった理由で、青系の素材をイズに聞いたところ、いくつか教えてもらった。

 

「ミスリル鉱石は午後にイズさんの護衛で取りに行くから…南の地底湖にいる魚の長が、青銀の鱗を落とす、と。午前のうちにこっちを集めたほうが良さそう?白い鱗でも白銀の刀身は作れるみたいだけど、どうせなら混ぜて淡青色も良いかも……後は荒野で、青い花と銀色のアルマジロ型モンスターの甲殻か」

 

 ミスリル鉱石は青銀色で、魔法の威力上昇のスキルが付くことのある鉱石。またヴィトの双剣にも青銀の鱗が少しだが使われているらしい。が、あまりに数が少なく、本当に少量だそうだ。荒野は街から離れた場所にあるため、午後のことも考えて明日行くことにした。

 

「釣り竿を買って、南に行きますかねー」

 

 街で釣り道具一式を買ったツキヨは、南に向かって走り出す。

 

 

「さてと……釣り開始!」

 

 ぽちゃんという音が釣り開始の合図だ。釣る場所は街から南に行った広い地底湖。この湖には何か秘密があると言われているが、未だ怪しいものは見つかっていない。

 それから、一分と経たず。

 

「かかった!」

 

 

 一時間、ほぼ一分に一匹のペースで釣り上がる。

 しかしインベントリには白い鱗ばかり。

 

「青銀の鱗は1……魚の群れの長っていうくらいだから、なかなか釣れないんだね……」

 

 しかも長を釣り上げると、その釣りポイントは魚が釣れなくなる。恐らく長がいなくなったことで群れが解散し、その場から魚がいなくなってしまうのだろう。

 

「青銀は一時間に一つ。その度にポイント移動。しかもかなり離れたポイントじゃないと釣れもしない、か……なかなか面倒な仕様なことで」

 

 イズは、白い鱗でもステータスにさほど変わりはないというが、ツキヨは拘りたいのだ。

 

「いっそ潜って仕留める?【釣り】スキルは取れたけど、あんまり変わんないし」

 

 ぶつぶつと呟きながらも竿を持つ手は止まらず。スキル取得後は取得前よりも更に入れ食い状態であり、白い鱗が着々と溜まる。

 

「うーん……作業感!」

 

 ツキヨは、ぶっちゃけ飽きていた。

 ぽちゃん(糸を垂らす)……クイクイ!(すぐかかって)ざぱぁ(すぐ上げる)………ぽちゃん(糸を垂らす)……のループである。

 釣りには【AGI】と【DEX】が関係しているが、どちらも高いツキヨには作業でしかない上、一時間も同じ動作を繰り返していれば流石に飽きる。

 

「一応入れ食いのお陰でレベル22に上がったけど。……これはレベリング兼ねて気分転換に行った方が良いなぁ…精神衛生上」

 

 『休日のお父さんの趣味典型例』みたいな作業を、ゲーム内でどうしてやらねばならないのか。どちらかと言うと戦っていた方が楽しいツキヨとしては、作業的な今の時間が苦手だった。

 

「二時間やって白い鱗150の青銀色の鱗が2かぁ……これは潜って長だけ狙った方が良さそうだね」

 

 釣り道具をインベントリに仕舞ったツキヨは、ぐっぐっとストレッチをする。

 ゲーム内なので、ストレッチをすることに特別な意味はない。気分の問題である。

 飛び込んだ先には、大量の白い魚の群れが泳いでいた。

 

「おぉー…って息はできないけど喋れはするんだ……さすがゲーム」

 

 水中での魔法行使が問題なく可能なようで、ツキヨはほっと一息。

 

「…………そこ!【鉄砲水】!」

 

 水中で青い鱗は水に交ざり、判別が付きにくい。しかしそこはツキヨの反射速度が大いに力を発揮する。一つの白い魚の群れをしばらく観察していると、何もないように見える場所が、水面の光で乱反射したのだ。間違いなく、そこに光を反射した『何か』がいたのである。

 ツキヨは持ち前の反射速度を以って、認識とほぼ同時に魔法を発射。見事に青銀の鱗を持つ長の魚を仕留めた。

 

「よし、こっちの方が効率がいい!……んぐっ」

 

 と、そこでタイムアップ。息が続かず、水面に浮上した。

 

「ふぅ……あ、【水泳Ⅰ】に【潜水Ⅰ】取れた。これでもう少し潜ってられるかな?」

 

 

 

 それからツキヨは何度も潜り続け、昼前にスキルが【水泳Ⅲ】【潜水Ⅲ】になった頃、青銀色の鱗を20枚集めることができた。

 

「うーん……20枚か。もう少し集めたかったけど、お昼食べたら、イズさんと採掘だし…今日はこれで諦めかな」

 

 長を狩ると白い魚の群れは散り散りになるため、いくつかの群れを少しずつ間を空けて狩り、長の復活を待たなければならなかった。その為、釣りよりは効率よく、されど焦れったくもあったのだった。

 

 

――――――

 

 

 一旦ログアウトしてお昼を食べたツキヨは、昨日も訪れた建物に向かっていた。

 

「あ!あれだ」

 

 目的の建物を見つけたツキヨは、少し速歩きでそこまで向かい、扉を開けて中に入った。

 

「あら、時間通りね」

「はい、本当はもう少し早く来たかったんですけど、ギリギリになっちゃいました」

 

 中には、カウンターの向こう側で戸棚に品物を並べているイズがいた。

 昨日知り合った二人は、装備に必要な素材を集める為に、約束したのである。

 

「それで、素材集めは順調?」

「取り敢えず、青銀色の鱗が20枚ですね」

 

 素直に告げると、なぜかまたもやイズが頭を抱えた。

 

「え…?教えたの昨日なのに、随分と集めたわね」

「途中から素潜りで直接長を狙いましたから」

「……確か、青い鱗が水に紛れて、余計に見えなくなるって聞いたけど?」

「それは私、目が良いので。見つけさえすれば、魔法で仕留められますしね」

「なるほどね……それじゃあ今度来る時に、あと20枚用意できるかしら?そうすれば、素材として十分足りるわ」

「分かりました!」

 

 今日と同じようにすれば、半日で鱗素材は集めることができると思い、少し気分が上がったツキヨは、これから行く場所について尋ねた。

 

「イズさん、これから行くところって、どんな感じなんですか?」

「結構モンスターが多いんだけど、その代わり採掘量も質も高いの。採掘に高レベルのスキルが必要で、時々護衛をつけて採掘に行くんだけど、今はミスリルの在庫がないの。それでね」

「なるほど。でも私のレベルで大丈夫ですか?」

「レベルは少し足りないと思うんだけど、初心者殺しの狼の方が厄介だから、問題ないと思うわ」

 

 その一言に、ツキヨは胸を撫で下ろす。あの狼より厄介なら本気で対応しなければならなかったが、やはり別格だったらしい。

 昨日提案されたのは、採掘する場所への護衛。その代わり、そこで得た鉱石の一部譲渡と双剣の制作費用の割引をするということだった。

 ツキヨに、これを断る理由はない。

 

「それじゃあツキヨちゃん、行きましょうか」

「はい、お願いします!」

「ふふっ……こちらこそ、よろしくね」

 

 こうして、二人は鉱石を求めて探索することになった。

 

 

 ツキヨがまず店から出て、それから少しして用意を済ませたイズが出てきた。

 イズは何故か双剣を抱えており、店のプレートをくるっと裏返すと、ツキヨに渡してくる。

 

「それじゃあツキヨちゃん、これを貸してあげるわ」

「え?これ……双剣ですか?」

「流石に、初心者装備じゃ攻撃力が足りないのよ」

「そういうことなら、ありがたくお借りします」

 

 そう護衛対象に言われてしまえば仕方がない。

 ツキヨは、渡された二振りのサーベルのステータスを確認する。

 

―――

 

【クリティカルサーベル】

 【DEX+35】

 

―――

 

「一応ツキヨちゃんの要望に合わせて、DEXに補正のある装備だけど、本当に良いの?」

「はい。詳しくは言いませんが、DEXが高い方がダメージが上がるスキルがあるので」

「へぇ……そんなスキルもあるのね」

 

 サーベルを受け取り装備したツキヨを確認し、イズは歩き出す。ツキヨもそれについていくと、【AGI】の差ですぐに追いついた。

 

「どんな装備がいいかしら……」

 

 小さく、イズが呟いた。

 昨日の時点で、ツキヨの希望は聞いている。【STR】ではなく【DEX】重視の片刃直剣の双剣。サーベルを貸したのは、それ以外に【DEX】を上げる双剣がなかったからだ。

 だからこそ生産職プレイヤーとして、オーダーメイドで作る武器は希望に応えたい。

 ゲームをより楽しんでもらうために与えられるものは何か、それはどんなものか。

 イズは考えつつ、ツキヨと共に街を出ていった。

 

 

 フィールドには街と違い、積極的にツキヨ達の邪魔をしてくるモンスターという存在がいる。

 しかし、襲いかかる全てがツキヨによって一刀のもとに斬り伏せられ、イズにダメージが行くことはない。

 

「うーん…サーベルっていうのがちょっと残念だけど、使いやすいなぁ。もし素材集めが間に合わなかったら、これを買い取るのも有りかも……」

 

 今も背後から襲いかかった狼の群れが、人並外れた反射速度の前に倒れていく。

 その間、全ての攻撃を紙一重で躱し、弾き、カウンターを決めていた。

 

 対象を守りつつ自分へのダメージも管理する。

 

 これがイズが見てきたいつもの護衛の姿だったが、ツキヨからはその後半部分が抜け落ちていた。

 実際に守られているとよく分かる。

 イズの全周囲を警護しながらその実、モンスターがイズたちを標的にする前に存在に気付き、わざと攻撃を誘っているフシさえある。

 それでいて移動速度は速く、これまで護衛付きで行っていた時の倍近い。何せ全てのモンスターが一撃で倒れている上、『受け止める』という工程を排除している分、一体に割く討伐時間が非常に短くて済む。

 

「これは……イベントで大注目ね」

 

 残り一ヶ月を切ったイベントでの注目度を、イズはかなり上げた。

 

 

 そうして、ハイペースに移動は進み、二人は無事に洞窟の入り口までやってきた。

 山肌にある洞窟の道はゆったりと地中へと伸びており、昼間でも真暗である。

 地面はわずかに湿り、道幅はそれなりに広い。

 

「気をつけてね」

「はい!」

 

 イズがインベントリからランタンを取り出し、明かりを確保する。

 周りを把握しやすくなったが未だ薄暗く、多くのプレイヤーがモンスターの奇襲に合う場所。

 二人は緩やかな下り坂を進んでいく。

 戦闘はツキヨが、その後ろでは鍛冶にも使うハンマーを持ち、万が一に備えるイズが続く。

 

「天井にも気をつけてね。そろそろモンスターが出るころよ」

「分かりまし……ホントに出ました」

 

 ツキヨが天井を見上げた時、イズは、ツキヨの頭上に尖った何かを捉えた。が、次の瞬間にはドリル状の尻尾を片手に呟くツキヨの姿が。

 

「今……どうやったの?」

「どうって…見えたから斬った。それだけです」

 

 イズからすれば、あの奇襲に特化したトカゲモンスターの攻撃に対応することは、非常に難しい。

 ランタンの限られた光源の範囲外からかなりの速度で来るため、盾持ちが反射的に防ぐことは出来ても、あまつさえ見て、部位破壊できるほど正確な反撃の手を打つような人は見た事がない。

 

「言ったでしょ?私、目が良いんです」

 

 小さく笑ったツキヨの顔は、おかしなものを見るようだ。そこでようやく、昨日ヴィトから聞いたことを思い出す。

 

「ヴィトが言っていた通り、ツキヨちゃんは反応速度が良いのね」

「んー……ちょっと違いますね」

「え?」

 

 まさかの訂正に驚いたイズを尻目に、ツキヨの話は続く。

 

「イズさんが言う反応速度の速さって、ゲーム内での対応する速度。つまりVRの環境に慣れ、速い対応ができるってことですよね?」

「え、えぇ」

「だとしたら私はあまりVR慣れしてませんし、まだ()()()()()()()()()()()()

 

 ツキヨの現実での反射速度は、ミィが知っていたものに相違ない。しかし、この世界では、ツキヨにとって()()()()()()()

 もちろん、VRのハードの処理速度も関係するため、決して反射速度そのままが反映されているわけではない。しかし、それはすべての人に共通するため、その差分がVRに慣れたか否か。現実と同等の反応速度を出すことができる人はいる。

 

「《神速反射(マージナルカウンター)》。私の友人が中二病時代(黒歴史中)に付けた名前ですが思いの外、気に入ってるんです」

 

 

――――――

 

 

「強いはずね……」

 

 生まれ付きの反射速度が常人を超えている。言うなれば先天的プレイヤースキルが並外れているのなら、あの程度の奇襲が効く訳がない。

 それだけの反射速度を持ってすれば、さっきまでの紙一重の回避や【パリィ】、掲示板で話題になったというモンスター殲滅も初心者殺し討伐も、納得がいく。

 目の前を歩くツキヨの小さな背中が、やけに頼もしい。

 

「これなら、本当にポーションもいらなそうね」

 

 イズは腰につけたポーチからHP回復ポーションをインベントリに戻し、完全に観戦モードになることにした。もはやハンマー(武器)すら仕舞い、声援を送っている。

 

「ツキヨちゃん、この辺りからモンスターが増えるわ。大丈夫だと思うけど、頑張ってねー」

「大丈夫ですけど、完全に戦う気無くしてますねイズさん……」

「だってツキヨちゃんの秘密が想像を絶したんだもの。これならって安心しちゃうわ」

「別に秘密にしているわけじゃないですよ。気付かれにくいだけで」

 

 軽口を言い合いつつも、モンスターを全ての一刀の元に倒しているツキヨ。

 その姿を見て、うんうんと頷くイズ。

 

「それだけの反射速度があるから間近に迫られても対応できるし、弱点に確実に当てられるわけね。強いはずだわー」

「今は大丈夫ですが、処理情報が常人より多くて昔はよく気絶しましたけどねっと!」

「あら、そうなの?」

「はい。今は多少コントロール効きますし、今の所VR空間なら強制的に反射速度が落ちますから」

「なるほどねぇ……」

 

 

 そうして奥に向かうほど、多様なモンスターが現れる。

 それはゴブリンであり、ゴーレムであり、岩壁を泳ぐ魚だったりした。

 それらに対してツキヨは的確に弱点を突く。

 首や関節、ヒレの付け根、目などで、ゴーレムは関節の可動部分を的確に破壊することで倒す。

 

「ふぅ……結構レベリングにも良いですね、ここ。もう23に上がってますし、スキルも育つ育つ」

 

 基本的には双剣での近距離警護を行っているツキヨだが、あまりに対処しやすいため、いつしかモンスターを発見次第、魔法で先んじて倒す方法に出ていた。そのため魔法のスキルレベルは上がりレベルも上がりとウハウハである。

 

「奇襲のせいで神経をすり減らすからレベリングには向かないはずだけど……とにかくご苦労さま。そうね、そろそろ……」

 

 イズは以前来た時にも使った洞窟マップを見て、目的地と現在地を確認する。

 一度探索してあること、ツキヨが圧倒的な対応力を見せていること、この二つのおかげで探索は順調だった。

 また、洞窟の性質上前方からモンスターが来ることが多くなり、ツキヨの発見から殲滅がスムーズだったのも要因にある。

 そのため、二人はダメージを受けることもなく最奥に辿り着いた。

 

「見えてきたわね」

「これですか?」

 

 ツキヨがイズのランタンに照らされた壁に触れる。そこは光沢を持つ、ごつごつとした青銀色の鉱石に覆われており、道中では見なかったものだ。

 

「えぇ、これよ。ちょっと待っててね」

「へぇ……これがミスリル。定番のファンタジー鉱石かぁ……」

 

 イズはインベントリから大きなピッケルを取り出して採掘を始めた。

 青銀色のミスリル鉱石はピッケルをぶつけるたびにアイテムとしてこぼれ落ちる。五回ほど繰り返し採掘したイズは、アイテムを回収して次のポイントに向かっていく。

 最奥にはモンスターが出ないため、採掘ポイント全てから採掘するのが、今回の目的である。

 ツキヨは、取り敢えず護衛がうまく行った事にホッとしつつ、最奥の少し手前。まだモンスターが出る所で狩りをして、レベリング兼帰りの道を作っていた。

 そうしているうちにイズは問題なく採掘を終えて、ツキヨの元に歩いてきた。

 

「ランタンも持たず真っ暗でよく倒せるわね?」

「あはは……初護衛で緊張してたのか、感覚が鋭敏になってるんですかね?結構やれましたよ」

 

 一切ダメージを受けていないという事は、そういうことだろう。

 イズは"この子なら何でもありね…"で諦めた。

 

「ともかく、これで採掘は終わったわ。帰りましょう?」

「はい!帰りも頑張ります」

 

 行きと同様に、むしろ暗闇戦闘で余計に研ぎ澄まされたツキヨの感覚は、最初に光源の外から奇襲を仕掛けたドリル尻尾トカゲすら余裕で見破り、問題なく街まで戻ることができた。

 ツキヨはその後、イズに装備を返却してログアウトした。




 そろそろツキヨちゃんのリアルチートさを出してかないと
 《神速反射》は『落第騎士の英雄譚』倉敷蔵人の生まれ持った才能です。それと同等のものです
 倉敷君って実は相当強いよね。諸星さんと協力とはいえ覚醒超過した《魔人(デスペラード)》の攻撃を真正面から受けきってんだよ。
 あの世界の三年生の世代はバケモノか……


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PS特化と荒野

 初の10000字超え。
 明日から隔日投稿になると思います。
 多分問題ないと思うけど、何かあったら加筆修正します。


 

 前日に引き続きログインしたツキヨは、街を出て荒野を目指した。

 

「月曜だけど祝日で休み。なら今日のうちに素材を集めないと!」

 

 昨日は地底湖で青銀色の鱗と、イズと採掘に行ったため、一旦荒野の素材を集めに行くのだ。

 

「荒野で採るのは、荒野に咲く青い花と銀色アルマジロの甲殻。花は午前中しか咲かないらしいから、先に回収しないとね」

 

 集める素材の情報を掲示板で集めると、アルマジロについて興味深い情報があった。

 

「無限湧き、ね……」

 

 銀色のアルマジロは、普段は地中に潜んでいるのだが、『一匹のいれば三十匹いると思え』の主婦永遠の天敵。台所の悪魔の如き習性を持っているらしく、多くのパーティが対処しきれずに敗走しているらしい。

 

「見た目が《例のあれ》じゃないだけ、まだマシかしら」

 

 そうして辿り着いた荒野は、文字通りの荒廃した平野だった。

 大地は枯れ、草木は萎れ、無数の岩が転がっている。大型のモンスターがいない上貰える経験値が少ないので、レベル上げにも適さない代わりに、様々な素材が豊富らしい。

 

「っと。早速目的の花を見つけるとは……幸先がいいね」

 

 なんの気なしに歩いていたが、普通に足元に青い花が咲いていた。イズに見せてもらった画像とも一致するため、これが目的の花で間違いない。

 数は最低でも30は採ってきてほしいとのことで、地道に集めるか、運良く群生地が見つかるのを祈るのみだ。

 

 そうして歩いていると、突如足元がもこもこと膨れ上がる。

 

「……でたね。アルマジロ」

 

 双剣を抜き、少しの間目を閉じる。

 深呼吸をし、目を開けた時には、もうツキヨは臨戦態勢だ。

 

「さぁ、……掛かってきなさい」

 

 

 全方向から一斉に、銀球のモンスターが飛び出した。対するキヨは持ち前の反射速度で迎撃する。

 

「【ウォーターウォール】」

 

 背後の死角から来るアルマジロについては、角度をつけた【ウォーターウォール】で逸らし、正面のアルマジロ達を双剣で捌く。

 高速回転で突っ込んでくる銀球の中央。アルマジロが折り畳む体の隙間に剣を刺し、斬りつけながら梃子の原理で開く。そして開いたアルマジロを空中でそのまま半回転させ、背中から地面に落とす。

 後ろを防ぎながら全て対処していくが、このアルマジロ達は【斬撃耐性大】を持っていて、いくら隙間から弱点を付いても双剣による攻撃では倒せない。

 だからこそ、背中から落とすことで身動きを封じたのだ。

 

 ものの一分で、襲いかかってきた20体のアルマジロをひっくり返し、その中央で佇むツキヨ。

 

「【ウォーターブレイド】」

 

 双剣に高圧水流を纏わせ、斬撃に水属性ダメージを加算する。

 

「【パワーアタック】【パワーアタック】【パワーアタック】!」

 

 弱点を確実に付くことで【DEX】を乗せた【STR】値による大ダメージを一匹一匹に確実に当てていくことで、無限湧き第一弾は5分とかからず殲滅された。

 

 

「ふぅ……これで終わりなら、拍子抜けなんだけど…」

 

 そうは問屋が降ろさないらしい。

 最後の一匹を倒した瞬間、再び地面がもこもこもこ!っと盛り上がる。

 

「五分で追加モンスターね……本来なら殲滅スピードが追いつかず、前のアルマジロを残したまま戦うことになるんでしょうけど…っ!」

 

 双剣に水流を纏ったまま、ツキヨは逃げるわけでもなく、無限湧きアルマジロと戦闘を続けることにした。

 

「殲滅スピードと湧く時間がほぼ同じだから…どの道逃げられないしね!」

 

 

 

 それから一時間ほど戦い続けていると、不意にツキヨにスキル取得通知が来た。

 

『スキル【血塗レノ舞踏】を取得しました』

 

「んん?」

 

 最後のアルマジロをポリゴンに変えつつ、周囲を警戒。無限かと思われたアルマジロは、一時間で弾切れだったらしい。

 そのまま更に五分ほど立っても、追加アルマジロが現れる様子がなかったため、ツキヨは双剣を鞘に収めた。

 

「流石に一時間ぶっ通しで集中するのは疲れるわ……でも、甲斐はあったかな?」

 

―――

 

【血塗レノ舞踏】

 スキル無しに武器で攻撃する度にDEX+1%

 最高で+100%

 武器での攻撃を外すか【解除】を宣言することで上昇値は消える。

取得条件

 一定時間敵を倒す以外の行動を取らないこと。また全ての攻撃を外さないこと。

 

―――

 

「単純に考えて、攻撃すればするほどダメージアップするスキルね。でもレベルは…上がんないか。この辺のモンスターの経験値が少ないっていうのは本当みたいね…」

 

 いつまでも無限湧きしていた場所にいるのは怖いため、移動しながらスキルを確認するツキヨ。その間もモンスターが襲ってきたが、全く相手にならないどころか【血塗レノ舞踏】を発動させる材料にしかならない。

 今のツキヨは全身に薄っすらと血のように紅いオーラを纏っていて、血塗(ちまみ)れの名に相応しい見た目である。

 

「敵を斬ったダメージエフェクトの分、紅いオーラも強くなる【血塗レノ舞踏】。名が体を表してるわね」

 

 そうして暫く歩き、途中で狩ったモンスターで【血塗レノ舞踏】を100%まで押し上げてみると、アルマジロと同じく【斬撃耐性大】を持った砂蛇を一撃で倒すことができた。

 

「うわぁ……かなり威力上がったわね。銀色アルマジロの甲殻は…200あれば十分よね」

 

 双剣の為だけに相当な数のアルマジロがポリゴンに変わったが、午前中のうちに青い花を見つけなければならない。

 3つほど適当に歩きつつ見つけたので採取したのだが、全然足りない。今日はもう無理かと思い、引き返そうとした時、遠くに何か見えた。

 

「ん?あれは……オアシス、かしら?砂漠じゃないけど、行ってみる価値はあるよね。花が咲いてるかもしれないし」

 

 蜃気楼には見えないので、見える位置に存在するだろう。そう思い、休憩も兼ねて少しだけ早足でオアシスに向かった。

 

 

「はぁー…生き返るぅ……」

 

 景色の変わらない荒野を宛もなく彷徨い歩いたため、予想以上に疲弊していたらしい。

 小さな湖の畔で、ツキヨはしばしの休憩を取っていた。

 

「それにしても、ここに群生地があったとはね……街とはかなり離れてるから移動が大変だし、かなり穴場かも」

 

 オアシスは湖があるだけのことはあり、目的の花がかなりの数咲いていた。そのためツキヨはこれの回収に励んでいるのだ。

 

「午後には地底湖に行って青銀色の鱗を20枚集めなきゃだし、そろそろ行きますかねー」

 

 十五分ほど休憩したツキヨは、指定された数の青い花と銀色の甲殻があるのを確認し、長い街への道を歩き出す

 

 

 

 

 

 はずだった。

 

 

 

 

 

「なに、これ………っ!」

 

 突如地面が揺れた。アルマジロのようなもこもことした隆起ではない。むしろ、その逆。

 

「地面が、沈んでるの……!?」

 

 さながらアリ地獄。大地はいつの間にかサラサラとした土になり、踏ん張りが効かないために体勢も崩れる。

 

 そうしてわずか数秒の後、ツキヨがいた場所は流砂に呑まれ、何もかもが無くなった。

 

 

―――

 

 

 気が付くと、よく分からない空洞にいた。

 見た感じとしては、昨日イズと採掘に行った洞窟とにているが、謎の発光する岩のおかげで光源は保てている。

 

「いったたたぁ……いつの間にかトラップでも踏んだのかしら…。まさか荒野で流砂が起こるとはね…さすがゲーム」

 

 発生場所間違ってるでしょうが…と愚痴ってみるも、変化はない。

 

「ここは……地下ダンジョン、かな?ほとんど岩壁だけど、私がいるあたりだけ砂。ってことは、あのトラップがダンジョンの正規ルート?」

 

 掲示板を開き、荒野についての情報を見直してみるも、流砂トラップについてもダンジョンの情報も何もない。

 

「流砂のトラップは塞がってるよね……じゃあダンジョンをクリアしないと出られないのか…全く、3日前のミィと同じ状況ってわけね」

 

 やってやろうじゃないか。そう呟くと、一先ずステータス画面から余っているステータスポイントを振り分ける。

 

「今のレベルが24。振るならAGIとINTかな?DEXも欲しいけど、これはまだ【血塗レノ舞踏】で威力はなんとかなる」

 

 

――――――

 

ツキヨ

 Lv24 HP35/35 MP121/121〈+10〉

 

【STR 15】 【VIT 0】

【AGI 50〈+10〉】 【DEX 60〈+45〉】

【INT 40】

 

装備

 頭  【空欄】     体 【空欄】

 右手 【初心者の双剣】左手【初心者の双剣】

 足  【空欄】    靴【初心者の魔法靴】

 装備品【空欄】

    【空欄】

    【空欄】

 

 

スキル

 【スラッシュ】【ダブルスラッシュ】【疾風斬り】

 【ダウンブレイド】【パワースラッシュ】【スイッチアタック】

 【ウォーターボール】【ウォーターウォール】【ウォーターブレイド】【鉄砲水】

【パリィ】【クロスガード】【リフレクトパリィ】【パーフェクションパリィ】

 【状態異常攻撃Ⅲ】【連撃強化小】【精密性強化中】【体術Ⅳ】【MPカット小】【MP強化小】【MP回復速度強化Ⅳ】【双剣の心得Ⅵ】【連撃剣Ⅴ】【挑発】【精密機械】【魔法の心得Ⅳ】【水魔法Ⅴ】【跳躍Ⅲ】【武器防御Ⅳ】【耐久値上昇小】【血塗レノ舞踏】

 

――――――

 

「よし。ボス相手でも、躱して勝つ!」

 

 ツキヨは気合を入れ直し、ダンジョンの奥へと進んでいった。

 

 

 

「それなりに強いけど、上の荒野と似たようなものね」

 

 ダンジョンは偶に枝分かれしていたが、殆ど一本道だったため、間違った方に行ってもすぐ戻ることができた。

 また、出てくるモンスターの数は問題ではなかった。モンスターは砂蛇。牙から毒を飛ばしたり、砂に潜って奇襲を掛けたりしてくるのだが、それもまた問題ない。

 問題があるとすれば……。

 

「少しずつ、光源が減ってるのよね……ボス部屋、真っ暗じゃなきゃ良いんだけど」

 

 相手は蛇。現実の蛇同様に熱感知でもしているのか、こちらの動きを把握して襲いかかってくる。

 そのためツキヨは常に《神速反射(マージナルカウンター)》を最大限発揮し続ける必要があった。

 

「こんなの火魔法か光魔法持ってないと、まともに攻略できないわよ……」

 

 それをまともに攻略しているツキヨがおかしいと、ミィなら愚痴るかもしれない。

 

 

 

ダンジョン自体の長さはそれほど長くなかったのか、十分ほどで最奥の扉に到着した。

 

「ここまで出てきたのは蛇だけ。荒野にはアルマジロや狼、ハゲタカみたいなモンスターまでいたのに、同じ地下にいるアルマジロすらいないってことは、ボスは間違いなく蛇よね…」

 

 全身鱗に覆われた蛇の弱点をツキヨは知らない。ただ今までは、タイミングを合わせて首(の辺り)を切り落とすか頭を潰していただけだ。恐らく大蛇だろうボスには通用しない可能性がある。

 

「まぁ、水魔法で弱点を探っても良いわけだし、何とかなる。というかする!」

 

 躊躇せず、扉を開き中に入る。

 高さは二十メートルほどで、横幅も同じくらい。奥行きは四十、あるいは五十メートルあるかもしれない。そして、見た感じ地上の荒野をそのまま持ってきたようだった。

 地面の質感も転がる岩も………オアシスも

 

「あ、あー……うん。あのオアシスがトラップだったのかな。それも特大な」

 

 ボス部屋のど真ん中に設置してある、見覚えの有りすぎるオアシス。絶対あそこからボス出る。あれだ、たぶん私が青い花を採ったのがトリガーだったんだ…と思わずため息を付いた。

 

「たしか、あの花って調合にも素材として使えるし、気温を下げるから鍛冶にも重宝されるって言ってたっけ……。だからトラップとして成立する、と……イズさん、恨むよ……」

 

 いや、むしろユニークシリーズを手に入れるチャンス!と気合を入れ直したツキヨは、意を決してオアシスに近づく。

 そして、その距離が五メートルになった時。

 

「っっ、来た!」

 

 オアシス全体に魔法陣が広がった瞬間、水中から姿を表したのは、予想通り巨大な蛇。ただし、頭だけが白く、身体は全て水で構成され、代わりにオアシスの水が枯れた。

 

「あのオアシスそのものが、ボスの一部だったってことね……というか水で構成されてるってことは…【ウォーターボール】!」

 

 一縷の望みをかけて放たれた水球は、少量の飛沫を上げながら水蛇に吸収された。HPの変動は、ない。

 

「【水無効】……いえ、少しは飛沫が飛んだのだから、【水耐性大】くらいかしら。流石に無効は無い、と思いたいし、絶対に【斬撃耐性大】あるいは【斬撃無効】持ってそうね……水は斬れないし」

 

 うん、詰んだ。と、内心で絶望する。

 攻撃手段がないためどう足掻いても倒せない。

 だが、そんなツキヨの事情など知ったことか!と咆哮を上げ、巨体に似合わぬ速度で迫る水蛇。

 

「暫く、攻略法を探るしかないわね!」

 

 唯一触れられそうなのは、蛇の頭部。しかし、平べったい頭部を見ても、ツキヨの腰ほどもあるのだ。口を開ければ二、三メートルは優に超すだろう。

 

 突進を躱してやり過ごすと、蛇の通った道が水浸しになる。乾燥した足場が急に濡らされたため滑りやすくなっているだろう。

 

 地下に広がるボス部屋という名の荒野を高速で移動する蛇の体長は、およそ十メートル。巨体をくねらせて方向転換し、同時に咆哮。蛇の周りに、大量の魔法陣が現れた。

 

「魔法!?」

 

 見た目は全て【ウォーターボール】。ただし大きさがツキヨの身長ほどもあり、ツキヨが使うものとは段違いだ。それらが一斉に逃げ場を奪いつつツキヨに放たれる。通常ならこれだけで終わるだろう攻撃。しかしツキヨは普通じゃない!

 

「……魔法を使うのは驚いたけど、まだまだ穴だらけね」

 

 ツキヨは、あろうことか前進。高速で迫る巨大水球を前に、その全てを紙一重で掻い潜る。

 

「【鉄砲水】!」

 

 小さいが、威力の高い魔法を展開。狙うは眼。

 モンスターだが、生物としての本能のようなものがあるのか、【鉄砲水】が当たる直前に目を閉じて防御した。それこそが、大きな隙を作るとも思わず。

 

「【ダブルスラッシュ】!」

 

 両手の双剣それぞれで【ダブルスラッシュ】を発動。合計四連撃をもって、頭と水の体の境界面を打つ。そして、見た。

 

「ま、さか……こいつの正体!」

 

 一瞬だけ斬り裂かれた水の身体。否、それは身体などではなく、()()()()()()()()()だった。

 ツキヨは一度距離を取り、息を整える。

 

「……なるほどね。あの身体を構成すること自体が、ボスの魔法。【血塗レノ舞踏】の効果が切れてないってことは、あの水はボスの本体であって本体ではない。どれだけ斬っても()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 そうと分かれば、狙うのはボスの体でも頭でもない。

 

「枯れたオアシスに残るあの魔法陣!」

 

 それさえ壊せば、あの水の身体は制御できなくなり、本体を直接狙えるようになる。

 それに気付いてからは、蛇の攻撃が一層苛烈になった。

 ツキヨとオアシスの間に常に居座り、一部の隙すら見せず妨害に徹してくる。

 

「あぁもう邪魔!【スラッシュ】【ウォーターボール】【ダブルスラッシュ】【ウォーターボール】!」

 

 相手がいくら高い【水耐性】を持ち攻撃を吸収してこようが、魔法陣さえ壊せれば関係ない。そのスタンスで牽制に剣を振り魔法を乱射する。

 一応、スキルによる剣圧で一瞬だけ水を斬り、露出させた骨に水魔法を当てることで、地道にHPを削っていってはいるが、この攻防は既に一時間続き、二割程度しか削れていない。

 また、距離も取れない。距離を取れば仕切り直しになるだけでなく、ツキヨの攻撃は届かず、一方的に攻められる。避けるのは容易いが鬱陶しいという悪循環を巡ることになる。

 

(恐らく、こいつの魔法は『纏うこと』と『放つこと』の二種類。そして一度『纏い』、『放った』ものを再度『纏う』ことはできない)

 

 その仮説を裏付けるように、既にボス部屋はそこら中水浸しになり、何度も水を放出した為に身体が細くなっている。再吸収できるのなら、その水を集めれば良い。そうすれば誰にも倒せないボスの完成だ。それをしないという事は、できないという事に他ならない。楽観的かもしれないが、その可能性に賭けるしかない。

 

(だからこそ、魔法陣を壊す主目的の他に、水を放出させきることが肝要。『纏う』対象が砂にでもなったりしたら目も当てられない。今度は防御力すら高くなっちゃう)

 

 隙を見てMPポーションでMPを回復し、魔法を連射。ミィ命名の《神速反射》を用いた『自力時間加速』により、ツキヨの主観時間は既に三時間を超えているが、それでも二割。

 

(体感三時間…なら実際一時間ちょっとかな……このまま削っても五時間かかる。今日はもうアルマジロで一時間、それにボス部屋に来る前からやってるから、保たせるにはあと一時間以内に間を取りたい)

 

 間を取るとは、ツキヨの反射速度をもってしてもギリギリの攻防で、後ろに下がるということ。

 水蛇に一度とはいえ負けを認めるということ。

 

「………そんなの冗談じゃない!」

 

 瞬間、ツキヨがギアを上げた。

 

「【ウォーターブレイド】!」

 

 あるいは、限界を超えたのかもしれない。これまで感じていた()()など一切感じず、現実と同等の反射速度。現実以上の身体能力(A G I)。現実では成功し、仮想世界でもやりたかった我流剣技。

 

「二刀【蛇咬(へびがみ)】ィ!」

 

 瞬間二点同時攻撃。

 両の双剣から放たれた、合計瞬間四連撃は、【ウォーターブレイド】の効果も合わさることで【ダブルスラッシュ】にも劣らぬ威力でもって、水の身体を一部吹き飛ばす。

 

「まだまだぁ!」

 

 今度は片手につき瞬間四連撃。計八連撃。

 直前の倍以上の水量を水蛇の身体から抉り取り、骨にまでダメージを与えた。そして、ようやく気付いた。このボスの、弱点を。

 

「はぁ……はぁ……ふふっ…へぇ、あなたの弱点は、その体を構成する骨。背骨かな?その一つ一つを繋ぐ、()()だね?普通ならそこを攻撃するのに、針の穴を通すような精密性と集中力が必要。そう……()()()()っ!」

 

 ここに来て、コンディションが最高に達したツキヨにとって、そして瞬間連撃を主とする我流剣技において、その一瞬を付くのは児戯に等しい。

 【蛇咬】によって多量の水を吹き飛ばされ、HPを削られた蛇の身体は、大木の如き太さを誇った最初に比べて小枝に等しい。

 弱点ダメージによって一気にHPは残り六割にまでなり、今の蛇の水量であればツキヨの剣は水の層を突き破ってダメージを与えられる。

 

「強敵だったよ、水大蛇。でも私も疲れた………そろそろ、終わりにしよう」

 

 疲労はある。でもそれ以上に昂ぶっている。たぶん、今ならできる。その確信があったから。

 だから、精一杯の殺意と覇気を蛇にぶつける。

 

 蛇がツキヨの纏う『意』を感じ取ったかは分からない。しかし、どこか恐怖するように後退した蛇は、最初の位置。オアシスまで戻ると、パシャンというあっけない音と共に、纏っていた水を落とした。

 

「何をする気?」

 

 それは、本来ならHPが五割を切った時に起こる現象。ミィ共々、なぜこんな現象を気迫だけでボスに起こさせるのか。

 

 水のベールを脱ぎ捨てた蛇は、その頭を細く、頼りない背骨で支えながら垂直に身体を伸ばす。

 

 そして、肺など持っていないはずの身体で力強い咆哮を上げると、周囲の岩がゆっくりと浮かび始めた。

 

「は、ははは……そうだよね。水の体が脱げたなら、もっと強い身体を求める。でも、あなたは岩の体で動けるのかな?」

 

 動けないのだとしたら、このボスの行動が意味するのはたった一つ。蛇の身体を中心に、巨岩が高速で回転し始める。その回転力を破壊力として、ツキヨに放つために。

 

「だからいずれ攻撃に転じるはずだよね?でも、私は言ったよ。()()()()と。残念ながら……私は普通じゃないからね!」

 

 ツキヨは防御を捨てて走る。間の距離は二十メートル。その距離を詰めれば、チェックメイト。

 だが蛇も安安とは行かせないとばかりに、連続して巨岩を放ち始めた。

 

「良いの?そんな()()()()()()?…【跳躍】!」

 

 そしてツキヨは、自らに隕石の如く迫る巨岩に【跳躍】で飛び乗った。

 《神速反射》が最大限機能しているからこそ、この程度の岩の雨はツキヨにとって()()()()()()()()()()()

 巨岩の砲弾を足場に空中を駆けるツキヨと、それを狙い次々に巨岩(足場)を放つ蛇。時折【跳躍】でタイミングをずらし、位置を調整し、遂に到達するは地上二十メートル。直立する蛇の真上。

 そこにある天井に、()()

 

「………【ウォーターブレイド】【跳躍】」

 

 水の刃を纏い、地の底に向かって【跳躍】する。

 自由落下に【跳躍】の初速を加え、水属性追加ダメージを付け、使うのは斬る速度が速ければ速いほどに威力が上がるスキル。

 

「【疾風斬り】!」

 

 二刀によるそれは蛇の胴と首を完全に断ち切り、()()()()

 蛇ゆえの生命力の高さか、身体が骨になろうとも死なないが故の特性か。一割だけHPを残し、着地したツキヨを背後から首が狙う。

 

「……言ったよ。終わりにしようと」

 

 使うのは、現実でも使用できなかった、理論上の我流奥義。瞬間八点同時攻撃。

 

「……二刀【八岐大蛇(やまたのおろち)】―――ッッ!」

 

 十六の斬撃が、蛇の頭を叩き割った。

 

 

――――――

 

 

『【連撃剣Ⅴ】が【連撃剣Ⅵ】になりました』

『【水魔法Ⅴ】が【水魔法Ⅵ】になりました』

『【跳躍Ⅲ】が【跳躍Ⅳ】になりました』

『スキル【水君】を取得しました』

『スキル【切断】を取得しました』

『レベルが25に上がりました』

『スキル【剣ノ舞】を取得しました』

『スキル【ウィークネス】を取得しました』

 

「あぁぁぁあああ………勝ったぁぁあ……ってなんかいっぱい来たぁ……」

 

 もう疲れたんだけど……最初三つくらいはスキルレベルが上がっただけなの分かるんだけど、四つくらいスキル取得したよね…?

 

「あ、宝箱もある…ユニークシリーズぅ……」

 

 《神速反射》の影響で疲労感がすごい。NWO始めてから一番長く使った上、現実じゃ身体能力が足りなかった仮想奥義使ったから…とにかくやばい。けど良い。良い疲労感。達成したことの充実感のある疲労。取り敢えずユニークシリーズを見たい。凄い気になるぅ…っ!

 疲れた身体を引き摺って、宝箱に到着。

 

「宝箱を開けるのは、何気に初めてだな…」

 

 ゆっくりと蓋を持ち上げて、中身を確かめる。

 

「あ……ははっ、はははは!」

 

 中にあったのは、北欧の伝承にある戦乙女(ワルキューレ)をモチーフにしたような所々に装甲の付いた純白のバトルドレス。

 それとミィと色違いの純白のマント。

 装備全体として、純白の翼を広げたような意匠になっている。

 それに合わせたような純白のブーツには、こちらも所々に装甲が付いている。

 更には、白地に金色の装飾がなされた鞘に収まる二刀の白銀の片刃直剣

 最後に両側に翼のような意匠が施されたティアラのようなもの。

 

「良いよ……凄い良い!」

 

 デザインも何もかも。そして赤と白でミィと対比しててすっごく良い!

 さっそく確認しなきゃ!

 

―――

【ユニークシリーズ】

 単独でかつボスを初回戦闘で撃破しダンジョンを攻略した者に贈られる、攻略者だけの為の唯一無二の装備。

 一ダンジョンにつき一つきり。取得した者はこの装備を譲渡できない

 

 

【舞騎士のマント】

 【INT+15】【MP+20】【破壊不可】

 

【比翼の戦乙女】

 【INT+15】【MP+15】【破壊不可】

 スキル【聖水】

 

【白翼の双刃】

 【DEX+40】【AGI+15】【破壊成長】

 スキル【飛翼刃】

 

【比翼のロングブーツ】

 【DEX+10】【AGI+25】【破壊不可】

 

 

―――

 

 さっそく装備してみると、ティアラのようなものはバトルドレスの一部だったようで、頭部分にはマントが装備された。

 それにしても【比翼】ね……。

 比翼…全体の意匠として、イメージは鳥なのかな?分かんないけど、全部気に入ったよ。

 片手剣として片方ずつでもスキル発動ができ、片方剣スキルの二刀流、双剣スキルのどちらも使えるとなると、片手剣スキルも取ったほうがいいかな?

 

「ユニークシリーズはミィが言った通りだけど、【破壊成長】って…嫌な予感するなー…」

 

 まぁ、予想通りだと思うけど、確認しようか。

 

―――

 

【破壊成長】

 この装備は壊れれば壊れるだけ強力になって元の形状に戻る。

 修復は瞬時に行われるため破損時の数値上の影響はない。

 

―――

 

「やっぱり…剣を壊れるほど振るいたくは無いんだけど…成長の為って割り切るかな…」

 

 あとは、武器のスキルかな?

 

―――

 

【聖水】

 水魔法に聖属性を加える。

 悪魔、悪霊(レイス)、ゾンビ、グール、不死者(アンデッド)に特効

 

【飛翼刃】

 【白翼の双刃】専用スキル。

 スキル発動中に毎秒MP3を消費し、重量を変えずに刀身を【DEX】×1メートルまで伸長、収縮し、自在に操ることができる。

 長く伸ばすほど耐久値の減りが早くなる。

 【破壊成長】を繰り返すことで、倍率が向上する。

 

―――

 

「聖水は発動時に水魔法に聖属性を加える、かぁ。……【聖水】っと……へぇ、魔法名もいくつか変わって特攻ダメージ以外にも魔法によって別々の追加効果がある、と。これはまた今度ちゃんと確かめよー」

 

 そして、それ以上にやばい方に目を向けた。

 できれば逸らしたいけど。

 

「それに双剣強いよ……名前からして刀身が飛ぶのかと思ったけど、蛇腹剣ってことでしょこれ……重量を変えずにしかもDEXがそのままメートルで、しかも装備による追加分もしっかり計算に入ってるってことは…うわ、現状で120メートル。操れる自信ないよ…長さを含む操作は脳波で、か」

 

 そうしてよく見てみれば、双剣の刀身に薄っすらと等間隔の『節』があるのが分かった。節は銀色でパッと見分かりづらい。

 

「双剣が双剣してないし、ここまで来ると取得したスキルの確認も怖くなってくるなぁ…」

 

 脳波コントロールって私の《神速反射》に対応できたら、かなりエゲツないことになるよね……。まぁ、練習あるのみかな。

 

「さて、取得スキルの確認を………ん?ミィからメッセ?なんだろ?」

 

 確認しようとしたら、ミィからフレンドメッセージが届いたので、そちらを優先する。これ以上やばいスキルを立て続けに見る勇気がないよ…

 

「なに、これ………」

 

 書かれていたのは、たった四文字。

 でも、あのミィが、なんで?

 心臓の動機が早い。ボスと戦っていた時よりも早くなっているのが分かる。でも、だからこそ急いでミィの所に行かなきゃ。

 

「待ってて、ミィ…………!!」

 

 私は急いでユニークシリーズで上がった【AGI】を最大限使って街に走った。

 

 

 

 

 

―――

 

from ミィ

 

たすけて

 

―――




 
 装備の見た目イメージは『落第騎士の英雄譚』4巻で初登場した時のエーデルワイスさん。露出が多いからツキヨちゃんには少し控えさせて上げてください。あとはマント付ければ完璧です。
 知らない、知りたい人は原作名とエーデルワイスで検索すればすぐ出ます。
 あのエーデルワイスさんの美しさは原作屈指だと思う。流石世界最強の剣士。
 双剣のデザインを片刃ように変更して目を赤くしたらツキヨちゃんです。とは言えエーデルワイスさんより若いですが。
 そして双剣のスキルは倉敷君だけどね!
 良いとこ取りしたらこうなった!
 双剣だけ破壊成長なのは倒したボスが蛇で不死性の象徴だから。しかも脱皮という形で蘇るっていう不死なので、傷ついても復活すると言う不死で【破壊成長】にしました。
 
2020/2/24
 ツキヨさんのデザインから青を除き、完全に純白にしました。そっちのがイメージにあったので。
 武器名、スキル名一部変更
 比翼と蛇骨が混ざってて統一感が無かったので、見た目の方に全体的に寄せますが性能は変わりません。
 


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炎帝と受難の始まり

受難の始まりは短めに。
隔日に変えていきなり本日3連投稿します
3連投稿一本目 二本目は2時間後!


 

「ツキヨ行っちゃった……」

 

 納得はしてるけど、資金稼ぎも素材集めも全部一人でやるのは、いくらツキヨでも無理でしょ…。

 

「と、思えれば良いんだけどねー…」

 

 ツキヨなら、なんとなくすぐにでも出来てしまう気がした。だってツキヨがダメージを受けた所を、まだ見たことが無いから。

 ダメージを受けなければポーションは使わないで済む。なら、消耗品の予算を抑えられ、スキルを厳選すれば資金は貯まりやすい。

 事実、私だってかなり使ったけど、50万くらいは残っているのだから。……昨日のポーションの消費は痛かったなぁ……。

 

「さて!ツキヨはいないけど、レベリングしないと!ツキヨならすぐに追い越してくるからね!」

 

 昨日は疲れから戦闘せずにログアウトしたし、今日は張り切って【炎帝】で焼き尽くそう!

 

「……【フレアアクセル】!」

 

 ……よし、今度は姿勢も崩さないで移動できた。やっぱり加速力が倍に上がってる……ふふっ、これなら急な方向転換もできるし、昨日のダンジョンの落とし穴くらいなら飛び上がって抜けられそうだ!

 

 ツキヨと確認した時点で分かってたけど、【炎帝】の威力はかなりのものだ。現実なら自然災害レベルの攻撃。

 

「これならどんなボスだって焼き尽くせるな…はははっ!」

 

 

 

――――――

 

 なんて考えていたら、いつの間にか適正レベルを超えるエリアに入ってしまったミィですはい…。

 

「…燃えろ【爆炎】!」

 

 でも、それを【バーストフレア】を超える爆発を起こす魔法で一撃で仕留めてしまった。

 

「おぉ!あんな強い敵を一撃か!これならレベリングも捗りそうだな!」

 

 この時の私は、明らかに調子に乗っていた。

 強いスキルを手に入れて、格上のモンスターを簡単に倒して。そんなだから調子に乗って、昨日と同じようなロール(演技)を恥ずかしげもなくやってしまっていた。

 

 

「………っ!!………!」

「ん?何か今声が…?」

 

 この時、遠くで何やら声が聞こえた。必死さを感じさせる声は、自分の方に少しずつ近づいているようで、次に聞こえた時は、凄くはっきりと。

 

「撤退だ!くそっ!俺らにはまだ早すぎたのか」

「分かってる!けどMPがもう!」

 

 聞いた瞬間には、私は駆け出していた。理由なんてない。ただ、ここで見捨てたら後味が悪いってだけ。それに、【炎帝】の火力があればどんな敵も焼き尽くせるって信じてたから。だから…

 

「大丈夫か!?今助ける!」

 

 だから、戦闘に割り込んだし……これはその、ちょっと格好つけたくなったという……言わば若気の至りなんだよぉぉ…。

 

「助かる!三人でなら何とか行けると思う!」

「ええ。ありがとう、これでどうにか……」

 

 だから、もし時間を戻せるなら、今すぐ演技やめろこのバカァァァ!と言いたい…。

 

「いや私一人で十分だ。【噴火】!【爆炎】!」

 

 【炎帝】の力をフルに使ってモンスターを殲滅した私は、ここでも調子に乗って格好つけちゃったのだ……やめ、やめろ私ぃぃぃ!

 

「凄い……あれだけのモンスターを一撃で…」

「これが、トップクラスなのね……」

「無事で何よりだ。これからは適正レベルを調べてから来ることだな」

 

 自分が適正超えた所にいる癖に何てこと言ってるんだろう…ホント。

 去り方も格好つけて、無駄に凛々しさ醸し出してさぁ……。

 

「まだ大丈夫だが、またモンスターが復活するからな。早く戻るといい」

「その、ありがとうございます!せ、せめて名前だけでも…」

「……ミィだ」

 

 あぁぁぁ……黒歴史(すべて)はここから始まったんだよぉぉ……。

 

「ミィ様……ありがとうございます!これからはミィ様についていきます!」

「えぇ!私もミィ様の魔法に惚れました!ぜひお仲間に入れてください」

 

「さ、様……?」

「「はい、ミィ様!」」

 

 

 ツキヨぉ……この眼差しは焼き尽くせそうにないかも……

 

 

 

 

 どうすれば良いのぉ……ツキヨぉ………!!




 
『防振りうぉーず!』より着想を得たミィの受難、スタート


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炎帝と増える取り巻き

連続投稿2本目ですご注意ください


 

 モンスターから逃げていた二人組を助けた私は、二人の前で演技をやめるわけにも行かず安全な場所まで送ることで納得してもらった。

 

「それにしても、二人はまだ初期装備だろう?この一帯は早すぎる。私でも油断すれば、即危険になるのだからな」

「はい…ただ、レベルはそれなりにありますし、装備を作るための資金集めには、ここが最適だと…」

「もう少しレベルを上げてから、挑戦するべきでした……」

 

 あぅぅ……。明らかに年上にしか見えない人たちに敬語使われると、ちょっとキツイなぁ…。

 というかなんで私はこんな演技しちゃったんだろう……。

 

「……!………っ!!」

 

 あぁぁぁ…なんかデジャヴだよぉ…。絶対に嫌な予感がする!

 

「ミィ様、今なにか聞こえませんでしたか?」

「はい、私も今なにか…」

「き、気のせいでは……」

 

 

「まずい!大量に引きつけすぎた!」

「だからまだ早いって言ったんだよ!」

「最終的には同意しただろーが!兎に角走れ!」

 

 

「……ないようだな」

「大変だ!俺達みたいに襲われてるんですよ!」

 

 ……そういうこと言うと、助けない訳にはいかなくなるじゃんかぁぁ……。

 ああもう!何でこんな目に合うの!?ツキヨがいないだけで不運になるスキル取得したの!?

 もういい燃やす!モンスター燃やし尽くす!

 

「この先のようだな。危険だからお前たちは―」

「「行きます!」」

 

 めんどくさいなぁ!もーーー!!

 

「分かった。だが決して無理はするな、危険な時はすぐに下がれ!」

「「はい!」」

「行くぞっ!」

 

―――

 

「くっそ!剣も新調したからイケるって思ったのによー!」

「いいから逃げましょう!この先を抜ければ追ってこないはずです!」

「この借りはレベルを上げてから必ず返しゃあいい!」

 

 俺達にとって早すぎたフィールド。

 強い敵に悪辣なギミック。

 せっかく初心者と呼ばれるレベルから脱却したってのに、まだまだ強い奴らには及ばねえ!

 

「ちっ!回り込まれた!ルートを塞ぐように囲みやがって!」

 

 何体もの大型モンスターに囲まれた俺達はもう逃げ切れないし、辿る運命は屈辱の死に戻りただ一つ。

 

 

 

 

―――そのはずだったんだ。

 

「全てを焼き尽くせよ【炎帝】!【噴火】!」

 

 その、凛々しい声が聞こえたと思ったら、いきなり俺たちの目の前で巨大な火柱が立ったと思ったら、今度は両脇に巨大な火球が現れ、俺たちを守りながらモンスターを焼き尽くしちまった……。

 

 俺たちがどれだけやってもロクにダメージも通らなかったモンスターを、たった一撃で焼き尽くす炎。いったい誰が…

 

「無事か、お前たち」

 

 

 俺たちはこの日。本物の女神に会ったんだ…。

 

 

―――

 

「ありがとうございます!お陰で助かりました。何とお礼したらいいか…」

「例には及ばんさ。それに言うなら私ではなく、お前たちの助けに逸早く気付いたこっちの二人に言ってくれ」

 

 もういいよぉ……もう今日はログアウトして、変な目に合わないように寝る…っ!

 だから早く私を帰して!

 

「いえミィ様がいなければ、私達も彼らも全員助かりませんでした」

『ありがとうございますミィ様』

 

 なんで皆して頭下げるの!?やめてよぉ!?

 

「………何度も言うが、礼には及ばない。強者としての務めを果たしたに過ぎないのだからな。お前たちも、まだこの地域には早すぎるのだろう。一度街まで送ろう」

 

 私ももうログアウトしたい。あと早くこの場から立ち去りたい!

 

「ミィ様にそこまでして頂かなくても大丈夫です!それに私とザックはミィ様に付いていきたいです!」

「あぁ!ミィ様の力を間近で見て、俺もミオも感動しましたから!お力になれるか分かりませんが、どうかお願いします!」

 

 最初に助けた二人ザックとミオっていうんだねぇ!?……というか私をログアウトさせてぇぇ…。

 

「そういう事なら、俺たちにもミィ様に恩返しさせてください」

「ああ。あれ程の高威力の魔法を使ったんです。MP切れも早いでしょう。せめて俺たちのMPポーションを使ってください」

「わ、私は光魔法の【ヒール】使えます!ダメージを負ったら、すぐに回復させてください!」

 

 

 

 

 あうぅぅぅぅ……!ツキヨたすけてぇぇぇぇ!!

 

 

―――

 

 こうして炎帝の取り巻きは五人に増え、ここから一気に増殖していくこととなる。

 

 そしてこの時、助けを求めるミィの声無き声に気付くこともなく、ツキヨは東の森で双剣使いのヴィトと遭遇していた。




平均文字数を連続投稿のこの2話で大きく下げるけど、どっちもミィの内心で区切り良かったから仕方ないんや……


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炎帝の受難は続く

本日ラスト。
 次回からようやくツキヨちゃんが出せそうなので、ここで区切ります


 

 あの後、説得も何もかも無駄だと悟った私は、パーティを六人で組み直してレベル上げに勤しんでいた。場所は、さっき五人が襲われてた所より少し浅い所にして、私のレベルにも彼らのレベルにも合った場所にしたんだ。

 

 

 ………した、はずなんだ。

 

 

「うわぁ!あぁぁ…うわぁぁぁ!」

「どんだけトレインしてんだ!早く逃げろ!」

「ここはミィ様がどうにかしてくれる!」

「【炎帝】を使うまでもない。【フレアアクセル】!【焔弾】!」

 

 

 ………なんで、こうなったんだろう……?

 

 いや、間違いなくきっかけは最初に助けた二人組。そこからズルズルと後に引けなくなった私は、いつの間にかモンスターから逃げるプレイヤーを助け続けていた。演技を辞めるわけにもいかず。

 

「ミィ様、MPポーションです」

「あぁ」

 

 総勢30人。たった一日でこれだけの人を助けるとか、私は何を目指してるんだろう……もう大型レイド並の人数だよ。

 でも、この人数をカバーするとMPがすぐ空になるし、受け取ったMPポーションを使わないわけにも行かない。

 というか私、もう宛もなく歩いてるんだけど……その"ミィ様についていきます!"みたいな表情やめてよぉ……。

 本気で人助けしかしてないんだけど……なんなの?この辺りって初心者が慢心して挑むの?私も装備だけの初心者なんだよぉ!?

 

 ここまで来ると引き際とか分かんないし、ツキヨに相談して迷惑かけたくないし…ぅぅぅぅ…。

 

 ………もう、良いや。

 

「皆、今日は手伝ってくれて感謝する」

 

 もう、どうにでもなれ!

 私は逃げる!

 

「本来であればもう少し狩りをしたいのだが、すまない。これから現実(リアル)で少々やることがあるのでな。今日は、これで終わりにしても良いだろうか」

「分かりました。私達こそ、無理言って連れてきていただき、ありがとうございます」

『ありがとうございます』

 

 この短時間でみんな、凄い足並み揃ったんだけど…なんで……?

 

「この辺りはまだ強いモンスターが多いからな。もう少し街に近いフィールドか、街まで戻ろう」

『はい!』

 

 はぁ……どうしてこんなことに……早くログアウトしたい……。

 街には着いたけど、このまま解散したいくらい。でもなんかみんなこっち見てるし……えぇ、もう一回何か言わなきゃだめぇ……?

 

「改めて皆、今日はありがとう。最後に、フレンド登録だけでもしていかないか?いつでも声をかけてくれ」

 

 あぁぁぁあああぁあああ………なんでこんな事口走った私ぃぃ……。

 

『はい!ありがとうございます!』

 

「ではな」

 

 

 

 

 

 ぽすんっと外したVRギアをベットに放る。

 

「えぅぅぅ……なんであんなに統率されてるんだよぉぉ……。演技なんてしなきゃ良かった……バカバカバカぁ……」

 

 もう寝ちゃおうかな……あ、ツキヨ、今どんな感じかな?順調かな?私はもう最悪だよ……。

 

「あぅ……月夜、私に見せるって張り切ってたし……。相談しない方が良いよね……?」

 

 せめて、明日は彼らと出会いたくないなぁ…日曜日だけど。ログインプレイヤーが一番多い日だけど!

 

「美依ー?そろそろご飯できるから降りてきてー」

「………わかったー……」

 

 はぁ……お母さんの声が落ち着く……。

 

 もぅ……なんでゲームで困らなきゃいけないんだよーー!!

 

 

 

 次の日もログインした私は、その瞬間にやめたくなった。だって、ログインした瞬間にザックが走ってきたんだもん。

 

「あ!お待ちしていました、ミィ様」

「あ、ああ。待たせたようだな」

 

 待って待って待ってぇ…!?待ち合わせとかしてないよね!?なんで私が来るの待ってるの!?パーティも解除したよ!?

 

「皆、ミィ様が来るのを待ち侘びていましたよ」

 

 イヤな予感するぅ……まさか昨日のみんないるのぉ……!?

 

「あれからミィ様に助けられた恩を返すため、皆でミィ様の事を語り歩き、1()0()()()()()()()()()()()()()

 

 ……………えっ?

 も、もしかして…え…うそうそうそうそぉ!?

 

 まさか……ウソだよね、?この街の噴水広場に集結した40人はいるプレイヤー、()()()()()()()()()()()!?

 

「まあほとんどの者がまだミィ様の御心と御力を疑っていますが、ミィ様ならばすぐにでも彼らを導くでしょう」

 

 や、やめてよその"やっちゃってください!"みたいな笑み!私の心なんて帰りたい一色だよ!力は運良く手に入ったスキルだよぉ!第一人心掌握なんてできるわけ無いじゃん、新興宗教の教祖じゃないんだからさぁぁ……!

 

「……まぁ良い、特別やる事も変わらないからな。とは言え、これだけの人数が一同に移動すれば他のプレイヤーの邪魔になるか……」

 

 なんとか取り繕ってだした返事がこれ。

 

「それはご安心を。我々で簡単にですが班分けとローテーションは済んでおりますので、ミィ様はお好きなようにしてください」

 

 もうやだこの人たちぃ……っ!!

 

「わ……分かった。では時間が惜しいのでもう行くが、構わないな?」

「ミィ様の御心のままに」

 

 

―――

 

 

 ミィは心の中で泣き言を叫びながら、レベリングをやりつつ、ついてくる人たちの戦いを見て、簡単な指導をしていた。

 

 

「盾役が怯えてどうする!貴様たちがモンスターの攻撃を防がねば、後ろが瓦解するぞ!」

『は、はい!』

「盾役はパーティにおける攻防の砦だ!絶対に崩れぬという気概を見せてみろ!」

 

 例えば、激を飛ばたり。

 

「おぉ!今の魔法の威力はなかなかだったな!それならば格上のモンスターにもダメージを与えられる」

「あ、ありがとうございます!」

 

 褒めたり。

 

「剣士諸君。お前たちは戦闘における斬り込み隊長だ。最前線で戦うが故に盾役と共に死亡率が高い。しかしお前たちが前線に立つ事で魔法使いや弓使いといった後衛が、大威力の攻撃を放つ事ができる。だから勇気を持って踏み込め!そして決して死なず、味方を勝利へ導く道を切り拓け!」

『おぉぉぉおおおお!!』

 

 鼓舞したり。

 

 

 そんなことをして一日過ごしたら、周囲は本人の内心をガン無視してミィに心酔。

 わずか2日で40人ものプレイヤーを率いるリーダーになってしまった。

 

 

 

 

 

 あぅぅ……どうしてこうなるのぉぉぉ……!?




 
 作品名が『演技します』なのに10話以上やってまだツキヨちゃん演技しないという事実。
 いや、書きたいことたくさんあると、話って進まないよね
 あと早くメイプルとサリー出したい。作者の推しはサリーゆえに。
 連続投稿は終わり。
 また隔日一話投稿に戻ります。


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PS特化と炎帝の再会

 アニメ7話のマイユイ強化、よく考えると毒耐性ポーション飲ませる意味ある?

 パーティメンバーの直接攻撃を受けてもダメージや状態異常を受けない
 →ヴェノムカプセルに入っても無事なんじゃない?と思うこの頃
 それともヴェノムカプセルは発動後は間接ダメージとして処理されるのか……面倒な仕様だね

 メイプルちゃんは天使になって人間辞めて機械の神様に気に入られる……忙しいね


 

 ………ツキヨにあいたい。

 

「ミィ様、今日はどのように致しますか?」

「……今日も増えたな。まぁ、昨日と同じでいいだろう。まだ少々粗の目立つ戦いをする者が多いからな」

 

 ………ツキヨに泣きつきたい。

 

「皆もミィ様に指導を受け、非常に感動しましたからね。流石はミィ様です」

「大したことはしていない」

 

 ………ツキヨ…まだ装備はできない……?

 

「では行くぞ」

『分かりました!』

 

 ………もう限界だよツキヨぉぉ……。

 

 

―――

 

 

 午前中は、昨日と同じように新しく集まった人達を指導して終わった。

 内心で泣いてるから私をそっとしてて……!

 

「ミィ様大変です!」

「何かあったか?」

 

 あぅぅ…今度はなにぃ……?

 

「我々でローテーションを組んでいたのですが、その順番が不服だと暴動が……早くミィ様と共に戦端に立ちたく、すぐにでも交代するようにと……」

「はぁ……子どもではあるまいし、ルールはルールだ。それを破るわけにはいくまい」

 

 というか私としてはそのまま瓦解してもいい……もう私に構わないで!

 

「それを彼らに、ミィ様の口から言っていただきたいのです!私達では、もう彼らを止められない…っ!」

「………分かった。案内しろ」

「はい!」

 

 もう、色々限界だった。なんで私がこんな事しなきゃいけないんだよぉぉ……。面倒事とか全部焼けたら良いのにぃ……っ!モンスターより彼らの方が何百倍も厄介だよぉ……!

 願ってもないのにずっとついてくるし、演技も疲れるしぃ……。

 

「ツキヨぉ……」

 

 

―――

 

 

たすけて

 

 

―――

 

 

「あっ……」

 

 無意識の内に、ツキヨにメッセージを送っちゃった……。けど、もう本当に疲れたんだよツキヨぉ……。何でもいいから、この状況からたすけてぇ……。

 

「ミィ様、どうかしましたか?」

「いや、何でもない。早く行こう」

 

 

―――

 

 

 あう……すっごい揉めてる。あれが私といたいからって理由なのは思う所があるけど、この集団のせいでレベリングが捗らないしツキヨに会いたいし……いっそ本当に全部焼き尽くそうかな。

 

「何の騒ぎだ」

「あ、ミィ様!」

「ミィ様、こんな役立たず共とは早く交代して、パーティを組んではいただけませんか?俺は役に立ちますよ!」

 

 自分の売り込みか……騒ぎを起こすのは問題だけど、一昨日の五人の時も似たようなものだったしな…流石に今は多いから無理だけど。

 

「ローテーションについて私は関与していない。が、公平に決めたのであればそれはルールだ。ルールには従ってもらう」

「そう言われましても、ミィ様とて弱い奴らといてはレベリングもまともにできないですよね?」

 

 一緒に戦う。俺は役に立つ。ミィ様(わたし)の足枷にはならない。だから早く代われ、か。

 はぁ……めんどくさい。

 

 こんな面倒な事態になるなら、格好つけて助けるとかしなきゃ良かったよ……いや、それならそれで良心が痛むなぁ。結局自業自得か……ツキヨ来ないかな……っ!もしかして!

 

「む?すまない。メッセージ通知だ」

 

―――

 

from ツキヨ

 

まだ無事!?

街についたわ

可能なら場所教えて!

 

―――

 

 や、やった!ツキヨが来てくれる!

 すばやく西の平原入り口だと返信し、気を持ち直す。我ながら現金だけど、ツキヨが来てくれるってだけで落ち着く……あ"っ……。

 やばい。ツキヨが来るのに、私は演技を辞められない……ヤバイヤバイヤバイ!?

 

「ミィ様!聞いていますか、ミィ様!?」

「あ…あぁ、聞いている。少々考え事をしていただけだ」

 

 ど、どうしよう。この人たちには素の自分を見せるのが恥ずかしくて、ツキヨには演技を見られるのが恥ずかしい……あぅ、八方塞がりだよ。

 

「ならば良いのですが。ミィ様。こうしている時間も勿体無いのです。トッププレイヤーの一角を担うミィ様なら、私の考えに賛同していただけますよね!?」

 

 ……ごめんあなたの考え全く聞いてなかった……とは言えない、よね。

 

「うむ……それも一理あるとは、私も思う」

「でしたら早速、私と共に参りましょう!」

 

 ちょっ、引っ張らないでよ!ツキヨがもうすぐ来てくれるんだから!?くっ…私の【STR】が低いから引っ張られちゃう……!

 どうすれば良いのー!?

 

 その時、突然周りの人壁が左右に割れ、赤いオーラを放つ純白が姿を表した。

 

 

 

「……これはなんの騒ぎ、ミィ?」

 

 き、救世主だぁぁ……っ!!

 

 

―――

 

 

 『たすけて』なんてメッセージを送ってくるから、何かとんでもないことに巻き込まれていると思ったら……いえ、予想とは別の意味でとんでもない事態にはなってるね。

 無事でいてくれたことには安心したけど、この人だかりは何なのよ……。ミィの声が奥から聞こえるから、ミィがいるのは確かなんだろうけど…。

 

 そして、明らかに状況を不安視していながらも何もしないプレイヤー達(邪魔者共)。なら私にも考えがある。

 

「……道を開けなさい」

 

 状況が飲み込めないし、親友から救援要請が来たなら是非もない。

 ツキヨさんは説得(物理)も辞さないからね!

 

 両腰から白銀の双剣を抜き放ち、脅し気味に道を開かせる。

 

「ちょ、あんた何のつもりだ!?」

「この奥に用事があるの。邪魔しないでちょうだい……でなければ斬るわ」

 

 水蛇戦での疲労があるし、ここまで全力疾走してきた疲れもある。東にずっと行った先の荒野からだ。流石に疲れた。けど、装備も揃えてないこの人たち相手に負けるわけがないし、いっそ全員斬ってやる。

 いつの間にか覇気とか怒気とか剣気とか色々と放出していたのか、行った相手を中心に少しずつ道ができる。

 

 ものの十数秒で、ミィまで視認できる大きな道ができた。うん、やっちゃった感あるけど、それは後で考えよう。

 双剣を鞘に収めつつ、私は3日ぶりのミィに声をかけた。

 

「……これは何の騒ぎ、ミィ?」

 

 ミィがこちらに気付き、少しだけ目を見開いた。新しい装備の初お披露目がこんなことになるとは思わなかったが、どーよミィ?綺麗で格好いいでしょ?

 肩口や胸、お腹の辺りに少しだけ露出があるのが恥ずかしいけど、堂々としてればどう見ても戦乙女(ワルキューレ)でしょ!

 

「ああ、待っていたぞ。我が親友」

 

 ……………ハッ!いけない。ミィが凛々しくて格好良くてカリスマ性溢れてて思考停止した。

 ちょっとミィ、いつものふぇぇ……やらあぅ……やらの泣き言はどこに行ったのよ。スーパー炎帝タイムとでも言うつもり?カッコ可愛くて抱きしめたくなる!

 

 …おや?あれはミィが中二病(イタイタしい)時代に考えたハンドサイン。

 なになに……『我 望む 脱出 救援(ここから出たい……助けて)

 ……はぁ。取り敢えず何も聞かずに助けてってことね?了解、了解よ。そのキャラ付けに合わせてあげる。

 

「……えぇ、遅れてごめんなさい。予定では昼前に戻れるはずだったのだけれど、荒野でトラップに巻き込まれてね。手間取ったわ」

「そ、そうか。無事ならば良かったぞ」

 

 ちょっとミィ?私が少しキリッとした雰囲気と口調、声音にしただけで戸惑わないの!

 ってあれ?何か周りの人ざわついてない?私普通にミィと話してるだけなのに、何これ?

 

「……おい貴様」

「はぁ……何かしら」

 

 さっきミィの手を取って引っ張ってた人から声をかけられる。というか怒ってる?

 

「何かしら、ではない。誰だか知らんが、ミィ様を気安く呼び捨てにし、あまつさえ心配してくださったミィ様に感謝の言葉もないとは何事だ!」

 

 ミーサマ?……ミィ、様?え?もしかしてミィ、あなたこの人たちから『ミィ様』なんて呼ばれてるの?

 や、やばい……お腹いたい。ミィ様。()()ミィがミィ様!?ねぇねぇミィー?気にしてないようで薄っすらと頬を赤くしてる炎帝さーん?っと違うわね。炎帝さまー?

 ……じゃないわね。ミィをからかうのは事情を聞いてからにするとして、この人は私達の会話を聞いてなかったのだろうか。

 

「ミィが言ったこと聞こえなかったのかしら。『親友』よ。もちろん現実(リアル)の方で。その相手を恭しく呼ぶ方が、不自然でしょう。様付けで呼ぶほど敬うのなら、敬意の対象の一言一句を聞き逃さないでほしいわね」

 

 まぁ煽っとこう。

 ミィをむりやり連れて行こうとした時点で万死に値するし、今なら【血塗レノ舞踏】と何か薄いけど青いオーラが混ざって発現している。多分襲ってこられてもこの程度の人なら一撃で沈められる。

 

「なんだと貴様ぁ……っ!」

「貴様貴様と呼ばないでもらいたいわね。かと言ってあなたに名を名乗るつもりも無いし、名乗られても覚えるつもりもないし興味もない。……ミィ、約束通りレベル上げに行きましょう。構っているだけ無駄だわ」

 

 こういう話の通じない手合には、基本的にその場は強引に話を終わらせた方がいい。特に私は何も事情を知らないので、自分がどう振る舞えばいいかあやふやだ。

 それを分かっているのはミィだけであり、ここから脱出したいミィは合わせてくれた。

 

「皆、すまないが、我が友人とは予てより約束をしていたのでな。今日はこれで解散と……」

「お待ちください!」

「………まだ何か?」

 

 まぁ予想はつきますがね?

 

「この者がミィ様の知り合いであることは理解しました」

「親友よ。次間違えたら首を跳ね飛ばす」

「黙れ!ミィ様とレベル上げと言ったが貴様ごとき、どうせミィ様の足を引っ張るだけだろう!」

 

 本当にめんどくさい手合いね……。

 

「実力は関係ないのが分からない?親友と一緒に遊ぶ約束をした。ただそれだけ。文句を言われる筋合いはない」

「ただ自信がないだけだろう!どうせその装備もミィ様の御力で見繕ったんじゃないのか!」

 

 ………そろそろキレていいかなぁ?

 これはついさっき、私が頑張ってボス倒して手に入れたんだよ!みんなは知らないよね、発見済みダンジョンは2つしか無いもんね!?でも残念!たぶんギミックを解除しないと入れないダンジョンが複数あるよ!ギミックやトラップで普段は開かないだけでね!

 

「……ねぇ、ミィ。あなたの臣下、()()()()()()()()()?」

「……ツキヨ、一先ず落ち着け」

 

 一応、ここで暴れたらミィが築いたメンツに傷が付きかねない。だから、自重はする。でも、許す許さないの話は別だ。

 

「……冗談よ、格の差を教えるだけ。身体には当てないわ」

「舐めるなよ……ミィ様、俺にこの女を見極めさせて下さい」

 

 ミィには悪いけど折れてもらう。装備もスキルも戦闘スタイルも、ミィの足を引っ張ってるとは言わせない。その思いが通じたのか、ミィが小さく溜息を付き、仕方ないなぁ…みたいな視線を寄越す。

 ふふっ、ありがと。

 

「……一本勝負だ。【決闘】システムの元、HPの全損か降参にて決着とするぞ」

「感謝するわ、ミィ。……【解除】」

 

 【血塗レノ舞踏】を解除する。ついでに青白いオーラも消えた。

 

「何のつもりだ」

「あなた程度に、スキルなんて必要ないと言うだけよ。私はスキルも魔法も、アイテムも使わない。双剣も……片方で十分。もちろん、そちらは全部使っていいわ。丁度いいハンデ」

「舐めるなよ……俺が勝ったら、二度とミィ様には近づかせんからな」

「あら悲しいわ……現実ですらミィと別れなければならなくなるなんて……。友情を引き裂くなんて、あなたには人の心がないのかしら?」

 

 精神的優位は崩さない。こっちはアルマジロの無限湧き、トラップからのボス戦、荒野から全力疾走と疲れているのだ。万が一も無いだろうが、なるべく相手の理性を削ぎ落としたい。

 

「それは困るな。ツキヨには現実でも助けられている」

「ぐっ……では、ミィ様と我々がパーティを組む機会を多くいただきたい」

「そんなのミィの勝手でしょう?……まぁ万が一負けたら、私から誘うのを多少は自重してあげる。代わりに私が勝ったらそうね……今後ミィと私の約束に口出しをしないでもらおうかしら。もちろん、ここにいる全員」

 

 現実(リアル)で約束したって言えば、ミィが話したい時にいつでも時間を作ることができる契約。それが分かったミィが、一瞬だけ嬉しそうに目が潤ませていた。……可愛い。

 

「………全員となると確約はできん」

「なら良いわ。私に明確なメリットがない以上、決闘は受けない」

「ちっ……分かった。それで良い」

 

 よし、契約成立。

 

 【決闘】を使い、目の前の男に決闘申請を送る。勝利条件は、初撃決着。

 【決闘】には専用フィールドの使用ができる。その中には自分と相手しか入れない。でもそれじゃあ証人もいなくなってしまうので、専用フィールドの使用はせず、その場での【決闘】を選択。

 私と相手の周囲に直径20メートルほどの空間が広がった。周りの人は外側に押し出される。

 

「おい、ミィ様はHP全損か降参と」

「悪いけど、あなた程度が私にダメージを与えられる可能性は万に、いえ億に、那由多どころか虚数の彼方にあれば良い方よ。私の勝利条件があなたの降参である以上、一撃でも食らえば私の負けで構わない」

「貴様……舐めるのも大概にしておけよ……!」

「事実を告げているだけよ」

 

 おーおー。怒ってる怒ってる。持ってる槍に随分と力を込めてるけど、力み過ぎじゃないかな?

 

 カウントダウンが始まり、男が得物を中段に構えている。

 私はあくまで自然体。というかあれだけの突撃姿勢、まず間違いなく初撃は突き技が来る。

 

「その慢心を打ち砕いてやろう」

「自信と慢心の違いにも気付けない時点で、程度が知れるわよ………初撃は譲ってあげる」

「ほざけ!………【疾風突き】!」

 

 カウントがゼロに瞬間にスキルを発動して突進してくる男。最短距離を最速で。フェイントも駆け引きもなく単純ね。

 モンスター戦闘と対人戦闘の違いも分からず、ひたすらに愚直。

 

「はぁ……基礎からやり直しなさい」

 

 まぁ、これから私がやる事を真似できる人は、ほとんど居ないでしょうけど。

 

「よっと」

 

 男の【疾風突き】の狙いは、私の中心。お腹のあたりを真っ直ぐに突く軌道。だから、軽く跳躍して()()()()()()()

 

「馬鹿な!?」

 

 そのまま体重を掛けて槍を地面に突き刺させれば、突進の速度そのままに棒高跳びよろしく男を吹き飛ばす。私の真上を飛び越えて……あらら人垣の辺りまで吹き飛んだみたいね。

 

 ……おーい、戦闘中に得物から手を離すとか論外じゃなーい?

 

「これで終わりかしら?」

 

 できるだけ冷たく言い放つ。できる事なら、これで終わってほしいものだ。というか私、剣すら使っていないのだが。

 

「ちっ……まだだ!」

 

 ……諦めの悪いことで。インベントリから予備の槍を取り出し、今度こそ油断なく構えている……ように見えるけど実際スキだらけなのよねぇ…。

 

「そっちから来ないなら、私から行くわ」

「っ!」

 

 だから、無造作に歩く。散歩道を歩くかのように。槍を向けるこの男が、平常心を失うように。

 そして、力の差を見せつけるために。

 

「くっ……おらぁぁ!」

 

 スキルに頼らない連撃。得物の差で剣よりもリーチのある槍を活かした、【疾風突き】よりは賢い選択。だけど……。

 

「あ、ありえねぇ……」

「悪いけど、()()()()()()()()。蝿が止まるわ」

 

 あえて剣の外であり、槍の範囲内に留まり、すべての攻撃を躱していく。

 私の《神速反射》の前ではスローモーションも良いところだ。その気になれば銃弾だって視認してから回避する反射速度の持ち主だよ、私。

 ……あれ?なんか青白いオーラが勝手に出てる。【解除】しときましょうか。

 そして男の目に恐怖が浮かんできた辺りで指二本で穂先を捉える、槍の片手白羽取りを決めた。

 

「大局は崩れないわ。あなたがどれだけの努力を重ね、駆け引きを覚えても……()()()()()()

 

 分かったら降参(リザイン)してくれないかしら?と冷酷に告げておく。……不味いわね。ちょっとこの演技が楽しくなってきたわ。

 

 男の目には明らかな恐怖が映っていた。私に勝つのは絶望的。いえ、もはや不可能なのは分かっているはず。なのに、諦めずに槍を構える。

 

 めんどくさいと思ったけど、撤回。

 この人……超めんどくさい負けず嫌いだ。

 

「はぁ…良いわ。なら次の一撃で決めてあげる」

「お前は俺に攻撃を当てられないのに、大きく出たな?」

 

 恐怖から足がすくみ、その場から動けない癖に。口だけは達者ね。

 私は【白翼の双刃】を抜いて、片手で上段に。

 さっきはほぼ無意識に二刀でやったけど、取り回しを考えると二刀の時は短剣くらいの長さがよかったかもしれない。でも、片手ならこのままでも十分だ。

 

「我流……【八岐大蛇(やまたのおろち)】ッ!!」

 

 狙うのは男が持つ予備の槍と、男の立っている地面。四撃を以って槍を五等分に切断し、残りの四撃で左右の地面を二度ずつ抉る。

 人の認識速度を超えた瞬間八斬撃。

 

「な、にが……起こった……?」

「ウソだろ……スキルか?だが攻撃が全く見えなかったぞ……」

「いや、スキルを発動してるようにも見えなかったぞ……いったい何やったんだ…」

 

 その声が聞こえたのは、観戦していた外野。

 

「まだ武器があるのなら相手になるけど、もういいんじゃないかしら?」

「………一つ聞かせろ。何をした?」

 

 項垂れながら聞いてくる姿に哀愁すら感じるけれど……。答える義理なんてないし、教えた所で私以外に使用できる訳がない。

 でも、使用できる訳がないのなら、教えても構わないとも言える。

 

「答える必要も感じないけれど……まぁいいわ。()()()()()()()()だけ」

 

 早いところ決闘を終わりにしてミィと色々と話す必要があるのだからとっとと負けてほしい。

 

「それで、まだ続ける意思はある?」

「………いや、『俺の負け』だ」

 

 その宣誓がシステム的に正しく受理され、私の目の前に【WINNER】表示が出た。

 

 はぁー……ようやく終わった。これで契約を履行して、何の文句も言われず、今後もミィと話す事ができる。

 

「……時間かかったけれど、これで問題ないわね。ミィ、少し街で休憩したいのだけど良いかしら?荒野でアルマジロの無限湧き耐久レースからトラップボスとの戦闘、それに決闘までしたら流石に疲れたわ」

 

 最後に嫌味のごとく、今日はずっと連戦だったのに、その上で負けたんだよーと聞こえるように言っておく。

 

「あ、ああ分かった。では皆、悪いが今日はお開きとしよう。今度は今回の続きから、各ローテをもう少し長めに取ってやろうと思う」




 
 演技(笑)してる時のツキヨさんは、俺ガイルの最初の頃の極寒ゆきのんばりに冷たいです。
 というか口調とか雰囲気はまんま雪の女王もとい、ゆきのんをイメージして書いてたりする。
 個人的に素はツキヨちゃんで演技はツキヨさん……どうでも良いか

 【決闘】が専用フィールドに転移するの忘れて執筆してしまい、急遽設定を追加しました。
 て、転移するかどうかも選択できるようにしたけど、これで許して。
 あと槍使いさんの考えと行動が雑すぎたけど何も思いつかなかったんや……許して。

2020/2/24
 前の方の話の修正に伴い一部修正。


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PS特化と説明

興が乗った ただそれだけ

 前までの話を一部修正しています。
修正したのは『器用特化と荒野』以降でツキヨちゃんのユニークシリーズの装備名及び装備枠の取扱い、スキル名の3点です。
 倉敷君要素より完全にエーデルワイスさん色強めにしました。
 ユニークの見た目とスキル名に統一感が無いし蛇なのか鳥なのか分かんなかったため、いっそのこと比翼全開で行かせてもらいます。
 あ、蛇腹剣になること自体は変わりません。一部装備とスキル名が変わるだけです。
 その辺もその内ストーリーの中でステータス画面を出してちゃんと分かるようにします。


 

「さーて、聞かせてもらうよ?」

 

 もうお昼を過ぎていたこともあり、二人は一度ログアウトして、二時過ぎに再びログイン。二人共親に怒られたが、ゲーム内でトラブルに巻き込まれてログアウトできなかったと素直に話し、何とか許してもらえた。勉強を疎かにしないようにとありがたーいお小言を頂戴してしまったが。

 街の片隅。路地裏にひっそりと佇む、雰囲気の良いお店に来たツキヨとミィは、他のプレイヤーがいないことを確認すると演技をやめて一息ついていた。

 

「えっと……最初は、こんな事になるとは本当に思わなかったんだよー……」

 

 それから語られた、ツキヨと会えない間のこと。強力なスキルを手に入れて気持ちが昂ぶっていたこと。ちょっとカッコつけて、彼らを助けたこと。予想以上に増殖したこと。

 

 ぽつぽつと語られたそれを、ツキヨは静かに聞き、時に呆れ、時に笑った。

 

 対するツキヨもまた、その間に何をしていたのか語る。同じ双剣使いとの出会いや、生産職プレイヤーイズに装備の相談をしたこと。素材集めに行った末、トラップからダンジョン攻略をしたこと。ボス戦後にメッセージが届き、ここまで走ってきたこと

 

「あぅ……ツキヨにはご迷惑おかけしました……。本当に演技なんてしなければ良かったよ……」

「そう?私は冷酷剣士の演技、楽しかったけど。あとできれば謝罪じゃなくて、別のが聞きたいなー?」

「うん……ありがとね。確かにツキヨ、ノリノリでやってたよね……でも、テンションが上がって格好つけちゃった結果だから、私は恥ずかしいんだよぉ……」

「………よく頑張りました」

 

 先程の凛々しさなどゴミ箱にでも放り捨てたかのように、涙目でテーブルに張り付くミィ。気落ちしているミィの頭を撫でて励ますツキヨ。もし平原にいたミィの取り巻きが見たら、目を疑う光景がそこにはあった。

 

 

 少ししてミィが落ち着いた頃、飲み物を飲みつつツキヨが尋ねた。

 

「それで、これからはどうしたい?」

「……知らない人たちに素の自分を見せるのも恥ずかしいから、きっとまた演技はしちゃう。それに、たった二日とはいえ、ああも慕ってくれる人達を無下にはできないんだよね……」

 

 悶々とした悩みを打ち明けるミィなのだが、ツキヨがミィに問いかけたことはそうじゃない。

 だから、悩みまくる親友の両頬をムニムニと引っ張りつつ、もう一度問い直す。

 

「どうするべきか、どうしたら良いのかじゃないのー。ミィが()()()()()()を聞いてるんだよ?」

ほうしふぁいか(どうしたいか)……」

「そう。あの人たちともプレイしたいか、したくないか。もしプレイしたくなかったら……」

「したくなかったら?」

 

 そこでミィの頬から手を話し、ツキヨは己の考えを告げる。

 

「冷酷な剣士の演技をして、彼らから無理矢理にでもミィを引き剥がす。ゲーム(あそび)で大変な目に合う必要なんて無いもの」

 

 ゆっくりと紅茶を飲みつつ告げたツキヨの優しい瞳に、ミィは思わず抱きつきたくなった。だが、ツキヨの答えは、ミィを慕ってくれた沢山の人を拒絶することになる。それが分かっているからこそ、もう一つの答えをツキヨに聞いた。

 

「じゃあ……私があの人たちと、これからもプレイしたいって、言ったら?」

「それならミィを手伝うわよ?なんなら冷酷剣士を演じつつ、ミィと彼らの調整役にでもなろうかしら?」

 

 これ以上、ミィが大変にならないようにね?とこれまた優しく笑いかけるツキヨ。だが、その答えもまた、ミィは納得がいかない。

 

「ツキヨが演技する必要はないと思うんだけど。それに、あの演技を続けたらツキヨが嫌われちゃうかもしれないよ?」

「あんな乱入の仕方に決闘までしちゃったら、私の印象なんてもうマイナスよ。あと不特定多数に嫌われた所で、一番近くでミィが支えてくれるでしょ?……それにさっきも言ったけれど、舐め腐った相手を冷酷に叩き潰すというのも、演技ながら楽しかったわ」

「い、いきなり演技しないでっ。見た目のクールさも相まって迫力がすごいよ!」

「………こわい?」

 

 銀髪は冷たい印象を与え、赤い瞳は力強い印象を与える。ツキヨのスタイルの良さも合わさることで戦乙女の装備がよく似合い、今は口調と雰囲気で可愛さがあるが、綺麗でカッコいいという感じが先にくる。

 

「近寄り難いオーラが出てる感じだよ。装備も綺麗系だから……今はカッコかわ綺麗。演技中は綺麗格好いい。堂々としてて、すっごい凛々しかった!あと、ツキヨが私を支えてくれる分、その時は私が支えるよ、もちろん!」

「ふふっ、ありがと……それに心酔するだけで本質を見ない人たちに嫌われた所で、別にどうとも思わないから心配はいらないわ」

「演技のツキヨって『できる女』感が凄いね…」

 

 ミィはちょいちょい混ぜてくるツキヨの演技にそう零すが、ツキヨとしては、ミィの演技に合わせたキャラ作りに冷酷さを少し混ぜただけなので、そこは訂正したかった。

 

「これは格好良さと凛々しさ、カリスマ性を持つ(スーパー【炎帝】タイムの)『ミィ様』の親友に相応しいと思う演技をしているだけよ。冷酷さはちょっと……あの男(ゴミ虫)があまりに不躾なものだから、ついね」

「確かに即興だったけど会話成り立ったよね……というかスーパー【炎帝】タイムって何!?」

「格好良さと凛々しさとカリスマ性に溢れ、可愛さを隠し持つ演技の『ミィ様』のことよ。カッコ可愛かったから抱き締めていい?」

 

 私の胸に飛び込んでおいでーとでも言うかのように両腕を広げるツキヨ。

 

「やだよ!何か今のツキヨは危ないから!」

「残念。私はミィが大好きなだけなのに……」

「うっ……私もツキヨ大好きだけど今はだめ!」

 

 ツキヨが詰め寄る。ミィが退がる。接近、後退、接近、後退。ついに壁に背が触れ、逃げ場を無くすミィ。アワアワするその表情を思う存分愉しんだツキヨは、席に戻って一息入れた。

 

「……演技からなんとなく思ってたけど、ツキヨってドS入ってるよね」

「ふふっ、ミィの反応が可愛いから仕方ないんだよー。それにあの人には怒りをぶつけただけだしね」

「確かに、ソロで有言実行したツキヨとしては、あれは許せないよね……私も演技で抑えなかったら【爆炎】で吹き飛ばしてたよ」

「低威力高ノックバック攻撃って言うところが、ミィの感情が分かるわね……嬉しいけど」

 

 楽には死なせないから!というミィの内心が分かって、ツキヨは嬉しそうに微笑む。

 

 

 

 それからしばしの間静かな時間が流れたが、折を見てツキヨが答えを聞いた。

 

「それで、そろそろ答えは出た?」

「あの人達とこれからもこの関わりを続けるか、絶つか。………私は、続けたい」

「うん、だと思った」

「演技は大変だし、ツキヨにも迷惑かけちゃうけど……あぁやってみんなでワイワイしたり戦いを教えたりするのが、結構楽しかったのも事実なんだ。だから……」

 

 それ以上言わせるかぁ!とウジウジするミィ(親友)の頬をツンツンして弾力を楽しみつつ、ツキヨはさっきも言った考えをもう一度伝えた。

 

「ふむ……ミィのモチ肌の再現が甘いわね……。何度も言わせないでよー?手伝うって。第一、ミィ一人にしたらその内にボロ出すでしょ、絶対」

「うっ……」

「どうせなら前向きに行きましょ?あれだけの人数をミィ一人で纏めるなんて「絶対無理」……早いから」

 

 ツキヨの《神速反射》ばりに即答だった。

 

「だから手伝う。足りない所はフォローするし、ミィと私の関係や演技中の私の性格を合わせれば、彼らだって無茶なことは言えないし、ミィの不利益になることも出来ないし、させないよ」

 

 お姉さんに任せなさい!と胸を張るツキヨ。

 

「誕生日、一ヶ月しか違わないけどね。しかも私の方が先だし」

「それは言わない約束でしょ!?」

 

 

――――――

 

 

「あ、そうだツキヨ」

 

 彼らとの関わり方の話に一区切りがついた頃、ミィが思い出した様に声を上げた。

 

「ん、なに?」

「さっきの決闘の時、あれ使ったよね!?仮想奥義【八岐大蛇】!今まで出来なかったはずでしょ?なんで、いつの間にできるようになったの!?」

「あぁ。そのこと。ついさっきよ。具体的には荒野のダンジョンボス戦」

 

 【八岐大蛇】は、ツキヨが現実では使えなかった我流剣技だ。一瞬のうちに八つの斬撃を相手に叩き込む技で、過去に現実で双剣の使い方をミィと研究した時に想定したもの。

 

「元々は現実では身体能力が、VR世界だと反応速度が足りなかったから実現できなかったの」

「現実は分かるけど……反応速度?」

 

 実際のツキヨの反射速度だけを見れば、【八岐大蛇】を使うだけの速度を持っていた。しかし現実ではツキヨの身体能力がついてこれず、最高でも瞬間四連撃が限界だったのである。

 

「ようは、VR慣れしてなかったの。ボス戦で長時間本気を出し続けたから、ようやく適合したってわけ。これでスキル無しにボスの頭をかち割ってやったわ」

「うわぁ……さすがツキヨ」

 

 仮想世界では、レベルを上げればステータスはプレイヤーの自由に上げることができる。だからこそツキヨは【AGI】にも力を入れて強化し続け、《神速反射》を十全に発揮できるまで適応することで、【八岐大蛇】が使えるようになった。

 

「で、その結果がその装備というわけかー。戦乙女(ワルキューレ)みたいだね」

「マントで多少隠せるけど、露出があるのが恥ずかしいけどね……」

「堂々としてれば格好いいよ。ツキヨ、スタイル良いから余計に」

「ありがとうね。ステータスも高いし露出さえ我慢すれば気に入ったわ。スキルも強力で……あ、」

 

 そこまで言って、ツキヨはようやく思い出した。ボス戦の後、大量のスキルを取得したまま確認していないことを。

 

「どうしたの?」

「ボス戦でスキルをいくつか取得したまま確認を忘れてたの。確かめても良い?」

「あぁ、さっき赤いオーラ凄い出てたもんねー!あれも?」

「あれは【血塗レノ舞踏】ってスキル。荒野の無限アルマジロと耐久レースして取れたんだけど、それとは別」

「無限アルマジロって……」

「大変だったよー。五分おきに最初は二十体。次は更に三十体、次は四十体と出現数が増えるし、その度に殲滅し続けないと数で押しつぶされる。まぁ、一時間で打ち止めだったけど」

「最後は百四十まで増えるんだ…よく倒せたね」

「《神速反射(マージナルカウンター)》のお陰ね」

「その名前まだ使ってたの!?恥ずかしいからやめてよ!?」

「格好いいし、気に入ってるんだもん……と、出たわ」

 

 

―――

 

【水君】

 水魔法による攻撃力を二倍にする。

 水を司る君主たる力を持つ。

取得条件

 【水魔法耐性大】を持つボスモンスターに水魔法を一定数使用すること。

 【水魔法Ⅵ】を取得していること。

 

【切断】

 武器による弱点攻撃時、相手の防御力を無視してダメージを与える。

 このスキル効果は武器系統の【無効】スキルを無視する。

取得条件

 【斬撃耐性大】を持つボスモンスターに斬撃系の攻撃を一定数使用すること。

 【斬撃強化Ⅵ】を取得していること。

 

【剣ノ舞】

 攻撃を躱す度にSTR1%上昇。

 最大100%

 ダメージを受けると上昇値は消える。

取得条件

 レベル25までダメージを受けないこと。

 

【ウィークネス】

 五分間、敵対している対象の弱点が見える。

 使用可能回数五回。

 使用可能回数は二時間毎に回復する。

取得条件

 レベル25まで武器による攻撃を弱点から外さないこと。

 

―――

 

「ミィ、【水君】はミィの【炎帝】と同等のスキルみたいだよ」

「ウソ!?えっ!ホントに?」

「ええ。取得条件が微妙に違うけど、スキル説明も内容もほぼ同じ。いくつかのスキルの複合でもあるし、【水魔法】も強化されてる。……なるほど、決闘で出た青白いオーラは【剣ノ舞】が発動していたのか……」

 

 納得がいったというツキヨの様子に、ミィも許可を取ってスキルを見せてもらう。

 

「あれ?でもツキヨはSTRが上がると困るんじゃない?」

 

 【STR】よりも【DEX】を上げた方がいいツキヨのスキル構成に、【廃棄】しないのかと問う。

 

「【血塗レノ舞踏】が上げ方は違うけど、【剣ノ舞】と同じ様に【DEX】を上げるのよ。それに【ウィークネス】があれば、どんな相手にも確実に弱点を突けるから、【切断】の防御無視も合わさって超強化ね!」

「うわ……確実に弱点を突いて、未確認の防御貫通……スキルでステータス上がったら威力どうなるの……?」

「試してないから不明だけど……この四つを取得する前に【血塗レノ舞踏】を最大値にしたら、【斬撃耐性大】のある砂蛇を一撃だった」

「あぁ……ツキヨの言う通り超強化だぁ……」

 

 呆然とするミィにツキヨも同意する。装備スキルだけでもえげつないのに、あの場で見ていたらやっぱり精神衛生上良くなかった。

 ミィには見せていないが、ツキヨの今の双剣は蛇腹剣。今の最大は120メートルもある。いやツキヨの嫌な予感が正しければ、【血塗レノ舞踏】を最大強化したら240メートルになるかもしれない。蛇腹剣としての操作を習熟し【ウィークネス】で弱点を見れば、《神速反射》の精度があればどれだけ離れていようが確実に当てられる。

 

「自分のスキルと才能ながら、この組み合わせは凶悪すぎるね……」

「……ねぇツキヨ。私は、それ全部を十全に発揮できるだろうツキヨの反射速度が、一番のチートだと思うんだけど」

「……そうだね」

 

 ただ蛇腹剣を維持するためにも、【水君】を使うためにもMPの強化が必要と分かったツキヨは、レベル25に上がった時のポイントをMPに注ぎ込み、これ以上考えるのをやめた。

 

「もう、今日はログアウトしよう?色々あって疲れたし、明日学校で話そうよ」

「うん……明日からのあの人たちとの関わり方も、ついでにきちんと決めよっか」

「うん。じゃーね、ミィ」

「うん。また明日ね、ツキヨ」

 

 

―――――――――

 

431名前:名無しの槍使い

 ツキヨちゃんがヤバすぎる件について

 

432名前:名無しの弓使い

 今ログインしたんだが

 何があった?

 

433名前︰名無しの槍使い

 まぁ待て今まとめる

 いくぞ

 

 西の草原で最近話題になった【炎帝】が仲間に文句?言われて揉めてたんだよ

 そしたらいきなり周りで見てた【炎帝】の仲間+見物人の壁がいきなり二つに割れて、そこから純白の戦乙女が出てきた

 それが銀髪赤目の双剣使いツキヨちゃんだった

 【炎帝】とツキヨちゃんは知り合い?親友?らしく乱入して揉めてる男と言い合ってたら決闘になったらしい

 最後は男を一切傷つけずに心折ってた

 

434名前:名無しの大盾使い

 人の壁を割る……モーゼかな?

 ってことは【炎帝】は初めてツキヨちゃんが話題になった時に佇んでたっつー魔法少女ちゃんか

 

435名前:名無しの大剣使い

 俺も見てたぞ

 【炎帝】って最近めっちゃ人集めてプレイしてるっつー子だよな?

 その子前に大量のモンスターを一撃で焼き払ってたんだが

 

436:名無しの名無しの槍使い

 ツキヨちゃんも初期装備から脱却してたぞ

 神話に出る戦乙女みたくなってた

 真っ白でエッッだったぞ

 

437名前:名無しの弓使い

 心折ったのかよ……ちなみにどうやって?

 

438名前:名無しの槍使い

 一本の剣で一瞬で八回斬ってたぞ

 

439名前:名無しの大盾使い

 は?

 

440名前:名無しの弓使い

 どういうことだってばよ?

 

441名前:名無しの槍使い

 プレイヤースキルだけで一瞬のうちに相手の槍を五分割して地面に四本の斬痕を刻んだぞ

 

442名前:名無しの大盾使い

 人間ですかそれは

 どう考えても不可能だろ……

 

443名前:名無しの槍使い

 本人は難しい技術でもない感じで話してたぞ

 

444名前:名無しの弓使い

 どのみちバケモンじゃねーか

 

445名前:名無しの大剣使い

 俺を含め誰も攻撃が見えなかったんだから仕方ないだろ

 決闘前にツキヨちゃんはスキル無し魔法無しアイテム無しで武器も片方だけって縛り入れてたからプレイヤースキルって分かったんだし

 

446名前:名無しの双剣使い

 前に初心者殺しを初期装備で倒したのを見た時からバケモンなのは知ってた

 二日も経たずに装備も揃えたかー

 八回斬るのはビビったがツキヨちゃんならできそうと思ってしまう

 

447名前:名無しの大盾使い

 どういう事だ?

 

448名前:名無しの双剣使い

 ツキヨちゃんの反応速度ってえげつないのよ

 それこそほぼゼロ距離の攻撃に的確に反撃してくるくらい

 それにどんなに俊敏なモンスターにも確実に弱点攻撃してたからな

 

449名前:名無しの弓使い

 だからってんなことできるか?

 

450名前:名無しの双剣使い

 さあ?なんとなく思っただけだから忘れてくれ

 

451名前:名無しの槍使い

 なら言うなよ

 

452名前:名無しの大剣使い

 だがあの攻撃が純粋なプレイヤースキルだとするなら興味あるな

 練習してみるか

 

453名前:名無しの弓使い

 八回同時とかどうやってるのか全く分からん

 二回同時なら素早く二回突くとかか?

 

454名前:名無しの大盾使い

 人の認識速度を超えるとかもう訳も分からんな

 NWOのステータスならできるか?

 

455名前:名無しの双剣使い

 ゲーム内なら現実より身体能力高いからいけるんじゃないか?

 練習すればできるかもな

 

456名前:名無しの大剣使い

 ちょっと練習するわ

 

457名前:名無しの槍使い

 槍は突きならいけるか?

 練習するわ

 

458名前:名無しの弓使い

 本気にしてて草

 

459名前:名無しの大盾使い

 これは第一回イベントで大注目だな

 

460名前:名無しの双剣使い

 今後も情報提供を楽しみにしている!(敬礼)

 

 

―――――――――

 

 

「うーん……まぁ注目はされるでしょうけど、練習してできるような技でもないし、できたとしても私の劣化だし、問題ないわね」

 

 




 
本作はガールズラブではありません。というか恋愛要素を1ピコグラムも含みません。
ただミィとツキヨは親友として好きなだけです。

【切断】は『この時点の原作でまだ貫通攻撃実装してないよね?』的コメントはやめてください。
一応理由があってのものであり、物語が進めばいずれ説明します(そこまでのプロットもあるのでご安心を)
またこの理由についての考察なりをコメントで書かれても一切お答えしませんので!

炎帝(エンテイ)】がいるなら【水君(スイクン)】がいたって良いじゃない。
雷系の魔法使いキャラいたら【雷皇(ライコウ)】も出したい。誰かそういう感じのキャラ原作にいないものか。
某三犬みたいなスキル名だけどそれとは無関係。

こんな感じでやるなら他の土魔法は【地王】?
全部『帝位』だとつまらないから名前は『帝君皇王』をそれぞれ付けてみたり。それだと雷皇じゃなくて嵐皇(ランコウ)になりそう。


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PS特化と活動開始

防振り二次増えろ……増えて……
 興が乗ったら連続投稿だけど、今月は今日と28日の投稿を予定しています。
 昔から0時投稿だったけど、この時間に更新する人多いから6時に変えようか悩んでる。
 変える時は活動報告と後書きで告知します。


 

「それじゃ、行ってきまーす」

 

 制服を着て学校へ向かう。

 ここ数日で日差しが強くなってきたので、陽気が気持ちいい。ようやく春になってきたと実感できる。

 月夜の席は廊下側なのでそうでもないが、窓側の人は睡魔が襲ってきそうだ。

 この調子では窓側で教室の向き的に午後に一番陽のあたる場所席の美依は確実に居眠りコースになるだろう。

 と、そんなことを考えながら教室に入ると、もう美依が着いていた。

 

「おはよ、美依。早いね」

「おはよー月夜。人が少ない時の方が話しやすいかなーと思ったからね」

「なるほど」

 

 月夜は、いつもクラスで一番早くに登校している。というのも月夜の家は校門の目の前。徒歩一分で学校に着いてしまう。だからこの高校を受験したと言っても過言ではない。

 

「それで、美依はどんな感じでやるつもり?」

「昨日までと変えないつもりだよ。社会人が多いから昨日よりは参加者が減ると思うけど、私のレベリングと一緒にローテであの人達のレベリングと戦闘指南」

 

 パワーレベリングという方法もあるが、強いとはいえ美依のレベルはまだ低い。そのためレベルに合わせた戦い方で、地道にやっているようだ。

 

「なら、近接職は私が受け持ったほうが良い?」

「そうしてもらえると助かるよ……前衛指導とか全くわかんないし、鼓舞するくらいしかしてないんだー……」

「むしろ美依は一人でよくあの人数を対応できたよね……」

 

 演技とはいえ、あれだけのカリスマ性を発揮した『ミィ様』の姿なら納得である。

 

「美依のレベル上げはどうしてたの?」

「強いモンスターのエリアとの境界辺りでやるから、最初に強いモンスターを粗方排除して、慣れてきたら難易度に合わせて前線を上げてるよ」

「結構考えてるのね……」

「うん。連携の練習にもなるし、私自身が【炎帝】で前に出れるとはいえ基本は中後衛だから、全体指揮がしやすいっていうのも大きいかな」

 

 いつ役立つか分かんないけど、大人数での指示練習にもなるよーと明るく言う美依に、ならば月夜ができることは。

 

「なら、私は前線が崩壊しないようにフォローしたり、わざと少し強いモンスターをけしかけたりすれば良いかな?」

「うん。出るモンスターのレベルをそうやって調整してくれると、私も助かる!月夜がいればまず負けることもないしね!」

「あんまり調子に乗らない」

「あぅ……」

 

 美依の頭に軽くチョップを落とし、それからは単なる雑談に興じる。

 

 現実ではまず無いであろうNWOの立場に二人して笑いながら、今から放課後が楽しみになった。

 

 

―――

 

 

「さて、今日から私のパーティコンビにツキヨを加えて行う。ツキヨ、挨拶を」

「分かったわ。……ミィとコンビを組むツキヨよ。役割は前衛。ミィからやっている事は聞いているわ。基本的に前衛への指南は私が行う事になる。よろしくお願いするわ」

 

 ツキヨの挨拶に戸惑いを隠せない前衛衆。後衛はあからさまにホッとしていて、ツキヨへの恐怖心がよく分かる。

 

「私では前衛職の者に的確な指示、指導ができないため、ツキヨに頼んだ」

「と、いうことよ。昨日私と闘った人は、対人戦の基礎が全くなっていなかった。ミィは対モンスター戦闘なら少なからず指導できるでしょうが、対人戦は別。第一回イベントも控えているし、レベリングしながらではあるけれどその点も鍛えてあげる」

 

 ()()()()()()と、どこまでも上から見下すような発言を敢えて行うツキヨに、かなりのヘイトが溜まっていく。

 

「ふふっ……睨んでもいいけれど、実力を伴わないそれは弱者の()れよ。慎みなさい」

「はぁ……ツキヨ。昨日の今日で怒りが抜けないのも分かるが、私が伝えた役割はこなせ」

「分かってる。装備の事でいつまでも言うつもりはないわ。役割もちゃんとする。それで良いでしょう?」

「構わん……では行くぞ」

 

 どこまでも面倒臭そうに告げるツキヨ。

 冷酷剣士として自らがヘイトを受け持ち、ミィがフォローに回ることで【炎帝】の権威を高めつつ、ツキヨは実力とミィの親友という肩書で立場を固める。ミィは当初反対したが、涼しい顔でヘイトを受け流すツキヨ(親友)を見て少し安心した。

 

 

 ミィとツキヨは先頭を歩くため、付いてくる人たちに顔を見られる事はない。なので肩がくっつく位……というかくっつけてヒソヒソと話していた。

 

「ツキヨ……やりすぎじゃない?」

「このくらいで丁度いいの……ほら」

 

 軽く振り向き指差す先には、ミィ達に聞こえないように小声で話す前衛職プレイヤー達。ツキヨが見ていることに気付くと、青い顔であからさまに目を背けた。

 

「……ね?このくらいヘイトを稼いだ方が、ミィの権威向上と指示出しがし易くなると言うものよ」

「もう……私はツキヨにもゲームを楽しんでほしいんだよ?」

「ドSな冷酷剣士役、存分に楽しませてもらってるけど?」

「楽しみ方が逸脱してる……」

 

 それでもかなーり楽しそうな顔のツキヨに呆れたミィは、ツキヨの働きに報いるために頑張ろうと気合を入れる。

 

「さてミィ。そろそろモンスターの強さが一気に上がるけど、大丈夫なの?」

「………ツキヨに働いてもらう」

「……分かったわ」

 

 そうしてやって来たのは、東の森のかなり奥。以前にツキヨが初心者殺しと遭遇した付近である。

 

「今日はこの辺りでレベリングをしよう」

『はい!』

「統率されてるわねー」

 

 横にいるミィには聞こえただろうが、ツキヨはミィの統率力がかなり高いからこそ、短期間でこれだけの規模になったのだろうと思う。

 だが、だからこその警戒心の薄さが拭えない。

 

(警戒心が薄いわね……この森は平原なんかと比べ物にならないくらいモンスターとのエンカウント率が高い。みんなミィへ意識が向いてるから、囲まれてることに気付いてない)

「警戒心が鈍いわ。ミィと私はずっと前から気付いているのに……とっくに囲まれてるわよ」

 

(ちょっとミィには無茶振りだけど合わせて?)

 

『なっ!?』

「……集団ゆえの気の緩み。今後の課題だな」

「これからの教訓として、胸に刻みなさい。この辺りで、敵を囲むのは初心者殺しの巨狼の群れね……ミィ、私がもらっても?」

「……暫くこちらで合わないうちに新しいスキルでも手に入れたのか。良いぞ、ただし次は私だ」

「感謝するわ」

 

 ツキヨが確認したかったのは【水君】のスキル。これだけ大人数がいる中で明らかに珍しい【飛翼刃】は見せたくない事と、ここには【炎帝】のミィがいること。そのミィと同等のスキルを持っていることを彼らに示しておきたかったのだ。

 

「……【水君】」

 

 現れるのは、ツキヨの腕の動きに連動した水の円盤。大きさは直径二メートルほどもある。

 高温の炎で焼き尽くすミィの【炎帝】と違い、ツキヨの【水君】は高圧水流で構成された円盤を操り、触れたものをなんでも切断する。

 

「ミィ様の魔法に似てる……?」

「ちっ……なんであんな奴が……」

 

 高圧水流の円盤で十体ほど切り捨てた所で、危険を察知したのか、ツキヨ達を囲んでいた巨狼―初心者殺しの群れは姿を表して一箇所に集まる。

 そのまま一点突破するつもりなのだろう。

 

「獣らしく愚かな判断ね……【水爆】」

 

 広域殲滅が可能で水素爆鳴器を元にし、指向性を持つ魔法だが、一日三回と回数制限のある魔法を使い、一撃のもと狼の群れを背後の森ごと破壊し尽くす。

 

「……前衛の私にはMP消費が大きすぎるわね。今後はMPも上げようかしら」

「流石だなツキヨ。私と同等のスキルを手に入れていたのか」

「無駄打ちは出来ないでしょうけどね。ともかく、これで暫くは大丈夫なはずよ。今の爆発で弱いモンスターも集まってくると思うわ」

「ああ分かった。……では皆、これよりレベリングを始めるぞ!後ろは私が守る!存分に戦え!」

 

『おぉぉぉおおお!!』

 

「そこは私達と言ってもらいたいわね」

 

 無駄に威勢の良い返事をしているがために、最初に突っ込んできた猪への反応が遅れたプレイヤー達に、猪を斬ってから伝える。

 

「返事をするなら手を動かし、目を配り、感覚を研ぎ澄ませなさい。この森の中で私達は、常にモンスターのテリトリーに居るのだから」

 

 

―――

 

 

「なかなか順調に戦えているじゃない」

「ツキヨが発破を掛けたのが効いているな」

 

 誰に聞かれるか分からない戦闘中の為、演技は継続して会話を続ける。尤も、余程の敵がいなければツキヨも魔法で援護しているため、二人は隣り合って会話しているのだが。

 

「さっきの狼の群れ、経験値おいしいわよ。レベルが二つも上がったわ。今27……【鉄砲水】」

「なっ…私はまだ24だ。もう少しレベリングを頑張るか……【炎槍】!……あ、上がった」

「あら、おめでとう。【ウォーターボール】」

 

 それぞれ【水君】【炎帝】によって魔法の威力が上がっているツキヨとミィは、防衛を抜きそうなモンスターに魔法で援護しつつ話していたのだが、前衛が疲れからか動きが悪くなってきていた。

 

「行ってくるわ」

「任せる」

 

 走りつつ双剣を抜くツキヨは、前線に【跳躍】で割り込んだ。

 

「援護するからもう少し頑張りなさい…【聖水】

【聖なる水盾】」

 

 【聖水】スキルによって変化した【ウォーターウォール】で迫るモンスターを弾き返すとともに、味方の【VIT】を一定時間上げる。

 

「くそっ……アンタに言われる筋合いはない!」

「ミィから頼まれた仕事である以上、筋は通っているのだけれどね。ほら、一体だけではあるけれど初心者殺しが来たわよ」

「俺たちに勝てるわけねーだろうが!適正レベル35のバケモノなんてよぉぉ!」

 

 キレ気味に伝えてくる前衛部隊に、ツキヨは冷静に問いかける。

 

「では聞くけれど、なぜミィはここを狩り場に選んだのかしら?言っておくけれど、私は『初心者殺しの対処を任せる』なんてミィから一言も言われてないわよ」

 

 むしろ敵のレベル調整のために少し強敵をけしかける役割である。

 

「ミィは、あなた達全員が力を合わせれば初心者殺しも対処出来ると信じてる。さっきの群れは想定外だとしても、一体くらい倒してミィの期待に応えなさい……【聖命の水】」

 

 彼らの琴線は分かりやすい。言い方は悪いがミィをダシに使わせてもらえば、モチベーションは急増する。ついでに見下すような雰囲気で高圧的に告げれば、怒りから更なる向上も見込める。

 

「ちっ……やってやらぁぁぁああ!!」

『おぉぉぉおおお!』

 

(想像以上に彼らは乗せやすいわね)

 

 これなら心配ないだろうと、ツキヨは再びミィの隣まで下がる。

 

「何を言ったか知らんが随分と気迫が出たな」

「悪いわね、あなたをダシに使わせてもらったわ。それが一番効果が高いんだもの」

「初心者殺しを相手させるのは酷だぞ」

「でもほら、諦めずに戦ってるわ。それに一定時間HPを回復し続ける【聖命の水】を前衛組にかけてきたわ。なんとかなるでしょう」

 

 傷付いてもHPが少しずつ回復するため、彼らは諦めずに初心者殺しに挑む。そしてツキヨがそんなスキルを持っていることにも驚いたミィ。

 元々は【ウォーターボール】であり見た目もそのままなのだが、敵に当てても効果はなく味方にあてることで効果を発揮する特殊な魔法。

 

「その魔法【水君】じゃないな…【華焔】」

「あら分かった?私の装備スキル【聖水】よ」

「……お前のスキルは水か切断に偏るのか」

「否定はしないわ……【冰雨(ひょうう)】」

 

 【水君】が【炎帝】と同系統のスキルであるならば、それはその属性魔法の破壊力を突き詰めたものになる。だからこそ味方にバフをかけるスキルは【水君】にないと判断した。

 話しつつも魔法は止めず。初心者殺しを相手取っていて周囲が疎かになっている彼らのために、ミィは焔の花をそこら中で咲かせ、ツキヨは大きな杭のような氷柱(つらら)の雨を降らせる。

 既に【聖水】は解除したが、普通やっても十分な威力を持っていた。

 

 

 それから十分ほどが経ち、初心者殺しは彼らによって討伐された。




 
 変更後に『器用特化と荒野』を見てない人のために少し訂正もとい、修正箇所を書いときます。

【蛇骨刃】→【飛翼刃】
 蛇腹剣だし元ネタは【蛇骨刃】だし変更しようか迷っていたんですが、見た目イメージは比翼で装備デザインも羽とかあるのに、蛇は無いな……と言うことで泣く泣く変更。
 他にも装備名やら枠の扱いやらが変わってるので、『器用特化と荒野』を見るか、その内にステータスをストーリー内で出すので待っててください

 どうしても【炎帝ノ国】についての部分でストーリーが長くなりがち……。
 早くメイプルとサリー出るところまで投稿したい(けど一気に投稿したら焦って更新しようとして逆に書けなくなる)


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PS特化とその名前

時間が前話から一週間ほど飛びます
あと3月は隔日投稿で奇数日の0:00に投稿を予定しています。
アニメが終わるまでに第一回イベントまでは終わりたいなぁ……
ちょっと短め。次回とか今後のための繋ぎみたいなお話です


 

「はっきり言うよ、美依」

『う、うん……』

 

 私は美依と電話をしながら、ここ一週間で思ったことを話していた。

 

「一週間、彼らのレベリングを手伝ったり、戦闘指南したりした上で言わせてもらうよ。……正直、もう限界。今のまま続けても長くは続かないわ」

『うん…なんとなく、そんな気はしてたよ……』

 

 それは、ミィを慕って集まった人たちとの今後。あの人達はただミィを慕って集まったに過ぎず、明確な指標がない上に、暫定リーダーの美依に私が協力して、少人数ずつコントロールしている。

 

「旗頭となる人が不安定だから、下との情報共有ができてないし意思がバラバラなの。私が威圧するにしても限界がある。それに一週間前の騒動で一度は30人にまで減ったけど、また少しずつ増えつつある」

『今のままじゃ統制が取れなくなって、私が何をしてもコントロールできなくなる、よね……』

 

 このまま崩壊するなら崩壊してもいい。でも、崩壊した先で【炎帝】ミィの威を借りた悪質プレイヤーが出る可能性もある。結果としてミィがバッシングでも受ければ目も当てられない。

 

「だからこの際、明確な指標とリーダー、そしてグループとして集まった方がいいと思う。指標は現状、『NWO全土にグループの名を知らしめる』とでも言えばいい。そしてリーダーとして最も適しているのは」

『私、なんだよね』

 

 美依、ということになる。

 

「えぇ。【炎帝】ミィの下に集まった人たちが大半だもの。それが一番効果があるわ」

『ここ数日でツキヨを慕う人も増えたけど、私の方が圧倒的に多い、かー……』

 

 美依の言う通りあの騒動の後から、私に剣を教えて欲しいという人が30人ほど入ってきた。半分は私をイヤらしい目で見てきたので、決闘で叩きのめして改心または抜けさせたが。

 そしてその後も演技中のミィのカリスマ、私の実力に惹かれたプレイヤーが少しずつ集まり、今では70人を超える。

 

『改心した人達、月夜(つくよ)のことを[ツキヨ様]って心酔したよねー』

「……まぁ、以前からいた前衛連中への締め付けにもなったから結果オーライよ……やだけど」

『あっはは!月夜、なかまー』

「……うっさい」

 

 新規に私が鍛え、私の下に就いた人たちが実力を増したことで、前衛強化と前からいた人にプレッシャーをかけることができた。それは結果として良かったと言える。私が鍛えた人たちと美依の下の人たちに確執はないから、情報を得る手段としても役立っている。

 ローテメンバーも新しく組んで、一つ一つの班となるべく長くできるよう調整できたけども。

 

「それは今はいいの。今やらなきゃいけないのは、一つのグループとして確固たるものにすること。そして、NWOにギルドシステムが実装された時、一大ギルドとして台頭するという意思を示すこと。この二点よ」

『ギルドが実装された時に即座に大ギルドとして名乗りを上げれば、NWO全体に名が広まる。そのために、今からグループを結成しようではないか!ってことだよね?』

「そういうことよ」

 

 必要なのは目標と帰属意識。『自分たちはここに属している仲間だ』という感情が、この不安定な現状を脱却する唯一の足がかり。

 まぁギルドシステムが実装されるかも分からない現状でも、一つの巨大グループになることにメリットは多い。

 

「幸い、明日は土曜日。この土日を使ってグループ結成と指標の伝達、及び(くさび)を集めましょう」

『結成と指標の伝達は分かるけど……楔?』

 

 これが結成する上で一番重要なものと言える。

 

「そう。デザインを統一した装備品を身につけるのよ。同じグループの仲間であるという証明として」

『おぉ!良いね!』

「できれば店売りじゃなくプレイヤーメイドが良い。店売りだと成りすましが出る可能性がある」

『結成そのものは、その楔が完成してからっていうこと?』

「そうなるね。装備ステータスは低くても良くて素材を集めやすいもの。一番のステータスは……」

『未来の一大ギルドの一員っていう誇り…?』

 

 そういうこと。そして同時に、仲間であることの証明にもなる。できれば見てすぐに分かるもので、どこにでも付けられて安価……バンダナ?

 

「それで美依、誰か裁縫師を知らない?私、鍛冶と調合ができる人はフレンドにいるけど、裁縫師はいないのよ」

『その人に作ってもらうってことだね。それなら一人知ってるよ!明日案内すれば良い?』

「うん。お願いするね」

 

 あと問題は、どれだけ早くグループを興すか。そのタイミングも考えなきゃいけないし、【炎帝】ミィにかかる負担が増えることとグループ名、楔のデザインも急がなきゃいけない。特にグループ名としては、私が考えたの美依嫌がりそうだなぁ……。

 

『それで月夜、グループ名は考えてあるの?』

「……私の中に候補はあるわ」

『教えて!』

 

 仕方ない。理由も付け加えて、美依には発狂してもらおう。

 

「美依を慕う人たちが集まり、【炎帝】ミィを旗頭として興す大国(グループ)という意味を込めて、【炎帝ノ国】よ」

 

 瞬間。

 

『や、やだよそんなの!?』

「あなたを旗頭に据えた時、最も適した名前ではあるんだよ?」

『分かってるけど恥ずかしいものは恥ずかしいの!他に候補はないの!?』

「私には思いつかないですー。でも、あくまで私の思いつきよ。他にもっと良い候補が出たら、自然とそうなるでしょ」

『……もっと良いの考えて、恥ずかしくないようにする』

 

 それはそれで恥ずかしくなりそうだが……言わないでおこう。

 

「それじゃあ、明日ログインして会いましょう。彼らとの予定は変更して、必要素材を集めるのを手伝ってもらいましょうか」

『そうすれば早く集まるもんね』

 

 粗方の相談事がおわると、じゃあ切るよー?と電話を切ろうとする美依。だけど、こんな相談をしたからこそ、最後に美依に聞かなきゃいけない。

 

「最後にもう一つ……美依」

『……なに?』

 

 私の雰囲気が変わったのを感じ取ったのか、美依はどこか緊張したように返した。

 

「これでグループが結成したら、美依はミィとしての演技を貫く必要がある。リーダーとして意見を纏め、常に先頭に立って、皆を引っ張ってもらうことになる。……ちゃんと演技できる?」

 

 ギルドとしてちゃんと結成したら、システム的に認められたグループとして明確な繋がりになる。でも、それができる前は?口約束に等しい繋がりを、ミィは自分の力で繋がなければいけない。組織だから、悪質プレイヤーが混ざることもある。ギルドが出る前なら裏切りもできる。

 

 それが、何より心配。

 素は泣き虫で弱くて恥ずかしがり屋で。

 そんな可愛い親友だから。

 

『月夜が心配してること、私にはよく分かんないかな』

 

 ………は?

 

『演技をずっと保つ自信なんてないし、今でも内心じゃ泣き言だらけだし』

 

 なら、無理する必要はない。今のグループから人数が減ったって、素を見せられる人だけで組み直したらいい。

 

『だけど、月夜が居てくれるから。素も演技も分かって、こうして心配してくれて、愚痴聞いてくれて、何より()()()()()()()()()()。だから、なんとかなると思うんだ!』

 

 あっはは……

 

「そう言われら仕方ないなぁ……。分かった、支えるよ。私は私のやりたいように演じる。だから美依も一緒に、演じきって目一杯楽しもう!」

『うん!』

 

 なら私も覚悟を決めよう。

 

 私のやりたいように美依を助けると。

 

 元々美依に誘われたゲーム。

 

 楽しみ方は人それぞれ。

 

 なら私はこの役を演じて楽しもう。

 

 

 だってロールプレイは遊び方の一つなんだから




 
ツキヨちゃん、考えすぎの巻。

 ミィのためにって考えすぎて真剣に悩み過ぎちゃう子なんです。
 挙げ句空回り……はしてない……はず!
 基本的にリアルスペックが高いけど発揮する場所が少ないツキヨちゃん。
 第二回イベントくらいからはチートさ出したいけど、その頃には50話超えそうだな


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PS特化と準備

 
 予定通りの投稿。
 


 

 ログインしたけどミィは来ていないみたいね。

 そして、別の人。素の私の時に出会い、私を助けようとしてくれた人と出会った。

 

「お、ツキヨちゃんじゃないか」

「あ、ヴィトさん。なんか、久しぶりですね」

「あぁ。ツキヨちゃんがまだ初期装備の時以来だな。といっても、まだ一週間だが」

 

 そっか。この一週間が濃かったから忘れていたけど、まだそれしか経ってないんだ。第一回イベントまで、まだあと三週間残ってる。

 

「そういやツキヨちゃんは【炎帝】と仲いいんだろ?」

「ミィですか?そうですけど、それが何か?」

「いや、遠くからしか見たことないが、なかなか厳しい言動をしてたからな。このツキヨちゃんと仲が良いのが、ちょっと不思議だったんだ」

 

 『この』とは何だ『この』とは。

 そりゃぁ、私もミィも演技してる時は、その感じを意識してやってる節はある。まぁ、だからこそ素の私だけを知ってると不思議に思うのも当然かな?

 

「あっはは。あのミィは格好いいですからね。それにカリスマ性ありますよ」

 

 はぁ。やっぱり素で話せると落ち着くなぁ。

 あ、この一週間で時間を見て集めた青銀色の鱗の追加分、イズさんに持ってかなきゃ。

 

「ツキヨ様。ミィ様が探しているようです……その方は?」

 

 はぁ……。素で話せる時間が終わった。

 

「……フレンドのヴィトさんよ。私が弱かった頃に助けてもらった事があるわ。……では、私はこれで。また会いましょう」

「あ、あぁ……またな」

「……アレン、行くわよ。案内して」

「こちらです」

 

 ヴィトさんにメッセージ送っとこう……。親しくしたい人に演技見られるのって、結構恥ずかしいのね。

 

 

「いきなり雰囲気変わってビビったけど、あれもアリだな。早速掲示板に…っと、メッセージ?」

 

 

―――

 

fromツキヨ

 

詳しくは省きます

冷たい方の私が演技って言いふらしたり掲示板に書き込んだりしないでください

私の情報を勝手に掲示板に晒したことを許す対価としますので

 

―――

 

「掲示板に書き込んだのバレてやがるし……今後のためにも、黙ってた方が良いか」

 

―――

 

 

 

 ミィではなく、私の下に就いている者の一人、アレンに案内されてミィと合うことができた。

 

「ごめんなさいミィ。フレンドに会って、少し話していたの」

「そうか。元々集合時間を決めなかったから問題ない。早速、昨日言った人のところに案内する」

「頼むわ」

 

 そうだ、この後ミィに頼んで、イズさんの所に寄らせてもらおう。彼女なら演技のこと黙っててくれると思うし。

 あと、アレンには先に少し伝えておこうかな。

 

「アレン」

「は。なんですか?」

「詳しくは後でミィと詰めるけど、今日のレベリングは少しだけ予定とは違うことをするわ。他の人が来たら、伝えておいて」

「かしこまりました」

 

 それだけ言って、アレンは去っていった。ミィの臣下と違って、私の方はなんか……侍みたいな雰囲気があるのよね、みんな。忠誠心みたいなのが半端じゃないわ。

 

「ミィ、もう素で良いわよ」

「はぁ…なんかツキヨの臣下って息苦しいよね」

「調きょ……指導が厳しすぎたかしら」

「いま調教って言った!?」

「言ってない。それでミィ、素材集めの前に、少しだけ寄りたい所があるの。良い?」

「ん?良いよーと言っても時間はあんまり無いけどね」

「大丈夫。装備の素材がようやく集まったから渡しに行くだけ」

 

 そうして歩いていくと、少し入り組んだ所にある店に入る。ていうか躊躇もないわね。

 

「ウェイン、頼みたいことがある」

 

 あぁ。ここは演技の場所なのね。相手はヒゲの生えた色黒のおじさん。職人気質な性格をしてそう。何というか、この人が裁縫師とは信じられない。鍛冶屋じゃないの?

 

「よう炎帝の。勧誘なら断るぜ?」

 

 ……すごい軽いわね。職人気質ってちょっと撤回したくなった。

 

「それで後ろの嬢ちゃんは……最近噂になってる『白銀の戦凍鬼(せんとうき)』か」

「はじめまして、ウェインさん。いつの間にか付けられた二つ名に興味無いの。どうぞツキヨと呼んで下さい」

 

 取り敢えずいつも通り冷たい声音で挨拶。

 誰に対しても冷たく接する戦闘の鬼である私が水魔法も使うから、凍る鬼で繋げて戦凍鬼。

 

「今日の依頼主はツキヨだ。私はただ、コイツを連れてきたに過ぎん」

「へぇ……ならツキヨ、取り敢えず依頼ってのを聞きましょうか」

 

 この人が装備をつくるのにどれくらいの時間がかかるのか。それによって計画を詰めないと。

 

「組織が大きくなってきたので、視覚的にメンバーを見分けるための装備が必要なのです。デザインを統一したバンダナ、素材の量は最低限、個数は100……何日かかるかしら?」

 

 どんなに遅くても一週間もかけていられない。次の土日までに結成式を行い、組織としての体裁を整える必要がある。

 すると、彼は少し考えてから口を開いた。

 

「デザインの複雑さや作成資金は?」

「下地は赤。炎と白い羽という共通項だけ守っていただけるなら、デザインはウェインさんに任せるわ。多少の差異もやってもらって結構。資金は即金で五百万。二日待ってくれるなら一千万」

 

 もう一度撤回。この人、仕事になると職人気質になる。ならこちらは札束で殴らせてもらう。そして、職人なら疼くと思うのよね。『自分のセンスに任せる』って内容に。

 だって、ガチガチに指定するより緩く決め、その人の納得の行くデザインを作ってもらった方が効率がいい。何よりデザインは重要じゃない。()()()()()()()()事に意義があるのだから。むしろ人を判別するために多少の違いは有ってもいいと思っている。

 ちなみに炎はミィ、羽は私の装備全体のイメージからだ。

 

「その程度なら三日。かかっても四日で終わる。が、五百万は貰い過ぎだな。布製品は生産しやすくコストも安く済む。一つ5000G。全部で50万Gってとこか。急ぎなら素材も最低コストだろう?急ぎの依頼料込みでも100万もいらねぇよ」

 

 良かった。五百万は私の全財産だもの。流石に全部は辛かった。

 

「構わない。これから素材を取りに行くわ。次の土日までに仕上げてほしい急ぎの依頼。その手数料込みで五百万を覚悟していましたから」

「……そうか。なら手数料を取らない代わりに、お前らのグループに受けてもらいたい依頼がある」

 

 

―――

 

 

 

「良かったの?バンダナみたいな簡単なもので」

 

 ウェインさんに素材とその必要量を教えてもらい、正式に依頼を終えた私達は、イズさんの工房に向かっていた。

 

「今回は火急の依頼だから、できるだけ制作期間が掛からない物にする必要があったわ。同時に、素材の量もね」

 

 それに、結果として50万G程度で済んだので、これを恩として感じてほしくないのだ。あまり縛り付けるのは、ギルドシステムが無い現状では好ましくない。

 

「バンダナは足がかり。あくまでメンバー確認の道具としての物よ。いずれは一装備、全員統一にしてもいいと思ってる」

 

 一人ひとり装備は違うし、中には全部揃いつつある人だっている。私とミィなんて半ば全部固定だろう。わざわざステータスを落として装備を変える人はいない。

 

「いきなり手間がかかった高価な装備を渡しても『重い』だけでしょう?『仲間意識を作る』。そのためなら、バンダナくらいが丁度いいのよ」

「なるほどぉ…」

 

 今回は素材集めも手伝ってもらったことと、最初だし簡単なものをプレゼント。次から装備を作る時は、きちんとグループ内で話し合ってデザインを決めればいいし、素材集めに資金集めを皆でやれば良い。

 さて、そろそろイズさんのお店が見え…たわ。

 

 

 一週間振りのイズさんのお店に入ると、やっぱりイズさんはカウンターの向こうで棚の整理をしていた。

 

「いらっしゃい……あら、誰かと思ったらツキヨちゃんじゃない。久しぶりかしら?」

「はい。お久しぶりですイズさん」

「後ろの子は……炎帝さんね。はじめまして、生産職のイズよ」

 

 一瞬ビクッてしたけど、私が演技もせず素の自分で接しているのを見て、少し落ち着いた。

 

「あぁ、ミィだ。よろしく頼む」

「ふふっ、よろしくね。ツキヨちゃんは結構時間かかったみたいだけど、素材が揃ったの?」

「えぇ。ミィの手伝いであまり素材集めができなかったので、遅くなりました」

「最近、ツキヨちゃんの名前をよく聞くもの。『白銀の戦凍鬼』なんて、こんな可愛いのに残念」

 

 素材を渡しつつ、その話題に持っていけた。

 

「あはは……先導者には先導者の振る舞いがあるってことで、普段は演技(ロール)してますからね。グループが大きくなりすぎたことで、そうせざるを得なくなりまして。ちなみに演技のことはここだけの話にしてください」

「ふふっ……三人の秘密ね、分かったわ」

 

 ……ってことで、

 

「ミィもその演技、辞めていいわよ?」

「ちょっ、言わないでよー!?」

「私以外にも知ってる人が少しくらいいた方がいいのーというか、私が素でイズさんと話してるのに演技するミィが悪い」

「理不尽!」

 

 イズさんは良い人だ。それもかなり。ミィと同じくらい私が信用できる人の一人。だからあえて演技も教えるし、素のミィを分かってくれる人になって欲しかった。

 

「誰にも言うつもりは無いわよ?言って得することでもないし……はい、アルマジロの甲殻、青い花、青銀色の鱗の納品確認できたわ。ツキヨちゃん、装備の希望は、前回と変わらないのよね?」

「はい。DEX特化の片刃直剣型双剣。色は白銀と青銀、デザインはイズさんのセンスを期待してます」

 

 そういうと、イズさんが気合を入れていた。

 

「ふふっ……生産職にデザインを任せるって、生産職を試すようなことよ?……俄然燃えるわ」

 

 そんな燃えるイズさんを前に、ミィは諦めたように自己紹介をやり直した。

 

「はぁ……まぁツキヨが信用してる人だし、別にいっか。改めてミィです。よろしくお願いします」

「えぇ、よろしくねミィちゃん。まぁ、鍛冶が専門の私に魔法使いのミィちゃんは関わり薄いでしょうけど、仲良くしましょう?」

「その内にグループの統一装備でも注文に来るかもしれないから、もしかしたらまた来るわ」

 

 多少打ち解けたようで何よりだね。

 ん?イズさんこっち見てどうしたんです?私というより……私の双剣?

