R-15な異世界(仮) (KWNKN)
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奴隷商人になった少年のお話

 ここは剣も魔法もあって勇者も魔王もいる世界。

 そんな世界に、俺は15の時分、転生……転移? を果たして降り立った。

 

 この世界には冒険がある。浪漫がある。なんでもある。

 残念ながら俺は転生チートは貰えなかったが(言語だけ通じるようにしてもらえた)、転生チート俺TUEE勇者も、それをのさばらせない緻密な軍略をとるガチ系魔王も存在して……命を燃やす戦いが日々繰り返さているのだが……実は何でもある=何でも手に入るということでは決して無く。

 

 俺は神様とやらにもらった路銀を使い果たしてからは、零細奴隷商として糊口をしのぐ日々を送っている。

 

 ○

 

 奴隷商と言うと、エロいことをまず想像すると思う。

 ケモ耳娘で酒池肉林(ハーレム)作ることを想像したかと問われれば、「否定しない」とだけ答えておこう。俺も狐耳娘に「嫌じゃ! 人間の子など孕みTonight!」って言わせるシチュエーションに憧れた。

 

 だが、俺がそれをやろうとしても叶わなかった。

 

 ワリと後先考えずに奴隷商から狐耳娘を買い取った俺はーーーこの時、路銀の半分が消し飛んだーーーその娘と連れ込み宿に一直線、抵抗しないその娘の服を剥ぎ取り……傷だらけで、やせ細り、肋骨が浮き出た上半身を見て絶句した。

 わかるか? 可愛そうなのは抜けないんだ。

 つかまされた……そう気がついて、自分の浅はかさを呪った。

 いや、この世界の常識とか知らなかったからつかまされたかは微妙なんだが。

 

 そこで俺は考えた。可愛そうなのが抜けないのならば。

 

 どうせ、逃げ出す力は残っていないだろうと判断し、奴隷少女に服をもう一度着せると、ベッドに押し込んでタオルケットをかぶせた。

 

 大人しく待っていろと命令し、出かける。

 水と食料と、塗り薬と新しい服とを買い揃え……手持ちの路銀はそれらを買い揃えても全然余裕があった。奴隷って結構な相場なんだなって考えながら宿に向かう。

 

 獣人って何喰うかわかんないのでとりあえず一通り適当に買った食料を宿のテーブルの上に並べる。

 パン、干し肉、りんご、アジの開き……etc。

 少女は、もの欲しそうにしながらも、怯えた目で俺を見てきて動こうとしない……さっきの服剥ごうとするアクションがまずかったんだろうな。

 仕方ないので、ご主人さまの強権発動で脅して喰わせることにした。

 答えろ、お前は何が好物なんだ?

 

「……お魚」

 

 狐耳少女はか細い声で答えた。あ、見た目まんまなんだな。

 

 テーブルまで来い、って命令したが……ベッドの上の少女にそこまでの元気は無いようだった。ため息を1つ。少女がビクッとした。

 

 仕方ないので、少女をテーブルまで運ぼうと近づいたら、「……ごめんなさい、ごめんなさい」と怯えて謝ってくる少女。やっぱさっきの服剥ぐムーブが効いてるな。いや、自業自得ではあるのだが。

 

 身体に触ると、ビクッと震えて……とくに抵抗しないで抱き上げられた。可哀想に……抵抗するだけの体力が無いのだろう。何か泣けてきた。

 イスに座らせ、テーブルにつかせる。「……え?」と疑問の声を漏らす少女。

 

 顎でしゃくって命令する。テーブルの上にあるものは可能な限り全部食え、と。

 俺もテーブルの向かい側に座り、パンを小さくちぎって口に放り込んだ……かってーな、これ。

 固まったままの少女に、「喰わねーとお仕置きするぞ」って言ったら、一瞬ビクッと震えて、恐る恐るアジの開きに手を伸ばす。何で異世界にもあるんだろうなアジの開き。

 ゆっくりと口に近づけて……一口噛んだと思ったら、すごい勢いで貪り始めた。

 

「けほっ、けほっ……けほっ」

 

 と思ったら、喉に詰まらせてむせった。慌てんな慌てんな。

 ボトルの水をコップにあける。

 飲め、少女。……名前訊かないと不便だな。

 

 少女が一心不乱に水を飲み、アジの開きの2尾目に手を出しているのを傍目に、俺は干し肉をかじってみた。かってーな、これ。

 

 結局、俺が食えなかったテーブルの上の肉類はほとんど少女の胃の中に消え、俺がパンと格闘している間に少女は食事を終えていた。

 

 ○

 

 その後のことはまぁ、想像に難くないだろう。

 少女を少し寝かせた後は、水浴びをさせ、傷に薬を塗り、安いが、そこそこ清潔な服を着せてやった。

 

 そして、路銀に余裕がある限りはそれからもしっかり食わせてやるようにした。

 光源氏計画……というわけじゃないが、「かわいそうなのが抜けないなら、かわいそうじゃなくすればいい」という発想で、少女を養いふくよかにすることにしたのだ。

 

 なお、娼館行け、そっちの方が安上がりだろっていうツッコミはあると思う。R-25らしくて無理だったんだよ……奴隷は買えるのになんでだ……あと、「この世界で身分証明を行っての25歳」だから、俺が娼館通いできるのは40かららしいと聞いて絶望した。

 

 ○

 

 2ヶ月くらい養っているうちに、最初の怯えている感じは消えてきたが、同時に何か俺を見る少女の視線に、父を慕うような色が見え始めて……やめろ、そんな目で俺を見るな。

 

 押し倒した時に、「信じていたのに」…みたいな感じで鬱な感じになるのもダメなんだよ俺。せめて、「ご主人さまのお望みならば……」って感じで。

 

 というか、最初に服剥いだこと忘れてないか?

 ああ、もう無理。上げて落とすとか俺にそんな外道な真似できるわけないだろ!

 

 ○

 

 すっかり少女が女の子らしい体つきになった頃、「あ、これ、本格的に抱ける空気じゃない」と悟った。奴隷少女ックスは良かったのかって? あれはテンションアゲアゲでちょっと自分を見失ってただけだし……傷だらけの身体を見てすぐ素面(シラフ)に戻ったし……。

 

 仕方ないので路銀が尽きる前後で狐耳メイド喫茶始めた。

 元は取り返さなきゃな。

 

 神様に貰った路銀はやっぱ結構な額だったらしく……ある意味これが俺の転生特典チートだったのかもしれない。最後に残った額を全部つぎ込んで、引退するという老爺から店を買い取った。

 立地はまぁまぁ。喫茶店というより、軽食と酒を出すわけだからバーなんだろうが、狐耳メイドいれば狐耳メイド喫茶でいいだろ。

 

 そうやって、ほそぼそと稼ぎつつ、紆余曲折あって、他にも奴隷少女を引き取って……やっぱり対応間違えて父親を見る目で見られるようになった。

 

 なお、この世界においての職業の肩書は「役人」「冒険者」「商人」「鍛冶屋」「農民」に分けられる。俺はバーで酒売ってるから「商人」の枠組みに入るらしいのだが、奴隷売買に手を付けているものは「奴隷商人」と特に区別されるらしい。買ってるだけで売ってないけどな!

 

 従業員の娘どもを買いたい……という輩がいないわけでもないが、金額を提示される度に鼻で笑って追い返している。

 俺が最初の少女を買った値段にも及ばん。そんな額で貴重な従業員どもを売れるものかよ。

 

「ふっかけてきてるのはそっちだろ! フザケてんのか!」

 

 そんな感じで凄んでくる輩も居たが……ここは冒険者のたまり場で、娘たちのファンも数多くできていた。

 交渉破綻したのに居座って喚こうとする輩は、他の客たちが有形無形の圧力をかけて追い出してくれる。

 

 そんなこんな、俺は「奴隷を売らない」奴隷商人……というかバーのマスターとして今日もこの世界で上手く……上手く? やっていけて……やれてもねーし、イくこともできてねーな。

 

 ◇

 

 Side:GIRL

 

 奴隷としては不幸なことに……私は教養とも言えない程度に文字を読み書きすることができました。

 以前のご主人さまの1人が、戯れに読み書きを教えてくれて、1冊の本を与えてくださったのです。

 多分、それまでで一番幸せだった時期。

 

 でも、そのご主人さまは他の貴族から養子を頂くことが決定すると、外聞が悪いからと言って、私を売り払われてしまいました。

 そして、私は虐げられる奴隷の日々に逆戻り。

 一度幸せを知ると、今の境遇が奴隷としては標準とわかっていても……心はすり減るものです。

 

 この世界には勇者も魔王も居ます。でも、きっと神様は居ません。

 自分の中の知識で考えられる範囲で、そう結論づけました。

 

 やせ細る度に安く、労働力として使えなくなっていくとさらに安く売り払われて……最後に私を買った商人は、私をパン1斤と同じ値段で買って、雑にケージに放り込んで私を売っていました。

 

 多分、次に卸されることはありません。ここで売れなかったら、私は……。

 

 そんなときでした。「お父さん」が現れたのは。

 

 ◇

 

 ふらりと店に現れたその客は、とても大人には見えませんでした。

 

「奴隷を1()()買いたい」

 

 そして、そんな奇特なことを言い出しました。

 

 この世界においての獣人奴隷の扱いは人のそれではありません。

 ()()ための存在であり、1匹2匹と数えるのが普通です。

 だから、そんな数え方をするとまるで……奴隷を人間と同じに扱っているような錯覚を受けます。いえ、ただの言い間違いだとは思うのですが。

 

 商人さんも怪訝な顔をしていました。

 

「いらっしゃいませ、お客様。どのようなご用途で?」

 

 そのお客さんは商人さんの質問にしばらく考えて答えました。

 

「愛玩用だ」

 

 愛玩……? 「玩」ってなんだっけ? 「愛」? ……『愛』? 

 言葉の意味を思い返そうとしましたが、「愛」、それが「慈しむ」という意味の言葉だったことを思い出して、ちょっと驚きました。奴隷を……慈しむ?

 

「承りました。では、メスの獣人種でどうでしょう?」

 

「頼む、見せてくれ」

 

 そんな遣り取りをして、そのお客さんが私の入っているケージの前に歩いてきました。

 よくよく見れば、摩れた感じのない、どこか世間離れした雰囲気の少年でした。整った顔立ち、というわけではないですが、十人並み……でも、優しい雰囲気を纏っています。顔の彫りがちょっと浅い……日本からの転生者でしょうか? 

 

 少しの期待を込めてそのお客さんの顔を見つめます。

 お客さんが私の視線に気がついて見つめ返してきました。

 

 しばらく黙考し、お客さんが商人さんに声をかけます。

 

「この狐耳っ娘を引き取りたい。……額を教えてくれ」

 

 そんな変な質問をしました。額なら、ケージの下に値札が下げてあるはずなのに……。やっぱり転生者で文字が読めないのかな?

 今の私の値段は、300コール……この世界ではパン3斤分くらいです。

 

「へ? へぇ……では……300コルほどになりますが……あっ」

 

 商人さんが私の値段を言い間違えました。

 コルはコールの10万倍の単位です。

 

「わかった、買おう。……確か一束で100コルだったよな……」

 

「あ、いえ、今のは……へ?」

 

 内心、息を飲みました。商人さんも目を白黒させています。

 

 お客さんは、背中の雑嚢から雑に札束を取り出して、カウンターの上に置きました。

 

「足りているか?」

 

「へ、へい! まいどあり! お、お待ち下さい! すぐにお出しますので!」

 

 商人さんはケージの鍵をガチャガチャと音を立てながら上げると、私を丁寧にケージの外に出してくれました。そして、小さく耳元で「しっかりご奉仕してこい」と命令をしてきました。

 

「じゃ、付いてきてくれ」

 

 そう言って、お客さんは……私が『お父さん』と慕う男性は私を店の外に連れ出してくれました。

 

 店をちょっと出て振り返ると、商人さんは慌てて荷物を畳んでいるようでした。

 

 ◇

 

 その男性は、宿に私を連れ込むと、最初に商品の状態を検分……つまり、私の身体をまじまじと眺めて、何かを考えているようでした。

 

「大人しく待っていろ」

 

 そう言って、しばらく出かけて、手に一杯の荷物を持って帰ってきました。

 

「答えろ、お前は何が好物なんだ」

 

 テーブルに買ってきたごちそうを並べながら、そんなことを尋ねてきました。

 

 それを見て、以前のご主人さまの1人が私にしていた憂さ晴らしを思い出しました。

 お腹ペコペコの奴隷たちの前で、とても美味しそうにご飯を食べて……骨をこちらに投げてくるのを、奴隷の皆で奪い合うのです。

 惨めで、悔しい思い出。じわっと、涙が滲んできます。

 またいじめられるんだ。そう思うと、本当は答えたくなんかありません。でも、答えないとどんな酷い目に合わされるか。

 お魚、と答えを口にします。

 

「よしわかった。テーブルまで来い」

 

 男性の言葉に震え上がりました。

 そんな、ちゃんと質問に答えたのに!