 

「それにしてもツキヨちゃんはもう装備一式揃ってるでしょう?その双剣も。まだ他に武器が必要なの?なんなら、貰ったお金返金するわよ?」

「あー……この双剣、スキルが付いてて、強力ではあるんですが扱い辛くてですね……できれば、普段使いできる装備が欲しいんですよ」

「なるほどねぇ……そういう事なら分かったわ」

「ツキヨ、スキルのこと私聞いてない。まだ隠してるスキルあるの?」

「言ってないもん。扱いが難しいから、下手なままミィに見せたくないだけー。お披露目は第一回イベントよ」

 

 【飛翼刃】の練習は人のいない西の森の奥でコソコソやってるけど、ようやく50メートル先の精密動作ができるようになった。この操作の練習で【魔視】や【遠見】が取れてしまった。【魔視】はMPを消費して視力を引き上げるスキルだ。……さて、そろそろ時間ね。

 

「ミィ、時間食ったわ。そろそろ集合よ……ごめんなさいイズさん。今日はこれで失礼しますね」

「うぅー……絶対!絶対に見せてよね!?」

「分かったわ。装備が完成したら連絡するわね。だいたい、四、五日くらいかしら」

「今週は何かと忙しくなるので、取りに来れるのは来週だと思います」

「わかったわ」

「じゃあ装備楽しみにしてます!行こ、ミィ」

「わかった!」

 

 そうして急いで向かうと、既に今日組むメンバーがそろっているのが見えた。

 

 

「ミィ、切り替えて……るようね」

「当然だ。ツキヨこそ切り替えろ」

「……分かってるわ。ミィが可愛くて、つい」

「なっ……はぁ。もういい。急ぐぞ」

「えぇ。了解よ」

 

 

―――

 

 

「ふふっ……あんなに可愛いのに演技だとすっごく凛々しくて……お姉さん、二人のこと気に入っちゃったわ……」

 

 

―――

 

 

「諸用が長引いてしまった。悪いな」

「アレンから既に聞いているでしょうが、変更の内容に関係があるわ。許してちょうだい」

『いえ、問題ありません』

 

 相変わらずの揃い具合が面白いけど、先に説明しようか。ミィにアイコンタクトを送り、ミィから切り出してもらう。

 

「変更の件だが、移動しながらその訳を話す。付いてこい」

「説明はパス。露払いするからミィお願い」

 

 いわば、説明中だけの護衛である。簡単なお仕事だ。

 

 

 街から出て移動中は、モンスターが度々襲ってくる。その度に説明が遮られては面倒なので、ツキヨは補足が必要な時に備えて説明を聞きつつ、モンスターを討伐していた。

 

「というわけで今までハッキリとしていなかったが、この度正式に私達は一つのグループとして、活動していく。その為の証明装備を集めるのが、変更理由だ」

「補足として、今後NWOにギルドが実装された時のギルドメンバーにもなるわ。今回の件は、その前準備と思いなさい。証明のためだから装備そのものは簡単なものだけれどね」

「はっ。して、ツキヨ様、未来のギルド名と団長は決まっているのですか?」

 

 いやナイラー、このグループの発足から考えて分かろうよ。アレン共々私を慕うのは良いけど、空気読め空気。

 

「団長はミィ。ギルド名は候補を上げれば、最終的にミィが決定するわ」

「システムのある無しに関わらず、副団長はツキヨに任せるつもりだ。私が不在時は全権代理ということになる」

 

 ちょっ、聞いてない聞いてない!ミィめ、昨日私が候補上げたことの仕返しだね?

 

「ちなみに現状の候補は【炎帝ノ国】。他に良いのがあれば好きにしなさい」

「【炎帝ノ国】……ミィ様の威光を最も表現していると思います!」

「他には考えられません!むしろ決定にいたしましょうミィ様!」

「では僭越ながら【双覇ノ戦火】と」

 

 アレン!?それミィも含んでるけど、殆ど私じゃない!?

 

「我々のグループの代表はツキヨ様とミィ様の両名であり、その輝きは夜空に燦然と輝く星です。故に覇道を征く双星、幾度の戦を経てなお消えることのない意志の火。の意を込めさせていただきました」

 

 む、無駄に良いことを言ってくれるわね……。でもそれとは別に私の得物が双剣であること、装備からの見た目が戦乙女であることも多分に含んでるわよね?今の説明も夜空って私のツキヨに掛けてるのよね?まず代表プレイヤーにミィより先に私を言う辺りに作為的なものを感じるんだけど。

 

「では私からも【集いし冰炎(ひょうえん)】と。水魔法の君主と火魔法の帝が揃うグループであり、我々はその下に集った者たち。ならばこの名こそ妥当というもの」

「なかなか良い。どちらも候補に加える」

 

 ナイラーまで無駄に良い感じの説明をしてくるから却下しづらい…。仕方ないから諦めよう。何なら直前まで【炎帝ノ国】を推せばいい。というか二人して先に私の名を挙げるの辞めなさい?他の20人ほどからの視線が痛いんだけど。ここに私の配下はあなた達二人しか居ないんだからね?

 

「……お喋りはそのくらいにしてもらえる、ミィ。そろそろ素材のモンスターが出るエリアになる」

 

 なるべくウェインさんに余裕を持って良い装備を作ってもらいたいから、今日中に素材を集めたい。一つは南の森に出る蜘蛛の糸を500。二つ目に染料になる樹液を100。それぞれ倒す、採取するのは楽だが100人分だからとにかく数がいる。

 

 今いるメンバーは私とミィを含めて24人。一人あたりノルマは糸20、樹液4。簡潔にそれだけ伝えて散ってもらうか……いや、この辺りは強いモンスターもたまに出る。となれば地道に集めるしかない。

 

「装備を作ってもらう生産職の人の都合を考えて、なるべく早く集める必要があるわ。全員働いてもらうわよ」

 

 何なら明日追加分を持っていっても良いのだから、焦らずやっていきましょうか。

 

 

 

―――

 

 

 

「と、言うわけで完成したのがこれよ」

「おー」

 

 グループを立ち上げるための素材集めから一週間。その間素材を集め、レベリングのグループ毎に毎回同じ説明をし、日取りと場所をセッティングして、最後に今朝短時間ログインして受け取ったこの全員分のバンダナ。

 登校したら、もう来ていた美依にウェインさんから受け取ったバンダナをスクショした画像を美依に見せつつ話す。

 基本色は赤で注文通り。デザインは炎と羽で、一つ一つ羽の枚数が違ったり翼みたいになってたり完全にばらばらだったりと色々あるけど、共通項はきちんと守られている。

 バンダナなら腕でも首でも頭でも好きに付けられるし、証明書代わりになら嫌がられないだろうと思う。というかミィが言えば解決する。今後は少しずつ統一していきたいって意思を示せば、最初だからと納得するでしょうし。

 ………それにしてもイズさんから、もう双剣ができた連絡は貰っている。いつ取りに来てもいいとは書いてあったけど、早く取りに行きたい……その為だけに一週間頑張ったんだもん……。

 

「美依を手伝うって言った時から覚悟してたけど、調整役って面倒だよ……」

「一週間、レベリング以外の時はだいたい走り回ってたもんね、月夜」

 

 美依は、ログイン中は私といるか臣下といるかの二択で一人になる時が少ない。だから全体準備や諸々の調整。美依が挨拶するだけではつまらないから【料理】スキル持ちへの料理の依頼、街の中にある講堂みたいな広い場所をお金を払って数時間貸し切ったり、グループにいる全ての人が参加できる時間の調整をしたり……。この一週間、勉強以外はこの計画に費やした気がする。

 とはいえ築いたイメージがあるから、走り回ったっていうのは比喩で凄い堂々と歩きましたがね。内心テンパってた。

 

「人数も83人まで増えたし、少しの時間でも全員が参加できるように調整してくれてありがとね、月夜」

「うん……。なるべく参加しやすいようにログインの多い土曜日の夜、日曜日だと翌日に仕事や学校があるから、多少脅しもしたけどね。途中参加あり、途中ログアウトもあり。最短参加者の滞在時間は30分だから、最初に美依と私が話す以外はほぼ交流を深めるための自由時間よ。その間の挨拶周りでバンダナは渡しましょう」

 

 計画はアバウトなものだ。21時から0時まで講堂を貸切っての交流会。参加時間が23時過ぎになる人もいるための措置だ。普段グループ毎の交流以外が薄いため、動き回れるように立食形式。夜だから軽い夜食的な摘めるものを用意してもらった。

 最初に美依、私から一言以外は途中で抜ける人から順番に挨拶周りで全員と話す以外は何でもあり(バーリトゥドゥ)。無計画ともいう。

 多分気分で決闘とかの催しもすると思う。建物は破壊不可だし決闘なら周りの物壊れないし。私に勝ったら副団長の座をあげるって言えば、大体の人が釣られると思う。

 

「必然的に美依と私は最初から最後までいることになるから、頑張ってね」

「うん……寝ないように頑張る」

「まぁ、最後の方の数人なら私だけで対応できるから、最悪寝落ちしても大丈夫だよ」

「うぅん。演技で気が張ってると思うし、寝るに寝れないと思う」

 

 ログアウトしたら気が抜けて即寝るわけね。

 

「最初の挨拶は演技で乗り切るけど、グループ名【炎帝ノ国】で決定かー……」

「ふふっ、やっぱり私の候補が優勝ね」

 

 美依の言う通り、グループ名は【炎帝ノ国】で決まった。私の臣下が全体の三割ほどいるけど、五割の【炎帝ノ国】支持者を覆すのは無理だったようだ。凄いホッとした。ちなみに残りの二割はどちらにも属さない中立。

 

「全く……なんで彼らグループ名に私の名を推してくるのよ……」

「【凍炎郷】に【白炎の乙女】、直接的なのじゃ【銀世界】や【水底への誘い】【比翼騎士団】もあったねー」

 

 アレンやナイラー、その他にも30人弱いる私の下に就いた人たちは、【炎帝ノ国】の対抗案を一同に挙げていた。しかも面倒なことにミィの下…長いからミィ派で良いか。ミィ派を納得させる理由まで添えて。

 ……まぁ、ちゃんと双方が納得する説明が用意できるから、ミィ派とツキヨ派の分離が起きてないのだけど。

 美依の要素を盛り込みつつ、殆ど私から付けたような名前ばっかりだった。中には美依の言う通り銀髪や【水君】に因んで付けたものもある。速攻で却下しようとしたけど、美依に止められた。

 【比翼騎士団】なんて私とミィが支え合って高みに至るだとか言ってたけど、私の装備名……は知らずともイメージから取ったのは丸分かりだし。

 結果として【炎帝ノ国】に決まって良かったと思う。私由来の名前を含んでしまうと、事実上のトップは二人いると取られかねない。だが美依だけを表すこれは私と美依の力関係を示し、また最初の候補に決定することで、候補を上げた人のグループ内での地位を向上させないために有効だ。

 美依が象徴としてトップに立ち、私は調整兼補佐。他は平等というのが、現状最もいい。

 

「彼らには一度徹底的に教えた方がいいかな…」

「ツキヨの臣下も増えたもんねー」

「まだまだミィ派が多いし、彼らもそれが分かってるから決定的な派閥の分離は起きてないけど……不安材料ではあるよ」

 

 まぁ派閥が別れても、上の美依と私が協力してるんだから問題ないように見える。

 だけどなぁ……

 

「ミィ派……特に私の最初を見てる人たちからの潔癖にも似た恐怖心が抜けないんだよね……」

「あー……」

 

 絶対に私と話さないし、目があえば青い顔で逸らすし。レベリングの時も徹底的にミィ派と美依としか話さないし。

 必要なのは意識変容。演技のミィに合わせた冷徹で厳しい上から目線な剣士ロールだけど、『ミィの不利益は絶対にしない』と言う事を理解してもらいたい。それだけでだいぶ違うはず。

 

「その内に協力系のイベントが出るのを待つしかなさそう、かなー……」

「だね……」

「私達の演技、基本的に私が引っ掻き回してミィが諌めてるものね……お互い口悪いから親友どころか険悪ムード多め」

「確かに……よく言われるんだよー月夜と本当に親友なんですか?って」

 

 うーん……口調は対立してても、だからこそ信頼を寄せているってスタンスなんだけど、部分的に見たら分かりづらいね、私達。

 

「本格的に対立する前に手を打っとかないとね」

「どうするの?」

「さっきも言った、パーティで協力するようなイベント待ちかな」

 

 長期に渡るものなら、【炎帝ノ国】全員に私と美依のスタンスを見せることができる。

 それにやりたくはないが、対立した後にもやりようはある。

 

「もし決定的に対立しても、すぐにフォローできる準備はしておくよ」

 

 まぁ、本当にどうしようもなくなったら私がギルドを立ち上げてしまえば良い。ツキヨ派を引っこ抜いて。その上で【炎帝ノ国】と連携するとでも言えばいい。

 

「まぁ明日の結成式で前に立った時、私の考えを話させてもらうつもり」

 

 そこで、少しは緩和できるように頑張ろう。




 
 ツキヨさんは頑張り屋さんです。ただ空回りしかねないくらい真剣に考えてるんです。一人でシリアス空間を作り出しちゃうんです。


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PS特化と炎帝ノ国

 
 ようやくここまで来ました
 いつも通りツキヨさんが無駄に頑張ってます
 あとリアルスペックの高さが少し伺えるかも?
 ツキヨの演技はミィほど劇的な変化じゃなくて、雰囲気の変化だから文章じゃ表現がしづらい


 

 ようやくすべての準備が終わった。

 ミィには最初から参加できる人達を噴水広場に集め、ここに案内するのをお願いしたため、私が会場となる講堂のセッティングをやった。

 殆ど知られていないが、お金を払えば誰でも利用できるこの場所は、今後もギルドシステムができるまでは【炎帝ノ国】の会議に使わせてもらうつもり。

 講堂と言っても、殆ど広間(ホール)のようなもので、一段高くなったステージと200人くらいは入りそうな広い空間。イメージは小さめな体育館といった所。流石に体育館ほどの開放的な造りはしてないけど。

 そこに木工系の生産プレイヤーが大量生産していた、デザインの良い割に格安なテーブルを配置して、事前に受け取っていた料理を並べておく。飲み物も忘れずに。なんだろう、中規模のパーティの準備をしてる気分。

 全ての準備が完了したことをミィにメッセージで伝え、後は到着を待つだけ。

 私のステータスは完全に戦闘用のそれだからお金も貯まりやすい。でも今回の大掛かりな準備で総額300万くらい飛んだ。テーブルに料理の依頼に長時間の貸出料に装備品。一番かかってないのが装備品という事実。ウェインさんが50万Gって言ってくれて助かった。100人もの規模になると流石に大変だと痛感した。

 いや、講堂の下見をした時にあまりに殺風景だったから、テーブルクロスや照明系統なんかを買い足したのが原因なんだけどね?学生のパーティみたいなのは嫌だし、それなりに雰囲気が出るように頑張りましたとも。ギルドホームができたら再利用で設置する予定だし。

 私もミィも演技だと格好良さが全面に出るから、どうしても堅苦しくなりがちだ。だから、最初くらいは楽しんでもらうためにそれなりに調べたし準備した。現実(リアル)のパーティ会場なんかを多数参考にさせていただきましたとも。ミィから『ほ、本気だね……』って引かれたよ。こういうのって準備段階が一番楽しいよね!

 

 

「っと。そろそろ着くのね。了解よミィ」

 

 噴水広場からみんなを連れたミィからの連絡を受け、裏方は裏方らしく、またミィが格好良く案内するのに仕立て人がいるのも締まらないので、一度ステージの裏に下がる。

 

「おぉ…んんっ。さあ、皆中に入って、暫くの間くつろいでいてくれ」

 

 ふふっ。聞こえたわよミィ。一瞬感嘆の声上げてたよね?私の本気見て驚いたよね?どうよツキヨさんが張り切って頑張っちゃった結果は?

 

「すげぇ……」

「これ全部ミィ様が準備したのか?」

「本物のパーティ会場みたいね……」

「ツキヨ様が居られないようだが……」

 

 思い思いにテーブルの周りで好きに寛いでいる彼らだが、摘む程度の簡単なものとはいえ食べて良いのか迷っているらしい。

 なるべく早くステージに出ましょうか。

 

「やっほー。案内おつかれ、ミィ」

「ツキヨこそ。ビックリしたよ、ホントにパーティ会場になってるんだもん」

「ふふん。ツキヨさん、ちょっと本気になってみました。ここ殺風景だったからさ。結成の最初くらいは、パーティみたく、ね」

 

 お金かかったけど。いやー、モンスターを倒してお金稼げるのが、ゲームの良いところだよね。時間を見つけては双剣の素材集めと資金集めしてたから、もうレベル32だよ。青銀色の長魚の経験値おいしかったです。

 

「じゃあ予定通りに。最初は私、次にミィ。ミィはグループ名の発表と、今後はきちんとした統一装備の作成を視野に入れるって事、忘れずにね」

 

 ミィが頷いたので、ステージの裏から出る。予定時間丁度。会場にいる人も『寛ぐっていったって……』みたいな雰囲気で戸惑ってる。

 始めるなら今でしょう。

 

 

―――

 

 

 戸惑い、少しざわつく会場が、ステージの変化に一瞬で静まり返る。

 

 コツコツとこ気味いい足音を鳴らして壇上に立ったのは、純白の戦乙女。ツキヨ。

 そうして中央に立った彼女は、いつもの通りの冷たい口調のまま挨拶を始めた。

 

「皆。今日はこんな夜遅くに集まってもらい、まずは感謝するわ。ありがとう」

 

 軽く頭を下げたその行動に、多くのプレイヤーが愕然とする。今までそんな殊勝な態度、見たことないんですけど!?と。でも雰囲気と口調は絶対零度。やっぱりそこはデフォなんですね。

 

「さて、この後にミィが控えているので、私からは簡潔に。この度、NWOにて初の一大グループ結成を祝し、細やかながらパーティを開かせてもらったわ。普段は小グループごとにしか関わりを持たないのだから、初めて会う人もいるでしょう。そういう人達と、飲み物を片手に食べ物を摘みながら歓談してくれたら、主催の一人として嬉しく思うわ」

 

 堅苦しい式でも会でもない。そのためツキヨは演技を保ちつつ述べる。

 それから始まるのは、ツキヨが考えるこれからの【炎帝ノ国】。

 

「そして、中には反りの合わない人もいるでしょう。人なのだから、性格は千差万別。ゲーム(この世界)の楽しみ方もまた、人それぞれ違うわ。そのプレイ(遊び方)に不快感を覚えることだってあるでしょう。ですが私達は、ミィというプレイヤーの下に集まった仲間(フレンド)でもある。……今後、一人ひとりプレイヤーとして、またこの大グループの一員として」

 

 そこで一度言葉を切ると、少しだけ間を開けて、今までの冷たい雰囲気と口調を、少しだけ和らげて続きを紡いだ。

 

「一丸になろうとか、協力し合おうとかは言わない。……ただ互いに少しずつ歩み寄って、尊重し、誰もが居心地良く、楽しいと思えるグループとなることを、心から願っているわ」

 

 本当に、簡潔に。時間にすれば1分と少し程度しか話していない。だが、会場にいるプレイヤーは感じ取ることができた。ツキヨの少しだけ柔らかくなって言った最後の言葉は、紛れもなく本心であると。あれ?この人本当に白銀の戦凍鬼?中の人ちがくない?

 

 そんな空気は、次の瞬間に消え失せた。

 

「と、言うわけで……どれだけ他人に不快感をもたせるプレイングでも私は口出ししない。先程も言ったとおり、感情(性格)は人それぞれに違うから。価値観(楽しみ方)が合わないなんて仕方の無いことよ。けれど、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()をグループ内で見つけた場合、全力を持って排じ…調きょ…指導するので、そのつもりでいなさい」

 

((((最後なんて言ったこの人!?))))

 

 『と、言うわけで』までは柔らかさを残していたのに、続きからはいつもの絶対零度すら生温く感じる雰囲気に口調に声音に視線を以って、なんかやばい言葉が紡がれたような気がした会場の殆ど全プレイヤー。

 直前まで、初期からいたミィ派のプレイヤーすらツキヨへの認識を変えつつあったのに、最後でやっぱり絶対零度かと認識を戻した。

 そして「素晴らしい!」「流石はツキヨ様!」「我々も手伝います!」「一生ついていきます」と宣うツキヨ派でも極一部(既に調教済み)のプレイヤー。やはりブレない。

 

 

「あら、空気が冷たい。ゲーム内に空調が効かないなんてバグあったかしら?」

 

 間違いなくあんたのせいだろ!とは、口が裂けても言えなかった。

 が、ここに救世主が一人。

 

「間違いなくお前が原因だ馬鹿者(ツキヨ)。挨拶だけでどうしたらそんな脅し文句を言える」

「あら、私はただ『悪質プレイヤー絶対許さない宣言』をしただけよ」

「直前との落差が酷すぎるだろう。私も少し、お前誰だよと言いたくなったぞ」

 

 分かってくれますかミィ様!との崇拝の瞳。

 ツキヨはたじろいだ!

 

「はぁ……はいはい、私の負けよ。私のプレイングに不快感を覚える人が居るのは自覚してるもの。だから少し、私の基準を語っただけ」

 

 その言葉にミィ派の多くが、え?自覚あったの?みたいな顔をする。

 

「なら改善したらどうなんだ?」

「それはイヤ。ゲーム(遊び)は楽しんでこそなのだから。それに不快感を持たせていても、実害を齎すつもりはない。事実未熟さを煽りはしても、モンスターの横取りや必要以上の私刑はしてない」

 

 確かに…と思うミィ派の面々。

 ツキヨのやり方に不快感こそ覚えるものの、レベリングでは守ってもらっているし、前衛組は間違いなくプレイヤースキルが上がり強くなった。教え方は絶対零度だけど……絶対零度だけど!

 逆にツキヨ派の大多数はというと……

 

「ツキヨ様のお陰で新しい世界を知りました」

「ツキヨ様……尊い……」

「あぁ……我らが女神よ!」

 

 ねぇ?これで『必要以上の私刑(調教)はしてない』って本当に言えるの?と目で訴える。

 しかし、誰にも通じず。

 

「……そういうことなら、まぁいい」

 

 親友すら匙を投げるツキヨのツキヨっぷり。そんな若干カオスな空間をミィはこれから切り替えなければならない。

 

「さて、ツキヨによって色々とメチャクチャだが、基本的には私もツキヨと同じ考えだ」

 

 と思ったらカオスに片足を突っ込むミィ。愕然とするメンバー。やはり親友は似るのか。

 

「勘違いするな。私とツキヨが願う、これからの我ら【炎帝ノ国】のあり方が同じだということだ。私もまた、皆が尊重し居心地のいいグループを、空間を作っていきたいと願っている」

 

 あぁ、確かにそんなこと言ってましたね。直後の脅しで何もかも抜けてました。と遠い目をした。

 というかグループ名【炎帝ノ国】になったんすね。とサラリと告げられたことにもはや悟りすら開きかねない。

 

 

 

 

 

「そして我ら【炎帝ノ国】の目的は一つ」

 

 俄かに落ち着きを取り戻し、静かに告げられたグループの目標。その声音に宿るカリスマ性が、先程までのカオスすら塗り潰す。

 

 

「いいか!このNWO全土に我ら【炎帝ノ国】の名を高らしめる。この【炎帝ノ国】のメンバーであることに誇りを持ち、地の果て、空の彼方までをも、我らの情熱の炎と濁流の如き意思で埋め尽くすのだ!」

 

 一瞬の空白。

 直後には会場は歓声で埋め尽くされ、そのスケールの大きさに興奮の渦が場を支配する。

 自分たちのような一般プレイヤーが一同に集まり、一つの集団となってNWO全体に知れ渡る存在となる。個人で名を上げることとはまた違い、個の強さと共に集団としての結果を求める。その一員に、自分がなる。興奮しない訳がなかった。

 

 

 

「そのために今日、皆に集まってもらった。このNWOの世界にはまだギルドシステムは存在しない。しかし、存在しないからと言って集団を形作らない理由はない。一つのグループとして名乗りを上げない理由など有りはしない!」

 

 そして、遂に告げられる。

 

「さぁ、杯をもて!……ここに、NWO初の一大組織(グループ)【炎帝ノ国】を発足する!!乾杯!」

 

 

 

―――

 

 

「まったく……バンダナのことも統一装備のことも忘れてるし……」

 

 仕方がない。ミィのことだから、パーティ会場の雰囲気を戻して盛り上げるためにと頑張った結果、抜け落ちてしまったんだろう。

そういう意味では私にも責任が少なからずある。

 既に会場は盛り上がりを見せ、それぞれが好きに歓談している。

 

「なら、少しだけ予定を変更して挨拶周りの時に一人ひとり説明しましょうか……手間ではあるけど、これもサポート役の務めってね」

 

 あれだけ盛り上げた張本人が挨拶とバンダナを渡すだけで次々に移動するのはどうかと思うし、お仕事は私がやるか。

 ミィには自由に歓談すること、なるべく全員と、多少なりとも会話して親しい関係を築くようにとだけメッセージを送り、静かにステージの袖から出る。

 会に短時間しかいられない人から順番にバンダナと今後の予定を教えていかなければならない。

 

「……よく考えたらミィは誰がどの位滞在できるのか知らないわね」

 

 予定では二人で挨拶周りをし、その辺りは私が教えるつもりだった。だけど今まで祀り上げられていただけのミィが、自分の意思で頑張った結果ああしてもみくちゃになっているのなら、ここは私が頑張ってあげよう。

 

 

「こんばんは、ウォーレンさん」

「っ!……何か?」

 

 これもまた、私が贖わなければならないことだし。槍使いのウォーレンさん。私がこのグループに関わるきっかけの人であり、決闘で叩きのめした人。その人に、赤いバンダナを手渡しながら訳を話す。

 

「貴方が短時間しか滞在できないと聞いていたから、これを渡しに来たのよ」

「バンダナ、ですか?」

「えぇ。ギルドシステムが無い現状、【炎帝ノ国】のメンバーであることを示す証明書代わりの物よ。装備としてのステータスは低いから、装備してもしなくても構わないけど、正式な統一装備を作るため等に今後会議を開く際、入る時に提示してもらうわ」

「一つ一つ柄が違うようだが、複製されたらどうする?」

 

 勿論、そこも問題ない。どうして私が、態々昨日の朝に短時間ログインしてまでバンダナを受け取ったと思っている。そしてなぜ、結成式を夜にしたと思っている。

 

「問題ないわ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 昨日今日とほぼ二日の時間を使って全員の顔と名前、誰にどのバンダナを渡すのか決め、()()()()()。ちなみに絵柄は全てスクショしてあり、念の為誰に渡すバンダナなのかもメモしてある。抜かりはない。

 

 そう告げると、ウォーレンさんは物凄くびっくりしていた。えっと、どうして?

 

「……お前は以前、名前を覚えるつもりはないと言っていなかったか?」

 

 あぁ……そのことか。確かに初めてあった時はそう言ったし、あの場で諦めなければ本当に路傍の石程度にしか見るつもりも無かった。

 

「状況が変わったのよ………そうね、あの時のことも含めて、貴方に言わなければいけないことがある。少しだけ外に出ましょう」

 

 だから、この場であの時から続く蟠りを払拭する必要がある。敵意は無いと証明するために、双剣装備を解除して先に外に出る。すると、少しして戸惑いつつもウォーレンさんが出てきた。

 

「ごめんなさい」

「は……?ちょ、いきなり何して!?」

 

 だから開幕直後に全力で頭を下げておく。こういうのは恥ずかしいから一気に終わらせるに限るのだ。ホントーに恥ずかしいけど!

 

「………とりあえず、頭を上げてくれ。わけがわからん」

「ま、そうよね。私の性格を一番最初に知った貴方なら、そうだと思うわ」

 

 だから、手短ながら説明させてもらおう。あの時、私がどうしてあんなことをしたのか。

 

「あの時、ミィは本気で困っていたのよ。それこそどうしようもなくなって、あのミィがこんなメッセージを送る程度に」

 

 彼らにとってのミィは、格好良くて、凛々しくて気高い、カリスマ性を持つミィだ。だからそのフォローを言葉にしつつ、私の知るミィが求めた『たすけて』を見せると、ウォーレンさんは愕然とした表情を見せた。

 

「普段は誰よりも格好良く凛々しく、そして気高い私の尊敬するミィが、あの時だけは本気で助けを求めてきた。流石に、私も冷静ではいられなかったわ」

「そういう、ことか……俺は、なんてことを」

「あの時のことはあの決闘を以って終わりだと、私もミィも思っている。だから今更ミィに謝ったところで意味はないし、かえってミィを困らせるだけよ」

「なら俺はどうすればいい!?」

 

 まぁ、このメッセージはこの人だけが負うものじゃない。積もり積もった全てのものが、あの時に爆発した結果なのだから。

 

「言ったでしょう、決闘で終わったと。あなた方の罪は既に償われてるし、こうしていつまでもシコリを残してしまったのは私の罪よ。勝手に罪悪感を持たないで」

 

 とは言うものの、無理なものは無理と分かっている。だから別の方法を。

 

「これでも納得しないなら、【炎帝ノ国】サブリーダーとしてあなたに命じます」

 

 この人が納得するかは分からないけれど、ミィのためにもこの方法しか思いつかないから。

 

「【炎帝ノ国】が、ミィの願った通りのグループになるよう、尽力なさい」

 

 この人にできるのは、それくらいだから。あの時のように誰かが困ることの無いように。

 

誰か(ミィ)に意見を押し付けるのではなく、周りの誰かを尊重し、居心地の良いグループになるように」

「っ!」

「そして私も、あの時と同じ過ちをしないと誓います。誰もが……あなたを含めて、みんなが楽しいと思えるグループにしましょう?」

 

 それが私の精一杯。罰を与えるでも罪を背負わせ続けるでもなく、()()()()()()

 だからあの時はするつもりも無かった、初めての自己紹介を。

 

「改めまして。()()()()()()()()、ツキヨと言います。よろしく」

「………ミィ様に憧れる、ただの槍使い、ウォーレンだ。よろしく」

 

 ようやく、私達は仲直りができた。

 

 

―――

 

 

「………なぁツキヨさんよ。まだ少し話してもいいかい?」

「………ウォーレンさんに名前で呼ばれると、何か変な感じがするわね。他の人への挨拶周りがあるから、五分程度なら」

 

 そう返すと、ウォーレンさんは近くのベンチに腰を下ろした。もちろん私は座らない。というか蟠りがなくなった途端に堅苦しい敬語やめたわね、この人。別に良いけど。

 

「正直ビックリしたぜ。アンタが一人で声かけてきたからな」

「本来はミィと二人で挨拶周りとバンダナを渡すつもりだったけれど、ミィがあの状態だったからよ。まぁ、そのお陰でウォーレンさんとの蟠りを解くことができたのは、僥倖と言ったところかしら」

「なるほど。そういや、さっきから雰囲気がちがくねぇか?」

「さてね。言ったでしょう?遊び方は人それぞれと。それに、NWOはVRMMORPGよ」

「理由になってるか?それ」

「なってるわ。思いっきり答えよ」

 

 RPG。そう、ロールプレイング(役割演技の)ゲーム(遊び)なのだ。なら、私がこんな役割を演技していても不思議はない。

 

「俺としちゃ、今のアンタの方がいいと思うぜ」

「それは口説いてるのかしら?」

 

 口説くにしては落第点を上げるしかないけど?

 

「ちげぇっつの。なんであんな風にやってんのか、純粋に気になったってだけだ」

 

 その理由にはウォーレンさんとの一件が深ーく関わってるのだけど……言わないでも良いか。

 あの一件で、私のイメージが払拭できそうもなかったから。ミィの演技に合わせているから。ミィの権威を上げるため。私にヘイトを集めることで協調性を作るため。理由なんて色々だ。本当に色々ある。けど、これと一つあげるなら……。

 

「楽しいからよ」

「あ?」

「何度も言うけれど、楽しみ方は人それぞれ。私はドSな冷酷剣士を楽しんでいるだけよ」

「はっ、趣味悪すぎんぞ」

「それを言ったらミィに心酔した挙げ句に祀り上げて、こんな大グループを作らせる人たちは悪質よ。尤も、今は本人も乗り気だけれど」

「くくっ……なるほど、違いない」

 

 薄々この人も、グループ結成がミィの意思じゃない所のせいであるのは気付いていたのだろう。だから、ミィのプレイング(勝手に祀り上げて)に実害を齎した存在(グループを作らされたこと)をそう罵る。

 

「ってこたぁ、アンタはいつか、グループを壊すってことか?」

「いいえ。大好きな親友から、皆でプレイする(を引っ張る)ことが楽しかったと言われたら、何をしても守るしかないでしょう?」

「………くはっ、なるほど。そりゃ、俺もツキヨ様の命令を守るしか無くなったな」

「様付けやめて」

「いーや。少なくとも【炎帝ノ国】の活動中は呼ばせてもらうぜ。普段はアンタで十分だがな」

 

 ……まぁ、それなら良いか。

 さて、そろそろ挨拶周りをしないと、全員にバンダナを配れなくなる。

 

「そろそろ戻るわ。全員分配るのと、いつか作る統一装備の事も説明する必要があるし」

「んじゃ、俺も戻って飲み食いするかねぇ」

「は?ウォーレンさんはもう滞在時間少なかったはずじゃ……」

「そりゃ、アンタと同じ空間にいたくなかっただけの方便さ。仲直りした今、ログアウトする理由はない。せいぜい楽しませてもらうぜ、発案者さんよ」

 

 主催者が私一人だって勘付かれたし……

 

「もう!何よそれぇ!?」

「うお、斬りかかってくんな!アンタの剣筋トラウマんなってんだぞ!?」

 

 

 はぁ……思わず素で斬りかかってしまったが、これ私悪くないと思う。




 
 RPGのくだりはロールプレイの日本語訳から来てます
 役割演技……まぁそのまんまですね
 《神速反射》にカナデに近い記憶力も持ってたりするツキヨさん。
 ちなみにタグにもあるけど、ツキヨのコンセプトは対メイプル最終兵器系主人公。
 メイプルがおかしくなるにつれてこの子も進化していきます。
 ホント本家がすくすく育つからツキヨさんがどんな変貌をするのか考えるだけで楽しい。
 既に見た目は白と黒、プレイスタイルは万能型の攻撃手(アタッカー)と混沌とした防御特化(守護者)
 色合いや魔法属性でミィと対比させつつメイプルともプレイスタイルと色味を対比させてたりします。【身捧ぐ慈愛】のメイプルは白基調だって?
 そこは金髪と銀髪、青眼と赤眼での対比よ。その頃には私にも予想できない成ち……もとい進化してるだろうけどね。


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PS特化と中立派

 
 予定通り今月は隔日投稿で行こうと思ってるんですが、ストックが20話くらいある(ただし微修正必要)のでもしかしたらどこかで連日投稿して調整するかも
 
 アニメで見る素のミィ可愛すぎないか……
 ちょっとあれを表現できるか不安になってくる。可愛いから書くけど!
 


 

 会場に戻った私は、ウォーレンさんを少しだけ睨みつつバンダナの配布を再開した。

 でも、彼との蟠りが溶けたことで助かったのも事実。なんとウォーレンさんが、私を避けているミィ派のメンバーとの間を取り持ち、緩衝材の役割をしてくれたのだ。

 一番最初に私と溝のできたウォーレンさんが緩衝材をしてくれたことで、少しだけ向こうの態度が緩和。しかし私に付き従って『ツキヨ様』なんて呼び掛けるものだから、それはそれで『お前この人まで!?』みたいな顔をされた。

 ………まぁ、私へのウォーレンさんの話し方が忠誠心の塊(調教済み)たちと違って気安いから、あんまり酷くはならなかったけど。

 

「助かったわ。貴方がミィ派の人たちとの間で取り持ってくれなかったら、もっと時間がかかってきたと思う」

「俺としては、ツキヨ様が本当に全員の名前を覚えてることに驚いたがね」

 

 多分、ミィも全員は覚えられていないと思う。象徴なんてそんなものだ。周りにいる人(わたし)がその象徴を支えてあげれば問題ない。

 バンダナ配布とその説明は、本来ならミィがミィ派に、私がツキヨ派と中立を配る予定だったが、一人でやったために一時間半もかかった。ウォーレンさんのお陰でこれでも早く済んだ。

 ちなみにツキヨ派の中でも極一部から、今度は私カラーをメインにした統一装備が欲しいと頼まれたため、会議で案を出せ、そして全員を納得させてみろと発破をかけておいた。

 なお、ミィはまだそこら中で引っ張りだこ。

 

「残ってるのはあと四人。中立派の中でも高い実力の持ち主で、個人的に気になることがある人たち」

「へぇ?ツキヨ様が気になる、ねぇ?中立っつーとミィ様にもツキヨ様にも心酔しない、純粋に集まった人たちだろ?どうしてか聞いても?」

「そうね一人はトッププレイヤーの一角。他は……勘、かしら」

 

 有名なプレイヤーは、私やミィ以外にも沢山いる。というか有名になったのは私やミィは遅い方だ。一番有名なのはペインさん。ゲーム内最高レベルで、今は46だったはず。まだ14も差があるんだよね……。

 

「アンタの勘の精度なんて知らねぇよ」

「ただ、皆優秀なプレイヤーであることに変わりはないわ」

「それはたしかに。あの中で二人は随分と名前を聞きますからねえ。そん中にいる残り二人も気になりますわ」

「なんなら一緒に来る?」

「いやいや遠慮しますぜ。そろそろ他の奴らとも話してぇし」

「……なら仕方ないわね、ついでに各テーブルの食べ物と飲み物を追加しておいて。はいこれ」

 

 インベントリから料理を取り出し、ウォーレンに無理やり受け取らせる。残り時間は半分。だいぶ料理も減ったし、追加分持ってて良かった。

 

 本当なら予定変更してウォーレンさんにも来てもらいたかったが、流石に無理強いはできないから仕方ない。また時間はある。

 さて、ウォーレンさんが行っちゃったし、私は最後の四人に話しかけますかね。

 

そうして辺りを見渡すと、運良く目的の四人が近くのテーブルに固まっていた。

 

 

 

 

「少し時間いいかしら。ミザリー、マルクス、シン……ヴィトさん」

 

 それにしても本当に驚いた。少し前、私がこの結成式の準備のためにグループレベリングを何度かミィ一人にお願いしたことがある。その時に【炎帝ノ国】に加入していて、参加メンバーリストを見た時に思わず声を上げた。

 

「よぉツキヨちゃん。楽しませてもらってるぜ」

「周りの人から、ツキヨさんからバンダナを受け取ったと聞いています。それ関連でしょうか?」

「えぇ。その通りよミザリー。四人にも渡すわ」

 

 それぞれに対応した絵柄のバンダナを渡しつつ、リピート説明を終えた私は、ヴィトさんに聞いてみた。

 

「それにしても、なぜヴィトさんが【炎帝ノ国】に?ソロで有名な貴方が参加してくれたのは喜ばしいですが、理由を知りたいですね」

「ツキヨさんツキヨさん。私としては私を含めほぼ全ての人を呼び捨てにするツキヨさんが、なぜヴィトさんに敬称を付けてるか知りたいです。ヴィトさんもツキヨさんと親しそうですし」

 

 ミザリーがグイグイくる……。その『私、気になります!』みたいなキラッキラの顔やめてよ……。そしてシン、マルクス。他人事みたいな雰囲気出さないで。助けて。……ムリよね。

 

「俺は単におもしろ……じゃなくて、ソロじゃ限界を感じてな。どっかのパーティに入ろうにも知り合いは少ねえし。だったらいっそ、知り合いのツキヨちゃんがいる所に来たってわけさ」

「私を助けようとしたヴィトさんが限界?笑えない冗談ね……聞こえてるわよ」

 

 面白そうって言ったよね?しかもそれ、絶対に掲示板の話題的な意味で、でしょう?

 ミザリーは最近ヒーラーとしてかなり有名で、回復量が他の人の比じゃないらしい。私は受けたことないから知らないけど。

 そしてシン。装備は至って普通の店売りだが、こちらは前に偶然、ソロで戦っているところを見てしまった。十本の宙に浮いた剣を自在に操り、モンスターを切り刻む光景が今でも思い出せる。何あれ私もやりたい。

 最後にマルクス。この中で誰よりも普通。魔法型のステータスで、グループレベリングでも目立った働きはしてなかったように思う……たった一つ、モンスターを待ち構えている時に設置した罠を除いて。マルクスのトラッパーとしての才能は天性のもの。現実じゃ使い道がないし、せいぜいドッキリを仕掛ける程度だろう。本人の性格的に無理そうだが。だから、この四人はとっても注目してる人たちなのだ。

 

「四人には注目していたのよ。だから個人的に話したくて、こうして最後に回していたってわけ」

「俺は別に注目されるようなことはしてないんだがなぁ……」

「……僕は罠を仕掛けるくらいしかしてないんだけど」

「私も身に覚えが……」

 

 三人とも恍けるねぇ…。いや、スキル詮索なんてするつもりも無いけどさ?一応、シンには謝っておこう。

 

「シンについては、偶然森の中でレベリングしている所を見てしまったのよ。悪かったわ」

「っ!なるほど、知られているという訳か」

「ミザリーは魔法使いとしても優秀だけれど、やはりヒーラーとしてね」

「……そしてマルクスはその罠ね。現実じゃ全く役に立たないけれど、トラッパーとして天性の才能がある。グループとして活動した時、貴方の才能は貴重よ」

 

 と、言うわけ。と最後に締めくくって、だからこそ気になっていたと明かした。

 

「なんてーか……ツキヨちゃんよく見てるな」

「それなりに、よ。【炎帝ノ国】サブリーダーとして、メンバーのことはだいたい頭に入れたわ」

「「「「うわ……」」」」

 

 ………あれ、なんか四人から引かれた。いや待って?だってギルドシステムがない今の【炎帝ノ国】って要は口約束で集まった知り合いの塊なのよ?その状態をキープするために全員の顔と名前、戦闘スタイルに凡そのレベル、誰と誰の仲が良いかとか本当に色々と自分なりに頑張った結果なだけだよ?このグループが崩壊したらミィが悲しむもの。全力で守らせてもらう。

 ……あ、本来の目的を忘れかけてた。ギルドシステムが実装された後に、彼らにお願いしたいことがあったんだった。そしてその為に、今後やってもらいたいことも。

 

「っと。こんな事を言うために話しかけた訳じゃかったわ」

「ん?まだあるのか?」

「ここまでは前座よ。本題はここから」

 

 現状ミィの指揮を行き届かせるには、最大でも一度の同行メンバーは24人3パーティ。狩場の占領や移動速度を考慮しても、これが限界となる。そして100人近い人数がいる【炎帝ノ国】を動かしていくためには、どうしても私だけでは目が足りない。ミィは象徴として輝き、それを私が支えたいけれど、こんな大規模のグループを動かしたことは無いし、どうしても届かない場所が出てくる。それカバーすることを実力があり、ミィ派にもツキヨ派にも属さない完全中立の四人にやってもらいたい。

 

「あなた方四人には、ギルドとして【炎帝ノ国】がなった時にシステム的な有無を問わず、【炎帝ノ国】運営側に

 ………いわば『幹部』に就いてもらいたい」

 

 

―――

 

 

「やっとみんな帰ったぁー……」

「お疲れさま、ミィ。ずっと話しっぱなしで疲れたでしょ?何か飲む?」

 

 ミィに食べ物と飲み物を手渡しつつ考える。

 ヴィトさんたち四人には、今のところ『幹部候補』としてこちらから保留にさせてもらった。流石に突然のことだし、ギルド実装自体がされるか分からない。それにヴィトさんは社会人でログインも基本的に夜が多い。

 グループ【炎帝ノ国】である今からでも彼らにはやってもらいたい事があるので、予行練習、あるいは私とミィでは手が足りない為の補佐として少しずつ手伝ってもらうことの了解を得ただけで、今日は終わった。

 

「バンダナと統一装備のこと言うの忘れてごめんねツキヨぉー……」

 

 テーブルにへばり付いて、ぐでーんとしてる可愛いミィを笑いつつ、気にしてないと告げる。

 私はテーブルや装飾品、残った食べ物をインベントリに仕舞って片付けをする。現実と違ってここはすごく楽で助かります。

 

「あれは私にも原因があるし気にしてないよ。それに、不幸中の幸いとはいえウォーレンさんと和解できたし」

「………ウォーレン、さん?」

 

 あぁ。やっぱり名前は覚えきれてないんだ。

 

「私が初めて【決闘】した槍使いだよ。ほら、ミィの『たすけて』で乱入したやつ」

「あぁ、あの人かー……私達はもう全然気にしてなかったけど、根に持ってたんだねー…」

「根に持ってたと言うより、気にしてた、かな?私がやりすぎたのもあるから、軽く事情説明して、謝って、自己紹介をやり直して仲直り。その後はミィ派の人との間を取り持ってくれたから、凄い助かったよ……」

 

 候補者には入れていなかったけど、ウォーレンさんの喋りは気安く、正直言って話しやすかった。最も確執があって、それが解けたからこそ、私とミィ派との繋ぎ役にも適任だろうし、四人と一緒に『幹部候補』の一人としてあの場に連れて行きたかった。

 ……まぁ今後、話す機会はいくらでもあるだろう。その時に言えば良い。

 

「あ、ツキヨの後ろをついて行ってた人かー……あんまり喋らなかったから忘れてたよ」

 

 ミィ……流石に顔くらい覚えてあげよう?ウォーレンさん報われないから。

 

「さて、片付け終わりっと。後はミィがぐでってるテーブルだけだよー?」

「……何から何までありがとうございます」

「テーブルも装飾品も料理も私が揃えたんだから、私が持ってるべきでしょ?それに、結構このテーブル気に入ってるし。NWO内でギルドホームかマイホームを買えるようになったら、そこに使うんだー」

 

 結構おしゃれで、使い勝手のいいテーブル。後はこれに合わせた椅子を買えば良い。ギルドホームかマイホームは、街の中に入れない建物がいくつもあるから、そこがいずれ開放されるんじゃないかと思っていたりする。

 

「さて。もう日付け変わってるし、そろそろ落ちようか。明日は日曜日だけど、あんまりやりすぎると怒られる」

「うっ…確かにそうだね」

 

 講堂の中をすべて片付け、忘れ物が無いか確認して外に出る。普段はこんな時間までログインしてないから、あまり見ない深夜帯のログインプレイヤーが多くいた。

 ミィは演技疲れと気疲れで眠いのか、度々フラフラとしていた。

 

「ほーら、もう限界そうだし、ログアウトしよ」

「うん……じゃあ、おやすみツキヨー」

 

 

―――

 

 

「はぁ……取り敢えず今日はなんとかなったかなー?あー……もう疲れたー」

 

 ここ数日の疲れがどっと出て、ログアウトした私は思わず愚痴をこぼしてしまう。

 身体的には寝てただけなのに、精神的な疲れが大きすぎる。

 

「グループとして活動を始めたけど、やる事は変わらず素材集めにレベル上げ。統一装備は取り敢えず第一回イベントまでは装備の種類とデザインだけで様子見かなー。で、そこに『幹部候補』に練習もといお手伝いをして貰って、小隊規模の運用くらいはできるようになってもらおう」

 

 やることが多すぎて嫌になるねー。

 

 ツキヨ派の人は白を基調とし、ミィ派からは引き続き赤を基調とした装備を作りたいとの相談があった。しかも相応のステータスを持ち、【炎帝ノ国】であると明確に表現できるもの。中立派は貰えるものは貰っとくと言ってたから別に良いか。

 

「となると、基本的なデザインを統一して、カラーを二種類?でもそれだと今度こそ派閥として分離したように見えちゃう……」

 

 視覚的に完全に分離してしまえば、それはメンバーの意識にも影響しかねない。完全に一つに統一すれば一体感が生まれ、二つにすれば分離する。実に分かりやすい。

 

「互いに互いの象徴(シンボル)となるマークくらいは付けた方が良いよね……」

 

 例えば私なら水、あるいは双剣?

 ミィなら火。

 それとも………。

 

「……基調を白と赤の二種類にするか……ツキヨ派は白地に縁取りやデザインを赤主体にして、ミィ派はその逆。装備ステータスにもデザインにも拘って色の比率を調整すれば、それほど違和感は出ないかな?紅白で縁起もいいしね」

 

 やはり互いをそれなりに混ぜ、対立ではなく調和を目指していこう。ツキヨ派……というかアレンやナイラー達に軽く話し、会議でもそっち方面に強く推してもらう。互いに納得させろと言ったし、私から調和路線の草案を言えば勝手に上手くやってくれる所だけは彼らの手腕を買っている。

 前衛にはコートのようなものが良いだろうか?防御力も確保したいから、胸や肩などにアーマーを付けても良さそう。魔法使いはローブ。こっちは【INT】やMPを高める素材があると良い。

 いつまでもウェインさんに頼むのも気が引けるし、【炎帝ノ国】には生産職プレイヤーもいる。スキルレベルが低いから、しばらくはスキルレベルを上げてもらうために待つかな……。

 

 

「はぁ……もう寝よ。明日……というかもう今日か、はログインしない。疲れたし、また月曜からゆっくりやろー……」

 

 

 

 そうして月曜日にインした私は、面白い子と出会うことになる。




 
 ツキヨさんは『ミィのため』でどこか突き抜けてる人です。80人を超える人を2日で覚えるとかどうなってるんでしょうね……。
 【炎帝ノ国】で名前が出てるキャラってミィ、ミザリー、シン、マルクスしかいないからオリキャラもの凄い投入しやすい。
 でもクロム的立ち位置の予定のヴィトさん、全然出せないや……
 今後もほとんど出番の無いオリキャラが多数出てくると思います。
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PS特化と無限湧き

 
 ツキヨちゃんが決して【炎帝ノ国】メンバーの大半から嫌われてるってわけじゃないよって話。
 


 

「おはよー美依」

「おはよ月夜。昨日ログインしなかったねー」

「うん」

 

 学校に着くと、やはり美依がもう来ていた。最近は美依が早い。

 

「一週間の疲れが一気に来てさ。昨日はログインしないでゆっくりしてた」

「月夜はお疲れだったもんね……」

「今日からまた再開するから、ご安心を」

「あぅ……月夜、やめてぇー……」

 

 私に色々と任せてしまって申し訳ない……みたいな気落ちした顔を見せたので、取り敢えず両頬をうりうりしとく。うむ、こっちの方がゲームよりもち肌だ。これこれ。

 少しの間美依の頬を触って癒やされた私は、『幹部候補』の運用について相談することにした。

 

「そだ。美依、今日から試験的にやりたい事があるんだ。話しても良い?」

「なにー?」

「あのさ、【炎帝ノ国】が大きすぎて、私と美依だけじゃ回すにも限界が出てくるじゃん?」

「一度に動かせる人数にも限度があるしね……じゃあ、手伝ってもらう人を増やすってこと?」

「そ。ミィ派でもツキヨ派でもない中立の人に頼んであるから、私と美依をリーダーにグループレベリングの班を二つ作って、一度に動かせる人数を倍にしたい。中立の人には、私達の補佐をしてもらう感じ」

 

 そうすれば一度の運用人数が単純に二倍になるので、私と美依だけの時間も作りやすくなる。

 そうすれば美依が演技をしないで気楽に遊べる時間も増えるという寸法だ。

 今までは放課後に四グループを月曜から木曜まで一日ずつ、金曜は休みで土日に午前午後で四グループ回す感じに気を抜ける日が週に一日しか無かった。

 あの結成式の関係で全員覚えたし、大体のログイン状況も分かった。それを元にグループレベリングの班分けを再編成して、効率よく回すつもりだ。

 二日で全メンバーとレベリング、一日休憩という形にするつもりということも簡単に説明する。

 

「でも月夜、いきなりで連携とか大丈夫?信用とか……」

「ゲームは実力が全てでしょ?年齢や性別に関係ない。私と美依を除いて実力の高い四人……プラス一人にお願いしてあるから、自然と信用は勝ち取るって」

「プラス一人っていうのが気になる……」

 

 プラス一人はウォーレンさんだ。結成式の日に、彼がログアウトする前に少しだけ話せたため、ちょっとした仕返しに『月曜日(今日)は参加しろ』とだけ伝えておいた。せいぜい驚け。

 

「その人は単純にミィ派からの信用が高いからね。主に私が重用して、ミィ派からの確執を取りに行くつもりだよ」

「じゃあ、私は誰とやるのー?」

「ふふっ……それはねー……」

 

 それから始業まで簡単に打ち合わせを終えた私達は、いつも通りの日常を過ごして放課後を待った。

 

 

―――

 

 

「昨日はログインしなくて悪かったわね。何か変わったことはある?」

 

 早速ログインした私は、出迎えたツキヨ派のプレイヤーであるキースに尋ねる。前衛弓使いという異色なプレイヤーで、言うことといえばアレンやナイラーと同じというだけだ。

 

「………いえ、特筆することは何も。しかし、今日は人数が多いですよね?」

「えぇ。詳しくは後で説明する。あなたは先に噴水広場に集めておきなさい」

「畏まりました」

 

 そうしてキースが行ったのを見届けたので、ちょっとした用事を済ませてこようかな。

 そう思い、私は昨日のうちに連絡した相手の所に向かった。

 

 

 

 

 

 

「やはりというべきか、バンダナを着けてるのはミィ派と一部の中立だけね」

 

 用事を済ませた私は、足早に噴水広場に向かう。ミィは既に来ていた。

 まだ少し離れているためメンバーには聞かれないだろうが、キレイに別れていた。バンダナを着けてるのはミィ派の殆ど全員と、【MP+10】が付いてるため魔法使いの中立。ツキヨ派は初心者魔法使いくらいしか装備してる人はいない。

 ちなみに私は長めの髪を纏めるために装備している。戦うためにはちょっと邪魔だったし。

 【MP+10】は嬉しいし。

 あと、ミィは私の要素である白い羽が良く見えるように装備してあり、互いに互いを大事にしている事を内外に示す形をとった。

 あ、キースがバンダナ取り出して装備した。さっき私が着けてるのを見たからだよね、それ?

 まぁ、こういう時リーダーが率先して装備しないと、下は装備してくれなくなるよね……。

 

「皆、今日もよく集まった!今日からは私とツキヨをリーダーとして別々のグループに分け、メンバーをシャッフルしながらレベリングする。せっかく【炎帝ノ国】というグループになったんだ。固定グループではつまらないだろう?」

 

 ニヤリと笑うミィが可愛い。さて、続きは私から引き継ごう。

 

「とはいえミィだけ、私だけでの指揮では行き届かない部分もある。なのでこの場からで四人選出し、各グループに二人ずつ補佐をつける。……ミザリー、シン、マルクス……それとあなたよウォーレン。前に出て」

「ちょっ……」

 

 ウォーレンさんだけがビックリしてる。はははっザマーみろー。……キャラぶれた。

 他の三人は一昨日の時点で覚悟していたのだろう。軽く返事をして前に出た。ヴィトさんは今日は仕事でいない。ってわけで……ウォーレンさん、よろしく。

 

「……やってくれましたねツキヨ様よ?

「なんの事か分からないわ」

 

 後でフィールドに向かいながら説明すれば良いや、と適当にすっとぼけておいた。

 

「さてミィ。私の方で補佐を決めても構わないかしら?」

「ああ。問題ない」

「では……ミザリーとシンがミィに付きなさい。こちらは私が前衛も回復役もできるけど、そちらのミィは後衛。それに回復系のスキルは無いわ。代わりにこちらは【ヒール】を使える人を少し多めにもらう。シンは前衛として高い殲滅力を持つから、ミィと交代で支えられるでしょう。マルクスには私が前に出た時の後衛のサポートをしてもらう」

「ツキヨさん、分かりました」

「俺もそれでいい」

「……僕も、できる限りやるよ」

「ウォーレンは別でやってもらう事がある。移動しながら話すわ」

「了解だ、ツキヨ様」

 

 ウォーレンさんの戦力としての実力は、グループにいる他の人よりは高く、他の補佐三人よりは低い。だから使いづらいのだが、はっきり言ってこの人に期待しているのは実力ではなくミィ派との連携時の私直属の繋ぎ役。実力は関係ない。

 

「私からは終わりよ。後はミィ頼むわ」

「分かった……ではグループ分けの後、早速レベリングに行くぞ!」

 

 

―――

 

 

「それでツキヨ様。何で俺なんだ?」

 

 最近では目的地だけ指定して、道中もそれなりにモンスターを倒しながら向かう。そのためツキヨやミィ、そして今回から補佐の四人は後ろから支持を出していく形になる。

 

「はっきり言うとあなたは、他の三人に比べて弱い。それはいいわね?」

「ま、悔しいですがその通りですねぇ。だが俺が聞いてんのはそれじゃねぇ。なんで他の中立じゃなくミィ様派の俺を指名したんだってことだ」

()()()()()()よ」

 

 それで、ウォーレンは理解したらしい。第一、一昨日の結成式でも似たような事をしたのだ。それを今後もやれと言うっているだけだ。

 

「なるほど。最も確執があったが故に、誰よりもツキヨ様とミィ様派との繋ぎ役ができるってーわけですかい」

 

 元々はツキヨとしてもそれが目的だった。しかし、今日になってウォーレンにした命令を思い返し、いっそ完全に巻き込んでしまえ!とのことで少し補足を加える。

 

「補足すると、あなたは『幹部候補』であり、私とともに各派の調整役をしてもらう。私は中立とツキヨ派、あなたはミィ派。派閥による対立が起こらないよう、裏で【炎帝ノ国】をコントロールしましょう?」

 

 前を歩くメンバーに聞こえないようにと小声ながら、世界を裏で牛耳りましょう?みたいな黒い笑みを浮かべたツキヨ。

 ウォーレンの『幹部候補』としての役回りは、ツキヨの片棒を担がされたのだ。

 

「ギルドシステムが実装した時、ウォーレンさんには私直属になってもらいます。お覚悟を」

「お覚悟って……ってか、さっきは敬称は付けてなかったはずでは?」

「あなたと同じよ。表と裏で使い分ける……ただそれだけ」

 

 他意はないわ。と冷たく返すツキヨに、ウォーレンは、少しは自分のことを認めているのかと目を見開いた。

 

「へぃへぃ。アンタからの命令もありますしね。きっちり働かせていただきますよ。それに……現実じゃあり得無いような役回り、俺なりに楽しませてもらうぜ」

「それで良いわ。ゲームなのだから、楽しまなくては損というものよ」

 

 ちなみに、後ろでコソコソと邪悪に笑う二人を見て、グループのメンバーは不思議に思っていたとかいなかったとか。

 

 

 

「それでツキヨ様。ずっと東に歩いてますが、どこに向かってるんで?」

「そろそろ見えてくるわ………ふむ、丁度一パーティが死に戻りしたわね」

 

 東の森を迂回して抜け、やってきた荒野。この辺はモンスターのレベルは低く経験値も少ないため敬遠されがちなのだが、生産職プレイヤーからは高い耐性系を持つモンスターが多く、いい素材が取れると人気がある。

 

「さて皆。今日はバンダナを作ってくれた生産職からの依頼できたわ」

 

 ツキヨは前に出て、メンバーがとても嫌な予感のする場所をバックに話す。

 バンダナを最優先で作ってもらう代わりに提示された、素材アイテムの採取依頼。

 

「ちなみに依頼は『銀色アルマジロの甲殻200個』。一時間ほど耐久すれば手に入るから、精々頑張りなさい」

 

 

『む……無限湧きじゃねーかぁぁああ!?!?』

 

 

 そう。

 かの有名な地獄の無限湧きアルマジロである。

 荒野に、20人を超える絶叫が轟いた。

 

 

―――

 

 

「鬼か!?サブリーダーは鬼か!?」

「鬼だろだって『白銀の戦凍鬼』だぞ!?」

「はいそこ聞こえたわよ。五匹追加」

「「ぎゃー!?」」

「全員落ち着け!落ち着いて前衛はアルマジロの動きを止めろ!後衛がとどめを刺せ!アルマジロは武器系への耐性は高いが、魔法耐性は持ってないぞ!」

 

 最初に出てくる20体は、彼らでも対処できた。ツキヨから「五分経過で追加されるわよー」という声が掛かり、急いで討伐した。五分後、30体も頑張った。自分たちよりも多いモンスター群に奮戦した。

 しかし、40体でストップ。討伐スピードが五分を超過し、次の50体が追加で襲いかかる。

 これが無限湧き。次第に処理できなくなる地獄のループ。そこで仕方なく指揮系統をウォーレンとマルクスに任せたツキヨが乱入し、常に正確に40体だけをメンバーの元へ飛ばし、残りは全てツキヨが受け持った。

 

「ツキヨ様がほぼ全て受け持ってる!お前らは確実に一体ずつ仕留めるんだ!」

「アルマジロは背中から落とせば身動きが取れなくなるぞ!前衛の俺たちはできる限りアルマジロをひっくり返すんだ!」

『おぉぉおおおお!!』

 

 その横では、ツキヨが向かってくる全てのアルマジロに対して正確に【パリィ】を入れ、すかさずスキルなしで一撃だけ入れる。また背後から向かってきたアルマジロを紙一重で交わし続けることで【血塗レノ舞踏】と【剣ノ舞】を最大強化している。

 最大強化したら【ウォーターブレイド】で水属性斬撃ダメージを追加してとにかく弾き、躱し、斬り刻んでいた。

 

 

「あ、ありえない……」

「後ろに目でも付いてんのかよ……」

「……あれは、人間やめてる。絶対やめてる」

「マルクスにウォーレン。聞こえてる。10体」

「「ふざけんなぁ!?」」

 

 

 

 

 それから一時間。必死に頑張ったメンバーは、最後の方には五分で60体まで処理できるようになり、マルクスとウォーレンも自らが戦いながらも視野を広く、全体の指揮がある程度できるようになった。

 

「い、1ダメージも受けてねぇ……」

「『白銀の戦凍鬼』ヤバすぎんだろ……」

「最後なんて一人で80体受け持つとか……トッププレイヤーってこんなんばっかなのか……?」

 

 たぶん……いや絶対違う。そうであってくれと全員が願った。ツキヨがおかしいだけだ、と。

 

「ふむふむ……よし、甲殻は308個。目標分達成したわね。お疲れ様。これで統一装備を作るための一歩が進んだわ」

『えっ……?』

 

 今この鬼サブリーダー、なんて言った……?

 統一装備ため…??そう言えばいずれ作るって言ってましたね?え?もしかして今回のって……

 

「お、俺達の統一装備……?」

「言ってなかったわね。依頼は本当よ。ただ、依頼から差し引いた108の甲殻は、【炎帝ノ国】の生産職メンバーに流してスキルレベルを育ててもらおうと思っている。それでスキルレベルが上がったら、統一装備の作成に移るわ」

「じゃ、じゃあ今回のこれは……」

 

 鬼だ何だと喚いたが、自分たちがきちんとした統一装備を作りたいと、結成式で要望を出したから……?え?この人実はやっぱりいい人なの?

 

「そうそう気をつけなさい……そのまま休憩しててもいいけど……」

 

 クルリと反転し、スタスタと歩き出すサブリーダー。え?どうしたの?と座り込んだ全メンバーが思った時。

 

 もこもこもこもこ!と見覚えがありすぎる土の盛り上がり現象が起こった。

 思わず、メンバー全員の顔色が真っ白になる。

 

「そこ、10分でまた初めから湧くわよ?」

 

 その表情は、心底楽しそうな氷の冷笑だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『あ、悪魔がぁぁぁぁああああっっ!!』

 

 




 
 今回出たメンバーみたいに、態度が気安い人もそれなりにいます。
 もちろんツキヨを苦手な人も居るけど、今回ツキヨに弄られた人たちみたいなのもいっぱい居ますよって話でした。
 前にツキヨが一人でやった時は甲殻200ちょっとしか落ちなかった感じになってるんですが、一時間耐久でアルマジロ1000体近く出てるって後から気付いてドロップ率低いと思い直しました。
 ので、今回はちょっと増量。

 さっさと第一回イベントやって、サリーも出したい……いや、まだメイプルも出てないんだけどさ……。
 演技は格好いいのに素が可愛すぎるミィ。
 普段キリッとしてるのに幽霊に対してだけはガクブルするサリー。
 ……ギャップにやられてるな、私


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PS特化と防御特化

 
 原作主人公が出るまで20話かかった……
 さて、そろそろ第一回イベントに行きたいな
 


 

 鬼だの悪魔だの人間やめてるだの言いつつ荒野を抜け、一度街に戻ったツキヨグループのメンバーは、今日はそこで解散。一時間とはいえ無限湧きを相手によく頑張ったとのことで今日は終わった。街に戻る頃には、ツキヨへの恨み言も統一装備への一歩ということで一応の収まりを見せた。

 

「じゃあウェインさん、この前のバンダナの依頼はこれで達成で良いですね?」

「あぁ、ありがとうよ。……にしてもまさか、本当に一日でアルマジロの甲殻を揃えてくるとはなぁ……無限増殖だから対処しきれず潰れると思ったぜ?」

「一時間の耐久レース。最後は140匹でしたけれど、他のメンバーが半分を受け持てましたからね。前にやった時よりも余裕を持って素材集めができましたよ」

 

 バンダナを他の仕事よりも最優先で作ってもらう代わりに、【炎帝ノ国】として受けた依頼。ツキヨ一人で片付けても良かったのだが、お金も払って一人でこれもやるとか馬鹿らしい、と思ってグループを巻き込んだのだ。

 ツキヨはすでに一度、一人でアルマジロを攻略済みだ。その気になれば甲殻なんて一人でも集められた。

 

「ツキヨが一人でも70近くのアルマジロを対処できる方が驚いたがな」

「できることとやることは違います。バンダナ作成資金は私が払ったのだから、あれくらい良いでしょう。それに、依頼から差し引いた100余りの甲殻は統一装備作成のために生産職メンバーのスキル上げに活用しますから」

「なるほど。統一装備はグループ内で作るってか。これで俺はお役御免ってわけだな?」

「さて。今のところウェインさんの方が腕が良いので、頼む時は頼みますよ」

「ならいい。ツキヨは他の奴らよりとっつきやすいからな。上客は捕まえとくに限る」

 

 【炎帝ノ国】への勧誘を一方的に断っといて良くもいう。

 

「さて、あなたからの依頼は【炎帝ノ国】のメンバーとして片付けたので、今日はこれで。また依頼が有れば、その時は」

「あぁ。気長に待ってるぜ」

 

 そうしてウェインの店を出たツキヨは、やることが無いので西の森に散歩に出かけることにした。

 西の森は初心者にも優しいモンスターが多く、今のツキヨにとっては完全に物足りないモンスターしかいない。しかし、だからこそ散歩コースとして向いているのである。

 

「東は強いし北は状態異常系のモンスターばかり、南は地底湖…一番安全なのが西しかないしね」

 

 レベリングでもないのなら、また街にいても【炎帝ノ国】のメンバーに合う可能性が高いため、フィールドに出ることにした。

 

 

 

「んー……やっぱり弱いわねぇ…」

 

 適当に襲ってくるモンスターを斬り刻みつつ呑気に散歩をするツキヨ。その間も全て弱点に当てているのだから恐ろしいが、アルマジロほどの密度で襲ってこない為欠伸が出た。

 そうして気ままな森の散歩を続けている。

 

 

 

 

「………!……っ!!」

 

「ん?なんだろ?何か聞こえた?」

 

 たぶん、人の声だったと思う。それも、悲鳴やあわてるような雰囲気ではなかった。むしろどこか、楽しそうな……。

 

 それが気になったツキヨは、声が聞こえた方向に自然と歩を進め、目に映ったのは。

 

「兎さああああああああん!」

 

「………なにあれ?」

 

 空中に散るポリゴンの粒子を涙目で見つめ叫ぶ、初心者装備の黒髪少女だった。

 身長は150無いくらい。大盾を持っているから、防御特化だろうか。中学生くらいに見える。

 兎と言ったから、ツキヨも最初に戦った白い角兎(アルミラージ)だろう。

 

「はぁ……何で死んじゃったの……もう倒す気なんて無かったのに……」

 

 その言葉を聞き、ツキヨは不思議に思う。

 倒す気が無いのに、モンスターを倒すってどうやるのか、と。確か掲示板の情報では、防御特化の大盾、VIT極振りにしても兎の攻撃を跳ね返すのがやっとだったはず。しかも兎は殆どダメージも負わない。なのに、攻撃を与えずに倒すという意味の分からない状態。

 

 その間も少女はレベルアップに喜び、ステータスポイントを振っていた。

 

「……気になるわね」

 

 ツキヨは【気配遮断Ⅲ】を使いつつ、少し様子を見ることに決めた。

 

 

―――

 

 

「何あの子ばけものすぎる……」

 

 もう、なんて言えばいいのか分かんないよ……。フォレストクイーンビーという蜂型のモンスターの針をくすぐったいで済ませるし、大ムカデの牙は刺さらないし……並の大盾を超える防御力持ってるよ……。

 

 あ、毒かかった。流石にクイーンビーからあのAGIじゃ逃げ切れないし、毒でやられちゃうかなぁ……?

 

 

 あ、あれ…HPが減らなくなった。あ、耐性?じゃあもしかしてこの子……

 

 

 

「はぁ……ホントに倒しちゃった」

 

 30メートルほど離れた位置から【遠見Ⅶ】で観察していたが、やばいわあの子。何がやばいって全部がやばい。

 

「多分、防御系のレアスキルよねぇ…」

 

 兎より遥かに上の攻撃力を持つモンスターの攻撃も無効化してるし。今も多分VITにステータスポイント振ってるし。

 

「ちょっと失礼して……【ウィークネス】」

 

 敵対してる対象の弱点を見抜くスキル。使用した瞬間、私の視界内にモンスターに重なるようにいくつもの赤い線が現れる。それは首であったり、足であったり、目や口、関節部分にも何箇所か見える。ここを斬れば弱点補正に【切断】の防御貫通が加わり、殆どの相手は倒すことができる。そしてプレイヤー相手にはVITが低いほど全身が弱点になる。たぶんVITゼロの私は、どこに攻撃を受けても一撃死することだろう。

 

「……だーめだ。VITどんだけ高いのよ。もう関節も通じないじゃん」

 

 そうして見えたのは、全身オリハルコンででもできてるんじゃないかと思う防御力の少女だった。絶対に無くならない弱点部分である目と口を除き、もう首しか弱点が無い。大盾で防がれ、目と口を閉じられたら私に手出し出来る方法が無くなるんだけど……。頭をかち割ろうにも剣の方が折れそう。

 いやまぁスキルの重ねがけにDEXがかなり上がったから、弱点補正が無くても【STR70】ほどで計算される程度にはステータスは上がっている。でも、彼女は貫けないだろう。

 私のSTR自体は低いし、たぶん現状で通じるのは【水爆】だけだろう。今後【INT】系のスキルも取らないと彼女みたいなプレイヤーを相手にできない気がする。

 

「さーて、面白いものも見れたし、今日はログアウトしよー」

 

 

 

 

 翌日。

 今日もログインしたツキヨは、前日とは違うグループに嘘をついてアルマジロに特攻させつつ、ウォーレンとヴィトに白い目で見られた。特にウォーレンは、前日に既に依頼が済んでいると知っているから尚更。

 そこでは鬼!悪魔!ツキヨ!とツキヨ派にも叫ばれ、『ツキヨを悪口に加えたやつ、20匹追加』をして天使様女神様ツキヨ様!と真面目なプレイヤーを増やした。

 今度は流石に嘘だと明かし、だがこの素材を生産職のメンバーに渡し、スキルを上げてもらい統一装備をなるべく早く作れるよう後押しすると伝えると、やはり機嫌を治すグループメンバー。ツキヨは黒い笑みを浮かべた。チョロい。

 

 この日もこの一時間で終了し、町に戻ったら自主解散とした。レベリングにはならないが、大人数での冷静な対応や連携、即座かつ密な情報のやり取りを磨き、この二グループはプレイヤースキルを一気に飛躍させてミィグループを驚かせた。

 しかし、どうやったかと聞かれると青い顔で体を震えさせ、二度とやりたくない地獄を味わった……と総じて口を噤んだという。

 

 

―――

 

 

「ふぅ……掲示板、結構あるわね」

 

 NWOの掲示板はNWOの中からも外からも見れるし書き込めるため、情報収集に活用している。

 その中には月夜にとって不愉快なものもある。

 

「……相変わらずこの掲示板はどうにかならないかしら……」

 

 『ツキヨちゃん綺麗すぎ』や『ツキヨちゃん強すぎ』スレならまだ良い。『凄い双剣見つけた』は最初の頃からだしまだマシだ。許せないのは『ツキヨ様に斬られたい』と『ツキヨちゃんエロかわいい』の二つ。特に斬られたい。お前らどこのアレンとナイラーとキースとゼストだ。絶対にここに書き込んでる大剣使いと魔法使いと弓使いと短剣使いってお前らだろ?そう言え。

 

 そんな不快感を抑えつつ、きっとあるだろう新着スレを探す。

 

「………あった。あの子の掲示板」

 

 今日もその子を観察し、また変なことをしていたのを目撃した月夜は、そろそろ出てるだろうと予想し、予想通りに見つけた。

 そして、少しだけ会話に混ざることにした。

 

 

―――――――――

 

【NWO】やばい大盾見つけた

1名前:名無しの大剣使い

 やばい

 

2名前:名無しの槍使い

 kwsk

 

3名前:名無しの魔法使い

 どうやばいの

 

4名前:名無しの大剣使い

 何か西の森で大ムカデとキャタピラー数十匹に取り囲まれながら佇んでた

 

5名前:名無しの槍使い

 は? あり得なくね

 普通死ぬだろw いくら大盾装備でも

 

6名前:名無しの弓使い

 >1

 強力な装備だったとか? そこんとこどうなん

 

7名前:名無しの大剣使い

 見た感じは初期装備だったはず

 

8名前:名無しの双剣使い

 私も見たわ

 何であれだけの芋虫とムカデの中で平然としてられるのかしら……

 ちなみに昨日も見かけたわよ

 フォレストクイーンビーの針をくすぐったがってたわ

 

9名前:名無しの魔法使い

 は? あの蜂って攻撃力けっこうあるだろ

 それにその状況で死なないのはダメージを無効化してる?としか……

 

10名前:名無しの槍使い

 そんなこと出来るか?

 

11名前:名無しの弓使い

 確かβテストの時の検証で防御を極振りしても白兎の攻撃を耐えられるだけだったはず

 

12名前:名無しの槍使い

 ゴミじゃねぇか

 

13名前:名無しの大盾使い

 俺多分そいつ知ってるわ

 

14名前:名無しの大剣使い

 教えてくれると嬉しい

 

15名前:名無しの大盾使い

 プレイヤーネームは知らんが身長150無いくらいの美少女

 歩く速さからしてAGIはほぼゼロっぽい

 ちなみに俺が同じことしたら一瞬で溶けますはい

 

16名前:名無しの双剣使い

 補足するとスキルを発動してる様子もなかったから、完全にVIT値で受けてたわ

 VITをかなり上げるレアスキルかもしれないわね

 

17名前:名無しの魔法使い

 やっぱ極振りに隠しスキルか?

 

18名前:名無しの槍使い

 あーそれっぽいなっていうか女かそれも美少女か

 

19名前:名無しの弓使い

 ほうそこに目をつけましたか

 俺もだ

 

20名前:名無しの双剣使い

 ここにも女はいるのだけれどね

 確かに可愛かったわ

 ………このロリコン!

 

21名前:名無しの槍使い

 ありがとうございます!

 

22名前:名無しの弓使い

 ありがとうございます!

 

23名前:名無しの魔法使い

 本気で変態かよ……てかロリか

 ……ありだな

 

24名前:名無しの大剣使い

 変態湧きすぎだろ

 まーまた追々情報集めるしか無いか

 トッププレイヤーになるのなら自然と名前も上がってくるだろ

 

25名前:名無しの槍使い

 白銀のようにな

 

26名前:名無しの弓使い

 白銀のようにだな

 

27名前:名無しの魔法使い

 ホントに白銀は一気にトッププレイヤーになったもんなープレイヤースキルだけで

 

28名前:名無しの大盾使い

 その話しは他のスレにいけ

 また何か見かけたら書き込むわ

 

29名前:名無しの双剣使い

 私も見かけたら書き込むわ

 

30名前:名無しの魔法使い

 情報提供感謝します!(敬礼)

 

 

―――――――――

 

 

 

「はぁ……思いの外、面白いわね……というか、間違いなく白銀って私よね……装備的にも」

 

 




 
 ツキヨさん、気付いたら掲示板してた……
 おかしいな……そういうのに疎い予定だったのに、いつの間にか思いもよらない行動をしてる。
 あ、ツキヨさんが掲示板に書き込むのはあんまりないと思います。
 というか掲示板回自体少なめです。
 正直、作者は掲示板の数字や名無しの~やいちいちの改行が面倒でやりたくない。


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PS特化と新装備

 
 気紛れでランキングを見ていたら、日間ランキング18位。本当にありがとうございます。
 昨日は痛いのは嫌なので防御力に極振りしたいと思います。9巻の発売日だったので朝一で急いでお店行って買いました。
 表紙絵がミィで嬉しい限りだったのと、口絵のミィが半泣きで期待を裏切らなかったです。やっぱりミィはこうじゃないと!
 イグニスの『えぇ…』みたいな横目が印象的。
 あと、ミィの【INT】ステータスが私が期待してたよりは低かった……。
 拙作ミィはもっと高くなる予定。代わりに色々と下がるけど、ツキヨという近接最強の剣であり盾がいるのでその分、変化がある感じです。
 内容はぜひ読んでほしいため一切バラしませんが、一言。いつも通りだった、とだけ。
 キャラクター紹介が遂に【楓の木】は一人1ページずつになっててビックリしましたが、より詳しく書いてあってとても良い。
 他のキャラクターについてや各階層についても紹介してあって、また1巻から読みたくなります。
 まぁ執筆中に矛盾点が出ないよう確認のために読んでるけどね!
 


 

 今日は待ちに待った【炎帝ノ国】のレベリングが無い完全オフ!結成式の関係で取りに行けなかったイズさんの双剣をようやく取りに行ける日ー!

 待ち遠しかったけど授業も終わったし、早く帰って見たい。どんな双剣か早く見たいー!

 

「何か月夜、今日ずっと嬉しそうだったね」

「そりゃあね。何日も前から完成してたのに、全っ然取りに行けなかったプレイヤーメイドの双剣をようやく取りに行けるのだよ。これが嬉しくないわけ無い!」

「あぁ、イズさんのかぁ…。私も見たいけど、今日は勉強しないとだなぁ……お母さんにテストで点取らないとゲーム取り上げられる……」

 

 美依は、やればできるからちゃんとやろうね。

 

「月夜のハイスペックさが羨ましいよぉ……その反射速度はいらないから、記憶力分けて?」

「む・り♪」

 

 確かに一度覚えたものは中々忘れないけどさ。

 仕方ないから、明日にでも思いっきり自慢してあげよう。

 

 

―――

 

 

「よし、早速向かいましょうか」

 

 ログインした私は、演技で感情を隠しつつ足早にイズさんの店に向か……おうとしたところで足を止めた。

 

 

「私……まだ初期装備のままだ!」

 

 ここ二日ほど観察した初心者大盾少女が、そんなことを口走ったから。

 そりゃあなた、まだ初めて数日でしょう?私は一週間、ミイも4日くらい……あれ、あの子もそのくらいだ。なら良いのかな?

 

 武器も気になるけど、このどこか行動の読めない子の行き先も気になるんだよね……。さてどうしたものか。………あれ?あの子が近づいてる赤い大盾の男性プレイヤーって、確か有名なクロムって人かな?噂に聞いた特徴とも一致してるし。

 

 …………少し、近づいて聞いてみよう。

 

 

「あのーそういう格好良い大盾はどこで手に入れれば良いんですか?」

「ん?え?お、俺?」

 

 大盾少女、コミュ力高い!ミィにも私にもできないことを平然と!?

 

「はい!その大盾格好良いですよね!」

「あ、ああ。それはどうも……これは、オーダーメイドだよ。生産職の人にお金を払って作って貰うんだよ」

「むー……なるほど……」

「そうだな……紹介してあげようか?同じ大盾のよしみでね」

 

 待って。この展開聞いたことある。というか状況は違うけどヴィトさんと私に似てる!

 

「っ!ぜひお願いします!」

 

 大盾少女少しは疑いなさいよ!?あなた、詐欺ならすぐに引っかかるやつだよそれ!?

 

「それじゃあついてきて」

 

 いや待ちなさい大盾少女。あなた私みたいな反射速度を持ってるならまだしも慣れてないでしょう?VRに!なんでそんな簡単に人を信じられるの!?

 もうこれ付いていくしかないじゃん!見ちゃったからにはあの子が詐欺られないように暫く見守るしかないじゃん!

 

 

 少し離れた位置から心配なので付いていく。あれがクロムかは確証がないし、流石に初心者を見捨てるわけには行かない。

 ……ってあれ?この方向って、確かイズさんの

 

「なぁ……そろそろ出てきたらどうだ?追跡者さんよ?」

「っ!」

 

 ちょ、待って待って!気付かれてた?何で!?

 最大限気付かれないように配慮してたのに!

 で、でも聞かれたからには出るしかないよね…

 

「……参考までに、どうして気付いたのか聞いてもいいかしら?」

「………おいおい、白銀の戦凍鬼がなんでこんな所にいやがる?」

「質問に答えてくれないかしら。こちらはバレないよう、細心の注意を払っていたつもりなのだけれど?」

「噴水広場から微かに視線を感じてたからな。距離があったから無視してたが、こんな街外れの方まで来てるのに視線が無くならないってことは、そういう事だろ」

 

 ようは見すぎていたのか。というか視線に敏感って、あなたどんだけよ……?まぁ、ここはもう一つの理由の方を出しておこう。決して間違いではないし。

 

「確かに、お二人のことは気にしていたけれど……別件よ。私は、この先に用があるだけ」

「この先……って、アンタもイズの所か?」

「そういう事。序に『大盾のよしみ』という甘言で初心者を詐欺に合わせやしないか、監視していただけよ」

「そ、そんなんじゃねー!俺は純粋にだなぁ!」

「………このロリコン」

「っ!」

 

 そう口に出せば、彼は気付いたようだ。私がなぜ、この大盾少女に注視し、その少女が接触した人物が気になったのか。

 

「ま、まさかお前が……?」

 

 折角なので、全力の冷笑で返させてもらおう。

 

「よろしく。名も無い大盾使いさん」

 

 

―――

 

 

 何だかよくわからないが、行き先は同じという事で一緒に向かう事にした。

 

「へぇ、あなたメイプルっていうのね。私はツキヨ。よろしく」

「はい!よ、よろしくお願いします!」

「敬語はいらないわ。クロムも、よろしく」

「あ、あぁ……よろしく。てか呼び捨てか」

 

 名無しの双剣として、この子を少し見守っていたけれど……本当に無防備というか天然というか。

 

「メイプルはもう少し人を疑いなさい。彼のあれ、完全に詐欺師と同じ行動よ」

「あぅ……分かりました」

「俺は詐欺師じゃねーよっ!」

「なら犯罪者?待ってなさい通報するわ」

「括りが大きくなっただけで同じじゃねーか!やめろ!」

 

 手元から青いパネルを消していると、メイプルちゃんが聞いてきた。

 

「あのー……二人は知り合いなんですか?」

「違うわ。でも知ってる。大盾のトッププレイヤー、クロムでしょう?噂は聞いてるわ」

「白銀の戦凍鬼に知って貰えてるとは光栄だな」

「それなりに情報を集めてるだけ」

「あのー……その白銀のせんとうき?って、なんですか?それにクロムさんってトッププレイヤーだったんですね!」

「あ、あぁ……あまり意識はしてないがな」

 

 あぁ。この子ゲームとかあんまりしない、情報を集めないプレイヤーなんだ。

 

「誰かが勝手に呼び始めた、言わば二つ名よ。(いくさ)(こお)る鬼と書いて戦凍鬼。興味ないから、普通に名前で呼びなさい。あなたも」

「あ、はい!ツキヨさん!でも格好良いと思いますよ?」

「じゃ、そう呼ばせてもらうぜ、ツキヨ。それとなメイプルちゃん。トップなら君の隣を歩いてるのだってそうだぞ?」

「そうなんですか!?」

「さぁ?彼と同じで意識なんてしたことないし、私はまだ一ヶ月も立ってない新人よ」

 

 事実、まだ三週間とちょっとだ。本当に。ほぼ一ヶ月経ってるけど、まだ嘘じゃない。

 

「その新人で最大グループのサブリーダー張ってるとかマジで信じらんねぇ……」

 

 リーダーも新人だけど?なんなら素はよく泣き言を言う可愛い親友だよ?

 というかメイプルちゃんが頭の上に大量の?を浮かべてる。少し説明した方が良いだろうか。……いや、イズさんのお店が見えたし、今は捨て置こう。

 

「目的地が見えたわね」

「あのお店ですか?」

「そうだ。入るぞ」

 

 中にはいつも通りに作業をするイズさんの姿があった。

 

「あら、珍しい組み合わせねクロム、ツキヨちゃん。ツキヨちゃんは、例のやつね?」

「その通りよ。ようやく【炎帝ノ国】の事が一区切り付いたから、依頼していた物を受け取りに来たわ」

「えぇ分かったわ。すぐ持ってくる……の前にクロムはどうしたの?まだ盾のメンテには早いはずだけど?」

「あぁ、ちょっと大盾装備の新人を見つけてな。衝動的に連れて来た」

 

 後ろからひょっこりと顔を出すメイプルちゃん。動きが可愛すぎる。ミィに勝るとも劣らない!

 

「あら可愛い子ね……クロム、衝動的にこの子を連れてきたの?通報した方がいいかしら?」

 

 あ、デジャヴ。

 

「ちょ、ちょっと待てよ!それは、何ていうか言葉の綾だって!」

「………ツキヨちゃん」

「言葉巧みに騙す不審者のようだったわ」

「通報するわ」

「お前らぁぁぁあああああ!!!」

「ふふっ、分かってるわよ。冗談冗談」

「冗談に決まってるわ。この程度分かるでしょう?」

「分かるか!特にツキヨの平坦な話し方だとマジに聞こえるわ!」

 

 クロムさん、結構面白い人だね。

 

「あなたも怪しい人にそんな簡単についていっちゃだめよ?」

「あぅ……ツキヨさんにも言われました。詐欺師と同じだったって」

「詐欺師じゃねーっての!」

「ふふっ、まぁ、お話はこれくらいにして、それで本題は?」

「この子が格好良い大盾が欲しいって言うから顔見せだけでもさせておこうと思ってな」

「なるほどね。私の名前はイズ。見ての通り生産職で、その中でも鍛冶を専門にしてるわ。調合とかもできるけどね」

 

 私の時と全く同じ自己紹介だ、すごい。

 

「へぇー……凄いんですね!あ、えっと私はメイプルって言います!」

「メイプルちゃんね。大盾を選んだのはなんでかしら?」

 

 この質問私もされたなー。この答えによって、ステータスの方向性が決まるんだよね。私は全く別の答えを言ったけど。

 

「えっと……痛いのは嫌だったので、防御力を上げようと思ったんです」

「んー……なるほどなるほど。じゃあVIT特化装備が良さそうね……でも……予算、ないでしょ」

 

 だよねぇー……私が異常に稼いでたんだって、今なら少しわかるし。

 

「……さ、3000Gで足りますか?」

「ふふっ……それじゃあ足りないわね。そうね……ツキヨちゃん、見せていい?」

 

 お、ってことはお披露目ついでにメイプルちゃんにいくらかかるか教えるのかな?

 

「構わないわ。むしろ早く見たい。早く早く」

「ふふっ、少し待っててね。今持ってくるわ」

 

 それだけ言って、イズさんは奥に消えた。多分、店の奥が保管庫みたいになってるんだろう。

 

「えっと、何を持ってくるんですか?」

「少し前に私が全財産を叩いて作った装備」

「え!?」

「元々今日はそれを受け取りに来たのよ」

「だがツキヨ。お前もう一式揃ってるだろ?」

「依頼を出したのは私が初期装備だった頃……丁度メイプルと同じ時期よ。【炎帝ノ国】関連で色々あって、受け取りが遅くなっただけ」

 

 本当に楽しみだ……どんな感じかな?私のイメージ通りかな?違うのかな?違っててもイズさんのデザインならきっと良いものになってるだろうな。

 

「あのー……さっきから何回か出てる、【えんてい?ノ国】って何ですか??」

「炎の帝と書いて炎帝よ。私のフレンドがリーダーを務める、100人近い参加者を擁する現在NWO唯一で最大のグループ。ちなみに私はサブリーダー」

「え"っ!?」

 

 メイプルちゃん、ずっと驚いてばっかりね……可愛いけど。まぁ自分の隣にいるのがゲームとはいえ100人規模のグループのサブリーダーだって知ったら……そりゃ驚くか。

 

「持ってきたわ……どうしたの?」

「私の立場を教えたらこうなった」

「あぁ……それは驚くのも無理ないわ。ツキヨちゃん、綺麗で可愛くて強くて組織運営までしてるんだもの」

「褒め過ぎよ。追加料金しか出ないわ」

「追加料金は受け取りません」

 

 イズさんが抱えてきたのは、一対の双剣。純白と真青の鞘に収まった、細身の直剣。

 イズさんは双剣を抱えたまま、器用に✕印を作った。

 

「これが……」

「い、いくらしたんですか?」

「200万Gよ」

 

 どうしても最高の装備にしたくて、あれから更に数種類素材を集め、渡した時点で更に上乗せしたのだ。素材集めで資金は沢山あったから、上乗せ100万。合計200万Gかけた超大作。

 

「にひゃっ!?」

「はぁっ!?」

「ツキヨちゃんは、時間がかかっても一つ一つ最高のものを作りたいって、最初は双剣だけに注ぎ込んだのよね。メイプルちゃん安心して。この人がおかしいだけで、100万くらいあれば装備一式を揃えられるわ」

「その剣だけで俺の装備一式と並ぶんだが……どんだけ情熱注いだんだよ」

「おかしいとは失礼ね。最高の鍛冶師がいるなら、一つ一つの装備も最高を目指すべきと思っているだけよ……抜いてみても?」

「最高の鍛冶師っていうのは嬉しいけど、周りを斬らないでねー」

 

 鞘から抜いた刀身は、透き通るような白と青。……いやこれ、もしかして本当に透けてる?

 形としては、片刃になったレイピアのよう。比較的幅広の白翼の双刃とは対象的だ。

 

「軽い……」

 

 白翼に比べて格段に軽い。1キログラムも無いだろう。たぶん一本500か600グラムくらいしかない。本当に軽い。

 

「ツキヨちゃんから受け取った素材のほぼ全てを使ったわ。なのにその軽さ。ゲームならではだけど、本当に不思議よね」

 

 刀身が薄く、刃筋を立てて見つめると殆ど線としか認識できないほど。片刃直剣なのに、峰の方でも斬れそうなくらい。

 

 

――――――

 

『薄明・霹靂』

 【DEX+92】【刃性強化大】

 

――――――

 

 

「凄い……本っ当に凄い!流石イズだわ!」

「それだけ薄く軽いのに、耐久値もかなりのものよ。きっと、ツキヨちゃんのような戦い方でも、存分に力を発揮するわ」

 

 ステータスが私の武器よりも飛び抜けて高い。というかこれ単体で私の追加のDEXステータス合計を超える。白翼を外してこちらを装備すれば、合計でDEXが〈+122〉される化物っぷり。それにスキルまで付いてるし。

 

「今まで一つの装備にツキヨちゃんほどお金と情熱、素材を使った人はいないわ。私の知る限り、最高ステータスの武器になってる」

「はい……本当に凄い。軽くて鋭くて……それでいて刀身が異様に柔らかい……?」

「よく分かったわね。その剣は見た目こそレイピアのようだけど、どちらかと言えばフルーレに近いわ。でーも……それ以上は厳禁」

 

 あ、そっか……。ここには第一回イベントに確実に参加するクロムさんもいる。これ以上の考察はここじゃ戦闘スタイルの暴露と同じ。

 

「ごめんなさい。最高の武器で、思わず(たが)が外れたわ」

「いや、俺もそれほど鋭く、綺麗な剣を見たのは初めてだ。良い剣だよ、実際」

「えぇ……本当に」

 

 白翼とは違った意味で曲者な双剣ではあるけど、見た目もステータスも何もかも言うことがない。だってフルーレみたいにもできるってことなら、剣術として可能な技術なら再現できる。つまりこの剣の扱いを極めれば、()()()()()()()()()()()()()()()振り込み(ジュタージュ)》という絶技も可能だ。

 

「良いわ……とても非常に物凄く良い……今すぐ練習したいくらいよ」

「ふふっ……製作者として、その言葉は最高だわ。喜んでもらえて良かった。それでツキヨちゃん、クロム達がいるから、あとで双剣についてるスキルを確認してね。それでも分からない事があったらいつでも聞いて」

「ちょっ、待てイズ!今スキルって言ったか?確か、プレイヤーメイドの装備にスキルは付けられなかったはずだろ?」

 

 あれ、そうなんだ?そう言うの知らないからなぁ……。要はスキル付きで強いってことしか分かんないし。

 

「それがね。私も初めて知ったんだけど、ツキヨちゃんみたいに凄く沢山の素材を注ぎ込んで、生産系スキルが一定以上レベルがあると、極低確率でスキルが付くみたいなのよ。良い経験になったわ」

「まじか……これは生産職プレイヤー垂涎だな」

「情報も出回ってないし、もしかしたら私が初めてかもしれないわね。露見して大騒ぎになると面倒だし、黙っててくれる?クロムにも素材さえあれば挑戦してあげるわ」

「………因みに量は?」

「さあ?換金したら五百万Gは下らないかしら?その上で極々低確率よ」

「流石に割に合わないな……イズには装備を作ってもらった恩があるし、黙ってるぜ」

「そう、ありがとう。と言うわけでツキヨちゃんとメイプルちゃんも言いふらしちゃだめよ?」

「分かりました!」

「了解よ……ねぇ、これだけ凄い装備には、ちゃんと私が思う適正価格を払いたいのだけれど?」

「どうせ倍払うとか言うんでしょう?ツキヨちゃんならすぐに稼げそうだけど、今回は私にも益があったの。だから、いらないわ」

「………感謝するわ。ありがとう、イズ」

 

 読まれてた……けど、物凄く満足した。これから試し斬りに行ってこようかな……。スキルのことは了解です。なんか【斬撃耐性】の逆版みたいだけど、絶対に言い触らしません。

 

「はぁ……暫くオシャレはお預けだなぁ」

 

 あらら、メイプルちゃんは装備を作る大変さを実感しちゃったか。だから、少しだけアドバイスしてあげよう。その方法で強くなった先人として、可能性は広げてあげる。とはいえ、ここにはその方法を知らない人だっている。上げるのは本当にヒントだけ。

 

「お金を掛けずに強い装備を手に入れる方法もあるわよ」

「そうなんですか!?」

「えぇ。ツキヨちゃんの言うとおり、ダンジョンに潜るっていうのも一つの手よ。ダンジョンにはお宝が沢山あるもの。……まぁ、大盾が手に入るとは限らないけど」

「一度くらい一人でダンジョンに行ってみれば良いわ。実力の確認にもなるし」

「おいおい、流石にそれは無謀だろ」

 

 ちょっと、人がせっかくヒントあげたいのに邪魔しないでよ……。確かに、普通はダンジョンなんてパーティを組んでいくものだ。ボス強いし、モンスターの警戒をずっとしてなきゃいけないし。でも、この子はそんなの関係ない。だって状態異常は無効化して、並程度の攻撃じゃ通じないんだから。

 

「案外、得意な型にハマると上手く行くものよ。メイプルも一人でボスを攻略すれば、何か良いことがあるかもしれないわね……イズ、装備ありがたく使わせてもらうわね」

 

 少しだけ試し斬りしたいけど、メイプルちゃんとフレンド登録だけしておこう。

 

「フレンド登録しましょうメイプル?何か聞きたいことがあれば、できる範囲で答えるわ」

「あ、はい!」

「なら俺も、同じ大盾としていつでも聞いてくれ。ついでにツキヨもしないか?」

「……ごめんなさい知らない人について行くなと教わったの」

「もう知らない仲じゃねーだろ!?」

「……冗談よ、名無しの大盾さん」

 

 メイプルちゃんにフレンド申請を送りつつ、クロムさんの申請に適当に返す。というか本当にクロムさんからかい甲斐がある人だ。

 

 

 さって!試し斬り試し斬りー!

 早い所この剣を使いものにして、イベントで使いたいなー!

 

 

―――

 

 

「ツキヨさんすっごい格好良かった!」

「あぁ。なんかイメージとは違ったけど」

 

 ツキヨが一足先にお店を出ていった後、三人が話していた。

 

「ふふっ……さっきは格好良い感じだったけど、あれで可愛い所もあるのよ?」

「マジか……アイツが言ってた印象と今のだいぶ違ったぞ……めっちゃからかわれたが」

 

 クロムが言うあいつとは、掲示板で最初に書かれたツキヨの印象である。からかい上手な点だけは納得したらしい。

 

「ツキヨちゃんは凄い可愛いわよ?」

「見えねぇって」

 

 可笑しそうに笑うイズを横目に、メイプルの事を掲示板に書き込んどこうと決めたクロムだった。




 
 『薄明・霹靂』はぶっ壊れ武器でございます。
 ツキヨさんの情熱に答えようとイズも頑張った結果、『片刃直剣なのに細剣みたいな見た目をしたフルーレに近い剣』というごった煮が完成しました。
 因みに右手が白い剣の薄明、左手が青い剣の霹靂です。
 ガラス質のような半透明な質感をしていて、デザイン元はSAOの『無音』シェータさんの黒百合の剣。尤もあれは両刃だけど。
 そして剣の特性は落第騎士の英雄譚のダニエル・ダンダリオンが持つ《ライオンハート》。
 ステラちゃん(ヒロイン)の剣術指南役というお方の霊装(デバイス)を参考にしています。
 【刃性強化大】は次回で解説されます。
 
 あと3話で第一回イベント突入の予定です。

2020/3/11
 装備スキルは現時点では付けられなかったことを素で忘れててご指摘を受けました。
 素材大量消費と高いスキルレベルで極々低確率でスキルが付くという独自設定を加筆しました。

 なお、素材は換金すれば500万以上、スキルレベルⅦ以上を想定しています。イズも相当凄くなってる……。けど仕方なかった。


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PS特化と練習

 
 今話を予約投稿して、日間ランキングを確認したら8位まで上がってた……実は過去作でもランキング入りはしたけど、一桁は初めてです。本当にありがとうございます。
 平均評価バーに色が付いてから、2日と経たずに日間ランキングの上の方に入れて嬉しいやら評価の重要性を噛みしめるやら……
 今までの一日平均UAに対し、昨日は評価に色がつく前の3倍はアクセス数がありました。
 今回はそのお礼として2話を連続投稿。
 この22話を0時。
 そしてお礼として急遽書き上げた閑話を6時に投稿致します。
 もちろん、明日は23話を投稿します。
 この22話と若干続きになっている閑話も、ぜひお楽しみください。
 


 

 イズさんから『薄明・霹靂』を受け取り、試し斬りにやってきた北の森。取り敢えずスキルを確認してみよう。

 

 

―――

 

【刃性強化大】

 【斬撃耐性大】までの【斬撃耐性】を相殺し、【斬撃無効】を【斬撃耐性中】まで下げる。

 武器スキルに依らない攻撃時にダメージ1.5倍。

 弱点攻撃時に耐久値が減らない。

 

―――

 

「分からなくはないけど普通に強いよねこれ…」

 

 【耐性大】っていうと、上は【無効】系のスキルになる。しかも本来なら無効化されるような相手にも有効打を与えられる。うん、強い。

 ただ、スキルに依らない時にダメージ補正がかかるってことは、完全にプレイヤースキルを求められてるって事だよね。

 ………やってやろうじゃないの。

 

 

 

 

 

 

 なんて思ってる時期が私にもありましたよえぇ……ごめんなさい。

 

 扱ってみて分かった。………この剣…めっちゃ難しい!

 真っ直ぐに振り下ろすだけの動作なのに、僅かな力で(しな)るから狙った場所にまともに攻撃もできない。

 

「でもこれは、私が雑に扱ってるって証拠でもあるんだよね……」

 

 スキルに頼らず、しっかりと刃筋の通った剣撃ができればこうはならない。

 最初から、本気でやってみるか。

 

 最近では《神速反射》を本気で使わずとも、アルマジロ程度までなら対処できるようになってしまった。だから全く使いどころの無かった、本気の状態。

 目を閉じて、深く、静かに深呼吸をする。

 

「ふぅ……っ!」

 

 上から、静かに振り下ろす。無駄な力を抜き、少しでもズレを感じたら、その瞬間に修正。

 

「………はぁー……振れなくはない。けど、実戦レベルになるか微妙だなぁ……」

 

 これ、無理かもしれない。単純に切断力こそあるが刀身が柔らかいため、防御の高いプレイヤー相手だとしなる。だから、振っても殆ど有効な攻撃にならない。

 素振りできたはできたけど、実践レベルなんて無理。ずっと《神速反射》で対応し続けるとか……むーりー。

 

「……と、なると。答えは一つしかないよね」

 

 空色に透き通る剣、霹靂を鞘に戻し、薄明だけを持って半身になり、剣を正面に突き出すようにして軽く構える。

 やる事は同じ。ただ、動作が違うだけ。

 いつもは斬撃をもって放つその技を、今だけは刺突で放つ。

 モンスターがいないことを確認し、集中力を研ぎ澄ませ、放つは刺突による瞬間二連撃。

 

「【蛇が】……っ!?」

 

 真っ直ぐに【蛇咬】を放とうにも剣先が曲がってうまくできない……。これじゃ弱点狙いも無理。

 しばらくは刺突に慣れるように頑張ろ。

 

「……ふっ!……っと。慣れるまでは【八岐大蛇】どころか、【蛇咬】も控えようかな……。普通の刺突なら、何とかできそう?切っ先だけは両刃になってるから、刺突剣として使うべきだねー。この剣を使う時は、フェンシングスタイルを取っていこう」

 

 ただ剣を振るうのではなく、細く長いレイピアのように。刺突に特化したフェンシングの構えで。

 

「はっ!」

 

 それならば、この剣を弛ませる事もない。そして、本来であれば二本も使わないフェンシングの構えであっても、私の独自剣術を複合すれば問題ない。いずれは二刀での【八岐大蛇】も放つのだから、一回くらい成功させる。

 瞬間刺突二連撃。

 

「刺突――【蛇咬】!っと……今度からフェンシングの研究でもしようかな……」

 

 でもやはり、白翼の双刃よりも、そして初期装備よりも軽いこの剣でなら負担が少ない。もしかしたら、今までは斬撃だったが、刺突に特化させれば【八岐大蛇】を更に進めるかもしれない。

 まだ、本気は切らさない。

 

「この剣なら負担少なく刺突による二刀【八岐大蛇】も使えそう。後はフルーレとしての使い方をどっかで練習……」

 

 ……って、結構声出してたし、モンスター集まってきた?まだ浅いフィールドだしモンスターは弱い……試してみるか。

 

 最初に出てきたのはゴブリン。現状で一番人型に近いから弱点もハッキリしてて狙いやすい。

 他にも数種類のモンスターが次々森から出てきて囲まれる。

 

「おーおーいっぱい来た来た!これは助かる。【ウィークネス】【ウォーターブレイド】」

 

 いつもは大胆に斬れば良いから比較的楽だけど、刺突は点による攻撃。正確に弱点を突くために、最初は見ながらやらせてもらうよ。

 

「どうせなら、色々練習させてもらうよ

 ……しっ!」

 

 人で言えば喉仏の辺りを穿ち、一撃で粒子へと変える。弱点補正に防御力無視、水属性ダメージに《精密機械》、更に【刃性強化大】のダメージ補正の効果で攻撃力はかなり向上してる。

 

「というかこの剣……私の《神速反射》と相性がいいなぁ」

 

 まだ使い方が荒いから、どうしても少しだけ打点がズレる。それでも弱点の範囲内だから良いとは思うが、《神速反射》があるからこそ打点がズレても()()()()()()()()()()()()()()

 

「それに少しずつ慣れてきたよ、この剣に」

 

 飛びかかる狼の前足に、剣を当てる。力も込めずただ当てるだけだから、普通の剣なら一瞬で押し切られてしまう。でも、この剣は撓るんだ。

 その撓りを利用したエネルギーを、全て斬撃に乗せて放つ。その瞬間は、剣がバネのように戻る力が強く働いているため、私は一切の力を必要とせず。まるで温めたバターでも斬り裂くように、その脚を落とし粒子に変える。

 今度はゴブリンが持つ粗末な剣。振り下ろされるそれを切り払う(パラードする)

 それによって剣が撓り、その瞬間も私には()()()()。だから()()()()()()調()()()()。手首のスナップを効かせ、素早く突き入れる。

 それだけで柔らかい刀身がグニャリと曲がり、ゴブリンの首に本来ではありえないはずの真横から剣が突き立った。

 もっといける。

 ――この剣なら、もっと上がるっ!

 

 細く、軽く、薄い。非常にしなる特殊な剣。

 

「いいね……。【飛翼刃】の確認とこれの調整に、どこかのダンジョンでも潜ろうかなぁ…」

 

 でも明日からはまた【炎帝ノ国】のレベリングがある。

 

 ……いや、いっそレベリングにボスチャレンジもありかな?

 

 ………また鬼だの悪魔だの鬼畜だの言われそう。やめとこやめとこ。

 

 鉱物系の加工スキルを上げてもらうために、【採掘】持ちが何人かいるから、鉱山で不意打ち対策講座でもしようかなー……。

 

 

 

 

 

 

 

『スキル【刺突剣Ⅰ】を取得しました』

『スキル【曲剣の心得Ⅰ】を取得しました』

 

「んぁ?………あ、あれ?考え事してる間に、モンスター全滅しちゃった……。やっぱり刺突武器っていうのも使いやすいなー」

 

 あ、途中から【炎帝ノ国】のこと考えてたら無意識に全滅しちゃったんだ……で、スキル通知で気付いたと。何やってんだ私。

 

―――

 

【刺突剣Ⅰ】

 刺突に特化した武器攻撃スキル

 

【曲剣の心得Ⅰ】

 特殊な剣を扱い易くなる。

取得条件

 通常の武器にはない特性を利用して敵を一定数倒すこと。

 

―――

 

「へぇ……【連撃剣】みたいな武器スキルかー……取得条件はスキル無しの刺突で一定数の敵を討伐すること。お店にも無かったし、武器種選択にも刺突武器は無かった。ってことはレアスキルかな?それに【曲剣の心得Ⅰ】は正直助かるなぁ……このままじゃイベントまでに習熟なんて夢のまた夢だし」

 

 さっきは本気で集中してたから、なんとかうまく行ったけど、またあれをやれと言われたら無理。めっちゃ練習したい。だから【曲剣の心得Ⅰ】は助かる。凄い助かる。これで扱いやすくなる!

 【刺突剣Ⅰ】で使えるのは……単発刺突技【リニアー】ね。またスキルレベル上げないと。

 

「それに、少しだけこの剣での防御(パラード)振り込み(ジュタージュ)……っぽいものもできたし、【曲剣の心得】も合わせて頑張れば、イベントには使えるね」

 

 

―――

 

 

 一般に、ツキヨのように柔軟な剣をすぐにある程度扱えるような人間はいないだろう。

 しかしツキヨには二つ、これを扱い切るための下地があった。

 一つは、《神速反射》。これにより常人以上の対応力を持っていたこと。剣が撓る、その『起こり』から常に視覚的に捉え、理解し、対応できる身体操作技術があった。

 二つ目は、【白翼の双刃】の専用スキル【飛翼刃】の練習をしていたからだ。飛翼刃の操作は基本的に思考操作になるのだが、それは伸縮と大雑把な動きしかできない。だから弱点狙いのツキヨは練習を重ね、今では何十メートルも先の的の一点を()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 それだけの練習をしてきたし、扱い切るだけの集中力も持っている。だからこそ練習と称して切り払ったり、しなりを利用して斬ったり突いたりといった曲芸じみた動作も可能にした。

 ツキヨの戦闘スタイルに最も適し、しかし他の誰にも真似できない、プレイヤースキル極振りのなせる技だった。

 

 

―――

 

 

241名前:名無しの大盾使い

 大盾少女と遭遇したというかフレンド登録した

 あとなんやかんやあって白銀ともした

 

242名前:名無しの槍使い

 は? いや後半がおかしすぎるだろ!

 

243名前:名無しの双剣使い

 大盾少女が不審者に拐われそうだったから助けてフレンド登録したわ

 あと色々あってクロムともした

 

244名前:名無しの弓使い

 大盾少女は一日で何があったんだよ!

 あとお前ら何なんだよ!?

 

245名前:名無しの大盾使い

ログインしてきた時にめっちゃキョロキョロしてて一瞬目が合ったと思ったら走ってきて話しかけられたw

 

246名前:名前大剣使い

 大盾少女コミュ力たけーなおい

 

247名前:名無しの双剣使い

 ログインしてきた時に大盾少女が不審な男にナンパされ付いていくのを見て心配だったから尾行した

 

248名前:名無しの魔法使い

 大盾少女ー!?

 

249名前:名無しの大盾使い

 格好良い大盾って言われて

 俺が生産職の人紹介するからついてこいっていったら後ろついてきた

 AGI低すぎて俺についてくるのもしんどそうだったな途中何度か止まってあげたし

 

250名前:名無しの双剣使い

 『仲間のよしみ』という甘言を用いていたわ

 心配な私はゆっくりと歩く二人を密かに尾行

 AGIの高い私は何度も追いつきそうになった

 

251名前:名無しの槍使い

 二人のが同時に来て頭入ってこねぇ

 

252名前:名無しの大盾使い

 まぁ待て これで綺麗にまとまる

 

 歩いてる途中俺は誰かに付けられてることを悟り大盾少女に一度止まるよう言った

 

253名前:名無しの双剣使い

 突然目の前の大盾少女と不審者が足を止めこう声をかけられた

 

254名前:名無しの弓使い

 なぁ……これまさか

 

255名前:名無しの大盾使い

 俺は なぁ……そろそろ出てきたらどうだ?追跡者さんよ?と声をかけた

 

256名前:名無しの双剣使い

 私は なぁ……そろそろ出てきたらどうだ?追跡者さんよ?との言葉に心底驚いた

 

257名前:名無しの大剣使い

 別視点で一緒のこと話してたのかよw

 ってことはお前らさっきのって!

 

258名前:名無しの大盾使い

 どうせ明かすつもりだったがクロムだ

 

259名前:名無しの双剣使い

 明かすつもりは無かったけれどツキヨよ

 

260名前:名無しの槍使い

 どっちもバリッバリのトッププレイヤーじゃねーか!有名人過ぎてビビるわ!w

 

261名前:名無しの魔法使い

 なら昨日から白銀はこのスレにいたと

 ………ぎゃー!?

 

262名前:名無しの双剣使い

 ……そんなに驚くことかしら

 面白い子を見かけてその子のことが書かれた掲示板がある 書き込むのは当然の帰結

 

263名前:名無しの大剣使い

 ツキヨ様がここにいると聞いて!

 

264名前:名無しの弓使い

 ツキヨ様の下に馳せ参じるのが我ら四人!

 

265名前:名無しの短剣使い

 ツキヨ様の双剣のサビになりたい

 

266名前:名無しの魔法使い

 ツキヨ様prpr

 

267名前:名無しの双剣使い

 ……明日あなた達は無限アルマジロ一時間耐久

 耐えきるまで戻るな

 

268名前:名無しの大剣使い

 ありがとうございます!

 

269名前:名無しの弓使い

 ありがとうございます!

 

270名前:名無しの短剣使い

 ありがとうございます!

 

271名前:名無しの魔法使い

 ありがとうございます!

 

272名前:名無しの大剣使い

 白銀の戦凍鬼容赦ねーな!?

 ……で さっきの四人は?

 

273名前:名無しの大盾使い

 ツキヨ様に斬られたいスレの住人だろ

 それか【炎帝ノ国】の忠誠心の塊 別名調教済みの変態

 

274名前:名無しの槍使い

 つまり白銀はやべーと

 無限アルマジロって荒野のだろ? 一時間耐久レースとか鬼かよ

 

275名前:名無しの双剣使い

 かつて彼らには相応の罰を施しただけ

 調き……そんな事をしたおぼえはないわ

 アルマジロなら彼ら四人でやれば耐えられる判断よ 問題ない

 

276名前:名無しの大盾使い

 変態なのに実力たけーなおい!

 お前が鍛えたらそうなるのか

 

277名前:名無しの短剣使い

 ツキヨ様はソロで無限湧きを攻略したお方!

 我らもそれぞれがソロで耐えきりましょう!

 

278名前:名無しの双剣使い

 まだいたのかしら?

 やりたければやりなさい そして荒野の土に埋もれて永遠にこの場所に戻ってくるな

 

279名前:名無しの魔法使い

 白銀無限湧き攻略とか人間やめてんな

 そして厳しすぎワロタ

 

280名前:名無しの双剣使い

 ……ウチのが迷惑をかけたわね

 大盾少女の話に戻すわ

 

 パーティは組んでない

 大盾を選んだ理由は痛いのが嫌だから防御力を上げたかったらしいわ

 素直で活発な子犬といったところね

 

総評

 ペットにした……凄くいい子よ

 

281名前:名無しの大盾使い

 お前らともツキヨみてーにフレンド登録しときてーから明日来れる奴は二十二時頃に広場の噴水前に来てくれると嬉しい

 

282名前:名無しの魔法使い

 おい今白銀がやべー事言ったぞ!

 大盾少女逃げてー!超逃げてー!?

 

283名前:名無しの大剣使い

 白銀の戦凍鬼は別の意味でもやべー奴だった⁉

 大盾少女……逃げろ、お前だけでも!

 

284名前:名無しの双剣使い

 冗談に決まってるじゃない

 あの子を攫ったのは私ではなくロリコンのクロムである事を忘れたのかしら?

 

285名前:名無しの大盾使い

 俺はロリコンじゃねーって言っただろうが!

 

286名前:名無しの大剣使い

 あー……まあなんだ これからも温かく見守っていく方向でいいかなー?

 

287名前:名無しの槍使い

 無理矢理まとめやがったw

 いいともー!

 

288名前:名無しの弓使い

 よっしゃ明日の夜ならいけるわ

 いいともー!

 

289名前:名無しの魔法使い

 いいともー!

 

290名前:名無しの大盾使い

 いいともー!

 

291名前:名無しの双剣使い

 いいともー




 
 【刺突剣】……全部じゃないですが、ほとんどSAOの細剣ソードスキルです。やっとSAOのクロスが出せました。
 因みにOSOの【センス】は今の所【遅延】のみ登場中。他にも良いのがあれば……取得条件が思いつけば増えます。
 振り込みってフェンシングの世界でも凄い難しい技らしいですね。
 ただ、ツキヨちゃんがいるのはVR世界であり、《神速反射》を御すために鍛えた身体操作技術と、完全にイメージ通りに動く身体があったからこそ、近い技術を感覚的にやってのけました。
 ただこれはスポーツの世界で言う『ゾーン』のようなもので、現状はツキヨちゃんの神経が限りなく研ぎ澄まされないと使えません。
 尤も、すぐにでも自分のものにしてしまうだけの才能があるのですが。


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閑話 PS特化と一流の大盾

 
 閑話でございます。
 これの前に22話が投稿されているので、読んでない方はそちらを。
 一応22話と繋がってはいますが、書く必要もなく、今後に全く影響もないストーリーです。
 昨日日間ランキングに載ったことと、UAが一気に伸びたことのお礼に急遽構成し、直ぐに文章に起こしました。
 誤字等のセルフチェックは毎回してますが、投稿直前にやった文章の再構成箇所や、今回の様な急な字起こしだと誤字が出てしまいがちなのでご了承下さい。一応チェックはしたけど。
 明日もきちんと0時に投稿します。
 


 

 21:50 一層の街 噴水広場

 

 そこには、赤い鎧に大盾を持つ男性プレイヤーと、純白の戦乙女がいた。

 

「律儀に来るとは思わなかったぜ」

「あら?私、そんな怖い人に見える?」

「見える」

「即答なのね……」

 

 大盾プレイヤーは、名をクロム。

 NWO発売当初から大盾でプレイする古参で、トッププレイヤーの一角を成す。

 純白の戦乙女は、名をツキヨ。

 つい最近、彗星の如く名をNWO内(せかい)に轟かせた、巨大グループのサブリーダーにしてトッププレイヤーの一角。

 

 これまで接点など無かったこの二人が噴水広場の前で親しげに話す様は、多くのプレイヤーの注目を集めていた。

 

「偶然、時間が空いていたのよ。【炎帝ノ国】の方は21時に終わって暇を持て余していたから、本当に気紛れ」

「サブリーダーだっけか?よくやるな」

「流れでなっただけよ。ミィ……【炎帝】が現実でも友人だから、放っておけないだけ」

 

 終始ツンケンとした態度なものの、友人(ミィ)に対してだけは優しさが伺える。

 それがイズの店で感じた格好良さ、凛々しさとはまた違うツキヨの表情だと感じ取り――つい、クロムは口を滑らせた。

 

 

「噂じゃ永久凍土より冷たいだとか、極寒の地より這い出た鬼だとか言われてたが、ツキヨって案外優しいのか……?」

「……その噂を広めた者を教えなさい」

「い、一部の掲示板で囁かれてたんだ……さすがに誹謗中傷が酷いって事で運営が直ぐに削除してたから、出処は分からねぇ」

「そう……悪かったわね」

 

 目が、据わっていた。

 この時のことを思い返す際、クロムは毎回同じ言葉を口にする。

 

『あれは人殺しも厭わねぇヤツの目だった……』

 

 と。

 

 

―――

 

 

 掲示板でクロムが言った時間通りに掲示板のプレイヤーらしき人が揃った。

 

「うお、まじで白銀じゃねーか!なりすましの線も考えてたんだが……」

 

 一人は、背中に巨大な大剣を背負う男。

 

「本当にクロムに白銀かよ……ナニコレ?俺みたいな中堅プレイヤーがこんなとこ居ていいの?」

 

 一人は、ある程度装備が揃っているものの、まだ装備の統一感があまり無い槍使い。

 

「トッププレイヤー二人が注目する大盾の初心者……これはイベントで探さなければ」

 

 一人は闇夜に溶けるような、漆黒のローブを纏った魔法使い。

 

 そして、何故か最後は

 

「おぉ!今この時まで疑っていましたが、本当にツキヨ様でしたとは!」

 

 【炎帝ノ国】ツキヨ派が誇る前衛弓使いと言う変態プレイヤー、キースだった。

 

「……なぜ貴方がここに居るのよ」

「ツキヨ様がいる場所こそが我々のいる所!……と言いたい所ですが、私は本当に最初からあの掲示板の住人でございます。掲示板ではツキヨ様に数々のご無礼。誠に申し訳なく……」

 

 キースがそう言ったことで、ツキヨはむしろ納得した部分があった。

 

「はぁ……なるほどね。どうして私がプレイヤーネームを明かした瞬間に集まれたのかと思えば」

「勝手ながら、三人を呼ばせていただきました」

「本当に勝手ね……で、罰は終えたのかしら?」

 

 厳しい胡乱気な視線を寄越せば、キースは視線を横に逸らし、どこか言い訳じみた返答をする。

 

「……流石に我ら如きがツキヨ様に比肩するは不可能であり、ツキヨ様の絶対的神聖性を削ぐ行為かと愚考し……」

「正直に言いなさい」

「はぃ……一時間ソロ耐久は不可能だったため、四人で協力しました」

「それで構わないわ。ソロ耐久は元より不可能と思っていたから。……元々私の方も衝動的に言ってしまった部分もあるのだし

 

 後半はキースには聞こえず、特に問い詰められることも無かった。

 そして、こんな二人の空気に置いていかれたプレイヤーが四人。

 

「あー……ツキヨ?そいつが名無しの弓使いって事で良いんだよな?」

「悪かったわね。えぇ、そうよ」

「はじめまして皆々様。私はキース。ツキヨ様の忠実なる下僕(しもべ)であり、【炎帝ノ国】がメンバーの一人。ツキヨ様の手となり足となる――」

「黙りなさい」

「―――畏まりました」

 

 明らかにクロムを筆頭にドン引きしていたので、首元に【白翼の双刃】を突き付けて黙らせる。

 そのくらいしないと暴走して訳のわからないことをしだす時があるのが、彼ら四人組の欠点だった。

 

「やべぇ…想像以上に白銀が女王様だった……」

「不覚にもちょっと良いなって思った自分がいる事に驚愕を隠せない」

「落ち着け。その先は闇しかないぞ」

「ツキヨ、やっぱお前怖えわ」

「おぉ槍使い殿!我らとともにツキヨ様を崇め奉り、誠心誠意お仕えする意思は―「死になさい」

 コフッ……」

 

 槍使いに迫ったキースに足払いをかけ、全力で引き倒し、上から踏みつけるツキヨ。

 情けとか容赦とか優しさとかを一切感じさせない冷徹さをもって、キースの言葉を無かったことにする。

 

「この場に弓使いなんていない――いいわね?」

「「「「サ、サー!イエッサー!」」」」

「私を男にしないで」

「「「「イエス、マム!」」」」

 

 

―――

 

 

「さっきのは怖すぎたんだが……どっちが本当のお前なんだよ?」

「どっちもよ」

 

 フレンド登録をするだけのために集まったので、夜も遅いため多くがログアウト。

 しかし、ツキヨは『どうせ身体は休んでるようなもの』精神で徹夜レベリングをしてみようとそのまま残り、クロムは明日は休みとのことで徹夜でやり込むらしかった。

 

「何かの縁だし、一緒にレベル上げ行かないか?大盾の俺一人じゃダメージ力に欠けてな……代わりにツキヨの事も守るからよ」

 

 ツキヨは徹夜でのプレイは初めてだ。多分、日付けを跨いだ後辺りから集中力が落ちてくる。

 だから、クロムからの提案はありがたかった。

 

「助かるわ。一度、徹夜を経験してみたかったのだけれど、時間が過ぎるにつれて集中力が落ちるかもしれない。大盾のトッププレイヤーに守られるなら、心強いわね」

「そう言ってもらえるのは、素直に嬉しいな。

 ……じゃ、行くか」

「えぇ。大抵の場所では戦えるわよ」

「言うねぇ……なら、最前線なんてどうよ?」

「構わないけれど、夜のレベル上げは初めてだから、しばらく『慣らし』をさせてもらうわ」

「それくらいなら構わねぇよ。俺も、何もいきなり最前線に突っ込むって訳じゃないからな」

 

 夜は昼間に比べて視界が悪く、モンスターの奇襲も多い。そのため、初めてのツキヨは夜の戦闘に慣れるために最初はやりやすいフィールドでやることを条件に、最前線に行くことを同意した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「流石ァ。短期間でトッププレイヤーの一角になるだけはある、な!」

 

 モンスターの突進を大盾で受け止め、流し、短刀で一撃を入れながら、クロムは感心したように叫ぶ。

 

「そちらこそ、その堅実な戦い方は一朝一夕で身につくものでは無いでしょう!?」

 

 モンスターに遮られているため、二人の声は大きい。その声が余計にモンスターを集めていたりするのだが、ツキヨは余裕で全て捌き切る。

 

「【カバームーブ】【カバー】!

 ……てか、何だよそのクソ目立つオーラ」

「あら、ありがとう。

 秘密よ……けど、【炎帝ノ国】に入ったら教えてあげるわ」

 

 ツキヨが戦い続けるほど強くなる赤黒いオーラと青白いオーラ。対極の二色のオーラに目を奪われたクロムは、ツキヨの背後を狙ったモンスターが偶然目に付き、遮二無二にスキルで間に割り込んで受け止める。

 お陰でツキヨのお礼というレアイベントが発生したが、それにかまけている余裕はない。

 

モンスターには気付いていたけど助けてくれたお礼に、一つ見せてあげるわ」

「聞こえてんぞツキヨ。……ったく。その反応速度は異常だな、【炎斬】!」

「ふふっ、私の最高速はこんなものじゃないけどね。【水君】!」

 

 ツキヨは両手に連動する大きな二つの水流の円刃を作り出すと、自分とクロムを中心に()()()()()()()()()

 それだけで、二人を囲むモンスターは次々に両断され、粒子へと変わる。

 最前線で戦うトッププレイヤーの中でも、一撃でこれができるのは一握りだ。

 

「ちょ、なんだそりゃ!?そんな威力の、しかも操作できる魔法があるなら最初から使えよ!?」

「言ったでしょう?お礼だと。

 第一回イベントが控えているのに、一時的に組んだだけのパーティメンバーに手の内を明かしたく無かったのよ」

「あ、あぁ……。確かにそうか。悪かったな」

 

 ツキヨの言い分を聞くと、あっさりとクロムは引き下がった。

 囲んでいたモンスターの大半が片付き、散発的に襲ってくる数体を確実に処理すれば良いため、少しだけ余裕ができる。

 

「元々、イズの双剣の慣らしのつもりだったのだけど……クロムがいてくれて助かったわ。かなり楽ができるもの」

「一撃も喰らわず、全部避けきって捌き切るような前衛は、守り甲斐がないがな」

「意識したつもりはないのだけど、私の戦闘スタイルは回避盾と言うもの。むしろ私は守る側だもの。守り甲斐がなくて当然よ」

「並の前衛を超える攻撃力で何言ってんだお前?どう考えても回避重視のダメージディーラーだろうが……え?マジで回避盾なのか?」

「マジもマジ、大マジよ。ミィの方が火力が高いもの。必然的に私が壁役(タンク)をこなしているわ」

「ありえねえー……お前より威力高いとか、流石【炎帝】って所か」

 

 関わったのは短時間だが、二人の戦闘スタイルは不思議と噛み合った。

 ツキヨはクロムの防御力に目を剥き、背後からの奇襲を気にかける必要がなく。クロムがいるために本気にならなくても、この最前線で余裕を持って戦えている。

 クロムもツキヨがノックバック効果を持つ斬撃や魔法で動きを封じたモンスターを手早く対処する。また対処が遅れたモンスターには、ツキヨの速射性のある【鉄砲水】に助けられていた。

 

 互いに互いをカバーし合い、『一人でもできるけど二人だからすごい楽』という状況を作り出していた。

 方や全くダメージを受けない回避盾。

 方や防御力がゲーム内で最高の大盾。

 なかなか死なないことは継続戦闘能力の高さを示し、三時間ぶっ続けで戦っても余裕がある。

 

 

 しかし、本当に余裕なのはツキヨだけだった。

 

 

「くそっ。もうちょいで手持ちのポーションが無くなるか……」

 

 クロムはこの時、今までに無いくらい順調に戦えていた。ツキヨをバックアップし、ツキヨのバックアップを受けた絶妙なバランスの中、クロムは被ダメージを極限まで減らすことができ、ほぼ勢いでフィールドに出たのにも関わらず三時間も一度も死なずに戦い続けることができている。

 だが、それもここまで。

 手持ちのポーションは底をつきかけ、HP回復にも限界が見えた。

 【バトルヒーリング】スキルがあったとしても、この最前線で受けるダメージに今の回復量では追いつけない。

 

「悪いツキヨ。そろそろ回復が限界だわ」

「え……?あぁ、そうか。ポーション」

「悪いな。俺も今日はマジで調子良かったし、できるならこのまま丸一晩戦い抜きたかったんだが……ダメージに回復量が追いつかねえ」

 

 申し訳なかった。

 ツキヨは今、イズから受け取った双剣で流れるような刺突を放っている。

 見たことのないスキルと、目にも止まらないほど早いスキルではない連撃。

 楽しそうに無邪気に笑い、先程の冷酷さが嘘のよう。これが戦場でなければ惚れてるところだ。

 だが、ここまで。

 ツキヨのモチベーションを下げてしまい申し訳ない。最後に足を引っ張ってしまい心苦しい。

 しかし、ここまで。

 

 そんな、クロムの心の声は。

 

 

「はぁ……仕方ないわね。

 【聖水】――【聖命の水】!」

 

 パシャン――という、自らにぶつけられた水球の弾ける音で消し去られた。

 クロムは一瞬で全快まで回復し、更にしばらくの間HPが回復し続けるバフが付いたことに気付き、目を剥く。

 

「回復したでしょう?……続き、やるわよ」

「え……、は?いや、何が……」

「【聖水】。味方のサポートスキルだから、第一回イベントでは使い物にならないのよね」

 

 それは暗に、何度でも回復してあげるからもっと一緒にやろう、ということで。

 

「クロムのサポートは助かる。だから、私もあなたの回復くらいはしてあげる。それの回復にクロムの【バトルヒーリング】があれば、十分足りるでしょう?」

 

 本当に、十分過ぎるくらいに足りていた。

 HPは回復し、一瞬呆けている間に受けたダメージも数秒で回復した。

 バフが切れるまでの効果時間も五分はあり【バトルヒーリング】無しでも多少は戦えるほど。

 

 思わず、クロムの口から笑いが溢れた。

 

「は……はははっ。くはははははははっ!!

 まじか、まじかよ。こんなバフ掛けてもらったんじゃ、もう死ぬわけにはいかねえよなぁ!」

 

 堅実なプレイングはそのままに。

 だが、大胆に。

 死を恐れず、大盾を構え、武器を振るう。

 その姿に、ツキヨもまた笑みを浮かべた。

 

「そうよ。夜はこれから――楽しみましょう?」

「おうよ!

 久々に思いっきり楽しませてもらうぜ!」

 

 

 

 

 

 

 

 そうして一夜限りのパーティは徹夜で戦い続け

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 月夜(ツキヨ)は翌日。

 

 初めて授業を居眠りをした。




 
 防振り9巻と一緒にコミック3巻とコミックアンソロジーを買いました。
 アンソロジーって作画がいろんな人で物語も色々で好きなんですよね。
 色んな人の色んな作品があって良いと思える。
 その中でミィが出てた話を、今回みたいな閑話として拙作に合わせて書き起こしたいです。
 あと原作の書き下ろし番外編とかも拙作に再構成してお送りしたいですね。
 今回閑話を書くのだって、コミックアンソロジーを手に取ったから思いつきました。
 ありがとー!


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PS特化とイベント準備

 
 予告通りに投稿しました!
 また隔日投稿に戻るので次回は明後日。
 今回でようやく、対メイプル最終兵器系主人公としての一端が出てきます。


 

 さて、メイプルを見かけた日から一週間。第一回イベントを週末に控えた月曜日。

 土日にグループレベリングを一気に行い、今日が第一回イベント前、最後のツキヨとミィのフリー日だった。火曜日からイベント前日までは全員の最終調整で、レベリングと対人戦の練習に全て潰える予定である。

 【炎帝ノ国】の活動は非常に活発になり、レベリングにも余念がなくなってきていたが、ツキヨのレベルは未だ33。一つしか上がっていなかった。

 【炎帝ノ国】のメンバーで行うレベリングは、主にツキヨやミィは見守るだけであり、他のプレイヤーが戦闘の主体となる。偶に無限湧きの対処講座(れいがい)も一部存在するのだが。だからログイン時間の大半を指導とグループレベリングに費やすツキヨとミィはレベルが上がりづらく、二人での気楽な時間もレベリングで消える。

 

「今週末のイベント、バトルロイヤルね」

「ねー、上位行けるといいなぁ……」

「そこはやっぱり一位目指そうよ、最大グループのリーダーさん?」

「サブリーダーさんに勝てそうにないからやめとくー。私は10位以内の景品さえ貰えれば良いの」

「私は当然の如く一位狙うけど?」

「良いよー。ツキヨと私じゃ戦闘スタイル違うし、明確にどっちが強いかってメンバーに聞かれても『勝負したことない』で返せるし」

「誰かが(ツキヨ)の方が強いんじゃないかって言い出しても、それで大丈夫だよねー」

 

 二人はプレイヤーの居ない隠れた喫茶店で話しつつ、ほのぼのとこの最後のフリーの日にレベリング前の休憩をしていた。

 

「さてミィ。ダンジョン潜らない?」

「いいよー?ボス倒した方が経験値貯まるし」

 

 散歩行かない?みたいなノリだった。

 とはいえ、二人共既にレベル30を超えるかなりの実力者だ。発見されているダンジョンを一回潜った程度ではレベルは上がらない。

 それをミィが問うと、とんでもない答えが。

 

「うん、だからボス部屋までの距離が短いダンジョンを周回しよー」

「えぇ!?」

 

 

―――

 

 

 そうしてやってきたのは、街から離れた山の中。ここにある【毒竜の迷宮】だ。その名前を出すと、ミィが露骨に嫌な顔をした。

 

「わ、私【毒耐性】持ってないんだけど!?」

「安心してミィ。私も持ってない」

 

 安心できる要素が無かった。

 

「毒を持つモンスターばかりだけど、触れるだけで毒になる、とかじゃないし。ボスも含め必ず毒は発射してくるみたいだから、動きを確実に見極めれば行けると思うよ」

「信じるよ?信じるからね!?」

 

 そしてツキヨは、ここのボスから極低確率ドロップするというアイテムを狙いに来たのだ。

 

「ここのボスから、極低確率で【毒竜の指輪】ってアイテムが手に入るんだって。効果は一日に三回だけ毒や麻痺の状態異常を無効化する」

 

 効果は一日ごとにリセットされるため、破格の能力と言える。ただし、これを持っているプレイヤーはいない。

 

「誰も持ってないって……じゃあどこでそんな情報を手に入れたの?」

「運営から届く通知の一番最初。リリース当初の通知で普通に、入れるダンジョンとそのドロップ品って所に載ってるよ」

「え……あ、ホントだ」

 

 運営はそのプレイヤーが始める前の通知なんかも最初から見れるようにし、最低限の情報は全プレイヤーに共通して周知している。しかし、自分が始める前の通知を全て熟読する人なんて少ない。そのためミィも見落としていた。

 

「それで、まだ誰も持ってないって理由だけど。これは単純にドロップ率が低い事と、旨味が少ない事がある」

「どういうこと?」

「街から迷宮までが遠く移動が面倒。街から遠いとモンスターレベルが上がるってシステムに則ってモンスターが結構強い。そして、効率的に倒せるくらいレベルを上げると、その頃には耐性系がかなり育っちゃう」

「あー……アイテムに頼って無効にするより先に地道に耐性が上がっちゃうんだ」

 

 初心者の頃は全く勝てず、勝てる頃には耐性が付く。ならばあえてアイテムを取ろうとする人なんて居なくなった、と言うわけである。

 

「ここの適正レベルは30から40。私達じゃ少し足りないかも。でもそれはスキルで十分に勝てると思う。その上耐性も持ってない。なら、やるしかないでしょ?」

「分かった!」

「毒は壁や床に当たると飛び散るから、なるべく大きめに回避。私に視線を集めるから、ミィは攻撃に集中してね……さて、見えてきたよ」

 

 歩くことしばし。次第に周りの木々が枯れて、地面はひび割れ荒れて風景が寂れていくと共に、ぽこぽこと音を立てる沼がいくつも地面に発見できた。

 

「ツキヨツキヨ、あれ毒沼だよね!?あれ絶対、泡沫に当たっただけで毒になるやつ!」

「気を付けるんだよー?ダンジョン内部にも沢山あるらしいから」

「先に言ってよ!?」

「近づかなければ毒状態にはならないから大丈夫。だいたい沼から……二メートルくらい?」

「分かった絶対近づかない!」

 

 そうして、地面が一部隆起してぽっかりと口を開けたようになっているダンジョン入り口まで着いた。その間、ミィは縮こまってツキヨの腕にしがみついている。

 

 ダンジョン内に入ると、中は思っていたよりも天井が高く、五人ほどのプレイヤーが横並びに歩ける程度の幅は確保されていた。尤も、端の方は毒状態になりそうだが。

 

「中は結構広いんだね……これなら【飛翼刃】も十分使えそう」

「ひよくじん……?何それ?」

「私のユニークに付いてるもう一つのスキル。ミィにだけ一足早く見せてあげるよ」

「ホント?やった。ツキヨがコソコソと森で何かやってるなーと前から思ってたんだよね」

「操作が難しいんだよ……お、早速来た来た……【ウィークネス】」

 

 二人での毒沼を遠回りしながら奥へと進んでいくと、毒々しい色のスライムや蜥蜴が壁や地面を這って突撃してきた。

 

「いかにもな色のやつ来た!」

 

 ミィがツキヨの後ろに下がり、魔法の準備をしようとしたため、ツキヨが右手で双剣の片方を抜き静止する。

 

「ここは私が……駆け飛べ【飛翼刃】!」

 

 上段から振り下ろされた剣が、スキル発動とともに【白翼の双刃】がぞろりとその刀身をくねらせ、一匹の蜥蜴を刺し貫く。

 

「あはっ……まだよ!」

 

 だがそこでは終わらず、蜥蜴を粒子に変えながら他のモンスターの後ろを通過した瞬間、ツキヨは伸ばした刀身をすぐさま引き戻し、しなる刀身を鞭のように後ろから三体一気に切り刻む。

 ツキヨの【飛翼刃】だけが届き、モンスターは届かない絶対領域がそこにはあった。

 

 

 

「ふぅ……やっぱり【飛翼刃】で弱点狙いは難しいなぁ……スライムの弱点なんて知らないし。【ウィークネス】あって良かったー」

「ツ、ツキヨツキヨ、それ蛇腹剣なんだ!?本当に生きてるみたいで何がどうなってるか全然わかんないんだけど!?」

 

 ものの数秒で十体あまりのモンスターを斬り刻んだツキヨは、刃を元に戻して鞘に収めた。

 安全を確認してミィが駆け寄り、興奮した様子で聞いてくる。

 

「これ思考操作だからさ。イメージがちゃんとしてないと扱えないんだよー……だから、練習が必要だったってわけ。弱点狙いだから、手元の微細なコントロールも併用。今なら一本なら普段でも使えるけど、二刀でだと本気出さなきゃ無理」

「それでも凄いよ。モンスターを一歩も近づかせなかったし!」

「ありがと。そろそろ進もう。周回なんだから途中で道草食わないよ?」

「次は私もやるからね!」

 

 そうして一回目と言う事で警戒しながら進むと、少し広い所に出た。部屋の中央では薄紫色の可愛い花が大量に咲く。

 

「さっきまでが通路なら、ここは小部屋かな?一本道だし、このまま直進で良いよねツキヨ?」

「良いけど、間違いなくあの花はトラップね」

 

 壁沿いになるべく花を刺激しないように通り抜け、念の為確認することにした。

 

「【ウォーターボール】」

 

 花畑のど真ん中に水球が落ちると、紫色の花びらが蕾のように丸まって、紫色の霧を吹き出した。そして連鎖するように周りの花も毒々しい霧を噴き出し始める。

 僅か数秒で、部屋は毒霧に埋め尽くされた。

 ツキヨとミィは慌てて更に奥に逃げるが、毒霧は部屋からは出ないのか安全だった。

 

「うわ……」

「綺麗な花には毒がある。いい教訓だね」

「棘だよツキヨ……今回は毒だけどさ」

 

 更に進むと、今度は部屋の中央には大きな毒の沼がある。

 

「これで終わりなわけ無いよねー……さっきのトラップからして」

「注意して進むよミィ……【飛翼刃】」

 

 MPは食われるが事前に両手に持つ【白翼の双刃】を伸ばしておき、何が出ても即座に対応できるようにする。

 と、やはり予想は当たり、部屋の中を丁度半分通過した所で毒沼から何かが飛び出してきた。

 

「見えてるよ!」

 

 が、二人に届くより先に呆気なく伸ばした【白翼の双刃】で斬り刻まれる。《神速反射》を持ってしても毒沼と二人との半分以上にまで詰め寄られ、モンスターの突進速度の速さを物語っていた。

 

「タイミングは分かるから、これなら事前に魔法を準備しておけば次からは余裕かな?次からはミィお願い」

「うん。部屋の半分で飛び出してきて、一直線に向かってくるなら、少し範囲広めの魔法なら確実に焼き尽くせる」

「なんなら【爆炎】で一度ノックバックさせても良さそうね」

「良いね。そうする」

 

 そうしてモンスターを全て一撃で屠りつつ進むと、警戒していたにも関わらず二十分とかからずに巨大な扉に到達してしまった。

 

「………ねぇミィ。【フレアアクセル】込みでモンスターを全部振り切れば、ここまで一、二分で来れそうじゃない?」

「ここまでずっとトラップばっかりで、モンスターもツキヨ一撃だもんね。毒沼のモンスターも【フレアアクセル】なら逃げ切れそうだし、次からは途中モンスター無視でいっか」

 

 たった一度通っただけで、以降見向きもされなくなったモンスターたち。実際、二人がそれぞれ攻略したダンジョンの三分の一すら無い短いダンジョンだった上もう正規ルートは覚えた。迷うことも無く、楽に攻略できると言える。

 

「後はボスを倒しますか」

「思いっきり焼く!」

「………毒竜の丸焼き。食べたら毒死するわね」

 

 以前に来た防御特化プレイヤーが、焼くどころか生で食べたのを二人は知らない。知らなくても良いことがこの世にはあるのだ。

 

「念には念を入れて【聖水】――【聖浄水域】」

「わわっ、何これ?」

 

 ツキヨが使ったのは、【聖水】スキルで変化した【水陣】。本来は一定範囲内にいる味方の攻撃に水属性ダメージを付与する魔法だが、【聖水】により五分間、状態異常耐性の【中】相当を発動時に範囲内にいた味方全体に付与できる。

 

 ギギギと油の切れたような音を発しながら扉を開き、部屋の全貌を明らかにする。

 あちこちに毒沼があり、部屋の中は薄い紫がかった気体で満たされていた。

 

「毒状態にならないってことは、この場にいるだけなら、【聖浄水域】で十分みたい」

「流石に毒竜の攻撃は、もっと耐性必要だよね」

「だと思う。……だから五分で倒すよ!」

「了解!」

 

 扉が締まり、倒すまで外に出られなくなる。

 それと共に、毒沼から竜が姿を現した。

 ところどころ溶けて骨が見えている腐り落ちたような体。長く伸びる三本の首。いくつかなくなっている眼中のあとは暗い闇を覗かせている。竜の咆哮で、紫色の霧が散る。

 

「これが毒竜……毒というか、腐竜じゃない」

「現実だと腐敗臭しそう……さっさと火葬してあげよう!」

 

 二人にとって毒竜はゾンビの一つとして認識されてしまった。

 それに怒りを覚えたか、毒竜が三本の首全てから毒のブレスを放つ。

 

「回避!」

「【フレアアクセル】!」

 

 左右に別れてブレスを回避するが、三本の首はブレスを継続しながらそれぞれミィとツキヨを追いかける。

 

「相手は私……【水君】!【ウィークネス】!」

 

 高圧水流の円刃で攻撃を加える。名前こそ変わらないが【聖水】によって聖属性が付加されており、ツキヨからしたらゾンビに特攻という判断である。

 片方の水刃で牽制しつつ、もう片方は毒竜に見える弱点の一つ、体と首の付け根を攻撃する。

 

「ツキヨ!こいつ体が腐ってるからか防御低いよ!」

 

 毒竜を挟んで向かい側では、ミィが魔法を次々に使い、ミィを追いかけていた首一本を丸焼きにしていた。毒竜のHPも既に三割削れている。尤も、アンデッドという訳ではないので、ダメージはいつも通りである。

 ツキヨも二つの水刃を巧みに操作して二本の首に牽制しつつ攻撃を加え、一分と経たず一本の首を体の付け根から切り落とし、ミィの止まない魔法とあわせてHPを一気に残り三割にまで落とした。

 

「了解。このまま魔法で沈めるよ!【水爆】!」

「まだまだ楽勝!【豪炎】【炎帝】!」

 

 

 

 それからまもなく。

 毒竜はその体を粒子へと変えた。

 

 

――――――

 

 

 それからというもの、二人は一周三分と少しという驚異的なスピードで周回を始めた。

 既にルートは覚え、ツキヨのAGI(あし)とミィの【フレアアクセル】による機動力ですべてのモンスター、トラップを振り切り、最速でボス部屋に到達。【聖浄水域】によって毒ダメージも受けずに魔法を乱射し続け、二人共一切のダメージを負わずに周回し続ける。

 しかも毒竜は防御が低いとはいえボスモンスター。経験値も相応に美味しく、五回やってツキヨがレベル34、ミィは八回で31だったレベルは33にまで上がった。

 

 経験値も美味しく、周回も楽。唯一の欠点は魔法を多用するため、あまり燃費の良くない二人はMPポーションを大量消費するくらい。消費は毒竜の素材で十分に賄えるので、それでもプラスと言えた。

 

 そして、そんな二人は遂にこんな気持ちが芽生える。

 そう。

 何となく二分台に載せたいというものである。

 そこに深い理由はなかった。しかし、もうあと数秒縮められれば二分台である。

 移動速度は申し分ない。全てのモンスター、トラップを回避しているため、部屋には一分と掛からず到着する。だから、そこからが勝負だと話した二人は、常に片手にMPポーションを持ち、ボス部屋前で即座に使用。MPを回復して全力で倒すと共に、レベルアップで貰えたステータスポイントを【INT】に突っ込み、更に火力を上げて殲滅。

 ボスを倒すのにずっと魔法を使用してきたツキヨとミィは、いつの間にかそれぞれ【火魔法】【水魔法】のスキルレベルがカンストしていた。

 

 試すこと数回。遂に二人は二分台に乗せることができた。それでもまだまだ満足しなかったし、【毒竜の指輪】も手に入っていなかったので、二人は作戦を変える。

 毒竜を倒す時、ツキヨは【水君】に加えて双剣で弱点ダメージを更に追加。【切断】による防御貫通を持って更なるダメージ量を叩き出し、ミィはミィで【爆炎】で毒竜の初撃ブレスを弾き返すという荒業を編み出すと、二人は【爆炎】で毒のブレスを跳ね返しつつノックバックで毒竜の動きを止め、【飛翼刃】で伸ばした刀身を使って三本の首を絡め取りながら斬撃ダメージを与え、そこから魔法を叩き込むという、毒竜に何もさせずに倒す哀れみすら感じる作戦を敢行。

 試すこと更に数回。

 遂にミィのレベルが34に上がり、また火力を上げた回で、二人は二分三十秒に到達したのである。

 

「「やったぁぁぁぁあああ!!」」

 

 そしてその回で、待望のドロップ品が。

 また、ツキヨはレベル35に到達した。

 

「や、やったよツキヨ!【毒竜の指輪】出た!それになんかスキルも出た!」

「私も今ので【毒竜の指輪】にレベルも35になって、スキルも手に入った!」

 

 二人の目の前には、紫色の小さな宝石を中心に据えた指輪があった。

 

―――

 

毒竜の指輪【レア】

 【MP +15】

 一日に三回だけあらゆる毒と麻痺を無効化。

 効果は一日毎にリセットされる。

 

―――

 

「やった、情報通り。これで余程のことがない限り、耐性は大丈夫だね!」

「次はスキル確認しよっか」

「一緒に取れたし、ツキヨも同じスキル取れたんじゃない?」

「あー……二つは違う。条件がミィには無理なやつだし。でも、あと一つは同じかも」

「?私二つ取れたけど……あ、片方はツキヨもしかしたらステータス足りないのかも」

「どういうこと?」

 

 ということで、二人は取得したスキルを見せ合うことにした。

 

―――

 

【殲滅者】

 このスキルの所有者のINTを二倍にする。【STR】【VIT】【DEX】のステータスを上げるために必要なポイントが通常の三倍になる。

取得条件

 一定時間内にボスを規定数倒すこと。要求【INT】値百以上。

 

【属魔の極者】

 唯一取得している属性魔法とその上位スキルに限り、与ダメージを二倍にする。

取得条件

 規定時間内にダンジョンをクリア。

 属性系魔法スキルを一つだけ取得し、レベルⅩであること。また上位スキルを取得していること。

 

 

【空蝉】

 一日に一度致死ダメージを無効化する。

 一分間【AGI】50%上昇。

取得条件

 レベル35到達までダメージを一度も受けないこと。

 

【殺刃】

 一日に一度だけ相手を即死させる一撃を放つ。

 使用後12時間、全ステータスが半減する。

 このスキルはあらゆる耐性系、無効系スキルを貫通する。

取得条件

 レベル35到達までに規定数、武器による攻撃を弱点に当てること。

 またレベル25まで武器による攻撃を弱点から外さないこと。

 

―――

 

 【殲滅者】と【属魔の極者】がミィ。【属魔の極者】と【空蝉】【殺刃】がツキヨである。

 

「「つっよ……」」

 

 【殲滅者】は、ツキヨの【INT】が低いため不可能だった。しかしこの周回データはNWO内のログに残っているため、ツキヨが【INT】を100まで上げた時、取得できるだろう。しかしツキヨからすれば、【殲滅者】を取得すれば今後DEXを上げにくくなる。取得しても【廃棄】確定だった。

 これにより、【火魔法】【炎帝】に限りミィの火力は更に四倍。【炎帝】が無かった頃に比べると実に八倍にもなる。

 ツキヨもツキヨで【水魔法】【水君】は威力が二倍。【水君】取得前から見ると四倍にもなった。

 さらに【空蝉】により、一度だけダメージを無効化。【殺刃】は一度だけ相手を即死させるというぶっ壊れスキル。デメリットもあるが、明らかに有用スキルだった。

 

「や、やばいやばいやばいどうしよどうしよどうしよどうしよ!?ツキヨ凄いよ凄いスキル手に入れちゃったよもう【火魔法】の威力八倍だよ八倍!」

「おおお落ち着いてミィ!わ、私なんて無効化スキルに即死スキルよ流石にやばいわもうわけ分かんない!」

 

 この二人は、第一回イベントの前に強力なスキル(ちから)を手に入れたと言えるだろう。

 

 

 

 

―――

 

ツキヨ

 Lv35 HP35/35 MP121/121〈+80〉

 

【STR 15】 【VIT 0】

【AGI 50〈+40〉】 【DEX 75〈+80〉】

【INT 55〈+30〉】

 

装備

 頭 【舞騎士のマント】体【比翼の戦乙女】

 右手【白翼の双刃】 左手【白翼の双刃】

 足 【比翼のロングブーツ】

 靴 【比翼のロングブーツ】

 装備品【赤いバンダナ】

    【毒竜の指輪】

    【空欄】

    

 

スキル

 【連撃剣Ⅸ】【体術Ⅶ】【水魔法Ⅹ】

 【挑発】【連撃強化中】【精密性強化大】

 【MP強化中】【MPカット中】

 【MP回復速度強化中】【採取速度強化小】

 【双剣の心得Ⅸ】【魔法の心得Ⅷ】

 【武器防御Ⅷ】【状態異常攻撃Ⅴ】

 【気配察知Ⅲ】【気配遮断Ⅲ】【魔法隠蔽】

 【遠見】【魔視】【耐久値上昇中】

 【跳躍Ⅵ】【釣り】【水泳Ⅳ】【潜水Ⅳ】

 【精密機械】【血塗レノ舞踏】【水君】

 【切断】【ウィークネス】【剣ノ舞】

 【刺突剣Ⅳ】【曲剣の心得Ⅳ】

 【属魔の極者】【空蝉】【殺刃】

 

 




 
 解説みたいな所あるから後書きが長くなった。

 はい。オリジナルアイテム『毒竜の指輪』でございます。
 これが流行らなかった事は作中でも述べましたが、他にも理由が。
 これマジで使えない装備だったり。
 一日3回だけ毒を無効化するけど、
 『毒による攻撃を受けた時』に1回、
 『その後できた毒地形による状態異常』で1回と言ったように、一度の攻撃で2回分消費してしまいます。
 実質2回目も毒性が強いと耐えられない。
 しかもメイプルの【致死毒の息】(アニメ版【デッドリーブレス】)の広範囲の毒霧だと、
 『噴出時』に1回
 『噴出が止み、毒霧が滞留した時』に1回
 『少しでもその場を動けば』最後の1回
 と使い切ります。
 メイプルの毒沼も、渡ろうとすれば3歩で無効化分を使い切り、4歩目で死にます。
 あくまで無効化するのは自分が毒を受けた瞬間だけなので、広範囲を毒で囲まれると、現在地で受けた毒のみ無効化し、動けばまた毒にかかるという使い勝手の悪いアイテム。
 勿論【パラライズシャウト】なんかの瞬間的な攻撃は無効化できますが、毒に対しては素直に【毒耐性】鍛えましょうとしか言えないです。
 メイプル対策に一瞬このアイテムの名前が出ても、次の瞬間に全否定されるような()()()()()()()()()()()()です。
 ツキヨちゃんたちはこれを知らない。

 【殺刃】については賛否あると思いますが、メイプルちゃんだって10%で【毒無効】を貫通する即死攻撃が使えるようになるんだし、一日一回の即死技なら良いんじゃないかと。
 メイプルちゃんが【アシッドレイン】で毒の雨を降らせれば、【毒無効】持ちでも確率の暴力には逆らえないですし。
 メイプルちゃんは運次第でいくらでも即死させられる。
 ツキヨちゃんは一回だけだけど確実に即死させられる。ほら、バランス取れてるでしょ?
 まぁそれでも強すぎるので、【殺刃】は使用も面倒なスキルになってます。それはまたいずれ。
 これでツキヨちゃんは対メイプル最終兵器としての切り札を一つ、得たことになります。

 また、ミィは現時点で装備なしの素の【INT】が100を超えていて、【殲滅者】により素で【INT200】になり、【火魔法】【炎帝】に限り威力が4倍、装備無し換算で【INT800】相当の火力が出せるようになりました。はい化物。
 他にも【火属性威力強化】や【魔法威力強化】とか【知力強化】を持ってると思うので、装備等を合わせた総計で【INT1000】相当の火力が叩き出せます。はい怪物。
 ウチのミィならメイプルちゃんの防御力も貫けちゃいそう。


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PS特化と第一回イベント開始

 
 ようやくここまで来たぁ……
 ツキヨちゃんとメイプルちゃんを戦わせるか悩んでるんですけど、戦わせる場合加筆修正するんで次の投稿が遅れるかもしれません。
 ただ、ここで戦わせて良いものか……個人的にはギルド対抗戦でやりたいなぁと思ってます。
 まだメイプルちゃんは防御力と毒しかないし。
 もうちょっとお互い異常な方向に思いっきり突き抜けてから……ね?
 


 

 イベント当日。

 人が少しずつ集まっていく噴水広場にて、一人の少女の声が高らかに響いていた。

 

「良いか!普段から我々【炎帝ノ国】は、メンバーと共に協力し、支え合い、共に戦ってきた!だが、今日だけは別だ!」

 

 それはその場にいる仲間への宣戦布告。

 

「共に成長し、共に強くなった。その力を仲間に!ツキヨに!何より私に証明してみせろ!【炎帝ノ国】のメンバーであることの誇りを胸に、このイベントで勝ち上がり【炎帝ノ国】の名を知らしめるのだ!」

『おぉぉぉぉぉおおおおお!!』

 

「流石ミィ。みんなを焚き付けるのが上手いわ」

「今日は俺もアンタとは敵同士ってわけか……勝てる気がしねーし、できる限り戦いたくはねぇな」

「あら?そこは頑張りなさいな。私は会ったら容赦しない」

 

 その近くではツキヨとウォーレンが話し、一方は戦いたくないと、他方は容赦しないと告げ、拳を軽く打ち合わせていた。

 

「では次にツキヨ。壇上に」

「………行ってくるわ」

「おう。せいぜい気張れや」

 

 結成式を経て蟠りの解けた二人は、それ以降ほぼ毎回のようにレベリングではウォーレンがツキヨの補佐をしてきた。そのため今ではツキヨの中でミィの次に信を寄せる間柄である。

 

「リーダーたるミィの次に話すのは、少々気が引けるけれど……」

 

 いつの間にか人が増え、【炎帝ノ国】に所属していないプレイヤーもかなりの数がこちらを見ている。だからこそ、ツキヨは不敵に笑い、全プレイヤーに向けて宣戦布告をする事にした。

 ミィがメンバーの士気を上げ煽動するならば。

 ツキヨがやるのは実力者としてのパフォーマンス。自分が、またミィがトップの座に相応しいのだと知らしめるための挑発。

 

 

「誰が相手だろうと……負けるつもりはない」

 

 

 圧倒的な覇気と殺気を叩きつけ、広場にいる全ての人を萎縮させる。まるで、()()()()()()()()()()()()()と言うかのように。

 そして次の瞬間には殺気を霧散させると、自らの意気込みと共に、ミィとは別の形で焚き付けることにする。

 

「私が目指すのは当然一位。その為に、戦場で合えば例えミィとて敵対し、刃を向けましょう」

 

 隣に立つ親友と視線を交わし、双剣を抜く。ミィもまたその場で杖を構え、応戦の意思を示す。

 

「私が戦場でミィと戦うように、皆と出逢っても容赦はしない。だから皆も容赦するな!………【炎帝ノ国】メンバー全員に告げる!もしも戦場で私を倒す、あるいは私より上位に入った者がいれば……」

 

 それは、自らをも追い詰める宣言。

 誰にも負けるつもりは無いと言う意志の現れ。

 

「………私はサブリーダーの座を譲りましょう」

 

 ざわり……と、にわかに騒がしくなるメンバー達。今までミィの友人として、確かにある実力を合わせてサブリーダーを務めてきたツキヨは、ここで負けたら交代する。その役を、降りるといった。

 

 ならばサブリーダーの座は、勝った者のものとなる。

 数秒の後にそれが浸透すると、ミィが焚き付けた以上の歓声を持って意思を示す。元よりミィに憧れて集まったメンバーが大半だ。ミィの側付きになれるチャンスが巡ってくるのなら、全力を持って取りに行く。もうここは戦場だ。勝っても負けても文句はない。

 

 『絶対にその座は自分が奪う!』

 

 その濁流の如き意志を前に、ツキヨは一歩も引かない。

 

「けれど、私とて簡単にやられるつもりはない。

 数の暴力?綿密な作戦?高度な連携?

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()

 

 意志の濁流を再び押し流すほどの剣気を放ち、脅しと共に壇上を降りようとするツキヨは、最後に一言だけ残した。

 

 

 

この世界(ゲームの中)は実力が全て……皆の挑戦を、楽しみにしているわ」

 

 

―――

 

 

 いやはや場を支配するっていうのもなかなかに難しいものだ。私にはミィのようなカリスマ性なんて無いから、あんな感じにするしかなかった。全くミィめ、昨日いきなり無茶振りしてさー。

 

「良いのか?あんなこと言っちまって」

「あんなことって?」

「サブリーダーを譲るってやつさ」

「問題ないわ」

「ツキヨ派はあんたに憧れて入った奴ら。必ず腕試しに挑んでくるだろうよ。その上でミィ派の相手までできんのか?」

 

 やっぱりミィ派への焚き付けだったのは分かりやすいか。このイベントは、私の実力を内外に示す良い機会だったから、こうして焚き付けて自分の目で私の実力を確かめてもらおうと思っていた。それになにより

 

「あら?ウォーレンさんが心配してくれるのは嬉しいけれど、向こうから向かってきてくれるなら良いポイント稼ぎになるわ」

「うーわ、ポイント制のイベントなのを有効利用してやがる」

「それにウォーレンさんは知っているでしょう?私がこれまでに使ったHPポーションの数」

 

 小さく笑い、ウォーレンさんに遠回しに絶対に負けないと告げる。

 

「へいへい。アンタがダメージを受けてる所なんて見たことねぇし、今じゃ想像もできねぇよ。無限アルマジロをガチでソロ攻略したの見せられたらな。むしろアンタにとっちゃ数で攻められたら嬉しい方なんだろ?」

 

 何度か私のトレーニングを見学してみたいと言われたので、私が一人でアルマジロを捌きつつどうやったらいいのか、何を意識したらいいのかと指導しながら一時間だけ実践したのだ。ちなみにその時は魔法、武器スキル無し。スキル名を言うのが説明の邪魔になったから。

 その時は【切断】や【血塗レノ舞踏】【剣ノ舞】に【精密機械】【切断】など色々なスキルに加え、武器を『薄明・霹靂』にしていたので余裕でアルマジロを両断してしまい、また呆れられたが。

 いや、【刃性強化大】で【斬撃耐性】を無効化してるから、アルマジロはただのモンスターと変わらないんだよね。言わないけど。

 

 それを見た時のメンバーは今の演説でもあんたにだけは勝てるわけねーだろ!みたいな顔をされてしまったが、大半のメンバーを焚き付けられたから問題ない。

 

 ちなみに今装備しているのも『薄明・霹靂』なので、攻撃力は最高にまで達する。

 そしてウォーレンさんの言う通り、数で攻めるなら好都合。【剣ノ舞】と【血塗レノ舞踏】は敵が多ければ多いほど早く100%にすることができるので、むしろウェルカムだ。

 

 と、そんな風に話している内に、開始時間が迫っていた。空中には巨大スクリーンが浮かんでいる。あれで中継を行うみたいね。

 昨日の時点で参加するかしないかのアンケートが送られていて、それで参加表明することが受付となっていた。参加しない生産職のプレイヤーなんかは、あれで楽しんだろうなー。

 

 そんな事を思っていると、視界に見慣れた顔で見慣れない漆黒の鎧のプレイヤーが入った。

 ……ふふっ。メイプルちゃんは、しっかり装備一式を揃えられたみたい。良かったと言うべきか、強敵が増えたと嘆くべきか。

 

「いや、楽しみが増えたということでしょうね」

「どうかしたのか?」

「……いいえ。このイベントで大番狂わせが起きるかもしれないと、ちょっと楽しみなだけよ」

「はぁ……?」

 

 

「それでは、第一回イベント!バトルロイヤルを開始します!」

 

 あちこちでうおおおおお!と歓声が上がり、それに乗じてミィが近くにやって来た。人が多いし、演技は続けたままだけど。

 

「ツキヨ。さっきはああ言ったが、戦場で会っても戦いたくないものだ」

「本当は私もよ……敵が多いなら、手を組むのはありよね?」

 

 他にもそうやって確実に上位入賞を狙うプレイヤーはいる。だから、それをやっても文句を言われる筋合いはない。

 

「ははっ、本当に口が上手いな。……良いだろう。ついでにその時は『一度は共闘した相手と鉾を交えるつもりはない』とでも言って別れようか」

「くはっ。結局ミィ様とツキヨ様は、戦う意志は無いってことですか」

「一緒に上位フィニッシュしたいだけよ」

「仲のいいことで」

 

 なんて笑いつつ、説明を聞く。

 

「それでは、もう一度改めてルールを説明します!制限時間は三時間。ステージは新たに作られたイベント専用マップです!倒したプレイヤーの数と倒された回数、それに被ダメージと与ダメージ。この四つの項目からポイントを算出し、順位を出します!さらに上位十名には記念品が贈られます!頑張ってください!」

 

 放送が切れると、スクリーンにカウントダウンが現れる。あれがゼロになると転送されるのかな。

 だから、ゼロになる前に一言だけ言わせてもらおう。私を誘ってくれた、最高のライバルに。

 

「………ミィ、負けないわよ」

 

 光に包まれ、私はイベントマップに転送された。

 

 

―――

 

 

「【遠見】【ウィークネス】……なるほどねぇ」

 

 双剣を抜き、油断なく周囲を見渡す。

 場所は森。木の幹が太く、人一人くらいなら簡単に隠れられる。

 ………囲まれてるわね。というか、ここに最低百人転送されたのかな。

 

「レベルごとに転送直後の難易度も変わるのかしら?……いや、ランダムと見るべきかな」

 

 半径五十メートル圏内に、百人近くいる。ちょっとした裏技だが、【遠見】で遠距離まで見渡し、【ウィークネス】を使うと、味方ではないプレイヤーの弱点を目印として見つけることができる。これは【魔視】とも重複するので、現状最大二百メートル先のプレイヤーまで視認してハッキリといることが認識できる。流石にMPが勿体なくてやらないが。

 

「……【ウォーターブレイド】」

 

 武器を【白翼の双刃】に変え、ここにいる人達を一掃することにした。剣に水を纏わせる。威力が毒竜の一件で飛躍的に向上したので、この程度の木なら《精密機械》で攻撃力が減少した状態でも【INT】値の高さでダメージを稼ぎ、両断できる。

 

「………機会は一瞬」

 

 その場で剣を翼のように左右に広げ、コマのようにゆっくりと回る。思考操作だけでは出せないその速度は、自ら回ることで補完する。

 速度を次第に上げ、高いAGIを以って現実ではなし得ない高速へ。

 

 そうして約10秒。完全に加速しきった瞬間、水を纏う刃を一気に伸ばす!

 

 

「【飛翼刃】ッ!」

 

 

 

 

 その瞬間、森エリアにいたプレイヤー全員が一度死亡した。

 

 

―――

 

 

「ふぅ……うまく行ったわね。森ごと切断するなんて初めてだったけど、上手く行って良かった」

 

 そう。

 ツキヨは文字通り森を両断した。

 プレイヤーは死亡後五分のインターバルの後に復活するので、蛇腹剣で腰の高さから森林伐採したツキヨはその場から離脱。イベント開始5分と経たず、百人分のポイントを稼いだのだ。

 

「いたぞ!」

「……休む暇がないわね。ま、良いけど!」

 

 ツキヨは、このイベント開始直後から本気を出している。三時間と明確な終わりが設けられているため、出し惜しみなんてする必要もなく全力全開だ。

 

 向かってくる十人のプレイヤーに対し、ツキヨは必ず一撃を誘い、躱し、弱点に軽く剣を添えていく。敵を極力倒さず、ダメージを稼ぎつつも【剣ノ舞】と【血塗レノ舞踏】を素早く100%にするために、少しの間人が残っていた方がいい。

 

「くそっ!攻撃が当たらねえ!」

「なんなんだよ!なんなんだよぉ!!」

「落ち着け!一撃のダメージは低い」

「魔法使い!やれ!」

 

 彼らにとって一生懸命に。ツキヨにとって、()()()()()

 

 彼ら前衛組が動きを止め、魔法使いがとどめを刺す。単純だが敵を確実に倒すなら効率がいい。

 

「それが私以外なら、だけれど」

 

 全ての魔法を紙一重で躱しきり、その身に纏う二色のオーラが混ざり合う。

 一つは赤黒く、一つは青白い。

 対を成すオーラは重なり合い、濃い紫にも、先の二色にも見える。

 

「う、そだろ……魔法使い五十人の集中砲火を、躱しきりやがった……」

 

 そして、それで終。

 手加減した攻撃で【血塗レノ舞踏】は100%。今の魔法で【剣ノ舞】も……。

 

「ここからは、誰も逃さない」

 

 100%だ。

 

 

―――――――――

 

【NWO】第一回イベント観戦席4

 

197名前:名無しの観戦者

 映ってる奴らみんなつえーなっ

 

198名前:名無しの観戦者

 トッププレイヤーが強いのはそりゃ当然よ

 

199名前:名無しの観戦者

 やっぱ優勝はペインか?

 NWO内最高レベルだし

 

200名前︰名無しの観戦者

 は? 何こいつ……やばくね?

 ツキヨって双剣

 五百十三人潰して被ダメなんとゼロ

 

201名前:名無しの観戦者

 ふぁっ!?

 

202名前:名無しの観戦者

 ペインは今二百三十七人倒してる

 ペインの倍以上とかうそやろ?

 

203名前:名無しの観戦者

 こいつか? 今映ってる

 

204名前:名無しの観戦者

 こいつ白銀の戦凍鬼じゃねーか!

 

205名前:名無しの観戦者

 なんかオーラ纏ってんぞ

 でも流石にあの集中砲火は……は?

 

206名前:名無しの観戦者

 は?

 

207名前:名無しの観戦者

 は?

 

208名前:名無しの観戦者

 は?

 いやいやいや こいつ今避けきったのか!?

 魔法使い何十人からもの集中砲火って避けれるもんなのか!?

 

209名前:名無しの観戦者

 人間止めてやがる

 

210名前:名無しの観戦者

 ここのスクリーンに映る前にも別のスクリーンでも2度似たような光景があったみたいだぞ

 これがプレイヤースキル極振りで有名なトッププレイヤーの実力か……っ!

 

211名前:名無しの観戦者

 バケモンすぎるだろ……

 ああまたリアル100人斬りしてやがる

 

212名前:名無しの観戦者

 一騎当千ってこういうこと言うんやなって

 

213名前:名無しの観戦者

 リアルチートすぎるだろ……

 

214名前:名無しの観戦者

 これペイン以外の優勝候補出てきたぞ

 

215名前:名無しの観戦者

 他にもやばい奴沢山いるがプレイヤースキルだけで成し遂げてる辺り一番やべーな

 

 

―――――――――

 

 ところ変わってイベントエリア。

 ツキヨは常に移動を続け、見敵必殺とばかりに全てのプレイヤーを魔法やスキルを用いずに一撃で仕留めていく。

 全て弱点に当ててるが故に【精密機械】に【血塗レノ舞踏】【剣ノ舞】のステータス上昇を【切断】で叩き込んでいるのだから当然と言える。また、最初の森林伐採を除いて今は『薄明・霹靂』を使用しているため、全て刺突で仕留めていた。

 

「いたぞ、ツキヨ様だ!」

「囲むぞ!いくらツキヨ様でも全方位は対応が厳しい……と思いたい!」

「遠距離から魔法で隙を伺うのよ!」

 

 1時間半以上走り回って、ツキヨは千人で数えるのをやめたが、既にその数えるのをやめてから数倍は倒していると思うツキヨ。

 そこに現れたのは、【炎帝ノ国】のメンバーだ。しかも中には無限湧き対処講座にいたメンバーも多数いる。総勢五十人。グループの半数以上が結託し、ツキヨを倒しにやってきた。

 

「……来たわね」

 

 即座に双剣を【白翼の双刃】に変えたツキヨは、殺気を持って応える。

 

「来なさい……遊んであげるわ!」

「魔法部隊、発射ぁぁぁ!!」

 

 全方位から魔法が放たれる。指示した者もこれが当たるとは思っていない。何故ならツキヨが、背後から迫るアルマジロを紙一重で避ける回避力を持っていると知っているからだ。だからこそ自らも。そして仲間の前衛も魔法被弾覚悟で特攻する!

 

「作戦は良い。思い切りもある。倒すという強い意思も、またある」

 

 俄に目を瞑り、そう言祝(ことほ)ぐ。

 イベントエリアでこれだけのメンバーを集め、自らを倒すためと共闘関係を結び、こうして本当に目の前に現れた。

 本当に……本当に称賛に値する。

 

 だけど。

 

「まだ足りない!【飛翼刃】ッッ!!」

 

 地面に勢い良く伸びた刀身が突き刺さり、それでもなお伸びる刀身に持ち上げられ、瞬く間にツキヨの身体は上空へ。

 武器どころか魔法も届かない高さにまで上昇したツキヨは、剣を引き戻し空中で姿勢を整える。

 そして軽く左右に広げられた両腕から、巨大な殺戮の翼が開かれた。

 あらゆる敵を斬り裂く巨大な純白の翼が真下に来た前衛を刺し貫き、一撃の下に粒子へと変じさせる。地面に突き立った剣を縮めることで驚異的な速度で地に降り立つと、前衛を一刀で斬り伏せる殺戮の嵐が始まった。

 

「なっ……蛇腹剣!?

 まだ隠してたんですかこの鬼ィ!」

「レイン…よく言ったわ。ご褒美に斬り裂いてあげる」

「いぃぃぃぃぃやぁぁぁぁぁ!?!?」

 

 レインというツキヨ派の女性槍使いは、剣の錆になった。ちなみに今いたメンバーの半数がツキヨ派で腕試しをしに来たプレイヤー達である。

 前衛を失った魔法使いは、近寄らせまいと魔法を放つが、そんな事に意味はない。

 

「思考操作なら、こんなこともできるのよ」

 

 両手に握る双剣を左右に大きく開く。

 すると、伸びた刀身がぞわりと鎌首をもたげ、地を這う蛇のごとく高速で魔法使いに襲いかかった。

 

「ちょっ!これどんだけ長いのよ!?」

 

 明らかに剣本来の長さを超える伸長性。

 それはスキルによるもののため当然なのだが、今の【飛翼刃】の最大距離は155メートル。そしてかつてツキヨが予想した通り、【血塗レノ舞踏】によって100%DEXが上昇した今、最大距離は驚異の310メートル。流石にそれだけの距離、直線で当てるのは不可能だ。だが、()()()()()()()()()()()()()()()

 その結果生まれたのが、この()()()()

 【血塗レノ舞踏】が解除されてしまう事を引き換えに、周辺一体、直径百メートルに高密度の斬撃の竜巻を引き起こし更地に変える広範囲殲滅技。

 【血塗レノ舞踏】無しでは【ウォーターブレイド】の補正と自身の加速を合わせなければなし得ない理不尽極まりない力。

 

 数秒後には、プレイヤーどころか周囲にある建物、岩、樹木などが。

 全てが斬り刻まれ、更地と化した。

 

 

―――――――――

 

252名前:名無しの観戦者

バケモンすぎるだろ……

 

253名前:名無しの観戦者

 つか蛇腹剣って

 どこで手に入れたんだよそんなの

 ロマンあるな!

 

254名前:名無しの観戦者

 わかる

 しかも空飛んだし

 蛇腹剣なのに一瞬翼に見えたわ

 

255名前:名無しの観戦者

 そろそろ残り一時間だ

 暫定成績は変わらずツキヨがトップ張ってんな

 

256名前:名無しの観戦者

 ペインやドレッドも順調に千五百超えたけどツキヨが別格すぎる

 相変わらず倍だろ?

 

257名前:名無しの観戦者

 >254 ホントそれな

 あれは蛇腹剣ってより翼だわ

 

258名前:名無しの観戦者

 一番やべーのは被ダメがゼロってところだろ

 今んところ全部避けきってるし

 

259名前:名無しの観戦者

 全部受けきってノーダメのメイプルに全部避けきってノーダメのツキヨ どっちもばけもんだろ

 

260名前:名無しの観戦者

 ほんとバケモンすぎるわ……

 

―――――――――

 

 

 この掲示板を契機に、ツキヨは『白銀の戦凍鬼』に代わって、こう呼ばれ始める。

 

 

 

 全てを切り裂き、打倒する巨大な一対の翼。

 

 故に……

 

 

 

 

『比翼』

 

 

 




 
 とりあえずツキヨちゃんの二つ名を『比翼』にしたかったって話。
 そう言えばドレッドさんには『神速』、ミィには『炎帝』って二つ名があるのに、ペインってあったっけ?
 メイプルちゃんは『要塞』『移動要塞』『浮遊要塞』と……個人的にはもう『裏ボス』で良いんじゃない?と思ってます。
 対裏ボス(メイプル)最終兵器系主人公のツキヨさんはそれだと『勇者』?

 ………うん。
 普通に『比翼』と『対メイプル最終兵器』が一番面白そうだ。即死技持ちの勇者とか怖いし。
 『勇者』とか『聖剣使い』とか『聖騎士』はやっぱりペインかな。
 ペインがメイプルちゃんとツキヨちゃんを倒したら、その偉業を讃えて『英雄』にしよう。


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PS特化とイベント終了

 
 ふぅ。なんとか予定通りの投稿です。
 今日なんとなくいつもと違う原作の二次読もうかな……と思ったら、原作検索欄に『防振り』があって発狂しました。
 防振り二次、増えてくれて嬉しい限りです。

 今日は興が乗ってというか、分割するところが中途半端になったからそのまま書ききって1万5千字いっちゃった。
 今までの一話平均の3倍くらいある。
 残り一時間で3位以上を倒すとポイント3割を譲渡って、私は『3位以内のプレイヤーは3割のポイントを奪われる』って意味で受け取ってるんですけど、単純に『3割分のポイントが倒した人に追加される』っていう解釈もあるよね。
 原作で順位変動しなかったから、私の中の永遠の謎(どうでも良い)に入っています。知ってる人いたら教えてください。
 


 

 掲示板で密かに新たな二つ名が加わったことを知らないツキヨは、もうすぐ残りが一時間を切るという時を静かに待っていた。

 

「ふぅ……残り一時間とちょっと。今ポイントどれくらいかな?」

 

 ツキヨはツキヨ派のプレイヤーを地形ごと殲滅した後その場を離れつつ、更に百人ほど倒して【血塗レノ舞踏】を100%に回復させた。

 今はイベントエリアにある寂れた都市の大通りを逃げも隠れもせず堂々と歩いている。

 

「ここだぁぁぁ!」

「甘い」

 

 こうして襲いかかるプレイヤー(ポイント)達を一刀のもとに斬り伏せながら、街外れの廃墟から聞こえる悲鳴に耳を傾けていた。

 

「うわー……あれ毒竜?この前ダンジョンで戦ったのに見た目似てるけど…そういうスキルもあるんだ」

 

 廃墟の方には、地上を睥睨する毒でできた多頭竜がここからでも見える。

 

「ま、アレのお陰で私の方にプレイヤーが逃げてきて、良い稼ぎになってるけどっ!」

 

 背後から気配を消して接近するプレイヤーの喉元に左の空色の片翼『霹靂』を突き立て、ポイントの足しにする。

 

「私がミィ様のお側にぃぃぃ!」

「出直しなさい……【蛇咬】!」

 

 ミィ派のプレイヤーに両手で【蛇咬】を叩き込み、瞬間的に彼女に見える弱点……喉、心臓、両肺の位置に風穴を開け粒子に変える。

 そして、廃墟方面から続々とプレイヤーが現れると、ツキヨを囲むように陣形を取り始めた。

 

「そんな下心で務まる役割じゃないわよ、サポート役ってね」

 

 そうして新たに一掃しようとした時、残り時間が少なくなった放送が流れた。

 

「現在の一位はツキヨさん二位はペインさん三位はドレッドさんです!これから残り一時間、上位三名を倒した際、得点の三割が譲渡されます!三人の位置はマップに表示されます!それでは最後まで頑張ってください!」

 

 

「あらら、この状況で火種を突っ込むのね」

 

 辟易と、しかし危機感のないツキヨ。

 

「どうやら、簡単には終わらせてくれないらしい」

 

 危機感は感じていないペイン。

 

「うぇーめんどくせーマジで?」

 

 露骨にだるそうなドレッド。

 

 三者三様の状況をスクリーンで放送しながら、状況はクライマックスに。

 

「ポイントは俺がもらう!」

「そういうのいいから。飽きたわ」

 

 陣形を抜け、一人でツキヨに襲いかかるプレイヤーの首を跳ね飛ばすと、そのまま【跳躍】で一人のプレイヤーに急接近。短剣には劣っても、相応に高いAGIを発揮した移動に詰め寄られたプレイヤーは焦り、喉を貫かれて死に戻る。

 

「う、うわぁぁぁぁぁ!!」

 

 その瞬間、移動先にいたプレイヤー達が大混乱を起こし、連携も陣形も作戦もあったものでは無くメチャクチャに襲い掛かり……

 

 

 

 五分と経たず、根絶やしにされた。

 

 

―――

 

 

 似たような戦い方ばかりで飽きたツキヨは、残り30分を残してフラフラと歩いていた。

 

「このまま隠れてても一位はキープできるでしょうが……それじゃつまらないわね」

 

 これはイベントだ。イベントは楽しんでこそ。

 ならどうする。もっとこのイベントを盛り上げ、自らが楽しみ、その上で完全な一位となる方法は

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふふふっ………これしかないでしょう?」

「……なるほど。そう来るのか」

 

 ツキヨの目の前には、金の装飾がなされた白い鎧に盾、金の髪に青い瞳をした、強い存在感を放つ最高レベルプレイヤー。ペインがいた。

 

 銀髪紅眼のツキヨ。金髪蒼眼のペイン。示し合わせた様な対の見た目を持つプレイヤー。

 一位()二位()が、会合した。

 

 

「せっかくのバトルロイヤル(エンターテイメント)。最後の最後で一位と二位の真なる決定戦……楽しみましょう?」

「残り30分で直接対決とは……面白いっ!」

 

 

 油断なく盾を構えるが、その剣を真っ直ぐに突きつけるペイン。

 それに対しツキヨは、あろうことか双剣を鞘に納めた。自分から仕掛けておいて戦う意志がない、と言うわけではない。

 

 

「まずは小手調べ……【水君】!」

「っ!その魔法は!」

「このスキルはイベントじゃ初披露よ!」

 

 両手の動きに連動する高圧水流の円刃を作るとたおやかな動作で、さながら指揮棒を振るかのように巧みに操る。

 それは全てを切り裂く必殺の攻撃。縦横無尽に空間を駆け巡り、ペインに襲いかかる。

 

「【血風惨雨(けっぷうざんう)】!」

 

 更に【水君】に紛れ、低威力だが広範囲に水で構成された無数の針を展開し、発射。

 【水君】の軌道は剣と盾で逸らされ、水針も威力が低いため決定打にはならない。

 

「なら、これも追加。【冰雨】」

「甘いッ!」

 

 だがペインは最高レベルのプレイヤー。その熟達した技術をもって、降り注ぐ氷槍を盾で時にそらし、受け止め、剣で弾く。

 ツキヨの操作によって予測不可能な二つの刃。

 面制圧を目的とした水針。

 対処の難しい上空からの範囲攻撃。

 これら全てを対処したペインに、ツキヨは魔法での戦闘は無意味と悟り【水君】を解除。

 

「やるわね……少し、自信を無くしそうだわ」

「いや、ギリギリさ」

 

 そう言うペインの表情に焦りは見えず。

 むしろ何かを思いついたのかニヤリと笑い、剣を鞘に収める。

 

「だが、そうだな。攻守交代だ、()()()()()()()()

「剣を仕舞うだなんて、何のつもりかしら?」

「なに。()()()()()()()()()()()()

 ―――【聖帝】ッ!」

 

 ペインの両手に現れるのは、二つの光球。

 金色の光で構成されたそれは、光か炎かの違いこそあれど、ツキヨも知るそれに良く似ていた。

 

「【炎帝】や【水君】と同等のスキル……貴方も持っていたのね」

「俺は近接主体だからMPの量的にも殆ど使わないんだが……同じ魔法を持つ君に、少し試したくなった」

「言ってくれるわね」

 

 MPにはまだまだ余裕があるが、いざという時に【水爆】などの高威力魔法を使うために温存。

 

「魔法は使わないのか?」

「……攻守交代と言ったのは貴方でしょう?ならば、私も貴方と同じように、この身一つで捌き切るのみ」

「……なるほど。それは道理だ」

 

 その構えは突き技を主体とし、ペインに対し聞き手側を前に、片手で真っ直ぐに切っ先を持ち上げるアロンジェブラと呼ばれるもの。そして、左手は弓を引き絞るように顔の後ろまで下げられ、こちらも切っ先をペインに向ける。

 

「第二ラウンドと行こうか」

 

 

 

―――――――――

 

512名前:名無しの観戦者

 やべーなツキヨちゃん

 残り一時間で五千近く倒して圧倒的な一位になってやがるw

 

513名前:名無しの観戦者

 二位のペインは二千五百でかなり頑張ってるが……あと一時間じゃ追いつけないだろ

 

514名前:名無しの観戦者

 てかツキヨちゃん一直線にどこ向かってんだ?

 もう一位確定だろ

 負けてポイント三割減っても十分すぎるくらいある

 

515名前:名無しの観戦者

 途中に襲いかかる相手鎧袖一触してるな

 本当どこに……

 

516名前:名無しの観戦者

 ちょ、あれこの方向って……

 

517名前:名無しの観戦者

 間違いねえ

 ツキヨちゃん完全勝利狙ってやがる!

 

518名前:名無しの観戦者

 やっぱペインだぁぁぁぁ!

 

519名前:名無しの観戦者

 残り時間わずかで一位と二位の事実上決定戦

 これはアツい

 

520名前:名無しの観戦者

 始まったぞ

 てか全部のスクリーンで放送されてやがるw

 

521名前:名無しの観戦者

 ツキヨちゃんの魔法『炎帝』の使ってる魔法に似てねえ?

 二つあるし操作できるし

 

522名前:名無しの観戦者

 やっぱ親友は似るんか

 

523名前:名無しの観戦者

 ペインやべーな あの猛攻掻い潜ってんぞ

 なんで真後ろからの攻撃も予測不能な動きにも面制圧にも対応できんだ

 

524名前:名無しの観戦者

 人間やめてんな

 

525名前:名無しの観戦者

 うわっ 追加で降り注ぐ氷の……槍?

 上からとか対処し辛いのに

 

526名前:名無しの観戦者

 あの三段構えでも抜けないとか人間やめてんなペイン

 

527名前:名無しの観戦者

 は?

 

528名前:名無しの観戦者

 は?

 ……気のせいか ペインの手に浮かぶのツキヨと同じじゃね?

 

529名前:名無しの観戦者

 二つだし操れてるのも同じだな

 ペインまだ手の内隠してやがったのか

 

530名前:名無しの観戦者

 代わりにツキヨが剣抜いたな

 さっきとは交代ってか?

 

 

―――――――――

 

 

「まず一発だ――【ホーリーレイ】!」

 

 初手、ツキヨを挟み込むように【聖帝】を高速で操りながら、真正面から光の奔流を放ち逃げ道を封じる。

 左右に逃げ場はなく、後ろに下がっても光の奔流は差し迫る。

 そしてなす術なく、ツキヨに直撃した――

 

「……終わり?」

 

 ――かに見えた。そこに立つ純白にダメージは無く、つまらなそうに首を傾げる。

 

「……驚いたな。どうやって凌いだ?」

「素直に話すわけ無いでしょう?自分で考えなさい」

「それもそうか。

 ――【聖帝】【光槍】【神罰】!」

 

 焼き増しのように左右から迫る光球。

 【ホーリーレイ】よりも速く空間を駆け抜ける光の槍。

 更に上空からはツキヨの立つ一帯を呑み込む巨大な光の柱が降り注ぐ。

 

 だが、今のツキヨには()()()()()()()

 速度と攻撃力を併せ持つ【光槍】は、ツキヨの【氷槍】と同系統で到達が最も早い。

 【聖帝】は言わずもがな。

 【神罰】は威力が高い分、他二つに比べれば直撃まで僅かラグがある。

 

(対処は【光槍】【聖帝】【神罰】の順)

 

 ツキヨの氷槍のように物質としての形を持たない、光の槍には、同じく魔法を以って迎え撃つ。

 『薄明・霹靂』に【ウォーターブレイド】を纏わせると、目前に迫る槍をサイドステップで逃れつつ横合いから双剣で叩き落とす。

 物理的な接触ができないのなら、同じく魔法で相殺するのみ。

 かなりの威力を誇る【光槍】も、所詮は完全近接型のペインから放たれたものであり、【INT】の隔絶した差は埋められずに霧散。

 尚も健在の【ウォーターブレイド】との格の違いを知らしめるが、今度は【聖帝】(二つの光球)が挟み撃ちを狙う。

 

(着弾は全くの同時。なら、魔法用の【武器防御】スキルで対処)

 

「……【リフレクトパリィ】!」

 

 左右から迫る光球に視線一つよこさず。

 左右に開いた両手の剣を()()()()()

 ()()()()()()()ことに特化した【武器防御】スキルによって【聖帝】はペインの操作すら放棄してかち上げられ。

 上空から迫る【()()()()()()()()()爆発という形で無効化された。

 

「芸がないわね。まぁ、それで今までは潰せたんでしょうが――つまらないものね」

「……なぜ、俺の魔法で俺の魔法が相殺されたのか、聞いてもいいか?」

 

 ()()()()()()()()()()()()()ことはあり得ない。なら、なぜそれが出来たのか。

 

「【リフレクトパリィ】。魔法攻撃を跳ね返すことに特化した【武器防御】スキルよ。

 そして跳ね返した対象は、その時点で()()()()()()()()()()()()()としてシステム的に処理される。さっきの光の奔流や、今の光の柱が無ければ、貴方に跳ね返していた」

 

 それは、【ホーリーレイ】を対処した答えでもあった。その時も先にツキヨに迫っていた【聖帝】を跳ね返すことで【ホーリーレイ】を直前で無力化していたのだ。

 しかし、これでもまだ疑問が残る。

 

「……【聖帝】よりも【ホーリーレイ】【神罰】の方が威力は上だ。なぜそれで相殺できた」

 

 例え跳ね返せたとしても、押し切れるだけの威力は持っている。なのに、結果は相殺。

 その答えは、ツキヨの足元にあった。

 

「ふふっ――【隠蔽解除(アンロック)】」

「……っ!」

 

 現れたのは、直径十メートルは有る青色の魔法陣。本来の使い方は、罠系のスキルや設置型の魔法を敵にバレないようにする【魔法隠蔽】。

 【気配遮断】をスキル用に転化したスキルによって隠されたそれは、色こそ――つまり属性こそ違えど、ペインはこれと同じ見た目の魔法が使えるが故に、その効果を看破した。

 

「なるほど、な。属性付与か。剣のみと言うのは嘘だったんだな」

「そう。発動と同時に【隠蔽】した【水陣】で、跳ね返した攻撃に水属性を付与していたのよ。近接主体ではあるけれど【INT】にも自信があるの。それにブラフは、騙された方の落ち度よ」

 

 属性付与をしていた事は驚いたがそれだけだ。しかし、ペインを最も驚愕させたのはそこじゃない。【武器防御】スキルという()()()()()()()()()()()()()()()使()()()()()ツキヨの技量こそ、驚嘆に値する。

 

「それほど【武器防御】に秀でたプレイヤーは、君が初めてだ」

「私以外に【武器防御】を持つ人とあったことが無いから、判断できないわね」

「リリース当初はそれなりにいたさ。だけど、皆その難易度の高さに挫折し、素直に盾を取った……かく言う俺も、その一人だ」

「へぇ……?まぁ、そんな事今はどうでも良いわね。時間も惜しい」

 

 ペインの過去話も少し気になったツキヨだが、残り時間が十分を切っている。

 ペインはこの場で、ツキヨはここに来るまでに周囲のプレイヤーを排除したため、今は横やりは飛んでこないものの、いつ来るか分からないのが現状だ。

 

「そうだな。今、そんな事を言う必要はない。俺もここからは剣で挑もう」

「ただMPが切れただけでしょう?私は回復したわよ?」

「………できれば、同じ土俵で戦いたいな」

 

 ツキヨの発言に、ペインは苦い顔で答える。

 

「ま、良いでしょう。これがこのイベントを飾るラストダンス――私についてこれるかしら?」

「ははっ、良いね。純白の戦乙女よ、俺と踊っていただけますか?」

 

 金の剣士は剣と盾を。銀の戦乙女は双剣を構え、最終ラウンドの前の軽口を叩きあう。

 

「ふふっ……お断りよ剣士さん。私の戦い(ダンス)に精々頑張って抗い(付いてき)なさい。【跳躍】!」

 

 両腕を翼のように開き、飛ぶ鳥の如き速度で()()()()()ツキヨは、ペインの体勢が整う前に攻撃を繰り出す。

 

「シッ!」

 

 そうして放たれる最速の刺突連撃。無駄なく、最短距離を最速でペインに放たれたそれを、ペインは盾で、剣で、体捌きで対処する。

 

「荒っぽいダンスだな!」

「好みではあるでしょう?」

「ははっ、言えている!」

 

 一手、二手、三手……速度が落ちることもなく、両の手によって連綿と紡がれる途切れることのない刺突は確かに早く、正確だ。

 

(プレイヤースキルは抜きん出ているが、それだけだ!)

 

 もしかしたら現実でフェンシングの経験があるのかもしれない。そう思わせるほどの鋭い刺突だが、ペインはその全てを打ち落とす(パラードする)

 近接戦(クロスレンジ)になってから、まだ互いにスキルは発動していない。それは、スキルがある程度決まったモーションをしてしまうために、カウンターの一撃を浴びないため。

 

「防御ばかりじゃなく、そちら(貴方)からもアプローチ(攻撃)しなさいな!」

「ははっ……言ってくれるな!」

 

 だが、ペインはしばらく防御に徹することで猛攻のリズムを図り(アジャストし)、必殺の一手を打つ!

 

「(いま!)【パワースラッシュ】!」

 

 眉間に容赦なく放たれた刺突を今までのように打ち払う(パラード)するのではなくぎりぎりで回避。それによりツキヨの右腕は伸び切り、左手もまた体制を保つために背面に伸びているため、完全な無防備。そこに完璧なタイミングでスキルによるカウンターを放つ。

 

 しかし必殺の横薙ぎがツキヨに直撃するはずだった刹那、標的である純白がペインの視界から消失した。

 

(……………はっ!?)

 

 意味がわからない。このタイミングでなぜ標的を見失う。空振りに終わるスキルエフェクトが消え、僅かな硬直の間、ペインの心臓が痛いくらいに警鐘を鳴らす。

 

 危険、危険、キケン、キケン―――!!

 

相手(あなた)の動きを理解したのは、私も同じよ」

「した、かぁぁぁぁッ!!」

 

 まだ僅かに硬直が残るペインは、冷や水を浴びせられたかのようにぞっとした。

 ツキヨはペインのスキルに斬り払われる刹那に上体を地面と並行になるほどに思い切り寝かせ、必殺のカウンターを回避したのだ。

 そして、その双剣は天を突き、スキルエフェクトを纏っている。

 

「【クロワ・デュ・スュド】」

 

 上体を寝かせたまま、ツキヨはスキルを発動した。

 

「がっ!!」

 

 たとえ無理な体勢であろうと、スキルはステータスさえあれば相応の威力を発揮する。

 流石に装備がペインの弱点を覆い隠し、全て直接狙えるわけでは無かったが、確実に一撃は首へ。

 ツキヨは南十字星の名を冠する《刺突剣》スキル、高速五連撃をペインの硬直が切れる前に両手で叩き込んだ。

 

 ペインが放った【パワースラッシュ】の硬直が短かったこともあり、ツキヨのスキルの後半は辛くも防ぐことができた。しかし合計十連撃もの猛攻を浴びたペインは、思い切り後方に吹き飛び、両者の間に距離が開く。

 そこから距離を詰めても、どちらも体勢を立て直してくる。そのためここは一旦間を取ることにした。

 

「ふぅ……今ので倒れないとは流石の防御力ね」

「今のでHPが半分は削れたよ……俺のカウンター、読んでいたのか」

「明らかに狙っていたでしょう?次からは、もう少し攻め手を織り交ぜなさい」

 

 敵に塩を送られるとはこの事かと痛感したペイン。まさかアドバイスされるとは思わなかった。

 

「踊りなさい。バトルロイヤルという、血塗れの舞踏会場でね!」

「随分と、物騒だな!」

 

 ツキヨは再び両手に持つ剣を翼のように開くと、高速接近。

 あの回避が瞼に焼き付き、戸惑いの抜けないペインにツキヨが突進。それは先程までのフェンシングの攻撃(しとつ)ではなく、双剣本来の手数を重視した連続斬撃!

 

(まだ引き出しがあるのかっ!!)

 

 そう。たとえ薄く軽く、そして細い『薄明・霹靂』がレイピアに見えていても、武器としての種類はあくまでも双剣なのだ。双剣本来の戦い方に戻ったに過ぎない。

 

 ペインは考えるのは後にすると、既に自らに迫る凶刃を盾で受けた。

 

「ぐっ!?」

 

 否。

 受けようとした。ペインは確実に受け止めたと思った一撃に目を見開き、表情を歪める。

 盾ではなく、胸にあるダメージエフェクトへの困惑ゆえに。

 

(な、なんだいまのは……!)

 

 そして胸を斬られたことへ困惑するペインに、

 

「はぁっ!!」

 

 再びツキヨが仕掛ける。

 左の剣を斬り下ろすツキヨに、ペインは当然今度は盾ではなく剣で打ち払おうと構える。が、

 

 直後、先程と同じプロセスが発生した。

 逸らしたはずの斬撃の軌道が、蛇のようにその身をうねらせ戻ってくるや、ペインに襲いかかったのだ。

 

(また……っ!)

 

 次から次へと起こる不可解なこと。

 カウンターは予見されたかのように完璧に回避され、今度は打ち払った斬撃が戻ってペインを斬りつける。

 訳が分からず、頭の中が混乱で真っ白になる。

 ツキヨの斬撃をかろうじて後ろに飛んだことで交わしたペインは理解した。ツキヨの斬撃が戻ってくるのだと。

 まるで生き物みたいに。

 

(この攻撃は防げないな……)

「流石トッププレイヤー。これだけ斬ってもHPが残ってるなんて」

 

 まるでそれしか褒めることがないとでも言うかのような冷たい言葉がペインを打つ。

 もうペインの全身はダメージエフェクトでいくつもの傷が付き、HPも四分の一を割っている。

 ツキヨには、ただの一度も攻撃が届かない。当然ダメージを受けた様子もなく、このイベントを通してダメージはゼロだろう。

 圧倒的な剣力、地力、戦闘技術(プレイヤースキル)

 それだけで、ツキヨはペインを圧倒した。

 常に戦いの主導権を握り続け、攻め手を許さず、完璧に撃ち込んだカウンターすら()()()()()

 勝てない。勝てそうにない。ツキヨはペインに並ぶプレイヤーではなく、()()()()()()()()()

 

 でも………だからこそ。

 

「こういう相手を、待っていた!」

 

 自分より強い相手こそペインが求めていたものだから。常に最前線を進み続け、ついぞ出会わなかった好敵手。

 ここで勝負を諦めるなんてできない、できるわけがない!

 

「……そう。諦めないのね」

「ああ。折角俺と同格以上のプレイヤーが現れたんだ……挑戦者として、君に挑ませてもらう」

 

 強者としての堂々とした立ち居振る舞いをやめ、どこまでも挑戦者として剣を握る。もはやこの戦いに盾は邪魔だ。攻撃を防げない以上、ペインの最強でこの戦いを一撃で終わらせる。

 

「貴方も、その意思も。本当に強いわ」

 

 だから、ツキヨも応じる。

 挑戦に応える強者として。

 

「強いのは君だろう?………そんな厄介な剣を使いこなしているくらいだからね」

 

 ペインの言葉に、ツキヨは目を細めた。

 

「気付いたのね。この剣の性質に」

「ああ。武器としては双剣。見た目はレイピア。だがその刀身が異様に柔らかい。どちらかと言えばフルーレに近いな。通りでおかしな動きをするはずだ。見た目詐欺にもほどがある」

 

 答え合わせをするかのように語られた双剣の性質。それをたった数度の攻防で看破し、盾もインベントリに仕舞ったペインの思い切りの良さに、ツキヨは舌を巻いた。

 

(本当に強い。《神速反射》は一度しか見せてない。双剣も白翼に変える?いや、残り時間が五分を切ってる。いっそ『最強の双剣を鍛えた鍛冶師』の称号をイズさんにあげよう)

「数度しか打ち合わなかったのにそれに気づくとは、その観察眼は本当に畏れ入るわ。でも……負けるつもりはない」

 

 ツキヨは、次にペインがやる行動に見当がついているのだから。

 

「今までのような防戦じゃHPを削り取られる。なぜなら防戦しても戻ってくるから。ならば攻めるしかない。しかしさっきの回避をされるのも困る……違う?」

「だが、君は回避なんてしないだろう?挑戦者の攻撃から逃げる上位者などいないからね」

 

 小さく笑い、安い挑発を仕掛けるペインだが、それはある種確信も含んでいた。

 

「えぇ逃げないわ………貴方の全力を受け切らなければ、私は本当の意味で一位とは言えない。

 さあ使ってご覧なさい。貴方が持ちうる最強の技を。その全てを乗り越え、私が勝つ」

「っ!」

 

 やはり読まれている。そうペインは毒づいた。フルーレという特殊な剣は、刀身が柔らかく確かに厄介だ。しかし、それはメリットだけではない。

 刀身が柔らかいとは、力が乗りにくいということ。ならば最大火力の力技で押すのが最も合理的で、勝算がある。

 

「良いだろう……本当は、あまり使いたくなかったが。君になら全力を尽くす!」

 

 盾を捨て、機動力を。

 更に強く剣を握るペインの瞳が赤く染まる。

 

「【殺戮衝動】【限界突破】ァッ!」

 

 真紅と金色のオーラがペインを包み込み、そのステータスを爆発的に上昇させる。

 【殺戮衝動】。VITが半減し回復も不可能になる代わりに、あらゆる攻撃の威力に絶大な補正がかかる諸刃の剣。

 綺麗な蒼眼は紅く染まり、獰猛な視線をツキヨに向けている。

 【限界突破】。5分間【HP】【MP】を除く全ステータスを2倍にする代わりに、終了後3分間、それらのステータスが三分の一になる諸刃の剣。

 残り時間が少なく、あと一撃でHPも無くなるだろうペインは、その禁じ手を迷わず切った。

 

「最後に、君の名前を聞いてもいいかい?白銀の戦凍鬼」

「………ツキヨよ。そちらの名前も聞いてもいいかしら、白金の剣士さん?」

「ペインだ。ツキヨ、この一撃で君に勝つ!」

 

 互いに噂では知っているし、残り一時間でも放送で名前は聞いた。しかしやはり、これは様式美と言うのだろう。

 

「一撃だ……一撃で終わらせる!」

「真正面から防ぎきりましょう」

 

 

 

 

 静寂は、長くは続かなかった。

 愚直なまでの突進を仕掛けたペインは、ツキヨの数メートル手前で跳躍。

 空中で姿勢を整え――いや、ツキヨに背中が見えるほど振りかぶり最速最強の一撃を放った。

 

 

 

「《天照(アマテラス)》―――ッ!!」

 

 

 

 

―――

 

 

 

 ああ……本当に綺麗。最後まで諦めずに向かってくるその姿勢も、最後に腹を括る潔さも。

 何より、これはスキルではない。

 恐らく、ステータス補正によって再現ができるのだろう。現実に存在する剣術の流派。

 

 旭日(きょくじつ)一心流・迅の極――《天照》

 

 現実でミィと剣の扱いを考察する時に参考にした剣術の一つ。その、奥義。

 全身の筋肉の力で関節はもちろん骨まで捻り、それがもとに戻ろうとする反発すらも斬撃に乗せる、気狂(きちが)いとしか言えない奥義。

 

 私が現実どころか()()()()()()()()()()()()()()()、奥義の片割れ。

 ステータス補正を受けているとはいえ、私より先にそれを完成させた人に出会えるなんて。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 眼前に迫る剣撃は脅威だ。避けるか、相応のスキルで相殺しなければ私のHPなんて軽く吹き飛ぶ。()()()()()()()()()()()()()()

 音すらも消失した無音の斬撃は早く、速く、疾く私に迫り来る。

 でも、()()()()()()()()()()()()()

 

 だから臆する理由はなく、引く理由もなく、ただただ………呆気ないほどの幕引きを。

 

 そうして、双剣を身体の前で交差させ、()()()()()()()()、恐らく()()()()()使()()()()武器防御スキルを発動する。

 

 

 

「………【パーフェクションパリィ】」

 

 

 瞬間。

 ペインの最強は無に帰した。

 

 

―――

 

 

「い、まのは……!」

 

 ペインは何をされたのか一瞬分からず、起き上がろうとした。

 しかし、それは自身がかかっている状態異常が赦さない。

 

「ぐっ……スタンだと!?」

「そう。スタン……成功時に相手に100%で与える効果の一つ」

 

 その投げ掛けられた言葉に、ペインは戦慄した。ありえない。あれは狙って成功できるスキルなんかじゃない。そのルナティックとも言うべき難易度とデメリットの高さに誰もが嘆き、諦めるもののはずだ!

 何より、音すらも消失したまさに神速の斬撃に合わせて繰り出すなど。

 

「【パーフェクションパリィ】。効果時間は僅か0.1秒である代わりに、成功すればあらゆるスキル、魔法、攻撃を弾くことができる最強の武器防御スキル。そして成功した時、相手には高威力のノックバックとスタンを与え、使用者はMP回復と全スキルの再使用可能時間(クールタイム)()()()()()()()()()()効果がつく」

「まさか……狙って成功させたのか、この土壇場で!?」

 

 それは地に伏し、長いスタンにただただ耐え忍ぶしかないペインが驚愕と共に絞り出す精一杯。

 なぜなら、【パーフェクションパリィ】は失敗時のデメリットが大きすぎる。まず失敗時に受けたダメージが二倍になる。そして、成功時に敵に与える効果が()()()()()()()()()。あまりにリスクが大きすぎる技故に、誰も成功者はいないし、試すことすらしないのが大半だ。

 何より【パーフェクションパリィ】こそが、誰もが【武器防御】を諦めた最大の原因だから。

 だがそれにツキヨは笑い、絶望を突きつける。

 

「あら?それは違うわ………だって私、()()()()()()()()()()

「っ!」

「ペイン。貴方の最強に敬意を払い、私も私に使える最強の防御技を使わせてもらった。あれが使えなければ、勝敗は逆だったでしょう」

 

 それが、《神速反射(マージナルカウンター)》の真骨頂。どれだけ技を磨き、駆け引きを覚え、策を弄しても。そして、どれだけ力で押し込もうとも。……()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「あそこでの力押しは悪手だったのか……」

「残り五分を切った現状、貴方が一位になるにはあれしか無かった。最善の判断が、最高とは限らない。ただそれだけよ。最後は呆気なかったけれど……楽しかったわ。また、やりましょう」

「くっそ……次は負けない」

 

 

 そう悔しそうに、だが本当に楽しそうにそう口走るペインに対し、次も負けないという気持ちを込めて、ツキヨ(演技)なりにエールを贈る。

 

「次やる時は、私に主武装を抜かせなさい」

「まだ余力があるのか。底知れないな、ツキヨ」

「そして、私もその時までに私も再現できるよう努力するわ。迅の極を見せた貴方に相応しい、私の烈の極を」

「っ!……知っていたのか」

「ふふふっ、剣の習熟に、大いに参考にさせてもらった流派だもの。

 ……では最後に、今出せる私の全力で、貴方にトドメを刺しましょう」

 

 

 倒れているペインに対しても容赦などなく。

 そして一週間の猛練習により、二振りの剣で負担なく、『薄明・霹靂』でも瞬間八斬撃をできるようになった証明に。

 

 

「楽しかったわ、ペイン。

 

 ―――二刀【八岐大蛇】ッ!」

 

 

 都合十六の首を持つ蛇が、ペインのHPを食い千切った。

 

 

 

 

「終了!結果、一位ツキヨさん!二位ドレッドさん、三位メイプルさんとなりました!それではこれから表彰式に移ります!」

 

 

 ツキヨの目の前が白く染まり、次に目を開けた時には、最初の広場にいた。

 周りには参加、観戦したプレイヤーがおり、両隣には短剣使いの男性プレイヤーとメイプルがいた。

 

「ペインに勝ったのは、何となくお前だと思ったぜ、白銀の戦凍鬼」

「………ドレッドさん。その呼び名はやめていただきたい。ツキヨで結構です」

 

 二位の段に立つ男性プレイヤーに声をかけられたツキヨは冷たく返して、訳がわからないといった様子でアワアワするメイプルに声を掛けた。

 

「三位おめでとう、メイプル」

「あ、ありがとうごさいます!さっきの放送で分かったから、もう何がなんだか……」

 

 壇上に上がるように言われて、緊張するメイプルの手を取って一緒に上がるツキヨ。

 ツキヨにしてみれば、【炎帝ノ国】で人前に出ることが多く、ここでも演技で乗り切ればいいと余裕だった。

 

「まずは三位の…「待ちなさい」は、はい?」

 

 未だ緊張が溶けていない上、たった今繰り上がりで三位になったメイプルにいきなりコメントを求めるのは酷だろう。故に、ツキヨがストップをかけた。

 

「たった今繰り上がりで三位になった彼女にコメントを求めるのは酷でしょう?私からやるわ」

「わ、分かりました。では一位のツキヨさん、一言どうぞ!」

 

 マイクを渡されたツキヨは、いつものように堂々と。そして、横でまだ緊張してパニックになっている大盾少女の緊張をほぐせるように。

 

「まずは感謝を。私の全力に応えられる双剣を作成した方のおかげで、私はペインに勝ち、一位としてここに立つことができた」

 

 流石にこの場でイズの名前を出してしまえば、既に有名なイズの名が更に広がり、忙しくなってしまう。それは控えた。

 

「そして【炎帝ノ国】メンバーの皆………()()()()()()()()()()()()()

 

 イベント開始前に宣言した賭け。ツキヨはただの一度もダメージを受けず、こうして一位として壇上に立った。上回るもの無く、ペインとの戦いにも勝利した。

 

「中には二度三度と、諦めず挑む者もいた。その姿勢はサブリーダーとして嬉しく思う」

 

 だからこそ、まだまだ成長できるメンバーにエールを送る(挑発をする)

 

「ふふっ……私の手の内で踊り、ポイントになってくれてありがとう。とぉっても美味しかったわ」

 

 ツキヨがドSな笑みでそう告げた瞬間、【炎帝ノ国】のメンバーが固まっていた辺りで、物凄いブーイングが来た。やれ『この鬼サブリーダー!』『鬼!鬼畜!悪魔!』『今度は絶対倒す!絶対にだ!』『ツキヨ様最高です!』などなど。

 なお、ほぼ全てがツキヨ派からの叫びであり、ミィ派はもはや諦めムードだったとか。

 この辺り、ツキヨ派のツキヨへの変な信頼が伺えたのが、少々皮肉である。

 

 その後、ドレッドが話し、メイプルが噛んで逃げるように去る珍事があったものの、第一回イベントは盛り上がりの中終了した。

 




 
 ペインもPSがチートじみてた……
 い、いや。その、原作で一位になるほどだけど、現時点ではまだレベルが高いだけのプレイヤーと言ってもいいくらいじゃないですか?【聖剣術】は第二回イベント後ですし。
 だから、ちょっとツキヨのために強くしたいなぁ……と。ペインと言ったら聖剣だけど、なら聖っぽい魔法があってもいいなぁ……みたいな。光魔法の上位作っちゃおうかな……と。
 【聖帝】という私のネーミングセンスの壊滅さよ……仕方ないじゃん思いつかないんだから!
 【炎帝】【水君】がジョ○ト準伝説なのに、他が普通か伝説ポ○モンだと不公平じゃん!
 結果全くのオリジナルですよ!ポケ○ン繋がりは消えたんだ……。
 一応【水君】【聖帝】の他、今後出るか分からない各属性上位スキルのコンセプトもあったり。
 【水君】は面制圧というか、1対多を。
 【聖帝】は1対1に強い一点突破の貫通力をコンセプトにしています。
 基本技が操作できる2つの属性攻撃っていうのを除いて、そんな感じで魔法考えてます。

 あとこの辺で一話の伏線とも言えない伏線を回収しとこうかなぁ……とか思っちゃったら剣術も化物になったよね!
 まさか、現実で剣の扱い方を考察した的な一文だけで旭日一心流の迅と烈の極を出さなきゃいけなくなるとか思わなかったよ私自身!
 あ、ペインさんがやったのは、黒鉄王馬と同レベルの一刀でございます。
 となるとツキヨちゃんはもう普通の烈の極じゃもの足りないよね……あれできそうだし。

 おかしいな……レベルとスキル制のMMOなのに、いつの間にかプレイヤースキル(現実の技術)制の世界観になってる。

 メイプルが三位になった補足。
 前書きの私の解釈の基、
『倒した人数』と『与ダメージ』は加算
『倒された回数』と『被ダメージ』は減算として
 約2500人倒したペインから3割分ツキヨが奪えば、ペインの最終ポイントは、倒した人数換算で凡そ1750人を倒したのと同程度のポイントになるということです。
 もちろん、『ツキヨが750人倒したのと同程度のポイントを貰っただけでペインのポイント減少は無い』って解釈もあると思うので、そこは独自解釈とご理解ください。
 だから被ダメージがゼロで、2000人以上潰したメイプルちゃんが3位になりました。

 ちゃんとした成績の数値は誰も出てないし、考えもガバいので『ペインは3割分ポイント奪われたんだな』とでも思ってもらえれば。


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PS特化と掲示板+運営

 
 前話に良い感想がたくさん貰えて、ウハウハな私です。今回は息抜き的な。
 提案した二つ名が使われるかも、と様々な二つ名?呼び名?を感想に書いていただけるのは有り難いんですが、前向きに検討しましたが、修正が効かなかったので今回は使いませんでした。
 別の掲示板回で出だしま……す!頑張る!
 あと、今回は内容としては薄いので、次話を同日7:00に投稿いたします。
 


 

 イベントが終わった後、ログアウトした私はNWOの運営が上げたイベント動画を見た。

 

「うん。外野から見るとぶっ飛んだことしてるなぁ私。森林伐採とかやりすぎたかなぁ……」

 

 その動画は冒頭から森林が突如伐採されるというもの。冒頭から飛ばすなぁ運営。悠々と斬り倒された森から出てくる私がアップになっていた。やってくれたね運営……。

 他にもペインやミィ、ドレッドさんなんかのハイライトもあったけど、目を引くのはメイプルちゃん。この子やばいよね、分かる。

 

「あとめぼしいのは私とペインの戦いくらいかなぁ……うまい人はうまいけど、メイプルちゃん並みに変なことしてる人はいないや」

 

 謎すぎるからスレ立てしよう。

 

 ネットの海に潜りつつ、既にあればそこにと思ったが、無かったので新しく立てることにした。NWO攻略掲示板はこの辺やりやすくてホントいい。

 

 

―――――――――

 

 

 

【NWO】メイプルちゃんの謎【考察】

 

1名前:名無しの双剣使い

 スレ立てたわよ

 

2名前:名無しの槍使い

 サンクス

 って一位が三位の考察とかほんと笑う

 

3名前:名無しの大剣使い

 おう

 議題は我らがメイプルちゃんのことだ

 あとここにいる一位様にも色々聞いてみたい

 

4名前:名無しの双剣使い

 あなた達に合わせてスレもメイプル『ちゃん』にしたのに……

 私については答えられるものは答えましょう

 

5名前:名無しの魔法使い

 まじか 白銀自らw

 正直どっちも化物過ぎて笑う

 メイプルちゃんもペインよりやばいと思った

 なんで三位なん?

 

6名前:名無しの弓使い

 序盤廃墟でお絵描きしてたから

 

7名前:名無しの大剣使い

 可愛すぎかw

 

8名前:名無しの槍使い

 >6 会った時とキャラ違いすぎねぇ?

 その頃白銀様は森林伐採してたとか?

 

9名前:名無しの魔法使い

 動画冒頭のプレイヤーをフィールドごとぶった斬ったやつか

 あれどうやったの?

 遠くからの映像で分からんかった

 

10名前:名無しの双剣使い

 蛇腹剣を振り回してこう……ばっさりと

 思いの外簡単だったわ

 周りに百人以上プレイヤーいたからポイントも貰えた ごちそうさま

 

11名前:名無しの大盾使い

 方法がアグレッシブすぎるだろ…

 メイプルちゃんの方は本当に同じ大盾か不安になるわ

 あっ因みに俺は十位でした

 

12名前:名無しの槍使い

 流石

 大盾でそこまでいくとは

 (メイプルから目を逸らしつつ)

 

13名前:名無しの大剣使い

 それでは今回のメイプルちゃんまとめだ

 第一回イベント

 メイプル三位

 死亡数0

 被ダメージ0

 撃破数2028

 

 装備は敵を飲み込む謎の大盾とアホみたいな状態異常魔法を発生させる短刀と黒い鎧

 黒い鎧は異常性能を発揮していないようにおもわれる

 異常なまでの防御力で魔法使いに五十人からの集中砲火をノーダメで受け切る

 

14名前:名無しの弓使い

 >8 ここの住民らしいキャラ作りだ

 ついでに今回のツキヨ様まとめだ

 第一回イベント

 ツキヨ一位

 死亡数0

 被ダメージ0

 撃破数5003

 +ペインから奪った三割

 

 装備は数百メートルまで伸びる長大な蛇腹双剣と純白のバトルドレスとレイピアみたいに細い双剣

 武器を除き装備に異常性能は無いと思われる

 赤と青のオーラを纏ってほぼ一撃で倒す超火力

 異常なまでの回避能力で魔法使い五十人からの集中砲火をノーダメで避けきる

 流石はツキヨ様!

 

15名前:名無しの魔法使い

 もう何回見てもどっちもおかしいとしか……

 ツキヨとか圧倒的すぎるだろ

 

16名前:名無しの双剣使い

 >14 もう隠す気ゼロね……

 こうして客観的に見るとやばいわね私

 できるからしただけだけど

 そうそう14が黙っているけれどクロムも知ってるから教えましょう

 私の装備には異常性能があるわよ 味方のサポート向きだけれど

 

17名前:名無しの大盾使い

 蛇腹双剣→長さ以外目をつむろう……うん

 赤と青のオーラ→やっぱそれかっけぇな!

 ツキヨ本体→プレイヤースキルにステータスポイントって極振りできるんだな

 レイピアみたいな双剣→プレイヤーメイドだから良いんだ 金と素材量が異常だけど

 

 大盾→まあそういう装備もあるかもな……うん

 短刀→まああるかもしれんな

 メイプルちゃん本体→は?ツキヨ以上に は?

 どっちも本体のステとスキル構成が一番謎

 メイプルちゃんのVITいくつよ……

 ツキヨの回避能力なんなんだよ……

 

18名前:名無しの大剣使い

 >16 ぶっちゃけたな……サポート系のスキルだから今回は使わなかったと

 こうして見るとメイプルちゃん以上の異常を起こしてるけどツキヨってプレイヤースキル特化だとよく分かる

 メイプルはマジで歩く要塞だったからな

 マジで

 

19名前:名無しの槍使い

 >17

 レイピアみたいな双剣のことをなんでお前が知ってる

 

20名前:名無しの双剣使い

 メイプルにクロムが生産職を紹介した時に私はその生産職に双剣を受け取りに行ったから

 因みに蛇腹剣はダンジョンドロップよ

 オーラは秘密よ

 

21名前:名無しの弓使い

 なる

 ツキヨ様がマジでプレイヤースキルだけでペインに勝つ化物なのが分かる

 メイプルちゃんみたいにおかしな所がない

 だからこそメイプルちゃん以上にどうしようもないとしか……

 

22名前:名無しの魔法使い

 メイプルちゃんだが前にツキヨが言ったとおり単純なVIT値で受けてるっぽいよなぁ…

 っていうかメイプルちゃんの持ってるスキルに心当たりあるやついんの?

 魔法攻撃受けてる時とかなんかキラキラ光ってたし何かしらスキル使ってるのは確定

 

23名前:名無しの大盾使い

 状態異常→分からん

 防御力アップ→そんな硬くなるスキルあれば取ってる

 大盾→知らん

 

24名前:名無しの槍使い

 これ

 メイプルちゃんの持ちスキルが一個も分からん流石に基本的な奴は持ってるだろうけど

 メイプルちゃん固有のやつが本当に分からん

 

25名前:名無しの双剣使い

 ……一つだけ心当たりが無いわけでもないわ

 

26名前:名無しの大剣使い

 !?

 

27名前:名無しの弓使い

 !?

 なぜツキヨ様が 回避特化でしょう!?

 

28名前:名無しの双剣使い

 【大物喰らい】(ジャイアントキリング)

 特定条件下でステータスを二倍にするもの

 メイプルならほぼ全ての状況でステータスを倍にできる、わ……たぶん

 取得条件は教えない

 

29名前:名無しの大盾使い

 なるほど

 つまり最低でもVITは常に二倍になってると…

>28

 そのスキルはお前も持ってるのか?

 

30名前:名無しの双剣使い

 相手によってAGIが変わるのが辛いわ

 【廃棄】した

 

31名前:名無しの魔法使い

 なるほど

 極振りじゃないと使いこなせないスキルか

 

32名前:名無しの弓使い

 常にVIT二倍とか鬼畜過ぎんよー

 タイマン最強じゃない?

 

33名前:名無しの槍使い

 まじであり得る

 あの広範囲の状態異常攻撃をなんとかしないとまあまず勝てん

 致死毒とか言ってたし相当高位だろ

 それで疑問だがMPどうなってんの?

 MP足りないだろ絶対

 

34名前:名無しの大剣使い

 あれなー……たぶん大盾が魔力タンクになってる

 喰ったものを魔力にして溜め込む感じ

 

35名前:名無しの魔法使い

 じゃああの赤い結晶がそうか

 確かに魔法使う度に割れてたしな

 

36名前:名無しの大剣使い

 つまりメイプルちゃんは

 自分自身はあり得ない程の防御力であらゆるダメージをゼロにし

 その装甲を抜こうとした攻撃やプレイヤーをMPに変換し

 状態異常で叩きのめす

 とこういう訳だな

 

37名前:名無しの槍使い

 何そのラスボス

 鬼畜すぎんよー

 

38名前:名無しの弓使い

 メイプルちゃんにはツキヨ様も分が悪いのでは

 

39名前:名無しの双剣使い

 蛇腹剣で拘束する

 高威力の魔法で無理矢理突破する

 大盾に触れなければどうとでもなる

 防御を抜くだけなら可能

 他にも使えそうな手札はあるわ

 

40名前:名無しの大盾使い

 だめだ >39が一番のラスボスだった

 よく考えたらペインにタイマンでプレイヤースキルだけで勝つバケモノだった

 

41名前:名無しの弓使い

 誰も抜けなかった装甲を抜けると自信持って言える辺りやばい

 

42名前:名無しの大剣使い

 メイプルちゃんもツキヨも始めてまだそんなに経ってないのが一番やばいわ

 大型新人すぎる

 

43名前:名無しの魔法使い

 なお 片方は既に大グループのサブリーダーである

 

44名前:名無しの槍使い

 どうやったらそんな大成長遂げるんだよ

 

45名前:名無しの双剣使い

 なりゆきよ

 

46名前:名無しの弓使い

 既にトッププレイヤーだよなぁ……

 やべぇわ

 強くて綺麗で格好良いのと強くて小さくて可愛いとか最高かよ

 俺はツキヨ様一筋ですがね!

 

47名前:名無しの双剣使い

 褒め言葉と受け取っておくわ

 

48名前:名無しの槍使い

 見守ってやろうぜ

 ステが第一線級でも中身は初心者だ

 

49名前:名無しの大剣使い

 そうだな

 これからも各自調査を頼むぞ

 ツキヨもおもしろ……良い報告を期待してる

 

50名前:名無しの弓使い

 ラジャ!

 

51名前:名無しの魔法使い

 ラジャ!

 

52名前:名無しの槍使い

 ラジャ!

 

53名前:名無しの大盾使い

 ラジャ!

 

54名前:名無しの双剣使い

 おもしろいってなによ

 ……ラジャ

 

 

 

 

―――――――――

 

 

 

 

 ゲーム内でありながら、プレイヤーが立ち入ることのできない空間。

 そこではゲームを運営する者たちが神妙に話し合っていた。

 

「………やばくね?」

「ああ、やばい」

「何がやばいってあのやばいスキルたちを完璧に使いこなしてるってことだ」

 

 外野から見れば語彙力を失ったお前らがやばい、と言いたい。

 

「使い勝手の悪いスキル、取得条件が厳しすぎるスキル、デメリットの重いスキルばかりだもんなー」

「どうする?イベント前にスキル調整するか?」

「メイプルの方はできるが、ツキヨの取得スキルは無理だろ」

「だよなー」

「【殺刃】だって相応のデメリットを積んである。そう簡単に切れる手札じゃないはずだ」

「ボスモンスターすら即死させる一手だからな……デメリットを受けても問題がない状況なら、簡単に切れる手札とも言えるぞ?」

 

 【殺刃】のデメリット。使用後はステータスが12時間半減すると言うもの。

 運営は、即死スキルをいくつか導入していた。その中でもとりわけ使い勝手が良い代わりにデメリットが重く、取得条件の厳しさは最悪の【殺刃】。取れるプレイヤーがいることを運営は想定していなかった。

 故に、取得条件こそあるが、満たせる者はいないだろうという意味で、ツキヨは本当に想定外だった。

 

「だいたい、なんであれだけ弱点に当てられるんだよ……」

「【殺刃】取得にはレベル25まで弱点から外さず、レベル35までに五万回弱点に武器を当てる……どんな神経をしてたら可能なのかって話だよなー」

「レベル25まで弱点から外さないってのは頭おかしいし……【精密機械】もな。あれも誰も取れないだろうって入れた壊れスキルその2だろ?」

 

 その1は当然【殺刃】である。

 

「初日に取ったツキヨがヤバイんだ」

「今度実装予定の防御貫通の実験用に導入していた【切断】との相性は確かに抜群だよな……」

「あれ元々は防御貫通効果をどうやってダメージに反映するかのデータ収集の為に入れてたからな……普通なら殆どネタスキル状態で使い物にならないが」

「データ集め終わった後『貫通実装したら産廃だし、プレイヤーも取得できるようにしちまえ』なんて誰が言ったんだよ……」

「【切断】を取得してるプレイヤーは少ないが他にもいる。修正は難しいぞ」

 

 そう話していて、また新たな問題を思い出す一同。

 

「そうだ……どうする、防御貫通の実装」

「確か【刺突剣】は()()()()()()()()()()()()()()()()()だっただろ?」

「そうだよ!既に弱点へのダメージ極大化、防御貫通、攻撃無効に果ては即死スキルまで持っててもうスキル修正も難しいのばかりだ!【刺突剣】に防御貫通を付けたら完全な強化になる!」

 

 他の強力なプレイヤーは軒並み弱体化の傾向で行けるのに、ツキヨが持つスキルは弱体化のしようがない。

 【精密機械】は弱点から外した時のダメージ軽減率が大きすぎるくらい大きい。与ダメージが最高ダメージと比べ、およそ四分の一にまで下がるのだから。

 【切断】も普通の人ならラッキーパンチでしかない。第一として、弱点に正確無比に当てるのが高難度なのだから。

 【殺刃】は取得条件の厳しさ、使用後のデメリットを鑑みても現状でほぼ適正と言える。

 

「………もう、諦めようか」

「なんだと?」

「考えてみれば喜ばしいことじゃないか。俺たちの()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()とか予想外の無双よりずっと良い」

 

 無論、ゲーム的にではなく精神的に。

 

「それに見た目だけなら純白の戦乙女だ。メイプルも見た目は可愛い漆黒の大盾使いだ。綺麗系と可愛い系、白と黒、攻撃と防御で対照的な二人はトッププレイヤーとしてもいい宣伝になる」

 

 

 

 

 

 そう言うことで、ツキヨは今後も弱体化する可能性が低くなった。

 

 

――――――

 

 

「うわ……なんか私の二つ名増えてる……『比翼』?戦凍鬼よりはマシかな。

 ……こっちは『ミィ様についていきたい』スレ?しかもすごい盛り上がってるし【炎帝ノ国】は名前晒してるし……。

 晒してない人でも希望者が何人か……これ、明日ログインしたら参加希望者が一気に出てきそう……面倒だなぁ……」

 




 
 いつだったか書いた『まだ貫通実装前だぞって指摘はやめて』の理由でした。
 【切断】含めツキヨが取ってるスキルは、【俺たちの悪ふざけ】を作る運営陣故に、後先考えずに導入した結果、ツキヨみたいなバケモンが完成しちゃった的な。
 強い代わりにアホほど取得を難しくしてたのに、ツキヨがポンポン取るものだから、修正しようにも『もうこれで適正だよね彼女がおかしいだけで……これ以上の修正はただのゴミスキルだよね……』ってなった。
 次話はちゃんと物語進む……よ?多分!


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PS特化と更なる増加

 予告通りに投稿しました。
 あぁ、同日0:00にも上げているので、そちらを見てない方はそちらもどうぞ。
 まぁ、前話は箸休めみたいなものです。
 第一回イベントに(私が)気合入れすぎて、暫くはまったり行きます。
 アニメ11話。
 ペインが【断罪ノ聖剣】使っても、あれがツキヨならあそこからパリィできるんだよね……正直やりすぎたと思ってるw後悔はない!
 


 

 第一回イベントの翌日。いつも通りにログインしたツキヨをウォーレンが出迎えた。

 

「よぅ、待ってたぜ」

「……あら、待ち合わせなんてしていないし、今日はグループレベリングの日でもないわよ?」

 

 イベントの翌日とあって、一位に、それもペインを直接対決で倒してなったツキヨは非常に目立つ。ただログインしただけで注目を集め、ウォーレンが居心地悪そうにしていた。

 

「あぁ。悪いが【炎帝ノ国】関連で面倒ごとだ……と言っても主にアンタとミィ様が原因なんだが……」

 

 それだけで、何となくウォーレンの言いたいことを察したツキヨは、先んじて了承する。

 

「要はいつも通り、何時も以上ね。それとあれでしょう?『ミィ様についていきたい』スレ」

 

 昨日そのスレを確認していたので、ツキヨは容易に想像できた。

 何時も通りミィやツキヨに憧れ、メンバー入りを望むプレイヤーが来た。

 第一回イベントでミィとツキヨが活躍したため、その人数がいつも以上になった。

 そういうわけである。

 

「アンタもスレ見てたのか……その通りなんだが。噴水広場じゃ邪魔になるんで、結成式をやった講堂前に集めた。ミィ様が来しだい……」

「今日ミィは来ないわ。それに新規加入者の対応は私だけで十分でしょう……それで数は?」

「ざっと20」

「思ったよりは少ないわね。もしかしてウォーレンさん、選別してくれたのかしら?」

 

 ミィのカリスマ性とツキヨの実力は、多くの人を惹き付ける。ただ活動していた時でさえ、三日に一人は加入希望がいたくらいだ。ミィが積極的に集めた時はさておき。

 イベントで見たのならもっといるかもと思ったツキヨなのだが……。

 

「明らかに分かるような悪質プレイヤーか【炎帝ノ国】の知名度や恩恵にあやかりたいだけのバカを追い払っただけだがな」

 

 ツキヨとしては、それは非常に助かる。無駄な時間に割く労力は使いたくないから。しかし、サブリーダーとしてはやり方によってはグループに悪影響が出るため、諌める必要もあった。

 

「本当に助かるわ……だけど、力尽くで追い払ったりしてないでしょうね?【炎帝ノ国】にマイナスイメージが付きかねないし、ミィに飛び火しかねない。そういう輩の逆恨みは面倒なのだし、一度相談して貰いたかったわ」

「うっ……アンタをサポートするためが、逆に迷惑かけちまうとは……悪かった」

「……いえ。私個人としては、本当に助かった。ミィが引っ張り、私は調整役。そしてツキヨ(わたし)は、恨まれ役(ヘイト管理者)でもある。ウォーレンさんが無理をする必要はないわ」

 

 ウォーレンが本気で凹んだためツキヨは、それは自分の役目だと言って今後は必ず相談してくれるよう頼んだ。そして講堂がそろそろ見えるという頃。

 

「ウォーレンさん、割合は?」

「全員中立……と言いたいところだが5-4-1で中立とミィ様派が大半だな。ツキヨ派は表彰式でドSカマしたから少ねぇ」

「そう。私としてはイズへの感謝と挑んできたメンバーへの称賛、エールを贈っただけだったのだけれど。参加希望者には追加分のバンダナの素材集めで戦力、特徴を見るわ。今後のグループ分けに活用する」

「あれがエールと分かるのは【炎帝ノ国】のメンバーでも極一部のミィ派を除く奴らだろ。古参連中には未だにアンタを嫌ってるのいるからな。素材集めは了解だ。が、グループ数は4つ以上は増やせねぇ。一回の人数が増えるぞ」

「最近ではあなた達『幹部候補』への信頼も高まっているわ。パーティは最大十人で組めるのを8人3パーティにしてるのだから、3パーティフルメンバーで組めば問題ないでしょう」

「うへぇ……俺らにシワ寄せが来んのかよ」

 

 今は一度に凡そ50人がグループレベリングをし、その時には二グループに分けるため、一グループ三パーティにミィかツキヨと補佐二人ずつ付いている。

 それを一度に60人にして、三パーティフルメンバーにすれば、今までどおり補佐二人が一パーティずつ、ミィとツキヨが一パーティと全体指揮を受け持つ形は変わらないで活動が可能だ。

 

「指示出し、最初の頃よりもかなり良くなったわ。指導も的確になってきてる。人数が増えるから活動場所をいくつかに限定する必要があるけれど、基本は変わらないわ。バランス調整もこれから見た上で取る。精々『幹部候補』の負担は一人か二人ずつ増えるだけよ」

「指示も指導も、アンタからメンバーの特徴をその都度教えてもらってるからだがな。……っと、あれだあれ」

 

 講堂の前には、ウォーレンの言うとおり20人程のプレイヤーがいた。歩いてくるツキヨの存在に気付き、驚いているようにも見える。

 

「白銀だ……」

「あれはもう比翼だろ?」

「昨日のイベ、今でも信じらんねぇよ」

「ああ、俺もだ……」

「私も……」

 

 そんな声が聞こえてくる。ツキヨは彼らの前で立ち止まり挨拶した。

 

「はじめまして。昨日のイベントで私の顔と名前くらいは知ってるでしょうが、ツキヨよ。【炎帝ノ国】のサブリーダーを務めているわ」

「俺はウォーレン。ツキヨ様の補佐役だ。ま、お前らは大当たりの人に声かけたってことさ」

 

 ウォーレンの素性がかなりのものであった事に驚き、次にミィがいないことに戸惑いを見せる一同。なのでツキヨは、堂々と嘘をつく。

 今ですらミィは半分も顔と名前を覚えてない。そしてメンバーの増加はイベント前からある事なので、ミィもあまり気にしなくなっている。

 

「あなた達の様な新規の参加希望者については、その殆どを私に一任されているわ。ギルドのような明確な括りがない以上、参加希望者には門戸を広くしてる……もちろん、()()()()()()()

 

 最後の言葉で、空気が張り詰める。

 因みに完全に一任されているわけではなく、事後報告で許してもらっているだけだったりする。

 

「来る者拒まず去る者追わず。けれど()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……それが、【炎帝ノ国】(われわれ)の最低基準。ウォーレンがここに居ない数名を追い払ったのはそういう事」

 

 グループに属する以上、グループの恩恵は得られるだろう。だからこそ、恩恵だけを貪る愚者にはなるな。お前たちも、加わるのなら相応の働きをしてもらう。

 厳しくも冷徹にそう告げると、一人の初心者装備の魔法使いらしき少女が進言した。

 

「で、でも私まだ初心者です。相応の働きって言われても……」

 

 強くない自分には難しい。強くなりたいからここに来た。そう言いたい彼女に同調して、そうだそうだと騒ぐ面々。

 だからツキヨは、きちんとしたやり方で言い直すことにした。

 

「……言い方が悪かったわね。私が言いたいのは、それぞれが、それぞれにできる形で【炎帝ノ国】に貢献して欲しいということ。そして、恩恵だけに甘える愚か者に開ける扉は無いということ。生産で、素材集めで、仲間との協力で。初心者なら仲間から情報を得て、協力してもらい……次に新たに初心者の加入があった時に彼らを支えてもいい。やり方は本当に何でもいい。皆が楽しく、居心地のいい場所。それが【炎帝ノ国】が掲げる方針なのだから」

 

 少しだけ雰囲気を和らげて紡ぐ言葉に、参加希望者は目を奪われた。

 昨日の表彰式とはまるで別人。どちらか演技でどちらが素なのかわからない。正解はどっちも演技だが。

 

「それで良いと言うのなら、これから【炎帝ノ国】のメンバーとして、共にゲームを楽しみましょう。歓迎するわ」

 

 一番にツキヨに進言した、度胸ある魔法使いの少女に手を差し出し、握手を求めた。

 

「は、はい!よろしくお願いします!」

 

 ちなみにこの時、中立だった内の半数が潜在的ツキヨ派になった。

 

「賛同してくれるなら、全員私とフレンド登録をしましょう。そしたらこれからどのくらい戦えるのか見るのを含め、あなた達の分のバンダナ(これ)の素材集めに行くわ」

 

 

―――

 

 

 参加希望者の中には、あのイベント直前に始めたため、まだレベル1のプレイヤーもいた。一人ひとりのレベル、使用武器のみ聞き、最大限の安全を確保しつつ素材が取れるフィールドに向かう。

 

「と言っても、安全は私がいる限り問題ないわ。必ず守るから、存分に戦ってちょうだい」

 

 現最強プレイヤーにこう言ってもらえるほど、安心できるものは無いだろう。

 20人は安心して素材のある地域まで戦闘し、素材を集め、戻ってくることができた。

 

「装備は一週間も掛からないでしょうから私が生産職に渡し、完成次第連絡するわ」

 

 全員の戦い方を見ることもでき、顔と名前も一致させた。後はそれぞれのバンダナを作ってもらうだけだ。因みに既にバンダナの作成はウェインさんではなく、【炎帝ノ国】生産職メンバーに頼んでいる。スキルレベルを育てるのに丁度良いとか。

 

「今回集めてもらったのは、いわばメンバーであることの確認証。NWOにギルドが実装されるかは分からないけれど、グループメンバーとして互いに認識するためのものよ。基本的に装備するかは自由だけれど、必ずインベントリにしまっておきなさい。今後、グループ統一装備作成会議を開く。その時に提示してもらうことになるわ」

『分かりました』

「今日はお疲れ様。次にログインできる時を連絡した人から解散して構わないわ。それまでにレベリンググループを組んで、メッセージを送っておくから」

 

 それだけ連絡し、一人ずつの連絡だけ頭に入れて、この日は解散。後日というか明日、現実の方でミィに追加メンバーの報告をする事を忘れないようにしたツキヨは、解散と言ったのに残ってるウォーレンに気づいた。

 

「今日は助かったわ。ウォーレンさんも予定になかったのに協力してくれてありがとう」

「いいや。元は俺に声を掛けてきた連中だ。それなりに面倒は見るさ。それより、ログイン直後に声かけちまったからアンタは気づいてねぇだろうが、運営から通知が来てたぜ」

「運営から?」

「あぁ。説明はいるか?」

 

 通知を開いても良かったが、折角なのでウォーレンさんから聞いても良いだろう。

 

「頼むわ」

「おう。内容は二つ。一つは近日中に第二層を実装するってこと」

「今が第一層だから、行ける層が増えるということね」

「そういう事だな。んでもう一つだが、昨日のイベントが想像以上に盛り上がった事を受けて、運営がイベントの開催頻度を上げるってことだ。多分だが、イベントの反響にはアンタとペインの戦いが大いに影響してるぜ」

 

 うーん……イベントだから盛り上がりを期待したのは否定しないけど、今後のイベント頻度を上げることまでは予想できなかったなぁ。ゲーム内最高レベルで一位濃厚だったペインを直接倒し、その上で大差で一位になればそうもなるのかな?

 イベント頻度が上がるってことは、その間の準備期間が短くなるってことだよね……。第二回までに統一装備を作りたいんだけど、ウェインさんや生産職メンバーと相談だなぁ……。

 

「そう……第二回イベントまでには統一装備を揃えたいと思っていたのだけれど、メンバーの生産職プレイヤーと話し合う必要がありそうね」

「そんな急がなくて良いだろ。素材も資金も馬鹿にならねぇしな」

「既に要望が出てから二週間以上経っているのよ。装備デザインや性能、前衛と後衛での差異など詰めることは多々あるわ。第一回イベントがあったから先送りにしていたけれど、そろそろ着手しないといけないわ」

「なるほどねぇ……確かに、グループであると示すには統一装備が必要か。で、どうするんだ?」

 

 本当にどうしよう。装備作成には相応の時間と資金がかかる。一ヶ月は掛からないだろうが、二、三週間は見ておいた方がいい。それに現状で最低基準を満たすなら、かなりの種類、量の素材も必要。二層が実装したら新素材の情報を集める?その間に第二回イベントの告知が来たら本末転倒……。

 

「……第二層の実装予定は?」

「次の日曜だ」

「第二回イベントは?」

「明確には発表されてねぇ……が、二層実装から一ヶ月ほど先って話だ」

 

 と、なると、正確な告知が出た時点で作成を始められればギリギリ間に合うということか。

 明日ミィと相談して、放課後に色んな人とコンタクトを取る必要があるよね……状況によっては生産職メンバーに頑張ってもらうことになるし。

 確か明日と明後日は【裁縫】や【鍛冶】【彫金】系のスキルを持つ生産職メンバーがいる。そこで確認を取ったほうが良いかな。

 

「……二日程、時間をちょうだい。第二回イベントに向けて装備作成を進めるか、第二層の攻略をするか。両方は時間的に足りないから、ミィに相談して纏めるわ」

「あいよ」

「二日間だけだけれど、ウォーレンさんには私の代わりにグループを指揮してもらうことになる。安全のためにいつもより浅い所で構わないから、生産職メンバーのスキル上げになるような素材採取を頼むわ。糸系、毛皮系、鉱石系のいずれかで」

「了解だ。アンタがいねぇのに無理するバカなんていねえからな。そういう意味じゃ、ミィ様以上に信頼されてるぜ」

 

 それは……褒められているのか貶されているのか分からない。いや、そんなに嬉しくない時点で褒められてはいないよね。

 

 

 

―――

 

 

 

「へぇー!第二層が実装かぁ!」

 

 その翌日。もはや恒例となった朝の話し合いの中で、昨日はイベント疲れでログインしなかった美依に二層の事を話していた。

 

「うん。それと、イベントの開催頻度も上げるってさ。第一回が反響だったらしいよ」

「へぇー…やっぱりあれ?予想に反してツキヨがぶっちぎったから?」

「そうかも。ペインさん強いし上手かったよ。()()()()()()()()()()()()()()とはいえ、完璧に対応してきたし。あれは《神速反射》じゃないと躱せなかった」

「あれを平然と躱す月夜がおかしいんだけどね……動画見て、知ってるのにびっくりしたもん」

「ふふっ、ありがと……それで話を戻すんだけど、第二回イベントまでに統一装備を作りたいんだ。結成式で要望があってから二週間過ぎてるし、二週間前ってことはイベントで最短でも二ヶ月近くが過ぎちゃう。それは流石に待たせ過ぎちゃう」

「確かに……しかも装備に着手してると、第二層の攻略が疎かになる。どっちかしか選べないし、装備作成にはそれなりに時間もかかる、かぁ」

 

 そうなんだよねぇ……。第二層攻略を諦めるなら、相応の建前が必要になる。それに【炎帝ノ国】には初心者もいるから、戦力的に全員を二層に挑戦させるわけに、も……戦力……?

 あ……

 

「ねぇ美依、要はきちんとした理由で二層攻略を延期して、装備を作れれば良いんだよね?」

「そうだね。二層攻略自体はいつでもできるけど、イベントに間に合わせて装備を作るなら、なるべく早い方がいいもんね」

 

 つまり、優先順位は装備作成。私や美依、他にも何人かは自前で一式揃ってるから二層に挑んでも良いけど、しばらくは個人個人で挑んでもらった方が縛りすぎなくていい。

 

「なら、こうしない?」

 

 そうして美依に思いついたことを話し、確認を取った上で今日から着手できるようになった。

 




 
 おかしい…元々ウォーレンさんの立ち位置にはヴィトさんを想定していたのに、いつの間にかヴィトさんが空気になってウォーレンさんがツキヨの右腕として頑張ってる……。
 書くこと無いし折角なので、拙作での第一回イベントの順位でも発表します。
 理由は、作中でイベント順位を掘り下げる可能性がほぼ0だから。

1位 ツキヨ
2位 ドレッド
3位 メイプル
4位 ミィ
5位 ペイン
6位 ドラグ
7位 カスミ
8位 シン
9位 ミザリー
10位 クロム
11位 マルクス
12位 フレデリカ
13位 ヴィト
14位 ウォーレン

 という感じ。
 ここまでの半数を【炎帝ノ国】がランクイン。
 普通に強いです、彼らは。
 特にウォーレンさんは、ツキヨちゃんの補佐を始めてからの伸びが凄かったり。その辺も近いうちに深堀するよ!
 また【炎帝ノ国】全体として、鬼の副長(ツキヨ)がいることで個々人の強さ、グループの人数が原作よりも地味に上がってたり。
 そこもどのくらい強いのか、とかを近いうちに掘り下げようかな、と。


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PS特化と生産職

 ストックはまだあるけど、結構減ってきてる。
 今月投稿したら、暫くストック貯めるために失踪するかもしれない。
 一応、そうならないようには頑張ります。
 


 

 ミィに話しをして、昨日の時点で今日明日の活動をウォーレンさんたちに頼んだ日の放課後。

 ログインした私は、昨日連絡を入れた生産職の【炎帝ノ国】メンバー数人と対面していた。

 場所はミィとよく来る喫茶店とはまた違う所だが、大通りから裏道に入った所にある隠れ喫茶。

 ミィと行く方は紅茶が美味しく、ここはコーヒーが美味しい。紅茶派の私も時々は足を運ぶ場所。ミィはコーヒーが飲めないから来ない。

 

「さて。連絡したのが昨日だったのに、今日はよく来てくれたわね」

「いえ。元々今日はログインしていましたし、予定と言ってもスキル上げに素材を使い潰すくらいしか無かったので」

「それに、こんな雰囲気のいい喫茶店が街の中に合ったとは知らなかったですからね」

「俺はそれだけでも満足だわ」

 

 口々にそうやって返事をくれるため、不満ではないことが分かって少し安心した。

 

「ここのコーヒーはかなり美味しいから、私も偶に通うのよ。ゲーム内なら金銭的にも痛くなく、カフェインの過剰摂取にもならないし」

「ははっ、そりゃ確かに」

 

 ここにはミィ派もいるが、それは比較的最近加入したプレイヤーで、私を怖がる人はいない。

 怖い存在とは思われているだろうが、今は演技こそ継続しているが適度に緩めている。

 

「……なんというか、ツキヨさんってもっと怖い人だと思ってました」

「実際レベル上げは容赦ないけどな」

 

 不本意な言葉が聞こえた気がするので、あえて乗っかろう。

 不敵な笑みを浮かべて、心底楽しそうにっと。

 

「ふふっ……演技という訳ではないわ。あれはあれで楽しいもの」

「……ドSサブリーダー…」

「聞こえてるわよニール」

「ひゃっ……」

 

 凄みを効かせて軽く睨むと、緑の長髪を首の後ろで纏めた彫金系プレイヤーのニールが小さく身体を縮こませた。

 コーヒーを飲んで少し間を取る。ふぅ…紅茶にはない苦味が冷静さを取り戻してくれた。紅茶は紅茶で香りでリラックスできるから大好きだけど。

 

「冗談よ。楽しいのは本当だけれど、息抜きもしている。それだけのことよ」

 

 それだけ言って、物凄ーく優雅さを意識してもう一口だけコーヒーを飲む。うむうむ美味しい。

 それに合わせるように、先程まで僅かに張り詰めていた空気が弛緩し、五人の雰囲気が和らぐ。

 取り敢えず全員の注文が届いたので、昨日の新規参入者から受け取った素材を渡し、バンダナの依頼をする。今日はそれが本題じゃないし。それだけならいつでも渡せるし。

 今日はログインしていない生産職のメンバーはあと三人。今日は五人いるけど、装備を作るには【裁縫】や【彫金】を持つこの八人だけが頼りになる。本当に早く進めなくては。

 

「さて、時間は有限。早速始めましょうか」

「確か、【炎帝ノ国】の装備のことですよね?」

「その通りよ。【炎帝ノ国】全体の戦力の底上げのために、ステータスにも力を入れた統一装備。

 第一回イベントが重なったから先送りにしていたけれど、第二回イベントにはデザインを統一した装備で挑みたいというのがミィと私の考え」

 

 それが、昨日ミィと話したこと。個人の戦力が足りない?なら底上げしよう。何で?装備で!という単純なお話だ。それに

 

「またそれだけじゃないわ。

 装備を整え、全体の戦力の上げることで二層攻略の速度が大幅に上げられる。二層に上がるにはダンジョンボスを倒す必要があるけれど、それへの勝率も上がる」

「確かに戦力を上げるっていうのは大事ですね」

「でもそれ、二層に上がってからじゃ無理なんですか?」

「バカお前。いつ第二回イベントが来るか分かんねぇんだぞ?時間的に厳しくなる可能性もある。装備作成はそんな短時間じゃねぇんだからな」

「あっ……だからサブリーダーもこんな早く俺たちに持ちかけたってこと、ですか?」

 

 私から一方的じゃなく、生産職のプレイヤー同士でも話が進んでいく。ちゃんと今この話題を持ってきた理由を理解してくれたようだ。

 

「えぇ。私は生産職ではないからどの程度時間がかかるのか予想ができない。あなた達五人と、明日話す三人。計八人を中心に装備作成を勧めてもらうことになるわ。その時にかかる日数の最長と最短を教えてちょうだい」

 

 最短でどれだけかかるか。だがそれは彼ら彼女らの時間を使い潰してできるものだ。当然後半になるほどクオリティは落ちる可能性がある。逆に最長でもクオリティは保持できてもイベントに間に合わない。

 この塩梅を調節して、素材集めも作成会議もする必要がある。

 そう聞くと、五人は顔を突き合わせて相談を始めた。その間私はケーキでも食べてよう。ここは全額私が持つと言ったので、五人にも追加で好きに頼んでいいと言った。

 

 

 そうして五分ほどの間があって、一人が代表して口を開いた。

 

「いくつか確認したいことがあります。良いですか?」

「どうぞ」

「まず、装備の種類は何を予定していますか?」

 

 まぁ当然だよね。種類によって使う素材も量も全然違うし、大きな物ほど時間もかかる。

 と言うことで、ここからは実物のデザインを見せたほうが良いだろう。

 

「少し待ちなさい。既に受け取ったデザイン案をいくつか見せるわ」

「あるんですか!?」

「えぇ。希望したくせに誰もデザイン案を出さないから、ミィと私で一部メンバーに依頼した物が数点」

 

 本当はミィは関与せず、私の方で例の四人に書くように言ったのだが、言わなくてもいいか。

 それをインベントリから取り出し、あれらの前に並べる。ってすごい食い入るように見てるね。さすが生産職。

 

「……なるほど。大まかにですが、前衛は所々に装甲のあるコート、後衛はローブですか。配色は紅白で縁起もいいと思いますね」

「なぜ、配色が逆になっているのがあるので?」

「要望が二通りあったからよ。ミィの炎に合わせた赤い装備と、私の白銀に合わせた白い装備。そのどちらもが要望にあったけれど別々に作るわけにもいかないでしょう」

「だからデザインを統一して、配色を逆にしたものというわけですか」

「基調を赤に縁取りに白と、白基調に縁取りが赤。デザインはシンプルに収めたわ」

 

 指示したのはツキヨだが、そこから四人でブラッシュアップしていった結果だろう。コートもローブもデザインは統一した。アーマー部分も相方の色……つまり赤基調ならアーマーは白く、白基調なら赤で統一し、見事に調和していた。何より紅白カラーで縁起もいい。

 色の割合は7:3でバランスを重視し、見栄えも良くしている。これ以上基調の色が多くなると派閥色が強くなり、少ないとそれぞれのイメージにあった装備という要望に応えられない。

 

「これ、私みたいな中立のプレイヤーはどうすれば……」

 

 明確……と言うほどではないけど、基調がしっかりと別れてるから、調和路線なのは見て分かっても、どっちを選べばいいか分かんなくなるよね……。

 

「好きな方を選んでもらおうと思ってるわ。けれどこれが悩みどころなのよ。もう一セット、色の比率を同じにしたものをデザインして、完全中立装備を選べるようにした方がいいのか、又は裏地を白にするという方向でもいい。加工が手間になるなら中立はミィイメージの赤に統一してもらってもいいと思ってる。その辺りは、今度開く会議で纏めるつもりよ」

「分かりました」

 

 中立の中学生くらいのプレイヤーであるリンに納得してもらった所で、一番端に置いておいた最後の装備デザインについて声をかけられた。

 

「この炎をバックにした白い双剣がデザインの……バッジ、ですか。これは?」

「装備の基調に左右されない、バンダナに変わる確認証よ。自分の装備を持っているものも多いので、装備品もあった方がいいでしょう。当然、ステータスも相応に拘るわ」

「あ、それが二つ目に聞きたかったことです。素材によってある程度ステータスは決まるんですけど、ステータスの最低値があれば、それによって素材も変わるので」

 

 それは聞いたことがある。

 ステータスが高ければ相応の素材が必要になる。ステータスによって素材が決まると言っていい。

 

「知ってるわ。上げるのはコートはSTRとVIT。ローブはINTとMP。最低でも全て+25。バッジは全員が使えるようHPとAGI。HPは+100以上。AGIは+20以上と言ったところよ」

 

 コートは前衛向きで、弓使いにとっても命中のDEXより威力を上げるためにこの方が良いだろう。ローブはそのまま後衛特化。

 バッジはHPが増えれば当然死ににくくなるし、AGIが上がれば移動速度が上がる。AGIはおまけ程度で、敏捷特化プレイヤーには使い勝手がいいだろう。HPが増えるのは単純に嬉しいし。

 

「二つのステータスを上げるなら、それなりに種類も量も必要ですね……」

「だが前衛後衛ともにバランスのいいステータスだろう。+25というのも、一つのステータス特化には劣るが十分だ」

「でも、それが最低基準でいいなら、素材は集めやすい物でも十分だと思うよ?量は必要になるけど」

「元々100以上も作るんです。多少量が増える程度誤差の範囲でしょう」

「バッジには【彫金】いるよね。AGIを上げられる鉱石も採取は楽だよ」

 

 むむ……また会議が始まった。こうなると私にはどうしようもないんだけど……。いや、その前に言っておかないといけない事が一つあるんだった。

 

「会議するのも良いけれど、その前に一つ」

「あ、すいません」

「なんですか?」

「まだこれはデザインとして提出された草案なので、今度開く会議で正式決定するのよ。確かにそれまでに最低限必要な素材は纏めておきたいけれど、制作期間がどれだけ必要なのか、最初にかけた問いを答えてちょうだい」

「そ、そうでしたね」

「すっかり忘れてました……」

「デザインが良かったから……つい」

 

 デザイン原案を指示したのは私だから、なんとなく気分がいいから許すけど。元から怒ってはいないしね。

 

 それから数分。顔を突き合わせて話し合う彼らを見ている。結果として答えを示されるまで、それほど時間はかからなかった。

 

 

「これが最低基準でいいなら、三週間って所ですね。俺たちは【高速作業】っていう生産スピードを上げるだけのスキルを持っていて、これは同じ作業の繰り返しをする時に速度が上がるので、かなり早く進められます。それにデザインが統一なら、二人ずつ分担して4種類制作してもいい。それなら一人あたり15個以下で終わります」

「加えて、コートやローブを15個作るだけなら、二週間程度しか掛かりません……ただ、バッジが未知数です。【彫金】でできるでしょうが、如何せん作ったことが無い。なので、念の為一週間。計三週間の時間があれば可能かと」

 

「それは……最短?」

 

 驚くべき速さだったので、さすがに驚く。演技で隠しながら、最短か最長が問うた。

 

「コートやローブについては最長でも二週間を少し超える程度でできます。ただ、バッジは本当に未知数です。早く済めば全体で三週間。場合によっては一ヶ月かかるかもしれません」

 

 ……最悪、バッジそのものは目立たないから後回しでもいいか。見た瞬間に見えるもの(コートやローブ)を最優先しよう。

 それだけなら素材集めに一週間かかっても十分にイベントに間に合わせることができる。

 

「バッジは最悪イベントに間に合わなくて構わないわ。確認証代わりなのだから、現状バンダナで事足りる。コートとローブが予想以上に早くて嬉しいくらいよ。それなら今週末に会議を開き、素材集めを来週から始めてもイベントに間に合わせることができる」

「バッジは本当に遅れても良いんですか?」

「えぇ。HPが増えることに喜ぶプレイヤーは多いでしょうが、一番作業が細かいバッジを全員分用意となると、あなた達の負担が大きくなる。それは避けるわ。バッジは第二回イベントが終わった後にでも少しずつ作ってくれれば良い」

 

 バンダナの【MP+10】も私はかなり助かっている。バッジにAGI補正を入れたのなんて半分私の希望だし。だから、バッジは私とミィが協調姿勢を持ってるという意思表示でもある。ミィ派ツキヨ派中立と別れているのではなく、これだけは全員が平等になって装備する考えで行きたい。だからこそ、生産職の彼らには拘りを見せてもらおう。

 

「そちらから聞きたいことはまだある?」

「いえ。後は会議の時に他のみんなで詰めてもらえれば大丈夫です。ただ、あまりに突拍子もない意見は即刻否定しますよ?」

「構わないわ。リンがデザインを褒めてくれたのだし、コレ以上に良いデザインが出ない限り決まりでしょう。あまりに生産職を思いやらないステータスを希望するなら会議からも締め出すわ」

「そ、そんな私は……」

「いや、俺もこのデザインなら作りたいって思うぜ?リーダーのイメージもサブリーダーのイメージも壊さずにキレイに纏まってる」

「ステータスもこれ以上を求めると、時間的に不可能ですからね。制作資金も跳ね上がりますし」

 

 っと、そうだ資金についても聞くつもりだったんだった。

 

「そうそう忘れていたわ。その資金は、どの程度かかるかしら?」

「バッジは第二回の後で良いんですよね?」

「えぇ。コートとローブ、それぞれ一つずつの資金よ。全員で素材集めをし、同額ずつ集めるわ。もちろんあなた達からも集めることになるけれど、装備作成で最も負担の大きい生産職から多くは貰わない。他のプレイヤーの半額にするわ」

「い、いいんですか?」

「別に俺たちは出しても…」

 

 それは私が、そして訳を言えばミィだって許さないんだなー絶対に。

 

「いいえ。いずれバッジ作成もしてもらうとなると、しばらくの間あなた達の生産活動は【炎帝ノ国】関連が中心になる。コートとローブは期限を設ける以上負担は大きくなる。なら、資金と素材という点だけは、その多くを他のプレイヤーが背負うべきよ。これは、ミィも同じ意見をする」

 

 緩めていた意識を戻し、いつも通りかそれ以上に真剣かつ冷静に告げると、私の意思が伝わったのか五人とも納得してくれた。

 

「では、およそどの程度の資金が必要なのか教えてちょうだい」

「……そうですね……このレベルの装備は、素材の種類も量もかなり使います。現在のトッププレイヤーが使う装備の型落ちくらいでしょうか」

「だな。一式揃えるなら250万。体装備は武器の次に比重が大きいから、大体50から60万ってところじゃないか?」

「グループ装備としては最高級だろ。これだけで相当な戦力アップになる」

「コートはアーマーの素材もいるから、少し資金上がるぜ。と言っても5万くらいだが」

「逆にローブは糸、毛皮系の比較的採取しやすいモンスター素材で作れるので、5万Gくらい安くなります、よね?」

 

 ……全体を統合すると、一着の平均は高くても60万Gで収められるっていうことか。人数の増加を見込んで、既に装備を持っている人を除外して、多めに見積もって凡そ120着。金額にすれば7200万G。

 

「そう、ありがとう。一人あたり100万G程度ずつでもお釣りが来るのね。助かるわ」

「いえいえ。私達は事実を言っただけですから。それに、低ステータスなら一式揃えられるに近い資金額ですから、かなり高いですよ」

「生産そのものに金がかかるからな。どうしても資金だけは必要なのがいてぇわ」

 

 100人で割ったら一人720000G。生産職の金額を半分にし、全員でカバーしても100万に届かない。これなら素材集めと並行で資金集めすれば大丈夫だと思う。

 全員分の装備となるとやっぱりそのくらいは必要なんだなぁ。でも普通のプレイをしても一ヶ月もしないで貯められる額でもある。

 特にグループでよレベル上げで得た素材の大半を生産職メンバーに渡すか売り払うかしているから、全員かなり持ってる……と思う。私の個人資産なんて八桁見えてるし。

 

「これなら後は、残りの三人に同じ説明をするのと、作成会議で皆を黙らせるだけで済むわ」

「他の生産仲間への説明なら俺らでやっとくぜ?サブリーダーは会議の準備でもしてな」

「はい。見せてもらったデザイン、どれも気に入りましたから」

「だね。赤と白の比率を同じにしたデザインも作ろうぜ。ツキヨさん、中立デザインも作った方が良いかもとか言ってたが、それ俺らでデザインさせてくれないか?基本デザインは統一して、配色のみ変えるから」

「助かるわ。それなら全員が好きなタイプを選ぶことができる上に、間を取り持つデザインも必要でしょう。……けれど、その分あなた達の負担が増えるわよ?」

 

 流石に三パターン6種類の装備をつくるのは大変だろうと聞いたのだが、帰ってきたのは笑顔だった。

 

「はっ!作るなら楽しんで作った方が良いものができる。ツキヨさんならリーダー派、サブリーダー派、中立の人数を把握してるだろ?それに全員とフレンド登録をしてるから、どのデザインにするか希望を取ってもいい。むしろその辺の調整はツキヨさんの負担だぜ?」

 

 言ってくれる……。確かにミィ派ツキヨ派、中立の人数は把握してるからおよその数は分かる。どのデザインが良いかアンケートをフレンドメッセージで送れば、数の変更も容易だ。100人分のカウントが面倒なだけで。

 

「……良いわ。全員分の希望を取って、素材集めの期間内にまとめてあげる。素材集めが終わったら、残りの三人を含め、働いてもらうわよ」

 

 

『はい!』

 

 

 そうして翌日の【炎帝ノ国】の活動は参加でき、ミィに話して統一装備作成会議を第二層実装の前日、土曜日の夜に開くことを連絡した。




 
 アニメで出てる【炎帝ノ国】のデザイン統一した全身装備は、流石に100人超えちゃってるから時間的に厳しそう。
 第二回イベントにも山場を一つ想定してるんですが、それまでは結構グダグダするかも。
 あぁ、あとツキヨちゃんに新しいスキル考えてるんですけど、それの名前が思いつかない。
 そろそろ、この容姿にしたフラグ回収しないといけないのにー……

 って感じで少し行き詰まってて、更新頻度が落ちるかもしれません。

 同時投稿で『現実の分まで仮想世界を走り回りたいと思います。』を投稿してます。


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PS特化と装備会議

 本気で4月に入ったら失踪してしまいそうです
 というのも、書けない。
 いや、ネタはある。書きたい話は、私の中に沢山あるんですよ。ただ、その話を書くまでの繋ぎの話が書けない……。
 書きたい描写は沢山あるのに、そこに繋げられないから話が続かない……
 


 

 よく考えたら、統一の希望ステータスより高い装備を持ってる人は装備しないため、その分装備する人の負担が増えるよね……まぁ、一人60万ずつ集めて、多めに見積もった分は私が出してもいいんだけど。

 いっそ自分の素材は自分で集めさせる?いやいやそれじゃ個人の装備で良いよね。

 面倒だけどミィと私で方針を示して、『幹部候補』もパーティリーダーにして分担で素材集めないと。本当に面倒だけど。

 今日は会議の日。取り敢えず生産職のメンバーと話した内容で皆を納得させ、来週で素材を集めきる。そしたら再来週から二層に上がれる。

 早いとこ、この面倒なだけで結末の決まった会議を終わらせよう。

 

「なんで一時間も前から俺は講堂前でスタンバイしてるんですかね、ツキヨ様よ?」

「そんなの受付だからに決まっているじゃない。その首に付けたバンダナは何のためにあるのか知ってるでしょうが」

 

 そんなわけで、一時間前からいつもの……と言うには使用二回目だけれど講堂の前にウォーレンといて、【炎帝ノ国】メンバーが来るのを待っている。

 因みに他にもミィ、生産職のメンバー、デザインした四人には先に来てもらった。今は打ち合わせを行ってる最中だろう。

 やることの無い……というか私のやる内容はもう決まっているので、打ち合わせにも参加せずこうして『幹部候補』五人と受付をしていた。

 

「分かってはいるが、ツキヨ様何もしてないでしょう?少なくとも見た目上は」

「確かに人数確認のマルクス、他プレイヤーの邪魔にならないよう誘導するミザリーとヴィト、列の最後尾に立ってるシン、受付のウォーレンと、私はやることないわね……見た目上は」

 

 因みになぜウォーレンさんが受付なのかと言うと、私の次にプレイヤーの顔と名前を覚えているからだ。私に付いてほぼ全員と一度以上顔を合わせ、私からプレイヤーの名前と特徴を何度も教えられ、メンバー100余名の四割程を覚えたという。

 

「ウォーレンしか私以外にメンバーの多くを覚えているのがいないからよ。あなたの足りない分を私が補い、足りてる分もダブルチェックする。それで完璧」

 

 正面上、私はウォーレンさんから少し離れた後ろで壁に寄りかかり、腕を組んでるだけだ。受付して中に入っていくメンバーも気にはしてるけど、さっさと中に入っていくし。

 主に私とウォーレンさんが見てるのはなりすまし防止のため。実際、グループレベリングの時に腕に赤いバンダナを付けて参加しようとしたプレイヤーがいた。

 その時は私もいたからすぐ撃退したけど。

 

 それもあって、私はバンダナの柄と持っているプレイヤーの顔をチェックしているわけだ。ウォーレンさんは私が万が一見落とした時のバックアップ兼偽装受付である。

 

 今並ん出るのは20人くらい。開始の三十分ほど前からメンバーが集まり始め、次々に入れてるけど今がピークの時間かな。あと15分くらいで……

 

 

 

 そこで見えたのが、四人のプレイヤー。

 男三人女一人で、()()()()()()()()()()()

 

「まさか、こんな形で会うなんてね」

 

 彼らは()()()()()()()()バンダナをウォーレンさんに見せ、自然体を装って中に入ろうとする。まぁ、ミィ派でも一番煩い四人だ。私の招集をボイコットするくらい予想してた。

 私の脇を通り過ぎ、何食わぬ顔でいる先頭の人の腕を掴む。突然のことに驚いているけれど、私に逃がすつもりはない。

 

 

()()()()()()()()()

「………ツキヨ様?」

 

 ウォーレンさんも状況が飲み込めてない。というか、こういう可能性があるとは伝えていたけど、本当にあるとは思っていなかったんだろう。

 

「い、いや。何言ってるんですかツキヨ様。俺ですよ、オルグです」

「……ウォーレン」

「……俺はまだ半分もメンバーを覚えてねぇからな。その中の奴らだと思ったんだが……あぁ。そいつ等はちげぇや」

 

 だぁいせいかい。

 流石に名前を聞けば分かるか。当然だけど、少し前までは一緒にいた人たちの名前だもの。

 オルグというプレイヤーは本当にいる。でも、この人じゃない。そして、後ろの三人も。

 

「オルグ、クロード、ナタク、マギ……確かに【炎帝ノ国】のメンバーに四人とも存在するわ」

「な、なら……」

「でも、()()()()()()()()

 

 四人ともミィ派の古参連中。私を毛嫌いする面倒な奴ら。表向き指示は従うけど裏で私のことを色々と吹聴してるのは知ってる。

 でもまさか私とミィが実害を受けた人たちが、ここに来るなんて、ねぇ?

 

「依頼でも受けた?ただの友人?……どちらでも良いけれど、私は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 私の言葉に、並んでいた他のメンバーが驚いたような表情を浮かべているが、今はそんなことどうでもいい。

 

「……ツキヨ様が何言ってるか分かんねぇよ。俺たちが偽物?ははっ、証拠でもあるんですか?」

「証拠も無しに言わないでもらいたいわ。事実、バンダナはちゃんと見せたでしょ?」

 

 逆にそれが証拠なんですけどね……。

 

「バンダナの柄……」

「は?」

「うわ……やっぱマジで覚えてたのかよこの人」

 

 ウォーレンさん酷い。まだ少し疑ってたんだ。

 だったらもう一度言ってあげる。あの時よりも更に情報を集め、できる限り全て覚えた。

 

 

「本当に決まっているでしょう。【炎帝ノ国】に所属する全プレイヤーの顔と名前、使用武器、グループ内での交友関係に立ち位置、戦い方、パーティの練度、そして所持するバンダナの柄……()()()()()()()()

「うーわ……精度上げてやがるこのサブリーダー様。記憶力も化物ですか」

 

 

 私の声が聞こえる範囲の人、皆絶句してるし。

 言わないけど、ミィのサポートに本気を出した私はこのくらいするよ?リーダーが演技で内心泣き言だらけなんだから、サブリーダーとしてきちんと支えるために努力を惜しんでないだけだよ?

 表情に焦りが浮かんでるけど、私まだ根に持ってるんだよねぇ……初日にされたこと。

 

「私はメンバーを呼ぶ時、必ず名前を呼んでいる。当然、顔も覚える」

 

 後ずさりする彼らに、一歩詰め寄る。

 

「でも、あなた達は知らない」

 

 もう一歩。

 

「もう一度だけ聞くわ。あなた達はだれ?」

「「「「…………」」」」

 

 ……これでも割らないかぁ……。なら、仕方ないよねぇ?

 

「ふふっ……そう言えば、いつから私にも『様』と呼ぶようになったか、参考までに教えてもらえる?かねてより私を毛嫌いし、これまで()()()()()()()()()()()()()()()()のに」

「っ!」

「本物なら声をかけても『……なんですか』で終わりよ。気にしてないしどうでも良いけれど」

 

 けど、この人たちがいるのだけは不快感しかないんだ。悪いけど。

 

「ツキヨ様、聞いてもいいか?」

「何ウォーレン。受付を続けてて」

「いや、ツキヨ様さっきこう言ったろ?こいつ等を【炎帝ノ国】に入れないと決めていたって。そりゃどういうことだ?」

 

 あぁ。思わず口が滑って言ったことか。なら彼等を追い詰めるための、最後の答え合わせも一緒にしようか。

 

「ふふっ……そうそう……偽オルグさん。()()()()()()()()()()()()()()()()

「あの、時……?」

 

 今でも覚えてる。顔も覚えたんだから。

 

「あら?忘れられているとは悲しいわ。……4週間と10日前、あるいは5週間と3日……38日前とも言いましょうか」

「なんでそんな正確なんだよ……」

「あなた達、西の森に居たでしょう」

「そんな前のことをいちいち覚えているわけがないだろう!」

 

 いいや。あなたなら、次の言葉を言えば、きっと思い出す。思い出させる。

 

「『たのんだ』……そう言われて()()()()()()()()()()()()()()()()……実に手間取ったわ」

「は?モンスター……なっ、ななな、なんっ、はぁ!?ま、まさか……っ!!」

 

 一気に顔色が悪くなる四人。どうやら思い出したみたいね。ふふっ、ざまーみろ。こちらの苦労をようやく仕返ししてあげる。

 

「ログイン初日。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()を殲滅するために、かなり苦労したわ?」

「なるほど。そりゃツキヨ様も入れたくない訳だ。ツキヨ様の信条である、『他者のプレイに実害を齎した悪質プレイヤー』なんだからな。ついでに言やぁ、ミィ様も同じ害を被ってる。拒否するのは当然か」

「あの時、モンスターの横から逃げながら片手を上げ、『たのんだ』と口にしたあなたの顔、よく覚えているわ。当然、あなた達が【炎帝ノ国】に入らないよう注意もしていた。それなのに……」

 

 こんな形で接触するなんてねぇ?

 

 

 そう言って、口の端を歪める。お前ら何様?どの面下げてここに顔出してんの?ミィと私のことバカにしてる?