 

 その意地悪なご主人は、何か気に入らないことがあると、奴隷を呼びつけてムチで叩いて憂さ晴らしをする方でした。叩かれるためだけに呼びつけられるのが怖くて、すっかりご主人さまに呼ばれて近づいていくのが苦痛になってしまって……。

 

 足に力が入りませんでした。

 すると、男性がテーブルの方から近づいてきて……ごめんなさい、ごめんなさい……。

 

 男性の手が触れた時、ビクンと大きく震えてしまって……でも抵抗はしませんでした。したら、しただけ叩かれることを知っているから。

 

 男性は私に触れるとーーー優しく抱き上げて、私をテーブルに運びます。そして、やはり私を丁寧にイスに下ろすと……テーブルの向かい側に座ってパンをちぎり始めました。

 

「テーブルの上のものは可能な限り全部食え」

 

 小さく、「命令だ」と付け足して来ました。……え?

 どんな状況なのか把握できないでいると、「食わないとお仕置きだ」なんて脅かして(?)来たので、慌てて干し魚を手に取ります。

 

 え? え?

 

 毒味……という可能性はありません。獣人種は鼻がいいので、食べたら体に悪いものは顔に近づけただけで凄く嫌な感じがするのです。それに、先に男性が食べ物に手を付けるのでは意味がありませんし……。

 

 この人は何がしたいんだろう?

 警戒心を捨てることができず、なるべくゆっくりと魚を口に近づけていき……。

 

 一口かじったら、もう止まることができませんでした。

 

 

 

 私はこの日、お父さんに、愛玩奴隷として……『慈しまれるための奴隷』として買われました。

 

 

 

 後に知りましたが、300コルは貴族が貴族から養子を引き取る際の保証金額の相場だそうです。

 

 ◇

 

 私がお父さんに引き取られて数年が経ちました。

 紆余曲折あって、今現在、私にはたくさんの姉妹がいます。

 勿論、血の繋がった姉妹ではなく、お父さんが引き取ってきた元奴隷の少女たちです。 

 

 風の噂で聞きましたが、あれからお父さんに私を売った奴隷商人さんは隣国で大成功を収めたそうです。

 どうやら、私を取引した際のお金を元手に別の取引ルートを開拓したようで……今は奴隷商からは足を洗っているようです。

 何人かの少女は商人さんが奴隷商をやめて、本格的に拠点を隣国に移す時、お父さんの元に置いていった子たちで……「無料で奴隷を引き取れるか!」「引き取ってもらわないと困ります!」みたいな遣り取りがあったことを覚えています。

 結局、お父さんは月賦方式で姉妹たちの料金を支払う方向で話を付けたらしく、私を見かけると、耳元で「……良客すぎて良心が痛む」といって、商人さんは隣国へと旅立っていきました。

 

 名目上、お父さんは私達を「奴隷」として引きとっています。

 

 けれど。

 

「おい、ここのメイドは全員奴隷らしいな! 1コルで1匹売ってくれよ!」

 

 時折、お父さんのことをよく知らないでこの店に来る客が、下卑た野次を飛ばしてくることもあります。

 

「300コルだ。そこからはまからねぇ」

 

 お父さんはカウンターの内側から、グラスを拭く作業の手を止めずにそう返すのです。

 

「は、はぁ? 300コルだと!」

 

「1コルとか……ふっかけてくるな」

 

「ふっかけてきてるのはそっちだろ! フザケてんのか!」

 

「うちのメイドたちの価値がわからない奴は客じゃない」

 

 そう言って、会話を切ってしまいます。

 

「なめやがって! おい、嬢ちゃ……」

 

 怒りに任せて、近くに居た姉妹の1人に、その男が手を伸ばそうとして……

 近くの席についていた常連客さんの1人が足を引っ掛けて転ばせます。

 

「またこう言う輩か」

 

「メイドの価値がわかってないな」

 

「マスター、昼飯代おごってくれ。裏で〆てくる」

 

「……まぁ仕方ない。その代わり徹底的にな」

 

「話がわかるマスターで助かるぜ!」

 

 常連客の冒険者の皆さん……日本からの転生者が4人ほどで組んで男を連行していき……裏からくぐもった悲鳴が聞こえてきます。

 

 お父さんは決して私達姉妹を売ろうとはしません。

 お父さんは私達を……愛玩奴隷として、『家族』として引き取ってくれています。

 

 お父さんの人徳のおかげかこの店は大繁盛していて、常連客の皆さんが用心棒代わりになってくれるので、身寄りの無い奴隷はこのお店を尋ねれば安心、ともっぱらの評判です。

 

 なので、時折こんなこともあります。

 

「……あの、ここに来ればごはんもらえるって聞きました」

 

 まだ開店前の店の入口に1人の猫耳族の少女が立っています。

 まだ、6~7歳くらい?

 ボロボロの身なりで……どこからか逃げ出してきたのか、体中傷だらけです。

 

「……おなかペコペコです。だれか……ごはんをください」

 

 そう言って、両目に涙を溜めていました。

 その後ろから、常連さんの1人が顔を出します。

 

「マスター、このガキを向こうの通りで拾った。

 ……わかっていると思うが俺は宿なし冒険者で、女のガキは連れて行くわけにはいかねぇ」

 

 お父さんの方を見ると、眉間に手を当て、「またか……」って呟いていました。

 

「うちは託児所じゃねぇ。大体、俺が何で奴隷を引き取っているかわかっているだろ……」

 

 ……愛玩する(慈しむ)ためですよね、お父さん?

 私の呟きが聞こえていたのか、お父さんがチラッとこちらを見やります。

 

「……そんな期待する目で見るな」

 

 お父さんはそう言って、常連客さんの方に向き直りました。

 

「次、男のガキが来たら引き取り手を責任持って探してくれ。貸し1だ」

 

 常連さんが手を叩いて喜びます。

 

「それでこそ男の中の男! DTの中のDT! KWNKN(カイソウナノハヌケナイ)だ!」

 

 KWNKN……よく意味はわかりませんが、この店の常連さん達はそう言ってよくお父さんのことを称えています。お父さんは嫌がっているみたいですが。二つ名は勇者ぐらいにならないと持っていないのが一般的なので……それだけ尊敬を集めている証拠なのですが、何が嫌なのかはよくわかりません。

 

「次その呼び方したら出禁食らわすぞ。悪い、長女。

 その女の子の面倒を頼む。俺は店の準備で忙しい」

 

 お父さんはそう言ってまたグラスを拭く作業に戻ってしまいます。

 

 ふふ、お父さんのそういう迂遠な優しさが大好きです。

 男性にトラウマを持っている少女も多い関係で、お父さんは自分から引き取った少女の面倒を見ることはこの数年でやらなくなってしまったのです。

 置いてけぼりにされていた女の子を手招きして、お店の中に入れます。

 かつて私がそうしてもらったように、テーブルに座らせてあげると、何が食べられるのか尋ねました。

 

「……お魚が食べたい」 

 

 女の子は俯いたままそう言って、涙をこぼしました。

 

 思わずギュッと抱きしめてしまいます。

 もう大丈夫。その悲しさも辛さも、きっと今日で最後だから。

 明日からはきっと全部いい日だから。

 今は神様なんていないなんて思っているかもしれないけど……神様がいて、助けてくれたんだってわかるはずです。

 

 これが今の私とお父さんの日常です。

 時折、家族を増やしながら……今の私と姉妹たちは、お父さんの愛を受けて幸せに暮らしています。

 

 末の妹を取り返しに来た悪徳貴族と店の常連さんたちが戦いを繰り広げたり、常連さんたちが持ち込んだトラブルにお父さんが頭を痛めたり……何故かお忍びで魔王と勇者が酒を飲みにこのバーに立ち寄ったりするんですが……そういう話はまた次の機会に。





※奴隷少年もやって来るが、店の女の子に悪い虫付くのを嫌がる常連客たちが「冒険者見習い」扱いで引き抜いていく模様。

※続かない。


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常連さんのお話① 首輪をつけたフェンサー使いさん

※一人称の書き分け難しいですね。
※高評価が嬉しかったので2話目を書いてみました。


 俺がこの世界にやってきたのは15歳のとき、もうかれこれ1年前の話になる。

 神様を騙る好々爺の「なんでもある異世界」という甘言に踊らされ、この世界に降り立った。

 

 言語翻訳はデフォルトで……最近やっと補充されたとかいうチートスキル群から1個好きなものを持って行っていいと言われて、「剣術強化」のスキルを選んだ。

 詳細は省くが……俺は剣で切り伏せられる敵に対し、剣を握っている間は無敵と言って差し支えない。

 

 意気揚々とこの世界にやってきたはいいが、すぐに俺は挫けそうになった。

 一文無しだったから剣を買えなかったのだ。

 

 ○

 

 剣の才能はあるのに、肝心の剣をもらわないという中途半端な特典の受け取り方をしたせいで、俺は転移3日目にして行き倒れていた。特典として最初に金を勧められたんだが……そっちを受け取っていればよかった、なんて考えが頭の隅をよぎる。

 

 ぶっ倒れて天を仰ぎ見ながら……アホな転生者が屍を晒してこの物語は終わりです……なんてよしなしごとを考えていると、お迎えの天使が幻視できて……あ、これ結構限界っぽい。

 

「おにいさん……倒れているけど、大丈夫?」

 

 その天使は俺に語りかけてきた。

 正直、異世界は天使のデザインも異世界なんだな、と思った。

 メイド服、犬耳。

 天使の輪っかと翼代わりにそんなオプションが付いている。

 片手には買い物カゴ。……買い物カゴ?

 

 何か言おうと口を開いたが……舌の根まで渇ききっていたので、ヒューヒューという呼吸の音が漏れるだけ。というか、日本に比べて湿度低すぎるんだよこの世界。

 

 しゃがみこんで、俺の顔をまじまじと眺めてくる少女。

 近くで顔を見ると……思ったより幼い。

 感情の読み取りにくい表情でじっと俺の顔を覗き込んでくる。

 

「そう……限界なのね。可哀想に」

 

 そう漏らすと、もう興味を失ったのか犬耳少女は立ち上がって向こうに行ってしまった。……あれ、お迎えじゃなかったのか。

 

 本当のお迎えはいつ来るんだろうな……なんて諦めの境地に入っていると、しばらくしてまた向こうからトタトタと足音がした。

 

 首を傾けると、さっきの少女が戻って来るのが見えた。

 

「……お父様から『飼っていい』って許可が出たわ。お父様に感謝するのね」

 

 少女はそう言うと、また俺のそばで屈んで……買い物カゴの中から瓶を出して栓を外す。それを俺の口元で傾けて……中の液体で俺の喉を潤してくれた。

 アルコールの匂い。瓶の中身は「酒」だった。……こういう所が異世界だよな……どう見ても未成年の少女に……アルコールを、売るなよ……。

 

 こんな都合の良い展開、全ては幻かもしれない。けれど、イヌミミメイドに介抱されるというご褒美展開に最高の至福を覚えつつ……安堵した俺は、意識を手放してしまっていた。

 

 ○

 

 ……夢だと思ったが、かろうじて夢じゃなかったらしい。

 バー2階の客用寝室、そこに俺は運び込まれて寝かされていた。それで、俺を助けてくれた少女と、誰かが言い合いをする声で目が覚める。

 

「……お父様は『飼っていい』、と仰ったわ」

 

「『捨て犬』をな」

 

「……行き倒れの奴隷は、拾ったものが所有権を主張して良いとなっているわ」

 