 

 

「あまり……私を舐めるな」

 

 

 全力の殺気を伴って放った言葉が決定打となって、四人は腰を抜かした。

 

 

 

―――

 

 

 

 あー疲れた。あれだけ脅せば馬鹿なことをするプレイヤーはいないでしょ。ずっと忘れずにいた仕返しもしたし、彼らは人柱になりましたとさ。

 

「ウォーレン、先に中に入るわ。あと宜しく」

「あぁ…時間までには受付を終わらせて、ヴィトたちと中に入るわ」

「頼むわ」

 

 あ、そうだ。

 まだ青い顔で腰を抜かしてるし、最後の忠告だけしていこう。本物のオルグたちを呼んでもらわないといけないし。私から脅してもいいけど面倒。

 

 

「二つだけ言い忘れていたわ。一つ。今すぐ、オルグたちを呼び戻しなさい。ログインしていることは知ってる」

 

 フレンド登録しているから、ログイン状況も少し分かる。コクコクと何度も頷くのを確認してから、二つ目に入る。

 

「二つ目に……」

 

 腰を抜かし、足元が覚束ない偽オルグに近づく。それだけで恐怖が浮かんでるけど無視。

 

「あなた達が今後、NWOを続けようとやめようと興味ない。けれど()()()【炎帝ノ国】(わたしたち)()()()()姿()()()()()()()()()()()()()

 

 偽オルグにだけ聞こえるよう、顔を寄せてもう一度だけ殺気と共に囁く。

 

「……二度目はない。次は全力で排除するわ……この世界(NWO)から」

「わ、わかった約束する!二度とあんた等には関わんねえ!バンダナ(これ)も返す!」

「バンダナはあなた達で本人に返しなさい。その程度の手間は自分で払え」

 

 ふぅ……これで手打ちにしてあげるかな。ちょっと脅し過ぎな気もするけど、イラッとしたから仕方ない。反省も後悔もしない。

 

「では、今度こそ残りは宜しく」

 

 

 

 

 中に入り、ステージの裏に向かうと、ミィが緊張気味にスタンバイしていた。

 近くに他のプレイヤーもいないので、ここは小声だけど素で大丈夫でしょ。

 

「ミィ。今からそんな緊張しててどうするの?というか先に話すの私なんだけど」

「わひゃっ……ツキヨか、ビックリした。だってツキヨいないと演技に気を抜けないし、みんなの尊敬の眼差しを耐えるのが大変なんだよぉ……」

「相変わらず素と演技の差が物凄いよね……まぁ、何時も通りで良いよ。今回、基本的な進行は私だし、生産職としての意見も八人が言ってくれるし、デザイン案を出した四人は……まぁ、余計な事はするなって言ってある。あの四人、全メンバーを納得させる説明も準備してたんでしょ?」

「うん。みんなが来る前の最終打ち合わせで読ませてもらった。『ミィ様(わたし)ツキヨ様(ツキヨ)の協力が更なる【炎帝ノ国】の成長を促す。そして、二人をトップとして皆が協力できるグループになることを祈願した』とか『様々な意見を合一化させるために基本デザインを統一し、カラーの比率をミィ様(わたし)ツキヨ様(ツキヨ)に寄せる』とか。もちろん今後の発展を願って、紅白カラーで縁起も担ぐっていうのもあったよ」

 

 大体予想通りだし、ツキヨ派に頭の硬い人は殆どいない。中立が気にするのは大きく二つ。

 性能か調和。前者はグループの対立とかに興味のない、純粋に強くなりたい人。後者はグループのミィ派ツキヨ派というものを不安視し、仲良くしたい人。

 前者はあの性能なら問題ない。後者も生産職のメンバーが中立デザインを提出した。迷う人はそれにすればいい。願わくば、両派の間を取り持ってください。

 問題はミィ派だけど、オルグ達のような極一部を除いて、今は殆どがミィに憧れて集まった人たちで、私に悪感情を向ける者は少ない。

 極一部たちの横槍さえ叩き潰せば問題ないだろう。多数決は偉大です。

 

「他にデザイン案やステータス案を提出した人はいない。その場のノリや勢いでの提案、実現に相当な資金又は時間の必要な提案は却下。これは生産職からの意見を取り入れれば良い」

「後は、なぜ二層が実装するタイミングなのかの説明だね」

「そう。それはミィから言ってもらうけど、分かってるよね?」

「うん。一つは第二層に上がる前に、初心者も一定以上に戦力を上げるため。二つ目に第二回イベントでは統一装備で挑むために、早い段階で準備すること。最後に、先に装備を作ることで戦力強化し、第二層を効率よく攻略すること」

 

 問題無し。仕込みは十分。後は馬鹿げた案が出たら生産職と私で叩き潰す。それだけで、最初にデザイン案を提示した段階で決まったも同然。

 

「さて。そろそろ時間だね。ウォーレンさんたちも受付を終えて戻ってきたし、始めよっか」

「うん。行ってらっしゃい!」

 

 

 ふふっ……さぁ出来レースを始めよう。

 

 照明が当たるステージに上がると、100余名の視線が一気にこちらに向く。

 全体を見渡すけれど、オルグたちの姿はない。間に合うとも思わない。そして遅れて来たとしてもその時点でほぼ決定させる。

 

 

「さて、皆には長らく待たせてしまったけれど……統一装備を作成するわ。

 これより、それに伴う会議を始めましょう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 予定通り、大局は揺るがず。

 

 デザインは草案で決定され、ミィイメージ、ツキヨイメージ、半々の三パターン6種類に。

 

 オルグたちが遅れてコソコソと入室したが、既に決議が終わった後。

 

 第二層への攻略は一週間遅れて参入することになり、明日から素材集めが始まる。




 
 ツキヨちゃんの記憶力は、カナデ未満で常人より上です。
 流石にカナデには一歩及びませんが、総合力でぶっちぎってます。
 というか、カナデは瞬間記憶がえげつないけど、ツキヨちゃんは印象的なことへの長期記憶がえげつなかったり。
 分野違いだから比較できないね。

 VR系の二次小説って、オリジナルのクエストだったりダンジョンだったりを考えるのが意外と大変で、第二回イベントの中でツキヨちゃんたちが潜るダンジョンだけでもメッチャ苦労してる。
 ただ、他の部分では書きたい話が沢山あって、ダンジョン攻略とかが書けなくて……と、現在ストックを切り崩してるけどだいぶピンチ。
 


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PS特化と回避特化

やっと出したいキャラ最後の一人出せたー的な。
 


 

「ふんふふんふんふーん」

 

 第二層が実装された日、多くのプレイヤーが二層に行くためのダンジョンに挑んでいる中で、ツキヨは真逆の方角である南の地底湖に足を向けていた。

 目的は統一装備の素材集めである。

 

「動物系の素材はミィじゃ焼き尽くしちゃうし、簡単に量を集められるのは初心者やオルグたちに任せるから……」

 

 昨日、会議をバックレて替え玉を用意した本物のオルグたちには、集めるのは楽だが一番量のいる素材を初心者を率いてやってもらっている。もちろん、『幹部候補』を交代で一人で見張りにつけ、妙な真似はしないようにした。

 他にも生産職メンバーの指示で鉱石採取班。

 空いている『幹部候補』及び高レベルプレイヤーが協力しての採取が比較的難しい素材班。

 ツキヨやミィも全体の進捗確認のために全体を見て回るが、基本的にいつも忙しい二人には、それぞれ簡単だが量のいる、ただし量も集めやすい素材を集めることになった。

 二人共簡単なので素材集めの一週間の内、半分は演技しないで大丈夫な一人行動である。

 

「私は地底湖で白い鱗。ミィイメージと中立の前衛装備のアーマー素材。ミィは魔法系のステータスが上昇する樹皮素材。どっちも採取しやすくて数も集めやすい。いやはやたまにはこんな風にのんびりできて嬉しい限りだよ」

 

 

 そう口ずさみながら地底湖にまでやって来ると………なんか黒い人型にモンスターが群がってた。

 

「………うん、メイプルだ」

 

 寝てる?いや、ぼーっとしてる感じだけど何してるんだろ?モンスターに襲われる事に快感を……そしたらメイプルちゃんを今後直視できなくなるんだけどさ……。

 

「え、えっと………メイプル、よね?」

「ふぇ……?あ、ツキヨさん!」

 

 やっぱり黒い鎧だしメイプルちゃんだったけど、本当に何やってるの?

 

「えぇっと……モンスターに群がられてるのは、普通の人なら一瞬で死ぬわよ?流石の防御力ね……じゃなくて」

 

 あまりに不可思議で理解不能な行動過ぎてパニックになってる。落ち着け私。私はツキヨ。常に冷静さを崩さず冷徹に敵を狩る女剣士。

 

「……ここで何をしていたのかしら?見た所、ただ寝てるだけにしか見えなかったのだけれど」

「あはは……実は何か新しいスキルが見つからないかと思って!」

「そ、そう……」

 

 もうこの子分かんない……。

 

「こうやって……【挑発】!……来た来たぁ!これで耐えてたら、防御系のスキル取れそうじゃないですか!?」

「そ、そうね……楽しそうで何よりだわ」

 

 自分から大量のモンスター呼び寄せてるし……それでスキル取れるの?いや、前に何十匹ってモンスターの中で寝てたや。メンタル鋼鉄ででもできてるのかなー……。

 

「そうだ!ツキヨさんに言いたいことあったんです!良いですか?」

「な、何?」

「イズさんのお店で教えてくれたこと、ありがとうございました!ツキヨさんのお陰で装備も手に入って、強くなれましたから」

 

 あぁ、なるほど。私が言ったこと実行したんだ。ってことはやっぱり予想通り、予想以上の進化を遂げてたのねメイプルちゃん。

 

「と言うことは、メイプルの装備もユニークシリーズなのね。流石だわ」

「じゃあやっぱりツキヨさんもなんだ……えへへ。ありがとうございます」

 

 基本良い子なのに、どこかネジが一本抜けてるのがメイプルちゃん。天然で突拍子もないことを平然とやるのがメイプルちゃん。それが平常運転これが日常………うん。やっぱりこの子おかしい。

 

「じゃあ、私はこの奥の地底湖に用があるの。もう行くわね」

「あ!地底湖には私の友達もいるので、一緒に行きます!」

 

 かぁぁいい……じゃなくて。本当にメイプルちゃんって人を疑わないよね……。まぁそれが良いところだから、ぜひそのまま可愛くいてくれと思うけど。

 

「そう言えばフレンド欄にパーティを組んだマークが出ていたわね。その子かしら?」

「はい!サリーって言うんですけど、今地底湖を潜ってると思います!」

「潜る……」

 

 潜ってるってことは、あの洞窟見つけたのかな?私は青銀色の鱗を集めるために放置し、一度だけ見たけど迷路みたいで時間的にもスキルレベル的にも諦めた水中洞窟。

 

「サリーが言うには、現実で出来ることは、ある程度VR世界でもできる……?らしいです!プレイヤースキルっていうやつで!」

「知っているわ。私、一部で『プレイヤースキル極振り』なんて呼ばれているもの」

「極振り!ツキヨさんも極振りなんですか!?」

「ステータスは普通よ。私の戦い方がプレイヤースキルに依存しているから、そう呼ばれているだけ。事実、プレイヤースキルでこの前のイベントでペインに勝ってから、そう呼ばれだしたのよ」

 

 『も』って言うことはやっぱりメイプルちゃんはVIT極振りなんだ……。思い切りがいいよね。

 

「ペイン……?」

「有名なプレイヤーは知っておいた方がいいわ。ゲーム内最高レベルプレイヤーで、第一回イベントでは一位確定と目されていた人よ。私が直接倒してペインのポイントを三割奪った。結果ペインのポイントは獲得の七割に落ち、五位に転落。繰り上がりでメイプルが三位になった」

「あれってそういうことだったんだ……じゃあツキヨさんが私を三位にしてくれたってことですね!」

「偶然よ」

 

 どちらかといえばミィと表彰台に上がりたかったし!ドレッドさんもできれば倒したかったけど時間足りなかったし!

 

 

「ぷはっ……!はぁ……はぁっ……ただいまーメイプル。……その人は?」

「おかえりサリー!この人はツキヨさんだよ!ツキヨさん、こっちは友達のサリー!」

 

 メイプルと地底湖のほとりで話していると、茶髪の可愛いというより格好良い系の子が水から出てきた。装備は初期装備ってことは友達っていうのは現実の方でもかな。

 

「はじめまして、私はツキヨ。双剣使いよ」

「確か…第一回イベント一位の『比翼』ですよね。サリーっていいます。武器は、短剣」

「へぇ、良く知ってるわね。初期装備ということは始めたばかりでしょう?」

「それなりに調べてますから」

 

 なるほどなるほど……?短剣使いって事はAGI特化かな?泳げるってことは多少はAGIとDEXにステータスあるってことだよね。メイプルちゃんが火力持ってるから、短剣使いでも良いのか。

 

「それで、ツキヨさんはどうしてここに?今日から二層が実装されてますし、そっちに行くと思っていたんですけど」

「【炎帝ノ国】は知ってるかしら?」

「エンテ○?」

 

 私を知ってるなら、ミィも知っててほしかったよ……。メイプルみたいな反応してるし。

 

「国民的ゲームの方ではなく。炎の帝で炎帝よ。私の友人がリーダーを務めるNWO最大にして唯一のグループ。参加人数は100人を超えるわ。そのグループで統一装備を作ることになり、私たちは素材集めというわけ」

「なるほど……私、たち?」

「安心していいわ、今は私一人。ここにも、素材の白い鱗を取りに来たってわけ」

「一人で全員分ですか?」

「ま、そういうことね」

 

 言いながら、地底湖の水面に釣り竿をぽちゃんと落とし、ものの数秒でかかる。

 

「ほいっ」

「はやっ!?」

「AGIとDEXが高いとあんなに早くかかるんだ…」

「とまぁこう言うこと。他にもメンバーの一部に『いつも忙しいリーダーとサブリーダーは偶には楽をしてください』と言われたのも原因だけれど」

 

 内面はわかり易かったけど。どうせ私かミィが引率で連れていけば、強い敵と戦わされる。それが面倒だったんだろうなー。

 

「サブリーダーなんですね」

「えぇ。成り行きだけれど」

「サリー、ツキヨさんは私にユニークシリーズのこと教えてくれたんだよ!」

「ツキヨさんが?」

 

 ……そのツキヨ『さん』っていうの、やっぱり慣れない。というかサリーちゃん見てて思うけど、多分年同じくらいだ。敬語もやめてもらいたい。メイプルちゃんは中学生にも見えるのになー。

 

「その、ツキヨ『さん』というの、いらないわ。おそらく年も同じくらいでしょうし、敬語もなしで構わない」

「えっと……全然年上に見えるんだけど……ツキヨさんいくつ?」

「16」

「うそ!?」

「本当に同い年なんだ……。じゃあお言葉に甘えて、ツキヨって呼ばせてもらうね」

「こちらもサリーと呼ぶわ」

 

 心の中じゃサリー『ちゃん』だけど。

 なんて話しながら、30匹ほど魚を釣った所で、青い鱗を持つ魚が釣れた。

 

「えぇ!?なにそれ!」

「綺麗な青色の鱗だね」

「白い魚の群れのリーダーね。かなりのAGIとDEXが無いと釣れないけれど、その分青銀色の鱗は素材として良いものよ」

 

 私には必要ないから、サリーちゃんにでも記念にあげよう。

 

「……良いの?」

「メイプルは知ってるでしょうが、イズが作った双剣にかなりの量使われているわ。もう私には不要なものだし、釣りでは滅多にかからないわ。水中だと水に溶け込んで見えないし。市場にあまり出回らないことと、素材としての質も高いから、街で売れば高値で買い取ってもらえるわよ」

「だったらどうして……」

「既にそれを使った装備を持っていること、もう一つは、それを売っても私にとってははした金だわ」

「お、お金持ちなんだ……」

「ゲーム内はモンスターを狩ってお金を貯められる。その意味では、誰でもお金持ちになれるわ」

 

 それと長が釣れちゃったからこの辺は暫く釣れないし。……そうだ。私が釣りしててサリーちゃんに釣り針が当たったりしたら嫌だから、私も潜ろうかな。

 

「サリー。あなたまた潜るかしら?」

「え、そりゃあ潜ろうかなとは思うけど……」

 

 視線を地底湖の、それも一点に向けられた方向が、明らかに私の知ってる洞窟にあった。

 

「水中洞窟なら知ってるわよ」

「っ!……知ってたんだ?」

「青銀色の鱗を釣るのは時間がかるから、私もここを泳いだのよ。その時に見つけたわ。けれど素材集めに専念して、洞窟そのモノは放置した。一目見た時に迷路状で時間がかかると分かったもの」

「そっか……。もしかしたらもうクリアされてると思って焦ったぁ……」

「私のユニークは別の場所よ。【水泳】【潜水】もレベルは高くない。ここの事は誰にも話していないから、クリア者は誰もいないはずよ。だから安心して攻略していい。私は白い鱗の為に潜るだけだもの」

「そういうなら、まぁ良いか」

「え、えっと……つまりどう言うこと!?」

 

 あー…なんか私を怪しんでると思ったらそういう事か。サリーちゃんは私と同じなんだね。相方がなんだかんだ心配で、どうしても世話を焼いちゃう。

 やり方は違うけど、考え方も違うけど、()()()()()()ってことだけは一致してる。

 そしてメイプルちゃんは気付いてない。

 さて泳ぐから、VR的に意味はないけど準備体操を軽くして、行きますかね。

 

「ふふっ……二人の仲が良いということよ。じゃ、私は潜るわ」

「あ、私も行く……メイプル、時間測ってて」

「わかった!行ってらっしゃーい!」

 

 

 ざぶん、と水の中に入ると、地底湖の冷たさが全身で感じる。露出多いしけど着衣泳だし。でも水着みたいで重くはない。

 サリーちゃんは潜ると、目の前にいる魚だけ手早く倒して洞窟の中に入っていった。これなら邪魔は入らないね。

 

 ここの魚なら【血風惨雨】で蹴散らせるけど、手の内を見られる危険は減らしたいなぁ。

 

「双剣で良いか」

 

 取り敢えず『薄明・霹靂』を抜き、そっと近寄る。水の抵抗が大きいので、斬撃はしならせるだけ。だから突く。

 

「ほっ……よっ、はっ!」

 

 群れ単位だから青い長を探す必要もない。次々に仕留め、白い鱗を集める。

 うん。やっぱり釣りの動作がない分、そして二匹以上を同時に仕留めることもできる分こっちの方が早いなぁ。

 あ、【血塗レノ舞踏】と【剣ノ舞】発動してる。魚を倒す時に多少移動するだけで回避判定入ってるんだ。まぁこれ以上の攻撃力は今いらないし、適当に解除しておこう。

 

 そして、15分ほど魚を斬っていると、サリーちゃんが浮上してきた。休憩かな?スキルのレベルは上げ始めてるけど、そんなに育ってないんだね。

 私は今【水泳Ⅴ】【潜水Ⅴ】で最大25分潜っていられるけど、もう150匹近く倒したから少し休憩しよー。

 

「二人共凄い潜ってたね!サリーも15分だよ!」

「ツキヨはスキルレベル低いんじゃないの?」

「高くはないとは言ったけど、低いとも言ってないわ。半分よ」

「あぁ、なるほど。余裕ありそうだし、まだ潜れるんだね」

「最大25分ね。ただ、ギリギリまで潜ると精神的に負担があるため、少し早く切り上げるのよ」

 

 この調子なら一回フルで潜れば200枚は取れる。必要枚数は一人30枚で30人程度……まぁ、あと五、六回潜れば溜まるかな。

 余裕あるし、ゆっくりやろー。

 

「悪いけど、私も明日も素材集めにここに来ることになるわね」

「別に私達だけの場所って訳じゃないし……良いよねメイプル?」

「うん!ツキヨなら全然大丈夫だよ!」

「助かるわ」

 

 

 こうして、私とサリーちゃんはフレンド登録をした。




 
 拙作だと、メイプル、サリー、ツキヨ、ミィは16歳で扱ってます。
 原作の時間軸だったり、おおよそ解ってる季節だったりからの自己解釈です。
 もしかしたら原作で出てるかも?それなら私見落としてるな!まぁ気にしないけど!

 一回、間違えて『現実の分まで』の方に予約投稿しちゃって本気で焦った。
 


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PS特化と二層へ

 何気に、まともにボス戦って初めてでは……
 


 

 地底湖でメイプルとサリーに出会った日曜日から数日で、ツキヨは白い鱗を必要数揃えることができた。また第二回イベントの予定がその間に発表され、統一装備の用意に【炎帝ノ国】全体として意識が高まっている。

 

「今日で私の素材集めは終わったわ。サリーは地底湖攻略、まだ掛かりそうね」

「だねー……スキル育ってきて20分近く潜ってるけど、大丈夫かなぁ……」

「無事でしょう。【水泳Ⅹ】【潜水Ⅹ】まで育てれば、40分近く潜れるのだから」

 

 最大までスキルレベルを育てれば、個人差はあるがそのくらい潜ることができる。サリーはまだどちらもが【Ⅴ】。育てればまだまだ長く潜ることができるだろう。

 

「私は他にもやる事があるから、今日でお別れ。メイプルも頑張りなさい」

「うん、ツキヨもありがとね!地底湖に来る間とか、ツキヨが居て助かったよ」

 

 ここ数日、三人は時間を合わせてログインし、一緒に地底湖に向かっていた。お陰でツキヨはメイプルの異常性とサリーの高いプレイヤースキルを見ることができた。

 

「こちらこそメイプルの【悪食】には驚いたわ」

「ツキヨの蛇腹剣凄かった!」

 

 お互いにお互いの凄い所を褒めているが、ツキヨに関してはサリーも舌を巻いた。

 数百メートルにも達する長大な刀身を自在に操り、向かってきたモンスターを魔法すら届かない遠距離で仕留める。一撃で弱点を穿つプレイヤースキルの高さに。

 

「ぷはっ……はあ…はあっ……っ!メイプルー時間はー?」

「23分だよ!かなり伸びたねサリー!」

「うーん……会った時のツキヨと同じ【水泳Ⅴ】【潜水Ⅴ】まで育ったけど、少しツキヨに届かなかったかー……やっぱり個人差あるね」

「十分でしょう。スキルレベルを最大にすれば、40分は潜っていられるでしょうね」

「んー……まぁそれだけあればいけるかな?まだ全然攻略進んでないけど」

 

 地底湖から出たサリーと言葉を交わし、十分すぎるくらいだと告げる。

 そして、サリーの休憩が終わったことを見計らい、ツキヨが立ち上がった。

 

「……さて。メイプルには言ったけれど、ここでの用事は終わったわ。【炎帝ノ国】でやる事がまだあるから、もうここには来れないわ」

「分かった。ツキヨ、ありがとね」

「私の素材集めでもあったのだから、感謝する必要はないわ」

 

 むしろ自分の方こそ、いずれトッププレイヤーになるだろう実力を見せてくれてありがとうと言いたいツキヨ。

 メイプルの異常性しかり、サリーのプレイヤースキルしかり。どちらも【炎帝ノ国】の即戦力になる。できればこれからも一緒に遊びたいと思うツキヨだが、二人は自由気ままの方がいいとも思う。だから、この場での勧誘は諦めることにした。

 

「では、もう行くわ」

「うん!またねーツキヨ!」

「ばいばい」

 

 

―――

 

 

「はぁ……楽しかったけど気が休まらなかったなぁ……。メイプルちゃん良い子だけど……同い年に『良い子』は無いか」

 

 ツキヨは、演技を段階的に使い分けている。

 最近ではあまりやらなくなった、煽り罵るのがデフォルトの冷酷剣士の演技。

 物凄く厳しく、基本命令口調な最も長い時間行う演技。

 そして、口調と雰囲気こそ崩さないが、性格は比較的柔らかく思考が素に近い演技。

 

 ここ数日メイプル達といた時は、一番ストレスのない素に近い演技。

 とはいえストレスが無いわけではなく、素に近いからこそボロを出さないために気を使っていた。だから、少し気疲れがある。

 

「ま、それも一先ずおしまい。久しぶりにミィと遊びますかねー」

 

 ツキヨとミィは素材集めが予定よりも早く終わり、この後に一足先にこっそり二層に行くためのダンジョン攻略をする約束をしていた。

 明日からは各素材集め班の見回り兼お手伝いをする予定である。

 街中で演技は切れないが、一緒に行くダンジョンでは別。多少プレイヤーもいるだろうが、バレなきゃ問題ない。

 

 ということでやってきたいつもの隠れ喫茶には、既にミィが来ていた。結構遅かったのか、既に食べきったあとのお皿が置かれている。

 ツキヨは飲み物だけ注文して席についた。

 

「着いたの、ずいぶん早かったんだね」

「ツキヨが行ってた所より私の方が街から近いからね。素材も簡単に集められたし」

「ミィが集めた樹皮って確か、一度に大量に手に入るんだったっけ」

「そうそう。トレント一体からたくさん手に入るからさ。MPポーションを沢山買って【炎帝】で焼き尽くしたら2日で終わったよ」

 

 その光景は、きっと山火事に近いものがあったのだろうとツキヨは思った。

 

「こっちは私が【水泳】と【潜水】持ってたから良かったけど、そうじゃなかったらもっと時間かかったよ。あとメイプルちゃんに会った」

「ふーん……メイプルちゃんって前回三位の大盾でしょ?私ダメージ殆ど受けずに撃破数2000だったから、メイプルちゃんと僅差だったんだ。あと少しで三位だったから悔しい!」

「あらら。それは残念。もしかしたらミィとの表彰台があったんだね」

「ツキヨがペインを倒したからだけどね」

「イベントを盛り上げるために、最終決戦的演出をしたら勝っちゃったってだけだよ。メイプルちゃんの方が異常性高いし。地底湖でもおかしな事してたんだよ?」

「気になる!」

 

 よほど気になるのか、はたまたもっと話したいのかミィが追加でフルーツケーキとミルクティーを注文したので、ツキヨもチーズケーキを追加した。

 

「地底湖に着いた私が目にしたのは、メイプルちゃんがモンスターに(たか)られてる姿だった……」

「なにそれ!?」

 

 

 そうして互いに何をした、メイプルちゃんが変だった、メイプルちゃんの友達も凄かったと話し、最後にはやはり、この後に行くダンジョンの話になった。

 

「【炎帝ノ国】のメンバーには悪いけど、これも()()()()()()()()()()()()()()()()()です」

「威力偵察の『威力』が高すぎて()()()()()()()()()()()()()()()()だけだから、仕方ないよね」

「そうそう。攻略の糸口だけ掴んで撤退のつもりが、()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 人はそれを()()と言うのだが、楽しそうに話す二人に割って入るプレイヤーはいない。

 だってここ、隠れ喫茶なので。

 誰も知らないだろう穴場なんだもの。

 

「ふふふっ……」

「あははっ……」

 

 一応()なのだが、企むような黒い微笑を浮かべる二人は、全く同時に立ち上がった。

 

「「さて、行こっか!」」

 

 

――――――

 

 

 

「到着!」

「よーし、早速入ろうツキヨ!」

 

 目の前には、石造りの遺跡の入り口がある。

 情報通りなら、ここが二層に繋がるダンジョンであり、二人はそれぞれの得物を構えて道を歩く。

 ツキヨが前で、ミィが後ろ。防御面に不安があるが、戦力的に全く問題無い布陣だった。

 そうして少し歩くと、目の前にモンスターが現れる。見た目は少し大きめの猪で、大きな牙を持っている。突進は威力も高そうだ。

 

「ミィ」

「うん!【ファイアーボール】」

 

 ミィが撃ち込んだのは最も威力が低い魔法だったのだが、ミィの高い【INT】が【殲滅者】で二倍になり、【炎帝】と【属魔の極者】で威力が四倍。計八倍にもなっている【ファイアーボール】はオーバーキルだったらしい。猪は一瞬で倒すことができた。

 ミィにとって、猪は脅威じゃなかった。

 

「つよっ。【ファイアーボール】であれって【炎帝】とか火力あり過ぎじゃない?」

「ふっふっふ……火力は有って困るものじゃないんだよ?ツキヨ!」

 

 そうこうしてる内に二体目が飛び出し、今度はツキヨが相対する。

 

「【飛翼刃】っと……ほい!」

 

 ツキヨのイメージの通りに動く刀身が、ぞろりと鎌首を持ち上げて一直線に猪に肉薄し、突進中に開いている口腔(弱点)を貫いて蹂躙。これまた一撃で粒子に変えた。

 

「うわ…ツキヨの【飛翼刃】の精度凄いよね」

「流石にずっと使ってれば慣れるよ。両手でも自然に扱えるよう頑張ったからね。今じゃ半径20メートル圏内は私の領域!」

「おぉ!格好いい!」

 

 自分を中心に直径40メートルは余裕で弱点を狙えるようになったツキヨにしてみれば、真っ直ぐに突進するだけの猪は脅威じゃなかった。

 

 それから、分かれ道を情報を頼りに右へ左へと少しずつ奥地へと進んでいく。

 

「おっ!別のが来た!」

「熊かぁ……現実じゃ絶対相手したくないよね」

 

 ゲームだから安心である。

 と、そう安心も束の間。

 熊がその太い腕をブンッと振ると、爪の形をした白いエフェクトが飛んでくる。

 

「っ!【水君】!」

 

 それに対してツキヨは高圧水流の円盤を正面に、()()()()()()()()()()。そうすることで【水君】は盾の役割を果たし、水流の壁を爪の攻撃が乗り越えることは無かった。

 

「遠距離攻撃を持ってるんだね……」

「うん……ってかツキヨ。【水君】って防御もできたの?」

「ミィの【炎帝】だって敵の攻撃呑み込むじゃん。同じだよ」

「な、なるほど……?」

 

 敵も敵の攻撃も全てを飲み込み焼き尽くすのが【炎帝】。なら、同じことが【水君】でできない訳がないのである。

 

「じゃ、これでおしまいにしようかな」

 

 左手の水円刃を盾のように正面に構え、右手のそれを熊に飛ばす。縦横無尽で予測不可能に、緩急をつけてフェイントを混じえ、熊を終始混乱させつつ、その首を斬り裂いた。

 

「うーん……やっぱりこれに対応できたペインがおかしかったんだね……」

「しかもペインって人、両手分を同時に対処したんでしょ?人間やめてるね……あ、ツキヨもか」

「そんなこと言うのはこの口かなぁ……!?」

ふぉ()……ふぉふぇんなふぁい(ごめんなさい)

 

 頬を思いっきりムニムニするツキヨと、涙目で謝るミィ。お互い本気でやっていないので、ただじゃれ合ってるだけだったりする。

 

「まったく……次はミィが相手してよー?」

「あぅ……ツキヨ、ことあるごとにほっぺ摘むの禁止!」

「それは私にミィとのじゃれ合いを禁止するってこと……!?」

「他にもやりようあるよね!?」

 

 その後もじゃれ合いつつ奥へと進んでいくツキヨとミィ。ダンジョンはそこまで深くなかったようで、10回ほど戦闘を挟んだだけで、ボス部屋に到達することができた。

 二人は流石にじゃれるのはやめ、その大扉をぐっと開けて中に入る。

 

 中は天井の高い部屋で奥行きがあり、一番奥には大樹がそびえ立っている。

 二人が部屋に入って少し進むと、背後の扉が閉まって撤退できなくなった。

 

「そういえば、扉が閉まる(これがある)んだから威力偵察とか言う言い訳、使えないね」

「……まぁ、『皆が安全に倒すための攻略法を見つけたかった』とでも言えばいいよ」

「……ツキヨ、口はよく回るよねー」

 

 ボス部屋にいながら落ち着いて、余計な緊張をしない二人。毒竜相手に周回をするくらいにはボス戦への気負いなど無かった。

 そして

 

 大樹がメキメキと音を立てて変形し、巨大な鹿になってゆく。

 樹木が変形して出来た角には青々とした木の葉が茂り、赤く煌めく林檎が実る。

 樹木で出来た体を一度震わせると大地を踏みしめ、二人をにらみつける。

 

「来るよ!」

「援護任せる!」

 

 鹿の足元に緑色の魔法陣が現れ輝き出す。

 それが戦闘開始の合図となった。

 

 鹿が大地を踏み鳴らすと魔法陣が輝き、巨大な蔓が次々に地面を突き破って現れ、ツキヨ達に襲いかかる。

 

「【フレアアクセル】!」

「私に当てたいなら10倍持ってこーい!」

 

 ミィは【フレアアクセル】による加速力で攻撃範囲から外れ、ツキヨに至っては歩いて鹿に近づきながら紙一重で躱し続ける。

 それにより【剣ノ舞】を上げる。

 また、それだけじゃなくもう一つのオーラも高まっていた。

 

「流石ツキヨ。あの密度の攻撃の中で【血塗レノ舞踏】も上げてる……」

「見えてるからねー。今のウォーレンさんの方が攻撃としては鋭いよー」

 

 【血塗レノ舞踏】の赤黒いオーラも蔓を躱しながら、その蔓に一太刀入れ続けて高める。

 しかも大きな回避行動は取らず、常に一定のペースで接近すると来た。人間やめてると言うミィの考えは正しい。

 

「援護するよ!【遅延】解除!」

 

 ツキヨを巻き込む事を一切考えず、ダンジョン攻略の道中でため続けた【遅延】による【ファイアーボール】の弾幕を惜しげもなく開放。

 都合100発の炎弾を発射すると、ツキヨはそれを【跳躍】で回避して鹿の側面に回る。

 

 しかしその炎弾は、鹿の目の前で緑に輝く障壁に阻まれて消失した。

 

「ツキヨ!ダメージ通ってない!」

「多分あの魔法陣だよ!何かギミック解かないと無理みたい。蔓もダメージ入ってなかった」

 

 鹿は今度は隙間なく蔓を伸ばし攻撃してくる。

 それをツキヨは紙一重で、ミィは焼いて対処するが、このままでは埒が明かないと思ったツキヨが提案する。

 

「ミィ!少しの間耐えて!」

「私あんまり燃費よくないからね!持って一分だよ!?」

「それで十分……【飛翼刃】!」

 

 【白翼の双刃】を何十倍にも伸長させ、目の前に迫る蔓を軒並み斬り刻む。そうすることで数秒だけ自分のいる場所の安全を確保すると、いつものルーティーンを以って本気で相手をすることにした。

 

「さぁて、ダメージは通らなくても魔法は当たってる……なら、()()()()()()()()()?」

 

 鹿を前後上下左右あらゆる方向から包囲し尽くし、刀身で縛り上げる。無論ギミックが解除されない限り鹿の身体にダメージは入らないが、動きを拘束できる。

 と、足から縛り上げ、胴体、首、頭、角と拘束し、気付いた。

 

「ミィ、鹿の角にはダメージ通るよ!魔法陣の維持は林檎がやってる」

「了解……なら林檎を焼き尽くす!【爆炎】!」

「……ミィ、焼き林檎食べたくならない!?」

「今は林檎の旬じゃないけどね!?」

 

 角に低威力高ノックバック攻撃をすることで林檎を吹き飛ばすと、ボス部屋に仄かに林檎の香りが立ち込めた。だからツキヨは冗談混じりに言ったのだが、真剣なミィは真剣にアホみたいな返答をしてしまう。

 しかしツキヨも冗談を交えながらも攻撃はちゃんとしているので、伸長させて拘束していた双剣を元の長さに戻しながら斬り刻む。

 全身にダメージエフェクトを発生させた鹿は、もうボロボロに見えた。

 

「よっしダメージ通った!」

「ツキヨ……それはボスでもかわいそう」

「でも拘束できて全身にダメージいったし。

 【精密機械】のせいでダメージ落ちてるし」

 

 【精密機械】のデメリットにより、弱点以外攻撃時はダメージが著しく低下してしまう。

 だとしても、刻まれた量が尋常じゃないので、鹿のHPが五割を切っていた。

 

「残り半分。やるよミィ……【ウィークネス】」

「前は任せるよ、ツキヨ」

 

 作戦とも呼べない作戦会議を終えて、ツキヨが飛び出す。後ろではMPポーションでMPを回復するミィ。だから、僅かな間だがツキヨは一人でボスを食い止める。

 

「『薄明・霹靂』じゃなくても【刺突剣】のスキルは使えるんだよ?【カドラプル・ペイン】」

 

 鹿の踏みつけを掻い潜って腹の真下に来たツキヨは、両手で高速の四連撃刺突を放つ。合計八連撃。それも【ウィークネス】で見えた大きな弱点である鹿の腹に叩き込み、一気に三割削り取る。

 残り二割。

 

「ミィ……やっちゃえ!」

「ツキヨ逃げてね!【噴火】!」

「【跳躍】!」

 

 その瞬間、ツキヨの足元……正確には鹿の真下に紅蓮の魔法陣が出現する。地面から高威力の炎の魔法が、さながら噴火のように吹き出す攻撃を、ツキヨは間一髪で回避した。

 

「危なかったからね!?……倒した?」

「ツキヨなら躱せると思ったよ……生きてるね」

 

 ミィの横に着地し確認を取るが、まだ倒せてないらしい。

 あれで倒れないのかと胡乱気に鹿に目を向けると、その理由に納得した。

 

「あーらら。回復してる」

「二割までしか回復しないみたいだけどね」

 

 鹿の足元で緑の魔法陣が一際輝き、傷を癒やしている。HPバーを二割だけ回復すると、ミィが与えた火傷ダメージも取り去って魔法陣はその役目を終えた。

 

「ミィ、たぶんパターン変わる。注意!」

「回避に徹するね!」

 

 一回HPを回復したモンスターに有りがちな行動パターンの変化を予測し、どんな状況にも対応できるように注意する二人に隙はない。

 鹿が風の刃を放ち、更に太くなった蔓で攻撃してきても対処は容易だった。

 そして。

 

「下!」

「っ!【フレアアク……ちょっ、ぅわぁ!?」

 

 地面が急に隆起し、足元から二人を攻撃してくる。ツキヨは本気で対処しているが故の反射速度で。ミィはツキヨの判断を信じて躱そうとしたが、やはり逃げ遅れて吹き飛ばされる。

 

「っ、【飛翼刃】!」

 

 だが、ミィは落下ダメージを負うこともなく空中に留まった。

 ツキヨが咄嗟に刀身を伸ばし、ツキヨの意思のままにミィの身体を空中で絡め取ったのだ。

 パーティメンバーに直接攻撃をしてもダメージは発生しない。それを逆手に取った救出方法。

 

「ありがとうツキヨ!【炎帝】!」

「どういたしまして!【水君】!」

 

 それで、詰み。

 ミィの巨大な火球が、ツキヨの水刃が。

 鹿を焼き尽くし斬り刻み、HPバーを今度こそゼロにした。

 

「ふぅ……終わったぁー!」

「回復は予想外だったけど、ミィの相性が良かったね。よく燃える燃える」

「ツキヨの弱点ダメージもデタラメだけどね」

 

 

 こうして、二人は二層進出の権利を手にしたのだった。




 
 何気にミィと二人でまともな攻略が初めてでは……と。毒竜はタイムアタックだし、他のボスはソロだし……あれ?

 防振り12話
 原作で知ってはいましたけど、化物形態のメイプルの異常性はやばいですよねw
 拙作主人公、あれに対抗するのか……


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PS特化と受け渡し

 えー……ほんっとうに申し訳ありません!

 今頃気付きました。投稿順まちがってると。
 『PS特化と自由の弊害』の前に1話飛ばしてると!私もだけど、誰も気づかなかったことに今更ながら驚愕です。
 いや、これ本当に間違えた私が言えたことじゃ無いけど!
 なので、今日と6日の投稿は、それぞれ挿入投稿となります。
 ご迷惑おかけします。
 


 

 月夜と美依が二層へ上がれるようになってから数日。

 【炎帝ノ国】の統一装備の素材がほぼ全て集まった頃、第二回イベントまで残りが三週間と少しとなった。

 

「月夜に言われて装備を先にして良かったね……二層攻略に乗り出したら間に合わなかったかも」

「だね。イベントは通知が来てた日から約一ヶ月後で時間加速がある、か。今からだともう三週間と少しだね……途中ログアウトしたら、再参加はできないんだって」

「置き去りにされるもんねー」

 

 そんな訳で二人は朝から学校で話している訳なのだが、【炎帝ノ国】でやる事が多すぎて項垂れていた。

 

「二層攻略どうするー?みんなを手伝うとしても人数多すぎだしさー」

「実力ある人は自分で上ってもらおうよ……で、初心者は装備できてからで良いんじゃない?やるとしても『幹部候補』だけにしよう。流石に大所帯はキツイって」

 

 特に二層に上がるためのダンジョン攻略は、人数が多すぎるため面倒の最たるものだった。つい二、三日前に『みんなのため』と言い訳をしたのは何だったのか。

 実際、美依と月夜が突出しているだけで、レベルもプレイヤースキルも高い人はいる。そういう人には、自分で挑戦してもらおう。

 

「私達自身のレベル上げなんかもしたいし、いっそ『我々は先に二層で待っているぞ!』ってしたいくらいだよぉ……」

「……美依の思う通りで良いんじゃない?『常に私達がいられるわけじゃない。自らの力を試す絶好の場所だ』とか言ってさ。実際、ボス戦で冷静に戦えないなら集団戦じゃ最悪の場合全く機能しなくなるよ」

「は、はっきり言うね……でも確かに、いつもは私か月夜、『幹部候補』がいるって安心感が強いか……『ボス戦を自分の力で戦えなければ、まだ二層でやるには実力が足りない』って感じで良いかな……そこまで面倒見なくて良いでしょ」

「だねー」

 

 そんな訳で、【炎帝ノ国】を引っ張る側である『幹部候補』は最速で上げるために手伝ったとしても、他は実力で上がってもらうことにした。

 

 

 

―――――――――

 

 

532名前:名無しの大盾使い

 皆もう二層には行ったか? 俺は無事に二層に入ったぞ

 

533名前:名無しの槍使い

 おう

 ついさっき勝って二層に入ったところだ

 

534名前:名無しの大剣使い

 俺も無事勝利

 

535名前:名無しの魔法使い

 俺も

 勝ったぜ

 やったぜ

 

536名前:名無しの弓使い

 俺は別件でまだ到達してない

 

537名前:名無しの双剣使い

 >536には悪いけど

 ミィと二層に上がったわ

 情報収集だけのつもりが 思いの外弱かった

 

538名前:名無しの槍使い

 あれ? 俺ら割と強くね

 

539名前:名無しの大盾使い

 >537

 お前最速で行ったんじゃなかったのか

 二層では見かけてないけど

 

540名前:名無しの双剣使い

 グループの方でやる事があったのよ

 まだ一層を中心に動いてる

 

541名前:名無しの大剣使い

 おつ

 俺はメイプルちゃんがいつ二層に入ってもいいようにレベル上げてたら

 

 第一線の仲間入りですよ

 

542名前:名無しの弓使い

 >540 我々のためにありがとございます!

 

543名前:名無しの大盾使い

 そんなメイプルちゃんだが

 まだ二層には行ってないっぽい

 っていうかパーティ組んだ表記が俺のフレンド欄に出てるんだけど

 ツキヨなんか知ってる?

 

544名前:名無しの双剣使い

 メイプルのリア友ね グループの仕事してたら遭遇したわ

 

545名前:名無しの魔法使い

 ちょっとそれ詳しく

 

546名前:名無しの双剣使い

 メイプルといれば自然と名前も広まるでしょうから…… 少し纏めるわ

 

 名前はサリー

 装備からしてAGI特化の短剣使いね

 私の用事とメイプルたちの用事の場所が被って遭遇したわ

 フレンド登録もした

 可愛いというより格好良い系よ

 

547名前:名無しの槍使い

 意外

 魔法使いか弓使いだと予想してた

 

548名前:名無しの魔法使い

 俺も

 

549名前:名無しの弓使い

 AGI特化ってあんまり強くなさそう

 

550名前:名無しの大剣使い

 防御力無いから一撃で終わりだもんな

 しかも火力ゼロ

 

551名前:名無しの大盾使い

 このスレにAGI高くて火力もアホ高い比翼がいるけどな

 しかも『当たらなければどうと言うことはない!』を実践したやべー奴

 

552名前:名無しの槍使い

 確かに

 

553名前:名無しの魔法使い

 確かに

 

554名前:名無しの弓使い

 ってことはサリーちゃんって子はツキヨ様みたいなバケモノ回避術でも身につけてるのか!?

 当たらなければどうということはない!二代目か!?

 

555名前:名無しの大剣使い

 メイプルちゃんの友達なら絶対普通じゃないもんな

 

556名前:名無しの槍使い

 まぁ多分勝手に頭角を現してくるだろ

 

557名前:名無しの双剣使い

 運動神経は良かったわよ

 回避は見てないけれど相当VR慣れしてるように感じたわ

 

558名前:名無しの魔法使い

 次のイベントで判断できそうだな

 

559名前:名無しの槍使い

 イベント一ヶ月後だっけ

 それだけあれば多分鍛えてくるだろうし

 プレイスタイルも見れるな

 

560名前:名無しの大剣使い

 あー早く次のイベント来いよー

 その子の実力気になってしゃーない

 

 

―――――――――

 

 

 

「ふぅ……もうイベントのことしか話してないし、書き込まなくて良いかな」

 

 というか、学校から帰ってまずすることが掲示板を開くことだなんて、大分ゲームに浸食されてきたなぁ……楽しいから仕方ないけど。

 

 イベントについては正式発表もまだだから、予想を言い合ってるだけで益もなし。

 

「今日やることは……なんだっけ?」

 

 あぁそうだ。各班から装備素材が揃った連絡があったから、生産職メンバーに受け渡すんだった。その間にミィが、第二回イベントまでの大凡の予定を話しておくって言ってたっけ。

 

「今後の予定は、取り敢えず暫くは一層、二層でプレイヤーが分かれるから、ある程度全員が上がるまで活動は控えめ。

 統一装備が揃い次第、初心者も二層に上げてイベント内容によっては会議と。

 まぁ約一ヶ月……と言っても三週間と少しか。装備は二週間かかるから、会議も活動も最後の一週間になる……ってことは」

 

 ふふっ……少なくともこれから二週間は自由な時間が増えて、ミィと遊んだり新スキル探したり探索したり……色々できるってことだね。

 

「二層でAGI系のスキルが取れるみたいだし、この【超加速】を取るために、取り敢えずレベル40まで上げないとなぁ……」

 

 AGIの要求ステータス【70】。装備無しでのものだから、今の私じゃ足りない。

 レベルは36。ここからレベル40まで上げれば、丁度ステータスが足りるはずだ。

 

「ミィには悪いけど、しばらくレベル上げに勤しませてもらおーっと」

 

 もちろん、【炎帝ノ国】関連も疎かにはできないけどね。

 

 

―――

 

 

 一層には共同生産所という、自分の店を構えるまで利用できる生産職専用の工房がある。

 お店は街の中に借りられるため、必要資金さえ用意できればすぐにでも持てるのだが、ここは多数のプレイヤーが共同で装備を作る際にも有効だ。

 そのため【炎帝ノ国】に所属する生産職メンバーも今回の装備作成にはここを利用する予定だ。

 

「お邪魔するわよ」

「あ、いらっしゃいツキヨさん。素材が揃ったらしいですね」

「えぇ、素材を届けに来たわリン。ドヴェルグの所に案内してちょうだい」

 

 ツキヨがその中に足を踏み入れると真っ先にリンが出迎えてくれたので、【炎帝ノ国】生産プレイヤーのまとめ役(のような人)の所に案内してもらう。

 ツキヨとしてはまだ未定だが、ギルドシステムが実装された時には生産部門としてドヴェルグに任せる考えだった。

 

 そこかしこで槌を打つ者、木を削る者、布を織る者、その他大勢が作業をしていて、皆真剣な表情を浮かべている。それは……そう。全力で強大なモンスターに挑むプレイヤーの顔だ。

 

「戦闘職は戦いに全力を向けるけれど、似た空気を感じるわね」

「あ、分かりますか?私達にとって、生産が戦いです。戦闘が苦手でも、戦闘職プレイヤーに最高の装備を作るために一生懸命なのです」

 

 もちろん、誰かのためにだけじゃなく、純粋にモノ作りに情熱を向ける人もいますけど、と笑うリン。ツキヨはリンも戦闘が苦手なのかと聞くが、そうでもないらしい。リンは付け加えられた後者の方。純粋に生産そのものを楽しんでいるらしい。

 

「いろんな素材を使って、全く別の形に、装備になることが面白いんです。だから私は専門というものが無くて……よく、一つに絞れと言われるんですよね」

 

 あはは……と微苦笑を浮かべるリンに、確かに一つに絞った方が効率的だとも思う。

 戦闘職の魔法使いは、あらゆる場面に対応するために二つ以上の魔法を使う。

 前衛職だって、牽制に魔法を使うこともある。

 けれど、生産は逆だ。一つを高め極めることで、高品質の装備を作る。サブに別の生産をする人もいるが、一人で全部をこなす者はそういないだろう。だから、他の人が言うことも間違いではない。

 でも。

 

「ごめんなさい愚痴みたいなこと言っちゃって」

「良いんじゃないかしら、別に」

「え?」

「結成式の日も言ったでしょう?ゲームは楽しんでこそなのだから、自分の好きなプレイスタイルを貫けばいい。私もミィもそうしているし、貫いた先で見えるモノもある」

 

 その最たるものが、ツキヨやメイプルなのだろうと思う。器用さに特化し、弱点狙いのプレイスタイルを確立したらどんどんチートと化したツキヨ。

 防御力に極振りしたら、異常な防御力でイベント三位になったメイプル。

 

「それに、一つを極める事は良いことだけれど、視野を狭めるわ」

「視野を、せばめる……」

 

 ミィは、一つを貫きたいという考えがあった。演技でも素でも『焼く』ことを楽しみ、八つ当たり気味に『絶対焼く!』と叫ぶこともある。

 けれど、リンは逆だ。

 

「色々な技術を持てば、その分視野が広がる。リンにしか見えないものが、いつか見えるかもしれない……好きに楽しみなさい。ゲーム(NWO)とはそういうものよ」

「えへへ……ありがとうございます」

 

 今までリンのスタイル(やりかた)を無条件に肯定したのは、ドヴェルグだけだったらしい。同じことを言ったツキヨに、リンは今度は苦笑ではなく柔らかい笑みを浮かべていた。

 

 

 

「着きましたよ。ここがドヴェルグさんの作業部屋です」

「えぇ、ありがとうリン。案内感謝するわ」

「いえ!私も愚痴みたいなこと言っちゃって……励ましてもらいましたし、ありがとうございます!」

 

 そう言って立ち去ろうとするリンに、ツキヨは最後に声をかけることにした。

 

「ねぇリン」

「はい?なんですか?」

「一つアドバイスよ。全く役に立たないようなスキルでも、他のスキルと組み合わさることで予想外の効果を発揮することがある」

 

 それは自分が持つ不遇としか呼べないスキル。

 【精密機械】と【切断】、【ウィークネス】

 【刺突剣】と【曲剣の心得】

 【血塗レノ舞踏】や【剣ノ舞】

 一つ一つでは使い勝手が悪い、デメリットがある、使いこなすのが難しいスキルが数多く。

 けれど、【ウィークネス】で弱点を探り、【切断】を乗せた【精密機械】のダメージ計算は脅威だ。

 【曲剣の心得】で習熟したフルーレのような双剣の扱いは、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 【血塗レノ舞踏】と【剣ノ舞】は維持が難しいが、使いこなせばダメージを倍にできる。

 

「何でも試しなさい……きっと、リンにしか作れない装備が作れるようになるわ」

 

 組み合わせ次第で、スキルは強大なものになる。だから、リンはそのままで良い。きっと、その節操なしなくらい取ったたくさんのスキルが役立つ日が来ると信じて、そう告げた。

 

 

――――――

 

 

 

「おぅ、確認終わったぜ。問題なし。全部揃ってる。資金の納金も確認した」

「えぇ、ドヴェルグを始め、リンやニール達の協力のおかげよ」

「俺らは言われたことをやっただけだ。指示したのもここまで漕ぎ着けたのも、嬢ちゃんの手柄だろうよ」

「ふふっ、私は何もしちゃいない。ただ、ミィの手伝いをしただけよ」

 

 筋骨隆々という言葉がよく似合う大柄の男性プレイヤー、ドヴェルグ。地中に住む鍛冶妖精ドワーフ(ドヴェルグ)から名前を取っただけあり、最初から生産職を選んだらしい。

 

「くははっ!戦えるには戦えるがな!」

「その身体で戦闘が苦手という方が信じられないから、むしろ納得だけれど」

「ま、今はそんな話は良いや……素材確かに受け取ったぜ。全部完成するのは予定じゃ二週間後だが、アーマーとコートをくっつける以外簡単な作業だからな。予定より早く終わるだろ。完成次第炎帝の嬢ちゃんと嬢ちゃんに連絡する」

 

 良かった……それならイベントにも間に合う。というか相変わらずこの人は私を嬢ちゃんと呼ぶし。良いけど。しっかりした人だからかドS剣士の演技が一瞬で見破られたけど!

 まぁだから、1番素に近い演技はバレてないから問題無い。

 

「頼んだわ……それと、二層に上がる時、手伝いが必要であればいつでも呼んでちょうだい。既に私とミィは攻略済みだから、攻略法も分かってる。生産メンバー全員だろうとも、安全に二層に届けてあげるわ」

「そりゃ助かる。生産でも経験値は少し貰えるが、戦闘に自信がねぇ奴が多いからな」

「ドヴェルグやリンは例外ね」

 

 リンも戦闘に苦手意識は持ってないらしいし、ドヴェルグさんが苦手とか信じられない。一番得意なのが繊細な作業の【彫金】っていうのも信じられない。ウェインと同じく絶対に鍛冶でしょうが。その後ろにある巨大な槌は飾りかっ。

 

「ははっ!リンも俺も楽しいから生産をしてるプレイヤーだからなぁ!節操なしにスキルを取るから、変わり者扱いされる」

「リンからも聞いたわ。それはそれで見えてくるものがあるでしょうし、プレイスタイルは人それぞれで良いでしょう」

「ほぅ。嬢ちゃんは肯定派か」

「可能性は広げるべきだというだけよ」

 

 実際、前衛でありながら魔法も使う身として、魔法効果を上げる前衛武器なんかがあれば欲しいくらいだ。今の双剣と使い分けてやる。

 

「そうか……なら良かった。リンを案内に向かわせたのは間違ってなかったらしい」

「……考えが保護者のそれよ、ドヴェルグ」

 

 ついでに表情も。【炎帝ノ国】に入った時期も理由も別々だし、最初リンはドヴェルグを怖がってたから血縁関係はないでしょ。

 

「リンは一番年下だからなぁ!つい可愛がっちまうんだよ」

「それは……リンの支えになっているという点で見れば、まぁいいわ」

「それは嬢ちゃんもだろう?リンがグループの活動に参加する時は、性格的にリンと合う奴を組ませてるだろ?」

「っ……なんのことか分からないわね」

 

 バレてるし……。年齢的に周りが年上ばかりのリンが馴染みやすいよう、年が近い者、性格的に穏やかな者を中心に組んでいるし、この前喫茶店で話した時も生産職の中で波長の合いそうな五人を呼んだ。ドヴェルグは予定が合わなかったから仕方ないけど、本当ならあの日ドヴェルグ含め六人に話したかったくらいだ。

 

 今回は【裁縫】【彫金】【鍛冶】系統を持つ生産メンバーを中心に作業して貰っているが、当然、他にも生産メンバーはいる。

 【鍛冶】のみ、【調合】のみなど、専門に特化したプレイヤーで、今回は参加してないけど。

 三つとか四つ以上の生産スキルを持つ人と折り合いが悪いんだよね……。

 【鍛冶】に【裁縫】に【調合】にと、それぞれ特化した有名どころのプレイヤーにとって、節操なしに取るドヴェルグたちの考え方は許せないらしい。頭の硬いことこの上ない。

 

「まぁ良いや。嬢ちゃんが実は優しいのは分かってるからな」

「………もうそれで良いわ。ニール達から連絡してもらった通り、ドヴェルグたち生産職メンバーには、ここから頑張ってもらうわよ」

「おう、任せな!」

 

 なんでこう……短時間なのに濃密な会話が多いんだろう……私って。

 

 

 それが、調整役の定めなのかなぁ……。

 

 

 

 




 
 ね……ちゃんとね、次の話との繋がりはあるんですよ……ただ、間違えてただけで。
 素材もちゃんと集めたんですよ。ただ、間違えてただけで。
 今後は気をつけます……
 まだNWOのメンテナンスも入ってないんだよね
 ……投稿し忘れた34話(キャラ紹介、閑話によって数字上は36話)でメンテナンスの予定です。


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PS特化と自由の弊害

 前の話でUAが5万を超えました。
 内容も今はグダグダしてるところ多いし、正直早く第二回イベントに行きたいんですが……
 今しばらくお付き合い下さい。

 2020/4/1追記
 読み直してて気付いたんですけど、素で1話飛ばしてました!
 この話と次の話の間にも1話飛ばしてて……ごめんなさいマジで微妙に繋がってません。
 今日の夜…というか4月2日0時にこれの前の話を投稿するので、その後に読んでください。
 まじごめんなさい!

 前に挿入しました。心置きなくどうぞ。
 ただし、4/6まで次話は挿入しません(加筆修正が必要な)ので、ご了承ください。



 

『と、言うことで……統一装備が完成するまでの二週間、完全にフリーになりましたー!』

 

 ドヴェルグに素材を渡してからログアウトして学校の課題をやっていると、美依から電話が掛かってきた。

 内容はこの通りである。

 攻略の手伝いくらいならする予定だったけど、完全に何もしなくなるとは思い切ったなぁ。

 

「完全にフリーって……【炎帝ノ国】としての活動は何もしないってこと?」

『そう!いつもの活動とか、イベントに向けた会議とか準備とかは各自でやろうってことにして、装備ができてからイベントまでに合わせるの!どうせまだイベント内容も発表されてないし、できることと言えばレベル上げくらいだしね。どうせなら全部切っちゃった!』

 

 うん……まぁ時間ができるのは良いことだ。レベル上げしないといけないし、【超加速】ってスキル取るためにも。

 でも、各方面への連絡や調整がやり辛くなるなぁ……いや、美依が楽しそうにしてるから、これは黙っとこう。

 

「なら、暫くは好きなことできるね」

『うん!メンバーとどこで会うか分かんないから、街だと演技やめられないけど、やっと気が抜けるよ……月夜もやりたいことやってね!』

「うん。ありがとう美依」

 

 プラスに考えれば、レベル上げの時間をたっぷり確保できて、イベント準備に時間を割けて【炎帝ノ国】のことは最低限で大丈夫ってことか……。なら、良いかな。

 

 

―――

 

 

 翌日。

 

「と、言うわけで、ウォーレンさん手伝って」

「何が『と、言うわけで』だ。何も説明してねぇだろうが」

「ニュアンスで分かりなさいよ。それか昨日のミィの提案」

「ヒントゼロで分かるわけねぇだろ!?……その仕方ないなぁ……みたいな顔やめろ!」

 

 ログインしてウォーレンを呼び出したツキヨが、何の説明もなく手伝えと命令していた。これで分かれというのは、流石に無理があるだろう。

 因みに場所は生産メンバーとも話した隠れ喫茶。対面に座って優雅にコーヒーを飲むツキヨに、ウォーレンはイラッとした。

 

「仕方ないわね……一から説明するわ」

「最初からそうしろよ」

「昨日、ミィから提案があったでしょう?」

「【炎帝ノ国】の活動を暫く辞め、各自戦力強化しろ。私は二層で待っているぞ!ってやつか」

「あぁ、そう言ったのね……それで、装備が完成するまでの間、ミィとしては本当に何もやらないつもりらしいのよ」

「分かっちゃいたが、土台無理な話だろ」

 

 そしてイベントへの【炎帝ノ国】としての挑み方は、最後の一週間で練り上げるとも。

 そうして、ツキヨは右手の人差し指でクルクルと空中に円を描きながら、つらつらと話しだす。

 

「そういう事。まず生産メンバーの手間を減らすために、完成した装備はなるべく一気に渡したい」

「そうなると、全員のログイン日に合わせた調整がいるな。それがいらないにしても、最後の一週間の予定を組まにゃならん。どの道事前の日程調整は必須だな」

「次に、活動休止期間中に新規に参加希望が来るかもしれない」

「今までは活動の時とかに連絡できたが、連絡系統を組む必要があるな。俺ら『幹部候補』なら兎も角、下の奴らが適当にやられちゃ困る」

「最後に、ミィや私の見てない所で増長する奴らが出そうなのよ」

「特にミィ様を祀り上げた古参面の奴らと、それに触発される奴らだな。これは監視とは行かずとも、多少なり抑制しておきたい」

「そう。特に掲示板なんかでは抑えが効きにくいから、どうしてもね」

「先週のオルグたちみたいに、何仕出かすか分からん連中もいるからな」

 

 打てば鳴る鐘のように、ツキヨの考えを汲み取って大まかな対策を出していくウォーレン。

 ウォーレンとしては、いつの間にかツキヨの右腕的立ち位置を確立してして、如何ともし難い気持ちだった。

 

「何よ。分かってるじゃない」

「あぁ。アンタが俺に面倒事を持ってきたのは、最初から知ってた」

「ここの代金持つから許しなさい」

「いっそ全部の手間を持ってくれませんかね……いや、手が足りないのは分かるんだが。

 あとその言い方は許されたい奴の台詞じゃねぇよ……【日替わり悪戯(いたずら)心ケーキセット】くれ」

「遠慮なく一番高いメニュー頼む辺り、神経図太いわね……まぁ良いけど」

「奢られる時のコツは遠慮を無くすことだ。別に甘いのが好きってわけでもねぇが」

 

 ウォーレンの目の前にチョコタルトやショートケーキ、チーズケーキなどの盛り合わせと日替わりコーヒー……今日はモカらしい、が届くのを見て溜め息を零すツキヨ。

 

「お、ショートケーキなのに塩キャラメルみたいな味だな。なるほど、これが悪戯心って訳か……他にはっと。見た目チーズケーキなのにフルーツケーキじゃねぇか!やべぇこれおもしれぇぞ!」

「はぁ……話は食べてからにするわ。

 私も【悪戯心】食べるわ」

 

 余りにウォーレンが面白い反応をするので、ツキヨも同じものを注文し、ミルクティー味のチョコタルトを食べる。これはこれで美味しい。見た目は全部詐欺に近いが。

 余談だが、見た目と味が同じものは一つもなく、どれかの見た目の味のものも一つもなかった。

 モカも見た目だけでMAXコーヒーだった。

 

 

 

「さて、脱線もとい休憩はこれくらいにして、話を戻すわよ」

「おぉ。休止期間中にやる事だったな」

 

 口の中が甘くなったのをコーヒーで口直ししつつ、話を戻す。MAXコーヒー(モカ)も甘かったので無難にエスプレッソである。

 

「問題のうち二つは、メッセージでやり取りすれば良いでしょう。装備を渡す日程はメッセージ経由で調整。これは私がやるわ。

 新規希望者については全件メッセージで『幹部候補』一人以上と私に報告を徹底。直接会う時も私と連絡を受けた『幹部候補』の最低二人よ」

「一番手が足りないのは、メンバーの抑制というか、休止期間中に馬鹿な行動を起こさないよう、最低限の見張りか」

「えぇ。グループの印象を悪くはしたくない。だから、ウォーレンさんには掲示板の様子を定期的に確認してもらいたいのよ……特に『ミィ様についていきたい』スレを」

「……スレのこと知ってたのかよ」

「イベント後にできたはた迷惑なスレッドね。書き込みはしていないけれど、あそこに新規希望者が湧いたのは知ってる。それに、双剣使いは色々と中途半端で不人気だから、私が書き込んだらバレる可能性が高いわ」

 

 ただでさえ演技をしているというのに、口調とは違う文調で書き込み、もしバレでもしたらどうなるか分かったものではない。

 

「ウォーレンさんに頼むのは、毎日ではなくて良いから、定期的な掲示板の監視。あと、他の四人と連携して馬鹿な行動をするメンバーが居たら諌めてほしい。こちらは受動で構わないわ」

 

 積極的にやるのが前者。後者は偶然見かけた時には止めてほしいということ。どうしても不可能な部分は出てくるが、これは仕方ない。

 

「それ、ミザリーやヴィト達も呼ばなくて良かったのかよ?」

「今ログインしているのがウォーレンさんだけだったのよ。四人には後で『休止期間中に馬鹿な問題行動を起こすメンバーを見かけたら止めて』とでもメッセージを送っておく」

「俺はほぼ強制的な招集のされ方をしたんですが?そこんとこどうお考えで?」

「美味しい隠れ喫茶のケーキを奢ってもらえて良かったわね?」

「はぁ……確かにここは初めて来たし美味かったが……もう良いや」

 

 ウォーレンは諦めた。

 満面の笑みで悪びれもしないサブリーダー様には、何を言っても通じないと最初から知ってた。

 

「今言われた事程度なら問題ない。適度にやっておくぜ。話しは終わりか?21時からフレンドと二層に挑戦する約束があるから、そろそろ準備しときたいんだが……」

「えぇ終わりよ。お礼にボス攻略のヒントをあげましょうか?」

「くれるなら貰っとくぜ。使うかは知らんが」

 

 ならばと、ツキヨは絶対に必要な情報をあげることにした。

 ただし、遠回しな言い方で。

 

「………林檎って、今の時期季節外れよね」

「はぁ?それのどこがヒントなんだよ」

「使うか分からないのなら、こちらも分かりづらいヒントで嫌がらせするのみよ」

「……ドSめ」

 

(ふぅん……そういうこと言うんだぁ……)

 

「ボスなんかより余程恐ろしい者が誰なのか、教える必要がありそうね、ウォーレン?」

「………戦略的撤退!」

「あ、こらっ!」

 

 いつもの冷笑で脅されたウォーレンは、脱兎のごとく逃げ出した。

 ツキヨは追いかけるわけにも行かず、代金を払って店を出る。するとメッセージが届いた。

 

「全く……『ダンジョンボスの前に裏ボスと戦いたくねぇ』か……ウォーレンさん、それじゃ褒めてるのか臆してるのか、分からないじゃん」

 

 あれでちゃんとフレンドがいた事に嘆息し、ツキヨはレベル上げのためにも二層に向かった。

 

 

―――

 

 

 二層についたツキヨは、経験値効率の良いフィールドを探していた。

 

「イベントまでに()()()も必要だから、なるべく早くレベル上げたいんだよねぇ……」

 

 そう呟くのは、ツキヨが欲しいスキル【超加速】のことだ。詳細は分からないが、明らかにAGIを一時的に上げるスキルだと分かる。その為、平時との速度差に慣れる期間をイベントまでに設けたいと思っていた。

 

「イベント発生条件は【AGI70】。装備の追加分を除けば、私のAGIは15も足りない……」

 

 ステータスポイントで見れば15ポイント。今のレベルが36だ。

 

「レベル40まで上げれば15ポイント手に入る……いや、元々第一回イベントまでに40に上げるのが目標だったんだ。なんとかしよう」

 

 

 

 それから数日。

 【最前線を駆け巡る純白】という噂が、プレイヤーの間で囁かれ、掲示板では、比翼が異常な早さでレベル上げを行う理由について数々の議論が巻き起こった。

 




 
ミィ 『もう疲れたからグループ休む!』

ツキヨ『えっ……調整とか準備あるのに』
ウォー『俺らにもしわ寄せが…』
ツキヨ『ちゃんと分かってるね、ならやれ』
ウォー『命令もあるから、ちゃんとやるよ』
ツキヨ『お礼は焼きリンゴでいい?』
ウォー『なんだそりゃ?』

 だいたいこんな感じ


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PS特化とメンテナンス

 はい忘れちゃいけないメンテナンスのお話を忘れていた投稿者の恥です。
 お待たせしました。
 キャラ紹介のステータスも間違ってたし。
 直したけど。この話も修正箇所多くて困ったけどっ。誤字あったらごめんなさい。
 さて、ツキヨちゃんはどんな弱体化を受けたのかな……まぁ、根幹はプレイヤースキルだから、スキルがどれだけ弱体化しても意味ない気がしないでもないけど。
 


 

「あぅ……」

「はぁ……」

 

 【炎帝ノ国】統一装備の素材を渡し、グループとしての活動をやめてから一週間と少し。

 イベントまで二週間を切った今日。

 NWOの運営によるメンテナンスが行われた。

 

 メンテナンス内容は、一部スキルの修正とフィールドモンスターのAI強化。

 修正対象となったスキルは明らかにされておらず、取得者にしか分からないようになっている。

 そして、メンテナンス終了後に早速ログインし、ゲーム内では久々に合ったミィとツキヨは、隠れ喫茶で項垂れていた。

 

「えぅ……ツキヨぉ……」

「はいはい。私も同じ弱体化受けたんだし、そろそろ元気出して?」

 

 テーブルに突っ伏し半泣きのミィ。

 その理由は。

 

「だって八倍が……魔法威力八倍がぁ……」

「あぁもう……【属魔の極者】の倍率変更がそんなに悲しかったの?」

 

 二人が持つスキル。【属魔の極者】の魔法威力上昇効果が弱体化したためだ。

 

「【属魔の極者】の威力上昇倍率が2倍から1.5倍になって、消費MPが25%カット。MP効率が上がって威力が落ちた、かぁ……」

「私の魔法の威力が……夢の八倍が……六倍に落ちた……」

「プラスに考えれば燃費は良くなったよね。今まではMP切れをよく起こしてたけど、それも少しはマシになるよ」

「ツキヨは悲しくないの!?ツキヨだって四倍だったのが三倍に下がるんだよ!?」

 

 同じ弱体化を受けたはずなのに、ツキヨが項垂れていた理由は落ち込むミィを慰めていたから。

 何故悲しくないのか、それをミィが問えば。

 

「そりゃあ弱体化は悲しいけど、私は魔法主体じゃないもん。実数値にして【INT270】相当もあれば十分すぎるよ」

「そう言えば近接型だもんね……」

 

 ツキヨのINTは装備込みで90ある。それを更に【水魔法】【水君】においてのみ威力が三倍。実数値としては弱体化を受けてなお威力は【INT270】相当で放てるのだから、ツキヨとしてはそれほど悲しくなかった。

 前は【INT360】相当だったと思うと、残念だと思わないわけでもないが。

 そして、もう一つ変わったことがある。

 

「防御貫通攻撃の実装と、それに伴う痛みの軽減、ね。一つの武器につき3種から5種で威力はそれなりにある。これはミィの【炎槍】とかにも貫通効果が付いたんだっけ」

「うん。貫通を付けるかは選択できて、付けるときは追加MPを消費だってさ。これはツキヨもでしょ?」

「だね。私の【氷槍】とかも同じ。けど双剣の方が当てられるし、使わないかな。それに、貫通は【刺突剣】がかなり強化されたし」

「えぇっ!?イベント一位のツキヨこそ弱体化受けるべきじゃないの!?」

 

 ミィの言い方がひどいが……。

 ツキヨとしても言い分がある。

 

「ねぇミィ。よく考えて、私のスキルを」

「ツキヨのスキル?」

 

 ツキヨが取得しているスキル。特に他プレイヤーが弱体化を受けているような、特殊なスキルをツキヨは複数持っている。

 

「【精密機械】【血塗レノ舞踏】【水君】【切断】【ウィークネス】【剣ノ舞】【刺突剣】【曲剣の心得】【属魔の極者】【空蝉】【殺刃】……この辺が、私が持ってるレアスキル」

「け、結構あるよね……」

「この中で【精密機械】は武器攻撃を弱点から外すと、ダメージが物凄く下がるデメリットがある。

 【切断】は武器を正確に弱点に当てないと防御貫通しない……防御貫通スキルの下位互換だね。

 【ウィークネス】は取得条件が厳しいわりに戦闘補助でしかなく、【剣ノ舞】も回避能力が相当高くないと使いこなせない。

 【曲剣の心得】はスキルを持っていてもフルーレの扱いはすっごく難しい。

 【空蝉】は一日一回しか使えないってこと自体がデメリットだよ」

 

 と、こんな具合である。

 既にデメリットを持つものが二つ。

 実装されたスキルの下位互換。

 取得条件が厳しい割に使い勝手が悪い。

 取得していても武器を使いこなすのが困難。

 と()()()()()()使()()()()()()という部分が非常に大きいスキルばかりなのである。

 その為、運営としてもこの辺りのスキルに手出しできなかった。

 

「た、確かに一番のチートはツキヨ自身だったね……あれ?じゃあ今言ってない【殺刃】は修正なしで、【刺突剣】はどう強化されたの?」

「【殺刃】は、一日一回しか使えないことに変わりないよ。使用後12時間のステータス半減も元からあるデメリットだしね。ただ、更にデメリットが付け加えられた」

「ステータス半減するのに、まだデメリット付くんだ……どんなの?」

「【殺刃】を使用して敵対モンスターを討伐した時、取得できる経験値が半減するんだって。あと、スキル自体が、チャージ式に変更」

 

 元より普段使いできないスキルであるため、このデメリットはあまり痛くなかった。

 

「チャージ式?」

「そ。30秒間予備動作があって、途中でも【殺刃】は使えるんだけど、その場合は確率で即死。

 10秒で三割、15秒で五割、20秒で七割って感じで。30秒チャージして確定。しかもチャージ中は【殺刃】以外の攻撃が一切できない」

「うわ……ソロじゃ使いづらいね」

「まぁ、そこはミィに守ってもらうよ。で、【刺突剣】の強化は、ミィに追い打ちをかけちゃう……かも」

「うぅ……聞きたくないけど聞きたい」

「私の【刺突剣】は、他の武器攻撃スキルと同じで複数の攻撃スキルを持ってる。そのスキルはイベントでペインに使った【クロワ・デュ・スュド】や二層攻略で見せた【カドラプル・ペイン】みたいに攻撃全てが刺突で構成されてるものが大半なんだ…」

「あの物凄い疾い刺突技だね……正直ツキヨの【蛇咬】の方が早く感じたけど」

「【蛇咬】や【八岐大蛇】は特別だよ……それで、殆どって言ったのは、中にはスキルの途中で斬撃を放つものもあるからなんだけど」

「【刺突剣】って言う割に斬撃あるんだね……」

「そりゃあね。刺突だけじゃ限界があるし、フェンシングの試合にも斬撃が有効なルールもあるし……ってミィいちいちツッコまないで」

 

 もう……話を戻すよ?と呆れたように。でもどこか言いにくそうに。

 

「それで……一応武器スキルだから、貫通属性は追加されたんだけど……」

「ツキヨ、話長いし歯切れ悪いよ?」

「怒らないでね?その……スキルモーション全てが刺突で構成される技が、()()()()()()()()()()……」

「は……?」

 

 ミィから目をそらし、弱体化を受けたミィに申し訳なさそうに告げるツキヨ。

 ミィは一瞬何を言われているのか分からなかったが、()()()()()()()()()()()()ことを理解すると。

 

「ちょ、えぇぇぇ!?なんで!?なんで一番しちゃいけない人がそんな強化受けてるの!?おかしいよ!私の火力上げてよ運営!」

 

 ミィの叫びも、ある意味で当然と言えた。

 

「だってツキヨ言ってたじゃん!

 ()()()()()()()()()()()()()って!【曲剣の心得】と【刺突剣】の相性が物凄くいいって!

 その上で貫通なんて付いたらツキヨに一対一で勝てるプレイヤーいなくなるよ!?

 あのメイプルちゃんも大盾の扱い慣れてないってことはどんなに防御力が高かろうが()()()()()()()()()()()()()じゃん!」

「も、もちろん、他の貫通と同じようにスキル発動前に()()はあるよ?ただ『薄明・霹靂』で使ったら間違いなくメイプルちゃんも勝てると思う。それと、【飛翼刃】にも修正が入ったし…全体で見れば弱体化だよ」

 

 【白翼の双刃】専用スキルである【飛翼刃】は、元々使用者の装備品を含む合計【DEX】値×1メートルまで伸ばすことができた。【血塗レノ舞踏】により、これまでは最大で300メートルを超える程の長さを誇っていたのだ。しかし、この修正で変わった。

 

「装備品を含まない純粋なDEX値……今の私なら【DEX80】がそのままメートルになる。大体今までの半分だね。まぁ【血塗レノ舞踏】での伸長性の拡大は残ってるから、最長で修正前の平時と同じくらいだよ」

 

 まぁそれでも20メートル圏内は両翼による結界状態なのだが。

 

「一部強化されたけど、やっぱり私も弱体化だよ……それに多分、私やミィみたいなスキルを持ってる人は、多かれ少なかれ修正を受けてると思う。仕方ないって」

「まぁ……そうだね。他にも魔法ダメージを上げるスキルたくさん取って、八倍なんか軽く超える火力で焼く」

「その意気その意気」

 

 

 

 そうしてメンテナンス内容から気持ちを立て直すと、今度はこの一週間と少しの間、ゲーム内でお互いに何をしていたかの話になる。

 

 

 

「私は魔法系のスキル調べるのに図書館に行ったり、火属性強化のスキルを上げたり街の中をゆっくり散策とかしたよ。ツキヨはずっとレベル上げ?なんか噂で『最前線を駆け巡る純白』とか『比翼がペインに負けじとやる気を出した』とか聞いたけど」

「あはは。確かにペインと次戦う時も負けたくないけど、目的は別。今日この後、新しいスキルを取りに行くんだ。その取得条件がキツくてね」

「へぇー……どんなスキル?」

「【超加速】って言ってね。AGIのステータスが70以上ないと受けられないんだー。で、この前まで60もなかった私は、レベル上げに奔走してたってわけ」

 

 それ以外にも、統一装備が来週の頭には全部完成するという知らせを受けたり、メンバー全員のログインから渡す日を調整したり、新規加入者の実力テストを『幹部候補』と行ったりと色々やったが、大半はレベル上げだったため言わないでおくツキヨ。

 

「なるほどねぇ……じゃあかなりレベル上がったんだ?」

「うん。今44」

「レベル44!?私まだ40にも行ってないのに!ずるい!」

「ずるいって……ただ単に、ログイン時間の大半を最前線でレベル上げに費やしただけだよ。ペインなんて噂じゃ56らしいし、全然差が縮まんないなー」

 

 一週間ちょっとでレベルを9も上げるツキヨと第一回イベントから三週間かけて8上げたペイン。高くなるにつれてレベルアップしにくくなるとはいえ、どちらも物凄くやりこんでいると言えた。

 

 そんな今のツキヨのステータスは、以下の通りである。

 

――――――

 

ツキヨ

 Lv44 HP35/35 MP221/221〈+65〉

 

【STR 15】 【VIT 0】

【AGI 70〈+40〉】 【DEX 80〈+80〉】

【INT 60〈+30〉】

 

装備

 頭 【舞騎士のマント】体【比翼の戦乙女】

 右手【白翼の双刃】 左手【白翼の双刃】

 足 【比翼のロングブーツ】

 靴 【比翼のロングブーツ】

 装備品【赤いバンダナ】

    【毒竜の指輪】

    【空欄】

 

ステータスポイント0

スキル

 【連撃剣Ⅹ】【体術Ⅸ】【水魔法Ⅹ】

 【挑発】【連撃強化大】【器用強化大】

 【MP強化中】【MPカット中】

 【MP回復速度強化中】【採取速度強化小】

 【双剣の心得Ⅹ】【魔法の心得Ⅹ】

 【武器防御Ⅸ】【状態異常攻撃Ⅶ】

 【気配察知Ⅴ】【気配識別】【気配遮断Ⅴ】

 【魔法隠蔽】【遠見】【魔視】

 【耐久値上昇中】【跳躍Ⅷ】【釣り】

 【水泳Ⅹ】【潜水Ⅹ】

 【精密機械】【血塗レノ舞踏】【水君】

 【切断】【ウィークネス】【剣ノ舞】

 【刺突剣Ⅵ】【曲剣の心得Ⅵ】【属魔の極者】

 【空蝉】【殺刃】

 

 

――――――

 

 

 そして、ツキヨとしては魔法はあくまでもサブウェポン。【INT90】で水属性については実数値【270】のためこれ以上上げるつもりがなく、【AGI110】あればこれから【超加速】なるスキルを取れば十分であり、今後は余程のことがない限り【DEX】に極振りするつもりである。

 

「ギリギリだけどクエスト条件は満たしたから、これから新しいスキル取りに行くけど、ミィはどうする?」

「どうするって言われてもねー。私は火属性強化のスキルを上げたりかな……あ、そうだ。統一装備ってそろそろできる頃じゃない?」

「うん、ドヴェルグさんから連絡は貰ってる。来週の頭にはできるってさ。二週間の期日から遅れてすまないって言ってたけど、大量に余った素材で頭や足装備も作ってるらしくて、時間かかってるみたい」

「おぉ!なら来週中に全員に渡せば、その次の週のイベントには間に合うね!」

「だね。本当にギリギリだったけどね……」

 

 今日までに詰めれる所は詰めていった。既にイベントの大まかな情報は全て提示され、探索型でゲーム内で一週間過ごすことが分かっている。またそれに伴い【炎帝ノ国】でアンケートを取り、イベント期間はグループとして活動したい者が多かった。

 イベントマップにはパーティ毎の転移になるため、集合地点をマップの何処か……と言っても恐らく中央になるだろうが……に決めておき、イベントの後半をグループとして活動するようになるだろう。

 因みにそれら全てツキヨとウォーレンで水面下で進めたため、ミィは知らないし会議でも意見の方向が揃ってすぐに決まるだろう。本当に疲れた。

 

「後は統一装備を渡す兼イベント会議の日程だけど……」

「全員のログイン状況は把握してるから、それを元に決めてあるよ。後は全員にメッセージ経由で確認してもらって、大丈夫ならそれで会議。イベントへの【炎帝ノ国】の参加方針も決めなきゃね」

 

 サラリと嘘を付くツキヨ。

 もう日程も粗方決めてあるし、会議内容も方針も、ウォーレンと固めてある。

 会議は全員の予定が偶然揃った丁度一週間後の火曜日であり、装備完成は月曜日との知らせを受けた。もちろん、既にこれについての了承も得ている。

 

 

「それじゃあ、日程については全員の確認が取れ次第ミィにも教えるね」

「うん分かった」

「私は今日中にスキル取りたいから、もう行くよ。また明日ー」

「うん、じゃあねツキヨー!」

 

 

 

―――

 

 

 

「よし、到着っと」

 

 そうしてミィと別れ、ツキヨがやって来たのは森の奥の小さな家。

 見た目に特に変わった所はなく、一般的なログハウスに見える。

 家の真横には小川が流れていて、水車がゆっくりと回る。

 家の前には小さな畑と、薪割りの後に残されたままなのだろうか、割られていない薪がいくつか置かれていた。

 ツキヨは()()()()()()()()()()()()()に目を向けて、次に()()()()()()()()()()()()()()()を思い出す。

 

「……まぁ、別に良いかな」

 

 その視線の主が誰であろうとどうでも良いし、ツキヨとすればスキルさえ取れれば何でも良い。

 それが例え、モンスターでもプレイヤーでもない存在だったとしても。

 

 と、心地良い小鳥のさえずりに耳を傾けながら考え、家に近づくと、コンコンと扉をノックしてそのまま待つ。

 少しして、扉が内側から開かれた。

 出てきたのは杖をついていて、白い髭を長く伸ばした男性だった。

 

「こんな所に人が来るとは珍しい……とりあえず上がっていきなさい。この辺りは厄介なモンスターも多い」

 

 そう言って老人はツキヨを家の中に通す。その()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()から目をそらしつつ、ツキヨは家の中に入った。

 そしてツキヨは内心で安堵する。AGIの値が足りない時、この家には誰も居らずイベントも発生しないからだ。

 家の中は最低限の家具があるくらいでサッパリとしているが、唯一、端の棚の上に、古びているものの確かな存在感のある短剣が目に入った。

 

 ツキヨは老人に言われるがままテーブルの近くの椅子に座った。

 そんなツキヨに、老人はお茶の入った湯呑みを持ってきてくれる。

 

「飲むといい、少しは体も休まるはずだ」

「……では、遠慮なく」

 

 ゆっくりと、だが()()()()()()()湯呑みを持ってきた老人に感謝してそのお茶を飲むと、確かに体が休まる気がした。

 ここまで多少戦闘をしたが、魔法もスキルも使わずに適当にあしらってきたため、HPもMPも消費していない。しかし情報によれば、HPとMPを回復させる効果があったはずだ。

 

「ふむ……しばらく休んでいくといい。わしは【魔力水】を汲みに行く」

 

 【魔力水】は、魔力が回復する水が湧き出る泉から汲んだ水のことだ。その泉の場所は第二層の街でNPCから聞くことができ、現在地から走っても三十分ほどかかる、それなりに遠い場所である。

 そこでツキヨは、情報通りに口を開く。

 

「なら、私が代わりに汲んできます」

「ん、そうか?……ここは甘えておこうか……最近は足の調子も悪くなってきた」

 

 老人はそう言い、ツキヨにガラス瓶を渡す。

 そこにはYES・NOという文字が表示されていた。

 ツキヨはもちろん、YESである。

 

 【魔力水】は二層に入ってすぐ、生産職プレイヤーが検証を行ったが、どうやっても泉から汲み上げることができなかった。

 その場で飲んで、MPを回復することしかできず、持ち帰ることは不可能。

 ただ一つ、このイベントで渡されるガラス瓶を除いて。

 しかしそれも、汲み上げてから一時間でインベントリから消えてしまう。

 つまり、泉はこのイベントのために用意されたスポットだった。

 

「それじゃあ汲んできますね」

「すまんな……頼んだ」

 

 そう言って申し訳なさそうに奥に行こうとする老人に、ツキヨは()()()()()()()()()()()()()をした。

 

「いえ、足にはそれなりの自身があるので。もっとも……()()()()()()()()()()()()()()

「……最近は足の調子が悪くなってきたのぉ」

「お大事に。では、行ってきます」

 

 先程より()()()()()()()()()()老人の言葉に、運営が作るプログラムの芸の細かさを感じながら、ツキヨは駆け出した。




 
 【殺刃】はあんな感じになりました。
 まぁいつかツキヨちゃんが使うと思うんで、その時にまた詳しくは作中で書きます。
 【刺突剣】……強いです。運営は当初の予定を変えず、ほぼ全部貫通属性をつけました。
 貫通性の連撃技……あれ、メイプルちゃん防げなくないか?まぁそこはちゃんと考えますか。
 技はもうね……考えるの疲れたから、SAOを大量投入しようかと検討中。
 HFとかHRとかから輸入しようかなと。
 ソードスキルの技系への入れやすさは異常。当然だけど。
 その内に武器に青薔薇とか夜空とか金木犀とか出してしまいそう。金木犀とかシンに持たせたらえげつなくならないか?【崩剣】より自由自在で数も膨大なんだけど。
 あの辺本当に強いし剣の記憶をクエストに組み込みやすいし……あ、一番好きなのは黒百合の剣です。シェータさん好きです。


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PS特化のキャラ崩壊

 えー、ご報告。
 私、『速度特化』と合わせて同時投稿してるじゃないですか?
 実は『速度特化』にも愛着が湧いていて、けどどっちもストックが少なくて……というか、私の性分でストックが10話以上無いと安心できないというね。
 私はその不安がモチベの低下に繋がって、やがて書けなくなる病を患ってます。。
 で、今の所『PS特化』の書き溜めたやつが40話まであるんですが、見事に10話切ったねと。
 『速度特化』も書きたいけど、新年度始まりで時間無いや……と。
 そういうわけでして。

 ストック作らせてくださいタダとは言わないからっ!

 ちょっと、ストック作るから投稿頻度を半分にさせてほしいなーと思いまして、ね?
 本作の次回を4月2日に。4日は『速度特化』。
 6日に本作、8日に『速度特化』。
 って感じで今までどちらも隔日だったのを『速度特化』と交互に2つで隔日投稿したいなと。
 本作は4日置きに投稿して、頻度を半分にしたいと思います。マジごめんなさい。
 まだ続けるつもりだから許して?

 さて、今回は、このまま投稿しようかと悩んだお話です。ぶっちゃけツキヨちゃんのキャラ崩壊が酷いです。タイトルにしちゃうくらい酷いです。

 さて。その覚悟ができた人は、本編をどうぞ。

2020/4/1追記
 えっと……マジでごめんなさい(土下座)
 『PS特化と自由の弊害』の前、及び、今話の前にそれぞれ一話ずつ飛ばしてて投稿していたことが発覚しました。
 よく考えたら今話、【超加速】クエストいきなり始まっちゃってます。誰も教えてくれなかったから、今の今まで気付きませんでした。
 マジでミスりました……もう読んじゃったって人はごめんなさい。
 4/6 0時に34話、投稿完了しました。



 

 イベントを受注したツキヨはログハウスを飛び出して泉へと向かう。

 この辺りに生息するモンスターは主に三種類。

 一体目はビッグスパイダー。

 名前の通り大きな蜘蛛で、体長およそ一メートル。モンスターとして見た目がデフォルメされていなければ阿鼻叫喚待ったなしなコイツは、対象を拘束する糸が厄介だ。もっとも、ツキヨは見てからでも余裕を持って躱せる相手である。

 二体目はスリープビートル。

 対象を眠らせる状態異常攻撃を仕掛けてくるカブトムシ。大きさが通常のカブトムシの倍程度であり、ビッグスパイダーの影に隠れてと見つけるのは困難になる。これもツキヨなら見つけ次第反射で迎撃できる。

 最後にトレント。

 木に擬態するモンスターで、奇襲を仕掛ける厄介なモンスター。

 しかし枝に赤い実を付けているという目印があるため、『奇襲(笑)』の域を出ない残念モンスターである。これもツキヨは見つけ次第斬り倒せるし、枝や根を伸ばすリーチの長い攻撃は、ツキヨの蛇腹剣(もっと遠い所)からの理不尽な攻撃で対処可能だ。

 

「うんうん……この森で私に死角なし」

 

 

 ツキヨは森の中を駆け抜ける。

 どのくらいのスピードなら良いのかと調整をしながら、()()()()()()()()()()()()()()()()

 下調べの通りモンスターは一匹も現れないため、全力では走らず、泉とログハウスとの最短ルートを暴き出す。

 そうして少しゆっくり目なペースで来たため、三十分を少しオーバーして泉へと辿り着いた。

 

「おぉ……綺麗……」

 

 どこまでも透き通るその水は薄く輝いて、周りの木々や草花を照らす。

 その幻想的な風景にしばし目を奪われていたが、泉の水を飲んで小休止すると、集中力を高める。

 

「あのお爺さんを見返すために、絶対に三十分で帰る。来るまでに最短ルートは覚えた。ペースを落としても37分……全速力なら30分は切れる」

 

 だが、泉の水を持ってログハウスに向かえば、待ってましたと言わんばかりにモンスターが溢れかえる。

 だからこそ、ツキヨはこのイベントを本気で挑む。レベル上げの時にはやらなかった……否。第一回イベントが終わってから一度もやっていない、本気を出すルーティーン。

 

「すぅ………はぁ………」

 

 軽く目を瞑り、深く、大きく深呼吸をする。

 両腰に収める【白翼の双刃】の柄に手を宛てて、軽く握る。

 

(……思いの外、調子がいい……。【炎帝ノ国】の仕事、全部片付けたからかな?)

 

 体が軽い。

 本気の《神速反射(マージナルカウンター)》を使っている今、この身体(アバター)が0.01秒のラグも無く十全に動けると実感している。

 これならいけると、ツキヨは判断した。

 

「さぁ……行こうか」

 

 ここからは、一分一秒が勝負だ。

 泉の水をガラス瓶に入れ、インベントリに仕舞う。そして、()()()()()()()()()()

 森に飛び込み、そのまま駆ける。蜘蛛たちの嫌な鳴き声が響く。不協和音……いや不協和音にすら失礼と思える騒音。

 イベントは、ここからが本番だ。

 ツキヨは全速力で足を止めず、【白翼の双刃】を両方抜く。

 

「……【飛翼刃】」

 

 修正後初めて使用する【飛翼刃】は、なにも最大距離が縮むという弱体化だけを受けたわけではない。以前は一刀でも二刀でも毎秒MP3を消費したが、今は()()()()()()()M()P()1()()()()()()

 二刀で使用する際は、毎秒MP2の消費となる。

 そして、【飛翼刃】は何も()()()()()()()()()

 

 その事を証明するかのように、今ツキヨが握る【白翼の双刃】は、その刀身を半分以下にまで縮小し、取り回しと速度、そして、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()を重視した形状。

 

 蜘蛛と戦うだけならば、通常の長さで斬り刻むだろう。

 カブトムシだけならば、面倒だと無視するだろう。

 トレントだけを相手にするならば、ツキヨは最大まで刀身を伸ばすだろう。

 だが今のツキヨは違う。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 蜘蛛が何十体いようが、カブトムシが何百体潜んでいようが、トレントが何度奇襲をかけようが。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 その為の取り回し重視。対多数戦闘における手数重視。弱点補正も使わず、【切断】の防御貫通も、武器による攻撃スキルも何一つ使わない。

 

 使うのはたった一つ。

 

 【武器防御】最高難度スキル

 

 

 蜘蛛の糸が木の上や茂みからヒュンヒュンと音を立てて飛んでくる。これに当たれば捕獲されておしまい。

 だがツキヨは、最も近い個体が放った糸を軽く躱し、続く大量の糸が自分に到達するタイミングを()()()()()()()()()()()()()()()()

 両手の【白翼の双刃】(たんけん)をもって、最強の防御スキルを行使する。

 

「【パーフェクションパリィ】【パーフェクションパリィ】【パーフェクションパリィ】っ!!」

 

 ツキヨに迫る糸、その数は六。ツキヨが両手で放つ防御スキルも、その数は六だ。

 

 最初に到達する右斜め後ろの糸を弾く(パリィ)。次の左前を目を向けずに弾く。次も、次も、次も、次も……。

 その全てを()()()()()()()()()()()

 そして、最初に弾いた糸の発射先に一瞬だけ視線を向け、()()()()()()()()()()()()ことを確認したツキヨは、視線を前に戻す。

 

 その瞬間、大量のスリープビートルが全方向から殺到。

 

「【跳躍】【パーフェクションパリィ】【パーフェクションパリィ】」

 

 【跳躍】により、自分の体を前に飛ばしてタイミングをずらすと、躱しきれないカブトムシの突進を弾く(パリィ)

 その後も()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()し、背後から迫るカブトムシを心持ち大きく回避し、同時に【パーフェクションパリィ】を打ち込んでいく。

 

 これが【パーフェクションパリィ】が持つ他の攻撃スキルにない優位性。パリィが成功すれば、全てのスキルの再使用可能時間(リキャストタイム)をゼロにする効果で【パーフェクションパリィ】を連打。更に成功時はMPが全回復するため【飛翼刃】を半永久的に継続でき、襲い来る全てのモンスターにスタンを掛け、行動不能にする。

 

 ツキヨは僅か数秒でスリープビートルの群れを行動不能にして突破する。

 

「【パーフェクションパリィ】!……見え透いた手を使うねっ!【パーフェクションパリィ】!」

 

 ツキヨの足元から鋭い木の根が二本伸びてくる。

 ツキヨが当たれば一撃死は免れないが、ツキヨの《神速反射》がそれを許さない。

 別々のタイミングで放たれたそれを回避もせず、【パーフェクションパリィ】で弾き、足は止めずに(全速力で)周囲を警戒。

 赤い木の実をつけた木が二本。間違いなくトレント。それもスタンしていることから行動不能。

 

 更に奥にも赤い木の実が付いたトレントが複数体見えるが、これは走り抜けた先で一掃する。

 最初にスタンをかけた蜘蛛すら復活しておらず、付近には僅かな時間、モンスターが襲わない(えない)絶好のチャンスが来た。

 全てのモンスターにスタンを掛け、行動不能にし、安全な数秒を作り出して走り抜ける。これが一番安全で、これが一番、効率的。

 だが、ツキヨはダメ押しとばかりに()()()()()()()()

 

「【水爆】!」

 

 走り抜け、動けないモンスター全てを攻撃範囲に入れられるだけの距離を取った瞬間、ツキヨは一瞬だけ振り向き、広域殲滅を可能とする魔法を開放した。

 それは離れた所に見え、少しずつ近づいてきていたトレントすら巻き込み、背後にモンスターを一体たりとも残さず、地形ごと破壊し尽くす。

 一日三回しか使えない大技だが悔いはない。このイベントで三回使い切るつもりで走り抜ける。

 全速力で走ったツキヨの現在地は三分の一にも満たないが、最後は逃げ切ればいい。

 そう考え、破壊痕に背を向けて走り出す。

 

 

 ツキヨの耳は後ろを除く全方位から、更なるモンスターの声を聞き取っていた。

 

「ははっ……ぬるいぬるいっ!魔法使い五十人の集中砲火の方が凌ぎ甲斐があった!

 【パーフェクションパリィ】!」

 

 自らよりもAGIが早いだろう蜘蛛もカブトムシも、トレントの枝や根の攻撃も。全て【パーフェクションパリィ】の前では……否。ツキヨの前では無駄。無謀。もはや無策同然。

 

「あははは!

 

 無駄よ、無駄無駄ぁ……。

 

無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄……

 

無駄ァァァ!!!

 

 ここに来てモチベーションが最大(最っ高にハイってやつ)になったツキヨは、蜘蛛の糸を躱し、躱した先にいるカブトムシに当てる。

 カブトムシはそのまま突進してツキヨの【パーフェクションパリィ】を喰らい、この時糸にも剣を当てることで二体同時に無力化。

 トレントなど【パーフェクションパリィ】してくださいと言わんばかりの攻撃を素直に弾き(パリィし)行動不能にする。

 絶対に足を止めず、泉に向かっていた時よりも早く。最短ルートを駆け抜け、モンスターを行動不能にする。

 

(躱しはしない!全て真正面から受け止め、弾き返し、蹂躙する!)

 

 どれだけ興奮していても、熱くなろうとも、思考だけは常にクレバーに。

 キャラ崩壊も何のその。見てる人はいない。おそらく一名NPCの視線を感じるが、これは無視して構わない。どうせログハウスに付いたら平然と扉から出てくる存在だ。

 思考を止めず、絶えず最善手を打ち続ける。空間そのものを掌握し、台風のごとく周囲を見境なく蹂躙する。

 ミィやメンバーはここにはいない。掲示板で騒いでるプレイヤーもいない。この森は今、ツキヨとモンスターしかいない。

 

 だから……

 

「あはははハハハハハははははっ!

 もっとよ!もっと全力で!全速で!全身全霊でかかってきなさい!まだまだ足りない!

 蜘蛛もカブトムシもトレントも!そして風蜻蛉!アナタもまだまだこんなもんじゃないでしょう!?

 さぁ出し切って!私を捕まえてみせなさい!

 もう残りは三分の一よ!時間も二十分経った!そろそろ掴んだでしょう!?見切ったでしょう!?もっともっともっともっともっともっと!!」

 

 台風の如き暴力は、熱い咆哮は、されどその剣の冷たき鋭さを引き立てる。

 自らよりどれだけ速かろうと、その速度差を《神速反射(出だしの早さ)》で押し潰す。

 

 都合二回目の【水爆】は、一回目の二倍以上のモンスターを纏めて消し飛ばし同じ光景を作り出す。

 

 

 

 

 そうして三度目の森林破壊(すいばく)が放たれてから数分後、ツキヨは僅か28分19秒で、泉からログハウスに到着した。

 

 

 

―――

 

 

 

「はぁ……っはぁっ……はぁ……っ!

 あー……楽しかった!なんだろ?全能感?あそこまで本気で《神速反射》を使ったのは二度目だしVRじゃ初めてだけど、現実の比じゃないわ。

 やっばい、私さっき無敵時間だった。うわー……あそこまでの多幸感とか初めてだよ……」

 

 ツキヨの目の前にはログハウスがあり、ここまで来ればモンスターは攻撃してこない安全地帯となる。そのため少しだけ息を整え、三十分を過ぎない内にログハウスの扉を開けた。

 

「戻りました」

「おお!早かったな。無事そうで何より何より……」

 

 テンションが天元突破し、ログハウスと泉の間の森を三度死地に変えてしまったが、本当に無傷で三十分で突破できたためそんな事は頭の片隅に放り投げ、老人の話を聞く。

 

「ふむ……お礼をせねばならんな……どれ、少し待っているといい」

 

 そう言うと老人は、棚の方へ向かい何かを探し出す。

それと同時に、ツキヨの前に突然青いパネルが現れる。

 

 

 エキストラクエスト【最速】が発生しました。

 選択しますか?

 拒否した場合は再発生不可かつ【超加速】を取得します。

 

 

「………はい?」

 予想外の自体に、ツキヨは首をひねった。

 老人は、今も棚を漁っている。

 

 

――――――

 

 

 ツキヨがクエストをクリアしている頃、運営陣はいつもの業務をこなしていた。

 そんな時とあるモニターを見ていた者から声が上がる。

 

「ちょ、はぁ!?嘘だろ!【最速】クエストが発生しました!」

「や、やったの誰だ!あれの発生条件厳しすぎるだろうが」

「確か、泉の水を三十分以内で持ち帰ることに加えて、途中のモンスターを300体以上撃破しないといけないはずだが、一体誰が……」

 

 そこまで言った所で、唯一それができそうなプレイヤーに思い至ったのか、男は額に手を当てて顔をしかめた。

 

「はい、ツキヨです……全部【水爆】で吹き飛ばしていました」

「だ、だがあれだけのモンスターの数で足止めされるだろ!?」

「今、映像を出します」

 

 そうして映し出されたのは、全ての攻撃を見切り、【パーフェクションパリィ】で弾き返し、ノックバックとスタンをかけた上で蹂躙する白い戦乙女。

 

「【パーフェクションパリィ】をこんな簡単に連続行使とか本当に人間かよ……」

「人の反射よりも短いスキル時間なのにミス一つしねぇ……」

「うわぁぁぁ!うわぁぁぁ!」

「やべぇ……俺の設計したスキルをこんな使いこなすとか天使……」

 

 無駄無駄とツキヨが叫ぶ度にカブトムシが、蜘蛛が、トレントが、風蜻蛉が無力化され、最後は【水爆】で吹き飛ばされる。

 その光景に一同唖然とし、一部発狂し、一部は心から酔いしれた。

 

「【最速】は速度系スキルで一番ヤバイだろ!」

「はい……文字通り()()()()からこそ、そして()()()()()()()()()()()()()()【最速】なので」

「目の前にいるのに()()()()()()()()【超加速】の完全上位互換」

「で、ですがそれだけに扱いが非常に難しかった死にスキルでしょう?流石にツキヨでも……」

 

 そう自らを落ち着かせるように紡がれた言葉は、別方向から却下される。

 

「馬鹿お前!ツキヨの取得スキル考えろ!取得条件鬼、デメリット過多、扱いルナティック、俺達の悪ふざけのオンパレード!それを全部使いこなしてんだぞ!?【最速】だってモノにしかねない!」

「た、確かに……」

「……まぁ、そうだな。とりあえず取得しても使いこなせるか分からない以上、今考えても仕方ないな」

「ですね。もし使いこなせても、せいぜいトッププレイヤーの一人でしかなかったのが『世界(NWO)最強の剣士』になるだけですもんね」

「ああそうだ!問題あるか?」

「いえ、大丈夫です!」

「そうだよな」

「はい」

「「ははは……」」

 

 二人は顔を見合わせ、乾いた笑いをこぼす。そして、次第にその笑いは小さくなっていった。

 

「……まずいな!」

「ですね!どうしましょう!」

「使いこなせないのを祈る!それだけだ!」

 

 そうして純白の戦乙女というバランスブレイカーに頭を抱えた運営は、その後もツキヨの動向を業務の傍らでチェックし続けることにした。




 
 あれ、ツキヨちゃん、人間辞めてないよね?
 石○面かぶってない?
 【パーフェクションパリィ】って途中から言ってないけど(多分書いてないだけで言ってる)、どうやって発動してるの?
 私もここまでやるつもり無かったのに、ツキヨちゃん勝手に動いたよね……?
 筆が乗ると『キャラが勝手に動く』って本当にありますよね。

 スキル名だけは、今も仮称だったりする。
 だってさ、原作でも『エーデルワイスの剣技・体技』としか言われてないもののスキル名とか最適なもの思いつかないって。
 というか、このスキルもその内に色々言われそうだな……。
 ただでさえ【神速反射】の事を知らない人から『人の反射速度は0.1(0.2)秒が限界』って感想に書かれてるのに……。
 0.1は理論上の限界(机上の空論)、0.2は実際の確認された中での限界。
 補足しますと、そんなこと知ってますからね?4話でちゃんと作中に書いてますからね?読んでくれてるよね?
 それを感想で書ける人って適当に読んでるよね?で、理解した気になって思ったことそのまま書いてるよね?それ。
 『落第騎士の英雄譚』のキャラの能力をクロスさせてるんですからね?文句は受け付けません。

 あぁ、思わず凄い強気な後書き書いてる。お気に入り減りそう。
 けど、書き手の方々なら共感してくれると思うんですが、自分に駄文という自覚があっても『きちんと読んでくれる読み手』はとっても嬉しくて、どれだけ頑張って書いても『ロクに読もうとしない読み手』は悲しいです。
 しかも『ロクに読まず、理解を放棄してダメ出しだけして去る読み手』にはその『作品に対する在り方』に低評価です。1か0です。
 あ、この後書きを読んで作者()を嫌いになっても良いけど、私の人間性を理由に作品に低評価付けるなら、私もその方を低評価です。
 低評価付けるなら作品の中でのみ判断するべき。人間性と作品の出来は関係ありません。アインシュタインなんて女癖最悪だしね。まぁ、こちらから判断する術は無いわけだけど。
 辛口というか激辛な後書きだけど、拙作を高評価してくれた方々にはとっても感謝してます。それを蔑ろにはしたくないし、作品はできるだけ良いものを、納得いくものを投稿したいとは思ってる。まぁまだまだ内容構成は塵芥な自覚あるけど。
 文章下手だわ設定練り直しが度々必要だわ誤字するわ……あれ?私駄文じゃん。
 私は別に『低評価付けるな!』と言いたいわけじゃなくて。
 むしろ低評価は、もっと頑張ろうっていうモチベーションになってるんです。作品を見直し、練り直すキッカケになるので。だから、その人それぞれの『評価の基準』みたいなのが超えられないのなら、低評価付けちゃってって事で。
 
 だからこそ書くのに時間がかかってストック尽きそうなんだけどね!

 知らない作品とのクロスオーバーはどこをクロスしてるのか分からないから仕方ないけど、それを含めて『そういう設定』として飲み込み(理解し)、何も考えずにゆるりと読んでください。
 拙作は登場人物に感情移入して読むのではなく、第三者目線で……そう、どちらかと言うと『メイプルを眺めるクロムさん』の様な立ち位置に読み手各人が立っていただいて、面白おかしくツキヨたちの動きを観察しましょうw

 それで少しでも気に入ってくれたなら、高評価、感想等付けてくれれば、嬉しく思います。



 ……あれ?元はなんの話だったっけ?
 そうだ。【最速】が仮称って話ですね。前振り長いね。生○会の一存やゲー○ーズ!が大好きだからかな。あの先生、後書きめっちゃ長くて面白いし。仕方ないね。リスペクトです。
 ここまで後書きの全部が前振りなので、適当に読み流して良いですよ。ただ、物語そのものを流されてたら悲しいです。
 なので、どこに行き着くかといえば【最速】の名前、私には思いつきませんでしたって話です。
 もっとピッタリな名前が思いついたら、唐突な変更があるかも。
 後書きだけで1500文字超えるとか、何考えてんだろ……短話なら一話書ける文字数じゃん。

 では、4月は前書きの通りに投稿しますので、『速度特化』共々適当に楽しんでください。


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PS特化と【最速】

 お待たせしました!
 4月に入ってからの2回が挿入投稿になったので、ちゃんとした続きを投稿するのは、一週間以上開けてしまいました。
 地味に加筆及び修正箇所が多く、投稿がギリギリ(過ぎてる)に。誤字ありそう
 


 

 【超加速】を取得しに来たら別のスキルが取れそうで、どうしようか悩むツキヨは、そのまま五分ほど考え込んでいた。

 

 「【超加速】か【最速】か、かぁ……」

 

 超加速は、文字通り物凄い加速力を得るスキルだろう。だが、【最速】がどの程度『最速』足り得るのかが分からない。

 

 だが、全てのスキルを知っている運営をして、【最速】と銘打たれたスキル。ならば、相応の効果を発揮するのだろうと、ツキヨは【最速】クエストの選択画面でYESを選択した。

 

 すると、棚でずっと何かを探していた老人がツキヨに向き直る。

 

「すまんな。【魔力水】をこれだけ早く持ち帰りながら、近辺のモンスターを一掃できるだけの力を持つお主に、もう一つ頼みたいことがある。

 もし聞いてくれるなら、お礼にわしが持つ最強の力を教えよう。

 ……尤も、わしでも扱いきれず匙を投げた力じゃが……お主ならば、あるいは」

 

(なんか物凄い地雷臭がする……)

 

 最強のスキルは間違いなく【最速】だろう。

 しかし、この老人が扱いきれずに匙を投げたとかいう死にスキルでもある。

 ツキヨは頬が引き攣った。

 

「そ、そうですか……。なぜお爺さんが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()は今は置いておきましょう」

「すまんな。【魔力水】をこれだけ早く持ち帰り、近辺のモンスターを一掃できるだけの力を持つお主に、もう一つ頼みたいことがある。

 もし聞いてくれるなら、お礼にわしが持つ最強の力を教えよう。

 ……尤も、わしでも扱いきれず匙を投げた力じゃが……お主ならば、あるいは」

「あぁ……これは答えてくれないんだ」

 

 さっきと同じ言葉をそのままリピートする老人に、きちんと頼みを受諾しないといけないと悟る。

 

「……分かりました。お爺さんの頼みならば、お受けしましょう」

「ありがとう。では、説明させてもらうぞ」

 

 家の奥から最初と同じ湯呑みを持った来て、ツキヨの前に置かれる。

 一口飲むと、ほぼスッカラカンになっていたMPが全回復した。

 

「その茶には、お主が持ってきた【魔力水】が使われておる。しかしそれとは別にもう一つ、別の水も使っているのじゃよ」

「体力と魔力のどちらも回復するようですね」

 

 ツキヨはあれだけの戦闘をしながら、ダメージを一切受けていないが、情報ならばそうだった。

 

「お主に頼むのはもう一つの水……【生命の泉】から【生命水】を持ってくることだ。

 【生命水】とは、一口飲めばたちどころに傷を癒やし、体力を回復させる効果を持つ水での。【魔力水】以上に採取が困難なのだ。

 あの泉には、泉の水を守る強大な怪物がいてな。昔、そやつに手傷を負わされ、わしは戦いから身を引いた」

 

 懐かしむように、老人は棚の端に置かれた短剣に目を向ける。

 

「【魔力水】を守るのは森のか弱い怪物たち。数こそ多いが、足さえ早ければ逃げ切れる。しかしあやつは必ず一度、退(しりぞ)けねばならん」

「一度は倒す必要がある、ということですか。昔と言っていましたが、戦いから身を引いた後【生命水】はどうやって確保していたんですか?」

「わしでもそう飲まんからな。極たまに来る来客のために、樽から少しずつ使っておったが……そろそろ底をつく」

 

 つまり、先ほどのガラス瓶のように少量ではなく、樽一つ分の【生命水】を持ってきてくれ、ということになる。

 だが、一つ問題がある。ツキヨは、【生命の泉】の場所を知らないのだ。当然街でも掲示板でも情報はなく、検証班によって検証されたという情報もない。

 

「その【生命の泉】とはどこにあるんですか?【魔力水】の話は街でも聞きましたが、【生命の泉】は聞いたことがありません」

「当然じゃな。あの場所は危険すぎるが故に常にわしが秘匿し、()()()()()()()()()()()()()()()()()

「つまり……【生命の泉】はすぐ近くにある、と?」

「わしの頼みを受けてくれるならば、すぐにでも案内しよう」

 

 老人は鷹揚に頷き、ツキヨの返事を待つような視線を向ける。

 ツキヨは湯呑みに残ったお茶を全て飲み干すと、覚悟を決めた。

 

「……良いでしょう。【生命水】を取ってくる。その頼み、確かに承ります。貴重な残り少ない【生命水】のお茶を、二度も振る舞ってくれたのですから、断る理由はありません」

「ありがとうな……では、入り口まで案内しよう。ついてきなさい」

 

 そう言って老人が向かう先は、扉の外ではなく()()()

 この場所に家を建てたことに意味があるとするならば、その行き先は自然と決まってくる。

 

「……もう嫌な予感がするんだけどぉ……」

 

 ツキヨは不肖不肖の体で老人について行くと、大きな樽が目に入った。その奥には、裏手口の扉が見える。

 

「この樽は特別製でな。中の液体を劣化させない力がある。これに【生命水】を汲んできてくれ」

「分かりました」

「しかし、こやつは()()()()()。一所に安置させておかねば、移動中の衝撃で一時間と経たず壊れてしまうだろう」

「……つまり、往復で一時間以内ですか。それも樽を動かした瞬間からスタートとは……」

 

 老人が奥に進み裏手口の扉を開けると、そこには冷たい岩肌と、その中央に人一人通れる程度の狭い入り口をした暗い洞窟があった。

 誰にも見えないように正面をこの家で、左右を壁で覆い隠し、空も屋根で見えない。

 ツキヨは完全にこの洞窟を隠すために、この家を建てたのだと悟った。

 

「うむ。【生命の泉】はこの裏手から見える洞窟の奥にある地底湖だ。なに、泉までは走れば10分とかからん。しかし急げ。

 あの怪物は早く、強く、速く、大きく、疾く、何より厄介だ。是が非でもお主を足止めにかかってくるだろう。

 倒すよりも動きを封じ、逃げに徹しろ。

 やつは大きいが故に洞窟からは出られんから、逃げ切れば諦める」

 

 半分も()()()ことを念押しするとは相当なのだろう。しかも厄介と言うからには、罠、あるいは撤退する相手に逃げ道を塞ぐ攻撃を持っているのだろうことを予想したツキヨは、場合によっては最強の手札を切ることにした。

 

「お主が樽を持った瞬間から、一分一秒を争う……準備はいいか?」

 

 【水爆】は今日はもう使えないため、ツキヨは左手を片方の【白翼の双刃】に。右手を樽に当て、すぐにでもインベントリに仕舞えるようにする。

 目を瞑り、深く……深く深呼吸をして、今日二回目の本気を維持できるよう努める。

 

「…………いつでも。必ず、【生命水】を持ち帰りましょう」

「では……頼むぞ」

「行きます!」

 

 その瞬間、ツキヨは樽をインベントリに突っ込み、洞窟の中に飛び込んだ。

 

 

―――

 

 

 洞窟は一本道で、洞窟に飛び込んでから迷うことなく全力疾走し続けて五分が経過した。

 洞窟に飛び込んだ時、入り口は横一メートル、縦二メートル程度しかなかったのだが。

 

「見るからに洞窟の空間が広がってる……」

 

 洞窟に突入して五百メートルほどは殆ど変化無かったが、そこから徐々に空間が広がり始め、今では横十メートル、縦五メートルはあるだろう。どんどん道が下っていることも鑑みれば、帰りは上り坂で大変そうである。

 

 そうして走り続けることしばし、モンスターが一体もおらず、だが洞窟の中は光源もなしに異様に明るい。青白い光が洞窟内を満たし、【血塗レノ舞踏】【剣ノ舞】を解除し忘れていたツキヨのオーラがやけに目立つ。

 

「そろそろ着くと思うんだけど……っ!」

 

 まだ着かないのか、ツキヨがそう愚痴りそうになった途端、地続きだと思っていた地面が唐突に消え、崖っぷちに踏みとどまる。

 

「あっぶな……って、あれは……。あれが、【生命の泉】……洞窟の明るさの正体か」

 

 明るすぎる空間だったため地面が無いことに一瞬気付くのが遅れたが、崖の真下を覗くと眩く青白い輝きを放つ泉が目に映った。

 ここまでかかった時間は八分。確かに十分とかからなかったが、樽を満たし、崖を登り、上り坂をモンスターから逃げつつ走り抜ける。

 残り五十二分で。

 

「言葉にするだけでハードモード……ま、やってやろうじゃん!」

 

 気合を入れ直し、崖から飛び降りる。身体能力に恵まれたこの身体(アバター)は、ダメージを受けずにひらりと静かに着地した。

 そして、周囲を警戒しながら泉に近付こうとすると、崖の端がなだらかな坂になっていることに気付いた。

 

「飛び降りちゃったけど、帰りはあそこの坂を上がれば大丈夫かな」

 

 言いつつ泉の畔に到着したツキヨは、インベントリから樽を取り出し、泉に投下。

 直後、樽の上に『4:59』という時間が現れ、カウントダウンが始まった。

 

「うわ……ガラス瓶みたいに一瞬じゃ溜まらないのね。……まぁ樽大きいし仕方な……っ!」

 

 悠長に考える時間は、残されていなかった。

 

 

 突如ツキヨの【気配察知】に反応があり、同時にツキヨの頭上から甲高い咆哮が響き渡る。

 

「うるっさ――っ!」

 

 現れたのは巨大な多頭蛇。体高五メートル以上はある全身が洞窟の壁と同じ岩石のような鱗を持つそいつが、猛スピードで突っ込んできた。

 

「【跳躍】【水君】!」

 

 ツキヨは横っ飛びで射線から外れると、両手に高圧水流の円刃を展開し、そのまま蛇の身体を斬り裂く。

 

「妙に蛇に縁があるよね、私ってさぁ!」

 

 初めてのボス戦は身体が骨だけの、水を纏う大蛇。次にミィと戦ったのは毒竜……広義で見れば蛇と同一視される存在だ。そして今回は九つの首を持つ、通称九頭大蛇(くずおろち)

 二層に上がるためのボス戦を除き、全て蛇と戦っている。

 九頭大蛇は【水君】の攻撃が効かないようで、再度咆哮。地面に大量の小魔法陣が出現し、岩の巨杭が次々に出現する(そそり立つ)

 

「……まぁ、私の我流剣技も蛇に肖ってるし、奇縁とでも思っておこうかなっと!」

 

 岩の杭は逃げ場なくツキヨを包囲するが、一つにつき数秒で砕けて消えるのを見たツキヨは、紙一重で躱しながら杭が砕けた場所を安全地帯として次々に飛び回る。

 自らの我流奥義【八岐大蛇】(やまたのおろち)よりも一つ首の多い九頭大蛇。そんな相手が泉を守る怪物。

 

「蛇は古来より日本じゃ水神の一種とされてるし、泉を守るのも間違いじゃあないね……というかこの攻撃、私じゃなきゃ避けきれないよ!?」

 

 そんなことを言っていれば、九頭大蛇が三度咆哮をあげ、空間そのものが悲鳴を上げる。

 

「っ、退路が……っ!」

 

 杭の出現が止む代わりに、今度は逃げ道が潰された。

 地響きを鳴らす方向を見れば、ツキヨがここに来た崖の上が岩壁に塞がれた。

 

「……なるほど、これがお爺さんが言ってた『一度は退けろ』って意味なんだね」

 

 倒せずとも、あの岩壁の能力が解けるように九頭大蛇をダウンさせないと、逃げることもままならない。ツキヨは泉に浸かる樽の時間を確認し、タイミングを図る。

 

「あと一分三十秒でダウン取れるかな?

 ……【飛翼刃】【ウィークネス】!」

 

 【白翼の双刃】を抜き放ち、五メートルほど伸長させ、弱点を探す。

 

「……やっぱ首の付け根かぁ。毒竜と同じだけど、他にも部位破壊狙えそうだね……」

 

 ツチノコのように大きく膨らんだ腹部。その後ろに伸びる細い尾の付け根に、首、目や口は勿論、地面に接しているため狙えないが腹側の岩鱗は柔らかいようで大きな弱点が見える。

 

「さぁ……行くよ?」

 

 

 ツキヨの声に合わせ、九頭大蛇もまた突進する。その速度はツキヨよりも遥かに速く、長い首でツキヨの逃げ場を塞ぎながら襲いかかる。

 

「単純……【跳躍】」

 

 ならば、とツキヨは一瞬で懐に潜り込み、九つの首の付け根を伸びた刀身で斬り払―――

 

 

「きゃぁっ!?」

 

 

 おうとした所で両手の剣に衝撃が走り、大きく吹き飛ばされる。

 なんとか体勢を立て直して着地したものの、先程よりも大きく距離が開いた。

 

 

「冗談きっつ……。()()()()()()()とか」

 

 九頭大蛇の大雑把な攻めはしっかりと見えていた。なのにあの一瞬、()()()()()()()()()()()()()()()

 そういうスキルか?いや、今は見えている。なら、一瞬だけのスキル?それとも――

 

「っ!くぅぅっ!!」

 

 次の瞬間、再び九頭大蛇が目の前から消失し、悪寒を頼りに双剣を盾代わりに辛うじて防ぐ。

 

(見えない……広く平坦な洞窟内で……移動時の地響きも独特の唸り声も、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!)

 

「くっ……ぅああああぁぁぁ!!」

 

 取れるのは防御のみ。【神速反射】を持っていながら、そのツキヨの動体視力さえ置き去りにする九頭大蛇の移動速度に混乱する。

 【神速反射】をフルに使い、【気配察知】と地響きの位置、唸り声が聞こえる角度から位置を逆算しても()()()()()()()()()()()()()圧倒的な速さ。

 

(まずい……一分半なんてとっくに過ぎてる……もう樽は満タン。ダメージこそ受けてないけど、どこかで【パーフェクションパリィ】を使わないと……でも、この速度の大蛇に正確に当てるのは無理……本当に見えない)

 

 

「っ………うぅぅぁぁ……【飛翼刃】!」

 

 今ツキヨにできるのは、双剣を最大まで伸ばし、全身を繭のように覆い隠して即席のシェルターにすることだけ。下手に隙間を作れば、そこが穴となり九頭大蛇に吹き飛ばされる。

 

()ってよ【白翼の双刃】……っ!」

 

 自分の周囲全体から地響きが鳴り、唸り声が無数に聞こえる。今も九つの首による攻撃を受け続け、直接の被害こそ無いものの耐久値はガンガン削れる。老人の家を出てから今で20分が経過した。防戦一方で何もできない。

 

(どうする……どうするどうするどうするどうする!考えろ考えろ考えろ考えろ!

 私の【神速反射】でも追いきれない速度のからくりは何?あの巨体がどうしてあんな速度を出すことができるの!?

 唸り声も地響きも聞こえるほど近くにいるのに、その敵を完全に見失うとかあり得る!?

 これだけ近いのに風切り音すら聞こえないなんて……聞、こえ……ない?)

 

 あれ……?と、ツキヨはふと我に返った。焦っていて冷静さを失っていたが、聞こえるのは九頭大蛇が巨体故に発生する振動と息遣いだけ。

 ()()()()()()()()()()()()

 ツキヨは目を閉じ、深く深くいらない情報を切り捨て、集中する。

 

(集中しろ……もっともっと深く。蛇の息遣い……()()。地響き……()()()()()()。もっと根本的な何かを……)

 

 目を開け、視認した一瞬を逃さない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――音は、聞こえなかった。

 

 

「な、るほど、ねぇ……見えない訳だ」

 

 ツキヨは九頭大蛇の打撃を受け続け、観察し、聴き、ようやく理解した。大蛇が異常なまでの移動速度を発揮したからくりを。

 

(……蛇の移動には、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という、0から100への急激なストップアンドゴー。どれだけ反射速度が優れていようが、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ならもうそこに、見える見えないは関係がない。動き出しを捉えられない時点で、速度は実際より数段早く見えてしまうのだから、対応なんて出来っこない。

 例え【神速反射】が異常な反射速度を備えていようとも、それは人としての機能がただ常人離れしているだけ。加速過程が無い以上、やっぱり置いていかれる。

 九頭大蛇の猛攻がやみ、距離が開いたところでシェルターを解除する。

 

「あっ―――」

 

 と同時に双剣が砕けた。

 蛇の猛攻を耐え凌ぎ、ツキヨにダメージ一つ与えない代わりにその刀身を代償にした。

 そして、次の瞬間にはもう一度復活する。

 より強く、より鋭く、より長く。

 

「あ、そっか。【破壊成長】……ありがとう」

 

 最長まで伸ばしていた刀身は今や倍に伸び、第一回イベントで発揮した長さにまで伸長する。

 時間は短い。集中し、見極めるのに時間をかけすぎたため、既に残り時間が二十五分しか残っていない。帰りの時間を考えれば、今からじっくりダウンを取って、壁を解除して、猛攻を凌いで――などできるはずも無い。

 ゆえに――。

 

 

「………ふぅ、やるか」

 

 

 ツキヨは切り札を切る。

 【飛翼刃】が強制的に解除され、元の長さに戻った右手に持つ【白翼の双刃】にうっすらと闇色の粒子が集まり、少しずつその色を濃くする。

 元から、残り時間が二十五分を切った時点で使う予定だった。どうやっても勝てない相手だからこそ、帰りの移動時間が倍必要なのを見越しての二十五分。

 

 

 

「九頭大蛇………認めるよ。この戦い、勝ったのはどう見てもそっちだ。私にはまだまだ、アナタの相手は早かったみたい。

 だけど………()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 左手の剣を納刀し、右手一本で構える。【殺刃】の予備動作は長い。

 スキルを起動してから三十秒間、他の全てのスキルが発動できなくなる。発動中のものは強制解除される為、今まで纏っていたオーラも消えた。

 できることと言えば、敵に接近するために走るか、回避行動だけ。途中で攻撃を当ててしまえば確率で即死できるが、結局一撃だけであり、可能性は低い。

 その三十秒で刀身は闇色に染まりきり、一際強く輝くのが完了の合図。

 それから一分間、一太刀だけ即死攻撃となる。それも、()()()()()()()()

 だが、九頭大蛇とツキヨの速度は隔絶し、当てることがそもそも困難。

 

 でも、と、ツキヨは小さく笑う。

 

「来なさい。この一刀で、終わりにしてあげる」

 

 当てる必要は無いのだ。

 十分に大蛇とは距離が開いている。

 ならば大蛇の方から()()()()()()()()()()

 

 残りは五秒。

 

 九頭大蛇が一際大きな方向を上げる。

 

 四秒

 

 首を後ろに大きくしならせ、突進のエネルギーを溜める。

 

 三秒

 

 長い尾がとぐろを巻き、エネルギーを最大まで高める。

 

 二秒

 

 全ての予備動作が終わる。

 

 一秒

 

 ツキヨの視界から九頭大蛇の姿が消失し、地響きだけがその存在を教える。

 

 ――――――零

 

「―――【殺刃】ッ!」

 

 

 瞬間、ツキヨは構えた剣を大きく振りかぶり―――まっすぐに()()()()()

 その刀身は闇色に染まり、殺刃の即死効果を十全に発揮できる。

 【殺刃】には他の攻撃スキルのようなモーションが存在しない。

 何故なら【殺刃】とは即死の一撃を放つことができるという説明文でありながら、その実()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だからだ。

 どちらかと言えば、ツキヨが好んで使う【ウォーターブレイド】に近い。

 そしてこの攻撃、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ツキヨは気付いていた。九頭大蛇が使う移動法が、0から100へのストップアンドゴーだと。それこそが()()だと。だがそれは同時に、()()()()()()()()()()()()()()ということに他ならないことを。

 

(動いてる間は常にトップギアなんだから。

 攻めてる時は無類の攻撃力を持ってるよ。私が知る限り最速だ。でも、だからこそ急激な状況変化、つまり―――奇襲に極めて脆い!)

 

 そして、これの対処は不可能。

 なぜなら、飛翔する剣の刀身には、【殺刃】が付与されているのだから。

 触れた瞬間に九頭大蛇は()()

 

 

 

 

 ―――九頭大蛇は大爆発とともに、その身を粒子へと変じさせた。

 

 

 

―――

 

 

 

 樽を回収したツキヨは、ステータスが半減し重く感じる身体をおして洞窟を抜けた。

 洞窟の先には老人が心配そうに待っていた。

 出発してから戻るまでにかかった時間は、58分。本当にギリギリだった。

 

「本当に助かったぞ。お主には感謝してもしきれんな」

「九頭大蛇は倒しました。無事にここまで【生命水】を持ってこれて良かった……」

「なんと……あの怪物を倒したのか!わしが長年討伐を諦めておった怪物を一人で……」

「あの加速を無くす移動能力の弱点を付ける攻撃があったからこそですが……まぁお爺さんの念願?が果たせて良かったです」

「お主は本当に信じられぬことをするな……お礼のはずだった【最速】すら霞むようだ」

 

 テーブルに設置してある椅子に座るツキヨの前に、老人が何かの巻物を置く。

 

「これがわしが渡せる最高の力じゃ。使えばスキル【最速】を覚えられる。遠慮はいらんぞ」

「ありがとうございます」

「なになに、私も扱いきれなかったスキルじゃて。しかしあの怪物を倒したお主ならば、きっと使いこなせよう」

 

 

 少年のような嬉しそうな笑みを浮かべた老人に、ツキヨも小さく笑いログハウスを後にする。

 新たな力を手に入れて。

 

 

―――――――――

 

【最速】

 スキル取得者が戦闘可能フィールドにいる間、あらゆる行動から加速を無くす。

 一分間、AGIを75%上昇させる。三十分後、再使用可。

 




 
 【魔力水】があるなら、【生命水】があってもいいじゃろ?と。
 ちなみに、ツキヨが使う【聖命の水】もこの水と同一だったり……的な裏設定はありません。
 九頭大蛇……ボスをどうするか、本当に悩みました。
 結果として、一輝くんに挑む諸星さんに。最後の決め手もパクり……参考にしました。
 しかも【飛翼刃】での防御は倉敷くんだし。

 【殺刃】、本当に面倒じゃろ?
 ツキヨの回避能力があれば大丈夫な気もしますけど、使用後のステータス半減が痛すぎて、早々ツキヨちゃんこのカード切らないからね。
 切るとしたら、銀翼レベルの相手にかな。それも、本当にどうしようも無くなった時だけ。
 『全てのスキルが使えなくなる』の範囲は、全てのアクティブスキルです。パッシブで発動してる【精密機械】だったり【属魔の極者】だったりは対象外です。
 アクティブとパッシブの双方を含むスキルは、アクティブ効果のみ使えなくなります。

 九頭大蛇、発動までの30秒何をしてたのか。
 そもそもツキヨちゃん、ダメージと言えるダメージをほぼ与えてないから、初期の攻撃パターンである岩杭を乱立させてました。
 そのくらいなら普通に躱せるから、描写は大胆カット。つまんないからね。

 今回でようやく第一巻の終わりが見えた感じです。36話でようやくってヤバイよね。
 文字数、既に20万字超えてんだぜ。
 因みに、もう2〜3話くらいあります。第二回イベント開始直前までが1巻なので、もう少し1巻は続くんじゃよ。


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PS特化と【最速】2

 【最速】が前回で終わりだと思った?
 まだ続くんよ。
 速度特化の方のストックが貯まんない。
 PS特化書くのが楽しくて、こっちのストックは戻ってきました。
 


 

 【最速】を取得した翌日、今日も今日とてログインしたツキヨは、自分の身体がいつもより重いことに気を悪くした。

 

「やっぱりゲーム内で累計十二時間過ごさないと、ステータス半減のデメリットは消えないかぁ」

 

 ステータス画面を確認してみれば、ステータス半減のデバフがかかっている。

 昨日はログハウスを出てすぐにログアウトしたため、殆どデメリットの時間が残っていた。

 

「さて、デメリットは残ってるけど、少しAGI(あし)が遅くなって攻撃力が全体的に低下してるだけ……なら、いつもより少し適正レベル帯を下げれば問題ないかな」

 

 と考えながら街中を歩いていると、ウォーレンに出くわした。

 ウォーレンもツキヨを見つけると、【炎帝ノ国】のメンバーが近くにいないことを確認してから、気安い雰囲気で声を掛けてくる。

 

「なんだアンタか。最近会ってなかったが、調子はどうだ?」

「こんにちはウォーレンさん。体調という意味では良いわよ?でなければログインしないのだし……けれど、ちょっと今はパフォーマンスが落ちてるわね」

「珍しいな。何かあったのか?」

「私が持つスキルのデメリットよ。一時的なステータス減少。その内に戻るわ」

「へぇー……アンタが弱体化ねぇ……へぇー?」

 

 珍しいものを見た、みたいな顔をツキヨに向けるウォーレンに、ツキヨはむくれた。

 

「何?今なら私に勝てるとでも考えてるのかしら?」

「まさか。ただ、色々ぶっ飛んでるアンタもゲームシステムには抗えないんだと安心しただけだ」

「そこを抗ったらただのチーターに成り下がるでしょう。そんな薄汚い真似はしないわ。あと、もう少し自信を持ちなさい。ウォーレンさんは以前より強くなっているし、一層ボスよりは攻撃が苛烈だわ」

「それは褒められてんのか……?てかボスで思い出した。礼をいうのを忘れてたわ」

 

 心当たりが無かった突然の物言いに、ツキヨは目を白黒させた。

 そんなツキヨに構わず、ウォーレンは続ける。

 

「林檎だよ。分かりづらくて分かりやすいヒントをどうもありがとな。あれのお陰でギミックにすぐ気付けた」

「あぁ、あれね。あの程度なら気にしなくて良いわ。ミィが林檎を軒並み焼き尽くして、焼き林檎が食べたくなった事を思い出しただけだから」

「ははっ!アンタでもそんな冗談言うんだな」

 

 攻略の場では確かに冗談混じりだったが、決して冗談十割ではなかったツキヨとしては居心地が少し悪くなった。

 なので、どうせならとツキヨはウォーレンをレベリングに誘う。

 

「そうね。時間があればだけれど、これからレベリングしないかしら?会っていない間にどれだけ腕を上げたのか、見せてちょうだい?」

「アンタの進化ほど早い成長はしてねぇんだが……それはツキヨ様の命令で?」

 

 この人も段々演技が自然になってきたなー……とツキヨは、ウォーレンのキリッとした演技に達観した。

 

「命令では無いけれど……折角だし私が新しく手に入れたスキル、ウォーレンさんに最初に見せてあげるわよ?」

「アンタそろそろ進化するのやめてくれマジでごく普通の成長にしてくれ頼むから」

「一息で言い切ったわね……で、どうする?」

 

 一足飛び(進化)じゃなくて段階を踏んで(成長にして)くれというウォーレンの切なる願いは、既に破られていた。

 

「まぁ良いや。どうせ今日は一人でレベリングのつもりだったが、弱体化しててもアンタなら大丈夫そうだし、一緒に行くぜ」

「なら行きましょうか。心配せずとも、私がステータスに依存していない事は、ウォーレンさんもよく知っているでしょう?」

プレイヤースキル極振り(ツキヨさま)はこれだから……」

「………その呆れ顔やめて」

「アンタが不機嫌そうにしても可愛くねぇ……ちょっ、タンマタンマ剣抜くな!街中!ここまだ街の中だかんな!?」

 

 

 

―――

 

 

 

 そうしてウォーレン用のポーション等を買い足した二人は、ツキヨの有名さも相まって無駄に注目されながらフィールドに出た。

 その時、ツキヨは自分の身体に違和感を覚える。うまく言葉にできないが、なんか――。

 

「っ……ん?」

「あ?どうした?」

「い、いえ……身体を動かすときに、()()()()()()()()()()()()()()()()()気がして……」

 

 そうだ。とツキヨはこの感覚の正体を思い出す。それはスキル【曲剣の心得】によって、『薄明・霹靂』を扱う時のシステムアシストに似ていた。

 しかし似ているだけで何かが違う。

 これは、そう―――

 

「首から下が全部、私の意思に従うのに従わない操り人形……かしら?」

「言ってる意味が分かんねえんだが……」

「言葉にし辛いのよ……こう、意思に反する動作をする訳ではないのだけれど、動かしてるのは別人、という感じね」

「はぁ……?()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ってことか?」

 

 ウォーレンの言い方に、ツキヨの中で何かがストンと落ちた気がした。

 感覚的な所か大きく、言葉にしにくいこれは、正しくウォーレンの言い方が当てはまるだろう。指示系統と感覚だけそのままに、指示を受けて動かすのは全くの別人。

 感覚がおかしくなるが、昨日までこんなことは一度もなかった。だとすれば、可能性は……。

 その可能性に思い至り、ツキヨはウォーレンに一つ提案をした。

 

「まさか……ウォーレンさん。少し全力で走るので、()()()()()()()()()()()

「は?……いや、何か心当たりがあるんだな?」

「えぇ……早急にどうにかしないと、()()()()()()()()()()レベルの心当たりが」

 

 そう言ったツキヨの顔は真剣そのもので、ウォーレンは思わず息を呑んだ。

 それは、真剣さの中に焦燥が伺えたから。いつもの様に不敵に笑うツキヨはどこにもおらず、視線は泳ぎ、混乱が隠せていない。

 

「……分かった。ちゃんと見させてもらうぜ……それが、アンタのスキルなんだな?」

「えぇ……NPC曰く扱いきれずに匙を投げた、最強のスキル。……行くわよ」

「……いつでも良いぜ」

 

 ツキヨが思い出すのは、自分が敗北を喫した九頭大蛇の能力。

 そして、昨日取得したスキルの説明欄を見れば、()()()()()()()()()()()

 

(九頭大蛇の圧倒的速度の秘密は、()()()()()()()()()()

 

 通常、どんな物体が動く時にしても、その初速は遅い。

 物体が最高速に至るまでには、ある程度の加速を必要とする。

 だが、あの九頭大蛇は……ツキヨの取得した【最速】には……一切の加速が存在しなかった。

 戦闘可能フィールドに立つツキヨの身体は、歩を踏み出す踵を上げた瞬間から最高速へ達し、移動は初速が最高速となる。

 0から100への、極端なストップ&ゴー。

 当然、こんな挙動は()()()()()()

 通常、人間のあらゆる行動は筋肉の連動により作られている。だが、この極端な静動を生み出すには、連動する筋肉を瞬時にすべて動かし、刹那の中に全筋肉の力を集約する必要がある。

 そして、それを成すには人間が瞬時に発することができる脳の信号量では足りない。

 これは、VR世界でも同じだ。

 VR世界の身体(アバター)もまた、この脳の信号によって動きが制御されている。ならば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 それを補っていたのがシステムアシストだったとしたら。

 フィールドにでれば常時発動型(パッシブ)スキルであるが故に、プレイヤーの意思にかかわらず発動してしまうため、制御が効かない。

 そんなじゃじゃ馬スキルを、ツキヨは意を決し、開放した。

 

「……っ!」

 

 瞬間。

 ツキヨの身体は翼を得た鳥のように羽ばたき、

 見つめるウォーレンの動体視力を置き去りに、

 ステータス半減が嘘のような敏捷性を以って駆け抜けた。

 

「え………」

 

 その声が漏れたのは、果たしてツキヨかウォーレンか。はたまた偶然見た別プレイヤーなのか。誰もが一瞬、何が起こったのか理解できなかった。

 

 

―――

 

 

「んで?さっきのは一体なんなんだ?」

「【最速】というスキルよ」

 

 フィールドの中でも他のプレイヤーがいない辺りにまでやって来た所で、ウォーレンの方から切り出した。

 

「やっぱりシステムアシストが強く働いていたのは間違いじゃなかったわ。加速を無くし、初速が最高速となる特殊な移動法。普通の神経伝達回路では不可能なこれを、システムが代行していたのよ」

「あー……。もう少し分かりやすい解説を頼む。ついでに、なんであの時アンタを見失ったのかも説明を」

 

 長時間同じ移動法を使うモンスターを観察し、今日これを体感したツキヨと、初見で理解の及ばないウォーレン。

 ツキヨはウォーレンにも分かる様に解説する。

 

「ウォーレンさん、槍を突く時にどれだけ最短ルートを最高速で突こうとしても動き出しが遅いことは分かるわよね?」

「そりゃ当然だろ?切っ先が最高速になるまで、大なり小なり加速が必要だ。だからそれが最大になる様に位置取りを……ってまさか」

 

 ウォーレンは、先程のツキヨの言葉を思い出した。

 

「そう。スキル【最速】はその加速を無くすスキル。動き出したその瞬間、踵を上げた瞬間から最高速に達し、私が振るう剣は初速が最高速になる。

 0から100への急激なストップアンドゴー。

 単純だけれど、これが強力なのよ。急激な緩急が、その速度を何倍にも速く見せる。

 それは、ゆっくりと動く『初速』が存在しないから、目の焦点を合わせるのが極めて困難になるために人の動体視力を、簡単に置き去りにしてしまうから。

 でもね。こんな挙動、普通はできるわけが無い。脳から送られる信号量が絶対的に足りない」

「足りないからこそ、システムがアンタの身体を送られた()()()()()()()()()()沿()()()()()()()()()()()()、か……。

 なるほど。速度0%だったのが普通ならゆっくりと100%に上昇する。そして俺達の目は上昇に慣れることで対象を認識している。

 が、アンタのスキルは間を引っこ抜いたってわけだな」

「付け加えるならウォーレンさんの言い方における動体視力とは、0から100に上がるまでの上昇速度の認識限界と言うことになるわね」

「アンタのスキル【最速】は、万人の認識限界を超えた挙動って訳か。見えなくなるわけだ」

 

 文字通り一瞬のうちに行われる動作である以上、ツキヨの《神速反射》を持ってしても認識限界を超えてしまっているために見失う。

 だが、加速が無くなるのなら近接戦闘において最強と言えるほどのポテンシャルを秘めたスキルでもある。しかし、ツキヨからすれば問題しかなかった。

 

「問題は、システムアシストされていると言う点ね……」

「どういうことだ?」

「私の認識すら置き去りにしてしまうから、()()()()()()()()()()()()のよ」

「……なるほど。致命的だな」

 

 その一言に、ウォーレンは理解した。

 緊迫した状況ならば尚更だろう。

 

「例えるなら、軽自動車のエンジンでF-1を運転するようなもの。どれだけ高速でエンジン()が回転しようと超高速で動き続ける車体(身体)のクラッチが噛み合うことはない」

「事故待ったなしだな」

「そう言うこと。これでは戦闘に支障が出るわ。それどころか、こうしてフィールドでの移動にすら違和感を感じている以上、早急に対処しないと……」

「どうするんだ?」

 

 脳の信号量を意図的に増やすなんて不可能だ。ツキヨはそう結論付け、別の方法を模索する。

 

「………慣れる、しかないでしょう。幸い()()()()()()()()()()()()()だから、なんとかするわ。屈辱だけれど」

 

 ツキヨの《神速反射》ならば、生じるズレを最小限に抑えて対応できるはずであり、あとは何度も使って兎に角慣れるしかない。

 そしてそれは、ツキヨがスキルを使うのではなく、ツキヨがスキルに使われる(合わせる)ということでもある。故にツキヨは屈辱と言った。

 そして、慣れるためには相応に時間が必要だということも、ツキヨは分かっていた。

 

「……けれど、ある程度慣れるまでは、戦闘もまともに出来ないわね。むしろ手痛い反撃を受けそうだわ」

「完全にデメリットか……俺でも今のアンタなら勝てるかもしれねぇってことだな」

 

 冗談めかして言うウォーレン。

 とは言え、ツキヨとしてもそう簡単に負けるつもりは無い。

 

「なら【決闘】する?今の状態でも()()()()()()()()()()程度はできるけれど」

「よし、やめとくわ!視認できずに斬られるとか悪夢でしかねぇ。……で、結局どうすんだ?扱いきれず戦闘にも支障が出る以上、俺は【廃棄】しかないと思うが」

 

 どんなに強力なスキルだとしても、それによって戦闘力が低下してしまっては意味がない。

 そう伝え、ウォーレンは【廃棄】という無情とも言える意見を出した。

 しかし、それで諦めるツキヨでもない。

 

「あと一週間……第二回イベントまで時間をもらえるかしら?それまでにどうにかできなければ【廃棄】する。常時発動しているスキルだから、イベントで使いこなせなければ足手まといになるもの」

「……妥当だな。まぁアンタの所持金額ならスキルの取得し直しも楽にできるだろうし?」

「なぜ私の所持金を知ってるのかしら?」

「正確にゃ知らんよ。ただアンタは支出が少ないが最前線で戦って実入りは良い。それから予想しただけだ」

 

 ウォーレンの言い分が当たっているので、何も言い返せずツキヨは諦めた。

 そして、イベントまでの自分の予定を大雑把ながら伝える。

 

「はぁ……まぁ良いわ。早急にスキルを使いこなすために、【炎帝ノ国】の活動は休ませてもらうわね。ミィには明日にでも伝えておくわ」

「つまり、まーた俺らにシワ寄せが来るわけか」

「ミザリー達と協力で構わないけれど、しばらくはウォーレンさんにサブリーダー代理を頼むわ。中立はミザリー達、ツキヨ派からも一人付けるから、上手くバランスを取ってちょうだい」

「ミィ様とミィ様派な俺だけじゃバランス取れねえし、仕方ねぇか」

「えぇ。【炎帝ノ国】内部のバランスを今のまま保ってくれれば問題ないわ」

「周りに何か言われたら、ツキヨ様からの厳命って周知するぜ?」

「構わない。私の現状を聞かれたら、ウォーレンさんの判断で開示して結構。一時的に()()()()()()()()()()

 

 期間は最長でもイベント開始までだけど、と付け加えるツキヨだが、ウォーレンは余計に嫌な顔をした。

 

「マジか……アンタの全権ってクソ面倒な調整役、超面倒な補佐役、七面倒くせえ連絡役、死ぬほど面倒くせえ指示統括だろ?良い所なんて肩書だけじゃねぇか」

「会議準備等裏方全般も付け加えなさい」

 

 実際に来週の会議も出られない可能性を示唆するツキヨ。

 ウォーレンは、長いこと右腕をやっているだけあり、それを敏感に感じ取った。

 

「面倒なの付け加えんな!……って、それだとまるで来週の会議にも出ないって聞こえるが?装備会議とかどうすんだよ」

「【最速】の発動条件が戦闘可能フィールドにいる時。街に戻れば、通常の感覚に上書きされるわ……できるだけ私の感覚を【最速】に慣らしたいのよ」

「ログイン以降、ずっとフィールドを駆け回るつもりか?」

「当然。現実の感覚とも齟齬が生まれる以上、NWO内での感覚はできるだけ戦闘用に仕上げたい」

 

 ツキヨの目がどこまでも本気だった。

 ゲームにかける熱では無いとすら思えるほどの意思に、ウォーレンは若干気圧される。

 

「……わかった。だがいきなりやれって言われても分かんねえ事だらけだから、メッセージ何かで質問するぞ?」

「えぇ。装備は来週の初めに出来上がるから、ドヴェルグのいる共同生産所に取りに行って。携わった生産メンバー全員にも周知しておくわ。会議の方針もアンケートを基にほぼ決まったも同然でしょうから、内容をまとめたら教えるわ」

「あぁ、この間来た、イベントを【炎帝ノ国】として集まって活動したいかっつーアンケートか」

「そう。詳しくは会議で詰めてほしいけれど、簡単に言うと集まって活動したい人が大半。とは言えイベントエリアにはパーティ事にランダム転移されるらしいから、決めるのは自由探索期間とグループ探索期間のバランスと、集合場所くらいね。詳しくは後日」

「集合場所っつってもエリアの詳しい情報なんて出てねーぞ」

「イベントが始まれば、大雑把なエリアマップくらいは見れると思うわ。第一回がそうだったのだし。まぁ地形などの情報は探索次第でしょうけど、エリアの大きさと現在地くらいは分かるでしょう。集合場所は大雑把に『エリア中央』とかで構わないわ」

「その程度ならまぁ……決められるか?」

 

 ツキヨは会議の方針を信用できるメンバーに秘密裏に噂程度に流していたりする。主にツキヨ派、中立、信用できるミィ派に簡単に周知することで、会議をスムーズに行うことが魂胆だ。

 ミィには全部、『幹部候補』にも下準備が終わったら教える予定だった。

 

「大丈夫でしょう。なんの為に私が統一装備を急がせたと思っているのよ」

「何のためってそりゃあグループメンバーだってすぐ判るように……あぁ、なるほどな」

「そう。目に見えて判るでしょう?」

 

 素材集めで想定以上の量をメンバーが集めてくれたため、予定だったアーマーコートとローブ以外にも、作成が比較的簡単らしい帽子装備や小物なんかを調子に乗って着手した結果時間がかかったとの事だが、より統一装備らしさが出て遠くからでも判別しやすいだろう。

 

「それなら場所は問題ないな……自由とグループの割合は?」

「半々か、グループが少し長いくらいが好ましいわね。早期に長距離を無理に移動しても負担でしょうし、四日目に集まるのがベストだと思うわ」

「そうだな。特に参加できる初心者なんか、集合場所から遠くに飛ばされたら移動だけで何回死亡するか分かったもんじゃねぇ。無理のないよう、アンタの意見を基に会議でも擦り合わせよう」

 

 いつの間にかいつも通りの右腕の仕事をしていたりするウォーレンだが、もう半ば無意識にやってて気付かない。

 まぁ、ツキヨは気付いてるが。

 

「何よ?思いの外やる気あるじゃない?」

「んなわけねー……と言いたい所だが、慣れって怖えな。アンタを手伝うのが普通になりつつあるわ。それなりに楽しんでるし、思いの外やり甲斐があって困る」

 

 小さく苦笑を零し、本当にそう思っていた自分に驚くウォーレン。

 最近だとツキヨの右腕として見られるのも慣れてきたほどだ。

 

「パーティなんかも自由にするし、集合以降はパーティに意味はないでしょう。イベントが初の【炎帝ノ国】全員による大規模活動になるわね」

「ははっ……そりゃ楽しみだ」

 

 それで今後の予定は締められた。

 

「詳細は追って教えるし、今日はここまでね……私はこれから慣らしに走るけれど、ウォーレンさんはどうするかしら?」

 

 今の状態では自分が足手まといだから、レベリングするなら別々にしようと提案するツキヨ。

 だが、ウォーレンの返事は付き合うというものだった。

 

「今日くらいは付き合ってやるよ。その状態じゃ戦闘に不安があるだろ?できる範囲でモンスターの間引きするわ」

「……良いの?」

「構わねーよ。俺のレベリングにもなるしな」

 

 何ということはないと言った体で槍を抜き、肩に担ぐウォーレン。

 普段のツキヨなら、【最速】を扱いきれない今でも大抵のモンスターはそのAGIで逃げ切れるだろう。しかし、今はまだステータス半減のデメリットが残っている。

 AGIも半分しかないためただでさえある感覚のズレがより顕著だ。ウォーレンの提案は願ったり叶ったりだった。

 

「……じゃあ、よろしく頼むわ」

「おう。偶にゃアンタの役に立つのも悪くねぇ!

 現実の感覚と違うからって転ばねーよう、ちゃんと見ててやるよ」

 

 

 

 

 それからツキヨは、感覚を【最速】に順応させるためにひたすら走り続け、その周りではウォーレンが時々くるモンスターを間引いていたとか。




 
 言うなれば、一輝くんとは真逆の状態です。

 身体は使おうとするのに、頭が覚えてないから使えない一輝くん。
 脳が処理できていないのに、勝手に体を動かされるツキヨちゃん。

 使おうにも使えない状態だった人と、
 使うつもりがなくても動かされる(つかえる)人。

 状況は正反対と言っていい程ですが、どっちも『思い描いた通りに動けない』という点で共通しています。

 専用の信号が作られていないのでツキヨちゃん、本当の意味では使いこなせてません。
 スキルを得ても、そう簡単な話じゃなかったってことですね。運営も言ってたでしょ?『使いこなせないのを祈る』と。

 現状、戦闘力ダウンです。ただし、端から見ると瞬間移動みたいなモノだからマジやばい。

 まぁ、人の脳の信号に影響しちゃうスキルとかヤバすぎるしね。その辺りは次回以降にでも。


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PS特化と修得

 長くなったぜ。本当は二話に分けてたやつを結合したからね。仕方ないね。
 時間軸は前話から一週間後。さて、特訓の成果はいかに。
 


 

 月夜が【最速】の感覚に慣れるためにNWOで常にフィールドに出るようになってから一週間。

 既に第二回イベントまで数日となった今日。未だ、月夜は【最速】を掌握しきれていなかった。

 

「何か足りないんだよねー……」

「足りないって?」

「未完成のパズル……は違うなぁ。部品は全部揃ってるのに、組み合わせが違って噛み合わない……って感じ?」

 

 ここ一週間、月夜は学校でも家でもNWOでも、常に【最速】を掌握することに意識を割いてきた。だが、やはりまだ使いこなせない。扱いきれない。

 そんな月夜の悩みを、美依は黙って聞く。

 

「何とか三十分から一時間程度ならズレずに戦闘できるくらいには慣れたけど……」

「まだ『使われてる』って感じが抜けない?」

「うん……まぁ強力なシステムアシストを受けてるんだから、動かされてるって感じるのは無理ないんだけど。やっぱり違和感が凄いんだよね」

 

 美依には既にスキルの詳細や問題点を含め全て話していて、【炎帝ノ国】から一時離脱した理由も説明した。

 あれからウォーレンが偶にツキヨ(月夜)の下に顔を出し、会議の進捗や予定、決定内容なんかを直接教えると共に練習に付き合っている。だからこそ予想より早くアシストの動きにも脳が慣れたし、短時間なら戦闘への支障も出なくなった。

 

「まだ足りないんだよね……。

 複雑な構造を持つ人間の筋肉を瞬間的な全力可動を持っていくために必要な、元来人に備わってる信号とは全く別の、より短く情報密度の高い『戦闘用の信号』を作らないと」

「えぇと……ごめん。何言ってるの?」

「あっ、ごめんごめん。私としても漠然としてて感覚的な事なんだし、美依に言っても分からないのは当然だよね」

 

 本来の情報密度では到底足りないが、それを補っているのがシステムアシストなのだ。ならば、大本の情報密度を高めれば、システムアシスト無しにスキル効果を発揮できる上、それによる支障も解消されるはず……と月夜は考えているのだが、そんな人体の神秘にあくまでゲームで手を伸ばして良いものか。

 

「人のあらゆる動作は、脳から送られる信号によって処理され、実行に移されてる。VR世界なら、その信号をハードが読み取ることで身体(アバター)を動かしてる」

「うんうん」

「その信号の処理や伝達速度なんかが、反射速度にも関わるんだけど、それは今は置いておくね」

「月夜の物凄い反射速度とは別系統ってこと?」

「そ。【最速】に必要なのは密度……一度に送れる情報量が普通の動きをする為のものだと【最速】は使いこなせないんだ。《神速反射》の恩恵……と言えるかは分かんないけど、伝達速度は申し分ない。後は密度。高密度情報を送れる伝達回路を構築しないと……」

 

 今の月夜(ツキヨ)の状態は最高のハード(入れ物)に、普通よりは優れていても、やはり見劣りするソフト(処理回路)を突っ込んで、天才エンジニア(システムアシスト)がカバーしてると言った状態だ。

 ソフト(ツキヨ)エンジニア(アシスト)に頼らずにハード(アバター)スペック(動作)に対応できるようにならなければ、すぐに限界が来てしまう。

 

「で、でも……そんなことできるの?

 要は頭の中に自分の意思で新しい情報伝達神経を作るって事でしょ?」

「全く新しいものを作るというより、今あるモノを作り変える……アップデートするって言った方が正確だけどね……手応えはあるんだよ。

 最近は違和感が減ってきたし、毎日NWO内で走って、戦って、齟齬が無くなってきてるから」

 

 それでも、まだ足りないと月夜は言う。

 少しずつ信号の伝達が良くなっているのは実感している。かなり身体も動くようになった。

 でも……。

 

「でも、それじゃまだ()()()()()()()()()()()だけなんだよ。それに戦闘でもスキル操作に集中してるから、モンスター倒しても楽しくない」

 

 ゲームなのに、精密作業に没頭した後のような疲れだけが残る。楽しくない。

 本音はそれだけだった。

 

「だから掌握して意地でも使いこなす。あんな死にスキル作った運営を驚かせる。

 あーもう!あんな人の常識を超えたスキル考えたのどんな変態(マッド)よ!」

「……それを紛いなりにも使える月夜も、私は大概だと思うよ」

 

 その上で完璧に使いこなしたら、もうそれは単なるプレイヤースキルなんてレベルを大きく逸脱した技術だ。

 

 

 

 そんな存在は―――

 

 

 ――正真正銘の怪物(バケモノ)だ。

 

 

 

―――

 

 

 

 月夜は朝から美依に愚痴に付き合ってもらったが、そろそろ【最速】を使いこなせないと本格的に不味いと思っていた。ウォーレンに指定した期限は迫ってるし、【廃棄】は運営に負けた気がする、と。

 何よりもうすぐで掴めそうなのだ。最近はログインしても走るか戦闘の中で順応させるかしかしてない分没頭できた。ずっと本気モードだから六時間でログアウトだけど。

 ボタンを掛け違えてるような『しこり』。あと何か一つきっかけがあれば使えそうな【最速】の原理。きっとそれが掴めれば、月夜は()()()()()()()()()()()……気がする。

 美依の手前、新しい信号を作るしかないと行ったけど、毎日一日六時間ぶっ続けで走り続けたから、脳の信号はほぼ出来上がってると思うから。

 

「……くよ?」

 

 その信号のお陰で少しはズレずに戦えるようになった。だが、それでも何かが足りないのか、システムアシストが先んじて()()()()()()()()()()

 

「ね……ってば!……つ…よ……!」

 

 システムに頼らないために信号を少しずつ構築したのに、それより強くシステムが反映されるからどうしても齟齬が生まれる。

 なら一体どうしたら……

 そう頭の中がグルグルしていると、

 

「ねぇ、月夜ってば!」

「あう!……美依?」

 

 考え込んでたら美依に頭を叩かれた。と言っても、ポコンッて感じの優しいものだが。

 

「次、私と月夜の番だよ?早く位置について」

「そう、だったね。ごめん、ぼーっとしてた」

 

(あ、そっか今は体育の授業中。先生がやることないからって偶にやる100メートル走。正直やる気は全体的に低い。スキルのこと考える時間じゃない

 考え込んでたけど、いつの間にか美依と私が走る番になってたんだ)

 

「全く……考え込むのは良いけど、()()()()()()()()()()()()()()()ー?()()()()()()()()()()!」

 

 そう美依に言われ、刹那の中で月夜の脳裏に一つの記憶が浮かび上がった。

 

(そういえば、ウォーレンさんにも全く同じ事を言われたっけ)

 

 月夜はここ最近、毎日走ってたから忘れてた。

 目の前には平坦な道がひらかれ、近くには見知った人が自分を見ている。少し離れたところには、何人もの人が月夜を見たりそれぞれ話したりと思い思いにしている。

 

(あの時は不安、焦りがあった。それに今も種類は違うけど、似たような思いがある)

 

 考えると、風景が何もかも違うのに、その時の光景が鮮明に思い浮かぶ。

 あの時、焦りの中で唯一できたこと――

 

(そう……体の動きを、感じたんだ)

 

 自分の体がどのようにアシストされ、どう動いたのか。理屈を九頭大蛇で看破したからこそ、自分の体に働く力に注視できた。

 0から100への急激なストップ&ゴーにより、踵を上げた瞬間から最高速へ。振る腕は刹那の中で振り切られた。それを、()()()()()()()()

 それからは、体感したものに沿う伝達信号を作ることに注力した。

 使いこなせる確証なんてない。

 でも、九頭大蛇と対戦して、その弱点を見切ってなお、それが最強最高で最速に至っていたから、それを使いたいと思った。

 VR世界とは勝手が違う。ステータス(身体能力)も比べ物にならない。およそ九頭大蛇のようには走れそうにない。ゲーム内でさえ、システムアシストに先行されているのだから。

 でも……それでもせめて――

 

「美依が見ててくれるなら、それに恥じない私でいようかな」

「月夜……?」

 

 そう思い、できるかどうかも分からないが、あの時と同じスタートの姿勢を取る。

 頭の中ではシステムによって動かされた理想の動きを、その感触をなぞりながら。。

 

 

 世界(NWO)最速の体技。

 その動きはたしか―――

 

 

 

たしか―――

 

 

 

 

 

 

「こう」

 

 

 

 

 

 瞬間。

 身体が羽のように軽くなり、

 スタートの合図と同時に風のように早く速く疾く走り抜けるや、

 美依の、クラスメイトの、教員の動体視力を軒並み置き去りにした。

 

 誰もが声を上げられないまま、月夜がものの十数秒で100メートルを駆け抜ける。

 見る者全ての思考すら置き去りにされ、タイムは測られなかったが。

 

「え…………」

 

 月夜はその全てが自分の手によるものであることを理解するのに、決して短くない時間を要し、

 

「『な、なにそれぇぇぇえええええええ!?!?⁉』」

 

 美依の声が、周りにも負けないほど響き渡ったのだけが、耳に届いた。

 

 

 

 

 

 

「うっ、そぉ………」

 

 美依は、目の前で起きた現象に目を白黒した。

 やはり、見間違いではなかったらしい。

 

(いきなり月夜が消えて、気が付いたら月夜がゴールしてた……)

 

 あまりに瞬間的だったことで意識が持ってかれ、美依は理解できなかった。

 

(スタートの合図が聞こえたのは良い。けど、その瞬間から、月夜の体がブレた)

 

 《神速反射》にここまでの力はない。せいぜい出だしの不意を点かれる程度で、姿を消すほどの効果はない。

 

(なに、今の?今までの月夜の動きとも全然違う!本当に何も見えなかった……!)

 

 錯乱する美依は、訳がわからない中ではあったが100メートルを完走し、その時聞こえた――

 

「あぁ……そっか。ようやくわかった……」

 

 ぽつりと呟かれた、その言葉が。

 

「つ、くよ……?今のは――なに?」

 

 何を理解したのか。その答えは、なんとなくわかる。この一週間、()()()()()()()()()()()()()()。それでも尚、理解が及ばない。何を理解したがゆえの、その速度なのか。

 問う美依に対し、月夜は――。

 

()()。お待たせ。……ようやく、ようやく全部つながった」

 

 月夜が述べているのは当然、ここ数日の悩みについてだった。

 弱くなった。使いこなせない。噛み合わない。

 美依にだけ溢した、己の悩み全て。

 ようやく、月夜の中で全てが噛み合い、うまく行った。だから――。

 

「詳しくはまた後で。でも……これでようやく本当の意味で……()()()()()

 

 確信を持って出た月夜の言葉に、美依はこの一週間が無駄では無かったことを理解した。

 

 

 

 因みに、月夜のタイムは取り直しになった。

 

 

 

 

―――

 

 

 

 ようやく、全部が噛み合った。いや、正確には、()()()()()()()()()()()()()()()が正しいのかな?

 足りない何か。噛み合わない歯車。それを埋めるのは、私の意識の問題だった。

 天才エンジニア(誰かのサポート)なんて最初からいなかった。

 私は、生まれた頃からやって来た『普通の動作』を無意識の内になぞろうとしていた。

 そして、システムアシスト無しであの動きは出来ないと思い込んでいた。

 それこそが、完成しなかった原因。

 

 これまで何度も、何時間も使用してきた加速を廃した動きは、確かに私の身体に染み付いていた。けれど、()()()()()()()()()()()()()

 たとえ『戦闘用の信号』に作り変えたとしても、脳が勝手にアシストを要求していた。

 だから、無意識の内に通常の動きをトレースしようとしていた。

 これまでの一週間は全く無駄じゃなかった。

 私は……私の身体は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 けど、それもここまで。

 高速で動こうとする車体(身体)のクラッチに、ようやくエンジン()追いついた(理解した)

 私ならできると。不可能じゃないと。

 作り変えられた脳の伝達信号が正確には噛み合い、システムに動かされた『理想』の通りに動く。

 なら、もうシステムアシストが働いていようと問題ない。システムアシストと私の伝達信号は今を以って、()()()()()()()()()()()

 

 だから、もう何も問題ない。

 作り変えた伝達信号と噛み合った身体。

 今ならスキル無しに加速を廃絶したロケットスタートも可能だ。

 まぁゲーム内では()()()()()()()()()()必要はない。むしろ過剰な血圧で血管が保たなそうだ。

 その点だけは気をつけよう。

 

 美依にも説明しなければならない。何がどうしてできたかなんて、流石に美依の理解を超えているような気がしないでもないが、それが事実だから仕方ない。

 けど、本当に良かった。後はゲーム内との簡単な擦り合わせで済む。

 使いこなせるかどうかなんて分からなかったけど、ウォーレンさんに頼んで時間を作って良かった。なんかもう人としての限界を突破した気がしないでも無いけど、ひとまず。

 

「―――【最速】、習得完了だね」

 

 

 

―――

 

 

 

 意気揚々とログインしたツキヨは、早速フィールドに出て現実で行った時と齟齬がないか確認することにした。

 結果――。

 

「うん。問題なし。システムアシストも働いて入るけど、それよりも私の動作の方が優先されてるみたいだね」

 

 全く問題なかった。

 予想通り【最速】に働くシステムアシストは、伝達信号の不足分を補い、体を動かす事だったようで、()()()()()()()()()()()()()()()()今、【曲剣の心得】等のシステムアシスト程度の感覚しかない。せいぜい、『システムがあるから動きがスムーズだなぁ』としか感じなくなった。

 

「気持ち一つ。認識一つでこうも掌握できるとは……まぁこれも、一週間丸々走り続けたからこそなんだけど」

 

 そうでなければ、イベントまでに掌握など到底不可能だっただろう。そういう意味でウォーレンやそのサポートにあたったミザリー達に感謝しなければならない。

 とはいえ、流石のツキヨもスキルを完全に使いこなすために、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()必要があったとは思いもよらなかったので仕方がない。

 作り変えたとはいえ、今のツキヨは二つの伝達信号を持っていると言える。

 生まれつき持っていたごく普通の伝達信号。

 作り変えた、高密度情報伝達が可能な戦闘用の信号。日常生活であれば前者で十分だ。普段から《神速反射》は使えるのだから、それだけでも脅威だろう。

 しかし、フィールドで戦う時は後者が必須になる。前者では無駄に神経をすり減らすがために。

 

「ま、それは追々で良いかな。とりあえずミィに説明ないとだし、街に戻ろー」

 

 元より街から比較的近いところで確認をしていたので、ツキヨは持ち前のAGIですぐに戻った。

 

 

 

 

 

 

 

 街に戻り、二層でも見つけた路地に入った隠れ喫茶。そこがミィとの待ち合わせ場所なのだが、向かう途中、ツキヨは序でとばかりに丁度良い人を見つけた。

 その人はいま運よく、他のプレイヤーが周りにいない。

 

「これは………うん、驚かそう」

 

 三十メートルほど離れた場所に、白を基調とした赤刺繍のあるアーマーコートを着た槍使いを見つけ、メッセージで自分の存在を気付かせる。

 周囲をキョロキョロと見回し、離れた場所にいるツキヨに目を止めると、ツキヨに向かって軽い足取りで近づいてきた。

 だが、それ以上はツキヨが許さない。何の為にメッセージで事前に気付かせたと思っている。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()ためだ。

 

 

 瞬間、ツキヨは『戦闘用の信号』に意識を入れ替え、踵を上げた瞬間から最高出力を得る、加速の工程を廃絶したロケットスタートで槍使い――ウォーレンに接近した。

 

「消え――っ!?」

「たわけじゃないわよ?」

 

 急激なストップ&ゴーにより、ウォーレンの動体視力が追いつかなかっただけだ。

 そして瞬く間にウォーレンとの距離を詰め、正面に立った……否。ウォーレンからすればいつの間にか立っていたツキヨが不敵に笑い、消えたわけじゃないと続きを紡いだ。

 それだけで、ウォーレンは全てを理解した。

 

 

「は……はははっ。おめでとう、と言っておくぜ。完全に使いこなせたみたいだな?」

「えぇ。これもウォーレンさんのお陰よ」

「俺は何もしちゃいねぇよ」

 

 ウォーレンからすれば、確かにそうだろう。だが、一週間前のウォーレンの言葉と、ミィの言葉が偶然にも重なった結果、そして何より()()()()()()()()()()()()()()()()()()()結果、こんなに早く使いこなせるようになった。

 

「現実じゃミィに先に見せてしまったけれど、ゲーム内で見せたのはウォーレンさんが最初よ。一番助けてもらった貴方には、一番に見せるべきと思った」

「いや……なんかとんでもねえ事言わなかったか、おい。はぁ?アンタ今の動き現実でもできるのか?」

「ふふっ、ゲーム内のスキルから着想を得た、言わば後天的プレイヤースキル。一週間前は異様に強かったシステムアシストも、今は他のスキルと変わらないわ」

 

 スキル効果を現実でも再現する。否。自分のものにするとかあり得るのだろうか?ウォーレンの頭の中は混乱の嵐が吹き荒れる。

 だが、それと同時に、目の前の戦乙女はそれすらも可能にしてしまうのだろうとどこか納得もしてしまった。

 

「……馬鹿みてぇな反射速度っつー先天的プレイヤースキルに加え、今度はゲームスキルをプレイヤースキルとして使いこなすとは……運営も想定外だと思うぞ?」

「いや、使いこなすにはこうでもしないと無理だったのよ?想定内でしょう?」

「ぜってーちげえ」

 

 

 

 

 事実、ウォーレンの言うとおりだった。

 

 

 

――――――

 

 

 今日もいつも通りの作業をしている運営陣は、ふと、ツキヨの現状が気になった。

 

「そう言えばツキヨはどうなったんだ?」

「ん?今日も走ってるんじゃないか?」

「もう【最速】は使いこなしてるのに、なんでまだ走ってるんだろうな?」

 

 運営の言う『使いこなす』と、ツキヨの考える『使いこなす』には認識に違いがあった。

 運営陣が想定するのは【最速】の動きに対応し、ある程度の戦闘行為も可能になること。

 つまり、ツキヨが考える『スキルに使われている』状態を指していた。確かにこの状態のツキヨは三十分以上ズレもなく今までと同じクオリティを今まで以上の戦闘力をもって実現していたのだ。

 一撃も弱点から外さず、一撃も喰らわず、紙一重で躱し、逸らし、弾き、反撃する。超高次元の戦闘を加速を失った世界で実現させていた。

 これには運営も舌を巻いたものだ。

 

『やべえ一週間も経たずに使いこなしてんだけど!?』

『ツキヨちゃんどんだけだよ!?』

『あぁ……祈りは通じなかった……』

 

 などなど。ものの数分で森のモンスターを全滅させた時は、場が阿鼻叫喚の渦に包まれたものだ。

 しかしその後、また変わらず走り出すツキヨに疑問が生まれた。

 

『なんでこの子、使いこなしてるのにまだ走ってんの?』と。

 

 だから気になったのだ。使いこなしてるのにまだ変わらず走り続けるツキヨが、今日何をしているのか。

 それから間もなく、一人のスタッフが声を上げた。

 

「あ、ツキヨ、ログインしてますね。見てみますか?」

「……おう。どうせ変らないだろうが、今はやることも少ないしな。暇つぶしに観察しよう」

「では、映像出します」

 

 そうして現れたのは、街の中で比較的奥まった場所に佇むツキヨ。

 

「お、走ってないぞ!」

「やっぱあれだけ使いこなしてるんだからな。流石にもうやらないだろ」

「もう十分すぎるくらい強……」

 

 瞬間。

 ツキヨに注視していた運営陣が全員、ツキヨを見失った。

 

『は……?』

 

 次の瞬間には、見失ったツキヨが【炎帝ノ国】のプレイヤーの目の前に立っており、仲良く会話しているではないか。

 これを見た運営陣は全員が顔色を悪くし、汗ダラダラに上擦った声を上げた。

 

「ま、まて……。いや、待て待て……なぁ、確か【最速】ってフィールドでしか働かないよな?」

「それ以前にスキルは街の中じゃ【決闘】以外発動できませんよ」

「だよな………」

『ははは………』

 

 なんだ何かの見間違いかぁ……紛らわしいなぁ……と全員がから笑いを上げるが次第にそれは小さくなり。

 

 

 

『ちょ、ちょっと待てぇぇぇええええええ!?!?⁉』

 

 

 

 次の瞬間、絶叫が轟いた。

 

「何だこれ!?イヤほんとお前何なんだよ!」

「何が起こったかわかんねぇ!映像解析しろ!ハリーハリー!」

「今の動きどう見たって【最速】の加速を廃した移動だよな!?どうなってんの!?」

「俺らの想像を突き破ってくるのはメイプルだけにしろよ!」

「か、解析出ました!やはり【最速】と同様のものです!」

『頭おかしいだろぉぉぉぉおおおおお⁉⁉⁉』

「なんでよりにもよって魔法並みに現実じゃ不可能なモノを自力で使えるようになってんの!?実は再現可能だったの!?」

「一応再現は可能だ!全身の連動する筋肉を瞬間的に一斉可動させるだけの信号量を送ればな!」

「それには伝達信号量が絶対的に足りねぇだろうが!まさか自前で作り変えたのか!?()()()()()()()()()()実装を許可したんだぞ!?」

「自力で再現したってことはもうこれプレイヤースキルなんだよな!?何それ人体すげぇ!」

「落ち着け混乱しておかしくなってるぞ!」

「これがプレイヤースキルにされたら【最速】の意義が半分なくなってるだろーが!ツキヨおまっ、なんてことしてんの!?」

「メイプルとは違う方向に突き抜けんなよ!メイプルはまだ手を打てるよ!?システムの内側で設定以上の結果を出しちゃうだけだからさぁ!」

「ツキヨお前ありえないことしてるからな!!俺たちにも不可侵な部分で突き抜けたらもうどうしようもないんだけど!?」

「もし仮にツキヨが【最速】を【廃棄】しても、もうあくまでプレイヤースキルになっちまってるから手出しできねぇんだけど!NWO最強の剣士(短時間)がマジモンの最強剣士になってるんだけど!」

 

 

 

 ……なんかもう、酷かった。

 現場は阿鼻叫喚の地獄絵図となっている。

 プレイヤースキルは、運営にも手出しできない、プレイヤー個人個人が持つ才能に依る所が大きい。それを実現させているのが脳だからだ。

 脳が『これはできる』と知っているからこそ、それがゲーム内のアバターでも可能にしているのであり、ツキヨの脳が『加速を廃絶したストップ&ゴーならできますけどー?』と判断してしまった今、もはや手出しが不可能な場所に飛んでいってしまった。

 修正なんて、不可能。

 【最速】のスキル効果を変えてもツキヨは自力でできる。もはやツキヨがNWO(世界)最強の剣士になるのは必然だった。

 

 それから間もなく。

 衝撃こそ抜けていないまでも、少しは平静を取り戻した運営陣は、総じて肩を落とした。

 

「……【最速】どうします?」

「……一応、このままにしとけ。ツキヨについてはもう手出しできん。自力でスキル再現とか頭のネジ五、六本吹き飛んでるんじゃないか?」

「人として超えちゃいけない一線は軽く超えてるな」

「プレイヤースキル極振りってこんな理不尽な存在だったっけ……?」

「【最速】の剣閃って確かヤバイ追加効果持ってなかったか……?」

「あぁ……疾すぎて、鋭すぎるが故に、()()()()()()()()()()()()()()()っつーあれか」

「もう最初からヤバかったのがこれ以上ヤバくなっても、何とも思わなくなってきたな……」

「確かに……その場に斬撃を残すくらい、ツキヨなら現実で自力で再現しかねないな」

「と言うか()()()()()()()()()()()()()()()()()って()()、ヤバイんじゃないですか……」

『あっ………』

「あれだけ明確に出ちゃってる異常性だ……多分もう不可逆化してる。もし悪影響でも出たら……」

「そう、だよ……特に【最速】は、()()()()()()()()()()()()、全く問題無いって判断したんだぞ……それを。それを……っ!」

 

 さっき以上にダラダラと。

 全員が顔を真っ白にして。

 

 

 

 ほぼ全員が気絶した。




 
 まぁ……ね。拙作でやばいものは、スキルでもプレイヤースキルでもなく。
 赤羽月夜という存在そのものが、何よりもやばい『人の枠を超えたナニか』なのです。

 たった一週間で修得できた理由はいくつかありますが、それは拙作が続いていけばいずれ明らかになります。もし、万が一いや億が一凍結したら、この後書きに書いておきます。

 もう一話あって原作二巻に突入するんですけど、原作1巻をリスペクトで閑話を一話くらい入れようかと検討してます。

 次話は、今話の総まとめというか、全体を綺麗に片付けます。多分。

 【最速】の元ネタは脳機能を変容させてるから、スキルとして導入するのはグレーゾーンだと考えていたんですが……まぁそこは、運営さんがちらっと触れましたね。次回、そこをもう少し掘り下げられればなぁ……と思ってます。
 が、そしたら盛大な加筆が必要でめっちゃダル……嘘です。う そ。
 ちゃんとグレーゾーンも運営は考えてたんだよホントだよ?作中の設定で『それヤバイでしょ?』ってヤツは、読者が納得できるように細かい設定を積むのが心情なので。
 ……誰だ設定厨って言ったやつ!その通りだから反論しないぞっ!
 あ、《神速反射》は例外。あれはクロスオーバー且つ月夜ちゃんの先天的な特性なので。


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PS特化と運営接触

 もうタイトルからバラしていくスタイル
 いやね?タイトル思いつかないというか、もうこれしかないなって言うか。
 皆様いかがお過ごしでしょうか?
 私は自分の作品を読み返し、過去の設定を思い返しながら『やっべこれ矛盾してんじゃん!』と大慌てでストックに修正をかけてます。
 


 

 ゲーム内でミィとウォーレンに【最速】と現状を話したあと、ツキヨは第二回イベントについて確認していた。

 

「第二回イベントへの取り組み方は、私が指示したもので決まったということね?」

「あぁ。パーティ編成は自由だし、最初の転移場所がランダムな以上、前半は自由探索になった。一部ミィ様と組みたいっつー連中が騒いだがな」

「私としては、久しぶりにツキヨと二人で探索がしたかったのでな。悪いとは思ったが、皆の意見は取り下げさせてもらった。許せ」

「……ってことだ」

 

 四日目には【炎帝ノ国】で集まり、活動を開始する。だがミィは、それまでの三日間くらいはツキヨと二人で攻略がしたかった。

 ツキヨがそれを拒否することなどあり得ないし、むしろ同じ言葉を素のミィで聞きたかった。そしたら多分、ツキヨは加速を廃絶してミィに抱きつくだろう。

 

「イベント中もメッセージで連絡を取り合うことは可能だから問題ないわ。それにウォーレンさん、そのうるさい連中も()()()()()()()()()()()()?」

「ははっ、よく分かったな。」

「『ミィと私の約束に口出ししない』こと。それが、かつて行ったウォーレンさんとの【決闘】の対価だもの」

「約束を()()()()()()()について言及してないからな。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だってことは黙って、既に交わした約束として黙らせたぜ?」

 

 クククッと悪い顔で笑うウォーレンに、ツキヨもまた笑う。

 ミィの事でとやかく騒ぐのはオルグ等の面倒な連中が大半であり、それらは全員、かつての【決闘】を見ていた者たちだ。なら、その時の対価が有効に働く。

 しかも黙らせたのはかつてのツキヨ(勝者)ではなくウォーレン(敗者)。説得力が違う。

 この二人、裏で【炎帝ノ国】をコントロールする時はだいたいこんな感じである。

 そして、それを知らず呆然とする炎帝が一人。

 

「……お前たち、随分と仲良くやっているな」

「ミィ、嫉妬?」

「ち、ちがっ……はぁ。悪代官達のような雰囲気を出していたぞ」

「かつての仲間すら黙らせるとは……ウォーレン、お主も(ワル)よのぉ?」

「いやいや、ツキヨ様ほどではありますまい」

 

「「クククッ………ハハハハハハハハッ」」

「本当にやるんだな……いや、お前たちにはそのくらいが似合っているんだが」

 

 ツキヨもこのノリは嫌いではなかった。

 ウォーレンは尚更である。

 

「さて、話は分かったわ。四日目の集合地点もイベントエリア中央で良いのね?」

「あぁそうだ。それより前に合流しても、それぞれの自由。俺含め『幹部候補』もミィ様とツキヨ様がいない間の指揮なんて取らねぇし、好きに楽しむつもりだ」

「えぇ、そうしてちょうだい」

 

 各自現状、今後の予定の確認を終えた所で、ウォーレンはレベリングに行くということで立ち去った。と同時に二人共だらける。

 

「ふぁー……疲れたぁー…」

「ウォーレンさんの手前、演技は継続だもんねぇ……」

「ツキヨはそれなりにたのしそうだったけど?」

「口調と雰囲気を保っているだけだもん。ほとんど素に近い演技だからね」

「そう言えば最近は冷酷剣士の演技してないね」

「あれは知り合いにすらなりたくない人用だよ。他にもメンバーに厳しいし態度も横柄だけどやることはやって、ちゃんとメンバーの事を考えてるっていうサブリーダー演技もあるよ。厳しい順に冷酷剣士、サブリーダー、さっきの」

「器用だね……そんな所にも器用特化ステータスが出てるー」

「これでも親しい順に使い分けてるからね?

 ウォーレンさんに対してはサブリーダー演技が疲れるっていうのもあるし。

 ……まぁ素に近いから、ボロ出さないようにってだけは気を付けてるけど。

 ミィもガチガチに演技固めちゃうから疲れるんだよ。親しくなった人には、もう少し緩めても良いと思うなー」

「それこそボロを出しそうで怖いから無理……」

 

 二人して演技のキリッとした雰囲気を台無しに、ぽやんとした空気を醸し出している。

 ミィなんてキリッとしてるとカリスマ性溢れているのに、ぽやんとした今飲むのはコーヒー(砂糖とミルクましまし)である。ツキヨもあまりの投下量にドン引きした。

 それ原材料名がミルク、砂糖、コーヒーの順にならない?

 

「………おいしっ」

「………今度、二層で見つけたカフェ行こっか」

 

 コーヒー苦手なら最初から別のにすればいいのに……とも思うが、ウォーレンの手前格好つけたかったのだろう。

 

 と、そんな感じで和んでいると、ツキヨの目の前に青いパネルが現れ、メッセージ通知が届く。

 

「運営から?なんだろ?ミィには届いた?」

「いや、届いてないけど?」

「じゃあもしかして私だけ?何なんだろ?」

 

 そうして、通知の内容に目を通す。

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 プレイヤー ツキヨ様

 

 この度は弊社のVRMMORPG『New World Online』をプレイしていただき、誠にありがとうございます。

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

「あ、本当に私宛てだった」

「嘘!?ツキヨ何したの?」

「いや、何にもしてないんだけど……心当たりなんて無いし」

 

 訳もわからないので取り敢えず読み進めていく。

 

 

 

 しばらくして読み終わったツキヨは顔を上げて、ミィに簡潔に伝えた。

 

「運営の人が私と直接話したい……らしい」

「ワケガワカラナイヨ!?」

 

 

 

―――

 

 

 

 余人を交えずに話したいことがあるそうで、ミィには話せる内容だったら後で教えると言って店を出てもらったツキヨ。

 何せ待ち合わせですらない。運営通知に会うかどうかの了承ボタンが有り、ツキヨがそれを押したらすぐに『五分後、ツキヨ様の現在地に伺います』なんて返事が来たのだから。

 それから間もなく、ツキヨが追加のコーヒーを飲んでいると、突然、空気が一変した。

 ツキヨのいる場所も風景も変わらないのに、何処かに転移させられたような、第一回イベントでの転移と同じ感覚。

 

「っ!これは……」

「【決闘】フィールドを参考に構築した特殊フィールドです」

 

 そして目の前に『何か』が現れた。

 兎のように長い耳?を左右に垂らした、二頭身の白いぬいぐるみ。それが三つ。

 何処か愛嬌のある表情で固定されていて、一切の変化がない。

 そんなぬいぐるみがテーブルの上に立っており、男のものらしい声を発していた。

 

「貴方が運営の方、ですか?」

「はじめまして。私はクエスト開発担当の者です。エストとでも呼んでください」

「同じくスキル開発担当をしています。キールでどうぞ」

「私はNWO運営チームの責任者を務めている。私はチーフが良いかな。我々の呼びかけに答えてくれて、本当にありがとう。ツキヨさん」

 

 見分けるポイントが頭と耳の先についたポンポン?の色くらいで、全員同じに見えるのだが、ツキヨは何とか覚えた。

 というか個人情報を晒さないのは運営も暗黙の了解なのだろうか。

 

「……【炎帝ノ国】サブリーダー、ツキヨです。はじめまして」

 

 一応、ゲーム内での役職くらいは話しておこうと、ツキヨも簡単に自己紹介。だがこの愛嬌のあるぬいぐるみ達が運営とは決まったわけではないので、まだ疑いの眼差しを緩めてはいない。

 

「うんうん。やっぱり疑ってるね」

「ほらな?了承してくれたとは言え、余人を挟まないために強制転移させたのはやりすぎなんだよ。拉致みたいなもんだぞ?」

「だが、さっきまで【炎帝】もいたし、隠れた喫茶店とはいえ、プレイヤーが来る可能性はゼロじゃない。無理矢理にでもこうした方が良かった」

「転移は許可をとってからでも良かったってことだ」

 

 なんかぬいぐるみ同士で口論を始めた。

 ツキヨが疑いの眼差しを向けているのがそもそもの原因ではあるのだが、話が進まないので流石に止めることにした。

 

「えっと、確かに疑ってはいます。なので何か、運営と証明できる事を教えていただければ」

「あ、あぁ。すまないね、見苦しい所を見せた」

「すみません。……ならツキヨさんの待っているレアスキルの名前と詳細、取得条件を全て言う、なんてどうでしょう?」

 

 スキル開発担当のキールからの申し出だった。

 確かにいかにツキヨでも、ミィにスキルの詳細を全て話したわけではない。レアスキルの名前くらいは知っていても、全部の効果、取得条件までは知らないはずだ。

 

「……全部ではなく、私が指定したものでも?」

「構いません」

 

 いわゆるクイズ形式である。

 キールが了承したので、ツキヨもそれに乗っかることにした。

 ただし、まだ信用していないので、スキル名は言わずに。

 

「では、私が最初に取得したレアスキルを」

「ちょっ、そう来るか!?確か……」

 

 何やら青いパネルを開き、画面を高速でスクロールさせるように動かすキール。

 そして、とある箇所で手を止めた。

 

「お、あったあった。【精密機械】。弱点攻撃時、このスキル所有者の攻撃力を(STR+DEX)×2にする代わりに、弱点以外を攻撃した時、(DEX−STR)÷2を攻撃力とする。

取得条件は、一定時間内に一定数の敵を倒すこと。またその間の全ての攻撃を弱点に当てること。

 因みに一定時間は十分。一定数は四十体で実は魔法を使うと取れないようになってる」

「……最もデメリットの重いスキルと、それを私が使用した回数」

「ツキヨさんの持つやつはデメリットやら扱いにくいのが大半だが……一番重いのは【殺刃】だね。三十秒近いスキルの予備動作時間を必要とする即死技。一日一回しか使えず、使った後は十二時間ステータスが半減する。ついこの間の修正で【殺刃】使用による討伐時、経験値が半減するようにも修正したね。

 取得条件はレベル25まで武器攻撃を弱点から外さないことと、レベル35までに一定数弱点に攻撃すること。因みに一定数って言うのは累計五万回。

 ツキヨさんは比較的最近になってから、一回だけ使ったね」

 

 今度はスラスラと答え、しかも取得条件にもアバウトな表記のされ方をしていた所を明確に説明している。

 ツキヨとしてもそろそろ認めているのだが、最後にもう一つだけ聞くことにした。

 

「……フィールドに出ることがトリガーのパッシブ効果と、AGIを一時的に上げるアクティブ効果を持つスキル」

「【最速】。フィールドに出ている時、加速という過程をすっ飛ばし、初速から最高速へと至る物だね。もう一つのアクティブトリガーで一分間、AGIを+75%にする効果を持ち、君に呼びかけた理由でもある」

「……はぁ。運営の方々であると信じます」

 

 ここまで詳しく知られている以上、これ以上聞くの時間の無駄だし、偶然にも聞いたスキルが話題の内容らしい。

 

「スキル名も言わないとは徹底してたね」

「いやはや流石だね。ツキヨさんのレアスキルを多く知るのは【炎帝】のミィとウォーレンというプレイヤー。ミィが知り、ウォーレンが知らない【精密機械】、その逆の【最速】の二つを聞くことで、いずれかから情報が漏れたという可能性を潰すんだから」

 

 【最速】は現実でミィに教えていたので、一応ミィも知っている。むしろミィから漏れた可能性を確認したのは【殺刃】の方。【最速】を取った事は話したが、ツキヨはミィにも【殺刃】を使ったことは一度も話していない。

 ウォーレンは【最速】の練習をしていた一週間の間に、話の種にと軽く話してしまった。だからウォーレンは、ツキヨがそれを使用したことは知っている。

 他の【炎帝ノ国】のメンバーはツキヨの詳細なスキル構成を知らないため、懸念はこの二人だったが、それが外れたため、信じる他ないだろう。

 

「………どうも。それで【最速】がどうかしましたか?使いこなすのに時間こそかかりましたが、チートの類は使っていませんが」

「まじか……」

「チートの方がまだましだった……」

「PS極振りって理不尽なんだな……」

「あ、あの………?」

 

 偶然にも問題に出した【最速】が呼び出された理由だったので、ツキヨはそのまま本題に入ろうとした。まだ、別に悪いことはしていないので、先にそれについても弁解したのだが、むしろ運営三人は頭を抱える始末。

 数秒の後、顔を上げたチーフが恐る恐るといった様子で短い手で頭を抱えながら問いかけた。

 

「すまない、理解が追いつかない。……いや。分かってはいたんだ。だが、どうしても、ツキヨさんに聞きたいことがある」

「なんでしょうか?」

「君はもしかして、()()()()()()()()()()()()()()?」

「?……はい、できますが」

 

 できるようになったのは今日からですが、それが何か?と何でもないことのように答えるツキヨ。しかし、運営としては最悪の返答だ。

 だが、まだだ!チーフはまだ諦めない!

 

「そ、それは、生まれつきできたとか……」

「いえ、スキルを使いこなすために後天的に新たな伝達信号を構築しました」

 

 一瞬で撃沈した。

 

「クエストNPCのお爺さんの言う通り、なかなか使いこなせなくて大変でしたが、今日ようやく完全に使いこなすことができたんです。使いこなすと体が羽のように軽いですね」

「「「は、ははは……」」」

 

 凄く使い勝手が良いです。と明るい笑顔を向けるツキヨに、運営三人は愕然としていた。今ほどこのアバターに細かな表情が働かないのを感謝した日はなかった。

 

「嘘だろ!?嘘だと言ってくれ!いやマジで本当なんですか!?」

「ほ、本当です。システムアシストの違和感が酷かったので、それをどうにかする為に……」

「エスト落ち着いてくれ……いや、俺もお前と同じくらいテンパってはいるんだが」

「チーフ、一人称戻ってます。正直エストと同じ気持ちだけど」

 

 一人は叫び、二人は頭を抱えて唸りだす。ぬいぐるみじゃなく人間のアバターだったら、正直見てられなかっただろう。そして見た目がぬいぐるみだから危機感もあまり感じられない。

 

 

 

 三人が落ち着きを取り戻したあと、チーフが代表してツキヨに説明を求めた。

 

「……すまない。

 ツキヨさん、私達に使えるようになった経緯をなるべく細かく教えてもらえるか?」

「い、良いですけど……その、大丈夫ですか?」

「大丈夫です……」

「問題無い……」

「胃が痛い……」

「一人確実に大丈夫じゃないですよね!?というか御三方全員大丈夫じゃないですよね!?」

 

 三人揃って項垂れているのだ。ツキヨも流石に心配になった。

 だが、チーフから出たのは、ツキヨの思いもよらない返答で。

 

「……ツキヨさんには、我々運営が()()()()()()()()()()()()()()を、ご理解いただきたいのです」

「っ!……それ程の事ですか?」

「本来、我々運営陣の直接的なプレイヤーへの干渉は、チート等規約違反行為を確認した時、悪質プレイヤーへの通報対応時のアカウント凍結措置等が殆どです。しかしそれでも、()()()()()()()()()()()()()()()。ツキヨさんが行ったことはツキヨさんにとっても、我々にとっても、大問題になりかねないのです」

 

 直接ツキヨの前に姿を表し、自己紹介し、問いかける。これが如何に重大案件であるかを証明しており、ツキヨとしては何も考えていなかったかもしれないが、大問題の火種だった。

 

「分かりました……いえ、まだよく分かんないですけど、【最速】を使いこなすためにやったことを説明すれば良いんですね?」

「はい」

 

 それから、ツキヨは語る。

 【最速】を使いこなすために何をしたか。

 

 

 最初は、【最速】に慣れるためだった。

 

 でも、慣れてもシステムアシストが強く使()()()()()という感覚が強すぎた。

 

 システムに合わせて動く。

 

 確かにそれは効率的で、それまで以上の戦果をそれまで以上に早く上げられた。

 

 森一つを数分で殲滅した。

 

 でも、それは全くもって()()()()()()()

 

 スキルに従い、合わせ、対応する。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 このやり方ではいつまで経っても使いこなすどころか、スキルに使われているだけだ。

 

 だから、兎に角走り続けた。

 

 必要なのはシステムアシストに頼らず、高密度情報を送れる伝達信号。

 

 きっと加速を廃絶した動きをし続ければ、動作に脳が追いつく事が可能ではないかと思った。

 

 確証なんて無かった。

 

 脳が追いついたとしても、それを扱いきれる保証も無かった。

 

 だけど、【廃棄】は運営に負けた気がした。

 

 だから、―――

 

 

 

「だから、兎に角こんな死にスキルを作った運営の度肝を抜くために頑張ったと言うのが、【最速】を使いこなすまでの全てです」

 

 

 

 

 

 

「えぇと……マジで?」

「マジで」

 

 大マジにマジで真剣に頷くツキヨ。

 三体のぬいぐるみは閉口。

 

「それで【最速】に何か問題が出たんですか?」

「………いえ。問題は【最速】の方ではなく、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ことの方ですね」

「?それがなぜ?使いこなすために必要だったからしたまでですが?」

 

 ここまでのツキヨの話を聞いて、運営三人が想定していた『使いこなす』と、ツキヨの言う『使いこなす』に齟齬があることに気付いた。

 

「えっと、我々が想定していたのはあくまで『スキル動作に合わせて、支障なく戦闘が行える』ことが限界値だったんです。事実、運営内部で複数人の被検者を募り、約半年に渡るスキル実施テストを行った結果、『脳機能の変容等人体への影響は善悪問わず一切無い』という結論に至っていました」

「はぁ……?」

「つまり、ツキヨさんは結果的に()()()()()()()()人体()()()()()()()()()()()()()()と示唆してしまった……と言うことなんですよね」

「特に脳は、医学的にも科学的にもブラックボックスな部分が多々あります。完全な仮想世界を実現したのも、つい近年のことですから」

「脳波。体を動かす電気信号を読み取り、脊髄を通る前にそれを拾い上げ、アバターに反映する。言葉にすればそれだけですが、それが非常に困難だったからですね。しかし言ってしまえば『ただのゲーム』であるNWOが、人体の機能に影響を与えることは、あってはならない」

 

 それは、今後のNWO運営にとって危機的な情報だった。

 ツキヨの例が悪影響かについてはまだ分からないが、()()()()()()()()()()()()が広まれば、最悪の場合ゲームの運営停止すらなりかねない。

 悪影響が出てからでは遅いのだから。

 人に生来備わっている機能そのものに影響を与え、変容させてしまう。

 それは医学的にも科学的にも、そして倫理的にも、絶対に起こしてはならない。

 

「なので、我々としては早期の原因究明と、以後同じ現象が発生しないよう、万全の措置を取らなければならないのです」

「またこの件が公のものになれば、ツキヨさんにもご迷惑がかかりかねません。インターネット社会は怖いですから」

 

 メディアによってNWOが人体に影響を及ぼすことが広まれば、その実例として間違いなくプレイヤーツキヨが挙げられるだろう。

 そして今の社会、プレイヤーツキヨではなく『NWOで遊ぶだけの一般人(赤羽 月夜)』という個人を特定されるかもしれない。

 その事を、ツキヨは丁寧に説明された。

 

「つまり、私のしたことは運営にとって想定外かつ非常に厄介で、【最速】をプレイヤースキルで実現できるとは夢にも思わなかった……と」

「そうなります。僅か数日のうちに我々の想定した『使いこなす』に至った時点で、『……この、理不尽プレイヤースキル極振りが!』と阿鼻叫喚しましたよ」

 

 ツキヨはもう既に運営の度肝は抜けていたらしい。更に言えば、やはりウォーレンの意見が正しかった。ツキヨのやったことは運営の想定を大きく逸脱してしまっていた。

 そして一度チーフは間を取ると、ツキヨに接触した最大の理由を告げた。

 

「今回お呼びしたのは、その原因究明にご協力頂きたいということです」

「……それはVR世界で?それとも」

「それとも、の方です」

 

 つまり、現実で。

 きちんと現実で脳の伝達信号を調べ、なぜ変化したのか、どういう過程を経るのかなどを見なければならない。

 VRハードは脳の信号を読み取ってアバターを動かす。つまりNWOの運営、あるいはVRハードの制作会社には、この伝達信号を読み取る技術があるとのことだ。

 

「その技術を利用し、本社に設置してあるVRハードで伝達信号の測定を行わせて頂きたいという思っています」

「……きちんと精査するためには一般に販売されているVRハードではスペックが足りないので、現実の方で本社にお越しいただく必要がありますが」

「現実世界でも同じ動作が本当に可能なら、それそのものの観測もさせてもらいたいです」

「もちろん、ツキヨさんには拒否権があります。我々の想定が甘かったこと。危険性を明確に見抜けなかったこと。今後悪影響が出る可能性があることへの対応は山とあります。

 それを、ツキヨさんが背負う必要はなく、プライバシーの点からも感情の点からも、ツキヨさんが我々に協力するメリットはありません。脳の信号を他人に測られるなど嫌でしょうから。

 ツキヨさんが拒否しようと、我々は原因究明に全力を尽くす所存です。

 ツキヨさんにご協力いただければ、より早く原因究明に繋がるでしょうが無理強いはしません。

 ……そして、これだけは言わせてください。

 

 今回の件は想定の甘かった我々運営側の完全な落ち度です。誠に申し訳ありませんでした!」

 

 チーフの謝罪で、三人の操作するぬいぐるみが一斉に頭を下げる。二頭身だから頭頂が床に付き、真っ白い玉にしか見えない。しかし、込められた気持ちは真剣だった。

 ツキヨとしては死にスキルを作った運営の鼻を明かしてやりたかっただけなのに、いつの間にか謝罪されているという状況。

 自分がやったことの危険性は分かった。

 NWOが今後どうなるか不透明になったという、三人の……運営陣の考える危機も理解した。

 自分と同じように伝達信号を変化させ、それが悪影響になってしまう事例が出るかもしれない。

 

 何より、NWOを一緒にできなくなれば()()()()()()

 だから、ツキヨは決めた。

 

「……その。顔、上げてください。そのままでは返事もできませんので」

 

 ぬいぐるみたちを元に戻して、ツキヨは一呼吸置く。

 確かにツキヨが協力するメリットはない。むしろ見ず知らずの人に、自分も良くわからない伝達信号なんていうデリケートな事を観測されたくなんてない。

 しかし、運営の考える危機感も分かる。

 メディアにでもこの件が漏れた時、ツキヨが被る影響についても説明された。

 プレイヤーの事を考え、状況を伝え、意思を伝え、親身を対応する。

 例え、運営とプレイヤーという、密接でありながら隔絶した間柄を破壊したとしても。

 

 ならば、と。

 ツキヨもまた、相応の対応をするべきだろう。

 

「……私で良ければ、協力させてください。ただ、協力した際に取る情報の管理をしっかりとしていただければ」

「ありがとう。情報の管理徹底は当然です。個人情報が多分に含まれるでしょうし、電子データはバックアップも取らず厳重に管理し、紙面等に残る一個人としての貴女の情報はツキヨさんの協力が終わり次第、その場で破棄することを約束します。……あ、相応の謝礼もさせていただきますよ。脳の働きを測定されるなんて、一般的な実験の被検者とは隔絶しているので」

「そうですか……。では、その時はありがたく受け取らせていただきます」

 

 ただ、ツキヨとしても今回は自分の知りたいことを知れるチャンスでもあると思っていた。

 それは、《神速反射(マージナルカウンター)》の反射速度。

 ツキヨの最高速は瞬間八斬撃を放てるほど。一般から逸脱した自分の反射速度がどれ程のものなのか、数値として見てみたいという好奇心があった。

 

 

 

 

 

 

 それから、運営陣との話し合いは進み、ツキヨがあと一ヶ月ほどで夏休みに入るという事を鑑みて、夏休みに入ってから本社に顔を出すことになった。

 また、正確な日取りは流石に未定であるため、ツキヨのアカウントで運営への直接メッセージを送れるようにインストールしてくれるらしい。

 と言っても、運営からツキヨ個人に送られるメッセージに対する返信のみだが。

 また、本社に行く時は本人さえ良ければミィも同行していいとの許可をとった。

 これは、ツキヨが現実で加速を廃した移動を初めて成功した時の状況を、他人目線での情報を集めるためだ。リアルでも友人でその時を見たと話すと、運営側から食いついた。

 そして最後に【最速】クエスト。

 これは、原因が分かるまでは発生しないようにするらしい。ただ【超加速】は取得できるし、原因が分かったら修正の後に開放し、止めていた間に条件を満たしたプレイヤーにも、その時発生するようにするらしい。

 この辺りは、ツキヨでは関与できないだろう。

 ただ、運営の三人はたとえクエスト発生を止めても『あんな鬼畜超えてルナティックな条件をクリアできるプレイヤーが二人といてたまるか!』

 とのことで、多分大丈夫だろうとのこと。

 

 その油断が今回の件を招いたと学んでほしいと、ツキヨは願った。




 
 運営陣の見た目はアニメ版の運営達です。アレのぬいぐるみがあったら絶対にほしい私です。
 私は、運営が主人公とか、周りの人とかに直接接触を図る小説は好みません。読まないわけじゃないけど、それってフェアじゃないですよね。理由はどうあれ。運営ならば、全てのプレイヤーに公平かつ公正な態度を取るべきです。
 けど、今回は運営としても非常事態であり、性急に何とかしなきゃいけないことだったので、仕方なくこうなりました。
 性急になった理由は作中にある通りで、以下の点で纏めてあります。(作中を読んでもよく分かんなかったら読んで)

・原因究明
 これは、運営の会社で十分なデータを取って『問題ない』と判断したのに起こってしまった、ということに対する運営として当然の対処ですね。
 それと、現状唯一の実例であるツキヨちゃん本人に、協力依頼ですね。
 運営だけでは限界があるかもしれないし、実例であるツキヨちゃん本人が協力してくれれば、ちゃんと原因が分かるかもしれないからね。

・ツキヨちゃんの保護、関係構築
 これは、まぁ情報管理の観点から。
 ツキヨちゃんが周囲にこの件を言いふらしたり、他にもハッキングされてこの事を誰かに知られたりとかで白日の下に晒されたら、ツキヨちゃんのプライバシーが著しく損なわれてしまうからですね。

・NWOが配信停止に追い込まれる可能性
 これは上2つの観点から生まれる危険性です。
 『人体に不可逆的な変容を齎すゲーム』なんて、普通に怖いです。マジ恐怖です。
 だから、この件を原因が分からないまま白日の下に晒されるのは危険であり、最悪『NWO』を停止せざるを得なくなります。だから火急の原因究明と、ツキヨちゃんという実例の確保が重要になりました。

・そしてこれは作中には出てませんが、ツキヨちゃんへの注意喚起です。
 今後、【最速】のように扱いにくいスキルを取得したとしても、今回のような人間離れした試行錯誤をすると、今回みたいに運営が出張ることになり、めっちゃ大変なことになりますよって最初に話すことで、これ以上ツキヨちゃんが無茶な試行錯誤をしないようにやんわりとブレーキかけてます。

 それが通じるかどうかは、ツキヨちゃんの今後に注目ですね。

 そして結果的に、運営の1つ目の目的、原因究明にツキヨちゃんが協力することになりました。1ヶ月後。つまり、ギルド対抗戦の直前ですね。その頃にはまたツキヨちゃんもおかしくなってるだろうし、運営からすごい問い詰められそう。
 それと、少なくともギルド対抗戦までは草案が頭の中にあるので、原因究明がなされるまで凍結は起こらないと思います。前話の後書きは半ば無駄になります。健康状態は良好なので、作者が失踪しない限り大丈夫です。

 今回で原作1巻は一応の区切りとなりまして、次回から原作2巻に突入いたします。ようやく第二回イベントですよ。
 約40話かけて1巻終えました。字数にして25万字超えてます。
 ここまで約二ヶ月。皆様のご愛読に助けられ、続けられています。

 今後とも、暇になったら(よろしくお願)読んでください(い申し上げます)


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原作2巻 ツキヨとミィ
PS特化と第二回イベント開始


 ツキヨさんたち、はっちゃけた。
 ただそれだけ。
 結局、閑話は入れてません。書ききれなかったのもあるけど、早くイベントに行きたかった。
 自分で言うのも難ですけど、40話も1巻から進まないのヤバイよね。
 
 


 

 運営陣がツキヨに接触した日から時は流れ、第二回イベント当日になった。

 ツキヨやミィはレベル上げにスキル集め、【炎帝ノ国】での準備を幾度となく行い、本当にあっという間の日々だった。

 そして既に、二層の広場には多くのプレイヤーが集まっていた。

 その中には、赤か白を基調とした、デザインの統一された装備を身に着けた集団もいる。

 

「はぁ……ついに来ちゃったよツキヨぉ……」

「いつも通りにすれば大丈夫。それに、これから三日間は演技する必要も無いし、とりあえず今は乗り切ろう?」

「うん……頑張ろうね」

 

 そんな沢山のプレイヤーがいる場所を路地裏からこっそりの眺めて溜め息をつくミィと、それを励ますツキヨ。

 これからあの大勢の前に出て、なぜか準備されている壇上で演説しなければならないと思うと、物凄く気が重かった。

 

「大体、なんであんな演説台が用意してあるのよぉ……」

「イベント前に、第一回と同じようにミィの演説が聞きたいって人が沢山いてね……流石に止められなかった」

 

 演説のことを仕方なく許可したらこのザマである。下の者で結託し、生産職メンバーにも依頼し、突貫で用意したとか何とか。

 なお、『幹部候補』すら知らずにいつの間にかやられていた。

 

「あそこに立つのは【炎帝ノ国】リーダーのミィ。サブリーダーの私。壇上には上がらないけど、下には『幹部候補』も控えてる。私も隣にいるから」

「うん……多分一人だと色々口走っちゃうから、ツキヨが居てくれるなら助かる……」

 

 ミィはテンパるとその場の勢いで話してしまう。偶然にも、それが多大なるカリスマ性を発揮するのだが、内心で慌てまくるので横に精神安定剤(ツキヨ)が居てくれるなら心強い。

 

「今回は私から上がるよ。だからミィは私が喋ってる間に準備してね」

「分かった。またツキヨが変なこと言ったら出ることにする」

「今回は完全な鼓舞だよ。挑発も無し。むしろ持ちうる情報全てで士気を上げるつもり」

「それ、私が話すこと無くなるんだけど……」

「大丈夫。ミィは【炎帝ノ国】としてどこよりも目立つぞー!って鼓舞すれば良い」

「なら、ツキヨはどうやって?」

「ふふん……この間運営と話した時、運営に協力をする報酬の一つとして、ある情報を貰ってね」

「ある情報?」

 

 話し合いの最後、運営陣が帰る時に教えてもらった情報。と言っても、現実時間で明日には告知されるモノなのだが、イベントでこれから時間加速された中で七日過ごすことになるので、内在時間で約一週間後の事だ。

 

「ま、みんなと一緒に驚かせてあげるよ。運営には『現実時間でイベント翌日には告知される情報なので、ツキヨさんの好きに使って頂いて結構です』ってやけっぱち気味のお墨付きを貰ってるから」

 

 貰ってるから、全力でメンバーの鼓舞に利用する算段である。

 そうして話していると、ツキヨにウォーレンからメッセージが届く。

 

「参加メンバー全員の到着を確認したって。行こうか、ミィ」

「だね。これから暫くは演技なしだから、その分も気合入れるよ!」

 

 二人は、何も人前に出たくないから路地裏に隠れていた訳じゃない。

 こうして全員が揃った後に二人で颯爽と登場するために、ウォーレンを連絡役としてスタンバイしていたのだ。ウォーレンも苦笑いで了承してくれた。三日で参加メンバー98人のうち、二層に上がっているメンバー79人の顔を覚えさせたのはやり過ぎだったらしい。

 一応、参加メンバーの名簿も渡していたので、それを手に確認していたのが見て取れた。

 

 そうして二人は顔を見合わせて一度頷くと、歩調を合わせて路地から出る。()()()()()()()()()()()()()()ウォーレンはどこにスタンバイしてるかも、どのタイミングで出てくるかも知っているため、さり気なくツキヨとミィが大通りの中央に進んだ段階で二人に向けて一礼。

 

 瞬間、ウォーレンの異様な行動の先を周囲の人が見つめ、そちらに目を向ける。

 

 

 ―――人波が、真っ二つに割れた。

 

 空気は張り詰め、周囲の喧騒は静まり返る。

 

 場を支配するのは、真紅と純白の二人。

 

 広場にまで続く、割れた人波で作られた一本道の真ん中を、颯爽と歩く二人。

 

 ヤラセでも何でもないし、二人のいる辺りに【炎帝ノ国】メンバーはいない。

 

 それでも、その有名なプレイヤーの登場に場が支配される。

 

 NWOをやっているプレイヤーで、二人を知らないのはモグリとすら言われる程の有名人。

 

 方やNWOに唯一存在する、超巨大グループ【炎帝ノ国】がリーダー―――《炎帝》ミィ。

 方や第一回イベントでは優勝を目されたペインを倒し堂々の一位となった戦乙女にして、【炎帝ノ国】サブリーダー―――《比翼》ツキヨ。

 

 強力な炎の魔法で敵を焼き尽くす姿が圧巻で、そのカリスマ性からも非常に注目される真紅。

 イベントで付けられた二つ名である《比翼》が物凄い広まりを見せ、かつての《白銀の戦凍鬼》と呼ばれる事は少なくなったが、それでも尚その戦闘技術の高さを畏怖される純白。

 

 その二人が並んで、真っ直ぐに歩いてくる。

 

 そして、ウォーレンの目の前で立ち止まった。

 

「出迎えご苦労、ウォーレン。待たせて悪かった」

「中立装備……『幹部候補』としての装備も似合うじゃない」

「いえ。最初から連絡は受けていましたから問題ありません。ツキヨ様も、ありがとうございます」

 

 それだけ話し、ツキヨは設置された台に向かう。横にはまだミィが歩き、その後ろをウォーレンが付く。台に着くと、ウォーレンはミザリーたち他の『幹部候補』と同じように、台を囲むように待機。ミィはすぐに台に登れる位置で立ち止まり、ツキヨだけが壇上に上がった。

 

「第二回イベント開始目前でこうして集まったことに、まずは感謝を。ありがとう」

 

 静かに。されど非常に響き渡る声で話し始めるツキヨ。先に上がったのがミィでないことに訝しんでいるメンバーもいるが、そんな事は思考の彼方に投げ捨てたツキヨ。

 静まり返る広場にツキヨの声だけが良く通る。

 

「さて。開始まで時間もないけれど、少し話しをさせてもらうわ。その為に、ミィの前に時間を借りたのだし」

 

 あぁ、そういう事なんだ。と納得する面々。

 実際はただ、ミィが落ち着く時間を作るためだと知ったら、どんな顔をするだろうか。

 

「今回のイベントは、我ら【炎帝ノ国】にとってチャンスとなる大きなイベントよ。

 我々の目的が一つ。『NWO全土に名を轟かす』こと。それを始める口火となるでしょう。

 それができるだけの力が皆にはあると、私達は思っている」

 

 【炎帝ノ国】には有名プレイヤーがいる。

 ミィとツキヨを筆頭に、破壊と回復の両方を得意とする《聖女》ミザリー。

 珍しいスキルを前回イベントでメンバーの内外に堂々と披露した《崩剣》シン。

 数々の罠でプレイヤーを嵌め殺した《トラッパー》マルクス。

 彼らのように目立つ場面こそ少なかったが、卓越した技量と連携をする《双覇》ヴィトとウォーレン。

 戦闘職を支える《生産神(ドワーフ)》ドヴェルグは、系統によってはイズをも超える技術力を持つ。

 こうしたトッププレイヤーと呼ばれる程の実力者の殆どが『幹部候補』と呼ばれ、【炎帝ノ国】を纏める立場にある。

 

「―――だが、皆は何処か自らを卑下している」

『……っ』

 

 だからこそ、彼等がそんな『幹部候補』に届かないことに劣等感を抱いているのも、事実だ。

 前回イベントでは50人編成でツキヨに挑み、返り討ち。ミィにも30人ほどが挑み、軒並み焼き尽くされた。

 シンの無数の剣戟になす術なく斬り刻まれ、ミザリーの大規模破壊魔法に吹き飛ばされ、マルクスの罠に嵌り、ヴィトやウォーレンにも純粋な技量で多くのメンバーが破れた。

 そんな彼らに従うのは当然で、自分たちは弱いから。だから……

 

「そう卑屈になる必要はないわ。

 思い出しなさい……【炎帝ノ国】の活動を」

 

 ツキヨに言われるがままに思い返すと、楽しい活動ばかりだった――訳じゃない。

 ふと過ったのは、あの地獄のような無限湧き。

 終わりの見えない、荒野を蔓延る銀色の波。

 そんな状況に陥れたのが、主に目の前にいる白銀なことからは目を逸らす。

 

「確かにミィや幹部候補。あと私は自尊するようだけれど別格よ。ミザリー達はそれぞれ欠かせない才能がある。

 けれど……皆の実力は、そんな彼らに決して見劣りするものではない!」

 

 俯き、暗い顔をし始めた彼らに怒声を張り上げて、お前たちは強いと。トッププレイヤーと呼ばれるごく一部しか目立っていないけれど、そんなものは運営すら全体の1%も見ていないのだと、全霊で伝える。

 

「前回イベントでは参加したメンバー全員が、上位200位以内に入ってみせた!

 これが低いとは言わない。

 

 私が言わせないっ!!

 

 参加人数が五千を越えたあのイベントで、我々【炎帝ノ国】の活動が!努力が無駄ではなかったとお前たちの手で証明した!」

 

 だから。

 

「私に言わせれば、全員がトッププレイヤーといえるだけの実力がある!」

『ッッ!』

 

 俯いていた顔を上げた彼らの目に、少しずつ力が漲っていく。

 

「個の力は強くないのかもしれない。たった一人で、上位十人には戦えないかもしれない。

 けれど、我らは【()()()()】!

 一つの旗の元に集い、皆で力を合わせ、高め、協力し、強力な集団を形成した!

 

 個人の武勇?たった一人の名声?

 笑わせるな!

 

 我らは【炎帝ノ国】(強大な集団)でしょう!!

 我らが持つ濁流の如き意志は、たった一人で堰き止められるものじゃない!

 一個人の武勇など濡れた紙ほどの障害にもならない!」

 

 小さな意思の灯火は燃え盛る業火の如き情熱となり、周囲に伝熱する。

 業火の如き情熱は、濁流の如きうねりを宿す。

 

 だからここでツキヨは、運営から教えられた最後のカードを切る。

 

「今回のイベントが終わり次第、ギルドシステムが実装される!

 【炎帝ノ国】を最速で最強の、最大手ギルドとして立ち上げるために!

 地の果て、空の彼方までもをも飲み込む意思の濁流でこのイベントを覆い尽くし、NWO全土(この世界)最強(我々)の存在を知らしめなさい!」

 

『ぅおおおおおおおおお!!』

 

 

 ずっと実装されるかすら不明だった、グループとしての不安定な現状を破る、最後の一手。

 最強のサブリーダーから力を認められる。

 ギルド【炎帝ノ国】の設立が現実時間で明日から始まる。それを今、知らされた。

 そして、最強ギルドを作る。

 それはメンバーの心を沸騰させ、沸き立つ程の熱は地響きにも似た大歓声で返される。

 

 そして興奮が最高潮に達した時、更に可燃物(ミィ)を投入する!

 壇上に上がったミィは、高らかに宣言した。

 

「良いか!

 このイベントで我ら、()()()【炎帝ノ国】の名を高らしめるのだ!

 約束しよう。私達と共にある限り、勝利の二文字あるのみだと!

 【炎帝ノ国】、そのメンバーである誇りを胸に地の果て、空の彼方までも付いてくるがいい!

 大地も空も、皆が持つ情熱の炎で、そして皆が揃い成す意思の濁流で焼き尽し、押し流そうではないか!!」

 

『うぉぉぉぉおおおおおお!!』

 

 熱は冷めることなくうねりを持って広がり続ける。

 ギルドとして立ち上げる事を含ませたその言葉は、メンバーだけでなく、他のプレイヤーにまで伝熱し、全てを魅了する。

 ギルドが実装されれば、当然ペイン達もギルドを作るだろう。個人ではツキヨに劣っても、相応の実力があることに変わりはない。

 でも、ツキヨに不安はなかった。

 現時点で【炎帝ノ国】は127人もの人員を要する超巨大グループ。その誰も蔑ろにすることもなく、ここまでずっと運営してきた。

 全員と交流を深めているからこそミィという象徴は輝き、ツキヨは高い信頼を勝ち取ってきた。

 ギルドができれば、一体どれだけの数の大ギルドができるだろうか。

 上位の実力を持つプレイヤーは、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 たとえペイン達といえど、長い時間をかけ形成し、信頼を築き、沢山話してきた時間には勝てない。

 【炎帝ノ国】という超巨大グループには絶対に及ばない。

 きっとまた、イベントが終われば忙しくなる。

 これだけ人々を魅了したのだ。きっとギルドへの参入希望者が増えるだろう。

 今度は何人だろう?

 ギルドは小規模、中規模、大規模なんて昔から区分されるが、間違いなく()()()()()()

 ミィもツキヨも、もっと大変になる。

 『幹部候補』にも沢山働いてもらう。

 

 だけど、大変なのが目に見えてるけれど――。

 

 

 声を揃え手を伸ばし、誰よりも何処よりも――

 

 

 

 ―――高みを見せるという誓いを。

 

 

「「さぁ知ら示せ!

 

 【炎帝ノ国】であることを

 

 隣にいる仲間とともに

 

 これはNWO全土(この世界)への宣戦布告

 

 見ていろ運営!見ていろプレイヤー諸君!

 

 我らが築くは最大のギルド

 

 我らが目指すは最強のギルド!

 

 私達は止まらない!!

 

 私達に付いてこいッッ!!

 

 

 最強の頂を見せてやるッ!!」」

 

 

 直後、始まるはずの運営からの説明すら掻き消す大歓声が、場の雰囲気を全て持っていった。

 

 

 その為説明は一時ストップし、冷めやらぬ興奮がようやく冷めた頃。

 

 運営からのアナウンスが始まった。

 

 

「今回のイベントは探索型!目玉は転移先のフィールドに散らばる三百枚の銀のメダルです!

 これを十枚集めると金のメダルに、金のメダルはイベント終了後にスキルや装備品に交換することができます!」

 

 そのアナウンスと共に表示されたのは、金と銀のメダルだった。

 未だ壇上から立ち去れないため何も言わないが、ツキヨとミィには金のメダルに見覚えがある。

 前回イベント十位以内で貰えた、あのメダルだったのだから。

 

「前回イベント十位以内の方は金のメダルを既に一枚所持しています!倒して奪い取るもよし、我関せずと探索に励むもよしです!」

 

 ツキヨとミィは二人共メダルを所持しているため、かなりのプレイヤーに狙われることだろう。

 いくつかの豪華な指輪や腕輪などの装飾品、大剣や弓等の武器画像が次々と表示されていく。

 それらもまた、フィールドのどこかに眠っているのだ。

 勿論、双剣と杖もある。

 金メダルの救済措置についてがメッセージとして全員に送られる。第一回イベントで金メダルを取得したプレイヤーが終了時に金メダルを奪われていた場合、銀のメダルが五枚、代わりに渡されるとのことだった。

 

「死亡しても落とすのはメダルだけです!装飾品は落とさないので安心してください!メダルを落とすのはプレイヤーに倒された時のみです。安心して探索に励んでください!死亡時はそれぞれの転移時初期地点にリスポーンします!」

 

 それを聞いて、ツキヨもミィも内心で胸をなでおろす。とりあえず、装飾品を落とさないのは助かるのだ。

 最初は二人だけだが、探索にも全力を出せる。

 

「今回の期間はゲーム内期間で一週間、時間を加速させているためゲーム外での経過時間はたった二時間です!フィールドにはモンスターの来ないポイントがいくつもありますので、それを活用してください!」

 

 一週間丸々ゲーム内で過ごしても、現実では立ったの二時間しか経過しないというのは、ミィには不思議な感覚だった。そして、次の瞬間にはツキヨがやる自力時間加速を思い出し『あれが凄くなった感じか……』と無理矢理納得する。

 

「一度ログアウトするとイベントへの再参加は出来なくなります!最後まで参加するためには、途中ログアウトはしないように注意してください!また、パーティメンバーは同じ位置に転移するので、安心してください!」

 

 全部事前にメッセージで通知された詳細と同じだったため、ツキヨとミィは一つ頷くだけで確認を終えた。

 そしてミィは、イベント開始前、最後の言葉を【炎帝ノ国】のメンバーに投げかける。

 

「皆、会議通りだ!

 四日後……四日後に会おう!

 パーティは全員が自由に組んだ!

 勿論私も私の我が儘を通させてもらった!

 だが、だからこそ全力で楽しめ!

 

 ……また会おう!」

 

『おぉぉぉおおおおお!!』

 

 

 光に包まれ、参加プレイヤーの姿が二層の街から消えていった。




 
 運営もただのNWOのユーザーであり、一般人のツキヨちゃんに、タダで協力要請をするのは気が引けるので、一足早くギルドの情報をあげました。サブリーダーだし要るかな……と。
 と言っても、原作でも第二回イベントが終わった後すぐに実装してるし、現実じゃ翌日かその次くらいに実装だと思うので良いかなって。
 まぁ実際、現実にこんな情報漏洩が有ったら、怒られるじゃ済まないだろうけど。
 運営もヤケクソ感あります。チーフがハイライトの消えた目で許可しました。
 書いた私も、これで良いのかと悩みました。反省も後悔もしません。
 あとツキヨちゃんとミィ、ノリノリで演技してます。今までの演技の中で一番楽しかったです。
 そして信用されているが故に、色々と損な役回りのウォーレンさんね。好きです。
 80人近くを短期で覚えさせられて可哀相に。

 速度特化の方でも書いたんですけど、5月からの投稿頻度についてです。
 率直に言って、3月と同じようには行きません。やっても良いけど、6月にまた頻度落ちて今月と同じになります。
 それは嫌でしょ?って話で。
 なので間を取って速度特化と抱き合わせで、3日で一話ずつ投稿する予定で考えてます。

 具体的には……。
 30日に今作を投稿したら、5月1日は休み。
 2日に速度特化。
 3日に今作。4日を休みで5日に速度特化。
 6日に今作、7日は休み……って形ですね。

 それかいっそのこと、5月は3日に両方投稿。
 4、5休みで6日投稿。7、8休みで9日投稿……と間2日体制にするかで、現在検討中です。

 どちらにせよ、今月より少し変則的な形になるので、毎話毎話のあとがきの最後に、次の投稿予定日を書いていくと思います。
 ちなみに投稿時間は相変わらずの0時ね。
 次の速度特化は28日。今作は30日です。


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PS特化と探索開始

 まぁ……ね。
 メイプルちゃんたちみたいに、普通に探索を始めても良かったんだけど、面白みに欠けるし。
 勿論こうなったカバーというか、こうなった場合の諸々は後に出てくるよ。
 あと、やっぱりツキヨちゃんが自由に動きすぎたので、最初の予定とはズレていく……。
4/30 加筆。
 久々に日間ランキング上位に入る事が出来ました。本当にありがとうございます。
 今話でランキングに入れたと言うのは、私としては中々に変な感じですが……絶対前話の演説だろ(笑)
 今後も速度特化共々頑張りたいと思います。



 

「ん……着いた?」

「みたいだね」

 

 足に伝わる大地の感触。

 周りには何もなく、かなりの強い風が二人の体を煽る。

 二人がいたのは、開けた草原。

 周囲には何もなく、彼方に目を向ければ重力の影響を受けることなく浮遊する島々。

 少し先に行けば、薄っすらと建物のようなものが見える。

 そして遠くを()()()()()山岳地帯……

 

「「えっと……見下ろす……?」」

 

 二人は顔を見合わせ、思い起こす。

 大地……ある。

 風……ずっと強く吹き荒ぶ。

 後方に大地………()()

 はるか下には広い海が見える。

 

 

「………ねぇ、ミィ」

「は、ははは……これぞファンタジーって感じ」

 

 もう一度見れば、宙に浮く島々は()()()()()()()()

 

「「ここ空の上なの!?」」

 

 ツキヨとミィの初期地点。

 それは空に浮かぶ島々の、その一つだった。しかも島の端っこ。後ろに下がったら落ちてた。

 そして驚愕も束の間。目の前を竜が優雅に横切るのを見て我に返った。

 

「びび、ビックリしたぁ!

 何あれ竜だよ竜!ファンタジーの代名詞!ドラゴンさんだよツキヨ!」

「やっばい……連続で来すぎてぞくぞくした」

 

 冷静さを取り戻し、取り敢えず今いる島を探索することにしたツキヨとミィ。

 

「いやー……最近はゲーム内じゃずっと演技してたから、なんか久しぶりだなぁ!」

「だね。さっきの演説も最後のあれ、すごいノリノリだったね」

「ツキヨもでしょ?実際楽しかったし!」

「あははっ、確かに」

 

 普段以上に気合を入れて演説したため、二人してその事を思い出して笑い合う。

 特に最後に二人一緒に言ったのは前日に話し合っていた事なので、成功して大満足の二人。

 その事に二人して笑っていると、ツキヨにメッセージ通知が届いた。

 

「ん?ちょっと待って、ミィ」

 

 一旦落ち着き、メッセージを開く。そこには、予想通り運営から。内容は。

 

 

―――

 

 やってくれたな。

 

 プレイヤー ツキヨ様におかれましては、NWOをプレイしていただき、ありがとうございます。

 つきましては……

 

 流石にギルド実装をバラす方法が、大々的過ぎたのではありませんでしょうか?プレイヤーからの各種問い合わせが殺到しており運営一同、現在泣きが入っております。

 好きにして良いとは申しましたが、ツキヨ様におかれましては、『限度』『常識』というものを、一度お考えくださいますよう申し上げます。

 それよりも。

 また今回の件でツキヨ様と我々運営に関係があるのではとの疑惑も浮上しております。

 現在、一切を否定しておりますが、今後はこのような事は()()()しないよう、お願い致します。

 

―――

 

「……ツキヨ?なんだったの?」

「……なんでもないよ?うん、全然何にもない。気にしないで」

 

 運営からの丁寧すぎて怒りが可視化できる注言をサラッと無視し、二人は建物が見える方向に進むことにした。

 

「この島を攻略しても、下に降りられなきゃ何もできなくなるからね……多分、どこかに地上に降りる魔法陣があるはず……」

「そうじゃなきゃ初期地点だけで詰んじゃうもんね。それに建物まで行けば何かあるかも」

「れっつごー」

「おー」

 

 と言う事で歩き続ける二人に、ここで背後から人ほどの大きさもある怪鳥が向かってきた。

 どうやら二人を狙っているようで、右へ左へと走ってみると追いかけてくる。

 

「私やっていい?」

「ん、良いよー。私は周囲の警戒しとく」

「任せたー」

 

 言葉少なに相談を終え、ミィが片手を前に突き出す。

 

「【炎帝】!」

 

 ミィの手によって操られる巨大な火球は、時折フェイントを交えて飛び交い、一直線に向かってくる怪鳥を容易く焼き尽くす。

 大きさだけで、あまり強くはなかったようだ。

 

「普通に出てくるモンスターはあんまり強くないのかな?」

「単純にミィの火力が高すぎるだけかもしれないし、暫くは注意しよっか」

「だね。次はツキヨやって良いよ」

「了解っと……噂をすればまた来た」

 

 今度は二羽。

 上空に滞空し、二人の隙を伺っているようだ。

 だが、一所に留まるのはこの戦乙女の前では愚も愚である。

 

「【飛翼刃】」

 

 思考操作によって操られる蛇腹の双剣。その速度は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 故に。

 

「「ッ!?」」

 

 伸びる刀身は加速を廃絶して最高速へと至り、ミィと二羽の怪鳥の視界から消失し、次の瞬間にはモンスターの首が断ち斬られていた。

 

「うん……やっぱり首を斬れば普通のモンスターなら大体一撃だね」

「えげつなっ!?速度上がりすぎでしょ!?何それ反則じゃん!」

「動体視力が置き去りにされただけで、実際は今までと最高速度自体は変わらないよ。初速から最速になる分、何倍も速く見えるだけ」

「その効果が武器にまで反映されたらどうしょうもないからね!?」

「いや、こっちはスキル関係なしに、完全な自力なんだけど……」

 

 加速を無くし、初速から最高速に達する伝達信号を持つツキヨの蛇腹剣は、何人たりとも視認不可となる。

 どちらにせよ、反応できない時点で意味はないのだ。当たれば死。避けるのは至難。

 ある意味魔法より恐ろしい遠距離攻撃だった。

 

 

 

「念の為、建物に着くまでに【血塗レノ舞踏】と【剣ノ舞】を最大強化していい?少し時間かかるけど、安全策は打っときたい」

「良いよー【炎槍】!どうせ七日もあるんだもん【炎槍】。のんびり探索しよ【炎槍】」

「ありがとー【蛇咬】」

「……うわ今までは二撃同時に見えてたのに、もうそれすら見えない……」

 

 歩きながら、時々飛んでくる怪鳥を処理しながら話す二人は、まだまだ余裕だった。

 今も五体の怪鳥を相手にし、三体をミィの魔法で対処。

 ツキヨは二羽をあえて懐に飛び込ませ、何度か回避してから瞬間四連撃を弱点に叩き込み、スキルでステータスを強化していく。

 

 そんなわけで、少し時間こそかかるものの、どうせ二人だからとのんびり進むこと一時間。

 ようやく建物の全景が見えた頃。

 

「霧出てきたね……」

「現実だとここはかなりの高度だからね……どちらかと言ったら雲じゃない?」

「あ、そっか」

 

 煉瓦造りの建物が見えたと思ったら、次第に雲に視界を遮られ、何も見えなくなる。

 雲は非常に濃く、隣にいる筈の互いも薄っすらとしか見えないほど。何が起こるか分からないため二人は互いを見失わない様に手を繋ぎ、もう片手で得物を握る。

 そして数秒後。

 ツキヨの【気配察知Ⅵ】に反応があった。

 

「……ミィ、囲まれてる。数は二十くらいで感覚的には一体一体はそんなに強くないと思う」

「そこまで分かるの?」

「【気配察知】で一度に五十体くらい感知したら、【気配識別】ってスキルが取れてね……気配は違うし数も多いけど、怪鳥より弱いよ」

 

 気配の違いと強さを感じ取ることができるため、気配は違うが、強さは怪鳥以下のようだった。

 

「ボスクラスに強いのは居ないけど、少しずつ数が増えてる」

 

 さっきまで二十だったのが、今は既に気配が三十にまで増えた。

 

「霧が厄介だね……ミィ、頼める?」

「炎で吹き散らすんだね。任せて、【爆炎】!」

 

 杖を頭上に掲げ、自らの真上に爆炎を起こす。

 熱気と爆風が周囲の()を吹き散らし、視界の確保と共にモンスターの姿を露わにした。

 それは雲のような綿毛の翼を持つ小鳥の群れ。

 

「チル○ト!?」

「ミィ、それポ○モン。

 可愛いけど倒すよ、【血風惨雨】!」

「まぁ……敵だしね。【炎帝】!」

 

 【飛翼刃】や【水君】で一体ずつ倒すのは手間がかかるため、低威力でも逃げ場の少ない攻撃を選択したツキヨ。

 両手で巧みに操り、逃げ惑う鳥を追い詰めて焼き尽くすミィ。

 正体がわかれば、そう手間取らずに倒すことができた。

 

 と、思った矢先。

 吹き散らした雲の残りが小鳥たちに集まり、少しずつその身体を、HPを回復していく。

 

「……なるほどね。雲を散らさなかったら、無限に回復されてたんだ」

「偶然だけど対処は正しかったと……ただ、ツキヨはこのモンスターに魔法使わない方がいいね」

「だね。ミィの魔法の熱気に当てられて、魔法でできた水溜まりが蒸発して雲に取り込まれてる」

 

 ツキヨが魔法を使えば、攻撃方法が炎の魔法しかないミィが作り出す熱気と合わさることで雲を作り出してしまい、結果としてモンスターの回復の手助けをしてしまっている。

 処理には双剣を使わざるを得なかった。

 

「……まぁ、スキルの試運転には丁度良いか」

「ツキヨ?」

 

 小さく呟かれた言葉は、隣にいるミィすら聞き逃すほどに小さかった。

 

「【最速】のもう半分、試してくる」

 

 ミィと繋いだ手を離し、両手で双剣を取る。

 残りは二十体。

 多少取りこぼしても対処は容易な数で、モンスターの回復に使ったことで霧も晴れた。

 視界は良好。周囲に他プレイヤーも居らず、ミィの援護も期待できる。

 だから、何の不安もなくスキルを試せる。

 

「【最速】ッ!」

 

 スキルを発動した瞬間、【血塗レノ舞踏】と【剣ノ舞】による二色のオーラが純白に染まり、髪も目も銀と赤から純白に変化する。

 全ての色彩を消失させたツキヨが次の瞬間、動体視力を置き去りに消え去ったことで、ミィもモンスターも思考停止した。

 ツキヨはそのまま間合いを潰すと、小鳥の背後に回り込み攻撃を仕掛けた。

 

「【疾風斬り】」

 

 狙い過たず首を断ち斬り、次のモンスターにまたも一瞬で詰め寄り、同じように一閃。

 ツキヨを視界に捉えられるのは、モンスターに攻撃を仕掛ける一瞬のみ。

 それも攻撃スキルを発動しているからであり、今は【最速】によって強化された速度の世界に慣れるために、敢えてそうしているだけだ。

 【切断】による防御貫通を合わせれば、スキルを発動する必要がないだけの威力は備えているため、只管に狙いやすい首を斬る。

 

 小鳥モンスターは粒子となって散る時に雲を撒き散らすのか、僅かだが倒している最中にも次々にモンスターが回復する。新たに現れる。

 だがやはり、ツキヨの殲滅力の方が上だった。

 撒き散らす雲は僅か。

 大体五体倒して一体湧く……といった程度のため、いずれ湧きは止む。

 

 

 そうしてきっちり一分。

 スキル効果が切れたと同時に最後のモンスターが粒子へと変じ、雲は完全に消滅した。

 スキルの終了をもってオーラは色付き、銀髪と赤目に戻る。

 

『スキル【首狩り】を取得しました』

 

 

 

「おつかれー」

「よゆーっ!ってなんかスキル取れた」

「【最速】ってアクティブスキルもあるのも驚きだけど……どっちも説明!」

「はっ!一分間、自分のAGIに+75%するっていうスキル。三十分で再使用できるようになるんだ。見た目もオーラ込みで真っ白になったでしょ?運営が私のイメージに合わせてこうしたらしい」

「普通の挙動でも見えないのに、まだ速くなるんだ……てか運営がスキル発動時のデザイン変えるってどんだけ……」

 

 既に加速が無く、視認困難なツキヨの移動速度が更に速くなると聞き、もうなんて言ったらいいかわからないミィ。

 因みに、正確には元のオーラから色が抜けているのではなく、純白のオーラで上書きしているだけである。

 

「普段は、あくまで『速く見せてる』だけなんだよ。現実の方でも、動体視力が置き去りにされるだけで私の最高速度自体は変わらない。

 認識が置いてかれるから速く見える……まぁ、見た目の上では実際に物凄く速いし、私の主観的な見え方はこっちなんだよね」

「でも今の【最速】は、実際に速くなるスキルって言うことなんだね」

「そゆこと。感想としては、動作が速くなるだけであんまり変わらないかな……移動時間も短く済んだけど、逆に運動エネルギーが強すぎて振り回されそう」

 

 ツキヨが使う加速を廃絶した技術は急には止まれない。だからさっきも移動しながら使える【疾風斬り】を選択したし、スキルによっては一度立ち止まらないといけないものもある。

 けれど急に停止すると、運動エネルギーがそのままツキヨを進行方向に投げ飛ばしかねない。

 

「【最速】は単発スキルかスキル無しのヒットアンドアウェイしか使えないね……普段から視認困難だから、そこまで気にしなくても良いと思うけど」

 

 攻撃スキルを使用しなければ、ツキヨの運動能力を遺憾なく発揮して攻撃が可能なので、むしろそちらの方が使い勝手が良さそうだった。

 

 で、終われば良いのに。

 

「で、取得したスキルは?」

「……確認するね」

 

―――

 

【首狩り】

 敵の首に赤い線が見えるようになる。

 線を斬ることで即死。

 ボスモンスター、首のないモンスター、ダメージが通らない場合は無効。

取得条件

 一定時間内に一定回数首を攻撃する。また首への攻撃で一定数トドメを刺す。

 

―――

 

「………自分で言うのも()()だけど、やばいのが来た」

「なにそれ?」

「……首を斬ることで即死のスキル」

「はぁ!?」

「……だよね。うん、分かる。ボスや首の無い、区別が付かないモンスターには使えないみたいだけど、私の視界内に見える赤い線を斬れば良いみたい」

「そ、その線って私にも見えるの!?」

「パーティーメンバーには見えないね……あ、あの鳥モンスターには見える」

 

 素で高速戦闘中に弱点を狙い撃ちできるプレイヤースキルの持ち主に、【殺刃】とは別でもう一つ即死スキルを与えてしまう。これがどれほどヤバイことなのか。

 とはいえ、有用であることに変わりはない。ツキヨのプレイヤースキルならば大抵は一撃で片付けられるようになったのが大きい。

 

 問題なくモンスターが片付いたので、ツキヨの進化に呆れつつも新たに湧く前に建物に向かう。

 

「あ、ミィ。少し迂回するよー」

「え、なんで?モンスター倒したし、建物までもうすぐだよ?」

 

 目指していた建物は、もう百メートルも離れていない所に見える。

 それも特段危険な場所もない。なのに迂回するというツキヨの意図が分からなかった。

 

「まぁ……見たほうが早いか」

 

 溜め息を一つこぼしたツキヨは、おもむろに小さなテーブルを取り出した。

 それは、結成式で使用したテーブルの一つで、()()()()()()()()()()()()()()()

 STRの低いツキヨが、()()()()()()()()()()()()()

 

「えいっ」

 

 そんな可愛らしい掛け声とともに、先程までモンスターと戦闘していた辺りにテーブルを投げる。

 

 ミィが、何してるの?といった表情を浮かべたのも束の間。次の瞬間、甲高い音を立てて()()()()()()()()()()()()()

 

「………はぁ?」

「ギルド実装の他にもう一つ運営から教えてもらってね。【最速】を使い続けて、相当な練度にまで習熟すると、()()()()()()()()()()らしいんだー」

 

 事も無げに軽く告げられた言葉の意味を理解するのに、ミィは決して短くない時間を要した。

 

「つまり……何?」

 

 ついに思考を放棄して、直接尋ねた。

 短時間でこの少女の進化が止まらない。誰か止めてほしい。切実に。

 

「アクティブの【最速】を使用した時は必ずできるらしくてね。なんでも『その鋭すぎる剣閃が故に、空間が斬られたことに気付かない』っていう設定らしいよ」

 

 【最速】を使用している時は確定で発生し、一定の習熟度を超えると通常時でも使えるらしい空間斬り。しかも残した斬撃痕は『そういう地形』として処理されるため、それによる斬撃ダメージはミィどころかツキヨにも発生する。

 

「ゲーム内だから、単純に目に見えない斬撃痕が残るっていう追加効果なんだけど、現実で当てはめると『斬撃が通り過ぎた場所に、永続的な真空の断層が刻まれる』って所かな?

 その上を物体が通った時、空間がようやく異常を認識し、真空状態を正常に戻す時、空気の揺り戻しが起こる……その上に乗ったあらゆるものを斬り裂いて、ね。自分で言ってて、化け物じみた強さだよ」

 

 今はアクティブの【最速】を使用しなければ使えない技だが、いずれはただ剣を振るうだけで、空間に真空の斬痕を鎌鼬となって滞空させられる。

 

「それ、現実でもできるの……?」

「どうだろ?(うち)に木刀とか長物が無いの知ってるでしょ?できなくは無いと思うけど、できちゃったら危険だし……流石に試せないかな」

「ツキヨ、プレイヤースキルって言う以前に、段々と人間の枠組みから外れてきてるよね……」

「あ、ひどっ」

 

 とは言え、常人離れした反射神経に異常な伝達信号回路。たった二つ。されど二つ。

 それらを使いこなすツキヨは、ゲーム云々という枠組みを飛び越えた部分で強い。

 

「これでも扱うのにどっちも苦労したのは、ミィも知ってるでしょー?」

「知ってるけど、使いこなした後はホントもう……うん。勝てる人いるのかな……」

「ミィに弾幕張られたら対処しきれないかな。メイプルちゃんの防御を抜くのも苦労するよ?

 身体の弱点が無いし、《神速反射》込みの本気の連撃で攻勢に出られないよう封殺する必要があると思う」

「さっき取った【首狩り】は?」

「ダメージが通らないと意味なし……どっちみち、貫通が必要だね」

 

 メイプルの防御力は、単純なVITで桁違いに高い。そのため体勢を崩したり、動きを封じてから貫通攻撃をしないと、ダメージが入る気がしない。

 あの一切合財を喰らい尽くす大盾の防御を《神速反射》で躱し、抜き続ける。

 攻勢に出られないほどの連撃で押し込み、あらゆる行動を封殺する。

 決め手は貫通攻撃一択のため、スキル前のタメを作れるくらいには体勢を崩す。

 【刺突剣】ならば比較的タメも短く、貫通連撃もあるので状況によっては『薄明・霹靂』の方がいい場合がある。

 

「単純な防御力っていうモノが、いかに理不尽なのか分かるんだよね……メイプルちゃんの防御力に空気の断層も効果無いだろうし」

「でもツキヨだって、メイプルちゃんの攻撃当たらないでしょ?」

「うん。だから勝てないけど、負けもしないかな。精々痛み分けって所かも」

 

 勿論、後のことを一切無視すれば【殺刃】というカードを切れるのだが、それがそう何度も通じるわけがない。

 

「さて。理由が分かった所で、迂回するよー。今みたいに何かを断層にぶつけて無理やり突破しても良いんだけど、勿体無いしね」

「判った……けど、斬撃痕はどうなるの?」

「言ったでしょ?()()()()()()()()()って。今のあれはもう、目に見えないトラップ。

 正直モンスター斬りすぎて、もう何本の斬撃痕が残ってるか分かんないんだよね。さっきのモンスターも偶に断層に斬られてたし」

 

 もしかしたら通りがかったプレイヤーを斬り倒しちゃうかも、なんて軽く笑うが、そうなったらご愁傷様としか言いようが無かった。

 

 ミィも下手に斬撃痕のある辺りに踏み込んでダメージを負いたくないし、ポーションだって勿体無い。ポーションが切れたらツキヨの【聖命の水】が頼りなのだから。

 だから、これからここを通る人ごめんなさい!と心の中で頭を下げて、建物の方へ迂回して向かっていった。




 
 運営もあの困り様である……。
 やっぱり『好きにして良い』にも限度はあるし、運営もあれには泣きが入りました。
 ツキヨちゃんに常識は通じないんだから、そこを加味して発言しなきゃ痛い目見るよ、運営?

 感想で色々と言われたから補足……。
 運営、メッセージでの言い方は『あれ』でしたが、別にツキヨちゃんを非難してる訳でも、責任を押し付けてる訳でもないです。
 問題は『ツキヨと運営に関係があると疑念を持たれていること』
 それは一般人のツキヨとしては困るのは当然なので、そんな疑われるような行為を自分からしないでね?という強い警告です。
 運営からのメッセージで最重要部分は前半の注意じゃなく、後半の迂遠な警告です。それがもう少し分かるように修正しました。
 まぁ語気が強いのは、問い合わせが多くてチーフ達の心が荒んじゃった……てのは、あるかもしれませんが。

 どこぞのAGI極振り白鬼娘みたいなスキルも手に入れていくツキヨさんマジぱねぇっす。
 即死スキル二つとかやべぇっすマジで。大抵のプレイヤーならこれで一撃ですね!鬼娘と違って絶対に外さない分余計に!
 【殺刃】ほどの万能性は無いけど、パッシブ即死攻撃ほどツキヨちゃんに持たせちゃいけないスキルって無いと思う。

・使い勝手が悪いしデメリット重すぎるけど、一日に一度どんな敵も絶対に殺せるスキル(【殺刃】)
・狙い難しいし通用しない敵もいるけど、デメリットが無くて日に何度でも殺せる(使える)スキル(【首狩り】)
 良し悪しを互いに打ち消せるやばい組み合わせだと自分でも思う。

 ただし、どっちも使いこなすには物凄い高いプレイヤースキルが要求される……ツキヨちゃんやハクヨウちゃんの為にあるスキルじゃん……。

 はぁ……まじ、(´Д`)ハァ……
 いい加減にしてほしいものです。

 真空の断層……エーデルワイスさんの恐ろしい所の一つですね。【最速】のスキルとして表示はされないけど、スキル熟練度(レベル)は溜まっています。それが一定値を超えると使えるようになります。
 『PS特化と修得』で運営が騒いでいた事の一つが、これですね。
 永続的に残り、見えず、感知できず、威力の高いトラップとなっております。やばい。


 PS特化と速度特化で、それぞれ違うオリジナルスキルを沢山考えてますけど、ネタに困ったら混ぜていくスタイル。『混ぜるな危険』を平然と踏み越えていきます。

 ツキヨちゃんがハクヨウちゃんみたいなことを仕出かさないか、今から気が気じゃない。

 次は5/2に速度特化。3日に本作を投稿します!


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PS特化と図書館

 

「図書館……かな?」

「みたいだね。本型のモンスターとか出るかも」

 

 迂回したために少し時間がかかったが、問題なく、建物に着いた。

 煉瓦造りの建物で、かなり古びている。苔や蔦などの植物が壁面を所狭しと埋め尽くし、建物自体もかなり劣化しているように見える。

 中に入ると、大量の本棚とそれを読むためにある様なたくさんのテーブルと椅子。

 ツキヨの【気配察知】にもモンスターの反応がないため、今のところ大丈夫そうだった。

 

「もしかしたら、ここが運営が言ってた、フィールド上にあるモンスターが来ない場所……の一つなのかもね」

「それにしては迷路みたいに入り組んでるね……案外、ボス部屋だけの小ダンジョンかも」

「どちらにせよ、今のところはモンスターいないんでしょ?」

「うん。私の【気配察知】に反応が無いし」

「なら少し休憩して、中を探索しよー!」

「おー!」

 

 手頃な棚から本を取り出し、暇つぶしに読んでみるも、攻略に役立ちそうな情報は無かった。

 休憩と言いつつもきっちり情報が無いか探す二人。抜け目ない。

 

「めぼしい情報はないねー」

「全部読むには時間がかかりすぎるし、足で探索した方が良さそうだね。はいお茶」

 

 ツキヨはインベントリから飲み物を取り出し、本片手に休憩するミィの前に置く。

 

「ツキヨ準備いいねー」

「ゲーム内だから飲んだり食べたりしなくても問題はないけど、それじゃ精神的に参っちゃうでしょ?【炎帝ノ国】全員分は流石にインベントリを圧迫するから無理だけど、私とミィの二人分の食べ物と嗜好品くらいは持ってきたよ」

 

 これができるのは、偏にツキヨの武器が壊れても復活すること、ツキヨ自身がHPポーションを使わないこと、イベント前に殆どの素材を換金したことに起因する。

 現在インベントリに入っているのは、大量のテーブルと食料、飲み物、暇つぶし用品、ミィ用のポーションとMPポーションである。ツキヨ自身は近接でも戦えるため、MPは自然回復でも問題ないと判断していた。

 『薄明・霹靂』についてもイベント前にイズに耐久値を戻してもらい、万全の状態である。

 因みに飲み物は緑茶ほうじ茶玄米等の日本茶各種、ココアにアールグレイ、ダージリン、レディーグレイ、アッサム、珍しいものではプリンスオブウェールズやバタフライピー等、一層の隠れ喫茶で茶葉を購入できると分かってから爆買いした。イベントの為ではなく、普通に普段から飲みたいだけである。

 すぐに飲める状態で四、五リットルの大きなポットに全種類作ってきた。インベントリに入れておけば酸化も劣化もしないので、常に最高の状態で飲めるので嬉しい限りだった。

 

「コーヒーもあるよ?砂糖とミルクも」

「明日の朝はそれがいい!」

「ふふっ、了解」

 

 ツキヨの準備したものは、とてもイベントのためとは思えない所で準備が良かった。

 

 

 程なくして休憩を終えた二人は、図書館の中の探索を始めた。

 図書館の中に沢山の部屋があり、ツキヨ達がいたのは本当に入り口から入ってすぐ、全体の一割も進んでないところだった。

 二人は一部屋ずつ確認していき、何か役立つものが無いかと探している。

 

「【最速】のシステムアシストが切れてないから、一応戦闘可能フィールドではあるんだよねぇ」

「それにしては、モンスターが一匹も出ないね」

 

 あるのは本、本、本だけである。

 そろそろ何かしら変化がほしいなーと思った。

 

 その時。

 

「っ!……ミィ」

「どうしたの?」

 

 ツキヨが足を止め、ある扉を真剣に見つめていた。

 

「中にプレイヤーがいる」

「……モンスターじゃなくて?」

 

 【気配識別】で一番分かりやすいのが、モンスターとプレイヤーの識別だ。全く別の気配として感じ取れるため、それに間違いはない。

 そして真剣に見つめてこそいるが、ツキヨの警戒は低かった。

 

「感じられる気配がかなり小さい……まだレベルが低い初心者クラス」

「この部屋に転移したのか、ここに何かあるのかだね。様子見てみる?」

「確率は低いけど、私やメイプルちゃんタイプの初心者の可能性だって無視できない。ミィもいつでも魔法使えるようにしてて」

「……自分が異常枠だって自覚あったんだ?」

「むぅ……茶化さないで。……いくよ」

 

 こくり、とミィが頷くのを確認し、ツキヨは静かに扉を開け、中を覗き込む。

 その部屋は、それまでよりも少しだけ広い作りになっていた。

 本棚はこれまでも同じく所狭しとあるが、部屋の中央にポッカリと広い空間があり、一人のプレイヤーが座って何かしている。

 ミィに近い赤色の癖毛、後ろからでもわかる色白の肌。座っているから分かりづらいが、身長はミィと同じか、少し低いと思われる。

 全身が初期装備で傍らに初心者装備の杖が放置されていた。

 

「よし。始めようかな」

 

 部屋の外から覗くツキヨたちに気付かず、何かを始めるらしいプレイヤー。少し覗き込めば、そのプレイヤーの前に真っ白なパズルのピースが積み上がっている。

 

 ツキヨとミィは、これをどうするべきか悩む。

 まだバレていないが、突然声をかけたら驚かれるだろう。下手に声も出せないし……

 と言うことで、久しぶりのハンドサインさんの出番だった。

 

(『奇襲 突撃?』)

(『不許可 友好 構築』)

(……『了承 代案 接触 特攻』)

(『了承 演技 継続』)

 

 翻訳すると、このようになる。

 

(バレる前に倒した方が安全じゃない?)

(ダメだよツキヨ!相手は初心者。何か情報持ってるかもだし、仲良くなった方が良いって!)

(……分かった。でも流石に驚かせずに接触は無理だと思うよ)

(いっそ演技で堂々と入ろう)

 

 明らかに突撃やら特攻やら訳の分からないサインも出ていたが、そこはそれ。二人なりの理解があるのだろう。

 

 相談を終えた二人は、次の瞬間には演技に入っていた。

 

(……いくぞ)

(いつでも)

 

 存在に気付くよう、派手に扉を開ける。

 バンッと大きさ音が響き、扉の向こうにいた赤毛プレイヤーがビクッ!と肩を揺らしたのを視界に収める。

 

「あら、先客がいたわね」

「モンスターの居ない安全な建物だ。開始直後とはいえ、こういった場所の確保は必須だからな。当然といえば当然だ」

 

 まるで今知ったかのような雰囲気で話し出す二人に、赤毛プレイヤーは髪色と同じ赤の瞳を大きく見開いていた。

 

「わー、まさかトッププレイヤー二人と遭遇するとはね」

 

 中性的な顔立ちの少年は、杖を構えることもなく、むしろ堂々としていた。

 

「逃げないのね。普通のプレイヤーなら一目散に逃げるのだけれど」

「どうせ逃げられないし、僕まだメダルも持ってないしね」

「失うものは無い、と?」

「だって僕まだレベル2だよ?自慢じゃないけど弱いよ?」

 

 本当に自慢じゃなかった。

 と言うか完全に初心者だった。

 

「僕はカナデ。ゲーム二日目からイベントになった完全初心者なんだ」

 

 そう言われてしまえば、ミィとツキヨも自己紹介せざるを得ない。

 

「私はミィ、【炎帝ノ国】のリーダーだ」

「ツキヨ。同じくサブリーダーをしているわ」

「知ってるよ。《炎帝》のミィさんと《比翼》のツキヨさんでしょ?赤と白のトッププレイヤーで目立つし、唯一の巨大グループの噂はこのゲームを始める前から聞いてたからね。

 特にツキヨさんのオーラは目立つし」

「そうか?それは嬉しい限りだな」

「そうね。【炎帝ノ国】の名が広まるのは光栄だわ」

 

 図書館に来るまでに、大量のモンスターで【血塗レノ舞踏】と【剣ノ舞】を最大強化したオーラがツキヨを今も包んでいるため、カナデも一瞬で分かったのだ。そんな特徴を持つプレイヤーは一人しかいないから。

 ここから更に真っ白になると知ったらどうなるだろうか。

 ミィが本当に照れくさそうに頬を染めているのを横目に、ツキヨはカナデに質問をした。

 

「それで、貴方はここで何を?」

「見ての通り、パズルだよ。僕の初期位置の近くに地上からこの図書館に繋がる魔法陣があってね。どうせモンスターに勝つのは難しいし、ここならボスはいるけど、図書館内にモンスターは居ないから暇つぶしに丁度いいんだ」

 

 絵柄のようなものはなく、全てのピースが真っ白のパズル。パズルとしての難易度は最上級……というか進んではやりたくない類のパズルだった。

 カナデの方から色々と情報を飛び出してくれたので、ツキヨとしては大助かりである。

 

「へぇ。私達はこの浮島が初期位置だったから、地上に降りる魔法陣があるのは助かるわね」

「僕が地上から来た魔法陣ならここから奥に進んで、突き当たりを右に行った小部屋にあるよ。

 それと、その部屋の奥側の扉がボス部屋。一度挑んだけど、流石に一人じゃ勝てないから、こうしてパズルをしようとしてたんだ」

「良いのか?私達にそんな情報を与えてしまっても?」

「いーよいーよ。どうせ勝てないし。むしろボスを倒してくれれば、今後図書館の中にモンスターが出る可能性も無くなる。僕にとってもメリットがあるからね」

「なるほど……」

 

 奇襲で倒さなくて良かったとツキヨは思った。お陰で地上に降りる魔法陣があること。ここが一応ダンジョンであり、ボスが存在すること。その二点が分かったのだから。

 

「カナデにメリットがあったとしても、私達の方が貰い過ぎだな」

「そうね。こちらからも、何かしらメリットとなる情報を提示できれば良いのだけれど……」

「ここまでモンスターと戦闘しかしていないからな。イベントの情報はろくに無い。悪いな」

「いーよいーよ。イベントに参加したのも気まぐれだし。……あ、ずっとパズルっていうのも疲れるし、何か休憩できるようなものとか貰えると助かります」

 

 ペコリ、と頭を下げてくるカナデを見て、ミィはツキヨに目配せする。

 

「見返りがそれで良いのなら、こちらとしても助かるわね……良いわ。色々出すから、好きに選んでちょうだい」

「探索中は神経を擦り減らすからな。嗜好品の類はツキヨが大量に仕入れている」

「あ、この紅茶とお菓子を貰おうかな。ゲームだからご飯はいらないけど、本を読む時にもちょうど良さそうだから」

 

 そうして出るわ出るわ。

 紅茶はツキヨが個人的に仕入れたものだが、今カナデに出しているのはかつての結成式で【料理】持ちに作ってもらった料理。インベントリに入れておけば腐敗も破損もしないのが良いところである。

 イベントでの自分たち用に仕入れた食料品には一切手を付けていないのが、何ともツキヨらしかった。

 

「飲み物も色々とあるわ。日本茶や紅茶、コーヒーにココア……そうそう、スープ類もあるわね」

「本当に用意が良いな……」

「偶にお味噌汁とか飲みたくなるよねー」

「そうね。少しおすそ分けするわ」

「お、良いの?ならありがたく」

 

 いつの間にかカナデのほんわか空間に飲み込まれ、一番素に近い楽な演技になっていたツキヨ。

 ミィも雰囲気を崩さないまでも楽にしていて、目の前に飲み物や食べ物があるため今にも女子会(一名男を含む)が始まりそうである。

 小さなポットにお味噌汁を移し、親切にお玉まで付けてカナデに贈る。

 ご近所付き合いだろうか。

 

 

 

 

 それからカナデはパズルをするとかで集中するらしく、ツキヨとミィも地上に行くために、あとボスからメダルが出るかもしれないのでカナデと別れた。

 

「ツキヨの準備の良さには呆れを超えて感心するよ」

「あはは……だって一週間も過ごすんだよ?飽きないように楽しく過ごしたいじゃん」

「……因みにスープは何が?」

「お味噌汁に卵スープ、わかめスープ、コンソメスープ、コーンスープ、ミネストローネ、クラムチャウダー……」

「判ったもう良いや……それ一週間分より絶対に多いよね?」

 

 指折り数えだした数字が七を超えたので、ミィがついにストップをかけた。

 

「あはは……。色々と調達してたら、イベント用に売ってたプレイヤーメイドの料理が全部美味しそうでさ。選べなかったから少しずつほぼ全種類買ってきた」

 

 これでいつでも好きなスープが飲めるよーとほんわか笑う。コイツ。攻略というより意識が観光に近い。いや、もはや自力バイキングでも始めかねない。

 なお、ツキヨの言う『少しずつ』は販売最低量だった一キログラムである。

 これだけの種類と量。半月は問題なかった。

 

 そうして歩くこと数分。カナデが言った通り、突き当たりを右に行った先の小部屋に入ると中央に魔法陣があり、ツキヨ達が来た扉と正反対の位置に別の扉が。

 しかもツキヨたちが入った方とは大きさが倍以上あった。しっかりと装飾がなされ、明らかにボス部屋である。

 

「この浮島はあんまり大きくなくて、見たところこの図書館しかめぼしいものはない。まだ始まって数時間しか経ってないし、ボスを倒したら地上に降りようか」

「夜休む時はここに戻っても良いかもね」

「さっさと倒して、どんどん攻略しよう!」

「同感、行こう!」

 

 扉を押し開き、中に入る。

 そこは、全周を本棚に囲まれた部屋だった。

 半径二十メートルはありそうな大きな部屋で、部屋の真ん中には一冊の本が落ちている。

 

 二人が下手の中を進んでいくと、後ろの扉が勢いよく閉まり、次の瞬間、落ちていた一冊の本の体積がぐんぐんと肥大化していく。

 

「本型のボス!」

「よく燃えそうだね、ミィ!」

「ばっさり斬れそうでもあるね、ツキヨ!」

 

 物騒な炎帝と比翼だった。

 だがそんな二人などお構いなしに、どこから出しているか分からない咆哮に上げたボスに合わせ、壁面から何十もの本が飛び出す。

 

 それらは空中で停滞し、一斉に開かれたページから無数の魔法陣が浮かび上がった。

 

「弾幕勝負?……なら、こっちだって負けない!【遅延】解除!」

「【血風惨雨】!」

 

 ボスに挑むと決めた時からため続けた、ミィの大量の【炎槍】とツキヨの水の鏃が魔導書が放つ魔法を撃ち落とす。

 ミィと違い一つ一つの威力が低いツキヨは、その差を物量で覆し、敵の魔法をきっちり半分ずつ処理した。

 

「引きつける!【挑発】【ウィークネス】!」

「了解、【チェインファイア】!」

 

 自分が接敵してボスの注意を引くから、ミィは攻撃に集中して!と親友故に伝わるだろうと信じて一言で伝え、【白翼の双刃】を抜刀して駆ける。

 そして、ツキヨは瞬時にボスの目の前に()()()()()()()()()()、白雷が如き速度で純白の刃を振り下ろす。

 今のツキヨのあらゆる動作は、その踏み込みから攻撃に至るまで、()()()()()()()()

 ボス部屋に入る前に、既にツキヨは臨戦態勢に入っていた。

 《神速反射》を御し切るために磨かれた高い集中力と身体操作技術を遺憾なく発揮した今のツキヨの動作には、殆ど無駄(ロス)がない。

 行動にのみ全エネルギーを消費している。

 そのため空間に一切の振動を限りなく起こさず、音が発生しないのだ。

 加えて、0から100への急激な緩急を旨とするツキヨの剣は視覚でも捉えるのが難しい。

 視覚も聴覚も当てにならない、高速にして無音の斬撃。

 アウトレンジから見ていたミィの動体視力すら振り切って、ボスの弱点である開いた本の中央に一撃を叩き込む。

 

 これだけでスキルを使用すらせずにボスのHPは一割削れた。だがボスもやられっぱなしではない。攻撃された瞬間、その場所には確かにツキヨはいるのだから!

 三メートルにまで肥大化した本の身体を勢いよく閉じ、ツキヨを挟み込んで攻撃する。

 

「させない!」

 

 が、それはミィが放った【炎帝】によって、閉じようとした身体を()()()()()()()()()()()()

 ツキヨはその間に一時離脱し、なおも空中に停滞する魔導書を瞬く間に斬り刻み、無効化していく。

 

「ぬるいね……欠伸が出るよ」

 

 ツキヨは、全方位から放たれる魔法を、その発射音の大きさと角度から位置を算出。

 高速で飛び回り的を絞らせず、なおかつ進行方向に別の本モンスターを置くことでフレンドリーファイアを誘発。

 ダメージこそ発生しないが、魔法が当たったことによる衝撃(ノックバック)での一瞬の硬直を見逃さず、次々に処理していく。

 

「ツキヨ後ろ!」

「ッッ!」

 

 ボスがその身を燃やしながらもツキヨに迫る。

 だが、ツキヨはその熱気を感じていた。

 

「【ウォーターウォール】【跳躍】

 図書館は火気厳禁――【鉄砲水】!」

 

 高速で突っ込んでくるボスを水の壁に突っ込ませ、仕方なく消火しつつ隙を作り退避。

 そのまま一瞬で背後に回り込み、高圧の水弾を放った。

 ツキヨがいる位置は本棚のある壁面近く。本棚に激突してボス部屋全域を火の海に変えられたらたまったものではない。

 

「あと二割!」

「うん!よく燃えるみたいで、【炎帝】の後にかなりの継続ダメージが入ったよ!」

「了解!そっち行ったらよろしく!」

「そしたら動き止める!」

「なら決める!」

 

 壁面に激突したボスに動きはない。

 しかし、安易に二人が一箇所に集まるのも危険なため、言葉少なに警戒を緩めない。

 

 再び動き出したボスは、やはりどこからか不明な咆哮を上げる。

 再度、しかし今度は先程より少ない本が飛び出し、ツキヨの予言した通りミィを狙った。

 

「私を見てていいの?間違いなく……」

 

 瞬間、白い一閃が瞬き、再び呼び出された本モンスターが魔法発動の隙すら与えられずに砕け散る。残ったのは、魔法を発動しようとするボスのみ。

 

 

「向こうの方が怖いよ?……【爆炎】!」

 

 その時点でボスは都合九つの魔法を同時展開し、ミィを狙っていた。だが、魔法ごとその身体を【爆炎】に吹き飛ばされ、高ノックバックで動きを止められる。

 致命的な隙が生まれた。

 

「……やっちゃえ、ツキヨ!」

「二刀――【八岐大蛇(やまたのおろち)】ッッ!」

 

 神速の十六連撃の全てを最大の弱点である背表紙に叩き込んだ瞬間、その身体は両断された。




 
 次話にも続いてるから、諸々の補足は次話の後書きでやります。
 感想で補足に関わる質問、疑問が有っても、そこはお答えできませんので悪しからず。
 まぁ要は、次話の後書きは1000字行くんじゃないかなぁ(白目)

 とりあえず、カナデを出したかった……。
 第二回って言ったら、カナデとカスミ登場回ですしね。原作でもカナデはレベル5だったし、パズルの前は2でもおかしくなさそう。
 あと最近、影薄気味だった【八岐大蛇】とか、ちゃんとミィだって強いんだよって所とか、あんまりやらなかった二人の連携とかとか。
 やりたかったことを詰め込んだ。
 いつもはミィが演技してたり、ツキヨちゃんメインだったりでミィあんまり出せてないんだけど、第二回イベント前半はミィにも沢山スポットを当てたい。てか当てる。



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PS特化と今後の予定

 はぁい。今回は短め。
 前回、次話と纏めて補足するって言ったのは、本当は前話と今話で一話だったから。
 けど、長くなりすぎて萎えたので、分割したってのが経緯だったりします。中途半端に切ったから、後半たる今回が短くなったって寸法ですね!
 前回の続き兼次回の繋ぎなので、今回は軽いです。
 ではどうぞっ!
 


 

「お疲れー!」

「お疲れさまー……今回は相性が良かったね」

「だね、よく燃えて、良く斬れた」

 

 実際、相性が良かったことに加えてボスがあまり強くなかったので、特に苦労もなく倒すことができた。

 

「苦労はしなかったけど、やっぱりMPかつかつだなぁ……」

「回復するまでは戦闘は避けようか。最大火力はミィの魔法だもん」

「MPポーション勿体無いからね……二人でやりたいって言ったけど、こうなるとミザリーの有り難さが骨身に染みる」

「ミザリーの回復力はゲーム内トップだもんね」

 

 ミザリーがいれば魔力切れせずに魔法を乱発できるという利点がある。

 だが今は当てにできないし、ツキヨの【聖水】もMP回復を促す効果の魔法は無かった。

 

「今回のメダルスキルで、もう少し燃費が良くなるスキルでも探してみる」

「目標は銀メダル20枚でスキル二つずつ取得だし、それも良いかもね」

 

 ツキヨは兎も角、ミィの課題は継戦能力が低いことだ。MPが切れれば、戦闘力はガクッと落ちるため、その点を解消したかった。

 と、そんな風に話していると、ふと、ミィがあることを思い出した。

 

「そう言えば、ツキヨ目で追えないから気付かなかったけど、また速くなってない?」

「あ、気付いた?」

「偶然だけどね……最初、相手との距離を詰めるのが段違いだったもん」

 

 音もなくボスに接敵したツキヨの移動速度は、ミィをして『気付いたらそこにいた』と言わざるを得ない程だった。今までも視認不可能だったが、もう少し時間差があった気がする。

 

「【最速】の練習中に、またスキルが取れてね。お陰で、余計に時間かかったんだけど……」

 

 そう言って苦笑しながらも、ツキヨはステータス画面から二つのスキルをピックアップし、ミィに見せてきた。

 

―――

 

【速度狂い】(スピードホリック)

 このスキルの所有者のAGIを二倍にする。【STR】【VIT】【INT】のステータスを上げるために必要なポイントが通常の三倍になる。

取得条件

 一時間の間十体以上の敵から逃げ続け、かつ一定の距離を縮められずダメージを受けないこと。アイテム使用不可。

 また魔法、武器によるダメージを与えないこと。

 

【精緻ノ極】

 このスキルの所有者のDEXを二倍にする。【STR】【AGI】【INT】のステータスを上げるために必要なポイントが通常の三倍になる。

 取得条件

 一定回数、敵の弱点に攻撃を当てる。

 要求【DEX】値100以上。

 

―――

 

 ミィ、唖然。

 

「つ……つまり?」

「【AGI 250】の【DEX 400】かな。スキル的にも、ここからはMPかDEXにしかステータスポイントも振らないと思うよ」

「ばけものめぇ!」

「ひどっ!?」

 

 速度は申し分ない、というか【最速】のお陰(せい)で一分だけ【400】を超える速度を持ち、ツキヨに限り【STR 400】と同じ【DEX 400】。ただの化物である。

 

「何その高速機動兵器」

「ねえ私達親友だよね?その言い草は酷くない!?」

「魔法で遠距離もイケて、近距離は超高機動かつ超高火力。防御力は無いから、戦車じゃなくて戦闘機だね。【比翼】だしピッタリじゃん」

「だから言い方!」

 

 戦闘機。高速だと飛び回るため狙うことは困難を極めるが、上手く当たれば一撃で墜落する兵器。まるでツキヨである。

 まだもう一つ、ツキヨには時期を同じくして取得したスキルがあるのだが、それも言ったらどうなるのか。ツキヨはそんな思考は投げ捨てた。

 そうして二人は、ボスのいた部屋中央に向かう。そこには装飾はないものの大きめの宝箱があった。

 

「はぁ……開けるよ」

「うん、開けちゃって!」

 

 ツキヨが宝箱に手をかけ、一気に開ける。

 中に入っていたのは、本ボスのデザインに似た一冊の本と、銀メダルが二枚だった。

 

「お、メダルだ。それも二枚」

「幸先いいね……この本は?」

 

 ミィが本を手に取り、その性能を見る。

 

―――

 

『記録の魔本』

【INT+32】【魔法保存】

 

―――

 

 

「名前からして、魔法スキルを保存できるのかな?」

「そうだろうね。どれだけ保存できるかは分かんないけど、魔法使い専用装備だし、これはミィが持ってて」

「いいの?ツキヨだって魔法使うじゃん」

「勿論。私は基本的に前衛だし、それ以前に私の【白翼の双刃】や【薄明・霹靂】は両手の装備枠取ってるから装備できないよ」

「あ、そっか……ならありがたく使うね」

 

 どの道、こう言った装備の詳細はイベント終了後でないと確認できず、使用できない。

 他には何も入ってなかったため、ここでやる事は済んだとばかりにボス部屋から出た二人。

 予定ではこれで地上に降りればいいのだが、移動手段が魔法陣であるがために、ツキヨの中に不安が生じた。

 

「どうするツキヨ?もう少し本読んで情報とか探してみる?」

「うーん……本じゃなくて、もう少し島の中を探索した方がいいかも」

「なんで?」

「これ、魔法陣なんだよ?ダンジョンから出たら消えちゃう、あの魔法陣」

「あー……でも、ボス倒したけど消えてないし」

「もし、()()()()()()()()()()()()?」

「?………あぁ!カナデのパズル!」

「そう」

 

 それが、ツキヨの不安だった。カナデのパズルとボス。その双方をクリアすることで、ダンジョンクリアになるとしたならば、カナデがパズルを完成させ、ダンジョンを出た後に魔法陣が消え、地上と島を行き来できなくなる可能性があった。

 

「つまりあの魔法陣以外に降りる方法を見つけないと、()()()()()()()()()()()()()()()()()()……かもしれない」

「詰みじゃん!」

「詰みだよ。だから情報も大事だけど、別の道を探した方が良いと思う。できれば今日中」

「明日には地上の探索をしたいもんね。分かった、急いで探そう!」

 

 

 

 

 

 

「何にもなかった……」

「どうしよっか……」

 

 二時間歩き回り、島の中を満遍なく探索したのだが、これと言って地上に行くためのギミックらしいものは見つからなかった。

 

「もしかしたら、魔法陣消えないんじゃない?」

「まぁ、それが理想だよね……ただ」

「万が一のリスクは排除しておきたい、だね」

「よく分かってらっしゃる」

 

 図書館に戻ってきた二人は、大きなテーブルで項垂れる。

 

「どーするー?」

「……思いついた候補は二つ。一つは、希望的観測で魔法陣を使い、絶対に死なないように細心の注意を払って攻略する」

 

 ある意味、これが一番の正攻法といえる。

 

「もう一つは?」

「パラシュート無しのスカイダイビング」

「え"っ……」

「死亡覚悟の紐なしバンジーかっこ天空よりお届けかっこ閉じる」

 

 聞き間違いじゃなかったらしいと、ミィは自分の耳を疑った。

 

「えっと………本気?」

「本気……待って待って説明するから!

 杖向けないで!ダメージ無くても怖い!」

 

 ミィの目が据わっていたため、流石のツキヨでも本気で謝った。

 

「ダメージ覚悟っていうのは本当。ただ、私は【空蝉】で無効化して、後から飛び降りるミィを【白翼の双刃】を伸ばして受け止めるって寸法。今後どちらかが死に戻りしても、私は【空蝉】使用可能になってから自力で。ミィは下で私が待ち構えて受け止めるって感じ……あれ?ミィ?」

「ねぇツキヨ……分かってて言ってる?」

 

 普段より少しだけ顔色が悪いミィに、ツキヨは思い出したように苦笑いをした。

 

「あ。あー……あはは、ごめん忘れてた。ミィ、高い所が()()()()()だったね。地上を眺めた時も、一瞬で後退りしてたっけ」

「そうだよ!ツキヨと一緒でも怖いものは怖いの!その上、ツキヨの後から飛び降りる?一人で?むりむりむりむりむりむりぃ……っ!」

 

 某東京の観光名所でもある電波塔では、絶対に窓際には行かないミィである。

 それ以前に『高い所……?まず行くって選択肢がないよね』と絶対に行こうとしないのだが。

 

「それなら魔法陣使って死に戻りしないように慎重に探索したほうがマシ!パラシュートなしスカイダイビングは無理!」

 

 マントで涙目の顔を覆い隠し、ツキヨを絶対に見ないようにするミィ。

 これには忘れていたツキヨが悪いので素直に謝った。

 

「ごめんねミィ。……ただ、初期地点がこんな浮島だと、死に戻りした時のリスクが大きすぎる。それで、私もちょっと焦ってた」

 

 ツキヨは、これが浮島スタートのメリットとデメリットなのだろうと思う。

 メリットは、すぐに近くにダンジョンがあり、メダルや装備品を獲得できる確率が高くなる。代わりに、そのダンジョンをクリアしてしまえば、浮島との行き来が困難に……といった具合だろう。

 ダンジョンを敢えて攻略せずに地上に降りるという選択肢もあったが、それは既に潰えた。

 

「………魔法陣、使う?」

 

 マントから目元だけ覗かせ、涙目上目遣いでそう問うミィに、ツキヨのハートがかなりダメージを負った。勿論、萌え的な意味で。

 

「……そうしよっか。ただ、絶対に死なないこと。明日からダンジョンだって潜るし、かなり強いボスだっていると思う。安全は確保するよ」

「うん……ごめんね?」

「良いって。忘れてた私も悪いし。でも、浮島スタートなんて言う詰みかねない状況が起こるんだから、ギミック見落としがあったか、魔法陣が消えないとは思うんだけどね……」

「大人数パーティなら良いけど、二人だから石橋は叩いて渡らないとね」

「むしろ石橋を叩き壊して自力で作り直すまであるよ。どこかの誰かが作った橋より、自分たちで作り直した方が安心だもん」

「……ぷっ。あははっ、ツキヨならやりそう」

 

 命がかかってるのなら、人間、やろうと思えばとことんやる生き物である。

 

「さて。もう一つ決めないとね」

「まだ決めることあったっけ?」

「今日のことだよ。まだ開始から半日。夜までまだあるけど、このまま地上に降りて探索するか、今日はこの図書館で休んで、明日朝早くから動くか」

 

 まだゲーム内時間16時になってない。探索する時間は、十分にあった。

 けれど、ツキヨが色々と考えてくれていることはよく分かっているミィ。

 ちゃんと、その意図を汲み取った。

 

「……地上に降りたら、探索に併せて夜営場所の確保をしなきゃ、だね。いつ戻って来れなくなるか分かんないし。ここはモンスターが出ないから安全だけど、探索するなら地上」

「そ。地上の転移位置が不明だから、【炎帝ノ国】としての集合日に間に合わない可能性が出てくる」

「というか単純に、二人での攻略時間が減るね。今も気は抜けるけど、もう少し二人でダンジョンとかの攻略を楽しみたいかなー」

「あぁ、ミィはそっちか……なら、地上に降りる?夜営って言っても、モンスターが出ない、フィールドに点在してるっていう安全エリアを探すだけだし」

「雨とか降ったらどうするの?」

 

 ミィの疑問には、今回は行動で示すツキヨ。

 インベントリから、水耐性のある毛皮や布でできた、人が数人は入れそうなドーム型のテントを取り出す。

 

「準備いいね……どんだけ散財したの?」

「フィールドで日を跨ぐって告知されてたからね。一緒にキャンプと洒落込んでみない?」

「良いけど……それがあるなら、ここに留まるなんて案出さなくていいじゃん!」

「そこはほら。ミィの意見を尊重したり、私に頼り切りにならないように……みたいな?」

 

 ちなみに、今回のイベントに備えてやったツキヨの散財額は軽く六桁である。

 それも、限りなく七桁に近い六桁。

 【超加速】を手に入れるために一週間レベル上げに最前線を駆け回った時の素材。

 それに加えて、【最速】を使いこなすために日に何度も森を蹂躙し、手に入った素材を全部売り捌くこと一週間。

 毎日、最前線でそんなことをすればお金は無制限に溜まっていく。ツキヨはポーションもアイテムも使っていないのだから。

 

「最近、所持金(ゴールド)九桁()を超えてね。軽く散財しとかないと、使い道が無いんだよ」

「億って……」

 

 だから問題なーしと軽く笑うツキヨ。

 ミィなんてMP回復ポーションの消費が激しく、一千万も遠いと言うのに。

 しかし、ミィの高いMP値すらバカ食いする【炎帝】の前には、高い回復量のあるポーションが必要であり、仕方のないことだった。

 

「じゃあミィ、地上に降りるってことで良い?」

「良いよー。どうせなら、カナデに安全地帯があるか聞いてみる?」

「そうしよっか。知ってたら御の字。知らなくても夜までに見つければ問題なし」

「うんっ」

 

 と、言うわけで、二人は地上に向かうために、まずはカナデを尋ねることにした。




 
 えー補足補足。
 ……何から言えばいいんでしょう?
 ボス倒して、少し落ち着いた後の二人の会話、原作カナデは【魔本】みたいなアイテム持ってなかったよね。の二点が大まかな補足かな。

 ツキヨさんの取得した二つのスキルは言わずもがなですし。

 一点目。まぁ二点目に繋がるんですが、情報と言うかツキヨの発言が軽く錯綜してるので解説。
 この図書館の本質と言うか、あそこの魔法陣の本質。
 これは、作中の通り()()()()()()()()に繋がっている、と言うのが答えです。ボスは倒したのでパズルが解けた後、一度だけ発動したら魔法陣は消えます。
 ご都合主義だね。でもそうでもしなきゃ、カナデと出会わせて、メダルも取って、魔法陣で降りる、という三つをコンプリートできなかったんだよ許して!