「日本からの転生者はギルドの門叩けば、冒険者として身分を保証してもらえるんだよ」

 

「……それって差別だと思うわ」

 

「その点は激しく同意する。でも俺にもどうしようもないんだよ」

 

「……お父様のわからず屋」

 

 ベッドの脇で、俺を助けてくれた少女と、1人の男が言い争っていた。

 男はまだ二十歳くらいに見えるが……お父様って、何をどうしたらそんな若さでもうその大きさの子供がいるんだよ。異世界すげーな。……あ、結構余裕が戻ってきてるな俺。

 

 暫定『お父様』は犬耳少女をどうあやしたものか、困りながら頭をかいていた。

 俺が目を覚ましたことに気がついてこちらに声をかけてくる。

 

「よ、新人。いつの時代の日本から来たんだ?」

 

 男の言葉と顔に、たった3日なのに、懐かしさを覚えた。

 へぇ……この異世界ってたくさん日本からの転生者?転移者?がいるんだなってことを、この時俺は初めて知った。

 

 ついでに行き倒れる必要が全く無かったことも。

 

 ○

 

 お父様と呼ばれていた男は、自らの肩書を「メイド喫茶のオーナー」だと名乗った。メイド喫茶で……酒出すの? という疑問はとりあえず飲み込む。

 

「……そうか、やっぱチートスキルを貰ってこの世界に来たんだな」

 

 時期が悪かったんだろうな……と「お父様」はどこか遠い目で呟く。

 なんでも、日本人冒険者はこの世界では「異能持ち」であることが標準らしい。

 この世界の冒険者ギルドもそのことをよくわかっているらしく、彫りの浅い顔立ちの若者がギルドに現れた際には、積極的にその取り込みに動くのだとか。

 

 初期費用不要。必要とあらば、初期装備と当分の生活基盤を揃えるための金も無利子で貸し出してくれるのだとか。何も考えずにギルドに立ち寄っていれば、全く行き倒れる必要無かったらしい。

 だが、仕方のない部分はあるらしかった。このルールは悪用されるのを防ぐため日本人も「接待を受けた後に」知るルールらしく……何より、適用を受けるためには、そのスキルの内容をギルドに明かさなければならない。

 

 俺はベッドから起き上がったその足でギルドに向かい、借りた針剣(フェンサー)()()()()()()()()()()()()、という曲芸を披露してみせた。

 転生特典の力ってすげー!という頭の悪そうなコメントが思い浮かぶ。

 

 一発合格。そのまま試験に使われた剣と……記念に穴を空けたコインも貰っておいた。

 バーのオーナーにギルドを紹介してもらったことを話すと、手続き中に、職員の人が少しだけオーナーのことについて教えてくれた。

 

「毎年、10人くらい日本人がギルドには登録していくんだが……あの人くらいだな。ちゃんと金を払って登録していったのは」

 

「規則を説明して優待を受けられますよって言っても、頑なに断るんだよ……手の内を晒すと、急に弱くなるスキルの類なのかね?」

 

「まー、後ろ盾がない状態からあそこまでおおっぴらに商売やれるようになっているんだから何かしらのスキル持ちなのは確かだけど……。何でも隣国の大手商会に顔が利くんだってさ」

 

 どうやらオーナーは俺が思った以上に大物だったらしい。

 

 冒険者タグを発行してもらい、いくらか金を借り、金の稼ぎ方の説明を受ける。

 フェンサー使いならと、魔法を使わない魔物の駆除を勧められて、幾つかの依頼書を見せてもらった。

 

 俺は最初の依頼で大型の肉食害獣を切り伏せる戦果を遂げ、天才フェンサー使い(スキルによる捏造だが)という評価を得た。……そんな評判も、結局は他のベテランに埋もれていって、1年もすれば「ある程度腕利き」程度の評価に落ち着くのだから異世界はやるせない。

 

 優秀な後輩達は次々にやって来る。負けずに名を挙げたいなら、拠点を魔王軍と王国軍の衝突地帯に移して軍隊将とでもやり合うべきなんだろうが……。

 

「……危ないところに行ったら、ダメ。私が拾ったんだから、主人の言うことを聞いて」

 

 見えない()()で俺をこの街につなぎとめる犬耳の少女がいるから、当分はこの街を離れることはできそうにない。

 

 ◇

 

 Side GIRL

 

 お父様の言いつけでお買い物に行ってたら、変な匂いが漂ってきた。

 飢えと渇きに苦しむ行き倒れの匂い。……どこからか逃げてきた奴隷かな?

 

 匂いの方向に進むと……路地裏でやっぱり人が倒れている。

 仰向けで、口をパクパクさせているけど。……お腹空いているのかな。

 

 お腹が空く辛さは知っているから……何か食べさせてあげたいけど、買い物カゴの中の食料を勝手にあげることはできない。

 少し声もかけてみたけど……限界が近いのは明らかだった。

 

 でも大丈夫。お父様は優しいから。きっと()()()くれる。

 お父さんに奴隷が行き倒れていることを知らせに、少し早足で帰った。

 

 けど途中で、大事なことに気がつく。あの奴隷……男の子だった。

 

 お父様は、男の子を家においてはくれない。必ず、常連さんやその伝手で引き取り手を探して家から追い出してしまう。

 

 ……そして、きっとそのせいで私の兄さまは死んだ。

 

 ◇

 

 私がお父様と出会う前の話。

 

 前のご主人様に私が虐められるのを、お兄様が庇ってご主人様に楯突いた。

 そのせいで、兄さまはボロボロにされて、私も一緒に捨てられた。

 

「『自由』がお望みならそうしてあげましょう。でも、すぐに私のところに置いてもらっていた事が幸せだったと後悔することになりますよ」

 

 ご主人さまはそう言って私達を嘲笑った。

 

 ご主人さまの言うとおりだった。この世界は奴隷には手を差し伸べてくれない。

 主のいない奴隷……それが何を意味するかなど、この世界では常識なのだから。

 

 何日も何日もお腹が空いたのと寒いのとを繰り返し……しきりにお兄さまが謝るのがとても嫌だった。兄さまのせいだ、って泣いてお兄さまを困らせる自分が嫌だった。

 兄さまの傷は私を庇ったから。でも、それを見ないふりして、兄さまに怒りをぶつけることがどうしても止められなかった。

 

 残飯をあさっては追い立てられ、二人で街から街を渡り歩いた。

 私が不貞腐れて歩きたくないないって駄々をこねると……兄さまは私を背負って歩いてくれた。

 私は知らなかったけど……兄さまは「奇妙な奴隷商人」の噂を聞いたことがあったらしい。

 だから、望みを失わないで……そして期待させて裏切ることが嫌だったから、駄々をこね続ける私に黙って、何日も何日も歩き続けた。ときには私をおぶったまま、何日も何日も。

 

 最後に辿り着いた街で、兄さまは力尽きて倒れた。

 私にはどうしようもなくて……誰も助けてくれないってわかっていても、助けを求めずにはいられなかった。

 全力で叫んだつもりだったけど……お腹に力が入らなくて、全然大きい声が出なかった。

 それが悲しくて泣いたけど、やっぱり声は出てくれなかった。

 

 どれくらい泣いただろう。

 

 

 

「おーい、こっちだ! マジでいるぞ!」

 

「犬耳族の少年が1人! 少女が1人! 男の方は動かせるかわからん!」

 

「獣人の耳はすげーな……近くに来ても全然声がわかんねーよ……」

 

「白湯と毛布持ってきたぞ! 時間との勝負だ!」

 

 急にゾロゾロと人がやって来て……兄さまの介抱を始めてくれたのだ。

 

「少女の方は泣く元気はあるらしいな……声は出てねーが」

 

 驚いて口をパクパクさせていると、その内の1人が屈んで私に話しかけてきた。

 

「……何が好物だ?」

 

 そう言いながら、肩にかけていたカゴの中から、いろんな食べ物を見せてきた。パン、干し魚、りんご……その中で、干し肉に目を奪われてしまって……。

 

「これか。じゃあ食え」

 

 ……え?

 

「だから、好きに食っていい」

 

 そう言って、その人は私の手に干し肉を握らせてくれた。

 

 

 

 私が一心不乱に肉を齧っている横で、その人達の手当を受けた兄さまの顔に、少しずつ血の気が戻っていった。

 

 これが、私と兄さまと「お父様」、そしてお父様のバーの常連さんたちとの出会いだった。

 

 ◇

 

 あの時、私は知らず識らずの内に、「遠吠え」をしていたらしい。

 お父様のバーに勤めている姉さまたちがそれを聞きつけ、あまりにも長く続く遠吠えを不審に思ったのがそもそものきっかけ。

 

 獣人の子供が街のどこかで迷子になっているか……それとももっと悪いことが起きているかもしれないと、お父様に伝えてくれたのだ。

 

「もう大丈夫よ……大丈夫。お父様は私達を虐めたり捨てたりしないわ」

 

 お父様の店に連れて来られた私と兄さまは、最初、2番めの姉さまに面倒を見てもらった。

 バーで働く2番めの姉さまは、常連さんの皆からは「次女」や「次女さん」と呼ばれていて、私と同じ犬耳族だ。

 本当の名前は……教えてもらったけど、誰にも教えてはいけないと言われた。

 お父様は優しいけど……私達が奴隷であることに変わりはない。

 名前を呼ぶことは、つまり戸籍を認めること……難しい話だけど、対外的に?人権を認める?ことになるから、普段は呼んではいけないと言われた。

 だから、普段から私も姉さまのことは「2番めの姉さま」と呼ぶように強く言いふくめられた。

 

「でも、結婚してこのお店を出ていくことがあったら……たくさん呼んでもらいたいわね」

 

 そう言って姉さまは微笑んでいた。

 

 ◇

 

 兄さまは私をこの街まで連れてくることができるだけの体力があったはずなのに、なかなか快復しなかった。

 

「……さっさと出ていってもらわなきゃ困る」

 

 お父様はそう言いながら、兄さまのためにお医者さんを呼んでくれた。

 

「ほぉほぉ……珍しい。どうやら、この感心な若者はギフト持ちですな」

 

 お医者さんのおじいさんは、兄さまについて私から話を訊いてそう診断した。

 

「そもそも、妹を背負ってこの街まで歩いてくることができるような状態では無かったのですよ。精神力で無理矢理眠っていたギフトを成長させたのでしょうな」

 

 お医者さんはお父様にそんな説明を続けている。お父様はあまり興味が無いのか、「ふーん」とどこか上の空だった。

 私も正直よくわからない。兄さまには何か特別な力があるということ?

 

「ギフトがあるとわかっているなら、絶対に奴隷を手放したりはしなかったでしょうな。

 正直、今のこの若者は骨と皮だけみたいなものです。それでも生きている。

 生きたいという思い……もしくは死ねないという思いが強ければ死神を遠ざけるという、『不撓(ふとう)』あたりですかな?」

 

「……そんなもんがあるんですね。知らなかったです」

 

 お父様は「……俺もそういうの欲しかったな」とブツブツ呟いていた。

 

「まぁそういうことですから、快復が遅れているのは、精神的な問題でしょう。

 おそらく、助かったと思って気が抜けてしまっているんですよ。

 何か発破をかけられるようなことがあれば別でしょうが……そうじゃなくてもこのギフトがあるものはそうそうに死にませんで。ゆっくり休ませるのが一番ですよ」

 

「……ん? 

 それってそのギフトとやらがなかったら死んでてもおかしくない状態なんですかコイツ?」

 

「ええ。だからそうですよ? あと2ヶ月は安静ですな」

 

 2ヶ月! よくわからない話も混じっていて、おとなしくお話を聞いているだけのつもりだったけど、お医者様の診断に動揺を抑えることができなくて。

 2ヶ月も働けない奴隷を養ってくれる主人なんてどこにもいるはずが……。

 そんな! せっかく助かったと思ったのに!

 

 あの、お父様! 兄さまの分まで私が今以上に何でもします。だから、私達を捨てないで!

 気がついたらお父様の足元に縋り付いて懇願していた。

 

 兄さまが弱い私を庇ってくれた。

 兄さまがわがままを言う私をおぶってくれた。

 兄さまが最後まで諦めないでいてくれたから私は生きていられる。

 

 必死に床に額を擦り付けてお願いをする。

 お願いします。お願いします。お願いします。お願い、します。お願い、し、ます。お願い……します。おね……がい…しまずぅ……。

 途中から涙がポロポロとこぼれてきて……。

 

 泣いてもどうにもならないことは知っているし、余計虐められるだけだったことも忘れていなかったけど。でも、どうしても止められなくて……。

 

 お父様はいつまで経っても何も言ってくれない。でも、私は頭をあげようとは思わなかった。

 お父様が「それでいい」と言ってくれるまで……頭を下げ続けるしかないって思ったから。

 

 ……何故か鼻をすする音が聞こえてきた。それも1人ではないような……。

 

「顔を上げてくれ」

 

 お父様がそう言ったので顔をあげると……お父様とお医者様が額に手を当てて上を向いていた。

 

「……いっそ私がこの兄妹を引き取っても?」

 

「……大丈夫です。はじめから見捨てるつもりはないですよ。

 あと妹の方は300コルです」

 

「世知辛いですなぁ……」

 

 会話が私の頭の上を通り過ぎていく。

 でも、その内容を聞いていてもしかしたら、って気がしてきて。

 

 お父様は拳で一回目元を拭うと、私の目を見て()()をしてくれた。

 

「今、何でもってするって言ったな?

 ……じゃあ、二度とそんなことを言うな。

 ええっと……あれだ。何でもなんて言ってるけど、自分の能力以上のことはできないから、嘘になってしまうだろ? できるなんて嘘をつかれても迷惑なだけだから、できないときには助けを呼べ。そっちの方がよっぽど迷惑がかからない」

 

 お父様の思いかけない真剣な言葉に、コクコクとうなずくことしかできなくて。

 

「無理だなんて思わず、何でも頼ってみろ。頼れ。その命令が聞けるなら……(こいつ)が起き上がれるようになるまで、待つことくらいなんでもない」

 

 私は、そういえば……お父様は泣いている私を見つけて手を差し伸べてくれたんだ、ってことを思い出していた。

 

 ◇

 

 お父様には本当に良くしてもらった。

 メイド喫茶のメイドの1人として仕事を習い、兄さまが起きれるようになる直前で、私も給仕の仕事をしていいとお墨付きを貰って、メイド服を着せてもらえるようになった。

 

 ()()をしてもぶたれないし、ちゃんとご飯は食べさせてもらえるし……お給金まで出ることを知ったときは、お父様は神様かと思った。……お勘定ができないから、2番めの姉様にお金は預けっぱなしにしている。

 

 でも1個だけ不満なことがあって……。

 

 ◇

 

 お父様が推薦人となって、兄さまは無事に冒険者としての社会的地位を手に入れた。

 そして、兄さまのギフトは冒険者としては非凡なものらしく、あの日兄さまと私を助けてくれたお店の常連さんが、その縁でパーティーに入れてくれたらしい。

 

「鍛えれば、必ずものになるって褒めれたんだ」

 

 テーブルの向かい側で兄さまは誇らしげにそう言ってたけど……私は全然嬉しくなんてなかった。

 よくは知らないけど……お父様の店の常連さんには「高レベル冒険者」が多いらしい。

 皆、特別な才能を持っていて……魔王軍と闘うために、王国に出かけていって稼ぐ人たちも珍しくないらしい。

 そして、兄さまが入ったパーティーも近々王国に用事があって出かける予定らしくて……。

 

「よくは知らないけど、養殖ってのをしてくれるらしい。

 それでガンガンレベルを上げて、ガンガン稼げるようになるって」

 

 兄さまはそんな風に未来のことを希望いっぱいに語ってくれた。

 でも、私はそんなことを聞いてもつまらなかった。

 ただ、いつまでも一緒にいれれば、それで良かったのに……。

 でも、それができないのもわかっていたから、拗ねるしかなくて。

 

「……たくさん稼いで、帰ってくるよ。そしたら、お前を引き取れないかお父さんに頼んでみる」

 

 カウンターでグラスを拭いているお父様がその私達の会話を聞いていて、声をかけてきた。

 

「300コルだ。そっからは、まからねぇ。

 ……そんくらい稼げるくらいに強くなって来てくれりゃ問題ない」

 

 そう語る間もお父様はグラスを拭く手を止めない。

 

「……わかりました。頑張ってきます。……あと、あの……ちょっとごめんな」

 

 兄さまは私に少し断って、テーブルを立った。そしてカウンターの方に近づいて、お父様に小声で話しかけたようだった。何故か耳がピクピクしていて……。

 

「ーーーーーー」

 

 お父様が一瞬グラスを拭く手を止めた。それで、マジマジと兄さまの顔を見つめて。

 

「……そんなの俺が知るか。本人にちゃんと確認してこい」

 

 兄さまはお父様に何かを質問したようだったけど、すげなく返されてしまったみたいで。

 振り返った兄さまの顔は何故か紅潮していた。一体何を聞いたのかな?

 

「……一応、()()()も300コルだ」

 

「……! はい!」

 

「……お前、すっかり悪い虫だよな」 

 

 その会話の後、何故か兄さまはその日は一日中とてもご機嫌だった。

 

 ◇

 

 そして。

 

「じゃあ、行ってくる」

 

 兄さまは笑顔でそう言って、このお店から旅立って行った。

 

「いってらっしゃい」

 

 2番めの姉さまが、笑顔で兄さまを送り出してくれた。

 

 私は……いじけてしまって、ちゃんと言葉に出して送り出すことができなかった。

 

 ◇

 

 その二ヶ月後のこと。

 

 協定を無視した王国軍の進行により、王国と魔王軍の衝突が激化したらしい。

 

 報復として、王国内でのモンスター自爆テロが常態化し、それに巻き込まれて、官吏、冒険者、民間人問わず、犠牲者が出るようになった……らしい。

 

 発表された犠牲者の中には、兄さまと兄さまのパーティーメンバーの名前も混じっていて。

 

 ……この世界には、誰を恨めばいいのかわからない悲劇が溢れかえっている。

 

 ◇

 

 話は今に戻ってくる。

 だから……私は拾った子を、外に出すなんて真似はしたくなくて。

 

 だから、お父様に「()()犬を飼ってもいい?」と訊いてみた。

 

 一応、犬、という表現は何も間違っていない。時々、お父様の本棚から本を借りては文字の勉強をしているのだけど……男の人のことを「駄犬」と呼んでムチで叩いていいる表現を見かけたことがある。多分、男の奴隷のことをそういうのが一般的なんだろうけど……見つかっては「まだ早い」と言って取り上げられてしまう。

 

「犬? ……飲食店に普通の犬はちょっとな」

 

 案の定、お父様は普通に勘違いをしてくれたようだった。

 

 その犬、とっても賢いの。私は言葉も通じるわ。きっと役に立つと思う。

 ……私()()とは言ってないので、セーフ。

 

「……犬耳族って犬の言葉わかるのか?」

 

 これには無言で微笑んで返す。そんな話、私も聞いたことがない。

 

 お父様は、グラスを拭く手を止めないで「……じゃあ、猫耳族は猫の言葉がわかる?」なんてことをちょっと呟いていた。幸運なことに、この場に姉さま方はいない。他のお姉様方が帰ってくるまでにケリをつけなくちゃ。

 

 エサ代は私のお給金から出すから……ダメ?

 手を組んで、上目遣いでおねだりをしてみる。

 

 お父様は、このお店のメイドに、「可愛い仕草」を覚えることを指示している。

 あと一杯、お客さんに酒代を落として行って欲しい時、そのひと押しのために私達にこの仕草をさせるのだ。

 間違いなく私の話術もお父様譲りで……私は今、お父様に仕込まれたテクニックの数々でお父様を騙……ちょこっと誤魔化そうとしていた。

 

「……じゃあ、いいぞ。最後まで責任持って面倒見ろよ」

 

 計画通り。

 ……嘘。上手くいかなかったらどうしよってちょっと焦ってた。

 

 じゃあ、お父様。その犬、お腹を空かせて動けないみたいなの。あと、私じゃ運べないくらいくらい大きくて……。このカゴの中の食べ物をあげてきていい?

 

 お父様が言葉を翻さない内に早口でまくしたてて……私はお父様の静止を聞かずに店の外に飛び出していった。

 

 ◇

 

 お父様は行き倒れている男の子を見て渋い顔をしたけど、とりあえず何も言わないでお店まで運んでくれた。

 

 そして、帰ってきた姉さま方にお店の準備を任せると、男の子を寝かせている横で、私と問答を繰り広げることになった。

 

 ……お父様は『飼っていい』、と仰ったわ。

 

「『捨て()』をな」

 

 ……行き倒れの奴隷は、拾ったものが所有権を主張して良いとなっているわ。

 

「日本からの転生者はギルドの門叩けば、冒険者として身分を保証してもらえるんだよ」

 

 ここが、どうして納得できない。

 どうしてお父様は男の子をこのお店に置いてくれないんだろう。

 男の子たちは目を輝かせて冒険に出かけていくけど……この街を離れれば、外は危険でいっぱいだ。

 姉妹たちのことは守ってくれるのに、どうして……。

 

 ……それって差別だと思うわ。

 

「その点は激しく同意する。でも俺にもどうしようもないんだよ」

 

 男の子を冒険者にして送り出すことの何が「どうしようもない」のだろう。私にはそれがわからない。

 

「……お父様のわからず屋」

 

 そう言うことが私にできる精一杯の反抗で。

 

「よ、新人。いつの時代の日本から来たんだ?」

 

 お父様がそう声をかけたことで、私は男の子が目を覚ましたことに気がついた。

 

 ◇ 

 

 結局、その男の子も冒険者になってしまった。

 そして、やっぱり凄い才能があるみたいで……お給仕の間、常連客さんたちが、パーティーに引き抜こうか相談している声が聞こえてきた。

 絶対にやめて欲しいけど……常連客さんの気分を害するわけには行かないので、ぐっとこらえて、なんとか笑顔を作ってお酒をテーブルに運ぶ。

 

「ハッハー、相変わらず笑顔が下手だな!」

 

「メイドなのに無愛想! だがそれがいい!」

 

 お客さんに表情のことをいじられる。……そんなに笑うの下手かな。

 ……そういえば、兄さまが出かけた後ぐらいからそういう風に言われることが多くなった気がする。

 

 お父様が一瞬私の方に視線を向けてきたような気がした。お客さんと私の遣り取りを何か心配するような様子で……。首をかしげてお父様の方を見返したら、もうお父様はこちらを見ていなかった。

 気のせいかな。まぁ、今はそれは気にしないでいいや。

 

 気にしなくちゃいけないのは、どうしたらあの男の子が街の外に出ないでいてくれるかで……。

 

 拾ったのは私だから、私がご主人さま、なんて難癖をつけて言うことを聞かせてみる?

 上手くいかなかったら、お客さんを1人失うし、お父様に叱られるかもだけど……。

 

 そんなことを考えていると、本当にあの男の子がお店にやって来て……。

 

 私はテーブルの担当を姉さまの1人に代わってもらい、男の子に話しかけてみることにしたのだった。



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常連さんのお話② 娼館のオーナーさん

※3話目まで続いてしまったので設定を短編から連載へ。(続くとは言ってない)
※今回短め。


Side: “長女”

 

 食材の買い物から戻ってくると、お父様が娼館のオーナーさんと、ちょうどお話をしているところでした。

 娼館のオーナーさんはカウンター席に座って、お酒を片手に()()をしているようでした。

 

「あいっ変わらず上玉揃いだな。なぁ、やっぱり一匹二匹売らないか?