 二点目。原作でメイプルたちと出会ったのはレベル5。でも、ボスみたいなモンスターに勝てば、流石にもう少し上がるでしょ?という点から、カナデは一切ボス及びダンジョンを踏破していないという解釈です。
 原作だと図書館はモンスターのいるダンジョンじゃなく、ギミックダンジョンだった可能性もあります。ですがそこはまあ、面白みがないので。

 拙作では、ツキヨとミィがダンジョンとして攻略して、カナデが原作通りパズルを4日かけて解いた。この両方があったことで魔法陣も消える。というのが真相です。

 あと、ミィの高所恐怖症。これは、パラシュート無しスカイダイビングを断る為と、そういう場面の時に面白い反応が期待できるから。

 あぁ。作中でツキヨちゃんも考えてましたが、改めて浮島スタートのメリットとデメリットも補足しますか。
 まずメリットは、ダンジョンが近い事ですね。メダルを獲得できる可能性が最も高いです。
 対してデメリット。これは、『地上との安全な行き来の方法が魔法陣しかない』という点です。
 何度死んでも大丈夫だよ!を触れ込んでイベントエリアに送り込んだのに、『魔法陣が消えた後に死んだら詰むよ!』という鬼畜仕様です。

 だからこそ、浮島スタートはレベルの高い実力あるプレイヤーが低確率で転移するという裏設定があります。

 ダンジョンをクリアしたらその後の探索ハードモードだけど、メダルは貰える。
 クリアしなかったらメダルは無いけど、安心して探索できる。
 ね?釣り合いは取れてるでしょう?

 そうそう。【魔本】のスキル【魔法保存】についてはイベント終わりにちゃんと解説しますが、軽く触れましょうかね。
 これは【魔導書庫】の型落ち……二世代くらい劣化品、と言ったところでしょうか。みんなガラルに引っ越してるのに、一人だけカロスに取り残されてる感じです。
 今頃になってサト○ゲッコウガでキャーキャーしてる感じです。ダイ○ックスどころかカプ系の台頭した第○世代も知らない感じです。
 時代遅れにも程があります。
 こう見ると『あ、ミィが持ってても大丈夫だ』って思いませんか?

 補足とかはこの辺ですかね。感想で他に謎な点が書かれていたら、下の愚痴を消して補足を書き足します。

 これは愚痴ですが、私は伏線を張るのが苦手なんですよね。だってツキヨちゃん、暴れるんだもん。なんてキャラクターのせいにはしませんとも、えぇ。私の文才が乏しいだけです。
 私がやれるのは『伏線とも言えないもの』を林立させるくらいです。
 微妙なのばかりだから未だに伏線らしきものだとは気付かれてません。文才の無さを嘆くべきか、バレてないのを喜ぶべきか……嘆こ。
 文才が……欲しいです……っ!

 案の定、長くなりました。
 けど実は、後書きで補足入れたり、色々とぶっちゃけたりするのを執筆より楽しんでいるので辞めません。



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PS特化と海辺

 独自設定、オリジナルアイテムなど出てくるんで、後書きにて解説をばっ!

 


 

 地上に降りたツキヨとミィが最初に感じたのは、潮の香りだった。

 

「カナデの言ってた通り、海が近いんだね」

「うん。【遠見】で確認した。百メートルも離れてないよ」

 

 海辺の一部がモンスターの出ないエリアになっているらしく、『そこなら休めるだろう』とはカナデの談である。

 魔法陣を出て、生い茂る森の中をツキヨの先導で歩く。目標は、カナデから聞いた海である。

 

「海があるってことは、水中にもモンスターがいるのかな?」

「いる……とは思うけど、もしかして行くの?私【水泳】も【潜水】も持ってないよ?」

「十分も泳がない内に取れるし、この際取れば?水中でも魔法の火は消えないんだから、よほど高い耐性じゃなきゃ焼けるし」

「威力半減するけどね。効果時間も半分になるし……だから水の中って嫌なんだよぉ……」

 

 魔法属性によっては、環境そのものが発動の邪魔をし、威力や効果時間が減衰するものがある。

 【火魔法】はその典型であり、水中で発動すると、威力と効果時間が半分になってしまう。それでもミィのスキルと高いINTによって、かなりの威力を持っているのだが、やはり戦闘としては苦手意識が強かった。

 だが、そこはそれ。ツキヨさんはちゃんと考えている。

 

「なら、試してみたいことがあるんだけど……だめ?」

「なに?」

「【アクアヴェール】。それを【聖水】で強化したやつ。元々は水のヴェールを纏って、敵の攻撃を受け流すっていう防御系のスキル。強化したらもう一つ付くんだよ。それが――」

 

 ―――一時的な水中での呼吸可能。

 

「すご!?【潜水】要らなくなるじゃん」

「十分くらいで効果失うし、【潜水】が育ちにくいってデメリットもあるけどね。他にも【水陣】で水属性を付加した【火魔法】なら、効果時間変わらないかもしれないし、試す価値はあるって」

 

 他にも試したいスキルはいくつかあるため、その辺の協力をしてもらいたいと言うツキヨ。

 ミィも楽しそうだと了承する。

 少しして、森を抜けた先には。

 

「おぉ……」

「すっごいキレイだね」

 

 日の光に照らされてキラキラと輝く海面。

 色とりどりの魚が泳ぎ、美しい珊瑚が海中を彩る。波の動きによって、不規則に輝きを変える。

 カモメのようなモンスターが上空で群れをなして飛び、地面は真っ白の砂浜。

 遠く海の先を見れば、島が一つ見える。

 

 雄大な海が、広がっていた。

 

 

「これは、私も泳ぎたいな」

「おぉ?もう心変わり?」

「単純にキレイなんだもん。ここまでだとは思ってなかったからさ」

「ふふっ、たしかに」

 

 ミィは宣言通り【水泳】も【潜水】も持っていない。ツキヨはどちらもスキルレベルは最高であり、潜水可能時間は四十五分。

 となれば、水中戦闘も慣れているツキヨは探索に。ミィはスキル取得と、そのレベル上げをした方が良いだろう。

 

「取り敢えず、遠くの方の探索に行ってくるね」

「分かったー。なら、私は少し泳いでスキル取るのと、浅瀬を探索だね」

「よろしくー」

 

 バシャバシャと海の中に入っていく二人。

 服や武器を装備したまま海に入るのはゲームならではであり、着衣泳なのに普通に泳げる感覚が、なかなかに楽しいのである。

 息を大きく吸い込んで潜ると、浜辺で見た景色とは別世界な光景に、また見とれた。

 

 色とりどりの魚や珊瑚礁、海面からは反射して見えなかった、透き通った世界。

 まるで宝石のような空間が、そこにあった。

 

「じゃ、行ってくる」

「あ、喋れるんだ!?」

「じゃなきゃスキル使えないじゃん。息はできないけどね」

「あ、そっか……んぐっ!」

 

 息継ぎの限界が来たミィは海上に顔を出したが、ツキヨはまだ余裕があるし、たった今声をかけたので、そのまま沖に出ることにした。

 

「AGIって泳ぎの速さにも関係するんだ……ゲーム内なら世界記録とか簡単に塗り替えるね」

 

 数秒で見えなくなった白銀の親友を眺め呟く。

 

「さ、私も探索しよー!」

 

 キレイな世界に、どぷんっと身を沈めた。

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 ところ変わってツキヨは、キレイな世界に目を奪われつつもしっかりと探索していた。

 

「ぷはっ……これでメダル一枚。もう一つくらい欲しいなー?」

 

 珊瑚の隙間や海底の砂の中、昆布やワカメの間を調べていく。

 これもツキヨのスキルレベルが高く、ステータスも相応に高いからこそである。

 時間ギリギリまで潜る必要もないため何度か息継ぎをしながら、余裕を持って探索する。

 色々とやっているが、これでもまだ初日。300枚のうちの三枚を、この時点で得ているのであれば、成果としては上々である。

 珊瑚の隙間が奥に続いている場所や、岩礁の奥などを徹底的に探す。

 さっきのメダルもそういう場所にあり、探索とはそういうものだから。

 結果、水属性を宿した巨大な真珠のような宝石と、メダルをもう一枚見つけることができた。

 

「後は、あの島だよねー」

 

 ツキヨは、浜辺からも見えていた小さな島に泳いでいく。

 遠目で見た時もかなり小さかった島はかなり沖にあり、海外アニメでよくある、遭難した孤島といったレベル。

 ヤシの木が一本生えているだけの、平たい小さな島。満潮になったら、ヤシの木以外消えて無くなりそうだ。

 そこはゲーム的に無くならないのだろう。

 あとあるのは、中央に地下に続く階段。かなり下まで続いているのか、先は見えない。

 

「……取り敢えず、行ってみよう」

 

 ツキヨは、慎重に階段を下りていく。

 図書館はモンスターがボスしか出なかったが、ここもそうとは限らない。むしろ、【水泳】と【潜水】を持っていなければ到底たどり着けない上に、ダンジョンとしてはかなり異彩を放つそれに、警戒心は最大だった。

 階段は百段ほどあり、降りきった先にあったのは、普通の木製の扉だった。

 

「は?」

 

 かなり異質な入り口だったのに、あるのはただの扉。ボスモンスターがいる所は、総じて荘厳な扉がある。

 封印でもなく、鍵もかかっていない。

 

「だからこそ、怪しいよね」

 

 ツキヨは、その扉を慎重に開く。

 そして、中の光景に驚いた。

 

 中は、綺麗な半円のドームだった。

 そして、その中央には石でできた古い祠と魔法陣が静かに佇んでいる。

 何度か見て、さっきも使用した転移の魔法陣。

 けれど、一緒に鎮座する祠に見覚えはない。

 

「祠、ねぇ……何かを祀っているだけなのか。あるいは……」

 

 いや、前者はあり得ない とツキヨは即座に切り捨てた。これはゲームなのだ。ただ祀っているだけならば、ここに魔法陣は必要ない。そして、ゲーム内で何かを祀るということは、それ自体に意味が必要になる。

 ならば、『あるいは』が考えられる可能性であり、一人では判断できないものだ。

 

「取り敢えず、ミィに相談かなぁ……」

 

 ツキヨは階段を引き返し、地上に出た。

 砂浜まではかなりの距離があるが、先程までと違い探索せずに行けば、すぐに戻ることができそうだと思い、まっすぐ泳いでいく。

 そして、半分ほど進んだところで真っ赤な人影が目に入った。

 

「あ。おーい、ツキヨーっ!」

 

 ………赤い浮き輪でプカプカと漂う炎帝様が。

 無駄に凝った、『演技に合いそう!』とお揃いで購入したグラスを片手に優雅に手を振っていた。

 

「何それ。そんなの持ってたっけ?」

「うぅん違う違う。あれあれ」

 

 そうやって指差す先には、森と砂浜との境界線ひっそりと聳え立つ、実のついた一本の木があった。

 

「あれが……なに?」

「ツキヨなら見えるでしょ?よく見てよ、あの木の実」

「木の実?……【遠見】」

 

 見えたのは真ん中に穴の空いた、変な形をした木の実だった。

 

「何あれ?ドーナツみたいだけど……食べられるの?」

「違うってば。はいこれ」

 

 もう一つ持っていた、小さな輪っか上の白い木の実を渡してくるので、反射的に受け取ってしまうツキヨ。

 見てみれば、浜辺に見える木の実と同じ形だ。

 

「それの『へた』の所。枝の中が筒状になってるでしょ?そこに思いっきり、息を吹き込んで」

 

 ミィの言うとおり、恐らく枝と繋がっていたであろう『へた』らしき部分が、側面から一センチほど突き出している。

 言われた通り、半信半疑ではあるが、ツキヨはそこを咥える。

 そのまま鼻から大きく息を吸い、筒状になっているヘタに、空気を吹き込んだ。

 

「ほらほらもっと強くー」

 

 両目を閉じて思い切り、勢いよく吹き込むと、一度目に感じた抵抗が次第になくなり、次の瞬間、まるで弁が開くような感覚とともに空気が木の実に入り込んだ。

 直後。

 

 ぽーんっ!という盛大な破裂音を響かせて、白い木の実は瞬時に巨大化した。

 最初は7、8センチだった直径が、今は一メートルにも達している。これはもう、どう見てもドーナツではなく。そして目の前でミィが使うものと同じ――。

 

「あははっすごい!浮き輪になった」

「海からはすぐに見えるけど、陸からはかなり見つけづらい場所にあってね。穫ってから丸一日で消えちゃうらしいけど、十分じゃない?」

「流石ゲーム。こう言うのもあるんだ……これなら、浅い所なら安全に探索できるね」

「いやー、今ここ私達だけでプライベートビーチみたいでしょ?雰囲気も出してみた!」

「それでそのグラス……」

 

 普通に浮き輪の輪の中に収まるのではなく、海面に浮かべた浮き輪の上に腰を下ろしているミィ。水着じゃないのがシュールであるが、それなりに様になっていた。

 

「中身はぶどうジュースだけどね。浮き輪の木の後ろ辺りに色んなフルーツの木があってね。もいだフルーツのヘタを取ると、そこからフルーツのジュースが出るんだよ」

「色んなフルーツ……」

 

 目を向けても浮き輪の木が邪魔で見えづらいのだが、【遠見】と【魔視】の重ねがけの前では無力。ツキヨは、文字通り『色んなフルーツが成る一本の木』が見えた。

 

「ドリンクバー!?」

「あははっ、だよね!」

 

 りんごに蜜柑にぶどう、桃、梨、果てはメロンやいちごまである。木にできちゃいけないやつだろう、それは。というか果物じゃないだろう。

 

「真っ黒い泡みたいな実はコーラで、ここからじゃ見えないけど、透明な泡の実はサイダー。他にも、お茶は木の葉から色々と」

「本当にドリンクバーだね……」

「数時間で腐っちゃうみたい。インベントリに入れても数時間で勝手に消えちゃうらしいから、持ち運びもイベント後に持ち出しもできないけどね。……というわけでツキヨも。はい」

「桃……しかも白桃ね。狙ったでしょ?」

「まぁねー?」

 

 インベントリから、ミィと同じデザインのグラスを取り出し、桃のヘタを取って逆さにすると、そこから白く半透明な白桃のジュースが出てきた。

 ミィが鮮やかで濃い赤色のぶどうジュース。ツキヨが真っ白の桃のジュース。

 浮き輪の色含め、狙ったとしか思えない。

 ツキヨも『まぁ、それはそれで良いか』と思ったので、ミィに倣って浮き輪に腰を下ろし、波に流されないように互いの浮き輪に掴まりつつもジュースを飲む。

 

「あ、そうそう。浅瀬の探索だけどね。メダルが一枚と、食材アイテムがたくさん出てきたよ」

「食材?」

「そ。アサリっぽい貝とか、蟹とか!」

「海の中でも魚取れるのかな……?どうせなら、夕ご飯はここで獲ってみる?。【料理】スキル、少し上げてきたし」

「あ、悩んでたみたいだけど、取ったんだ」

「うん、調味料もそれなりに揃えたから、それなりにはできると思うよ。……あ、この桃ふつうにでも食べれるみたい」

 

 言いつつ、早速ペティナイフを取り出したツキヨが器用に桃をカットし、その一切れをミィの口に放り込んだ。

 

「あむ。んー……なんか、味が薄いような?」

「あむ。……ホント。ジュースの方に出尽くしちゃったみたいだね。ぶどうは?」

「……こっちも薄い。というか無味。後でジュースとは別で取ってこようよ」

「ふふっ、その方がいいね」

「夕ご飯のデザート決定!」

「私が作るより、事前に買ったやつの方が美味しいけどね。スキルレベル的に」

「良いんだって。雰囲気が大事でしょ!それに、今しか食べられないんだから!」

「それもそうね」

 

 ミィの探索結果は以上のようで、次はツキヨの報告……の前に。

 

「殆ど陸の探索じゃん。スキルは取れたの?」

「取れたよ。どっちもまだ【Ⅰ】だけどね」

「取れたなら良いけど……海の中の探索してなかったら、浮き輪から叩き落としたよ」

「それトラウマになるよ!?むしろ泳げなくなるから!メダルは波打ち際で、貝は岩礁だよ!」

 

 ちゃんと探索したからね!?と半泣きのミィだった。それに一頻り笑い、ごめんごめんと謝ったあと、ツキヨの報告を始める。

 

「こっちはメダル二枚に、魔法石っていうのが一つ。生産素材みたいで、【水属性強化】が付くんだって。ミィには使い道ないかな」

「もろツキヨ用だね。メダル二枚か……順調、なのかな?」

「初日に五枚。運もあるけど、ハイペースとしか言えないよ。参加人数もすごい多いんだし」

 

 真珠(パール)の様な魔法石を取り出して、ミィにも見せる。

 

―――

『水面の魔法石』

 【水属性強化】

―――

 

 今までに見たことのないアイテムで、生産素材として加工できるらしい。

 ミィは現実ではまずありえない掌大の真珠を手に取って、目を瞬かせた。

 

「おぉ、大っきいね。海に水の魔法石なら、火山みたいなフィールドには……」

「火の魔法石があるかもね?」

「次はそこ行こう!」

「はいはい。まずは私の報告を聞いてね?」

 

 真珠を返してもらい、メダルをミィに預ける。

 接近戦が主体のツキヨより、魔法使いのミィの方が死ににくいという判断である。金のメダルだけは自分で所持しているが、銀のメダルはミィが全て管理している。

 それはさておき、ツキヨは沖に浮かぶ島を指さした。

 

「あの孤島の地下に、転移魔法陣と祠があったんだよね」

「魔法陣と……祠?」

「そう。転移の魔法陣は、今までと同じなんだけど、祠は見たことないでしょ?」

「無いね。けど、転移先には行ってみたんでしょ?」

「……いや、行ってない。戻れる保証がないし、一人で行くのはミィに悪いし。それに……嫌な予感がする」

 

 最後の言葉に、ミィが耳を傾ける。

 

「祠のある転移魔法陣。この場合、魔法陣の先にある何かを祀ってるんだと思うんだけど……祀る『モノ』って……何?」

「……神様とか?でもゲームなんだし、別に変なこと、じゃ……」

 

 ツキヨは、尻すぼみに小さくなっていく声音に、ミィも気付いたかと小さく頷く。

 

「普通に祀るなら相手は神様。まぁ小さな祠だし、現実なら土地神とかの小さな神様だよね。でも、ここはゲームなんだよね。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「海の神様……いや、敢えてモンスターの方が良いかな?だとしたら、その祠は封印だよね。もしそうなら」

 

 封印か、祀るか。どちらにせよそんな存在は。

 

「「十中八九、超強いモンスター……」」

 

 神様か、怪物か。どちらにせよ、強敵であることに間違いはなかった。




 
 カナデに出会った時点で、降りる場所はお察し。さぁ、ここからどうなる!

 魔法の火は、MPを燃料にしているから消えはしない。けど、威力は減衰します。独自設定。

 水中はツキヨの領分だぁね。あと、スキル【聖水】はもはや便利スキル。
 水に関してはもうエキスパートになってます。
 そして、ようやくキャラ設定の所を大きく更新できそうで楽しみな私。
 【アクアヴェール】。体の周囲に水のヴェールを纏い攻撃を受け流し、ダメージを半減する。
 【聖水】による強化で10分の水中呼吸が付加。
 『水の加護』を受けたと言えるでしょうね。
 変化した時の名称は未確認。

 浮き輪のなる木……SAOプログレッシブよりクロスオーバー。こういうファンタジーっぽいアイテムは好み。

 ドリンクバーの木はオリジナル。きっと、色んな種類の木を接ぎ木したんだろうなぁ(白目)

 魔法石……原作で第二回イベント中に、サリーが『魔石杖』って装備を拾ってるのから着想を得ました。魔石なるアイテムがあるなら作ってしまえ。この手で!のノリ。
 ツキヨが言った通り、装備作成の素材にすることで、属性強化のスキルが付きます。そのまま持ってても、恩恵は得られません。

 ごめんサリー!
 獲得予定のメダル、もう取っちゃった!初日にして5枚。まぁハイペースですね。



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PS特化と夜襲

 ステイホームで全然出かけなかったので、久しぶりに本屋に行ったら、このすば完結巻が出てて衝動買いしました。

 あ、遂にツキヨちゃんが負けます。

 


 

 日が沈み、イベント初日の終わりが近づく頃。ツキヨとミィは、モンスターが出ない浜辺のセーフティエリアでテントを建て、その前でバーベキューをしていた。

 

「あ、この貝おいしい」

「私は普通に調理器具一式に網焼きの道具まで揃えてるツキヨに、流石に驚いてるよ……美味しいけど」

 

 贅沢にもミィの【炎帝】で火起こしをしたツキヨは、その上に焼き網にフライパン、鍋などを取り出し、獲った魚介を調理していた。

 因みに周囲を見渡せるように、篝火をいくつか確保したが、同様にミィが【炎帝】した。

 今も捕らえた魚を刺し身にしたり煮たり焼いたりしている。

 もうこの時点でミィは、明らかに獲った魚ではない肉やパン、スープがあることにツッコむのを辞め、ジュースは【飛翼刃】で一歩も動かずに収穫する姿に、考えるのをやめて双剣に合掌した。かわいそうに。

 せめてのも救いは、ツキヨが持ち込んだ料理が一つもないことか。あるのは食材だけである。

 バランスも考えて、端の方にこれでもかと野菜が積まれていた。

 

「あれ?キャンプならバーベキューでしょ」

「……テント持ってる時点で察するべきだったかぁ……」

「そーゆーこと!いやー、調理しちゃえば食べきらなくてもインベントリに仕舞って大丈夫って分かって良かったよ……流石に今日捕獲した量は食べ切れないし、四日目以降の食料確保できるー」

 

 そんなツキヨは、今もルンルンと魚を、肉を焼き、貝を蒸し、なんか油をドバドバしている。

 

「で、今度は何作ってるの?」

「何って……アヒージョ?これオリーブオイルみたいなやつだから大丈夫大丈夫」

 

 小さい耐熱の器に魚の切り身やエビ、貝を雑に放り込み、オリーブオイルらしき油を並々と注いでいくつかの調味料を混ぜた後、石を積んで作った即席オーブンに放り込む。

 

「手際いいね……」

「ゲームだから簡略化されてるっていうのもあるよ?現実だと即席オーブンなんて熱の通りが不均一だし」

 

 ツキヨ曰く、それが即席だろうか職人拘りの一品だろうが、『オーブン』という括りとしてシステムに認識されてしまえば、熱の通り方は一定らしい。

 なら即席でも良いのでは?と思うだろうが、【料理】スキルが高い人が作る料理はHP回復や与ダメージ増加などのバフが付きやすく、オーブンなども良い物だとより良いバフ効果がつくらしい。

 他にもこれはあーだあれはこーだと言っているが、【料理】スキルの無いミィにはよく分からない部分だ。

 

「昼間、図書館で言ったと思うけど、ゲームだからってカナデみたいに『食べなくても問題ない』は問題だからね」

「作る量が多すぎるけどね?」

「世の主婦だって作り置きするでしょ?それと同じ同じ」

 

 その言葉通り、完成した料理の八割以上がツキヨのインベントリに放り込まれ、今食べられることはない。ミィの前に並ぶのも、全て小盛りで取り分けられ、食べ切れるだけの量に留めてあった。

 料理として食材を使い切れば、インベントリに少しだけ余裕が生まれる。そこからは塵も積もればなんとやらである。

 

「調子に乗って食材乱獲したからね……イベントエリア内で取れた食材は丸一日で消えてしまう。けど調理しちゃえば、インベントリに入れられて、イベント期間中は消えない」

「普段と少しでも同じ生活を心がけることで、パフォーマンスを維持する、だっけ?」

「そそ。腹が減ってはなんとやら。現実なら文字通りのエネルギー補充だけど、仮想(ここ)では意識の問題。『いつもの違う』は命取りだからね」

 

 実際に命を取られるわけではないが、ダンジョン攻略なんかでは特にそうだろう。トラップやボス戦でミスをする可能性が上がり、結果味方を危機に晒す。

 

「明日は()()()()()()()()()()()()んだし、パフォーマンスは万全にってね。おぉ、勘で作ったけど、アヒージョおいしいよ、ミィ」

「勘なの!?」

「言ったじゃん。アヒージョ?って」

「そのクエスチョンマークってそういうことだったの!?」

「食べなきゃなくなるよー」

「ま、待って待って!私も食べるから!」

 

 

 それから暫く。

 

 

「美味しかった……」

「お粗末様。今日獲った食材も全部下処理と言うか、簡単な調理は済ませたからインベントリに入れられるし、これで7日分の食事は問題ないね」

「あれ?イベント前に買ったやつでもかなりあるんじゃないの?」

「んー……たしかに十分あったし、メンバー全員分を賄うつもりなんて更々無いけど、別にこのイベントで全部使い切る必要なんて無いし。なんなら多い分はミィ派の懐柔にでも使うよ」

…………餌付け

「ふふっ……なにか言った?」

「な、何でもないっ!」

 

 顔は笑ってるのに、目元だけが笑ってなかった。笑顔の本来の使い方を見たミィだった。

 なんとなく怖かったので、ミィは露骨に話題を変える。

 

「そ、それで明日は祠に挑むってことで良いんだよね?」

「……言ったのはミィでしょ?『目の前に攻略するべき対象がありながら、私が逃げるわけには行かない!』とか言って――」

「ないからね!?ただ、一度も挑まずに逃げるのが嫌なだけだから!」

「えー?」

「えーじゃないのっ!」

 

 夜なので見えにくいが、焚き火の火に当てられたミィの顔が恥ずかしそうに赤らんでいたので、ツキヨは小さく笑い『ごめんごめん』とこの話を終わらせた。

 

「どんな相手がいるか分かんない。だから最大限の警戒をするよ、ツキヨ」

「分かってるって……まぁ、ただ宝箱だけって可能性だってあるんだし、気楽に行こうよ」

「注意喚起したのはツキヨだけどね!?」

「明らかにいつもと違ったんだよー?ミィこそ、まず島まで辿り着ける?」

「【水泳】と【潜水】はツキヨが料理してる間に【Ⅱ】に上げたよ。まぁ、到着は問題ないでしょ」

 

 ツキヨは【水泳Ⅰ】でもあれば、到着だけなら可能だろうと思うので、それについては何も言わない。なので、ここからはもう少し建設的な話をする。

 

「まだ八時過ぎで時間あるけど、どうする?夜の探索する?」

「森は……うわー、明らかにプレイヤーじゃないね、あれ」

「夜の海は流石に視界が悪すぎるし却下」

 

 二人のいるセーフティエリアには入ってこれないが、森には明らかにプレイヤーではない人影がうようよといる。動きは遅く、うめき声のような咆哮が聞こえるため、ゾンビや幽霊だと分かった。

 二人共、流石に好きとは言えないが、攻撃が通じる相手にパニックを起こすほどではないため、探索するだけならば問題ない。

 

「幽霊は物理無効してくるかもしれないけど、『薄明・霹靂』の前には関係ないし……剣と魔法が通じる相手なら怖くないね」

「だね……けど取り敢えずまだ初日。今日はゆっくりしようよ。初日から森の中のゾンビパニックとか勘弁だって」

「あははっ、言えてる」

 

 【薄明・霹靂】の持つスキル【刃性強化大】により、斬撃を無効化する相手にもダメージが通るようになる。それが物凄い堅いが故だろうが、攻撃を透かされているからだろうが、問答無用に。

 ツキヨが持つ、イズの最高傑作は伊達ではないのだ。

 

「じゃあ、今夜の探索はしないってことで!」

「りょーかいっ」

 

 探索しないとはいえ、プレイヤーがこのセーフティエリアを見つけてやってくる可能性があるため、装備は解除できない。二人共トッププレイヤー。金のメダルを二枚所持するパーティーだ。狙われる理由は十分にある。

 

「装備は……【白翼の双刃】で良いかな……後は、暇だしトランプでもする?」

 

 ゲーム内にも簡単な娯楽アイテムはいくつか存在するのだ。これはそのうちの一つである。

 

「そんなのまで持ってたの?」

「この前の素材集めの時にメイプルちゃんと会ったって言ったでしょ?その時にメイプルちゃんが持ってて遊んだんだよ。7日もあれば暇な時間は必ずあると思って、私も色々と買い揃えたんだ」

「なるほどねぇ……ま、寝るには早いし、時間つぶしには丁度いいかな」

「でしょ?」

 

 ツキヨのインベントリから出るわ出るわ。オセロにチェス、将棋などのボードゲームがあったので、もはや空気はガチキャンプ。普通にテントに入って中で暇つぶしに勤しむことにした。

 余談だが、ツキヨは寝てる時以外は【気配察知】【気配識別】によってプレイヤーがセーフティエリアに近づくかは常に検知できるため、基本テントの中にいても問題はない。

 夜は、まだこれからである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 中央にぶら下がる小さな灯によってぼんやりと照らされたテントに、艷やかな声が響く。

 

「ちょっ、ミィ。やめてっ、そこは―――」

 

 その嘆願を、嗜虐的な笑みで却下する。

 

「ふふっ。ツキヨはこれが一番ダメだもんね?ほらほらぁ……良いのかなぁ?」

 

 なおも嘆願は止まず。口の端を吊り上げる少女に、彼女は必死に希う

 

「だめ。ダメなの……そこだけは本当に弱いから……」

 

 その姿が、心底楽しいから。

 そんな姿は自分以外、誰も知らない彼女の弱さ。それを自分だけが知り、今、この場で最大限弄り倒すために。

 

「ふふふ……だぁめ。恨むなら、こんな分かりやすい弱点を見せた自分を恨んでね、ツキヨ?」

 

 

 

「だめぇぇぇええええ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――チェックメイトっ!」

 

 たった今、ツキヨの王が最弱の駒の一手に破れ、連敗記録を更新した。

 

「あぁ……こんな単純な手を見落とすなんて」

「ふふん。攻めてる時の勢いは良いけど、相変わらず守りが甘いねぇ……ツ・キ・ヨ?」

「ぐぬぬ……」

「これでチェスの戦績は31戦30勝無敗1分け。

 ステイルメイト(引き分け)も私が初めてやった時だけだし、相変わらず弱いよねーツキヨ」

「むぅ……。剣ならなんとか勝てるのに」

「それはツキヨが、意識して()()()()()()()()()()()()()でしょー?それに短期決戦に持ち込めなくても、()()()()()()()()()()()()()()。戦略性はあまり無いからね」

「はいはい……どうせ私は戦略性のない脳筋ですよー。やばい相手には後先考えず【殺刃】する脳死プレイヤーですよーっだ……ふんっ」

「あ、拗ねた」

「……拗ねてないっ」

 

 ツキヨがやることは単純だ。

 寄らば斬る。寄らなば斬る。あらゆる攻撃を躱し、逸らし、弾き、己の刃だけを届かせる。

 ただそれだけ。

 その手段が剣か魔法か。それだけの違いでしかない。勿論、味方の援護をしたり、回復役をこなしたりと様々な役どころを行うことだってできる。

 けれど、ツキヨが本気を出す時。それはいつもやることは同じなのだ。

 まっすぐ敵を見据え、最短ルートで最速の攻撃を仕掛ける(刃を振るう)

 けれど。だからこそ、背後の守りが甘くなりがちであり、そこを突かれると()()()()()()

 

「確か将棋とオセロの戦績を併せて……あ、丁度100戦だよツキヨー。私の97勝3分けだけど!」

「言わなくていいよ!」

 

 まぁ、何が言いたいかというと、ツキヨはこの手のボードゲームが()()()()()()()()()、ということだ。

 いや正確には、本人に苦手意識はない。好きか嫌いかの二択であれば、間違いなく好きと答えるだろう。ただミィと対戦すると死ぬほど弱いだけで、メイプルとは勝ったり負けたりだった。

 ただただ、ボードゲームにおけるミィとの相性が最悪なのだ。

 ボードゲームでも基本的に短期決戦、電撃戦を好むツキヨだが、型に嵌まれば速攻で倒せる。しかし、昔からミィの守りが堅く、いつも敗北を喫していた。

 それでもミィに挑むのは、負けっぱなしが悔しいからに他ならない。

 

「攻めてる時はえげつないんだけどねー?」

「うっ……どうせ猪突猛進ですよーだっ」

「ごめんってばー!」

「……ほら、もう十時回ったよ。チェスの賭け通り最初の見張りは私がやるから。ミィは寝て。即座に寝て。今すぐ寝て」

 

 頬をリス並みに膨らませ、ジト目で寝ろ寝ろと連呼するツキヨ。見張り交代は三時間。最初は二時間のつもりだったが、流石に二時間おきに起きるとなると、体調を万全になどできない為、三時間交代である。

 二人はテントの中で寝袋を出すと床に広げる。

 

「あ、マットレスもあるけど?」

「本当に準備いいね!?……まぁ、使うよ」

「下に敷けば、少しは寝心地良いでしょ」

 

 ミィは、ツキヨのインベントリは四次元ポケットだと思うことにした。

 

 挨拶を交わして、ツキヨがテントの外へ、ミィは眠りにつく。

 ツキヨは焚き火を絶やさないようにしながら、【気配察知】を頼りに警戒することにした。

 

 

「……ま、予定通りかな」

 

 呟かれた言葉は、夜の闇に吸い込まれた。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

「………」

 

 夜の森の奥深く。

 

 闇夜に紛れ、鬱蒼とした木々に身を隠し。

 

 十人のプレイヤーが見つめる先。

 

 静かな。されど雄大な波音を響かせる浜辺を照らす篝火の中央にある、テントだった。

 

 つい先程まで篝火を明かりに本を読んでいるようだったが、深夜0時を回ったこの時間。

 流石にトッププレイヤーとはいえ少女には限界だったのだろう。テントの中に入り眠ってしまったのか、別の見張りが出てくる様子もない。

 

 だがこんな時間、彼ら深夜帯の廃人プレイヤーには日常の一コマだ。

 日々睡眠を削り、徹夜でレベル上げをしている彼らにとって夜の森は慣れたもの。

 

 相手は廃人と言われるほどにやり込んでなお追いつけない天才なれど。

 

「……眠っていては、どうしようもあるまい」

 

 金のメダルが二枚。銀のメダルを大量に集めるよりも、金のメダルを持つプレイヤーの寝込みを襲った方が格段に効率が良い。

 ゲーム内最大の魔法火力を持つ【炎帝】と、近接最強の名を欲しいままにする【比翼】とて、寝ていれば無防備。

 見張りの意味を知らず、気の抜けた様に眠るそのご尊顔を拝見し、金のメダルも頂戴する。

 暗い夜の海に逃げることは不可能。森側は彼ら十人が完全包囲し、セーフティエリアを囲むように接近。

 逃げ場など無く、一切の油断なく仕留める。

 

 森側からセーフティエリアを囲むように散開する九人の仲間に合図を送る。

 

 ―――三分後、突撃。

 

 そのシンプルな合図への了承の合図は。

 

 

 

 

 ―――()()()()

 

「………なんだ?リチャード、返事をしろ」

 

 リチャードと呼ぶ男がいる方向を見つめ再度合図すると、今度はしっかりと合図が来た。

 

「……なんだ、モンスターが来ただけか」

 

 簡単に決めていた、ランタンの光による合図によると、リチャードは近づいたモンスターの処理で気付かなかっただけらしい。

 安心し、残り一分後に突撃の合図を送る。

 

 

 ―――返答は、()()

 

「またか?全くこんな時に」

 

 リチャードと更に二人、返事が来ない。

 寝ているとはいえ、相手はトッププレイヤー。油断も慢心もなく、十人全員で一気に仕留めるつもりなので、全員が揃わなければ返り討ちの可能性がある。

 仕方なく少しだけ時間を開け、もう一度、明確に指示を送る。

 

 ―――返答は、()()

 

「……なにが、どうなっている?」

 

 困惑し、あまりの事態に冷静さがなくなりつつある中で、少し間を置き、ゆっくりと仲間に光の合図を繰り返す。

 

(リチャード、ダリル、フラウ、シンラ……モンスターなど捨て置け)

 

 今は金のメダルが最優先。モンスターは放置し、この計画の遂行のみに注力しろと呼びかける。

 けれど。

 

―――四つ

 

「おい。………おいおいおいいい加減にしろ」

 

 モンスターはここに来る前に粗方片付けたはずだ。どんなに湧きが早くても、これだけ一気に全員が対処に追われるなどあり得ない。

 

「一体、何が起こってんだよ」

 

 もう、男は迷わない。

 今返事をした仲間だけでも、自分を含め五人いる。ならば十分だろう。

 篝火を一つ一つ消し、薄暗闇に紛れ、波音で足音をかき消し、【気配遮断】で接近する。

 何も問題ない。完璧な作戦だ。

 これで確実に、金のメダルを奪い取る。

 返事をしない仲間などもうどうでも良い。

 そう考えを纏め、『行けるメンバーだけで一気に行く』ことを、何処か祈りを込めて合図する。

 

 返事は―――

 

 

「―――ひっ!?」

 

 

 ()()()()

 

 

 いや。

 それどころか、察してしまった。

 分かってしまった。

 無理矢理にでも、()()()()()()()

 

 

 自分たちの計画は―――

 

 

 

「―――貴方で最後」

 

 

 

 ―――最初から、破綻していたのだと。

 

 

「―――っ!?」

「ミィと私を狙うだなんて、愚かなことを」

 

 辛うじて漏れ出た声は、驚愕か悲鳴か。

 突如として背後から口元と四肢を硬質の何かで縛り上げられ身動きを封じられたリーダーの男は、その冷酷な声音に聞き覚えがあった。

 

 

「ゔゔ……っ」

「静かになさい」

「ぐっ―――!?」

 

 自らを縛る硬質の何かがキツくなり、HPがゆっくりと減り始める。

 知っていた。そして無理矢理に分からされた。

 この自らを縛り上げるモノが、このプレイヤーを()()()()()()()()()なのだと。

 

「―――はっ、はぁ………っ。【比翼】……っ」

 

 口元を覆っていた堅く冷たい刃のみ外され、口が聞けるようになる。

 されど、その切っ先は己の喉元を即座に貫けるように鎌首をもたげており、恐怖が感情を染め上げる。

 

「そう。そうやって静かにしていれば、悪いようにはしない」

「……どうやって、俺の背後をとった」

 

 自信があった。自分の【気配察知】にも【気配遮断】にも。けれどこの冷たい瞳をした少女は、完璧に背後をとった。

 いや、それよりも。

 

「お前は、テントで寝たはず――っ!?」

「ふふっ。あのテント、出入り口が前後に2箇所あるのよ。海側から出て、あなた達から死角になるように()()()()()()()()()()、接近させてもらったわ」

「なっ!?」

「悪いけど、あなた達のことは()()()()()()()()()()()()()()。一時間、息を殺して闇に紛れ」

 

 

 

 ―――無駄な足掻き、ご苦労様。

 

 

 

「――――っ!」

 

 

 

 遥か天上から見下すような。

 己を、完全に格下だと。

 まともに相手をする価値すらない存在だと。

 

 そう、口の端を吊り上げて弧を描き、残酷に告げられたと同時に。

 

 縛り上げる刀身が引き戻され、男は全身を斬り刻まれ粒子へと変わった。

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

「ふぅ……モンスターの来ないポイントに無警戒でテントを立てれば、必ず襲う者が来ると思っていたけれど……」

 

 襲ってきたプレイヤーを片付け、焚き火のある場所に戻る。

 定期的に【遠見】【魔視】【ウィークネス】を使用し、【気配察知】よりもなお広い視野で索敵をしていたのが功を奏した。

 森の中、全く動かない存在が十あったので、少しだけ近づき、【気配察知】の圏内に入れ【気配識別】でプレイヤーと判断できた。

 後は簡単だ。

 寝るフリをしてテントに入り、反対側の出入り口から出て海を泳ぎ、スキルで視認できるギリギリまで距離を取り、【飛翼刃】でターザンよろしく木の上を飛び回った。

 上から背後を取り、最初の一人を取り押さえ、何でもないように合図を送らせてから、一人ずつ確実に狩る。

 【飛翼刃】は二つの翼。故に、距離の比較的近い人たちは一度に仕留めたりと、かなり効率的に倒すことができただろう。

 

「……私が、ミィを狙う外敵を見逃すはずが無いでしょうに」

 

 以前、クロムと徹夜を体験しておいて良かったと、ツキヨは心から思う。

 あれが無ければ、この時間は非常に油断し、もしかしたら殺られていたかもしれないのだから。

 

「そろそろ三時間経つし、ミィと交代かなー」

 

 ちゃんと見張り交代のために、ミィの寝るテントに突撃した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 近づくプレイヤーは、()()1()7()()

 

 

 




 
 ね?負けたでしょ?(白目)

 メイプルはボードゲーム強いけど、ツキヨちゃんはめちゃんこ弱い。
 と言っても、それは対ミィの時だけ。ミィに対しては、絶望的に相性が悪いです。
 他の人の時は勝ったり負けたり。
 あぁいう描写って選り好みしますけど、好きな人は好きでしょ?
 オチもただのボドゲだし良いでしょ?

 夜襲はありますよ、そりゃ。
 だって見張りしてるとは言え、初日から無防備にテント建ててんだもん。
 そして若干、ツキヨちゃんが怖い。
 何があったらそうなるんや……。



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PS特化と再会の元最強

 最近、現実の方が忙しく、執筆時間が取れなくなってます。死にそう。
 55話辺りまでストック有るんだけど、それも尽きたらマジで終わる。
 速度特化の方も減ってるからなぁ……

 


 

「おはようミィ。よく眠れた……とは言えなそうだね」

「ぁふ……っ、おはよ、月夜(つくよ)……じゃない。ツキヨ」

 

 ツキヨからミィへ、ミィからツキヨへ見張りを交代し、二日目の朝を迎えた。ツキヨは()()()()()が、一徹程度ではパフォーマンスが落ちないようにした。

 ミィは、中途半端に2回寝ているので、まだ眠そうだった。

 欠伸を噛み殺し、ツキヨを言い間違えている。

 ツキヨは自分用に濃い目の紅茶を淹れつつ、目覚ましに昨日、ミィから注文のあったカフェオレを手渡す。

 

「ミィは寝てたから見てないだろうけど、朝日がすっごい綺麗だったよ」

「ふぅ……んんっ、そうなんだぁ……」

 

 まだ少しうとうとしているが、カフェオレをちびちびと飲んでぼーっとしている。

 

「夜、何もなくて良かったような……つまんなかったような……とにかく眠気との戦いだったよぉー……ふぁあ……」

「ふふっ……そうだね。まぁ、何も無くて良かった。朝ごはん食べれそう?」

「ん。軽いのでよろしくぅー……」

「了解」

 

 目が半開きでフラフラしてる……と寝起きに目が覚めるまで時間のかかるミィを見て笑い、顔洗ってきたら?と言うと、ミィは何を血迷ったか海にダイブした。

 

「わぷっ!?ちょっ!つ、月夜、助けっ……」

「……ぷっ、あははっ!ミィ何してるの?あはははっ!」

「笑ってないで助けっふわぁ!?」

「そこ浅瀬だし。モンスターも居ないから大丈夫だよー?」

 

 冷たさに一気に目が冷めたミィが、冷静になって海から上がった頃には、朝食は完成していた。

 

「………助けてくれても良いのにぃ」

「手が離せなかったからね。ミィの朝ごはんが焦げてもいいなら、別だったけど」

「ずるい!それすっごいずるい!」

 

 ジト目で苦言を呈するならば、ツキヨも相応の手段を用いただけである。

 目覚めにはお味噌汁が定番だが、お味噌汁より塩辛い海にダイブしたのだから必要ないだろうと、軽めにフレンチトーストとスープである。

 

「そう言えば、ツキヨはあんまり睡眠時間取れてないけど……食べたら少し寝る?」

「うーん……問題ないかな。前に徹夜試した時から慣らしたし。あ、そうそう。昨日の夜、暇すぎて散歩してたら、偶然メダルを三枚見つけたよ」

「うそっ?凄い!夜にしか見つからないのとかあるのかな?あと、今夜は私が先に見張りするね」

「ふふっ、ありがとう。時間限定っていうのは、あるかもしれないね」

 

 『散歩(という名目でプレイヤーキル)してたら』の中身がごっそり抜け落ちているが、ツキヨに言うつもりはない。

 あれから少しずつ慣らしたツキヨは、()()()()()()()()()

 

「朝からいきなり祠に行くより、森で体を動かして、万全にしてから行こうか」

「だね。ただの宝箱部屋なら良いけど、超強いモンスターが相手だったら笑えないし」

「階段を百段近く下ったからね……宝箱だけのつまんないダンジョンだったら泣けるよ」

「百段って、百メートル以上地下ってこと?」

「海底かもね?」

「うわぁ……それはそれで見たいような、見たくないような」

「見るだけなら、見てみたいね」

「モンスターがいないのを祈ってるよ」

 

 

 

 そうして朝食を食べ終えた二人は、テントなんかの荷物をインベントリに仕舞って森に入った。

 いつものツキヨが前衛、ミィが後衛のスタイルである。

 

「モンスターはいるけど、そんなに強くないね」

「ツキヨの【気配察知】が低かったら、もっと奇襲されたかもしれないけどね」

 

 二人が強すぎる、ということもある。

 ツキヨの高い火力と制圧力に白兵戦の強さ。

 そこに、魔法使いプレイヤー最高峰の火力を持つミィが援護するのだ。

 大抵のモンスターは雑魚でしかない。

 

「準備運動を兼ねて森に入ったけど、これなら問題ないんじゃない?」

「むしろ、準備運動にすらならないのが問題だね……」

 

 森の木々に景色を遮られ、どこをどの程度進んでいるのかが分からなくなるが、所詮は準備運動。波の音が聞こえる範囲に留めて探索を続ける。

 決して無理をせず、できるだけ余裕を残しての探索。

 

 だからこそ、【気配察知】の範囲外から近づいてくる小さな人影に気付くことができた。

 

「止まって、ミィ。……誰か来る」

「プレイヤー?」

「だと思う」

 

 まだ範囲外にいるため、仕方なくツキヨは、【遠見】で視認することにした。

 

「【遠見】……うわ、最悪」

「え?」

「即戦闘の可能性あり。急いで準備して」

 

 ツキヨが知る限り、単体戦力としても集団戦力としても最高峰。

 ()()()()()()()からこそ分かる高いプレイヤースキルと強力なスキルを持ち、全プレイヤーの中で最も正統派の騎士と言える銀の鎧を身に着けた金髪のプレイヤー。

 迷彩柄の装備を身に着けたAGI特化の短剣使いで、ゲーム内最速と名高い【神速】の二つ名を欲しいままにする、暗殺者のようなプレイヤー。

 ミィのような単発火力ではなく、魔法使いとしてもう一つの要素。『連射』や『弾幕』といった切り口でトッププレイヤーの一角に立つ少女。

 力こそパワーを地で行く脳筋。巨大な斧を振り回し、単騎で戦端を破壊する巨漢。単純にして明快だからこそ、あらゆる状況で高い地力を発揮する威丈夫。

 

「……ペイン、ドレッド、フレデリカ、ドラグ。

 普通に不利だね……」

「うっそぉ。ないないないない……」

「泣き言を言ってる場合じゃないよ」

 

 一人ひとりと戦えば、ミィだってペインと戦えるだけのポテンシャルは持っている。ツキヨは言わずもがな。

 けれど、相手は四人。単純計算で倍の人数がいて、全員がトッププレイヤー。

 

「できるだけ、戦闘は避けるよ。流石にあの四人の相手はしたくない」

「この後に祠行かなきゃなんだし、消耗は避けないとね」

「向こうも……ドレッドが気付いてるね。逃げるのは無理、か」

 

 暗殺者であり、索敵なども行っているであろうドレッドと目があった気がしたツキヨ。

 というか、【遠見】越しに思いっきり視線が重なっている。どんな察知能力か。

 

「前回一位としては、逃げ隠れは嫌だなぁ……」

「えぇ……戦わないんじゃないの?」

「戦うつもりはないよ。向こうの出方にもよるけどね」

 

 

 そうして互いに真っ直ぐに進んでいき、顔が見える程度まで近づくと、相手方の四人は様々な表情をしていた。

 

「やぁ、前回イベントぶりだね。ツキヨ」

 

 ものすっごい笑顔で嬉しそうなペイン。

 

「うぇー……マジで【比翼】と【炎帝】かよ。だりー……」

 

 心底ウンザリした様子のドレッド。

 

「いやー。私としては、同じ魔法使いの【炎帝】が気になるかなー?」

 

 ミィに興味を示すフレデリカ。

 ミィ、若干後退る。

 

「モンスターは雑魚ばかりだからな!こいつは骨のある相手だ」

 

 ペインと同じくらい楽しそうなドラグ。

 

 

 今ツキヨたちが一番会いたくない面子。

 特に好戦的なのが三人いるのが面倒くさい。

 

「……悪いけれど、こちらに戦うつもりはないわ。面倒だし」

「お、やっぱり?別に戦う必要ねえんだし、俺も正直乗り気じゃないんだが……」

 

 唯一、戦う意志が弱いドレッドが、ツキヨの言葉に若干の同意を示すものの。

 

「仲間が乗り気だし、運が無かったと思ってくれや」

 

 二本の短剣を抜きつつ、交戦の意思を示した。

 

 ツキヨの後ろでは、ミィが杖を構えている。

 既に演技に入り、油断はしてないようだ。

 内心では戦いたくなさそうだが。

 この中で唯一得物を構えていないツキヨが、ひどく浮いて見える。

 

「……ペイン。()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 それは、ともすれば傲慢にも思える物言い。お前如きが、仲間といるだけで勝てるとでも思っているのかと。思い上がりも甚だしいと。

 

「ははっ、そうかな?この一ヶ月あまり、俺も強くなったんだが?」

「奇遇ね。それは私も同じ」

「無論、私もな。だが、それでも私達に戦う意志がないのは、今ここにいるのが、ダンジョン攻略の準備運動だからだ。無駄な消耗は避けたい」

「なるほど。確かにダンジョンには、できるだけベストな状態で挑みたいのは分かる」

 

 意外にも、心底嬉しそうなペインも冷静ではあったらしい。

 ちゃんと説明すれば分かってくれる――

 

 

「だが、断るよ」

 

 

 ―――はずも無かった。

 

()()()()()()()()、ツキヨ」

「……約束?」

 

 はて、と。ペインと何かしら約束などしただろうか。ペインと直接会ったのも、言葉を交わしたのも前回イベントが初めてで、それ以降も現在まで一度も会わなかったのだ。

 だとすると、ツキヨとペインが約束を交わしたのは前回イベントの中でという事になる。が、ツキヨにその記憶はない。

 

「忘れたとは言わせない。見せてもらうぞ、ツキヨ。君の【烈の極】を」

「あっ―――」

 

 思いだした。

 次にあった時は、前回イベントでペインが見せた【迅の極・天照】に並ぶ奥義。

 【烈の極】を見せると言った。言ってしまった。で、でも流石にこんな場所で出会うとは思わなかったし、今は状況が違う。

 

「ツキヨ……お前な……」

「こんな場所で、こんなに早く出会すとは思わないでしょう?正直、ここで披露っていうのはつまらないわ」

 

 いや、こんな人気のない森の中でお披露目とかどーよ?そっちは決闘のラストなのに、こっちは誰もいないとかないない、と。呆れ返ったように首をふるツキヨ。

 

(やめてよ【最速】をプレイヤースキルでできるようになってから我流【烈の極】が変化しちゃってまだ調整終わってないんだよ!やめて?やめよう?そうしよう?)

 

 めっちゃテンパってた。

 【烈の極・天津風】自体は、ツキヨは既にできるようになっていた。けれど、【最速】の体技をプレイヤースキルで習得できてからその在り方が変化し、ちょっと……えげつない進化をしている。

 調整が終わっていないというのはそのためだ。

 

「お互いメダルは持ってるのだから、ここで戦うことの益は少ないはずよ」

「あって困るものじゃないさ。それに、フレデリカは持ってないからね」

 

 どうやっても平行線。

 ツキヨは相手に引いてほしく、ペインは今にも突っ込んできそうだ。

 となると、どれだけツキヨが言葉を尽くし、説得を試みても無意味。内心で『この、戦闘民族がっ!』と罵りながら、深いため息をついて剣を抜きた。

 

「……ツキヨの相手は俺とドレッド、ドラグでやるぞ」

「あ?過剰だろ」

「ちょっとー私の負担が増えるんだけどー?」

「それほどの相手だよ、ツキヨは」

 

 十メートル以上ある彼我の距離でありながら、四人は警戒心剥き出しで話す。それは、ミィの魔法が届くのを知っていることもあるが、何より、ツキヨが持つ剣の本質を知っているから。

 

「ツキヨ……どうするの?」

「フレデリカだけを落とす。

 金のメダルっていう厄介の種(めんどう)がないフレデリカしか倒せる相手はいない」

 

 いつの間にか隣に並んだミィが小声で声を掛け、こちらでも作戦会議。

 フレデリカ以外の三人は金のメダルを持っているため、万が一倒しメダルを手に入れれば、取り返すために余計に攻めてくる。だが、フレデリカならば金のメダルがないため、仲間を迎えに行くように仕向けることができる。

 それがツキヨとミィの限度。

 

「でも、その前に恣意行為だけはする。それで引かないなら……だね」

「……ねぇツキヨ。私嫌な予感がするんだけど……気のせい?」

 

 ………

 

「何か言ってよ……」

 

「さて、そちらの作戦会議は済んだでしょう?」

「そちらも、済んだようだね」

 

 ミィの言葉を無視して、戦況は進む。

 

「もう一度だけ聞くわ。引く気はないのね?」

「ツキヨに勝てるとは、今でも判断できちゃいない。だが――」

 

 

 続く言葉は、獰猛な笑みと共に。

 

 

「我流とはいえ、我が旭日一心流を使う者にいつまでも負けるわけには行かないんでな」

 

 

 

 

 それが、開戦の合図だった。




 
 てわけで今回は短め。
 面白そうな出来事は連続して起きる。
 しかも偶発的に。

 さぁて、変化しちゃった【天津風】って、一体どこの何なんでしょうね(白目)



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PS特化と品定め

 はぁ……まじ、はぁ。
 あ、速度特化は、ストックまた3話ほど作ったんでちゃんと投稿できそうです。今日一日、それで潰しました。
 前回の感想で、フレデリカのやられ役っぷりがもはやお家芸だと思いました。
 うん、フレデリカだから仕方ないね。
 


 

 開戦は劇的に。

 そして、鮮烈に。

 

「【飛翼刃】」

 

 己の翼を限界まで広げ、戦闘区域を支配する。

 森の木々を縫い、貫き、斬り裂き。

 両の翼にて逃げ場はないと。

 お前たちに勝ち目はないと無言で告げる。

 そして、逃げ場が無いとは、文字通りの意味だと証明する。

 

「ふふっ……【クインタプルスラッシュ】」

「なっ!?」

「嘘だろおいっ!?」

「た、【多重障壁】っ!ありえないんですけどーっ!?」

 

 そのまま。百メートルを超える刀身で。

 蛇が地を這うが如く波打つ刃が5度、その剣を閃かせる。

 

「あっははっ!これが現実よ!私の剣は蛇腹剣だけれど、別にこの状態でスキルを発動できないなんて言ってない!」

『めちゃくちゃだろうがぁぁああっ!?』

 

 ドレッドとドラグあたりが絶叫してる気がするが、さらっと無視するツキヨ。

 スルースキルが高い。

 尚も剣閃は止まず。ツキヨから遠く離れるほど刀身は波打ち、不規則な揺らぎとなって回避は困難となる。

 

 木々はツキヨを中心に伐採され更地と化し、半径百メートルを超える円形のバトルフィールドが形成される。

 それでもなお、その場に四人は健在。

 ペインはその卓越した技量と盾で。

 ドレッドとドラグはフレデリカの障壁に守られて。それぞれ、無傷で切り抜けた。

 

「……なぁ、これ無理じゃねえ?一回の攻撃でフィールド壊滅とか人間やめ過ぎだろ【比翼】」

「だからこそ、超え甲斐があるだろう?」

「へぇ。ま、これくらい耐えてもらわなければ、面白くないのだけれど」

「ちょっとー!今の斬撃、ほぼ見えなかったんですけどー?もう一回防ぐ自信ないかんねー?」

 

 【最速】と同じ挙動なのだから、ほとんど見えなくて当然である。

 それでも、これは1()()()()()()()()。これで引けば善しだが、明らかにペインに引く気はない。

 

「最後通告よ。引きなさい、ペイン」

「言ったろう?引く気はない」

「……まだ、【烈の極】をあなたに見せる段階にはないと言っても?」

「む、そうなのか?だが、ツキヨは次に合った時と言っただろう?現時点のものを、見定めさせてもらう」

 

 面倒だなー。と、ツキヨはもう辟易としていた。

 頑固かお前は!と叫びたかった。

 ペインは折れないし、というか最低でもツキヨの【烈の極】を見ないと引かない気がする。

 むしろ【烈の極】を見せるだけで済むのなら、フレデリカを落とす必要もなく、御の字ではないかとすら思えた。

 なので仕方なく。不肖不肖で。限りなく面倒だが、余計な被害や面倒ごとを避けたいツキヨが条件を出した。

 

「はぁ……【烈の極】だけよ」

「何?」

「現状でできる最高の【烈】を……【天津風】を見せるから、それで引きなさい。最初から、前回イベントで交わした約束が目的なら、それで十分でしょう?」

 

 ペインの目的は大きく二つ。

 ツキヨの【烈の極】を見ること。

 うまく行けば、金のメダルを獲得すること。

 

 目的の比重が前者の方が重いのであれば、前者だけ了承するから、そっちもこれ以上の手出しをするな。

 つまりは、そういうことだった。

 

「……良いだろう。できれば手合わせ願いたかったが、戦えば互いに無事では済まないからね」

「あら、また私が勝つけれど?」

「【炎帝】の方は、そうもいかないだろう?」

「ミィだって、ペインと張り合えるだけの実力があるわよ。あまり、私達を舐めないで頂戴」

「すまない。ただ、今はツキヨにしか興味がないんだ」

「口説き文句としては落第よ」

「ははっ、手厳しいな」

 

 軽口を終えて、ツキヨはミイに向き直り、片手を上げて"ごめん"と苦笑いした。

 

「やるなら勝て。負けたら許さん」

 

(私一人であの人たちと交渉とか無理だから!だよね?でも)

 

「勝ち負けはないわよ。強いて言えば、品定め?」

「剣技の練度を確かめるだけだ。変な言い方をしないでもらえるか?」

「あら、ごめんなさい?……そちらも話はついたようね」

「あぁ。三人は後ろに下げた。万が一があっても、君たちに攻撃しないよう言ってある」

「それは重畳。……ミィも下がってて」

「分かった。こちらも、ツキヨが死んでも手出しはしないさ。負けるとも思えんしな」

 

 それだけ言って、ミィも十メートルほど下がり、ツキヨとペインだけが中央で向き合う。

 両者の距離は僅か五メートル。

 二人ほどのステータスであれば、五メートルなど一歩で詰められる。

 

「【天津風】には、同じく【天津風】で対応させていただこうかな?」

「構わないけれど、私のは我流なうえ、かなり変化してしまっているわよ?」

「それでもだ。……旭日一心流正統継承者として、紛い物は正道を以って叩き潰そう」

 

 あの時と同じように盾を仕舞い、剣一本で構える姿は、正しく剣士。

 いや、見た目では騎士か。

 だが、そんなことはどうでも良く。

 

「……貴方。我が旭日一心流って言うのは本当だったのね……?」

「あぁ。まぁ、昔からの剣術道場でね。剣技(これ)も古臭い風習なんだが、武芸百般だいたい使えるさ」

「なぜ、刀ではなく、片手剣を?」

「現実とゲームを切り離しているだけさ。これはこれで、扱いに覚えがあってね」

「現代社会で剣に覚えがあるって……」

 

 金髪碧眼の外国人風の風貌のくせして、ツキヨと同じように見た目を騎士に寄せて弄っているのだろうか。

 刀使いとしてのペインも見てみたいというか、旭日一心流としては片手剣も邪道なのでは?と思わなくもないツキヨ。

 それが武器であり、両手で握ることもできるならありなのだろうか。

 

(……両手での成功率、まだ三割だし。ダンジョンの前に本気なんて出したくないんだけど……まぁ、()()()()()なら誤差か)

 

 ツキヨは左手の【白翼の双刃】を鞘に収め、右手の剣を両手で握る。

 まだ調整中で二刀で繰り出すのは不可能。一撃一撃の威力も軽くなってしまう。

 だから、ツキヨも一刀流で相対する。

 

「ここで現実での名乗りはいらないな?」

「そうね。けれど、挑戦者たる私は、ここでの名乗りをさせてもらいましょうか。

 

 

 

 ……我が名は【比翼】ツキヨ。

 お目汚しながら我が剣技。

 旭日一心流・烈の極【天津風】が()()()

 ――――我流【天津雷光】。

 

 

 どうか、ご照覧あれ」

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 一刀目の振り下ろしは、全くの同時だった。

 鏡写しのような正確さを持って斬り結んだ斬撃は、その動作の終わりがそのまま次の切り返しに繋がる。

 次も、次も、その次も。

 

 連綿と紡がれる斬撃の嵐。

 互いに暇など与えぬとばかりに、烈火の如く振るわれる斬撃と刺突のつるべ打ち。

 ともすれば、一拍の内に二撃、三撃と振るわれるよう。

 それが、無呼吸のまま十、二十と際限なく振るわれる。

 驚異的な回転。武器を振るう二人以外でこの場でそれを知るのは、ミィただ一人。

 

「やっぱり完璧……ペインの【天津風】」

「なんだそりゃ?」

「っ!?」

「おーおー警戒しなさんな。ただ、こんなかで状況が分かってそうなのが、【炎帝(お前)】だけっぽいからな。聞きに来た」

「そーゆーことー。

 戦うつもりはないから、安心してー」

「良ければ、教えてもらえるか?」

 

 いつの間にかミィの近くに、ドレッド、フレデリカ、ドラグの三人がいた。さっきまでツキヨとペインを挟んで対岸にいたというのに、どうやったのだろうか。

 だが、そんなことはどうでも良く、聞きに来たというのなら答えるまでだった。

 

「……あれは旭日一心流・烈の極【天津風】。剣術の中でもかなり古い歴史を持つ流派の一つで、その奥義だ。全百八斬からなる連続攻撃(コンビネーション)だな」

 

 一刀目から百八刀目まで、打ち込む角度から強さまで事細かに定められた効率的な連撃。

 それを何千、何万回と繰り返し、骨の髄にまで刻みつけることで()()()()()()()()、肉体が発揮できる最高速を発揮。

 

「無意識レベルにまで染みついた圧倒的な手数で相手を圧殺する剣術だよ。体勢を崩した相手には、これ以上ないと言っていい」

「すげえな……てか、なんでお前はそれ知ってんの?使えんの?」

「無理だな。かつて剣の扱いを模索した時に知ったが、私は早々に匙を投げ、別の道を征った。だがツキヨは『ゲーム内で』という文言は付くが、諦めず修練を重ねたのさ。その結果が、あれだ」

 

 四人の目に映るのは、全くの動速で、全く同じ威力で斬り結ぶ二人の姿。

 その剣撃は時に視認すら難しいほどに速く、力強い。

 

「なにあれー……もしかしてー?あれって現実でも使えるとか言わないよねー?」

「使えるだろうな。尤も現実では、ツキヨはスタミナ切れするだろうが」

「ペインは普通に使えるってことか……」

「それにしても互角とは驚いたな!」

 

 互角。そう、ドラグは言った。けれど、それはあり得ないということをミィは、断言できる。

 

「……そろそろか」

「あ?何が―――」

 

 キ――ンッ。と。

 甲高い金属音が響き、ペインの剣が僅かに出遅れた。

 

「ツキヨの最適化(アジャスト)が終わった。もうここから、ペインがツキヨの剣に追いつく事はないな」

 

 五十四刀目。丁度折返しにて、ツキヨの剣筋だけが明確に速くなった。

 次ぐ五十五刀目、五十六刀目と剣撃の回転は速度を増し、遂にはツキヨの速度が、剣どころか身のこなしすら目で負えないほどに加速していく。

 

「おいおいおいなんだよありゃあ!?」

 

 名乗りを上げた時に告げた名の通り。正しく雷光の如き速度にて振るわれる剣に、ペインは苦渋の決断で【天津風】を停止。防御に徹するしかなくなった。

 その光景にドレッドが驚愕の声を上げる。

 

「ツキヨのAGIは驚くほどに高い。最初は、()()()()()()()()()()()。まぁ、それだけじゃないんだが」

「ペインだってかなりの速度があるんですけどー!?」

「だろうな。そして、ツキヨのあれは一種の反則だ。ツキヨだけが現実でも可能であり、逆に、ツキヨにしか再現不可能な極地の体技」

 

 何千何万と繰り返し、骨の髄まで刻み込んだことで思考を削除。

 肉体が発揮できる最高速を発揮して繰り出す制圧剣技。

 

 ―――そう。()()()()()()()()のだ。

 肉体が発揮できる最高速。確かに速い。

 一切の無駄なく、一刀一刀の間に限りなく加減速を減らした剣技は確かに脅威だ。

 しかし。それでも。

 

「ペインの【天津風】はあくまでの常人の到達点に過ぎん。人であり、人を超えた人外たるツキヨに、及ぶべくもない」

 

 素で初速を最高速に至らしめる技術を持ち、一瞬の内に八つの斬撃を放つのが、赤羽月夜(ツキヨ)という人外(ばけもの)だ。

 余力(加速分)を残して最初に速度を制限しつつ、ペインの。本家本元の剣技を直に感じることで己の剣技を更に高次元に至らしめ、自らに最適化。

 【天津風】は脅威だが、どうしても振り下ろし、切り返し、突きと連綿と続く連撃であれど、そこには加速と減速が存在する。思考がなくとも、それは人間の体の作りである以上、絶対なのだから。

 しかし、ツキヨには加減速など存在しない。

 初撃の振り始めから最速に至り、第百八斬まで常に最速で振るわれる悪夢のような斬撃の嵐。

 更に言えば、《神速反射》を使いこなすために磨かれた身体操作技術は、【天津雷光】にも非常に相性が良く、斬撃も体技も。その全てが雷光の如き速度で高速回転する。

 つまるところ、両者における『肉体が発揮できる最高速』の定義が違うのだ。

 方や無駄をなくし、思考を廃し、人体の局地にまで到達することを。

 方や上記に加え、加速過程すら無駄として、瞬時に最高速に至ることを。

 

 どこまで行っても、一言でまとめるならば。

 

「どこまでも、ツキヨという存在が異常なだけだ。互角とは見当違いの回答だな」

 

 前半は速度を抑えて、様子見に徹していたに過ぎないと付け加えつつ、間もなく終わりを迎える光景を目に焼き付ける。

 打ち込む角度、威力が同じならば。あとは速度。肉体までも雷光の如き速度で回転するツキヨの発展型【天津風】。否。

 

「あれがツキヨの我流【天津雷光】。

 本来であれば、一刀目から決着がついたさ」

 

「終わりよっ!」

「っっ〜〜〜〜!!!!」

 

 第九十斬から百八斬までの斬撃を一拍の間に放ち、折り重なった戟音は落雷の如き轟音となって轟く。

 しかし、それほどの攻撃を受けていながら、ペインのHPは減っていなかった。

 

「え、えげつねえ……っ!」

「手加減はしているだろう、ツキヨ?本来なら関節や首、腹など、弱点をいくらでも斬ることができただろうに、全てペインの剣にのみ集中させている」

「ふぅ……。当然よ、ミィ。勿論、ペインの剣の尤も硬い部分としか打ち合わなかったから、耐久値もそれほど減っていないはず。身体に当たる斬撃は、全て直前で『抜いた』し」

「よくそこまで判断できるものだ」

「私の目の良さは知っているでしょうに」

「ははっ。だからこそ、だよ」

 

 ツキヨとミィが軽口を叩き合い、ツキヨが呼吸を整えた頃、地に倒れたペインが起き上がり、軽快に笑った。

 

「いやー、負けた負けた。完敗だな、ツキヨ。まさか斬撃軌道も完璧。威力も申し分なしに【天津風】をあんな速度で放つとは思わなかった。と言うか、本当にどうやったのか知りたくなるね」

 

 やり合う前の物凄い拘りようが無くなり、普通の好青年にしか見えなくなったペインに目を白黒しつつ、ツキヨも返す。

 

「あれは一種の反則だから、貴方には不可能よ」

「反則……ゲームステータス頼りってことか?」

「いいえ。現実で私だけが持つ特性……特異性と言ってもいい。それを多分に含んだ技術。一つは生まれつきのものだから、真似するのは到底不可能というだけ」

「なるほど。なら、普通にやってもできるかは分からないと言うわけか……【天津雷光】。確かに旭日一心流を受け継いでいるようだな」

「そう?継承者にそれを言ってもらえるのは、我流で磨いた甲斐があったというものね」

 

 これには、流石のツキヨでも破顔した。

 今までの努力が、本家本元に認められたのだから嬉しくないはずがない。

 

「あぁそうだ。切り結んで気付いたが、あの剣速は【天照】か?まさか【天津風】に【天照】の要素を組み込むとは……」

「……同じ結果を起こしているだけよ。現実で【天照】をやれば負荷に耐えられないわね。私の技術ではあの剣速を出すのに【天照】のような型がいらないから。

 言っておくけれど、【天照】も本当に頭のおかしい技術よ?骨すら捻って全ての反発力を加速力に変えるって」

「骨すら…」

「捻る……?」

「それ、人間がやっていい動きなのかなー?」

 

 旭日一心流を詳しく知らない三人が、呆然と繰り返す。

 

「ははっ。まぁ、鍛えればできなくはないさ。仮想空間なら負荷もないしね」

「現実だとあるということね」

「【天照】は俺が使える最速の技なんだが……ツキヨには前回イベントで簡単に跳ね返され、今回ツキヨの剣は、【天照】のつるべ打ちと言えるからな。次やるときは負けないさ」

 

 負けん気を宿した強い瞳がツキヨを射抜き、宣戦布告する。けれど、ツキヨもまだまだ負けるつもりはない。

 

「良いけれど、次も勝つわ。取り敢えず、二戦二勝なのだし。

 ……もう行くわ。予定のダンジョンを、他の誰かに取られたくないもの。良い、ミィ?」

「問題無い。強いて言えば、少し退屈だったくらいか」

「ああ。無理を言って悪かったな、ツキヨ。だが、お前の【天津雷光】を見れてよかった」

「そう……なら、良かったわ」

 

 いつの間にか、ドレッドたちはペインのそばに移動していた。またどうやったのか不明だが、この際聞くのは諦めた。というかダンジョン攻略の前にこれ以上疲れたくなかった二人は、とっとと海辺に戻ろうとして。

 

「あ、そうだツキヨ」

「……ペイン。まだ何か?」

「あぁ。まぁ大したことじゃないんだが……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――俺と、結婚するつもりはないか?

 

 

「――――――は?」




 
 ペインさんの行動、私が『うわーないわーないわー』と思ってる事を全力で行かせてます。書いてて楽しい。
 以下、後書きについて読む方は、『本音漏れすぎて草』と笑って流してください。

 大したことじゃない、とは。

 さぁさぁさぁ!盛り上がってまいりました!
 防振りの原作には一切なかった恋愛要素ですよ皆さん!……あれ?反応が薄い?
 ペインさんって防振りうぉーず!のバレンタインイベントでチョコ貰いまくってたし、そんな相手から熱烈な求婚ですよツキヨさん!


 ……ごめんなさい。今話は完全に調子乗って弾けた感じありますはい。
 仕方ないじゃんね?旭日一心流使うのに西洋剣を使ってるのとか、解説役のミィがかっこいいとか色々ありますよ!
 フレデリカがやられ役してないって?そんな事より【天津雷光】出したかったんだよ!

 因みにタイトルの『品定め』ですが、剣の腕の品定めっていう意味と、剣を見た上で結婚相手としての品定めっていう、2つの意味があります。分かったかな?
 なお、ペインさんは恋愛ド下手です。

 1話でツキヨが剣道とかやったことないって描写あるけど、あくまでそれは現実の話で。
 ゲーム内では色々と突飛な事をやっております。その辺も、いつか閑話として出したい。けど書けないから出せない。



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PS特化と戦闘前

 これまでに散りばめてきた、そしてこれまで敢えて語らずにいた、数々の布石。
 その数は既に、『速度特化と決着』のあれとは比べ物にならず、全部明かす気は当に失せた。
 だけどここから始まる海皇戦は、私が本作を始めた時からやりたかった最大の山場だから。
 勝つか負けるかは決まってない。何せ両方のプロットを作ったから。

―――さぁ祈れ!!


 二人が勝つか、運営の悪意が飲み込むのか!!


 


 

「準備は良いよね、ツキヨ」

 

 沖の孤島の最下層。

 階段を百段は下った先の魔法陣の前で。

 ツキヨとミィは最終確認を行っていた。

 ちゃんと森を抜ける前に【剣ノ舞】と【血塗レノ舞踏】は百パーセントにあげているので、その点は抜かりない。

 

「大丈夫だよ、ミィ」

 

 その、どこか上擦った声音を上げるツキヨに対し、面白いものを見たという顔でニヤニヤしながら、ミィがつい一時間前の事を掘り返した。

 

「求婚された心境は?」

「うっ……待って。ほんっとうに待って!お願いだからいまそれいわないで!?」

「ツキヨ、テンパってるね。あの時はすっごい冷静だったのに」

「だって……」

 

 

 思い返すのは、一時間前。

 【天津雷光】をペインに見せた後の別れ際だった。

 

 

 

 

 

 

 

「結婚するつもりはないか」

「――――――は?」

 

 突然の申し出に、空気が死んだ。

 ツキヨだけでなく、ペインといる三人も、勿論ミィも。

 

「あぁいや。突然混乱するのも分かるんだが、事情があってね」

「事情?」

「あぁ。さっきも言ったとおり、家は古い歴史のある、無駄に面倒な名家でな……相応の家格を持つ者か、流派の門下生の中で相手を選べと煩いんだ」

「それ、私はどちらでも無いのだけれど……」

 

 全く持って理解が追いつかないが、何とか演技で平静を保ち、装う。

 

「だが、旭日一心流を使うことに変わりはない」

「見様見真似なのだけど」

「それで到れる境地じゃないんだが……まぁ良いか。なら最後の一つ。継承者(おれ)が認めるほどの武芸者である事というのがあるんだ」

「はぁ……?」

 

 思わず素で答えてしまう。

 

「俺の父がそれでね。前例があるから問題ない」

「今どき信じられないしきたりを聞いている気がするわ」

「あぁ。私もだ」

「俺もだ」

「私もかなー」

「あぁ。同じく」

「全員かよ……」

 

 

 ペイン(おれ)が認めてるから大丈夫、と。

 ついでに、ペインの申し出にも若干の理解を示す。だが、納得はしない。

 

「……それで、なぜ私なのかしら?他にもいるでしょう?ゲー厶でしか会ったことのない私より相応しい人間が」

「いないな」

「なんでよっ!意味分かんないんだけどっ!?」

「……なんだ?そっちが素なのか?思いの外、可愛げがあるな」

「っっ〜〜〜〜!!!」

「ツキヨ、落ち着け」

 

 即答で否定されてしまい、思わず叫んでしまったツキヨに追撃。もうヤダこいつ……と若干ツキヨに鬱が入る。

 

「家格が相応しいと言っても、向こうの性格に難があれば嫌だろう?門下生はかなりいるが、やはり練度が低い。その点、ツキヨの性格はある程度知っているし、剣技も俺と同格以上だ。申し分ない」

「NWOの中だからよ。現実ではこうはいかないわ」

「さっき言っていただろう?ツキヨが持つ特異性によるものだと。それは、ゲーム内の物じゃない。なら、足りないのは身体能力だな」

 

(―――バレてるし)

 

「それを踏まえても、()()()()()()()()()()()()。流派の教えを歩んでいると」

「っ……」

「正直に言えば、ツキヨが一日でも家の門下生になれば、それで済む話なんだが……」

「何勝手に話を進めてるのよ!」

 

 【天津雷光】を見せた時は完全にツキヨのペースだったのに、ことこの話題に至っては、完全に逆転していた。

 

「性急だったのは謝るが、考えてみてくれ。返事はいつでもいい。行こうか、皆。見たいものは見れた」

「ちょ、待ちなさいっ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そのまま見たいものを見て、言いたい事言って、嵐のように去っていったペイン。

 

 その光景を今一度思い返し。

 

 

「あれ?ツキヨ、思いの外冷静じゃなかったね」

「うるさいよ、ミィ……あんな事をいきなり言われれば、冷静さを失って当然じゃん……」

 

 『付き合ってくれ』なら、それなりに経験があるツキヨ。ツキヨ自身には自覚はあまりないが、容姿も整っていて学校では人気があるのだ。アタックする男はたまにいる。大体は尻込みしているのだが。

 

 けれど。

 

「全部すっ飛ばして結婚とかアホじゃないのあの金髪……っ!」

「まぁ、ゲームの話じゃなくて、本当に現実(リアル)な話だったもんねー。流石にびっくりしたよ」

「でしょ!?意味わかんないんだけど!こっちはまだ高校生なの!」

「ぎり結婚できるじゃん」

「ミィ!?」

 

 はっきり言えば、ペインを。と言うか、男性を『そういう目』で見たことがなく、今のところ興味も関心もないツキヨ。

 突然言われても困るだけで、恥ずかしいのではなく訳が分からずテンパっているのだ。

 

「まぁツキヨが言わんとしてることは分かるけどねー。いきなり言われても困るし。それもゲーム内で、興味も抱いてない人になんて」

「でしょ?」

「うん」

「だから、次あった時に断っちゃえばいいんだよ。そういう事には興味ありませんって」

「だね……」

 

 好きの反対は無関心とよく言うが、結構きつい断り方である。

 ちなみに、ツキヨがペインに抱く感情は好奇心だったりする。それは、自分以上に洗練された剣技を持っていて、次は何を見せてくれるのか、自分はどうやって反撃しようか。どうやったら完膚なきまでに勝てるかと考えているだけだ。

 

 こんなにテンパるツキヨを見るのは現実含めて初めてなので、ミィはここぞとばかりに脳内保存していたりするが。それはさておき。

 

「もういい……()()の事は忘れて、ダンジョン攻略で八つ当たりする。ストレス発散すれば、もうそれで良いっ」

「わー、もはや『あれ』呼ばわりだぁー」

 

 自分のことじゃないので、例え親友だとしても、いつもからかわれてる腹いせに、これ以上は不干渉を貫くミィ。思い出して顔を赤くするツキヨを見て『かわいいなー』としか思ってない。

 

 

 

 

 

 

 

 ―――今回の件で少なくとも、『意識させる』ことだけは、成功したペインだった。

 

 

 

 

 

―――

 

ツキヨ

 Lv 50 HP35/35 MP221/221〈+90〉

 

【STR 15】 【VIT 0】

【AGI 70〈+55〉】 【DEX 100〈+100〉】

【INT 60〈+30〉】

 

装備

 頭 【舞騎士のマント】体【比翼の戦乙女】

 右手【白翼の双刃】 左手【白翼の双刃】

 足 【比翼のロングブーツ】

 靴 【比翼のロングブーツ】

 装備品【赤いバンダナ】

    【毒竜の指輪】

    【空欄】

 

ステータスポイント0

スキル

 【連撃剣Ⅹ】【体術Ⅹ】【水魔法Ⅹ】

 【挑発】【連撃強化大】【器用強化大】

 【MP強化大】【MPカット中】

 【MP回復速度強化大】【採取速度強化小】

 【双剣の心得Ⅹ】【魔法の心得Ⅹ】

 【双剣の極意Ⅱ】【魔法の極意Ⅱ】

 【武器防御Ⅹ】【状態異常攻撃Ⅷ】

 【気配察知Ⅷ】【気配遮断Ⅷ】

 【気配識別】【魔法隠蔽】【遠見】

 【魔視】【耐久値上昇中】【跳躍Ⅹ】

 【料理Ⅰ】【釣り】【水泳Ⅹ】【潜水Ⅹ】

 【精密機械】【血塗レノ舞踏】【水君】

 【切断】【ウィークネス】【剣ノ舞】

 【刺突剣Ⅹ】【曲剣の心得Ⅹ】

 【曲剣の極意Ⅰ】【属魔の極者】【空蝉】

 【殺刃】【最速】【殺戮衝動】

 【精緻ノ極】【速度狂い(スピードホリック)】【首狩り】

 

―――

 

 ステータスの最終確認を終えて、ふと、あるスキルを目をやってしまったツキヨは、『ふいっ』と目をそこから逸した。

 

「ん?ツキヨ、どしたの?……へー?ほー?なるほどねぇ?」

「ミ、ミィ!」

「ごめんごめん。でも、へぇー?まさか()()()()()()()持ってるなんてねぇ?」

「だ、誰かペインとっ!」

「誰とお揃い、なんて言ってないけど?」

「っっ〜〜〜〜〜!!!」

 

 目に入ったのは、【殺戮衝動】。

 物騒な名前ではあるが、そのスキル効果は前回イベントでペインが見せたものと相違ない。

 

 

―――

【殺戮衝動】

 【VIT】が半減し、全ての攻撃の与ダメージを二倍にする。

 一時間後再使用可。

取得条件

 三時間以上、戦闘以外の行動を取らないこと。

―――

 

 

 【最速】の調整をする過程で、その日のログイン時間を全て戦闘に費やした日に取れたものだ。

 こんな事になるなら【廃棄】すれば良かったと思うが、ダメージ量が一時的に二倍になるというメリットは捨てられない。元から【VIT 0】なので、デメリット無しなのも後押ししていた。

 

「まぁまぁ。強いスキルだから良いじゃん!」

「……からかった本人が言うの?」

「それはごめん!」

「………はぁ、もう良いよ。

 代わりに魔法陣の先にモンスター居たら、しばらく私にやらせて。憂さ晴らしする」

 

 色んなことがありすぎて、ツキヨのストレスがマッハだった。

 『あ、これ爆発寸前だ』と付き合いの長いミィは敏感に感じ取り、小さく頷いた。

 

 

 

 

―――

 

 

 

 はぁ……本当に、心が掻き乱された。

 いきなりの事で驚いたし、正直考える相手でもなかった。それは、ここが仮想世界だから。

 現実なら、もしかしたら違ったかもしれない。……いや、多分、違わないかな。

 どちらにせよ、私の意志の大半はミィに集約されている。

 けど、ここはあくまで仮想世界で、現実じゃない。現実は切り離し、この世界を純粋に楽しむ。

 それが、ここならできる。だからこそ少しだけ、自分のためにやりたいことをみつけようと思っていたのに。

 

 

 ―――心がざわつく。

 

 

 第一、いきなり過ぎるでしょうが。

 唐突すぎて何言ってるか分かんなくなったし。

 こういう時、海の中にダイブすれば、一気に頭まで冴えると思うけど。

 

 ミィには最初の手出し無用の約束は取り付けたし、取り敢えず、モンスター相手に八つ当たりさせてもらおう。そうでもしないと、このざわつきは収まらない。

 

 

 

 

 

 ――今の私は、『私のために』なんて……。

 

 

 

 

「そんな余裕無いっての」

「あれ?どうかした?」

「…………はぁ。なんでもない」

 

 切り替えよう。

 何が起こるか分からないダンジョン。

 いきなりボス戦なんていう突拍子もない事だって起こるかもしれないんだから。

 

 

 だから今だけ。

 

 

「いや、これからずっと―――」

 

 左手を胸に当てて、深く息を吸う。

 肺の空気を全部吐き出し、自然と肺に新しい空気が入っていく。

 無駄な思考を廃し、ただ、勝つことを。ミィのために、最善を尽くす。

 

「今、この場において、他の全てを――」

 

 

 

 

 

 ―――忘れろ。

 

 

 

―――

 

 

 

 ツキヨが自分のことで感情をあれ程顕にしたのは、いつ以来だろうか。

 小学校からの幼馴染の私の前で、ツキヨは基本的に隠し事をしない。言わない事は多々あっても、言って問題ない事は、基本なんでも話す。

 言わないのは、ツキヨが言わないほうが良いと思ってるから。

 けど、私の他に沢山の人がいる場所では、元から真意を悟らせないのが得意だった。

 今では誰とでも仲良くなれるし、誰にでも気軽に声をかけられるし、誰とでもよく話す。

 だから人気は出るし、男の子に勘違いされる。

 けど、それは常に一歩、線引いている。

 そして、それを誰にも悟らせない。

 もしかしたら、ツキヨ自身も気付いてない。

 分け隔てない。という言葉が誰よりも似合い、だからこそ、()()()()()()()()()()()()()()()。私は、その内側に入れているけど。

 ツキヨの無意識の壁は厚いのだ。ATフィールドに匹敵する。それかベルリンの壁。

 ツキヨが壁を作るのは、自分が普通じゃないと理解しているから。それに気付かないのは、その『在り方』が、染み付いているから。

 《神速反射》という人間離れした反射速度は、それほどの物だから。

 

 それを、ペインは容易く壊した。

 やり方はめちゃくちゃだし、負けず嫌いの性格がただの誠実な好青年になってるし。

 その変貌は、直接相対したツキヨの方が混乱しているだろうけど。

 

 正直やってくれたな、と思う。

 ツキヨの薄く、柔軟で、だけど破れない壁を突き破った。剣士の貫通力、恐るべし。

 

 ツキヨはどんな答えを出すのだろうか。

 それは気になるし、色恋なんて全くないツキヨがどうなるか見てみたい。絶対かわいい。

 今もあわあわしててかわいいし。

 

 ただそんなツキヨが、まだ出会って二回目の人間によって引き起こされたのに少しだけ嫉妬する。いいもん。私だけが知ってるツキヨの可愛さは、私だけのものだから。

 

 負けず嫌いで諦めが悪くて。

 ボードゲームが弱いくせに挑んできて。

 紅茶が好きすぎて。

 楽しむために全力で。

 極めるか、から回るかの両極端。

 剣技は熟達してる。

 準備期間を楽しむ小学生みたいで。

 最近じゃ料理にも嵌ってて。

 

 何より。

 

 

 私のことを、支えてくれる。

 

 

 NWOを始めたのも、私が言ったから。

 双剣を手に取ったのも、私と考察したから。

 装備も私が先に揃えたら負けず嫌いが祟った。

 何も言わずに協力してくれて。

 サブリーダーになってくれて。

 一緒に演技してくれて。

 私より私のこと考えてくれて。

 いつの間にか悪代官やってて。

 ウォーレンさんと裏で牛耳ってて。

 イベント前の準備も全部調整してて。

 

 その上で私には、

 どっしり構えてれば良いなんて言って。

 

 自分だけが、頑張って。

 

 

 だから、支えたいのに。

 だから、力になりたいのに。

 

 気付いてるかな?私が、ツキヨの思ってる以上に、ツキヨの事が大好きだってこと。

 ツキヨ以上に、信頼してる相手がいないってこと。ツキヨのこと、すっごく感謝してるってこと。

 

 

 だから、さ。

 

 

「ツキヨが拒否しても、勝手に守るよ」

「え?なにか言った?ミィ」

 

 

 魔法陣の上に乗って、私が来るのを待つツキヨに向けて、小さく呟く。

 もしツキヨが大変だったら、一緒に背負う。

 色恋沙汰は横で笑ってやるけど。ツキヨの困った顔は、とっても可愛いから。

 ピンチなら問答無用で助ける。

 現実じゃ、恥ずかしくて言ったことも無いけれど。ここなら、戦闘っていう明確なピンチがある、ここでなら。

 

 

 

 

「えへへ、なんでもない!さっさと行って、フィールド探索を続けよう!」

 

 

 

 

 

 

 きっと、ツキヨの力になってみせるから。




 
 はい今回短めーっ!

 ……へ?前書きのテンションを維持しろ?作中の雰囲気ぶち壊すな?
 無理言わないでよ。シリアスは好きですが、私自身がシリアステンションなんて良くて数分しか続かないんです。

 勝敗どちらのプロットも作ったのは本当です。私の独断と偏見で、どちらか一方のみを投稿します。正直、ここは負けても良いと思ってますので。

 さて。作中の話でもしましょうか。
 今話のツキヨちゃんは、突然のペインの申し出にパニックを起こしています。最後は冷静になっていますが、それまでは頭の中が支離滅裂ですね。これについては、皆さんも理解するの大変だったかと思います。
 ですが考えても見てください。
 やりたい事、やらなきゃいけない事、自分の想い、相手が向けた自分への思い。
 何一つ揃うことは無く、それらが複雑に絡み合い押し寄せてきた時、パニックで思考があっちこっちに行ってしまうというのは、仕方のない事なのです。
 ツキヨちゃんの思考がぐっちゃぐちゃなんだから、皆さんが理解できなかったとしても仕方のないことです。唯一つ言えることは、狙って支離滅裂なこと書くのムズイっすね!

 対するミィは、しっかりと一本筋の通った思考をしています。実を言うとペインのド下手告白は、ここに繋げるためにやってもらった所があります。ペインは生贄です。


 ―――さて。前振りはこんなものでしょう。

 これから数話かけて行われる海皇戦は、私が投稿前から書きたかった、PS特化における最大の山場と言えます。力の入れようは、第一回イベントでのペイン戦の比ではありません。
 だからこそ、導入から長く(重く)ならないよう、敢えて今話は短く抑えました。
 勿論、今後も要所で山場は沢山あります。
 【対メイプル最終兵器系主人公】を語っていながら、未だ一度もメイプルと鉾を交えていないのも、ギルドイベントという山場に全てをぶつけるためです。予告しておきます。ギルド対抗戦もペイン戦を遥かに超える山場です。まぁ前哨戦みたいな感じで、軽くぶつかる事はあるかもしれませんが。

 こんなものかな。
 正直、海皇戦への思い入れは私の中で最大級です。勿論、勝利√でも敗北√でも。分岐とかはしません。片方のみ投稿し、無駄な尾を引いたりはしませんので、ご期待くださいな。


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ミィとツキヨ

 
『私はただ、あなたの力になりたい』


 


 

 転移した二人の視界を覆っていた光が消えていく。

 それと同時に二人の体を襲ったのは、攻撃でも何でもなく、足場のない浮遊感だった。

 

「っ!これ」

「水の、中!?」

 

 場所からして、間違いなく海中。

 ドーム上に広がった広い空間を海水が埋め尽くしていた。

 

「【聖水】――【アクアエウロギア】!」

「これ……息が、できる?」

「昨日言った【アクアヴェール】の――」

 

 その時、突如として二人の真上に影がかかり、ツキヨは強すぎる水圧に押しつぶされるような錯覚がした。

 

「【フレアアクセル】っ!!」

 

 その重すぎる圧力から脱しようと試みても、考えた通りに思うように足が動かなかったツキヨが混乱し、咄嗟の所でミィに抱えられながら難を逃れた。

 直後、二人のいた場所を通過したのは、大質量の白い触手。

 

 ……いや。大量かつ、太すぎるそれは、もはや壁と言っていい。

 二人の上を覆い尽くす程の白い壁が、高速で真横を通り過ぎた。

 

「大丈夫!?」

「ミィ?」

「はいはいツキヨの親友のミィさんですよー?

 で?神速の反射神経よりも速く助けた私に言うことは?」

 

 ―――え?雰囲気違くない?

 

 思わずそう言っちゃったツキヨを、誰か責められようか。いつもより堂々としてるような。演技でもないのに、その姿にちょっとグッとくる。

 

「ちーがーうーでーしょー?」

「あ、ありふぁふぉうふぉふぁいふぁふ(ありがとうございます)

「よし」

 

 ツキヨは頬をさすりつつ、何とか攻撃した相手に目を向けて、絶句した。

 

 現れた存在は、イカのような姿をしていた。

 足の部分をいれれば、優に五十メートルは超えるだろう巨体のイカ。足は十本など軽く超え、数えるのが億劫なほどに多い。

 現実ではありえないサイズ。現実では世界最大級の魚類さえ子どもに見える、超巨大なボスモンスター。

 ツキヨは、その存在を知っている。

 日本のようにタコやイカを食べる習慣が根付いていなかったころの海外では、その見た目に、存在に恐怖し、怪物に(なぞら)えた。

 その、象徴の一つ。

 タコともイカとも称され、無数の足を持ち、嵐を呼び、船を転覆させる大海の皇者。

 

「……大海魔――クラーケン―――っ!」

 

 モチーフとされるその怪物を知っているが故に、ツキヨは、異変をすぐに察知した。

 

「ミィ!魚群くるよ!」

「ぎ、魚群!?」

「クラーケンの伝承の一説にそうある!」

 

 あぁ。これこそが私の知ってるミィだよね。さっきのが幻影だったんだ、と思いながら。

 体が海水に浸かっているからこそ感じ取れた、微細な振動。それが前兆なのだとすれば、次に現れるのは。

 

「本当に来た!?」

 

 クラーケンを中心に回遊する、数百数千もの魚の群れ。

 クラーケンが出す排泄物は、魚が好む香りをしているという逸話がある。それにより、クラーケンがいる海域には無数の魚が群れをなすのだ。

 だからこそ、ツキヨは次の一手を打つ。

 

「……【聖流絶渦】っ!」

 

 【聖水】によって強化されたスキル【渦潮】。

 元は小規模の渦潮を作り出し、敵を渦の中に引き込むことで攻撃するスキル。けれど。聖水によって変化したこれは、一味違う。

 

「攻防一体の激流の壁……乗り越えられるものなら超えてみろ!」

 

 その威力をそのままに。自分と味方を守る、水圧の壁となる。

 触れたものを水流の中に引き摺り込み、決して開放しない激流の防御壁。

 規模は小さい。ツキヨを中心に半径一メートルの小さな渦。

 けれどこれには、【渦潮】の時から特殊条件下における、とある効果が付いている。

 

「な、なんか勢い増してる?」

「そういうスキルだからね、【渦潮】は!」

 

 多量の水がある場所において使用した時、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 激流の壁は厚みを増し、クラーケンの領域を侵食しながら魚をその内側に取り込む。

 勿論、巻き込んでいく水が無くなれば。つまり、周囲の水を全て渦の中に巻き込めば、その威を上げることはない。後は効果時間が切れて、消えるのを待つのみとなる。

 それにより、二人は僅かな時間ではあるが、安全地帯を作り出した。

 

「全ての海水を飲み込むまで、【聖流絶渦】はその威力を増し続ける」

 

 こうして守りの手を打っている最中にも、クラーケンも無数の触手が潮流に巻き込まれ、切り刻まれ、肉片と化していく。

 クラーケンに比べれば小さい魚は、その多くが水流に飲まれる形で【聖流絶渦】に飲み込まれ、斬り刻まれ、粒子へと変わるが、数は無制限に増えているように見えた。 

 けれど。

 

「クラーケン、あれだけ触手が呑み込まれたのに、HP変わんないね……」

「と、なると。ダメージが通るのは本体だけ……とか?」

「……」

「ミィ?さっきから変だけど、どうかした?」

 

 最初、ツキヨは好きにやりたいと言っていたが、これじゃ無理だと流石に冷静になる。

 激流の壁を解けば魚の群れが激突してきて、壁というべき触手によって圧殺される。

 

 

「ツキヨ。この、海水……!」

 

 言われ、先程からやけに体の動きが鈍いことを感じ取った。

 

「地形そのものが、不利に働くとか……」

 

 海水に触れている時間が長いほど、少しずつAGI減少のデバフが積み重なり、重くなる。最初に一割近くAGIが減少したせいで、さっきも体がうまく動かせず、ツキヨは逃げる判断が遅れたのだとようやく分かった。。

 それに、元よりここは水中。【アクアエウロギア】によって一時的に呼吸が確保されているが、ツキヨのMPが切れれば、ミィのスキルレベルでは十分と保たずにタイムオーバーだ。

 長期戦は、最初から不可能。

 

 その判断を下したと同時に、【聖流絶渦】の効果が切れた。

 

「【フレアアクセル】!」

「【聖流絶渦】!」

 

 切れたと同時に、生き残った魚と触手が再び二人に迫り、ミィがツキヨを抱いて、その場を離脱。少しだけモンスターが手薄な場所に移動して、ツキヨが再び壁を展開した。

 

「……ありがとね、ミィ」

「ふふん。神の如き反射速度も、持ってる人がツキヨだもんねぇ?」

「あ、何それ酷くない?」

「どれだけ速く反応できても、正しい判断ができないんじゃ意味はないってこと」

「ぐっ……」

 

 言い返せず、その通りだと言葉に詰まる。

 そんなツキヨを見て、だからとミィが続けた。

 

「だから私が、ツキヨをサポートする」

「え?」

「私のAGIだと、クラーケンに辿り着く前に叩き潰される。だけど、ツキヨなら」

 

 【最速】を持ち、人外の反射速度を誇るツキヨなら。

 言いたい事は分かる。魚と触手を掻い潜って、ツキヨが近距離で戦えということだろう。

 【飛翼刃】という手札もあるが、それは触手によって防がれてしまう可能性が高い。ならば、距離を詰めるしかない。

 けれど。それをした瞬間にツキヨを中心に展開している【聖流絶渦】がミィを守れなくなり、完全に無防備のまま漂うことになる。それはあまりに危険だと、ツキヨが言おうとすると。

 

「大丈夫!私を誰だと思ってんの?炎帝だよ炎帝?水の中だろうが炎を滾らせ焼き尽くす理不尽様だよ?」

 

 ふふん。と胸を張るミィが虚勢を張っているのはすぐに分かったが、これでは折れそうにない。

 ここに転移してから様子がおかしいが、それは悪い意味じゃない。

 どこか吹っ切れたというか、いつもより、堂々としてる。まるで、【炎帝ノ国】リーダーとしてのどっしりとした心構えが乗り移ったかのように。

 

「本当に、どうしたの?」

 

 思わず、聞いてしまう。今しか聞くタイミングがないから。

 守りが切れれば、【アクアエウロギア】用のMP温存のためにも戦い始めなければならない。どうしても、ここで。

 そう思い、訪ねたツキヨに、ミィは笑った。

 

「ふふっ。変わってないし、変なわけでもない。ただ―――報いたいんだ」

「え?」

「話終わりっ!さ、行った行った!」

 

 誰に?何を?そうやって聞きたいことを全部隠して、ミィは笑顔で封殺する。

 そろそろ激流の壁が消える。それは今度こそ本当の開戦を意味し、戦闘が終わるまで、ミィと話すタイミングはもう来ないと教えてくれる。

 だから。

 

 せめて。

 

「絶対……勝つよ、ミィ!」

「守るよ、ツキヨ。道は、私が。ツキヨは――」

 

 誓うように。唄うように。

 無意識に繋いでいた手を離し、送り出す。

 

「迷わず突っ込め―――っ!!」

「【最速】っ!!」

 

 

 

―――

 

 

 

 相変わらず、ツキヨは過保護だなぁ……。

 

 その思考を苦笑で抑え込んで、クラーケンの周りを高速で泳ぐ純白を見る。

 ツキヨが加速を無くす動きができると言っても、水の抵抗だけはどうしようもないのか、やっぱり少しだけ加速があり、私でも十分に姿を追うことができる。

 空気よりも限りなく密度が高いし、そんな中を泳ぐのだから当然といえば当然かな。

 それでも、クラーケンは限りなく胴体に近づくと、その周りは寧ろ比較的穏やかな安全圏だから、ツキヨは無数の斬撃を叩き込んでいる。

 自分勝手に、傲慢に。だけど、万感の思いを込めて自分に約束しちゃったから。

 私は、ツキヨを守るんだ。

 ツキヨが私を支えてくれる分だけ、いやそれ以上にツキヨを支えて、道を切り開く。

 【飛翼刃】は余計に水の抵抗を大きくしてしまい、移動速度を余計に下げる。

 だから、今のツキヨは【薄明・霹靂】に装備を変えて、クラーケンの周りを泳ぎ回る。

 全部急所を付いてるんだろうけど、HPの減りが遅い……純粋に、HPの量が桁違いなんだ。

 

 ツキヨがクラーケンを相手し、私が他の全てを引きつけるんだ。

 

「【挑発】!」

 

 【炎帝ノ国】の活動中、大量のモンスターが来た時に、少しでもみんなの負担を減らしていつも通りに戦うために取得したこれが、今ようやくツキヨの役に立つ。

 全ての魚をおびき寄せ、私は【フレアアクセル】の加速と【爆炎】を使うことで魚にノックバックを与えつつ、衝撃で後退する。

 

「っとと。【爆炎】!」

 

 ツキヨのサポートも忘れない。

 触手が四方八方からツキヨを包囲するように動き、ツキヨを捕まえ叩き潰すつもりだったのは見えてた。だから、一箇所だけ吹き飛ばし、ツキヨの逃げ道を作る。

 幸いにも触手の防御力は低いのか、威力自体はかなり低い【爆炎】でも充分に千切れる。

 正直、把握することが多すぎて頭が痛くなる。

 かれこれこの状態が一時間は続いているんだから、当然といえば当然かな。

 

 ツキヨの最高火力で攻撃を当てても、相当にHPが多いのか一時間かけてようやく三割削れた所。

 魚は倒した端から追加され、ツキヨの動きも時間が経つごとに遅くなる。もういつもの速度が、見る影もない。【最速】は一分だけだからあまり意味もないし、使いどころは間違えられない。

 

 加えて問題は……

 

「く、ぅ――っ!【噴火】!」

「ミィ!」

「大丈夫だから!クラーケンをやって!」

 

 ―――私だ。

 もはやAGIは9割近く減って、現実で水の中を進むような速度。幸いこれよりもAGIは下がらないのか、もうこれ以下に落ちることはないけれど、【フレアアクセル】の瞬間加速を使わなければ到底逃げられない程に、私の速度は落ちてしまった。

 けど、今はツキヨの活路を開くために、もう一つの準備だって進めてる。

 魚の群れの中でも、比較的小型の魚の突進は避けないで体で受け、ダメージを最小限に抑えつつサポートして、私もできるだけ生存する。

 正直、もう一杯一杯。

 休みたいし寝たいしこんな難しいダンジョンとは思わなかったしできれば諦めたいし。

 

 だけど。

 

「まだやれるっ【豪炎】【蒼炎】【炎帝】!」

 

 両手にこれまで以上に熱く燃える巨大な炎と、海の青よりも尚蒼い炎を滾らせて。近づく魚を一掃した後、ツキヨに迫る触手を両側から挟み込むように焼却する。

 今のでMPも切れた。時々ツキヨが【聖命の水】でHPを回復させてくれるけど、MPはMPポーションが生命線。即座に取り出して、惜しげもなく使う。

 あーぁ。

 明日辺りに火山エリア行きたかったのに、ここでMPポーションは使い切っちゃうかなぁ……。

 

 でも。

 

「……うん。それでツキヨを助けられるなら」

 

 それも良いかな……って、思っちゃう。

 いつも助けられてるし。昨日も、今朝も。イベントに向けた色んな準備も。私のためにたくさんの時間を使ってくれたツキヨのために。

 

 私の後ろに、赤い魔法陣が無数に浮かび上がる。本当は、もっとたくさん用意して、一気に殲滅するためだったけど。

 一時間で強制的に放出されてしまう【遅延】スキルの関係上、どうしてもここしかなかった。

 

「ここでくらい、私がやらなくてどーすんのっ!【遅延】解除!いっけぇっ!」

 

 全て貫通属性を乗せた百本の【炎槍】。

 いつも【遅延】を解除した時に思うけど、これ見た目は完全に聖杯をかけて戦争してる世界の英雄王だよね。私は慢心しないけど。

 魚は殆ど片付けた。一分は湧かない。だからこの全てを使って、クラーケンの触手を一度だけでも殲滅する!

 

「ミィ助かる!――【八岐大蛇】!」

 

 ツキヨの最大威力は、スキルじゃない。

 武器の【刃性強化大】を受けたことにより、与ダメージ1.5倍された、通常攻撃。それを、今ツキヨの視界に見えてるだろう弱点に叩き込むこと。

 AGIが落ちてるとはいえ、ツキヨのダメージソースのDEXは落ちていないので、クラーケンの頭頂部にある耳……(ヒレ)に十六本の斬撃が刻まれて、HPが一割ほど減る。

 やっぱり、あれが一番のダメージソースだね。

 

 私の【炎槍】の一部がクラーケンの胴体に当たったのを含めて、これでようやく半分。

 

 同時に、そろそろ【潜水】できる時間が迫ってきたから、流石にやばい。

 

「【アクアエウロギア】【聖流絶渦】!……大丈夫、ミィ?」

「ありがとう、ツキヨ」

「いや、私も【潜水】できる限界になる前に使っときたかったから」

 

 そう言えば、ツキヨが潜ってられるのは45分だっけ。ここから十分は呼吸できるから、少しだけ焦りが消える。

 

「それよりミィ。クラーケンの足を再生より前に全部消すと、クラーケンがしばらく動かなくなる」

「そうなの?」

「うん。多分地上モンスターで言う転倒(タンブル)と同じ状態だと思う。……もう一回、できる?それで、絶対に削り取るから」

 

 ……はっきり言えば、厳しい。

 貫通属性を乗せないと水中による威力減衰で、全部の触手を吹き飛ばすのはできない。加えて、最低でも【炎槍】レベルの威力の魔法が必要。それを百本用意するために、一時間でMPポーションを20本使った。

 魚群の対処だってある。

 

 でも。

 

「良いよ……もう一回だろうが十回だろうが。何回だってやる。だから、ツキヨは私が作った道を迷わず進んで」

「とっくに信じて、頼りにしてるよ……ミィ」

 

 信頼されちゃ、応えない訳にはいきませんって、親友として、さ?

 

「ツキヨ、今AGIどのくらい下がった?」

「ん?んー……七割かな。元が結構高いからそれなりに戦えるけど、近づくのちょっと大変。そっちは?」

「……よゆー、だよっ!あ、でも魚の近く通る時は、口元に魔法陣を出してたら気をつけて。AGIを下げるモノか、かなりの高威力の魔法を放ってくるから」

「分かった」

 

 白い魔法陣ならAGI低下を。青い魔法陣なら、高圧水流の魔法を使ってくる魚群。そいつらに、この一時間で何度も囲まれた。

 魔法を使わない突進ですら脅威の魚群。

 その度にAGI低下魔法に向かってわざと突っ込み、ダメージだけは受けないようにしているから。勝つために、ツキヨにこれ以上AGIの低下をさせるわけには行かない。

 

 ごめんね。

 私は、もう魔法を使わないとまともに移動できないくらい、AGIが下がってるんだ。

 だけど、それを言うわけにはいかない。

 元から私の機動力は、地上でも【フレアアクセル】で確保してたんだ。なんとかする。

 

「確かに一気に吹き飛ばせば、再生のために一時動かなくなる、と。そろそろ再生し終わるね」

「だね。ちゃんと勝って、運営にギャフンと言わせようよ」

「あははっ!賛成!」

 

 一本一本ちまちまと吹き飛ばすだけだと、すぐに再生されてしまう。けど、一度に全部吹き飛ばせば、動けなくなるし再生も時間がかかる。

 今は、呼吸がヤバかったのと、単純にそれが分かったからこそ、勝つための作戦を伝えるために断念したんだ。

 

「【炎槍】の準備は三十……いや、十五分で終わらせる。だから、ツキヨもできるだけ削って」

「うん」

 

 さっきは一時間かけて準備したんだ。それを半分どころか、四分の一とか自分でも正気の沙汰じゃないと思う。

 さっきは吹き飛ばした魚だって、もう同じだけの群れに戻ってる。

 これを全部捌いて、ツキヨの道を作って、十五分で勝機へと道を準備する。

 …………きっつ。

 

 でも。

 

「なんだろ。なんか、嬉しいや」

「いきなりどうしたの、ミィ?」

「うぅん。ほら、行って?」

 

 クラーケンはもう触手を回復させて、渦潮にどんどんと触手を突っ込んで突破しようとしてる。

 渦潮も、これまで通りもうすぐ消えると思う。

 それがツキヨはちゃんとわかってるから、私の言葉を素直に聞いて、ちゃんと一直線にクラーケンに泳いでいく。

 

 分かんないかな?いや。分かんなくていい。

 これはあの日の。

 ログイン初日の、魔法使いとして後ろで守られているだけだった私との決別だから。

 最初は、守られた。

 次は装備を先に揃えて、追い越したと思った。

 またすぐに、追い抜かれた。

 もっともっと、先に行かれた。

 けど、それでも並んでいたくて。

 必死にレベルを上げた。

 それでも、前回イベントは四位。

 初心者だったメイプルちゃんにも負けた。

 ツキヨには、大敗だった。

 けどその頃から、ようやく隣に立って。

 自信が持てるようになった。

 

 それでも。

 

 守られているという気持ちが強かった。

 ツキヨには沢山助けてもらってるのに。

 私は、ツキヨの力になれなかった。

 我儘を通したせいで、ツキヨの負担になった。

 それが悔しくて。

 悔しくて悔しくて悔しくて悔しくて。

 

 だからこそ。

 今。

 こうして。

 

「……一緒に戦うだけじゃない。

 ()()()()()()()()()()()()()()

 ツキヨが戦うための、役に立てる。

 そのことが、何より嬉しい」

 

 それも、相性不利な海中なのに、火の魔法を使って。それはツキヨが最初に言ってくれたから。

 

 『ミィなら、耐性も打ち抜く火力を出せそうだし』と。そう根拠もなく明るく笑った、その言葉通りに。

 だから、言うんだ。

 だから、私はこれを楽しむんだ。

 その言葉が、今。

 

 現実になれたから。

 

 

 

「絶対絶対、焼くんだからぁ―――っっ!!」

 

 

 

 

 

 

 

『スキル――――――』




 
 友情も、親愛もある。

 ツキヨを親友だと、心から思う。

 だけど、ずっと心苦しかった。

 私は、ずっと支えられてきた。

 ずっと、守られてきた。

 それがありがたくて。

 それが申し訳なくて。

 私は、何にも返せない。

 だから、せめて支えになりたい。

 その為なら、喜んで危険な綱渡りだってやる。

 それで、ツキヨに並び立てるなら。

 私は笑顔で、茨の道だって進んで行こう。


 もう、守られるだけの私じゃない。

 私だって、あなたを守りたいんだから。



 ………私はただ、あなた(ツキヨ)(支え)になりたい。



 ツキヨが使った魔法の解説は、キャラ紹介に載せています。


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月夜と美依

 
『私の全ては、あなたの為に』


 


 

 いつも、考えてしまうことがある。

 

 

 私には、ツキヨみたいな凄い才能がないこと。

 

 私は、ツキヨに助けられてばかりなこと。

 

 戦うのは、好きだ。

 

 魔法は大好き。

 

 だけど、私は遠距離戦が苦手。

 

 だから私は、前衛魔法使いなんだ。

 

 誰よりも前に出て敵を焼き尽くし、味方を前で守る。

 

 後ろで守られながら砲台をする、一般的な魔法使いなんかじゃなく。

 

 前衛で。敵を翻弄しながら一番前で敵を焼く。

 

 それが、私の今の戦い方。

 

 だから、本当はこんなの(誰かのサポート)は苦手なんだよ。

 

 なにさ。

 

 二人して前衛って。

 

 バランスが良い?

 

 違う。私達のバランスは最悪だ。

 

 私は前衛が得意なのに、本当は苦手な後衛で。

 

 ツキヨは後衛ができるのに前衛で。

 

 装備による前後の立ち位置が違うだけで、本当は私が前に出て、ツキヨは後ろから【飛翼刃】で圧殺だってできる。

 

 けどそれをしないのは、ツキヨの身体操作技術が卓越しているから。

 

 今回みたいな相手には、ツキヨの《神速反射》が必須だから。

 

 ツキヨはNWOを始めた時に剣を選んだけど。

 

 ツキヨも気付いてないツキヨの才能は魔法使い向きなんだ。

 

 そうじゃなかったら、百メートルも伸ばした刀身を意のままに操ることも、それで遠くの敵を狙い撃つこともできない。

 

 でも、それでもツキヨが近距離であれほど戦えるのは、反射速度に頼っているから。

 

 他人の行動を後手から追い抜き、何時でも先手が取れるから。

 

 人外の反射速度は、本当に反則。

 

 あと、本人の諦めが悪いっていうのもある。

 

 そろそろ、私にボードゲームで勝つのは諦めた方がいいと思う。

 

 本当なら最初から私が純正の前衛、ツキヨが魔法使いを主軸に、サブで剣を使ったら良かった。

 

 その方が、ツキヨも私も強かった。

 

 だって魔法使いを選んだのは私の我儘だから。

 

 そう考えてしまう度に、私は無意識に()()()()()()。その先にある感触に、頼ろうとしてしまう。

 

 

 だけど。

 

 それでも魔法が使いたいんだ。

 

 後衛が苦手でも、大好きだったから。

 

 ツキヨに迷惑かけちゃっても。

 

 始めた頃からずっと、負い目を感じていても。

 

 

「私は、ツキヨの隣に立っていたいから」

 

 後衛(魔法使い)向きの才能なのに、前衛(剣士)を人並外れてこなせるツキヨの親友として。

 

 私だって、魔法使い(このやり方)で最強にならなきゃいけないんだから。

 

 並び立つために、このくらいの賭けは喜んでやってやる!

 

 

「【魔力炉・負荷起動(アルキアティウス・オーバーロード)】ッ!!」

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

「HPが半分になってから、また攻撃が苛烈になったね……」

 

 ツキヨはクラーケンから離れて泳ぎながら、一人つぶやく。

 前半は一度として使用してこなかった魔法も使用して、ただでさえキツい触手攻撃が更に捌きにくくなる。

 

 クラーケンが使った魔法は、設置型の爆弾のようなもの。

 

 クラーケンの身体全方位に出現し、触れると爆発する。触れなくても時間経過で爆発する厄介なもの。しかも発現した瞬間のみ魔法陣が見えたが、次の瞬間から見えなくなった。ツキヨが持つ【魔法隠蔽】と同系統のスキルを持っているのだろう。

 まともに近づくこともできないし、安全圏にいても触手が縦横無尽に襲い来る。

 というかこの空間に安全圏など存在しない。

 クラーケンからこれ以上距離を取れば、魚たちの標的になる。

 これ以上近づけば、隙間の無い爆弾の海に身を投じる事になる。

 

 八方塞がりの手詰まり。何とか迫りくる触手を捌いて爆弾の範囲に入らないようにしているが、それではダメージも与えられない。

 【飛翼刃】は一度試したが、触手を何層にも重ねて受け止められた。厄介な。

 

「ミィは、大丈夫かな……」

 

 自分は今のところ大丈夫。膠着状態に陥っているだけだ。ミィのあの【炎槍】爆撃の時に備えればいい。だけど、クラーケンの敵対値(ヘイト)も私に維持しなきゃいけないから、手助けには行けない。

 魚の方は完全に任せるしか無い親友に目を向けた、その時だった。

 

 

 静謐な海の底で、茹だるような暑さを感じた。いや、これは最早()()と言って差し支えない。

 

 同時に、蒼の世界を染め上げるような、鮮やかな赤いオーラが全域に広がる。

 

 まるで、世界そのものを侵食するかのように。

 

 

「ミィ……?」

 

 その発生源は、後方にいる親友。

 

 太陽のような暖かな光が世界を照らす。

 ツキヨの【血塗レノ舞踏】とは違う、暖かで柔らかな日の光。

 

 だが同時に畏怖すら抱く、超自然的な恐怖。

 

「なに、したの……ミィ……」

 

 その答えを、ツキヨはまだ知らない。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 【魔力炉】

 それが、ついさっき私が取得したスキル。

 

―――

【魔力炉】

 スキル終了後、一時的MP減少・一時的MP喪失・永続的MP喪失のデメリットを有する3つのスキルを内包する。

取得条件

 MP総量が1000を超えていること。

 一定時間内に魔法使用にてMP残量を一定回数以上0にすること。

 また、魔法の使用回数が一万を超えること。

―――

 

 この戦いの中で、MPが回復するたびに魔法を使えるだけ使った結果が、こうして今、スキルの形で反映されているのは嬉しい。

 その中で、今使用したのは一番軽いデメリットの一時的MP減少スキル。

 【魔力炉・負荷起動】。

 

 効果は十分間、MP総量を()()、MP回復速度を()()()に引き上げる。

 そして、魔法の再使用可能時間(リキャストタイム)を十分の一にする。

 代わりに、使用後にしばらくの間、MP総量が四分の一にまで下がるというもの。

 

 この私の周りに見える(オーラ)こそ、今の私のMP最大量を表してると言っていい。

 言わば、MPの前借りだ。

 未来においてMPを減らす代わりに、減らした分を今使う。

 使ったMPは跳ね上がった回復速度によって即座に回復し、魔法は限りなく減ったクールタイムによって乱射可能。

 

「今なら、いけるっ!【炎帝】【炎帝】【炎帝】【炎帝】【炎帝】ッ!」

 

 浮かぶのは都合十の灼熱球。

 全てが私の手中で操作され、私を守るように全方位に展開する。

 

「焼き払え―――ッ!!」

 

 ちょっと、テンションが上がったのは許してほしいけど、これで最良の結果を引き寄せられるなら何でもいい。

 

 十の【炎帝】を一気に放ち、魚もクラーケンの触手も、近くにある一切合財を滅却。

 正直に言うと頭が割れるほど痛いけど、考えてる暇もなく【遅延】スキルに【炎槍】を連続装填していく。

 同時に、残ったままの【炎帝】を一直線にクラーケンに突っ込ませ、周囲に設置してある不可視の爆弾を強制起動させ、その爆風も()()()()()()

 力技で道を切り開く!

 

「ツキヨ!」

「任せて!」

 

 クラーケンから距離のあるツキヨは、一度は【白翼の双刃】に戻していたけど、また【薄明・霹靂】を使っている。

 接近する間に触手は復活し、爆弾も設置されるだろうけど……。

 

「【フラッシング・ペネトレイター】っ!」

 

 ………うわ……何あの速度。っていうか、それ【刺突剣】最上位のスキルだっけ?前方の遠距離までを一突きで貫く突進技。

 クラーケンの(ミミ)、貫通痕できてるし……。

 AGIに関係なく高速で突っ込む突進技なら、私が作った道を有効に使えるってわけね……。さすがツキヨ。

 その発想力というか、引き出しの多さに驚けばいいのか、二刀【八岐大蛇】の方がダメージ大きいことに呆れればいいのか、もう私には分かんないよ。

 

 というか、考えてる暇なんてない。魚の処理を続けながら、全ての爆弾を力技で処理するために、使える魔法を全部使う。

 爆炎で吹き飛ばし、業火で燃やし、噴火の如き勢いで壊し、灼熱の炎で消し飛ばし、蒼き炎で滅する。MPは使うたびに回復し、減る様子はないけれど。

 

「【炎て――っ!あぁもう小休止(息継ぎ)かっ!」

 

 この状態のもう一つのデメリットが来た。

 今空間内には、私が使用した魔法が数えるのが億劫なほど、その効力を残したまま存在している。確実に数百を超えている。

 その残存魔法の数は一定数で飽和し、一時的にそれ以上の魔法が使用不可能になる。

 こんなこと、普通はありえない。

 だって、それは再使用可能時間(リキャストタイム)によってバランスが取られているから。

 だけど、今の私はほぼ無制限に魔法を行使できる。当然、飽和もする。

 

 でも、それだけやった価値はあったのか、魚は燃え尽き、触手も殆ど焼却して転倒(タンブル)状態。

 クラーケンのHPは三割五分。

 ツキヨ、今がチャンス!って言おうとしたけど、何故かツキヨはこっちに泳いで来る。

 

「ミ、ミィ、何これ……?」

「ツキヨ。なんでこっち来たの?」

「いや、そろそろ【潜水】限界時間でしょうに……【アクアエウロギア】【聖流絶渦】」

「あぁ、そっか。忘れてた」

「忘れてたって……」

 

 

 でも、もう正直言うとやばいんだよ。

 

「聞いてツキヨ。あと数分で、私戦えなくなる」

「えっ……」

「これは、そういうスキルだから。魔法がほぼ使えなくなって、完全に足手まといになる」

 

 あと二分で【魔力炉・負荷起動】が解除される。何とかさっきまでで【炎槍】百発を準備したけど、それだけじゃ心許ない。

 これからする提案が、倒した後に物凄い危険があるっていうのは重々承知してる。だけど。

 

「何で、そんなスキル使って――」

「勝手にやってごめん。迷惑かけてごめん」

 

 でも、それでもツキヨの役に立ちたかった。

 笑えないよね。結局、足手まといの迷惑になっちゃうんだから。

 それでも、できることはある。

 

「ツキヨの道くらいは、作るよ」

「みち?」

「うん……【殺刃】を当てるための道」

「それ、は……っ」

 

 分かってる。ここまでの数時間を、全部無駄にする行為だってことは。

 だって、確実に殺すスキルなんだから。

 最初から使えた、最強の一手なんだから。

 それを、あと少しになって使うっていうのは、これまで少しずつ削った努力全てを水泡に帰す行為だって、分かってるから。

 

 ―――でもさ。ツキヨが言ったんだよ?

 

「負けるのが、一番駄目なんでしょ?」

「―――」

 

 言った本人が忘れてちゃだめだよ?良い記憶力はどこに行ったのさ?

 

「あの浮島から地上にもう一度降りられるか分かんないから。死ぬのだけは、一番やっちゃだめなんでしょ?」

「そう、だけど……」

「万全は期した。頑張った。死なない努力もした。その上で、クラーケンには勝てなかった!」

 

 

 だから。

 

 

 

「だから勝負に負けても、死合いには勝とうよ。

 

 ―――ね?」

 

 

 今できる最大限で、ツキヨを支えるから。

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 【殺刃】を使うのは、本当に最後の手段にしている。

 どうしようもない敵。絶対に勝てないような敵に、それでも勝ちたい時の最後の手段として。

 だけど、もうチャンスなんだ。

 今だって極論を言えば、ミィを見捨てれば勝つことができた。けど、それじゃ本当の勝ちじゃないから。私はミィのところに戻ったんだ。

 負けたとしても、最後のチャンスを失ったとしても、ミィを見捨てるのだけは、絶対にあり得なかったから。

 

 ミィはこの戦いの間、ずっと私を支えてくれた。私に迫る危険な攻撃を全て対処し、全ての魚を引きつけ、触手を千切り、私には攻撃に集中させた。

 

 その間、ミィのHPが何度も危険域に達していた。慌てて回復したら、『(うしろ)じゃなくクラーケン(まえ)だけ見ろ!』って怒られた。

 

 

 

 ―――本当に、何考えてるのよ。

 自分は魚の攻撃を何度も受けて、それを気にも止めずに私の補助をして……。

 

 ミィは何に、そんなに鬼気迫っているの?

 

 戦い始める前から今まで。ずっと、私の道だけを作り続けてきたミィ。

 

 なんで、そんなに自分を蔑ろにしてまで、私のサポートをするの?

 

「教えて、ミィ」

 

 そんな、私の嘆願を。

 

「そんなの、簡単じゃん」

 

 心からの笑顔で。

 

「ツキヨの力になりたいから!」

 

 もうとっくの昔に、私は支えられているのに。

 

 

 

 

――――――

 

 

 

 

 小学校……たぶん、2年生だったと思う。

 

 今住む町に転校してきた私が最初に出会ったのは、純粋なまでの悪意だった。

 

 日に一度、必ず気絶する私。

 そのタイミングは毎日バラバラで、原因は医者にも、誰も分からない。

 私自身、この反射速度に気付かず、これが普通だと思っていたから。だから普通ですらない私は、落ちこぼれだと思っていた。

 落ちこぼれの私。

 誰より劣る私。

 

 いつも劣等感に苛まれ、私はダメなのだと。

 人として、出来損ないだと。

 そう思ってた。

 

 そんな、いつどこで気を失うか分からない存在を、みんな気味悪がった。

 

 

 やれ、病気だ。

 

 やれ、呪われてる。

 

 やれ、近づくな、伝染(うつ)る。

 

 

 そんな、純粋なまでの悪意。

 

 前いた学校も、似たような悪意に満ち満ちていて。耐えられず、不登校になり転校した。

 

 両親すら謎に包まれた原因を恐れ、表では優しかったけれど私がいない時には、私を施設に預ける話すら上がっていた。

 

 希望はなく、仕方ないことだと諦めて。

 

 月の光すら差さない絶望の闇夜を受け入れた。

 

 

 

 ここでも、同じかと。

 

 やっぱり、私は誰より劣っていて。

 

 悪意を向けられるのが当然で。

 

 

 

 

 私には存在価値なんてなくて。

 

 人間以下の何か。

 

 みんなと同じになれない『普通以下』。

 

 その思いだけが私の中にあった。

 

 

 今思い出しても、一番、死にたい時期だった。

 

 けれど。

 

 

 そんな世界に、ある時光が差した。

 

 

『だだだ、大丈夫!?なになになに!?えっ!けがとかしてないよね!?』

 

 そんな風に、慌てて、混乱して、半泣きで。

 

 本気で私を心配する彼女。

 

 なんで、心配するんだろう?

 

 なんで、手を差し伸べてるんだろう?

 

 なんで、出来損ないのわたしに悪意を向けないんだろう?

 

 

 

 

 なんで?なんで?なんで?

 

 

 

 

 ――なんで、こんなにあったかいんだろう。

 

 

 

 私の心に、温かい火を灯してくれた女の子が、神様みたいで。

 

 

 その時から。

 

 差し伸べられたその手を取った、その時から。

 

 

 

 

 

 私は救われた。

 

 

 

 

 

 それが、火神(かがみ)美依(みい)との出会い。

 

 

 

 

 

 

『私、毎日、気を失っちゃうから……病気とかじゃないけど。私が、できそこないだから』

 

 コントロールできない私は、自分が出来損ないだと思って。悪意が当然だと思ってた。

 

『なら、わたしが近くにいれば、すぐたすけられるね!』

 

 そんな私を、いつも救い上げてくれるのが、美依だった。

 

『つくよーっ!たすけっ、むりむりむりぃ!?』

『みいちゃん、大丈夫!?』

 

 そんな神様みたいな子も、苦手なことはたくさんあって。特に高い所はダメダメで。

 

 だから、少しずつ親近感を抱いた。

 

『うわ!月夜(つくよ)、全然ボール当たんない!なんで!?』

『あの子のボール、遅いよ?』

『学年一早いよ!?』

 

 五年生の頃、体育のドッジボールでこんな会話をしたのが、多分きっかけ。

 気絶癖は治らなかったけど、この頃には、美依と一緒にいるのが、当たり前だった。

 

『よく考えたら、(みんな)遅いね』

『えー?何が?』

『………動きが?』

『なにそれ?』

 

 心にゆとりができて。

 家族のことは当時諦めていたけれど。

 塞ぎ込んでいた頃や、ちゃんと伝えられなかった頃から育ち、ようやく、コントロールの手がかりが掴めた。

 

 

 

 その間にも、本当に色々なことがあったんだ。

 

『そいつと一緒だとお前も呪われるぞ!』

『お前も病気になるんじゃねーの!?』

 

 私に向けられるべき悪意は美依にまで及んだ。

 苦しかった。

 申し訳なかった。

 何度も、美依から離れるべきだと心が叫んだ。

 

 でも、それら全部。

 

『そんなことないもん!

 つくよ(月夜)は病気じゃない!呪われてもない!』

 

 そう言って、何度も何度も。

 

 何日も……何年も………。

 

 

 私の言葉を信じて、守ってくれた。

 泣きながら、体を張って。

 私の、手を取って。

 

『なんで、そんなに守ってくれるの?』

 

 そう、聞いたことがあった。

 私は出来損ないで。

 毎日、気絶しちゃって。

 美依にも悪意が向けられて。

 迷惑しか、かけたことがないのに。

 私と離れた方が、美依のためになる。

 他の友達を全員失って。

 クラスで二人で気味悪がられて。

 

 

『だって、月夜は優しいじゃん』

 

 

 美依が言ったのは、たったこれだけ。

 この言葉に、どれだけ救われたことか。

 

 悪意しか知らなかった私に、純粋な。

 

 一欠片の不純物もない。

 

 完全な100%の好意が。

 

 そうやって笑う美依の言葉が。

 

 本当にありがたくて。

 

 初めて出会った時と、同じ温かさを感じた。

 

 

 

 

 

 

 その日から、私は決めたんだ。

 

 美依の力になるって。

 

 この気絶とも向き合い、改善するって。

 

 何があっても、絶対に諦めないって。

 

 美依を支えるって。

 

 貰った温かさの分、美依に返すために。

 

 それが私にできる、唯一の義務だから。

 

 

 

 だから、私は今も美依を助けるんだ。

 貰った想いを、何倍にもして返すために。

 美依には、たくさんの物を貰ったから。

 大切だったものを、沢山奪っちゃったから。

 ずっとずっと、支えられてきたから。

 だから私の行動理念はどこまでも美依(ミィ)のため。

 美依の為に、ゲームでだけど剣を磨いた。

 

 美依の為に、できる事は全部やった。

 

 

 美依がいなければ、私は今も毎日気絶してた。

 

 

 ………いや。

 小学校のあの時、私の人生は終わっていた。

 きっと、自殺という最もつまらない終わりで。

 

 それを救ってくれたのが。

 

 掬い上げてくれたのが。

 

 

 私の神様で。

 私の救いで。

 私の支えで。

 私の希望で。

 

 

 

 

 

 ―――私の、親友。

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

「ツキヨの力になりたいから!」

 

 いいよ……もう十分すぎるほどに、ミィにはもらったんだから。もういいよ。

 これ以上貰っちゃったから、一生かかっても返せなくなっちゃうから。

 

「とうの昔に、ミィからは沢山貰ってる」

「私からあげた物なんてないよ」

 

 ミィにとっては、そうかもしれない。

 でも、死を待ち望んでいた私に、優しさをくれたミィは、私に命をくれたようなものだから。

 

 今、こうしていられるのは、全部ミィの優しさがあったからだから。

 

「ミィは、そのままで良い。そうじゃなきゃ、返しきれないよ」

「だーかーらーっ!」

「うぅん。貰った」

 

 ミィは私に何かをあげたつもりがないから。

 私の恩返しが、一方的に助けられてるって、思っちゃってるんだよね。

 でも、私は貰った。

 沢山沢山、ミィから貰った。

 だから、私に何かをしようとしなくて良い。

 気負いなんていらない。

 

 

 

 

「私の(みち)は、ミィが開いた。私はいつだって、ミィに支えられてきた」

「そんなこと――」

「あるんだよ。

 光のない闇夜が、月の光で優しく仄かに色付いた。その次は、太陽として照らしてくれた。

 大嫌いだった『月夜』(なまえ)が大好きになれた。

 ミィは報いたいって言ったけど、逆なんだよ。たくさん貰った私が、ミィの優しさ(想い)に報いたい」

 

 ミィはずっと昔から私の(みち)を照らしてくれた。

 だから、私がミィの作る道を疑うなんてあり得ない。だから、ここまでクラーケンを削ることができた。

 

 だからこそ。

 

「けど。

 私の道を作るために、ミィが傷ついてしまうのは、例えミィ自身が許容しても許さない」

「っっ」

美依(ミィ)が私を引っ張ってくれた分、遅くなってしまったその足取りを、今度は私が引っ張るから」

 

 太陽よりは、弱い光かもしれないけれど。

 遅くなって、日の光は落ちてしまったかもしれないけれど。

 それでも月が夜闇(ツキヨ)()優しく照らすから。

 だから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

もう少しだけ、一緒に歩いてよ(一人で傷つかないでよ)私の太陽(しんゆう)

 

 




 
 ツキヨの、今までの内面でも纏めましょうか。

『友情も、親愛もある。
 美依のことを親友だと、心から思う。
 けれど、想いの根底にあるものは。
 この想いは、そんな優しいものじゃない。
 あなただけが、支えだった。
 あなただけが、希望だった。
 あなただけが、拠り所だった。

 あなたの、大切な場所を奪った。
 あなたの、大切な繋がりを奪った。
 あなたに、全てを失わせた。

 だから、私はそれ以上を与えなきゃいけない。
 あなたが得るはずだった友情も。
 あなたが向けられるべきだった愛情も。
 その全てを、より大きな想いで。

 ―――それが、私の『()()』なんだから。

 その為に、この(仮想)世界で剣を取った。
 あなたを守ることで、受けた恩に報いたい。
 その為に、私の全霊を以って支える。
 今の私がいるのは、あなたのお陰だから。

 私の全て(いのち)は、あなた(美依)の為に』


 ………ね?
 軽々しくガールズラブと言うには重いでしょ?

 ツキヨがこれまで『ミィのために』と協力してきた理由。その根幹にあるのは、血を吐く程に必死な『義務感』です。
 今まで散りばめてきた大量の布石(伏線の欠片)の数々。
 その全てをここにぶつけました。
 ちなみに布石を全て拾うと、かなり重めの伏線になります。探してどーぞ。全部見つけないと完成しないがなぁっ!