 かなり稼げると思うんだが。何なら一定期間()()()()でもいいからさー。

 ちょっと味見してー、ちゃんと返すからさー、いいだろー?」

 

「……真面目に聞くが、既にどっかで飲んできているか?」

 

「馬鹿言え。ここが一軒目だよ。まだ酔うには早すぎらぁ」

 

「……そうか」

 

 お父様は、グラスを拭く手から視線を上げません。

 

「毎回断っているはずだ。よくも飽きずにその話ができるな」

 

「飽きるぅ? 何を言ってるんだ……女は抱いてから飽きるんだよ、常識だろ」

 

「……話にならん」

 

 お父様は話を切り上げたそうでしたが、娼館のオーナーさんはケラケラと笑って話しかけ続けていました。

 

 ずっとお父様に話しかけている娼館のオーナーさん。この人は娼館のオーナーであるのと同時に、大手の商会も手掛けていて、この街ではかなり顔が利く存在です。顔役……というほどでもないですが、ある意味、この街の男性であれば頭の上がらない存在だと言えます。

 でも、何事にも例外は存在します。お父様は、この街でこのオーナーと対等な立場で話せる数少ない男性の1人です。

 

「な? な? 娼館(うち)に一回抜きに来いよ。お前はお固すぎるんだよ。

 抜けば棒も! 頭も! 柔らかくなるに決まっている!」

 

「下品な話は止めろ。他の客からクレーム来たら容赦なく叩き出すぞ」

 

「おう。そしたらそのクレーム付けてきた客はウチに出禁になるだけだ」

 

「……なんつう横暴な」

 

 聞いた話ですが、本当に出禁になった人がいるそうです。

 

 オーナーさんがお酒をあおって会話が途切れたところでお父様に、「買い物から帰ってきました」、と声をかけます。

 オーナーさんはそれまで私の存在に気づいてなかったようです。

 

「おお、長女ちゃん。お父さんとちょうど君の引き抜きについ」

 

「してねぇ」

 

「て話を……せめて最後まで言わせてくれんか」

 

 お父様に即座に否定してもらえたのが嬉しくて、少し頬がほころんでしまいます。オーナーさんに「お仕事がありますので」とお辞儀して、厨房に足を運びました。

 

 ◇

 

Side: “娼館のオーナー”

 

 厨房の奥に狐耳娘の長女が引っ込んだのを確認し、俺は声を潜めて目の前のアホ(マスター)にいつもの質問をする。

 ……ありゃ絶対にお前に惚れてるぞ。何故抱かない?

 

「……何言ってんだ。あれは父親に向ける視線だろ」

 

 いや、いや、いや。絶対に違うね。今の “はにかんでいる顔” とか、直視していたら経験がない男なら一発で惚れ倒していただろう。コイツ、いつもグラスを拭いていて顔を上げないからそういうのを見逃すんだろう……。

 

 広く知られた話だが、成長した獣人種には年に1回、()()()が存在する。

 この世界において、その時期以外で普段、獣人種は子供を作れないため……まぁ、あれだ。()()()()()()()()つってんで、獣人種の嬢はウチでもかなりの売れ筋だ。

 で、この店の長女、次女……ギリギリ三女あたりは、もう発情期(それ)が来ていておかしくないはずなのだが、年中、繰り返しこの店に様子を見に来てる俺の目から見て……。

 

 来てねーな、ありゃ。

 

 獣人種に発情期が来ない場合、幾つか理由が考えられる。環境、個人差、発育不良、病気、薬効、エトセトラ。これらの要因に加えて、もっとも多いパターンが……本気で惚れた()()がいることだ。

 

 忘れちゃいけないのが、獣人種じゃない()()()()()は年から、年中、淡く発情期に入っているようなものだ。

 獣人種は進化の過程で、そんな人間と結ばれた際、スムーズに子孫が残せるように……脳の一部から「人間の生態に合わせるためのホルモン」を出すようになったのだとか、なんだとかって話を聞いたことがある。

 獣人種は、人間にガチ目の恋をすると、短く激しい発情期を失う代わり、人間と同じように年中淡く発情期に入ったようになる……()()()()()()()()()()()()()ように体質が変わるのだ。

 昔のえれー学者が獣人種のそこらの生態の研究を纏めて、「つまり、受け入れ体制ができているってことか」って言葉を残したのがネタにされるくらいには知られた話なんだが……眼前のアホは「日本人」だ。そういうことも知らんのだろう。

 

 そういう、恋をした結果「年中受け入れ体制」の獣人種の娘は……そうと分かっていれば、高く買いたがる「趣味の悪い客」もいる。

 忘れたが……ネトリ? ネトラレだったか? その趣味のために軽く屋敷を立てられる金をポンと積んでいく貴族もいるとは聞いたことがあった。だが、肝心の、「人に恋をした獣人種の娘」を俺は見たことが無かったし、まぁ迷信程度に考えていたのだが……。

 

 フラッと足を運んだ先のバーに、いるじゃねぇか! それもとびっきり上玉が!

 

 はやる鼓動を抑え、多分、自分の手元の「金のなる木」に気がついていないアホに何度も話を持ちかけていはいるのだが……。

 

「悪いな。長女を引き抜かれると店が回らない。彼女だけは本当の本当に非売品だ」

 

 アホか! そいつを売れば左団扇なんだよ!

 俺の懐に6:4……いや、7:3で入れても十分店を畳んで遊んで暮らせるだろう。

 いっそのこと、あまりにも勿体ないことをしているとコイツに暴露してしまいたいが……ぐっとこらえて、乗り気になるまで話しかけ続けているのが現状だ。

 

 娼館にそもそも寄り付かないから、そっちの方から圧力を掛けるのも駄目。

 商会の方から圧力をかけようとしても、外の商会のツテがあるから無駄。

 営業行為を妨害しようとすると高ランクの冒険者が返しで出張ってくるから厄介。

 無理矢理に従わせようとするとなぜだか上手く行かない。

 

 いっそ、コイツが長女を抱いて、ガキができたってなら俺も諦めが付くのだが……いつまで経ってもその様子も見られない。

 

 生殺しってやつだよなぁ……。

 

 ○

 

 ツマミを口に運びつつ、せめて他の娘を売る気が無いか尋ねてはみる。

 

「300コルだ。そっからはまからねぇ」

 

 奴隷の値段を尋ねたのに貴族のガキの値段を提示してきやがる。

 要は、冗談でも売る気が無いってことだ。

 まさかだが、これを本気の値段で言っているわけが無い。

 

 程よく酔いが回ってきたのが感じられて……ムクムクと()()()()考えが鎌首をもたげてきた。

 

 そうだな……どうしたって、このアホが首を縦に振らないなら……獣人種の娘の一人や二人、無理矢理拐ったって……何、バレやしな…い……。

 

 

 

 目の前のアホが、グラスを拭く手を止めた。

 

「酔っているのか? だけどそれ以上は変なことは考えるな」

 

 内心を読まれたことに対する動揺で、心臓が一瞬大きく跳ね上がる。

 

 おい、おい。何を言っているんだ? 俺はただ、ボーッとしていただけだぜ?

 

 マジで読心術のスキルを使っている相手になら、誤魔化しにもならない誤魔化しを口にした。

 ……ちゃんと頭が回っていないのがわかる。こんな安い酒で酔わなきゃ良かった。

 

「すまん、勘違いだったか? ()()()()()()()()()()()()()もんだから……」

 

 言われて後ろを振り返る。

 

「おい、今、誰か……ネトリを考えていただろ! 俺の特典スキル(悪意センサー)にひっかかったぞ!」

 

「おおい……そいつぁ許せねぇな、どっちの方向だ?」

 

「酒のせいでよくわかんねーけど……マスターのあたり、カウンター席の近くだ!」

 

 酔った日本人冒険者どもが、俺とマスターの方を指差して大声で叫びはじめた。

 俺が振り向いたときは、ちょうどボルテージが最高潮に達する瞬間。

 

「邪教徒だ……見つけ次第、吊るせ」

 

「そうだ、吊るせ!」

 

「「「吊るせ! 吊るせ! 吊るせ! 吊るせ! 吊るせ!」」」

 

 マスターはグラスを拭く手を止めずに小さく呟く。

 

「俺は違うぞ。あと……吊るす作業は店の外でやってくれ」

 

「マスターからの許可が降りたぞぉ!」

 

 いや、そこは止めろよぉ! 何火に油を注いでいるんだこの馬鹿は!

 だが俺も女衒を長年やっているのだ。酔っているところで、これくらいの窮地しのげないわけがない。

 深呼吸がため息に見えるよう偽装して、小さく呟く。

 

 変な趣味だよなぁ、ったく、童貞は……。女に変な幻想を抱いているから、こじらせちまうんだろうな……。

 

 これ見よがしに、「自分はそんなこじらせたことは考えていない」という雰囲気を作り出す。

 読心スキル持ちとは言え、酔っている相手だ。魔法スキルの精度は肉体と精神の状態に大きく依存する。誤魔化せる可能性は五分五分のはず。……そうであってくれ。

 

「……娼館のオーナーはシロっぽいな」

 

 ……よし! 今発言したやつは良い子だ。今度俺の店に足を運ぶことがあったら少し割り引いてやるよ。まぁ、日本人冒険者は大概お預け状態なんだけどな。

 

 結局、そのあとは近くの席に座っていた針剣使いの若造がスケープ・ゴートとなって拘束されていた。店の外に引きずり出される前にメイド達がとりなしてくれたおかげで事なきを得ていたが。

 

「信じてくれ……俺は本当にそんな邪なことは考えていないんだ……本当なんだ」

 

「信じるわ。あなたからは、嘘をついている匂いがしないもの」

 

「……姉さまが信じるなら、私も信じるわ」

 

 しょげかえっている若造を、両脇から次女と……何番目の妹だったかは忘れたが、もう一匹の犬耳娘が励ましていた。

 

 ……にしても、考えるだけでもアウトなのか。本当にこの店に手出しをするのは難易度高いよなぁ。

 

 俺はマスターに話しかける気も失せてしまって、店が終わる時間まで、1人手酌で飲み続けていた。



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常連さんのお話③ 酒癖の悪い盗賊さん

※連載続けるなら3000字から4000字がちょうどいいと判断。


 剣も魔法も……一応、エロいお店もある世界。

 15歳の少年がそんなファンタジー世界に降り立つ時に考えることなんざ二つしか無い。……それは言い過ぎか? まぁ少なくとも、俺はそうだった。

 

 一つはファンタジー世界で英雄になること。もう一つが可愛い女の子とキャッキャウフフすることだ。

 

 全く、10年前の俺は可愛いもんだ。転生か転移といえばいいかはわからないが、特別な体験をしているのは「自分だけ」だと思いこんでいるのだから。

 まぁ、最初にスキルを貰う時点でよく考えとくべきだった。派手な火力足り得るスキルを要求したら……「品切れじゃ」とか言われたからな。「そんなものはない」では無く「品切れ」って言われたんだ。勘の良いやつなら、そこで気がつくようなもんだが……。

 

 仕方なく、俺は「英雄的活躍路線」を切り捨てて、「女の子とキャッキャウフフフ」するために使えそうなスキルを『在庫リスト』と書かれたファイルの中から探しだした。それが俺の特典スキル「ネガティブ警告機(アーラート)」だ。

 攻撃的感情か、仕掛けられた罠などの悪意の残滓の位置と種類を感じ取る第六感的スキル。

 微妙に空気を読むのが下手な俺は、これがあれば女の子と楽しくお話をしているときに地雷を踏まずにすむ、と考えてこれを選択した。

 

 で、なぜかそんな斜め上の選択が逆に功を奏して……火力持ちの日本人転生者がひしめく中、『貴重な探査スキル持ち』として、今日もパーティーメンバーとともにダンジョン攻略に精を出している。偶然、補助スキル選択で差別化する形になってしまったわけで。

 それを悪い事とは思わないのだが……そうなるとわかっていたなら、他にもいろいろとスキルの選択肢はあったはずなのだ。味方の魔法スキルの威力に2倍がけするスキルとか、目の端にちらついていたし。

 

 魔王との戦争で、戦線に立っている勇者は……マップ火力持ちらしい、とこの世界に降り立った後に知った。山消し飛ばしただの、海を割っただの、その火力の高さに関する逸話には事欠かない。そんなんだから、この世界の日本人達の間ではこっそり「人の形をした浪漫兵器」「特典ガチャの大勝者」「都市部に入れたくない男オブ・ザ・イヤー」と呼ばれていたりする。

 それを知っていたらなぁ……2倍化スキル取って、どうにかして勇者と組むことを考えていただろう。今の状態で、人間側と魔王側の勢力は“拮抗”状態らしいから……人間側の切り札たる勇者の火力が2倍化すれば、あっという間に人間が勝って、俺は救世の英雄の仲間の一人として、名誉も女も欲しいだけ手に入ったんじゃ……なんて考えない日はない。取り逃がした魚が……でかすぎる。 

 

 ○

 

 ダンジョン深層から3日ぶりに帰ってきて、俺はマスターのバーで酒を飲んでいた。

 

「それでそれで? 今回はどんな収穫があったクマ?」

 

 テーブル席で、横にはこの店のメイドの一人……常連の間では“三女ちゃん”と呼ばれている娘が、ジュース片手に俺の話を聞いてくれている。

 

「盗賊さんがドカンと一発当てて、私のこと早く買ってくれないと、私、他の誰かに買われちゃうクマー」

 

 ケラケラと笑って冗談を言うこの三女さんは、熊耳族の女の子だ。俺が最初にこの店にやって来た時はこんな変語尾じゃなかったはずだが……酔った客に絡まれて変なことを吹き込まれたらしく……あざといキャラ付けを仕込まれたらしい。

 正直、その酔った客とやらはグッジョブだ。

 

「お父様、ジュースをおかわりしてもよろしいですか?」

 

「……お客様にボトル入れてもらえ」

 

 三女ちゃんのコップが空になったらしく、マスターと三女ちゃんがそんな遣り取りをする。

 

「盗賊さん、ボトル入れて欲しいけど……いいクマ?」

 

 首を傾げておねだりしてくる三女ちゃん。

 ……ったく、いいところを攻めてくる。尊敬する相手には言葉遣いが丁寧になるというギャップもポイントが高い。ピンポイントで俺の好みを攻めてくるが、酔った客ってのは何者だったんだろうな。

 

 俺は今回の稼ぎを頭の中で数えつつ、どれくらいの余裕があるかを考える。

 まぁ、ここで数本ボトルを入れたところで……なぁ?

 

 マスター、『蜂蜜と搾りたて黄金葡萄』の瓶をあけてくれ。

 

「やったー、盗賊さん大好きクマー!」

 

 滅茶苦茶いい笑顔で三女ちゃんが腕を組んできてくれる……正確な年齢は知らないが、まだ見た目は12歳前後。胸とかは全然ないが、女の子に身体を押し付けられて、まぁ悪い気はしない。

 特典スキルのおかげで、まわりの常連客から向けられた『嫉妬』と『敵意』の感情がビンビンと突き刺さるが、俺の優越感を増長させるスパイスにしかならない。

 

 いや、いつも仕事終わりにはお話を聴いてもらっているからね……これくらい何でも無いよ。

 

「……えへへ。そう言われると照れるクマね」

 

 ……俺のセリフを三女ちゃんが「気障ったらしい」とか「ちょっとクサすぎる」とかって感じたら、俺のセンサーには引っ掛かる。反応は……ない。この照れた反応は本物だ。

 あまり考えずにこのスキルを取って後悔もするが、女の子のマジ照れをそれとなく確認できるなら、このスキルでも良かったなと思う時もある。今とか。

 その代わりに他の客からの敵意がいよいよ凄いことになっているが……他のメイドさん達がいる手前、ダサいことはできないと抑えているのが見なくてもわかる。

 

「……このロリコン野郎」

 

 客の誰かが呟いた。ブーメランが頭に刺さっているのはわかっているか?

 

 心の中で煽り返しつつ、気が大きくなってジュースの瓶をまたあけるようにマスターに注文する。

 

 マスターがグラスを拭く手を止めて、ちょっと心配そうな目で俺を見て来たことに俺は気がつけなかった。……どうやら、『心配』とか『配慮』って感情は俺のセンサーに引っかからないらしい。

 

「……酔っているな。そこら辺で止めとけ」

 

 全然酔ってねーよ! いいからマスタージャンジャンあけてくれ!

 

「お客さん太っ腹クマー! この調子で私も買うクマ?」

 

 おう、ダンジョン攻略を終えた暁には、きっと……。

 

 きっと……。

 

 きっ、と……。

 ……。

 

 ○

 

 気がついたら明け方だった。

 俺はテーブルに突っ伏して寝ていて……身体が冷えないように肩から毛布がかけられている。

 店の中には、もう誰もいなくて……テーブルの脇に並べられたボトルと、テーブルの上に昨晩の請求書が伏せられている。

 

 あれ……俺、昨晩は何していたっけ……頭が痛い。

 昨晩のことを思い出そうと記憶を巡らせる。

 三女ちゃんにジュースを奢って……楽しく酒を飲んで……ネトリの波動を感じて……下手人のフェンサー使いを吊るそうとして……そこからの記憶がない。

 

 ……ちょっと悪酔いしてた気もするが、まぁメイドの子達に迷惑をかけたようじゃ無さそうだ。なら良しとするか。

 

 立ち上がって帰り支度をする。さぁ、今回のお代は……と。

 何気なく、伏せられた請求書をひっくり返す。

 

 ……そっと請求書を伏せ直した。おっと……マジで?

 

 俺の今の手持ちをちょっと超えるくらいの額がそこには記されていて。

 ……メイドちゃんたちが誰もここにいなくて良かった。こんなクッソだせーとこ絶対に……特に三女ちゃんには見せられん。

 

 俺は、()()()()()()()革袋ごと銀貨をテーブルの上に置くと、メイドちゃんたちが読めないように、()()()でマスターに伝言を書き記していった。

 

 “ツケでお願いします……今度来た時にちゃんと払うので。このことはどうか三女ちゃんにはご内密に……”

 

 店を出て、真っ直ぐパーティーメンバーの寝ている宿屋にメンバーを叩き起こしに行く。

 よし、今日もひと稼ぎ頑張るか!

 

 ○

 

Side: “バーのマスター”

 

 テーブルに残された日本語で書かれたメモをポケットにしまいつつ、ため息を一つつく。

 だから止めておけと言ったのに。

 

 確かに接待じみたことができるようにメイド達に教育してはいるが、三女のあれは少し行過ぎている。

 それもそのはず……三女に接待の手ほどきをしたのは、自分ではなく、()()()()()本人だ。

 

 自分のツボを三女に押し付けて、自分で泥沼にハマっていくのは……正直憐れとしか言いようがなく。 

 

「フッフフーン♪ ジュース美味しかったクマー。またお仕事頑張るクマー」

 

 ご機嫌に仕事に勤しむ三女の姿を見ていると、有り難くもあるのだが、ちょっと心配にもなる。あいつ、この子のせいで身を持ち崩すんじゃないか?

 本人のたっての希望で、このことは三女には伝えていない。

 おかげで、奴が見栄を張るたび、三女がそれを煽てて、それに気を大きくした盗賊がまた無茶な注文をして……。

 

 店としては儲かるし、ちゃんと律儀に金は払ってくるから止めにくい。

 でもいつか無茶して、もしかしなくても、ダンジョンの奥でくたばるんじゃないか?

 

 ちょっと酒癖悪くても、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()相手だから、くたばっては欲しくないが……どう転ぶかな。

 

 ()()()()()()()三女のことを考えながら、俺はため息をついた。

 

 ……まぁ、でも実際くっつけようとすると年齢差も二倍近くあるし、くたばってもらってた方が安心なのか?




※ダンジョン最奥の(ぬし)を倒せば、ドロップ素材が100コルで売却可能、ダンジョン最奥の秘宝は200コルで売却可能だ! 合わせてちょうど300コルだったりするよ!

※(ダンジョンを1人で攻略できれば)家族が増えるよ! やったね盗賊さん!


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常連さんのお話④ ラスト・サムライさん

※評価色ついていました。評価してくださった皆様ありがとうございます。


Side: “バーのマスター”

 

 いつものようにグラスを拭いていると、カウンター席前に誰かが座った。

 

「久方ぶりだな御主人。早速だが、ジュースのボトルを1本あけてくれ」

 

「今日は金入りが良かったからよ! “蜂蜜葡萄” な! 水で割らないやつ!」

 

 ちらと確認すると、その客は日本人の男と獣人族の少女の組み合わせだった。

 

 片や、革鎧姿に、腰にこの世界では珍しい部類に入る “刀” を差している青年冒険者。

 片や、ヨレヨレだが、ある程度の清潔感を感じさせる衣服に身を包んだ、おそらく三女と同い年くらいの狼耳族の少女。

 俺の知る中では唯一の、「日本人の冒険者が拾った子供を連れ回している組み合わせ」だ。

 

 その注文に応えようとして……数日前の盗賊と三女のことが頭を(よぎ)る。

 すまん蜂蜜葡萄は在庫切れだ。来月頭の入荷を待ってくれ。

 

「はぁ!? そんなわけ無いだろ、蜂蜜葡萄だぞ! 誰があんなたけーの頼むっていうんだよ!」

 

 狼耳族の少女の方がカウンターをバンバンと叩く。よしてくれ。子供の力でも壊れるときは壊れる。

 常連の盗賊。そう教えてやると、ゲンナリした顔で「ああ……うん」と答えて、テーブルを叩く手を止めた。

 

「止めなよ」

 

 止めたよ。止めたに決まってんだろ。

 そのご機嫌な値段にかかわらず、ご機嫌な頻度でその瓶をあけていく客がいるせいで、この店での『蜂蜜と搾りたて黄金葡萄』の競争率はかなり高い。

 今頃、蜂蜜葡萄指名率1位は、ご機嫌にダンジョンに潜って稼ぎに精を出していることだろう。

 

 無理して死んでなきゃいいけど。

 

「……はぁ。シロップとリンゴのやつで」

 

 少女は、呆れてため息をこぼし、この店の品揃えの中では中堅どころのボトルを注文してきた。

 

 ○

 

 実を言えば、この少女は青年剣士からこの店に預けられていたことがある。

 ほんの3週間くらいの話だが。

 かと言って、俺がこの少女の面倒を見ていたかと言えば……そうでもない。商談で隣の国に出かけていて、俺が店に居ない時期と被っていたからだ。

 

 そんときは、少女を受け入れた直後に店を空けて……俺が商談終えて店に帰ってときには、少女はもうこの店を飛び出していた。

 

「それが……こんなヒラヒラした服装なんて死んでもゴメンだ、って言ってて」

 

 長女からそう聞かされる。どうやら、俺の趣味のメイド服がお気に召さなかったらしい。

 

 店を飛び出してどこに行ったのかと思ったら、預けに来た青年剣士の元に戻っていたらしく、後日二人して謝りに来た。

 

「厚意を無駄にして申し訳ない」

 

「……勝手に飛び出してすみませんでした」

 

 少女の方は渋々と行った様子だったが、ちゃんと二人で頭を下げて謝ってくる。

 俺の監督責任不行届だから、お互い様ってことにしておいてくれ、と頭を上げてもらった。

 強いて言うなら俺が留守の間、番を頼んでいた日本人冒険者どもも悪い。

 

 それで、少女の預かりについては今後どうするかを尋ねてみた。

 

「俺が連れて行くことにします。多人数の目を掻い潜って、俺の元に帰ってきたことから……多分、この子は何らかのギフト持ちです。長じれば、俺なんかメじゃない剣士になりますよ」

 

 青年剣士はカラッとした笑顔でそう答えた。

 

「……ふん。別にアタシは剣術なんかに興味はないけどな。腰の刀でも盗んで売り飛ばせば、こんなところでチマチマと稼ぐ必要も無いからついていくだけさ」

 

 憮然とした様子でーーー狼の耳をピクピクさせていて「連れて行く」と言われたことに喜びを隠しきれていなかったがーーー皮肉を言う少女。

 

「それでかまわないさ。四六時中仕掛けてこい。俺の修行にもお前の修行にもなる。

 ーーーこんなところ、と言ったことだけ御主人に謝りなさい」

 

「はーい、ごめんなさーい」

 

「すみません、今はこれで許してやってください」

 

 丁寧に頭を下げる青年剣士。

 俺より先にこの世界に来ているから、俺より年上のはずなんだが……何か妙に俺に対して腰が低い。

 どうも、江戸の終わりから明治前後の日本から来た人物らしく、喫茶店とはいえ家持ちの俺を「屋敷持ち」みたいに扱っている節がある。多分、冒険者の自分は浪人、屋敷持ちの俺は長者様、みたいな感覚なんだろう。

 

 常連連中と俺はこっそり、「ラストサムライ」と呼んでいるが……本人は「一角の人物になった折にそう呼んで頂ければ」と、取り合いはしなかった。何でも、「サムライ」には、「武士の中でも立派な人物」みたいな意味があるらしく、自分はまだその称号に見合う人間ではないから……と謙遜していた。

 

 だが。

 

 腰の刀は、確か「特典」だったはず。銘は「村雨丸XX(ペケペケ)」だと言っていた。多分、XX(ダブルエックス)の間違いだと思うのだが……それを盗む、と豪語している少女を傍に置き、あまつさえ、その少女を養い、その少女の望みが叶うよう手ほどきを施す姿は……「サムライ」扱いで何も間違いでは無い気がするのだが。

 

「サムライと言うならば……御主人がまさしくそうでござらんか?」

 

 ラスト・サムライがそんな馬鹿げた返しをしてきて、俺は苦笑せざるを得なかった。

 何がどうなったらそう見えるのか、今度こっそり聞かせてもらいたいものだ。

 ハーレム築きあげるのに失敗して、せめてもと思い、店の娘たちに自分の趣味(メイド服)押し付けている器の小さい男なら俺は知っているんだが。

 

「そういうことだから……マスター、アタシは大将について行く。

 少しだけど世話になったことは感謝してる。姉さんにそう伝えといてくれ」

 

 ……俺には? 俺には感謝してねーの?