 比較的分かりやすい伏線を挙げるなら、『一日一回は気絶してた』と『皆遅いね』かな。
 書いたのは第三話『PS特化と初戦闘』です。
 この時には海皇戦をどうするか、大体決まっていました。スゴくない?(自画自賛)
 異常は一切無い。なのに原因不明で毎日気絶する子ども。それを周囲が不気味に思わないなんて、あり得ませんから……。
 『皆遅いね』もようやくです。
 ようやくこの一言を、こうして出すことができました。長かった……50話越しって何(白目)
 

 補足しておくと、今では家族関係も多少回復してます……そうじゃなきゃ、物語の最初の方みたく明るくないですから。


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二人だから 二人で

 

 ゆっくりと足をすべて再生させたクラーケンが、深青の海を漆黒に染め上げていく。

 どれだけ巨大であろうとも、その生態が頭足類であり、神話においてもクジラなどの大型水棲生物が天敵とされている。

 だからこそ、逃走手段は必ず持っているのだが、クラーケンはそのイカスミを逃走手段としては用いなかった。

 

 全域をスミで染め上げ、視界を遮ると、自らが誘き寄せた魚群を喰らい、HPを回復しだしたのである。攻撃を仕掛ける様子のないクラーケンに、ツキヨとミィは一旦距離を取り、体勢を立て直す。

 

「最後の最後まで、試練残すなぁ……」

「魚の泳ぐ速度も上がってる……」

「離れればスミが薄くなるのは助かるけど……」

「魚、突破してきたね」

 

 【聖流絶渦】による僅かな安全圏も、魚の突撃スピードが上がったことで突破される事が度々ある。このままではジリ貧。

 けれど、二人の中には何故か不安はない。

 

 それはようやく、二人の気持ちが噛み合ったからか。結局のところ、互いが互いを思いやり、大切にして、心配して。

 気遣って助けようとして支えようとして。

 

 そうして空回りしていただけなのだ。

 必死に繋がろうと、一緒にやろうと空転し続けた歯車(想い)が絡み合い、つい先程、繋がった。

 

 だから。

 

「クラーケン、回復したね」

「なんか怒ってない?絶対にパワーアップしてるよね」

「魚、速すぎない?【聖流絶渦】の更に周りを竜巻みたいに泳いでるんだけど」

「昔テレビで見たことあるなーこういうの」

 

 自分たちを中心に巨大な壁となり、全方位を包む逃げ場のない魚群。

 

 【聖流絶渦】が解除されれば、その瞬間に二人のHPは消し飛ぶだろう。

 

 なのに。

 

「ねぇツキヨ。今ね、大ピンチだよね」

「大大大ピンチだね。でも」

「うん、おかしいね」

「本当に。でも、感情っていうのはどうしようもないよね?」

「あははっ!なら、今思ってる事、一緒に言ってみようよ」

「いいよー?」

 

 笑っていた。

 

 どこまでも、楽しそうに。

 

 今までも楽しかったけれど。

 

 それ以上に。

 

 これまでで、間違いなく最高の笑顔で。

 

 

 

「「俄然、無敵な気分っ!!」」

 

 

 

 負ける気なんて、微塵も起きない。

 

 たとえ必死で削ったHPが、半分以上回復してるクラーケンがいたとしても。

 

 もう、ミィは空回りしないし、自分を犠牲にするつもりもない。

 

 これまで以上に、ツキヨはミィを助けるし、自分自身も負けない。

 

 お互いに助けてくれると心の底から信じているから、もう、怖くない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんて思ったものの、どうしますか、ツキヨさんや?」

「実際、もう【殺刃】しかないでしょ」

「え?良いの?」

「ちょっと発案者?」

 

 なんて。やっぱり。

 ピンチには変わりないのだ。

 クラーケンは回復し、魚はもはや壁。

 突破も困難。

 ミィは【魔力炉・負荷起動】の反動によりMPが減って、もうほとんど魔法が使えない。

 戦力はツキヨだけ。

 けれど、生半可な攻撃は魚の壁に遮られ、勝率の低い賭けに出るわけにも行かない。

 

 そんな状態でも、クラーケン(モンスター)は待ってくれない。

 漆黒に染まる海の中で、魚の群れが急速にその数を減らしているのだ。

 さながら、体を風化させるかのように一瞬にして消え、粒子のエフェクトを散らし。

 そのエフェクトは、クラーケンに吸い込まれる。

 食べているものとは違って、魚の力を吸収しているように見える。

 

「……来る」

「迎え撃つ、しかないよね」

 

 クラーケンは一度身震いすると、全身から青いエフェクトを散らしながら魚群の壁を切り裂いて二人に突進。

今まで以上に早い速度での突進は、二人に考える暇を与えない。

 

「【聖浄水域】【水君】【聖なる水盾】【聖流絶渦】【聖命の水】っ!」

「【炎陣】【ファイアウォール】【炎帝】!」

 

 使える力、その全て。

 

 それぞれ魔法に【聖水】【火】属性を付加し効果を上げ、ミィは炎の壁と【炎帝】を、ツキヨは【水君】を盾のように前に突き出し、その手前に聖水の大盾を作り出し防御力(VIT)も上げ、一番外側に激流の守りを敷き、万が一に備えてHP回復も掛ける。

 

 それでも、なお。

 クラーケンは、その全てを突き破る。

 

「守れ、【飛翼刃】!」

「ツキヨ!?」

 

 【最速】クエストの時と同じように。

 攻勢を諦め、自分とミィを蛇腹剣の繭の中に取り込むことで、即席のシェルターを作る。

数々の魔法で減衰させ、ここまでして、ようやく受け止めた。

 

 

 シェルターの外は、さながら災害だった。

 

 

 クラーケンが突進し、触手を何度も叩き付け、魚たちは弾丸の如き速度で突き込む。

 

 【白翼の双刃】が何度も砕け散り、その度に即座に再生を繰り返し、層を厚くし持ち堪える。

 

 けれど突破されるのは時間の問題であり、このままでは何もできず負ける。

 そうなってしまうくらいならば。

 

「ねぇミィ。ギャンブルは好き?」

 

 笑って、ツキヨがそう持ちかけた。

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 無敵な気分ではあったけど、勝機なんてどこにもない。ミィは弱体化してるし、私の魔法攻撃力では魚の壁すら突破できない。

 クラーケンはHPを回復して、凶暴化してる。ボスに回復を持たせちゃだめって、昔のゲームからのお約束があったと思うのに。

 それでも、絶望的状況だとしても。

 

 ミィが隣にいれば安心できてしまうのだから、そろそろ本格的に病気だ。

 

 あぁ……これで2回目。クラーケンの攻撃、重いなぁ……【破壊成長】で元通りになってもぎりぎりとかあり得ないって。

 

 ここ二時間近く、ずっと本気を出し続けてる。

 【最速】の修得のために一週間毎日六時間ぶっ続けで本気を出していたのが功を奏し、この程度なら問題ない。

 だけど。今は、()()()()()()()()

 

 意識を、あの時と同じ深度へ。

 森で何百というモンスター軍を双剣で蹂躙し、殲滅したあの時と同じレベルへ。

 九頭大蛇の移動のからくりを見抜いた時と、同じ深度へ。

 

 それでも、足りない。

 

「ツキヨ……?」

 

 水の振動……感じる。

 音……流石に無理。

 視界……最悪。

 

 頼りは振動だけ。それも私が動けば、その振動で紛れてしまう。

 【水爆】……打ち漏らしがあったら詰む。

 【飛翼刃】……クラーケンには通用しない。

 

 あ、はは……うん。どうやっても、無理だ。うん、無理無理。何しても勝てないし、何をやっても無駄に終わる。

 

 あぁ、また壊れた。もうこれで3度目。

 長さを変えないから、必然的に耐久性は上がってるのにこのハイペース。規模を私とミィの周囲一メートルに縮小……これが壊れたら、再生する間もなく総攻撃を受けて終わり。

 

「うん、むり。()()()()()()()()()()辿()()()()()()や」

「は?」

 

 例えミィが万全の状態でサポートに徹してくれたとしても、どうしても()()()()()()()()()

 ()()()()()

 

 だから。

 

「一緒に来て、ミィ。二人で、あれを倒そう」

「っ―――」

 

 一人じゃ、駄目だ。

 隣にミィがいないと、どれだけ最強と呼ばれるほどに強くなっても。

 【超加速】クエストみたいに蹂躙しても。

 【最速】クエストみたいに見切っても。

 

 

 

 心から一緒に楽しめる相手が居ないんじゃ、全能感も多幸感も、達成感も感じない。

 一緒に、勝ちたい。

 

 残念なことに見た目には両翼(双剣)を持ってても。

 

 私の片翼は、ずっとミィの翼だったから。

 

 

「どうにも私は、初めから【比翼】みたい」

 

 ね、お願い。一緒に飛んで、ミィ?

 

「一人じゃ飛べない私を、隣で支えて?」

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 私が、彼女から一番欲しかったことは何か。

 それは、親友と呼ばれることでも、助けてくれることでも、手伝ってくれる事でもない。

 

 ()()()()()()()()()()()んだ。

 

 ツキヨは大抵のことが自分でできちゃうから。

 本当の意味で、私の力が必要だって言ってくれるのをずっと待ってた。

 私がいた方が楽しいから。

 私とやった方が、大変じゃないから。

 だけどそれは、私が居なくてもできることで。

 

 強いツキヨと一緒にいることは、それを知らしめられているようだった。私だって、ツキヨの力になりたいのに。

 ツキヨは、私に隠れて一人でやってしまう。

 だから、その言葉を待ってたんだ。

 

「一人じゃ飛べない私を、隣で支えて?」

 

 答えなんて、最初から決まってる。

 

 いつも後ろで見ているしかできなかった。

 

 いつも、一人で前に出れるツキヨを見て、歯痒かった。

 

 でも、違ったんだね。

 

 ツキヨも、一人じゃダメだったんだ。

 

 一人じゃできない事もあって。

 

 それは、隣で支えなきゃいけなくて。

 

 それは、私にしかできないことなんだ。

 

 なら、答えよう。

 

 全霊を以って。

 

 なら、並び立とう。

 

 位置だけじゃなく、心でもツキヨの横に。

 

 なら、一緒に飛ぼう。

 

 私もツキヨに支えられてここまで来た(飛べている)から。

 

 私達は、二人だから。

 

 イベント前に、演説台の上で言ったもんね。

 

 『最強の頂きを見せてやる』って。

 

 なら、まずは私達がそこに到達しよう。

 

 遥か高みへと、二人で飛ぼう。

 

 

「―――当然っ!」

 

 

 だったらさ。

 

 今、私達を睥睨してるあれは、邪魔だよね。

 

 あんなの、二人で乗り越えよう。

 

 さっさと勝って、今よりも高みへ。

 

 それが、私達二人にはできる。

 

 

 

 支え合ってこそ、【比翼】。

 

 片方の翼しか持たない私達は、だからこそ二人で支え合い、協力することでどこよりも。

 

 誰よりも。

 

 長く高く、飛んでいられるのだからっ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『『スキル【比翼連理】を取得しました』』

 

 

 

「「――――――は?」」

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 二人の頭に響いた、全く同じ通知音。その名前と、スキル効果を知って、二人して笑ってしまう。

 なんだ、それは。

 

 シェルターの外は大災害なのに、内側は穏やかな時間が流れる。

 これほど笑ったのは初めてかもしれない。

 そう思えるほど、自分たちにピッタリで。

 今、この状況を打破するのにピッタリで。

 運営が狙ったんじゃないかと邪推する。

 

 それでも、まぁ。

 

「使わない手は無いよね。ツキヨ?」

「当然」

 

 災害の衝撃が止んだのを確認し、シェルターを解除する。それを見て、モンスターたちはまた突っ込んでくるけれど。

 それより早く、そのスキルを発動した。

 

「「【比翼連理】!」」

 

 

 【比翼連理】

 同じスキルを持ち、互いの同意を得た上で初めて使用できるスキル。その効果は四つ。

 一つ。使用者二名のH()P()M()P()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 視界の端に見えているHPとMPのバーが共有化され、その数値を爆発的に増加させた。見えていないが、ステータスとしてはミィからは【INT】、ツキヨから【DEX】が共有化し、更に高くなっているはずだ。

 

 スキル効果。二つ目。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「私からは、【魔力炉】を」

「私からは、【水君】を」

 

 繋いだ手に光が灯り、じんわりとしたぬくもりを感じた。すると、ツキヨのステータス欄から【水君】が消え、代わりに【魔力炉】が追加される。

 

 スキル効果。三つ目。

 

(使い方は―――)

(……うん、了解)

 

 連理の枝の如く繋がる二人は、考えることをそのまま相手に伝えることができる。

 フレンドメッセージとスキルの取得通知を応用したものだと思われる、思念による直接通信。

 それにより、ツキヨは【魔力炉】の使い方をミィから一気に教わる。

 

「―――【魔力炉・負荷起動(アルキアティウス・オーバーロード)】っ!」

「【血風惨雨】【爆炎】―――!」

 

 ツキヨとミィを中心に、白銀のオーラが世界を染める。

 ツキヨとミィの合計MPは、ミィのMPが減ったとはいえ500を超え、スキルによって五倍にまで上昇したそれにより、ミィが魔法を連続使用していく。

 だが、それだけに留まらない。

 

(借りるよ、ツキヨの片翼(魔法)!)

(存分にどうぞっミィ!)

「遠慮なく!【炎帝】――【水君】!」

 

 本来ならば不可能だった、【炎帝】と【水君】の同時使用。

 【炎帝】の取得条件が魔法は【火魔法】のみ取得していることが条件であったが故に実現し得なかった奇跡。

 灼熱球と水流の刃を二つずつ作り出したミィは、それを全く別々に操って打ち漏らした魚を焼き殺し、切り裂いていく。

 

()()は任せるよ)

()()が途切れない限りね!)

 

 思念による直接通信は、言葉を交わすよりも尚早く。互いのやりたい事が手に取るように毎秒伝わるため、言葉少なでも十分すぎる作戦が立てられる。

 

「【水爆】!」

「【最速】!」

 

 ミィのツキヨとは比べ物にならないほど高い【INT】により、魚の壁に風穴を開けると、二人は繋いだ手を更に固く絡ませると、一気に加速してスミに染まる海域に飛び込んだ。

 白銀で染め上げると思われた海域は、それでもクラーケンの力が強いのか、闇を色濃く残す。

 

「【フレアアクセル】【フレアアクセル】【フレアアクセル】……っ!!」

 

 同時に、ツキヨは全てのスキルを解除して【殺刃】を起動する。

 暗い水の中で、尚も漆黒に染まり始める刀身。

 

 

 【比翼連理】は、二人共解除しない限り継続される。譲渡されたスキルもまた、【比翼連理】が継続中は発動状態で固定される。故に【魔力炉・負荷起動】は発動されたまま、ミィの【フレアアクセル】の加速力を『動力』に、クラーケンのいる暗闇を突き進む。

 

 その途中は、茨の道なんて言葉が言葉遊びに思える地獄のような攻撃の数々。

 視認した時にはすぐ目の前(絶体絶命)

 速度は亜音速。

 そんな、普通では回避不可能な攻撃が、連綿と続く間隙のない波状攻撃で襲ってくる。

 

 

 

 ―――だが、忘れてはならない。

 

 

 ここにいるツキヨは()()()()()()のだと!!

 

 

 

 

(私の見てる景色、ミィにも見せてあげる)

(うん!楽しみ!)

 

 絶死の檻を紙一重で躱し続ける。

 見えた時には手の届く距離にある触手と魚の群れは、しかしてその全てが空を切る。

 ツキヨの《神速反射》の前に、一秒後の絶望など起こりはしない。

 

(すご、一回も当たんないっていうかこんなギリッギリで通り過ぎてるんだ)

(それができるからね。さて、おまけにミィ、『これ』も貸すよ)

(うん、ツキヨの()()()()、一本借りるよ)

(比翼なら、もう一人も翼を持たないとね)

 

 そうして笑うミィの繋がれた右手に温かい何かが通り、それが左手まで移動すると、即座に形を取った。

 

「やってみたかったんだよねぇこれ

 ……【飛翼刃】!」

 

 それは、今ツキヨが右手に握る【白翼の双刃】の片割れ。

 スキル効果。四つ目。

 装備品の一時的譲渡。それも二つで一揃えの装備だとしても、単体から譲渡できる。

 大きく開かれた白銀の左翼は、思念通信からツキヨのイメージによるアシストすらも受け取り、より緻密で鋭く羽ばたく。

 

(いま!)

「【パーフェクションパリィ】!」

 

 ミィが何故か取得していた武器防御スキル。

 そしてそれを知らなかったのに、完璧なタイミングで指示を出したツキヨ。

 それを信じて疑わず、一片の迷いなく振り抜かれた左翼は、突進してきた魚の群れを一網打尽にした。

 ミィが自己判断で行えば、一匹持っていければ良かったというタイミング。

 それをツキヨが完璧にアシストすることで数十匹からなる群れを一振りで仕留めた。

 

 その後も、ミィが【フレアアクセル】の連続使用で加速を続ける。暗闇の世界を白銀の月が照らし、光が縦横無尽に駆け巡る。

 

「【遅延】解除!」

 

 ここぞとばかりに、ミィが先程用意していた百本の【炎槍】を一斉射出し、スミの世界を炎が彩る。

 苦悶の咆哮が轟き、それが標的の居場所を教えてくれる。

 

「「見つけたっっ!」」

 

 【殺刃】の準備完了まで、残り十秒。

 触手は全方位から迫り、魚は隙間を縫うように逃げ道を封じる。

 

(こじ開ける!)

(押し通る!)

「【水爆】【爆炎】【フレアアクセル】!」

 

 風穴を開き、ノックバックで僅かに硬直を誘い、爆発の加速力で一気に突破する。

 正に理想のスキル連続攻撃(コンビネーション)

 まばらな魚による突進はツキヨが紙一重の身のこなしで躱し、突破する。

 残り、五秒。

 

 一際太く力強い触手が二本、二人を挟み込むように迫り、上からも天井が降ってきたかのような勢いで無数の触手が壁となり、高速で二人を叩きつけようと迫りくる。

 

(突き進め!)

(それしかできない!)

 

 もう、勝利は目前に迫っているのだから。

 ミィを信じて、ツキヨは前に進む。

 

「【水陣】【炎陣】【水君】【炎帝】!」

 

 【水陣】【炎陣】が【水君】の威力を強化したかと思えば、水流の円刃が僅かに炎を纏い、その大きさを二周りも大きくさせる。ミィの高い【INT】によってなし得た強化幅は、二つの強化魔法を重ねることで、【聖浄水域】を上回る。

 それにより左右の太い触手を、濡れた紙を切るかのように斬り裂くと、水流を纏う【炎帝】によって爆裂し、同時に【水君】を頭上に運ぶ。

 ミィは知っている。

 二層に上がる時、それは見ているから。

 

「【水君】は、盾にもなるんだよぉ―――っ!」

 

 受け止めきれない大質量の触手の圧力。

 けれど、コンマ数秒の猶予を作り出すくらいならできる。

 その僅かな時間さえあれば、ツキヨが突破できるのだから。

 

 あと、二秒。

 限りなく漆黒に近い刃が、その時を待つ

 

 遂にクラーケンの頭の中央部を捉え、後は【殺刃】の完了と同時に突き刺すだけ。

 ここまで来たのだ。

 奇跡みたいなタイミングのスキル取得によってなし得たこのチャンスを無駄にしないためにも、1%の不安材料も挟まず、確実に即死効果をこのデカブツに叩き込むために。

 あと二秒、ここで生き残る。

 

(来るっ!!)

(ツキヨは剣を構えて!)

 

 残った魚、触手、不可視の爆発魔法陣、他にも全てが二人を捉え、絶望の未来を幻視する。

 けれど、ミィに不安はない。

 使うのは、親友が信頼を寄せる、日に三度しか使えない大規模殲滅魔法。その、最後の一回。

 

「【水爆】!!」

 

 ありったけの思いを込めて放ったそれは、目の前の一切合財を粉微塵に吹き飛ばし、クラーケンのスミすら吹き散らし、青い海が微かに見えた。

 

 

 それは二人が実現した勝利の光。

 

 

(ミィ。最後()、一緒に)

(あ……うん!)

 

 気付けば、ツキヨが右手に握っていた片翼は純黒に染まり、ツキヨの左手とミィの右手で。

 二人で、握っていた。

 

 

 

 

 

 一蓮托生となり(ステータスを分かち合い)

 心と心で繋がり(直接通信をして)

 互いに支え合う(力を貸し合う)

 

 それが、【比翼連理】。

 長い時を二人で戦い抜き、互いに対する深い理解をし、同じ日に生まれた(ログインした)片翼の雛鳥が得る、大空に羽ばたくための翼。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 残りは―――0。

 

 

 

 

 

 ――――――せーのっ

 

 

 

 

 

 

 

「「【殺刃】!」」

 

 

 

 

 

 それを最後に、暗い海を光が包み込んだ。

 

 

 




 
 投稿直前まで迷ったんですけど、やっぱり二人一緒に勝った方が良いなって思いました。駆け抜けた感が凄いですが……。
 実はまだイベント二日目なんですよねぇ……内容が濃すぎるw

 【比翼連理】ですが、これの取得条件に合わせてわざわざ拙作の開始時期を早めたり、この為の準備用のストーリーを違和感が無いように混ぜたりと、それなりに苦労しました。
 因みに【水君】が内包するスキルの中に【水爆】【血風惨雨】【渦潮】【水陣】辺りがあったりします。ので、【水君】を渡した時点で、それら全て使えるというチートさよ。

 ツキヨちゃんが装備を手に入れた時から、二人で【比翼】は絶対やりたかったです。
 『落第騎士の英雄譚』でエーデルワイスさんが初めて出た時から『なんで一人なのに【比翼】なんだろ?』って疑問だったんですよね。確かに二本の剣を広げる姿は翼に見えなくもないけど、伝説上の鳥『比翼』はそうじゃないだろ、と。
 それに対する私なりの答え(想像)が『対を成す相棒』の存在。そんな相棒が作りたくて、オリ主をエーデルワイスに寄せて、相棒枠をミィにして、お互いに支え合う様なスキルを作りました。
 実力は高いのに、弱い一面も持ったミィというキャラクターが、『オリ主と支え合う』というコンセプトに最も適していました。
 『思い入れ』って言うのは、そういう事です。この海皇戦を書くためだけにPS特化を始めたと言って過言じゃない。
 ここに初期設定を全部ぶつけたからね。

 他にも書きたいことがありすぎるけど、多分全部書いたら今話と同じくらいの文字数いくんで、必死に五指を抑えつけますね。


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PS特化とモンスターの卵

 原作8巻を読んでる時の私。

 おぉ!ミィの相棒かっこいい!かわいい!

 ―――あれ?そう言えば第二回イベントの海皇で手に入る卵って……

 この時―――

『矢木に電流走る』あるいは
『圧倒的・・・・!閃き・・・・・・・ッ!』
 って言うのが、1月にあった。
 思えば、これがPS特化を始めた一番最初かも。

 


 

 加速したゲーム内。

 プレイヤーの立ち入ることのできない空間。

 そこではゲームを運営する者たちが不具合が出ないようにそれぞれイベントを管理していた。

 

 そんな時、悲鳴にも似た叫び声が上がる。

 

「あ"あ"ぁ"ぁ"ぁ"あ"あ"っ!!

 【海皇】が殺られた!」

 

 一人?のぬいぐるみが叫ぶ。

 その声に、部屋にいた全員が反応した。

 

「は?【海皇】?流石に無理だろ」

「あぁ。【銀翼】と同等の殺傷能力、胴体にしかダメージの入らない鬼畜仕様、百人のプレイヤーがいても物量で押し潰せる魚群、回復スキル、おまけに時間経過でAGIの下がり続ける海水。他にも見えない魔法や煙幕なんかの嫌がらせスキルから超火力スキルを積んだんだぞ?」

「強いて言えば防御力が比較的低めでスキルの数も【銀翼】に及ばない。だがそれはHPでカバーしてるし、まず近づくのが無理、触手がえげつなすぎてドン引きしたんだぞ?」

「これで勝てるプレイヤーいるのかって思ったから、弱体化のギミック仕込んだのに……」

 

 口々に、それはない、不可能だと淡い期待を込める。しかし同時にそれは、不可能を可能にしてしまった少女を知っているだけに、段々と尻窄みになる。

 

「……誰だ?誰にやられた?」

「今、映像をだします……」

 

 一人?のぬいぐるみが機械をいじると、一つのモニターに映像が流れる。

 

 青い海を巨大なイカが回遊する。

 相対するのは、白銀の戦乙女と赤の魔法使いの二人組である。

 予想していただけに、これにはもう、彼等はため息しか出なかった。

 

「まぁ……だろうな。ツキヨはダメだ。不可能って言葉がアイツの辞書には載ってない」

「だが、ミィくらいは落とせたんだろ?」

「まぁ、ツキヨに比べれば普通だしな……」

「カリスマはあるけどな」

 

 せめて、片方くらいは落とせてくれと願う中、戦闘が始まった。

 

「あーっそうか!ミィの機動力はAGIじゃなくてINT……【フレアアクセル】に依存してるもんな。AGIが下がったところで、ある程度は大丈夫なのか!」

「それにしても判断が的確だな…【聖流絶渦】も最高のタイミングで使ってやがる」

 

 触手も魚も、鉄壁の渦潮を超えることができない。その中では二人が何やら話し合いをしており、渦潮が消えると同時にツキヨが海皇に突っ込んだ。

 

 よしっ!これならミィは落ちる!と喜んだ運営。しかし直後の戦闘でその評価は大きく覆る。

 

「……前言撤回だ。ミィもやばい」

「なんで万はいる魚群の魔法を全部認識できてんの?なんでそんな中でツキヨのサポートも完璧にできてんの?なんで【遅延】にもセットする余裕があるんだよ!?」

「想定外だったな……全魔法使いプレイヤー中で最高峰の火力にばかり目が行ってたが、このサポート能力はツキヨの出鱈目さに匹敵するぞおい……」

「スキルじゃないんだろ?なんでこの二人はプレイヤースキルが人間の範疇にないんだよ!!」

 

 効率よく海皇のHPを減らしていく二人。

 もう【アクアエウロギア】の水中呼吸は仕方ないと割り切って、その様子を見つめると。

 

「おまっ、ミィここで【魔力炉】かよ!」

「持ってなかったってことは、今取得したみたいだな……うわ、フレデリカも真っ青な弾幕になってる」

「火力と弾幕を両立されたら勝ち目なくなるだろ……」

 

 着実にHPを減らされ、遂に、海皇が最終段階に入ると、運営は嬉しそうに叫んだ。

 

「よし!よし良いぞ海皇!そのパワーアップで二人纏めて吹き飛ばせ!」

「HP回復すれば無限ループで二人に勝ち目はないんだ!やれ、海皇!」

 

 段々と、海皇を応援する流れに変わっていく。

 しかし、現実は無情だ。

 

 数々の魔法と即席のシェルターで防ぎきった二人に、新たな力が目覚めてしまった。

 

『ここで【比翼連理(それ)】はアカン!?!?』

 

 全員が発狂した。

 

「た、確かにお前らならいつか取るだろうとは思ってたけどな!思ってたけどな!?」

「近接最強と魔法最強が混ざったらただの悪夢だろうが!」

「取得条件、見直すべきでしたね……」

「あぁ……確か、同じ『俺たちの悪ふざけ(レアスキル)』を持ってる事、対を成す『俺たちの悪ふざけ(レアスキル)』を持ってる事、ペアでパーティーを組んだ時間が150時間を超えること、そして、初ログイン日が同じなこと……の四つだったか」

 

 同じレアスキルは【属魔の極者】

 対を成すスキルは【炎帝】と【水君】

 あとの2つは言わずもがなだ。

 だから、この二人ならいつかは取れるだろうと半ば諦めていた強力なスキル。

 だが、何もそんな最()すぎるタイミングで来ることないだろうと、みんなして遠い目になる。

 

 そして、最後の瞬間。二人で【殺刃】を振り下ろしてクラーケンは爆散し、映像が終了した。

 

「い、いや。よく考えたら、ツキヨは最初から【殺刃】が使えたからな……」

「あぁ。使わなかったのはステータス減少が痛いからだな」

「それを使わせて、ミィも弱体化させて、ここまで追い詰めた海皇を、むしろ称賛するべきだな」

「だ、だがこれって【鳥】と【狼】持っていかれますよ!?」

「もう……良いだろ。ある意味では、収まるべき所に収まったと思うぞ」

「ヤバいことにはヤバいが、折角作り出したのに使われないのは、それはそれで悲しいからな」

「あぁ。【殺刃】を使用すると獲得メダル減るようにしてて良かった……これで二人にメダルスキルをもっと取られたらどうなったか……」

「【殺刃】を使った場合メダル300枚から減るから、弱体化して一度だけ復活するんだよな?」

「ん?ああ。今回は、ツキヨ達に三枚、復活後は二枚の配当だな。当然弱体化したら、スキルもモンスターの卵は出ないが」

 

 流石に落ち着いて、いや若干無理にでも話題を変えて、冷静さを取り戻そうとする。

 

 が。

 

「だぁぁぁああぁ!!嘘だろ【銀翼】もやられた!」

「そっちもか!」

 

 そちらは、黒い鎧と青い装備の少女。

 奇しくも先程の白と赤の少女と対を成す二色。

 

 

「ありえねー……ヤバイのの中で殊更ヤバい【海皇】と【銀翼】倒すとかもう何なんだよ……」

「おい、手の空いてるやつはメダルスキルのチェック入れ直せ!変な使い方が出来そうなスキルがあるか再確認だ!」

「「了解です!」」

「…………もう、あの四人がラスボスで良いかもしれん……」

「特にツキヨとメイプルな……」

「ああ……かもな」

 

 その声には、疲れが色濃く出ていた。

 特に最近、プレイヤースキルでやらかした何処ぞの白銀の影響で対応に追われ、徹夜続きの(チーフ)だった。

 当然、この出来事を彼女たちが知ることはないのだった。

 

 

 

―――

 

 

 

「か、勝った……」

「す……ごい疲れたぁ……寝たいぃ」

 

 汚れた海が浄化され、魚たちもいなくなり、水中を差す太陽の光が、二人の勝利を祝福する。

 AGI低下のデバフも消えて、普通に動けるようになったを

 

 そして、勝った二人の目の前に深い青色の魔方陣が現れた。

 

「あ、あれ?報酬は?宝箱は!?」

 

 何も見当たらず、ただ魔方陣があるだけ。

 不思議に思った二人は、泳いで探索する、が。

 

「イカの触手が三本、とイカスミが入った瓶が二本……だけ」

 

 一メートルほどの大きさがある瓶に、黒いスミが入っている。

 隈なく探してもメダルも見つからず。

 

「仕方ない。魔方陣乗ろっか」

「これで終わりとか悲しすぎるけど……仕方ないね」

 

 

 

 海から出れると思っていた二人は、と転移先も水中だったことに予想できなかった。

 

「ま、まだ続くの!?」

「ん……ん?あ、ミィ、息できる。それに【最速】のシステムアシストが切れてる」

「え?本当だ……ってことは……」

「うん、戦闘不可能な安全エリア」

「良かったぁ……」

 

 問題なく呼吸でき、苦しくもならない。

 

「不思議な場所だね……」

「安全なのもあるけど、なんか落ち着く」

「二人して弱体化してるから丁度いいね」

 

 ツキヨの言うとおり、不思議な場所だった。

 二人が黙ると、泡の音だけが断続的に聞こえる青い海。

 海の底にいるようで、それでいて水面に近いような。

 疲れた体を休めるにはもってこいで、落ち着く青に支配されたその空間には、珊瑚に包まれるようにして青い宝箱がおいてあった。

 

「開けるよ」

 

 中に入っていたのは、メダルが三枚と巻物が四つ。そして。

 ミィがメダルを仕舞い込んで、ツキヨがスキルの巻物を手に取った。

 

「スキル名は?」

「【太古ノ海】と【神代ノ海】。それぞれ2つずつだね。水系スキルを持ってると取得できて……前者は、敵のAGIを下げる海を生み出すってさ」

「うわ……【神代ノ海】は?」

 

 クラーケンとの戦いの再現である。

 その証拠に、【AGI 10%減】の能力だった。

 

「多分、このエリアがモチーフなんだろうね……半径十メートル圏内にいる味方プレイヤーの攻撃に水属性の付加と、水中呼吸の可能。」

「ツキヨの【アクアエウロギア】の上位互換?」

「だね」

 

 上位互換と言うが、【水陣】と【アクアエウロギア】を合わせたようなスキルと言えた。

 

「あー……やっぱり【比翼連理】でごまかした【水君】じゃだめか……」

「私は問題なく取得できるから、使いどころがあったら渡すよ」

 

 一応まだ解除していないので試してみたものの、やはり取得できなかったミィ。

 ツキヨは【アクアエウロギア】で自分と味方に水中呼吸を付与できるので、ミィも使う必要がある時には【比翼連理】で渡せばいい。

 

 そして最後に、宝箱に入っていたそれに目を向ける。

 

「あとは、これだよね……」

「卵、ねぇ……」

 

 大きさも色も違う二つの卵。

 ちゃんと硬質の殻を持つ鳥類のそれであり、明らかにクラーケンのものではない。

 

「これ、持って帰れるんだね」

「うん、インベントリにしまうかって表示が出たし……どっちがいい?」

 

 その質問に、ミィが笑う。こんなの、考えるまでもない。

 

 だって、その卵の色は。

 

「ねぇツキヨ。私がNWOを通して貫きたいものってなーんだ?」

「質問に質問で返して悪いけど、この世界で私達それぞれを表す色って、なーんだ?」

 

 燃えるような赤と、透き通る白銀だったから。

 二人は迷わず、自分のイメージカラーを選び取った。

 

 

―――

 

【モンスターの卵】

 温めると孵化する。

 

―――

 

「情報すくなっ!」

「少ないね……でも、もしかしてこれって、テイムできるかもよ?」

「テイム……仲間にするってこと?」

「そそ。このゲーム、サモナーとかテイマーいないし。クラーケン強かったから、特別報酬?」

「なら、メダルが少なくても仕方ないか……うん、温めてみよっか」

「だね!」

 

 宝箱の中身を確認し終えると、二人は全身の力を抜き、水中を当てもなく漂った。

 近くに魔方陣が三つあるが、そんなのどうでも良い。もう、二人は限界だった。

 

「あ~……疲れたぁぁぁ……っ!」

「だね……スキルのデメリットのせいで、体が重いし……」

「水中なの助かる……漂ってればいいから……」

 

 ミィはMPが普段の四分の一にまで減り、ツキヨはそれに加えて全ステータスが半日は戻らない。

 だから、こんな提案をした。

 

「ツキヨぉー……今日はもう、ここで休まない?」

「賛、成……外に出てもミィは魔法使えず、私は体が重い……ゆっくりしよっかぁ……」

「ツキヨのデメリット、明日の朝には切れるでしょぉー?ここならぁ…安全だしー」

「今が……あぁ、もうお昼過ぎだね。夜中にはデメリット消えるから、また明日、大急ぎで探索しよっか……」

「おー……とりあえず、ご飯食べたい……ツキヨぉ……お願ーい」

「りょーかーい……」

 

 物凄い、ダラけることにした。

 

「あ、【魔力炉・負荷起動】のデメリット、あと十時間だってぇ……これなら、明日はちゃんとやれる……」

「そ、……良かったぁ……」

 

 

 

 

 

 

 二人を包み込む静かな海は、今までで最も心地よい寝床だった。




 
 海皇で手に入るのは鳥と狼。出た卵は赤と白。
 さて、原作勢ならもう分かるな?原作6冊ほど早いけど、超前倒しで例の相棒が出勤だよぉー!
 『思い入れ』の最後の理由はこれですね。私がPS特化を書き始めた二つ目の理由。
 エーデルワイスの疑問が一つ。
 ミィの相棒と海皇報酬を繋げちゃったのが一つ。この2つを最も表せたのが海皇戦だったから、個人的な思い入れが強かったです。

 さて、そんな海皇戦ですが、原作じゃ弱体後しかまともに語られなかったし、拙作での本来の海皇でも示しましょうか。

 まずHP。これは【銀翼】の三倍ほどですね。
 代わりに防御力が【銀翼】の半分程度で、ダメージはそこそこ通ります。
 また水中ということで、ツキヨたちは楽に対処しましたが、本来なら時間制限がありました。【潜水】限界という鬼畜仕様。勝てるわけない。
 攻撃について。
 ・触手による面制圧。弱体化してない拙作では亜音速。
 ・不可視の設置型爆発魔法。一度の展開数は()()()50。馬鹿げてます。
 ・HP回復。十分で8割まで回復できる。回復途中でダメージを与えられるほど回復量低下。
 ・重突進。多重防壁を紙屑のように突き破る。

 ・万の魚。AGI低下、高威力魔法、高速突進の3つの攻撃をランダム使用。弱体化してないから群れの大きさが桁違い。
 捌ききれるミィがおかしい。

 とまぁ、弱体化後との変更点はこんな感じ。あとは原作通りです。墨も勿論吐いた。全体的なステータスが相当高くなってます。
 また報酬のスキルですが、原作で『ボスが弱体化し、報酬も一部変化していた』とあったので、思い切って大幅変更。ツキヨの強化に繋がるようにしました。

 運営、流石に絶対に相手を殺せる【殺刃】を使用した時は、デメリットを付けていました。メダルが半数になって、モンスターは弱体化して一度だけ復活。やったね。これでメイプルたちもメダル確保できるよ!

 4日に速度特化。5日に次話を投稿します!


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PS特化と深夜

 よ な か 

 そして2日遅れのフラグ回収。

 


 

「ん……んぅ……っ」

 

 目を覚ますと、夜の海底でありながら黄金の光が俄かに差し込んだ、幻想的な光景が広がっていた。

 

「あ……そっか。お昼食べて、疲れて寝ちゃったんだっけ。今は……って深夜一時?変に寝たからか、凄い時間に起きちゃったな……寝過ぎだけど」

 

 

 寝過ぎなのは、前日に満足に寝れなかったこと、ペインに絡まれたこと、クラーケンとの戦闘の三つが重なったのが原因だろう。

 

 ツキヨは周りを見渡し、幻想的な世界に身を漂わせて眠るミィを見つけると、クラーケンとの戦闘時に口走った様々なことを思い出した。

 

 

 ……思い、出してしまった。

 

「あ、あぁぁぁぁあああ……私すっごい恥ずかしいこと口走ってたよね……っ!?なにが『一人で傷つかないで』よ何が『一人で飛べない私を支えて』よぉ……っ!」

 

 これじゃあミィの黒歴史を笑えないではないかと、水中で器用に蹲る。

 確かに、あれはツキヨの本心だった。

 鬼気迫り、ゲームとはいえ自らを蔑ろにしているミィが見過ごせず、思わず口から出てしまった。所詮ゲームだからと無茶をする親友が、自分の知らない別の誰かになってしまいそうで、必死だった。

 だけど。

 でも。

 

「流石に恥ずかしすぎるでしょうが……っ」

 

 倒した直後は、まだ興奮が残っていたから考えていなかった。

 けれど、一度時間が経ち冷静になってみれば。

 

 

 ―――黒歴史入り確定案件である。

 

 寝る前に、最後の力を振り絞って【比翼連理】を解除していて良かったと、本当に思う。

 そうでなければ、ツキヨのこの思いも全てミィにダイレクトにお届けされ、二度とミィの顔を直視できなかっただろう。無論、恥ずかしくて。

 

 

 

 それから少しして、一応の落ち着きを取り戻したツキヨは、これ以上あの時のことを思い出さないためにも、別のことを確かめることにした。

 

「まず、【比翼連理】だよね。大まかなことは分かってるけど、詳しくは見れてないし」

 

―――

 

【比翼連理】

 同一スキル所有者の同意を得て発動。

 両者の距離が十メートル以上離れると強制解除される。

 使用者二名のHPとMP、その他の中で最も高いステータス一つを合計し、共有する。

 使用者二名は指定したスキル一つを一時的に譲渡・交換できる。スキルレベルは元の所有者の状態で固定され、譲渡中にスキル熟練度の上昇はしない。一度譲渡・交換したスキルは、スキルを解除するまで返還不可。

 装備中の装備を一時的に譲渡・交換できる。装備枠毎に譲渡可能。一度譲渡・交換した装備は、スキルを解除するまで返還不可。

 両者が直接接触している時、思考をリンクする。

取得条件

 両者が同じ存在であること。また、対を成す存在であること。

 二人だけでパーティーを組んでいた時間が一定時間を超えること。

 初ログイン日が同じであり、その日の内に一度以上パーティーを組んでいること。

 

―――

 

 まず思ったのは、取得条件の厳しさ。

 同じであり、対でもあるという文言の意味は分からないが、初ログイン日がスキル取得条件にあるというのがいやらしい。

 

「あのタイミングで取れたのは、パーティーを組んでる時間を満たしたからかな……まぁ、運が良かったのか」

 

 そして、一番このスキルでやばい部分は、使用上限や発動限界時間などが、一切無い点である。

 

「日に何度も……それこそずっと使用したり、再発動して交換するスキルや装備を変えても良い」

 

 デメリットとすれば、思考リンクをするには手を繫ぐ必要があることと、十メートル以上離れられない事だろう。逆に考えれば思考リンクさえ諦めれば、十メートル以内なら自由に動ける。

 つまり、先程のツキヨの黒歴史直接配達は杞憂だったようだ。

 軽く胸を撫で下ろし、次に自分の状態を確かめることにした。

 

「…………うん。ステータス半減も終わってるし、日付けが変わってるから【殺刃】も使用可能。【魔力炉・負荷起動(アルキアティウス・オーバーロード)】のMP減少も無くなってるね……」

 

 この分ならば、明日の探索は問題ないと判断できた。ミィもデメリットは無くなっているだろうし、後はクラーケン戦中のあれこれを記憶の彼方に吹き飛ばしてくれていることを願うだけである。

 

 と、思っていたら。

 

「う……にゅ……んぅ……?……ツキヨ?」

 

 タイミングを図ったかのように、ミィが目を覚ました。

 

「ミ、ミィ……起きたんだ、ね」

「ぁふ……っ、そ、か。お昼食べた後、疲れて寝ちゃったんだ。今、何時ー?」

「ぷっ、ふふっ。夜中の一時。私も少し前に起きちゃったんだよね……なんだかんだ、疲れてたみたい。だ、だめ……くふふっ」

「ツキヨ、昨日もあんまり寝てないしね……まぁ、変な時間に起きちゃったのか……どぅしたのぉー……?」

「な、なんでもない……っ」

 

 寝ぼけ眼で起き上がろうとして、掴めない海水にバランスを崩してその場でグルグル。

 けど無重力状態なのと、まだ寝ぼけていることに三半規管が機能していないのか気付かない。ツキヨは笑いを噛み殺すのに必死だった。

 

 数秒後、完全に目を覚ましミィが焦るのを見て、ツキヨは我慢の限界を迎えた。

 

 

 

―――

 

 

 

「夜の探索をします!」

「はーい、ミィ先生!」

「バナナはおやつに入らないよ!」

「そうじゃなくて」

 

 夕ご飯も食べずに二人して爆睡していたので、時間も時間だったため摘めるものを少し食べた後、ミィから切り出した。

 

「なんでこの時間に?明日の朝、早くから探索しても良いんじゃ……」

「甘い!甘いよツキヨ!砂糖を蜂蜜で溶かし煮詰めるより甘いよ!」

「何その甘さの暴力……」

「明日……というか今日はもう三日目!明日は【炎帝ノ国】で集まらなきゃいけない!なら二人で探索できるのは少ない!移動も考えたら今から動かないと遅いんだよ!」

「ほうほう」

「私達が探索したのって、まだ浮島と森、あと海辺だけ!もっと別の所も探索したい!具体的には火山行きたい!」

「……絶対、それが理由だよね?」

 

 ツキヨが魔石を手に入れたのがそんなに悔しかったのか、あるいは自分も火属性が強化できるアイテムが欲しいのか。いや、多分どっちもだ。

 火山エリアがあるのかすら分からないというのに、信じて疑わずに行きたい行きたいと水中をグルングルンと回転する。駄々っ子か。

 

「まぁ、半日ぐっすり休めたから、疲れ自体はないし、魔方陣がどこに繋がってるかも分かんないしね……」

「浮島の時もだけど中央から遠かったら大変でしょ?火山探したいでしょ?昨日は夜の探索しなかったでしょ?やらなきゃっ!」

 

 疲れはないし、デメリットも消えたし、やらない理由はないのだ。もし転移後すぐ戦闘になっても、十分に動ける。

 

「だから二つ目は私欲でしょ……良いけど」

「ほんとっ!?」

「ん、良いよ。火山なら、卵も温まりそう」

「……むしろ、中で焼けちゃわない?」

「……大丈夫でしょ。曲がりなりにも、モンスターの卵だし」

 

 無責任すぎる………。とツキヨに白い目を向けつつ、魔方陣の近くまで泳いでいくミィ。

 

「それで、魔方陣三つあるけど、どれにする?」

「行き先がわかんないんじゃ、どれに入っても同じじゃない?」

「確かに……なら、これで良い?」

「良し悪しなんて無いしね」

 

 全部同じ見た目の転移魔方陣。

 

 完全にガチャ気分だが、二人はそれで良いと魔方陣の中に入り、光となって消えていった。

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 不意に、二人はまた浮遊感を感じた。

 これで三度目、そろそろ呆れ、仕方ないと目を開くと。

 

「ちょっ!やだやだっ!?むりむりむりむりぃ―――っ!」

 

 そんなミィの叫び声も、()()()()()()()()()()()()で聞こえない。

 

「結局こうなるのぉ―――っ!?」

「ミィ!掴まって!」

「ツキヨっ!」

 

 二人は、空高くに投げ出されていた。

 海底からはるか上空。真上には大きな月が、二人を見下ろしている。

 こんなスカイダイビングは嫌だ。夜な上にパラシュートなしである。

 多分、転移先としても最悪だろう。

 

 高所恐怖症のミィにこの仕打ちはないだろうと、ツキヨはこんな転移先を設定した運営に恨みを募らせるが、今はそれよりもミィの焦りを解す方が先決。

 

「ミィ!【比翼連理】して!」

「わ、わかったぁぁぁ!」

「「【比翼連理】ッ!」」

 

 まともに聞き取ることすら困難な風切り音のため、耳元で大声で伝え、すぐにスキルを発動。

 せめてもの救いは、夜なので景色があまり見えず、ミィの動揺が比較的早く収まったことか。

 

(一瞬で良い!地上を照らして!)

(わかった!)

「【爆炎】!」

 

 ほぼ抱き合った状態で落下しているので、思考リンクの効果で会話する。

 ミィは【爆炎】で一瞬ではあるが、地上の広範囲を照らし出す。普通の人ならば、地上全域の認識など到底不可能な刹那の閃光。

 けれど、ツキヨはその類稀なる反射速度をフル活用し、降りられる地点が無いかと探す。

 しかし。

 

「まずっ!?」

 

 ツキヨが見たのは、霧に覆われた暗黒(夜闇)の渓谷。

 目算で百メートル以上離れた地点に崖が見え、【飛翼刃】でも届きそうにない。よしんば届いても、体重を支えられる保証もない。

 このまま、霧の渓谷に突っ込む事になる。

 

 地上は確認できず、霧の大地に垂直落下。

 雲上の島、海底、上空ときて、今度は地底。

 上と下の行ったり来たりはどうにかならないものか、などと考えている暇はない。

 最悪、浮島からのスカイダイビングの時にもツキヨ自身が言ったように、ミィだけでも確実に助けなければいけない。

 

「【飛翼刃】!」

(ちょ、ツキヨ!?)

「だまって!」

 

 伸長した【白翼の双刃】をミィの胴体に巻き付け、背中に移動させるツキヨ。

 こうすれば、最悪自分が地面に激突するのがクッションとなり、ミィへのダメージは最小限に済む。間に刀身を挟んでいる影響で思考リンクは途切れたが、仕方ない。後で謝ろうと決め、もう一方の【白翼の双刃】を真っ直ぐ下へ。

 三十メートルほど伸ばし、一切の弛みも無く長大な一本の剣とする。

 

(ホントは二本でやった方が安全だけど、重心がブレるよりは良い……)

 

 今の状態は、ミィの下にツキヨ。そこから三十メートルの剣が伸びている。

 ミィを保持する剣のバランスは手に取る用に分かり、ガッチリと固定しているため重心が取りやすい。だから、こうするしか無かった。

 

(よく、見ろ……っ!見るのは、慣れてる)

 

 真下に垂直に構え、近づく暗い霧の世界に怖気づきそうになる。

 けれど、この逼迫した状況下において、ツキヨにはこれしか思いつかなかった。

 だから、思いつかないのならその中で最善を尽くす。

 

 そして。

 

 長大な剣先が勢いよく地面に突き刺さり。

 

 

(ここっ!!)

 

 その爆発のような強い衝撃を感じた瞬間に、その勢いを逃がすようにツキヨは、握る柄に近い場所から思いっきり撓らせる。

 少しずつ少しずつ。けれど、コンマ一秒たりともズレなく。剣一本で、頑強な支柱とバンジーのゴムの双方を作り上げる。

 本当なら、二本の支柱で空中ブランコのようにしたかったが、

 

(伸、びろっ!)

 

 十メートルほど剣を撓らせると、それより下は頑強な支柱とし、柄に近い方はゴムの様にゆっくりと伸ばす。

 

 もし、バンジージャンプのゴムを金属の鎖に変えたら、鎖が伸び切った時の衝撃は何十Gという衝撃となる。そうなれば大ダメージは必至。

 だから、地に突き刺さる支柱(部分)と弛むゴム(部分)の接続地点から、手に伝わる感覚を頼りに。

 その一瞬一瞬を逃さず余さず。

 

(伸ばそうとするな……落下に合わせ、ゴムの様に重さで自然に伸びるように……)

 

 その意識を剣に伝播し、落下の威力を限りなく殺していく。落下速度はガクンと落ち、霧の中をゆっくりと降下する。

 

 事ここに至って、風切り音は止み、互いの声もハッキリと聞こえるようになった。

 

「ツキヨっ!何が起こったの!?」

「紐なしバンジー……即席のロープを創って生き残りましょう……みたいな」

「意味わかんないからね!?」

「ミ、ミィっ。暴れないで、バランス取れなくなるからっ?」

 

 背中でジタバタするミィに困惑しつつ、【飛翼刃】をロープに垂直降下する。

 既に速度はエレベーター程度にまで落ちているので、かなり安心できた。

 

「ミィ、周囲の警戒をお願い。この状態、思考操作で維持するの難しいから」

「うぅ……分かった」

 

 片方はではミィを保持するための。

 片方は支柱としてであり、ゴムとして。

 都合三つの形を同時に維持するのは、普通に頭の痛い所業だった。

 周囲の警戒はミィに任せ、霧の中を下る。

 

「あ、地表が見えたよ……って高っ!?怖い!ツキヨ早く早くっ!?」

「だから……はぁ……」

 

 高所恐怖症なのは分かるが、建物2階から見下ろした程度なんだから落ち着いてほしいツキヨ。

 『仕方ない。この程度ならダメージも無いでしょ』と割り切って、【飛翼刃】を解除した。

 

「わわっ!?……っと……こ、怖かった……」

「の、割にはちゃんと着地したね」

 

 ミィの高所恐怖症は軽度だ。高層ビルの屋上だったり、赤い電波塔だったり、武蔵の国(634メートル)の空の木だったりが無理なだけで、普段はこの程度なら問題ない。

 今回は、色々と重なりすぎたのが原因なのだ。

 だから、ミィも問題なく着地できた。

 

「ここは……」

「霧のせいで分かんないだろうけど、渓谷の底だよ。遠くに見えた崖もかなりの高さがあったから、登るのは大変そう」

「うわ……足元もかなり悪いね」

「この濃霧のせいで殆ど何も見えない……」

 

 渓谷の足元は傾斜が続いており、段差も酷い。

 濃霧のせいでモンスターからの奇襲も警戒する必要があるので、進むのは大変そうだ。

 

「どうする?適当に探索しても良いけど、ミィが行きたいエリアじゃないし、崖登る?」

「火山自体、あるか分かんないし……うん、このまま探索しようか。集合場所から遠ざかるわけにも行かないし……そもそも、ここがどの辺りか分かる?」

「ん、ちょっと待ってね」

 

 確認すれば、虫食いのように飛び地で探索されたマップが広がる。

 これまでの移動方法が、徒歩も多かったが魔方陣による転移もあったため、仕方ない。

 

「イベントエリアの東側だね……中央方向に向かうなら、渓谷の中を進むしか無さそう」

「崖を登るよりはマシだね」

「じゃあ、行きますか。私が前で警戒するから、ミィは後ろからついて来て」

 

 いつも通り、ツキヨが前衛でミィが後衛。

 

 濃霧の中でいつ奇襲が来るか分からず、二人共防御力は低い。だからこその提案だったのだが。

 

「え、やだけど」

「………は?」

 

 ばっさりと、切り捨てられた。

 それも『何言ってるのこの子?』とアホの子を見る目を向けられる。

 

「待って?いつも通りだよね、この陣形?」

「うん、そうだね」

「えっと、なら、ミィが前衛やりたかった?私が後ろから……」

「それも却下」

「なんでっ!?」

 

 にべもなく断るミィ。

 

 頑なに首を縦に振らないので、ツキヨが理由を聞くと、ニヤニヤと笑いながら返ってきた。

 

「だって、()()()()()()()()()()()()()?」

「っっ~~~~~!!お、覚えてたの!?」

「忘れるわけ無いじゃん」

 

 あんな真剣なツキヨも珍しいけど、あんな風に考えてくれてたんだー?へー?嬉しいなぁー?

 

 ニヤニヤ、ニヤニヤと。

 一歩、また一歩と距離を詰め、問いかけてくるミィ。これにはツキヨも堪らず顔を赤くした。

 

「わ、忘れてると思ったのに……」

「たまに私の黒歴史を掘り返すツキヨに仕返しだよ……でも、嬉しかったのは、本当。ありがとね、ツキヨ」

「うっ……」

 

 そう言われたら、もう何も言えなくなる。

 ツキヨは、ミィにだけは勝てそうになかった。

 

 

 

 

 

 この後、二人は仲良く手を繋ぎながら渓谷を探索することになる。

 

 その間、ツキヨはミィから伝わってくる、感謝の思念に何度も身悶えることになるのだが……。

 

 

 これは、割愛するとしよう。 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

ツキヨ

 Lv 51 HP35/35 MP221/221〈+90〉

 

【STR 15】 【VIT 0】

【AGI 670】 【DEX 1680】

【INT 60〈+30〉】

 

装備

 頭 【舞騎士のマント】体【比翼の戦乙女】

 右手【白翼の双刃】 左手【白翼の双刃】

 足 【比翼のロングブーツ】

 靴 【比翼のロングブーツ】

 装備品【赤いバンダナ】

    【毒竜の指輪】

    【空欄】

 

ステータスポイント0

スキル

 【連撃剣Ⅹ】【体術Ⅹ】【水魔法Ⅹ】

 【挑発】【連撃強化大】【器用強化大】

 【MP強化大】【MPカット大】

 【MP回復速度強化大】【採取速度強化中】

 【双剣の心得Ⅹ】【魔法の心得Ⅹ】

 【双剣の極意Ⅲ】【魔法の極意Ⅲ】

 【武器防御Ⅹ】【状態異常攻撃Ⅸ】

 【気配察知Ⅸ】【気配遮断Ⅸ】【気配識別】

 【遠見】【魔視】【耐久値上昇中】【跳躍Ⅹ】

 【釣り】【水泳Ⅹ】【潜水Ⅹ】

 【精密機械】【血塗レノ舞踏】【水君】

 【切断】【ウィークネス】【剣ノ舞】

 【刺突剣Ⅹ】【曲剣の心得十】

 【曲剣の極意Ⅱ】【属魔の極者】【空蝉】

 【殺刃】【最速】【殺戮衝動】

 【精緻ノ極】【速度狂い(スピードホリック)】【比翼連理】

 

―――

 

 

 自らのステータス画面を眺めて、ツキヨは苦笑した。クラーケン戦にて【白翼の双刃】が三回壊れた。【最速】クエストの時にも壊しているため、合計では四回。

 【白翼の双刃】は【DEX】と【AGI】を上昇させていたため、四回も壊れた今、その上昇値は図りしれず。

 お誂え向きに【精緻ノ極】【速度狂い】がそれらを二倍にしているため、馬鹿げたステータスにまで上昇してしまっている。

 【DEX】に関しては、ここから【血塗レノ舞踏】で更に二倍だ。本当に馬鹿げている。笑いすら出てこない。

 【AGI】もアクティブの【最速】を使えば、三分だけ二倍だ。頭がおかしい。

 

「今なら、メイプルちゃんの防御抜けそう……」

 

 軽く計算すれば、最大強化時は弱点を狙わなくても【STR 1600】相当を超える攻撃力を持っていた。これでは【薄明・霹靂】の出番はほぼ無いと言っていい。【刃性強化】は惜しいが、それ以上の強化上昇値を持っているし、【刺突剣】は【白翼の双刃】でも使える。

 

「ツキヨ、なにか言った?」

「んーん、何でもない」

 

 隣を歩くミィとの【比翼連理】は、既に切ってある。そういつもいつもする必要はない。

 

「何にもないねー」

「そうだね……モンスターも弱いし」

 

 時折出てくる蝙蝠などのモンスターは、クラーケンを相手にした後では物足りない。霧に覆われた森の中をミィの炎と【気配察知】を頼りに慎重に進んでいく。

 

 

 

 そして霧の中を彷徨うこと二時間。

 真っ暗闇の渓谷で、そろそろ変化が欲しかった頃だった。

 

「ねぇミィ?何か水の音がしない?」

「えっ?……本当だ!近くに川があるのかな?」

 

 夜の森に明かりはなく、こんな事ならランタンでも持ってくれば良かったと思うが、無い物ねだりはできない。

 

 

「おぉ、あった」

 

 目の前には、小さな川があった。

 【炎帝】の炎に照らされた川は、僅かな段差から水が流れ落ちて音を立てていたようだ。

 

「夜だけなら良いけど、流石にこの霧じゃ探索も厳しいし、この辺りで休める場所を探そっか」

「ミィがそれで良いなら、私も良いよ。どうせなら、卵の様子も見たいしね」

「ん、良いね。温めると孵化するってあるし、暫く温めてみよ!」

 

 夜の探索がしたい気持ちもあるにはある。しかし、この霧ではまともに真っ直ぐに歩けているかすら不透明なのだ。だからこそ夜の探索は諦めて、日が昇るまで休むことにした。

 

「一応、下流に進めば中央の方向みたいだから、下流に行きながら探そうか」

「……ツキヨ、こういう所はね?上流が怪しいってセオリーだよ?」

 

 きっと上流の方が何かあるし、時間もあるから上流に行ってみよう?と、ミィは言うが、ツキヨさんはセオリーなんて信じない。

 いや正確には。

 

「この運営がセオリーを守るとか思えない」

 

 色々と頭のおかしいことをしてくれる運営である。セオリー?何それ美味しいの?を地で行く彼らである。ミィそれ信じる?と。

 そう言われてしまえば、ぐうの音も出なかったミィ。大人しく下流に行くことにした。

 

 

 

 そうして下流に進むこと三十分。

 二人は岩肌に亀裂が入り、洞窟のようになっているのが見えた。

 

「あそことか良さそうじゃない?」

「……そうだね。奥行きもあんまり無くてダンジョンじゃなさそう。ただの大きな裂け目だね」

「なら、大丈夫だね。一旦日が昇るまで、ここを拠点にしようか」

 

 当初の予定とは違うが、この霧では満足に動けない。仕方ないと諦めて、日が昇るまではここで雑談に興じることにした。




 
 取り敢えず、落ちてみました!
 初日に言ったよね!『パラシュート無しのスカイダイビング』って!やらなきゃ!(使命感)
 転移先最大のハズレ枠で、普通なら死に戻る。

運営『俺たちの嫌がらせの集大成をくらえっ!』

 けどツキヨだからそれも何とかした。
 頭おかしい。

 海皇戦の最後で、AGI落ちてるのにツキヨが攻撃を全部躱せた理由は、【破壊成長】でAGIが爆発的に上がったから。基礎値が上がったから、減衰してもそれまで通りのパフォーマンスができました。
 こっちもハクヨウちゃんみたいになりつつある……まぁ今後AGIに振ることは無いと思うけど。

 そしてツキヨちゃん、無事に黒歴史生成完了。ミィを弄っていたしっぺ返しが来ましたw
 海皇戦書いてる時、ひょっこり出てきた昔の私からの特攻ダメージに耐えた甲斐がありました。
 ……今もだろって?
 書きたくなったんだから、是非もないよねっ!



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幹部候補とその頃

 前回まででエピローグ的なモノも含めて、海皇戦が全部片付いた。
 そしたら色々とやりきっちゃった感があって、ちょっと疲れたので箸休め。

 ツキヨとミィが百合百合してる時に、例の五人は何してるかなーてお話。

 


 

 ツキヨとミィがクラーケンに辛くも勝利し、疲れから眠っている時。

 完全に日が落ちた頃。ミザリー、マルクス、シン、ヴィト、ウォーレンの『幹部候補』五人パーティーは、野営の準備をしていた。

 

「にしても、今日はやばかったな……」

「そうですね……」

「あぁ……」

「うん……手強かった」

「メダルはそれなりに良かったけどな……」

 

 ヴィトの言葉に、それぞれ同意する。

 この日、五人はとあるトラップに巻き込まれ、散々な目にあったのだ。

 

「僕は終わった後、本物かって疑ったよ……」

「マルクスは、ミザリーと殺ったんだったか?」

「うん。ミザリーの回復力と攻撃力には舌を巻いたよ……。そういうヴィトは僕でしょ?」

「あぁ……お前のトラップ、まじでえげつないのな……何度嵌められたことか、思い出したくもない」

「私はシンでしたけど、それほど苦戦しませんでした。相性が良かったですね」

「そう言われると凹むな……」

「ま、俺ら自身よりステータスの高い偽物だったが、全員勝てて良かったぜ」

 

 かかったトラップは、パーティーの味方の姿をした偽物と戦うと言うもの。それも、本人よりステータスが向上し、かなり強力になっているのだ。

 そんな相手をマルクスはミザリー。

 ミザリーはシン。

 シンはウォーレン。

 ウォーレンはヴィト。

 ヴィトはマルクス

 と、それぞれ相手にした。

 しかも、かなり苦戦したにも関わらずメダルも一枚ずつ。この日の戦意をすべて削がれた一件である。

 序盤は何も無かったのに、いきなり二人ずつ分断されたと思ったら、共にいた相方がいきなりフレンドリーファイアを仕掛けるのだ。しかも、かなり強力な。

 ダメージがあるのでモンスターだとすぐに分かり、何とか勝利する事ができ、合流したのだが、そこで相手が本物かと疑心暗鬼に陥ったのは言うまでもない。

 

「確認だっつって【崩剣】したのは許さねーぞ、シン」

「ウォーレン……全て余裕を持って躱されたのは、それなりにショックなんだが?」

「はっ、こちとら化物サブリーダーにしごかれてるからな。全くの同時に飛んで来ない攻撃程度、どんなに速かろうが対処できなきゃあの人にボコられんだよ」

 

 疑心暗鬼からの解決策は単純明快。パーティーメンバーは攻撃してもダメージが発生しないので、互いに軽く攻撃したまでである。

 まぁ、ウォーレンはシンの飛来する【崩剣】十本を紙一重で躱し、その身のこなしで偽物では無いと判断されたが。

 

「偽物がステータス高いだけでプレイヤースキルまでトレースできないのは助かった。お陰でヴィトの相手はやり安かったからな」

「そうですね。私が戦った偽物のシンは、本物ほど鋭く【崩剣】を操れませんでしたから、上手く隙を付けましたし」

「あぁ。本物のウォーレンなら『遅え』とか言って避けるか叩き落とす巫山戯た奴なのに、攻撃当てられたからな」

 

 良くも悪くも、強力なスキルとは別にプレイヤースキルが実力を左右するプレイヤー三人の相手は、明らかに本物よりも劣るプレイヤースキルだったため、上手く戦うことができた。

 

「さて。もう時間も遅いですし、見張り交代しつつ、今日は休みましょうか」

 

 五人なので、二時間交代でも余裕を持って一夜を明かすことができるし、睡眠も確保できる。

 ミザリー用の小さなテントとほか四人が寝る大きなテントを挟んで、五人は見張り交代の順番を決めていた。

 

「昨日もそうですが、ウォーレンは本当に良いのですか?」

「構わねえよ。というか、俺から頼んでるんだし、むしろ途中で起きる四人に申し訳ないくらいだが?」

「そうですが……」

 

 ミザリーが問いかけるのも無理はない。

 なぜなら。

 

「だとしてもよ、2日連続でウォーレンが一人は無いだろ」

 

 彼らは、見張り番を二人体制にしている。

 というのも、彼らは金のメダルを三枚保持しているので、他のプレイヤーに狙われやすい。

 故に対処のために三時間交代の二人体制を組んでいるのだが、前日に続きウォーレンは『一番最初に、一人で二時間』見ると言っているのだ。

 尤も、二人で見張る彼らより一時間短いため、その分負担は減るのだが。

 だとしても。

 

「昨日、ウォーレンの時に襲ってきたしね……まぁ、返り討ちだったらしいけど」

「襲ってきた奴らには、ご愁傷様としか言えないけどな」

 

 前回十位以内に入った三人が寝ていて、見張りはさして強くもなさそうな槍兵一人。狙われて当然だったが。しかし。

 

「文句は俺に勝ってから聞くが。()()()()()()()()ぜ?」

「はぁ……無理ですね」

「無茶すぎるよ……」

「自分のヤバさを自覚しろ、ウォーレン……」

「本当にな……」

 

 ある時を境に、()()()()()()()()()()()()()()()ウォーレンは、ミザリー達四人がかりでも有利に立ち回ることができる。

 いや、ハッキリと言えば、四人がかりにも勝利することができる。

 このパーティーにおいて、最高戦力とはウォーレンなのだ。

 だからこそ、襲ってきたプレイヤーにはご愁傷様としか言えないのである。

 一番平凡に見えて、一番厄介なプレイヤーが、ウォーレンだから。

 だからウォーレンは、細長い黄槍(おうそう)の柄で地面をコンと叩き、不敵に笑う。

 

「ま、せめて俺の間合いの内で生き残ってから、考えてくれや」

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 夜の冷たい空気を槍が貫く。

 最短距離を、最速で。

 無駄のない動きは、構えた瞬間すら悟らせずに突きを放つ。

 突き、払い、掬い上げ、叩きつける。

 槍であるが為に大振りだが、その破壊力は剣を上回る。

 『見えない誰か』と鍔迫り合うかのように、時に守り、時に苛烈に、時に後退する。

 真に迫る張り詰めた緊張感は、『見えない誰か』をはっきりと幻視できるほど。

 なるほど、戦っている相手は『彼女』かと、俺は納得した。

 そうで無ければ、アイツがいつの間にか防戦一方になるなどあり得ない。

 俺たちを圧倒するアイツと、近距離であれ程に戦えるプレイヤーは限りなく少ない。片手の指すら余るだろう。

 その中で、常にアイツを圧倒できる、アイツと身近な存在は、一人しかいない。

 

「ずりいなぁ……」

 

 最初に彼女と接触したのは、自分だったのに。

 俺は武器も同じで、彼女の素をアイツは知らないのに。いつしか自分より親しくなっていた。

 

 寝付きが悪かったから、夜の空気を吸っていたら、これだ。

 どうせ次の見張りは俺とミザリーだし、そのまま起きてようと散歩していたら、これだ。

 野営のテントからやや離れ、けれど見渡しの良い高台の上で、ウォーレンが槍を振っていた。

 

 確かにここなら、テントの周辺一体を見渡せるが。だが、見張りはそうじゃないだろうと。

 てめぇ何俺のいるテントとは真逆の方を向いて、鍛錬してんだと言いたいが。

 まぁ、口で言うよりは、『こっち』の方が伝わりそうだったから。

 

「ふっ!」

 

 腰の双剣を思いっきり投げつける。俺自身は丸腰になるが、まぁ威嚇だけだ。問題ない。

 背を向けるウォーレンは気付かない。

 このまま当たってくれねぇかなぁ……と淡い願望を抱くが。

 

「っおら!――って、なんだヴィトかよ」

「……ははっ。まぁ、無理だよな」

 

 三メートル。

 僅か三メートルが、驚くほど遠かった。

 俺の投げた双剣は、ウォーレンの周囲三メートルに入った瞬間に一つを見もせずに石突で。もう一つを振り向き様に穂先で叩き落とされた。

 

「【八方睨み】……だったか。もう結界じゃねえかそれ」

「間合いの内を完全知覚できる代わりに、【気配察知】は消えたけどな」

 

 それが俺たちが、ウォーレンの間合いを超えられない正体(スキル)

 槍の間合い周囲三メートル以内ならば、あらゆる存在を知覚、認識できるスキル。

 代わりに【気配察知】が消えたって言ったが、そんなの他のやつに任せればいい。

 攻防に優れた【八方睨み】を超えた奴を、俺は知らない。

 が、この分だとツキヨなら抜けそうだな。

 

「で?まだ交代には早いが、どうかしたか?」

「寝れなくてな。ただの散歩だ。ウォーレンこそ、見張りのくせに何してんだ」

「日課だよ日課。まぁこれ自体は、つい最近始めたんだが……」

「日課?」

「あぁ。仮想敵にツキヨを置いて模擬戦。本人が居れば、本人に頼んでたが……今はできないからな」

 

 ツキヨが少し前に【炎帝ノ国】の活動に顔を出さなかった一週間の間、ウォーレンはツキヨと会った時、何度か模擬戦をしていたらしい。その時の名残で、一日の終わりに動作確認を踏まえた鍛錬をしないと眠れなくなったのだとか。

 だから、一番最初に見張りをやってるのかと納得はするが。

 

「……お前、いつの間にか戦闘民族にでもなったのかよ?」

「仮想敵としては最上級だしなぁ……【八方睨み】だって、ツキヨと模擬戦してる時に取れたし」

「お前の進化の原因はあいつか!」

 

 自分だけじゃなく、周りまで進化させるとかやめろよと言いたい。

 

「ま、そのお陰(せい)でプレイヤースキルが格段に上がったしな」

 

 【八方睨み】は、あくまでも知覚、認識できるだけ。そこからの対応はプレイヤーの力量に依るところだ。ウォーレンがシンの飛来する剣を全て躱し、叩き落とせるのも、ヴィトの双剣を見もせずに瞬時に対応したのも、全てツキヨとの鍛錬の賜物だと言う。

 

「近距離は鬼みたいに強えし、魔法もえげつねえ。挙げ句剣が伸びて予測なんてできやしねえ。そんな相手と何度も戦ってりゃ、プレイヤースキル伸び放題だぜ?」

「勝てる気もしないがな」

「実際、まだ一撃も入れられてねぇよ。守るので精一杯だ」

 

 最初はウォーレンが攻めるが、少しずつツキヨも反撃に出て、ウォーレンが対処できなくなったら終わりのルールらしい。

 ツキヨといると、スキルに頼らない部分。プレイヤースキルが飛躍的に向上する。

 それは、ツキヨによる無限アルマジロを体験したメンバー全員が実感する所だが、ウォーレンはその先を行く。

 

「確認のためっつって無限アルマジロに連れて行かれた時は死ぬかと思ったが……【八方睨み】と模擬戦のお陰で、一時間耐久できちまったよ」

「マジか…すげえなおい」

 

 ウォーレンの目が死んでいるのは気になるが、それでも一時間、数百のアルマジロ相手に生き残れるというのはとんでもない事だ。

 だが同時に、それはツキヨは素で【八方睨み】のウォーレン並の実力があることを示す。

 

「勝てる気がしねぇ……」

「生き残れる時点で、お前も大概だよ」

 

 今日の偽物相手だって、シンが偽物のウォーレンを対処できたのは、プレイヤースキルで劣っていたかららしい。

 【八方睨み】が如何に攻防に優れていても、十の剣を捌くのは容易ではない。そんな事ができるウォーレンの頭がおかしいのだ。だから、ある程度は避けられるし叩き落とされるが、数本は確実に当てることができたという。

 

「……プレイヤースキルおばけが」

「うっせ。プレイヤースキル極振りに鍛えられりゃこのくらいできるようになるんだよ」

 

 プレイヤースキル極振りとして知られるツキヨの相手などやりたくも無い。システム的に設定されたスキルなら、対応策などいくらでもある。

 予測不能な一撃で倒すツキヨ相手になど、生き残れるだけで相当な実力がある。

 だからこそふと、気になったことがあった。

 

「なあ……ミィとツキヨって、どっちが強いんだ?」

「あ?ミィ様とツキヨ?」

 

 プレイヤースキルに極振りしているツキヨは強い近接戦闘最強と呼ばれるほどに強い。

 どんなスキルを持っているかは殆ど知らないが、最後に見た瞬間移動としか思えない高速起動は脅威だ。

 視界から消失し、いつの間にかモンスターの群れが細斬りにされていた光景は、今でも目に焼き付いている。

 だが、ミィの火力も計り知れない。【炎熱耐性】のモンスターも、耐性の上から焼き尽くすミィの攻撃力は、魔法使いでもトップだろう。

 

「どっちも強いのは分かるんだが……二人が戦ってるところは見たことねぇしな。ちょっと気になった」

「まぁ、たしかにな」

 

 前衛にいるとは言え、ミィは純魔法使い。対するツキヨは、魔法も高水準で使えるが基本は剣だ。比較できない。

 だから、戦ったことが無いらしい二人の優劣も分からなかった。

 

「魔法属性の有利はツキヨだが、それを撥ね退ける火力がミィにはあるからなぁ……しかも前衛でかなり強いと来た」

 

 どちらも足元にも及ばないほど強いため、答えが出せない。正直なところ悔しいが、事実だからしょうがない。

 だからこそ、自分よりも強く、二人に近いウォーレンに聞いてみたのだ。

 そのウォーレンも、しばし思案する。

 

 

 

 

 

 しかし、その内容は少し違った。

 

(ヴィトは分かってねぇな……ツキヨの戦闘の根幹を支えているモノが。後手から()()()()()先手を取る反則的な反射速度は、今の俺でも防御が間に合わねえし……てか本当に瞬間十六連撃とかやめろください)

 

 二刀・【八岐大蛇】が、半ばトラウマとして刻み込まれているウォーレン。だからこそここまで成長したのもある。

 

(あの時は地獄だった。【八方睨み】取ってからはそれなりに戦えるようになったが……そういや、前にポロっと言ってたか?)

 

 その成長過程を思い出し、地獄だと目が死ぬ。死んで一ヶ月だった魚みたいな目になる。

 が、そのトラウマを引っ張り出してきた甲斐があったのか、その途中で話したことの一つを思い出した。

 

「ツキヨが前に、そういうこと言ってたわ」

「あん?」

「俺がサブリーダー代理やってる間だよ」

 

 ツキヨが【最速】を修得するために、グループの活動をウォーレンに投げた時。ウォーレンは、練習で走り回るツキヨの護衛のような事をしていた。【殺刃】のことも聞いたし、鍛錬も付けてもらったし、【八方睨み】も手に入ったしと良いこと尽くめだった。その時にポロッとツキヨが溢していたのを思い出したのだ。

 

 なんでも。

 

「ミィ様と戦う時は、最初から全力じゃないと寝首をかかれるらしい」

「………へぇ。拮抗してるってことか。だが、二人は戦ったことないんだろ?」

「この世界じゃあな」

 

 この世界。NWOの中で、二人は戦ったことはない。戦う必要がなかったからなのが大きい。

 

「昔、魔法無しの剣を題材にしたゲームをやってたんだと。その時にこっちで言う【決闘】をしたとかなんとか?」

「………待て。それだとミィが、()()()()()()()()()()()()って聞こえるんだが……」

「そう言ってんだよ」

 

 “俺も聞いた時は耳を疑った……”と苦笑いのウォーレン。

 ミィと一緒に、双剣の扱い方を考察した時のゲームの話。そして、ツキヨが【旭日一心流】を見様見真似で鍛錬していた時の話である。

 

「ミィ様も最初は一緒に双剣を使ってたんだが、性に合わなかったらしくてな?途中から短剣に変えたんだと」

「そしたら、性に合った?」

「あぁ。ツキヨとは違う方向性に突き詰めて、そのゲームが終わる頃には、ほぼ互角だったらしい」

 

 ツキヨが【天津風】を練習している間、ミィは早々に諦め、別の道を探した。その果に辿り着いた、先の先(ツキヨ)に対抗する究極の後の先(流派)

 その道が、ミィには合っていた。

 

「ツキヨは先の先。反撃の手を許さず、最速で相手を叩き潰す剣技を得意としてる。

 だがミィ様は相手の攻撃を受け流し、後の先を取る剣技を身につけ……いや、極めた」

「カウンター主体か」

「あぁ。現実で今なお残る剣術の一つ。その中で、《最後の侍(ラストサムライ)》って呼ばれるすげえ剣士の流派を独学で練習して、短剣にアレンジして使ってるらしい」

 

 

 名を。

 

 

 

「綾辻一刀流。

 ミィ様は、ツキヨの瞬間八連撃を()()()()()()()()()()()らしいぜ?」




 
その1 ウォーレンさん元七星剣王化
 槍使いだったのも、こうなるの見越してた所あるよね(白目)
 【八方睨み】は武器の届く間合いを完全知覚するスキル。代わりに【気配察知】が消滅。

その2 ヴィトさんごめんなさい
 本当はヴィトさんがウォーレンの立ち位置だったんだけど、気付いたらウォーレンいた。
 まぢごめんうぉーれんさん……。

その3 ウォーレンさん強化週間
 ツキヨが【最速】を修得してる裏でこんなことがあった。他人まで進化させるとかメイプルに通づる所あるよね。しかもPSまで鍛える始末。
 PS特化プレイヤー増殖しそう。

その4 PS特化と類友
 なんか最近、別の世界線で似たようなタイトル付けた気がする。この世界線は剣術バカしか居ないのか……て思うけど、主人公が【八岐大蛇】使う以上、ミィはこうなるよねって。


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PS特化と鳥と狼

 原作で運営に『幻獣の卵』って言われるほどに強いモンスターって限定されると、狼は二種類しか思いつかなかった。
 日本の狼の神様である真神とか『嘘を見抜く』のと『浄化』だけで微妙だし。浄化は【聖水】で事足りるし。
 『犬』も含めれば強いのいっぱいいるけど、狼って少ないですよね。
 むしろ戦闘力高いのは犬の方が多い説。

 と言うわけで、多分多くの方の予想を裏切る方の狼にしました。当たった人いるかな!?

 


 

「さて、卵を確かめよっか」

 

 岩の裂け目の中に入り込んで卵をインベントリから出しつつ、ツキヨが言う。

 

「温めると孵化する……ってことは、温め続けるんでしょ?しまっておかないと消えちゃったりしない?」

 

 装備やポーションなどのアイテムは、インベントリから取り出して二時間放置しておくと消えてしまう。だから卵も消えてしまわないかとミィは心配した。

 

「なら、二時間ごとに一度しまおっか」

 

 万が一放置して消えてしまったら、あの死闘の意味がなくなってしまう。もう一度あんな戦いをやるなんて嫌なので、確実性を取った。

 

「温めるっていうと、やっぱり人肌かな?」

「……モンスターなら火で炙っても……」

「駄目だからねーツキヨー?やるなら一人でやってよ?協力しないからね!」

「はーい……」

 

 ミィに火起こしが頼めなくなったので、仕方なく普通に卵を抱いて温める。

 冗談だったのだが、危険なチャレンジな事に変わりはなく。ツキヨも試す意思はなかった。

 

「どんな子が生まれてくるのかな?」

 

 早く生まれないかなー?と待ちきれない様子のミィが、優しく卵を撫でる。

 

「そんなすぐには生まれないと思うよ?」

「でもモンスターだし、ゲームなんだからかなり早いと思うよ!」

「まぁ……確かに」

 

 卵を抱きしめながら、待ち遠しく撫でる。つるつるで触り心地が良く、和んだ。

 とはいえやることも無いので、次第に今後の予定を話し合っていく。

 

「取り敢えず、方向はエリア中央で良いね?」

「渓谷探索しながらゆっくり、だね。明日の夕方にでも到着すれば良いし、このまま日が昇ったら行こうか」

「そうだね。ミィも私も、半日休んで体力は大丈夫だし、このまま一気に探索を進めよっか」

 

 長時間ここにいる事になるので、暇つぶし用の飲み物とお菓子も欠かさない。

 いつでもどこでもティータイム。それがツキヨクオリティである。

 時刻は四時過ぎ。現実の季節に合わせたのか、日の出も早く、少しずつ空も白んできた。しかし、渓谷は霧に覆われているため、まだ視界も悪い。

 今急いでも仕方ないと、二人はそのまま卵を温め続けることにした。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 それから、時折インベントリにしまいつつ卵を温め続け、三時間が経った。

 

 未だ孵化する様子はなく、空も明るくなったので、取り敢えず温めるのはここまでにして、裂け目から顔を出す。

 

「んん……っ、ゲームなのに空気が澄んでる」

「霧もそうだけど、運営の再現度の高さには目を見張るものがあるよね」

 

 結構狭かった裂け目から出て体を伸ばした二人。陽光が霧を照らし、煌々と輝くのを眺めながら、下流に進んでいく。

 出てくるモンスターは、夜と変わらずコウモリなど。正直なところ雑魚なので、適当に斬って焼いて進んでいく。

 

「ねぇツキヨ。あの木の上の方、なんか光ってない?」

 

 その途中でミィに言われ、ツキヨも目を凝らす―――スキルで。

 

「【遠見】【魔視】……っと。ミィお手柄!メダルあった!」

 

 スキルによって強化されたツキヨの目は、枝の上に乗った銀色に輝くメダルを捉えた。

 すぐに木の下にまで行くと、【飛翼刃】を使って枝を切断する。

 

「やった!面倒なこと無しにメダルゲット!」

「こういう探索でも手に入るから、良いよねぇ。何にせよ、これで十二枚。残りは八枚」

 

 喜ぶ二人だったが、面倒なことが無いというのは間違いだった。

 不意に、ツキヨの【気配察知】にいくつもの反応が現れる。

 発生源は、生い茂る木々!

 

「あちゃー……トレントだったか」

「メダルを取ったらいきなり反応出たし……罠だったか」

 

 剣を抜いて杖を構え、戦闘準備をする。が、油断も慢心もしていて勝てる相手だ。

 ミィの炎は所詮木のモンスターでしかないトレントに相性が良く、ツキヨほど広域殲滅に長けたプレイヤーは二人といない。

 【飛翼刃】の飛距離は現在四倍。

 コウモリを倒す時に【血塗レノ舞踏】も少しずつ上げていたツキヨに隙はなく。

 

 わずか数分で半数が焼き尽くされ、半数が丸太にされ、粒子となって消えていった。

 

「レベル的には、全く問題ないから楽だね」

「まぁ、現時点で50超えてるのが一握りだからね。それに合わせてたら、初心者なんて攻略できずにゾンビアタックしてるよ」

「それもそっか」

 

 パーティーを組めば、頑張れば初心者でも勝てるように、フィールドのモンスターの強さは調節されている。だからこそ物足りないのだが、そこを補うのがダンジョンなのだろう。強いモンスターをボスに配置して、バランスを取っている。

 

 

 

 その後も探索を続けることでメダルを二枚見つけることができた。この辺りは渓谷の底であり、霧が立ち込めているのも手伝って、探索が十分に進んでいないのだろう。

 一枚は、川の流れが緩やかなところで。魚が大群で押し寄せてきた。【水爆】した。

 一枚は、偶然入った岩の裂け目が蝙蝠モンスターの湧くスポットで、【炎帝】と【水君】を投げ入れて衝突させ、蒸し焼きにしたら出た。

 

 そんな訳で探索することしばらく。少し前に下流の方向が東から外れた二人は、濃霧で方向感覚が狂うのを避けるために、一度休憩を取ることにした。

 

「この霧だと【気配察知】の上昇が凄いわ…」

「前が全然見えないもんねー。でも、夜にいた所みたいな裂け目があってよかった」

 

 今休んでいる所は、深夜探索を諦めた時に使った岩の裂け目と、よく似た場所。こちらも岩の裂け目の中が空洞で、休めるようになっている。

 

「多分、濃霧で集中力が削がれるから、休憩用に点在してるね。実際川も二、三回合流、分岐したし、迷子になっても休めるようにね」

「私達はずっと東に進んでるから、その分岐だけを選んでたけど、他の枝分かれも沢山あるんだろうね……」

 

 卵を抱きしめつつ、今後はマップ頼りに進むことになるのに辟易する。さっきまでは川の流れに従ってきただけに、ここからが本番な気がしてならない二人。

 

 

 そんな折、ツキヨの【気配察知】に反応があった。

 

「っ!……誰か来る」

「……プレイヤー?」

「【気配識別】だと中堅、かな?それが二人」

「卵はインベントリに戻したほうが良いね」

 

 【気配識別】は、あくまでもレベルの高さで感じ取れる気配の大きさが変わる。カナデが希薄だったのは、そのせいだ。

 レベルとしては中堅。

 レベル20から30程度だと思われるが、油断はできないので卵を仕舞い、耳を澄ます。

 

『見て、あそこ!』

『おぉ!川だ!』

 

「あれ、この声……?」

「あぁ……うん、最悪引いたね、これ」

 

 ツキヨにとっては、比較的聞き慣れた二人。ミィにとっては、前回イベントで一度だけ聞いた声が一人。だが、鮮明に思い出せる人物。

 どうしてこうも、有名プレイヤーばかりと鉢合わせるのか。

 

『……あそこを拠点にしようか。渓谷探索には時間掛かりそうだし』

『うん。賛成!あと……卵のことも確認してみないとね』

『あぁ、そっか。温めてあげないとダメなんだっけ』

 

「「………卵?」」

「……ってかヤバイヤバイ。近づいてる!」

 

 卵って、つまりは『そういうこと』で良いんだよね?と思ったのも束の間。二人の気配が近づいて来ることに焦るツキヨ。

 直後、優しく手を握られ、凛々しい演技(スーパー【炎帝】タイム)のミィが一喝する。

 

「―――落ち着け、ツキヨ」

「っ……ミィ?―――いえ、そうね。私達もただの休憩なのだし、普通にしていれば問題ないわね」

 

 それでツキヨも演技に入る。メイプルとサリーの二人に対してやっていたのは、比較的緩い演技。ならば問題はない。

 

 そう冷静さを取り戻したと同時に、メイプルとサリーが裂け目を覗くように顔を見せた。

 

「ツ、ツキヨ!?」

「うぇぇ!?」

 

「……久しぶり、と言いましょうか。メイプル、サリー」

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 狭い岩の裂け目の中に、四人のプレイヤーが顔を合わせていた。

 

「久しぶりだね、ツキヨ!」

「それほど久しぶり、とは感じないけれど、そうね。半月振りかしら?サリーも、無事に装備を揃えられたようね」

「お陰様でね……と、そちらは【炎帝】さん、ですよね?イベント開始前に演説してた」

「ミィだ。ツキヨと同じように敬語もいらない」

 

 『敬語もいらない』とは言われたものの、圧倒的なカリスマ性に気圧されてしまう。

 

「ツキヨ達もここに来てたんだね」

「えぇ。今は濃霧で集中力が途切れる前の休憩」

「ここは……二人の拠点って事ですか?」

 

 ツキヨが同い年と言うことは、ミィもそうであるとは思うサリー。思うのだが、“何このカリスマ……”と気圧されて、自然と敬語が出てしまう。

 

「拠点、ではないな。そもそも、我々【炎帝ノ国】の拠点は明日、構えるつもりだ」

「グループとして集まるのが明日。今はその移動中と言う訳。私達も今ここに来た所」

「そう、なんだ……けど、やっぱり別の所に移動した方がいいね。メイプル?」

 

 無闇に味方とは言えない人たちと一緒にいるのは危険だと、サリーは提案する。

 

「我々は一緒でも構わんよ。小休止だから、一時間程度で出るし、二人の話も聞いてみたい」

「えぇ。こちらは武装解除しているし、戦った時にどちらが有利に持ち込めるかは、一目瞭然」

 

 その提案は、ミィとツキヨが大丈夫だと切って捨てた。そも、卵を温めていたので最低限の防具のみで武装解除しているし、二人が来るまでに装備を整える時間も少なかった。

 卵を仕舞うので手一杯だったので、襲われれば間違いなく先手を取られる。

 あと、二人の会話で聞こえた『卵』が気になっていた。

 

「それに……」

 

 ツキヨとミィは、アイコンタクトを交わすとインベントリを操作して、卵を取り出す。

 赤と白の卵を実体化すると、目に見えて二人の表情が変わった。

 

「これについて、二人とは良い情報交換ができると思って、な」

 

「「えぇぇえええっ!?」」

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 裂け目の中では、四人のプレイヤーがそれぞれ別の色の卵を抱えながら雑談に興じていた。

 

「へぇ……そっちは海の中だったんだ」

「あぁ。【潜水】必須でかなり厳しかったぞ」

「大量の氷槍をノーダメージ……メイプルは相変わらずの防御力ね」

「えへへ……でも、サリーも凄かったよ!全然攻撃当たらなくて!」

 

 紫色の卵を抱えるサリー

 赤色の卵を抱えるミィ

 白銀の卵を抱えるツキヨ

 緑の卵を抱えるメイプル

 

 それぞれが卵を手に入れた時のモンスターはどんなだったかと話し、警戒心の緩いメイプルから情報を聞き出していく。チョロい。

 ツキヨとミィは、サリーの実力に対する警戒心をメイプルと同等に引き上げて、自分たちのスキル構成や戦い方がバレない程度に会話を続ける。

 この辺りサリーはしっかりと考え、注意しているだろうが、どうしてもメイプルは緩くなり、多少なりとも情報を与えてしまっていた。

 

 途中で『装備が壊れて焦ったよー』と苦笑いするメイプルから【破壊成長】を持ってること。

 前回イベントで猛威を奮った、何でも飲み込む大盾を持っているのにかなり苦戦したことから、回数制限があるだろうこと。

 明らかに機動力の無いメイプルがサリーを確実に守れていたことから、何か特殊な移動法を使っていること。

 サリーの回避能力がツキヨにも迫ること。

 しかし、それにしては【剣ノ舞】を持っていないことから、レベルはまだ低いのか、回避能力はツキヨの方が上だということ。

 

 などなど。間違いなくこの中で脅威なのは、【破壊成長】だろう。壊れる度にツキヨの【白翼の双刃】のステータスが上がるように防御力が上がって元に戻るなんて、非常に厄介だ。

 

 サリーは、メイプルが二人に情報を与える度に“あちゃー……”と顔をしかめているが、ツキヨとミィとしてはホクホクである。

 長い間演技をやっていたら、感情を抑え込む技術が自然と身についた。そのお陰もあり、二人してメイプルからごく自然に情報を抜き取っていく。酷い。

 

 

 そうやって、メイプルだけが気付かない情報心理戦を繰り広げること一時間。

 

 雑談を途切れさせる変化は、唐突に起こった。

 

 ツキヨとミィの卵に、ピシッとヒビが入る。

 

「「っ!」」

「わわわっ!二人の卵生まれそう!?」

「どど、どうすればっ」

「一先ず、地面に置きましょう」

 

 四人で丸くなっていた中央に卵を置き、四人揃って寝そべるように卵を見つめる。

 そしてついに卵が割れて。

 中から二匹のモンスターが姿を現した。

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

「おぉ!」

「かっこいい!かわいい!」

「あら……」

 

 真紅の卵から生まれたのは、長い尾とオレンジ色の羽毛を持った鳥。翼の先から赤い炎がゆらゆらとたなびいている。

 白銀の卵から生まれたのは、ふさふさした毛並みとまるまるした体つきの子犬。背中に白銀の小さな翼をパタパタと揺らしながら、周囲に冷気を放っている。

 

「犬、よね?」

 

 そうツキヨが問いかけると、子犬特有のキャンキャンという鳴き声とともに地面を尻尾でペシペシ。ツーンッという効果音が付きそうなほど、そっぽを向いている。

 不機嫌さを隠そうともしない。

 

「あら、違うのね……翼がある犬……いえ。もしかして、狼?」

 

 尻尾、盛大にフリフリ。犬、いや羽つき黒豆柴は、どうやら誇り高き狼さんらしい。

 そして、翼を持った狼と言えば、ツキヨには一つしか思い当たる節は無かった。

 

「ならあなた、モデルはマルコシアスね?地獄の侯爵の……でも、あれは炎を扱うはずだし……もしかして、私が【水魔法】を使うから、それに引っ張られた?」

 

 ゴエティアに記される、第35位の侯爵悪魔。マルコシアス。翼を持つ巨狼で、元は主天使(ドミニオン)だったものが地獄に落とされた姿。

 地獄の炎を吐き出す最強と名高い魔獣の一角だったはずだ。はず、なのだが……。見た目は本当に、翼がついただけの黒豆柴である。

 愛嬌しかない。

 冷気がマルコシアス(仮)の周りでダイヤモンドダストを作り出し、キラキラと輝くのを見つめながら、ツキヨは神妙に呟く。

 手を伸ばしても冷たさは感じず、むしろ子犬らしい程よい体温を感じる。ダイヤモンドダストはただのエフェクトらしい。

 

「お前は、モデルは不死鳥か?」

 

 ミィはミィで、鳥の背中を優しく撫でながら問いかけると、小さく鳴いて目を細めている。

 

 それと同時に、卵が薄く輝き始める。

 その輝きは次第に強くなり、二つの卵はそれぞれ白銀の指輪と真紅の指輪に変わった。

 

「アイテム名、【絆の架け橋】?」

「装備すると一部のモンスターと共闘が可能……なるほど。これがNWOのテイムなのね」

 

 

―――

【絆の架け橋】

 装備している時、一部モンスターとの共闘が可能。

 共闘可能モンスターは指輪一つにつき一体。

 モンスターは死亡時に指輪内で睡眠状態になり、一日間は呼び出すことができない。

―――

 

「一先ず、死亡してもいなくなることはないって言うことは助かるな」

「装備枠一つ空いているし、丁度いいわね」

 

 ツキヨもミィも、偶然にも装備枠が一つ空いていたため、迷わずそれぞれの指輪を装備した。

 

「指輪かぁ……生まれても私は余裕あるけど、メイプルは全部埋まってたよね?」

「うん。生まれるまでに外す装備決めとかないと……っていうか、何で二人のだけ生まれたんだろ?一緒に温めてたのに」

 

 夜中に三時間温めていたのは知らないため、当然の疑問だった。

 

「私とミィは、前から温めていたのよ。そうね……合計で四時間かしら?」

「なるほど。なら、そのくらい温めれば、私達も生まれるかもしれないね」

「ツキヨ、ステータスが見れるようになっているぞ」

「指輪の効果かしらね?……でも、これ以上は二人に見せるわけにはいかないわね」

 

 パーティーでなければ、【炎帝ノ国】のメンバーでもない二人は、モンスターの姿を見れただけでも情報としては与え過ぎである。これ以上は、残念だが見せるつもりはなかった。

 

「そうだな。では、我々は移動するとしよう。丁度一時間経っているし、良い休憩になった」

「分かった!こっちも生まれたら真っ先に教えるね!」

「ああ。楽しみにしている」

 

 肩に不死鳥を留まらせて優しく撫でるミィは、メイプルに返答しながらも何処かうずうずしていた。

 

「取り敢えず、()()()()()()()ってことで」

「ふふっ……ええ。構わないわ」

 

 情報を取った分は、テイムモンスターを知ることで相殺だと告げるサリーに、ツキヨもマルコシアスを両手で抱きかかえ、不敵に笑う。

 マルコシアスの見た目が完全には翼を持っただけの柴犬なため、可愛さしかない。

 

 

 

 バイバーイというメイプルを見送られながら、岩の裂け目を出て、東へと歩き続ける。

 

 濃霧によってすぐに二人は見えなくなったが、念の為()()()()()()()()()()()距離をとった、その時。

 

 

 

「「すっごいかわいぃぃぃぃぃぃっっ!!」」

 

 

 

 二人して、二匹を撫で回したのだった。

 

 

この二人、基本的に可愛いものが大好きである。

 




 
 ミィの不死鳥って格好良さの中に気品もあって堂々としてて、カッコかわいいですよね。
 ……ねっ?(威圧)
 サリーの卵って、アニメじゃ白でしめ縄?してあるけど、原作じゃ紫なんですよね。朧の狐火の色を表してて、私は紫の方が好きです。
 朧の首元に、同じ紅白カラーの縄付いてるから可愛いんだけどさ……。

 ツキヨの狼。
 モデル『無彩限のファントム・ワールド』より、羽つき黒豆柴ことマルコシアス。
 知らない人はググって。本当に可愛いから。
 小さいと可愛い。大きいと格好いい。
 どちらもを両立できる最高の狼です。
 一度本当に見てほしい。
 元ネタのマルコシアスは最強にして最凶の魔狼と謳われた狼ですので、まぁバグ並みに強いよ!

 フェンリルじゃ小さいと“ただの小狼”じゃん?
 不死鳥ほどのインパクト無いじゃん?
 ………だからこそよ。
 紫の卵から白い狐が出るなんて前例があるんだから、卵の白銀要素はスキルに後々現れる予定。

 実は執筆直前までフェンリルと迷ったんですよね。作中でもあるようにマルコシアスは炎を扱う怪物ですから、ツキヨとは逆ですし。
 フェンリルは北欧神話なのでかなり寒い地域の神話生物だから、氷は違和感ないし。
 実はどっちでも書けるようにように草案だけは考えてたし。

 でもよく考えたら、モンスターのステータスがプレイヤーに似るのなら、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()
 と開き直りました。

 羽つき豆柴を抱きかかえて笑うツキヨさん(エーデルワイス)想像してください。萌えません?私は萌えた。

 13日に速度特化。14日に次話を投稿します!


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PS特化と名付け

 速度特化だけじゃ不公平だし、こっちでもssのアンケートやります。
 速度特化で書き忘れたんですけど、アンケートの選択肢以外で書いてほしいss設定があったら
私のアカウント画面→その他→メッセージ送信
 で、要望をください。感想じゃ運対されるので。面白そうだったら検討します。

 


 

 

 東に向けて川沿いを離れた二人は、なんかもう、台無しになっていた。

 

「やっばい!かわいい!可愛さしかない!」

「可愛さと格好良さの暴力だよもう!」

 

 ……色々と台無しな二人が、濃霧の渓谷でそれぞれのモンスターを撫で回す。

 一人はパタパタと揺れる羽つき黒豆柴のお腹に頭、背中とふわふわもこもこな体毛を堪能し。

 一人は格好良さを兼ね備えた不死鳥を優しい手付きで撫で回す。

 この二人、例に漏れず可愛いもの好きであるため、黒豆柴(マルコシアス)の可愛さとの不死鳥の格好良さに完全ノックアウトしていた。

 

 二匹とも別に嫌ではないのか、ツキヨとミィのされるがままに身を任せている。黒豆柴に至っては完全に仰向けになって服従のポーズ。

 お腹をワシャワシャしてやれば、擽ったそうに身を攀じる。

 

「かわいいぃぃぃ……っ!」

 

 いつもの凛々しさ?さっきまでの冷静さ?そんなのゴミ箱に投げ捨てましたが何か?

 一応【気配察知】は切ってないし、声量も最初の叫び以外は抑えてるから問題ない!と我慢の(タガ)を外して堪能する。

 

「あ。この子、オスだ」

 

 別に性別はどっちでも良いが、気付いたから呟いていたツキヨ。

 ステータスを確認できるということなので、早速見てみることにした。

 

 

―――

 

ノーネーム

 Lv1 HP 85/85 MP140/140

 

【STR 40】 【VIT 10】

【AGI 70】 【DEX 40】

【INT 85】

 

スキル

 【氷火(ひょうか)

 

 

ノーネーム

 Lv1 HP 60/60 MP230/230

 

【STR 10】 【VIT 25】

【AGI 50】 【DEX 15】

【INT 150】

 

スキル

 【聖火】

 

―――

 

 

 前者が黒豆柴のステータス。後者が不死鳥のステータスだ。

 

「ノーネームって事は、名前も決めてあげないとね」

「そっか、何が良いかな……」

 

 二人は慎重に名前を考える。

 しばらく考え込んでいる間、モンスター達はじゃれ合って遊んでいた。二匹とも空を飛べるからから、空で追いかけっこをしている。

 モンスター仲は良好のようだ。

 

「よし、決めた。ミィは?」

「私も決めた!」

 

 二人は名前を思いつくと、それぞれのモンスターを呼び寄せる。

 

「不死鳥さんは、イグニス……でどうかな?」

 

 不安そうに視線を合わせて問いかければ、クルルと小さく鳴いて、顔をこすり付けてきた。気に入ってもらえたようで、何よりである。

 

「マルコシアスの君は迷ったんだけどね」

 

 狼であり、地獄の侯爵であり、本来は炎を吐くがツキヨに引っ張られて水、氷の適性も持ったモンスターに適した名前。

 それは。

 

「君は、『真火水(まかみ)

 日本の狼の神様である真神(まかみ)と、火と水に適正を持った異端。そして『神』の語源は『火水(かみ)』であるっていう説から貰ったんだけど……どうかな?」

 

 月を追いかける北欧神話の狼『ハティ』やマルコシアスに因んだ名前を付けようかとも悩んだ。しかし、自分に合わせてモンスターとしての本質すら変わってしまったように思えたから。

 それに適した、名前をつけた。

 羽つき黒豆柴は満足しているようで、ツキヨの上をクルクルと飛び回る。頭の上に着地して、“ぐでーん”と物凄いリラックス。

 マイペースな子のようだ。

 

「ありがとね、真火水」

 

 ツキヨと真火水で和やかなムードに突入していると、ミィが何やら気づいた。

 

「この子達、私達にある程度ステータスが似るのかな?」

「そうかもね。真火水は敏捷と知力が高い。【STR】が思ったより高くて【DEX】が低めなのは、この子の種族的な修正がされたかな?」

「こっちは分かりやすく魔法型だね」

 

 物理攻撃をする時に、ツキヨのような変態プレイヤースキルでもなければ、器用特化などできるはずもない。だから、そこだけは修正が入っているのかもしれない。

 

 二人は更に二匹のステータスを見ていく。

 

「装備は無理。けどレベルは上げられそう」

「ステータスポイントが貰えるのか、勝手に上がるのか……」

 

 その辺りの情報は指輪の説明にも無かったので分からなかった。

 

「取り敢えず、中央に向けて探索しつつ、良い感じの敵でレベル上げしてみよっか」

「やられちゃったら嫌だし、その方が良いね」

 

 

 それから十分。

 

 ツキヨの両手の先に、大量の蝙蝠が捕獲されていた。正確には、【飛翼刃】でぐるぐる巻きに拘束していた。

 

「これが一番楽だった」

「たしかに……」

「逃げちゃうから、このまま攻撃してみよう」

 

 と言うわけで【白翼の双刃】をもう少し伸ばし、イグニスと真火水が攻撃しやすいようにする。

 

「真火水!【氷火】!」

「イグニス!【聖火】!」

 

 真火水の氷のように蒼い炎が蝙蝠を軽く焼き、ついで氷結させる。

 イグニスがオレンジ色の炎で蝙蝠を焼く。

 

 真火水の攻撃を受けた蝙蝠は砕け散った後に粒子に溶け、イグニスの方は灰も残さず僅かな粒子に散った。

 

「「つよ……」」

 

 真火水のスキルは、蒼い火で焼き凍らせる攻撃で、火と氷の両方を兼ね備えたハイブリッド。

 イグニスは単純な火力も高いが、【聖火】と言うだけあってゾンビやアンデッドに特攻が付いていた。

 しかし、レベルは上がっていない。

 

「……かなり強い子たちだし、もっと倒そうか」

「……だね」

 

 捕獲した蝙蝠は合計十匹。

 今倒したのは一匹ずつなので、更に四匹ずつ倒してもらったところで、レベルが上がった。

 

 

―――

 

真火水

 Lv2 HP 85/85 MP150/150

 

【STR 40】 【VIT 10】

【AGI 90】 【DEX 50】

【INT 90】

 

スキル

 【氷火(ひょうか)】【翼撃】

 

 

イグニス

 Lv2 HP 65/65 MP280/280

 

【STR 10】 【VIT 25】

【AGI 60】 【DEX 15】

【INT 180】

 

スキル

 【聖火】【炎羽】

 

―――

 

 

「ステータスは勝手に上がるんだね」

「そうみたい……っていうか伸び幅凄い」

 

 真火水はツキヨに似て魔法と物理を両立したモンスターなのだろう。器用なご主人様に似て、なんとも器用なモンスターである。

 そんな将来有望は二匹の確認ができたため、ここからは再び探索に行くことにした。

 

 

 それから三十分ほど。

 渓谷の濃霧が薄くなり始めた。

 

「渓谷フィールドが、ようやく終わりそうだね」

 

 実際、既に両端に見えていた崖はかなり低くなり、ほとんどただの森と言えた。

 実は渓谷フィールドは川沿いに広がっており、今は川を遠ざかるように進んでいたため、難なく抜けることができた。

 

 そして、もう少しで霧を抜けるという時。

 

「……ミィ、【比翼連理】」

「了解」

 

 何かあるとツキヨと指示に応じ、二人とも【比翼連理】を発動し、手を繋ぐ。

 

(プレイヤーが追ってきてる)

(……数は?)

(五……左後ろをピッタリ付いてきてる)

 

 ツキヨの【気配察知】は【Ⅹ】。つまり、カンスト。これから逃れるには、【気配遮断】をカンストさせるだけでは不可能。【忍び足】などの隠密スキルを重ねる必要がある。

 だがそれも、ツキヨは茂みの音や衣擦れ、鎧の金属音を頼りに探知しているため無意味。

 せめて鎧は、布を当てるなりして消音するべきだと嘲笑う。

 

(隠行は下手。レベルも低い。雑魚だね)

(メイプルちゃんタイプの可能性は?)

(ドレッドレベルの隠密じゃなきゃ怖くないよ)

(確かに)

(それでどうする?)

(倒すだけでしょ。動きを封じるにしても、私達は状態異常は使えないし)

(了解。どうせならこっちから襲おうか)

 

 こうした密談を交わす時も、【比翼連理】は便利だ。考えていることがそのままダイレクトに伝わるため、外からはただ手を繋いでいるようにしか見えない。

 

(どうせなら、真火水とイグニス主体でやってみる?)

(……危険じゃない?)

(援護は徹底するよ)

(……分かった)

 

 対プレイヤーにどれほど戦えるのか知っておくのも良いだろうと、また自分たちにとってはさして強くもない相手なので、危なくなる前に手助けできるため、了承した。

 

「イグニス、茂みに【炎羽】!」

 

 ミィの指示を皮切りに、イグニスがミィが指さした茂みに、翼から無数の炎の粒を放つ。

 

「うわっ!」

「ちょっ、なんだ!?」

「やっぱりモンスター従えてる!?」

 

「真火水!【氷火】!【飛翼刃】!」

 

 茂みから飛び出してきた所を容赦なく追撃し、最初の一人を焼き、動きを止めた所でプレイヤーを拘束する。

 

「【チェインファイア】!イグニス【聖火】!」

「【聖水】―【聖浄水域】!真火水【翼撃】!」

 

 【チェインファイア】で火魔法の威力を上げ、イグニスの【聖火】を底上げするミィと、真火水に【聖水属性】を付加して【翼撃】を叩き込ませるツキヨ。

 真火水は小さな身体でそれなりに速く飛翔し、そのまま翼で通り抜けるように攻撃する。

 何度も高速飛翔し、小さな翼で殆ど体当たりをかましていく真火水。

 その姿は豆柴にしか見えずとも、戦いぶりは勇敢な狼そのもの。

 

「「レベル2モンスターに震えて永眠(ねむ)れ!」」

 

 若干調子に乗った二人が、声を揃えてイグニスと真火水にトドメの指示を出し、あっさりとプレイヤー五人はやられてしまった。

 

 同時に、イグニスと真火水のレベルが上がった。

 

「おぉ、プレイヤー相手でも経験値貯まった。って言うかこっちの方が経験値おいしい?」

「そうかも。新しいスキルも覚えたよ」

 

 スキル名は、【休眠】と【覚醒】。

 【休眠】は二人の指令で指輪の中で眠って安全に体力を回復させるスキル。

 【覚醒】は二人の指令に応じて指輪から出てくるというスキルだ。

 これで二匹の安全は確保された上、【休眠】していれば他のプレイヤーにテイムがバレることもないので、二人は霧を抜けた所で二匹には眠ってもらうのだった。

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 渓谷を抜けた先は、草の一本もない荒野だった。しかし、浸食によるものか複雑な地形を成し、さながらグランドキャニオンの底にいるよう。

 少し遠くを見渡せば、巨大な滝が見えた。

 

「霧の渓谷から一転してグランドキャニオン……やっぱりゲームらしい……」

「ね!マップ見てみたら、中央エリアまでもう少しみたいだから、ここはゆっくり探索しよう!」

「見た感じ、ダンジョンとかありそうだもんね」

 

 ツキヨは、“うわー……”と上を見上げていると、近くの絶壁のてっぺん付近にキラリと光るものが。まさか……いや、あんな所に……ここの運営ならやりそう。

 

「……はぁ。【遠見】【魔視】……やっぱり」

「何かあった?」

 

 ある意味で予想通りのものが、普通にやっても絶対取れない場所にあった。

 登るのも面倒なので、【飛翼刃】する。

 

「【飛翼刃】」

 

 空に向かって鋭く翼を伸ばした片翼が、絶壁を突き穿ち、突き崩す。

 

「ちょ、ツキヨ!?」

「………っよし。取れた!」

 

 【遠見】【魔視】で見つめながら慎重に剣先を操作して、目当ての物を包み込む。そのまま刀身を収縮させ、掌に落としたのは、見た通りの銀色のメダルだった。

 

「うわ……あんな上の方にあったら、誰も取れないじゃん……ツキヨ以外」

「いや、よく見れば凹凸がかなりあるから、登れってことでしょ……【クライミング】っていうスキルあるし」

 

 NWOには直接攻略と関係が無さそうな、いわゆる趣味スキルというカテゴリーがある。

 その中の一つだ。何にせよ、これでメダルは15枚。残りの枚数はダンジョンなんかを攻略すれば、七日目までに集まりそうである。

 

 グランドキャニオンを上から撮影した画像はよくあるが、こうして下から見上げるのは初めてなので、なかなかに興奮する。

 

「取り敢えず目指す方向はこのままとして、途中でダンジョンとかあればやりたいよねぇ……」

「あっちの滝とか言ってみようよ!何かあるかも!」

「良いよー」

 

 目的の方角とも、少しズレるが一致している。

 真火水とイグニスのレベル上げも兼ねて、滝に向かうことにした。

 

 

 そして歩くこと二時間。

 途中に出るサンドワームや蠍、ロックゴーレムなどは、焼いて斬って押し流して、動きを止めた所をイグニスと真火水にトドメを刺させる。

 フィールドの通常モンスターでは、既に二人のレベル上げには雀の涙なので、二匹のレベル上げに注力する。

 それでも滝に着くまでにレベルが上がらないのは、二匹が強い証拠だろう。

 

 近くまで来た滝の眺めは、絶景と言う他なかった。高さ数十メートルはあるだろう絶壁の上から降り注ぎ、幅十メートルほどの滝壺を作り出す。

 その先は川ができていて、川はグランドキャニオン(仮)の中央を切り裂くように続いていた。

 

「こういう所、滝壺に何かあるのが定番だよねぇ……行く?」

「行こう!」

 

 渓谷の川の上流にはツキヨの判断で行かなかったので、今度はミィの意見で潜ることにした。

 

「水中呼吸、かけておくね。【聖水】――【アクアエウロギア】!」

「ありがとう!」

 

 まだ【神代ノ海】は取得していないため、こちらを使用した。尤も、クラーケン戦でミィの【潜水】も【Ⅴ】まで上がっているので、それほど心配なことでは無いのだが。

 

 そして、滝壺の中は流れが速いことも考慮して手を繋ぎ、【比翼連理】を発動して意思疎通も確保する。

 

「しゅっぱーつ!」

「おー!」

 

 ゆるゆるな雰囲気のまま、滝壺に飛び込んだ二人は、そのまま下へ下へと潜り続ける。

 

(深いね……)

(上からの水圧で深くなってるんだよ。上がる時は少し川を進んだ方がいいね)

 

 光の届かない水中を突き進むこと十分。

 滝壺の底に宝箱が沈んでいるのを発見した。

 

(他には、無し?)

(みたい。中は……)

 

 罠を警戒しつつ、ミィが慎重に宝箱を開ける。

 中に入っていたのは、黒塗りの槌だった。メダル等は入っておらず、残念な気持ちになる。

 

(ハズレかぁ……)

(ま、こういう事もあるって)

 

 

―――

 

『黒隕槌』

 【STR +15】【DEX +25】【鍛冶強化】

 

―――

 

(………ドヴェルグにあげよっか)

(……だね)

 

 生産職プレイヤーには嬉しい装備なので、ドヴェルグにあげることにした。自分たちでは装備できないのだから、有効に使える人に渡すべきだ。

 どうせなら、この槌でこれからも【炎帝ノ国】に貢献してほしい。

 

 

 

 滝壺を出る時は、やはり上からの水圧が強かった。上に向かって泳ぐが、なるべく水の流れに身を任せ、自然と浮上できるように下流へと流されていく―――

 

 

 

 ―――予定だった。

 

 

(ミィ、あそこ)

(へ?……横穴?)

 

 宝箱に気を取られていて。また光の少ない水底だったから気付けなかったが、滝壺の壁面に横穴があった。

 

(水中ダンジョンっぽいね。本命はこっちかな)

(早速行こう!)

 

 横穴の入り口は狭く、あからさまに綺麗な宝箱が沈んでいたせいで見逃す所だったと、安堵の息を吐くツキヨ。

 【アクアエウロギア】は切れたが、まだ【潜水】に切り替わっただけで二十分近くは潜っていられる。そのため、まだまだ探索を続けることにした。

 

 




 
 不死鳥は原作と同じイグニスで決定だったんですが、マルコシアスの方は色々と考えました。ネーミングセンスの皆無さには目を瞑ってください。これでも頑張ったんです……(泣)

 よく『〇〇の作品のキャラみたい』って感想に書かれるんですが、私の知らない作品が沢山あって、元ネタを見てみたくなります。千差万別で面白いですよね。ネタ提供されてるみたいで、感想読んで楽しんでます。

 ……でも、もう一歩踏み込んだ『もっと“こう”なったら完璧!』とかはやめてくれませんかね?
 別にそのキャラを目指すつもり無いし、応える義務もない。それが見たいなら自分で作品書きゃ良いんですよ。二次創作なんて極論妄想を満たす自己満足なんですから。
 私は私の作品を壊したくないから、見たいキャラがいるならご自分でどうぞ。
 別キャラと重ねるのは自由ですが、『“こう”なら完璧なのに』とか期待されても困ります。


※以下 連絡事項(読んで?)

 ssアンケートで速度特化の感想で複数読みたいという方が居ましたので、複数読みたいのがある方は、前書きと同じ方法で『何番目と何番目が見たい』って書いてください。
 感想で書くと、場合によってはグレーゾーンなので。
 一話の中に複数アンケートを載せるやり方が分かんないので、チラッと書いて貰えれば頑張ってカウントします。

 16日に速度特化。17日に次話を投稿します!


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炎帝の落胆

 もう60話なんですね。本編だけなら57だけど。
 速度特化も30話を超えて、我が作品ながらびっくりです。絶対エタると思ってました。
 こっちのアンケート拮抗してますね……三つ巴してます。

 つい先日、落第騎士の新刊を買いました。
 感想は多々ありますが、一つ挙げるなら『ようやく英雄譚()()()なった』でしょうか。
 理由は18巻を最後まで読めば分かります。
 学園編よりも攻めた描写が多く、想像するだけで具合が悪くなりました。アニメやった学園編は、まだ平和でしたね……。

 私も読者の想像力を掻き立てられるくらいの文章力が欲しいです。(切実)

 そして今回はミィパート。ツキヨも出るっちゃ出るけど、久しぶりにミィメイン回です。最近ちょこちょこ出てた“あれやそれや”回収。
 


 

 滝壺から続いた横穴は、すぐに上方向へと続いており、水面から顔を出すと普通の洞窟になった。どうやら、滝壺から入ることのできるだけの洞窟ダンジョンらしい。

 

「中は普通のダンジョンだね……水中戦は懲り懲りだから、むしろ助かるけど」

「だね……もうあんなのと戦いたくない」

 

 言いつつも、中を進む。もう直接通話をする必要もないし、片手を塞ぐ意味もないため、手は離した。

 

 薄暗い洞窟の中は、それほど強いモンスターはいなかった。もちろんダンジョンなだけあって地上よりは強い。

 しかし、ツキヨの【ウィークネス】は弱点を見抜き、剣技は正確にそこを貫くし、ミィの火力の前では、敵の強さは誤差でしかなかった。

 さして強くもないモンスターばかりで呆気にとられながらも、二人は二十分程度でボス部屋に辿り着いた。

 

「なんか、拍子抜け……」

「弱いよね……ボスも強くなかったり?メダルも期待できそうにないなぁ……」

 

 一応、それでもボスなのでステータスを確認し直し、準備が整った所で扉を押し開く。

 

 

 瞬間。

 ボス部屋の中から渓谷以上の濃霧が発生し、一瞬にして辺りを覆い尽くす。

 

「ツキヨ!いる!?」

 

 ミィの問いかけに対する反応はなく、まさか即強制戦闘に加え、濃霧による視界不良、分断まで仕込むとは。

 

「くっ!きゃっ!?あぁっ!」

 

 ツキヨの焦ったような声とともに、ガキンガキンと鍔迫り合いのような音も聞こえてくる。

 あのツキヨがピンチ?と、思いの外冷静にミィは音のする方に近づいていく。すると目の前に現れたのは、真っ黒な穴だった。

 覗き込んでも中は見えない。おそらく、強制転移。どんだけ仕込んでるの運営……と辟易するが、今は状況を確認することが先決だと、ミィは意を決して飛び込んだ。

 

 

 その先に広がっていた光景は。

 

 体から赤いエフェクトを散らすツキヨと。

 

 

 そして漆黒の鎧に全身を包み、黒い光を放つ大剣を構えた騎士だった。

 

 

 

「っ!【炎帝】!」

 

 

 ツキヨがダメージを受けたところを見たことがないので焦ったミィは、トドメを刺そうとする黒騎士を引き離す為に魔法を放つ。

 間一髪で間に合い、黒騎士を引かせたミィは、ツキヨの元に駆け寄ると無事か確認。

 

 すぐに【聖命の水】で回復したツキヨを見て、ミィは急速に頭が冴えていくのを感じた。

 それは、明確な違和感。

 

「……ツキヨがヘマなんて珍しいね、本当に」

「あはは……ごめん」

 

 ()()()()()()ツキヨから視線を切って、距離をとった黒騎士を見る。

 【炎帝】は不意打ちに近かったためかなりダメージを与えることができた。

 

「ま、後は私がやるからゆっくり回復してなよ」

「ごめん、そうさせてもらうね」

 

 悔しそうに()()()()()()()()()()()しゃあしゃあと溢すツキヨに笑いかけ、ミィは両手に炎を浮かべた。

 

()()()()()()()()()()()から、とっとと退場してもらうよ!【噴火】【炎帝】!」

 

 地面から吹き出す炎と二つの大火球による連続攻撃をしかける。

 黒騎士はミィに突進するように前進して【噴火】を躱すと、そのまま黒い光を纏う大剣を横薙に振るって火球を斬り裂いた。

 

「ごめん、()()()()

 

 パチンッと指を鳴らすミィ。

 ()()()()()【遅延】が解除され、ツキヨと会話しながら準備した五本の【炎槍】が全方位から黒騎士に殺到、直撃する。

 

「私も、昨日知ったんだけどさ。【遅延】スキルってスキル熟練度が設定されてたんだ」

 

 ツキヨの【最速】が、内部熟練度を上げることで、いつか空気も斬れるようになるように。

 ミィの【遅延】も、前日のクラーケン戦で熟練度を満たした。スキルの解説にも無く、熟練度のメーターは無いし、スキルレベルとして明確に【Ⅰ】から【Ⅹ】と決まっている訳でもないから知らなかった、新しい領域。

 

「と言っても、強くなるわけじゃない。ただ『【遅延】の解除式が自由設定できる』っていうだけ。……でも、結構効くでしょ?」

 

 何故指を鳴らすのを解除式としたのか、それは発動の手間が減ったのもあるが、一番は格好いいからに他ならない。

 そして黒騎士に興味を失って、ミィはどうでも良さげに最後の忠告をした。

 

「あぁそうだ。そこ、()()()()?」

 

 突如、【炎槍】が直撃して動きを止めてしまった黒騎士の足元に、赤い魔法陣が出現。

 それはつい先程躱したものと同じ。

 

「ツキヨに倣って、私も取ったんだよねぇ……【魔法隠蔽】を、さ」

 

 大火力の炎が地面から立ち上り、黒騎士を焼き尽くす。ただの一度も反撃の手を許さず、ミィは黒騎士を一蹴した。

 

「倒したね!」

「こんなのに寝首をかかれるとか、()()()()()()()()()

「だからごめんって……」

 

 本当に、ツキヨらしくない。

 ツキヨになりきれていない偽物を内心で嘆息。

 

「まぁいいや。本題に行こう」

「本題?」

 

 本当に、ツキヨならありえないのだ。

 あの黒く染まった海の中で、絶死の飽和攻撃を避けきったツキヨが。

 HPに全くステータスポイントを振っていないツキヨが。

 防御力が0のツキヨが。

 

「剣戟の嵐程度避けきれないのは、ツキヨらしくないよ。それに一撃で死ぬHPなのに、何で生きてるの?防御力が0なのに。

 ……何より」

 

 負けず嫌いのツキヨが。

 誰より信頼する親友が。

 

「常に私を守ろうとするツキヨが、簡単に下がるわけ無いじゃん。贋作者(フェイカー)

 

 “白々しいんだよ。分かりやすい”

 

 そう笑って断言するミィに、返答は不気味な笑い声だった。

 口元が大きく歪み、半月を描く。

 

「あは。あははっ、あはははは!【水君】!」

「【炎帝】!……だから、分かりやすいんだよ」

 

 白けた瞳で偽ツキヨを射抜き、杖を構える。

 

「本物より全体的にステータスが強いのかな?じゃなきゃ【水君】で私の【炎帝】を相殺なんてできないもんね?」

「【飛翼刃】!」

 

 左右の翼が開かれ、空間全体を斬り刻むようにミィを近づけさせない。しかし、その全てをミィは冷静な瞳で見切り、躱し続ける。

 

「それの扱いも下手だね?本人より鋭さがない。精密性に欠ける。直線的で読みやすい」

 

 何より、ミィは()()()()()

 

「ツキヨはプレイヤースキルで【最速】を修得してる。だから、【飛翼刃】で思考操作される刀身もまた、剣を振るように加速を廃して動体視力を置き去りにできる」

 

 “でも、アナタにはそれがない”

 

 と心底つまらなそうに呟いた。

 どんなに遠距離から攻撃できるのだとしても、本物のように縦横無尽、予測不可能な動きはできていない。本物のように鋭くない。本物よりも隙だらけ。

 

「こんなもの。本人を間近で見てる人なら簡単に避けられる。【爆炎】!」

「くっ!……ふふっ、あはは!【水君】!」

「またそれ?」

 

 本人よりも、確かに速いし、水の刃も大きい。

 攻撃力は本人の比ではないだろう。

 けれど。

 

「甘いんだよね」

 

 パチンッと指を鳴らして、【飛翼刃】を躱しながら用意した数十の【ファイアボール】を浮かべる。

 両側から迫る【水君】を軽くバックステップで躱すと、そのまま【ファイアボール】の雨を降らす。

 

 

 

 ―――偽ツキヨは、【白翼の双刃】で繭のように自身を包み込み、身を守っていた。

 この程度、本物なら確実に当たる魔法だけを躱すか、跳ね返してくるのに。

 

「ほら、隙ができた」

 

 その瞬間を、ミィは逃さない。【フレアアクセル】で懐に飛び込むと、【炎帝】や【噴火】、【爆炎】に【蒼炎】と炎を連続して叩き込む。

 

「【最速】!」

 

 しかし、偽ツキヨは間一髪のところでAGIを上げ、後退してしまった。

 体感した感じ、やはりツキヨ本人よりもステータスは高い。スキルも、知らないものがある。

 事実ツキヨの周りには常に小さな水球が多数漂い、それが変化することで【水君】を作り出しているし、水球は地面から浮かび上がるように次々生まれている。恐らく、【水魔法】の弾切れは無いと思っていい。

 

 それに加え、AGIも相当高い。【最速】の恩恵もあってミィの動体視力を完全に置き去りにされているし、魔法だけでは倒すに至らない。

 

 それでも。

 

「本人の最大の武器が無いとか、再現度が足りないね、運営」

 

 ツキヨを近接最強足らしめる、最大の武器。それが、運営には再現できていない。

 ミィはその事に呆れと共に溜め息をすると、しかし気を取り直すように呟いた。

 

 

「………まぁいいや。本当は、もしもツキヨと戦った時の為にって思ってたし、()()()()()()最初は本人にって思ってたけど……」

 

 

 

 “偽物でも、ツキヨに変わりはないよね”

 

 

 

 

 そう言って、ミィは左手を背中に回した。

 

「クラーケンと戦う時も()()()()()()けど、()()()()()()、確認に付き合ってもらうよ、ツキヨ?」

 

 それは、どこにでもある普通の短剣。

 事実、ミィはこれを二層のNPC武器屋で買った。一応耐久性が高く、一番高価なやつだが。

 いつも左手の装備枠は、短剣だった。

 しかし、マントで常に隠していたし、絶対に使うまいとも思っていた。

 

「けど、良いよね?久しぶりに、偽物とは言えツキヨと戦うんだから」

 

 そう言って短剣をクルクルと弄ぶミィの顔は、笑っていた。杖を仕舞い、短剣一本になったミィは、余裕の笑みを崩さない。

 

「あはっ、【最速】!」

「クールタイム無視してるねぇ……」

 

 剣には剣で応えるのか、ツキヨがミィの眼前に音もなく現れると、両の剣で視認不可の斬撃を放つ。

 

「けど、見えなくたって関係ないんだよね、これがさ」

 

 ミィは冷静さを崩さずに短剣でいなすと、力任せに偽ツキヨを吹き飛ばした。

 その後も何度も、何度も何度も何度も何度も加速を廃して斬撃を放つ偽ツキヨだが、ついには右手を口に当てて小さく欠伸しながら受け止められる。勿論、左手に携えた短剣一本で。

 

「悪いけど、速いのも見えないのも、()()()()()()()()()()んだ。アナタが私の攻撃を避ける時、その速度は移動距離で見た。確かにツキヨより早いけど、ツキヨほど精密な動きもできないみたいだし……対応は簡単」

 

 偽ツキヨは本人と違って、【最速】に振り回されている。基本的には直進しかできていないのは、一目瞭然だった。

 だから、踏み込みさえ逃さなければ、後はタイミングを合わせて短剣を持っていくだけで良い。

 

 子どもに言い聞かせるように朗々と種明かしをするミィに、偽ツキヨは大きく距離を取った。

 

「魔法は互角。【最速】も対応されたとなれば」

 

 勢いよく地を蹴って、最速の一撃を見舞う。

 

「【フラッシング・ペレトレイター】!」

 

 【刺突剣】最上位スキル。

 クラーケンのHPも一撃で一割弱持っていった高速突進攻撃で来ると思っていた。

 

 その姿を見たミィはあからさまに落胆。

 ツキヨが得意とする、【武器防御】スキル。その、最高難易度で最強を発動する。

 

「【パーフェクションパリィ】!」

「がっ……っ!?」

「はぁ……来るスキル、タイミング、速さが分かってるなら、後は発動のタイミングを合わせるだけだし、私にもこれくらいできるんだよ」

 

 当たる寸前に発動し、偽ツキヨの攻撃を無に帰した。スタンを喰らい、地に倒れ伏す偽ツキヨに、ミィはしかし、何もしない。

 向けるのは、期待はずれだったという呆れ。

 あるいは、哀れみすら感じていた。

 本当のツキヨなら、もっと強い。速い。何よりも、上手い。

 残念すぎた贋作に、ミィは声をかけた。

 

「確かに、ステータスは高いよ。スキルも、本人よりも数段上。だけど決定的に足りないよ……」

 

 ツキヨとは、一度も全力で戦ったことが無い。

 正確に言えば、まだツキヨがVR慣れしていなかった頃に、剣を交えたことはある。

 だがそれは、別のゲームだし、本領を発揮した全力とは言えない。

 だから、戦ってみたかった。

 ツキヨの努力は知っているから。

 ツキヨの強さを、誰より見てきたから。

 ツキヨの隣に、並び立ちたいから。

 その為に、【天津風】を磨いた隣で、自分は別の道を磨いた。

 

「でも、やっぱり偽物は偽物だね。ツキヨの最大の強さを、一ミリも再現できてない」

 

 ツキヨの最大の武器。《神速反射(マージナルカウンター)》は、瞬間八斬撃も可能とする化物じみた反射速度。

 でも、それが偽物にはない。

 

「だから、怖くない」

 

 ツキヨの強さの根幹が。

 支えているものが、そこにはないから。

 

「本当の実力は発揮できてないアナタじゃ、本物に遠く及ばない。

 ツキヨをコピーするなら、最初にプレイヤースキルをコピーするべきだったね」

 

 一番大切なものが欠けているアナタは、ツキヨの偽物であることすら烏滸がましい。

 

 冷静どころか冷徹さを孕んだ瞳で、偽物ではツキヨに及ばないと告げる。

 

「……ねぇ、そろそろ立ってよ。早く本物のツキヨには逢いたいけどさ。偽物には相応の末路を用意したいんだ。もうすぐスタンも切れるでしょ?」

 

 この時、ミィは静かに怒っていた。

 この程度の親友のコピーを作ったことに。

 周りが聞けば、『どんだけ親友が好きなんだ』と呆れられるかもしれない。でも、この程度の残念贋作如きでツキヨを再現したと吐かす運営に、小さく腹が立っていた。

 それはもう、最初から。

 

「いい加減さぁ……ツキヨらしさが欠片も無いんだよ、贋作(フェイカー)さあ。

 言っておくけど、ツキヨにダメージ負わせていいのは私だけなの!ツキヨに勝つのは私!ツキヨに並び立つのも!ツキヨを超えるのも!ツキヨを支えるのも!全部私!」

 

 ……まぁ、何となく意味不明な叫びを上げているミィだが、何が言いたいかと言えば。

 

「偽物だからって私以外に負けてんじゃない!」

 

 そんな、ふざけた理由だった。

 ツキヨが傷つけられることに我慢ならない、ツキヨが大好きなミィらしい理由。

 

 要は、

 

『弱いツキヨなんてツキヨじゃない!!』

 

 である。ふざけてる。

 

 もしかしたら、その根底にあるのは小学校の頃からの付き合いで、ツキヨが()()()()()ことを知っているからこそ。

 『今を否定したくない』という想い、なのかもしれない。

 

「ねぇ……偽物でも意地を見せてよ。コピーならコピーらしく、ツキヨ(ホンモノ)の負けず嫌いな所を貫いてよ」

 

 その声に、偽物のツキヨが起き上がる。スタンが切れたのだ。両者の距離は一メートルと無く、剣を振れば届く距離。

 そこから放つのは、ツキヨが持つスキルの中でも二刀で放つ最速の五連撃。

 

「……偽物だけど見せてあげる。あの頃よりも成長した私を。あの時はまだ未完成だったけど。

 今なら、ツキヨの最強だって受け流してみせるからさ」

 

 本物の最強は期待していない。けれど、せめて偽物が使える最強くらいは受け流せなければ、本物の土俵になんて立てない。

 

「【クロワ・デュ・スュド】!」

 

 偽ツキヨから、南十字星の名を冠した五連撃スキルが二刀で放たれる。狙いは喉、心臓、両肺、丹田。人体急所5つが、左右の剣でそれぞれ狙われる。

 合計十連撃。距離も近く、回避は不可能。貫通属性を孕み、防御を無視してくるためHPは容易く吹き飛ぶ。

 

 そんな、絶望の前で。

 

「やっぱり、()()()()()()()

 

 ミィは更に一歩、踏み出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――トスッ   と。

 

 

 

 

 決着は一瞬。

 回避も許されない高速十連。

 ミィは全てをその身に受けて、全くの無傷。

 対する偽ツキヨは、胸元にミィの短剣の刀身全てを呑み込み、瞬間、HPが全損した。

 

「………『後の先』を取るために受け流しに刃を使うと、どうしても反撃が遅くなる。それは、相手の刃を流した分、自分の刃もまた、攻めの位置から遠ざかるから」

 

 散りゆく偽ツキヨだった粒子に、ぽつりぽつりと語る。

 

「ツキヨの攻撃は速すぎて、受け流しに刃を使っても間に合わない。なら、どうするか。その答えが、これだよ」

 

 刃を攻めの位置から動かさず、敵の凶刃を受け流せばいい。

 

「全てを感じ取ることで、僅かな体捌きだけで受け流す無双の構え。ツキヨが【天津風】を、【八岐大蛇】を目標としたように、私が身につけた剣術。その奥義」

 

 

―――綾辻一刀流最終奥義 《天衣無縫》

 

 

「昔は二刀【蛇咬】の瞬間八連撃しか流せなかったけど、今は二刀【八岐大蛇】も流してみせる。

 

 ………私が目指すのは瞬間十六連撃(最強の親友)を流す(に並ぶ)こと。高速十連撃(紛い物)程度で、止まっていられないんだよ」

 

 

 

 

 地面に転がるメダルを拾い、ミィは悠然と立ち去った。

 

 




 
 タイトル別名『ミィの無双』

ミィ『モンスター程度に殺られるツキヨなんてツキヨじゃない!正体現せ!』
偽『んなばかな……』
ミィ『本物より高ステータス?プレイヤースキルを完全コピーしてから出直しなよ!』

 だいたいこんな感じ。
 ツキヨに勝つなら息をするように《天衣無縫》を使えなきゃ(白目
 落第騎士の新刊読んでミィの強化の目処も立ったし、もうこの二人で良いんじゃないかな…。
 ここでの【クロワ・デュ・スュド】はダンタリオンの劣化です。原作のは瞬間五連撃ですが、ここではそこまで速くない。あくまでも高速五連撃なので、余裕を持って対処できました。
 

 さてアンケートですが、こちらも次話投稿を投票期限とします。
 また要望として作中でちょくちょく触れていた、ミィとツキヨがやっていた昔のゲームについてを書いてほしいってのがありましたが、それは時期をみて閑話的に書く予定です。
 ほら、原作でもメイプルとサリーが別ゲー触れてるでしょ?あんな感じで。
 ので、アンケート内容は変わりません。
 三つが拮抗してるんですが、速度特化で2つ書くのを考えると、こちらも二つが限界です。三つの中で一番低いのに投票した方、ごめんなさい。あと最初から切り捨てられた4つ目の人も。

 19日に速度特化。20日に次話投稿します。


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PS特化の真骨頂

 完全にオリジナルな技を初めて出した気がします。エーデルワイスの体技と倉敷くんの反射速度があれば、このくらいできそう。
 完全に人間業じゃないやこれ……

 


 

 ミィが偽物のツキヨと戦闘を始めた時。

 ツキヨもまた、偽物のミィと対峙していた。

 

「ははっ、あはははは!【炎帝】!」

「威力は、上がってるんだね」

 

 本物のミィに比べて2倍近い魔法の効果範囲に辟易としながらも、AGIを活かして一撃も喰らわないツキヨ。

 

「ステータスは高いけど、それだけだよね」

 

 攻撃は魔法一辺倒。工夫もなく、ただただ乱れ撃ってくるだけの雑な戦い方。

 

「本物の戦い方を、もう少し見直してきなさいっての……プレイヤースキルはコピーできないみたいだから、仕方ないけど、さ?」

 

 本物のような状況に応じた小技も無く、駆け引きも戦略性もない魔法。範囲が広いため、いつもより大きめに回避して取り敢えず観察に徹しているが、あまりにお粗末。これではパリィの一つも必要なく、回避だけで接近できる。

 

「とはいえ……っと、【リフレクトパリィ】」

 

 パチンッと偽ミィが指を鳴らすと、ツキヨの周囲に無数の【ファイアボール】が展開された。

 【ファイアボール】は直進しかしないため、発射角から弾道を瞬時に判断し、最も被弾の少ない位置に移動すると、【リフレクトパリィ】で器用に被弾するモノだけ偽ミィに弾き飛ばす。

 

「あはっ、【爆炎】!」

「【水爆】!……私の最大火力でようやく相殺。どんだけ【INT】高いんだか……」

 

 低威力高ノックバック攻撃すら、ツキヨの魔法最大火力と同等の威力を持っていた。最低でも森一つ蹂躙する【水爆】と同等と考えると、その理不尽さは推して知るべし。

 しかも偽ミィに弾いた【ファイアボール】により、威力を減衰した【爆炎】が、である。通常時なら押し切られるかもしれない。

 

「まぁ、関係ないけど?」

 

 偽ミィの魔法の威力が高いのなど、ツキヨにとって別に問題ではない。

 

「魔法の威力が高いのは、私が一番知ってるし」

 

 彼女が高火力になるのを焚き付けたのは、他ならぬ自分だから。

 

「ミィの火力には、元から私の魔法じゃ及ばないしね……全く、焚き付けた本人として嬉しいやら誇らしいやら……っ」

 

 結局嬉しいのである。

 

「【魔力炉(アルキアティウス)・無限起動(・アルティメイトロード)】!」

「確か、【魔力炉】の永続的MP喪失スキル、だったね……一時間、M()P()()()()()()()()()()()()()()()()()()0()()()()スキル。ようは、一時間で仕留めるつもりかな?」

 

 【魔力炉・負荷起動】よりも淡い光が、薄っすらと偽ミィを包み込む。けれどそれは、弱くなったのではない。より高密度に凝縮、圧縮された結果であり、今の偽ミィは魔法を()()()()()()()()使()()()()

 そして効果はもう一つ。

 

「【炎槍】!」

 

 ミィのスキル発動に合わせ、炎の槍が()()現れる。

 魔力炉の無限化に伴い、一度の魔法スキル行使で五重化するだけでなく、クラーケン戦でミィが苛立った魔法の飽和もしなくなる。

 

 威力と弾幕。

 そのどちらも究極にまで突き詰めた、ミィの切り札。しかし使用すればMPを完全に失うため、また上げ直しとなる。ミィにとっては絶対に切れない切り札。

 それを、偽ミィは躊躇なく切ってきた。

 

「あは、あははははっ!」

 

 パチンッパチンッパチンッパチンッと都合四回、偽ミィの指が鳴る。

 その数だけ【遅延】に保存された【炎槍】は加速度的に数を増やしツキヨの視界を埋め尽くす。

 

「あらら。勝負を急ぐべきだったかな?」

 

 全周を包囲され、逃げ場はなく。

 【聖流絶渦】でも偽ミィの火力では容易く貫通される。むしろ視界を遮るため悪手。

 

 けれどツキヨに、()()()()()()()()()()

 

「はぁ……」

 

 呆れ。いや、哀れみの感情すら向けて、偽ミィへ一歩踏み出す。

 偽ミィは【炎槍】を射出する。

 数百に上る炎の槍が、一つ残らずツキヨを刺し穿たんと高速で飛翔する。が。

 

「本人なら、最初から迷わず接近戦を仕掛けるでしょうね」

 

 当たらない。

 ただの一本も、掠りもしない。

 

「何故なら。その方がまだ、勝算があるから」

 

 遠距離戦とは即ち、ツキヨに()()()()()()()()()()()()()ようなもの。

 たっぷりと軌道を見る時間があり、直線的にしか動かない槍など、ツキヨからすれば『どうぞ避けてください』と言われているのと変わらない。

 

「たとえ幾百の槍だろうが、ミィは私に当たらないと知っている。だから、本物なら迷わず()()()()()()()()()()()()()()

 

 “私にしか使わないって決めてるんだろうなぁ……”と内心で嬉しく思いながら、ツキヨは歩みを止めない。止める必要はない。

 

「貴女は、確かにミィより強いよ。その火力も、思い切りの良さも、ステータスも」

 

 だけど。

 

「だけど、まだ足りない。全然足りない。

 ミィの強さを、一ミリもコピーできてない」

 

 本物のミィは、こんなものじゃない。派手なのは好きだが、それ以上に勝利に貪欲なミィは、小技も絡め手も奇襲も何でもする。ただ、力押しでも勝ててしまうだけだ。

 けれど、偽物は力押ししかできない。

 

「ま、良いか。私だって、実戦の中で一度試しておきたかったし」

 

 左の翼を鞘に収め、散歩をするようにスタスタと歩く。淀みは無く、迷いも無い足取りは恐怖すら覚える。

 

「【最速】の体技は、私の技量を一つ上の段階へと押し上げた。これは、その成果の一つ」

 

 元より洞窟ダンジョン。

 戦闘範囲は狭く、十数メートル歩くだけで偽ミィの真正面。剣の届く範囲にまで間合いを詰める。

 

「抜きなよ、短剣。本人より高いステータスのコピーなら……本人より抗ってね?」

 

 【白翼の双刃】の右翼のみ振り翳し、僅かな興味も関心もなく、感慨も抱かず、全力を出すまでも無い。

 

「【炎て――っ!」

「我流《十束剣(とつかのつるぎ)》」

 

 ミィにも内緒の、【最速】をプレイヤースキルで修得してからの変化。

 全ての動作から加速を廃し、初速からトップスピードになる特殊な技能は、月夜の《神速反射》を更に引き上げた。

 《八岐大蛇》にも、当然だが加減速はある。初速は消せないし、八度斬るためには八度の加減速が必要で、現実では負荷に耐えきれなかった。

 しかし、【最速】に加速は無い。初速から最速を出す急激な零か百かのストップ&ゴー。

 それにより、瞬間八斬撃は()()()()()へ。

 

 それが、《十束剣》。

 《八岐大蛇》を超える、新たな最強。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()今、仮想世界で上回れなければおかしいと言うもの。

 

 

 

「本物のミィなら、このくらい簡単に受け流すんだろうね……」

 

 ツキヨは斬り刻まれ、粒子となって消えていく偽ミィを見つめて、ポツリと呟いた。

 期待していた訳じゃない。しかし、この偽物がプレイヤースキルすらコピーしていたらと、淡い興味だけがあった。

 

 結果は、言うまでもないが。

 

「《天衣無縫》……やっぱり、私が負けるとしたら、ミィにだけかな……」

 

 ミィだけが、過去にツキヨの瞬間八斬撃を無傷で切り抜けた。あの肌表面をつるりと滑り、まるで剣の方がミィを避けていくかのような感覚は今でも覚えている。

 だからツキヨは、自分に勝てるのはミィだけだと考えている。たとえ暴力的な防御力だろうが、正統派の騎士だろうが関係ない。

 自分に並びたいと叫ぶ親友だけが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「早く、ミィに逢いに行こう。やっぱり偽物じゃ、本物には届かない……物足りない」

 

 地面に転がるメダルを拾い上げ、小さく身震いする。

 

 自分のように、明確な。劇的な進化じゃない。

 けれど、確かに。

 隣で自分を支え続ける親友が。

 

 自分に、嬉しそうに刃を向けるのを幻視して。

 

「あーぁ。怖い怖い」

 

 敵対するつもりはない。

 

 

 けれど前回イベント前に演説した通り。

 

 

 親友だからこそ、戦う時は容赦なく。

 全身全霊で挑む必要がある、大好きな親友(ライバル)

 

 

 

 

「やっぱり隣を、歩いていたい」

 

 

 

 支えたい人として。

 

 共に高め合い続ける者として。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 互いに互いの偽を倒したツキヨとミィは、それぞれ倒した後に現れた魔法陣に乗って転移した。

 

「「………本物?」」

 

 転移して視界が晴れると、目の前には螺旋階段と、お互いの顔。

 どうやらほぼ同時に偽物を倒し、転移して来たらしい。ツキヨは、ミィの左手に握られた物を見て何をしたか察し――

 

「……確認してみる?」

「……じゃあ」

 

 ――ミィの提案に、ミィが鈍ってないか含めて確認することにした。

 

「ふっ!」

 

 使うのは、偽ミィを倒した《十束剣》。

 ツキヨの右翼から放たれた神速で迫る斬撃を防ぐ術は通常無く、文句なく惨殺される。

 勿論、パーティーメンバーだからダメージはないが。しかしミィは笑って、前へ。

 短剣を無造作に構えて、守る素振りすら見せないで飛び込んでくる。

 

 その所作に、ツキヨは笑みを深めた。

 

(やっぱり、ミィはこうでなきゃっ)

 

 かつて体感した、別のゲームでの驚愕を思い出す。これは、あの時と同じ。いや、あの時以上に研ぎ澄まされた、確かな脅威。

 

「《十束剣》―――っ!!」

 

 恐怖はない。ダメージは受けないし、振り下ろすことに躊躇いもない。

 交錯は、一瞬。

 

 

 

 

 

 

 

「全く……確認でする事じゃないよ、ツキヨ?」

「ありゃ……()()()()()()

 

 ただ一つの斬撃も食らうことなく、ミィはそこに立っていた。

 

 ―――ツキヨの首筋に、短剣を押し当てて。

 

「《天衣無縫》、また昔より進化してるね」

「そっちこそ。いつの間に最大数伸ばしたの?」

「【最速】を修得してからだね」

「あぁ、なるほど……また目標が上がっちゃったなぁ……」

 

 体感して、十六では絶対に受け流されるだろうと直感するツキヨ。

 同時に、ミィの目標も悟った。

 

「今のミィには二刀《八岐大蛇》も流されそう」

「お、やったね!それが目標だったけど、とっくに達成してたか。次は瞬間二十斬撃……ねぇツキヨ。本当にほんっとーに……人間?」

「失礼なっ!」

「いや……一瞬のうちに二十回攻撃する人を、同じ人間のカテゴリーに入れて良いのか迷うというか、なんというか……」

「人並み外れてるのは自覚済みだよ」

 

 だから苦労したんだ、とツキヨは笑って言う。

 ミィは苦い顔だが、立ち直れたきっかけの人なんだから自信を持ってほしいツキヨ。

 

「十の斬撃を本当にほとんど動かずに受け流されたのは、流石にショックなんだけど……?」

 

 ツキヨは、さっき『このくらい簡単に受け流すんだろうね』と呟いていたが、本当に受け流されると軽くショックである。しかも笑って踏み込まれた。なんだそれ。

 

「私だって、足踏みしてられないだけだよ」

 

 奇しくも偽ツキヨが放ったのも十連撃だった。こちらは瞬間ではなく、高速だったが。結果として、本物の斬撃の鋭さを再確認できた。

 

「で?九はないの?」

「わざわざ使う必要もないし、今まで偶数で固めてるからね」

「……六の所在よ」

「ち、直前までは倍、倍と来てたから良いのっ」

 

 使えない訳ではないが、わざわざ使う必要もないからやらないらしい。

 

「それより螺旋階段を登ろう。多分出口だから」

「はーい。滝壺から入った洞窟だから、地下に変わりないもんね」

 

 本人という確認も済ませたので、ツキヨはメダルをミィに渡して螺旋階段に向かう。

 見上げれば上から光が指していて、直接地上に出れるようだったが、昼過ぎに滝壺を潜ったが、既に日が傾いているのか、空が夕焼けの赤に染まり始めていた。

 

「これで……残り二枚」

「もうそんなに集まったんだ。けど、急がないと不味そうだよ。日が落ちかけてる。早くしないと夜も徹夜で移動することになる」

 

 あまり人のいないエリアばかり彷徨ったので、メダルはどんどん集まった。しかし、同時に時間もかかりすぎたので、早く移動しないと翌日の集合に間に合わないかもしれない。

 二人は慌てて、螺旋階段を登るのだった。

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 運営陣は【海皇】が倒されてからと言うもの、常識が通用しないツキヨたちとメイプルたちの動向を定期的に確認していた。

 

「【鳥】の方は正規で生まれたが、まさか【狼】が【反魂】するとはな」

「だな……。あれっていくつか条件満たした上で、低確率だろ?」

「プレイヤーとモンスターのスキル相性が()()なこと。プレイヤーのステータスがモンスターの適正に()()()()()()こと、の二つだな。【反魂】はプレイヤーに合わせて、最適な形にステータス、スキル構成を上書きするんだったか」

「【狼】は完全に融和してますね……これ、もしかすると聖魔ルート入りますよ」

「嫌だ……これ以上胃の痛くなる話は聞きたくない……」

 

 そこへ。

 

「ツキヨとミィがドッペルゲンガーを撃破しました!」

 

 凶報が届けられた。

 

「そうか……まぁ、あの程度じゃ無理だろ」

「いや言っとくがな!ドッペルゲンガーもそれなりに強いからな!」

 

 声を上げたのは、ドッペルゲンガーを作成した男である。

 

「丁度映像残ってるみたいだし鑑賞しようぜー」

 

 運良くツキヨたちの戦闘ログが残っていたので、迷わずスクリーンに映す。もうその手に淀みは無く、皆も鑑賞モードだ。

 まず映ったのは、ツキヨがミィの弾幕をすいすいと避けている映像。

 

「おい、ドッペルゲンガーのあれ、下手すると【銀翼】の弾幕よりやべーぞ」

「なんで限定空間内であんな避けれんだよ……」

『ツキヨだから』

「あぁ……そうだな」

 

 速射連射掃射高射乱射ァ!!