 ああ、まぁうん。俺は何もしてねーな、と心のなか自分で自分にツッコみつつ、俺はラスト・サムライと生意気な少女のコンビを見送った。

 

 それからというもの、月に一度か二度、この二人連れは食事をするためにこの店に立ち寄ることがある。

 

 少女の方が、ウチのメイド達と話をするのが気恥ずかしいのだろう……テーブル席ではなく、必ずカウンター席に座って注文をしてくる。

 

 それで店に二人が来るたび少女の方とは、なんとはなしに喋るようになって今に至る。

 

 ○

 

 蜂蜜葡萄にありつけなかったことが相当不満だったのだろう。狼少女はヒートアップしていた。

 

「だから、ボトルに札を掛けておいてくれよ! うちの大将の名前でさ!」

 

 いや、この店ではボトルに予約とか入れられないから。早いもの勝ちだから。

 

「この店、ボトル一本で焦げ付くほど零細じゃないだろ、どう見てもよぉ! ああ、もう!

 じゃあ、前金置いていけばいいんだろ!? そうなんだよな!」

 

 ……えー、現物と即引き換えじゃなきゃ、あとでトラブルになりそうだからやだ。

 

()()を許している時点で説得力が無いんだよぉ!」

 

 カウンターテーブルをバンバン叩いて抗議する少女。

 おっと、この話はそこまでだ。

 

 俺は人差し指を口に当てて、狼少女に黙るようにジェスチャーで指示を出す。

 

「うーん? ツケをしているお客さんがいるクマー」

 

 ツケ、というワードを聞きつけて、三女がひょこっと話に混じってくる。

 

「狼ちゃんご無沙汰クマー。……それでお父様、そんなお客様が?」

 

 俺は首を横に振って、それを否定する。

 そんなお客様はいないよ。安心していい。

 

「そうですか。それを聞いて安心しました。」

 

 ああ、だからお仕事に戻りなさい。

 

「失礼しました。……狼ちゃんも、またね、クマー」

 

 一礼すると、三女は鼻歌を歌いながらテーブルを拭く作業へと戻っていった。

 

「ツケは良くないクマー♪ ツケ撲滅運動推進中クマー♪」

 

 ……うん、まぁ、知らぬは本人ばかりというやつだ。

 

 狼少女がジトッとした視線を俺に向けてくる。

 

「なぁ、マスター。()()がありで、これは無しってのは筋が通らないとアタシは思うけどね」

 

 ……おいおい、俺にそんな目で見られて喜ぶ趣味は無いんだが。

 気まずいのを誤魔化して、冗談を口にする。

 

()()()()

 

 俺の冗談は狼少女を煽る結果にしかならなかった。

 背後の三女を親指でクイクイと指さして、俺に脅しを掛けてくる。

 

 えー……俺に小さい女の子にいじめられて喜ぶ趣味は無いんだが……。

 流石にこれは口にしなかった。目がマジだったからな。

 

 仕方なく、『蜂蜜と搾りたて黄金葡萄』のボトルを取り置きしておくことを約束させられ、ラスト・サムライと少女は帰っていった。

 そういや、ラスト・サムライ……終始空気だったな。俺と少女の遣り取りを微笑して見ていたが……見てないで止めてくれよ保護者さんよぉ……。




※多分書くことはないですが、盗まれるのを警戒して刀を抱いて寝ている男と、寝ているときなら油断しているに違いないとベッドに潜り込む少女……多分夜這いにしか見えないんですよね、とくだらないことを考えたりします。


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閑話:多分ギルド職員になる少年のお話

※バーの関係者は不在回


 剣と魔法はあるが……勇者が普通に戦略兵器過ぎて、戦場に混じる気が失せる世界。

 

 異世界に行くことを勧められた時、「とりあえず主人公的活躍」か「適度にモテること」を目標にその世界に行けばいいことはわかった。「冒険投げ捨てた普通の生活」とか考えている奴は異世界生活に向いていない……こともないか。バーのマスターがその成功例みたいなもんだし。

 

 俺は、できれば「活躍してモテたい」……と考えて、ちゃんとそこで一回立ち止まった。転生者が複数いることや、勇者魔王の世界観であること、俺の向こうでの社会的立ち位置はどうなるのとかをちゃんと確認してから、俺はスキル選択をすることにした。

 

 説明聞いてて思ったんだが……催眠スキルとか強そうだなって思った。

 状況次第なところはあるが、効きさえすれば戦闘に勝利できる勝ち確スキルでもあり、エロいことへの応用は留まるところを知らない同人誌御用達スキルでもある。

 

 特典のリストにざっと目を通したあと、リスト以外にも洗脳スキルかが無いか訊いてみたが、答えは「それを渡すことは現在できない」だった。

 

 ない、じゃなくて、できない?

 

 老人の姿した神様が語ってくれたところによると、以前、それを手にした転生者がちょっと()()()()()らしい。

 やらかしたって言ってもな……特典の類を一通り見せてもらったが、MMORPGであれば1個突っ込むだけでメタ環境塗り替えるレベルのバランスブレイカーもチラホラ混じっていた。

 剣術強化とかめっちゃ強いじゃん。これ広域火力以外になら無敵なのに、これがありで個人で悪用するに留まるレベルの洗脳が駄目なのはどうしてだ?

 素直な疑問を口にしたところ、老人は渋々と言った様子で「自分の過去の失敗」について語ってくれた。

 

 どんな相手にでも、どんな要求でも『1回に限り』必ず通す特典は確かにあった。

 絶世の美女に求婚すれば、その男は世界で一番の幸せものになれるであろうし、魔王に使えば、世界の半分を手に入れるも同然のスキルであった。

 冒険の初期に使えばろくに恩恵を得られず、しかして可能性は無限大にも等しい。1回だけ、という制限をつけたことでバランスを保っていた()()()()()()

 

 苦虫を噛み潰したような表情で老人が吐き捨てる。

 

「……よりにもよって、『勇者』の奴は、それをわしに使って、特典のことごとくを強奪していったのだ!」

 

 普通は、枯れた老人に『洗脳』をかけようとか思わないし、特に思春期真っ只中のはずの15の少年がそれをやるとは誰が予想できるだろうか。

 勇者の『偉業』に、ヒュー、と思わず口笛を吹いてしまう。 

 神様から貰った力で神様を出し抜く。ギリシャ神話でそういうの読んだことあるな。

 

「……悪用するのはかまわんが、『打ち出の小槌』みたいになりそうなものは最初から外してある」

 

 そう言われてリストに目を通してみたが……確かにそんな感じのラインナップだった。

 うわー、今どれを選んでも勇者の下位互換にしかならないのか……。

 

 急にチートの類が全部馬鹿馬鹿しいものに成り下がった気がして……せめて、勇者と被らないように老人に確認を取りつつ、俺は、『偽証(ウソ)焼却機』というスキルを選択した。

 俺が口にした質問に、相手は絶対に嘘で返すことができなくなる、耐性突破の洗脳系スキル。一応、言葉を返さないなどの対策があるため、『初見殺し』の限定用途スキルだ。別に殺さないけど。

 割とやけっぱち気味に選んだけど、結構強い気はする。情報が武器になる基盤さえあれば、人の命さえ奪いかねないスキル。まぁ、一番危険なのは余計な真実知ってしまう俺なんだが。

 誰かしら権力者に取り入り、ファンタジー世界観無視の政治ゲーにでもなればいいなー程度のフワフワした想定で俺は世界に降り立った。正直、戦争の方は勇者に任せた。

 

 ……そして俺は、異世界に降りて速攻で妖怪ババアに捕まった。

 

 ○

 

 俺は何をしてしまったかと言えば、何も悪いことをしていない。

 セオリーとしてギルドに立ち寄り、女性職員にバストサイズを吐かせることでスキルを証明してみせた、ただそれだけなのだ。

 

 担当の女性職員は、ちょっと赤面しながら、『特定分野のスキル保持者が登録に来た場合のガイドライン』とやらに従って、俺をギルドの奥の部屋に案内した。

 

「あの……これから会う方には、失礼のないようにお願いします」

 

 女性職員は俺にそう釘を刺してくる。

 

「この扉の先に居られるのは……ギルドマスターです」

 

 そう言われて、通された先にいたのが妖怪ババアだった。

 10歳前後の見た目。ピシッとした黒スーツ。銀髪。髪の間から覗く一対の白い狐耳。属性の塊みたいな見た目だが……お約束通りなら幼女ではありえない。

 挨拶もそこそこに、実際何歳なんですか? なんて質問を投げかけてみた。完全に不意打ちだったのだろう。

 

○○○○(ピーーー)歳じゃが……ハッ、貴様!」

 

 なんだ、ババァか。

 ……口には出していなかったはずなのに、何故か青筋立てた偽証ロリの魔法で()巻きにされていた。

 

 さすがに女性に年齢訊いたのは悪かったと思い、床に転がって一応謝りはしたのだが……正直、頭の中では「○○○○歳なのに大人げないな」とか、「ロリに偽装すると、かえって歳を気にしていることがまるわかりなのでは?」とか、余計なことばかり考えてしまう。

 

「……覚えておけ、小童(こわっぱ)。魔法耐性が皆無な今の貴様の頭の中は、全て(わし)に筒抜けじゃ」

 

 マジか。

 

「いずれわかることじゃから、先に教えておいてやろうかの。

 賭け事も、色恋も、(まつりごと)も、高度な駆け引きとなると、この世界では魔法の存在を前提として行われておる。

 公的な場での発言は、必ず魔法に対するジャミングを事前に敷いてから行うのが常じゃ。

 ……お前の()()は、儂の耐性を突破しおった。最高峰の自白強要魔法じゃ。

 用途は限定的じゃが、事前情報無しでは対策できない、鬼札も鬼札よ。

 日本人は火力を尊ぶところがあるからのう……お主と似たような能力を持ったものは、儂が知る限り、過去に()()しかおらんかったよ。

 さぁ、貴様はここに来るまでに何人にその術を開示して来たのじゃ?」

 

 まだ、さっきの女性と、目の前のアンタにしか……。

 そう俺が口にする前から、偽証ロリは喋りだす。

 

「……ほう? まだあの女子(おなご)と儂にしか使っておらんか。

 よしよし。あとであの娘には、『胸囲を聞き出すだけ』のしみったれた能力じゃと暗示を掛けておこうかの」

 

 目の前の偽証ロリが、さらっと物騒なことを言い出した。

 え? 日本人のチート持ちじゃなくて、アンタが洗脳術を使うのかよ。

 

「安心せい、お主には使わんよ。スキルの精度は精神と肉体の影響をもろに受けるからのう。珠玉のスキルに万一でも傷をつけたくないでな。

 ……言われずとも、あの娘にも手荒な真似はせんし、むしろ暗示を掛けない方が危険なのじゃぞ?」

 

 偽装ロリが小首を傾げながら、説明を続ける。 

 

「だってのう? 

 お主のそれは……どう考えても貴族を失脚させるためにあるスキルじゃろうて」

 

 それから後の具体的な説明に、「あ、これ俺もやらかしたっぽい」とようやく気がつく。

 

 スキルで貴族の悪事を暴く→口頭質問でしか効果を発揮しないスキルなので、質問した下手人として認知され恨みを買う→ジ・エンド

 

「お主のそれは……自身を守ってくれる後ろ盾があってはじめて意味を成すスキルであり、使いすぎては意味がないスキルであり、なのに、現実的にはそのスキルで成りあがる前に消されるのがオチじゃろうて。

 ……よく考えずにそのスキルを選んだことがバレバレじゃ」

 

 ああ、全くもってそのとおりだ。

 ……ちなみに、俺と似たような能力を持ってたって人はどうなりました?

 

()()()()()。おっと……貴様はもう喋るな。

 貴様に質問をされるとぼかすことができんのでな」

 

 魔法でさらに猿ぐつわを噛まされる。

 

「何。あのときに比べて儂ももう少し気をつけるようにはなった」

 

 最悪だ。その言い方だと、そいつはアンタのせいで死んだっぽいな。

 俺の非難を……俺の頭の中を読めていると言っているくせに、無視して偽証ロリは続ける。 

 

「喜べ小童。時期が来るまでは儂が飼うてやろうぞ」

 

 靴を脱いで、裸足で俺の頭を踏みつけてくる。

 

「ようやく、あやつの仇をとれるのじゃな。ああ、首を洗って待っておれ……」

 

 どこか陶酔した様子で……俺の知らない敵相手に呪詛を吐く、偽証ロリ。

 誰の仇をとるかは知らんが……俺を巻き込まないでくれ。

 

「……それはできない相談じゃ」

 

 俺の『思考』に反応した偽証ロリが、俺の頭の上で足をグリグリとしてきた。

 

「ああ、精々可愛がってやるとも……五十と幾年かぶりの自白術士じゃ。

 貴重なことはよくわかっておる。ああ、わかっておるとも。

 例え、開幕でレディの(よわい)を尋ねてくるような不届き者でも、殺しはせんとも」

 

 殺しはしない……そう言われて、俺は少しだけ強気に出ることにした。

 

 ご褒美のつもりか? ババアに踏まれて喜ぶ趣味は無いんだが、思い上がるなよ……そう頭の中で罵倒する。

 

 次の瞬間、思いっきり側頭部を蹴りぬかれて、俺の意識は闇に落ちた。



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常連さんのお話⑤ ギルドマスターさん

※6話までに見る、ブックマークの増え方からのハーメルン読者の需要
1話:9件 2話:8件 3話:2件 4話:15件 5話:52件 6話:140件

※各話、誰が登場したか 注:()内属性
1話:狐耳娘(お父様ならなんとかしてくれます)
2話:犬耳娘(ロリ)
3話:娼館のオーナー(おじさん)
4話:熊耳娘(語尾:クマー)
5話:狼耳娘(強気ロリ)
6話:狐耳娘……娘?(○○○○(ピーーー)歳……ハッ! 貴様!)

※属性人気順(並べ替え)
1位ー御年○○○○(ピーーー)歳……ハッ! 貴様!
2位ー強気ロリ
3位ー語尾:クマー
4位ーお父様ならなんとかしてくれます
5位ーロリ
6位ーおじさん

※雑なまとめですが、「ロリ+α」が人気で、圧倒的におじさんの需要が無いです
あと「+α」の部分にロリと圧倒的にかけ離れるものを突っ込めば突っ込むだけ良いみたいです
「+α」に突っ込むべき最高のカードとは一体……?

※一部描写の関係で、ガールズラブタグを追加させて頂きました。


Side: “バーのマスター”

 

 拭いているグラスに視線を落としていると、カウンター席から声をかけられた。

 

「のぉ、マスター。前々から気になってはいるのじゃが……従業員(メイド)たちへの()()()()はどこまで許されるのじゃ?」

 

 わりとくだらない質問。しばらくぶりに聞いた声に、俺はグラスを拭く手を止めた。

 顔を上げて、声の正体を確認する。

 

 気がついたら目の前に座っていた人物は、頬杖をつき、ニヨニヨとした表情で俺の顔を覗き込んできた。

 銀色の髪と……その間から飛び出した白い狐耳をピコピコと揺らしている姿がとても愛らしい少女。

 愛らしいが……正直、かなり厄介な客だ。

 現ギルドマスター。この街の冒険者の元締めがこの少女なのだから。

 

 ……いや、線引とかない……ですよ。特に閣下はセクハラ禁止です。

 また出禁喰らいたいのか……っすか。

 

 普段はあまり使わないため、敬語が少しギクシャクする。

 あと、「相手の警戒の段階を一段階下げる」魔法を常時発動しているギルドマスターには、どうしたって少し馴れ馴れしい態度をとってしまうのだ。

 

「気にせずともよい。今は客として来ておる」

 

 ナチュラルに俺の思考を読んでいるのだろう。「フラットに話してかまわんよ」とヒラヒラと手をふるギルドマスター。

 

 それなら助かるけどな……だが閣下、普通にその魔法を解いてくれないか?

 精神魔法掛けられているって考えると、今の自分が正気なのか疑わしくなる。

 

「え、嫌じゃけど? それにこれを機に少し考えておくとよいぞ。

 自分で正気だと思っているものほど、正気を欠いているものじゃ。

 平常の者は、まず、自分が正気かどうかなどとは考えまいて」

 

 あー、確かに……。いや、ちょっと待て。

 ギルドマスターの返しに一瞬納得しかけたが、これはからかわれているのだ。

 

 ……だから、俺が今、平常云々を脅かされているのは閣下の魔法が原因だよな?

 

「安心せい。ちゃんと頭は回っておるようじゃ。お主は正気じゃよ」

 

 俺は何も面白いことを言ったつもりはないが、ギルドマスターはクツクツと笑う。

 ……うん、わかってはいたが、解除する気は無さそうだ。

 本人は「じゃれている」程度の認識なんだろうが、こっちとしては不安が勝ることを理解してもらいたいものだ。

 

「理解しておるよ?」

 

 ……癖わりーな。

 

 ギルドマスターお気に入りのジュースをグラスに注ぐ。

 テーブルに置いたグラスを手に取りながら、ギルドマスターが小首をかしげた。

 

「うーん? じゃが儂が見通す限り……お主、化生(のじゃロリ)に目をつけられてしまい、催眠誘拐(神隠し)から『逆しっぽり』という嗜好も持っておろう?」

 

 ……持ってるけど。

 え? ちょっと待て。そうなる可能性があるのか?

 俺と、閣下が?

 

「え? あるわけなかろう?」

 

 ……こんな古典的な手に引っ掛かるとか、俺も盗賊の奴を馬鹿にできねーな。

 

「ふーむ。それにしてもお主、業が深いのう……あっ、やめい! やめんか!

 ひとの()()()()()最中に余計なモノを想像するでない!」

 

 俺の頭の中を続けて覗き込もうとしてくるギルドマスターに、イメージの表層に『獅子舞い』と『なまはげ』を召喚(想像)して対抗する。

 読心術士が怖がるもので頭の中をいっぱいにするのは、読心魔法に対するカウンターの初歩の初歩だ。魔法の関係ない、ただのテクニック。

 今の俺の頭の中では、ギルドマスターが獅子舞いとなまはげに追い立てられる絵面が展開されている。

 

「やめんかバカタレ!」

 

 グルルル……と犬歯をむき出しにして威嚇してくるギルドマスター。

 正直、少女の外見だから全然威嚇になっていないんだが。

 

 ほら、今いい所ですよ? もう俺の頭の中に興味は湧かないんですか?

 

「興が削がれた……もうよい」

 

 不貞腐れてグラスに口をつけるギルドマスターを見ていて少し残念な気分になる。

 ちょっと脅かしすぎたか……本当にいいところなんだが。

 俺の頭の中ではさっきの続きで、なまはげと獅子舞がラップバトルを繰り広げる絵面が展開されている。

 でも、もういいか。頭を振って獅子舞となまはげを頭から追い出した。今日はもうお役御免だ。お疲れ様。

 

 それにしても……ギルドマスターなら魔法で軽く吹きとばせそうな気がするが。何が怖いんだ?

 

「お主も本物を見たらそんなことは言えんよ……」  

 

 チビチビとジュースを舐めつつ、疲れたようにそう言うギルドマスターを見ていて、不思議に思う。

 ……いや、日本の伝統文化の方が「本物」のはずだよな?

 この世界にも()()みたいな言い方に聞こえるが……まさかな。

 

 ○

 

「儂の入店に気が付かなかったのは減点じゃが、修行は怠っておらんようで安心したぞ」

 

 ジュースグラスの端っこにパインを掛けてやると機嫌がなおったのだろう。

 ギルドマスターが今回の()()()の寸評を始めた。 

 

 開幕印象操作あまがけとナチュラル読心はテストにしてもヒドイと思うけどな。

 

「甘々じゃのう……このパインより甘々じゃ」

 

 パインを指差しながらギルドマスターが続ける。ギルドマスターがパチンと一回指を鳴らした。防音の魔法をかけるときの動作。これからする話にはあまり聞かれたくない内容が含まれている。……主に俺に関しての。

 

()()()()()()()()、魔法の才もない、そんな非術士のお主が上手くこの世界で商売をやれているのは、お主が()()()だからじゃ。

 何かしらの(スキル)を隠し持っておる……そう思われているから、なかなか手を出されないんじゃよ。

 非才の事実が白日のもとにさらされたとき……自衛の術を持つのと持たぬとでは大違いじゃ。

 ()()は……もっと悪辣なことを肝に命じておくんじゃな」

 

 ……わかっているさ……多分。

 

「どうだかのう……欲を言えば、冒険に出てレベルを上げてくるんじゃな。

 そうすれば少しは魔力も芽生えるかもしれんぞ?」

 

 俺の胸ーーー正確には、胸ポケットの中の冒険者タグーーーを指差してギルドマスターは続ける。

 

「お主、まだレベル1なのじゃろ?」

 

 ……正確にはレベル3だ。隣国に行った際、時間を見つけて少し初心者の狩場に潜ってみた。

 

 レベル。この世界においての、強くなるための二大基本システムの片割れ。

 魔物を殺した際の経験値、それを冒険者タグに施された補助魔法が効率的にその持ち主にフィードバックし、レベルという明確な数値で示してくれる。

 別にこの数字が高くなったところで、攻撃力が上がって革を紙のように引き裂いたり、防御力が上がって肌が鉄のようになったりするわけではないが……この数字の上昇による恩恵は確かに存在する。

 その(きわ)まった例が、目の前のギルドマスターだったり、聞くところによると、魔王その人だったりするわけで。

 

「……たいして魔力の上昇は感じられんのう。お主、本当に魔術の才能が無いんじゃな」

 

 もっと他の方法を考えたほうが良いのかのう……。ギルドマスターが小さく呟く。

 

「かわいい女子(おなご)がおって、『蜂蜜と搾りたて黄金葡萄』が安定して入荷される店なぞここしかないのじゃぞ?

 もっと死ぬ気で店を守って貰わんと困るんじゃよ」

 

 この店の蜂蜜葡萄の指名率2位は、そんな自分勝手な都合を隠す気もなく押し付けてくる。

 ……気になったんだが、その言い方だと俺はどうなっても良いのか?

 

「まぁ、ぶっちゃけそうじゃの」

 

 パイン取り上げるぞ。

 

「冗談じゃよ。こんなからかいがいのある男もそうそうおらんじゃろうて」

 

 ヒョイ、と俺からグラスを遠ざけてギルドマスターが笑う。

 

「儂のことを守備範囲に入れておる男をからかわなくてはもったいないからの」

 

 ……やめろ。

 

「本当にいい男になったら儂のこの数百年の生のなかで一度の戯れとして、抱いてやってもいいぞえ?

 儂の(はら)はまだ現役じゃぞ? ……もしかしたら()()()()()()かもしれんな? な?」

 

 ……やめろください。

 

 ギルドマスターが甘い言葉を囁くと、あまがかりした精神魔法との相乗効果で、凄まじくドキドキするのだ。

 あと単純に未経験者にはキツイ。マジでキツイ。

 

 結局、その日は店が終わるまで、ギルドマスターにからかわれ倒された。

 悟り妖怪から仕掛けられるセクハラとか拷問以外の何者でもないというに。

 

「これも精神修養の一環じゃ。お主のためにやっておるんじゃよ? 真じゃよ?」

 

 ……感謝してないわけじゃない。

 そう思って、最後の注文の際には、もう一切れパインをグラスに引っ掛けておいた。



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