 弾ある限り撃ちまくれェ!

 

 とでも言うがごとくドッペルゲンガーが魔法を乱舞する。何処のマシ○ガンラバーズか。

 と言うか【魔力炉・無限起動】にて弾切れしなくなったので永遠に撃ちまくれェェ!!

 と言った体で【銀翼】よりえげつない弾幕を張り巡らせる偽ミィ。

 果ては全方位に数百の【炎槍】を浮かべ、運営をして頬を引き攣らせた。

 

「やべえな……あれ、いつかミィもできるんだよな……」

「はい。【遅延】の三次で。要はコピペですね」

「まだ二次が開放されたところだから、時間はかかるだろうけどな」

「でも何よりヤバイのは、あれをまっすぐ歩いて躱すツキヨなんだよな……」

「何だあれ?何なんだあれ?本当に人間か?」

「【最速】をプレイヤースキルで実現した時点で、皆察してるよ」

 

 これ以上は精神衛生上、多大なるダメージを受けそうだったし、勝ったのは明白なので次はミィの鑑賞をすることにした運営。

 瞬間十連撃を見なかったのは、果たして運が良かったのだろうか。

 

「ミィは……良かった。普通に戦ってるぞ」

「黒騎士に何もさせなかったけどな」

「勝ち方が格好良かったな」

 

 ツキヨという常識破壊を見た後だからが、ミィの戦いに安堵の息を吐く運営。

 が。やはりこいつも、海皇との戦いで大立ち回りした存在である。

 

「なんで魔法じゃなく短剣使ってんの!?」

「しかもドッペルゲンガーの動きを見切ってる、だと……っ!?」

「ツキヨ以上の速さで【最速】使ってるんだぞ……!?」

「お前本当に魔法使いか?短剣の方が強いとか何なんだよ!」

 

 後にミィの装備を見て、実は最初の頃から短剣を持っていたことに驚愕することになるのだが、今は置いておく。

 

 場面は最後。

 ドッペルゲンガーのツキヨが【クロワ・デュ・スュド】を放った時。

 今度こそ、運営達のいる空間に激震が走った。

 

「……今、何が起こった?」

「斬った、よな……?確かに」

「耐性系のスキル持ってないだろミィ……」

「ス、スローで見てみますか……?」

「頼む!」

 

 優秀な運営さん。即座に直前からスロー再生する。そこには、ミィが薄皮一枚の所で全ての凶刃を躱しているのが見て取れた。

 

『はぁぁぁぁああああ!?』

 

「なんなの!?何なのお前ら!」

「体捌きだけで受け流すとかもうホントなんなんだよ!武道の達人なの!?」

「二人して人間業じゃないことするんじゃない!プレイヤースキル特化にも程があるわ!」

「笑ってるってことはそういうことだよな!?【刺突剣】の高速連撃スキルを余裕で捌いたってことだよなぁ!?」

「直前には【フラッシング・ペネトレイター】を【パーフェクション・パリィ】してますしね」

 

 

 なんでこう、プレイヤースキルで純粋にドッペルゲンガーを倒すのか。

 スキルやステータスは、完全に本物より上。

 本人の戦い方をトレースして、最大限再現できるようにプログラムされている。

 尤も流石に精密にはトレースできないので、ある程度はステータスによるゴリ押しだが。

 なのに、実際はプレイヤースキルという運営にもどうにもならないモノで一蹴された。

 

 

 

 

 

『もうこいつらやだぁぁ……っ!!』

 

 

 

 

 

 それだけが、運営の見解である。

 

 




 
 《十束剣》ですが、単なる技名なので伝承にある物とは一切関係ありません。もし使われている字が違っても、この技は『十の斬撃が束となって襲いかかる剣技』なので間違いじゃありません。
 まぁ分かる通り、《八岐大蛇》の発展系オリジナルです。エーデルワイスの体技を修めたツキヨなら、このくらいやってくれる。
 両手でやれば遂に瞬間二十斬撃。人間がやって良い範疇を超えてる気がします。

ツキヨ「燕返し?え、瞬間三斬撃しかできないの?私、現実で瞬間八斬撃できますが?ゲームなら貴方の3倍以上ですが?
 剣道三倍段って知ってる?私の方が三倍強いっていう意味らしいですよ」

 これにはアサシンも涙目ですわ……。
 過程は何もかも違うけど、起こる事象はそっくり上位互換だもの。
 ツキヨは綾辻一刀流を修めてないので《悪路王》使えそうにないし、落第騎士の世界みたいに異能が普通な世界観でも無いので、異能を前提とした剣技は使えません。となると、純粋な技術で人間を辞めてみました。
 ……【旭日一心流】?に、肉体限界まで極めればできるんじゃない……?多分。

 速度特化に引き続き、気紛れssの題材発表〜!
 さっさと行きます。
・ツキヨとミィの百合展開!
・速度特化のハクヨウと姉妹だったら!

 の2つに決定しました〜ワーワー!

 百合に反応した人が多かった模様。やっぱり一定数の需要あるんですね。
 これには私もにっこりです。
 一歩遅れていた『ペインの告白が成功したら』も書けたら良かったのですが、普通にキツイので勘弁してください。速度特化と合わせて4つ短編ss上げるのでも結構大変なので。
 投稿頻度落とさないし。

 『もうこれペインの入る余地無いよね……』ってくらいの百合を頑張るので堪忍堪忍。

 22日に速度特化。23日に次話を投稿します!


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PS特化と女剣士

 実は初登場でした!


 

 長い螺旋階段を登り終えた先は、滝が落ちる崖の上だった。

 方角としては目的と外れていないし、あのまま進んでいたらいつか越えなければならなかった崖だったので、むしろ楽ができたと言える。

 

「結果的にラッキーだった、かな?」

「道理で長い螺旋階段のはずだよ」

 

 空は見えていたが、百段近くあった気がする。

 

「この三日、上がったり下がったり……果ては落ちたし」

「あはは……」

 

 クラーケンの祠へは下り、今は上り、クラーケン戦後は落ちた。

 上下移動の激しい冒険である。

 そんな冒険三日目ももう夕暮れで、テントはあるが、できるだけ安全を確保したい二人は、夜の移動も考慮に入れて早速動くことにした。

 

「私達の移動は転移がかなりあるから、四方八方にマッピングがされてるんだよね……」

 

 自らのマップを見れば、虫食いのようにポツンポツンと埋められている。だが逆に、そのお陰でイベントエリアの全体像がある程度見え、中央との距離も分かりやすくなっている。

 

「どんな感じ?」

「このまま問題なく進めば、夜の移動無しで明日の午後には着くよ」

「問題があれば間に合わないんだね?」

 

 ミィの指摘に首肯して、ツキヨはマップを閉じる。次いで開くはインベントリ。

 

「まぁ今は人もいないし、上から見る滝もキレイだし、休憩ついでにピクニックしよ?」

「うわ相変わらず色々入ってる……」

 

 インベントリからシートを取り出して地面に敷くツキヨ。相変わらずの四次元ポケットにため息しか出ないミィだったが、いつも通りだとツキヨの隣に座った。

 

「問題が起こる前提で急ぐなら、夜もずっと移動になるしね。そうなると必然、視界が効かないからプレイヤーに狙われる」

「そうなる前に休憩はちゃんと取る、と。しっかりしてるねぇ……お茶おかわりー」

「はいはい」

 

 少し早い気もしたが、夕食を取る二人。因みに今日は、前日に調理してインベントリに投げ込んだ海鮮各種である。

 

「上から見ると完全にグランドキャニオンだね」

「自分があの中歩いてたんだね……あ、ツキヨが突き崩した崖見える!」

「あれ、ゲームなのに戻らないんだ……」

 

 巨大な斬痕の刻まれた崖を発見してはしゃぐミィと、ゲーム的な力で元通りになると思っていたツキヨ。

 

 

 雑談をして夕食を終えると、後片付けを済ませて歩き出した。

 

「夜も動く、で良いんだよね?」

「何だかんだ、まだ夜の探索してないからね!霧の渓谷は途中で諦めたし」

「仮眠程度は取れるように、急ぎ目で進もうか」

「……ツキヨがちゃんと寝れるくらいは確保したいっ!」

「……なんで私?」

 

 そこは自分じゃないの?あるいは二人共。そう思ったツキヨに、“なんでもなーい!”と後ろから抱きついてくるミィ。

 

「なんか、やけに明るいね?」

「そうかな?渓谷じゃ霧で気を張ってた分、今は気が抜けてるのかも?……嫌なら離れるよ?」

「嫌じゃないけど……でも私の【STR】じゃちょっと辛いかな?」

 

 ミィが装備を全部解除して、初期装備になればぎりぎり……と言ったところの【STR】しかないツキヨとしては、踏ん張るので精一杯。

 なら仕方ない。とミィはツキヨから離れ――

 

「これなら良いでしょ?」

 

 ――手を繋いだ。

 

「【比翼連理】してないけど?」

「なんとなく繋ぎたくなっただけー」

 

 視界を遮るものが無いので、奇襲を受ける心配はない。万が一があっても、それはツキヨの索敵から逃れることはできない。

 そう確信してのミィの行動にツキヨは苦笑いして、“まぁ良いか”とそのまま歩いていく。

 

「あ、でもこのままじゃ不安だし、真火水たち呼ぼうか」

「レベル上げもしたいしね。イグニス【覚醒】」

「真火水、【覚醒】」

 

 それぞれの指輪から呼び出し、イグニスはミィの肩の上に留まり。真火水もツキヨの肩の上でぐでる。ツキヨはそんな真火水を繋いでない方の手で撫でつつ、落ちないように肩から下ろして、腕の中に抱えた。

 

「……戦える?」

「魔法だけでもある程度戦えるし、剣一本くらいは持てるからね。適当に【飛翼刃】操作するよ」

「それで勝てちゃうのがツキヨだよねぇ」

 

 イグニスが真火水に批難する視線を向けているが、真火水はお構いなしにリラックス。

 真火水も戦うときは戦うし、これはこれで可愛いので、言うこと無しなツキヨは気にしない。

 

 

 

 

 それからしばらく。

 乾燥した大地を抜けた二人と二匹は、廃村の中を歩いていた。

 そして日も完全に落ちたが、イグニスの炎の体がいい塩梅に周囲を照らしている。

 灯り代わりにされているイグニスは不本意顔だが、この為だけにミィが魔法を使うよりは効率がいいので我慢してもらう。

 

「【聖水】―【聖浄水域】真火水、【氷火】」

「イグニス【聖火】」

 

 今は、二匹のレベル上げ中。

 廃村は思った通り、夜になるとアンデッドの類が出現する。しかし動きは遅く、二匹でも十分に対処ができると判断したツキヨとミィは、サポートだけして二匹に戦わせていた。

 

「イグニスも、私と同じでアンデッドに相性がいいよね」

「不死者特攻持ってるもんねー。あ、イグニス後ろに【炎羽】」

 

 ツキヨは【聖水】によって不死者、アンデッドなどに特攻性能が付き、イグニスはパッシブで効果を発揮する。

 ツキヨは今まであまり効果を見せなかった【比翼の戦乙女】についたスキル効果を実感しながら、真火水に指示を出す。

 

「【聖水属性】を付与したら、真火水がイグニスと同等に戦えてるからね……真火水、【翼撃】【氷火】!」

 

 【聖水属性】を付与することにより、イグニスと同等の戦闘力を得ている真火水は、一体を体当たりで吹き飛ばし、勢いのままに数体まとめて燃やし、次いで氷らせる。

 

 

 

 程なくして、アンデッドの群れが片付いた。

 

「やっぱり、この子達強いね」

「相性が良いとはいえ、あの数相手に戦えたからね。このまま、廃村を抜けようか」

「さんせーい」

 

 流石に廃村で一夜を明かすのは不気味なので、戦闘を繰り返しながら廃村の中を歩いていく。

 その間、流石にイグニスと真火水の二匹だけでは時間がかかりすぎるので、ミィとツキヨも援護射撃をした。

 

 そうして、やがて廃村の中央付近までやって来たとき。奥の方で、戦闘音が聞こえた。

 

「……ミィ」

「……このまま進もう。言い方は悪いけど、漁夫の利を狙える」

「なら真火水たちは戻した方が良いね……真火水、お疲れ様。【休眠】」

「イグニス、【休眠】」

 

 二匹を指輪に戻した二人は、足早に戦闘音の聞こえる方角へと進んでいく。対モンスターにしろ対プレイヤーにしろ、ミィとツキヨが組んで負けることは、ほとんど無い。可能性があるとすれば、同じく強力なボスを倒したメイプルとサリーのコンビ位のもの。ならば戦ってるところに乱入すれば、運が良ければ漁夫の利を取れる。プレイヤーに襲いかかるのが禁止されていない以上、プレイヤーとして正当な権利だ。

 

 進むほどに戦闘音は大きくなり、かなりの大人数が戦っているのが分かった。

 同時にツキヨの【気配察知】の範囲にも入る。

 

「これ、プレイヤー同士だね。一人かなり強い」

「なら、その強い人が襲われてるのかもね」

 

 【気配識別】によって感じた気配が、一人だけ飛び抜けて高いことに気が付いたツキヨ。それを聞いて、ミィはその強い人が狙われたのだと判断した。そして灯りのない廃村を突っ切った先で見たものは。

 

「はぁっ!」

「ぐっ!【パワーアタック】!」

「甘いっ!」

「ちっ!囲め!魔法で攻めろ!」

 

 和服を着た女性が、数人のプレイヤー相手に大立ち周りしている光景だった。

 

「前回イベント七位のカスミさんだね」

「知り合い?」

「いや、ただシンが負けたって言ってたから、気になってたのと……」

 

 闇夜にいてなお鮮やかな桜色の着物に、紫の袴。刀一本で相手プレイヤーをバッサバッサと斬り捨てていく姿は、正しく女剣士。

 しかし、そのカスミにはかなりの疲労が見えた。足取りは重く注意は散漫。なんとか凌いではいるし、戦えてはいるが、危なっかしさが見て取れる。恐らく、かなりの連戦。人数が多かったので時間がかかっているのだろう。

 そんなカスミを見て、ミィが問いかけた。

 

「気になってたのと?」

「……カスミに援護しようか」

「はぐらかさないでよ。それに、残りのプレイヤーくらいなら勝てそうだよ?」

 

 危なっかしさはあるが、それでも実力差は埋まらないのかカスミの方が優位に立ち回っている。だからこそ、援護は必要なく、このまま立ち去った方が良いのではとも思ったミィだが。

 

「……はぁ。カスミは、()()()()()()()()()()。できれば恩を売っておきたい」

「………聞いてないんだけど?」

「計画段階だったんだよ。内容を固めてから話すつもりだった」

 

 カスミは、【炎帝ノ国】を最強ギルドにするために、必要な人財の一人。他にも候補が数人いるが、自分のより先、あるいは密接に『彼女』が関係を築いているため、難しいと思っている。

 

「……ままならないなぁ…」

「で、助けるんでしょ?」

「うん。恩で脅すつもりは無いけど、多少なり意識してもらいたいからね」

「そういうことなら」

 

 数人で一人を狙うのは、プレイスタイルとして間違っていないし、確実性を取る為には重要なことだ。しかしミィは、夜の戦闘ならばもう少し、戦闘をスマートに運ぶべきだし、もっと確実性を確保するべきだったと思う。

 

 なぜなら。

 

「こういう横槍が来るからねっ!【炎帝】!」

「【氷槍】!」

 

 大火球と氷の槍が、カスミと他のプレイヤーたちの間に突き立ち、壁となる。

 

「な、なんだ!?」

「助太刀よ」

「【比翼】に、【炎帝】だと!?」

 

 驚くカスミに、ツキヨが声をかける。

 カスミの助太刀に入ったので、別に彼女に手を下すつもりはない。

 

「……なぜ、お前たちが?」

「我々は我々の考えで動く。お前は、そのついでで助かる。それだけの事だ」

「私達はカスミの味方な訳じゃない。ただ彼らの敵。それだけよ」

 

 演技でとりあえず格好いいことを言って乱入してみた二人は、ノリノリでカスミに声をかけた。

 しかし余りに堂に入りすぎていて、本人たちしか気付かない。

 相手側のプレイヤーには悪いと思うが、運が無かったと諦めてもらうとして、ツキヨは一歩を踏み出した。

 

『ひっ!?』

「おっと…逃さんぞ?【炎帝】!」

 

 前門の近接最強(トラ)。後門の最強魔法使い(オオカミ)

 ツキヨが【白翼の双刃】を左右に広げ威圧すると、途端に逃げる様子を見せる相手プレイヤー。

 しかしミィは彼らを左右から挟むように【炎帝】を放ち、動きを止めた瞬間に【フレアアクセル】で背後を取って逃げ道を絶つ。

 

「くそ!なんだって【炎帝】と【比翼】が介入してきやがる!」

「あんたらは関係ないだろうが!」

「関係は無いけれど、彼女に用があるの。死なれては困るわ」

「わ、私か!?」

 

 『大事な勧誘の機会、逃してたまるかぁー!』と言ったところだ。しかし、直接的な勧誘をする意志は、今の所無かったりするツキヨ。

 ()()()()、関係性を築きたいだけ。

 

「と、言うわけだ。貴様らは運が悪かったと思って……」

 

「「ここで消えていろ(なさい)」」

 

 

 前後からの範囲も威力も桁違いな挟撃に、彼らは無残にも倒れた。

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

「さて。知っているだろうが、私はミィ。

 【炎帝ノ国】のリーダーをしている」

「ツキヨよ。前回イベント七位のカスミね。会えて嬉しいわ」

「カスミだ。こちらこそ。さっきは助かった。正直あのままでは、押し切られそうだったからな」

 

 廃村の中央付近の大きな平屋が、モンスターの来ないエリアになっているとカスミに案内してもらい、自己紹介を済ませた三人。

 しかし、カスミはまだ怪訝そうな顔だった。

 

「前回イベントでお前たち二人に遠く及ばなかったのだが、私のことをよく知っているな?」

「貴女、シンに勝ったでしょう?」

「【崩剣】のシンか……確か、あいつも【炎帝ノ国】の所属だったか。なるほど。報復か?」

 

 刀に手を伸ばし、すぐにでも抜ける体勢を取るカスミに、しかしツキヨは何もしない。

 

「いいえ。幹部の中でも二位の実力があるシンを倒した貴女に、少し興味があっただけ」

「………ならば先ほど言っていた私への用事とはなんだ?」

「方便」

 

 ニッコリと微笑みながら、なんてこと無いようにティーカップを傾けるツキヨ。

 そんなツキヨに、『おいいつの間に出した』と非難がましい視線のカスミ。無論ミィはもう察して、そして諦めている。

 

「貴女も飲む?」

 

 緑茶とお茶菓子もあるわよ?とインベントリから団子やら羊羹やらと和菓子が出てくる。

 今度こそ、『お前そんなのまであったのか……』的な視線を向けてくるミィ。和洋完備である。

 抜かりなし。

 

「……緑茶を貰おう」

「どうぞ」

「ツキヨ、私にももらえるか?」

「えぇ……ブラック?」

「紅茶で構わん」

 

 飲めないブラックを敢えて勧めてみるが、すげなく断られた。ので、仕方なく普通に紅茶を渡す。

 

「グッ!ケホッケホッ…!」

 

 はずもなく、ストレートだと渋みの強いアッサムを、更に長めに抽出した、かなり苦味の強いものを渡した。

 なお、これは前日の朝、ツキヨが徹夜明けに目覚ましで飲んでいたものと同じだったりする。

 

「ツキヨ……」

「ふふっ……ごめんなさい?ミルクティー用の濃いやつだったわ」

 

 恨みがましく、眼尻に雫を浮かばた視線を寄越してきたので、小さく笑ってミルクと砂糖を渡す。ツキヨでもストレートでは徹夜明けにしか飲まないが、ミルクティーにすれば丁度良いため、多めに淹れて持ってきていたのだ。

 

「その……仲が良いのだな?」

「で、なければ、リーダーとその補佐など務まらないでしょう?」

「なるほど、確かに」

 

 ミルクと砂糖を入れてちびちびと飲むミィを横目で見て、カスミはイメージがガラガラ崩れていくのを感じた。

 カリスマとか強者オーラとかをビシビシ放っているのに、同時になぜか普通の少女然とした雰囲気も纏っている。

 一言で言って、『よく分からない』。

 気を張っているようで、リラックスしている。

 対するツキヨは、自然体だ。

 だが自然体の中にも一本、ピンと張り詰めた糸のような怜悧さがあった。

 

 “なるほどこれが、常在戦場か”と、カスミは目の前の白銀への警戒を数段上げた。完全な思い違いである。

 ツキヨもミィも、ただ演技で取り繕っているだけ。ミィに関しては隣にツキヨがいるため、本来の肩肘張った演技が、ある程度リラックスできているがためのごちゃまぜ。

 ツキヨに関しては、デフォルトの演技を貫いているだけだ。

 

「まぁ、今回はほんの気紛れだ。運が良かった、とでも思ってくれれば、それで良い」

「気紛れ、か」

「あぁ。ツキヨのな」

「我々【炎帝ノ国】とペイン達、それに例外中の例外を除けばトップのプレイヤー。あれまでこれと言ったうわさ話も聞かなかった人。一度会ってみたかっただけよ。他意は無いわ」

 

 例外中の例外とは、お察しの如くメイプルである。ごく短期で頭角を現した驚異的な防御力を持つ大盾。例外としか言えない。

 それに比べれば、カスミのプレイはとても堅実な物だ。突飛なスキルを持つものが多いトッププレイヤーの中でクロムと並んで堅実、良心的。気にならない訳がない。

 

「ならば、その気紛れに感謝しておこう」

「えぇ、そうして頂戴」

 

 ティーカップの中身を飲み干し、やおら席を立つツキヨ。それに続き、ミィも立ち上がった。

 

「行くとするか。私は先に出ているぞ」

「えぇ。すぐ行くわ」

「もう行くのか?」

「取り急ぎ、進む必要があるのよ。イベントは残り四日。お互い、最後まで楽しみましょう」

 

 ミィが近場のアンデッドを一掃しに、先んじて平屋を出ていく。

 

「あぁ、忘れていたわ」

「む。どうした?」

「これは、貴女の戦利品よ」

 

 倒したプレイヤーが落とした銀のメダルを投げ、ミィの背を追いかけるようにツキヨも平屋の戸に手をかける。

 

「私達が手を下さなくとも、恐らく貴女なら勝てていた。故にそれは、貴女の戦利品で間違いないわ。……また、会いましょう」

「あ、おい!」

 

 後に残されるのは、ぬるくなったお茶とカスミ一人。

 

「……最後まで掴みどころのない二人だったな」

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

「あれで良かったのか?」

 

 道すがら、ミィが胡乱そうな声音で問いかけた。

 

「何が?……って、演技抜けてないよ?」

「ぐぬ……。で、良かったの?ちゃんと勧誘どころか、関係性すらまともに築いてないじゃん?」

 

 せめてフレンド登録くらいすると思ったよ。と、ミィが愚痴る。

 

「【比翼連理】して伝えてきたのが、『すぐに出る』だけって、説明を要求するよ」

 

 カスミに平屋に案内されている途中で、いつでも戦えるように【比翼連理】は掛けていた。ただ意思疎通は直接接触……手を繋ぐなどしなければならないため、流石に控えていたのだが。

 ツキヨがミィに砂糖とミルクを渡す時に手を触れ、なるべく早く立ち去ると伝えていたのだ。

 

「んー……まぁ一つは、いま勧誘するつもりがないって事だね。恩を売りたいだけだったし、何より益がない」

「益が、ない?」

「勧誘してOK貰ったとしても、今いるメンバーでの明日からの運用は決まってるし、彼女が【炎帝ノ国】じゃない時の取り決めに従えっていうのは横暴。かといって自由にしたらしたで、こっちは大グループなんだから、ある程度縛らなきゃいけない」

「別に私は気にしないよ?」

「うるさい奴もいるって事。特に古参面してるのとかね」

 

 万が一の危険や面倒を排するのが、自分の役目だとツキヨは語る。

 

「で、急いで出た理由は単純。私達に時間がないから」

「明日からのことだね」

「そーゆーこと。それに第一としてOK貰えるかも分かんないし、初対面なのに休戦の意思も交わさずに一夜を供にする…なんて、怖くてできないよ」

「そう言えば……」

 

 そう言えばそうかと、思い出すミィ。あの平屋は、モンスターが来ないだけで戦闘自体は可能だ。故に、カスミにいつ襲われてもおかしくなかった。

 

「こちらから手を出すのは論外。かと言って向こうの警戒を解くには時間がかかる……面倒ごとは、イベントが終わってからで良いよ」

 

 一度でも顔合わせをしておけば、次に接触した時の会話がスムーズになる。それだけでも、ツキヨとしては益はあった。これ以上踏み込んだ方が不利益が上回る。

 

「最善は確かにフレンド登録をすることだけど、明日を考えると時間がもったいない。次善が今回は最善だったってことか」

「うん。向こうの性格をある程度掴めて、向こうもこっちの性格を、演技だけど掴めたと思う」

 

 だから、カスミとの一件はこれでOKだと、話を終わらせにかかるツキヨだった。

 

「余計な時間を取られたし、先を急ごうか」

 

 




 
 速度特化で登場してるから忘れがちだけど、実はまだ登場してなかったカスミさん。
 取り敢えず渡りつけたけど、この後普通にメイプルたちと出会い、原作通りに一緒にダンジョン落ちます。
 次回かその次辺りで、やっと二人でのイベントは終わるかな。【炎帝ノ国】としてのイベント後半が始まります

 25日に速度特化。26日に次話を投稿します!


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PS特化と合流

 過去最短話
 本当は今話から【炎帝ノ国】としてのイベント後半を始めるつもりだったんですが、それだと今話が一万字超えそうだったんで区切りました。
 興が乗らなかったし、気紛れssを書きたい衝動に駆られて執筆時間取れなかった。

 


 

 翌朝。

 夜のうちに廃村を出て進み続けたツキヨとミィは、途中仮眠を挟みつつ、朝には広大な平原を進んでいた。

 

「晴れてるねぇ……」

「風が涼しい……」

 

 朝の澄んだ冷たい空気の中、散歩の様にゆっくりと歩いていく。

 空にはイグニスが飛び、足物では真火水がとてとてとついて来る。

 モンスターであっても、朝のなんとも言えない清涼感は好ましいらしい。

 

「集合地点は?」

「あと数時間って所かな?このペースでも昼前には着くと思うよ」

「何にもない平原っていうのは、少し気が滅入るけどね」

「そんなこと無いよ?ほらあそこ」

 

 指差す方向には、ラプトルのような小型恐竜を、更に小型にしたようなモンスター。サイズはゴブリンと同じくらいで、ツキヨ達の腰程しかないが、紛れもなく恐竜だった。しかし頭に小さく可憐な花を生やしているが……。

 

「おぉっ恐竜だ!子どもかな!?」

「子どものモンスターは真火水たちしか見たことないけど……多分あれで通常サイズだよ」

 

 少し大きめで、手足が細長いイグアナのようにも見えるそれは、ツキヨとミィの声に反応して襲いかかってくる。合わせてタンポポに似た花がふりふりと動く。かつてないシュールさだった。

 瞬間、ピィィィィイイイ……という甲高い鳴き声がラプトル(小)から放たれると、平原の向こうから土煙が迫ってきた。

 

「……ねぇ、ツキヨ」

「……ラプトル(小) は なかま を よんだ」

「ふざけてないで倒すよ!?」

 

 遠くの群れは後でいいとして、まずは先鋒のラプトル。小さな体躯に似合わない大きな鉤爪で、『シャァァアア!!』と襲いかかってくる。

 

「ほいっ【炎槍】」

 

 ミィの背後から炎の槍が出現し、一直線にラプトル目掛けて飛翔。あっさりと突き刺さってそのまま貫通。ラプトルは直後に粒子に変わったが、ひらりと花が地面に落ちた。

 

「……ドロップ?」

「にしては、妙だね」

 

 考察してもいいが、今はモンスターが迫ってきているので、考えるのは後にする。

 モンスターの群れは円上に広がり包囲しようとするが、ツキヨはミィを促して現場を離脱。数が異様に多いので、、少しでも有利になるように移動するのだ。

 そうして走り抜け、身の丈はある長草を抜けた先には、体長1メートル強の爬虫類。先鋒より一回りは大きいラプトル系のモンスターがいた。

 頭から色とりどりの花をひらひらと咲かせて。

 

「……かわいい」

「……流行りなの?」

 

 ミィが思わずほっこり。モンスターの体躯さえ見なければ、きれいなお花畑である。

 ツキヨはシリアスブレイカーなモンスターに字止を向けつつ、思わずありえない言葉を呟いた。

 

 対するラプトル達は、先鋒ラプトルと同様に『花なんて知らんわぁぁ!!』と言いたげな形相で獰猛に迫りくる。臨戦態勢だ。花はゆらゆら、ふりふりしているが……。

 

「シャァァアア!!」

 

 ラプトルが、花に注目して立ち尽くす二人に飛びかかる。咄嗟にツキヨはミィを抱き上げ。

 

「【跳躍】!【鉄砲水】!」

 

 【跳躍】でラプトルの頭上スレスレを通り抜けると、そのまま試しに【鉄砲水】で頭とチューリップを撃ち抜いてみた。

 ズバッ!という音と共に、チューリップが四散する。

 ラプトルは一瞬ビクンと痙攣したかと思うと、着地に失敗してもんどり打った。シーンと辺りが静寂に包まれる。思わず、他のラプトルも動きを止めていた。

 

「……生きてる、よね?」

「消えてないし……生きてはいるけど」

 

 ツキヨの見立てどおり、ピクピク痙攣した後にラプトルはムクっと起き上がり、辺りを見渡し始めた。そして見つける、地面に落ちたチューリップ。

 ラプトルは機敏な動きで歩み寄ると、親の敵と言わんばかりにチューリップを踏みつけ始めた。

 

「……なにあれ?」

「私が知りたい……」

 

 一頻り踏みつけて満足したラプトルが、『ふぃ〜、いい仕事した!』とでも言いたげに『キュルル〜!』と鳴く。そして、ふと気が付いたようにツキヨの方へ顔を向けてビクッとする。

 そしてすぐに、『ひゃー!お助けー!』と言わんばかりに逃げていった。

 

「……なにいまの?」

「私も知りたい……」

 

 不思議な静寂が辺りを支配する。が、

 

「「「「シャァァアア!!」」」」

 

「そう言えば、まだいたね!?」

「取り敢えず、倒そっか」

「うん!」

 

 それから二人は、なんとなく花を狙って攻撃を始めた。ミィは【ファイアボール】で、ツキヨは剣でギリギリを斬り裂き、ラプトルには【体術】の【当て身】で少しの間気絶させる。

 

 

 

 

 数十体からなる群れは、数分で討伐?され。

 

「………やっぱり、こうなるんだ」

「ほんと、何なのこれ……」

 

 辺りには花を踏みつけた後、満足げに『キュルキュル』鳴くラプトルの光景が広がっていた。

 そして、ツキヨ達を見て逃げ出すまでがワンセット。本当になんだこれ。

 一先ずラプトルの群れは片付いたので、一時休憩しようとして。

 

「ミィ、また来た」

「またぁ……?」

 「ちょっと不味い。全周を囲むように来てる。数倍いるよ」

 

 うへぇ……と面倒という気持ちを隠そうとしないミィに、ツキヨが明らかにおかしいと指摘する。

 

「統率の取れたモンスターはいるし、通常モンスターとしては普通だけど、まるで考えなしの特攻一辺倒だと妙だね……もしかして」

「………寄生?」

「ミィもそう思う?」

 

 寄生なら、媒体は花だろう。異様すぎるもの。

 

「なら、本体を潰すしかないね」

「本体がいるエリアから外れるって手もあるよ?」

「このまま逃げ続けるのも面倒だし、方向が逆だった時だけ逃げるってのは?」

「良いね」

 

 真逆なら、流石に深追いは面倒すぎる。そのため、離脱優先の討伐をすることにした。

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 離脱優先なので、ラプトルの討伐は最低限。【AGI】的にもツキヨとミィならば逃げ切ることができるため、囲まれたときだけ対処していた。

 

「このままじゃキリないんだけど!?」

「数が多すぎる……っ」

 

 これまでに対処したラプトルを見る限り、ラプトル達は本来ノンアクティブモンスター。

 プレイヤー側から襲わなければ、温厚なタイプのモンスターだ。今は操られているが、それを倒すのは忍びないと、二人して逃げ惑う。

 

「できればやりたくないんだけど……」

「多すぎるしね。一掃しよう」

 

 今二人を追いかけるラプトルは百。明らかに、今向かっている方角に()()()()()()()ように動いているのも鑑みて、この方角に本体がいると判断し、一掃することにした。

 

「【飛翼刃】!」

 

 ツキヨが【白翼の双刃】を最大伸長させて左右から中央へ。ハサミを閉じるように両サイドから斬り裂き。

 ミィがパチンッと指を鳴らして、百の【ファイアボール】が流星のごとく降り注ぎ、中央から蹂躙する。

 

 生き残ったのは、僅か数体。その程度なら逃げるか、すぐに仕留められると判断し―――

 

「【ホーリーランス】!」

 

 聞き覚えのある、温和な女性の声が響いた。

 続いて。

 

「【崩剣】!」

「【ダブルスラッシュ】!」

「【疾風突き】!」

 

 特徴的すぎる宙に浮く十の剣と、双剣使い、黄槍を構えたプレイヤーのスキルが輝く。

 

 

 

 

 

「よう、四日ぶりか?ツキヨ様よ?」

「………ウォーレン」

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

「進んでいたら、俺たちも大量のモンスターに追いかけられてな。討伐こそしたが、如何せん多すぎたため、撤退戦をしていたら、ミィ様の炎が見えたんでな。急ぎ駆けつけたって訳さ」

「よく分かったわね」

「アンタのスキルも見えたからな。何だありゃ?あんな長かったか?」

「私もまだまだ成長しているだけよ」

「うへぇ……」

 

 『まだ強くなるのかよ……』という視線を向けられるツキヨ。だが、情報共有は欠かさない。

 

「あのラプトルは花を媒介に寄生されていることはわかるわね?」

「あぁ。尤も、運営のお巫山戯かもしれんが」

「花を落とした途端、ノンアクティブになった」

「確定だな。対処は?」

「殲滅」

「居場所の検討は?」

「一箇所」

「他に寄生媒体は?」

「無し。花のみよ」

「………なら良いや。ご指示をお願いするぜ。やっぱリーダーより、手足として動いた方が俺には向いてる」

「そう?」

 

 トントン拍子に進む会話。なされているのは、直径十メートル、高さ五メートルほどで【白翼の双刃】が結界を作り、高速回転することでラプトルなどのモンスターを一切合切斬り刻んでいるからだ。外は殺戮の嵐である。

 一時的に、かつ強引な方法で安全圏を作り出すのは、ツキヨの得意分野だ。

 一応この話し合いには、ツキヨとウォーレン以外の全員も参加しているのだが、二人でトントン拍子に進むものだから割り込む隙がない。

 

「んんっ、話は纏まったのか?」

「えぇ……ウォーレン」

「はいよ。……結論から言えば、放置すれば他の【炎帝ノ国】のメンバーが集まるのに支障をきたすため、対処は殲滅となります。敵の居所は、複数いる場合は一気に叩くために分散しようとも思いましたが、一箇所との事なので、我々のパーティーをミィ様達のパーティーに吸収合併し、確実に対処に当たります。またこの事から、ほぼ確実にダンジョンであると予想されますが、外に寄生モンスターを放つのを見ると、ボス部屋だけの小ダンジョンか、あるいは現在地周辺一体がダンジョンの一部と考えるべきでしょう。相手は植物系のモンスターで直接戦闘力は低い。しかし、寄生媒体が花であることから種、あるいは花粉を植え付けるなど予想されます。以上……満足か?」

「えぇ。ご苦労さま」

 

 やおら立ち上がり、ツキヨとの短い問答の結果を共有するウォーレン。

 その姿は堂々としており、完全に秘書だった。

 

「……あの会話で、それだけ話したのか?」

「え?えぇ」

「凄いですね」

「俺は情報を伝えられただけだが」

「……悪いわね。どうもウォーレンとの連絡が慣れていて、皆を考慮に入れていなかったわ」

「アンタの連絡は端的だからな。できればもう少し詳しく聞きたいが」

「その前に察するでしょうに」

「そうせざるを得ないんだっつの」

「情報共有が問題なくできているなら、詳細を話す話さないは些細なことよ。第一、私は【飛翼刃】の操作に思考を割いている」

 

 常時刀身を流動的に操作しているため、そちらに思考を優先する必要があり、端的な言葉になるのも仕方ないのだと言い包めたツキヨに呆れ顔のウォーレンだった。

 対するツキヨは満足げに微笑んでいる。

 まるで全てツキヨの掌の上で転がされているような錯覚をしたウォーレンだが、いつもの事と割りきった。

 

「正直、集合地点と現在地の距離はかなり広いわ。かなりの確率で、集合地点はモンスターの範囲から離れているでしょうね」

「だが……あれだけ追い回されて、しっぽを巻いて逃げるのは癪だな?」

「えぇ」

 

 襲い来る火の粉は払う。それも、徹底的に。

 それが【炎帝】様と、ツキヨの判断だった。

 

 

 




 
補足1
 今話のラプトルをどっかで見たことある人、間違いじゃありません。パクりました。お花綺麗よね、下の恐竜さえ見なければ。
 目的は、いきなり全体合流するよりも、まず『幹部候補』と合流したかったのと、例のあれをツキヨとミィでやりたかった。

その2
 原作でカナデやカスミに、メイプル達が『イベント内でパーティー組まない?』的なお誘いをしていたので、パーティーの再編成は可能って設定。
 なお、死に戻りしたら自動でパーティーから外れて、初期位置に戻ります。

その3
 ウォーレンさん完全に秘書化。
 演技のツキヨに付き合ってたら、こういう面でも飛躍的に成長中。素のツキヨは知らないが、サブリーダーとしての顔が演技だとは知ってるから、『自分もやろ〜』的なノリで楽しんでる。


 次回には寄生ラプトルを片付けて、【炎帝ノ国】として全体合流できるかな。
 PS特化は、()()()()()()みたいなものだし、早く第二回イベントを終わらせてギルド立ち上げないとね。
 序章で100話超えないのを祈るばかりです。

 28日に速度特化。29日に次話を。
 そして30日に気紛れss第一弾を、速度特化のssと同時投稿します!


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PS特化とないわー……

 よーやく第二回イベント後半に入ります。
 ここまで20話超えってヤバイですね。この調子だと、原作2巻も全体で40話書きそう。

 


 

「さて、ここで間違いないでしょう」

 

 草原の地面にポッカリと空いた縦穴を囲んで、ツキヨが呟いた。どんどん激しくなるラプトルの襲撃はここに来てパタリと止み、まるで“歓迎するぞ”と彼らを出迎えているかのよう。

 

「ま、これだけ怪しけりゃあなぁ……」

「ラプトルに囲まれてるけどね……」

 

 マルクスの言う通り、パタリと止んだ襲撃ではあるが、少し離れた所でラプトルの群れがツキヨたちを包囲している。逃げ出せば、即座に襲いかかってくるだろう。

 頭の上で花をふりふりゆらゆらさせながら。

 

「予想はウォーレンが言った通りだが、あくまで予想だ。それが全てでは無いし、外れている可能性の方が、圧倒的に高い。

 

 油断せず全戦力を以って―――叩き潰す」

 

 炎のような灼熱の意志と冷酷な瞳でミィが告げると、全員がやにわに頷いた。

 そして全戦力と宣言したからには、五人の前では先程まで隠していた二匹を呼ぶべきだと、ツキヨとミィはアイコンタクトを交わした。

 

 

「真火水」「イグニス」「「――【覚醒】」」

 

 指輪が仄かに輝き、中から有翼の子狼と不死鳥が姿を表す。

 ウォーレン達五人は、突如現れた二匹のモンスターに吃驚し、声も出ない様子。

 

「紹介するか。このイベント中に仲間になった、イグニスと真火水だ。イグニスは不死鳥、真火水はマルコシアスがモデルだな」

 

 ミィが肩に留まったイグニスを撫でながら説明するが、やはり放心状態の五人。

 

「………真火水」

 

 ツキヨが腕の中に抱えた真火水に指示を出すと、『わふっ』と鳴き声を上げてパタパタと翼を羽撃かせ、そのままウォーレンに噛み付いた。

 

「うおっ!ちょ、おまっ!?ツキヨてめえ!」

「あら?上司を『てめえ』呼ばわりする部下がいるわ。これはお仕置きかしら?」

 

 ドSで酷薄は笑み、すてんばーい。

 真火水と同じ白銀の右翼(白翼の双刃)肩とんとん。

 

 するとあら不思議。他の四人は硬直し、ウォーレンは頬を引きつらせて正気に戻った。

 

「は、ぁ……っ。殺気しまってくれ。俺は慣れてるが、四人はちげえ」

「……そう。【殺気】なんて曖昧なものをシステムで再現できているとは思えないけれど……」

 

 剣を仕舞ったツキヨは、真火水を呼び戻すと再び両手で抱えた。

 

「……このゲームでは、テイムモンスターなんていなかったはずですが……」

「あぁ。こいつらは、厄介なダンジョンの討伐報酬だ。探してもいいが、挑むのは辞めておけ。お前たち五人でも、恐らく瞬殺される」

「それほどなのか?」

「えぇ。私とミィが死力を尽くしてようやく、と言ったレベルよ」

「うわあ……それは無理そうだなぁ……」

 

 ミィとツキヨ。二人共トップレベルのプレイヤーであり、近接戦闘で最強と呼ばれ、五人がかりでも一蹴するツキヨと、魔法単発火力で最強と呼び声高く、殲滅力ではツキヨに引けを取らないミィ。

 この二人が組み、連携をしてもなお苦戦を免れないモンスターなんているのかと思う彼らだが、実際にいたのだから始末に負えない。

 

「その分、この子達のポテンシャルは非常に高いわ。それこそ未だレベル3で、中堅プレイヤーなら簡単に伸してしまうほどに」

「……まじで?」

「マジだ。イグニス達はかなり強いぞ?」

「……この子犬もか?」

「地獄の侯爵マルコシアス。有翼蛇尾の狼よ」

「見えねぇ……」

 

 ツキヨに抱えられて誇らしげにドヤ顔する真火水に、そんな威厳は感じられない。……完全にマスコットである。

 

「ツ、ツキヨさん。少し触らせてもらっても良いですか?」

「……真火水、いってらっしゃい」

 

 ワクワクドキドキ……というか両手を前にワキワキしながら、どこか息を荒立ててハァハァするミザリー。軽く引きながら、真火水をミザリーに渡した。

 

「はぁ〜……可愛いですぅ。

 私、リアルじゃペット飼えないけど、こういう子が欲しかったんですよ〜……。はぁ〜癒やされます。女ひとりの緊張感が開放されますぅ……」

「……あげないわよ?」

 

 ナデナデすりすりハスハスくんかくんか。

 かぁいいかぁいいと呟きながら、真火水に頬ずりするミザリー。きっと、他の幹部候補かつパーティーを組んでいるのが男しかいないから、そのストレスもあったのだろう。

 

「………ミザリー。そういう事は後にしろ。先にダンジョンを片付けるぞ」

「はわぁ〜……はっ!す、すみません!そうでしたね。ダンジョンに挑むんでした」

「忘れてたのかよ……」

「ツキヨさん。また今度、貸してくださいね」

 

 そう言いながら真火水をツキヨに返したミザリーだったが、真火水は“しゅたたっ!”とツキヨの後ろに隠れてしまう。

 

「……その過剰な愛情表現を辞めるなら、真火水も大丈夫でしょうね」

「わかりました!」

「おぉう、即答してんなぁ」

 

 

 二匹の登場によりシリアスブレイクしたが、気を引き締めて最終確認に入った。

 

「いつも通りで良いな?」

「えぇ。私とヴィト、ウォーレンで前衛。ヴィトとウォーレンで裏を取りなさい。正面は、私が受け持つわ」

「おう」

「任せろ」

「私とミザリー、マルクスで後衛だな。ミザリーはヴィトとウォーレンに付いて、回復に専念。マルクスは攪乱と誘導を頼む」

「はい」

「できるだけ、がんばるよ」

「シンは遊撃に回りなさい。基本的に私のフォローを頼むわ」

「ツキヨのフォローとか必要なさそうだけどな」

「状況によっては私が後ろに回るから、スイッチしてもらう。その時は」

「俺とウォーレンで受け持つんだな?」

「その通りよ」

 

 それぞれの実力も得意な戦い方も心得ている者たち故に、戦略は確立している。最終確認はサクサク進み、突入を控えた。

 

「即戦闘の可能性を考え、最初に私が。次にウォーレンが続きなさい。最後にミィ、頼むわね」

「ラプトルが攻めてくる可能性を考慮すれば、それが妥当か。任せろ」

 

 これ以上の無駄話は必要ないと、ツキヨは一歩前に出て、暗い縦穴を覗き込む。

 このくらいなら夜の霧の渓谷で経験済みなので、震える真火水を宥め、縦穴に飛び込んだ。

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

「………なるほど。ボス部屋の前なのね」

 

 飛び降りたツキヨは十メートルほど落下し、そのまま着地した。

 飛び降りた先は広い空間になっており、それなりの人数が入っても余裕がある。そして正面には、ボス部屋特有の巨大な扉が。

 

「即戦闘にならなくて、取り敢えず良かったな」

「えぇ」

 

 次いで降りてきたウォーレンに相槌を打ち、全員揃うまで待つ。外では戦闘音も聞こえないので、ラプトルが襲ってくることも無いのだろう。

 

 程なくして全員が揃い、ツキヨが扉に手をかけた。

 

「―――行くわよ」

 

 扉を開けて、ボス戦が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 ボス部屋は薄暗く、直前の広間よりも更に広い空間になっていた。

 しかし、扉が閉まってもそこにボスの姿は見えず、何も起こらない。

 

 慎重に進むべきだと判断し、円陣を組んでツキヨとミィで前後をカバーしながらゆっくりと進んでいく。そして、丁度部屋の中央まで来たとき。それは起こった。

 全方位から緑色のピンポン玉のようなものが無数に飛んできたのだ。速度はそれ程でもないが、数が多い。

 

「各自迎撃!」

 

 ツキヨとヴィトは双剣で斬り裂き、ウォーレンは槍で打ち払い、ミザリーやミィも魔法で迎撃。

 シンとマルクスも全体フォローに回っている。

 しかしそれでも、数が多すぎる。有に百を超え、夥しいほどのピンポン玉が空間を支配する。

 

「っ!マルクス!壁を作りなさい!」

「イグニス!【炎羽】をばら撒け!」

「うん!【罠設置・岩壁】!」

「【聖水】――【聖流絶渦】!」

 

 イグニスの無数の火の玉で一帯を一度焼き尽くすと、マルクスが足元に岩壁を設置し自ら作動させることで封鎖する。緑色のピンポン玉は壁を貫くでもなく潰れて消えるが、それでも壁が覆えるのはできて全周。上からの対策はできないため、ツキヨが護りの渦潮を重ねることで全て巻き込んだ。

 それでもなお対応しきれずに何個かは抜けてくるが、それはウォーレンが神速の突きで叩き落とす。

 

「ボスの攻撃か……開幕奇襲とはやってくれる」

「全周警戒しなさい。【気配察知】にも【気配識別】にもかからないわ!」

「どっからくるのかね……」

「厄介なタイプですね」

「罠じゃ役にたてなそうだなぁ……」

「……」

「ミィ?」

 

 それぞれが愚痴をこぼしながらも警戒を怠らないにも関わらず、ミィだけが返事がない。そのことを訝しみ、もう一度問いかけたツキヨだったが。

 

 返答は。

 

「逃げろ、ツキヨ……っ!」

「っ!【飛翼刃】!」

 

 いつの間にか、ミィの両手がツキヨに向いていた。両手に紅蓮の炎が集まり、ツキヨに多大な警鐘を鳴らす。このまま直撃すれば、ツキヨ自身だけでなく、他の五人も巻き添えになる。それだけ、ミィの攻撃範囲は広いのだから。

 パーティーメンバー同士ではダメージが入らないことは知っている。しかし今はその警鐘に従って【白翼の双刃】を伸ばして五人を吹き飛ばし、攻撃範囲から逃れさせると、そのまま自らも飛び退いた。

 

「ミィ!?」

「ツキヨ!パーティーから一時的にミィ様が外れてんぞ!」

「つまり、今は互いにダメージを受けるってことかよ!」

 

 パーティーから外れているという事態には一瞬混乱したが、ミィの頭の上にあるものを見て事態を理解する。そう。ミィの頭の上にも花が咲いているのだ。それも、ミィに合わせたのか?と疑いたくなるぐらいよく似合う真っ赤な薔薇が。

 

「さっきの攻撃っ!なんでミィだけが……!」

 

 他のメンバーも、何度か緑色のピンポン玉には当たっている。唯一当たっていないのは、全て叩き落としたツキヨとウォーレンだけだ。

 なのに操られているのは、ミィだけ。

 

「……【毒耐性】だな。【毒耐性中】以上で防げるんだろ」

「いや、それならミィも―――」

 

 ミィも、【毒竜の指輪】で回数制限こそあるが、毒を無効にできる。

 そう思ったツキヨだったが、ミィの指を見て確信した。

 

「……っ!」

 

 装備している【毒竜の指輪】に付いている宝石から色が失われ、三回分が使い切られていた。確かに遠距離型のミィやミザリーにとって、高範囲こそカバーできるが、近すぎるものに対しては剣に比べて出の遅い魔法では対応しきれない。だからこそ、ある程度の被弾は覚悟していたのだろう。こんな事になるとは思わなかったが。

 

「寄生の仕方が嫌らしすぎるな。これは想定以上だぞおい」

 

 さっきの全部を対処しなければならないなど、現状で可能なのはツキヨとウォーレンくらいのものだ。それもウォーレンは集中力が持たない可能性の方が高い。

 予想してはいたが、それ以上に面倒なタイプのボスだったことにツキヨは舌打ちした。

 

「パーティーから外れるのは痛いわね……こっちの攻撃も通るから、倒しかねない」

「ツキヨ、すまない。体が言うことを聞かん」

 

 ミィが悲痛な表情を浮かべているのを見るに、体だけが操られているのだろう。毒だと最初から分かっていれば、【聖浄水域】で【状態異常耐性中】相当の付与を行えていたのだ。後から愚痴っても仕方ない事だが、歯痒かった。

 だがミィを助ける方法は分かっている。花を撃ち落とせばいいので、ツキヨは手をミィに向ける。

 

「【鉄砲み――っ!?」

 

 【鉄砲水】で撃ち抜こうとすると、それは知っていると言わんばかりにミィの体が縦横無尽に動き、片手で花を守っている。なんとしても、ミィ本体にダメージが入るように。

 

 ならば近接でと剣を抜けば、ミザリーとマルクスを狙うように【炎帝】を操作つつ【炎槍】を乱射してきた。近接が苦手で、フォローが必要な二人を狙う辺り、よく知っている。

 

 そんなツキヨの逡巡を悟ったか。壁がの一部が割れ、そこからアルラウネやドリアードといった人間と植物が融合したようなモンスターが現れた。

 醜悪な笑みとうねうねと動くツルが触手のようで気味が悪い。

 ツキヨがすかさず剣を伸ばそうとするか、伸ばす前にミィがエセアルラウネに重なるように正面に立ち妨害する。

 それに気分を良くしたのか、エセアルラウネは先程よりも疾く、縦横無尽に緑色ピンポン玉を乱射して余計に近づけさせない。

 

「ちっ……どうするツキヨ!」

「このままじゃジリ貧だ!【毒耐性中】でも厳しいのか、【侵食】っつー状態異常にかかりはじめた!」

「こちらもです!早く倒さなければ、ツキヨさんとウォーレンさん達はともかく私達は……っ!」

「操られて、同士討ちされるだろうね……」

 

 パーティーから外れるのならば、プレイヤー同士を操って互いに攻撃し、同士討ちすれば簡単に倒せる。なんともいやらしいモンスターだ。

 今は凌げているが、それでもゆっくりとだが侵食を受けているミザリー、シン、マルクス。

 ヴィトとウォーレンは連携して対応しているので、まだ大丈夫そうだ。

 そんな中でも一人で凌いでいるツキヨは、異常とも言えるが。

 エセアルラウネはツキヨ達に胞子の効きが悪いと見るや、不機嫌そうにミィに命じて魔法を発動させる。其れも、【魔力炉・負荷起動】込みだ。厄介すぎる。

 

「ちょ、何だありゃあ!?」

「一時的なブーストよ。弾幕がお好みのようね……ウォーレンとヴィトは私と!三人は後ろに!」

 

 極光の如き光に包まれたミィに驚愕を隠せないウォーレン質に手短に命じる。

 主体はツキヨ。守りながらでは対処しきれない魔法のみ、ウォーレンとヴィトにも手伝わせる。

 

「【パーフェクション・パリィ】―――っ!!」

 

 迫る弾幕を叩き落とし、斬り払い、打ち破る。多すぎる弾幕は、偽物ミィと戦った時と勝るとも劣らず、守りながらでは対処がしきれない。

 だが、それらは。

 

「【リフレクトパリィ】!」

「【全反射(トータルリフレクト)】!」

 

 ウォーレンが対魔法の武器防御スキルで跳ね返し、ヴィトは一瞬だけ汎ゆる攻撃を反射するスキルと双剣を巧みに使い分けることで対処する。ヴィトとて、弱いわけではない。むしろ全体で見れば強い方だ。その実力の一端が、この【全反射】である。

 

(凌げてはいる。ミィの魔法が火だから、胞子を焼き尽くしてくれることも助かる。だけど後ろががら空きになるから近づけない)

 

 守りながらでは、接近戦に持ち込むことができない。自分一人ならできた手も、後ろにいる人がそうさせない。

 ツキヨがこの状況をどう打破すべきか思案していると、ミィから悲痛な叫びが上がった。

 

「ツキヨ!……私は構わん……撃て!」

 

 何やら覚悟を決めた様子のミィ。ツキヨの足手まといになっていることを自覚し、これ以上迷惑をかけるくらいなら自分ごと撃ってほしい、そんな意志を込めた赤い瞳が真っ直ぐにツキヨを見つめる。

 

 そんなことできるはずないじゃない!必ず助けるわ!普通の物語なら、こんな熱いセリフが飛び出て、ヒロインを見事に救出するだろう。何より、ミィは死に戻りすれば浮遊島からリスタートだ。そんな面倒なことをしていられないのだから。普通なら、そうやってなんとか別の解決策を模索する名シーン。

 しかし、ここにいるツキヨさんは色々と規格外である。

 

「え、いいの?助かるわ」

 

 ズバッ!

 ミィの言葉を聞いた瞬間、ツキヨは何の躊躇いもなく自らが持つ右翼を伸長し、ミィも、ミザリーたちも、エセアルラウネもの反射速度を上回って消失する。そんな中、くるくると宙を舞っていた薔薇がパサリと地面に落ち、刀身がミィの頭上スレスレを通って、エセアルラウネを貫通していた。

 

 ミィ、ぱちくり。

 ウォーレンたち全員、ぱちくり。

 エセアルラウネもぱちくり、の後に粒子へと変わって消えていった。

 場に現れる、小さな宝箱。

 空間に、静寂が訪れる。

 

「よし、討伐完了ね。ミィ、無事?ダメージとかは無い?」

 

 気軽な感じでミィの安否を確認するツキヨ。だが、ミィは頭をさすりながらジトっとした目でツキヨを睨んだ。

 

「……斬った」

「え?撃ってって言うから。【鉄砲水】じゃ出を読まれるし、最初からずっと発動してた【飛翼刃】なら、思考操作で出を読まれないもの」

「……少しも、躊躇わなかったな……」

「最初から斬るつもりだったもの。薔薇だけを斬る自信があったし、ギリギリを狙ったけれど、やっぱりダメージあったかしら?ポーションは必要?」

「少し、ダメージきた、かもしれん」

「その程度ならポーション飲めば回復するわね。問題ないわ」

 

 ポーション瓶を引っ手繰るようにツキヨから奪い取り、くぴくぴするミィ。その頃になってようやく、ミザリーたちが近づいてきた。

 ミィは渋い顔で『確かにそうなんだけど!納得できない!』と軽くツキヨの脛を蹴っている。もちろん、パーティーに戻ったのでダメージは無い。

 

「あー……何ていうか、うん、なんだ」

「あぁ、そうだな」

「えぇ、ですね」

「あのなぁ……流石に」

「うん、本当に」

 

 五人とも苦笑いで、続く言葉は全く同じだった。

 

 

 

「「「「「流石に、それはない」」」」」

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 縦穴ダンジョンから魔法陣で脱出した一行は、そのままの足取りで集合地点に歩いていった。

 なお道中、ツキヨがジト目の針の筵になったのは言うまでもない。

 エセアルラウネダンジョンの報酬は、メダルが一枚と【混乱】の状態異常を持つ胞子をばら撒くスキルの巻物。これはマルクスが一番使えるだろうと、マルクスのものになった。

 

「見えてきたな」

 

 平原を抜けた丘の上に、何十人ものプレイヤーが固まっているのが見える。そして目立つように作った橙の布地に揺らめく炎と白の双剣がデザインされた、【炎帝ノ国】の幟旗。

 あれがあるということは、既にドヴェルグが到着しているのだろう。幟旗を持っているのはツキヨと、幹部候補からウォーレンが代表し、後は作った本人であるドヴェルグだけだ。

 

「ミィ、さっきのダンジョンで……」

「あぁ。あのエセアルラウネめ。デメリットを押し付けられた形だからな。流石に明日まではゆっくりしているつもりだ」

「なら良いわ」

 

 MPが一時的に著しく減少していて、あと十時間ほどはまともに魔法も使えないミィは、短剣では戦えるだろうが、実質的には足手まといだ。

 本格的に動くのは明日以降として、作戦を組み直す必要が出てくる。

 

「だが、登場は派手に、そして盛大にだ。行くぞツキヨ」

「ふふっ……えぇ。了解よ、ミィ」

 

 MPがない?それでも実はツキヨとほぼ同じだ。ならば連射こそできないが、無理をしなければ戦える!そう張り切って、ミィは高らかに右手を掲げた。

 それに合わせ、ツキヨも左手を掲げ、息を揃えて同時に告げる。

 

「【炎帝】!」

「【水君】!」

 

 上空に発射された巨大な火炎と水刃は、高く高く飛び上がり、頂点で交わると水蒸気爆発を引き起こし、轟音が一帯を蹂躙する。

 

「くははっ!」

「あははっ、気付いたようね」

「派手にやるなおい……耳がいてえっての!」

 

 ウォーレンの苦言も何のその。

 堂々とした足取りで並び立ち、丘の上まで真っ直ぐに歩く。

 

 

 

 

 さぁ。ここからだ。

 

 ここからが、【炎帝ノ国】の初イベント。

 

 情熱の炎と濁流の如き意思を、この世界に知らしめる時が、ついに来た。

 

 

 

 

 

 

 

「「さぁ、これからが本番だ!

 

 我ら【炎帝ノ国】!!

 

 この世界全てに教えてやれ!

 

 我々が来たことを!!」」

 

 




 
 単純に最近モチベが落ちて、執筆が進まない。
 もしかしたら気紛れssを投稿したら、次回投稿が遅れるかもしれません。けど、どんなに遅くても来週には復活するんで。

 明日は気紛れss投稿します!

 速度特化も執筆が遅れてるんで、今週は書き溜めて来週から放出じゃダメっすかね……(白目
 今週だけ予告できません。


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アンケート企画第一弾 ツキヨとミィの百合展開

 と言うわけで、アンケートの第一弾です。
 ですが!
 百合が苦手っていう人も一定数いるわけで。ペインの方に投票した人がいる時点でお察し。
 なので、非常にマイルドに収めてあります。
 ガチ百合見たかったって人は残念かもしれませんが、『ペインの入る余地無いから!』くらいの出来に仕上がってると自負してます。

 PS特化アンケート企画第一弾
 
テーマ『純愛


 


 

 クラーケンを倒した後、戦闘不可エリアにて休憩を取り、ツキヨとそのまま眠ってしまった。

 

「ん……んんっ。ふぁ、あ……ぁえ?」

 

 気が付けば夕方。昼過ぎにクラーケンを倒し、もうすぐ夜になると言うところ。

 

「ツキヨは……寝てるか」

 

 魚から逃げる以外に動きの少なかった私は、精神的には疲労があるものの、ツキヨほどではない。

 

「二時間以上、ずっと泳ぎ続けてたもんね」

 

 集中力を持続し続けた、という点では同じだが、ツキヨは一撃も喰らえないという緊張感が上乗せされる。いくら反射速度が常識離れしていても、精神的な疲労は大きいはずだ。

 

「それに、何だかんだ迷惑かけちゃったし」

 

 まず、呼吸と言う点で大迷惑をかけた。二十分置きに戦闘を切ってこちらに来るという手間がなければ、もう少し楽に倒せたはず。

 

「本当に、ありがとうだよ。ツキヨ」

 

 近くを漂うツキヨの元に泳いでいき、優しく手を握る。疲れてるだろうし、起こさないように。

 ここは呼吸ができるから、まるで無重力空間を漂うかのように、身を任せる。

 

「えへへ……ツキヨの髪、さらさらだぁ……」

 

 現実の黒髪とは違う、色素の抜けた白を梳く。

 ツキヨは私の頬をつんつんしたり、髪を梳いたりするけど、私からツキヨにやったことは、実はあまりない。

 だから新感覚というべきか、新鮮な気がする。

 

「えい、えいえいっ」

 

 いつもの仕返しじゃーっ。

 そんな思いを込めて、ツキヨの頬をつんつん。おぉ、これがもち肌か。でも、やっぱり現実の方が柔らかいのかな?

 

「んっ……んにゅ……」

「あはっ。逃さーんっ」

 

 つんつんしてたら、ツキヨが身をよじって反対方向を向いた。何これかわいい。猫みたい。

 でも残念っ!水中では全方向に簡単に移動できる。すぐに回り込み再びつんつんナデナデ。

 

 

 でもあまり長くやれば起きてしまうから。

 程よく満足したので、ちょっかいを出すのはこの辺でやめた。

 けどこのまま漂っていては勝手に流されて、また離れちゃうから。

 

「えへへ……えーいっ」

 

 ぎゅっと、ツキヨに抱きつく。ツキヨの鎧部分が少なくバトルドレスっぽいのが幸いし、抱き心地は最高。おぉ……癖になりそう。

 それにしても、よっぽど疲れていたのか、全く起きる気配がない。

 

「……けど、当然かな」

 

 抱きついて、ツキヨの柔らかさを堪能しつつ、小さく愚痴る。

 ツキヨったら、()()()()()()()()()()()()()

 普段は、結構しっかり者なんだけどなー。

 

「偶に抜けてるよね、ツキヨ?」

「んぁ……」

 

 小さく耳元で囁やけば、擽ったそうに身をよじる。けど逃さーんっ。

 

「ねぇ、知ってる?パーティーメンバーは、マップに表示されるんだよ?」

 

 反対側を向こうと寝返りをするツキヨを、逃さないようにしっかりと抱きしめる。

 ………あ、頭を胸元で抱きかかえる感じになっちゃった。

 けど、落ち着くからこのままで良いや。

 

「徹夜で森を駆け回ってたの知ってるんだよ?」

 

 私が見張りをしてる時、マップ上でツキヨのマーカーが森の中を常に動いていた。

 なんで?なんて思わない。

 あの森は、ツキヨが海を探索してる間に軽くだけど探索した。()()()()()()()()

 見落としがあるかもしれないけどね。

 けど、その時に一枚くらい見つかっても良いはず。でも、ツキヨは見つけた。

 

「守って、くれたんだよね?」

 

 プレイヤーから。徹夜で。

 倒したプレイヤーから、メダルを奪った。

 だから、私が見つけられなかったのも当然。

 

「手伝い、行けたら良かったけど……」

 

 テントを放置するわけにも行かなかった。

 それに、私の戦いは良くも悪くも派手だから。戦闘音が目立ってしまい、余計な戦闘を増やしかねなかった。

 

「ごめんね?」

「ん……っ」

「あは、起きてる?」

 

 今のが返事みたいで。と思えば、やっぱり寝息が聞こえてくる。しばらく待っても起きる気配がないので、大丈夫だ。

 

「そのまま、ペインと戦って……クラーケンとも、戦って」

 

 疲れて起きれないのも、無理はない。

 

「今日は…うぅん。いつもいつも、ありがとう」

 

 私の事を手伝ってくれて。助けてくれて。支えてくれて。

 

「私。ツキヨの支えに、なれてたんだね」

 

 何でもできる親友が、努力を重ねているのは知ってた。誰よりも、隣で見てきたから。

 でも、その理由が分からなくて。

 兎に角追いつきたくて、負けたくなくて、置いて行かれたくなくて、私なりに頑張ってきた。

 

「でも、違ったんだね」

 

 ツキヨが頑張ってきた理由は、私だった。

 私からツキヨにあげたものなんて思いつかない。普通に、友達になって、気付いたら、二人でいつも遊んでいた。

 まぁ、よく気絶したツキヨを助けてたけど。

 それくらい、友達なんだからどうってことのない、些細なことだ。

 だけど、ツキヨは私から『貰った』と言った。

 何かあげたっけ?

 

 そして、それがツキヨが頑張る理由。

 私が、返しきれない『何か』をツキヨにあげたらしい。

 

「……うん、分かんないや」

 

 むしろ、そうやって頑張るツキヨから、私が貰い過ぎな気がする。

 それでも…クラーケン戦を通して気付かないうちにでも、ツキヨを支えていたと知ることができ、嬉しかった。

 

「あの時、軽く泣きそうになったよ?」

 

 ツキヨが、『一人で傷つかないで』と。

 『一緒に歩いて』と言ったのが、嬉しくて。

 

「ツキヨの方が、前を歩いてると思ってたよ」

 

 だから追い縋ろうとして。

 必死に追いつこうとして。

 

「ふふっ……実は二人して、お互いが前を歩いてると思ってた」

 

 私は、ツキヨが。ツキヨは、私が。

 前を歩いて、勝手に突き進んで。

 自分だけ、置いて行かれてると錯覚した。

 

 でも、本当は並んでた。

 一緒に手を繋いで、同じペースで歩いてた。

 

 それに気付いて、実は涙腺崩壊寸前だったよ。

 

「【比翼連理】は、その象徴かな?」

 

 二人で手を取り合い、支え合ってきたシルシ。

 そして、二人で手を取り合って羽撃(はばた)けば、どこまでも飛んでいける証。

 

「私の翼は、ツキヨの翼」

 

 ツキヨの翼は、私の翼。

 ツキヨは言ってた。自分は、最初から『比翼』だったって。でも、それは私も同じ。

 

「ツキヨがいるから、今まで頑張ってこれた」

 

 それは、きっとこれからも。

 ゲームだけじゃない。隣に月夜がいるから、毎日が楽しい。ツキヨの行動には呆れる時もあるけど、やっぱり、一番楽しいのは、二人でいる時なんだ。

 

 ぐっすりと眠る顔を見つめると、起きてる時の凛々しさを含んだ可愛さから、凛々しさが抜けて可愛いだけになってる。

 白い髪に装備。私の腕の中で丸まる様子が、まんま白猫。

 

「……あはっ、俊敏なのも猫っぽいかも」

 

 けど、私に尽くしてくれる辺りは忠犬っぽいのかな?自由気ままな所がある猫よりは、その辺りは犬っぽい。

 

 

 ………やばい。

 今の寝てるツキヨに猫耳を付けたい衝動と、犬耳で尻尾ふりふりするツキヨ想像してしまった。かわいすぐる。わんわんおー。

 

 感謝してたのに、どうしてこうなった。

 

 

 

 

 

「……ツキヨ。私のために、ありがとう」

 

 妄想を振り払って落ち着いてみれば、やっぱり浮かんで来るのは、感謝―――。

 

 

 

 

 

「本当に―――大好きっ」

 

 そして『親友として』と言って覆い隠してきた、私の本心。

 抱きしめる腕に、力が入る。

 ツキヨを起こさないように細心の注意を払っているけれど、こうして言葉に出すとやっぱり恥ずかしくて顔が熱くなる。

 同性だからとか、関係なく。

 私が抱くこの想いは、親愛でも友愛でもないものだと、実感している。

 月夜(ツキヨ)が恋しくて愛しい。恋愛という名の感情。

 

 

「えへへ……。けど、いきなりこんな事言ったら、ツキヨびっくりしちゃうよね」

 

 尤も。私だって、恥ずかしくて面と向かって言える自信なんて無い。

 多分言ったら恥ずかしくて死ねる。

 『死因:恥ずか死』とか書かれそう。

 

 ぎゅっと、けど優しくツキヨを正面から抱きしめれば、あんなに強いのに女の子らしい柔らかさがある。

 ……妙に変態ちっくになったけど、こうなるのはツキヨにだけだ。

 大丈夫、問題ない。略して大問題。

 

「ツキヨと居ると、私すっごい落ち着く」

「んん……」

 

 抱きしめて、耳元で囁く。

 やばい。ツキヨが好きすぎて癖になる。

 今度、起きてる時にとか冗談混じりに抱きつけば……いける?

 

「……み、い……ふみゅ……」

「起きて……は無いね。可愛いなぁ……もうっ」

 

 心臓バクバクである。心音って外に聞こえないよね?なんで寝言に私が出てくるのか。

 

「夢の中に、私が出てるの?」

「えへへ……みい、ちゃん……」

 

 うわ言のように……実際寝言だけど、呟いたツキヨの両腕が、私の腰に巻き付いてきた。

 これは抱き枕にされてる?

 

「っ……ふふっ、昔の夢かな?」

 

 それも、小学校の頃だ。ツキヨが私を『みいちゃん』と呼んでいたのは、その頃だから。

 それとも、無意識だと今でも呼んでる?

 ……うん。どっちでも良いかな

 

「―――好きだよ、ツキヨちゃん」

「わたし、もぉ………」

「ふふっ。相思相愛、だね」

「ぁ、んみゅ……」

 

 おっとと……少し強く抱きしめちゃった。

 けど、万感の想いを込めても、寝言だから少し悲しいなぁ……。

 

「いつか伝えるよ。私の想い」

 

 抱きしめる手を、ツキヨの頭に乗せて、優しく撫でる。うん。これはもう癖になった。時々、ツキヨが寝てる時にでもやろう。

 他に人がいない時は、隙を見て抱きついてもみよう。演技が必要ない時じゃないと、イメージが壊れかねないし。

 

「私が誰よりも信頼する人。家族と同じかそれ以上に、大切な人」

 

 

 

 

 

 ―――私が、心から愛する人。

 

 

 

 そう囁いて、ツキヨの両腕をそっと解く。このままじゃ、ツキヨも寝辛いだろうから。

 私もまだ疲れが抜けてなくて寝足りないから。

 

 ちょんっと鼻先をくっつけるだけして、私も腕を解く。ツキヨは、この意味を知ってるかな?

 知ってたら、少し恥ずかしい。

 

 

「起きたら何時も通り、目一杯楽しもうね」

 

 【比翼連理】を建前に使えば、手を繋ぐくらいならいくらでもできる。

 というかそれすら恥ずかしがっていたのが、ちょっとあれだけど。

 

「【炎帝】ミィとしては、【炎帝ノ国】が最強ギルドになるようメンバーのために戦うけど」

 

 けど私個人としては、大多数のために演技したり、頑張ったりできない。

 

「私が頑張るのは、ツキヨ(あなた)のためだけ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――おやすみ、大好きな人(ツキヨ)

 

 

 




 
エスキモーキス
 『通常のキスよりも上品なキス』とヨーロッパでは言われてるそうな。国や地域によって意味合いは変わりますが、今回はヨーロッパのを。
 意味は愛する人への愛情表現。
 通常のキスと同じですね。

 アンケートで百合に決まったは良いものの、恋愛描写が死ぬほど苦手なので凄い困りました。
 が、ガチ百合に拘らず、むしろ苦手な人も楽しんで読めるように考え、こうなりました。

 なお冒頭で分かったと思いますが、これはGWのような別世界線じゃありません。
 ちゃんと、()()()()()()()()()()()です!
 原作でいう所の番外編ですね。
 それ踏まえて、クラーケン戦後のミィの行動を読み返してみてください。きっと楽しいです。
 

 同時投稿で速度特化のアンケート企画第一弾。
 次話は来週の日曜か月曜日を予定してます。少しストックを貯めさせて下さい。


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PS特化と久しぶりの内政

 まぁタイトルの通りですよね。
 ようやくグループとしてのイベントが始まったので、最初は内政パート。前回で前半が終わって、今回から第二回イベント後半戦に入ったから、導入みたいな感じですな。

 あ、ハーメルン投稿用のTwitterアカウント作りました。投稿日時を予告したり、定期的に宣伝したり、ツキヨとハクヨウちゃんの可愛さを暇になったら呟いてると思います。
 (作者垢 @MoonNight425121 )
 作ってから主人公の月夜を英単語に直しただけだって気付いた。
 まぁ私の名前の方から貰ったんですがね。
 元々Twitterとか殆どやらないから、どうやれば良いのか本気で手探り状態。ダレカタスケテー
 


 

 百名を超えるプレイヤー達が忙しなく行き交い、イベントエリア中央を陣取る。

 統率された動きに無駄はなく、最高効率で陣営が組まれていく。

 このイベントエリアには、エリア内にモンスターの出ない所が無数にある。しかし、そこを拠点にするにしても、百人を超えるメンバー全員を収容などできるはずもない。

 

 故に、【炎帝ノ国】はここに拠点を()()ことにした。木を伐採し、組み上げることでバリケードを作り。マルクスを中心に編成したパーティーで、メンバーには反応しないトラップを周辺一体に設置。これによりメンバー以外のプレイヤーも侵入困難な、完全要塞が完成した。

 しかし拠点内にもモンスターはポップするので、見つけ次第討伐。これには今の所ウォーレン、ヴィト、シンをそれぞれパーティーリーダーとして交代で巡視させている。

 生産プレイヤーはイベントでの生命線だ。戦闘職の武器が壊れれば命取りとなる為、彼らの【簡易修理】スキルが不可欠。故に最大限の安全を確保するために、拠点中央に生産職たちのテントを設置し、その周りを戦闘職で固め、常に1パーティーは護衛に付いている形となった。

 

「ウォーレン、それに貴方達は罠設置が完了するまで、マルクスの護衛に付きなさい」

「あ?俺これから巡視なんだが?」

 

 その全てを、ツキヨが取り仕切っていた。

 ツキヨは手元に青いウインドウパネルを浮かべつつ、ウォーレンに答える。

 

「参加している全メンバーの集合を確認できたわ。これより予定していたローテーションで拠点防衛をする」

「なるほど。あれか」

「えぇ。貴方は頭に入っているでしょう?」

「半分は俺が作らされたしな」

 

 ウォーレンのパーティーメンバーがギョッとした様子だが、ウォーレンはサラリと無視してマルクスの護衛に行く旨を伝え、スタスタと行ってしまった。

 元々、ウォーレン、ヴィト、シンを防衛に当てていたのは仮のもの。この日。イベント四日目の昼過ぎに合流したツキヨ達は、翌朝には探索に出られるように、この日の内に防衛拠点を構築する予定でいた。と言うか、進行中である。その構築中の安全を最大限確保するために、三人を急遽防衛に回したのだ。

 

「ヴィトと貴方達は、ミザリー達魔法班と合流して……っとそこの貴方達、ご苦労さま。そろそろ次の防衛ローテと交代しなさい。……この平原を平定してきて」

「平定?」

「一時的な雑魚処理よ。マルクスが掛けた罠をすぐに駄目にされてはたまったモノではないから……そこ後ろからモンスター湧いてるわよ!……少なくとも拠点が完成するまで、周辺一体にモンスターを近寄らせないで。人数が足りなければメッセージを寄越しなさい」

「了解っと……行くぞテメーら!」

『おぉぉっ!』

 

 途中で周囲のメンバーにも指示を出しながら、ヴィトにも当初予定していた役割に移らせる。

 

「ドヴェルグ、進捗は?」

「七割だな。野営だしモンスターも湧くから、篝火は相当な数設置する必要があるし、簡易の寝床っつっても、人が多すぎる」

「外部からはマルクスのトラップと、見張り台を建てるわ。内部は交代で巡回ね。元々テントを持つように声掛けをしていたから、テントのないパーティー分で構わないわ。後ほどリストを持ってこさせる。あとはバリケードだけど……」

「そっちは殆ど組み終わったぜ。だが地上に出るモンスターはまだしも、プレイヤー相手は厳しいな」

「そっちは問題ないわ。人数差は圧倒的にこちらが上。安易に攻めるとは思えないし、攻めてこようとマルクスのトラップで足止めされるのがオチよ」

「その隙に叩けばいいか……が、そう上手くかかるか?」

「マルクスの罠は天才的よ。私から見ても」

「くははっ!なら安心だ」

 

 拠点作成のリーダーであるドヴェルグに進捗を聞くと、日が沈むまでには防衛拠点があらかた完成しそうであると分かり、満足げに頷いたツキヨ。

 

「あぁそうだ。手が空いたら、リンの所に行ってやれ。渡したいものがあるんだとよ」

「分かったわ」

 

 とは言うものの忙しいことに変わりはなく、早足で拠点内を歩き回り、ついでにモンスターを軒並み斬り捨てながら確認を続ける。

 

「モンスターを一切見ずに斬ってる……」

「見てるのは拠点計画だろ?」

「指示しながらモンスター倒しながら計画を確認しながら実物を点検してるぞ……」

「何あれ……あれが並列思考(マルチタスク)っていうやつ?」

「それとは少し違うというか、絶対に間違ってる気がするけど、まぁありえないよなぁ……」

 

 そんなツキヨの行動はどこをとっても異質で、どうやったらそんな事できるんだと問いたくなる。

 

「貴方達もサボってないで働きなさい。そちら側の森林からの木材の調達量が減ってるわ」

「「「「ははは、はいっ!」」」」

 

 そんな彼ら彼女らを目敏く見つけ、仕事を割り振る。ツキヨは大忙しだった。

 対するミィはと言えば。

 

「………ねぇ。なに、これ?」

「素を出さないの」

 

 小声で話すミィとツキヨ。その近くをメンバーが通り。

 

「ご苦労。すまないな、私が今戦えないばかりに、皆には迷惑をかける」

「いえ!ミィ様は何もせずとも、我々で立派な拠点を築きます!」

「我々のために代償まで払って強大なモンスターと戦ったミィ様を責める者は誰一人いません!」

「そ、そうか。このデメリットが切れれば、直ちに協力する」

「えぇ。それまでは私が何とか保たせてみせるから、貴女はゆっくりと休んで頂戴」

「ありがとうございます!」

 

 そう言って、誇らしげに作業に戻るメンバー。心なしか、作業効率も上がった気がする。

 

「………ねぇ。なんなのこれ?」

「ミィが応援すれば、私がただ指示するより効率が上がるから……うん。ごめんね?」

 

 【炎帝ノ国】リーダーことミィさんは、玉座の如き立派な椅子にふんぞり返っていた。

 全体を眺められる様にかなり高い位置に設置してあり、どっかりと腰掛けた脇にツキヨが控える事で、正に一国の長たる風格を醸し出している。

 

「ツキヨ……【比翼連理】して」

「………了解」

 

 スキルを発動させたツキヨは、肘掛けに置かれたミィの手にそっと自らの手を重ねる。

 

(おかしいよね!?なにこれ!ねぇ何これ!?完全に王様じゃん!もうリーダーとかそういう次元じゃないよね!?みんなの尊敬の眼差しが痛いよ私エセアルラウネに操られてただけだし少しなら戦えるよ!?なんで代償払って強モブ倒した設定になってるの!?しかも完全に戦えない感じに伝わってるし!ねぇどういうことツキヨ!?)

 

 伝わるのは素のミィの泣き言。集合したは良いものの、弱体化しているミィを前線に出しても危険に変わりなく、資材集め如きにリーダーを派遣するのもおかしいし、ミィでは山火事を起こして資材を台無しにしかねない。ならばいっそ、どっしりと構えて手でも振っていた方がメンバーの意識向上に繋がるというわけだった。

 

(さ、最初はボカシたんだよ?なのに噂が伝言ゲームみたいにどんどん変な方向に行って、今は『幹部候補とツキヨ様(わたし)達でも敵わない程の超強大なレイド級モンスターがこの平原に潜んでいて、数々の代償を支払うことでたった一人で殲滅し、皆が安全に集合するために活路を開いた』……ってなってた)

(おかしいよねぇぇぇええええ!?!?)

 

 なお、この話を聞いたミザリーたち他の『幹部候補』は、揃ってお腹を抱えて爆笑した。シンなんか過呼吸に陥っていたりする。

 事実は『皆【毒耐性】などで対処したのにたった一人対応できず、あっさりと操られて代償まで押し付けられたポンコツ炎帝』というギャップに、誰一人耐えられなかった。

 

(ま、まぁその内に落ち着くだろうし、デメリットが切れるまでゆっくりしてよ。ね?)

 

 ツキヨがパチンと指を鳴らすと、物陰からティーポットを乗せたワゴンを押すメイド服のプレイヤーが……。

 

「おい待て。待て待てちょっと待てツキヨ!?え、はぁ?何だこれは?」

「それじゃあニール、後は頼むわね」

「お、お任せくださいぃ……」

(今日中にここを砦にするために少し忙しいから、ニールから歓待されてて?)

「ちょ、ツキヨ!?」

 

 緑の長髪をした【彫金】の生産職プレイヤーこと、ニール。かつて統一装備を作る際にカフェで『ドSサブリーダー』と呟き、ツキヨに睨まれた経験を持つ。そんな彼女はブリティッシュスタイルのメイド服に身を包み、ミィの前に恭しく紅茶を注いでいた。

 

「え、と……ニール、だったか?」

「は、はい!私は生産職なんですけど、戦闘職の人みたいにモンスターと戦えないし、【鍛冶】持ちみたいに【簡易修理】で武器の耐久値を戻したりもできませんから、何か力になれればとツキヨさんに相談したら、こんな事に……は、恥ずかしいぃぃ……」

「………そう、か。いや何。嫌ならその格好もしなくて構わない。普段通りでいてくれ」

 

 あわあわと手を前に突き出して混乱を隠せないニールを見て、逆に冷静になれたミィ。

 

「いえその……これ凄く手触りが良くてですね……メイド服可愛いですし、これもありだなぁ……とか思ったり……」

 

 長いスカートを摘んでひらひら。頬が緩んでいて、嬉しいというか楽しいというかな感情がありありと見て取れた。

 

「そうか、なら良い。それで、現在の進捗状況を知る限りで構わないから教えてくれ。皆の前でツキヨに休めと言われたせいで、何の情報も私に上がってこない」

「あ、はい。その為に呼ばれましたので、大丈夫です」

「なに?」

 

 元から隠れてこそこそ働く所が多かったツキヨだが、ここまで大掛かりな作業の計画も隠していたとは思わなかったミィ。ニールが知る限りでも情報を貰おうと思ったら、なんかその為に呼ばれたとか何とか。

 あと服装と恥ずかしさも割り切ったのか、落ち着いた受け答えになった。

 

「現在、通常のメッセージが機能していないことはご存知ですか?」

「あぁ。イベント内部ではパーティーメンバーにしかメッセージが送れないんだったか?」

「はい。その為に現在ツキヨさんは、『幹部候補』の皆さんを筆頭に九人をパーティーに入れ、その人たちが更に1パーティーを率いています」

 

 つまり、ウォーレン達は実質ソロであり、ソロ+十人一パーティーの計十一人で行動している。パーティー内のリーダー設定もあるのだが、通常ではリーダーが二人になってしまう。それが起きず指示系統が統一されているのは、大グループの強みと言えた。

 

「入っているのは、『幹部候補』のミザリーさん達にドヴェルグさんを加えた六人と、【AGI】の高い二名、それと私です」

「ニールが?」

「はい。私はミィさんのお付きですね。皆さんのためにと一人で戦場に出られれば、むしろ不安が広がってしまうため、監視とも言えますが……また、ツキヨさんに変わって一時的なサポート役でもあります」

「ツキヨめ。……はぁ。それで、【AGI】の高い二人は、なぜ?」

連絡係(メッセンジャー)ですね。各部署のリーダーがツキヨさんから指示を受け、それぞれの下部に指示を飛ばす形で拠点構築を行っていますが、それでも末端にはどうしても遅れが出ます。またミィさんの噂のように、伝言ゲームで間違いが伝わる可能性も考慮し、連絡遅れのカバーとダブルチェックの二つの意味で、拠点の内と外に一人ずつ配置しています」

「噂の事を知っていたか……全く」

「人の口に戸は建てられませんが、真実が伝わるとも限りませんから。私は『幹部候補』の皆さんが噂を聞いた時にお腹を抱えて笑っていたので、その時に教えていただきました」

「あいつらぁ……っ」

 

 ピキピキと青筋を立てるミィ。いつの間にか自分を除け者にしてパーティーを編成したかと思えば、噂が広がっているしどんどん話は進んでいるし……と、怒っても無理なかった。

 

「話を戻しますと、現在の進捗状況は順調と言えます。後は全体の補強段階にまで行っていて、日が落ちる前までに、拠点は完成するとのこと。全体としての練度も決して低くありませんし、指示系統も数ヶ月前から確立されていますので、混乱が生まれることはありません。指示系統については、普段の活動が実を結んだと、ツキヨさん嬉しそうにしていましたよ」

 

 それでも異常なほどに早いのは、現実よりも全員の身体能力が高いからなのと、スキルを多用して疲労を減らしているから。森林伐採に武器スキル連発する光景は、なかなかに壮観らしい。

 

「寝泊まりについてもテントを多用することで簡略化していますし、人数が多いため夜の見張り交代も十分な人数とローテーションが確保されています。ですが、防衛の大部分をマルクスさんの罠に頼る所があり、マルクスさんへの負担が増えることを問題視していました」

「罠は発動すれば、また掛け直す必要があるからな。だが、マルクスの罠による防衛でメンバーの負担が半分以上減るのは確かだ。明日からの探索ではマルクスに貧乏くじに引いてもらうか、防衛を固めるか……考えた方がいいな」

「はい。ツキヨさんも、同じ見解でした。ですが、マルクスさんの技能は防衛によって高く発揮されるとも、ツキヨさん言ってましたよ」

「マルクスに貧乏くじを引いてもらうならば、マルクスと直接話す必要がある。どちらにせよ、拠点が完成した後にマルクスとツキヨを呼んでくれ」

「畏まりました」

 

 ニールがミィに変わりツキヨとマルクスにメッセージを送ったのを確認して、諦めてメンバーの応援をすることにしたミィ。それで効率が上がるというのはなんとも言えない気持ちになるが、表面上はカリスマミィさんの仮面を演じ続けるのだった。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

「ふぅ……ようやく一区切りと言ったところね」

 

 完成した拠点を見張り台から眺め、穴がないか確認をするツキヨ。尤も、通常のフィールドなので拠点内部でもモンスターは出るので、今も時折戦闘音が聞こえてくる。しかし、巡回には必ず高レベルプレイヤーを数名配置しているので、実質的な問題は出ていない。

 伐採した木で構築した陣営は、他のプレイヤーの侵入を阻止するためだ。メンバーが探索に出るための道を四方に設置してあるが、うまくカモフラージュしているためバレないだろう。

 その周囲には、全集をグルリと囲むように設置したトラップの海。即席のものなので、1パーティーが連携を取れ、声が届く距離までしか設置できていないが、それで十分。威嚇には十分すぎるトラップ群だし、何より人数差は圧倒的だ。ここを落とす意味もないし、落とす為だけに多数のプレイヤーが結託するとは思えない。現状でもかなり警戒しているが、むしろ過多と言えた。

 

「さて、後は宴の準備かな」

 

 明日からの全体行動に弾みを付けるならば、それが最適だろう。そう考えたツキヨはパーティーメンバーにメッセージを送り、見張り台から飛び降りた。梯子もあるが、それじゃ格好が付かないからという理由だけで。

 

 




 
 ツキヨ達、絶対に別ゲームだよねこれw
 建築系のゲームしてますよね……

【PS特化と生産職】より。
『……ドSサブリーダー』
『聞こえてるわよニール』
『ひぇ……っ』
 から全く登場しなくなったニールさん。メイド服で再登場の巻。作者の趣味……というのは嘘で、副団長のツキヨにはウォーレンっていう右腕がいるのに、【炎帝】としてのミィに個人的な部下いないなって思って、探したらこの子くらいしか名前出た良い子居なかった。なお、リンは別の出番用意してるから却下。
 ツキヨがサポート役も熟してるけど、内政をツキヨが取り仕切ってるので、ツキヨがいない時のヘルプ的な子です。生産職としても優秀で、戦闘職側との繋ぎはツキヨ、生産職とはニールっていう分担もできる。

 次回は宴かなぁ……大人数を盛り上げるにはパーティーしかないと思ってる発想力ミジンコな執筆者の恥です。

 明日は投稿しません。


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PS特化と宴

 宴……うん、宴?
 裏方の一切合切を引き受けてるから、ツキヨって実は物凄い忙しいのよね。

 


 

「あら?どうかした、ミィ?」

 

 炎が上がり、切り刻まれる。

 十数人のプレイヤーが忙しなく動き続ける“そこ”は、正しく戦場だった。

 

「いや、まだそんなに隠し持っていたのかと、少し呆れていた」

「……あぁ。これは私じゃないわ。フィールド内部で集めるように、事前に言っただけ」

 

 山と重なる素材を見て呆れるミィに、ツキヨが何でもなさそうに答える。百人を超えるプレイヤー達を満足させる為に、今も彼ら彼女らは全力で戦っていた。

 しかし、その表情は笑顔で溢れていて、心の底からこの戦場を楽しんでいるのが見て取れた。

 

「日も落ちたし、少しやり辛いわね……ニール、ドヴェルグに連絡して頂戴。篝火を増やしてもらえるかしら?」

「畏まりました」

 

 明かりも無しにこの戦いをすれば、僅かな手元の狂いが失敗に繋がる。失敗策を提供することは、彼ら彼女らのプライドが許さない。故にこそツキヨは手を離せない自分に変わり、ミィに付き従っていたニールに篝火を増やすよう手配した。

 ニールがメッセージを送ったのを確認し、ツキヨが戦いを続けながら確認に入る。

 

「“向こう”の作業は終わっているかしら?」

「はい。既にツキヨさんから受け取った物は配置済みで、その他資材も組み終わり、残りはメインだけとなっています」

「結構。ミィは先に“向こう”に入っていて頂戴。勿論ニールも」

「……手伝いくらいするが?」

「ミィさんがやるのであれば、私も。今はメイドですし」

 

 戦場は激化し、戦況は刻一刻と進んでいく。しかし、“向こう”もまた戦場なのだ。多くの人が集まり、メインが来るのを今か今かと待ちわびている。だからこそ、ミィにはその時間稼ぎを頼むのだ。彼女がいれば、大抵のことはうまく転がるから。

 

「いいえ、こっちは我々に任せなさい。ミィは挨拶周りでもしてくると良いわ。……ニール」

「補佐はお任せください。ウォーレンさんと協力して、ですよね?」

「えぇ、それで良いわ。彼が一番、メンバーのことが分かっている」

「ツキヨさん以外で、ですね」

 

 言葉少なに連絡を終えた頃、資材を担いだドヴェルグたちが戦場に到着した。

 

「早速頼むわ。中央と、それぞれの持ち場近くに追加で一つずつ。それと……ヴィト」

「警備と運搬だな。足が速い奴らも連れてきたから、モンスターの事は気にせず続けてくれ」

「篝火の数無茶言いやがる……」

「それと、ドヴェルグ―――」

 

 双剣を腰に差したヴィトが1パーティーを引っ張って、周囲の警戒に走り出す。ドヴェルグも愚痴をこぼしながらも作業を開始した。戦場ももうすぐ終わる。ここからがラストスパートだと、ツキヨは声を上げた。

 

「さぁ、ここから一気に仕上げるわよ!今日この日を、我々の料理で盛大に盛り上げましょう!」

『はい!!』

 

 そう。ここは料理人の聖域(せんじょう)。料理が好き過ぎるあまり、ゲーム内でも【料理】スキルを取得し生き甲斐とする者たちの聖戦(鉄火場)

 

『百人を超える【炎帝ノ国】なら、こうしたイベントに際して沢山料理が作れそう』

 

 そんな一見ふざけた理由でメンバーに加わった彼ら彼女らの、唯一無二の最高のイベント。

 それこそが、この料理である。中には現実でも料理人や料理教室をしている者が数人おり、クオリティは最高。見た目にも味にも拘った品々でメンバーの喉を唸らせる事に、彼らの瞳は情熱の炎を燃え上がらせていた。

 

「四番上がります!」

「七番も上がります!」

「二番ヘルプもとーむ!」

「九番もう少しです!」

「………」

「ニーナはクインを休ませて!十二番台よ!四番台と七番台、十二番台の料理を手分けして運びなさい!ムラタは二番キールのヘルプ!セリスも終わり次第キールの所に!」

「「「はい!」」」

 

 四番担当のニーナと七番担当のムラタが料理が完成したようなので、クインとヘルプを求めた二番担当のキールの元に向かわせる。なお、クインは完成したのだが、単純に疲れて声が出ない様子。満足そうに笑っていた。九番担当のセリスも間もなく完成するようなので、終わり次第キールの元に走らせる。

 

「一番上がるわ!すぐに持っていって!」

 

 かく言うツキヨも自身の作業を終えて、十五番まである調理台を見回してカバーに入ったり、指示を飛ばしたりする。

 【料理】のスキルレベルが上がるのは嬉しいが、彼ら彼女らほど料理に情熱を注いでいるわけではないツキヨだけが、楽しいより忙しいの感情が大きいのだが。そんな彼女が取り仕切るのは、少々皮肉である。

 

 そして料理がほとんど完成し、ヘルプ込みであればさほど時間もかからず終わると判断した頃、ツキヨは聖域から出ることにした。

 

「では、残りは頼むわ。疲れてるでしょうけど、本番はこれから。皆も楽しんで頂戴」

『はい!』

 

 一足先に出た理由は、ツキヨがこの決起集会とも言うべき宴の主催者であり、全体準備を統括しているからだ。既に大半は終わっていて、あとは料理の完成だけだったのだが、()()()()()()()()()()()()()ミィに挨拶周りを任せっきりにしたため、急いで拠点中央に構えた広場に向かった。

 

「へぇ……ウォーレンもなかなかやるわね」

 

 広場は、まだ始まってもいないのに盛り上がりを見せていた。以前の結成式の時に使ったテーブルを配置しての立食形式なのは同じであり、常に流動的なふれあいがある。席を用意しても良かったのだが、それではモンスターが出た際の対応に遅れが出るため却下された。

 篝火が全周をぐるりと囲むように設置され、中央のキャンプファイヤーと相まって普段とは違った、なんとも言えない雰囲気を醸し出している。

 

「いい感じだろ?」

 

 後ろから声がしたので振り返ると、グラスを差し出して“にやり”と笑うウォーレンが立っていた。

 

「ええ、流石ね。……ミィと一緒にいたんじゃないの?」

「挨拶周りは終わったからな。お付きはニールに任せても大丈夫だろうから、俺は休憩」

「そう。ご苦労さま」

「料理の方は終わったのかよ?」

「もう大分並んでるでしょう?もうすぐ全て揃うわよ」

「それは重畳。明日から遠征だし、今日はめっちゃ食おっと」

 

 既に並んでいる料理を見て、どれから食べようかと目を走らせるウォーレンに、まだあるから焦るなと嗜めつつ、ツキヨの目に不穏なものが入り込んだ。

 

「………ねぇ、ウォーレン」

「うん?どうした?」

 

 それは広場の中でも少しだけ高い位置にあり、キャンプファイヤーを中心に広場全体を見渡せるように設置されたそれを指差し。

 

「……どうみても、『()()』なのだけれど……?」

 

 赤と白の色違いに作られた、()()()()()。色彩的にも狙ったことが確定的な二つは、まるで夫婦の如くピッタリと寄り添って配置されていた。

 

「あーうん。まぁ、あれだ。――簡素ではありますが、玉座をご用意させていただきました」

「説明になってないわ!?」

「しかたねーだろ下からの突き上げが煩かったんだから!」

 

 逆ギレするウォーレンの勢いに押されたじろぐツキヨ。理由を聞くに、例の噂がそもそもの原因らしい。

 

「『お疲れのミィ様には立食ではなく、ゆっくりとお休みいただきたい!』『では現在先頭で拠点指揮を取っておられるツキヨ様はどうなる!』『いっそ御二人共に座ってもらおう』……とまぁ、こんな感じだな」

「だからって玉座は無いでしょう玉座はっ!」

「まぁまぁ良いじゃねぇか。アンタら二人は象徴みたいなもんだろ?象徴は象徴らしくどっかり座ってろ。ミィが挨拶周りを終えた後に突貫で作ったらしいが、力作らしいぜ?」

「そんな所に力入れなくて良いのよ……」

 

 豪華とも瀟洒とも言うわけではないが、他の物より明らかに力の入れようが違うことがわかる玉座に肩を落としたツキヨ。狙ったのだろう、()()()()()()()()()()()()()に設置されていては、座らざるを得ない。

 

「はぁ……もう良いわ、何でも。私はミィの所に行くから」

「おう」

 

 ツキヨは諦め、どうせ座るならミィも巻き添えにして、二人で恥ずかしい思いをしようと思い、ミィを探すために歩を進める。しかしふとあることを思い出し、一度だけ立ち止まった。

 

「あ、そうそう言い忘れていたわ」

「あん?」

「少ししたら余興をするから、貴方も適当に合わせて頂戴」

「は?余興?」

「よろしく頼むわ」

「ちょ、いや……はぁ!?」

 

 混乱するウォーレンをクスクスとおかしそうに笑い、ツキヨはミィの下へ歩いていった。

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

「お疲れ様、ミィ」

「ツキヨか。準備は終わったのか?」

「えぇ。ただ、マルクスについては後にしましょう。貴女が音頭を取らないと、始まるものも始まらないから」

 

 ニール経由で伝えられたマルクスについての相談は、ツキヨ側からも後々しようと思っていたこと。故に宴が落ち着いてからマルクスと接触すれば、十分に話せるだろうと判断していた。

 

「ツキヨ……見たか?」

「……えぇ。本当に嫌なのだけれど、皆の厚意を無駄にしたくはないし、この時間だけの我慢よ」

「私はずっとここに座らされていたがな?」

 

 玉座ほどの力の入れようは無い、突貫で作った普通の椅子に腰掛けていたミィが嫌々と言った表情で重い腰を上げた。

 

「お二人のイメージカラーで、とってもおもしろ………素敵だと思いますよ?」

「ニール。せめて本心は隠してほしかったわ…」

 

 愉快そうにクスクスと笑うニールに二人して嘆息し、どちらからともなく笑った。

 

「ははっ……まぁ、これも仕方ないことだ」

「ふふっ……えぇ、そうね。演技なんて(こんなこと)していれば、仕方のないことね」

 

 『そう』見えるような演技をしていたのだと考えれば、『そう』捉えられても仕方のないこと。故に、あの玉座は当然の帰結であり、自分たちが受け入れなければならない現実だ。

 

 

 

((そう思わなきゃ、やってらんない……))

 

 

 ……内心は、二人共こんなものだったが。

 心無しか、目のハイライトさんが職務放棄。

 

「ニールもご苦労さま。ここからは私がミィといるから、もう今日は自由に楽しんで頂戴?」

 

 流石にずっとミィと一緒に拘束していたので、宴くらいは自由に楽しんでもらおうと声をかけたツキヨ。しかし返答は。

 

「では、このままでも良いですか?」

「え?」

 

 いや、貴女にだってフレンドはいるでしょう?と、そんな質問が喉から出かかって。

 

「……もしかして、メイド服が気に入った?」

「はいっ」

 

 服の裾をひらひらふりふり。にへら〜と頬を緩ませるニールさんは、どうやらメイド服がお気に召したらしい。

 

「どうせなら、このまま給仕するのも楽しそうだなーと。それに玉座に座る愉快……じゃなくて、素敵なお二人を間近で見れますし!」

「本心さえ隠せれば、まだマシだったのに……」

 

 “はぁ〜……”と額に手を当てて呆れるツキヨ。

 

「……自由にして良いと言ったのは私だものね。まぁ、良いわ。それで満足なら、私は良いわよ」

「居て困ることは無いからな。玉座も演技も(なにもかも)辞することなんてできないんだ。なら、腹を括るしかあるまい」

 

 最近ため息が多くなったと、またため息を吐きたくかるツキヨだったが、遠目に全ての料理が出揃い、準備が完了したのが見えた。

 

「時間切れだな……行くか」

「えぇ」

「私は一度、みんなと合流しますね」

「……そのまま楽しんでも良いぞ?」

「此方の方がおもしろ……面白そうなので!」

「遂に言い切ったわねニール……」

 

 さっきまでですら本心を隠せてなかったのに、もはや隠す気すら無くなったらしい。『ドSサブリーダー』→『ひぇ……っ』の子とは思えない。偽物だろうか。

 

「あはっ、言い切りますよー。……だって、楽しんでこそでしょう?」

「………そうだったわね」

 

 ツキヨが、自分が撒いた種だったらしい。楽しいなら思った通りにやれば良い。何の(しがらみ)もなく、自由に楽しめるのがゲームなのだから。そう皆の前で言ったのは、ツキヨ自身だ。

 

 仕方ないなぁ……と苦笑したツキヨは、けれど嫌な気持ちではなかった。急遽ミィのメイドに仕立て上げたのは自分だが、嫌がらずむしろ楽しんでいる姿は、安心した。

 

「どうした?早く行くぞ」

「ふふっ……、はぁい」

 

 それなら、これ以上言うのは野暮というものだし、本人の好きにさせておけば良い。

 人のプレイを否定しない。同時に全肯定もしない。『受け止める』だけ。それが、ツキヨのスタンスなのだから。

 

 

 

 

 

 

 日の完全に落ちた薄暗闇のフィールドを、無数の篝火が仄かに照らし出す。

 時折出るフィールドモンスターは、初心者でも頑張れば倒せる強さであり、百名を超える【炎帝ノ国】の敵ではない。

 キャンプのような日常とかけ離れた独特の空気感と、モンスター対応のために完全武装した非現実感が混ざり合い、高揚とした雰囲気に包まれている。

 

「―――さて。

 皆も待ちきれないようだし、手短に」

 

 そんな中、皆の視線が一点に集まる。そこに立っていたのは、二人の女性。

 

「まずは皆が無事、この場に集まれたことを嬉しく思う」

 

 暗闇を照らす炎よりもなお赤く、熱く、情熱的な赤を宿した【炎帝】の声が、しんと静まり返った拠点に響き渡る。

 

「――そして()()()()()()()()【炎帝ノ国】(われわれ)の大いなる一歩と」

 

 空に浮かぶ月に照らされる銀髪が夜の澄んだ空気に靡き、凛とした声が透き通る。

 『新たな仲間』という言葉に首を傾げた皆に、ツキヨとミィはアイコンタクトを交わす。

 

「イグニス、【覚醒】――【聖火】」

「真火水、【覚醒】――【氷火】」

 

 不死鳥の雛鳥が橙に燃える聖なる炎を、幼き地獄の侯爵が青白い炎を天に放ち、頂点でぶつかり合い夜空に花火のような二色の火花を散らし、冷たい風が吹いた。

 突如出てきた二匹のモンスターに全員が驚愕しているのを見て、二人して大成功とほくそ笑む。

 

「「そしてこれからの三日間が、皆にとって最高のイベントとなることを願って」」

 

 掲げたグラスに月明かりが反射し、液体を通る幻想的な光に目を細める。

 上空を交差するように飛び交う二匹は、地上に優しく照らす炎と月明かりにキラキラと輝くダイヤモンドダストを振りまき、その光景はさながら彼らのこれからを祝福するよう。

 

「「乾杯!」」

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 宴もたけなわといった頃。

 女性プレイヤーたちが行列を成していた。

 

 ミィの肩に留まっているイグニス。

 ツキヨの足元で眠そうに欠伸をする真火水。

 

「あ、あーん……」

「……わふっ」

『か、かわいぃ……っ』

 

 特に真火水の方は見た目が愛くるしい羽付き豆柴なだけあって、餌をあげようとするメンバーが絶えなかった。

 しかし、現状で真火水が餌をもらうのはツキヨとミィからだけである。そのため“プイッ”と顔を背けてしまうのだが、その仕草すら愛くるしさの塊であり、『あーん』できなくても悶える女性プレイヤー達。

 モンスターで見た目の人気が高いのは、やはり一層序盤のフィールドに出る角兎だろう。あれもまた愛らしい見た目で人気が高く、倒すのが忍びないというプレイヤーがそれなりにいる。しかし、それでも相手はモンスター。攻撃はしてくるし、間違っても飼育(テイム)なんて不可能。

 

 しかし目の前のこの子達はどうか。

 大人しく、利口で、ツキヨとミィに付き従っているではないかっ!しかもめちゃくちゃリラックスしてる!こんなの……こんなの……っ!!

 

「可愛すぎませんかね……っ!!」

 

 ツキヨとミィの後ろに控えていたニールが身悶えする。『私も餌あげたい!』と全身で表現するが、真火水は時折ツキヨが投げるご飯を空中で華麗にキャッチするだけ。他の人の『あーん』は見向きもしない。イグニスもイグニスで、ご主人様に似て凛々しい顔で肩に留まり、体を撫でるミィの手を受け入れている。

 

「一体、どうやって手に入れたんです?」

「超高難度ダンジョンの討伐報酬だ」

「強かったわよねぇ……危うく諦めかけたし」

「本当にな……」

『うわ……』

 

 近接最強と魔法最強の二人がタッグを組んで、それでもなお諦めかけるほどに強大なモンスター。近くで聞き耳を立てていたメンバーが、皆そんなのを相手にしたくなくなった。必然的に、テイムモンスターも諦めた。

 

「あれは1パーティーで勝てる設定じゃなかったな。レイドパーティーを組むレベルだ」

「そうね。普通にプレイすれば、絶対に勝てない設定でしょう。レイドなんて現状組めないし」

 

 『つまりこの二人は普通じゃないんだぁ……』と遠い目になる周辺メンバー。ついでに、この二人でレイドボス並みの強敵を相手取れるのだと察し戦慄する。

 

「さて、と。そろそろ場も落ち着いてきたわね」

 

 “ちょいちょい”と真火水を呼ぶツキヨは、首元にしがみついた真火水をひと撫でしてやおら立ち上がり、おもむろに広場中央へ歩き出した。

 

「ツキヨ?」

「なに。ほんの余興よ」

 

 全体に聞こえるようにやや大きめな声音で発せられた言葉に、ウォーレンがピクリと反応したのを視界の端で捉え、腰に提げた内の右翼を抜き放つ。

 

「【飛翼刃】」

 

 ブンッ!と伸びた刀身を頭上で一振りし、風圧で篝火を掻き消す。広場からキャンプファイヤー以外の明かりが失われ、光の届かない遠方が闇に覆われる。

 

「真火水」

 

 それからツキヨは真火水に指示を出した。

 わふっ、と小さく鳴いた真火水は高速飛翔し、元あった篝火に【氷火】を灯す。

 夜闇を照らした暖かな赤い炎とは打って変わり、寒々しさの感じる妖しく照らす青白い炎が揺らめき、盛り上がりを見せた明るい雰囲気が、一気に氷点下まで落ちた。

 

「―――ウォーレン」

 

 右翼の【飛翼刃】を解除して元に戻したツキヨは、刀身を地面に突き立てて、妖艶に笑う。

 その笑みを見て、ウォーレンは彼女が何をしたいのか察した。

 

「はぁ……ったく。余興ってそういうことかよ」

「良いでしょう?別に」

「何度もやった事だしな」

 

 背負った黄槍を手にとってクルクルと回し、馴染ませるウォーレン。ツキヨも自らの右翼を構え、不敵に笑う。

 

「男子三日会わざれば刮目して見よ、なんて言葉もあるけれど……丁度三日ね?」

「俺よりツキヨ様の方に刮目せざるを得ないんだが……」

「あら、そう?」

 

 事ここに至って、多くの人が二人が何を始めるか検討が付いた。

 

「ギャラリーが多いけれど……助っ人を呼んでも良いわよ?皆で盛り上がりましょう?」

 

 乱闘は冒険者の花だもの。そう言って妖しく口元を歪めるツキヨは、ロールプレイが物凄いキマっていた。

 

「……誰でも良いんだな?」

「えぇ。いつも通り、私はパッシブスキル以外使用不可。そちらは何でもあり(バーリトゥドゥ)よ」

 

 攻撃系のスキルを一切使わないというツキヨに、周囲が俄にざわつき出す。

 

 

 

 

「良いぜ。なら―――()()()()()()だ」

「よっしゃ!どっちが勝つか博打と行くか!」

 

 ニヤリと笑い、高らかに宣言したウォーレンの声に、ドヴェルグが賭けを始めた。これもまた、料理班に彼を呼んだ時にお願いした仕込み。近接最強と名高いツキヨだが、挑むウォーレン側が複数いるならば、勝敗は分からない。それも、ツキヨ側はスキルを使わないのだから。だからこそ、この賭けは成立する。

 それを見越しての、妖しさ満載の決闘に賭けは大盛り上がりとなった。

 

 

 そして。

 

 

 

 

 

「ふむ。面白そうだ。私も混ぜろよ、ツキヨ」

 

 ツキヨに並び立った【炎帝】が、心底楽しそうに笑った。

 

 




 
 真火水
 羽付き黒豆柴は今日も人気です。
 けどシロップや朧とは違ってツキヨとミィにしか懐かないから、基本的にご飯も無視。しかし、その姿すら愛くるしい。
 ファントム・ワールドを知ってる人なら分かるけど、これで大きくなったら可愛さ無くなるのよね……悲しいような、格好良くて好ましいような……悩みどころ。

 ここで余興と称して戦うために、『幹部候補』のその頃を書いたって裏事情あり。お待ちかねのヴィトさん活躍回となるのか。ミィ参戦で混沌(カオス)と化すのか。はたまた勝つのは誰なのか!

 明日は投稿しないよ〜


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運営による一日観察

 バ、バトルやりたかったんですけど、思ったように筆が乗らず……。

 どうせなら面白おかしくしたくて、こちらを急遽書きました。戦闘描写って人数が増えるほど難しいですね……はぁ。
 全然上手く書けないから進まない。

 


 

 プレイヤーの入れない、仮想世界の特殊空間。

 そこで運営はイベントの監視を行っていた。

 

「お、ツキヨ達に寄生体が近づいてる」

 

 一人が、ラプトルの群れに追い回されるツキヨたちを見て、声を上げた。

 

「ということは」

「あぁ」

「観察だな!」

 

 もはや恒例行事と言うべきか。ツキヨ達がおかしな事になる度に、彼らはこうしてモニターを観察する。仕事をサボっている訳ではない。事実、彼らの手元は動き続けており、時折それぞれのモニターにも視線を送っている。

 しかし如何せん、やる事が少ないのだ。

 前回イベントよりも前から練り続けた第二回イベント。フィールドもダンジョンも、モンスターの行動も緻密に設計し、準備を万全にしてきた。バグなんて出さないよう最善の注意を払うのは、運営として当然という信条の元、このイベントはできたのである。

 

 ならば後は、プレイヤーの突飛な行動によって引き起こされる小事を観察し、明らかにヤバイことが起きた場合のみ、これに対処すれば良い。

 そこまで入念に準備したのだから、運営に抜かりはない。だからこそ、こうして観察する余裕があった。

 

「すげっ……一回の遭遇で寄生って見抜いたか」

「特徴的ですしね……でもあの精密射撃は凄いですね。あれもプレイヤースキルでしょう?」

「自身も敵も動いてるのに、寸分違わず花だけ撃ち抜いて、ラプトルにダメージ0。いっそ鮮やかな手並みですね」

「しかもツキヨ、炎帝を抱えてますよ。あれじゃバランス取るの大変だろうなぁ……」

 

 その後、寄生ラプトルの一団を余裕を持って無力化したツキヨとミィだったが、直後に起こった事態を受けて、運営ルームは爆笑に包まれる。

 

「ぎゃははははははははははははッ!!」

「アハハ、アハハハハハハハハハハっ!!」

「ぎゃーっはっはっはっはっはっはっ!?」

「………!………………!!」(最早声が出ない)

「く、くくく………。あはははははは!ダ、ダメだ。笑いが止まらな………あははははは!」

「にげ、逃げられてる……ッ!!ラプトルに逃げられてるーッ!あはははは!」

「ここ、これ、レベル差あり過ぎるとモンスターに怯えられるやつ……ッ!ぎゃはははははッ!」

「こ、今回導入して、いきなりやってくれた……っ!ぷくくくくくくっ!!」

 

 要は、いつもの運営の悪ふざけだった。

 一部のモンスターに積んだ、プレイヤーとのレベル差を感知して襲うか逃げるを決めるプログラム。ツキヨ達は、三日目にして初めてそれを起動したのだ。

 主にノンアクティブモンスターに搭載したのだが、その大半が寄生なり洗脳なりで別モンスターから操られており、それに気付かず討伐されることばかりだった。それが遂に、ツキヨ達の手によって叶い、このおもしろ映像を激写できたのである。

 

「録画、録画しとけ!イベント動画の中に組み込もうぜ!」

『さんせーっ!』

 

 題名は、きっと『逃げて、超逃げて!』とかそんな所だろう。プレイヤー()逃げ惑うと思ったら、逃げるのはモンスター。今の彼らと同じ道を辿るに違いない。

 

 

 

 

 裏で運営達が爆笑しているのも知らず、ツキヨとミィはやがて、彼らが『幹部候補』と呼ぶ五人と合流した。

 

「これは……寄生アルラウネやられそうだな」

「まぁ、防御は紙だからなぁ……」

「同士討ちに持っていけば御の字だろー」

 

 直後、七人のうち五人が【毒耐性中】を持って絶望した。

 

「ツキヨとミィも【毒竜の指輪】もってるしな」

「いや、回数制限あるからワンチャン……」

 

 何の躊躇もなく地面の縦穴に飛び込んでいく七人を眺めながら、後の展開を予想する。

 案の定ボス部屋に入った七人は、円陣を組んで慎重に進み、中央付近まで来た。

 

「よし、いけ!」

「ツキヨとミィを落とせ!」

 

 目的が酷い。

 胞子を振りまいて寄生しようとするアルラウネ。対応する七人は、円陣を組んで隙がない。しかし、魔法特化な数人が胞子を受けていく。

 そしてミィの頭に咲いた一輪のバラを見て。

 

「よーしよしよし!」

『よしよしよーし!』

 

 コール&レスポンスが凄い。どこぞのエースを目指す野球漫画の主人公と応援席の部員の如く。

 まぁ、物事はそう上手くことが運ぶ訳がないのだが。特に、ここには『不可能の文字を忘れた少女』『人型の理不尽』『近接最強?いやいや人類としての枠組み超えてるよね』などと運営の瞳からハイライトさんを職務放棄させる天才、ツキヨがいるのだから。

 

『え、いいの?助かるわ』

 

 途中から音声ありにしたスクリーンに映し出されたのは、“きょとん…”とした顔で容赦なく薔薇を頭スレスレで撃ち落とすツキヨの姿。

 

『えっ………』

 

 思わず、運営一同で絶句。文字通り、言葉通りに空いた口塞がらない。ついでとばかりに、ミィの後ろにいたアルラウネも貫かれている。

 

「『あー……何ていうか、うん、なんだ』」

「『あぁ、そうだな』」

「『えぇ、ですね』」

「『あのなぁ……流石に』」

「『うん、本当に』」

 

 呆れから回復した運営達は、奇しくも映像の中の五人と全く同じ言葉を紡いでいた。

 どんな確率か。

 

『流石に、それは無い……っ!』

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 この後、【炎帝ノ国】で合流を果たしたツキヨたちを見て、流石にそろそろ仕事に戻ろうと思い、思い思いに自らの正面に体を向けた途端。

 

『ではこれより、拠点()()に移るわ』

 

 

 ―――ガタッ、ガタガタッ!?

 

「今、作成って言ったか?」

「………言ったな」

「確実に言ってたな」

 

『………見るか!』

 

 満場一致だった。

 

 

 ……………

 

 

「おおすげっ。流石大所帯、作業効率も良いな」

「こりゃ先に計画立ててたな。明らかにスムーズすぎる」

「【炎帝ノ国】って人多すぎて動き辛いイメージだったが、かなり早いな?」

「ありゃツキヨが指示系統を一括で受け持ってそうだな……」

並列思考(マルチタスク)習得済みってマ?」

 

 大規模な拠点がみるみる出来上がっていく光景を目の当たりにして、やはり驚愕に包まれる運営ルーム。しかし、抱く思いは共通していた。

 

ウチ(NWO)ってそういうゲームじゃねぇよ……』

 

 である。

 本格VRMMORPGで戦闘でも生産でもなく、なんで独自に防衛ミッションを始めるのか。甚だ、理解に苦しむ運営一同。

 

「実際問題、【炎帝ノ国】ってかなり色んなプレイヤー抱えてるよな?」

「戦闘職が一番多いのは勿論、生産職に趣味に突っ走った奴ら、ロールプレイ集団もいるな」

「むしろ居ないバリエーションが無いまである」

 

 当たり前のようにあらゆるプレイヤーを確保しており、使用武器も様々である。生産職も、戦闘職に比べれば少ないもののかなりの人数を擁しており、それがイベント前の準備段階で際立っていた。しかし、この拠点作成でも猛威を奮っていたのである。

 

「もう若干だが、砦になりつつある件……」

「物見櫓まで設置してるな……」

「罠……罠の海じゃ……っ!」

「拠点内にもモンスター湧くからって、巡回とローテーション完璧すぎませんかね……」

 

 なんかもう、完璧すぎて言うことなしだった。と言うか、運営達が想像していたものの数段上だった。

 

「トラップえげつなくないですか……」

「いや、あの防壁見ろよ。壁の中にいくつかトラップ仕込んでるぜ……触っただけでオワる」

「いやいや()()()()って何よ。高さ変えられるとか生産職気合入れすぎだろてかどうやって作ったの教えて!?」

 

 なお魔法使いと弓使いによる、拠点内部から外部への一斉掃射もできたりする。罠に捕まったモンスターやプレイヤーを安全な所から狙い撃ち。容赦?なにそれ美味しいの?を地で突き進んでいる。

 

「並のダンジョンより攻略できないだろあれ」

「てか到達するだけなら最高難易度ですね……」

「待ち構えてるのは無数のプレイヤー。倒せばメダル獲得できるチャンスだが、割に合わなすぎるんだよなぁ」

「最奥では【比翼】と【炎帝】。悪夢かな?」

「悪夢の方がマシですね。実害ないし」

『ハハハハッ!ダヨナー!…………はぁ』

 

 あれだ。魔王の城に行ったら魔王は二人いるし、四天王だと思ったら五人目が隠れてるし、まず城に入るだけで罠がエグすぎて全滅の危機。なにそれ魔王城より酷い。魔王でも、もう少し手温(てぬる)い歓迎なのに。

 

 そしてそんな魔王の一人は、宴だとか呟いていて料理好き(趣味に生きる)プレイヤーを集めると、料理を開始した。秘書化してるウォーレンに会場準備等々を丸投げし、ドヴェルグはまたも引っ張りだこ。不憫だ。

 

 

 

 

 ………しばらくして会場準備が終わった頃、ミィが現れてメンバーと挨拶を交わしていく。

 

「やっぱこういう所しっかりしてんだな」

「メンバーと会話を欠かさない。ああいう『れっきとした形のない組織』を纏める時の鉄則だな」

「そっか。まだ一応ギルドじゃないし、あそこに集まってるのは自由意志なんだよな」

「自由意志で百人規模にまで大きくするミィとツキヨ、やべえな……」

 

 誰もがミィとツキヨを信用し、一つの集団として纏まりがある。それは、確固たる目標を以前に二人が掲げた事と、二人のカリスマ故であろう。

 

 

 なんて、思っていたら。

 

「ぎゃははははははははははははッ!!」

「アハハ、アハハハハハハハハハハっ!!」

「ぎゃーっはっはっはっはっはっはっ!?」

「ひ、ひーっひっひっひっひっひっひっ!!はははゲホッ!ゲホッ!

「く、くくく………。あはははははは!ダ、ダメだ。笑いが止まらな………あははははは!」

「ハハハハハ。

 クハハハハハハハハ。

 アーッハッハッハッハッハッハッハッ!!」

「おい黒幕紛れ込んでるぞ」

 

 彼らが先程以上に爆笑している理由。

 それは。

 

『玉座とかやべぇっ!最高かよ!』

 

 夫婦のように寄り添う二色の玉座が、ミィとツキヨに隠れて作られたからである。それもミィの玉座への気合の入れ方が凄まじく、さながら悪の魔王。対するツキヨは純白で清楚に作られており、清貧さの伺える様相は魔王と対を成す神の如し。

 あの玉座には鋭利な気配を漂わせる二人なら似合うだろう。しかし、運営は知っているのだ。二人の素の性格が、あんなカリスマ溢れていない事を。無駄によく観察するから。ツキヨとは直接話したし。

 

 だからこそ、内心でテンパりまくるツキヨ達を想像し、爆笑の嵐だった。

 

「はぁー…はぁー……くくっ、最っ高」

「今日だけでめっちゃ笑ったわ……」

「その分驚きもあったけどな……」

「てか料理美味そう……飯テロやめろください」

「現実はともかく、ここも夜だしな……何となく腹減ったー」

「カップ麺ならあるぞ」

「なんで普通の料理じゃなくてカップ麺再現してんだよ」

「美味いだろカップ麺!ちゃんと三分待つんだぞ!?」

「再現度たけーなおい」

 

 立食パーティーしてるのを見てる運営。飯テロされて涎ジュルリ。しかも料理をするためだけにゲームを始めたような趣味廃人プレイヤーが作った料理である。完成度も高く、見ただけで美味しそう。ぶっちゃけ生殺しだった。

 

「何気にツキヨの料理も美味そうだな」

「あれか。海皇のいた海で乱獲した魚介類使ったパエリア」

「米なんてどこに……あぁ持ち込んでたんですね分かります。……食わせろー!」

「落ち着け俺らが混ざれるわけ無いだろ」

 

 その後、ツキヨ達の宴が落ち着くまで、運営ルームも『うまそー!』『食わせろー!』の二つが響き続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして宴もたけなわといった頃。

 

「お、ツキヨが動いた」

「今度は何すんだ?もうお腹いっぱいなんだが」

 

 勿論、出来事がありすぎて。

 飯テロによる空腹は収まってないので、皆してカップ麺をズルズル啜っていた。

 

『乱闘は冒険者の花でしょう?』

 

「よっしゃなんか乱闘始まんぞ!」

「スマッシュ○ラザーズ!?」

「乱闘違いだ馬鹿」

 

 先ほどまでと打って変わって、不気味な青白い炎が囲む会場に、人垣で即席のバトルフィールドが出来上がる。

 

「ウォーレンか」

「かなり前だが、ミィに絡んでツキヨにぶっ飛ばされてたな」

「なるほど、リベンジマッチか。熱いな!」

 

 トントン拍子に進む話をニヤニヤしながら眺める運営一同。カップ麺片手に盛り上がる。

 

『よっしゃ!どっちが勝つか博打と行くか!』

 

「よし、俺たちもやるか!」

『さんせーっ!』

 

 スクリーンのドヴェルグが賭けを始めたので、面白そうだと参戦。

 

「やっぱツキヨだろ。プレイヤースキルで【最速】再現する『歩く理不尽』だぞ?」

「いや、五人掛かりなら行けると思うぞ。幹部候補の連携は悪くないし、何よりツキヨは決定打がスキル頼りが多いからな」

 

 などなど。思いの外投票は割れ、白熱の様相を呈していた。そこへ。

 

『ふむ。面白そうだ。私も混ぜろよ、ツキヨ』

 

 

「炎帝きたぁぁぁあああ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ちなみに運営の賭けは、6:4でツキヨ側が優勢だったのだが……果たして結果は。

 

 




 
 私いま、2作品投稿してるのですが、合計で100話超えてたんですよね。で、文字数足してみたら、2作品で約68万字で。
 ふと原作の『痛いのは嫌なので防御力に極振りしたいと思います。』ってどのくらいかなーと小説家になろうで見てみたら、大体73万字だったんですよ。
 書籍の方は加筆修正も入ってるでしょうが、原作は73万字で9巻。ちょっとびっくりでした。2作品ではありますが、私ってそんなに書いてたんだ……ってかあと五話ずつ書いたら総文字数超えるなぁ……とか。

 だってPS特化は44万字くらいなんですが、単純計算で字数なら4巻超えてますからね。頭おかしいです。その頃にはギルドイベント入ってるはずが……。

 PS特化が73万字になっても、多分ギルド出来たてだからね。ギルドできてからが本番なのに、原作換算で9巻から本編って頭おかしいです。

 明日は無しー


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